記憶の中の君の欠片 (荊棘)
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再び出会う。

初めての投稿です。文章が稚拙で申し訳ないですが、見ていただければ幸いです。


人間とは忘れる生き物である。

 

 

良いことも悪いことも忘れることができる。できるといっても自らの意思で忘れられるわけではない。忘れたいと思うことのほうがよく憶えている、なんてことはよくあることで、その反骨精神ともいえる捻くれ具合にはさすがの俺も笑うほかない。

しかし、これはきっと二度と同じようなことを繰り返さないようにと、人間の防衛本能が働きかけ忘れられないようにしているのだと俺は思う。…だから黒歴史は消えてくれないんだろうなぁ。

 

 

とにかく、それが防衛本能であるならば従うべきではないだろうか。いや、従うべきであろう。

 

 

 

だから俺が人と深く関わらないのは間違いではない。

 

 

 

*

 

 

 

「次は―――。―――。」

 

電車のアナウンスが耳に入り意識が覚醒する。それに伴い鞄を左手に持ち降りる準備をする。電車が止まると人混みが波のように動く。その波に乗るようにして動き、改札を出る。

 

 

駅から大学まではそう遠くはない距離で、徒歩でも十分に通える範囲である。バスという手段もあるが、一人暮らしの貧乏学生としては余計な出費はなるべくひかえたいのである。

いつものごとく一人で大学までの道のりを歩く。

 

ちなみに昨日は大学の入学式だった。といっても俺は新入生でもないので特には関係はないのだが。俺にとっては昨日も今日もなんてことのない普通の日だ。そして明日もその次の日も普通の日だろう。むしろ普通の日以外ないんじゃないのこれ。まず普通じゃない日なんて存在し得るんだろうか。

 

そんなことを考えながら歩いていると気が付けば目的地に到着していた。

 

 

 

 

大学生というと大人というイメージがあるが、俺に言わせればそんなことはない。現になんかめっちゃウェイウェイ言ってるし…。新種の動物かなんかなの?

 

講義も終わりさっさと家に帰ってアニメでも見ようと歩みを進めていると、入口付近にいる4人組が目に入ってしまった。

その4人組、、というより3人組の男と1人の女は仲よさげではなく、むしろ悪い雰囲気ですらあった。

 

俺には関係ない。俺には関係ない。そう心で呟き得意のステルスヒッキーを発動し、横を通り抜けようとした。

 

 

「…あれ?もしかして先輩じゃないですか?」

 

 

その声に聞き覚えがあるような気がした。無意識のうちにその声が発せられたほうをむいた。

 

 

そこには亜麻色のセミロングの髪をした女がたっていた。

俺はこの女を知っていた。

 

 

――――――一色いろは。

 

俺の知り合いの中での唯一の後輩。高校時代、なんやかんやでそれなりに気心の知れた人間だ。だが、しかしそれはあくまで高校時代の話。今はなんの関係もない。そしてなによりこんな面倒なことに巻き込まれたくなかった。だから俺は努めて冷たい声音で言った。

 

 

「人違いじゃないっすか?」

 

 

それだけ言うと再び歩き始める。しかし右手に違和感を感じ振り返ると、そこにはあざとい笑顔で俺の手を引っ張る一色がいた。

 

 

 

*

 

 

 

「先輩なにたのみますー?」

 

「コーヒー」

 

あれよあれよとことが進み気が付けば一色と喫茶店に入っていた。

えーなんでぼくこんなとこにいるんだろー。おかしなー。帰ってアイマスみるつもりだったのに…

 

 

結局あの後一向に一色が手を離す気配がないうえに、振りほどこうとしてもなかなか振りほどけなかったので諦めて3人組を説得した。一体どこにあんな力がひめられているのやら。

そして一色がお礼をしたいとうるさいので(半分脅し)コーヒー一杯で手打ちにした。

 

 

頼んだコーヒーを飲みながら一色に目をやると携帯をいじっていた。お礼がしたいって言ったくせに非常識じゃないかな君。そんなこと口にできるはずもなく、ただ黙ってカップをかたむけていた。

 

しばらくすると携帯をしまってこちらに顔を向けた。

 

 

「お久しぶりですね、先輩。ていうかさっきのはひどくないですか?」

 

「あ?さっきのってなんのことだ?」

 

「とぼけないでくださいよ!こんなに可愛い後輩を見捨てて逃げようとしてたじゃないですか。信じられません」

 

「別に逃げようとしたわけじゃない。単純にお前が知り合いだと思わなかっただけだ」

 

「それはそれでひどいんですけど…」

 

 

知り合いと二人っきりで会話したのはいつぶりだろうか。というか会話自体久しぶりだな。会話をせずとも生きていけるとか、俺のコミュニケーションスキル実はすごいんじゃないの?すごくないですね、はい。

 

気が付くとカップのなかが空になっていた。

お礼という名目で来ている以上、お礼の品を受けっとったのでこれ以上ここにいる道理もないだろう。

 

「じゃあ俺そろそろ行くわ。まぁそのコーヒーありがとな」

 

そう言って席を立とうとすると一色もそれにならえで席を立った。

 

「じゃあいきましょっか」

 

なんで一緒に帰る流れになってるのん?自然すぎてそれが当たり前のことかと思っちゃうとこだったわ。

だが、ここははっきりと否定の意志うをみせねばなるまい。

 

「いや、俺この後寄るところあるから」

 

「そうですか。ではここで。…っあ!先輩、一応連絡先教えてもらってもいいですか?また同じようなことがあるかもしれませんし。それに同じ大学なので知っとけばなにか役に立つかもですし」

 

「ほらよ」

 

嫌そうな雰囲気を全面にだしながら一色へ俺の携帯を渡した。

なんとなくわかってたけど同じ大学なのね。これからはなるべく会わないように細心の注意を払っておこう。

 

 

「はい。オッケーです!それではまた」

 

 

俺に携帯を返し、そう言い残すとパタパタと足音を立てて去っていった。



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呼び出し。

若干キャラの崩れがあるかもしれません。悪しからず。


 

休日とは休むための日である。にもかかわらず世の若者たちは皆遊びに出かけるという。それでは全く休めていないのではないか。

人と関わるということは、気を遣うということであり、その行動は疲れを促進させる。

つまり、俺のこの休みの日は一人で過ごし全力で休むという考え方は全くもって妥当であり、正当であるはずだ。

 

まぁ俺は休みの日以外でも一人なんだけどな。いや待てよ。その考え方でいえばつまり俺は常に毎日が休みだということになる。

毎日休むことができているあたり、俺には休む才能があるのかもしれない。将来はこの才能を生かして絶対に働かないぞ。

 

 

 

休日は基本的に昼過ぎまで惰眠を貪る俺だが、今日は割と早く目覚めてしまった。

というのも携帯の着信が鳴り続け安眠を妨害してくるからでる。なんなのこいつ。俺の敵なの?

しかし、この暇つぶし機能付き目覚まし時計といわれている俺の携帯が鳴るのは非常に稀なことなので、なにか緊急事態なのかもしれないと渋々と画面を見た。

 

 

 

するとそこには[可愛い後輩いろは]という文字が躍っていた。

 

 

嫌な予感しかしないが一応内容を確認すると、そこには買い物をするから荷物持ちとして付き合えという内容だった。

 

休日にそんなめんどくさいことをしたくないので無視して、再び眠りの世界へ飛び立とうとすると、メールがそこで終わりではないことに気が付いた。

 

そのまま画面を下にスクロールしていく。すると一番下にこう書かれていた。

 

 

もし無視するようなことがあったら、先輩についてあることないこと言いふらしてしまうかもしれません。

 

 

なにこれ普通に脅迫じゃないですか。元々大学に居場所などはないが、それでもさすがによくないこと言いふらされて後ろ指指さされるのもいやだからな。

 

そんな言い訳を自分自身に言い聞かせながら身支度を始めた。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

「遅い…」

 

ただいま待ち合わせの時刻を20分過ぎたところである。

呼び出した本人が遅刻するってあいつには常識というものがないの?もしかしたらこの呼び出し自体が罠で次に会ったときに「え?ほんとにいったんですか?軽いジョークだったのに」と笑われるパターンなんじゃないの?

やっぱり人間って怖い。

さすがに待ち疲れたからもう帰ってしまおうかと思っていると

 

「すいません先輩!遅れちゃいましたー」

 

「おせーよ。呼び出したくせに遅刻するとか常識持ち合わせてな…」

 

後ろから聞き覚えのある甘ったるい声がかけられたので、待たされたことについて悪態をついてやろうと振り返りながら言葉を発した。

 

しかし、その途中で言葉が出ず、一瞬動きがフリーズした。

 

 

白のワンピースの上に薄いピンクのジャケットを羽織った、いかにも清楚ですよ!と言い張ってる服装をしている一色が立っていた。

そんな彼女に一瞬目を奪われてしまった。

 

俺の態度を見て不思議に不思議に思ったのか彼女は軽く小首を傾げながら言った。

 

「どうしたんですか先輩?あ、もしかしてあまりの可愛さに見とれちゃい

ましたか?」

 

「…んなわけねーだろ。遅れてきたのに悪びれもしないから呆れただけだ」

 

言い当てられた恥ずかしさからか、一色から目をそらし平然を装いながら答えた。

 

「遅刻したことについては謝ったじゃないですか!…それでどうですか?」

 

「どうって何が?」

 

「はぁ…言わなきゃわかんないんですか。服ですよ!気の利いたこと言えないんですか?」

 

やれやれといった表情をしながら俺に尋ねる。

いやそれぐらいはさすがの俺でも分かるよ?ただ、その一々言葉にするのは恥ずかしいというかなんというか…

しかしまぁ聞かれてしまっては答えるほかないだろう。

 

「…悪くはないんじゃない?」

 

「なんで疑問形なんですか。でもありがとうございます」

 

すこしだけ上機嫌になったのか顔をほころばせている。

そんな彼女がどこかまぶしく見えて顔をそむける。

 

「ほらさっさと行こうぜ」

 

そう言って少しだけ速足で歩きだす。

 

そうゆう気の利いたセリフを俺に求めんなよ全く…。

 

すこし。

ほんのすこしだけ、いないはずの彼女の面影を一色に見た気がした。

 

 

 

 

俺たちが来たのは都内ショッピングモールだった。

今日が休日ということもあってか、若者や家族連れでそこそこにぎわっていた。

 

休むことに才能を感じている俺が何度か帰宅を提案したが、その意見は通るはずもなく彼女にに付き添い荷物持ちとして職務を遂行していた。

 

いやまさか本当に荷物持ちをやらされるとは。あらかじめ荷物持ちとは聞いていたから、まさかもクソもないのだが、俺の想像を超える量を買いやがる。

経済的な面から言えばお金を使うことはとてもいいことだが、俺への配慮を考えて遠慮というものをしていただきたい。いやまじで。八幡そろそろ限界だよ?

 

そんな願いが通じたのか一色が俺のほうへ近づいてきて、近くにある喫茶店を指さす。

 

「あそこで少し休憩しましょうか」

 

是非もない提案に喜んで喰いついた。

 

 

中は小洒落た雰囲気で、いかにも意識高い系の方々が好みそうな店だった。

店員に促され席に着き、コーヒーとミルクティーを注文する。

 

やっと休憩できると思い、その安堵からか大きなため息を一つついた。

何かがおかしかったのか俺のほうをみて少し微笑む。

 

「先輩ってなんで友達いないんですか?こんなにいい人なのに」

 

完全にいい人の前に都合のが略されているな。

女のいういい人は7割が都合のいい人で残りがどうでもいい人である。(俺調べ)

 

「そんなもん俺がききてーわ。大体それがわかったらボッチやってねーよ」

 

「んー確かにそれもそうですね」

 

何かに納得いかないのか曖昧な返事で返す一色。

自分で聞いてきた割にテキトーですね。いや別にいいんですけどね?

