ランスIF 二人の英雄 (散々)
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第1章 光を求めて プロローグ

 

 一つの大陸があった。魂の集合体である存在が、自らの暇つぶしのために創造した大陸だ。その存在は三体の神と呼ばれる者たちを創り出し、大陸の管理をさせた。悲劇と混乱の鑑賞を愉悦とする主を退屈させぬよう、三体の神たちは争いが永遠に続くようバランスを考え、長い時を掛け世界を構築していった。

 

 魔王……モンスター……ドラゴン……

 

 神たちの作り出したバランスが全て上手くいっていた訳では無い。ドラゴンという種族はあまりにも優秀すぎ、大陸を統一してしまったのだ。小競り合いはあれど大きな争いの起こらない平和な世界。それは、創造主を退屈させるのには十分な世界であった。

 

 世界崩壊……駆逐されるドラゴン……そして、人類の誕生……

 

 優秀すぎたドラゴンの存在を反省して創造された人類であったが、この混乱の時代を生き抜くには余りにも脆弱な存在であった。彼らに待ち受けていたのは、長きに渡って魔王やモンスターといった強大な存在から蹂躙され続ける日々。

 

 人類誕生から約3500年……

 

 しかし、人類は滅びてはいなかった。高い繁殖力によってその数を増やし、高い知識によって武器を生み出し、他の種族に対抗する力を徐々に身につけていったのだ。

 

 奴隷からの解放……建国……

 

 魔人の奴隷とされていた暗黒の時代も存在するが、第6代魔王ガイの時代に奴隷から解放されることとなり、各地に国が建国する。ヘルマン・リーザス・ゼスの三大国だ。これに古くから存在するJAPANと多くの自由都市からなる人類圏の誕生。遂に平和を掴み取ったはずの人類を待っていたのは、その人類同士の争いであった。

 

 戦国時代……鉄兵戦争……魔人戦争……HL戦争……南部代理戦争……

 

 どれ程の血が流れ、どれ程の涙が流れたであろうか。その先に自分たちの平和があると信じた愚か者たちが、今日も自ら平和を放棄し剣を取る。魔王ガイの死と、それによる魔人同士の分裂からなる地獄が目前に迫っていることも知らずに……

 

 

 

GI1006

-大陸北西部 とある森中-

 

「はあっ……はあっ……」

 

 その男は森の中を彷徨っていた。身につけている鎧はひび割れ、既に防具としての役割は果たしていない。男の歩いてきた地面には、血が一滴、また一滴と滴り落ちている。全身に傷を負っているが、一際目立つのはその胸の傷。モンスターにやられたのであろうか。その傷の深さから鑑みるに、おそらく長くはない。

 

「15年、か……流石にもう少し長く生きたかったかな……」

 

 自らも死期を悟っているのであろう。諦めが色濃く混じった口調で男が呟くのとほぼ同時に、ガサリ、と背後で物音がした。これ程接近されるまで気がつけないほど、男は消耗しきっていた。

 

「さて……最後くらいは楽に殺して欲しいものだがな……」

 

 自分を殺すであろう相手を確認するため、男は振り返る。本来、男はここで死ぬ運命にあった。多くの平行世界において、GI1006年以降までこの男が生き延びた事はない。そのはずであった。

 

「人間……? なぜこのような場所に……?」

 

 そこに立っていたのは美しき女性であった。しかし、彼女は人間ではない。彼女の正体は、魔人。人類を蹂躙する存在が、その男の目の前に立っていたのだ。

 

 これが、始まり……

 

 それは創造神の悪戯か。本来ここで死ぬべき運命であった人間が、仇敵とも呼べる魔人との邂逅により、その命を生き長らえさせる事となる。それは即ち、これより後に起こる人類と魔人の戦争に、この男が関わってくる事を意味する。多くの平行世界の中でも初めての事柄である異変。それにより生み出される波紋は、人類を救済に導くのか、はたまた破滅へと導くのか、それはまだ誰も知る由がない……

 

-そして10年の時が流れる-

 

 

 破壊と混乱の時代……

 

 時代は英雄をもとめていた……

 

 時代がもとめる資質を備えた人物は二人……

 

 だが……

 

 その英雄たる資質を備えた人物の一人は……

 

 とっても自分勝手で

 

 とってもスケベで

 

 とっても乱暴で

 

 とても正義とは思えない男だった。

 

 そして、もう一人は……

 

 これは、二人の英雄の物語である。

 

 



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第1話 出会い

 

LP0001 7月

-自由都市 アイスの町-

 

「今回はこの仕事を引き受けて貰いたい」

 

 ここは大陸の南東部に位置する自由都市、アイス。都会と田舎町の中間ともいえる、比較的平和な町である。そんな町の一角にある、とあるギルドビルの一室。その部屋では今、二人の男が仕事の話をしていた。話を切り出した男の歳は40才後半から50才というところだろうか、成金のような服を身につけ、髪の毛は生えていない。この男の名前はキース・ゴールド。このギルドのマスターである。葉巻に火をつけ、煙を吐き出しながら言葉を続ける。

 

「そろそろ、お前も結婚したらどうだ? なんなら俺がいい女を紹介してやってもいいぜ」

「ふん、くだらないことを言ってないでさっさと仕事の話をしろ」

 

 それに答えたもう一人の男。薄手のプレイトメイルとマントを身に纏い、ふてぶてしい態度で腕組みをしている。彼の名はランス。キースギルドに所属する戦士にして、英雄たる資質を備えた人物の一人だ。しかし、彼の行動理念は『全ては俺様のために』というものであり、美女がいれば無理矢理にでもHし、邪魔する奴は皆殺しという、とても英雄とは呼べぬものであった。だが、その実力は本物であり、いつしか彼は鬼畜戦士という通り名で呼ばれるようになっていた。

 

「せっかちな野郎だな。まあいい、この写真を見てくれ」

 

 そう言い、キースが白い封筒から写真を取りだし、ランスの目の前に置く。ふん、と一度鼻を鳴らし、ランスは写真を手に取る。そこには白いドレスを着た赤い髪の美しい娘と、青いドレスを着た黒い髪の娘が写っていた。

 

「ほー、なかなか可愛い娘たちじゃないか。がはは、グッドだ!」

「別にお前の好みなんざ聞いちゃいない。この娘たちを見つけ出して保護して貰いたいんだ」

「なんだ、人捜しか。で、彼女たちは何者なんだ?」

「名家の娘だ。こっちの赤い髪がブラン家の次女、ヒカリ。それで、こっちがファン家の長女でグァン。ブラン家とファン家の名前を聞いた事くらいは……?」

「知らん」

「だろうな」

 

 ランスがさも当然であるかのように答えるのを聞いて、キースが苦笑する。ブラン家とファン家、どちらもこの辺りでは有名な名家である。この二人は、そこのお嬢様であった。

 

「ヒカリの方は、三週間前にパリス学園で行方不明になったそうだ」

「パリス学園?」

「リーザスにあるお嬢様学校だ。警備は厳重らしいんだが、どういう事か忽然と消えちまったらしい。グァンは彼女のルームメイトで、ヒカリを自分で見つけ出すと息巻いていたそうだが、こちらも一週間前から行方不明だ。どちらも身代金の要求はない」

「ふむ、営利誘拐では無いのか」

「多分な。誘拐の真意はまるで判らん。その調査も含めての依頼だな」

 

 キースが葉巻を灰皿に押しつけながらそう答える。それを聞いたランスは手に持っていた写真を机の上に置き、細かい事など関係無いとばかりに言葉を続ける。

 

「まあ、とにかく助け出せばいいだけだろ? 報酬は?」

 

 そのランスの問いに、キースがニヤリと笑う。まるで、その質問を待っていましたと言わんばかりの表情だ。

 

「聞いて驚け! 一人救出で20000GOLD、二人で40000GOLDだ!」

「なんだと、破格値じゃないか! どうしたんだ?」

 

 ランスが驚くのも無理はない。普通、この程度の依頼なら一人発見で1000~2000GOLDが相場になる。だが、キースの口からは、その十倍もの報酬が提示されたのだ。俄然やる気も湧いてくる。

 

「まあ、それだけ大事な娘たちなんだろう。金持ちからのありがたい提示金額って事だ」

「がはははは! 俺様にまかせておけ、すぐに解決してやる」

 

 思わぬ美味しい仕事にランスは高笑いをし、資料諸々が入った白い封筒を奪い取るように手にとって、そのまま部屋の入り口へと歩いていく。

 

「じゃあな! がはは、40000GOLDゲットだ!」

「それと、グァンの方は……っと、行っちまったか」

「あら? もう帰ってしまったんですか?」

「話の途中だったんだがな……」

 

 ランスと入れ替わるように、秘書の女性がお茶を持って部屋に入ってくる。ランスが既にいなくなっている事に驚いているのを見ると、ランスは来たばかりだったようだ。ポリポリとハゲ頭を掻きながら、キースが頬杖をつく。

 

「まあ、持って行った資料を読めばすぐに気がつくだろ」

「もう、ランスさんには適当なんだから……はい、お茶です」

 

 秘書に苦言を呈されながら、キースは運ばれたお茶に手を伸ばし一口啜る。一度ため息をつき、ランスに渡したのと同じ資料を手に取りながら独りごちる。

 

「なんだかきな臭ぇ案件だが、ランスなら大丈夫だろ。腕は確かだしな」

 

 

 

-アイスの町 ランス宅-

 

 キースギルドを後にしたランスは、自身の貸家へと戻っていた。そこで受け取った資料に目を通し、情報を整理する。普段であればこんなに真面目に仕事に取りかかるようなランスではないが、何せ報酬が報酬だ。その上美女のおまけ付き。

 

「大金が入る上に、俺様が格好良く助け出せば……きゃー、素敵、抱いてください! なんて展開が待っているに違いない。うむ、きっと待っている」

 

 真剣な表情だが、考えているのはそんな事柄であった。これだけでも、このランスがどういう人物であるかが窺い知れようというもの。するとその時、部屋の奥から一人の女性が現れる。

 

「ランス様、お茶が入りました」

「うむ」

 

 お茶を持って現れたこの娘は、シィル・プラインという。特徴的なピンクのもこもこ髪で、露出の高い白い装束を身につけている。今から三ヶ月程前、とある奴隷商人からランスが15000GOLDで買い取った魔法使いだ。彼女には特殊な魔法が掛けられており、ランスの命令には絶対服従である。持ってきたお茶を机の上に置き、珍しく真剣な表情で仕事をしているランスに心配そうに話しかける。

 

「あの……次のお仕事、決まったのですか?」

「ああ、人捜しをする事になった。ま、この俺様に掛かればちょちょいのちょいで済むような簡単な仕事だ」

「そうですか。頑張りましょう、ランス様」

 

 シィルの問いにランスは簡潔に答え、資料の続きを読み進める。いつになく真剣なランスを邪魔しては悪いと思ったのか、シィルは静かにその場を離れ、部屋から退出しようとする。だが、シィルが扉にそっと手をかけた瞬間、ランスの大声が部屋に響き渡った。

 

「なにぃ!? グァンちゃんの目撃情報があるじゃないか!!」

「きゃっ……」

 

 急な怒声に思わず驚きの声を上げてしまったシィル。恐る恐るランスを振り返って見ると、今にも資料を破り捨ててしまいそうな程に怒りを露わにしているランスがそこにいた。

 

「グァンちゃんによく似た娘が、ジオの町近辺に出没する盗賊団と一緒にいたという目撃情報あり……キースの野郎、こんな大事な事を言い忘れやがって!」

「お、落ち着いてくださいランス様」

「これじゃあ先を越されるじゃないか! 俺様の金と女が……」

 

 伝え忘れたと言うよりも、伝える前にランスがさっさと切り上げてしまったというのが真実なのだが、その失態を棚に上げて憤慨するランス。しかし、ランスがここまで怒るのにも訳がある。一つは、現在ランス家の貯蓄は底をついており、是が非でもこの報酬は手に入れなければならないという事。そしてもう一つは、キースギルドの方針である。

 

「優秀な方が受けていたら、もう救出されているかもしれませんね……」

「俺様以上に優秀な奴などあのギルドにはいないが、それでもこれだけ情報があったら三流冒険者でも見つけられる……」

 

 そう、何もこの依頼はランスだけが受けたものではない。キースギルドの方針は、希望者が多ければ早い者勝ち、というもの。つまり、今この瞬間にも、20000GOLDと美女がどこの馬の骨とも判らない冒険者に横取りされている可能性があるのだ。

 

「急いで準備をしろ、シィル! すぐに出発するぞ!」

「はい、ランス様」

 

 こうして、ランスとシィルは慌ててアイスの町を旅立つ事となった。シィルが装備品やアイテムなどの準備をしている間に、ランスはキースギルドに乗り込んで文句を並び立て、無理矢理うしバス代を出させる事に成功した。というより、キースが五月蠅いから金で追い払ったというのが正解だが、何はともあれ二人は目撃情報のあるジオの町へと向かう。

 

「キースさんが仰っていましたが、まだこの依頼を受けた冒険者の方は少ないみたいですね」

「がはははは! 40000GOLDと美女二人の身体はどっちも俺様のものだ!」

 

 他にも客が乗っているというのにも関わらず、うしバス内で盛大に笑い声を上げるランス。シィルは申し訳無さそうにしているが、冒険者風の男に文句をつける勇気のある者はおらず、誰もが見て見ぬ振りをしていた。

 

「もうすぐジオの町です。到着したら、まずは盗賊団の情報を集めましょう」

「うむ、田舎町の盗賊など、実力もたかが知れているというものだ……ん?」

「ランス様、どうかしましたか?」

 

 ランスが急に黙ったのを不思議に思い、シィルが問いかける。そのランスの視線の先、バスの外を流れる風景の中に、五人の男たちが森の中に消えていくのが見える。その風貌は、明らかに荒くれ者のそれだ。ジオの町近辺にいる荒くれ者集団、となれば正体は限られてくるというものだ。

 

「流石俺様、ついているぞ。カモがあっちから姿を現しやがった」

 

 ランスがニヤリと笑い、立ち上がってバスの運転手ハニーにスタスタと近づいていく。

 

「おい、ここでいい。降ろせ」

「へ? ここは停留所では……」

 

 運転手ハニーがそう言いかけた瞬間、ランスが剣を抜いてその切っ先をハニーに向ける。

 

「死ぬか、止まるか、決めさせてやる」

「ひぇぇぇぇ……」

「すいません、すいません……」

 

 運転手を脅し、無理矢理バスを止めさせて途中下車をするランスとシィル。目指すは、荒くれ者たちが姿を消した森の奥。

 

 

 

-自由都市 ジオの町近辺の洞窟 盗賊のアジト-

 

「へっへっへ、今日も楽しませて貰おうかな」

 

 洞窟内に下卑た声が響く。ここは件の盗賊団のアジトだ。薄暗い洞窟の最深部、ちょっとした空間を無理に部屋風に改造したといった様相の小部屋だ。そこにいた人間は三人。いかにもという風貌の盗賊が二人と、黒い髪が特徴的な美しい娘。その躰には、さんざん汚されぬいたと思われる跡がある。ランスの捜している少女の一人、グァンその人であった。

 

「もう……家に帰してください……」

「まーだそんなこと言ってんのか? お前はもう一生俺たちの奴隷なんだよ!」

「げひゃひゃ。仲間が戻ってきたら、またたっぷりと喘いで貰うぜ」

 

 流石にたった二人で盗賊団を名乗っている訳では無い。彼らの他に後五人ほど盗賊団のメンバーがいる。その五人は丁度外に出ており、もうそろそろ帰ってくるはずであった。散々楽しんだグァンの躰をなめ回すように見ているやせ細った盗賊に向かって、もう一人の小太りの盗賊がボソリと呟く。

 

「でも、大丈夫かね……お頭に黙って、勝手に女を連れて盗賊団から抜け出して……」

「まだ心配してんのか? お前だって、いつもいつもお頭のおこぼれにあずかるのは不満だっただろ? ここはジオ、あっちはリーザス城。見つかりゃしねーよ!」

 

 そう、彼らは元々別の盗賊団の一員であったが、リーダーのやり方に反発して抜け出してきたばかりだったのだ。それ故、アジトは即興で作ったと思われるお粗末な代物、人数も七人という小規模盗賊団だったのだ。やせ細った盗賊は自信満々に答えているが、ジオとリーザスの距離は案外近いため、十分見つかる危険性はある。実に短絡的な思考だったが、もう一人の盗賊もそれにあっさりと納得する。

 

「そうだな……他にも賛同してついてきてくれた奴らもいるし、何も恐れることはねーな!」

「その通りだ! こっから俺らの新しいサクセスストーリーが始まるんだ! 新・かぎりない明日戦闘団、誕生の瞬間だぜ! 因みに、俺が団長な!」

「じゃあ俺は副団長か? 文句はないぜ」

「「ぎゃはははははは」」

 

 目の前で馬鹿笑いをする盗賊二人を虚ろな目で見るグァン。彼女の脳裏に浮かぶのは、一生このまま盗賊たちに良いように嬲られる自分の姿。これまで何度も頭に浮かび、その度に考えないようにしてきたことをまた思い浮かべてしまう。絶望感が彼女の胸の内を占める中、やせ細った盗賊がゆっくりと自分に近づいてくる。

 

「じゃあ、新しい盗賊団の誕生を祝して本日の一発目をヤるとするか。別に初めてって訳じゃないんだし、あいつらを待つ必要もないだろ」

「ひっ……やだ……誰か……誰か助けて……」

「何回言やぁ気が済むんだ? 誰も助けになんか来ねーよ!」

 

 助けなど来ない。そう断言され、グァンの視界がぐるんぐるんと回ったような感覚に陥る。誰でも良い。この状況から助けて貰えるならば、彼らと同じくらいの鬼畜でも構わない。神に縋るようにそう願った瞬間、いるはずのない四人目の声が洞窟内に響き渡る。

 

「いや、助けは来るぞ。だいぶ遅れてしまったがな」

 

 聞き覚えの無い声に盗賊はすぐさま振り返る。瞬間、副団長だった小太りの盗賊の首が宙を舞った。団長と名乗ったやせ細った盗賊も、グァンも、状況が飲み込めずただただ呆然とする。だが、盗賊はすぐさま正気を取り戻し、短剣を腰から抜いて身構える。

 

「てめぇ、何者だ!? ぶち殺されてーのか!」

 

 目の前に立つ謎の男に声を荒げる盗賊。だが、その男はゆっくりと剣を構え直し、盗賊の顔を見ながら平然と口を開く。

 

「名乗る必要があるのか? 今から死ぬ奴に……」

「ぬかせぇ!!」

 

 

 

-盗賊のアジト入り口-

 

「ふんっ、手間取らせやがって。ここがアジトで間違いなさそうだな」

 

 洞窟の前にはランスとシィル、そして先ほどまで盗賊だった肉塊が五つ。ランスたちが後をつけていた荒くれは、予想通り盗賊団の一員であった。彼らにアジトの前まで誘導して貰い、到着したと同時に後ろから不意打ちを仕掛けたのだ。当然一度に五人は殺せなかったため、反撃してくる盗賊もいたが、この程度の相手に苦戦するランスではない。あっという間に盗賊たちを皆殺しにし、目の前の洞窟に視線を向ける。

 

「さーて、グァンちゃんを俺様が格好良く助けて、一発ヤらせて貰おう……ぐふふ……」

「待ってくださいランス様、洞窟の中から誰か出てきます!」

「んっ? ……なんだとぉぉぉ!?」

 

 洞窟から出てきた人影を見てランスがショックを受ける。現れたのは、二人の男女。薄手の鎧とロングソードを装備した、どこからどう見ても冒険者である黒髪の男。身長はランスよりもいくらか高く、年は若くも見えるが、落ち着いた雰囲気から年上であるのは間違いなさそうだ。何よりもランスを苛つかせたのは、男の容姿が整っていた事だ。

 

「あれは、グァンさん……」

「ま、間に合わなかった……」

 

 その男が両腕で抱えているのは、ランスが捜していた内の一人であるグァン。写真と全く同じ顔をしているので、間違いない。助かって安心したのか、グァンは気を失っていた。へなへなと肩を落とすランスを見て、目の前の男が口を開いた。

 

「ん? おたくらは……なるほど、俺と同じように依頼を受けた冒険者、で間違いはないかな?」

「あ、はい、そうです。私はシィルといいます。こちらはランス様で、私のご主人様になります」

 

 グァンを抱えていた男はシィルの説明を受け、きょろきょろと周りに散らばっている盗賊たちの死体を見てから言葉を続ける。

 

「中の盗賊を殺す直前に、仲間が帰ってくるとか言っていたから警戒していたが、あんたらが片付けてくれたのか。礼を言う」

「いえ。それよりも、中の盗賊はもう全て……?」

「二人しかいなかったからな。思ったよりも小規模な盗賊団だったみたいだ」

 

 グァンを抱えた男はランスとシィルに向かって話しかけるが、反応するのはシィルだけであり、ランスは何かを考え込んで返事をしない。シィルと会話を続けながら、男は訝しげにランスを見ていたが、考えが纏まった様子のランスが突如顔を上げて喋り出した。

 

「よし、殺そう。そうすれば金も美女も俺様のものだ。我ながらグッドアイデアだな、がはははは!」

「いきなりとんでもないことを言うな、あんたの主人は……」

 

 男からのまともな第一声が処刑宣告とあっては、その男もただただ呆然とするしかない。とりあえず話の通じるシィルに話しかけた男だったが、その行動が気にくわなかったのか、ランスが男を不機嫌そうに睨み付ける。

 

「むっ、何を勝手に馴れ馴れしく人の奴隷に話しかけているんだ貴様」

「ランス様、一応自己紹介は済ませました」

「なにぃ!? 勝手なことをするな、シィル! ええい、こうしてやる!!」

「ひんひん……痛いです、ランス様……」

 

 両拳でシィルの頭をぐりぐりとし始めるランス。余りにも理不尽な光景に男は呆れながらも、一応助け船も兼ねてランスに向かって話しかける。

 

「お前らもキースギルド所属の冒険者だろう? 一応、殆どの盗賊を片付けてくれた礼に、報酬を分けてやってもいいと思ってはいるんだが……」

「なに? なんだ、それを早く言え!」

 

 パッとシィルの頭から拳を離すランス。一度ため息をつきながらも、その男は言葉を続けた。

 

「助けたのは俺だが、盗賊を倒した数はそちらの方が多いからな。元々破格の依頼料だから分けても痛くないし、協力料ってところだな」

「がはは。中々に下僕として見所のある奴じゃないか。分けると言わず、全部寄越してしまってもいいんだぞ?」

 

 上機嫌に傍若無人な発言をするランスを見て、男は思わず吹き出してしまう。我が儘もここまで突き抜けてしまっていては、最早笑うしかないといったところか。

 

「ふふっ、おもしろい男だな。キースギルドにお前みたいな奴がいたとは知らなかった」

「で、貴様の名前はなんというのだ? 男の名前など覚える気はないが、こっちだけ名乗っているのは気に食わん」

「ああ、名乗りが遅れたな。こいつはすまなかった」

 

 それは、本来ならあり得ぬ出会い。世界の理から外れた力を持つ男たちの邂逅。英雄とはとても呼べない自分勝手な英雄候補と、多くの平行世界では何かを成す前に死ぬ運命にあった英雄候補。

 

「俺の名は、ルーク・グラント。キースギルド所属の冒険者だ」

 

 この何気ない出会いが、人類同士、果ては魔人との争いに終止符を打つ始まりであったことを、このときはまだ誰も知る由もなかった。

 

 




[人物]
ルーク・グラント (オリ主)
LV 45/200
技能 剣戦闘LV2 対結界LV2 冒険LV1
 キースギルド所属の冒険者。歳は25才でランスの7つ上。本作の主人公の一人で、英雄候補。GI1006年に行方不明となり、生存は絶望視されていたが、10年後のGI1015年に突如キースギルドに戻ってきてキースを驚かせた。その間の動向は謎に包まれている。

ランス
LV 10/∞
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV1 冒険LV1
 キースギルド所属の冒険者。本編の主人公にして、本作の主人公の一人。英雄候補。鬼畜冒険者とその界隈では有名だが、実力は一流。本人も知らない事だが、強さの上限とも呼べる才能限界が存在せず、鍛えればどこまででも強くなれる。

シィル・プライン
LV 13/35
技能 魔法LV1 神魔法LV1
 ランスの奴隷である魔法使い。絶対服従の魔法が掛けられており、ランスの命令に逆らう事は出来ないが、本人はそれ程嫌がっていないようにも見える。

キース・ゴールド
 アイスの町にあるキースギルドの主。ごつい見た目と違い、その経営手腕は本物。所属する冒険者の面倒見も案外良く、傍若無人なランスにも定期的に仕事を回してくれる。ランスとルークの過去を知っている数少ない人物。

グァン・ファン・ユーリィ (半オリ)
 ヒカリのルームメイトである女生徒。原作では名無しの少女で、誘拐事件にも巻き込まれない。名前はアリスソフト作品の「零式」より。

[技能]
対結界 (オリ技能)
 結界を無効化する能力。LV1で魔法結界などの人類が生み出した結界を、LV2で魔人が保有する無敵結界をも無効化し、直接ダメージを与えることが可能になる。魔剣カオスや聖刀日光と違い、効果は本人のみにしか適用されず、周りの人間がダメージを与えられるようにはならない。ランスの才能限界同様世界のバグであり、ルークのみが保有する技能である。

○○戦闘/○○防御
 その武器を上手く扱って戦うことが出来る才能。

魔法
 攻撃魔法や補助魔法といった魔法を使う才能。人によって覚えられる魔法や得意とする魔法は違う。

神魔法
 回復魔法や浄化魔法といった魔法を使う才能。

冒険
 冒険時の様々な状況において、適切な判断で窮地を切り抜ける才能。一流と呼ばれる冒険者はこの技能を保有している事が多い。


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第2話 後に語られる出来事

 

-ジオの町 酒場-

 

 ジオの町の外れにある小さな酒場。見た目はボロイがそれなりに繁盛しているようで、店内は多くの客で賑わっていた。その客の殆どは冒険者と思われる者たちである。冒険の成果を喜び合う者、静かに飲む者、酔いが回って口論を始める者、酒場の光景としてはよくあるだろう。そんな喧騒溢れる酒場の奥、少し大きめのテーブルで向かい合って食事をしている三人の冒険者がいる。ランス、シィル、そしてルークの三人だ。

 

「奢って貰うのは良いが、分け前はまた別だぞ。判っているな?」

「安心しろ、ちゃんと判っている。人の好意は素直に受け取っておけ」

 

 水割りを片手にランスがルークに念を押し、ルークはため息をつきながらそれに答える。ここでの払いは全額ルーク持ちという約束であった。先の礼も兼ねてというのが一つ、一応ギルドの先輩だからというのがもう一つの理由だ。

 

「しかし、酒はまあまあだが料理が不味いな。こんなに不味いへんでろぱなど俺様は認めん」

「酒場の料理なんてこんなもんだろ。ほら、シィルちゃんも遠慮せずに食べな」

「すいません、いただきます」

 

 奢りでありながら文句ばかり口にするランスと、そのランスの態度を申し訳無さそうにしているシィル。何となく二人の人となりが見えてきたルークはウォッカを一口飲み、シィルにも食事を取るよう勧める。

 

「で、仕事の話に戻ろうか。グァンちゃんから聞いた話だと、ヒカリちゃんを攫ったのは女忍者だったらしい。深夜に部屋でシャワーを浴びていたところを襲われた、とのことだ」

「女忍者ねぇ……そんなもんがまだいたのか?」

「まあ、大陸にいるのは珍しいな。JAPANには、まだ多く存在するようだが」

 

 救出したグァンは酒場の近くにある宿で寝かせている。宿に運んだあたりで一度目を覚まし、誘拐時の状況をルークに話してくれたのだ。その後は疲労からか、すぐにまた眠り込んでしまった。グァンから聞けたのは、深夜に忍者が部屋に押し入ってヒカリを攫った事、目の前でルームメイトが攫われようとしているのに恐怖から一歩も動けなかった事、その事を後悔して独自に調査を進めていた事、その最中に運悪く盗賊に捕まってしまった事、といった辺りの情報であった。

 

「ヒカリちゃんとグァンちゃんの誘拐は全くの無関係だな。一人救出出来たのはめでたいが、ヒカリちゃんの件は情報を別途集める必要がある」

「忍者が犯人なんて情報、たいした手がかりにもならんぞ、まったく……」

「とりあえず、俺はグァンちゃんをリーザスに送り届ける。その後はリーザスで情報収集をするつもりだ。そっちはどうするんだ?」

「ふむ……シィル、お前はパリス学園に入学して情報を集めろ」

「えっ、学校に行かせてもらえるのですか?」

「ふっ……」

 

 急に話を振られたシィルは、まるで的外れな返事をする。学校に通いたかったのだろうか、パッと嬉しそうな表情に変わったのを見て、ルークは静かに笑う。ランスと比べてしっかりしているという印象を持っていたが、彼女は彼女でそれなりに天然なのかもしれない。

 

「馬鹿、情報を集めるための潜入に決まっているだろうが。ヒカリちゃんと親しかった友人を中心に調べろ」

「あっ、そういう事ですね。判りました」

「がはははは、グァンちゃんの分の20000GOLDは山分けになってしまったが、もう20000GOLDは必ず俺様が全額貰うぞ!」

「分け前をやるとは言ったが、半分もやると言った記憶はないんだがな……」

「すいません……」

 

 いつの間にかランスの中ではグァン救出の報酬は半分貰える事が決定事項となっていた。ルークはその態度に、もう何度目になるかも覚えていないため息をついた。シィルが申し訳無さそうに頭を下げてくるのに軽く左手を上げて返事をし、そのまま上機嫌のランスへと話しかける。

 

「そこで、一つ提案がある。この事件、お互いに協力し合わないか?」

「は? いきなり何を言い出すんだ? 俺様は男と協力し合う気はないぞ」

「いや、こちらとしては早く救出して親御さんを安心させてあげたくてな。先の盗賊たちを倒した手腕を見るに、二人の実力は相当なものと見受けられる」

「当然だ。俺様は世界最強、空前絶後の超英雄だからな」

「私はそんな……」

 

 キッパリと協力の申し出を断ったランスだったが、その後に続いたルークの言葉に気を良くする。その様子を見たルークはもう一押しかと心の中で思いつつ、もう一つの情報を切り出す。

 

「それに、そちらは知らないだろうが、この案件の報酬を手に入れたいのならば急ぐ必要があるぞ」

「えっ、どういうことですか?」

「ええぃ、勿体振らずにさっさと急がなきゃいけない理由を話せ!」

 

 意味深なルークの発言に、協力する気など全くなかったランスが食いつく。飲み干したグラスを机に強く置き、声を荒げてくる。

 

「俺が仕事を受けた際にギルド仲間から聞いた話だが、ラークとノアもこの案件に興味を持っているらしい。今はモンスター退治の仕事を受けている最中なんで手が回らないらしいが、その仕事が片付いたら間違いなく参戦してくるぞ」

「げっ、あいつらか……ノアさんは可愛いから許すが、ラークの奴は三流冒険者の分際で調子に乗りやがって……」

 

 ランスが嫌な顔をするのも無理はない。キースギルド所属の冒険者コンビ、ラーク&ノア。今までにいくつもの困難な事件を解決してきた強者であり、美男美女コンビとしても有名だ。キースギルドに所属する冒険者の中では間違いなくエース格であり、キースからの信頼も厚いため優先的に仕事を回して貰えるというおまけ付き。彼らがこの案件を引き受けたら、20000GOLDとヒカリちゃんゲットというランスの計画に暗雲が立ち込めようというもの。

 

「むむむむむ……」

「ラーク&ノアを待ってもいいんだが、さっきも言ったようにすぐにでも助け出してあげたいんでな。報酬は5:5。お互いに悪くない提案だと思うが?」

 

 普段のランスであれば、こんな提案は即座に断っていただろう。どこの馬の骨とも知れない男と組まなくても、ラーク&ノアが参戦してきたとしても、俺様が一番に解決するに決まっていると言い放っているのが普段のランスである。だが、今は少し状況が違う。

 

「(絶対に金が欲しい……)」

 

 そう、今のランスは本格的に金がなかった。先のグァン救出の報酬を無理矢理折半に持ち込んだが、10000GOLDでは借金を返すだけで殆ど消えてしまう。しばらく遊んで暮らすには、やはり最低でも20000GOLDは欲しい。ひとしきり悩み抜いた後、ランスは苦虫を噛みつぶしたような顔で口を開く。

 

「ぐぬぬぬ……そうだな、今回だけは協力してやらんこともない。ただし、報酬は7:3だ! こっちは二人だからな」

「了解だ、こちらはそれで問題ない。誘拐事件の報酬としては6000GOLDでも破格だからな」

 

 ランスの条件をルークが呑み、これにて二人は一時的に協力関係となった。ウェイトレスが追加で頼んだ飲み物を運んでくるのを横目に、ルークはランスとシィルの二人の顔を再度見ながら口を開く。

 

「これからしばらくは協力関係だな。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「ふん、男と仲良くする気などないわ」

 

 シィルは素直に返事をするが、ランスはウェイトレスが追加で持ってきた水割りを飲んで悪態をつく。流石にその態度にも慣れてきたため、ルークは苦笑しながらシィルと挨拶をし合う。こうして、奇妙な協力関係が完成した訳だが、シィルは今のやりとりに少しだけ違和感を覚えていた。

 

「(いくら時間もお金もないからって、ランス様が男性と組んで仕事をするなんて……)」

 

 それは、ランス自身も気が付いてない事。ランスがルークと組んだのには、先の理由以外にもう一つ理由が存在していた。ランスは、ルークの雰囲気にどこか懐かしさを感じていたのだ。同じギルドに所属していながら、ランスとルークが顔を合わせるのはこれが初めて。そんな印象など持つはずがないのに、以前に感じたことのあるような懐かしさ。その感覚が、無意識にルークの提案を受ける引き金となっていたのだ。この感覚の理由をランスとルークが知るのは、これよりかなり先の事になる。

 

 

 

一週間後

-リーザス城下町 パリス学園-

 

「シィルさん。次の授業は離れ教室だから、早めに移動しましょう」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 シィルは途中入学の審査に楽々合格し、パリス学園への潜入に成功していた。シィルはまだ若いため、白い学生服が良く似合っている。持ち前の人柄もあり、お嬢様学校のパリス学園にシィルはあっという間に馴染んでいた。ルークはグァンを家族の下に送り届け、リーザス城下町で情報収集を続けている。ランスはまだリーザスへやってきていない。万が一にも協力関係であるというのがばれないようにするため、時期をずらしてリーザスに入る事にしたのだ。二人から遅れること一週間、ランスも今日ようやくリーザスへと到着する手筈になっている。

 

「シィル……シィル……」

「っ……!? すいません、ちょっと気分が悪いので保健室に行ってきます」

「大丈夫? ついていきましょうか?」

「大丈夫です。気分が良くなったら教室に向かいますので、先生にはそう伝えておいてください」

 

 脳内に流れてくるランスの声。その声を聞くと同時に、シィルは学友からそそくさと離れていく。向かう先は保健室ではない。声が聞こえてくる方向、パリス学園の裏口だ。教師に見つからないよう廊下を小走りで駆け、裏口へとやってきたシィルは茂みの中にランスの姿を見つける。

 

「お待たせしました、ランス様!」

「遅いぞ、馬鹿。それで、何か判ったのか?」

 

 ランスがパリス学園を訪れたのは、当初からの手筈通り。潜入調査をしているシィルから、これまでに集めた情報を聞き出すためだ。シィルがランスの声に反応できたのは、初級魔法であるリーダーのお陰である。本来は相手の考えている事を読み取る魔法だが、応用すればこのような使い方も出来る。呼ばれてからまだ三分も経っていないが、ランスにとっては遅すぎたようだ。シィルが申し訳無さそうに頭を下げ、次いでこれまでの調査結果を報告する。

 

「ヒカリさんですが、学園長のミンミン先生から特別生徒にされていた優秀な方だったようです。あ、特別生徒というのは、学園費が免除になったり、卒業後の就職先を優遇して貰えたり……」

「そんなどうでも良い情報はいらん。で、他には?」

「それがさっぱり……」

「使えん! えぇい、こうしてやる!!」

「ひんひん……痛いです、ランス様……」

 

 シィルのもこもこ髪を両手でぐりぐりと挟み、お仕置きをするランス。理不尽なお仕置きだが、シィルは文句一つ言わずにそのお仕置きを受ける。健気な娘である。

 

「うぅ……あ、私もミンミン先生から特別生徒にしてもらったんですよ」

「だから、そんな下らん情報はいらんと言っているだろうが!」

「あーん、ごめんなさい!」

 

 更に両拳に力をこめるランス。ひとしきりお仕置きをした後、シィルを解放してやる。途中で下手に口を挟んでしまったがために、いつもよりも長くお仕置きを受け、シィルはそのもこもこ髪を擦っている。ふん、と鼻を鳴らしたランスだったが、シィルが白い学生服を着ているのに気が付く。

 

「(ふむ……露出は少ないが、これはこれで……)」

「あ、ランス様、この服中々似合っていると思いません?」

「馬鹿者。似合ってなぞいないし、落第点だ」

「あぅ……すみません……」

「まあ、寛大な俺様だから許してやろう。とりあえず、そこの茂みで一発ヤるぞ」

「へ? これから授業が……」

「俺様直々の性授業だ! 下らん授業よりもよっぽどためになるぞ、がはは!」

 

 素直に褒めてはあげないランスだったが、シィルの珍しい制服姿にムラムラとしたため、有無を言わさず茂みに連れ込む。小一時間ほど茂みの中で情事に耽り、一発どころか四発もシィルの中で出した後、上機嫌で茂みから出てくる。

 

「がはは、グッドだ!」

「ひどいです、ランス様……」

「しっかり調査しておけよ」

 

 一発抜いてすっきりしたのか、ランスはパリス学園を後にする。それを見送ったシィルは、とにかく次の授業が始まる前に汚れてしまった制服をなんとかしなければと奔走する。手洗い場に誰もいないのを見計らって大急ぎで水洗いした後、プチ炎の矢で乾かしてなんとか事なきを得たのだが、息を切らせていたため学友からまだ保健室で寝ていては、と心配される羽目になってしまった。

 

 

 

-リーザス城下町 中央公園-

 

 リーザス城下町の中央に位置する小さな公園。ここでランスはルークと落ち合う約束になっていたのだが、どうもルークの姿が見当たらない。見通しの良い公園であるため、それ程歩き回らずともルークがいない事はすぐに判る。

 

「ちっ……少し早く着きすぎたか。あの野郎、俺様を待たせるとは不届き千万。気を利かせて早く来ておくのが下僕というものだろうに……」

「あの……」

 

 舌打ちをしながら、当然であるかのようにルークを下僕扱いするランス。どうしたものかとランスが頭を掻いていたそのとき、後ろから声を掛けられる。女の声だったのですぐさま振り向くと、そこには買い物かごを両手で重そうに抱えた娘が立っていた。

 

「何の用だ?」

「おサイフを無くしてしまったんです。一緒に探して貰えませんか?」

 

 ランスが娘をジロジロと観察する。小柄だが子供という訳では無い。青いワンピース風の服に身を包み、容姿は中々に可愛く、十分にランスのストライクゾーン内であった。ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ、ランスが口を開く。

 

「探してやってもいいが、報酬は?」

「へ?」

「俺様はプロの冒険者だ。報酬がないと働かんぞ。ああ、あんたの身体でもいいな」

 

 人差し指と中指の間から親指を突き出した、どこか嫌らしい形の右手をグッと前に突き出してそう宣うランス。サイフ探しの報酬としてはあまりにも酷いものであるが、何故か娘は顔を真っ赤にしながら小さく頷く。

 

「そ、そんな……判りました……」

「(ラッキー。適当に言ってみたが、まさか受け入れられるとは……流石は俺様!)」

 

 流石にランスもダメ元の報酬提示ではあったのだろう。娘の予想外の反応にグッとガッツポーズを取り、どのように楽しんでやろうかと考え始める。

 

「見るからに不幸そうな娘だからな。ここはイジめる感じで責めて……」

「あの……先にサイフを探していただいても……」

「おっと、そうだったな。お楽しみは後だ。それで、どこで無くしたんだ?」

「この公園なんです」

 

 その言葉を受け、ランスは公園をぐるりと見渡す。先程もルークを探すべく軽く見回したばかりの公園内を再度見回すが、サイフなど落ちているようには見えない。というか、そんなものが落ちていれば先程の時点でランスが目ざとく見つけ、猫ばばしているところだろう。一応念入りに見回したが、やはりサイフは落ちていなかった。

 

「見当たらんぞ。もう誰かに取られたんじゃないのか?」

 

 ランスがそう言いながら振り返ると、そこに立っていた娘の様子が変わっていた。同じ人物ではあるのだが、服が先程までとまるで違う。いつの間にか娘は黒装束を身に纏っており、その手にはランスのサイフとくないを持っていた。

 

「サイフは見つかったわ。ありがとう」

「お、俺様のサイフ……」

「この件からは、手を引いた方がいいわよ。死にたくなければね……」

「自分から姿を現してくれるとはな、ずいぶんと優しい誘拐犯だな」

 

 瞬間、娘が目を見開く。自分の真後ろから男の声が響いてきたからだ。くないを構えながらすぐさま後ろを振り返った娘だったが、それと同時にくないが弾き飛ばされ、手に持っていたサイフも奪われてしまう。そこに立っていたのは、黒い髪の冒険者。ランスとこの場所で落ち合う約束をしていたルークだ。

 

「これは返して貰うぞ」

「くっ……」

 

 間合いを取るように後方へ跳んだ娘は、そのまま懐から煙玉を取りだして地面に投げる。大量の煙が娘の姿を包み込み、その姿が見えなくなる。しばらくして煙が晴れたが、娘の姿は風のように消えてしまっていた。

 

「馬鹿者! 何を簡単に取り逃がしている!」

「いや、少し思うところがあってな。捕まえて尋問するよりも、しばらく泳がせておいた方が良いと判断した」

「ん、どういう事だ?」

「それも含めて今から説明する。だが、一週間ずらしてリーザスに入ったのは無駄になったな。今ので間違いなく協力関係にある事はバレた」

 

 公園に到着したルークの目に飛び込んできたのは、ランスの背後で買い物かごからくないを取り出す娘の姿。流石に飛び出さない訳にもいかず、結果として犯人と思われる娘にランスとルークの関係をバラしてしまう事になってしまった。

 

「ほら、サイフだ。あまり油断するな」

「ふん、俺様一人でも簡単に取り返せたがな」

「まあ、そういう事にしておくか」

「あの小娘、次にあったら絶対に犯してやる!」

 

 ルークからサイフを受け取りつつ、自分よりも年下と思われる娘に出し抜かれたのが相当腹に立ったのか、ランスは公園のゴミ箱を盛大に蹴ってベンチに腰掛ける。ルークもベンチ側の木に寄りかかる。

 

「で、何か手掛かりはあったのか? これで何も判らなかったとか言ったら、報酬は9:1になるぞ」

「勝手な事を……まあ、一応有力な情報は手に入れた。それが女忍者を逃がした理由に繋がってくる。この案件、想像以上に厄介なものみたいだ」

「どういう事だ?」

 

 ルークが顎に手を当てたまま一度天を仰ぐ。既に日は落ちており、辺りはだんだんと暗くなってきている。だが、ルークの表情が暗くなっていたのは、そのせいではない。

 

「ヒカリちゃんがリーザス城に連れて行かれるのを見た、という情報を手に入れた。この案件、リーザスのお偉いさんが関わっている可能性が高い」

「なにぃ!? ガセネタじゃないだろうな!?」

「信頼できる情報屋から聞いた話だ。まず間違いないだろうな」

「ちっ、キースの野郎。20000GOLDじゃ割に合わんぞ」

 

 ランスが舌打ちをしながらキースの文句を言う。だが、無理もない。ただの誘拐事件と思っていた案件が、下手すれば国に喧嘩を売る事になりかねない大事件の可能性が出てきてしまったのだ。

 

「あそこで女忍者を捕らえても、真犯人まで辿り着ける可能性は低い。ああやって簡単に姿を見せてくれた隙の多い忍者だ。しばらくは泳がせておいた方が得策だろうな」

「相当へっぽこな忍者なのだろうな、がはは!」

「(いや、隙が多いというよりも、今のは……)」

 

 ランスは簡単に姿を見せた女忍者の無能ぶりを笑っているが、ルークは女忍者の行動に何か思うところがあるらしく、顎に手を当てながら思案している。こうして、ルークとランスはリーザスの闇に一歩足を踏み入れる事になったのだ。

 

 

 

-リーザス城下町 城門前-

 

 公園から少し離れた場所にある、リーザス城城門。その側に立っている一本の巨大な木の上から、公園を観察している者がいる。先程の女忍者だ。

 

「これで手を引いてくれれば良いのだけど……」

 

 そう呟き、木の上から女忍者が姿を消す。どこか悲壮感の混じった呟きは、誰の耳に入る事無く、風と共に消えていくのだった。

 

 

 

-リーザス城下町 宿屋『あいすくりーむ』-

 

「いらっしゃいませ。お二人様ですね。部屋はご一緒になさいますか?」

「当然、別々だ。俺様が男と二人で宿に泊まるなど、有り得ん話だ」

「人の金で偉そうに……まあ、そういう訳だから二部屋頼む」

「畏まりました」

 

 日も暮れていたため、今日の散策は切り上げ宿へとやってきたルークとランス。因みにシィルは学園の寮に入っているため、この場にはいない。深々と頭を下げている宿の女店主を見てルークが口を開く。

 

「JAPAN出身かな?」

「はい。堀川奈美と申します。これからもご贔屓に。それでは、部屋へと案内しますね」

「そうか、JAPANか……」

 

 ルークがボソリと呟きながら部屋へと案内されていく。その言葉を聞いたランスの頭に浮かんだのは、忍者はJAPANに多く存在しているというルークの話。そう思った瞬間、どうにも堀川奈美が怪しく見えてくる。美人でスタイルも抜群の女店主、これは身体検査の必要があるなとイヤらしい顔をしながら心に誓うランスだった。

 

「ふぅ……さて、どう動くか……」

 

 ルークが部屋に入り、一息つく。きな臭さは感じていたものの、まさかリーザスのお偉いさんが関わっているとまでは想像していなかった。

 

「リーザスか。いずれは関わらなければならないと思っていたが、今がその時なのか……?」

 

 犯人如何によっては、リーザスに喧嘩を売る事になりかねないが、その逆で恩を売る事も出来る可能性がある。窓の向こうに見える巨大なリーザス城をその瞳に映しながら、ルークは何か深く考え込んでいた。そのとき、隣の部屋から声が響いてくる。

 

「がはは、女忍者かどうかの身体検査だぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ! 背負い投げ!!」

「あんぎゃぁぁぁぁ!!」

「何をやっているんだ、あいつは……」

 

 隣の部屋から聞こえてくる喧騒にルークが冷や汗を流す。結局この一件でランスは宿から追い出され、野宿をする羽目になってしまう。リーザス城下町で宿を営む女店主、堀川奈美。か弱そうな見た目に反し、柔道五段という剛の者であった。

 

 

 

翌日

-リーザス城下町 城門前-

 

「だから、通行手形を持っていない方はお通しできません!」

「ええぃ、いいからさっさと通せ」

 

 リーザス城の城門前で女性門番と喧嘩をしているのは、ランス。犯人がリーザス城の中にいるという情報をルークから聞いたランスは、城の中に入れろと城門前で騒ぎ立てていたのだ。最初は丁寧に対応していた門番だが、だんだんと苛ついてきているのが見て取れる。

 

「それ以上すると、捕まえて牢獄に入れますよ!」

「げっ……とりあえず戦略的撤退だ!」

 

 これ以上はマズイと感じたランスはその場から逃げ出し、中央公園でルークと落ち合う。ルークの方はというと、通行手形を手に入れる手段がないか朝から情報収集をしていた。

 

「俺様の念入りな調査の結果、強行突破は無理だという事が判った」

「念入りな調査ねぇ……」

 

 調査中にランスが門番と喧嘩しているのは見ていたため、どこが念入りな調査だったのかとルークが冷ややかな視線を送る。

 

「ふん、昨夜の野宿のせいで流石の俺様でも頭が回らんのだ。貴様のせいでな!」

「あれは自業自得だろうが……」

「違う、貴様のせいだ! 貴様が意味深な声で、JAPAN出身……とか言うのが悪い!」

「……記憶にないな」

「嘘つけ!」

 

 ルークも少しだけ堀川奈美を疑っていたのか、ランスの言葉に思いっきり目を反らして答える。そんな反応をされては、ランスで無くても嘘をつけと言いたくなるというものだ。これ以上この話を続けるのはバツが悪いのか、ルークは話題を元に戻す。

 

「話を戻そう。通行手形には二種類ある。城に入りたい者が手続きをし、厳しい審査の下に発行される仮通行手形。もう一つは、普段から城を出入りする仕事にある者が持っている、本通行手形。仮通行手形は通る際に本人確認が発生するから、俺らが手に入れなければいけないのは本通行手形だ」

「うむ。それで、その本通行手形を持っている奴は見つかったのか?」

「一応な。本通行手形を持っている人物は流石に少ないみたいだが、どうやら酒場のマスターが持っているらしい」

 

 城に定期的に食料を運んでいる酒場のマスターには、本通行手形が発行されていた。その話を聞いたランスはニヤリと悪い顔で笑う。

 

「なんだ、それなら話は早いな」

「いい加減、お前の行動パターンも読めてきたが一応聞いておく。どうするつもりだ?」

「サクッと殺して奪えばいい。うむ、さすが俺様」

「予想通り過ぎて涙が出てくるな……まあ、殺すのは別にして、とりあえず酒場に向かうか」

 

 城下町の端にある酒場に向かう事にしたルークとランス。すると、その道中で買い物をしているシィルの姿を見つける。

 

「シィル! 何をこんな場所で油を売っているか! 潜入調査はどうした!」

「あ、これは学園長に頼ま……」

「問答無用! 真面目に仕事をしろ、この馬鹿者!!」

「ひんひん……」

「(授業中だよな……? 買い物なんて、普通生徒に学園長が頼むか……?)」

 

 シィルの頭をぐりぐりと両拳で締め付けるランス。学園長からの依頼と言いかけていたのに、不憫なものである。それを一応止めながらも、ルークは今の発言に疑問を抱いていた。

 

 

 

-リーザス城下町 酒場『ぱとらっしゅ』-

 

「なんだ、繁盛しておらんではないか。これならマスターを殺したところで、誰からも文句は出んな」

「文句は出なくても捕まりはするぞ。この空気はあのマスターのせいだな、陰鬱な空気をばらまいている」

 

 酒場に到着した二人が中に入ると、客は殆どおらず、店の中には辛気臭い空気が漂っていた。その発生源と思われるのは、酒場のマスター。あからさまな程、負のオーラを身体中から発している。

 

「おかしいな……以前にもこの店は来たことがあるが、もっと剛胆な性格だったと思ったが……」

「きっと借金まみれで自殺しようと考えているのだろう。それなら、殺した方が奴のためというものだ」

「……あんたら、冒険者か?」

 

 今にも斬りかかってしまいそうなランスを横目に、どう話を切り出したものかとルークが考えていると、幸いな事にマスターの方から話しかけてきてくれた。これはありがたいとルークは思いつつ、マスターの目の前にあるカウンター席に腰掛け、ランスもそれに続く。

 

「ああ、冒険者だ。それが何か?」

「見た目から察するに、あんたら強い戦士なんだろ? 頼みたいことがある……」

「ふん。言っておくが、俺様への依頼料は安くな……」

「どういう要件だ?」

「おいっ!」

 

 ランスの言葉を遮るようにルークがマスターに問いかける。折角マスターと仲良くなる切っ掛けになりそうだというのに、それをぶち壊されては堪ったものではないからだ。ランスは不満そうにしているが、一応マスターの話に耳を傾ける。

 

「俺の娘が盗賊に攫われちまったんだ……頼む、なんとか救い出して欲しい!」

「ほぅ、娘か……美人か?」

「今は全く関係無いよな?」

「親の俺が言うのもなんだが、絶世の美女だ!」

「……」

 

 カウンターに額を押しつけるようにして頼み込んでくる酒場のマスター。ランスのあまりにも明後日の方向を向いた質問にルークが呆れるが、すぐさまそれに反応するマスターの親バカぶりを見てそれ以上何も言えなくなってしまう。二日酔いでもないというのに、少しだけ頭が痛くなってきたルークであった。

 

「がはははは! なら、この俺様と下僕その1に任せておけ」

「誰が下僕だ。マスター、盗賊というのは、この周辺に以前から居着いている奴等か?」

「ああ、なんだか良く判らねぇ長い名前をつけている盗賊団だ」

「そうか。その盗賊団の目撃情報なら、情報屋から今朝聞いたぞ。第3地区の外れだ」

「よし、早速向かってサクッと救出だ! 大船に乗ったつもりでいるんだな!」

 

 偶然にも朝の調査の際に盗賊団の情報を聞いていたルーク。ランスが剣を抜いて高々と掲げ、娘の救出をマスターへ約束していた。

 

「すまねえ、頼んだ! ただ、報酬はあまり多くは払えねぇんだ。800GOLDで頼む!」

「いや、その半分で良い。その代わり、通行手形を譲って貰えないか?」

「ん? あんなもんでいいなら良いぜ。最近は城の中にも入らないからな」

「城の中に入らない?」

「ああ、王女様の舌にウチの店の食材は合わないとかで、最近仕入れの店が変わったんだ。兵士とかの食料なんかに使ってくれって頼んだんだが、そっちはそっちでもっと安い仕入れ先があるらしく、お陰で生活が苦しいのなんのって……っと、すまねえ。愚痴になっちまったな」

「なに、構わんさ。それじゃあ、行ってくる」

「豪華な飯を準備して待っていろ! 無論、それも報酬の一部だぞ!」

 

 通行手形を譲り受ける約束を取り付けたルーク。これでリーザス城の中も調査出来るというもの。ランスの方も美人の娘と聞いてやる気が漲っている。マスターを殺そうとしていた事など、もう忘れているかのような振る舞いだ。その姿を見てルークは苦笑しつつ、盗賊団の目撃情報があった第三地区へと向かう事にした。

 

 

 

-リーザス城下町近辺 洞窟 盗賊団のアジト-

 

 第三地区へと到着したルークとランス。目の前には、岩肌をくり貫いた形の洞窟と、地面に倒れて息をしていない盗賊団の見張りが一人。当然、ランスが殺したものだ。この男の存在によって、ここが盗賊団のアジトだと当たりをつけられたのは僥倖であった。

 

「最近、似たような洞窟を拠点にしていた盗賊を倒したような気が……何か関係あるのか?」

「何をぶつぶつ言ってやがる。お前の独り言は二度と信じんぞ! とにかく、中に入るぞ」

 

 先日倒した盗賊団の事を思い出しながら呟くルークだったが、昨晩その呟きのせいで野宿をする羽目になったランスはそれをバッサリと切り捨て、洞窟の中に入ろうとするが、中に足を踏み入れようとした瞬間、何かに押し出されてしまい足を踏み入れられなかった。

 

「なんだ!? 生意気にも結界なんか張っていやがる!」

「ほう……以前の盗賊団とは規模が違うみたいだな。使い捨ての魔法製品で簡易的な結界を張ったのか、あるいは盗賊団に魔法使いがいるのか……後者だったら厄介だな」

「なにを冷静に分析している! これでは入れないではないか!」

「ふむ……」

 

 ランスもルークもガチガチの戦士タイプであるため、万が一盗賊団に魔法使いがいたら若干面倒である。シィルがいれば話は別なのだが、今はパリス学園に潜入調査中でこの場にいない。そんな風に考えていたルークの姿に腹が立ったのか、ランスが喚き立ててくる。入れないという言葉を聞いたルークはランスの横をすり抜け、何かを確かめるように結界に触れる。そして、何かを確信した後、ランスに向かって口を開く。

 

「ランス。この盗賊団は俺に任せて、お前は城下町に戻って調査を進めてくれ」

「ふざけるな! そんな事を言って、酒場の娘に一人で良いところを見せるつもりだろう!? そもそも、アジトに入れないというのに一体どうするつもりだ!? 何か裏口的なものを見つけたのなら、ちゃんと報告するのが下僕の務めだ!」

「あまり大っぴらには見せたくないのだが、仕方ないか……」

 

 そう呟くと、ルークはそのまま一歩前に出る。ランス同様、結界によって弾き飛ばされるはずのルークだったが、不思議な事に何も起こらず、そのまま結界の向こう側へと入ってしまう。

 

「なんだ? なんでお前は中に入れているんだ?」

「ここにある結界を無効化して中に入った」

「なんだ、お前そんな器用な魔法も使えたのか。では俺様も入るとするか」

「いや、それは……」

 

 ルークが何かを言いかける前にランスが洞窟の結界に向かって駆けてくる。が、またも結界に弾き飛ばされてしまう。

 

「なんでじゃぁぁぁ!? 入れんではないか!!」

「魔法で結界を消した訳じゃない。結界は今もここに残っている」

「どういう事だ? それじゃあなんでお前は入れたんだ?」

「どうも、生まれつき結界を無効化する力があるみたいでな……この力に気が付いたのは子供の頃だ。原理は判らんが、防御結界や魔法結界を無視出来るんで重宝している」

「なんだ、そのお手軽便利能力は! 俺様にも分けろ!」

「……便利、か。確かにその通りだがな……」

 

 一瞬、ルークがその顔に影を落とす。何かを思い出しているかのような仕草だったが、すぐさまいつもの表情に戻り、結界の向こうからランスに頼み事をする。

 

「色々あって、この能力はあまり吹聴しないようにしている。出来れば他言無用で頼む」

「8:2だ」

「仕方ない、了解だ」

 

 ここぞとばかりに取り分を増やすランス。ルークは苦笑しつつも、それで他言無用を約束してくれるなら十分だという思いからそれを受け入れる。

 

「という訳で、ここから先は俺しか入れない。酒場の娘は任せておいてくれ」

「それとこれとは話が別だ! これでは、酒場の美人娘を俺様が格好良く助けて惚れさせる計画が台無しではないか! 俺様も中に入れろー!!」

「大声で騒ぐな! 盗賊が気づいたらどうする!?」

「入ーれーろー! は、はっくしょん!!」

 

 野宿したせいで朝から少しだけ風邪気味であったランスが盛大にくしゃみをする。すると、ゴゴゴ、というけたたましい音と共に、目の前にあった魔法結界が解除された。呆然とする二人。

 

「まさか、俺様にもくしゃみで結界を無効化する力が備わっていたとは……ランス爆裂くしゃみと名付けるとしよう」

「違うからな。多分、くしゃみが結界解除の条件だっただけだからな」

 

 ルークの言うように、この結界の条件は、目の前でくしゃみをする事であった。今回のように偶然解除してしまう事もあるため、不用心な結界と言わざるを得ないが、盗賊たちはそこまで深く考えていなかったのだろう。何はともあれ、これにより二人で洞窟を進む事が出来る。

 

「さあ、行くぞ! 下僕1号」

「協力関係にある相方の名前くらい、ちゃんと呼べ」

 

 ルークの文句を無視するランス。7つも年上なのだが、敬意などこれっぽっちも無いようだ。ため息をつきつつ、二人は洞窟内を進んでいく。先日倒した盗賊のアジトとは違い、洞窟内には至る所に燭台が立っており、とても洞窟内とは思えない程明るく、歩きやすい。

 

「この間のような盗賊団気取りじゃなく、ちゃんとした盗賊団なのかもしれないな」

「全部盗品だろうがな」

 

 コツン、とランスが剣の切っ先で燭台を叩きつつ前に進んでいくと、分かれ道に突き当たる。

 

「左の道から人の気配がするな」

「なら左だ」

 

 ルークの言葉を受けて左へと進むランス。ルークもそれに続き、少し進んだところで開けた場所に出る。どうやらちょっとした小部屋のようだ。部屋の奥には岩で出来た階段があり、その側には白髪の盗賊が座っていた。位置的に隠れるような場所も無かったため、その白髪の盗賊に二人は見つかってしまう。

 

「なんだ、てめえら? 入り口の結界を越えてきたって事は、見張りから結界解除の暗号は聞いて来たって事だよな? となると、新しく仲間になりにきたチンピラか?」

「まあ、そんなところだ。首領は奥か? 一言挨拶をしたいんだが」

「へへ、やっぱりそうか。俺はムララ。このかぎりない明日戦闘団のエース格で、次期首領候補ともっぱら噂の男だ!」

 

 斧を肩に担ぎながらのしのしと近づいてきた男がそう宣うが、正直あまり強そうではない。同時に、男の自信満々な態度に若干ランスが苛ついている。

 

「おい、さっさと奥へと案内しろ」

「へへ、奥に進みたきゃ200GOLD払いな。そうしたら首領に会わせてやるよ」

「むかむか……あほか、死ねぇぇぇ!!」

「ぎゃーーーーー!!」

 

 我慢の限界だったランスが即座にムララを斬り殺す。予想通り大した実力は無かったらしく、たった一撃でムララは死んだ。ランスがムララの死体に唾を吐き捨てる横で、ルークは奥の階段に目を凝らしていた。

 

「ふん、こんな奴が次期首領候補なんだったら、この盗賊団も大した事ないな」

「ランス。どうやら奥の階段にも結界が張ってあるようだ」

「なにぃ!? そういう事はさっさと言え! ええい、生き返って結界の解除方法を教えんか!」

「無茶を言うな、無茶を……」

 

 ランスがムララの頭を蹴り飛ばすが、それで死人が生き返れば苦労はしない。それを横目にルークは階段へと近づいていき、しゃがみ込んで軽く手を触れる。

 

「無効化出来ているな。ランス、俺一人なら先に進めるが……?」

「馬鹿者! 美女はこの俺様が格好良く救わなければならんのだ。解除方法を探すぞ」

「ふぅ……了解だ」

 

 二人は部屋の中を探り始める。ルークはムララの死体を調べ、ランスは部屋の中を見回すが、解除するような道具も仕掛けも見つからなかった。

 

「仕方ない。さっきの分かれ道に戻るか」

「面倒な……」

 

 先程の分かれ道に歩いて戻り、今度は右の道へ進んでいく。すると、その奥には小部屋があった。棚やベッドが置いてあり、その辺に物が放り投げてある。どうやら、盗賊たちの詰め所のような場所らしい。幸いな事に、今は誰もこの部屋にいなかった。

 

「詰め所ともなれば、何か手掛かりがあるかもしれん。探すぞ」

「よし、やれ、下僕1号」

「お前も探すんだよ。ほら、やる気を出せ」

 

 二人は部屋に入り、結界解除のための手掛かりを探し始める。ルークは棚や机の中を探るが、まるで手掛かりがない。そのとき、ランスが声を上げる。

 

「むっ! これは!」

「何かあったか?」

「女の下着だ。うむ、この盗賊団には女がいるのか。素晴らしい」

「真面目にやれ……しかし、何も見当たらんな」

 

 ランスが目ざとく見つけた黒のパンティーをみょんみょん、と広げているのを見て疲れてくるルーク。しかし、真面目に探していたルークの方も手掛かりは見つけられていない。こうなればランスに文句を言われようとも、一人で奥に進む事も考え始めたルークであったが、突如背後から第三者の声が響き渡る。

 

「おや、盗賊以外のお客さんは珍しいね?」

 

 瞬間、二人は弾かれるようにそちらに振り返り、剣を構える。ルークとランスという一流の冒険者二人が、声を掛けられるその瞬間まで全く気配に気が付かなかったのだ。まさか盗賊団のアジトにこれ程の使い手がいるとは思っていなかったルークは、その背中に一筋の汗を流す。

 

「何者だ……」

「ああ、驚かないで。危害を加えるつもりなんて全然ないから」

「ん? どこにいる?」

「ここだよー」

 

 声はすれども姿は見えず。二人がきょろきょろと周りを見回していると、壁の中に誰かが埋め込まれているのを発見する。赤い髪にだらしのない髭、顔と両手だけを壁の中から出したしょぼくれた中年の親父がそこにいた。

 

「驚かせやがって。なんだ、貴様は? 壁の中にいるのが趣味の変態か?」

「僕の名前はブリティシュ。好きで壁の中にいる訳じゃないよ。ここから出して貰えると嬉しいなー」

 

 ルークとランスの出会い同様、後の歴史に刻まれる出会いとは得てしてこのようなものである。ブリティシュも、ランスも、そしてルークもそれを知る由もないが、この出会いは後に人々の間で語り告がれる出来事となる。

 

LP0001 8月 二人の英雄がかつての英雄と出会う、と。

 

 




[人物]
ブリティシュ
LV 50/100
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV2
 リーザスの近くにある洞窟の壁に埋め込まれている男。今はただのしょぼくれた親父だが、今から1500年程前はエターナルヒーローと呼ばれるパーティーを率いたリーダーであり、英雄と呼ばれていた。壁に埋め込まれているのは、シンという魔法使いが命と引き替えに放った禁呪を受けてしまったためである。新陳代謝が殆ど無くされており、そのために長寿となってしまった。壁の中での長い年月は彼の精神を蝕むには十分な時間であり、今ではかつて英雄と呼ばれていた頃の面影はない。

ラーク
LV 18/35
技能 剣戦闘LV1 冒険LV1
 キースギルド所属の冒険者。コンビを組むノアと共に、多くの依頼を解決させてきた一流の冒険者である。その名は自由都市の間で広く知れ渡っている。

ノア・セーリング
LV 15/33
技能 神魔法LV1 教育LV1
 キースギルド所属の冒険者。コンビを組むラークと共に、多くの依頼を解決させてきた一流の冒険者である。因みに、二人ともルークとは親交がある。

女忍者
 いったい何者なんだ……

堀川奈美
 リーザス城下町にある『あいすくりーむ』という宿を一人で切り盛りする苦労人。柔道五段。

ムララ
 かぎりない明日戦闘団の構成員。原作ではランスが初めて戦う中ボス的な扱い。しかし、洞窟内を歩いているいもむしDXという雑魚モンスターよりも弱かったりする。


[技能]
教育
 人にものを教える才能。


[技]
リーダー
 対象の思考や情報を読む初級魔法。複雑な思考やシールドをされていると読むことが出来ない。プライバシー侵害だけでなく、戦闘時に相手に思考を読まれるというのは死活問題になるため、魔法使いは常に思考にシールドを掛けているのが普通とされている。


[その他]
へんでろぱ
 シチューのような料理。ランスの好物。

エターナルヒーロー
 1500年前に魔王ジル討伐のために集まったパーティー。過去から現在に至るまで、これほどの者たちで構成されたチームは無かったと言われている。構成員は戦士ブリティシュ、魔法使いホ・ラガ、神官カフェ、侍日光、盗賊カオスの五人である。GL0533年、その消息を絶つ。

GOLD
 この世界の通貨単位。1GOLDは約100円。モンスターの間では、キラキラ光って綺麗なこれを多く持っていると幸せになれるという伝説があり、モンスター同士で取り合っている。強いモンスターほど多くのGOLDを持っているのはそのためである。

年号
 創世記
 Kuku0001~2014 魔王ククルククルの時代
 AV0001~0721 魔王アベルの時代
 SS0001~0500 魔王スラルの時代
 NC0001~0960 魔王ナイチサの時代
 GL0001~1004 魔王ジルの時代
 GI0001~1015 魔王ガイの時代
 LP0001~ 魔王リトルプリンセスの時代


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第3話 闇との邂逅

 

-盗賊団アジト 詰め所-

 

「これは……」

「どうかな?」

「……すまない、無理みたいだ。壁への封印が魔法結界のようなものだったら助け出す事が出来る可能性もあったんだが、どうやら違うらしい……」

「そんなぁ……」

 

 壁にめり込んだ男、ブリティシュが残念そうに声を上げる。洞窟内で出会ったブリティシュから壁から出して欲しいと懇願されたルークは、自身の能力で助け出す事は出来ないものかと念入りに壁を探っていたのだ。だが、ブリティシュを壁に封じ込めているのは呪いの類であるため、ルークの能力での解除は不可能であった。

 

「おい、そんな変な男は放っておいて先に進むぞ。この靴さえあれば、あんな結界なぞ簡単に越えることが出来る」

「その靴の場所を教えてくれたのはブリティシュなんだから、真剣に考えるのは当然だろう。だが、確かに奥に囚われている娘さんも気になるな……」

 

 ランスが地面を踏みしめる。履いている靴は先程までのものではなく、洞窟内の結界を無効化出来る靴だ。詰め所の脇に置いてあるのをブリティシュから教えて貰ったのだ。その礼も兼ねてなんとか壁から出してやりたかったが、娘の救出も急がねばならない。ルークのその言葉を聞いて、ブリティシュは何かを思い出したかのように口を開く。

 

「ああ、盗賊たちが攫ってきた娘たちか。多分、一人じゃなくて何人もいるよ」

「なにぃ? 間違いないだろうな?」

「うん。違う声が何回か聞こえてきたし。最初の娘なんかは攫われてきてからかなり経っていると思うから、急いであげた方が良い。僕はまた気長に待つから」

「うむ。こんな中年など放っておいて、可愛い娘たちを救出に行くぞ!」

「そうだな……今は助け出せる方を優先させて貰うとするか」

 

 今ここでブリティシュの救出方法を考えても埒があかない。ブリティシュ自身も、元々あまり期待していなかったのか、脱出への執着心を見せていない。一体どれ程の期間、この壁に囚われていればこのような精神になるのだろうか。部屋を後にするランスに続こうとするルークだったが、最後に一度だけブリティシュを振り返って言葉をかける。

 

「何か手段が見つかったら、そのときは必ず助けに来る。待っていてくれ」

「うん。ありがとうねー」

 

 去っていくルークの背中を見送りながら、ブリティシュは陽気にそう答える。久しぶりに盗賊以外の人間とまともな話が出来た。それだけで彼には十分であり、別れ際の約束には何の期待もしていなかった。これより数年後、今の男たちと深く関わる事になるなどとは、夢にも思っていなかった。

 

 

 

-盗賊団アジト 最奥の部屋-

 

「ふへへへ。おら、もっと良い声を上げな!」

「いや……もうやめて……」

 

 少女の悲痛な声が部屋に響き渡る。洞窟の最深部にある部屋の中では、40才前後と思われる無精髭の男が少女を犯していた。この男が盗賊たちのリーダーであり、名前をライハルトと言う。周りには部下と思われる盗賊が五人。その内の四人も他の少女たちを犯している最中であった。目を覆いたくなるような光景の中、その乱交に参加していない唯一の盗賊は男たちを冷ややかな目で見ていた。彼女は、この盗賊団唯一の女性構成員だ。

