雪の駆逐艦-違う世界、同じ海- (ベトナム帽子)
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章外 作品内設定(読まなくても良い)
各国の状況


「雪の駆逐艦 -違う世界、同じ海-」がお気に入り数30、UA5000を突破しました。ここまでお読みくださった読者の皆さんに感謝します。
 これを記念して、今まで作中の地の文で少しずつ説明してきた世界観や設定を章外で投稿していきたいと思います。


第1回はタイトル通り、「各国の状況」です。
日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストラリア、ロシアの状況について書いています。上からロシア、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本、アメリカの順番です。

※これはフィクションです。実在する組織・地名・出来事とは関係ありませんのでご注意ください。

 10/4 更新



ロシア連邦

 ユーラシア大陸北部の国家である。強大な軍事力と世界最大規模のエネルギー資源を保持する大国である。ユーラシア大陸国家で唯一、有人宇宙ロケットを開発できる国でもある。

 深海棲艦は気温、水温が極めて低い海域にはあまり進出しないため、深海棲艦が出現し始めた2000年以降も大きな損害はなく、大国を維持している。

 アメリカ合衆国の影響力がユーラシア大陸から消えた2015年現在では中国、日本、東西ヨーロッパに天然ガス、石油、ウラン、各種鉱物資源などを大量に輸出し、資源貿易大国としての一面を持つようにもなった。しかし、大幅に拡大した資源需要は生産量を超過し、輸出の滞りなどの問題が発生している。そのため、資源輸入国ではエネルギー資源などの分散化を図っているが、ロシア持ち前の軍事力により圧力をかけることもある。

 艦娘技術は日本から提供されたが、当初は必要性の観点から艦娘建造などは行わなかった。しかし、各国艦娘の活躍を鑑み、艦娘建造に着手。2015年現在、バルチック艦隊、太平洋艦隊に少数ながらも艦娘を配備している。

 

イギリス

 イギリス、またはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国と呼ばれ、ヨーロッパ大陸の北西岸に位置する国家である。

 深海棲艦により先進国の中でも特に甚大な被害を負った国である。元々、多くの植民地が1970年代に独立したため、国際的、経済的に勢いが削がれつつあったが、2000年以前でもドイツ連邦と貿易収入で肩を並べる先進国であった。しかし、深海棲艦の出現により、各国との貿易は不可能になり、国内経済は極度に悪化、治安も悪化した。

 世界列強海軍の1つであったイギリス海軍は深海棲艦相手に2008年に壊滅。2013年にはイースト・サセックス州のロッティンディーンとケント州のハイスに深海棲艦が上陸を開始するが、日本から提供された艦娘技術をヨーロッパ各国の中でいち早く実用化。上陸した深海棲艦を壊滅、ドーバー海峡を奪還した。

 イギリスは海軍の再建を艦娘主体で目指しており、現在では日本に次ぐ艦娘先進国である。

 2014年にはヨーロッパ―喜望峰―東アジアの交易ルートを回復し、2015年5月には欧州連合軍でスエズ運河を奪還。貿易国としての回復の一途をたどっている。

 

ドイツ連邦

 ヨーロッパ中西部における国家である。

 深海棲艦による被害は先進国の中でも比較的少なかった国である。漁業や海軍は壊滅的被害を負ったが、元々工業立国であり、産業地域も内陸部にあったため、深海棲艦の空襲による被害は大きくなかった。そのため、地中海に深海棲艦が出現した2003年以降でも各国と貿易を続けているが、資源輸入先であるロシアに石油や鉱物資源などを足下を見られた価格で売りつけられている。

 2010年頃には深海棲艦上陸を恐れたフランス、イタリア、スペイン、オランダなどの海に面している国家に兵器を大量に輸出しており、死の商人としての一面も見せている。兵器技術は世界的に見ても最先端であり、2012年には巡航ミサイルの開発に成功している。

 2011年にはフランスのノルマンディーに上陸した深海棲艦迎撃のためにドイツ陸軍2個兵団を送り、フランス軍と共に迎撃を行っている。

 艦娘技術はイギリス、フランス、イタリアに遅れた形で2014年初頭に実用化。イギリス、フランスに追いつくため、日本海軍に艦娘を派遣し、日本海軍の運用・戦闘ノウハウを吸収しようとしている。

 2014年にはジブラルタル海峡を深海棲艦から解放。2015年現在、欧州連合軍、中東連合軍と共にスエズ運河を奪還した。

 

フランス共和国

 西ヨーロッパの領土並びに複数の海外地域および領土から成る単一主権国家である。イギリスと同じように海外に多くの植民地を持っていたが、1970年代に大半の植民地が独立した。しかし、元々ヨーロッパ最大の農業国であり、国内市場も大きく、イギリスのように大きくブレーキがかけられることはなかった。

 深海棲艦が出現してからは他国と同じように漁業、海軍は壊滅。2011年にはノルマンディーに深海棲艦が上陸し、首都パリ近郊まで侵攻されるが、陸ではドイツ軍、海では艦娘技術をいち早く実用化したイギリス軍の支援を受け、2014年初頭に深海棲艦を海へ追い落とした。

 艦娘技術はイギリスの協力もあり、2013年末に実用化。2014年にドイツ海軍ともにジブラルタル海峡解放作戦を実施。2015年現在はヨーロッパ連合軍、中東連合軍と共にスエズ運河の奪還に成功した。

 

イタリア共和国 

 地中海に面する南ヨーロッパの単一主権国家である。1950年代までは農業国であったが、北部に近代的で多様な産業基盤を整備し、ヨーロッパの国内総生産第4位にまで発展した。

 地中海の深海棲艦出現により、イタリアは経済衰退しかけたが、国営企業を民営化、企業の規制緩和、麻薬取引や売春、密輸などの地下経済の上手な利用などにより、国内経済、治安を維持することに成功した。

 地中海は太平洋、大西洋に比べ、深海棲艦の出現が遅かったため、イタリア海軍は深海棲艦に対応した艦艇、兵器や戦法を開発し、壊滅の憂き目からは逃れている。そのため、2015年現在の通常艦艇保有数は日本海軍に次ぐ、世界第2位である。

 艦娘技術もフランスよりも早く実用化。2015年現在、地中海での覇権を握っている。

 イタリア海軍は深海棲艦との戦闘に、艦娘と通常艦艇と混成して運用している。これはイタリアが開発した対深海棲艦戦法によるものも大きいが、イタリア人男性の女性崇拝(女好きとも言う)によるものである。ある海軍軍人は「なぜ通常艦艇が前線に出るのですか?」と取材されたときにこう答えた。

「少女達が戦っているのに男はキスして見送るだけなのかね?」

 このため、通常艦艇や軍人の被害は日本、イギリス、フランス、ドイツに比べるとかなり大きい。

 地中海の覇権を握ったイタリアは密かにローマ帝国再建を企み、日本は東アジア、太平洋、北オセアニアをまたがる大帝国を築くとにらんで、スエズ運河奪還作戦の後、日本との友好を深めるため、イタリア戦艦艦娘2隻を日本海軍に派遣している。

 2015年現在は欧州連合軍、中東連合軍と共にスエズ運河の奪還に成功した。

 

オーストラリア連邦

 オセアニアに位置する連邦立憲君主制国家。英連邦加盟国であり、英連邦王国の一国。

 麦や牛肉、羊毛などの農業、石炭、鉄鉱石、ボーキサイト、天然ガス、ウランなどの鉱業の食料・エネルギー資源が豊富な国であり、それらの輸出とサービス業などの第三次産業の市場を持つ経済大国である。しかし、石油類は産出しておらず、市場も小さいため、第二次産業は発達していない。

 深海棲艦が出現してからは、他国と同じように漁業、海軍は壊滅し、資源輸出はできず、経済状況は悪化し、治安も悪化した。

 2007年にフリーマントル、2008年にポートワインに少数の深海棲艦が上陸し、オーストラリア陸空軍は反撃したものの、フリーマントルとポートワインの周辺地域はほぼ制圧されてしまった。これはオーストラリア軍の装備不足からである。

 軍の装備はほとんど輸入品であり、輸入が不可能になった2000年以降、戦車や野砲は2006年からコピー生産で数を増やしつつあったが、航空兵器は技術ノウハウが全く足りず、コピー生産は不可能だった。このため、少数の深海棲艦に押し切られてしまったのである。

 2013年末には日本軍がニューギニアまでを深海棲艦から取り戻し、空路によって艦娘技術が伝えられた。しかし、2015年現在でも艦娘技術の実用化のめどが立っていない。日本の艦娘いわく、オーストラリア海軍は私達(艦娘)の世界では自国建造艦は少なかったためではないか、とのこと。

 幸いながら2015年現在、深海棲艦は砂漠に進出することができずにおり、フリーマントルとポートワインの周辺地域のみ占領されている。

 

日本

 東アジアに位置する日本列島及び、南西諸島・小笠原諸島などの諸島嶼から成る島国。

 東アジアでは最大の経済規模を誇り、2000年以前はエネルギー、地下資源はほぼ輸入に頼っているものの、工業は世界的に見ても高い水準のものを生産していた。しかし、食糧自給率は60%ほどと高くはなく、輸入に頼っているものも多い。

 深海棲艦が出現した2000年以降は他国と同じように漁業、海軍は壊滅。しかし、宗谷海峡と対馬海峡、紀伊水道、豊後水道、関門海峡に大量の機雷を敷設することによって、日本海と瀬戸内海での漁業は維持された。食料統制を徹底したことにより、幸いながら餓死者などは発生していない。

 一番の問題は石油などのエネルギー資源が輸入できなくなったことである。エネルギー需要を賄うために、閉鎖していた炭鉱などの復活、バイオエネルギーの活用などが推進された。しかし、経済状況は悪化の一途をたどり、治安も比較的悪くなった。日本海軍が完全に壊滅した2006年には深海棲艦上陸に備え、徴兵令も発令された。

 2013年初頭に日本海軍の深海棲艦研究所が深海棲艦と同じ力を持つ艦娘の建造開発に成功。関東方面の海に生息していた深海棲艦を駆逐した(1-1)のを初めとして、カムラン半島やボルネオ島への油槽船団護衛(1-2~4)を成功させ、東シナ海、南シナ海制海権(2-1~3)を回復させた。そして2013年4月末の九州上陸をしようとしていた深海棲艦の大群を撃滅(2-4)。深海棲艦の大泊地である真珠湾に陽動(2013年春)をかけ、南方進出。南シナ海やカレー半島の安全を図るため、カレー洋の深海棲艦を排除(4-1~4)。ロシアの頼みと北洋漁業のためにカムチャッカ半島までの制海権を確保(3-1~4、ロシアには奪還した場合、ガスパイプライン建設の全費用をロシア持ちにすると持ちかけられた)。

 2015年8月にはニューギニア方面に強行偵察を行い、(2013年夏)、オーストラリアからの資源輸入などを行うために、太平洋とオーストラリアを遮断する為にサーモン諸島攻略に乗り出す(2013年秋)が、消耗戦となり、攻略を断念。

 2013年12月末には東京湾に霧の艦隊と称する謎の敵対勢力が砲撃を行う。日本海軍は深海棲艦以上の脅威と認め、艦娘を総動員して排除(2013年冬)。これを霧事変と呼称する。

 2014年初頭にはシーレーンを脅かしているオーストラリアのフリーマントル、ポートワインを拠点にする深海棲艦の脅威を排除するためにインドネシア方面の海域を制圧、ポートワインに攻撃を行う(2014年春)。

 8月には孤立していたアメリカに艦娘技術を伝える為の前段階としてAL/MI作戦(2014年夏)を発動。アルフォンシーノ列島に陽動のAL作戦、ミッドウェー諸島制圧のためにMI作戦を実行。ミッドウェー諸島制圧は成功したものの、艦娘が出払った隙を深海棲艦に突かれ、橫須賀鎮守府を砲撃され、橫須賀鎮守府は壊滅する。

 2014年10月には再びサーモン諸島攻略に乗り出す(5-1~5)が、戦艦レ級などの新型深海棲艦が出現し、艦隊は大被害を受け、攻略を断念する。勢いに乗った深海棲艦はパラオ方面に侵攻する(2014年秋)が、日本海軍は渾作戦を発動。パラオを死守する。

 2015年1月に吹雪達、第十一駆逐隊と艦娘技術者達がアメリカに艦娘技術を伝えるためにアメリカへ強行渡航。

 2014年の終わりには日本国内は経済状況が2000年以前に回復し、大陸国相手の貿易で黒字を出し始める。しかし、国内原発の燃料棒が枯渇しはじめ、ロシアからウランを輸入しようとするが、ロシアはウランをヨーロッパに売り払ったばかりであり、在庫がなかった。そのため、日本政府はオーストラリアから輸入を画策し、核輸送船団の脅威となるサーモン諸島の深海棲艦を壊滅するために艦娘、最新通常艦艇をトラック泊地に集める。しかし、それを察知した深海棲艦は全力で艦隊集結地であるトラック泊地を強襲(2014年冬)。日本海軍は迎撃を行い、トラック島を死守できたが、サーモン諸島攻略のための資材はなくなってしまう。そのため、サーモン諸島には大和型戦艦を中核とする部隊で陽動をかけた上で、強行核輸送作戦を実行する。作戦は通常艦艇数隻が沈没するも作戦は成功した。

 2015年4月、中東からの石油シーレーンを復活させるために、欧州連合、中東連合のスエズ運河奪還作戦と同時にカレー洋方面制圧作戦である第十一号作戦を開始。カレー洋に展開する深海棲艦の大半を駆逐し、シーレーンの回復に成功した。またイタリアから戦艦2隻が派遣される。

 8月にはサーモン海域の深海棲艦を殲滅するために第2次FS作戦を発動。大量の艦娘と、最新鋭の通常艦艇、通常航空機をフル活用し、サーモン海域から深海棲艦を追い出すことには成功した。

 

アメリカ合衆国

 50の州及び連邦区から成る連邦共和国である。地続きの48州及びワシントンD.C.は、カナダ及びメキシコの間の北アメリカ中央に位置する。

 先進国かつ世界最大の国民経済を有し、豊富な天然資源及び高い労働者の生産性により支えられている。

 全世界の軍隊を相手にしたとしても負けないとまで言われる質・量ともに優れる軍隊を保持しており、深海棲艦との戦いでは2008年まで海軍が壊滅しなかった。

 深海棲艦により各国との貿易が途絶えた後も、国内の高い食料生産量により食糧不足は起こらず、多くの国が統制経済を行ったのに対して、アメリカの資本主義経済を続行できた。しかし、貧富の格差は拡大し、銃社会であったことも災いして政治家へのテロ、無差別テロがたびたび発生した。それでも深海棲艦という明確な敵が存在していたため、統制は取れていた。

 2011年にサンフランシスコ、2013年にノーフォークに深海棲艦が上陸するも、当初から水際防衛を諦めていたアメリカ軍はロッキー山脈、パラチア山脈に要塞を築き、深海棲艦の侵攻を食いとどめていた。それと共に深海棲艦の行動調査などを行っていた。

 2015年1月に日本から第十一駆逐隊、艦娘技術者30名が渡航。艦娘技術が伝えられ、その1ヶ月後に独自に艦娘を建造。五大湖への入り口であったセントローレンス湾を奪還した。

 そしてイギリス領土であり、大西洋の真ん中にあるバミューダ諸島を深海棲艦の対応速度を見極めるために強襲作戦を実行。その作戦によって、多くの陸上型深海棲艦のサンプル、深海棲艦の対応速度、規模について知ることができた。

 5月にはノーフォーク奪還を目的とするレコンキスタ作戦を実行。たったの一週間でノーフォークまで到達するが、泊地水鬼を取り逃がし、スターゲイザー作戦にて撃破する。

 



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深海棲艦・艦娘

 第2回は深海棲艦と艦娘の詳しい設定です。
 オリジナルな設定しかないのでそういうのが嫌いな方は注意です。

 5/22 陸上型深海棲艦に輸送型を追加。
 10/24 陸上型深海棲艦に工場型、同化型を追加。


深海棲艦

 2000年に太平洋地域で確認された生命体。2015年現在では北極海、南極を除く全世界の海で確認されている。

 形態は様々で、一般的に魚のような外見をした駆逐艦級が多く確認されているが、重巡洋艦級や戦艦級、空母級のようにヒトの姿をとるものまでいる。そして、姫や鬼と呼ばれる最上級の深海棲艦に至っては、島などと同化し、飛行場や基地としての能力を持つものも存在している。他にも陸上での活動に特化した深海棲艦も確認されている。

 深海棲艦の体には砲や魚雷などの武器のようなものが存在している。これは小型でありながらも、大口径砲並みの威力を持つ。肌は鋼並みに硬く、銃弾、小口径の砲弾すらを弾く。中には透明な大口径砲弾ですら射通さない障壁(バリア)を展開させるものも存在する。

 能力、外見別に分類されており、駆逐艦級、軽巡洋艦級、重巡洋艦級、戦艦級、空母級、潜水艦級、姫級、鬼級と複数ある。とくに姫級、鬼級は個体差が大きいが、他の深海棲艦とは並外れた能力を持っている場合が多い。障壁を展開できる深海棲艦は重巡洋艦以上でしか確認されていない。

 海洋生物を除く海上物体を捕食または攻撃する性質があり、深海棲艦が出現した2000年代には商船、軍艦問わず大きな被害が出た。

 兵器のコピー能力も存在し、通常兵器(ミサイルなど)により攻撃を受けたうえで生存した場合、攻撃を受けた兵器と同じ攻撃を習得する。これにより各国海軍はミサイルなどの最新鋭兵器での攻撃が難しく、さらには深海棲艦は小さいため、レーダーに映りにくく、光学照準による砲戦を余儀なくされた。これと後述の空母級深海棲艦が飛ばす深海棲艦航空機が各国海軍が壊滅した大きな理由である。

 

 深海棲艦はオーラのようなものがあり、赤、黄色、青といった様々な色のオーラを纏っている。このオーラは撃破した途端に消失するので発生する原理は分かっていない。このオーラは能力の高さを示しているようで、赤、黄色、青と後ろの色になるほど能力が高い。

 

 深海棲艦が水上を滑走できる原理、小型ながらも高い威力を持つ原理は解明されておらず、解剖してもそれにあたる器官は見当たらない。砲弾等の炸薬は通常爆薬と同じ成分であり、別の原理が働いて、高い威力を発揮すると考えられている。

 

 深海棲艦が何を食べるのかは完全には分かっていないが、解剖した遺骸からは魚や鯨などの海洋生物、人間などの肉、その他コバルト、銅などを含有した深海泥、元艦船と思わしき鉄片などが見つかっている。人間や海洋生物が見つかっているは他の生物と同じようにエネルギー源として取っていると考えられているが、金属系のものが見つかるのは砲弾や体の強化などに使うためだと考えられている。

 

 深海棲艦自体の存在について、「古代生物の生き残り」や「深海生物の生息範囲の拡大」などの説が挙げられている。しかし、この2つの説では砲や魚雷のような武器を持っていること、小さいながらも高い火力、コピー能力という生物としてはあるまじきものが説明ができず、船乗り達の噂である「過去に沈んでいった艦の怨念が実体化したもの」も有力な説とされている。深海棲艦を信仰対象とする信仰宗教などでは「地球を汚す人間への地球の反抗」とされている。

 遺伝子学的には今まで確認されている生物のどのDNAにも似通っておらず、2015年現在でも正体は不明である。

 ちなみに「深海棲艦」という命名はの「深海生物の生息範囲の拡大」という説と「過去に沈んでいった艦の怨念が実体化したもの」という噂から来ている。

 

 最初に深海棲艦の存在が確認されたのは2000年9月だが、1999年7月の日本原子力潜水艦「保3」の消失にも深海棲艦が関係していると考えられており、深海棲艦出現は1999年だと言われることも多い。

 2015年現在では後述する艦娘などの活躍などにより生息範囲を確実に狭めているが、小型ゆえに警戒網を突破されることも多く、シーレーンや陸上施設の安全を脅かしている。

 

深海棲艦航空機

 2002年に確認された深海棲艦の一種。航空機と名前が付いているように空を飛ぶ。

 これもまた他の深海棲艦のように武装を装備している。深海棲艦航空機の中にも種類があるようで、機銃のみを搭載し、制空行動を行う戦闘機型。爆弾や魚雷を搭載し、艦艇を攻撃する攻撃機型の2種類がある。2014年までは烏賊や虫のような外見をした種類(以下、虫型深海棲艦航空機)のみであったが、2014年以降は白い球状の深海棲艦航空機も確認されている。能力は圧倒的に白い球状の深海棲艦航空機(以下、白玉型深海棲艦航空機)が上である。

 大きさは一般的に20㎝ほどであり、密集している場合はレーダーでも確認することができるが、散開した場合レーダーで捉えることは不可能になる。対空迎撃も20㎝という小ささ故に不可能に近く、各国の海軍が壊滅した理由の1つに挙げられる。

 飛行速度は虫型深海棲艦航空機で約時速500㎞、白玉型深海棲艦航空機で約時速650㎞程度であるため、ジェット機が振り切ることはたやすい。そのため、航空機の被害は地上待機中の時が多い。

 深海棲艦航空機が飛行できる原理は不明であり、捕獲したものを解剖してもそれらしい器官は存在しない。

 搭載している機銃の威力は高くても20㎜弾ほどであり、爆弾も最も威力のあるもので500㎏爆弾程度だが、艦艇や地上施設に対しては大きな脅威になる。

 

陸上型深海棲艦

 陸上で活動すること特化した深海棲艦。主に駆逐艦級、輸送艦級が上陸して変化、または繁殖するため、魚とも虫の中間のような外見をしている場合が多いが、飛行場姫や湾港棲姫などのヒト型の陸上型深海棲艦も存在している。

 他の深海棲艦と同じように砲などの武装、鋼並みに硬い肌を持っているが、陸に上がった影響なのか、能力等は著しく低下している。

 種類は芋虫型、戦車型、砲台型、輸送型、ヒト型の5種類に大別できる。

・芋虫型

 名前の通り、芋虫に似た外見をしており、色は灰色。火力はライフルや機関銃並み。防御力はないに等しく、拳銃弾や砲弾破片程度でも殺すことができる。大きさは長さ70㎝、幅50㎝ほど。上陸した輸送艦級が繁殖させるため、輸送艦級は優先撃破目標になっている。

・戦車型

 芋虫型を先導している大型の陸上型深海棲艦。主に陸に上がった駆逐艦級などが変化して、戦車型になる。上陸したばかりの個体は火力も防御力もかなり低く、図体も大きいうえ、機動力も低いため、撃破は容易である。上陸してから時間がたつと姿が変化し始め、旋回砲塔や履帯、タイヤなどが発生し、能力も上昇し出す。上陸してから2年ほどした個体は体が小さくなり、旋回砲塔、履帯を備え、火力、防御力、機動力ともに1970年代戦車(こっちの世界での1945年末期のドイツ戦車クラス)ほどまで大幅に向上。個体によっては障壁を展開するものもおり、撃破が困難な場合もある。2014年のダンケルク追撃戦では対空射撃に特化した戦車型も確認されている。

・砲台型

 名前の通り、砲台のような役割をしている陸上型深海棲艦である。主に芋虫型、戦車型の支援、後述のヒト型の防衛などを担っている。火力は様々であり、50㎜砲程度の軽砲クラスから155㎜砲程度の重砲クラスと幅が広い。対空射撃に特化した砲台型も存在する。機動力、防御力はないに等しいが、ごく稀に戦車型なみの機動力を備えた砲台型も確認されている。

・輸送型

 名前の通り、戦闘を行う芋虫型や戦車型、砲台型に栄養分などを輸送している陸上型深海棲艦。大きさは全長5m、高さ3mほど。外見は海上の深海棲艦のワ級に酷似している。触手で地面をつかみ、体を引っ張ることで移動を行う。輸送しているものは芋虫型や戦車型の栄養分ではあり、航空写真などからの戦車型や砲台型などに触手を繋げている様子から栄養分などを注入していると考えられている。芋虫型は体の下の方にある乳首のようなものに吸い付き、栄養分を補給する。基本的に前線に出てくることはなく、戦闘に巻き込まれたときも触手で叩くなどの単調な攻撃しかできない。

・ヒト型

 装甲空母姫などのヒト型深海棲艦が海岸沿いの基地や島々に取り付いた個体。芋虫型、戦車型、砲台型の指揮官ともいえる個体である。ヒト型に取り付かれた基地や島々は白化現象が見られており、草木や動物などの生態系は壊滅する。ヒト型が本体であるが、島や基地と同化することの弊害なのか、白化現象が起きたところを攻撃すれば本体のダメージにもなる模様である。しかし、耐久力、自己修復能力が高く、戦艦艦娘に何十発撃たれても撃破できない場合もあり、50㎏爆弾程度の損傷ならば瞬時に修復、機能回復する。航空機運用能力を持つ個体がほとんどで空母級などとは比較ならない数の深海棲艦航空機を発進させる。また強力な砲台を持ち、場合によっては30㎝砲クラスの火力を持っている。他の陸上型深海棲艦の母体にもなっており、脅威度は一番高い。

・工場型

 戦車型や砲台型などを生産・繁殖させる陸上型深海棲艦。基本的には人間の放棄した工場に輸送型などが取り付くことによって発生する。戦場近くの工場型は見た目はもとの工場と変化はないが、戦場から離れた工場型は輸送艦ワ級に似た頭部を生やしたものが多い。大規模な生産能力を持つ工場型は重要な存在であるためか、ミサイルや爆弾をも弾く強力な障壁を発生させる個体が多い。この障壁は低速なものならば通過することができ、艦娘の近接攻撃などで撃破した例が多い。

・同化型

 陸上深海棲艦が撃破された現代兵器などと同化した陸上型深海棲艦。同化元の兵器とほぼ同じ性能を持つことになり、シルエットも現代兵器と同じになるため、戦場では味方と見間違えたりして脅威になる。

 

 余談だが「陸上型深海棲艦」という名称には批判も多く、「深海」棲艦ではなく、別に新しい名称を付けるべきという議論もされている。しかし、「陸上型深海棲艦」という名称が世界的な物になっている上、名前から深海棲艦の発展系、敵というイメージが湧きやすいため、「陸上型深海棲艦」という名前で通っている。

 

艦娘

 2013年に日本海軍が開発した海上兵器。深海棲艦と同じ能力を持っており、深海棲艦に唯一対抗できる兵器でもある。日本海軍が全世界に建造技術を伝授し、現在では世界の海軍で運用されている。

 兵器と言っても外見は思春期の少女であり、それぞれの艦娘で違う意識が存在し、実際、生物学的にも人間と差異はない。

 種類は駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、戦艦、航空母艦、水上機母艦、揚陸艦、潜水艦、工作艦、潜水艦母艦など様々であり、それぞれ異なる専用の装備(以下艤装)を装着することで、様々な能力を獲得することができる。

 艤装は様々であり、大砲、魚雷、航空機と多々あるが、艦娘個人個人で装備できるものが違う(しかし、同じ艦種では共通の艤装も多い)。

 また艤装を装着することによって、海上においては水上に浮くことができ、アイススケートのように海上を滑って移動できる。また艤装の武装は小型の大砲や機銃、魚雷、航空機であるが、深海棲艦と同じように大口径砲や実際の大型爆弾、長魚雷と変わらない威力を持つ。深海棲艦とは異なり、駆逐艦娘でも障壁を展開できる。

 防御力に関しては艦級によって違いはあるものの、障壁のみである。艦娘の障壁は深海棲艦の障壁が一重なのに比べ、二重である。意識的に展開する外部障壁と常時展開されている体表障壁に別れている。これが空間装甲的な役割を果たし、外部障壁で砲弾が炸裂しても、破片、爆風を遮り、破片が貫通した場合でも体表障壁が体を守る形になる。障壁のエネルギーは動力艤装の燃料であり、砲弾を障壁で防ぐと大幅に消費する。燃料が欠乏した場合は障壁の展開維持が難しくなり、場合によっては小銃弾すら防げない場合もある。

 人間と同じ大きさであるため、艦艇などの水上レーダーには映りにくい。そのため、通常艦船と行動するときは位置情報などは緊密に無線で知らせている。しかし、艦娘が装備するレーダーでは艦娘、深海棲艦が確実に映る。

 

 水上を浮遊できる力を発生させる機構は軍事機密であり、世に知れ渡ってはいないが、脚の裏側から何らかの斥力が発生していると考えられている。この斥力と障壁は同じ類いとも考えられている。

 また建造方法に関しては各国の軍事秘密であり、世に知れ渡ってはいないが、各国で共有されている。日本海軍においては艦娘建造部という部門が設立され、艦娘自体と根幹艤装(動力部等)の製造を全て司っている。内情は不明であり、艦娘が生まれた当初から艦娘を運用してきた橫須賀鎮守府の提督ですら知るところではない。軍部高官ですら知っている者は少ない。

 しかし、砲や魚雷、航空機などの艤装に関しては開けっぴろげであり、軍に限らず、民間企業が開発製造している艤装も多い。

 武装艤装に関しては妖精が開発に大きく関わっている。妖精は伝説や神話、物語などの小人に近い存在で、艦娘用の小さい兵器などの開発製造が機械なしでできる。しかし、妖精はかなり気まぐれであり、安定生産はできない。そのため、妖精が開発、軍、民間企業がコピー生産という形を取っている。妖精の中には艦娘の艤装や航空機を操作する妖精もいる。

 

 艦娘は水上でのみ、その能力が全力で発揮することができ、陸上においては全力の600分の1程度の能力しか発揮できない。その為陸上で運用されることはない。しかし、陸上でも常人離れの力は出せるので荷物運びや力仕事などを手伝ったりすることもあるが、艦娘は士官待遇であり、推奨はされていおらず、普通の兵隊達にとっても少女達を肉体労働させることには抵抗感があるため、頼まないことが多い。

 

 艦娘の能力は軍事機密で不明な部分も多いが、艦娘に用いられている技術を流用すればより強力な兵器を開発できるとして、艦娘技術を通常兵器に流用する研究は多く行われているが、現在の所成功した事例はない。しかし、通常兵器の技術を艦娘兵器に流用することには成功している。試作であり、性能にはかなり不安定なところ(1000個作って1つも動かないとかざら。動いたとしても性能は実用レベルよりかなり低い)があるものの、ホーミング魚雷、短魚雷、誘導爆弾などの開発に成功している。

 

 艦娘は個々で意識があるのが兵器としての一番違う点であるが、彼女たち自身は「個々とは違う世界で艦だった」と証言しており、軍人顔負けの知識、技術を持ち、全員が同じ世界観を話すをため、これは真実であると考えられている。そのため、艦娘達の証言をまとめたものも編纂されている。

 まれに艦娘は人間か人間ではないか、という議論が発生する。これは艦娘が人の手によって作られたものではないか、という疑いがあるためである。宗教的な観点から人間ではないということも言われていたりもするが、それぞれで意識もあり、外見も生物学的にも人間であるため、人間として考える人が多い。しかし、深海棲艦と同じ能力を持つことから、深海棲艦のスパイではないか、という声もあり、軍内部では艦娘に反対する派閥が存在する。現在では艦娘の活躍、艦娘暗殺未遂事件などもあって鳴りを潜めている。

 ちなみに艦娘の外見は美少女であるため、男性からの人気は高く、「お近づきになりたい」という理由で海軍に志願するものも多い。これを逆手に取り、日本海軍は広報と志願者確保のため、ある艦娘にアイドル活動をさせている。

 

補足 障壁について

 艦娘、深海棲艦が発生させる力。特に防御に使われる物を言う。

 無色透明ではあるが、砲弾の着弾時に軽く白色に発光したりする。艦種にもよるが最低でも10㎜程度の防弾鋼板ほどの耐弾力はある。

 艦娘が意識して展開する外部障壁は慣れれば自由な角度で展開できるため、砲弾に対して斜めに展開して受け流すなど、耐弾力を越えた芸当もすることができる。




 こんな設定です。時々内容を変更、追加することがあるのでたまに見に来てください(露骨な閲覧数稼ぎである)。
 色々と考えてみましたが、やっぱり分からないところもあったりして、そこは「軍事機密」、「解明できてない」ということでお茶を濁すことに。「軍事機密」、「解明できていない」と書いたものでも、いくつかはちゃんと設定練っています。ただ、こればかしはネタバレになってしまうので設定集であるこの章外でも書きません。


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米陸軍の兵器

 次は「登場人物」か「リットリオが解説! 通常艦艇による対深海棲艦戦法」と言ったな。あれは嘘だ。
 ノーフォーク攻略戦に辺り大量に米軍兵器が出るので簡単なまとめを投稿します。
 今回は米陸軍の戦車や装甲車、自走砲です。

 ※注意
  この作品の設定では「第二次大戦・太平洋戦争は発生していない」ので、ありとあらゆる兵器の開発年代が史実とはばらばらです。


M48A5パットン主力戦車

 アメリカ陸軍の主力戦車。深海棲艦との戦いでは旧式化しているため、退役させることも考えられたが、主砲やエンジン周りをM60と同じ物に換装することで性能を向上させ、現在でも第一線に配備されている。旧式ゆえに戦車回収車や火炎放射線車、架橋戦車などの派生系も多い。

 武装:M68 51口径105㎜戦車砲 7.62㎜機銃 12.7㎜機銃

 最大装甲:120㎜

 最高速度:48㎞/h

 

M60/A1/A2パットン主力戦車

 アメリカ陸軍の主力戦車。M48パットンの後継車両。主砲に105㎜戦車砲、エンジンにディーゼルエンジンを採用しているが、総合的にはM48の改良型である。

 深海棲艦との戦いの主力を担う戦車であり、高い優先度で生産された。派生車両にはM728戦闘工作車などがある。

 武装:M68 51口径105㎜戦車砲(M60/A1) M162 152㎜ガンランチャー(M60A2)

    7.62㎜機銃 12.7㎜機銃

 最大装甲:178㎜(M60)/254㎜(M60A1)/292㎜(M60A2)

 最高速度:48㎞/h

 

M103A2ファイティングモンスター重戦車

 アメリカ陸軍の重戦車。ドイツ陸軍のE計画重戦車やロシア新型重戦車に対抗する為に開発された。問題点が続出し、改修が行われた上で採用されたのだが、重量過多で機動力は低く、M60に比べて性能も低いこともあり、実戦経験もなく、予備兵器に分類された。しかし、深海棲艦との戦いでは装甲車両不足から現役に復帰した。

 武装:M58 60口径 120㎜戦車砲 7.62㎜機銃 12.7㎜機銃

 最大装甲:180㎜

 最大速度:37㎞/h

 

MBT-70

 アメリカ陸軍の試作主力戦車。M60の後継車両としてドイツと共同開発されていたが、深海棲艦の出現により共同開発はできなくなり、アメリカが独自で開発完了させた。深海棲艦の上陸に備えて試作段階で量産命令が出るが、量産車が完成する前に深海棲艦が上陸。上陸した深海棲艦にはM60などで十分対抗できるため、量産はキャンセルされた。

 しかし、反攻作戦を行うには装甲車両が不足気味であることが判明し、数を補うために生産ラインにあった分だけ製造することになる。

 新技術が数多く導入され、1500馬力の高出力ディーゼルエンジン・射撃管制装置と夜間暗視装置・自動装填装置の採用、車高を自由に変えられる油圧式可変サスペンションなどを備えている。

 武装:M58 60口径120㎜戦車砲 7.62㎜機銃 20㎜機関砲

 最大装甲:250㎜(一部中空装甲)

 最大速度:65㎞/h

 

M511シェリダン空挺戦車

 アメリカ陸軍の空挺戦車。M41軽戦車とM56スコーピオン空挺対戦車自走砲の後継車両として開発された。通常砲弾とミサイル両方が運用できるガンランチャーや軽合金装甲などの新機軸が多く採用されている。水上航行能力もあり、波の少ない湖畔や河川では本格的な水上航行が可能。

 しかし、ガンランチャーの兵器としての信頼性は低く、緊急展開部隊の第82空挺師団のみの配備に留まっている。

 武装:M81 152㎜ガンランチャー 7.62㎜機銃 12.7㎜機銃

 最高速度:69.2㎞/h(陸上) 5.79㎞/h(水上)

 

M41ウォーカー・ブルドッグ軽戦車

 アメリカ陸軍の軽戦車。設計は保守的だが、それゆえ信頼性は高く、開発時には性能もかなり高いものであった。旧式化に伴い、後継車両としてM511空挺戦車が採用されたが、信頼性の低さから更新が進まず、いまだにM41がアメリカ陸軍偵察戦車としての座にある。

 武装:M32 60口径76.2mm戦車砲 12.7㎜機銃 7.62㎜機銃

 最大装甲:38㎜

 最高速度:72.42㎞/h

 

T28重戦車/T-95戦車駆逐車

 アメリカ陸軍の重戦車。1970年代にドイツのジークフリート線計画などの頑強な要塞を突破するために開発された戦車。30両程度が製造されたが、戦場に投入する機会はなく、旧式化に伴って予備兵器、博物館行きになった。

 深海棲艦への反攻作戦の折にT28の重装甲に目が付けられ、主砲、エンジン、射撃装置などの数々の改修を行った上で現役に復帰した。

 武装:M68 51口径105㎜戦車砲 20㎜機銃

 最大装甲:300㎜

 最高速度:36.2㎞/h

 

M109A2 155mm自走榴弾砲

 アメリカ陸軍の自走砲。専用に開発された車体と155mm榴弾砲を装備した旋回式砲塔を持つ。搭載するM185 155㎜榴弾砲はM107榴弾での最大射程は18,100m、M549ロケット補助榴弾では24,000mと長い射程を持っている。

 武装:M185 155㎜39口径榴弾砲 12.7㎜機銃

 

M110A2 203mm自走榴弾砲

 アメリカ陸軍の自走砲。走行装置はM113装甲兵員輸送車の設計を流用したもので、エンジンはM109 155㎜自走榴弾砲と共通。砲塔を持たず砲身は露天になっている。搭載するM201榴弾砲の最大射程は21,300メートル。

 武装:M201A1 203mm 37口径榴弾砲

 

M270多連装ロケットシステムMLRS

 アメリカ陸軍の自走ロケット砲。戦車保有数の多いロシアに対抗する為に開発していたが、深海棲艦の上陸などにともなって、榴弾砲よりも広範囲の面積を一度に制圧できる長射程の火力支援兵器として開発された。

 車体は開発中であったMICV-70(後のM2ブラットレー)歩兵戦闘車のものを流用して、車体前部に密閉式操縦席と後部に箱型旋回発射機を備える。ロケット弾の弾頭は主にクラスター弾。

 武装:227㎜ロケット弾12連装発射機(再装填時間:8分)

 

M42ダスター自走高射機関砲

 アメリカ陸軍の自走対空砲。M41ウォーカー・ブルドック軽戦車の車体を流用し、砲塔にボフォース40㎜対空砲を改良したM2A1 66口径40mm対空機関砲を2門搭載している。

 対深海棲艦航空機を撃墜することは不可能だが、対地攻撃において絶大な威力を発揮したため、修理に回されてくるM41軽戦車はほぼ全てがM42自走高射機関砲に改修されている。

 武装:M2A1 66口径40mm対空機関砲×2 7.62㎜機銃

 最大装甲:38㎜

 最高速度:72.42㎞/h

 

M113装甲兵員輸送車

 アメリカ陸軍の装甲兵員輸送車。履帯を装備し、整地不整地共に機動力が高く、浮遊能力を備えているため、限定的ながら沼や川を横断することもできる。装甲材にはアルミが使用されているが、防御力は鋼鉄を使用したときと変わりない。

 派生系が多く、自走迫撃砲や自走火炎放射器、自走対空砲、回収車など多岐にわたる。

 武装:いろいろ

 最大装甲:38㎜

 最高速度:64㎞/h



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米空軍の兵器

 先日、この作品のUAが15000を超えました。皆様、この作品を読んでくださりありがとうございます。これからも頑張ります。


 今更ですが、米空軍が装備する航空機のまとめです。

 ※注意
  この作品の設定では「第二次大戦・太平洋戦争は発生していない」ので、ありとあらゆる兵器の開発年代が史実とはばらばらです。



空軍機

F-102デルタダガー

 ジェネラル・ダイナミクス社のコンベア部門が開発し、アメリカ空軍に制式採用された戦闘機(要撃機)。北米大陸を空襲すると予想されたロシア戦略爆撃団を要撃する目的で開発された。旧式化した現在では少数がモスボール保管されているが、大半が標的機となっている。

 最大速度:1,304 km/h

 実用上昇限度: 16,300 m

 

F-104スターファイター

 ロッキード社が開発した超音速ジェット戦闘機。細い胴体に短い矩形の主翼を持つ小型軽量の機体に強力なエンジンを搭載している。卓越した高速性と形態はミサイルを彷彿させ、「最後の有人戦闘機」とも称された。

 旧式化とF-4との更新によって現在ではモスボール保存されている。爆撃能力はほぼないので、対深海棲艦戦でも復帰する予定はない。派生機としてU-2高高度偵察機がある。

 最高速度:マッハ2.2(2693 km/h)

 

F-105サンダーチーフ

 リパブリック社が開発した軍用機である。初めて機体内に爆弾倉をもった戦闘爆撃機であり、「FとAを付け間違えた」とも言われた。最大速度はマッハ2と戦闘機としてもかなり優秀である。

 対深海棲艦戦では戦闘機は役に立たないので、もっぱら爆撃任務に徹している。現在ではほぼ全機がAGM-62 ウォールアイやAGM-65 マーベリックなどの対地ミサイルが運用できるよう改修がされている。派生機として敵防空網制圧任務を受け持つF-105G/Fが存在する。

 最高速度: 2,208 km/h

 武装: M61 20mmガトリング砲

     AIM-9 サイドワインダー 空対空ミサイル

     各種爆弾・ミサイル

 

F-106デルタダート

 アメリカ合衆国のコンベア社がF-102の性能向上型として開発した戦闘機。F-102と同じく、ロシア戦略爆撃団を要撃する目的で開発された。F-102から大きな性能向上を見せており、F-4と並んで、北米防空の主力を担っている。飛行特性がロシアのMiG-21と似ているのでアグレッサー部隊にも配備されている。

 爆撃能力は全くないので、対深海棲艦戦での活躍は全く期待されていない。

 最大速度:2,455 km/h

 実用上昇限度: 17,374 m

 武装: M61 バルカン 20mm ガトリング砲 AIM-9サイドワインダー×2 AIM-7スパロー×4

 

F-111アードバーク

 ジェネラル・ダイナミクス社が開発した機体。F-105の後継機として開発された。可変翼と並列複座、アフターバーナー付ターボファン双発エンジン、地形追従レーダーが特徴的。初期には問題も多く発生し、失敗作とまで言われたが、その後の改修により問題点は改善された。

 Fナンバーではあるが、戦闘機としての能力は皆無と言って良い。しかし、攻撃機としての能力は一流であり、ありとあらゆる爆撃任務をこなす。

 最大速度:マッハ 2.5

 武装:11.340㎏まで搭載可能。米空軍が所持している対地兵器のほぼ全てを搭載できる。

 

F-4ファントムⅡ

 マクドネル社が開発した艦上戦闘機。アメリカ海軍、空軍をはじめ、多くの国の軍隊で採用されている。

 大柄の機体の割りに旋回性能は良く、強力なJ79ターボジェットエンジンにより高い機動性、最大離陸重量を持つ。開発当時にしては高性能なレーダーを搭載しており、レーダーと連動してミサイルを発射できる。

 当初、ミサイル万能論に従い、機首機銃を搭載していなかったが、ミサイルの信頼性の低さからM61バルカンを搭載するようになった。

 最大速度:マッハ2.23

 武装:AIM-9 サイドワインダー 空対空ミサイル

     各種爆弾・ミサイル

 

YF-16

 ジェネラル・ダイナミクス社が開発試作した第4世代ジェット戦闘機。Yナンバーであり、正式採用機ではない。後述のYF-15の開発費が高騰し、生産機のF-15の導入予算が非常に大きくなる予想が成されたため、導入コストが安く稼働率の高い高性能軽戦闘機を目指して開発されていた。

 2000年に深海棲艦が登場してからは純粋な戦闘機は必要ないとされ、開発計画凍結寸前までになったが、JD社は派生機としてクランクト・アロー・デルタ翼を持った攻撃機型F-16XLを発表したため、なんとか凍結からは回避する。CCV、フライバイワイヤなどの技術をふんだんに使用しており、高い性能を誇る。

 深海棲艦戦争後の戦闘機の座を狙ってノースロップ社のYF-17と実戦でトライアル試験を受けることになる。

 

YF-17

 ノースロップ社が開発試作した第4世代ジェット戦闘機。YF-16と同じく、Yナンバーであり、正式採用機ではない。YF-16と同じく、YF-15のコスト増によって、開発が計画された。

 設計は同社設計のF-5タイガーⅡでの経験を踏襲しており、エンジンは双発、高翼面荷重でありながら中低速では抜群の運動性と高い離着陸性能を持つが、高速性能や加速性能がYF-16に劣るのが弱点である。

 深海棲艦戦争後の戦闘機の座を狙ってジェネラル・ダイナミクス社のYF-16と実戦でトライアル試験を受けることになる。

 

A-10サンダーボルトⅡ

 フェアチャイルド・リパブリック社の開発した近接航空支援(CAS)専用機。戦車、装甲車などの地上目標の攻撃と若干の航空阻止により地上軍を支援する任務を担う。深海棲艦が出現した2000年以後に開発された機体であり、深海棲艦上陸に備えて開発された(しかし、構想や設計自体は2000年以前から始まっている)。

 深海棲艦は小型であり、高速のターボジェット戦闘機での攻撃は難しかった。また深海棲艦の攻撃は高射砲、機銃の弾幕によるものであり、ミサイルによる攻撃を前提に開発されていたほとんどの米空軍機は対応できず、撃墜される機体も多かった。

 そのことを受け、地上攻撃のための高い安定性、高い耐久性、強力な武装の三拍子がそろった機体としてA-10は開発された。

 武装:GAU-8 30mmガトリング砲

    GBU-10/12、Mk77、クラスター爆弾、AGM-65、AIM-9、ロケット弾

 

A-15ストライクイーグル

 第4世代ジェット戦闘機として開発されていたYF-15イーグルを攻撃機として設計し直した攻撃機。

 YF-15は当初、純粋な要撃戦闘機として開発が進んでいたが、開発費用の高騰、深海棲艦の出現など要因によって一時、開発計画が凍結された。しかし、開発元のマクドネル・ダグラス社が待ったをかけ、YF-15は機体強度や機動性が高いため、本格的な対地攻撃機として設計変更する声明を出した。そして完成したのがA-15である。

 A-15はYF-15から大幅に設計変更し、防弾性や生存性を高め、米空軍が運用している

ありとあらゆる対地兵器を装備できるようになった。元々が戦闘機のため、攻撃機としての能力はF-111に劣るが、戦闘機なだけに運動性もよく、米空軍は深海棲艦戦争終了後の主力戦闘機にすることも考え、採用、量産指示を出し、ノーフォーク攻略戦「レコンキスタ」にて初の実戦を体験することになる。

 最大速度:マッハ2.5

 武装:AIM-9 サイドワインダー 空対空ミサイル

     各種爆弾・ミサイル

 

B-47ストラトジェット

 ボーイング社製のアメリカ空軍初のジェット推進戦略爆撃機。35度の後退角を持った主翼などスマートなフォルムは、それまでのものと比べると革新的なものであった。

 「レシプロからジェットへのつなぎ」として開発されたB-47は後述のB-52の配備が進むと共に退役していったが、少数が現在でも残存しており、B-52と共に深海棲艦戦争での爆撃任務に就く。

最大速度: 945 km/h

ペイロード(兵装搭載量): 標準 4,540 kg、最大 9,980 kg

 

B-52ストラトフォートレス

 B-47の後継機として開発され、アメリカ空軍に配備されたジェット推進戦略爆撃機。 B-47で実証された要素を踏まえた上で、設計が行われ、大陸間爆撃機の航続力と兵装搭載力に亜音速の速度性能を与えた、堅実な機体としてできあがった。

 深海棲艦戦争においてはB-47と爆撃任務に就き、絨毯爆撃を行った。膨大なペイロードを活かした絨毯爆撃を行うB-52は友軍にとって頼もしい存在であった。一部、巡航ミサイルの運用が可能なよう改修された機体もある。

最大速度::1,052km/h

武装:Mk 82通常爆弾を胴体内に27発。翼下には18発搭載可能。

 

U-2ドラゴンレディ

 ロッキード社がF-104をベースに開発した高高度偵察機。ドラゴンレディという愛称は公式のものではない。

 細長い直線翼と黒い塗装が特徴で、高度25000mもの高高度飛行能力、偵察用特殊カメラなどを活かして、偵察任務に就いている。

 ミサイルの発達により高度25000mにおいても撃墜の危険性が出てきたが、カメラ技術の向上により敵国上空を直接飛ばなくてもかなりの情報収集は可能である。

 深海棲艦戦争においては深海棲艦航空機が到達できない高高度を飛び、深海棲艦の生態や行動、作戦における偵察・調査などで活躍する。

 

EF-111レイブン

 アメリカ空軍が運用しているF-111改造の電子戦機。

 搭載する電子妨害装置はEA-6プラウラーに搭載されているものの改良型を使用している。電子機器やアンテナ類は垂直尾翼や爆弾層に搭載され、EA-6のように翼下に搭載などはしない。

 電子戦専用機とはいえ、EA-6Bとは違いAGM-88 HARMなどの対レーダーミサイルは運用できず、自衛火器も有さない。しかし、F-111持ち前の速度性能は維持されており、遠距離からの電子妨害のほか、攻撃部隊とともに目標に接近しての電子妨害も行えることが考慮されていた。

 深海棲艦戦争では深海棲艦に電子妨害が効くかどうかの実験を除けば、レコンキスタ作戦で初めて本格的に投入された。

 

 

海軍機

 海軍所属の機体であったが、米海軍空母の全消失により行き場のなくなった機体は空軍に編入され、運用されている。

 

A-4スカイホーク

 ダグラス社が開発しアメリカ海軍などに制式採用された艦上攻撃機。

 機体規模に比べ、かなりのペイロードを持つ。機体設計は完成度が高い上、簡潔であり、6本のボルトを外すだけでエンジンを取り出せるなど整備性、安価、性能、経済性において優秀な機体であり、数多くの国に輸出された。

 深海棲艦戦争においては海軍の空母艦載機として深海棲艦への攻撃任務に就く。海上の深海棲艦への攻撃では持ち前の耐久性を発揮し、被撃墜数は少ない。しかし、母艦の消失などに伴い、陸上機として運用されることになる。

武装:コルト Mk-12 20 mm 機関砲 × 2

   各種爆弾×5個(4490㎏まで)

 

A-6イントルーダー

グラマン社が開発した並列複座の攻撃機。

 爆弾などの対地攻撃兵器を大量に搭載し、全天候下で精密攻撃を行う攻撃機として開発された。大型のレドームと並列複座が合わさった機首は丸く大きくなっているのが特徴。

 深海棲艦戦争では深海棲艦への爆撃任務に就くが、A-4と違い、被撃墜機を多く出してしまう。母艦の消失に伴い、陸上機として運用されることになるが、残存木はそこまで多くはなく、後述のEA-6への改造が行われる。

武装:各種ミサイル・爆弾×5個(8,170 kgまで)

 

A-7コルセアⅡ

 A-4の後継機としてチャンス・ヴォート社のF-8クルセイダー戦闘機をベースLTV社によって開発された艦上攻撃機。F-8での問題点をほぼ解消している。

 海軍は超音速攻撃機を欲しがっていたが、超音速攻撃機は価格高騰が予想されることから既存機のF-8をベースに開発されることになる。A-4と違い、戦闘機並みの機動性などは求められていない。

 深海棲艦戦争では深海棲艦への爆撃任務に就くが、高速性能がたたり、命中弾を与えることは難しかったため、早々と空母からは降ろされた。しかし、戦場が陸上に移ってからはA-4、A-6と同じく空軍機として爆撃任務に就くことになる。

武装:M61A1 20mm機関砲

   各種ミサイル・爆弾

 

EA-6プラウラー

 グラマン社がA-6をベースに開発した電子戦機。A-6から直接改装したA型と初めからEA-6として開発されたB型がある。

 電子妨害および敵防空網制圧が主な任務であり、電子妨害装置の他、対レーダーミサイルも搭載できる。

 深海棲艦戦争では当初、電子妨害をすることによって深海棲艦に電子妨害装置などをコピーされることを危惧し、前線に出ることはなかったが、空軍に編入後、レコンキスタ作戦を皮切りにしてEF-111と共に深海棲艦への電子妨害で活躍する。



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軍事用語ちょこっと解説

 今回は軍事用語をちょこっと解説します。
 間違いなどがあったら個人宛メッセージでご指摘ください。
 「作中の○○が分からない」、「○○を解説して欲しい」というものがありましたら、これも個人メッセージなどでお教えください。できるだけ、書き足していきたいと思います。


ライフル砲

 ライフリング(旋条)がある砲。反対のものは滑腔砲。

 ライフリングは砲身内に掘られた螺旋状の浅い溝のこと。これにより砲弾を回転させることでジャイロ効果により弾道性を高める。

 しかし、この回転を与えることは成型炸薬弾(HEAT)などの弾丸にとっては不利に働き、大口径のAPDS(装弾筒付徹甲弾)はジャイロ効果による弾道安定性が見込めなくなったので、現代の戦車砲は滑腔砲が多い。(「雪の駆逐艦」内ではまだライフル砲が多い)

 

滑腔砲

 ライフル砲とは反対にライフリングがない砲。最新の戦車砲や迫撃砲に多い。

 HEAT(成型炸薬弾)やAPDS(装弾筒付徹甲弾)の威力を最大限に発揮するために戦車砲などに搭載されることが多い。小口径の迫撃砲などは滑腔砲が多いが、大口径になるとライフル砲になるものも多い。

 

ロケット砲

 ロケット弾の発射に特化した大砲のこと。ロケットランチャーと呼ぶこともある。

 ロケット弾は推力を持ち、自力で飛翔する能力を持つ弾のこと。

 ロケット砲はレール式のものや薬質や尾栓がある火砲の形式を持ったものなど、様々である。基本的にロケット弾を打ち出すものであれば、大砲に見えなくてもロケット砲である。

 命中率は通常の火砲よりも劣るため、同時に多数のロケット弾を発射して一度に大面積を制圧するという用途に使われることが多い。また大砲のように強い衝撃や急激な加速度を与えないため、ガス弾などの化学兵器が弾頭に搭載されることも多い。

 ロケット弾はその特性上、発射時に大量の噴射ガスを発生させるため、遠距離でもその発射を確認することが容易である。

 

無反動砲

 名前の通り、無反動の砲である。かといって完全に無反動というわけではない。

 発射する砲弾が持つ運動力と同じ運動量を持たせた物体(空気や塩水が多い)を方向部に放出、作用反作用の法則を利用して、発射時の反動を軽減した砲のことをいう。

 反動がなく、大口径砲弾を発射できるため、主に歩兵部隊の対戦車兵器として運用される。初速はあまり高くできないため、弾頭には距離で威力の変わらないHEATなどが多い。初速や射程を稼ぐ為、弾体にロケット推進装置を取り付けたものもある。

 バックブラストは高温かつ高速であり、浴びた場合は死に至る(のぞき込んで頭が吹き飛んだことも)。

 それとRPG-7はロケット砲ではなく、無反動砲である。RPG-7は無反動砲である。(大事なことなので2度言いました)

 

 

AP(徹甲弾)

 鉄の塊の砲弾。装甲を持っている目標に対して使用される。中に炸薬が入っているものはAPHEと呼ばれる。ちなみに第二次大戦時の日独伊ではAPHE(徹甲榴弾)もAPと呼んでいる。

 装甲貫通後は内部で弾体が跳ね回り、内部の人員、機器を損傷させる。

 装甲をよりよく貫通させるためにAPC(被帽付徹甲弾)やAPBC(仮帽付徹甲弾)、APCBC(仮帽付被帽付徹甲弾)と発展していく。

 

系譜図

【挿絵表示】

 

 

APC(被帽付徹甲弾)

 通常のAPの上に柔らかい金属キャップを付けて、跳弾しにくくした弾丸。

 

APBC(仮帽付徹甲弾)

 通常のAPの上に空気抵抗が少ない形の金属キャップを付け、初速を低下しにくくした弾丸。

 

APCBC(仮帽付被帽付徹甲弾)

 APCとAPBCの両方の金属キャップを組み合わせたもの。

 

HVAP/APCR(高速徹甲弾または硬芯徹甲弾)

 タングステンなどの重金属を弾芯に、その周りをアルミニウムなどの軽合金で覆った装甲貫通に特化した徹甲弾。

 全体の質量が軽いため、初速を速くすることができるが、その分、目標距離が離れるにつれ急激に砲弾速度が低下し、ある程度以上の距離では通常の徹甲弾よりも性能が劣る。

 

APDS(装弾筒付徹甲弾)

 弾体を細くすることで空気抵抗を減らし、装甲に当たる面積も小さくすることで、装甲貫通力を高めた徹甲弾。現在の対戦車砲弾の主流はこの砲弾。形状は細長い槍状。

 弾体を細くしたことにより、装薬の爆発圧力が受けにくくなるため、装弾筒を付けることにより、それを解消している(このため、弾体自体は細いのに、砲身は大口径の方が良いという矛盾が発生する)。装弾筒(サボ)は砲身から飛び出た後に弾体からは外れる。

 砲身が大口径化していくに従って、APDSはジャイロ効果による弾道安定性が低くなったため、APDSに翼を付け、弾道を改善したものがAPFSDSである。

 

APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)

 APDSに安定翼を付けたものがAPFSDSである。弾道安定をライフリングによるジャイロ効果に依存せず、安定翼によって行う。滑腔砲から発射するのが望ましいが、回転を抑制するスリッピング・バンドを付けることでライフル砲からも発射できる。

 貫通力はAPDSよりも高い。これは高初速と砲弾の回転の関係で決まるのだが、簡単に言うとAPDSが高速回転しながら高初速で着弾すると侵徹体(砲弾のこと)は前後で千切れるから。

 

劣化ウラン弾

 弾体に劣化ウラン(ウラン235の含有率0.720%以下のウラン)を主原料とする合金を使用した弾丸。

 比重が約19(タングステンの比重は19.3、鉄は7.85)と重く、砲弾に加工して発射すれば同サイズ、同速度で高い運動エネルギーを得ることができるため、対戦車砲弾に多い。

 タングステン弾に比べ、劣化ウラン弾は目標の装甲板に侵徹する過程において先端部分が先鋭化しながら侵攻する自己先鋭化現象(セルフ・シャープニング現象)が発生し、タングステン弾よりも10%ほど貫通力が高いとされる。また、着弾時に運動エネルギーが熱エネルギーに変換され(先端部は1200℃まで温度上昇する)、その熱エネルギーにより貫通後、溶融した劣化ウランの一部が微粉末状に飛散する。ウランは酸素と結びつきやすいので、飛散した時に激しく燃焼し、焼夷効果も発揮する。

 戦争における健康被害などでよく引き合いに出されるが、放射能に関しては劣化ウランは天然ウランの6割程度しか出さず(劣化ウランの放射能:14.8 Bq/mg)、健康被害については飛散した劣化ウランの重金属中毒の方が大きいのでは? と疑問点も多い(どのみち、健康被害は出るんだからやめた方がいいね。なお米軍は健康被害自体を否定している)。

 使用後核燃料などの放射線廃棄物から製造されることも多いため、タングステン弾よりも製造コストは安い、と言われることもあるが、劣化ウランは酸素と結びつきやすいので、真空、もしくは不活性ガス中で加工しなければならない。そのため、製造コストは通常のタングステン弾とほぼ同じくらいになる。

 

HE(榴弾)

 中に爆薬が入っている砲弾。APとは違い、対歩兵、非装甲目標向けの砲弾ではあるが、HEの中にも装甲貫通や車両撃破を目的としたものもある。20㎜以上の口径があれば弾体に炸薬を充填するのが容易なため、多くの砲がHEを発射できる。

 HEはAPほど弾種は多くなく、HE、HEAT(成型炸薬弾)、HESH/HEP(粘着榴弾)に大別できる。

 

HESH/HEP(粘着榴弾)

 HESH/HEPはホプキンソン効果を利用した砲弾のこと。ホプキンソン効果は鋼板や岩石などに爆薬を密着させた状態で爆破した際、その裏側に剥離が生ずる現象のこと。

 HESH/HEPの弾頭はプラスチック爆薬などでできており、命中時に弾頭は潰れ、敵の装甲に密着、起爆する。そしてホプキンソン効果で装甲の裏側が剥離、飛散することで中の乗員や機器を破壊する。ちなみにHESH/HEPは装甲の内側に鋼製ネットや高分子ライナーなどの内張装甲を付けることによって簡単に無効化される。

 

HEAT(成型炸薬弾)

 成型炸薬を用いた砲弾・弾頭のこと。モンロー/ノイマン効果を利用しており、化学エネルギー弾とも言われる。

 図のような形状にすることで、爆圧が1箇所に集中する(モンロー効果)。その形状の炸薬の内側に金属板を張り、爆破すると金属板はユゴニオ弾性限界を超え、液体化、超音速で前方へ飛び出す(ノイマン効果)。

 この液体化した金属板をメタルジェットといい、これが装甲を貫通し、中の搭乗員や機器を破壊する。

 ライフル砲でHEATを撃つと、回転によりメタルジェットが遠心力で集中しないため、貫通力が下がる。

 初速がなくても大きな貫通力を見込めるため、低初速砲や低圧砲、無反動砲、ミサイルなどで利用されている。

 ちなみに装甲を間隔を開けて二重にする(空間装甲)とメタルジェットが拡散して、効果が薄くなる。西側諸国戦車で見られる爆発反応装甲(弁当箱みたいなヤツ)はこのことを利用したもの。そのため、HEATをタンデム(二重)にするなどいたちごっこである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 対艦HEATとして旧日本海軍の桜弾(さくらだん)(陸軍攻撃機の飛龍に搭載した直径1.6m、重さ2.9tの航空機用体当たり爆弾)やナチス・ドイツ空軍のミステル(目標物に突入する無人機と、その付近まで誘導する有人機とが結合したもの。まさに「見捨てる」わけである。こちらは弾頭はHEATに限らず色々ある)などがあったが、戦果はあまり挙げていない。

 桜弾は完成しなかった雲龍型空母「阿蘇」で使用実験が行われ、上甲板・中甲板・下甲板・艦底を貫通したものの、浸水区画は限定的で次第に浸水していき、「阿蘇」は着底した。そもそもHEATと隔壁がたくさんある艦艇は相性が悪く、弾薬庫などに直撃すれば1発で艦艇を撃沈できる可能性はあるが、そうでない場合、たちまちダメージコントロールによって回復されてしまうであろう。

 

その他の砲弾

榴散弾(榴霰弾)・キャニスター弾(ケースショット)

 対人用砲弾のこと。おおざっぱに言えば、大砲用のショットガンの弾。散弾をいっぱいばらまける。榴散弾とキャニスター弾は散弾の詰め方、打ち出し方が違うだけで大きな違いはない。

 

フレシェット弾

 矢の形をした弾丸。もしくは榴散弾の散弾が矢のバージョン。

 

焼夷弾

 名前の通り、ものを燃やす弾。砲弾のみならず爆弾でもある。 

 

曳光弾

 飛んでいく間に発光することで軌跡がわかるようになっている弾丸のこと。光が出ている、ということは熱、光が出ているということで焼夷効果も少しある。

 

照明弾

 夜を明るく照らす弾。

 

ミサイル

 

ミサイルの誘導方式

電波追尾誘導方式

 電波を使う。目標から跳ね返ってくるレーダー波を追尾し、追尾する方式。

 レーダー波追尾誘導の場合、レーダー波の放射源がどこにあるかで名称が変わる。

 パッシブ:目標が発するレーダー波を追いかける(例:AGM-88 HARM対レーダーミサイル)

 セミアクティブ:ミサイルの発射母機が発したレーダー波が跳ね返ってくる目標を追いかける(例:AIM-4スパロー中距離ミサイル)

 アクティブ:ミサイル自体が発するレーダー波が跳ね返ってくる目標を追いかける(例:AIM-120アムラーム中距離対空ミサイル)

 

光波追尾誘導方式

 光を使う。目標の発する赤外線やレーザーを照射して反射したレーザーを追尾する方式。

 基本的に空対空ミサイルの場合はパッシブがほとんどだが、対地ミサイルなどではセミアクティブ方式が多い。最近は画像誘導もある。

 パッシブ:目標の発する赤外線を追いかける(例:AIM-9サイドワインダー)

 セミアクティブ:ミサイルの発射母機がレーザー光や赤外線を照射して跳ね返ってきたものを追尾する(例:JDAM)

 アクティブ:ミサイル自体がレーザー光などを発して跳ね返ってきたものを追尾する(例:R-73L短距離空対空ミサイル)

 

指令誘導方式

 外部の射撃指揮装置の指令に従ってミサイルを操舵・誘導する方式。有線誘導などがこれに当たる。人間がリモコンで誘導したり、発射母機がレーザー光を照射してミサイルとの誤差を検出し、修正して誘導する方式など、結構ややこしい。

 

プログラム誘導

 ミサイルのコンピューターに地図などのデータを読み込ませ、実際の地形とデータを照らし合わせながら、目標まで誘導する方式やGPSによる誘導、加速度検知器やジャイロなどを備え、あらかじめ設定された進路と実際の進路を修正しながら誘導する方式(慣性誘導)など、色々ある。

 

 ミサイルの誘導方式は基本的にどれか1つ、ではなく、複数の方式を兼ね備えている場合が多い。

 

ガンランチャー

 通常の砲弾もミサイルも撃てる砲。

 便利に思えるが、ミサイルの大きさが砲身の大きさに制限され、通常のミサイルより威力が低かったり、ミサイルの威力を大きくするために口径を大きくすれば、通常砲弾を撃つときの反動を受け止める設計をするのが大変だったりする。

 

 

戦車と自走砲の違い

 戦車は機甲部隊、自走砲は砲兵部隊に所属する。

 戦車を一言で説明するのは難しいが、自走砲は名前の通り、自分で移動できる砲のことを言う。

 最前線で戦うのが戦車、後方から砲弾を前線に送り込むのが自走砲と覚えるのが一番手っ取り早い。



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第1章 そして彼女たちはアメリカへ
第1話「選出」


 2014年9月。各鎮守府の提督達が集まって行われる定例報告会は呉鎮守府で行われていた。9月の定例報告会は橫須賀鎮守府で行われる予定だったのだが、8月の深海棲艦本土奇襲により橫須賀鎮守府の施設はそのほとんどが破壊されてしまい、それどころではなくなってしまった。

 なぜ深海棲艦が日本本土に、砲撃が可能な距離まで接近されたのか。これは8月に行われた北部太平洋と中部太平洋における攻勢、AL/MI作戦が直接的な原因である。この作戦に艦娘戦力の大半を投入した結果、本土の防衛線に空白地帯が発生し、そこを深海棲艦に突破されたのだ。

「横鎮は壊滅だそうだな」

「ええ。しかし、艦娘の沈没がなかったこと、民間人の被害が少なかったのは僥倖でした」

 呉の提督は橫須賀の提督を見た。顔はやつれ、痩せたように思う。MI作戦の大成功から戻ってみれば、鎮守府が壊滅していたというのは辛いものがある。今でも鎮守府機能回復への仕事で苦労は絶えないだろう。それでなくても我々、艦娘をまとめる司令官や提督は幼い女子を戦場に送っている事実に日々、神経をすり減らしている。

「本土を奇襲した深海棲艦はどこから来たのだ?」

「おそらくハワイだと考えられます」

 ハワイ。太平洋の中央に位置する島々だ。一昔前はアメリカ海軍太平洋艦隊の司令部であったが、現在では深海棲艦の大泊地だ。

「やはり、例の作戦。できるだけ早く行わなければならんな」

 舞鶴の提督が言った。

「確かにそうだ。あの作戦は早急に行った方が良いだろう。しかし、問題は輸送機だ。あれが完成しなければどうにもこうにもならん」

「輸送機の方は空軍と中島に任せましょう。こちらが考えるのはアメリカに誰を送るかという問題です」

 

 日本はなんとかアメリカへ艦娘技術を伝えようとしていた。

 北南アメリカ大陸は現在、世界から孤立している。

 深海棲艦の出現当初こそアメリカ軍は果敢に闘い、一部では戦果も上げていたが、深海棲艦の物量、能力に圧倒され、2002年には勢いを失った。その後もしばらくは衛星、海底ケーブルによる通信連絡が行われていたが、2003年には衛星通信すら途絶した。

 アメリカは滅びた。そのように噂されるのにも無理はない。実際、なんとか互いに連絡を取り合えていたユーラシア、アフリカ、日本の国々もアメリカは滅びたと認識し、それを前提として行動していた。

 ところが2013年11月、北極海にてシギント(通信、電磁波、信号の傍受を主する諜報活動)中のロシア連邦海軍所属の情報収集艦ウラルがある電波を傍受した。その電波を解析をするとアメリカ大陸、それもアメリカ陸軍が発した電波ということがわかった。

 ロシア連邦政府は当初、情報を秘匿した。理由はアメリカの再興を恐れたためである。深海棲艦によりユーラシア大陸、とくにヨーロッパにおいてアメリカの影響力がすべて排除されたのである。これによりヨーロッパのパワーバランスは資源、食料ともに握る軍事大国ロシアに大きく傾いていた。もしアメリカが復活し、このロシア偏重のパワーバランスが再び崩れるようなことは、ロシアに不愉快きわまりない。

 そんな事情もあり、ロシアはこの1件を闇に葬ったのだが、次の年の2月にはイタリアの諜報機関がこのことをすっぱ抜いて、全世界に公表した。後にロシア政府も事実を認め、制式に「アメリカが生きていること」を公表した。

 ユーラシアの国々は沸き立ち、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本の艦娘先進国5国はアメリカに艦娘技術を提供することを決定した。

 アメリカに艦娘技術を伝える派遣団を出すのは他の国はまだまだ艦娘の数が少ないため、戦力的に余裕のある日本が受け持ち、技術者30名と艦娘のサンプルとして艦娘4名程度を派遣することになった。

 

 アメリカに渡る艦娘の選定は困難を極めた。

 海軍の主力である戦艦、空母はあり得ない。ならば、巡洋艦、駆逐艦辺りとなるが、機動力と火力を併せ持つ重巡洋艦は各地に現れる深海棲艦の火消し役として重宝されている。巡洋艦が駄目になると必然的に数の多い駆逐艦となる。しかし、数が多いと誰を送るかこれまた悩みものだった。

 それに誰を送るか以前にも問題はあった。艦娘は生まれ変わる前、アメリカと戦争していた、という問題である。

 多くの艦娘にとってアメリカは憎き仇敵なのではないか? 今でもそう思っているのではないか?

 提督達の間にその様な心配があった。

 この世界は艦娘達の記憶にある世界とは違う世界だ。世界大戦は一度しか起こっておらず、第二次大戦も太平洋戦争も起こらなかった。世界大戦に懲りた人類は協調主義と民族自決の下、世界平和をある程度まで実現することができた。

 そのような世界だから、艦娘達が経験した世界について知っている者は艦娘以外に誰一人としていない。そのため艦娘の証言を元に「艦娘証言録」というものを編纂されたのだが、その中で浮かび上がってきたのは「日本の多くの艦娘はアメリカのことをあまり良くは思っていない」ということだった。

 それが事実であれば、アメリカに渡った後、アメリカの艦娘との間に禍根を残す可能性がある。将来的にアメリカ軍と日本軍で共同作戦を行う以上、そのようなことはできるだけ避けなければならない。

 結局、会議中には誰を送るかは決まらず、一度鎮守府に戻り、各自で駆逐隊を選出し、来月の報告会で検討するということになった。 

 

「アメリカ……ですか?」

 呉鎮守府の提督執務室に第十一駆逐隊の吹雪、白雪、深雪、初雪4人が呼ばれていた。「そうだ。私は君達に行ってもらいたい」

 呉の提督は第十一駆逐隊をアメリカに送る艦娘候補に選出した。

「なんで第十一駆逐隊なんだよ? 司令官?」

「理由は3つだ」

 1つ目に艦娘としてベテランであること。

 吹雪型駆逐艦は2013年の春、艦娘建造が始まった当初からいる艦娘である。それだけに戦いを数多く経験しており、後輩の駆逐艦への教導もこなしている。アメリカでも艦娘の教導を任せられるだけの実力があると呉の提督は判断した。

 2つ目に艦娘の艤装、支援機器などは吹雪型に合わせて開発されたものが多いからである。

 吹雪型は艦娘建造が始まった当初からいる艦娘のため、艦娘母艦に搭載している発進装置など支援機器の多くのは吹雪型に合わせて開発されている。アメリカにはこれらの支援機器も提供する予定のため、多くの艦娘のベースになっている吹雪型を送り出すのが良いと考えられたのだ。

 3つ目に海外艦娘に対しても有名な艦級と考えられたからである。

 艦娘がこの世に生まれ変わる前の世界、第二次世界大戦というものが起こったその世界では特型駆逐艦は建造当初、世界の一般的な駆逐艦とは一線を画すほどの性能を誇った。特にネームシップである「吹雪」は海外艦娘の間でも名が知られており、アメリカで艦娘の教導をすることになってもなめられることはないと考られるのだ。

「ほんとに?」

「お褒めいただきありがとうございます」

「まだ決定したことではないし、この件は君達は拒否することもできる。だが、アメリカに行くこと、考えていて欲しい」

 

 吹雪達は自室に戻った。

 自分達の部屋だというのに誰も口を開かない。全員の頭に提督の話があった。

 アメリカ。大日本帝国が自国の生存を賭けて、全身全霊で戦争をした相手でもあり、仲間や姉妹の敵の国。あの戦争の記憶がある艦娘達にとっては複雑な想いのある国だ。

「アメリカ、私行ってもいいと思う」

 切り出したのは白雪だった。

「あの世界のアメリカと、この世界のアメリカは違う。私達が戦ったアメリカじゃない」

「でも、アメリカの艦娘は私達と同じように戦いの記憶を持ってる……と思う」

 吹雪は伏し目がちに言う。

「避けられないよ」

 吹雪が恐れているのは日本とアメリカの艦娘同士で殺し合ってしまうのではないかということだった。殺し合いとまでは行かないかもしれないが、戦闘中に後ろからズドンというのはあり得ない話ではない。日本の艦娘でもアメリカに対して、今も強い憎しみを持っている艦娘はいる。それこそ、自分自身がやってしまう可能性も否定はできない。

「アメリカの艦娘も、この世界の現状を知ればそんなことをしている場合じゃないと気づくと思う」

「でも、私達には記憶があって、感情がある。気の迷いって事も……あるかも」

「深雪ちゃんと初雪ちゃんはどう思う?」

 白雪は発言をしていない2人に振った。先に初雪が口を開いた。

「みんなが行くなら……行く」

 吹雪は内心、意外だと思った。初雪は一見無口で他人に流されそうな感じがするが、実際は自分の意見をはっきり言う性格だ。普段なら『みんなが行くなら行く』などとは言わない。もっとも『みんなが行くなら行く』も1つの意見ではあるが。

「あたしは行ってもいいと思うぜ。アメリカには行ったことないし、案外面白そうだ」  深雪は戦前に衝突事故で沈没していて、太平洋戦争には参加していない。だからなのか、アメリカに対する抵抗感は少ないようだ。

 賛成3、反対1。

 反対する者は吹雪だけ。

 誰かがアメリカに行かなければならない。それは吹雪も分かっている。しかし、吹雪型駆逐艦の長女として、姉妹が死ぬようなことはさせたくなかった。

「アメリカの艦娘だって馬鹿じゃないはずだぜ。せっかく生まれ変わったんだ。ここで恨み晴らそうなんて思わせないよう、あたし達が見本になろうぜ。なっ」

「そう……うん、そうだね」

 深雪の言うとおり、アメリカの艦娘も馬鹿ではないだろうし、お互いに口があって話し合うことができるのだ。突然、砲口を向けることはないはず。私達が敵意のない行動をすれば、アメリカの艦娘だって分かってくれるはずだ。

「うん、行こう。アメリカへ」

 

 10月の報告会。

 各地の提督が自分所属の駆逐隊を候補に挙げていった。

 挙げられた候補は第二駆逐隊、第八駆逐隊、第十一駆逐隊、第十八駆逐隊、第三十駆逐隊の5つだった。

 提督達は自分が候補にした駆逐隊をアピールしあった。

「第八駆逐隊は真面目な子達だ。やってくれる」

「かわいくて、受けの良い第三十駆逐隊をだな」

「それは貴様の主観だ!」

「『ソロモンの悪夢』がいる第二駆逐隊が一番だ!」

「ワンマンアーミーではこの任務、務まりはせん」

「なんだと!」

「やはり、海外に名前が知れ渡っている吹雪がいる第十一駆逐隊だ」

「能力、性格共に良い第十八駆逐隊だな」

「霞って性格いいの?」

「お前は何も分かっていない」

「睦月ってかわいいよね」

「それを言うなら満潮はだな――」

 いつの間にか、アメリカに行く駆逐隊候補から部隊自慢になっていた。

 話し合いではらちがあかないので最終的に多数決で決めることになった。もちろん、それぞれの駆逐艦娘の長所や短所を冷静に考えて、贔屓なしで投票する。

 その結果、最多票を勝ち取ったのは第十一駆逐隊だった。




あとがき
 こんな感じでスタートです。
 感想や誤字報告お持ちしています。


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第2話「太平洋を越えて」その1

 第2話は「艦隊これくしょん-variety of story-」の「太平洋を越えて」に加筆修正を加えたものです。


 巨大な明灰白色の4発輸送機が陽炎揺らめく滑走路に着陸する。減速用のパラシュートが開き、滑走路目一杯使って停止した。

 輸送機は誘導路を通り、エプロンに入って再び止まる。はしご車がすぐにやってきて、ハッチ部分にはしごを当てた。ハッチが開かれる。

「ミッドウェーは冬でも結構暑いなぁ」

 一番に機内から出てきた艦娘、吹雪はさんさんと輝く太陽を手で隠した。

 

 中部太平洋に浮かぶ島々、ミッドウェー諸島。2014年の9月まで深海棲艦の一大基地だったこの島は日本海軍によって奪還された。

 現在では最も大きいサンド島に飛行場が整備され、艦娘、兵士、軍属含めて約600人が駐在している。

「へえ、あれが瑞星か。大きいねぇ」

 ミッドウェーの守備を担っている空母艦娘の内の2隻、隼鷹と翔鶴が兵舎から駐機している輸送機を眺める。

 瑞星。日本とイギリス、ドイツが共同で開発した輸送機の愛称で、型式は14式輸送機。駐機している輸送機がそれだ。全幅56mの後退翼、50.8mの細長い胴体。エンジンは一基当たり一万馬力の二重反転プロペラ式ターボプロップエンジンという強力なエンジンを4基も積んでいる。航続距離は増槽を積めば太平洋横断すらできる足の長さ。世界的一と言っても良い高性能機である。

「アメリカまで本当に行けるのかしら」

 翔鶴が呟く。不安げな顔をしていた。

 今駐機してある瑞星は、明日になればアメリカに飛ぶのだ。戦闘機による護衛はせいぜい200㎞まで。残りの距離は瑞星1機で突っ切らねばならないのだ。

「大丈夫だって。あれは最高速度800㎞/h、巡航速度でも700㎞/h超えなんだから深海棲艦じゃ迎撃は無理だって。そんなことよりアメリカに行く技術者と第十一駆逐隊を祝って宴会、宴会! よーし、酒が飲めるぞぉ!」

 隼鷹は窓越しに瑞星を眺めるのを辞めて部屋を出て行った。行き先は食堂だろう。すでに前祝いの準備はされているはずだ。

 翔鶴は隼鷹をうらやましく思った。なぜあんなに陽気でいられるのだろう? 確かにカタログスペックから言えば、深海棲艦航空機が瑞星を迎撃することは不可能に近い。しかし、不可能というわけではないのだ。戦場に絶対はない。

 もし撃墜されることがあれば、瑞星のパイロット、同乗する技術者や第十一駆逐隊の4人は確実に死ぬ。敵の制海権下に落ちれば救出は無理だろう。ミッドウェーに制海権を広げるだけの戦力はない。

「なるようになる、か」

 翔鶴は呟く。賽が投げられるまで結果は分からない。自分ができることは一生懸命やろう。

 翔鶴は気を改めて部屋を出た。

 

 最前線で日本本土から遠く離れた島ということで、補給事情は悪いミッドウェー基地であったが、主計課はできるだけ豪勢な前祝いを用意した。

 実際の所、最前線の孤島で楽しみは釣りと食事程度しかないので、この際どーんと大騒ぎしようという兵士達の思惑が主だったりする。

「ドンドンもってこーい!」

 そんなわけで一番楽しんでいるのは隼鷹を初めとする酒飲み達だった。名目上の主役である吹雪達など放って飲み比べをやっている。酒に強い白雪はその輪に交じって酒を上品にごくごく飲んでいる。

「ごめんね、あなた達が主役なのに」

「いえ、かまいませんよ」

 隼鷹の相方でもある飛鷹が手を合わせて吹雪達に謝る。吹雪達も最前線のつらさを労って、放っておかれていることを責めたりはしない。吹雪達自身、アメリカ行きのお祝いは日本本土でもやったので、特にこだわる気もない。みんな楽しんでくれれば良い。そんな気持ちだった。それでもこれが最後になるかもしれない日本料理だと思うと箸が自然と進んだ。

「アメリカに私物はどんなものを持っていくの? 」

 酒が入り、少し顔を赤らめた翔鶴が聞いた。

「着替えや本、後は化粧品くらいですかね。そんなに多くないですよ。初雪ちゃんは愛用の枕を持って行くみたいですけど」

「違う枕だとなかなか寝付けないものね。初雪ちゃんなら特にそうかも」

 当の初雪は座布団を二つ折りにして寝ている。酒を飲んだら料理を間食する前に寝入ってしまった。残った料理は深雪が食べている。

「ベットに離れてるからいいけど、食べ物と水ね」

「アメリカは水道完備しているでしょうけど、環境が違いますから気をつけないといけませんね」

「結構長い間あっちにいるんでしょ。だったら日本に戻ってきたら、戻ってきたでお腹壊しちゃうんじゃない?」

「それもそうかもしれませんね」

 赴任先で水が合わず腹をこわすというのはよく聞く話だ。それにアジア圏の主食は基本的に米だが、アメリカの主食はパンだ。パンでは力が出ない、という水兵の逸話もあることだし、吹雪はアメリカで元気にやれるか少し心配はしていた。

「だいじょーぶ。だいじょーぶ。吹雪ちゃん達ならだいじょーぶー」

「瑞鶴さん!?」

 トイレに行っていた瑞鶴が戻って来るなり、吹雪の肩に左腕を回して、大声で言った。

「私は吹雪ちゃん達が遠くに行っちゃうから寂しいよー。もっとここにいなよー。アメリカ行かないでよー」

 耳元で言うので非常にうるさい。そして息は酒臭い。翔鶴が瑞鶴やめなさい、と言うが、翔鶴自身やめさせる気はなく、瑞鶴もそれを分かっているので吹雪の肩に回した左腕は解かない。

「任務ですから駄目ですよ」

「いけずぅー」

 瑞鶴は右手に持っていた酒瓶から空になっていた吹雪のグラスに日本酒をなみなみと注ぐ。

「私のおごりだ。飲め、吹雪。なに、私、瑞鶴の酒が飲めんというのか」

「いや、私そんなこと言ってませんよ」

「まー、飲め。飲みなさーい」

 うわぁ、面倒くさいなあ。吹雪はそう思った。吹雪自身、酒はあまり飲めない方でおちょこ一杯でも顔は真っ赤、べろんべろんになってしまう。なのでこういう宴会の席では水かジュースの類いを飲んでいる。妹たちは飲める方なので周りからは吹雪は長女なのに妹っぽいと言われることもある。

「瑞鶴、そういうのは良くないぞ」

「日向さん……」

 吹雪に救いの手をさしのべたのは日向だった。やんわりと吹雪の肩に回されていた瑞鶴の腕を外す。

「ところで、吹雪。アメリカには瑞雲は持っていくのか?」

 これまた面倒くさいのが来たなぁ。日向の瑞雲への強いこだわりはほぼ全ての艦娘に知られている。瑞雲に関する演説が始まるのかもしれない。

「それは……知りません。艦娘装備の設計図や実物を持っていく予定ではあるそうですが、その中に瑞雲があるかどうかは……」

「そうか……ではこれを持っていけ」

 日向は懐から1機の瑞雲を出した。コックピットの中から妖精さんが出てきてお辞儀をする。よろしくお願いします、ということだろうか。

「装備は官品ですよ。私も日向さんも処分されますよ」

「なに、こいつは大丈夫だ。書類をな、ちょちょちょっと、な」

 日向は右手をペンで字を書くように空中で動かした。兵器に関する書類偽造は重罪である。艦娘がそれを行った場合、処罰はどうなるのかは分からないが、一般兵ならば間違いなく留置所送りである。

「これで瑞雲のすばらしさをアメリカに広げてくれ」

 見つかったら大変だが、私はすぐにアメリカに飛んでしまうから大丈夫だろうと吹雪は思い、ありがたく受け取っておいた。瑞雲を装備できない自分にどうしろと、といったところではあるが。

「あと、これだ」

 日向は続いて差し出したものは軍刀だった。

「それも官品でしょう?」

「いや、こればかりは私物だ。嘘は言わん」

 日向と伊勢が持っている軍刀は艦娘の戦法研究の一環で戦艦娘の近接戦闘と艦娘の威厳を示すものとして開発されたらしい。しかし、刀は深海棲艦には文字通り、歯が立たなかったので開発は中止。製造された軍刀は廃棄処分になったが、軍刀の試験を行った伊勢、日向の刀は没収廃棄されなかった。提督に問い合わせたら、提督は「私物にして良い」と言ったそうで、今でも持っているとのこと。

 最近では刀の表面に艦娘の障壁を纏わし、力一杯振れば巡洋艦級程度なら斬れることが判明し、艦娘装備としての刀は見直され始めてはいる。

「そんなものを私にですか? 申し訳ないですよ」

「いや、君はアメリカに行くんだ。話によると日本は侍の国として海外で知られているらしい。君がこの刀を持っていけばサムライガールとしてアメリカ人、そして建造されるであろうアメリカの艦娘にも舐められることはないだろう」

「日向さん……」

 瑞雲のことだけではなく、純粋に私達のことを考えてくれたのか。吹雪は感激し、両手で仰々しく軍刀を受け取る。

「そしてその刀を携えることで生まれる威厳で瑞雲のすばらしさをアメリカに広めてくれ」

 いや、前言撤回。結局は瑞雲だった。

 

 吹雪達から離れた位置の席ではミッドウェー基地の司令官とアメリカ派遣団の団長である鍾馗大佐、瑞星の機長の東の3人で酒を飲み交わしながら話をしていた。

「ふむ、敵の迎撃は薄いと?」

「そうだ。去年のMI作戦以降、深海棲艦共のハワイの主力は全く出てきていない。おそらく今回も出てくることはないだろう」

 鍾馗大佐の問いに司令官が答えた。太平洋における深海棲艦本拠地は確認されているものでサーモン諸島とハワイ諸島の2つ。それに加えてアメリカ本土西海岸に拠点があると考えられている。

「それでも空母級5隻程度が出てくることは覚悟してくれ。こちらとしても全艦娘を囮と迎撃に投入するが、敵の方が圧倒的だ」

「やっぱり、敵を確認した時点で瑞星は直援機を無視した方がいいのか?」

「そういうことになるな」  

 直援として付く烈風の最高速度は630㎞/h。深海棲艦の戦闘機も600㎞/h程度。それに対して瑞星の最高速度は834㎞/h。かなりの差があり、正直、護衛がいなくても十分なのだ。

「大丈夫だとは思うが、万が一もある。後ろは気にせず、『渡り鳥』は突っ切ってくれ」 

 

 朝日に照らされる滑走路から13式双発偵察機が哨戒に飛び立っていく。元はジェット攻撃機だが、ターボプロップエンジンを積み、爆弾倉を燃料タンクにして長時間滞空できるように再設計された偵察機だ。

「いち、にい、さん、し、ごう、ろく、しち、はち」

 離陸する13式双発偵察機を見ながら深雪はラジオ体操をしていた。朝のラジオ体操とランニングは深雪の日課である。

「おはよ、今でもちゃんとやってるんだ」

 航空戦艦の伊勢が深雪に挨拶し、深雪もそれを返す。

「ちゃんとやってますよ。姉たちに負けたくはないですから」

 深雪が朝のラジオ体操とランニングを欠かさないのは太平洋戦争を経験していないコンプレックスがあるからである。この世界では活躍してやるという思いが深雪にはあるのだ。

「今日、出発か。長いお別れになりそうだね」

「もしかしたらすぐ返ってくるかもしれませんよ。アメリカは深海棲艦に完全に占領されていた! とか」

「そのときはそのときだね」

 2機目の13式双発偵察機が離陸する。ターボプロップ独特の爆音が朝の静かな基地に響く。

「深雪ちゃんは、アメリカって国に対して何か思うことあったりする?」

「さあ、よく分からないです」

 吹雪、白雪、初雪は何かしら思うところがあるようだが、深雪には特になかった。海向こうの大国、日本と戦争した国、そして日本に勝った国という実感のない、ただの知識でのイメージしかない。

「そう。他の子が暴走しそうになったら、深雪ちゃんが止めてあげてね」

「暴走……ですか?」

「そうそう。戦争を知らない深雪ちゃんにしかできないことはあると思うから、ね」

 3機目の13式双発偵察機が離陸する。轟音の中、深雪はよく分からないまま、曖昧な返事をした。

 

 ミッドウェー島のエプロン。ギラギラと照りつける太陽の下、ミッドウェー基地司令とアメリカ派遣団団員は手を交わし、

「では、諸君らの活躍に期待する」

 と司令が締めくくり、アメリカ派遣団団員は14式輸送機瑞星に乗り組んだ。

 一万馬力の出力を誇るターボプロップエンジンの二重反転プロペラが回りだし、APU(オグジュアリー・パワー・ユニット)の始動に使われていた外部電源ケーブルが機体から外される。

 タキシング。瑞星は滑走路に乗り出す。

「帽振れー!」

 基地にいる兵や職員総出で瑞星を見送る。瑞星のコックピットから見ると、たくさんの白い帽子は陽炎と重なって、白い川の様に見えた。

「客室に窓がないのが残念だな」

 機長の東が呟く。機内の第十一駆逐隊の4人に見せてやりたいとは思う。しかし、安全性を考慮して瑞星の客室には窓はない。

 東はスロットルを上げる。車輪のブレーキを解除。ゆっくりと力強く、瑞星は滑走路を走り始めた。

 

 真上を「渡り鳥」が飛んでいく。翔鶴は海上で見上げる。

 賽は投げられた。あとは自分の全力を尽くすのみ。翔鶴は「渡り鳥」の進行方向に向き直る。一呼吸置いて、言い放つ。

「『渡り鳥』が飛び立ちました! 各自警戒を厳に! 全艦、直援機発艦始め!」

 翔鶴の号令の下に瑞鶴、飛鷹、隼鷹が発艦作業を開始する。翔鶴と瑞鶴は弓を引き、飛鷹、隼鷹は甲板の巻物を広げ、式神を走らせた。

 矢と式神は烈風に変身し、離陸したばかりの瑞星と編隊を組んだ。

 翔鶴は「渡り鳥」を見つめる。

 あの子達を絶対に守らないと行けない。海の存在を空で死なすわけにはいかない。

「敵空母発見に備え、攻撃隊準備!」

 最後まで護衛はできない。だけど、できるだけ降りかかる火の粉は払う。それが私の役目なのだ。



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第2話「太平洋を越えて」その2

 上昇中の瑞星。その客室で吹雪はH・G・ウェルズの宇宙戦争を読んでいた。飛行中の暇つぶしに持ち込んだ私物である。日向に渡された瑞雲の妖精も吹雪の右肩にちょこんと座って宇宙戦争を読んでいる。

「吹雪ちゃん、慣れた?」

 隣に座る白雪が吹雪の席の方に乗り出して聞いた。

「慣れたって?」

「エンジン音」

 ああ、エンジン音。もちろんうるさい。瑞星の強力なターボプロップエンジンが生み出す爆音は機内にも轟とどろいている。

「慣れてないよ。とってもうるさい」

 他の人はどうだろうと思って、吹雪は機内を見回す。席は横6席、縦6列の36席。1列目を吹雪達、吹雪は一番右。2列目横2席が吹雪達の艦娘艤装整備員。残りの席は艦娘建造部の技術者達だ。案外、みんな平気な顔をしている。深雪を除いて。

「気持ち悪い……」

 深雪は飛行機酔いで前かがみになって、辛そうな顔をしていた。深雪は気圧の変化にものすごく弱かったらしい。ミッドウェーに行く際には寝ていて、そんなことはなかったのだが、今回は深海棲艦の迎撃を避けるためにも急上昇しているので、気圧の変化が激しいのだろう。隣の初雪が「大丈夫?」と声をかけながら背中をさすり、後ろの席に座っていた艦娘艤装整備員の清水が立ち上がって「吐いたら楽になるぞ」と言っている。

 吹雪は「外を見たら?」と言おうとして、思いとどまった。

 乗客席に窓はないのである。防弾上の理由だ。飛行機旅行ってもっと優雅なものだと思っていたのに。吹雪はため息を吐いて、別の言葉をかける。

「トイレ行く?」

 呼びかけに深雪は縦に首を振った。

 

 高度8000m。雲の遙か上、成層圏すれすれの所を瑞星は艦娘の搭載機である烈風30機と飛行している。

 烈風は高高度戦闘機ではないので、8000mにもなるとエンジンの性能低下が起こるが、瑞星はターボプロップエンジンで巨大な機体。むしろ空気が薄い方が空気抵抗が減って性能は良くなる。なので直援の烈風が瑞星について行くのにいっぱいいっぱい。護衛される瑞星が烈風に合わせているような状態だった。

「もうちょっと高度上げたいですね」

「まあな。だが、烈風が付いて来れなくなる」

 操縦桿を握っている副操縦士が呟きに機長が答えた。

 瑞星の最高速度は高度1万mで834㎞/h。一方、烈風の高度1万mでの最高速度は500㎞/h程度。言ってしまえば、烈風は足手まといでしかない。しかし、烈風が瑞星の直援機として付いたのは、護衛なしでは不安だ、という声が強かったからだ。他にも烈風隊が瑞星の囮をすることも必要だったためでもある。

 瑞星は所詮輸送機であり、自衛火器は機体尾部の12.7㎜6連装機銃だけ。補足されれば撃墜される可能性もある。少しでも瑞星を深海棲艦の目からそらさせる必要があるのだ。

「深海棲艦の奴ら、来ないと嬉しいんですけどね」

「まさか。奴らは絶対に来るさ。たぶんもう見つかってる」

 機長がそう言った直後、レーダー士が敵機確認の報告をしてきた。

「ほらな、来たろ。ミッドウェー基地に通報! 敵機確認、4時方向、距離35000、高度3000」

 通信士が機長の言葉を復唱し、敵機確認をミッドウェーに伝える。

「スロットル全開、高度1万2千まで上昇」

 副操縦士がスロットルレバーをいっぱいまで上げ、操縦桿を引く。

 窓の外を見ると、1機の烈風がそばに寄ってきていている。コックピット内の妖精が敬礼する。機長も敬礼を返す。

 烈風の妖精は満足げな顔をすると、バンクを振って降下していった。後続の烈風も降下していく。

 戦闘の始まりだ。

 

 客席に敵機発見のアナウンスが行われたのはちょうど、深雪と吹雪がトイレから出てきた時だった。深雪の飛行機酔いは幾分かましになったようだが、気持ち悪げな表情はあまり変わっていない。

『あーあー、本機のレーダーが敵編隊を捉えました』

 機内がざわめく……ことはなかった。深海棲艦の迎撃は最初から予想していたことである。むしろ、遅かったな、と思った者が多かった。

『直援機が迎撃に向かいましたが、迎撃をすり抜けた敵機が攻撃してくる恐れがあります。急激な回避運動などを行う可能性が十二分にございますので、皆様は着席し、シートベルトをしっかりとお閉めください』

 吹雪は深雪を急いで座らせた。隣の初雪が立ち上がり、深雪のシートベルトを締める。吹雪は初雪に任せて自分の席に戻った。

「すまないなぁ……本当……」

「困った時のお互い様……」

 初雪は深雪のシートベルトを締め終わると、急いで自分の席に座った。

 

 瑞星の遙か下。高度4000m辺りで烈風と深海棲艦航空機の激しい空戦が繰り広げられていた。

 当初高い高度から降りてきた烈風隊が優勢だったが、深海棲艦航空機は自らの数を活かして、烈風隊と互角の戦闘を繰り広げている。

 飛び交う曳光弾。尾を引く細い飛行機雲。黒煙を吐き、ばらばらになって落ちていく翼。

 そんな空域から南に100キロメートル、高度500メートルを瑞鶴所属の彩雲が飛んでいた。敵戦闘機を発艦させた敵空母の発見をする為だ。この彩雲だけではない。他の彩雲と13式双発偵察機も含め、25機の偵察機が海上を捜索していた。

 彩雲の妖精はコックピットの中で、この海域にいるであろう敵空母を見逃すまいと、ぶんぶん首を振って探す。

 空母同士の戦いでは先に敵を見つけた方が勝ちだ。ヲ級やヌ級は頭の帽子に大穴を開けてしまえば、艦載機の発艦は不可能になる。敵空母を発見次第、母艦に待機している彗星28機が攻撃する予定だ。

 妖精は東の海を違和感を感じた。波の光り方が変な場所がある。双眼鏡で確認する。

 見えるのは太平洋のおだやかな波。そして――――いた。ヲ級だ。赤いオーラを纏っているelite。4隻。

 勝ったな。妖精は笑みを浮かべた。通信手に通報させようと声を出そうとした瞬間、異様な物を見た。

 ヲ級じゃない。ヌ級でもない。双眼鏡のピントをきっちりと合わせ、その姿を鮮明にする。

 長いウェーブのかかった白髪。いくつかの砲塔。左右に2つの飛行甲板らしきもの。

 ――――あいつだ。去年の秋、パラオを襲った空母水鬼だ。

 

「空母水鬼……ハワイ周辺じゃあれが哨戒しているの……ハワイって恐ろしいところね」

 飛鷹がため息を吐く。空母水鬼は2014年秋に行われた渾作戦で確認された深海棲艦である。能力的には空母棲姫を全体的に上回る。

「周りにはヲ級のelite4隻か。烈風全て投入しても制空権取れるか怪しいな」

「幸い、こっちはまだ見つかっていないわ。全艦、攻撃隊用意!」

 空母戦は先に見つけた方が勝ち。飛行甲板を破壊してしまえば敵機は発艦できず、着艦もできない。これは空母戦の鉄則。翔鶴達は彗星艦爆を用意する。

「『渡り鳥』は絶対アメリカに行かせるわ。皆さん、艦爆隊、発艦です!」

 矢が、式神が彗星に変身して大空に飛び立つ。

 

 4基のエンジンはすべて快調に回り続けている。特徴的なエンジン音も相変わらずだ。

「現在、時速790㎞。どんな敵機だろうと、振り切れますよ」

 深海棲艦航空機の最大速度はせいぜい650㎞/h程度。深海棲艦航空機がどんな飛行機関で飛んでいるのかは不明なのだが、少なくとも今の「瑞星」に追い付ける速度ではない。だが、

「12時方向に敵影! 距離150000! 同高度!」

 レーダー手が新たな敵影を伝える。

敵機は「瑞星」に反航している。お互いに近づく形だ。1分ほどで接敵する。

 航空戦で反航戦というのは、撃墜する側にとって「瑞星」は動かない当てやすい目標になる。そして一番当たりやすいのはコックピットだ。それはさけなければならない。

「右旋回! フルスロットル! 増槽(増加燃料タンク)落とせ!」

「了解! 右旋回! フルスロットル! 増槽落とします!」

 副操縦士が増加燃料タンクの落下レバーを下ろした。両翼にぶら下がっていた紡錘型の増加燃料タンクが外れて落ちる。軽くなった分だけ、速度が上昇する。

 窓の向こうでいくつもの光点。曳光弾が機体をかすめる。 

「フルスロットル! フルスロットルだ! エンジン吹かせ!」

「やってます!」

 副操縦士はスロットルレバーをもう押し込めないのに押し続ける。敵機がぎりぎりまで近接。敵弾が命中し、着弾の衝撃が瑞星を振るわせる。

 気づくと、敵弾は止んでいた。衝撃も止んでいた。誰もの顔に汗がにじんでいた。

「しのげたか……」

 機長は安堵してゆっくり息を吐く。そして各員に損害状況の報告を求める。

「航法装置、損害なし!」

「操縦装置、異常なし!」

「尾部銃座異常なし!」

「エンジン出力、異常なし!」

「レーダー、異常なし!」

「無線機に異常発生!」

「与圧、異常なし!」

 やられたのは無線機のみ。飛行に支障はない。損害としてはかなり良い方だ。

 機長はレーダー手に敵影の有無を尋ねる。

「近くにはありません。いまだ、直衛隊と深海棲艦は交戦中の模様。さっきの敵は追撃しないようです」

 現在の飛行速度は830㎞/h。高度は1万1000m。深海棲艦航空機では追いつくことはできない。

「損害があったのは無線機だな? どうなっている?」

「どうも、主無線装置が送信ができません。受信はできます」

「副は?」

「駄目です。送信も受信もできません」

 無線機は受信のみ。これは痛い。護衛の第五航空戦隊に連絡が取れないし、アメリカ本土に着いてから連絡が取れない。

「修理に全力を尽くせ」

「了解です」

 機長は副操縦士の隣にどかっと座った。疲れた。一服つきたい。胸ポケットの煙草を探る。ない。

「禁煙中だった」

 『健康に悪いから吸うの辞めなさい。かっこうわるいし』と嫁にさんざん言われて、禁煙を始めたのを東は忘れていた。機長としては煙草を吸っている飛行士というのはかっこいいと思っているのだが。しかし、禁煙中でないにしても、機内で煙草を吸うのは御法度だった。与圧している飛行機の中は同じ空気が循環しているのだ。空気が悪くなるどころの話じゃない。

「乗客室には被害なし。飛行機酔いが1人」

 乗客室の損害を確かめに行った機銃手が戻ってきた。機長はそうか、良かった。と返事をする。

 瑞星作戦の肝は客席にいる艦娘と技術者達なのだ。機体を操作する自分達が無事でも艦娘と技術者が全員死亡なんてなったら笑えないどころの話じゃない。

 彼らも窓のない客室で不安に怯えて疲れただろうし、何か、疲れの取れる物を出さなければ。そう、機長は思った。

 煙草は論外。機内食はちょっと早い。

 疲労回復と言えば、甘い物だ。甘い物と言えば、アイスクリームだ。

 瑞星にはアイスクリーム製造器がある。家庭用の小型で簡単なものだが。日本海軍輸送機の中では最長の距離を飛ぶ瑞星には疲労回復のためにアイスクリーム製造器が搭載されているのである。他の飛行機にはない備品だ。

 そうだ、そうだ、アイスクリームだ。作ろう。乗客の分も作ろう。おもてなしだ。

 東は勢いよく、椅子から立ち上がり、乗客席へ続く扉に向かう。アイスクリーム製造器はギャレー(機内調理場)にあるのだ。

「アイスクリーム作るけれど、みんないるか?」

 予想はつくのだが、一応コックピットの全員にも聞いておいた。

 返答は予想通り、全員がYesだった。



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第2話「太平洋を越えて」その3

 高度1万2000mを飛行する瑞星。すでにミッドウェーを飛び立ってから、5時間30分以上がたっていた。北アメリカ大陸は近い。

 深海棲艦航空機の攻撃はない。たまに深海棲艦航空機編隊がレーダーに映ったが、瑞星に追い付けず、接敵にまで至らなかった。しかし、コックピットでは全員が気を抜かず、警戒、操縦をしていた。

 それに反して、乗客室では眠っている者が多い。

 音楽や映画などの娯楽がないこと、窓がないこと、昼食後という状態が眠くなる条件を満たしていた。うるさいエンジン音もいつの間にか慣れ、襲い来る深海棲艦航空機への恐怖も機長のアイスクリームサービスで消えうせた。シートベルトだって外して楽にしているものも多い。なにより、起きている理由がない。

 4人の艦娘は全員が眠っている。

 吹雪は壁に頭を預け、斜めに寝ている。

 白雪は両手を膝の上に置いて、船をこぎながら寝ている。

 初雪は体育座りのように座席に足を上げ、薄手の毛布にくるまるようにして寝ている。

 深雪は飛行機酔いに疲れたのか、手足を投げ出して寝ている。

 そんな艦娘達に備え付けの毛布を掛ける者がいた。艦娘艤装整備員の清水と東海だ。

「風邪引くぞーっと。しかし、今はこの子ら、厚着しているけど、出撃するときとかは夏服のセーラー服だよな。寒くねーのかな? 海は風強いし」

 あくびをしながら、東海がそんな質問を白雪に毛布を掛けながら清水に言った。

 東海が言ったとおり今、吹雪達は鎮守府が支給したカーディガンを着ているが、出撃時は着ない。吹雪達に限らず、そういう者が多い。しかし、海が荒れたときや、雨天が想定される場合は、合羽を着て出撃することはある。

「寒くないといえば、寒くないらしいぞ」

「あいまいだな、おい」

「まあ、そう言うな。本人から聞いたんだから。俺、艦娘建造部に友人がいるんだけどさ、そいついわく――

 艦娘は障壁を発生させて、敵弾を弾く。艤装を装着していない艦娘は障壁を発生させることはできない。艤装を装着しているときにのみ、障壁を生み出せる。

 その障壁は砲弾を弾くときのみ発生するのではなく、艤装装着時から弱い障壁が体表に発生している。

 その障壁が航行時の風よけになっている。なので、寒いか寒くないかは気温によってのみ左右する。

――って言ってた。本当かどうかは知らないけど」

「本人が寒くないのならかまわないけどさ、見てるこっちからしたら心配でしょうがないよな」

 彼ら艦娘艤装整備員が艦娘の沈没と男性との交遊の次に心配しているのが、冬場の艦娘の服装なのである。見ているだけで艦娘艤装整備員の方が寒いのだ。

「この子ら全員に毛布掛けたけどさ、後ろの技術者の御方々はどうする?」

 清水が指を差す。艦娘部の技術者達は全員が寝ており、いびきを搔く者もいた。座席分の毛布はある。

「おっさんに掛けても面白くとも楽しくもない」

「同感だ」

 

「機長、乗客に知らせた方がいいんじゃないですか? 第1目的地のサンディエゴはあと50分ほどですよ」

 航法士が質問した。すでにアメリカ大陸は見える距離まで来ていた。水平線に茶色と緑の陸地が見える。

 サンディエゴは西海岸最大の米軍基地だ。サンディエゴ海軍基地近郊のミラマー基地飛行場に着陸。補給をした後、第二目的地のワシントンD.Cに飛ぶ計画だ。

「さっき、乗客室見てきたが、みんな寝てた。乗客室には窓はないし、わざわざ起こすのもなんだから、知らせなくていい。そういえば、送信はできるようになったか?」

 無線機は深海棲艦航空機の攻撃により故障していた。無線手と後部銃座手と修理を試みていた。

「駄目です。主無線装置は相変わらず受信はできますが、送信はできません。副無線装置は完全にいかれています」

 無線士は主無線装置の送信用アンテナが破壊されたらしいと話した。

「副無線装置はアンテナは生きているのか?」

「分かりません。副無線装置のアンテナは貨物室の天井部分にあります。そこを見ない限りは分かりません」

 コックピットと乗客室と違い、貨物室は与圧されてない。現在の高度1万2000m。貨物室内の気温はマイナス40℃以下、気圧は極めて低い。電熱服と酸素マスクがあれば良いのだが、あいにく電熱服はない。生身の人間が長時間作業するには無理がある。

「分かった。サンディエゴに着き次第、高度を下げる。そのときに貨物室に行って、主無線装置の送信装置と副無線装置の送信アンテナを繋いでくれ」

「了解」

 燃料はできるだけ節約をしたかった。高度が高い方が空気抵抗が少なく、燃費が良い。

 もしサンディエゴが深海棲艦に制圧されていて、着陸できない場合は内陸部の飛行場に降りる、という計画だった。

 アメリカの飛行場に降りることができるのならば、まだまだ燃料には余裕があると言えるが、降りることができずミッドウェーに帰るのならば、燃料はぎりぎりだ。東は落下式増加燃料タンクを捨てたことに少しばかりの後悔を覚えた。

「電波は何か受信するか?」

「いえ、何も受信しません」

 機長はため息を吐く。アメリカが電波管制をしている可能性もあるが、サンディエゴは駄目なのでは? そんな考えが頭をよぎった。

 まあ、行ってみれば分かることだ。

 

 サンディエゴ海軍基地は廃墟だった。米海軍太平洋艦隊最大の基地として繁栄はない。

 空母2隻が飛行甲板にいくつもの大穴を開けられて沈んでいる。1隻は横転した姿で、もう1隻は艦体中部で2つに折れた姿で、沈んでいた。

 空母の護衛についていたであろう駆逐艦や巡洋艦はかろうじて艦体を残すのみで上部甲板構造物は徹底的に破壊され、錆びた鉄の哀れな姿をさらしている。

 3つの乾ドックと2つの浮き乾ドックは修理中の艦4隻、建造中の戦艦1隻が放置されたまま、コンクリートの隙間から雑草を生やしている。クレーンも大半が倒壊している。

「これじゃあ、降りることもできませんよ」

 サンディエゴの飛行場は大量の爆弾穴があり、擱座した哨戒機が無残に転がっている。

「人もいなそうだな……」

 海軍基地に支えられて栄えた街。十数万の人々が暮らしていた街は家屋の多くが崩れ、草木に覆われようとしていた。

「仕方がない。ミラマーに行くぞ」

 瑞星は進路を北に向け、海軍アグレッサーの基地として名をはせたミラマー基地に向かった。しかし、ミラマー基地も同じような有様だった。決して降りられるような状態ではない。

 アメリカは海岸地域を放棄していたのだ。

「内陸に向かう。ユタ州のヒル空軍基地だ」

 機長は落ち着いた口調で言った。瑞星が方位を変更する。

 コックピットは北アメリカ大陸が見えたときと違って、どんよりとした空気になっている。

 やはりアメリカは滅んでいたのでは?

 サンディエゴとミラマーの荒廃した様子を見たクルーの中に不安がわき出てきた。

 今ならミッドウェーに帰ることができる。

 瑞星の燃料タンクに残っている燃料は半分より少し多いくらいしか残っていない。これ以上進んだら、帰れなくなる。

「機長、どうします?」

 航法士が言葉を濁して、東に聞いた。

「どうするって、行くほかにあるのか?」

「いえ……」

 航法士は黙る。機長以外は航法士と似たような心情だった。

「全く、みんな怖じ気ついちまってよ。現金な奴らだ。それでも男か、こんちくしょう」

 機長はすねたように言った。いや、実際すねている。

「とりあえず、俺の言うこと聞いとけ。アメリカは滅びてない。これは俺の勘だ」

 信じられない。しかし、機長の落ち着き振りと言ったら、煙草を吸っているときと同じような落ち着き振りだ。

「信じられますか?」

「おうよ。信じろ」

 機長は自信満々に胸まで叩いて、言い放った。なんだか妙な説得力があった。

 信じてみるか。機長以外のクルーはそう思った。

 機長は思う。輸送隊ってのは極限にまで追い込められることは少ないから、選択を迫られるときは自分を見失うんだろな、と。

 機長は深海棲艦航空機に3度も乗機を撃墜されている。その度に運良く生き残ってきた。死地に立って学んだのは「自分を信じること」だった。自分がそう思ったら、変えない。これを信条に空を飛ぶ。

 また癖で機長が煙草を吸うために胸ポケットを漁り始めたとき、レーダー士は自分の目を疑った。

 画面に光点が2つ。東の方から飛んできている。深海棲艦ではない。深海棲艦航空機ならば靄のようにレーダーに映る。こんなにはっきり映ることはない。

「機長! レーダーに2機の機影! 方位10度、距離50000、高度7000!」

「ほうらな。俺の言ったとおりだろ」

 機長はにやりと、笑った。

 

 瑞星の右を2機の戦闘機がスクランブル発進で飛んでいる。

 スクランブル発進したのは米空軍のF-106デルタダート。名前の通り、デルタ翼が特徴的な要撃機である。

「ターゲットの国籍、日本。進路80度、速度430ノット、高度32800フィート」

『ラジャー。国籍、日本。進路80度、速度430ノット、高度32800フィート』

 2機中の1機、コールサイン「ヘイロー05」は「瑞星」の進路、速度、高度を北アメリカ航空宇宙防衛司令部NORADに報告した。

『ターゲットはすでに領空を侵犯している。ターゲットの所属、目的の開示を通告せよ』

 領空をとうの昔に侵犯しているのに撃墜しないとは、NORADも相当混乱しているな。もう1機の戦闘機のパイロット、コールサイン「ヘイロー08」はそう思った。領空侵犯を行った航空機は撃墜するのが国際常識である。

 実際、NORADは大慌てだった。ここ12年、外から来る航空機はすべて深海棲艦航空機。通常の航空機が、しかも日本機が飛んでくるなど考えてもいなかった。しかも通告なしでであり、「瑞星」が何の目的でやってきたのかは分かっていない。

 瑞星のコックピット内でも大騒ぎだった。

「無線は駄目か!?」

「駄目です。送信はできません!」

 無線士の報告に機長は顔をしかめた。これでは米空軍機に通信ができない。

『Japanese Aircraft,Flying over Utah,This is United States Air Force,To request the disclosure of your affiliation and purpose!(ユタ州上空を飛行する日本機に通告する! こちらはアメリカ合衆国空軍である。貴機の所属、目的の開示を要求する!)』

 スピーカーから米空軍機からの英語の通告が流れる。

 答えてやりたいのは山々だが、送信ができない今、答えることはできない。

「とりあえずフラップを下げて、ギアダウンしろ」

 フラップとギアを出すことは降伏の合図である。瑞星はフラップを全開にして、主脚を下ろした。突然の増加した空気抵抗は衝撃のように感じ、機体は機速が落ち、高度が下がっていった。

 

「痛ったたた……」

 乗客室では増加した空気抵抗による衝撃で、シートベルトをしていない者の多くが前の座席に頭をぶつけた。深雪は楽にするためにシートベルトをしていなかったため、椅子から勢いよく飛び出し、1m先の壁におでこをぶつけた。

「いきなりなんだよ……ってうわわわ!」

 立ち上がろうとした深雪は機体が降下しているため、斜めになっている床によろめき、先ほどの壁に後頭部をぶつける。

「痛ったい! もう何なんだよ!」

 あまりの理不尽さと状況のわからなさに深雪は叫んだ。

 

 吹雪はシートベルトをしていたため、深雪のように飛び出すことはなかった。

 寝ぼけた頭から復帰すると、周りでは痛さに対するうめき声でいっぱいだ。すでに床の傾きはなくなっている。

「だ、大丈夫ですか!?」

 吹雪は自分の座席の前で倒れそうになった艦娘艤装整備員の東海を支える。東海の頭からは血が一筋、流れている。

「血、血が出てるじゃないですか!」

「たいした傷じゃない。こんな乱暴運転するクルーに苦情言ってやる」

「深雪様も行くぜ! 吹雪も来い!」

「み、深雪ちゃん!?」

 飛行機酔いの時とは断然違う、気力いっぱいの表情の深雪に驚く。乗り物酔いは突然のことに驚いたりすると、覚めるらしいが、これだろうか。

 吹雪は深雪に引っ張られるようにして、コックピットの方に歩き出した。

 

 瑞星の斜め後方を飛行していたヘイロー08は「瑞星」がフラップを全開にして、内側のエンジンの後方から主脚を出すのを確認した。

「こちらヘイロー08、ターゲットがフラップとギアを出しています!」

『ターゲットの所属、目的の開示は?』

「いまだ、してきません」

『通告を繰り返し実施せよ』

「ヘイロー08、ラジャー」

 ヘイロー08は無線機の周波数を全域に設定して、「瑞星」に対する通告を始める。

「貴機の所属、目的の開示を要求する! 繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!」

 ここまでNORADが「瑞星」の所属と目的にこだわるのはなぜか? それは1年前に起きた米民間航空機のハイジャック事件に起因する。

 深海棲艦出現前のアメリカは自国で消費する石油の40%を輸入石油で賄っていた。しかし、海が深海棲艦に押さえられ、石油が輸入できなくなり、急激な原油高から、ありとあらゆる製品が高騰。経済の流動性はなくなり、経済格差は拡大した。餓死者もかなりの数に上った。

 貧民層が社会不満を爆発させ、各地でテロ、略奪などを行い、挙げ句の果てには民間航空機をハイジャックし、高級住宅街に突っ込むということまで起こしたのだ。

 それ以来、空軍を始めたNORADなどの組織は正体不明な航空機に対して疑心暗鬼になっているのである。すでに航法装置が故障した民間機を2機、軍輸送機を1機を誤撃墜している。疑心暗鬼はそれほどのものだった。

「貴機の所属、目的の開示を要求する! 繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!」

 「瑞星」からの応答はない。

「ターゲットからの応答なし。信号射撃を上申します!」

 ヘイロー08は信号射撃をしても「瑞星」が応答しなければ、撃墜するつもりだった。ヘイロー08の妹は1年前のテロで亡くしている。

『ラジャー、応答なし。信号射撃による警告を実施せよ』

 ヘイロー08は操縦桿の機銃発射スイッチを押し、M6120㎜機関砲を虚空に発射した。

 

「警告射撃だ!」

「俺達が降参してるのわからないのか! アメ公の奴は!」

 デルタダートの警告射撃にコックピット内は騒然となった。

「俺達が答えないからだ! ちくしょう! このポンコツが! 動けってんだよ!」

 無線士が拳で無線機を思いっきり殴る。しかし、おばあちゃんの裏技のようには直らない。

「これだ、これを使え!」

 航法士が叫ぶ。手には地図と油性ペンを持っている。地図の裏面に文字を書いて伝えるのだ。

「その手があったか! でかした!」

「『Japanese Air Force』、『We want to communicate Kanmusu technique』だ! 『Japanese Air Force』、『We want to communicate Kanmusu technique』って書くんだ!」

 尾部機銃手が油性ペンで地図の裏面に大きく、大きく、文字を書いていく。

「まだペンあるだろう! 貸せ!」

 次々と書いていく。文字の大きさは機銃手に倣っている。

「ちょ、ちょっと待て!」

 航法士の制止が耳に入っていない。急がねば、急がねば。「Japanese」、「Air」、「Force」、「We」、「want」、「to」――――

「紙が足りん!」

「ば、ば、馬鹿が! もうないぞ、地図は!」

「はぁ!?」

「でかく書き過ぎなんだよ、この馬鹿共が!」

「何だとぉ!?」

 機銃手が航法士の襟元をつかんだとき、乗客室に続く扉が勢いよく開かれた。扉が開いたことに驚き、コックピットの中が静かになる。

「何なんだ! この状況は!」

 東海が怒鳴る。後に続く深雪も「そうだそうだ!」と怒鳴った。

「えーっとだな……」

 機長が機銃手から紙を奪い取りながら答える。

「アメリカに着いたんだが、米空軍機が上がってきてな――」

『To request the disclosure of your affiliation and purpose! Repeat,To request the disclosure of your affiliation and purpose!(貴機の所属、目的の開示を要求する!繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!)』

 スピーカーから英語の通告が流れる。

「貴機の所属、目的の開示を要求する?」

「というわけだ」

 深雪が窓の外を覗く。久々の景色だ。斜め上にF-106デルタダートが飛んでいる。

「返事すればいいじゃないですか」

 と吹雪。

「無線機が壊れてるんでね。受信ができるが送信ができない。紙も使い切っちまった。新藤、この紙を窓に張れ」

 機長はすでに書かれた6枚の内、「Japanese」、「Air」、「Force」の3枚をレーダー手に渡した。そして、肩をすくめて、

「お嬢さん方、良いアイデアはないかね?」

「発光信号は?」

 と吹雪。

「発光信号?」

「探照灯使ってやるんですよ。発光信号。東海さん、動力源の背部艤装なしでも確かできますよね?」

「できると……思う。電源さえあればだけど」

 

『応答しません! 撃墜を上申します!』

『ヘイロー08、その上申は却下する。再び、信号射撃を実施したのち、通告をせよ』

『くっ、ラジャー!』

 ヘイロー08は機銃発射スイッチに指を乗せる。力を込めようとしたとき、「瑞星」の斜め前を飛行していたヘイロー05から通信が入った。ヘイロー08はスイッチから指を離す。

「ターゲットのコックピットで動きあり。信号射撃待て」

 ヘイロー05はコックピット内を注視する。クルーと思わしき男が白い紙を風防に押しつける。

 何か文字が書かれているようだ。機体を少し近づけて、目をこらす。

 ――日本――空――軍。

「NORAD、こちらヘイロー05。ターゲットは日本空軍機。紙に書いて伝えてきました」

『ラジャー、ターゲットは日本空軍機。ターゲットの目的は分かるか?』

「分かりません。日本空軍と書かれた紙のみです」

『ラジャー、続けて目的の開示を通告せよ』

「ラジャー」

 ヘイロー05はもう一度、「瑞星」のコックピットを見た。日本空軍の紙は取り払われ、代わりに幼い女の子2人が見えた。

 

『I have understood that you have Japan Air Force.I request the disclosure of your purpos!(貴機が日本空軍機と言うことは了解した。貴機の目的の開示を要求する!)』

「おお、伝わったぞ! 吹雪君、急いでくれ!」

 吹雪は艤装の1つである探照灯を両手で持って待機している。吹雪の手首に妖精が電源は今かと、待機している。

「でも、電源がまだ……」

 探照灯には長いコードが繋がっており、ギャレーの方に続いていた。ギャレーでは東海と清水がごそごそしている。

 清水が電気炊飯器の電源コードを切り、探照灯からのびている電源コードと繋げている。ギャレーのコンセントを探照灯の電力源として利用するのだ。

 作業は最終段階。清水がコード同士の接続に絶縁被覆のビニールテープを巻いている。東海が元電気炊飯器の電源プラグを持ち、作業の終了を待っている。

「よし、被覆できた! 差せ!」

「差しました! 電源OKです!」

「妖精さん!」

 吹雪が妖精に呼びかける。妖精は探照灯の炭素棒を放電させた。アークの強烈な光が窓の外にのびる。

 吹雪は探照灯シャッターの開閉を行い、デルタダートに信号を送る。

 

「ターゲットより発光信号。読み上げます」

 ――ワレ日本空軍ナリ。目的ハ貴国に海ヲ取リ戻ス技術ヲ提供スル為ナリ。

 海を取り戻す技術だと? 眉唾な。ヘイロー05はそう思わずにはいられない。

 深海棲艦おかげで何人死んだか。パナマ運河は奪われ、海軍は壊滅。空軍だって千機以上の機体を失った。ヘイロー05の戦友も何人も死んでいる。

 そんな奴らに敵う技術があるのか?

