誰トクだっ!? (ちびっこ)
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五歳児の『現実』
前世の記憶。


ども、ちびっこです。
一次小説は初めてです。

基本、書きたいことしか書きません。
私の作品は必死に読むものではありません。暇つぶし感覚です。
スローベースで駄文ですが、完結まで頑張ります。

では、最後に私の合言葉を。
『微妙と思ったらすぐにUターン!ストレスが溜まるだけですよ!』

挿絵を描いてもらいました。
ありがとうございます!


 パタン。

 

「はぁ……」

 

 本を閉じ終わると同時に溜息が出た。ニコリとも笑わない私のために母が買って来たのだが、溜息しか出なかった。自身でも思うが、本当に可愛くない五歳児である。

 

「この絵本、サクラちゃんには合わなかったかな」

「んーん。お父さんが帰ってこないから」

「そうねぇ。サクラちゃんも寂しいよね。でも大丈夫。今日は帰ってくるはずよ!」

「ん、楽しみ」

 

 それでも読み聞かせてくれた母を気遣うことが出来る可愛さはある。それならば溜息を吐くなという話だが、出てしまったものはしょうがない。ニコリとも笑わないのも状況が状況だからだ。

 

 気付けば、私は転生していた。

 

 頭を打ったり、熱を出して思い出したわけではない。赤ん坊の時から覚えていたわけではない。物心がつくと同時に、前世の記憶も自然と思い出していったのだ。

 

 ちなみに前世の記憶と言っても、はっきりと覚えてるわけではない。一般常識とほんの少しの思い出ぐらいだ。死んだ時の記憶がないのはありがたいのだが、もう少し覚えてほしかったものだ。

 

 チラリと母の顔を見る。

 

 髪と目の色が違うだけで、前世と一緒だ。そして、父も髪と目の色が違うだけ。当然、前世と私も同じ顔。ただ目の色はそのままだった。元々前世の私は色素が薄かったので、今の父と母の色の方に似ている。つまり髪が黒から金髪になっただけということだ。

 

 はっきり言って、微妙だ。

 

 別に前世の私はそこまで不細工な顔ではない。どちらかというと良い方だろう。だが、面白くないというのも事実。せっかく転生するのなら、違う顔が良かった。それに自身の限界を知ってるというのも微妙と思ってしまう理由の1つだ。

 

 次に前世で人見知り体質だった私がもう1度初めから友達を作らなければならないのが辛い。ちなみに作らないという選択肢はない。顔も思い出せないぐらい朧げだが、楽しかった記憶がある。その記憶がある以上、ぼっちは寂しい。

 

 それに恋をした記憶もある。もちろん相手の顔は覚えていない。薄情かもしれないが、この点については覚えてなくて良かったと思う。はっきり覚えていると動けなくなった気がするから。そう思ってしまうほど悪いものではなかったようだ。

 

 だが、あまりにも前世に対しての心情が良すぎるのも困る。生きていると良いことばかりではないと私は理解している。そこまで単純な頭ではない。だから躊躇してしまう。前世の良い記憶だけで生きていけばいいと心のどこかで考えてしまうから。そして再び寂しいという気持ちに戻る。エンドレスだ。

 

 そして、先程の絵本。

 

 絵本なので子ども向けだったが、この世界で起きた昔の話らしい。要約すると、この世界の危機を救うために召喚され、魔法を駆使し平和に導いた勇者の話だった。問題はその『勇者』である。

 

 この『勇者』が残したもので有名なのは、箸と話し言葉、一夫一妻。

 

 母が絵本を読みながら、いろいろ付け加えてくれたのでわかったのだが、箸は『勇者』が二本の棒で器用に食べることで有名になったようだ。話し言葉は『勇者』が来る前は違っていたらしい。でも精霊がその言葉を使っていたから変わったと伝わっている。一夫一妻は『勇者』が姫に一目ぼれをし、求婚して結婚したから。ちなみに絵本は「幸せに過ごしましたとさ」という感じで終わった。まさに王道ものである。

 

 道理で両親が器用に箸で食べて、日本語を話していたわけだ。そのせいで転生したのか、過去に戻ったのか一瞬わからなかった。実に紛らわしい。

 

 つまり、『勇者』は日本人だったわけである。

 

 ここで問題が起きた。前世の私の特技は箸の持ち方と字が綺麗さ。何でも出来る兄に追いつこうと、幼い時に努力して覚えたものだ。あの頃は、私も兄のように何でも出来ると思っていたからな。……若干だが、遠い目になった。

 

 前世の現実を知った日を忘れるように首を振る。思考を戻そう。

 

 この世界、箸は誰でも使える。それだけではない。絵本が残るほど『勇者』を尊敬しているため、誰もが正しい持ち方をしているのだ。日本人、頑張れと言いたくなった。

 

 そして最大の問題は話し言葉は伝わったが、書き言葉は伝わらなかった。この絵本も全く読めないのだ。

 

 前世の特技が全く使えない、また役に立ちそうな知識も覚えてないこの転生は、果たして意味はあるのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 再び溜息に戻る。

 

「ただいま」

「サクラちゃん、お父さん帰ってきたわよ!」

 

 母と手を繋ぎ、トコトコと歩く。時間がかかってしょうがない。早く大きくなりたいものだ。……いや、大人になれば面倒事が増えるな。程ほどに成長したいものだ。

 

 実はせっかく絵本の中で興味を持った魔法や精霊のことを母に聞いても教えてくれなかったのだ。何度も言ってみたが、「まだサクラちゃんには早い」らしい。『勇者』のことは聞かなくても勝手に補足してくれたのに、これについては口が堅い。今度ゆっくり考えようと思う。

 

「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 

 母と父の声で考えを中断する。玄関まで迎えに行くつもりだったが、父は廊下まで来てしまったようだ。本当に動きが遅い。それでも短い足を駆使し、父の足元に抱きつく。……絵本を持ってくるんじゃなかった。邪魔だ。

 

「……おかえり」

「今日も元気だね。サクラ」

 

 優しく頭を撫でられ、思わず笑みがこぼれる。どうも前世の影響か、父に甘えてしまう。私の家族は母と兄のテンションが高く、よく振り回された。その時にいつも助けてくれたのが父だった。……1番怒らせてはいけないとも言う。ニコリと笑みを浮かべてキレる父はかなり怖い。まぁ今は母しか居ないので、頼る回数は少ないのだが。

 

 そういえば、兄は何をしているのだろう。学校にでも通ってるのだろうか。この世界の仕組みが良くわかってないので、学校というものがあるのかもわからないが。といっても、兄のことだ。どこへ行っても上手くやっているだろう。兄は天才だからな。

 

 だが、それでも気になる。私が物心がついた時――薄っすらと自覚し始めた時にはこの家に兄は居なかった。つまり1度も会っていないのだ。前世では気付けば私の隣に居たり、気付けば両手を広げ私が抱きついてくるのを待っていたり、気付けば私からのツッコミ待ちをしていたり、気付けばバラの花を私に捧げようとする兄が、だ。

 

 1度そう思うと、不思議でしかない。……べ、別に静かに過ごしたくて思い出さないようにしていたわけではないぞ。兄ならどこへ行っても大丈夫だと思っていたからだ。

 

 なぜか心の中で言い訳しながら、父のズボンをほんの少し引っ張る。

 

「ん?」

 

 私と視線を合わせるために父はしゃがんでくれた。とても話しやすくて助かる。

 

「お兄ちゃんは、どこ?」

 

 父はほんの少し顔をあげた。その動きがどこか迷ってるように見える。だから今まで放置していたことに後悔した。

 

「お父さん……」

 

 近くにあった父の手を握り、引っ張る。聞くのが怖いが、早く話してほしい。

 

「サクラ、お兄ちゃんは難しいかな。弟か妹なら出来るかもしれないけど、こればっかりは父さんにもわからない」

「でも滅多にないサクラちゃんのワガママよ?」

「……真剣に養子について考えようか」

 

 意味を理解するのに時間がかかった。そしてその間に話が進んでることに焦った。

 

「違う。絵本にお兄ちゃんが出てきたから、誰でも居ると思っただけ」

 

 絵本を2人に見せつける。持ってきた自身の行動に褒めてやりたい。

 

「そういえば、お姫様におにいちゃんが居たわね~」

「サクラ、本当に?」

「ん」

 

 母は私のウソにすぐに騙されたが、父は私の顔を覗き込み確認してきた。なので、しっかりと頷く。友達を作るのに躊躇しているのに、義兄とかレベルが高すぎるだろ。胃痛で倒れることになりそうだ。

 

 そのため私が本気で遠慮しているとわかったのか、父はこれ以上追求することはなかった。

 

 

 

 

 

 母に寝かしつけられながら、兄について考える。あの時の両親の様子を見る限り、不幸があったというわけではなさそうだが。

 

 兄はこの世界に転生してないのだろうか。

 

 それはそれで寂しい。静かに過ごしたいと思ったのはもう否定しないが、物足りないのも事実。

 

 前世の世間で言うと兄はシスコンというもので、周りをドン引きに何度もさせていた。血の繋がった私ですら、引いたことがある。そんな私達を母は楽しそうに笑い、父はニッコリと笑みを浮かべていた。多分後で怒られていたのだろうと思う。

 

 それが、もう見れない。

 

「ひっく……」

 

 気付けばしゃくりあげるように泣いていた。

 

 あまり覚えていないが、私は前世の記憶を持っているため、精神年齢が高いはずだ。それなのに……みっともない。

 

 母があやしても泣き止まないので困り果てている。父も心配そうに私の頭を撫でていた。

 

 それなのに止まらない。

 

 ――サクラ、幸せになるんだよ。

 