 

「これだから盗賊家業はやめられねぇな。お前らも楽しんでいるか?」

「ええ、最高ですぜリーダー。かぎりない明日戦闘団に入って良かったですぜ」

「(……何が最高なもんか。貧しい人たちに盗んだ物を分け与える正義の盗賊団だとか言われて入ってみれば、中身はただの下衆な集団。さっさと抜けたいが、感づいているのか、しっかりとあたしの行動を見張ってやがる……)」

 

 女盗賊が心の内で不満を爆発させる。彼女はこの盗賊団に入団してまだ日は浅い。それでも、この盗賊団が正義の集団などでは無い事には気がついていた。すぐにでも抜けたいのだが、唯一の女性構成員を逃がすまいと盗賊たちは彼女の動向に注視しており、そのような隙はこれまで存在しなかった。どうしたものかと女盗賊がため息をつく中、他の盗賊たちは上機嫌で話し合う。

 

「そうだな、俺の作ったかぎりない明日戦闘団は最高だ! その内、世界を股に掛けるぜ!」

「おお! さすがですぜ、リーダー!」

「残念だが、そんな日は永久に来ないな」

 

 聞いた事のない男の声が部屋に響き渡り、盗賊たちが慌てて入り口の方を見る。そこに立っていたのは、見たことのない顔の戦士二人。ランスとルークだ。ブリティシュから教えて貰った靴の効果は抜群であり、面白いように結界を無効化出来た。靴は一足しかなかったが、ルークは自身の能力で結界を無効化出来るため、こうして二人は奥の部屋へと辿り着いたのだった。

 

「なんだてめぇら!? どうやってここまできた!」

「答える必要はないな。とりあえず、壊滅させて貰うぞ」

「貴様らが溜め込んだ盗品は全ていただくぞ、がはは!」

「面白い事を言うな。俺の機嫌のいい内にさっさと帰りな!」

 

 当然二人の目的は盗品などではなく、捕らえられている少女たちだったが、それをこの状況で馬鹿正直に言っては、最悪人質に取られかねない。事前に軽くその事を打ち合わせていた二人は、こうして自分たちの真意を気が付かせない事に成功していた。ルークが軽く部屋を見回すと、ブリティシュの話通り、そこには数名の少女たちがいた。

 

「……」

「誰……? また酷い事をするの……?」

 

 怯える少女たち。その中には、まだ年端もいかない少女も含まれていた。そんな幼子にも盗賊たちはお構いないようであり、汚されてしまった跡がくっきりと残っていた。その事に、ルークは静かに怒りを燃やす。

 

「こいつらに生きている資格は……ないな」

「当たり前だ! 世界中の美女は全て俺様のものだ。あの少女も将来的には美人になっただろうに……むかむか……」

「調子に乗るなよ! やっちまえ、てめぇら!!」

 

 生きている資格がないという挑発を受けた盗賊団はその目を血走らせる。リーダーである男がそう声を上げると、近くに控えていた部下たちが一斉に襲いかかってきた。

 

「俺様はあのリーダーを殺る。雑魚は任せたぞ」

「ボス一人と部下五人、さり気なく楽な方を選んだな。しっかりと殺せよ」

「当たり前だ! お前の方は、ちゃんとあの女盗賊だけは生かせよ。中々に美人だからな」

「善処する」

 

 そう返事をし合い、ランスは奥にいるリーダーへと駆けていき、ルークは部下五人と対峙する形となる。まさか仲間を五対一の形にして一人奥へと駆けていくとは思っていなかった盗賊たちは不意を突かれる形でランスを見送ってしまい、部屋の中には一対一と五対一の状況が完成していた。

 

「バカが。五対一で勝てると思っているのか?」

「仲間に見捨てられたんじゃないのか?」

「まあ、そっちの事情は知らないけど、どちらにしろ無謀な事には変わりないってとこだね。悪いけど、死んで貰うよ」

 

 盗賊たちがルークを囲むようにジリジリと動きながら挑発してくる。まだ剣の届く間合いではなく、多少の距離がある。その盗賊たちを見ながら、ルークは部下の中に魔法使いと思われる者がいない事を確認する。どうやら結界は、どこかから盗んできた魔法製品で張っていたのだろう。となれば、今の状況下は相手の射程範囲外。

 

「……」

「ん……? なんだ?」

 

 目の前の冒険者が取った不可解な行動に、女盗賊は眉をひそめる。ルークは突如ロングソードを水平に構え、腰を少し落としてその場に立ち止まったのだ。他の盗賊たちも何事かと身構えるが、まだ剣の射程外であるため全員が目を丸くしている。あの体勢から器用に突っ込んでくるのかと女盗賊が考えている中、男は更に予想外の行動に出る。ルークはそのまま剣を左から右に横払いで振り切ったのだ。当然、剣は空を斬る。

 

「……ぷっ、ぎゃはは! なんだぁ、射程もわからねぇ素人か?」

「恐怖のあまり、訳が判らなくなっているんじゃねぇか?」

「なるほどな。ぎゃはははは……ん?」

 

 大声で笑っていた男は不意に違和感を覚え、自分の身体を見る。そこにあったのは、おかしな光景。自分の腰の辺りに一本の直線が入っており、そこからじわりと血が滲んでいるのだ。そして、ゆっくりと離れていく上半身と下半身。男の意識は、そこで永久に途絶えた。ドサリ、と上半身が地面に落ちると同時に、周りの盗賊たちの目が見開かれる。

 

「「「「なっ!?」」」

「……真空斬」

 

 自らの放った技の名前を口にし、ルークは再び剣を水平に構える。因みに、今の男を一番始めに殺したのにも理由がある。他の盗賊の武器は短剣だったが、その男だけは唯一斧を手に持っていたのだ。戦い難さという点では、その男を始めに殺しておくのが定石と言えるだろう。何が起こったのか判らず盗賊たちが呆然としている中、女盗賊だけが二発目の準備をしているのを察し、声を荒げた。

 

「何やっているんだい! あれを使わせるな!」

「うっ……つ、突っ込めー!!」

「……手間が省けて丁度良い」

 

 盗賊たちが慌てて迫ってくるのを確認し、ルークは素早く真空斬の構えを解いて剣を普通に構える。一番に迫ってきた男との間合いを図り、相手の短剣が届く範囲に入るよりも早く剣を振り下ろして相手を斬り伏せた。長剣と短剣では、リーチの差がありすぎる。鮮血と共に盗賊が倒れ込む中、左右から二人目の男盗賊と、先の女盗賊が同時に攻撃を仕掛けてくる。

 

「死ねぇっ!」

「おらっ!」

 

 向かって右から跳び込んできた男盗賊の短剣を即座に剣で防ぎ、女盗賊の攻撃は肩だけで避けながら、彼女の腹部に強烈な蹴りを入れる。

 

「がっ……」

 

 想定外の一撃に悶絶し、女盗賊が倒れ込む。その際、女盗賊が手に持っていた短剣をルークは素早く左手で奪い取り、その短剣で右の男盗賊に向かって斬りつける。短剣を剣で押さえられていた男にそれを防ぐ手段は無く、頸動脈をバッサリと斬られる。

 

「ぐぁ……」

 

 声にならない声を上げながら、その男は血溜まりの上に崩れ落ちる。その様子を見て、戸惑いの声を上げる盗賊が一人。

 

「くっ……くそっ!!」

 

 他の三人と違い、その男は突っ込めと命令するだけであり、自分はルークに襲いかかってこなかったのだ。ルークの知るところでは無かったが、この男がこの盗賊団の副リーダーである。典型的な上から命令するだけの、臆病で無能な男。こんな状況になってからようやく腰の短剣を抜いたが、時既に遅し。

 

「遅い!」

「っ!?」

 

 盗賊が気づいた時には、既に目の前に短剣が迫って来ていた。ルークが左手に持っていた短剣を投げつけたのだ。その刃はそのまま盗賊の額に突き刺さり、ドス、という鈍い音と共に、男の手から腰から抜いたばかりの短剣がこぼれ落ちる。カラン、という短剣が地面に落ちる金属音を聞きながら、女盗賊は覚悟を決める。

 

「ぐっ……命乞いはしない。殺せ……」

 

 ルークの蹴りが相当効いたのか、女盗賊は腹を押さえながら未だに起き上がれずに倒れ込んでいる。絞り出すように声を出すが、ルークはその女を見下ろしながら剣の構えを解く。

 

「悪いが、あんたを殺すつもりはない」

「……どういうつもりだい?」

「あんただけさっきの反吐が出る行いに参加していなかったからな。女……というのもあるだろうが、明らかにあの男たちを軽蔑している目だった」

「……たったそれだけの理由かい? 一応あたしも盗賊だよ。ある程度の悪行はしてきている。ごほっ、ごほっ……」

 

 咳き込みながらもそう告げてくる女盗賊であったが、ルークは平然とそれに答える。

 

「別に、時代が時代だからな。襲う相手にもよるが、盗賊それ全てを否定する気はない。俺ら冒険者も、一歩間違えれば似たようなものだからな」

「随分と変わった考えだね……」

「勿論、彼女たちの解放を邪魔しようとするなら別だがな」

「なんだい、目的は盗品じゃなくて彼女たちかい。言ってくれれば、最初からあんたらに加勢に……いや、言い訳だね……」

 

 少女たちの救出が真の目的であったと判り、女盗賊が深いため息をつく。どうやら彼女の言葉は口から出任せという訳では無く、本当に少女たちを解放してあげたいと思っていたようだ。

 

「邪魔する気はないよ。あたしらの負けだし、ああいった誘拐は正直不本意だった」

「良識があるようで助かる」

「良識があったら、盗賊なんかしちゃいないよ。ところで、名前を聞いても良いかい?」

「ルーク・グラントだ。あんたは?」

「シャイラ……シャイラ・レスだ」

「覚えておく。さて、ランスはどうしたかな?」

 

 目の前の戦いに集中していたルークもシャイラも、ランスとライハルトの戦いに気を向けていなかった。その理由の一つとして、ルークは以前に盗賊たちを全滅させていたランスの強さには一目置いており、盗賊団のリーダー程度に後れを取ることはないだろうと考えていたというのもある。ルークとシャイラが部屋の奥に視線を向けると、盗賊団のリーダーであるライハルトは床に倒れ伏しており、既に息はなかった。その少し奥で、ランスは先程までライハルトに犯されていた少女を犯しているところであった。

 

「お前なにしてんだーっ!?」

「見てわかるだろう、ナニだ! がはは、グッドだ」

「ランス、止めろ! 向かってきた相手ならまだしも、無関係の娘を……」

「あ、その……良いんです……」

 

 シャイラの盛大なツッコミに平然と答えるランス。流石に無抵抗の少女を無理矢理犯している事は無視出来ず、ルークは苦言を呈そうとしたが、その言葉は犯されている少女自身に遮られる。

 

「あの……ほ、報酬みたいなものですから……んっ、気持ちいい……」

「がはは! その通り、これは俺様が盗賊から救ってやった事への正当な報酬だ!」

 

 うっとりとしている娘と上機嫌なランス。快楽が勝ったのか、あるいはランスに惚れたのかは定かではないが、娘は特に嫌がっている様子を見せていなかった。

 

「……合意、になるのか?」

「あたしに聞くなよ……」

 

 自分が見ていない間に思わず惚れてしまうほど格好良く救出したのかもしれない、などと考えながら、それでも若干納得がいかないルークは思わずシャイラに問いかけてしまっていた。

 

「とりあえず、他の少女たちを解放するか。酒場の親父の娘さんも捜さないとな……」

「あっ……それなら、私がその娘です……んっ……」

「おお、君があの親父の娘か。確かに言うとおりの美女ではないか、がはは!」

 

 偶然にも、ランスが犯していた少女が酒場の娘であった。名前はパルプテンクス。思わずシャイラが二度聞きしてしまう程のネーミングセンスであったが、それはまあ置いておくとしよう。ランスがパルプテンクスとお楽しみの間にルークとシャイラの二人は他の娘たちの鎖を解いて回る。シャイラは盗賊団の一員であるため、少女たちに怯えられるかとも思っていたが、誰一人として怯える様子は見せなかった。曰く、彼女だけは他の盗賊団の目を盗んで食事を分けてくれたりしたため、それ程恨んではいないとの事。その後、ようやく情事を終えてランスから解放されたパルプテンクスも加え、ルークたちはリーザスに戻る事にした。

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

「適当にぶらつくよ。まあ、今までよりは幾分かマシってとこだね」

 

 ルークの問いにシャイラはそう答える。若干晴れ晴れとした表情なのは、気のせいではないだろう。

 

「さて、俺は彼女たちを連れて先に戻るが……本当に洞窟に残るつもりなのか?」

「うむ。俺様は少しやり残した事はある。洞窟の案内にこの女盗賊を残して置いてくれれば十分だから、先に戻って酒場で待っていろ」

「まあ、案内くらいいいけどな……だけど、このアジトに大した宝は置いてないぜ」

 

 ランスがシャイラを指差し、シャイラがそれに答える。何故かランスはこの洞窟に残ると主張したのだ。不思議に思うルークたちであったが、今は娘たちをすぐにでも家に送り届けてあげたいところだ。その思いからルークは特に追求せず、先にリーザスに戻る事を決めた。

 

「それじゃあ、先に戻っている」

「うむ」

 

 ルークはそう言い残し、娘たちと一緒に帰り木でこの場から消えた。瞬間、ランスの目が怪しく光る。

 

「さて、それでどこを案内すればいいんだい?」

「うむ。シャイラちゃんの躰を案内して貰おうか」

「……は?」

 

 結論から言うと、ルークとシャイラはランスの性欲を見誤っていた。ランスと二人で残ることの危険性を考慮しなかった訳ではないが、先程までパルプテンクスを犯していた事もあり、まさか直後に襲いかかろうとは思ってもみなかった。数秒後、洞窟内にシャイラの悲鳴が木霊したのだが、その声はルークの耳に届くことは無かった。

 

 

 

-リーザス城下町 酒場『ぱとらっしゅ』-

 

「本当に感謝する! あんたらなら娘を無事に救ってくれると信じていたぜ!」

「もう一杯どうぞ。このブランディ、美味しいんですよ」

「ありがとう。確かに飲みやすいな」

 

 少女たちを家へと送り届けたルークは、酒場のカウンターで酒を飲みながらランスが戻るのを待っている。約束していた本通行手形は先程貰い受け、今飲んでいる酒もパルプテンクスを救い出してくれた礼にとサービスで出して貰ったものであった。カウンター越しにルークの肩をバシバシと叩き、マスターが豪快に笑う。

 

「いやー、あんたを気にいっちまったぜ。どうだ、俺の娘を貰ってくれないか?」

「もう、お父さんたら……変なこと言わないで」

 

 冒険者を長くやっていれば、依頼人からこの手の話も稀に出る。ルークは苦笑しながらも、慣れた調子で断りの言葉を入れようとするが、それよりも早くパルプテンクスがボソリと呟く。

 

「それに私……ランスさんの方が……」

「そうか……」

 

 なんとなくモヤッとしたものがルークの胸の内に残る。先程の洞窟での一件の中で、一体どこにランスに惚れる要素があったというのだろうか。自分の見ていないところで何があったのか。渋い顔で酒を飲み続けていると、酒場の外からいい加減聞き慣れた笑い声が聞こえてくる。ようやくランスが到着したようだ。

 

「がはははは。俺様参上!」

「あ、ランスさん。先程はありがとうございました」

「なに、気にするな。パルプテンクスちゃんもグッドだったぞ!」

「ぽっ……」

 

 酒場の扉を勢いよく開け、ランスが中へと入ってくる。そのままルークの側のカウンター席にドカリと座り、パルプテンクスと談笑しながら酒を注いで貰っている。ランスのセクハラ発言を受けてもパルプテンクスは顔を赤らめるだけであり、どうやら本当にランスに惚れてしまっているようであった。隣に立っているマスターも嬉しそうな顔で頷いており、どうやら娘の恋心を応援するつもりらしい。

 

「それにしても遅かったな。洞窟で何をしていたんだ?」

「決まっているだろう、ナニだ!」

「……は?」

 

 ルークの問いかけにランスはニヤリと笑いながら答える。突き出されたその指の形は、何かを連想させるような卑猥な形状になっている。

 

「シャイラちゃんの躰はグッドだったぞ。おっぱいもでかかったしな。がはは!」

「ちょっと待て……まさか、やり残した事っていうのは……?」

「ああ、シャイラちゃんを抱いていなかったからな。涙を流して喜んでいたぞ」

「どう考えても歓喜の涙じゃないだろ、それは!」

「まあ、別れ際に『必ずいつかぶっ殺してやる!』とは言っていたがな」

「思いっきり恨まれているだろうが!」

 

 頭を抱えるルーク。折角円満に解決していたはずなのに、ランスのせいで話が拗れてしまった。そんなルークの様子を見ながら、ランスは平然と言葉を続ける。

 

「因みに、お前も含まれてたぞ。『先に帰ったルークの野郎も絶対殺す!』とか言ってたし」

「理不尽な……」

「あっはっは! まあ、飲んどけ、飲んどけ。生きてりゃ理不尽な恨みを買うことの一回や二回あるってもんだ! 俺にも昔……」

「ワイルドなランスさんも素敵……ぽっ……」

 

 項垂れながらため息をつくルーク、それを励ましながら自身の昔話を語り始めるマスター、何故かランスに惚れ直すパルプテンクス。こうして夜は更けていくのだった。

 

 

 

翌日

-リーザス城下町 パリス学園-

 

「という訳で、俺様たちはこれからリーザス城に入る。シィルもしっかりと調査を続けていろよ。サボったらただではおかんぞ!」

「はい、ランス様。任せてください」

 

 ルークは宿で、出入り禁止を食らっているランスはパルプテンクスの家で夜を明かし、今はパリス学園の裏口でシィルと落ち合っていた。お互いが手に入れた情報の確認と、今後の動き方を決めているところだ。

 

「しかし……まさかヒカリちゃんが初めてではないとはな……」

「そのようです。パリス学園ではこの四年間、毎年生徒が一人行方不明になっていました」

 

 シィルから新たに聞かされた情報は驚愕のものであった。毎年必ず一人生徒が行方不明になり、これまで無事に帰ってきた者はいない。また、ヒカリ同様学園内の寮にいるところを襲われるらしい。

 

「こう連続していると、学園内に手引きしている者がいる可能性が高いな」

「うむ、俺様の天才的な勘も学園の教師が怪しいと言っている。その辺はしっかりと調べたのか?」

「はい。悪いとは思いましたが、一応リーダーの魔法で心を読ませていただきました。ですが、特にこれといって新たな情報はありませんでした」

「深いところまで読み取れる魔法ではないからな。潔白と決まった訳でもないし、今まで通り調査を続けてくれ」

「こら。人の奴隷に勝手に命令するな」

 

 リーダーの魔法は相手の考えを読むことが出来るが、比較的浅い考えまでしか読み取る事は出来ない。例えば、ある男は奴隷の娘の事を大事に思っているのに、照れ隠しで普段からぞんざいな扱いをしていたとしよう。この男に対してリーダーを使った場合、男が奴隷の娘を大切にしている感情を読み取る事は難しいのだ。奥にある感情が、表面上に表れている感情に邪魔されてしまうためである。

 

「あ、一つだけ気になることがあります」

「ん、なんだ? さっさと言え」

「生徒の中に一人だけ、心を読めなかった女性がいるんです。恐らく、シールドの魔法を掛けているのだと思います」

「……魔法使いなんかには普通の事だが、お嬢様学校の生徒がやっているのは確かに不自然だな。用心のために親がやった可能性も無くはないが……」

「怪しいな。よし、シィル。その生徒をマークしろ!」

「判りました。ランス様とルークさんもお気をつけて」

「ああ、ありがとう」

 

 こうして二人はシィルと別れ、リーザス城へと向かう。通行手形を見せるとすんなり中に入れて貰えたが、昨日ランスを追い払った門番だけは納得のいかない顔でジッとランスを睨み付けていた。

 

 

 

-リーザス城-

 

 リーザス城内に入ったルークとランスがまず始めたのは、城内にある娯楽施設を回って情報を集める事であった。リーザス城というのは少し変わっており、城の敷地内に闘技場やカジノ等の娯楽施設を併設し、客に開放しているのだ。比較的治安の良い国だからこそ出来る行為であると言えるだろう。

 

「しかし、この男は天に愛されているとしか思えんな……」

「何をぐずぐずしている!? さっさと行くぞ!」

 

 ルークは驚きと呆れの混じった視線をランスに向けながらそう呟く。行き当たりばったりであるランスの行動が、これまで全て良い方向に転んでいたのだ。城内に入った二人は、まずはカジノで情報収集をする事にした。調査というのは大衆娯楽のようにすんなりといくものではない。数日、数週間、果ては数ヶ月にも渡って足繁く通う必要がある事だってある。が、カジノに入って早々、こんな噂話が聞こえてきたのだ。

 

『リーザス城の牢屋に、どこから連れてきたのか誰も知らない娘が捕まっているらしい』

『うむ、それはヒカリちゃんに違いない。牢屋に向かうぞ!』

 

 僅か数秒で貴重な情報を手に入れる事に成功したランス。手に入れた情報を確かめるべく、二人はリーザス城に入る手段は無いかと城の前までやってきていた。

 

『敷地内には通行手形で入る事が出来るが、流石に城の中に入るのは許可されていないぞ。どうするつもりだ?』

『お、見張りがいなくなるぞ。あの顔は急な便意だな、バカめ。今の内に潜入するぞ』

『……』

 

 こうして強運の下、リーザス城内へと侵入する事に成功した二人。だが、牢屋の場所など判らないし、判ったところで簡単に入れるような場所ではない。動きが制限される中、真剣に情報を集めるルーク。それとは対照的に、ランスはリーザス城のメイドを犯しているだけであった。しかし、何故か全て良い方向に事が運ぶ。

 

『ふう、えがっだ……ん、この鍵はなんだ?』

『あ、それは城の奥へと入れるようになる鍵ですー』

 

 掃除をしていたメイドを犯せば、それまで入る事の出来なかった城の奥へと入る事が出来るようになり、

 

『これに懲りたら二度とパンを盗むんじゃないぞ。それよりも、この鍵はなんだ?』

『判ったわよ……ああ、その鍵は牢屋の鍵よ。この間、偶然拾ったの。因みに牢屋の場所は……』

 

 こっそり厨房からパンを盗んでいた娘を犯せば、どういう訳か牢屋の鍵が手に入った。そのうえ、聞いてもいないのに牢屋の場所まで教えて貰えた。これを天に愛されていると言わずに何と言うのか。しかも、犯したはずのメイド二人からはそれ程恨まれておらず、潜入がばれているというのに上への報告もしないというおまけ付き。ルークが真剣に調査することが馬鹿らしくなってきてしまっているのも知らずに、ランスは意気揚々と牢屋に向かう。

 

「だが、流石に牢屋の警備は万全だろう。牢番をどうするか……」

「何をブツブツ言っている? おっ、あれが牢屋だな。突撃!」

「おい、間違いなく牢番に見つかるぞ。考えなしに突っ込むな!」

 

 ランスは何も考えずに牢屋がある部屋の扉を開けてしまう。焦るルークだったが、その目に飛び込んできたのは、居眠りをしている女性牢番の姿。

 

「なんか、もう全部お前一人でいい気がしてきたな……」

「何を訳の判らん事を……いいから行くぞ」

 

 椅子に腰掛けて鼻提灯を作っている牢番の横を通って牢の前まで行くと、そこには噂通り一人の娘が捕まっていた。だが、ヒカリではない。写真で見たヒカリの髪の色は赤であったが、目の前の娘の髪の色は青い。

 

「誰……ですか……?」

「俺様の名前はランス! 空前絶後の超英雄だ」

「大丈夫か? 君の名前は?」

 

 虚ろな目でこちらを見てくる娘。投獄生活の中ですっかり衰弱してしまっている様子であったが、こちらの言っている事は判るようであり、ルークの問いかけにゆっくりと口を開く。

 

「ユキ・デルです……」

「なぜ牢獄に捕まっている? 何かしたのか?」

「王女様に……無理矢理……」

「王女だとぉ?」

 

 ランスのその反応を見てユキは自身の失言に気が付き、ハッと目を見開きながら口を抑える。

 

「王女が君をこんなところに入れたのか?」

「すいません、忘れてください……そうでないと、また私……」

 

 そう言って黙り込んでしまうユキ。既に牢から出ることを諦めてしまっているのか、その言葉の端々に悲壮感が漂っていた。今すぐ助け出してあげたいところだが、足を鎖で繋がれているため簡単には連れ出せない。それに、ここで鎖を斬って助けてしまうと潜入がばれてしまい、今後動きにくくなってしまう。

 

「すまない……今の俺たちは君を助ける事が出来ない。少しだけ待っていてくれ。必ず君を解放してみせる」

「がはははは! 俺様に任せておけ!」

「……」

 

 そう言う二人に向けられるユキの瞳は虚ろなまま。何も期待していないのだろう。だが、それも当然の事だ。彼女の言葉が真実であれば、敵は大国であるリーザスの王女。そんな相手に、得体の知れない男二人が太刀打ちできる訳がないのだ。ひとまずユキをそのままにして牢を後にする二人。

 

「むにゃむにゃ……勝手に入って来ちゃ駄目にゃんだじょー……」

「……この牢番、クビにした方が良いんじゃないか?」

「いや、可愛いからそれは勿体ないな。ついでに犯したいところだが、流石にそれをやったら起きてしまうだろうしなぁ……」

「当たり前だ。行くぞ」

 

 寝ぼけている牢番を呆れた表情で見ながら横を通り、見つからないように城内通路へと戻る。口にするのは、先程ユキの口から飛び出した情報。

 

「まさか王女が誘拐に関わっているとはな……きな臭いとは思っていたが、まさかここまでとは……」

「これでは20000GOLDでも割に合わんな。うむ、救出したら報酬を釣り上げよう」

「まあ、確かに。その辺はキースか依頼者と話し合うしかないな」

 

 誘拐事件の報酬としては破格であったが、大国の王女に喧嘩を売るにはあまりにも安すぎる報酬であるため、ランスの言うことも尤もであった。そのとき、城の廊下を一匹のネズミが横切る。その口には、何やら白い布を咥えていた。それを見たランスの目がキラリと光る。

 

「お、あれは女物のパンティーではないか。この部屋から出てきたな。突撃!」

「って言いながら勝手に部屋に入るな。誰かいたらどうするんだ!」

 

 女性物の下着が置いてあるという事は、その部屋に女がいる可能性が高いという事。先の牢番のときの自重はどこへやら、ランスはネズミが出てきたと思われる目の前の部屋の扉を勝手に開けてしまう。部屋に誰もいない事を祈るルークだったが、そう何度も事が上手く行くはずもなく、部屋の中から少女の声が聞こえてきた。

 

「誰? 健太郎くん? あれ、違う……」

「おっ、中々の美少女ではないか」

「っ!?」

 

 瞬間、ルークの背中に悪寒のようなものが走り、全身からドッと汗を吹き出す。部屋の中にいたのは、おとなしそうな少女。髪の色はピンクだが、もこもこヘアーのシィルと違いさらりとしたロングヘアー。どこからどう見ても普通の少女。自身でも何故彼女にここまでの畏怖を抱くかは判らなかったが、言いしれぬ何かがそこにあった。

 

「じーっ」

「がはは、俺様がそんなに美男子だからって、そう見つめるな」

「健太郎君のほうが格好良いもん。それで、おじさんたちは誰?」

「おじっ……馬鹿者。まだ俺様は十代だ!」

 

 ランスはルークの異変に気づかず、目の前の美少女と話を続けている。少女は人見知りしない性格のようで、突然部屋に押し入ったというのにランスと平然と会話を交わしていた。ルークはただただ目の前の光景を呆然と見ているしか出来なかったが、少女が少しだけ視線をランスから外した瞬間、事は起こった。

 

「がはは、君は可愛いな。とぉー!」

「きゃっ!」

 

 唐突にランスが少女のスカートを捲る。露わになった純白のパンツにランスはご満悦の様子であり、対して少女は恥ずかしそうにスカートを押さえていた。その顔は羞恥から真っ赤に染まり、目の端には若干だが涙が浮かんでいた。瞬間、ルークはこれまで以上の悪寒を感じ取る。

 

「えっちー!!」

「なっ!?」

「うおっ!?」

 

 少女の叫び声を聞いたルークの頭に浮かんだのは、明確な死のイメージ。直後、ランスとルークの二人をどこから発生したのか判らない突風が襲い、抗う術もないまま部屋の外に叩き出されてしまう。そのまま二人は勢いよく壁に打ち付けられ、少女がキッとランスを睨み付けたまま勢いよく部屋の扉を閉めた。特に大きなダメージはないが、何が起こったのか判っていないランスは不思議そうに声を漏らす。

 

「痛てて、今のは一体何だ?」

「ランス、行くぞ……あの少女にこれ以上関わるな……」

「おい、勝手に行こうとするな。ええい、こら、待て!」

 

 ルークが急いでこの場を立ち去ろうとするのにランスは文句を言うが、ランス自身も今の不可解な出来事に思うところがあったのか、素直に後をついてくる。今の騒ぎで兵が駆けつける恐れもあったため、見つからないよう細心の注意を払いながら駆け足で城を後にする二人。

 

「(今は少しでも早くあの少女から離れなければ……)」

 

 本能が察知した恐怖に従うルーク。彼女は一体何者なのか、今の一撃は何をされたのか。知りたいことは沢山あったが、何よりも今はこの場を逃げだす事が先決であった。

 

 

 

-リーザス城 カジノ-

 

「がはははは、赤の5番で大当たりだ! さあ、脱いで貰おうか、葉月ちゃん!」

「あーん、お母さーん!!」

 

 とにかくあの場を離れる事を最優先とした二人は、城内の敷地内にあるカジノへと舞い戻っていた。先程の疑念は既に忘れてしまったらしく、ランスは暢気に奥にある脱衣ルーレットで遊んでいる。本来は中々勝てないゲームのようで、鼻の下を伸ばした男たちが周囲に群がり、ちょっとした人だかりが出来てしまっていた。その様子を遠目に見ながら、ルークはカジノの壁に背を預けて気持ちを落ち着かせる。

 

「(ようやく落ち着いたな……なんだったんだ、アレは……? 以前にあの森で彼女の実力を見せて貰った時にも、これ程の恐怖は感じなかったぞ……)」

 

 ルークは右の手の平を見る。先程までは大量の汗で湿っていたが、ようやく汗も引いてきたようだ。一度深くため息をつき、自身が一番落ち着いた生活を送れていたであろう、かつての森での生活を思い返す。

 

「(彼女はまだ元気にしているだろうか……?)」

「お客様? 先程から顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 

 不意にカジノの女性店員に話しかけられる。ルークの先程までの様子を気にかけてくれていたようであり、その手には水の入ったグラスが握られている。

 

「こちら、お水です。必要であれば、医務室にもご案内しますが?」

「ああ、心配掛けてすまない。大丈夫だ。水だけ頂こう」

「はい。他にも何かありましたらお申し付けください」

 

 受け取った水を口に含みながら女性店員の顔を見るルーク。青い髪の美しい少女であり、年の頃はシィルよりも少し上、ランスと同じくらいといったところか。こんな場所で働いている割には、まだあどけなさが残っている。と、ルークは眉をひそめる。その顔がどことなく、先程牢屋で出会った娘と似ていたからだ。

 

「……失礼だが、名前を聞いても良いかな?」

「ふふ、何かあったらお申し付けくださいとは言いましたけど、随分と斬新なナンパの仕方ですね。このカジノで働いております、アキ・デルです。今後もリーザスカジノをご贔屓に」

 

 クスクスと笑いながら自己紹介をする少女、アキ・デル。その名前を聞いてルークは確信を得る。

 

「デル、やはりそうか! 不躾な質問で悪いが、先程ユキと言う娘さんと出会った。彼女は君の近親者か何かかな?」

「っ!? 貴方、ユキ姉さんを知っているの!? ユキ姉さんに会ったってどういう事なの!? 牢屋にいるんじゃないの!? 今、ユキ姉さんはどこにいるの!?」

 

 先程までの無邪気な様子から一変、ルークの肩を掴み、必死な形相でユキの事を聞き出そうとするアキ。質問が急すぎたかとルークは反省しつつ、肩に食い込む程の力で握られている彼女の手をそのままに疑問に答える。

 

「気持ちはわかるが、少し落ち着いて聞いてくれ。彼女とはリーザスの牢屋で出会ったんだ。少し話をしただけで、彼女はまだ牢屋に捕まっている」

「そう……ごめんなさい、取り乱したりして……」

「いや、無理もないさ。彼女は君の……」

「実の姉です……そう、まだ牢にいたのね……早く保釈金を稼いで助け出してあげないと……」

 

 ルークの肩から両手を離し、顔を俯かせるアキ。最後に少しだけ見えたその顔は、今にも泣き出しそうな表情であった。

 

「お姉さんに何があったんだ? 彼女はなぜ捕まっている?」

「……私たち姉妹は、城下町でパン屋を営んでいました。これでも、結構評判のお店だったんですよ。笑顔の絶えない、充実した日々でした。でも、あの日……」

 

 アキがスカートの端を強く握りしめる。忘れもしない、彼女たちの運命を大きく変えた日の事を思い出しているのだ。

 

「突然、リーザスの兵が店に乗り込んできて、姉さんを捕まえたんです……」

「……罪状は?」

「王女様に反乱を企てた、という理由でした。そんなの、まるで身に覚えの無い事です! 姉さんが……姉さんがそんな事をするはずがない!!」

 

 目から涙を溢し、悲痛な声を上げるアキ。その心からの叫び声を聞いたルークは一度だけ天井を仰ぎ、一つの決意をする。

 

「あの……えっと、お名前をお聞きしていませんでしたね」

「ああ、すまない。ルークだ」

「ルークさんは、見た目から察するに冒険者の方ですよね?」

「ああ、一応な」

「……こんな事をお願いするのも変な話ですけど、もしユキ姉さんともう一度会うような事があれば、これを渡していただけませんか?」

 

 指で涙を拭いながら、アキは変わった形の石を懐から取り出してくる。

 

「これは?」

「私たちの家に代々伝わる、やすらぎの石です。持ち主の心を落ち着ける効果があります。って、さっき取り乱しちゃった私が言っても説得力ないですけどね……」

 

 そう言いながら微笑むアキ。このような冗談を言えるという事は、多少落ち着いてきたようだ。これももしかしたら、やすらぎの石の効果なのかも知れない。

 

「代々伝わる家宝の品をも上回る程の動揺だったという事だろう? 姉思いなんだな」

「たった一人の、掛け替えのない姉さんですから……この石が、少しでも姉さんの心をやすらげてくれれば……」

「……任された。必ずお姉さんに渡しておくよ」

「本当にありがとうございます。それと、これは少ないですけど依頼料です」

 

 アキは財布からからGOLDを出そうとするが、ルークは静かにそれを止める。

 

「それは貰えないな……色々とありがとう。言いにくい事まで言わせてしまったな」

「いえ、こちらこそ色々と聞いて貰って……」

「それじゃあな。それと、保釈金を稼ぐためとはいえ無理に働きすぎては駄目だぞ」

「でも……少しでも早く姉さんを助け出してあげないと……」

 

 そう言い残し去ろうとするルークに、アキは小さい声で反論する。それを聞いたルークは彼女に一度だけ振り返り、ハッキリと口にする。

 

「大丈夫だ。お姉さんはもうすぐ帰ってくるよ。約束する」

 

 騒がしいカジノの中だというのに、ルークのその力強い言葉は、アキの心に確かに響いていた。

 

 

 

-リーザス城 牢屋-

 

 その娘は、既に城を出る事を諦めていた。身に覚えのない罪で投獄され、まだ男を知らなかったその躰を王女に汚されぬいた。余計な事を喋れば殺すとも言われた。肉体的にも、精神的にも、彼女はもういつ壊れてもおかしくないくらいボロボロであった。そんな彼女の心を繋ぎ止めていたのは、最愛の妹の存在。

 

「アキに……出来る事ならアキにもう一度会いたい……」

 

 そう呟いた瞬間、ギィッ、という鈍い音を響かせながら牢の扉が開く。また王女が来たのか、今日はどのような形で汚されるのかと考えながら扉の方に視線を向けると、そこに立っていたのは王女ではなく、先程牢を訪れた二人の男。

 

「貴方たちは先程の……」

「妹のアキさんから頼まれたものを届けに来た」

「……えっ?」

 

 アキという言葉を聞いて、ぼんやりとしていたユキの意識が急速に覚醒していく。

 

「アキに会ったんですか……?」

「ああ。これが妹さんからの預かり物だ。受け取ってくれ」

「これは、やすらぎの石……」

 

 家宝であるやすらぎの石を見て、ユキは目の前の男が真実を語っているのだと信用し、両手をそっと前に出してやすらぎの石を受け取る。その石を手に取った瞬間、ぐちゃぐちゃに汚されていた心が落ち着きを取り戻していく。目から自然と涙が流れ、それを止める事が出来ない。

 

「アキ……ありがとう……」

 

 泣きながらやすらぎの石を両の手のひらで包み込むユキ。妹の思いが、彼女の心を闇の中から救い出したのだ。その様子を黙って見ていた冒険者が、ふと後ろにいたもう一人の男に声を掛ける。

 

「ランス、先に謝っておく。すまん」

「ん?」

 

 そう言うや否や、冒険者は腰に差していた剣を即座に抜き、勢いよく振り下ろした。同時に、牢の中に金属音が響く。冒険者が振り下ろした剣が、ユキの足に繋がれていた鎖を叩き壊したのだ。

 

「えっ……? ど、どうして……?」

「『ぱとらっしゅ』という酒場は知っているな?」

「は、はい。ウチの店もよくお世話になって……」

「そこの親父さんに話を通してある。二、三日の間そこに隠れていてくれ」

 

 突然の出来事にユキの思考が追いつかない。何故この男は自分を助けてくれたのか。何故そのような事をするのか。それに、自分が抜け出せば城は大騒ぎになる。そんなユキの様子を察してか、冒険者は静かに口を開く。

 

「大丈夫。大騒ぎにはならないし、すぐにまた妹さんとも暮らせるようになる」

「どうして……ですか……?」

「すぐに全てを終わらせるからだ。俺たちがな」

 

 そう言いながら、目の前の冒険者は優しく手を引いてユキを立ち上がらせる。まともに歩くのは久しぶりであったため、ユキの足下はおぼつかない。そんなユキを見た冒険者は、そっと肩を貸してくれた。その行動に後ろで控えていた男が何やら騒ぎ立てているが、男は特に気にした様子を見せず、そのまま牢からユキを連れ出そうとする。

 

「さあ、行こう」

「お名前……聞かせて貰ってもいいですか……? あちらの方はもうお聞きしましたが、貴方のお名前はまだでしたので……」

「ルークだ。妹さんと仲良くな」

 

 

 

-リーザス城下町 酒場前-

 

「悪かったな。これで今後は動きにくくなる」

「ん?」

 

 ユキを酒場へと届けた二人は、壁に背を預けながら話し合う。ユキがいなくなった事はすぐに王女の耳に入るだろう。となれば、今後はリーザス城への侵入は厳しくなる。元々平和な国で警備が緩かったからこそ、二回も城の中へ入れたに過ぎない。相手が本格的に警備をしいてきたら、諜報活動を別に得意としている訳ではない二人に為す術はないのだ。だが、そんなルークの謝罪をランスは気にした風もなく、豪快に笑い飛ばす。

 

「ユキちゃんが助かったんだ、何も問題はあるまい。がはははは!」

「ふっ……」

 

 そのランスの笑いに、ルークも自然と笑みが零れる。と同時に、ランスを少し見直していた。

 

「(この男の器は、俺程度が推し量れるような物ではないのかもしれないな……)」

 

 ルークがそんな事を考えている横で、ランスもチラリとルークの顔を見ている。ランスもまた、ルークへの見方を変えているところだった。

 

「(ふむ……適当なタイミングでサクッと殺して報酬を独り占めするつもりだったが、美女を助けるために動くとは中々に下僕として見所のある奴。金払いも良いし、しばらくは適当にこき使ってやるとするか)」

 

 未だ下僕扱いから抜け出せてはいないが、ランスからの印象が多少変わってきていた。傍若無人な性格のランスはこれまで多くの男を殺して来たが、何もどんな男でも即殺すという訳では無い。自分の邪魔になる存在やむかつく存在を殺すのであって、自分の邪魔をせず、多少なりとも益のある使える男を殺したりはしないのだ。ルークへの現段階の評価は正にそれであった。ここが、後に背中を預け合う二人のスタート地点である。

 

「(しかし……)」

 

 ルークが遠目に見えるリーザス城に視線を向ける。先程牢屋から抜け出す際、件の少女の部屋の前を通ったが、あのとき感じた強烈な殺気は感じなかった。

 

「(彼女は一体何者だったんだ……?)」

 

 その疑問に答えられる者は、この場にはいない。

 

 

 

-リーザス城 客間-

 

 その少女は椅子に腰掛け、足をぷらぷらとさせながら愛しの彼が戻ってくるのを待っていた。彼は今、お腹を空かせた彼女のためにはんばーがーなる食べ物を買いに行っている。

 

「健太郎君、遅いな……」

 

 退屈な少女の頭に浮かぶのは、先程部屋に押しかけた二人組の男。スカートを捲られたのは口が大きい男の方であったが、彼女が今考えているのはその奥でずっと黙り込んでいた黒髪の男。

 

「あのおじさん、初めて見る人だよね……? なんか嫌な感じがしたなー……なんだろう?」

 

 そう独りごちる少女。ルーク程ではないが、彼女も目の前に立っていた相手に対して何かを感じ取っていたようである。肌に纏わり付くような感覚。嫌悪感とも呼べるそれを、少女は本能で感じ取っていたのだ。

 

「んー……そろそろリーザスからも離れなきゃだめかなー? 結構この国好きだったんだけどなー……健太郎君が戻ってきたら相談してみよっと!」

 

 そう決意したところで少女のお腹が鳴る。空腹と孤独感から悲しげな表情を浮かべる彼女の顔は、やはりどこからどう見ても普通の少女にしか見えない。彼女の名は来水美樹。しかし、彼女にはもう一つ名前がある。その名は、

 

「あーあ……魔王になんか、なりたくないのに……」

 

 魔王リトルプリンセス。

 

 ルークが彼女の正体を知るのは、まだかなり先の話。だが、いずれその日はやって来る。今にも崩れ落ちそうな教会の中、床に倒れ伏す者たちの中心で相対する絶対正義と絶対悪。ルーク自身の正義と悪が試されるその日が。

 

 




[人物]
来水美樹
LV 1/∞
技能 魔王LV1
 現在の魔王。魔王名は「リトルプリンセス」。元々は異世界で暮らす普通の中学二年生だったが、先代魔王ガイに無理矢理この世界に連れてこられ、魔王になってしまう。彼女にガイの後を継がせようとする者、彼女を殺して自分が新たな魔王になろうとする者、その双方から彼女は追われる形となってしまう。彼女を救うべく元の世界から追いかけてきた恋人の小川健太郎と共に、今は大陸中を逃げ回っている。

ライハルト
LV 7/12
技能 シーフLV0
 かぎりない明日戦闘団リーダー。装備は大鎌。原作では一応記念すべき初ボスに当たるが、まず負ける相手ではない。

シャイラ・レス (半オリ)
LV 3/25
技能 剣戦闘LV1 シーフLV1
 かぎりない明日戦闘団の女盗賊にして唯一の生き残り。原作では名無しの女盗賊で、ランスにクイズ勝負を挑んでくる。本作同様再登場フラグとも取れる言葉を残して去るが、その後23年間音沙汰がないため、きっともう二度と登場しない。名前はアリスソフト作品の「大番長」より一部流用。本作での再登場予定は一応あり。

パルプテンクス
 リーザス城下町の酒場『ぱとらっしゅ』マスターの娘。美人で人当たりが良い評判の看板娘だが、何故かランスに好意を抱く。

『ぱとらっしゅ』の親父
 リーザス城下町の酒場『ぱとらっしゅ』のマスター。普段から気に入った相手の飲み代を無料にするなど気っぷの良い親父だが、ネーミングセンスはない。

ユキ・デル
 謀反の冤罪を掛けられ投獄されていた女性。投獄前は妹と一緒に城下町でパン屋をやっており、町の人からの評判も良い仲良し姉妹であった。

アキ・デル
 姉の保釈金を稼ぐためにカジノで働いていた女性。勝ち気な見た目とは裏腹に、非常に姉思いの優しい性格である。一部からランスクエストでの再登場を期待されていたが、その夢は儚く散った。

甲州院葉月
 リーザス城カジノ店員。脱衣ルーレット担当。的中率1/10で配当3.6倍。最新作であるランスクエストマグナムに名前だけ登場。

お掃除メイド
 リーザス城メイド。お掃除に情熱を掛けている真面目娘。

パン盗みメイド
 リーザス城メイド。手癖が悪く、常にパンを盗んでいる。お掃除メイドと共に、ランスクエストにて奇跡の再登場を果たす。22年ぶりと言えばその奇跡具合が判るだろう。

リーザス城門番
 通行証をチェックする女の子門番。ちゃんと仕事している方。

リーザス城牢番
 牢屋を見張る女の子兵士。仕事していない方。牢番ェ……


[技能]
魔王
 魔王のみが保有する技能。二級神をも上回る力を手にする。

シーフ
 盗賊としての才能。手癖の悪さともいえる。


[技]
真空斬 (オリ技)
使用者 ルーク
 剣に溜めた闘気を相手へ飛ばす必殺技。威力は剣に溜めた闘気の量に依存し、今話で使った程度の量であれば普通の斬撃と変わらず、ある程度の実力者ならばその軌道を読んで簡単に防ぐ事が出来る。威力を落とせば連発も可能。戦士タイプとしては貴重な遠距離攻撃手段であるため、ルークはこの技を重宝している。


[アイテム]
やすらぎの石
 持ち主の心がやすらげる不思議な石。没落貴族であるデル家に代々伝わる家宝。

帰り木
 ダンジョンから脱出する事の出来る冒険者の必須アイテム。一度使うとなくなる。


[その他]
かぎりない明日戦闘団
 リーザス近辺で活動をする盗賊団。ランスとルークの活躍で壊滅した。


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第4話 惹かれあう強者たち

 

-リーザス城 コロシアム-

 

「ふむ、これがリーザスコロシアムか。有名な闘技場と聞いていたが、出ている連中はへなちょこばかりだな」

 

 活気溢れる闘技場の観客席でそう口にするランス。ユキを酒場へと送り届けた後、ルークとランスはリーザス城内にあるコロシアムへとやってきたのだ。カジノと違いまだ情報収集をそれ程していない場所であり、ユキが何者かの手で脱走した事が判れば情報収集がしにくくなる事が予想されたため、早急にこの場所に来る必要があったのだ。とりあえず二手に分かれて情報収集をする事にした二人だったが、ランスが真面目に働くはずもなく、こうして試合の観戦をしているところだった。

 

「お、女戦士もいるのか。白井カタナちゃん、87点の美人だな」

 

 次の試合に出場する選手が入場口から出てくる。緋袴の美人長刀使いにランスが鼻の下を伸ばしていると、不意に後ろから声が聞こえてくる。

 

「ああ、つまらないわ。みんな弱い人ばかりで!」

 

 小馬鹿にするような声を聞き、何事かと眉をひそめながら振り返るランス。観客席にある通路階段の上の方に声の発生主はいた。黄金の鎧を身に纏った女戦士。ランスの周囲にいた者が、女戦士の顔を確認してざわつき始める。どうやら有名人らしい。

 

「おい、あれ……」

「間違いない。ちょっと色紙を買ってくる!」

「あの、握手を……」

「ああ、いいよ。いつもありがとうね」

 

 ファンらしき男からの握手に丁寧に応じる女戦士。あんな振る舞いをしていたが、ファンサービスはしっかりとこなしているようだ。

 

「それにしても、最近の男はだらしないわ。闘ってもまるで張り合いがないんだもの!」

「むかむか……おい貴様、少しばかり生意気だぞ! 俺様がお仕置きしてやろうか!?」

 

 まるで男全てを挑発するかのような女の発言にランスの怒りが爆発する。先程まで自分も、コロシアムにはへなちょこしかいないと口にしていたばかりなのだが、そんな発言は既に忘れてしまっているようだ。ファンに囲まれている女戦士に怒り心頭で突っかかっていくと、それを見た女戦士はファンを一歩下がらせながらランスを階段の上から見下ろしてくる。

 

「あら? 随分と自信満々ね。貴方なら私に勝てるって言うの?」

「その通りだ!」

「へぇ……それなら、このコロシアムで私と勝負しない? 貴方のその自信、打ち砕いてあげるわ」

 

 自信満々にふんぞり返るランスを見ながら、女戦士も自信のある様子で平然と勝負を持ちかけてくる。その挑発的な態度が、ランスの怒りに更なる油を注ぐ。

 

「上等だ! ただし、俺様が勝ったら一発ヤらせて貰うぞ!」

「ヤる……? ああ、そういう事。いいわ。私が負ける訳ないけど、勝ったら好きなだけさせてあげるわ」

「よーし、その躰はこれで俺様のものだ! 綺麗に洗って待っておくんだな!」

「必要ないと思うけどね。戦いは明日のトーナメントで。受付はもう始まっているから、しっかりと申し込んでおきなさいよ。楽しみにしているわ」

 

 クルリと身を翻し、この場から立ち去っていく女戦士。それと入れ違いにルークがやってくる。若干の人だかりとざわつき、そしてその中心にランスがいるのに気が付いて駆け足で近寄ってくる。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「ふん、身の程知らずに世界の広さを教えてやろうとしただけだ……っと、おい、お前の名前は何だ!?」

 

 女戦士の名前を聞き忘れていた事に気がつき、去っていくその背中に向かって大声で叫ぶランス。その言葉を聞いた周囲の者たちは更にざわめく。目の前のこの男は、相手が誰かも知らずに喧嘩を売っていたのかと。その声に女戦士は静かに振り返り、楽しそうに笑いながら名乗りを上げる。

 

「ユラン・ミラージュ! このコロシアムのチャンピオンさ!」

 

 

 

-リーザス城下町 酒場『ぱとらっしゅ』-

 

「へー。それでランスさんは明日のトーナメントに出ることになったんですね」

「ああ、そういう事だ。今は受付に行っている」

 

 あの後、事情を聞いたルークは受付をするというランスをその場に残し、一人で酒場へとやってきていた。カウンターで酒をちびちびと飲みながら、パルプテンクス親娘と会話を弾ませている。

 

「親父さん、悪かったな。無理を言ってしまって……」

「なーに、良いって事よ! パン屋のユキちゃんを救ってくれたんだからな! 二、三日と言わず、一生住み着いてくれてもいいくらいだぜ」

「そうですよ、気になさらないでください」

 

 ユキ救出の前に一度酒場を訪れ、しばらく匿って貰えないかと相談したルーク。無茶な相談であったが、パルプテンクス親娘はそれに快く応じてくれたのだ。

 

「ユキさんは私の部屋で寝ています。よっぽど安心したんでしょうね。気持ち……少しですけど、判りますし……」

 

 攫われていたときの事を思い出しながらパルプテンクスがそう呟く。まだ自分たちの心の整理も仕切れていないはずなのに、快くユキを受け入れてくれたこの親娘にルークは心から感謝していた。それを口にしても先程のようにマスターに流されてしまうため、心の中で二人に頭を下げていると、申し込みを終えたランスが酒場へとやってくる。

 

「がはははは、申し込み完了だ! これで明日の試合に参加できるぞ!」

「お疲れ様です、ランスさん。どうぞ、まずは一杯!」

「おう。ありがとうな、パルプテンクスちゃん」

「ぽっ……」

 

 もうこの状況に慣れてしまったルークは特にツッコミも入れず、酒の追加を親父さんに注文しながら明日の事を考える。ランスがトーナメントに出ている間、自分だけ何もしない訳にはいかない。とはいえ、流石にもう城に潜入するのは難しいだろう。

 

「でも、ユランさんは強敵ですよ? 大丈夫ですか?」

「そうだな。本人が望めば、リーザス軍の副将にだって十分なれるって評判だしな」

 

 リーザスコロシアムチャンピオン、ユラン・ミラージュ。強いだけでなく魅せる戦い方をする美人女戦士の噂はルークも耳にしており、マスターの言葉が真実ならば相当の実力者という事になる。だが、ランスはそれを鼻で笑って一蹴する。

 

「ふん、俺様の相手ではないわ!」

「そうですね! ランスさんは無敵ですものね!」

「がはははは! その通りだ、パルプテンクスちゃん」

「あんまり調子に乗りすぎて、足下を掬われるなよ」

「そんなのは三流のやる事だ。超一流の俺様は多少調子に乗ったところで関係無い。なにせ、相手との実力差がありすぎるからな。がはははは!」

「はい。ランスさんは超一流です!」

 

 ランスを煽りながら酒を注ぎ足していくパルプテンクス。すっかり信奉者といった状態だ。

 

「ユランの必殺技は幻夢剣っていう技でな。ありゃすげー技だぜ。でも、以前酒場で飲んでた奴が、ヒララレモンを鎧に塗っておけば滑って当たらないとか言っていたような……」

「む、それは本当だろうな? 親父、ヒララレモンをよこせ」

「相手ではないと言っておきながら、万全を期す。戦士の鏡ですね、ランスさん!!」

「やれやれ……」

 

 更にランスを煽るパルプテンクス。それに気を良くしたランスは、明日は試合だというのにどんちゃん騒ぎを始めてしまう。それを見たルークは静かにため息をつき、カウンターに金を置いて椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあ、俺はお先に」

「おう、帰れ、帰れ。俺様はこれからパルプテンクスちゃんとお楽しみだからな」

「ぽっ……」

「明日の試合に備えて早めに寝ておけよ。それと、俺は明日もう一度城下町で聞き込みをするつもりだ。夜にまたここで落ち合おう」

 

 そのまま酒場を後にしようとするルークだったが、ランスはパルプテンクスの肩を抱きながらその背中に向かって言葉をかける。

 

「何を訳の判らん事を言ってるんだ?」

「は?」

「明日はお前もトーナメントに参加だぞ。定員が32人で俺様が31人目だったから、気を利かせて申し込んでおいてやったぞ。感謝しろ」

「何を勝手な事してくれているんだ!?」

 

 こうして、図らずもルークのトーナメント参加が決定してしまうのだった。

 

 

 

-深夜 リーザス城 とある部屋-

 

 城内警護の者の足音が微かに聞こえる中、月明かりが射し込む部屋に三つの人影があった。その中の一人、豪華な椅子に腰掛けた人影がゆっくりと口を開く。

 

「……ユキの動向は?」

「まだ判っておりません」

「そう。あの牢番はクビにしておきなさい」

「承知しました」

 

 椅子に腰掛けている者は、横に控えていた影が頭を下げるのを確認し、今度は目の前で跪いている人影に向かって口を開く。

 

「ユキと侵入者を急いで捜すこと。いいわね」

「……はっ!」

 

 そう一言だけ発し、跪いていた者は瞬時にその場から消え去る。威勢の良い返事を聞いたその者は多少気を良くし、椅子に深く腰掛け直す。

 

「……ふふ、誰に喧嘩を売ったか教えてあげないとね」

 

 月明かりに照らされたその者の口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

 

 

翌日

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

「どぉぉぉりゃぁぁぁ!!」

「うごぉぉぉぉ……」

「それまで! ランス選手の勝利です! 巨人のこんご選手を見事打ち破り、堂々の準決勝進出を決めました!」

 

 ドッとコロシアム中に歓声が沸き上がり、ランスは剣を高々と上げてそれに応える。ランスは一回戦でサイボーグ戦士であるフブリ・松下を、二回戦でくぐつ伯爵を、そして今行われた三回戦で巨人のこんごを破り、堂々の準決勝進出を決めていた。そのまま入場口から選手控え室へと戻ると、そこには三人の選手がいた。ユランと、三回戦の試合を目前に控えた男戦士と男武闘家。ルークがこの場にいないのは、ランスの次の試合であったため、入れ違い様にこの部屋を出て行ったからだ。

 

「口だけじゃなかったみたいだねぇ」

 

 魔法ビジョンのモニターでルークの試合を観戦していたユランが話しかけてくる。彼女は白井カタナとの激戦を制し、ランスたちよりも一足先に準決勝進出を決めていたのだ。

 

「ふん。雑魚ばかりで退屈すぎるな」

「その退屈はこれで終わりさ。なにせ、次の対戦相手は私だからね!」

 

 次の準決勝でランスとユランは激突する。互いに軽く睨み合っていると、モニターから大歓声が聞こえてくる。試合が大きく動いたようだ。

 

『ふんっ!』

『何故だ……何故ハニワ神は私を見捨て……ぐふっ』

『それまで! ルーク選手の勝利です! ハニーフラッシュの使い手であるおたま男選手を破り、見事準決勝進出を決めました!』

 

 司会者の言葉に観客席が更に沸く。これで準決勝へと駒を進めた選手は三人。ランス、ユラン、そしてルークだ。

 

「へぇ……お仲間もやるみたいじゃないか」

「仲間じゃない、下僕1号だ。まあ、超英雄である俺様の下僕なのだから、この程度の相手に負けるのは許さんがな」

「……」

 

 武闘家が無言で部屋から出て行く。ルークの試合が終わったため、次は彼の出番なのだ。男戦士もそれに続くように部屋から出て行こうとすると、丁度試合を終えたルークが控え室に戻ってきた。

 

「あの程度の相手に時間を掛けすぎだ! 下僕として精進が足りんぞ」

「労いの言葉くらい掛けられんのか……」

 

 戻るや否や文句を言ってくるランス。あんまりな物言いにルークが軽くため息をついていると、目の前に立っていた男戦士が話しかけてくる。赤い短髪にまだ幼さの残る顔、十代半ばと思われる若い剣士だ。

 

「よう、あんた中々強いな! 俺はアジマフ・ラキってんだ。次の準決勝、楽しみにしているぜ!」

「ん……」

 

 自分の言いたい事だけ言ってすぐにこの場から立ち去ってしまうアジマフ。その自信満々な様子から、既に自分が準決勝まで駒を進められる事に何の疑いも持っていないようだった。

 

「若いのは威勢が良いねぇ」

「若い内は多少跳ねているくらいの方が良いってもんだ」

「だけど、今の約束はちょっと厳しそうだねぇ……」

 

 ユランがそう良いながらモニターに視線を向ける。丁度入場口からアジマフが登場し、先に登場していた武闘家と相対しているところであった。試合開始のゴングが鳴り、アジマフが剣を振りかぶって武闘家に斬りかかる。が、武闘家は軽快な足捌きでそれを全て躱し、隙を見つけては強烈な拳をアジマフの全身に叩き込んでいた。

 

「がはは。まるで相手になっていないな。ダサすぎる」

「アジマフも磨けば光りそうだが、現段階での強さに開きがあるな。次の俺の相手は武闘家で決まりかな……?」

「まあそうなるだろうね。あっちの若い坊やとはモノが違うよ」

 

 ユランがそう答えるのとほぼ同時に、武闘家の拳がアジマフの顎に命中する。世界がひっくり返るような衝撃を受けたアジマフはそのまま仰向けに倒れ、起き上がる事が出来なかった。これにて、武闘家の勝利が決定する。

 

『それまで! ロックアース出身のアジマフ選手、惜しくもここで敗退です! そして、遂に残すところはあと三戦! 果たして誰が優勝の栄光に輝き、リーザス軍将軍とのエキシビションマッチの権利を得るのでしょうか!? 司会は私、シュリ・セイハジュウ・ナガサキが引き続きお送りします』

 

 司会者の言葉にまたも会場が沸き立つ。どうやら貰えるのは名誉と挑戦権だけで、優勝賞品や賞金といったものは無いようだ。正直なところ、もうそろそろ棄権をしようかとルークは考えていた。リーザスを探っている以上、優勝などして下手に目立つのはマズイからだ。だが、今の武闘家を見て心変わりをする。

 

「……あの武闘家、相当の手練れだな。この闘技場の常連か?」

「いや、初めて見る顔だね。なんだい、興味でも湧いたかい?」

「まあな」

「なんだ、貴様ホモだったのか?」

「違うわ! 単純に奴と手合わせをしたくなっただけだ」

 

 ルークが興味深げにモニターを見上げる。担架で運ばれていくアジマフを一瞥し、観客の声援に応える事無くその場を後にする赤い髪の武闘家。この控え室に戻ってくるつもりのようだ。すると、シュリという司会者とは別にもう一人女性司会者が登場し、交互に言葉を発して会場を盛り上げる。

 

『さあ、一体誰が栄光に輝くのか!?』

『我らの偉大なチャンピオン、ユラン選手か?』

『あの巨人のこんご選手すらねじ伏せた剛剣の使い手、ランス選手か?』

『華麗な剣技でここまで勝ち上がってきた柔剣の使い手、ルーク選手か?』

『あるいは……』

 

 司会者の言葉に呼応するかのように、会場が興奮のるつぼと化す中、ギィっと控え室の扉が開く。先程勝ち上がった武闘家が部屋に戻ってきたのだ。そして、次の対戦相手であるルークと目が合う。決して挑発的な訳では無いが、その目が悠然と語っていた。負ける気は無いと。

 

『大陸を旅する武闘家、アレキサンダー選手か? 準決勝、まもなく始まります!』

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 南側観客席-

 

「ああ……やっぱりランスさん格好良い……」

「流石に二人とも凄腕だな。トーナメント初出場で準決勝まで来ちまうんだからな」

 

 わざわざ店を閉めてまで二人の応援に来たパルプテンクス親娘。パルプテンクスはランスの実力に惚れ直し、マスターはパンフレットを捲りながらユランの記事に目を通す。そこに書かれているのは、絶対王者の強さを謳った言葉の数々。

 

「さて、ユラン相手にどう立ち回るか……」

「大丈夫よ、お父さん。ランスさんは超一流の冒険者だもの!」

 

 リーザスにその名を轟かすチャンピオン相手だというのに、ランスの勝利を全く疑っていないパルプテンクス。恋する乙女は盲目である。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 西側観客席-

 

「良かった……なんとか準決勝には間に合った……」

 

 車椅子に乗った少女がホッと息を吐く。彼女はリーザス城下町で情報屋を営む娘であり、パルプテンクス親娘同様この試合を見に来るために店を臨時休業にしてきたのだ。モニターに映し出される四選手の姿を見て、胸に手を当てながら静かに呟く。

 

「頑張って……ルークさん……」

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 東側観客席-

 

「いえーい、三回戦全的中! こりゃ笑いが止まらないわ!」

 

 東側の観客席では女性神官が自身の大勝ちに気を良くしていた。リーザスコロシアムでは賭けも行われており、その形式は一戦毎の勝者を当てるというもの。オッズは事前情報や経歴などから決められる。ランスやルークは自由都市では名前が売れているが、リーザスではそれ程有名では無く、そのうえコロシアムへの出場は初めてであるため、比較的高配当の選手となっていた。

 

「おいおい、神官さんが賭けなんかして良いのかよ?」

「ああ、なんと痛ましい試合でしょう。この勝ち金は彼らの治療費にあてたいと思います。思いはします。実行するかは未定です。アーメン」

 

 酔っ払いに絡まれるも、それに適当な返事をして次の試合の賭けに向かう女性神官。下着にローブを羽織っただけという露出度の高い格好をしており、とても神官とは思えない振る舞いだ。だが、彼女は正真正銘AL教の神官である。

 

「ユランに500GOLD!」

「ルーク……いや、アレキサンダーに200GOLDだ!」

「チャンピオンのユランが負ける訳ねぇ! 1000GOLDつぎ込むぜ!!」

 

 ルークとアレキサンダーの倍率はトントンといったところだが、ランスとユランの倍率はユランの圧勝であった。賭けても大した返金にはならないというのに、それでもユランに賭ける者が多いのは絶対的な信頼の表れといえるだろう。そんな男たちの波を押し分け、先の女性神官が賭けの受付にドン、と大金を置く。

 

「ランスに10000GOLD、ルークに5000GOLD!」

「「なっ!?」」

 

 周囲がざわつく。こんな大金を持っている事と、それを大穴に簡単につぎ込む事への二重の驚きからである。受付員も目を丸くし、目の前の女性神官に問いかけてくる。

 

「ほ、本当に良いんですか?」

「当然!」

 

 ニッと笑う女性神官。彼女は自由都市で暮らしているため、ランスとルークの噂を知っていたのだ。彼女の名は、ロゼ・カド。AL教始まって以来の不良神官と名高い人物である。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 北側観客席-

 

「……」

 

 観客席から舞台を見下ろす少女。先程から彼女の側にいる酔っ払いが周囲の美少女をナンパし続けているのだが、何故か容姿の整っている彼女には声をかけてこない。というのは、その酔っ払いが少女の事をちゃんと認識出来ていないためである。少女は自身の気配を完全に消しており、周囲からは少女の事は見えているのに認識出来ない、そんな不可思議な事態が起こっていたのだ。

 

「あれだけ忠告したのに……」

 

 悔しそうに歯噛みする少女。その声は、以前にルークとランスの前に姿を現した女忍者と同じものであった。

 

「さあ、間もなく準決勝が始まります! 絶対王者のユラン選手に、ランス選手はどのように立ち向かうのか!? あっ、パニィさん、ゴング、ゴング……はい、準備が出来ました。それでは準決勝、今ゴングです!!」

 

 多くの者が見守る中、準決勝開始のゴングが高く鳴り響き、準決勝第一回戦が始まった。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

「はぁぁぁっ!」

「おっと」

 

 準決勝が始まって数分、舞台上ではユランがランスを攻め続けていた。時折ランスも強烈な一撃で反撃するが、ユランはそれを巧みに躱す。準々決勝までとはレベルの違う攻防が繰り広げられていた。

 

「はっ、想像以上だよ! 私の剣をここまで防いだ男は初めてだ!」

「当然だ、ふんっ! ええぃ、俺様の攻撃を避けるんじゃない!」

「嫌なこったね!」

 

 互いの剣が交差し、火花を散らす。ユランは絶え間なく攻撃を仕掛け、手数の多さでランスを攻め立てる。傍目にはユランがランスを圧倒しているようにも見えるため、観客たちは我らがチャンピオンの優勢に心を躍らせていた。

 

「ユラン選手、怒濤のラッシュ! ランス選手もそれをギリギリで捌き、なんとか持ち堪えています! この状況をどう見ますか?」

 

 実況席のシュリが隣の男に問いかける。この準決勝から解説として招かれたその男の容姿は美男子という言葉がピッタリな程に整っており、綺麗な金髪が更にそれを際立たせていた。この男が、優勝した選手とエキシビションを行う予定のリーザス兵だ。シュリの問いかけにその男はマイクを手にとって答える。

 

「そうですね……一見押しているのはユラン選手のようにも見えますが、優勢なのはランス選手の方ですね」

「えっ!? 主導権を握っているのはユラン選手のように見えますが!?」

「確かに手数で押しているようにも見えますが、その実攻撃は全て防がれています。これまでのユラン選手の攻撃は、一撃たりともランス選手に届いていません」

 

 そう、ランスはユランの攻撃を全て捌いていた。ランスはその強力な一撃からパワータイプの戦士に分類されるが、身のこなしは案外軽く、敵の攻撃を捌くことも得意としていた。

 

「ユラン選手の素早い攻撃を見切る動体視力、そして攻撃の先読みをする戦士としての勘。申し分ないですね。それに……」

 

 解説の男が言いかけた瞬間、ランスが動く。ユランの連撃の中に一瞬の隙を見つけ、素早く剣を振り下ろしたのだ。

 

「なっ!?」

 

 不意を突かれたユランだが、なんとかすんでのところで攻撃を躱し、ランスの一撃は地面へとめり込む。そのままユランはバックステップでランスから距離を取る。

 

「むかむか、避けるな卑怯者!」

「(ふざけるんじゃないよ! なんだ、このでたらめな威力は……)」

「ユラン選手はどうして今の間に攻め込まなかったのでしょうか?」

「無理もありません。それこそが、私が今言おうとしていたランス選手のもう一つの強みになります。今の一撃が振り下ろされた地面に注目してください」

「えっ……? ああ、地面が大きく抉れています!!」

 

 シュリが驚愕する。ランスの剣が振り下ろされた地面は、上級魔法でも放ったのかと錯覚するくらい大きく抉れていたのだ。これではユランが文句を言いたくなるのも無理はないというものだ。

 

「ご覧の通り、ランス選手の攻撃は剛剣。万が一にも命中してしまえば、たった一撃でも致命傷になりかねない。ゆえに、チャンスがあっても攻めあぐねる。ユラン選手はいつ、どこからでも逆転負けの可能性がある。精神的にはかなりの負担となりますね」

「なるほど、参考になります。手数のユラン選手か、一撃のランス選手か!? どちらがこの勝負を制すのでしょうか!」

 

 観客の声に応えるようにユランが前に飛び出し、再びランスに連撃を仕掛ける。だが、ランスはそれを悠々と捌き、ユランは攻めあぐねる形となる。

 

「(強い……)」

「がはははは! くらえっ!」

「大振り!? ここだ!!」

 

 このままではジリ貧であると悟ったユランは、ランスの一撃がこれまでよりも大振りであった事に意を決して動く。自分の隙をついて攻撃してきたランスの一撃をこれまでのように後ろに跳んで躱すのではなく、体をクルリと回転させてそれを受け流し、あえて前に出たのだ。

 

「むっ……!?」

「おおっと、ユラン選手、あの剣の軌道は!!」

 

 ユランの剣がおかしな軌道を取る。妖しくも美しいその軌道は、見る者を虜にする不思議な力を持つ。このコロシアムに通う者ならば誰しもが知っている、チャンピオンであるユランの必殺剣。これまでこのコロシアムでユランに善戦した相手も、全てこの剣の前に倒れてきたのだ。観客も、そして目の前で対峙しているランスも、その剣の軌道を目で追ってしまう。

 

「(認めよう……あんたは私より強いよ……)」

 

 見る者を魅了するという効果とは別にもう一つ、この技にはユラン以外誰も知らない隠された効果があった。今まで放った相手は、その殆どがユランよりも格下であったために知られずにいた効果。それは、自分よりも格上の相手にこの技を放った場合、その威力が増すのだ。それも、格段に。

 