『ヘイロー05、ターゲットの目的は「海を取り戻す技術の提供」と信号を送ってきたのか?』

「そうであります」

『ラジャー、ターゲットの監視を継続せよ』

 NORADは「海を取り戻す技術」というものが何か分からなかった。「瑞星」側としては「艦娘技術」と言っても何か分からないだろうから、分かる言葉を組み合わせただけなのではあるが、NORADはさらに混乱した。

『ヘイロー05、こちらNORAD 。ターゲットを最寄りの基地、ヒル空軍基地に誘導着陸させよ』

 最終的にNORADは「海を取り戻す技術」というものを受け入れてみることにした。眉唾ではあるが、万に一つということもあった。

「最寄りの空軍基地に誘導する。我の誘導に従え!」

 ヘイロー05がバンクし、「瑞星」の前に移動した。

 

 「瑞星」は誘導の通りに、ヒル空軍基地に着陸し、エプロンに移動した。

 エンジンを停止させると、タラップ車が来たのでクルーが乗降扉を開ける。

 初めに降りるのは艦娘建造部の技術者であり、過去にアメリカ駐在武官も勤めたこともある鍾馗少佐だ。それから艦娘部の技術者達、艦娘、艦娘艤装整備員、瑞星のクルーの順番で降りた。

 まず彼らを対応したのは戦車や対戦車火器、小銃で武装した基地防衛隊だった。

「ひどい対応……」

 初雪がぼやいた。

「なに、撃ってこないってことは交渉の窓口は開いてるさ」

 鍾馗少佐は笑っている。

「大変なのはここからだぞ。何せ君達が艦娘ということを証明しなくてはならん」

 鍾馗少佐は帽子を被り直して、歩き出した。



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第3話「お披露目」





 現在、アメリカ海軍総司令部は五大湖の1つ、スペリオル湖の西端のスペリオルに置かれていた。アメリカは海岸地域を放棄したため、サンディエゴやメイポートなどの各艦隊司令部はスペリオルに全て移転したのである。

 五大湖には深海棲艦の攻撃から生き延びた艦艇が停泊しているが、反攻戦を行うだけの艦数はない。艦艇の乗組員は本土防衛作戦のため、全員陸戦隊となっていた。

 

 スペリオルの海軍総司令部。役所を流用した総司令部は古くこぢんまりしており、総司令部の名称と釣り合っていない。しかし海を守れず、艦隊も壊滅した今、議会が予算を許すはずもなかった。

 その総司令部のある一部屋、海軍中将ディロン・K・ウンダーは椅子に座り、コーヒーを飲みながら、客人を待っていた。

 ちょうど、コーヒーを飲み干したところで扉が叩かれた。

「ジャクソン上等兵、日本海軍鍾馗政志大佐他4名をお連れしました!」

「入れ」

 扉が開かれ、6人の人物が入ってきた。1人は従兵のマーク・ジャクソン。他の5人が客人達だ。1人は大の男。この男が鍾馗政志。4人はセーラー服を着た少女。

 鍾馗はディロンの顔を見て、驚きの表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情はにやけた。

「ジャクソン上等兵、席を外してくれ」

 ジャクソンは執務室を出る。扉が静かに閉められると同時にディロンは立ち上がり、鍾馗に近づいた。そして拳を交わす。

「この野郎、生きていたのか!」

「お互いな!」 

 ディロンと鍾馗。2人は鍾馗が海軍士官学校の留学時代からの古い友人だった。実に12年ぶりの再開になる。

「ディロン、お前が中将か! 何だ、その似合わないタイは?」

「ほっとけ、余計なお世話だ。お前なんか西太平洋でくたばったと思ってたぜ」

「俺こそ、ディロンの奴は大西洋の藻屑になってると思ってたよ」

 現在ではディロンは中将、鍾馗は大佐と階級の隔たりはあるが、2人の絆には隔たりは存在しない。互いにガハハと豪快に笑い合う。

「まあ、12年ぶりの親好の深め合いはこれくらいにしておこう。さて、本題だ。俺はこの子達を紹介に来たんだ」

 鍾馗は少女4人を手招きし、自分の前に来させた。ディロンは疑問を顔に浮かばせる。

「お前のお子さん?」

「違う違う。ほら、4人とも自己紹介だ」

 

「お前が冗談を言っているのか? 俺の頭がおかしいのか? 実は俺はまだベットの中で眠っていて、夢を見てるのか? 教えてくれ、鍾馗」

 ディロンは右手人差し指をこめかみに当てながら聞いた。

「どれも間違いだな。冗談は言ってないし、お前の頭もおかしくない。もちろん夢の世界でもない。ここは現実だ」

 ディロンは少女達4人をまじまじと見つめる。

 セミショートの子がフブキ。2本の短めのお下げの子がシラユキ。ロングヘアーの子がハツユキ。ショートヘアーの子がミユキ。

 この4人の少女達が専用の装置(艤装)を装着すれば、戦闘艦艇と同じ戦闘能力を持つ「艦娘」になる、と鍾馗は言う。だが、ディロンは到底信じれなかった。

「信じられないのも当然だ。が、深海棲艦の例がある以上、あり得ない話ではないだろう?」

 深海棲艦。2000年に太平洋地域で出現した人類の敵。大砲や魚雷のような攻撃手段、鋼並みの肌を持ち、人間に攻撃してくる謎の生命体。7つの海全てを支配し、アメリカの沿岸地域を攻撃、占領。アメリカを世界から孤立させた奴らだ。

 深海棲艦がいったいどういう仕組みで動き、何を目的に行動しているのかは全くの不明だ。

 基本的には巨大な黒々しい魚の様な外見をしているが、ヒト型の深海棲艦、バリアの様なものを展開し砲弾を弾いた深海棲艦の目撃情報もある。

 生物の域を超え、アメリカの科学では解明できないもの。もし、日本が深海棲艦について解明できていたのならば、『海を取り戻す技術』として『艦娘』はあり得ない話ではない。

「わかった。信じよう」

 長い沈黙の果て、ディロンは鍾馗の話を信じることにした。だが、『艦娘』という存在を完全に信じたわけではない。あくまで鍾馗に対する信頼で『艦娘』という存在を信じているだけだ。

「で、お披露目はいつでする?」

 鍾馗は、俺の言おうとすることが何故分かった? とばかりに目をぱちくりさせた。

「長い仲だろ。ここまできたら分かるさ」

 ディロンは鼻を鳴らした。鍾馗達がやってきたのは『艦娘』の技術をアメリカに伝えるためだ。しかし、その『艦娘』は言葉だけでそう簡単に信じられるものではない。ならば実際に示すのが一番だ。

「そちらが了解してくれるなら、話は早い。お披露目はできるだけ早い方が良いな。場所に関してはディロンに任せる」

「わかった」

 ディロンは再び、『艦娘』の少女達を見た。

 あどけない少女達。この少女達がアメリカの女神になるか、否か。

 

 アメリカ北部の五大湖の1つであるミシガン湖。大陸の内部でありながら、水平線を見ることができるほどの巨大な湖だ。

 現在、ミシガン湖の東岸は軍に徴収され、いくつかのテントが張られている。テントの前に跳弾などを防ぐための土嚢が積まれていた。

 これらは艦娘の公開試験のためだ。これを見るために30人近くの軍事関係者が集まっていた。その中にディロンもいる。

 『艦娘』とはいったいどんな兵器だろうか?

 「艦」と付く限りは艦船なのだろう。しかし、「娘」とは何だ? それに兵器の試験にしては用意が少ないのではないか?

 全員が『艦娘』に対しての期待と不安で胸を膨らませていた。

 

 テントの横に停めてあるトラックのコンテナ内。吹雪達4人と艦娘艤装整備員の清水と東海が待機していた。すでに吹雪達は艤装を装着している。

「なんだか緊張してきたぁ」

 深雪が呟く。もう少しすれば自分達のお披露目なのだ。

「大丈夫、大丈夫。緊張する必要なんてないさ」

 清水は深雪の緊張をほぐすように言った。

「アメリカの偉い人が来てるんです。緊張しない方がおかしいですよ」

「私達は責任重大……」

 白雪と初雪が反論する。実際、アメリカ側が艦娘に落胆失望した場合は第十一駆逐隊がアメリカに来た意味がなくなってしまう。第十一駆逐隊は艦娘のサンプルなのだ。

「君らのいつも通りを発揮することさえできれば、あちらさんも失望なんかしないよ」

 東海が胸を張っている。艤装の整備は万全。安心しろとフォローする。

「と、とにかく、分かってもらえるよう頑張ろう!」

 吹雪は特型駆逐艦の長女として緊張している3人を励ました。ただ、吹雪の足は少し震えていて、みんなの笑いを誘った。

 

 吹雪達を見た観閲者達はあっけにとられて、言葉が出なかった。

 『艦娘』という言葉から意味は推測できたが、まさか本当に『娘』とは誰も真に受けていなかった。

 誰かが「ガキの学芸会じゃないんだぞ」と小さな声で呟いた。確かに、何も知らない人間から見たら、吹雪達は女の子にに艦艇の煙突や大砲を模したデザインのおもちゃを付けただけに見えるだろう。

「彼女達が艦娘です。吹雪から自己紹介を」

 進行役の鍾馗が吹雪にマイクを手渡す。吹雪は深呼吸をして、口元にマイクを持っていった。

「ご紹介承りました艦娘の特1型駆逐艦1番艦の吹雪です。第十一駆逐隊の嚮導艦です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 一度も息継ぎせず、結構な早口だった。

 続いて白雪、初雪、深雪と自己紹介をしていく。

 緊張した様子はあったが、かんだりして、頭真っ白、と言うこともなく自己紹介はすんだ。

「では早速、彼女達『艦娘』の能力を披露させていただきたいと思います。では第十一駆逐隊よろしくお願いします」

 吹雪達は回れ右をして、湖の方に向いた。そして湖の方に歩き始める。

 いったい何をするつもりだ? アメリカのお偉い方々は困惑したが、その困惑はすぐに衝撃に変わった。

 

 ――水の上に立っている。

 

 そんなことはあり得ない。マジックなのか、自分の目の具合が悪いのか? 目をこする者もいる。しかし、いくら目をこすって見ても、少女達は明らかに水の上に立っているのだ。

 吹雪達は湖の上で進み出し、艦隊陣形の訓練と同じ動きをする。梯形陣から単横陣。単横陣から梯形陣。梯形陣から単縦陣。単縦陣から輪形陣と艦隊陣形を変えていく。その姿は一糸も乱れていない。

「砲撃を行います。標的は現在艦娘が航行している右手側にある吹き流しです」

 吹雪達が単縦陣で航行しながら、12.7㎝連装砲、長10㎝連装高角砲で吹き流しを射撃する。外れた弾が高い水柱を立てる。

 どよめきが起きた。「そんな馬鹿な……!?」とディロンは驚愕の声を上げた。

 吹雪達が持っていた砲の口径は実寸3㎝ほど。3㎝の砲弾に充填できる炸薬量では30mもの高い水柱を上げることは不可能だ。それに3㎝の砲弾を打ち出す砲の反動は筋肉ムキムキの大男でも押さえきれるものではない。だというのに吹雪達は苦痛な顔を見せることもなく、連装砲を撃ち続けている。

 爆発が起きた。吹き流しのブイに砲弾が命中し、炸裂したのだ。黒々しい爆煙が立ち上る。どよめきが減っていく。皆、口を開かずにただ、艦娘を見つめている。

「次は魚雷攻撃を行います。今度の標的は艦娘左側のタグボートです」

 古めかしいタグボートがまだ比較的新しいタグボートに曳かれてやってくる。古めかしいタグボートが標的だ。

 吹雪達が太ももの61㎝三連装魚雷発射管から九三式酸素魚雷を発射する。発射された酸素魚雷は24本。その全てがタグボートに命中、爆発してタグボートを粉砕する。爆発による水柱は300m以上にもなった。

 観閲者達は静かだった。口をぽかんと開けて、吹雪達を見つめている。

 硝煙のにおいがようやく観閲者まで漂ってきた。それで観閲者達は現実に引き戻されたのか、拍手喝采が始まった。

 これは軍事の革命だ。ディロンは拍手しながら、そう思った。

 砲の威力と砲の反動は比例して大きくなる(無反動砲やロケット砲は別として)。戦艦の砲の口径が大きくなると共に戦艦の艦体も大きくなっていったのも、これが原因だ。巨大な砲の反動を押さえるためには、その砲を扱うものも巨大化しなければならない。

 しかし、艦娘は別のようだ。あの小型の砲であの大威力。わざわざ「艦娘」と呼ばれている以上、あの少女達自体が人間とは違う特別な存在なのだろうが、もし艦娘技術を通常兵器に転用できたとしたら。世界大戦や数々の紛争で培ってきた軍事技術を根こそぎ、ひっくり返してしまうだろう。

 ディロンは軽く笑う。鍾馗の奴、とんでもないものを持って来やがった。

 

 ワシントンD.Cの大統領官邸、通称ホワイトハウス。その中で「艦娘」に関しての会議が行われていた。

 円卓机には大統領、国務長官、国防長官、財務長官、エネルギー長官、海軍長官、そしてディロンが座っていた。各自に艦娘に関する資料が配られている。

「あれはマジックの類いではないのだね? ディロン中将」

 大統領は艦娘試験の主催者であるディロンに質問した。

「はい。試験場、標的などは全て我々、海軍が用意しました。何かしらの仕掛けによる虚構の出来事ではありません」

 ディロンの返答を聞き、大統領は目を閉じて、昨晩見た艦娘試験の記録映像を思い出す。

 過去に従軍経験がある大統領は映像が本当に事実だったのかを疑うばかりだった。

 あれがマジックではなく、手元の資料通りならば、確かに『海を取り返す技術』ではあろう。小型、俊敏さ、高火力、低コスト。兵器としては最高の条件全てがそろっている。でかい、遅い、火力は高くても当てられない、高コストな通常兵器。それと比べれば、艦娘はすさまじく効率の良い兵器だ。

「艦娘の生産は可能か?」

 大統領は財務長官、エネルギー長官に問う。両長官ともが頷く。

 大統領は言い放つ。

「艦娘の生産計画を立てろ」




  なぜ「艦娘が深海棲艦に最も有効な手段」なのか、というのは結構悩みました。正直、今でも悩んでいます。
 設定として、この世界の技術レベルは1960年代から1970年代というのがあります。これは「艦娘が深海棲艦に最も有効な手段」を成立させるための設定です。
 こんな設定にしている理由は、現代兵器が強すぎるからです。現代の大砲、それを制御するシステムを調べてみるととんでもない性能だったりします。現代レベルの砲熕兵装を主武装にした艦ならば軽巡、駆逐艦レベルの深海棲艦なら無双できるでしょう。レーダー誘導ミサイルはともかく、赤外線やミリ波誘導のミサイルなら当てることも可能でしょう。
 艦娘の出る幕は少なくなります。そもそも深海棲艦に制海権を取られたりしません。

 こんな設定をこねくり回していますが、本音を言えば「通常兵器も頑張って欲しい」からです。宇宙戦争のサンダーチャイルド号大好きです。

 次回、吹雪達がようやく戦います。


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第4話「セントローレンス湾の戦い」

 セントローレンス湾。カナダ南東部にあり、セントローレンス川を経由して五大湖から大西洋への出口になる湾だ。「赤毛のアン」で知られるプリンスエドワード島がある湾でもある。

 現在では深海棲艦の泊地であるセントローレンス湾を吹雪達、第十一駆逐隊はその湾を戦闘速度で航行していた。

 

 少し時間はさかのぼる。

 五大湖オンタリア湖の東、ショートモント湾にアメリカ海軍のショートモント臨時基地があった。吹雪達、第十一駆逐隊のために急設された基地である。

 吹雪達はそのショートモント基地のブリーフィングルームに召集されていた。

 艦娘部隊の指揮を任されたディロン・K・ウンダー中将が前の壇上に立ち、言い放つ。

「フブキ、シラユキ、ミユキ、ハツユキ、君達の初任務だ」

 ディロンの言葉を聞いて、吹雪達は歓喜の声を上げた。

 吹雪達はアメリカに来てからというもの、実戦は一度もなかった。せっかくアメリカに来たというのに訓練だけする日々。それもようやく終わりなのだ。深雪においては「よっしゃあ!」のかけ声にガッツポーズまでしてしまったので、副官のロナルド・ダンカンが睨みつけた。

「任務はセントローレンス湾の制圧だ」

 部屋の明かりが消され、プロジェクターでスクリーンにセントローレンス湾の地図が映し出される。ディロンが指示棒で湾を指した。

「セントローレンス湾は現在、深海棲艦の泊地だ。湾には多数の駆逐艦級深海棲艦が回遊している。そして、週に何度かの頻度ではあるが、セントローレンス川を遡上してくる深海棲艦がいる」

 指示棒がセントローレンス川をなぞる。川は五大湖に繋がっている。

「幸い、陸軍の砲台が阻止しているが、軍としては遡上を無くすためにセントローレンス湾は奪還しておきたい」

 アメリカは深海棲艦にノーフォーク、サンフランシスコを占領され、内陸に侵攻されている。防衛線を張っているアメリカ陸軍は膨大な戦力を持つが、無限ではない。五大湖を占領されて東西北の三方向から攻められるのは避けたかった。

「やってくれるな?」

 ディロンは真剣なまなざしで吹雪達を見た。吹雪達は息をそろえて言った。

「Yes,sir!」

 

 吹雪達はセントローレンス川を下る。モントリオールを過ぎると、アメリカ陸軍の砲台群が岸に見えてくる。7.5㎝クラスから15㎝クラスまで大小様々だ。

 遡上してくる深海棲艦は駆逐艦ばかりでなおかつ少数なので、大口径砲はあまり必要ない。

 吹雪が砲台を見ていると、兵士達が出てきて手を振った。吹雪達も手を振り返す。

 吹雪はふと、艦娘としての初出撃のことを思い出した。

 あのときも、沿岸砲台で手を振ってくれる兵士達がいた。太平洋の向こう側の土地でも、それはあまり変わらないのだと感慨深く思った。

 

 時間は戻って、セントローレンス湾。

 湾の中程まで航行すると吹雪の33号対水上電探に感があった。敵だ。ちょうどプリンスエドワード島の北。敵の数は電探の調子があまり良くないので分からない。

 視界ぎりぎりまで接近し、双眼鏡で確認する。

「たくさんいるなぁ」

 プリンスエドワード島北にはかなりの深海棲艦がいた。数はざっと25ほど。どれも駆逐艦級だが、数だけはやたら多かった。西太平洋の深海棲艦は多くが6隻編成で行動しているが、大西洋では違うのだろう。たぶん、これがこの湾の本隊に違いない。

 数は多いが、所詮駆逐艦。自分たちならば全滅させることは可能だ。吹雪はそう判断した。

「みんな、単縦陣で砲撃準備!」

 海上に静止して、12.7㎝連装砲を構える。近辺に敵がいないのなら、止まって射撃した方が当てやすい。

 33号対水上電探で距離を測定。遠距離射撃のため、風、波、コリオリ力もある程度考慮して、照準する。

「撃ち方はじめ!」

 号令と共に12発の砲弾が飛んだ。発射された砲弾のうち3発が別々の深海棲艦に命中。命中したイ級3隻は爆発、沈没する。

 深海棲艦は突然の砲撃に驚いたが、吹雪達という獲物を認識して、一直線に進み出した。

「砲撃を続行しながら、前進微速!」

「接近戦になる前にできるだけ沈めます!」

 単縦陣を維持しながら砲撃。回避をせず、ただ直進する深海棲艦は次々と沈んでいく。

「当てやすい当てやすい」

「七面鳥撃ちってやつ……?」

 深雪は双眼鏡を覗く。敵の数はかなり減って、12隻になっていた。

 深海棲艦も発砲。深海棲艦が放った砲弾は吹雪達を飛び越し、かなり後ろで水柱を立てた。

「へたっぴだなぁ」

 深雪が笑う。深雪はこんな下手くそな砲撃は見たことがない。アメリカの深海棲艦は艦娘との戦闘経験がないため、小さな目標に慣れていないのだろうか。

 このまま全滅できる。吹雪はそう思った。あえて電探射撃をする必要性もないと判断し、33号対水上電探のアンテナを索敵のために回転させると複数の方向に感があった。驚いて感があった方向を向く。黒い点が見えた。全てで5つの黒い点。包囲されている。

「全方位に敵! 全方位!」

 叫びに皆がぎょっとして射撃をやめる。

 吹雪は双眼鏡で確認。黒い点の正体は深海棲艦駆逐艦の6隻。おそらく、本隊が呼んだに違いない。全ての敵艦数を合わせるとかなりの数になるだろう。このままでは袋だたきになってしまう。

「包囲を脱出するよ! 方位120度ヨーソロー! 最大戦速!」

 120度回頭し、速度を上げる。主機が唸りを上げ、速度はすぐに37.5ノットまで上がった。さっきまで吹雪達が攻撃していた敵は追いすがろうとするが、特型駆逐艦の速度に追い付けない。

 包囲する深海棲艦は逃がしはしないとばかりに吹雪達の行く手を塞ぐ進路を取る。

 吹雪達は包囲網のどこかに穴を開けようと砲撃を加えるが、最大戦速での砲撃はなかなか当たらない上に敵が多く、穴を開けるのは難しい。

 砲撃は激しくなり、吹雪達は海水を被る。命中弾こそないが、至近弾の破片が艤装を削る。敵も目標の大きさに慣れてきたらしい。

 敵は丁字戦法をとろうとしているようだった。

「吹雪ちゃん、魚雷撃って!」

「私もそう思ってた!」

 吹雪は陣形を整えつつある敵に全ての酸素魚雷を発射した。あくまで陣形を整えさせないのが目的で命中は期待していない。

 酸素魚雷は薄い雷跡を残しながら、突進していく。

 爆発。運良く1本当たったらしい。

 敵が魚雷を回避するために陣形が崩れた。その瞬間を狙って包囲を突破する。

 幸い、包囲網の向こうには敵はいないようだった。33号電探で敵の数を調べる。砲撃の衝撃で良い具合になったのか、今は調子がいいようだ。

「50隻以上!?」

 思わず叫んだ。正確な数は分からないが、深海棲艦の数は50以上いることは確実だった。アメリカ軍の物量がマンモス級なら、アメリカの深海棲艦もマンモス級だ。

 敵の数を聞いた白雪達も口々に、

「50!?」

「多すぎでしょ!」

「なんなのアメリカ」

 と叫んだ。50隻以上と戦っていたら、途中で弾薬が尽きてしまうだろう。負ける戦いはしてはいけない。それは死に直結するのだ。

 吹雪は無線の周波数をショートモント基地のものに合わせる。

「こちら第十一駆逐隊の吹雪! 撤退許可を願います!」

『こちら司令部。フブキ、どうした?』

 無線に出たのはディロンだった。

「現在、深海棲艦と交戦中! しかし、敵の数が多すぎです! 我々だけで制圧するのは困難です!」

『敵の数は?』

「50隻以上!」

『敵の撃滅は難しいか?』

「はい!」

 しばしの沈黙の後、返ってきたのは

『わかった。撤退を許可する』

 撤退の許可だった。

『そのままセントローレンス川を遡上して撤退だ』

「絶対あいつら追ってくる」

 殿の初雪が割り込む。初雪には久しぶりの獲物だ、逃がさないという強烈な深海棲艦の雰囲気を感じ取っていた。

「敵の数は50以上です! 川岸の砲台で防ぎきれるんですか?」 

『大丈夫だ』

 吹雪達にはあの砲門数では少ないと感じているのだが、あの砲台群には何か策があるのだろう。

「了解、撤退します! 複縦陣でみんな全速力!」

 主機を吹かして少しでも速度を上げる。破損する可能性があるが、波のように追いかけてくる深海棲艦から少しでも距離を離しておきたかった。

 

「機銃で弾幕張ります!」

 複縦陣で左後ろに付いた白雪は上半身を捻って25㎜三連装機銃を連射する。主砲で弾幕を張りたいところだが、真後ろに敵がいる関係上、姿勢的に反動の強い主砲を撃つのは難しい。ならば反動の小さい機銃で弾幕を張った。

 無数の火線が飛んでいくが、所詮機銃弾。ひるませることすらできない。やはり主砲で弾幕を張るべきだと思い直し、12.7㎝連装砲を構えるが、飛んできた敵弾によって連装砲ははじき飛ばされてしまった。

 白雪の得物は25㎜三連装機銃と魚雷のみ。25㎜機銃は効果がなく、魚雷はあまり使いたくはなかった。アメリカに持ってきた魚雷の本数は多くない。当たる可能性が低い状態で駆逐艦程度に撃ちたくはなかった。しかし、その駆逐艦程度に追い込まれかけているのも事実である。

 ガスペ半島を通り過ぎ、何とかセントローレンス川の河口までたどり着くことができた。しかし、敵はまだ追ってくる。まだ砲台の射程距離外だ。

「しつこい奴は嫌いだ! 白雪、手つかめ!」

 隣の深雪が右手を出してくる。白雪は深雪がしたいことがよく分からなかった。

「魚雷撃つから! 手つかめって!」

 どうやって撃つのかいまいち分からなかったが、深雪の必至な表情に押されて、白雪は右手をつかんだ。

「引っ張ってくれよ! 逆進一杯!」

 掛け声と共に深雪は体を反時計回転させる。

「――っ!」

 右手が引っ張られる。こけないよう足を踏ん張る。

 深雪の方を見ると、いつのまにか深海棲艦に向かい合う形になっていた。深雪の魚雷発射管が敵に向く。ようやく白雪は深雪の行動を理解した。

「魚雷発射!」

 深雪が6本すべて酸素魚雷を放つ。相対速度も相まってすぐ敵に命中した。爆発して血が混じった水柱が6つ立つ。

「よっしゃあ!」

 深雪が魚雷命中に喜ぶが、全体の数からすればたった6隻だ。しかし、敵の陣形が崩れて白雪達との距離が開いた。

「うまくいったぜ」

 深雪は時計回りに体を回転させて、元に戻った。

「白雪もやるか?」

「やる」

 白雪は左手を差し出し、深雪も左手でつかむ。逆進をかけると同時にくるっと回って深海棲艦と向かい合う。魚雷発射管を敵に向ける。

「魚雷発――」

 掛け声の途中で、敵に無数の水柱が上がった。虚を突かれて魚雷が発射できなかった。

「砲台の射撃!」

 アメリカ陸軍の砲台射程距離内に入ったのだ。白雪は胸をなで下ろす。

「早く撃て!」

 深雪が訴える。今、深雪は白雪を曳航する形になっている。白雪も逆進をかけているとはいえ、全速力で曳航するのは辛いのだ。

 あわてて照準を合わせ、

「発射!」

 魚雷の命中を確かめることもせず、体を回転させ、前に向き直った。

 向き直ってから後ろを見ると、水柱が深海棲艦を包んでいてどれが自分の魚雷の水柱なのか分からない。

 深海棲艦は砲弾の雨にも負けず、白雪達を追ってくる。

 突然、深海棲艦の前に水の中から丸く黒いものがいくつも浮かび出てきた。その黒く丸いものに深海棲艦が触れると爆発した。機雷だ。

 次々に起こる爆発。当たり所が悪いと戦艦すら沈ませるほど威力がある機雷は深海棲艦を肉片へと変えていく。

 機雷の爆発が収まり、水煙が消えると川には深海棲艦の姿はなかった。

 砲台の方から歓声か聞こえてきた。

 

 ショートモント基地に帰投すると、桟橋で艦娘整備班と共にディロンとロナルドが待っていた。

 桟橋に上がり、吹雪達は敬礼をする。ディロン達も敬礼を返した。

「作戦失敗してしまいました。申し訳ありません」

 吹雪は謝罪をした。ディロンは少し残念そうな顔をしていたが、笑顔を浮かべて、

「気にするな。作戦を立てたのは自分だ。今日はしっかり休んでくれ」

 ディロンはそれだけ言うと、ロナルドと共に歩いて行った。

 

 吹雪は艦娘艤装保管棟に来ていた。保管棟は艦娘艤装の整備などをしている所だ。吹雪は艦娘艤装整備班班長になっている東海に用があった。

「東か――」

「なんだこのグリスの付け方はぁああ!。付け方ってもんがあるんだ、付け方ってのが!」

 東海が大声でアメリカ人整備員に叫んでいる。海にたたき込みそうな東海の勢いに吹雪は気圧されて、尻餅をついてしまった。

「マニュアルをもう一回読め! ん? あ、吹雪ちゃん? どったの?」

 さっきの叫び声とはうって変わって優しい声だ。

「ああ、ごめんね」

 東海は手を差し出して、吹雪を立たせた。

「用があって来たんだろうけど、ちょっとだけ待ってね」

 東海は腕をまくって腕時計を見る。

「休――――憩!」

 これまた棟全体に響き渡るような大声だった。

 

 吹雪は保管棟の外の埠頭で腰を下ろし、夕日を見ていた。

 アメリカの夕日は日本の夕日よりも赤い感じがした。

「ほい」

 東海は自動販売機で買ってきたオレンジジュースを吹雪に渡して、隣にあぐらをかいて座った。ジュースのプルタブを捻って開ける。

「東海さん、さっきのすごい声ですね」

「ああ、さっきのね。うちのおやっさん……日本にいた頃の整備班長のまねだよ」

 東海の整備班の班長はものすごく厳しい人だったという。口癖は「もたもたしてると、海にたたき込む」だそうだ。東海はその人をとても尊敬しているらしい。

「で、どうしたの? 艤装のことなら心配なしよ」

 東海はジュースをのどを鳴らしながら豪快に飲んだ。

「艤装のことじゃなくて……あのう……」

「今日の作戦のこと?」

「まあ、そうです」

「作戦のことなら気にすることないよ。50隻だよ、50隻。敵うわけないじゃない」

 それは戦闘をした吹雪自身が一番分かっていることだ。しかし、アメリカ海軍にとって艦娘を使った初めての反攻作戦だったのである。

「でも、私達に期待してくれていた人がどれくらいいたかって考えると……」

 アメリカは世論で動くと聞いている。今回の作戦失敗は世論に大きく響くのではないか。そして司令官は私達に失望しているのではないか。吹雪の頭に残念そうな顔のウンダー司令官がよぎった。

「なーに、期待する奴はかってに期待させとけ。俺は吹雪ちゃん達が沈むのが一番嫌さ。ウンダー司令もそうだと思うよ」

「そうですかね?」

「そうだよ。もっとも吹雪ちゃん達だから、という理由かは分からないけどね。貴重な戦力だから、としか思っていないかもしれない。実際、アメリカで深海棲艦に対抗できる戦力は吹雪ちゃん達くらいしかいないし」

 艦娘は兵器。東海は艦娘を一個人として見てくれているが、ウンダー司令をはじめ、アメリカの人々はどう思っているのだろう? 艦娘は兵器、なのだろうか?

「まあ、元気出しなよ。次の作戦を成功させればいいんだから。アメリカも艦娘の建造に成功したって話だし」

「え、成功したんですか?」

「知らなかった? 明後日辺り来るって話よ? たぶんその艦娘が着任してから次の作戦を始めるんじゃない?」

 初耳だった。重巡の青葉がいれば、号外でも出してすぐに知ることができただろうが、あいにく青葉はここにはいない。

「その艦娘の名前、なんて言うんです?」

「確か、『ウルヴァリン』と『セーブル』とかいったかな?」

 




 戦闘を書いてみたのですが、いかがでしょうか? 頑張って書いてはみたのですが、読者の皆さんに絵が浮かぶかどうか……酷評でも良いのでコメントください。頑張ります。

 アニメ7話の大井と北上のクルクル回避は何なんでしょう? あれに影響されて今回の深雪と白雪の魚雷発射を思いついたのですが。うーん。

次回、ついにアメリカの艦娘が着任。新しい仲間を引き連れて、吹雪達は再びセントローレンス湾攻略に乗り出す。


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第5話「ウルヴァリンとセーブル」

やっとアメリカの艦娘が登場しますよ!


 「アメリカの艦娘は金髪に違いない」と話し合っていた吹雪達は面食らってしまった。

 ディロンが連れてきた艦娘は黒髪だった。金髪ではない。濡羽色のごとき黒だ。

「初めまして、空母ウルヴァリンです」

 それに初建造の艦娘が空母とは。これにも驚いた。

 ウルヴァリンの溌剌とした雰囲気は愛宕に似ていた。元気なお姉さんといった感じだ。

「こっちが――」

「同じく空母セーブル。よろしく」

 もう一方の空母艦娘セーブルはウルヴァリンとは違って、クールな印象を受けた。ウルヴァリンがショートカットヘアーなのに対し、ロングヘア。髪型と無骨な言い方と相まって、吹雪は第十七駆逐隊の磯風を思い出した。

「よろしくお願いします。ウルヴァリンさん、セーブルさん」

 吹雪達は握手する。吹雪は敵国であった艦娘と握手するのは抵抗があるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。しっかりと手を握り交わす。

「同じ艦娘同士だ。仲良くな」

 ウルヴァリンとセーブルの後ろに立っていたディロンが言った。実際、日本の艦娘である自分達に抵抗感はないようなので、すぐ仲良くなれるだろうと思った。

「さて、2人の歓迎会だ。食堂に行こう」

 

「唐突で悪いと思いますけど、第二次大戦時にはどこの戦線で戦っていたのですか?」

 どんちゃん騒ぎの歓迎会の中、吹雪はビールをこくこくと飲んでいるウルヴァリンとセーブルに聞いた。

 「ウルヴァリン」と「セーブル」。吹雪達にとって両方とも聞いたことがない名前だった。戦後まで生き残った艦娘の口からも聞いたことがない名前なのだ。一体どこで戦っていた艦なのか気になった。

 まさか極秘中の極秘の艦だったりしたのだろうか。吹雪の心は少し沸き立った。

「実戦経験はない。訓練空母だからな」

「えっ?」

 ――訓練空母?

「ずっと内海――つまりこの五大湖でパイロットの離着艦訓練してたのよ」

 なるほど。それなら聞いたこともないのも当然だ。吹雪は少し落胆すると共に変な期待をした自分を馬鹿だと責めた。

「訓練空母といえば、鳳翔さんですねぇ」

 白雪が呟いた。吹雪達にとって訓練空母といえば鳳翔だった。日本初の空母で、今では艦隊のお母さんとも呼ばれたりするやさしい艦娘だ。空母艦娘だけではなく、駆逐艦娘にも人気がある。

 ウルヴァリンとセーブルも同じ訓練空母である鳳翔に似た面があるのだろうか? ふと吹雪はそんなことを思った。

「ところでフブキはビールを飲まないのか?」

 セーブルが唐突に聞いた。

「はい、お酒はちょっと苦手で」

「日本の艦娘はビールはあまり見たことはないか? ちょっとくらい試してみないか?」

 セーブルがグラスにビールを上品に注ぐ。その手つきは人の体を得たばかりとは思えないくらい、手慣れている様に見えた。吹雪が艦娘になったばかりの頃は人の体に戸惑ってばかりだったのだが。

「初めてってわけではないですけど……いいですよ」

「遠慮することはないぞ」

 遠慮しているわけではない。駆逐艦娘は幼い外見の艦娘が多いとはいえ、肝臓機能は大人と同等らしく、アルコールをとっても問題はない。実際、酒を飲む駆逐艦娘も少数ながらいる。

 それでも上戸、下戸はあり、吹雪は下戸の部類だった。アルコール度数の低いビールといえども、グラス半分くらいの酒を飲んだらすぐに酔っ払ってしまうだろう。

 吹雪は隣に座る白雪に助けを求めた。

「吹雪ちゃん、飲んでもいいんじゃない?」

 白雪はすっかりできあがっていた。白雪は吹雪と違って上戸だ。好んで飲むことはあまりないが、こういう席だと結構飲む。

 白雪は駄目だ。深雪と初雪は――駄目だった。アメリカ人整備士とガハガハ笑いながら飲んでいる。

 深雪はビール。初雪のグラスはオレンジジュースのように見えるが、飲むたびに顔が赤くなっていく様子を見るに、ビールをオレンジジュースで割っているらしい。それで美味しいのだろうか。

「フブキちゃんって、結構子供ねぇ」

 ウルヴァリンの言葉にフブキはむっとした。

 子供なものか。私は特型駆逐艦の長女なのだぞ。子供な外見で言えば、瑞鳳はどうなるのだ。

 妹達に負けてなるものか。アメリカの艦娘になめられてなるものか。

 吹雪はセーブルからグラスを受け取り、飲んだ。すぐに空にした。

「良い飲みっぷりだな。もう一杯どうだ?」

「頂きます」

 ホップとアルコールの苦みと香り。口と鼻腔に広がっていく。それと共に頭に暗闇が広がっていった。

 吹雪は意識を失った。

 

 吹雪は自分のベットで目を覚ました。

痛い頭を耐えながら、体を起こした。

 窓から差し込む光は朱色だ。夕方らしい。

「酔い、覚めたか?」

 深雪が椅子に逆向きで座っていた。

「水ちょうだい……」

「ほい」

 差し出されたグラスを飲み干す。水が五臓六腑に染み渡るようだった。

 ようやく頭が冴えてくる。

「えっと、私は……」

 記憶がはっきりしない。何がどうなんだっけ?

「ビールを一気飲みして、意識失って倒れた」

 深雪にそう言われて、記憶が戻り始めた。ウルヴァリンの茶化され、酒に弱い癖して、ビールを一気飲みしたのだ。意識を失って倒れるのは当然だった。

「馬鹿だなぁ、私」

「何が?」

「いやさ、なめられたくないとうか、特型駆逐艦長女としての意地っていうか、結局かっこ悪いとこ見せちゃったなぁ、と」

 ほんと、馬鹿だなぁ。吹雪はため息を吐いた。

「お水、もう一杯ちょうだい」

「うん。そういえば、あの2人から伝言預かってるぜ」

「あの2人って? ああ、ウルヴァリンさんとセーブルさん」

「『酒を無理に勧めてごめんなさい』だって」

 別に謝ることないのに。吹雪はそう思った。結局は飲んだのは自分なのだし、気を失うような飲み方をしたのも自分だ。茶化したのだって悪気があったわけでもないだろう。

「その本人達は?」

「自分達の艤装がさっき届いたらしくて、東海さん達と試験やってる。1時間くらい前までこの部屋にいたんだけどさ。吹雪をベットに運んだのも、あの2人だよ。お礼、言っておきなよ」

「うん」

 

 翌朝、吹雪は食堂でウルヴァリンとセーブルに会った。ずっと艤装の調整をしていたらしく、昨晩には出会えなかった。

「フブキ、昨日はすまなかった」

「私からも、ごめんなさい」

 目が合うなり、2人は謝った。先手を打たれて、吹雪は自分をベットに運んでくれたことへのお礼を言えなかった。

「いえ、謝ることなんてないですよ。あんな飲み方したのは私です」

「そう言われても、こちらとしては申し訳が立たない。何かお返しとかできないものか」

「お返し……ですか?」

 お返しなんてしてもらわなくて良いのだけれど、しないと2人も収まりが付かないのだろう。

「昨日、私をベットに運んでくれたことでどうですか?」

「駄目だ」

 拒否されてしまった。

「今度、ジュースおごってくれるとかでどうです?」

「その程度じゃなくて、もっと何かないの? 大きなこと」

 これまた拒否された。

「なんでそんなにこだわるんです。変じゃありませんか?」

 吹雪の疑問はもっともだった。なぜお返しされる側の要求が拒否されるのか。その理由をウルヴァリンが静かに語った。

「私達は元々空母じゃないのよ。私はシーアンド・ビュー、セーブルはグレーター・バッファローっていう五大湖専用の客船だった。第二次大戦が始まって、パイロットの大量育成が必要になったから、私達は訓練空母として改装されたの。改装される前までは客船として仕事に就いていたわけで……お客をもてなすってことには誇りを持っているのよ。でもフブキちゃんに無理に飲ませちゃって、倒れさせてしまった。私達自身、お酒を飲んで酔うことは初めてで、酔って分別が付かなかったのね。私達にとっては恥。だから、けじめを付けたいの」

 思い当たる節がないわけではない。例えば、昨夜のビールのグラスへの注ぎ方。あの慣れた手つきはこういう理由だったのか。客船であれば、客に酒を出すこともあるだろう。

 吹雪は理由に納得はしたが、逆に困ってしまった。2人がこだわる理由を知ってしまった以上、生半可な返事はできない。

 この2人にできること。空母であるこの2人に。

 吹雪は1つ思いついた。

「今日の訓練、私を標的艦にしてください」

 

 空は雲が低く垂れ込めていて、航空攻撃には最高の日だった。

 そんな日のオンタリオ湖を吹雪1人が航行していた。砲や魚雷などは持っていない。代わりに溶接で取っ手を付けた鉄板を両手に持っている。

 雲からヴォートSB2Uビンジケーター急降下爆撃機の編隊が現れる。SB2U ビンジケーターはダグラスSBDドーントレス急降下爆撃機の異母兄弟ともいえる機体だ。

 先頭のビンジケーターが急降下を開始する。

 吹雪は爆弾投下のタイミングを見計らって面舵を切った。模擬爆弾は外れて水柱を立てる。後ろに続いていたビンジケーターの模擬爆弾もすべて外れた。

「全弾外れです。もっと遅いタイミングで投下してください。簡単に避けられます」

『は、はい!』

 無線の向こうにいるウルヴァリンが返事をする。さっきのビンジケーター編隊はウルヴァリン所属だ。

 次に左舷からセーブルのダグラスTBDデバステイター雷撃機編隊が突っ込んでくる。 ウルヴァリンのビンジケーター編隊の反省を活かしてか、今度は少し魚雷投下のタイミングが遅い。だが、まだまだ早い。取り舵で避ける。

「セーブルさん、雷撃機はもっと高度を低く、そしてもっと投下タイミングを遅く!」

『はい!』

「次々来て、疲れさせないと当てることなんてできませんよ!」

 吹雪が標的艦をやっているのはウルヴァリンとセーブルに「航空攻撃の回避訓練をしたい」と頼んだからだ。回避訓練は空母がいないとできない訓練だ。吹雪自身はこれで貸しを帰してもらおうとした。

 しかし、訓練を受けている側である吹雪が2人に怒鳴っているのはどういうことか。

 それは2人の爆撃と雷撃があまりにも下手くそだったからだ。

 ウルヴァリンとセーブルは一度も爆装、雷装機の運用をしたことがない。いや、運用ができなかったといった方が良いだろう。

 ウルヴァリンとセーブルは実は外輪船である。側舷の水車を回転させて進む、あの外輪船である。機関は石炭専燃缶。2人が金髪でなく、黒髪なのはこれに由来しているに違いない。艦娘は艦の特徴が容姿、艤装になって現れるのだ。

 外輪船と石炭専焼缶とくれば、速力はたかが知れている。2人の最高速度は18ノットであり、航空機を運用するにはあまりにも遅すぎる。普通の艦だったころはたん離着艦訓練のみをやっていたという。海洋に比べれば穏やかな五大湖で飛行機乗り着艦訓練をする分には18ノットでも十分だったという。

 そんなわけで爆装、雷装機運用の経験がない2人の攻撃は下手くそだったのだ。

 今こうして爆装、雷装機を飛ばすことができているのは艦娘という存在になっているからだ。艦娘になったら、合成風や艦速は関係ない。何でも飛ばせる。

 これだと深海棲艦と戦えない。

 吹雪はそう思って、回避訓練から航空攻撃訓練に訓練の趣旨を変えた。

 今度の作戦は失敗するわけにはいかないのだから。

 

「おう、やってるな」

 吹雪が標的艦役を白雪と代わったとき、ちょうどディロンが様子を見にやってきた。遠くで立ち上る水柱を見つめる。

「あの2人はどうだ?」

「それなりに上手になりました。10発に1発当たるか当たらないか位には」

「その命中率は高い方なのか?」

「はい」

 歴戦の駆逐艦である吹雪で命中率1割なのだから、深海棲艦の駆逐艦級なら、十分対処できる。索敵を広域に行える空母ならばセントローレンス湾の攻略も容易になるだろう。

「セントローレンス湾、どうにかできるか?」

「断言はできませんが、できると思います。空母戦力の存在は大きいです」

「そうか。それなら安心だな」

 ディロンは胸ポケットから煙草を取り出し、吸い始めた。煙が風にながれる。

「今日、艦娘の量産が決定した」

「量産、決まっていなかったんですか?」

「あくまで生産計画だけだったからな。ウルヴァリンとセーブル、あとすでに建造できた数人の試作で終わる可能性はあった」

 米海軍は艦娘の存在を信じはしたが、深海棲艦に対して本当に有効な兵器であるかどうかは懐疑的だった。軍というのは保守的な考えの者が多い組織なのだ。

 米海軍は実際に艦娘に戦闘をやらせてみて、艦娘を海軍の装備にするかどうかを決めるつもりだった。

「量産決定の決め手になったのは、やっぱり君達、第十一駆逐隊だ。一昨日の戦闘のインパクトは強かったようだな。作戦自体は失敗したからどうなるのかと危ぶんでいたんだが」

「どういう意味です?」

 吹雪は失敗した作戦のインパクトでなぜ量産が決定したのか、不思議に思った。

「普通の艦なら深海棲艦の迎撃に出て全滅ってこともざらだったが、君達は50隻以上の深海棲艦と戦っても、帰ってきただろ。これは実際すごい話だ」

 ディロンは吸い終わった煙草を湖に投げ捨てる。そして2本目を吸い出した。 

「量産化決定で俺の不安の種も1つ消えた。フブキもいつでも作戦失敗してもいいぞ。心配しなくても大丈夫だ」

「それは駄目でしょう。次は成功させます」

 ディロンは「冗談だよ」と言って笑った。

 遠くでビンジケーターのダイブブレーキが鳴っていた。

 

 夕方まで訓練は続いた。

「お疲れ様です」

「お……お疲れ様です……」

 ウルヴァリンとセーブルは肩で息をしていた。2人の訓練はほぼ休みなしで行われたのである。そのおかげもあって、爆撃、雷撃の命中率はかなり上がり、何とか戦えるレベルにはなった。

 吹雪達は艤装保管棟に艤装を返して、夕食にした。

「ここ、座らせてもらうぞ」

 食べているとディロンが断りを入れて、吹雪達の席の隣に座った。

「食事中すまないが、明日の作戦について簡単に知らせる」

「作戦ですか?」

「明日午前8時をもってフブキ、シラユキ、ハツユキ、ミユキ、ウルヴァリン、セーブル以上6名は第1水上艦娘隊を編成。これをもってセントローレンス湾攻略を再実施する」

 おお、と小さな歓声が上がった。第十一駆逐隊だけではない。アメリカ艦娘も含んだ艦隊での攻略作戦だ。日本からやってきた吹雪達にとっては感慨深いものがある。

 ディロンが親指を立てて言った。

「期待してるぞ」 

 

 




あとがき
 あれ、戦闘が始まらない。書いていたら突然酒を飲み始めて、吹雪が倒れて、次の日に訓練を始めたぞ。おかしいな~?

 セーブルとウルヴァリンはこの作品を書き始める以前から、どこかで出したいと思っていた艦でした。外輪空母とか世界を見ても他に類がないですから。
 こんなに早く空母2人を出したのは、艦娘技術が伝えられたアメリカを最近の新米提督に見立てたからです。最近の新米提督は建造レシピを見て、すぐレア艦を出しますからね。

「なんでSBDドーントレスじゃなくて、SB2Uビンジケーターなんだ!」という声があるかもしれませんが、ドーントレスは99艦爆よりも性能が高く、終戦まで現役でした。なのでドーントレスよりも性能の低い機体を、ということで登場させました。でも性能的には大差ありません。艦これ的には爆撃+5といったところでしょうか。ドーントレスが+6か+7くらいです。

次回、セントローレンス湾再び。今度こそ本当に戦闘するよ。


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第6話「セントローレンス湾再び」

ウルヴァリンセーブル性能は鳳翔より劣ると考えてください。


 夜のサボ島沖に5隻の艦が航行していた。

 初雪はそのなかにいた。周りには旗艦の青葉に古鷹、衣笠。自分の長女である吹雪もいた。

 第六戦隊の進む方向に9隻の艦が現れた。青葉からの通信によれば味方の輸送船団だという。

 吹雪が確認のために輸送船団に近づいていく。青葉は「ワレアオバ」と発光信号を送る。それにならって吹雪は識別灯を点滅させる。

 輸送船団に閃光は走った。

 次の瞬間、吹雪が爆発した。

 何事!? 初雪の水兵達が慌てた。吹雪は爆発を続ける。

 初雪の近くに水柱が立ち上った。

 あれは敵じゃないのか!? 水兵達が騒ぐ。

 青葉にも無数の爆発が起こる。青葉は「ワレアオバ」の発光信号を辞めない。

 古鷹が青葉をかばうように敵艦隊と青葉の間に入って、探照灯を照らしながら、砲撃を始めた。それに続いて初雪と衣笠も探照灯で照らされる敵艦隊に砲撃を始めた。

 乱戦だった。吹雪は大爆発を起こして沈んだ。

 風景が一変する。ニュージョージア島沖。撤退する第六戦隊。救援に来た白雲と叢雲。

 損耗した第六戦隊に追い打ちをかけようと飛来する米海軍艦爆隊。

 高角砲弾の爆音。ダイブブレーキの風切り音。幾多もの水柱。

 叢雲が被弾し、航行不能になった。艦爆隊は爆弾を投下し終え、撤退していく。

 叢雲はただ中途半端に浮いている鉄くずだった。しかし、そんな状態であっても叢雲を敵に渡すわけにはいかない。曳航はできない。もたもたしていては再び敵の攻撃を受ける。

 ――初雪が雷撃処分せよ。

 自分の妹である叢雲を手にかけろという。初雪の61㎝三連装魚雷発射管が旋回し、射線が叢雲に合わせられた。

 発射――――命中。叢雲は鉄のひしゃげる音と共に沈んでいく。

 鉄のひしゃげる音は彼女の発した断末魔のようでもあった――――

 

「はあっ――――はあっ――――はあっ――――」

 夢だ。今見たのは夢だ。ベットの中で見た夢だ。私は初雪で、艦娘で、ベットで寝ていて、夢を見ただけだ。

「はあ、はあ、はあ」

 ここはソロモンじゃない。アメリカだ。ここは――違う世界だ。

 頭の中で何度も復唱し、気を落ち着かせる。息を整えていく。

「また……この夢」

 落ち着いた初雪は起こしていた体を再びベットに預けた。

 何度目だろうか、この夢は。あの頃の記憶は。もう遠い昔の、別の世界の話なのに、

今でも夢に見る。最近は減っていたのに、二日連続だ。

 立て続けにこの夢を見る理由はアメリカの艦娘と触れ合ったからだろうか?

 ベットのそばにある目覚まし時計を見る。まだ4時。起きるのにはまだまだ早い。しかし、二度寝しようと思っても今日はできないだろう。

「今日は作戦なのに……なんで」

 初雪は暗闇の中、一人呟いた。

 

 艦娘艤装整備棟。

 名前の通り艦娘艤装の整備を行うところだが、出撃準備をするところでもある。現在、吹雪達の出撃準備が進められていた。

 天井クレーンには吹雪の背部艤装がつり下げられており、吹雪が背負うのにちょうど良い位置に調整される。

「よいっしょ、と」

 吹雪が背部艤装を背負う。それを確認して、アメリカ人整備員がワイヤーを外した。

 艦娘を運用するに当たって天井クレーンは欠かせない。

 艦娘艤装は艦娘が軽々しく扱っていることから軽い物だと思われがちである。しかし、艤装は鋼でできており、軽い物でも10㎏、重い物なら600㎏もある。あくまでそれは弾薬や燃料を搭載していない状態での重さであって、完全搭載状態では1t近くになる艤装もある。

 駆逐艦の艤装は比較的軽い物が多く、一番重い背部艤装でも70㎏なので二人がかりで持ち上げれないこともないが、天井クレーンを使う方が楽だった。

 動力部がある背部艤装を背負えば、もう常人越えの力を出せる。魚雷発射管や脚部艤装は取り付け位置の関係もあって、自分で取り付ける。最後に長10㎝連装高角砲を肩に掛け、腕に高射装置を巻く。

 装着が終わると、吹雪はウルヴァリンとセーブルの方を向いた。二人も同じように艤装の装着が行われている。

「やっぱり不思議な感じね。これ履くだけでパワーがでるのよ?」

 ウルヴァリンが外輪の付いた脚部艤装を指さす。

「そこが動力部なんで、そういうもんです。次は飛行甲板」

 整備員達によって、空母の証でもある飛行甲板がウルヴァリンの左腕に付けられた。ウルヴァリンは着任から数日しかたっておらず、整備員達もウルヴァリンの艤装になれていないはずなのに、なかなかの手際の良さで次々と艤装を装着していく。

「整備員の皆さん、手際良くなりましたね」

 吹雪は共にアメリカに来たもう一人の艦娘艤装整備員、清水に言った。吹雪達の艤装をアメリカ人整備員が初めて扱ったときはてんやわんやだったものだが。

「伊達に1ヶ月以上、艤装整備員やってないってことさ。それにアメリカのマニュアルはわかりやすいし」

 清水が1つの冊子を吹雪に渡す。表紙のタイトルは「USS Wolverine,IX-64 of outfitting manual」。日本語だと「米海軍艦ウルヴァリン(IX-64)艤装取扱書」となる。IX-64はウルヴァリンの型番のようなものだ。ちなみにセーブルはIX-81である。

「本当ですね。イラストも多いですし」

「だろう。日本からも吹雪型のマニュアル持ってきたけど、ただ英訳しただけで、文章ばっかだからなぁ」

「でも清水さんと東海さんが教えているんですから」

「ありがとさん。みんな、良くついてきてくれてるよ」

 清水が周りを見渡す。ちょうど、白雪、初雪、深雪、ウルヴァリン、セーブル、全員の艤装装着が終わったところだった。

「よし、第1水上艦娘隊、出撃だ。張り切っていきなよ」

 清水が吹雪の肩を軽く叩いて言った。

「はい!」

 吹雪は元気に返事をした。

 

 出撃し、カナダのベーコモーを越えたあたりで、ウルヴァリンとセーブルは偵察機を出した。ベアボウで放たれた矢が空中でSB2Uビンジケーターに変わる。

「初の実戦……私達が前線に立つなんて前は考えてもみなかった」

「そうよね」

 二人は客船から改装された訓練空母と言っても、飛鷹型航空母艦のように本格的に改装されたわけではない。艦載機を収納する格納庫もなければ、エレベーターもない。簡単に言えば、客船の上部構造物を取り払って、飛行甲板だけを設置したようなものだ。船体は商船構造のままで被弾に弱い。

「少し、怖いわ」

「大丈夫、大丈夫。この百戦錬磨の深雪様が護衛に付いてる! 1発たりとも被弾させないぜ!」

 深雪が不安そうな顔のウルヴァリンの隣に立って、自信満々に胸を張って言った。

「でも深雪ちゃん、前の世界じゃ、実戦経験ないでしょ? 事故で沈んじゃって」

「白雪、それを言うなよ! 艦娘に生まれ変わってからは大活躍だろ!」

 深雪は真っ赤な顔で白雪のつっこみに反論する。その様子を見て、ウルヴァリンとセーブルは笑みを浮かべた。

「ま、まあ、何だ。守るから大丈夫だ! 安心して発艦作業をしたまえ、ウルヴァリン君、セーブル君!」

「了解、了解」

 皆が笑う中で、笑みを浮かべていないのが一人いた。初雪だ。

 なぜ吹雪、白雪、深雪はそんなに無邪気に笑えるのだろう?

 アメリカと戦ったことがない深雪は分かる。しかし、吹雪と白雪はなぜだ。アメリカと戦い、姉妹達や多くの仲間を失ったというのに。目の前にいるのはたくさんの仲間を沈めた艦載機パイロットを育てた奴らなのに。

 あの記憶がフラッシュバックする。息が苦しくなるのを目をつむって耐える。

 戦争だったから仕方ない。確かにそうだ。しかし、そんな言葉で憎しみを消せるかというと、初雪は消せない。

 戦闘の間際に撃ってしまおうか? そんな考えを頭をよぎる。

 馬鹿かお前は。初雪は自分に反吐を吐きそうだった。こんなことを考えてしまう自分が嫌だった。

 もちろん実行するつもりは毛頭ない。見かけは子供でも自分は子供じゃない。

 でも自分には意志がある。自分で動かせる手足もあり、殺せる武器だって持っている。

 もし気の迷いで撃ってしまったら? そんなの想像もしたくない。

 朝、あんな夢を見なければ。

 初雪は不安と憎しみが混じった顔を浮かべる。こんなので自分はアメリカでやっていけるのか? 今はただだ、この表情をうつむいて隠すしかない。

 

 うつむく初雪を吹雪はこっそり横目で見ていた。

 吹雪達がアメリカに行くことを了承するかどうかを話し合ったときから気になっていたことだった。

『みんなが行くなら……行く』

 普段、マイペースで自分の意見をはっきり言う初雪がこの時ばかりは、他人に意見を任せた。初雪らしくない。

 吹雪が初雪に駆け寄ろうとしとき、

「フブキ、偵察機が敵を見つけた」

 セーブルが報告した。駆逐艦イ級2隻がアンティコスティ島の南西を西に航行しているらしい。アンティコスティ島はセントローレンス湾の北、川の出口にある島だ。

「遡上してくるのに出くわした? なんて運の悪い」

 自分達がすぐに見つかってもらっては困るのだ。吹雪は作戦内容を思い出す。

 今回の作戦は湾突入前に、駆逐艦のみの囮部隊と空母2隻と護衛2隻の攻撃部隊に別れる。

 囮部隊のみが湾に突入し、湾全体を走り回る。これは湾に潜む全ての敵に見つかるのが目的だ。見つかれば前と同じように包囲殲滅しようとしてくるだろうから、包囲されないように立ち回り、できるだけ多くの敵を囮部隊の周りに集める。

 そして攻撃部隊が囮部隊に群がる敵を攻撃、撃滅する。という感じに進めていく予定だった。

 この作戦は被弾に弱いであろうウルヴァリンとセーブルを攻撃に晒さないように立てられている。囮部隊と攻撃部隊に別れる前に敵に見つかっては意味がない。

「仕方がありません。予定ではまだ早いですが、今、囮部隊と攻撃部隊に別れます。初雪ちゃん、行くよ!」

「え、初雪ちゃんじゃなくて、私じゃ?」

 白雪が自分に指を差した。事前の編成分けでは囮部隊が吹雪と白雪、攻撃部隊がウルヴァリン、セーブル、深雪、初雪だったのだ。

「ごめん、編成変えさせて!」

「なんで?」

「勘」

 半分嘘で半分本当だ。初雪と話がしたかったし、なんとなく初雪を空母の護衛に付かせていてはいけない気がした。駆逐艦同士の交代だから、特に問題はない。

「初雪ちゃん、行くよ!」

「う、うん」

 吹雪は初雪の手を取って、半ば強引に囮部隊と攻撃部隊に別れた。

 

 偵察機が報告したイ級2隻とはすぐに接敵した。

 これ以上進まれて、攻撃部隊を発見されるわけにはいかない。

「交戦します!」

 吹雪と初雪の長10㎝連装高角砲が火を噴く。対艦戦には口径の大きい12.7㎝連装砲の方が良いが、敵が少なければ連射の効く長10㎝連装高角砲の方が良い。

 集中射撃を受けたイ級2隻は反撃するまもなく、沈没した。色つき(eliteやflagshipのこと)でなければ、あっけないものだ。

 これによって、深海棲艦も自分達の存在に気づいたはずだ。こっちに大量の深海棲艦が向かってくるだろう。

「最大戦速! 攻撃部隊からできるだけ離れるよ、初雪ちゃん!」

「わかってる」

 全速力で湾の中心部まで突っ走る。目視した敵には25㎜機銃、電探に映った敵には砲弾を撃ち、挑発することを忘れない。煙幕まで焚いて、自分達の位置を常に敵に知らせる。囮は目立ってなんぼだ。

 自分達の前に敵が待ち構えていたときは弾幕を張って、無理矢理押し通る。包囲をしようとしてきたときは魚雷を放って、敵の陣形を崩す。包囲網はつくらせない。

 深海棲艦は順調に吹雪達に群がっていった。

 湾中央部に差し当たったころ、初雪がどれくらい集まったか気になって、後ろを見た。

「う、うわああ」

 後ろには敵、敵、敵。深海棲艦の大群が後ろに着いてくる。初雪は思わず、悲鳴を上げてしまった。数は前回より少ないようだが、短時間に集まった数としてはかなりの数だ。

「今です!」

 吹雪が無線に叫んだ。そのとたん、頭上から大きな風切り音が聞こえてきた。

 何機ものSB2Uビンジケーター急降下爆撃機がダイブブレーキを鳴らしながら、降ってくる。

 ビンジケーターが爆弾を投下。500ポンド爆弾が深海棲艦の群に降り注ぐ。何隻もの深海棲艦が文字通り、轟沈した。

 深海棲艦は慌てて対空砲火を上げるが、爆弾を投下し終えたビンジケーターは悠々と逃げていく。

「やった!」

「おお……!」

『足下がお留守ですよ? 雷撃隊突撃!』

 無線越しにウルヴァリンの声が聞こえる。

 ビンジケーターに続いて、低空侵入していたTBDデバステーター編隊がMk.13航空魚雷を投下する。

 魚雷は一直線に深海棲艦の群に突進した――――のだが、命中、爆発した魚雷は少なかった。魚雷不良だ。航走しない魚雷もあれば、信管過敏で命中する前に自爆する魚雷もある。それでも9本の魚雷が正常に敵に命中、爆発した。

 吹雪と初雪を追っていた深海棲艦は数をかなり減らして、5隻になっていた。

 二人ともやるじゃない。昨日の訓練をやった甲斐はあった、と吹雪は内心喜んだ。

 この数なら第2次攻撃隊を待たなくても余裕だ。攻撃部隊と合流して、砲撃戦で全滅させれば良い。吹雪は無線で合流の指示を出す。

「敵の数は5隻になりました。合『リ級だ!』――えっ!?」

 深雪に無線が割り込まれた。重巡洋艦リ級? どういうことだ?

『二人とももっと下がれ! リ級発砲!』

『こちら、ウルヴァリン! 現在、リ級? と交戦中! ああ、深雪ちゃんが突っ込んでいきました! ひゃあ!』

『ウルヴァリン止まるな! すまんが残敵は自分達で始末してくれ! オーバー!』

 

 リ級が両腕の砲を撃ちながら突撃してくる。リ級と遠距離砲撃戦は駆逐艦にとって不利だ。特に相手は黄金のオーラを纏ったflagship。普通にやったら敵いっこない。

 深雪は突貫し、一撃必殺の酸素魚雷を放つ。しかし、深雪が肉薄して放った魚雷6本は全て紙一重で回避された。

 リ級が右腕の砲を深雪に向けるが、白雪の正確な射撃で弾かれる。隙ができたところに深雪が12.7㎝連装砲を撃ち込むが、左腕と障壁で防がれる。

 吹雪達、目立ちすぎなんだよ! 深雪は攻撃の合間に思った。吹雪達は深海棲艦をおびき寄せるために、わざわざ煙幕まで焚いたのだろうが、それは逆効果だったに違いない。リ級はイ級やロ級と違って、頭が良い。おそらくこの海域の旗艦であるリ級は吹雪達を囮と看破して、別働隊を捜していたのだ。

 吹雪と初雪を責めても仕方がない。目の前の戦闘に集中する。

 1機のF3Fフライングビアが緩降下してきた。周辺警戒をしてた機体がようやく戻ってきたのだ。

 F3Fは116ポンド爆弾2発を投下。1発が命中したが、たいした損害になっていない。しかし、怯ませることはできた。

 深雪はリ級の懐に飛び込む。そして長10㎝連装高角砲をほぼゼロ距離で連射した。

 肌が触れ合うほどの近距離で放たれた高初速砲弾はリ級の障壁を貫通し、砲弾の1発がリ級の右腕をもぎ取った。

 悲鳴を上げ、右肩を左手で押さえながらうずくまるリ級。深雪は勝利を確信した。自分がリ級の頭を吹き飛ばすか、白雪が魚雷を撃ち込めば勝ちだ。

 しかし、深雪は気づいていない。リ級の眼光は死んではいないことに。

 

 吹雪と初雪は残った5隻の深海棲艦を瞬く間に撃沈した。所詮、色なしの駆逐艦級。さほど手間取ることはなかった。

 吹雪はリ級の奇襲を受けている攻撃部隊を援護しに行こうと転舵したとき、

「ちょっと……待って」

 初雪が呼び止めた。

「なに?」

 吹雪が振り返る。初雪は口を開いた。しかし、言葉は出なかった。

 見捨てよう。 初雪はその言葉を発する瞬前に踏みとどまった。

 私は今、何を言おうとした? 見捨てる? 正気か?

「いや……何でもない」

「気になった事があるんだったら……」

「何でもない。早く助けに行こう」

 初雪は強く言い切り、心配そうな顔をする吹雪を尻目に攻撃部隊の方に舵を切った。

「何か相談したいなら、言ってよね。初雪ちゃん……」

 言えるわけないじゃないか。吹雪の言葉は初雪の胸を締め付けた。

 

 深雪がリ級の首筋に狙いを付ける。

 残念だったな。引き金を絞ろうとしたそのとき、風切り音がしたかと思ったら、深雪の背中で爆発が起こった。

「――なっ!?」

 新手!? いや、砲弾や爆弾レベルの衝撃じゃない……もっと大きな何か!

 爆発の正体は弾着観測を行っていた深海棲艦航空機だった。母艦のリ級を守るべく、深雪に自爆攻撃を仕掛けてきたのだ。

 大破並みの損傷を食らった深雪は倒れ伏し、朦朧とする意識の中、頭上からのさらなる風切り音を聞いた。

 2機目の急降下。F3Fが迎撃に向かうが間に合わない。

「げ、迎撃!」

 白雪が長10㎝連装高角砲を放つ。深海棲艦航空機は突入姿勢を崩して、海面に突っ込んだ。

「――――っ!」

 ひと息つく暇はない。うずくまっていたはずのリ級は自爆攻撃による隙を突いて、白雪の目の前に迫っていた。砲を構える暇もなく、白雪は殴り飛ばされ、水切りのように水面を跳ねていく。

 リ級の狙いは空母。白雪が殴り飛ばされた今、ウルヴァリン、セーブルとリ級の間に隔てるものは何もない。一気に形勢逆転された。

 二人には反撃する武器も回避するだけの速力もない。高角砲も機銃も何も装備していないのだ。

「ああ、ああああああ」

 ウルヴァリンが恐怖のあまりに悲鳴を上げた。リ級はその叫びが快感だとばかりに口を歪ませる。

 アメリカ初の艦娘を沈ませるのか? 酔っ払って倒れた吹雪を運んでくれた2人を。次の日に直接謝ってた2人を。吹雪のきつい訓練を文句言わずにやってたウルヴァリンとセーブルを。

 『百戦錬磨の深雪様が護衛に付いてる』は嘘か? 相手がリ級flagshipだからなんて言い分けにならないぞ。

 体中が痛いなんて知ったこっちゃない。深雪は体を引き起こす。

 自分の艦載機に自爆攻撃させるリ級のあばずれに二人をやらせてたまるか。

 駆逐艦の元々の名前、水雷艇駆逐艦は伊達じゃない! 絶対守ってみせる!

 深雪は廃品寸前の背部艤装から錨を投げ放つ。錨は魚雷発射の構えを見せていたリ級の左腕に引っかかった。

「せいやぁあ!」

 残った精一杯の力で鎖を引き寄せる。不意打ちにリ級は転倒。魚雷は明後日の方向に発射された。

「白雪!」

「はいっ!」

 なんとか体勢を立て直した白雪は容赦なく、酸素魚雷6発全てを発射。

 リ級は引っ張られて起き上がれない中でも必死に回避に努める。しかし、全ての魚雷が命中、炸裂して、うずたかい水柱を上げた。

「や……った」

「はあ……」

 水柱が治まり、リ級が沈んだことを確認すると、深雪と白雪は力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。さらなる敵の心配はない。敵旗艦を沈めたから、湾から深海棲艦は撤退するだろう。

 体中が痛いし、疲労困憊だ。座っているのもだるい。深雪は水面に大の字に寝そべる。

「あれ、もう倒しちゃった?」

 今頃、吹雪と初雪が援護しに戻ってきた。二人とも大きな損害はないようだ。

「……おっそい」

 深雪は力なく言った。

 

 セントローレンス湾カラ深海棲艦ハ撤退ス。ワレ作戦成功セリ。

 この通信を受け取ったショートモント基地司令部は沸き立った。すぐに基地内放送で基地にいる全員に作戦成功が知らされる。

「やりましたね、ウンダー司令!」

「ああ。リ級flagshipが現れた時は冷や汗をかいたが。そうだ、陸軍にも知らしてやれ」

 ディロンは通信兵に命じた。今までセントローレンス川の防衛を担ってきたのは陸軍である。さらに一昨日には陸軍の沿岸砲台に世話になっている。彼らには知らせなければなるまい。

 明日の新聞はこの戦いが1面を埋めるだろう。見出しは「反逆への第一歩」といったところだろうか。

「第1水上艦娘隊には何か褒美を与えるべきですね」

 副官のダンカンが提案した。堅物のダンカンにしては珍しく気が利いている。ダンカンもまた作戦成功に興奮しているのだろうか?

「そうだな、バケツいっぱいのアイスクリームとかどうだろう?」

「分かりました。すぐ手配します」

 そう言うと、ダンカンはすぐに通信室を出て行った。主計課にアイスクリームの手配を頼みに行くのだろう。主計課も放送を聞いているはずだから、難しい顔はしないはずだ。

「さて、出迎えに行くか」

 そう呟くと、制帽を被り直して、ディロンは通信室を出た。




セントローレンス湾制圧完了です。
 これからはセントローレンス湾を深海棲艦から奪還し、制圧海域を広げていく……と行きたいところですが、大西洋には島などの要所が少ない(西インド諸島はちょっと遠い)ので、吹雪達を色んな所に行かせれないなぁ、展開に制限が出るなぁ、と今思っているところです。ちゃんと一連のストーリーは考えていますけどね。

 これからはどんどん、アメリカ艦娘出して行きます。さて、吹雪達はどんな艦娘達と出会うのでしょう? 次回、「吹雪型のライバル」。お楽しみに。


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第7話「吹雪型のライバル」

 特設敷設艦のレールから機雷が次々と投下される。機雷は防御兵器としてなら、深海棲艦にもかなり有効な兵器だ。

 セントローレンス湾奪還の翌日の朝。吹雪達は湾口に機雷敷設する特設敷設艇の護衛に駆り出されていた。深海棲艦の奪還に備えて、機雷が敷設されることになったのだ。

 この機雷が陸軍の砲台完成と艦娘部隊の充実まで、セントローレンス湾防御の要を担うことになる。

「なあなあ、今日、新しい艦娘が着任する話、知ってる?」

 深雪が吹雪の肩を叩いた。

「そうなの?」

「朝、輸送トラックがゲートにいただろう? あれ、艦娘の艤装は運んできたらしいんだ」

 吹雪は出撃前の基地の様子を思い出す。たしかに軍の輸送トラックがいたが、あれがそうなのだろうか?

「じゃあ、朝にはもういたわけ?」

「そこはわかんないけど」

 どんな艦娘が来るのだろうか? 吹雪の頭の中に想像が広がっていく。また空母? いやまさか戦艦? いやいや無難に駆逐艦か? 髪は金髪? でもウルヴァリンとセーブルの例もあるし、金髪とは限らない。

「どんな艦娘なのかな?」

「まあ、基地に帰れば分かるって」

 

 敷設作業は深海棲艦の襲撃もなく、つつがなく終わった。

 ショートモント基地に帰ってくると、埠頭に整備員達の人だかりができている。

「どうしたんです?」

 吹雪が大声で呼びかけると「通して、通して!」という男の黄土色声ではない、綺麗で良く通る声が聞こえた。

 人をかき分けて、勢いよく出てきたのは金髪セミロングで端正な顔付きをした少女だった。彼女が新しい艦娘? 服装は青い冬期用セーラー服。背丈と全体的に幼いことを見るに駆逐艦娘だろうか?

「わ、わ!?」

「危ない!」

 勢い余って埠頭から落っこちそうになったのを周りの整備員が腕をつかんで助ける。まだ人間の体にあまり慣れていないようだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あんた、吹雪でしょ!?」

「はい?」

 心配の声を無視して、その艦娘は吹雪を指さし、言い放った。

「私はファラガット級1番艦ファラガット。吹雪、あたしと一対一で勝負しなさい!」

 

 吹雪はオンタリア湖の演習用水域でファラガットを待っていた。

 「決闘だ! 決闘だ!」とはやし立てた周りに流されてしまい、ファラガットと本当に勝負することになったのだ。

 そのファラガットがまだ来ていないのは艤装装着や弾薬、燃料を入れるのに時間がかかっているからだ。吹雪は燃料には余裕があり、弾薬を演習用の物に換えるだけなので早くすんだ。

 なんでファラガットは勝負を挑んできたのだろう? 吹雪は考える。日本海軍に対する復讐? いや、それならわざわざ自分を指名してくる理由が分からない。何かしらの因縁? 太平洋戦争時に何度か米駆逐艦と交戦したことがあるが、さてファラガットという駆逐艦と交戦したことがあっただろうか?

「そもそも、ファラガット級駆逐艦ってどんな艦だったかな?」

 米海軍にファラガット級という駆逐艦がいたことは覚えているのだが、どんな装備や形をしていたか、思い出せない。戦前からいる艦だったと思うのだが。

 思い巡らしているうちに、ファラガットがやってきた。

 ファラガットの艤装は駆逐艦娘としてはオーソドックスな造りをしていた。煙突と動力部が一緒になった背部艤装。太ももに四連装魚雷発射管。なぜか脚部艤装は特型駆逐艦のものとよく似ている。

「へえ」

 意外なことに両手に5インチ両用単装砲を持っていた。左手に持っている方は砲塔形式ではなく、砲がむき出しの露天砲架になっている。

 日本の艦娘では2丁持ちは珍しい。日本の艦娘は基本的にしっかり狙いを定めて撃つため、砲を両手で支える。2丁持ちの艦娘も日本にいないことはないが、かなり少数派である。

「さあ、始めようじゃないの」

「演習のルール、分かってるよね?」

「もちろん」

 演習はペイント弾を使用する。当たって色が付いた艤装は損傷したと判断し、機能低下、場所によっては使用不可として扱う決まりになっている。魚雷に関しては炸薬が充填されていないものを使用する。

「負けたって、艤装の整備不良とかなんとか、負け惜しみ言わないでよね」

「言わないよ。整備のみんなはいい仕事してくれるし」

 むしろ整備不良の心配をするべきは着任したばかりのファラガットだと思うのだが。整備員達はマニュアル片手に装着したのだろうし。

「それなら、行くよ!」

 吹雪は砲を構えた。

 先手を打ったのは吹雪。ガンマンなみの早業で12.7㎝連装砲を放った。

「さすが!」

 しかし、砲弾は外れた。先手が取れないのはわかっていたのだろう。ファラガットは横っ飛びで避ける。

 そしていきなり魚雷を4発発射。吹雪はファラガットに突撃。魚雷は最小限の動きで雷跡の間の縫うように回避する。しかし、そこが落とし穴だった。

 雷跡の合間を埋めるように5インチ砲弾が次々と飛んでくる。かなり濃い弾幕だ。激しく回避運動を行えば、魚雷に当たり、かといって回避運動をしなければ砲弾に当たる。かなりいやらしい攻撃だった。

 吹雪は姿勢を低くして、投影面積を小さくする。魚雷に当たったら確実に大破判定だ。ならば砲弾の1発や2発程度は甘んじて受けるしかない。頭の盾代わりにした12.7㎝連装砲に砲弾が命中。蛍光緑のインクが広がる。使用不可と判断。長10㎝連装高角砲に持ち替える。

「それで特型駆逐艦!? ねえ!」

 ファラガットが攻撃をやり過ごした吹雪に叫ぶ。その煽り文句に答える形で、吹雪は高角砲弾を右手の砲塔付き5インチ砲に当ててやった。蛍光青のインクに染まった5インチ砲はもちろん、使用不可判定だ。

「どう!?」

「そう来なくっちゃ!」

 ファラガットが急接近してくる。

 

 日本の艦娘とアメリカの艦娘の対決。なかなか見逃せるものではない。観戦しなければ絶対に損だ。

 白雪達と非番の整備員達はブリーフィングルームで駆け込み、プロジェクターの用意をする。演習水域を見渡せる山には演習撮影用カメラが設置されている。ブリーフィングルームのプロジェクターにはそのカメラの回線が繋がっており、リアルタイムで観戦することができるのだ。

 屋外からくぐもった砲声が聞こえてきた。

「もう始まってる!」

 整備員の一人がリモコン操作に手間取りながらも、なんとか回線を繋げた。

 映し出された映像を見て、白雪達は驚きを隠せなかった。

「吹雪ちゃんが劣勢?」

 すでに高角砲を構えていて、ファラガットの方は特に損傷は見えない。

 深雪達はそう思った。実際には互角な状態なのだが、ファラガットが2丁持ちなことを知らない深雪達は吹雪が劣勢だと勘違いしたのだ。

 改二にまでなった吹雪に後れを取らないファラガットは一体何者だ? 白雪達は画面を見つめた。

 

 吹雪は魚雷を放って、ファラガットが回避している間に距離を取った。

 さっきのいやらしい攻撃で分かったことがある。ファラガットは射撃が下手くそだ。あの攻撃の中では吹雪はまっすぐ進むしかないに、ファラガットは1発しか当てれなかった。やはり人の体に慣れていないのだろう。

 しかし、あの濃密な弾幕は危険だ。白雪ほどではないが、5インチ砲の高い連射力を考えると接近戦は不利といえる。

「33号電探、ちゃんと動いてよ!」

 電探ならば遠距離であっても、敵までの距離が正確に測れる。ただ艦速などを測るのは下手なので、敵の未来位置には、自分の勘で砲弾を送り込む必要がある。

 これくらい? 吹雪は砲撃する。ファラガット後方に着弾。修正。

「ここ!」

 今度は確かな確信を持って、吹雪は引き金を引いた。放たれた10㎝高角砲弾は的確にファラガットに命中。青い蛍光塗料がファラガットの肩を濡らす。

 吹雪は次から次へと砲弾を送り込む。全てが当はしないものの、確実に追い詰めていく。一方ファラガットの砲撃はめちゃくちゃな所に水柱を立てている。

 卑怯かな? 吹雪は撃ちながら思う。あっちは光学側距離、こっちは電探側距離。そして練度の違い。極めて一方的だ。手加減した方が良いのか?

 いや、それは良くない。セントローレンス湾でもリ級flagshipが出てきた。大西洋に出れば、flagshipクラスがごろごろいるだろう。ここで手加減したら、この子含めて、自分さえ沈みかねない。吹雪は撃ち続ける。

 ファラガットが転舵。吹雪に魚雷を放ち、魚雷と共に一直線に向かってくる。

 こちらに回避を強要し、その間に接近戦に持ち込む。なかなかうまい。

 でも接近戦を仕掛けさせはしない! 吹雪は残り全ての魚雷を発射。ところがファラガットは魚雷を回避する様子を見せない。そのまま進めば吹雪の魚雷に直撃するというのに。

 ファラガットは魚雷が走る海面に砲弾を撃ち込んだ。魚雷を迎撃するというのか!? 

 水柱が上がった。

「当たった?」

「まだまだぁー!」

「なっ!」

 水柱の中からずぶ濡れのファラガットがしてやったりという顔で現れた。吹雪は驚きを隠せない。

 ファラガットが5インチ砲を撃ちながら突撃してくる。

「しかし!」

 ファラガットはあちこちに青い塗料が着いている。あの数ならば大破判定に近い。あと数発当てれば沈没判定だ。吹雪は長10㎝連装高角砲を構え直す。

 引き金を絞ろうとしたとき、5インチ砲弾が吹雪の右腕に命中。衝撃で照準がぶれ、砲弾は明後日の方向に飛んでいった。

 ファラガットはその隙に全速力で距離を詰め、吹雪とすれ違った。

「えっ――」

 まさか。

 視界の端に海面から伸びる鎖が見える。錨の鎖だ。

 ファラガットは投錨して、急旋回。いわゆるドリフトをした形で吹雪の後ろに着こうとしているのだ。

 まさか、背部艤装をねらって!?

 背部艤装は動力部であり、攻撃に弱い。そのこともあって、真後ろからの攻撃は数発で沈没判定をもらってしまうのだ。そして人の姿である艦娘は後方には攻撃しにくく、防御も薄い。

 でも、でもね。甘いのよ。

「これで!」

 吹雪はファラガットへと伸びる鎖を大きく蹴り上げる。それによって錨に引っ張られたファラガットは転倒した。

「終わり!」

 吹雪は容赦なく、砲弾を撃ち込んだ。

 

 転倒したファガラットに吹雪が砲弾を撃ち込む。間違いなく沈没判定だ。

「吹雪が勝った!」

「一時はどうなるかと思ったけど……」

「さすが吹雪型1番艦!」

 白雪達はハイタッチをする。

 砲弾と魚雷セットの攻撃。遠距離砲戦に高速接近戦闘。ドリフト旋回となかなか、はらはらどきどきの演習だった。

 吹雪とファラガットを出迎えようぜ。そう深雪が言おうとした時だった。ブリーフィングルームの入り口が勢いい良く開かれ、大きな音を立てた。深雪達は思わず入り口の方を向く。

「えっ……、もう終わったの……」

 入り口に一人の残念そうな顔をした少女が立っていた。ブロンドの髪。ファラガットとよく似たような青いセーラー服。そしてここが軍事基地と言うこと。

 艦娘に違いなかった。

 

 塗料で全身真っ青になったファラガットはしばらくの間、仰向けに倒れたまま、天を仰いでいた。

「負けた……」

 ファラガットが3度目の「負けた」を呟く。負けたことがよほどショックらしい。

「ほら、立とうよ」

 吹雪は手を差し出した。ファラガットは手をつかんで立ち上がる。

「最後のドリフトは良かったよ。もうちょっとタイミングが遅ければやられてたと思う。どこで習ったの?」

「本を読んだのよ」

 本。ああ、なるほど。吹雪は理解する。ファラガットの言う本は日本海軍が優秀な艦娘の助言の下に編纂した「艦娘戦法集」のことだろう。確か、ドリフト旋回もあの本に書いてあったはずだ。あの本、アメリカにも持ち込まれていたのか。

「あんな対処の仕方があるのね。書いてなかったわ」

「あれが配られた時にまねする子が多かったから、対処法は確立しちゃって。鎖を蹴り上げるとか、すれ違う瞬間にラリアットかけるとか」

「使う相手を間違えたわ」

「でも結構上手だったよ。冗談じゃなくて」

「ありがとう。そろそろ帰りましょ。髪が気になってしょうがないわ」

 塗料でべたべたになった髪を触って言う。髪や服に染まりにくいよう改良された塗料だから髪に色が残るということはないはずだ。

「整備棟の隣にシャワー棟あるから、すぐ落とせるよ」

「なら、いいけど」

 吹雪とファラガットは並走する。吹雪としてはなぜ、自分をわざわざ指名したのかを聞きたかった。

 

 初雪達はもう一人のアメリカ艦娘マハン級駆逐艦ショーと早めの昼食を取った。吹雪とファラガットはシャワーを浴びてくるから遅れるそうだ。

「ファラガットちゃんは吹雪ちゃんに妙に固執してたけど、何かあるの? 初雪ちゃん、ドレッシング取って」

 白雪がショーに聞いた。わざわざ吹雪を演習相手に指名したのには、訳があるに違いないのだ。

「ファラガットは、いやファラガット級はあなた達、特型駆逐艦に触発されて建造されたから、対抗意識持ってるんでしょ。まあ、私もそのファラガット級の系譜とも言えるけど。このチキンおいしい」

「じゃあ、ショーも私達、特型駆逐艦はちょっと意識してる? おお、ポテトサラダもなかなかいけるぞ」

「私は別に。ただファラガット級からシムス級まではトップヘビーで、特にファラガットの姉妹艦2隻は台風で沈んでるから、なおさらなんでしょうね。戦前建造のアメリカ駆逐艦は特型駆逐艦と違ってトップヘビーなのよ。本当ね、ポテトサラダもおいしいわ」

「そうでも……ない。第四艦隊事件もあったし」

 初雪はチキンをナイフで切りながら、言った。ショーはポテトサラダを咀嚼しながら、首をかしげている。

「第四艦隊事件って? 知らない」

「そういえば、あれは極秘だったから知らないのも無理はないね。1935年9月に日本の第四艦隊が訓練の一環で台風に突っ込んだ結果、大被害。艦体に亀裂が入るとか、歪むとか、艦橋が圧壊するとか」

「私なんか、艦橋から前、全部なくなったし」

「1935年の9月なら私、進水式すらしてないじゃない。35年10月よ、進水したの。それにしてもひどいわね、その事件。極秘にするのも分かるわ」

「事件の後はバラスト積むなり、艦橋の形変えるなり、改修が大変だったけどね」

「33年には海の底にいた深雪様は話についていけないな」

「事故で沈没でもしたの?」

「ご名答。暁型の電とぶつかっちまってね」

「電っていうと、重巡エセクター乗組員救助の?」

「知ってるの?」

「戦後に噂程度に聞いたわ。それにしても日本海軍は私達の10年先を行ってたのね。近代の1944年にもなって台風で3隻も沈没とかみっともない話よ。あれ以降も改修工事してないのよ」

「知らぬ間に神風が吹いていたわけだ。元寇の時みたいにはいかないけど」

 神風。この言葉を深雪が発したとき、ショーは虚を突かれたように目を見開いた。

「カミカゼ……?」

「神風は……、ええっと、どう説明したらいいかな?」

「神の力によって吹く強い風の意味。数百年前にはそれで日本を侵略しに来たモンゴル帝国を撃退された」

「あ、ああ。そういう意味」

 初雪はショーの『そういう意味』のニュアンスにに少し引っかかったが、会話が次の話題に移ったのもあり、特に深く考えなかった。

 

 吹雪とファラガットは艤装を整備員に任せて、整備棟の南にあるシャワー棟に入った。塗料で汚れたセーラー服は洗濯機に入れて、回しておく。

 シャワーを浴びながら、吹雪は演習の帰り道にファラガットから聞いた話を思い出していた。

『あんたには絶対負けたくなかったのに』

 重武装、高い航行性を誇る特型駆逐艦は世界に衝撃を与え、各国は同じような大型駆逐艦を建造していく。

 その中で生まれたのがファラガット級駆逐艦。5インチ単装両用砲5基、533㎜四連装魚雷発射管2基、37ノット発揮という高性能艦としてできあがった。しかし、性能が良すぎて豪華、贅沢と批判され、「金仕立て」、「金メッキ艦」というあだ名が付けられた。それだけならまだ良いが、特型駆逐艦と同じくトップヘビーであり、1944年には姉妹のハル、モナハンが巨大台風で沈むという大被害を出したという。

 ファラガットは長い間、汚名を返上したいと思っていたらしい。しかし、特型駆逐艦と交戦する機会はなく、戦争も終わり、ファラガット自身も解体されてしまう。

 ところが艦娘として生まれ変わり、アメリカに特型駆逐艦、しかもネームシップである吹雪がいると聞いて、基地に着任するやいなや、着任に関する書類を一緒に来た駆逐艦娘に任せて、吹雪に演習を挑んだそうだ。

「コンプレックスがバネか……」

 ファラガットは艦娘になったばかりだというのに強かった。何年も燃やし続けた対抗意識。生まれ変わったら、かつてのライバルがいる。

「なんだか、物語みたい」

 吹雪は軽く微笑んだ。バルブを閉じて、シャワーを止める。すると背後に気配に気づいた。振り返る。ファラガットがいた。

「なに、ファラガットちゃん?」

「あんたの裸を見に来た」

「はい?」

 ファラガットは吹雪の顔より下にあるものを見つめたのち、自分のものを見て、そして比べた。

 ファラガットはやるせない感じで首を横に振った。

 いや、さほど変わらないでしょ。そう、吹雪は言おうとしたが、真剣な表情で迫ってきたファラガットに気圧されて、声が出なかった。

 吹雪は後ずさったが、すぐに壁にぶつかった。ファラガットが顔を近づける。お互いの息が当たる位まで近づく。

 えっ、なに? えっ? 吹雪は困惑する。そういうことするの? 出会ったばかりでもそういうことするの? それ以前に、私達、艦娘同士と言っても体は女の子よ。ファラガットちゃんがそうでも、私はそういうのじゃないのよ。それ、わかってる? これがアメリカ流なの? ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ。

 吹雪が一人赤面する中、ファラガットが口を開いた。

「能力でも負けて、体でさえ負けてるなんて正直、納得いかないわ」

「は、はあ」

「私、ファラガットはフレッチャーやギアリングだけじゃない。吹雪さえも越えてみせる。誰にも金メッキ艦なんて言わせない! 金そのものに、最強の駆逐艦になってやるんだから!」

 とどめに吹雪の顔を指さし、

「覚悟しときなさいよね!」

 そう言い切ると、シャワー室を出て行った。

 

 シャワー室は静寂に包まれた。

 一人取り残された吹雪。壁に背中を付けたまま固まっている。

――――ぽちゃん。

「はっ」

 水滴が落ちた音で吹雪は気を取り戻し、ファラガットが言ったこと、自分が想像したことを思い出した。

「馬鹿なんじゃないの、私」

 吹雪は温度バルブを「冷」にして、シャワーのバルブを開いた。




 百合とか、そういうのないから。吹雪は現代文化に毒されちゃっただけなのよ。
 さて、今回はアメリカ駆逐艦であるファラガット級駆逐艦ファラガットとマハン級駆逐艦ショーの登場です。2人を日本の艦級でいうと、ファラガットは吹雪型、ショーは白露型と言ったところです。マハン級駆逐艦はファラガット級の改良型です。トップヘビーは改善されてませんけど。

 演習ですが、バトル・シップでもあった戦艦ドリフト、あれずっと書いてみたかったのです。ファラガットは吹雪が鎖を蹴り上げられて、失敗しましたが、実は蹴り上げられなくても、トップヘビーなファラガットはバランス崩して転倒したでしょう。当初はそうする予定だった。書いてて楽しかった。
 え、トップヘビーなら大きいはずだって? 日本海軍にもトップヘビーなのに……な艦娘いるでしょ。そういうことだよ。いや、誰とは言わないけどさ。


 これからどんどん、アメリカ艦娘を出していきたいと思います。それにあたって、皆様が出して欲しいと思うアメリカ艦娘を募集します。
 詳しいことは私、ベトナム帽子の活動報告をご覧ください。以下のURLです。
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=67657&uid=85043
 
 


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第8話「初雪とショー」

 7話は世界観等の説明回。日時は6話と同じ日の午後です。


 昼食を食べた後、初雪は駆逐艦ショーにショートモント基地を案内していた。

 ショーとファラガットの基地案内は誰がするのか。

 吹雪は演習後で疲れている。深雪は戦闘日誌の当番。そして白雪と初雪の2人が何もなかった。なので、じゃんけんで案内役を決めることになった。

 じゃんけんの結果、初雪は負け、ショーとファラガットの2人を案内することになったのだが、ファラガットは着任関係書類の中で自分が書かなければならないものがあったので、ショーだけを案内することになった。

「よろしく、ハツユキ」

「うん」

 初雪は正直気が進まなかった。面倒くさいのもあったが、記憶的には2年前まで戦っていた敵である。

 あの戦争は、違う世界で、もう終わってしまった話。

 もう敵対することはない。初雪はそう思っていた。しかし、意識の奥底では、アメリカを敵と思っていることを昨日の戦闘で気づいてしまった。初雪としてはアメリカ艦娘は避けたかったのだが、仕方ない。

 初雪はまず、司令部に案内する。

 建ててから1ヶ月もたっていないショートモント司令部庁舎はぴかぴかで、灰色の壁タイルも、アメリカ国旗を掲げるポールも光り輝いている。

「ここで作戦会議したり、書類出したり、まあ、お役所仕事の所。もちろん作戦指揮もするけど。ウンダー司令もいる」

「そういえば、午前中、ウンダー司令に挨拶しに行ったんだけど、中将なのにやけに若かった。どういうこと?」

 普通、将軍になる妥当な年齢は50代過ぎなのだが、ディロン・K・ウンダーは43歳で中将だ。中将としてはあまりにも若すぎるといえる。

「深海棲艦との戦いでアメリカ海軍は壊滅して、将軍や佐官もたくさん戦死したそうだから、スピード昇進したらしいよ。あまり語らないけど」

 アメリカ海軍は当初こそ深海棲艦に果敢に抵抗したが、レーダーに映りにくく、火力も高い、膨大な数の深海棲艦に敗退を続けた。アメリカの近海防衛を担っていた第2艦隊、第3艦隊、第4艦隊はアメリカ東海岸防衛の第2艦隊を残して壊滅。残った第2艦隊もかなり消耗しており、残っているのはセントローレンス川を遡上できたミサイル艇や掃海艇などの小型艦のみ。地中海に展開していた第6艦隊は十数隻生き残っているが、深海棲艦が跳梁する大西洋を横断し、アメリカに帰還することなどできるはずもなく、イギリス海軍に編入された。

 階級の高い低い限らず、多くの将兵が深海棲艦の餌となった。それで開いた穴を埋めるべく、若い将兵が階級を繰り上げられたのだ。ディロンは大佐から中将に2階級昇進している。

「そうか、そうよね。サンフランシスコとノーフォークが深海棲艦に占領されているんだもの。当然よね」

 ショーは悲嘆の表情を浮かべる。世界最大規模を誇ったアメリカ海軍がこの世界では壊滅しているというのは、アメリカ海軍の艦として辛いことなのだろう。

「まあ、私達艦娘が使う部屋はブリーフィングルームくらい。次行こう」

 2人は司令部庁舎を離れ、艦娘艤装整備棟に向かう。

 艦娘艤装整備棟の大部分の外壁は波板スレートであり、司令部庁舎と比べると古くさく見える。古くさく見えるだけで、実際には司令部庁舎と同じく、築1ヶ月の新築である。

 名前の通り、艦娘艤装整備棟は艦娘艤装の整備や修理を行うところで、艦娘の出撃時には砲弾や燃料の補給、艤装の装着なども請け負っている。

 2人は整備棟の入り口に回る。そこでショーは変なバケツを見た。

 だいたい工場などで見かけるバケツと言ったら、トタンか灰色プラスチックのものだろう。しかし、ショーの目の前にあったのは、子供が砂遊びで使うような明るい緑のプラスチック製バケツだった。それが5つほど重ねられておかれている。

 ショーはあまりの異様さに指さしまでして、初雪に正体を尋ねた。

「何、このバケツ」

「高速修理材のバケツ」

「はい?」

 高速修理材とはなんぞ? ショーは首をかしげる。

「高速修理材ってのは――

 艦娘用艤装にかければ、損傷部位が瞬時に修復される液体のことである。艦娘自体にも効果はあり、傷などを治してしまう。

 保存容器はプラスチックの断熱特殊容器であり、見た目はバケツにしか見えないため、関係者からは「バケツ」と呼ばれる。

 瞬間修復については機密が多く、詳細は明らかになっていない。そのため、宗教的なまじないをかけた聖水だとか、ナノサイズの妖精が集まったものだとか噂されている。

 しかし、人工製造される高速修理材も存在することから成分や製造方法などは解明されているらしい。艦娘が登場した当初は天然産出品のみだったが、現在では人工製造品が多く供給されている。

「――と、いう感じ」

「なんか、すごく眉唾」

「実際に見れば分かる」

 いや、見ても信じれないような話である。高速修理材がかけられ、鋼の艤装がうにょうにょ元に戻っていく様子を実際に見れば自分の目の方を疑う。伝聞だけでは想像も付かないだろう。昨日の戦闘で大破した深雪の艤装も高速修理材によって修理され、今朝の護衛に参加している。治っていく深雪の艤装を見たウルヴァリンとセーブルは目を丸くしていた。

「そんな便利な高速修理材があるのなら、艤装整備員は必要ないんじゃないの?」

「いや、必要」

 高速修理材は人工製造品があると言っても生産量は多くはない。少しの損傷で修理材を使用するのはもったいないし、条件によっては部品を手作業で交換する方が早い場合もある。

 そして何より、艦娘達自身が高速修理材をあまり信用していない。元々艦だったからか、人の手による整備の方が信用することができるのだ。なので大規模に使用するのは大規模攻勢や防衛戦をする時に限られる。

「まあ、中に――」

 中に入ろう、と初雪が言い終わる前に整備棟から爆発音。整備棟北側の壁の一部が吹っ飛んだ。

「え、なになに!?」

 2人が整備棟の中を覗くと、硝煙のにおいが鼻についた。

 中では気絶し、床にひっくり返ったウルヴァリンと呆然としたセーブル、整備員達数名がいた。整備員の中には東海もいる。

 初雪達は整備棟の中に入って、右手を頭に当て、うなだれている東海に事情を聞く。

「何があったんです?」

「えっとな、これだよ、これ。うん、これ」

 東海は左手で作業台の上を指さした。作業台の上には艦娘艤装の対空兵器が何種類も並べられている。八九式12.7㎝連装高角砲、駆逐艦娘用の八九式12.7㎝高角連装砲後期型、九八式長10㎝連装高角砲、さらには九八式8㎝高角砲や12㎝30連装噴進砲まである。

 床で伸びてるウルヴァリンを見る。龍驤と同じような高角砲砲台が腰回りに装着されている。昨日まではこんな艤装なかったはずだ。

「つまり?」

「このアホが撃っちまったんだよ。空包で、撃ったのが壁だったから良かったにしろ、このアホとセーブルには教育が必要だな」

 どうもウルヴァリンが高角砲を装備して、暴発させてしまったらしい。ウルヴァリンとセーブルは元々は火砲を装備していなかったらしいので、撃つ感覚が分からなかったのだろう。高角砲の砲身にぶら下がっている妖精が「アホー、アホー」と繰り返す。

 ショーは壁に暴発で開いた穴を見る。直径2メートルほどの大きな穴だ。

 空包は人や物に撃っても安全と思われがちだが、それは間違いである。空包であっても高速高温の燃焼ガスは発生し、ワッズという木製、プラスチック製の栓が実包の弾丸と同じ速度で飛ぶのだ。近距離であれば死亡事故にも繋がる。

 ちなみに艦娘が水上で最大の能力を発揮する。陸上では砲の性能や身体能力は大幅に低下し、艦娘は砲撃時の反動を押さえきれない。ウルヴァリンが床にひっくり返っているのはこのためだ。

「なんで高角砲を?」

 初雪が東海に聞いた。しかし、東海ではなく、セーブルか答える。

「昨日の戦いじゃ、足が遅すぎて、リ級相手に逃げれなかったからな。これからは航空戦も確実にあるし、自衛火器が必要だと思ったんだ」

 なるほど。初雪は胸の内で納得する。空母艦娘の中には自衛砲熕兵装を装備しない艦娘も多いが、ウルヴァリンとセーブルの足の遅さを考えると必要かもしれない。実際、低速の空母艦娘は高角砲などの砲熕兵装を持っているものは多い。

「そういえば見たことない砲だけど……?」

「Mk.22 3インチ砲ね。護衛駆逐艦なんかに積んでた砲よ」

「開発はされたが、建造中の艦娘で適合する艦娘がないらしくてな。こっちに回されたんだ」

 ショーが3インチ砲のそばにいた妖精の頭をなでる。3インチは㎝に直すと7.62㎝になる。阿賀野型などに搭載されている九八式8㎝高角砲(実際の口径は7.62㎝)と同じ口径だ。九八式は機構が複雑で生産数は少ないが、このMk.22はどうなのだろう?

「この砲の性能ってどうなの?」

「使ったことないから分からないけど、これを搭載したバックレイ級は154隻も造られてるから、まあ良いんじゃない?」

「154……隻?」

 聞き間違えだろうか?

「うん、154隻」

 聞き間違えではないらしい。

「154……154……154……ねぇ」

 日本とは桁が違った。艦娘になってから、日本が戦争に負けたという話を聞いたが、確かにアメリカに負けるのも分かる話だ。補助艦艇でそれだけの数なのだから、主力艦もかなりの数を建造したに違いない。これがアメリカの底力か。

 しかし、初雪はまだ知らない。バックレイ級以外にも護衛駆逐艦を160隻以上、駆逐艦では250隻以上をほぼバックレイ級とほぼ同時期の3年間で建造するアメリカの力を、初雪はまだ知らない。

「あ、」

 東海が思い出したように呟く。

「そういえば、ショーとファラガットを呼ぼうと思ってたんだよ。ファラガットはどこだ?」

「着任の書類関係で走り回ってます。そのうち終わると思います」

「そうか、まあ今はいいや。ファラガットが落ち着いたらここに来るよう言っといてくれ。ショーも来るんだぞ」

 

 整備棟を出ると、隣にあるシャワー棟に入った。

 軍事基地で男性が多いとはいえ、艦娘や女性軍人もいることからシャワー室は男女別に別れている。

「ここで体に付いた海水とか、塗料とか落とすわけか」

 なるほど、なるほど。ショーは呟きながら、男性シャワー室に入っていこうとする。その動きには躊躇らしきものは輪片すら感じられない。

「ちょっと!」

「えっ」

 初雪が声を荒げて呼び止める。すでにドアノブに手をかけていたショーは懐疑的な表情で振り返った。

「どうしたの」

「なんで、そっちに行こうとする、の?」

 初雪が指さす。指した方向には男性を意味するピクトグラム。そのピクトグラムの下には「men only」とまで書いてある。

「そりゃだって…………ん、ん? あ、ああ。そうね」

「気をつけて……ね」

「うん。気をつけとく」

 艦娘は艦の乗組員達の習慣が影響しているのか、気を抜いていたり、ぼーっとしていると男性トイレに入ったり、さっきのショーのように男湯に入ろうとしたりすることがある。

 艦娘としての第一歩は自分が艦娘ということを自覚することである。

 

 最後の案内は自分達が寝起きする宿舎だ。案内するのは、ショーとファラガットの部屋とトイレくらいである。

 ショーとファラガットが入る予定の部屋に入る。建造されたばかりの2人には私物などはないのでダンボールの類いはなく、ただ化粧台と机、ベットがあるだけだ。

 ショーは閉められていたカーテンと窓を開けた。太陽の光が部屋を照らす。

「そういえば、ハツユキは終戦まで生き残ったの? 沈んだの?」

 ショーが思いついたように突然言った。

「1943年のブインで沈んだ。ショーは?」

「46年の10月に解体。終戦後だよ」

「終戦後……か」

 初雪は1945年までには沈んでいるから、終戦の詔書は聞いていない。この世界で太平洋戦争が起こっていない上、時代も大幅に違う以上、太平洋戦争は終戦前に沈没した艦娘にとっても終結している。しかし、初雪にとって、太平洋戦争はうやむやになっただけで、終わってはいない。

「ハツユキは太平洋戦争のアメリカ軍についてどう思ってる?」

「それ、アメリカ軍の何を答えればいいの?」

 初雪はショーの質問意図がいまいち分からなかった。ただ単に強かった弱かったという話なのか、アメリカ軍に対しての感情なのか。

「それは考えてなかったなぁ。まあ、なんでもいいよ。思ってること言ってちょうだい」

「私は……」

 口が勝手に動き始めた。ショーが初雪の目を見つめる。

「私はあなた達、」

 待て、正直のそのままを言うつもりなのか。どうなるか分かってるのか。

 頭の中では分かっている。しかし、口は動き続ける。

「アメリカ海軍が憎い」

 ショーは軽く目を見開いたのちに目を細めた。

「そう」

 ショーはただそれだけを言って、目をつむった。一方、初雪は枷が外れたように言葉が出た。

「ソロモンで吹雪と叢雲は沈んで、ラバウル航空隊は次々やられて、ガダルカナルへの輸送はできなくて、どれだけの兵が飢え死にして、ビスマルク海では白雪や他のみんなも沈んで、機銃掃射で殺して、ブインで私も皐月も夕凪も沈んで、一体何人死んだっていうの……。そして、生まれ変わって、聞いてみれば日本は敗北。納得いかない、納得できない!」

 ゆっくり、ショーは目を開けた。

「お互い様でしょ、ハツユキ。ハツユキも私もたくさん殺した。そして、戦争は終わったんだよ、ハツユキ」

「でも!」

「終わったんだ」

 ショーは静かに、しかし強く言い切る。

「違う世界にまでそれを持ち込む気?」

 そう、この世界は第二次大戦も太平洋戦争もなかった。初雪達の世界でいう第一次大戦が起こっただけだ。それに所々の地名も違う。

 艦船としての日本海軍駆逐艦「初雪」、アメリカ海軍駆逐艦「ショー」がいた世界とは全く違う世界なのだ。

「でも……でも、私の、私の中の戦争は、まだ終わってない!」

 初雪はいつの間にか涙を流していた。ショーはそれに驚いたり、狼狽えたりしない。

「それなら、ハツユキは私に砲口を向けるの?」

「それは……」

「もし、砲口を向けるのならば、ハツユキ。私は君を沈める。再び、アメリカに仇成す敵になるというのなら」

 初雪はショーの目を見る。ショーの青い瞳には憎悪などではない、ただ純粋な愛国心が見えた。

 ショーも初雪の目を見て話す。私の瞳には何が映っているのだろう。

「ハツユキ、君は今のアメリカにとって重要な存在。もちろん私も。沈めるなんて、そんなことはしたくない。今の話はなかったことにしよう。私以外のアメリカ艦娘にあんなこと言わないように。これはハツユキのためでもある」

 初雪はショーから目線を外し、うつむいた。手はいつの間にか強く握りしめている。

 ショーが正論だ。太平洋戦争は存在しない。敵は深海棲艦。味方同士で争っている場合ではないのだ。

「今日は、案内は終わり……自分の部屋に戻る」

 初雪はショーに背中を向ける。

「さっきはああ言ったけど、初雪の気持ち分からなくはないから。私に相談してもいいから」

「…………ありがとう」

 

 北大西洋、雲の遙か上を黒鳥が飛んでいた。

 U-2ドラゴンレディ。アメリカ空軍が保有する高高度偵察機である。

 深海棲艦航空機の上昇限度はせいぜい高度12000メートル。23000メートルを飛行するU-2は深海棲艦航空機の攻撃を受けることもなく、悠々と瑠璃色の空を飛び続ける。

 水平線上に点が現れた。島だ。

「こちら、レイブン3。バミューダ諸島を確認」

『了解、レイブン3。偵察行動を開始せよ』

 パイロットは偵察用の電子/光学センサーを操作し、HUDにカメラ映像がバミューダ諸島の映し出す。

「艦娘が、ねぇ」

 狭いコックピット、与圧スーツの中でパイロットは1人呟いた。

 




 4月になって生活環境が大きく変わり、投稿が遅くなってしまいました。申し訳ない。

 一応この作品には妖精さんはいます。ただし、妖精さんが活躍している場は主に装備開発と艦娘建造です。艦娘艤装(砲や魚雷)の操作は艦娘達が無意識に(私達が手足を動かすのと同じ)動かしています。
 艦娘艤装・装備を最終的に製造するのは人間なんですが、そのあたりもまたいつか、書きましょう。
 
 次回は一話の頃に「吹雪型が選出された理由」の1つで出た艦娘支援装備と戦車が出ます。
 今後登場するアメリカ艦娘と並行して、この作品に登場する陸軍・空軍の通常兵器についても募集しています。以下のURL先にどしどしご応募ください。
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=67657&uid=85043


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第9話「空へ」

 すみません。今回、戦車は名前しか出ません。


 午後。ファラガットとショーは艤装整備棟に呼ばれていた。

 すでに天井クレーンにはファラガットとショーの背部艤装がつり下げられており、作業台の上には灰色の筒と緑色の布袋がのった箱があった。

「なに? このノズルのついた筒は」

 ファラガットは灰色の筒を指さして整備員に聞いた。

「ロケットモーターだよ」

「ロケットモーター?」

 ファラガットは首をかしげた。ロケット弾とかの推進機関のロケットモーター? あれは推進剤を噴出する反動で推進する機関だ。大出力な点を活かして、空でも飛ぼうというのだろうか。

「おう、始めるぞ。ショー、ファラガット、艤装を付けろ」

 東海の指示の通りにショーとファラガットは自分の背部艤装を背負う。そして、脚部艤装を履く。

「トウカイ、ロケットモーターは何に使うつもり? 空でも飛ぶの?」

 ファラガットの質問に東海は笑った。

「空を飛ぶ? 逆だよ逆。空から落っこちるときに使うんだ。制動用だよ」

「制動用?」

「落下傘降下するんだよ。2人ともこっち来い」

 東海が作業台の前に手招きする。整備員達がロケットモーターを抱えている。

「落下傘降下って、私達が?」

「そうだよ。この空挺補助装備C型改3がそれを可能にするんだ。こいつは実戦投入もすでにされていて戦果も上げてるやつだ」

 東海が緑の布袋、パラシュートが上部に付いた箱を軽く叩く。これとロケットモーターそろって空挺補助装備C型改3らしい。しかし、用意されたA型のロケットモーターだ。日本の艦娘用に作られた物なのでアメリカ艦娘に合うようには造られていない。そのため、合いそうな型式の物をそれぞれ組み合わせる。

「B型は元々綾波型用なんだが、うまくいくかな」

 箱を2人がかりで持ち上げられて、背部艤装に装着。ボルトを締めて固定。そして箱から伸びるベルトで箱が揺れないように体を締める。東海が後ろで補助装備をいじる。

「ダイブブレーキの展開も問題なし。案外うまくいったな。ファラガットどんな感じだ」

「少し重い。戦闘時は邪魔ね」

「そこは大丈夫、爆砕ボルトでパージするから。パラシュートのフック、ちゃんと引ける?」

「引ける」

「ならパラシュートの方は大丈夫だな。次はロケットモーター」

 東海はロケットモーターの固定具を外す。とりあえず、固定具だけを取り付けようとするが、部品が干渉してうまく取り付けることができない。無理をすれば固定できるだろうが、ロケットモーター作動時に取れそうだ。

「やっぱりダメだな。加工しないと無理だわ」

「ロケットモーターなんているの? パラシュートだけでいいんじゃない?」

「ファラガット、お前は滞空中に蜂の巣になりたいのか? ゆっくり降りてくる空挺兵は良い的だぞ」

 この装備はヘイロー降下(高高度降下低高度開傘)を目的にした装備である。滞空時間をできるだけ少なく、着水寸前にロケットモーターで落下速度をほぼゼロにして、着水時の衝撃をなくし、戦闘にすぐ移れるようにしてある。ロケットモーター作動時は噴炎で居場所がばれるが、滞空中に攻撃されるよりはましだ。

 ファラガットの額に汗がにじむ。冷や汗だ。パラシュートに制動用のロケットモーター。これで落下傘降下を本当にするつもりらしい。

「ね、ねえ、落下傘降下するってことは……飛行機乗るのよね? そもそも私達が飛行機に乗れるのかしら。艦よ、私達」

「いや、艦娘でしょ。乗れるよ。乗れなきゃ、吹雪達はアメリカに来れないじゃないか」

「そうよね……。これを使って、次の作戦を?」

「それは知らない。装備できるか確かめろ、という命令だけだから。まあ、使う機会はあまりないと思うけどね。実際、この試験は言われなくてもするつもりだったし」

 空挺補助装備が開発されたのは艦娘の即時展開が求められたからである。太平洋には遠隔諸島が多く、神出鬼没な深海棲艦の攻撃を受けてから、艦娘が基地や泊地から迎撃に向かうのでは遅すぎる場合が多かった。そこで機動性の高い航空機を使えないかということで空挺補助装備が開発された。

 しかし、アメリカ領土で遠隔の島々は少ない。西インド諸島を奪還するときには使用する可能性もあるだろうが、かなり先の話になるだろう。

「すぐじゃないんだ」

 確実にファラガットは胸をなで下ろした。初の実戦が空挺作戦とか笑えない。飛行機も乗らないですむかもしれない。

「でも、訓練は近いうちにあると思うけどね。確か空挺降下資格だったかな? そんなのがあったような気がするし」

「えっ」

 それを聴いて、ファラガットの顔は青ざめた。

 

 ファラガット達が空挺補助装備の試験を行った翌日、スペリオルの海軍総司令部では作戦会議が行われていた。

「バミューダ諸島ですか?」

 ディロン・K・ウンダー中将は海軍大将ハドリー・アスターに聞き返した。

「そうだ。バミューダ諸島を強襲する」

 バミューダ諸島。北大西洋に浮かぶ珊瑚礁と岩礁からなる島々だ。イギリスの海外領土であり、人口6万人以上を擁していたが、深海棲艦の跳梁により、住民はアメリカに避難しており、現在、人間はいない。

「占領ではなく、強襲ですか」

「一時的には占領するが、あくまで強襲だ。深海棲艦が動きを見せた段階で撤退を開始する」

 アメリカ軍は東海岸奪還の手始めとして、バミューダ諸島を一時的に占領し、深海棲艦がどのように反応するかを見極めようとしていた。その上で、東海岸奪還作戦を計画する予定だ。

「この作戦は海・陸・空軍の共同作戦だ。我々海軍は第1水上艦娘隊、陸軍は第82空挺師団から5個小隊、空軍は3個飛行隊が参加する」

 ディロンは眉間に皺を寄せた。

「なぜ、陸軍の空挺師団なのです? 海軍の特殊コマンドを投入すれば良いのでは? 指揮系統だって……」

 海軍にもシールズなどの空挺降下できる部隊は存在する。わざわざ陸軍と共同作戦を行う必要性はない。練度からいってもシールズの方が上回っていると言えよう。

「第82空挺師団は空挺戦車を装備しているからな。陸上型の深海棲艦を相手するには歩兵だけでは辛いとの判断だ。指揮系統も統合軍から指揮する。君が思うまで作戦上の不手際はないよ」

 陸軍第82空挺師団はM511シェリダン空挺戦車を装備している唯一の空挺部隊だ。緊急展開部隊である第82空挺師団の機動力は高く、アメリカ本土戦でも活躍している。M511シェリダンは通常弾、ミサイル両方発射できる152㎜ガンランチャーを装備しており、状況に応じた戦い方が可能だ。

「問題なのは艦娘だ。彼女らは空挺降下できるのだろう?」

「可能です。しかし、確実に可能なのは日本から派遣されてきた4名だけです。戦力としては心もとありません」

「4名か。日本からは艦娘用空挺補助装備が余分に持ち込まれているはずだが、あれはアメリカ建造の艦娘には適合しないのか」

「現在、整備員達が試験を行っています。中間報告では既存のものを改造すれば可能ということです。問題は空挺降下の訓練でしょう」

「全ては艦娘次第か」

 ハドリー大将は目を細めた。深海棲艦の注目を確実に引くためには島だけの占領ではなく、周辺海域の制圧も必要になる。

 艦娘の空挺投入。これが作戦成功の決め手なのだ。

 

 セントローレンス湾攻略から1週間後、陸上砲台はとりあえず形にはなり、アメリカ艦娘もさらに何人か増えたことで、吹雪達も余裕が出てきた。吹雪達4人の誰かを旗艦に据えて、他はアメリカ艦娘で6隻の艦隊を編成することもできるようになった。

 余裕が出てきた今、次の作戦への準備が進められた。

 空に慣れてもらう。ディロンはそう言った。

 

 目の前にはCH-47チヌークがアイドリング状態で停まっていた。回転する2つのローターが生み出す風圧が吹雪達を押さえつける。

 そのローターの下で騒いでいる一人の艦娘がいた。

「いやだぁ! 艦が空飛ぶわけないでしょ! 絶対! 絶対、無理!」

 ショーだった。逃げようとするので深雪に羽交い締めにされている。

「大丈夫だって、ヘリコプターはあまり速度でないし」と深雪。

「チヌークは信頼性の高い機体だ。落ちることはまずありえん」とチヌークの黒人パイロット。

「排水量何トンあると思ってるの! 1500トンよ! 1500トン! こいつの積載重量何トンよ!」

「それ艦のころのでしょ。体重の単位はキログラムで十分」

「1500トンかぁ。タルへでも無理だな」

「ほら無理って! 無理って言ったじゃない!」

「ショー。そんなこと言わないの。みっともないじゃない」とファラガット。

「ファラガット、貴方も怖いくせに!」

「な、なにを」

 ファラガットがたじろぐ。

「声うわずってるわ! その汗も冷や汗でしょう!! 暑くもないもの! フブキの前だから強がってるだけなんでしょ!」

「そんなわけ!」

 この風景を見て、初雪はかなり昔のことを思い出していた。1年半ほど前だろうか。あれはただの移動で、意外にも白雪が怖いと言っていた。実際、みんな怖かったようだが、艦娘になってからかなりの時間がたっていたので、排水量1680トンだった自分達が乗っても大丈夫、飛行機は落ちない、と思えた。

 しかし、ショーやファラガットその他の艦娘は艦娘になってから間もない。怖がるのも当然だった。自身の常識を改めるというのはなかなか大変なものだ。

「おーい、アイドリングも結構燃料消費するから早くしてくれないか?」

「へいへい。よっこらせ、っと」

 黒人パイロットはショーを担ぐ。大男の黒人と担がれる少女。まさに人さらいの様相である。初雪は日本各地の鬼伝説は漂流した外国人なのではないかと、何となく思った。

「いやー! 絶対落ちるー! アホ、ボケ、金欠、人さらいー!」

「はっはっはっは」

 黒人パイロットはショーを肩に担いだまま、チヌークのキャビンに入っていった。それに初雪達も続いた。

 

 チヌークは何事もなく、離陸した。もちろん許容積載重量内であり、安定した飛行をする。

 キャビンの中は怖いよう怖いよう、と縮こまっている艦娘と空飛んでるーすげー、とはしゃぐ艦娘に別れた。

 ショーは怖いよう怖いようと縮こまっている艦娘だ。しかし、怖い物見たさなのか、自分の置かれている状況を懸命に把握しようとしているのか、円い窓から地上を見下ろしている。ヘリポートに書かれたHの文字がドンドン小さくなっていく。

「飛んでる……飛んでる……飛んでるぅ」

「ショー、私達も通ってきた道だから。大丈夫」

「大丈夫じゃないわよ、飛んでるのよ。わけわからないわ。初雪、あんたはそう思わないの?」

「もう慣れた」

「なにが、もう慣れた、よぉ」

 ショーは涙を流し、鼻をすする。喚いたせいで顔はぐしゃぐしゃだ。1週間前の初雪との言い合した時の顔とは全然違う。艦娘独特の大人びた感じの欠片もない、ただの怖がる少女の顔だ。

 初雪はそんなショーを見ていると何となく、自分は馬鹿だと思い始めた。

 私も初めは飛行機に乗ることが怖かった。なんたって自分は艦だったから。空を飛ぶことなんて考えられなかった。

 エンジンの振動や離陸時の加速度、何か音が鳴るたびに怖がり、乗っていた他の乗客を困らせた。

 そして、ショーや他の艦娘も飛行機に乗ることを怖がる。始めた飛行機に乗った私と同じように。アメリカ海軍艦も今では自分と同じ艦娘。

 艦が人になって、飛行機に乗る。

 なんと遠いところまで来てしまったことか。

 ショーの愛国心だけが映る瞳を思い出す。あんな瞳を私はできるだろうか? 自分の正しさを信じることをできるだろうか? 仲間の死を、自分の死を、人の死を受け入れた上で。

 私は終戦という割り切りを付けるタイミングを逃している。太平洋戦争はうやむやになったままで、自分の中で続いている。

 うやむやではいけない。断ち切らねばならない。

 たくさん殺した。たくさん殺された。殺す理由も殺される理由もある。しかし、戦争は終わっていて、違う世界に生まれ変わった。そして深海棲艦という人類の敵もいる。

 もう終わらせなければならない。忘れずとも、恨みは捨てなければならない。

 ショーの泣き顔を見ていると、本当に遠くまで来てしまったということを実感できる。このまま、ショーの泣き顔をずっと見ていられるのなら、いろいろなことのあきらめが付くかもしれない。

「なに笑ってんのよ」

「え?」

 泣きはらして目を赤くしているショーに睨まれる。知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたらしい。

「人が怖がっているのを笑うとか、最低よ」

「別にそういうわけじゃ」

「ふーん、だ」

 ショーはそっぽを向く。初雪はよーし、よしとショーの頭をなでる。

「やめてよ。子供じゃないのよ」

「見た目は子供だけどね」

「そうだけど……実際に建造が1934年で解体が1946年だから……」

 1946引く1934は……。ショーは頭の中で計算し、答えに顔を固まらせた。

「12?」

「子供じゃない。ちなみに私は16。艦娘になってからのも足せば17。私がお姉さん」

 初雪は勝ち誇ったように胸に手を当てて言う。ショーは口をとんがらせる。

「だからって、頭なでてもいい理由にはならない」

「じゃあ、泣いてて。ショーの泣き顔を見ていたら、何か見つかりそうだから」

「ふん、泣いてやんない」

 ショーが袖で涙をぬぐう。

「もう泣くもんですか。一生捜してなさい、よ!」

 

 空になれることから始まって、地上訓練、高さ10.4mの塔からの降下着地訓練、ブランコ式の着地訓練を装置を使っての訓練、そして実際のパラシュート降下。

 このような数々の訓練を経て、大半の艦娘が空挺降下資格者となり、空挺作戦に参加できるようになった。

 その中から成績優秀者をバミューダ諸島強襲作戦に投入することになり、吹雪、白雪、深雪、初雪、ファラガット、カッシングの6名が作戦に参加することになった。

 ショーは空の怖さは克服したが、成績は中の下ほどだったので作戦参加はできなかった。

 作戦の見送りのさい、ショーは初雪にこう言い放った。

「私の分までバミューダの海と空、楽しんできなさい! 行方不明にならないでよ!」

 




 艦娘が飛行機に初めて乗るときは怖がるだろうな。そんなことを考えながら、書きました。艦としての人生が長ければ長いほど怖がると思います。
 空挺補助装備のロケットモーターやダイブブレーキというのは機動警察パトレイバーの自衛隊レイバー「ヘルダイバー」の空挺装備から思いつきました。ロケットモーターで落下速度を大幅に減らさないと足まわりが死ぬ。
 空挺兵はゆっくりと降りてきているように見えますけど、着地時には結構衝撃があるそうです。重装備で落下傘降下する艦娘に制動のロケットモーターは必須の装備です。

 次回、「強襲、バミューダ諸島!」 海の神兵が島に降り立つ。


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第10話「強襲、バミューダ諸島!」その1

 戦闘シーンになると執筆速度が飛躍的に上がるのはなんでだ!?