むしろそのほうが詮索されたくないことを聞かれずに済むだろうから。

 

少しの間妙な沈黙が流れる。

まるでそのタイミングを見透かしたかのように店員がカップを二つ運んできてテーブルに置いた。

カップを手にとり一口飲む。

なかなかうまいなこれ。だが甘さが足りんな。やはりコーヒー会最強はあの暴力的なまでの甘さが売りのMAXコーヒーだな。異論は認めない。

 

同じように向かいに座っている一色も一口飲みカップを机に置いた。

そしておもむろに息を吐きこちらを見つめた。

 

「先輩」

 

「ん?」

 

 

「雪ノ下先輩や結衣先輩とは最近どうですか?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間心臓が強く鼓動した。

 

 

 

 

 

 




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おもい。

 

間違いなく一色の問いは今聞かれたくないことの一つである。

だからこの話題はそれとなく避けるのがベストだ。

 

心の中でタイミングを計り、わざとらしく2度ほど咳払いをして口を開く。

 

「…それよりお前大学で友達できたのか?」

 

わざとらしく話題をすり替えたが、どこか虫の居所が悪く目を泳がせてしまう。

ちなみに、さっきの咳払いには、この話題についてお前に話すことはない。という意味が込められている。

俺のコミュニケーションの取り方すごいな。これそのうち言葉を発しなくても話せるようになるんじゃないの?いろいろと捗りそうと考えたけど、そもそも話す相手がいませんでした!悲しすぎる…

 

もちろん一色に俺なりの合図が伝わるはずもなく、彼女からの質問は続く。

 

「友達なら何人かできましたよ。それで、お二人とはどうなんですか?」

 

「…どうやったらそんな簡単にに友達ができるんだよ。友達づくりのスペシャリストなの?」

 

あくまでも答える気はないという姿勢を見せる。

俺にだって言いたくないことの一つや二つくらいある。大体これは当人である俺たち、というか完全に俺の問題であって他人の介入する余地はない。

何も知りもしないのにずけずけと首を突っ込んで来るなんて失礼ではないだろうか。

 

そんな俺の気を知ってか知らずか、彼女は尚も言及を続ける。

 

「で、どうなんですか?おふたりとは」

 

彼女は真っすぐ俺の瞳を見ながら問う。そこには言い逃れを許さないといった強い意志を感じる。

しつこく強情な態度をとる彼女に突き放すかの如く言った。

 

「おまえには関係ないだろ」

 

多少の怒気を纏った俺の言葉が彼女の耳に届くと同時に一瞬肩がピクリと跳ねた。

少し言い方がきつすぎたかもしれないが、しつこく問いただしてきた分でお相子だろう。

 

それきり会話がなくなり嫌な沈黙が流れた。

手持無沙汰になった俺は残っているコーヒーを口に含んだ。

冷めたコーヒーは苦みが増したように感じられ、甘さはどこかへ消えてしまっっていた。

 

周りを見ると俺たち以外に客はいなく、切なげな店の音楽も相まり、閑散としたどこか寂し気な空気を醸し出していた。

 

 

 

 

不意に。

微かに声が聞こえた気がした。

 

向かいに座っている彼女を見る。

一色は顔を俯け、震えた声で呟く。

 

「…関係なくないです」

 

か細く、弱々しく、こもった声であったが何故かはっきりと鮮明に俺の耳に届いた。

呆気にとられている俺をよそに彼女は続ける。

 

「先輩は…先輩たちは私の憧れなんです。すれ違って、言い争って、それでも、それなのにどこか暖かくて…。羨ましかったんです。ずっと…。私にはそういう友達という言葉だけでは表せない存在が、本物が私にはなかったから…。だから…、だから、先輩があんなに悩んで、苦しんで、もがき足掻いて手に入れたものがそんなに簡単に失われていいわけないんです。…なのに。なのにどうしてそうなっちゃうんですか。おかしいです。…おかしいじゃないですか…」

 

 

涙ながらに、嗚咽を噛みしめながら自らの思いを語る姿は。

 

その姿はまるでいつぞやの自分を見ているようで。

理屈も因果も何もない。ただの感情論でしかないはずなのに。

その独白のような言葉はは胸にわだかまり、黒々とした何かが胸のなかで呻いているようだった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

「ちっとは落ち着いたか?」

 

「…はい。すみません」

 

 

一色が落ち着きを取り戻すまでにそんなに時間はかからなかった。

それでも何事もなかったかのようにいくわけもなく、若干の息苦しさを憶えながらも会話を再開した。

 

さすがにあれだけのことを聞いて何も話さないというわけにもいくまい。

核心の部分にはなるべく触れないように、必要最低限のことだけを伝えよう。

 

「まぁ、その、悪かった。…それであいつらのことなんだがな。俺が勝手に距離を置いてるだけだ。別に険悪とかそういうんじゃない」

 

「なんでですか?」

 

「ほらあれだ、あいつらにも今の人間関係があるだろ?いつまでも俺たちと一緒にいれれるわけじゃないからな。言うなれば友離れみたいなもんだ。あいつらには今を大切にしてほしいからな」

 

 

これで話は終わりとばかりに目で合図をし、席を立った。一色も一応は納得してくれたようで、俺の後に続いた。

 

 

嘘をついた。いや、嘘ではない。さっき一色に言ったことも本当ではあるんだ。

でも本質はもっと違うところにある。

もしかしたら、いや、おそらく雪ノ下も由比ヶ浜も、そして一色も。

本当は分かっているのだろう。なぜ俺が今までよりも人と関わりを無くしたのか。

でもそれを俺の目の前で言うのは憚られるのだろう。それはきっと彼女たちなりのやさしさだ。

 

それでも、見かねた一色は聞かずににはいられなかったのだろう。

俺が本当のことを言わないと知っていてもなお。

 

 

 

喫茶店を出た俺たちは、買い物を再開させるという気分にはなれず、そのまま帰途についた。俺の送ろうかという提案もまだ明るいので大丈夫ですよと言われたので、おとなしく途中で別れた。

 

言葉で言い表せない疲れが体を襲っていたのでなるべくはやく帰宅できるようにと速足で歩く。

 

 

 

春の陽が暖かく、うららかな陽気。

けれど、時折吹く風は、春の匂いとともに言いようのない寂しさを運んでくるのだった。

 

 

 



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背中。

なかなか更新できず申し訳ないです。



 

 

 

 

 

 

 

大学にはサークルというものがある。

もちろんここでいうサークルというのは、ミステリーなものでも、24時間営業しているコンビニでもない。

端的に分かり易くいうと、同じ趣味趣向を持ったもの同士の集まり。同好会みたいなやつだ。

 

よく、サークルとクラブは何が違うのかという疑問を耳にする。

 

サークルは、学生が自主的に運営する団体で、費用は基本的には学生が自分たちでもつことになっている。

 

一方で、クラブは大学側が運営する団体であり、費用などは大学側から支給される。

高校時代の部活と同じようなものという認識でほぼ間違いはない。

 

 

このことから推測するに、サークルに所属する人間は自ら行動を起こせる活動的な人間といえるだろう。

 

よって、嫌々ながらも参加している俺も活動的で有能な人間であるといえる。

 

 

 

………さすがに無理があるな。

 

 

 

 

今日は嫌な日だ。

のっけから申し訳ないのだが、そう言いたくなるくらいに嫌なんだ。

今日はサークルの飲み会があるらしい。

 

 

俺も一応サークルに所属している。

大学に入ってからは、それなりにコミュニケーションをとっている。

同じサークルのメンバーに会ったら挨拶や世間話を多少する程度には仲がいい。

 

しかし、ここで肝心なのは、決して友達ではないということだ。

 

例えば、サークルのメンバーと二人きりになったとする。すると何を話せばいいのか分からず、目線を逸らしながら、小声で暑いなぁーと呟いたりするだけで会話にならない。

 

かといって、三人以上になると俺以外で会話が成立してしまい、俺は相槌をうったり、醜い愛想笑いを浮かべるだけになり会話には入れない。

 

うわっ…私のコミュ力、低すぎ…?

 

だがこれは業務的な関係と割り切って付き合っているから、さほど苦ではない。

しかしそれ故に、誘いはなかなか断りづらい。

ある程度の関係を保っておかねば、今後に影響がでるかもしれないので、そこは致し方なく、了承している。

 

 

それでも俺は、飲み会などに参加したくない。

そんな暇があるなら家に帰って休みたい。

 

だから、飲み会がある日の俺の行動は決まっている。

周囲に気を配り、顔見知りと遭遇しないようにする。話をしてしまうと八割の確率でその話題が出てしまうため、参加する流れになってしまう。それを避けるためにもいつも以上に周囲を警戒する。

 

こうすることにより、直接的に断る必要がなくなり、俺が参加しなくても何ら問題ないことになる。

後は、次の日にでも飲み会の存在を知らなかった体でいけばオーケーだ。

 

我ながらナイスな作戦だな。俺には才能があるやも知れん。これでギアスさえあれば俺にも世界を変えることができる…!!

 

この作戦絶対に成功させてみせる…!!

 

 

× × ×

 

 

結果から言おう

俺は今飲み会に参加している。

いやね、俺も確かにフラグたてた感はあったよ?あったけどさ?

しっかり回収しすぎでしょ…

 

 

あの後、何事もなく講義が終わり、早急に帰宅しようと教室を出たところで見事に同じサークルの女子とエンカウントした。

完全に目を合わせてしまったので無視するわけにもいかず、テキトーに挨拶をする。そしていかにも急いでいますよというオーラを出しながら立ち去ろうとした。

その時だった。

 

「ねぇ、比企谷君も今日の飲み会もちろん行くよね?」

 

 

俺にはあの言葉が悪魔の囁きに聞こえたよ…

聞き方に悪意があるようにしか思えない。もちろん行くよね?なんて聞き方されたら断れないでしょ普通。いや俺の場合は他の言い方でも断れないんだけどさ…

 

心の中で愚痴をこぼしながらビールの入ったジョッキを傾ける。憂さ晴らしも兼ね一気に飲み干す。独特な苦みが口の中に残る。

この苦み嫌いじゃないんだよな。ほら、苦いとことか俺の人生に似てて共感もてるし。

まぁでも俺の人生はビールのように愛されてないし、旨みもなくただ苦いだけなんだが。なにそれ悲しい。

 

空いたジョッキをテーブルの端におき、新たなビールを追加注文する。

すると、俺の隣の空いたスペースに女が座ってきた。

 

「最初から飛ばしすぎじゃない?」

 

「あ?いいんだよ別に。普段飲まないからこういう時に飲んどくんだよ」

 

「普段飲まないなら余計抑えたほうがいいでしょーが」

 

彼女とは別に特段親しいというわけではない。そもそも親しい人はいないのだけれど。

ただ俺は基本誰とでこんな感じだ。

 

その後も何人かと作業的に話をしながら酒を飲んだり、つまみを食ったりして時間をつぶした。

 

「…ん?比企谷君ケータイ鳴ってるよー?」

 

「おうサンキュ」

 

周りの騒がしさで気づかなかなかったが、確かに俺の携帯が音を鳴らしていた。

ちょっとすまんと断りを入れ席を立ち、店の外に出た。

 

「もしもし?」

 

「あぁ…先輩れすかー?ご無沙汰れすねぇー」

 

「…で、何の用だ一色」

 

「冷たいれすねえー。…ヒック。先輩今暇れすかぁ?暇れすよねぇ?一緒に飲みましょーよー」

 

「断る。大体お前すでに酔っぱらってるじゃんかよ…」

 

「失礼れすねぇ…酔っぱらってないれす……よぅ……」

 

酔っぱらってないという人は確実に酔っぱらっている。

ちなみに、酔っぱらっちゃったと言ってボディータッチしてくる女は酔っぱらてない。

これは常識だから覚えといたほうがいい。

 

ていうか、最後のほう寝息聞こえてきたけど大丈夫なの?酔っぱらって店で爆睡するとか迷惑過ぎる…。俺もお酒は控よう。

 

「…も、もしもし」

 

電話はまだつながっているようで、そこから聞いたことのない声が聞こえた。

 

「あの、私いろはちゃんの友達なんですけど、いろはちゃん完全に酔っぱらっちゃって…。すみませんが迎えに来てもらってもいいですか?」

 

「え、いや、なんで俺が…」

 

「それが、先輩が迎えに来るまで帰らないって駄々こねてまして…」

 

「…わかったよ。どこにいけばいい?」

 

「大学の近くの居酒屋です。お願いしますね」

 

電話が切れると大きなため息をつき、頭をガシガシ掻いた。

めんどくさいが、行くと言ってしまった以上行かねばなるまい。店に戻り荷物を抱え、用事ができたと告げ、再び店を出た。

 

 

 

幸いここから指定された場所は近い。これで遠かったら絶対行かなかったわ。

まぁでも帰る口実になったし、悪いことばかりでもないか…

 

少し冷たい夜風に吹かれながら歩くこと数分。目的地に到着した。

店に入ると一色の姿をすぐに見つけることができた。

一目散に近づき声をかける。

 

「おい、酔っぱらい。荷物まとめろ。帰るぞ」

 

するとだらんと体の力が抜け、顔を赤く染めた一色が振り向く。

 

「あれー?先輩じゃないれすかー?なんれここにー?」

 

「お前が呼んだんだろーが。ほら帰るぞ」

 

一色に立つように促す。

何度か立とうと試みる一色だったが酔っぱらって力が入らないようで、ペタンと座り込んで上目づかいでこちらを見る。

 

「せんぱーい、抱っこしてくらさーい」

 

「いや、無理だから」

 

「ぶー。じゃあおんぶでいいれすよぅ」

 

自分で立てないのか立つ気が無いのか、どちらにしても動く気配がないので仕方なく一色を背中に担いだ。

 

すると、一色の友達らしき人に声をかけられた。

 

「…あの、いろはちゃんをお願いしますね」

 

「ん。了解。それじゃ」

 

それだけ言ってでっかい荷物を担ぎ直し店を後にした。

 

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

「先輩って意外と背中大きいんですね」

 

「そうか?意外とは余計だけどな」

 

現在、一色を送っている最中である。

 

背中の荷物は偉そうな態度で、そこ右ですなどと指示を出してくる。

こいつ本当は酔っぱらってないんじゃないの?