「(だからこそ、あんたはこの技で敗れることになる!)」

「げっ、マズイ!」

「ランスさん!」

「その軌道、正に夢幻の如し……」

 

 観客席ではロゼが舌打ちをし、パルプテンクスが身を乗り出している。そして、車椅子の少女がボソリと呟く。いつだったか、その技によって倒された凶悪モンスターが称したものであり、その技を評するのにいつしか定着していた言葉。

 

「幻夢剣!!」

 

 一閃。流れるような動きをしていた剣が、ユランの咆哮と共に恐るべき速さでランスの身体に迫ってくる。流石のランスもその軌道には反応出来ていない。この瞬間、会場にいた殆どの者がユランの勝ちを確信していた。確信していなかったのは、三人の男たち。

 

「(ランス選手のあの目……)」

 

 一人目は、ランスの目を見て何かあると感じ取っていた解説の男。

 

「落ち着け、パルプテンクス。大丈夫だ」

 

 二人目は、前日にランスが何をしていたのかを知っている『ぱとらっしゅ』のマスター。パルプテンクスも知っていたはずなのだが、ランスのピンチに思わずその事を忘れてしまったのだろう。そして、三人目はマスター同様種明かしを知っている男、ルーク。

 

「なっ!?」

「ふっ……」

 

 控え室でモニターを見上げていたルークは、目の前に映し出された事態に思わず声を出してしまうアレキサンダーの声を聞きながら静かに笑うのだった。

 

「なんだって!?」

 

 ユランが絶句しながら体勢を前に崩す。ユランの剣は確かにランスを捕らえたが、ランスの鎧に到達した瞬間その軌道が曲がったのだ。何故剣が滑ってしまったのかと困惑するユランだったが、前のめりに倒れてランスの鎧の側に顔を近づけた瞬間その理由を察知する。ツンとする嫌な匂いが彼女の鼻を襲ったのだ。

 

「こ、これは……レモン!?」

「がはははは、幻夢剣破れたり!」

 

 そう、昨日『ぱとらっしゅ』の親父から聞いていた幻夢剣の破り方をランスは実行したのだ。『ぱとらっしゅ』にあった在庫だけでは足りなかったので、朝の内にパティという女の子が経営しているアイテム屋でヒララレモンを買い、この試合直前に鎧に塗りたくっていた。一発でも攻撃を食らえばユランにばれる可能性があったため、ランスはここまで必死に攻撃を捌いてきた。そして頃合いを見計らってわざと大振りになり、隙を見せる。

 

「まさか……誘われたのか!?」

「気がつくのがちょっと遅かったな!」

 

 ランスは剣を両手持ちし、頭上高々と上げてそれをがむしゃらに振り下ろす。避けなければと思うユランだったが、足が動かない。レモンの匂いで彼女の全身から力が抜けているのだ。これは偶然であったが、レモンの効果は幻夢剣を破るだけでなく、幼い頃のトラウマからレモンを嫌っているユランから力を抜く効果まで持っていたのだ。

 

「やめろ……レモンは……レモンだけは駄目なんだぁ!」

「ランスアタァァァック!!」

 

 強烈な一撃が振り下ろされる。だが、その軌道の先はユランではなく、ユランの目の前の地面であった。轟音と激しい砂煙を上げながら、地面には先程までとは比べものにならないくらいの大きな穴が空く。

 

「なんだ……? 外したのか……?」

 

 観客の一人がそう呟いた瞬間、ランスアタックが振り下ろされた地面から強烈な衝撃波が発せられユランの体が吹き飛ばされる。とてつもない威力にその鎧は崩れ、背中から地面に叩きつけられる。仰向けに倒れたユランは空を見上げながら、自身のダメージを確認する。どうやら、立ち上がれそうにない。

 

「(近くにいた衝撃だけでこの威力とは……直撃していたら今頃私は……)」

 

 ゾッとするユラン。それは、ランスなりの情けだったのか、あるいはこれから抱く女を傷つけたくなかったのかは判らない。だが、最後の瞬間、確かにユランは手加減されていた。呆然と事実を受け止めている中、ランスの剣の切っ先がユランに向けられる。

 

「どうだ、俺様は強いだろう?」

「そうだね……幻夢剣を破る奴が、アリオス以外にもいるとはね……」

「がはは、負けを認めるな?」

「ああ……あんたの勝ちだよ、ランス」

 

 そうユランが宣言すると、観客席は静まりかえる。絶対王者であったユランの敗北にショックを受けているのだろう。だが、次第に観客席がざわめき始める。ランスアタックの威力を目の当たりにしたのだ。ランスの強さを認めるしかない。

 

「それまで! 勝者、ランス選手! 決勝進出決定です!!」

 

 シュリの言葉を皮切りに大歓声が生まれる。まだ準決勝だというのに、それはまるでコロシアムの新チャンピオンを祝福するかのような歓声であった。

 

「がはははは! それじゃあ、早速舞台裏でヤるぞ!」

「その前に、レモンを洗い流してくれ。頼む……」

「……そんなに駄目なのか、これ?」

「それだけは駄目なんだ……」

 

 

-リーザス城 コロシアム 控え室-

 

「ルーク選手、アレキサンダー選手、出番です」

 

 準決勝の前にシュリと一緒に司会をしていた女性従業員、控え室整備の夢色・パニィが二人を呼びに来る。アレキサンダーはスッと立ち上がり、困ったような口調で呟く。

 

「少しやりにくい空気ですね……」

「チャンピオンが敗れてしまいましたからね……頑張ってください!」

 

 そのまま控え室を出て行くアレキサンダーとは対照的に、ルークはまだモニターを見上げていた。何やら考え込んでいる様子であり、パニィの言葉が耳に届いていなかったようだ。

 

「あの……ルーク選手……?」

「ん、ああ、すまない。今すぐ行く」

 

 ハッと我に返ったルークがそう返事をし、控え室を後にする。ルークの胸に残ったのは、一つの疑問。

 

「(あの技、よく似ている……いや、考えすぎだな……)」

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

 ランスとユランの試合から十分後、会場に開いた穴の整備などがようやく終わり、準決勝二回戦の開始となる。舞台上で相対するルークとアレキサンダー。

 

「さあ、興奮冷めやらぬ中、二回戦です! ルーク選手とアレキサンダー選手、ランス選手への挑戦権を勝ち取るのは一体どちらなのか!? 試合開始です!!」

 

 試合開始の合図を聞いた二人は互いに構える。ジリジリとすり足で動きながら間合いを計り、弾き出される様に先に前に飛び出したのはアレキサンダーであった。

 

「つぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮と共に素早い突きを繰り出し観客席が沸く。大歓声を聞きながら、実況席のシュリが解説の男に試合の様相を問いかけた。

 

「この試合はどう見ますか?」

「そうですね……申し訳ないですが、相手にならないでしょうね」

「へ?」

 

 予想外の返答に戸惑うシュリだったが、それとほぼ同時に大歓声が沸く。慌てて視線を舞台上に戻したシュリが見たのは、苦しそうに膝をついているアレキサンダーの姿。

 

「な、なんと、これまで無類の強さを見せてきたアレキサンダー選手が、試合開始早々膝をついた!」

「くそっ……はぁぁっ!!」

 

 すぐに立ち上がったアレキサンダーが再度攻撃を仕掛けるが、あまりにも一方的な試合展開であった。アレキサンダーが攻め立て、ルークがそれを紙一重で躱す。状況的には先程のランス対ユランとよく似ているが、ルークはアレキサンダーの攻撃を剣で捌くのではなく、その身のこなしだけで全て躱していたのだ。いや、それだけではない。アレキサンダーに少しでも隙があれば、拳や蹴りをカウンターで入れるのだ。これではどちらが格闘家なのか判ったものではない。

 

「ご覧の通りです。アレキサンダー選手も素晴らしい才能の持ち主ですが、相手が悪すぎる。現在レベルに大きな開きがあるのでしょうね」

「では、何故すぐに決着を付けないのでしょうか? ルーク選手は先程から剣を殆ど使っていませんが?」

「判りかねます。無駄に相手をいたぶるような選手でもないと思うのですが……」

 

 司会のシュリと解説の男が困惑するが、一番困惑していたのは対戦相手であるアレキサンダーだ。自分の隙を戒めるかのような一撃を腹に受け、悶絶する。ここで攻め立てれば一気に勝負がつくはずなのに、ルークは攻めて来ない。

 

「(遊ばれている訳では無い……これは、これはまるで稽古だ……)」

 

 まるでアレキサンダーを強くするために稽古をつけてくれているかのような試合運びにアレキサンダーが拳を強く握りしめる。

 

「(ふざっ……けるなぁ! 何様のつもりだぁ!!)」

 

 それは、己の力に自信があったアレキサンダーにとっては侮辱としか感じられなかった。大陸を武者修行しながら渡り歩き、ふと立ち寄ったリーザスでのトーナメントに力試しに出場してみた。そして味わう、これ以上ない屈辱。だが、どう足掻いてもルークに自分の拳を叩き込む事が出来ないのだ。アレキサンダー自身も気が付いている。立っている場所が違う。

 

「ルーク選手……確かに貴方は強い……」

「……まあ、今のあんたには負ける気はしないな」

「だが、こちらにも意地がある!」

 

 空気が一変する。咆哮したアレキサンダーの拳を突如闘気のようなものが覆ったのだ。これこそが、アレキサンダーが修行中に編み出した最強の一撃。そのまま構え直すアレキサンダーにルークは平然と言ってのける。

 

「全力の拳を叩き込んでこい! 次は避けん!」

「くっ……その油断が……命取りだ!!」

 

 悔しさに歯噛みしながらも、ルークのその余裕を有り難く利用させて貰う。相手はこの技の威力を見誤っていると確信したアレキサンダーは、弾かれるように前に駆け出し、ルークに向かって渾身の一撃を放つ。技の名前は単純明快。特に技の名前に拘らないアレキサンダーは、この技を編み出した際に相手モンスターの装甲ごと破壊したことからそう呼んでいた必殺の拳。

 

「この一撃がこの試合の分水嶺……装甲破壊パンチ!!」

 

 その一撃をルークは剣で受ける。が、強烈な闘気を纏ったアレキサンダーの拳はルークの剣を叩き折り、その刃が宙を舞う。

 

「届いた……っ!?」

 

 瞬間、アレキサンダーが目を見開く。拳が届いたことに一瞬集中力を欠いてしまっていたアレキサンダーに対し、ルークは剣を折られても動揺することなく次の行動に移っていたのだ。宙を舞っていた刃を左手で掴み、右手でアレキサンダーの顔面を掴み押し倒す。

 

「良い一撃だった」

「ぐっ……おぉっ!?」

 

 僅かの間にルークがアレキサンダーの上に馬乗りになり、刃をその首に突きつけていた。その動きを目で追いきれなかった観客も、目で追い切れていた解説の男も、目の前の現状に息を呑む。既に決着が付いているであろう状況の中、アレキサンダーが口を開く。その瞳には涙。

 

「俺は……俺自身を許せない……」

「理由を聞いても良いか……?」

「拳が届いた瞬間……貴方の剣を折った瞬間……俺の心は満ち、集中力を欠いてしまった。武闘家として恥ずべき行為だ……」

「ああ、それがあんたの敗因だ……」

「……参った」

 

 アレキサンダーのギブアップ宣言が会場に響き、静かになっていた観客も熱気を取り戻して歓声を上げる。

 

「それまで! 勝者、ルーク選手! 決勝進出決定です!!」

「すまなかったな。試すような戦い方をして」

 

 勝利宣言がなされると同時に、ルークはアレキサンダーから離れて控え室に引き返そうとする。だが、それを引き留めるようにアレキサンダーが声をかける。

 

「ルーク殿! もし、またどこかで巡り会ったら……そのときは、また手合わせをしていただけませんか!」

「望むところだ。その腕がどれだけ鍛え上げられているか、期待して待っているぞ、アレキサンダー」

 

 そう背中越しに返事をし、ルークは奥へと下がっていく。それを見送ったアレキサンダーは、自らの拳に視線を落とす。

 

「また一から鍛え直しだな……」

 

 そう決意するアレキサンダー。この男は、今後更に飛躍的に強くなる事だろう。そう確信させるような真剣な瞳であった。

 

「我ながらガラじゃない事をしたな……」

 

 控え室へと続く通路を歩きながら、ルークは先程の戦い方に自ら苦笑する。あのような相手を侮辱しているとも取れる戦い方は本意ではなかった。しかし、どうしても彼にはあの程度の実力で満足して欲しくなかったのだ。折られた剣をマジマジと見つめ、ため息をつく。

 

「まさか折られるとはな……正しくダイヤの原石。あいつには、もっと上を目指して貰わなければ……」

 

 ルークは強者を求めている節がある。その理由をまだルークは誰にも語った事は無いが、彼は人類が知り得ぬはずの未来を見据えていた。後に控える、人類の存亡を掛けた大戦を。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 東側観客席-

 

「うへぇ、強い、強い。お陰でたんまり稼がせて貰ったわ」

 

 椅子に深く腰掛けながら、ロゼが先の二試合に感嘆する。どちらも並の強者では無かったはずだが、それをランスもルークもまるで寄せ付けていなかった。大したもんだと頬杖をついていると、ロゼの強運のおこぼれにあずかろうとした酔っぱらいたちが周囲に集まってくる。

 

「おい、姉ちゃん! 次はどっちが勝つと思う?」

「チャンピオンを下したランスがやっぱ有力か!?」

「んー……判らないわ。次の試合は変に賭けない方が良いと思うけど……」

「馬鹿野郎! ここまで大負けしちまったんだ。次で取り返してやる!」

 

 ロゼの言葉を無視して賭けの受付へと走っていく酔っぱらいたち。それを見送った後、ロゼは席から立ち上がって軽く伸びをする。

 

「んー……決勝まで残っていると道が混むし、帰るか。ランスとルークねぇ……私の人生には縁のない二人だわ。人生ゆるゆる、適当に生きるのが一番よねー」

 

 たんまりと稼いだロゼは上機嫌で試合会場を後にする。人を惹きつける輝きを持ったランスとルーク、そんな二人に自分が関わる事など有り得ないと確信を持ちながら。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム 舞台上-

 

 二十分のインターバルを置き、遂に決勝の幕が上がる。観客のボルテージは最高潮だ。

 

「皆様、大変長らくお待たせしました! いよいよ決勝戦です! 果たして、栄冠を手にするのはどちらなのか!? それでは、ランス選手、ルーク選手、入場してください!!」

 

 観客席から地鳴りのような歓声が沸く。が、何故か二人とも入場口から出て来ない。十秒、二十秒、だんだんと観客席もざわつき始める。

 

「あ、あれ……? ランス選手、ルーク選手……出番ですよー……」

「た、大変です、シュリさん! 部屋にこんな置き手紙が……」

「置き手紙?」

 

 シュリも二人が出て来ない事に戸惑っていると、控え室整備のパニィが慌てた様子で駆けてくる。シュリはパニィが手に持っていた手紙を受け取り、その内容に目を通す。そこには、恐ろしい事が書いてあった。

 

-ユランちゃんと一発ヤってくるので棄権するぞ がはは byランス様-

-流石に剣が折れた状態では戦えないので棄権する byルーク-

 

「これを……発表しろと言うのですか……?」

「でも、いつまでもお客様を待たせるわけにも……」

 

 二人の表情が絶望に彩られる中、観客席からはいつ決勝が始まるんだという野次が飛び交う。と、シュリがわざとらしく手をポンと叩く。

 

「……エキシビションが中止になった事を、あの方にもお伝えしなければ! ここは任せます!」

「そ、そんな!? ずるいですよ、シュリさん!」

「大丈夫。パニィさん、あなたならやれるわ! じゃあ、頑張って!!」

「ま、待ってくださぁぁい!」

 

 慈悲深い眼差しをパニィに向けた後、シュタッと右手を挙げてこの場を後にするシュリ。立場上後輩に当たるパニィは、シュリの背中を涙目で見送る事しか出来なかった。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム VIPルーム-

 

「という訳で、エキシビションが中止になってしまったんです。途中で武器の交換を禁止していたルールが仇になりました……」

「そうですか……」

「無理を言って解説とエキシビションを引き受けていただいたのに、本当に申し訳ありません」

「いえ、いいんですよ。しかし、お二人ともいなくなってしまうとは……少し残念ですね……」

 

 シュリから報告を受け、先程まで共に解説をしていた男は残念そうに口を開く。男はエキシビションに備えて甲冑に身を包んでいるところだった。その整った顔は「忠」の文字が入ったヘルメットに隠されている。

 

「残念? リック将軍はあの二人と闘いたかったんですか?」

 

 その男の名は、リック・アディスン。リーザス赤の軍の将軍にして、大陸中にその名が知れ渡っているリーザス最強の戦士。そんな男が、ランスとルークの二人に興味を抱いているのだ。

 

「ええ、是非とも手合わせをしてみたかったですね。ですが、いずれまた会う機会もあるでしょう」

「え? それはどうしてでしょうか?」

「あれ程の強者です。いずれどこかの戦場で出会いますよ……必ず」

 

 それは同じ強者であるからこその勘であろうか。まだ誰も知り得ぬ事ではあるが、リックのこの予想は見事に的中する。これより約八ヶ月後、ランス、ルーク、リックの三人は共に肩を並べ、このリーザスで魔人と死闘を繰り広げることになる。

 

『お客様、物を……物を投げないでくださぁぁぁぁぁい』

「……頑張って、パニィさん」

「止めに行かなくていいんですか……?」

 

 モニターに映し出されているパニィの姿を見てグッと拳を握るシュリ。哀れ、パニィさん。

 

 

 

-リーザス城 コロシアム外-

 

「で、ユランとお楽しみで俺の試合は見ていなかったと?」

「がはは、当然だ。誰が男同士のむさくるしい試合など見ていられるか。抱いているときのユランちゃんは可愛かったぞ。普段とギャップがあってだな…」

「聞く気はない。興味もない」

「なんだ、やはりホモか? あるいはインポか? 男として終わっているな、がはは」

「違うわ!」

 

 決勝戦をバックレたルークは、会場を出たところでランスと落ち合った。あちらも丁度ユランとの情事を済ませたところだったらしい。コロシアムでは良い成績を収められたものの、これといってめぼしい情報は手に入れられなかった。今後の方針を話し合うため、とりあえず酒場へと向かっていた二人だが、突如後ろから声を掛けられる。

 

「すみません。少しお時間をいただけますか?」

 

 二人は振り返り、声を掛けてきた女性を見る。白い薄手のローブを身に纏った、美しい緑髪の女性。高級そうな服装を見るに、王宮関係者であろうか。

 

「お、美人ではないか」

「貴女は……?」

「私はこのリーザスで王女様の侍女をさせていただいている、マリスと申します。先程のトーナメント、大変見事な腕前でした」

 

 ペコリと頭を下げてくるマリス。その一つ一つの仕草に気品の良さが現れている。

 

「で、その侍女さんが俺たちに何のようだ?」

「王女様が、貴方様方のお力をぜひお借りしたいと……」

「王女様が……?」

 

 なんという幸運。王女の調査が難航していた矢先に、あちらの方からわざわざ近づいてきてくれたのだ。切っ掛けはランスが勝手に申し込んだトーナメントということを考えると、やはりこの男、天に愛されている。だが、そう簡単にも喜んでいられない。これは明らかに怪しい。

 

「王女様と言うからには美女なんだろうな?」

「それはもう。あれ程の美しさを兼ね備えた方を私は知りません」

「ほう、それは楽しみだ。では話を聞いてやろう」

 

 マリスは申し出を受けたランスに一礼し、今度はルークへと視線を向けてくる。

 

「ルーク様はいかがですか?」

「そうだな……どういう案件なんだ?」

「詳しい内容は城でお話しします。でも、貴方たちにも損な話にはならないはずです。例えば……捜し物が見つかったりするかもしれませんね……」

 

 その一言に空気が変わる。確かにルークはリーザス城下町で聞き込みを一週間ほど続けていた。しかし、そこはルークもプロ。足の付くような聞き込みはしていない。それなのに、この侍女はハッキリと捜し物と言ってのけたのだ。

 

「……詳しい話を聞かせて貰おう」

「ありがとうございます。それでは案内させて頂きますので、私に付いてきてください」

 

 どこか妖艶な笑みを浮かべるマリス。こうして、リーザスの底知れぬ闇にルークとランスは足を踏み入れる事になる。

 

 




[人物]
リック・アディスン
LV 38/70
技能 剣戦闘LV2
 リーザス赤の軍将軍。将軍就任の最年少記録を更新し、就任一年目でヘルマン一個軍をたった一人で撤退させるという活躍を見せ、他国からは「リーザスの赤い死神」の異名で恐れられている。人類最強クラスの剣士。

ロゼ・カド
LV 4/20
技能 神魔法LV1
 カスタムの町の淫乱シスター。信仰心はまるでなく、AL教始まって以来の不良神官として一部では有名である。

ユラン・ミラージュ
LV 14/27
技能 剣戦闘LV2
 リーザスコロシアムのチャンピオン。軍には所属していないが、その実力は本物である。幼い頃のトラウマでレモンが大の苦手。これより数ヶ月ほど前、勇者アリオス・テオマンと共にとある奴隷商人を壊滅させている。

アレキサンダー
LV 12/77
技能 格闘LV2
 修行のため世界を回る武闘家。非凡な才能を持ち合わせており、鍛え上げれば人類最強クラスにもなり得る人物である。ルークに敗れ、一から鍛え直すことを誓う。彼も間違いなく強者、いずれまた巡り会うだろう。

フブリ・松下
 トーナメント出場者。全身の60パーセントが機械化しているサイボーグ戦士。ランスにサクッと敗れる。

くぐつ伯爵
 トーナメント出場者。脳をえぐるのが最高の楽しみという、恐ろしい男。ランスに瞬殺される。

こんご
 トーナメント出場者。トロール殺しの巨人で、身長は2メートル60。優勝候補の一角であったが、ランスに倒される。

おたま男
 トーナメント出場者。なぜか人間なのにハニーフラッシュを使える不思議な男。ルークに敗れ、やけ酒をあおっている姿が目撃されている。

白井カタナ (ゲスト)
LV 10/24
技能 剣戦闘LV1
 トーナメント出場者。JAPAN出身の美しき長刀使い。父の仇であるウィング・シードマンがリーザスのコロシアムに現れるという噂を雑誌で読み、トーナメントへの出場を決めた。だが、その雑誌は十年以上前のものだった事に彼女はまだ気が付いていない。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅲ」より。

アジマフ・ラキ (ゲスト)
LV 7/17
技能 剣戦闘LV1
 トーナメント出場者。ロックアース出身の若き戦士で、両親はロックアースの役人をしている。準々決勝でアレキサンダーに敗れる。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅲ」より。

シュリ・セイハジュウ・ナガサキ (ゲスト)
 リーザスコロシアムの受付兼司会者。大会と言えばこの人。年齢は乙女のタブー。名前はアリスソフト作品の「闘神都市」シリーズより。

夢色・パニィ (ゲスト)
 コロシアムの整備員兼臨時司会者。不憫。名前はアリスソフト作品の「闘神都市Ⅲ」より。

パティ
 リーザス城下町のアイテム屋『ちゃん』で働いている女の子。一年中下着姿。


[技]
ランスアタック
使用者 ランス
 ランスの必殺技。剣を両手持ちし、頭上から渾身の力で振り下ろす。直撃すれば当然立ち上がれる者は少なく、また、周りに発生する衝撃波を食らっても大ダメージを受ける。

幻夢剣
使用者 ユラン・ミラージュ
 ユランの必殺技。集中力を必要とするため連発することは出来ないが、軌道が読みにくく躱すことは困難である。また、格上相手には威力が二倍以上になるという特殊効果も持ち合わせているが、ヒララレモンの汁で滑るという弱点も持つ。

装甲破壊パンチ
使用者 アレキサンダー
 アレキサンダーの必殺技。拳を闘気で覆い、渾身の力で相手に放つ。その威力は相手の装甲ごと身体を破壊する程である。

ハニーフラッシュ
使用者 ハニー種 おたま男
 ハニー種が顔の穴から放つ衝撃波。防御力無視、絶対命中という厄介な技である。


[その他]
ヒララレモン
 柑橘系の果物。別名ヒラミレモン。日常的に料理によく使われるが、値段は高価。一つ200GOLDが相場である。


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第5話 ここより変わるリーザスの物語

 

-リーザス城 王女の間-

 

「はじめまして。冒険者の方なのでご存じないかもしれませんが、私はこの国の王女、リア・パラパラ・リーザスと言います」

 

 王女の間へと案内された二人の前に現れたのは、美しい容姿に流れるような青い髪、清純そうな白いドレスが良く似合っている優しそうな女性。彼女がこの国の王女、リア・パラパラ・リーザスだ。とてもユキを冤罪で投獄したり、誘拐に関わっていたりするような人物には見えない。

 

「お初にお目に掛かる。私はギルドに所属している冒険者で、名をルークと申します」

「そして、俺様が英雄ランス様だ! 王女様は可憐だな、100点だ!」

 

 王女様相手にとんでもない挨拶をかますランスだったが、リア王女はそれを笑顔で流し、侍女のマリスは無表情で王女の後ろに控えている。

 

「今日ここに呼んだのは、貴方たちの強さを見込んで一つ頼み事があったからです」

「頼み事ですか……?」

「はい。実は先日、私が大事にしていた魅力の指輪が妃円屋敷の悪霊に奪われてしまったのです。貴女たちにはその屋敷に行って悪霊を退治し、指輪を取り返して貰いたいのです」

「こちらが魅了の指輪になります」

 

 王女がそう語り終えるのと同時に、マリスがスッと一歩前に出てきて、二人に魅了の指輪が写った写真を手渡し、すぐにまた王女の後ろへと戻る。ルークは手渡された写真に軽く視線を落とし、すぐにリア王女に向き直って質問を投げる。

 

「王宮の兵士ではなく、なぜ私たちに?」

「それは、この頼みが私の個人的なものだからです。王である父ならまだしも、王女である私には王宮の兵士を動かす権限はありません」

「なるほど。そこで、超強くて超格好良いこの俺様アーンド下僕一名に頼みに来たわけだな?」

「下僕……ですか?」

「ああ、気にしないでください」

 

 ランスの物言いにリアが首を傾げるが、それをルークが軽く流す。そんなやりとりを見ても、マリスは表情一つ変えずにリアの後ろで控えていた。

 

「妃円屋敷というのは?」

「城下町にある大きな建物の事です。以前はちゃんとした持ち主がいたのですが、悪霊が取り憑いた際に逃げ出してしまい、今は廃館となっております」

「ああ、あの建物か……」

 

 城下町にある寂れた洋館はルークも知っている。軽く建物の場所を聞いたところ、ルークの考えた建物と一致している。どうやらそこが妃円屋敷で間違いないようだ。

 

「見返りは? こちらとしては王女様の処女を……」

「何をいただけるのでしょうか?」

 

 不敬罪で首が飛んでもおかしく無いような発言を平然とするランス。なんとか言い切る前にルークが言葉を被せ、事なきを得る。だが、ルークの問いに対してマリスが静かに息を吐き、リアがニヤリと妖しげな笑みを浮かべる。瞬間、場の空気が変わり、緊迫感が増した。

 

「……貴方たちは、ヒカリという娘を捜しているのでしょう? 指輪を持ってきてくれたら、その娘に関する情報を提供しましょう」

「……どうして私たちがヒカリという娘を捜していると知っているのでしょうか?」

 

 当然のようにヒカリの名前を出してきたリア王女。マリスの主であるリアからこの話が切り出されるのは当然の事と予想していたルークは、動揺を見せることなく冷静に質問を投げる。その問いに答えたのはリア王女ではなく、後ろで控えていた侍女のマリス。それまで閉じられていた瞳を薄く開き、静かに口にする。

 

「……我が国の情報網は完璧です」

「なるほど、大した情報網だ。忍者でも雇っているのでしょうかね?」

「さて……そのような存在が大陸にいるのでしょうかね……?」

 

 牽制しあうルークとマリス。一瞬の静寂が訪れるが、ランスがそれをすぐに破る。

 

「判った、引き受けてやろう。その代わり、ヒカリの情報は頼んだぞ」

「ありがとうございます。妃円屋敷の鍵は情報屋の娘が持っていますので、屋敷に行く前に受け取っていってください」

「了解しました。それではこれで失礼させていただきます」

 

 ルークが一礼をしている間にランスは先に部屋を後にしてしまう。それに続くようにルークも部屋から出ようとするが、その背中に向かって王女が問いかけてくる。

 

「……それと、ユキという娘の居所をご存じありませんか?」

「……はて、そんな事は冒険者風情ではなく、後ろの侍女に聞いた方がよいのではないでしょうか? この国の情報網は完璧のようですからね……」

「ふふっ……そうね、そうするわ……」

 

 ルークの挑発にマリスは表情一つ変えず、リアは妖しく微笑む。その妖艶な表情を見て、ルークは先程抱いた印象を撤回する。誘拐に関わっていないなんてとんでもない。間違いなく、こいつらが犯人だと確信を得ていた。

 

 

 

-リーザス城下町 城門前-

 

「さて、とりあえず情報屋に向かうぞ。屋敷の鍵を貰わなければいかんからな」

「……ランス、情報屋の方は俺に任せて武器屋に行ってくれないか? 俺の折れた剣の代わりを買ってきて欲しいんだ」

「ああ? なんで俺様がそんなパシリのような事をしなければならんのだ!?」

 

 ギロリとランスに睨まれるルークだったが、懐から小袋を取り出してランスに手渡す。

 

「中に600GOLD入っている。余った金で好きな物を買って良い」

「お、中々に気が利くではないか。仕方ない、行ってきてやろう」

「剣はそれなりの物を頼むぞ!」

 

 奪い取るようにルークから小袋を受け取ったランスは、そのまま武器屋へと駆けていく。ルークが一応まともな剣を買うように念を押すが、ランスからの返事は無かった。

 

「さて、それじゃあ俺は情報屋に向かうか……」

 

 武器を自分が買いに行き、ランスに鍵を取りに向かわせるのが本来望ましい行動だっただろう。だが、ルークが情報屋に向かったのには訳があった。情報屋を営んでいる女性とは以前からの知り合いであり、彼女をランスと会わせるのは気が引けたのだ。彼女の容姿が美しいというのもあるが、もう一つ決定的な理由がある。情報屋の前まで歩いてきたルークはそのまま扉を開ける。少し暗い雰囲気の店内に、その女性はいた。

 

「いらっしゃ……あ、ルークさん……」

 

 ギコギコという車輪の音と機械の音が混ざったものが店内に響く。それは、彼女の車椅子から発せられているものだ。彼女の名前は朝狗羅由真。まだ若いが、この情報屋の店主である。

 

「試合……準決勝だけですけど見ました……」

「ああ、わざわざ来てくれたのか。ありがとう」

「いえ……」

 

 俯く由真。あまり会話は弾んでいるように見えないが、これでも彼女はルークにかなり心を開いているのである。かつて初めてこの情報屋を訪れた際、車椅子で動きが不自由である彼女は心ない冒険者に暴行される寸前であった。ルークはすぐさまその冒険者を斬り捨て、彼女の窮地を救っていたのだ。今でも男性恐怖症な節はあるが、それでもルーク相手には普通に話しかけてきてくれる。美人、気弱、車椅子。こんな彼女をランスと会わせるのは、ライオンの檻に野ウサギを入れるようなものだ。

 

「事情は判っています。こちらが妃円屋敷の鍵です」

「流石は優秀な情報屋、耳が早いな」

「いえ……」

 

 由真が鍵を机の上に置く。先程リア王女から依頼を受けたばかりだというのに、一体どこから情報を仕入れたというのか。この能力の高さが、ルークが彼女を信頼している所以であった。

 

「ルークさん……お気づきかもしれませんが、事件の犯人は……」

「待った、それ以上はいけない。どこで聞かれているか判らないからな」

 

 口にしてはいけない事を言いかけた由真をルークは制する。彼女を巻き込むわけにはいかない。

 

「……お気遣いありがとうございます。すいません、私がもっと早く気が付いていれば……」

「この段階で気が付けただけでも凄い事だ。気にしなくて良い」

「ルークさん、お気をつけて……」

「ああ、ありがとう。事件が終わったら、また寄らせて貰うよ」

 

 そう言って情報屋を後にするルーク。思ったよりも早く用事が済んでしまった。妃円屋敷はここから近く、武器屋に向かったランスはまだまだ到着しないだろう。今から向かった所で待ち惚けるのは確実であったため、ルークは時間つぶしに情報屋の正面にあるレベル屋へと足を運んだ。

 

「ようこそレベル屋へ。ルークさん、お仕事は順調ですか?」

「それなりだな」

 

 レベル屋とは、冒険者が戦闘や鍛錬で得た経験値を計り、レベルアップの儀式を行ってくれる店である。彼女の名はウィリス。このリーザスのレベル屋で働いている女性で、非常に優秀な実力の持ち主であり、極僅かな者しかチャンスを貰えないレベル神への昇進試験を近々控えていた。由真同様、ルークは彼女とも面識がある。椅子に腰掛け、ウィリスにレベルアップの儀式を頼む。

 

「それでは儀式を行わせて貰います」

「ああ、よろしく頼む」

 

 ウィリスが一度目を瞑り、カッと見開く。すると、目の前の水晶玉に電流が走り、不思議な光を発した。が、それはすぐに収まってしまう。

 

「……駄目ですね、経験値が不足しています」

「そうか、手間を掛けた」

「ルークさんは既にかなりのレベルですからね。これだけ高い人は滅多にいないですよ」

「ありがとうな」

 

 盗賊団やアレキサンダーとの戦闘でレベルが上がっているかと期待したが、既にかなりの高レベルであるルークにはまだ経験値が足りていなかったようだ。椅子から立ち上がり、レベル屋を後にしようとする。

 

「それではこれで」

「あ、ルークさん。今って外は晴れていますか?」

「ん? 快晴だが、どうかしたのか?」

「今日、この後彼とデートなんですー」

 

 両頬に手を当てながら嬉しそうに語るウィリス、彼氏持ち。職務中だが、この後のデートが気になって仕方ない様子であった。

 

 

 

-リーザス城下町 妃円屋敷-

 

「遅かったな」

 

 情報屋の後にレベル屋まで寄ったというのに、ルークは相当待たされる羽目になった。距離があるとはいえ、武器屋方面には特にこれといって足止めを食いそうな施設はないというのに、一体何故ランスはこんなに時間が掛かったというのか。そんなルークの疑問に、ランスは平然と答える。

 

「がはは、武器屋のミリーちゃんと一発ヤってきたからな」

「人を待たせて置いて……まあ予想通りだが……無理矢理じゃないだろうな?」

「当然だ。俺様は合意でしかヤらん」

「信用していいものか……?」

 

 やはり情報屋に向かわせなくて良かったと胸を撫で下ろすルーク。万が一襲われでもしたら、由真がますます人間不信に陥ってしまう。

 

「とりあえず、買ってきた剣を渡してくれ。流石に丸腰では、悪霊がいるらしいこの屋敷では危ないんでな」

「ほれ」

 

 ランスが買ってきた剣をルークに向かってポイと投げる。それを受け取ったルークだったが、即座に眉をひそめる。刀身を眺めてみると、刃がぷるぷると震えている。こんなもので敵が斬れるのだろうか、そもそもこれは剣なのかとルークが疑問に思う。

 

「ランス……俺の記憶が正しければ、これはあの店で一番安い剣じゃないか?」

 

 そう口にしたルークは、ようやくランスの装備が大きく変わっていることに気がついた。どれも一流の冒険者が身につけるような良質の装備である。

 

「さすがリーザス、中々に良い装備を売っているな。その剣とこの一式でぴったり600GOLDだったぞ。がはは」

「お前な……金は後で返して貰うぞ」

「馬鹿言うな! 貴様の物は俺様の物、俺様の物も当然俺様の物だ!!」

 

 流石に身の危険が伴っているためルークも苦言を呈すが、ランスはさも当然の出来事であるかのようにふんぞり返る。傍若無人とは正にこの事。軽く口喧嘩をしながら屋敷へと入っていく二人だったが、直後に今入って来たばかりの扉が勝手に閉まり、どこからともなく悲しげな少女の声が屋敷中に響き渡った。

 

「……ようこそ妃円屋敷へ。貴方もあの王女の部下かしら……?」

「なるほど、これが悪霊の声か」

「声から察するに美人だな! 姿を見せろ!!」

「そんな理由か!?」

「王女の部下は許さない……絶対に……」

 

 スッと少女の声が消え、屋敷に静寂が戻る。だが、何か気配を感じる。人ならざる者の気配を。

 

「今の悪霊以外にも、低級モンスターが住み着いているな」

「ふん、雑魚モンスターなぞ俺様の相手にならんわ」

「とりあえず二手に分かれて探索しよう。広い屋敷だからな」

 

 そうランスに提案するルーク。本来なら危険を回避するために共に行動するのが定石だが、屋敷はかなり広く、また、あまり強いモンスターの気配は感じないからだ。ならば、わざわざ男二人肩を寄せ合って一緒に探索する理由はない。

 

「うむ、しっかり働けよ」

「何をいきなりロビーの椅子に腰掛けているんだ。お前も探すんだよ」

「ちっ……」

 

 渋るランスを無理矢理立たせて西にある広間や倉庫の探索に向かわせる。ルークは東にある食堂や厨房、応接間に向かい探索を始める。食堂からは特にめぼしい物は見つけられなかったが、厨房を調べていると一つのメモ帳を見つける。それを手にとってパラパラと中身を確認していったところ、どうやらこれは悪霊が住み着く前にここに勤めていた料理人が書いた物のようであった。

 

「献立……嫌いな従業員……大した情報は書かれて……ん?」

 

 ルークがそのメモ帳を閉じる直前、気になる一文を発見して手が止まる。

 

「王女様のお食事の注意……どういう事だ……?」

 

 マリスの口ぶりでは、この洋館の主というのはリア王女とは関係無かったはず。いや、よくよく考えてみるとマリスはそう思わせるような言い回しをしただけで、一言もリア王女が関係していないとは言っていない。更にメモ帳を詳しく見ていくと、この妃円屋敷がリア王女の私邸である事が判った。

 

「この屋敷には王女が住んでいた……」

 

 そのとき、後ろからガタッ、という物音がする。即座に剣を抜きながら振り返ると、そこには四つの赤い靄がふよふよと浮いている。良く見れば、その靄の中心には人の顔が浮かび上がっている。霊体系モンスター、さけび男だ。

 

「物理攻撃の効きにくい霊体モンスターか。ただでさえ剣が不安な状態だというのに……」

「ウワァァァァ!!」

 

 ルークに気が付いたさけび男が一気に迫ってくる。超音波のようなものを飛ばしてくるが、ルークはそれを横飛びで躱し、目の前まで迫っていた一匹を斬りつける。が、ボヨンという弾力のある音が響き、さけび男は多少のダメージを負っていたが、未だ健在。

 

「この程度のモンスターを一撃で倒せないとはな……ある意味凄い剣だ」

 

 ぷるぷると震える剣を見ながらルークは苦笑する。いくら霊体系モンスターとはいえ、さけび男は雑魚モンスターの部類に入る。それをルークのレベルを以てして一撃で倒せないのは、軽い奇跡である。

 

「ウワァァァァ!!」

「ちっ……」

 

 ルークが隣の応接間に続いている扉に向かって走る。厨房は狭く、真空斬を放つ間合いも碌に取れそうになかったからだ。扉を開けて中に入り、間合いを取るべく部屋の奥へと向かおうとしたルークの目に何かの光が飛び込んでくる。暖炉の奥に銀色に光る物、目を凝らして見ると、それは剣のようであった。

 

「丁度良い、使わせて貰う!」

「ウワァァァァ!!」

 

 ルークがその剣を取ると同時に、扉をぶち破ってさけび男が入ってくる。が、一閃。ルークが剣を横薙ぎに振るったところ、さけび男が真っ二つに斬れて消滅したのだ。

 

「軽い、良い剣だ! 真空斬!!」

「ウワァァ……」

 

 続けて扉から入って来た二体のさけび男に真空斬を放つ。闘気を放つ真空斬は、その剣の斬れ味にも多少威力を左右される。試し撃ちも兼ねて放ったそれは、一撃の下にさけび男を消滅させた。そのままルークは前に駆けていき、残っていた一体を袈裟斬りにする。これも一撃。モンスターを全滅させたルークは改めて手に入れた剣を見やる。

 

「火事場泥棒みたいで申し訳ないが、貰っていく事にしよう。廃館だしな」

 

 王女の私邸という事から恐らくリア王女の私物なのだろうが、幽霊屋敷で眠らせておくにはあまりにも惜しい業物。それに、手に入れたアイテムは持ち帰るのが冒険者の性である。暖炉の奥には先程まで使っていたぷるぷるの剣を代わりに供え、ルークは偶然手に入れた名剣、妃円の剣をこのまま持ち帰る事にした。

 

「何か手掛かりはあったか? む、なんだその高そうな剣は!? 俺様に寄越せ!」

「お前は俺の金で新しい剣を買ったばかりだろうが!」

 

 ルークがロビーに戻ると、そこには西の部屋の探索を終えたランスがいた。戻ってきて早々たかられるルーク。

 

「で、どうだったんだ?」

「そうだな……この屋敷が王女の私物で、王女自身もここに定期的にやってきていた可能性が高い、という事くらいだな」

「ふん、使えんな。俺様はこの屋敷の謎を完璧に解いたぞ! 悪霊退治の方法もな!」

「本当か!?」

 

 自身満々にそう口にするルーク。この広い屋敷を探索し始めてまだ一時間も経っていない。もし本当に悪霊退治の方法を見つけているとすれば、相当早い解決となる。

 

「倉庫の探索をしていたら急に突風が吹いてきてな。流石の俺様も思わず目を瞑って風が止むのを待った。で、風が止んで目を開けると、そこには三角木馬に乗せられて拷問を受けている女の子の姿があったのだ」

「拷問を受けている女の子……?」

「うむ。話しかけたらすぐに消えてしまったがな」

「となると、映像か霊体のようなものか。この屋敷の幽霊と関係がありそうだな」

「それと、こんなものも見つけたぞ」

 

 ランスが手に持っていたのは日記帳であった。ルークはそれを受け取り、ページを開く。それは、この屋敷で拷問を受けていたと思われる少女の日記。全てのページに痛々しい文字が躍っており、最後のページにはこう綴られていた。

 

-また今夜も地獄の時間が始まる。何度死のうと思ったかわからない。でも……夜9時から11時までの間、この時間が私の地獄の時間-

 

「日記はここで終わりか……」

「これを読んだ俺様はこの屋敷の謎に気がついたのだ! どうだ、判るか?」

「いや、特に目新しい情報は無かったと思うが……」

「ふっ……これが英雄と凡人の差だな。あれを見ろ!」

 

 ランスがババン、とポーズを決めながらロビーの奥を指さす。その先には、壊れた柱時計が置いてあった。かなり立派な装飾であり、かなり高価な代物だという事が見て取れる。

 

「時計……?」

「時間を見ろ!」

「10時25分で止まっているな……」

「そう、あの時計は10時25分で止まっている! そして、拷問を受けていた少女は9時から11時の間に拷問を受けていたと考えられる!」

「ん……それは確かにな」

 

 日記に書いてあった地獄の時間というのは、彼女が拷問を受けていた時間の事だろう。その事にルークが頷くと、ランスは自慢げに言葉を続ける。

 

「この時計が拷問の時間で止まっているせいで彼女は死んでも拷問から抜けられないに違いない! つまり、あの時計の時間をずらせば悪霊は綺麗さっぱり消えるという訳だ。がはは!」

「まさか……別にこの屋敷の時計があれ一つという訳でもあるまいに」

「言ったな! ではあの時計で解決したら報酬の分け前は9:1だぞ!」

「関係なかったら7:3な」

 

 確かに面白い着眼点ではあるが、時計は厨房にも食堂にも応接間にも置いてあった。となれば、この部屋の時計をどうこうしても何かが起こるとは考えがたい。ランスが時計の時間をずらしているのを黙って見守るルーク。ランスがずらし終えて一歩下がる。時計の針は12時25分を差しているが、やはり何も起こらない。

 

「ランス、だから言っただ……」

 

 ルークがそう言いかけた瞬間、奥の厨房から轟音が鳴り響いた。まるで何かの仕掛けが動いたかのような音。更には、屋敷を覆っていた邪悪な気配が綺麗さっぱり消えてしまう。どうやらさけび男などの霊体モンスターが消えたようだ。この事から導き出されるのは、ランスの予想が的中していたという事。

 

「なんという……」

「がはははは、18000GOLDゲットだ!」

 

 ランスは意気揚々と、ルークはショックを隠しきれない様子で音のした厨房に向かう。厨房には先程のさけび男との戦闘の跡がまざまざと残っており、物がそこら中に散らばっていた。だが、その中心には先程まで無かった地下室への階段が姿を現していた。

 

「おやおや、厨房を散策していながらこんなものも見つけられなかった冒険者がいるのだな。情けない奴だ、顔を見てみたい。これは分け前が10:0まで有り得るな」

「……」

 

 もはやぐうの音も出ない。正反対のテンションで二人は階段を下りていくと、真っ暗な小部屋に出た。上の階から光は射し込まないらしく、何も見えない。ルークはすぐに道具袋から魔法ライトを取り出して明かりをつけ、部屋の中を見回す。そこら中に拷問道具が散らばっており、部屋の隅には三角木馬も置いてあった。

 

「……拷問はこの部屋で行われていたみたいだな」

「エロい道具が大量に散らばっているな。いくつか持って帰ってシィルに試してみるか」

「お前な……」

 

 ランスが床に落ちていたバイブを拾い上げた瞬間、部屋の中央に青みがかった何かが浮かび上がる。ルークがすぐさまそちらにライトを向けると、それは悲しげな表情を浮かべた少女であった。青みがかったその身体は、若干透けている。

 

「おお、あの娘だ! さっき俺様が見た拷問を受けていた娘だ」

「彼女がこの屋敷の幽霊か……?」

「ありがとうございます……貴方たちのお陰で、私は地獄の時間から解放されました」

「聞いたか? やはり時間だ! がはは、それじゃあ魅力の指輪を返してくれるか?」

 

 ルークに勝ち誇りながら、ランスは少女に向かって右手を出す。が、少女の表情は更に曇り、青みがかったその身体を覆っている光が一瞬暗くなる。

 

「あの指輪だけは……お返しする事は出来ません」

「ん? なんでだ?」

「それは……」

「君を死に追いやったのが、その持ち主だからか?」

 

 ルークの問いに少女は静かに頷き、自分の身に起こった事を語り始めた。

 

「私の名前はラベンダー、パリス学園の生徒です。私がパリス学園に入学したのは、今から二年前。そのときの私は、あの学校の真の姿を知りませんでした」

 

 沈痛な面持ちで昔の事を思い出すラベンダー。周囲を覆っている光が淡く揺らめく。彼女の心情に反応しているのだろうか。

 

「学園長のミンミン先生から特別生徒に任命されてから一週間後、眠り薬を飲まされて……気がつくと王女様の目の前にいました。王女様は私をペットにすると言って……それからこの屋敷に隔離されて、毎日、毎日……」

「やはり学園もグルか……」

「あの王女様は残忍です。私の前にペットにしていたメイドの女性は、狂い死んでしまったから残念だったと、笑いながら話していました。私に残されたのは、自分から命を絶つ事だけでした……」

「それで、せめてもの復讐に指輪を奪ったという訳だな」

「はい……王女様が憎い……」

 

 唇を噛みしめ、その目に涙を浮かべながらそう口にするラベンダー。その無念が、痛みが、二人の胸に伝わってくる。

 

「こうしている間にも、また他の女の子が王女様の犠牲になっていると思います」

「それがヒカリちゃんか……」

「判った。俺様が王女を懲らしめてあげよう。それで、君は安心できるか?」

「!? ……ありがとう!!」

 

 ラベンダーがランスの胸に飛び込んでくる。幽霊である彼女には質量など無いはずなのに、ランスの腕にはしっかりと彼女の重みが伝わっていた。ランスは泣きじゃくる彼女の頭にそっと腕を回し、ルークはそれを静かに見守っていた。しばらく泣きじゃくった後、彼女はランスの胸から離れる。その顔には、先程までとは違う笑顔があった。

 

「絶対に王女様を止めてくださいね。そうしてくれなかったら、化けて出ちゃうから」

「任せろ。まあラベンダーちゃんみたいな可愛い子だったら、化けて出てくれて構わんがな。がはは!」

 

 悪戯っぽく言う彼女に対してランスが笑いながらそう返すと、彼女は微笑みながらその身体を少しずつ消していった。ランスにその心を救われ、成仏したようだ。すると、カランという音が地下室に響く。先程まで彼女がいた場所に、王女から盗んだ魅了の指輪が落ちている。

 

「……ふん」

 

 ランスはその指輪を拾い、懐へと仕舞う。幽霊であるためそんなはずはないのだが、まだ微かにラベンダーの温もりが感じられた。そのランスに、それまで静かにしていたルークが声を掛ける。

 

「随分と無茶な約束をしたな。王女を懲らしめるとは……大国リーザスを敵に回すつもりか?」

「ふん、関係ないな。悪い娘はお仕置きしてやるのが良い男の勤めだ」

「ただではすまんぞ?」

「ユキちゃんを牢から逃がした奴が何を言ってるんだかな」

 

 ランスがルークに振り返る。知らない者が見れば、ランスの顔つきはいつも通りであるという印象を抱いただろう。だが、ルークはその変貌を確かに感じ取っていた。ランスは今、戦士の顔つきになっている。

 

「ルーク、お前もリーザスを敵に回す覚悟はとっくに出来ているんだろう?」

「当然だ。あの王女、野放しには出来ん」

 

 ランスが初めてルークの名前を呼ぶ。それに気がついていたかは定かではないが、ルークもその表情を戦士のそれに変え、ランスに笑い返す。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

 

 

-リーザス城下町 パリス学園-

 

「(ランス様の調査は順調に進んでいるでしょうか……?)」

 

 休み時間、シィルは学友から離れ、一人廊下に佇んでいた。窓の外に見えるリーザス城。今朝の情報共有でリーザスの王女が犯人である可能性があるというのはシィルも聞いていた。それゆえ、シィルの不安は増していたのだ。本当に王女が相手なのだとしたら、敵の力が強大すぎる。

 

「(どうか無理はなさらないで……)」

「シィルさん。先程から窓の外をジッと見つめていますけど、どうかしたんですか?」

「あ、セラさん。いいえ、何でもないんです」

 

 シィルに話しかけてきたのは、クラスメイトのセラ。大人びた雰囲気の彼女はとても同い年には見えず、クラスでも若干浮いていたのだが、その人当たりの良さからそれを口にする者はいなかった。そして、彼女こそが以前にランスに報告していた、思考をシールドの魔法でガードしている女生徒だ。

 

「あ、もうすぐ休み時間が終わってしまいますね。教室に戻りましょう」

「ええ……」

 

 シィルが窓際から離れて教室に向かって歩いて行く。シィルはセラのことを要注意人物としてマークしていたのだが、まるで怪しい素振りを見せなかったため、杞憂だったのかとシィルは考え直し始めていた。それゆえ、今のシィルはあまりにも無防備。

 

「シィルさん。教室に戻る前に少し話があるのだけど、いいかしら?」

「はい、なんでしょうか?」

 

 シィルが振り向いた瞬間、腹部に衝撃が走る。呆然としながら視線を落とすと、セラの拳がシィルの腹に叩き込まれていた。

 

「えっ……?」

「おやすみ、シィルさん」

「(ランスさ……ま……)」

 

 意識を失って崩れ落ちるシィルを抱き留めるセラ。すると、天井から女忍者が降りてきてシィルを代わりに抱きかかえる。

 

「マリス様。二人が妃円屋敷から出てきました。指輪を持っているのも確認しています」

「ご苦労様。それでは、すぐに城に戻らないとね」

「先に行って足止めをしておきます」

「頼みましたよ」

 

 パリス学園の女生徒、セラ。彼女の正体はリア王女の侍女、マリスであった。年齢的に若干無理のある変装ではあるが、それを口に出来る者はいない。

 

 

 

-リーザス城 城門前-

 

「ええい、通行手形は見せているだろうが! 何故入れんのだ!」

「通行手形の偽造品が出回っているという情報が先程流れてきましたので、城へ確認を取っているところです。少々お待ちください」

 

 城門前までやってきたランスは門番に通行手形を見せて中に入ろうとしたのだが、何故か足止めを食ってしまう。これは、女忍者の手引き。門番に偽造品が出回っているので入念にチェックするよう言いつけ、マリスが戻ってくる時間を稼いだのだ。そうこうしている内に、マリスがランスの後ろから歩いてくる。

 

「ランス様」

「ん、マリスか。外に出ていたのか?」

「ええ、少し野暮用がありまして……それよりも、指輪を手に入れられたようですね」

「耳が早いな。手に入れたのはついさっきだぞ」

「リーザスの情報網は完璧ですから。ああ、この方の通行手形は大丈夫です。私が保証します」

「はっ! 失礼しました」

 

 牢番がマリスに敬礼し、道を開ける。王女の侍女であるマリスは地位的にもかなりのもののようだ。

 

「さあ、どうぞこちらへ」

「うむ、案内を頼む」

 

 そう言って王女の間へと案内しようとするマリスだったが、すぐにその歩みを止める。

 

「ところで、ルーク様はどちらへ……?」

「指輪を手に入れたのは知っているのに、それは知らんのだな。少し寄るところがあるとか言っていなくなったから、先に俺様だけやってきたのだ」

 

 そう、今この場にいるのはランスのみでルークの姿はない。女忍者は屋敷を出るのを確認した後すぐにマリスに報告に来たため、その後のルークの行動までは見ていなかったのだ。

 

「そうでしたか」

 

 ランスの説明にマリスは軽く頷き、王女の間へと案内すべく再びランスの少し前を歩き始めた。城内に入り、絨毯の上を歩いて行くランスだったが、ふと違和感を覚える。

 

「おかしいな……来るのは二回目だが、こんな道だったか?」

「王女様の部屋までは特殊な結界が張ってあり、許可された者以外は侵入出来ないようにしているのです。結界を破壊出来るような高位の魔法使いでも無い限り、私の案内無しでは王女の間まで辿り着く事は出来ません」

「ふぅん……」

 

 自分で聞いておきながら興味なさげに鼻をほじるランス。その様子にもマリスは表情を変える事無く、王女の間へとランスを案内するのだった。

 

 

 

-リーザス城 王女の間-

 

「戦士ランス様、無事に悪霊から魅力の指輪を奪い返していただけましたか?」

 

 部屋に到着するや否や、王女がランスに向かってそう問いかけてくる。マリスはすぐに王女の後ろへと回り込み、以前と同じように黙って控えている。

 

「これの事か?」

「それです! それが私の魅了の指輪です! 本当に取り返してくれたのですね。ではその指輪をこちらに……」

「おっと、その前に聞いておきたい事がある」

 

 懐から取り出された魅了の指輪を見て歓喜する王女だったが、ランスは即座にその指輪を懐に仕舞い直して王女に問いを投げる。

 

「聞いておきたい事?」

「屋敷にいた幽霊はラベンダーという美少女だった。この名前に聞き覚えはないか?」

 

 ピクリ、と王女が固まる。その表情に困惑の色が浮かび、少しだけ黙り込んだ王女だったが、すぐに元の笑顔に戻って言い放つ。

 

「知りませんわ」

「ふん、まあいい。で、ヒカリちゃんの情報はどうなった?」

「そうでした……マリス、ヒカリをここに」

 

 王女が指示すると、マリスは一度カーテンの後ろに下がり、何かを運ぶような物音が聞こえてくる。十数秒の後、カーテンが勢いよく開かれると、そこにはマリスと両手を縛られた少女の姿があった。少女は気を失っているようであり、その容姿は写真で見ていたものと全く同じ。彼女がヒカリで間違いないだろう。

 

「ランス様、これが貴方たちお捜しのヒカリ嬢ね?」

「ふん、やはりそういう事か。ラベンダーちゃんの話は正しかったようだな。この変態レズ王女め!」

 

 ランスがそう言うと、静かに控えていたマリスがカッと目を開き声を荒げる。

 

「口を慎みなさい! リア王女に対しなんという事を!」

「残念だけど、ヒカリは私の可愛いペット。返すことはできないわ。知りすぎてしまった貴方たちもね……」

 

 リア王女がヒカリの横まで歩いて行き、愛おしそうにその頬を撫でる。そして、歪んだ笑みでランスに微笑みかけてくる。

 

「もう一人は今この場にはいないみたいだけど、どうせ後からのこのことやってくるでしょう。そのときはマリス、ここまで案内して差し上げなさい。目の前でゆっくりといたぶってあげるわ」

「畏まりました」

 

 平然と言い放つ王女。それに対し、素直に返答するマリス。国の上層部にいるものは、得てしてこのような歪みを持ち合わせているものである。それは、リーザスと並び立つ二つの大国、魔法大国ゼスと軍事大国ヘルマンにも該当する。その歪みがランスとルークの前に立ちはだかるのは、もう少し先の話。

 

「がはは、本性を見せたな。ならば力ずくで返して貰うまでだ。ついでに、レズ王女様にもお仕置きだ!」

 

 イヤらしい笑みを浮かべながらランスが王女に跳びかかろうとする。が、突如後ろに気配を感じ振り返る。天井裏から降り立ったその者は、ランスの首に細い紐を巻き付け、それを渾身の力で締め上げてくる。

 

「なに!? ぐえっ……」

 

 紐を締め上げているのは、黒装束を纏った娘。微かに見えるその顔に見覚えがある。

 

「お前は……あのときの公園の……」

「忠告はしたはずよ……」

 

 更に締め付けが増す。ランスは必死にもがくが、紐は外れない。ランスの頭に窒息死という言葉が過ぎる。

 

「(うぐっ……やばい、このままでは……)」

 

 食い込んでくる紐に流石のランスも焦る。その顔はだんだんと青ざめ、意識が朦朧としてくる。

 

「……」

「ごめんなさい……」

「マジックミサイル!!」

 

 ランスの意識が無くなりかけたそのとき、聞き慣れた声が王女の間に響き渡った。驚いてそちらに振り返った女忍者だったが、目前まで迫っていた炎の塊を回避することが出来ず、壁へと吹き飛ばされる。それによりランスの首に巻かれていた紐が緩み、間一髪で事なきを得る。

 

「げほっ、げほっ……」

「ランス様、大丈夫ですか!? いたいのいたいの、とんでけーっ!」

 

 シィルがすぐにランスに駆け寄り、ヒーリングの呪文を唱える。すると、ランスの首に出来ていた痣がみるみる内に消え、息苦しさがなくなっていく。

 

「げほっ、げほっ……助けに来るならもっと早く来い、バカ!」

「きゃん!? すみません……」

「何故この娘がここに!? 隣の部屋に縛っていたはず!?」

「理由は簡単。俺が助け出しただけだ」

 

 ランスから理不尽な拳骨を受けているシィルを見てマリスが困惑する。シィルは王女の次のペット候補兼、いざというときの人質として隣の部屋に捕らえられていたはずなのだ。その問いに答えたのは、部屋の入り口から現れた一人の男。この場にいなかったもう一人の戦士、ルーク。

 

「なぜ貴方がここに……?」

「以前にシィルちゃんが特別生徒になったと言っていたのを思い出してな。ラベンダーも任命された直後に誘拐されたと言っていたから気になって様子を見に行ってみれば、既に誘拐された後。流石に焦ったぞ」

「なにぃ? シィル、偉そうに助けに来ておきながらお前も捕まっていたのか! えぇい、こうしてやる!」

「ひんひん……痛いです、ランス様……」

 

 ぐりぐりとシィルの頭を両拳で締め上げるランスは無視し、ルークが言葉を続ける。

 

「まあ、ミンミン学園長を拷問したら、あんたが連れて行ったことをすぐに白状したがな」

「あの学園長……処刑ね」

 

 王女が冷たく言い放つのとほぼ同時に、これまで後ろに控えていたマリスが今度は王女を守るように前に出てくる。

 

「なるほど……ですが、一番聞きたいのはそこではありません。なぜ結界を突破できたのですか!? あなたは魔法使いではないでしょうに!?」

「なるほど、王女の間までの廊下に張られた結界の事か……」

 

 ルークはマリスの疑問に頷く。確かに普通の戦士であったなら、あの高度な結界を突破することは不可能だっただろう。だが、今この場にいる男は、結界を無効化する能力を持ち合わせた異質の存在。

 

「誤算だったな。あの程度の結界、俺には何の意味も持たんぞ」

「くっ……」

 

 結局なぜ結界が破れたのかは分からないマリスだが、現実問題としてルークが今ここにいる。こちらは自分と王女、そして女忍者の三人。対してあちらは、トーナメントを勝ち上がった二人とその従者である魔法使い。非はリア王女にある事から兵士を呼ぶ訳にもいかず、マリスの額に一筋の汗が流れる。その状況を察してか、女忍者が一歩前に出てルークとランスの前に立ちふさがる。

 

「リア様、マリス様、ここはお任せを」

「……頼みましたよ!」

 

 その言葉を受け、王女とマリスは部屋の奥へと下がって床を持ち上げる。そこには逃亡用の隠し階段があった。女忍者に一度だけ声を掛け、地下へと逃げていく二人。

 

「シィル、あそこで倒れているヒカリちゃんの治療をしておけ。ルーク、この場は任せた。俺様は王女を追う。あの性悪王女には説教してやらんとな!」

 

 真面目な顔つきで指示を出すランス。その表情はいつものイヤらしいお仕置きを考えている顔ではない。実に真剣な表情なのだ。その顔を見たルークは静かに剣を抜く。

 

「了解だ。あの王女に世間の厳しさを教えてやれ」

「簡単に行かせると思わないでよ!」

 

 自分を無視して王女の後を追おうとしているランスに腹が立ったのか、女忍者は数枚の手裏剣をランスに向かって投げてくる。だが、一瞬でランスと女忍者の間に割り込んだルークに全て叩き落とされる。

 

「行け! ランス!」

「がはは、俺様に任せておけ!」

 

 ルークの言葉を受け、ランスは王女たちを追って地下への階段を下りていく。すぐさまそれを追おうとする女忍者だが、その間にルークが割って入る。先程までと立場が逆転した形になり、女忍者は唇を噛みしめる。

 

「さて……ランスが王女の説教係なら、俺はあんたの説教係という事になるのかな」

「説教ですって!? ふざけたことを……死んで貰うわ!」

 

 女忍者はすぐさま懐から手裏剣を取りだし、ルークに向かって放ってくる。

 

「ルークさん!?」

「問題ない! ヒカリちゃんの治療を続けてくれ」

 

 シィルが魔法で援護しようとするが、それを制しながらルークは全ての手裏剣を叩き落とす。

 

「くっ……はっ! はっ!」

「無駄だ!」

 

 再度手裏剣を放ってくる女忍者に向かってそう言い放つルーク。彼女の放つ手裏剣の軌道はあまりにも素直であるため、簡単に叩き落とす事が出来るのだ。

 

「くそっ……はぁっ!」

 

 痺れを切らした女忍者は手裏剣を放った後に空中へと跳び上がる。即座に両手にくないを持ち直し、手裏剣を叩き落とす事に気を取られているルークに迫る。

 

「死ね!」

「そんな簡単に空中に跳び上がるとはな……」

 

 ルークはそう言いながら腰を沈め構える。妃円の剣に闘気が集まり、それを素早く横へと振り切る。剣から発生した闘気の斬撃が、跳び上がっていた女忍者へと直撃した。

 

「真空斬、手加減版」

「ぐぇっ!」

 

 女の子が出してはいけないような声を出しながら女忍者が吹き飛ぶ。背中から壁に激突し一瞬意識が飛びかけるが、すぐさま頭を振って立ち上がろうとする。が、それを阻むように首に剣の切っ先が突きつけられる。

 

「戦い慣れていないな? 隠密が主であって、あまり場数を踏んでいないようだな」

「くっ……バカにして……」

 

 女忍者は懐から手裏剣を取り出そうとするが、直後にルークから強烈な殺気が発せられる。

 

「ひっ……!?」

「ふむ……やはり場数は踏んでいないか」

 

 恐怖のあまり声を漏らして手裏剣を落としてしまう女忍者。それを確認したルークは殺気を抑え、目の前の女忍者を見下ろす。ラベンダーやヒカリへの行いを考えれば、ここで斬ってしまって構わない相手と言えるだろう。だが、ルークにはどうしても彼女に聞きたい事があった。

 

「少し聞きたいことがある」

「何よ……拷問されたって、リア様のことは話したりしないわ」

 

 先程の恐怖がまだ残っているのか、足を少しだけ震わせながらキッとルークを睨み付けてくる女忍者。だが、その目がすぐに見開かれる。首に突きつけていた剣を、ルークはスッと下に下げたのだ。何故そのような行動を取ったのか判らない女忍者は困惑する。

 

「王女の事が聞きたいわけではない。君の意見を聞きたい」

「私の……?」

「ああ……君は、王女が行っていた今回の犯罪を本当に正しいと思っていたのか?」

「……っ!?」

 

 ルークが尋ねた内容に驚愕し、絶句する女忍者。しばし言い淀んでいたが、一度息を呑んで返答をする。

 

「私の意見などないわ。忠臣として、命じられた事に応えるのは当ぜ……」

「それは真の忠臣ではない!!」

 

 言いかけた女忍者の声をルークが遮る。先程までの話し方と違い、その一言一言に威圧感が込められている。その迫力に、女忍者は言おうとしていた言葉を続けられなくなってしまう。

 

「忠臣としてなどと逃げるのではなく、君自身がどう思っているのかを教えてくれ」

「……リア様の仰る事に……間違いなどは……」

「罪もない民を自分の快楽だけのために死なせる事がか? それが本当に上に立つ者の行動だとでも?」

「……」

 

 ルークの問いかけに女忍者は答えることが出来ない。その拳が強く握られたのは、何に対しての悔しさからだったのであろうか。

 

「真の忠臣であるのならば、主がその道を違えたら横っ面を引っ叩いてでも道を正すものじゃないのか?」

「それでも……自分の意志を殺してでも主の命に従うのが……忍としての役目です……」

 

 自分の意志を殺してでも、と言ったのを聞き逃すルークではない。言葉に混じらせていた威圧感を解き、一転して穏やかな喋り方になる。

 

「確かに、忍としてはそれが正しいのかもしれない。だが、忠臣として……人間として……そして、一人の女の子として、その考えは絶対に間違っている……」

 

 その瞬間、女忍者の瞳からは自然と涙が零れていた。敵の前で涙を流す情けなさと恥ずかしさを感じながら、それでも涙を止めることが出来ない。

 

「私だって……あんなことしたくなかった! でも、恩義に報いるために……」

 

 嗚咽混じりにそう言葉にする女忍者。やはり彼女の行動は本意ではなかったらしい。ルークがそれを感じたのは、公園での出来事。あのように姿を現し、手を引けと忠告する事がそもそもおかしいのだ。殺すつもりならば、忠告などせずにさっさと殺せばいい。わざわざ自分の存在を教えるメリットなど、どこにもない。

 

「忠告に来たのは、君自身の意思だったんだな……」

「……」

 

 無言で頷く女忍者。彼女は王女を止める事が出来なかった。だからこそ、巻き込まれて犠牲になる人を少しでも減らしたかったのだ。それ故、自分の身を危険に晒してでも事件から身を引けと忠告していたのだ。彼女もまた、足掻いていた。

 

「君がしていた事は間違っている。だが、自分の身を危険に晒してでも忠告に来たその行動だけは……間違っていない」

「うぅ……あぁっ……」

 

 ルークの足に縋るようにしながら泣きじゃくる女忍者。それを見たルークはスッと腰を落とし、泣きじゃくる彼女の頭に手を置く。シィルも気絶しているヒカリを介抱しながらその様子を静かに見守っていた。しばらくの後、泣き止んだ彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 

「すいません……恥ずかしいところを……」

「いや、気にしてないさ。それよりも、君がリア王女から受けた恩義というのを聞いてもいいかな?」

 

 今のやりとりからも、この少女が決して悪人で無い事が見て取れる。そんな彼女が意思を押し殺してまで悪行に手を貸すなど、一体どれ程の恩義なのか。

 

「命の恩人なんです。祖国のJAPANに帰れず、大陸を行くところもなく彷徨っていた私を、リア様が拾ってくださったんです」

「そうか……」

 

 それは、ただの気まぐれだったのかもしれないし、大陸には珍しい忍者を貴重に思ったのかもしれない。リアの真意は判らないが、あの王女が彼女の命を救ったという事に変わりはない。なればこそ、彼女は王女に仕えたのだ。たとえ自分の意志を殺してでも、その恩義に報いるために。

 

「とりあえずランスの後を追うか。道案内を頼んでもいいかな?」

「……はい。それと、出来ればリア様を許してはいただけないでしょうか? 罰は私が代わりに受けます……」

「俺に王女を裁く権利なんてないさ。事がでかすぎる。まあ、ランス次第だな。シィルちゃんは……?」

「ここでヒカリさんの治療を続けています。命に別状はありませんから、直に目を覚ますと思います」

「それは良かった」

 

 ルークが剣を腰に差し、女忍者は道案内をすべく立ち上がる。と、ルークが先程の会話で引っかかっていた疑問を口にする。

 

 

「因みに、祖国にはどうして戻れないんだ? 捨て駒扱いで切り捨てられたとか、何かの秘密を握ってしまって命を狙われているとかか?」

 

 ぴくっ、と女忍者の動きが止まる。何か言いにくい事を聞いてしまっただろうかとルークが首を捻っていると、彼女が言いにくそうにしながらゆっくりと口を開く。

 

「……ゅう……でまい……って……」

「ん、何か言いにくい事だったか? それだったら無理しなくても……」

「……研修旅行で迷子になって……勘違いで抜け忍扱いされて……帰れなくて……」

 

 屋内なのに冷たい風が吹く。女忍者の顔は、先ほどよりも更に赤みを増していた。

 

「んっ……それは……災難っ……だったな……くっ……」

「笑った!? 今笑いましたよね!?」

「いや……全然笑ってなんかいないぞ……ぷっ……くくっ……」

「隠せてない! 全然隠せてないですから! だから言いたくなかったのにぃ!!」

 

 今にも泣き出しそうな顔をしてルークに詰め寄る女忍者。ルークは必死に堪えるが、どうしても笑いが抑えられない。それを見かねたシィルがフォローに入る。

 

「ルークさん、笑っちゃかわいそうですよ……ふふっ……あははっ!!」

「うわぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 全くもってフォローになっていなかった。

 