 ふと兄の言葉を思い出し、私は疲れて眠ってしまうまで泣き続けた。

 



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初めての魔法。

 今日は昨日出来なかった魔法について考えよう。

 

「サクラちゃんの好きなケーキを作ったわよ~」

 

 うん、食べてからにしよう。そうしよう。

 

 

 

 モグモグと必死に口を動かしていると、母がジッと私を見ていた。どうやら昨日の泣きっぷりを心配しているようだ。だから私の好物を作ったのだろう。申し訳ない。食べる手は止めないが。

 

 それに今までの私の行動を考えると、両親にはかなりの苦労をかけている気がする。なにせ規格外の兄を育てていないのだから。

 

 ……手が止まる。今気付いた、これは前世で兄が作ってくれたケーキの味と同じだ。前世では1度も母の作っていたところを見たことがなかったが、母が兄に教えていたのかもしれない。

 

「サクラちゃん?」 

 

 ケーキといっても、パンケーキ。子どもでも何とかなると思う。

 

「……今度一緒に作りたい」

「もちろん!」

 

 母の返事を聞き、また食べ始める。

 

 今度は私が覚えよう。兄のことを忘れないためにも。

 

 ただ、前世で料理をした記憶が一切ないのが引っかかる。……大丈夫だろう。多分。

 

 

 

 

 ケーキを食べ終わったので、今度こそ魔法について考える。が、満腹でちょっと眠い。まさかケーキが罠だったとは。

 

「サクラちゃん、お昼寝する?」

 

 目をこすりながら頷く。母が心配そうにしてたが、1人で大丈夫といいベッドのある部屋へ向かって歩き出す。

 

 くるっ。

 

 途中で振り返ったが、誰もいない。母はまんまと騙されたようだ。確かにちょっと眠いのは事実だが、精神年齢が高い私は我慢できる。もちろん幼い間は昼寝をした方が良いと理解しているので、ちゃんと後でするつもりだが。

 

 何にせよ、1人でゆっくりと魔法のことを考えれる。

 

 黒い笑みを浮かべながら、私は父の部屋に入る。父の部屋には書棚があるので、魔法に関する本があると考えたのだ。

 

「意外と少ない……?」

 

 父の部屋を調べて思った感想がこれだった。書棚には紐で書類をまとめたものがあるが、本屋で置いてそうな本は少ない。たいしたものがなさそうだという思いと、探すのが簡単で助かったという気持ちがうまれた。

 

 先に書類の方を見るか。楽しみは後で取っておこう。

 

 読めない字もあったが、書類を見る限り父はそこそこ偉い人のようだ。魔物の種類や数をグラフにしてまとめているものもあれば、この町?の防衛に関するものもあった。町?の周りにある塀は魔物対策だったらしい。戦争とかじゃなくて良かった。……といっても魔物も微妙だが。

 

 そういえば、私のような子どもを連れている人は必ず冒険者っぽい人と一緒に居たな。私も父が居る時にしか外へ出たことがない。

 

「ん、お父さんって強いのか」

 

 新たな事実が判明した。失礼かもしれないが、ちょっと意外だ。外で歩いてると何度か冒険者っぽい人が父に頭を下げてるのを見たが、それは物理的な方ではないと思っていた。まぁこの勘違いは頭を下げられた時の父がニッコリと笑ったせいだと思う。

 

 ブルッ。

 

 父のニッコリという笑顔を思い出してしまい、身体が震えた。綺麗に書類を戻しておこう。ばれたら怖い。

 

 ほんの少し心が折れかけたが、今度こそ魔法に関する本を探す。

 

「……ない」

 

 地図や植物図鑑、魔物図鑑のような本はあった。が、魔法に関してはない。

 

 これには予想外である。もしかしたら資料の方にあるかもしれないが、そろそろベッドで寝転んでおかなければまずいだろう。未練タラタラだが父の部屋を出た。

 

 部屋に入ったが、まだ母は様子を見に来てなさそうだ。もう少し居ても良かったかもしれないが、無理はしない方がいいだろう。流石にこれ以上両親を心配させるわけにはいかない。

 

 そのためベッドの上で昨日貰った絵本を読むことにした。残念なことにこれが一番魔法のことが載っている。

 

 ペラペラめくりながら、母の言葉を思い出す。この絵本の勇者は一番有名で初代らしい。初代というのも、今までに何度もこの世界に勇者を召喚しているからだ。召還するのはずっと城にいる精霊だとか。なぜ城に精霊がいるのかは母も知らなかった。秘匿されているのだろうか。

 

 とにかくこの世界の危機になる勇者が召喚される。女性の場合は聖女と呼ぶようだ。そして召喚された勇者・聖女はこの世界を救う。例えば疫病などが流行した時は医者が召喚された。食物が育たなく餓えに苦しんだ時は農家とか。失礼な話だが、私は数秒ほど農家が勇者と結びつかなかった。

 

 医者や農家という言葉からわかるように、ずっと日本人が召喚されている。理由は不明。城にいる精霊が日本人を好きなのだろうか。召喚された日本人のパートナーになるらしいからな。それが今のところ1番妥当な線だ。

 

 後、母の話によると初代だけこの世界に残ったらしい。だから初代が1番有名だと。

 

 異世界生活に興味はなかったのだろうか。ちょっと疑問だ。

 

「はぁ」

 

 首を横に振る。いつの間にか、また話がそれていた。

 

 この世界は冒険者や魔物など気になる言葉がたくさんある。だが、前世のスペックを考えると期待できそうにない。護身術を習ったが、あまりにも酷すぎて常に護衛が居たはずだ。……なぜ一般家庭の私に護衛がついているのだ。

 

 叫びたいのを我慢し、頭をかきむしった。中途半端な記憶にイライラする。落ち着くために深呼吸して頭を整理しよう。

 

「すぅ……はぁー」

 

 現時点でわかってることは、私が前世のままのスペックならば弱い。そして剣をつかって魔物と戦う度胸もない。だから魔法が気になる。

 

 よし。それだけわかっていればいい。

 

 では魔法について考えよう。……わからない。

 

「何度同じことを繰り返してるんだ……?」

 

 今日はもうダメだ。ずっと前世の記憶に振り回されている。諦めてベッドに寝転がることにした。

 

 寝転びながら再び絵本をめくる。

 

「『精霊、頼む』か……」

 

 絵本に載っている勇者の言葉を呟く。こんなことで火の玉とか出れば苦労しないのにな。

 

「……えっ」

 

 突如私の目の前に現れた魔法陣。そして、すぐに小さな火の玉が現れた。

 

「魔法!?」

 

 思わず飛び上がる。が、すぐに倒れる。身体の中から何かが抜けていく感じがする。

 

 ……ちょっと待て。この小さな火の玉で倒れるとかどういうことだ。

 

 そう、心の中でツッコミしながら私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、母の顔があった。

 

「おはよう、サクラちゃん」

「ん。おはよう」

 

 ゴシゴシと目をこすりながら、起き上がる。

 

「サクラちゃん、もしかして魔法使った?」

 

 母の言葉に驚いた。もしや弱弱しく浮いていた火の玉で小火騒ぎにでもなったのだろうか。慌てて周りを見渡したが、特に何も変わらないのでホッとした。

 

「使ったのね。後でお父さんから説明があるから、魔法は使っちゃダメよ」

 

 なぜかばれてしまっているので素直に頷く。

 

「だけど、その前に勝手にお父さんの部屋に入ったから怒られるわよー」

 

 冷や汗が流れる。それもなぜばれているのだ。完璧に戻したはずだぞ。

 

「頑張ってね」

 

 とりあえずもう1度寝てもいいだろうか……?

 



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精霊と魔法。

挿絵を描いて頂きました。
第1話の後書きにアップしてます。
興味ある方はどうぞ!!


 この歳になって父の説教で泣きそうになるとは思わなかった。……そうだった、私は5歳児だった。

 

 若干遠い目をしていると、父が魔法について話すといったので切り替える。実に単純だと思う。

 

 ちなみに私が魔法を使ったとバレたのは、次の日の朝まで眠っていたからだ。魔法を使った疲れとすぐに気付かれたのである。

 

「魔法を語るなら、まず精霊のことを知らなければならない」

 

 父の言葉に頷く。昨日のことを考れば、精霊が関係していると私でも予想が出来る。

 

「この世界は精霊と友好関係を結んでいる。そのきっかけをつくったのは、絵本に出てくる精霊だよ」

 

 父が私の絵本に指をさしながら言った。流石にそれには私も驚く。この絵本は勇者を主役に書いていた。しかし実際は、精霊の方が重要ではないか。

 

「そう思うように仕向けて書いているんだ」

 

 私の考えを読んだかのように父が言った。

 

「この絵本の目的は精霊という存在を子どもの内から受け入れるようにするためだ。お母さんも勇者と聖女のことは教えてくれたけど、精霊については教えてくれなかっただろ?」

「ん。でも、隠されると知りたくなると思う」

 

 子どもというのはそういうものじゃないのだろうか。

 

「そうだね。だけど精霊に悪いイメージを持った?」

「んーん」

 

 教えてくれないのが嫌だっただけで、精霊と魔法には夢と希望しかなかった。これは恐らく私が転生者とかは関係ない。絵本で勇者が精霊と共に魔法を使うシーンはキラキラと描かれている。純粋な子どもであればあるほど、1度使ってみたいと思うだろう。

 

「僕たちはこれからも精霊と仲良くしたいと思っている。だから手ごろな値段で絵本を買えるようにしているんだ。僕の部屋を入ったからわかると思うけど、普通の本は高いんだよ」

 