 

 

しばらく歩くと見慣れた風景が広がっていることに気が付いた。

 

「ここうちの近くじゃねーかよ…」

 

「そうなんですか?奇遇ですね。ちなみにうちはもう少し先です。でもここでいいですよ」

 

そういうと跳ねるようにして俺の背中から降りる。

 

「ここまできたから家まで送る」

 

「いえ、結構です。もう十分先輩の背中堪能しましたから」

 

なに言ってるのこの子。頭おかしいんじゃないの?怖いよ。

 

「あっそ。じゃあ気を付けて帰れよ」

 

「はい。今日はありがとうございました。今度は二人で飲みに行きましょうねー」

 

 

手を振りながらはにかむその姿は夜の暗闇の中でも眩しく輝いて見えた。

 

 

 




誤字脱字があれば報告してください。
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お家。

更新遅くて申し訳ないです。

俺ガイル10.5巻発売が18日に決まったそうで、とても楽しみです。
表紙のいろはが可愛すぎる…。

アニメのほうも楽しみです。

それでは第五話です。どうぞ。


 

 

現在午後の一時。

今日一日特に用事がなく、することもないので昼過ぎまで惰眠を貪り、十分に体の疲れを癒す。

 

癒すほど体に疲れは溜まってないんだが。インドアの大学生なんてそんなもんだよ?運動する機会とかマジ皆無だから。

おかげで、ちょっと走ったり階段を勢いよく上がったりすると若干息切れする。

若者とは思えないなこれ…。いやまぁ言うほど若くもないか。

 

一人、歳の老いを感じながらベットからのそのそと起き上がる。

いつも一人だろ!とかいうツッコミはいらないから。もうやりすぎて飽きたから!

 

 

いざ起きてみたはいいが、本当にすることがない。

 

部屋の掃除…は、する必要ないぐらい普段から綺麗にしてるし。

課題…は、もう終わらせてあるし。

読書…て気分でもないんだよなぁ。

 

え、マジでやることないじゃん…。

ていうか、俺のやることが少なすぎるだけなんだろうな多分。

 

 

とりあえず、空腹を満たすべく料理をしよう。どうせ暇ならめっちゃ凝った料理でも

作ってやるか。俺の専業主夫スキルをお披露目してやるぜ…!!

 

 

何を作ろうかと考えながら冷蔵庫を開けると、中には飲みかけのお茶と調味料が数種類しか入っていなかった。

 

さながらSEKAI NO OWARIのような絶望を感じつつも、渋々買い物え行く決意と支度をした。

 

 

 

× × ×

 

 

俺の住むアパートはかなりいい条件がそろっているにもかかわらず、家賃が安い。

まず、特筆すべき点は、近くにスーパーがあるところだ。これは普段自炊をする俺にとってはかなりポイントが高い。

 

さらにこのスーパー、品揃えがよくて、タイムセールで商品が安くなったりもする。

それに加え知り合いに会うことがほとんどないときている。

 

もしかして、このスーパーって俺のために存在しているんじゃないの?

 

一言で表すなら、最高。

一文字で表すなら、神。

 

俺の住む城の凄さが伝わっただろう。

 

 

心の中で高笑いをしつつ店内に入る。

買い物かごを脇に抱えながら商品を見てまわる。

 

 

どうやら今日はパスタの麺が安いらしい。

これは俺の昼飯のメニューはカルボナーラにしろという天のお導きかもしれん。

 

まぁ神とか信じてないんだけどな。

大体、神とかいるならもっとみんなのことを幸せにしろよな。

特に俺とか。俺とか。あと俺とか。

…まじで俺の願い事叶えてくれないもんかねぇ…

 

 

しかし現実はそう甘くないことを知っているので、せめてコーヒーぐらいは甘くしておきたい。

棚に陳列されている商品でひときわ目立つ黄色と黒のコントラストの缶をかごの中に数本入れる。

 

べ、別にマックスコーヒーのステマじゃないんだからねっ//!!

 

 

 

あらかた必要なものは揃ったのでレジに足を向ける。

 

すると、一色がレジに並んでるのを発見してしまった。

 

 

不幸中の幸いといったところか、向こうはまだこちらに気づいていないようだ。

ここは見つからないように細心の注意を払って行動しなければならない。

 

俺はスキル ステルスヒッキーを発動した。

いや、このスキル俺の意思とは関係なくオートで常に発動してるんだけどね。

俺の先祖は忍者か何かなんじゃないの?

俺に忍者の適性がありすぎるのはその所為だと思いたい。

 

一色の並ぶレジの2つ隣のレジに俺も並んで待つ。

 

しばらくすると俺の番になり、ものの2分ほどで会計を済ませてしまった。

 

これでは下手したら一色と出るタイミングが一緒になってしまう。

そう思い周りを見渡すと、ちょうど一色が店を出るところだった。

 

 

やはり俺のステルス機能は流石といったところか…。

これにてミッションコンプリートだな。

 

変な緊張感から解放され、安堵の息をつきながら店の外に出る。

 

 

「先輩遅いですよー!全く女の子をどれだけ待たせる気ですか!」

 

そこには腰に手をやり、頬を膨らませながら、ともすればプンプンという効果音が聞こえてきそうな格好で佇む一色の姿があった。

 

「は、いや、え。何おまえ気づいてたの?」

 

もちろんですと胸を張って仁王立ちする一色。あざとい。あざとすぎる…。

 

「ていうか、先輩きょろきょろ周り見過ぎです。怪し過ぎです。てっきり万引きでもしたのかと思いましたよ」

 

「いや、しないからねそんなこと。勝手な想像で俺を犯罪者にするな」

 

「まぁそんなことはどうでもいいんです」

 

えぇ…そっちが言い出したくせにどうでもいいとか酷過ぎでしょ。

確かに実際どうでもいいんだけどさ。いやよくないでしょ。

 

「先輩もお昼これからですよね?ご一緒してもいいですか?」

 

「まだだけど、家帰って自分で作るし。それに俺飯食った後アレだから」

 

「…そうですか」

 

一色は少し落胆の色を見せながら深々とため息をついた。

 

「はぁ……では、仕方ないですね。万引き犯にしたてあげてお店に突き出すしか…」

 

「おい待て。なんでそうなる。俺が社会的に死んじゃうだろーが」

 

「じゃあご一緒しても問題ないですよね?」

 

「…分かったよ」

 

渋々。本当に渋々了承した。してしまった。

なんで俺のステルス機能は肝心なところで役にたたないんですかねぇ…。

 

「で、どこ行くの?ファミレス?」

 

「いえ、先輩のお家でいいですよ」

 

なんのためらいも迷いも躊躇もなく一色はノータイムでそう返した。

つられて俺も二つ返事をしてしまいかけた。

何いまの。恐るべき技だな、おい。危うくめんどくさい展開になるところだった。

 

「いや、それはマズいだろ。ほらなに、いろいろと」

 

「何想像してるんですか先輩。…そういうのは徐々に段階を踏んでいくべきものだと思うのでまだちょっと無理です」

 

顔を俯かせながら頬を染めて早口で捲し立てるかの如く言う。

最後のほうとかゴニョゴニョ言っててよく分からんかったし。

 

「早口過ぎて何言ってるかわかんないから。で、どうすんの?」

 

「いえ、だから先輩の家でかまいませんよ?」

 

「だからそれだといろいろと困るだろーが」

 

「いえ、私は先輩の家でかまいませんよ?」

 

なにこれ。バグなの?それとも「はい」を選択しないと進まないRPGのチュートリアルなの?

 

どうやら一色は折れるつもりはないらしく、俺がイエスの返答をするまできっと同じセリフを言い続けるだろう。

それはそれでなかなかおもしろいな…。

 

しかしながら、俺の空腹もなかなかのレベルに達していたので、仕方なく家に上げることを承諾した。

 

「さすが先輩!それでは早速レッツゴーですよ」

 

 

そう言いながらこちらを見て微笑む一色。

 

……だからあざといっつーの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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きっかけ。

更新遅くて申し訳ないです…
アニメ やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続
も無事に始まりましたし

なるべく早めのペースで更新できればと思います。


 

 

スーパーがアパートの近くにあることもあり、アパートにはすぐに到着した。到着してしまった…。

ちなみに、アパートへと向かう間に会話という会話はほとんど皆無だった。

一色は俺の後ろにピッタリとくっつきスマートフォンをいじりながら付いてきていた。メールでも打ってんのか?

俺はメールとかいう機能は基本使わないから、よく知らんのだけど。

 

まぁなんにせよ、歩きながらスマホは危ないからやめようね?

それで人に当たったら言い逃れできないほど100%スマホやってた側の責任だからね。

 

俺の場合はもしぶつかられても逆に謝っちゃうな。うん。

いや実体験なんですよこれが。なんでこっちがぶつけられた側の謂わば被害者なのに、そんなに睨まれなきゃいけないんだよ…。

ただでさえ低い防御力が余計に下がっちゃうだろ!

 

 

「ほら着いたぞ」

 

「おぉー、ここが先輩のお家なんですね!本当に私の家からすぐなんですね…」

 

「なんでちょっと嫌そうなの?言っとくけど俺のほうが先にここに住んでんだぞ。だから俺は悪くない。この近辺に最近住み始めたお前が悪い」

 

「いえ別に嫌ってわけじゃないですよー?むしろ先輩は使え…便利なので近くてラッキーですね!」

 

「言い直した意味ないからね、それ」

 

まだ新しく綺麗な扉のノブに手をかけ、それを開ける。

 

「特になんもないとこだけど、まぁテキトーにくつろげよ」

 

一色は「はーい♪」と可愛らしく返事をして、部屋の中をキョロキョロと眺めまわす。

しばらくすると何かを諦めたように大きく深いため息をついた。

 

「…ほんとに何にもないじゃないですか。殺風景すぎますよ」

 

「お前シンプル イズ ベストって名言知らねーのかよ。俺の部屋はそういうの目指してんだよ」

 

「これはシンプルとかいうレベルの話じゃないですよ!」

 

一色に言われて改めて部屋の中を眺める。

…うん。確かにこれはちょっと寂しいかもな。

でもこの寂しさが俺らしいといえば俺らしいな。

 

「それより、この部屋一人暮らしには広すぎません?」

 

「ん、まぁそうな。元々二人で住む予定だったからな」

 

「二人って…?誰かとルームシェアするつもりだったんですか!?ボッチの先輩が!?」

 

「失礼すぎるからね君」

 

「で、誰とルームシェアするつもりだったんですか?」

 

「……別にどうでもいいだろ。それよか飯作るけど何がいい?」

 

この話は終わりとばかりに話を逸らす。

自分でも笑ってしまうほど話題の変え方が絶望的に下手すぎるな。

 

それでもいい。むしろそれがいいまであるな。

相手に自分は話す意志がないと思わせられればいいんだ。

 

これにおいて言えば露骨なほうが相手にとっても分かり易いだろ。

 

「先輩におまかせしますよー」

 

一色も察したのかそれ以上追及してくることはなかった。

 

 

× × ×

 

 

「ほらできたぞ」

 

出来上がった料理をテーブルの上に置く。

するとソファーに横になりながらテレビを見つつ、ケータイをいじっていた一色が起き上がって姿勢を整えた。

 

どうでもいいけど、くつろぎすぎじゃないですかねぇ…

女子が自分の前でだらしなくくつろいでいる場合は、自分に心を許してるんじゃなく異性として認識されてない可能性が高いから気をつけろ!