――作戦説明だ。まずバミューダ諸島の現状を説明しておこう。

――バミューダ諸島には飛行場姫や湾港棲姫などはいないが、本土戦でおなじみの芋虫野郎や戦車もどきの存在が確認されている。おもにセントデービット島を防備しているようた。そして海だが、セントデービット島南のキャッスル港には複数の深海棲艦が確認されている。中にはヲ級などの空母クラスもいる。

――そして作戦だが、夜間に実行する。夜間は空母クラスの能力が大幅に低下するからな。駆逐艦娘諸君の本領だな。

――事前攻撃として降下開始20分前から5分前までの間に空軍によるキャッスル港の爆撃を行う。

――そして陸軍第82空挺師団と艦娘部隊が降下。

――艦娘部隊はキャッスル港に降下。空軍が撃ち漏らした……まあ、空軍の爆撃の戦果は期待できないが、深海棲艦を撃破する。爆撃煙が降下目標でもあるから注意しろ。

――陸軍第82師団はセントデービット島にあるバミューダ国際空港に降下してもらう。幸いながら滑走路には損傷がほとんどない。空挺戦車はレイプス方式(超低空を飛行する輸送機からパレットに載せた状態でパラシュートを開傘して機外に引き出し、そのままパラシュートによって減速して着地)で降下してもらう。シェリダンは水陸両用だが、海に落ちたら深海棲艦の良い餌食だ。確実に陸上に下ろすぞ。歩兵はヘイロー降下だ。艦娘と同時刻に降下する。

――第82師団の作戦目標は飛行場の制圧だ。飛行場に巣くう深海棲艦を撃破しろ。ただし、滑走路には大穴を開けるなよ。

――艦娘部隊と第82師団の作戦遂行、どっちが早いかは分からないが、先に終わった方はまだ交戦中の方を支援しろ。

――撤退のタイミングは司令部から無線で知らせる。深海棲艦がバミューダ諸島奪還に動き出した時点で撤退だ。輸送機と支援用の攻撃機を差し向ける。輸送機は飛行場に着陸し、第82師団と艦娘部隊を収容、撤退する。

――これで作戦説明は終わりだが、質問はあるか?

――シェリダンはどうするか? シェリダンは現地にて撤退時に爆破処分だ。深海棲艦にヴェトロニクスやミサイルをコピーされても困る。処分用の爆薬も投下するので心配するな。

――バミューダ諸島はイギリス領だから問題にならないか? 心配するな。ちゃんとイギリスには承認を得る予定だ。事後承認になるが大丈夫だろう。

――他には? ないか。

――では解散!

 

 F-105Eサンダーチーフ19機、F-4DファントムⅡ10機で編成された空軍の攻撃機隊は遅れて出発し、バミューダ諸島西500キロメートルの地点で輸送機隊のC-130ハーキュリーズを追い抜かす。

「ウォールアイとかブルパップが使えれば楽なのにな」

 1機のサンダーチーフパイロットがぼやいた。サンダーチーフが翼下につり下げているのはただのMk.82 500ポンド無誘導爆弾である。ウォールアイはTV誘導、ブルパップはロール安定化(目視誘導。簡単に言えばラジコン)ミサイルである。熟練オペレーターであれば、小さな目標である深海棲艦にも的確に命中させることができるだろう。

「仕方ないだろ。深海棲艦が兵器のコピー能力を持っている以上、確実に撃破できる状況じゃない限り、最新兵器はお預け、ってわけよ」

 後部座席のオペレーターが答えた。彼が言ったように深海棲艦は兵器のコピー能力を持っているのである。もしミサイルが命中した上で命中した深海棲艦が沈没せず、生き残った場合、傷が完全治癒すればミサイルを撃ってくる。このコピー能力が米海軍が壊滅した理由の一つでもある。幸いなことに初期に最新兵器をコピーした深海棲艦は本土上陸した際に撃破されたため、現在では確認されていない。

「まったく、何のためにミサイル運用能力を付与したE型に改造したんだか……サンダーチーフの十八番は低空侵入爆撃だぞ。なんで緩降下爆撃しないといけないんだ」

 1980年代後半から誘導爆弾や対地ミサイルの技術が発達しだし、かなりの数が生産されていたF-105はそのときに、多くの機体がミサイル運用能力を付加したE型に改造されたのだ。しかし、深海棲艦には誘導兵器が使えない現状、その改造は無意味になっている。

「なら水平爆撃で深海棲艦に当ててちょうだい」

「無理言うなよ」

『おしゃべりはもうやめろ、ゴダート3。目標はすぐだぞ』

「了解、ゴダート1」

 月だけが輝く夜の空。29機の攻撃隊は東へ進む。

 

「降下20分前」

 貨物室のスピーカーが大きな音で告げる。エンジンの轟音に混じって、爆発音が聞こえてきた。空軍の爆撃が始まったのだ。

「みんな立って、降下準備!」

 すでに吹雪達は空挺補助装備装着済み艤装を背負い、砲、魚雷発射管、ロケットモーターと準備は完了していた。酸素マスクを取り出し、顔に装着。

「夜戦か。ソロモン海を思い出す。今回も乱戦になりそうだ」

 カッシングが呟く。カッシングはマハン級駆逐艦でショーの姉妹だ。第3次ソロモン海戦に参加し、沈没している。ちなみに綾波に撃沈された艦ではない。

「そうね。敵味方誤認しないように」

 吹雪が言い渡す。空挺作戦である以上、艦列を組むことは困難であり、実質的には個別で戦うことになる。何か動いた様な気がしたから撃つ、ではいけない。ある程度は味方の位置を把握し戦闘しなければならない。

 爆音が聞こえる。爆撃はまだ続いている。

 

「ゴダート隊、アタック!」

 ゴダート3は旋回、機首をキャッスル港に向ける。吊光弾のおかげでキャッスル港は明るく照らされて小さな深海棲艦の影がはっきり見える。

 しかし、その影に爆弾を命中させれるかどうかは別問題だ。

 機首を下げて緩降下。HUDに表示されるピパー(爆弾の着弾予想点)をイ級の影に合わせる。

「落ち着いて落ち着いて」

「わかってるよ!」

 ここ! そう思った瞬間に爆弾投下ボタンを押し込む。パイロンから8発の500ポンド爆弾が投下される。

 投下してすぐに機首上げ、水平飛行。続いて攻撃する機体の邪魔にならないように離脱。炸裂した爆弾の衝撃波が軽く機体を振るわせる。

 8発の500ポンド爆弾はイ級を取り囲むように着弾、内2発は至近弾。衝撃波と破片がイ級の薄い障壁を突き破り、その体をずたずたに引き裂く。イ級は仰け反り、そのまま力尽きて、キャッスル港に沈んでいく。

 

 機内の明かりが白から赤に変わった。

 ハッチが開く。気圧の違いにより、貨物室内の空気が一気に流れ出ていく。

「さあ、行くよ! 降下開始!」

 吹雪は勢いよく漆黒の闇へと飛び出す。他も続いて飛び出す。

 バミューダ諸島上空には薄く雲があって、島は見えにくい。月明かりと爆発煙だけが頼りだ。時速約300キロメートルで空気を切り裂きながら、大の字で降下する。どちらかというと落ちているという表現が近いかもしれない。

 薄い雲を突き破る。そうするとバミューダ諸島がはっきりと見えた。急速に地面に近づいていく。

 高度1000メートル。酸素マスクを外す。この高度で外さなければ空挺補助装備パージの邪魔になる。

 高度600メートル。パラシュートのフックに手をかける。

 高度400メートル。フックを引っ張る。パラシュートとダイブブレーキ展開。急激な空気抵抗が衝撃となって、体を襲う。

 高度200メートルでようやくゆっくりになってきた。ロケットモーターが付いた足を海面に対して垂直に伸ばす。

 高度30メートル。自動で爆砕ボルトが点火。補助装備パージ。同時にロケットモーター作動索を引っ張り、点火。強い反動と閃光。ロケットモーターの放つ閃光で周囲の敵を確認。イ級2隻、ツ級1隻、中破したタ級1隻。

 うまいこと姿勢制御をしつつ、ほぼ着地速度ゼロで海面に降り立つ。ロケットモーターの爆砕ボルト点火。ロケットモーター、パージ。

 パージしたロケットモーターが水に触れる前に12.7㎝連装砲を構えて、目の前のツ級に放つ。足に命中。姿勢が崩れたところを魚雷でとどめを刺す。

 タ級は突然現れた艦娘に驚きの表情を隠せない。吹雪はタ級に容赦なく、酸素魚雷を撃ち込む。

 

 バミューダ国際空港、滑走路上空。高度10メートルという超々低空を飛ぶC-130ハーキュリーズの貨物室からパラシュートが飛び出て、パレットが載った戦車が飛び出す。勢いよく飛び出た空挺戦車M511シェリダンはぼうぼうに伸びた草地に滑りながら着地。全5両が降り立った。シェリダンがパレットから降りる。

 降り立ったのを確認した戦車型陸上深海棲艦はシェリダンに砲撃する。しかし、手前の地面に命中して、砂煙を起こす。

「下手くそ! ジョン! 2時の方向に戦車もどき! HEAT装填! 撃て!」

 シェリダンのM81 152㎜ガンランチャーからHEAT-MP(多目的対戦車榴弾)が放たれる。152㎜という大直径が生み出すメタルジェットは戦車もどきの障壁をいとも簡単に貫き、大爆発を引き起こす。

 カンッカンカカカンッカンカカンッ。小銃弾が装甲を叩く。

「あの芋虫野郎だ!」

 シェリダンは搭載されている赤外線サーチライトで敵を捜す。9時の方向に芋虫のような陸上型深海棲艦が群れを成している。再びHEAT-MPを発射。芋虫共を吹き飛ばす。

 そのタイミングで空挺兵達がヘイロー降下で降りてきた。空挺兵達はすぐさまシェリダンが降りたパレットに行き、一緒にくくりつけられていた武器コンテナから小銃、対戦車ロケット、火炎放射器を取り出す。

「歩兵共は後ろに隠れてな! おい、3号車! 何でお前は動かない!」

 隊長車の車長が無線で怒鳴った。3号車はパレットに乗ったまま動かない。しかし、砲塔だけは動き、砲撃と機銃掃射をしている。

『こちら、3号車。サスペンションが死んだようです! 移動できません!』

 よく見てみると3号車は車底が地面に付いている。車体を支えるサスペンションが着地の衝撃で壊れたのだ。これでは移動することはできない。

「脱出しろ! 良い的に――」

 良い的になるぞ! 言い切る前に3号車が爆発した。敵の攻撃によるものだ。空挺戦車であるシェリダンは装甲に軽合金を使用しており、対戦車兵器には脆弱だ。

 3号車の爆発と炎は勢いを増していく。弾薬に引火しているのだ。ついには爆散。砲塔が天高く吹き飛ぶ。

「くそっ! 3号車をやったのは……あいつか!」

 ひときわ大きい砲を持った戦車型陸上深海棲艦がいた。砲の大きさは5インチクラスだろうか? そうなるとかなりの脅威だ。

 そいつはかなり遠距離に布陣しており、HEAT-MPでは射程が足りない。

「シレイラミサイル装填! アパム、前進!」

 シレイラミサイル。シェリダンが装備する152㎜ガンランチャーの存在意義とも言える兵器だ。簡単に言えば大砲から撃つミサイルである。これにより長距離射撃でも高い命中精度を発揮することができるのだ。

「射程大丈夫ですか!」

「大丈夫だ! 800メートルはある!」

 ただし、シレイラミサイルの運用には重要な欠点があった。シレイラミサイル自体に欠点はない。M511シェリダン空挺戦車に欠点がある。砲塔の設計ミスにより730メートル以下ではシレイラミサイルの誘導ができないのだ。しかもHEAT-MPなどの通常弾の射程は730メートルよりも短い。つまりシェリダンはその範囲の距離にいる目標には対処できない「デッドゾーン」があるのだ。

 しかし、幸いにも敵戦車もどきまでの距離は800メートル以上。シレイラミサイルの射程距離となる。

「撃てっ!」

 ガンランチャーからMGM-51シレイラミサイルが発射される。砲から離れた瞬間にフィンが展開。戦車もどきにまっすぐ向かっていく。

 戦車もどきが旋回する。戦車もどきの砲身が見えなくなり、丸になった。こっちを狙っている!

「やばい! アパム、ブレーキ!」

 運転手のアパムはブレーキペダルを思いっきり踏む。シェリダンは前につんのめるようになりながら、急停止した。急停止と同時にシェリダンの前方に敵砲弾が着弾炸裂。地面に大穴を穿つ。

 敵戦車もどきの砲弾は外れたが、誘導できるシレイラミサイルは的確に命中。敵戦車もどきは大爆発を起こして、沈黙した。

 

 白雪とカッシングは合流し、共に戦っていた。相手は軽巡へ級flagshipとイ級後期型の2隻。

「弾幕を張るから、カッシングは魚雷!」

「おう! 当たれよ!」

 白雪はへ級とイ級の注意を引くために曳光弾と照明弾多めで弾幕を張る。闇夜に煌めく弾幕はさながら花火のようだ。

 カッシングはへ級とイ級の真横に回り込み、魚雷8本全てを扇状に発射。白雪の弾幕が功を奏し、回避運動も取られることなく、魚雷はへ級に2本、イ級に3本命中、轟沈した。

「やるじゃないの、カッシング」

「綺麗な弾幕ありがとう! 派手に行こう!」

 白雪とカッシングは次なる敵を捜して、闇夜をさまよう。

 

 第82空挺師団は飛行場から深海棲艦を一掃。戦いの場は空港ターミナルへ移る。深海棲艦はターミナルを巣にしているようで、頑固な抵抗を続けている。

「汚物は消毒だぁー!」

 空挺部隊員が火炎放射器で火炎を屋内に送り込む。芋虫めいた深海棲艦はジェル状ガソリンが放つ800℃の炎に焼かれていく。

「2階の左側! なに、わからん? ほら、光ってるだろ! そこだ、そこ砲撃してくれ!」

 無線で砲撃要請。シェリダンのHEAT-MPが炸裂。周囲のコンクリートごと敵陣地を吹き飛ばす。

 ターミナルは迫撃砲とシェリダンの砲撃でガラスは全て割れ、天井が崩れているところもある。

「突入!」

 手榴弾を投げ込み、砲撃によってできた穴からターミナルへ隊員が突入する。XM177E2カービンに装着しているライトが屋内を照らす。芋虫めいた深海棲艦の血糊がべっとりと付いて凄惨だ。

 吹き抜けになっている2階部分から銃撃。まだまだ敵は残っている。閃光手榴弾を投擲し、物陰に隠れて反撃する。銃撃で死んだ芋虫めいた深海棲艦が2階部分から落ちる。

「あそこの敵、なんとかならんのか!」

 屋内の2階からは攻撃が途切れることがない。支援砲撃で片付けたいが奥の方なので、攻撃が届かない。

「撃たれたな、血が出てるぞ」

 隊員の一人が腕に銃創があった。直撃ではなく、かすっただけだが、血が戦闘服を赤く染めている。

「拭いてる暇もねえよ」

「そうかい?」

 隊員がダネルMGLを構える。回転式弾倉をもつ40㎜グレネードランチャーだ。それを次々と撃ち込む。緩い曲線を描いて、2階奥に着弾爆発。深海棲艦の肉片が隠れている所まで飛んでくる。

「これでゆっくり拭けるよ」

 抵抗が小さくなるターミナルには次々と隊員が突入してくる。

 

 ファラガットは他の艦娘とは合流できず、一人で戦っていた。すでにイ級2隻を沈め、今、空母ヲ級flagshipと交戦中だ。

「夜は能力下がるんじゃないの!?」

 敵艦載機の銃撃の中、ファラガットは叫んだ。砲を構えれば艦載機からは牽制射撃。たまにロケット弾を発射してくるから回避せざる得ない。

 そしてヲ級自身も頭部の砲を使って攻撃してくる。ファラガットは攻撃のタイミングをつかめない。

「カトンボめ!」

 ファラガットは闇夜の空に12.7㎜機銃を撃ちまくる。狙いを付けているわけではない。でたらめの機銃乱射だ。当然敵艦載機には当たらない。このまま回避に専念しつづけることを強要されていては、スタミナが尽きてしまう。

 ファラガットにロケット弾が1発命中。右足の魚雷発射管が破損。魚雷は撃ちきっていたため、誘爆などはなかったが、足の痛みで動きが鈍る。

 ヲ級はにんまりと口をゆがめる。虎の子の爆撃隊を出撃させる。これで動きの鈍ったファラガットを撃沈するつもりだ。

 ヲ級が放った爆撃隊がファラガットの上空に到達する。

「シズメ……!」

 後は急降下の指示を出すだけ。そのとき、衝撃と強烈な熱さがヲ級の頭部を襲った。

 薄れゆく意識のさなか、反射的にヲ級は襲った物の方向を向こうとする。

 しかし、自身を襲った物を認識する前にヲ級はファラガットの砲撃を受け、意識は完全に途切れた。

 

「へへ、ビンゴ! きっかり命中だ!」

 ヲ級を襲った物はシェリダンのシレイラミサイルだった。弾頭の6.7㎏成型炸薬弾はヲ級の障壁さえも容易に貫通し、頭部を焼き尽くした。

 ターミナルの戦闘は屋内にほぼ移ったことにより、シェリダンによる砲撃支援は難しくなった。そのため、4両の内1両を艦娘支援に回したのだ。

「艦娘の嬢ちゃん、感謝してくれよ!」

『ありがとう! 続いて援護お願いね!」

 ファラガットは無線で感謝の意を伝える。

「おうとも!」

 夜のバミューダ諸島で繰り広げる戦いはまだ終わらない。

 




 予想以上に長くなってる。あと5000字は続きそう。
 これ書いてて、「あれ? シェリダンのここってどうだったけ?」と思い、グー○ル先生にご教示願ったのです。そしたら、

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 雪の駆逐艦-違う世界、同じ海- - 第8話「空へ」 - ハーメルン

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「ふぁい!?」
 私の作品が2件目に表示されました。怖い。
 そこまでマイナーなのかシェリダン。


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第11話「強襲、バミューダ諸島!」その2

 その1の続き! ちょっとグロテスクなシーンがあるので注意です。


 初雪と深雪は雷巡チ級elite2隻、軽巡ツ級elite1隻と交戦していた。

「深雪、雷跡3本!」

「ええい、くそ!」

 チ級から放たれた魚雷3本回避。しかし、よけた所にツ級の砲撃。側転して回避。

 初雪の砲にも魚雷が来ていた。急転舵で回避。回避した先にも魚雷。投錨して急停止。

 魚雷に当たるわけにはいかない。雷巡チ級は北上や大井、木曾といった日本の重雷装艦と違って、投射数が多くはないが、1発1発の威力が重い。夜間では戦艦すら1本2本で大破する威力だ。駆逐艦が当たれば沈没は免れない。

「初雪、ツ級を――――ええい!」

 チ級が魚雷発射の様子を見せたので、深雪が先制して雷撃する。チ級の雷撃を断念させる。

 チ級の攻略方法は接近戦なのだが、その接近戦をツ級が許さない。あの砲門数と連射速度。こちらの攻撃すらままならない。

 深雪は決断する。

「初雪! 私を、ちぃっ! 私を投げ飛ばせ!」

「はあ!? わっ!」

「だから! 私を、うぇあ!」

 深雪に至近弾。海面が押し上げられ、転倒しかけるが、とっさの前転で転倒を防ぐ。マストは折れてしまったがたいしたことではない。

「投げ飛ばせって! 奴らに!」

 深雪が左腕を差し出す。

「わかった、」

 初雪が両手で深雪の左腕をつかむ。そして、

「よっ!」

 回転をかけて敵の方に投げ飛ばした。

 空を飛ぶ深雪。今度は降下ではない。ツ級とチ級が空飛ぶ深雪を見上げる。

 深雪は空中で長10㎝連装高角砲を構える。ツ級に照準。ツ級の目、といってもどこか分からないが、ツ級の目が合った気がした。

「ご愁傷様!」

 発砲。高初速の10㎝高角砲弾はツ級の頭から胴体にまで突き進んだところで炸裂。ツ級の上半身と下半身を真っ二つにした。

 深雪はマット運動でいうハンドスプリングで海面に着水。

 着水時の硬直をチ級2隻が狙う。魚雷を放つ、まがまがしい腕を深雪に向けた時だった。

「後ろがお留守!」

 初雪が無防備なチ級2隻の背中に魚雷と砲弾を撃ち込む。胴体に風穴が開いたところに魚雷の爆発。チ級2隻は粉々に吹き飛んだ。

「誰か拍手してくれよ、見事なハンドスプリング!」

 深雪はさわやかな笑顔で手を空に大きく掲げていた。

「褒めてもらいたければ、陸でしなさいよ! 陸で!」

 初雪は大声で突っ込んだ。

 

 初雪と深雪は雷巡チ級elite2隻、軽巡ツ級elite1隻と交戦していた。

「深雪、雷跡3本!」

「ええい、くそ!」

 チ級から放たれた魚雷3本回避。しかし、よけた所にツ級の砲撃。側転して回避。

 初雪の砲にも魚雷が来ていた。急転舵で回避。回避した先にも魚雷。投錨して急停止。

 魚雷に当たるわけにはいかない。雷巡チ級は北上や大井、木曾といった日本の重雷装艦と違って、投射数が多くはないが、1発1発の威力が重い。夜間では戦艦すら1本2本で大破する威力だ。駆逐艦が当たれば沈没は免れない。

「初雪、ツ級を――――ええい!」

 チ級が魚雷発射の様子を見せたので、深雪が先制して雷撃する。チ級の雷撃を断念させる。

 チ級の攻略方法は接近戦なのだが、その接近戦をツ級が許さない。あの砲門数と連射速度。こちらの攻撃すらままならない。

 深雪は決断する。

「初雪! 私を、ちぃっ! 私を投げ飛ばせ!」

「はあ!? わっ!」

「だから! 私を、うぇあ!」

 深雪に至近弾。海面が押し上げられ、転倒しかけるが、とっさの前転で転倒を防ぐ。マストは折れてしまったがたいしたことではない。

「投げ飛ばせって! 奴らに!」

 深雪が左腕を差し出す。

「わかった、」

 初雪が両手で深雪の左腕をつかむ。そして、

「よっ!」

 回転をかけて敵の方に投げ飛ばした。

 空を飛ぶ深雪。今度は降下ではない。ツ級とチ級が空飛ぶ深雪を見上げる。

 深雪は空中で長10㎝連装高角砲を構える。ツ級に照準。ツ級の目、といってもどこか分からないが、ツ級の目が合った気がした。

「ご愁傷様!」

 発砲。高初速の10㎝高角砲弾はツ級の頭から胴体にまで突き進んだところで炸裂。ツ級の上半身と下半身を真っ二つにした。

 深雪はマット運動でいうハンドスプリングで海面に着水。

 着水時の硬直をチ級2隻が狙う。魚雷を放つ、まがまがしい腕を深雪に向けた時だった。

「後ろがお留守!」

 初雪が無防備なチ級2隻の背中に魚雷と砲弾を撃ち込む。胴体に風穴が開いたところに魚雷の爆発。チ級2隻は粉々に吹き飛んだ。

「誰か拍手してくれよ、見事なハンドスプリング!」

 深雪はさわやかな笑顔で手を空に大きく掲げていた。

「褒めてもらいたければ、陸でしなさいよ! 陸で!」

 初雪は大声で突っ込んだ。

 

 もぞもぞと死に体で動いていた芋虫めいた深海棲艦にXM177E2カービンの銃剣を突き刺し、発砲する。芋虫は力尽き、身を横たえる。ロビーで動く芋虫はいない。

「ロビー、クリア」

 第82空挺師団は空港の2階にある到着・出発ロビーの深海棲艦を駆逐した。15年前には飛行機を待つ客、飛行機から降りる客で賑わっていたロビーだが、今では血と硝煙の臭いが漂い、芋虫の死骸が大量に転がる凄惨な場所になっている。

『了解、我々は1階の貨物置き場と特殊車両待機場に突入するが、第3、第4小隊は搭乗手続き場を制圧せよ』

「了解」

 ロビーを制圧した隊員達は搭乗手続き場手前の曲がり角で止まる。第3小隊の小隊長は弾倉内の弾数、装備のチェックを命じる。

 暗いロビーにコッキングの音や、金属がぶつかる軽い音だけ響く。

 小隊長はふと、変に感じた。

 静かすぎる。

 さっきまで搭乗手続き場からロビーに入る通路、具体的に言えば、荷物検査や金属探知機があるところを通って、芋虫共が次々とわき出てきていたのに、今は何もない。遠くから砲声が聞こえてくる。港で戦っている艦娘達のものだろう。

 ただ単に敵が全滅したのか。それとも待ち伏せか。

 小隊長はつばを飲み込み、新たな指示を出す。

「閃光手榴弾と焼夷手榴弾を用意」

 まず焼夷手榴弾の摂氏2000度以上の高熱で焼き尽くし、次に閃光手榴弾で怯ませ、突入。

 何が待っているかは知らないが、倒すことには違いない。投擲の秒読みを始める。

「5、4、3――!」

 投擲するまでもなく、深海棲艦からやってきた。現れたのは触手。直径1メートルほどか。

 その触手は目にもとまらぬ速さで小隊長の首をはね飛ばした。

「隊ちょ――」

 他の隊員達にも触手は襲いかかる。

 文字通りにたたきつぶされ、ミンチになる者。

 小隊長と同じように体の一部をはね飛ばされる者。

 壁にたたきつけられる者。

 巻き付かれ、全身の骨を砕かれる者。

「は、放せぇえええ!」

 足に触手が巻き付き、搭乗手続き場に引きずられていく者。得物のXM177E2カービンを触手に撃ちまくるが、障壁が展開され、弾かれる。すぐに弾倉内の30発を使い果たす。

 頼みの綱の40㎜グレネードを触手に向かって放つが、はずれて、天井に穴を穿つ。

「ああああああああああああああああああああああああ――――」

 

 吹雪は電探でキャッスル港に深海棲艦がもういないことを確認した。無線で全員の無事を確認する。

『白雪は無事です』

『こちら、カッシング。無事だ。何とか生き残ったぞ』

『初雪、小破したけど、大丈夫』

『こちら、深雪。マストが折れて、煙突も歪んだけど元気だぞ』

『ファラガット、艤装の所々に穴が開いたけど、戦闘に支障なし』

「みんな無事で良かった。探照灯付けるから、集合して」

 停止して、探照灯を空に向ける。一筋の光軸が夜空に向かって伸びる。

 一番早く合流したのはカッシングと白雪だった。

「空挺って面白いな。ひゅーっと降りて、バババッ、だ。敵は驚いた顔しててな。確か駆逐艦3隻と軽巡1隻沈めた。白雪の援護のおかげだ。綺麗だったぞ」

「綺麗?」

「牽制射撃に曳光弾と照明弾たくさん使ったから。顔中すすだらけ」

 闇夜のためよく分からないが、白雪の顔はほのかに黒く見えた。白雪得意の弾幕射撃をしたのだろう。確かにあの発砲量は顔にすすが付く。

「吹雪ちゃん、何隻沈めた?」

「えっと、タ級とツ級、あとイ級2隻とト級1隻かな?」

「あたしはイ級2隻とへ級、ヲ級それぞれ1隻ずつだ」

 闇夜から突然、ファラガットが現れる。吹雪は小さく悲鳴を上げた。

「夜戦はやっぱり日本海軍の十八番か。ちくしょう」

 吹雪の戦果にファラガットは悔しそうな顔をした。吹雪をライバル視しているファラガットは戦闘に限らず、いろいろなことで吹雪に挑戦しているのだが、全て敗北しているのが現状だ。駆逐艦の本領である夜戦での戦果比べでも負けてしまった。撃沈数で言えば、吹雪より1隻少ないだけだが、シェリダン空挺戦車の援護がなければ、ファラガット自身がやられていたことを考えると圧倒的敗北である。

「ファラガットちゃん。もうちょっと普通に現れてよ」

「別に驚かそうとしたわけじゃないんだけど」

 すぐ後に初雪、深雪と合流し、吹雪達は第82空挺師団と司令部にキャッスル港制圧の無電を送った。

 

『ああああああああああああああああああああああああ――――ブッ』

 第3、4小隊との無線は悲鳴とノイズを残して途切れた。

「おい、第3小隊、第4小隊! おい、応答しろ! 何が起こった! おい!」

 全体の指揮をしている第1小隊の小隊長が無線に叫ぶ。無線機はうんともすんとも言わない。

「いったい何が……」

 無線機を握りしめる。私達は米軍で最も優秀、勇敢な第82空挺師団なのだぞ。その中でも第3、第4小隊は特に室内戦闘が優秀な奴らで編成した小隊だ。一瞬でやられるような奴らじゃない。しかし、無線は切れた。

「ターミナルの中には何がいやがるんだ……」

 相手は深海棲艦という化け物。何があってもおかしくはない。

「貨物置き場と特殊車両待機場への突入は一時中止だ!」

「小隊長! あれを見てください!」

 補佐の軍曹が空港ターミナルの方向に指を差す。小隊長は言葉を失った。

 触手だ。貨物置き場と特殊車両待機場のシャッターを突き破り、次々と触手が出てくるではないか。

 触手は表面が月明かりにぬらりと光り、地面を這いながら進む。そして狼狽える隊員達に襲いかかった。

 隊員達は発砲。しかし、小銃弾は障壁に阻まれ、効果はない。

「後退! 後退せよ!」

 シェリダンが触手に向け、榴弾を放つ。しかし、うねうねと動く触手に命中させることはできない。榴弾の破片は障壁を貫通し、触手にダメージを与えるが、ちぎれることはない。

 突如、ターミナルのコンクリート部分のあちこちにひびが入り始めた。地震や砲撃による崩壊のものではない。地面は揺れていないし、砲撃していない位置からひびが入り始めている。

「な、なんだ……!?」

 ひびだけではなく、ターミナル自体が崩壊し始めた。巨大なコンクリート塊が地面に落ち、ばらばらになる。開いた巨大な穴から、巨大な腕が出てくる。そして、崩れた屋上からは複眼らしきものを備えた頭。

「何だというのか――――!?」

 月明かりに照らされて、ターミナルから出てきたのは巨大な深海棲艦だった。

 

 サンダーチーフとファントムⅡの攻撃部隊は帰途についているときに、巨大な深海棲艦の出現の報を聞いた。

 大きさ30メートルの深海棲艦。これくらいならば、爆弾は当てやすい。しかし、翼下に爆弾はない。すべてキャッスル港に投下してしまった。

 燃料があれば、ちょっとくらいは……。パイロット全員が思う。

 しかし、バミューダ諸島はサンダーチーフやファントムⅡには遠すぎた。爆弾搭載数を減らす代わりに増槽を積んで、なんとかバミューダ諸島と本土を往復することができる。

 今から、引き返すことはできる。しかし、爆弾がない今、唯一の武装であるM61バルカンでは有効打にならない。そして貴重な機体を確実に失うことになる。

 何人かのパイロットはふがいなさにキャノピーを拳で叩いた。

 

 第82空挺師団の支援要請を受けた吹雪達はキャッスル港を北上した。そして第82空挺師団を攻撃しているものを見た。

「なにあれぇ!」

 吹雪が思わず叫んだ。他の者も絶句している。

 あれは輸送艦ワ級だろうか? しかし、あんな触手や昆虫のような複眼はなかったはずだ。そしてなにより、大きすぎる。高さ30メートルの深海棲艦なんて見たことがない。

「機動戦士なロボットでも……いや、サイコな方なら……」

 初雪はぶつぶつと言っている。アニメの巨大ロボットならば対抗できるのではないかと考えているのだろう。

「あの、でかいのが?」

『そうだ、そのでかいのだ! 砲撃頼む!』

 無線の向こうでは砲撃音や銃声と重なって、悲鳴や地面が割れる音が聞こえる。あれがワ級から進化した陸上型深海棲艦ならば障壁を展開するだろう。重火器が多くない空挺部隊では不利だ。

「砲撃するよ! 目標、あのでかいの!」

 名称、『でかいの』。吹雪はこれでいいのかなぁ、と心中思ったが、名称なんて研究者の人たちが付けてくれるからいいや。と考えるのをやめた。

 12.7㎝連装砲を撃つ。ファラガット達も5インチ砲で砲撃。艦艇としては小型砲だが、陸軍としては重砲ともいえる口径だ。運動エネルギーも含めれば、シェリダンの152㎜ガンランチャーより大きい破壊力を持つ。

 砲弾は障壁を貫通、体表を突き破り、体内で爆発。『でかいの』の身を抉る。『でかいの』は痛みに叫ぶ。新たな方向の敵を確認した『でかいの』は触手による攻撃を行う。

「なんかきたぁあああ!」

 十数本の触手がかなりの速さで吹雪達に迫る。砲と機銃で迎撃するが、いくつか撃ち漏らした。それぞれ3本の触手が吹雪、深雪、カッシングを襲う。

 吹雪は頭上で交差させた腕で触手を受け止め、右足で蹴り飛ばした。艦娘の常識外れの威力のキックによって触手はちぎれた。

 カッシングは攻撃を受けた吹雪に気を取られ、自分に迫り来る触手に気づかなかった。

「あ、」

 気づいたときには避けられる距離ではなかった。横殴りにされ、海面を水切りのように跳ねる。

 体勢を立て直したとき、触手は頭上にあった。5インチ砲を構えようとする。しかし、腕が軽い。挙げた手には握っているはずの5インチ砲はなかった。さっき、落としてしまったに違いない。

 武器がない。どうしよう? 

 カッシングは身を竦めてしまった。カッシングは他のアメリカ艦娘と同じように艦娘になったばかりだ。吹雪と同じような防御を、回避さえとっさに取ることはできなかった。

「なにやってんの!」

 初雪はとっさの判断でカッシングにタックル。はじき飛ばした。かろうじて触手を回避する。カッシングと初雪は海面に倒れ込む。初雪は完全に倒れ込む前に触手に12.7㎝連装砲を放って、触手を撃破。

「あ、ありが――」

「早く立って!」

 初雪はカッシングの手を取り、無理矢理立たせる。いつ次の触手が来るのか分からないのだ。

 深雪は華麗なブリッジで触手を回避。深雪はかなり体が柔らかいのだ。こういうこともできる。すぐに起き上がり、空振りした触手を撃つ。

 

「うわ、なにヌルヌルする」

 吹雪の両腕と右足先は触手の粘液が大量に付着していた。手に持っていた12.7㎝連装砲にも付いている。動かしてみたら、動作が怪しかったので連装砲を海に突っ込んで、洗う。

 『でかいの』は艦娘の方が脅威と思ったのか、第82空挺師団を攻撃していた触手を吹雪達に向かわせる。

 吹雪は12.7㎝連装砲を下ろし、長10㎝連装高角砲を構える。12.7㎝連装砲は平射砲であり、装填のたびに砲身を水平にしなければならない。しかし、どんな角度でも装填できる長10㎝連装高角砲ならば、触手相手に後れを取ることはない。白雪、深雪、初雪もそれに倣う。

 迫ってくる触手を高角砲で迎撃。今度は撃ち漏らしを出さない。

 続いて、『でかいの』本体を攻撃。何発もの高角砲弾が体内の深い場所で爆発し、『でかいの』の体内をかき混ぜる。

 『でかいの』の触手のほとんどは根元からちぎれ、戦いは一方的になって行った。

 

 引き金を引いても弾が出ない。砲塔内の砲弾を使い果たしたのだ。長10㎝連装高角砲の砲身は灰色の塗料が融け落ち、赤茶色の防錆塗料がむき出しになっている。

 東の水平線が明るい。日の出だ。

 すでに『でかいの』は動かない。触手は全て根元からなくなり、体に開いた無数の穴から血を垂れ流しているだけだ。

 砲声も銃声も止んでいる。戦いは終わったのだ。

「ふぅ……」

 吹雪は息をつくと、しゃがみ込んだ。




 「強襲、バミューダ諸島!」、ようやく終わりです。まさかここまで長くなるとは。

 自分の中では沿岸や島にいる陸上型深海棲艦(飛行場姫や離島棲鬼など)以外の内陸に侵攻する深海棲艦は虫のイメージがあります。それは安易に「海が魚なら陸は虫だろ」と考えたからです。その結果が、あの芋虫共や戦車もどき、『でかいの』こと、複眼ワ級です。
 この世界の深海棲艦は海では「ヒト型(小型化)すると強くなる」のに対し、陸では「一時的に弱体化するが、進化(虫化)することで強くなる(適応する)」という感じです。 しかし、陸に上がることで小型、俊敏さ、高火力を失った深海棲艦がM60パットンMBTやM41ウォーカー・ブルドック軽戦車と戦うと……まあ、シェリダンとの戦闘を思い出して、察してください。所詮、海の深海棲艦と同じで第二次大戦レベルなのよ……。
 複眼ワ級との戦闘を書いているとき、あるものを思い浮かべていました。Gのレコンギスタの1シーン、ユグドラシルのテンダービームに貫かれる量産型モンテーロです。あんな風に艦娘がなったらやばい。この作品がやばい。

 さて、次回も舞台はバミューダ諸島。アメリカ本土に帰るまでが作戦だよ。


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第12話「ハイビスカスの花」

艦これ二周年、おめでとう! ありがとう! 全ての艦娘と、300万の提督に、感謝の心を!


 戦闘の終了と同時に朝を迎えた吹雪達と第82空挺師団は朝食を取っていた。

 ファラガットはレーションのスナックパンをかじる。

「不味い不味い不味い……不味い!。何よ、これ!」

 ケミカルな味。もそもそした食感。あまりの不味さにファラガットは臆面もなく、叫んでしまった。

「お嬢ちゃん、MREは初めてかい?」

 近くで、コーヒーを飲んでいた隊員がにやにやしながら尋ねた。ファラガットは頷く。

「保存料たっぷりだからね。実に薬っぽいだろう。これが現代アメリカ軍のレーションだよ」

 レーション。軍事行動中に兵士達に配給される食糧のことである。アメリカ軍はMRE(Meal, Ready-to-Eat)というレーションを採用、配給している。

 このMREは実に保存性、耐久性は実に良いのだが、美味しさというものが欠落してしまった代物である。

「栄養はちゃんとしてるから……まあ、戦闘は大丈夫だと思うよ」

「大丈夫じゃないわよ。食事の美味しさは士気に直結することよ。なんなのこの味は!」

「そう言われてもなぁ……。でもコーヒーだけは市販しているものと同じだから、美味しいよ」

 隊員の言うとおり、コーヒーは普通の味だった。しかし、他のものは不味い。

 クラッカーはピーナッツバターを付けて食べるのだが、クラッカーはぱさぱさだわ、ピーナッツバターは粘着材のように口の中にまとわりついて、水なしでは飲み込めない。肉はビーフだったが圧縮肉、いわゆる合成肉だ。これもケミカルな味がする。無煙加熱用ヒーターで暖められたのは幸いだった。

「どう思う?」

 ファラガットはなぜか顔を真っ赤にしながらパンをかじっている吹雪に味を尋ねた。

「白ご飯が欲しい」

 吹雪が食べているのはスナックパンなのだが、チリ味で、ハラペーニョとかトウガラシを薫製したものがはいっているパンだった。ハラペーニョを噛みつぶすとものすごく辛い。

「日本のレーションは美味しいのに……なんでアメリカのは……うう」

 不味い。そう、不味いのだが、残すわけにはいかない。お残しは許されない。

 吹雪は日本のレーションの味を思い出す。あれは缶詰の炊き込みご飯や赤飯、鯨の大和煮、たくあん。ああ、なんと懐かしく遠い味か。

 海軍は基本的に飯はうまい。兵員数が限られる海上では士気がものをいう。そこで大事になるのが、艦内の雰囲気や飯なのである。飯がうまかった艦は武勲や長生きした艦が多い。

 吹雪は目尻に涙を浮かべながら、MREを食べ続けた。

 

 朝食を食べ終わると遺体を運ぶ作業。吹雪達は艤装の弾薬や燃料の補給を済ませると、それを手伝った。

 飛行場には陸上型深海棲艦の死骸に混じって、第82空挺師団隊員の遺体が何体も転がっている。

 銃創による出血性ショックで死んでいる者は少ない。撃たれた者は後退して、すぐに衛生兵の治療を受けれたからだ。

 それではどんな遺体が多いか。それはミンチになった遺体だ。『でかいの』こと、複眼ワ級の触手によりつぶされた者が多かった。人の形を残さない、ただの肉片と粉々になった骨が地面にシミになって残っている。

 正直、遺体運びではない。肉片と骨を死体を入れる布袋に1人分ずつ入れていく作業だ。吹雪、白雪、深雪、初雪は合掌してから、肉片や骨を触る。

 何人かの新兵が朝食を吐き戻した。すまない、と新兵達は謝ったが、気にすることはないと吹雪達は慰めた。

 吹雪達は死体になれている。甲板で、艦内で、海でこれよりひどい惨状は見てきた。だからこんな遺「体」とも呼べないものを布袋に入れていくのも抵抗は少ない。しかし、辛い作業だった。

「左手の薬指がない。近くにない?」

 吹雪はぼうぼうに伸びた草をかき分けて捜すと、すぐにちぎれた薬指は見つかった。指輪がはまった薬指が。

「ああ……」

 吹雪は丁寧に拾い上げ、死体袋の中にそっと入れた。

 

 第1小隊小隊長の補佐軍曹は複眼ワ級の前に立っていた。

「ざまぁみろ、ってんだ」

 死に絶えた複眼ワ級は砲撃により、見るも無惨な死骸だ。頭を垂れ、陸に上がったことにより発生した複眼は片目がぐちゃぐちゃになっている。

 軍曹はナイフを抜いた。ナイフで死骸の肉を切り出す。食べるのではない。深海棲艦のサンプルを回収しているのだ。切り出した肉をビニール袋に入れる。

 米軍にとって、複眼ワ級の存在は予想外だった。米軍も本土戦にて深海棲艦と激戦を繰り広げているが、あくまで戦線維持に努めている。海からの補給を途絶えさせることができない以上、海岸地域まで奪還しても意味がないからだ。

 そのこともあり、深海棲艦の死骸などはあまり回収ができない。そのため、研究はあまり進んでおらず、芋虫めいた深海棲艦の母体自体が存在するとは思わなかったのだ。この機会に芋虫深海棲艦の母体である複眼ワ級のサンプルを手に入れれたことは僥倖だった。死んでいった隊員達も決して犬死にではない。

 

 昼過ぎ、地獄の食事を済ませた後、小隊長は吹雪に謝った。

「君達みたいな女の子に遺体運びを手伝わせてすまなかった」

「いえ、そんな……私達は艦娘です」

「それでもだ」

 小隊長は複眼ワ級の方を見た。目を細める。

「君達がいなければ、我々は壊滅していただろう。まだ87名の戦死ですんだ。感謝している」

「私達だって、軍に所属している身です。当然のことです」

「そんなこと言わないでくれ。守るべき存在に守られるのは自分が情けなく感じる」

 小隊長は座り込んだ。吹雪も座る。

 守るべき存在。やはり艦娘というのは普通の人間からすれば、ただ少女にしか見えないのだろう。その身に艤装を取り付け、砲や魚雷を扱ったとしても。

「もう遺体運びは手伝わなくていい。代わりにだな、」

 小隊長は少し気恥ずかしそうに、頬を掻いた。

「花を摘んできてくれないか?」

 

 統合軍司令部は騒がしくなっていた。大西洋を哨戒していたU-2Sドラゴンレディから深海棲艦動きあり、との報告を受けたからである。

 東海岸のノーフォークから空母クラス数隻を中核とする群体が西に向かっている。

 西インド諸島から巡洋艦を中核とした群体が北西に航行中。

「半日か。予想以上に早いな」

 ハドリー海軍大将は大西洋の地図を前に唸った。深海棲艦が動き出す予想日は2日後。実に4分の1の早さである。

「それでも、遅すぎるよりかはいい」

 バミューダ諸島を強襲した艦娘達や第82空挺師団への補給物資は全て夜間の空輸をする予定だったとはいえ、制海権も制空権もないのだ。何度も繰り返し空輸を行えば、夜間といえども撃墜される危険性は高まる。

 統合軍司令部はすぐに撤退命令を出し、C-130ハーキュリーズの発進を命じた。

 

 日は西に傾き、朱い光を放つ。

 全ての遺体、87つの袋が1箇所に集められた。すべての袋にはハイビスカスの花が手向けられている。ハイビスカスの花言葉は「常に新しい美」、「勇敢」。米軍一勇敢だと自負している第82空挺師団に相応しい花かもしれない。

「敬礼っ!」

 生き残った者達は戦死者の前に並び、敬礼。敬礼する者達の中には艦娘6人もいる。

 もし、私達がキャッスル港の深海棲艦を早く殲滅できていたら、戦死者はもっと少なかっただろう。吹雪はそんなifを考える。

 しかし、ifは許されない。もう過ぎてしまったことだ。死人は帰ってこない。戦場の不文律だ。

 西の水平線に太陽が沈む。バミューダ諸島は夕日で朱く染まっていた。

 

 夕日を背に1隻の深海棲艦がバミューダ諸島を見つめていた。

 潜水艦カ級だ。頭だけを海面に出している。

 哨戒から戻ってみれば、仲間達はみんなやられている。救援を求めたが、来るのは2日後だ。カ級は長く垂れた前髪の中、唇をかんだ。

 陸上攻撃をしたら、仲間達を沈めた艦娘共が自分を攻撃しに来るだろう。相手は手練れ。自分も沈められる。自分の武装は威力の小さい砲と魚雷だけ。陸上攻撃を敢行しても、たいした損害を与えられないだろう。ノーフォークと西インドから救援が来るまで、待つしかない。

 

 バミューダ諸島の夜は星が綺麗だった。初雪は夜空を見上げる。

 昨日は戦闘に集中していて、気づかなかったが、呉から見る空よりも星々が元気いっぱいに輝いている。

 初雪とファラガットは探照灯を構え、滑走路の東端に座っていた。なぜ、2人がそんなところにいるかというと、もうすぐ撤退用のC-130輸送機が来るからだ。

 バミューダ国際空港の発電機は壊れていて、着陸誘導灯などが点灯しない。闇夜の飛行場に飛行機が着陸をするなど自殺行為だ。だから艦娘が探照灯で滑走路を照らし、着陸の補助を行う。ちなみに他の艦娘は第82空挺師団の手伝いをしている。

 もうすぐこのバミューダ諸島ともお別れだ。

「初めての大西洋はどうだった?」

 ファラガットが初雪に聞いた。太平洋に比べ、大西洋は荒れ狂う難海ともいわれる。初雪は今まで太平洋とインド洋しか航行したことがない。大西洋に本格的に出たのは初めてだった。

「結構波が荒い……。台風の時よりもかなりマシだけど」

「常時、西太平洋の台風クラスの波だったら、誰もアメリカを発見できないわよ。近代の艦でも沈むレベルよ、あれ。あ、来たわよ」 

 ファラガットが夜空を指さす。夜空に移動する白い光が18つ。C-130輸送機3機だ。

 探照灯のレバーを引き起こし、シャッターを開ける。10万カンデラの光軸2本が滑走路を照らした。

「深海棲艦がいなくなれば、また観光地として復活できるでしょうね。バミューダ諸島は」

「うん……」

 戦死者に手向ける花を探すため、昼に海岸を歩いたのだが、バミューダの海はコバルトブルーの綺麗な海だった。初雪は太平洋の観光地になっている海はたくさん行ったことがあるが、この島の海は上位に入る。

「ハツユキ、この戦いが終わったら……どうする?」

「どういうこと?」

「あたし達は人の姿よ。深海棲艦を滅ぼしてた後、解体……なんてたぶん、されない。そのあと、何して生きる?」

「そんなこと……私はあまり考えたことない」

 私達、艦娘は人の体を得たといっても、艦という意識は根強い。そのまま、海上兵器としての生涯を選ぶ艦娘の方が強いのではないだろうか。初雪はファラガットの発言を意外と思った。

「あたしはちょっとね、キャビンアテンダントになりたいなぁって」

「キャビンアテンダント?」

「あんがい、空のお仕事って楽しいんじゃない? 色んな所行けるし。飛行機は簡単には落ちないみたいだし、空飛ぶのは今もちょっと怖いけど、面白そうだから」

 C-130が近づいてくる。ターボプロップエンジンの音が轟々と響く。ファラガットの声が聞こえづらくなる。

「まあ、かなり先の話だけどさ」

 声は轟音と爆音で完全にかき消された。ターボプロップエンジンの音とは異質な音に初雪は振り返る。

 着陸態勢に入っていたC-130は左翼から火が出ていた。

 海上で閃光。砲撃だ。C-130の胴体が貫かれる。左翼が折れる。

 C-130は錐揉みして、海に突っ込んだ。航空燃料に引火。滑走路前の海が炎に包まれる。

「前言撤回するわ」

 ファラガットは燃える海を見たまま、言った。

「あたし、キャビンアテンダントにはならない」

  

 当たった! 落ちた! やった!

 C-130を撃墜したカ級は大喜びしていた。潜水艦がそうそう飛行機を落とせるものではない。着陸寸前のを狙ったとはいえ、撃墜は撃墜だ。

 補給線を寸断するのは戦略戦として常識である。対空攻撃という潜水艦の本領から、かなり外れてはいるが。

 カ級は潜行する。夜は潜水艦の世界。艦娘がのこのこと出てくれば、撃沈してやる。輸送機が降りてくれば、タイミングでゲリラ的に浮上し、輸送機を撃墜するのだ。

 このまま、敵を干上がらせてしまえ! 

 

 もう深海棲艦の援軍が来たのか? 初雪は22号対水上電探と13号対空電探で敵影を探した。電探に感はない。しかし、閃光が走り、輸送機は落ちた。敵は確実にいる。だったら水面下。潜水艦だ。

 残念ながら、初雪は対潜装備を持っていない。爆雷すらない。空挺降下する上で邪魔なので、下ろしているのだ。主砲で対応するしかないが、水中弾はない。

「ファラガット、対潜装備は……ある?」

「パッシブソナーなら」  

 ファラガットは苦虫を噛み潰したような顔で答える。ファラガットも初雪同様、爆雷は空挺降下に邪魔なので下ろしてしまった。ソナーを装備しているのは脚部艤装に標準装備しているからだ。アメリカ製なのだから、九三式水中聴音機よりはかなりマシな性能のはずだ。 索敵はどうにかなる。しかし、攻撃ができない。爆雷もなく、水中弾もないのではラムアタックしかない。だが、都合良くラムアタックできる位置に敵が浮上するわけもない。

「引きこもりたい……」

 しかし、敵を撃沈しなければ引きこもることもできない。初雪はため息を吐いた。そして覚悟を決めた。

 魚雷発射管を外して、投棄。12.7㎝連装も投げ捨てる。長10㎝連装高角砲はファラガットに渡す。

「え、何する気!?」

 脚部艤装を外し、靴も脱ぐ。裸足で海面に立つ。熱帯の暖かい海水が心地よい。スカートを脱いで、背部艤装を外す。浮遊能力がなくなって、体が沈む。

「な、ななな、なな、何やってんの!」

 ファラガットの声に応えず、初雪はセーラー服を脱ぐ。今の初雪は下着のみで海面に頭抱けだしている。

「潜水艦を引っ張り出すの。ほら、高角砲返して」

 開いた口がふさがらないファガラットは言われるがままに初雪に長10㎝連装高角砲と魚雷を返した。初雪は長10㎝連装高角砲を

「泳ぐのは得意だから。ファラガットは敵潜水艦を探照灯で照らして」

「……………わかった」

 初雪にはファラガットが本当にわかっているのか、わからないが、敵潜水艦に探照灯を照射してくれることを信じて潜った。

  

 なんだ? カ級は目を疑った。

 海中に1本の光軸。それが何かを探すように動いている。カ級は海面から顔を出して光軸の正体を確認した。

 1隻の艦娘が探照灯で海面を照らしていた。確かに探照灯で潜水艦を探す方法は確かにある。しかし、それは航空機による潜水艦の探し方だ。艦がやる方法ではない。

 ははあ、なるほど。私を探しているのか。しかし、自分の居場所を教えているようなものだ。素人め。自分の行動が引き起こした不幸を呪うが良い!

 カ級はファラガットに向けて、魚雷を扇状に8発放った。

 

 ファラガットは魚雷発射音をソナーで捉え、回避行動を取りながら、探照灯をカ級に照射する。しかし、急速潜行。夜の闇は潜水艦の味方だ。探照灯で照らされようと1度見失えば、再度発見するのは困難である。

 しかし、初雪にはその1度で十分だった。カ級目指して泳ぐ。

 初雪は水中でカ級の長い髪の毛を左手でつかみ、引っ張る。そしてカ級の頭に長10㎝連装高角砲を突きつけた。

 沈め。

 引き金を引く。高角砲弾が障壁を貫通し、カ級の頭に飛び込む。艤装なしの威力であっても、潜水艦級の障壁なら十分貫通できる。

 カ級の頭の中で炸裂。カ級の脳みそを海中に撒き散らかす。

「ぐっ――――!」

 炸裂の衝撃波が初雪を襲う。水中での衝撃波は空気中に比べてかなりの威力を持つ。艤装がなく、障壁を展開できない今の初雪は衝撃波をもろに受けてしまう。腹を思いっきり殴られたかのような感覚。思わず、胃の内容物を吐き出す。そして肺の空気も一緒に吐き出してしまう。

 体の力が抜けたせいか、体は自然に海面に浮かび上がった。目一杯、新鮮な空気を吸いたいが、腹に走る激痛が呼吸の邪魔をする。

 生身で戦うとか、ありえない。やっぱり引きこもっていれば良かった。初雪は後悔した。

「大丈夫?」

 ファラガットが漂う初雪に聞いた。初雪は力なく首を振って否定する。

「もう敵はいないようね。ほら、立って……ってできないか」

 そう、初雪の艤装は全て海の底。今の初雪は人間の少女と変わらない。なので、ファラガットは初雪をお姫様だっこで抱える。

「勇気あるのね。そんな風には見えなかったけど」

 艤装なしではただの女の子と同じというのは、艦娘になってまだ数週間しかたっていないファラガットでも分かっている。艤装を捨てて戦うなんて、正気の沙汰ではない。

「お――――い!」

 押っ取り刀で駆けつけた吹雪、白雪、深雪、カッシング。遅すぎるのだが、対潜装備は誰も持っていない現状、どうしようもなかっただろう。

「なんで、初雪ちゃん……下着姿なの……?」

 ファラガットはことの成り行きを説明する。皆の顔が引きつった笑いに変わっていく。

「初雪ちゃん、そんなことやったの……。日頃引きこもる、引きこもるって言ってるのにいざっているときは謎の行動力を出すし……」

 吹雪は困ったようにため息を吐く。ファラガット自身は吹雪に固執していたので、初雪のことはあまり見ていなかった。何となくおとなしい艦娘という印象はあったのだが。

「ああ、そうだ。輸送機に知らせないと」

 C-130は攻撃を恐れて、島の上空をぐるぐる回っている。このままでは降りてきてくれないので、無線で脅威は排除した、と伝える。

「このままじゃ、ハツユキが風邪を引くから戻ってる。警戒任す」

「うん、任された」

 

 初雪は輸送機の機内で毛布に包まれ、静かに寝息を立てていた。

 初雪とファラガットが戻ると、初雪の姿に第82空挺師団の隊員達も驚きの顔を見せたが、事情を説明すると、ある者はジャケットを貸し、またある者はシェリダンの燃料を入れたドラム缶で焚き火を起こし、ある者はお湯を沸かして、コーヒーを入れた。

 焚き火に当たりながら、コーヒーを飲むと、初雪は眠ってしまった。かなり疲れていたのだろう。

 窓もテレビもない機内は退屈だったので、初雪以外の艦娘達は強襲作戦の振り返りをすることになった。改めておのおの戦果を言い合い、ファラガットが渋い顔をして、MREの不味さについて語り合い、吹雪がスナックパンの辛さについて叫び、ファラガットが突然服を脱ぎだした初雪への驚きを話、最後にこの作戦のMVPは誰だ、という話になった。

「強襲作戦のMVPはハツユキ。異論は?」

 ファラガットが言った。異論はなかった。

 

 余談ではあるが、後日、バミューダ諸島強襲作戦に参加した部隊にはシルバースター勲章が授与された。

 そして、強襲作戦から数年後のことになるのだが、初雪は生身での深海棲艦撃沈を「敵対する武装勢力との直接戦闘における任務の要求を越えた著しい勇敢さと生命の危険に際しての剛胆さ」として最高位勲章であるメダル・オブ・オナー、名誉勲章をハイビスカスの花と共に授与されるのだが、授与されることを初雪が初めて聞いたとき、彼女はこう言った。

「議会でみんなに見られながら、授与されるんでしょ。やだ、恥ずかしい、引きこもる」

 

 




 これで本当の本当に、第8話「空へ」から第11話「ハイビスカスの花」まで続く、バミューダ強襲作戦の話は終わり! 1話で終わる予定だったのに! なんと甘い見通しか! 
 そういうことで、バミューダ強襲作戦全体を総括するあとがきです。

 艦娘の空挺降下について。
 発想は「機動戦士ガンダム 第08小隊」OPと「機動警察パトレイバー劇場版」のヘルダイバーから。思いついたのが08小隊で、イメージを固めたのがヘルダイバーと言ったところです。

 陸上型深海棲艦について。
 これは9話のあとがきでも書いたように「海が魚なら、陸は虫だろ」という安易な発想です。
 奴らの性能に関しては海と同じように第二次大戦の戦車、武器レベルです。能力については地域差があります。
 戦車もどきは弱いものでルノーFT戦車、強いものでヤークトタイガーと言ったところです(ヤークトタイガーは戦車じゃない? 細かいことはいいんだよ!)。
 芋虫野郎は単発のボルトアクション小銃から自動小銃なみ、機関銃並みの連射力とかなりばらばら。対戦車能力は持たないものが多い。
 複眼ワ級は、普通のワ級が上陸、巨大化、虫化したものです。私としての印象は兵器工場と言ったところですかね。奴が芋虫野郎を生産します。奴の肉はたぶん淡泊な味わい。

 次に、M511シェリダンの戦闘。つまるところ、通常兵器有効説です。
 艦これ小説では通常兵器が深海棲艦に効かない設定の作品が多いですが、私としてはそれは面白くないのです。敵軍がどんなに強力な兵器を持っていて、自軍は最終的に壊滅するとしても、一瞬でやられるようじゃ、燃えない。
 この思いは、私が初めて読んだ小説であるH・G・ウェルズの「宇宙戦争」から来ています。トライポッドを撃破する砲兵隊(撃破した後、熱線で焼き払われた)、突撃するサンダーチャイルド(ラムアタックまでして三体撃破)。最高じゃないですか。
 というわけで、深海棲艦に通常兵器が効くようになったのです。でも深海棲艦兵器コピー能力により最新兵器は制限をかけることに。
 この設定のせいで、この作品の舞台がアメリカで、兵器が冷戦時代になっていたりします。配備されている兵器の種類、スペックがある程度分かる。圧倒するレベルではないが、苦戦するレベルの兵器。ということで舞台がアメリカ、兵器は冷戦時代ということに決まりました。
 これからは本土の反攻作戦が始まりますが、たくさんの陸上兵器と航空兵器が登場します。お楽しみに。

 さて、今回のMRE不味いという話。
 艦娘達に不味い不味い言わせましたが、最近のMREは結構マシになっているみたいです。それなりに美味しいのも多いとか。でも不味いという悪評は尾を引いて、今でもMREは不味いとよく言われます。

 初雪が服を脱ぎだした件について。
 私、何書いているんだろう? 書いている途中ずっと思っていました。いや、私としては面白いのだけども……たぶんこんな風に深海棲艦倒した描写したの、私が初めてなんじゃ? 発想がもうね、うん。あり得ない。不可能じゃないけど、ない。
 動力の艤装を装着していない場合でも砲は対戦車小銃くらいの威力があります。

 では次回予告!
 MREのまずさによって、吹雪達、日本からやってきた艦娘は日本のご飯が恋しくなった。しかし、アメリカで栽培されていた米は今年は病害で手に入らない。うなだれる4人。それを見かねたアメリカの艦娘達は徹夜であることをしたのだった。
 次回、「米とパンと味噌汁とスープと」。


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第2章 反撃の嚆矢
第13話「米とパンと味噌汁とスープと」


GW中に投稿したかったのですが、田植えとか色々ありまして、できませんでした。それに今回は結構長くなってしまいました。申し訳ない。


 ショートモント基地内の食堂。深雪はため息を吐きながら、コツコツとフォークで皿をつついていた。

「深雪ちゃん、行儀悪い」

「ん、うん……」

 白雪に注意されて、深雪は皿をつつくのをやめ、半分残っていたミートローフに突き刺し、口の中に放り込んだ。ミートローフは日本で言うハンバーグを長方形パン形状にしてオーブンで焼いたものである。

 うまい。うまいのだけれども……。

 あのMREとは比べものにならない味で、アメリカ料理もバラエティー豊かでよろしいのだが、どうも深雪はバミューダ諸島強襲作戦以来、なんだかアメリカンな料理に飽きが来ていた。

 別の言い方をすれば、米が食べたい、である。

「ミユキとシラユキはアメリカに来てから、2ヶ月?」

 向かい側の席に座るクレムソン級駆逐艦エドサルが尋ねた。ワイン色に近い色のくせ毛を持つ艦娘である。太平洋戦争では戦没しているが、戦艦と巡洋艦計4隻からの砲撃をよけまくったことがあるだとか。

「そのくらいかな? もうそんなになるのか」

 アメリカに来たのが1月の中頃。今は3月の終わり。2ヶ月と半分くらいだ。

 アメリカの艦娘が建造され始めたのは2月の中頃なのに、今では空母戦艦も含めた38隻の艦娘しかない。日本の場合は1ヶ月で40隻以上の艦娘を建造したというのに。アメリカの技術者は艦娘の建造に大きく関わっているらしい妖精との折り合いがうまくいっていないのだろうか?

「そろそろ、アメリカの味に飽きがきましたか?」

「うっ……」

 鋭い質問をしたのはグリーブス級駆逐艦エリソンだ。ツーサイドアップした栗色の髪が特徴的な艦娘である。

「正直なところを言うと……そうだな」

「白雪さんもそうでしょう? 深雪さんと違って、顔に出していませんが、手が余り動いていませんよ」

「あれ、ばれた?」

「そりゃもう、ばればれです」

 白雪は自分とエリソンの残っている料理の量を比べる。エリソンはもう少しで食べ終わるという量なのに、白雪のは半分近く残っていた。

 これは白雪と深雪だけではない。この場にはいないが、吹雪と初雪も同じように食の進みは遅くなっている。

「日本の料理はおいしいですからね。日本生まれの日本育ちでは飽きが来ますよね。さすがに」

「あれ、エリソン? 日本料理食べたことあるの?」

「エドサルさん、私が日本の軍隊に所属したこと言いませんでしたか? 正しくは軍隊じゃないですけど」

「いや、聞いたことない」

「私自身が食べたというわけではありませんが、まあ味くらいは知っていますよ」

 エリソンは戦後に日本海軍の後継組織である海上自衛隊という組織に「あさかぜ」として所属していたらしい。そのため、日本語はしゃべれるし、戦後の日本のことについて色々知っている。

「そのことは、とりあえず置いておくとして、私としても日本の味は恋しいですね。最後は台湾で部品取り艦ですから」

「私達もそりゃ、恋しいさ。でもアメリカじゃ、米なんて手に入らないだろ?」

「手に入りますよ」

「えっ」

 深雪と初雪の声が重なった。

「いや、だから手に入りますよ、お米。作ってますよ、アメリカでも」

「嘘でしょ?」と白雪。

「いや、作ってますよ」とエリソン。

「そうなの?」とエドサル。

「ええ、確かカリフォルニアとかアーカンソーとかで作ってます」

 初耳だった。米作っているのはアジア圏だけだと決めつけていたと言えるが。まさか、米国でも米を作っているとは。

「そうか……そうか。作ってたのか……」

 深雪は驚愕が収まってくると、頬がつり上がってきた。

 そうか、そうか、作っていたのか。アメリカでも米食べれるんだ!

 

 吹雪達は主計課の窓口に押しかけていた。主計課は庶務・会計・被服・糧食等々の管理をするところである。

 吹雪達が押しかけた理由はもちろん、米を食堂の料理にだせ! だ。

「不可能です」

 窓口の兵はそう、簡素に返答した。

「なんで!? アメリカでもお米は生産しているんでしょう?」

「確かに生産していますけど……」

「けど?」

 窓口の兵は身を乗り出して聞く吹雪に気圧される。艦娘は見た目は子供であっても士官待遇であり、一等水兵である窓口の兵にとってはかなりの階級差がある。窓口の兵は吹雪の聞く勢い、階級差、両方で気圧されていた。

「ええっと、去年、米は病害がひどくて、収穫量はないに等しいのです」

「で、でも……ないの?」

「……ないんです。すいません」

 吹雪達の目は輝きが消え、場の雰囲気がどんよりとしたものに変わっていく。初雪は窓口の兵を睨む。いや、俺のせいじゃねぇよ。 窓口の兵は目で訴える。

 最初の元気で明るい雰囲気はどこかに立ち消え、寒さすら感じるようなぐらい雰囲気。何とか打開せねば。窓口の兵は必至に考える。そしてあることを思い出した。

「い、いえ、あ、あるかもしれませんよ!」

 うつむいていた吹雪達が顔を上げる。目線が窓口の兵に集中する。

「え、ええと、MREの中で米系のMREもあったはずです! それなら在庫も――」

「結構です」

 言い切る前に拒否されてしまった。初雪だけではなく、4人全員が冷酷な目で窓口の兵を見つめる。MREを勧めるとかどんな頭してるの? そういっている風にに窓口の兵は感じた。

 理不尽だ! 米が病害だったのも、MREがまずいのも俺のせいじゃない! 窓口の兵はそう叫びたかった。でも叫べない。相手は上官なのだ。

 

「ちょっと、吹雪どうしたのよ? 動きに切れがないし、砲の命中率も低いし」

 夕方の演習の終わり、服や髪をペイント弾で青くしたファラガットが吹雪に尋ねた。ファラガットが真っ青なのは珍しいことではないが、吹雪は珍しく緑色に染まっている。吹雪はいつも演習1発2発の被弾か、無被弾で終わるのに、今回は6発以上の被弾。

「大丈夫……。きっとファラガットの腕が上がったからよ」

「絶対違う。朝の演習でエドサルに全て避けられたもの。なんかあるんでしょう?」

「何にもないよ。塗料がべたべたして気持ち悪いから、早くシャワー浴びに行きましょう」 吹雪は無理に笑顔を作って、基地の方向に舵を切る。嘘だ嘘だ、とファラガットは執拗に聞くのだが、吹雪は答えなかった。

 そしてシャワー棟の女性シャワー室。湯煙の中、ファラガットは最近吹雪達と仲の良いグリーブス級駆逐艦エリソンに聞いてみた。

「深雪さんが言ってのですけど、あと7ヶ月近くはお米は食べれないそうで……」

「米……?」

「はい、お米です」

 いわゆるホームシックというやつか……。ファラガットは全てを察した。

 艦娘になって、他の艦娘とは違う全く違う、自分の体、というものを手に入れたわけだが、それによって自分自身のアイデンティティが固まってきた感じがある。ただの艦のころは乗員は変わることも多いし、特に自分の存在について考えたことはないのだが、艦娘になることによって郷土愛などが強まるのかもしれない。

 吹雪達は少し食にうるさいところもあったし、ご飯の面でホームシックになるのもおかしくはない。

「主計課にもう一度行ってみる?」

「もう一度行っても変わらないと思いますよ。米自体が出回っていないらしいですから」

「どうにかしてあげたい話よね……いや、しなきゃならない話ね」

 艦娘の訓練を行っているのは吹雪達4人だけであり、本来は嚮導艦として建造されたオマハ級軽巡洋艦、もう戦艦と言った方が良いようなアラスカ級大型巡洋艦ですら吹雪達に訓練・指導を受けている現状なのだ。彼女達なしでアメリカ海軍の早期再建は不可能と言っても良い。

 

 晩の食堂。多くの人で賑わう中、ファラガットは食事をしながら横目で吹雪達を見ていた。吹雪達はそれぞれの部隊の艦娘と談笑しながら食事を取っている。

 艦娘も大所帯になり、現在では38隻。1つの部隊として運用するには大きすぎるので、5つの部隊に分け、吹雪、白雪、深雪、初雪、そして吹雪達を除いた駆逐艦娘で最優秀のファラガットを旗艦とし、編成がされている。

 エリソンが言っていたように吹雪達は食べるのが他の艦娘よりも遅い。以前、向かい合って食べることもあったが、そのときは自分より少し早いペースだった。

 米をどうにか。自分達で作れれば良いのだが、作物である以上きちっとした管理の上で作られなければできるものではないし、米というのはすぐできるようなものでもない。

 自分達で作れれば……

「何見てるの、姉さん?」

 向かいの席のハルが聞く。ファラガット級3番艦でコブラ台風で沈んだ艦である。姉であるファラガットは金髪なのに、赤い髪である。艦娘の髪の色は何で決まるのだろうか。ファラガットは時々疑問に思う。

「ちょっとね」

「分かった。またフブキを見てたんでしょ-」

「別にそんなんなんじゃ……」

 実際にフブキの砲を見ていたのも事実ではあるので、しっかり否定はできない。

「姉さんはフブキのことが大好きだもんねー」

「違うわよ……」

 ファラガットは皿のよそわれた豆にフォークを刺そうとする。しかし、口元を押さえるようにして、きゃー、とはやし立てるハルに反論しようとして、ファラガットは手元をよく見ていなかった。豆はフォークにうまく刺さらず、皿を飛び出る。

「あっ」

 豆は放物線を描いて、床に落ち、転がっていく。ファラガットはそれを目で追う。そのとき、ファラガットの脳内に電流が走った。    

「そうよ、丸めればいいのよ」

「え、丸める?」

「ハル、あんたちょっとご飯食べたら手伝いなさい」

「え、まあいいけど」

 いったい何を思いついたのだろうとハルは首をかしげながら、ベーグルをかじった。

 

 人影もまばらになり、調理室で食器を洗う音だけが響く食堂。

 ファラガットはハル以外にも翌日の朝に予定のない艦娘を集めた。誘って断られた艦娘もいたが、7人集まった。

 ファラガットは椅子から立ち上がる。

「えー、こほん。皆さん、吹雪達が最近元気がないのは知っておられると思います。そこで私達、アメリカ艦娘で彼女達を元気づけることをしたいと思います」

 賛成、と艦娘達が声を上げる。

「具体的には?」

 フロリダ級戦艦ユタが質問する。金髪ワンレングスカットの落ち着いた雰囲気がある艦娘である。

「日本料理を……まあ、ライスとミソスープってところね」

 朗らかに言い放つファラガット。エリソンは首をかしげる。お米はないのにどうするのか。そして味噌汁は名前の通り味噌がいるのだが、どうするのだ? 

「米ってあるのー?」

 フレッチャー級駆逐艦ベネットが手を挙げて聞く。ファラガットはにんまりと微笑む。

「米はね……作るのよ」

 ファラガットは机の下からあるものを取り出す。それはクッキングシートと水、小麦粉だった。

 それはパンの材料ではございませんか、ファラガットさん。皆がそう思った。しかし、ファラガットは不敵に笑っている。

「水加えてこねるのはパンと一緒よ。でも違うのはそこから。米粒大にちぎるのよ」

 なるほど、それなら行けそうだ、と感心する声が艦娘達から上がる。しかし、その中で苦笑いしている艦娘がいた。「あさかぜ」として15年間、海上自衛隊に所属していたエリソンである。

 あの不味いと有名だった人造米じゃないの。あれやるの。

 艦娘達が知っている歴史の第2次大戦後、食糧難の日本は食料問題を解決する手段として麦やトウモロコシのでんぷん質を加熱糊状にしてから米粒の形に圧縮成型する方法で米の代用品を製造する方法が開発された。これが人造米である。

 日本政府は製造が簡単な人造米の製造を推進したのではあるが、「外米より不味い」とか「細かく刻んだうどんみたい」というひどい評価であった。当初の物珍しさがなくなれば、全く売れない代物だったのである。

 まあ、いっか。他にあてもないし。エリソンは人造米の評価のことを黙っておいた。

「米はいいけど、ミソスープの方は?」

 そうだ、味噌汁は味噌がなければ作りようがない。味噌は人造米のように簡単にはできない。あの世界ではアメリカに味噌上陸という話を小耳にはさんだが、この世界のアメリカに味噌はあると聞いたことはない。

 嫌な予感がした。

「エリソン」

「はい?」

「ミソスープ、よろしく」

 やっぱり。エリソンはため息を吐いて立ち上がった。

「メデューサ、来て……」

 潜水艦母艦のメデューサを誘う。味噌汁ができるあてはないのだけれども、やってみよう。何とか気合いを入れて、調理室に向かった。

 

 ファラガットはボールに小麦粉とを適切な量の水を入れ、粉っぽさがなくなるまでこねる。そしてできた生地をそれぞれに分配していく。

 後は米粒大にちぎっていくだけだ。

 

 とりあえず味噌の原料は大豆、塩、麹だ。大豆、塩は手に入っても麹はどうしようもない。1ヶ月ほどあれば培養することもできるのかもしれないが、そのための知識や技術を知らない。

 とりあえず、大豆をつぶすために蒸すことにした。その間、役に立ちそうなソースや材料を集める。とにかくあり合わせの材料で近い味を出すしかない。

   

 食堂の大机。ファラガット達はちまちま、ちまちまと小麦粉を米粒大に一つ一つちぎり、敷いたクッキングシートに置いていく。みんな黙って真面目にちぎっていく。時計の秒針の音、波の音だけが聞こえる。

「ねぇ……」

 水上機母艦ラングレーが静寂を破る。皆が手を動かしながら、ラングレーの方を見る。

「これ棒状に伸ばしてナイフで切っていった方が楽なんじゃ……」

 1人を除いて皆の手が止まった。

「そうでしょ。わざわざこうやって手でちぎっていくことないわよ」

「あるわよ」

 ファラガットが反対する。皆がファラガットの方に視線を送る。

「一つ一つちぎることで吹雪達への感謝の気持ちを込めるのよ」

「でも、生地見てご覧なさいよ! もう30分くらいやってるけど減ってる感じがしないわ!」

 ラングレーが自分の生地を指さす。実際、生地の量はあまり減っている気がしない。そしてあまりにも単調な作業で、でも米粒大にちぎるのは結構難しい作業で大変だ。他の艦娘も面倒くさい、もっと効率の良い方法があるはずだ、と感じ始めていた。

 ちなみにこの作業はチネリともいい、並外れた労力と根気を必要とするといわれる。

「これ4人分作るのに何時間かかるの!?」

「……さあ?」

 ファラガットはチネリ米製造にかかる時間など考えてはいなかった。安易にすぐ済むだろうと考えていた。この見通しはものすごく甘いものだった。おそらく2時間しても終わらないのではないだろうか。

「ラングレーうるさい。他のみんなも手が止まってる」

 一喝したのは唯一手を止めていなかったアラスカ級大型巡洋艦アラスカ。空色の髪を長くのばした艦娘である。

「こんな作業で根を上げてたら、秩父型大型巡洋艦に勝てないわよ」

 チチブなんて艦、いねぇよ。アラスカ以外の全員がそう思ったが、口には出さなかった。それを言うとアラスカは顔を真っ赤にして怒るのだ。エリソンがチチブ型なんて計画すらない、と言ったらアームロックをかけられた。そのときはサラトガが、それ以上いけない、と咎めたが、この場は非力な駆逐艦と水上機母艦、超旧式の戦艦だけ。またアームロックをかけられるようなことがあれば、引きはがすことはできないだろう。チチブ級以外のことでは気の良い艦娘なのだが。

 アームロックをかけられることを恐れたラングレーはしぶしぶ席に座って、チネリを再開した。

 

 蒸した大豆をつぶし、とりあえず大量の塩を投入、かき混ぜる。そして味見。

「塩辛いねぇ。こういうものなの? 味噌って」

「いや、全然違います」

 これではただ塩辛いだけだ。圧倒的にうま味が足りない。

「ケチャップ」

 決断的にケチャップである。トマトのうま味と酸味がうまいこと味噌らしさを醸し出してくれるかもしれない。

 と思ったのだが、そんなことはなかった。それはそれでいい感じの味にはなったが決して味噌ではない。

「昆布系は……ないか」

 探しても昆布を初め、海藻類はなかった。アメリカは日本と違って海藻を食べる習慣はない。世界的に見ても海藻を食べる国は少ないらしい。

「動物系のうま味は?」

 メデューサの言葉にエリソンは「名案です」と指をぱっちんとならす。ブイヨンを投入。味見。

「いや……これでもない」

 たしかにうま味は増したが方向性が違う。うまいといえば、うまいけど違う。

 発酵という菌が織りなす所行はうま味の相乗効果でどうにかなるものではないのかもしれない。

 

 時計の秒針と波の音だけが聞こえる食堂。

 ファラガット達はうつらうつらとしながらもチネリを続けていた。正直、チネリが単調すぎる作業なので眠気が出てくるのである。ここに集まっている艦娘は午前午後とも演習を行った艦娘ばかりなので、疲労が溜まっている。それもあって眠たさ倍増だ。

「寝るんじゃ……ない……」

 言い出しっぺのファラガットは眠らないよう、唇をかんで、チネリを続けているが、眠たくなるとそれも緩んでしまう。姉妹艦のハルと戦艦ユタは机に突っ伏して寝ていた。ベネットは生地をつまんだ状態で固まっている。

 ラングレーは目をつむりながら、ゆっくりではあるがチネリを続けていた。目をつむっているだけかとファラガットは思ったが、呼吸の様子などから見るに間違いなく寝ている。

 一方、アラスカは目をぎらぎらさせてチネリを続けている。チチブ型への執念というかライバル心というか、すごいものだなぁと思う。アラスカを見習って、自分の吹雪型に対するライバル心を奮い立たせてみるが、睡魔に懐柔されてしまう。

 言い出しっぺが寝てどうする。自分は旗艦なのだぞ。リーダーなのだ。頭を拳でぶん殴る。チネリを続ける。

 

「なんとかものになったか……なぁ」

 お湯で溶いた味噌もどきをエリソンとメデューサは小皿にとってすする。

「これが味噌……なの?」

「作り方は全然違いますけど……確かこんな味だったはず……です」

 エリソンはいまいち自信がなかった。なにせ自分が味わっただけではないし、何度も味見をしたせいで味噌の味かどうかの判断がうまくできなくなっている。

 最終的な材料は大豆、塩、ケチャップ、ブイヨン、ヨーグルト、ウスターソース、オイスターソースである。これを適当な割合で混ぜたら味噌「らしい」ものはできた。一番の救いがオイスターソース、牡蠣から作った魚醤である。醤油とはかなり味が違うが、これで、ぐっと味噌に近づいた気がする。気がするだけかもしれないが。

「もう0時ですか……。とりあえずこれで良しとしましょう」

 もう夜も更け、これ以上試行錯誤しても良いものもできそうもない。味噌もどき造りはこれで終わることにする。

「ファラガット達に何か持っていってあげましょう?」

「そうですね」

 調理室の冷凍庫にはアイスクリームがあるのだが、ここを使う前、コックさんにアイスは食べちゃ駄目! と言いつけられているので無難にオレンジジュースにしておく。7つのグラスに冷えたオレンジジュースを注いでお盆に載せ、持っていく。

「みなさーん、差し入れですよー、…………ってアラスカ以外寝てるじゃん」

 アラスカ以外の艦娘は寝ていた。ハル、ユタは机に突っ伏して、ファラガットは力尽きたように頭を下げ、ベネットは背もたれに体を預け、ラングレーは生地をつまんだ状態で固まって寝ていた。唯一アラスカだけが寝ていない。

「終わったっ!」

 アラスカがガッツポーズ。手元を見てみると生地はない。クッキングシートに並べられた大量のチネリ米を見るに全てチネリ終わったのだろう。

 内心エリソンは思う。味噌もどき造りを任せられて良かったと。

 

 吹雪達は朝食を取りに食堂に行こうとしたところを銀髪ショートの潜水艦娘ダンバー級潜水艦ツナに止められていた。ちなみにツナは英語でマグロの意味である。

「まだ、まだ行かないで」

「なんで?」

「それは……なんでだろう?」

 ツナも実のところよく知らないのだ。アイスおごってあげるから、というファラガットの頼みで吹雪達を制止しているだけなのである。

「なんなんだよ、ツナ」

「いやぁ、そのぅ……」

 入るからな、と深雪がツナを強引に押しのけて、食堂に入る。そして角から突然現れたファラガットとぶつかった。

「あ、ごめん。大丈夫?」

「痛いわねぇ、もう。まあいいわ。こっち来て」

 ファラガットにおとなしくついて行く吹雪達。案内された机の上には――――

「白ご飯と味噌汁!?」

 思わず吹雪達は歓声を上げた。

「お米はないんじゃ!? どうやって」

「頑張った」

 どこからか、ハル、ベネット、エリソン、ラングレー、アラスカ、メデューサが現れて答える。

「食べていい……の?」

「もちろん」

 おもむろに吹雪達は席に着く。箸ではなくフォークとスプーンだが、細かいところは置いておくとしよう。久しぶりの日本食だ。思いっきり楽しませてもらうとしよう。

 フォークで米をすくう。ぱらぱらした感じがあるが、それは米の違いなのだろう、と吹雪達は思って、口に運んだ。

 ん? いや、これ米じゃないぞ。吹雪達は変に思った。感触は品種の違いということで良いとしよう。しかし、味はまるで味はうどんのようだ。品種が違ってもうどんみたいな味になるだろうか? 気を改める為に味噌汁をすする。

 待て待て待て、これは味噌の味じゃないぞ。それっぽいと言えば味噌っぽいし、不味いわけではないけど、違うぞこれは。

 吹雪達4人で顔を見合わせる。4人とも同じように感じているようだ。

「やっぱり……」

 エリソンが小声で呟いていた。

「やっぱりって?」

「ええっとね……言ってもいいよね?」

 エリソンは恥ずかしげにファラガットの方を見る。ファラガットはエリソンが何言ってるか分からない、といった感じで首をかしげる。

「白ご飯は練った小麦粉を米粒大にちぎって茹でたもので、味噌汁はそれっぽく色々ソースとか使って、合成したというか、なんというか……。とりあえず、本物のお米と味噌ではないです。はい」

 吹雪は手元の白米もどきと味噌汁もどきを見つめる。確かによくよく見てみれば米もどきには透明感がない。味噌汁もどきも肉系の味とケチャップっぽい味がした。

「でも、それっぽくはできてるよ」

「ある意味……新鮮」

「不味くはないしね」

「むしろうまい」

 白ご飯と味噌汁とはかなり違う味なのだが、決して不味いわけではないのだ。それっぽいというだけでも、吹雪達にとってはかなり嬉しかった。吹雪達の言葉で少し暗めの表情になっていたファラガット達は明るさを取り戻す。

 ファラガットちゃん達は本当に心配していたんだな。ありがたい話だ。吹雪は心のの中で感謝する。

 さて、今日は一層頑張るぞ! 吹雪はフォークでご飯もどきを口にかき込んだ。




 チネリをしながらイベント攻略をしたのは世界中で私しかいないと思います。
 この話を書くためにチネリ米と味噌汁もどきを作りました。チネリ米はいわずもがなですが、味噌汁もどきはそれっぽいのができました。それっぽいのが。不味くはなかったです。
 実際、チネリをやってみて、チネリの何がキツいのかよく分かりました。本文で書いてますが、単純作業すぎて面白くないのです。無人島で疲労が溜まっている状態であれをやると寝てしまうのは無理もないと思います。何か映画などを見ながらするのならば、かなり精神的に楽だと思いますが。
 今回、ウルヴァリン、セーブル、ファラガット、ショー、カッシング以外にたくさんのアメリカ艦娘を出しました。これからも増えていくでしょう。
 まだ出して欲しいアメリカ艦娘の募集は以下のURLでやっているので、よろしくお願いします。米軍兵器の方もよろしくね!
 http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=67657&uid=85043

 余談ですけど、艦これ2015春イベントはすべて難易度甲でクリア。戦艦ローマ、駆逐艦磯風、朝雲を手に入れて最高です。磯風をドロップしたときは思わず側転してしまいました。やったぜ。


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第14話「装備換装」

 長10㎝連装高角砲のペイント弾がようやくエドサルに命中。命中の衝撃で動きが鈍った瞬間、吹雪はさらに何発も撃ち込んで沈没判定を勝ち取る。

 演習終了だ。エドサルが最後の1隻だった。

「本当ちょこまかちょこまかと」

 エドサルは他の艦娘と比べても卓越した回避能力を持っている。正直、被弾率は雪風並みだと言っても良いだろう。今日の演習でもエドサルから沈没判定を取るために一体何発の砲弾を消費しただろうか。

 吹雪は長10㎝連装高角砲の右側砲身を砲塔から引き抜き、片目をつぶって、砲身内部をのぞき込む。

 内部のライフリングがかなり削れていた。砲弾の初速は遅くなっていたし、まっすぐ飛んでいなかったので当然かもしれない。

「何を見てる?」

 同じ隊のカッシングが砲身をのぞき込む吹雪を不思議に思って尋ねる。

「ライフリング。この砲、初速早くてすぐ削れちゃうから」

「どれくらい出る? 初速は」

「1000くらい出たかな?」

 答えながら吹雪は覗いていた右側砲身を装着し直し、左側砲身を取り外して、同じように覗く。これもかなり削れている。秒速1000メートル近い初速を発揮する長10㎝連装高角砲は高初速砲のお約束で砲身命数が短い。とはいえ、1週間前に交換したばかりなのだが、ここまで削れているとは。

「1000か。私達の5インチ砲が762だから、かなり早いな」

「その分、砲身命数が短いよ。いい砲なんだけどね」

 吹雪は左側砲身を装着し直しながら、言う。基地に帰ったら今付けている砲身は廃棄しておこう。

「さあ、早く帰ってお昼ご飯食べよう……ってトレントンやルイビルはもう帰ったの!?」

「そのようだ。おや、ベンハムも帰ってるな」

 吹雪とカッシングは先に帰った艦娘に追いつくべく、ホームスピードよりももっと早い第1戦速で追いかけた。

 

 昼食を食べた後に、吹雪は東海に呼ばれて整備棟に来ていた。

「アメリカ艦娘の装備、ですか?」

「ああ。装備できるか試す」

 吹雪は意外に思った。早すぎるのである。日本からは消耗部品や弾薬は4ヶ月分ほど持ってきているのだ。本格的な戦闘を初めてまだ2ヶ月ほどしかたっていないのである。まだまだ部品はあるはずだった。

「もう消耗部品が底をついているんですか?」

「艤装関係はまだまだあるんだがな……酸素魚雷と長10㎝連装高角砲の砲身がもう数がない。酸素魚雷はあと50本くらいあるが、長10㎝の方は砲身が12本だ」

「もうそれくらいしかないんですか!? 何でです?」

「それは吹雪、お前がよく分かってるんじゃないのか?」

 東海はそう言ったが、吹雪には分からなかった。酸素魚雷はどんどん使ったのでなくなるのも分かるのだが、長10㎝連装高角砲の砲身については分からない。ライフリングがかなり削れるまで、もったいぶって使ったので無駄遣いはしていないはずだ。

 吹雪が分からないという顔をしているので、東海が仕方なさそうに言った。

「エドサルに長10㎝ばんばん撃ってただろうが。エドサルが来てから消費量が多くなってる」

 そうだ、エドサルのせいだ。吹雪は言われて初めて気がついた。

 エドサルは雪風並みの回避能力の持ち主だ。しかし、雪風が運の良さも加味した回避とは違い、エドサルは全て実力で回避しているのである。甘い狙いの砲弾は確実に避けるので、対エドサルには高初速の長10㎝連装高角砲を使用する。それでも回避されることが多いので連射速度に物を言わせて沈没判定を勝ち取る。

 それを続ければライフリングが摩耗するのも当然だった。しかし、もう12本しかないとは。

「まあ、バミューダでの補給物資を回収できなかったのもあるんだが。実際、作戦と訓練で使って使い古しているんだから、別に怒りはしないさ。予定が早まっただけというお、は、な、し」

「まあ、そうですね」

 元々、砲や酸素魚雷を使い切ったらアメリカ装備に換える予定だったのだ。こんなに早くとは思わなかったが。

「それで、換装するのは5インチ砲と533㎜魚雷発射管ですか?」

「ああ、4連装のな。5インチ砲は単装だ。96式機銃の弾薬はまだまだあるけど、1.1インチ機銃使いたい?」

「ボフォースの40㎜はないのですか?」

「ない。アラスカのを取ってくるわけにもいかないし。量産にかなり手こずってるらしいよ」

「1.1インチ機銃は不評なので96式のままでお願いします」

「よし、わかった。じゃあ始めようか」

 東海は手の空いてそうな整備員を集めていく。吹雪は自分の装備がアメリカの新しい兵器に変わるということにわくわくしていた。

 

 綺麗な動きをするものだ。

 レキシントン級航空母艦サラトガはアメリカの装備を付けて湾の中を俊敏に航行する吹雪を眺めていた。

 吹雪は両足の腿に533㎜4連装魚雷発射管、両手に5インチ単装両用砲を装備している。左手首に腕時計のように付けていた94式高射装置はつい最近開発されたMk.37 砲射撃指揮装置に変わっている。

 かつての敵、日本海軍の艦が海を越えて、アメリカの兵器を装備してアメリカのために戦う。それもアメリカの艦娘のリーダー的役割をしているのである。なんと変な話であろうか。

 それほどアメリカは逼迫しているとも言える。海軍は壊滅しているし、深海棲艦とかいうわけのわからんやつらに本土上陸までされているのだ。そうでなくてもウルヴァリンリンとセーブルを一線級にしている時点で察せることではあるのだが。

「あ、サラトガここにいたんだ」

 ユタがサラトガの歩いてくる。ユタということは航空攻撃訓練の話をしにきたのだろう。サラトガはユタにあることを聞いてみた。

「ユタ。あなたは戦後の、つまりあの世界をこの世界に転生するまでずっと見てきたのよね? 真珠湾から」

 ユタは第1次大戦よりずっと前に建造された艦だ。ロンドン軍縮条約の時に標的艦に改装され、太平洋戦争が勃発した1941年12月7日に空襲で沈没した。その後、戦争中でも、戦争が終わってもサルベージも解体もされず、真珠湾に放置されている。だから、2015年の春までのあの世界の記憶があるそうだ。

「うん、そうだけど。どうしたの?」

「あの吹雪、どう思う? なんだか変な気分にならない?」

 サラトガが急旋回を繰り返している吹雪を指さして言う。

「そう? 別におかしくは感じないなぁ」

「そうなの?」

「だって、2015年のあっちの世界じゃ、アメリカと日本は最大の同盟国だよ。リムパック……環太平洋の国々の海軍総出の合同演習のことね。あれも日本は参加しているし、そのときは日本海軍、正しくは軍じゃないらしいけど、日本の駆逐艦も見かけるよ。だから、アメリカ兵器を装備したフブキもおかしくはないよ」

 へえ。あの日本がアメリカ最大の同盟国とは。ユタの話をサラトガは驚きを持って迎えた。サラトガは1946年のクロスロード作戦で処分されている。日本を徹底的に骨抜きにするという話しか聞いていない。戦後の日本のことは何も知らないのだ。

「やっぱり時がたてば、変わるのかな?」

「サラトガ?」

 ユタがサラトガの名前を呼ぶ。サラトガはかすかに震えていた。

「私は少し怖いんだ、日本人が。あんなに大きな戦争もして、私達は工場だけじゃなくて都市も空襲してさ。お返しにカミカゼ。そして最後は原子爆弾だよ。あの熱、爆風。私達は恨まれてるんじゃないかって。艦娘になってから、日本の艦娘がいるって聞いてからずっと、ずっと怖いんだ」

 サラトガはしゃがみ込む。震えは止まっていない。

「でもフブキを見ていると、そうじゃないのかもしれないと思うの。フブキ達は私達、いえ、アメリカのために今は尽くしてくれている。正直変よ、変。おかしいわよ。ねえ、ユタ。日本人は私達のこと、70年たっても恨んでる?」

 サラトガがユタの方を向く。サラトガは涙を流していた。

「…………分からないよ」

 少しの沈黙の後、ユタはそう答えた。

「私は艦。それもアメリカの。むしろエリソンに聞くべきだよ。日本人の想いなんて、わかんない」

 当たり前のことだ。私達は日本人を乗せたこともなく、人間でもない。どうして日本人の心の内が分かるだろうか。今は艦娘として人の姿をしているが艦であったことは変わりなく、心は変わっていない。

 

 ディロンと鍾馗大佐は司令室の窓からアメリカの装備を付けて試験航行する吹雪を見ていた。

 鍾馗にとって、この基地に訪れるのは久しぶりになる。この2ヶ月間、軍需企業や研究所に行ってプレゼンテーションや技術指導をやっていたのだ。艦娘達の活躍は新聞などで知っていたが、基地に来ることは忙しすぎてできなかった。

「どうさ、愛娘がアメリカに来ても元気にやっている姿は?」

「愛娘って……俺の子供じゃないよ」

 ディロンが鍾馗をおちょくる。鍾馗大佐は俺の子供ではない、と言うが、艦娘に関しては最初期の頃から関わっているのだ。何かしら思うところはあるだろう。外見は少女なのだから、男としては思うところが色々ある。

「まあ、元気そうで良かった。ホームシックまがいのことになる頃じゃないかな、とは思ってたからな」

 なってたけどな。ディロンはチネリ米や味噌汁もどきの話をしてみた。すると鍾馗は大笑いする。こっちに来る前にテレビで同じことを日本の芸人がやっていたらしい。海を隔てていてもやること、考えることは一緒なのかと、大笑いだ。

「しかしさ、艦娘ってのは本当人間と変わらないな。面白ければ笑うし、辛いことがあったら泣くし、怖がったりもするし、ホームシックにもなったりするんだぜ。それで見た目は年端もいかないのに軍人顔負けの知識を持ってやがる。艦の生まれ変わりってのは本当みたいだな」

「それ、こっちに来たとき話しただろう?」

「あんなの正直信じれるか。セントローレンス湾攻略している頃、俺は艦娘ってのは遺伝子やらなんやらいじって、人間を兵器にしたものだと思ってたぞ。外見が少女って趣味悪って思ってたさ」

 ただ女の子が鉄のおもちゃみたいなものを付けて、通常兵器と同じ性能って正直おかしい。何度考えてもおかしい。実際は1990年代に有名になったクローンだとかの遺伝子技術で深海棲艦の遺伝子やらなんやらを組み込んでるんじゃないか、とディロンは何となく考えていた。

 鍾馗は艦娘技術者なのだから、そのことに関して知っているはずだが、機密だといって教えてはくれない。全世界に技術を伝えているというのに、機密とは一体なんなのか。これまた変な話だ。

「しかし、兵器として扱うにしては感情がありすぎる。だってこっちで建造した艦娘でフブキ達を怖がっているというか、避けている艦娘が結構いるぞ」

「艦娘の世界ではあったという第2次世界大戦のトラウマか? それで次の作戦大丈夫か?」

「さあな。どうにかしなきゃならんのは確かだ。フブキ達に限らず艦娘は貴重な戦力だ。内輪もめ起こして、後ろからズドンなんて冗談じゃない」

 現在の艦娘は42人。その中で吹雪達並みの練度を持つ艦娘はいない。

 次の作戦を行う場所はノーフォークだろう。東海岸で真っ先に深海棲艦が上陸したところだ。空母クラスや戦艦クラス、日本側の分類によると姫や水鬼クラスも確認されている。

 西海岸側の戦力も少し引き抜いて反攻するわけだが、とりわけ制海権の確保は大事なのだ。戦力的に吹雪達は必ず参戦させることになる。内輪もめなんて起こしている余裕はアメリカ海軍にはないのだ。

 

 夕方の食堂、午後の演習をした吹雪の隊と初雪の隊は夕食を取っていた。

「使い心地は……どうだった?」

 初雪が吹雪に聞く。吹雪はアメリカ装備のまま、演習を行ったのだ。

「5インチ砲は扱いやすかったよ。12.7㎝連装砲と違って、両用砲だから装填時に水平に戻す必要はないしね。水平に戻さなくていいのは長10㎝と一緒だけど、単装だから軽くて取り回しいいし」

 12.7㎝連装砲は平射砲だ。元々対空砲ではないため、再装填するためにはいちいち水平に戻さなければならない。しかし5インチ砲は両用砲、つまり高角砲と同じであり仰角が何度でも装填が可能だ。ちなみに両用砲と高角砲に大きな違いはない。長10㎝連装高角砲も対艦戦闘に使うのだから、両用砲とも言えないことはない。

「あと、高射装置ね。名前はMk.37 砲射撃指揮装置って言うんだけど、94式高射装置よりも性能がいいの。今はないけど、電探も合わせて運用するらしいから、そうなったらかなり便利」

 Mk.37 砲射撃指揮装置は電子機械式アナログ計算機がセットになっており、カムや歯車を用いる94式高射装置の機械式計算機より精度がいい。対空戦闘ではかなり役に立つだろう。

「ただ魚雷が……」

「やっぱり?」

「うん。遅いし、威力ないし、雷跡は見えるし、いいことないね」

「それはあんた達の使う酸素魚雷が異常なのよ」

 初雪の隣に座っているノーザンプトン級重巡洋艦ノーザンプトンが会話に割り込む。

「あんた達の使う酸素魚雷で私は酷い目に遭ったわ」

 ノーザンプトンはルンガ沖夜戦に参加した艦であり、田中頼三少将の指揮する駆逐艦隊に翻弄され、酸素魚雷2発が運悪く同一箇所に命中し、沈没してしまった。

「あれ、雷跡見えないんだから、演習じゃあ使わないようにしましょうよ。避ける訓練にならないわ」

「まあ、酸素魚雷も数もないし、次からそうしようか」

「そうしてちょうだい。砲、射撃装置、魚雷ときたら、レーダー、機銃だけど、換えた?」

「換えてないよ。33号電探と13号電探、機銃は96式のまま」

 機銃は1.1インチ機銃も試しに使ってみたが威力は96式とさほど変わらないし、重く、弾詰まりまで起こしたので、96式のままだ。96式の弾薬もいつか切れるときが来る。そのときまでにエリコン20㎜機銃とボフォース40㎜機銃の数がそろっていることを願っておこう。

 レーダーは数が全く足りないのでので、アメリカの艦娘が優先だ。日本の電探は質が悪いと言ってもないよりはマシである。33号電探と13号電探はこれからも長いつきあいになるだろう。

 そういえば。吹雪はちょっとした疑問を思う。

 第十一駆逐隊はアメリカに派遣という形でアメリカ海軍に編入されている。しかし、日本海軍にも籍を置いたままなのだ。生まれは日本で育ちも日本だ。金剛のように帰国子女というわけではない。

 武装がアメリカ式に完全に変わったら、果たしてどっちの艦なのだろう。第102号哨戒艇と同じようなものだろうか。吹雪はそんな疑問がわいた。




 今頃になってようやく吹雪達は消耗品不足です。皆さんお待ちかね(?)の吹雪型駆逐艦吹雪改二(アメリカ装備)ですよ! 
 艦これのステータス的には火力値減少、雷装値減少、対空値増加、回避値増加と言ったところでしょうか。酸素魚雷が使えなくなるので結構苦労しそうです。回避値が増加するのは連装砲から単装砲への換装、酸素魚雷から通常魚雷への換装により軽量化したからです。体感的にはあまり変わらないと思いますが。
 ちなみにヘッジホックやソナーなどの対潜兵器はかなり後になります。
 
 今回物語に起伏が少なかったのですが、これがあと2話くらい続きます。ぶっちゃけ、吹雪達が行う次の作戦への事前説明です。
 次回辺りは艦娘があんまり出ないかもしれません。その代わり戦車やら航空機やらが出ます。戦闘機はあんまり出ないかもしれませんね。


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第15話「米軍、東へ」

 アラバマ州のとある田舎町。その町外れにある踏切がカンカンカン、と甲高く、けたたましい警報機の音と共に遮断機が下り始める。

「急げ!」

 少年2人が警報器の音を聞いて、踏切の方へ走り始めた。渡れなくなる! 2人は全力疾走。しかし、その努力虚しく遮断機は少年達を通す前に完全に下りきった。

 少年2人はうなだれる。道路の縁石に腰を下ろした。

「あーもう。最近、列車長いんだよなぁ。嫌になるぜ。ドミニクもそうだろ」

「しょうがないだろ、キース。戦車とか、軍事物資とか運んでるんだから」

 最近、この踏切を通る列車は軍用列車が多かった。貨車に乗せているのは戦車や装甲車、野砲、時にはヘリコプターの時もあった。

「たしか深海棲艦への反攻作戦近いんだろ?」

「らしいね」

「らしいね、ってミリタリーマニアのドミニクがそう言うのか? もっぱらの噂だぞ」

「だって正式発表でもないし。ただの噂話じゃん。信憑性は高いけどさ」

 ドミニクはそういいながら、ゆっくりとやってくる軍用列車の方を見た。先頭は大型のディーゼル機関車だ。機関車が汽笛を鳴らす。

「今日の積み荷はなんだ? なんだ、またM60か」

 貨車には砲身を後ろに向けたM60A1パットンが2両ずつ乗せられている。そんな貨車が何両も続く。

「一昨日はM728戦闘工兵車が見られたから良かったけど、だいたいM60ばっかだ。面白くない」

「そう言われたってねぇ。M728戦闘工作車ってどんなのだったっけ?」

 ドミニクは流れていく貨車のM60A1パットンに指さして説明する。

「主砲をL9A1 165mmデモリッションガン(多目的破砕榴弾砲)に換えて、車体にクレーンとかドーザーとか付けたやつだよ。まあ、戦闘工作車なんて輸送するってことは本気で反攻する気なんだろうな」

 戦闘工作車は最前線での工兵作業に用いられる車両だ。例を挙げるとデモリッションガンで頑強な障害物などの破壊、損傷し、動けなくなった戦車の回収などに用いられる。

「へー。しかし反抗するといっても、海はどうするんだ。海軍は壊滅してるし、深海棲艦は海からいくらでも補給するんじゃないのか? それじゃあ、じり貧だろ、こっちは」

「艦娘のことは忘れたのかよ。この前大きなニュースになってたじゃないか」

「ああ、艦娘ね。今思い出した」

 艦娘が一般に報道されたのはセントローレンス湾攻略時であり、吹雪達や日本人技術者がアメリカに来たことも極秘にされていたが、バミューダ強襲作戦なども成功した昨今、艦娘は一般国民にも知られるようになっている。

「艦娘の女の子って美人だよなぁ。何でなんだろ」

 キースが呟く。キースの言うとおり、艦娘の容姿はかなり良い。かわいい系から美人系まで幅広い。

「確かに美人揃いだよなぁ。でも駆逐艦娘とか、あからさまに子供もなんだが。あれ良くないだろ」

「確かに子供だよな。軽巡洋艦娘に至っては俺たちと同年代くらいじゃないのか? ジュネーブ条約とかどうなったのやら」

 ジュネーブ諸条約第二追加議定書には非国際的武力紛争における15歳未満の児童の徴募及び敵対行為への参加を禁止、という文章があるのだが、艦娘が見た目通りの年だとすると完全に条約違反である。ちなみに女性軍人は深海棲艦本土上陸以来、増加の傾向があり、現在では珍しくはない存在になっている。

「かといって俺たちも今度、学校で銃撃訓練するじゃないか。まだ14歳の俺たちが徴兵されるとなると、これまたジュネーブ条約違反だぜ」

 キースとドミニクは今度、学校で軍人指導の下、実銃で射撃訓練を行うのである。今、ドミニク達が徴兵されるとすれば条約違反には間違いない。

「非常時だからいいの。しかも相手は人間じゃないし。それにしても銃撃訓練かぁ。絶対、委員長のジェーンがうるさくなるぜ」

「ちょっと男子、真面目にやってよ! って? さすがに銃を扱うんだぜ。みんな真面目にやるだろ」

「危ないもんな」

 キースは列車の方を見る。列車の列はまだ続いていて、踏切の遮断機は下りたままだ。しかし、貨車にのっているものが変わっていることに気づいた。キースはドミニクの肩を叩く。

「おい、ドミニク。コイツはなんだ? M60じゃないぜ」

「コイツ? コイツは……」

 ドミニクはすぐに貨車にのっているものの名前が思い出せない。車両であることは確かだ。

 砲塔はなく、ケースメート方式で105㎜級の戦車砲が備え付けられている車体。砲身が突き出ている所には丸い防楯。車体正面は上から見ると八の字になった傾斜装甲。車体後部上面にある巨大なラジエターと放熱板。そして古くさい形のキャタピラ。

 この車両の特徴を1つ1つ観察し、ドミニクが導き出した答えは――

「T28重戦車だ」

「T28? 聞いたことないぞ」

「そりゃそうだろう。T28重戦車は40年以上前に造られたやつだぞ」

 T28重戦車、またの名をT95戦車駆逐車ともいう。ドイツのジークフリート線建造計画や発展めざましかったロシア陸軍戦車、ドイツ陸軍戦車に対抗する為に開発された戦車だ。開発当初に装備した主砲はT5E1 105mm砲。当時の戦車砲としては最大級のものだ。そしてT28の装甲も300㎜と破格の厚さを誇っている。ただ、低馬力エンジンを採用したせいで走行性能は低い。

 おそらくは装甲の厚さを買われて倉庫から引っ張り出されてきたのだろう。さすがに40年前そのままというわけではなく、いくつか改修もされているようで主砲はM60パットンと同じロイヤル・オードナンス L7 105㎜砲に換装されているし、車体上部には遠隔操作式の20mm機関砲砲塔が新設されている。おそらくエンジンも高出力の物に変えられているだろう。

「この国はかなり逼迫しているのかもしれんな……」

「ドミニク、また別のが来るぞ」

 キースが指を差す。指を差された貨車には黒光りする大きな筒と灰色四角形のコンクリートの塊が載っていた。

「これは何だ?」

「これは……わからん」

「わかんないの?」

「さっぱり、わからん。おそらくは臼砲だとは思うが……」

 大きな筒は砲身だろう。しかし、その口径は1メートル近くはあるだろう。人が2人はすっぽりと入るくらいの大きさだ。こんな砲、見たことも聞いたこともない。さらに謎を大きくさせるのはコンクリート塊だ。いったい何に使うのかさっぱり分からない。大きな砲身とセットではあるのだろうが、一体何なのだろう? ドミニクは分からなかった。

 

「あれがA-15か……」

 テネシー州アーノルド空軍基地の滑走路に直線的な形状を持つ新型双発攻撃機が着陸した。基地の整備員は次々と着陸するA-15を興味津々な目で見つめる。

 A-15。愛称はストライクイーグル。第4世代ジェット戦闘機として開発されていたYF-15イーグルを攻撃機として設計し直した攻撃機である。

 戦闘機YF-15が攻撃機A-15として設計し直されたのは簡単な話だ。

 ヲ級やヌ級が発進させる深海棲艦航空機は20㎝程度と小さすぎて、通常の戦闘機では空戦ができない。逆に深海棲艦航空機にとってはジェット機はは速度差もありすぎて、攻撃ができない。陸と海では大激戦を繰り広げたが、深海棲艦と人類の間に空戦はあまり発生したことがないのだ。

 純粋な戦闘機は深海棲艦相手には役に立たない。攻撃機こそが必要だ。ということで、戦闘機の開発計画凍結された。

 凍結された計画の中にはYF-15もあった。YF-15もそのままお蔵入りになるはずだったが、開発元のマクドネル・ダグラス社が待ったをかけた。YF-15は機体強度や機動性が良いため、本格的な対地攻撃機として設計変更する声明を出したのだ。そして完成したのがA-15である。

 A-15はYF-15から大幅に設計変更し、防弾性や生存性を高め、米空軍が運用しているありとあらゆる対地兵器を装備できるようになった。元が戦闘機なので運動性もよく、米空軍はするに採用、量産指示を出した。

 その量産期が今、アーノルド空軍基地に降り立ったのだ。

「数は18機、一個飛行隊分だな。昨日はYF-17とYF-16が一個飛行隊ずつ来たが、機種がこんなに多かったら、整備が大変だな」

 ある整備員がぼやく。アーノルド空軍基地は今降り立ったA-15も含めると、YF-16、YF-17、F-105、F-111Aと実に5機種の航空機がある。その内、新型機は3機種で、この数を整備するとなると徹夜仕事どころではないだろう。

「YF-17とYF-16、A-15はメーカーの整備員がやるらしいぞ。ジム、だから俺たちは今まで通りだ。F-105とF-111Aの整備だけやればいいの」

 ジムと呼ばれた整備員の隣にいた整備員が答える。ジムと呼ばれた整備員はなるほど、とうなずく。

「こうなると今度ある攻略作戦は兵器の見本市になりそうだな」

 ジムは呟く。今度ある作戦、ノーフォーク攻略作戦のことだが、空軍がこの作戦に投入する予定の機体は何種類もある。

 まず、空軍の主力戦闘機であるF-4ファントム。低空侵入爆撃などを請け負う攻撃機F-105サンダーチーフやF-111Aアードバーク。そしてCAS(近接航空支援)任務を行う新型攻撃機A-10サンダーボルトⅡとAC-130。絨毯爆撃や巡航ミサイル発射母機となるB-52とB-47。電子戦を行うEF-111レイブン。偵察機のU-2や新型機攻撃機のA-15ストライクイーグルや実戦でトライアルを行うYF-16とYF-17。さらに海軍から移籍したA-4、A-6、A-7、EA-6なども投入する予定だ。

 

 戦車車輸送用大型キャリアカーであるM1070トラクターが何台も、ある戦車を載せて工場から出て行く。

 戦車工場の主任と社長がそれを見送る。

「社長、ようやくMBT-70の出荷がすべて終わりましたね」

「まったくだ。陸軍は発注はしておきながら、陸上型深海棲艦が弱いとしてると発注キャンセルして、今になって、製造途中だったものを完成させて明け渡せ、だからな。それも正式採用はしないときた。ふざけてるよ」

 M1070トラクターに載せられていた戦車の名前はMBT-70。ドイツと共同開発していた戦車だが、深海棲艦の跳梁により共同開発は不可能になった。しかし、アメリカは深海棲艦上陸に備えて、独自に開発完了した。

 主砲には120㎜ライフル砲。副武装は20㎜旋回機銃と7.62㎜機銃。装高厚は最大250㎜。1500馬力ディーゼルエンジンを積み、最高速度は時速60㎞。攻守走共に全てそろった戦車である。

 高い性能を持つMBT-70だが、完成した時点で深海棲艦はアメリカ本土上陸していた。米陸軍はM48パットンやM60パットンで迎撃を行ったが、その結果、「陸上型深海棲艦は予想していたまで強くはない」ということが明らかになった。強くないといっても数はかなりのもので、米陸軍は後退をし、山脈地帯に陣地を築いて防衛することにした。

 アメリカ陸軍は当初、MBT-70を1000両以上発注していたが、既存の戦車でも十分、深海棲艦に対抗できると知ると、MBT-70の発注をキャンセルした。開発した会社は憤慨した。製造ラインまでもうできあがっており、組み立て途中のMBT-70は100両以上あったためである。

 つい最近まで法廷で賠償などについて争ってきたが、1月ごろに製造途中だったMBT-70を完成させて、出荷しろという要請がきた。陸軍のわがままにこれまた会社は憤慨したが、元々の出荷額の倍は払うということで納得した。こういうことで法廷も決着はついた。

 そして今、最後のMBT-70が出荷されたのである。

「もうこりごりだね。あんな陸軍のわがままは」

 社長は悪態をつくと、踵を返して工場の方に入っていった。

 

 アメリカ軍は投入できる戦力すべてでノーフォークを攻略する。失敗は許されない。そのために西海岸側の戦力もある程度引き抜くこともするし、倉庫に眠っている旧式兵器だろうと、一度発注キャンセルした戦車だろうと、試作の航空機だろうと何でも投入する。

 もうすぐアメリカ史に残る大規模な作戦が始まろうとしていた。

 




 試作兵器、旧式兵器だろうが投入です! T28重戦車なんてゲデモノを書く機会なんてこれ以外ない!
 A-15についてですが、愛称の通り、こっちの世界でのF-15Eです。F-15Eほどの能力はありませんが。ちなみにYF-17はF/A-18ホーネットの試作機のことです。
 物量と質を両立しているアメリカ軍が深海棲艦に挑みますよ! はてはてどうなることやら。ご期待ください。

 今日朝起きて、小説情報を確認して、調整平均評価のところが真っ赤になっていて驚きました。そして一気に10以上増えたお気に入りにちょっと恐怖しました。皆さんありがとうございます。これからも頑張ります。


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第16話「今は遠い空」

 彼女はノーフォークの空を見上げていた。

 雲より高いノーフォークの空に1匹の黒い鳥が飛んでいる。その黒い鳥は人間の飛行機で深海棲艦のどんな武器も届かない所を飛んでいる。毎日のようにその黒い鳥は西の空からやってくる。

 彼女、人間側からの呼称では泊地水鬼。彼女は赤い瞳でうらやましそうにその黒い鳥を見つめていた。

 自分もあの広く、蒼い空を飛べたら。

 

 彼女はこの世界に生まれたときから空に憧れていた。

 鳥のように自由に宙を舞えたらどんなに気持ちが良いことだろう。しかし、なぜ私は飛べないのだろうか。私達が生み出す丸いものは空を自由自在に飛べるのに。

 毎日そんなことを思っていると、敵がやってきた。空を飛んで。

 彼女を攻撃してきたのは動物ではない、空を飛ぶ変なものだった。撃墜した変なものを拾って調べる。6箇所に赤と白と青の丸が重なった模様。布や棒で胴体や羽が造られていて、頭にはねじった板を回すような機械。とても鳥には見えなかった。こんなものが飛ぶなんて思えなかった。しかし、飛んでいた。私達を攻撃してきた。

 こんなもので飛べるなら私でも飛べるはず。

 次の日から彼女はいろいろなことをした。流れる流木を拾って加工して大きな翼を作って、羽ばたいてみたり、回してみたり。しかし、飛べなかった。

 試行錯誤していたある日、不思議なことが起こった。

 背中に翼が生えたのである。動物の鳥と同じような翼が生えた。

 彼女はとても驚くとともに大喜びした。これで飛べる! 自由に飛べる!

 彼女は生えた羽を鳥と同じように羽ばたかせて飛ぼうとした。しかし、飛べなかった。海面に頭から突っ込んだ。

 羽があるのになぜ飛べないのだ! 彼女は叫んだ。上空を鳥があざ笑うかのように飛んでいた。

 

 羽が生えても彼女は空を飛べなかった。空を優雅に飛ぶ鳥を見上げるだけの彼女はふと思った。

 鳥は飛べる飛べないなんて意識していないのでは? 鳥は最初から飛べるからそんなこと考えないのでは?

 意識しないでやってみよう。彼女は目を瞑って、飛ぶという具体的なイメージではなく、宙に浮くような抽象的なイメージを想像した。

 時間がある程度経ってから、目を開ける そして、下を見る。

 脚が海面から離れていた。

 浮いている。彼女はやった! と思った。思った瞬間海面に落ちた。

    

 それから何十回、何百回と繰り返し繰り返しイメージをして、最後には自由に空を飛べるようになった。鳥と並走することも、追い抜かすこともできるようになった。

 背中に生えた羽は動かさなくても良かった。自分が宙を浮くイメージができれば空は飛べた。

 仲間達のいくつかも羽が生え、何十か、何百回と繰り返し練習して飛べるようになっていた。

 見上げるばかりだった空に彼女は手を触れた。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 

 あるとき、仲間の1人、人間側からの呼称では戦艦水鬼と呼ばれる深海棲艦が空を飛べるようになった彼女の羽を千切った。ちぎれた羽からおびただしい量の血が噴き出した。

 何をする! やめてくれ! 

 羽を千切られた彼女は叫んだが、戦艦水鬼は容赦はなかった。続けて脚を千切る。羽を千切ったとき以上の血が噴き出る。彼女は急いで脚を修復しようとするが、戦艦水鬼が直ろうとする脚を踏みつけ、破壊する。

 あまりの痛さに彼女は声すら出せなくなった。

 戦艦水鬼は近くにいた駆逐艦イ級を呼び寄せる。そしてイ級の頭を拳で穴を2つ穿った。イ級は即死だ。死んだイ級はだらしなく口を開ける。

 戦艦水鬼はイ級の頭を穿った手で彼女を髪で引っ張り上げた。千切られた脚から蒼色の血がしたたり落ちて海を濁らす。

 なにを? まさか?