 だから本が少なかったのか。その割には資料があったので紙は発達しているんだろう。印刷技術がないのかもしれない。そういえば、前世では昔は版画のように新聞を作っていたとどこかで聞いた気がする。しかしそれなら何冊も作れて、ある程度は安く出来るはずだが。

 

「まぁ絵本が安いのはこの世界の考えを刷り込ませるためだろうね」

 

 サラッと父が言った。……うん。多分これは聞き流したほうがいい。何も聞かなかったことにして、父に話をふる。

 

「精霊と仲良くしたい理由は?」

「絵本に出てきた精霊が現れるまで、誰も魔法が使えなかったんだ。精霊の手助けがなければ、僕たちは魔法を使うことができない」

 

 父はきっぱりと言った。もうこれは確定しているのだろう。

 

 精霊がいなければ魔法が使えない、か。1度その力を得てしまうと手放せなくなる。人間というのはそういうものだ。恐らくこれは異世界でも一緒。そうでなければ、この絵本は作られていない。

 

 今まで使えなかったものが使えるようになったのは、この絵本に書かれている内容がきっかけなのだろう。

 

 ――この絵本、意外と侮れない。

 

 確かストーリーの流れは魔物使いが現れ、精霊が勇者を召喚し一緒に倒した。

 

「魔物使い……」

「もうそこまで理解してるんだね」

 

 またやってしまった。そう思ったが、頭を撫でられたので笑みがこぼれる。

 

「精霊にとって魔物は天敵なんだ。でもそれは人間にとっても一緒で、魔物使いが現れるまでは一緒に戦わなくても問題なかったんだ。……少し、言い方が悪かったね。ちょっとした手伝いで問題なかったんだ」

 

 私の顔を見て父は言葉を変えた。そんなに精霊は何もしてなかったと思ったのが、顔に出てたのだろうか。

 

「魔物使いが現れたことにより、精霊は力を貸した。それで魔法が使えるようになった。ここまでは理解できた?」

「ん、大丈夫」

 

 精霊様様ということだ。

 

「精霊と友好関係になって僕たちは魔法を使えるようになった。でも魔法を使いこなせる人は限られている」

「……!」

「魔法を使う自体は簡単だよ。イメージし精霊に呼びかければ、精霊は魔力をもらって魔法が発動する。サクラも昨日はそうやって魔法を使っただろ?」

 

 父の言葉に頷く。私は火の玉をイメージし、精霊と言った。そして身体の中から何か抜けていった気がした。それが魔力なのだろう。

 

「問題はイメージにあった分の魔力を渡さないといけないんだ。僕達がちゃんと渡さないと、精霊は全てもらえると思ってしまうんだ」

 

 なるほど。私は昨日、イメージ分の魔力を渡せてなかったのか。だから小さな火の玉でゴッソリ何かが減ったように感じた。

 

「どうすればいいんだ?」

 

 精霊にイメージ分を渡せるようになって、私は魔法を使いこなしたい。

 

「……どうしようもないんだ」

「え?」

「これは生まれ持った『才能』なんだ。努力で出来ることじゃない。もちろん過去に研究されたよ。でも今はその研究は禁忌とされている。……これの解決方法はないんだ」

 

 禁忌。そんなバカな。何か見逃しているものがあるだけだろう。

 

「禁忌の理由は、ある一定数倒れると死んでしまうから」

 

 すぐに言葉が出なかった。

 

「サクラも何度か冒険者と一緒に歩く子どもを見たことがあるだろ? あれは子どもが無茶気に魔法を発動するのを恐れて、咄嗟に動ける冒険者を雇ってるんだ。1度発動してしまうと子どもはまた使いたくなるからね」

「……じゃぁ私が外に出る時にお父さんが必ずいる理由は?」

 

 今まで私は1度も魔法を使ってなかった。なのに、父がいない時に外には出さなかった。

 

「外で魔法を使っているところを見てしまう可能性もあるからね。……僕はサクラが魔法を使えたのは偶然じゃないと思っている。少しのヒントですぐにたどり着くと思った」

「それなら、絵本を渡さない方が――」

 

 私は途中で言葉を切った。両親だって渡したくはなかったのだろう。でも精霊と友好関係を築くのがこの世界の方針だ。私の将来を考えると、必ず触れさせないといけない。もしかすると与えるのが他の家庭より遅かったのかもしれない。

 

「サクラ」

 

 また頭を撫でられたが、今度は嬉しくはなかった。

 

 守りたい。最低でも、自分の身は自分で守れる力がほしかった。そう思っていた。ずっと――。

 

「精霊と契約できれば、『才能』がなくても使いこなせる。確率は低いけど、サクラなら契約できる精霊が現れると僕と母さんは思ってるよ。だってサクラはこんなにも賢いんだから」

 

 私は頷いた。父がここまではっきりと話したのは私のためだとわかっているから。

 

「お母さんに、会ってくる」

 

 心配しているだろう。それなのに、母は私に一切悟らせなかった。安心させるために会いに行かないと。

 

「僕も一緒に行くよ」

 

 父と手を繋いで母の元へ向かおうと扉を開ければ、母が居た。ずっと待っていたのだろう。私は母の足元に抱きついた。



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友達。そして契約。

 天気が良い。今日はお出かけ日和である。

 

 魔法が使えないことをちゃんと理解したと両親に信じてもらえた私は1人で外に出てもいいことになった。ということで、私は外へ出かけた。

 

 が、たった5分で家に帰ってくるはめになった。冒険者らしき人と一緒に。

 

「すみませんー」

「はぁい」

 

 冒険者らしき人が玄関で叫ぶと母がやってきた。そして私の姿を見て驚いたような反応をしたが、すぐに視線を合わせて声をかけてきた。

 

「お家に用事がある人を案内してくれたの?」

「え!?」

 

 冒険者らしき人が驚いていた。まさか母がそんな反応をするとは思わなかったのだろう。今度こそ納得してもらえそうだ。ちゃんと私は家族から許可を貰って外に出たんだぞ。

 

 2人が大人の話をしている間に私は靴を脱ぐことにしよう。この人が納得してもまた誰かに捕まって家に帰されるだけだ。この世界は子どもの行動に目を光らせている。

 

 でもそれは当然なのかもしれない。この世界はイメージで魔法が使える。危なすぎる。

 

 父からさらに聞いた話では、精霊の種類は火・水・地・風。といっても、あまり関係がないんだとか。精霊同士は仲が良く、協力して魔法を作るらしい。複雑なものであればあるほど、魔力が奪われていくようだ。複雑すぎて魔力が足らない場合は魔法が出ない。

 

 ちなみにこれは精霊と契約している、所謂『精霊使い』の場合も一緒。たとえ火の精霊と契約してても、水の魔法も普通に使える。

 

 では、契約していると何が違うかというと、前に父が言った通り『才能』がなくても魔法が使えるようになり、さらに少ない魔力で魔法が使えるようになる。契約した精霊があまり取らないことと、その精霊が他の精霊の仲介役をしているかららしい。つまり『才能』があっても発動しない複雑なイメージでも問題がなくなる。ちなみに勇者を召喚する魔法は特殊で、私達一般人には知らされていない。まぁ他にも『精霊使い』には優れてるものがあるらしいので、その内の1つなのかもしれない。

 

 才能が無かった私が魔法を使うためには『精霊使い』になるしかない。

 

 しかし『精霊使い』の人数はもの凄く少ない。理由は契約すると大好きな魔力をもらえる量が減ってしまうから。つまり損をするとわかってるのに契約する精霊は変わっているということだ。

 

 ……父が私なら契約できると言ったのは、私が変わり者だからなのだろうか。類は友を呼ぶという日本の諺が思い出してしまった。

 

 そ、そんなことはない。『精霊使い』に多い共通点の方だと信じたい。

 

 なんと『精霊使い』は美男美女が多い!

 

 ……ちくしょう。自身の限界点を知ってる私には夢も希望もない話だ。悪くはない方だが、上には上がいる。

 

「はぁ」

 

 また溜息が出てしまった。思ったより大きな音になったらしく、2人とも私を見た。

 

「あら? サクラちゃん、お出かけしないの?」

「多分また同じことがおきる」

 

 冒険者らしき人がすまなさそうな顔をしていたが、彼は悪くないだろう。この歳だと理解していると思えず家から抜け出したと勘違いするのが普通だ。

 

 私がこの世界の常識からズレているのが問題なのだ。

 

「そうね~。明日お母さんと一緒にお出かけする?」

 

 母と同じなら大丈夫だろう。

 

「もし良ければ、オレの家へ遊びに来ないか?」

 

 頷こうとすれば、冒険者らしき人が声をかけてきた。だが、彼の家には興味が無いんだが。私はこの世界の街中に興味があるから歩き回りたいのだ。まぁ武器とかは見たいが、子どもには見せてくれないだろう。

 

「オレの息子が君と同じぐらいの歳なんだ。息子はまだ魔法のことはわかってないけど、オレが一緒についている。同じ歳ぐらいの子に興味はないか?」

 

 興味はない。が、ある。どっちだよと自身でもツッコミしたくなるが、正直な私の気持ちだ。子どもには興味はないが、未来のことを考えるなら興味がある。

 

 今から遊んでいれば、友達になるのは簡単だと思ったのだ。

 

 この世界、子ども同士で遊ぶのは難しいだろう。何を仕出かすかわからない子どもが集まれば、見張る大人の数も増やさなければならなくなる。今から遊んでいれば、確実に友達のポジションをゲットできるはずだ。さらに幼馴染というポジションもゲットだ。父親は冒険者のようだが、子どもが小さければ引越しなどはしないだろう。実に子どもらしくない打算的な考えだ。

 

「いく」

 