 

俺に至っては存在自体を認識されてないまである。

 

そろそろ「僕は影だ」と言ってパスに特化した選手になるかもしれない。

 

 

出来上がった料理を見て目を輝かせていた一色は、こちらを向いて訝しんでいるような視線を向けてくる。

 

「先輩料理うまかったんですね。ちょっと意外です」

 

一色は驚きを隠せないのか料理と俺の顔を交互に見つめている。

 

「俺は専業主婦志望だからな。家事ぐらいこなせて当然だろ?」

 

「いや、ちゃんと働いてくださいよ」

 

「とりあえず食おうぜ。腹減って仕方ないわ」

 

「いただきます」というタイミングがかぶって、なんだか背中がむずがゆくなったのは秘密な。

 

 

一色はパスタをフォークで器用に巻いて口へと運ぶ。

一回二回と咀嚼して、数回の後飲み込む。

 

すると、悔し気にこちらを睨んで憎々し気に言った。

 

「悔しいですけど美味しいですね」

 

「そりゃよかった」

 

思えば、誰かと一緒に食事をしたのはいつ以来だろうか。誰かに気を使いながら飯を食うのは嫌いだから長らく一人で食事をしていたが、誰かと一緒にする食事ってのも悪くはないのかもしれない。

 

それに自分の作った料理を褒められ、美味しそうに食べてくれるというのは案外嬉しいものだ。

 

だから、たまには、本当にたまにはこういうのも良いかもしれない。

まぁこんなこと口が裂けても言えないけどな。

 

 

 

「そういえば、もうすぐゴールデンウィークですねー。先輩は何か用事あるんですかー?」

 

食べ終わった食器を洗いながら一色が聞いてくる。

片付けぐらい俺がやるといったが、「さすがに何もしないのは申し訳ないです」というのでお言葉に甘えてやってもらっている。

決して俺が無理やりやらせている訳ではない。決して違うからね!

 

「寝る。休む。眠る」

 

「最初と最後同じ意味ですよ。なんなら全部同じ意味といっても過言じゃないですよ、それ」

 

「休むときは全力で休む。それが俺のジャスティス」

 

はぁぁと大げさに息を吐く一色。

何?魂でも抜けちゃうの?

 

「それじゃあ先輩!一緒に帰省しましょう!ちなみに拒否権はありません」

 

「…いや俺は遠慮しとくわ」

 

正直本当に遠慮したい。

わざわざ時間をかけて帰る必要はないだろう。

それに帰ったとしても、どうせやることは特にないんだ。だったら帰る必要などないじゃないか。

 

いろんな思い出が詰まっている場所だから。

良いことも悪いことも、きっとそこに帰れば自然と思い出してしまう。

 

俺は恐れているのだろう。

思い出の欠片に、記憶の一片に触れるてしまうことを。

 

 

それは失ってしまったものを再確認させられるようで…

 

非情な現実をありありと突きつけられるようで…

 

 

今の俺にそんな覚悟はない。

だからこうして逃げ続けているのだろう。

 

なんて情けないのだろう。

 

なんて惨めなのだろう。

 

なんて哀れなのだろう。

 

 

 

変わらないと豪語していた自分がこんなにも弱い人間に変わってしまって。

 

こんな俺を見たらアイツらは何て言うのだろうか。

 

叱責するだろうか

失望するだろうか

同情するだろうか

 

きっと。

 

きっとそれでも受け入れてくれるのだろう。

 

だからこそ会うわけにはいかない。

 

 

自分が受け入れていない自分を他人に受け入れてもらうだなんて甚だおかしい話である。

 

自分がいくら弱かろうが他人の優しさに甘える気は毛頭ない。

 

だから、いつか乗り越えられたならその時は…

 

 

「大丈夫ですよ先輩」

 

優し気な瞳で、宥めるような声音で、一色は俺に語りかける。

 

「先輩ならちゃんと乗り越えられますよ。なんせ私の尊敬している先輩なんですから。……だから、もう逃げるのはやめましょうよ。ちゃんと向き合いましょうよ。じゃないと可哀想じゃないですか…」

 

なんの根拠もない素直な言葉だった。

でも、だからこそ心に響いた。

 

それに、分かっている。

一色の言う通りなんだ。

 

 

失ってしまったものを嘆く。それは、至極当然のことだ。

 

それすらしないために、失ってしまったことから目をそらし、見なかったことにする。

 

俺がやってきたのはそういうことなのだろう。

 

 

失ってしまったものを嘆くことが正しいとは思わない。

 

けれど、俺のしてきたことはきっとまちがっているのだろう。

 

 

 

ならば、今一度きちんと向き合おう。

 

そして、とんでもなく大きく、この上ないほど大切なものを自分が持ちえていたということを誇ってやろうではないか。

 

 

 

結局のところ、俺は一色の優しさに甘えてしまったのかもしれない。

当の本人はそんなこと全く思ってないのかもしれないけれど、それでも、すこし救われた気がした。きちんと向き合おうと思えるきっかけをくれた。

 

この恩は必ず返そう。いつの日か必ず…。

 

 

「……行ってやらないこともない…けど…」

 

 

「ふふっ…素直じゃないですねぇ。でも先輩だから仕方ないか。ほんとに先輩はどうしようもないですねー」

 

けらけらと笑いながら楽しそうに彼女は言った。

 

 

「……うっせーよ」

 

 

 

 




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帰省。


書いていたら長くなってしまったので、
2話に分割させていただきました。



 

 

 

 

電車に揺られること数時間。

見慣れた風景の駅へと到着した。

 

ついに帰ってきたぜ、千葉。

俺の愛しの千葉。

やっぱり千葉はNo.1だな。関東ではNo.3だけど。

まぁ俺の中では断トツで、バリバリ最強ナンバーワンだから。関東では、とか細かいことは気にしない。

 

「いやー、やっと着きましたね。先輩、電車乗ってすぐ寝ちゃったからひまだったんですよー?」

 

身体を伸ばしながら、頬を膨らませてプリプリと怒りながら一色は言う。

 

「あざといから…。それにお前だって携帯いじってたじゃねぇかよ」

 

「私はいいんですよ!」

 

なにそれ理不尽すぎる。

これが女尊男卑の世界なのか…。にしても露骨な差のつけ方に驚きを隠せない。

みんな平等がいいよ。まぁそんな世界はあり得ないのだけれど。

 

 

誰にも聞こえないような小さな溜め息をつきながら心を落ち着かせる。

これでも多少なりとも緊張しているんだ。この地に帰ってくるのは、およそ1年ぶりくらいだからな。緊張するのも無理はない。それにきっとアイツらとも会うことになるんだろう。

今更どんな顔をして会えばいいのだろうか。

どうすれば許してもらえるのだろうか。

そもそも許してもらえるのだろうか。

 

答えの見つからない問を延々と頭の中を反芻させながら、馴れ親しんだ道を一色と並んで歩いた。

 

 

× × ×

 

 

「そういえば、これどこに向かってるんだ?」

 

既に歩き始めているから今更すぎる質問なのだが、それでも一応確認ぐらいはしておきたい。

 

「………さぁ?」

 

可愛く小首を傾げながら、目線を逸らすようにしながら一色は言う。

おい。どんだけ可愛い仕草しても誤魔化されないからね?

あなた少し無計画すぎるところがあると思うんですよね…。

 

「はぁ…。とりあえず荷物もあることだし、家に向かうってことでいいか?」

 

「仕方ないですね。では先輩に案内を任せます」

 

案内ってここ一応あなたの地元ですよね?

それよりなんでそんなに偉そうなのか小一時間ほど問い詰めたいところだが、今はとにかく1度羽根を休めたい。

殴りたい衝動を抑えながらも、家に向かって歩き出す。

 

ちなみにさっきまで歩いてた方向とは逆の方向である。

 

この方向音痴さはどこかの誰かを彷彿とさせるな…。

 

 

 

できることなら早く帰りたいのだが、いつものペースで歩くと恐らく一色はついてこれないであろうと思い、なるべく歩調を合わせながら歩く。英国的に考えて俺マジ紳士。

 

だがそのせいで、我が比企谷家までの道のりに普段かかっていた時間のおよそ倍の時間を要した。

…まぁでも荷物とかあったし仕方ないか。うん。

 

 

改めて、我が家を眺めているとどこか懐かしい気持ちにさせられる。

たかだか1年ほど帰ってこないだけで、こんなにも懐かしく思えるものなのか。

しかしながら、我が家の変わらなさには思わず笑みがこぼれた。同時にどこか虚しい気持ちに心がざわついた。

 

俺が出て行ってからも、この家は何にも変わっていない。

俺がこんなにも変わってしまったというのに…。

 

「せーんぱいっ!」

 

一色の呼びかけと、肩に当たる小さな衝撃に、意識が覚醒する。

危ない危ない。危うく自分だけの世界に閉じ込められるところだったぜ。

故人曰く、人間は考える葦である。本当にその通り過ぎだな。まさに俺を表すためにある言葉だと言っても過言じゃない。いや過言だな。

 

俺からの返答がないことを不思議に思ったのか、一色は覗き込むようにこちらを伺う。

 

「……どうかしたんですか?」

 

「いや別に…。なんでもねぇよ」

 

そんなに不安そうな顔をして心配するんじゃねーよ。ちょっとドキッとしたじゃねーか。

そうゆうのは勘違いしてしまうので、以後気をつけて下さいね!本当に!

 

「うち着いたぞ」

 

「ここが先輩のお家なんですか!…なんというか普通ですね。あ、勿論いい意味で、です。」

 

「普通じゃない家ってどんなんだよ。ていうかまず、普通という言葉の定義をだな…」

 

「わー。面倒くさい先輩だー」

 

心底嫌そうな顔をしながら呆れた様子の一色は、わざとらしく二度ほど咳払いをして俺の正面に身体ごと向き直る。

そして、上目遣いでこちらを見上げる。心なしか頬もほんのり薄いピンク色に染まっている気がする。

身体の前で組まれた両手の指がせわしなく動き、時折もじもじと身体を攀じる。

 

なにこの雰囲気。え、なに怖い。

この感じまさか……!

いや待て、落ち着け比企谷八幡。ここで勘違いしてしまうのは、二流三流のボッチだ。しかし俺は超がつくほどの一流のエリートボッチ。あまり俺をなめてもらっては困る。幾度となく勘違いしてきた俺だ。今更こんな見え透いたトラップに引っかかるわけがない。

そうだな、まず手始めに心を落ち着かせるために素数を数えよう。

2、4、6、8……。

あ、これ偶数だわ。

べ、別に動揺しているわけじゃないんだ!ただ単純に素数がわからないだけだから!……尚のこと悪いなそれ。

 

俺の心が落ち着きを取り戻す前に一色が口を開く。

 

「先輩」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

「明日時間もらっても大丈夫ですか?」

 

「お、おう。別にいいけど…」

 

「詳しいことは、またあとで連絡します」

 

「おう。…ってそれだけ?」

 

「え?そうですけど…。あ!もしかして告白でもされると思いました?すみません。確かにちょっといい雰囲気っぽくしてみましたけど、そういうことはやはり男性側からしてもらいたいので告白とかはちょっと無理です。」

 

このガキ…。ほんとにいい性格してやがるな。

一発ぶん殴ってやりたい。まぁそんなことはできませんけど。

 

「別にそんなこと思ってねーよ。ただお前がもじもじしてたから、てっきりトイレ行きたいのかと思っただけだ」

 

「先輩、それを女の子に言うのはさすがに引きます…」

 

あからさまに不快なものを見る視線を向けられてしまった。

それでも数秒後にはケロッと元に戻っていつも通りの一色になった。

コロコロ態度変わるやつだな。その辺もまたあざとい。

 

「んじゃ、また明日な」

 

「はい!ちゃんと連絡するので見てくださいね。ではでは!」

 

左手に荷物を抱えながら右手で手を振る一色。

その姿が見えなくなるまで俺は彼女を眺めていた。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

腹にかかるずっしりとした重みに違和感を感じ目を覚ます。

見ると俺の腹の上に我が家の愛猫カマクラがグデッと寝そべっていた。

 

俺はお前の布団じゃないんだぞ。ていうかこいつ、ちょっと見ない間にまた太ったな。このデブネコめ。

 

一色と別れてから、特にすることもなく手持ち無沙汰になったので、俺はとりあえずソファーで一眠りしていた。

 

カマクラを抱えたまま、ソファに座りなおす。

そして、頭を撫でてやると、気持ちよさそうな声で鳴いた。

 

そうだよな…。お前だって寂しいよな…。

 

現在我が家には俺とカマクラの二人だけ。正確にいうのならば、一人と一匹だけである。

 

みんな各々用事があって家を開けているのだろう。

そうなるとやはり、こいつとて寂しいと感じるのだろう。

 

もう一度撫でようとカマクラの頭に手を置くと、機敏な動きで俺の膝から床へとジャンプした。

さらに、俺を睨み付けるように見上げて床を尻尾でダンっとならした。

 

なんだよ。飯かよ。

本当に可愛くねぇなコイツ。

 

「ほらよ」

 

キッチンに置いてあった猫缶をあけてカマクラに与えてやる。

 

「あんまり食い過ぎんなよ。んでもってちゃんと長生きしろよ」

 