 彼女は霞がかった意識の中、察した。私を一生飛べなくする気なのだ、と。

 深海棲艦は艦娘と戦う中で治療法というものを確立した。生きている個体と死んでいる個体を合体させることで1つの個体とする、という治療法だ。出血も止まれば、死んだ個体の武装も使えるようになる。しかし、決してそれが外れることはない。

 今、戦場でもないこの海で、それが行われようとしていた。

 イ級の頭に空いた穴に彼女の両足がはめ込まれる。彼女は激しい気持ち悪さに襲われた。さらに戦艦水鬼は近くにいたル級から腕の砲を力任せにはぎ取り、背中の羽が生えていた部分に押しつけた。自分の肉と他の肉が混ざり合い一体となっていく感触は気持ち悪かった。彼女はあまりの気持ち悪さに嘔吐する。 

 全てを吐き出し、合体が終わった彼女は戦艦水鬼の顔を見た。笑っていた。ご満悦な表情だった。 

 

 彼女は手を伸ばす。ノーフォークの高い空を悠々と飛ぶ黒い鳥に。その黒い鳥に手は、指は届かない。

 あの後、空を飛べる他の仲間達も同じように羽を千切られ、飛べないようにされたという。中には殺された仲間もいるらしい。

 彼女はあるところを占領せよ、と命じられた。あるところというのは、彼女が今いるノーフォークだ。空どころか、海にいることさえ許されなくなったのだ。

 彼女はからからと、しかし悲しげに1人笑う。

 彼女は憎悪した。自分の羽を千切った戦艦水鬼だけにではない。自分の眷属以外、海にいる同類達全てを。

 そして誓った。陸から人間達を駆逐して、人間達が過去していたように陸から海を支配してやると。

 もう二度と空は飛べないのだから。




 彼女がノーフォークのボスです。
 私が泊地水鬼の台詞を聞いたとき、「間違いない、こいつ単独飛行できた」と思いました。当時考えていた作品のネタといい具合にドッキングしてこんな感じになりました。

 米軍はこいつと戦うことになります。


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第17話「作戦会議」

 ケンタッキー州のルイビル。ここにはアメリカ統合軍の前線司令部が置かれていた。アメリカ陸軍がパラチア山脈を防衛戦にしたときから今日の日まで運用されている。

 今日は陸軍のみならず、海軍、空軍の司令官も招いた作戦会議を行っていた。

「海軍としては陸軍の提案に反対です」

 ディロンは陸軍元帥ミラン・グレプルが提案した作戦に反対した。グレプル元帥は東海岸側の防衛、そして今回のノーフォーク攻略作戦における統合軍作戦司令官である。

「しかし、深海棲艦航空機の迎撃は通常兵器の対空火器では不可能だ。艦娘には深海棲艦航空機を引きつける囮になってもらいたい」

「海軍が投入できる空母艦娘の数はたったの6隻、搭載できる艦載機は300機程度です。基地型と空母型から発進する敵機を艦娘部隊で一手に引き受けることは不可能です」

 ディロンは激しく反論する。ノーフォークには10隻以上の空母ヲ級、そして基地型深海棲艦がいるのだ。飛ばしてくる深海棲艦航空機の数は優に1000を越えるだろう。300程度の戦闘機で迎撃するのは不可能だ。そして艦娘は敵水上艦隊、潜水艦とも戦わなくてはいけない。艦娘は貴重な戦力。むざむざと失うわけにはいかないのだ。

「陸軍としても深海棲艦航空機は一番の脅威だ。陸上では最強の戦車も空からの攻撃には弱い。もちろん巡航ミサイルによる敵飛行場攻撃は行う」

「空軍も陸軍と同じく飛行場を強襲します。低空侵入に特化した飛行場攻撃部隊を用意しています」

 陸軍、空軍とも艦娘がこの作戦の決め手というのは分かっている。艦娘を沈めたいとは一つも思っていない。そのために最新のBGM-109トマホークが運用できる兵器を数多く配備している。長射程を誇るトマホークを大量に撃ち込み、敵飛行場を焼き尽くし、敵機を木っ端みじんにするのだ。

「仮に飛行場を破壊したとしても深海棲艦には10隻以上の空母がいます。多く見積もって500機。半減したといってもかなりの損害が出るでしょう。沈む艦娘も出ます」

「敵空母には空軍も電子戦と空襲を行う。効果のほどは定かではないが、引き受けてくれ」

「しかし……」

 ディロンは渋った。そのとき、

「ウンダー。君は艦娘に情を持ちすぎだ」

 グレプル陸軍元帥はそう言った。ディロンは虚を突かれる。

「確かに艦娘は可愛い少女達で、あんな幼子で情が湧くのも分かる。しかし、彼女達とて国に命を捧げた合衆国軍人だ。合衆国軍人である以上、その責務は果たさなければならない」

 グレプル陸軍元帥の言うとおりだ。艦娘は外見は女性で、子供であるが、合衆国軍人。軍人である以上、上官の命令には従い、戦う存在だ。死の可能性があることは当たり前のこと。

「艦娘の運用は君が一番分かっている。艦娘部隊の運用は君に任す。艦娘は作戦以後も貴重な戦力だ。しかし、貴重だからといって、もったいぶっていては簡単な作戦も遂行できなくなる」

「……承知しています」

「だと良いのだがな」

 

 ディロンがルイビルで作戦会議をしている頃、吹雪達も作戦会議を行っていた。全体の指揮を行うのはディロンなのだが、戦闘指揮については直接戦闘を行う艦娘達が取るのだ。全体の指揮を執る者がいない今、この作戦会議はお遊びみたいなものだが、皆真剣にやっていた。作戦会議は吹雪、アトランタ級軽巡洋艦アトランタ、レキシントン級空母サラトガ、ネバダ級戦艦オクラホマ、アラスカ級大型巡洋艦アラスカの5人で行っていた。

「相手が強すぎる」

 作戦会議は詰まっていた。

 作戦会議を始めたときは空軍提供の偵察写真や詳報から敵の位置などをノーフォークの周辺地図にマーカーで書き込んでいったのだが、結果は酷いものだった。

「これは酷い……ですね……」

 吹雪が苦笑いする。地図のノーフォーク周辺は100近くのマークがされていた。そのマークの全てが雑魚なら問題はそう大きくないのだが、残念ながら雑魚ではない。

 ノーフォーク海軍基地のオシアナ海軍航空基地には新型のヒト型。オシアナ海軍航空基地の南東にあるノーフォーク国際空港と北のラングレー空軍基地にも深海棲艦。深海棲艦航空機は確認されているだけでも500機以上。

 これだけでも十分笑えるのに、さらに湾内には8隻の空母ヲ級と3隻の空母ヌ級。それもeliteとflagship。これなら夜襲で何とかなるかもしれないが、他にも戦艦級6隻に巡洋艦5隻、軽巡級12隻、駆逐艦級27隻、潜水艦級15隻。合計76隻。これに陸上型深海棲艦の沿岸砲台型群、西インド諸島からの増援まで加わるのだ。

 それに比べて吹雪達、アメリカ海軍の艦娘は42隻。セントローレンス湾防衛にいくらか割く必要があるため、投入できる戦力は35隻程度だろう。アメリカ空軍が支援してくれるのだろうが、バミューダ強襲作戦の時のことを思い浮かべるとあまり期待はできない。

「夜間に突撃して……ってのは無謀だよねぇ」

 アトランタ級軽巡洋艦アトランタが呟く。夜間では駆逐艦娘、巡洋艦娘の能力は飛躍的向上するのだが、それは敵も同じ。湾に突入することはできるだろうが、包囲殲滅される可能性が高い。

「かといって昼間も……」

 レキシントン級空母サラトガが眉間に皺を寄せる。彼女の他にもエセックス級空母タイコンデロガ、インディペンデンス級空母プリンストン、ラングレー、ボーク級護衛空母ボーク、ナッソー、ウルヴァリンとセーブルの7隻がいるが、ウルヴァリンとセーブルは外洋航行ができないおかげで、お留守番。他は戦力となるが、合計1000機近くの敵機を迎撃できるほどの搭載機数はない。艦隊で対空陣形を組んでも突破されるのは目に見えている。

「遠距離砲戦も打ち負けるだろうな」

 ネバダ級戦艦オクラホマは腕を組んで唸る。彼女の他にフロリダ級戦艦ユタ、オクラホマと同型艦のネバダ、コロラド級戦艦メリーランドがいるが、ユタは主砲が12インチ(30.5㎝)砲で、射程が全く足りないのでお留守番。オクラホマ、ネバダは14インチ(35.6㎝)砲、メリーランドは16インチ(40.6㎝)砲だが、敵戦艦は6隻。砲門数がダンチで間違いなく打ち負ける。弾着観測射撃は空軍の高高度偵察機に頼めばできないことはないだろうが、難しいだろう。

 敵は質、数ともにそろっている。質は微妙、数は足りない艦娘に勝ち目は薄い。

 オクラホマのつぶやき以後、沈黙が続く。それぞれの頭で考えを巡らす。

「夜戦しかないね」

 しばらくの後、アラスカ級大型巡洋艦アラスカが言い放った。

「実際、夜戦しか選択肢はないでしょうけど、どのように? 沿岸砲台に水上艦隊、ヒト型ですよ」

「私にいい考えがある」

 

 ルイビルでの作戦会議を終え、ショートモント基地に戻ったディロンは明らかに変な演習を見た。

 空母艦娘と戦艦娘の混成艦隊にアラスカを先頭とし、後ろに重巡洋艦娘、軽巡洋艦娘、駆逐艦娘が複縦陣で組んだ艦隊が演習をしている。

 艦隊同士の形はT字というよりもL字で、横棒が空母戦艦混成部隊、縦棒がアラスカの部隊だ。

 ディロンはL字から横T字にうまく体制を変えようとしているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 アラスカの部隊はあとちょっとでLになる、という位で混成部隊の方に舵を切った。後続の艦娘もアラスカに追随する。そしてアラスカは混成部隊のネバダに衝突した。

 ラムアタック。そういう戦法もあるのか。ディロンはそう思ったのだが、皆が砲撃を辞めて、ネバダとアラスカの方に駆け寄っていく様子を見るに、ラムアタックという戦法はないらしい。

「おい、そこの君。彼女らは何をしているんだ?」

 ディロンは通りがかった艤装整備員をつかまえて聞いた。艤装整備員なら何か知っているだろう。

「たしか、ノーフォーク攻略戦の時に使う戦法を試してみる、と言われておりました」

「ラムアタックがその戦法なのか?」

「存じません」

「そうか、呼び止めて済まなかったな」

 再び艦娘達の方を見る。アラスカとネバダは無事だったようで、演習を再開している。しかし、一から始め直すというわけではなく、L字の所からだ。そしてさっきと同じようにアラスカは舵を切り、後続の艦娘は追随して、今度はアラスカはタイコンデロガと衝突した。

 彼女達はノーフォーク攻略戦の訓練をやっているのだろう。彼女達もすでに敵の数については知っているはずだ。自分達が沈みかねない作戦になるだろうということも知っているはずだ。

 それでもノーフォーク攻略戦の訓練をやると言うことは覚悟十分ということなのだろう。実際に戦いの場に立たない自分が彼女達の足を引っ張っている。ディロンはそんな風に思った。

 彼女達は合衆国軍人。変な情や思いは不要だ。どうなるか分からないが、彼女達には囮を引き受けてもらう。

 

 アラスカの考えというのは高速重装甲のアラスカを先頭にして湾内につっこみ、高速を維持したまま一撃離脱、Uターンして湾外に脱出するという方法だ。これも十分危険なのだが、他の敵空母を始末する方法はないだろう。文字で示すならT字状態になった状態から急旋回でニ字になり、その瞬間を狙って攻撃。あとは逃げるだけ、といったところだ。

 しかし、実際に演習で試してみると、思わぬ問題が発生した。

「アラスカ、もっと急旋回できないの?」

 フレッチャー駆逐艦プリングルがアラスカに文句を言う。問題はアラスカの旋回半径の大きさであった。プリングルは駆逐艦ながら水上機を搭載しているので、演習時に空から艦隊運動を見ていたのだ。

「そんなこと言われても、どうしようも……ねぇ?」

 アラスカ自身こんなに回れないとは思っていなかった。たしかにただの艦だったころは「タンカー並みに舵の効きが悪い」だとか、「直進性が良すぎる」とか色々と悪口を言われたものだが、艦娘になってから直ったと思っていたのだ。実際直っていなかったが。

「でもあれしか方法ないでしょ?」

「そうだけど……」

 夜間ならば大型艦相手の接近戦も容易になる。駆逐艦の魚雷で大型艦艇を沈めることも容易なのだが、いかんせん敵の数が多い。退路をふさがれる可能性も十分にあるし、何より戦艦部隊を突破して空母部隊を撃沈できるのか。これが問題だ。

「そうだ、旋回するとき、駆逐艦が私を横に引っ張ればいいのよ!」

「いやいや、何のためにあんたが先頭にいるの?」

 アラスカが先頭に立っているのは巡洋艦にしては高い防御力であり、後続する艦娘の盾になるためだ。駆逐艦が横や前にいたのでは意味がない。

 旋回半径が大きいのならば、もっと手前で舵を切れば良いのだが、それでは駆逐艦の雷撃を敵空母が避けるだけの時間が発生する。確実に撃沈、確実に待避できなければならないのだ。

「整備員にそこら辺の改造させれないの?」

「できないって。艦娘の性能というか艤装はかなりデリケートだから現場改修は武装辺りしかできないって」

「じゃあ、艤装に手を付けず、旋回性能を良くするとなると……」

「やっぱり駆逐艦が引っ張るしか……」

「結局そうなるのね」

 本当、良い方法はないものか。アラスカとプリングルは頭を悩ませた。

 

 頭を悩ませていたのは吹雪も一緒だった。自分の部屋で椅子に座り、ゼロックスコピーした地図を睨む。

 吹雪達の演習後にウンダー司令から空軍と陸軍の作戦詳細を聞かされた。

 陸軍と空軍は3つの飛行場、沿岸砲台などの動かない目標は破壊、そして空軍は引き続き深海棲艦への爆撃と電子妨害を行う、という流れになっているらしい。

 空軍の空襲はバミューダ諸島強襲の時のこともあり、あまり信用できなかったのだが、今回はミサイルを全面的に使用するらしく、空襲の効果は期待して良いとのことだ。しかし、電子妨害に関してはあまり期待するな、とも言われた。

 爆撃の効果を期待して良いのなら、艦娘部隊の役目は掃討戦になる。撃ち漏らした敵を撃破するだけだ。しかし、楽観視はできない。日本海軍も通常兵力の活用を行っていたが、海を自由に動ける深海棲艦に対して有効打は与えられていなかった。

 それと見たことのないヒト型の陸上型深海棲艦。太平洋では陸上部隊によって飛行場姫や湾港棲姫を攻略したことはないので分からないが、ノーフォークのヒト型をアメリカ陸軍は攻略できるだろうか?

 飛行場姫は金剛型の砲撃を何十発食らっても陥落しなかった。それを鑑みるとやはり艦娘の陸上攻撃が決め手になるのだろう。

 そうすると湾内の深海棲艦は撃滅しなければならない。仮に空軍の爆撃で湾内の深海棲艦が3割削られたとしても夜間突入は無謀きわまりない。

 しかし、しなければならない。

 ノーフォークは大西洋にいる深海棲艦の本拠地であり、ここが陥落すれば大西洋の深海棲艦は西インド諸島か、アイスランドに逃げ込むだろう。アメリカとしてはヨーロッパへの道が開ける。

「吹雪……ずっと考え事してて頭痛くならない?」

 さっきまで昼寝をしていた初雪が聞く。初雪はシーツにくるまったまま、吹雪のそばに来て地図を覗いた。

「夜間突入は無謀だなぁ、って。初雪ちゃん、どうしたらいいと思う?」

 吹雪はシーツを被った初雪に地図を渡す。初雪はあごに手を当てて「うーん」と唸る。「やっぱり難しい。絶対途中で見つかる」

「だよね……って、え? 見つかる?」

「潜水艦が問題。15隻となると……哨戒線は広い」

「あ、そうか。そうだね」

 敵艦隊と湾内で戦闘することばかり考えていたけれど、突入する前に見つかる可能性というのは決してゼロではない。見つかれば空母を除いて敵艦隊は湾外に出てくるだろう。

「敵襲となれば敵艦隊も湾外に出てくる……でも最優先目標の空母は出てこない……本当どうしたらいいんだろう?」

 空母を除いた敵艦隊が湾外に出てきても苦戦は必至。出てきた隙を突いて空挺降下するのもありだが、ヒト型陸上深海棲艦の対空砲火をくぐり抜けれるかは怪しい。空挺降下だから軽装だ。湾から脱出することも難しいだろう。

 初雪は再びベットに戻り、シーツにくるまっている。楽な体勢で作戦を考えるつもりなのだろう。そんな姿の初雪を吹雪は眺める。初雪はシーツを頭まで被っているのでなんだか大福のようにも見えた。

 その時吹雪に電流走る。くるまる。外見が分からなくなる。

「これだ!」

 吹雪は大きな声と共に椅子から勢いよく立ち上がった。大声に初雪は驚いたようで、シーツの中から顔を出した。

「初雪ちゃん、ありがとう! いいアイデアが浮かんだ!」

「ああ、そう……?」

 吹雪は初雪に駆けよって初雪の右手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振った。

「着ぐるみ作戦! これでいけるよ!」

 




 現状のアメリカ海軍の艦娘部隊はノーフォークの深海棲艦に比べ数質共に劣っているので戦術で勝負に出るしかありません。米陸空軍の最新兵器群が深海棲艦に対してどれほどの効果を見せるかで、吹雪達の運命が決まります。


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第18話「レコンキスタ」

 最近、忙しくて3週間ほど投稿ができませんでした。すいません。
 
 それと「艦これ―variety of story―」で投稿していた「太平洋を越えて」を加筆修正した上で、「雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-」に第2話「太平洋を越えて」として投稿し直しました。
 大まかなストーリーは変わっていませんが、この第18話で第2話で出てきた話を書いています。なので、先に第2話から読まれた方がよろしいと思います。

URL:第2話「太平洋を越えて」その1:http://novel.syosetu.org/43325/2.html


 艤装整備棟の隣にある広い道路で深海棲艦のイ級のようなものが跳んだり跳ねたりしていた。所々角張った形。変に光沢のある色。そのイ級のようなものの周りを工作艦メデューサと艤装整備員が囲って見ていた。

「じゃあ、頭の上の方の金具を引っ張って」

 メデューサがイ級のようなものに向かって叫ぶ。「分かったー」と中から返事。イ級のようなものが動きを止めた次の瞬間、真っ二つに縦に割れた。2つのパーツが地面に転がりけたたましい金属音を立てる。

 中から現れたのは大型巡洋艦アラスカだった。

「いい感じじゃないの。高さもちょうどいいし。すぐに外せるし」

「あと2人入るからね。実戦じゃ、あんな風に動けないから、そこはよろしく」

「えー」

 メデューサの言葉にアラスカは口をへの字にする。

 先ほどまでアラスカが被っていたイ級はメデューサと艤装整備員達が鉄パイプとキャンバスで作ったかぶり物だった。鉄パイプを溶接で骨を造り、キャンバスを接着剤で付けて、目玉や口、牙が描き込まれている。

「初めにフブキの話を聞いたときはイ級の死骸の中身をくりぬいて被るのかと思ったけどね」

「そんなわけないじゃない。遺骸の回収だって難しいのに」

 このかぶり物のアイデアは吹雪が発案し、すぐに採用された。

 湾に突入するのは夜。敵味方識別が難しい夜ならば、このかぶり物は効果をはっきするだろう。近距離戦になるのなら乱戦になるが、陣形を組んで戦闘をするよりマシだ。

「まあ、これをあと6つ作らなきゃならないのは大変だよ」

「へー、4つ。1つ3人で6つか。1つ作るのにどれくらい?」

「9時間くらいだったかな。慣れってものがあるから次からは短くなるだろうけど」

「へえ。これが一般装備になったら面白いかもね」

 メデューサはこのイ級のかぶり物が工場のラインに並んでいる様子を想像した。流れ作業で溶接組み立てがされ、キャンバスが被せられ、スプレーガンで塗装されていく。もし本格生産となったら実に不思議な光景になるだろう。 

 

 翌日の朝。艦娘達は司令部のブリーフィングルームに集められていた。

 ノーフォークの作戦が近い。作戦の話に違いない。

 いつもならディロンが入ってくるまでおしゃべりをしているのだが、今日は違った。きりりとした緊張感がブリーフィングルームに張り詰めている。艦娘になって初めて大規模作戦に参加するのは吹雪達、日本の艦娘を除けば全員だ。しかも戦場はアメリカ本土。気持ちの入れようが違う。

 ディロンと副官のロナルドが入ってきた。艦娘達は立ち上がり、敬礼する。ディロンは壇上机の後ろに立ち、ラップトップパソコンを開く。ロナルドはプロジェクターの準備をする。

「おはよう諸君。集まってもらったのは他でもない。ノーフォーク攻略作戦の概要を説明する」

 来た。艦娘達が生唾を飲み込む。明かりが消され、スクリーンにアメリカ東海岸の地図が映された。

「作戦名は『レコンキスタ』と決定された」

 レコンキスタ? はて? 吹雪達は頭の上に疑問符を浮かべた。吹雪は隣のファラガットに意味を尋ねる。

「スペインが中世にやった国土回復運動のことよ」

「ああ、意味的にはそのままなのね」

 レコンキスタ。日本語では意訳で国土回復運動、直訳で再征服運動になる。中世のスペインはイスラームが相手だったが、今回は深海棲艦。人間ですらない。

 副官のロナルドが吹雪とファラガットをしゃべるな、と言うように睨みつける。おー、怖い怖い、とファラガットは呟く。 

「作戦開始は2週間後の5月1日に開始する。前々から言ってきたことではあるが、レコンキスタ作戦は陸空軍との共同作戦になる。海軍は陸軍の動きに応じて行動することになる」

 ディロンは米陸軍の動きを簡単に説明する。

 米陸軍は2つのルートでノーフォークを目指す。ペンシルベニアからワシントンを経由して南下してノーフォークを目指すルートとウエストバージニアから東進してノーフォークを目指すルートの2つ。作戦としては縦深を重視した攻撃を予定しており、広い範囲での突破攻撃を行う。簡単に言えば、敵が反撃する暇もないくらいに雨あられの砲撃を行って、機械化部隊が突撃し続ける、という感じである。艦娘達には陸のことはさっぱりだったので、あまり理解できなかったが、スピードを重視した作戦ということだけは分かった。

「さて、我々の作戦の説明に入るが、まず君達を2つの部隊に分ける」

 ディロンはラップトップパソコンの画面を見ながら、名前を読み上げていく。空母サラトガ、タイコンデロガ、プリンストン、ラングレー、ボーク、ナッソー、戦艦ネバダ、オクラホマ、メリーランド、重巡ルイビル、軽巡アトランタ、エリソン、ベネット、プリングル、ルース、水上機母艦ラングレー。

「今呼ばれた者は第100任務部隊所属になる。以後TF100(Task Force 100)と呼称する。次に、」

 大型巡洋艦アラスカ、重巡ペンサコーラ、インディアナポリス、軽巡オマハ、マーブルヘッド、トレントン、駆逐艦エドサル、バリー、吹雪、白雪、深雪、初雪、ファラガット、ハル、モナハン、ショー、カッシング、ベンハム。

「今呼ばれた者は第101任務部隊所属になる。以後、TF101と呼称」

 続いてディロンはTF100とTF101の作戦について説明していく。

 TF100は敵航空兵力の吸引が目的になる。簡単に言えば囮だ。陸軍にとって撃墜できない深海棲艦航空機は一番の脅威であり、なんとしても排除しなければならない。

 そのためにTF100は深海棲艦の注意を引くために、陸軍よりも早くノーフォーク東海域に展開する。そして戦闘機を発艦させ、防空体制を整える。一方、深海棲艦が航空機を発進させるタイミングを狙って米空軍の攻撃部隊と米陸軍の巡航ミサイル砲兵によるノーフォークに空襲を行い、敵が空に上がる前に全て始末する、という具合だ。

 しかし、ヲ級などの空母は撃破することができない可能性が高いので、TF100は攻撃隊を発艦させ、敵空母を攻撃、撃破する。戦力的にはTF100が劣勢だが、攻撃は空軍の電子支援の下に行われるので、TF100は深海棲艦より圧倒的有利な状況で戦闘ができる。攻撃後は潜水艦部隊を残してすみやか撤退する。

 これを聞いてサラトガは胸をなで下ろした。せいぜい自分たちが相手する敵機は多くとも300機だろう。それなら数だけは同等、まだやりようがある。

 ディロンは次にTF101の作戦行動を説明する。 

 TF101はノーフォークに夜襲をかけ、敵艦隊を撃滅することが任務になる。

 湾内侵入までは深海棲艦のイ級に偽装し、湾内突入後に偽装を解除。戦闘に移る。湾内突入前には空軍による空襲が行われ、深海棲艦が混乱している間にTF100が撃ち漏らした空母を撃沈する。空母撃破後は他の敵を掃討を行う。しかし深追いはしてはならない。敵艦隊が反撃の体勢を整えたらすぐに撤退する。撤退時にも空軍による支援が行われる。

「レコンキスタ作戦の成否は諸君らの活躍にかかっている。しかし、決して無理はするな。死んだら元も子もない。それだけは分かっておいてくれ」

 ディロンは一人一人の艦娘の顔を見て言う。幼い少女達。自分たちが情けないからこんな少女達に任務を任せている。もし自分が戦場に出れるなら、出てやりたいものだ。

「何か質問は?」

「空軍の支援は信用できるのですか?」

 立ち上がって質問したのは吹雪だった。吹雪はバミューダ強襲以来、米空軍の能力を疑問視していた。TF100もTF101も米空軍ありきの作戦を行うのである。もし米空軍がきちんと仕事ができなかったとき、割を食うのは艦娘達である。

「今回ばかりは信用できる。レコンキスタ作戦では無誘導兵器だけではなく、ミサイルなどの誘導兵器が大量に投入される。火力だけで言ってもバミューダ強襲の時の比ではないぞ」

 吹雪は少し不満げな表情だったが、分かりました、と言って座った。

「他には?」

「TF100にもTF101にも呼ばれなかった艦娘は何をするのですか?」

 今度は不服げなセーブルから質問。TF100にもTF101にも呼ばれなかったのは空母ウルヴァリン、セーブル、戦艦ユタ、工作艦メデューサである。攻撃部隊に加えるには性能が低い者達である。

「呼ばれなかった者は基地の防衛を行ってもらう。みんなが帰る家を守る役目だ。重要だぞ」

 分かりました。セーブルは満足げにして座った。

 この後、質問はなく、ブリーフィングは終わった。

 

 偽装イ級のかぶり物を3人で被って航行できるか、即時に外せて戦闘には入れるかの試験をした後、吹雪達、TF101はおのおの休憩に入っていた。夕食を食べた後には実際に夜間演習である。

 休憩時間をどう過ごすか。基地外に遊びに行く者もいれば、部屋で本や映画を見る者、装備の点検をするもの、様々だ。

 吹雪は部屋で刀の手入れをしていた。ミッドウェーからアメリカに旅立つ前に日向から渡されたあの刀である。

 吹雪は拭い紙で刀身から古い油を取り除く。古い油は錆びの元だ。もっともステンレス刀なのだから、そう簡単に錆びはしないが。

「吹雪ちゃん、レコン……なんだっけ?」

 深雪に借りた漫画を仰向けの体勢で読んでいる白雪が吹雪に声をかけるが、言葉が詰まる。「レコンキスタ」と吹雪が補足。

「そう、レコンキスタ。レコンキスタ作戦でそれ使うの?」

「うん。たぶん乱戦になるから。せっかく日向さんに持たされたんだから、使ってあげないと」

 古刀ではなく、現代刀。それも人を切るためではなく、深海棲艦を切るために生まれてきた刀。せっかく砲より刀の方が早い距離の戦闘があるのなら、使ってあげないと可哀想だ。

「そういえば、刀以外にも日向さんに瑞雲を持たされてたよね。あの瑞雲どうしたの?」

「ラングレーさんにあげた。水上機母艦の方の」

 アメリカに来て、吹雪は日向に渡された瑞雲の扱いに困っていた。吹雪達、駆逐艦は使えないし、かといって使わずにどこかに飾っておくのももったいない。そう悩んでいた頃、ちょうど良く水上機母艦ラングレーが建造された。

『ズイウン?』

 吹雪がラングレーにズイウンを譲る際、機体性能などの説明をしたのだが、そのとき、ラングレーは瑞雲の性能についてあり得ない、という顔をして、次のことを言った。

 水上機のくせに448㎞/hも出て、250㎏爆弾積めて、急降下爆撃できる? ダイブブレーキまで付いてる? 空戦フラップが付いているから、いざというときは空戦もできる? なにそれ、わけわかんない。

 吹雪はラングレーの言うことはもっともだな、と思った。瑞雲は水上偵察機として開発されているのに、急降下爆撃機、戦闘機としての多用途性能を追求している。対米海軍戦略の漸減戦法の中で艦爆の数を補うためらしいが、実際に漸減戦法通りには行かなかった。吹雪が沈んだ後の実戦配備だったので、吹雪自身はよく知らないが、戦闘機としては活躍することはなかったらしい(空戦事例はあったそうだが)。夜間襲撃や魚雷艇迎撃では戦果は上げたらしい。

 今になっては、ラングレーは瑞雲に魅了されたのか、常に水上機隊の先頭に飛ばしている。実際、つい最近ラングレーに配備されたF4Fの水上機型F4F-3Sより性能が良いのだから、当然かもしれない。

「あげちゃっていいの?」

「かまわないと思うよ。日向さんも瑞雲のすばらしさを広めてくれ、って言っていたし」

 もし瑞雲をコピー生産するなんてことになったら、日向さんは大喜びするだろうな。もしかしたら踊り出すかもしれない。

 吹雪は打粉で刀身を叩きながら、ふとそんなことを考えたが、ないな、と思い直した。所詮下駄履きの航空機。艦上機に比べれば鳩と鷹だ。水上機母艦の千歳と千代田が空母に改装されたことを考えれば、瑞雲のコピー生産などあり得ないだろう。

 瑞雲のことを考えていると、日本のみんなが懐かしく思えてきた。

「みんなは元気にしているかな?」

「きっと元気にしてるよ。新しい艦娘も着任して、わいわい騒いでるんじゃない?」

「東雲とか薄雲も着任したかな?」

「どうだろう?」

 東雲、薄雲、白雲、浦波。姉として吹雪は妹がどのような姿なのかは気になる。どんな姿であっても、元気にやっているのなら、吹雪としては嬉しかった。

「みんな、元気だったらいいよね」

 吹雪は拭い紙で刀身を拭き、油塗紙で薄く油を塗りながら、言った。これで刀身の手入れは終わりだ。茎を柄に入れ、目釘をさして、鞘に収める。

 ちょうど鞘に刀を収めたとき、部屋の扉がノックされた。

「フブキ、ちょっと聞きたいことがあるのだけど……何それ?」

 ショーだった。ショーは吹雪の持つ刀を凝視している。

「え、えっと」

 吹雪は言葉に詰まった。果たして日本刀はどう訳したら良いのだろう? Jpanese blade? それともJapanese sword? しかし、swordは刃が付いていないらしいし、かといってbladeは薄い板という意味だし……果たしてどっちを使ったら良いものか。もしかしたらkatanaでも通じるかもしれない。

「ああ、日本刀(Japanese sword)ね」

 Jpanese swordらしい。日本人からしたら剣と刀は違うものなのだが、アメリカ人枯らしたら同じなのかもしれない。

「本当に日本刀? 本当に?」

「うん、日本刀だよ」

「持ってもいい?」

 吹雪は刀をショーに渡す。ショーは刀を掲げてみたり、腰に差してみたり、抜いてみたりする。そのはしゃぐ姿はまるで子供だった。いや、見た目は実際、子供だが。

「名前はあるの?」

「たしか、瑞草だったかな? 意味的には祝福の草って感じ」

 瑞雲の瑞の字を入れる辺り、日向さんらしい。

「面白い名前ね。これレコンキスタ作戦に使うの?」

 吹雪はうなずく。ショーは抜いた刀を鞘に戻し、吹雪に返した。

「いいなぁ。私もこういうの欲しい」

 ショーは両手を合わせ、目をキラキラさせながら、何か想像しているようだった。おそらく、自分が刀を持って暴れ回っているのを想像しているのだろう。

「でもアメリカじゃ、トマホークかしらね」

 トマホーク。ネイティブアメリカンが使っていた手斧である。現在では柄を強化プラスチック性にしたトマホークが米陸軍に採用されている。

「主計課に申請してみたら? 手配してくれるかも」

「そっか! 掛け合ってみる!」

 ショーは勢いよく部屋から出て行った。

「ショーちゃん、何か聞きに来たみたいだけど何だったんだろ?」

「さあ?」

 吹雪は日本刀を再び抜き、掲げる。紫電清霜の刀。「これがあればアメリカの艦娘に舐められることはないだろう」と言った日向さんの言葉は正しかったのだろうか? 微妙なところだ。

 




  現在の所、第100任務部隊(TF100)にはラングレーが2人います。水上機母艦ラングレーとインディペンデンス級空母ラングレーの2人です。混乱なきようお願いします。
 ちなみに他の艦娘は水上機母艦ラングレーを「ラングレー」、インディペンデンス級空母ラングレーを「アイ(I)・ラングレー」と呼んで区別しています。

 あと最後のトマホークの件ですが、こっちの世界でも米陸軍は採用しています。本当ですよ。イラク戦争で敵兵の頭をかち割った逸話があります。


 ようやく次話から「レコンキスタ作戦」に入ることができます。長かった。
 失踪したのではないか、と心配させてしまったかもしれません。すいません。
 これからしばらく投稿が不規則かつ、遅くなりますが、今後ともよろしくお願いします。質問や感想等は返せますので、どしどしどうぞ。


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第19話「大西洋への道」その1

『レコンキスタ作戦。

 これは合衆国軍にとって初めての大規模な現代戦であり、深海棲艦に対する反攻作戦だった。また「現代兵器が世界大戦時にタイムスリップしたら」というありがちな仮想戦記のような戦いでもあった。

 深海棲艦がノーフォークに上陸したのは2010年3月。水際防衛は不可能と判断した合衆国軍はアパラチア山脈まで後退。防衛戦を築き深海棲艦の侵攻を食い止めた。世論では反攻すべし、という声も強かったが、深海棲艦が海から戦力をいくらでも充足できる状態で反攻にでることはできないと合衆国軍は反対した。

 しかし、2015年1月、日本から艦娘技術をもたらされ、国内で建造が可能になったことにより、状況は一変する。深海棲艦に海上で対等な艦娘により陸上の深海棲艦の補給線を断ち切ることができるようになったのだ。

 艦娘技術が伝えられてから、4ヶ月後の5月1日。ついに合衆国軍初めての深海棲艦に対する反攻作戦「レコンキスタ」が発動される。

 まずレコンキスタの火蓋を切ったのは勇敢なイタチ達であった。』

                『深海棲艦戦争史(2024年発刊)アメリカ戦線』より抜粋

 

 F-105Gサンダーチーフの2機編隊がノーフォークの深海棲艦から90㎞離れた位置を低空高速飛行していた。垂直尾翼にはワイルド・ウィーゼルの証、WWの二文字。この空域にはそうしたF-105Gの編隊5つが飛行している。

 F-105Gの両翼下には2発のAGM-78スタンダード対レーダーミサイル。これが敵のレーダーをたたきつぶすのだ。

『ミサイルの射程距離内に入った。マスターアーム解除』

 先頭の隊長機から通達。2番機のパイロットがマスターアームを解除。眼下では深海棲艦が布陣しているはずなのに対空砲火の一発もない。パイロット達は深海棲艦をあざ笑った。

『奴らは間抜けにもレーダー波を出し続けているぞ』

『教育してやるか!』

 パイロット達は発射スイッチを押した。5編隊分のAGM-78スタンダード対レーダーミサイル20発全て発射される。

 AGM-78はシーカーで捉えた敵レーダー波を追い、発信源目がけてマッハ2で飛んでいく。

 

 大西洋の海は天候も良く、比較的に波も穏やかだった。

 ノーフォークから東に400㎞。1隻の舟艇が航行している。その舟艇は艇前部に76㎜速射砲を1門備え、後部甲板はスロープのように斜めになっていた。そして甲板には1人の人間と艦娘が17人が立っている。

「では行って参ります」

 艦娘達が艇長に敬礼する。

「ご武運を」

 艇長が艦娘達に敬礼を返す。艦娘達はスロープに向かう。艇は速度を落とし、艦娘の発艦体勢が整う。

「張り切っていくよ!」

 先頭のサラトガが声を上げ、スロープを滑り降り、海に降り立つ。後ろの艦娘達もそれに続いた。

 

 彼女、泊地水鬼は慌てていた。

 敵影をレーダーで確認したと思ったら、地上設置していたキノコめいた外見のレーダーが超高速で飛んできた物体によってすべて破壊されたのだ。

 敵機を確認、という報告が前線の眷属から泊地水鬼に伝わってきたが、詳細は聞こえなかった。強烈な痛みが泊地水鬼の頭を襲ったからだ。眷属からの()|が全く聞こえない。

 何だ、いったい何が起きている!?

 近くにいたレーダーを装備している戦艦ル級に状況を口頭を聞こうとしたが、ル級自身のレーダーもノイズばかり、声も聞こえないので何が起こっているのかさっぱり分からないという。

 人間共の攻撃。とにかく、それには違いない。

 泊地水鬼は待機させていた航空機達に発進の指示を出す。私達の航空機は無敵。上げてしまえばこっちのもの。泊地水鬼はにやりと笑った。

 泊地水鬼のその考えは間違いではない。空に上がった深海棲艦航空機に敵は艦娘の艦載機以外にいない。しかし、人間達はそれを許さなかった。

 

『投下!』

 ノーフォークのオシアナ海軍航空基地滑走路沿いに低空音速侵入を果たしたF-111アードバークの4機編隊が滑走路破壊爆弾BLU-107 デュランダル96本を投下する。

 BLU-107は姿勢制御用のパラシュートを展開し、すぐにパラシュートを分離。尾部のロケットモーターに点火して、時速900㎞で垂直に滑走路に突っ込む。そして地中に埋没して大爆発を起こした。滑走路に巨大で深い穴が穿たれる。

 すでに滑走していた無数の白玉型深海棲艦航空機はその穴に落っこちて爆発。

『ハッハッー! たんまり食らわしてやったぜ! さあさあ続きなぁ!』

 続いてF-111アードバーク12機編隊が侵入。228発のCBU-87/Bクラスター爆弾を飛行場に次々と投下していく。228発のCBU-87/Bが放出する子弾の数は実に58176発。エプロン(飛行機待機場)や滑走路に並んでいた深海棲艦航空機に大量の子弾が降り注ぎ、文字通り、木っ端みじんにした。

 これとほぼ同時にノーフォーク国際空港とラングレー空軍基地にも苛烈な爆撃が行われる。離陸準備をしていた深海棲艦航空機はほぼ全てが吹き飛ばされた。

 湾に巣くっていた深海棲艦も同時に攻撃を受けていた。

 24機のF-111が最新の対地ミサイルAGM-65マーベリックとクラスター爆弾で攻撃する。しかし、なかなか撃沈まで至らない。

 マーベリックの誘導方式はTV画像誘導だ。駆逐艦級などの大型目標ならいざ知らず、空母級などの小型目標に命中させるのは至難の業だった。一方、クラスター爆弾は命中弾こそあるものの、子弾1つ1つの威力が小さすぎて、撃沈まで行かない。

 かろうじて空母級2隻、戦艦級1隻、軽巡4隻、駆逐艦級23隻、潜水艦3隻を撃沈したものの、この戦果は米空軍が予想した戦果よりも小さいものだった。

 

 泊地水鬼は飛行場に与えられたダメージのフィードバックに震えた。しかし、あのときの痛みに比べれば軽いものだ。痛みに耐えながら、残存機を確認する。

 泊地水鬼は驚愕し、歯噛みした。オシアナ海軍航空基地、ノーフォーク国際空港とラングレー空軍基地に展開していた1200機以上の航空機のうち、たったの73機しか残っていないのだ。

 くそっ! 泊地水鬼は悪態をつく。しかし、まだいい。航空機の再生産と飛行場の復元に必要なエネルギーは十分にある。とりあえずのエアカバーは湾の空母部隊にやらせれば良い。幸いながら空母部隊に大きな損害は出ていない。

 泊地水鬼は地上に生み出していた大量の高角砲や機銃を空に向ける。航空機の再生産、飛行場の復元ができるまで、自分にできるのは対空射撃だけ。

 泊地水鬼は西の空を睨む。

「キタッ……!」

 空で何かが光った。それもたくさん。泊地水鬼は撃ち始める。空が高射砲弾の炸裂痕と機銃の曳光弾の弾幕によって彩られる。

 高射砲弾の炸裂とは違う爆発が空中でいくつか起きる。しかし、泊地水鬼に向かって来た大半が弾幕を通り抜けた。

 泊地水鬼は弾幕を通り抜けたものを見た。筒に翼が生えて、後ろの部分から煙が出ている。

 泊地水鬼がそれを何か理解する前に、BGM-109トマホーク巡航ミサイルは次々と着弾した。

 

 ルイビルの統合軍司令部にはノーフォーク上空を飛ぶU-2ドラゴンレディ高高度偵察機から中継で戦果報告がされていた。

『現在、トマホーク着弾中!』

『湾内の深海棲艦、湾外に脱出する模様! 敵機の発進を確認!』

 U-2のパイロットの声は大きく、報告は無線越しでも興奮しているのが分かった。陸軍元帥であり統合軍司令官のミラン・グレプルもそれにつられて鼻息を大きくしていた。

「良い調子だ」

 ミランは自分を落ち着かせるよう、小さな声で言う。トマホークにはクラスター弾頭の他、徹甲弾頭のものも含まれている。障壁を展開したとしても貫通し、かなりの打撃を与えるだろう。仮にトマホークがほぼ無効化されているとしてもすでに滑走路は破壊し、敵航空機はほとんど撃破した。ミランは新たな指示を出す。

「海軍のTF100は展開完了したか?」

「完了しています! 敵潜水艦にも発見された模様!」

「よし、空軍に要請! ECMを解除せよ!」

 ノーフォーク近辺では電子戦機EF-111レイブンやEA-6プラウラーがチャフを撒いたり、深海棲艦が使用する電波帯にジャミングをかけていた。これにより深海棲艦は無線もレーダーも使えず大混乱に陥っているのだ。

 しかし、なぜECMを解除するのか。これはTF100に囮になってもらうためだ。陸軍の対空戦車やミサイルでは深海棲艦航空機を撃墜することはできない。しかし、艦娘ならば撃墜が可能だ。敵空母の艦載機をすべてTF100に差し向けさせるのだ。

「敵機がTF100と敵機が交戦状態に入ったら、ECMは再開! 陸軍は進撃開始だ!」

 

 ECM解除の報告を受けて、TF100は今まで無視していた潜水艦ヨ級を即行で沈めた。

 ヨ級は気づかれていないとたかをくくっていた様子で、瑞雲がヨ級目がけて急降下したことに気づかなかった。

 対潜爆弾を食らい意表を突かれたところを戦艦、巡洋艦、駆逐艦の砲撃雨あられ。魚雷の1本も放つことなく、ヨ級は海底に沈んでいった。

「さすが瑞雲。急降下できるってのはいいね」

 水上機母艦ラングレーが指を鳴らす。そして足下に着水した瑞雲を拾い上げ、対潜爆弾とは違う爆弾を装着。再び飛ばす。ラングレー所属の水上機16機は全て対潜警戒に回されていた。

「SKレーダーに感! 敵250機規模! まっすぐ向かって来ます」

 エセックス級空母タイコンデロガが報告して、左腕に装着された飛行甲板を空に向ける。右手でF4Fワイルドキャットを油圧カタパルトのシャトルにセットする。

「300機、大体想定通りね。タイコンデロガ、プリンストン、アイ・ラングレー、ボーク、ナッソー全員、搭載機全機を上げて。甲板に穴開けて発艦できませんじゃ話にならないわ」

 アメリカ艦娘のダメージコントロールは日本艦娘に比べてかなり良いとはいえ、甲板に穴を開けられれば修復するまで航空機の発艦ができないのは変わらない。

「では、全機発艦!」

 サラトガとアイ・ラングレー、プリンストンは弓で、タイコンデロガは油圧カタパルトで、ボーク、ナッソーはクロスボウで、F4Fワイルドキャット、SB2Uビンジケーター、SBDドーントレス、TBDデバステーター、TBF-1アヴェンジャーを打ち出した。

 今飛ばしたものと、先に艦隊防空のため飛ばしていたF4F、ラングレーが飛ばしたF4Fの水上機型F4F-3S、瑞雲も含めてこちらの航空機は289機。相手の方が数、質の面では優勢。戦術で上回るしかない。

「タイコンデロガ。戦闘機の敵攻撃隊への誘導、頼んだわよ」

「はい、頼まれました」

 タイコンデロガがメガネの位置を直しながら、緊張した面持ちで返す。エセックス級にはリアルタイムで変化する戦闘情報を統合的に集中処理する戦闘指揮所CICが最初から設置されていたためか、タイコンデロガは状況判断能力がサラトガよりも高い。なので艦隊の指揮はサラトガ、航空戦闘指揮はタイコンデロガという風に役割分担していた。

 運が良いことを願いましょう、シスター・サラ。

 サラトガは心の中で口ずさむ。

 

 空中戦はF4Fワイルドキャットの奇襲から始まった。

 80機のF4Fが300機の深海棲艦航空機の群に急降下。パイロット妖精は敵機の未来位置に光学照準器のレクティルを合わす。

 発射。12.7㎜弾の雨が敵機に降り注ぐ。突然現れたF4Fに深海棲艦航空機は対処できず、次々と被弾。20機程度が煙を噴いて落ちていく。

 F4Fはそのまま降下。敵戦闘機はそれを追撃。敵攻撃機は密集隊形をとってTF100の方向に猛進する。

 ――――お留守だよ!

 雲の影から瑞雲が、少し遅れてF4F-3S 3機が敵戦闘機が手薄になった隙を見て現れる。瑞雲は降下速度も保ったまま、敵攻撃機の頭上を通過する。しかし、その通過する瞬間、胴体と翼に吊していたタ弾4発を投下した。

 数秒ほどして、敵攻撃隊の70機ほどが次々と火を噴いて落ちていく。中には爆発するものもあった。

 タ弾。正式名称で二式四十粍撒布弾と呼ばれるこの爆弾は現在で言うクラスター爆弾である。しかし、対地ではなく対空用として開発された爆弾(もちろん対地爆弾としても使える)であり、小型の成型炸薬弾76発を撒き散らす凶悪な兵器だ。仕組みは大きく違うが、爆弾型の三式弾といえばわかりやすいかもしれない。

 瑞雲は敵を追撃することもなく、手近な雲に入る。敵戦闘機数機が復讐とばかりに瑞雲を追って雲に入ったが、しばらくの後に敵機は雲の下から火だるまになって出てくる。

 F4F-3Sはタ弾の直撃を受けながらも運良く落ちなかった敵攻撃機や孤立した敵機を撃墜していく。これ以上やらせないとばかりに敵戦闘機が迎撃に向かう。

 F4F-3Sのパイロット妖精達はそれを確認するとすぐにパワーダイブ。敵機を振り切ろうとする。しかし、元が戦闘機といっても下駄履きの水上機だ。逃げ切れない。

 そこに低空から突き上げるように上昇していたF4FがF4F-3Sを追う敵に向かって牽制射撃。当たることはなかったが、敵戦闘機は追撃をやめ、回避行動を取る。

 何とか難を逃れたF4F-3Sは瑞雲と合流すると、空戦空域から離脱していった。




 後書きではちょっと補足解説します。
 ワイルド・ウィーゼル機が無視されていたのは超低空飛行をしていてレーダーに捉えられにくかったこともあるのですが、ほとんどは泊地水鬼側の慢心です。F-105Gを泊地水鬼はU-2の定期便か何かだと思っていました。
 
 トマホーク(ミサイルの方です)は、この世界では海軍用に開発中でしたが、海軍が壊滅したので、BGM-109 トマホークSLCMから陸上発射型のBGM-109G GLCMに変更されました。BGM-109G GLCMは車両に搭載された4連装TEL輸送起立発射機で運用されます。史実での愛称はグリフォンらしいですが、この作品ではトマホークで通します。

 タ弾(二式四十粍撒布弾)は日本陸軍開発の爆弾ですが、そこは陸軍側から海軍に提供されたということで。その提供されたものがアメリカに持ち込まれていたと。
 あと二式四十粍撒布弾の重量は50㎏で瑞雲は60㎏爆弾2発(もしくは250㎏爆弾1発)しか積めません。作中では4発投下してますが、これはラングレーが爆弾架を増やしたからです。
 
 次回から陸軍が動く。


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第19話「大西洋への道」その2

ちょっといつもより短いけど投稿します。


『陸上における深海棲艦との戦いは質の面では人類側が圧倒的に有利であった。

 上陸したばかり深海棲艦は動きは鈍いうえ、障壁の展開すらできず、ヨーロッパ戦線では歩兵の集束手榴弾程度で撃破した例もあるほどだった。

 陸上では不利なことをすぐに深海棲艦は学習したのか、上陸した後は陸の環境に適応するまで、無理に戦線を広げないようになった。(陸の環境に適応した深海棲艦の詳細については別項で記載しているため、ここでは省略)

 しかし、陸に適応した深海棲艦も現代兵器の前には大苦戦だった。イギリス戦線でのダイダロス作戦においてのことだが、孤立したチーフテンMBT1両が弾薬がなくなり、撃破されるまで、29両の戦車型を撃破した事例があった。他にもヨーロッパ戦線でのヴァン作戦ではAMX-30MBTの1個中隊が戦車型61両撃破する戦果を上げたこともあった。

 航空機による支援攻撃もミサイルやクラスター爆弾がふんだんに使用された場合、深海棲艦側は手も足も出ず、一方的に撃破された。

 ここまでの性能差が存在するのに陸上戦においても人類側が劣勢に立たされた理由は深海棲艦の「兵器コピー能力」である。人類側は艦娘戦力が充足するまで、ミサイルの使用禁止や粘着榴弾、成型炸薬弾の使用禁止などの枷をかけた状態で戦ったために、苦戦したのである。

 実際、この使用禁止令などの判断は間違いではなかった。ヨーロッパ戦線における最後の陸上戦であるダンケルクの戦いでは深海棲艦側はコピーに成功した成型炸薬弾やミサイルが使用され、フランス・ドイツ連合軍は小さくない被害を出している。もし深海棲艦上陸当初から現代兵器が使用されていた場合、戦没者の数は20倍になっただろうと言われている。

 しかし、深海棲艦が現代兵器をコピーするまでには時間がかかる。そのコピーにかかる時間内に深海棲艦を海に追い落とした代表例はアメリカ戦線でのレコンキスタ作戦である』

               『人類はどう戦ったか(2041年発刊)』より抜粋

 

 南ルートで進軍中の米陸軍は快進撃を続けていた。先陣を切るのはT-95戦車駆逐車30両。側面を固めるのはM103A2ファイティングモンスター重戦車50両。深海棲艦が構築したコンクリート陣地に向け砲火をものともせずに進んでいる。

「老いぼれだって舐めてもらっては困る!」

 T-95は自慢の装甲で砲台型、戦車型からの砲弾をことぐごとくはじき返していた。30年間近く死蔵されていたと言っても300㎜もの装甲圧は最新のMBT-70にだって負けはしない。

 T-95はM68 51口径105㎜ライフル砲を発射。敵のトーチカを吹き飛ばす。土に混ざって芋虫たちが舞い飛ぶ。滑走していく芋虫たちには20㎜機関砲弾の雨を与える。

 塹壕でハルダウン(地形を利用して砲塔のみを突き出し、車体部分を防御する戦術)をしていた戦車型が飛び出してきた。

「とち狂ってお友達にでもなりに来たのかい?」

 戦車型はやけくそ気味のようで、回避するそぶりもなく、まっすぐ突っ込んできた。T-95は遠慮なく、粘着榴弾をお見舞いする。命中した戦車型は爆散する。

 戦車隊が迫っている深海棲艦のコンクリート陣地の裏側ではヘリボーンした第101空挺師団が戦闘を行っていた。要は挟み撃ちにしているのである。

 事前爆撃から生き残った砲台型を全て始末し、芋虫型が潜むタコツボ群を火炎放射器で焼いていく。芋虫が這い出てきたところをM16ライフルで的確に始末する。

 ハルダウンしていた戦車型が壕から飛び出て反撃しようとするが、上空のAH-1TコブラのTOW戦車ミサイルで撃破される。

 やがて第101空挺師団はコンクリート陣地の上部を制圧した。しかし、内部の制圧は難しかった。

「穴だぜ。こりゃ無理だ。入れん」

 陣地内部への入り口は芋虫型が入れる縦横60㎝ほどの大きさで人間が入れる大きさではなかった。

 陣地は移動することができない。放置という選択もあったが、後方から攻撃される可能性はできるだけ排除しておきたかった。どうするか。方法はいくつかあったが、最も簡単な方法が選ばれた。

 兵士達はスコップを手にとって、入り口に土を入れていった。いわゆる生き埋めである。塹壕の構築ができるのだから、穴を別の出口を新しく作るかもしれないが、これが手っ取り早い。うまくいけば中の陸上深海棲艦は窒息死だ。出てきたとしても何個小隊か警備部隊を残していれば安心だ。

 コンクリート陣地は無力化した。無力化戦車隊はそのまま進撃、第101空挺師団は補給と再編成のため、一部の兵を残して後退する。

 

 ワシントンDCから西北に20㎞の平野では戦車戦が発生していた。事前攻撃により敵勢力はほとんど撃破していたのだが、残存勢力が残っていたのである。

 砲塔やキャタピラを持ち、すっかり成長した戦車型陸上深海棲艦35両がM48A5パットンの一個中隊に襲いかかる。

 M48A5パットンの各小隊は後方にいる機械化歩兵を守るため、楔形の陣形(小隊傘型隊形)を取り、迎撃する。M68 105㎜ライフル砲を戦車型陸上深海棲艦に放つ。APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)は音速の約4倍近くの1,490m/sで飛んでいき、戦車型に命中。しかし、

「なに!?」

 砲弾が命中した戦車型は動き自体は鈍くなるもののまっすぐ突っ込んでくる。その理由はAPFSDSの形状にあった。APFSDSは矢状の砲弾であり、生物である深海棲艦には大きな損害にはならなかったのだ。

 戦車型は走りながら何発も撃ち込むが、食事の角度(車体を相手に対して斜めに取ることで装甲を最大限に活用する方法)をとっているM48A5の装甲は砲弾を全てはじき返す。

 M48A5側の発見が遅かったせいもあり、戦車型との乱戦に持ち込まれる。

 戦車型の仰角なしの零距離射撃。真っ黒な砲身から放たれた徹甲弾はM48A5の丸い砲塔に弾かれる。

「HESH(粘着榴弾)装填! 撃てっ!」

 冷静に照準を合わせて、発砲。粘着榴弾は的確に戦車型の砲塔正面に命中。弾頭が装甲にへばり付くように潰れて起爆する。戦車型は砲塔内の臓器をぐちゃぐちゃにされて死ぬ。

 M48A5の中隊は敵戦車を全て撃破。1両の損害も出さずに進撃を再開させるが、再開させた矢先、戦闘の隊長車が爆発した。

 何事!? それは側面にある森にいた砲台型陸上深海棲艦の攻撃だった。M48A5が側面を晒した瞬間を攻撃したのである。戦車にとって側面は打たれ弱い。

 砲台型は次々と砲撃し、M48A5を次々と撃破していく。M48A5側も反撃を行うが、砲台型の正確な位置をつかめていないので、効果は薄い。5両、6両と撃破されていく。機械科歩兵はM113装甲車から降車し、森へ銃撃し始めたがあまり意味はない。

 救援要請でAH-1Tコブラ4機が駆けつけたが、森の中には対空砲もいたのか、いきなり2機が撃墜されてしまった。

 残った2機がハイドラ70ロケット弾を発射。森の中で何重もの爆発が起きる。それでも森の中にいる砲台型は沈黙せず、砲撃を行う。コブラ2機も被弾して後退してしまった。

「ポンコツ蛇が!」

 M48A5の搭乗員は悪態つき、航空支援もしくは砲撃支援を要請する。M48A5パットンだけではなく、機械科歩兵の方にも損害が出始めていた。

 そんなとき、森の中にいくつもの光の槍が飛んでいった。そして、ぶぉぉぉぉおおおおおおおん、という重低音。

 A-10サンダーボルトⅡ2機のGAU-8 30mmガトリング砲アヴェンジャーの射撃だ。とどめにナパーム弾を投下。森が2000℃の炎に包まれ、砲台型深海棲艦は燃え、融け、爆発四散した。

 陸からは歓声が上がる。A-10 2機は颯爽と飛び去っていった。

 

 

 サラトガが西の空を睨む。敵攻撃隊との距離は30㎞を切った。

 サラトガのレーダーには未だ130機ほどの敵機が映っている。こっちの生き残りは60。当初、迎撃に上げた120機のF4Fの内半分の60機が落とされて、敵機が150機落ちているのならば、かなり善戦したと言えるだろう。

「対空戦闘用意!」

 サラトガが命令を下す。それにしたがって各艦娘が高射砲を構える。この中でレーダー射撃ができるのはタイコンデロガ、プリンストン、アイ・ラングレー、ベネット、アトランタ、プリングル、ルースだけだ。VT信管砲弾はなし。サラトガの額に汗がにじむ。

 敵機編隊が射程距離内に入る。

「撃ち方はじめ!」

 各艦娘の高射砲が火を噴き、空に黒い花が咲き乱れる。敵機はそれにめげることなく、TF100に近づく。

 勘違いされやすいのだが、対空迎撃というのは敵機を撃墜することが主目的ではない。戦間期までは撃墜するのが目的だったのだが、第二次大戦では航空機の高性能化により撃墜することが非常に難しくなった。そのため、空域を飽和するような弾幕、敵機の飛行経路へ弾を送り続け、投弾などを妨害するようになった。攻撃機は爆弾や魚雷を落としてしまえばもう何もできないのだから、それで良いのである。

 しかし、TF100のほとんどが艦娘になってからの実戦経験は少ない。組織的な濃密な弾幕や進路予測攻撃は難しい。とにかくTF100は撃ちまくって撃ちまくって撃ちまくった。敵機は外見がほぼ一緒なので行動パターンで見分けるしかない。急降下爆撃機は縦陣。雷撃機は低空水平飛行。そんなおおざっぱな判断で艦娘達は回避行動を取った。

 一方、敵機の攻撃も統制が取れていなかった。空軍のECMによりお互い連絡が取り合えないのか、数機ずつばらばらに攻撃してくる。

 TF100は突っ込んでくる敵機編隊一つ一つに弾幕を集中させ、投弾を妨害する。

「きゃっ! ひ、被弾!」

 それでも被弾するときは被弾した。

 しかし、攻撃は20分ほどで止んだ。F4Fの攻撃で攻撃側もかなり消耗していたのだ。爆弾や魚雷がなくなった攻撃機は逃げ帰り、戦闘機は名残惜しそうに適当に機銃を撃って退散していった。

 サラトガは周りを見回して安堵する。沈没艦はいない。サラトガ自身は小破。ボーク、アイ・ラングレーも小破。タイコンデロガとナッソー、ルース、エリソンは中破。プリンストンだけが大破しており、そのほかは機銃のかすり傷程度だ。

「さて、そろそろかしら」

 サラトガは呟く。TF100が放った飛行隊が攻撃を始める頃だった。




 今回の補足解説。戦車型陸上深海棲艦などについて。
 砲塔とキャタピラが付いた奴→距離500mで貫通力130㎜くらいの砲、装甲圧は80㎜くらい。ドイツのV号戦車パンターくらいの性能。外見はまがまがしい。
 森の中にいた砲台型→距離500mで貫通力180㎜くらいの砲。装甲・機動力はない。性能的にはドイツの8.8 cm PaK 43。
 ちなみにM48A5パットンは装甲圧最大120㎜(傾斜装甲多用)。砲は距離500mで貫通力260㎜くらい(ゲームからの引用だから正確には分からない)の砲。
 
地上戦の描写難しい。海や空なら地形描写とかがあまりいらないから楽だけど地上戦は大変。バミューダの時は「島! 滑走路! 平ら! 夜! 暗い!」で済んでいたのが本土戦になると平地、丘、塹壕、陣地、森、空、市街、地下に加え、敵味方たくさんだから大変だ。ノーフォーク戦は地上戦が肝だから、私頑張る。(というか、吹雪が2話続けて出ていないのだけど良いのかな?)
 感想お待ちしています。


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第19話「大西洋への道」その3

いったい19話は「その○」まで続くんだろう?


 TF100が放った攻撃隊は敵機の妨害を受けることなく、まっすぐ西へ、敵艦隊の方へ飛行していた。

 攻撃隊の編成はF4Fワイルドキャット49機、SB2Uビンジケーター30機、SBDドーントレス35機、TBDデバステーター40機、そして最新鋭のTBF-1アヴェンジャー21機の総勢175機。

 TF100を襲った敵攻撃隊よりも100機近く少ないが、敵艦隊はECMでレーダーを使えない。そして攻撃隊を放った後。守りは薄いはず。これだけでも十分な打撃力を持つはずだった。

 視力の良いパイロット妖精は水平線に深海棲艦を認めた。様々な方向から攻撃するため。攻撃隊はそれぞれ別の方向に分かれる。

 25㎞。20㎞。15㎞。距離はどんどん縮まっていく。そして10㎞。このときになってやっと敵艦隊が高射砲を撃ってきた。しかし、かなり見当違いのところで砲弾は爆発している。

 ほう、ECMというのはすごいな。ドーントレスのパイロット妖精は感激する。

 深海棲艦はelite、flagshipクラスとなるとレーダーを持つものが多くなる。したがってレーダー射撃も行ってくるのだが、そのレーダーは空軍の電子戦機のECMによって無効化されている。レーダーを使ってきた深海棲艦にとって今は目隠しの状態で攻撃しているのと同じようなものなのだ。

 敵艦隊の編成は、空母ヲ級6隻、軽空母ヌ級1隻、戦艦ル級3隻、タ級1隻、重巡洋艦5隻、軽巡8隻、駆逐艦イ級、ロ級4隻。総 28隻。

 最重要目標は空母だ。空母7隻をすべて沈めてしまえば、TF100は完璧に仕事を果たし、TF101の役目はなくなると言っても良いだろう。

 やったろうぜ! 敵艦直上、ドーントレス隊はダイブブレーキを開いて急降下。隊長機の妖精は照準器にヲ級を捉える。

 敵艦の弾幕の中、ヲ級が照準器一杯になったところで500ポンド爆弾を2発投下。後続機も続いて落としていく。5発が帽子に直撃。爆撃を食らったヲ級は海面に倒れる。

 一番先に雷撃を敢行したアヴェンジャー隊は戦艦3隻の弾幕射撃の中を突っ込む。アヴェンジャーの狙いは敵旗艦らしきヲ級flagship。護衛のル級flagshipがヲ級を囲むようにして防御している。

 猛烈な弾幕。その中をアヴェンジャーは突き進む。次々と被弾。数機が海面に突っ込む。それでも残りのアヴェンジャーは止まらない。輪形陣を突き抜ける。ヲ級目がけて魚雷を投下。

 数本がル級が身代わりになって、そしてさらに数本が外れたが、3本がヲ級に命中した。 膝から先を失ったヲ級は崩れ落ちる。立ち上がろうと藻掻くところにビンジケーター隊が爆弾を投下。ヲ級は避けられもせず爆散した。

 数隻のヲ級が艦載機を発進させるが、機速が上がっていない状態の所をF4Fが打ち落とす。自分の艦載機が落とされるところに気を取られたヲ級は回避運動を怠り、被弾する。

 様々な方向からの波状攻撃。深海棲艦は次々と被弾していく。最初は比較的統一の取れていた対空弾幕はだんだんばらばらになっていき、効果を発揮しなくなる。深海棲艦はなぶられ放題だった。

 全機が魚雷、爆弾を投下し終わり撤退する。敵空母3隻撃沈。まずまずの戦果であろう。さすがに7隻全てを撃沈することはできなかった。

 一方、深海棲艦はレーダーが使えず、奇襲されたといっても善戦したとも言える。空母ヲ級は3隻が無被弾で健在だった。

 

 レコンキスタ作戦には500機以上の米空軍機が参加している。全てが常に前線にいるわけではないが、これらの航空機を「どこにいけ」、「どこそこに爆撃しろ」、「どいつと交代」と指揮管制を行うのは大変な作業である。

 刻々と状況が変化する戦場。そこで数多くの航空機を指揮管制するのはE-3セントリーAWACS(早期警戒管制機)である。旅客機B707を流用して機体上部に円盤状のレーダーレドームを備えた機体だ。

『レイピア隊、エリアD2から支援要請』

『了解、クロウ・アイ』

 AWACS、コールサイン「クロウ・アイ」がA-15ストライクイーグルのレイピア隊に地上支援の指示を行う。A-15の翼下にはAGM-65マーベリック。敵の機甲部隊を撃破しにいくのだ。

 AWACS最大の役割は強力なレーダーによる索敵。しかし、相手の航空戦力が壊滅してしまったため、もっぱら陸海空軍の情報共有、敵性・非敵性の判断と脅威度・優先度の判断、攻撃・要撃を含む指揮管制を行っていた。

『エンジンが黒煙を吹いてる! 後退する!」

「EA-6のジュリエット5が被弾、後退させます」

「敵予備隊と思われるものがエリアK8に出現。第21騎兵連隊を包囲しようとしています」

『イヤーフー! 目標を撃破!』

「ヴァイパー隊、目標を撃破」

「穴はジュリエット9で埋めろ。エリアK8の橋をオメガ隊だ」

「TF100、戦闘海域より撤退します」

「帰投航路はフォックストロット。いいな!?」

「エコー12から報告。デルタ(深海棲艦艦隊)残存数は18。空母4、戦艦4、重巡5、軽巡4が健在」

「エコー2から報告。X7で砲撃煙。砲台型を確認」

『オメガ11、交戦する(エンゲージ)

「オメガ隊、交戦します」

「アルファ(オシアナ海軍航空基地)が修復を開始」

「レイピア隊、目標を撃破」

「第7師団、エリアY9の陣地を突破」

「エリアX7にはヘイロー隊を向かわせろ。アルファにはトマホークを」

『こちら、オメガ1。橋を破壊! オメガ11被弾!』 

『オメガ11、脱出する(イジェークト)!』

「オメガ11、墜落」

「救援ヘリを回せ」

「ベータ(ノーフォーク国際空港)とチャーリー(北のラングレー空軍基地)の滑走路修復中」

「トマホークを撃て」

「第3旅団、ワシントンに到達。南下を開始」

「デルタ、航空機を収容中」

 次々と報告や要請が入ってきては指示を出していく。AWACS自体は戦闘空域にはいないのだが、AWACSの機内も戦場だった。

 

 夜になっても米軍の攻撃は止まらない。

 ノースカロライナの街シャーロットでは荒廃した住宅地でM42ダスター対空戦車がM2A1ボフォース40㎜機関砲の発砲炎で周囲を照らしていた。

 一般家屋の壁材など防弾対策もしていない木やレンガだ。40㎜砲弾は簡単に貫いて、向こう側に隠れるの陸上深海棲艦を引き裂いていく。

 戦車型が家の影からのっそりと現れるが、徹甲弾を装填したM42にチーズみたいに穴だらけにされ、爆発した。

 他の地区では一軒一軒の建物に芋虫型が立てこもっているらしく、米軍は風向きなどを考慮した上で火を付けた。

 火を付けるのはM202ロケットランチャーとM113装甲兵員輸送車に火炎放射器を取り付けたM132 自走火炎放射器。

「汚物は消毒だ~!!」

 兵士達がM202ロケットランチャーを発射する。4連装の砲身に装填されているロケット弾は66㎜の焼夷ロケット弾で命中すると増粘自然発火剤の有機金属化合物が1200℃の熱で住宅を燃やしていく。

 M132は消防車の放水並みの勢いで火の付いたゲル化ガソリンをまき散らし、住宅を炎で濡らしていく。

 焼け出されて出てくる芋虫型は随伴歩兵がライフルで確実に撃ち殺していった。

 街のシンボルであった鉄筋コンクリート造りの役所は陸上深海棲艦の拠点となっており、激しく抵抗していたが、夜間爆撃能力を持つYF-17とYF-16の爆撃により更地になった。2つの機種のパイロット達は命中率で競い合ったのだが、少しばかりYF-16の方が上回っていた。

 地上では一方的な反面、地下の下水道では暗視装置を付けた兵士達と陸上深海棲艦との間で激しい銃撃戦となっていた。

「くそ! 頭出せば穴だらけにされる!」

 暗闇の中、兵士は叫ぶ。兵士達はT字の曲がり角で進めずにいた。曲がった先は30mほどの通路があり、広いところに繋がっていた。そこに陸上深海棲艦の輸送型がいる。輸送型自体は触手で叩くしか能がないが、護衛の芋虫型がやっかいだった。小さい上に火力は一人前で頭を出せば弾丸の雨の応酬だ。

「他の部隊は!?」

「交信ができん! 地下だから電波状況が悪い!」

「くそったれ!」

 曲がった先の通路にはいくつもの死体。先行していた部隊だ。

 手榴弾は曲がり角ゆえに遠距離に投げれない。煙幕を張っても、こっちから進む以上意味がない。

「ええい!」

 兵士の一人は思いきったことをした。M16ライフルの銃口を地面に斜めに付け、銃身部分を踏んで曲げた。

「これなら!」

 M16の先端部は「L」のような形になっていた。曲射銃の完成である。

 兵士は曲がった銃先だけを突き出して射撃する。弾丸は曲がった銃身に沿って飛んでいき、芋虫型を牽制する。

 M72 LAWロケットランチャーを持った別の兵士が通路に飛び出す。伸ばしていた砲身を膝立ちして構えた。そして発射。さっきまで銃撃してきていた芋虫型を吹っ飛ばした。ついでに回転式チャンバーを持つグレネードランチャーダネルMGLで40㎜擲弾6発を撃ち込む。そして、

「突撃突撃突撃!」

 兵士達が突っ込んでいく。ちょうど他の部隊も広場に行き着いた所のようで、すでに輸送型と交戦していた。

 触手は兵士達をはじき飛ばしたり、たたきつぶしたりしていたが、数発のロケット弾を食らって沈黙した。

 

 雨が降る暗闇の海で、バラオ級潜水艦ホークビルは海面から顔だけ出して、2つの青い瞳で敵艦隊を見つめていた。TF100で唯一この海域に残っているホークビル、ポンポン、マッケレル、ツナはウルフパック(群狼)を編成し、昼間から見つからないように敵艦隊を追っていた。

 敵艦隊は4隻だけ残った空母ヲ級を中心に輪形陣を組んでいる。しかし、潜水艦を狩る敵駆逐艦は全て沈み、軽巡洋艦級4隻のみが、対潜警戒をしている。

 輪形陣の中、大破して他の深海棲艦に肩を貸されていたヲ級1隻が海面に倒れ、沈んでいった。これで空母の数は3隻。昼間の空襲による疲労と傷、そして絶え間ない緊張。力尽きてもおかしくない。

 でも同情する気はないわ。深海棲艦さん。

 ホークビルは両腕の艤装、6門の21インチ(533㎜)魚雷発射管に装填されたMk.14魚雷を放った。

 日本軍の酸素魚雷とは違い、空気式魚雷のMk.14は航跡が残るが、今は夜。敵艦隊は魚雷の存在には気づかない。放った6本中4本が敵の重巡洋艦、戦艦に命中した。

 魚雷攻撃を受けて初めて敵艦隊は潜水艦の存在に気づき、爆雷を唯一搭載している軽巡洋艦級は速度を上げてホークビルを見つけるべく、探し回る。

 軽巡洋艦級が艦隊から離れたとき、別方向からガトー級潜水艦ポンポンが魚雷を6本発射する。1本が空母ヲ級、2本が重巡に命中。水柱が消えたとき、魚雷が命中した重巡はいなくなっていた。

 ポンポンに続いてタンバー級潜水艦ツナが雷撃。6本の魚雷は2本が戦艦に命中した。

 一方、マッケレル級潜水艦マッケレルは浮上して軽巡洋艦級と交戦していた。軽巡洋艦級はマッケレルを認識し射撃したが外れ。マッケレルは発砲炎があったところに照準。3インチ砲を放つ。命中。怯んだところに雷撃して沈める。

 他の軽巡洋艦級3隻がマッケレルに殺到する。マッケレルは残った魚雷を扇状に放って急速潜行。軽巡洋艦級は爆雷で追撃するが、ポンポンやツナ、ホークビルの3インチ砲の斉射を食らう。

 この頃になって、やっと敵艦隊は混乱から立ち直ったようで、戦艦や重巡も潜水艦娘の発砲炎に目がけて砲撃をし始めた。

 潜水艦娘達は慌てて潜行。いくつかの砲弾は水中で爆発したが、大半は水面で跳ねてどこかに飛んでいった。

 軽巡洋艦級は執拗に爆雷を落としてくるのでホークビル達は潜航限界進度まで潜る。しばらく動かずに静かにしていると爆雷は止んだ。

 それを確認するとホークビルは水中で他の潜水艦娘達の肩を一定の間隔で叩いた。モールス信号で「撤退」の合図だ。

 ホークビルは漆黒の海中で海面を見上げる。月も出ておらず、雨の降っている夜の海は何も見えない。

 TF101うまくやってよね。ホークビルは心の中で呟いた。

 




 今回の補足解説。
 M202ロケットランチャーは映画コマンドーでシュワちゃんが使っていた4連装ロケットランチャーです。
 M72ロケットランチャーは映画トゥルーライズでアジスがタンクローリーで火炎放射して無双状態のシュワちゃんに撃ったロケットランチャーです。
 地下戦闘での曲射銃ですけど、たぶんあれはできません。できたとしても数発撃って銃身が完全に駄目になると思います。

 次回はTF101の戦闘ですよ! 3話振りに吹雪が出ます。それでいいのか主人公。


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第19話「大西洋への道」その4

その4でやっと19話の半分くらいかな?


『レコンギスタ作戦発動 破竹の勢い

 本日8:00を持って合衆国軍による深海棲艦への反攻作戦「レコンキスタ」が開始された。現在も合衆国軍は進撃中であり、次々と敵の防衛戦を突破し、ノーフォークへと迫っている。

 「我々の予測より速い進撃速度だ。作戦期間が30%短縮できるかもしれない」。作戦司令官のミラン・グレプル大将はこう語り、作戦の侵攻に手応えを感じている様子だった。

 合衆国軍は南北の2つから進撃し、北はすでにワシントンD.Cを通過、後続部隊がワシントンD.Cの制圧を行っている。南はノースカロライナ州シャーロットにて陸上深海棲艦と大攻防を繰り広げている。

 海では艦娘部隊TF100が深海棲艦と交戦し、28体の内10体の撃破。TF100側に損害なしの快勝であった。』

                     5月1日発刊のある夕刊記事より抜粋

 

 

 吹雪達、TF101は真っ暗で発砲炎以外は何も見えない雨の夜を静かに航行していた。イ級に似せたガワは付けていない。あれはノーフォーク湾内への突入用偽装装備であり、ただの夜戦には邪魔になるだけだ。

「光、消えた」

 吹雪が呟く。ホークビル達の浮上砲撃戦が止んだのだ。吹雪は新たに搭載されたSG水上捜索レーダーで敵艦隊との距離を確認する。距離は10㎞を切っていた。

 吹雪は雨で濡れた顔を手で拭う。しかし、強くなり始めた雨は容赦なく拭ったばかりの顔を濡らした。

「天気予報どうだったっけ?」

 後ろに続くカッシングに尋ねるが、見ていない、と答えた。天気予報がどうであれ、この雨がどうなるかなんて変わらない。

『5分後に照明弾を発射。一気に仕掛ける! 各艦戦闘用意!』

 旗艦のアラスカが命じる。アラスカ自身はいち早く艤装を展開。12インチ(30.5)㎝三連装砲を敵艦隊の方角へと向ける。それに重巡ペンサコーラ、インディアナポリスもそれに倣う。

 雨がひときわ強くなり、海も時化てきたころ、3隻が照明弾9発を発射した。

 照明弾は空中で弾け、深海棲艦の影を浮かばせた。

『全艦砲撃はじめ!』

「撃ちまくれ!」

「皆殺しだぁあああああああ!」

 おのおの過激なことを口走りながら、砲撃を行う。吹雪も照明弾を織り交ぜながら、深海棲艦に砲撃する。

 深海棲艦の反応は鈍かった。最初は空中でゆらゆらと落ちていく照明弾を見上げていて、砲撃の水柱が立ってから初めて回避運動を始めた。そのせいでたった数分で重巡2隻、軽巡1隻、空母1隻が轟沈した。

 何を思ったのか、深海棲艦達はTF101に突撃してきた。疲労の極限。気でも狂ったのかもしれない。

 魚雷を積んでいる艦娘は一斉に魚雷を放つ。何隻にかは命中して脱落するが、なおも突っ込んでくる。距離が縮んでいたこともあり、陣形の影も形もない乱戦になる。

 吹雪は先頭にいたペンサコーラ、後ろに続いていたカッシング、エドサルを見失っていた。探したいと思うところだが、探す暇はなかった。リ級が突撃してくる。

 吹雪は左手で5インチ単装砲をリ級に連射しながら、こちらからも突撃。右手で「瑞草」を抜く。「瑞草」に極限の鋭さをイメージしながら、刀身に障壁を纏わす。

「遅いっ!」

 リ級は駆逐艦級を半分に割ったような腕によって5インチ弾を防いでいたため、反撃が遅れる。吹雪は35ノットの勢いを保ったまま、「瑞草」を全力で振った。

 リ級の左腕が宙を舞う。吹雪はリ級とすれ違うと急旋回、背後を取る。そして左肩から先がなくなったことに気を取られるリ級の背中に「瑞草」を鐔まで突き入れた。柄をぐっと回し、右に薙ぐ。深海棲艦の蒼い血しぶきが雨の闇夜に噴き出る。

 リ級の悲鳴。吹雪はとどめとしてリ級の頭に5インチ砲を放った。脳漿を海に撒き散らし、リ級の体は海に沈む。

「次っ!」

 急接近してくる軽巡ホ級を確認。槍衾のように突き出る砲身から吹雪に向け、いくつもの砲弾が放たれる。吹雪は直撃コースの弾のみを「瑞草」で弾く。

 ホ級に突進し、回し蹴りでホ級を横転させる。倒れまいとホ級の手が吹雪の左腕をつかむが、「瑞草」でつかむ腕を切り落とす。吹雪はホ級を踏みつけ、ホ級の頭らしき所に5インチ砲弾をお見舞いする。

 蒼い鮮血が海と雨に溶け、ホ級は動かなくなる。吹雪は照明弾を撃ち上げ、次の敵を探す。

 ファラガットがヲ級に食べられそうになっていた。頭の帽子側面から伸びる触手で5インチ砲を持つファラガットの両腕を拘束し、帽子の巨大な口を開けている。強力な砲を持たないヲ級最大の近接攻撃。その口の牙でファガラットの首を食いちぎろうとしているのだ。

 ファラガットは両肩のエリコン20㎜機銃を撃ったり、蹴りを繰り出したりしているが、駆逐艦と空母。ヲ級はびくともしない。

 吹雪はヲ級の帽子に砲撃し、ファラガットから気をそらす。そして左側から伸びる触手を「瑞草」で断ち切った。切られた触手はのたうち回る。

 ファラガットは解放された右腕を、持っている5インチ砲をヲ級の開いた帽子の口に突っ込んだ。そのまま引き金を引き、発砲。帽子内で砲弾は炸裂し、肉をかき混ぜる。今度は解放された左腕に持つ5インチ砲をヲ級の顔面に突きつけ、発砲。意外に端麗なヲ級の顔面に風穴を開ける。

「死にさらせ!」

 ヲ級の体を蹴飛ばし、残っていた2本の魚雷を打ち出す。もう痙攣するだけだったヲ級の体は粉々のばらばらになった。

「ありがと――あれ?」

 感謝の言葉をファラガットは述べようとしたが、吹雪はすでに別の敵に向かっていた。

 

 アラスカとペンサコーラは4隻の戦艦と対峙していた。

 ル級が巨大な腕でペンサコーラに殴りかかる。ペンサコーラは腕を交差させて防ぐが、腕に装着していた8インチ3連装砲砲身が曲がってしまう。

 ペンサコーラは足払いをしてル級を転ばし、無事な8インチ連装砲を放つが、障壁を展開されて弾かれる。 

 こういう時に魚雷があれば! ペンサコーラはそう思ったが、ペンサコーラは先ほど深海棲艦が突っ込んできたときに魚雷を全て使い切っていた。

「ペンサコーラは下がれ!」

 アラスカは叫ぶ。アラスカは豊富な対空火器を駆使して障壁を展開していない隙を狙いつつ、2隻のル級、1隻のタ級と交戦していた。ペンサコーラはアラスカにしたがって後退する。

 アラスカは12インチ(30.5㎝)三連装砲を左右のル級に向けて放つ。しかし、ル級の厚い障壁を完全に貫通しきることはできない。アラスカが再装填する間、足の速いタ級が突撃してくる。副武装の5インチ連装両用砲、ボフォース40㎜4連装機銃、エリコン20㎜機銃を撃ちまくるが、障壁に弾かれる。

 ええい! アラスカはタ級に向かって全速力33ノットで前進した。そして、

「これ程度で苦戦するなら!」

 アラスカはタ級の頭にアッパーカット。タ級は仰け反りながらも腰回りの砲塔をアラスカに向ける。

「秩父型には!」

 アラスカは腿側面の5インチ砲をタ級の砲身に向けて撃つ。砲弾が命中した衝撃で上を向いたタ級の砲は砲弾を明後日の方向に飛ばす。

「勝てない!」

 側面から迫っていたル級。さっきペンサコーラに転ばされた奴だ。アラスカは容赦なく、12インチ3連装砲を放ち、ル級の足を消し飛ばす。そして海面に突っ伏す寸前にアラスカはリ級の頭をつかみ、タ級に放り投げた。

 タ級はすでに体制を立て直し、他、2隻のル級と共にアラスカに砲撃する寸前だった。その射線上にル級が投げ込まれたのである。ル級とタ級の砲から飛び出た砲弾はル級の胴体に命中、ル級は爆発四散。

「さよなら!」

 そしてアラスカは12インチ3連装砲2基6門を煙越しに放った。タ級は障壁を展開する暇もない。至近距離で放たれた6発の12インチSHS弾はタ級を的確に射貫き、大きな6つの穴を胴体に開けた。

 タ級の上半身と下半身は少しの肉と皮で繋がっているのみ。タ級の体は重力にしたがい、2つにちぎれ、海に落ちて、沈んだ。

 残った2隻のル級は怒り狂い、全砲門をアラスカに向けた。発射される砲弾。アラスカは避けられない。

 はじき返せるか? アラスカは賭けに出た。アラスカは障壁に加え、装甲最厚の三連装砲全面を盾にする。

 ル級の砲弾が障壁にめり込み、貫通した。いや、まだだ。まだ325㎜の装甲がある。しかし、アラスカの希望を打ち砕かれる。砲弾は最後の当てであった砲塔全面装甲すら貫通。砲塔内で爆発。砲塔内の弾薬に引火して三連装砲は完全に壊れてしまった。アラスカは後ろ向きに倒れる。

 何とか砲弾を防ぐことができた。しかし、アラスカが賭に負けたか勝ったかでいえば、間違いなく負けだ。アラスカに残っている12インチ三連装砲は1基のみ。これでル級の片割れを沈めたとしても、もう片方がアラスカを沈めるだろう。自慢の速力を活かして避けることもできない。なんたってアラスカは仰向けに倒れているのだ。砲弾を障壁で防ぐことは不可能。アラスカは戦艦ではなく、大型巡洋艦。ル級の砲撃を防ぐほどの障壁は展開できない。

 孤立した艦はなんと脆いものか。せめて相打ちに! ル級に照準を合わす。アラスカは思わず目を見開いた。

 ル級の砲口はアラスカではなく、全く別の方向に向いていた。1隻ではない。2隻共だ。

 そして声が聞こえてくる。

「アラスカを沈めさせるなぁあああああああ!」

 中破したペンサコーラを陣頭に他の全ての艦娘が後ろに続いていた。他の深海棲艦はどうした!? アラスカは混乱したが、簡単なことだった。全滅したのである。強力な深海棲艦である戦艦ル級、タ級全てをアラスカが押さえていたので、他の艦娘はスムーズに戦えたのである。

「各艦撃てぇええええ!」

 8インチ砲、5インチ砲、4インチ砲、3インチ砲、12.7㎝砲、長10㎝砲。大小様々な砲弾がル級に向かって飛ぶ。しかし、ル級が展開する障壁はそれらを全てはじき返す。

「やっぱり!」

 艦娘達の一撃必殺兵器である魚雷はすでに使い切っている。ル級に対抗する手段はほぼない。ル級の反撃。砲口を先頭のペンサコーラに向ける。

「ここは私が!」

 ペンサコーラの前にインディアナポリスが飛び出す。インディアナポリスは障壁を全力で展開した。

 放たれた砲弾は寸分の狂いもなく、障壁を破り、インディアナポリスに命中。インディアナポリスは大破する。

「全長は下手な戦艦並みの大きさはあるんだ。これくらい……! フブキいけ!」

「行きます!」

 ペンサコーラの後ろにいたオマハ、マーブルヘッド、トレントン3人がかりで吹雪の足裏に手を当て、押し上げるようにして吹雪をル級の方に投げ飛ばした。

 空を飛ぶ吹雪。手には「瑞草」。それを両手で大きく振りかぶっている。ル級に有効打を与えれるのは吹雪だけなのだ。

 ル級は砲口を吹雪に向けて、砲弾を放つが、急な照準変更である。狙いは定まっていない。当然外れた。

 落下の運動エネルギー。吹雪の力一杯の振り切り。「瑞草」が纏う障壁の鋭さ。

「てぇぇええええええええいや――――――――――――――――――!」

 全てを合わせて吹雪は上から下、障壁すら切り裂いて、ル級を唐竹斬りした。真っ二つに割れるル級。

 もう一体のル級が着地した瞬間の吹雪に左腕の砲で撃とうとする。しかし、それはできなかった。ル級の左腕が12インチSHS砲弾で吹き飛ばされたからだ。

「忘れてもらっちゃ、困るよ」

 服も艤装もボロボロになったアラスカが不敵に笑う。唯一残った12インチ三連装砲の砲口からは発砲炎が薄く上る。ル級は歯噛みした。右手の砲を吹雪に向けるが遅い。

 吹雪は「瑞草」の切っ先に障壁を集中。障壁を貫き、ル級の喉に刺突を繰り出した。喉を突き刺した感触はまるで水餅に差す爪楊枝のように柔らかかった。吹雪は「瑞草」を引き抜く。

 ル級は喉から噴水のように、口から吐き出すように血を出した。何か言いたげにル級は口を動かしたが、吹雪は容赦なく、首をはね飛ばした。首は放物線を描いて、少し離れた海に落ちた。体の方は立った姿勢を維持しながら、ゆっくり沈んでいった。

 それを確認すると、吹雪は「瑞草」を振って、血を払い、鞘に収めた。そして、ふぅ、と一息つくとへたり込んでしまった。

「疲れた…………」

 倒れ込んでしまいたい。そう思った。海は静かで、いつの間にか雨も止み、波も穏やかだった。月も出ている。今日は半月だ。

「ほら立って。潜水艦にやられるよ」

 大破して服も艤装もボロボロになったアラスカが吹雪に手を差し出した。吹雪は立ち上がろうとするが、うまくいかない。

「緊張が解けて、力が入らないみたいです……。はは」

「あんたは歴戦の艦娘なんでしょう? それでどうするの? 帰投するまでが作戦よ」

「そう……ですね」

 最終的にアラスカだけではなく、ファラガットと初雪に支えられて吹雪は立つことができた。

「周囲に敵影は……レーダー壊れてるからわかんないや」

 アラスカはSGレーダーは砲塔2つが破壊されたときに破片が当たって壊れていた。性能の良いSGレーダーを積んでいるのはアラスカ、インディアナポリス、吹雪だけで、その3人ともレーダーは戦闘によって壊れていた。

「はい、ありません。たぶん」

 最終的に白雪が搭載していた22号対水上電探で確認し、司令部に敵艦隊撃滅の報告を行った。

 

 日の出と共にTF101を迎えに来たのは2機のヘリコプターCH-54タルへだった。

 空中クレーンとも呼ばれるCH-54 タルヘの細い胴体部分からは鋼鉄製のベンチが数個、ワイヤーで吊され、そのベンチに艦娘達は座る。これは艦娘のヘリを使った緊急展開と緊急帰投として考えられたものだ。

「朝日が綺麗」

「そうね」

 吹雪とファラガットは同じベンチに座っていた。吹雪とファラガット、両方とも服は所々破れていて、深海棲艦の血のしみができている。

「あんな技どこで習ったの?」

「技ってこれのこと?」

 ファラガットの問いに吹雪は腰に差している「瑞草」を指さして尋ねる。ファラガットはうなずく。

「天龍さんと龍田さんに習ったの。あ、天龍さんと龍田さんって分かる?」

「ああ、あのオンボロ軽巡」

「オンボロって……おかしくは、ないか」

 天龍型は1917年建造の古い船だ。金剛型も同じくらいではあるが、天龍型は金剛と違って、大規模改装も何もしていない。よくあれで太平洋戦争の第一線を戦っていたものだ。

「それはそうとして、私が剣を習ったのは天龍さんと龍田さん。2人は実戦における刀剣の実用性についてずっと検証してて、そんなに艦娘も多くなかった頃に暇つぶしとして習わせられたの。今になってあれが活きるとは思わなかったな」

 刀に障壁を纏わして敵を斬る、というのも天龍と龍田が開発したものだ。発明した時はかなり褒め称えられたのだが、実際の所、刀を実戦でまともに使っている艦娘は今でもあの2人くらいのものだ。使い時がかなり微妙なので刀などの近接武器は使わない艦娘の方が多い。それ以前に刀は正式装備ではない。

「じゃあ、その刀もテンリュウとタツタからもらったの?」

「違うよ。この「瑞草」は日向さんからアメリカに行くお祝いとしてもらったの」

 吹雪は「瑞草」の柄を左手で握る。ファラガットは最初、ヒュウガがどの艦だったか思い出せなかったようだが、ヒュウガ……ヒュウガ……と呟いている内に思い出したようで、

「ああ、あの空母か戦艦か中途半端な奴」

 間違ってはいないね。吹雪は心の中で呟いた。

「日向さんと伊勢さんも結構刀の練習はしていたな」

 あの2人に剣を習うことはなかった。代わりに瑞雲の話なら結構聞いた。主に日向さんから。

「あたしもそういうの使いたいな」

「へえ。ショーもそんなこと言ってたよ。アメリカならトマホークかサーベルか、そんな辺り?」

「そう……だね。メデューサ辺りに頼んでみるかな」

 そう言って、ファラガットはセントローレンス湾がある方角を見た。ヘリコプターというのは艦と違って速いもので、すでにセントローレンス湾が水平線の手前に見えていた。




 3話ぶりの吹雪です。頑張ります。活躍します。
  
 今回の補足解説。刀に纏わす障壁について。
 艦娘や深海棲艦が発生させる障壁は意識の仕方によって形を変えます。防御にも使えますし、訓練すれば攻撃にだって転用できます。直接的に言うなら、見えないけれどものすごく硬い物体を発生させる、というところでしょうか。
 刀を使っているのはあくまで、イメージ(意識の仕方)がしやすいからです。イメージさえできれば鉄パイプでも同じことができます。

 最後に出たCH-54タルへですが、皆さんも一度調べてみてください。面白いヘリコプターです。
 裏話的な話をすると、CH-54タルへは「強襲! バミューダ諸島」の最後で登場させる予定でした。C-130を離陸させるために敵深海棲艦と交戦していたら置いて行かれて、吹雪達は自分たちで帰るのですが、途中でタルへが迎えに来るという話でした。しかし、この案はバミューダ時にはキャラクターが暴走(作者の暴走?)して、終わらしてしまったので没に。そして今回で復活というわけです。
 感想などお待ちしています。


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第20話「大追撃」その1

 いい加減タイトルが冗長なので変えます。


 ウルヴァリンとセーブル。居残り組はセントローレンス湾の湾口で空を見上げていた。

「帰ってきたよ」

 ウルヴァリンがセーブルに囁く。東の空に2機のヘリコプター。TF101を連れ帰ってきたCH-54タルへだ。ウルヴァリンは手を大きく振る。

 タルへがつり下げているベンチからもセーブル達を確認したのか、1人の艦娘が手を振ってくる。

「危ないな。落ちるぞ」

「元気そうでいいじゃない。誰も沈まなかったって話だし」

 報告では敵艦隊を全滅させ、大破や中破といった損害が出た艦娘はいたものの沈没した艦娘はいないということだった。敵艦隊のすべてを沈められなくても良い。全員活きて帰ってきたことはウルヴァリンとセーブル両名にとっても嬉しいことだった。

「私達も陸に上がって、言ってあげましょう。お帰りって」

「ああ」

 

 ニュージャージー州トレントンの北、セントローレンス湾の南にあるシンクレアーズ島。その小さな島に艦娘の前線基地が設けられていた。

 艦娘達が座るベンチを吊すCH-54タルへ2機はTF101の艦娘達を労るようにゆっくりヘリポートに着陸した。TF101の艦娘達はベンチから降りる。そして、出迎えていたディロンや艦娘艤装整備員達、TF100の損害が軽かった艦娘、居残り組の艦娘がTF101を囲んだ。

「ようやった! ようやった!」

「おかえり!」

「良く無事に帰ってきた!」

 口々に賞賛の声を浴びせる。TF101旗艦であるアラスカはディロンの前に出て、敬礼する。

「第101任務部隊。アラスカ以下、18名。敵艦隊を全滅させ、全員無事に帰還しました」

 ディロンはアラスカの姿をまじまじと見る。服は所々破れ、12インチ三連装砲の内2基がアームだけを残して消えている。空色の髪も乱れ、唇も青みがかっている。しかし、目は輝いていた。

「よくやった。詳しい報告は後でいい。とりあえず早く艤装を下ろして休め」

「はい。第101任務部隊、休息に入ります」

 アラスカは敬礼の手を下ろす。艤装整備員がTF101の艦娘の背中を押して、整備棟に急ぐ。

 

 艤装整備員達は大忙しだ。TF100の艤装修理が終わったと思ったらTF101の艤装修理である。しかし、艤装整備員はそれが仕事。夜通し作業だが、いつでも出撃できるよう迅速に、しかし丁寧に修復作業を進める。

「損傷が大きい艤装は修復槽! アラスカの!? ありゃ全部だ全部! 損傷が軽いやつは部品交換で対応! インディアナポリスの艤装も修復槽!」

 東海が叫ぶ。天井クレーンでアラスカの体から艤装が取り外され、高速修理材をバケツ30つ分入れた浴槽に浸ける。温度変化に弱い人工高速修理材をこのように使用するのは不適切ではあるが、作業時間を短縮するにはこれが一番早い。

「12インチ三連装砲が2、魚雷発射管が4、12.7㎝砲1、5インチ砲3、6インチ砲1、8インチ砲6――――」

 戦闘で消失した艤装も多い。全てチェックして不足分を倉庫から引っ張り出してくる。弾薬は込めていない状態なので整備員達は弾込めしなければならない。

「酸素魚雷は在庫なし……か。おい! 533㎜の魚雷発射管さらに6つ追加な! あと5インチ砲の交換砲身13本!」

「後になって言わないでください!」

「艦娘は艤装外したらさっさとシャワーいけ! 邪魔だ!」

「プリングルのカタパルトは!? 根元からなくなってますよ!」

「あれ使うことほとんどないって言ってたから別にかまわん! 鉄板で塞いどけ!」 

 朝日に照らされる整備棟。中の騒がしさは日が暮れても消えることはなかった。

 

 夜が明け、ノーフォーク上空で湾内と泊地水鬼を偵察していたU-2ドラゴンレディ、コールサイン「エイギル6」は変なことをAWACSに報告した。

「湾内に駆逐艦を6体確認した。昨日で湾内の深海棲艦は撃破するか、湾外に脱出したのではないのか?」

『エイギル6、再度繰り返せ』

「ノーフォーク湾内に駆逐艦級の深海棲艦を6体確認した」

 AWACSとエイギル6との間の通信回線はしばし沈黙していた。3分ほど経ってAWACSが応答する。

『昨日の空爆と戦闘により、湾内の深海棲艦は潜水艦級を除いて全滅している。エイギル6、潜水艦級ではなく、確かに駆逐艦級か?』

 エイギル6は何度も確認を取らせるAWACSに少々いらだちながらも、カメラ画面に映し出されている深海棲艦の特徴も含めて報告する。

『了解した、エイギル6。引き続き偵察任務を続けられたし』

「了解」

 エイギル6は機体に搭載しているカメラを6体の深海棲艦に向ける。黒い肌。魚のような外見。緑に光る目。紛れもなく駆逐艦級の深海棲艦だった。

 

 テネシー州アーノルド空軍基地でオメガ11は予備機のYF-16に乗って出撃しようとしていた。

 オメガ11の乗機であった別のYF-16は昨日、敵の対空砲火に運悪く当たってしまい、墜落したのだ。そしてパイロットのオメガ11のみが帰ってきて、1機しかない予備機を使って出撃しようとしているのだ。

「昨日撃墜されて、よく今日も飛べますね。体大丈夫ですか?」

 整備員が尋ねる。すでにコックピットに収まっているオメガ11はガッツポーズして答える。

「なーに、俺の取り柄は体の頑丈さよ。もう一度落ちたって大丈夫だ」

「YF-16の予備機はもうありませんからね! 落として帰ってきたら、F-4かF-105ですからね。分かっていますか?」

 レコンキスタ作戦に投入されているYF-16は増加試作機であって、制式採用にもなっていない機体だ。ゆえに数も少ない。空軍でオメガ隊にしか渡されていない航空機だった。

「分かってる、分かってる。なーに、大丈夫だ」

 絶対分かってないだろ。整備員はそう思った。オメガ11はタキシングして、他のオメガ隊メンバーと空に飛び立つ。

 

 MBT-70で編成されたある戦車中隊は戦線後方で部隊の休息を行っていた。レコンキスタ作戦1日目の夜間進撃を行った部隊は今の時間、睡眠や戦車の整備を行っている。

「しかし、MBT-70ってのは良い戦車だな」

 中隊長がMBT-70砲塔の被弾痕を触って呟いた。オリーブドラブの塗装が剥がれ、鉄の銀色の地肌が出ているだけ。被弾時の衝撃からして100㎜クラスの砲弾の直撃を食らったようだが、250㎜もの装甲はこれだけで済んでいる。M60やM48であれば貫通したかもしれない。

「最新戦車は伊達じゃないということか」

 最新兵器というと超強力なイメージはあるが、兵士達にとってあまり好むものではない。最新兵器=実績がない、ということでもあるからだ。

 MBT-70は元々ドイツとアメリカの共同開発だった戦車で開発の進み具合はグダグダだったのだが、深海棲艦の跳梁によって共同開発はできなくなり、アメリカ単独で開発したところ、スムーズに開発は進んだ。両国の要求の擦り合わせがなくなった分、早く進んだのである。その分、完成度も高くなったということだ。これがなければ完成は2020年になったとも言われている。

「計画段階じゃ、ライフル砲じゃなくて、ガンランチャー、積む予定だったみたいですけどね」

「空挺のシェリダンと同じ奴か?」

「いえ、シェリダンの発展型で別物らしいですけど。それと油圧サスペンションもドイツが提案していた簡単なものになったらしいです」

 MBT-70の開発はクライスラー社が行い、開発時間を短縮するため、新機構の排除・オミットなどを行ったのだ。しかし、エンジン周りの故障が頻発し、可変圧縮比エンジンではない液冷ディーゼルエンジンに変更したりと完成は深海棲艦上陸後と少々遅れはしたものの完成した。

 しかし、陸上に上がった深海棲艦の能力は非常に低く、既存兵器でも十分に対抗できるということがわかり、米陸軍はコストのかかる新兵器よりも量産効果で廉価になったM60パットンをそろえる方針をとった。MBT-70はクライスラー社に量産体制を取らしていた上でである。

「まあ、そんなゴタゴタした話はどうでもよろしい。こいつが使えればいいんだ。実際使えるんだから良い話だよ」

「使えると言っても潰走する敵の追撃ですけどね」

 まあな。そう、中隊長は答える。

 

 オメガ隊の役割は潰走する敵を援護する部隊の撃破だった。

 米軍の止まることのない進撃に深海棲艦は組織としてすでに体を成しておらず、逃げるばかりだった。それでも潰走する部隊を別の深海棲艦が援護したりするのは深海棲艦が機械ではなく、生物故の行動だろうか。

『でも俺達には関係ない。ただ叩き潰すだけよ。オメガ11、今度は落ちるなよ』

「そう何度も落ちやしませんよ」

『メーカーにとって被撃墜サンプルが取れるのは嬉しいことかもしれないけどな。よし、オメガ隊、攻撃開始!』

 オメガ隊はYF-16の機首を敵陣地に向ける。

 今回、YF-16が翼下に搭載しているのはガンポッドGPU-5。中にはGAU-13という4連装ガトリングガンははA-10に搭載されているGAU-8アヴェンジャーの派生型である。YF-16はそれを左右1つずつ吊っていた。

 30㎜焼夷徹甲弾がGPU-5の先端にちょこっと開いた穴から1秒に50発という早さで大量に放たれる。

 初速990m/sの30㎜弾は深海棲艦を射貫き、戦車型は無数の大穴を開け、芋虫型は衝撃波で跡形もなくなる。

 そして敵陣地の意識が空に向いた瞬間、地上部隊が攻め込む。敵はまともにアメリカ軍の戦力を削ることもできずに沈黙する。もはや蹂躙。そんな言葉が相応しい。

 オメガ隊は潰走する敵の追撃に映った。

「なんだか気持ち悪いな。うげぇ」

 オメガ11は潰走する深海棲艦を見て、思わず吐き気がした。想像してみよう。荒廃した田畑の緑が芋虫型で灰色に染まるくらい大量の芋虫型が這っているのである。気持ち悪いことこの上ない。

「ナパームで焼きたい」

 YF-16の翼下にあるのはGPU-5。ナパーム弾ではない。オメガ11はため息を吐いて、掃射する。深海棲艦の血で地面に蒼い線が引かれる。

 

「風呂上がりのアイス、最高!」 

 風呂上がりの吹雪達はアイスクリームを食べていた。もちろん、ファラガット達アメリカ艦娘もである。

 アメリカ人というのは大のアイスクリーム好きで、その逸話もたくさんある。アイスクリーム製造器が配備されて、嬉しくてはしゃぎまくり、足を骨折した兵士がいただとか、駆逐艦が空母のパイロットを救助したら空母からアイスクリームがご褒美として送られただとか、自艦にアイスクリーム製造器を導入させようとドック入りのたびに熱弁を振るって、ついにそれを成功させただとか、1500ガロン(5670リットル)ものアイスクリームを造り、保存できる特務船「アイスクリーム・バージ」を建造するとか、いろいろある。アイスクリームはアメリカ文化の1つなのだ。もっともアイスクリーム自体の起源はまったく別の所ではあるが。

「日本じゃ、アイスないの?」

「いや、あることはあるけど、そんなに食べないかな」

 エドサルに吹雪は答える。日本海軍の給糧艦は間宮と伊良湖くらいのものだし、アイスクリームを作ることができるのも電気冷蔵庫を備えている間宮と伊良湖くらいのものだ。日本海軍艦艇での甘味で機械的に作る物といったら基本的にラムネしかない。

「あー、でも街にはアイスクリーム屋さんとかあるよ」

 アイスクリームを作れる艦は少なくても鎮守府の外の街では普通にアイスクリーム屋さんはある。外出する際には食べたりもするが、回数は少ない。

「アメリカのアイスは甘いね。間宮さんのはさっぱりした味だったけど」

「そう? これが普通だと思うけど」

 アメリカ人は味の濃い物が好き、というのは実際のことなのだが、このアイス自体は早い疲労回復を狙っただけなのかもしれない。ただ、

「アラスカ、あんた取りすぎじゃないの」

 食べる量は多いと思う。ファラガットに怒られているアラスカはバケツ満杯のアイスクリームを頬張っている。お腹を壊しそうだ。

「大丈夫よ。アイスクリームはまだまだ余ってるわ」

「え、本当?」

 本当、とアラスカは答えて、ファラガットはアイスクリーム製造器の方に走っていった。

 周りをよく見てみればアメリカの艦娘は皿一杯なのに、白雪や深雪、初雪は普通の量だ。日本人は小食なのか、アメリカ人が大食らいなのか、どっちだ? と吹雪は疑問に思った。

 

 オメガ11はHUDに表示されるガンピパーを戦車型に合わせ、発射。30㎜弾が吸い込まれるように着弾して爆発する。

 今のがこの区画最後の戦車型。いくつもの煙が立ち上り、陸軍が進軍していく。オメガリーダーはガンポッドに残っている残弾は少ないと伝えた上で、AWACSに指示を請いだ。

『エリアJ8に砲台型が多数展開している模様。オメガ隊は威力偵察せよ』

『了解』

 オメガ隊は指示された区域に急行する。

 砲台型。名前の通り榴弾砲や対戦車砲などの砲兵隊のような役割をする陸上深海棲艦である。見た目も長くて太い砲身を持っていることから一目瞭然。足を地面に突き刺して砲撃の反動を受け止めるところもまさに大砲だ。

 この砲台型、米陸軍にとっては泊地水鬼を除いた陸上深海棲艦の中で一番の脅威だった。機動力はからっきしなのに対し、大小はあるものの火力だけは一級。中にはM110A2 203mm自走榴弾砲並みの榴弾を撃ってくる個体があれば、M60A1の254㎜の正面装甲を貫通する徹甲弾を撃ってくる個体もある。その上、基本的に森や高地に群で布陣していることが多い。電子妨害によって深海棲艦同士の連携が取れていないため、間接射撃を行っている砲台型はほぼいないが、直接照準できる距離に砲台型がいた場合、米陸軍にとって脅威である。実際、集中砲火を浴びて全滅してしまった戦車隊や機械科歩兵もいる。

 エリアJ8の砲台型は珍しく長距離射撃をしていた。森の中に隠れ、砲弾をまるでつるべ打ちのように米軍に送っている。発砲炎で森の中でも位置が一目瞭然だ。

『オメガ隊、攻撃!』

 機首を砲台型が隠れる森に向ける。30㎜弾の残量からしてこれが最後だ。オメガ11はガンポッド内に残った30㎜弾を全て森に撃ち込む。

「おおっ」

 森の上空を横切ったすぐ後、機体が揺れた。オメガ11は思わず声を上げてしまう。首を回して、森の方を確認すると、弾薬に着弾して誘爆でもしたのか、キノコ雲が上がっていた。機体が揺れたのは爆発の際の衝撃波だ。爆発の炎で森の木々が燃え始める。

 あれならみんな燃えて、後続部隊は必要ないな。オメガ11がそう思ったとき、森の中から何か出てきた。

 




 はい、今回の補足解説。
 YF-16は実際にはGPU-5を積めません。F-16A/B block10では積めますが、2門も積めません。胴体下に1門だけです。今回、YF-16が翼下に2門も積めたのはジェネラル・ダイナミクス社がYF-16で色々実戦試験をやりたいからです。YF-17も結構色んな装備を積めます。

 最近、暑くなってきましたが、皆さん暑いからって布団も何も掛けずに寝ると夏風邪引きますので注意してください。夏風邪はなかなか治りません。トマトと肉をたんまりと食って9時間睡眠しても3日は喉が痛かったりします。注意してください。

 次回からはオメガ11と陸上部隊の愉快な仲間達のお話です。


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第20話「大追撃」その2

 森の中から出てきたのはM113装甲兵員輸送車とM110 203mm自走榴弾砲、合わせて十数両だった。

 まさか、味方部隊だった!? オメガ11は混乱した。戦場に誤射はつきものではあるが、味方殺しというのは耐えがたいものだ。

『M113でもM110でもないぞ! よく見ろ!』

 オメガ・リーダーが無線で叫んでいる。オメガ11は視力2.0の目を細めてよく観察する。

 確かに少し違う。M113の方は車体上部に砲塔らしき黒いものが乗っかっているし、M110の方も車体から真っ黒な砲身が突き出ているように見える。オーストラリア陸軍には砲塔を乗せたM113があるが、米陸軍にはそんなM113はないし、M110の方も車体から砲身が突き出るというドイツ陸軍の駆逐戦車のような外見ではない。車体の上にドカン、と大砲が乗っている形だ。

 こいつらは一体何者なのか? オメガ11の疑問に謎のM113とM110はすぐに答えてくれた。

 謎M113の黒い砲塔から伸びている細長い砲身が、一番低空を飛行していたオメガ11のYF-16を捉え、発砲した。

「敵かっ!」

 発砲炎を見たオメガ11は瞬時に操縦桿を倒して急旋回するが、遅かった。音速の3倍の速さで放たれた無数の砲弾がYF-16 の左翼を貫き、砕く。続いて右翼のガンポッド。垂直尾翼。再び左翼。胴体中央。狙いはレーダー射撃のように正確だった。

「オメガ11、脱出する!」

 これはまずい、と思ったオメガ11は躊躇無く、射出座席のフックを引いた。

 

―――――――――――――――

 

 オメガ11はパラシュートを外しながら空を仰ぎ見る。AGM-65マーベリックを翼下にたんまりと積んだF-111の編隊が謎M113と謎M110のいた方向へと飛んでいく。

 またやってしまった。空を仰ぎ見ながら、オメガ11は少し後悔していた。もうYF-16には乗れないのである。今回も五体満足で頸椎に障害を残すこともなく、活きて地上に降り立つことができたことを喜ぶべきなのだが、オメガ11は最新鋭機でなかなかに性能の良いYF-16を落としたことを少し後悔していた。

 しかし、あの謎のM113とM110は一体何だったのか。まさか本当に米陸軍の部隊で誤射してきたオメガ隊を敵だと思って反撃してきたのか。それともカメレオンのようにM113やM110に擬態していたのか。

 オメガ11は考えを巡らしながら、射出座席からサバイバルキットを取り出した。ここは完全な敵地。偵察隊は所々にいるだろうが、彼らにも任務があるだろうし、前線からは結構離れている。ヘリが迎えにくるまでは自分で生き残らなければいけない。

 オメガ11はM1911コルト・ガバメントを取り出し、スライドを引いて、薬室に弾丸が装填されていることを確認した。

 

 F-111がAGM-65マーベリックで謎M113をアウトレンジから撃破した後、偵察隊のM41ウォーカー・ブルドックが簡単な調査に来ていた。

「これは深海棲艦でもあって、M113でもあるな」

 M41の車長が撃破されたM113と融合した深海棲艦を足で蹴る。

「車長、やめてください! もし生きていたらどうするんです!?」

「何のために俺達が遣わされてるんだ。主砲で撃てばいいだろ」

 砲手の心配をよそに、車長は死骸に触りまくったり、登ってみたりする。マーベリックの直撃で焼け焦げているので詳しくは分からないが、シャーシや装甲部分はM113のままで、報告にあった砲塔などは深海棲艦だったようだ。報告にあったM110の方もM113と同じようなものだが、こちらはM110と融合した深海棲艦というわけではなく、M113に砲台型が融合したようだ。M113のアルミ装甲を内側から突き破って、深海棲艦特有の黒々しい砲身が伸びている。

 ある程度のことは分かったので、車長はM41の車内に戻って、M41を発進させた。長居はあまり良くない。

「兵器との合体までするなら、ノーフォークにいる泊地水鬼とやらは、もう、やばいのでは?」

「いや、湾岸に配備されていた兵器はほぼ爆破処分しているはず。すでに取り込んでいるのなら俺達はもっと苦戦しているはずだ」

 深海棲艦が本土に上陸する以前のこと、米海軍や米陸軍は深海棲艦にミサイルやレーダーなどをコピーされる可能性をできるだけ無くすため、沿岸地域の移動できない弾薬や兵器は爆破していた。さっきのM113と融合していた深海棲艦は陸軍が後退時に爆破できずに放棄したか、戦闘時に撃破されたが損傷が少なかったM113と融合したのだろう。

 深海棲艦。機械なのか、生き物なのは本当にはっきりしない奴らだ。車長はペリスコープで遠ざかっていくM113と融合していた深海棲艦を見ながら思う。

「しかし、問題は大きくなったぞ。機械類と融合ができるってことは、攻撃禁止命令が出ている工場とか、やばいだろ」

 

 オメガ11は工業団地の中を歩いていた。この工業団地の中央広場が救出部隊との合流地点である。沿岸部に配備されていた米軍兵器などが後退時に爆破処分されたのに対して、工業団地の工場はそのまま残されていた。

 この工業団地に限らず、深海棲艦に占領されている沿岸部のほぼすべての工場が爆破などはされずに残っている。これは深海棲艦は兵器のコピーや生産はするが、工場を取り込んで、生産することはないだろうと考えられたからだ。米軍としては兵器と同じように爆破処分することを提案したが、産業界と海軍からは爆破した場合、戦後復興に多大な費用と時間がかかると主張し、爆破処分案は取り下げられたのだ。

 そのため、兵器工場などはそのまま残っているし、ノーフォーク海軍造船所やニューポート・ニューズ造船所も残っている。そしてこのレコンキスタ作戦でも工場類は攻撃しないように命令が出ている。

 いまオメガ11が歩いている工業団地はクライスラー社の工場で、かつては自動車を造っていた。しかし、数年の間、人が入ることもなく、整備ひとつもやっていない工場はアスファルトやコンクリートがひび割れ、ひび割れたところから雑草が生え、葛が何筋か工場の壁面を登っている。

 オメガ11は荒廃した工場を見ながら、いつか見た「人類がいなくなったら」というテーマのテレビ番組を思い出していた。確か人類がいなくなってから数年すれば道路や建物は草に覆われ、特に建物は草木の根の力によって倒壊していまう、ということだったが、この工業団地はほとんど植物の侵略を受けていない。未来予測というのは当てにならないものだ。

 そんなことを考えながら、工場内を進んでいると、ヘリのバラバラバラというローター音が北から聞こえてくた。HH-60ナイトホークが3機。オメガ11は急いで広場に行き、鏡で太陽光を反射させて、HH-60に自身の存在を知らせる。トランシーバーにも、確認した、と返事が来る。

 HH-60は3機でその内の2機はETS翼がついたガンシップ型HH-60であり、翼下にはM134ミニガン2丁、TOWミサイルチューブ型ランチャー8本を搭載していた。敵地に落ちたパイロットの救出にくる場合はただのHH-60とガンシップ型HH-60の3機編隊が米空軍の中ではベターになっていた。

「おーい、ここだー早くしてくれー」

 HH-60がホバリングに移って、ゆっくり広場に降りてくる。オメガ11はHH-60を見上げていたが、ローターが生み出すダウンウォッシュによる目の乾燥に耐えきれず、顔を下げる。

 下げた視線の先には芋虫型陸上深海棲艦数匹がいた。

 敵! と叫ぼうとした瞬間、弾丸の雨が芋虫型に降り注ぐ。ガンシップ型HH-60のM134の掃射だ。幸いなことにオメガ11の発見とHH-60側の発見もほぼ同時だった。数百発の7.62㎜弾を食らってミンチと化す芋虫型。しかし、幸いではないこともあった。今度はガンシップ型HH-60は気付けず、オメガ11が異変に気づいた。地面が揺れている。

 もしや戦車型!? そう思ったときには遅かった。オメガ11背後の工場建屋の壁を突き破って戦車型が飛び出してきたのだ。戦車型はそのままの勢いで、もうタイヤが地面に触れる寸前だったHH-60に体当たりをかます。戦車型の重量は個体差もあるがたいていは20tから30t。一方、HH-60は9tほど。壊れるのは当然、HH-60の方だった。HH-60はキャビンのある胴体部分でふたつに折れ、向かい側の工場建屋の壁にたたきつけられた。ちぎれた4枚のローターが回転の勢いを保ったまま勝手な方向に飛んでいき、戦車型が飛び出してきた建屋とは別の工場建屋に突き刺さる。

 それが合図になったのか、この工業団地の工場建屋全てから戦車型や芋虫型、砲台型などの陸上深海棲艦がわらわらと出現した。

 オメガ11は走り出す。体当たりされたHH-60は燃料に引火して燃えだしているし、こんな状態になった以上ガンシップ型HH-60も降りられる状況ではない。コルト・ガバメント1丁でどうにかできるわけもないし、この場にいる意味はない。

 ガンシップ型HH-60はTOWミサイルとM134ミニガンで逃げるオメガ11を援護するが、いかんせん数が多く捌ききれない。終いには2機の内1機がテイルローター周りに被弾。クルクル回りながらも軟着陸することができた。しかし、墜ちたHH-60に芋虫型が群がる。1機残ったHH-60のパイロットは墜ちたHH-60クルーに向けて、十字を切った。 

 

 初めに気づいたのは元海軍所属であったA-4スカイホークのパイロットだった。

 敵の戦車型に爆弾を落としてきた帰りに、海岸線に並ぶ工場群を見ていると工場の手前の地面が動いているように見えた。

 はて何か? 隊長機に進言して、工場近くを飛ぶとその正体は一目瞭然。

 地面を埋め尽くすほどの陸上深海棲艦の大群だった。工場の門からは戦車型が次々と排出されている。工場が陸上深海棲艦の生産場所となっているのだ。

「うわぁ」

 パイロットは自分から見に行くことを提案したくせに、その正体を見ると、情けない声を出した。工場系統の建物は破壊禁止ですが、どうしますか!? と隊長に言おうとした矢先、深海棲艦が撃ってくる。急旋回すると共に、エンジンスロットルを一杯にして、敵の射程外に出る。

『爆弾のない俺達にはどうしようもない。AWACSに報告だ』

 




 最近忙しくて投稿ができませんでした。オメガ11は出ましたが、陸上部隊の愉快な仲間たちが出せませんでしたし、今回は特に短いですが、ご容赦を。
 工場型陸上深海棲艦のアイデアは「都会の男子高校生」さんからのアイデアです。アイデアそのままというわけではありませんが。読者さんからの声というのは良い励みにもなりますし、アイデアの元にもなります。読んでくださる皆さんありがとうございます。
 さて、今回の補足解説です。
 オメガ11救出にはHH-60ナイトホークが現れましたが、ガンシップ型HH-60なんてありません。陸軍のMH-60ならば同じようなものはありますが、空軍型のものはこの世界オリジナルです。HH-60ペイブ・ホークにはスティンガーやサイドワインダーが搭載できるそうですが。


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第20話「大追撃」その3

 オメガ11は腰の所までぼうぼうに草が生えた元畑を走っていた。後ろからは深海棲艦が追いかけてくる。追いかけてくる芋虫型は草にすっぽりと隠れて見えないが、草が揺れる様子と轍で位置は分かった。自分に向かって伸びてくる轍はさながら鞭のように見えて、オメガ11は力の限り走った。

 敵から逃げる場合は大体の場合、見つかりにくいところを通るのがベターだが、オメガ11はできるだけ開けたところを走った。幸いながら制空権は米軍が握っているし、味方の前線もさほど遠くはない。遠距離からの狙撃が危険ではあるが、開けた所ならば味方に見つけてもらえる可能性は十分に高い。有無の分からない狙撃の危険性よりも後ろから追ってくる芋虫型の方が明確に危険だ。

 上空にF-4ファントムⅡの編隊が横切る。左手に握っていた手鏡で太陽光を反射させてみるのだが、気づいてもらえたのかはよくわからない。とにかくオメガ11は走った。

 

 海軍の、いや現在では空軍所属のA-4スカイホーク部隊が送ってきた情報を聞いた陸軍元帥ミラン・グレプルは机に拳を強く振り下ろして、こう叫んだ。

「あれほど私は主張したのに……海軍と産業界のバカどもめが!」

 グレプル元帥はレコンキスタ作戦以前から、深海棲艦が本土に上陸する以前から工場などの爆破処分を主張してきたのだが、海軍と産業界の横やりによって、その実施はできなかった。確かに海軍や産業界にとって工場や湾港施設、建造施設が大事というのは陸軍のグレプル元帥も理解しており、工場や湾港施設を爆破処分するのはやめて欲しい、湾港施設の再建に何年かかるかも分からない、という気持ちも十分に分かる。しかし、相手は的の兵器をコピーすることができる深海棲艦なのだ。自分に撃ち込まれる兵器のみならず、工場や機械関係のものも同化、コピーできるのは予想できたはずなのだ。

 グレプル元帥はもう一度机に拳を振り下ろし、ため息をついて部下に尋ねた。

「B-52で編成された出撃可能な部隊は?」

「はい、今すぐ出撃可能な部隊は5。再出撃準備中なのが9です」

「5部隊でもかまわん。すぐに出撃させて今にも陸軍部隊の側面を食い破ろうとする敵部隊と工場を叩け。MLRS(多連装ロケット砲システム)部隊とトマホーク部隊もだ」

 早く。早く。早く。グレプル元帥は胸の内で何度も繰り返しながらも、次々手元に舞い込んでくる情報に目を通した。

 

「撃て!」

 第82空挺師団のM551シェリダン空挺戦車が戦車型に向けてHEAT-MPを打ち込み、撃破する。第82空挺師団は予備部隊として北から進軍する米軍部隊の側面を工場から大量発生した深海棲艦から守るために急遽投入されていた。

「HEAT、これで3発です!」

 しかし、所詮は空挺部隊であり、持っている弾薬はそれほど多くはない。このシェリダンに限らず、多くの空挺隊員が弾薬の欠乏に悩まされている。分隊支援火器のM60機関銃の射手なんてほとんどが自前の弾を撃ちつくし、シェリダンなどから機関銃弾を譲り受けていた。それほど撃ち続けてもまだ深海棲艦は波のように押し寄せる。

「切りがない! M2機関銃使うぞ!」

 車長が砲塔ハッチのロックを解除しようとする。砲手は危険だ、と止めるが、車長はかまわずハッチを開き、外に顔を出した。

 戦場が耳を襲ってきた。

 絶え間ない悲鳴と砲声、銃声。硝煙と生々しい、そして焦げ臭い肉の匂い。

 なにくそ! 車長は声で勇気を奮い起こし、上半身を露出させ、ブローニングM2重機関銃の取っ手を握った。大きな鉄製の照準器をのそのそと動いていた芋虫型に定め、トリガーを引く。

 放たれた無数の12.7×99mm弾は一瞬で芋虫型を引き裂き、ひき肉に変える。

 よぉおおおし! 車長は歓喜の声を上げるが、頭に銃弾を食らい、次の目標に照準を定めることはできなかった。

 

 オメガ11は200mほど先にある林にM113の姿を認めた。

「た、助かった!」

 オメガ11はすでに10㎞ばかし走っていて、息も絶え絶えだが、力を振り絞ってM113の林に入った。

 助かった助かった。車載機銃のブローニングで芋虫どもを蹴散らしてくれ。そんな風にオメガ11は願ったのだが、M113は何もしない。

 よくよく考えてみれば変である。ここは最前線の近くと行ってもまだ敵勢力地である。そんな危険地帯であるというのにM113の周りには随伴歩兵の一人もいないのだ。さらに考えてみると、偵察任務を行う車両はM41ウォーカー・ブルドッグであって、M113が出てくるはずはない。

 しかし、オメガ11の走る先にいたのはM113である。もしや撃破された車両だったのか? そんな疑問にM113はわかりやすく答えた。

 M113がオメガ11に向けて全速力で走り出したのだ。

「うぁ、わぇ!」

 あまりのことにオメガ11は変な声を出しながらもM113の突進を何とか避ける。

「なにが、どう!? ――――あ」

 M113の後部には内部の歩兵たちが降りるためのランプがあり、そこからは内部を見渡すことができる。本来ならばそこには出入り口があるところに、ぎょろり、という擬音が正しいような複眼があった。オメガ11はその複眼と目が合い、「やあ」なんて言ってしまう。

 相手も「やあ」と返してくれる――――わけがない。M113両側面のアルミ装甲を触手2本が突き破ってオメガ11に襲いかかった。

 オメガ11の反応は早かった。地面に腰をついて後ろ回りして触手を避け、さっきまで見つめ合っていた複眼にコルト・ガバメントを連射した。距離は3mほどで外れるはずもなく、命中。深海棲艦の蒼い血が噴水のように銃創から湧き出る。