 この人は大丈夫だろう。もし私に危害を加えるつもりなら、外で出会った時に何かしている。家までわざわざ送ろうとしない。

 

 私が返事をしたので大人の話し合いが始まった。少し長引くだろうと考え、私は荷物を取りに部屋へ向かった。

 

 

 

 

 カバンを背負い、玄関へ戻ると話し合いが終わったところだった。

 

「サクラちゃん、気をつけてね?」

「ん、行ってきます」

 

 母に手を振り、冒険者――ルイスと一緒に歩き出す。手を繋ごうとしてきたので首を振って断る。

 

「お母さんに言われるまで気付かなかったけど、よく似ている。オレは君のお父さんにお世話になってるんだよ」

 

 急に何を話し始めてるんだろう。でも父の名前が出たので気になる。

 

「初めて会ったのは10年ぐらい前かな。オレと同じくらいの歳なのに、君のお父さんは随分しっかりしていたのを今でも覚えてるよ」

 

 この人は昔からの父の知り合いだったのか。その割にはお母さんや私のことを知らなかったな。その疑問が顔に出てたのか彼は言葉を続けた。

 

「君のお父さんが結婚したのは知っていたんだよ。でもね、オレ達には見せなかったな。『もったいない』だってさ」

 

 ……予想外の言葉が出てきたぞ。まさか父が母にベタ惚れだったとは。もしや冒険者らしき人を見た時にニコリと笑っていたのは、手を出すなと牽制していたのかもしれない。

 

 父の印象がかなり変わってしまったな。仲がいいとはわかっていたが、まさかそこまで執着するタイプとは思っていなかった。

 

「だから街で偶然会えたら、オレ達はラッキーだと言ってるんだ」

 

 私が若干遠い目をしていると、彼は笑って言った。どうやらプラス方向に捉えているらしい。

 

「そして君と会えれば、もっとラッキーってね」

 

 おどけたように彼は言ったが、私はなんとも言えない気分になった。

 

 

 

 

 

 彼の子どもはとても可愛らしかった。クルクルの金髪で目は藍色で、前世の絵本で出てくるような顔立ちをしていた。将来が実に楽しみな子どもである。名前もルークといい、期待したくなる感じだ。

 

 まぁそんな子どもに出会ってすぐに嫌われたが。

 

 理由は単純で父親が取られたと思ったから。自身以外の子どもと遊んだことがないため起きたのだろう。一緒に会いに来たというのも悪かったと思う。

 

 何度か父親のルイスに謝られたが、それをするたびに機嫌が悪くなるため、ここで見ているから遊んで来いと言った。暇になってしまった私はカバンから道具を出し、字を書く練習中である。

 

 しばらくそうしていると隣に誰かが来た気配がして顔をあげる。そこにはお茶を持った女性が居た。ルークの母親だ。

 

 確か、名はアンナと言ったと思う。私の母と違い、しっかりしているタイプに見える。真っ直ぐな金色の髪でとても綺麗な人だ。彼女を見て、私は髪を伸ばそうと決めた。前世でも伸ばしていたので悩んでいたが、手入れが面倒なのも忘れてしまうぐらい、アンナの髪を見て羨ましくなった。

 

「綺麗に書けているわね」

「まだまだ」

「そう? 大人が書いたと言ってもいいぐらい綺麗よ?」

 

 自身が書いた文字をジッと見る。やはり甘い。世間一般的には綺麗かも知れないが、前世であの兄と違いがわからないというレベルまで書けた私はまだ納得できない。もっと練習するつもりだ。

 

 ちなみにいろんな字の練習本を見たが、あの絵本の字が私は1番好きだった。あれは国が出してる絵本なので印刷方法も特殊らしい。だから他の本より綺麗に見えるのかもしれないねと父が言っていた。

 

 この世界の文字は英語のように字の組み合わせで単語が出来ているので、練習するのは絵本でも問題ない。もっとも英語より一つ一つの字が複雑なため、私は苦戦している。

 

 まぁ今はアンナがお茶と一緒に持ってきたお菓子を食べようではないか。

 

「精霊、僕にチカラをー!」

 

 ルークの言葉に顔をあげる。が、何も起こらない。恐らくちゃんとイメージが出来ていないのだろう。もしくはイメージが複雑しすぎて発動していない。

 

 私が分析していると隣でホッと息を吐いたのがわかった。心配しているのだろう。本人は上機嫌で勇者ごっこをしているが、知っているものからすれば恐ろしいものだ。

 

 絵本ではなく、もっと大きくなってから教えればいいのに。と私は思うのだが、研究結果ではこの時期が最適らしい。なんでも大きくなってから教えると精霊使いの数が減ったとか。

 

 モグモグ食べていると勇者ごっこを終えたルークがやってきた。当然、隣にはその遊びに付き合っていたルイスがいる。

 

 キッと睨まれたが、アンナの膝の上に乗せられると上機嫌に戻る。ルークがお菓子に夢中になったときに、2人に謝られた。

 

「大丈夫」

 

 本心だった。面倒を見るつもりでいると、この小さな身体では難しい。何も考えずに一緒に遊ぶには、前世の記憶のせいで躊躇してしまう。それぐらい子どもの遊びは意味がわからない。ルークからすれば真剣なのだろうが。

 

 だから今の現状で私は満足している。ルークの両親と関係を持てたしな。……本当に打算的な考えである。

 

「……そうだ」

 

 僅かに残っていた良心?が反応し、カバンの中を探る。出かける前に入れていた物をすっかり忘れていた。

 

「あった。ん、あげる」

 

 そう言ってルークに渡した――押し付けたのは私のとっておきのお菓子である。

 

「わぁ」

 

 ルークの反応は悪くないようだ。綺麗な飴玉に目がキラキラしていた。

 

「……あ、ありがと」

 

 そして両親に言われ、ルークは私に向かってお礼を言った。初めて私に向ける笑顔は可愛くて、私もつられて笑う。

 

 いい感じだ。ほのぼのとした空気が流れている。ここでもう1度自己紹介すれば友達になれるかもしれない。

 

「!?」

 

 私が口を開こうとした時にそれは現れた。ルイスもアンナも驚いた顔をしている。それは当然だろう。私達の囲んでるテーブルの中央に絵本に載っていたような一匹の精霊が居たのだ。

 

「きれー」

 

 絵本に載っている精霊が特別なだけで、精霊は普段私達の前に現れない。何もわかっていないルークだけが単純に喜んでいた。

 

「キラキラ!」

 

 キャッキャッ、キャッキャッとルークは楽しそうだ。すると、魔方陣が現れ、精霊はルークの肩の上に乗った。

 

「すごい! すごい!」

『…………』

 

 ルークの喜ぶ声だけがする。ルークの両親は何も言わない。なので、私が口を開いた。

 

「……契約した?」

 

 ポツリと呟いた私の言葉をきっかけに2人はあたふたと動き出した。「ギルドに報告だ」など叫んでいる。2人の慌て具合はそれはもう凄まじかった。ルークと私を忘れて外に出て行くぐらいに。

 

 仕方ないので2人が戻ってくるまで私がルークの面倒を見る。飴玉効果か、精霊効果なのか、理由はわからないがルークはもう私に敵意を向けることはなかった。

 

「これから大変そう」

 

 私の言葉に反応し、不思議そうな顔をしているルークを誤魔化すように笑う。そして理解するのはゆっくりでいいという気持ちも込めて――。

 

 しばらく2人で精霊を見ていると私の父とルイスが駆け込んできた。額に浮かぶ汗からして、かなり急いで来たことがわかる。

 

「問題なかった」

 

 父の目を見て報告するとおんぶされた。横を見るとルークもルイスに抱きかかられていた。

 

「サクラ、助かったよ」

 

 偉いと褒められるより、嬉しかった。でも妙に恥ずかしくて父の首に手を回し顔を肩にうずめる。

 

 この後、すぐに母が迎えに来たので私は帰った。父はまだ何かすることがあるらしい。

 

 

 

 

 

「ルーク……バイバイ」

「バイバイー」

 

 手を振り合ってルークと別れる。ルークは初めて乗る馬車に楽しそうだ。

 

「はぁ」

 

 馬車が小さくなった途端、私はまた溜息を吐いた。

 

 ルーク達は環境が整った大きな街に引っ越して行ったのだ。あれから3日しかたっていないので、かなりのドタバタだったのだろう。私は当日になって知った。

 

 声を大にして言いたい。

 

 ……なぜだ。

 




これでプロローグっぽい五歳児編は終了。
もうちょっと伏線をはっても良かったかなと思った。


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『転機』
冒険者ギルド


 私は民間人、サクラ。少々特殊な兄が居たが、家族に愛され友達にも恵まれ恋もした。一般的な幸せを経験していた私だったが、ある時目が覚めたら……。

 

 身体が縮んでしまっていた――。

 

 過去に戻ったわけではなく、異世界に転生したと知った私は、残念な子と思われないように、前世の記憶のことは隠し、この世界の両親から貰った名のサクラ・デュボアとして過ごすことにした。前世と同じ雰囲気を持つ両親との間に生まれた私は、戸惑いも少なく気楽に過ごしていた。しかし、ある日前世ではいた兄が産まれていないことを知った。

 

 この世界にも兄が居るだろうと考えた私は、情報を掴むため、父のコネでこの世界の情報が集まる冒険者ギルドで働くことにしたのだった。

 

 

 

 

 ……悪くないな。

 

 私は出勤中の暇つぶしとして、自身に起きたことを簡潔にまとめるという遊びをしていたのである。家からギルドまで5分もかからないのだが、まだ着いていない。思ったより簡単に出来たな。もしかすると前世でお手本があったのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、ギルドに着いた。裏口にある魔道具で認証をして、扉を開ける。