 

俺も腹減ったことだし飯にするとしよう。

久々に帰ってきたことだし、外に食いに行くか。

 

 

「んじゃ行ってきます」

 

誰に言ったわけでもない言葉がやけに響いて聞こえた。

 

 



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三人。

 

 

特に食べる場所も決めずにとりあえずフラフラと町を歩く。

すると聞き覚えのあるような声で名前を呼ばれた気がした。

 

「はちまーん」

 

俺のことを名前で呼ぶ人間なんて一人しかいない。いや人間じゃなくて天使だったな。危うく間違えるところだったぜ。

 

嬉々として後ろを振り返るが、そこに愛すべき天使の姿はない。

あれ?おかしいぞ。ついに幻聴が聞こえ始めたか…。こりゃもう末期だな。

 

身体を向き直し、再び歩き始める。

 

「はちまーん。おーい」

 

いまだ聞こえる幻聴に耳を貸さぬよう、より歩調を早める。

なんかさっきより、鮮明に聞こえる気がするな。

まぁ気のせい気のせい。それより早く飯を食べに行こう。

 

「はァァァァァちィィィィィまァァァァァんッッ!!」

 

雄叫びかのような大声をあげ、熊のような体躯の男がドスドスと、走ってくる。というよりは突進してくる。

 

「…なんだよ、材…材木…財津?ああ財部か」

 

「ちょっと八幡さん我の名前忘れちゃったの?ねぇ?忘れちゃったの?ねぇ?」

 

走ったことで息が上がっているのか、口からコヒューという音が時折漏れている。

相変わらず鬱陶しいやつだな…。

加えて暑苦しい。

およそ人に嫌われそうな要素を全てもってそうだな。

夏とか絶対近くに居たくない。

なんなら一年中近くにいたくないまである。

 

「で、なんか用かよ材木座」

 

「はぽん。なに、町を徘徊しているところに見馴れた後ろ姿を見つけたものだからな。つい声をかけてしまったのだ。べ、べつに嬉しくて声をかけたんじゃないんだからなっ!」

 

「なにそのツンデレ普通にキモい。おまえがやると、ツンデレキャラの株が暴落するから不思議だよな」

 

「キャラの良さなぞ、自分が理解していればそれで構わん!ネットで我の好きなキャラがディスられてたときは、さすがにカチンときたがな!」

 

それ若干矛盾してるじゃねーかよ。

まぁでも確かに気持ちはわからなくもない。

自分の好きなものを貶されるのは、腹立たしいものである。

 

「で、俺はこれから飯食いに行くんだが…」

 

「ふむ。では我も共に馳せ参じるとしよう」

 

まぁ久しぶりに帰ってきたんだし、材木座ぐらい我慢してやるか…。

いや、本当に仕方なくだよ?

 

材木座の隣という位置に妙ななつかしさを覚えながら2人で町を歩く。

 

そういえば材木座は県内の大学に進学したんだったか。となるとまだこの付近に住んでいるのだろう。

 

「なぁ材木座。この辺なにか変わったか?」

 

「変わったこと…。いやまだ何も起こってはおらぬぞ?まさか!これからこの町に危険なことが起こるというのか?!」

 

「ああいや、そうゆうのいいから。ぶっちゃけキモいし。もういい歳なんだからそろそろ変われよ」

 

「ぐっふぉ。…相変わらず辛辣だな八幡よ。だかしかし、我は変わる気はないぞ?」

 

「なんだよ。一応おまえの為に言ってるんだが…」

 

「ふむ。それは余計なお世話というやつだな。自分の事ぐらいは自分で決める。大体他人に変われと言われて変わるとかダサすぎて大草原不可避であろう。そんなことできないですしおすし」

 

「そうかよ…」

 

「それに八幡。貴様も昔と何も変わっておらんじゃないか!人のことを言えた口か!全くもって笑止!」

 

高笑いで人を馬鹿にするその男の言葉が耳について離れない。俺はこんなにも弱々しくなってしまった。それでも尚こいつは、俺は変わっていないと、そう言うんだ。

 

「…俺は変わったぞ」

 

「いやいやいや。だって八幡未だにボッチであろう?なら何にも変わっておらぬじゃないか!」

 

「勝手に決めつけんな。いやまぁ間違ってないから否定できないけど」

 

こいつにそうゆうこと求めても意味なかったな。良い空気も悪い空気も平等に壊すやつだ、そんなやつにシリアス求めても仕方ない。さっきの俺のシリアス返しやがれ。この野郎。

 

どうでもいいようなことを駄弁りながら歩くとサイゼに到着していた。

無意識で歩いていてサイゼに着いてしまうあたり、俺の千葉愛が凄いことが窺える。

 

店内に入ろうとすると、不意に左肩を叩かれた。

 

「…んだよ材木座。勝手に触んじゃ…」

 

嫌悪の態度を全身に纏いながら振り向くと、そこには天使が1人立っていた。

 

「久しぶりだね、八幡」

 

「と、戸塚…」

 

なんですかこれ。運命ですか。そうですか。

神様最高!今日から神信じちゃう!

 

「僕もこれからご飯なんだけど、一緒に行ってもいいかな?」

 

上目遣いで見つめてくる戸塚。

なにこの可愛い生き物。おうちで飼いたい。むしろ飼われたいまである。

 

「あぁいいぞ。むしろ2人で行こう。財津だか、財部だか言う奴は置いていこう」

 

「ちょっと、はちまーん?我の扱いヒドくなーい?」

 

戸塚も合流したところで、俺たち3人は店に入った。

 

 

× × ×

 

 

注文を終え、ドリンクバーで注いだジュースをストローで飲みほす。

ちなみに席順は俺の隣に戸塚。正面に材木座という配置になった。戸塚の隣最高。

なんなら一生隣にいて添い遂げたいレベル。

正面のウザったらしい物体も、横の天使が完全に浄化してくれる。これが戸塚の力か…ッ!

 

「八幡帰って来てたんだね。帰ってくるなら連絡してくれてもよかったのに」

 

「いや、もともと帰ってくるつもりはなかったんだが、急に帰省することになってな。その…すまん」

 

「あ、ううん。別にいいよ!でもなんでそんな急に帰ってこようと思ったの?」

 

「実は一色が…」

 

そこまで言いかけて言葉を止める。

違う。そうじゃない。一色は俺にきっかけをくれただけ。向き合うための、乗り越えるためのきっかけを。

だからここで、一色の名前を出すのは違うだろう。

俺が帰って来た理由は他にしっかりとあるのだから。

 

「…そうだな。なんというか、きちんと向き合うために帰ってきたって感じか」

 

あまりにも要領を得ない言葉になってしまったが、これ以上に上手く説明できる気もしない。

だがこの説明で戸塚も理解できたようで一瞬驚いたように

目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、俺に微笑みかける。

 

「やっぱり八幡は格好いいね」

 

「いや別に格好良くはねーよ」

 

本当に。本当に、格好いいなんてことはない。

むしろかっこ悪すぎる。俺は自分でそう思っている。

見たくないものから目をそらし、逃げ続けていた男を格好いいとは言えないだろう。

 

「八幡は格好いいよ?高校の時から今も変わらずに。辛くても、大変でも、弱音を吐かないで1人で乗り越えようとしてきた。その姿に僕は憧れてたんだ。今だってそうだよ。少し時間はかかっちゃったけど、それでもちゃんと向き合おうと、乗り越えようとしてる。…やっぱり八幡は格好いいよ」

 

事の顛末を知っても尚、戸塚は俺のことを格好いい、憧れの対象である、そう言うんだ。

俺は周りに他人しかいなかった。だからずっと1人で乗り越えてきた。協力や他人を頼るという選択肢ははなから存在していなかったから。

実際はただそれだけのこと。

 

けれど戸塚にとって、それはきっと格好良く映ったのだろう。

1人でも負けずに懸命に物事に取り組む姿に。

1人でも挫けず最後までやり通す姿に。

 

そんな姿に憧れを抱いたのだろう。

 

なら俺は、そうありたいと、そうでありたいと思う。

 

変わってしまった俺だけれど、全てが、何もかもが変わってしまったわけじゃない。

今も昔も変わっていないところはあるんだ。

 

戸塚はそう教えてくれた。

 

「そんな大層なもんじゃねーよ。…でも、まぁ、その、ありがとな」

 

「うんっ!」

 

戸塚ルートまっしぐらなんですけど、大丈夫ですか、これ。いや待て、戸塚は男だ。てことは結婚は無理だな。

ん?だが逆に結婚ができないだけで他のことは大丈夫じゃないか?愛があればやっていけそうだしな、うん。

 

「ものっそいどうでもいいけど、我、腹減った」

 

「あ、あはは。確かにお腹空いたね」

 

ホントにいい空気も悪い空気も壊すやつだな…。

 

材木座も、戸塚もきっと俺のことを心配してくれていたのだろう。心配をかけていた自覚はある。

 

お詫びというわけではないが、心配をかけた分はきっちりと返しておきたい。

たまからまぁここは、俺が金を出すとしよう。

 

…材木座の分は出さないけどな。

 

 




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思い出。

翌日。

何故かいつもよりスッキリと起きられた。理由は至って単純で、今現在の時刻が正午を遠に過ぎているからだ。

さすがに寝すぎたな。これはもしかしたら眠り姫と呼ばれる日が来るかもしれない。いや、こないな。そもそも俺、姫じゃないし。

だがまぁ昨日の戸塚は姫のようだったな、うん。

 

寝ぼけ眼を擦りながら、洗面台で顔を洗う。

蛇口を捻ると冷たい水が出てくる。それを手で掬って顔に浴びせる。

気候が少し暑いせいか、冷たい水は丁度いい温度に感じられた。

 

よし。ばっちり目が覚めた。

顔を上げると、鏡の中の自分と目があった。

相変わらず濁りきった目をしているな。禍々しさすら感じるな、これ。

夜中に見たら寝れなくなるレベル。

 

 

自室に戻り、ケータイを充電器から抜き起動させる。

ディスプレイには、「一色」という表示が3件。

1つがメールで残りは電話だ。

 

あぁそういえば、昨日連絡するとか言ってたな。

すっかり忘れてたわ。ほら、嫌なことは記憶から消去しちゃうからさ。

 

自分に言い訳をしながら、メールを表示する。

そこには、待ち合わせ時間と場所が簡素に示されているだけであった。

それにしても、この場所を選んだってことは、きっとそういうことなのだろう。

ここまでしてもらったんだ、俺も覚悟を決めるとしよう。

 

 

 

× × ×

 

 

目的地に近づくにつれて歩くペースが徐々に鈍くなる。覚悟決めるとかカッコいいこといってた癖に、この体たらくである。

うわー行きたくねーなぁ…。

時間にはある程度余裕を持って家を出たので、時間的には全然大丈夫なのだが、俺の心が大問題である。

ここまで来て、ビビっちゃうあたり、俺はホントにチキンなのかもしれない。しかも骨なしチキン。

これはどう考えても親父の遺伝子ですねぇ…。

 

嫌がる気持ちを抑えながらも歩みを進める。

 

すると、見慣れた建物が見えてきた。

 

俺の目的地である、総武高校だ。

一色によると、総武高校の校門で待ち合わせをするようだ。

ここが目的地である時点で、恐らく一色の他にも誰かいるのだろう。

既に誰かは言明するまでもないがな。

 

校門まで行くと、人影が一つ見える。

まず、間違いなく一色だろう。しかし一色が集合時間より前に来ることなんて珍しい。もしかしたら別の人の可能性も…。

それはそれで困るな。

 

何もない校門で待たせるというのも少し申し訳ない。

俺は歩くペースを少しだけあげた。

 

 

「あ、先輩来たんですね」

 

「え、なに、来なくてもよかったの?」

 

「いえ、そういうことじゃなくて…。先輩なら最悪逃げ出すことも考えられますから」

 

俺の信用がなさすぎるんですが、どうなってんの?