 目が見えなくなったのか、どうなのかは分からないが、M113の車内に巣くっていた深海棲艦はむちゃくちゃに2本の触手を振り回し始めた。オメガ11は後ろに下がりながらコルト・ガバメントの弾倉交換をしていたが、運悪く触手にコルト・ガバメントが弾かれてしまった。コルト・ガバメントは放物線を描いて薮に消えた。

 もう逃げよう。そんなときに右足に鋭い痛みが走った。見れば芋虫型がオメガ11の右足に噛み付いている。

 オメガ11は人間とは思えない、獣じみた声を上げて、左足で右足に噛み付いている芋虫型にかかと落としをした。芋虫型はつぶれて辺り一面に蒼い血を散らす。オメガ11の頬にも散った。

 オメガ11は再び走って逃げ出した。

 

 丘の稜線からひょっこりと出たのはM60A2パットンの凸のような形の砲塔だった。

 M551 シェリダンと同じM81 152㎜ガンランチャーを装備した砲塔は米軍内でもトップクラスの厚さ、292㎜もの装甲を持っていた。そんな装甲を貫ける砲を持つ陸上深海棲艦はいない。真四角の防盾は砲弾をはじき返す。

「見つかってる! FCS問題ないか!?」

 砲手は敵に照準を定めながら、危機の状態を確認する。特に問題はないようだ。砲手がレーザーを敵戦車に照射する。

「よし、シレイラ発射!」

 砲口からシレイラミサイルが発射され、反射してきたレーザーに沿ってまっすぐ戦車型に飛んでいき、命中した。弾薬がHEAT弾頭のメタルジェットで引火したのか、砲塔部分が車体部分から吹き飛んで、空を舞ってから地上に墜ちた。

 芋虫型は戦車型が撃破されたため、後ろに隠れて進むことができなくなったためなのか、一気にM60A2に向かって進んでくる。

「キャニスター装填! なぎ払え!」

 装填手が弾頭が砲弾形ではない、円筒形の砲弾をガンランチャーに装填する。キャニスター弾は大砲で使用される対人用砲弾で、簡単に言うならばショットガンの弾のようなものであり、大量の散弾を敵に撒き散らす。対人用砲弾ではあるが、芋虫型でも十分有効な砲弾だ。

 砲手はなかなか照準を定めれなかった。キャニスター弾はミサイルのように誘導もできないし、散弾のため通常の砲弾と同じようにまっすぐは飛ばない。散弾は風に流されやすいし、距離が離れすぎていれば威力は減衰するし、近すぎても散弾が密集して威力を最大限に発揮できない。砲弾も無限にあるわけではない。砲手はできるだけ1発で済ましたかった。しばらく吟味していると良いポイントを見つけ、照準をぴったりと合わすと人間の頭が現れた。そして上半身、下半身と姿を現す。

「ええ?」

 砲手は思わずまぬけな声を出したが、その人間の服や顔には所々、蒼い血がついている。ついに人間の姿に擬態するような深海棲艦もでたか。と思い直し、砲手は引き金に指をかけた。

「待て!」

 車長が大声で制止する。あと少し遅ければ砲手は引き金を引いていたに違いない。

「空軍パイロットだ。キャニスターはやめて機銃でやれ。空軍パイロットを撃つなよ」

 思い出せば、空軍パイロットの存在を知らせる報告を受けた気もしないこともない。砲手はM73 7.62㎜機銃の引き金に持ち替え、パイロットを避けて芋虫型を掃射する。車長はキューポラハッチを開けて、パイロットに早くこっちに来いと両腕で合図する。

 

 空軍のB-52隊、MLRSと自走砲、トマホーク部隊の3つの内、一番早く射撃を開始したのはMLRSと自走砲だった。

 MLRSのオリーブドラブに塗装された箱形発射器から次々と227mmロケット弾が、M109自走砲の155㎜榴弾砲とM110自走砲の203㎜榴弾砲からつるべ打ちのように砲弾が、味方側面へ押し寄せている深海棲艦に向かって放たれる。

 そして「だんちゃ~く、今!」の今、と同時に155㎜榴弾と203㎜榴弾砲弾が地面に到達、中身の高性能炸薬が爆発を起こし、着弾地点周辺の深海棲艦を吹き飛ばす。

 遅れてMLRSのロケット弾。クラスター弾頭が空中で割れ、644個の子弾を撒き散らす。子弾だけで勘定するならば、優に10万は超えるだろう。それほどの数の子弾が深海棲艦に満遍なく降り注いだ。

 爆発に次ぐ爆発。土は掘り返され、宙を舞う。その土も深海棲艦を遅う。

 猛烈な土煙が収まった後残っているのは深海棲艦の死骸だけだった。

 しかし、これだけでは終わらない。

 第82空挺師団の頭上を何十というトマホーク巡航ミサイルが、それに遅れて、B-52スラストフォートレスの大編隊が通り過ぎる。B-52の爆弾倉と翼下には45発のMk 82通常爆弾。深海棲艦を生み出す工場を跡形もなく消すために彼らは飛んでいく。

  

オメガ11がちょうどM60A2の後ろに隠れたところでキャニスター弾が発射された。152㎜という大口径のキャニスター弾の散弾は辺り一面に広がり、大地と芋虫型にいくつもの穴を開けた。

 オメガ11はM60の影からそれを見て、ようやく息をつくことができた。工場で救助されるかと思ったら工場自体が深海棲艦に占拠されており、深海棲艦に追い回される。途中M113を見つけて助かったと思ったら、実は深海棲艦が巣くっていて危うく轢かれそうになり、何とか避けたと思ったら触手で襲いかかってきて、コルト・ガバメントをはじき飛ばされる。足を芋虫型がかじっている。パニックになってかかと落とし。そして一目散に逃げて、深海棲艦に追われながらも何とか友軍に合流。

 よく生きているものだ。オメガ11は荒く息をしながらも手を合わせ、目をつぶって生きていることを神に感謝した。

「なんだ、ありゃ?」

 M60の随伴歩兵が呟いて、北の方を指さす。その方向には細長いキノコ雲が上がっていた。深海棲艦を生み出していた工場にある弾薬が爆発したことによって発生したキノコ雲だった。




 20日も投稿しないで実にすみません。
 言い訳になりますけど、艦これ夏イベントがこんなに難しかったと思わなかったんです! 春イベントは4日ですんだので甘く見ていました! 2013秋のイベントよりも難易度高いですよ今回のイベントは! 2013年春イベント以前からやっている私が言うのだから間違いない! 今でも昨日E-6乙をクリアしたところで現在資源回復中です。

 さて、今回の補足解説。
 こっちの世界ではMLRS(多連装ロケット砲システム)は実はM2ブラットレーの車体を使っているのですが、こっちの世界ではMICV-70(後のM2ブラットレー)歩兵戦闘車の車体を使っています。MICV-70はMBT-70とは違って、順調に開発が進んでいます。


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第20話「大追撃」その4

 工場群を跡形もなく破壊した米軍は続いて各地の工場などを空爆し始める。もちろん、ニューポート・ニューズ造船所などの造船所から、オメガ11を助けに来たHH-60が墜ちた工場も、小さな町工場も含めて全てだ。

 トマホーク、爆撃、特殊部隊や空挺部隊。何でも使って一つ一つの工場を的確に潰していくのだが、ニューポート・ニューズ造船所とノーフォーク海軍造船所だけは破壊することができなかった。

 別に海軍や産業界からの横やりが入ったわけではない。海軍は艦娘を主力に添える方針をすでに固めているし、産業界にも爆撃前に破壊を許諾してもらった。しかし、破壊することはできない。

 それは純粋に破壊できないのだ。

 ニューポート・ニューズ造船所とノーフォーク海軍造船所の乾ドックは黒い膜のように覆われていて、隣接する工場建屋はワ級のような頭が生えてうごめいている。まさしく、深海棲艦に侵されている状態である。この状態への変化が確認されたのはレコンキスタ作戦が始まった日の次の日、5月2日の午前5時頃だ。それは湾内にいなくなったはずの駆逐艦級が出現したころ、吹雪達TF101が湾外に脱出した深海棲艦を撃滅したころである。

 なんにせよ、米空軍はA-15ストライクイーグルとF-111アードバークによる爆撃を行った――――のだが、

「爆発? 空中で?」

 放たれたのはAGM-84ハープーン改造の対地ミサイルAGM-84E SLAM 40発とMk.82 250ポンド通常爆弾192発。その全ては地上ではなく、空中で爆発した。いやいや、そんなまさか。爆煙がはれ、地上の様子をパイロット達は見る。

 無傷だった。

 いったい何が起こったのか。対空砲火によって全てが迎撃され、爆発したのか。それとももっと別の要因で爆発したのか。

 1機のA-15ストライクイーグルが低空に降り、M61バルカンを地上に向けて撃つ。20㎜弾も爆弾やミサイルと同じように空中で弾かれてしまう。弾く瞬間、曳光弾とは別の白い光が空中で生まれる。

「そうか、バリアーか!」

 ニューポート・ニューズ造船所を爆弾とミサイルから守ったのは深海棲艦の障壁だったのだ。深海棲艦の障壁ならば、爆弾やミサイルを防いだっておかしくはない――――わけがない。十分におかしい。ものすごくおかしい。まず、造船所全体を覆うような広域かつ巨大な障壁は先に例を見ない。そしてなにより、爆弾やミサイルを完全に防いだのである。

 深海棲艦の障壁は例え姫級、鬼級のものであろうが、艦攻の徹甲爆弾で貫通できる場合もあるし、現代兵器の対艦ミサイルが命中した場合はほとんどの場合大ダメージを受けている。事実、日本海軍空軍は2014年冬では空対艦ミサイル攻撃で戦艦棲鬼に対して大ダメージを与えている。しかし、ニューポート・ニューズ造船所の障壁は全てを防いだのだ。

 これはノーフォーク海軍造船所でも起こっていた。B-52ストラトフォートレスとB-47ストラトジェットの混成部隊が絨毯爆撃を行ったが、障壁に阻まれ、1つの傷も与えることはできなかった。

 今でも2つの造船所は新たな深海棲艦を生み出している。一度壊滅した艦隊を復活させようとしているのか、それとも西インド諸島から増援がくるまでのその場しのぎなのか。その真偽は不明ではあったが、破壊しなければならないことは確かだった。

 

「――――と、いうわけで我々海軍が対処することになった」

 5月3日夕方のシンクレアーズ島前線基地のブリーフィングルーム。ディロンとTF100、TF101の全員が集まり、ディロンがスクリーンにニューポート・ニューズ造船所、ノーフォーク海軍造船所への爆撃の写真を移しながら、そう言った。写真は最初の爆撃だけではなく、続いて実施された第二次、第三次、第四次爆撃の写真も含まれている。

「質問ですけど」

 ファラガット級のハルが手を上げ、

「爆弾やミサイルが通じないなら、私達……まあ、戦艦なら分かりませんけど、駆逐艦や軽巡程度の砲では抜けませんよ。そんな障壁は」

 投下された爆弾は通常爆弾や爆弾だけではなく、貫通力の高いGBU-28バンカーバスターや燃料気化爆弾、クラスター爆弾も投入されている。それも障壁に防がれているのだから、5インチ、6インチ砲程度では無理、というのは正しい。

「そう、ハルの質問はもっともだな。だが、次のを見てくれ」

 プロジェクターのリモコンを操作し、スクリーンに写真、ではなく映像に変わる。映っているのは尾部に高抵抗フィンやパラシュートがついたMk.82通常爆弾の映像だった。高抵抗フィンがついたMk.82は障壁に阻まれ爆発したが、パラシュートがついたMk.82は障壁には阻まれず、まるで障壁がないかのように、ゆらゆらと落ちていく。しかし、対空砲の狙撃によって空中で爆発する。そこで映像は最初に戻り、爆弾がまた落ちていく。

 ディロンは左上がホチキスで留められた資料をめくりながら説明する。

「今の映像のように、障壁に接触する速度が遅ければ障壁に阻まれることはないようだ。推定では速度が終端速度以下で通過できるらしい」

「詰まるところ、艦娘が障壁内に侵入し、艦砲射撃によって造船所を破壊する、ということ?」

 アラスカの予想に、ディロンはその通りだ、という表情でうなずいた。

「攻撃は4日午後9時00分。作戦参加者は空母を除いたTF100とTF101の艦娘全員。例のかぶり物を装着して、空軍の陽動爆撃の後に湾内に突入。第1にニューポート・ニューズ造船所、第2にノーフォーク海軍造船所を攻撃する」

 

 5月4日の夜、午後8時50分。湾内開始10分前。空母を除いたTF100とTF101がイ級に似せたかぶり物で擬装しつつ、ノーフォーク湾外に待機していた。ちなみにかぶり物に関してはTF101の艦娘分しか用意していなかったので、TF100は数人一組になり、イ級の目などを描いたキャンバスを被って擬装している。今日は幸いなことに曇りで、夜の海は真っ暗。奇襲するには最高の天気だった。

 初雪はかぶり物の中で時計を見る。カシオG-SHOCKの液晶画面に映る数字は20:53。初雪は最後の艤装チェックを始め、同じかぶり物に入っているハルとエドサルにもそれを促す。5インチ単装砲、エリコン20㎜機銃、533㎜4連装魚雷発射管、22号電探、その他もろもろ。異常はない。

 もう一度時計を見る。液晶には20:57分。

「見つからないよね?」

 ハルが不安そうに言った。深海棲艦側のレーダーは空軍のECMで潰されていると言っても、深海棲艦自体の目から逃れることができない。このかぶり物だって、所詮は鉄パイプとキャンバスの張りぼてで、深海棲艦の目をごまかすことができるのか自体は疑問だ。その点から言えば、月明かりがないことは都合の良いことだった。

「見つかったら、見つかったとき」

 初雪には目の前の、エドサルには上、ハルにとっては前にあるT字の金具を抜けば、この張りぼては一刀両断されたかのように縦二つに割れ、すぐに戦闘に移れる。こっち側はレーダーが使えるのだから、少なくともこちらが把握していない敵から攻撃されることはない。

「敵は駆逐艦だけなんだから、楽ちんでしょ」

 気楽そうに答えるのはエドサル。夜戦であっても持ち前の回避能力は発揮できるのだろう。空軍の偵察によると駆逐艦だけらしいので、重巡や戦艦がごろごろしている前提で作戦を建てていた時よりはかなりマシだ。

「……世の中、運だから、沈むときは沈むし、沈まないときは沈まない……よ」

 まあ、そうだろうね。ハルは神妙な面持ちでうなずいた。コブラ台風で沈んだハルにとっては分からない話ではないのだ。初雪にとっても第四艦隊事件で自分が台風で艦首を失っても沈まなかったのに対し、普通の演習中に電に衝突されて沈んだ深雪。全てと言うつもりはないが、結局は運なのだ。

「まあ、大丈夫だよ」

 初雪の腕のG-SHOCKが設定通りにピッ、と鳴った。21:00。作戦開始だ。

 

 泊地水鬼は腹を立てていた。米軍に対する怒りは当たり前だが、あまりにもふがいない陸の深海棲艦達にも怒りを持っていた。

 陸の深海棲艦達は最前線にいた部隊はともかくとして、他はほぼ成長、変態を終えた精鋭部隊だったのだ。一部は米軍が残していった残骸と融合して強い力を持った者もいた。しかし、それらはすべて打ち砕かれ、米軍はすでに泊地水鬼から50㎞という非常に近い位置にいるのだ。現在、進撃が止まっているらしいが、いつ再開するとも分からない。湾内から脱出した部隊は今やどうなっているのかは分からない。壊滅したか、それとも西インド諸島やアイスランドにたどり着き、救援を頼めむことができたのか。どちらにせよ、あの艦隊がすぐに戻ってくることはない。海上からの援護砲撃は確保していた造船所を使って産み落とした駆逐艦を使うことにしている。

 泊地水鬼の飛行場、航空機生産能力は未だ回復していない。土地が持っているエネルギーを使えばすぐに回復することもできるだろうが、回復したところで米軍航空機の良い的になるのは分かっていた。

 泊地水鬼はもう陸で戦うことしか残されてはいない。

 

 イ級の微かに緑色に光る目がぎょろりと初雪達のかぶり物を見る。

「あわわ、こっち見た! こっち!」

「静かに!」

 キャンバスに開けられた小さい四角い穴から外の様子をうかがっていたハルが小さな悲鳴を上げて、初雪がハルの悲鳴より少し大きな声で制止した。

 初雪は首にかけてある5インチ砲に手を伸ばし、持ち手を握った。まだ引き金に指はかけない――――が、かけたくなった。

 こんなに近くでイ級をまじまじと見たことはない。こんなに近づくときはたいがいイ級が死んでいるときだ。

 実はこのイ級はすでに私達の正体に気づいていて、味方の布陣が整うまで私達を泳がしているだけなのではないか。いや、そんなことを考える頭がイ級にあるだろうか。あるかもしれない。ないかもしれない。でもイルカや鯨は頭が良いとも聞くし、イ級の知能レベルも決して悪くはないかもしれない。しかし、撃ってこないのだから、気づいていないのかもしれない。

 何分経っただろうか。そんなくらいしてイ級は目線を初雪達のかぶり物からずらし、横を通り過ぎていった。

 初雪達は安堵の息をついた。初雪は息をついて初めて、喉がカラカラに渇いていることに気づいた。

 

 空軍の陽動爆撃隊であるB-52スラストフォートレスの20機編隊、ボギー隊は泊地水鬼がいるオシアナ海軍航空基地へ向かっていた。これは毎晩行われる定期便であるが、今回のB-52の爆弾層にはいつものMk.82通常爆弾ではなく、ナパーム弾だった。

 ボギー隊は陽動であり、深海棲艦の目を張りぼてを被った艦娘達から放させるのが目的だった。なので通常の爆弾ではなく、夜間では目立ちに目立つナパーム弾を搭載してきたのだ。この部隊の他にもA-10サンダーボルトⅡの一個飛行隊アルバトロス隊がB-52の爆撃後に襲撃をかける手はずになっている。アルバトロス隊はボギー隊とは違い、上空に留まって、深海棲艦の注目を引くのと、艦娘達を攻撃する沿岸砲台を撃破するのが目的だった。

 オシアナ海軍航空基地上空にさしかかったボギー隊は一気に爆弾層のナパーム弾を投下する。ナパーム弾はニューポート・ニューズ造船所やノーフォーク海軍造船所とは違い、障壁にも阻まれることはなく、着弾し、中身の燃焼剤ナパームBに発火した。

 滑走路や格納庫、といっても穴ぼこだらけの跡地だが、それらを含めて、基地全体が炎に包まれる。正直、投下した量は多すぎてナパームBが海に流れ出し、辺り一面、空に浮かぶ雲さえも朱く染まった。

 

 ナパームの臭いは数㎞離れた初雪達の所にもすぐ漂ってきた。燃焼剤のナパームBの組成はポリスチレン 46%、ベンゼン 21%、ガソリン 33%でガソリンを燃やしたとも、プラスチックを燃やしたときの臭いともどっちともつかずな臭いだった。

 初雪はその臭いに顔を歪めながらも、22号電探で周囲の様子を探った。最近調子が悪い上に、周波数違いといえども空軍のECMの影響が出ているのか、22号電探が示す影は乱れ気味だったが、なんとか敵がオシアナ海軍航空基地の方に向かっていることが分かった。

 TF100とTF101はイ級達が小指の先ほどに小さくなったの確認して、ニューポート・ニューズ造船所へ舵を切った。

 幸いなことにニューポート・ニューズ造船所手前の海はもぬけの殻で、駆逐艦級の1隻もいない。

「例の障壁って……もう通り過ぎたのかな?」

 エドサルがきょろきょろと外を見回しているのだが、何の変化もない。もう乾ドックを覆う黒い膜や埠頭のコンクリート、ワ級に似た頭が生えている工場群などが見えているので、通り過ぎていてもおかしくはないのだが、もしかしたら通り過ぎてはいないのかもしれないので、初雪はさあ……、と返す。

『こちら、メリーランド。障壁を通過したか確かめるのに機銃を撃ちますが、私だけです。みんなはまだ撃たないでください』

 旗艦のコロラド級戦艦メリーランドが通信で知らせる。通過したか、してないかの判断をするためには機銃なり、砲なりを撃たないと確かめようがない。

 メリーランドはシカゴピアノとあだ名される28㎜4連装対空機銃をニューポート・ニューズ造船所に向けた。

 メリーランドにとってニューポート・ニューズ造船所は母親だった。メリーランドはここで建造されたのである。だから、あまり撃ちたくない――――という気持ちはメリーランドにはさらさらなかった。むしろ更地にしてやる、と意気込んでいた。

 なぜかと言えば、深海棲艦に侵された造船所はあまりにも無残な姿であったからだ。メリーランドにとってワ級の頭が生えた工場群はあまりにも気持ち悪くて、ブリーフィングでその姿が見えたときは思わず鳥肌になってしまったほどだ。

 さあ、これから吹き飛ばしてやるからな。そういう思いを持って、メリーランドは28㎜4連装機銃4基を撃った。

 28㎜機銃数十発は何にも阻まれることなく、直進して、工場に生えたワ級みたいな頭をぐしゃぐしゃにする。

 すでに艦娘達は造船所の障壁を通り過ぎていた。メリーランドは息を思いっきり吸って叫ぶ。

「各艦、砲撃用意! 目標ニューポート・ニューズ造船所! 跡形もなく吹き飛ばせ!」

 




 今、E-7攻略中ですが、燃料とバケツが底をつきました。あと3回出撃分はあるのですが、無理です。足りません。報酬艦は長い間、本実装がされない傾向があるので、今回手に入れたいところ。

 今回の補足解説。
 AGM-84ハープーン改造の対地ミサイルAGM-84E SLAMがでてきましたが、あれは海軍が壊滅したおかげで余ってしまったハープーンを改造したものです。史実での実戦配備は1990年代ですが、処分するのはもったいないということで対地ミサイルとして改造され、配備されています。
 艦娘達が見ていた映像の中に「パラシュートを付けてゆらゆら落ちるMk.82通常爆弾」がありますが、あんなものは存在しません。あれは落とした機体の所属基地に高抵抗フィンの在庫が少なかったために現場で付けられたパラシュートです。レコンキスタ作戦ではCAS任務が多いのでその基地ではなくなってしまったんですね、はい。
 イ級の頭に関してですが、決して悪くはありませんが良くはありません。犬よりは頭は悪いです。この世界にはかなり熱心に深海棲艦の頭の善し悪しに関して研究している人がいます(当然と言えば当然ですが)。


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第20話「大追撃」その5

 UAが2万を越えました。読者の皆様ありがとうございます。



 TF100、TF101、全艦娘がかぶり物を外した。T字金具を抜くだけなので、非常に早い。砲を構える。

 12.7㎜機銃、20㎜機銃、28㎜機銃、40㎜機銃、3インチ砲、4インチ砲、5インチ砲、6インチ砲、8インチ砲、12インチ砲、14インチ砲、16インチ砲、大小様々な砲弾がニューポート・ニューズ造船所に発射された。造船所本体が障壁を展開することはなく、砲弾はその勢いを保ったまま、造船所に飛び込む。

 乾ドックの黒い膜も、ワ級の頭が生えた工場も、爆発と破片によって引き裂かれ、中身の深海棲艦の幼体があふれ出す。

 工場建屋の間と間から砲台型陸上深海棲艦などがのそのそと出てくるが、射線を艦娘に合わす間もなく5インチ砲や3インチ連装速射砲の餌食になる。工場本体が伸ばす触手も爆発の熱と破片でちぎれてしまう。

「砲撃やめ!」 

 メリーランドの声で砲撃が止まる。第4次までの爆撃で一切の傷もつかなかったニューポート・ニューズ造船所はわずか10分ほどで瓦礫と肉の山となった。

 次はノーフォーク海軍造船所。ニューポート・ニューズ造船所と同じように簡単に壊せるだろう。しかし、ここからノーフォーク海軍造船所に行くには湾を横切り、エリザベス川を遡上しなければならなかった。

 敵艦との交戦は避けられない。艦娘達は砲身内の砲弾を榴弾から、徹甲榴弾に込め直す。 

 A-10サンダーボルトⅡのアルバトロス隊は当初はオシアナ海軍航空基地の泊地水鬼や付近に点在する砲台型にちょっかいをかけつつ、駆逐艦級の注意を引くのが任務だったが、B-52のナパーム攻撃は予想以上に炎が広がり、飛行場だけではなく、飛行場北のウィロビー湾や東のクランビーストリート付近の廃墟になった家々まで広がっていた。下手に炎の上空を飛べば、強烈な上昇気流に襲われて機体のコントロールができず、墜落してしまう可能性もある。

 そのため、アルバトロス隊は作戦を変更し、オシアナ海軍航空基地の業火に寄ってきた駆逐艦級を攻撃していた。

 A-10サンダーボルトⅡの武装といえば、機体中心に装備されたGAU-8アヴェンジャー30㎜ガトリングガンである。元々対戦車用に開発されたガトリングガンであるが、それが放つ焼夷徹甲弾と焼夷榴弾は深海棲艦にも十分すぎる威力を発揮した。

 劣化ウラン製の焼夷徹甲弾はイ級の硬い外皮を容易に貫き、溶解して1200度もの温度でイ級の体内を焼く。それを何十発と食らうのだからたまらない。掃射を受けたイ級は何が起こったのか良くわからないまま、一瞬で絶命する。

 一方、駆逐艦級からA-10への攻撃はさほど意味を成さなかった。flagshipや後期型の類いならいざ知らず、この駆逐艦級は黄金のオーラも赤いオーラもなにもないただの駆逐艦級深海棲艦。レーダー射撃ができるはずもなく、無数のA-10に翻弄され、やたらめったに対空砲かを上げているだけだった。時たま、A-10に機銃弾を命中させるのだが、A-10はその程度ものともせず、飛び続ける。

 TF100とTF101がニューポート・ニューズ造船所を砲撃している間にアルバロス隊はすでに20隻ほどの駆逐艦級を沈めていた。

 TF100とTF101がニューポート・ニューズ造船所を壊滅させた頃になってようやく気づいたのか、対空攻撃、回避行動に専念していた駆逐艦級はA-10からTF100とTF101に焦点を移した。

 アルバトロス隊は駆逐艦級にさらなる追い打ちをかけることはなかった。アルバトロス隊の元々の任務は深海棲艦の注目を引くのと、艦娘達を攻撃する沿岸の砲台型を撃破するのが任務だ。TF100とTF101の存在に気づかれてしまった今、前者の任務続行は不可能であり、アルバトロス隊は後者の任務に移行した。これは駆逐艦級を狩るよりかは幾分か楽な任務だった。

 

 ナパーム弾によって起こされた火災は今も外へ、外へと広がりつつあったが、ナパーム弾が着弾したオシアナ海軍航空基地では10分ほどで消えた。

 これは燃えるものが最初から何もなかったからである。連日の空襲によって綺麗に整地されていた飛行場は穴ぼこだらけになり、滑走路とエプロンの間にあった草地も爆弾によって掘り返さ、枯れていた。可燃物があった燃料や航空機を製造するところも初日の爆撃によって燃え尽きていた。だから、燃焼剤が燃えただけで終わったのである。

 そうはいっても、オシアナ海軍航空基地の有様はひどいものだった。ナパーム弾の高温で表面の土は広範囲が溶解、ガラス化していた。風景、という点においてはある意味、美しいものかもしれないが、航空基地としては悲惨としか言いようがない有様だ。

 もう飛行場とは言えない、そんな場所に泊地水鬼は立っていた。いつか千切られた足は基地と自分の損傷の修復を繰り返している内に生えていた。

 泊地水鬼を中心として半径1mの地面はガラス化していなかった。泊地水鬼自身の障壁で熱を防いでいたのだ。しかし、完璧に防げたわけではないらしく、泊地水鬼が纏っている服の様なものの端などは焼け焦げている。外見は周りの様相と比べてマシに見えたが、泊地水鬼自身は基地の被害のフィードバックを受けており、体の中が燃えるように熱かった。

 泊地水鬼は空を見上げた。星も月は見えず、雲しかなかった。

 

 初雪達はイ級やロ級といった駆逐艦級と交戦していた。と、言ってももはや一方的な掃討戦になっている。

 逃げるロ級に対し、初雪はわざとロ級の左側手前に撃った。ロ級は水柱に驚き、進路を右に切る。そこにハルの5インチ砲が放たれた。すでに手負いだったロ級は5インチ砲弾1発で浮遊能力を失い、海中に没する。

 イ級やロ級は勇猛果敢にもTF100とTF101に突っ込んできたが、その大半が自身の射程内に入る前に永遠なる潜行を余儀なくされた。

 決め手になったのはレーダーである。メリーランド、ネバダ、アラスカ、吹雪には最新のSG対水上捜索レーダーを装備していた。吹雪は射程の関係ですることがなかったが、メリーランドとネバダ、アラスカはSGレーダーの精度と砲の長射程を活かして、突っ込んでくる敵艦をアウトレンジ攻撃したのだ。30隻近くいた敵艦は次々と沈められていき、暗闇の中、海に沈んでいく味方を見て恐怖におののいたのか、残った7隻のロ級とイ級は潰走していた。

 駆逐艦はまるで猟犬のようにイ級とロ級を追いかけて沈めた。eliteやflagshipではない、ただの駆逐艦。実戦経験すらない駆逐艦級深海棲艦は為す術もなく沈んでいった。

 全ての駆逐艦級を沈めた頃になってようやく陸上にいる砲台型からの攻撃が来た。先ほどからドカドカと大砲を撃っていたので、砲炎で位置はばれている。初弾から挟叉だ。

 初雪は陸の方に5インチ砲を向けたが、撃たなかった。この暗闇で正確な狙いが付けられるわけもないし、無数いる内の1門や2門を潰したところで意味はないからだ。

「散開してジグザグに!」

 ジグザグに動けば、非常に当てにくくなる。動き遅れた戦艦娘数隻に砲弾が命中したが、それほど大きい損害は与えられない。

 

 アルバトロス隊A-10のコックピットのHUDにはTF100とTF101に対して砲撃する砲台型がFLIR(赤外線前方監視装置)を通してはっきり映っていた。

 各機はAWACSの誘導でそれぞれの攻撃位置につき、AGM-65マーベリックを発射する。動きのとろい砲台型だ。気づいたときにはもう当たっている。さらにGAU-8アヴェンジャーの機銃掃射。装甲も何もない砲台型は簡単に弾薬に引火して爆発炎上する。そばにいた芋虫型や対空専門の砲台型がA-10を迎撃するが、夜間ということもある上に、A-10の装甲に機銃弾が阻まれて有効打にならない。

 砲台型の中には周囲をコンクリートのような硬いもので固め、アヴェンジャーや爆弾でも簡単には破壊できない要塞に近いものもいたが、AGM-65 マーベリックの弾頭57㎏成型炸薬弾のメタルジェットはそれを簡単に貫き、中の弾薬を誘爆へと導く。

 A-10は我が物顔で夜空を駆け、砲台型を一つ一つ撃破していった。

 

 砲台型からの砲撃もたいしたことはなく、湾を横切ったTF100とTF101はエリザベス川を遡上していく。

 川の沿岸にも砲台型がいたのだが、昼の爆撃で大半が潰され、補充された砲台型もアルバトロス隊の攻撃で壊滅していた。そうはいっても、撃ち漏らしというのはあるもので、時たま左右の沿岸が光って、砲弾が飛んでくる。

 TF100、TF101は戦艦と重巡を外側に配置して、防御力の低い駆逐艦や軽巡洋艦を守りながら、遡上していく。撃ってきた敵に対しては大量の砲弾をお見舞いし、粉砕した。

 そしてさらに遡上し、フォートノーフォークという所を過ぎたころ、

「ねえ、何か聞こえない?」

 艦隊の列中央辺りで航行していたファラガットが横のアトランタに聞いた。

「いや、特に……何か聞こえたの?」

「なんか、うん……レシプロエンジンの始動音みたいなのが――――」

 ファラガットが言葉を詰まらせながらも、アトランタに説明し始めた時、それは襲いかかってきた。

『TF100、前方に敵!』

「前方、ボート!」

 アルバトロス隊隊長の警告と先頭のメリーランドが気づき叫んだのは同時だった。ファラガットはアトランタへの説明をやめて、前方を見る。

 小型船が3隻、さらに人が乗っていない水上オートバイクが10艇。それらは大きく波を切って、高速で接近していた。レーダーの仕組み上、陸地の影は観測できない。ファラガットが聞いた『レシプロエンジンの始動音のような』音はこの船団だったのだ。水上バイクや小型船に人影は見えない。間違いなく、深海棲艦の類いだった。

「迎撃! 撃て!」

 まず、外側にいた戦艦と重巡が攻撃を開始した。それが始まる寸前、水上バイクは猛烈な加速を見せた。さっきとは比べものにはならないくらいの水しぶきを上げて、TF100とTF101に突っ込んでくる。砲弾は水上バイクの上を掠め、小型船3隻に降り注いだ。小型船は粉々になって吹き飛ぶ。

 水上バイクはそのまままっすぐ、まっすぐTF100とTF101に向けて加速し続けていた。

「カミカゼだ!」

 避けろ! 誰かがそう叫んだ。だが、間に合わなかった。200ノットもの豪速で近づく水上バイクをいきなり避けろと言われても避けれるものではない。

 水上バイクの自爆攻撃が集中したのは先頭のメリーランド、そしてメリーランドの右斜め後ろのルイビルだった。水上バイクはメリーランドとルイビルに体当たりして大爆発を起こした。爆発の威力は250㎏爆弾級で、メリーランドは大破、ルイビルは中破する。

「散開! 固まるな!」

 大破したメリーランドに代わって戦艦オクラホマが前に出て、叫んだ。固まっていてはそれぞれの射線が味方にぶつかるし、敵にとっては体当たりがしやすい。

 右前方に再び水上バイク。今度は最初から全速力だ。散開したことで艦娘達は撃ちやすくはなったものの、200ノットもの速度を出す水上バイクに砲弾や機銃弾を当てるのは至難の業だった。しかし、水上バイクが体当たりをする目標を定め、その目標目がけてまっすぐ突っ込む時には、突っ込む寸前には撃破することができた。ただノーダメージとは行かない。水上バイクの破片や爆風は容赦なく、目標になった艦娘を襲った。

 

 一方、アルバトロス隊はうまく援護ができないでいた。

 TF100とTF101を襲う水上バイクの大きさは極めて小さい上、速い。一秒に63発放つことができるGAU-8アヴェンジャーでもなかなか当てるのは難しかった。当たれば当たったで簡単に撃破できるが、水上バイクはジグザグに動き、当てるのはさらに難しくなる。

「奴らが出てくる場所は――――」

 アルバトロス隊は水上バイクが出てくる場所を攻撃して、一網打尽にしようとした。小型船や水上バイクの航跡とHUDに映した地図を見比べ、確認する。

 ポーツマスのホリデー港。小型船を停める小さな埠頭がある所だった。TF100、TF101がいる地点のちょうど真南、600mほどの所だ。そこにはまだ小型船や水上バイクが止まっている。今、始動を始めているのだろう。

 隊長であるのアルバトロス1は僚機3機を引き連れ、ホリデー港に30㎜弾の雨を降らした。鋼鉄さえ飴細工のように貫く30㎜弾はFRPの船体をバリバリに砕く。何度も往復攻撃を繰り返し、ホリデー港にいた小型船と水上バイクは海に漂うゴミになる。

 これで後続する敵を撃破することはできたが、すでに港から出てTF100、TF101を襲っている水上バイクや小型船を撃破するのは、下手すれば艦娘を誤射する可能があったので、アルバトロス隊は見ていることしかできなかった。

 




 今回の補足解説。
 この世界のA-10はまだ全てA型ですが、全ての機体が前方監視赤外線カメラを搭載していて、夜間の戦闘もバッチシです。マーベリックの赤外線カメラを使うことはほぼありません。
 今回、水上バイクが特攻していますが、たぶんノーフォークにはそんなに水上バイクはないと思います。小型船の方がたぶん多いです。


 UAが2万。タイトルの話数だと20話だけど、投稿したもの全てでは32か。結構書いたものだなぁ。


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第20話「大追撃」その6

 敵の特攻水上バイクは数を減らしつつあったが、戦法も少しずつ変え始めていた。

 水上バイクは吹雪に突入するかと思いきや、突如、触手を吹雪の右前方にいたファラガットに触手を伸ばして足をつかみ、急旋回を始めた。触手をファラガットに巻き付け、動けないようにした上で自爆するつもりなのだ。

 そうはさせない! 吹雪は水上バイクとファラガットの間に入り、「瑞草」で触手を断ち切った。

 触手の張力がなくなり、水上バイクは横転。吹雪はそこを逃がさず5インチ砲を食らわせる。爆発で大きな水柱が立つ。

 残りの水上バイクは5艇。しかし、その5艇に減るまでに戦艦メリーランド、ネバダ、巡洋艦ペンサコーラ、ルイビル、駆逐艦白雪、ハル、ショー、ベネットの7隻が大破。戦艦オクラホマ、巡洋艦トレントン、マーブルヘッド、駆逐艦バリー、プリングル、カッシングの6隻が中破。あと小破が数隻。TF100、TF101合わせて26隻の約半数が自爆攻撃を食らっていた。この水上バイクの戦果はものの数分のものである。

 残り5艇はなかなか体当たりをしてこなかった。砲身を向ければ進路を変え、突入するかと思えば、体当たりのコースから外れるようなことをしていた。

 大破した艦娘を狙っているのかと思いきや、どうもそうでもないらしい。大破した艦娘は無事な駆逐艦に付き添われて後退するのだが、それには興味を示さない。

 艦娘側とてかまっている時間はないので、この5隻は適当にあしらいつつノーフォーク海軍造船所へと前進した。

 艦娘達がノーフォーク海軍造船所の障壁展開位置辺りを通り抜け、造船所の前で砲撃準備を始めた頃だった。水上バイク5艇は突如爆発した。

 ニューポート・ニューズ造船所やノーフォーク海軍造船所の無敵の障壁は高速の物体は阻み、低速の物体は通す。それで敵の攻撃を防ぎ、生み出した深海棲艦を外に出しているわけだが、それを全ての深海棲艦が知っていたわけではないらしい。

 吹雪達は約25ノットで障壁の展開位置を通過したのだが、水上バイク5艇は100ノット近くで通過しようとした。ここで止めなければ工場は瓦礫の山になる。砲撃はさせまいと、急加速したに違いない。

 そして100ノットの速度に反応して展開された障壁に水上バイク5艇がぶつかったのだ。むろん、爆発して木っ端みじんになった。

「バカだ……」

 ファラガットはぽつりとつぶやいた。

 

 ノーフォーク海軍造船所はニューポート・ニューズ造船所よりも大規模だった。もちろん、深海棲艦に侵された範囲も大規模で、全ての乾ドックに黒い膜が張られていた。おそらくあの中には深海棲艦の幼体などがたくさん詰まっているに違いない。

「これは手間取りそう」

 アラスカは12インチ3連装砲塔を造船所に向けながら言った。水上バイクの特攻のおかげで艦隊の火力は半分に落ちている。特に16インチ砲を持つメリーランドがやられたのは痛い。しかし、撃破できないことはない。弾薬はまだ有るし、時間をかければノーフォーク海軍造船所もニューポート・ニューズ造船所と同じようにすることはできるはずだった。

 TF100、TF101の残存艦娘はメリーランドに代わって旗艦になったネバダの号令で砲撃を開始した。

 

 5月3日に着任したフレッチャー級駆逐艦ニコラスはいまだ人の体に慣れておらず、床につけなかったので、炭酸水のペットボトルを片手に食堂のテレビを見ていた。ブラウン管には戦局報道をするヘルメットを被った男性アナウンサーが少々興奮気味に喋っていた。アナウンサーの後ろにはニコラスも見覚えがあるM48パットンが映っていた。

『――50㎞離れたところで停止しており、これは兵士達の休息と兵器の整備などのためということで、明朝には再び進撃を開始するということです。このレコンキスタ作戦は当初の予定よりも極めて進軍速度が速く――――』

「国土防衛戦で、『レコンキスタ』ねぇ」

 ニコラスはため息混じりに呟いた。レコンキスタはかつてスペインがイスラムをイベリア半島から駆逐する活動の総称だ。そんな作戦名を付けるくらいアメリカが深海棲艦に占領されている。そのことに、この世界のアメリカはふがいない、ニコラスは正直そう感じていた。

 ニコラスが起工したのは1941年3月3日。就役したのは1942年6月4日で退役は1970年1月30日。太平洋戦争はもちろん、朝鮮戦争、ベトナム戦争にも参加していて、従軍星章はアメリカ海軍最多の30個。あのエセックス級空母タイコンデロガ並みに米海軍にいた駆逐艦である。

 この世界のアメリカ海軍は第二次大戦を経験していないから、軟弱だったに違いない。そう思いながら、ニコラスは炭酸水を呷る。炭酸水の喉がちりちりとする感覚は面白かった。

 ニコラスが思っている通り、米海軍は、もちろんその他の海軍もだが、第二次大戦を経験していないことでノウハウの蓄積などの不足で、艦娘が艦だった世界よりも弱いのは事実である。しかし、ニコラスは深海棲艦の小さい上で火力そのまま、という事実をよく認識していなかった。

 私が世界最強の海軍を再誕させてみせる。ニコラスは心の中でそう誓い、再び炭酸水のペットボトルを呷った。そして呷りすぎて、むせた。

 ニコラスの咳とアナウンサーの声だけが、静かな夜の食堂に響いていた。

 

 爆発、爆発、大爆発。

 生産していた深海棲艦用の弾薬にでも誘爆しているのか、工場群は連鎖爆発していた。戦艦や重巡洋艦が大破して後退している今、この連鎖爆発は幸運だった。さらに艦娘達はノーフォーク海軍造船所に榴弾を送る。一部の乾ドックには海水が引き込まれていたので、駆逐艦は魚雷を放ち、黒い膜だけではなく、中身の幼体も吹き飛ばす。

 さらに工場が爆発。爆発して飛散した外壁の一部が、艦娘達に気づかれていなかった一番左端の乾ドックに張られていた黒い膜を破いた。

 破れたところからは、緑に薄く燐光を放つドロドロとした粘液と共に重巡洋艦級の深海棲艦が流れ出てきた。

 その巡洋艦級深海棲艦はリ級でもネ級でも、その他でもない、今までに確認されていない型だった。髪は長く黒いが、所々メッシュのように金色が入っており、頭の側面にはレーダーと一体になった6連装ガトリングガン。服は直線的で幾何学的な模様、脚部には4つがひとまとめになったチューブがついている。背部には箱形の艤装が2つ左右についており、両手には小さい口径の砲を握っていた。

 その異様な深海棲艦はゆっくりと膝建ちに鳴り、粘液で覆われた顔を腕で拭って、2つの赤い目をぱちくりとさせた。

 視界に映ったのは燃えるノーフォーク海軍造船所と撃ち続ける艦娘達。

 彼女は自分が何者かも分からなかったが、深海棲艦の本能に従った。

 

 ファラガットまで距離を詰めるのは一瞬だった。

 ファラガットは射撃に集中していて、接近する深海棲艦に気づくことはできず、頭を海面に思いっきり叩きつけられた。

 あまりの出来事にファラガットの反応は遅れ、頭に砲を突きつけられる。後は撃つだけ。

 深雪は砲を向けるよりも、先に手が出た。ファラガットを襲った深海棲艦にラリアットをかけ、海面に叩きつける。そして引き金は引かれた。砲弾は宙を飛んでいった。

 深雪はラリアットをかけた腕で深海棲艦の首を絞める。このまま窒息か失神か、それとも砲で頭をぶち抜こうか。深雪は少し迷った。その迷いが深海棲艦の命を繋いだ。

 深海棲艦の頭部両側面のガトリングガンが回転し、砲口が深雪の顔面に向いた。

「んなぁ!?」

 深雪は思わず目を瞑った。ガトリングガンが火を噴く。1発1発の威力は低いが、一秒に何十という発射速度だ。弾丸は体表の障壁で防いでも、衝撃は殺せない。大量の機銃弾を受け、深雪は失神した。

 そして深海棲艦は気絶した深雪をそばにいた初雪に投げ飛ばすと同時に立ち上がり、追い打ちに蹴りを繰り出した。初雪は深雪を左腕で受け止め、深海棲艦の蹴りを右腕で受け止めるが、

「――――ッ!」

 何という力の入った蹴りか! 初雪の右腕、肘から先は人間の構造上では曲がらない方向に曲がってしまった。

 そして深海棲艦は初雪の骨の折れた右腕にアームロックをかけ、肩を脱臼させる。初雪は未だ気絶したままの深雪から腕を放してしまうが、初雪にとってはそれどころではない。 深海棲艦は初雪の頭に砲を突きつけ、盾にした上で他の艦娘に向いた。艦娘達は砲口を深海棲艦に向けていた。

 撃つか、撃たないか。撃てばこの見たこともない深海棲艦を沈めることはできるかもしれない。しかし、深海棲艦が盾にする初雪の体を射貫いてしまうかもしれないし、もし一撃で仕留められなかったとすれば、初雪の頭の中身はこのエリザベス川に飛び散り、海を汚すだろう。

 しばし、膠着状態が続いた。

 先に動いたのは深海棲艦だった。初雪を盾にしたまま、ゆっくりと後ろに下がっていく。続いて艦娘達も前進しようとしたが、エリソンが制止した。

「待って、追っちゃいけない!」

「なんで、初雪が!」

 吹雪はエリソンに怒鳴る。今自分の妹が連れ去られようとしているのだ。こちらの射程距離外に出て、本格的に逃げる段になれば、初雪はほぼ間違いなく沈められる。

「相手の艤装をよく見てよ!」

 エリソンも怒鳴る。吹雪は歯を噛み締めながらも、初雪と共に暗闇に消えていこうとする深海棲艦を見た。その深海棲艦の艤装は異様だった。頭側面のガトリングガン。魚雷発射管には見えない4連装のチューブと背部の2つの箱。

「足のはミサイルチューブ。たぶんハープーンか、何か。あの箱形コンテナだって対空ミサイルや対潜ミサイルの類い。あの深海棲艦は――――現代艦」

 太平洋戦争だけではない、戦後の70年代まで艦として生きたエリソンだから言えたことだった。

「それが何!?」

 吹雪が怒鳴る。エリソンも怒鳴った。

「分からないの!? 見捨てろって言ってるの!」

「はぁ!?」  

「相手は引こうとしている! もし追ってヤツが本気を出せば、私達の半数くらいが沈むかもしれない! もちろん盾になってる初雪だって! だったら――――」

 だったら、見捨てた方が良い、というのか。

「深海棲艦の戦いは、このレコンキスタ作戦は、これで終わりじゃない。まだ続くの。ここでたくさん屍をさらすわけにはいかないの。吹雪もそれは分かるでしょ? だから」

 エリソンは吹雪の右手を両手で握る。吹雪は唇を噛み締める。

 

 艦娘と数㎞離れたことを確認すると、深海棲艦は初雪を盾にするのをやめ、初雪の長い髪の端をつかみ、ぶら下げた。右腕の痛みとは別の痛みで初雪は顔をまた歪める。

 殺しても別にかまわない。しかし、弾がもったいない。殺さなければ追ってくるかもしれない。だったら殺しておくべき。

 初雪は顔に苦痛を浮かべながらも、じっと深海棲艦の赤い瞳を見つめていた。深海棲艦もそれに気づき、初雪の黒い瞳を見つめた。

「あのマンガ……読んでおけば良かった」

 初雪は後悔を小さな声で呟いた。アメコミも結構面白いもので、最近はまっていた。

 この深海棲艦は人語は分からない。早く殺せ、とでも言ったのだろうと、勝手に理解した。

 深海棲艦は軽く笑った。意に反したことをやってやろう。そう思った。

 初雪の髪から手を放して、回し蹴りを繰り出した。初雪は水切りのように海面で何度も跳ねて、夜の暗闇に消えた。

 深海棲艦は初雪がどうなったか、確かめることもせず、湾外を目指した。





 ノーフォーク海軍造船所とニューポート・ニューズ造船所の無敵な障壁には元ネタがあります。造船所が深海棲艦の生産拠点となるアイデアは「都会の男子高校生」さんの提供
ですが、障壁に関しては地球防衛軍のシールドベアラーが元になっています。水上バイクが障壁にぶつかって爆発するのも、EDFにはありがちな自爆を考えて書きました。

 今回最後に出た現代技術をコピーすることに成功した巡洋艦級深海棲艦ですが、これはこれ以降しばらく出ません。再び登場するのは3章が終わった後の外伝です。ヤツは今回のボスではないんですよ。ごめんなさいね。
 今回久しぶりに通常兵器が出ませんでした。なので今回の補足解説はなしです。

 第20話「大追撃」はその6で終わりです。次回、第21話「決戦、ノーフォーク!」。お楽しみに。


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第21話「決戦、ノーフォーク!」その1

 TF100、TF101の造船所を破壊しに行った艦娘は一応、全員が無事にシンクレアーズ島前線基地に帰還した。吹雪達には沈んだかと思われていた初雪は途中で撤退していたメリーランド達に発見された。

 今回の戦闘、損害としてはかなり大きいものだった。15隻の艦娘が中破以上の損害を受けてしまっている。もちろん、高速修理材を使えば艤装は一瞬で直すことができるが、艦娘自体の体と精神は別はそう簡単にはいかなかった。

 まず初雪はかなりまずい状態だった。右腕のとう骨、尺骨と左足の脛骨が骨折。右肩関節脱臼。さらに内臓のいくつかから出血。擦り傷や切り傷程度ならば高速修理材で治すこともできるが、ここまでだと高速修理材では手に負えない。現在ニュージャージー州一の病院に運ばれて治療を受けている。

 次に深雪。至近距離で新型深海棲艦のガトリングガンを数百発と顔面に食らって、気を失ったのだが、いまだ目覚めてはいない。今のところ、シンクレアーズ島前線基地の医務室で眠っている。医師の診断では脳震盪で、たいしたことはないらしい。

 他の艦娘は身体に特に大きな損傷や怪我はなかったわけだが、精神的にまずい艦娘が数人いた。

 駆逐艦プリングル、ルース、重巡ルイビルの3人だ。この3人は水上バイク特攻で大破、中破した艦娘だった。初雪のように身体に大きな傷を負ったわけではなく、体の小さな傷は高速修理材で治ったのだが、彼女達はそれぞれの部屋の片隅に座り込み、このようなうわごとを言っているのだった。

 

 まただ。またカミカゼなんだ。

 

 カミカゼ。太平洋戦争末期に日本軍が行った航空機の体当たり攻撃隊のことである。神風特別攻撃隊というのは日本海軍だけの名称であり、陸軍はそうは呼んでいないが、アメリカでは特攻全般を「カミカゼ」と呼ぶことがある。

 駆逐艦プリングルは1945年4月15日に、ルースは5月4日に特攻機の突入で沈没。ルイビルは沈んではいないが、ルソン島の戦いで特攻を受け、沖縄戦でも特攻機に突入されている。

 深海棲艦は人間ではない、化け物だ。それは3人とも分かっている。しかし、命ある存在が、組織だって次々と、躊躇することもなく突入してくるあの水上バイクは、特攻機を連想せずには入れなかった。

 吹雪は3人の様子を心配し、「カミカゼ」ついてファラガットに尋ねてみたが、ファラガットは話したがらなかった。

「峯風型駆逐艦の神風?」

「いやミネカゼクラスの話じゃない」

「じゃあ、何? 『カミカゼ』って」

「それは……」 

 ファラガットは渋った。カミカゼに関しては日本人のメンタリティと良く関わっているし、簡単な話ではない。ファラガット自身、カミカゼをレーダーピケット艦として迎撃したことはあるが、突入されたことはない。自分が話すべき艦か、ファラガットは悩んだ。「私はうまく話せない。エリソンか、サラトガに聞いてみてくれ」

 ファラガットは最終的に他の艦娘に振った。日本海軍の後継組織にいたエリソンや、日本海軍と最初から最後までやり合ったサラトガならうまく話してくれるだろう。そう願った。

 

「本当に話してもいいの? あまりいい話じゃないわよ」

「聞かない方がいいかも」

「いえ、話してください」

 食堂の机で吹雪と白雪はエリソンとサラトガに向かい合っていた。

 吹雪、白雪とも日本が戦争に負けたことぐらいは知っている。天皇陛下の御聖断によって終戦を迎えたのも、日本に空襲があったのも、ある程度までは戦後まで生き残った艦、伊勢や日向、隼鷹などから聞いている。しかし、「カミカゼ」は知らなかった。伊勢達はおそらく知っていたのだろうが、話さなかっただけだろう。

 もう過ぎた話だから。もう別の世界の話だから。

 だが、知っておくべきことだと思った。

 エリソンとサラトガは互いに目を見交わし、再び吹雪達の方を向き、口を開いた。

「カミカゼは前の戦闘みたいに身を捨てて体当たりして敵を倒そうとする戦闘行為全般を指すわ」

「『カミカゼ』っていうのは日本海軍の神風特別攻撃隊の神風から取っているんだけど、日本陸軍の特攻機も『カミカゼ』とも呼んだり。人間魚雷回天も特攻ボート震洋も『カミカゼ』」

「最初のカミカゼはレイテ沖海戦ね。聞いた? レイテ沖海戦は」

 レイテ沖海戦はものすごく簡単に言えば、米軍のフィリピン、レイテ上陸を阻止するための作戦だ。作戦名は捷一号作戦。作戦は失敗し、日本海軍は最後の空母機動部隊を失い、連合艦隊自体も艦隊として機能しないレベルになった戦いだ。

「知っているなら話が早いわ。日本軍側はもう航空戦力は……なかったわけじゃないけど、もう練度は低下してるし、私達の防空体制も完成形に近づいていたから日本の攻撃機が艦艇に爆弾を命中させることはかなり難しくなっていたの」

「さて、弾幕大好きな白雪にクイズ。すでに急降下している爆撃機に有効な対空射撃の仕方は?」

 エリソンが白雪に尋ねる。白雪は逆に聞かれることを予想していなかったので、答えるのに少し時間がかかった。

「ええっと、その鼻っ面の先に機銃を集中して撃つ。パイロットは弾幕に耐えられなくなって早いうちに投弾するから」

「正解。これは白雪が教えてくれたことだから、まあ、答えられて当然だよね。結果として爆弾は当たりにくくなるわけ。でも1944年末期にぎりぎりまで近づけて、爆弾を命中させることができる日本軍機はほとんどいなかった。対空砲火もすごいけれども、それ以前にレーダーで誘導された防空戦闘機隊もいたから艦隊を補足する前に撃墜される機体も多かったしね」

 練度、性能も高く、レーダーによって有利な位置に誘導された戦闘機隊。そしてVT信管と無数の艦隊の対空砲火が織りなす効果的で濃い弾幕。それをかいくぐっても確実に当てることはできない。

「だから日本軍は『カミカゼ』をした。少しでも命中率を上げるために。今の言葉で言い換えるなら人力誘導ミサイルかしら」

「人の力で誘導する、ってことですか? それはつまり――――」

 最後まで操縦桿を握って、自分自らが爆弾になるということだ。

「想像はついたみたいね」

 エリソンもサラトガも吹雪達の目ではなく、視線を机に落としていた。サラトガは続けた。

「『カミカゼ』を単体で考えるのなら、分からないこともないのよ。狂気の沙汰だとは思うけれども。火を噴いて落ちる瞬間であれば、私達のパイロットの中にも体当たり攻撃を敢行する人はいた。何もできずに死ぬのよりも、敵に一撃与えた上で死にたい。これはわかる。でも問題は――――」

 

 組織的に『カミカゼ』をしたこと。

 

「戦術的にならまだ分かる。でもフィリピンとオキナワは戦略的なものだった」

 いや、あれは戦略的なものだったのか。沖縄戦でレーダーピケット艦を務めたこともあるエリソンは悩んだ。長期的に考えれば時間とお金をかけて育てたパイロットを確実に死なすわけだから、長期的視点からは確実にマイナスになったはず。

「たしか菊水作戦っていう特攻作戦が実行されて、第10次までだったかな? 陸軍海軍合わせて約2000機の飛行機と戦艦大和以下10隻の艦隊が特攻したんだ。あ、大和のは第1次ね。菊水作戦が終わった後にも特攻は続いたけど」

「それで沈められた艦は……」

「大型艦はほぼない。軽空母が数隻、小型艦が20隻くらい。でも損傷して後退させた艦は結構いる。サラトガは硫黄島だっけ?」

「ええ。4機突入されて大破」

「たったの4機で……」

「燃料や搭載機に引火したせいもあるけどね。あのエンタープライズだってたった1機のジークでドック入りするレベルの損害を受けてる」

「それでも、日本は負けたんですか?」

 白雪が聞く。しばしの沈黙。エリソンとサラトガは気まずそうにしていたが、最終的にはサラトガが答えた。

「ええ、日本はポツダム宣言を受諾して、降伏したわ」

 

 

「そして日本は降伏……か。そこまでして負けるのも悲しい話だな」

「日本人は左右に傾くときはどっちかだけに、それも一気に傾くからな。本土決戦までしなくて良かったと思ってるよ。それが別世界の話でもな」

 ディロンと鍾馗大佐は執務室で、コーヒーを飲みながら、駆逐艦プリングル、ルース、重巡ルイビルがなぜ、なぜあそこまで怯えているのか、という話をしていた。ディロン自身、本人達から聞いてみたのだが、「カミカゼ」が恐怖の対象になっていること以外、いまいち分からなかった。そこで艦娘がただの艦だった頃の記憶をまとめた艦娘証言録と鍾馗が日本の艦娘達に聞いた話で、「カミカゼ」とは何か、ということを話し合ったのだ。

 艦娘の性格や意識はただの艦だったころの乗組員の気風やその艦での出来事によって形作られていると考えられている。

 沖縄戦では米海軍にも精神が壊れた兵が大量に出たことも考えれば、それが艦のトラウマとなってもおかしくはない。

「結局、あの3名は出撃できるのか?」

「いや、させない。医者もPTSDって診断していたしな。まだ良かったよ。たぶんTF100とTF101の両方とも、レコンキスタ作戦での出撃はたぶん、次が最後だ」

 あっちの世界で特攻を食らった艦娘はあの3名だけではない。吹雪達第十一駆逐隊の4名以外と、特攻を経験した艦娘は誰でもトラウマを再発する可能性がある。

「そういえば、ミサイルやらなんやらをコピーできた深海棲艦、あれはどうなったんだ。夜中に報告を受けたが、それ以降聞いてない」

「あれか。あれも問題だなぁ。お前が来る前に報告が来たんだが、ヤツは大西洋に逃げたらしい。今もU-2が追跡しているそうだが、北、進路としてはアイスランドに向かっているそうだ」

「偽装進路では? こっちからノーフォークに向かう間を急襲するつもりかもしれん。今の艦娘じゃ、一方的にやられるぞ。艦娘の兵器や電子兵装は性能だけを言えば旧式の旧式だ」

 艦娘の装備はいかに小型といっても性能自体は第二次大戦のものだ。あの深海棲艦が現代兵器とほぼ同じ性能を持っているとすれば、今まで艦娘立ちが交戦したどんな深海棲艦よりも強力な深海棲艦だ。

「そのときはそのときだ。空挺展開でも何でもするさ」

 

 米陸軍は進撃を再開していた。南北から進軍していた両部隊は合流し、一部の部隊をラングレー空軍飛行場があるバージニア半島に進ませ、大半の部隊はノーフォークに向かった。

 進めば進むほど、敵の数は増え、陣地も強固な物になっていった。レコンキスタ作戦の発動からすでに5日だ。いくら深海棲艦側の電波を妨害しているといっても5日もあれば十分に伝わる。かといって、米軍が苦戦するかといえば、さほどしない。

 空軍機による事前爆撃、砲兵による効果的な砲撃、そして陸の王者である戦車を先頭にしての突撃。これで十分だ。

 

 T-95戦車駆逐車は部隊の先頭に立ち、集中砲火を浴びながらもゆっくりゆっくりと進んでいた。

 敵の砲台型も強力になり、自慢の300㎜装甲も敵弾を弾けず、めり込ませてしまう車両がでたが、そこまで戦闘続行に支障はない。衝撃で装甲の裏側が剥離しても内張の装甲が剥離した装甲を止め、乗員を殺傷させない。

 T-95が敵の砲門を集めている間に足の速いM41ウォーカーブルドック軽戦車やMBT-70が敵の裏側に回り込む。こうなってしまえば勝ったも同然であり、同伴するM113が搭乗している機械化歩兵を降車させて、敵陣地の制圧を行う。

 深海棲艦も裏に回る米軍部隊に手をこまねいているわけではない。戦車型などを投入して阻止を計るが、AH-1Tコブラの戦闘ヘリ隊が進出し、20mm M197ガトリング砲やTOW対戦車ミサイルに撃破されていく。

 もしコブラの攻撃をくぐり抜け、米軍戦車と交戦しても、食い止めるのは不可能だった。性能差がありすぎるのだ。深海棲艦の戦車型の推定装甲は平均70㎜といったところで、砲も75㎜級。砲弾の貫通力もせいぜい130㎜。一方、米軍主力戦車のM60パットンは最大178㎜、改良型のA1、A2では254㎜、292㎜と深海棲艦戦車型2倍、3倍の厚さな上、主砲の51口径 105mm M68ライフル砲は砲弾の種類にもよるが200㎜超えの貫通力がある。深海棲艦の戦車型の大半は為す術もなく撃破された。

 それでも異常な戦車型も一部いて、MBT-70のM58 60口径 120 mm 戦車砲やM60の51口径 105mm M68ライフル砲の砲弾を弾き、M60A1を正面から堂々と貫通する砲弾を放つ大口径砲を持つ戦車型もいた。

 そんな戦車型はAH-1TのTOW対戦車ミサイルや20mm M197ガトリング砲で天板をぶち抜かれ、撃破される。

 中には高い機動性を活かして側面に周り、零距離射撃で異常な戦車型を撃破するM60もいる。

 深海棲艦の陣地は次々と陥落し、前線はどんどん海に近づいていった。




 高速修理材ですが、あれは艤装を修理する液体です。治療用ではありません。治療効果があるということで艦娘も浴びたりしますが、切り傷擦り傷程度しか治せません。そんなに便利な代物じゃ有りません。艤装が瞬時に直るだけで十二分に便利な代物ですが。

 『カミカゼ』に関してですが、エリソンとサラトガが語ったのが米軍艦艇の総意、共通認識ということではありません。『カミカゼ』をした日本人は頭おかしい連中、と思っている艦娘もいるでしょうし、あれは追い詰められた中で編み出した一番有効な手段、と評価している艦娘もいます。また軍国主義に染められた可哀想なパイロット達、と哀れんでいる艦娘もいます。この話題はかなり荒れる話だと思うので、感想欄でもあまり触れないでください。

 最後のM60も撃破できる強力な戦車型のモデルはドイツ軍のマウスやE-100です。この世界ではドイツは第二次大戦は起こしていないのですが、1960年代にE計画は立案、実行されてE-100は完成、量産しています。2015年段階ではとうの昔に退役していますがね。


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第21話「決戦、ノーフォーク!」その2

「爆弾落とす意味あるのかねぇ? こんなんでさ」

 F-105サンダーチーフに乗っているオメガ11はコックピットから泊地水鬼のいるオシアナ海軍航空基地を見下ろした。かつて海沿いに綺麗に整えられた航空基地は今や爆弾穴だらけで航空基地というよりも荒野だった。

『保険だ、保険。深海棲艦が一瞬で飛行場を再建する可能性はあるんだ』

 僚機が応答する。オシアナ海軍航空基地だけに限らない、ノーフォーク国際空港やラングレー空軍飛行場は連日のごとく、時によっては数時間に1回のペースで100t近くの爆弾が投下されていた。最初こそ深海棲艦が滑走路などを修復している様子が見て取れたが、そんなペースで爆撃しているので、修復はしなくなり、爆撃隊への対空砲火も減少し、今日に至っては高射砲弾の一発も撃ち上げてこない。

「だからといって、国民の税金をどぶに捨てるような気がして、ちょっと申し訳なくてな」

『お前が何言っている、オメガ11! YF-16を2機もオシャカにしやがって! あれ1機がいくらすると思っている! そのせいでお前は今、F-105に乗って――――』

『オメガ隊、私語は慎め』

 AWACSからの通信。使用できる電波帯というのは無限ではなく、限りがある。今回のレコンキスタ作戦では深海棲艦が使用する電波帯が複数あるため、通常の作戦以上に電波帯の制限が出ている。それを作戦上必要ではない私語で塗りつぶすのはあまりよろしくはない。

 AWACSによって話が途切れたが、オメガ11がYF-16ではなく、F-105に乗っているのはついにYF-16の予備機もなくなってしまったからだ。YF-16はまだ制式採用もされていない工場から出たてのピカピカ新機体であり、数は少ない。一応予備機含めて14機が米空軍に納入されたのだが、1機は着陸事故で消失し、オメガ11が2機を落としてしまっていた。オメガ11が乗るYF-16はない、ということで前まで乗っていたF-105に乗っているのだ。

『しかし、ただの爆撃任務ならF-105の方がいいな。確か推力重量比はF-105の方が上だろ』

『YF-16の派生の……型式なんだっけ? YF-16自体がその派生だっけか?』

『F-16XL。どんな外見なのかね?』

「クランクト・アロー・デルタ翼だよ。ドラケンとかコンコルドみたいな翼のヤツ。あれも乗ってみたいなぁ」

『オメガ11、それも落とすつもりか~?』

『オメガ隊、私語は慎め!』

 

 ディロンは参謀長のニームス・シュビムズや艦娘のサラトガ、メリーランド、吹雪などと次の戦闘について話し合っていた。

 レコンキスタ作戦もついに大詰めだ。バージニア半島の最端部にあったラングレー空軍飛行場や昨日焼き払ったニューポート・ニューズ造船所はろくな抵抗もなく、すでに陥落。残りはオシアナ海軍航空基地とノーフォーク国際空港がある海岸部だけである。

「今日の朝に到着したんだが、」

 ディロンが封筒の封を破り、中から何枚もの写真をノーフォーク付近の地図が広げられた机とはまた別の机に広げた。艦娘と深海棲艦の戦闘を写した航空写真や空母艦娘が運用する航空機のガンカメラが捉えた深海棲艦の写真だった。

「今、日本海軍は中東からの石油シーレーンを回復させるためにカレー洋の制海権確保を狙った作戦を実行中とのことだ。で、この写真がアンズ環礁で交戦した深海棲艦の写真だ」

 ディロンは写真の山からいくつかの写真を取り出し、地図の上に置いた。

 写真には黒髪ストレートで白いワンピース姿、頭から伸びた冠状の白い角が特徴的な少女の姿が映っていた。少女の体には黒い滑走路らしきものや、砲身、砲塔が付いている。

「艦娘ですか?」

 メリーランドが尋ねる。

「この子の周りに護衛要塞も飛んでますから、深海棲艦でしょう。泊地棲鬼(アンカレッジ・プリンセス)ですか?」

「いや、日本海軍は新しい命名をした。泊地水鬼(アンカレッジ・ウォーター・デーモン)だそうだ。飛行場なんだか泊地なんだかはっきりして欲しいな。こいつはアンズ環礁にいて、日本海軍と交戦したらしいが、」

「これと似てるな」

 メリーランドが地図に押しピンで貼られている写真を指さした。オシアナ海軍航空基地の基地型深海棲艦の姿で、光の加減か何かで少しばかり色が違うがほぼ同種と言えるだろう。

「まあ、そういうことだ。そこで吹雪に聞きたいんだが」

「何をですか?」

「日本海軍はいままで基地型深海棲艦をどういう風に相手してきた?」

 泊地棲姫、離島棲姫、飛行場姫、港湾棲姫、北方棲姫、北方棲姫、そして泊地水鬼。ディロンは数々の基地型深海棲艦を相手してきた日本海軍のノウハウを聞いておきたかった。

「基本的に空襲して、戦艦と重巡が三式弾を撃って、終わりです」

「それだけなのか?」

「場合によっては通常の航空機が空襲したり、空挺部隊が投入されたこともありましたけど、基本それだけです。はい」

「そうか、それだけなのか」

 参謀のニームスとディロンがうなだれる。すでに陸軍は目前に迫っている状態で、制空権は完全に確保。沿岸部の敵砲台もほぼ沈黙しているので、艦娘の出入りもほぼ自由。脅威は泊地水鬼からの攻撃だけ、という作戦らしい作戦がたてれないような米軍側が一方的な戦況だった。

「まあ、できるだけ多くの戦力を投入しよう。戦艦や巡洋艦、駆逐艦は湾内に入って砲撃、空母は湾外から艦載機で空襲、という具合で行こう。これ以外ない」

 正面からの力押し。現代戦においては相手の弱い部分を突き、一気に指揮系統を制圧する、というのが一般的ではあるのだが、相手は降伏を知らない深海棲艦である。力押ししかないのだ。

 

 TF100とTF101の戦闘開始日時は5月6日14時00分となった。最高司令官であるミラン・グレプル元帥はもっと開始時間を早めるように言ってきたが、ディロンはこのように反論した。

「艦娘達の体は人間です。機械ではありません。艤装を付けているとはいえ、戦闘をする上に10時間以上海上を航行すれば相当に疲労します。万全を期すためにも1日だけはゆっくりと休む時間をください」

 艦娘が出せる速度は最大でも37ノット。時速に直せば68.5㎞/hにすぎない。基本的には巡航速度で航行するので、もっと遅い。シンクレアーズ島前線基地からノーフォークまでは505㎞。途中までヘリコプターや高速艇を使用するが、かなりの時間は海の上だ。

 バミューダ諸島強襲時に使った空挺補助装備を今回も使用すれば、ものの数時間でノーフォークに降下することはできるが、戦艦クラスが空挺降下するとなると、砲や対空装備をかなり下ろすことになる。

 時間か、火力か、どちらか一方を取ることになる。

 グレプル元帥は深海棲艦のコピー能力を気にしているらしく、あの現代装備をコピーしたと思われる重巡級深海棲艦の存在についても言及した。現代兵器をコピーする時間を与えず、一刻も早く泊地水鬼をたたきのめし、少ない被害で戦闘を終わらすのはレコンキスタ作戦のコンセプトである。

 すでに米軍は泊地水鬼のいるオシアナ海軍航空基地の50㎞から40㎞の位置で戦闘を行っている。長距離砲ならぎりぎり届く距離だ。仮に泊地水鬼が戦艦クラスの砲を装備しているとすれば、40㎞以内は射程内になる。グレプル元帥は艦娘の方に泊地水鬼の方火力を向けさせたいのだ。歩兵、戦車VS艦砲より艦娘VS艦砲の方が分が良い。

 ディロンは最終的に火力より、時間を取った。艦娘をノーフォークに空挺降下させ、泊地水鬼への砲撃を行う。戦艦や重巡洋艦の砲火力は幾分か落ちてしまうが、そこは陸軍の砲火力で補うことにしよう。

 これで艦娘達は一晩はぐっすりと眠れるはずだ。

 

 深雪が目覚めたと聞いて、吹雪と白雪はすぐに医務室に駆けつけのだが、扉を開けて見た深雪の姿は元気に食事をしている姿だった。

 目覚めてすぐにそばにいた軍医に放った言葉は「お腹減った」であり、後遺症も特にはなく、元気だった。

「初雪は病院か。次の戦闘には無理だな」

 パック牛乳にストローを刺しながら、深雪は言う。自分の迷いがなければ、自分も気絶しなかったかもしれないし、初雪に大怪我をさせることもなかったかもしれない。うむむ、と唸りながら、深雪は牛乳を飲んだ。

「レコンキスタ作戦が終わったらお見舞い、行こうね」

「お土産は何がいいかな? 漫画? ゲーム? 結構お金有るから、買えないことはないよ」

「でも右手骨折しているんだから、難しいだろ」

「あ、そっか」

 お土産は何がいいか、色々話し合った結果、DVDプレイヤーと映画、ということになた。漫画やゲームよりも割高になってしまうだろうが、何とかなるだろう。

 これが決まってから、吹雪と白雪は深雪に現在の状況を報告した。そしてサラトガとエリソンに聞いた『カミカゼ』についても。

「へえ、神風特別攻撃隊……ねぇ。私達なら、やるかもねぇ」

 深雪は特に意外そうな顔はしなかった。少しばかり口をとがらしてもの悲しげに、戦争だもんなぁ、と呟く。吹雪達が少しばかり拍子抜けし、それを見た深雪は意外そうな顔をして、

「いや、だって、『海行かば』とか、陸軍の『抜刀隊』なんか特にだけど、死ぬことこそ誉れ、って感じじゃん。負け戦になって特攻隊が出てくるのは、別におかしくないというか、当然というか……」

 深雪はまた、うむむ、と唸り、戦争だもんなぁ、うーむ、とつぶやき、唸る。

「組織的にやったのはあんまりいいことじゃないとは思うけどさ。私は人と人との戦争は知らないしなぁ。あー、そもそも吹雪も白雪も、初雪だっても『神風特攻隊』は知らないだろう? 何だろうなぁ、私達が気に病んだりする必要はないと思うのよ。アメリカの艦娘がトラウマになっていてもさ。私達は1943年までに沈んでるんだし」

 深雪は1934年6月29日。吹雪は1942年10月11日、白雪は1943年3月3日、初雪は1943年7月17日。神風特別攻撃隊が編成されたのは1944年10月19日。撃墜されたときの体当たり攻撃こそあれど、特攻は1つもなかった時に皆沈んでいる。

「まあ、トラウマになってる艦娘は可哀想だとは思うけどさ。もう別の世界なのにね」

「戦争……か」

 吹雪は白い天井を仰ぎ、呟く。

 人と人が殺し合う中で生まれた戦争の狂気。元兵器の人間ではない艦娘が考えることではないのかもしれない。もう別の世界で、私達は当事者でもないのだから。

 

 飛行場には15機のC-130ハーキュリーズが出撃準備していた。大半が第82空挺師団のE型だったが、15機の内4機は海軍型のG型だった。艦娘達が乗る機体である。

「お久しぶりです」

「ああ、数ヶ月ぶりかな」

 吹雪はバミューダ諸島強襲時、共に作戦を行った第82空挺師団の隊長と握手した。少女とがっちりとした大男。傍目から見れば親子か何かに見えるが、階級的に考えると吹雪の方が上なのだから、艦娘に初めて会った人はたいてい驚く。

「しかし、今回も空挺降下かい。艦娘ってのは海を駆けたり、空から飛び降りたり、特に今回の作戦は短い期間で何度も出撃したらしいじゃないか。大変だろうに」

「それが役目ですから。第82空挺師団だって、平地を覆い尽くすくらいの深海棲艦を防ぎぎったんでしょう? すごいですよ」

「そう言ってくれると嬉しいね。しかし、あの、ええっと名前を忘れてしまった。あの黒髪の綺麗な前髪まっすぐの子」

 隊長は左手でチョキを作り、おでこの前で閉じたり開いたりした。

「初雪ですか?」

「そう、ハツユキだよ。彼女は見えないけど、どうしたの?」

「初雪は病院です」

「え、彼女は病院!?」

 ことの成り行きを説明すると、隊長は悲しげな表情を見せた。

「やっぱり、女の子が戦場に出るものじゃないよ。戦うのはバカな男達で十分」

「私達、艦娘(シップ・ガール)ですから」

「やっぱり、女の子(ガール)じゃないか。うう、可哀想に」

 




タイトルに「決戦」と銘打っておきながら、その2でも艦娘達が戦闘しないってどういうことなの……。

 E-7はクリアしました。非常に大変でした。夏はこれくらいの地獄の方が良いです。これでサーモン海域は占領できたのでしょう。たぶん。これでオーストラリアからのウラン、鉄鉱石、石炭輸入が楽になるね! しかし、サーモン海なのか、ソロモン海なのかはっきりして欲しい。
 瑞穂? 知らない子ですね。輸送、機雷戦、水上機運用、甲標的運用できて夕張並みの火力を備えた水上機母艦日進の実装はよ。
 
 次回こそは艦娘達が戦闘します。また空挺降下です。第2章もあとちょっとだ!


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第21話「決戦、ノーフォーク!」その3

 陸軍はノーフォーク国際飛行場を奪還した後、そのまま北上。泊地水鬼のいるオシアナ海軍航空基地で熾烈な戦いを繰り広げていた。

 深海棲艦にとっては米本土東海岸最後の場所である。米軍が艦娘を保有することになった以上、ここが陥落すれば再び上陸することなど不可能に近い。まさに背水の陣だ。泊地水鬼は最後の精鋭を投入、自身のエネルギーも使って陣地、砲台を急造し、米陸軍相手に善戦していた。

 砲台からの巨弾がT-95戦車駆逐車のそばに着弾。強烈な爆風と爆圧で重量が86.2 tものあるT-95がひっくり返る。随伴していた歩兵は姿形すら残らない。

「敵の砲台火力は戦艦並み! あれを潰してくれ! 座標は――――」

 撃破されたM60A1パットンの影で上に報告をしていた通信兵や同じ部隊でM60機関銃を近づいてくる芋虫型に撃っていた兵士も降ってきた砲弾で吹き飛ばされる。

 泊地水鬼が急造した砲台は泊地水鬼自体とは分離しており、沿岸砲や艦艇の砲のように砲塔式で装甲も強固、その上障壁まで張って砲弾を弾くのだから始末が悪い。しかも三連装で1基だけではなく、2基だ。

 MBT-70の戦車小隊が厚い装甲と高い機動力を活かして攪乱を試みるが、敵陣地に突入する前にハルダウンした戦車型に履帯を切られ、停止してしまったところを集中砲火を浴びて撃破されてしまう。

「だんちゃ~く、今!」

 MLRSと自走砲による効力射。無数の砲弾とロケット弾が降り注ぐが、敵陣地上空で爆発する。全て障壁で防がれてしまうのだ。

「なんて弾幕だ!」

 航空支援もかなり難しくなっていた。泊地水鬼が大量の対空砲と対空専門の砲台型を生産し、濃密な弾幕を展開していた。その弾幕はF-4ファントムⅡやYF-17を撃墜するくらい濃い弾幕だった。

 その中、A-10は何とかくぐり抜けるも、攻撃しようと機速を落とした瞬間、

「ボルテス3被弾!」

 高角砲弾の直撃を受ける。ボルテス3のA-10は右翼と胴体が分離し、錐揉みをしながら焦げた大地へと突っ込む。

 他の機体が爆弾を投下するが、無蓋掩体壕に隠れた戦車型を撃破するだけの精密性はない。GAU-8アヴェンジャーやミサイルならば狙い撃ちできないこともないが、泊地水鬼の障壁で防がれるか、逆に狙い撃ちされて撃墜されるかだった。

 今まで快進撃を続けてきたというのに、最後の最後で米軍は攻めあぐねていた。

 各部隊に被害が続出する中、海兵隊第1海兵師団の歩兵部隊は比較的被害が少なかった。

「やっぱり深海棲艦ってのはとんだファッキンモンスターだぜ! マイケル、北北西、距離80に芋虫!」

 第9歩兵小隊は爆弾穴に隠れ、敵弾を避けながらも必死に抵抗していた。

「了解! 北北西、距離80!」

 マイケルと呼ばれた一等兵が復唱し、M79 グレネードランチャーをかなりの急仰角で構える。マイケルのM79には標準の照準器ではなく、変わった形の照準器M15と負い紐が付けられていた。マイケルは爆弾穴から頭を出さず、中に隠れたままだ。

 放たれる40㎜グレネード弾。それは迫撃砲の様な放物線を描いて、80m先にいた十数体の芋虫型の一団の中央に着弾した。中央部にいた芋虫は吹き飛び、周りの芋虫は破片で傷つく。

 そして動きが鈍った芋虫型を他の海兵隊員がM14ライフルで狙撃していく。M16ライフルの5.56x45mm弾よりもストッピングパワーの強いM14の7.62x51mm弾は芋虫型を一撃で死に至らしめる。

 曲射ができるM79グレネードランチャー、フルオート射撃は難しいがセミオートならなかなかの射撃精度のM14ライフル。両方とも米軍の中では旧式兵器の部類だったが、相手が人間ではなく深海棲艦、そして敵弾が飛び交い長時間頭が上げられない開けた土地ではこの2つの旧式兵器が多くの海兵隊員の命を救っていた。

 だが、前進は不可能だ。敵陣地は強固で旺盛。航空機の攻撃も支援砲撃もほぼ無効化されている。

 泊地水鬼は前線だけではなく、後方まで砲弾を撃ち込んでいた。射程は約40㎞。後方に待機していた予備部隊などや一部の自走砲部隊にも被害が出ている。

 最初からその砲台の存在が分かっていれば、そんな被害はなかったはずだが、砲台は米軍がオシアナ海軍航空基地まで約5㎞という距離にまで迫ったときに突然現れたのだ。いわば米軍側は深海棲艦に引き込まれた形になる。

「Fuck! これじゃあ煙幕張ったって逃げれるかどうか……」

「でもこのままじゃじり貧だ。俺のマガジンはもうコイツだけだ」

「40㎜も榴弾はこれで最後。散弾やマーカーはあるが――――うわッ」

 隠れている爆弾穴の右70m先に泊地水鬼の砲弾が着弾。マイケルやその他の兵に爆風で巻き上げられた土が落ちてくる。土だけではない、人間の腕や足といったものも落ちてくる。

「誰かやられたのか!?」

 小隊長であるダーマ軍曹が叫ぶが、誰も首を縦に振らないし、悲鳴も上げない。

「だったら――――」

 軍曹は爆弾穴からちょっとだけ頭を出した。この小隊が隠れている爆弾穴よりもずっと大きい穴が開いていた。別の爆弾穴で頑張っていた第11小隊は爆弾穴ごと吹き飛ばされて消失している。

「Fuck! もうどうにもならん! ありったけの煙幕を焚いて後退するぞ!」

 軍曹は懐から煙幕手榴弾を取り出しながら言った。他の海兵隊員も煙幕が出せるものを取り出して準備する。

「いや、どうにかなるかもしれませんよ」

 ジミー上等兵がレミントンM40狙撃銃から外したスコープで空を見てながら、言った。

「ジミー、なぜだ!?」

 軍曹は当然のことながら、ジミーに尋ねる。ジミーは空を指さして答える。

 

――――空から女の子が。

 

 

 C-130Gのランプを思いっきり蹴り、吹雪は空中に飛び出した。バミューダ諸島強襲の時と違ってHALO降下ではなく、今回は高度4000mほどからの降下だ。

 風を切る音に混じって爆音が聞こえてくる。風よけのゴーグル越しにオシアナ海軍航空基地の方を見ると、前のナパーム攻撃の跡だろうか、焦げた大地が広がっていて、深海棲艦と米陸軍がそこで戦っている。とりわけ目を引くのが、飛行場の脇にある巨大な砲台だ。砲塔形式で連装砲。大きさ的には縦横20mといったところか。

 運が良いことに砲身はこちらを向いていない。もし泊地水鬼が三式弾の様な対空砲弾を持っているならばTF100、TF101ともに空中で撃墜されてしまう。艦娘が障壁を張ることができるのは水上のみで空中では7.7㎜弾も防げない。対空砲火も航空基地を攻撃するF-111やF-105、A-10に集中しており、TF100、TF101には撃ってこない。

 高度600m。パラシュートのフックを思いっきり引っ張り、開傘させる。それと同時に空挺補助装備のダイブブレーキが展開。急激に発生した空気抵抗がベルトなどを介して体を締め付ける。これが結構苦しいがもうしばらくの辛抱だ。

 さらに高度が下がっていく。高度200――――150――――100――――50――30。背部艤装と補助装備を連結していた爆砕ボルトが自動で点火。パージされると共に吹雪は脚部に装着したロケットモーターの作動索を引っ張る。

 ロケットモーターの推力が最後の制動となり、吹雪はほぼ着水速度ゼロで海面に降り立つ。推進剤がなくなったことをロケットモーターのセンサーが感知し、爆砕ボルトに点火させ、パージする。

 今回は陸上砲撃が主目的ということで普段は魚雷発射管を付けている太ももには5インチ単装砲を搭載している。三年式12.7㎝連装砲ではこのようなことはできないが、Mk.22 軽量な5インチ単装砲では可能だ。これでも少しばかり積載量に余裕があるので機銃と少しばかりの爆雷なども搭載している。

 周りを確認する。他のみんなも無事に降りられたようだ。制空権があるというのはなんと良いことだろうか。

 100門近くの砲がオシアナ海軍航空基地に照準を合わせ、発砲した。

 

 

 泊地水鬼は撃たれて初めて艦娘の存在に気がついた。何十発という榴弾が炸裂し、フィードバックが泊地水鬼の体を痛めつける。

 数時間前、ノーフォーク海軍造船所の生んだ子は親孝行か知らないが、大西洋の索敵情報を送ってきた。それによれば東海岸に敵影は存在しないことになっていたが、敵である艦娘はすぐそこにいる。

 どうやって来たのか。空挺降下してきたなどと泊地水鬼は思いつきもしなかったが、何にせよ、こちらを攻撃してくる以上、艦娘は敵で撃破するしかなかった。

 泊地水鬼は海岸側に小口径の砲台をいくつも新設し、先ほどまで陸上部隊を砲撃していた大口径砲の砲台の1基を海側に向けた。

 艦娘達は砲撃される前に大口径砲を撃破しようとするが、大半の砲弾が障壁によって阻まれる。12インチ、14インチ、16インチ砲弾は何とか障壁を突破するが、砲台自体の装甲に弾かれ、効果がない。

 今度は泊地水鬼側の攻撃。照準と装填を終えた各砲台が発砲する。こちらも大半が小口径砲なのだが、泊地水鬼ほどの障壁を展開することはできない。十数隻が被弾し、大口径砲弾の一発が戦艦オクラホマに命中し、大破させる。

 泊地水鬼は高笑いをするが、今度は手薄になった陸上側から米軍の攻撃が届き、舌打ちする。

 泊地水鬼も常時障壁を展開できるわけではない。米軍の反攻以来、泊地水鬼は立て続けの攻撃を受け、消耗。広域かつ全方位をカバーできる障壁を展開するだけのエネルギーはもうない。戦車や自走砲程度の砲撃はともかくとして、ミサイルなどの攻撃は障壁を一点に集中させ、強固なものにすることで防ぎきっているのだ。航空爆弾は数が多いし、たいした精度もなく、被害が小さいので放置しているが。

 土地のエネルギーを使用すれば、飛行場としての機能も強固な障壁も復活させることができるが、それはできるだけ避けたかった。

 土地のエネルギーは大量に使ってしまえば再回復はほぼ不可能である。泊地水鬼に限らない、基地型深海棲艦達は陸上型深海棲艦の生産にこのエネルギーを使っていた。ここで使い切ってしまえば、襲いかかる米軍と艦娘を壊滅させても再侵攻は難しくなる。しかし、ここでやられては元も子もない。

 使うか。使わないか。

 

 F4Fワイルドキャット、SB2Uビンジケーター、SBDドーントレス、TBDデバステーター、TBFアヴェンジャー、瑞雲、F4F-3Sの編隊、総勢309機が空を覆い尽くしていた。今回はウルヴァリンやセーブルも参加している。

「やっとか! 遅い!」

 ファガラットが悪態をつく。すでに砲撃部隊には少なくはない被害が出ている。

 TF100の空母艦娘は泊地水鬼の射程外から攻撃するため、他の艦娘より後方に降りており、航空機の到着に時間がかかったのだ。

 一番手はF4Fワイルドキャット。

 F4Fの役割は敵対空砲台を沈黙させ、後続する攻撃機を援護することだ。6門もの12.7㎜機銃が火を噴き、対空砲台を撃ち抜いていく。なかな沈黙しないものに対しては翼下につり下げた100ポンド(45㎏)爆弾を投下して撃破する。

 泊地水鬼は目一杯迎撃するが、艦娘の航空機は深海棲艦航空機と同じく小さい。大型で高速な米軍の通常機の動きに慣れた今の泊地水鬼に迎撃は困難だった。

 続いてSB2Uビンジケーター、SBDドーントレスの急降下爆撃隊。これらは泊地水鬼自体を攻撃する部隊とまだ残っている対空砲台を撃破する2つに別れた。

500ポンド(226㎏)爆弾があちこちに投下される。狙いは米空軍機のものよりも優秀だ。艦娘の航空機は小型なので、通常の航空機よりも低空を飛ぶことができ、30mで機首を引き上げるくらいにまで急降下する。その分、撃墜される可能性も高くはなるが、命中率も高くなる。SB2Uビンジケーター、SBDドーントレスの爆撃によって、大半の対空砲台が撃破された。

 

 泊地水鬼は爆撃の痛みを堪えながらも、大口径砲を2基とも接近するTBDデバステーター、TBFアヴェンジャーに向けた。泊地水鬼に三式弾のような対空砲弾はないが、ただの榴弾でも時限信管で空中爆発させればそれなりの効果はある。しかも相手は急降下爆撃でもない、水平爆撃を行おうとしているのだからなおさらだ。

 泊地水鬼にもう余裕はない。これ以上の攻撃を受けたら、死ぬことは確実だった。この爆撃隊をやり過ごしたら、自身に残っているエネルギーだけではない、土地のエネルギーも使用し、飛行場としての機能を復活させ、大口径砲をさらに増設し、艦娘も米軍もすべて吹き飛ばすつもりだった。

 

 つもりだったのだ。

 

 そんな皮算用は今までで一番痛烈なフィードバックで打ち砕かれた。痛みの元は爆撃隊に砲口を向けていた大口径砲だ。

 大口径砲は2基とも内部の弾薬に引火して、大爆発を起こした。

 

「敵大型砲撃破!」

「やった!」

 大爆発を起こし、バラバラになる大口径砲を見て、兵員達が歓声を上げる。

 戦艦艦娘の砲にも貫けなかった障壁と装甲を持つ泊地水鬼の大口径砲を撃破したのはアメリカ軍がレコンキスタ作戦に合わせて開発したM308ミョルニル自走迫撃砲システムだった。

 M308ミョルニルの存在意義でもある砲はT-95戦車駆逐車と同じく、要塞攻略用に開発され、博物館に死蔵されていた重迫撃砲「リトル・デーヴィッド」である。「リトル・デーヴィッド」の口径は実に91.4㎝。戦艦大和の46㎝砲どころか、ドイツの80㎝列車砲「ドーラ」「グスタフ」よりも11.4㎝も大きい。砲弾重量自体は「ドーラ」「グスタフ」は7.1 t、「リトル・デーヴィッド」が1.678tと威力面でいえば「ドーラ」「グスタフ」が強いが、威力は並みの戦艦の砲よりもずっと強い。

 自走砲と言えば、戦車や装甲車の車体の上に大砲を載せて1両で完結するのが普通だが、M308ミョルニル自走砲システムは6両で構成されたシステムである。ベースとなったのは全てM60パットンで、砲身輸送車、砲弾輸送車、砲弾装填車、砲架ブロック輸送車、工作車、弾道計算車によって編成される。砲架ブロック輸送車に至っては2両1組なので実質的には7両である。

 発射態勢に移るためには何段階もの手順がある。工作車で周囲の木々を切り倒し、地面を水平にする。そして水平にした地面に砲架ブロック車が移動し、砲身輸送車が砲身を砲身ブロックと接続させる。そして砲弾装填車が装備されている特殊クレーンで砲弾輸送車から直径91.4㎝のコマのような砲弾をつり上げ、砲身に砲口から入れる。そして弾道計算車が周囲の環境からいろいろなことを計算して、照準角度やら何やらを算出してようやく、である。普通の自走砲なら1両で完結することを7両で行うのだ。すべては91.4㎝もの迫撃砲を扱うためである。

 レコンキスタ作戦が始まる前、アラバマ州のとある田舎町でキース少年、ドミニク少年がT-95と一緒に見たものはM308ミョルニル自走砲システムとして改造される前の「リトル・デーヴィッド」だったのだ。

 今回投入されたM308ミョルニル自走砲システムは4基で、4基とも初の実戦投入だったのだが、その威力は古ノルド語で『破壊するもの』、『打ち砕くもの』という意味をもつ「ミョルニル」の通り、十分に発揮することができた。

 実をいえば、威力を発揮できない可能性は十分にあった。M308ミョルニル自走砲システムの射程距離は7㎞ほどでしかない。もし泊地水鬼が飛行場の5㎞手前まで米軍を誘い込んでいなかったらM308ミョルニル自走砲システムは威力を全く発揮できなかっただろう。

 泊地水鬼は実に運が悪い。

 大口径砲の破壊により、米軍は活気づき、再び前進を開始した。

 ノーフォークの深海棲艦最後の拠点、オシアナ海軍航空基地の陥落は目前だった。




 霞の秋限定ボイスに少しばかり困惑しているベトナム帽子です。私は霞の本質を見抜けていなかったのかもしれない。

 ともかく、今回の補足解説。
 M308ミョルニル自走砲システムなんて存在しませんからね! 存在しませんから! 私の創作兵器ですから! でも「リトル・デーヴィッド」は存在しますよ!
 「リトル・デーヴィッド」は元々航空機用爆弾の試験装置なのを迫撃砲として流用した、とか言われていますが、あれはおそらくデマです。そもそも914㎜もある爆弾自体が例外的にしか存在しませんし、砲弾は爆弾とは似て付かないコマみたいな形しています。そしてライフリングがあるのも不自然です。「航空機用爆弾の試験装置」というのはおそらく秘匿のためでしょう。
 M308ミョルニル自走迫撃砲システムは炎頭さんの「リトル・デーヴィッド出して欲しい!」という応募によって実現しました。アイデアありがとうございました! さすがに砲架ブロックを埋めるための穴を掘って、埋めて、砲身を付けて……なんて悠長なことできないので、M60の車体を使った迫撃砲システムになりましたが。
 
 あとちょっとだ……(レコンキスタ作戦が)。


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第21話「決戦、ノーフォーク!」その4

 大口径砲が撃破され、艦娘の空爆をもろに受けた泊地水鬼は虫の息だった。

 自分で障壁も展開できない、砲を撃つこともできない。息をするだけで精一杯。まだ土地との接続はされたままで敵の足音や戦車のエンジン音、土を踏みしめる音がダイレクトに感じられる。艦娘からの砲撃もまだ続いている。

 ここで死ぬのだろうか。

 もう飛べないのだろうか。

 あの羽の再生を心の隅で微かに思っていたが、無理なのだろうか。

 

 飛びたい。

 

 飛びたい。

 

 

 第1海兵師団第9歩兵小隊の中で最初に異変に気づいたのは芋虫型にレミントンM40の照準を合わせようとしていたジミー上等兵だった。

 照準が定まらない。小刻みに揺れている。時間が経つにつれ、目標とスコープの十字線とのブレは大きくなっていく。手が震えているのだろうか。

 スコープを覗くのをやめ、手を見てみる。震えてなどいない。

 スコープの固定がしっかりされていないのか? ジミーはスコープを触ってみるが、動かない。

 ならば――――地震か?

「地面が揺れてる!? 地震!?」

 揺れに気づいた隊員達が慌て始める。アメリカ人にとって地震はほとんど経験することのない現象だ。

「落ち着け、伏せろ! 伏せるんだ!」

 ダーマ軍曹が叫び、隊員達を伏せさせる。近くには砲弾や爆撃により破壊されて基礎しか残っていない建物しかないが、地面が揺れている状態でまともに照準などできるわけがない。

 地面の揺れはどんどん大きくなっていった。

「神様……!」

 マイケルなどはM79グレネードランチャーやサブウエポンのM16を放り出して手を合わせている。

 ジミーは落ち着いて、この状況を考えていた。

 アメリカが属するプレートは北米プレートで、北アメリカ大陸の他、ユーラシア大陸の東端部、グリーランドを含む広大なプレートだ。東はアラビアプレート、ユーラシアプレート、南はカリブプレート、ココスプレートと接しているが、ここノーフォークとはかなり離れた位置にある。自然現象のことだから絶対とはいえないが、地震が起こる確率は極めて低い。

 もし地震ではないとすれば――――

「なんだあれは」

 ダーマ軍曹が航空基地の方を指さして、唖然としたような声で言った。

 地面が割れていた。亀裂は航空基地を囲むように広がっていく。

「地割れ? いや」

 ただの地割れではない。地割れの向こうの地面がこちらの地面に比べて高くなっている。地震の揺れは小さくなってきたが、地面の高低差は大きくなっていった。

「まさか……いや、まさか」

 そんなことができるはずがない。いくら深海棲艦といえども、そんなことができるはずがない。質量は莫大で、そんなことができる原理や理論があるというのだろうか。

 ジミーは己の目を疑った。

 

 TF100とTF101も地震には気づいていなかったが、異変には気づいていた。

「海流が変わった?」

 海流がオシアナ海軍航空基地の方に流れ始めていた。海流というのは基本的に変化しないものである。季節や高低気圧、潮の満ち引きによる変化はあるが、急激な変化というのはなかなかない。

 海流の流れはどんどん速くなっていく。浮いている航空機や船の残骸の欠片がオシアナ海軍航空基地の方向に引き寄せられていき、海中に消える。

「流れが速すぎる! 後進一杯!」

 しかし、海流の流れの変化、そして速さは異常だった。TF100とTF101の艦娘は砲撃などをやめ、オシアナ海軍航空基地から離れる。艦娘の重量は軽いので海流にも流されやすい。排水量数千tの艦でも影響を及ぼすのだからなおさらだ。

「何? あの港は」

 吹雪はオシアナ海軍航空基地の港の変化に気づいた。普段は海の中で見えない埠頭のフジツボが見えているのである。今日は干潮ではないし、海流が変化する前までは見えていなかった。

 そして目に見てわかるくらいに大地が動いた。コンクリートで埠頭に亀裂が入り、崩れる。地割れは広がり、地面の側面が大規模に見え出す。

 終いにはオシアナ海軍航空基地周辺の大地が他の大地と分離して、空へ上っていく。

「へ……?」

「と、飛んでる……」

 艦娘達はあっけにとられてしばらく何もできなかった。

 大地が飛ぶなんてあり得ない。誰もがそう思った。だが、これは現実。飛んでいるのである。

『飛行物体を攻撃せよ!』

 司令部からの通信で艦娘達と米陸空軍が正気に戻ったのはオシアナ海軍航空基地が高度1000mほどまで上がり、オシアナ海軍航空基地があった部分の穴が海水で満たされた頃だった。

 艦娘達は砲撃を開始するが、砲弾の大半は障壁にはじき返された。一部は貫通するが、下部の土を削るだけで撃墜とはほど遠い。

 戦艦の主砲ならばあるいは――――と考えるが、戦艦艦娘の主砲は構造や仰角の関係ですでに照準ができなかった。駆逐艦や軽巡の手に持つ5インチ砲や6インチ砲ならば砲自体の仰角が小さくても腕を上げれば照準が可能だが、戦艦や重巡の砲塔は手に持てないアーム式が多い。反動吸収や長距離射撃の観点からすれば手に持つタイプよりも利点は大きいが、対空射撃時などの観点からは自由度は低く、急仰角で発射すれば転倒してしまう。なのでメリーランドなどは副砲の高射砲を撃つのだが、それではいかんせん貫通力が足りない。

 米陸軍も戦車や自走砲の仰角が足りず、唯一攻撃ができたのはM42ダスター対空戦車のみ。しかし、M42の武装はボフォース40㎜機関砲。艦娘の6インチ弾が弾かれるのに40㎜弾が弾かれない道理はない。

 米空軍の攻撃も同様だ。M61バルカンの20㎜弾、GAU-8アヴェンジャーの30㎜弾も当たり前のように弾かれてしまう。AGM-62ウォールアイ、AGM-65マーベリック、中にはMk.82通常爆弾を側面に命中させる猛者もいたが、下部の土を崩すだけに終わる。その崩した土は地上にいる米陸軍に降りかかり被害を出していた。

 オシアナ海軍航空基地、泊地水鬼を乗せた大地は悠々と空を上っていく。米軍は有効打を与えることもできず、見ているしかなかった。




これでレコンキスタ作戦は終了です。長かった。それとまだ2章は終わりません。


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第22話「スターゲイザー」その1

 ワシントンD.Cからアイオワ州のデモインに機能を移されたホワイトハウスのマップルーム。そこに大統領を初めとして国務長官、国防長官、そして各軍の司令長官が集まっていた。それぞれは円卓机に座っている。

「状況を説明してもらおう」

 大統領は顔の前に手を組み、神妙な面持ちで言った。統合軍司令官であるミラン・グレプル元帥が資料を手に持って立ち上がった。

「先日発動したレコンキスタ作戦は実質的には成功に終わりました。東海岸側の深海棲艦を一掃に成功し、東海岸側全ての陸地を奪還いたしました。軍の被害も当初の予想を下回っておりますが、作戦においては当初破壊の禁止が厳命されていた各工場、造船所は深海棲艦の発生源と変化していたため、止む得ず破壊いたしました。これについては各方面に承諾を得ております。内訳はリストアップしておきましたので、後ほどご覧ください」

「ふむ。レコンキスタ作戦の遂行、ご苦労だった。しかし、ノーフォーク海軍造船所で産み落とされた深海棲艦と陸地ごと空に飛んでいった泊地水鬼。この2つはどうなっている」

 レコンキスタ作戦自体の目的は東海岸から深海棲艦を掃討することである。その観点からすればレコンキスタ作戦は成功、いや大成功と言えるのは間違いない。しかし、大きな脅威も生み出してしまった。

「モニターをご覧ください」

 グレプル元帥がモニターにリモコンを向け、ボタンを押した。画面には所々にメッシュのように金が入った長い黒髪の深海棲艦の写真が映される。背中には四角い箱状の艤装が2つ、両腿には4連装の円筒状の艤装、手には小口径の砲を持っている。

「これがコピーした現代兵器を装備していると思われる深海棲艦です」

 グレプル元帥は説明を始める。

 この深海棲艦はノーフォーク海軍造船所前でTF100、TF101により初めて確認された新種の深海棲艦で、米海軍の現行兵器をコピーしていると考えられている。本当にミサイル等が使えるかは不明であるが、発射器らしき艤装が認められ、5月4日のノーフォーク海軍造船所前の戦闘ではガトリングガン、5月7日には大西洋においてそれらしき長距離レーダーの使用が認められている。それを考えればミサイルなどは使用可能と考えるのが打倒だ。

 深海棲艦が砲や魚雷といった旧式な武装だからこそ、米軍は今日まで戦ってこられたというのに、ミサイルなどの現代兵器が使われるとなれば艦娘でも対抗不可能である。

 ハープーンやアスロック、シースパローといった対艦、対潜、対空ミサイルならまだ良いが、トマホークなどの対地ミサイルのコピーに成功しているとすれば軍に限らない、国民の生命を脅かす存在になる。

「現在、この深海棲艦はアイスランドの深海棲艦と合流した模様です。現状としては脅威ではありません。しかし、この深海棲艦以上に脅威なのが――――これです」

 次に画面に映されたのは飛行場を持つ島だ。しかし、その島が浮かぶのは海ではなく、空という点で普通の島とは違っている。画面の下部には雲が浮かんでいた。

 これが5月11日現在の泊地水鬼がいるオシアナ海軍航空基地である。

「これは……CGや合成の類いではないのだね?」

 国務長官は眉唾、という表情で尋ねる。それなら私も嬉しいのですが、とグレプル元帥は答え、リモコンのボタンを押した。

 島の写真から動画に移り変わり、再生される。

「この映像は5月8日、大西洋上高度21000mでU-2戦略偵察機が撮影したものです。あと10秒後に泊地水鬼が迎撃を開始します」

 グレプル元帥がそう言ってからちょうど10秒後、画面の泊地水鬼がカメラの方向に向かって無数の機銃を放ってきた。曳光弾がカメラを掠める。続いて黒煙。高射砲だ。カメラの付近で砲弾が炸裂し、撮影しているカメラが大きく揺さぶられ、映像が途切れた。

「撮影していたU-2は撃墜されました。この時のU-2の速度はマッハ0.8。ほぼ最高速度です。そのU-2に泊地水鬼はかなり正確な射撃をしています。レコンキスタ作戦開始直後の泊地水鬼の射撃精度に比べるとこの映像の射撃精度は大きく向上しています。いまだミサイル等の攻撃は見られていませんが、この映像から数日後にはミサイルなどを使える様になると思われます」

「泊地水鬼の現在位置は?」

「本日の11時31分までは大西洋上を回遊していましたが、現在はノーフォークから3200㎞東におり、時速70㎞で本土に向かって西進しています。このまま西進を続けるとすれば、あと45時間で本土上空に到達します」

 45時間。2日もない。もしミサイルを使える状態で本土に到達したとすれば、いや到達しなくても爆撃や陸上深海棲艦の降下があるかもしれない。それを応急性のある空挺部隊や現地の州軍だけで押さえきれるのか。難しいだろう。

「グレプル元帥、迎撃作戦はあるのだろうな?」

 国防長官がグレプル元帥の目をしっかりと見つめて聞く。

「もちろんです。作戦の説明についてはイリンス空軍中将から」

「はい。作戦名はダウンフォール。戦略偵察機SR-71を使用した迎撃作戦を実行します」

 なぜ攻撃機でもない、ただ速くて黒いだけの偵察機SR-71ブラックバードが使用されるのか。これは泊地水鬼の飛ぶ高度が21000mという高高度であり、普通の戦闘機や攻撃機は戦闘行動など不可能な高さだからだ。SR-71ならば爆弾やミサイルを積んでもエンジンパワーのごり押しで何とかなる。

「SR-71はただの偵察機だろう? 爆弾やミサイルは搭載できないはずでは?」

「そこは運用可能なように改造しています。地中貫通爆弾のGBU-28を1発だけ装備します」

 大丈夫なのか? 部屋の中にそんな空気が漂う。

「私は従軍経験はあるとはいえ、軍事については素人だ。だからあまり口出しはしないが、確実に撃墜しろ。本土に到達させるな」

 

 32機のSR-71ブラックバードが偏平な機体の腹にGBU-28をぶら下げて、高度23000mを精一杯飛行していた。

 いくら推進力10tのP&W社製 J-58が2つ搭載されているといっても通常よりも機体重量が2.5tも重いのだ。燃料を規定の3分の1しか積まずに離陸し、空中給油で燃料を満タンにするということをしなければGBU-28を抱えて高度23000mまで上昇するなど、できはしない。SR-71の本来の性能ならば高度25000mよりも高く上がることができるが、これが精一杯だった。

『今回の作戦はアメリカ合衆国の命運がかかっている。各員、一層気を引き締めて作戦に当たれ!』

 AWACSからの激励。このダウンフォール作戦。製造されたSR-71の32機全てが参加している。中にはモスボールから復帰した機体も含まれている。

『目標までの距離約1400㎞。全機、攻撃態勢に移行』

 全機が単縦になり、一本の槍となって泊地水鬼に向かう。GBU-28を直線上に着弾させることにより島を割るのだ。ジェット排気が巻き起こす乱流が後ろに続く機体を揺さぶるが、各機は機体姿勢を何とか保つ。

 うっすら点のように見えていた空に浮かぶ島はどんどん大きくなっていく。

『投下!』

 先頭のSR-71がGBU-28を投下、後続機も投下していく。空に浮かぶ島はまだかなり離れた距離にあったが、マッハ3で飛行するSR-71から命中させるにはかなり手前で投下する必要があった。

 32本のGBU-28は泊地水鬼が展開した障壁を貫通し、島に線を引くように着弾。地面深くまで侵入して爆発した。

「やったか!?」

 SR-71のパイロット達は狭いコックピットの中、精一杯首を後ろに回した。しかし、パイロット達、作戦立案者達が望んでいた結果とは大きく違っていた。

 割るどころか、特に何の変化もないのである。

「作戦は失敗! 繰り返す、作戦は失敗!」

 泊地水鬼以外知るものはいないが、あの島全体に泊地水鬼の体組織が木の根のように広がっており、そうそう簡単には割れたり崩れたりすることはないのだ。

 

 ――――ダウンフォール作戦失敗 泊地水鬼、本土にさらに接近。

 ダウンフォール作戦が実行された次の日の朝刊の見出しはどこもこんなものだった。

「高度21000か。あたし達にもどうしようもないね」

 ファラガットは朝食後のコーヒーを渋い顔をして飲みながら、朝刊を机に置いて読んでいた。渋い顔をしているのはコーヒーが苦いからではない。

 ――――5月12日14時24分に泊地水鬼の撃墜作戦ダウンフォールが実行されたが、同日18時00分、米空軍は会見を開き、ウンフォール作戦の失敗を公表した。攻撃は泊地水鬼の飛行高度21000mに到達、戦闘行動が可能な偵察機SR-71ブラックバード32機によって実行され、攻撃に使用された地中貫通爆弾GBU-28バンカーバスターは全弾命中したものの泊地水鬼撃墜には至らなかった。

「ふむ」

「全部も食らってるのに落ちなかったの?」

 向かい側の席に座っている吹雪がサンドイッチを食べながら言う。ファラガットは吹雪にも読みやすいように新聞を横にした。

 ――――会見ではダウンフォール作戦失敗の公表の他にも深海棲艦が対地ミサイル等の兵器をコピーしている可能性について触れ、泊地水鬼周辺2000㎞圏内は攻撃の危険性があるとの発表をした。次の迎撃作戦については発表されておらず、国民の不安は増大している。

「2000㎞圏内って……」

「ここも余裕で射程内」

 ファラガット達が今いるのはオンタリア湖ショートモント基地。アメリカとカナダの国境線すぐ近くだが、現在の泊地水鬼から2000㎞の範囲に入っている。

「もうすぐミサイルが飛んでくるかもね」

「ファラガットちゃん、そういう冗談はやめてよ」

 ファラガットは再び新聞に目を落とす。新聞の一面には空に浮かぶ泊地水鬼、といっても本体ではなく島だが、その写真がある。

 飛行場1つ分を持つ大きさであれば、相当な質量のはずだ。どんな力が働いているのだか。浮かばすにしても相当なエネルギー量が必要なはずで、そのエネルギー源はいったい何か。

 ファラガットはそんな疑問を持ったが、さっぱり分からない。

「ねえ、吹雪。吹雪は今まで基地型深海棲艦と戦ったことある?」

「あるよ。2回かな。ソロモン、いやサーモン海で飛行場姫、それとミッドウェイで中間棲姫」

「そいつらとの戦闘でこんなこと、あった?」

 ファラガットは新聞に掲載された泊地水鬼の写真を指さす。

「ないよ、こんなこと。どうすればいいんだろう?」

 吹雪は食べかけのサンドイッチを置いて、虚空を見つめた。

「地中貫通爆弾でも駄目。もっと数落とせばいいかもしれないけど……」

「爆弾より威力があるものといえば核だけど、この世界にはないし……やっぱり戦艦の砲?」

「高度21000mだよ。並みの砲じゃ届かないよ」

 大和の46㎝主砲が仰角45°で高度12000mほどだ。さらに仰角を大きくすれば届くかもしれないが、仮に届いたとしても泊地水鬼の障壁を貫通した上で、内部深くまで侵入するだけの運動エネルギーが残るかは疑問だ。

 ファラガットも虚空を見つめる。

 高度21000mまで威力を持った上で届く砲、そんなものあるのだろうか?