 

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 

 扉を開けると同時に挨拶すれば、いつも通りで返事がかえってくる。私は軽く頭を下げてから、隅にある自身の席に座った。

 

 ギルドの窓口が空いていない今は静かなものだ。何かあった時のためにギルドは24時間体制で誰かが居るが、王都のギルドでも窓口は開いていない。明かりの魔道具や燃料の魔石の問題というより、人件費が馬鹿にならないからだ。

 

 異世界のイメージを壊す裏事情を知った時のように、遠い目をしたくなったが、そんな暇は無い。私の仕事は受付が開くまでが勝負と言ってもいいのである。

 

 無言でペンを走らせる。

 

 私の仕事はギルドが管理する依頼書の内容を写し、掲示板に貼る依頼書の作成である。地味だが重要な仕事だ。冒険者は掲示板にあるこの紙をちぎって受付に持って行き、依頼を受けるシステムなのだ。この紙が無ければ、冒険者が依頼を受けれない。

 

 わざわざ同じものを2つ用意するのは、不正がないようにするためだ。ギルドが管理する依頼書と掲示板に貼ってある依頼書の2つが揃ってなければ、依頼達成にならない。もちろん手違いがおきる可能性もある。そのため依頼書の紙には最初から番号をつけていたりと、工夫をしている。

 

 他にもギルドが管理することによって、依頼を受けた冒険者の安否や、過去の資料と比べたりと研究にも使われている。

 

 私がペンを置き終わると受付が開く15分前だった。悪くないペースだ。そして最後に書いた紙を見て、綺麗な字だと自身でも思った。

 

「相変わらず凄いわね……」

 

 感心するような声をかけられ顔をあげると、窓口業務の担当者……所謂、受付嬢がいた。

 

 彼女の名はミレーヌ。前世でも上位に入るレベルの美人である。面倒見も良く、私にもよく声をかけてくれる。本人曰く、自身の髪が嫌いで、時折私の髪を触ってくる。ミレーヌの髪は軽いパーマがかかっていて、良く似合ってるようにしか思えないが、いろいろ苦労があるらしい。

 

 そのミレーヌが今感心しているのは、私の字についてだ。

 

「練習すれば、書ける」

「ムリムリ、気が狂いそうになるわ」

 

 そうかもしれないと思った。この世界の文字は英語のように字の組み合わせで単語が出来ているが、その元になる1つ1つの字が複雑なのだ。なぜこんな面倒な字を使っているかはよくわかっていない。遺跡にもこの文字が残っているので、かなり昔から使われているようだ。

 

 正直、話し言葉のように書き言葉も勇者の影響で変わらなかったのが不思議なレベルである。

 

 だが、そのおかげで私に仕事がやってくる。きっかけは父に頼まれ1度助っ人で手伝った時だ。軽い気持ちでやったのだが、影響があったらしい。まぁそれもそうだろう。誰だって綺麗な字の方が読みやすい。

 

 今ではギルド職員である私に、指名依頼が来るほどだ。主な内容は新しく店を開くので看板の字を書いてほしい、とか。

 

 まっ、それぐらいの長所がなければ、精霊使いでもない私が父のコネだけでギルド職員になれるわけがない。私はまだ7歳なのだから--。

 

「サクラ」

 

 声がする方に振り向けば、父が居た。ミレーヌは団子頭にした私をそのまま放置し、そそくさと去っていった。新人の頃に怒られた経験のあるミレーヌは父が苦手なのだ。

 

「どうかしましたか? 副ギルドマスター」

 

 父が少し寂しそうな顔をしたが、見なかったフリをする。仕事場で『お父さん』と呼ぶのは恥ずかしい。

 

「……悪いが、今日は受付業務も頼みたいんだ」

 

 珍しい。基本的に私の仕事は依頼書を作成するだけだ。他の職員と違い、私は身体が出来上がっていない子どもだ。無理をさせるわけないはいかず、業務内容は考えられている。当然、業務時間も短い。

 

 他の理由もあるのだが、父が受付業務を頼むというのは余っ程のことである。

 

「わかりました」

 

 面倒だが、困ってる父を助けない選択はない。……どうせ家に帰ってもヒマだしな。

 

 

 

 この世界の一般的な7歳は、家の手伝いをしたり、字や計算を覚える時期だ。一般的なことは家庭で覚えるのがこの世界の常識で、学校というものはない。何らかの事情で習えない子ども達のためには、冒険者ギルドが月に数回だが無料の青空教室を開いている。そのため識字率は高い。これも勇者と聖女の影響だろう。

 

 一応、王都には魔法学園があるらしいが、授業料が高額な上、魔法の才能があるものでなければ通えない。ちなみに精霊使いは無料で通える。卒業すればエリートコースだと言われている。入学の年齢は11歳からで、私にもまだチャンスがあるということだ。

 

 話を戻そう。

 

 一般的な7歳と違い、私はここで働いてることで家の手伝いは免除され、字や計算はもう覚え終わっている。他の子どもより時間に余裕があるのだ。しかし、それが理由でヒマというわけではない。

 

 ただのぼっちでヒマなのだ。

 

 断じて言おう、原因は私だけではない。

 

 例えば、この場所で働いてるのも原因の1つだ。子どもはこの場所に寄り付かない。ギルドには14歳になれなければ登録できないからだ。たまに来たとしても、家の手伝いで簡単な依頼を頼みにくる立場である。ギルド職員の私が軽いノリで話すわけにはいかない。相手はお客様である。

 

 でもまぁ冒険者ギルドに登録できない私が、仕事として依頼を受けれるのはギルド職員という抜け道を利用しているからだ。なので、これについては文句を言うつもりはない。それにもし精霊使いになれなくても、私の将来は安泰だしな。

 

 問題は私は出来すぎた子どもだったことだ。私と同じような年齢の子どもを持つ親が自分の子に言うのだ。「副ギルドマスターのところの子はもう働いてるのよ」とか「あの子はしっかりしているのに……」とか。

 

 それを聞いた子が、私を好きなる要素がどこにあるのだ。

 

 勇気を出して声をかけたのに、避けられ続けたのは軽いトラウマだ。

 

 しかし私が友達が出来ない、何よりも大きな原因は……--5歳児の時に起きたあの事件。

 

 冗談で会えればラッキーと呼ばれていた私が、本当にラッキーガールになってしまったのだ。何を思ったのか、勝手に期待し、私と仲良くなりたいというバカな親が多すぎた。当然、両親は私にそんな力はないといい、誘いを断った。何も起きなければ、傷つけられるのは私なのだから。

 

 つまりあの事件がきっかけで私が有名になり、読み書きと計算がもう出来ると知られ、何かと私と比べるようになり、同世代に避けられるようになった。という負のスパイラルにはまったということだ。

 

 そんな私をみかねて、父は仕事の手伝いをしてほしいと声をかけたと思う。気晴らしのつもりだったのに、とんとん拍子に私は冒険者ギルドに働くことになった。まさに、ラッキーガール。

 

 第三者から見れば、私の人生は順風満帆。

 

 しかし実際は、同年代の友達が出来ず、私は四苦八苦している。

 

「……はぁ」

「そろそろ開くわよ」

 

 隣に座っているミレーヌに声をかけられハッとする。そうだった、私は今から受付業務をするのだ。気合を入れなければならない。

 

「何かあれば、すぐに言うのよ」

「ん、ありがと」

 

 美人で面倒見のいいミレーヌが私の隣の窓口に座っているのは、父の采配だろう。

 

 ギルドの扉が開き、ざわざわと声が大きくなっていく。そして、誰かが言った。

 

「おい、今日はサクラちゃんが居るぞ!?」

 

 その声が響いた途端、一斉に依頼書を持ち、私の列に並びだす。

 

 普通ならば、7歳児がやっている受付になど並びたいとは思わない。しかし、ここは冒険者ギルド。命をかけ、戦う冒険者は縁起を担ぐものが多い。

 

 ラッキーガールという異名を持つ私は、冒険者から大人気で、窓口業務の担当でもないのに、人気ナンバー1の受付嬢だった。

 

 ……そんな異名はいらないから、私は同年代の友達がほしい。

 



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ソフィアとクロード

すみません。遅くなりました。
二次の方も溜まりすぎでヤバイです。
来週はちゃんと更新できるといいな(願望


 ある程度の混雑がなくなり、父が迎えに来たので私は受付業務を終える。ブーイングが聞こえても無視だ。彼らも本気で言っていない。私が受付業務をやらなくなるのは避けたいからな。

 

 ミレーヌに声をかけようかと思ったが、父が一緒にいるので止めた。近くにいるだけで挙動不審になってるからな。これ以上、仕事に悪影響を与えるのは良くない。それにしても、新人を副ギルドマスターが直々に怒るレベルのミスの内容が気になる。誰も話そうとしないのでかなりヤバイ内容なのだろう。

 

「サクラ、大丈夫だった?」

 

 廊下を歩いてると父が聞いてきた。これは副ギルドマスターとして聞いているのだろうか。父は仕事場でもサクラと呼ぶので判断が難しい。

 

 人目がないところで聞いているので、父として聞いている可能性が高いな。

 

「大丈夫。……お父さんは?」

「今日はギルドマスターの部屋へ寄るよ」

 

 思わず眉間に皺がよってしまった。予想はしていたが、無茶振りをされるこっちの身にもなってほしい。

 

 チラッと見れば、眉間を揉んでいる父と目が合った。

 

「はぁ」

 

 溜息が揃う。会話しなくても考えてることが同じとわかった。

 

 

 

 ギルドマスターの部屋の前につくと、父が扉をノックした。普段は遠慮せず入っていくので来客がいるということだろう。

 