…普段の行いが悪いですね、はい。反省してます。

 

「さすがに逃げねーよ」

 

「はい。信じてましたよ」

 

「…さいですか」

 

身体に吹き付ける風が少し肌寒く感じる。

一色は目を閉じて息を吐き、一瞬逡巡したのち、瞼を開く。

その眼差しは、あまりにも真っ直ぐで、輝かしく、眩しくて、俺は直視できずに、目をそらす。

 

すると、一色は、呆れたように笑いながら俺の腕に抱きつく。

 

「お、おい…」

 

「行きましょう、先輩」

 

「行くから、逃げないから、離れていただけません?」

 

「先輩は信用なりませんからねー♪」

 

さっきと言ってること違うじゃねぇか。

ったく、そんなにいい笑顔すんじゃねぇよ。離せなくなっちまうだろーが。

 

 

 

大型連休中ということもあり、学校には生徒は一人もいないようだった。

いたら何となく気まずいしね。ほら、部外者がいると目立つし、それに下手したら不審者として通報される可能性すらある。なにそれ悲しい。

 

正面玄関を入って靴をスリッパに履き替える。

 

 

リノリウムの床に二人分の足音が響く。

こうして、廊下を歩いているだけで昔の記憶が蘇る。

大半はいい思い出とは言い難いことだが、それでも振り返ってみると案外悪いものでもなかったと思える。

 

隣を歩いていた一色が少し歩調を速め、俺の前に出ると、くるりと翻りこちらを向いた。

 

「先輩、どこか行きたいとことかありますか?」

 

「いや、特にはないけど」

 

「そうですか。では私についてきてください♪」

 

この子が楽しそうにしていると、いやな予感しかしないんだよなぁ…。

 

 

一色は言うや否や階段を駆け上がっていく。

ははは、元気なやつだなー。あなた、俺にはそんな体力ないことわかってますよね?

この学校、エレベーター設置したほうがいいって八幡思うな。

 

おいていかれるのも癪なので懸命に一色のあとを追う。

 

しばらく追いかけると、懐かしい扉の前に到着した。

 

 

「さあ到着です!先輩にとってはあんまりいい思い出のない場所の屋上です♪」

 

「お、おう」

 

なんで最初にこの場所をチョイスしたのか謎で仕方ない。

一色は単純に嫌なやつなのかなぁ…。

 

とはいえ、今更思うところも特にない。

二年の文化祭の直後は近づきたくもない場所だったんだが、今となってはそんなことは全くない。

人間とは単純な生き物で、時間が経つにつれて記憶が曖昧になっていくように、そういった感情も心の奥底に沈んでいくのだ。

 

けれど、忘れることが、記憶からなくなることが、逃げることが、悪いことだとは俺は思わない。

 

 

誰もが自らに直面する壁に愚直に挑めるわけではない。きっと越えられない壁だって存在する。逃げたっていいんだ。時間が経ったらまたその壁に立ち向かえばいい。引き返しても、回り道してもいい。どれだけ時間がかかっても結果的にその壁を乗り越えられればそれでいいんだ。

 

だから俺も、随分遠回りしてしまったけれど、相当時間がかかってしまったけれど。

…もう一度きちんと向き合おう。

 

 

×  ×  ×

 

 

屋上をあとにした後も、俺の高校生活に所縁があった場所を一つ一つまわった。

その場所であったことを思い出すたびに懐かしさと、寂しさとが胸を支配した。

 

あらかたまわり終えて、最後は当然のことながら奉仕部の部室前に来た。

 

何よりも、他のどの場所よりも、大事で、大切な俺の居場所だった部屋。

それこそ俺の高校生活はここで始まってここで終わったといって差支えがないほどで、それほどまでにこの部屋には俺の高校生活の全てが詰まっている。

 

だからこそ、この部屋に入るのは躊躇われた。

かつての記憶を汚すような気がしてしまったから。

 

扉の前で立ち尽くす俺に一色が声をかける。

 

 

「大丈夫ですよ先輩。…さあ行きましょう」

 

いつもより真剣な声音でいうと一色は扉を開けて俺の背中を軽く押した。

 

 

俺は何年かぶりに奉仕部の部室に足を踏み入れた。

 

 

 

 

「入室の際にはノックをする。そんな常識も分からなくなってしまったの?比企谷君」

 

 

雪ノ下雪乃はそういって微笑んだ。

 

 




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奉仕部。

更新遅くて申し訳ないです。


 

 

「入室の際はノックをする。そんな常識も分からなくなってしまったの?比企谷君」

 

雪ノ下雪乃はそう言って微笑んだ。

 

読みさしの本に栞を挟み、丁寧に机へと置く。

開け放された窓から吹き付ける風が、置かれた本のページを、長く綺麗な雪ノ下の黒髪を靡く。

 

その姿はまるで絵のような美しさで思わず息をするのを忘れてしまうほどだ。元々大人っぽかった雪ノ下だが、少し見ない間にさらに大人になったと思う。

大人っぽい少女から大人の女性に変わったといったところだろうか。

まぁ一部分は少女のままのようですけど…。

 

「なにか不穏な空気を感じるのだけれど」

 

お前はエスパーかよ。なんで俺の考えてることがわかるんだよ。怖ぇよ。

 

短く息を吐き、呆れたような表情を浮かべる雪ノ下。

ごめんね。なんか色々と。

 

「そんなところに立ってないで座ったら?恐らく長くなるのだし」

 

「お、おう。それもそうだな」

 

手近にあった椅子を引いて座る。

丁度雪ノ下とは対角線上に位置するこの場所。ここが俺の定位置だ。

 

久しぶりの再会で、俺の心が落ち着かない。心臓バックバックいってます。不静脈かな?

 

ふと視線を感じ、雪ノ下のほうを見ると無言でこちらを見ていた。否、威圧していた。なんだよ怖ぇよ。石化しちゃいそうだから、そんなに睨むな。

 

「な、なにか御用ですか?」

 

「御用という訳でもないけれど、どこかの誰かが全く連絡を寄越さないものだから心配していたのよ。由比ヶ浜さんは」

 

「その倒置法で暗に自分は心配してませんでしたって伝えるのやめてくれる?知ってるから」

 

「…詳しいことは由比ヶ浜が来てからにしましょうか」

 

にっこりと微笑む雪ノ下。その笑顔は逃亡は絶対に許さないという意思が込められているような気がした。

 

「…紅茶飲む?」

 

「…ん。もらう」

 

紙コップを取り出し、机に置いてあった白いティーポットを手に取り紅茶を注ぐ。

軽快な音を奏でながら注がれた紅茶は、穏やかな暖かさと、良い香りの湯気を立ち込ませながら俺の前に差し出される。

 

「…私も少し心配していたのだけれど」

 

消え入るような声で呟かれたその言葉は俺の胸に突き刺さる。怒りを露わにされるより、なにかを諦めたかのように呆れられたりするよりも、きっと他のどんなことよりもその言葉は、心にくる。

 

「…悪かったな」

 

それっきりその部屋に会話はなくなった。

 

 

× × ×

 

どのくらい時間が経っただろうか。

この部屋の時計は止まっているようで、時間の経過が全くわからない。

 

何もすることがないので、ただボーッとしてるだけの時間が続いた。

雪ノ下はというと、先ほどまで読んでいた本の続きを読んでいた。

 

すると、雪ノ下がピクッと反応し、本に栞を挟み机に置いた。

その数秒後、教室の扉が勢い良く開かれた。

 

「やっはろー!ごめんねゆきのん。バイトが長引いちゃって遅れちゃったよー」

 

開かれた扉から現れたのは桃色がかった明るい茶髪の女性だった。というか由比ヶ浜だった。

 

「いいえ。それほど待ったわけではないから平気よ」

 

「いやー結構久しぶりだねー……ってヒッキーいたの?!え、いつ帰って来たの?!てか、なんで連絡しても無視したの?!それからそれから…」

 

「由比ヶ浜さん。少し落ち着きなさい」

 

「あ、ごめんごめん!」

 

大きく深呼吸を3度した後、いつもいた場所に椅子を引っ張っていき席に着く。

雪ノ下のすぐ隣。そこが由比ヶ浜結衣の定位置。

今日はそれよりも50センチほど雪ノ下に近づいている。

 

久しぶりに見たなー。このゆるゆり。

なんというか、大人の女性が百合百合してるの見るのは、すごく…いいですね…。

 

「さて、それでは洗いざらい詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」

 

雪ノ下の視線が俺の瞳を捉えて離さない。

その隣りの由比ヶ浜も同じような表情をしている。

 

彼女たちの表情、この場の空気からもわかるように逃亡の余地はない。

ここにきてる時点で、逃亡する気など更々ないのだが。

それでも、自分の想いを、気持ちを素直に届けるというのは至極難しい。

特に俺、比企谷八幡にとってのそれは他人の比にならないほど苦手としていることだ。

独りでいることが多かった自分は想いを告げるという行為をしたことが殆どない。

そうすることで自分を守ってきた。

それが癖になってしまっていた。

必然的にこの場においても、その癖が出てしまうのは自明の理であり、当然の帰結であった。

 

「と、言われても何をどう説明すればいいのやら…」

 

違う。そんなことが言いたいんじゃない。

そんな言葉で逃げたいんじゃない。

頭で理解していながらも、俺の口は完全に意に反する。

 

「……本当にどうしようもない人間ね、あなた。そうやって誤魔化して逃げるところは何時になっても変わらないようね」

 

「ヒッキーはやっぱりヒッキーだね」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は呆れたように顔を見合わせて笑う。きっと彼女たちは俺が素直に言わないこともわかっていたのだろう。だからこそ、雪ノ下は「恐らく長くなる」と言ったのだろう。

本当に此の期に及んでまで申し訳ないと心から思う。

 

「はっきり言って今更隠したって無駄よ?私も、由比ヶ浜さんも、一色さんも、みんな本当は分かっているのだから。けれど、貴方から、貴方の口から直接聞かせてもらわなければ納得がいかないわ」

 

その言葉には、いつものように説き伏せるような冷たい強さはなく、包み込むような暖かな優しさがあった。

 

 

向き合おう。今この時、この場で。

雪ノ下、由比ヶ浜と。

過去の出来事と。

今はもう会うことの叶わない彼女と。

 

 

 




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追憶。

更新遅くなって申し訳ありません。
過去編?にあたる今回の話は1話に纏めましたので、すこし早足な感じが否めないです。
おかしな点などがあれば指摘していただけるとありがたいです。


 

 

今からおよそ1年ほど前だ。

彼女が俺の前から姿を消したのは。

いや、この世界から姿を消したのは、と言ったほうが正しいのだろうか。

 

 

なんでも、車に轢かれそうになった子供を庇って自分が轢かれたそうだ。

全くもって馬鹿である。本当にそうとしか言いようがない。他人を助ける為に自らが犠牲になるなんて、あまりに愚かな行為だ。

 

けれど、その行為を俺はよく知っている。

なぜならそれは、比企谷八幡という人間の在り方だから。

自らを貶めることでしか救いを見出せない男のたった一つの解決手段だから。

 

 

心底呆れながらも、何故か自然と笑みが溢れる。

 

…ったく、兄妹だからってそんなところまで似る必要はないんだぞ?

 

 

 

─────なぁ、小町?

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

小町が救急車で運ばれ、意識不明の重体らしいという電話を聞いて駆け出すように家を出る。

 

幸いにも大学は休みで用事もなかったので、直行で目的地へ急ぐ。と、いっても俺のアパートから実家まではけっこうな距離があるので、数分で着くということは、まずあり得ない。

 

それでも、小町の無事を祈りながら駆ける。

 

電車に乗ってからはただひたすら到着を待った。

されど、時は常に平等に流れ、誰の願いも祈りも通じない。悪戯に過ぎていく時間に、やり場のない怒りを憶えながらも、ただ、ただ、待つ。

 

 

結局目的地である病院に到着したのは、家を出てから2時間ほど経ってからだった。

 

待合室には、祈るようにして両手を合わせながら、俯き座っている両親の姿があった。

 

「小町は?!小町は無事なのか?!」

 

この状況を見れば分かる通り無事なはずがない。

しかし、焦りや不安で頭がごちゃごちゃになっている今の状態の俺に、そんな思考することはできなかった。

 

沈鬱な表情をあげ、俺の姿を見た親父は重々しげに口を開く。

 

「…今、手術中だ」

 

交わした言葉は、たったそれだけ。

それからは3人とも何も言わずに、ただひたすら小町の無事を祈った。

 

 

 

それから数分後のことだ。手術室から医者であろう人たちが数名出てきた。そのうちの1人が俺たちの元に歩み寄る。

 

「…最善はつくしましたが、意識が戻るかどうかは彼女の頑張り次第です」

 

その宣告はあまりに受け入れ難いもので、言葉の意味を理解するのにも時間を要した。

ショート寸前の頭でなんとか理解したときには、既に医者の人に掴みかかっていた。

 

「…なんでだよ……ッ!なんで小町が……。あんた医者なんだろ?…頼むから小町を助けてくれよ……。なぁ…頼むよ……」

 

医者の首元を掴んでいた手が次第に力を失っていき、やがて、完全に力を失い離れる。

医者が万能薬ではないのは知ってる。誰も彼も助けることができるわけじゃないのも分かってる。

けれど、そんな簡単に割り切れるものじゃない。そんな簡単に諦められるものじゃない。

 

「大丈夫だ。小町ならきっと大丈夫」

 

自らに言い聞かせるように呟きながら、親父が俺の肩を抱く。

きっと親父も、もちろんお袋も本当は小町のことが心配でたまらないだろう。不安でしょうがないだろう。

気持ちはみんな同じなんだ。

 

小町…帰ってこいよ……。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

ねぇお兄ちゃん。小町ね、幸せだったよ?