 

「57.5㎝100口径滑腔砲だと?」 

『そう、ハープ砲だ。フロリダのブレバード郡メリット島、NASAの宇宙開発センターに3基ある』

 ディロンが電話で話しているのはアナポリス時代の友人ジョスラン・フォルだった。ジョスランはアナポリスにディロンと同期で入学し、卒業後になぜかNASAに入った人間である。NASAに行った後もディロンとの交遊は続いていたが、ここ数年途切れていた。しかし今日突然、電話をかけてきて、開口一番に『泊地水鬼を落とす方法はあるぞ』と言ってきたのだ。

「すまないが……ハープ砲って何だ? 耳にしたことはあるんだが……」

『人工衛星を打ち上げる砲だ! ミネソタ級戦艦に搭載予定だった22インチ砲を2つ繋げたヤツ!』

 ああ。ディロンは思い出す。

 今から40年ほど前の話である。アメリカ航空宇宙局NASAには「ハープ計画」というものがあった。

 当時のロケット建造には多大なコストがかかり、平和が長く続いていたこともあってNASAは予算不足に喘いでいた。そこで安価に人工衛星を打ち上げる方法を模索する計画「ハープ計画」を立ち上げたのだ。

 「ハープ計画」では様々な案があったが、最終的に「ハープ計画」はカナダ人の科学者ジェラルド・ブルによって提案された「巨大な大砲で人工衛星を打ち上げる」というものになった。

 肝心の砲は当時建造中止になったミネソタ級戦艦の22インチ50口径砲を流用、砲内部の旋条を削り57.5㎝まで拡大、それを2門結合させた砲、通称「ハープ砲」が3門建造された。これら3門の砲は1970年代から2000年代までアメリカの150を超える人工衛星を発射、宇宙開発に大きく貢献している。

 深海棲艦が出現してからは爆薬をあちこちに設置された上で放置されている。もし深海棲艦が利用しようと上陸した場合は破壊する予定だ。

「しかし、元戦艦の主砲といっても、ハープ砲は衛星を打ち上げる専門の砲だろう。徹甲弾や榴弾は設計図すら存在しないはずだ。滑腔砲にするためにライフリングも削ってあるんだから元の22インチ砲弾も使えないぞ」

『それが存在したんだ。衛星設計者達とハープ砲設計主任のお遊びで描かれた砲弾の設計図が。さっきそれを発見した。メモによると最大射程距離は260㎞。最大到達高度は20㎞。高度21000m程度の泊地水鬼なんて余裕で迎撃できる』

「それを使えと?」

『それ以外にあるか? ダウンフォール作戦が失敗した今、ハープ砲を使うしかないと思うが。局長は大統領に掛け合いに行ったし、職員は破壊用に取り付けられていた爆薬を外す作業に取りかかっている』

「じゃあ、なんで俺に電話かけるんだ?」

 ディロンを通して軍上層部に掛け合うのならともかく、すでに大統領に掛け合っているのならばジョスランがディロンに電話をする必要はない。

『艦娘部隊をこっちによこせ。発射基地に高射砲やミサイルの類いは1門もないんだからな。まあ、あっても意味はないが』

 電話越しでジョスランが笑う。本当はお前の声を聞きたかっただけだ。艦娘に手を出すんじゃないぞ。

「誰が出すか。俺は一応妻帯者だ。部隊の出撃準備は一応しておく。じゃあな」

 

 

 ジョスランがディロンに電話をかけた時間から約半日後、軍は新しい泊地水鬼迎撃作戦の発表を行った。

 作戦名は「スターゲイザー」。日本語に直せば「星を見つめる者」。それが次の泊地水鬼迎撃作戦の名前だった。




 今回の補足解説。
 SR-71のGBU-28バンカーバスターの装備はできないことはないでしょうが、かなり性能が低下すると思います。格納庫に入れるわけでもなく、機外にぶら下げるわけですからね。それと搭載する離陸前の搭載燃料を減らして本来のペイロード限界を超えた装備で離陸し、空中給油するということはよくあることです。
 ハープ計画は史実にも存在します。アイオワ級のMark7 16インチ50口径砲を流用した人工衛星打ち上げ専門砲です。実際に宇宙に打ち上げる事に成功して、いくつかの人工衛星を打ち上げていますが、ロケットの建造コストが低下したので計画は1970年代に終了しました。残骸は今でも残っているようです。科学者ジェラルド・ブルは後々にどっかのスパイ組織に暗殺されています。
 ミネソタ級戦艦というのは私の勝手な架空戦艦です。この世界では第二次大戦が起こっていないので大艦巨砲主義が1960年代頃まで続き、22インチ砲クラスまで進んでいます。コストもバカ高くなったので、これまた軍縮条約で建造中止になりました。完成すれば22インチ連装砲を4基備える巨大戦艦となります。パナマ運河? 拡張するに決まってるじゃん。

 あとちょっとだ(第2章が)。


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第22話「スターゲイザー」その2

 泊地水鬼の米本土到達までにハープ砲の砲弾製造は間に合わなかった。

 設計図があるといっても57.5㎝もの巨大な砲弾を1から製造できる専用設備はすでにない。そのため、巨大な合金円柱をNC工作機械でひとつひとつ削って作っていくことになる。これが相当な手間だ。

 弾種はAPCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)。ただ砲弾型に切削するだけではなく、中に炸薬を詰めるスペースを作らないといけないうえ、仮帽や被帽も必要になる。しかしNC工作機械お得意の高速切削は難しい。砲弾用鋼材なのでの高速で切削すると発生する熱で鋼材の剛性や硬度が変化してしまう。装薬の棒状火薬だって燃焼時間や爆圧などの調整は時間がかかる。信管などは既存のものでも何とかなるが、こればかりはどうしようもなかった。

 泊地水鬼の西進を少しでも食い止めるために第2次、第3次ダウンフォール作戦も実行されたが、さほど効果はなく、第3次に至っては泊地水鬼が対空ミサイルをついに使用し、SR-71ブラックバード4機が撃墜されてしまった。その上、残った28機も連続使用によりガタが出だし、オーバーホールしなければならなくなった。

 米空軍はダウンフォール作戦の完全な中止を宣言し、米国にとって残されたのはハープ砲のスターゲイザー作戦だけとなった。

 

「こちら第78監視所。泊地水鬼はベックリー上空に停止。繰り返す、泊地水鬼は泊地水鬼はベックリー上空に停止」

 ウエストバージニアのチャールストン南東にあるグラウンドビュー付近に設置された第78監視所に詰める兵士はバラキューダ(偽装網)の中から双眼鏡で泊地水鬼を観察しながら、司令部にその様子を報告していた。

 米軍は泊地水鬼の西進が始まったときから、アメリカ各地にレーダーサイトだけではなく、人の目の監視所を大量に設置していた。

 今となっては数㎞という大きさがある泊地水鬼をレーダーで捉えることは余裕だが、泊地水鬼の様子や降下してくると思われる深海棲艦などの様子をレーダーで的確に捉えることは難しい。泊地水鬼を肉眼で観察し、リアルタイムで報告することが監視所の任務だ。

 監視所といっても、土嚢を積み、双眼鏡や赤外線カメラ、無線機、小型発電機といった簡単なものを設置した程度のものだが、それでも十分だ。泊地水鬼がどんな行動をしているかは分かるし、撃墜される可能性のあるU-2を飛ばすよりも安全で、金がかからない。

「泊地水鬼の下部、何か黒いものが付いてますね」

「そうだな。一応報告しよう」

 報告すると司令部には詳細を求められた。監視所の兵士達はマイクを片手に双眼鏡のピントを合わせて、下部の黒い部分を報告する。

「色は炭のように真っ黒ですが、光沢がちょっとあります。何というか、滴り落ちる前の水滴みたいで――――あ」

 泊地水鬼の下部からどす黒い雫が落ちた。それは地面に当たって弾ける。

「はい、今落ちました」

 報告をしていた兵士はマイクを手で覆い、雫が落ちた部分の確認を命じる。別の兵士が双眼鏡で落下地点を覗くと、もぞもぞと動く芋虫型陸上深海棲艦が辺り一面に広がっていた。

「落下地点には芋虫型が多数。おそらく雫が降下部隊を包んでいるようです」

 泊地水鬼は中途半端に閉められた蛇口のように雫を地面へと垂らし、陸上深海棲艦を次々と降下させていた。

 

 夜。州軍と泊地水鬼から降下した深海棲艦が交戦を始めた。米正規軍はまだ到着していない。

 レコンキスタ作戦と違い、米軍は攻める側ではなく、守る側だ。泊地水鬼から次々と増援が来るうえ、泊地水鬼を攻撃する手段がない現状、攻めようにも攻めようがない。

「でも大丈夫だ。深海棲艦なんて60年前の兵器レベルなんだからな」

 州軍のほとんどの兵士はレコンキスタ作戦の進軍速度や報道から深海棲艦を軽く見ていた。

 ここで州軍の装備する兵器を見ておこう。

 州軍の正規軍に比べて一世代前の兵器が多い。深海棲艦の上陸により海に近い州は最新の兵器を備えている場合もあるが、ほとんどの州軍は正規軍のお下がりだ。

 戦車は古いものでM26パーシング、新しいものでパットンシリーズのM47やM46。歩兵の銃はM1ガーランドやM2カービン、M14、少ないながらもM16。対戦車火器はM67 90㎜無反動砲やM3 90㎜対戦車砲など旧式兵器が多いが、M47 ドラゴン対戦車ミサイルやTOWもある。

 旧式旧式というが、陸上深海棲艦を相手するなら十分な兵器達だ。

 ただ、相手が今まで通りの陸上深海棲艦だった場合だが。

「こちら第32戦車中隊、味方を次々やられてる! 空軍の応援を――――」

「降車したやつらが全員吹き飛ばされた!」

「深海棲艦もミサイルを! スモーク散布! 後退後退後退!」

 陸上深海棲艦も以前のままというわけではない。陸上深海棲艦はレコンキスタ作戦時のものと見た目も、能力も明らかに違っていた。

 芋虫型は見た目にはほとんど違いはないが、体毛が迷彩効果が高い茶色と緑色のまだらになっており、単発射撃の個体が多かったのに対し、連射できる個体が増えている。

 戦車型は角形砲塔から被弾に強いM60に似た丸形砲塔に変化し、砲身も明らかに太くなっている。

 砲台型は芋虫型と同じように見た目はさほど変わらないが、ものすごく鈍重だった動きは軽快とまでは言えないが、以前よりマシな速さになっており、砲弾は空中炸裂するものが確認されている。

 泊地水鬼が何十発、何百発と食らったミサイルや戦車砲弾、撃破した戦車などコピーし、自身が生み出しそれを陸上深海棲艦に反映させることなど造作もないことだ。

 それと今までに確認されていない個体が多く含まれていた。

「戦車型2両だ。ジャン一等兵、お前は右に回れ。私は左だ」

「あれを撃破すれば……」

「ああ。味方の所まで全力で走れる」

 孤立した歩兵2人が両手にM14ライフル、M72 LAW 1本を背負い、砲弾穴から飛び出した。幸いなことに歩兵的役割をしている芋虫型は周囲にはいない。見つからないよう匍匐前進で近づいていく。

 何だ、こいつは? 近づいていくことによって戦車型のシルエットが明らかになっているのだが、よくよく見ると訓練や教練で見た写真とは大きく異なっていた。

 普通の戦車型、そして今回の丸形砲塔を持つ戦車型も砲塔を車体部分の中心に据えているのだが、2人の前にある個体は砲塔は小さく、車体右側にちょこんと載っていた。砲身も機関砲のように小さく、砲塔の上には円筒状のものも付いている。

 何にせよ撃破するだけ。2人はこの個体の後方まで回り込んだ。そしてM72 LAWの後部を引き延ばし、匍匐から膝建ちになって肩に担ぎ、照準器を立て、トリガーに指をかける。

 そのときだ。

 照準器に捉えていたこの個体の後部がぐわっと、まるでカバの口のように大きく開き、中から芋虫型が飛び出してきた。

 ジャン一等兵は驚いたはずみでトリガーを引き、持て板M72 LAWからは66㎜成形炸薬弾が発射された。戦車型のような個体に命中するが、飛び出してきた芋虫型には何の影響もなく、ジャン一等兵ののど笛に噛み付いた。ジャン一等兵は悲鳴を上げる。

「ジャン一等兵!」

 もう1人の兵士は首から豪快に鮮血を吹き出すジャン一等兵を見たのが最後だった。

 兵士の目の前にいた個体の小さい砲塔が兵士の方に旋回、細い砲身が砲弾を何十発と打ち出し、兵士は瞬時にバラバラの肉片になった。

 この個体も撃破された個体と同じように後部を開いて芋虫型を降ろす。芋虫は兵士の肉片にかじりつく。

 これらの戦車型に似た個体は米軍が開発中の歩兵戦闘車MICV-65とよく性質や役割が似ていたため、後に歩兵戦闘車(Infantry Fighting Vehicle)型、頭文字を取ってIFV型と呼ばれることになる。

 現代兵器と同等の能力を持った陸上深海棲艦は強力であり、州軍は米正規軍の到着まで戦線の拡大を防ぐことはできたが、かなりの損害を出していた。

 

 夜明けまでに米正規軍が到着したことにより、深海棲艦に対して優勢になった米軍だったが、夜明けと共にその優勢は一瞬で崩れた。

 深海棲艦航空機の襲来である。

 朝日と共に高度21000を飛行する泊地水鬼から降りてきた深海棲艦航空機は米軍に猛爆撃を加え始めた。

 現代戦においては空を制したものが圧倒的有利になる。高速で飛行する航空機に対して、歩兵や戦車は有効打を与えることは難しいからだ。一方、航空機は地上を空から見渡すことができ、ありとあらゆる方向から強力な攻撃を繰り出すことができる。

 米軍装備の中には対空機銃や対空ミサイルを積んだ対空戦車や歩兵携行が可能な対空ミサイルというものもあるが、それは深海棲艦航空機に対しては全く意味を成さない。

 なぜか。理由は簡単。深海棲艦航空機が小さすぎるからだ。

 通常の航空機は小さなものでも幅や全長5m以上ある。それでも当てることは難しいというのに、深海棲艦航空機は20㎝程度と小型の野鳥ほどの大きさしかないのだ。これではいくら弾幕を張ろうと簡単に抜けられてしまうし、レーダーで誘導するミサイルも目標が発する赤外線を追いかけるミサイルもシーカー(誘導装置)が目標を捉えることができない。

 その上、深海棲艦航空機が搭載している機銃や爆弾は実際の20㎜弾や500㎏爆弾などと大差ない威力なのだからやっかいどころではない。

 このこともあり、米軍はレコンキスタ作戦の最初で巡航ミサイルや航空機により深海棲艦が占領する航空基地を徹底的に破壊したのだ。しかし、深海棲艦航空機を発進させる泊地水鬼に対しての効果的な攻撃手段はない。

 米軍は周辺一帯に煙幕を焚いて部隊を覆い隠し、航空攻撃の精密性をなくすことで深海棲艦航空機からの爆撃をやり過ごすしかなかった。それでも適当に狙いを付けて爆弾は落としてくるし、地上からも陸上深海棲艦が攻撃してくるのでそれも防がなければならない。

 米空軍のA-10やF-111、F-105も爆撃を行うが、低空で低速飛行しながら攻撃するA-10は深海棲艦航空機に迎撃を受け、うまく攻撃できず、F-111やF-105はレコンキスタ作戦で酷使されたことによりオーバーホール機が多く、攻撃機数は多くはない。

 米軍は昼を煙幕などで爆撃をやり過ごし、深海棲艦航空機が飛ばない夜に反撃をしたが、昼に押される分が多く、戦線は少しずつ広がっていった。




 HE,HESH,HEAT,HEAT-MP,AP,APHE,APC,APCHE,APBC,APCBCHE,APCR,API,HVAP,APDS,APFSDS
 このアルファベットの羅列は全部砲弾の種類なんですよ。わけわかんないですよねー。
 基本的にAP(徹甲弾)とHE(榴弾)、HEAT(成型炸薬弾)だけ覚えておけば十分です。私も全部覚えていません。APCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)なんて覚えられない。
 一応の覚え方

  AP(徹甲弾)+C(仮帽)+BC(被帽)+HE(榴弾)

 つまり、滑り止めと表面硬化装甲の表面を破壊する部分が付いて中に炸薬が入った徹甲弾ということになります。
 このような装甲を貫く砲弾の研究はWW2開始時には陸軍よりも海軍の方が進んでいました。戦車も艦や銃に比べれば結構歴史の浅い兵器です。


パットンシリーズはM46、M47、M48、M60と4つありますが、それぞれかなり違います。
写真を見比べると、結構面白いです。


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第22話「スターゲイザー」その3

 F-104スターファイヤー。細い胴体に短い矩形の主翼を持つ戦闘機である。コックピットがなければ、大型のミサイルといわれても疑問には感じないような、そんな形をしている。そして、ぎんぎらぎんジュラルミン無塗装地肌が特徴だ。もちろん迷彩塗装された機体もあるが大半が無塗装である。機体重量の軽さとハイパワーなエンジンが生み出す機動性はかなりのもので、海外輸出もかなりされていた。

 F-102Aデルタダガー。名前の通り、デルタ翼を持つ戦闘機で、尾翼までも三角となっている。こっちはF-104と違ってライトグレー塗装が多い。戦闘機のくせに電子機器の耐G性が低く、対戦闘機戦は厳禁で迎撃機としてもエンジンパワーが足りないというお粗末な機体というのは秘密だ。F-104と違って海外輸出は1つもされていない。

 そして深海棲艦との戦闘には役に立たない、と烙印を押され、先日までモスボール保管されていた戦闘機達だった。

 そんな戦闘機が次々と滑走路から飛び立っていく。

 別にロシアの爆撃団が接近しているわけでも、インターセプターの訓練でもない。迎撃や空戦が専門の、爆撃能力の1つもないF-104やF-102がこんなに大量に飛び立っていくのは異様だった。

 さらに異様なのが、コックピットにパイロットがいないことである。

「『最後の有人戦闘機』とあだ名されたF-104がミサイルとなって飛んでいくとは、世の中分からないものだな」

 この航空基地の司令官が管制塔の中で呟いた。

 飛んでいくF-104、F-102、すべてが無線で操縦される無人機である。

 正規な名称はQRA-104、QRA-102。Qは無人機を意味するアメリカ国防総省の記号、Rは体当たりのRammingのR、Aは攻撃機AttackerのA。

 体当たりのRamming。その言葉通り、QRA-104、QRA-102ともに体当たり攻撃専門機なのだ。もうミサイルと言っても差し支えないだろう。

 これらの機体はすべてスターゲイザー作戦のためにモスボールから復帰、改造された機体だった。

「飛ぶ姿を見るのは、これが最後かもしれんな」

 司令官は太陽光を照り返して飛ぶQRA-104の姿を細目で見ながら、少し悲しげに呟いた。

 

 スターゲイザー作戦の一番の問題は、泊地水鬼をハープ砲の射程内までどうやって誘導するか、ということである。

 ハープ砲は宇宙にまで砲弾や人工衛星を打ち上げることができる、といっても射程距離というものはある。仰角45°で射撃した場合は500㎞弱の射程を持つが、500㎞というと東京から兵庫の西端程度の距離だ。

 現在の泊地水鬼はバージニア州のベックリー上空に浮遊しており、ハープ砲があるフロリダ州のNASA宇宙開発センターまで1000㎞もある。

 砲弾の威力を保ったまま命中させるには泊地水鬼とハープ砲との距離を300㎞以内にしたいところだ。

 しかし、そこまでどうやって近づけるか。これが難問だった。

 飛行機やウインチか何かで引っ張ることはできるわけがないし、泊地水鬼の注目を引くようなものもない。

 そうなると、もう力業だ。強力な打撃を与えて、「このままではまずい。待避しよう」と思わせるしかない。

 しかし、その「強力な打撃」というものがない。SR-71は全機がオーバーホール中で使用不可能。ハープ砲は射程外。対空ミサイルは高度21000mまで届くものはあるが、威力不足。

 ならば威力があって高度21000mまで飛ぶミサイルを作ろう、ということになった。

 1から作り始めるのでは全く時間が足りない。ハープ砲の砲弾製造以上に時間がかかる。下手すれば1ヶ月、2ヶ月という時間がかかるだろう。

 即応性があって一応21000mまで飛ぶことができるもの。

 こうなるともう既存の飛行機を流用するしかない。

 SR-71やU-2に限らず、他の戦闘機でも高度20000m以上を飛ぶことは可能だ。ただ、「可能」というだけであって戦闘機動や爆弾を搭載して自由に飛び回ることができる、ということでは決してない。

 しかし、帰投を考えないのであればその無茶は少しは可能になる。爆弾を搭載して、高度21000mに到達することくらいならば。

 その結果、生まれたのが体当たり攻撃機QRA-104、QRA-102だった。

 まずベースはF-104スターファイヤー、F-102Aデルタダガーである。これらは深海棲艦との戦いには役に立たないという烙印を押された上、旧式化が進んで時代遅れの戦闘機だ。深海棲艦との戦いどころか、人間同士との戦いでも役に立たないわけである。

 つまりは失っても惜しくはない、ということだ。平時ならば、普通スクラップになるか、標的機として処分されるかのどちらかだが、運が良いことに米空軍は「消耗戦になった場合はこの2機も使う可能性は十分にある」と考え、大量にモスボール保管されていたので非常に都合が良かった。

 QRA-104、QRA-102への改造は簡単である。既存の無線操縦装置を取り付け、ハードポイントにMk.82 500ポンド爆弾4つを吊して、RATO(離陸補助ロケット)を取り付けるだけである。RATOは離陸時に使うのではなく、突入前の急加速に使用する。

 改造作業は三日三晩にわたって行われ、実にモスボールされていた436機すべてがQRA-104、QRA-102へと改造された。

 そして今、それらは泊地水鬼へと飛び立つ。

 

 一次攻撃隊のQRA-104 43機、QRA-102 10機が泊地水鬼に向かってまっすぐ、急角度上昇していく。

 すでに高度15500m。F-104の実用上昇限度まで約3000mというところで、QRA-104はアフターバーナーを点火した。

 アフターバーナーはジェットエンジンの排気に対してもう一度燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得る装置のことだ。エンジン排気の中には酸素が吸い込む前の75%ほど残っているので、高温になったそれに燃料を吹き付け、燃やすことで一気に出力を向上させる。

 アフターバーナーなしの時の50%増しの推力でQRA-104はぐんぐん上昇していく。QRA-102はF-102の実用上昇限度が低いので、QRA-104よりも先にアフターバーナーを点火している。

 17000――――――――17500――――18000――18500――――

 泊地水鬼が砲で迎撃を始めるが、信管の調整が甘いため、QRA-102とQRA-104が通過した後で炸裂する。ミサイルはもったいぶっているのか発射してこない。

 高度19000mでRATOに点火。アフターバーナー付きターボジェットエンジンとRATOの強力な推進力で約12tもの重さがある機体をぐんぐん押し上げていく。エンジンのタービンブレードは今にも溶けそうに白熱しながらも回転を維持して、RATOは推進剤を勢いよく燃やしながら、機体を上へ、上へ、と進ませる。

 突入目標、泊地水鬼下部。地上にいる操縦士達は無線によって方向を調整しながら、機体を突き進ませていく。

 19500――――――――20000――――――20500―――20750―20900――――

 QRA-104 43機がマッハ2で、QRA-102 10機がマッハ0.9で泊地水鬼の下部に突入した。泊地水鬼はそのまま突っ込むとは思わなかったのか、障壁を一切張っていなかった。

 衝突と爆発のエネルギーで泊地水鬼は大きく揺れた。

 運動エネルギーだけで約33億3622万ジュール、TNT換算で30tものエネルギーがぶつかったのだ。揺れないわけがない。さらに搭載していた500ポンド爆弾の爆発のエネルギーをプラスすれば総エネルギーはTNT換算で46tものエネルギーになる。

 さらにQRA-104 とQRA-102の残っていたジェット燃料に引火して、泊地水鬼の下部は火に覆われた。

 

 

 何? 何? 何? 何?

 泊地水鬼は混乱していた。

 泊地水鬼も接近する航空機を補足はしており、自分に向かってミサイルを撃つ程度だと思っていたが、まさか体当たりするなんて思ってもいなかった。

 傷が疼き、鋭い痛みが走る。

 まだあの黒くて速い航空機からの爆撃による傷が完治しているわけではない。航空機を発進させるために表面の滑走路などは修復し、表面上は治ったように見えるが、中身が治っているわけではない。そこにこの体当たり攻撃だ。与えられた衝撃は深くまで届き、慣れて忘れかけた痛みを叩き起こした。

 痛みだけならまだしも、今の攻撃で陸上深海棲艦を降下させる部位が損傷してしまった。爆発や体当たりによる破損だけなら簡単に修復することができるが、航空機の燃料が燃えたおかげでその周辺の組織がひどく損傷している。これでは修復にかなり時間がかかる。

 降下した眷属達は降下地点付近の人間の工場や飛行場確保に成功しているため、補給なしでもしばらくは大丈夫なはずだが、少しばかり心配だった。

 泊地水鬼はさらなる航空機を確認する。さっきと同じように急上昇している。これもおそらく体当たり攻撃だ。

 砲で迎撃するが、速すぎて照準が間に合わない上、砲弾の破片が当たらない。ミサイルは黒くて速い航空機に対抗する為、上部のみに構築している。下部にも構築を開始するが、迎撃には間に合わない。

 ――――来る。

 泊地水鬼は下部に障壁を展開し、体当たり攻撃を防ごうとしたが、その障壁に阻まれるものはなかった。いや、これは表現が悪い。下部に体当たりしようとする機体はなかったのだ。

 

 ぐぅぅううううおおおおおぉぉぉぉ。 

 

 群青の空に響き渡る轟音。

 泊地水鬼はその音の方向を見上げた。

 飛行機雲を伸ばしチップドロップタンクを付けている。胴体は木の枝のように細く、形状だけでも速そうだと思える。そんな鳥が成層圏の強烈な太陽光を照り返しながら、宙返りして降下してくる。

 ――――綺麗な翼。

泊地水鬼は素直にそう思った。障壁を展開するのも忘れるほど、見とれてしまった。

 

 

「やった!」

「おお!」

「USA!」

「このままいけ!」

 泊地水鬼にQRA-104、QRA-102が突っ込み、炎が上がった様子をテレビで見た大勢の米国民達はおのおの喜びの声を上げた。

 この戦闘の様子はテレビ、ラジオ、新聞、ありとあらゆる情報機関が報道していた。

 泊地水鬼への攻撃の様子は長距離からでも撮影できたし、空中の戦いなので、弾丸飛び交う陸戦よりも危険性は少なく、陸上深海棲艦がいるベックリー近郊以外に立ち入り制限はないし、報道規制もなかった。なので付近の標高の高い山には各局の報道スタッフが登って、テレビカメラを設置していた。

 米空軍にコネを持っているテレビ局などはU-2高高度偵察機からの中継映像を回してもらい、それを流している。さらに軍事ジャーナリストや深海棲艦の研究者なども読んで、解説番組にしているのだから、視聴率は上がる上がる。一時、視聴率が70%を超えた局もあった。

 もちろん吹雪達もそれを見ていた。

 20年前は最新で大型な部類だったであろう日本製オンボロ14インチブラウン管テレビにはノイズが入ったり、映像が乱れたりしたが、何がどうなっているかは十分わかった。

『炎上しているのは体当たり攻撃したQRA-104、QRA-102のジェット燃料ですね。ジェット燃料はケロシン(灯油)なんですが、十分に焼夷効果はあるでしょう』

 軍事ジャーナリストとテロップが出ている白髭白髪のおじさんが偉そうに語る。他のアナリストもふんふん、と大層そうにうなずいている。

「でもこの人達、ハープ砲まで知らされてないんだっけ?」

「らしいよ」

 QRA-104、QRA-102が突入する映像がプレイバックされている。マスメディアはこれこそがスターゲイザー作戦のように報道していたが、それは全く違う。スターゲイザー作戦の前座でしかなく、本命はハープ砲だ。

 スターゲイザー作戦の全貌は作戦に従事する軍人、NASA関係者にしか知らされていない。報道関係者の一部は知っているものもいたが、そういう人間には守秘義務が与えられていた。

 報道などはあっけらかんとしている割に作戦内容を公表していないのは泊地水鬼に察知される可能性を考慮したからだ。

 泊地水鬼が現代兵器の技術を完璧にコピーしているのならば、無線や放送などを普通に傍受している可能性は高い。事前に「スターゲイザー作戦というのはフロリダにあるハープ砲を使った作戦ですよ」と報道すれば、それを傍受した泊地水鬼がフロリダに絶対近づかない可能性もある。そうなると手の打ちようがないし、場合によっては西インド諸島の深海棲艦と連携を取り、ハープ砲の占拠、または破壊を目論むかもしれない。

 現在の所、泊地水鬼はQRA-104、QRA-102から逃げるためか、東進しているしている。しかし、それだけではハープ砲の存在が知られているのかどうかは分からない。

 少なくとも、偉そうに解説しているアナリスト達がハープ砲を知らないことは確実だった。

 映像が現地のリポーターに切り替わる。

 はい、現地のヒーラー・キンカナムです。攻撃隊のジェットエンジンの轟音とくぐもった爆音が聞こえてきます。肉眼ではよく見えませんが、あ、攻撃隊の編隊が頭上を――――

 テレビの電源が、プチュンというブラウン管テレビ独特の音と共に切れた。壊れたのではない。吹雪がリモコンで電源OFFにしたのだ。

「あ、まだ見たかったのに」

「もう時間だよ。私達も出撃準備しないと」

 吹雪はリモコンをテレビの前に置き、床に置いていた5インチ単装砲の肩紐をかける。背部艤装はすでに装着済みだ。

「今回で終わりにしたいね」

 吹雪は背伸びをしながら呟いた。




 F-104って、チップタンクがあるとないではかなり印象が違いますよね。なかったら本当に飛ぶのだろうか、と思うくらいに翼が小さく感じます。
 F-104は2004年までイタリア空軍ではF-104Sとして現役でした。1954年初飛行の旧式中の旧式なのに、最終派生型ではAIM-120AMRAAMと同じ打ちっ放し能力を持つミサイルを運用できたとか。
 F-4やMiG-21はまだ派生型が飛んでいるのですから、何らおかしくはないですけど、優秀な機体だったのでしょうな。それともJ79エンジンのおかげか?
 しかし、同時期に初飛行したF-102よりも性能が圧倒的に高いのはどういうことだ? やっぱりエンジンなのか?


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第23話「空に向かって撃て!」

 フロリダのNASA宇宙開発センターのブレバード郡メリット島北部海岸にはハープ砲3基があり、北の空に砲口を向けていた。最も北のハープ砲がA砲、南に行くに従って、B砲、C砲と続く。

 艦娘達はメリット島の東の海上で待機していた。

「なんて大きさ……」

 吹雪はハープ砲の大きさに圧倒される。

 57.5㎝という口径もさることながら、100口径長という砲身はすさまじさどころか、恐ろしささえ感じさせる。

 大砲の名前などに付いてくる○○口径というのは砲身長のことを表す。M60パットンやセンチュリオンに搭載されている主砲、ロイヤル・オードナンス L7 51口径105㎜ライフル砲を例に挙げよう。

 まず、105㎜というのが砲弾の大きさ、つまり口径である。そして51口径というのが、105㎜×51の長さがある、ということだ。つまり、L7ライフル砲の砲身長は5355㎜、5.355mあるということになる。

 ちなみにこれはあくまで砲身長であって、全長でないことは注意する必要がある。

 そしてハープ砲は57.5㎝100口径滑腔砲。砲身長は57.5㎝×100で57500㎝、実に57.5mという長さになるのだ。

 大和の主砲、46㎝45口径ライフル砲は46㎝×45で、20.7mである。ハープ砲は大和の主砲の2.5倍程度の長さがあるのだ。ハープ砲自体、22インチ50口径砲を2つ繋げた代物なので、その程度の違いがあるのは当然と言えば当然なのだが。

 とにかく巨大なのである。その長さと口径を持って、宇宙へ人工衛星を打ち上げているのだから、さらに驚きだ。

「たしか、大砲の砲弾に乗って月に行く小説があったよね」

 ファラガットが砲身角度を微調整するハープ砲を見上げながら言う。吹雪達の背部艤装マストに取り付けられているSCレーダーはクルクル回って敵の影を探し求めているが、2人のレーダーには、泊地水鬼の影は映っていない。ハープ砲は地上設置されたSCレーダーよりも遥かに高性能なレーダーや大気・気象観測機WU-2からの情報をもらって泊地水鬼への砲撃体制を整えている。

「H・G・ウェルズ?」

「いや、ジュール・ヴェルヌだったかな」

「日本には地球が滅びて沈んだ戦艦改造した宇宙船で宇宙に行く漫画があったよ」

「ノアの方舟かなにか?」

「わかんない。あらすじをちょっと読んだだけだから」

 主題があるわけでもない、ただの雑談が続く。無線でラジオの中継を聞きたいところだが、いつ新しい命令が来るか分からないので、回線を繋ぐわけにはいかない。しばらくすると、ハープ砲にも見慣れてきて、暇になってきた。あくびが出てくる。

「初雪ちゃんへのお見舞い品、何がいいと思う?」

「食べ物とか、あーでもお菓子とか食べ物は日本の方がおいしいんだっけ?」

「うん。やっぱり暇をつぶせるものがいいのかな?」

「それだったらゲーム機とか。町のおもちゃ屋さんで見たよ、この前」

「値段は?」

「200ドル」

「結構高い……ん?」

 SCレーダーに反応があった。影は1つ。泊地水鬼だろう。反応があった方向を見ると青い空に小さな小さな白い点が見える。

 しかし、レーダーに映ったからといって艦娘が泊地水鬼にできることはひとつもない。そもそも艦娘の任務はハープ砲の護衛である。ハープ砲は戦艦の砲塔のように装甲で覆われているわけではない。爆弾が近くに落ちただけでも射撃に影響が出るだろう。

 

 宇宙開発センターのあちこちに設置されている放送用スピーカーが警告用サイレンを流し始めた。その音は大きく、センターどころか、海上の艦娘達にも聞こえる。

 サイレンはハープ砲発射のサインだ。ハープ砲周辺の屋外にいれば、発射の際の衝撃波で全身から血を出して死んでしまう。職員達は屋内や爆風避けの壕に入る。

「私達もっと離れた方がいいかな?」

「大丈夫で――――」

 大丈夫でしょ、と言い切る前にハープ砲3基の内、最も北側のハープ砲、A砲が最初に発射された。

 57.5㎝APCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)が57.5mもの長さの砲身から飛び出し、その後、火炎と煙が砲身から噴き出る。

 強烈な衝撃波は周辺の物体全てにぶち当たり、草木は傾き、海は円弧の波を描く。海上にいた艦娘は砂をぶっかけられたかのような圧力を感じる。

 57.5㎝APCBCHEは空気を切り裂きながら、猛烈な速度で泊地水鬼に迫っていく。

 泊地水鬼との距離、移動速度、風、温度、湿度、コリオリ力、重力加速度の変化、空気抵抗、装薬の燃焼速度、砲身と弾頭の膨張度、その他色々。

 対空レーダーやWU-2からの情報、各種の計測機器、高性能コンピューターで計算、導き出された照準。

 それを持ってしても、第一弾は命中せず、泊地水鬼の左をすっ飛んでいった。砲弾は群青の空どころか、宇宙にまで届き、衛星軌道に乗って地球をぐるぐる回り始める。

「砲弾、命中せず!」

「くそっ! 各職員、照準を再計算! 終了次第B砲に入力、発射!」

「A砲は砲弾の再装填急げ!」

 続いて、修正が行われた照準でB砲が発射した。

 今度は泊地水鬼の右を通過。外れだ。

 距離が遠ければ、誤差も大きくなる。コンピューターも小数点をある程度のところで切り捨てて計算するし、泊地水鬼も計算通りに動くわけでもなく、気流に影響を受けて、減速したり増速したりする。それも含めて計算は行われているが、戦艦の遠距離射撃のように確率に近いところはある。

 そしてC砲が発射された。

 今度はA砲、B砲の弾道情報を元に再修正された照準。今度はしっかりと、泊地水鬼を捉え、57.5㎝APCBCHEは泊地水鬼のど真ん中に命中した。

 ノーフォークのオシアナ海軍航空基地の土、泊地水鬼の網のように広がった組織を断ち切りながら、57.5㎝APCBCHEは泊地水鬼の深く、深く、ダウンフォール作戦の際に落とされたGBU-28よりも深く、泊地水鬼の中に潜り込み、遅発信管が作動。炸裂した。

 

 泊地水鬼はどくん、と胸の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような気持ちの悪い、そして強烈な痛みを感じた。

 これはあくまでフィードバック。泊地水鬼自身の体にはエネルギーの消費以外、何も起こっていない。しかし、人間は想像だけで死ぬこともできる。これは深海棲艦も同じだ。そのフィードバックは自身の傷と同じだ。

 近くを通り過ぎていった何か。止んだ敵の体当たり攻撃。

 泊地水鬼は下を見た。

 ちょうど再装填が終わったハープ砲A砲が発射された瞬間だった。

 また腹の中を掻き乱す様なすさまじい痛みが泊地水鬼を襲う。あまりの苦しさに泊地水鬼は膝をつく。

 そしてある気持ちが、熱い気持ちが、ドロドロした気持ちが、わき上がる。

 

 壊せ。

 

 あれを壊せ。私に害をなすものはすべて壊せ。

 

 

『泊地水鬼から航空機発進中。TF100、TF101は迎撃態勢を取れ』

 司令部からの命令。すでにTF100の空母艦娘からはある程度の数のF4Fが離陸し、高度6000mで待機している。泊地水鬼の高度が21000mである以上、降下してくる深海棲艦航空機はかなり位置エネルギーを持っている。空戦においては位置エネルギー、運動エネルギーが高い方が有利になる。

 そして相手はかなり性能差がある白玉型。烈風と同等の機体が相手だ。F4Fでは分が悪すぎる。それも鑑みるとF4Fは圧倒的不利だが、やるしかなかった。 

 F4Fは編隊を崩し、降下した深海棲艦航空機を迎え撃った。そしてF4Fが次々と落とされる。

 レコンキスタ作戦時は善戦していたではないか、と誰かのつぶやきが聞こえるが、あれは艦娘側が奇襲をかけやすい状況だったからだ。敵がどこにいるかも分からない、敵がどこから襲ってくるかも分からない状況を作り出し、攻撃するのであれば性能差を埋める、覆すのは容易な話だ。

 今回は双方奇襲ではなく、正々堂々の正面勝負。それでF4Fが烈風と同等の性能を持つ白玉型に勝てるわけがない。機銃性能、速度性能、降下性能、旋回性能、ありとあらゆるスペックが上であり、同等なのは頑丈さくらいのもの。F6Fヘルキャットならもっと食らいつけたかもしれないが、F4Fではどうしようもない。

 そして深海棲艦航空機の攻撃機がF4Fの防空ラインを抜けて降下してくる。

 これに増援のF4Fと爆装していないSBDドーントレスが迎え撃つ。

 相手は爆撃機、こちらは戦闘機。結果は一目瞭然……というわけにはいかないのが現実だ。

 くどいようだが、相手は白玉型なのである。虫型のeliteやflagshipとは比べものにならないのだ。爆撃機ですら虫型のelite並みの空戦能力があるのである。

 ヘッドオンでF4Fとドーントレスは何機かの深海棲艦航空機を撃墜したが、深海棲艦航空機は数機の損害にかまわず、F4Fとドーントレスを無視してハープ砲の方へ、直進した。

 F4Fとドーントレスは追いかけるが、追い付けない。相手の方が速い。

 それを見かねて、TF100の空母艦娘達はF4Fとドーントレスに退避命令を出した。

 攻撃機は対空砲火で撃墜するしかない。

 

 ハープ砲は泊地水鬼からの攻撃に備えて、周辺に煙幕散布装置をいくつも設置していたが、あまり意味がなかった。砲撃すれば衝撃波でハープ砲周辺の煙幕が吹き飛ばされてしまうし、砲煙の色は煙幕とは濃さが違うので、割と簡単に分かってしまう。

 しかし、砲撃をやめるわけにはいかない。すでに泊地水鬼はハープ砲から離れる進路に進んでいる。少しでも多くの砲弾を送り込まなければ撃墜は見込めない。これで撃墜できなければ泊地水鬼を撃墜する手段は潰える。

 吹雪達は砲を空に、ハープ砲に迫る敵機に向け、発砲した。

 放たれるいくつもの高角砲弾と機銃弾。

 正直言って、従来の艦娘の対空砲火というのは気休め程度のものだ。直接照準するものは勘が大きく関わっているし、高角砲弾の信管なんて時間信管である程度の計算に基づいて設定されるが、その計算機が旧式だったりすると全く意味のないところで作動したりする。

 ただ米海軍はあるものを開発、配備を完了させていた。

 近接信管とMk.37 砲射撃指揮装置の2つである。

 近接信管は砲弾が目標物に命中しなくとも、一定の近傍範囲内に達すれば起爆させられる信管のことをいい、いわゆるVT信管のこと。Mk.37 砲射撃指揮装置は簡単に言えば、敵への照準角度を決めてくれる電子計算機といったところだ。日本の高射装置なんか比べものにならないくらい、精度のある代物である。

 正確な照準と的確な時機での炸裂。これが組み合わされば、敵機を撃ち落とすのは簡単なことだ。

 撃ち上げられた高角砲弾は深海棲艦航空機の周辺で炸裂し、黒い花を咲かせる。深海棲艦航空機は破片や爆風にもみくちゃにされる。40機程度の深海棲艦航空機の内、半数の20機程度が一挙に撃墜される。

 Mk.37 砲射撃指揮装置により攻撃は以前よりも数段正確なものとなっており、深海棲艦航空機はこれ以上は自分のみが危ない、と判断して爆弾をかなり早めに投下した。

 目標から遠い位置で投弾すれば精度が落ちる。

 爆弾はハープ砲に1つも命中しなかったが、それでもハープ砲の照準への悪影響は出た。一部の機器には未だに真空管が使われており、爆弾の衝撃と振動で割れたりした。しかし、そのための予備の真空管は用意されていたので、すぐに交換される。

 ハープ砲は何事もなかったかのように泊地水鬼へ砲弾を送り続けた。

 

 

 泊地水鬼はハープ砲との砲撃戦を決意した。

 航空機はすでに残っていない。生産していたほとんどがあの体当たり攻撃によって撃破され、骸を晒している。離陸させた分が残っていた全機だった。

 さらにハープ砲の57.5㎝APCBCHEが命中し、泊地水鬼はフィードバックの激痛に苦しむ。泊地水鬼の息は荒く、激しい。唾液が口の端から垂れ下がる。氷点下60℃近い気温だというのに、全身から汗が流れる。

 ここで死ぬわけにはいかない。

 泊地水鬼は島の下部に格納していた砲台を周囲の土をどけて、さらけ出した。威力は14インチ砲クラスしかないが、装甲砲塔もないハープ砲を撃破するには十分な威力だった。

 

「泊地水鬼の下部で発光!」

 その報告がハープ砲を操っているNASAの司令室に届くのと、ハープ砲B砲の背後の山で2つ、手前の海岸で1つの爆発が起きるのは同時だった。

「今の何だ! 各班状況知らせ!」

「空軍機より報告! 『敵は砲撃を開始』。砲撃戦です!」

「照準用主レーダー破損!? 予備に切り替え!」

「C砲、砲身冷却器破損!」

「A砲で砲弾に押しつぶされた重傷者2名!」

「砲撃の手を休めるな!」

 司令室では報告と命令の怒号が交差する。

 A砲、C砲が一時的に発射不可能になった為、今までA、B、Cの順序で砲撃していたが、B砲が連続射撃することになった。

 連即射撃すればどうなるか、当然ながら砲身が過熱する。それは照準には問題はない。砲身と弾頭の膨張率はきちんと照準に反映される。

 ただNASAは大砲屋ではない。ハープ砲のような巨大砲を扱っているが、こんな連続射撃をしたことはないし、冷却装置だって急造品であり、高性能というわけでもない。炸薬の入っている砲弾を扱ったことなどこれが初めてだ。

 だから誰も気づかなかった。

 B砲が今日31発目の砲弾を発射したときだった。

 

 B砲の砲身が破裂した。

 

 腔発だ。

 腔発とは砲弾が砲身内で暴発する事故のことをいう。

 原因は砲身加熱だ。ハープ砲B砲の砲身内は猛烈な温度になっており、57.5㎝APCBCHEの炸薬が自然発火したのだ。

 B砲の砲身は尾栓から20m付近のところでぽっきり折れ、残りの砲身は重力に従って落下した。もうB砲は衛星打ち上げ砲として、長距離対空砲として機能することは永遠にない。

「A砲、C砲の修復と装填は!?」

「A砲装填完了、発射します」

 A砲が発射する。腔発することはなく、砲弾は飛んで、泊地水鬼に命中する。

 そしてお返しとばかりに泊地水鬼からの砲弾がA砲に飛んできた。今度は1発がA砲の基部に着弾した。

 泊地水鬼の砲弾は地表のコンクリートを砕き、A砲の装弾室まで至ってから爆発した。

 装弾室には次に発射する砲弾が用意されており、それに誘爆。さらに弾薬庫にも爆発は波及し、残っていた57.5㎝APCBCHE 27発、その装薬にも誘爆した。砲弾に潰された重傷者も怪我のなかった人間もみな肉片1つ残らず、吹き飛ばされた。

 爆発の炎はハープ砲の砲身長よりも長く伸び、キノコ雲は高度2000mまで上った。

 A砲は砲身を支えていた基部が完全に吹き飛び、ぐらりと地表に倒れた。

 

 泊地水鬼は仰向けになっていた。呼吸はさらに荒くなっている。

 体の芯が焼けた鉄のように熱い。頭の中は電気の粒が大量に飛び交っているかのようにチリチリチリチリする。汗は冷えて気持ち悪い。

 高度も下がっていた。21000mから20000m、19000m、18000m、17000m。どんどん下がっていく。

 13000mになってようやくそれに気づき、高度を11000mで降下を止めた。 

 もう一度高度を上げようとするが、体が痛くてそれどころでなかった。目の前の痛さを対処しようとして、傷の治癒にエネルギーを使ってしまう。

 あと1つ壊せば――――!

 残ったハープ砲C砲に砲撃をするが、とんでもない所に飛んでいき、海に大きな3本の水柱を上げた。高度が落ちていたことを照準に反映していなかったのだ。

 

「冷却装置修理完了! 砲撃再開できます!」

「撃て! ヤツよりも早く!」

 C砲が撃破されてしまえば、対抗手段はもうない。泊地水鬼の高度も下がっている。

 C砲が撃破されるか、腔発するか、それとも泊地水鬼が息絶えるか。

 それは、神のみぞ知る、だ。



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第24話「海に還る」

 泊地水鬼は外から見ても限界が近いことがよくわかった。

 ハープ砲の砲撃によって土に網のように張り巡らされていた体組織はあちこち寸断され、その一部は崩れ、ぼろぼろと落ちていく。幸いなことに下は海なので、民間人や建物に被害が出ることはない。

「あと一息!」

 艦娘達は海の上からハープ砲と泊地水鬼の撃ち合いを見守る。

 

 ハープ砲C砲と泊地水鬼。

 先に撃ったのはハープ砲だった。装填速度では泊地水鬼の砲よりも早い。

泊地水鬼はすでに障壁すら張れないレベルに消耗していた。57.5㎝APCBCHEは何にも阻まれずに、泊地水鬼のど真ん中に命中する。

 しかし、まだ泊地水鬼は耐える。

 ハープ砲C砲は泊地水鬼が発砲する前に2発、3発と連続して射撃した。泊地水鬼はまた高度を下げ始めるが、高度7500mで留まる。

「まだか! まだなのか!」

 NASAの局長は司令室の大画面を見ながら机を叩いて叫んだ。泊地水鬼に撃ち込んだ砲弾の数は96発。これだけの直撃弾を受けても泊地水鬼は墜ちない。

 ハープ砲C砲の砲身温度は上昇を続けており、あと数発を発射すればB砲が腔発した砲身温度と同じくらいになる。すでに砲身上部の空気は陽炎でゆらいでいる。急造の冷却装置なんてすでに焼け石に水だった。

 少しでも冷却しようとNASAがロケットの火災時に用いる特殊放水車などに応援を頼んでいたが、頼んだのはB砲が腔発を起こしてからだ。特殊放水車がある南のロケット発射場からハープ砲までは距離がある。それが間に合う頃にはハープ砲は腔発するか、撃破されているだろう。

 NASAの職員達はダメージレースの行方を固唾を呑んで見守っているしかなかった。

「泊地水鬼発砲!」

 ついに泊地水鬼が発砲した。14インチ並みの威力の砲弾に動けず、砲塔もないハープ砲。命中すればA砲のように一発でも木っ端みじんになるだろう。

 命中すればだが。

 泊地水鬼が放った砲弾3発は直撃コースではなかった。泊地水鬼もかなり消耗している。照準が甘くなるのも当然だ。ハープ砲C砲の北600m、東500mの海上、西200mの地点に着弾した。

 直撃コースでなかったといえども、爆風や破片、衝撃波は計測機器や観測機器、ハープ砲の制御機器に大きく影響を与える。しかも今回の被害は前回のものよりも大きかった。

「電源ケーブルが切断されました! ハープ砲側の発電機に切り替えます!」

「ハープ砲の配電基板の一部が破損! 装弾室内のクーラー停止。温度が上がっていきます!」

「砲身冷却器、破損! 修復は――――不可能のこと!」

「第一仰角制御油圧シリンダー破損! 油が流出中! 油圧周りのダンパーにも損害!」

「温湿観測所、応答ありません!」

 真空管が割れただとか、職員に怪我人が出た程度なら交換、交代すれば良いが、ハープ砲自体の制御機器が大きく損傷を受けた。特にハープ砲の仰角を上げ下げする油圧のシリンダーが破損したのは痛い。油圧シリンダーは左右で第一と第二に別れているが、主・予備という区別ではない。両方の出力でハープ砲の仰角を上げ下げしていたのだ。第一が破損した今、仰角を下げることはできるが、上げることはできない。

 そしてまたもや砲身冷却器が破損してしまった。しかも損傷具合は最悪で応急修理ができるレベルではない。装置そのものを交換するレベルだ。

「しかし、あと1発だけなら撃てる!」

 砲身冷却器が破損してしまったといっても、それが問題になるのは連続射撃をした場合のみであって、腔発が起きない温度ならば撃つことは可能だ。しかし、撃ってしまえば温度は下がるどころか急上昇するのは間違いなく、衝撃を吸収するダンパーは完全に破壊され、二度と射撃することは不可能だろう。

 しかし、あと1発で墜とせるなら――――。

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――――――――――――――落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる――――――――――――――壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ。

 あれを壊せ!

「ワタシハ、マダ、トビタイ!」

 

 

 泊地水鬼の高度はまた下がり始める。

 艦娘達は撃ち合いを見守っていたが、何となく、こう思い始めた。

「ねえ、あの高度ならさ……」

「もしかしたら」

 ―――――届くかも。

 

 

『装填……完了! 我々は……! 待避……します……!』

 C砲装填室からの息苦しそうな通信。クーラーが停止した装填室の気温は50℃近くまで上がっていた。息をするのも苦しいのだろう。

「各班、最終点検!」

 これが最後の1発である。これを外せばすべて終わりである。

「神よ、どうか我らをお守りください」

 局長は手を合わせて願った。そうしてから発射の命令を出した。

 57.5㎝APCBCHEは腔発することなく、C砲の砲身を飛び抜け、泊地水鬼に向かう。ハープ砲はダンパーは完全に破壊され、第二油圧シリンダーも破損。仰角がゆっくり下がっていく。   

 57.5㎝APCBCHEはど真ん中ではないが、泊地水鬼に直撃、炸裂した。

 かろうじて形を保っていた「島」は砲弾の炸裂と共にボロボロと崩れ出す。

 土、岩、石、コンクリート、QRA-104の残骸、格納庫だった鉄骨、頭が潰れ、穴だらけになったオシアナ海軍航空基地の管制塔。コピーしたミサイルの発射器。ハープ砲を撃っていた三連装砲。不発だったGBU-28。いろいろなものが落ちてくる。

しかし、全部が落ちたわけではなかった。

 半分ほどのは宙に浮いたままだった。

「くそ! C砲は!?」

「駄目です!」

 ハープ砲C砲はゆっくりゆっくりと、「私はもう疲れた」とでも言うかのように砲身が下がっていく。

 ハープ砲はもう無理だ。しかし、泊地水鬼側も大損害。痛み分けといったところだ。しかし、泊地水鬼はまた再生、復活するかもしれない。

「これまでか……」

 局長が呟いたそのときだ。体積が半分ほどになった泊地水鬼の「島」の下部で無数の爆発が起こった。

 

 

「やっぱり榴弾じゃ駄目ね!」

 アラスカが楽しさが少しばかり混じった声で言った。アラスカの12インチ砲に今度は徹甲榴弾が装填される。

 NASAが確認した爆発はTF100、TF101の戦艦艦娘の砲撃だった。

 すでに泊地水鬼は高度6000mほどまで下がっており、この高度ならばハープ砲でなくても普通の高角砲でも十分に届く。

「フブキ、もうちょっとちゃんと支えて。これじゃトリガースナッチだよ」

 しかし、戦艦艦娘の主砲である12インチ砲や14インチ砲は仰角が足りないので、体を後ろに倒し、駆逐艦娘や巡洋艦娘に支えてもらうことで砲撃を可能にしていた。ちなみにトリガースナッチとは日本でのガク引きのことである。

「ここ……ですかね?」

「そんな感じ」

 吹雪が支える位置を変えたのを確認してから、アラスカは再び12インチ砲を放った。

 12インチ砲19門、14インチ砲20門、16インチ砲8門。計47門の砲が泊地水鬼に向かって発砲している。1発1発の威力ではハープ砲に及ばないが、投射量だけを考えるとたった3門のハープ砲よりもこっちが上回っている。

 砲弾は残った「島」の内部で爆発し、「島」を削っていく。

 泊地水鬼はもう障壁も張らない。砲撃もしてこない。ただ嬲られているだけだった。  ほどなくして、泊地水鬼はついに力尽きたのか、重力に引かれて海に墜落した。そして海に浮かぶこともなく、西大西洋の深く青い海に還っていった。

 

 ――――――マタ、コノソラデ――――――。

 そんな空への夢の呟きは凪いだ海に吸われて消えていった。




 第二章、これにて完結!
 第一章が約2ヶ月で終わったのに対して第二章は4ヶ月! 約2倍! さらにその半分近くがレコンキスタ作戦を書いていたのです。
 たくさんの感想、面白いネタ、たくさんのアイデア。続けてこられたのも皆さんのおかげです! ありがとうございます!

 第三章は海上の通常兵器が結構出てくるかも。数でいえば陸上兵器の方が多いと思いますけどね。
 それと最近は数日に1回更新ができていましたが、これからは1週間に1回くらいになるかもしれません。
 これからもがんばります!


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第3章 逃げる者、留まる者
第25話「葛とスコップ」


 葛。クズ。マメ科クズ属のつる性の多年草で、根は漢方や葛粉の原料になり、根から精製される葛粉は葛餅になる。一番の特徴は高い繁殖力である。刈り取られない場合はありとあらゆるところにつるを伸ばし、短期間で低木林を覆い尽くす。若木に巻き付けば枝を曲げてしまうので、人工林においては、若木の生長を妨げる有害植物と見なされている。

 元々は大和国、現在の奈良県が産地だったのだが、今では日本全国に限らず、東南アジア、アメリカにも勢力を伸ばし、世界の侵略的外来種ワースト100の中に入っている。

「で、こんな様かよ」

 CH-47のパイロットは眼下に広がる街を見た。緑一色である。過去はハイウェイが通り、活気づいていた街だが、深海棲艦の上陸に伴い人々は避難し、ゴーストタウンと化した。そして新たな住人になったのが葛である。

 アメリカに葛が日本から持ち込まれたのは1876年のフィラデルフィア独立百年祭博覧会である。ここで飼料作物および庭園装飾用として展示されたのをはじめとして、東屋やポーチの飾りとして使われるようになったのみならず、緑化や土壌流失防止用としてアメリカ政府に推奨され、20世紀前半は持てはやされたのだ。

 当時のアメリカ人は葛の繁殖力の高さについて何も知らなかった。もちろん街を覆うほど繁殖するなんて誰も思わなかったし、予想も付かなかったのだから、仕方がない面は多いが。

「あのまだ葛が登り切っていないビルの屋上に降ろすぞ」

「葛と深海棲艦が合体して……なんてことはないよな?」

「あってたまるか。降下準備!」

 この葛に覆われた街の上空にはCH-47チヌークやAH-1Tコブラ、UH-1イロコイ、全機で50機にも及ぶヘリコプターが飛行していた。

「深海棲艦……全くたちの悪い連中だぜ」

「レコンキスタ作戦がやっと終わったと思ったのにな」

 この出撃は深海棲艦がこの街に入り込んだという通報があったからだ。おそらくはレコンキスタ作戦で討ち漏らした残党だろうが、ここを根城にされ、数が増えてもらっても困る。

「さっさと終わらしてマンマのミートパイを食べたいもんだ」

 パイロットはビルの屋上上空にホバリングし、カーゴハッチを開いた。

 

 葛はアメリカ全土というわけではないがかなり広域に繁殖しているので、吹雪達がいるセントローレンス湾のシンクレアーズ島周辺でも見ることができる。

 吹雪達は繁茂する葛の中、ツルハシとスコップで地面を掘っていた。

「土を掘るのがこんなに大変なんて――――ね! はあっ」

 吹雪が剣スコップを地面に差し込む。剣スコップは固まった地面に先端が少し食い込むだけでなかなか掘れない。刃の平たい部分を踏んで深く差し込める。

「陸軍さんの工兵の苦労がよくわかる……」

「あっー! 休憩だ! 休憩!」

 深雪の一声で吹雪達は掘った穴の中で座る。尻を地面に付けているが、土汚れなど知ったことではない。制服ではなく、私服のジャージであるし、土程度洗えば落ちる。

 吹雪達が葛が繁茂している地面を掘っているのは葛の根っこを掘り出すためだった。

 葛の根はデンプンを多く含み、そのデンプンを取り出し、精製すれば葛粉になる。その葛粉を水と砂糖を加え、火にかけて練り、バットか何かに流し込んで冷やせば葛餅の完成である。

 アメリカで唯一作ることができる葛餅を自分たちで食べるのはもちろん、病院にいる初雪にも持っていくのだ。

「どれくらい掘ればいいんだろ?」

「……さあ?」

 掘り始めて3時間。いまだ葛の根は現れていなかった。葛の根は1mから50mの深さと幅が広い。運が良ければすぐにありつけるのだろが、吹雪達はまだだった。

「はあ、暑い」

 深雪がジャージの上着を脱ぐ。下に着ているTシャツも汗で半透明になっている。今は5月の終わり。じりじりと照りつける太陽が吹雪達の体力を吹雪達が気づかぬ間に奪っていた。吹雪は作業で乱れた髪をまとめ直す。襟足は汗でしっとりと濡れている。

「これじゃあ、日が暮れるぜ」

「下手すれば一日じゃ見つからないかも」

「そんなこと言わないで……」

 艦娘は海の上を駆けたり、深海棲艦と戦ったり、何百海里も航行したりと、ものすごいことをやっているが、艤装を外せばただの女の子である。体力や力は大人の男に比べればかなり低い。あんな細腕、華奢な体で数十㎏から数tのものを持ち上げたり、使えたりするのは全て艤装を通して発揮される力であり、本人の筋力ではない。

「そうだよ、艤装付けてから掘ればいいんだよ」

「手続きめんどうくさいと思うけど、まあ苦労して土掘るよりかはマシだね」

 

「駄目です」

「そこを何とか……ね」

「そんな……上目遣いをされても、困るよ」

 動力部艤装の管理責任者のドニエル伍長がにやけそうになる顔を必死で堪えながら、吹雪達の頼みを断った。

「いけず」

「そんなこと言われても規則といいますか……」

「規則は破るためにあるって、誰かが言ってた」

 ドニエル伍長は苦笑したが、首を縦には振らない。

「……間違いなく面倒なことになる。艤装は軍事機密だし、作戦でもないのに持ち出したらどうなることやら」

 動力部艤装は艦娘技術最大の機密である。あれが水に浮くためのエネルギーや障壁、砲

の初速を発揮するための核心的技術があるとされている部分である。それを作戦でもないのに外に出すのはもってのほかである。

「あと、反艦娘派の人間が最近基地の近くをうろうろしているらしい。先日も外出されていたルースが石投げられたそうだから……艤装持ち出しはだめ」

 艤装を装着した艦娘は陸上であっても常人の7倍以上の力があるので負けることはないだろうが、もしも盗まれるたとしたら、解体されて技術解析される可能性は十分にある。そんな日にはドニエル伍長の首は物理的にも飛ぶかもしれない。

「そうですか……無理言ってすいません」

 

 ニュージャージーのとある州立病院。レコンギスタ作戦で右腕のとう骨、尺骨と左足の脛骨が骨折し、右肩関節脱臼、さらに内臓のいくつかから出血という大怪我を負った初雪はここに入院していた。

「暇だぁ……」

 初雪はベッドの中で呟く。寝過ぎて目は冴えている。外に行こうと思っても、右腕はギプスと包帯でぐるぐる巻き、左足も右腕と同じようにされているうえ、牽引されているのだから動けもしない。

 ベット脇にある机の上に置かれたDVDプレイヤーをできるだけ首を動かさないようにして見つめる。吹雪達がお見舞いにこのDVDプレイヤーを持ってきてくれたのは非常に助かった。全く体を動かさなくても映画やアニメを見て、暇を潰すことができる。

 だが、吹雪達が持ってきたDVDは一週間ですべて見終わったうえ、飽きてしまった。そもそも本数もあまり多くはなかったし、食う寝る以外の時間はDVDを見ているしかなかったので、当然ともいえる。

「あー暇だぁ……誰かぁ、哀れな私めにDVDを……できれば映画がいい」

 DVDを求める叫びに答える声はない。初雪の部屋は個室であり、他に誰もいない。これは艦娘自体がある程度の軍事機密に属するからであり、マスコミ対策のためでもあった。

 レコンキスタ作戦とスターゲイザー作戦が成功した今、マスコミにとって艦娘は注目の的だ。マスコミが押しかけて怪我の治りが遅くなっても良くない、という上層部の配慮だった。

 

 吹雪は剣スコップを再び地面に突き立てる。そしててこの原理を利用して土を掘り起こし、土をバケツに入れる。白雪がそのバケツを持ち上げ、地上にいる深雪に手渡す。深雪はバケツを土の山の上にバケツをひっくり返して、空になったバケツを白雪に返す。これを交代交代でやっているが、3人ではやはりきついものがあった。

 すでに葛の根がひょっこり姿を見せていたが、この程度では葛粉を取り出すのに全く足りない。葛の根から取り出せるデンプンは具合が悪ければ根30㎏でデンプン500g程度しか取れず、少なくとも太さ10㎝はある根でなければ大量にデンプンを取ることは難しい。

 幸いなことに葛の根は丈夫なので山芋のように切れないよう、力に気をつける必要はないので、そこだけは気が楽だった。とにかく掘っていけばいいのだから。しかし、その掘る量が半端ないのだが。

 穴はさらに深くなり、穴の外には土が山のように盛られている。

 太陽の角度はさらに高くなり、吹雪達の体力をさらに消耗させる。3人ともジャージは上下脱いで、Tシャツと半パンツ姿だ。蚊や虻よりも暑さの方に参る。

 休憩をはさみながら作業を続けるが、吹雪達は掘っても掘っても減らない、無限にも続くような、そんな感覚に襲われ、作業の効率は下がっていった。

 そんなときである。

「おーい」

 遠くから声が聞こえた。雉か鳶の類いかと一瞬思ったが、再び声が聞こえる。人間だ。よくよく聞いてみるとこの声には聞き覚えがあった。

 穴の中から吹雪と白雪が顔を出し、地上の深雪が立ち上がって、声の主を探した。

「あ、いた!」

 声の主はドニエル伍長だった。いつもの整備服姿ではなく、そこらのホームセンターで売っていそうな安物のつなぎだ。ドニエル伍長以外にも十数人の艤装整備員達が付いてきている。手にはスコップとツルハシを持っている。

「いやはや、ちょっと探しましたよ」

「ど、どうして? 何しに来たんです?」

「お手伝いしようかと」

 ドニエル伍長は手に持つスコップを吹雪達に見せるように、少し掲げた。

 

 それからの土掘りは圧倒的速さで進んだ。大人の男が十数人、しかも適当に集めた烏合の衆ではなく、日頃、艦娘の艤装整備をしている仲である。チームワークは抜群だった。すぐに必要な量を掘り出せた。

「皆さん、本当、ありがとうございます」

「いや、いいの。どうせ暇だった連中だから。まあ、そのクズモチ? だったかをちょっと分けてくれれば、ね」

 ドニエル伍長は気さくに笑って言った。

「これからこの根っこをどうするんだい?」 

「叩き潰してから水の中で揉んで、デンプン質を出すんです。そこから一晩寝かせてから、上澄みを捨てて、また寝かせてから、上澄みを捨てる。これを繰り返せばデンプンが精製できるんです」

「結構時間がかかりそうだね」

「でも、肉体労働よりは楽ですよ」

 

 吹雪達が葛の根を掘った翌日、朝のジョギングを終わらせたファラガットは食堂の裏ででバケツからどす黒い液体を排水溝に流している吹雪を見つけた。

「なにそれ、産業廃棄物?」

「おはよう、ファガラットちゃん。産業廃棄物とはひどいなぁ」

 食べられるものなんだよ。吹雪はそう言ったが、ファラガットにはそのどす黒い液体が食べられるものとは思わなかった。

「この水の方じゃないよ。ほら」

 吹雪はファラガットにバケツの底を見せた。ドロドロとした茶色いものがバケツの底にへばりついている。

「これは葛という植物の根から取ったデンプンでね。さっきのは灰汁が混じった水で――――――」

 葛の根をもみほぐして出るものはデンプンだけに限らず、葛の灰汁もたっぷりと出る。デンプンと灰汁の比重の違いにより分離はできる。しかし、二つの比重は金と砂のように大きく違うというわけではないので、なんども水にさらして分離させる必要がある。

「で、その精製したデンプンで何を作るの?」

「葛餅っていう和菓子。初雪ちゃんへのお見舞いに持っていくんだ」

 和菓子。いつぞや和食もどきを作ったことはあるが、これは本物の日本の食べ物なのだろう。

 どんな味だろうか? まず、ファラガットはそう思った。甘いのだろうか、しょっぱいのだろうか。それとも辛いのだろうか。

 次にどんな風に作るのかが気になった。普通の料理と比べてお菓子作りというのは繊細な作業だ。嗜好品である以上、バランスが崩れればあまり美味しくない代物になる。それに日本の菓子だ。アメリカのお菓子とは全く違う作り方で、味に違いない。

「ねえ、あたしも手伝っていい?」

 

 灰汁の臭いはいいものではなかったが、バケツの底にたまっているデンプンがどんどん白くなっていく様子は非常に面白かった。泥色だった沈殿物は色がどんどん薄くなっていき、数日で乳白色、1週間もすれば完全に白くなっていた。

「これで葛粉は完成だね」

 吹雪はひっくり返したバケツの底を叩いて、きつく締まった葛粉を皿に移した。何の知識もなしにみたら石膏か石灰岩のように見えるだろう。

「水にこれと砂糖を加えて溶かす……か」

 吹雪の指示のまま、ファラガットはボールに砕いた葛粉の塊を入れ、水と砂糖を入れてかき混ぜた。葛粉は硬く締まっていてすぐに溶けないので、かき混ぜながらもスプーンで塊を砕く。

「鍋に入れて火にかける……」

 大鍋にボールの中身を入れて、火にかける。

「あとは焦げないようにかき混ぜて練っていくんだけど、やる?」

 吹雪はファラガットに大きめの木匙を渡した。日本のしゃもじはアメリカでは大きめの木匙が担っている。

 ファラガットは木匙をもらい受けると、砂糖と葛粉で白い液体に突っ込んだ。そしてゆっくり回していく。火にくべられて、少しずつ透明になっていく。白から白濁へ、白濁から、透明に。粘りも出てくる。

 不思議な世界だ。ファラガットは素直にそう思った。

「そろそろいいかな。火、切って」

 ファラガットは火を切り、大鍋の取っ手をつかんで、用意されていたバットに鍋を傾けた。

 粘りのある透明の液体がバットに広がっていく。ファラガットはガラス製造も似たようなものなのかな、と何となく思う。

 全てを流し終わり、へらで表面をなめらかにして冷蔵庫に入れて終わりだ。

「冷えて固まって、切り分けたら完成。一日はかかるよ」

 冷蔵庫の扉を閉めた白雪が言った。

「じゃあ、初雪に持っていくのは明日?」

「そうなるね」

 明日はファラガットに予定があった。アメリカ海軍が新造した輸送駆逐艦の処女航海も合わせた艦娘運用試験に参加する予定だったのだ。他の艦娘に任せるわけにもいかない重要な任務である。

「持っていく日にち、ずらせない? あたしも一緒に行きたいのよ」

 せっかく自分が鍋を回して、バットに入れたのだ。自分の作ったものを食べている様子が見たいのだ。

「葛餅ってあんまり日持ちしないからね。美味しさが保てるのは2日くらいだし、ちょっとね」

 ごめんね。吹雪はエプロンを外しながら謝った。

「それならしょうがないよ。うん、しょうがない……」

 ファラガットは自分の運の悪さにため息をつきながら、ファラガットもバンダナとエプロンを外した。

 

 そして翌日。

 葛餅ときな粉が入った保温容器を手に吹雪達は初雪の病室の前まで来ていた。

 吹雪はもう一度、部屋番号と患者名のプレートを確認する。『709 Hatuyuki』。間違いない。

 深呼吸して、ノックしようとドアに手の甲を向けたときだ。

『てめぇを殺してやる!』

「ゑっ!?」

『さあ、娘を放せ。一対一だ。楽しみをふいにしたくはないだろう』

 ドアの向こうから物騒な言葉が聞こえてくる。いったい何が。

『……来いよベネット。怖いのか?』

「ベネット?」

『ぶっ殺してやる!』

 吹雪はある艦娘の顔を思い浮かべた。フレッチャー級駆逐艦ベネット。明るく気さくで戦後はブラジルに貸与されたためか、日本の艦娘である吹雪達にも気軽に話しかけ、サッカーの話をしてくる艦娘だ。

『いやぁっ……』

『ガキなんて必要ねぇ! へへへへっ』

 ドア向こうにそのベネットがいるのか。聞こえてくる内容からすれば殺し合いが始まる寸前だ。しかも女の子らしき悲鳴。ハツユキの病室で何が起こっているというのか。

『ガキにはもう用はねぇ!』

「吹雪ちゃん……」

『へへへへっ…… ハジキも必要ねぇや、へへへへっ……』

 もしかしたらさっきの女の子らしき悲鳴は初雪で、ベネットと頭の狂った大男が殺し合いの果てにこの部屋で最後の決着を付けようとしているのかもしれない。

 吹雪が声をかけてきた白雪を見るとモップで武装していた。そこの掃除用具入れが明いているので、そこから引っ張り出してきたのだろう。深雪が水が一杯のバケツを手渡す。これを中の殺し合いをしている連中に浴びせて隙を作れ、ということに違いない。

『誰がてめぇなんか、てめぇなんか怖かねぇ!』

「……行くよ」

 吹雪はドアノブに手をかけて、静かに回した。

『野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!』

「初雪!」

 ドアを一気に開け放ち、殺し合いをしている連中に水を浴びせようと構える。

「え、なになになに?」

「どうしたの?」

 しかし、中には椅子に座るベネットとベットに横たわっている初雪の2人しかいなかった。

「え、どうしたって……」

『へへへへっ、年を取ったな大佐ぁ』

 男の声がまだする。音が聞こえる方向を見ると、DVDプレイヤーがあった。初雪が入院して初めてお見舞いに来たときにプレゼントしたDVDプレイヤーだ。画面では髭を生やした男と筋肉ムキムキの半裸男がナイフで斬りつけ合っている。

「ああ……映画か、そっか」

 

 エンディングが流れている。私が守るとか、私は山だ、とか映画の内容に準じた歌詞の歌だ。

「コマンドー?」

「歩く人間武器庫アーノルド・シュワルツネッガーの痛快筋肉バトルアクション! だって。もう終わったけど」

 ベネットが葛餅を食べながら答える。初雪の方は病院食がまずいのか、ひさびさの和菓子が美味しいのか、口いっぱいに頬張る。実に幸せそうな顔だ。

「そんなにがっつかなくても、まだあるから」

「まだ、DVDあるんだ。クズモチだっけ? これ食べながらみんなで見ようよ」

 ベネットがきな粉の入った容器を机において、床に置いていたリュックの中身を探る。

「タイトルは?」

「『コマンドーVSプレデター』! 『コマンドー』の続き物だけど、あらすじ見る限りはここから見ても大丈夫だよ」

「じゃあ、見ようかな」

「うん、みんなで見た方が楽しいしね。ハツユキ、もうエンディングいい?」

 ベネットは初雪に尋ね、初雪は首を縦に振ったので、ベネットは停止ボタンを押し、中身のDVDをさっき出した『コマンドーVSプレデター』に入れ替えた。

 

 のちにマスコミがこの葛餅のことをどこからか嗅ぎつけ、艦娘の祭り上げと葛撲滅を狙って葛餅ブームが起きるのだが、これはまた別のお話。




 第三章の一番最初の話は葛餅の話でした。
 葛餅は普通のスーパーにも売られていますが、あれには増粘剤や寒天が入っているそうで葛粉100%の葛餅とは味や感触がかなり異なるそうです。
 あと葛がアメリカで大繁茂しているのは事実です。森を覆い、信号機や電線に絡まって問題になっているそうです。世界の侵略的外来種ワースト100に入っているのも本当ですよ。しかし、問題になっているのに荒れ地の緑化のために導入はされ続けているそうな……。
 ベネットというフレッチャー駆逐艦は存在します。どんな艦娘だそうかな、とWikipediaでフレッチャー級のページを見ていたら、「DD-473 ベネット」とあって、これはコマンドーネタで使えると……。ブラジルに行った後は「D-28 パライバ」と改名して1978年にスクラップとして解体されたそうな。

 次回は吹雪達と一緒に葛餅を持って行けなかったファラガットの話です。普通の艦艇が出てきますよ。
 それにしても『コマンドーVSプレデター』、一体どんな内容なんだ……?


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第26話「ラップウイング級輸送フリゲート」

 吹雪達が初雪の病室で『コマンドーVSプレデター』を見ているころ、ファラガットは不機嫌そうに口をへの字に曲げて、セントローレンス湾を戦艦ウェストバージニア、大型巡洋艦アラスカ、防空軽巡アトランタ、潜水艦ポンポン、空母モンテレーの5隻と共に航行していた。

 今日、処女航海がなくてもいいのに。

 そう思っていた。私用と任務、どちらが優先されるかというと間違いなく、任務なのだがファラガットは不満を顔に出さずにはいられなかった。

「そんな顔をしないの。にっー、と」

 アラスカが背後から手を伸ばして、ファラガットの頬をぐっ、っと上げるが、ファラガットは目を細め、眉をしかめる。

「航行中の接触は危険だからやめて」

「そんな怖い顔していると、ラップウイングの水兵さんにかわいがってもらえないよ。ほーら、にっー」

 ファラガットはアラスカの手をほどいて、アラスカの方を向き帰り、作り笑い、いわゆる営業スマイルを見せた。子供らしい笑顔だが、いらだちのためにその笑顔は少し固い。

「そうそう、そんなの」

 いつもその笑顔していたらモテモテよ。そんなことをアラスカは言うが、ファラガットにとってはそんなこと知ったことではない。ファラガットにとって重要なのは男にちやほやされるより、吹雪型をどうやって越えるか、である。艦娘という兵器にとって重要なのは能力である。それをいかに高めるか、それが肝要なのだ。

 しかし、能力を高めようとしてもそう簡単に元の艦以上のスペックを発揮はできない。5インチ砲で16インチ砲の威力と貫通力を出せ、といっても無理な話だ。いかに人の形をうまく利用するかにかかっているだろう。

「あ、見えたよ」

 アラスカが指さして叫ぶ。指さした方向には排水量4000tほどの軽巡洋艦クラスの艦がいた。

 

「これが『ラップウイング』、か」

 数百mまで近づいたファラガットはぽつりと呟いた。

 平面的な甲板構造物と武装。おそらくはステルス性を意識しているのだろう。明灰色でのっぺりとしたの「ラップウイング」は第二次大戦の艦よりもスマートだと、ファラガットは感じた。

 

ラップウイング級輸送フリゲート側面図

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 この「ラップウイング」、ラップウイング級輸送フリゲート1番艦「ラップウイング」は艦娘の運用の幅を広げるために建造された。具体的に言えば艦娘の前線基地になるのである。

 艦娘は海を駆け、深海棲艦と戦うことができるが、疲労もすれば腹も減る。戦闘がなくても1日ずっと航行していれば疲労がたまり、戦闘でのミスも多くなる。食事も一日三食取るべきだが、海上で数日分、多ければ数週間分の食料、水を携行するのは無理である。

 率直に言えば、艦娘は海上での長時間行動には適していないのだ。

 それを解消すべく各国で建造されたのが、艦娘が運用できる設備を持つ艦娘母艦、輸送艦なのである。食事もできれば休息もできるし、高速修理材50個分の収納保存が可能なため、艦娘専用の工廠施設にもなりえる。

 世界で最初の艦娘母艦は日本海軍の駆逐艦「東名」である。1980年代に建造され始めた西条型駆逐艦の1隻で、旧式であること、砲熕兵装が多いことなどから、甲板後部の10㎝速射砲2基や爆雷投射器などを撤去し、スロープと整備場が設けられた。艦娘はスロープを降りて、海上に降りるのである。後にカタパルトなども装備され、現在では新型艦も揃ってきていることから練習艦になって艦娘と水兵の訓練に従事している。

 

輸送駆逐艦「東名」側面図

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 そしてこの米海軍初の艦娘運用母艦ラップウイング級輸送フリゲートも整備場とカタパルト2基を装備している。しかし、ラップウイング級は「東名」のようにスロープ上にカタパルトを設置しているのではなく、艦側面に設置している。「東名」は後方に艦娘を射出するのに対し、ラップウイング級は斜め前方に射出するのだ。

 この違いは運用思想の違いである。「東名」は艦娘の出撃よりも母艦の待避を優先しており、深海棲艦から待避した後に艦娘を出撃させる。一方、ラップウイング級の場合、艦娘をいち早く出撃させることが、母艦の安全に繋がる、という考えのもと、設計されている。

 どちらが良いのかというと一長一短である。しかし、両方とも母艦の安全を考えた運用思想であることには変わりない。

 次に武装から見ていこう。

 ラップウイング級が持つ武装はMk.45 mod.4 5インチ速射砲 2基、Mk.112 8連装ランチャー2基、ボフォース40㎜/70 4連装機関砲5基、Mk.17 25㎜CIWS ファランクスⅡ2基、Mk.38 25㎜機関砲4基だ。誘導兵器より、砲熕兵装が多い。

 これは「深海棲艦はレーダーに映りにくく、近接戦闘に引き込まれやすい」という米海軍壊滅と引き替えに得た戦訓から導き出された武装である。

 従来の米艦艇はミサイルが主武装で砲は1門から3門搭載している程度だったが、これは深海棲艦との戦闘においては不利だった。レーダーにあまり映らず、小さい深海棲艦にハープーンやトマホークといった対艦ミサイルは命中させにくい。そして砲撃戦や水雷戦などの近接戦闘ではが、レーダーに照準をほぼ頼っている3インチ砲や5インチ砲も命中率は低く、米海軍は一方的にやられてしまった。

 多数の犠牲を出しながらも、考え出された戦法が「弾幕張って1発でも当てる」というものである。イタリア海軍などは各国の中で一番先に艦艇からミサイルなどの兵装を全て取り外し、連射速度の大きいオート・メラーラの3インチスーパーラビット砲に換えるなどの対策を施して深海棲艦に対抗し、ある程度の成功を収めていた。

 ラップウイング級に搭載されているMk.45 mod.4 5インチ速射砲は砲身長を従来の54口径から62口径まで伸ばし、初速を向上させたうえ発射速度も分発30発に向上させている。レーダー射撃ももちろん、光学照準射撃も可能だ。

 ボフォース40㎜/70 4連装機関砲やMk.38 25㎜機関砲もMk.45 5インチ砲と同じように「弾幕張って1発でも当てる」という考えの下で、配備されている。

 Mk.17 25㎜CIWS ファランクスⅡはMk.15 20㎜CIWS ファランクスの発展型である。Mk.15ではM61バルカンだったのが、20㎜弾では深海棲艦に対して威力不足とされ、AV-8やAC-130に搭載されているGAU-12イコライザーに変更された。また対艦戦闘も行えるよう、より俯角が取れるように改良されているほか、レーダードーム側面に設置されているカメラを通して、マニュアル射撃もできるようになっている。

 ちなみにA-10などに搭載されているGAU-8 アベンジャーを載せたMk.16 30㎜CIWS シーアヴェンジャーというものも同時に試作されたが、これは反動や重量の問題が大きく、採用にはならなかった。

 そして、Mk.112 8連装ランチャーはラップウイング級の中で唯一誘導弾が扱える兵器だが、装填されているのは従来の短魚雷にロケットモーターがついたアスロックではなく、ただの炸裂弾頭にロケットモーターがついたアスロックである。つまり、海上で分離したりせず、目標の付近まで飛んでいき、海中に突っ込んで爆発する。

 これは短魚雷のソナーが潜水艦級を捉えられないため、爆圧で撃破するほかないからである。実際、潜水艦級は艦のソナーでも潜水艦級を捉えるのは難しいのだが、そのあたりの索敵などは艦娘が行い、艦娘からの報告をCICが処理し、艦がアスロックで目標(付近の海域)を攻撃することになっている。

 対深海棲艦としての武装は十分だが、深海棲艦と戦うのは艦娘であり、正面切って戦えるわけではない。これらの武装はあくまで自衛用であり、駆逐艦級3隻程度しか相手できないと考えられている。

 艦橋構造物や船体はステルス性を高めるために平面化されているが、砲などの武装が多いため、従来に比べればレーダー波反射面積は少し大きい。それでもレーダーには排水量300tほどの小型艦にしか見えないので、これでも十分である。

「後ろに回ってください!」

 「ラップウイング」に近づいたところ、甲板の水兵にそう言われ、ファラガット達は艦尾に回った。

 艦尾のボフォース40㎜/70 4連装機関砲と整備場の間には鉄パイプを溶接して作られたカゴが、デリックで両舷に吊されていた。今、カゴは底が海面に浸かっている。

「重量の軽い艦娘から乗ってください! 故障したら面倒なので」

 そう、水兵に促されて艤装の少ない潜水艦ポンポンが右舷側のカゴに乗った。モーターの駆動音と共にデリックのワイヤーが巻き取られていって、揺れはほとんどなく、カゴの底面が甲板と同じ高さになるくらいまでに上げられた。

 ファラガットは左舷に廻って、カゴに乗った。

 

 乗船したファラガット達は「ラップウイング」の整備場に入り、艦長を初めとした水兵達の歓迎を受けた。

 「ラップウイング」の艦長は34歳という若い中佐だった。たいていの場合、40歳で中佐クラスの階級になる。しかし、アメリカ軍は軍人の多くが深海棲艦戦争の初期に失っているので大半の将校が階級を繰り上げられている。この艦長もそういう類いだ。

「今日はよろしく頼みます。しかし、新聞で見るよりお綺麗ですな」

「あらまあ、お上手。こちらこそ頼みます」

 旗艦であるアラスカが前に出て笑顔と共に艦長と握手をした。

 何か、変だ。ファラガットは妙なことに気づいた。静かなのである。この整備場には「ラップウイング」の艦長と士官、艤装整備員など約50名近くが集まっている。これだけいればそれなりに音がするはずなのに聞こえるのは波とカモメの鳴き声だけ。おかしい。

 ファラガットは水兵達を見回し、あることに気づいた。全員がある一点を見つめているのである。彼らの目線を追ってみると、艦長と握手しているアラスカに向いていた。

 ああ、そうか! ファラガットは気づいた。今のアラスカは清楚な美人にしか見えないからか!

 アラスカは端整な顔立ち、透き通るような水色の髪、少し控え目ではあるが、グラマーな体つき、正直言ってかなりの別嬪さんなのだが、実際の所はやんちゃな残念美人である。面白そうなことに自分から突っ込み、だいたい迷惑をかけている。そのくせして、艦娘としての実力は結構なもので最近は「15インチ砲クラスの戦艦になら勝てる」とかほざいている。

 しかし、「ラップウイング」の乗員達がそんなことを知るわけがないし、今のアラスカは丁寧な言葉遣いで、気品があるように振る舞っている。見とれるのも仕方がない。

 どうせすぐにばれるのに。ファラガットは顔には出さないように苦笑した。

 

 挨拶した後はすぐに射出カタパルトの試験に移った。

 「ラップウイング」に搭載されているカタパルト自体の作動試験は陸上で何百、何千回とやっているが、実際に「ラップウイング」に搭載し、艦娘を射出する試験はしなければならない。

 カタパルトは油圧式のカタパルトで13mほどの長さがあり、20ノット(約37km/h)まで加速させる。20ノットという速度はニューメキシコ級戦艦の最大速度を基準にしている。この基準はあくまでニューメキシコ級の艦娘を射出したときの基準であり、駆逐艦娘や潜水艦娘を射出する場合は30ノットくらいまで射出速度を上げることができる。だが、着水時に転倒の危険性があるため、射出時はどんな艦種であっても20ノット以下で射出する。

 カタパルトの運用時にはカタパルトを基部を旋回させ、艦斜め前方に向ける。そして艦娘がシャトルを脚部艤装に引っかけ、膝を射出体勢保持板に置く。これで射出準備が完了する。ちなみに発進合図は赤黄青の信号機が行い、赤は準備中、黄は準備完了、青は射出、である。

 

カタパルト詳細

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 今回の軽い順。ファラガットは2番目で右舷カタパルトだった。

 すでに右舷カタパルトは艦斜め前方に向けて旋回しており、ファラガットは少し急ぎながらも丁寧にカタパルトのシャトルを脚部艤装の凸部分に合わせた。そして射出体勢保持板に膝を置く。かがみすぎている感覚はあるが、射出時の加速度を考えるとこれで十分なのだろう。

 目線を艦から伸びた信号機に向ける。まだ赤だ。

「よろしいですか?」

 カタパルト基部辺りに立っている水兵に聞かれる。ファラガットは「いつでもどうぞ」と答える。

 信号機が黄色になった。ファラガットは信号機を意識しながらも視界を正面に移した。

 青。0.5秒ほど遅れてシャトルが油圧によって押され、ファラガットがカタパルトの上を滑り始める。加速度は無理に加速させられている感じがして不愉快に思ったが、すぐにそれは消えた。

 ファラガットは風を切って、空中を飛んだ。轟々と鳴る風切り音。服と体の間を通り抜けていく風。空挺降下などとは違う、新鮮な感覚だった。

 しかし、いつまでもそれに浸っているわけにはいかない。空中にいるのはたった1秒ほど。すぐに足を前に出して着水体勢を取る必要がある。

 ファラガットは足を前に出した。

 空気との抵抗でスカートがめくれた。

「あっ!?」

 女の子の体を持つためなのか、ファラガットは反射的にめくれたスカートを押さえた。そのため、着水への注意がおろそかになった。

 着水がうまくできず、転んだのは言うまでもない。

 射出試験が終わった後、「ラップウイング」の一部の水兵達がファラガットと合う度に目をそらすようになった。その水兵達はきっと何か見ていて、ファラガットに問い詰められたりするのが怖いのだろう。

 

 ちなみにアメリカの小児性愛者悪質性犯罪事件への刑罰などは非常に厳しい。

 




 やーんエッチー! で済まなそうな国アメリカです。
 今回は艦娘の海上基地となる通常艦船、ラップウイング級輸送フリゲートの話でした。解説多めで読みにくかったかもしれません。
 Mk.45 mod.4 5インチ速射砲はこっちの世界にも存在していますが、こっちの世界のmod.4とこの世界のmod.4はステルス性と長砲身化は同じですが、連射速度や光学照準器の有無が相違点です。
 Mk.17 25㎜CIWS ファランクスⅡはそもそもこっちに存在しません。私の完全な妄想兵器です。20㎜じゃ、射程と威力が……。
 Mk.16 30㎜CIWS シーアヴェンジャーの方なら、オランダのシグナールSGE-30 ゴールキーパーというGUA-8アヴェンジャーを元にしたCIWSが現実にもあるんですがね。ちなみにSGE-30は高い、重い、散布界広い、とあまり評判ではありません。
 ボフォース40㎜/70 4連装機関砲の方はかつて第二次大戦中の米艦艇に積まれた露天のものとは違い、カバーが付いています。
 Mk.112 8連装ランチャーとMk.38 25㎜機関砲はこっちの世界と同じものです。
 ラップウイング級の疑問やわかりにくいところがあったら感想にでも書いてください。いくらでも解説します。

 そしてこの26話「ラップウイング級輸送フリゲート」は次回に続きます。
 次回のタイトル予告。第27話「偵察艦隊」。見てください!


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第27話「偵察艦隊」

 2015年6月現在、深海棲艦の泊地として残っているのはハワイ、パナマ、西インド諸島、サーモン諸島、ポートワイン、フリーマントル、アイスランドの7つだけだった。人類に泊地が奪還され、行き場もなく、ゲリラ的に活動している深海棲艦の残党を除けば、組織的に行動している深海棲艦はこれだけしかいない。5月まではカレー洋のセイロン島やアンズ環礁、スエズ運河も深海棲艦の一大泊地だったが、セイロン島とアンズ環礁は日本海軍の十一号作戦、スエズ運河は欧州連合軍のエーグル作戦によって奪還されている。

 艦娘が登場してから早2年ちょっと。たったそれだけの期間で深海棲艦は一度支配した多くの海域を人類に奪い返されていた。

 最初こそいくつかの島や地域が奪還されてもさほど気には留めていなかった深海棲艦だが、今となっては大問題である。

 戦力の損耗、資源地帯の消失に加え、敗退した深海棲艦を受け入れるだけのキャパシティがある泊地はもう少ない。

 深海棲艦は劣勢だった。

 

 ノーフォークから約1800㎞南。カリブ海に浮かぶ西インド諸島には装甲空母姫を中心とする空母機動部隊がいた。主に空母と巡洋艦で編成された機動性の高い部隊で、米軍がノーフォーク攻略時にノーフォークとは別に注視していた深海棲艦泊地である。

 もし西インド諸島からの増援がノーフォークに来るようなことがあれば、レコンキスタ作戦は頓挫した可能性が十分ある。確認されているだけで空母クラス23体、戦艦クラス4体、巡洋艦45体というTF100とTF101を全力投入したとしても打ち破れるかは分からないほどの戦力を保持していたからだ。

 そのため、米軍はノーフォークから西インド諸島に通報されないためにも敵の通信網へのECMを徹底したし、ノーフォークまで1週間という速度戦で挑んだのだ。

 その米軍の努力は実を結び、西インド諸島の深海棲艦にノーフォーク攻撃の第一報が届いたのが5月半ばになったころだった。

 すでにノーフォークは陥落し、米軍が泊地水鬼に対するダウンフォール作戦を実行していたころである。

 こんなに遅れた理由は2つある。1つは先述の通り、米軍によるジャミングでノーフォークの深海棲艦が通信による救援要請をできなかったこと。もう1つは直接救援を求めに行った潜水艦級の大半が欺瞞航路を取っているうちに大西洋の荒波に呑まれてしまったからだ。

 西インド諸島に到達した潜水艦級はたったの1隻で、たどり着いたときにはすでに米軍のノーフォーク攻略は終わっていた。

 そのことを知らない西インド諸島の装甲空母姫は増援として戦艦4隻、空母10隻、巡洋艦18隻、駆逐艦12隻の部隊を編成し、ノーフォークに向かわせた。

 この増援艦隊は大西洋の荒波に揉まれないために大陸寄りの航路を取ったのだが、フロリダ州の近海でとんでもないものをレーダーに捉えた。

 高度22000mという高空に「浮かぶ島」である。増援艦隊の深海棲艦は唖然とし、恐怖した。

 あれは人間の秘密兵器に違いない、と。

 すぐさま、西インド諸島の本隊に連絡しようとしたが、米軍のECMによってうまくできない。増援艦隊は西インド諸島に引き返した。

 

 装甲空母姫は信じようとはしなかった。当然だ。島が飛ぶなどという荒唐無稽な話を信じられるわけがない。

 装甲空母姫は増援艦隊を再び出撃させようとしたが、アイスランドからノーフォーク陥落の情報が入ってきた。ノーフォークの深海棲艦は壊滅。すでに人間が闊歩している、と。

 装甲空母姫はそれを聞いて増援艦隊の派遣を中止した。ノーフォークにいた深海棲艦の数は現在の大西洋で最大規模だったのに撃破されたうえで、人類に奪還されたのだ。

 西インド諸島には十分な数の輸送艦級はいない。周辺海域の制圧は可能だろうが、それだけだ。陸まで進撃する余裕はない。

 しかし、装甲空母姫としてはノーフォークの現状と守備兵力などを確認しておきたかったため、精鋭の重巡2隻、軽空母1隻、駆逐艦4隻からなる強行偵察艦隊を編成し、出撃させた。

 

 

「追いつけ――――――ないっ!」

 アラスカは機関出力を振り絞った最大速力33ノットで「ラップウイング」を追っていたが、いっこうに追いつけなかった。追いつくどころか、どんどん引き離されていく。

「ファラガットにも追いつけないなんて! ああもう!」

 ファラガット級の最大速力は37ノット。ファラガットはとうの昔に「ラップウイング」に追いついて「ラップウイング」と並走している。

「どんどん引き離していきますな」

「カタログスペック通り、36ノット出ているようだ」

「これなら万が一、深海棲艦に追われても振り切ることはできるでしょう」

 「ラップウイング」の艦長と航海長はCICの中で「ラップウイング」がスペック通りの性能を外洋でさせたことを嬉しく思っていた。

 セントローレンス湾で数週間の公試をやっていたといってもセントローレンス湾は湾であり、実際に行動する外洋の条件とはほど遠い。波はそこまで荒くはないし、座礁などの危険もあるうえ、カナダ領であるセントローレンス湾ではあまり派手なことしないように言われていたのたが、外洋は違う。座礁するような場所もなければ波も荒く、砲を撃とうが、全速力で航行しようが、どんちゃん騒ぎしようが誰も文句は言わないし、実際の運用条件に近い。そこで本来のスペック通りに性能が出せるならば、これ以上に嬉しいことはないというものだ。ただ深海棲艦に気をつける必要はあるが。

 艦長はマイクを手にとって、アラスカの回収後、全速航行時における艦娘射出試験を行うように命令を下した。

 

 西インド諸島から出発した偵察艦隊はアメリカ本土東海岸が目で見えるような距離で、海岸線を舐めるようにして北上した。

 この偵察艦隊の目的は2つである。

 1つはノーフォークを防衛している米軍への威力偵察。ほんのちょっと攻撃し、反撃させることによって、敵の規模や能力を計るのである。

 もう1つは先のノーフォークへの増援艦隊が確認した「浮かぶ島」のことである。あの正体がなんであるかを突き止めることもこの偵察艦隊の仕事だった。

 前回はノーフォーク南東100㎞程度で確認され、西に移動していたことから、できるだけ米本土に近づき、内陸に飛んでいないか探ってみるが、そんなものは一切ない。レーダーには何も移らなければ、目にも見えない。数㎞もの大きさがあるとのことだったが、それほど大きければ目で見て分かるはずだ。仮に遠すぎて視認が難しかったにしても、高度22000mもの高空であれば内陸の奥にいたとしてもレーダーで捉えられるはずだ。

 やはりあれは何かの見間違いだろう。

 偵察艦隊旗艦の重巡洋艦リ級はそう判断し、米本土海岸線から離れ、ノーフォークへと目指した。

 

 セントローレンス湾からノーフォークまでの航路は約1日半かかる。その間に一匹狼のように群から離れた深海棲艦と接触しないとも限らないので、「ラップウイング」のそばには艦娘2名が交代交代に護衛として就いていた。

 「ラップウイング」の外洋航行試験に同乗した艦娘は駆逐艦ファラガット、防空軽巡アトランタ、大型巡洋艦アラスカ、戦艦ウェストバージニア、空母モンテレー、潜水艦ポンポンの6名。8時間で交代のローテーションだ。

 現在は18:00。季節は夏なので日は長く、まだ沈んではいなかったが、すでに空の青は深みを増し、太陽は朱色だ。

 ファラガットとアラスカにとっては夕食の時間だった。

「作戦中にこんな新鮮で美味しいものが食べられるなんて!」

 ファラガットはシーフードサラダを食べながら感動に浸っていた。

 艦娘が作戦中、もしくは航行中に食べれるものといったらあまり多くはない。日帰りの任務ならばパンやおにぎりといったものを持って出撃できるが、数日間や数週間という任務になれば日持ちするものでなければいけない。

 日本海軍では携帯糧食として日持ちの良い海苔巻きや酢飯が艦娘に持たされるが、一週間程度の任務にそれらを携行するとなると、かさばって任務に支障が出るため、カロリーメイトや羊羹、ビタミン剤などの栄養食でなんとかしている。輸送機からの空中投下という手段もあるが、これは敵に艦娘の居場所を伝える可能性が高いので、後方任務を除いてあまり行われてはいない。なので日本海軍は長時間任務の時は通常艦艇や艦娘母艦が随伴して艦娘達に補給、食事などをさせることになっている。

 そして艦娘母艦などを持っていなかった米海軍では今までどうしていたかというと、悪名高きMREを艦娘に携行させていた。しかも普通のMREではなく、艦娘用に開発されたMREで従来より少ない量で同等の栄養を摂取するためにあれやこれやと加工、添加した特別品である。味に関してはお察しである。

 それに対して「ラップウイング」の食事はどのようなものかというと、昼に食べたMREなんて目ではない。

 今、ファラガットが食べているシーフードサラダを初め、焼きたてのロールパンやチキングリル、ゆでたてのトウモロコシ、ポテト、そしてアイスだ。ミントとチョコの2つである。くそまずいMREなんて話にならない。

 ちなみにファラガットは目の前の料理に気を取られて葛餅のことをすっかり忘れている。

「MREはそんなにまずいのか?」

 向かい側の席に座る砲雷長が聞く。

「そりゃもう。あれは食べ物に似た何かです」

「そこまで言うのなら、一度食べてみたいな」

「やめておいた方が良いです。絶対、後悔します。それにしても焼きたてのパンというのは本当においしい」

 ファラガットは柔らかく暖かいロールパンを口に運び、ゆっくりと味わう。海上であれば焼きたてのパンなど絶対にありつけない代物だ。

「それは良かった。今日パンを焼いた兵に知らしておくよ」

 食事が終わってから、砲雷長はあることをファラガットに神妙な面持ちで尋ねた。

 「ラップウイング」の武装についてである。

「ラップウイングの武装で深海棲艦と戦えるかな? 艦娘である君から感想を聞きたい」

 砲雷長は「ラップウイング」の武装について心配に思っていた。表立って戦うわけではないが、もし艦娘の防衛ラインを突破されて、「ラップウイング」の駆逐艦程度の貧弱な武装で深海棲艦を撃破できるのかははなはだ疑問だ。

「駆逐艦クラスくらいなら十分だと思いますよ。あれは20㎜機銃程度でも効きますから。5インチ砲弾なら1発で撃破できます」

「そうかな」

「そうですよ。私達が現にそうやって沈めているんですから。でも戦艦とかが来たら全力で逃げてくださいよ。絶対勝てませんから」

「ああ」

「少なくともこの艦は基本的に後方にいるんですから、大丈夫ですよ」

 ファラガットは安心させるように優しく言ったが、砲雷長は不安げなままだった。

 

 完全に日が落ちて、偵察艦隊は偵察機4機をノーフォークに先行させた。

 威力偵察を明日の昼に行う前にノーフォークが今、どんな様子なのか探っておきたかったのだ。

 夜間偵察というものは月明かりが頼りだ。今夜は三日月。そのうえ、雲も多く、地面を照らす月明かりは頼りない。しかし、偵察機は艦隊に多くの、それも詳細な情報を送ってきた。

 偵察機が目にしたノーフォークは灯火管制をするどころか、造船所や飛行場などの重要施設をまるで攻撃してくださいと言わんばかりに、煌々と照らしていたからだ。

 偵察機が低空まで降りると地上の様子がはっきりと見え、人間達が熱心に施設の復旧作業を行っている様子がよくわかった。

 幹線道路からは資材を満載した大型トラックが行き交いし、CH-54タルへが大型の重量物を運んだり、湾岸に接岸している輸送船から湾港フォークリフトがコンテナをせわしなく運んでいたりしていた。

 偵察機の存在には誰も気づかない。高度1000mを飛ぶ全長20㎝の程度の航空機だ。目がいかに良くても夜間では見つけることは至難の業だろうし、レーダーにも小さすぎてノイズとして処理される。一方、艦娘の対空レーダーなら補足が可能なので、迎撃機が上がってきてもおかしくはないのだが、それは一切なかった。おそらく、艦娘もいないのだろう。

 偵察機は悠々と夜空を飛び、情報を集め続けた。

「んぅ~はぁ。今日もいい天気」

 整備場の上の甲板で背伸びをするファラガット。昨夜から雲は晴れ、太陽が海と大地を照らしていた。海は穏やかで、「ラップウイング」は悠々と波を切って、ノーフォークへと向かう。

「ファ~ラ~ガ~ト」

 下から気の抜けたような声がしたので見下ろすと、夜の間「ラップウイング」の護衛に就いていたアラスカがいた。

「早く交代させろ~」

 口に両手を添えて叫んでいる。

「あと2時間でしょー! もうちょっと頑張れー!」

 アラスカがブーイングしてくるが、無視する。こっちは今から朝食なのだ。

 焼きたてのパンケーキ、目玉焼き、かりかりに焼かれて油滴るベーコンとウインナー。ああ、素晴らしきかな艦上の朝食。




 ファラガットが飯関係の話すべてに関わっている気がするのだが気のせいか? いや、気のせいじゃない。
 
 「いつか静かな海で」の2巻では翔鶴達が秋刀魚の棒寿司を持たされていました。あれは鎮守府間の移動(うろ覚え)なので半日程度で済みそうですが、長距離航行の場合、食事とか本当にどうするんでしょうね。この作品の中では艦娘母艦の食堂、かさばらずに高カロリーなもので解決していますが、他の作品ではどうなっているのやら。
 それ以外にも燃料や弾薬といった消耗品やらも……そもそも吹雪達が持っている三年式12.7㎝連装砲の中に何発の砲弾が入っているんだろうか? 照月の砲弾ドラムマガジン式わかりやすくていいよね(誘爆が怖いが)。
 余談ですが、酢を混ぜた水で米を炊くと25日くらい常温で保存できるそうですよ。


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第28話「交戦」

 せいぜい2話で終わると思ったのにまだまだ続く。なんてこったい。 


 それはファラガットとウェストバージニアが「ラップウイング」の護衛をアラスカ達から交代してから数時間後のことだった。

「ん?」

 搭載しているSC対空捜索レーダーに少し反応があった。索敵範囲ぎりぎりの所に反応。しかし、その反応はすぐに消えた。

 ファラガットはすぐにノイズだろうと思ったが、一応ウェストバージニアにも同じ反応があったか聞いてみる。

「いえ、よくわかりませんでした。なにか映ったんですか?」

 ウェストバージアにはファラガットの搭載している初期型SCレーダーよりも性能の高いCXAM対空捜索レーダーを搭載している。そのウェストバージニアがよく分からなかったというのだから、おそらくノイズだろう。ファラガットはそう思った。

 空は朝から変わらず、雲の少ないいい天気だったが、海は波が高くなり始めていた。

 

 ――――――ヒト2、フネ1――――――

 ヌ級が発艦させていた早期警戒機は簡潔に敵の数について電文を送ってきた。相手側もレーダーを使っているらしく、警戒機も長時間の索敵はせずにすぐに地球の裏側に隠れ、こんなに短い電文しか送れなかったわけだが、偵察艦隊にとってはそれだけでも十分だった。

 偵察艦隊の旗艦であるリ級はにやりとした。

 偵察艦隊の任務は威力偵察。艦娘だけではなく、普通の艦がいるこの状態は非常に都合が良い。

 普通の艦には人間が大量にいる。1隻だから多くとも400人程度だろうが、その程度でも同類を大切にする人間達にとっては十分な数には違いない。沈めれば、きっと救援を出してくるはずだ。――――――いや、攻撃するだけでもノーフォークから救援が来るだろう。その数、能力を見極めることができれば偵察艦隊に与えられた任務は達成できる。うまくすれば一定の数の人間を生きたまま上に献上することもできるかもしれない。

 しかし、艦娘が邪魔だった。

 艦娘。深海棲艦からは自分たちと同じような存在とみられているが、明らかに敵対している存在だ。しかし、能力自体は深海棲艦のそれを大きく上回り、時には駆逐艦クラス1体に戦艦数体を沈められることすらある。逆に深海棲艦が艦娘を沈められた回数は数えるほどしかない。艦娘が出てきてからというもの、陸上に進行するどころか、深海棲艦はかなりの数を殺され、泊地を奪われている。

 艦娘を宥和しようと使者を何度も送っている泊地も太平洋にはあるらしいが、毎回のごとく使者との連絡は途切れ、帰ってくることすらないらしい。

 普通の艦よりも先に艦娘をどうにかしなければならない。

 リ級は他の深海棲艦に命令を下した。

 

『敵艦を捉えました! その数3隻、11時方向、距離37㎞です!』

 ウエストバージニアからの報告。その報告に「ラップウイング」CICは一瞬騒然とした。

 敵。深海棲艦。

 通常の艦艇では手も足も出なかった存在だ。それに処女航海で出くわしたのである。

 もしかしたら沈められるかもしれない。そんな形のない不安が乗員を襲う。

「うろたえるな。各員戦闘配置および艦娘の発進準備」

 艦長は他のCIC要員と比べて落ち着いていた。

 十年ほど前の話になるが「ラップウイング」艦長は通常艦艇と深海棲艦の戦闘を経験している。そのときは艦娘のかの字もなかった頃で、艦長も一介の士官だった頃だ。砲弾を受け、爆発し、折れて沈んでいく現代艦艇。3インチ砲弾を弾く深海棲艦。海に浮かぶ死体。生きたまま食われる水兵。鉄のひしゃげる音。悲鳴と砲声と怒号。血と硝煙と磯の匂い。

 そんな地獄をいくつか体験すればこのくらいのこと、深海棲艦が現れたくらいでは動じない。

「やはり、まだレーダーには映らないか……」

 艦長は「ラップウイング」が搭載するAN/SPS-55対水上捜索・航法用レーダーの画面を見つめて呟く。深海棲艦は小型で、金属部分が少ないためか、レーダー反射面積がかなり小さい。レーダーに映るのはせいぜい10㎞を切ったくらいが相場だった。Mk.45 5インチ砲mod.4の射程37㎞は宝の持ち腐れではあるが、レーダーに映らない以上、射程距離内だとしても命中弾は期待ができない。

 「ラップウインド」は建造目的の通り、艦娘の母艦になるしかなかった。

 

「カサレス一等水兵! アラスカとアトランタの所に行ってやれ!」

 敵襲の際に発せられるサイレンが響き渡る艦後部に位置する整備場で整備班長の少尉が一番最年少のカサレス一等水兵に叫んだ。

「なぜです!?」

 こちらもサイレンの中、怒鳴るような大声で聞き返す。すでに潜水艦ポンポンと空母モンテレーの艤装装着作業は始まっていた。人を別の所に行かせる暇なんてないはずだ。

「2人は寝ているかもしれん! 起こしてこい!」

「了解!」

 カサレス一等水兵は艦娘の部屋に向かった。艦娘達の部屋がある区画は整備場の真下にある。ラッタルを駆け下りればすぐだった。

 普通の水兵なら集団部屋であるが、艦娘達には狭い艦内であっても全員に個室が当てられている。

 カサレス一等水兵は一番手前にあったアトランタの部屋に向かい、うかつにもノックの1つもせず、扉を開けた。

「アトランタさん! ……あっ」

「あ」

 けたたましく鳴っているサイレン。脱ぎ散らかされた寝間着。乱れたベットとシーツ。石鹸と汗のほのかな匂い。

 カサレス一等水兵が見たものは下着しか着ていないアトランタが慌てて十字のマークが入った黒いスカートを穿こうとしている姿だった。

「あ、あああ……失礼しました!」

 カサレス一等水兵は慌てて扉を閉めた。

 当然である。アトランタは夜間の護衛を終えて就寝していたのである。もちろん寝間着に着替えてからである。そして、突然の戦闘配置。もちろん寝間着のまま出撃するわけにはいかないので制服に着替えるのは当然だ。カサレス一等水兵がアトランタの部屋にやってきたのは敵襲のサイレンが鳴り始めてから約2分後のこと。まだ着替えていてもおかしくない。

「え、ええっと、あー、そうだ! アラスカさんは」

 カサレス一等水兵は頭が真っ白になりながらも、少尉から与えられた命令を思い出し、アトランタの部屋の前からアラスカの部屋に向かった。アトランタは起きていたので問題ない。着替え終われば整備場に行くだろう。

 アラスカの部屋はアトランタの部屋の3つ先だった。今度はちゃんとノックする。

「返事が……ない」

 サイレンの音にかき消されているのか? カサレス一等水兵はもう一度ノックして扉に耳を付ける。

 返事はなかった。もしや寝ているのかもしれない。

 今は一刻を争う状況である。カサレス一等水兵は扉を開けた。

 カサレス一等水兵は絶句した。声も出ない。

 アラスカは裸で横向きになって寝ていた。

 カサレス一等水兵は扉を開けっ放しにしたまま後ずさってしまう。

 毛布は胴体辺りにしかかかっていないうえ、それも剥がれかけている。男の足と比べると圧倒的に細いが程よく引き締まっているおみ足。小さすぎも大きすぎやしない胸や細いくびれは毛布越しにもわかる。そして気持ちよさそうな寝顔である。

 艦娘部屋にもスピーカーはあり、そこからサイレンは鳴り響いているが、アラスカの夢の世界には全く届いていないようだ。

 ちなみにカサレス一等水兵の年齢は19歳。母と妹以外に女の人の裸を見たことはないし、あんなことやこんなことは今まで経験したことはない。

 頭が完全に、塩素で漂白したように真っ白になってしまって、この状態をどうしたら良いのか、なんて思いつかなかった。

 しばらくするとアトランタが着替え終わり、部屋から出てきた。そして顔を真っ赤にして突っ立っているカサレス一等水兵の様子を見て変だと思い、彼の目線の方向、アラスカの部屋の中を覗いた。

「あー…………」

 裸のアラスカ。顔が真っ赤のカサレス一等水兵。アトランタは一瞬で察した。

「君名前は?」

 カサレス一等水兵は答えない。顔を真っ赤にしたまま、硬直している。

「名前は!? 一等水兵!」

「はっ! 自分はケヴィン・カサレス一等水兵であります!」

「カサレス一等水兵、君はもう元の配置に戻れ。ご苦労だった。後は私が何とかする」

「は、はい、了解! ケヴィン・カサレス一等水兵、持ち場に戻ります!」

 カサレス一等水兵は正気を取り戻したか、同化はアトランタの知るところではなかったが、逃げ出すように廊下を駆けていった。

 アトランタはため息をつきながら、アラスカの部屋に踏み入った。

 アラスカのアホみたいに深い眠りは今に始まったわけではないが、こんなサイレンがうるさいなかでも起きないとは。

 アトランタはアラスカの耳を思いっきり引っ張った。

 

 ウェストバージニアはSGレーダーと16インチ砲の長射程を活かして、一方的なアウトレンジ砲撃を行っていた。

 しかし、当たらない。夾叉はしているが、全く当たらない。長距離砲撃は確率といってしまえば、それでお終いなのだが、とにかく当たらなかった。

 モンテレーの先行して発艦させたTBF-1アヴェンジャーが敵艦隊の編成を無線で伝えてくる。

 重巡リ級1隻、駆逐艦2隻。すべてが黄金のオーラを放つflagshipだった。

 ウェストバージニアは自身の搭載機であるOC2Uキングフィッシャーの弾着観測も合わせながら、レーダー射撃を繰り出すのだが、命中弾は得られない。観測機からの報告によれば砲弾の弾道を読んで、当たるものだけを的確に避けているらしい。

 一発の砲弾も当たらないうえ、じりじりと接近してきている。しかし、艦娘全員が出撃できるだけの時間は稼ぐことができた。

 このままでは重巡リ級の射程距離内に「ラップウイング」が入ってしまうだろう。艦娘が迎撃するにしても、「ラップウイング」に近づけるわけにはいかない。リ級の砲は6インチクラス。当たり所にもよるだろうが、十数発食らうだけで排水量4000t級の「ラップウイング」は廃艦並みの損害を食らってしまう。

 そのことに「ラップウイング」側も気を揉んだのだろう。モンテレー艦載機の援護の下、アラスカ、ファラガット、アトランタが接近するように命令がきた。この3名を選んだのはベテランだからである。モンテレーとウェストバージニアは艦娘になってからまだ日が浅いので「ラップウイング」の直衛。潜水艦のポンポンは敵の別働隊がいないか、周辺警戒をしており、この場にはいない。

『本艦は進路をこのまま、ノーフォークへと全力で向かう』

 すでにノーフォークとの距離は76㎞。「ラップウイング」の全速力36ノットであれば1時間ほどで入港できる。

「了解、アラスカ以下3名は敵の殲滅に向かいます」

 ほんの十数分前まで全裸で寝ていたアラスカは今は制服をきちんと着て、艦隊旗艦としての威厳を保っている。ただ、寝起きということもあって空色の髪の毛は簡単に整えたと入っても、乱れ気味なうえ、少々寝癖がついていた。

「よくも安眠の時間を邪魔して! ぶっ殺してやる!」

 アラスカは無線を切ってからそう叫んだ。

 

 ――――――フネ増速、ヒトが6に増加。1つは潜水艦ですでに潜行。マイク4、艦載機発艦中。マイク1、5、6はアルファに接近中――――――

 早期警戒機からの報告。偵察艦隊の旗艦リ級のある程度まで思惑通りにことは進んでいた。

 しかし、旗艦のリ級にとって予想外だったのは艦娘の増加だった。2から6。全て同じ艦種ではないので、一概には言えないが、単純なかけ算をすれば戦力は3倍である。

 通常の艦と艦娘を分離させるのが目的だったが、向かってくる艦娘は3体のみ。1体は潜水艦とのことなので伏兵になる。うまく潜水艦に補足されなかったとしても2体を相手することになる。

 リ級は艦隊を2つから3つ、アルファ、ブラボー、チャーリーに分けることにした。

 アルファは接近している艦娘3体を引きつけるのに重巡1隻と駆逐艦2隻。

 ブラボーは通常艦を護衛している艦娘を引きつけるのに重巡1隻と軽空母1隻。

 チャーリーは通常艦を強襲するのに駆逐艦2隻。

 この編成ではチャーリーが心許ないが、致し方ない。

 

 ファラガット達のSCレーダー、CXAMレーダーは敵艦隊の上空の十数機分の機影を映していた。おそらく敵の中には航空巡洋艦か、軽空母がいるのだろう。

 一方、艦娘側の航空戦力はモンテレーの艦載機27機。従来型よりも武装とエンジンが強化されたF4F-3Aワイルドキャットが8機。小型爆弾やロケット弾のハードポイントを追加し、エンジンが強化されたTBF-3アヴェンジャーが12機。そして逆ガル翼が特徴的な新型戦闘機F4U-1コルセアの7機。

 先制したのは「ラップウイング」からの電子援護がある艦娘側だった。

 高速性が持ち前のF4U-1コルセア。防空網をすり抜けて胴体下の1000ポンド(453㎏)爆弾2発を緩降下で投下していく。

 14発の爆弾はほとんど回避され、2発がリ級とイ級に命中した。

 離脱するF4Uを深海棲艦航空機が追撃するが、F4F-3Aワイルドキャットがさせない。12.7㎜弾の雨が深海棲艦航空機を襲うが、急旋回で回避される。

 エンジンが強化されたF4F-3Aと新式のF4Uだ。相手が白玉型といえども……とはいかないのが現実だ。奇襲によって優勢だったF4F-3AとF4Uだったが、ものの数分で形勢は均衡になった。

 しかし、それだけでも十分。TBF-3アヴェンジャーが突入する隙を作ることはできた。

 リ級1体とイ級2体が対空砲火で迎え撃つが、さすがのTBFである。優れた防弾性能を持つTBFは対空砲火をものともせず突き進んでいく。

 そして魚雷を投下。12本のMk.13航空魚雷は青白い軌跡を残しながら敵艦に進んでいく。しかし、すべて回避される。

 リ級は片目が蒼いflagship改。イ級2体もオタマジャクシみたいなの足が生え、黄金のオーラを持つ後期型flagship。そうそう当てさせてくれるような深海棲艦ではなかった。

 上は飛行機雲が綾を作る空中戦。下は健在な深海棲艦。

「ものども、突撃ぃ! 奴らをぶっ殺せ!」

 「ラップウイング」内で上品に振る舞っていたアラスカはどこに行ったのやら。端正な顔が今や鬼の形相である。

 腹が立つのは分かるが、そんなに怒ることか?

 ファラガットは横目でアラスカの様子を見ながら、そう思った。




男の社会に女の子が入り込むと……どうなるのだろうか。女性軍人が増えている現代軍はどうしているのでしょうね。そこらへんはちゃんと気をつけているのでしょうけれど。

 ようやくF4Uコルセアの登場です。離艦時に甲板が見えんわ、着艦も難しいわ、初陣では零戦にぼこぼこにされるわ、大戦中はF4Uが開発失敗したときの保険として開発されたF6Fヘルキャットの方が人気だわ、と戦闘攻撃機としての真価を発揮するまでは評価の低い戦闘機でした(といっても速度性能は高く、期待の特徴をちゃんと理解し、一撃離脱を心がければ強い戦闘機だった)。
 しかし、沖縄戦や朝鮮戦争では高いペイロードと速度性能で対地攻撃機として活躍し、MiG-15を初撃墜する、最後のレシプロ戦闘機同士の空戦に参加して勝利する、など最終的には非常に評価の高い戦闘機になりました。
 余談ですが、戦中にまともな艦上戦闘機が作れない英国に供与され、「これは素晴らしい艦上戦闘機だ!」と評価されました。足がポキポキ折れるシーファイヤに比べたら、そりゃ当たり前だ。


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第29話「陸の戦術」

「来た」

 インディペンデンス級航空母艦モンテレーに搭載されているSAレーダーは東48㎞に敵航空機編隊を発見した。

 ファラガット達が向かった敵艦隊上空に上空援護機がいたことを考えれば、どこかに空母がいることは明白だった。モンテレーはすかさず残しておいたF4Uコルセア3機、F4F-3Aワイルドキャット5機を発艦させた。

 敵機の数は28機。半分近くは攻撃機だろうが、残り半分が戦闘機だとするとかなり分が悪い。相手は白玉型。あの白いのが相手ではF4Uコルセアがもう20機ほど欲しいところだ。しかし、手持ちはこれで精一杯。敵攻撃機はほぼ全てが戦闘機の防空網を突破して来るだろう。

「ウェストバージニア! 対空戦闘の用意を!」

「は、はい!」

 戦艦と空母。この2つの艦種は重要な艦であるだけに防空火器は充実したものとなっているのが基本だ。しかし、ウェストバージニアとモンテレーは違った。

 まずモンテレーは高射砲を搭載していない。元がクリーブランド級重巡洋艦の船体を流用した中型空母なので、トップヘビーを避けるために高射砲は積んでいないのだ。積んでいるのはボフォー40㎜機関砲とエリコン20㎜機関砲のみである。射程が欠ける装備だ。

 そしてウェストバージニアの対空火器だが、これは微妙なものだった。モンテレーとは違って、高射砲は搭載しているが他の装備がいけない。28㎜4連装機関砲が4基、エリコン20㎜機関砲が10丁くらいなのである。

 この2隻の武装では個艦防御くらいしかできない。「ラップウイング」に敵機を近づけさせないというのは無理な話だった。

「でも、やらなきゃ」

 モンテレーは頬をぴしゃりと叩いて、暗い気持ちを打ち払う。

 「ラップウイング」は処女航海なのだ。ここで「ラップウイング」が撃沈されてしまえば、議会の連中が文句を言って、海軍が獲得したラップウイング級15隻分やその他諸々の予算を取り上げてしまうに違いないのだ。海軍の威厳、造船所や兵士達の雇用の問題もあるが、なにより艦娘達がきつい長距離航行、長時間作戦に従事する上で、ラップウイング級は艦娘達に絶対必要なのだ。

『モンテレー、敵編隊の位置座標を再度知らせよ』

 「ラップウイング」からの要請。モンテレーは言われるままに敵編隊の座標と移動速度を教えた。

 教えた途端、「ラップウイング」のMk.45 5インチ速射砲が東の空を向いた。

 

 ファラガット達はむずがゆい気持ちだった。

 敵に砲撃が全く当たらない。当たっても弾かれる。さすがはflagship改のリ級とイ級といったところだ。しかし、気のいいものではない。

「旗艦はリ級でしょ! 集中させなさい!」

 連射力の高いファラガットとアトランタの5インチ砲が一斉に火を噴く。リ級はそれを見切り、ほとんどを避ける。数発は命中するが、それらは弾き返される。

 アラスカの12インチ砲に至ってはイ級にすら1発も命中しない。これを当てられたら1発でも沈没しかねないと分かっているのだ。

「当たりなさい!」

 アラスカが叫ぶ。しかし、避けられて大きな水柱を立てるだけだ。

 避けられるなら距離を詰めれば良い。そう思うかもしれないが、これはイ級がうまく防いでいた。距離を詰めようとすればイ級は魚雷を放ち、ファラガット達に回避運動に専念させる。

 軽巡のアトランタや駆逐艦ファラガットにとって1発の魚雷は死の1発だ。うまくいっても大破は確実。そこからの集中射撃で撃沈されるのは間違いない。

「猪口才(ちょこざい)な! 私だけでいい!」

 アラスカは大型巡洋艦。1発や2発の魚雷なら十分耐えることができる。イ級の2体さえ沈めてしまえばリ級は包囲して叩き潰せる。

 アラスカが突撃しようとしたとき無線が入った。

 「ラップウイング」東に敵機が現れたという無線だった。これにアラスカは突撃することに戸惑った。

「戻らないと!」

「駄目!」

 アトランタが「ラップウイング」の方に転舵しようとしたが、ファラガットがそれを止めた。

「ここで後退したらこいつらは追ってくる!」

 リ級の射程距離内に「ラップウイング」が入れば、リ級はそっちの方を優先的に攻撃するだろう。そうなれば手の施しようがない。

「防空はモンテレーのが戻ったんだから大丈夫!」

 すでにモンテレーの攻撃隊は帰路に就いており、戦闘機隊は今全速力で加勢すべく戻っているはずだ。

「もう!」

 アトランタは悪態をつく。イ級にエリコン20㎜機関砲を鬱が、甘い照準だったので大半が避けられ、命中した砲弾も弾かれた。

 

 艦娘達が装備するSC、SAレーダーなどを遥かに凌駕する性能を持つ「ラップウイング」のAN/SPS-49対空捜索レーダーだが、深海棲艦航空機を個別に捉えることはほぼ不可能である。相手は20㎝程度の大きさしかないのだ。レーダーにはノイズとして処理され、映ることはない。これでは砲は目標を狙って射撃することはできない。艦娘のレーダーは特別なのだ。

 そのため、モンテレーから教えてもらった情報を砲のFCS(射撃管制装置)に手動で入力されていく。

「データリンクシステムが必要だな」

 艦長はそう呟いた。データリンクシステムが艦娘側と「ラップウイング」双方にあれば、諸元入力はもっと簡単で対応性がある。

 Mk.45 5インチ速射砲は入力された諸元の元、東の空に砲口を向け、発砲した。

 ガンマウントから砲弾が次々と砲身に自動装填され、2秒に1発のペースで撃ち出されていく。

 撃ち出される砲弾の種類は榴散弾と時限信管付きの榴弾。1051m/sという速度で飛翔した無数の砲弾は敵機の300mほど前で信管を作動させた。

 飛び出す数千の散弾。波及する爆圧と飛び散る破片。それら全てが深海棲艦航空機に襲いかかる。

 深海棲艦航空機といえども物理法則には逆らえない。爆圧によって飛行がふらつく。そこに散弾と破片だ。散弾と破片の大部分が空を切ったが、一部が深海棲艦航空機に命中した。

 散弾や破片の速度は音速の3倍以上。散弾ひとつひとつの重量は小さいが、音速の3倍もの速度が出ていたらどうなるか。薄いジュラルミン板程度の防御力しかない深海棲艦航空機を余裕で引き裂ける。

 しかも爆圧でふらついていた所に命中するのである。散弾や破片が命中した深海棲艦航空機はクルクルと錐揉みしながら、海に落ちていく。しかし、落ちていくのはたったの3機だけだ。あと25機も残っている。

 そして深海棲艦航空機は編隊を解き、散開した。これではもう「ラップウイング」の砲撃では対応できない。榴散弾と榴弾は密集している敵に対して有効なのであり、散開してしまったら命中率は非常に低くなる。

「砲撃やめ! あとはモンテレーの艦載機に任せるんだ」

 たった3機しか墜とせず、散開させることしかできなかった対空砲火。しかし、その対空砲火は大きな効果をもたらす。

 散開したということは各個撃破がしやすいということだ。

 孤立した敵攻撃機にモンテレーのF4UコルセアとF4F-3Aが飛びかかる。

 12.7㎜弾が雨あられと降り注いだ敵機は火と黒煙を吹き出しながら落ちていく。

 このまま数を削いで――――――いきたいのだが、数は圧倒的に深海棲艦の方が多い。F4Uコルセアは自慢の高速性能で敵戦闘機を振り切り、敵攻撃機を狙うが、別の敵戦闘機に邪魔をされる。F4F-3Aは簡単に敵戦闘機に追いつかれ、圧倒的な性能差の前に手も足も出ず、逃げることしかできない。

 数、性能、練度すべてにおいて深海棲艦航空機の方が上回っていた。空戦に入った当初、落ちていくのは深海棲艦航空機ばかりだったが、次第にF4UとF4F-3Aの落ちる姿が増えていく。

 そして防空ラインを突破してきた敵攻撃機がモンテレー対空火器の射程距離内に入った。モンテレーは自身の40㎜機銃、20㎜機銃を撃ちまくるが、敵機はモンテレーの上空を通過していく。「ラップウイング」ではなく、突出した自分を狙ってくれるのではないか。そんなモンテレーの期待は簡単に打ち砕かれた。

 次の防空ラインはウェストバージニア。たった8門しかない5インチ高射砲で弾幕を張るが、ウェストバージニアのFCSは光学式の高射装置しかないうえ、砲弾はVT信管付きのものではないので、ほとんど有効な射撃にはなっていない。

 それでも全ての防空ラインで当初の攻撃機数15から7まで減らせたのは上等だろう。

「各機銃座! 射撃開始!」

 艦長はマイクに向かって叫び、それにちょっと遅れて「ラップウイング」左舷と後部のボフォース40㎜4連装機関砲3基、Mk.38 25㎜単装機関砲2基、Mk.17 25㎜CIWSファランクスⅡ1基が無数の砲弾を撃ち出す。

「敵機8時方向! 仰角30度!」

 艦橋周りや整備場上に設置されている双眼鏡を覗いている水兵が電話に向かって叫ぶ。この声はすべての機銃座に繋がっており、それに従って適当に射撃した。

 しかし、それらの砲弾は一発も敵機に命中しない。

「敵機魚雷投下ぁ!」

「魚雷9時方向から艦前方に向かってくる!」

「4時方向にも敵機! 爆撃機です!」

 左右に敵機。全ての砲門を開いて迎撃するが、敵機は爆弾、魚雷の投下に成功する。

「面舵一杯!」

 「ラップウイング」が右に旋回し始める。幸いなことに爆弾は空を切り、「ラップウイング」の左舷前方に着弾した。命中弾は避けられたが、至近弾であり、水圧が船体を軋ませる。

「取り舵一杯!」

 今度は魚雷の回避だ。魚雷は左舷9時方向から艦の進路方向前方に向かうものと右舷1時方向から向かってくるものの2つ。

 深海棲艦の魚雷は深海棲艦航空機と同じく小型であり、雷跡を見つけるのは困難だ。そのため、手の空いているものは甲板に出て魚雷の視認に努めた。

 しかし、なかなか見えない。当然だ。あの田宮模型が出している黄色い水中モーターくらいの大きさしかないのだから。

「見えた! 今ので、ああ! 行き過ぎ! 面舵!」

 声はすぐに艦内電話でCICに伝えられる。

「面舵。宜候」

 「ラップウイング」は魚雷と魚雷を間を通り抜けようとしたが、面舵が少し遅かった。

 右舷後方に魚雷が命中、炸裂した。衝撃と鉄が裂ける音はCICにも届いた。

「被害知らせ!」

『第2機械室浸水! エンジンは停止!』

「くそっ! 第2機械室および浸水区画閉鎖! 第8防水区画注水!」

 被雷したのは右舷後部。その対角線にある左舷前部の防水区画を注水して艦を水平に保つ。

 「ラップウイング」が搭載している機関LM2500-30ガスタービンエンジンは2基あるので、片方がやられたのみ。幸いなこととにスクリューまでやられたわけではないので、速力は落ちるが航行は可能だ。

 艦長は額に浮いた冷や汗をハンカチで拭った。

 まだ敵の攻撃機は上空にいたが、すでに投弾した後であり、気にする必要はない。ファラガット達が敵艦をまだ排除できていないのだが、それ以外は問題ない。進路をノーフォークの方に戻そうと指示を出そうとしたそのときだ。

「2時方向、距離900mに敵影!」

「なに!?」

 艦長はレーダー画面を見た。2時方向に光点が2つ出ていた。

『2時方向、距離900mにイ級――flagshipを確認!』

 見張り員の声が艦内電話でCICに響いた。

 今まで一体どこにいたというのだ! 艦長は心の中で問答した。「ラップウイング」が搭載しているAN/SPS-55 対水上レーダーはイ級のように比較的大きい深海棲艦ならば10㎞先で見つけることができるはずなのだ。しかもこのイ級は海岸線と「ラップウイング」の間に現れた。一体いままでどこにいたというのだ!

 答えてくれる人間は誰一人としていない。

「モンテレーとウェストバージニアを呼び戻せ!」

「はい――――――いえ、無理です! 両名は新たなリ級と交戦に入ったとのこと! 援護は不可能!」

「なんだと」

 新たなリ級!? 艦長は困惑した。

 ファラガット達はまだ敵深海棲艦3体と戦っている。そして直衛についていたモンテレーとウェストバージニアは新たに現れたリ級と交戦に入った。とてもこっちに戻ってこれない。

 そして艦前方を塞ぐように現れたイ級2隻。

 現代戦車の戦車運用には『歩戦共同』と言われる戦術がある。歩戦共同は、火力と防御力に低い歩兵部隊が戦車の支援を受け、視界と小回りに劣る戦車部隊が歩兵の支援を受けるという戦術である。歩兵携行の対戦車兵器が普及した昨今、戦車単体では簡単に撃破されてしまう。しかし、歩兵が戦車の周りにいることで、対戦車兵の接近に早期に気づくことができるのだ。

 歩兵と戦車を引きはがすこと。これが現代の対戦車戦術の1つである。

「引きはがされた………のか!? 『ラップウイング』と艦娘が……意図的に……!?」

 片方の機関が破壊され、速力が半減した「ラップウイング」はたった1人で、イ級2隻と戦うことになった。

 

 人間どもよ、駆逐艦が実は20分程度は潜水できることは知らなかっただろう。もっとも人間が水中で息を止めて泳ぐのと同じでかなりの疲労を伴うものだが。

 旗艦のリ級は驚きおののく人間達の顔を想像しながら、ウェストバージニアの16インチ砲弾を軽々と避けた。

 甘い甘い甘い! リ級は6インチ砲をウェストバージニアに撃ち込む。徹甲弾では間違いなく弾かれるので砲弾は全て榴弾だ。

 モンテレーが後ろに回ってボフォース40㎜機関砲をリ級に撃つのだが、障壁に防がれる。そして反撃を食らってしまう。モンテレーの障壁は重巡並みだと入っても所詮空母である。大切な飛行甲板はたったの1発で傷だらけになってしまった。

 この戦場は偵察艦隊旗艦のリ級の手のひらにあった。

 




VガンダムのBGM聞きながら書いてたら、やばい感じになってきちゃったよ!