 これは珍しい。私はギルド職員だが、子どもなので来客中に呼び出されることは少ない。

 

「失礼します」

 

 返事があったので、父の後ろについていく。部屋に入ると綺麗な女性が居た。ミレーヌよりも美人なので、ちょっと驚く。その彼女の横には精霊が居るので、更に驚いた。

 

「こんにちは」

 

 彼女が私の顔を見て言った。勝手に答えてもいいのだろうか。チラっと父の顔を見るが、何も言わないのでいいのだろう。問題は転生しているのにも関わらず、私にはそういう知識があまりないということだ。

 

「……初めまして。冒険者ギルド・フェルト支部のサクラ・デュボアと申します。Aランクのソフィア・テーラーさんと上級精霊のクロードにお会いできるとは光栄です」

 

 大丈夫でありますようにと願って頭を下げると静粛が訪れた。

 

 これはまずい。失敗したようだ。しかし勝手に頭をあげることは出来ない。ちょっと泣きそうだ。

 

 何を失敗したのだろうか。精霊に「さん」付けや「様」付けはしない。付けても間違いではないのだが、彼らはあまり好きじゃないらしい。だからこれのせいではないはずだ。ちなみに、私は心の中では全て呼び捨てである。

 

「ガハハハ!! やっぱりやりやがった!!」

 

 人の失敗を笑うなと思うが、彼のおかげで空気が良くなった。

 

「……ギルドマスター」

「すまんすまん。サクラ、顔をあげろぉ!」

 

 父の冷えきった声を適当にあしらえるのは彼ぐらいだと思いながら、顔をあげる。すると、ソフィアと目が合った。見た感じ怒ってはなさそうでホッとする。

 

「サクラ、よく彼女の名前がわかったね」

 

 父の言葉に首をひねりながら答える。

 

「ギルドの雰囲気から見て、王都からの使者ではないと判断しました。更にこの部屋に案内され、子どもの私が同席することが許されるのは冒険者ぐらいでしょう。精霊使いの冒険者は少なく、彼女と精霊の容姿で簡単に絞ることが出来ました」

 

 いろいろ前置きをしたが、すぐにわかったのは彼女の精霊が特徴的だったからだ。確認されている中で、紳士服を着た精霊なんてクロードしかいない。

 

 でもまぁ兄を探していなければ、わからなかっただろう。もしこの世界に兄が居れば、かなり目立つようなことをしていると考えたのだ。なので、Aランクの冒険者や精霊使いのことは頭に入ってる。

 

「……そうか。本当に僕の自慢の娘だね」

 

 父に頭を撫でられた。ちょっと嬉しい。

 

「オレからも褒めてやろう」

「お断りします。首を痛めます」

 

 サッと父の後ろに隠れる。ギルドマスターの馬鹿力で頭を撫でられたくはない。

 

「うん、この子気に入った!!」

 

 気付けば、後ろから抱きしめられていた。ちょっと胸が当たってる。ということは、これはソフィアの仕業だろう。

 

 完全に存在を忘れていた。それにしても、いつの間に移動したのだ。

 

 ……これはどうすればいいのだろうか。

 

 彼女は来客なので機嫌を損ねないほうがいいだろう。だが、私は会ったばかりの人に抱きしめられるのは嫌だ。

 

「お父さん、助けて」

 

 悩んだ結果、副ギルドマスターとしてではなく、父に助けを求めることにした。

 

 

 

 

 

 

 いろいろあって、ソフィアの膝の上で大人しく過ごすことになった。なぜだ。

 

 これは諦めたとしても、目の前にギルドマスターが居るのが嫌だ。誰が好き好んで、筋肉ムキムキのハゲたオッサンを見たいのだ。そのツルツル頭の後ろに隠れるように可愛い精霊がいるのも、解せない。可愛い精霊を見ようとすれば、まぶしいのだ。

 

「いつまでいるんだ?」

「そうねぇ。1ヶ月あれば、何とかなると思うのよね」

「……1ヶ月ですか」

 

 ギルドマスターの後ろで立ってる父が渋い顔をしているが、さっぱり話が見えない。私にわかるのは、私が受付業務をしている中に彼女がこの建物に入ったことぐらいだ。ギルドでは魔法封じの魔道具があるので、魔法で姿を隠すことが出来なかったからだろう。

 

 まぁこれで納得した。父が私に受付業務を頼んだのは、彼女のためだ。

 

 文句はない。私に頼んだ時点で厄介ごとが起きているとわかっていたし、父は仕事をしただけだ。

 

 そもそも父はギルド内では笑顔で仕事を振るイメージなので、全く違和感がなかった。……私がそう思ってると父が知れば、ショックを受けそうだな。

 

「うしっ、サクラ。お前は1ヶ月の間、彼女に付き添え。街の外のことも全部頭に入ってるだろ」

「……なぜ、子どもの私が?」

 

 父が何も言わないのでもう覆すのが無理だと思いながらも反論する。

 

「お前が1番抜けても影響が出ない」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。確かに私の仕事は他の者でも出来る。多少冒険者から文句はあるだろうが、それでも絶対に私が必要かと言われると、否だ。

 

 ギルドマスターは面倒だといい、書類を父に押し付けるが、この街の防衛のほとんどを彼がしている。他にも突拍子もないことをいきなり言うが、理にかなってるのだ。

 

 私をギルド職員に採用出来たのも彼の力が大きい。確か彼の提案で同じ依頼書を作成し、私が書いたほうが申し込み率が高いと証明したのだ。……まぁ私の場合は面白いから、何が何でも採用させようと思っただけらしいが。

 

「心配しなくても、お前を守るのも条件に入ってる」

「当然です。可愛い我が子を危険に晒さないと確信しているから、許可したのです。サクラに何かあれば、誰であろうと容赦しません」

 

 私が若干遠い目をしていると、父がギルドマスターに睨みをきかせていた。それにしても仕事モードの父は出来る執事に見える。

 

「では、契約内容を確認させていただきます」

 

 ……ひいた。今まで私は父をなめていたのかもしれない。

 

 確認と言ったので当事者の私に聞かせるために父は読み上げたのだろう。それは理解できるのだが、内容がおかしい。

 

 まずギルドにではなく、指名依頼だった。そのため冒険者ギルドの給料の三倍だった。それだけではなく、本来の仕事を1ヶ月休ませることになるので別料金をもらっている。さらに1ヶ月の間にかかる私のための費用は全て彼女も持ち。もちろん私の安全を第一で、体力を考慮し野宿禁止。他にもいろいろ条件があったが、途中から聞くのをやめた。私の心の平穏のために。

 

「はぁ。サクラ、聞くフリぐらいはしなさい」

「大丈夫。副ギルドマスターの腕とお父さんの愛を全面的に信用している」

「ガハハハ、一本とられたな」

 

 ギルドマスターがバシバシと父を叩く。父が飛んでいきそうで、見ていて怖い。

 

「私はそれでいいわ。サクラちゃんは?」

「……私以外に頼んだほうが良いと思いますが」

 

 私にこれだけのお金を払うなら、ギルド職員が無理でも他の冒険者を個人的に雇えばいいだけの話だ。その方が断然安い。それに私が覚えていることは全て資料に残っている。彼女のメリットは私の家に住み込むので、晩ご飯と宿の心配がないぐらいだ。しかしそれもお金で解決できる。

 

「そうねぇ。まずあまり時間がないし、街の外のことをすぐにわかる人になると新人では無理ね。ある程度の実力がある冒険者が必要になる。その人たちを雇うならサクラちゃんの方が安いわ。それに私にはクロードがいるから、下手に実力がある者はいらないのよ。サクラちゃんなら、私が魔法で移動させたり守ってもプライドとか傷つかないでしょ」

 

 おお、魔法で移動とかちょっと楽しみだ。……ではなくて、ソフィアの言い分は納得できるものだった。

 

「一番の理由は私がサクラちゃんを気に入ったからかな」

「……特に何かした覚えがありません」

 

 これから1ヶ月も行動するのなら、私の中にある違和感を解消すべきだ。そう思って顔を覗いてみたのだが、彼女は笑っていた。

 

「今のも気に入る1つよ。……私が言ったら、決定になっちゃうの。私が声をかければ、誰も断らない。私と1ヶ月行動を共にすることを真剣に考え、他の人が良いと助言しようとするサクラちゃんは珍しいのよ?」

 

 上級精霊使いになると、やはり周りの見る目が変わってしまうのかもしれない。

 

「それにね……」

 

 途中で言葉が区切ったので、どうしたのだろうと首をひねっていれば、私に気に入られることよりも、あなたはお父さんに撫でられる方が嬉しかったんでしょ?と、彼女は私に耳打ちした。

 

 気付かれているとは思わず、私は頬に熱を感じうつむく。

 

「サクラちゃん、可愛い~~」

 

 ギュウギュウと抱きしめられ、遠い目になった。このノリについていくのは大変かもしれない。

 



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常識

 時間を確認すると、いつもより早い時間だった。ソフィアとクロードと行動を共にするのが楽しみだったようだ。一時間も早く目が覚めてしまった。

 

 遠足前の子どもみたいで、ちょっと恥ずかしい。

 

 まぁ興奮して眠れず起きれなかった時と比べると可愛いものだろう。そう思うことにして起き上がる。

 

 顔を洗って居間に向かうと、母と父が居た。ソフィアはまだ寝てるようだ。2人に朝の挨拶をして、席に座る。今日は和食のようだ。転生しても日本食を当たり前のように食べれるのが、この世界のいいところである。勇者と聖女に感謝だ。

 

「お父さん、早いね」

「シフトを組み直さいといけないからね」

 