ほかの誰にも負けないくらい幸せだった。

お兄ちゃんと一緒にいれて、お兄ちゃんの妹として生まれてこれて、本当に良かった。

…へへっ今の小町的にポイント高いなぁ。

 

だからね、本当にありがとう。お兄ちゃん

 

 

 

 

 

夢を見ていた気がする。断片的でどこか靄がかかったように曖昧で。けれどただ一つはっきりと憶えていることもある。

その夢では、小町が楽しそうに笑っていたんだ。

 

 

 

目が覚めると病室で、目の前には小町がベットで横になっていた。

どうやら、気づかぬうちに眠ってしまったようで、小町のベットに寄り掛かる体勢で眠っていたおかげか身体が少し痛む。

けれど、そんなことはどうでもよくて、今は小町の意識が戻ることが一番大事だ。

 

それでもやはり、願い通りにはいかなくて、未だに小町は目覚めない。

 

「なぁ小町…そろそろ起きろよ。みんな心配してんだぞ?親父もお袋、それにお前の友達だって。勿論俺もだ」

 

俺と小町のたった2人だけの病室。

発せられる言呼びかけきっと誰に届くわけでもない。独り言のようなものだ。

けれど、それでもいい。

それでもいいから呼びかけていたい。

 

「なぁ…小町。頼むから目覚ましてくれよ…」

 

涙で顔をグシャグシャにしながら懇願する俺の願いも虚しく、その想いは終ぞ誰に届くこともなく虚空に消える。

 

 

 

 

 

 

結局、小町が目を覚ますことは2度となかった。

 

小町の意識は回復することなく最期の刻を迎えたのだった。

 

 

そこからの記憶はあまりない。というより、ほとんど憶えていない。

ただ薄っすらと記憶に残っているのは、それまであったものが消えてしまったという虚無感だけだった。

 

 

 

×  ×  ×

 

 

 

大切な物は、かけがえのないものは、一度失ってしまえば二度と手に入れることはできない。

誰もが、失ってから嘆くのだ。

失うことがこんなに辛いなら初めから手にしなければよかった。失われる前に自ら諦めて手放してしまえばよかったと。

 

 

 

俺には大切なものが数える程しかなかった。

必然的に、それが失われることは今までになかった。

だから、失うことがこんなにも辛いということを知らなかった。知り得なかった。

何事にも喩えようのない痛みが、辛さが、この身体中を這い回る。

 

いずれは全て失ってしまう。

親や親戚、友達、彼女。別れの時は必ず来る。

俺だってアイツらと別れることが、関係が失われていくことがあるのだろう。

 

だとするならば、本当に人間関係に意味などあるのだろうか…

果たして本当に失われていくものに価値などあるのだろうか…

 

いずれ失われていくものだとわかっていて。

失って、苦しんで悲しむことがわかっていて。

 

 

ならば、諦めて手放してしまった方がいいのではないだろうか…。

 




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答え。

 

 

俺は怖かった。大切なものを、大切な人を失うのが。

あれだけ1人でいることを望み、他人と距離を置いていた自分が、雪ノ下を、由比ヶ浜を、ふたりを失ってしまうのを恐れてしまった。

なんて滑稽な話だろうか。

そこにあるのは、孤高を気取っていた男の無様で惨めな在り方だった。

 

 

 

 

 

全てを語り終え、顔を上げる。

すると、2人は呆れたような、それでいて何処か驚いているような、色々な感情を綯い交ぜにしたような表情をしていた。

 

俺が口を閉ざすと必然的にその場には沈黙が残る。

これ以上俺が話すことはもうない。

呆れられたにしろ、失望されたにしろ、そこでもう終わりであろう。

きっと何もかも。

 

 

再び彼女たちに目を向けると、今にも吹き出しそうな顔をしていた。

 

「貴方らしいわね」

 

「ヒッキーは相変わらずヒッキーだなぁ…」

 

2人はそう言った後、顔を見合わせて笑い出した。

この状況でなぜ、笑い出すのか。俺には全く理解ができない。

普通なら怒ってもいいところだ。いや、怒ったり呆れたりそれが普通の反応だ。そうじゃなければおかしい。

 

けれど、彼女たちは、楽しそうに笑う。

さも嬉しいことがあったかのように。

 

一頻り笑い終えた後、由比ヶ浜がこちらに身体を向き直し、俺の瞳を一点に見つめる。

 

「ヒッキーは難しく考えすぎだよ。そりゃ小町ちゃんがいなくなったのは悲しいけどさ…。でもいなくなっちゃったからって、意味がなかったことになるわけじゃないでしょ?」

 

尚も由比ヶ浜は曇りのない真っ直ぐな瞳で俺を捉えながら、優しく語りかける。

 

「あたし馬鹿だから難しいことはよくわかんないけどさ、結局最後には全て失っちゃうなら、今はその分楽しみたいって思うな。……大切な人と一緒に」

 

「そうね。由比ヶ浜さんの言う通りだわ。いずれ失ってしまうからこそ、今一緒にいられることに意味があるのではないかしら?…だから私は…出来れば…一緒にいたいのだけれど。……由比ヶ浜さんとも。…あなたとも」

 

少し照れながら2人は言う。

きっと彼女たちの言うことは正しい。自分の行いが恥ずべきものであったと思ってしまうほどに正解なのだろう。

 

それでも俺は怖い。

今を楽しんでしまった分だけ、失ったときの辛さは増していくのだろう。きっとその関係性は限りなく比例している。

 

故に俺は素直に彼女たちの言うことを肯定することができない。どれだけ正しい答えに導かれても、俺の弱り切った心がそれを拒絶する。

 

 

 

「私たちは、いなくなったりしないわ」

 

そんな俺の様子を知ってか知らずか雪ノ下がそう言い放った。

それは俺にとっての気休めなのかもしれない。

励ましや慰め、そういった類のものかもしれない。

 

 

 

けれど、雪ノ下雪乃という人間は。

 

 

 

 

「私、虚言は吐かないもの」

 

 

 

安堵してしまった。安心してしまった。

彼女は嘘をつかない。

それなら信頼してもいいだろう。彼女がいなくならないと言うのなら、本当にいなくならないのだろう。

 

ならば手放す理由も必要もないわけだ。

 

「……そうかよ」

 

込み上げてくる笑いを押し殺しながら、努めて無愛想に、いつもの如くそう言った。

 

2人は満足気な表情を浮かべるのであった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「私はこの教室の鍵を返しにいってくるわ」

 

貴方達は?と、雪ノ下の視線が問うてくる。

 

「じゃああたしも一緒に行くー!」

 

勢いよく雪ノ下の腕に抱きつく由比ヶ浜。雪ノ下ももう慣れてしまったのか、特に何も言っていない。

 

君たち本当に仲良しですね…。

 

「ヒッキーはどうする?」

 

抱きつきながら首を雪ノ下側に傾ける由比ヶ浜。

近い!この2人近いよ!もしかして一線超えちゃってるんじゃないの?

 

「あぁ…悪りぃ、俺今から行くとこあるんだわ」

 

別にこの2人のゆるゆりイチャイチャを邪魔しないために嘘をついたわけではない。決して嘘ついたわけじゃない。大事なことなので2回言いました。心の中で。

 

この2人にももちろん感謝の念があるが、それ以上に感謝の気持ちを伝えなきゃいけない奴がいる。

そいつはきっとあの場所にいるだろう。

 

「じゃあ…また今度な」

 

「ええ。また」

 

「またねっ!!ヒッキー!!」

 

 

俺たちはそれぞれ逆の方向へ歩き出した。

 

 

 

リノリウムの床を歩きながら、廊下を見回すと所々変化が見られるが、あの頃と対して変わりはなかった。

 

懐かしい光景を目に焼き付けながら、目的地へと足を運ばせる。

 

数分歩いた後、ついにその教室の前まで到着した。

 

生徒会室。

 

俺が教室と奉仕部の次に通っていたといっても過言じゃない場所だ。

ここでは基本仕事を手伝わされた記憶しかないけれど、それでも意外と居心地は悪くなかった。

 

なんとなく。なんとなくだが、一色はここにいるような気がした。

一色が学校紹介のごとく俺を連れ回した際に、この場所にだけは連れてこなかった。

それに意味があるのかはわからないけれど、きっと一色はここにいる。

 

3度のノックをした後、返答を待つ。

中から間延びした、「どうぞー」という声が聞こえたので、扉を開く。

 

そこには生徒会長の席でぐったりしている一色いろはの姿があった。

 

「…遅いですよぉ、せんぱーい」

 

「いや、別に待ち合わせとかしてないし」

 

「それなのに、ここに来たんですね」

 

「まあな。ここで、誰かさんに扱き使いまくられたからな。久しぶりに見にきただけだ」

 

「見にきただけなのに椅子に座るんですか?」

 

なんだコイツ。俺の言い訳見透かしすぎでしょ。的確に俺の言葉から誤りを見つけ出してくる。言い訳通じないとか怖い。

数回ほど咳払いをし、一色のほうを見る。

 

「…まぁその、なんだ。一応御礼を言いにな。お前にはお世話になったからな」

 

その言葉に御満悦の様子の一色。

すごいにやにやしてる。街中で遭遇したら通報するレベルのにやにや度。

 

「初めからそう言えばいいじゃないですか」

 

「…るせぇよ」

 

「先輩は本当に捻デレなんですから」

 

「変な造語作るんじゃねぇよ。いや、作ったのは小町だったか…あの野郎」

 

マジ小町許すまじ。アイツの作った造語は何故か知らんが随所で使われている。どうでもいいことなのに、どうしてそんなに広まるのん?

 

 

一色は机に広げてあった荷物をまとめて、俺に言う。

 

「それじゃあ私はそろそろ帰りますね?」

 

「え、一緒に帰んねーの?」

 

「あれ?先輩こそ、雪ノ下先輩たちと帰るんじゃないですか?」

 

「いや、あいつら2人で帰ったからよ。俺らもとっとと帰ろうぜ」

 

「なんですか、それ。誘ってるんですか?ちょっといい感じの雰囲気だからって、そんな言葉をいえば私がほいほいついていくと思ったんですか?私はそんなに軽い女じゃないので、あと3回ほど誘って下さい」

 

「いや意味わからんから。ほれ行くぞ」

 

「待ってくださいよーせんぱーい!」

 

 

 

 

 

終わりがあるものに意味などないと思っていた。そこにはなんの価値もないのだ決めつけていた。

 

けれど決してそんなことはない。

いずれ失ってしまっても、失ってしまうからこそ、そこに意味が、価値があるのだろう。

 

ならば、失ってしまうまでの間、持ち続けていよう。

手放すことなく、諦めることなく。

この手に掴んでおこう。繋ぎ止めておこう。

 

 

二度と離れ離れにならないように。

 

 




本編はこれにて完結になります。
エピローグというか、後日談的なものをあと1話投稿する予定ではいます。
よろしければ、最後までお楽しみください。

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それから。

 

 

 

日差しの照り返しが激しく、焼くような暑さを感じる日。

俺は小町の墓参りに来ていた。

随分と遠回りして、余計な時間をかけてしまったが、ついにここにやってくることができた。

 

墓石を見ただけで既に感極まって泣きそうな男がいた。というか俺だった。

 

久しぶりに小町に触れた気がする。

実際に触れているわけではないが、それでも、彼女の記憶の欠片に触れている気がした。

 

 

 

ここに来れたのはいい。

しかし、ここから一体何をすればいいんだ?

基本的に墓参りとか来たことない俺からすれば、マジ謎。

 

「おい、小町。俺はどうすればいい?」

 

「それ小町ちゃんに聞いてどうするんですか…」

 

一色はこめかみに手を当てながら呆れたような声を出す。その動作なんとかノ下さんのパクリかな?

あんまり似合ってないですねぇ。

 

「いや、俺こういうの初めてだから、わかんねーんだよ」

 

「掃除したり、お花替えたりするのが普通なんじゃないですか?あと、お線香あげたり!」

 

「何おまえ墓参りのプロなの?」

 

「先輩、不謹慎です」

 

にっこりとした笑顔で冷たい視線を送ってくる一色。

行動が雪ノ下さんの影響受けすぎじゃないかなぁこの子。

あんまり良い傾向じゃないよ、それ。

 

「おまえ雪ノ下に似てきたな。あいつみたいなのは1人で十分だからね?全然似なくていいからね?」

 

「雪ノ下先輩の仕草結構可愛いですからね。たまに真似したりしてたら、自然と出るようになっちゃったんですよ」

 

てへっと言って舌を出して自分の頭をコツンと叩く。なにそれ可愛い。

あざとい!いろはすあざとい!あざといろはす!