 

 

-リーザス城 地下通路-

 

 ルークと女忍者の二人はリア王女が逃げていった通路を歩いていた。多少入り組んではいたが、道を全て知っている女忍者の案内のお陰で迷うことはなかった。道中、気絶していたマリスを見つける。ランスの前に立ちふさがり、返り討ちにあったのだろう。

 

「マリス様……マリス様!」

「んっ……んっ!? どうして貴方がその男と!?」

「それは今からご説明します……」

 

 目覚めたマリスはルークと女忍者は一緒に行動している事に困惑するが、先程あった出来事を女忍者が説明すると申し訳無さそうに俯いてしまう。

 

「……横っ面を引っ叩いてでも、ですか……返す言葉がありませんね。リア様のためと思って叱らずにいた事が、リア様を間違った方向に進めてしまったのかもしれません……だとすれば、一番の元凶は私です」

「両親は何も言わなかったのか?」

「リア様は……ご両親から遠ざけられていましたから……」

 

 マリスがリアの過去を語る。幼い頃から非凡な才能の持ち主であったリアは、国の政策などに口を出してきたのだ。それはリアの父である現国王の政策を凌駕するものであり、王はその才能に恐怖した。リアはあまりにも優秀すぎたのだ。

 

「私が叱らなければならなかった……一番リア王女と近い存在であった私が……」

 

 そう後悔するマリスであったが、彼女にその役目を託すのは酷であったかもしれない。リア王女とマリスの年の差は7つしかなく、王女が幼い頃から仕えていたマリスにとっては妹のような愛しい存在。それ故、どうしてもリア王女に強く言いきれなかったのだ。マリス自身も若かった事を考えれば、一概にマリスが悪いとも言いきれない。誰からも叱られずに歪んでしまったリア王女。彼女の行いは決して許されることではないが、彼女もまた被害者なのかもしれない。

 

「まあ、今頃ランスがしっかりと叱っていてくれているだろう」

「大丈夫なんですか? 正直、あの男と二人きりにするのは危ない気が……」

 

 訝しげに問いかけてくる女忍者。ルークたちの周りを探っていた彼女は、ランスの女性に対する行為も何度か目撃している。だが、ルークは笑いながらそれに答える。

 

「まあ、大丈夫だろう。別れ際にかなりまじめな顔をしていたからな。ランスも王女の非道な行いを許せなかったんだろう。まだ出会ってから一月も経ってないが、これだけは判る。あいつは、決めるときは決める男だ」

「それでは行きましょう。リア王女はこの先の泉のほとりに隠れているはずです」

 

 マリスが先頭に立ち、通路を進んでいく。数分の後、目の前に光が射し込んでくる。長い地下通路の先には、マリスの言うように泉があった。

 

「……して……」

「リア様の声です!」

「あっちか!」

 

 ほとりの方からリア王女の声が聞こえてきたため、三人はそちらに向かって走り出す。茂みの先、そこにランスとリアはいた。

 

「ああっ……もっと、もっと気持ちよくして!」

「がははは、ではもっとお仕置きしてやろう!」

 

 そこには、お仕置きと称してリア王女とヤっているランスの姿。

 

「はふぅ……」

「マリス様ぁぁぁ!!」

 

 マリスが倒れる。目の前の現実に打ちひしがれたのだろう。女忍者がそれを抱きかかえ、ルークに向き直る。

 

「って、やっぱり全然駄目じゃないですか! 何があいつは決めるときは決める、ですか!!」

「キめていたじゃないか……それはもう、バッチリと……」

「何、上手いこといった風な顔しているんですか!」

 

 流石に王女に手を出すとは思っていなかったルークは困惑し、訳の判らない事を口走ってしまう。ランスにとっては、王女とHをする事は大まじめな顔をするに値する出来事だったという事だろう。

 

「ランスの事を理解しきるにはまだまだ時間がいるという事だな……」

「そんなもの理解したくないですよ! 早くリア王女を助けてください!!」

「がはははは! どうだ、もう悪いことはしないな?」

「もう悪いことしません! 庶民もいじめません! だからもっとぉぉ!!」

「まあ……あれはあれで改心したって事でいいんじゃないか?」

「よくなぁぁぁぁぁい!!」

 

 泉のほとりにリアの嬌声と女忍者の絶叫がこだました。

 

 

 

数日後

-アイスの町 ランス宅-

 

 あの後、リア王女が納得していたためなんやかんやで依頼は無事解決となった。怒り心頭のマリスと女忍者を尻目にランスはアイスの町へと戻り、キースから報酬を受け取る。ルークとの分け前は宣言通り9:1にし、計28000GOLDを手にしたランスはご満悦の状態であった。ルークとは今朝別れ、貸家である自分の家へと戻ってきたランスはGOLDで敷き詰めた風呂に浸かっていた。

 

「がはははは、大もうけだ! だがGOLD風呂は痛いだけだな、これっきりにしておこう」

「よかったですね、ランス様! それにしても、こんなに分け前をくれるなんて良い人でしたね」

「ふん、ルークか……」

 

 ランスはGOLDを一枚手に取りながらそう呟く。俺様が女を抱く邪魔をしないし、色目も使わない。俺様程じゃないまでもそこそこの腕はあるし、武器を奢ってくれるなど金払いも良い。まあ、いても邪魔にはならん男だ、というのがランスのルークに対する評価であった。

 

「そうだ、一応奴隷として少しは活躍したからな。お前にも服を買ってやろう」

「本当ですか? 私、外出用のお洋服が欲しいです!」

「そうだな、すけすけのネグリジェか超ミニスカートを買ってやろう」

「……はい、ありがとうございます」

 

 どちらを選んでもランスとのH用にしか使われないであろう服に悲しげに頷くシィル。外出用の洋服は当分お預けのようだ。と、今朝届いていた手紙の事を思い出して机から持ってくる。

 

「そういえば、ランス様宛に手紙が届いていましたよ」

「ん? 俺様宛のファンレターかラブレターか?」

「お城からの手紙みたいですね」

「城だと?」

 

 ランスはシィルから受け取った封筒を開き、中の手紙を読む。

 

-親愛なるランス様。我が王家には、初めて交渉した者と結婚しなくてはならないという代々伝わる伝統があります。それに従ってあなたは責任をとって私と結婚して頂きます。ではこれより、すぐにあなたの所に嫁がせて頂きます 王女リア・パラパラ・リーザス-

 

「……シィル、逃げるぞ」

「へ?」

 

 ランスの顔から血の気が引く。まだまだ結婚などする気はない。慌てて逃げ出そうとするランスだったが、時既に遅し。家の扉からドンドンとけたたましいノック音が聞こえてくる。

 

「ダーーーリン!! 開けてーーー!! リアが参りました!!」

 

 その声が聞こえた瞬間、ランスはシィルを連れて窓から一目散に逃げ出していた。

 

「シィル! ついてこい!」

「はい! ランス様、どこへでも!」

 

 

 

-アイスの町近辺 街道-

 

 ルークは一人その道を歩いていた。約束の報酬をランスに渡した後、次のギルド仕事を受けたルークは、休む間もなくアイスの町から旅立っていたのだ。街道を歩きながら、ルークは今回の依頼を思い返す。

 

「(面白い奴だったな。またどこかで巡り会いたいもんだ……)」

 

 ルークがそんな事を考えていると、遠くの方から声が聞こえてくる。ルークがそちらに視線を向けると、街道の向こうに良く知った顔が見える。

 

「待ってーーー! ダーーーリン!!」

「俺様は結婚などせんぞぉぉぉぉ!!」

 

 丁度今考えていた男がパートナーを引き連れ、王女と侍女から全力で逃げているところであった。最後まで退屈させない奴だと、ルークの顔に自然と笑みが零れる。

 

「やれやれ……また会いたいとは思ったが、早すぎるだろう……」

 

 そう思うルークに向かってくる人影がある。木の上から王女たちの護衛をしていた女忍者だ。すぐに女忍者が近寄ってきている事に気がついたルークはそちらに向き直る。

 

「どうした? 王女様から離れていいのか?」

「すぐに戻りますから。ルークさんに、どうしても一言お礼が言いたくて……」

「礼などいらんさ。今後、リーザスがどのような道程を辿るか楽しみにしている。道を違えそうになったら……」

「私が戻します。今はまだ無理だけど……いつか、真の忠臣と呼ばれるように……」

 

 女忍者が真剣な顔でそう口にする。先日までの顔つきとまるで違う、清々しい表情である。

 

「上出来だ」

「ありがとうございます……っと、それでは!」

 

 ふと二人が笑いあうと、ランスたちの声がかなり遠くなってきていた。流石に離れすぎるのはマズイと思った女忍者はルークに一礼し、王女を追いかけようとする。

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

「はい?」

 

 ルークはその彼女を呼び止め、振り返る彼女にもっと早く聞いておくべきだった事を問いかける。

 

「名前、まだ聞いてなかったな」

「かなみ、見当かなみです!」

 

 満開の笑顔を向けてくるかなみ。これは良い気分で次の仕事に移れそうだ。青天の下、ルークはそんなことを考えていた。

 

 




[人物]
見当かなみ
LV 14/40
技能 忍者LV1
 リーザス王女リア直属の忍者。不本意にも抜け忍になってしまっていたところをリアに拾われ、恩義に報いるため諜報から暗殺まで忠実にこなす。ルークの言葉を受け、少しずつだがリアに自分の意見を言うようになる。意外なことに、関係は以前よりも良好だとか。原作では一応1のラスボス。一応とか言うな。

リア・パラパラ・リーザス
LV 3/20
技能 政治LV2
 リーザス国王女。美しい容姿の裏に影を持ち、少女たちを誘拐して自分の快楽のために拷問死させていた。政治家としても非常に優秀な面を持ち、既に実の両親である現国王と女王を隠居させる計画も密かに進めている。生まれてこの方人に怒られたことがない温室育ちであったが、ランスに思いっきり叱られて完全に惚れてしまう。

マリス・アマリリス
LV 25/67
技能 神魔法LV2 剣戦闘LV1
 リーザス国筆頭侍女。事実上リーザスの政治を司っているとさえ言われる影の実力者。戦闘能力も非常に高く、その才能はリーザス最強剣士リックに次ぐが、自ら前線に立つことは殆どなく、常にリアの側を離れないようにしている。リアを溺愛しているが、今回の一件は深く反省している。

ウィリス
 リーザス城下町のレベル屋で働く女性。年下の彼氏とはラブラブ。原作では1の時点では名無しの女性であった。その後、現在までに6作品に登場。大出世である。

ミリー・リンクル
 リーザス城下町の武器屋「PONN」の女性店員。自殺願望あり。

朝狗羅由真 (半オリ)
 リーザス城下町の情報屋「NET」のオペレーター。コンピューターを使う優秀な情報屋であり、原作では名無しの女性。名前はアリスソフト作品の「大番長」より。情報戦といえば彼女。

ラベンダー
 妃円屋敷に出没する幽霊。かつてリア王女に度重なる拷問を受け、自ら命を絶ったが死にきれずに幽霊となる。ランスの腕の中で成仏する。

ラベンダーの前任のメイド
 ラベンダーの前に拷問を受けて死んだ少女。彼女もこれより数年後、リーザス城に悪霊として出没するようになる。自分の拷問の姿を見せて兵士を怖がらせようとするが、Hな映像であるため男性兵士を喜ばせているだけとかなんとか。出番はランスクエスト本編で。地下で拷問を受けていたと書いてあったから、おそらく妃円屋敷の被害者。

セラ
 パリス学園に通う生徒。その正体はマリス・アマリリス23才。色々な意味で恐ろしい変装である。学園の生徒はきっと見て見ぬふりをしてくれていたのだろう。

ヒカリ・ミ・ブラン
LV 2/35
技能 神魔法LV0
 ブラン家の次女。リアに誘拐されていたが、実はそのときに色々と目覚めてしまい、リアのことが大好きになってしまう。そのため、今回の事件を訴える気もないとか。救出してくれたランスを王子様のように思っており、ルークはランスの言葉を信じて従者だと勘違い。今は親元に戻って平穏に暮らしている。ランス1のサブタイトル「光を求めて」が、誘拐された彼女の名前と掛かっているのは有名な話である。

ウェンズディング・リーザス
 リーザス国国王にしてリアの父。実権は娘に握られている。婿養子であり、少し頭がおかしくなり始めている。

カルピス・パラパラ・リーザス
 リーザス国女王にしてリアの母。頭の良すぎた娘をあまり良く思っておらず、国王同様知らず知らずの内に遠ざけてしまっていた。

ミンミン
 パリス学園の学園長。裏でリアと繋がっており、美少女を定期的に提供していた。事件解決後、全て自分一人で犯行を行ったという遺書と共に遺体で発見される。見事なまでのトカゲの尻尾切り。


[モンスター]
さけび男
 アンデッド系モンスター。赤い靄が集まって出来たような顔だけの存在であり、物理攻撃が効きづらく、EXPを奪うというような嫌らしい攻撃も仕掛けてくる。


[技能]
忍者
 忍者としての才能。隠密としての素質や、強力な忍術の使用に関わる。

政治
 政治家としての才能。良王とされる者やその側近はこの技能を持つ者が多いとされている。


[技]
シールド
 リーダーから思考を守る初級魔法。ある程度の魔法使いなら用心のために普段から掛けっぱなしにしている。

ヒーリング
 傷を癒す初級神魔法。暖かい光で包み込み、傷だけでなく体力も回復させる。

マジックミサイル
 炎の塊をぶつける初級魔法。炎の矢よりも威力は低いが、塊であるため敵に命中しやすい。原作では炎の矢の旧名であり同一魔法。後にダイジェスト版が出た際、名前が炎の矢に統一され、その存在が抹消されてしまう。本作では別魔法扱い。


[装備品]
えくすかりば
 ランスが購入。伝説の聖なる剣の量産品。200GOLD。

ごっずアーマ
 ランスが購入。特殊な金属で作られた高級な鎧。200GOLD。

めでうさの盾
 ランスが購入。鏡で出来た優秀な盾。180GOLD。

ぷるぷるの剣
 ランスが購入しルークに譲渡。本人は不本意。ぷるぷる震えて敵に打撃ダメージを与える剣。20GOLD。これでピッタリ600GOLD。因みに原作でも本当にこの値段である。

妃円の剣
 妃円屋敷に隠されていた業物の剣。ルークの愛剣となる。盾と鎧も存在するが、二人は発見できなかった。


[アイテム]
魅力の指輪
 リアの私物。魅力を上げる指輪と言われているが、どれ程の効果があるのかは不明。


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第2章 反逆の少女たち 第6話 地下に沈んだ町

 

GI1009

-自由都市カスタム-

 

 リーザス誘拐事件から話は数年ほど昔に遡る。自由都市地帯のほぼ中央に位置する町、カスタム。その町の一角に館が建っている。どこか趣のあるその館の入り口に、看板を立てかけている一人の中年男。

 

「ふぅ……」

「ラギシスさん。以前話していた塾、本当にやるつもりなんですか?」

「ええ、私の力が少しでも町の役に立つのであればと思いましてね」

 

 通りがかりの住人にそう振り返りながら答える中年の男。男の名はラギシス・クライハウゼン。このカスタムに暮らす魔法使いであり、その人当たりの良さから住人からの信頼も厚い男である。ラギシスはこの年、カスタムで魔法塾を開塾する。自身の魔法を前途ある若者に受け継いで貰い、この町の守護者として育って欲しいというのが彼の弁であった。

 

「では、決定という事でよろしいですな?」

「若い娘を生け贄に捧げるみたいでどうも……」

「ラギシスさんなら大丈夫ですよ」

 

 開塾を受け、カスタムの町では一つの事項を決定する。それは、ラギシスの言う町の守護者となる者を育成するため、三人の才能ある娘をラギシスに弟子入りさせるというものであった。当然、幼い娘たちにそのような重荷を背負わせる事に初めは疑問の声も挙がったが、三人の娘は彼によく懐き、魔法の修行も自ら進んで行った。三年後のGI1012年にはもう一人幼い娘が弟子に加わるが、こちらもすぐにラギシスに懐いた。

 

「今日の授業は草原で行う。さあ、移動しよう」

「はーい!」

 

 ラギシスが幼い娘を引き連れて町の中を歩く。四人の娘と一人の中年魔法使い。その姿を見た住人の一人がボソリと呟いた。

 

「師匠と弟子、というよりは、まるで親子のようだな」

「何を今更。ほら、見てみろよ」

 

 その呟きを聞いていた別の住人がラギシスたちを指さす。聞こえてくるのは、仲睦まじい声。

 

「ラギシス。今日の授業は攻撃魔法を教えてくれるのよね」

「えー……今日は可愛い魔法がいいなー。ねっ、ラギシス!」

「そうだな。今日は……」

 

 少女たちは、他人であるラギシスを呼び捨てで呼んでいた。だが、それは侮蔑や軽蔑と言った感情からきているものではない。真に彼の事を信頼している証であった。

 

「ラギシスさんは、とっくに彼女たちの育ての親だよ」

 

 

「うわぁぁぁ、きれーい」

 

 カスタムの外れにある草原にラギシスと娘たちは立っていた。ラギシスが軽く腕を振るうと、その腕から色とりどりの花びらが宙に舞う。ラギシスの周りを囲むように立っていた娘たちはその魔法に驚くが、一際大きな反応を見せているのは紫色の髪をした娘だ。まだ入塾して間もないこの娘は、目にする魔法全てが新鮮であった。宙を舞う花びらを、目をキラキラと輝かせて見ている。

 

「本当、綺麗ね」

「そんなのより攻撃魔法を教えて欲しいわ」

「もう……」

 

 うっとりとした目で花びらを見ていた赤い髪の娘がそう口にすると、隣に立っていた緑路の髪の娘がツンとした態度でそう答える。何かにつけて攻撃魔法を習おうとする娘に青い髪の娘がため息をつくが、ラギシスはそれを微笑ましい顔で見ている。本当に不満に思っている訳ではない事をラギシスは知っているからだ。

 

「それでは、こういうのはどうかな?」

 

 ラギシスが人差し指をピンと突き出し、くるくると回す。すると、宙を舞っていた花びらが娘たちを包み込むように回り始める。幻想的な花びらの舞踏会。娘たちの目の輝きは更に増し、気が付けば先程まで文句を言っていた緑髪の娘も優しく微笑んでいた。

 

「ふぅん……目眩ましくらいには使えそうね。今日の授業はやっぱりこれでいいわ」

「もう、素直じゃないんだから……」

「あはは!」

「ふん! ……ぷっ、あはは!」

 

 笑い声が草原に響く。笑われた娘は一度拗ねた風な態度を取ったが、耐えきれなかったのかすぐに吹き出してしまう。平和な光景が、そこには広がっていた。

 

 

 

 そして……月日は流れる……

 

 

 

LP0001 10月

-自由都市カスタム-

 

「ラギシス!」

 

 ラギシスの前には美しく成長した娘たちが立っていた。しかし、様子がおかしい。ある娘は剣の切っ先をラギシスに向け、ある娘は魔法を放つ構えを取る。娘たちから放たれているのは、明確な殺意。

 

「どうしてもやるのか……」

 

 悲しげな瞳を娘たちに向けながら最後の確認を取るラギシス。だが、その問いかけに返ってきたのは、言葉ではなく魔法であった。紫髪の娘が、小型の幻獣をラギシスに放ったのだ。即座に幻獣と自分との間に石の壁を魔法で作り、身を守るラギシス。一度だけ天を仰ぎ、目の前に立つ娘たちの決断を噛みしめる。

 

「そうか、これが答えか……」

「行くわよ、みんな!」

 

 それが始まりの合図であった。五人の魔法がラギシスの館の中に飛び交い、そこら中の物が砕け散る。ラギシスは魔法使いとしては十分に優秀な人物であったが、既に全盛期は過ぎている。そのうえ娘たちのリーダー格であった緑髪の娘は天賦の才であり、既に師であるラギシスを凌駕した力を持ち合わせていた。更に、四対一。必死に抗戦するが、徐々に追い詰められていくラギシス。

 

「やあっ!」

「くっ……」

 

 青い髪の娘が、揃えた両手から濃縮された水の塊を放つ。上級の水魔法であるそれは、直撃すれば骨の一本や二本平気で叩き折る。すぐさま石の壁を作ってそれを防いだラギシスであったが、砕け散る石の壁の向こうから赤い髪の娘が迫ってきていた。振り上げるその手には、人の身体など簡単に両断してしまいそうな鋭い剣。

 

「ラギシス! 貴方を殺します!」

「ぐおっ!」

 

 ギリギリで剣を躱し、娘たちから距離を置くラギシス。だが、すぐに気がつく。自分の立っている場所は左右に逃げ場がない袋小路であるということを。

 

「まんまと誘導させられたか……」

 

 悔しそうに呟くラギシスに冷たい視線を送りながら、三人の娘が左右に分かれて道を開く。ラギシスと一直線上に対峙するのは、リーダー格である緑髪の娘。その両手には大量の魔力が収縮されている。既に呪文詠唱を終え、放つ直前なのだ。ラギシスに逃げ場はない。即座に結界を張ろうとするが、間に合う訳がない。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!」

「っ!!」

 

 ラギシスを光が包み、その身体を吹き飛ばす。背中が後ろの壁に当たった感触がしたが、その壁もすぐに崩れ落ちてしまう。同時に、それまで館を支えていた柱が魔法の影響で崩れ、瓦礫がラギシスの身体に落ちていく。今すぐ逃げなければ瓦礫の中に埋まってしまう。だが、ラギシスの身体はピクリとも動かない。殆ど感触すら失っている身体が微かに感じるのは、何か生暖かい液体が大量に流れている事。それは、自身の血に他ならない。明確な死の訪れを感じながら、薄れゆく意識の中でラギシスは思う。

 

「(指……輪……)」

 

 ゴシャ、という鈍い音が響く。ラギシスの頭に巨大な瓦礫が落ちてきて、その頭を潰したのだ。動かなくなったラギシスの身体が瓦礫に埋もれていく。それとほぼ同時に、町全体を包み込むような巨大な魔法陣が空中に現れる。娘たちの誰かが使ったのであろうか。住人が突如現れた魔法陣に驚いていると、町全体から地鳴りが響く。初めこそ何が起こっているのか理解出来なかったが、すぐに気が付く。町が地下に陥没しているのだ。空中に現れた魔法陣は、その恐ろしい魔力で一つの町を丸々地下へと陥没させてしまったのだ。

 

「あの娘たちは……悪魔だ……」

「自分たちの師匠を……いや、育ての親を殺すなんて……」

 

 住人は言う。娘たちが狂った、と。草原の中で無邪気に笑っていた娘たちはもういない。冷酷な瞳のまま、住人を避けるように自らが作り出した迷宮へと姿を消す娘たち。その四人の娘たちの指には、それぞれ違った色の指輪が妖しく光り輝いていた。

 

「誰か……この町を救ってくれ……」

 

 

 

-アイスの町 キースギルド-

 

 机の上に大量に広げられた依頼書を眺めている男冒険者。目の前にいるギルドマスターが、その中でも特にオススメの依頼を説明しているところであったが、ふと依頼書の一つに書いてあった町の名前が目に飛び込んでくる。

 

「(……カスタム?)」

 

 懐かしい名前に反応した男は、その依頼書に手を伸ばす。依頼内容の概要に目を通すと、そこにはこのように書かれていた。

 

-反逆の少女たち、親代わりでもあった師匠を殺し、町を封印する。彼女たちは今こう呼ばれている、カスタムの四魔女、と。-

 

「なんだ、その仕事受けるのか? こっちとしちゃーありがてぇが、報酬はそんなに高くないし、魔法使い四人となれば簡単な仕事じゃない。割にあった仕事じゃねーぞ?」

「割に合わない仕事はいつものことだ。それよりも、少し気になる事があってな……」

「気になる事……? ひょっとして、四魔女の事か? なんだ、遂にお前にも春が来たのか?」

「そんなんじゃないさ」

 

 下品な笑みを浮かべるギルドマスターのキースに対し、男は小さく笑いながら返す。だが、すぐに視線を依頼書へと戻し、黙々とその内容を読み進める。こうなったからには、この男の答えは既に決まっているのと同じ事。キースは苦笑しながら一応の確認をする。

 

「まあ、そこまでお前が興味持ったって事は、受けるんだろ?」

「ああ。この依頼、受けさせて貰う」

「あいよっ! 頼んだぜ、ルーク!」

 

 依頼書を手に持つのは、ルーク。数ヶ月前にリーザス誘拐事件を見事に解決した、キースギルド稼ぎ頭の一人だ。軽く手続きをしてそのまま部屋を出て行こうとすると、丁度扉から入って来た二人組とぶつかりそうになる。

 

「おっと、すまない……なんだ、ルークか」

「なんだとは失礼な話だな、ラーク」

「ルークさん、お元気そうで」

「ああ、ノアも元気そうで何よりだ」

 

 扉から入って来たのは、キースギルドに所属するエースコンビ、ラーク&ノア。互いに知った顔であり、何度か依頼も一緒にこなしたため、それなりに親交がある二人組だ。ラークがルークの手に持つ依頼書に視線を落とし、残念そうに口を開く。

 

「なんだ、依頼を受けてしまったのか。暇だったら、こちらの依頼を手伝って貰おうと思ったのに」

「平和な学園に突如現れたダークヒーロー、ヤミーマン。その退治に今から行くところなんです」

「悪いな、またの機会と言う事にしてくれ。なに、お前らとは今後いくらでも組む機会はあるだろ」

「まあ、そうだな。気をつけろよ」

「ああ、そちらもな」

 

 扉から出て行くルークを見送るラークとノア。完全にその姿が見えなくなった後、自分たちの依頼の話をすべくキースと向き直る二人だったが、ノアがふと机の上に置いてあった依頼書を手に取る。ルークが持っていったのとは別に、ギルドに依頼を受領した証拠として置いておく控えだ。

 

「カスタムの町を封印した四人の魔女……ルークさん、また大変そうな依頼を……」

「町を封印か……まあ、ルークなら大丈夫だろう」

「ん? カスタム?」

 

 ノアの言葉に大きな反応を示したのは、ラークではなくキースの方であった。思わぬ反応に目を丸くするラークとノア。

 

「キース、どうかしたのか?」

「ん……いや、ルークとカスタムの町……なーんか、あいつに言い忘れている事があるような……」

「……?」

 

 キースが忘れていた事柄を思い出すのは、これより三日後。とうにルークは出発してしまった後の事であった。

 

 

 

三日後

-自由都市地区 荒野-

 

 砂埃が舞う荒野をルークは歩いていた。件の四魔女の依頼を正式に請け負ったルークは、こうしてカスタムの町を目指し黙々と歩いている最中であった。だが、その顔は険しい。アイスの町からそう遠くない場所に位置するはずなのだが、ルークは険しい顔で地図を睨んでいる。

 

「おかしいな。地図によれば、もうそろそろのはずなんだが……」

 

 町が見つけられずに頭を掻くルーク。というのも、ルークはカスタムの町を殆ど訪れたことがない。その理由としては二つ。リーザスやポルトガルといった、仕事で訪れることの多い大都市に向かう際の通り道からは少し外れてしまっているというのが一つ。もう一つは、カスタムは比較的治安の良い田舎町であり、今までギルドに依頼されるような事件は起こらない平和な町であったため、仕事で訪れる機会がなかったのだ。そのような平和な町での異変。一体何が起きているのだろうか。

 

「約20年ぶりか、懐かしいな……」

 

 前述の通り、ルークはこの町を訪れたことがないわけではない。かつて、たった一度だけこの町を訪れたことがある。今から18年前、ルークが7つの時だっただろうか。荒野の中、ルークはかつての光景を思い出す。流石に町の風景など細部の記憶は曖昧であったが、絶対に忘れる事の出来ない思い出がある。

 

 

 

GI0998 冬

-カスタムの町-

 

 身なりはボロボロ、全身に擦り傷を付けた二人の子供が町の前に立っていた。だが、声を掛けようとする者はいない。その目だ。後ろに連れられている少女は俯いているためよく判らないが、もう一人の少年の目が普通ではない。濁っている。まるで、この世全てを恨んでいるかのように。

 

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 

 そんな中、一人の男が少年たちに声を掛ける。この町に最近移り住んできた魔法使いだ。それが、ルークとこの男の出会いであった。

 

 

 

LP0001 10月

―荒野―

 

「ふ……」

 

 自嘲気味に笑うルーク。懐かしい思い出でもあり、胸の痛くなる思い出でもある。そう、あの時はまだルークの隣に彼女がいたのだ。不安そうに震え、それでもギュッとルークの手を握っていた少女。あの感触は、今でも覚えている。そんな事を考えながら歩いていると、目の前に洞窟の入り口が見えてくる。だが、おかしい。あのような洞窟は地図に載っていない。ルークが訝しげに目を凝らすと、どうやら入り口の横に一人の少女が立っている。すると、あちらもルークに気がついたようで、微笑みながらこちらに近づいてくる。

 

「ルーク様でいらっしゃいますか?」

「そうだが、君は?」

 

 ウェーブのかかった水色の髪に赤いカチューシャが良く似合っている少女が丁寧な口調でルークに問いかけてくる。ルークのその返答を聞くと、少女は顔をパッと輝かせ、深々とお辞儀をした。

 

「ようこそおいでくださいました! 私はカスタムの町の町長の娘、チサと言います」

「そうか、しばらくの間よろしく頼む」

「はい!」

 

 ルークが右手を差し出すと、チサはギュッと両手でその手を包み込む。冒険者が来てくれるのを本当に心待ちにしていたようだ。だが、何故チサは洞窟の前に立っていたのだろうか。近くに町があるのかとルークが周囲を見回すが、洞窟以外には何も見当たらない。

 

「それで、町はどこにあるんだ?」

「あぁ、すいません。依頼書に詳しく書いていませんでしたね。道中説明させていただきます。さぁ、どうぞこちらへ。父が首を長くして待っています」

 

 娘はそう言うと洞窟の中へ入っていき、中からルークを手招きする。導き出される答えは一つ。

 

「まさか、洞窟の中か!?」

 

 

 

-カスタムの町-

 

 洞窟の中は思ったよりも明るく、足場もそれ程悪くなかった。チサの案内の下、洞窟を進んでいくルーク。道はなだらかに下っており、地上から見れば今は地下二階くらいの位置であろうか。すると、自然の光とは違う人工の灯りが目に飛び込んでくる。目の前に広がる地下空洞の中に、町があったのだ。

 

「地下に町が丸々入っているのか!? 以前来たときは普通の町だったはずだが……封印というのはこういう事だったのか……」

 

 ルークが目を見開く。冒険者として様々な依頼を受けていたが、こんなケースは初めてだ。町一つを地下に封印してしまうなど、一体どれ程の魔力が必要になるのか見当もつかない。

 

「あら、以前に町を訪れたことがあるのですか? すいません、町長の娘ともあろうものが覚えていなくて……」

「いや、謝る必要は無い。多分、君が生まれる前の話だ。20年くらい前だからな」

「そうだったんですか……(意外とおじさん……?)」

 

 20年前と聞いてチサは目を丸くするが、失礼にあたるので思ったことは口には出さないでおく。

 

「……ルーク様から見て、今の町はどのように見えますか?」

 

 チサの言葉を受け、ルークが町を見下ろす。微かな記憶を思い出しながら比較するが、以前はもっと住人の元気な声が飛び交う町だったはずだ。だが、今は誰も住んでいないのではと勘違いしてしまう程に、町は静寂に包まれている。そのうえ、町の所々に破壊された家があるのが目に飛び込んでくる。

 

「正直、以前の姿を知っている者からすれば信じられない光景だな……」

「それも全て、彼女たちが……」

 

 悲しそうな、それでいて悔しそうな表情を浮かべるチサ。ギュッとスカートの端を握りしめている。この様子だけで、彼女がどれ程町を愛しているのかが伝わってくるというものだ。

 

「あっ、すいません。それでは家へ案内しますね」

「ああ、よろしく頼む」

 

 岩で囲まれた坂道を下っていき、ルークは町へと案内される。だが、住人の姿は見えない。皆家に閉じこもってしまっているのだろう。陰鬱とした空気を肌で感じながら歩いていると、程なくして町長の家へと到着する。

 

「それでは、中へどうぞ。父が待っていますので」

 

 チサに促されて家の中へと入るルーク。町長の部屋へと案内されたルークの目に飛び込んできたのは、ベッドに寝ている顔色の悪い中年の男性であった。ルークとチサの姿を確認し、ゆっくりと身体を起こす。

 

「これは、これは、よくぞ来てくださいました。身体が少し弱いので、床に入ったままで失礼します。私は町長のガイゼル・ゴードといいます」

「キースギルドから派遣された冒険者のルーク・グラントです」

 

 挨拶を交わしながら町長を見るルーク。朧気に覚えている町長の顔とは違う。どうやらルークの知らない間に町長が変わっていたようだ。チサから聞いた話によると、ガイゼルは生まれも育ちもカスタムの町との事。だが、ルークの事は覚えていない様子であった。だが、それも無理もない事。ルークがカスタムを訪れたのは18年も前の事であり、そのうえ町に滞在していたのは僅か数日でしかなかったのだから。

 

「ルークさん。貴方はキースギルドに所属する冒険者の中でも、特に優秀な戦士だと聞いています。どうか、この町をお救いください!」

 

 ベッドの上からギュッとルークの手を握ってくるガイゼル。先のチサと同じ行動であるのは、流石親子といったところか。

 

「キースめ……」

 

 キースの顔を思い浮かべながら苦笑するルーク。キースギルドに所属する冒険者で優秀な戦士、というのであれば、ルークよりもラーク&ノアコンビの方がよっぽど当てはまる。というのも、ルークの仕事の請負方には癖があるからだ。事件の規模や報酬ではなく、強そうな人物に出会えるか、その依頼者との繋がりが大きな意味を持ちそうかという事を最も重要視している。そのため、時には初級冒険者が請け負うような簡単な依頼にも手を出す。適材適所という観点から見れば、あまりにも勿体ない話である。以前その事でラークに苦言を呈されたが、先の大戦を見据えているルークにとってこの方針を変えるつもりはなかった。

 

「まあ、任せておいてください。受けた依頼はきっちりこなしますので」

「それは頼もしい! それでは町の状況を説明させて頂きます。チサ、頼んだ」

「はい、お父様」

 

 キースの言葉は大げさであったが、それを伝えて依頼人を不安にさせる訳にもいかない。ルークはあえて自信のある様子を見せながら返事をすると、ガイゼルの顔がパッと明るくなる。やはり、町の住人は現状にかなりの不安を抱いているようだ。だからこそ、僅かな希望にも縋りたくなる。ガイゼルに促され、チサが一歩前に出てくる。

 

「それでは説明させていただきます。ルーク様もご存じの通り、この町は元々地上にありました。ですが、今から少し前に魔法使い同士の争いが起こったのです」

「魔法使い同士……」

「はい。片方は依頼書にも書いてありました四人の魔女。それに対抗したのは、この町で魔法塾を開いていたラギシスという魔法使いです」

「ラギシス殿は人間的にも良く出来た人物で、魔法塾も町を守れる人物の育成のため開塾したのです」

「そして、四人の魔女はラギシスの教え子でもあったんです」

 

 その言葉を聞いて、ルークは口元に手を当てて眉をひそめる。

 

「……反逆したというのか?」

「はい。塾生であった彼女たちは突如ラギシスに反逆し、勝負を挑んだのです。町を守るためにラギシスは必死で戦いましたが、四対一では分が悪く、魔女たちに殺されてしまったのです。そして、魔女たちはラギシスの持っていた指輪を奪い、魔法でこの町を地下へと沈め、封印してしまったのです」

「町一つを地下へ沈めたというのか……その娘たちが……」

 

 俄には信じがたい事である。魔法大国のゼスであっても、たった四人で町を丸々地下で沈める事が出来る魔法使いなど、数える程しかいないだろう。自由都市の、それも田舎町であるカスタムにそれだけの魔法使いがいるとは驚くべき事なのだ。話が本当であるのならば、四魔女は想像以上の強敵である事になる。

 

「きっと、指輪の力で彼女たちの魔力が増幅しているんです」

「指輪か……」

 

 魔力増幅の装備品は確かに存在する。だが、町を沈められるだけの魔力増幅装備など、それこそ一国の秘宝になっていてもおかしくはない代物だ。本当にそんな指輪が存在するのだろうか。だが、今は魔力の増幅手段については後回しだ。最優先事項は、町を封印から解くこと。

 

「町を封印した彼女たちは地下に迷宮を築くと、私たちの生活を脅かすようになりました。数々のモンスターが町へ進入してきたり、若い女性が誘拐されたり……」

「害を及ぼすようになった訳か。彼女たちを倒そうとはしなかったのか?」

「いいえ、青年団が四人の魔女を倒そうと迷宮に潜っていきましたが……まだ誰も帰ってきません……」

 

 そう肩を落とすチサ。聞けば青年団が迷宮に潜って既に数日が経過しているとの事。

 

「酷な話だが、もう生きてはいないだろうな」

「んっ……やはりそうですか……」

 

 ルークの非情な宣告に悲しげな表情を浮かべるチサ。その目尻には涙が浮かんでいる。

 

「彼女たちの目的は判りませんが、お願いです。私たちをお救いください!」

「私からもお願いします。彼女たちを倒して、この町を以前のような平和な町にしてください」

 

 ゴード親子がルークに対し懇願する。恐らく、この思いは町の人全員の思いであろう。ルークは右拳を力強く握りしめながら、前に突き出して口を開く。

 

「了解した。すぐにこの町を元の平和な町に戻してみせるさ」

「ありがとうございます! ルーク様!」

 

 ルークの手をチサの両手が包み込む。その光景を見たガイゼルは表情を険しくする。先程自分も同じような事をしたというのに、娘がそれをするのは耐えられないのだろう。ごほん、とガイゼルが咳払いをすると、恥ずかしそうにチサが手をすぐに引っ込めた。

 

「……娘はやらんぞ」

「安心してください。どこかの冒険者とは違って、節操無しではないんで」

「うむ、それなら良い。それで、報酬の事だが……」

 

 ルークの頭に浮かぶのは、三ヶ月ほど前に一緒に仕事をした男の顔。傍若無人、唯我独尊を地でいく男であったが、その実力は本物であった。あの男だったら、報酬はチサちゃんが良いとか言い出すのだろうなと考え、ルークは静かな笑みを浮かべる。

 

「成功報酬としては、一応20000GOLD用意しています。ただ、依頼した冒険者は一人ではないため、成功した者だけが受け取れる早い者勝ち方式になってしまいますが……」

「20000GOLDですか……」

 

 それを聞いたルークは思案する。事件の規模を考えると、決して割の良い仕事とは言えない。なにせ町を沈める程の魔力を持った魔法使いと、命を掛けて戦わねばならないのだ。前回の誘拐事件の割が良すぎたのもあるが、(リーザス王家が絡んでいたため、結果としてはあれも割の良い仕事では無かったが)、それにしても安すぎる。報酬の額を気にするルークではないが、この案件は個人の依頼ではなく町名義での依頼。これだけ安い報酬を提示したという事が広まれば、カスタムの町の評判は落ちてしまう。同時に、この依頼をそんな安値で受けたという事が広まるのは、キースギルドにとってもマイナスになる。

 

「少し安すぎますね。復興のための資金を貯めなければならないのは判りますが、30000GOLDが最低限のラインです。そうでないと、ウチのギルドだけでなくカスタムの町の評判も落ちます」

「むっ……」

 

 ガイゼルが声を漏らす。不快に思われてしまったかもしれないが、これは伝えておかなければならない事であるため、ルークは言葉を続ける。

 

「それに、その値段では請け負ってくれる冒険者が極端に減ります。正義感溢れる者であれば請け負ってくれるかもしれませんが、多くの冒険者は割の良い他の仕事に流れてしまうでしょうね。ここはもう少し報酬を上げてでも早く解決させた方が、結果として出費を安く抑えられると思いますよ」

「なるほど……いや、申し訳ありません」

 

 ガイゼルがペコリと頭を下げてくる。どうやら不快に思っていた訳では無いらしい。

 

「今までギルドに依頼などした事が無かったものですから、依頼料の相場というものを理解していませんでした。それでは、成功報酬は30000GOLDとさせていただきます」

「了解しました。それでは、正式に依頼を受けさせていただきます」

「あ、ギルドの方への訂正連絡はこちらからしておいた方が良いでしょうか? この値段であれば、他の冒険者も続々やってきてくれるかもしれませんし」

 

 部屋を出て行こうとするルークを引き留るガイゼル。ルークは一度振り返り、口を開く。

 

「連絡はお願いします。ですが、冒険者が続々やってくるという事にはならないでしょうね」

「えっ!? ま、まだ安いでしょうか……?」

「いえ。その前に、私が事件を解決させますから。では失礼」

 

 平然とそう言い放ち、扉から出て行くルーク。だが、口だけの冒険者には見えなかった。チサの目には部屋から去っていくその背中が、とても大きく見えていた。

 

「……なんて頼もしく勇ましいお方。あの方ならきっと大丈夫ですね、お父様」

「うむ、彼になら任せても良さそうだな。だが、娘はやらんぞ」

 

 ガイゼル・ゴード。真面目そうに見えるが、その実、娘大好きの親バカであった。

 

「……あっ、お父様。もうすぐ次の冒険者様が到着する時間なので、町の入り口まで迎えに行ってきますね」

「うむ、頼んだぞ」

 

 どうやらルーク以外にも同時期にこの依頼を受けた者がいるらしい。チサが失礼の無いよう、これから会う相手の書類に目を通す。名前を確認し、所属ギルドに視線を移す。

 

「あら? 次の方もキースギルド所属なんですね……」

 

 

 

-カスタムの町 廃墟前-

 

「流石に記憶が曖昧で覚えていないな……」

 

 ルークが頭を掻きながらそう呟く。まずは町の中を見て回る事にしたルークは、小一時間掛けて町をぐるりと一周したのだが、建物の場所を覚えるのに苦労していた。というのも、元々カスタムが入り組んだ町であるのと同時に、モンスターに荒らされてしまった事から似たような廃墟が多く、目印となる建物があまりないのだ。ルークには寄りたい場所があったのだが、どうにもその家も見つけられず仕舞いであった。

 

「まあ、依頼が終わった後にでもゆっくり寄らせて貰えばいいか……」

 

 かつてカスタムで出会った魔法使いの事を思い出しながらそう呟くと、ふと視線の先にチサが歩いているのが見える。すぐさまルークはそちらに駆け寄り、チサへと声を掛ける。

 

「ああ、チサちゃん。ちょっといいかな」

「あら? どうされましたか、ルーク様」

 

 ルークに気が付き、そちらに向き直るチサ。手には買い物かごを持っている。

 

「町の地図を貰えないかな? 町を回っていたんだが、中々覚えられなくてね」

「ああ、そうでしたか。こんな風景では中々覚えられませんよね。地図でしたら、家にいくつか予備がありますのでお渡しします。ついて来てください」

「すまない。ああ、持つよ」

「ありがとうございます」

 

 チサの持っていた買い物かごを代わりに持ち、町長の家へと引き返すルーク。手に持つ買い物かごには割と多くの物が入っており、中々の重量があった。ルークは世間話感覚でチサへと話しかける。

 

「夕飯の買い物かな?」

「それもありますが、お茶菓子を切らしてしまったので急いで買いに出かけたんです。でもついつい夕飯の買い物もしてしまって……」

 

 苦笑しながらそう言葉にするチサ。お茶菓子を急いで買いに出かけたという事は、ルークの後に来客があったという事だろうか。もしそうならば、確かに夕飯の買い物をするのは苦笑すべき事柄だろう。町長の家の前までやってきたルークは、疑問をチサへと投げる。

 

「俺の後にも来客が?」

「はい。ルーク様の後にもう一組冒険者様がお見えになったんです。ルーク様と同じギルドに所属されている方ですよ」

「キースギルドに……?」

「がはははは!!」

 

 チサが家の扉を開け、中へと入ろうとしたそのとき、町長の部屋の方から大笑いする男の声が聞こえてきた。これがもう一組の冒険者の声なのだろう。聞き覚えのある、どこか特徴的な笑い声。

 

「30000GOLDだと? 安すぎる! そんな相場を教えたのはどこのバカだ!? 報酬は50000GOLDか、チサちゃんの処女だ!! そうでないと俺様は降りるぞ!!」

「しょ、しょ、処女だとぉ!? 駄目だ、駄目だ、駄目だぁぁぁ!! チサには指一本触れさせんぞぉぉぉ!!!」

「しょ、処女って……」

 

 冒険者と父親のやりとりを聞いて頬を赤らめるチサ。それを横目に、ルークはその口に笑みを浮かべながら、どこか嬉しそうに呟く。

 

「間違いない、あいつだ」

 

 今ここに、カスタム四魔女事件が幕を開ける。それは、後まで続く多くの絆を生む出来事。

 

 




[人物]
ランス (2)
LV 10/∞
技能 剣戦闘LV2 盾防御LV1 冒険LV1
 早々にルークと再会する事になった鬼畜戦士。誘拐事件解決時にはLV15程になっていたが、その後は一切冒険をしていなかったため、気が付けばレベルダウンしていた。

シィル・プライン (2)
LV 10/40
技能 魔法LV1 神魔法LV1
 ランスのパートナー。誘拐事件の際に多少レベルは上がっていたが、冒険をしていなかったため、ランス共々仲良くレベルダウン。

キース・ゴールド (2)
 アイスの町にあるキースギルドの主。ルークに割と重要な事を伝え忘れるが、まあ良いだろうとは本人の談。

ラーク (2)
LV 20/35
技能 剣戦闘LV1 冒険LV1
 キースギルド所属の一流冒険者。ルークと組んで仕事をしようと思っていたが、当てが外れる。ヤミーマンは地味に強敵だった。

ノア・セーリング (2)
LV 16/33
技能 神魔法LV1 教育LV1
 キースギルド所属の一流冒険者。ヤミーマン討伐後、少しだけ学園で授業を教える。意外と評判が良く、教師に向いているのではとラークに茶化される。実は本当に向いているのだが。

ガイゼル・ゴード
 カスタムの町の町長。病に倒れながらも、町再建のために奔走する立派な人物。だが、親バカである。

チサ・ゴード
 カスタム町長ガイゼルの娘。父親思いの優しい少女である。あまり深く物事を考えないタイプとも言える。

ヤミーマン (ゲスト)
 ピンチになるとコンマ2秒で変身する謎のダークヒーロー。とある学園を牛耳っていたが、ラーク&ノアに成敗される。その後、とある少女と出会って改心するのだが、それはまた別の話。名前はアリスソフト作品の「大番長」より。


[都市]
リーザス王国
 大陸東北部に位置する、人口約5000万人の豊かな国。ヘルマン帝国に反乱を起こしたグロス・リーザスがGI0534年に建国。以後、長きに渡りヘルマンとの争いが続くこととなる。土地が豊かで食料に恵まれ、商工業も盛んで暮らしは豊か。魔人界とも隣接していないため、基本的には平和な国である。

アイスの町
 自由都市。ランスとルークが生活している町であり、キースギルドもこの町にある。また、ルークたちの暮らしている町とは少し離れているが、世界有数の製薬会社『ハピネス製薬』もアイス地域に建っている。

ジオの町
 自由都市。「ジーク・ジオ」を合い言葉としており、経済力は高い町である。


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第7話 四人の魔女

 

-カスタムの町 酒場-

 

「冒険者をしていればまたどこかで会う事もあるとは思っていたが、まさかこんなに早く再会する事になるとはな……」

「ふん。どうせ再会するなら、ヒカリちゃんやパルプテンクスちゃんの方が良かったがな」

「ご無沙汰しています。その節はお世話になりました」

「ああ、ご丁寧にどうも」

 

 ルーク、ランス、シィルの三人は同じテーブルを囲んでいる。ランスもルーク同様、キースギルドでこの依頼を受けてやってきたのだ。リーザス誘拐事件からまだ三ヶ月も経っていないというのに早々に再会を果たした三人は、こうして酒場へとやってきていた。テーブルの上には注文した料理がぎっしりと並んでいるが、これは当然ルークの奢りである。

 

「すいません。また奢っていただいて……」

「気にしなくて良いぞ。こいつは奢るのが好きな下僕体質なんだ」

「勝手に人を変な体質にするな。まあ、食事くらい構わんさ。シィルちゃんもしっかり食べてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「シィル、俺様も許可してやる。人の金のときにたっぷりと食いためておけ」

 

 頭を下げながらシィルが饅頭に手を伸ばす。普段であればランスが文句の一つでも言うところであるが、ルークの奢りであるため、むしろ沢山食えと煽り立てている。ルークは苦笑しながらうろろーんを一口つまみ、ビールを流し込みながらランスに問いかける。

 

「前回の依頼でたんまりと稼いだから、しばらく働かないんじゃなかったのか?」

「ん、金か? あんなもんはとっくに使い切ったぞ、がはは!」

「……は?」

 

 平然と言い放つランスにルークは呆気に取られる。慎ましやかな生活をしていれば一年、多少贅沢な暮らしをしていても半年は優に持つ程の大金を得たはずである。それだけの大金を、まだ三ヶ月も経っていないのにもう使い切ったというのか。チラリとルークがシィルに視線を送ると、シィルは食べていたチョコレートパフェをテーブルに置き、申し訳なさそうに頷いた。どうやら本当に使い切ってしまったらしい。

 

「どんだけ豪遊したんだ、お前は?」

「ふん、金を一気にパーッと使うのも男の甲斐性というものだ」

「それで、あの値段交渉か?」

「うむ。50000GOLDまで釣り上げてやったからな。これでこの仕事を成功させたら、またしばらく仕事をしなくて済む」

 

 ニヤリと笑いながら、運ばれてきたへんでろぱを食べるランス。結局、あの後ガイゼルが折れる形で値上げ交渉が成功し、報酬は50000GOLDへと跳ね上がっていた。娘を守るための苦渋の決断だったのだろう。ガイゼルの背中には、どこか哀愁が漂っていた。

 

「さて、そろそろ本題に移ろうか」

「ん? なんか話があったのか?」

「まあ、話というよりは提案だな。どうだ、またこの間みたいに手を組まないか?」

「むっ……」

 

 ルークの提案に眉をひそめるランス。誘拐事件の時と違い、成功させるために急がなければいけない依頼でもない。一応成功報酬は早い者勝ちとなっているが、これだけの難事件を解決出来る冒険者などそうはやって来ないだろう。ラーク&ノアも今は別の案件を受けているという話は、ルークから先程聞いていた。となれば、この提案を受ける理由も特にない。だが、ランスの口から出てきたのは意外な言葉。

 

「まあ、分け前次第だな」

「(えっ……!?)」

「ほう……分け前次第では組んでも良いと?」

 

 シィルが内心かなり驚く。個人的にはルークと組めるのは有り難いが、まさかランスが提案に応じる構えを見せるとは思っていなかったのだ。ランスがこのような対応を見せた理由は三つ。ルークの実力がそれなりに役に立つのを知っているというのが一つ目。自分が女を襲う際、あまり邪魔をしてこないというのが二つ目。そして三つ目の理由は、実にランスらしい斜め上の理由。

 

「さっさと事件を解決させて、四魔女ちゃんとヤらなければならんからな。魔女というのは美人と相場が決まっているのだ。がはは!」

「なるほど。実にランスらしい理由だ」

 

 ルークが苦笑し、シィルはランスが別の女性に手を出す話をしているのを聞いて複雑そうな表情を浮かべる。これが三つ目の理由。四魔女が美人であれば、今すぐにでもヤりたいという思いがランスの中にあったのだ。誰に急かされている訳でもないのに、勝手に急ぐ理由を作ってしまうランス。だが、それはランスと組んで早々に依頼を解決させたいルークにとっては実に好都合であった。

 

「で、報酬は?」

「そうだな……俺は10000GOLD貰えれば十分だ。比率にして8:2。どうだ?」

「ほぅ、中々下僕根性が染みついて来たようだな。まあ良いだろう。俺様の為にしっかりと働けよ、がはははは!」

 

 ルークに10000GOLD支払ったとしても、当初提示された報酬よりも多い金額が手に入る。それに、ルークと一緒にいれば今夜の食事のように、所々で奢らせることが出来るかもしれない。これ幸いと手を組むことにするランス。だが、実を言うとこの比率はルークにとってもそれ程悪い分け方ではない。元々ルークは30000GOLDでこの仕事を請け負うつもりだったのだ。ランス、シィル、ルークの三人で10000GOLDずつ分け合ったと考えれば、実に妥当な取り分であった。

 

「はい、ご注文のうはあんお待たせ!」

「こんな高級料理、いつの間に頼んでいたんだ?」

「がはは! 一体誰が頼んだんだろうな? 妖精さんでもいるのか?」

「いや、誰が頼んだかは判っているんだが……」

 

 赤い髪の美人ウェイトレスが追加注文の料理を運んでくる。自称店の看板娘、エレナだ。高級料理の注文にしらばっくれているランスであったが、注文する人物などランスしかいない。

 

「お兄さんたち、冒険者の方だね? もしかして、この町を救いに?」

「一応な。ただ、まだあまり広めないでおいてくれると助かる」

「多分、心配しなくても大丈夫だと思うよ。お兄さんたちが初めてじゃないから」

 

 騒ぎになるのはあまり望ましくないと思ったルークはエレナにそう告げるが、それにエレナは苦笑しながら答える。

 

「えっと……それはあまり期待されていないという事でしょうか?」

「なにぃ!? そうなのか!?」

「あっと、ごめんなさい。気を悪くしないで。何もお兄さんたちの実力を見くびっている訳じゃないの。でも、これまで青年団や何組かの冒険者が洞窟に潜っていったんだけど、みんな戻って来なかったんだ。最初は期待していた町の人も、段々期待する事に疲れてきちゃってね……」

 

 あはは、と乾いた笑いを浮かべながらエレナがそう語る。確かに、酒場の他の客たちもどこか暗い雰囲気であった。地下に沈んでいるせいで町には太陽の光も射し込まず、昼でもどこかほの暗い。そういった生活が、自然と町の人たちの雰囲気を暗くしているのかもしれない。

 

「三日前も四人組の冒険者が迷宮に挑戦したんだけど、戻って来ないしなぁ……バード冒険団って知ってます?」

「知らん」

「初耳だな」

「ありゃ、そうなんだ。割と有名な冒険団だって話だったのに……こりゃ大口だったのかな」

 

 エレナが頭を掻きながら、昨日迷宮に潜ったという冒険団の事を思い返している。正直、三日も音沙汰が無いとなると生存は厳しいだろう。ルークが酒を口に含みながら、その冒険団の冥福を祈る。

 

「そんなに沢山の人を傷つけるなんて……その魔女は恐ろしい人たちなんですね」

「うむ、これは俺様がお仕置きしてやらんとな」

「そうだ! 全部あいつらのせいだ!」

「ラギシスさん、可哀想に……」

 

 ランスとシィルの声が耳に入ったのか、別のテーブルで飲んでいた酔っぱらいが魔女の悪口を言い始める。それは他のテーブルにも伝染していき、気が付けば酒場の中は四魔女の悪口で溢れかえっていた。自分たちが原因なので申し訳無く思っていたルークだったが、ふと見上げたエレナの顔に違和感を覚える。どこか悲しげな表情をしていたのだ。

 

「……四魔女に何か思うところでも?」

「ごめんなさい、ここだけの話にしておいてくれる?」

「なんだ、エロい話か?」

 

 四魔女の悪口で盛り上がっている他の客には聞こえないよう、小声でルークたちに話しかけてくるエレナ。

 

「私には、彼女たちがこんな事をするなんてどうしても信じられなくてね……」

「何をいきなり。現に町はそいつらに沈められたのだろう?」

「うん……でも、良い娘たちなんだよ、本当に……」

「ふむ……」

 

 ランスの言葉に反論する事が出来ず、俯くエレナ。どうやら四魔女とはそれなりに親交があったようだ。ルークは顎に手を当て、少し考える。確かに一つの情報を鵜呑みにするのはあまりいただけない。

 

「迷宮に潜る前に、一度戦いのあった屋敷を調べた方が良いかもしれないな」

「うむ。シィル、金目の物があったらしっかり確保しておけ」

「はい、ランス様」

「ははっ、楽しい人たちだね。そりゃ泥棒だよ。ごめんね、変な空気にしちゃったから、わざとそんな事を言って空気を変えてくれたんだよね?」

「(いや、ランスは本気だ……)」

「(ランス様は本気なんです……)」

 

 気の落ちていた自分を励ますため、ランスがわざと滅茶苦茶な発言をしたと捉えるエレナ。だが、ランスがどういう人物か知っているルークとシィルは心の中でその解釈にツッコミを入れていた。

 

「町の人も今は酔っ払っているからあんな風に言っているけど、彼女たちを信じている人も中にはいるんだよ。それだけは覚えておいて」

「ああ。だが、もし彼女たちが噂通りの悪人であったら……」

「そのときは、私の口出しする話じゃないね。よーし、空気を変えちゃったお詫びに何か飲み物とつまみを奢るよ。持ってくるから、ちょっと待ってて!」

 

 エレナが明るい顔をしながら軽く伸びをする。自身の中に秘めていた思いを打ち明け、多少気が晴れたようだ。

 

「すいません、ごちそうさまです」

「良いって、良いって……って、ふぁぁっっ!?」

 

 ペコリと頭を下げるシィルのもこもこヘアーに手を置き、わしゃわしゃとその頭を撫でるエレナ。瞬間、彼女に電撃が走る。

 

「な、なに、この頭……あったかくて……優しくて……心が引きずり込まれていく……正にゴッドオブヘアー……」

「あ、あの……あんまり中で動かさないでください……」

「こら、人の奴隷に勝手に何をしている! ええぃ、さっさと離れろ!」

 

 ランスに無理矢理引き離されるエレナ。その顔には恍惚の表情が浮かんでいる。特徴的なもこもこヘアーの中は、それ程までに気持ちの良いものなのだろうか。このような態度を見せられれば、気になるのが人の性というものである。そう、気にならないはずがないのだ。

 

「……おい、ルーク。その伸ばした手はどうするつもりだ?」

「……」

 

 ギロリ、とランスがルークを睨み付ける。その言葉を聞いたルークはシィルの目の前まで伸ばしていた手を静かに降ろし、明後日の方向を見つめながらいつもと変わらぬ口調で答える。

 

「別に何も」

「目を反らすな! えぇい、貴様らも寄ってくるな!」

 

 シィルを取り囲むように寄ってきた酔っぱらいたちを蹴り飛ばし、大暴れを始めるランス。シィルは周りに平謝りしつつも、明らかに狙われている頭を必死に守る。

 

「営業妨害だよぅ……」

「半分は自業自得だと思うがな」

 

 ほろりと涙を浮かべるエレナにそうツッコミを入れるルーク。彼女の不用意な発言が無ければ、こんな事態にはならなかったのだ。

 

「……それで、そんなに気持ち良いのか?」

「神様の存在を信じるかって聞かれたら、今日酒場で見たよって答えるくらいにやばかったです」

「……」

 

 再びそわそわとし出すルーク。その視線の先には、シィルのもこもこヘアーがあった。飛び交う酒瓶、砕け散るグラス。これでは、明日は臨時休業になりそうである。そんな酒場の様子を、店の外から眺めている女性が一人。中の様子は詳しくは判らないが、酷い喧騒はしっかりと聞こえてくる。

 

「あー……飲みに来たけど、今日は教会で飲むことにしよう」

 

 頭を掻きながら、元来た道を戻っていく一人のシスター。見事なまでのニアミスである。こうして夜は更けていった。

 

 

 

翌日

-カスタムの町 アイテム屋-

 

「小さい店だな。これでは品揃えは期待できそうにないな」

「田舎町のアイテム屋なんて、こんなもんだろ」

 

 宿のスペースも併設している酒場で一夜を明かしたルークたちは、今日から本格的に迷宮に挑むことになる。その前の下準備として、アイテム屋に足を運んだのだ。これは、冒険者の常識である。ランスが先頭に立ち、アイテム屋の暖簾を潜った。中から女性の元気な声が響いてくる。

 

「いらっしゃいませですかー? ここはアイテム屋さんですかねー?」

「……それを店主の君が聞いてどうするんだ?」

 

 エプロンを掛けた少女がそう尋ねてくる。透き通るような緑の髪をした美少女だ。見たところここの店主らしいが、自分でそんな質問をする辺り頭の弱い娘さんなのかもしれない。とりあえず当たり障りの無い返事をしながら、ルークは店の中を見回す。

 

「グギュ、ウギ!」

「ぴぎゃー!」

 

 天井からぶら下げられた鳥かごの様なものに、何故かモンスターのミミックが入れられている。レジの前に置かれている盆栽には、言葉を発する謎の植物が植えられていた。

 

「これは、ペットのミミちゃんですかねー? それで、こっちの盆栽は……」

「いや、説明しなくていい」

「ここは本当にアイテム屋さんなのでしょうか……?」

 

 シィルが不安に思うのも無理は無い。まるで人外魔境にでも迷い込んでしまったかのような場所である。

 

「まあ、店の雰囲気は別として、君は中々にグッドな容姿だ。名前は?」

「トマトですかねー?」

 

 首を横に傾けながらそう問いかけるトマトと名乗る女店主。ランスは呆れた様子で話を続ける。

 

「……自分の名前だろうが。まあいい、オススメの剣と鎧はどれだ?」

「それを私が知っているんですか!?」

 

 目を見開きながら驚くトマト。いつまで経っても要領を得ないトマトにランスが痺れを切らす。

 

「ええい、お前はここの店主だろう!?」

「……果たしてそうなんでしょうか?」

「うがーーー! なんなんだ、この店は!!」

 

 影を帯びながら含みを持たせるトマトの発言にランスの我慢が限界に達し、暴れ出そうとするが、そのランスをシィルが必死に押さえる。因みにルークは既に色々と諦め、二人の漫才を横目に店内を物色していた。

 

「ら、ランス様、落ち着いてください。彼女はきっと、語尾に『?』が付くというキャラ付けをしているんですよ!」

「なんだ、その訳の判らんキャラ付けは! 適当な事を言うな! そんな馬鹿な事をする奴がいる訳ないだろう」

「ががーん!!」

 

 ランスの言葉にショックを受けてレジにへたり込むトマト。どうやらシィルの予想は当たっていたらしい。彼女は頭が弱いわけでは無く、キャラ付けのためにわざとあのような受け答えをしているようだ。何故このようなキャラ付けをしているのかは、本人のみぞ知るところである。

 

「だー、面倒な! ……ん、良いことを思いついたぞ。おい、この剣はいくらだ?」

 

 ランスが丁寧に飾ってあった高そうな剣を手に取る。それなりに斬れ味も良さそうだ。

 

「それは我が家の家宝の剣ですね? それなら、5000GOLDですかね?」

「いいや違う、1GOLDだ。金は置いていくぞ。がはははは、とーくした!」

「上手いな……」

 

 レジに1GOLDを置いて店を後にしようとするランス。中々に頭が回るなとルークが感心していると、そのランスの腕をトマトがグワシッ、と掴む。

 

「ふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふるふる!!」

 

 涙目ウルウル首ブンブン状態でランスの腕を必死に掴むトマト。愛らしい状態だが、完全に自業自得である。

 

「反省したのだな?」

「すいません。ちゃんと反省しました」

「……」

「かな?」

 

 トマトの頭にランスのチョップが炸裂した。

 

「しくしく……何をお求めになられますか?」

「自業自得だな、流石に」

「んー……棚がすかすかですね」

「町がこんな状況なので、物資があまり届かないんですよー。特に剣が品薄なんですよね?」

「こっちに振るんじゃない。いい加減にしないと本当にこの剣を持っていくぞ」

「ぶるぶる……反省しましたです」

 

 シィルの問いかけに真面目に答えていたかと思うと、急にランスに話を振るトマト。あまり反省しているようには見えない。ランスが苦言を呈しながらも、何やら高そうな剣と鎧を見繕う。

 

「とりあえずこの剣と鎧を貰うぞ。ルーク、払っておけよ」

「いつから俺はお前のサイフになったんだ? というか、この間俺の金で勝手に買った装備はどうした?」

 

 ランスが手に取った剣と鎧よりも、以前にリーザスで買っていた剣と鎧の方が良質のものである。というか、そもそも今ランスが装備している剣と鎧はあのときのものではない。一体どうしたというのか。

 

「あれか。盾は装備してても戦いにくいんであの後すぐに売った。剣と鎧はもうちょい後に生活費の足しにするために売った」

「人の金で買ったものを……」

「すいません、すいません……」

 

 シィルが平謝りする中、ルークは先程店内を物色していた際に見繕っていた鎧を手に取る。剣の方は先の通り品揃えが悪く、名剣である妃円の剣を上回るものが無かったのでスルー。鎧はそろそろボロボロになっていたため、それなりに良質な鎧である真紅の鎧を買う事にする。ついでに世色癌もいくつか手に取り、冒険の準備を万全にする。と、シィルがまるで装備品を選んでいないのが目に入る。

 

「ん? シィルちゃんも遠慮しないで買って良いんだぞ? 金なら俺が持つ」

「いえ、申し訳ないですし……」

「その謙虚さをご主人様が少しでも持っていればいんだがな……店主、そこのローブもついでに買わせて貰うぞ」

「はーい、お優しいんですねー?」

 

 女性用の防御ローブを指さすルーク。トマトがそれをマネキンから脱がし、シィルに羽織らせる。

 

「すいません、ありがとうございます」

「あ、こら! 勝手に俺様の奴隷に服を着せるんじゃない。露出度が減るだろうが」

「ダンジョン潜るときくらいは羽織っていても良いだろう? 流石にまともな防具も無い状態じゃ危ないぞ……」

 

 言いかけたルークが言葉を詰まらせる。ランスの目の前、レジの上に置いてある大量の世色癌。

 

「何を勝手にそんな大量に買い込んでいるんだ!?」

「全部で4000GOLDになりますかねー?」

「えっ!? そ、そんなに……?」

「ランス。お前、何を買った!?」

「がはははは! 高そうな鎧とは思ったが、中々の値段になったな」

 

 ランスの身につけている鎧が立派なものに変わっている。どうやらこの店で一番高い鎧のようだ。それを他人の奢りで躊躇無く買えるあたりは、流石ランスといったところか。

 

「いつもニコニコ現金払いでお願いしますですかねー?」

「……仕方ない。ランス、分け前は少し上げて貰うぞ」

「嫌だ」

「清々しい程の即答ですかねー?」

 

 渋々払う事になったルーク。流石に分け前を上げて貰おうとするが、ランスはそれを速攻で拒否する。相変わらずの傍若無人ぶりだ。こんなに大口の買い物は初めてなのか、トマトはほくほく顔でお金を受け取りながら、先程ランスから返して貰った家宝の剣を大事そうに抱えている。

 

「そんなに大事な剣だったのか?」

「はいです。家宝というのもありますが……私、いつか自分で冒険をしたいと考えているんです! そのときは、この剣でスペクタクルな大冒険をするつもりです……よね?」

「アイテム屋さんなのにですか? 凄いですね!」

「しかし、全く鍛えているようには見えんがな。俺様が手取り足取り腰取り剣の扱い方を教えてやろうか?」

 

 シィルがトマトの夢に感嘆し、ランスは下心を隠そうともせず手をわきわきと動かしている。

 

「まだ鍛えてはいないですけど、何とかなりますよ。……その、気合いで?」

「それは、ある程度ちゃんと鍛えた人間が最後に頼るものだよ。ふむ……」

 

 ルークがトマトの体つきを見る。鍛えていない割には、それなりに動けそうではある。

 

「素質は悪くなさそうだな。鍛えれば、一端の冒険者にはなれるかもしれないな」

「え、本当ですか? わーい! そうなったら、いつか一緒に冒険してくださいね?」

「がはは! 最強の俺様はいつかじゃなく、今すぐでもいいんだがな」

「いつかそんな日が来るのを待っているよ」

 

 トマトにそう言い残し、店を後にするルークたち。後ろで見送っていたトマトの姿が見えなくなった頃、シィルが不思議そうにルークに問いかけてきた。

 

「ルークさん、トマトさんには本当に才能が?」

「……無くはない。まあ、多少のリップサービスは含んでいるがな」

 

 苦笑しながらシィルにそう返すルーク。万が一彼女が自分たちと肩を並べて戦う事があるとするならば、それは彼女が相当の鍛錬を積んだ証である。口ではああ言ったものの、そんな日が来るのは難しいだろうなとルークは考えつつ、事件のあった屋敷を目指して歩みを進める。

 

「……まあ、お世辞なのは判っているんですけどねー」

 

 ルークたちの姿が見えなくなった後、トマトが小さくそう呟いた。無邪気に喜んで見たものの、冷静に考えれば鍛錬の一つも詰んでいない自分に見込みがあるはずがない。だが、何故だか今の言葉がトマトの胸にしっかりと残る。

 

「……剣の訓練をしてみようですかねー? ねぇ、ミミちゃん?」

「グギャッ、ウゴー!」

 

 家宝の剣を胸に抱えながら、ペットのミミちゃんにそう言葉を掛けるトマト。漠然としたものでしかなかった冒険への憧れが、ハッキリとした夢へと彼女の中で明確に変わった出来事であった。

 

 

 

-カスタムの町 ラギシス邸跡-

 

「これは酷いな……」

 

 ルークが眉をひそめながらそう口にする。ラギシスの館には、激しい戦闘の爪痕がまざまざと残っていた。所々柱が崩れ落ちており、なんとか家の外観は保っていたが、それもいつ崩れ落ちるか判らないような状況である。

 

「探索をしていて生き埋めになったんじゃ洒落にもならん。適当に調べて、早々に切り上げよう」

「うむ。こんな埃っぽいところは、英雄である俺様に相応しくない」

 

 こうしてラギシス邸の探索を始めるルークたち。だが、家の中にあった物は燃えていたり割れていたりで軒並み駄目になっている。これは無駄足だったかもしれないとルークは考えながら、奥の部屋へと足を踏み入れる。その部屋は薄暗く、床には巨大な魔法陣が刻まれている。これまでの部屋とは違う、どこか異質な空気が流れる部屋。シィルが不安そうな声を出す。

 

「ランス様……ここ、なんだか怖いです。なにか……気配みたいなもの感じませんか?」

「ラギシスの亡霊でもいるのか? 馬鹿馬鹿しい、びびりすぎだ」

「で、でも……もしかしたら……」

 

 ブルブルと震えるシィル。雰囲気に飲まれているのか、あるいは魔法使いであるため何かを感じ取ったのか、尋常でない怯え方をしていた。するとそのとき、ペシーンという乾いた音が部屋に響いた。直後、シィルが悲鳴を上げる。