 私はギルドの中で1番仕事が少ないが、ないというわけではない。紹介料といってソフィアから分捕っ……貰ったお金を使えば、埋めることは出来るだろう。だが、父の負担は増えているのは間違いない。

 

「サクラが気にすることじゃないよ。これがお父さんの仕事だから」

 

 私の考えていたことに気付いたのだろう。謝ろうとする前に先手を打たれた。

 

「それに働きに見合った分をちゃんとハゲから貰うからね」

 

 父がニッコリと笑って言った。まだ分捕るつもりなところを聞き逃すべきか、ギルドマスターがハゲ呼ばわりされてるところを聞き逃すべきか、悩むところだ。

 

「もう、お父さん。上司の人なんだから、ハゲさんって呼ばないとダメでしょ!」

 

 母よ、ツッコミするところはそこじゃない。

 

「ん? 付け忘れていた?」 

「そうよー。忘れてたわ」

「気付かなかったよ。注意してくれてありがとう」

 

 父よ、気付かなかったじゃなくて、わざとだろ。

 

「お父さんはちょっと抜けてるんだから、気をつけてね!」

 

 母よ、お父さんはしっかりしているから。お母さんの方が抜けてるからな。

 

「やっぱりお父さんにはお母さんが必要だね。そう思うだろ? サクラ」

「……うん」

 

 父よ、朝から惚気ないで。そして急に話を振ってこないで。

 

「もう。褒めてもクッキーぐらいしかないわよー」

 

 おお。デザートが増えた。父に視線を向ければ、笑っていた。家でしか見ることがない笑顔の方である。そして父の分のクッキーが私の前に置かれる。いいの?いいの?と視線を再び父に向ける。

 

「しっかり歯磨きをするんだよ」

「うん!」

 

 やっぱり父は最高だ。兄がいないこの世界では、私はファザコンに一直線だった。

 

 

 

 

 ウキウキと食後にクッキーを食べていたのだが、なかなかソフィアが起きてこない。昨日は夜更かしでもしたのだろうか。私の母と意気投合していて、ずっと何か話していたしな。2人から似たような雰囲気がしていたので、意気投合したことには驚かなかったが、あまりの盛り上がりっぷりでクロードと一緒に遠い目になるレベルだったのだ。遅くまで盛り上がっていても不思議ではない。

 

 しかし普通に母が起きていることを考えると、そこまで遅くまで起きていたとは思えない。契約では今日からなのにいいのだろうか。

 

「おはようございます」

「っ!」

 

 いきなり声をかけられ、肩が跳ねた。せめて姿を見せてから声をかけてほしいものだ。

 

「……クロード、おはよう」

 

 様を付けられるのが嫌いなら、丁寧に話されるのも嫌だろうと判断し、いつも通りの口調で声をかけてみた。失敗しても子どもだから許されるだろうという考えもあった。

 

 ちなみにソフィアにはもう畏まった話し方はしていない。今から1ヶ月一緒にパーティを組むので、そういうのはなしにしてと言われたのだ。

 

「主はまだ起きそうにないと伝えにきました」

「わざわざありがとう」

 

 ソフィアのところに戻るかと思えば、クロードは私の隣にちょこんと座った。言葉遣いは問題ないようだ。だが、なぜ私の隣に座るのだろう。話題に困ったので、とりあえずクッキーを1枚渡してみる。

 

「ありがとうございます」

 

 子どもの私でも指2本で掴めるほどの大きさのクッキーだが、クロードは両手でしっかりと掴まないと持てないようだ。ちょっと心配である。

 

「…………」

「…………」

 

 無言でポリポリと食べる。何を話せばいいのだろうか。こんなチャンスは一生に一度あるかわからないのに。

 

 それもそのはず、この街にいる精霊使いはギルドマスターのみ。私はギルドで働いてるので何度も見たことがあるが、この街に住んでても一生見ない人もいるだろう。それぐらい精霊使いの数が少ない。もちろん、こんな辺境の街に住もうと思う精霊使いがいないのも原因の1つでもあるだろうが。王都では学園もあるので見かけることがあるらしい。

 

 つまりギルドマスターは変わり者である。堅苦しいのが嫌いでこの街にやってきたらしい。ほぼ1人でこの街の防衛をしているので、王都に出向くのを断る口実に便利だと言っていた。子どもに本音を話しすぎだと思う。

 

 ちなみにその皺寄せは父に来ている。ただ、父曰くはギルドマスターが行くより自分が行ったほうが楽らしい。王都でも上手く相手を転がしている父の姿が目に浮かぶ。

 

 頭を横に振る。ちょっとそれは忘れよう。

 

 癒しを求めてクロードを見れば、半分ほど食べ終わっていた。その間に私は5枚ほど食べたので、クロードの小ささがよくわかる。

 

「……美味しい?」

「はい」

 

 会話が終わってしまった。無念である。

 

 ギルドマスターに会う機会がある私だが、ギルドマスターの精霊のクラリスとは交流したことがない。いつもハゲ頭の後ろに隠れているので、人見知りタイプというのもある。しかし、尤も大きな理由はクラリスは普通の精霊だからである。

 

 なんと言葉を話せるのは上級精霊だけなのだ。他にも違いがあるが、これが1番わかりやすい。

 

 そしてこの国で確認されている精霊使いの中で、上級精霊と契約しているのはたった5人しかいない。その上級精霊が今私の隣にいるのだ。クッキーを渡せただけでも褒めてほしいレベルである。

 

「……そういえば、私と話しても大丈夫なのか?」

 

 ギルドマスターの部屋でソフィアと話しているところは見たが、ソフィア以外とは話そうとしなかったし、クロードはこの家に来てから全く話さなくなった。父が何も言わないのでそういうものだと思っていたのだ。

 

「あなたは私が上級精霊と知っていましたから」

 

 ポンっと手を叩く。Aランクのソフィアもクロードは有名だが、容姿までは知られていない。知っていても名前と年齢と性別ぐらいだろう。精霊使いに縁のないこの街では、ギルド職員でなければ知りえない情報だ。

 

 つまり私の母は全く知らないので、会話を避けたのだろう。父の上司がギルドマスターなので、精霊使いならば慣れているが、クロードが上級精霊と知れば卒倒するかもしれない。この世界の常識ならありえそうで笑えない。今は母がいないので、話せるのだ。

 

 しかし、それだけならば私と話す理由にはならない。ギルドマスターも父も知っているからな。

 

「それに気に入ったのは私も一緒です」

「……は?」

 

 首をかしげているとクロードが言った。

 

 特に何かした覚えがない。もしや、クッキー効果なのだろうか。思わず手元にあるクッキーを見つめる。食べ終わったクロードにもう1枚あげようか悩む。

 

「あなたが書いた字は心地良いです」

 

 精霊にまで言われると、ちょっと照れる。意地と寂しさを紛らわすためにしたことが、こんなにも役立つとは思わなかった。

 

「おはよ~……」

 

 扉の方から声がしたので顔を向けるとボサボサ頭のソフィアが居た。クロードがソフィアの元へ飛んで行き、身だしなみを整えるようにと怒っている。クロードがソフィアのお母さんみたいだと思った。

 

 

 

 

 ソフィアの準備が終わり、いざ街の外へ!と意気込んだのだが、なぜか私達は街の防具屋に居た。

 

「どれが似合うかな~」

 

 楽しそうにローブを見ているので、声をかけるのは躊躇する。クロードはソフィアが私には見えるようにしているが、話すことは出来ない。でもまぁ一応目で訴えることにした。

 

『主、彼女はこういった依頼は初めてなので、説明が必要です』

 

 クロードの声が頭に響く。恐らくソフィアと私にしか聞こえないのだろう。

 

「ごめんごめん。今日は準備の日だよ。まず、サクラちゃんにローブを用意しようと思ってね」

 

 そう言われてやっと気付いた。私はかなり浮かれていたらしい。いくらソフィアとクロードがいても準備もなしに街の外に出るなんて自殺行為である。

 

「これなんてどう?」

 

 ソフィアの手にあったのは、フードつきのふわふわした白いローブだった。私はギルド職員なので、素材を見れば魔物の種類はわかる。これは初心者の冒険者でも狩れるウサギの魔物である。特徴としては防寒に優れ、触り心地の良い。値段も手ごろとあって人気の品だ。

 

 ただし、冒険に着ていくような服ではない。汚れやすく、防御力はないといって良いものなのだ。なぜ防具屋にあるのかというと、防具の上から羽織ったり、野宿のときに布団代わりになるというので取り扱ってるだけである。普通の服屋でも買えるものだ。

 

「汚れそうだし、黒が良い」

「そんなの可愛くない! すみませーん、これでお願いします」

 

 ……私の意見を聞く意味があったのか?