 

「やめろよ。俺を罵るのは雪ノ下だけいい。むしろあいつ1人でも手に余ってるんだから」

 

そう言うと、一色の顔が一瞬ムッとした表情に変わった。

 

「なんですかそれ。雪ノ下先輩は特別とでも言うんですか?それはちょっとズルいし許せないです」

 

なにこの超可愛い生き物。これほんとにいろはすなの?

俯けられた顔からは窺えないがきっと一色は今拗ねたような顔をしているのだろう。なんとなくわかる。小町が拗ねたときも大体同じような感じだったしな。

 

こういった場合、相手が望んでいる言葉をかけなければ、割と長引いてしまうものである。

かつての俺も小町と同じようなシチュエーションになったときに、バッドコミュニケーションをとってしまったおかげで3日間ほど口を聞いてもらえなかったことがあった。

女ってめんどくせぇな…。

 

「別にあいつだけ特別ってわけじゃねぇよ…」

 

「…………。」

 

残念ながらバッドコミュニケーションのようだ。

どうやら一色の望む回答ではなかったらしい。この問題難易度高くないですかね?

ていうか、無反応ってどうなの?昔の俺だったら気まずくて死んでたまである。

 

みんなで喋ってる時に自分が発言することで空気が凍ることあるよね…。俺もサークルで何回か経験した。おかげで基本的に聞く専門になってる。

最近のケータイですら言葉を返すのに、俺ときたら相槌すらもしないんだからすごい!

 

 

とにかく今はこの状態を打破しなければならない。

昔の小町とのやり取りを記憶の中から引っ張り出す。

…だいぶ恥ずかしいけど、こいつがいつまでもこの態度だとこっちも調子狂うしな。

意を決して一色の頭に手を伸ばす。

 

「…あいつだけじゃなくて、多分他にも大切な特別な人はいる。……おまえもそのうちの一人…だと思う」

 

一色の頭を撫でながら聞こえるか分からないほどの声でつぶやく。

 

「……せんぱい、あざといですね」

 

耳まで真っ赤になった一色が俺のほうを向いてはにかむ。

ちなみに恐らく俺の顔のほうが真っ赤になってるはず。ひ、日差しが暑いだけだから!

 

「まぁそれで許してあげましょう!」

 

「偉そうだなー、この人」

 

二人して顔を見合わせて思いっきり笑う。

すると周りの人から思いっきり白い目で見られた。

 

…すみません。ここお墓でしたね。

不謹慎で申し訳ないです。

 

 

×  ×  ×

 

 

あれから掃除をして、花を替えて、思い付く限りの事はした。残るは線香をあげるだけだ。

 

ちなみに雪ノ下と由比ヶ浜が定期的に来てくれているようで、掃除をするところがないほど綺麗にしてあった。

本当にありがたい。

 

一色は線香をあげると、すぐに立ち上がった。

 

「私、先に行ってますね。先輩も小町ちゃんと話したいことあるだろうし」

 

「あぁ、悪いな」

 

「そこは、ありがとうですよ!せんぱい!」

 

「うるせぇさっさと行け!ここから先は俺と小町の二人きりの時間だ!誰にも邪魔させん」

 

「相変わらずのシスコン…。正直キモいです。……けど、そのほうが先輩らしいですね」

 

一色はケタケタ笑いながら楽しそうにその場をあとにした。

あいつのこういうところには敵わない。

空気を読むのが上手いというか、気を遣うのが

上手いというか。

口にはしないが本当に感謝している。

 

 

残された俺もライターで火をつけた線香をあげる。

 

しゃがみ込みお墓の前で両手を合わせる。

こういう時、言葉は口に出さない方がいいのかもしれないが、口に出さなきゃ思いが伝わらないのを俺は知っている。

この状況にもそれが適用されるかは知らないけれど、それでも俺は小町に語りかける。

 

 

 

久しぶりだな、小町。大体1年ぶりぐらいか?随分と待たせちまったな。

本当はもっと早く来てやりたかったんだけど、まぁ色々あってな。すまん。

いざ、話すとなると特に言うこともないから困るな。

俺はそこそこ楽しくやってるよ。そっちはどうだ?

少し前まで、俺もお前のいるとこに早く行こうって思ってたんだが、やっぱ止めた。

あれだな、小町にお兄ちゃん離れさせてやらなきゃな。

ちなみに俺はいつまでも妹離れできない模様。おぉ今の八幡的にポイント高い。

…まぁなんつーかさ、俺も頑張るわ、色々と。

 

話すこと沢山あったと思うんだけど、忘れちまったわ。

 

んじゃ、そろそろ行くわ。アイツも待ってるしな。

 

おぉ、そうだ。大事なこと忘れてた。

 

 

 

ありがとな、小町。

お前が俺の妹で本当によかったわ。

 

 

 

そのうちまたテキトーに来るわ。

 

 

それまで元気でな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これにて、本作品は完結となります。
つきましては、応援してくださった皆様に御礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。

この小説が自分が初めて書いた作品ということもあり、至らぬ点も多々ございました。その点については申し訳ない限りです。

案がまとまり次第、次回作を書いていく予定です。
どうぞそちらの方もよろしくお願いたします。

最後に重ね重ねにはなってしまいますが、本当にありがとうございました!


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たんぺん


短編です。
途中まで書いてあったものを書き上げたものになります。
だいぶ時間が空いてしまってるので、おかしなところも多々あると思いますが、次回作へのリハビリだと思って温かい目で見ていただけたら幸いです。




 

 

 10月も終わりに近づくと、いよいよ冬の訪れを感じるようになる。特に日が沈んでからは、凍えるような冷気が身体を震わす。この時期は日によって気温差が激しいから困る。肩を抱くようにして凍えた身体をいたわりながら家への道を歩く。

 

この寒さから鑑みるにそろそろ人間をダメにする至高の兵器であるこたつの導入も視野にいれねばなるまい。寒さに耐えて帰った後に入るこたつほど気持ちいものを俺は知らない。ホントこたつは神。こたつを全世界に支給すれば戦争とか紛争とかなくなるんじゃないの?寒い時期だけ。

愛しのこたつについて考えながらの帰宅は心なしか俺の体温を若干上げてくれた気がした。

 

 アパートに到着するやいなや違和感に襲われた。ポストにたまっていたはずの郵便物が綺麗さっぱり片付けられていた。

 ……まぁあまりの汚さに大家さんが処分したってこともありえるよな、うん。

 

 部屋の前に来ると違和感はさらに大きくなる。明らかに部屋の中から物音が聞こえてくる。

 ……まぁあまりの汚さに大家さんが俺の部屋を掃除している可能性もありえるよな、うん。

 

 ……いや、ねぇな。最近の空き巣は掃除もしてくれる便利屋なのかな?

 意を決して今朝家を出るときに鍵をかけたはずの扉をそのまま開く。すると、大きな布が蠢いているのが目に入った。おいおい斬新すぎるだろその格好は。最近の空き巣事情には詳しくないけど、空き巣も色々大変なんだろうか…。

 

 実際のところ俺の部屋に無断で入れるようなやつは一人しかいないわけで。俺は蠢いている布に向かって声をかけた。

 

「何やってんだ一色」

 

「あ、せんぱい!お帰りなさい」

 

事もなげに抱えていた大きな布を床において、あっけらかんとした顔でそういった。

勘違いしないでいただきたいのは、俺は別に一色と一緒に暮らしているわけではないし、なんなら家にあげたことも数えるほどしかない。それなのにこいつはなぜこんないつも通りなのだろうか。

 

「おい、おまえどうやって部屋の中に入った?」

 

「せんぱいが私に合鍵くれたんじゃないですか。忘れちゃったんですか?」

 

「いや、あげてねーし。俺の合鍵は小町が持っているはずなんだが」

 

「……まあまあ細かいことはいいじゃないですかー」

 

はははと笑いながら一色は俺の肩を数度叩く。細かいことは気にするなと。

ただこれよく考えなくてもアウトな行為なんだよなぁ……

 

「よくないでしょ…。普通に怖いから。あと怖い」

 

「私とせんぱいの仲じゃないですかー。それにこんなに可愛い後輩がお出迎えしてくれることなんて人生でそうそうないんですからね?特にせんぱいは」

 

「わざわざ俺の事貶す必要あった?いやまぁ事実だから何も言えねぇけど……」

 

 

 

 こんな感じで一色とは未だに仲良く?やっている。未だにというかおそらくこれからも末永くになるのだろうけれど。

 なにせこの女、俺のこと好きすぎる疑惑が俺の中で浮上しているのだ。というのも、基本的に休みの日は遊びに誘われるし、大学でも姿を見つけられた日には向こうの友達をほっぽって俺に付きっ切りになる。おかげで見つからないように生活するのが大変まである。

ことあるごとに一緒にいるもんだから周りには付き合っているという誤解を生む結果となっている。男避けになるので助かるというのは本人の弁である。

 なるべく目立ちたくない俺からすればいい迷惑ではあるのだが、以前世話をかけた手前もあり強く言えないのが本当のところだ。……まぁ俺自身一緒にいるのがそんなに嫌でもないっていうのもあるが……。

 

「で、人の家で勝手に何やってんの?」

 

 無造作に床に置かれた大きな布と一色の顔を交互に見比べながら問う。

 

「最近寒くなってきましたし、そろそろこたつが恋しいなぁと思いまして」

 

「わかる。超わかる。それな。ほんとそれな。それしかないまである」

 

「そこまで同意されると気持ち悪いですが、こたつの前では些末なことですね」

 

 この後輩あまりにも失礼すぎると思うのは俺だけですか。しかし今回は偉大な人類壊滅兵器であるこたつ様の準備を行ったということで、不法侵入の件は不問に処すとしよう。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

「せんぱーい、ミカンとってくださーい」

 

「…ほらよ」

 

「せんぱーい、ミカン剥いてくださーい」

 

「それぐらい自分で…」

 

「せんぱーい、足邪魔です」

 

「俺のこたつなんだよなぁ……」

 

 

 無事にこたつのセッティングを完成し、二人で向かいあって座り暖をとる。

こたつという存在は実家のような安心感を与えてくれる。こたつは俺の実家だった可能性が微レ存。

それにしても無防備にくつろぎ過ぎだと思いますけどね、この子。

 

 ごろんと猫のように横になっていた一色だったが、急にこたつの中に潜ったかと思うと、俺の隣からひょっこり顔を出してきた。

近い近い近い。顔とか身体とかもろもろ近い。

 

「せんぱい、ハロウィンは予定ありますか?」

 

「いや近いし狭いから。なんでこっちきたの?あと予定はないけど」

 

「では、クリスマスは予定ありますか?」

 

 なぜかさらに近づき密着しようとしてくる一色。これでは変に動くといけないところにあたってしまいそうで身動きが取れない。

 

「な、ないけど……」

 

 顔だけは何とか逸らしながら、一色との距離を少しでも離そうと懸命に努力する。

 

「ではでは、年末年始は如何です?」

 

 健闘むなしく一色がさらに身体を寄せて近づいてくる。

 

「実家に帰るぐらいだけど」

 

 そうですか、とつぶやくと一色は一瞬逡巡した後、俺の服の胸元をちょこんと摘み上目遣いで見つめてきた。

 

「その予定全部わたしがせんぱいを独り占めしてもいいですか?」

 

「わかったから、離れろ、近い近い」

 

 猫なで声+うるんだ瞳+上気して赤くなった頬+お願い=断れない

 毎度おなじみになってきた方程式が完成した。

 女性のお願いは断れずに押し切られてしまう、どうも俺です。

 

 別にこんな重装備なお願いをしなくてもどのみち暇してるから一緒にいてもいいんだけど、とは思っている。思っているだけで特に口にはしないけれど。

 

 一色はもう一度こたつの中に潜り、元の場所に戻りいたずらな笑顔を浮かべた。

 

 

「残念でしたねせんぱい。一人で静かに過ごすことができなくて」

 

「……別にそうでもねぇよ」

 

「なんですかそれ口説いてるんですか?わたしは全然ウェルカムなのでもっと口説いてもらってもいいですか?お願いします」

 

「……フらないのかよ。むしろお願いしちゃってるし」

 

「ええ。だってわたしせんぱいのこと好きですし」

 

「さいですか」

 

 全身に熱を帯びるような熱さ感じながら、こたつの中に顔を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





拙い文章を読んでいただきありがとうございました。
色々と書いていって感覚を取り戻せたらと思っておりますので、よろしくお願いします。


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