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第30話「損害」

 「ラップウイング」は護衛の艦娘と引きはがされ、丸裸。そして突如と現れたイ級後期型flagship2体。

 ウェストバージニアとモンテレーはリ級1体と。ファラガットとアトランタ、アラスカはリ級1体、イ級2体と交戦中。後退しようにも後退できない。

 この戦場は偵察艦隊旗艦のリ級の手のひらの中にあった――――――といってもこぼれ落ちる存在はいるものだ。

「やらせはしないよ!」

 潜水艦ポンポンだった。イ級2体の背後に急速浮上して腕の魚雷発射管と4インチ砲を「ラップウイング」を攻撃しようとしているイ級に向けた。

 ポンポンが潜行しているイ級を発見したのはちょうど敵攻撃機がモンテレー艦載機の防空ラインで迎撃を受けていたころだ。最初は何かよく分からず、接近して確かめようとしたのだが、やけに速い。約11ノットでその何かは航行しており、水中では9ノットしか出せないポンポンは「ラップウイング」に通報する暇すらなかった。海面に出て通報していたら見失っていた可能性が高い。追いつき、イ級だと分かったときはすでに「ラップウイング」の船底を通り抜け、右側に出ていた。

 「ラップウイング」とイ級の距離は900m弱。通常の砲撃戦ならば零距離といわれる距離であり、魚雷もこの距離で放てば回避行動など意味がない、一瞬で届く距離だった。

 すぐにやらなければ! ポンポンは魚雷と4インチ砲を放った。

 

 いきなり立ち上った水柱に「ラップウイング」の乗員達は困惑したが、あれはポンポンの攻撃だ、という無線が入り、立ち直った。

 一方、イ級の方はポンポンの急襲に慌てふためき、魚雷こそ回避したが、4インチ砲弾を何発か食らってしまう。「ラップウイング」からポンポンへ、意識が完全に移っていた。

「目標トラックナンバー1041、1042。各砲座射撃開始せよ!」

 隙は逃さない。砲雷長の命令はすぐに右舷と艦尾のボフォース40㎜/70 4連装機銃3基、整備場内のMk.38 25㎜単装機銃2基の操作員、Mk.17 25㎜CIWSの操作員に伝わった。

 無数の砲弾が放たれる。さきほどの対空射撃の時とは違い、砲弾は的確に目標のイ級を捉えていた。少し遅れてMk.45 5インチ速射砲2基が右舷に向いて砲撃を開始する。

 しかし、127㎜砲弾はともかく40㎜弾や25㎜砲弾ではイ級後期型flagshipの障壁や体表を貫通できないのではないか? 現にファラガット達のボフォース40㎜やエリコン20㎜は弾かれているではないか。そう思われるかもしれない。だが、「ラップウイング」が搭載しているボフォース40㎜機関砲やCIWS、25㎜機関砲は艦娘のものとは大きく違う。

 これらの使用弾薬はファラガット達艦娘が使用している榴弾などとは違い、装甲貫通に特化したAPDSなのだ。

 APDSの和名は装弾筒付き徹甲弾。タングステン合金などの重金属の弾芯と軽金属の装弾筒で構成され、全体の質量を軽くする事で1000m/s近くの高初速を得ることができる。かのドイツのVI号戦車ティーガーの主砲56口径8.8㎝ KwK36 L/56の砲弾初速が800m/sだから、1000m/sというのがいかに速いかは分かるだろう。具体的に貫通できる装甲圧で比べれば距離2000mで56口径8.8㎝ KwK36 L/56が88㎜、ボフォース40㎜/70機関砲で120㎜。圧倒的な差だ。

 イ級後期型flagshipの障壁はまるでバターを暖めたナイフで切るがごとく、簡単に貫通できた。穴が次々と穿たれていくイ級。しかし、まだ沈まない。魚雷と砲で反撃してくる。

『魚雷放たれた!』

「取り舵一杯。アジマススラスター90°」

 アジマススラスターとはスクリュープロペラの向きを変えられる機構のことである。「ラップウイング」のスクリュープロペラの基部が旋回し、舵を切るだけでは到底あり得ない急旋回を始める。

 避けられるか? 艦長の顔に汗が流れる。いかんせん900m程度しか距離がないのだ。50ノットの魚雷だとすれば25秒しかない。

 その25秒の間にもイ級は死にものぐるいで砲撃してくる。「ラップウイング」にはイ級の放つ砲弾が次々と命中し、被害を増やしていく。側舷には無数の穴が開き、爆発が艦内を引っかき回していく。4200発/分もの速度で射撃していた25㎜CIWSに砲弾が命中し、根元から吹き飛ぶ。火災が所々で発生する。艦娘用射出カタパルトも旋回機構部に砲弾が命中して脱落する。

 イ級2体は大小合わせて数百発の砲弾を浴びてようやく力尽きた。しかし、魚雷は海中を進み続ける。

 当たらないでくれ。そんな願いは届かなかった。

 艦首部分に魚雷が2本命中した。

 爆発と鉄の裂ける轟音。水柱と共に「ラップウイング」の艦首が持ち上げられる。急旋回中だったこともあり、強烈な抵抗を受ける艦首は亀裂が入り、船体から切断された。

 

 2隻は良くやってくれた。

 魚雷命中の水柱を見て、リ級は「ラップウイング」を攻撃したイ級2体を褒め称えた。あれだけの損害を与えることができれば、ノーフォークの救援は来るのは間違いない。だが、沈めるだけの損害は与えれてない。

 とどめをさしてやる。

 リ級は中破になりながらも立ちはだかるウェストバージニア、後退したモンテレーを無視し、「ラップウイング」に接近した。

 「ラップウイング」の左舷機銃座などはほとんど損傷を負っておらず、一斉に火を噴いた。

 甘い甘い甘い!

 リ級は障壁を斜めに展開して40㎜、25㎜APDS、127㎜徹甲榴弾をはじき返す。まともに展開したら貫通されかねないが、斜めにすることで跳弾しやすくなる。

 障壁を展開しながらも魚雷の発射態勢に移る。腕の口がぱかりと開き、魚雷を覗かせる。すでに「ラップウイング」は速力が低下しきっており、まともに回避行動を取れる状態ではなかった。

 さあ、終わりだ。

 魚雷を発射しようとした、そのときだった。空から飛んできた物体が炸裂、障壁を貫通し、とてつもなく熱い炎がリ級の右腕を肩先から吹き飛ばした。

 血は流れ出ない。傷口は焼けて炭になっている。リ級は猛烈な痛みを堪えながらも飛んできたものの正体を探るため、空を見た。

 プロペラがない三角形の飛行機だった。

 

『こちら、米空軍第45戦闘航空団のコメット隊。貴艦を援護する』

 リ級を攻撃したのは米空軍の新型攻撃機A-16ストライクファルコンの飛行中隊だった。A-16はかつてF-16XLが米空軍に制式採用された機体である。

 A-16の姿はYF-16とは大きく違う。全長は少しばかり延長され、翼がクランクト・アロー・デルタ翼という緩やかにカーブを描いた三角翼の一種になっているのが最大の特徴である。

 コメット隊が「ライフル」というミサイル発射コールと共にAGM-65Dマーベリックが放たれる。D型は赤外線画像誘導式であり、命中率は誘導するコ・パイロットに左右される。そのため、リ級が回避行動に専念すれば当てることは非常に難しくなるが、1発でも当たれば57㎏もの成型炸薬弾が生み出すメタルジェットが体を貫く。

 そのことが1発の命中でよく分かったのか、リ級は「ラップウイング」を再び攻撃することはなく逃げていく。

 コメット隊は追撃するが、放ったマーベリックのほとんどが避けられ、残弾が少なくなると「ラップウイング」上空に戻ってきて、ぐるぐると旋回し始めた。

 

 コメット隊に続き、ノーフォーク駐在の艦娘達とその艦載機が少し遅れてやってくると、ファラガット達が交戦していた深海棲艦も後退した。空と海、両面から増援。これを耐えるのは無理と判断したのだろう。

 ファラガット達は逃げる深海棲艦に追い打ちはしなかった。「ラップウイング」の護衛が第一であるし、すでに弾薬も欠乏している。追撃しようにもできない状態だった。

 ファラガット達と増援の艦隊は「ラップウイング」の被害状況を見て驚いた。

 ルンガ沖海戦で大破した重巡ミネアポリスのように艦首はMk.45 5インチ砲から前がなくなっており、左舷は穴だらけ、白い消化剤だらけといったドック入り以外あり得ない大破の状態だった。

 極めつけには前進だとちぎれた艦首部分の隔壁が水圧で破れそうになるということで、後進でノーフォークを目指していた。さながら坊ノ岬沖海戦での涼月である。

「あたし達にできること、あるかな?」

 ファラガットがアトランタに尋ねた。こんな悲惨な姿を見せられればなにか、どうにかしたい、という気持ちがわき上がるのは当然だった。

 アトランタはファラガットの気持ちをくみ取りながらも、艦娘にはどうすることもできないので、護衛以外ない、と答えた。

 

 「ラップウイング」は大勢の艦娘とコメット隊に見守られながら、後進でノーフォークまでなんとかたどり着いた。

 さて、ドック入り――――――といきたいところだったが、すぐにはできなかった。

 ノーフォーク海軍造船所もニューポート・ニューズ造船所も復興中なのである。ドックの中では作業の機材と資材だらけであり、それらの撤去にはかなりの時間を要した。

 最終的に「ラップウイング」はノーフォーク海軍造船所のドックに入渠することになったのだが、ドックに入れたのは日が沈み始めたころだった。

 

 「ラップウイング」、艦娘6名と敵艦隊との海戦は後にバージニア半島沖海戦と呼ばれるようになる。

 イ級2体の撃沈に対して、「ラップウイング」大破、ウェストバージニア、モンテレーが中破、ファラガット、アラスカ小破の損害は釣り合いが取れないと批判を受けたが、敵艦隊の作戦が巧妙だったこと、「ラップウイング」が運用できる艦娘数が少なかったこともあり、仕方がない面が多いとされ、誰も責任を取らされることはなかった。

 この海戦の課題としては敵艦隊の早期発見とラップウイング級の装備と運用が挙げられた。

 敵艦隊の早期発見は言うまでもない。艦娘のレーダーよりも長距離で敵艦隊を察知できれば、潜行する前のイ級も察知でき、「ラップウイング」が大破することはなかったかもしれない。

 ラップウイング級の装備についてはもっと火力のある砲を搭載すべき、という声とより効果的な対空砲弾の開発が挙げられた。

 Mk.45 5インチ砲に関してはイ級などの駆逐艦級に対してはともかく、重巡級のリ級に対して完全に火力不足であった。これに関しては専用のAPDSやAPFSDSの開発、もしくはラップウイング級を総括する巡洋艦に搭載予定の砲に換装するという方針でまとまったが、効果的な対空砲弾については何もまとまらなかった。

 運用に関してはラップウイング級1隻だけで航行させることは絶対にせず、最低3隻の艦隊で運用し、対潜能力がある艦娘を最低5名を護衛につけるという形にまとまった。

 

 23の遺体袋は一時的にドックの岸に並べられた。

 「ラップウイング」245名のうち、死者は23名、負傷者は69名だった。2隻のイ級と正面切っての砲撃戦をした割りには少ない数だろう。

 あたし達がさっさと敵を倒していたら、こうはならなかったのだろうか。

 ファラガットは死体袋の列を見ながら、そんなことを考えていた。

 もし、あのリ級とイ級2体を早急に排除し、「ラップウイング」の近くに戻れていたのなら、敵の空襲でラップウイングが被雷し、速力の低下を招くことはなかったかもしれない。速力が低下していなければ、潜行しているイ級が「ラップウイング」に接敵できなかったかもしれないし、もし接敵できたとしても、自分が近くにいれば、ソナーで探知して爆雷で攻撃することもできただろう。

 この人達は死ぬことがなかったのかもしれない。

 でも戦争に「if」はありえない。過ぎ去ってしまった時間はもう変えようがない。

「ふてくされた顔の次は落ち込んだ顔?」

 アラスカがファラガットの頭をわしゃわしゃと少し乱暴になでながら言った。

「やめてよ、アラスカ」

 まだファラガット達はシャワーも何も浴びていない。海水と潮風を浴びた髪は固まって一度乱れれば手櫛ではなかなか直せないので、ファラガットが嫌がるのは当然だった。

「ごめん」

「謝るくらいならやらないで」

「ファラガット、私は戦死者とか、そんなに見てないから思うんだけどさ、戦えば人は死ぬのかな?」

「はい? なに?」

 ファラガットはつい聞き返してしまった。

「いやさ、ファラガットは第二次大戦が始まる前から米海軍にいて、パールハーバーの奇襲も経験して、オキナワの戦いではピケット艦にもなって戦争が終わるまで戦ってたんでしょう。ファラガットは……この人達、戦死者についてどう思う?」

 アラスカらしくない。ファラガットはそう思ったが、それは言わなかった。

「戦死者が出るのは仕方がないことでしょ。戦争で、戦場なんだもの」

 もちろん、もっと自分達がうまくやれば救えた命かもしれない。だけど戦争というものは人の命が消えていくものだ。そういうものなのだ。

「私は1945年の1月から前線に出たから、戦闘経験も少ないし、死傷者なんて火傷した水兵が1人いるだけ。何機かの敵機を落としたし、朝鮮戦争では陸に砲撃もしたりした。私は何十人、何百人も殺しているかもしれない。でも人間が死ぬ、なんて実感は今でもないのよ。でも、今こうして死体袋は並んでる」

 ファラガットは黙って聞いていた。

「私達は護衛とか戦闘とか、そういう艦娘としてのこと以外にできるといったら、やっぱりみんなに好きになってもらうことかしらね」

「……はい?」

 言ったことのつながりがよくわからない。どういうことだ? ファラガットは眉間にしわを寄せた。

「いや、だからみんなに好きになってもらうのよ。死ぬときも、ああこんな艦娘のそばに入れて良かった……みたいな。せっかくこんな可愛くて美人な姿の女の子になったのよ。活用しないと意味ないじゃない」

 ファラガットの表情から気持ちを読み取ったのか、アラスカは説明した。

 男というのは綺麗な女性を見るとすぐ幸せになってしまう。散っていくしかない短い命ならば、少しでも幸せを味合わせてあげたい。そんなことをアラスカは言った。

 言わんとすることは何となく分かったが、ファラガットはあきれていた。アラスカらしくない、しんみりした話をしているのかと思えば、着地点はいつものうぬぼれアラスカと変わらない。真剣に聞いたことをファラガットは少し後悔した。

「じゃあ、昨日の朝、ふてくされた顔していたら水兵にかわいがってもらえない、とか言っていたのはそういうことなの?」

「それに近いかな」

 いったい、そんな考えがどこから浮かぶのだか。ファラガットはあきれて空を仰いだ。

 夕日に照らされる造船所と「ラップウイング」、そして戦死者と生き残ったもの達。カモメの泣き声と波の音が造船所に響く。

 

 西インド諸島に帰投したリ級達偵察艦隊はすぐに装甲空母姫に報告した。

 敵の航空戦力は武装の命中率こそ悪いが、その破壊力は強力であり油断はできないこと。艦娘は相変わらず強力であり、通常艦船を母艦の役割をしていたことから、人間側には遠隔地の奪還を企んでいるであろうこと。

 そしてノーフォークの奪還は可能と考えられるが、大損害は覚悟しなければならないことを装甲空母姫に進言した。

 装甲空母姫はその報告と進言、片腕を失ったリ級を見て、西インド諸島の放棄、アイスランド泊地との合流を決断した。




 5話も続いた「ラップウイング」とファラガット達のお話、次の作戦への伏線を張ってお終いです。
 2話くらいで終わらす予定だったのに、4話も続けるという事態に……。最初のプロットでは日常回に戦闘ちょこっと入れるだけのつもりだったのにどんどん過激な方向に……。全部VガンダムのBGMを聴きながら書いたのが悪いんや……。「ラップウイング」次の作戦に参加できないじゃん……。

 次回は、アメリカで建造された重雷装艦の艦娘のお話。重雷装艦といっても艦種ではなく、魚雷を一杯積んだ艦という意味の重雷装艦です。日本の魚雷技術、アメリカの重雷装艦。後は分かるね。


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第31話「アメリカの重雷装艦」その1

「フブキさん、フブキさん! 一緒にご飯食べましょう!」

 艦娘、職員、兵で混雑した食堂。ジャンプしながら、ひときわ大きな声で自分を呼んだ艦娘の名前を吹雪は思い出すことはできなかった。

 ノーフォーク攻略戦が終わって以来、艦娘の着任数は日が経つごとに増えている。今週はすでに5名が着任しており、この吹雪の名を呼んだ艦娘もその内の1人だ。まだ名前と顔が一致しない。

 ボブカットのプラチナブロンドの髪、真っ白なセーラー服に黒色のタイ。艦娘の中では比較的珍しいハーフパンツ。そして小さな体の割には大きな胸部装甲。

 駆逐艦、というところまでは思い出せたが、艦級と名前は思い出せなかった。

「ごめん、名前なんだっけ?」

「グリッドレイです。グリッドレイ級1番艦の!」

 ごめん、本当にごめん。ほっぺを膨らまして怒るグリッドレイに吹雪は平謝りした。さすがに名前を忘れるのは失礼だ。

「それでどうしたの? こんな着任したばっかりで日本駆逐艦の私なんかと一緒に食べたいなんて珍しいね」

 着任したばっかりのアメリカの艦娘は吹雪達を避ける傾向にある。演習や実戦などつきあいが増えていけば、そんなことはなくなるのだが、着任して数日しかたっていないグリッドレイが吹雪と一緒に食事をしたい、なんて言うのは非常に珍しいことだった。

「いや、日本駆逐艦だからです。ちょっと聞きたいことがあって」

「お役に立てるかは分からないけど……なに?」

 グリッドレイの目は輝いていた。その目は良い被写体を見つけたときの青葉の目に似ている。グリッドレイは一息ついた後にこう言った。

「酸素魚雷についてです!」

「酸素魚雷?」

 吹雪は聞き返してしまう。酸素魚雷について知らないわけではない。知っているも何も、数ヶ月前には普通に装備し、使っていた魚雷だ。型番で言えば九三式一型と三型がある。よほど田舎の基地でない限りは現在使用されているのは三型だ。

「はい、酸素魚雷です。日本の駆逐艦はみんな酸素魚雷を使っていたんでしょう! どんな感じだったんですか?」

「あ……えっとね……」

 これは勘違いしている。日本駆逐艦が酸素魚雷を最初から搭載したのは陽炎型以降であり、それ以前の朝潮型や特型、睦月型は同じ61㎝魚雷を搭載していると言っても、八年式や九〇式といった空気魚雷である。グリッドレイに限らずよくある勘違いなのではあるが、太平洋戦争の開戦時に酸素魚雷を搭載していたのは朝潮型以降の艦級のみ。後年になって搭載された艦は多いが、搭載されなかった駆逐艦も多い。

 このことをグリッドレイに伝えるべきだろうか。吹雪はグリッドレイの瞳を見て、ためらった。

 きらきらとした目。純粋に「日本すげー」と思っていることが伝わってくる瞳だ。

 自分はただの艦だったころに酸素魚雷を扱ったことはない。しかし、艦娘になってから何十本と実戦で放っているのだから、酸素魚雷について語っても問題はないだろう。

「酸素魚雷はね、知っていると思うけど、雷跡が見えにくい。これが一番の利点だよ」

 どんな時代、どんな場所であっても奇襲というのは大きな効果を発揮する。酸素魚雷の場合、発動機の排気ガスがほぼ二酸化炭素なため、海水に溶け込み、雷跡はほぼ見えなくなる。距離が近ければ溶け込む前の二酸化炭素が青白い雷跡が見えるが、それが見えるくらいの距離だと、避けることは難しい。

「空気じゃなくて、酸素を発動機に送り込んでいるから馬力もあって、弾頭重量は大きいし、速度も速い」

「いいことずくめですね、酸素魚雷は」

「専用の付属機器とか搭載しないといけないから、少し重心が上がってバランスが悪くなるけどね」

「じゅ、重心が上がりますか……」

 グリッドレイの笑顔が少しぎこちなくなった。吹雪はそのことに気づきはしたが、特に深く考えなかった。

「まあ、ほんのちょっとの重量しかないから大丈夫だよ。転覆なんてしないよ」

「そうですね。転覆なんてそうそうするものじゃありませんよね」

 グリッドレイはくすくす笑い、ロールパンを口に入れた。

 

 少し日本とアメリカの駆逐艦の話をしよう。

 日本の駆逐艦は他国の駆逐艦に比べ、酸素魚雷や魚雷次発装填装置などの水雷兵装が多く搭載されている。これは日本がワシントン海軍軍縮条約が締結される中で主力艦に代わる戦力を求めたからである。

 一方、アメリカ駆逐艦は対艦、対空に使える両用砲を搭載し、水雷艇駆逐艦ならぬ、航空機駆逐艦としての道を歩んでいる。これはワシントン条約で日本に比べ主力艦の保有量が多かったこともあるが、海軍上層部の一部が「これからは航空戦力が主力になるだろう」と予想していたからだ。

 この2つのコンセプトの内、どちらが太平洋戦争で有利に働いたかは言うまでもなくアメリカだ。しかし、特型駆逐艦の1番艦である吹雪が1926年に起工されたこと、両用砲が初めて搭載されたファラガット級一番艦ファラガットが1932年に起工されたこと、当時では航空機が戦闘航行中の戦艦を沈めることは不可能というのが常識だったことを踏まえると、どちらが正しかったのか、の判決を下すのは難しい。

 特型駆逐艦から始まる夕雲型までの艦隊型駆逐艦。ファラガット級から系譜の対空重視のアメリカ駆逐艦。どちらにせよ、それぞれの海軍が目指した戦術の中では間違いなく用兵側の要求を満たした駆逐艦であったことは間違いない。

 ただ、グリッドレイ級駆逐艦はファラガット級から続く米駆逐艦の系譜の中で最も異様な存在である。

 

 演習前の最終チェック。グリッドレイは背部艤装の4つのマジックアームを展開し、先端の533㎜4連装魚雷発射管を動かすのに支障がないかを確かめる。そして両手に持つ5インチ砲がきちんと仰角、俯角を取れるかを確かめる。

「グリッドレイ、ふらついているぞ。演習が楽しみなのか?」

「はい? こんなものでしょう」

 グリッドレイが他の駆逐艦娘に比べて体が左右に揺れていることを旗艦であるトレントンが指摘したのだが、グリッドレイにとってはなにもおかしなことではない、いつものことだと答えた。

「艦娘一人一人で違うのでしょう」

「そんなもんかな?」

 トレントンはいまいち腑に落ちなかったが、自身も艦娘になってそれほど時間が経っているわけではない。それにこれは実戦ではなく、演習だ。グリッドレイのふらつきが問題になるというのなら直さなければならないが、問題ないのなら別にかまうことではない。

「まあ、いいや。その16門の魚雷発射管。期待してるよ」

「はい、ご期待に添ってみせます!」

 グリッドレイは掲げるように4つのマジックアームに繋がった魚雷発射管を展開した。その動作で重心が高くなったのか、たまたま少し高い波が来たせいか、グリッドレイは足を波にさらわれて海面に尻餅をついた。

 

「何やっていんの……? あれ」

 松葉杖をついた初雪と艤装整備員の東海は遠巻きにファラガットとグリッドレイの様子を見ていた。

「あああああ! むしゃくしゃするぅ!」

「ファラガット、やめてよぅ! はぅう」

 ファラガットがグリッドレイの駆逐艦娘としては大きい胸を揉みしだいているのである。もちろんのこと、グリッドレイは嫌がっている。

「演習の最後の最後で沈没判定取られたからだとか」

「どっちが?」

「ファラガットの方。でもあとでグリッドレイも沈没判定もらったはずだけど。トレントンの艦隊が負けたんだから」

 演習は戦艦ネバダ、オクラホマを中心とする砲撃艦隊とトレントン率いる水雷戦隊の戦いだった。結果としてはトレントンの艦隊が敗北した。

 ネバダとオクラホマがレーダー射撃による精密なアウトレンジ攻撃でトレントンの艦隊を乱れさせ、そこにファラガット達、護衛の駆逐艦隊が襲撃をかけたのだ。トレントン達はほとんど為す術もなく、ぼこぼこにされた。

「それでどうファラガットは沈没判定を?」

「魚雷の集中攻撃を食らったんだと」

 グリッドレイは魚雷による攻撃チャンスをうかがっており、あまり前に出なかったことでファラガット達が突入してくるまで1発の被弾もなかった。しかし、そのときにはすでにトレントンの艦隊6名の4名が沈没判定を受けており、はっきり言って全滅状態だった。

 そして残っていた僚艦もファラガット達の砲撃で沈没判定をもらい、グリッドレイ一人になってしまった。1隻になってしまっては効率の良い雷撃なんてできるはずもなく、グリッドレイは先頭を走っていたファラガットに狙いを定め、16本の魚雷すべてをファラガット一人に向けて放ったのだ。

 ファラガットとて油断していたわけではない。すぐに避けれるように艦列には気を配っていたし、魚雷が来ていないかも注意していた。しかし、網をつくるかのように接近してきた魚雷をファラガットは避けきれなかった。

「あとちょっとでパーフェクトゲームだったのにぃ!」

「私のせいじゃないよう! はぁう」

「16本? 駆逐艦が? 自発装填装置は?」

「魚雷発射管のみだよ。陽炎型とか初春型みたいな自発装填装置なんてない。背部艤装に4つ、アームで発射管がくっついてんの」

 初雪は驚きを隠せなかった。16本の魚雷とその発射管。これはとんでもない話だ。特型駆逐艦は3連装発射管3基で9本。陽炎型が4連装発射管2基で8本、自発装填装置の魚雷も含めれば16本。島風型で5連装発射管3基15本である。瞬間的に発射可能な魚雷本数だけで言えば4連装発射管4基16本のグリッドレイが日本の駆逐艦すべてを上回っている。

 艦娘として転生した今となっては日本艦娘の魚雷発射管はさらに減少している。通常なら8本、搭載可能箇所を目一杯使って16本が限度。それに対してグリッドレイは両腕の5インチ砲を手持ち式の魚雷発射管に変えれば8門増えて24門という大井、北上の発射管数25門とほぼ同じになる。

「それは……すごい」

 お前のような駆逐艦がいるか、そう叫びたくなる。

「本当にね。うん、いろいろすごい。さてそろそろやめさせてこよう」

 いろいろ? 初雪は東海の言葉に武装がすごい、という意味合いの他、別の意味合いでも言ったように聞こえたが、それを追求する前に東海はグリッドレイとファラガットの方に歩いて行った。

 むきゃー、もきゃー、わーやめろー。グリッドレイからファラガットを引きはがそうとする東海の様子をぼんやりと初雪が見ていると、後ろの方から初雪を呼ぶ声があった。

「もう帰ってきてたんだ」

 トレントンだった。シャワーあがりのようで髪は湿っており、首には黄色のタオルをかけている。

「はい、まだ足は……こうですけど」

 初雪はトレントンに見えるようにギプスを付けたままの左足をあげる。

「いつ取れるの?」

「あと二週間くらい?」

「お大事にね。ああ、そういえばトウカイは? さっきまで一緒にいたでしょう?」

「あっち」

 初雪は自由な左手でグリッドレイがいる方を指さす。東海が間に入ってファラガットを謝らさせている。

「ふーん。1つ聞きたいことがあるんだけどさ。海上にいるとき、左右に大きく揺れている艦娘って日本海軍にもいた?」

「揺れる?」

「ほら、こう」

 トレントンはグリッドレイがそうだったように横方向に揺れてみせる。

「それならトップヘビーな艦娘……艦だった頃にトップヘビーだったらそんなふうに揺れる」

 特型や初春型は建造された当初、まるで学芸会などで子供が歌を歌う時みたいに左右に揺れていた。過重量の武装を積んだときには荒れた海では全く航行できないくらいに揺れ、遭難、転覆、沈没の危険があるからといって台風が近づいているときなどは出撃禁止にされたこともある。今でこそ、改二や改修で問題ないレベルまでに落ち着いたが、いまでも重武装をすれば凌波性能は低下する。

「じゃあ、グリッドレイもそうなね」

「まあ、そうなんじゃない」

 駆逐艦サイズに16本の魚雷とその発射管。ファラガット級が排水量1365tで、グリッドレイもそのままと考えるとグリッドレイは初春型以上にトップヘビーである。初春型は1400t(改修後は1700t)で3連装発射管3基(改修後は2基)である。正直、あの友鶴事件の千鳥型水雷艇以上にトップヘビーなのではあるまいか。

「まあ、問題になれば今後改善されるでしょ」

 

 次の日の朝、基地のヘリポートにタンデムローターが特徴的なCH-46シーナイトがバタバタというヘリコプターの風切り音と共に降りてきた。

 これらのヘリコプターは艦娘の装備や補充部品を運んできたのだ。動力部分の艤装だけは重量があるのでトラックなどの陸上輸送や海上輸送に頼るしかないが、数㎏、十数㎏ほどしかない装備、補充部品はヘリコプターや輸送機で運ばれる。

 機体後部のハッチが開かれ、艦娘の整備部品や補充部品が降ろされる。それを艤装整備員達が物品受取票にチェックしていく。

「おい、これは何だ? 余計なものが入っているぞ」

 補給に要請したもの以外のものが積み荷の中にはあった。その積み荷のケースは鋼鉄性で頑丈に作られていた。整備員はそのケースの伝票を確認する。

「Mk.25魚雷?」

「ああ、それは急に頼まれたものです。なんでも新型の魚雷だとか」

 ヘリコプター側の搭乗員が走って説明しに来た。ヘルメットは降ろす作業に邪魔だったのか、被ってはいない。

「新型? なんだ、短魚雷か?」

「いや、駆逐艦娘用の長魚雷で日本側の技術を盛り込んだものだそうです。引き渡してきた研究者連中は酸素魚雷とか言っていました」

 




 短魚雷は対潜水艦用の魚雷。長魚雷は従来通り、対艦用の魚雷。短魚雷は対艦用兵器としては珍しく弾頭に成型炸薬弾を備えているものが多かったりする。

 まだその2に続くよ。


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第31話「アメリカの重雷装艦」その2

 艦娘が寝起きする兵舎前にある連絡掲示板に『新型魚雷搭載・運用試験を行う駆逐艦娘の募集』とでかでかと書かれた紙が貼られたのは、新型魚雷Mk.25魚雷が届いたその日の晩のことだった。

 着任してすぐのグリッドレイは座学に演習とみっちりつまったスケジュールにへとへとになっていたが、この紙を見てそんな疲れなど意識の外にすっ飛んでいった。

 紙には魚雷、新型魚雷、Mk.25魚雷、酸素魚雷。紙にはそんな文字が踊っている。グリッドレイの頬が緩む。

 この試験は新型のMk.25魚雷が艦娘に搭載したときにちゃんと機能するかを確かめるためのものらしい。

 Mk.25魚雷は日本から技術資料として持ち込まれた九三式魚雷の機構をコピーし、水上艦艇用のMk.15魚雷に組み込んだ代物なのだが、"艦娘が扱ったとき"の試験はまだ行っていない。もちろん研究所などで試験はしている。しかし、実際に艦娘が扱ったときに魚雷の弾頭や発動機が作動するか、威力がちゃんと発揮できるかどうなるか、ということは実際にやってみなければ分からない。仕様書に書かれているスペックは良くても、不良品が多い、整備性が悪い、使用する際の危険性が大きいなど、兵器としては落第、という兵器は歴史の中で多々ある。熟練兵が新型兵器を嫌うのもこのような理由からである。

 それに艦娘というものは技術的にはオカルトに近い存在である。ただの艦だったころと同じ砲でなければ威力や命中精度が大幅に低下することもあれば、夜になれば異常な威力を発揮する兵器だってある。

 このMk.25魚雷に限らず、艦娘の艤装、装備は使ってみなければ、使えるのかどうかも分からないのだ。

 通常、艤装や兵装の試験は後方で暇をしている艦娘や艤装実験に適した艦娘が行うのだが、米海軍にはまだそうした艦娘はいない。そもそも設備が充実している基地はシンクレアーズ基地しかないので、ここで行うしかないのだ。

 そんなことはさておき、グリッドレイは食い入るようにその『新型魚雷搭載・運用試験を行う駆逐艦娘の募集』の紙を見つめていた。

 これ受けよう。これを他の駆逐艦に任す理由などない。私こそが試験を行うべきだ。グリッドレイはすぐに決断した。

 砲熕兵装主体の米駆逐艦の中で水雷兵装を重視されたグリッドレイ級として、魚雷というものはアイデンティティに関わるものなのかもしれなかった。

 

「あまり多くはないな」

 ディロン司令は新型魚雷試験に募集した艦娘の名簿を見ながら、つぶやいた。

 一覧表に書かれていたのは7名。フブキ、ファラガット、ニコラス、グリッドレイ、プリングル、ベンハム、そしてなぜ名前がある軽巡のマーブルヘッド。やつはおっちょこちょいだから『新型魚雷搭載・運用試験を行う駆逐艦娘の募集』の「駆逐艦娘の募集」というところを見落としていたのだろう。ディロンはマーブルヘッドの欄に横線を引いた。

 実質的には6名。Mk.25魚雷の付属艤装一式は3セットしか送られていないので、6名という数は逆にちょうど良かった。連絡掲示板の方に貼られた名簿に記入させるのではなく、窓口まで行って記入させる方法がうまくいった。

 ディロンは本棚から分厚いファイルを取り出す。これはシンクレアーズ基地に所属している艦娘ひとりひとりの性能や健康状態やら様々な情報をまとめたファイルで、これを見ながらディロンは試験を行う3名を決めることにした。

 

 最終的に決まったのは吹雪、ニコラス、グリッドレイの3名。

 吹雪は過去、実際に酸素魚雷を扱っている。もしかしたら日本駆逐艦娘が使えて、米駆逐艦娘は使えないという自体が起こったら、それはそれで重要なデータになる。いわば対照実験といったところだ。

 ニコラスを選んだのは先行投資だ。ニコラスはフレッチャー級駆逐艦の1隻。フレッチャー級は175隻建造されたという話だから、これから着任してくる駆逐艦娘の多くがフレッチャー級になるのは間違いない。今のうちに色々と試験や実験をして経験を積んでおけば、後にくるフレッチャー級の艦娘もやりやすくなるだろう。

 グリッドレイに関してはやはり武装だ。16本もの魚雷を一斉に発射できるのは非常に魅力的である。それが雷跡の見えない酸素魚雷ともなれば非常に大きな戦力になり、姫や鬼といった強力な深海棲艦の撃破の助けになるのは間違いない。しかし、気になるのは報告にあった「海上における直立安定性が不足気味」のことだった。この直立安定性というのは簡単に言えばトップヘビーか、トップヘビーではないかを見定める基準になる。それが不足気味ということはトップヘビー気味ということであり、これ以上の過装備はまずい、という意味でもある。

「所詮、魚雷とその付属機器を取っ替えるだけだから大丈夫だろう」

 重量が増加するにしてもほんの少しだろうし、問題になればそれはそれで改修すれば良い。ディロンは安易に考え、吹雪、ニコラス、グリッドレイの3名に新型魚雷試験を任せることにした。

 

「これで……OK。ちょっと動かしてみて」

 改修が一番早く終わったのはグリッドレイの艤装だった。魚雷発射管を取り付けるためのフレキシブルアームが4つもあるおかげでグリッドレイの背部艤装は大型なのだが、改修ではそれは良い方向に働いた。Mk.25魚雷を運用するための専用発射管、酸素発生器、それに付属する配管。曲がりくねった変な配置にする必要もなく、綺麗に取り付けることができた。

 グリッドレイは背部艤装を背負い、魚雷発射管のフレキシブルアームを展開して色々動かしてみるが、特に支障はない。

「じゃあ、魚雷の装填するから艤装降ろして」

 艤装整備員達がクレーンから伸びるフックやチェーンなどを艤装に引っかけて、グリッドレイは背部艤装を降ろす。

 ちょっとそこ持ち上げてくれ。

 こうか?

 よし、もういいぞ。魚雷くれ、魚雷。

 ほい。

 艤装を取り外している間は暇なので整備員達が行っている作業を眺める。慎重に受け渡されて魚雷発射管に込められるMk.25魚雷。Mk.25魚雷の外見はMk.15魚雷よりも少し長くなったのと、不発だったときに回収しやすくするため、オレンジ色に塗られていること以外、Mk.15魚雷と変わらない。

「機構もMk.15とそんなに変わらないですか?」

「ん? ああ、そんなにはな。送り込む気体が酸素か空気か、って所しか違わないし」

 酸素魚雷、特に圧縮酸素を発動機に送り込むタイプは整備員が言ったように、普通の空気魚雷と構造は魚雷のエンジンの酸化剤に空気を使うか、酸素を使うか、という違いしかない。九三式魚雷も最初は空気で燃焼を開始し、徐々に酸素に切り替えるという手法を取るので、発射した時だけは酸素魚雷ではなく、空気魚雷と言うことができるかもしれない。

「でも弾頭の炸薬はトーペックスからHBX爆薬に変えられているね」

「安定性が上がってるんですよね。HBXは」

「そうそう。PBX爆薬を使えれば一番なんだけど艦娘の技術はオカルトだからね。相性が良くないんだよ、たぶん」

 トーペックスは1942年にイギリス王立兵器工廠で魚雷、爆雷用として開発された軍用爆薬で、HBX爆薬はトーペックスを改良したもの。PBX爆薬は現行兵器でも使われている爆薬のことである。

「おい、もうこっちは終わったぞ」

「ニコラスの艤装も終わった。シラユキのは? どうした妙に手こずって」

「日本の規格で造ってあるから、うまくいかないんだ。3番と5番のチューブ、予備があったろ。持ってきてくれ」

 

 吹雪の艤装の改造もなんとか終わり、グリッドレイ達は海に出た。

 うきうきとした様子を見せるグリッドレイに吹雪は話しかける。

「酸素魚雷、楽しみ?」

「ええ、それはもう!」

 グリッドレイは元気いっぱいに答えた。気持ちが艤装の方にも伝わっているのか、魚雷発射管がカタカタと小刻みに動いている。

 北上さん、いや大井さんと話が弾みそうな子だよね。吹雪はグリッドレイについてそう思う。大井は日本の艦娘の中でも特に魚雷(と北上)についてこだわりを持っていて、魚雷の試射には(北上関連の用件がなければ)こぞって参加するし、「九三式魚雷って冷たくてすてき」などと魚雷に頬を当ててうっとりとしている様子がまれに目撃されているし、他人の魚雷が早期爆発するのが非常にむかつくと言って、(北上関係の用件がなければ)魚雷の信管調整などの講習会などを開いたりする。奇行(と北上への執着など)はさておいて、そういう世話を焼く所はさすが元練習艦と言ったところだろうか。大井とグリッドレイが出会えば、師弟のような関係になるに違いない。

「それにしてもトップヘビー大丈夫?」

「分かるんですか?」

「分からないはずないよ。見てすぐに分かるくらい体が揺れているよ」

 吹雪にとってグリッドレイの揺れ具合は心配するくらいだった。正直言って、台風の中に飛び込んだら転覆してしまうくらいには揺れている。建造されたばかりの初春なども同じくらい揺れていた。

「今度、重心位置の改修要請を出した方がいいよ」

「出したら、魚雷降ろさないといけなくなるかな? それは嫌だよ」

 グリッドレイは悲しそうにうつむいてそう言った。

 米海軍艦艇は1944年辺りを機にエリコンFF 20㎜機銃やボフォース40㎜機関砲などの対空火器を増強している。これは航空機の脅威が以前にも増して大きくなったこともあるが、特攻機の存在が大きい。

 被弾しようが、火を噴こうが、突っ込んでくる膨大な数の特攻機に艦艇が対処するには対空弾幕を厚くするしかないからである。ボフォース40㎜機関砲ですら、米海軍は威力不足と考え、Mk.33 3インチ(76.2㎜)連装速射砲という1秒に1発撃てて、特攻機を一撃で撃破できる対空砲を開発している位なのだ。

 太平洋戦争中、グリッドレイ級はブローニングM2 12.7㎜機銃をエリコンFF 20㎜機銃に換装しているが、ボフォース40㎜機関砲は重量があり、搭載することはできなかった。日本軍が特攻隊を編成、作戦を実行し始めた後には「対空火器が貧弱なグリッドレイ級は太平洋に置いておけない」ということで魚雷発射管2基撤去し、大西洋方面の任務に携わることになる。

 重心調整をすれば魚雷発射管をいくらか降ろすことは確実だ、ということをグリッドレイは分かっているのだ。

 しかし、その心配は杞憂だ。

「大丈夫だよ。艦娘は改修で何とでもなるから。日本海軍で一番のトップヘビー駆逐艦だった初春なんて改二になった後は以前にも増して艤装が大きくなっているんだもの。グリッドレイも大丈夫」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」

 吹雪は元気づけるように優しく言った。

 

「ニコラスちゃんはなんでこの試験に申し込んだの?」

 吹雪はもう1人の艦娘、フレッチャー級のニコラスにもこの試験に参加する気になったのかを聞いてみる。ニコラスは深い蒼色の瞳、1つにまとめたクリーム色の長い髪を持った艦娘だ。

「私がフレッチャー級だからだ。第二次大戦の米海軍ではフレッチャー級がスタンダード。今、こういう試験をクリアしておけば、後々建造されるフレッチャー級にフィードバックされる」

 フレッチャー型がスタンダード。175隻も建造されたのだから標準と言っても間違いではないだろう。これを聞いたらファラガットは「ファラガット級以降の艦級はあたしのモデルチェンジみたいなものなんだから、あたしこそがスタンダードだ!」と言うかもしれないが。

 ニコラスの艤装は陽炎型と同じようにフレキシブルアームが左右から伸びた背部艤装と朝潮型の様に腕に魚雷発射管を付けた形だ。駆逐艦娘は基本的に足に機銃やら魚雷発射管を取り付けているのが普通だが、ニコラスにはそれはない。今後付けるのか、整備性などを重視してその様にしているのかは吹雪には分からない。

「アメリカは世界の中心で、世界をリードする存在でなければならない。艦娘戦力の増強はそれの最善策。だから私はこの試験に参加するんだ」

 ニコラスは静かに、しかし強い声で言った。それはまるでニコラス自身に言い聞かせているようにも吹雪は聞こえた。

 

 今回、新型魚雷の目標として用意されたのはオンボロのタグボート2隻と赤錆びだらけの大型漁船1隻。魚雷が当たって弾頭が炸裂すれば粉々になり、被害状況などの確認などできないレベルの小型船だが、大型船はほとんどが深海棲艦に沈められてしまっているし、新たに建造した戦時標準輸送艦や軍艦を標的にするわけにもいかない。第二次大戦では物量と安定した質を併せ持つアメリカだが、今のこの世界のアメリカ今は贅沢を言っていられる余裕はない。

 そのため、誰が3隻の中で一番大きい漁船に魚雷を撃つか? というのでグリッドレイとニコラスが揉めた。

「16本でしょ! そんな本数が当たったら漁船は粉々で威力の試験にならない!」

「16本でも1本でも当てれば粉々! ならいかにその威力があるかを証明するためにニコラスより私が撃つべき!」

「アメリカ駆逐艦のスタンダードなフレッチャー級こそ今、試験する必要がある! たった4隻の建造で終わったグリッドレイ級はおとなしくタグボートでも沈めていろ!」

「建造数で優劣が決まるわけじゃないでしょ!」

「末期には大西洋に回されたくせして、なんて生意気な!」

「フレッチャー級は台風で沈んだくせに! この先祖返りの平甲板が!」

「なにを! このトップヘビー・シップが! そのでっかい胸は先頭の邪魔じゃないのか! 」

「嫉妬!?」

 フレッチャー級としてのニコラスの誇り。16本もの魚雷がアイデンティティのグリッドレイ。言い争いはすぐにヒートアップした。いろいろと理由をこねくり回しているが、実際は両方とも大きな船を沈めた方が気分がいいから、自分が漁船を沈める、と主張しているだけである。

 吹雪はため息をついて、日向から預けられた日本刀「瑞草」を腰から抜いた。

 夏の太陽光を反射し、紫電のように鋭く煌めく「瑞草」。それを見て、2人はすぐに言い争いをやめた。

「喧嘩するんだったら、私が漁船を沈める。いいね?」

 あっはい。ニコラスとグリッドレイはぎこちなく了解した。

 

 放たれた8本のMk.25魚雷はエンジンに送り込む気体を空気から少しずつ酸素に変えていく機構上、最初こそは白い雷跡を残していたが、次第に薄くなって酸素魚雷特有のぼんやりとした青白い航跡になった。

 そして漁船に命中。九三式魚雷8本のものよりも一回り小さい水柱を立ち上った。

「おお……」

 グリッドレイが小さく歓声を上げる。ニコラスは静かに水柱を見つめている。

 吹雪としてはこんなものだろう、そう思った。Mk.25の直径は55.3㎝、九三式は61㎝。同じ酸素魚雷といっても直径が5.7㎝も違う。弾頭炸薬量が段違いなのだから、威力が九三式よりも低いのは当然だ。

 続けてニコラス、グリッドレイの順番でタグボートに魚雷を発射した。動かない目標に当てるのは容易なことであり、全弾が命中して大きな水柱をあげた。そのときである。

 ガギンッ!

 魚雷の炸裂音と共に金属と金属がぶつかったようなな甲高い音が響いた。少し遅れてグリッドレイの悲鳴。吹雪が駆け寄る。

「どうしたの?」

「何か、鋭いものが」

 グリッドレイの二の腕には鋭いナイフで切ったような直線上の傷があり、血が出ている。そして艤装のフレキシブルアームの基部には小さな金属片が刺さっていた。ニコラスも駆け寄ってくる。

「どうした?」

「タグボートの破片が飛んできたのかな?」

 アームの基部に刺さっている金属片は錆があり、魚雷がタグボートに当たって炸裂した際に出た破片には間違いなさそうだった。吹雪はさっきまでタグボートが浮かんでいた地点を見るが、タグボートの姿は全く見えない。8本と16本の魚雷で全て砕け散ってしまったのだろう。

 ニコラスが引き抜こうと指で金属片をはさんだが、とても熱かったのか、すぐに指を放した。

「たいした損傷じゃないよ。魚雷はちゃんと機能したみたいだし、帰ろ……」

 帰ろう。そう、グリッドレイが言おうとしたとき、海面下で爆発が起こった。不発だったMk.25魚雷の弾頭が今頃になって炸裂したのだ。

 爆発は海面を膨らませ、波となる。

 そこまで大きな波ではない。ニコラスと吹雪は対応できたが、グリッドレイは傷に気を取られていたこともあり、すぐに対応ができなかった。それでも普通の艦娘なら立ったままでいられる。しかし、グリッドレイはトップヘビーな艦娘だった。

 バランスを崩し、後ろにいたニコラスの方にグリッドレイは転倒した。ニコラスは受け止めようとしたが、突然のことでうまくいかず、ニコラスの腕に装着していた魚雷発射管がグリッドレイのアーム基部の金属片の部分に当たった。それは金属片が奥に押し込むような形になり、金属片が押し込まれた先は酸素魚雷に使う酸素を造り出すための酸素発生器だった。

 破損した酸素発生器から高濃度の酸素が噴き出す。艤装の内部のみならず、外にも漏れだし、煙突から出る排煙の煤に引火した。煤は油や微粒子状の炭素なので燃える。

 煙突はまるでバーナーのように火を噴いた。

「熱い! 熱い! 熱い! 熱い!」

 グリッドレイは叫ぶ。当たり前だ。頭の後ろで火柱が立っているのだから、熱くないはずがない。

「ど、どうすればいい!?」

「どいて!」

 吹雪は慌てるニコラスを押しのけ、「瑞草」を抜き、グリッドレイの背中と背部艤装の間に差し込み、逆風(さかかぜ)でベルトを切り裂いた。

 重力に従って落下する艤装。それに伴いグリッドレイも浮遊能力を失い、足から海に沈み込む。グリッドレイは助けを求めて反射的に手を上に伸ばす。

 吹雪は刀の柄から左手を放して、グリッドレイの手をしっかりつかんだ。

「え、あ……ん!? ああ、ありがとう」

 グリッドレイは何が起こったのか、状況がつかめないようだったが、助かったことだけは理解した。

 

「ニコラスちゃん、ちょっとグリッドレイちゃん持ってあげて。刀収めるから」

「あ、ああ。分かった」

 ニコラスは吹雪からグリッドレイを預けられたが、自分の艤装が邪魔で背負うことはできなかったし、片手でつり下げるようにするのもどうかと思ったので、いわゆるお姫様だっこをした。

 グリッドレイは自分が落ちないために両手をニコラスの首に回し、体を密着してくる。そうなればグリッドレイの胸がニコラスの体に当たるのは当然で、それにニコラスは少々顔をしかめた。艦の大きさや基準排水量はフレッチャー級の方が大きいのだがな、とニコラスは思う。

「さっきはごめん。こけたりなんかして」

「謝らなくていい。意図してやったんじゃないだろう?」

 グリッドレイは小さく頷く。

「重心改善、今度しておいてよ。こっちも言い争いのこと謝る。すまない」

「そんなこと……。そっちも漁船を沈めたかっただけなんでしょ。別にいいよ」

「そうか」

「仲直りした?」

 「瑞草」を鞘に収めた吹雪は2人に聞いた。

「まあ、そうかな」

「なら良かった。さ、帰ろう」




 最近私用が忙しい上に、秋イベも重なって更新が1週間遅れてしまいました。ごめんなさい。
 秋イベはE-3攻略が辛かったこと以外は特に苦労していません。嵐もグラーフ・ツェッペリンもゲットしたし。あとはE-5ボスをたたきのめすだけです。
 しかし、艦これ運営さんめ、よくもドイツ海軍唯一の海上航空戦力であるグラーフ・ツェッペリンを実装しやがったな……。また設定をこねくり回すのが大変になるじゃないか……!
 ドイツ唯一の海上航空戦力をどっか遊ばせに行くなんて普通ではあり得ない。ビスマルクやレーベ・レヒトマース、マックス・シュルツなんかはノウハウ吸収という点でドイツ側にも利益はあるが、グラーフ・ツェッペリンは日本空母とは運用コンセプトが根本的に違う空母だから日本に派遣したってあまり意味がないような気がする(電探搭載型天山はよ出せ)。こうなるとドイツ海軍の潜水艦以外の艦娘はイギリス海軍の指揮下にでもあるのだろうか?

 今回のイベントはベラ湾夜戦やコロンバンガラ島沖海戦がモチーフですね。ベラ湾夜戦にはグリッドレイ級のクレイヴンとモーリーが参加しています。
 そして今回のイベント報酬艦である嵐、萩風と前イベントの報酬艦である江風をを沈める大きな要因になった魚雷を撃ったのはクレイヴンとモーリー2名とマハン級のダンラップの第12駆逐群3隻です。
 イベント前には先制魚雷撃ってくる駆逐艦クラス深海棲艦が出てくるんじゃないかと、恐れていましたが、杞憂でした。

 軍事用語ちょこっと解説の内容に各種徹甲弾(APDSやAPCRなど)それぞれの詳しい解説、劣化ウラン弾、爆発反応装甲の解説を新たに追加、対艦HEAT兵器をHEATの所に追記しました。どうぞ見ていってくださいな。


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第32話「北へ、西へ」

 西インド諸島。

 名前の通り、インドの西にある……わけではない。南北アメリカ大陸に挟まれたカリブ海域にある群島であり、カリブ諸島とも言われたりする。それではなぜ西インドなのかというと、かつてコロンブスがアメリカ大陸を発見したときに「ここがインドだな!」と勘違いした名残である。

 大航海時代以降、西インド諸島は西洋諸国の植民地になったが、20世紀以降、多くの植民地が独立している。島ごとに国が異なる植民地だったことなどから、統合は難しく小さな独立国が多数ある地域となっている。

 そして2000年。たいした海軍も陸軍もない小国が集まっただけの西インド諸島はたった数ヶ月で深海棲艦の支配地域になった。

 アメリカにとって西インド諸島が深海棲艦に占領されるということは大きな問題だった。西インド諸島に深海棲艦が拠点を作り、フロリダ辺りから上陸してくるのではないか、と考えられたからだ。

 北アメリカの周囲にはあまり島というものがない。アラスカの南部にアルフォンシーノ列島(アリューシャン)、カナダ北部のクイーンエリザベス諸島やバッフィン島、西大西洋に浮かぶバミューダ諸島、そしてメキシコ湾東の西インド諸島だけである。アラスカとアルフォンシーノはともかく、西インド諸島とアメリカは一番近い距離にあった。

 アメリカ軍は深海棲艦上陸に備え、フロリダやルイジアナ、ジョージア、サウスカロライナといった南部の州に防衛戦を構築していたのだが、不思議なことに西インド諸島から遠く離れたバージニア州のノーフォークに深海棲艦は上陸した。予想外の方面からの侵攻に対応できず、米軍は上陸を許してしまう。

 時は流れ、2015年5月にレコンキスタ作戦によってノーフォークを奪還し、その勢いを残したまま同年7月末、米軍はこの島々の奪還作戦に踏み切ろうとしていた。

 

「深海棲艦がいる位置は――――――フロリダキーズ、ハバナ港とカルデナス港の3つだ」

 ディロンはスクリーンに映されている地図にレーザーポインターを当てながら説明した。

 フロリダキーズことフロリダ州キーズ諸島はフロリダ州の南西にある細長い列島である。隆起珊瑚礁からなるこの島々は深海棲艦にとっての哨戒基地となっており、重巡級と駆逐艦級が十数隻が確認されている。

「ここに戦艦を中心とした艦娘達、新設の第104任務部隊と米空軍で攻撃を行う。時間は7月26日12時30分。これはあくまで陽動であり、ハバナとカルデナスの敵本隊を引き寄せるのが目的だ」

「しつもーん。そこの、フロリダキーズの敵は倒してしまってもいいのですかー?」

 第104任務部隊(以後、TF104)に所属する艦娘が手を挙げて質問する。ディロンはその質問にきっぱり、駄目だと答えた。

「あくまで陽動だ。壊滅させてしまったら、敵本隊を引き寄せるどころか、引きこもらせることになってしまう。陸上深海棲艦はいないうえ、相手の数は多くはないが、敵を壊滅させるのは次の段階になってからだ」

 ディロンはその次の段階に説明を進める。

「距離を考えてカルデナス港よりもハバナ港から敵増援は出てくると思われる」

 ハバナ港はキューバの首都ハバナの港であり、以前は良い交易港だったが、今では深海棲艦の大規模基地である。装甲空母姫を中心とする空母クラスの深海棲艦が確認されている。

「この敵増援に対し、我々は深海棲艦同様、空母を中心とした艦娘隊、TF100で攻撃を仕掛ける。この段階になってTF104はフロリダキーズの敵を壊滅させ、敵増援の後方に移動、挟撃をもって敵増援を叩く。これで1日目のTF101、TF104の作戦行動は終了。次にTF103だ」

 TF103は大型巡洋艦、重巡洋艦、駆逐艦で編成された夜戦強襲特化艦隊である。アラスカや吹雪達、グリッドレイ級はこのTF103の所属になっている。

「TF103は夜間になってからの20時50分を持って行動開始し、米空軍の電子支援の下、カルデナス港を強襲する」

 カルデナス港はハバナの東にある中規模港で、巡洋艦などを主力とする深海棲艦群が確認されている。ハバナにいる空母クラスから攻撃がない夜間にレーダー射撃による精密射撃、水雷戦によって敵を撃破するのだ。

「そして2日目にTF100、TF101、TF104 の3部隊によるハバナの敵本隊への攻撃を行う。この際には米陸軍の空挺部隊がキューバに降下し、陸から君達を支援してくれる」

 幸いなことにキューバには陸上深海棲艦は確認されていない。レーダーとしての能力を持つ陸上型が少数はいるようだが、大規模な陸上戦力は確認されていない。もし空挺部隊の脅威となるほどの数がいたとしても空挺部隊に続き、海兵隊がキューバに上陸する予定になっているため、問題はない。

「海兵隊の為の輸送船はあるんですか?」

 これまた質問。これについては全員が疑問に思った。アメリカが保有していた輸送船、軍艦はほとんど撃沈されているのである。最近になって各地の造船所が戦時標準輸送船を建造し始めているが、それが作戦までに間に合うとは思えない。

「それに関してだが、カナダに待避していた強襲揚陸艦を使用する。何名かの艦娘はその護衛に携わっているはずだから知っているだろう」

 深海棲艦は寒さに弱いためか、北の地への攻撃はほとんどない。そのため、積極的に戦うような軍艦以外の輸送船や強襲揚陸艦、タンカーなどははカナダ北方に身を寄せていたのだ。アメリカ軍以外にもーロッパ諸国の艦なども待避している。もっともそれらの艦は本国への帰国がままならないうえ、輸送船不足のアメリカに買収され、アメリカ国籍の艦になってしまっているが。

「作戦中の具体的な行動についてはシュビムズ参謀から伝えられる。今の時点での質問はあるか?」

「指令、作戦名は何ですか?」

「作戦名は言っていなかったな。作戦名は――――――」

 ハッピー・スモーカー作戦だ。

 

 やはり行くのか?

 人間の呼称で装甲空母姫と呼ばれる深海棲艦は隻腕のリ級に再び尋ねた。

 はい、私は元々パナマの所属ですから。リ級はそう答えた。

 西インド諸島を泊地としていた深海棲艦達は長らく暮らしてきた西インド諸島を放棄し、別の泊地に移転する準備をここ数ヵ月間してきた。

 西インド諸島を放棄するのは深海棲艦の生存戦略だった。地球の海すべてを支配していた深海棲艦は約2年の間にかなりの支配海域を失った。西太平洋を初め、地中海、東大西洋。今ではインド洋と南太平洋で人間達と激戦を繰り広げており、深海棲艦は徐々に押されている。

 艦娘という存在。これが全ての原因だった。自分たちと同じように海を駆け、兵器を扱う者達。そして自分達よりも強力。

 艦娘に対抗するには深海棲艦を集結させ、ぶつけるしかない。装甲空母姫はいままでの戦闘経験からそう結論づけていた。

 そして今年5月にノーフォークが奪還された。次に人間達が目標にするのは間違いなくここ、西インド諸島である。さらに偵察艦隊が艦娘の母艦を確認したことを受けて、装甲空母姫は行動を起こすことにした。

 アイスランドの深海棲艦との合流である。

 アイスランドにはそこを上陸支配している深海棲艦と人類に反攻されたイングランド、ユーラシア大陸から逃げおおせることができた深海棲艦の残存戦力、西アフリカ沿岸から撤退した深海棲艦が集結している。数はサーモン諸島にいる数の1.5倍ほど。それにノーフォークで生まれた強力な装備を持っている深海棲艦も合流したという噂もある。これに西インド諸島の深海棲艦が加われば数の面では人間側を圧倒できる。

 装甲空母姫達は米軍の偵察機の監視を避けながら撤退の準備を進め、そして人間側の日付で7月25日の夜に撤退を開始することにした。

 君は優秀で、私としても手元に置いておきたいものなのだがな……。装甲空母姫は惜しむように言う。

 もう決めたことです。隻腕のリ級はきっぱりと言った。

 ならあいつらをパナマに連れて行け。まだ生まれたばかりだが、小さいわりには強力な魚雷を撃てる。装甲空母姫はリ級の後ろにいた小さな深海棲艦を指さした。その数は数十匹。頭は駆逐艦級のように魚みたいだが、その頭部に小さな体が生えている。

 こいつらの航行能力では大西洋の荒波は越せない。だからお前が連れて行け。

 わかりました。それではお達者で。

 隻腕のリ級は踵を切り、後にPT小鬼と呼ばれる小さな深海棲艦数十匹を連れ、パナマの方へ航行していった。

 

 書類が山のように積み重ねられているディロンの執務机。タイコンデロガはその山のような書類の上に、さらに書類を積み重ねた。バランスが悪くなり、崩れそうになったので、うまいこと山を整える。

「TF100からTF104までの参加艦娘名簿、ここに置いておきますよ」

「わかった」

 ディロンはタイコンデロガの顔を見ることもなく、書類に目を通しながら、返事をした。

 タイコンデロガは名簿を置いた書類の山とは別の山のてっぺんにある書類を手に取ってみる。厚さ3㎝ほどの分厚い書類だ。

 それはハッピー・スモーカー作戦における空軍の具体的な攻撃目標や攻撃方法、展開の仕方がまとめられた書類だった。ぱらぱらとめくって中を見てみるとよく分からない単語や略称が並んで文章をつくっている。ベトナム戦争まで参加したタイコンデロガだからある程度まで理解できるが、大戦後に解体、退役した艦娘だったら全く分からないだろう。

 ふとタイコンデロガの目にとまった単語があった。サン・クリストバル。

「MRBMはないよね……」

「ん?」

「いえ、何でもありません」

 タイコンデロガは書類を山に戻した。戻し方が悪かったので、山が崩れそうになる。タイコンデロガは山が崩れそうになるのをとっさに抑えた。

 サン・クリストバル。1962年のキューバ危機においてMRBM(準中距離弾道ミサイル)やIRBM(中距離弾道ミサイル)が発見された場所だ。

 この世界に核兵器はない。核兵器自体はアメリカが生み出したらしいが、この世界では軍事的にも政治的にも役立たずとして考えられ、研究自体が核兵器第1号の原子爆弾で終了してしまったらしい。

 いいことだ。ちょっとした間違いで人類が滅亡するなんてことが起こらないのだから。水素爆弾をA-4攻撃機ごと落として大問題になることもない。1972年まで現役だったタイコンデロガはしみじみと思う。

「ところでハッピー・スモーカーなんてアホらしい作戦名、誰が決めたんです?」

「大統領だそうだよ」

 タイコンデロガの質問にディロンは書類にサインをしながら答えた。タイコンデロガは失言だったと少し顔が青ざめる。

「キューバは葉巻が特産品だろう? 大統領は喫煙家なんだが、ここ10年キューバ産の葉巻を吸っていないそうだ。今回の作戦でキューバが解放されれば喫煙家にとってこんなに嬉しいことはない、作戦について大統領に説明しに言ったときに、そう言っていたよ」

「そ、そうですか。葉巻っていいですよね。あのウィストン・チャーチルやカストロも吸っている写真が多いですし。あ、あの、失礼します」

 タイコンデロガは慌ただしく執務室から出て行った。

 戸が閉まってからディロンは苦笑する。

「そんなに慌てなくても、ねぇ。別に大統領に言ったりしないのにさ」




 オ・ノーレ!
 駆逐水鬼の被弾ボイスを聞いて私はこれを想像しました。彼女の頭は飛びそうにないですけども。でも先制雷撃できるからどっか分離するのかもしれない。
 イベントは無事完遂しました。甲勲章2個目だやったね。
 ちなみに駆逐棲姫の「やらせはしないよ!」のボイスはメリーベルの声に聞こえます。

 1965年に奄美諸島辺りで水素爆弾を搭載したA-4攻撃機が空母タイコンデロガのエレベーターから転落しました。水深5000mということで回収はできないそうで、放射能も確認されていないそうです。


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第33話「ハッピースモーカー作戦」 

 7月26日午前7時43分。黎明の空を1機のU-2ドラゴンレディ、TACネーム「クロウ2」が飛んでいた。

 眼下には7000近くの島、小島、岩礁、珊瑚礁で構成される西インド諸島が広がっている。

 その美しい熱帯の島々は今日の12時30分から始まるハッピースモーカー作戦で戦場になる予定だった。

 予定だったのだ。

『クロウ2からエンジェルハープへ。ハバナ港およびカルデナス港に深海棲艦の姿は認められない。今から画像データを転送する』

『エンジェルハープ了解。偵察活動を継続せよ』

 クロウ2は管制機エンジェルハープに搭載カメラで撮影したハバナ港およびカルデナス港の画像を転送した。

 管制機エンジェルハープのスタッフ達は転送されてきた画像データを印刷し、3日前に撮影された偵察写真と見比べた。3日前の偵察写真には湾の中に無数の深海棲艦の姿が見受けられるのだが、今と撮られたばかりの写真には朝日を受けて煌めき、小さく波打つ小さな港しか映っていない。深海棲艦の姿は全く見えない。

『エンジェルハープからクロウ2へ。ハバナ市街を撮影せよ』

『こちら、クロウ2。それは湾内も含めてか?』

『市街のみだ』

『クロウ2、了解』

 U-2が進路をハバナ市街に向けるため、旋回する。零下50℃近くの空、漆黒の翼が朝日を鈍く反射していた。

 

 アメリカ海軍の揚陸艦16隻は艦娘に護衛されながら、東海岸沿いに南下していた。無数の艦娘に護衛されているといっても、深海棲艦は脅威であり、艦隊は外洋ではなく、近海を航行していた。

 旗艦はブルー・リッジ級揚陸指揮艦1番艦『ブルー・リッジ』。フィラデルフィア海軍造船所で建造された艦である。艦橋は中央部におかれ、Mk.45 5インチ砲1門、CIWS 2基という貧弱な武装から、ぱっと見、輸送艦である。しかし、中身は艦隊指揮を取るための指揮・通信設備がぎっしりと詰まっている。甲板からたくさん突き出ている白色のドームはその通信機器などのアンテナである。

 この『ブルー・リッジ』には揚陸艦隊の司令官はもちろん、揚陸部隊の司令官やディロンなどの艦娘隊司令官もいる。指揮をする上では通信能力が強力な方が良いし、指揮系統のトップを1隻にまとめた方が部隊を動かしやすい。

「艦娘というのは寒くないのですかな? ディロン中将?」

 揚陸艦隊司令官のアイザック・オーツ准将は双眼鏡から目を離して、椅子に座りながらコーヒーを飲むディロンに尋ねた。

「どういうことです?」

「服装ですよ。海の上は風も強く、湿度もあるのでスカートや半袖といった服では、今は夏といっても寒いでしょう」

「艦娘というのは艤装を付けている場合、常に体表にバリアーが出ている。風はそれで防がれるからいいんだ」

「バリアーですか、ふむ」

 アイザックは再び双眼鏡を覗く。見ているのは揚陸艦隊の護衛を行っているマハン級駆逐艦ケースである。朝日に映える白色に青のラインのセーラー服とは風にたなびいて、実に寒そうに見えるのだが、本人はそう思っていないのだろう。

「バリアーは深海棲艦も張りますよね。深海棲艦と艦娘。そういう所の根本的な仕組みは同じなんでしょうな。しかし、私達と何が違うのでしょう?」

 アイザックは言った。はたして「艦娘=人間」なのだろうか? そういう疑問を持っているアメリカ国民は少数ながらいる。DNAや生理機能などの科学的見地から見れば人間との違いは一切ないのだが、艤装を身につければ水に浮き、大砲を撃てる。特別な才能や能力を持っていると言えばそこまでなのだが。

「いえ、あの子達は私達と同じです。体も心も……ただそういう能力があるだけです」

「体も心も……ですか」

 アイザックはあることを思い出した。艦娘は別の世界で『マウント・ホイットニー』と同じように海を駆ける軍艦であり、解体や沈没を経て、人間の姿を持ち、この世界に転生した――――という話だ。

 その話が本当ならば、国家に忠誠を尽くす気持ちは持っていてもおかしくはない。まさに体も心も人間だ。ものが意思を持つ、というアミニズム的な考えも世界の宗教ではよく見られるし、あり得ない話ではないのかもしれない。

「もし、艦娘が人間でないとしたら――――――」

 聖書的にはどうなるのでしょうか。そう言おうとした時、空中管制機エンジェルハープから通信が入った。

 それはキューバ島には深海棲艦がいない、という内容の通信だった。

 

「深海棲艦がどんな動きをしても対応できるように作戦を組んでいたが……まさか、いないとは」

「撤退したのでしょうか」

「市街地に潜んでいる可能性はある。作戦は継続すべきだろう。日程の大変更は必要だが」

 各指揮官は作戦の変更について話し合っていた。

 ハッピースモーカー作戦に限らず、強襲上陸作戦は制海権の奪取、上陸部隊への火力支援が重要だ。しかし、制海権を取る上で障害となる敵海上戦力、上陸させまいと水際防衛を行う敵陸上部隊の両方がいないのだ。敵海上戦力は現状不明だが、敵陸上戦力は先に隠密上陸した特殊部隊からの報告により、皆無なことが分かっている。

「深海棲艦は陸で戦う場合どれくらいの脅威になる?」

 海兵隊指揮官の大佐がディロンに尋ねた。陸上深海棲艦がそれぞれどれくらいのスペックなのかは先のレコンキスタ作戦でおおむね把握している。しかし、普段は海にいる深海棲艦が陸上においてどれくらいの戦闘能力を持っているのかはどこの国の軍隊もほとんどデータを持ち合わせていない。

「艦娘と同じように陸上で能力低下するのであれば、小口径機関砲を搭載した軽装甲車程度だろう。戦艦クラスはライフル弾くらい弾くだろうが」

「なら、歩兵でも十分対抗できる。少し安心したよ」

 海兵隊指揮官の大佐は陸上においても海の上にいる状態の戦闘力を維持しているのではないかと考えていた。戦車の徹甲弾でようやく貫けるか貫けないかの耐弾力、大口径自走砲並み、もしくはそれ以上の火力を陸でも持っていたら、どんな軍隊でも勝ち目はない。

「しかし、本当にそのようなデータがあるというわけではないことを注意しろ」

「了解だ。そのときは艦娘の火力支援を頼む。ただし、俺達の上に落とすなよ」

 海兵隊指揮官の大佐は不敵に笑った。

 作戦はおおむね次のように変更された。

 27日05時30分に空挺部隊が降下。07時15分に上陸地点やその周辺をTF102(揚陸艦隊護衛部隊)とTF104(夜戦強襲特化部隊)が砲撃。2時間の事前砲撃を加えた後、海兵隊が上陸を開始する。敵機動部隊を叩く予定だったTF101(空母機動部隊)は制空権の確保と周囲監視、上陸部隊支援。TF103(戦艦と巡洋艦を中核とする砲撃部隊)は敵深海棲艦の奇襲に備えるための予備部隊として活動する。あとはそのときどきに応じて臨機応変に対応する、という具合になった。

 

 海兵隊は27日07時15分に艦娘の支援を受けながらハバナ市街の左右に上陸。すでに進撃を開始していた空挺部隊と合流し、27日中にハバナ市街を包囲した。28日の朝を迎えて、市街に突入したが、攻撃してくる敵は全くおらず、逆に味方を敵と勘違いして同士討ちをしてしまう部隊が出る始末だった。

 29日にはハバナ市街を完全に占拠。国会議事堂であるカピトリオには星条旗が掲揚された。

 キューバ国民も深海棲艦もハバナ市街にはいなかった。しかし、沿岸部の建物内部やその周辺には魚の骨や糞などの多数の人間が生活していた跡があった。そしてあまり古くない大量の血の跡もあった。

 

 30日には艦娘達もキューバに上陸した。いや、上陸したという表現は少々間違いだろう。正しくは陸に上がっても良いと許可が出た、というのが正しい。ただすぐに前線復帰できるよう艤装は付けたまま、という条件付きだが。

 周辺海域に深海棲艦は確認されていないし、ずっと海上にいるのは飽きる。今後のことも考えると海兵隊の面々と交流するのも良いだろう、というディロンの配慮である。

 ただ、その配慮は結果としてあまりいいものではなかったのかもしれない。

 艦娘達は見てしまったのだ。

 

 ファラガットと他数名があまりの事態に昼食を戻してしまった。胃液と消化されかけのMREが混ざった液体はハバナの青い海に溶けていく。

 ハバナの海岸の砂浜には大量の死体が流れ着き、腐敗して異臭を砂浜中に漂わせていた。むろん、五体満足の溺死体が流れ着いて腐っているだけなら気分は悪くなってもファラガットとそのほか数名が吐くことはないだろう。曲がりなりにも太平洋戦争で戦った記憶を持っている。甲板が血に染まった艦も少なくない。

 砂浜の死体は何者かに喰われた跡があったのだ。タコやシャコといった生物は水死体の肉を好むというが、そんな小さな生物に食べられた跡ではない。もっと大きな何かに噛み千切られたようなそんな死体がたくさんあった。

 上半身がなくなり、下半身だけの者。その逆で上半身だけの者。手足だけ流れ着いているのもある。腐敗してよく分からないが、どの傷口にも鋭い牙の跡が見受けられた。一方で頭が割られて脳みそがすっかりなくなっているような死体や内臓の一部だけがなくなっている死体もあった。その様な死体が砂浜一帯に広がっている。

「なんなの……なんだっていうの!?」

 ファラガットが叫ぶ。吹雪がぼそりと「深海棲艦」と言った。

「え……?」

「深海棲艦だよ、たぶん。いや、絶対。前もそういうことはあった」

 吹雪は気持ち悪そうに、しかし当然のように言った。

 深海棲艦は魚や鉱物はもちろん人間も食べる。撃破した深海棲艦を回収して解剖したら胃に人間の肉があったのはよく知られている。艦を攻撃し、沈めるのも人間をつかまえて食べるためとも言われているのだ。もっともファラガット達アメリカの艦娘は知らなかったようだが。

 いや、知っていた、教えられてはいたはずだ。日本から提供された深海棲艦の資料の中にはそのような食人の記述もあったはずである。きちんと認識していなかっただけなのだろう。

 多くの深海棲艦は食べ物の一種として人間をつかまえ、ただ汚く喰らうだけだが、知能のある深海棲艦の中には赤子の肉を好むものもいたり、血抜きしたり、肥えさせたり、好みに合うように育成してから食べるようなものもいたようだ。リランカ島やフィリピンでは人間の養殖場らしき所まであったというのだから恐ろしい。

 西インド諸島の場合、深海棲艦が撤退するさい、貯めた人間がもったいないので食い散らかしていったのだ。その結果がこの砂浜だった。

「私達が戦う相手はそういう生き物なんだよ。ファラガットちゃん」

 

 同じ30日には国会議事堂であるカピトリオにキューバ国旗も掲揚された。キューバ西部にあるオルガノス山脈に隠れ潜んでいたキューバ軍とキューバ国民が米軍の上陸とハバナの占領を見て、山を下りてきたのである。

 27日の時点でキューバ軍はアメリカ海兵隊の上陸を把握していたのだが、まだ深海棲艦はハバナやその周辺地帯にいると信じており、アメリカ海兵隊が撃破されることも考慮して国家評議会議長フィデル・カストロはアメリカ海兵隊に連絡を取らなかったのである。そして29日、国会議事堂カピトリオに星条旗が掲揚されたのを確認して山を下りることを決意した。

『キューバにもう深海棲艦はいない! 私達はまた人間らしい普通の生活を送ることができるのです』

 フィデル・カストロは米軍に借りた無線機の前でこのように言った。カストロの声は電波に乗って国中に、『ブルー・リッジ』が中継してアメリカ中に伝えられた。

 しかし、アメリカの各新聞社が紙面に乗せた記事はファラガット達が見た浜辺のことだった。




 ハッピースモーカー作戦、1話で終了。敵がいないから仕方ないね。その分次の作戦はレコンキスタ作戦並みに長いと思うよ。
 ブルー・リッジ級揚陸指揮艦1番艦『ブルー・リッジ』ですが、この艦、横須賀が母港です。見たことがある人も多いのではないでしょうか? あんな輸送艦みたいな外見の艦が米軍第7艦隊旗艦です。ブルー・リッジの武装はMk.38 25㎜機銃とCIWSしかありませんが、作中のブルー・リッジはMk.45 5インチ砲mod.2を搭載しています。
 それと作中には書きませんでしたが、揚陸艦隊はアンカレッジ級ドック型揚陸艦やニューポート級戦車揚陸艦、オースティン級ドック型輸送揚陸艦、デ・ソト・カウンティ級戦車揚陸艦などで編成されています。

 あと食人についてですが、深海棲艦にとって人間を食べることは「食物」という意味以上の意味があります。もっとも色々と加工したり、好みに合わせて人間を食べるのは間違いなく、深海棲艦の嗜好です。


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第34話「流れ着いた者」

霞改二ついにきたぁ!


 バミューダトライアングルというものをご存じだろうか?

 フロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域のことで、昔から船や飛行機、もしくはそれらの乗務員のみが消えてしまうという伝説を持つ不思議な海域である。

 その伝説の原因として「ブラックホールがあって船や飛行機を吸い込んじゃうのだ」というブラックホール説や「宇宙人がUFOで誘拐しているんだよ!」という宇宙人説、「バミューダトライアングルの3点を結ぶと正三角形より僅かに歪んでいる。その歪みが空間を歪ませ、おかしな現象が起きている」という歪三角形説など色々と考えられている。しかし、ほとんどの説は科学的根拠はないに等しく、消失した飛行機や船の残骸、遺体が発見されているので辻褄が合わない。

 説のほとんどが否定され尽くした2000年。それとほぼ同時期に深海棲艦が世界各地に出現した。

 船も飛行機も襲い、船も飛行機も人も食べる。そんな深海棲艦である。2000年当時としては船や飛行機を襲うという認識しかなかったが、伝説の原因として「深海棲艦」は非常に良い存在だった。

「バミューダの怪物深海棲艦 伝説の真実はコイツだ!」

 あるオカルト雑誌がそんな題を付けた号を出して以降、深海棲艦が説の主流となっている。

 

 バミューダトライアングル伝説の真実はともかくとして、この海域はハリケーンや霧がよく発生する。特に夏はハリケーンが特に発生しやすい季節である。そして今は7月の末だ。

 西インド諸島から逃げ出し、アイスランドへの中継地点としてバミューダ諸島を目指していた装甲空母姫達が強力なハリケーンに襲われるのも当然とも言えた。

 荒れる海。バケツをひっくり返したような豪雨。吹き飛びそうなくらいの強風。轟く雷。

 ハリケーンは総エネルギーだけでいえば核兵器のエネルギーすら簡単に超え、規模が大きければ船舶だって沈めることができる。むろん、深海棲艦とて例外ではない。

 艦列はぐちゃぐちゃになり、旗艦の装甲空母姫達も誰がどこにいるのか、艦隊はどれくらいバラバラになってしまったのか、よく分からなくなっていた。

 艦娘や深海棲艦の体は船に比べて極めて小さく、質量も小さいので、波や風の影響を大きく受ける。そのため、台風やハリケーンに襲われた場合、まともに艦列を維持することなど不可能だった。

 小島に待避したり、ハリケーンとぶつからない航路を選べば良いのだが、装甲空母姫達にとって突破する以外なかった。周辺には艦隊を収容するほどの広さがある島はないし、ハリケーンを回避できる航路を選べば、西インド諸島を再奪還するために南下している人間と艦娘の艦隊と鉢合わせするからだ。

 生き残る為、西インド諸島から撤退したというのにハリケーンに遭遇するから、という理由で艦娘と鉢合わせしたのでは本末転倒もいいところ。それならハリケーンの中に突っ込んだ方が良い。そう、装甲空母姫は考えたのだ。

 しかし、ハリケーンの強さは装甲空母姫の予想以上だった。

 深海棲艦達は何度も巨大な波を被り、互いにぶつかって損傷したり、押し流されて艦隊からいなくなってしまうものも発生した。巨大な音と共に襲い来る雷は金属部分が多い戦艦級や巡洋艦級に当たり、死には至りはしないものの、気絶してしまい、艦隊からはぐれてしまう。

 西インド諸島を出発した当初には大小170近い深海棲艦がいたが、今となっては装甲空母姫が把握している深海棲艦の数は90。半数近くを見失っていた。その見失った深海棲艦は艦隊からはぐれてさまよっているだけで生きているのか、死んでしまったのか。それすら分からない。

 北を目指せ!

 装甲空母姫は出せるだけの声で他の深海棲艦に命令し、アイスランドまでの中継地点バミューダ諸島を目指した。

 

 装甲空母姫がハリケーンの中で四苦八苦しているなか、隻腕のリ級と小さな深海棲艦達は無事にパナマに到着した。

 出迎えたのはパナマを支配している深海棲艦のトップ、後に潜水水鬼と呼ばれることになる深海棲艦だった。

 パナマ運河を支配する深海棲艦は潜水艦クラスが主力であり、機動力のある遊撃部隊である巡洋艦クラスと駆逐艦クラスの混合部隊は少数だ。

 西インドの部隊がアイスランドに移るというのは本当か?

潜水水鬼は隻腕のリ級に挨拶してからすぐにこのことを聞いた。

 ええ、本当です。

 なんてことだ。

 潜水水鬼は驚きの表情を隠せなかった。西インド諸島の装甲空母姫から通信で話だけは聞いていたのだが、まさか本当にやるとは思っていなかったのだ。

 潜水水鬼がそう思っていた理由はごく単純。パナマ運河は戦略的に重要な地域だからである。

 太平洋と大西洋を直接繋ぐ航路は4つ、ユーラシア大陸の北を回る北極海航路、北アメリカ大陸の北方を通る北西航路、南アメリカ大陸南端のマゼラン海峡を通る南半球航路、そしてパナマ運河を通る航路である。カレー洋やスエズ運河を通るものを含めれば6つにはなる。

 このうち、いまだ深海棲艦が支配している航路は南半球航路、パナマ運河を通る航路の2つだけである。他は寒すぎて通れないか、人間側に取り返されてしまった航路である。

 残った2つうち、最も使用されている航路がパナマ運河の航路だった。

 横浜ニューオリンズ間を移動するのにパナマ運河を使った場合では日数では25日、距離では9,129km。一方、マゼラン海峡を使用する場合では46日、16,557kmとパナマ運河を使用する場合と比べ倍近くの日数と距離がかかる。

 大西洋にいる部隊を太平洋に移す、太平洋にいる部隊を大西洋に移す、という事態に陥ったとき、有利なのは間違いなくパナマ運河なのだ。

 人間側にとっても深海棲艦にとっても軍事的要衝であるのがパナマ運河である。

 もしパナマ運河が人間側に奪還された場合、太平洋と大西洋の部隊移動が非常に困難になる。例をあげるなら、アイスランドが攻撃されたとき、ハワイやサーモン海域から援軍を出しても間に合わない、という事態が発生するのだ。

 アメリカ海軍が艦娘戦力を充足させてきた今となっては西インド諸島が緩衝地帯となるはずだったのに、西インド諸島の深海棲艦はアイスランドに後退してしまった。

 こうなってはパナマを自分たちで守るしかないのである。しかし、太平洋方面は今も激戦続きであり、こちらに戦力を回す余裕はあまりない。

 防衛戦力を強化しよう。今すぐ、それも迅速に。我々には時間がない。今にも人間と艦娘がやってくる。

 潜水水鬼は苦い顔をしながら、そう言った。

 

 装甲空母姫はハリケーンを抜け、バミューダ諸島に到着できた深海棲艦の数を確認した。 117。遅れて到着したものも含めて117である。当初の7割程度の数だ。

 残りの3割が沈んだとは思わない。まだ大西洋をさまよっているだけなのだろう。しかし、自分の位置が分からなくなったのなら合流できる可能性はかなり低い。

 大西洋は目印になる建造物や島はほとんどない。西インド諸島以外は今、泊地水鬼達がいるバミューダ諸島くらいのものだ。

 深海棲艦は幸いなことに海の上なら魚を捕って長時間行動できるため、いつかは自分の位置を把握し、単艦であってもアイスランドを目指すことはできるだろう。しかし、装甲空母姫はその「いつか」まで待つことはできない。

 西インド諸島に深海棲艦が一体もいないことは人間側もすでに分かっている。このバミューダ諸島にも偵察機がやってきて見つかるのは時間の問題だ。ずっとこのバミューダ諸島でさまよっている仲間を待つことはできないのだ。

 3割より7割の方を選ぶ。それが正しい判断。装甲空母姫はそう考えた。

 その理屈ならすぐにでも出発すべき事態なのだが、装甲空母姫はその3割の到着をあと12時間だけ待った。7割だけとなるとさすがに戦力としては心許ないからだ。せめて8割は欲しかった。

 装甲空母姫はその12時間の間、バミューダ諸島、とくに飛行場があるセントデーヴィット島をぶらぶらと散策した。

 ぼうぼうに生えた雑草とそれに紛れてぽつぽつと割いているハイビスカス。ひび割れたアスファルト。崩れた建物と朽ちた肉塊。人間の使う輸送機の残骸。砲塔の吹き飛んだ数量の戦車。オリーブドラブの包装ビニール。

 人間がこのバミューダ諸島に空挺強襲をかけたのは4ヶ月前ほどのことだ。一晩で駐留部隊は壊滅、セントデーヴィット島を占領されるというとんでもない事態になった。西インド諸島からも奪還部隊を出している。しかし、奪還部隊が到着したときには人間と艦娘の姿はどこにもない、という事態になっており、それを聞いたときは装甲空母姫も困惑したものである。

 はたして人間が一時的にしろバミューダ諸島を占領した理由は何だったのだろうか? 深海棲艦はそれを未だ理解できていなかった。

 西インド諸島よりも湿気を含んだ暖かい風が装甲空母姫の髪をくすぐる。

 

 深海棲艦が上陸している!

 その様な内容の通報がサウスカロライナ州のビーチから米軍にされたのは、ハッピースモーカー作戦が終わって、揚陸艦隊も海兵隊も艦娘もアメリカ本土に戻ってすぐの8月17日のことだった。南太平洋では日本海軍が第二次FS作戦でサーモン諸島に大規模攻勢をかけていたときである。

 米軍の動きは速かった。陸軍は第101空挺師団をサウスカロライナ沿岸に投入し、戦闘に備え、州軍や正規軍を即座に動かした。空軍はF-111アードバークで編成された攻撃隊3個飛行隊36機を即座に展開させた。海軍はC-130Gで空挺補助装備の艦娘部隊を投入した。

 米軍にとってハッピースモーカー作戦は成功したものの、どこかに消えた深海棲艦に注意を払ってきた。いまだレーダー装備の艦娘を哨戒させる以外に深海棲艦を早期に発見する方法はない。このため、上陸された場合でも迅速に部隊展開できるような仕組みを米軍は構築していたのである。

 しかし、今回の陸海空軍の展開は少しオーバーだった。

 深海棲艦は「上陸した」のでなく、「漂着した」のだから。

 

 海岸には無数の黒い影、少なくとも25体以上の深海棲艦が漂着していた。艦種は多種多様。駆逐艦クラスが一番多いが、重巡クラスや戦艦クラスもいる。

「まだ生きてる?」

 吹雪は細長い流木でイ級を突っつく深雪に尋ねた。

「さあ……うわっ、動いた!」

 イ級の体が微かに動き、深雪が流木を放り出して、後退。5インチ砲をイ級に向けた。

 くるるるるる。イ級は小さく鳴いた。戦闘するときの勇ましい咆哮ではなく、疲れ果てたような弱々しい鳴き声だった。

 深雪と吹雪は砲を降ろした。このイ級に戦う意思は――――いや、意思はあっても体力がないようだ。他の深海棲艦も同じように衰弱していた。

「どうしたんだろうな?」

「西インド諸島にいなかったのと何か関係があるのかな?」

 西インド諸島の深海棲艦はどこに消えたか? アメリカ軍はパナマ方面に移動したと考えていた。しかし、パナマではなく、北のアイスランドに移動していたとすれば、大西洋で発生していたハリケーン「ヘンリー」に巻き込まれ、体力を消耗した果てに、このサウスカロライナの海岸にたどり着いたのかもしれない。

「因果応報……か」

 吹雪はキューバの海岸を思い出しながら、この深海棲艦達にこれから起こることを想像しながら、そう呟いた。

 

 これらの深海棲艦はすべて研究所に送られることになった。深海棲艦の五体満足で、なおかつ生きたサンプルは非常に貴重な存在である。

 深海棲艦のサンプルが手に入るのは基本的に戦闘後なので、手だけだったり、足だけだったり、ほぼ胴体しか残っていないだるま状態というサンプルが多い。戦闘後すぐであれば生きている個体もあるが、調査部隊などが来るのは戦場が安全になったからであり、そのときにはすでに死んでいることが多い。それでも集める意味はあるが、やはり五体満足な方が体組織がどうなっているのかがよく分かるし、生きていればどこの器官がどのように機能しているのかも分かる。

 そういう意味で今回は大収穫だった。捕獲できた個体34体のうち、生きた個体は27体でどれも5体満足なのである。

 その反面、輸送時にはかなりの注意を払わねばならない。なにせ生きているのだから、暴れる可能性がかなりある。実際、日本海軍では眠らせていたタ級が輸送中に目覚め、運んでいた輸送船が撃沈される、という事例もある。

 そのため、米軍は捕獲した深海棲艦が手足がある場合は頑丈な手錠と鎖、ワイヤーで拘束し、砲などは砲身内部に溶けた鉛を流し込んで蓋をした。こうすれば暴れられても発砲はできないし、もし発砲したとしても発砲した自分がお陀仏になり、周りへの被害は最小限に抑えられる。

 輸送には重量物輸送に特化したCH-54タルヘが選ばれた。艦娘の海上回収や不時着した航空機の回収に用いられる便利なヘリコプターである。

 もし暴れて、つり下げるワイヤーが切れ、地上に落下することがあってもCH-54に随伴するAH-1TコブラがTOW対戦車ミサイルで攻撃、撃破することになっていた。

 幸いなことに暴れる深海棲艦はおらず、研究所までの輸送は平穏なものだった。

 

『はい、こちらはアンダーセン第二自動車修理工場です。当工場は昨年から閉鎖しています。電話番のみの対応となります。どのようなご用件でしょうか?』

『工場の閉鎖は知っていますが、そちらの天気を教えていただきたく電話しました。明日の朝から明後日の夕方にかけての天気を教えてください』

『残念ですが、その様なご質問にはお答えできません。地方の新聞社、または気象観測所にお電話されてはいかがでしょうか』

『36の774。天は雨を降らしました。男性は庭で薪を割っています。9672。チンパンジーはパンケーキを食べています』

『――――――確認しました。これは秘匿回線になります。こちらは地球救世委員会第4研究所です。そちらのお名前をどうぞ』

『こちらは深海棲艦研究所のカーター少佐です。ガヴリイル・ペトリーシェフ所長を出してください』

『分かりました。少々お待ちください』

 

『カヴリニル・ペトリーシェフだ』

『「廃棄物」についての報告です。内容物は「生ゴミ」が6袋、「不燃ゴミ」が4袋です。23日に回収車をお願いします』

『わかった。手はずは整ったのだな。23日に回収車を向かわす』

『23日ですね。分かりました。報告はこれで終わりです』

『これで計画は大きく進展する。神からの恵みか?』

『真の神の子は我々の助けを欲しているのかもしれません。神は私達にまだ期待しているのかもしれませんね』

『そうであればこの上ないことだ。この地球(ほし)が救世されんことを』

『この地球(ほし)が救世されんことを』

 




 今年はこの投稿が最後だと思います。まだ投稿するかもしれませんが。
 今年から始めた作品ですが、皆さんが読んでくださり、たくさんの感想を書いてくださりありがとうございました。これからも精進していきます。
 では皆さん、よいお年を。


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第35話「近接武器」

 明けましておめでとうございます。
 今年も頑張ります。



『障壁。シールド。バリアー。防壁。

 様々な言い方があるが、どれも「何かを防ぐもの」という意味は共通している。

 艦娘と深海棲艦はまさにSFでいうところのシールドである。無臭で無色透明。光すら偏向しない。もしそれが展開されていても見ただけではそれに気づかない。

 しかし、手を近づけてみよう。何か固いものがあることがすぐにわかる。そう、それが艦娘と深海棲艦が発生させる障壁だ。

 艦娘と深海棲艦がその障壁をどのように使っているのかというと主に防御だ。これがあるから艦娘は鎧やプロテクトアーマーなしに戦えると言っても過言ではない。障壁がなければ直撃しなくても至近弾の破片と衝撃だけで戦闘不能に陥るだろう。障壁は艦娘で一番大事な要素と言っても良い。

 そして障壁の防御力であるが、これは大小さまざまである。基本的には艦級が上なほど防御力が大きいと認識して問題ない。駆逐艦クラスならば最大で25㎜厚の防弾鋼板程度しかないが、戦艦クラスならば300㎜防弾鋼板ほどの防御力がある。しかし、これは艦娘が意図的に展開する障壁だ。この障壁に加えて、艦娘は10㎜防弾鋼板程度の防御力がある障壁を常に体表に展開している。これら2つの障壁は「艦娘が意図的に展開する障壁」を一次障壁。「体表に常に展開している障壁」を二次障壁という。

 防御力では艦娘が意図的に展開する障壁の方が上だが、重要度で言えば体表に展開する障壁の方が上だ。

 考えてみよう。25㎜防弾鋼板など、20㎜機銃でも距離が近ければ貫通できる程度に柔な装甲だ。しかし、大半の砲弾には砲弾内部の炸薬を起爆させる信管がある。基本的には遅発信管、作動してからちょっと遅れて炸薬に点火する信管だ。

 一次障壁を貫通、突破した砲弾はこの時すでに遅発信管が作動している。そして二次障壁に着弾する前に砲弾内部の炸薬に点火、爆発する。

 実質的に艦娘本体には砲弾は命中しないのだ。しかし、爆発する砲弾の破片や衝撃波が消えてなくなるわけではない。

 そこで破片と衝撃波を防ぐのが二次防壁というわけである。二次障壁が極めて重要であることがよく分かるだろう?

 ちなみに深海棲艦はこの二次障壁を展開することができない。一次防壁が突破されれば終わりである。深海棲艦は艦娘に比べて沈めやすいのは二次障壁の有無に起因している。

 駆逐棲姫や戦艦水鬼のような新種の深海棲艦が極めて高い防御力を持つようになってきたのは二次障壁がないことを一次障壁の強化で補おうとしているから、と深海棲艦の研究者達は考えている。

 障壁は主に防御に使われるものだったが、最近では攻撃に転用できることが分かってきた。

 ここに刀があるとする。いや、竹光、木刀でも、なんなら鉄パイプでも良い。それに障壁を纏わす。いや、障壁で覆うと表現した方がわかりやすいだろう。

 さっき言い忘れたが、障壁はどんな形にでも変形させて展開することができる。飴細工のような細かい障壁を展開することができる艦娘もいる。もっとも見えないが。

 話を戻す。刀身を覆った障壁が鋭い刃を持っているとイメージする。そう、どんな硬い物体でも切断できる鋭い刃である。そのイメージを持ったまま振りかぶる。

 このようなプロセスを経ることができれば艦娘はあらゆるものを切れる。

 ただ、「刀身を覆った障壁が鋭い刃を持っているとイメージする。これが極めて難しい。非常に難しい。

 鉄が刀で切れるだろうか? 想像しよう。30㎝の厚さがある鉄板に刀を振りかぶった。どうなった? 刀が折れただろう。1㎜以下の鉄板なら刀でも切れるかもしれないが、それ以上は五右衛門の斬鉄剣でないと無理だ。

 しかし、艦娘は刀身に障壁を纏わせば可能なのである。

「それが無限の鋭さを持ち、どんなに硬い物体でも切れると思え。そしてその思いを信じ切ったまま、振りかぶれ」

 これは艦娘の近接戦を長年研究し、この刀身に障壁を纏わす方法を開発した天龍型軽巡「天龍」が他の艦娘に言った言葉である。

 簡単そうに思えるかもしれないが、これは非常に難しい。常識を壊さねばならないのだ。これを取得し、使いこなせるようになった艦娘はあまり多くはない。

 この方法ならば手刀はもちろんのこと、何もなしに切れる、いわゆる無刀斬りも理論上可能なはずだが、成功した艦娘はいない。手刀は天龍が試したのだが、うまくいかず、手の骨を折って以降、戦線離脱の問題から鎮守府の方から規則で禁止されている。』

 

 基地の前で十数人の艦娘と整備員達に吹雪達は見つめられていた。

 刀「瑞草」を腰に吊った吹雪。吹雪の目の前には細長い鉄パイプ。鉄パイプの両端は初雪と白雪が持っている。

 吹雪は刀「瑞草」を抜き、振りかぶる。

 鋭い刃をイメージする。何でも切れる刀。そんな感じに「瑞草」という刀をイメージする。

 そして吹雪は息をゆっくり吐き、「瑞草」をまっすぐ振り下ろした。

 

「へし折ったような断面じゃない……ね。これはたまげたな」

 ファラガットは切断された鉄パイプの断面を見て、驚きの声をもらす。「瑞草」によって斬られた鉄パイプの断面は綺麗な円状を維持しており、ノコギリで切ったような断面ではなかった。

「本当に切ったのか……」

 吹雪が鉄パイプを刀で切る姿も見た。その切られた鉄パイプは皆に回され、今、自分の手にある。それでもいまいち信じがたい事実だ。

 鉄パイプを切る方法なんていくらでもある。金鋸で切ることなんて子供でもできるし、工場では丸鋸で切ったりシャーリングで押切っている。しかし、刀で真っ二つなんて聞いたことがない。艦娘のパワーで力任せに刀を振れば切れるかもしれないが、それでは刀もただではすまない。常識から言えば、刀は曲がるなり折れるなりするはずなのに、吹雪の刀「瑞草」は曲がったり折れたりするどころか、刃こぼれすらしてないのだ。

 「瑞草」はただのステンレス刀だ。ミスリルやアダマンタイトといった伝説の金属でできているわけではない。ただのステンレス。ただのクローム合金だ。

 恐ろしい。その一言だ。ノーフォーク沖の夜戦のときはわからなかったが、今となってはそのすごさがよく分かる。

 ファラガットは腰に吊った軍用斧、タクティカル・トマホークを触る。近接戦をするときには砲や機銃では間に合わないことがある、ということで艦娘用に採用された軍用斧だ。米陸軍で採用されているトマホークと同じ物で、柄が強化プラスチックでできている。

「あたしにもできる……?」

 吹雪ができたのだから、自分もできる。そう、ファラガットは思いたいところなのだが、斧で鉄パイプや深海棲艦を切ったり倒せたりするとは思えなかった。

 

「へりゃーっ!」

 アラスカは変な掛け声と共にサーベルを振った。鉄パイプは真っ二つになる。

「やったーっ! できたーっ!」

 アラスカはジャンプして喜ぶ。さらには手に持つサーベルを振り回すので周りにいた艦娘が怖がって離れる。

 2分くらい経って、ようやくアラスカは落ち着き、サーベルを鞘に戻した。吹雪が切った鉄パイプの断面を見て驚く。

「綺麗に切れてますね。最初からできるなんて」

「これくらいできないと秩父型にはね。勝てないから」

 だから秩父型って何? そう、吹雪は内心思うが口には出さない。

「私は最初はうまくいきませんでした。何十回と練習してやっと、でした」

 吹雪の剣の師は天龍である。アメリカに行く前に「剣くらいまともに扱えねぇと舐められるぞ」ということで白雪、深雪、初雪共々みっちり練習を受けたのだ。もっとも、その練習した期間はたった3日で鉄を切る、という術を取得できたのは吹雪と初雪だけだった。

「そういえば、なんでアラスカさんとルイビルさんだけ、サーベルなんです?」

 吹雪は周りを見渡す。艦娘のほとんどがタクティカル・トマホークなのに対し、アラスカとルイビルだけはサーベルである。しかも真鍮で少しばかり装飾が施されている。

「旗艦は必ずサーベルを持たせられるんだってさ」

「儀礼的な意味でですか?」

「それもあるんだけど――――――ほら!」

 ほら! という掛け声と共にアラスカはサーベルを抜き、セント・ローレンス湾に浮かぶアンティコスティ島を差した。吹雪もアンティコスティ島に顔を向ける。

「どういうことです?」

 吹雪は意味が分からなかった。

「私はサーベルをどこに向けた?」

「アンティコスティ島ですけど……?」

「そういうこと。味方への指示をわかりやすくするためのサーベルなの」

 ? 吹雪はクエスチョンマークを頭に浮かべている様子だったので、アラスカは詳しく説明する。

 旗艦というのは背中で僚艦に指示を伝えなければならない。あーだこーだと説明していては攻撃の機会を失うことにもなるし、戦場では声が聞こえない場合だってある。そこでサーベルといった長い棒状のものがあれば、方向指示棒として役に立つ。現にアラスカがサーベルでアンティコスティ島を差したとき、吹雪もアンティコスティ島に顔を向けたことから、それがよく分かるだろう。

 米軍がベトナム戦争時にM16ライフルの短小モデルを開発して小隊長などに配備したり、太平洋戦争でいつまでたっても日本陸軍の将校が軍刀を手放さなかったのはこの理由である。

「もちろん威厳という意味はあるけど。その刀も本当は攻撃用ではなくて、方向指示用じゃないの?」

「そう……かもしれませんね」

 伊勢や日向の戦闘の様子を思い出せば、接近戦はほぼしないのに、抜刀はよくしていた。つまり、そういうことなのだろう。しかし、使い手が変われば使い方も変わる。日向は戦艦で吹雪は駆逐艦だ。駆逐艦の戦いでは接近戦になりやすい。そうなれば「瑞草」も攻撃用としての価値も出てくるものだろう。

 

 ファラガットは緊張しすぎて、少し息が荒い。

 はたしてできるのだろうか?

 硬度で言えば鉄パイプより刃物であるタクティカル・トマホークの方が硬いだろう。力任せに振れば間違いなく、切断はできる。だが、それは違うのだ。吹雪がやった切り方とはほど遠い。

 あの吹雪との大きな差。それは経験だ。戦闘経験数も違えば、艦娘として生きている年数も違う。

 大きな差があって当たり前。しかし、そんな差は埋めてしまいたい。そんなものなくていい。吹雪型のライバルとして生まれたファラガット級。金メッキ艦と呼ばれた屈辱はこの世界で払拭する。

 ファラガットは深呼吸する。肺一杯に空気を吸い込み、ゆっくり、ゆっくり息を吐く。

 吐き終えたファラガットはトマホークを構えた。構え方は色々あるが、ファラガットは両手でトマホークを持っていた。

 イメージする。切れるイメージだ。そう、暖めたナイフでバターを切るように。

 

 できるか、できないかじゃない。やるんだ。

 

 ファラガットはトマホークを振り上げ、一気に振り下げた。

 しかし――――――

 

 本当にできるの?

 

 軋み、折れる音。それは鉄パイプも発したが、タクティカル・トマホークの柄から発した。

「ああ……壊れちゃった」

 強化プラスチックでできたトマホークの柄が折れて、分離していた。柄のプラスチックはガラス繊維で強化してあるのだが、艦娘の常人を超えたパワーに耐えられなかったのだ。刃の方は鉄パイプに食い込んだまま、止まっている。

 艦娘の装備は基本的に官品である。なので壊してしまっても個人で保障しなければならないというわけではないが、新品の新品を壊してしまったので、事務方はあまり良い顔をしないだろう。

 ファラガットは折れた柄と鉄パイプに食い込んだままのトマホークの刃を見る。

 迷いが出た。だから切れなかった。そういうことだろう。

 これまで吹雪にできることはファラガットも程度は低いにしろ、できていた。しかし、この鉄パイプを切るということは、ものが違う。

 そのとき、その瞬間、いかに集中するか。それが如実に表れている。

 このまま艦娘としての経験を積んでいけばできることなのだろうか? 吹雪型をいつか超えることはできるのだろうか?

 ファラガットはアラスカと話をしている吹雪を見る。

 彼女を越えられるだろうか?

 

『障壁はこのような使い方もあるのだが、ここで研究者達は疑問符を浮かべる。

 

 艦娘が艦娘たりえるのは、自分が艦娘だと意識しているからではないか? と。

 

 ある格言があるだろう。「クマバチは航空力学上、飛べるはずのない形をしているのに飛べている。それは彼らは飛べると信じているから飛べるのだ」というものだ。この格言はあくまで格言であり事実ではない。この格言が言われた当時は空気の粘性に関する法則が発見されておらず、その法則を含まない計算式で算出していたからだ。今では「クマバチは飛行可能」という結論がでている。

 要は艦娘も「そのような防御力がある。海を走れる。強力な砲、機銃を扱える。そのように信じている」からこそ、艦娘はあのような力があるのではないか?

 そんな疑問が研究者達の間では囁かれ始めている。

 オカルト。今となってはうさんくさい言葉として使われるが、語源とするラテン語occultaでは「隠されたもの」を意味する。

 艦娘は今まさに解き明かされようとしているoccultaではないだろうか?』

                         とあるオカルト雑誌より抜粋

 




 深海棲艦が簡単に沈んで、艦娘が簡単に沈まない理由を「障壁の枚数」で理屈付けてみました。こうすると最近の深海棲艦の装甲値がインフレしているのも理由がつくかもしれません。あと艦娘が中破したとき、服だけ都合良く破れるのもこんな理由かもしれませんね。
 艦娘の障壁が二枚ということは一種の空間装甲ということです。つまり成型炸薬弾(HEAT)はタンデム弾頭でない限り、艦娘にはほぼ無効です。しかし、障壁が1枚の深海棲艦にはかなり有効です。


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第36話「瑞雲改造される、の巻」

 瑞雲。

 愛知飛行機が開発した日本帝国海軍の水上爆撃機である。機体略番はE16Aで連合国コードネームではパウルとよばれている。

 自動空戦フラップやダイブブレーキ、20㎜機銃を備え、最大速度448km/h、航続距離2,535 kmという高い性能を持ち、空戦、爆撃、偵察がすべて行えるというとんでもない水上機である。

 この世界では伊勢、日向が航空戦艦に改装されたときに搭載されたのを皮切りに、水上機母艦、航空巡洋艦と水上機を多く搭載できる艦娘に配備され、要撃、直衛、爆撃、偵察、弾着観測、対潜攻撃と史実以上にオールマイティーな活躍をしている。

 日本海軍は極めて高い性能を持つ本機を艦娘を保有しているイギリス、フランス、ドイツ、イタリアに輸出しようと、たびたび売り込みをかけているが、「それなら空母から爆撃機を飛ばした方が早い」、「水上機くらい自国開発機で賄う」ということで拒否されている。

 そして、アメリカには日向から吹雪に手渡された瑞雲1機が持ち込まれ、水上機母艦ラングレーの手に渡って運用されている。

 

 おい、瑞雲を強化してくれ。

 瑞雲のパイロット妖精がそんなことをラングレーに言ったのは演習が終わり、艤装などを片付けて、ラングレーがシャワーを浴びに行こうとしていたときだった。

「ズイウンの性能に不満なの?」

 不満に不満だね。

「何が? 今日だって空母の人達に配備された新型の戦闘機を翻弄してたじゃない」

 今日の演習には空母艦娘に新しく配備されたF6Fヘルキャット戦闘機が出てきていた。F6FヘルキャットはF4Fワイルドキャットの後継機である。高い防弾性と運動性により第二次大戦では零戦キラーとして活躍していた傑作機だ。

 そのF6Fの攻撃を瑞雲はヒラヒラと回避して、ピタッと後ろにつき、撃墜判定を4機も取っている。そして瑞雲は撃墜判定をもらってはいない。

「性能が高い方がいいのは確かだけど……今のままでもいいんじゃない?」

 ラングレーがそう諭すのだが、瑞雲のパイロット妖精は良くない、ときっぱり答える。

 今回の演習はかなりぎりぎりの戦いだったんだぞ。僚機のF4F-3Sはすべて撃墜判定もらっているだろうが。F4F-3Sを食って油断したヤツをこっちが食い返してやっただけであって、まともに空戦したら勝ち目ないぞ。

「そうなの?」

 そうだよ。瑞雲をどれほどすごいと過信しているかは知らないが、所詮水上機なんだからな。下駄がない普通の戦闘機に食ってかかって余裕で勝てる機体じゃない。

「じゃあ、空戦をしなければいいんじゃないの?」

 そもそも水上機というのは基本的に偵察や弾着観測が任務であって、迎撃や空戦が主任務ではない。黎明期の飛行機は水上機の方が陸上機よりも性能が高かったが、第二次大戦の頃になれば性能差は逆転している。重いフロートを付けている分、運動性や速度は陸上機と比べて低いのが当たり前で、戦闘機に見つかったら逃げることしかできない。反撃できる瑞雲が異常なのだ。

 確かにそうだが……迎撃されたときに撃退くらいできるだけの機体性能は必要だ。実際、F6Fよりも深海棲艦の航空機の方が性能がいい。

「今のズイウンは性能不足?」

 ああ。特に速度が足りない。せめて500km/hは欲しい。

 なんだなんだどうしたどうした。ラングレーと瑞雲のパイロット妖精が話し合っている様子を見て、他のパイロット妖精や整備妖精が集まってきた。

「ズイウンを強化して欲しいんだって」

 なにーマジかー。えーこの飛行機もっと強くすんのー。わー面白そう。アリソンエンジン積もうぜー。この下駄履き風情が調子乗っちまってよー。ブローニングどれくらい積む? いやツイン・ワスプで十分だよー。主翼短くしようぜー。イスパノがいいよー。ダブルワプスでしょー。フロート外しちまおうぜー。ワプス・メジャーにしようよーあるか知らないけどー。37㎜積んじゃおうぜー。サイクロンー!

 わーわーぎゃーぎゃー。

「はいはい、静かに静かに」

 パンパン、と手を叩いて騒ぐ妖精達を沈めるラングレー。

「改造は好きしなさい。でも私が許可取ってきてからね」

 はーい。そこらにいた妖精達が元気に返事をする。一応、艦娘装備の管理をしている部署に通達しなければ色々と問題が出る。

 瑞雲は日向の差し金でアメリカに渡った代物であり、最初こそ書類には書かれていない員数外の装備だった。しかし、整備するに当たっては消耗部品やオイルなどの補給が必要になる。そうなれば当然、書類に記載し、補給物資をきちんと要請しなければならない。今では瑞雲も「Zuiun」と艦娘の装備に関する書類に記載されている。

「じゃあ、私は許可取ってくるから待っててね」

 

 瑞雲のパイロット妖精が改造を行う妖精達に出した性能要求はたったの3つだった。

 1つ目は最大速度を500km/hまで上げること。

 瑞雲一一型の最大速度は九六艦戦よりも少し速い448km/hに過ぎず、空戦時にはかなり不利に働いていた。格闘戦に持ち込めば速度はたいした問題にならないが、一撃離脱や敵機を振り切るときなどはできるだけ速い方がいいのだ。

 2つ目は運動性の維持だった。

 瑞雲の最大の特徴といったら、その運動性にあると言っても過言ではない。自動空戦フラップが生み出す運動性はかなりのもので、格闘戦にさえ持ち込めば、最新の深海棲艦航空機といえども苦戦する。しかし、改造によってそれが損なわれることになれば問題である。最大速度500km/hという1つ目の要求も正直言えば、遅い速度だ。500km/hが実現できたとしても運動性が失われてしまえば、瑞雲はただのカモに堕ちてしまう。

 3つ目はハードポイント(兵装類を懸下して機外搭載するための取付部)の増加だ。

 数週間前から空対潜ロケット弾3.5インチ FFARの配備が開始され、TBFアヴェンジャーに搭載され始めていた。今となっては対潜攻撃が主任務である瑞雲も搭載したいところなのだが、瑞雲はロケット弾を懸架するところがないである。今の瑞雲では対潜爆弾による攻撃しかできず、次行われるであろうパナマ運河攻略においてTBFに後れを取ること間違いなしである。

 最大速度500km/h以上、運動性の維持、ハードポイントの増加。この3つの要求を改造を行う妖精達は「大丈夫、できるできる」と簡単に言った。

 

「おーい、吹雪」

 深雪は名前を呼びながら、部屋の扉を開けた。吹雪は部屋に備え付けられている机で日本への手紙を書いている途中であり、内容を考えあぐねている最中だった。

「深雪ちゃん、どうしたの?」

「あの瑞雲が改造されているらしいから、見に行こうぜ」

 あの瑞雲? 吹雪は一瞬、どの瑞雲か分からなかったが、すぐに日向に手渡された、あの瑞雲だと思い当たった。

 瑞雲を改造? なんでまた?

「性能不足って、パイロット妖精が言ったらしいんだ。なあ、見に行こうぜ」

「そうだなぁ……」

 吹雪は行くか、手紙の続きを書くか、迷っていた。ちなみに筆は十数分前から止まっている。

 吹雪は手紙に書く内容が思いつかないわけではなく、便箋の枚数は貨物重量の関係で制限されているので、どの内容を書けばいいか迷っていたのだ。

「うん、行こう」

 吹雪は瑞雲を見に行くことにした。気分転換にもなるし、瑞雲改造の話を手紙に書けるかもしれない。そう思って、吹雪は万年筆を机に置いた。

 

 整備棟の中で一番大きな作業机。その上で瑞雲の改造作業は行われていた。改造を行っているのは妖精達である。

 ここで余談を少し。ほとんどの艦娘艤装を整備するのは人間だが、艦娘用航空機の整備だけはすべて妖精が行う。それは艦娘用航空機があまりに小さすぎて人間の手では整備しきれないからだ。妖精はオカルトな能力でぱぱっ、と整備できてしまう。航空機だけは妖精の独壇場だった。

 瑞雲はすでに金星エンジンとその周辺の外板を外され、機体内部の配線や配管、機構が見えている状態だった。取り外された金星エンジンは瑞雲のそばに置かれている。

「へぇー、エンジンを変えるのか」

「もっと馬力があるエンジンにするんだろうね。あれかな?」

 金星とは違うエンジンを妖精数名が担いで持ってきた。金星より一回り大きな空冷星形14気筒のエンジンだ。

「妖精さん、そのエンジンはなんだー?」

 ツイン・サイクロンですー。日本のへなちょこエンジンなんか目じゃない2000馬力エンジンですよー。

 改造の総指揮を執っている妖精がそう答えた。

 ツイン・サイクロン。型式はR-2600。アメリカの航空機メーカーの大手、カーチス・ライトが開発したエンジンの1つだ。TBFアヴェンジャー、SC2Cヘルダイバー、B-25ミッチェルなどに搭載された傑作エンジンである。

 一方、元々瑞雲が積んでいた金星も十分傑作と言える代物だが、出力はツイン・サイクロンの2000馬力に大きく劣る1300馬力である。

「2000馬力……小さく聞こえるな」

「船の基準で考えるからだよ、深雪ちゃん」

 吹雪型の機関出力は5万馬力である。文字通り、桁が違う。しかし、サイズも大きく違うことを意識しなければならない。

 妖精達はツイン・サイクロンを妖精サイズのチェーンブロックで瑞雲のエンジン位置まで上げていく。

「ちょっと待てよ。瑞雲の元のエンジン覆いのサイズよりも大きいんじゃねぇの?」

 深雪の指摘はもっともだった。ツイン・サイクロンは金星よりも一回り大きく、天山や二式大艇が積んだ金星(1500馬力)と同じくらいの大きさだ。当然、金星を搭載する瑞雲のエンジン覆いが合うはずもない。

 それは妖精側も分かっていて、ジュラルミンインゴットをハンマーで鈑金加工し、新しいエンジン覆いを造り出した。金星の状態では流線形だった機首は直線的に変化し、左右に出ていた12本の集合排気管は左右2本になった。プロペラもTBFアヴェンジャーと同じ物に変更された。

「直線的になるだけでかなり印象が変わるものなんだね」 

 流線形だった機首が直線敵になったのを見て、吹雪は少々、あか抜けない感じになったと思った。

 

 その後も改造は続き、ハードポイントを増設するために、主翼に新しく桁を入れて強度を上げたり、重心バランスを取るため、所々にバラストを付けたり、固定機銃の九九式20㎜機銃をAN-M1 20㎜機銃に、旋回機銃の二式13㎜機銃をM1919連装7.62㎜機銃に換装したりした。

 そして最後に仕上げとして、日本海軍航空機カラーである暗緑色塗装を落とし、米海軍航空機カラーである深い蒼色ネイビーブルーが塗装された。

「塗り直しただけなのに、もう元日本軍機に見えないや」

 丸い翼端や枠の多いキャノピーから日本が設計した機体ということは分かるのだが、やはり蒼い塗装に白い星が描かれた瑞雲は米海軍機に見えた。

 

 それで肝心の性能だが、まずまずのものだった。

 エンジンが1300馬力の金星から2000馬力のツイン・サイクロンに変更されたことにより、最大速度は弾薬などを積まず、燃料も満タンにしていない軽備状態では510km/h、全備状態では473km/hを発揮した。

 運動性は機体重量が増加したことにより、少しばかり低下したが、パイロット妖精にとって許容できる範囲だった。

 もちろん問題も発生した。九九式20㎜機銃に代わって装備したAN-M1 20㎜機銃の信頼性があまりにも低く、不発が多発して撃てなくなったり、2000馬力ものパワーが生み出す回転トルクにより、離水するときにはひっくり返りそうになる事態が発生した。

 特に後者が問題だった。ラングレーはカタパルトを装備していないので、いままでラングレーの搭載機達は水面に降ろされてから、飛び立っていたのだ。もちろん、瑞雲も例外ではない。

 回転トルクを解決するには紫雲のように二重反転プロペラを採用して、回転トルクを打ち消すのが一番だが、二重反転プロペラはまだ妖精達にとっても手に余る代物であり、採用するのは難しいかった。しかし、2000馬力エンジンを諦めれば最初に戻ってしまう。

 どうするか。結果として瑞雲はそのままだった。ラングレーの方が改造されることになったからだ。

 以前からラングレーにカタパルトがないのは問題視されており、カタパルト取り付ける改装計画がゆっくりとだが、進んでいた。それを前倒しにすることになったのである。カタパルトから発進するのであれば、回転トルクが大きくても問題はない。

 このことに関して、ラングレー自身はあまり面白くはなかったようだ。

「日本の水上機母艦と違って、アメリカの水上機母艦は水上機発進基地というより、水上機補給基地なのよ。前線に近い位置にいるのはなんだなかー、と思う」

 要はアメリカの水上機母艦は秋津洲に近い性質の艦なのである。ラングレーは自分の立ち位置が大きく変わることに少し不満を持ったようである。

「まあ、ズイウンが強力になったからいいや」

 それでもラングレー自身は納得したようである。

 

 弾着観測をしていた瑞雲を撃墜しようF6Fが上昇していく。そしてF6Fが後ろにつこうとしたそのとき、瑞雲は宙返り。今度は瑞雲がF6Fの後ろについて立場が逆転した。F6Fは振り切ろうとぶんぶん左右に動くが瑞雲は離れない。しばらくして撃墜判定が出た。

 吹雪は空母の護衛をしながら、その空中戦の様子を見ていた。

 この瑞雲を見て、日向ならどう言うだろうか? そんなことを吹雪は考えてみる。

『これもまた瑞雲だ』

 言いそうである。あまり形を崩さない限り、日向さんは怒らないだろうな。そう、吹雪は思った。

 

 ちなみにこのころ、日向は彗星の熱田水冷エンジンを積んだ瑞雲「冷水号」を試作し、伊勢に「晴嵐でいいんじゃない?」と言われていた。水冷型瑞雲だけに留まらず、ネ式エンジン実用化が寸前である、ということを耳にした日向は、ジェット瑞雲「噴進号」の設計を始めていた。

 なお、諸外国に瑞雲を輸出しようと海軍上層部や外務省、通産省に根回しをしているのも日向である。




 日向の魔の手からは逃れられない。そう、君とて例外ではないのだ。
航空巡洋艦ゴトランド「あ、私、防空巡洋艦になるんで結構です」
水上機母艦ズマイ(ドラッヘ、Schiff 50)「まさか」
仮装巡洋艦アトランティス「面白いかもねー」ジャガイモパクー
水上機母艦コマンダン・テスト「やっと活躍できるんだから自国の使わせてよ!」
水上機母艦ジュゼッペ・ミラーリア「後方で輸送任務するほうがいいなー」

瑞雲回でした。
 お手軽性能向上と言ったらエンジン変えるくらいしかありません。アメリカやイギリス、ドイツもエンジンを変えることで性能向上を図っている機体が多くあります。P-51マスタングとかF4UとかスピットファイアとかBf109とかたくさんあります。しかし、エンジンを取っ替えるに当たっては色々と設計を変えたりする必要があるのですが……そこらは妖精さんの超技術ということでご容赦を。


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第37話「手紙」

 霞改二および改二乙カワイイヤッター!! 


 ファラガットは吹雪達の部屋にいた。部屋にはファラガットただ1人。

 窓は開いていて、入り込む風でカーテンが揺れている。窓の手前にある机の上には1つの封筒が、封を切られた状態で置かれていた。

 ファラガットは封筒に手を伸ばし、触れようかというところで少し思いとどまった。プライベートである。手紙か書類か何かかは知らないが、他人のプライベートを盗み見ても良いものか。しかし、すでに部屋の中まで入ってしまっている。これは十分にプライベートの侵害ではあるまいか。部屋の前を通ったとき、部屋の机の上に置かれている封筒が目に入ってしまって、気づけば部屋の中にいた、なんて言い訳にならない。

 ファラガットは封筒に書かれた文字を見てみる。漢字と感じとは違う丸みのある別の字が書かれている。日本語だ。ただ「日本語」、ということしかファラガットには分からない。

 読んでも、あたしには理解できないだろう。

 ファラガットはそう思い、踵を返して、部屋から出ようとした。

 そのとき、部屋に突風が入り込んできた。カーテンが大きくはためき、ファラガットの髪を揺らし、封筒が机から押し出され、床に落ちて、その中身を散らばる。

 ファラガットは反射的に散らばった封筒の中身を見て、拾ってしまった。

 封筒の中身は、折りたたまれた紙――――裏にインクが少しにじんでいることを考えれば手紙だろう。そして10枚の写真だった。

 ファラガットは部屋に入ったときと同じように、なんとなく折りたたまれた手紙を広げてしまった。

 

『拝啓 第十一駆逐隊様

 お久しぶりです。叢雲です。

 この手紙が届いたときも4人とも元気にしているでしょうか?