 

「ひゃぁぁぁぁぁ!」

「がはは、尻を叩かれたくらいでびびりおって。情けないぞ!」

「子供か、お前は……」

 

 音の正体は、ランスがシィルの尻を叩いたというものであった。ルークはその行動にため息をつく。好きな子ほど虐めたいという、子供特有のそれによく似ていた。

 

「ひどいですよぉ……ランス様……」

「むっ……」

 

 シィルは目に涙を浮かべながら、その場にへたり込んでランスを見上げる。どうやら腰を抜かしてしまったようだ。その姿に、ランスがゴクリと唾を飲む。ランスの中の何かが反応したようだ。

 

「よし、ヤるぞシィル。ルーク、ちょっと外で待っていろ」

「はいはい、早めに済ませろよ。生き埋めになっても助けんからな」

「え、えっと……その……ここは怖いんで、せめて場所を変えましょうよぉ……」

 

 言うや否やシィルの胸を揉み始めるランス。一度ため息をつき、ルークはそのまま部屋を後にしようとするが、突如部屋の中心部にあった魔法陣が光り輝き、青白い人の形を成したものが出来上がっていく。

 

「こら、神聖なる屋敷で不埒な行いをするんじゃない。そこの男も出て行かないでちゃんと止めろ!」

「うわっ、なんだこの親父は! おばけか?」

「ランス、シィルちゃん! 今すぐ離れろ!」

 

 ランスたちの目の前に現れた青白いそれは、中年の男の姿をしていた。即座に振り返ったルークが腰の剣に手を伸ばし、臨戦体勢に入る。だが、その青白い物体はルークを制するように手を前に出し、言葉を続ける。

 

「おばけにあらず……怯える必要はない。私こそ、この町の守護者であるラギシスだ……」

「な……」

「なんだと……?」

「やっぱりおばけですぅ……」

 

 シィルがランスの背中に隠れながらそう口にする。ラギシスは死んだはずだ。それに、青白く微かに薄れているその姿は、リーザス誘拐事件の際に出会ったラベンダーとよく似ている。となれば、この男は幽霊なのだろう。こんな姿になってまでこの世に留まっているのは、自分の弟子を止められなかった後悔からか、あるいは別の未練があるとでもいうのだろうか。

 

「四人の魔女に殺されたラギシスに間違いないんだな?」

「いかにも。お主たちはこの町の住人ではないな?」

 

 腰の剣に手を添えたまま、ルークはラギシスへと問いを投げる。幽霊と平然と話すルークにシィルが驚くが、それには訳がある。未練を残した人間が霊体となってこの世に留まるのは、珍しくはあるが決してあり得ない事ではない。ラベンダーがそうだったように、長く冒険者をやっていれば何度かは出くわす事もあるケースだ。ルークもこれまで何度か幽霊と出会ったことがあるため、こうして平然と対応出来ているのだ。ラギシスは長髪に髭を生やした、ナイスミドルという言葉がよく似合いそうな、初老の中年。平穏無事ならば、まだまだ余生を過ごせたであろう。

 

「となれば、雇われた冒険者であるか?」

「ふふん、その通り。俺様こそ史上最強の戦士、ランス様だ! こっちは奴隷のシィルで、こいつは下僕のルーク」

「よ、よろしくお願いします……」

「俺はいつになったらお前の下僕を卒業できるんだ?」

 

 ランスが格好良くポーズを取りながら自己紹介をし、その後ろから控えめにシィルが顔を出してお辞儀する。相変わらずの下僕扱いにルークは呆れつつも、ラギシスに向き直る。

 

「そうか……頼む、どうかこの町を救って欲しい。私にはもう、それを行う力はない……」

 

 申し訳なさそうに、されど悔しそうにそう口にするラギシス。町を守れなかったこと、弟子たちに反乱を起こされたこと、現世に相当な未練があるのだろう。だが、それをいくら悔やんでも、霊体であるラギシスには最早どうする事も出来ない。

 

「まあ、それについては任せておいて欲しい。それで、出来る事ならば本人の口から事のあらましを聞きたいのだが……」

 

 ルークが昨日のエレナとの会話を思い出しながらそう問いかける。彼女曰く、良い娘たちであった四人の魔女は、何故ラギシスに反逆したのか。

 

「ふむ……そう言われても、どこから話して良いものか……」

 

 困ったように首を捻るラギシスだったが、考えが纏まったのか己の思いを語り始める。

 

「そうだな、私は守護者として長い間この町を守ってきた。だが、老いには勝てん。年々力が衰えていくのを感じた私は、魔力の素質がある四人の少女たちを集め、後継者として育て始めた。ゆくゆくは、この町の守護者として跡を継いで貰おう……そう考え、自身の全てを彼女たちに叩き込んだ。幼い彼女たちに魔法を教えている時間は、安息に満ちた時間であった。日に日に魔力が増し、美しく成長していく彼女たちを見るのは……」

「まてまて、要点だけ話せクソジジイ。お前の思い出話が聞きたいんじゃない。話したいならその辺の石にでも話してろ」

「…………」

 

 バッサリと切って捨てるランスだが、内心ではルークも今の物言いに拍手をしていた。正直、この先関係ない話が続きそうな気配にルークも困っていたのだ。どこか腑に落ちない顔をしていたラギシスだったが、コホンと一回咳払いをし、口を再度開く。

 

「……要点だけ話そう。ある日、奴らは私の大事なフィールの指輪を奪っていったのだ」

「今度は簡潔すぎる! 意味が判らん!」

「フィールの指輪……? 聞いた事のない代物だな……」

 

 指輪と聞いてルークが反応を示す。これがチサの言っていた指輪なのだろう。となれば、彼女の談では魔力を上げる効果があるはず。

 

「以前にゼスのとある魔法使いから譲り受けたものでな。指輪を身につけた者の魔力を、平常時の数倍にも増幅させるマジックアイテムだ」

「数倍だと!?」

 

 話を聞いてルークは絶句する。魔力を増幅させる装飾品が無いわけではない。有名どころで言えば、カラー族のクリスタル等がその一つだ。カラーの額に埋め込まれたクリスタルは、とある事をカラーに行うとその魔力が増幅され、強力なマジックアイテムの材料となるのだ。これを加工したクリスタルリング等は、魔力を増幅させる装飾品と呼べるだろう。だが、それでも増幅する魔力はせいぜい二倍。クリスタルの質次第ではもっと下がるだろう。相場20万GOLDのクリスタルを加工して作られたクリスタルリングは、市場にあまり出回る事は無い。そんな稀少品でさえ、その程度の効果なのだ。なればこそ、数倍にもなるようなマジックアイテムがあれば国宝になっていてもおかしくはない。それを簡単に手放すゼスの魔法使い。それは一体どういう人物なのか、本当にそんな人間がいるのか。ルークの頭に多くの疑問が渦巻く。

 

「奴等が私に反逆をしたのも、その指輪を自分たちのものにしたかったためであろうな……」

 

 その言葉に一応ルークは納得する。確かにそれだけの指輪が実在するとすれば、心優しい人間の中に悪の心が芽生えてもおかしくはない。

 

「指輪を奪った奴等は、こともあろうに師である私に戦いを挑んできたのだ。平常時であれば、未熟者である奴等がいくら束になろうと負けはせん」

「負けて殺されているではないか。この大口叩きのクソジジイが」

「……フィールの指輪を装備した奴等は絶大な魔力を手にしていたのだ。特にリーダー格であった娘は、私をも凌駕する実力に魔力が膨れあがっていた。死闘の末に私は敗れ、このような姿になってしまったのだ……」

 

 ランスの茶々を無視して話を続けるラギシス。フィールの指輪を装備した奴等という話を聞き、ルークは目を見開く。

 

「待て! 今の話し方からすると、フィールの指輪は一つではないのか?」

「うむ、全部で四つある。魔女たちはそれぞれ一つずつ、フィールの指輪を装備しているのだ」

 

 ルークは再度絶句する。一つでも国宝足りうる指輪が、四つも存在するというのだ。そんなルークを余所に、ラギシスは薄れている右腕をグッと握りしめて熱弁する。

 

「このまま奴等を野放しにする訳にはいかない!」

「ふん、自分の弟子に負けるなど情けない奴め。とりあえず、魔女たちについて詳しく教えて貰おう。名前、得意技、スリーサイズを答えろ!」

「スリーサイズは知らんが……答えられる範囲で答えよう」

 

 魔力の増幅などに興味のないランスは、指輪の異常さに気がつかず話を進める。ラギシスもそれに深く頷き、魔女たちの説明を始めるが、ルークは未だフィールの指輪の事が頭に引っかかっていたため、説明をどこか上の空で聞いていた。

 

「まずは、マリア・カスタード。氷雪系の中でも、取り分け水魔法を得意とする少女だ。魔法以外にも研究や発明の才能もあったな。ひょっとしたら、育てればそちらの方が伸びたかもしれん」

「可愛いのか?」

「……」

 

 ランスのその質問に、ラギシスが少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。言おうか言うまいか迷っている素振りを何度か見せた後、静かに口を開いた。

 

「たとえ殺されようと……どの子も、私にとっては可愛い娘だ……」

「ラギシスさん……」

 

 ラギシスの言葉に感動したのか、シィルがウルウルと涙目になっている。リーザス誘拐事件の折にシィルから聞いたのだが、奴隷商人に売られているところをランスが買ったという事であった。奴隷として売られていたという事は、両親は既に他界している可能性が高い。たとえ生きていたとしても、長い事会えていないのだろう。そんな事を考えながら、ルークはシィルを見つめていた。

 

「……話を戻そう。次にミル・ヨークス。他の三人よりも弟子入りしたのが遅く、年齢も一番若い。魔法使いとしては珍しい部類に入る、幻獣魔法の使い手だ。指輪の魔力を持っている今では、ほぼ無尽蔵にモンスターを生み出すだろう」

「ふむ、厄介だな。まあ、対策は追々考えるとしよう。次」

「三人目はエレノア・ラン。彼女は剣の腕にも秀でた魔法剣士であり、魔法は初級レベルのものを手広く学んでいる。中でも、幻惑系の魔法を最も得意としているな」

「つまり、器用貧乏タイプだろ。一番中途半端なタイプだな」

 

 三人目までの説明を聞き、未だ指輪の事が引っかかっていたが、漠然と戦い方を考えるルーク。ランスも言ったように、ここまでで一番厄介なのはミルという娘だ。前衛に守らせ、後ろで詠唱をするという魔法使いの基本戦術。基本であるが故に、ただ単純に強い。その前衛を、ほぼ無尽蔵に生み出すというのだ。

 

「(一人でも十分に脅威だが、他の魔女と組まれるとまずいな……)」

 

 更に、ミルの真価は他の魔女と組んだときに発揮される。一人であればミルは前衛を生み出すのに魔力を集中させるため、それ程攻撃魔法は飛んで来ないだろう。だが、ここにもう一人魔法使いが追加されると、無限の前衛に魔法使いという非常に厄介な構図が出来上がる。出来れば、単騎で戦いたい相手だ。

 

「(マリアは流石に情報が少なすぎるな……エレノアはランスの言うように、まだやりやすいか……?)」

 

 水魔法の使い手をあまり見たことが無いため、マリアの評価は一時保留する。対してエレノアは、ランスの言うように一番やりやすい相手と言えるだろう。万能型といえば聞こえは良いが、得てしてそういう戦士は器用貧乏になりやすい。油断する訳ではないが、幻惑魔法にさえ気をつけてれば、ルーク、ランス、シィルの三人であれば十分勝ち目はあるだろう。

 

「そして最後が……ランス、ルークよ。彼女には特に気をつけるんだ。将来的には、間違いなく人類最強クラスの魔法使いになるであろう素質を持っている」

 

 そう、一番の問題はこの四人目、魔女たちのリーダーだ。指輪を付けていたとはいえ、師であるラギシスを上回る魔力を持ち合わせた人物。強敵である事は間違いない。

 

「……そんなに凄いんですか?」

「魔法大国ゼスでも、これ程の才の持ち主は限られるだろう。彼女が望めば、四天王も四将軍も夢ではないと私は考えている」

 

 シィルがゴクリと喉を鳴らす。だが、ルークは今の言葉を聞いて一人の青年を思い出していた。以前に何度か仕事を共にした、ゼスの魔法使い。魔法使いにあらずば人にあらずという思想が蔓延するゼスにおいて、そういった思想に捕らわれない珍しい男。初めてその男と出会ったとき、あちらはまだ学生であった。歳は一緒だがルークはその頃既に冒険者として働いており、ギルド仕事でゼスの学園を訪れた際にその男と出会ったのだ。

 

『援護する! ファイヤーレーザー!!』

『真空斬! 感謝する、だがあまり前に出すぎるな』

『それはお主もじゃ、坊主。雷撃!』

 

「……ふっ」

 

 昔を思い出して苦笑するルーク。ギルド仕事の最中に学園をモンスターに襲われた際、ルークはその男と共闘したのだ。得意の炎魔法で次々と敵を消し炭に変えていくその姿は、別のギルドから派遣されていた魔法使いや、その場に居合わせた殆どの教師よりもよっぽど戦力になった。それから二人の交流は始まり、友と呼べる仲になっていた。その後ルークは長い間消息を絶ち、つい先日、約10年ぶりに再会を果たしたのだ。その男はゼスの軍人になっており、時の流れに驚かされたものである。だが、あちらも10年も顔を見せなかった事からルークを死んだとばかり思っており、再会した際には大層驚いていた。

 

「……という訳だ。勝機があるとすれば、奴の集中力を欠かせる事だな。短気だから、悪口でも言えば案外どうにかなるかもしれん」

 

 と、ルークが昔を懐かしんでいる内に、どうやら最後の娘の説明が終わってしまったようである。名前すら聞き忘れる失態に、ルークは申し訳無さそうにしながら聞き返す。

 

「あ、すまない。考え事をしていて聞き逃した。最後の娘の名前は?」

「ぼーっとしてるんじゃない、馬鹿者。志津香だ、志津香!」

「返す言葉もないな。ゼスと聞いて、友人の事を思い出していた」

「気をつけろよ。ラン同様、彼女も数多くの属性の魔法を……」

 

 話を続けるラギシスであったが、その言葉を遮ってランスが興味津々にルークに問いかける。

 

「ん、友人とは美少女か? だったら俺様に紹介しろ。それが下僕の務めだ」

「いや、男だよ」

「なんだ、男か……ん、なるほど。以前女に興味ないとか言っていたが、そういう事か。貴様、ホモだな!」

 

 ババン、とルークの事を指さしてくるランス。その顔は自信に満ちあふれている。実に根拠のない自信だ。女に興味ない云々の話は、以前にランスがユランを抱いた直後に話した内容の事だろう。

 

「一応訂正しておくが、女に興味がないんじゃなくて、お前が誰を抱いたかって話に興味なかっただけだからな」

「ル、ルークさんにそんな趣味が……」

「待て、違うからな。あり得ないからな。だから信じないでくれ、シィルちゃん!」

「がはは! ここにホモがいるぞ!」

 

 二、三歩後ろに下がり、笑いながらルークを指さしてくるランス。すっかりホモ疑惑を信じてしまい、ショックを隠しきれない様子でルークを見てくるシィル。流石にシィルに誤解されるのは嫌だったのか、必死に弁解するルーク。すっかり大騒ぎを始めてしまったルークたちであったが、その背中を寂しそうに見つめる影が一つ。

 

「あの……まだ話の途中なんだが……」

 

 既に存在を忘れ去られてしまっているラギシスであった。

 

 

 

-カスタムの町 地獄の口-

 

「これが魔女たちの作り出した迷宮か……」

「地獄の口……なんだか恐ろしそうな場所ですね……」

 

 ラギシスから少女たちの情報を聞いた三人は、彼女たちが魔法で作り出したという迷宮の前まで来ていた。迷宮を一つ作るなど、相当の魔力を要するはず。やはり、指輪の力で彼女たちの魔力が上がっているのは確かなのだろう。まるで魔物が大口を開けているかのような形状をしたこの場所は、住人の間では地獄の口と呼ばれて恐れられている。

 

「さあ、入るぞ! がはは、とっとと魔女たちをお仕置きして報酬ゲットだ!」

 

 ランスが先頭に立ち、その後ろをルークとシィルがついて行く。迷宮の中に一歩足を踏み入れると、中は非常に暗く、少し先も見通せない程であった。だが、無理もない。元々カスタムの町の中ですら地下に沈んでいるため太陽の光が射し込まないのだ。そこから更に迷宮の中に入れば、光などあろうはずもない。

 

「とりあえず、明るくしますね」

 

 シィルがそう告げてから軽く呪文を唱えると、2メートルくらいの位置にミニ太陽が現れ、ダンジョン内を明るく照らし出す。これは見える見えるという初級魔法で、ダンジョン内を探索するのに非常に役に立つ魔法である。ルークは道具袋から取り出そうとしていたランプを仕舞い、ミニ太陽を眺めながら感心したように口を開く。

 

「ありがとう、シィルちゃん。やっぱり魔法使いがパートナーだと仕事がやりやすいな。もうちょっと大事に扱ってやれよ、ランス」

「ふん! こいつは俺様の奴隷だから、俺様がどう扱おうが全く問題ない。余計なこと言ってないで、さっさと奥に進むぞ!」

 

 そう言ってズンズンと先に歩いていってしまうランス。苦笑しながらシィルに視線を移すと、シィルはすまなそうにペコリと頭を下げてくる。どうやら大事に扱ってやれという忠告自体には感謝している様子だった。ランスと離れるのもマズイので、二人は先を歩くランスの後を駆け足でついていった。

 

「お子様の人気者参上! ……ぐぎゃっ!」

「ハニホー! ……ジュルジュル」

「あそんで、あそんで! ……あーん、いじめるー!」

 

 迷宮内はあまり入り組んでおらず、出現するモンスターも雑魚モンスターばかり。丁度今も目の前にモンスターが現れたのだが、シィルが炎の矢でミートボールを黒焦げにし、ルークが真空斬でハニースライムを両断し、ランスがきゃんきゃんの胸を揉んで泣かしていた。よもやこの程度のモンスターに苦戦する三人ではない。

 

「がはは、雑魚ばかりだ。こんな迷宮では、魔女たちの力もたかが知れるというもんだ」

「あまり油断するなよ。迷宮の初めは雑魚ばかりと、相場が決まっているんだ」

 

 迷宮内がどれ程の規模なのかは見当がつかないが、どうも小さな迷宮という訳ではなさそうである。となれば、奥の方には強いモンスターもいるかもしれない。気を引き締めるよう言うルークだったが、ランスはバカにしたような笑みを浮かべながら後ろを振り返る。

 

「モンスター如きに俺様が負ける訳がないだろう、がはは……うおっ!?」

 

 瞬間、ランスが大きな声を出す。落ちるような感覚の中足下を確認すると、そこは急な坂になっていた。気が付かずに足を踏み外し、今正に坂から転げ落ちそうになるランスは、咄嗟に目の前にいたルークとシィルの足を掴む。

 

「うおっ!? 人の足を掴んで巻き込むな!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「耐えんか、馬鹿者共! あんぎゃぁぁぁぁ……」

 

 巻き込まれたルークとシィルは、理不尽な文句を言っているランスと共に坂を転げ落ちていく。結果、三人は仲良く下にあった地下水湖に落ちてずぶ濡れになるのだった。

 

 

 

-迷宮内 研究室-

 

 迷宮内の一角に、何故か迷宮には不釣り合いな研究室が存在している。これは、魔女の中の一人がリーダーに我が儘を言って無理矢理作って貰った部屋だ。机の上あるビーカーには色とりどりの怪しげな薬品が入っており、部屋の至る所に難しそうな書物が拡げたままで散乱している。そんな奇妙な部屋に、その少女はいた。

 

「ここは……うーん、やっぱりヒララ鉱石以外の材料は無しね」

 

 白衣を身につけ、まだあどけなさの残る顔に印象的なまん丸メガネ。ブツブツと何かを口にしながら、筒状の物体を弄くり回していた。彼女がここで研究しているのは、新しい兵器。魔法の才能を持たない戦士でも、魔法使いと同等の威力を持った長距離攻撃を可能とする脅威の新兵器を開発していた。

 

「もしもこれが完成すれば……戦闘の歴史がひっくり変わるわよ……ふふふ」

 

 怪しげな笑みを浮かべ、メガネがキラリと光る。その姿はどこからどう見てもマッドサイエンティストのそれであった。するとそのとき、研究室の外からけたたましい音が響く。まるで何か重い物が動いているような音だ。

 

「なによ、五月蠅いわね。折角良いところだったのに……」

 

 少女が部屋の入り口に視線を向ける。この音の正体は、モンスター侵入撃退用のトラップが発動した音だ。左右の壁が迫ってきてモンスターを押し潰すという、彼女の自信作だ。研究の邪魔をされたくないために作ったトラップだったが、何やら人の声が聞こえてくる。

 

「うがぁぁぁぁ!! なんじゃこりゃぁぁぁ!!」

「きゃー、ランス様ぁぁぁぁ!!」

「まずい、駆け抜けるぞ! ギリギリ間に合うかもしれん!」

「……いけない! モンスターじゃなくて人間が引っかかっちゃってる!」

 

 慌てて少女が部屋の隅へと駆けていく。はずみで机の上のビーカーを倒してしまい、下に置いてあった本がびしょ濡れになってしまうが、今は気にしている余裕は無い。備え付けてあるトラップ解除のレバーを下げると、外から聞こえていた壁の音が止む。どうやら間に合ったようだ。

 

「ん、止まったぞ? がはは、へっぽこトラップめ、故障したな!」

「むか……折角止めてあげたのに……」

 

 少女が外から聞こえてきた声に腹を立てる。自分の作ったトラップがそんな簡単に故障するはずがないと絶対の自信を持っていたからだ。そのままこちらに歩いてくる足音が聞こえ、程なくして部屋の扉が開かれた。そこに立っていたのは、三人の冒険者。

 

「すいません、大丈夫でしたか? 怪我はないですか?」

「うむ、怪我なら平気だ」

 

 一応自分が危険な目に会わせてしまったため、頭を下げて謝罪をする少女。一番前に立っていた口の大きな冒険者がそう言葉を返すが、その声は明らかに先程トラップをバカにしていた人物と同じ声。内心ではぶすったれながらも、それを態度には表さずに顔を上げる。と、良く見れば三人とも微妙に濡れた痕跡がある。

 

「……もしかして、地下水湖に落ちました?」

「ぐっ……この馬鹿二人が使えんからだ」

「お前が足下を見ていなかったからだろうが」

「一応魔法で服は乾かしたんですけど、判りますか? へくちっ!」

「まだ微妙に濡れているからね。と、待ってて。温かい飲み物でも入れてあげるから」

 

 シィルのくしゃみを聞いた少女は、机の上に置いてあるポットに手を伸ばし、飲み物の準備を始める。良く出来た少女だ。だが、何故こんな場所に研究室があり、何故少女が生活しているのか。一つの結論に思い至ったルークは、少女の姿を観察しながら問いを投げる。

 

「ところで、君は何者だ……?」

 

 飲み物の準備をしていた少女はクルリと振り返り、微笑みながら平然と口を開く。

 

「あぁ、申し遅れました。私の名前はマリア・カスタード。よろしくお願いします」

 

 町を地下へと沈めた悪しき四人の魔女。その一人目と、早くも邂逅することになるのだった。

 

 




[人物]
トマト・ピューレ
LV 1/37
技能 剣戦闘LV0 幸運LV1
 カスタムの町アイテム屋店主。趣味は盆栽と俳句で、ミミックをペットにしている変わった娘。子供の頃から大冒険に憧れている。宝箱に好かれるという不思議な体質の持ち主で、ミミックがペットになっているのもこれが原因。原作2とリメイク版である02で性格が大分違い、本作では02仕様。因みにRance1のパッケージは彼女だったりするのだが、1に彼女は登場しないという謎仕様。

ラギシス・クライハウゼン
LV 23/30 (生前)
技能 魔法LV2
 カスタムで魔法塾を開いていた魔法使い。故人。弟子でもあり、娘のような存在であった四人の少女たちに反逆され、死亡する。だが、この世に未練が残っているようで、死後は地縛霊となってカスタムに留まっている。

エレナ・エルアール
 カスタムの町酒場の看板娘。覆面社交パーティーで抱かれた初恋の男を捜すため、500GOLDで体を売っている。四人の魔女を未だ信じている数少ない住人の一人。


[モンスター]
ミミック
 宝箱に潜むモンスター。強力なレーザー攻撃を放つため、油断は禁物。何故かトマトがペットにしている。

きゃんきゃん
 一つ星女の子モンスター。無邪気な性格で戦闘意欲はなく、人間魔物問わず遊んでと持ちかける。

ミートボール
 槍と盾で武装した、知能を持った肉団子。食べてもおいしくない。

ハニースライム
 体が溶けているハニー。ハニー誕生の儀式に失敗すると、体が固まりきらずにこの形状となる。


[技]
見える見える
 ミニ太陽を生み出す初級魔法。ダンジョン内を探索するのに非常に役立つ。


[装備品]
イナズマの剣
 ランスが購入。斬れ味は並だが、雷属性が付与されている魔法剣。通が好む。

界陣の鎧
 ランスが購入。一流冒険者向けの本格的な鎧で、値段も1800GOLDと中々の値段。

真紅の鎧
 ルークが購入。若者に大流行の軽鎧。付属のマントはランスにあげた。

防御のローブ
 シィルが購入。女性用の防具であり、軽いがそこそこの防御力を持つ。

クリスタルリング
 カラーのクリスタルを加工して作るアクセサリー。魔力を二倍にする効力があるが、非常に高価であると同時に、市場に中々出回らない。


[アイテム]
世色癌
 回復薬。ハピネス製薬が発売しており、冒険者のお供として有名。若干苦いが、食べていると慣れる。これを1000粒くらい一気飲みする事が出来る冒険者がどこかにいるらしい。名前はナクト、きっと世色癌食LV3の技能保有者なのだろう。

クリスタル
 カラーの額に埋め込まれている宝石。処女を失うと色が赤から青に変化し、膨大な魔力を持つようになるが、クリスタルを抜かれたカラーは消滅してしまう。相場は20万GOLD。カラー族は見目麗しく、クリスタルは犯されれば犯されるほど魔力を増すため、一攫千金を狙う者たちによるカラー狩りが後を絶たない。


[その他]
カラー
 女性しか存在しない不老不死の種族。水色の髪に尖った耳が特徴的であり、判りやすく言うならばエルフのような存在である。額の宝石が高値で取引されるため、常に他種族の脅威に晒されており、基本的には隠れ里で生活をしている。

うろろーん
 ねちょーりして、ガリンゴリンしていて、それでいて半生の料理。つまり不味い。

うはあん
 桃りんごを用いて作る高級料理。果物である『うはぁん』と名前が似ているが、別物である。


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第8話 水使い マリア・カスタード

 

-迷宮内 研究室-

 

「えぇっと、温かい飲み物は……ココアで良いかなー?」

 

 ガチャガチャと机の上に散乱した物を片付けつつ、温かい飲み物の準備をし始める少女。彼女こそが、町を地下に沈めた四魔女の一人なのだ。

 

「こんなに友好的ですと、戦い辛いですね……」

「ふむ……」

「ランス様、何かの間違いじゃないのですか?」

 

 シィルが小声でランスに問いかけるのも無理はない。丁寧な自己紹介の後、濡れているルークたちに親切にも温かい飲み物を振る舞おうとする彼女の姿は、とても自分の師匠を殺して指輪を奪うような人間には見えなかったからだ。

 

「まあ、油断はしないように。初見の印象が当てにならないのは、この間の王女様で証明済みだ」

「うっ……馬鹿者、王女の話は止めろ」

「大変でしたものね……」

 

 ランスが眉をひそめながら文句を言ってくる。どうやらまだ王女に結婚を迫られたのを引きずっているらしい。結局逃げ切ったようだが、一週間くらいは追いかけっこの毎日だったらしい。ランスとシィルのげんなりした様子に苦笑しながら、あの王女様は今は何をしているのかと思いを馳せるルークであった。

 

 

 

-リーザス城 王女の間-

 

「ぶぇっくしっ!」

「リア様、大丈夫ですか? 風邪気味なのでしたら、今すぐお休みになって……」

 

 一方その頃、リーザス城では件の王女が大きなくしゃみをしていた。横に控える侍女のマリスが心配そうにするが、手を軽く挙げてそれに応えるリア王女。

 

「ううん、大丈夫。ところで、ダーリンの居場所は判ったの?」

「はい。かなみの調査の結果、現在ランス様は仕事でカスタムの町を訪れているようです」

「えっ、もう判ってたの!? もう、それならそうと早く言ってよね。じゃあ、今すぐカスタムに向かいましょう。マリス、準備を!」

 

 仕事の書類に目を通していたリアだったが、マリスの返答を聞いてその書類を放り出し、キラキラとした瞳で今すぐ出発すると騒ぎ出す。その目的は、当然ランスだ。誘拐事件以後、リア王女はすっかりランスの虜になっていた。だが、侍女のマリスは申し訳無さそうにしながら頭を下げる。

 

「申し訳ありません、リア様。例の物を持ち出す許可が下りるのに、もう少々だけお時間が……」

「えー、今すぐ出発したいのにぃ……ぷんぷん!」

「あれを持たないで良いのであれば、今すぐにでも出発できるのですが……」

「それは駄目。あれを届けたら、絶対ダーリンはリアを褒めてくれるもん! それに王女として、手ぶらで会いに行くなんて恥ずかしい真似は出来ないわ」

 

 仕事を放り出してランスに会いに行くことは特に問題視していないマリスだったが、今すぐの出発は出来ないと口にする。その理由は、先程から二人の会話の中に飛び交っている例の代物の存在。その物は城からの持ち出し厳禁である、リーザスの至宝であった。だが、これをランスにプレゼントするとリアは言いだし、結果としてマリスはその代物を城から持ち出すために色々と手回しをしていたのだ。本来ならば持ち出す事など不可能なのだが、裏でリーザスの実権を握っているマリスであれば多少の時間は掛かるがそれを可能とする。実に優秀な侍女である。

 

「ぶぅ……少々の時間ってどれくらい?」

「……そうですね、一週間以内には」

「三日以内」

「畏まりました」

「……短くされるのを見越して、多めに申告したでしょ」

「いえいえ、私がリア様に嘘をつくことなどありませんよ」

 

 がっつりと期間を短くされたというのに、涼しい顔で返事をするマリス。リアの予想通り、持ち出しの許可は三日以内には十分に許可が下りる状況であったが、それを正直には申告せずに多少盛ったのだ。だが、マリスは一週間以内としか言っていないため、嘘はついていない。頬を膨らませてマリスをジトッと睨むリアだったが、彼女の事を本気で怒ってはいない。両親に遠ざけられていたリアに幼い頃から仕えていたマリス。二人の間には、他人の入り込む余地のない確かな信頼がある。

 

「早うしの準備は整っておりますので、許可が下り次第すぐに出発する事ができます」

「可能な限り急いでね、マリス」

「勿論です」

「待っていてね、ダーリン! リアが会いに行きます!!」

 

 ランスの顔を思い浮かべ、うっとりとした顔で天井を見上げるリア。その様子を微笑ましげな表情で見ながら、後ろのカーテンへと声を掛けるマリス。

 

「かなみも準備を進めておくように」

「はっ!」

 

 カーテンの裏から声が響く。この部屋にいたのは、リアとマリスの二人だけではない。リア付きの女忍者、見当かなみがカーテンの裏に息を潜めて隠れていたのだ。主君の影として常に側に仕える、それが忍の務めだ。マリスの言葉に返事をしながらも、かなみは主君が目当てにしている人物とは別の男の事を考えていた。

 

「(調査しているときに判ったんだけど、ルークさんも今カスタムに滞在しているみたいなんだよね……)」

 

 頭に思い浮かべるのは、自分の道を正してくれた一人の冒険者。ランスがギルドの依頼でカスタムを訪れたという情報を仕入れた際、ルークが同じ依頼を受けて先に向かっているという情報も偶然耳に入ってきたのだ。

 

「(偶然会ったりとかするかな……? 今の私、ルークさんにはどう見えるかな……?)」

「……かなみ、カーテンの裏でそわそわしているのが丸わかりですよ」

「ひゃっ!?」

「えへへ、ダーリン……」

 

 マリスから指摘されて思わず声を上げるかなみ。因みに、リアはランスの事を思い浮かべて未だトリップ中であった。リーザスは今日も平和である。

 

 

 

-迷宮内 研究室-

 

「なんだ? 急に悪寒が……」

「大丈夫ですか、ランス様?」

「もう、こんな時期に水に入るからそうなるのよ。はい、ホットココア」

 

 ランスが得体の知れない悪寒を感じ取り、シィルが心配そうにしている。マリアはその寒気の理由を湖に入ったからだと思っているが、無理もない。

 

「おー、温まるぞー……」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

「それで、君はここで何の研究をしているんだ?」

 

 マリアから差し出されたチューリップ柄のマグカップには、丁度良い暖かさのココアが入っていた。ランスとシィルが冷えた身体を温めている中、ルークはそれに口は付けずに、ここで彼女が何をしていたのか探りを入れる。瞬間、マリアが物凄い勢いで首を横に回しルークを見てくる。その瞳は、まるで獲物を見つけた狩人のように爛々と輝いていた。

 

「興味ある!? 興味あるのね!? 興味あるんだったら仕方ないわよね! もう、しょうがないなー、ちょっとだけ説明してあげる!!」

「(……地雷踏んだか?)」

 

 困ったような口調をしているが、その顔は説明出来る嬉しさに綻んでいた。その変貌ぶりに自身の発言が不用意であったと眉をひそめるルーク。チラリとランスを見るが、全力で視線を反らされる。あちらも完全に地雷だと認識しているようだ。そんなルークたちの心情を察する事も無く、マリアは自信の意見を捲し立てる。

 

「魔法って、才能ある人しか使うことが出来ないでしょ? だから、魔法を使えない人は自身の意思に関係無く、戦士になって前衛に立つ事が今の戦闘の通例になっているの。でも、それを覆せるとしたら? 戦士にも魔法使いと同じだけの破壊力を持った後衛攻撃が出来るようになったら?」

「ふむ……魔法を使えなくても、遠距離攻撃の手段はあると思うが? 弓なんかは割とメジャーな武器だし、遠距離技を使う奴もいるしな」

 

 マリアの勢いに押されながらも、ルークは今の発言に少し引っかかる箇所があったのでそれを尋ねる。ルーク自身も真空斬という遠距離技を持っているし、リーザスやヘルマンには弓兵が普通に存在する。だが、ルークの質問を聞いたマリアは軽く苦笑する。やれやれ、判ってないなー、というマリアの声が聞こえてきそうな顔である。

 

「確かにそういった例外もあるわ。でもね、弓矢なんかはある程度のセンスや努力が必要だし、必殺技なんかそれこそ持って生まれた才能が必須になるでしょ。それって結局、魔法の才能があるかどうかっていうのと変わらないじゃない。一部の限られた人間にしか使えないんじゃなくて、才能も努力も必要としない、誰にでも使える遠距離攻撃。私は、それを可能とする新兵器の開発をしているの!!」

 

 バン、と勢いよく机を叩きながら自身の目標を語るマリア。その瞳の中には、熱く燃えたぎる炎のようなものが見える。そんなマリアに、ランスの後ろに隠れていたシィルが恐る恐る疑問を投げる。

 

「努力を必要としないというのは、流石に無茶じゃないですか? 強くなろうとしたら、やっぱりある程度の努力が必要にはなってくるかと……」

「無茶を可能にする! 不可能という壁をぶち壊す! 私はそういった研究をしているの!! もしもこれが完成すれば……ふふふ……」

 

 グッと右拳を握りしめながら天井を仰ぐマリア。瞳の中の炎が、一層その勢いを増して燃え上がる。一見すればマッドサイエンティストの類に見られかねないが、確かに彼女の言う兵器が本当に完成すれば、戦いの歴史は大きく動くだろう。と、それまでマリアの話を適当に聞いていたランスも多少の興味が湧いたのか、そっぽを向いていた視線を戻してマリアに問いかける。

 

「ふん、そこまで言うとなると見てみたくなるな。どういった兵器か俺様に見せてみろ」

「残念だけど、それは秘密。まだ完成していないもん。詳しい質問も受け付けないわよ。私が欲しいのは弟子じゃなくて、研究を手伝ってくれる助手なんだから」

「ん? ……こら待て、俺様を助手扱いとは無礼な!」

「……あれ? 助手希望の人じゃなかったの? なんだ、だったら助けるんじゃなかったなー」

 

 そんな言葉を平然と口にするマリア。表情も口調も、先程までと何も変わらない。だが、今の言葉は明らかに常人のそれとは違う。

 

「つまり……助手希望の人間でなかったら、死んでしまっていても構わなかったと?」

「うん、だって時間の無駄じゃない」

 

 ルークの顔を真っ直ぐ見ながら、そんな恐ろしい事を平然と言ってのけるマリア。ルークが背筋にひやりとしたものを感じたのは、湖に落ちたのが原因ではない。まだ年端もいかない目の前の少女の口から、こんな言葉が飛び出した事に身震いしたのだ。

 

「わぁ、私たち間違われたおかげで助かったんですね。ラッキーです」

「喜ぶな、バカ!」

 

 ガクッ、とルークがこける。相変わらずシィルは少し天然が入っていた。当然ランスにすぐさま頭をぐりぐりとされるお仕置きを受ける中、マリアは何かに思い至ったのか恐る恐るこちらに尋ねてくる。

 

「あの……助手希望じゃないとなると……もしかして敵?」

「その通り! 俺様他二名は住人たちから依頼されて、四魔女を退治しに来たのだ!」

「あー、ご苦労様です。四魔女はここにはいないのでお引き取りください。お帰りはあちらです」

「うむ……って、違う! お前が四魔女の一人だっていう事は判っているんだぞ!」

「ちっ、誤魔化せなかったか……」

 

 マリアの誘導に危うく引っかかってしまう寸前だったランスだが、なんと踏みとどまりマリアを指さしてそう宣言する。軽く舌打ちをするマリアだが、本気で誤魔化せると思っていたのならば案外図太い神経である。

 

「もう……研究の邪魔になるから出て行ってください。早く出て行かないと警備のハニーやグリーンハニーやダブルハニーをたくさん呼ぶわよ」

「ハニーに何かの拘りでも?」

「いや、なんかハニーの方から寄ってきて警護させてくださいって……」

 

 敵であるシィルの質問に素直に答えるマリア。ハニーの真意が判らず首を捻るが、ハニー種がメガネっ娘好きというのは冒険者の間では有名な話である。ルークがそんな事を考えている横で、ランスは警備を呼ばれるという発言を気にした様子もなく口を開く。

 

「がはは、そんな雑魚どもは全く怖くないぞ。それより、どうして町を陥没させたんだ?」

「……」

「……質問を変えよう。フィールの指輪はどうした?」

「一つは私が持っているわ。ほら、これがそうよ」

 

 フィールの指輪の存在を確認すべく質問を変えたルークだったが、マリアが軽く手をかざしたのを見て内心動揺する。その指には、青い指輪が填められていたからだ。

 

「(本当に存在していたとはな……)」

「もしかして、貴方たちはこの指輪が目当てなの? 悪いけど渡せないわよ」

「がはは、なら力尽くで奪うまでだ!」

 

 別に指輪が目的という訳ではないのだが、そこは売り言葉に買い言葉。ランスが指輪を奪うと言いながら剣を抜いて臨戦態勢に入り、それに続くように、ルークとシィルも構える。魔力を数倍にするという話が本当なのであれば、その一撃一撃が正しく脅威。強力な魔法を使われる前に取り押さえるべく、ルークはマリアの一挙手一投足に集中する。

 

「はぁ……なら、悪いけど死んでね」

 

 油断したつもりはなかった。初級魔法ならばいくら魔力が上がっていたところで対応は可能だし、中級魔法以上ならば呪文の詠唱をしている間に飛びかかれるよう構えていた。だが、結果はどちらでもなかった。マリアがそう呟いたと同時に、彼女の背後に水の柱が勢いよく噴き上がる。その魔法を見たシィルが驚いたように声を上げる。

 

「ちゅ、中級魔法です!」

「ほぼ無詠唱で中級魔法だと!?」

「迫激水!!」

 

 水の柱が滝となり、ルークたちに襲いかかる。その攻撃範囲は広く、どこにも逃げ場がない。

 

「ぐっ……」

「うがぁ、水が水が水がぁぁぁ!!」

「あーん! ぶくぶくぶく……」

 

 滝に飲み込まれ、部屋の外に押し流される三人。声がどんどんと離れていくのを聞いたマリアは、机の上に置かれたスイッチを押して、先程までとは別の仕掛けを起動させる。

 

「あーあ、時間を無駄にしちゃった……」

 

 そう一言だけ呟き、机の上に置かれたココアのカップを片付け、研究作業へと戻るのだった。

 

 

 

-迷宮内 研究室前-

 

「うがぁぁぁ! 開けろぉぉぉ!!」

 

 ランスが研究室の扉をがしがしと蹴るが、反応が返ってこない。三人は先程の魔法でかなり遠くまで押し流されてしまったが、特に大きな怪我はなかった。その後なんとか部屋の前まで戻ってきたが、扉は固く閉ざされており、剣で斬っても魔法で攻撃しても扉はうんともすんともいわず、中に入ることが出来なくなってしまっていたのだ。蹴り疲れたランスがぜぇぜぇと息を吐いている横で、ルークは静かに扉を触って確認をする。

 

「結界……とは違うな。さっきのトラップと同じで、何かしらのカラクリか」

「魔力を感じませんし、そうだと思います。でも、これじゃあマリアさんにもう一度会うことが出来ませんね」

「ひとまず迷宮内に扉を開ける手段がないか探すぞ! あの女、今度は容赦しないぞ。あんな事やこんな事してやる!」

 

 ぷんすかと怒りながら研究室の扉を最後にもう一度だけ蹴り飛ばし、迷宮の先へと進んでいくランス。ルークとランスもそれに続くが、シィルはルークが渋い顔をしている事に気がつき声を掛ける。

 

「ルークさん、どうかされましたか?」

「いや……魔力が上がっているとは聞いていたが、まさか詠唱時間まで早まっているとは思わなかった。情けない話だ」

「仕方ありませんよ。指輪自体が珍しい代物ですし」

 

 ルークは先ほどの見通しの甘さを反省していた。シィルの言うように予想する事は難しかったかもしれないが、それでも常に最悪の状況を考えて動けるようにしておくのが冒険者としての務め。さっきだって一つ間違えれば、死んでいたかもしれないのだ。自身の行動を猛省しながら気を引き締め直しながら迷宮内を歩いていると、なにやら広い部屋に出る。何かないかと部屋の中を見回していると、シィルが声を上げた。

 

「あ、ランス様! あそこにどなたかいらっしゃいますよ!?」

 

 ランスとルークがすぐさまシィルの指さす方向を見る。そこには、傷だらけの女性が壁を背にして座り込んでいた。俯いていて顔はよく見えないが、ボロボロの服のそこかしこに血の跡がある。その格好や近くに落ちている剣を見るに、彼女は先に迷宮に入っていた冒険者なのだろう。ルークたちが彼女に近づいていくと、ようやくルークたちの存在に気が付いたのか、彼女は顔を上げて苦しそうに口を開いた。

 

「だっ……誰?」

「心配しなくて良い、同業者だ」

「同業者……?」

「ああ、そうだ。俺はルーク、キースギルド所属の冒険者だ。こっちの二人は、同じく冒険者のランスと、そのパートナーで魔法使いのシィルだ」

 

 ルークがそう言いながら、隣に立っているランスとシィルに視線を送る。ランスは何かを判定するように女冒険者の顔をジロジロと眺め、シィルはペコリと頭を下げる。

 

「ふむふむ、美人じゃないか」

「よろしくお願いします」

「……どうやら貴方たちは奴らの仲間じゃなさそうね。私はネイと言い……ゲホッ、ゲホッ!」

 

 挨拶の途中で辛そうに咳き込むネイ。見たところ今すぐに命が危ないという状況ではなさそうだが、放っておくと危険そうだ。

 

「シィルちゃん、とりあえずヒーリングを」

「はい。いたいのいたいの、とんでけーっ!」

 

 シィルが治癒魔法を唱えると、ネイの身体中についていた傷が徐々にふさがっていき、血色を失っていた顔色が少しずつ良くなっていく。

 

「ふぅ……ありがとう、随分と楽になったわ」

「いえ。応急処置ですから、しばらくは安静にしていてください」

「ええ。それじゃあ、改めて自己紹介を。私はネイ・ウーロン。見ての通り、冒険者よ」

 

 首を動かし、近くに転がっている折れた剣を示しながら名乗るネイ。どうやら前衛担当の冒険者のようだ。

 

「こんな状況ですまないが、少し聞いて良いかな? 君は一人でこの迷宮に来たのか?」

「いいえ、私たちが迷宮に入ったのは四日前。私、ゼウス、カーネル、バードの四人で挑んだの。目的は多分貴方たちと同じ、四魔女退治ね」

「うむ、俺様たちも同じ目的だ」

「四日前……それにバード……もしかして、バード冒険団か?」

「えっ、私たちの事を知っているの? そうかー、私たちも有名になったものね、うふふ……サインいる?」

「えっ、あっ、えっと……」

 

 単にエレナから名前を聞いていただけであり、バード冒険団など聞いた事も無い名前なのだが、嬉しそうにしているネイを見ているとその事を言い出せなくなってしまう。サインが欲しいかと絡まれてしどろもどろになっているシィルも同じ心境なのだろう。

 

「サインなどどうでもいい。それで、他の奴らはどうした?」

「水の彫像に負けて、みんな散り散りになってしまったわ。生きていてくれればいいんだけど……」

「水の彫像? なんだそれは?」

「第二研究室を守っているガーディアンよ」

「強いんですか?」

 

 シィルの疑問にネイがゆっくりと頷く。水の彫像との戦闘を思い出しているのか、苦しそうな表情を浮かべる。

 

「恐ろしく強い上に二体いるわ。左右から次々と繰り出される強力な魔法に私たちパーティーは全滅。まともに応戦出来ていたのは、リーダーのバードだけだったわ」

「それはお前らがへっぽこだったからだろう」

「へっぽ……!?」

「ああ、すまない。それで、第二研究室というのは?」

 

 ランスの発言にネイは顔を歪めるが、一応命の恩人であるため不満は胸にしまい込み、ルークの質問に答える。

 

「……迷宮にはマリアの研究室が二つあるの。一つはトラップで守られた第一研究室、もう一つが水の彫像に守られた第二研究室。基本的に、マリアはどちらかにいるわ」

「俺たちが会ったのは第一研究室だな。扉を開ける手段があるか分からんし、第二研究室に向かって待ち伏せをしていた方が良さそうだな」

「うむ。俺様も丁度そう言おうと思っていたところだ」

 

 ルークがランスとシィルの顔を見ながら今後の方針を確認していると、ネイがそれに待ったをかける。

 

「待って。第二研究室に向かう途中の扉には鍵が掛かっているの。頑丈な扉だし、破壊しての進入は難しいと思うわ」

「鍵か……」

「あれ? でも、水の彫像まで辿り着いたという事は、ネイさんたちはその鍵を持っていたんですよね?」

「ええ、迷宮内の宝箱から運良く発見したの」

「……その状態では探索の継続は無理だろうし、悪いが鍵を譲って貰えないかな?」

 

 シィルの疑問に小さく頷くネイ。それを見たルークは鍵を譲ってくれないかと頼むが、ネイはゆっくりと首を横に振る。

 

「譲ってあげたいんだけど、彫像から逃げる途中で落としてしまったの」

「落とした場所に見当は?」

「多分、地下水湖だと思う……うん、そこ以外に考えられない」

「おお、その場所ならさっき通ったぞ」

 

 ランスのミスで先程三人仲良く落下した地下水湖。どうやらそこに鍵が落ちていたようだ。上機嫌になったランスは、ビシッとルークを指さして言葉を続ける。

 

「よし、ルーク、探してこい!」

「俺かよ……」

「当たり前だ! ネイちゃんを町まで送り届けなきゃならんが、この状況では途中で何が起こるか判らん。となれば護衛が必要だし、万が一悪化したときのための治療用でシィルも必要だからな」

「……まあ、筋は通っているか」

 

 ルークが顎に手を当てながらランスの言葉に頷く。シィルがネイと一緒に行動するのが確定な以上、主人であるランスがそちらの護衛をするのが普通の考えだ。

 

「てっきり面倒な仕事を押しつけているだけだと思ったが、ちゃんと考えているんだな」

「まあ、面倒だというのが理由の半分だがな」

「おい! ……まあ、良いか。町の酒場で待っていてくれ。ネイは怪我人だからな、無茶はするなよ」

「がはは、任せておけ!」

 

 ランスの言葉を背に、ルークは部屋から出て行こうとする。と、ネイが何かを思い出したかのように声を上げる。

 

「あ、一緒にかえるの耳飾りも落としてしまったの。大事なものだから、探してきて貰えないかしら?」

「了解した。じゃあ行ってくる」

 

 そう言い残してルークは来た道を引き返し、地下水湖へと向かう。その背中が見えなくなると、部屋に残された三人の内の一人が、ニタッというイヤらしい笑みを浮かべる。その笑みに気が付いていないネイは、ランスとシィルの顔を見ながら言葉をかける。

 

「じゃあ、私たちは町に引き返しましょう」

「……」

「……なんでにじり寄ってくるの? なんで笑っているの? か、帰り木は持っているのかしら?」

「……」

「……なんで何も答えないの? なんでそっちの娘は遠い目をしているの!?」

「……面倒だからというのが理由の半分だと言ったな。もう半分の理由がこれじゃぁぁぁ!!」

「なんで服を脱いで跳びかかってくるのぉぉぉぉぉ!?」

 

 迷宮内にネイの絶叫が空しく木霊した。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

 あれから数時間。酒場の扉が開き、カランカランと鈴の音がなる。エレナがそちらに視線を向けると、そこに立っていたのはルーク。

 

「いらっしゃーい。お仲間なら奥の席にいるよ」

 

 エレナがそう言って案内する。あの後地下水湖まで引き返したルークは鍵と耳飾りを必死に探した。湖の中には水へびなどのモンスターが生息しており、想像以上に時間が掛かってしまったが、なんとか鍵と耳飾りを発見したため、約束の酒場まで引き返してきたのだ。

 

「いやー、無事に帰ってきてくれて安心しましたよ」

「一時的に引き返してきただけで、まだ依頼は完了していないがな」

「それでも、戻ってくる事が珍しいんですよ。大体の人は、一度入ったら出てこられませんでしたから」

「ふむ……」

 

 エレナと軽く会話をするルーク。ルーク自身も地下水湖へと引き返す最中、道の外れに男の死体が転がっているのを発見している。多くの冒険者が犠牲になっている事を考えると、ネイは相当運が良かったと言えるだろう。

 

「それで、どうして引き返して来たんですか?」

「怪我の治療にな」

「えっ!? 誰か怪我をされたんですか? ランスさん? シィルさん?」

「いや、ネイが一緒にいただろう?」

「ネイ?」

「ん……?」

 

 どうにも話が噛み合っていないのを感じながら奥のテーブルの前に着く。そこには、上機嫌のランスと申し訳無さそうにしているシィルの二人しかいない。

 

「戻ったぞ。一応鍵と耳飾りはどっちも発見した」

「うむ、ご苦労」

「それで、ネイはどこへ行った?」

「がはは、泣きながら『必ずいつか殺してやる!』とか言ってどこかに行ってしまったぞ」

「……待て、ちょっと待て。最近似たような会話をしたような……」

 

 ルークが聞き覚えのある言葉に頭を抱える。リーザス誘拐事件の際にも、酒場でこんな会話をした覚えが確かにある。

 

「無茶はしないように言っておいたはずだが……」

「うむ、英雄である俺様とのHは無茶な行動ではないな。がはは!」

「シィルちゃん……?」

「すいません……」

 

 そう、あれは確か盗賊団を壊滅させた直後。一人洞窟に残ったランスが女盗賊にした行為と、その後のとばっちり。

 

「そうそう、殺す中にはお前も含まれてたぞ。『治療してくれたシィルはいいけど、あんたら二人にはいつか地獄を見せてやる!!』とか言ってたし」

「完全にデジャビュ!?」

「あー……うん、その、ドンマイ」

 

 ポン、とルークの肩を叩きつつ、ランスの先の発言が冗談では無かった事を確信するエレナであった。

 

 

 

-迷宮内 鉄扉前-

 

「おい、まだか?」

「まあ、待て。俺はレンジャーじゃないんだ……と、開いたな」

 

 迷宮へと戻ってきたルークたちは、件の第二研究室へと続く扉までやってきていた。拾った鍵は若干錆び付いており、中々鍵が回らなかったが、なんとか扉を開ける事に成功。

 

「がはは、では突げ……」

「待て、ランス! ……真空斬!」

 

 一歩前に出ようとするランスを引き留め、ルークは物陰に向かって真空斬を放つ。直後、その物陰から爆発音が響く。シィルが驚きながらもそちらに近づいていくと、何やら装置を発見する。

 

「ランス様、電撃の発生するトラップが隠してありました。ルークさん、良く気が付かれましたね?」

「何かが怪しく光ったからな」

「おかしいな。ネイは一言もトラップの事を言っていなかったぞ」

「多分、俺たちがマリアとあった事によって、迷宮内のトラップが増加したんだろう。気を引き締めて行くぞ」

「当然だ。俺様に命令するな」

 

 こうして三人はトラップに気をつけながらも先へと進んでいく。少し歩くと先程ネイを発見した場所よりも更に広い空間へと足を踏み入れる。奥には扉があり、その横には二体の美しい女神像が並んでいる。

 

「これがネイの言っていた水の彫像か」

「うーん、腰のラインがいやらしい」

 

 ランスの言うように、どこか艶めかしい雰囲気のある彫像だ。ネイの言っていた通りなら、これがこの場所を守るガーディアンのはず。だが、彫像が動き出す気配は無い。彫像の様子を観察しながら、ルークがボソリと声に出す。

 

「部屋に入ろうとすると動き出すタイプか?」

「では入る前に破壊してしまえばいいんだろう。がはは、とぉー!」

 

 ランスが剣を振りかぶり、女神像を破壊しようとする。その瞬間、轟音と共に二体の彫像が動き出し、言葉を発した。

 

「我らが眠りを妨げる不埒者ども」

「その身で償いをするがよい」

「ええい、部屋に入ろうとしなくても動き出したではないか、この嘘つきが!」

「別に断定してなかっただろうが。ランス、右の彫像は任せた。シィルちゃん、後ろから援護を頼む」

「はい!」

 

 ルークはそう言いながら剣を抜き、左から襲いかかってきた彫像と対峙する。見るからに頑丈そうな彫像だが、一定の距離で止まると呪文詠唱を始めた。彫像だから物理攻撃メインかと思ったが、どうやら魔法攻撃タイプのようだ。ルークもすぐさまその場で腰を落とし、剣に闘気を込めて左から右へと振り抜く。

 

「真空斬!」

 

 ルークの放った斬撃は彫像の腕に直撃し、右腕が床に落ちる。が、彫像はその一撃に何の反応も見せる事無く、詠唱を終えた呪文をルークに向かって放ってくる。

 

「水雷」

「おっと……痛みを感じてないな。一気に破壊するのが得策か」

 

 彫像の放った魔法を躱しながらルークは彫像の観察をする。腕を壊されたというのにまるで怯まなかったところを見ると、痛覚や自我があまりないタイプのガーディアンのようだ。となれば、対人間の戦い方をするのは時間の無駄。駆け引きなどは考えず、一気にたたみ込むのが正解だ。

 

「ランス! こいつらは一気に勝負を決めた方が……」

 

 ルークが言いかけて止まる。向こう側でもう一体の彫像と戦っていたはずのランスが、何故か目をとろんとさせて首をこっくりこっくりと上下させていたのだ。明らかに眠りかけている。と、そのランスの後ろから炎の矢の援護攻撃が飛んでくる。

 

「えい、炎の矢! ランス様、起きてくださーい!」

「おぉっ! くそ、厄介な魔法使いやがって!」

「なるほど、スリープか……こちらも気をつけんとな」

 

 シィルが炎の矢を彫像に放ち、寝かけていたランスを起こす。そう、ランスは彫像の放ったスリープの魔法で眠りかけていたのだ。地味ながらも非常に厄介な魔法であるため、ルークも更に気を引き締める。

 

「ふん、こんな奴はさっさと片付けるに限る! どりゃぁぁぁ!」

「(……流石だな。なら、こちらも片付けるとするか!)」

 

 ランスがそう言い放って彫像に向かっていくのを見て、ルークは小さく頷く。ランスの戦闘センスは、やはり本物である。ルークのように小難しい事を考えたのか、あるいは本能なのかは定かではないが、導き出された答えはルークと同じもの。

 

「水雷」

「ふん、ふん! シィル、さっさと援護せんか馬鹿者!」

「あ、はい! 炎の矢!!」

 

 連発される水雷を巧みに避けながら、少しずつ彫像へと近づいていくランスはシィルに怒鳴り声を上げる。慌てて放たれた炎の矢は、丁度ランスに向かっていた水雷と相殺してかき消える。瞬間、ランスは空中へと跳び上がった。

 

「必殺、ランスアタァァァック!!」

 

 相殺された魔法が目眩ましとなり、ランスの姿を見失っている彫像。その頭目がけ、ランスは渾身の力で剣を叩き込んだ。剣の直撃の威力と、そこから発せられた闘気が重なり合い、彫像は粉々に砕け散った。

 

「ふん、ざっとこんなもんよ」

 

 そう言いながら振り返ってシィルを見るランス。いつもならこの辺で拍手が飛んでくるところなのだが、今のシィルはルークの援護をしていてそれどころではない。ちょっとだけムッとなりながらも、ルークが戦っている方向に視線を向ける。丁度炎の矢が水雷と相殺され、ルークが空中に跳び上がったところであった。

 

「むっ……」

「えっ!?」

 

 ランスとシィルが思わず声を漏らす。その姿が、先程のランスの姿と重なったからだ。

 

「真滅斬!!」

 

 闘気を纏った刃が彫像の頭から下半身まで一直線に走り、ゴトリと真っ二つになった彫像が左右に崩れ落ちる。立ち上がって来ない事を確認したルークは軽く息を吐き、後ろを振り返る。目に飛び込んできたのは、どういう訳か呆気に取られているランスとシィルの姿。

 

「な……な……な……」

「ランス、終わっていたのか。時間を掛け過ぎたようだな、すまん。それより、何をそんなに驚いているんだ? シィルちゃんも」

「そ、それは……」

「パ……」

「パ?」

「パクリだぁぁぁぁ!」

 

 ランスが突如大声を上げる。部屋中に響き渡り、何度も反響音が聞こえてくる程の大声にルークが驚いていると、ランスが一気に詰め寄ってくる。

 

「なんだ、今のふざけた技は! 俺様のランスアタックのパクリだ! 著作権侵害だ! 貴様にはプライドがないのか!?」

「待て、落ち着け。これでも一応10年以上使っている技だ」

「ふん、証拠が無いな。きっと、この間のユラン戦で見てパクッたに違いあるまい」

「キースに聞いて貰えれば証言してくれると思うが……」

「あんなハゲの言う事を信用出来るか!」

 

 自分の所属しているギルドの長にする発言ではないが、そこは流石のランスである。

 

「慰謝料だ! 賠償金請求だ! 今後その技を使いたければ、一回につき10000GOLD俺様に払え!!」

「いやいやいや。おかしいからな、その金額」

 

 遂に無茶な要求までし始めたランス。ルークが宥めど聞く耳盛らず、シィルが宥めようとすると一睨みで萎縮させる。どうしたものかと頭を悩ませるルーク。

 

「英雄である俺様の必殺技に憧れるのは凡人として仕方の無い事だが、それでも犯罪は犯罪だ。俺様の深く傷ついた心への慰謝料は30000GOLDが妥当でだな……」

「いや、パクリじゃないさ。俺の技ではランスアタックの域に届いていない」

「むっ……?」

 

 捲し立てていたランスがピクリと反応する。その反応を確かめつつ、ルークは言葉を続けた。

 

「確かに構えは似ているが、技の特性は全然違う。俺のは一点集中型、ランスのは拡散型。俺にはあんな風に闘気を爆発させて周りを巻き込むなんて芸当、とてもじゃないが真似出来ん。いや、才能の差だな。凄いな、格好良いな、憧れてしまうな」

「がはは、俺様は天才だからな! うむ、言われてみれば確かにちょっと似ているだけで、俺様のものとはレベルが違うな!」

 

 ルークの煽てに判りやすい反応を見せるランス。そのまま上機嫌にルークが倒した水の彫像へと近づいていき、物色するようにあちこちを触り始める。どうやら慰謝料の危機は乗り切ったようだ。

 

「シィル、この真っ二つになった彫像は持って帰るぞ。斬れた部分を接着剤でくっつければ、家のインテリアになりそうだ」

「こ、これを持って帰るのですか……?」

 

 シィルが床に落ちている彫像の右腕を手に取る。それだけでもかなりの重量があるというのに、これをアイスの町まで持ち帰るというのか。ランスが荷物運びに協力するはずがないので、間違いなく自分が背負う事になる。

 

「ランス、とりあえず持ち帰るのは後にしておけ。今はマリアが先決だ」

「ふむ……まあ、そうだな。シィル、帰りに回収するのを忘れるなよ」

「は、はい……」

「がはは、では第二研究室へ突撃だ!」

 

 ランスが水の彫像が守護していた扉へと進んでいき、ルークとシィルもそれに続くべく歩みを進める。と、シィルがルークに向かってボソリと喋りかけてくる。

 

「すいません、ルークさん……その、慰謝料の……」

「なに、もう慣れたさ」

「……でも、本当に似ていましたね」

 

 そう言い残し、ランスへと小走りで駆けていくシィル。その背中を見ながら、ルークは小さく呟いた。

 

「似ているよな、やっぱり……ってことは、そういう事なのかね……」

 

 その言葉は、ランスとシィルの耳に届くことはなかった。

 

 

 

-カスタムの町-

 

「うん、買い忘れはなし。お父様に少しでも精を付けて貰わないと」

 

 チサが買い物かごを片手に町の中を歩く。かごの中には夕飯の材料が入っていたのだが、幾分その量が多く見える。二人暮らしのチサたちでは、これだけの量は食べきれないはずだ。

 

「ランス様たちも招待出来ないかな……ランス様といるときのお父様、驚くくらい元気なんですもの」

 

 ランスとはしゃぐ父の顔を思いだし、クスクスと笑うチサ。決してガイゼルは楽しんでいる訳ではないのだが、体調を崩していた父のあんな顔を見るのは久しぶりであったため、自然とその顔を引き出したランスを好ましく思っていたのだ。

 

「……」

 

 ふいに、チサが足を止める。目の前には、魔女とラギシスの戦闘があった廃墟がそびえ立つ。いつ魔女たちが戻ってくるか判らないため、住人はこの場所を避けるように遠回りをして歩くのが習慣となっていた。当然チサも普段ならばこの道を通らないのだが、ついつい考え事をしていたためこの場所へとやってきてしまったのだ。なにせ魔女たちの反逆が起こる前は普通に使っていた道であり、無意識下ではどうしても使い慣れた道を選んでしまうというものだ。

 

「マリアさん、ランさん、ミルちゃん、志津香さん……どうして……」

 

 悲しげな瞳で廃墟を見つめるチサ。町長の娘という立場であるため、率先して魔女退治を謳ってはいたが、心の内では魔女たちを疑いきれずにいた。エレナの言っていた、彼女たちをまだ信じている人物の一人。

 

「……えっ!?」

 

 瞬間、背後に気配を感じて振り返るチサ。彼女の意識は、ここで途絶えた。それから数分後、一人の女性がこの道を通りかかる。住人が避けて通る道を、平然とした様子で歩く一人のシスター。中々に剛胆な性格をしている。

 

「……ん? あれは……」

 

 ふと、シスターが道の真ん中に落ちていた買い物かごに気が付く。近づいて見てみると、中にはぎっしりと物が詰まっている。これを落としたり、忘れたりというのは流石に考えがたい。だが、周囲を見回しても持ち主の姿が見えない。こうして、チサは忽然と姿を消してしまった。

 

 

 

-迷宮内 第二研究室前-

 

「ランス、気をつけて開けろよ。またさっきみたいに罠があるかもしれんからな」

「彫像の罠の後にもう一つ罠があったら、そいつは相当性格が悪いな……シィル、俺様の代わりに扉を開ける事を許可する」

「えぇっ!? うっ……はい……」

 

 彫像たちの奥にあった扉の前でそんな話をしているルークたち。この扉の奥が第二研究室であるため、そこでマリアを待ち伏せする作戦だ。だが、一つ問題点がある。

 

「この状況、待ち伏せしているのはバレバレじゃないか……?」

「大丈夫。マリアはメガネをかけていたから、視力が悪くてこの状況に気が付かんはずだ」

「そんなアホな……」

 

 ルークが周囲を見回しながらそう口にする。破壊された彫像に、明らかに戦闘のあった跡。これで中に入ってくる敵などいるのだろうか。だが、待ち伏せは失敗しても、何かしらの手掛かりが第二研究室にある可能性は十分。部屋に入ること自体には異論のないルークであった。

 

「そ、それでは開けます……」

「シィルちゃん、変わろうか?」

「余計な事はせんでいい。定期的に奴隷という立場を判らせてやらんといかんのだ」

「お前な……」

 

 そんな事を宣うランスに若干冷ややかな視線を送るルーク。まだ短い付き合いではあるが、ランスがシィルを大事にしている事は十分に感じ取れる。恐らく、ランスにとって一番大事な女性はシィルなのだろう。それなのにこの態度。子供が好きな娘に悪戯をするそれとよく似ている。

 

「さぁて、鬼が出るか、蛇が出るか……」

「ラ、ランス様ぁ……い、いきます……」

 

 後ろでシィルを脅かしている今の姿など、正しく子供の悪戯だろう。見ようによってはこれも微笑ましいのかとルークが考えている中、シィルがゆっくりと扉を開ける。

 

「「「「あ」」」」

 

 扉の向こうには、鬼でも蛇でもなくマリアがいた。まさかの事態に呆然とする一同。と、一番始めに言葉を発したのはマリア。

 

「げ、なんでここに!?」

「がはは、流石は俺様の強運! 見ろ、見ろ、しっかりマリアがいたぞ」

「はい、とってもラッキーです」

 

 ルークがチラリと横を見る。扉の先はすぐに第二研究室に繋がっている訳ではなく、開けた場所になっていた。正面は第二研究室と思われる部屋が見えるが、その横には一直線に伸びた道がある。先が見通せないほどの長い道であり、どうやらマリアはその道から歩いてきたように思われる。

 

「なるほど、第一研究室と第二研究室は直通の道で繋がっていたのか」

「うっ……そ、その通りよ」

「それにしても、どうして第二研究室に? 何か用事でもあったのか?」

「貴方たちのせいよ! 第一研究室は水浸しで、大事な研究資料とかもパーになっちゃったんだから! 責任取ってよね!」

「いや、それはどう考えても自分のせいでは……?」

 

 ぷんすかと怒るマリアだったが、水浸しになった原因は明らかにマリアの魔法である。ルークが呆れた視線をマリアに向けていると、ランスが剣を抜きながら一歩前に出る。

 

「ふん、そんなことはどうでもいい! さぁ、お仕置きの時間だぞ、マリア!」

「降参した方が良いですよー」

「まあ、三対一で申し訳ないが、諦めてくれ」

 

 ルークも剣を抜いてランスの横に立ち、シィルがいつでも魔法を唱えられるよう構える。だが、三対一という状況にあってもなお、マリアは憮然とした態度でルークたちを見ている。

 

「ふん、この指輪がある限り、私は負けないんだから」

「がはは、俺様が負けるはずないだろう!」

「先程水で流されましたけど……」

「余計な事は言わんでいい、馬鹿者」

「ひんひん……」

 

 ランスにポカリと拳骨をお見舞いされるシィルを横目に、ルークがマリアに向かって口を開く。

 

「指輪の力を過信しているようだが……あまりこちらを見くびらない方が良い」

「ふん! どうやら、死なないと判らないみたいね!!」

 

 マリアがそう叫びながら手を前に差し出すと、填められていた指輪が妖しく光る。それが戦闘開始の合図だった。

 

「行くぞ、シィル、ルーク!」

「シィルークって名前みたいですね」

「こんな状況でも暢気だな、シィルちゃん……」

「迫激水!」

 

 マリアが唱えると、水の柱が滝になって三人に襲いかかる。先程は為す術もなく流されてしまった中級魔法だが、今は状況が違う。

 

「ふっ!」

「あわわわわ……」

 

 ランスとルークが左右に跳んで躱し、シィルも慌てて後ろにあった扉をくぐり直して前の部屋に戻り、その滝の一撃をやり過ごす。第一研究室のときは部屋が狭く、外の廊下も狭い一本道であったため逃げ場がなかったが、ここはかなり広い部屋である。多少攻撃範囲の広い魔法を撃たれても、十分に躱せるだけのスペースがあるのだ。

 

「ちっ……」

 

 上手い事躱されたのを見たマリアは舌打ちをし、すぐさま次の魔法の準備に掛かる。その隙をついて跳びかかろうとしたルークだが、どうやら今唱えていた魔法は初級魔法らしく、ほぼ無詠唱に近い状態で魔法を放ってくる。

 

「水雷!」

「おっと!」

 

 放たれたのは、先程彫像たちも使ってきた水雷。だが、彫像よりも遙かに詠唱時間が短い。やはり指輪には詠唱を短くする効果もあるようだ。顔面目がけて放たれた水雷を首だけ動かして躱したルークだったが、その一撃が後ろの壁に命中すると壁が崩れ落ちる。

 

「す、凄い威力です……」

 

 扉から顔だけ出しているシィルがそう声を漏らす。確かに、先程の彫像が放った水雷ではこのような事態は起こらなかった。本来はあまり威力のない魔法だが、指輪のせいでかなり凶悪なものになっている。下手に攻めて一撃貰えば、それが致命的なダメージにもなりかねない。ルークがどう攻めるか間合いを取りながら考えていると、ランスが一気にマリアへと駆けていった。

 

「がはは、俺様がお仕置きしてやる!」

「水雷、水雷、水雷、水雷! もいっちょおまけに水雷!!」

「うおっ、連発するんじゃない!!」

 