 

 まぁお金を出すのはソフィアなので別にいいと思うことにした。重要なのはローブの下に着る服だ。でもその前に、サイズが違うと伝えなければならない。ソフィアが持っていたのは大人物だ。

 

「大丈夫大丈夫」

 

 聞き流されている気がしたので、クロードに助けを求める。が、クロードも問題ないと頷いた。……クロードがそういうなら大丈夫なのだろう。

 

 その後、斜めがけカバンも一緒に購入し、家に帰った。

 

 私の防具はローブだけなのだろうか。ソフィアのお古を使うつもりなのかもしれないが、身体に合うのだろうか。魔法で移動するといっても、あまり重い防具を用意されると着るだけで筋肉痛になりそうだ。

 

 父が許可を出し、Aランクの冒険者なのでこの仕事の心配はしていなかったが、ちょっと不安になってきた。

 

 

 家に着くと、ソフィアが使っている客室に一緒に向かう。正しくは、手を引かれて連行された。

 

「クロード、やるわよ!」

 

 扉が閉まったと同時にソフィアが叫ぶと、部屋の空気が変わった気がした。よく見ると足元に魔方陣がある。

 

「結界?」

「よくわかりましたね。風で結界を作っています」

 

 クロードが普通に話し始めたので、防音対策なのかもしれない。魔方陣がずっとあるので、ちょっと興味深く足元を見ていると、ゴロゴロと音がしたので顔を向ける。ソフィアがカバンの中から魔石を取り出し、適当に机の上へ放りだした音だったらしい。

 

 ちょっと頭が痛くなってきた。ギルドで働いていても、見たことがない大きさなんだが。恐らく数百万はする。それが何個も転がっている……。

 

 嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする。

 

 上級精霊にしか出来ないある能力が頭に浮かぶ。この予想が外れてほしいと本気で思った。

 

「ふ~ふ~ふん」

 

 私のドン引きに気付かないようで、ソフィアは鼻歌を歌いながら魔石を使っていく。……ああ、数百万が。

 

「譲渡不可機能、自動サイズ調整、耐熱、物理耐性、全属性の魔法耐性、状態異常耐性……、後は何がいるかしら?」

「オート防御を忘れてどうするんですか」

「!! 危なかったわ……。そうねぇ、魔石を宝石のように組み込みたいわね」

「裾に桜柄を入れましょう。起動するたびに花びらが減っていけばわかりやすいでしょうし」

「それなら、ちゃんと後で補充できるような機能もつけないといけないわね」

「触媒が足りませんから出してください。カバンも魔法袋にするのでしょう?」

「はいはい。魔石、魔石~」

 

 私は知った。この2人は常識がない。

 

 何はともあれ、私専用のチート装備をただでゲットした。いやっほーい。

 

 

 

 ……なんて、喜べるかっ!?

 

 次の日、私は寝込んだ。胃が痛い。



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チートと特別枠。

またまたお待たせしました。
二次のプチイベント?が終わったので投稿します。


 この世界でチートという言葉を個人に使われることはまずない。人がどれだけ努力しても超えられない壁がある。それはこの世界だって変わらない。

 

 いくら身体を鍛えても、いくら才能があって魔力が多くても、精霊使いには叶わない。チートという言葉を使われるとき、必ず精霊の存在があるのだ。

 

 今回のチート装備も同じだ。上級精霊にだけ使える能力――加護の付加。

 

 手順は魔石を媒介に付加したい装備に加護を願うだけ。もちろん加護の大きさにより、必要な魔石の量も増えていく。しかし、それだけとも言える。

 

 上級精霊と契約しているなら、魔石を手に入れるのは簡単だ。魔物を倒せば、魔石は手に入ることが出来る。精霊使いだけでチートと呼ばれる存在なのだ。魔物を倒すのは彼らにとって苦労にもならない。

 

 また恐ろしいことに、上級精霊使いは魔物を倒した時に出る物――所謂ドロップアイテムを選べる。素材が要らないのならば、すべて魔石に変換することが出来るのだ。

 

 そもそもゲームのようなドロップアイテムというシステムは、はるか昔から精霊が行ってきたものだ。精霊にとって天敵の魔物は、死体でも害のある物だった。下手に人間が処理をすれば、被害は広がる。そのため人間が倒した魔物を清め、害のない物に変換していた。

 

 人間は魔物を倒せば、死体を精霊が素材や魔石に変える。その素材や魔石を使って装備を作り、人間はまた魔物を倒す。再び精霊が死体を素材や魔石に変え、まれに条件が整うと魔道具に変えることもあった。

 

 それが魔物使いが現れ、勇者が召喚されるまでのこの世界の流れだった。

 

 精霊と契約できる今、意思疎通がとれる上級精霊がいれば、ドロップアイテムを選べるのは当然なのだ。

 

 そうなると、上級精霊は重宝される。国が囲もうとするのも当然の流れと言ってもいい。この国は初代勇者の精霊が城に居たこともあり、大事に至らなかったが、他の国では恐ろしいことが起きた。

 

 上級精霊使いに無理矢理チート装備を量産させようとさせたのだ。そして、精霊使いと上級精霊使いを戦争の兵器として扱おうとした。

 

 すると、精霊が契約を切り、その国から精霊使いが居なくなった。その後、国がどうなったかは語るまでもないだろう。

 

 精霊使いの行動を強制してはいけないというのが、現在のこの世界の流れである。精霊使いが今まで悪事を働いたことがないのも関係しているだろう。王都にある学園の授業料が精霊使いなら無料というのも頷ける内容である。

 

 ちなみにだが、この国は現在城に2人の上級精霊使いが仕えている。確認されている上級精霊使いは5人だが、1人は特殊でもあるし、まだ子どもなので除外するとして、4人の内2人が城に居るのだ。これだけでこの国が優秀ということがわかるだろう。

 

 話がそれたが、私が何が言いたいかというと……私の手元にあるチート装備は、ソフィアだけでなくクロードも望んだから生まれたものだ。クロードが私のことを気に入ったと言ったのは、ウソではなかったようだ。

 

 それだけなら、光栄なことだろう。

 

 問題は、契約者以外にチート装備を与えることは滅多にないということだ。この国の王ですら、持ってるのか怪しい。

 

「……胃が痛い」

 

 チート装備は必ず譲渡不可だというのはこの世界の常識だ。他の人が着たとしても、ただのローブでしかない。戦争を回避するために契約を切った精霊達が、戦争の火種になるような過ちを犯すわけがない。そのためこのローブをめぐる争いに巻き込まれることはないだろう。

 

 しかし、何百万もする魔石を大量につぎこまれたこのローブは、価値にして一億はくだらない。私が平然のように着れるわけがなかった。

 

「はぁ」

 

 思わず溜息が出る。先程、ソフィアとクロードが「ごめんね、汚れるから白いローブは嫌って言っていたのに、汚れ防止機能を入れ忘れていたわ」と言って部屋にやってきた。

 

 もしかすると私が汚れ防止機能がなかったからショックを受けて倒れたのかと思ってるのかもしれない。再び取り出した魔石を見てツッコミする気力がなくて放置したが、誰かあの2人に常識を教えたほうがいいと思う。

 

 コンコン。

 

 ノックの音が聞こえたので、了承の返事をする。恐らく父だろう。母はノックをしないし、ソフィアとクロードは帰ったばかりだ。予想通り顔を覗かせたのは父だった。

 

「サクラ、調子はどう?」

「大丈夫。明日からはちゃんと仕事する」

 

 いつまでの寝込んでいるわけにはいかない。ソフィアとクロードはお金を払っているのだ。それに見合った動きをしなければならない。

 

 父が私の額の上に手を置いたので、ホッと息を吐く。父の手は大きいので、安心するのだ。

 

「サクラはもう少し甘えてもいいんだよ」

 

 仕事のことだろうか。父のことだから、私の体調を優先するように契約書を作ってるはずだ。それに副ギルドマスターという地位をつかって、ある程度手をまわすことも出来るのだろう。

 

「……大丈夫。それにあの装備は今の私に1番必要なものだから」

 

 ギルド職員はある程度の戦える力が必要で、最低でも自分を守れる力がいる。受付嬢のミレーヌですら、弓を使いこなせるらしい。ちなみに父は魔法の才能があるので即戦力だ。

 

 今の私はギルドの特別枠として採用されている。

 

 特別枠というのは、戦う力がないという理由で優秀な者を除外するというのはおかしな話という考えから作られたものだ。ギルドの規模によって枠数が決められ、さらにギルドマスターとギルド職員による推薦、また1年以内にギルドの利益を証明しなければならない。当然、1年以内に証明できれば二度と資格がなくなる。また余程のことがない限り、枠は増えることがないので選ぶのにも慎重になるというシステムだ。

 

 私が働いてるギルドは枠が2つしかなかったが、ギルドマスターが脳筋タイプなのもあり、この制度を使わず枠が空いていた。ギルドマスターの無茶振りから始まったので、父の推薦があれば問題ない。ギルドの利益は主に3つ。この年齢で指名依頼があるということは、優秀な人材の確保したと説明できるのが1つ目。冒険者から雇用要望があるのが2つ目。最後に魔物について記憶しているから。

 

 特に最後のは、珍しい。ギルド職員でも、日ごろから討伐対象の魔物でなければ覚えていない。しかし私は図鑑に載ってるものであれば、全て記憶している。

 

 理由は簡単で魔法を諦めた私が、次に興味を持ったのが魔物だったからだ。文字を覚えるのにもちょうど良かったのもある。また計算は日本と同じ算用数字だったので覚える必要がなく、時間が有り余っていたのもあった。父に頼み借りた本棚にあった図鑑が、ギルドで使われている物だったのもあった。

 

 こうして私は特別枠に入ることができたのだ。……経緯だけ見れば、まさしくラッキーガール。

 

 確かに運が良かったのもあるが、これだけは言いたい。覚えていても普段使わなければ忘れていくのだ。忘れないように毎日復習している。また新種の魔物が現れることもある。地道な努力でこの枠を守っているのだ。

 

 ギルド職員はそのことを理解しているが、世間は違う。ラッキーガールの異名が強すぎるのもあるのだろう。今は子どもなので許されているが、いつまでも私が特別枠にいれば、ギルドの信用までもが薄れてしまうだろう。

 

 そういった意味で、今回チート装備を手に入れることが出来たのは良かったことなのだ。

 

「焦らなくていい。ゆっくりで大丈夫だから」

 

 そのことを理解しているはずの父が、私に言い聞かせるように頭を撫でたので、不思議でしょうがなかった。



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