 私達駆逐艦は年がら年中、船団の護衛に就いたり、哨戒をしたり、前線に立ったりと忙しいもので、同じ鎮守府ならともかく、違う鎮守府なら顔を合わすことなんて大規模作戦時くらいしかありません。私と姉達が顔を合わせたのも平成26年11月の渾作戦のときが最後だと思います。それなのに海向こうに渡ってしまったと思うと、少し寂しく思います。

でもノーフォーク解放という知らせや連絡機の運んでくる新聞などを読んで、姉達のことが書いてあると、元気にやっているんだ、ということが分かって嬉しく思います。

 

 日本の方では数ヶ月前、十一号作戦が発動されました。この作戦はスエズ運河を奪還する欧州連合軍のエーグル作戦に呼応して、カレー洋の深海棲艦を殲滅する作戦です。欧州連合軍はスエズ運河を解放したのですが、リランカ島(セイロン島)には陸軍が上陸しただけで完全奪還には至っていませんし、アンズ環礁(カレー洋のど真ん中くらいにある環礁です。)を泊地にしていた深海棲艦は完全に殲滅できていません。しかし、人類側が常に優勢なので、心配することはありません。

 この作戦で私はリランカ島への敵増援部隊を叩く任務を受けました。深海棲艦もリランカ島が非常に重要なことを認識しているようで、敵は大規模でしたが、なんとか増援を防ぐことができました。今回の作戦でも沈んだ艦娘はいません。一方で、着任した艦娘は雲龍型航空母艦の葛城や飛行艇母艦の秋津洲、夕雲型駆逐艦の高波です。それとイタリア海軍の方からリットリオとローマという名前の戦艦(艦娘です)が派遣されてきました。スエズ運河を取り戻し、地中海は比較的安全になったと言っても、戦艦クラスの艦娘を2名も送ってくるなんて、イタリアは太っ腹なのか、外交で何かしらの取引があったのか。気になるところです。

 

 先日、呉に行く機会があり、呉の鎮守府司令官をお目にかかりました。聞いて驚くでしょうが、呉の司令官は立派な髭を蓄えられていました。ご本人いわく4月ごろから生やし始められたそうで、理由はご同輩から自分は少し威厳が足らない、と言われたからだそうです。確かに前に比べれば、威厳は増したように思いましたが、十六駆の時津風に相変わらず遊ばれていたので髭の効果は薄いようです。姉達も日本に帰ってきたら弄ってあげてください。

 

 私は5月末からラバウルにいます。ラバウルは赤道付近なのでとても暑く、近くの火山からは噴煙が立ち上っています。一応夏と冬があるそうですが、赤道が近いので目に見て分かる違いはないでしょう。ラバウルとは違って、アメリカは国土が広いので、様々な気候が見れるのではないでしょうか? 日本に帰ってきたらたくさん話をしてください。

 今、ラバウルにはたくさんの艦娘が集まってきています。それも戦艦や空母といった主力艦が集まってきています。噂によればサーモン諸島(ソロモン諸島)に大規模攻勢をかけるらしく、このラバウルで攻勢準備をしているらしいのです。元の世界では私と吹雪が沈んだところであり、この世界では2年前から戦い続けてきた因縁の地ですが、今回の作戦で終わりになるのでしょうか。

 そちらはノーフォークを落としたのならば、順に行けば西インド諸島、パナマ運河でしょうか。私達がサーモン諸島を攻略するのならば、深海棲艦はサーモン諸島に増援を送るでしょう。西インド諸島やパナマ運河からも増援は出るはずです。攻略の時機にもよるでしょうが、西インド諸島とパナマ運河は意外に簡単に落とせるかもしれませんね。

 

 便箋の行が尽きてきました。貨物重量の関係で便箋の枚数は指定されているのです。まだまだ書きたいことはありますが、そろそろ終わりです。

 何卒、あまり無茶をなさらないようお気を付けください。そして武運長久を。

 

吹雪型5番艦 叢雲より

 

 追伸

 五枚ほど写真を同封します。私が撮影したものではないですが、遠いアメリカで日本を思い出してくれる品になると嬉しいです』

 

「やっぱり読めない」

 ファラガットは日本語で書かれた読めない手紙を置いて、10枚の写真の方に手を伸ばした。もう手紙を開いてしまった。ここまで来たのなら、写真も見てしまえ。

 拾い集めて重ねた5枚の写真の一番上にあった写真は、噴煙が昇る山をバックに撮った十数人の女子と数人の男性の集合写真だった。

 男性は飾緒がついた白い軍服を着ている。女子は吹雪と同じようなセーラー服にスカートの子もいれば、紺のブレザーにスカートの子、ワンピース型のセーラー服を着た女子もいる。地面は白色と黄色のラインが引かれたコンクリートで、写真の端っこには小さく双発ジェット機が映っている。

 この十数人の女子が艦娘なのだろう。ファラガットはそう思った。日本の艦娘はみな、吹雪のようなセーラー服を着ているものかと思っていたが、別にそういうわけではないらしい。しかし、ワンピース型のセーラー服というのはいかがなものか。いや、ワンピース型なのはいい。問題はその丈だ。短すぎやしないか。

 裏面を見ると、「Rabaul june 14,2015」と書かれていた。

「ラバウルか……」

 ラバウル。パプアニューギニア東北のニューブリテン島にある都市の名前だ。ファラガットにとってラバウルは見たことがある土地ではない。しかし、船員達がなんども言っていた覚えはある。

 聞く話によれば、ラバウルからは日本軍機が毎日のように飛び立ち、ガダルカナルの海兵隊や輸送艦を攻撃していたらしい。ファラガットはソロモン諸島東部の方でシーレーン護衛やサラトガの護衛をしていたのでラバウル航空隊の攻撃を受けたことがなければ、迎え撃ったこともない。カエル跳びされて、取り残された戦場。そんなイメージだ。

 2枚目の写真を見る。今度はウェーブのかかったブロンドの髪をアンダーポニーでまとめた垂れ目ぎみの女性と丸めがねをかけた癖毛の茶髪の女性が映っていた。黄色人種ではなく、白人だ。日本海軍に出向しているヨーロッパの艦娘だろうか。どちらかというとイタリア系の顔である。イタリアといえば地中海ではそれなりの海軍を持っていた、とファラガットは記憶しているのだが、あまりイタリア海軍の話を聞いたことはない。正直言って、ファラガットにはイタリアは対戦終結間近に枢軸国を裏切って連合国側についたイメージしかない。

 3枚目の写真。ピンク色の花が咲いた木だ。ニューヨークにもあるサクラだろうか。建物の中から撮影したのか、窓のサッシが映っている。

 4枚目の写真は机に座って書類仕事をする男性の写真だった。黒い軍服を着ていて、口ひげを蓄えている。写真は男性に断りもなく撮影したのか、男性は顔を上げ、大きく目を見開いていた。階級章が少し見える。上下端に黒のラインがあり、白い花の飾りが2つついている。写真のように書類仕事をしていると言うことは決して低い階級ではない。はたしてこんな突然写真を撮っていいものやら。ファラガットとしてはは撮影者の安否が気になるところだ。

 5枚目は携帯食糧らしきものを海上で交換し合う2人の艦娘の写真だった。片方はおそらく戦艦クラスの艦娘、もう片方はグレーのブラザーベストとスカートを着た艦娘だ。吹雪と同じ12.7㎝連装砲を持っていることを見るに駆逐艦だろう。ただ戦艦クラスの艦娘の肌が白い。写真の裏面を見ると「West Arabian Sea May 23,2015」とある。

 西アラビア海。インド半島とアフリカ大陸の間にある海の西側ということだろう。スエズ運河は深海棲艦から取り戻されたと聞くし、戦艦クラスの艦娘はヨーロッパの艦娘だろうか。よくよく見てみればイギリス王立海軍の小さい旗がマストにある。イギリスの戦艦。ウォースパイトあたりだろうか?

 日本の艦娘がイギリスの艦娘に渡している物は銀紙に包まれた黒い棒だ。吹雪が話していたヨウカンというものだろうか。

 イギリスの艦娘が日本の艦娘に渡している物はビスケットだ。MREにもビスケットはあるが、この写真のビスケットの方がはるか美味しいだろう。イギリスは普通の料理に関してはともかく、お菓子は美味しいと聞く。

 ファラガットは写真を見て微笑んだ。第二次大戦では日本とイギリス。両方、敵同士だったのだ。イギリスの威信であった東洋艦隊のプリンス・オブ・ウェールズやレパルスはマレー沖海戦で日本に沈められ、後々には空母ハーミズも沈められている。日本側だって終戦間近で巡洋艦あたりをイギリス海軍に沈められている。

 それが今、この世界ではこうして携帯食糧を交換し合っているのだ。もちろん吹雪達がアメリカに来て、アメリカ軍の一員として(あくまで第一次大戦のロシア軍団と同じような形だが)作戦に参加していることから考えて当たり前なのだが、こうして写真として示されると、戦争は終わったのだと、そう思う。

 

『 私達、第十一駆逐隊はみな元気です。アメリカの風土にも慣れ、アメリカの艦娘達もみな優しく、訓練も良く励んでいます。

 アメリカは資源大国なこともあり、ノーフォークの湾港機能回復の為の資材輸送もほとんどが鉄道で賄われているので、日本にいたときのように輸送船団の護衛というのはあまりありません。なので海に出るのは演習や訓練、哨戒、作戦時くらいのものになっています。

 日本駆逐艦の本領である対艦戦闘の訓練ではアメリカの駆逐艦娘に引けを取らないのですが、対潜戦闘ではかないません。水雷戦の訓練などではこっちが教える立場ですが、対潜戦闘の訓練ではこっちが教えられる立場になっています。それに探針儀や電探の性能がかなり違うのです。探針儀は明瞭に聞こえますし、配備されているSKレーダーという電探はちょっと頭を出した潜水艦でも捉えることが可能です。22号電探を久しぶりに使ったらノイズが多くて、びっくりしました。日本の装備開発の妖精さんや技術者の皆さんにはもっと頑張って欲しい所です。

 手紙が日本に届くくらいにはもう始まっているでしょうが、ノーフォーク、西インド諸島に続いて、アメリカはパナマ運河を攻略する予定です。パナマ運河には潜水艦クラスの深海棲艦がたくさんいるそうなので、ノーフォークのときのように活躍するのは難しいかもしれません。教えに行って教えられるのは不思議な気分です。

 

 アメリカの艦娘は日本の艦娘にライバル意識を持っている艦娘が多いです。ファラガット級一番艦のファラガットは私を常にライバル視していて、なんとか追いつこうと熱心に訓練しています。他にも最近着任した戦艦サウスダコタは「今度こそ、霧島には負けない!」と息巻いていました。多くの戦艦艦娘が言うのですが、機動部隊ではなく、戦艦対戦艦の砲撃戦がやりたい、とのことです。大艦巨砲主義への夢は日本もアメリカも捨てていないようです。一方で空母の艦娘はそういう戦いに関しては興味がないようです。

 そういえば、日向さんが渡してくださったあの瑞雲は水上機母艦ラングレーが大事に使用しています。ラングレーはアメリカ初の航空母艦のあのラングレーです。つい最近、瑞雲は火星から2000馬力の米国製エンジンに換装されたり、機銃をアメリカのものに変えたり、改造されました。性能も結構上がったようです。

 

 アメリカの食べ物は基本的に量が多く、味が濃いです。あと肉料理も多いです。種類は多民族国家名こともあって、様々な種類があります。主食だけでもパンや豆料理やジャガイモ料理、パスタやシリアルとたくさんあります。デザートも充実していてゼリーやアリスクリーム、ドーナツと毎食変わります。アメリカの食糧生産事情は日本に比べれば、かなり良かったようで、食料量販店やドーナツ屋さん、ハンバーガー屋さんなど飲食店も普通に営業しています。やはり豊かで広大な土地を持っているというのはそれだけで強みですね。

 だいたいの食事は美味しいのですが、「MRE」と呼ばれる戦闘糧食はとにかく美味しくありません。あれは別の領域です。あくまで戦闘糧食なので毎日食べる、という代物ではありませんが、食べるのなると皆、露骨に嫌な顔をします。私達が食べるのは艦娘用のMREなのですが、これは整備兵達に言わせると通常のMREよりもまずいそうです。

 

 アメリカ海軍はもう十分なくらいに艦娘戦力を整えました。おそらく、パナマ攻略が終了してから、私達は日本に帰国することになるでしょう。具体的な月日はまだ分かりませんが、そう遠くはないと思います。

 その日まで、アメリカ海軍の指揮下の元、日本海軍の一部隊として一生懸命、頑張っていきたいと思います。

             第十一駆逐隊一同』

 

「うまくやっているようだな」

 日向はラバウル基地の宿舎でコピーされた手紙を読んでいた。

「瑞雲を改造か……」

 手紙と共にコピーされた写真の一枚には改造された瑞雲の写真もある。ネイビーブルーで白星の国籍マーク。一回り大きくなった機首、翼から飛び出した銃身。しかし、確かに瑞雲だ。

「こちらだって誉を積みたいものだ……」

 誉は紫電改や流星、彩雲に搭載されているエンジンだ。小型軽量の2000馬力エンジンである誉を瑞雲に積めば、アメリカで改造された瑞雲以上に高性能を示せるのは間違いない。しかし、誉の生産数にはあまり余裕がない。流星や彩雲に搭載する分で一杯一杯だ。とても瑞雲用に回してくれるほど余ってはいない。火星の改良型で何とかするしかないのが現状だ。

「イギリスの水冷エンジンが積めれば……いや、それだと被弾に弱くなる。水冷エンジンは冷却水が漏れてしまえばお終いだからな」

 うーむ。ベットに寝転びながら、いろいろと考えていると部屋の戸をノックする音が聞こえた。

 日向は手紙と写真を机に置いてから、立ち上がり、戸を開けた。

 扉の前にいたのはカーキの軍服を着た陸軍兵だった。制帽は手に持っており、胸に拳銃のホルスターを下げている。二の腕には「憲兵」の赤文字が入った腕章。

「ラバウル基地憲兵隊から参りました。土井匡憲兵大尉であります」

 土井憲兵大尉は憲兵手帳を取り出し、身分を明かす。

「憲兵が何か?」

「艦娘、伊勢型航空戦艦日向。貴殿には『艦娘装備品の不正持ちだし』に加え、『書類偽造』の疑いがかけられています」

「『艦娘装備品』とは具体的に何だ?」

「水上偵察機瑞雲一一型です」

 なぜばれた? おそらくこの土井とやらが言っている瑞雲はミッドウェイで吹雪に与えた瑞雲に違いない。あのときの瑞雲は書類上は戦闘で消失したことになっているはずである。写真でもなければ、ばれようがない――――いや、あるじゃないか。写真。さっきまで私も手に持っていた。

「ご同行お願いします」

 日向はおとなしく従った。

 さあ、日向の明日はどっちだ!




始末書と謹慎をさせられることになりましたとさ。日向はいろいろなところにパイプを持っているからね。軽く済むのさ。普通の兵がやったら重営倉入りだぜ。


 今回の話はkouyouさんの「集合写真とかどうかな?」との要望で書いたのですが……写真と言うよりも手紙になっていますね。はい。
 大まかなプロットを考える段で、「ちょいと待て。日頃からあんな格好しているわけがない。私服は極めて普通だろ。常識的に考えて」となってしまい、「アメリカの方でも過激な服装あるんじゃないか? 別に変に思わないんじゃ?」という風になって「写真より手紙の方が良くない?」という風になりました。kouyouさん、ごめんなさいね。


余談
 霞改二および改二乙カワイイヤッター!! 改二の服装は実際おしゃれでかわいい。中破しても失わない凛々しさと覇気との対比により霞のかわいさは実際倍。スカートからのチラリも実際奥ゆかしい。しかし、一番の魅力は中破時に魚雷発射管が取れた左足の太もも。魚雷発射管が左腕から両足に移ったのは陽炎型や特型、夕雲型との艤装共通化の思惑が見え、ポイント重点。左手に持つ機銃座は末期に砲塔を一基降ろして機銃を搭載したことを意識している!
 つまり何が言いたいか。霞改二および改二乙カワイイヤッター!!
 というわけでケッコンカッコカリしてくる。

 霞は第十八駆逐隊の皆さんと一緒に外伝で登場します。
 本州や北海道の方は雪やら強風やらで大変ですが、皆さん、お体を大切に。風邪も引かないようにね。


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第38話「パナマ運河へ」

 パナマ運河。

 パナマ共和国のパナマ地峡を掘って、太平洋とカリブ海を結んだ運河である。この運河を通れば、南アメリカ南端のマゼラン海峡や南アメリカと南極の間のドレーク海峡を回り込まずとも、アメリカ大陸東海岸と西海岸を海運で行き来ができる。

 仮に横浜ニューオリンズ間を船で移動するのにパナマ運河とマゼラン海峡を使用した場合で比べてみよう。マゼラン海峡を通る場合、距離は16,557km、日数では46日かかる。パナマ運河を通った場合では、距離は9,129km、日数では25日かかる。マゼラン海峡を通る場合ではパナマ運河を通る場合と比べ倍近くの日数と距離がかかるのである。

 非常に便利な運河だが、只というわけではない。パナマ運河には通行量があり、排水量1tにつき、1ドル39セントの通行量がかかる。しかし、時は金なり、というように短時間で輸送したい場合や、燃料を節約して、大西洋と太平洋を行き来するなら、パナマ運河を使わない理由はない。もちろん、海上運輸のみならず、軍事行動においてもだ。

 だからこそ、パナマ運河を支配する深海棲艦の親玉、潜水水鬼はパナマ運河を離れなかったのだ。

 もし西インド諸島に続いてパナマが陥落すれば、アメリカの艦娘達は日本の艦娘達と合流するに違いない。今現在(2015年9月始め)、サーモン諸島は極めて危険な状態にある。すでにサーモン諸島の半数の島が人間に奪還され、ガダルカナル島やコロネハイカラ島では上陸した人間達といまだ戦闘状態にあるが深海棲艦側が劣勢だ。海戦でも深海棲艦側が劣勢であり、フィジー諸島やサンタクルーズ諸島、サンクリストバル諸島にまで追い込まれている。

 こんな戦況にパナマ運河が人間の手に戻って、アメリカの艦娘達がサーモン諸島の深海棲艦の後ろを突けば、精強なサーモン諸島の深海棲艦といえど、ひとたまりもない。殲滅されてしまう。

 深海棲艦にとって、パナマ運河が陥落するのは絶対に許されないことだった。

 

 9月2日。曇り空の下、5隻の艦がパナマ方面に向かって航行していた。艦隊は輪形陣を取っており、その輪形陣を取り囲むようにして十数名の艦娘が護衛に付いている。

 通常艦艇で一番先頭を走っているのがラップウイング級輸送フリゲート『アウル』。『ラップウイング』に続いて建造されたラップウイング級の2番艦である。艦隊の左右にいる艦も同じくラップウイング級の3番艦『ロビン』、4番艦『スワロー』である。中央にいるのが西インド諸島攻略作戦ハッピースモーカー作戦でも旗艦を勤めたブルー・リッジ級揚陸指揮艦『ブルー・リッジ』。

 そして最後尾の艦がオースティン級艦娘母艦『ダルース』である。元はドック型揚陸艦だったオースティン級を改装したものだ。

 艦娘母艦は性質としては潜水艦母艦に近い存在である。

 居住性や食料搭載能力が低い潜水艦に食料、備品の補充、燃料や魚雷の補給のほか、各種部品の修理などの整備、乗員の入浴や食事、宴会会場提供をするのが潜水艦母艦だ。

 その潜水艦母艦の「潜水艦へ」を「艦娘へ」に変えたようなものである。

 艦娘は機械のように疲れを知らないわけではない。疲れもするし、お腹も減る。戦闘がなくても1日ずっと航行していれば疲労がたまり、戦闘でのミスも多くなる。食事も一日三食取るべきだが、艦娘が海上で数日分、多ければ数週間分の食料、水を携行するのは無理である。

 そんな長距離・長時間任務に適していない艦娘を支援すべく建造されたのがラップウイング級輸送フリゲートである。しかし、本土から離れた土地で艦娘を活動させる場合、ラップウイング級では継戦能力が不足することが危惧され、暇をもてあそんでいたオースティン級ドック型揚陸艦が艦娘母艦として改装されたのだ。

 武装はCIWSや機銃だけの状態から非常に強化され、Mk.45 5インチ速射砲が2門、ボフォース40㎜/70 4連装機銃が4基になった。しかし、特筆すべきは武装ではなく、艦内部だ。

 元ドック型揚陸艦のため、内部空間には余裕がある。そのため、艦内の施設は非常に豪華だ。大浴場もあれば、美容室、図書館、教会もある。食堂も広くなって、調理器具も最新の新品に変えられた。艦娘達の部屋はさすがに個人部屋というわけにはいかないが、2段ベットや3段ベットというものはなく、普通のベットである。

 普通のベットなど、艦長といった重役でなければありつけない代物である。それが艦娘全員にあるのだ。

 ちなみにラップウイング級の艦娘用ベットは2段ベットであり、『ロビン』や『スワロー』に配属された艦娘は己の運の悪さを呪ったという。

 

 グリッドレイ級駆逐艦グリッドレイは艦隊の護衛任務が終わり、シャワーを浴びて、自室に戻るなり、ベットに飛び込んだ。

「ベッドふかふかーっ!」

 グリッドレイは基地にあるベットよりも柔らかい『ダルース』のベットに感動して、ベットの上をごろごろしたり、飛び跳ねたりした。

 少し遅れて戻ってきたグリッドレイ級2番艦クレイヴンは姉がシーツにくるまって大喜びしている様子に驚いて、どうしたの? と声をかけた。

「2段ベットじゃなくて、1段だよ! 1段! しかもマットが柔らかい!」

 グリッドレイは大喜びだ。通常、広さに限度がある艦艇のベットは2段か3段ベットである。しかし、『ダルース』は元ドック型揚陸艦であり、乗員400名の他、900名におよぶ兵員を収容することができるだけのスペースがある。しかし艦娘母艦になり、900名の兵員に使われていたスペースが100名以下の艦娘で使うことになれば、一人当たりのスペースは単純な計算で9倍。一段ベットを置くことなんて造作もないことだった。

「そうやって埃を立たせてないで、ご飯食べに行こうよ」

「そうだね。うん、お腹すいちゃった」

 グリッドレイとクレイヴンは食堂に向かう。むろん、食堂も広く、豪華だ。

 大型艦となると食堂は士官用と下士官、兵曹用の2つの食堂があり、士官用食堂はいくつかの部屋に別れている。『ダルース』の場合、ワードルーム(士官室)1、ワードルーム2と2つの部屋に別れている。艦娘は階級こそ与えられていないが、士官扱いなので、士官用食堂に入る。

 ワードルーム1は艦内の士官社交場のようなところであり、全員正装、つまり制服を着用しなければならない。しかし、いわゆる大衆食堂の形ではないので、ご飯はすべて給仕がついて出される。

 ワードルーム2は略装が良い部屋であり、ツナギや部屋着といったルーズな服装でもOKである。グリッドレイ達は制服ではなく、部屋着なので、ワードルーム2の方に入った。

 ワードルーム2はすでに食事を取る人達で賑わっている。今日の食事はミートボールスパゲッティとピザ一切れ、煮豆と野菜のサラダとオニオンスープ。食事内容に士官と下士官、兵曹で違いはない。では何が違うのかというとごく簡単なことである。皿に盛りつけてあるか、一体型のトレーに盛りつけられるか、ということだけだ。

「さて、食べましょう!」

 

 潮風に晒されたビスケットは少ししょっぱかった。

 護衛中、小腹が空いたファラガットは『スワロー』艦内の売店で買った5枚セットのビスケットを食べていた。一度に全て食べるのはもったいないので、5枚中2枚を布に包んで持ち出していたのだが、そのせいで塩の味がする。ただMREのビスケットではないので薬っぽい味もせず、付いた塩味がアクセントになって、普通に美味しい。

 できるだけビスケットのカスを落とさないように食べる。ないとは思うが、深海棲艦がビスケットのカスを目印に追ってくるかもしれないからだ。第二次大戦の潜水艦などは艦が出した物を追跡して、敵船団を見つけ出したりしている。

 空はいちめん厚い雲に覆われており、翼に対潜ロケット3.5インチFFARを積んだTBFアヴェンジャーが複数機飛んでいる。雲の上にはP-3Cオライオンもいるはずだ。

 今回の作戦、ゴールド・ダスト作戦での主敵は潜水艦クラスである。

 パナマ運河の深海棲艦はそのほぼ全てが潜水艦クラスであり、少しだけ巡洋艦クラスと駆逐艦クラスがいるのみである。そして陸上深海棲艦は全くいない。そのため、参加戦力は海軍と空軍のみだ。

 ファラガットはこの作戦を楽かもしれないが、面倒な作戦だ、と思っていた。潜水艦を積極的に狩らなければならないのである。

 こちらにはレーダーと大量の対潜哨戒機、『ブルーリッジ』や『ロビン』、『スワロー』に搭載された電波方向探知機などがある。しかし、ぱぱっと数日で敵を全滅できるというわけではない。確実に長丁場になる。だからこそ、『ダルース』がいるのだが。

「しかし、あたしは運が悪いなぁ」

 ファラガットは残念なことに艦娘母艦『ダルース』ではなく、ラップウイング級輸送フリゲート『スワロー』に配属されたのだった。『ダルース』は2段ベットではなく、一段ベットだというし、料理を作るシェフは海軍の中で選りすぐりを集めたという噂だ。しかもその他の慰問施設も充実しているだとか。うらやましい限りである。

 ファラガットは2枚のビスケットを食べ終わり、ため息を吐きながら、包んでいた布をポケットに突っ込んだ。

 

 かつて西インド諸島の深海棲艦に属し、処女航海中の『ラップウイング』を攻撃、ファラガット達と交戦し、米空軍のA-16が発射したAGM-65マーベリックによって腕を落とされたリ級。彼女は西インド諸島から離れ、パナマにいた。

 失った右腕。それに代わる物を彼女は手に入れていた。いや、代わる物というのはおかしいだろう。物をつかんだり、握ったりすることはできない。正しくは新たな武器と言った方が良いだろう。

 隻腕のリ級は右肩から背中にかけて、皮膚が腫れたように大きく盛り上がっていた。そして背中側には直径15㎝ほどの大きな穴が開いている。

 これは何か。正体を言えば、輸送ワ級である。ワ級の変異体がリ級の右肩あたりと融合しているのである。よくよく見れば、ワ級頭部の牙がリ級の胸あたりに残っている。

 リ級の右肩に融合したワ級の変異体だが、これは潜水水鬼がサーモン諸島の深海棲艦に無茶を言って、パナマに配備してもらったものだった。サーモン諸島の深海棲艦にとって非常に手放したくなかった個体なのだが、パナマが陥落すればにっちもさっちも行かないこの状況において、サーモン諸島の深海棲艦は潜水水鬼の要求を呑むしかなかった。

 潜水水鬼はそのワ級の変異体を手に入れたは良かったものの、このワ級変異体は戦闘向きではなかった。足は遅いし、障壁の強度もない。前線で使える代物ではなかった。

 当然と言えば当然である。ワ級の変異体といっても所詮、元が輸送任務に特化した深海棲艦であるワ級である。ちょっと変化した程度で、戦闘に強くなるわけではない。

 そこで隻腕のリ級が言った。

 

 自分と同化させたら、いかがか?

 

 深海棲艦は艦娘と戦う中で治療法というものを確立した。生きている個体と死んでいる個体を合体させることで1つの個体とする、という治療法だ。出血も止まれば、死んだ個体の武装も使えるようになる。

 泊地水鬼は、隻腕のリ級が言った案をすぐに採用した。リ級の右肩から背中あたりまでを削り取り、殺したワ級変異体をくっつけた。かなり、手荒な方法だが、うまくいった。ワ級変異体の機能を維持したまま、隻腕のリ級に取り付けることに成功したのである。

 これで砲弾が飛び交う最前線でもワ級変異体と同じことができるようになる。パナマ運河の戦力は大幅に向上したと言っても過言ではなかった。

 

 レーダーピケット潜水艦から潜水水鬼に敵発見の報告があがってきたのは、9月4日21時57分のことだった。ファラガットがビスケットを海上で食べていた時間から2日と6時間あまり後である。

 レーダーピケットとはレーダーを使った見張りのことであり、要はレーダー網のことである。潜水水鬼はレーダーを搭載した潜水艦をカリブ海を横切るように多数配置していた。そのレーダー網に『ブルーリッジ』以下通常艦艇5隻、護衛の艦娘が引っかかったのである。

 潜水水鬼はすぐに付近の潜水艦に攻撃命令を出す。

 ゴールド・ダスト作戦の火蓋はもうすぐ切られようとしていた。

 




 ファラガットって出る度になにか食ってねぇか? と書いてて思いました。別にそういうわけではありませんが、ものを食べているシーンは多い気がしますね。
 「艦娘母艦」とgoogleで検索すると、けっこうヒットします。大体の場合、ウェルドックを備えたドック型揚陸艦と同じ形か、一等輸送艦のようなスロープ形式、カタパルトで打ち出す形式が多いようですね。
 ウェルドック形式は出撃、収容が楽だが、大型艦でないとウェルドックは装備できない。スロープ式は改装および管理はしやすいが、発進方向は艦の進行方向と逆になる。カタパルト形式は艦娘の急速展開が可能だけれど、収容が難しく、カタパルトの整備も大変。
 思いつくあたりではそれぞれ長所と短所がありますね。どれが一番良いか、と言うのは難しいと思います。

 さて、パナマ攻略作戦「ゴールド・ダスト作戦」開始です。
 レコンキスタ作戦とは違い、今度は陸上戦が出てこず、水上戦と水中戦です(あとほんの少し空中戦)。
 TBFアヴェンジャーや瑞雲が発射する対潜ロケット3.5インチFFAR! 艦娘と連携するP-3C! リ級と融合したワ級変異体の能力とは? そこから繰り広げられる潜水艦艦娘VS潜水艦級深海棲艦の水中戦! 爆雷と砲弾の爆発が海をかき混ぜます!
 次回、「海中を走る閃光」。よろしくお願いします。 


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第39話「海中を走る閃光」その1

対潜ロケット弾 3.5インチ FFAR
 航空機から潜水艦を攻撃する兵器として第二次世界大戦中のアメリカ合衆国で開発されたロケット弾。
 ロケット弾の弾頭は鋼鉄製であり、炸薬は入っていない実体弾である。高い飛翔速度と弾頭重量による運動エネルギー弾として、敵潜水艦の耐圧殻を突き破る。水中に入って約43m進んでも致命傷を与える運動エネルギーを残しているため、パイロットは実際の潜水艦の大きさの数倍の範囲を目標として狙うことが可能。



 『ブルーリッジ』艦内のCIC(戦闘指揮所)の大型画面には、様々な色のアイコンが無数に表示されている。青色のアイコンは自艦『ブルーリッジ』。緑色のアイコンは味方。赤色のアイコンは敵だ。赤のアイコンは青と緑のアイコンを取り囲もうとするかのように移動している。

 この画面のデータは他の艦『ラウル』、『ロビン』、『スワロー』、『ダルース』にも送られ、各艦の通信手達はこのデータを元に赤アイコンの座標へと艦娘達を誘導する。

 赤のアイコン。これはすべて、深海棲艦の潜水艦である。米軍は付近にいる敵潜水艦の位置をほぼ正確に把握していた。

 深海棲艦はレーダー波反射面積が小さいため、レーダーには映りにくい。まして海面に頭しか出さないは、なおさら映りにくい。しかし、レーダーだけが敵を捉える方法ではない。

「深海棲艦、よくこんなに電波を出せますね」

「こっちの技術力を知らないからさ」

 蒼い明かりが満ちるCICに詰める兵はそんな風に深海棲艦をあざ笑った。米軍は深海棲艦の出すレーダー波と通信電波から、レーダーピケット潜水艦の位置だけではなく、付近にいるすべての潜水艦の座標を導き出したのだ。

 方法は極めて簡単である。敵の電波が来る角度を2隻の艦がそれぞれ測定し、その2つの値を「d=(ℓsin(α+β))/(sinαsinβ)」という公式に放り込んでやれば電波を発している敵の座標が分かる。ℓが2隻の艦と艦の距離、αとβが角度、dが敵までの距離である。これを三角測量という。軍事だけではなく、地図の作成などにも用いられる日常的なものだ。

「もっとも、こっちに艦娘っていう有効な攻撃手段がなければ宝の持ち腐れだがな」

 人間が深海棲艦と戦い始めた当初でも電波の三角測量で同じように深海棲艦の捕捉はできた。しかし、攻撃するとなると話は別である。現代における対潜水艦兵器は爆雷ではなく、潜水艦攻撃用の魚雷、短魚雷である。短魚雷はソナーを備え、目標まで自律誘導できる魚雷なのだが、潜水艦クラスの深海棲艦に対しては、その短魚雷のソナーが潜水艦クラスの深海棲艦を捉えることができなかったのだ。センサーを敏感にすれば捉えられないことはないが、その場合、目標のエコーだけでなく、ノイズも捉えてしまって、明後日の方向に行ってしまうこともある。鹵獲の危険も増えてしまう。

 無誘導の対潜ロケット砲や爆雷などを装備している国はそれなりの戦果を上げることができたが、米軍の場合、完全に短魚雷に移行していたため、かなりの被害を出している。

「だが、今は艦娘がいる。敵までうまく誘導してやれば……」

 

 月も出ていない漆黒の夜。ワイルド・ウィーゼルのF-4GファントムⅡがレーダーピケット潜水艦を撃破したのと同時に艦娘達は敵潜水艦への攻撃を開始した。吹雪達も攻撃に参加している。

「白雪ちゃんはキラーね。私はハンター」

 白雪は頷き、爆雷投射機の準備をする。ハンターは目標を探知する役目であり、キラーは目標を捕捉・攻撃するのが役目だ。このように役割分担して攻撃することをハンターキラー戦法という。

 敵潜水艦も吹雪達が近づいたことで自分が見つかったことを理解し、急速潜行する。しかし、潜水艦の最大の強みは隠密性。見つかった時点で敵潜水艦は負けているも同然だ。

 QCアクティブ・ソナーを使って、水中を探る。放たれた探針音は音速の二倍の速さで水中を伝わり、すぐ敵潜水艦に反射し、戻ってくる。

 その反響波からおおざっぱに距離を割り出して、白雪は爆雷を放った。小さな爆発音と共にドラム型の爆雷が次々と飛んでいき、次々と海に落ちる。

 しばらくして水中で爆発。その振動は海面にいる吹雪と白雪にも伝わる。

 爆発が止んでから、吹雪は再び探針音を発した。反響波が返ってくれば、まだ撃沈できていない。返ってこなければ撃沈はほぼ確実だ。

「返ってこない。撃沈確実」

「やった」

 白雪は小さく歓喜の声を上げた。

「念のために、もうちょっと落としておこう」

 吹雪と白雪はさらに爆雷を投下して、母艦に戻った。

 

 返事が返ってこない。

 潜水水鬼はもう夜が明けようとしているのに、攻撃部隊から何の報告も帰ってこないことに不安を感じていた。

 人間達の艦を攻撃した潜水艦は1チーム3隻で編成された4チーム。計12隻である。

 その全艦から「攻撃成功」どころか「攻撃失敗」という報告すらあがってこない。少なくとも1チームに1隻いるレーダーピケット潜水艦は戦況次第で攻撃方向を変えるため、他2隻の近くはいないはずなのだ。簡単にそれぞれ別の位置にいる12隻がやられるわけがない。

 電波妨害のために通信ができない可能性はあるが、攻撃部隊がいる海域の隣の海域に展開していた部隊とは普通に連絡が取れ、「隣の海域から爆発音がした」と報告が来ている。

 潜水水鬼は「攻撃部隊は壊滅」という1つの結論を出すしかなかった。

 なぜやられたか? 潜水水鬼は原因を考えるが、結論は出ない。

 自分がこの目で見るしかないだろう。潜水水鬼はパナマ運河の前から敵艦の方に向かって動き出した。

 

 東の空に太陽がひょっこり顔を出し、漆黒の海と空は南海の青さを取り戻していく。

 エセックス、インピレット、タイコンデロガ、シャングリラ、サンガモン、スワニーの6隻の空母艦娘が夜明けと共に艦載機を発艦させた。その数、103機。十数機はF6FやF4F-3Aといった戦闘機だが、他はすべてTBF/TBMアベンジャーだ。

 90機近くのアベンジャーはそれぞれ4機編隊を組んで、獲物を見つけるために飛んでいく。

 そしてもうひとつ付け加える存在がある。アヴェンジャー編隊の上空を飛行しているP-3Cオライオン対潜哨戒機である。P-3Cは戦場には少々似つかわしくない丸みを帯びたデザインの4発機で、ソノブイ・システム、センサー、レーダーを備え、潜水艦を狩ることに特化している。

 特に今回のゴールド・ダスト作戦に参加した機は赤外線暗視装置と逆合成開口レーダーを備えた最新型で時間をかければ頭だけを出している半没状態の潜水艦クラス深海棲艦も探知することができる。

 このP-3Cが敵潜水艦を見つけ、TBF/TBMアベンジャーが攻撃を行うのだ。場合によってはP-3Cが攻撃を行うこともある。

 P-3CとTBF/TBMアベンジャーは共に敵潜水艦を探して、そこらじゅうを飛び回った。

 

 この潜水カ級に限らず、潜水艦クラスの深海棲艦にとって水面に頭を出している状態が一番楽な状態だった。深海棲艦といえど、えらのような水中で呼吸ができる器官があるわけではない。水中では常に息を止めているようなものであり、それが人間や他クラスの深海棲艦よりも長くできるだけなのだ。もちろん、水中運動性が良いというのもあるのだが。

 なので、この潜水カ級も敵が来ない限りは頭を海面に出し、警戒しながらも、ゆったりと次の命令を待っていた。水の流れでワカメのようにゆらゆら揺れる長い黒髪と最大仰角まで起こされた砲のおかげで警戒しているようにはあまり見えないのだが、この潜水カ級なりに敵の接近には気を配っている。敵の対潜哨戒機や駆逐艦が近づいてきたとしても、攻撃の前に深く、遠くに逃げることができる。ニューギニア戦線ではそうだった。そう、カ級は経験則として持っていた。

 確かに経験則は大事である。しかし、潜水カ級は経験則ゆえにP-3Cの逆合成開口レーダーに捉えられていることに気づいていなかった。

 ぐうううううん。

 潜水カ級はTBF/TBMアベンジャーのエンジンとプロペラの風切り音を聞いて、すぐに潜行、海面の下に姿を隠す。

 経験則からいうと、飛行音が聞こえた時点で潜れば、対潜哨戒機は潜水艦を見つけることはできず、そのまま素通りする。しかし、もうすでに潜水カ級は見つかっているのだ。 そうとは知らない潜水カ級は20m程度の深度で潜行するのはやめた。海面より上の音は聞こえず、海中は静かで時折イルカの鳴き声が聞こえてくる。

 対潜哨戒機がまっすぐ自分の方に向かって来ているのなら、そろそろ上空を通過するあたりだろうか?

 のんきにそんなことを考える。

 ポン。そんな軽い音が頭上から聞こえた。爆雷や対潜爆弾の着水音はこんなものではない。ドボンッ、という鈍く重い音だ。頭上を見つめる。海面が白く濁っている。

 別に悪いことはない。罪なんてない。ただ、この潜水カ級は知らなかっただけである。

 カ級の左20mあたりの海面から海中に無数の矢が飛び込んできた。その矢の群は海中でカーブを描きながら、水平に持ち上がり、潜水カ級に突進する。

 潜水カ級は反応できなかった。3.5インチ FFARが数本命中、皮膚を突き破り、骨を砕き、蒼い血を海中に噴き出させた。

 水圧で血は勢いよく体外に排出されていく。衝撃。痛み。何が起こったのだろう? 意識が薄れていく。体が水圧に潰されていく感覚をその薄れた意識で味わいながら、潜水カ級は水底に沈んでいく。

 

 TBF/TBMアベンジャーのパイロット妖精達はマーカーの白い軽金属粉に混じって、海面に広がっていく蒼い血を見て、わーわー騒いでいた。

 自分たちを褒め称えてわーわー行っているのではない。P-3Cの投下したマーカーの位置を攻撃したらきちんと命中したことに騒いでいるのだ。

 P-3Cすげー。うおー。でも血が広がってるぜー。この量は撃沈確実だー。まじー。ありえねー。すげー。P-3Cすげー。

 パイロット妖精達はP-3Cを褒め称える。P-3Cのクルー達はその声を聞いて、すこしはにかんだ。

 9月5日の対潜哨戒が終了するまでの時間、P-3CとTBF/TBMアベンジャーのタッグが撃沈した敵潜水艦の数は31隻にも及んだ。

 

 潜水水鬼は昼に被った被害に驚きを隠せなかった。パナマ運河にいる潜水艦の数は155隻になる。9月4日の夜に12隻喪失で143隻。それに5日の昼の喪失数を引けば112隻である。全体の27%の数の潜水艦が撃沈されたのである。

 潜水水鬼は今夜の攻撃には24隻を投入するつもりだったのだが、24隻全艦が沈没する可能性がある以上、数は減らさざる得ない。しかも今夜の攻撃は敵の攻撃方法や索敵方法を見定めるための餌なのである。43隻を失った今、損害はできるだけ減らさないと行けない。

 結局、4日の夜と同じ12隻を投入することにした。潜水水鬼は艦載機を飛ばして、観戦する。

 今日は月が出ていて明るい。観戦するにはちょうど良い夜だった。

 

 結果はひどい物だった。艦娘は初めから位置が分かっているかのように、まっすぐ潜水艦の位置まで移動。索敵役と攻撃役に別れ、索敵役がアクティブ・ソナーで位置をしっかり確認し、攻撃役が爆雷を投下。確実に潰していた。

 攻撃位置につけた潜水艦はいない。すべて攻撃位置に付く前に接近され、撃沈されている。

 月明かりの夜。潜水水鬼はひとり震えた。

 いったいどいういうこと? 夜は潜水艦の世界だ。そう簡単に見つかるものじゃない。相手がレーダーを装備していることはかなり前から判明している。レーダーに引っかかったのだろうか? いや、それはない。攻撃位置に付く前、人間と艦娘の艦隊を待ち伏せしていた時点から攻撃部隊は潜水しており、レーダーに引っかかるはずがないのだ。いや、もしや連絡用に使っている無線アンテナとなる部分が見つかったのか? しかし、あれは海面に出ているのはほんのちょっと。自分たちのレーダーではこれっぽっちも映らないレベルの小さな物である。これがレーダーに引っかかったのだろうか? 相手のレーダーの性能は自分たち深海棲艦とさほど変わりない。映るはずがない。ではなんだ? ソナーが優秀なのか? ソナーなら捉えられてもおかしくはない。しかし、ソナーだけではあんなにピンポイントに探り当てるには極めて時間がかかる。最初から位置が分かっているように行動するのは無理だ。

 月明かりでほのかに明るい海中で、潜水水鬼は悩みに悩むが答えは出ない。気づけば、敵艦隊にかなり近づいてしまっていた。距離は500mほど。考えることに集中しすぎたのだ。足の遅い私達である。逃げ切れない。

 落ち着いて音を聴いてみる。艦娘特有の軽い水切り音と通常艦の大きなエンジン音とスクリュー音が聞こえる。いるのは5隻の通常艦と十数の艦娘のようだ。こちらにまっすぐ進んでくる。

 幸いなことに、こっちには気づいていないようだ。気づいているのならば、すでにアクティブ・ソナーを打たれたり、攻撃されていてもおかしくはない。

 こうなれば海中でじっと息を潜めて、通り過ぎるのを待つしかない。下手に動けば、気づかれる。

 見つかるな。見つかるな。見つかるな。見つかるな。

 潜水水鬼は目を閉じて、そう頭の中で唱え続けた。

 音は頭上を通り過ぎていき、少しずつ、少しずつ、遠ざかっていき、やがてほとんど聞こえないくらいまで遠くに行った。

 そうした頃になって潜水水鬼は目を開け、水音がしないよう、ゆっくりと顔を出した。そして息を目一杯吐き、新鮮な空気をたっぷりと吸う。深呼吸を数度繰り返し、気を落ち着かせる。空を見ると変わらず、浮かんでいる。しかし、位置は敵艦隊に攻撃を仕掛けたときの位置からかなり移動している。

 頭に酸素が回ってくると、今度は頭が回ってきた。

 まずソナーが超性能というわけではないだろう。それなら自分は確実に見つかっているはずだ。ソナーがそんな程度なのにレーダーがこれまた超性能ということはないだろう。しかし、攻撃をかけた二晩の24隻は撃沈されている。しかし、単体の自分は見つからなかった。

 もしかしたら連絡に使っているアンテナではなく、電波の方が問題ではなかろうか。敵方が電波が出ている所を探っていけば、間違いなく、発信した潜水艦に行き当たるのである。集団攻撃を行う場合は無線で連絡を取り合って攻撃する。その無線の使用頻度はかなり高い。見つかる可能性は十分ある。

 はっ! 潜水水鬼は自嘲気味に笑った。無線を使う理由は味方と連絡を取り合い、戦果を向上させるためだ。しかし、その無線に戦果を向上させるどころか、自分の位置を知らせ、被害を増さすものとなっていたとは。

 東の空が少し明るくなっている。夜明けだ。2日間、そして44隻の喪失艦は無駄ではなかった。こうして被害拡大の理由を導き出せたのだから。

 潜水水鬼は味方潜水艦との集合地点に向かおうと、進み始めたときだった。

 ぶううううん。航空機のエンジン音とプロペラの風切り音。自分の艦載機だろうか? 他の潜水艦に回収してもらえ、と命令していたはずなのだが……。潜水水鬼は音の方向を向いた。

 明るみが増す東の空に浮かぶシルエットは深海棲艦航空機のものではなかった。

 2つの大きなフロートに大きい主翼。華奢な胴体と尾翼。これは人間の使う水上機だ。それも過去にニューギニア戦線で見たことのある機体である。

 あれは確か……ズイウン。

 




 パナマ運河にいる潜水艦クラス潜水艦は日本海軍と戦ってきた猛者が結構います。後方に下げて新人教育と戦略的な要所であるパナマ運河を守る役目が与えられているんでしょうね。
 さて、今回は(も?)現代兵器が大活躍でした。といってもP-3Cの逆合成開口レーダーはつい最近の技術ですけど、敵の通信電波から三角測量で敵潜水艦の座標を求めるのは第二次大戦の英軍で使われています。詳しくは「短波方向探知機」でググってくれ。
 ちなみにP-3Cが投下したマーカーというのは、この作品のオリジナルです。参考にしたのは旧日本海軍の対潜哨戒機「東海」です。東海のMAD(磁気探知機)が敵潜水艦を探知すると自動的に軽合金(末期は小麦粉)が入ったカプセル(?)を投下するそうです。これを参考にしました。詳しくは、こがしゅうと氏の「まけた側の良兵器集II」を買ってみてください。P-3Cはソノブイが装填されている所からカプセルを投下します。
 
 これから二週間ほど投稿ができないと思います。できるだけ早く投稿したいと思いますが、気長に待ってくださいまし。
 
 瑞雲は潜水水鬼を発見し、攻撃に移る。潜水水鬼の運命は!? 
 順調に進んでいくゴールド・ダスト作戦。そんな中で『スワロー』と『ダルース』は魚雷の爆発に似た、でも魚雷ではない謎の攻撃を受けてしまう! 損害を負った『スワロー』と『ダルース』は当初の予定通り、ニカラグアのブルーフィールズに入港するが……。
 次回、「海中を走る閃光」その2。よろしくお願いします!


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第39話「海中を走る閃光」その2

 意外に書けたので投稿。

 前回のあらすじ
 発動されたゴールド・ダスト作戦。潜水水鬼達は敵艦隊に攻撃を仕掛けるものの、逆に殲滅されるという異常事態に陥っていた。なぜに殲滅されるか? 前線に赴くと共にそれを確認し、確信した潜水水鬼は夜明けと共にラングレーの瑞雲に見つかってしまった。



 何体の潜水艦クラスを沈めれるか? そんな競争が航空機を扱える艦娘の中で始まったのは昨日の朝からだった。トップを走っているのは対潜戦に関してはエキスパートのエセックス級イントレピッドで、びりっけつは水上機母艦ラングレーである。

 しかたないことだ、と瑞雲の妖精パイロットは思うのだ。

 イントレピッドの搭載機数は90機。そのうちの70機が攻撃機のTBF/TBMアベンジャーで占められているのである。一方、ラングレーの搭載機は6機。そのうちの1機が瑞雲で、他5機はOS2Uキングフィッシャーという瑞雲に比べれば超低性能な水上観測機。数と性能の両面で敵いっこないのだから張り合うのはやめたらどうだ、と瑞雲のパイロット妖精はラングレーに忠告するのだが、『ダルース』のアイスクリーム1週間食べ放題券がもらえるのだ、やらずにはいられるか、と息巻いて聞く耳を持たない。

 そんなことだから、瑞雲やキングフィッシャーは日の出した瞬間から対潜哨戒に飛ばされているのだった。少しでも戦果を出すために。

 涙ぐましい努力だが、それゆえに、瑞雲は潜水水鬼を見つけることができたのだ。

 しかし、日の出したばかりの今は空は明るくとも海はまだ暗い。そのため、瑞雲が潜水水鬼を発見するのは潜水水鬼が瑞雲を発見するよりも後だった。

 敵の潜水艦を発見! 攻撃する!

 そんな風に叫び、急降下した時にはすでに潜水水鬼の頭は海面にはなかった。潜行したのである。位置が分からなくなってしまっては、3.5インチFFARを放とうが、対潜爆弾を落とそうが意味がない。パイロット妖精は敵潜の頭があった所から目をそらさず、機首を向けた。

 当たってくれよ。パイロット妖精は発射レバーを引いた。瑞雲の翼下から6発の3.5インチFFARが発射される。緩降下状態で発射されたそれは小さな水柱を立てて、海の中に入った。

 さてどうなる。蒼い血が浮いてくれば命中、何もなければ大外れだ。

 瑞雲は周辺をぐるぐる飛んでいると、撃ったあたりの海から何か飛び出した。それは黒い長髪を持った人の頭。敵潜だ。浮上するということは放った3.5インチFFARが命中して、潜行不能になったに違いない。

 パイロット妖精は思わず舌なめずりした。もう瑞雲の武装はイスパノ・ノイザAN-M1 20㎜機銃しかないが、所詮潜水艦である。20㎜弾程度でも障壁は貫通できるし、反復攻撃すれば仕留めれる。

 潜水水鬼に機首を向けたとき、妖精パイロットは見た。敵潜からレールが延ばされ、そこから深海棲艦航空機が発艦するのを。

 

 自分の艦載機かと思って悠長に確認しようとしていたのが全ての失敗だ。それで潜行するのは遅れ、敵弾を2発も食ってしまった。

 敵弾は矢のような形をしたロケット弾だった。海中に急角度で突っ込んだと思いきや、起き上がってこっちに向かってきたのだから、驚きだ。

 潜水水鬼は水中で障壁を展開したが、悠々と矢は障壁を貫通し、1つは潜水水鬼の右腕に刺さり、1つは脇腹をかすった。泊地水鬼は右手に刺さった矢を抜こうと一瞬手をかけたがやめた。深く潜行したいところだが、それも駄目だ。水圧で押されて傷口から血が抜けていくだろう。敵の攻撃可能深度までしか潜れない。

 あいつを落とさなければならない。落とさなければ味方機を呼ばれ、敵の駆逐艦も来て

やられる。幸いにも艦載機は2機残っている。

 潜水水鬼は水中で艦載機を左手のレールにセットし、勢いよく海面に飛び出した。

 水の世界から戦いの世界へ。まだズイウンは上空にいた。左手を高く空に挙げる。

 行け。

 

 深海棲艦航空機の突然の発艦に気を取られてしまって、発射レバーが握れなかった。深海棲艦航空機なんて後でどうとでもなる。まずは敵潜を沈めなければならない。

 発射レバーを握った。両翼のイスパノ・ノイザAN-M1 20㎜機銃が火を噴いて、無数の砲弾が敵潜に向かって飛んでいく―――――――――――のは一瞬だった。

 なに!? なぜ出ない! 

 イスパノ・ノイザAN-M1は十数発放っただけで勝手に射撃をやめてしまった。発射レバーを握り直しても発射しない。

 くそったれ! 瑞雲は敵潜の前に十数本の水柱を立てただけで、敵潜の上を素通りする。 敵潜は再び潜行。今度は瑞雲が襲われる番だった。2機の深海棲艦航空機が追随してくる。後部座席の妖精がキャノピーを開けて後部機銃を撃つが、戦闘機動をする中、撃ってもなかなか当たらない。逆に敵機の機銃弾はびゅんびゅんと瑞雲のそばを掠めていく。瑞雲は振り切ろうと藻掻く。急旋回をしたり、2000馬力エンジンのパワーで引き離そうとしたり。しかし、深海棲艦航空機は白玉型ではなく、虫型のくせして、きちんと瑞雲の後ろに食いついてくるのだった。

 埒の明かない瑞雲はエンジンスロットルを思いっきり開き、宙返り。自動空戦フラップが作動し、水上機とは思えない小さな旋回半径で綺麗な宙返りを決め、敵機の後ろに付いた。

 もらった! パイロット妖精は機銃の発射レバーを握るが、イスパノ・ノイザAN-M1は黙りとしている。照準はしっかり捉えているのに機銃がうんともすんとも言わないとなると話にならない。

 敵機も瑞雲の機銃が発射できない、と理解するのには、このコンタクトで十分だった。敵機は二手に分かれる。1機が瑞雲を追い立て、もう1機が良い角度から射撃し、瑞雲を確実に仕留める気なのだ。

 味方機はまだか!? 瑞雲は味方艦隊がいる方角の空を見る。味方機はまだ見えない。このままでは蹂躙されてしまう。パイロット妖精は無茶を決意した。できるかどうか分からないが、できなければ落とされる。

 操縦桿を思いっきり押し倒すと同時にエンジンスロットルを前回に開く。動力全開にしたままの急降下。それも90度角のだ。いつもの急降下よりも速度が速い。当たり前だ。急降下をするときに必ず使うダイブブレーキ、今ばかりは使っていないのだ。

 瑞雲を追い立てる役の敵機は急降下する瑞雲についてくる。よし、そのままついてこい。そのままだ。ぐんぐん速度が上がっていく。高度計の針が下がっていく。海面に近づいていく。パイロット妖精は怖さのあまり、涙目になる。こんなこと普通、しやしないのだ。こんなことやったら普通死ぬ。でもやらないと死ぬ。どのみち死ぬなら……というわけだ。でもそれと怖いのとは別だ。

 もう海面の波すら分かるくらいだ。急降下性能は深海棲艦航空機の方が良いようで、瑞雲との距離を詰めてくる。

 ここ! そう思った瞬間、妖精パイロットは瑞雲のフロート支柱後方についているダイブブレーキを展開、エンジンスロットルを最低に絞りながら、操縦桿を力一杯引き起こした。もちろん自動空戦フラップも作動する。足が弾けそう、と思うくらい強烈なGを感じながら、瑞雲を急降下状態から引き起こした。引き起こしたら、気絶しそうなくらい朦朧とする意識を気力で保ちながら、エンジンスロットルを全開にした。

 ちなみに敵機はというと、母なる偉大な海と再開を果たした。ダイブブレーキもないくせして、急降下する瑞雲の尻に全速力でくっついていたおかげだ。旋回半径が大きすぎて、海面に突っ込むのは当たり前である。

 助かった――――――と思うのはまだ早い。もう敵機は1機いるのだ。水平飛行に戻ったばかりの瑞雲を狙って、機銃を放ってくる。瑞雲はエンジンの回転トルクも利用しながら、旋回して回避する。

 回避されたら回避されたで、今度は瑞雲の後ろにつく。今急降下してもさっきと同じ手は食わないはずだ。

 敵機の射線軸に合わないよう、左右にぐうんぐうんと振れる。敵機は何とか射線軸を合わそうとするが、瑞雲は横滑りさせたり、旋回したり、思いついたように宙返りをしたりする。しかも後部機銃まで撃ってくるものだから、なかなかうまくいかない。深海棲艦航空機はヤケになったのか、射線軸が近くなっただけで、銃撃するようになった。

 よしよし、その調子だ。パイロット妖精はほくそ笑む。そうするとどうだろう。しばらくして敵機は銃撃してこなくなった。弾切れである。

 そうこうしているうちに味方のF6Fヘルキャットが救援に来た。弾切れになった敵機はF6Fの接近に気づくとほうほうのていで逃げていく。 

 F6Fは逃げる敵機を撃墜せん、と追おうとするのだが、それは艦隊からの『航空機はただちに帰投せよ』という無線で止めざる得なかった。

 

 夜に対潜哨戒をしていた吹雪は朝日が出るちょっと前に床についたのだが、朝日が昇って十数分後、『ダルース』を突如襲った衝撃で目を覚ました。

 バッと飛び起き、何が起こったのか情報を五感で察知しようとする。

 触覚。柔らかい毛布。自分の体温と寝ていた形が残っているマット。髪が少し寝癖がついているような気がする。あと口の中が少しねばねばする。

 味覚。寝起きの時とあまり変わらない。

 嗅覚。塗料の揮発した溶剤と自分と白雪が使っているシャンプー、石鹸の匂いが微かにする。

 視覚。『ダルース』で自分にあてがわれた部屋。白い壁、緑のリノリウム床。ベット。難燃化木材で作られたサイドボード。倒れた写真立て。

 聴覚。人が走る足音。大声。波の音。そして微かに流れる水の音がする。

 流れる水の音。水の音。ミズのオト。みずのおと。水のおと。水の音。

 起きたばかりの頭がようやく回り出してくる。そう、水の音だ。

 魚雷が当たったりした艦に浸水が発生するときはこんな水の流れる音がしたっけ? あれは日本にいるとき、ちょうど1年くらい前の哨戒艇『軽鴨』に所属していてAL作戦に参加しているころだったかな? 島の影から突然現れた駆逐イ級が放った魚雷に運悪く当たった時、こんな音がしていた気がする。『軽鴨』は2基あるガスタービン機関の1基が破壊されたんだ。しかも破口が大きくて排水しても排水しても浸水するから、大変だったんだ。そう、自分の部屋も浸水していて大変だった。

 浸水―――――しんすい――――――シンスイ―――――浸水。そう、浸水だ。

「浸水!?」

 ようやく吹雪の脳みそは本調子になった。白雪ちゃん起きて! 浸水だよ! 浸水!

 白雪はまだ目覚めてはいなかったが、眠りから覚めかけの状態だったらしく、すぐに目を開けた。目を擦って、どうしたの、と尋ねる。

「浸水?」

「うん、水の音が―――――――」

 言葉は途中で途切れた。また衝撃が『ダルース』を襲ったからだ。鉄のひしゃげる音と水が流れる音が続く。吹雪は衝撃による揺れで地面に倒れた。衝撃で白雪の目もぱっちりと開いた。

 起き上がりながら、吹雪は思う。対潜哨戒をやっていた艦娘は何をやっているのだろう? 対艦戦闘はともかく、対潜戦闘は自分達、日本海軍よりも上手なはずだろうに。何をやっているのだ?

 

 魚雷なんかじゃない。ファラガットはそう思った。

 雷跡は見えなかったし、ソナーは発射管注水音も発射音も何も捉えていない。突然、『ダルース』から水柱があがったのだ。

 とんでもない潜水艦がいるのだろうか? 雷跡のない魚雷が使えて、静粛性が高い、そんな潜水艦が。

 魚雷はもしかしたら酸素魚雷かもしれない。あれは確かに雷跡はほとんど見えないし、ロングランスの異名を持つくらいの長射程魚雷だ。ソナーの探知範囲外から雷撃されれば探知しようがない。しかし、酸素魚雷は完全に無航跡なわけではない。近距離であれば青白い航跡を見ることができる。

「長距離から発射された酸素魚雷なら発射源を特定することはできない! 陣形をもっと広げろて魚雷を発見しろ!」

 同じ駆逐艦隊の艦娘に命令する。本当に長距離から放たれた酸素魚雷なら『ダルース』やそのほかの艦を守る手段はいち早く魚雷を発見し、それを知らせ、回避運動を取らせるほかない。ファラガットはそう判断した。

「『スワロー』がやられた!」

 後ろを振り向くと『スワロー』の左舷に水柱が立ち上っている。ファラガットは悪態をつく。曲がりなりにも自分の母艦。やられたのは悔しい。続いて空母艦娘のイントレピッドも水柱に包まれた。

「海面に目をこらせ! もう味方をやらせるな!」

 そう叫んで、ファラガット自身も海面に目をこらした。雷跡。雷跡。青白い雷跡。

 皆が雷跡を探した。被弾していない艦は水兵達が双眼鏡を片手に甲板にあがってきているし、艦娘達も辺り一面の海面を見渡し、見えない攻撃を警戒した。

 相手が深海棲艦だからだろう。もし相手が人間だったなら、すぐに疑ったかもしれない。もしくは『スワロー』などが搭載しているソナーで見つけられたかもしれない。魚雷と思い込んでいるから、それは足下にあるということに誰も気づかなかったのである。

 ファラガットの足に何か当たった気がした。なんだ? そう思って足下に目を向ける暇もなく、それは作動し、爆発した。ファラガットの体は痛みに包まれた。

 爆発したもの。それは丸く小さな突起が生えた待ち伏せ兵器だった。

 




 もうすでに分かる人にはお分かりかと思います。最近の物はホーミング魚雷を放ったりするそうですね。ちなみにこれの形状は丸い物だけではありません。日本をかつて苦しめたやつは円筒状をしていました。水中をふよふよしているものだけではなく、海底に鎮座している物もあります。鎮座って言っても、たいてい静かな奴らですがね。かのポル・ポトが「完全な兵士」と言った兵器の海バージョンです。最近は第二次大戦時から撒いてからそのままの物の外殻(外装か?)が腐食して中身のピクリン酸などが漏れ出して問題になっているそうです。南洋でダイビングする人なんかは聞いたことあるんじゃないかな?

 瑞雲が搭載しているイスパノ・ノイザAN-M1 20㎜機銃は非常に不発が多い鉄砲だったそうです。これはフランスのイスパノ・ノイザHS.404という機銃をアメリカがライセンス生産したものなのですが、どうも薬室の寸法がおかしかったらしく、不発が多発したらしいのです。改良型のAN-M2、AN-M3では薬室以外の改良をして、ある程度改善されたらしいのですが、やっぱり不発はかなりの数が起こったようです。そういうこともあり、瑞雲のAN-M1も不発になりました。イギリスもHS.404をイスパノ Mk.Iとライセンス生産しているのですが、最初こそ作動不良などが起こったそうです。しかし、Mk.IIではおおかた改善され、イギリス戦闘機の主力機銃となっています。
 アメリカはMG42のコピーといい、寸法関係でいっつもコピー失敗してないか? HS.404やMG42意外にも寸法でコピー失敗したヤツがあった気がするぞ。いい加減、メートル法、キログラム法に変えればいいのに。
 
 海の中に鎮座する兵器は艦隊を止めてしまっても、戦闘は止まりません。仲間達の恨みを晴らそうと深海棲艦が襲いかかってくるのです。艦娘達は自由に動けない海で艦隊を懸命に守ります。しかし、隻腕のリ級と潜水水鬼の攻撃は激しく…………。そんな中、アメリカ本土から補給物資と共に新兵器が届きます。艦娘達はそれを使い、状況を打破しようとするのです。
 次回、「機雷の網」。よろしくお願いします!


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第40話「機雷の網」その1

 海中を調べるために投入されたのは哨戒程度しか出番がないと思われていた潜水艦だった。

 マッケレル級潜水艦マッケレルは『アウル』の甲板から海に直接、飛び込んだ。

 メキシコ湾の海水は赤道に近いと言うこともあって温かい。味は少し石油の味がする。それはメキシコ湾には海底油田があるせいなのか、『ダルース』の燃料タンクから燃料が漏れているせいなのかはわからない。大西洋の海水に慣れているマッケレルにとっては嫌な味だった。

 『ダルース』と『スワロー』、あと何名かの艦娘が攻撃を食っている。被弾した艦娘によれば、雷跡は全く見えなかったそうだ。海中で、自分でも分からない何かを探しながら、マッケレルはその何か、について考えていた。

 日本海軍の酸素魚雷や米軍でも開発していた過酸化水素を使用する酸素魚雷は確かに雷跡は薄い。しかし、薄いのであって、雷跡が完全にない、というわけではない。もちろん、電気モータを使用する電気魚雷であれば仕組み上、雷跡は発生しないわけだが。

 それ以外だとすれば、だったら「あれ」だろうか?

 考えながら、艦隊の周りの海をうろうろとしていると、見つけた。突起物がいくつかついた球体。球体の下には細い線が水底まで続いている。マッケレルの予想は当たっていた。

 機雷だった。

 マッケレルは見つけた機雷を観察する。大きさは直径20㎝ほどの小さな球体。本来なら1mほどの大きさはあるのだが、小さいのは深海棲艦が生産したものだからだろう。表面には薄い緑色の藻か海苔みたいなものが付着しており、水に踊っている。海底まで続いているであろう機雷の係留索は細さが均一の金属線。まさしく機雷だ。

 『スワロー』と『ダルース』を損傷させたのであろう深海棲艦の機雷を観察しながらマッケレルは不思議に思う。

 なぜ今になって機雷を使い出したのだろうか?

 機雷の歴史は古い。初めて実戦に投入されたのはクリミア戦争。それ以降、日露戦争、第一次、第二次大戦でも投入され、今に至っているまで使用されている海の静かな兵器だ。この世界ですら、深海棲艦の内海進出を阻む兵器として使用されている。魚雷や爆雷に比べたらかなり古い兵器なのだ。

 魚雷や爆雷を使ってきて、機雷はいままで使ってことなかったのはなぜだ?

 

 『スワロー』と『ダルース』が触雷した爆発音は潜水水鬼の耳にも届いた。

 味方は今、攻撃配置についていない状態だ。魚雷の爆発音ではないだろう。リ級の敷設した機雷の爆発音に違いない。沈んだだろうか? 沈まなかっただろうか? 

 潜水水鬼は皮算用する。そして、魚雷を撃てる小さな深海棲艦の代わりにワ級変異体を手に入れたのは良い取引だった、私は偉い、と自画自賛する。

 ワ級変異体の能力は機雷敷設能力だった。いままでどの深海棲艦も持っていなかった能力である。

 機雷はいわば、海の地雷。いったん敷設されると敷設された海域は掃海するまで艦は通れなくなる。掃海しようと思っても、地雷と同じようにすぐにすべてが除去できるものではないので、使う側にとってはとても嬉しい兵器である。

 その機雷をなぜ深海棲艦は生産する能力がなかったのかは分からない。艦娘が出現するまでは深海棲艦が攻める一方だったから、防御兵器である機雷は必要なかったのかもしれない。

 何はともあれ、敵に損害を与えられた。これは喜ばしいことだ。

 

 吹雪はあくびをした。

 睡眠時間は一時間ちょっと。そこで『ダルース』が触雷。沈没して艤装が海に沈んではまずいから、艦娘は出撃準備しろということで吹雪達は海に浮かぶのに必要な分の艤装だけを取り付けて、甲板にいた。あくびするのも致し方ない。

 幸いなことに『ダルース』と『スワロー』は沈没することはなかった。

 『スワロー』はそれほど大きくない船体ながら、1発2発程度の魚雷が命中しても沈まないような設計がなされている。よって、機雷にも強い。一方、艦内の広いスペースのウェルドックを持つ『ダルース』は被雷や触雷に弱いのだが、運の良いことに機雷が当たったのは艦前方であった。もし、ウェルドックがある位置に触雷していた場合、『ダルース』は沈没していた可能性が高い。

 これ以上、触雷するわけにもいかないので、潜水艦娘を先頭に立たせ、艦隊は待避場所になっているニカラグアのブルーフィールズを目指していた。

「機雷かぁ。やっかいなものを使い出してきたんだね」

「掃海具ってあるのかな?」

 吹雪と白雪は機雷の除去、掃海について話し合う。掃海の方法は様々だが、一般的なのは掃海具を用いて係留索を切断し、浮き上がってきた機雷を銃撃、誘爆させる方法だ。

「艦娘用のが試作されたのは覚えてるけれど、深海棲艦は機雷を使わないってことで量産されなかったよね、あれ」

「あったあった。それなら、米軍が持ってるはずないね」

「じゃあ、普通の艦船用の掃海具使うのかな?」

「私達が使えるの?」

「さあ?」

 自分達のパワーなら通常の掃海具も引っ張れることは引っ張れるだろうが、うまく運用できるものなのだろうか? 吹雪は疑問に思う。自分たちの体には大きすぎてうまく使えないような気がするのだ。

「おい、そっちにはないか?」

「いや、ない。そっちは?」

「こっちにもないや」

 水兵二人が甲板に上がってきて、何かを探している。吹雪はどうしましたか? と聞いてみた。

「ワイヤーカッター見なかった? ニッパーのお化けみたいなもんだよ」

「見てないですけど……何に使うんです?」

「潜水艦艦娘に持たせて掃海に使うんだそうだ。係留索をワイヤーカッターで切るんだと」

 

 日が沈み始めたころ。パナマ運河の手前の海域には112体もの潜水艦クラスと5体の重巡洋艦クラス、7体の駆逐艦クラスの深海棲艦、そして1体の潜水水鬼が集まっていた。

 潜水水鬼は水面に立ち、演説じみた感じで配下の深海棲艦に静かに話し始めた。

 敵艦隊を認め、攻撃を開始してから早3日。すでに我々は43隻もの仲間を失った。しかし、その犠牲は無駄ではない。43隻の犠牲は我々の弱点をしっかり教えてくれた!

 深海棲艦は固唾を呑んで、次の言葉を待つ。

 それは我々、深海棲艦の戦術、群狼戦術の欠点である! 敵はそこを突いてきたのだ!

 群狼戦術の欠点!? 一体何だ!? 群狼戦術は我々が編み出した最良の戦術だぞ! いや、しかし攻撃を行った仲間はそれでやられているのだ、何かしらの穴があるのかもしれん! 我々が編み出した戦術、そんな簡単に破られてたまるものか! 潜水艦達は騒ぎ立てた。潜水水鬼が静まれ! と一括し、潜水艦達は静かになる。

 群狼戦術の欠点! それは通信連絡だ!

 潜水艦達は動揺した。当たり前である。群狼戦術の肝は通信連絡こそにある。通信により攻撃する敵艦隊がどのような状況にあり、護衛艦がどのように動き、自分たちがどのように攻撃するか、そういうことを状況に応じて素早く決めていくのが、群狼戦術の肝なのである。それが否定されるということは、群狼戦術自体の否定である。

 敵はおそらく、我々が発振する電波の方向から攻撃する仲間の位置を割り出しているものと思われる。潜水艦の一番の長所は隠密性! 今や、群狼戦術を行うことは敵に自分達の居場所を懇切丁寧に教えているのと同義である! これからの攻撃は無線封鎖を行い、個別に目標を選択、攻撃するようにせよ! そうしなければ我々に明日はない! 

 個別に目標を選択し攻撃。これは群狼戦術以前の攻撃方法に戻ることを意味している。戦法が後退しているわけだが、群狼作戦の要である通信連絡が逆に欠点になっている以上、続けるわけにはいかないのだ。

 そして敵は今、敷設された機雷に触雷! ニカラグアのブルーフィールズに待避、停泊している! 今夜、ブルーフィールズの敵艦隊に総力を挙げ、攻撃を行う!

 深海棲艦達は潜水水鬼達の言葉に沸き、歓声を上げた。腕を天に向けて突き出す。潜水水鬼は満悦の表情だ。

 敵の艦娘は極めて強大! 43隻もの沈没はそれを物語っている! しかし、君達は優秀で仲間の復讐に燃える潜水艦である! 今夜こそ、おのおの全力の力を敵にぶつけ、敵を屠るのだ! さあ、我に続け!

 大きな歓声。潜水水鬼を先頭に、深海棲艦は一本の矢となってニカラグアのブルーフィールズに向かっていった。

 

「今日もお疲れ様。明日も頑張ってもらわないといけないから、ゆっくり休んでね」

 そんな言葉をパイロット妖精達に残し、ラングレーは整備場から出て行った。瑞雲やキングフィッシャーといった艦載機は艤装整備員達の手によってラングレーの艤装から降ろされ、整備妖精に預けられる。

 よーし、者ども整備だ整備、かかれ-! 整備妖精達が瑞雲やキングフィッシャーに飛びかかっていこうとするそのとき、瑞雲の妖精パイロットが大声を上げた。

 瑞雲の機銃整備したヤツはどいつじゃあ!

 瑞雲のパイロット妖精はいまだ朝の一件を忘れていなかった。それで敵潜撃沈の名誉は逃すわ、敵艦載機に追い回されて撃墜されそうになるわ、さんざんである。機銃整備をした整備妖精に1発かましたる、という気持ちは当然ながらあるのだった。

 は、はい。わたしですー。どうされたのですかー?

 おう、われか。瑞雲の機銃が発射不良起こして大変じゃったんじゃが、どういうことかのう? ん?

 それはイスパノだから……。

 瑞雲の妖精パイロットは整備妖精の胸元をつかんで、非常に悪い人相と口調で問い詰める。問い詰められた整備妖精はわなわなと震え、言葉が出てこなくなる。そこに班長的な役割をしている整備妖精が出てきた。

 おいおい、どうしたのよ?

 瑞雲のイスパノ機銃が肝心なときに発射不良を起こしたんよ。じゃけん、整備したヤツに1発かましたろう、との。

 あー、イスパノだもんねー。型式はAN-M1でしょ。AN-M3じゃなくて。やっぱりなー。

 そんな朗らかな感じで答えるものだから、瑞雲の妖精パイロットは激高する。

 なにがイスパノだから、じゃ! われの整備がちゃらんぽらんじゃけえ、発射不良なんがが起こるんじゃろうが!

 いやいや、イスパノの、特にAN-M1は仕方ない。あれは機銃自体の設計が悪いもん。

 整備班長妖精は淡々と話していく。AN-M1という機銃はフランスのイスパノ・スイザMS.404という機銃をライセンス生産したものなのだが、フランスはメートル法、アメリカはヤード法と長さの単位が違うものだから、どこかで設計ミスが発生していて、発射不良がよく起こるのだ。

 機銃自体が悪いって言うんならじゃあ、別の機銃に換えぇや。

 ブローニングのM2かM1919しかないけど、いいかな? 0.5インチと0.3インチと口径は小さくなるけど。

 12.7㎜と7.62㎜か。載せるんは20㎜がええがのう。

 あー、20㎜はイスパノしかないよ。それも今、瑞雲に載せてるAN-M1しかないね。

 瑞雲の妖精パイロットは顔をしかめた。瑞雲のパイロット妖精としては12.7㎜や7.62㎜程度の機銃では都合が悪いのである。理由は簡単。威力が足りないからだ。12.7㎜弾や7.62㎜弾には炸裂弾はなく、曳光弾や徹甲弾があるのみで、敵機に対して大量の弾丸を浴びせなければ撃墜することができないのだ。それに弾丸重量が小さいので貫通力が低い。そのため、潜水艦の障壁を突破することができない。浮上した敵潜水艦などを攻撃するには爆弾ではなく、機銃の方が手っ取り早いのだ。

 他にないのか?

 うーん、20㎜より大きいのはあるね。37㎜が。

 37㎜!? 戦車砲か何か?

 いや、きちんとした航空機銃だよ。おーい、M4 37㎜あったよなー持ってきてくれー。

 班長妖精が叫ぶと数体の妖精がえっほらさ、よっこらさ、と大きな機銃……いや、機銃と言うには大きすぎる。大砲を持ってきた。

 その大砲はAN-M1どころか、九九式20㎜機銃二号よりも長く大きなものだった。口径は初期の対戦車砲や戦車砲と同じ37㎜だというのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、瑞雲のパイロット妖精は驚いた。

 M4 37㎜機関砲。P-39のモーターカノンだよ。

 37㎜なら……敵戦闘機には当てられないだろうが……潜水艦は一撃だろう。瑞雲に載せられるか?

 さあ……?

 さあ……って? おい。

 整備班長妖精の言葉は致し方ないものである。なんせM4 37㎜機関砲は大きさもさることながら、重量がある。その重さ、99式20㎜機銃の約4倍。さらに弾薬重量を含めればかなりのものとなるだろう。整備班長妖精の危惧するところは翼の強度が持つかどうかである。M4 37㎜機関砲の重量、発射時の反動。下手すれば翼が折れるかもしれない。

 まあ、補強すれば良いか。エンジン出力も余裕があるし。翼の中に収まりきらないからバルジ(突出部)を付けることになるけど、別にかまわないよね。

 かまわん、かまわん。    

パイロット妖精の了承を得て、瑞雲は2度目の改装を受けることになった。

 

 数時間後。改装は完了した。瑞雲のパイロット妖精が改装された瑞雲を見て発した言葉は以下の通り。

 な、何だこれは?

 瑞雲の改装はAN-M1 20㎜機銃をM4 37㎜機関砲に換装するだけに留まっていなかった。

 まず主翼前縁から大きく突き出た砲身と主翼下の膨らみ。これは要望通りで37㎜機関砲を主翼に収めるには仕方ない。そして水平尾翼になんか小さな垂直尾翼が追加されていて、キャノピーがたくさんの窓枠があったものから一体成形のバブルキャノピーになっている。垂直尾翼の追加は重くなったおかげで運動性が低下するからかもしれないし、バブルキャノピーは視界が良いから百歩譲ってOKとしよう。しかし、譲れないのはは胴体下部である。まるで卵持ちのメダカのように大きく膨らんでいるではないか。

 中身は一体何だというのだ。まさか本当に孕んだというわけではあるまい。あの膨らんだ腹の中にいったい何が入っているというのか! 瑞雲のパイロット妖精は困惑せずにはいられなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 驚いているようだな。

整備班長妖精は自信ありげな声でパイロット妖精に声をかけた。

 一体どういうことだ、あれは?

 ひとつひとつ丁寧に教えてやろう。M4 37㎜は弾帯のスペース確保のためにバルジを設けた。装弾数は片方で10発、計20発と多くはないから気をつけろよ。あと弾道特性が悪いからな、照準射撃なんかやってるとすぐに撃ち尽くすぞ。

 そしてバブルキャノピーだが、日本軍機は枠が多くて角張っていて、空気抵抗がでかいから変えさせてもらったよ。ちなみに後部機銃は撤去した。制空権は空母機が握るから別にかまわないだろう。運動性維持のため、垂直尾翼も追加してみた。

 そして改装の目玉はあのレーダーレドームだ。中には潜水艦のシュノーケルすら探知できる高精度対水上レーダーAPS-20があるんだ。晩に届いた本国からの補給物資の中にヘッジホッグとかと一緒にTBF-3Wがあったから、そいつの予備部品で仕上げたんだ。後部機銃を撤去したのも、APS-20の操作機器を置くためだな。これで他の空母機にも負けないくらいの対潜哨戒機になったぞ。

 あと、こいつの新しい名前を決めてみたんだ。スカベンジャー号。どうだ、いい名前だろう? スカベンジャーってのは中世英語で税関の長で、入港した船内で密輸取り締まりのため、怪しい場所を捜索する様を、揶揄した表現なんだ。対潜哨戒に特化したこの機体には相応しい名前だろう。

 瑞雲の―――――――いや、今やスカベンジャー号のパイロット妖精は整備班長妖精に向き直った。そして、

 空戦性能はどうなるんだっ! ふざけやがってぇ!

 そんな叫びと共にグーで整備班長妖精の顔を思いっきりぶん殴った。妖精は綺麗な放物線を空中に描いた。




 勝手に変な改造したら殴られるのも仕方がないね。
 
 瑞雲改め、スカベンジャー号であります。瑞雲を各国仕様に特化させていくとこんな感じになるかな? という私の想像瑞雲です。
 アメリカは高性能艦載機が揃っているので、水上機の瑞雲は対潜哨戒機に進化するとおもいます。もっともアメリカはジープ空母をたくさん持っているからTBF/TBMアベンジャーを対潜哨戒機に使えば良いし、レーダーがあるから弾着観測機も対地砲撃以外はいらない、という感じなりますから、水上機なんていらないでしょうけど。
 ドイツは(ネタとしては)エンジンを水冷エンジンに換装して、瑞雲を2つくっつけた「Zwilling(ツヴィリンク)Suiun(ズイウン)」になるかと思います。Zweillingは双子の意味です。高い航続距離によるUボートの索敵支援と誘導爆弾による敵艦攻撃が任務でしょうか?(He111Zで調べよう! グライダー牽引するためにあんなの作るあたりが、戦争には強いけど、戦争には向かないドイツ人だぜ!)
 ロシアは寒冷地に適するようにしたり、機銃を自国仕様にしたりする細かい改修をする以外、特に大きな改修はせず、そのまま使うでしょう。まともな水上機自体がないので。
 イギリスは1944年から新しくスーパーマリン シーオッターという複葉飛行艇を運用し始める始末なので瑞雲は「単葉水上機なんて怖い!」と言って使わないような気がします。
 フランスはラテコエールLate298という爆撃も雷撃もできる水上機があるのでいらない……とは言わないでしょうね。フランス空母なんて戦後にしかありませんから、空戦性能が良い瑞雲は意外と欲しがるかもしれません。(Late298はWW2開始時から終了時まで使われたなにげにすごい機体だぞ!)
 イタリアは欲しがるかなぁ……いや、Re.2000の改修型があるからいらないか。(イタリア水上機といえばシュナイダートロフィーコンテストだ! マッキMC.72で調べよう! ラジエーターの位置がすごいぞ!)
 
 ちなみに航空機搭載レーダーAPS-20を搭載したTBF-3W(TBM-3W)という機体は面白いデザインなので一度調べてみてください。離艦時に腹を甲板にこすりそう。

 宣伝です! 「雪の駆逐隊」と同じ世界観でスピンオフを現在書いています。その名も「インディゴの血」! 「深海棲艦を生きたまま捕獲せよ」なんて無茶な任務を与えられたドイツ仮装巡洋艦アトランティスが四苦八苦するお話です。
 「雪の駆逐隊」が仮想戦記風味なのに対し、「インディゴの血」は主人公という人物に焦点を当てた、ちゃんとした小説を目指して書いています。感想など頂けたら感謝感激です。
「インディゴの血」のURL:https://novel.syosetu.org/76088/

 というか、今回は半分が瑞雲となってしまった。話が進まなくて、申し訳ない。「インディゴの血」をしばらく書いたから、こっちで筆が進まないのだ。次回はちゃんと戦闘をするから! 前回の予告通り、ちゃんと戦闘するから!
 では次回もよろしく。


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第41話「機雷の網」その2

長々と放置していてすいませんでした。
9ヶ月も放っておけば、作者も設定を忘れる。プロットメモがあって良かった。


 ニカラグアのブルーフィールズ湾はニカラグア東海岸中部にある湾で、細長いベナード島が湾のほとんどを塞いでいるのが特徴である。出入り口は南北に1つずつしかなく、南側は海底が浅いため、大型船は北側からしか出入りができない。

 艦隊は南側に目の細かい鋼鉄性のネット――いわゆる防潜網を設置して潜水艦クラスの深海棲艦が潜航状態で通過できないようにした。さらに艦娘を少数配置することで、水上航行での通過も許さない。こうして、北側の守りを重点的に固めていた。

 『ダルース』と『スワロー』。この2艦が機雷による破口を簡易的に修理するまでの時間。艦隊はブルーフィールズ湾からは動けない。

 

 CICには夜でも青白いモニターの光で染まっている。昼と何か違いがあるかと言われると、それは時計の針程度のものだ。

 時計の針はすで12時をとうの昔に越えて、朝の2時を回っている。

『レーダーに影。重巡クラスが5、駆逐艦クラスが7。距離22.5マイル(33km)。方位350より接近中』

 湾外で哨戒配置されていた駆逐艦艦娘から旗艦『ブルーリッジ』に通信が入る。しかし、『ブルーリッジ』のレーダーではまだ捉えられていない。そのため、CICのレーダー画面には手動で敵艦隊の推定位置に赤コンテナが表示される。

「やはり来ましたね。こいつらは水上艦クラスですし、囮でしょうか?」

「おそらくそうだ。アラスカと重巡クラスの艦娘で対応せよ。12マイル(20km)以内には近づかせるな。哨戒部隊は待機。潜水艦警戒を厳にせよ」

 

 アラスカに限らず、出撃する重巡艦娘達は喜び勇んでいた。

 それはなぜか。ゴールド・ダスト作戦が発令されていらい、大きな仕事がなかったからである。強いてやることと言えば、大出力で大型の対空レーダーCXAMを搭載して、艦隊の先頭でぼーっとしているだけ。「パナマ方面の深海棲艦には航空戦力なし」と事前偵察で判明しなければ、やる気に張りも出ただろうが、敵機一機もいないとなれば、出るものも出ない。重巡クラスの深海棲艦が少数ながら存在する、ということはわかっていたが、その数はほんの数隻である。どうせ空母艦娘に狩られて、重巡にはお役が回ってこないのだろう? そんな雰囲気が重巡艦娘の間では漂っていた。

 しかし、深海棲艦の巡洋艦部隊が来た。それも夜に。夜は空母艦娘達は艦載機を飛ばせない。ここばかりは重巡洋艦の出番である。

「さあ、深海棲艦と、お高くとまっている空母艦娘どもに目に物見せてくれよう!」

 さらにアラスカがこう焚き付けるものだから、重巡艦娘は燃えに燃えた。

 出撃した重巡艦娘はアラスカを含め、8名。ニューオリンズ級のアストリア、クインシー、ヴィンセンズ、ウイチタ級のウイチタ、ボルティモア級のボルティア、ヘレナ、シカゴである。全員、SG対水上レーダーを装備し、8インチ(20.3cm)三連装砲を3基ずつ備える強者である。

 特にニューオリンズ級の面々は3名とも第1次ソロモン海戦で戦没した艦なので、これを汚名返上とばかりに息が弾んでいる。

 湾外に出て、南東へ。大型巡洋艦アラスカを先頭とし、敵艦隊へと全速で一直線である。

 まず火蓋を切ったのは当然のことながら、アラスカだった。

 主砲がいかに数世代前で古くさい――戦艦ドレッドノートと同じ12インチ(30.5cm)砲だとしても、6インチ砲に比べれば、破格の射程と威力だ。

 撃ち出された9発の12インチ砲弾は綺麗な放物線を描き、敵艦隊に降り注ぎ、水柱で包み込む。さすがのレーダー射撃。初弾から夾叉である。しかし、命中弾は得られない。

 そのまま命中弾を得られないまま、8インチ砲……5インチ砲の有効射程に入っていく。

 艦娘と深海棲艦の双方が撃ち合うが反攻戦かつ双方全速力。距離が急激に狭まるためにレーダー射撃と言えども修正射撃がおぼつかない。一番距離が縮まる、すれ違いの瞬間も深海棲艦が魚雷を発射してきたため、回避運動を取らねばならず、命中弾は得られない。

 そのまま、同行戦に移行する。――――が、回避運動に伴う速力の低下、さらには深海棲艦の方が数ノットばかり早いせいで、アラスカ達は少しずつ距離を開けられていく。

「ええい! なんとしてでも当てろ!」

 アラスカが叫ぶ。同行戦になり、相対速度が小さくなったため、反攻戦時よりは狙いを付けやすくなったが、深海棲艦が蛇行、それも速度を落とさずにするので、なかなか当たらない。

 初めて命中弾を出したのは湾口近くで敵潜の警戒を行っていた駆逐艦娘が撃ち始めた頃だった。

「当たった!」

 ニューオリンズ級の末娘ヴィンセンズが最後尾の深海棲艦に命中弾を出し、歓喜の声を上げる。続いてアストリア、クインシーも命中弾を出し、敵の速度が落ちる。

「よし、このまま……!?」

 そのときであった。右腕がなく、肩辺りが妙に肥大化したリ級が被弾した最後部の深海棲艦をかばうように下がってきて、肥大化した部分から何かをポロポロと放出した。

 機雷だった。アラスカ達は敵艦に命中弾を出すことに必死で、投下された機雷に気付かなかった。

 アラスカ達の足下で爆発が次々と起き、転倒しただけなら良かったが、さながら派手な玉突き事故のように転けた艦娘同士が衝突、被害を増大させた。

 ウイチタのみが玉突き事故に巻き込まれず、追撃をしようとしたが、今度はリ級の砲撃を頭にもろに食らってしまう。障壁で防げたはいいものの、命中時の衝撃で意識が朦朧とし、追撃どころではなかった。

 

「前線を上げろ! 突破される!」

 ファラガットが周りの駆逐艦に叫ぶ。アラスカ達が敵艦隊にほとんど打撃を与えられなかった以上、駆逐艦と少数の軽巡で構成する、たった1つの防衛線で敵艦隊を食い止めることは難しい。

「バックレイとクレイブンは続け!」

 ファラガットは手近にいた駆逐艦を引き連れ、隊列から飛び出す。そのファラガット達の姿を見た軽巡アトランタやマーブルヘッドも近くでおろおろとしていた駆逐艦娘を叱咤し、小規模な水雷戦隊を編成して、敵艦隊に向かっていく。波状攻撃でもって、敵を疲弊させ、ちょっとした隙間に魚雷を撃ち込み、敵を粉砕するのだ。

 しかしながら、言うは易く行うは難し。砲の有効射程の差が大きく、かつレーダー射撃は正確。ファラガット達は幾多もの水柱に包まれ、うまく照準ができない。至近弾の炸裂によって引き起こされる大波に魚雷発射管が取られてしまう。砲も同じだ。

「ええい! 魚雷撃て撃て撃て!」

 曖昧な照準だが、撃たないよりはマシ。狙いの甘さは魚雷本数で補え。

 33本。ファラガット、バックレイ、クレイブンの魚雷すべてがほぼ同時に放たれた。水中で炸裂する至近弾の衝撃波に揺れながらも、魚雷は海中を進んでいく。

 深海棲艦は大きく回避行動を取った。メチャクチャな狙いで放たれた魚雷は散布界が広すぎて、艦隊陣形を崩さないまま回避するには、大きく動くほかなかったのだ。

 そこは大きな隙となった。

「叩き潰せ!」

 敵艦隊側方から接近した軽巡マーブルヘッドと駆逐艦娘3名が魚雷と砲を放つ。今度はファラガット達とは異なる正確な攻撃だ。

 数体のリ級、イ級に砲弾が命中。炸裂の炎が飛び散る。続いて魚雷も命中。海中からの衝撃波が命中した深海棲艦の体を引き千切る。しかし、他の深海棲艦はやられた仲間に気を取られることもなく、湾入り口の方向へ、突撃を続ける。

「絶対死守せよ!」

 湾外の最終防衛ラインでは軽巡アトランタを始め、ポーター級駆逐艦といった砲門数多い艦娘達がいたが、所詮5インチ砲。イ級などの駆逐艦クラスは撃破しても、重巡クラスの深海棲艦はは砲弾をはじき返し、突撃の勢いは止まらない。

 リ級達が砲撃を前面に集中する。放たれた8インチ砲弾は5インチ砲弾とは桁違いだった。アトランタ達を一挙になぎ倒し、深海棲艦は湾外最終防衛ラインは突破する。

 湾入り口はすぐそこだった。

 このままでは湾内に入られる! 残っている深海棲艦はすでにリ級3体のみといえど、通常艦艇では手も足も出ない。どうしようもないのか? 蹂躙されるだけなのか? そう皆が思った――――が、リ級達は湾口をシャトルランのように何度か横切る動きをするだけで、湾内に入らなかった。

 はい? 皆、あっけにとられた。深海棲艦が湾内に入って、『ロビン』や『スワロー』、『ブルーリッジ』などの通常艦艇を撃破するのだろう、それは防がなければならない。そう思って、深海棲艦を迎撃したのにどういうことだろうか。当の深海棲艦が変な動きをして逃亡するなんて、意味が分からない。

 リ級達はあっけに取られたままの艦娘達を一瞥すると、攻撃もせず、そそくさと離脱していった。

 艦娘達が正気に戻るのは、幾本もの雷跡が自分達目がけて向かって来たのを目にしたときだった。

 

 ベットでぐっすり眠っていた所を叩き起こされ、出撃した吹雪が始めに無線で聞いたのは「多数の潜水艦クラス深海棲艦が湾に向かっており、湾外の艦娘は苦戦中。至急応援に向かえ」という指示だった。

「さっき聞いたのと違う」 

 吹雪は独りごちる。出撃前に聞いた簡単な戦況報告と指示では『重巡クラスを中核とした深海棲艦が接近中。湾外で仕留めよ』ということだったが、現在では『敵は潜水艦』ということになっている。重巡クラスを中核とした深海棲艦はどうなったのか? 

 今の吹雪は5インチ砲に魚雷といった対艦兵装だけで爆雷投射器といった対潜装備は持ってきていない。緊急出撃だったため、必要な装備以外は付けなかったのだ。潜水艦が相手ということならば、装備を変えてこなければならない。

 吹雪は戦闘が行われている東を見る。ベナード島越しに魚雷の炸裂音と爆雷の爆発音がくぐもって聞こえてくる。

 突然、辺り一面が、照明弾を打ち上げたときのようパッと明るくなった。吹雪は突然の眩しさに目を瞑り、徐々に開ける。『アウル』、『ロビン』、『スワロー』もアスロックランチャーから対潜ロケットを発射したのだ。本格的に対潜戦闘が行われているらしい。

 事実、吹雪の後に続いてやってくる艦娘のほとんどは爆雷投下軌条や爆雷投射器を装備しており、新装備であるマウストラップ対潜ロケット発射器を手に持っている艦娘もいる。

「急いで母艦に戻らないと……」

 すでに湾口近くまで来ていた吹雪だが、引き返すほかない。潜水艦相手に対戦装備なしでは手も足も出ない。

 母艦に戻ろうと踵を返し、後続の艦娘達とすれ違った後、背後で爆発が起きた。そして次に鋭い悲鳴。

 思わず振り返ると、湾口近くで中破、大破した艦娘が倒れており、突然の爆発におろおろとしている艦娘達がいた。

「来るんじゃない! 機雷だ!」

 誰かが叫んでいた。呆然とする艦娘達。

 機雷? なんでこんな所に? 誰が敷設した? 深海棲艦? じゃあ、湾内と湾外は分断された?

 事態を推察する艦娘達。そんな中、艦娘達から少し離れた場所で長い髪と不気味な青白い肌の女が海面に頭だけを突き出す。紛れもなく、潜水艦クラスの深海棲艦だ。それは1体ではない。何体も、何体ものカ級、ソ級が艦娘達を静かに、かすかに蒼く発光する双眸で艦娘達を見つめている。

 彼女達、深海棲艦は今にも艦娘達に襲いかかろうとしていた。




 アイオワが本実装され、レキシントンもしくはサラトガ実装もほぼ確実という恐怖。「雪の駆逐隊」を書き始めたときは、米海軍艦の実装までの流れは、ナチス・ドイツ→イタリア→中華民国鹵獲艦→ヴィシー・フランス→イギリス→ソ連→アメリカ、という回り回って最後にアメリカという予想をしていたのですが……。曲がりなりにも枢軸側のヴィシー・フランス艦、お隣中国(正しくは中華民国)の鹵獲巡洋艦をすっ飛ばして、連合国筆頭のアメリカ、イギリスの艦艇から投入していくとは……。浮気なお転婆娘、帰ってきた連合国軍人こと、スチュワートまたは第102号哨戒艇は……。

 唐突な告知ですが、このゴールドダスト作戦が終了する3章で、「雪の駆逐隊」は終了します。この作品で準主人公であるファラガットも、史実の立ち位置的には吹雪のライバルですから、艦これ実装も十分にあり得る艦でして……実装の恐怖に怯えつつ、続けていくのは、かなり辛いです。
 当初のストーリー構想は7章(外伝含めば8章)までありましたが、さすがにそこまで続けていく気力も今はありません。気力低下の要因としては、米英艦の実装もあるのですが、最初辺りの文章力と軍事知識の甘さ、設定の甘さによる羞恥心もあります。(ドップラーレーダー使えば、深海棲艦航空機は捉えられるんじゃねーの、ということとか、当時のソナーは前方向しか探知できねーよ、何のためのハンター・キラー戦術だよ、とか)
 
 今ではUAが5万を越え、お気に入り登録数も294件です。更新の度に感想を書いてくださる読者様やオリジナル陸上深海棲艦の設定案をくださる、ありがたい読者様もおられ、本当にありがたく、嬉しい限りです。
 そして、自分の都合でこの「雪の駆逐隊」を短く終わらせてしまうのは本当に申し訳ないと思っています。
 この拙作に、もうしばらく、お付き合いくださる読者様がおられるなら、このベトナム帽子は嬉しい限りです。


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第42話「暗闇の中で」その1

 ブルーフィールズ湾の外では敵潜水艦との戦いが激しく繰り広げられていた。

 リ級の迎撃に失敗したことにうなだれる暇もなく、伸びてきた青白い雷跡はファラガット達の意識をリ級から敵潜に移させるのには十分だった。

 東から向かって来た魚雷の本数は8本。散布界が広めで魚雷同士の隙間が空いていたのと、全員が運動性の高い駆逐艦娘、軽巡艦娘のため、難なく回避する。

「全員、間隔を広く取れ。敵潜を迎え撃つ」

 軽巡のマーブルヘッドが周囲の艦娘をとりまとめて、敵潜の襲撃に備えるが、湾外の艦娘達には大きな問題があった。

 対潜水艦の装備を持つ艦娘が少ないのである。

 駆逐艦娘は原則として、爆雷と水中聴音機を装備して出撃する。駆逐する艦として、潜水艦も無視はできない。しかし、湾外の艦娘はリ級の急襲を防ぐために緊急出撃した艦娘がほとんど。装備しているのは大砲や魚雷といった対艦兵装のみで、新装備であるマウストラップ対潜ロケット発射器どころか、爆雷投下条規も爆雷投射器もない。装備しているのはリ級を探知する前から、警備に付いていた艦娘だけ。

 湾外の艦娘達はじりじりとブルーフィールズ湾の湾口に追い詰められつつある。

 

 ファラガットはリ級の襲撃前から警備についていたため、爆雷投射器と水中聴音機を装備していたが、爆雷はすぐに使い果たしてしまった。

 本物の駆逐艦ならば何百と爆雷を搭載し、敵潜に対して遠慮なくバラ撒くのだが、艦娘の爆雷搭載数は多くても50が良いところ。理由は簡単で容積の問題である。艦娘は機関出力に応じたパワーがあり、筋力も見た目以上に強化される。重量に関してはたいした問題にはならない。しかし、物体の体積はパワー云々で何とかなる問題ではない。純粋に持てないのだ。牽引する形なら、いくらでも運ぶことはできるが、戦闘機動はできなくなる。難しい問題だ。

 ファラガットはぬっ、と海面に顔を出した敵潜ソ級に向かって、5インチ砲を撃つが、ソ級の頭には直撃せず、海面で跳弾して、炸裂もせずに飛んで行ってしまう。

 ソ級はファラガットに向かって複数の魚雷を放ち、潜行する。ファラガットは周りに魚雷の接近を知らせつつ、迫ってくる魚雷をなんとか回避。5インチ砲の砲弾信管を鋭敏に設定し直して、先ほどまでソ級がいた位置に放つ。砲弾は海面で炸裂したが、手応えはない。5インチ砲弾の炸薬はたかが数kg。100kg、200kgと炸薬が大量に入っている爆雷と違って、危害半径は小さい。海面に顔を出した時に直撃もしくは至近弾を得るほか、5インチ砲という豆鉄砲で撃破する方法はない。

 深海棲艦も艦娘側が対潜兵装が少ないことが分かり始めたのか、積極的に攻撃を仕掛けてくる。放たれる魚雷の数も増えていく。それに応じて被雷する艦娘も増え、戦線がほころび始めた。

「被雷した艦娘は下がれ! 無傷の艦娘は後退を援護!」

 軽巡マーブルヘッドは戦線は後退させつつも、戦線に穴を開けないように指揮していた。軽巡艦娘は1発、2発の魚雷なら、まだ沈まないので最前線に立ち、駆逐艦娘の主砲よりも1インチ大きい6インチ砲で顔を海面に出した敵潜を砲撃する。ファラガットも被雷した艦娘達のカバーに周り、追撃しようとする敵潜を牽制する。

湾が機雷によって封鎖されているとは言え、掃海ができないわけではないし、もう少しすれば、援軍として爆雷や水中探針儀をしっかり装備した艦娘が来るはず。だから、軽巡マーブルヘッドはある程度の被害は許容している。

 戦線は後退しつつも、維持されているように見える。しかし、本当にそうだろうか?

 

 水上艦は2次元の兵器である。「海面」という平面だけを自由に動くことができる。そして、潜水艦は「海面」、「海中」の2つで構成される立体を自由に動くことができる3次元の兵器である。

 無論、2次元の水上艦が3次元の潜水艦に手を出せないわけではない。爆雷や水中聴音機、探針儀はそのためにある。しかし、それらは「海中」という立体を"限定的に"干渉しているに過ぎないのだ。

 

 リ級が撒いた機雷により、湾内で立ち往生している艦娘達は到底信じられてないものを見た。

 照明弾の明かりの下に白い筋――雷跡が見えたのだ。雷跡は自分達に向かってくる。

 まさか。全員が夢心地のような感じで、なかなかその「雷跡」を認知できなかった。

 だって、湾内に敵潜が侵入できているとでもいうのか?

 潜水艦の侵入は湾外の艦娘達によって、未だ防がれているはず。それに機雷だってあるのに。潜水艦が侵入できるものか。

 そんな幻想は魚雷の爆発と被雷した艦娘の悲鳴で砕かれた。

 現実だった。

 湾内の艦娘達は潰走状態に陥った。

 緊急出撃した艦娘ばかりで部隊編成はなされていないうえ、対艦兵装の艦娘と対潜兵装の艦娘に別れている。対潜兵装を持っていない艦娘が反射的に後退しようとしたため、対潜兵装を持っている艦娘も、釣られて後退してしまった。まだ指揮を執る巡洋艦クラス以上の艦娘がいれば良かったが、彼女らは湾外にいた。

 後退が後退を呼び、まさに潰走だ。組織的行動は崩壊している。

 吹雪はなんとか場をまとめようと、大声で呼びかけるが、敵潜の魚雷第二射も相まって、潰走は止まらない。

 

 『ブルーリッジ』のCICは混乱していた。

 湾口には機雷敷設がされる。おかげで、湾外の艦娘は湾内に後退しようにも後退できず、広い戦域を広くとって敵潜と交戦せざる得ない。そして湾内でも敵潜が出没。湾外の艦娘達が崩壊したわけでもないのに。その上、崩壊しているのは湾内の艦娘達ときた。

 一体どうしたことなのか。とにかく、どこからか敵潜水艦が侵入してきているに違いなかった。

 湾外の艦娘達は限界に近い。湾内まで後退させて、戦線を湾口の大きさに縮小させたいが、機雷がそれを邪魔する。後退しようにもできない。

 とにかく、機雷を排除しなければ。

 

 潜水艦ホークビル他数名の潜水艦艦娘は近接戦闘用のナイフと4本の魚雷、そしてワイヤーカッターを持たされて出撃した。

 ワイヤーカッターは機雷の係留索を切るためだ。機雷本体を海面に出してしまえば、あとの爆破処理は非常に簡単。機銃を撃つだけで済む。

 水上の艦娘達は大混乱の様子だった。艦娘それぞれがメチャクチャな航行をしているし、対潜攻撃も統制が取れておらず、まばらである。湾口までの途中、敵潜水艦が水上の艦娘達を攻撃しているのを見たが、無視した。自分達の任務は機雷の排除。敵潜の撃沈ではない。

 ホークビルは湾口に着くと、潜水して、水中から機雷の様子を確かめる。

 機雷の細い係留索は全てが水面近くまで伸びており、対潜水艦を全く考えていない機雷敷設だった。

 ホークビルは手に持っていたワイヤーカッターで機雷の係留索を切断する。係留索は普通の鋏で糸を切るかのように簡単に切れた。

 係留索が切られた機雷は手から離れた風船のように浮かんでいく。

 よし、どんどん切っていけ。

 他の潜水艦娘達も係留索を次々と切っていき、機銃を撃って、機雷を爆破処理していった。

 全ての機雷を処理するには時間も足りなければ、人手も足りない。湾外の艦娘達が後退できる回廊ができればそれで良い。

 回廊が半分ほど拓けたころだった。処理している潜水艦娘の近くに数本の魚雷が素通りしていった。

 ホークビルは湾外の艦娘達を狙った流れ弾かと思ったが、そうではなかった。

 蒼く、ぼんやりとした微かな光が2つ。海中に浮かんでいる。

 しだいに光はしっかりしたものとなり、光の方から手がものすごい速さで伸びてきた。手はホークビルの首を掴まんとしていたが、ホークビルが後ずさったことで、掌は空を切った。

 

 水上機母艦ラングレーは低速で夜間攻撃も可能な水上機の特性を買われて、出撃させられた。他の空母艦娘はお留守番である。TBFアベンジャーも夜間飛行は可能だが、水上機に比べれば高速で海面に突っ込む可能性も高い。無駄に機数を出しても、戦場を混乱させるだけになる。

 もっとも、ラングレー自身は射出した水上機の情報を集積して、役に立ちそうな情報のみを『ブルーリッジ』に報告する役目を担うだけので、ラングレーが前線に出て、どうこう、という性質のものではない。そもそも、空母や水上機母艦という艦種はcarrierであって、主役ではないのだ。主役はaircraft、航空機である。

 ラングレーから発艦したスカベンジャー号――いまや、別の機種に見紛うほど改造をされた瑞雲は翼下に3.5インチ FFARを搭載し、闇夜の空に飛び立った。OS2Uキングフィッシャーも一緒だ。

 空から見下ろせば、戦場がどう動いているかよく分かった。

 湾内では艦娘達が縦横無尽に動き回り、湾内に侵入した潜水艦クラス深海棲艦を口苦戦と、爆雷攻撃や砲撃を行っている。

 湾外は湾口前で艦娘達が横隊を取り、深海棲艦を湾内に侵入させまい(実際は少数が侵入に成功しているわけだが)と、果敢に砲火を交えている。潜水艦クラス深海棲艦は同士討ちを避けるためか、海面に頭を出して攻撃を行っているため、砲撃が無効というわけではない。時折、命中して暗闇に火焔が弾ける。

 スカベンジャー号とキングフィッシャーに与えられた任務は湾内の艦娘や湾口での防戦を直接援護することではない。後方で深海棲艦達の指揮を執っているはずの深海棲艦および、機雷を敷設したリ級の索敵である。

 司令を出している深海棲艦を撃破すれば、深海棲艦達の足並みが崩れるはずで、リ級を撃破すれば、機雷に悩まされることもない。

 リ級を撃破するにはスカベンジャー号やキングフィッシャーでは火力が不足するが、湾外にはリ級の迎撃に失敗した高速巡洋艦アラスカやその他重巡洋艦がいる。アラスカ達はリ級撃破のためにリ級や指令を出している深海棲艦がいるであろう海域の背後に回っている。

 発見すれば、彼女らが背後からレーダー照準の12インチ砲弾と8インチ砲弾を食らわせる算段である。

 しかし、時間があまりない。湾外で頑張っている艦娘達の弾薬は残り少ない。スカベンジャー号やキングフィッシャーが見つけられなければ、滅亡だ。

 運命は6機に託されている。



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第43話「暗闇の中で」その2

 スカベンジャー号、OS2Uキングフィッシャーは各自散開して、深海棲艦の旗艦を探し始める。

 月は出ておらず、漆黒の空。目をこらしても、敵の姿はなかなか見えない。湾の近くなら砲撃の発砲炎で海面が照らされるから、影を手がかりに発見することもできるだろうが、湾からは離れており、発砲炎の光は届かない。

 APS-20を使いましょう。

 後部座席のパイロット妖精が前席のパイロット妖精に進言する。APS-20はスカベンジャー号の胴体下に追加装備された対水上レーダーである。レーダーアンテナは導体下の子持ちメダカのように膨らんだレドームの中に備わっている。

 前席のパイロット妖精はAPS-20が気にくわなかった。水上機として洗練された見た目を持つ美しい瑞雲を不細工にしてしまった要素だからだ。APS-20のおかげでライト R-2600ツインサイクロン2000馬力エンジンを搭載しているのに、速度は1300馬力の金星を搭載していた頃よりも低下し、運動性も低下してしまったのだ。爆弾ラックもなくなってしまった。ある程度の空戦もできて、速くて、運動性も良く、急降下爆撃のできる瑞雲。今や、万能機はなく、海面を探すだけのスカベンジャーである。悲しさが溢れる気分だった。

 しかし、仕事はきちんとしなければならない。もし、自分達が敵の旗艦を見つけられなかったら、帰る場所を失ってしまうのだ。

 前席のパイロット妖精は、使用しろ、と後席の妖精に返事をした。それを受け、後席のパイロット妖精は対水上レーダーAPS-20の作動スイッチを入れた。

 レドーム内の細長いレーダーパラボラアンテナがレーダービームを発信、走査を始める。大きな反応があれば、ビンゴ。敵である。しかし、しばらくしても、パイロット妖精が見るディスプレイには海面で跳ね返ってきたレーダー波のノイズばかり。敵の存在を示す大きな反応は現れない。

 おい、左で何か光ったか?

 と、前席パイロット妖精が聞いた。その声で後席パイロット妖精はノイズばかりのディスプレイから顔を上げ、左翼の方を見る。

 また光った!

 チカッ、チカッ、と水平線近くの一点が不規則に光る。スカベンジャー号の現在位置と高度からすれば、湾の砲撃炎は見えないはずだ。

 つまり、敵の砲撃だ。

 敵の発砲炎らしきもの見ゆ、確認する、と報告し、スカベンジャー号は機首を光の方向へと向けた。

 

 スカベンジャー号は砲撃する複数の深海棲艦の上空に達する。数機のキングフィッシャーもすでに上空にいた。

 発砲炎の数や大きさから推定して、重巡クラス5体。そのうち一体は右肩部分が肥大化しており、報告にある機雷敷設が可能なリ級だろう。スカベンジャー号は翼端灯も消した状態で飛行しているので、深海棲艦に気付かれてはいない。

 深海棲艦達は湾の方向へ砲撃している。自分達が出撃した頃は砲撃していなかったことを考えると、深海棲艦側は膠着状態を打ち破ろうとしているのだろう。今まさに、湾の守りは突破されようとしているかもしれない。

 スカベンジャー号には翼内にM4 37mm機関砲、翼下に対潜用ロケット弾の3.5インチFFARが6本装備されてる。重巡相手に37mm機関砲は豆鉄砲だし、3.5インチFFARは無炸薬のロケット弾である。全弾撃ち込んだところで、撃沈は不可能である。

 しかし、気を引くことくらいはできるだろう。

 スカベンジャー号は高度を下げる。深海棲艦が首を少し上げるくらいで見える高度まで降下。高度はおよそ20m程度。通常なら、ここまで高度を落とすこともないが、今は目立たなくてはならない。

 翼端灯のスイッチを入れる。

 闇夜に浮かぶ深海棲艦に光学照準器の円環を合わせる。

 敵の姿が円環一杯になるまで接近して、パイロット妖精は機銃発射レバーを静かに引き絞った。

 翼の前縁から大きく突き出した砲身から37mm砲弾が撃ち出される。砲弾は的確に深海棲艦へと命中して炸裂した。

 スカベンジャー号は命中を確認すると射撃を止め、エンジンをフルスロットル。上昇に転じる。

 さっきまで悠然と砲撃をしていた深海棲艦は慌てふためいて、苛烈な対空射撃を始めた。しかし、全く統制が取れていないどころか、あっちこっち滅茶苦茶に射撃している。よほど慌てているらしく、散開しようとして、味方同士で衝突をしていたりもする。

 スカベンジャー号は攻撃前の高度まで戻り、悠然と、深海棲艦達を見下ろしてた。すでに翼端灯も消している。

 他のOS2Uキングフィッシャー数機も緩降下爆撃を行う。もっとも、小さな対潜爆弾だから、威力などほとんどない。だが、深海棲艦の混乱を助長するには十分な威力だ。

 もし、深海棲艦が突然の攻撃を冷静に受け止め、大した威力はないのだから砲撃を続ける、という事態になった場合、複数回攻撃を行うつもりだったのだが、その必要性はなさそうである。

 もうすぐ、アラスカ達も砲撃可能な距離に入る。レーダーではすでにこの深海棲艦達を捉えている。

 スカベンジャー号は他のキングフィッシャーに着弾観測任務を引き継がせて、他の深海棲艦の捜索に向かった。 

 

 掃海任務を行っていた潜水艦艦娘達は前衛をすり抜けた潜水艦クラス深海棲艦と戦闘状態に入っていた。

 深海棲艦側からすれば、やっとの思いで艦娘の防衛ラインを突破したと思ったら、潜水艦艦娘が控えていた、という具合で堪らない。後続のためにも排除しなければならないと、襲いかかった次第である。

 艦娘と深海棲艦。夜間であるため、海中の視程はほぼない。聴音で位置を特定し、そこに魚雷を発射しても、命中の時まで敵がその場に留まってくれるわけもない。

 魚雷以外の装備は、艦娘側はワイヤーカッターと近接戦用のナイフしか持っていない。深海棲艦は水中では一発しか撃てない4インチ砲しか持っていない。

 艦娘側にとっては4インチ砲弾に当たれば致命傷。深海がわからすれば、4インチ砲を外してしまえば、斬り殺される。

 双方動けないなんて状態……には陥らない。判断の素早さとチームワークの差で艦娘が勝利を手にした。

 都合良く、艦娘側は二班に分かれていた。片方が魚雷による援護を行い、もう片方が斬り込みを仕掛ける。

 魚雷は一撃必殺の兵器である。大砲は当たっても死なないかもしれないが、魚雷は確実に死ぬ。そのため、深海棲艦側の意識は魚雷の回避に向かった。しかし、魚雷の信管は不活性化状態である。当たっても爆発はしない。

 深海棲艦は魚雷を避けたが、次の瞬間には首に艦娘のナイフが突き刺されていた。深海棲艦と言えども首は急所。ナイフは薙がれ、頸動脈を切られた深海棲艦は声を荒げることもなく、静かに海底へ沈んでいった。

 

 スカベンジャー号はAPS-20をしっかり使用して、敵の存在を探っていく。先ほどの重巡級5体は機雷敷設を行った部隊であり、指揮を執っている深海棲艦ではない。早く見つけなければならない。

 しかし、先ほどは砲撃を行っていたからこそ、遠距離から発見することができたが、指揮を執っている深海棲艦は砲撃などするはずもない。レーダーのAPS-20だけが頼りである。だが、闇雲に探しても見つかるわけがない。

 先ほどのリ級達5体は湾から20kmほどの位置にいた。重巡洋艦の主砲射程ギリギリの距離である。その距離から砲撃をするのならば、レーダーによる照準支援か、弾着観測機による支援が必須となる。『ブルー・リッジ』や母艦のラングレーから、「敵機が湾上空にいる」という報告は受けていないし、混戦になっている前線をレーダー照準で射撃すれば、味方に当たってしまうかもしれない。

 ということは指揮を執っている深海棲艦はもっと前線寄りの位置だろうか?

 スカベンジャー号は針路を湾の方向、西へ向けた。

 

 敵影らしきもの発見。方位050、距離18マイル(30km)。

 後席のパイロット妖精が叫ぶ。APS-20の操作ディスプレイに、前線の深海棲艦よりも後方で、ポツンと孤立した反応が現れたのだ。間違いなく、深海棲艦の指揮官である。

 レーダーの反応は小さい。大きさは哨戒艇か、浮上した潜水艦ほどの大きさ。おそらく潜水艦クラスである。

 スカベンジャー号は敵の方向へ機首を向け、高度を下げる。

 スカベンジャー号の武装は対潜特化である。潜水中の潜水艦でも沈めることができる3.5インチFFARに加え、威力は航空機銃としては破格のM4 37mm機関砲。致命傷を与えるには十分である。

 潜水艦クラス深海棲艦は浮上時は海面上に上半身くらいしか出さない。そしてM4 37mm機関砲は初速が遅く、癖の強い機関砲である。さっきのリ級よりも、もっと接近して、丁寧に狙いを付ける必要がある。

 敵を視認する。

 エンジンパワーを絞り、ゆっくり敵へと近づく。まだ敵は気付いていない。

 チャンスはこの1回である。取り逃がしたら、この闇夜、再度発見は不可能に近い。潜水されたらAPS-20も役には立たない。この一撃で全ての弾薬を使い果たしても、問題はない。

 光学照準器の円環から敵の姿がはみ出るくらいまで接近。そして発砲。

 ドッドッドッドッドッ――――とM4 37mm機関砲が低いサイクルレートで唸る。砲弾尾部の曳光剤が闇夜に線を描いて、敵、潜水水鬼に吸い込まれる。

 そして3.5インチFFARも6本全てが発射される。ロケットモーターにより467km/hに加速したFFARはまっすぐ潜水水鬼に向かっていく。

 そして着弾。

 突如として無数の37mm砲弾、3.5インチFFAR6本を叩き込まれた潜水水鬼は、何が起こったのか確認する時間もなく、意識は途切れた。

 

 「空中戦はスポーツではなく、科学的な殺人です」とは米陸軍エースのエドワード・リッケンバッカーの言葉である。

 状況認識の差によって戦闘の勝敗は決まる。陸でも海でも空でも。

 その状況認識の差は個人の技能によって決まることもあれば、技術によって決まることもある。Mk.Iアイボールセンサー、詰まるところの眼球だけが情報認識のツールであった時代ならば、地形を利用したり、タイミングを見計らったりと個人の技量に左右されることが多かっただろう。

 しかし、現代戦は違う。電波や音波、赤外線その他色々な手段を用いて、情報認識力を高める。技術の差が情報認識の差に繋がる。

 第二次大戦クラスの技術レベルの深海棲艦が現代兵器の技術レベルに敵うはずはないのだ。それでも十数年間、深海棲艦が人類を陸に押し込め、海洋を支配できたのは深海棲艦が人類と違う土俵で戦うことができたからに過ぎない。小さくて、火力も高く、防御もそこそこ。特に「小さくて」が深海棲艦の圧倒的アドバンテージだった。人類は小柄な深海棲艦の接近を察知できず、敗退したのだ。

 しかし、今はどうだろう? 人類は小柄な深海棲艦をも捕捉可能な合成開口レーダーやフェイスド・アレイ・レーダー、赤外線捜索追尾装置(IRST)といった各種センサーを開発、普及させつつある。「小さくて」はまだ砲火を交える時に有利に働いても、その前の索敵の時点ではアドバンテージになり得なくなっている。

 もちろん、深海棲艦側もレーダーや航空機といった状況認識力を高めるツールを持っている。しかし、人類はそれらを妨害する手段も取りそろえている。伊達に人間同士で殺し合っていない。

 リ級達は人類側が夜間に索敵機を出していることに気付けなかったから、スカベンジャー号には攻撃されるし、アラスカ達の接近も許してしまった。

 もし、索敵機の存在に気付けていれば……とっちらかることなく、アラスカ達の接近を冷静に予測できていれば……アラスカ達の砲撃を食うことはなかっただろう。アラスカが最大33ノットの速力を発揮できると言っても、巡洋艦の速力なら逃げ切ることも可能だったはずだ。

 この夜空の下、8インチと12インチの砲弾が降り注ぐことなどあり得なかったのだ。

 隻腕のリ級から5mほど離れた位置にいた別のリ級が12インチ砲弾によって引き裂かれる。悲鳴など爆音にかき消されて、隻腕のリ級には届かない。金剛型相手では不足する12インチ砲も、単なる重巡洋艦相手には十分すぎるくらいだ。しかし、戦争はスポーツじゃない。フェアな戦いなど、ありえない。

 大型巡洋艦アラスカを始め、ニューオリンズ級のアストリア、クインシー、ヴィンセンズ、ウイチタ級のウイチタ、ボルティモア級のボルティア、ヘレナ、シカゴ。一度こそ機雷で不意打ちを食らったが、名誉挽回とばかりに、レーダーと弾着観測機による正確な射撃で敵を滅ぼさんと息巻く。

 いくつかの直撃弾と至近弾を受けてもなお、自身の主砲で反撃していた別のリ級はボルティモア級の集中射撃を食らって斃れた。もっともそのリ級がしていた反撃というのは、砲弾が飛来する方向に向かって、主砲を撃ち返すというもので側距も何もない、滅茶苦茶な射撃だ。彼女のレーダーは電子妨害で無効化されている。他のリ級もレーダーは使えなくなっている。

 ここは引き留めます! 離脱を!

 至近弾で体中傷だらけのリ級が隻腕のリ級に言う。隻腕のリ級は機雷敷設能力がある。単なる巡洋艦や潜水艦よりもよっぽど人類側の脅威になる存在である。

 他のリ級――もっとも、もう2体しか残っていないが、隻腕のリ級は彼女らに背を向けた。ここで無残に沈むより、生き残った方が良い結果を残すことができる。

 もっとも、アラスカ達がこの隻腕のリ級を取り逃がすかは別の問題である。




 戦闘シーンだと筆が進むなぁ(人類側が無双し始めたぞ)。
 今の私は潮書房光人社の「戦闘機と空中戦の100年史-WWIから近未来までファイター・クロニクル」に影響されています。最後あたりの「状況認識」云々なんてそれです。


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