 ランスが足をじたばたと動かしながら、すんでのところでその攻撃を全て躱す。元々連続使用が可能な魔法ではあるが、それでもこれ程素早く撃つことは出来ない。

 

「さて、どう近寄るか……」

「俺様に名案がある」

「俺が盾になっている間に近寄るとかだったら、却下だぞ」

「な!? この俺様の思考を読み取るとは……生意気な奴め……」

 

 ルークとランスも、流石にここまでノータイムで連発されては攻めあぐねる。ランスの無茶な提案を却下しつつ、考えを頭の中に巡らせるルーク。と、いつの間にか扉に隠れるのを止め、部屋へと戻ってきていたシィルがその手に魔力を溜めている。

 

「行きます! 炎の矢!」

「ふん、全然威力が足りないわ。水雷!」

 

 ルークとランスを後ろから炎の矢が飛んでいき、水雷と空中でぶつかり合う。威力が違うため相殺とまではいかないが、炎の矢とのぶつかり合いで威力の落ちた水雷は、ルークたちに届く前にへなへなと床に落ちていく。

 

「炎の矢、炎の矢!」

「ふん、水雷、水雷、水雷!」

 

 互いに魔法を連発するマリアとシィル。ぶつかり合った水雷はまたも床へと落ち、ランスが上機嫌に声を上げる。

 

「良いぞ、シィル! ……っと、うおぉっ!?」

 

 瞬間、ランスの頬を水雷が掠める。威力の落ちていない一撃であり、それがもう数センチずれていたら大変な大怪我になっていただろう。そう、シィルは全ての水雷に魔法をぶつけられている訳ではないのだ。

 

「炎の矢、炎の矢、炎の矢!」

「水雷、水雷、水雷、水雷、水雷!!」

「ええぃ、馬鹿者! もっと連発しないか!」

「すいません、ランス様。これが限界です……」

 

 水雷と炎の矢は同じ初級魔法であるため、詠唱時間は殆ど同じである。だが、指輪の力によって詠唱が短くなっているマリアには、シィルがどんなに頑張っても追いつく事が出来ないのだ。申し訳無さそうに声を漏らすシィルだったが、直後に声が響く。

 

「いや十分だ。多少余裕が出来た」

 

 シィルに声を掛けたのは、ルーク。シィルが炎の矢を放ちながらルークに視線を向けると、ルークはその場で腰を少し落とし、マリアをしっかりと見据えている。それは、リーザス城で女忍者と戦った際に見た構えだ。

 

「真空斬!」

 

 ルークが左から右に剣を振り抜くと、闘気の刃が放たれる。それはシィルが撃ち漏らした水雷とぶつかり合い、相殺する。目を見開いて驚くマリア。

 

「嘘!? 遠距離攻撃が使えたの!? 威力も高いし……で、でも、速さが伴わなきゃ……」

「真空斬! 真空斬! 真空斬!」

「れ、連発可能!? ずるいわよ! みっ、水雷、水雷、水雷!」

「炎の矢、炎の矢!」

 

 まさか連発出来ると思っていなかったマリアは慌てて水雷で応戦するが、シィルの炎の矢もあるため立場が完全に逆転する。なんとか二人の攻撃を相殺は出来るものの、ランスへの攻撃まで手が回らない。ランスが完全にフリーの形となる中、ルークが叫ぶ。

 

「決めろ、ランス!」

「当然だ! くらえぇぇぇぃ!!」

 

 ランスは一気にマリアへと駆け寄り、程よい距離で空中へと跳び上がる。剣を両手で持ち、高々と頭上に掲げる。それは、ランスの必殺技、ランスアタックの構えに他ならない。ランスが狙うのはマリアの手前の地面、ユランのときと同じように衝撃波で吹き飛ばすつもりなのだ。瞬間、マリアがニヤリと笑うのが見え、ルークは目を見開く。

 

「まさか……まずい!」

「まんまと引っかかったわね! まずは……迫激水!」

 

 マリアが不敵に笑いながら、ルークとシィル目がけて迫激水を放つ。巨大な水柱が滝となり二人を襲うが、ルークとシィルは左右に跳んでそれを難なく躱す。だが、マリアの狙いは二人を倒す事ではない。真空斬と炎の矢の連撃を一時的にでも止めたかったのだ。そのマリアが次にする行動は一つしかない。ルークはすぐさま腰を落とし、剣に闘気を纏わせる。

 

「そして次はこっち!」

「んが!?」

 

 マリアがランスに向かって両手を揃えて突き出し、その手の平に強力な魔力を纏わせる。空中に跳び上がっているランスには、それを避ける術は無い。

 

「あれは上級魔法!? ランス様、避けてください!!」

「ふん、すぐに私の意図に気が付いたのは良かったけど、そこからじゃ間に合わないわよ。さっきまでの戦いで斬撃のスピードは把握しているわ!」

 

 シィルの悲鳴が部屋に響き渡る中、マリアはチラリとだけルークに視線を向け、そう言い放つ。確かに先程までの真空斬のスピードでは、とてもじゃないが間に合わない。真空斬がマリアに到達する前に、ランスに上級魔法が直撃してしまう。指輪で威力が増した上級魔法の直撃など、下手すれば一撃で死にかねない。

 

「死ね、ウォータミサイル!!」

「んげぇぇぇ! なんとかしろ、シィル!!」

「ランス様ぁぁぁ!!」

 

 マリアの両手から強力な水の塊が撃ち出される。決して速度のある魔法ではないが、極限までに圧縮された水の塊は、直撃した相手の身体を粉々に砕け散らせる程の威力である。ランスが絶叫する中、ルークがそれをかき消すように大声で叫ぶ。

 

「ランス、俺を信じて振り抜け!」

「えっ!?」

「なにを……?」

「うぉぉぉ、真空斬!!!」

 

 ルークが咆哮しながら真空斬を放つ。間に合う訳がない、そうマリアは確信していた。だがそれは、真空斬の速度が先程までと同じであればという前提のものである。それが、マリアの最大の誤算。

 

「は、速っ!?」

 

 マリアは先程までの真空斬がルークの全力だと思い込んでしまっていたのだが、真空斬という技は剣に纏わせる闘気の量によってその威力、速度、連射性が変化する。先程までは連続して放つために闘気の量を抑えており、結果として威力と速度もある程度落ちていたのだ。それに対し、今放った一撃は闘気を十二分に込めた渾身の一撃。連続して放つ事は出来ないが、威力、速度共に申し分ない。空気を斬り裂き、ランスの目前まで迫っていたウォータミサイルに真空斬が直撃する。ウォータミサイルはその場で破裂し、水しぶきとなって地面へと落ちていく。その水しぶきを頬に感じながら、ランスがマリア目がけて剣を振り下ろす。

 

「うそ……そんな……」

「ランスアタァァァック!!」

 

 ランスの剣が呆然としているマリアの目の前の地面に振り下ろされる。その直後、闘気の爆発が起こり、そこから発生した衝撃波がマリアを襲う。爆風に吹き飛ばされ、自分の身体が中に舞っている事を呆然と感じ取っていたマリアだったが、ゆっくりと目を閉じる。まるで、自身の敗北を噛みしめるかのように。こうして、四魔女の一人、マリア・カスタードは敗れたのだった。

 

 

 

-迷宮内奥 謎の場所-

 

 迷宮内のとある部屋。明かりの点いていない暗がりの部屋の奥に、三つの影が立っている。その顔までは判別出来ないが、中心に立っている人影が微かに口元に笑みを浮かべているのだけは見て取れる。と、その影から声が発せられた。

 

「マリアがやられたようだな……」

「フフフ……奴は四魔女の中でも最弱……」

「冒険者ごときに負けるとは魔女の面汚しよ……」

 

 パチッ、と部屋の明かりが点く。光に照らされ、影の正体が見て取れるようになる。

 

「はれ?」

 

 そこに立っていたのは、一人の少女と二体の幻獣であった。訳の判らない様子で部屋の入り口に視線を向けると、そこには四魔女の一人、エレノア・ランが立っていた。赤い髪を背中まで伸ばし、どこか大人びた雰囲気のある女性。四魔女のリーダーは実力から志津香が担っているが、実際のまとめ役はこのエレノア・ランが担当している。呆れたようにため息をつき、ランが部屋の奥にいる少女に向かって声を掛ける。

 

「もう、ミル! 暗くして遊んだら目が悪くなるでしょ!」

「ごめんなさーい」

 

 部屋の奥に立っていた少女、こちらも四魔女の一人であるミル・ヨークスがぺろりと舌を出して謝る。ランと同じくらいの年齢に見えるが、どこか子供っぽい仕草の残る少女である。

 

「それに、今の喋り方はなんなの?」

「漫画で読んだの。かっこいいでしょ?」

「どうかしら……? というか、幻獣は立っているだけで、全部自分で喋っちゃっているじゃない」

「まあ、その辺は演出って事で」

 

 コクコクと隣に立っている幻獣が頷くが、その容姿は青白い身体にギョロリとした目玉という、可愛らしさの欠片もないものである。

 

「……これ、どうにかならないの?」

「んー……指輪の力が上手く制御できなくて、こんな容姿になっちゃうのよね。もうちょっと慣れたら、前みたいに可愛い幻獣さんに出来ると思うよ」

「前のあのファンシーなのも戦闘するにはどうかと思ったけど、これよりはマシね……」

 

 以前のミルが呼び出す幻獣は、絵本の中に出てきそうな可愛らしいお化けのような形状であった。だが、指輪によって魔力が強化され、より戦闘向きな形となって呼び出されているのが現状である。確かにこの方が実践的ではあるのだろうが、年頃の娘である四魔女には揃って不評であった。

 

「あ、それと、マリアを勝手に最弱にしたり、冒険者に負けさせたりしちゃ駄目よ。ちゃんと後で謝っておきなさい」

「はーい!」

 

 元気よく返事をするミル。まさか本当にマリアが負けていようとは、二人は夢にも思っていない様子だ。

 

「因みに、その漫画では残りの三人は瞬殺されます」

「そんな漫画、読むの止めなさい……」

 

 不吉な事を口走るミルであった。

 

 




[人物]
ネイ・ウーロン
LV 8/27
技能 シーフLV1
 バード冒険団に所属する女冒険者。水の彫像に為す術もなく敗れ、なんとか逃げおおせた先で倒れていたところをルークたちに発見される。その幸運を神に感謝したが、その後ランスに襲われてしまい、神なんか信じるかと泣き濡れてその姿を眩ませる。ランスとルークを深く恨んでおり、いつか某盗賊の娘と一緒に復讐に来たりするかもしれない。

ゼウス
 バード冒険団に所属する男冒険者。水の彫像に敗れ逃げていたところ、モンスターに襲われ死亡。

カーネル
 バード冒険団に所属する男冒険者。水の彫像に敗れ逃げていたところ、足を滑らせ転倒し死亡。


[モンスター]
ハニー
 茶色い基本形ハニー。攻撃手段はパンチとハニーフラッシュ。意外な事に、ランスシリーズに初登場したのは6である。

グリーンハニー
 緑色のハニー。右手にトライデンを持ち、チクチクとそれで突いてくる。1から長い間シリーズ皆勤を続けていたが、戦国ランスにて遂にその記録が途切れる。因みにハニーが持っている武器はトライデントではなくトライデンという名称である。これは、ランス生みの親であるTADA氏が間違えて名前を覚えていた事に由来する。

ダブルハニー
 誕生の際、失敗して二体くっついてしまった奇形ハニー。右手にトライデン、左手に花を持ち、お腹には日の丸の国旗がある。右と左で性格が違う。

水へび
 全長2メートルの水蛇。頭に偽眼と髑髏模様のあるコブラで、いかにも強そうな見た目をしているが、案外弱い。えら呼吸しか出来ないため、無理矢理陸に上がらせて酸欠で殺すという手段もある。

水の彫像
 第二研究室を守るガーディアン。スリープ等の高度な魔法を使用してくる強敵。初代2では運が悪いと本当に何も出来なくなるため、初見で殺されたプレイヤーも多いはず。


[技]
真滅斬 (オリ技)
使用者 ルーク
 ルークの必殺技。剣を両手持ちし、頭上から渾身の力で振り下ろして相手を斬り伏せる、正しく必殺の一撃。構えがランスアタックと非常に似ているが、ルークはその理由に何か思い当たる節があるようである。衝撃波を生み出して広範囲に影響するランスアタックと違い、刃に込められた闘気は拡散することなく残り続けて敵を斬り裂く。単体攻撃だが、闘気が残り続けている分、直撃時の威力はランスアタックよりも上。

炎の矢
 指先から生み出した炎の塊を放つ初級魔法。魔法使いがまず覚える魔法と言っても過言でない程ポピュラーな技であるが、使用魔力や詠唱時間、連射性などから使い勝手は良く、一流の魔法使いでも使い続ける者は多い。

水雷
 指先から生み出した水の塊を放つ初級魔法。水魔法の使い手は少ないため、割とレアな魔法である。

迫激水
 氷系内水類の中級魔法。水の柱が術者の後ろに噴き上がり、滝となって相手に襲いかかる。

ウォータミサイル
 揃えた両手から濃縮された水の塊を放つ上級魔法。ただでさえレアな水魔法の上級呪文にあたるため、使い手が殆どいない。

スリープ
 対象に眠りをもたらす支援魔法。非常に強力な魔法だが、その分使いこなすのに高度な技術を要する。魔法大国のゼスにはこの魔法だけを得意とする珍しい魔法使いがいるらしい。


[アイテム]
かえるの耳飾り
 ネイの大事なもの。返しそびれたので一応ルークが持っている。


[その他]
ハニー種
 ハニワ状の不思議な生物。男女の区別があり、同種内で繁殖可能。人間ともある程度共存しており、人間界で流通しているGOLDは彼らが作っている。また、魔法を無効化する「絶対魔法防御」という特性を持つため、魔法使いの天敵とされている。不幸そうなメガネっ娘が大好き。

うし
 ムシの一種。丸っこい赤い体でみゃーみゃーと鳴く、世界で最もポピュラーな家畜。足が速く、上手く走らせれば時速100kmにも達する。はやうまやてばさき等、うしよりも速い生物も存在するが、それらは決まって扱いが難しいため乗り物として普及しなかった。対してうしは素人でも少し訓練すれば簡単に扱えるようになるため、交通手段として広く利用されている。


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第9話 その占い、今はまだ意味を持たず

 

-迷宮内 第二研究室前-

 

「がはははは! 新兵器を開発するとか言っていたな。見せてやる、これが俺様のハイパー兵器だぁぁぁ!」

「うわ、でか!! いーーーやーーー!」

 

 部屋の中からランスとマリアの声が聞こえてくる。今は勝者の特権、お楽しみタイムだ。その行為を直接見るような趣味はないため、ルークとシィルは部屋の外で待っていた。ルークは壁に寄りかかっており、シィルはほんの少し離れた位置で顔を俯かせながら岩に腰掛けている。

 

「はぁ……」

「どうした、シィルちゃん。やっぱり、こういうのは嫌か?」

「あ、いえ、嫌だなんて……私はランス様の奴隷ですから……」

 

 シィルがため息をついているのが目に入ったルークは、中から聞こえてくる嬌声を少しでも耳に入らなくするため、シィルに話しかけた。シィルは首を横に振ってそれを否定するが、その悲しそうな表情が全てを物語っている。

 

「シィルちゃん。リーザスの女忍者、かなみの事は覚えているかい?」

「えっ? あっ、はい……」

「それじゃあ、俺が彼女にどんな事を忠告したかも覚えているかな? もし覚えているのなら、その上での意見を聞きたいな」

「あっ……」

 

 突然かなみの名前を出されて呆気に取られていたシィルだったが、その後に続いた言葉を聞いて真意に気づく。奴隷としてではなく、シィル・プラインとしての意見をルークは聞いているのだ。

 

「……出来れば、止めて欲しいです」

「そうか……」

「でも、私が言っても……」

「まあ、言って止めるような奴じゃないだろうしな……」

「ランス様にとって……私なんて、どうでもいい存在なのかな……?」

 

 そう言って更に落ち込むシィル。自然と涙が頬を伝う。それを見たルークは心の中で大きなため息をつく。

 

「(やれやれ……一番大切な人を悲しませるもんじゃないぞ、ランス……)」

 

 ルークが壁から背を離してシィルの方へと歩みを進め、シィルの横へと腰掛ける。

 

「すまなかったな。俺が止めるべきだったのかもしれないが……」

「い、いえ、そんな事は……」

「そこは俺の変な感覚でな。一般人や無抵抗の人間を無理矢理犯そうとすれば止めに入るが、向かってきた相手への蛮行は特に何も言う気はないんだ」

「えっ!?」

 

 シィルが驚いたような表情でルークを見てくる。これは、ルークなりの話題反らしである。いきなり話を変えてもバレバレであるため、近い話題から徐々にシフトしていくというものだ。

 

「意外だったかな?」

「……はい。正直、意外です」

「やっぱりか。そこは俺の変な考え方でな。命のやりとりをしているんだから、報復に多少の事はされても文句は言えないだろうって俺は思っている」

「はぁ……」

「勿論、万人に受け入れられる感覚じゃないがな。以前一緒に仕事をした際、ラークとノアにも同じような話をしたんだが、理解出来ないってストレートに言われたよ」

「ラークさんとノアさんならそう言うでしょうね」

 

 シィルがラーク&ノアの顔を思い浮かべながらそう返す。清廉潔白を地でいくような二人組だ。間違いなくこんな感覚は受け入れられないだろう。

 

「あの二人は純粋だからな。シィルちゃんと同じだ」

「えっ!? い、いえ、私は……」

「因みにキース曰く、俺はアホの考え、ラークとノアは純粋すぎ。どっちもどっちだとさ」

「ぷっ……それもキースさんらしいですね」

 

 ルークが多少おどけた風にキースに言われた言葉を話すと、シィルが思わず吹き出す。その表情に若干の笑みが戻っている。

 

「ラークとノアといえば、以前に一緒に仕事をした際、面白い格好をした少女と会ってな……」

「えっ? どんな格好だったんですか?」

「どん子という少女で、自分の体よりも遙かに大きな猫の着ぐるみを……」

 

 ルークとシィルの会話が完全に世間話にシフトする。これより数分間、部屋には明るい声が響き渡った。先程まで悲しげな表情をしていたシィルの顔にも、若干の笑顔が戻る。

 

「とぉぉぉぉぉ!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 ルークとシィルの会話が十分に盛り上がっていた頃、部屋の中からランスとマリアの絶叫が聞こえ、次いで静寂が訪れる。どうやら情事は終わったらしい。ルークが腰を上げてシィルに向き直る。

 

「どうやら終わったみたいだな。シィルちゃん、部屋に戻ろうか」

「あ、はい。あの……気を使わせてしまってすいませんでした……」

 

 シィルもルークに続くように腰を上げるが、申し訳無さそうに一言礼を言ってくる。若干の天然は入っているが、流石にシィルも馬鹿ではない。ルークがシィルのために話をしてくれていた事には気がついていた。

 

「なに、礼なんていらないさ。シィルちゃんの元気がないと、今後の冒険に支障が出る。そういう打算的な考えからだよ」

「本当に打算的な人は、そういう事は言わないと思います」

「どうかな? 案外、損得で動いている人間だよ、俺は」

 

 ルークが静かな笑みを浮かべるが、今の言葉に嘘はない。ルークが見据えるのは、後に起こる大戦。それをまだ誰かに話すつもりはないが、ギルド仕事を受領する優先順位も、リーザス誘拐事件の際のアレキサンダーへの対応も、全てはそれに起因している。だが、シィルは先を歩くルークの背中に向かってはっきりと言葉を返す。

 

「それでも、ルークさんは良い人だと思います」

「ありがとう」

 

 シィルの真っ直ぐな言葉を眩しく思いつつも、素晴らしい事だとルークは思う。ランスとマリアのいる部屋の扉に手をかけながら、ルークは先のシィルの疑問に答えようとする。ランスにとってシィルはどうでもいい存在なのかという、あの疑問に。

 

「心配しなくて良いぞ、シィルちゃん。ランスは君のことを大切に思っている」

 

 そう言いながら後ろを振り返ったルークは、すぐさま目を見開く。先程まで自分と話していたはずのシィルが、今は強力な魔力を帯びた光に包まれているのだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なっ!? あれはテレポート・ウェーブ!!」

 

 シィルを包んでいる光にルークは見覚えがあった。以前にギルドの依頼で悪の魔法使い退治をした際、一度だけこの光を見たことがある。魔力を帯びた光で対象を包み、どこか別の場所にワープさせる魔法装置、テレポート・ウェーブ。その光が、シィルをすっぽりと飲み込んでいるのだ。

 

「シィルちゃん!!」

 

 ルークは慌ててシィルに向かって手を伸ばす。このままではシィルが別の場所にワープさせられてしまう。後衛であるシィルが、モンスターの闊歩するこの迷宮に一人で放り出されるのは危険すぎる。だが、ルークの手がシィルに届く前にシィルを包んでいた魔力は更に強力な光を発し、シィルの姿が眩しすぎて見えなくなってしまう。そして次の瞬間には、シィルの姿は影も形も無くなってしまっていた。

 

「しまった……」

 

 どこかに魔女を一人倒した事での気の緩みがあったのかもしれない。シィルをどこかへ転移させた光が消えていくのを見ながら、ルークは手の平に爪を食い込ませ、自身の油断を悔やんだ。

 

 

 

-カスタムの町 情報屋-

 

「いらっしゃい……あら、ロゼさん。珍しいですね」

「ハロー、真知子。早速だけど、これの持ち主判る?」

 

 情報屋に入って来たのは、カスタムの町の教会を管理しているシスターのロゼ。下着姿にローブを羽織っただけという大胆な格好だが、もう見慣れたものである。神に仕える身でありながら信仰心はまるでなく、適当な生活ぶりから町の人たちからも白い目で見られている変わり者だ。その対応をするのは、情報屋を営む双子の姉、芳川真知子だ。コンピュータから手を放し、ドン、という音と共に机の上に置かれた買い物かごに視線を向ける。

 

「あら? これは……」

「見覚えがあるの?」

「……ああ、チサさんのですね。このハニーのストラップ、見覚えがあります」

 

 買い物かごの端に取り付けられているハニーのストラップを見て真知子がそう口にする。真知子自身も夕飯の買い出しなどをするため、チサの買い物かごは見覚えがあったのだ。

 

「ありゃ、チサちゃんのか。じゃあ財布は返しておかないと。流石に可哀想だしね」

「……まあ、見なかった事にしておきます」

「大人な対応ありがとさん」

 

 ロゼがローブの内側から財布を取り出し、チサの買い物かごへと戻す。どうやら猫ばばしていたようだ。こうして目の前で返すあたり、初めから仕込んでいたネタだったのかもしれないため、真知子は苦笑するだけに留めておく。

 

「それで、これはどこで?」

「道の真ん中に落ちてた」

「っ!? それは……」

 

 ロゼの言葉に真知子が絶句する。これだけ物の詰まった買い物かごを道の真ん中に忘れていくなど平常時では考えられない。となれば、チサに何らかの異常事態が起こったとしか考えられない。

 

「察しが良くて助かるわ。町長への連絡はお願い。私は面倒臭いからパスね」

「これも志津香さんたちが……?」

「どうかしらね? ……あら、今日子は?」

 

 真知子が不安そうに口にする。四魔女たちの手によって、以前から町の若い女性が連れ去られているのだ。となれば、チサもその被害に遭ったと考えるのが普通である。その問いかけにロゼは興味なさそうな口調で答えながら、ふと店の中に違和感を覚える。双子の妹である今日子が見当たらないのだ。

 

「あの子ならどこかへフラッと出て行ってしまったの」

「……それは自分からいなくなったの?」

「ええ。少し出かけてくると言っていたわ」

「そう、なら大丈夫そうね。でも、もし帰りが遅いようなら……」

「はい。ルークさんにお願いしないといけなくなるかもしれませんね……」

 

 若い女性という誘拐対象には今日子も該当する。心配そうな声を漏らす中、ロゼは聞き覚えのある名前に首を傾げる。

 

「……ルーク?」

「先日からカスタムを訪れている冒険者の方です。情報を調べてみましたが、腕の立つ冒険者の方のようです。それと、ランスさんという方もご一緒だとか」

 

 真知子がそう答える。ルークが初日に町を回った際、情報屋にも立ち寄っていたため真知子とは既に面識があった。そして、彼女もリーザスの由真に負けず劣らず優秀な情報屋である。既にルークの情報は集め終わっているようであった。

 

「へぇ、あの二人が来ているの?」

「あら? お知り合いですか?」

「いんや。名前を知っているだけ。じゃあ、チサちゃんの事はよろしく」

 

 ヒラヒラと手を振りながら店を出て行くロゼ。その背中を見送りながら、真知子は机の上に置かれた買い物かごに視線を戻し、娘を溺愛している町長にどうこの事を話したものかと頭を悩ませるのだった。

 

 

 

-迷宮内 第二研究室-

 

「おっかしいなー……この指輪、どんなことをしても外れなかったのに、どうしていきなり外れたんだろう」

 

 部屋の中では、ランスとの情事を終えたマリアが不思議そうに指輪を眺めていた。それまでどんな事をしても絶対に外れなかったフィールの指輪が、ランスとのHが終わると同時にコトリと指から抜け落ちたのだ。首を傾けながら思わず声を漏らすと、隣にいたランスが気にした様子もなくそれに答える。

 

「スケベの力は偉大ということだ。それよりも、今後のことだが……」

「うん、判っているわ。町の人たちにこれだけ迷惑を掛けたんですもの。償いはちゃんとする。でも……ラギシスだけは絶対に許せない!」

 

 情事の後に起こった変化は指輪だけではない。先程までと比べ、マリアの態度が明らかに変わっていたのだ。自分の行いを悔やみ、町の人たちへの償いをしたいと自ら申し出ている。反省や心境の変化で済ませるには、あまりにも大きな変化だ。

 

「ラギシスを許せないというのはどういうことだ? お前たちがあいつに反逆して、無理矢理指輪を奪ったんじゃないのか?」

「違うわ! 私たちは……話したら長くなるけど……」

 

 マリアが口を開き掛けたところで部屋の扉が勢いよく開かれ、ルークが駆け込んでくる。その様子は明らかにいつもと違う。それに、一緒であったはずのシィルの姿が見えない。

 

「ランス。スマン、落ち着いて聞いてくれ……」

「ん、何だ急に? それにシィルはどうした?」

「シィルちゃんが攫われた。俺の失態だ……」

「な、なんだとぉぉぉぉ!?」

 

 まさかの報告にランスは叫びながら勢いよく立ち上がり、こちらに駆け寄ってきていたルークの胸ぐらを思い切り掴む。

 

「ルーク、貴様がいながら何をしていた!?」

「スマン……」

「待って! 攫われたって……もしかしてテレポート・ウェーブ?」

 

 今にも殴りかかりそうなランスを止めるべく、マリアが間に入ってくる。どうやら迷宮にテレポート・ウェーブの罠が仕掛けられているのは知っていたらしく、ルークにその旨を問いかけてくる。

 

「ああ、テレポート・ウェーブだ。あの仕掛けでシィルちゃんだけが別の場所に転送させられた」

「強制ワープ装置じゃ防ぐのは難しいんだし、そんなに気に病まなくても……」

「いや、俺がもっと周りに気を張っていれば、シィルちゃんではなく俺がテレポート・ウェーブに飛ばされるという手段も取れた。一人でも戦う事の出来る戦士ではなく、前衛がいないとまともに戦う事の出来ないシィルちゃんが一人になってしまった事が最悪なんだ……」

「な、なんてことだ……シィル……」

 

 ランスがルークの胸ぐらから手を放し、へなへなとその場に座り込んでしまう。普段の気丈な態度からは見て取れない落ち込み様だ。その変貌ぶりにマリアが驚く。自分を無理矢理犯した事からあまり良い印象を抱いていなかったが、実は悪い人ではないのかもしれないとランスへの評価を改め、その肩に手を置いて慰めの言葉を掛ける。

 

「げ、元気出してよ。きっと見つかるはずだから……」

「……あいつに有り金を全部持たせていたというのにー! シィルのばかやろー!! 俺様の許可もなくいなくなりやがってー!!」

「ええっ!? そんな理由なの!?」

「当然だ。俺様が奴隷の心配などするはずが無いだろ。心配しているのはあいつが持っている金の事だけだ」

「最低……」

 

 平然と言ってのけるランスにマリアが呆れ果てる。ジッと冷たい視線をランスに送るが、ランスは特にそれを気にした様子もない。

 

「まあ、俺様がすぐに見つけ出してお仕置きしてやる。シィルめ、待っていろ。がはは!」

「それじゃあ、一度町に戻って今後の方針を決めましょう。事件についての詳しい話もそこでするわ」

「それでいいだろう。で、貴様も来る気か? 女一人守れん無能が」

「当然だ。これだけの失態をやらかしておいて、何もしない訳にもいくまい」

 

 ルークの言葉を不満げに聞いていたランスが、突如腰に差していた剣を抜いてルークにその切っ先を向ける。突然の行動にマリアは軽く悲鳴を漏らすが、ルークは微動だにせずランスの目を見ている。

 

「もしシィルに何かあったら……殺すぞ」

「必ず助け出す」

「……ふん。処分は保留にしておいてやる。しっかり働けよ」

「ほっ……それじゃあ、町に戻りましょう」

 

 シィルを助け出すために人手が必要と考えたのか、あるいは他の理由からかは定かではないが、ランスはルークの失態を一時保留にし、共にシィル救出のために動く事を許可した。マリアはホッとため息をつき、帰り木を使って町へと帰還するのだった。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「いらっしゃーい! ……あれ? あのゴッドオブヘアーの娘は一緒じゃないの? それに、そっちのコートの人は新顔さん?」

 

 三人が酒場に入ると、看板娘のエレナが元気に声を掛けてくるが、すぐに首を横に捻って呆けた顔になる。何故かシィルを連れておらず、代わりにコートを身に纏った人物を連れているのだ。フードを深く被っているため顔は良く見えないが、その体つきからかろうじて女性という事は判る。

 

「がはは、あいつは邪魔になったから捨ててやったわ」

「ランスさん、その発言はヒドすぎ……」

「宿泊用の奥の部屋、空いているかな? 出来れば少しだけ使いたいんだが……」

「空いていますよー。では、三名様ご案内でーす!」

 

 この酒場は奥の部屋を宿泊施設としている。本来カスタムの町にはちゃんとした宿屋があったのだが、地下に沈んだ後のモンスターの襲撃で今は建物が崩れてしまっており、利用する事が出来ない。そのため、元々は酔った客の介抱用であった部屋を簡易宿として冒険者に開放していたのだ。エレナが三人を部屋まで案内する。

 

「むぅ、少し狭いぞ」

「まあ、そこは元々そういう用途じゃないって事で勘弁して。それでも、四人くらいなら十分に寝起き出来る部屋のはずよ。バード冒険団もここを利用していたし」

「……そういえば、ネイに耳飾りを返しそびれたな」

 

 バード冒険団の名前を聞いてルークはかえるの耳飾りを手に取る。鍵と一緒に湖から回収しておいたのだが、タイミングが無く返しそびれてしまった。

 

「次に会ったときに返せばいいではないか。あいつの言葉通りなら、もう一度会うだろ」

「殺しに来た相手に返すのか……シュールな光景だな」

 

 ルークがため息をつきながらかえるの耳飾りを道具袋へと仕舞い直す。捨てないあたりは律儀と言えるだろう。と、後ろのフードの娘が今の発言を聞き、呆れたように声を出す。

 

「こ、殺しに……? 何をしたのよ……?」

「勿論、ナニだ!」

「はぁ……」

「(……えっ!?)」

 

 コートの娘の声を聞き、エレナが驚いたような表情を見せる。それをすぐに感じ取ったルークは無理矢理ランスとコートの娘を部屋へと押し込み、自身も部屋に入って扉に手をかける。

 

「案内ありがとう。仕事に戻ってくれて構わないぞ」

「え、ええ……それじゃあ、部屋を使い終わったら声を掛けて」

 

 そう言い残し、エレナはこの場を後にする。その背中を見送ったルークは扉を閉め、しっかりと施錠する。すると、後ろから衣擦れの音が響く。

 

「ふぅ、暑かった……」

 

 そう漏らしながらコートを脱いだのは、マリアだ。額に掻いた汗を丁寧にタオルで拭いている。町をこのような状態にした犯人の一人であるマリアが見つかれば、町中がパニックになるのは必至。そのため、こうして変装をしていたのだ。

 

「それじゃあ、話を聞かせて貰おうか。と、こちらの自己紹介がまだだったな。俺はルーク、冒険者だ」

「俺様は空前絶後の超英雄、ランス様だ。そして、今攫われている無能のバカが奴隷のシィル」

「もうちょっと言い方ってものが……まあ、とりあえず始めましょう」

 

 苦言を呈そうとしたマリアだったが、それがランスには無駄な行為であることはこれまでのやりとりで何となく判っている。それよりも、今は事件の全貌を話す事が先と判断し、真剣な顔つきになって口を開く。

 

「私たちが町の守護者になるためにラギシスに魔法を教わっていた、って辺りの話は……?」

「聞いている」

「そう、じゃあその辺は省くわね。私たち四人は必死になって修行したわ。私とランは町を守りたいから、ミルは強い実姉に憧れて、志津香は純粋に力を求めて……想いはそれぞれ。でも、みんなこの町が好きだという想いは一緒だったわ」

「聞いている話と全然違うではないか」

 

 ランスが眉をひそめる。マリアの言う事が本当ならば、何故彼女たちは町を地下へと沈めたのか。今のところはまるで見当が付いていないランスに対し、ルークは顎に手を当てて真剣にマリアの表情を見据えている。

 

「自慢になっちゃうけど、数年の修行の甲斐あって私たちは強くなったわ。生半可な冒険者には引けを取らないくらいにね」

「俺様の敵ではなかったがな。あの程度で魔女を名乗るなどおこがましいわ」

「もう、茶化さないでよ。えっと……それで、事の始まりは半年前。ラギシスは私たちに卒業証書だと言って全員に一つずつ指輪を渡したの。それが、このフィールの指輪よ」

 

 マリアが手の平を開く。そこにあるのは、青く輝く指輪。先程マリアの指から外れた、フィールの指輪だ。

 

「お前らが盗んだのではなかったのか?」

「違うわ! ラギシスの方から渡してきたの。これは魔力の上がる指輪だ、町の守護者となったお前たちが持つのに相応しい、そう微笑みながら渡してきたの……でも、これは着けてはいけない物だったのよ!」

「やはりそうか……全てラギシスの陰謀だったんだな?」

 

 マリアの言葉を聞き、ルークが顎から手を離してマリアに問いかける。それを聞いたマリアは、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「そう、全てあいつが元凶よ」

「なんだ? ラギシスが怪しいと気がついていたのか?」

「確信は持てなかったが、奴の話に色々と引っかかる点があったからな。もう少し情報が集まってから伝えようと思っていたんだが……」

 

 ルークが最も引っかかっていたのは、フィールの指輪の存在。国宝級であるとも言える指輪を個人で所有しているというのはやはり不可解である。それに、盗まれたという話であったが、ラギシスはそんな凄い指輪を普段から装着していなかったのかという疑問も残る。これらに関してちゃんとした説明が無かった事から、ルークは素直にラギシスを信用してはいなかったのだ。だが、リーザス誘拐事件の際にルークが呟いた言葉を鵜呑みにしたランスが痛い目にあったため、もう少し情報が集まってから伝えようと思っていたのだ。

 

「着けてはいけない……というのは、やはり呪いの類か?」

 

 ルークは当初、フィールの指輪にはラギシスの言っていたような効果はないのではと疑っていた。だが、最初にマリアと戦闘した際の魔力量や高速詠唱からその考えは打ち破られる。その次に疑っていたのが、装着者が何かしらのデメリットを被る、いわゆる呪いだ。ルークのその問いに、マリアはまたしてもゆっくりと頷く。

 

「その通りよ。志津香がたまたまラギシスの部屋の前を通りがかった際、ラギシスの独り言を聞いたの。それを伝え聞いたとき、私たちは愕然としたわ……」

「えぇい、勿体振らずにさっさとどういう呪いなのか話せ」

「この指輪は、装着者の魔力を吸い取って成長する恐るべき指輪だったの!」

 

 マリアが忌々しげに手の中にあるフィールの指輪を睨む。

 

「魔力を吸い取る? 魔力が増幅するんじゃなかったのか?」

「着けている間に魔力が増えるのは本当よ。でも、この指輪は外した瞬間にその装着者の魔力を根こそぎ持って行ってしまうの。指輪の力が最大になるのは、十人分の魔力を吸い取ったとき……四つの指輪は、その全てが既に九人分の魔力を吸い取った状態だったわ」

「そして、最後の十人目として選ばれたのが……」

「私たち四人だったの。あいつは、最後の媒体になる四人の魔法使いを捜すために魔法塾を開いたのよ……」

「ほー、ラギシスは育ての親でもあったんだろう? つまり、あいつは指輪を回収するためだけにお前たちを育てていた訳だな」

「ええ、そしてそれを私たちが偶然知ってしまった。許せなかった……信じていたのに……」

 

 マリアが唇を噛みしめ、指輪を持っていない方の拳を握りしめる。実の親のように慕っていた人物に裏切られた彼女たちの悲しみは、ルークたちには推し量る事が出来ない。

 

「なるほど、それが反逆へと繋がるのか」

「そういう事。魔力の溜まりきったフィールの指輪を四つ全て着ければ、無限の魔力が手に入るとラギシスが言っていたの。ラギシスは必ずこの指輪を奪いに来る。でも、この指輪を外されたら私たちは魔力を失ってしまう。魔力を失う訳にはいかないし、何よりもラギシスが許せなかった。だから戦いを挑んだの!」

「そして四人が勝利、馬鹿なラギシスは目論見が外れて呆気なく殺された訳だ」

「町が地下に沈んだのは……?」

「詳しくは判らないけど、多分戦いの衝撃を受けたからだと思う……」

「なるほど……ラギシスや町長から聞いた話とかけ離れているな。それが真実か」

 

 そう口にするルークだったが、先程まで敵であったマリアの発言を全て信用した訳では無い。だが、ルークが抱いていた疑念と一致する箇所が多く、ラギシスの発言より信用するに値すると判断していた。と、マリアの目が見開かれている事に気がつく。

 

「ん、どうした?」

「ラギシスが生きているの!? 確かに殺したはずなのに!」

 

 マリアが驚くのも無理はない。目の前にいる男が、死んだはずの人間から話を聞いたと口にしたのだ。それも、自らの手で殺した相手から。

 

「そうか、驚くのも当然だな。ラギシスは確かに死んだが、地縛霊になって自分の館に今も漂っている」

「そう……後で見に行かないとね……そして、今度こそ……ふふふ……」

 

 マリアの目にハッキリと殺意がこもる。だが、こちらも無理のない話だ。

 

「で、なんで迷宮なんかに引きこもったんだ?」

「それも指輪の影響って事で良いのかな?」

「ええ、この指輪には人を悪の方へ惑わせる力があるの。気がついたら、私たちは迷宮を築いて、やってくる冒険者たちを返り討ちにしていたわ。町から女の子を攫っていたのも私たち。こんな地下迷宮築いて、町の人たちを苦しめて、私たちは一体何を……他の三人も心の中では絶対に苦しんでいるはず! 早く志津香たちも救わないと!!」

「そういう事だったのか……」

 

 これも合点がいく。人を殺す事に何の感情も見せなかったマリアの目と、今のマリアの目は演技と取るにはあまりにも違いすぎる。指輪の効力を考えれば、それだけの呪いがあってもおかしくはない。

 

「ふん、指輪のせいで悪いことをしているなら、指輪を外してやればいいんだろう?」

「だが、指輪を外すと魔力が無くなる。いや、今はそんな状況ではないな。魔力を奪ってでも指輪は外す。マリアもそれでいいな?」

「うん、状況が状況だし仕方ないわ。でも、この指輪は普通には外せないみたいなの」

「外せない?」

「ああ、そういえばそんな事を言っていたな」

 

 ランスは情事が終わった後のマリアの言葉を思い出す。どんな事をしても外れなかったと、確かに口にしていた。

 

「悪い心に侵されていっているって判ったときに、私とランは魔力を失ってもしょうがないと思って指輪を外そうとしたの。でも、何をしても指輪は外せなかったの」

「……ラギシスの仕業と見るのが妥当か?」

「多分そうだと思う。元々指輪がそういう代物だっていう可能性もあるけど、他の人に十人分の魔力を吸い取った指輪を使われないよう、ラギシスが自分にしか外せないように細工をした可能性の方が高いわ」

「では、何故マリアの指輪は外れているんだ?」

「それは俺様のお陰だ」

 

 ルークの言葉にグッと親指で自分を示しながらランスが答える。

 

「どういう事だ?」

「俺様と一発ヤッた後に指輪が外れたからな。きっと俺様のハイパー兵器から出た皇帝液が、呪いの力をも打ち破ったのだろう。がはは、流石俺様!」

「そんなアホな……」

「……あ、そういう事か!」

 

 ランスの言葉を聞いたルークは呆れた表情を浮かべるが、マリアは何か思い当たる節があるのか、真剣な表情で考え事をしていたかと思うと、突如大きな声を上げた。

 

「お、やはり俺様の皇帝液の……」

「いや、そうじゃないけど、Hをした事が指輪を外す条件だったっていうのは当たっていると思う。その、ちょっと恥ずかしいけど、私あの時が初めてで、その……」

「……なるほど、処女じゃなくなった事が引き金になったという事か!」

「うん、多分。きっと魔力を込める対象になるのが、処女の人間なんだわ。その条件を失ったから、指輪が自動的に外れた……っていう事だと思う」

 

 マリアの言葉にルークも指輪の謎に思い至り、声を上げる。処女というものは神聖なものとして、古くから儀式の条件に良く用いられるものである。そういった条件の儀式は、今も魔法使いの間で僅かにだが残っているのだ。ランスに犯された直後に指輪が外れた事からマリアはそう推理し、ルークもその見解に賛同した。と、何故か処女の話が出た直後から真剣な表情をしていたランスが口を開く。

 

「という事は後の三人も処女か?」

「真面目な顔でそんな事を考えていたの? まったく……」

「馬鹿者、割と重要な事だ。処女じゃなきゃ駄目などというガキ臭い事を言うつもりはないが、雪が積もったら誰かが踏む前に自分の足跡を付けたくなるだろう?」

「あ、その例えだとちょっと判る……判っちゃう自分が悔しいけど……」

 

 ランスの例えに頷かざるを得ないルークとマリア。その様子に満足したのか、得意げに鼻を鳴らしながらマリアに再度問いかける。

 

「で、処女なのか?」

「絶対とは言いきれないけど、多分。志津香もランも彼氏がいたことは無いし、簡単に体を許すような性格でもない。それと、ミルは絶対に有り得ないわ」

「ミルだけ随分と自信満々だな」

「当然じゃない。だってミルは……」

「がはははは! なるほど、つまり事件解決のためには俺様が残りの三人の処女もズバッと奪えばいいんだな!? ぐふふ、これは面白い事に……いや、大変な事になってきたぞ」

「どうみても大変そうな顔には見えんな……」

 

 マリアが何か言いかけたのだが、その言葉はランスの笑い声に遮られてしまう。だらしない笑みを浮かべたランス。口では困った、困ったと連呼しているが、どう見ても喜んでいるようにしか見えない。

 

「仕方がない、正義の為に俺様が苦労してやろう! うむ、これも人々の平和のため!」

「別に、処女を奪うのはルークさんでも良いんだけどね……」

「なにぃ!?」

 

 嬉しそうにしていたランスがピタリと止まり、ギロリとルークを睨み付けてくる。

 

「んー……状況が状況だし、相手がランスよりも俺の方が良いと言ったら抱きはするが、処女を奪う事自体は黙認か?」

「状況が状況だし、他に手段がないんじゃ仕方が無いわ。指を切り落とすよりはマシだろうし」

「……まあ、それと比べれば大概の事はマシになりそうだが」

「ふざけたことを言うな! 残りの三人の処女も俺様のものだ! よし、そうと決まれば早速行動だ。まずはあの大嘘つきのクソ親父、ラギシスの館に向かうぞ!」

 

 そう言って腰掛けていた椅子から立ち上がり、外に出ようとするランス。が、扉のノブに手をかけた瞬間、後ろから誰かにマントを引っ張られる。振り返れば、そこに立っていたのはマリア。真っ直ぐとランスの目を見据えるその瞳には、明らかに決意が込められている。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「私も……連れて行って!」

「……戦えるのか?」

「君は操られていただけだ。責任を感じる必要はない」

 

 魔力を指輪に持って行かれた今の状態で戦えるのか、寝食を共にした仲間と戦えるのか。ランスの言葉には、その二つの意味が込められていた。ルークも無理に戦う必要は無いと告げるが、マリアは首を横に振る。

 

「いいえ。操られていたとはいえ、町をこんなにしたのは私たちよ。足手まといにはならないわ。だからお願い! 私もみんなを救いたいの!!」

「……」

 

 マリアが必死に懇願する。その瞳が、ランスとルークをしっかりと見据えている。だが、その瞳の更に奥には、大切な三人の仲間たちがはっきりと浮かび上がっているのを二人は感じていた。

 

「……ふん!」

「あっ……」

 

 マリアの目をしっかりと見据えていたランスだったが、突如マリアの手を無理矢理マントから振り払い、ドアノブを回す。体勢を崩したマリアだったが、このまま引き下がる訳にはいかない。すぐにランスに向かって何か言うべく顔を上げるが、マリアがその言葉を発するよりも先にランスがハッキリと口にする。

 

「行くぞ、ルーク、マリア。俺様の足を引っ張るなよ!」

「ああ、シィルちゃんも、操られている三人も必ず救い出すぞ。よろしくな、マリア」

 

 呆然としているマリアの横を通り、ルークがランスの側に並び立つ。事態が飲み込めていないマリアは、必死に頭の中で情報を整理する。そこから導き出される一つの結論に、マリアの顔がだんだんと喜びに包まれていった。そして、満面の笑顔で二人に返事をする。

 

「うん、二人とも、これからよろしくね!」

 

 

 

-カスタムの町 酒場前-

 

「あら、もう使い終わったの?」

「ああ、もう用は済んだ。姿が見えなかったから、とりあえず店長に伝えておいたんだが」

「あはは。急に材料が足りなくなったから、買い出しにね」

 

 ルークたちが酒場から出ると、エレナが声を掛けてくる。右手に持っている買い物袋を少し持ち上げ、買い物に行ってきたのだとアピールをしてくる。町の人にまだ見つかる訳にはいかないため、マリアは再びコートを着込んでルークとランスの後ろに隠れている。そのマリアをチラリと一瞥した後、エレナがランスに向き直って口を開く。

 

「また迷宮に潜るの?」

「うむ。魔女たちをお仕置きしてやらんといかんからな」

「そう……後三人ね、頑張って」

「!?」

 

 エレナのその言葉にマリアが目を見開き、ルークは一度ため息をついてから言葉を発す。

 

「やはり、バレていたか……」

「当たり前じゃないの。何年の付き合いだと思っているの? 田舎町だから、住人同士の繋がりは結構深いんだから」

 

 先程酒場の奥の部屋に案内された際、マリアの声を聞いたエレナは明らかに動揺していた。予想はしていたが、やはりバレていたらしい。エレナがコートを着込んだマリアに近づいていき、買い物袋から一本の小瓶を取り出してマリアに渡す。

 

「はい、オマケで貰った回復薬。一緒に行くつもりなんでしょう?」

「あ……その……」

「詳しい事情は後で良いわ。みんなを必ず助け出してきてね」

「……うん。エレナさん、ごめん、ありがとう……」

 

 フードで顔を隠しながら嗚咽するマリア。そのマリアの頭を撫でるエレナ。その様子を見ていたルークは、早めに町長に事情を説明する決意をする。マリアの事情を話すのはもう少しタイミングを見計らってからにするつもりだったが、目の前の光景を見せられてはそうもいかない。しばらくの間、マリアはエレナの胸で涙を流すのだった。

 

 

 

-カスタムの町 ラギシス邸跡-

 

「こら、ラギシス! よくも俺様を騙したな!」

「黙ってないで出てきなさいよ!」

 

 ラギシス邸跡に入るや否や、ランスとマリアがそう言って大声を上げた。マリアの目には涙の跡が残っていたが、声はしっかりと元気を取り戻している。いつまでもエレナの胸で泣いているマリアに痺れを切らしたランスがさっさとラギシス邸に行くぞと言った瞬間、マリアはラギシスへの殺意を思いだし、不気味に笑ってそれに頷いたのだった。あの顔には、若干エレナが引いていたように見える。

 

「出て来ない気か、この卑怯者め! スケベ親父め!」

「もう一度地獄に送ってあげるから、さっさと出てきなさい!」

 

 ランスとマリアが再度大声を上げるが、ラギシスが出てくる気配は無い。きょろきょろとランスが館の中を見回しながら首を捻る。

 

「変だな? 出てこんぞ」

「どういうことかしら……? ねぇ、本当にラギシスはこの場所にいたのよね?」

「ああ、ここに確かにいた」

 

 ルークがその場にしゃがみ込み、床に描かれている魔法陣に手を触れる。この場所に、ラギシスは確かにいたはずなのだ。

 

「逃げたか……? だが、俺たちがマリアと合流した事をどうやって知ったんだ……?」

「成仏したんじゃないのか? 死にそうな顔をしていたし」

「まあ、死んでいるんだがな」

「そんな……そんなのってないわ……私たちをこんな目にあわせて、自分だけ成仏するなんて……」

 

 ラギシスをもう一度殺すつもりだったマリアはへなへなとその場に崩れ落ち、悔しそうに呟く。その憔悴しきった様子を見たルークは何かしらのフォローを入れようと思い、立ち上がってマリアへと近づくが、ルークが言葉を発する前にマリアが勢いよく立ち上がる。

 

「くよくよしても仕方ないわね。気を取り直して、三人を助け出しましょう!」

「前向きだな。良い事だ」

「だって、ラギシスは憎いけど……それ以上に他の三人が心配なんだもん。ランスだって、シィルちゃんのことが気になるでしょ?」

「馬鹿抜かせ。あいつはただの奴隷だ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすランス。その様子にルークは苦笑しつつ、早急にシィルを見つけ出さなければと再び気合いを入れ直す。

 

「とりあえず、迷宮に戻る前に一度町長の家に向かおう。」

「ん、何故だ?」

「マリアの誤解を解いておかないと、碌に町も歩けないからな。住人全員に知れ渡らせるには時間も掛かるだろうし、今の内に話をしておいて俺たちが迷宮に潜っている間に伝えておいて貰おう」

「ご迷惑お掛けします」

「なに、気にするな。君も被害者だ」

 

 

 

-カスタムの町 町長の家-

 

「ラーーンーースーー!! ルーーーークーー!!」

「うぉぉぉ!? なんだ、なんだ、暑苦しい!」

 

 町長の家に入るや否や、ガイゼルが涙を流しながらこちらに迫ってくる。普段は床に伏している彼が立ち上がって迫ってくるということは、よっぽどの事態が起こったのかもしれない。ガイゼルがこれ程取り乱すとなると、理由は一つしか考えられない。周囲を軽く見回し、姿が見えない事を確認してからルークがガイゼルに問いかける。

 

「チサちゃんは何処へ行った?」

「おお、そうなんだ、大変なんだ! どうやら娘のチサが、あの魔女たちに攫われてしまったみたいなんだ!」

「なんだとぉっ!? それでは、もしかしたら今頃あんなことやそんなことに……」

「うぉぉぉぉ! チーーサーー!!」

「無駄に煽るな……」

 

 ランスの言葉を聞いたガイゼルは更に騒ぎ立てる。チサの事が心配でいてもたってもいられないようだ。と、二人の後ろに隠れていたマリアが間に入ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待って。それっていつの話? チサちゃんを攫ったなんて、私は聞いてないわ!」

「ん、誰だ? ……って、うわぁぁぁ!! ま、ま、マリア・カスタードじゃないか!」

「あ、どうも。ご無沙汰しています」

「ああ、ご丁寧に……って、違う! ランス、ルーク、敵だ敵だ!!」

「ええい、落ち着け!」

「ぐふぅぅぅぅ!!」

 

 ランス渾身のヤクザキックがガイゼルの腹にクリーンヒットする。一応相手は病人なのだが、容赦がない辺りはランスらしいと言えよう。だが、その甲斐あってガイゼルが落ち着きを取り戻す。随分と無理矢理な落ち着かせ方だったが、事情を説明しやすくなったのでルークもこれを良しとし、マリアから聞いた今回の事件のあらましをガイゼルに話した。

 

「ふぅむ、あのラギシスが……にわかには信じられんが……」

「だが、マリアの話には色々と辻褄の合う事が多い。現状では一番信用するに値する話だと思っている」

「なんか心当たりはないのか? ラギシスがキレやすい性格だったとか、町の人に手を上げる奴だったとか、いかにも悪人らしい事はしてなかったのか?」

「いや、激昂しやすいという事は無かったな……人当たりが良く、住人との諍いも……いや、待てよ……」

 

 ガイゼルがラギシスの町での生活を思い返す。その記憶の中で、たった一度だけラギシスが不穏な顔をしているのを見た事があるのを思い出す。あれは、十年以上前の事。とある若夫婦に何かを注意された直後、射殺すような目でその二人の背中を睨み付けていたのを偶然にも目撃した事があった。とても普段の振る舞いからは考えられないような目つきであったが、人間誰でも内には隠した一面があるという事で納得し、それを言いふらすような事はしなかった。だが、その出来事はガイゼルの記憶の中にはっきりと刻み込まれていたのだ。

 

「裏表の無い人間など存在しない。有り得ない事ではないか……つまり、四人の魔女……いや、娘たちは町の敵ではないと?」

「いいえ、私以外はまだ町の敵です。指輪の呪縛から解放されるまでは……」

「まあ、大船に乗ったつもりでいるんだな。俺様他三名……今シィルの馬鹿がいないが、とにかく三人の娘はきっちりとお仕置きした上で呪いから解放してくるし、チサちゃんも必ず連れて帰る」

「おお、頼もしい!」

 

 ランスがふんぞり返りながらそう口にするのを聞き、ガイゼルはホッと胸を撫で下ろす。これまでの冒険者が成し得なかった魔女討伐を一人とはいえやったという実績は、これまで以上にルークたちを信用させるには十分な成果だったようだ。

 

「それで、どうしてチサちゃんが魔女たちに誘拐されたと思ったんだ? 何があった?」

「おお、そうだ! 攫われるところでも目撃したのか?」

 

 チサが誘拐されたのは心配だが、この事は何か手がかりになるかもしれない。ルークが真剣な表情で尋ねると、ガイゼルは言いにくそうにしながら口を開いた。

 

「そ、それはその……四時間も帰ってこなかったから……その、心配で……」

「……えっ、それだけ!?」

 

 全員の気持ちをマリアが代弁する。流石に気恥ずかしいのか、ガイゼルがポリポリと自身の頬を掻いている。

 

「……本当に誘拐なのか? 誰かと……例えば友達や彼氏と遊んでいる可能性は?」

「なななな、なんてことを! チサに彼氏などいないわーーー! そんなもんいたら、とっくの昔に殺したに決まっているだろうが!」

「その通りだ! チサちゃんの処女は俺様のものだ!!」

「なんでランスまで突っかかってくるんだ! しかも町長、あんた今とんでもないこと口走ったぞ!?」

 

 ガイゼルとランスの二人に詰め寄られながるルークの姿を見ながら、マリアが悲しそうに呟く。

 

「はぁ……厳格で信頼できる町長さんだったのに……」

 

 彼女の中で、立派な町長ガイゼルは過去の人となった。するとそのとき、部屋の扉が開いて誰かが顔を覗かせる。全員がその気配に振り返ると、そこに立っていたのは紫の服を身に纏った美人の女性。薄く青みがかった髪をリボンで止めており、年の頃はランスと同じくらいに見えるが、落ち着いた雰囲気からかかなり年上にも感じられる。

 

「お邪魔します。すいません、何度かノックをしたのですが、返事が無いので勝手に上がってきてしまいました」

「むっ、俺様の周りにあまりいないクール系の美人!」

「真知子さんじゃないか、どうした?」

「ルークさん、どうも」

 

 ガイゼルやランスが大騒ぎをしていたためノックが聞こえなかったのだろう。家の中から大騒ぎをしている声が聞こえたその女性は、早急に話したい事があったためこうして家の中に上がり込んできたのだ。ランスは美女の登場に喜んでいるが、ルークがその女性に声をかけたのを見て眉をひそめる。

 

「なんだ、知り合いか?」

「先に町を散策していた際に面識があっただけだ」

「どうも、情報屋の芳川真知子です。貴方がランスさんですね」

「うむ、俺様を知っているとは良い心がけだ。で、俺様と一発ヤらんか?」

「うふふ。それはまた別の機会に」

 

 ランスの誘いを適当にあしらった真知子だが、部屋にいたもう一人の人物を見て軽く驚いた表情を見せる。それは、四魔女の一人であるマリアだったからだ。

 

「マリアさん……」

「真知子さん、どうも……」

「ああ、私から説明しよう。真知子くん、彼女は敵ではない。そもそもこの事件は……」

 

 ガイゼルがマリアの事を説明すると、真知子は納得がいったように深く頷いた。

 

「そういう事だったのですか。それでは、早く町の人の誤解も解いてあげないといけませんね」

「うむ。その辺りは私が手を回しておこう。真知子くんも協力してくれるかね?」

「勿論です」

「それで、真知子さんは何をしにここに?」

「それは……ガイゼルさん、落ち着いて聞いて下さい。チサさんが何者かに連れ去られた可能性があります」

 

 その真知子の言葉に、全員の目が見開かれる。それは、この場でも懸念されていた事態だったからだ。

 

「や、やはり連れ去られていたのかーー!? チーーサーー!!」

「やはり……? こちらでも既にその話を?」

「長い事帰ってこないから心配していた程度の話だったんだが、まさか本当に誘拐されていたとはな……」

「連れ去られる現場を見たんですか?」

「いえ、道にこちらが落ちていたんです」

 

 真知子が買い物かごを机の上に置く。中身がぎっしり詰まったこれが道に落ちていたというのは、明らかに不自然である。すると、ガイゼルが買い物かごを手に持って再び騒ぎ出す。

 

「こ、これはチサの! チーーサーー!!」

「ええい、うるさい!」

「真知子さんがこれを?」

「いえ、見つけたのはロゼさんです。誰のものか調べるため、わざわざ情報屋まで足を運んで下さいました」

 

 チサが連れ去られたのを確信する一同。聞けば、これを発見したのはマリアがランスに敗れた時間とほぼ一致する。となれば、マリアがチサの誘拐を知らないのにも合点がいく。すると、ランスは先程の真知子の発言に気になるところがあったのか、真剣な顔で真知子に問いかける。

 

「ロゼ? 女の名前だな。美人か?」

「ええ、美人ですよ。教会のシスターです」

「ほう、シスターか! さぞかし清楚な美女なのだろう、ぐふふ……」

「ぶっ! せ、清楚って……」

「これは第一発見者からも話を聞く必要があるな! がはは、それでは俺様は教会に行って情報を得てくる。お前らは地獄の口の前で待っていろ! それと、チサちゃんを見つける分の報酬は別払いだからな!」

「なんと!?」

 

 ランスの言葉に思わずマリアが吹き出しているのを横目に、ランスはそのまま町長の家を飛び出して行ってしまう。ルークはそれを呼び止めようとするが、間に合わなかった。

 

「おい、ランス! ……駄目だ、行っちまった。こりゃ追いかけないとまずいな」

「大丈夫だと思いますよ」

「ん?」

「うん、大丈夫だと思う。ロゼさんだし」

「適当にあしらわれるか、ロゼ自身が楽しむか……どっちにしろ憔悴して帰ってくるだろうな」

 

 真知子の言葉の真意が判らず、ルークが思わず首を傾けるが、マリアとガイゼルもそれに続くように首をうんうんと頷ける。

 

「……どんな人物なんだ?」

「凄い人です」

「あはは……か、変わった人ですね」

「町一番の変人だな。チサを近づけないようにしている」

「会ってみたいような、会ってみたくないような……」

 

 三人の意見を聞き、ルークはまだ見ぬ変人シスターの事を思うのだった。マリアの乾いた笑いが部屋に響く中、突如そのマリアが何かを思い出したかのように言葉を発する。

 

「あ、そうだ! ルークさん、ちょっと私用事を思い出しました。すぐに戻ってきますので、地獄の口の前で待っていて下さい!」

「ん、ああ、判った。住人に見つからないよう、気をつけてな」

「勿論。それじゃあ、また後で!」

 

 ランスに続いて、マリアも町長の家から飛び出して行ってしまう。部屋に残されたのは、ルーク、真知子、ガイゼルの三人。

 

「さて、地獄の口に向かうにも少し早いか?」

「そうだろうな。少しここで時間を潰していくと良い。いや、本心は今すぐにでもチサを捜しにいって貰いたいのだが……うう、チサ……」

「焦っても事態は好転しませんわ。冷静に事を運びましょう。町長さん、こちらを煎れてもよろしいですか?」

「ん、ああ、そうだな。コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着けよう」

 

 落ち込むガイゼルを慰めつつ、真知子が買い物かごに入っていたコーヒー豆を取り出してそれを煎れる事にする。

 

「ミルクとお砂糖の量は?」

「私はミルクを一つ」

「俺はブラックで頼む」

「ええ、それでは煎れてきますね」

 

 真知子が台所へと立ち、手慣れた手つきでコーヒーを煎れてくる。それを三人で飲んで一息ついていると、真知子がルークを見ながら口を開く。

 

「ルークさん。もしどこかで今日子の姿を見かけたら、すぐに家に戻るように伝えて下さい」

「ん? 今日子さんはどこかへ?」

「ええ、フラッとどこかへ。チサさんが攫われた事を考えると、今不用意に出歩くのは危険ですので」

「それは今までも同じじゃないのか? 町の女性は既に何人か攫われているんだし」

「いえ、微妙に違うんです」

「……どういう事か聞かせて貰えるか?」

 

 真知子の言葉にルークは表情を引き締める。真知子は手に持っていたコーヒーカップを机の上に置き、ルークとガイゼルの顔を一瞥してから口を開く。

 

「これまでの誘拐は、町をモンスターが襲った際に一緒に連れて行くというという手口でした。なので、こういう風に平穏なときは町の中を自由に歩き回れたんです。ですが、今回のチサさんは平穏な町から忽然と姿を消してしまっている」

「むっ、確かに言われてみれば……」

 

 チサの言葉にガイゼルが唸る。確かに、今までの誘拐事件とは明らかに手口が違うのだ。

 

「買い物かごが迷宮の前にでも落ちていればまだ合点はいったのですが、そうではない。あんな場所にまでモンスターが侵入してくれば、誰かが必ず目撃しているはずです。ですが、それもない。この誘拐事件、かなり異質なんです」

「……なるほど、良い情報をありがとう。今日子さんの事は任せてくれ。見つけ次第、保護しておく」

「お願いします」

 

 ペコリと頭を下げる真知子。あまり表情に出すタイプではないため誤解されがちだが、これでも妹思いなのである。

 

「さて、そろそろ地獄の口に向かうか。と、そうだ。真知子さん、ラギシスの事を……」

「調べておけばいいんですよね? 大丈夫です、やっておきます。ルークさんとランスさんもお気を付けて」

「ああ、任せておいてくれ。情報屋まで送っていこう。今一人で外を出歩くのは危険だからな」

「ありがとうございます」

 

 ルークが頼み事を言い切る前に、真知子はそれに頷く。その反応の早さにルークは彼女の優秀さを確認しながら、真知子と共に町長の家を後にするのだった。

 

 

 

-カスタムの町 地獄の口-

 

「うぉぉぉん。私は二度と町から出られないのか? 愛する妹よ、娘よ、すまん。うぉぉぉん……」

「もう少し町長の家で時間を潰すのが正解だったな……」

 

 迷宮の前までやってきたルークだったが、まだ二人は到着しておらず、代わりに泣き濡れた老戦士が迷宮の前に立っていた。何かの情報を得られるかと思いその老戦士と話していたのだが、これが全くの無駄足。ANTと名乗る男は何の情報も持っておらず、泣いている理由も町から出られなくて困っているというものであった。ルークに愚痴を十分ほど漏らした後、どこかへ行ってしまう。恐ろしく無駄な時間を過ごしたルーク。文句の一つも言いたいところだったが、二度と会うことはないであろう人物なので溜飲を下げる事にする。それから待つこと数分、ようやく二人が地獄の口へとやってくる。

 

「すいません、待たせちゃったみたいで」

「なに、俺も町長の家で時間を潰していたからそれ程待っていないさ。で、そっちはどうした? やけに疲れた様子だが……」

 

 ルークがランスに視線を向けながらそう問いかけると、ランスは大きなため息をついてからゆっくりと口を開く。

 

「教会に淫乱シスターがいた……流石の俺様もあれはちょっと……」

「は?」

「ああ、やっぱり……ランス、あの人は気にしないに限るわよ。ちょっと変わった人だし……」

「あれは世間ではちょっとと言わん。普通に美人なのに俺様がヤる気になれんとは……」

 

 憔悴しきった様子のランス。どうやら三人の予想は当たったらしい。興味はあったものの、この姿を見せられては流石に会いに行く気にはなれなかった。教会に近づくのは止めておこうと心に誓いつつマリアに視線を移すと、ふとマリアが筒状のものを両手で抱えているのに気が付く。

 

「ん? ところでマリア、その手に持っているものは?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」

 

 マリアのメガネがキラリと光り、少しだけ不気味な笑みを浮かべる。その顔は、研究室で熱弁していたときのものと同じである。

 

「これこそが私の開発した新兵器! その名も……」

「なんだ、このぶっさいくなものは。変わったこんぼうだな」

「……ランスにはこの無駄のない美しい形状が判らないみたいね。これはそんな原始的な武器じゃないわ。その名も、チューリップ1号!」

 

 ババン、とチューリップ1号という名らしい筒状の武器を高らかに掲げる。その側面にはチューリップの花の絵が描かれていた。ルークにも無駄のない美しい形状というものは理解できなかったが、今のマリアにそれを言うとかなり面倒な事になりそうなので黙っておく事にする。この状態のマリアが色々と面倒なのは、研究室でのやりとりで重々承知していた。

 

「それが以前話していた、戦いの歴史をも変えかねない武器か?」

「そう、よくぞ覚えていてくれました! 誰でもお手軽に後衛を務められる新兵器がこれなの! まだまだ試作段階だけど、威力は十分よ!」

「ふむ、魔法が使えなくなってへぼぴーで足手まといのお前を連れて行くのは正直迷っていたが、これで多少は戦えそうだな」

 

 ランスの言うように、今のマリアはフィールの指輪を外した影響でその魔力を殆ど吸われてしまった状態だ。ルークたちをあれだけ苦しめた水魔法も、今は全て使えなくなってしまっている。だが、この武器があれば多少の戦力にはなってくれそうだ。内心、マリアが戦えるのかと心配していたルークもホッと胸を撫で下ろす。

 

「ところで、これはどうやって使うものなんだ?」

「ヒララ鉱石をエネルギーにして爆発的な破壊力を生みだし、それを相手にぶつけるの。そうね、雷撃の魔法なんかより遙かに威力を出せる武器だと思っていいわ」

「それは凄いな。雷の矢でなく、雷撃以上か」

 

 雷撃と言えば中級魔法の代表格。それだけの威力を誰でも出せるとなれば、確かに戦いの歴史は変わるかもしれない。ルークが感嘆しているのを見たマリアは気を良くし、チューリップ1号を更に高々と掲げた。

 

「ふふふ、夜も寝ないで昼寝して作った私の自信作よ! このチューリップとヒララ鉱石があれば、魔法が使えなくなったって役には立てるんだから」

「がはは、シィルのバカがいなくなって後衛不足だったが、これで代わりが出来たな」

「ええ、任せて! ヒララ鉱石さえあれば、モンスターなんかちょちょいのちょいなんだから!」

 

 不意にルークは嫌な予感がした。何か先ほどからマリアの言い回しがおかしい。事あるごとにヒララ鉱石があればというフレーズを強調しているのだ。そういえば、ヒララ鉱石はそれなりに貴重な鉱物であり、簡単に手に入れられる代物ではない。

 

「がはははは!」

「うふふふふ!」

 

 ランスと笑いあっているマリアに訝しげな視線を送り、意を決してマリアに問いかける。

 

「ヒララ鉱石……あるのか?」

 

 ピタっ、とマリアの笑い声が収まる。ようやく異変に気が付いたのか、ランスも訝しむような顔でマリアを見る。二人の視線を感じながら、マリアは満面の笑みで元気よく答えた。

 

「ありません!!」

「お前もう帰れ!」

「よし、ランス。二人で迷宮に乗り込むぞ!」

「うむ、マリアなどいなかった!」

 

 迷宮へと入っていくルークとランスだったが、ランスのマントを引っ張ってマリアが食い下がってくる。

 

「待ってぇぇ、置いてかないでぇぇ……絶対役に立つから。チューリップ1号は割と頑丈だから、敵を直接殴る事も出来るんだからぁぁ……」

「お前が原始的な武器と言ったこんぼうと変わらんじゃないか!」

「ほら、足りないアイテムって迷宮の中で見つかるものだから。それが冒険ってものだから!」

「お前、冒険舐めているだろ!?」

 

 ずるずるとマリアを引きずりつつ、なんだかんだ言いつつ三人で迷宮へと戻っていくルークたち。その内訳は、ルーク、ランス、マリアと言う名の足手まとい一名であった。

 

 

 

-迷宮内 どこかの泉-

 

 迷宮内のとある場所にある泉。水が透き通っており、神聖な何かがあるのかモンスターが寄りつかない場所である。その泉の横に、一人の女性が横たわっている。シィルだ。

 

「ん……あ……」

 

 泉から流れる水が頬を伝い、目を醒ます。しばらく意識が朦朧としていたが、水の冷たさに段々と覚醒してくる。

 

「……そうだ! 私はテレポート・ウェーブで……」

 

 シィルが体を起き上がらせ、周囲を見回す。見覚えの無い場所だ。やはり、どこかへワープさせられてしまったのだろう。

 

「ランス様ぁー! ルークさんー! いませんかー? いたら返事してくださぁーい!」

 

 ランスたちが近くにいないかと必死に声を上げるが、返事はない。この状況でモンスターに出会ってしまったら、自分は勝てるだろうか。いや、最悪四魔女に出会ってしまったらどうなってしまうのか。不安に押し潰されそうになっていると、ふと岩陰から人の気配を感じる。

 

「だ、誰かいらっしゃるんですか……?」

「……」

 

 怯えながらも岩陰の気配へ話しかけるシィル。だが、返事は無い。勇気を振り絞り、もう一度そちらに向かって声を掛ける。

 

「も、もしかしてランス様ですか?」

「うぅ……ぐっ……」

 

 それは、ランスの声でもルークの声でもない。恐る恐る岩陰へと近づいていくと、そこには一人の戦士が倒れていた。容姿の整った青い髪の男。死に至るような大きな怪我は無いようだが、消耗しきっているのか動けない様子だ。慌てて駆け寄り、ヒーリングを唱えるシィル。

 

「だ、大丈夫ですか、しっかりしてください! いたいのいたいの、とんでけーっ!」

「ん……くあっ……」

 

 暖かい光がその男を包み込み、全身に負っていた怪我が徐々に塞がっていく。ゆっくりと目を開き、目の前で治療をしてくれているシィルを見る。

 

「ありがとう、もう大丈夫だ……君のおかげでこの命を拾うことが出来た」

「よかった……あ、私はシィル・プラインと言います」

「僕の名前はバード・リスフィだ。君の魔法のお陰で助かったよ。本当にありがとう」

「え、えへへ……」

 

 こうもはっきりと感謝されることにシィルは慣れておらず、少しだけ照れてしまう。ランスが素直に礼を言う事など、有り得ないからだ。バードと名乗った戦士は側に落ちていた剣に手を伸ばし、ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。

 

「君もあの変な魔法でここへ?」

「はい、バードさんも?」

「ああ。モンスターとの戦闘でボロボロになっていた僕は、後ろから向かってきている光に気がつけなかった。まさか転移魔法とは……」

「テレポート・ウェーブという魔法装置です。早くランス様と合流しないと……」

 

 シィルが不安そうに声を漏らす。今頃ランスは自分を心配してくれているだろうか。いや、例え心配してくれていなくても、すぐにでもランスの下へ帰りたい。その思いでシィルの頭は一杯であった。

 

「なら、互いの目的は一緒だね。僕も君もここから脱出したい。どうだろう、ここからは僕と協力しないか? 帰り木も奪われてしまったようなんだ」

「えっ!? ……あっ、道具袋から帰り木がなくなっています!」

 

 シィルが慌てて道具袋を見ると、確かに帰り木が無くなっている。どうやらテレポート・ウェーブに仕掛けがしてあり、帰り木を奪われてしまったようだ。

 

「ふふ。それで、一緒に行動するという件はどうかな?」

「あ、はい、喜んで。よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく……誰だっ!?」

 

 握手をしようとシィルに手を伸ばしていたバードだったが、突如後ろから気配を感じて勢いよく振り返る。シィルもすぐさまそちらに向き直ると、そこには赤い頭巾に身を包んだ少女が立っていた。可愛らしい来訪者に、ホッと息を吐いて緊張を解く二人。すると、頭巾の少女が二人に話しかけてくる。

 

「こんにちは。こんな迷宮内に来るなんてよっぽど物好きな人なのね」

「こんにちは。可愛い子ですね」

「お嬢ちゃん、君は?」

 

 バードが頭巾の少女に声をかけるが、少女はムッとした様子で頬を膨らませる。

 

「失礼しちゃう。アーシーはお嬢ちゃんなんかじゃないわ。こう見えても、てんちゃい占い師なんだから」

「うふふ、てんちゃい占い師さんなんですね」

「そう、大てんちゃいなんだから! おかし女が持っているお菓子をくれたら、特別に占ってあげてもいいよ」

「お菓子か……干し芋じゃ駄目かい?」

 

 微笑ましいものを見るような笑顔をしているシィルに見惚れていたバードだったが、アーシーにお菓子をくれとせがまれたので腰に掛けていた道具袋に手を突っ込む。お菓子など持っていなかったので、ヌッと干し芋を取り出した。冒険者の食べ物としては、割とポピュラーな一品である。

 

「駄目駄目。干し芋をお菓子のカテゴリーに入れないで」

「甘いんだけどなぁ……あ、シィルちゃんも食べるかい?」

「あ、えっと……いただきます」

 

 残念そうに干し芋をむしゃむしゃ食べるバード。隣のシィルにも手渡し、二人でむしゃむしゃと干し芋を食べるというシュールな光景が出来上がる。お菓子が無い事にむくれていたアーシーだったが、ふと何かおかしな事に気がついた様子で声を漏らす。

 

「あれ……そこのお兄ちゃん……」

「ん? 僕がどうかしたかい?」

 

 干し芋を食べているバードをじっと見据えるアーシー。数秒の静寂の後、アーシーはため息をつく。

 

「……なんでもない。教えて欲しかったらお菓子持ってきてね」

「そう言われると気になるな。でもごめんね、お菓子は持っていないんだ。君もこんな所にいると危ないから、一緒について来るかい?」

「大丈夫。モンスターさんには占いのお陰で出会わないから」

「そう、じゃあ私たちは行きますね。アーシーちゃんも気をつけて」

 

 アーシーに別れを告げ、手を振りながら泉を離れていくバードとシィル。その二人の背中を見送りながら、アーシーはぽつりと呟いた。

 

「あのお兄ちゃん、凶の運命の持ち主だったなぁ、かわいそう」

 

 凶の運命というのは、持って生まれた運勢の事。凶の人間など中々いないというのに、バードの運命は清々しい程ハッキリした凶であった。これから先、彼にはよほど苦難の道が待ち受けているのだろう。だが、アーシーが気に掛かっていたのはそこではない。

 

「それに、寿命がとっくの昔に無くなっちゃっているのに、なんでまだ生きているんだろう……悪運? あんな人初めて見た……」

 

 アーシーの呟きは、誰の耳にも届かないまま虚空へと消えていった。

 

 




[人物]
マリア・カスタード
LV 13/35
技能 新兵器匠LV2 魔法LV1
 カスタム四魔女の一人。師であるラギシスを殺害するが、それはラギシスに裏切られたが故の行動であった。現在は他の三人を救うべく、ルークたちと行動を共にする。元々は水魔法の使い手であったが、指輪を外された際にその魔力のほとんどが奪われてしまい、その力を失ってしまった。だが、兵器開発の才能は魔法の才能以上に非凡である。今後、彼女の発明の多くが歴史にその名を残すことになるのだが、それはまた別の話。

バード・リスフィ
LV 15/42
技能 剣戦闘LV1
 バード冒険団のリーダーを務めていた冒険者。顔、性格、腕の三重奏揃った戦士だが、色々と幸が薄い。惚れっぽい性格をしており、気がつけば毎回違う女性を連れ歩いているのだが、本人に悪気はない。

ロゼ・カド (2)
LV 4/20
技能 神魔法LV1
 カスタムの町の淫乱シスター。神への信仰心は無く、金儲けの手段として使っている。暇さえあれば自分で呼び出した悪魔とのHに耽るなど、数少ないランスをどん引きさせた女性の一人。

芳川真知子
LV 1/5
技能 戦術LV1
 カスタムの町の情報屋。双子の姉で、コンピュータを使って理論的に情報を導き出す。ランスよりも年上であり、強引なアプローチをのらりくらりと躱している。

芳川今日子
 カスタムの町の情報屋。双子の妹で、水晶玉を使って知りたいことを占う。一途な少女だが、若干いきすぎている。

牧場野ANT
 冒険者。珍しい名前をしており、妹と娘がいる。シリーズでも間違いなく上位に入るマイナーキャラであったが、2のリメイクとランスクエストでの再登場により知名度が上がった。ほんの少しだけだが。

アーシー・ジュリエッタ
LV 1/3
技能 占いLV2
 魔人バークスハムの使従。他に姉妹が二人いる。占いの的中率は100%と言われており、お菓子をあげると占って貰える。戦闘能力自体は皆無。


[モンスター]
おかし女
 一つ星女の子モンスター。お菓子を作るのが大好きで、その味は絶品。戦闘能力は低い。


[技能]
新兵器匠
 特殊な新兵器を開発する才能。LV2ともなれば、歴史に名を残せるほどである。

戦術
 戦術を立てる才能。技能保有者は軍師として重宝される事が多い。

占い
 物事を占う才能。LV2以上にもなると、未来予知とも呼べるものになる。


[技]
雷の矢
 指先から生み出した雷の塊を放つ初級魔法。炎の矢や氷の矢と並んで良く使われる魔法であり、特にゼスでは多くの若い魔法使いがこの魔法を好んで使う。その理由としては、『雷に愛された男』、『雷帝』という異名を持つ老魔法使いが魔法学園の講師をしているため、自然と若い頃に触れる機会が多くなるためである。

雷撃
 雷を水平方向に飛ばす中級魔法。本来は手から放つ魔法だが、鍛え上げると頭上から雷を落とせるようにもなる。


[装備品]
フィールの指輪
 赤、青、黄、白がある四つの指輪。処女十人の魔力を吸い込んだ四つの指輪全てを身につけることにより、無限の魔力を手に入れることが出来ると言われている。長く身につけていると精神が蝕まれ、邪悪な心に支配されてしまうという呪いのアイテム。ラギシスがかつてゼスのとある魔法使いから譲り受けたものらしい。

チューリップ1号
 マリアが発明した新兵器。ヒララ鉱石をエネルギーとし、爆発的な威力を出すバズーカ。側面に描かれたマリア手書きのチューリップの絵が愛らしい。


[アイテム]
ヒララ鉱石
 レアストーン。特殊な条件下で強力なエネルギーを発生する。


[その他]
テレポート・ウェーブ
 対象者を決められた場所にワープさせる魔法装置。敵を分断させたり、自らの逃亡用などに使用したりと用途は様々。


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第10話 未だ見ぬ宿敵

 

-ピラミッド迷宮-

 

「これはまた、随分と様子が変わったな……」

 

 結局、頑なに帰ることを拒んだマリアを渋々引き連れ、三人は地下三階まで下りてきていた。そこに広がっていたのは、二階までのいかにもな洞窟という風景から一変した景色。しっかりとした石造りの床や壁。それも適当に連なっているのではなく、全ての石が均一に並べられているのだ。明らかに人工の迷宮である事が判る。

 

「ここからはピラミッド迷宮になっているわ」

「ふむ、言われて見れば砂がそこら中に落ちているな」

「こんなに突然迷宮の内部が変わるものなのか?」

 

 ランスがしゃがみ込んで砂を手に取り、サラサラと手の平から零れさせる。ルークは壁に触れ、石をコンコンと叩きながらマリアへと問いかける。ここまで迷宮の作りがガランと一変するのは流石に珍しい。

 

「それには理由があるの。カスタムの町の側にあった迷宮は、元々は私が支配していた第二層までしかない小さな迷宮だったのよ」

「ほう……」

「で、ラギシスを殺した後にこの迷宮を拠点にする事にしたんだけど、それには少し小さかったから魔法で迷宮を拡張したの」

「では、このピラミッド迷宮は貴様らの誰かが作ったという事か? 砂っぽくて趣味が悪いぞ」

 

 ランスがそう文句を口にするが、マリアは首を横に振ってそれを否定する。

 

「ううん、一から作り出した訳じゃなくて、他の場所から魔法で持ってきて追加した迷宮なの。迷宮を一から作り出すのはもの凄い大魔法だから、ちょっと難しくて……」

「他の場所からワープさせてくるのも十分大魔法の域じゃないか?」

「まあ、その辺はフィールの指輪のお陰ね。流石に素の状態じゃあこんな真似は出来ないわ」

 

 マリアが壁をペタペタと触りながら答える。元々あった迷宮を改造するのは多少腕に覚えがある魔法使いであれば可能だが、一から迷宮を作り出すとなると話は別。それこそ、伝説に名を残すような魔法使いでないと不可能な魔法だ。魔法大国ゼスにも、そんな真似を出来る人物は一人しか確認されていない。

 

「このピラミッド迷宮はリンゲル王のピラミッドを改造したものよ。そして、この第三層の支配者はミル」

「幻獣魔法の使い手か……マリアから見て、ミルは厄介な相手か?」

「ええ、戦いにくさでは下手すれば一番かも。普段なら長期戦に持ち込んで魔力切れを狙うって手も取れるんだけど、今は指輪の力で殆ど無尽蔵に幻獣を呼び出せる状態だから、長期戦を挑んだら間違いなく先にこっちが参っちゃうわね」

「となると、短期決戦か」

 

 こちらがもっと人数のいるパーティーであれば多勢に無勢でミルを押し切る事が出来るかもしれないが、三人では無尽蔵に湧き出てくる幻獣を押しやってミルを倒すのは難しい。ランスが顎に手を当てながらマリアに問いかける。

 

「不意打ちで決めるのが一番楽だな。おい、ミルはどこにいるんだ? 裏道とかがあるならそれを使って回り込むとか……」

「ごめんなさい。ずっと自分の研究室に引きこもっていたから、他の迷宮の事は詳しく知らないの」

「ちっ、役に立たん奴め。戦闘が出来ないうえに情報面でも役立たずとはな」

「むかー! 親切で教えたのにー!」

「ほらほら、喧嘩してないで進むぞ」

 

 ランスとマリアが仲良く口喧嘩をし始めたので、それをルークがなだめながら迷宮の奥へと進んでいく。迷宮の中には燭台があちこちにあり、その全てに灯が点っているため迷宮内はかなり明るい。

 

「探索しやすい迷宮だな。だが、これだけ灯りを点すのは無駄じゃないか?」

「ああ、ミルは暗いのが苦手なの」

「ほう、子供みたいだな」

「ええ。だってミルは……」

「おっ、高そうな宝石発見!!」

 

 そんな事を話しながら迷宮内を歩いていた三人だが、ランスが目の前に宝石が置いてあるのを発見して駆け出す。ルークとマリアもそちらに視線を向けると、確かにその部屋には四色の宝石が並んでいた。ランスはその宝石に手を伸ばし、持って帰ろうと引っ張るが、宝石は台座にしっかりと固定されているようで持ち上げる事が出来ない。

 

「ぐぬぬぬぬ……なんだ、抜けんではないか!」

「魔法か何かで固定化されているな。わざわざおあつらえ向きにこんな事をするとなると、何かの仕掛けか?」

「ん、マリア、そうなのか?」

「全然わかんにゃい」

「ほら、帰り木をやるからもう帰れ。道案内にもならん」

「むきー!」

 

 後ろでまたもランスとマリアが喧嘩を始めるが、ルークはそれを無視して宝石の台座を調べ始める。色々と試してみたが、特に何かの仕掛けが発動するような素振りもない。

 

「別に仕掛けという訳では無いのか……?」

「この最低スケベ男! ……って、あら? 誰かいるわ!」

「なにぃ!?」

 

 ルークが宝石を見ながら思案していると、後ろで口論をしていたマリアが人影を発見してそう呟く。すぐさまそちらに視線を向けるルークとランス。確かにうっすらとだが人影が見えたため、そちらへと駆け寄っていく。すると、あちらの人影もそれに呼応するようにこちらへと駆け寄ってきた。

 

「おっ、絶世の美男子が目の前に! 俺様以外にもこんな美男子がいたとは……」

「お前だ、お前」

「わっ、大きい鏡……」

 

 そこにあったのは、壁に埋め込まれた巨大な鏡であった。どうやらルークたちは鏡に映り込んだ自分の姿を人影と勘違いしてしまったらしい。マリアは自身の身長よりも遙かに高い鏡を見上げながらため息を漏らし、ランスは鏡の前でポーズを取っている。

 

「すごーい……こういうのって高いのよねー……」

「ふっ、はっ! がはは、鏡に映る俺様も格好良いな!」

「……ん? 部屋の隅に石版が置かれているな」

 

 部屋の隅に堂々と置かれていた石盤を拾い上げるルーク。見れば何か文字が書いてあるのだが、薄汚れていて良く読めない。ルークは石版の表面を手で擦り、その汚れを散らしながら書いてある文字を読み上げていく。

 

「道に迷えし子羊よ。ここに汝らの進むべき道を示す……」

「おお、なんだか迷宮の奥へと進む方法が書いてありそうな始まり方ではないか!」

「ルークさん、その先はなんて書いてあるんですか?」

 

 ルークの読み上げた言葉を聞いたランスとマリアが期待した顔で近寄ってくるが、先に石版に書いてある文字を読み切っていたルークは呆れた表情になっており、言いにくそうにしながらマリアの問いに答える。

 

「あー……誤解しないで欲しいが、俺は書かれている事をそのまま読むだけだからな」

「はぁ? いいから早く読め」

「ふむ……鏡の前で少女のパンティーを露出するべし。さすれば宝石の装置が起動するであろう」

「……なんなの、それ?」

 

 マリアが冷たい視線をルークに向けてくる。明らかに軽蔑の眼差しだ。ただ書いてある事を読んだだけのルークからしたら、理不尽極まりない。と、マリアがルークに視線を向けている隙にランスはゆっくりとマリアの背後に回り込み、マリアのスカートに手を伸ばした。

 

「がはは、仕方がない。これも他の三人を救うためだ。とぉー!!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ランスが一気にマリアのスカートをまくり上げる。水色の下着を白日の下にさらされ、マリアが迷宮中に響くのではという程の大きな悲鳴を上げる。

 

「ばっ、ばかぁ! こんな事で本当に装置が起動するわけ……」

『ぴんぽんぱんぽーん! 第一のワープ装置、解除されました』

「……起動したな」

 

 怒り心頭でランスに食ってかかるマリアだが、その言葉を遮るように鏡から音声が響き渡る。呆れた表情で鏡を見上げるルークと、チューリップ1号を両手で持ちながら振りかぶるマリア。

 

「最低だわ、この鏡! 叩き割ってやる!」

「がはは、中々見所のある鏡ではないか。こら、鏡を割ろうとするな」

「離してー! 割らせてー!!」

 

 ランスに取り押さえられたマリアが喚いている横で、ルークは鏡を見上げながらボソリと呟いた。

 

「第一の、って言ったよな。宝石は四つあったな。つまり……」

「やめてー! ルークさん、考えさせないでー! 私も気がついてはいたけど、気がつかない振りをしていたんだからー!」

「がはは。鏡のスケベな要求は後三回変身を残しているぞ」

 

 頭を抱えてブンブンと首を振るマリアを引っ張り、ルークたちは宝石の間へと戻ってくる。すると、先程までと違い一番左端に置いてある宝石が薄い光を帯びていた。それにルークたちが手を触れると、三人を眩い光が包み込む。次の瞬間には、ルークたちは先程までとは別の場所にワープしていた。すぐさまルークが後ろを振り返ると、そこには台座に置かれた宝石が一つある。

 

「ふう、良かった。これを使えばいつでもさっきの場所に戻れるようだな」

「戻れなければ後三回分の要求を見られんからな」

「ない! そんな要求はきっとない! 私、そう信じてる!!」

「あまりにも儚い希望だと思うが……?」

「やーめーてー!」

 

 よっぽど鏡の要求が嫌なのだろう。マリアがげんなりとした顔で頭を抱えていると、突如迷宮の奥の方から金属音が聞こえてくる。すぐさま真剣な表情になるルークとランス。

 

「ランス、聞こえたか!?」

「うむ、誰かが戦っているな。ミルかもしれん、行くぞ!」

「あっ、ちょっと! ……あら、あれは?」

 

 駆け出す二人の後を追うように、マリアも音のした方向へ駆け出そうとする。が、そちらとは別の方向にある部屋がマリアの視線に入る。キラリと光る鉱物、その形にマリアはハッキリと見覚えがあった。

 

 

 

-ピラミッド迷宮深部 小部屋-

 

「くっそ……がぁぁっ!!」

 

 ピラミッド迷宮の深部にある部屋。その部屋には、薄紫色の髪に軽装の鎧を身に纏った一人の女戦士がいた。咆哮しながら女戦士が剣を振り下ろし、目の前にいたグリーンハニーを斬り伏せる。パリン、という音と共にグリーンハニーが砕け散るが、ハニーに気を取られていた隙にラーカイムの接近を許してしまう。

 

「きしゃぁぁ!」

「ぐっ……何するんだい!!」

 

 鋭利なハサミが女戦士の脇腹に突き刺さり、血がぐじゅりという嫌な音と共に滲み出てくる。激痛に顔を歪めた女戦士だったが、すぐさま剣を振り下ろして頭頂部の岩ごとラーカイムを粉砕する。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 女戦士が荒い息を吐きながら周囲を見回す。部屋の中にはまだまだ大量のモンスターがおり、その女戦士を取り囲んでいた。右手に持った剣を構えながら、腰の傷を左手で触って確認する。出血はしているが、大事には至っていない。すぐさまマントで血を拭うと、ふと床に倒れている仲間の姿が目に入る。

 

「ルー、チョルラ、アリーヌ……巻き込んじまったね……すまない……」

 

 夥しい量の血溜まりの中に倒れ伏した三人の女冒険者。彼女たちは既に息を引き取っている。彼女たち四人は、とある理由から四魔女の迷宮に挑んでいたのだ。挑むと決意したのは、満身創痍ながらまだ生き残っているこの女戦士。自身が三人を巻き込んでしまったと後悔しながらも、まだ死ぬ訳にはいかないと女戦士は剣を握り直す。この剣は元々彼女のものではない。彼女が愛用していたロングソードは既に折れ、部屋の隅に転がっている。

 

「ルー……あんたのアリスソード、自慢していただけの事はあるよ。ラーカイムの固い装甲を一撃で粉砕なんて、並の剣に出来る事じゃない。悪いけど、もうちょっとだけ力を貸してくれ……」

 

 そう、この剣は息を引き取った仲間が愛用していた剣。生前から何かと自慢していた剣だったが、言うだけの事はありかなりの斬れ味である。

 

「ハニー……」

「撃たせるかい! はぁっ!!」

 

 ハニーフラッシュを放とうとしていた近くのグリーンハニーを横薙ぎに両断する。無防備に晒されたその背中にラーカイムが跳びかかってこようとするが、すぐさま女戦士は向き直って体勢を整え直す。その対応の早さにラーカイムは跳びかかれず、女戦士の周囲をゆっくりと徘徊するに留まる。

 

「簡単にゃぁ殺されてやらないよ……はぁ……はぁ……」

 

 女戦士の実力は本物であり、この場にいるモンスターなどまともに戦えば相手にならない。だが、敵の数があまりにも多すぎるのだ。今は亡き三人と協力してなんとか残り十数体まで減らしたが、既に彼女の体力は限界寸前。だが、彼女は逃げ出す事も出来ない。この部屋の入り口はいつの間にか巨大なグリーンスライムがへばりついており、通ることが出来なくなってしまっているのだ。逃げ道は塞がれ、仲間は倒れ、満身創痍の体。普通であれば絶望に打ちひしがれ、命を投げ出してしまってもおかしくはない状況である。だが、まだ彼女の目は死んでいない。

 

「ルーも、チョルラも、アリーヌも……泣き言一つ言わずに最後まで勇敢に戦ったんだ。それなのに俺が諦めちまったら、あの世で何を言われるか判ったもんじゃないんでね……」

「うぉぉぉぉ」

 

 目を細めながら、ポツポツと独り言を呟く女戦士。その姿は、明らかに限界。今ならば倒せると判断したのか、モンスターのこんにちわが一気に女戦士に迫り、触手を伸ばす。だが、女戦士はすぐさま身を屈めてそれを躱し、剣を横薙ぎに振るう。

 

「あいつらのためにも……妹のためにも……まだ俺は死ねないんだよぉぉぉぉ!!」

「こんにちわぁぁぁぁ……」

 

 一閃。女戦士の咆哮と共にこんにちわが両断されるが、同時に先程マントで拭った腰の傷から血が噴き出す。それを見たモンスターが一斉に彼女に跳びかかろうとしたそのとき、けたたましい程の爆音が部屋に響き渡った。

 

「なんだ!?」

 

 女戦士もモンスターたちも、一斉に音のした方向を見やる。音のした方向にあるのは、部屋の入り口。見れば白い煙が立ち上がっており、通路を塞いでいたグリーンスライムが周囲に飛び散っている。煙の向こうに見える影は三つ。援軍か、はたまた敵の増援か。女戦士に緊張から唾を飲み込んでいると、今の状況にそぐわない明るい声が部屋に響く。

 

「きゃー、やったー! 見た? 見た? これがチューリップの威力よ!!」

「凄い威力だな……」

「まさかピラミッド内にヒララ鉱石の採掘場があるだなんて思わなかったわ。ねっ、持っていないアイテムは迷宮内で手に入るものだって言ったでしょ!」

 

 そこに立っていたのはルーク、ランス、マリアの三人。マリアが手に持っているチューリップ1号の砲身から煙が立ち上っているのは、たった今砲撃したからに他ならない。ワープ装置で飛んだ先でマリアが発見したのは、ヒララ鉱石の採掘場であった。そこで大量のヒララ鉱石を手に入れたマリアは一気に戦力としても申し分ない状態になり、グリーンスライムを吹き飛ばして戦闘音のする部屋の中へと入ってきたのだ。

 

「……案外、三人の内の誰かが迷宮を改造して採掘場をワープさせておいてくれたんじゃないか?」

「あっ、もしかして志津香が……?」

「どうやら、敵って訳じゃあなさそうだねぇ……それにしてもこの声、どこかで……」

「むっ、部屋の中に傷だらけの美女を発見!」

 

 状況の変化に頭の回転が追いつかない女戦士だが、どうやら敵ではないらしいことを感じ取り安堵する。視界が朦朧とし始めているため少しばかり遠くにいる三人の顔はよく見えないが、どうも先程から歓喜している少女の声に聞き覚えがある気がする。一体どこでこの声を聞いたのかと女戦士が首を傾げていると、女戦士が美人である事に気がついたランスが鼻息を荒くする。

 

「行くぞ、ルーク、マリア! 困っているときにはお互い助け合う。それが冒険者の正しい姿だ!!」

「もし襲われているのが男だったら?」

「一文の得にもならんから立ち去るに決まっているだろう」

「予想通りの発言、ありがとう。まあいい、さっさと仕留めるぞ!」

 

 群れを成しているとはいえ、部屋の中にいるモンスター一体一体は大した強さを持ち合わせていない。モンスターの死体が部屋の中に大量に散らばっている事から、部屋の中にいた女戦士たちが相当数減らしてくれたのだろう。その代償として三人が息を引き取ってしまったのだが、女戦士は心の中で散っていった仲間たちに深く感謝していた。彼女たちがここまで敵の数を減らしていてくれなかったら、恐らく女戦士は三人の到着まで生き残れてはいなかっただろう。

 

「はぁっ! 大丈夫か? 後は任せて下がっていろ」

「加勢すまない、恩に着るよ。でも、まだ下がる訳にはいかないさ」

「どりゃぁ!!」

「いっけぇ、チューリップ!」

 

 ルークに感謝の言葉を述べつつも、女戦士に引く気はない。最後まで戦い抜く。それが散っていった仲間への手向けと感じていたからだ。部屋の中にいたモンスターはみるみるその数を減らしていく。

 

「これでラストだ!」

「くけぇぇぇぇ!!」

 

 女戦士が最後に残ったこかとりすを両断し、モンスターが全滅する。すると、緊張の糸が切れたのか、女戦士はそのまま床に座り込んでしまった。慌てて駆け寄るルークとランス。マリアも駆け寄ろうとするが、チューリップ1号の砲身にヒララ鉱石の破片が詰まってしまったらしく、その場で立ち止まって破片の処理をしている。

 

「おい、大丈夫か!? これだけの美女でありながら俺様とヤル前に死ぬなぞ許さんぞ!」

「心配すんな、死にゃしないさ……ちょっとばかし、疲れただけだ……なんだか眠くなってきたよ……」

「思いっきり死ぬ直前の奴が言いそうな言葉ではないか!!」

「世色癌と血止めだ。自分で出来るか?」

「ああ、それくらいはな……悪いね……」

 

 ルークから受け取った世色癌を一飲みし、体力を回復させる女戦士。そのままスプレータイプの血止めを出血の酷い腰に吹き付けていると、ようやく破片の処理が終わったマリアがこちらへと歩み寄ってきた。

 

「うーん、エネルギーに変えた後のヒララ鉱石をどうするかはこれからの課題ね。それで、その人の怪我は大丈夫……って、ミリじゃない!?」

「お、お前はマリア・カスタード!? てめえ、俺の妹をどこへやった!!」

 

 先程までは目が霞んでいたため気が付かなかったが、目の前に立っているのが四魔女の一人であるマリアである事に気がついた女戦士は、口元に付いていた血を拭い怒りで目を見開きながらマリアに食って掛かろうとする。が、世色癌での体力回復など気休めでしか無いため、すぐさま咳き込んでしまう。

 

「げほっ……げほっ……」

「無理をするな。マリア、妹というのは?」

「その人は……」

「俺の名前はミリ。ミリ・ヨークスだ……」

「ヨークス? なるほど、ミル・ヨークスの姉ちゃんか」

「ああ。俺は姉として、あんだけの事をしでかした妹の始末をつけるためにこの迷宮に潜ったんだ……他の誰でもない……俺があの馬鹿の始末をつけなくちゃいけないんだよ……」

 

 女戦士の名前は、ミリ・ヨークス。四魔女の一人であるミル・ヨークスの実姉だ。彼女は実妹の起こした事件に姉として黙ってはおれず、自身の手で妹を介錯するために迷宮へと挑んだのだ。ヨークス姉妹の両親は既に他界しており、ミリは姉と親の両方の役割を果たしていたため、その姉妹仲の良さは町でも有名である。その愛する妹を殺す決断をしたミリの覚悟に賛同し、ルー、チョルラ、アリーヌの三人は共に迷宮へと挑んだのだ。

 

「マリア、吐け! ミルの馬鹿はどこだ!?」

「これは誤解を解いておく必要があるな」

「うん。ミリ、落ち着いて聞いて。今から全てを話すから」

 

 マリアが今回の事件の全貌を話す。元凶であるラギシスの事、指輪の影響で悪の心に染まっている事、ミルはまだ悪に染まったままだという事、その全てを。初めこそマリアを疑いの眼差しで見ていたミリだが、ルークやランスも話が真実であると口にし、町長であるガイゼルもこの事を信用したという話を受け、少しずつ安堵の表情へ変わっていった。

 

「そうか……ミルは、指輪の魔力に操られているんだな……?」

「ええ。私たちのやった事は簡単に許されるような事じゃないのは判っているわ。でも、ミルを殺すとか、そんな悲しい事はもう言わないで……」

 

 ミリが大きくため息をつく。妹が自分の意志で事件を起こしたわけではないという事が判り、ホッとしたのだろう。だが、すぐに真剣な表情へと戻し、マリアの顔をジッと見据えながら口を開く。

 

「事情は判った。だとしても、このまま手を引く訳にはいかないな。目的が変わるだけさ。馬鹿な妹の始末をつけるって事から、操られている妹を救出するっていうのにな」

「その怪我で探索を続ける気か?」

「無茶よ。後は私たちに任せて、ミリは町で待っていて」

「……妹は放っておけないもんさ。だけど、俺の仲間は見ての通り全滅だ。流石に一人で探索を続けられるとは思っちゃいない。頼む、俺も一緒に連れて行ってくれ!」

 

 マリアの言葉にミリは首を横に振り、剣を杖代わりにしながらゆっくりと立ち上がる。世色癌と血止めの甲斐あって多少は回復したようだが、それでも万全の状態には程遠いだろう。マリアが心配そうな視線を向けるが、ルークは一度だけ天井を仰いでミリの言葉を噛みしめていた。

 

「妹、か……そうだな、放っておいては……いけないな……」

「連れて行ってくれるかい?」

「……俺は構わない。ランスは?」

「がはは、俺様に任せておけ。だが、ついてくるからには役に立てよ。弱い奴はいらんからな」

「ありがとよ、ルーク、ランス! 話の判る奴らは好きだぜ!」

「がはは、そのまま惚れてしまっても構わんのだぞ!」

「……もう、無茶だけはしないでよね」

 

 ルークとランスはミリを連れて行くことに賛成してしまったため、マリアは困ったような表情を浮かべながらも小さく頷いた。自分も無理を言ってついてきた身であるため、今のミリを止める事は出来ないし、気持ちも十二分に判ったからだ。

 

「さあ、探索を続けるよ!」

「待った。一緒に行くのは構わないが、ひとまず町へ戻ろう。ワープ装置を動かせるから、ここまでならすぐに戻って来られる」

「なんだい、ルーク!? 俺の怪我の治療のためとか言うなら、そんなもんはいらないよ!」

「そうじゃないさ……」

 

 率先して先頭に立ち、迷宮の探索を続けようとしたミリをルークが止める。出鼻を挫かれた形のミリが眉をひそめながら抗議の言葉を口にするが、ルークは治療のためという理由を否定しながら視線を床へと落とす。ミリたちもつられるように視線を落とすと、そこにはミリにとっては掛け替えのない仲間たちの亡骸があった。

 

「葬ってやらんとな。戦士の定めとは言え、大事な仲間なんだろう?」

「……すまない」

 

 こうして、ルークたちは遺体共々一度帰り木で外へと脱出し、三人の亡骸を丁重に埋葬したのだった。

 

 

 

-ピラミッド迷宮 鏡の間-

 

「今度は鏡の前で少女が胸を見せる、だとさ」

「いーーーーーやーーーーー!!」

 

 迷宮にマリアの絶叫が響き渡る。再び迷宮へと舞い戻っていたルークたちは勝手知ったるや、すぐにワープ装置の場所まで戻って来られた。一つ目のワープ装置を起動させようとしたルークたちだったが、先程戦闘があった部屋の奥は行き止まりであったというミリの証言からその先の探索を中止し、二つ目のワープ装置を起動させるべく鏡の間までやってきていた。偶然にもその行き止まりの場所に置いてあった宝箱からミリが石版を発見しており、見ればそこには二つ目のワープ装置の起動方法が書かれていたのだ。その内容をルークが読んだのが今。結果としてもたらされたのは、マリアの大絶叫という事だ。

 

「なんなの、この装置……ピラミッドを建造した人って馬鹿なんじゃないの……そうだ! 一つ目は私がやったんだし、今回はミリさんが……」

「嫌だぜ、馬鹿馬鹿しい。それに、一つ目は俺たちもしっかり起動させたんだ。だからこそ、あの場所にいたんだしな」

「うぐっ……そう言われてみれば……」

 

 マリアの提案を一蹴するミリ。実は一つ目の装置を起動させるために下着を見せたのはアリーヌなのだが、その辺の詳しい事情は伏せてマリアに説明をするミリ。マリアはまんまと誤魔化されてしまい、ぐぬぬと爪を噛みながら鏡を睨み付けている。

 

「がはは、全く持ってけしからん鏡だ! だが、これも三人を救うため。頑張るのだ、マリア! カスタムの未来はお前の両乳にかけられたぞ!!」

「ぜっっったい、いやっ!!」

「ええい、我が儘言うな! 早く見せんか!!」

「きゃああ! ちょ、いやぁぁぁ!!」

「南無南無……」

 

 頑なに胸を見せる事を拒否していたマリアに痺れを切らしたランスは彼女を後ろから羽交い締めにし、服をずり下げてその胸を露出させる。ただ、彼女が胸を見せないと先に進むことが出来ないのは事実であるため、止める訳にもいかない。ルークに出来る事は、そっぽを向いて彼女の痴態を見ないようにしてあげる事だけだった。

 

「うふふ、可愛い胸だね」

「さあ、鏡様にお前の胸を見て貰うんだ! ほら、上下に揺すって乳揺れのサービスだ!」

「こんなのひどすぎるーーー!」

『ぴんぽんぱんぽーん! 第二のワープ装置、解除されました』

 

 マリアの悲鳴と第二のワープ装置解除の放送が迷宮内に空しくこだました。

 

「あと二回か……」

「ルークさん、その通りですけど不吉な発言しないでください!」

 

 

 

-妖体迷宮 通路-

 

『……すぎるー!』

「んっ? 今なにか声がしなかったかな?」

「えっ!? 気が付きませんでした。誰か近くにいるんでしょうか……?」

「ああ、ごめん。怖がらせる気はなかったんだ」

 

 一方その頃、テレポート・ウェーブにてどこかへと転移させられてしまったシィルとバードは迷宮内を彷徨っていた。床や壁がぶよぶよとした感触の、気持ちの悪い迷宮である。その異様な雰囲気からシィルは若干怯えてしまっている。バードが自身の不用意な発言を謝罪していると、迷宮内にまたも声が響き渡る。

 

「いやぁぁぁ!!」

「バードさん、女性の声です!」

「さっきの声とは違う気がするけど……行こう、シィルさん!」

 

 声が聞こえたのはすぐ近く。バードとシィルは急いでそちらへと駆け出すと、そこには古びた鍵の掛かった小部屋があった。バードが扉に手を伸ばすが、開ける事が出来ない。

 

「くっ……鍵開けはゼウスが得意だったんだが……」

「バードさん、どいてください」

「えっ?」

 

 離ればなれになってしまった冒険団の仲間の事を思い出しながらバードが歯噛みをしていると、後ろに立っていたシィルが真剣な口調でそう声を掛けてくる。振り返ると、シィルの両手には燃えさかる炎が集まっている。

 

「ファイヤーレーザー!!」

 

 シィルが両の手のひらを前に突き出しながらそう叫ぶと、強力な熱光線が一直線に扉へと向かっていき、轟音と共にその扉を吹き飛ばした。ファイヤーレーザーは炎属性の魔法でも上位に位置する強力な魔法であり、炎属性と氷雪属性を主に扱うシィルにとっては得意魔法の一つでもある。まさかシィルがこれ程強力な魔法を使えると思っていなかったバードは、ただただ唖然とする事しか出来ない。

 

「なんだ貴様らは?」

「拷問戦士!? どうしてこんな強いモンスターが!?」

 

 部屋の中には、強力なモンスターである拷問戦士と、その拷問戦士に鞭で叩かれている一人の女性。バードが驚くのも無理はない。これまで迷宮内で出会ったモンスターとは格の違う相手だからだ。

 

「いや……助けて……」

「酷い……」

「貴様らが次の拷問相手か? ラン様から何の連絡も受けていないが……」

 

 少女は身体には生々しいアザがついている。拷問戦士の鞭によって付けられたものだろう。シィルが悲痛な声を漏らす中、バードが剣を抜きながら一歩前に出る。

 

「違うな。もうお前が拷問する事は無い。僕の手で倒されるのだから!」

「ふん、青瓢箪が……死ねぇ!」

 

 拷問戦士が鞭を振るうと同時にバードが前に駆け出す。バードたちはまだ知らなかったが、拷問を受けていた少女は以前に連れ去られたカスタムの町の住人である。ルークたちの知らぬ所で、攫われた少女たちを救う戦いが始まっていた。

 

「ぐぁぁぁぁ! くっ、まだまだ!」

「ああ、バードさん! 頑張ってください!!」

 

 

 

-ピラミッド迷宮 棺の間-

 

「いやぁ、いかにもピラミッドって感じの部屋だねぇ」

「確かにな」

 

 ミリが周囲を見回しながらそう呟くのを聞き、ルークはそれに頷く。二つ目のワープ装置を使ったルークたちは、棺が大量に置かれた部屋へと辿り着いていた。

 

「うーむ、棺の中には金目の物はないな」

「ちょっと、バチが当たるわよ」

「シィルのバカがいればあいつに調べさせるのだが、全く使えん奴隷だ。今頃ぬくぬくと遊んでいるに違いない。戻ったらお仕置き決定だな」

 

 今正に拷問戦士との激闘を繰り広げているところなのだが、ランスがその事を知る訳も無く、理不尽にもシィルのお仕置きが決定してしまう。あまりにも不憫である。そのとき、ルークが奥に何者かの気配を感じてそちらに目を凝らす。部屋の最奥、他の棺に比べて多少豪華な装飾が施されている棺に、一人のミイラ男が腰掛けていた。

 

「構えろ、何かいるぞ!」

「きゃっ!? み、ミイラ男!?」

「おいおい、ピラミッドだからってそんな変わったもんまで出て来なくていいっていうのに……」

 

 すぐさま身構える四人だったが、件のミイラ男は棺に座ったまま落ち着いた様子でこちらに声を掛けてくる。

 

「ああ、そう身構えんでいい。戦うつもりなんてないんね」

「なんだ、貴様は?」

「なーに、ただのミイラ男さね」

「……ただ者には見えないが?」

「え? ルークさん、どういう事?」

 

 声を聞く限りは中年の男。包帯に隠れており容姿はよく判らないが、体格はでっぷりとしており、外見からはとても強そうに見えない。だが、ルークの目にはこの男がただ者には映らなかった。その発言を聞き、からからとミイラ男が笑う。

 

「おんやまぁ。死んでから200年、こんだけ鈍っちまった体なのによく気がついたね」

「纏う雰囲気がな……座り方も隙だらけのようでいて、その実まるで隙がない。生前はかなりの実力者とお見受けしたが?」

 

 緊張感は保ったままだが、ミイラ男に戦意がない事を確認してルークが剣を下ろしながらそう尋ねると、ミイラ男はポリポリと頭を掻きながらそれに答える。

 

「そんな大したもんじゃねぇーよ。おいちゃんは、リンゲル王ザーハードス6世に仕える親衛隊副隊長、バ・デロス・ガイアロードじゃ」

「親衛隊副隊長!? うわ、凄い人だ!」

「なんつー大層な名前だ。まあ、今はただのミイラだがな。がはは、情けない」

「そうか。この迷宮はリンゲル王のピラミッドを改造したんだったな……」

 

 リンゲル国。今から200年程前に滅んだ国だ。魔法大国のゼスと隣接した砂漠の中で栄えていた国であり、近隣諸国との関係も良好であったと文献には残されている。このピラミッドも、国の滅亡後に関係を築いていた近隣諸国がわざわざ建ててくれたものだという。埋葬されている死体も、王とそれに近しかった人間の遺体を集められるだけ集めて埋葬したものである。

 

「砂漠の真ん中にあったはずなんじゃが、いつの間にか地下におった。不思議な事もあるもんじゃ」

「あ、ごめんなさい。それは私たちが魔法で移動させたせいなの」

「ん? ほー、お嬢ちゃん若いのに凄い魔法を使えるんだのぉ……」

 

 ミイラ男が感心した様子でマリアを見据える。魔法大国ゼスと付き合いがあったため、ピラミッドの一角を丸々移動させる魔法がどれだけ凄い魔法なのかはしっかりと理解出来ている。

 

「あんな広大な砂漠の真ん中にあったのかい? リンゲル国ってのは、随分とへんぴな国だったんだねぇ……」

「うむ。相当な田舎国だったのだろう」

「広大? うんにゃ、小一時間も歩けば渡りきれるちっぽけな砂漠さね」

「はぁ? 死んでいる期間が長すぎてボケたのか?」

 

 ミイラ男の言葉に首を傾げるランスとミリ。ゼス北部位置するキナニ砂漠は、毎年多くの死亡者を出している広大な砂漠だからだ。だが、ルークとマリアの二人はガイアロードの言葉をしっかりと理解出来ていた。

 

「違うわよ、ランス。あの砂漠はね、昔はなかったの」

「へぇ、初耳だねぇ。そうなのかい?」

 

 ミリが腕組みをしながら問いかけてきたため、ルークはそれに答える。

 

「ああ。今から200年程前、ゼスとヘルマンの間で大規模な戦争があった」

「へぇ、相変わらず戦争吹っかける国だねぇ」

 

 大陸の北部に位置する大国、ヘルマン。寒波が激しく、人が生活するには多少厳しい環境であるその国は、古くから広大な大地を求めて近隣諸国へ戦争を吹っかけているのだ。その被害に最も遭っているのが、リーザス国である。元々ヘルマンから独立した国であり、現在ではかなり裕福な国である事からも、何かと因縁を付けられているのだ。

 

「それにしても、ゼスに喧嘩を売るのは珍しいんじゃないかい?」

「その頃のゼスは酷く衰退していたの」

「へぇ。そりゃあなんでだい?」

「数年前に魔人の襲撃を受けたばかりでな。国も人もボロボロの状態だったんだ。それをチャンスと踏んだヘルマンは、大軍を持ってゼスに侵攻。まともにぶつかっては勝てないと考えたゼスは、禁断とも言われた秘術を持ってそれに対抗した」

「禁断の秘術? 道行く美女が全員全裸になるような魔法か?」

「そんな魔法、ある訳ないでしょ!」

 

 ランスが茶々を入れてくるが、マリアがしっかりとそれにツッコミを入れてくれる。シィルのいる頃には無かった反応であり、今まではルークが担当しなければならなかった役回りだ。マリアのツッコミとしての重要性を確認しつつ、ルークは話を続ける。

 

「それが、砂漠化だ。ゼスは北部にあった広大な大地を秘術で砂漠化する事により、ヘルマンの目的であった大地を失わせると同時に、以後ヘルマン軍がゼスに侵攻するのを難しくさせたんだ。なにせ、ゼス中心部に攻め込むためにはその広大な砂漠を通らなきゃいけないんだからな」

「それがキナニ砂漠の始まりか。あんな砂漠、おいそれと横断する気にはならないね」

「その秘術を使う際に媒体となったのが、それより数年前に滅んでいたリンゲル国の砂漠だったと伝わっている」

 

 世界の中心部に位置するキナニ砂漠。専門の案内人なしに越えるのは自殺行為とも言われるほどの広大な砂漠の誕生には、こういった背景があった。ルークの説明にランスが鼻をほじり、ミリは納得したように頷くが、一番驚いた様子なのはミイラ男であった。

 

「あんれま! 今、砂漠はそんなことになっとんたんか」

「200年の間に世界は大きく変わっていますよ。そう、200年前には無かった新兵器がこのチューリ……」

「話が脱線するから黙ってような」

「むぐっ……」

 

 マリアが目をキラキラと輝かせながらチューリップを掲げようとするが、その口をミリが後ろから抑える。元々カスタムの住人であるためマリアと付き合いがあったからか、その扱いはかなり手慣れた調子であった。

 

「200年か。言われてみりゃ長いもんじゃ。あの時代が懐かしいわい。アホな隊長とノー天気な部下に挟まれた日々は大変じゃったが、楽しかったなぁ……モエモエ国の行方不明だった騎士隊長はその後見つかったんだろうか……娘のリスガドールはどうしとるかのう……」

 

 昔を懐かしみ、遠い目をするミイラ男。ゼスとヘルマンの戦争から三年前、平和な国であったリンゲル国を突如悲劇が襲ったのだ。ソレは無抵抗な民を虐殺した。ソレは抵抗する親衛隊を全滅させた。ソレはわずか二日で国を滅ぼした。

 

「200年も前じゃ、騎士隊長も娘もとっくにじじぃばばぁになって死んでいるだろうが!」

「それもそうか、はっはっは!」

 

 ランスに苦言を呈されながらも、ミイラ男は楽しそうに笑う。どうやら人間と会ったのは久しぶりの出来事らしく、話を聞いて貰える事がかなり嬉しかったようだ。

 

「それよりも、ミルという娘を捜しているんだが、何か心当たりは無いか?」

「ミル? その娘かどうかは判らんが、四つ目のワープ装置の先で娘の話し声が最近よくするぞい。その部屋はこの部屋と壁挟んだ隣でな。それなりの大きさで話していると、ここまで声が響くんじゃよ」

「……誰と話しているんだろう? ランかしら……」

「幻獣かもしれねぇな。あいつにとっちゃ、良い遊び相手だしな」

 

 マリアとミリがミルの話し相手を分析する。そのどちらも当たっている辺り、流石は同門と実姉であると言えよう。

 

「で、貴様は四つ目のワープ装置を起動させる方法を知っているのか?」

「勿論。ワープコードは、鏡の前でレズ行為じゃ」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 想像以上にえぐいワープコードに絶叫するマリア。それとは対照的に、何故かウキウキとしだすミリ。

 

「おっ、それは俺の出番でもあるな。頑張ろうぜ、マリア」

「なんで張り切っているんですか!?」

「そりゃま、俺は男も女もいけるクチだからな……ふふ、楽しみだねぇ」

「し、知らなかった……!?」

 

 ミリの性癖を知らなかったマリアが絶句していると、ランスがだらしなく歪みきった顔をキリリと引き締めながら口を開く。

 

「がはは、楽しみ……いや、町の平和のためだ、仕方ない行為なのだ。じゅるり」

「もういや……なんで私ばっかりがこんな目に……」

「マリア、前向きに考えろ。三回で済んで良かったじゃないか!」

「全然良くありません!!」

 

 ルークの精一杯のフォローが空振りに終わる。ランスとミリは既に行為を想像しているのか、ランスの表情はまたもだらしなくなり、ミリの表情は妖艶なものになっていた。

 

「情報感謝する。暫くしたら必ず元の場所に戻すから、少し待っていてくれ」

「おお、ちょっと待った。これを持ってけ」

 

 部屋を後にしようとするルークたちを呼び止め、ミイラ男は何かを放り投げてくる。ルークがそれを受け取ると、投げられたそれは剣であった。王の棺同様、高そうな装飾が施されているが、その装飾は武器を振る邪魔にはならない位置をしっかりと考えて配置されていた。剣の斬れ味はそこそこといった印象だが、言葉では説明しにくい異質の何かをルークは感じ取っていた

 

「それはおいちゃんが生前使っていた愛剣、幻獣の剣だ。一緒に棺に納められていたんだ。あんたらが使ってくれ」

「いいのか?」

「このままここで腐っているよりマシってもんじゃよ」

 

 ミイラ男がそう明るく答える中、ランスがズカズカとルークに近寄ってくる。

 

「がはははは! ルーク、俺様に寄越せ!」

「お前はこの間新しい剣を買ったばかりだろうが。しかも人の金で!」

「はっはっは、誰が使ってくれても構わんね。おいちゃん、あんたらが気に入ったからな。やる」

「豪快なおっさんだねぇ。でも、そういうの嫌いじゃないよ。貰えるもんは貰っておこうぜ。まあ、俺はルーのアリスソードがあるからいらないけどな」

 

 ミリはあのまま仲間の使っていた愛剣を使い続けていた。手に馴染むというのもあるが、それ以上にこれを使っていると今も仲間たちと一緒に戦っている気になれるからだ。

 

「さて、行こうぜ」

「うぅ……鏡の間……嫌だな……」

「すまない。大事に使わせて貰う」

 

 ミルがいるであろう部屋への行き方を教わったルークたちはその事を感謝しつつ、早急にミルを救うべく部屋を後にしようとする。まずはランスが部屋から出て行き、鏡の間へ向かうのを渋っているマリアをミリが引きずっていく。最後に残ったルークがもう一度剣の礼を言って部屋から出て行こうとするが、ミイラ男がポツリと呟いた一言が耳に入りその歩みを止める。

 

「……今、なんて?」

「ああ、聞こえてたんかい。そりゃ申し訳ねぇ。あんた……ケイブリスって……知っているかい……?」

 

 ケイブリスダーク。その事件は、今より200年前にゼスに侵攻した魔人、ケイブリスの名前を取ってそう呼ばれている。多くの人間が虐殺された地獄の三ヶ月。ゼスと隣接していたリンゲル国も、この事件の際に魔人ケイブリスの手によって滅ぼされたのだ。

 

「……ああ、知っている。見たことはないが、かつて何度も聞いた名前だ……」

「そうかい……あれに出会っちゃいけねぇ、ありゃ化け物だ……おっちゃんもちょっとは腕に覚えがあったが……一分も持たなかったよ……ははっ……」

 

 リンゲル国親衛隊副隊長であったガイアロードは、国へと攻め込んできたケイブリスに果敢に勝負を挑んだ。だが、それは勝負とは呼べない代物。一方的な蹂躙により親衛隊は壊滅。ガイアロード自身も、まるで相手にされないまま虐殺されたのだ。200年経った今でもあのときの恐怖が魂に刻み込まれている。

 

「そうか……だが会うなというのは無理な話だな……」

「ん? そいつはどういうことだんね?」

 

 ルークは一瞬だけ振り返り、静かに笑う。それは、己が身に過ぎたる事を言うことへの自嘲か、あるいはもっと別の何かか。

 

「いずれ、必ず戦わねばならない相手だ。あんたのその無念、俺がこの剣と共に持って行く」

「戦う……? 魔人と……?」

 

 幻獣の剣を掲げながら部屋を後にするルーク。その目に見据えるものの正体を、ミイラ男には最後まで読み取る事が出来なかった。

 

 




[人物]
ミリ・ヨークス
LV 15/28
技能 剣戦闘LV1
 ミル・ヨークスの姉。腕の確かな女剣士で、Hの腕はそれ以上。その性豪ぶりは異常であり、ランスがヤルのを躊躇う数少ない女性の一人。町を沈めた妹にその責任を取らせるため、仲間たちと共に迷宮に潜っていた。また、自身もまだ気が付いていないが、重い病を患っている。

バ・デロス・ガイアロード
LV 25/33 (生前)
技能 剣戦闘LV1
 リンゲル国親衛隊副隊長。平和な国、尊敬できる王、信頼できる仲間、美人の妻と愛娘、その全てを魔人ケイブリスに奪われた。現在はピラミッドの中でミイラとして暮らしている。この生活もそれなりに気に入ってはいるようだ。

ルー (オリモブ)
 ミリの仲間の女戦士。迷宮探索中に戦死。ミリとは三人の中でも一番性格が合い、飲み友達でもあった。ミリが持っているアリスソードは彼女の愛剣である。名前はアリスソフト作品の「DALK」より。

チョルラ (オリモブ)
 ミリの仲間の女戦士。迷宮探索中に戦死。ミリ、ルーと共によく一晩中飲み明かしていた。名前はアリスソフト作品の「DALK」より。

アリーヌ (オリモブ)
 ミリの仲間の女戦士。迷宮探索中に戦死。普段から飲み過ぎな三人に頭を抱えていた苦労人。名前はアリスソフト作品の「DALK」より。


[モンスター]
こかとりす
 鳥系モンスター。肉の味が絶品で、冒険者によく狙われている。ランスの好物であるへんでろぱの材料でもある。

こんにちわ
 顔が三つある球体のモンスター。怨念が深いと、倒された際こんばんわというモンスターとして復活することがある。

ラーカイム
 ヤドカリに似たモンスター。岩を背負い、鋭いハサミを持っている。意味も無く岩を押している姿をたびたび目撃されているが、その真意は不明。

グリーンスライム
 緑のねばねばしたモンスター。物理攻撃を無効化する。

拷問戦士
 女の子の拷問を生き甲斐とする残忍な戦士。剣の他に雷撃などの魔法も使用してくる強敵であり、シィルの援護付きとはいえこれを倒せる時点でバードの実力はそれなりに高い。水の彫像戦も、もう少しまともな援護があったのならば勝てたのかもしれない。


[技]
ファイヤーレーザー
 両手から追尾能力のある高熱光線を放つ炎系上級魔法。ある程度の才能がなければ使用することが出来ない強力な魔法である。


[装備品]
ロングソード
 ごく一般的な剣。値段の割にはそこそこ攻撃力もあるため、とりあえずこれを装備している冒険者も多い。

アリスソード
 柄に女神アリスをモチーフにした紋章が飾られている剣。攻撃力は高いが見た目以上に軽く、力のない魔法使いや神官でも装備可能。ミリが今は亡き友から譲り受けた愛剣でもある。


[都市]
リンゲル国
 自由都市。近隣諸国と良好な関係を築いており、特にゼスやモエモエ国との親交が深かった。200年ほど前、魔人ケイブリスによって二日で滅ぼされる。


[その他]
GI0802 魔人の後押しを受けゼス建国 モエモエ国騎士隊長、行方不明に
GI0808 モエモエ国、ゼスに併合され滅びる
GI0813 ケイブリスダーク発生 リンゲル国滅びる
GI0816 ゼスヘルマン戦争勃発 キナニ砂漠が誕生


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第11話 幻獣使い ミル・ヨークス

 

-妖体迷宮 拷問部屋-

 

「はぁ……はぁ……なんとか勝てた……」

「お疲れ様です、バードさん」

 

 激戦の末になんとか拷問戦士を打ち倒したバードとシィルが一息ついていた。傷だらけのバードをシィルがヒーリングの魔法で回復している。しっかりと描写すれば小説一冊分にもなろうかという程の戦いであったが、残念ながらカットである。

 

「……ん? なんか今、よく判らないけど不幸な目にあった気が……」

「どうかされましたか、バードさん?」

「ああ、いや、なんでもない。それよりも、拷問されていた少女は一体……?」

 

 バードが救出した少女に視線を送る。先程シィルが治療をしていたのだが、バードが拷問戦士を倒した事で安心したのか、今は意識を失っていた。

 

「治療をしているときに聞いたのですが、彼女はレザリアンさんというそうで、カスタムの町の住人だそうです」

「攫われた少女の一人という事か……くそ、四魔女の奴め!」

 

 バードが憎々しげにそう口にするが、マリアと対峙したシィルは若干複雑な心境であった。確かにこちらを殺そうとはしてきたが、研究室で話した際にはそれ程悪い人間には見えなかった。本当に彼女たちがこんなに酷い拷問を指示したというのか。そのとき、部屋の扉からヌッと二つの巨体が入ってくる。

 

「おい、拷問相手を変える時間だぞ……と、なんだ貴様らは?」

「おいおい、やられているじゃないか」

 

 部屋に入ってきたのは、二体の新たな拷問戦士。それぞれが先程助けた少女と同じようにアザを作った少女を連れている。恐らく、彼女たちも攫われてきたカスタムの住人なのだろう。バードがすぐさま剣を抜いて立ち上がり、拷問戦士に向かって剣を向ける。

 

「お前たち、その少女たちを離せ!」

「くくく、一人倒したくらいで粋がるなよ。お前が倒したのは、我ら拷問戦士の中でも一番の小物」

「今回の拷問主に選ばれたのが不思議なくらいな弱さだったんだよ」

「なんだと!? くっ……それでも、僕はお前たちを倒す!」

「(同じモンスターの間でそんなに強さに開きがあるものなのでしょうか……?)」

 

 シィルの疑問を余所に、バードは二体の拷問戦士に果敢に立ち向かっていく。シィルもすぐさまバードを援護すべく詠唱を始め、拷問戦士二体も少女を放り捨てて鞭を構える。ルークたちのあずかり知らぬところで再度激戦の幕が上がるのだが、こちらも残念ながらカットである。

 

 

 

-ピラミッド迷宮深部 通路-

 

「もう……お嫁に行けない……」

「ほら、あんま気にすんなよ。野良犬にでも噛まれたと思って……」

「噛んだ張本人が言わないでください!」

 

 一行は最後のワープ装置を起動させ、ミイラ男から聞いた話し声のする部屋を目指して迷宮を進んでいた。後ろではマリアがさめざめと泣いている。ミリが慰めているが、泣かせた張本人にフォローされても効果は薄いだろう。すると、先頭を歩いていたランスがその歩みを止める。目の前には、少し開けた部屋。

 

「これがミイラ男の言っていた部屋か? 誰もいないではないか」

「いや、聞いた話ではもう少し先のはずだ」

「ねぇ、ランス……なんだかこの部屋寒気がするわ……早く抜けましょう」

「うむ、こんな部屋に長居は無用だな。ん、なんだこの札は?」

 

 ミイラ男から聞いていた部屋まではそれなりに距離があると聞いていたので、この部屋ではないはず。見れば、部屋の奥にはその先の通路に続く扉が見える。さっさと通り抜けてしまおうと部屋を横断するルークたちだったが、ふとランスの目に壁に貼られた一枚のお札が飛び込んでくる。

 

「ピラミッドにお札とは不釣り合いだな」

「ていっ!」

「ええっ!? そんな見るからに怪しいものを考え無しに剥がさないで!」

 

 いきなり札を剥がしてしまったランスにマリアがツッコミを入れていると、その札のあった場所からモクモクと煙が立ち上る。同時に、部屋を強力な邪気が包み込む。すぐさまルークとミリが剣を抜いて煙の方に向き直りながら構えると、煙の向こうからゆっくりと一人の女性が姿を現す。緑色の髪の美しい女性だが、その頭には角が生えている。ただ者では無い。ルークがそう感じながら剣を強く握り直していると、突如その女性が深々と頭を下げながら口を開いた。

 

「はじめまして、悪魔の札により召喚された者です。事情により名前は言えませんが、以後お見知りおきを……」

「悪魔だと……!?」

「ちょっと待って! 私たちは別に貴女を呼び出してなんかいないわよ!」

「そこの戦士の方が札を剥がしてくださいましたでしょう。あれが私を呼び出す方法です」

「ふむ、やはり怪しい代物だったか。俺様には判っていたぞ」

「なら考え無しに剥がさないでよ!」

 

 腕組みをしながら堂々とした態度のランスにマリアが苦言を呈す。悪魔、それは神々と対を成す存在であり、階級にもよるがその強さは人間を遙かに凌駕する。そんなものを軽々しく呼び出してしまうなど、非常に危険な行為なのだ。ルークは緊張感を解くことなく、悪魔に向かって尋ねる。

 

「それで、お前は何をしに出てきたんだ?」

「そうですね。では、説明をさせていただきます」

 

 悪魔の女性はコホン、と咳払いを一つし、自分を呼び出された目的を話す。

 

「私は呼び出された方の願い事を三つだけ叶えます。もちろん、私の力の範囲内でしか願い事は叶えられないので、不老不死や世界平和などは無理ですが」

「話が美味すぎるねぇ。あんたへの見返りは?」

「見返りは願いを叶えた者の魂を頂きます。ああ、安心してください。魂は死後に引き取りに来ますので、今後の生活が変わる訳ではありません。ですので、安心して願いを仰ってください!」

 

 キャッチセールスの様な口調で話を続ける悪魔。ミリの質問にも慌てる事無く、丁寧に質問に答える。話を聞く限りでは、確かにかなり美味しい契約だ。だが、悪魔の契約などそんな簡単に信用していいものではない。

 

「(ようやく悪魔の契約係を任せられるくらいに出世したんだもんね……初仕事頑張らなきゃ……)」

 

 悪魔の女性が内心でグッと拳を握りしめる。彼女は契約係に出世したばかりであり、今回が初仕事であった。いきなり躓くわけにはいかないので、自然とセールストークにも力が入る。

 

「さあ、どうですか? 死後の魂なんて今の貴方には関係ありませんし、ここは私と契約を結びませんか?」

「……叶えられる範囲ならどんな願い事でもいいんだな?」

「勿論です!」

「ちょっとランス、危険よ!」

「確かに俺も危ないと思うぜ。悪魔を信用しすぎるな」

「契約するなら無理には止めないが……賛同は出来んな……」

 

 ランスがあからさまに興味を見せたのを見た三人は口々にそれを止めようとする。が、ランスは三人の意見を気にすることなく、ニヤリと笑いながら悪魔に向き直る。

 

「がはは、大丈夫だ。悪魔の娘、その契約乗ったぞ!」

「(やった、初仕事成功! 私って幸先いい!!)」

 

 返事を聞いた悪魔の女性は、嬉しそうに羽尾をパタパタと動かす。その悪魔とは対照的に、マリアは心配そうにランスを見つめている。

 

「おい、お前に叶えられる範囲ならなんでもいいんだな?」

「はい。私に叶えられる範囲であれば、なんでも大丈夫です」

「(あーあ……なんでも、って言っちまったよ……)」

「(これで願いの一つは確定だな……)」

 

 悪魔の言葉を聞いて、ミリとルークが哀れんだ視線をその悪魔に向ける。ある意味、一つ目の願いが確定した瞬間であったが、そんな事を知る由も無い悪魔はランスに向かって問いかける。

 

「ではさっそく、願いの方をお願いします」

「うむ……俺様の願いはズバリ……」

「ズバリ……?」

「ゴクリ……」

 

 ランスがキリッと真剣な表情になり、悪魔の女性もそれに反応して真剣な表情になる。漂う緊迫感にマリアがゴクリと息を呑みこむのと同時に、ランスが口を開いた。

 

「ヤらせろ!」

「………………へ?」

 

 想定もしていなかったであろう回答に思考が追いつかないのか、ポカーンとアホ面になる悪魔の女性。隣では盛大にマリアがずっこけている。

 

「この男はなんだって、こう……」

「そうか? 俺は絶対にこう言うと思っていたぜ」

「まあ、これでこそランスというか、何というか……」

 

 予想通りの展開にちょっと誇らしげなミリ。ルークも予想通りの回答にため息をつく。流石はランスと言ったところか。

 

「どうした? まさかこの願いは駄目だとか言うつもりはあるまい? どう考えても、貴様に叶えられる範囲の願いだもんなぁ?」

「へぁ!? も、勿論そんなことありませんよ。ただ、その、そんな願い事をする人間がいるなど、今まで聞いた事が無かったので……」

「がはは、それではさっそくゴーだ!」

「ええっ!? こ、ここでするんですか!? せめて他の人を別の場所にとか……」

 

 ちらりとルークたちを見る悪魔の女性。気のせいか、その目はこちらに助けを求めているような目であった。だが、ランスはふん、と鼻を鳴らして悪魔を挑発するような言動を取る。

 

「なんだ? 悪魔のくせに恥ずかしいのか? 情けない悪魔だ!」

「カッチーン! そ、そんなことはありません。さぁ、どこからでも来てください!! ドンと来いです!」

「はぁ……まんまと挑発に乗ってしまったな、あの悪魔……」

「男慣れしてないんだろうねぇ」

「そういう問題なの? というか、止めないの?」

「別に悪魔を助ける義理もないしねぇ……」

 

 臨戦態勢に入る悪魔に呆れた様子のミリとルーク。マリアが止めないのかと聞いてくるが、悪魔を助ける義理も義務も無い。なにせ魂を賭けた契約なのだ。この程度の願いはなんら問題の無い範囲だろう。

 

「ぐふふ、では……とーーーー!」

「きゃあ!」

「お、始まった、始まった」

 

 ランスが悪魔に飛びかかり、部屋の中心部で情事が始まる。ミリがそれをやんややんやと観戦し、ルークとマリアは部屋の隅で壁とにらめっこしながら事が終わるのを待つ。もし万が一悪魔が反抗した場合の時に備え、部屋からは出て行かない二人。その背中は若干の哀愁が漂っていた。

 

「がはは、悪魔はエロエロだぞ! マリアも見ろ!」

「ルーク、あんたもこっちに来たらどうだ? 悪魔と人間の行為なんて、中々見られるもんじゃないぜ」

「ギャラリー増やそうとしないで……」

 

 ランスとミリが壁を向いている二人を誘う。ルークの観戦を誘ったミリをランスが止めなかったのは、ルークがランスからそれなりの信頼を得ているのか、はたまた気持ちよすぎて深く考えなかっただけなのか。

 

「別に興味はないんでパス」

「私もパスします。女の子がランスにHされてるとこなんて、見たくないもん」

「がはは、マリアはやきもち焼きだな」

「……馬ぁ鹿」

「ミリ、この反応はどうなんだ?」

「さあね。ただの嫌悪感か、本気のやきもちか……後者だとしても、本人に自覚はなさそうだねぇ」

「胸揉みながら普通に会話とかしないで……」

 

 マリアの意外な反応にルークとミリが驚いている中、ランスはマリアと会話しながら普通に悪魔の胸を揉みしだく。先程から悪魔が抗議を続けているのだが、それを聞いている者は誰一人としていなかった。その後、二十分ほど行為が続き、しっかりと本番まで終わらせたランス。悪魔はぐったりとしている。

 

「人間のくせに……人間のくせに……」

「なんか小声でボソボソ言っているぞ」

「トラウマにならなきゃいいけどねぇ……」

 

 ルークとミリの心配を余所に、ランスが悪魔へと近づいていき無理矢理その身体を起こす。

 

「ほら、いい加減起きろ。悪魔のくせに弱っちいな」

「くぅぅ…… (人間のくせに、人間のくせに、人間のくせに!!)」

「おぉう、射殺さんばかりの視線だな」

「こっちが素か」

 

 どうやら先程までの丁寧な話し方や態度は、契約を結ばせるための外面だったらしい。悪魔にしては珍しい態度だと思っていたルークだが、これで合点がいく。と、丁度ランスが二つ目の願いを口にしようとしていた。

 

「さて、それじゃあ次の願い事だが……」

「ルーク、マリア、なんだと思う? 賭けないかい? 俺は大金を寄越せに賭ける」

「普通にシィルちゃん救出の手伝いじゃないの?」

「ふむ……もう一つ願い事はあるからな。シィルちゃん救出は三つ目に取っておいて、二つ目は美人の悪魔を紹介しろ、かな」

 

 三人がそれぞれの予想を立てつつ、ランスが何を願うのか注目する。だが、ランスの口から発せられたのは予想外の願い。

 

「ズバリ、ヤらせろ!!」

「………………………………」

「……お、鬼だわ!」

「……これは流石に読めなかったな」

「……大した男だ」

「おねが、お願いです! お願いですから別の願い事に……いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

 カーン、とどこかでゴングが鳴る音が聞こえた気がする。第二ラウンド突入。それはつまり、ルークとマリアの壁とのにらめっこ第二ラウンド突入も意味していた。

 

 

「それでは……次が最後の願いです……よく……よーく考えた上でお願いします」

 

 第二ラウンドもたっぷりと時間を掛けられ楽しまれた悪魔。まさかの三ラウンドを警戒してか、必要以上にランスに念を押している。それに対し、既に三つ目の願いを決めていたのか、ランスは即答する。

 

「俺様の魂を取るという話をなかったことにしろ」

「……えっ?」

「何だ? お前に叶えられる範囲のことだろう、この願いは」

「……上手いな」

 

 ルークが感心する。ランスのこういう悪知恵に対しての頭の回転は本当に凄い。

 

「い、いえ……その……あの……願いを増やしたり、契約を無かった事にしたりするのは本来認められていなくて……」

「そんな話は聞いていないぞ!」

「……はっ!? い、言い忘れた!?」

「完全にそちらの落ち度だな。となれば、この願いを拒否するのは契約違反と言える。」

「で、でも本来は認められていなくて……」

「まったく、悪魔というのは自分が交わした契約一つ守れないのか。あぁ、情けない」

「……わかり……ました……受理させて……いただきます……」

 

 ガクリと頭を下げる悪魔。その頬を涙が伝っている。

 

「私、今なら悪魔と仲良く出来るかも……」

「まだ鏡の間の事を根に持っていたのかい?」

 

 マリアの呟きにミリがポリポリと頬を掻く。なにやら悪魔に親近感を持ってしまったらしい。ある意味、悲しい発言である。

 

「がはははは! 悪魔とタダでHしてやったぞ! とーくしたー!!」

「う……うわーん! この悪魔ーーー!! 二度と私の前に現れるなーーーー!!!」

 

 悪魔を挑発するかのように目の前で小躍りをするランスに悪態をつきながら、悪魔は泣きながらどこかへと去っていってしまった。

 

「悪魔に悪魔って呼ばれる人間が誕生したわ……」

「ある意味、歴史的瞬間かもしれんな」

 

 去っていく悪魔の背中を悲しげな瞳で見つめるマリアとルーク。だが、あの悪魔は真面目に戦えば自分たちの敵う相手では無かっただろう。呼び出したのがランス自身とはいえ、上手い事追い払ってくれた事に感謝しつつ、あの悪魔がシャイラとネイの二人と組んで復讐とか言い出さねばいいが、とルークは切に願うのだった。

 

 

 

-ピラミッド迷宮 幻獣の間-

 

 ピラミッド迷宮にある、ただ広いだけの何も置いていない部屋。実は階段の側にこの部屋はあるのだが、その入り口は壁に覆われており、合い言葉を言わないとそちらから入る事が出来ないため、ルークたちは気が付く事が出来なかったのだ。

 

「ああ、楽しかった。ボールは片付けておいてね」

 

 部屋の中でそう幻獣に指示を出すのは、四魔女の一人、ミル・ヨークス。この部屋は彼女が幻獣たちとの時間を過ごすために、リーダーの志津香にお願いして造り出して貰った部屋であった。自分が生み出したたくさんの幻獣たちと、あるときは魔法の修行を、またあるときは鬼ごっこやボール遊びをして楽しんだ。今も丁度ボール遊びを終え、幻獣に後片付けをお願いして部屋の奥へと下がろうとしているところだった。この奥には、ミルが生活するための部屋が別途造られているのだ。存分に遊んだため、一眠りしようとミルは考えていたが、部屋の入り口から誰かが入ってくるのが見えたためその歩みを止める。

 

「だぁれ? なにかご用?」

「ミルッ!!」

「おお、あれがミルだな。ぐふふ、彼女も美人ではないか」

「あっ、ランス。言っておかなきゃいけないことがあるんだけど、ミルはね……」

 

 部屋に入ってきたのは四人。男二人は知らない人間だったが、残りの二人の女性はミルもよく知る人物である。同じ四魔女の一人であるマリアと、実姉であるミリ。予想外の来訪者にミルが目を丸くしていると、そのスレンダーな体つきと幼さを残しながらも美人の容姿を見たランスが嬉しそうに声を上げる。それに対してマリアが何かを言おうとするが、それはミルの言葉によって遮られてしまう。

 

「あれ、お姉ちゃん? もう、なんで来たのよ。私のことは放っておいてよ!」

「ようやく見つけたぞ、ミル! 町の人たちにこんなに迷惑かけやがって……指輪を外して姉ちゃんと来るんだ!」

「ふんだ!」

 

 ぷいっ、と頬を膨らませてそっぽを向くミル。その反抗的な態度を見た瞬間、ミリの額にはビキッと青筋が浮かぶのをルークは確かに見た。

 

「こら! いい加減にしないと、お尻ペンペンじゃすまさないよ!」

「ひっ……」

「子供じゃあるまいし……」

 

 声を荒げるミリに、何故か怯えた態度を見せるミル。ミリの発言もどうかと思ったが、どちらかというとお尻ペンペンに怯えているミルに対してルークは呆れる。あれではまるで子供だ。

 

「な、なによ、なによ。全然怖くなんかないんだからね! もう、さっさと帰って!!」

「そうは行くか! お前も一緒に帰るんだよ、ミル!」

「帰らないわ! 私はここで大好きな幻獣さんとずーっと一緒に暮らすんだもん。ここなら誰にも怒られない。一日中好きな事を出来るなんて最高!」

「ふん、お尻ペンペンにびびっていたのもそうだが、子供みたいな考え方だな。これは立派な大人の見本である俺様がお仕置きしてやらねばなるまい」

「いや、だからミルはまだ……」

「幻獣さん!」

 

 ミルに呼ばれ、ボールを部屋の隅に置いていた幻獣が慌ててミルの前に飛んでくる。身体は青白く、鋭い爪にギョロリとした目。あれが幻獣。

 

「ふん、たった一体で俺様を止める気とは、身の程知らずも甚だしいぞ」

「たった一体? ふふん、勘違いは止めてよね!」

 

 剣を抜きながら挑発するランスに対し、ミルは勝ち誇った顔をしながら右手を前へと突き出し、そのまま横へとゆっくり動かしていく。すると、その手が通った虚空上からザワザワと何かが生み出される。それは、先に部屋にいたものと全く同じ姿の幻獣。それが今の簡単な動作だけで、なんと五体も生み出されたのだ。

 

「あれだけで幻獣を呼び出したというのか!?」

「指輪のせいよ! 幻獣召喚は、本来こんなに簡単な魔法じゃない!」

「うふふ。今のミルは無敵なんだから……やっちゃって、幻獣さん!!」

「来るぞ!」

 

 ルークが目を見開く。無尽蔵に生み出すとは聞いていたが、あんなスピードで量産されては為す術がない。だが、部屋の構造上奇襲は難しく、正面から挑むしかなかったのだ。ミルの合図を受け、幻獣たちがルークたちめがけて一斉に宙を走る。ミリの声に反応し、マリアも慌ててチューリップを構えるが、それよりも早くランスが前へと駆け出した。

 

「がはは、動きが鈍いな。俺様の華麗な剣技で真っ二つだ!」

 

 ランスが幻獣の頭目がけて剣を振るう。だが、ランスの剣は幻獣の体をすり抜けてしまった。思わぬ事態にランスは体勢を崩しそうになるがなんとか持ち堪えると、目の前に迫っていた幻獣が爪を振るってくる。慌てて剣でガードしたランス。ガキン、という金属音が部屋に響き渡る。

 

「ぐぬ……ふんっ!」

 

 爪を剣で防げたのを確認しつつ、ランスは再度剣を振るう。が、またもその剣は幻獣の体をすり抜けてしまった。

 

「なんでじゃぁぁぁ! おい、マリア! どういう事だ!」

「わ、判らないわ……駄目、私のチューリップも効かない!」

 

 ランスが思わずマリアに向かって怒鳴るが、同じ四魔女であったマリアも目を丸くして驚いている。チューリップ1号の砲撃も幻獣の体をすり抜けてしまったのだ。その二人の様子を見て、ミルが笑い声を上げる。

 

「あはははは、私の幻獣さんにはそんな攻撃は効かないわよ! 幻獣さんは、普通の攻撃じゃあ倒せないのよ。そういう性質持ちなの」

「そんな……今までミルが呼び出している幻獣はそんな事なかったのに……」

「未熟者でも指輪の力で一端の魔法使いって事かい……くそっ、どこまで世間様に迷惑かければ気が済むんだ、ミル!」

「み、未熟じゃないもん!」

 

 幻獣の呪文とは、無の世界から怪物を召喚する力。その怪物たちはある特殊な性質を持っていた。それが、攻撃完全無効化の性質だ。彼らの周囲には常に特殊な結界が張られており、その結界の力によって同族の攻撃以外は全て無効化してしまうのだ。唯一攻撃に使う爪の部分だけは結界が張られていないのだが、それでは攻撃を防ぐだけで精一杯である。これまでのミルではその結界を完全再現出来ていなかったのだが、指輪の力により魔力が増幅した今のミルには幻獣の力を完全に再現出来ていたのだ。

 

「ええい、汚いぞ! 幻獣の弱点を教えろ!」

「ふふん、勝者の余裕で教えてあげてもいいわよ」

「む、なんだ、中々に話の判る娘ではないか」

 

 ランスの質問に素直に答える態度を見せるミル。だが、そんなに甘い話の訳がない。

 

「幻獣さんの力も完璧って訳じゃあないわ。強い力を持った神や悪魔には通用しないの。でも、それ以外は問題なし。誰にも幻獣さんを殺す事は出来ないわ」

「……俺様たちが勝つ方法は?」

「無いわ。ああ、一つだけ。術者である私を倒せばいいのよ」

「む、確かにその通りだ。では早速……」

「ふっ!」

 

 ランスがずかずかとミルに近寄ろうとしたが、ミルはまたも手を横に振るう。すると、今度は一気に八体もの幻獣が生み出される。元からいた六体と合わせると、部屋の中には十四体もの幻獣がいる事になる。その全てが、こちらの攻撃を無効化するのだ。

 

「なにしているんだ、貴様! これでは近寄れんではないか!」

「当然じゃない。うふふ、これだけ早く幻獣を生み出せれば、誰も私には近寄れない。もしかして、今の私は地上最強の魔法使いなのかも……最強なんて興味なかったけど、いざなってみると格好良くていいかも……」

 

 ミルが自身の指に填められているフィールの指輪をうっとりとした目で見つめる。妖しく光るフィールの指輪。あの指輪の力によってミルはおかしくなってしまっているのだ。

 

「さあ、幻獣さん。取り囲んで!!」

「くっ……」

 

 ミルの言葉に反応し、ランスたちの周囲に散らばる幻獣たち。四方を取り囲まれたランスたちは互いに背中を合わせ、幻獣たちを睨み付ける。

 

「今ならごめんなさいすれば無傷で帰してあげるわ」

「ごめんなさいするのは、悪い事をしたときだって教えただろ。だから俺は謝らないぞ。悪い事をしているのは、ミル、お前だ……」

「……幻獣さん、殺さない程度に痛めつけて!!」

 

 ミリの言葉に一度だけ唇を噛みしめたミルだったが、すぐに幻獣に攻撃の指示を出す。それに反応し、先頭にいた二体の幻獣がルークたちに迫る。

 

「大昔には幻獣さんにダメージを与えられる幻獣の剣っていうのがあったみたいだけど、とっくに行方知れずになっちゃっているわ! さあ、観念してやられてよね!」

「えっ?」

「なに?」

「それは……」

 

 ミルの言葉に一斉に反応する一同。マリア、ランス、ミリの三人が思わず声を漏らして一人の男を見る。それに応えるかのように、その男は持っていた剣を腰に差し、もう一本の剣へと持ち替えて幻獣に駆け出す。無駄な行為だ。ミルがそう吐き捨てようとした瞬間、それは起きた。

 

「……えっ!?」

 

 一閃。男に迫っていた二体の幻獣は、男の剣によって一刀両断され消滅してしまったのだ。ミルが目を見開いて驚愕する。目の前の光景が信じられない。

 

「わざわざ説明ありがとう。幻獣の剣、っていうのはこいつの事かな?」

 

 その男、ルーク・グラントが持っていた剣をミルに見せつける。ところどころに高そうな装飾が施された剣。幻獣使いだからこそ、天敵とも呼べるこの代物はしっかりと文献で調べていたのだ。だからこそ、ミルは確信する。間違いない。目の前にあるのは本に載っていた剣と全く同じものだ。

 

「そ、それは幻獣の剣!? どうしてそれを!? 200年くらい前から行方が判らないはずなのに!」

「たまたま譲り受けてな。まさかいきなり役に立つとは……ガイアロードには感謝しなければならんな」

「ほらね、必要なアイテムは冒険中に見つかるものでしょ?」

「いや、俺様の強運のお陰だな。流石は俺様」

 

 マリアとランスが後ろで暢気な話をしているのが聞こえるが、ルークはそれを無視してミルに向き直る。ビクッと一度震えた後、ルークをキッと睨み付けてミルが叫ぶ。

 

「卑怯よ! 反則だわ! その剣は幻獣使いにとっては天敵なのよ!」

「こんなダメージを与えられない敵を量産した貴様に反則呼ばわりされたくないわ!」

 

 ミルの叫びに反応したのか、はたまたランスがミルに向かって怒鳴ったことに反応したのかは判らないが、一体の幻獣が爪を立ててランスへと向かっていく。ルークはすぐさま駆け出し、ランスの前に立って幻獣の剣を横薙ぎに振るう。またも一閃。同時に、ルークは今の感触からとある事を確信する。

 

「ふん、あのミイラ男から貰った剣がこれ程使えるとはな。仕方がない、今この場で戦えるのはお前だけだ。さあ、働け! それと、この戦いが終わったらその剣は俺様に寄越せ」

「なんて理不尽!?」

「しかもルーク一人に戦わせて、自分は楽するつもりだ……」

 

 ランスがふんぞり返りながらルークに指示を出すのを見て、マリアとミリが呆れたような視線を向ける。だが、自分たちには何も出来ないのは事実。ここは幻獣の剣を持っているルークに頑張って貰うしかないのだ。だが、そのルークは一度だけ静かな笑みをランスに向けると、手に持っていた幻獣の剣をランスに向かって放り投げる。思わず反射的に受け取ってしまうランス。

 

「ランス、使え。別にあげる訳では無いからな。後でちゃんと返せよ」

「むっ、貴様……自分が楽するために俺様に剣を渡したな。めんどくさいからお前がこれを使って戦え……っておい! 話を聞け!」

 

 ランスの話が終わるよりも早く、ルークは駆け出していた。腰に差していた妃円の剣を抜き、目の前の幻獣へと突っ込んでいく。対する幻獣も鋭い爪を高々と掲げ、ルークに向かって振り下ろそうとしてくる。

 

「だめ、ルークさん危ないわ!!」

「何やってんだ! さっさと下がれ!!」

 

 マリアとミリが思わず叫び声を上げる。普通の剣で幻獣に向かうなど自殺行為だ。その叫び声に反応するかのように、幻獣の腕とルークの剣が交差する。ランスのときとは違い、ルークの剣は爪ではなく腕の部分に向かっている。それでは、ランスのときのように幻獣の攻撃を防ぐ事は出来ない。ルークの剣は幻獣の体をすり抜け、幻獣の爪はルークの体を引き裂く。その場にいた誰もがそう予想していた。だが、現実に起こったのは全く逆の出来事。

 

「むっ……」

「なっ!?」

「おいおい、マジかよ……」

「嘘……どうして……」

 

 ランスが眉をひそめ、マリアは呆然とし、ミリは頭に手をやりながらため息をつく。ルークの剣は幻獣の体をすり抜ける事無く、その腕を斬り裂いてそのまま幻獣の体を両断したのだ。幻獣の剣でやったのならば、まだ判る。だが、ルークの持っている剣は妃円の剣。ミルが呆然としながら声を漏らす。有り得ない事態が二度も続いたのだ。一体何が起こっているのか理解しきれない。今のミルには冷静な判断が出来ず、ただただ声を荒げる事しか出来なかった。

 

「何をしたの!? なんで普通の剣で幻獣さんに攻撃できるの!?」

「残念だったな、ミル・ヨークス。どうやら俺は幻獣使いにとって……」

 

 先にも記したとおり、幻獣の周囲には常に特殊な結界が張られていて、その力で敵の攻撃を無効化している。そう、結界なのだ。それをルークが確信したのは、幻獣の剣で敵を斬り裂いたとき。微かに感じたそれは、自身の能力が発動する感覚であった。対結界。ルークのみが保有する、結界無効化技能。それは、ミルにとっては幻獣の剣以上の……

 

「天敵みたいだ!!」

 

 

 

-悪魔界 某所-

 

「願い事を叶えたのに契約を破棄されたですって? ……グズね。フェリス、あなたは降格処分よ」

「そ、そんなぁぁぁぁぁぁ!! フィオリ様ぁぁぁぁ!!!」

 

 一方その頃、一人の悪魔の転落人生がスタートしていた。

 

 




[人物]
フェリス
LV -/-
技能 悪魔LV2
 元カラーの悪魔。若くして第六階級まで上り詰めたエリートであったが、ランスのせいで降格させられた。悪魔は通常のLV概念から外れており、階級や功績によって強さがある程度変動する。第六階級ともなれば、並の魔人とも同等に渡り合える実力を持つ。降格したが。

フィオリ・ミルフィオリ (ゲスト)
LV -/-
技能 悪魔LV2
 フェリスの上司。ドS。第三階級悪魔で、広大な領地を持つ君主。その実力は並の魔人では到底太刀打ちできず、魔人四天王と呼ばれる上位魔人と互角か少し上の力を持つ。最近空中に浮かぶ都市が気になっているとかいないとか。アリスソフト作品の「闘神都市3」よりゲスト出演。今後の登場予定もあり。


[技能]
悪魔
 悪魔としての才能。人間やカラーから転生した者は、転生する際に身につく。


[装備品]
幻獣の剣
 ガイアロードが生前に使っていた業物の剣。特殊な結界に覆われていてダメージを与えられない幻獣を斬り伏せる事が出来る特殊能力を持つ。盗難防止のため本人以外の男性が触ると電流が走る仕掛けとなっているが、その仕掛けを解除してからルークに手渡したため、今は誰でも持つことが出来る。


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第12話 幻術使い エレノア・ラン

 

数日前

-ピラミッド迷宮 幻獣の間-

 

「炎の矢!」

 

 ランの放った炎の矢が幻獣へと向かっていくが、その体をすり抜けて壁を焦がす事しか出来ない。そのまま幻獣はランへと突進し、鋭い爪を振り下ろす。すぐさま爪を剣で受け止めるラン。

 

「くっ……はぁっ!」

 

 爪をかち上げ、剣を横薙ぎに振るう。だが、その一撃は幻獣の体をすり抜けてしまう。瞬間、ランは何かに気が付いて周りを見回す。いつの間にか自分の周りを五体の幻獣が取り囲んでいたのだ。一度ため息をつき、剣を下ろす。

 

「参ったわ。私じゃ勝ち目が無いわね」

「やったあ! 一対一でランに勝つのは初めてかも!」

 

 ピョンピョンとミルが飛び跳ねながら嬉しそうにしている。ミルの能力は基本的に集団戦で輝く。ラギシスの下で修行をしている際も、タッグの模擬戦をした際はミルと志津香がどう上手く立ち回るかで勝敗が決する事が多かった。志津香&ミルVSマリア&ランになった日には、後者は涙するしかないほどの蹂躙でしかなかった。

 

「まさか幻獣にダメージを与えられなくなるなんて……これが幻獣の真の力なのよね?」

 

 ランが幻獣をつんつんと指で突きながらそう口にする。昔のファンシーな幻獣であれば絵になったが、今の恐い幻獣ではシュールな光景でしかない。

 

「うん。幻獣さんにダメージを与える手段は、基本的には無いはずだよ」

「そんな凄いものをこのスピードで呼び出されたら流石にね……瞬間移動でもあれば話は別だけど」

「大昔にいたんだっけ? 瞬間移動の使い手」

「眉唾物だけどね」

 

 以前のミルはこの無敵な幻獣を呼び出す事が出来ず、何発か攻撃を与えれば消滅する程度の強さであった。そのうえ生み出すスピードも今とは段違いであり、また調子にのって生みだし過ぎるとすぐに魔力がつきてしまう。一人前の幻獣使いにとっても、生み出すスピードと魔力切れは永遠の課題とも言える代物である。だが、指輪の力で強化された今のミルはその全ての不安要素を取り払った状態なのだ。今の彼女を倒すのは、ゼスの大魔法使いであっても容易にはいかないだろう。

 

「もしかしたら……今のミルなら志津香にも勝てるかもね」

「えっ!? 本当!?」

 

 ミルが目を輝かせる。四魔女の中でも志津香の才能は頭一つ抜けており、一対一で勝とうなど夢のまた夢であった。だが、今のミルはハッキリ言って規格外の強さだ。彼女に勝つには、広範囲高威力の上級魔法で一気に仕留めるか、瞬間移動のような超スピードの移動術でミル自身に一気に近づくかしかない。だが、一対一であれば上級魔法の詠唱は幻獣で止められる。となれば、志津香でも厳しいはずだ。

 

「ねっ、ねっ、志津香とマリアも模擬戦してくれないかな?」

「二人とも今は忙しそうだからね。でも、今やっている事が終わったら付き合ってくれるとは思うわよ」

「そうよね。私は志津香を越えたわ、なんて言ったら絶対付き合ってくれるわよね!」

「強さ二割増しくらいにはなりそうだけど……」

 

 ランがため息をつきながらそう答える。志津香の才能は文句なしなのだが、どうにも挑発に乗りやすいところがある。もう少し冷静な判断を身につければ、もっと高みに上れるだろうに、と以前からランは思っていたのだ。そのランを横目に、ミルは幻獣の頬を触りながら嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「うふふ……幻獣さんは強いんだもんね……」

 

 今までは自分の力不足で幻獣の強さを発揮しきれていなかった。だが、今は違う。自分の大好きな幻獣の力を皆に認めさせる事が出来る。それが何よりも嬉しかった。

 

 

 

現在

-ピラミッド迷宮 幻獣の間-

 

「なんで……なんでよ!? なんで幻獣さんが倒せるのよ!?」

 

 目の前で起こっている事態にミルが声を張り上げる。自信があった。ランに強いと認められ、志津香にも勝てるかもしれないと褒められた。その自信は先程確信に変わった。姉のミリ、マリア、素性は判らないが強そうな冒険者二人、その面々が四人がかりでも歯が立たないのだ。幻獣は強い、自分は強い。それが本当に嬉しかった。だが、その自信が音を立てて崩れていく。

 

「どりゃぁぁぁ!」

「ふんっ!」

 

 次々と幻獣が消滅していく。それを行っているのは、目の前にいる二人の戦士。茶髪の戦士の方はまだ理解できる。彼が装備しているのは幻獣を打ち破れる特殊な剣だ。では、もう一人の黒髪の戦士は一体なんなのか。唇を噛みしめながら、ミルは右手に魔力を込めてその手を振るう。すると、先程生み出したよりも更に大量の幻獣が召喚された。

 

「やっちゃって、幻獣さん! 特にあの黒い髪のおじさん、絶対許さないんだから!!」

「お……おじさん……」

 

 幻獣を斬り伏せていたルークの手が止まり、顔が引きつる。流石に聞き捨てならない言葉だったのか、ミルに向かって反論を口にする。

 

「失敬な、俺はまだ25だ! お兄さんと呼べ、お兄さんと!」

「がはは、十分おっさんだ」

「あ、結構年上だとは思っていたけど、私よりも8つも上なんですね」

「まあ、ミルから見たらおじさんだろうな」

「だ、誰からのフォローも入らないだと……」

「がはは、おっさんなのだから当然だ。やーい、じじい!」

 

 まさかの味方からの追い打ちに肩を落とすルーク。マリアが困ったような表情を浮かべるが、特段フォローする気もないらしいのが涙を誘う。ランスが更なる追い打ちを掛けている横で、ミリがルークに向かって口を開く。

 

「ってことは、今この場に二十代はあんただけか」

「ん……? ミリ、ちょっと待て。お前年はいくつだ?」

「俺か? 今年で19だけど?」

「「なんだと!?」」

「……あんたら二人、後で覚えておけよ」

 

 ルークとランスの二人がミリの年齢に驚きつつも、幻獣の数を確実に減らしていく。ふざけながらも、一応は一流の冒険者といったところか。先程新しく生み出された幻獣がその鋭い爪を振り下ろしてくるが、ランスはそれを華麗に躱して返し際に幻獣の体を両断する。

 

「がはは! この程度の強さでは何百匹いても俺様は倒せんぞ!」

「くぅぅぅ……来て、幻獣さん!」

 

 ランスが豪快に笑うが、その言葉は真実である。幻獣の動きは基本的に鈍く、攻撃さえ普通に与えられれば低級モンスターを相手にしているようなものなのだ。ランスを忌々しげに睨みつつも、ミルは新たな幻獣を生み出す。

 

「とは言え、キリがないな。指輪のせいで魔力切れも遠そうだし、やはりここは術者を倒すのが手っ取り早いか」

「ひっ……」

 

 幻獣を斬り伏せながら、ルークはミルに向かって殺気を含んだ視線を飛ばす。その殺気もミリの妹なので多少甘めのものだが、ミルには十分効果があったようだ。少しだけ涙目になり、手も震えている。

 

「こ、来ないでよ……幻獣さん、あのおじさんを狙って! 絶対に殺して!!」

 

 ミルが狼狽しながら手を振ると、またも大量の幻獣が生み出される。既に部屋にいるのと併せて、その数は三十体以上にも及ぶ。これを倒すのは骨が折れそうだ。そうルークが思っていると、ミルはくるりと身を翻して奥の部屋へと駆けて行ってしまう。

 

「ミル、待て! くそっ、逃げるつもりか!?」

「マリア、奥の部屋に別の出口はあるのか? あるいは、テレポート・ウェーブのような脱出装置は!?」

「マリアに聞いても意味がないぞ。どうせそいつは役立たずだから何も知らん」

「何よ、失礼ね!」

「じゃあ知っているのか?」

「知らないわよ!」

 

 ランスに文句を言っているマリアだったが、何も知らないのはランスの予想通りであった。どうしたものかとルークが幻獣に視線を戻すと、何故か幻獣の動きがこれまでと違う。部屋にいる幻獣の全てがルークを見ているのだ。

 

「まさか……ふっ!」

 

 ルークが部屋の隅へと走っていくと、幻獣たちはそれを追いかけるようにルークの方へと向かっていく。同時に、ミルが逃げ去った奥の扉までの導線上に幻獣が殆どいなくなる。

 

「ランス、追え。どうやら幻獣の思考能力は低いみたいだ。ミルが去り際に放った俺を狙えという指示通り、こいつらは俺しか狙っていない」

「ふん、ならここは任せた。ミルのお仕置きと処女は俺様に任せろ!」

「マリアとミリもついて行け。幻獣にダメージを与えられない以上、ここに残っていても仕方が無いからな」

「悪いね、頼んだよ」

「ルークさんも気をつけて」

 

 ランスが導線上に残っていた一体の幻獣を斬り伏せ、奥の扉へと走っていく。仲間の幻獣がやられたというのに、他の幻獣はそちらに視線を向ける事すらしない。やはりミルの命令に忠実に動いているだけのようだ。ミリとマリアもランスに続いて奥の部屋へと走っていく。そのミリの背中に向かってルークは声を掛ける。

 

「ミリ、必ず妹を救い出せ!」

「……ああ、恩に着る!」

 

 こうして三人はミルを追って部屋から出て行き、部屋にはルークただ一人取り残される形となる。周りを囲むのは三十体を越える幻獣。その中でも特にルークとの距離が近かった三体の幻獣が一斉に爪を振り下ろしながら襲いかかってくる。そんな状況に置かれながらも、ルークは不敵に笑った。

 

「ふっ……カスタムに来てから魔法攻撃中心の敵とばかり戦っていたからな」

 

 水の彫像、マリア・カスタード。真空斬という遠距離攻撃を持っているとはいえ、戦士タイプのルークにとってやはり魔法使いはいささか戦いにくい相手なのだ。妃円の剣を横薙ぎに振るい、三体の幻獣を一撃の下に斬り伏せながらルークが叫ぶ。

 

「やはり近接戦闘はやりやすくていいな! いくらでも来い!」

 

 

 

-ピラミッド迷宮 ミルの間-

 

「幻獣さん、頑張って!」

「ええい、鬱陶しい!!」

 

 ミルを追ってきたランスたちも、奥の部屋で幻獣を相手取っていた。懸念していた出口や脱出装置のようなものは無く、ただ単に焦って逃げ出しただけのようであった。結果として追い詰めた形にはなったのだが、未だ無尽蔵に生み出してくる幻獣は厄介極まりない。そのうえ、この場で戦えるのはランス一人なのだ。そんな状況にだんだんとランスの苛立ちが溜まってきていた。

 

「あー、なんか面倒になってきたなぁ……」

「そんなこと言わないで頑張って! 今はランスだけが頼りなんだから」

「俺様だけが苦労しているこの状況が気に食わん」

 

 やる気を無くしかけているランスを必死にフォローするマリア。ランスが戦うのを放棄すれば、この場で戦えるものはいないのだ。幻獣の剣をミリが使うという手もあるにはあるが、ミリの怪我はまだ完治してはいない。そんな状況で無尽蔵に湧いてくる幻獣と戦うのは、体力的に不安が残るのだ。

 

「ほらほら! まだまだ幻獣さんたちはいくらでも生み出せるんだから、早く帰ってよね!」

「バカ抜かせ! 大事な妹を残してどこに帰れってんだい!」

「……」

「ミル、お前がいるところが、俺のいる場所だ!」

「おねえちゃん……」

 

 ランスが鼻をほじりながら適当に幻獣を斬っている横で、ミリとミルは二人で盛り上がり始めている。

 

「うう……感動的だわ……」

「なんだ、この姉妹の仲は良いんじゃないか」

「当たり前じゃない。カスタムの町でも仲良し姉妹っていう事で有名なんだから」

「ふーん……んっ、まてよ……」

 

 マリアの言葉を聞いたランスが再度ミリとミルの様子を見る。まるでドラマのワンシーンのように盛り上がっている二人。それを見たランスの頭に、ポンと一つの作戦が浮かんだ。

 

「……うむ、俺様自身恐ろしくなってしまうほどに完璧な作戦だ。これが持って生まれた才能か」

「ランス、何言っているの?」

「まあ、黙って見ていろ。俺様の天才的な発想に惚れるが良い」

「……惚れないわよ」

 

 目の前にいた幻獣を倒したランスは、隣で盛り上がっているミリの背後にこそこそと回り込む。そして、突如ミリを腕で拘束し、その首筋に剣先を押し当てた。

 

「これが目に入らぬか! ミル!!」

「なっ!?」

 

 ミルが目を見開いて絶句するが無理もない。姉とは仲間であったはずの男が、急に姉を人質に取ったのだ。人質に取られたミリも困惑した様子でランスに話しかける。

 

「おい、ランス……」

「見ていろって……この光景を……? 最低……」

「あ、あんた最低! おねえちゃんとは仲間だったんじゃないの!?」

「さぁミル、降伏するんだ! 実の姉がどうなってもいいのか!!」

 

 清々しいまでに外道な作戦を実行したランス。マリアの軽蔑の眼差しなど気にしていない様子で、ミルに降伏するよう迫る。だが、ミルも馬鹿ではない。

 

「そ、そんな猿芝居に騙されたりなんか……」

「おおっと、手が滑った!」

 

 ミルの言葉を遮るようにしながらランスが剣を動かす。スッとミリの首筋に薄い斬り傷が出来、一滴の血が滴り落ちる。再度目を見開くミル。まさか、この男は本当に姉を殺すつもりなのかと疑っている様子だ。

 

「ランス、お前いい加減にしろよ。本気なのか? それなら俺も全力で抵抗させて……」

「馬鹿者。演技に決まっているだろ! お前も協力しろ」

「……まあ、考えてみればそうだよな。本気でこんな事するわけ……」

 

 流石に首筋を少し斬られたことに焦ったのか、ミリがランスをジロリと睨み付けながらそう問いかけてくる。それに対し、ランスはミルに聞こえないように小声で返答する。流石に演技だったのかとミリはホッと安堵の表情を浮かべるが、直後に聞こえてきたランスの言葉に体を硬直させる。

 

「うむ。だから弾みや流れで殺してしまっても恨むなよ」

「……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 死んでたまるかぁぁぁぁ!!」

「おい、何全力で拘束から逃れようとしているんだ!?」

「いや、普通そうなるわよ……最低……」

「えぇい、暴れるな! 本当に刺してしまうだろうが!」

「もうやめてぇぇぇぇ!!!」

 

 危うく作戦が頓挫する直前でミルが大声を上げる。見ればミルはその場に膝をつき、部屋にいた幻獣たちは全て消滅してしまっていた。たった一人の大切な姉を放っては置く訳にはいかない。指輪で心が悪に染まっていても、姉妹の絆までは消されていなかったようだ。

 

「わ、わかったから……降伏するから……おねえちゃんにヒドいことしないで……」

「がはは、そうか! では命令を聞いて貰うぞ。まずは服を脱げ! それから……」

「えぇっ!?」

「ちょっと待ってランス、ミルはまだ……」

「ええい、うるさい。処女を失わんと指輪を外せないんだろうが!」

「うっ……まあそうなんだけど……」

 

 ランスとマリアが問答をしている間にミルは困りながらも着ていた服を脱ぎ去っていた。下着姿で恥ずかしそうにしながら口を開く。

 

「これで……いい……?」

「いや、まだまだ。さあ、ここからが本番だぞ。ぐふふ……」

「ほん……ばん……?」

 

 

 

-ピラミッド迷宮 幻獣の間-

 

「真滅斬! ……ふぅ、ようやく片付いたな」

 

 一方その頃、幻獣の間にいたルークはようやく幻獣を全滅させているところだった。見れば、その体には殆ど傷がついていない。高レベルな事もあり、近接戦闘であればこの程度の相手がいくらいようと、その動きの鈍さを見切って無傷で倒しきることは十分可能であった。とは言え数が数。多少くたびれた様子で肩を回しながら、奥の部屋の方を見る。

 

「さて、俺も行くか。時間を掛けすぎたから、もう終わっているかもしれんがな」

 

 一応まだ戦闘が続いている可能性もあるため、ルークは剣を手に持ったまま奥の部屋へと向かう。扉の目の前まで来ても、部屋から戦闘音が聞こえてこない。やはり、もう決着はついてしまったのだろう。少しだけ残念そうに笑いながら入り口を潜る。瞬間、目の前の光景にルークの思考は止まり、持っていた剣を落としてしまう。

 

「びえーん! 痛いよー!!」

「なんだ、なんだ、なんだー!?」

 

 部屋の中では、一人の少女が泣いている。見覚えの無い少女だ。服を身につけておらず、裸の状態でわんわんと泣き叫んでいる。その横ではランスが困惑しており、そのランスも下半身裸の状態。状況から鑑みるに、少女とランスは事を済ませた後のようであった。それだけならば見慣れた光景であるのだが、問題なのはその少女の年齢。明らかにまだ10歳前後である。

 

「ランス、お前……あんな幼い娘になんてことを……流石に容認できんぞ…………」

「ち、違うわ! こんなちんちくりんなガキ、俺様は知らん!」

「まさかランスにそんな趣味があったとは……よーいちろーがやってきてしまう……」

「だから違うと言っているだろうが!」

「ランス、ルークさん。落ち着いて聞いて。これがミルの本当の姿なの」

 

 状況が飲み込めていない二人に、マリアがフォローを入れる。狼狽していたランスと、剣を拾っていたルークが同時にマリアの顔を見やる。

 

「なにぃ、これがミルだと!? 全然姿が違うではないか!」

「多分、強すぎる魔力にも耐えられるように、指輪がミルの体を成長させていたんだと思う」

「ああ、そういう理由だったのか。なんかしらの魔法ででかくなっているんだろうなとは思っていたが……」

「それを知らずにヤっちまった訳か……というか、妹がヤラれたのに、随分と冷静だな」

 

 ようやく状況が飲み込めたルークは一度ため息をつき、困惑しきっているランスに視線を向ける。確かに先程までの姿は十分に手を出しても問題ない年齢であったし、知らなかったのであれば責めるのはお門違いだろう。それに、一番ショックを受けているのはランスのようにも見える。と、マリアの横に立っていたミリが先程までと変わらない様子であったため、不思議に思って話しかける。

 

「悪い子には良い薬だよ。それに、俺もあんくらいの歳の頃にはもう経験済みだったと思うし」

「因みに、ミルは今いくつなんだ?」

「ミルはまだ9才だよ」

「ひ、一桁のガキンチョに俺様は手を出してしまったというのか……」

 

 ぎろっ、とどこかでソフリンちゃんが睨んでいる気がする。聞いてはいけない質問だったようだ。年齢を聞いて更にショックを受けた様子のランス。それを見たミリは苦笑しながらミルへと近づいていき、ルークたちに向き直って口を開く。

 

「さて……と、悪いけど俺はここで抜けさせて貰うぜ。ミルを町に連れて帰らないとな」

「あれ、合流はしてくれないの? それなら一緒に町まで行くけど?」

 

 マリアが不思議そうに問いを投げる。てっきり最後までついてきてくれるものとばかり思っていたからだ。だが、ミリは困ったように笑いながら首を横に振る。

 

「ついていきたいのは山々なんだが、ミルを見ていてやらないとな。指輪にどんな悪影響があるかも判らないし」

「そうだな。確かに魔力を持って行かれる以外にも何かしらの悪影響はあるかもしれん。こっちは大丈夫だから、妹の側にいてやれ。何かあったら、本気で後悔するぞ」

「……ああ、そうだな。悪いね、途中で抜けちまって」

 

 ルークの言葉に何か思うところがあったのか、意味深な視線をルークに向けるミリだったが、すぐに表情を崩して礼を言う。ルークとしても前衛として頼りになるミリが抜けるのは痛いが、妹を一人にしてはおけないという気持ちも判るため無理に引き留めはしない。

 

「ほら、いい加減泣き止め、ミル。その痛みは良い女になるための痛みなんだ。耐えろ」

「くすん……くすん……」

「それにしても、厄介な迷宮にしやがって。お前のいる部屋を見つけるのにどれだけ苦労したと思っているんだ?」

「くすん……えっ? 私の部屋なら、階段を下りてすぐに入れる場所にあったよ。マリアに合い言葉は教えておいたから、それで入って来たんだと思ったんだけど……」

「……おい、マリア?」

 

 ミリとルークの視線がマリアに突き刺さる。マリアはダラダラと汗を流しつつ、迷宮に来てからの記憶を必死に掘り返していた。

 

「い、いや、聞いてないわよ。ミルの勘違いじゃ……?」

「壁を三回ノックすると、壁の方からクリオネちゃんって声が聞こえてくるから、それに向かって……」

「ファイト! って言うのよね……って、あ!」

 

 おもいっきり聞いていた。研究室でチューリップの開発を進めていたときに言われたため適当に聞き流していたが、確かに聞いていた。部屋の空気が凍り付く。

 

「普段ならランスが怒るところだが、今はショックでそれどころじゃなさそうだから代わりに俺が注意しておく。研究熱心なのは判るが、もう少し周りに目を向けろ」

「返す言葉もございません……」

 

 コツン、と軽くマリアの頭を叩くルーク。流石に申し訳無く思っているのか、マリアはすっかり縮こまってしまっている。

 

「まあ、そのお陰で俺は助かったんだし、幻獣の剣も手に入ったんだけどな」

「そう! それよ!」

「反省しろ」

「はい、すみません……」

 

 ミリのフォローに途端に元気になるマリア。ルークとミリはそれに苦笑しつつ、懐から帰り木を出してミリがミルの肩を抱く。

 

「短い間だったけどお前らとの冒険、なんだかメチャクチャで楽しかったぜ。またな、ランス、ルーク!」

 

 そう言い残し、帰り木を折るミリ。瞬間、その姿がこの場から消え去った。カスタムの町へとワープしたのだ。それを見届けたマリアは一度息を吐き、静かに右手を開く。その手の平には白い指輪があった。ミルのつけていたフィールの指輪だ。

 

「なんにしても、これで指輪はあと二つね。さあ、四層にいるランのところに向かうわよ!」

「あんなガキンチョに手を……俺様のプライドが……」

「ほらほら、行くぞ」

 

 マリアが右拳を天に向かって突き出し、張り切った声を出す。だが、未だ立ち直れない様子のランスはぶつぶつと何かを言い続けている。ルークとマリアがそのランスを引きずりながら、四層へと続く階段へと歩いて行く。ミルの部屋のすぐ側にあった下へと続く階段の前までやってきたときに、それは起きた。

 

「……ス……ま……たすけ……」

「!?」

 

 突如下の階から響いてきた声を聞いたランスは勢いよく立ち上がる。ルークも今の声に聞き覚えがあったため、すぐにランスに向き直りながら声を掛ける。

 

「ランス、今の声!」

「シィルの声じゃねえか! 行くぞ!!」

「え、なに、なに、なんなの!?」

 

 先程までの力の抜けた状態から一転、剣を握りしめながらランスは下の階層へと走り出した。

 

 

 

-ピラミッド迷宮 棺の間-

 

「お、音が止んだな。おいちゃんの剣は役に立ったかねぇ?」

 

 壁向こうのミルの部屋から聞こえていた戦いの音が止み、ミイラ男は一人呟く。まさか自分の剣が人質作戦などと言う卑怯な手に使われていたとは、夢にも思っていない。

 

「ん……誰だんね?」

 

 ふと、部屋の入り口から気配を感じて声を出すミイラ男。ルークたちが戻ってきたのだろうかと考えていたが、その予想ははずれていた。ぴょこん、と入り口から来訪者が姿を現す。それは、異質な存在。体は人間だが、顔は猫。真っ赤なタキシードを着て、手には看板を持っている。

 

「おほほほほ、お久しぶり。聞こえたでおじゃるよ。あの剣、誰かに渡したのでおじゃか?」

「おお、K・D殿、お久しぶりです。またここには暇つぶしで?」

「その通りおじゃ。さあクイズ勝負をするでおじゃよ」

 

 この謎の生物は、K・Dと呼ばれている。それが本名なのかは知らなかったが、度々暇つぶしにこのピラミッドを訪れていたため、ミイラ男にとっては良く知った顔であった。

 

「それにしても、良く来られましたんね。今、この迷宮は別の場所にあるはずですのに……」

「おほほほほ、まろに不可能はないでおじゃよ。で、質問の返答は?」

「ええ、中々に見所のある戦士が二人いたんで、譲ったんでさぁ。こんなところで腐らすよりいいからねぇ」

「ふむ、大事な剣を譲るほどに将来有望そうな戦士。まろも見てみたかったでおじゃ」

 

 キラン、とK・Dの目が光る。200年前とはいえ、ガイアロードも一国の親衛隊副隊長まで登り詰めた男。愛剣を簡単に差し出す訳がない。となれば、その二人はそれ程までに有望だったという事だ。俄然興味が湧く。

 

「はっはっは、ケイブリスの事を言っても、逆に俺が倒してやるみたいな目をしていたよ。端かりゃ見りゃ、世間知らずかただのバカだが……そういう感じでもなかったんね。おいちゃんすっかり気に入っちゃったよ」

「おほほほほ、それにしてもあの貧弱だったリスちゃんが今や魔人四天王とは……時代の移り変わりは凄いものでおじゃね」

「またその話ですかい? K・D殿の話はどこまで信用して良いのか困りますなぁ」

 

 慣れた様子でK・Dの発言を受け流すミイラ男。あまりにもスケールが大きすぎる内容はいつものことのようで、全く信用していない。

 

「本当なんでおじゃがね……」

 

 落ち込んだ様子のK・D。まだ随分と先の話になるが、彼もまた、いずれルークと深く関わることになる。K(キング)・D(ドラゴン)。その正体は、今から4000年以上前に大陸に統一国家を建国したドラゴン族の王であった。その彼が何故このような姿をしているのか、何故戦うことを止めたのか。それを知る者は少ない。

 

 

 

-妖体迷宮 通路-

 

 ランスたちがシィルの悲鳴を聞く少し前、シィルとバードの二人はエレノア・ランの迷宮である妖体迷宮の中を歩いていた。

 

「彼女たちは、一体どこに連れて行かれたのでしょうか……?」

「わからない……早く助け出してあげないと……」

 

 バードがグッと拳を握りしめる。彼女たちというのは、拷問戦士に捕らえられていた少女たちのことだ。ボロボロになりながらもなんとか拷問戦士を倒し、彼女たちを救出したバードとシィル。だが、部屋を出た直後にエレノア・ランが現れ、テレポート・ウェーブによって彼女たちをどこかへとワープさせてしまったのだ。彼女たちを再度救出すべく、迷宮の中を探索していた二人だったが、妖体迷宮にはワープ装置が数多くあり、少しでも手順を間違えれば同じ場所をループさせられるという恐ろしい迷宮であった。

 

「バードさん。これ、先程つけた目印です……」

「くそっ! また同じ場所だ……」

 

 以前にも通った道にまた戻ってきてしまったバードとシィル。いや、本当に同じ場所なのだろうか。もしかしたら、ランが自分たちを惑わすために同じような印を付けたのかも知れない。二人は自分たちが今どこにいて、どこに向かっているかも判らなくなってしまっていた。

 

「魔女たちは彼女たちを攫って一体何をしようとしているんだ……」

 

 バードが独りごちる。目的が見えない行動は、それだけで恐怖の対象となる。ましてや相手は魔女。バードの脳裏には、先程救出した三人が人体実験を受けている光景が浮かんでいた。あまりにも凄惨な光景に自然と顔が強ばり、その緊張はシィルにも伝わってしまう。

 

「私たち……このまま出られないんでしょうか……?」

「何を言っているんだ、シィルちゃん! 諦めちゃだめだよ!」

「でも……もう何時間もこうして歩いているのに手がかり一つ……」

「大丈夫だ! 君のことは、この僕が命に代えても守ってみせる!」

「……ありがとうございます。すいません、弱気になっちゃって」

 

 ドン、と自信の胸を叩くバードにシィルは静かに微笑みながら頭を下げる。その笑顔に頬を赤らめるバード。そう、バードは共に迷宮を探索している間にシィルに惹かれていたのだ。本人は積極的にアプローチをしているつもりもなかったが、言葉のそこらかしこにそれが垣間見える。バードの気持ちにシィルも薄々感づいてはいたが、好意を持っている人物が他にいるため気がつかない振りをしていた。

 

「早くランス様と合流しないといけないですし、弱音なんて吐いていられませんよね」

 

 不安な気持ちを取り払うべく、好意を持っている人物であるランスの名前を出して自分を奮い立てるシィル。しかし、隣にいたバードはその発言に少しムッとする。ただ単に嫉妬している訳では無い。そのランスという男が、バードは許せなかったのだ。

 

「シィルちゃん、君はどうしてランスとかいう男と会いたがっているんだ? 君を奴隷にしているような奴なんだろう?」

「えっ……あの……確かに私はランス様の奴隷ですけど……お優しいところも、その、たまに……」

 

 道中シィルからランスの奴隷であるという話を聞いていたバードは、その酷い扱いに黙っていられなかったのだ。シィルが慌てて取り繕うが、優しいところがあるという発言をする際に少しだけ迷ってしまう。その一瞬の迷いを見たバードは、ハッと目を見開く。

 

「そうか! 逃げたらもっと酷い目に遭うと思ってしまい、逃げられない程に酷いことをされているんだね。なんて最低な男なんだ、ランス!」

「え……いえ、そういう訳ではなくて……」

「無理しなくていいんだ、シィルちゃん! 君は僕が救い出す!」

「きゃっ……!?」

 

 そう言ってシィルを抱きしめるバード。いきなりの行動にシィルが慌てるが、バードはどんどんと話を進めてしまう。既に彼の頭の中には外道ランスと囚われの姫シィル、そしてそれを救い出す英雄バードの構図が出来上がってしまっていた。

 

「安心して、シィルちゃん。僕がきっと、ランスの魔の手から君を救い出して見せるから」

「あ、いえ……そうじゃなくて……私がランス様と一緒にいるのは自分の意志というか……一緒にいる内にランス様の魅力に気づいて……そ、その……」

「……うん、判った。ランスのことが好き、そう言いたいんだろう?」

「……えっと……は、はい……」

 

 顔を紅潮させながらも小さく頷くシィル。どうやらようやく言いたい事が伝わってくれたのだとホッと胸をなで下ろす。

 

「ランスの事を無理矢理にでも好きと思い込まなくてはいけない。それ程までに酷い目に遭わされてきたんだね?」

「……あれ? いえ、そうではなくて……」

「うぅ……なんて酷い……もう許しておけない! その外道は必ず僕が倒す!」

 

 シィルに同情したのかポロポロと涙を流しながら誓うバード。決して悪い男ではないのだが、若干自分に酔っている傾向がある。どうしたものかとシィルが困っていると、前方からこちらへ駆けてくる人影が見える。ランが現れたのかと緊張を走らせるが、やってきたのは別の女性。黒いローブを身に纏い、髪の色は薄水色。寡黙そうな美人がそこに立っていた。

 

「バード、助けに来たわよ。あら……その人は……?」

「えっ!? 今日子、どうして君がここにいるんだ?」

「今日子……さん……? お知り合いですか?」

「カスタムの町で情報屋をやっている双子の妹だ。それで、どうしてこんなところに?」

 

 現れたのは情報屋の双子の妹、芳川今日子。彼女はバードが迷宮で行方不明になったことを知って、冒険者も連れず一人で救出に来ていたのだ。中々に行動力のある娘である。それは全て、バードを愛しているから故の行動。だが、今のバードはシィルをがっしりと抱きしめている状況。その光景を見た今日子は少しだけ目を丸くするが、すぐに冷静な表情に戻る。

 

「……別に、ここに占いに使える道具があるって聞いたから探しに来ただけよ」

「あれ? 今バードさんを助けにって……」

「……聞き間違いじゃないかしら? どうして私がバードを助けに来る必要が?」

「そうだよ、シィルちゃん。僕と今日子はただの知り合いだからね」

 

 バードの発言に一瞬だが顔を歪ませる今日子。天然で火に油を注ぐ男である。ゴゴゴという音が聞こえてきそうな凄い迫力なのだが、バードは気が付いていない。

 

「ま、そういうことだから私は行くわ」

「ちょっと待った、今日子。一人は危ない。一緒に行かないか?」

「誰があなたなんかと……」

「あら? ここにも生気が滾った娘がいるわね」

「え?」

 

 今日子の言葉を遮るように背後から声が聞こえてくる。すぐに後ろを振り返った今日子は、そこに立っていた人物の顔を見て驚愕する。それは、出会ってはいけない人物。震える声でその者の名前を口にする。

 

「……エレノア・ラン!?」

「ふふ、お久しぶりね、今日子さん。そして……さよなら!」

 

 ランがそう言った瞬間、彼女の目が妖しく光る。それと同時に、今日子の体が崩れ落ちる。

 

「今日子さん!」

『三人目はエレノア・ラン。彼女は幻惑系の魔法を最も得意としている』

 

 ラギシスの言葉を思い出してハッとした表情になるシィル。今のがランが最も得意としている幻惑魔法に違いない。

 

「バードさん、気を付けてください。彼女は幻惑魔法の使い手です!」

「あら、知っていたの? 誰が話したのかしら……」

 

 幻惑魔法の使い手であるラン。その彼女が最も得意にしているのが、この催眠の魔法であった。その目を見た者は幻想の世界に投げ込まれ、行動の自由を奪われる。直視してしまった今日子は、口元から涎を垂らして放心状態になっている。その姿にバードはわなわなと震えだし、剣の切っ先をランに向けながら高らかに宣言する。

 

「ラン! ここでお前を倒して、今日子と三人の娘たちを救い出す! 今日がお前の命日だ!」

「あらら、怖い、怖い。早く今日子さんを志津香のところに送りたいのだけれど……まあいいわ。私が直々に可愛がってあげる」

「シィルちゃん、彼女の目を見てはいけない! 目を閉じるんだ!」

 

 再びランの目が妖しく光る。すぐさまバードはシィルの前に立ちはだかるように躍り出てそう叫び、シィルも慌てて目を閉じる。バードもランに剣を向けたまま目を閉じ、彼女の目を見ないようにする。これこそが、バードの考えた催眠対策だ。だが、それはあまりにもお粗末な対策であった。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

「バードさんっ!?」

 

 直後に響いた悲鳴にシィルは慌てて目を開く。その目に飛び込んできたのは、ランに左腕を肩口から斬り飛ばされるバードの姿だった。血を吹き出しながらくるくると回転していた腕が地面に落ち、ゴロゴロと無造作に転がっていく。

 

「うぅぅぐぅぅ……」

「あははは! 信じられない! 敵が目の前にいるのに、二人して目を閉じるなんて。幻惑魔法だけじゃなくて剣も使えるって知らなかったの? それに……攻撃魔法もね! 炎の矢!」

 

 こちらを嘲笑っていたランが指先に魔力を集め、炎の矢を放つ。その目標はシィルでもバードでもない。床に転がっていたバードの腕だ。

 

「あ……」

 

 炎の矢が直撃し、左腕は一気に燃え上がる。周囲に肉の焦げる嫌な臭いが充満し、シィルは顔を歪めながらすぐさま指先を左腕に向ける。

 

「氷の矢!」

 

 シィルの放った氷の矢の冷気によって炎が消える。すぐさまシィルが左腕に駆け寄って手に取ったが、一目見て手遅れである事が判る。これでは治療のしようがない。

 

「これであなたはもう一生片腕ね。冒険者稼業は廃業かしら? くすくす」

「うっっぐぅぅぅああぁぁぁぁ!! ラン!!!!」

 

 剣に付いたバードの血を舐め取りながら、ランが妖しく笑う。そのランを憎々しげに睨み付けるバード。左腕の痛みは尋常では無い。だが、目の前のこの女を許すわけにはいかない。

 

「お前だけは……僕が倒す! うぁぁぁぁぁ!!」

 

 バードが苦痛に声を上げながらも、剣を握りしめてランに向かっていこうとする。だが、勝ち目などあるはずがない。手遅れである左腕をその場に置き、シィルが慌ててバードへと駆けていく。

 

「駄目です、バードさん。ここは一旦引いて早く治療しないと!」

「に、逃がさないぞ!!」

 

 バードが腕を掴み、逃げられないようにする。しかし、その腕はランのものではない。バードが掴んでいるのは、彼を止めようと間に入ってきたシィルの腕だ。驚きながらシィルがバードの顔を見ると、バードの目から光が失われていた。明らかに正気ではない。瞬間、先程バードがランを睨み付けていたのを思い出す。即ち、ランの目を見ていた事を。

 

「まさか……バードさん、幻術に!?」

「シィルさん」

 

 思わぬランの呼びかけについ振り向いてしまうシィル。失策。しかし、後悔してももう遅い。シィルの目に飛び込んできたのは、妖しく光るランの瞳。

 

「あっ……ああぁぁ…………」

「ふふふ、こんなに簡単に操られるなんて……滑稽すぎるわよ、あなたたち。さて、このまま志津香のところへ……」

「ランス様…………」

「あら? まだ意識が少し残っているのね? 催眠が効ききっていないところを見ると、彼女もそれなりに優秀な魔法使いみたいね」

 

 目の前で立ち尽くすシィルを観察するラン。今の一瞬で多少とはいえ催眠を魔力でガードしたのだろう。並の魔法使いに出来る芸当ではない。呆気なくやられたバードにはあまりにも不釣り合いなパートナーだと考えていると、意識を失いかけているはずのシィルがまたも口を開く。

 

「助けて……」

「助けなんてこないわよ。さぁ、志津香のところへ。それとも、少し私が楽しもうかしら」

「ランス様……助けて……」

「うふふふふ、だから助けなんて……きゃいんっ!?」

 

 突如ランの後頭部に激痛が走る。思わず可愛らしい声を上げつつ振り返って見れば、そこには仲間であるはずのマリアと見覚えのない男が一人。グッと拳を握りしめているところを見るに、この男が自分に拳骨をしたのだろう。痛む頭を押さえ、涙目になりながらランが怒りの声を上げる。

 

「な、な、何者よ、貴方!? 急に現れて!」

「俺様を知らないのか? 勉強不足だな! 一度しか言わんから、よーく覚えておけ!!」

 

 今の一撃で催眠が解けたのか、シィルの意識が徐々に戻っていく。耳に届くのは、聞き慣れた声。ずっと待ちわびていた人の声。

 

「ある時は、今世紀最強の天才剣士! またある時は、女たちのハートを射止める絶世の美男子! そしてまたある時は、数々の謎を解き明かす知的な冒険家!」

「あ……あぁ……」

 

 シィルの目に涙が溜まっていく。意地悪で口も悪いが、自分のピンチには必ず駆けつけてくれる大好きなご主人様。

 

「そしてそこのピンクモコモコ奴隷のご主人様にして世界の大英雄! ランス様だ!!」

「そこまで自分で言うの……?」

 

 マリアが呆れたように声を漏らすが、シィルの耳には届かない。シィルの目には、ランスしか映っていない。

 

「ランス様ぁぁぁぁぁ!!!」

「ていっ!」

「あひんっ!?」

 

 シィルが泣きながらランスに抱きつきに行こうとする。まるでドラマのワンシーンのような感動の再会に、ちょっとロマンチックかもしれないとシィルは考えていたが、その頭にすこーんとランスの投げた石がヒットする。思わず前のめりに倒れるシィル。

 

「ひどっ! ちょっとランス、シィルさん可哀想でしょ!!」

「馬鹿者、俺様が奴隷に何をしようと俺様の勝手だ。おい、シィル! こんな雑魚にやられやがって! 俺様の奴隷を名乗るならもっとちゃんとしろ!」

「ひんひん、ごめんなさい…………」

 

 その場に座り込んで赤くなったおでこをスリスリと擦るシィル。ロマンチックどころか色々と台無しな再会であった。

 

「って、いつまでふざけているつもり!? それに、マリア! 何故貴女が敵と一緒に行動しているの!」

 

 あまりにも緊迫感の無いランスたちに声を荒げ、キッとマリアを睨み付けてくるラン。そのランにまるで諭すような口調で口を開くマリア。

 

「ラン、その指輪には恐ろしい悪の作用があるの! 元の優しかった貴女に戻って!」

「恥を知りなさい、マリア! そんな男の軍門に下るなど! こんな男、私が倒してあげるわ!」

 

 マリアの言葉に聞く耳を持たず、自信満々に右手で剣を取るラン。左手に魔力を溜め、目も再び妖しく光り始める。

 

「がはは、お前みたいな雑魚が俺様に勝てる訳ないだろ!」

「雑魚ですって!? 馬鹿にして……剣、魔法、そしてこの魔眼! 一戦士風情が私に向かって雑魚などと……」

「まあ……雑魚と言われてもしょうがないだろうな。まだ気がついていないんだから」

「へ?」

 

 チャキっ、と後ろから首筋に剣を突きつけられ、固まるラン。その頬を一筋の汗が伝う。剣を突きつけているのはルーク。ランスたち登場の前に身を隠し、ランスたちとランが一悶着している間にこっそりと後ろへ回り込んでいたのだ。

 

「侵入者の人数くらい把握しておくべきだったな。おおっと、振り返るなよ。幻術を使おうとしたら、問答無用で首を飛ばすぞ」

「がはは、雑魚すぎる! 剣、魔法、そしてこの魔眼! がはははは、何一つとして見せられていないぞ」

「……」

 

 ランスの言葉が屈辱なのか、ぷるぷると涙目で震えるラン。少しだけ可哀想な状況である。ランの頭に浮かぶのは、少し前にミルとした会話。マリア以外の三人は瞬殺されてしまうという話。今の自分は、正にそれであった。

 

「ち、因みに……」

「ん?」

「ミルはどうしたの……? 私みたいにあっさり……?」

 

 別にミルを乏しめるつもりではないが、ついつい気になってしまうのが人の性。三人とも瞬殺されたのであれば、自分の情けなさは減ろうというもの。

 

「ミルも既に倒したぞ。だが、厄介な相手だった」

「うむ、俺様の敵では無かったが、あの幻獣の量には骨が折れたぞ」

「本当にね。まさか指輪で強化されたミルがあんなに強いだなんて……」

「マリアにも手こずらされたがな。研究室で一度敗れているようなものだし」

「はい、マリアさんの水魔法は強力でした……って、どうしてマリアさんが一緒に!?」

「ああ、そうか……マリアやラギシスの事もちゃんと説明しないとな」

 

 どうやらマリアとミルはそれなりに善戦したらしい。つまり、瞬殺は自分だけ。がっくりと肩を落とすラン。先程までの自分の態度を訂正したい気持ちで一杯だった。

 

「……くすん」

 

 こうして、自信満々だったランは四魔女中最速で敗れ去った。その背中が少し寂しそうであったと後にシィルが語るのだが、それはまあどうでもいい話である。

 

 

 

-溶岩迷宮 とある部屋-

 

「……!? ランの魔力が消えた……!?」

 

 迷宮第五層。最深部であるこの迷宮は、岩が立ち並んだ地帯であり、その下には灼熱の溶岩が流れている危険な場所だ。まるで地獄を模したかのような迷宮内の岩の上に、館が怪しくそびえ立っている。その中の一室、そこらかしこに書物が散らばった研究室のような部屋に、一人の女性が座っていた。美しい緑の髪に、薄緑の服と青いマントを身に纏った魔法使い。彼女こそが、カスタム四魔女最後の一人にして、四魔女最強を誇る人物。魔想志津香。

 

「そう、ランもやられたみたいね……まあいいわ。もう結界を維持する必要も無いし」

 

 ランが敗れたのをすぐに察知できたのは、彼女から送られてくるはずの結界維持のための魔力途絶えたからである。この結界の力により、カスタムの住人は地下から抜け出せなくなっていたのだ。一応四人で分割して魔力を供給していたのだが、元々引きこもりのマリアと遊びほうけているミルは数に入っていないも同然であり、実質ランと志津香の二人で結界を回していたのだ。ランが敗れて多少負担は増えるものの、志津香一人で結界を維持するのは十分可能である。だが、志津香は結界の維持に回していた魔力の供給を止める。結界を維持する必要はもう無い。彼女はハッキリとそう言ってのけた。

 

「全ての準備は整ったわ。ここまでくれば、私一人でもどうとでもなる……ふぅ……」

 

 魔力の供給が止まり、カスタムの町を覆っていた結界は解除された。だが、それを気にした様子も無く、志津香は疲れた様子で息を深く吐き、椅子に深く腰掛け直す。碌に寝ていないのか、目には若干くまのようなものが出来ている。その目がゆっくりと閉じられそうになるが、すぐに目を見開いて自身の頬を軽く叩く。

 

「まずい、まずい……んっ……ふぅ、ここで寝る訳にはいかないからね……」

 

 机の上に置いてあった竜角惨を一気飲みすると、目が冴えてくる。もう一度両頬を叩き、気合いを入れ直した志津香はゆっくりと椅子から立ち上がって部屋を後にする。

 

「もうすぐ……もうすぐだからね……待っていて、お父様……」

 

 四魔女との最終決戦は近い。また、志津香が結界を解除するのとほぼ同じ時刻に、町の方で二つほど動きがあった。

 

 

 

-カスタムの町 ラギシス邸前-

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい……」

「俺じゃなくて町の人にちゃんと謝るんだぞ」

「はい……」

 

 ルークたちと別れ、一足先に町に戻っていたミリとミル。既に町長に話を済ませ、今は自宅に帰る途中であった。

 

「いいか、ミル。ガイゼルは許してくれたけど、住人全員があんな風に優しく許してくれる訳じゃあないからな。大変だけど、それだけの事をやっちまったんだ」

「うん……大丈夫、頑張る……」

「よし、良い子だ!」

 

 ミリがわしわしとミルの頭を撫でる。先程町長のガイゼルにも頭を撫でられたが、それとはまるで違う。力強くて少し痛いくらいなのに、どこか暖かいミリの手。これを捨てて迷宮に引きこもろうなど、自分はどれだけ愚かな事を考えていたのかと実感する。

 

「夕飯は何が食いたい? 好きなもんを作って……!?」

「わ!? お姉ちゃん、急にどうしたの?」

 

 ミリがいきなりミルを抱きかかえ、自身の後ろに隠すようにしながらとある場所を睨み付ける。突然の行動に驚いたミルだったが、ミリが剣を抜いている事に気がついて更に動転する。ミリが睨んでいる先にあるのは、廃墟となったラギシス邸。ミルには感じ取れなかったが、ミリにはしっかりと感じられていた。中に誰かいる。住人が近寄らないはずのこの場所に、一体誰がいるというのか。

 

「誰だい!? とっとと出てくるんだね!」

 

 ミリが叫ぶ。ミルも何か異変が起こっているのだろうと思い、姉のマントをギュッと握りしめながら屋敷をしっかりと見据える。すると、屋敷の暗闇から湧き出るように一人の少女が現れた。その瞳は焦点が合っておらず、ぼんやりとしている。ふらふらとこちらに歩いてきたかと思うと、糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまう。すぐに駆け寄る二人。

 

「お姉ちゃん。この人……」

「あぁ……行方不明だったチサだ。おい、大丈夫か!」

 

 ラギシス邸にいたのは、行方不明になっていた町長の娘、チサであった。程なくして意識を取り戻すが、攫われている間のことは全く覚えていないようだった。

 

「攫ったのはランか志津香だと思っていたが……どうなっているんだ……?」

 

 真知子が懸念していたように、チサはまたも迷宮とは無関係の場所から姿を現した。四魔女の仕業ではないとなると、一体誰がチサを攫ったというのか。ミリのその疑問に答えられる者は、この場にはいなかった。これが、町で起こった一つ目の事象。そして、もう一つ。

 

 

 

-カスタムの町 酒場-

 

「お客様、三名様ですね? ……随分と高貴な出で立ちですね」

「当たり前じゃない! 誰に向かって口を聞いているの? それで、ダーリンはどこにいるの!?」

「へ? ダ、ダーリン?」

 

 突如酒場にやってきた三人組の女性。まず目に飛び込んできたのは、先頭に立っていた女性の高貴な出で立ち。まるでどこかのお姫様のような格好についつい問いかけてしまうが、非常に傲慢な態度で突き返されてしまう。そのうえダーリンはどこにいるのかという訳の判らない質問に、エレナはただただ目を丸くするしか出来なかった。すると、後ろに控えていた物静かな女性がスッと前に出てくる。

 

「リア様、ここはお任せください。申し遅れました。私たちはリーザスの者で、ランス様という冒険者を捜しているのですが……」

「ダーリン! ダーリンはどこ! 隠しているなら全色の軍団呼び出してこの町を潰すわよ!」

「(マリス様の話が終わったら、ルークさんのことも聞いてみようかなぁ……)」

 

 これが、もう一つの動き。全ての準備を終えたリア一行が、遂にカスタムの町に到着していたのだ。到着するや否やエレナに食って掛かるリア。それを諫めはするものの止める気がないマリス。そわそわとしながら天井を見上げているかなみ。三者三様ではあるが、ハッキリいって全員迷惑な客に違いはない。リアは論外。保護者であると思われるのにそれを注意しないマリスもどうかと思う。かなみは完全に不審人物の動きだ。

 

「(町の中の様子を探るって名目で捜しにいこうかなぁ……でも、リア様の側を離れる訳には……)」

「……かなみ、心配しなくても一緒に聞いておいてあげますからね」

「へ!? な、何のことですか!?」

 

 嵐のような来訪者に、エレナは心の中で涙するしかなかった。

 

 




[人物]
ミル・ヨークス
LV 10/34
技能 幻獣召喚LV1
 カスタム四魔女の一人。非常に珍しい幻獣魔法の使い手であり、まだ幼いながらも他の三人に一目置かれていた。ミリの妹であり、指輪に操られていたとはいえ悪い事をしたのに違いはないとこってり絞られたが、その後も姉妹仲は良好。ちょっとした手違いからランスに処女を奪われる。おお……ソフリンちゃんがお怒りだ。

エレノア・ラン
LV 16/30
技能 剣戦闘LV1 魔法LV1
 カスタム四魔女の一人。幻惑魔法の使い手であると同時に、剣も使いこなす魔法剣士。拷問戦士を部下にしたりバードの左腕を切断したりするなど残虐な行為が目立ったが、本来は非常に優しく、真面目な性格である。真面目すぎて考え込んでしまう傾向があり、悩みすぎてその内自殺でもしてしまうんじゃないかと住人に心配されていたりもする。雑魚じゃありません、器用貧乏なだけです、とは本人の談。実際、瞬殺されはしたものの、結界の魔力を供給したり少女を攫ったりと仕事はしている。瞬殺されたが。また、エレノアが名前のはずだが、なぜかランと呼ばれることが多い

エルム・トライ
 ランに捕らえられていた赤い髪の少女。拷問戦士から空気ポンプの拷問を受けていた。

ゼリフィ・ゴーラ
 ランに捕らえられていた緑髪の少女。拷問戦士から逆さ吊りの拷問を受けていた。

レザリアン
 ランに捕らえられていた緑髪の少女。拷問戦士から鞭打ちの拷問を受けていた。

K・D
 クイズ好きの猫人間。その正体はドラゴンの王、マギーホア。かつて大陸を統治したドラゴン族だが、今ではごく少数が翔竜山に生息するのみである。彼らに何があったのか、その真実は謎に包まれている。


[技能]
幻獣召喚
 異空間から幻獣を呼び出すことが出来るレア技能。その姿は術者の精神に影響を受ける。


[技]
催眠
 魔眼から放たれる光で敵を自分の意のままに操る初級魔法。初級とはいえ幻惑魔法の使い手は少なく、非常に珍しい魔法である。

氷の矢
 指先から生み出した氷の塊を放つ初級魔法。炎の矢や雷の矢と違って地味な印象があるが、応用性は非常に高い魔法である。


[アイテム]
竜角惨
 気力を回復させる黄色い錠剤。冒険者だけでなく、労働者にも愛用されている。


[その他]
よーいちろー
 悪い子にしているとよーいちろーがくるよ、と子供のしつけによく使われるなまはげ的存在。やってくるのは可愛い少女のところのみ。

ソフリンちゃん
 その睨みはハニーキングをも震え上がらせるというPCゲーム界のドン。その割には6でカーマ、7で香姫、8でオノハと意外に寛容な面もある。


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第13話 戦士三人

 

-妖体迷宮 通路-

 

「わたし……町の人たちにあんな酷いことを……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「随分性格が変わったな。って、こらシィル、いつまで抱きついているんだ。ウザイぞ」

「だって……うぅっ……ランス様……」

 

 あの後ランスがしっかりとランの処女を奪い、指輪を外すことに成功した。するとランの性格が一変し、今までの自分の行いを悔やみ、ボロボロと涙を零し始めたのだ。ランスはランの変貌ぶりに驚きつつ、自分に抱きついて泣いているシィルを引っぺがそうとしている。

 

「元々は優しい性格だったって、マリアがさっき言っていただろ。それと、せっかくの再会なんだ。もう少しそのままにしていてあげてもいいんじゃないか?」

「ラン、落ち込まないで。みんな指輪のせいなんだから」

 

 ルークは左腕を失って倒れていたバードの止血をし、今は今日子の介抱をしていた。泣きじゃくるランの肩をマリアが抱き寄せて慰めようとするが、ランはその手を振り払う。

 

「違う! 全部私の心が弱かったせいよ! 私、信じられないようなことを……今日子さんにだって、そこの冒険者さんの左腕だって……全部、全部私が……」

「ラン……」

「優しい性格なだけに、抱え込んでしまっているな……」

「もう町の人たちに会わせる顔がない……もう町には帰れない……」

 

 そうランが口にした瞬間、ポカーンという気持ちの良い音と共にランの頭に激痛が走る。頭を抑えながら後ろを振り返ると、そこには拳を握りしめたランスが立っていた。そう、ランスが二度目の拳骨をお見舞いしたのだ。

 

「ふん、終わったことをウジウジと。町の人たちに会えないなら、新しい町にでも引っ越すんだな。そこの町の人たちはお前が何をしたのか知らんから、簡単に顔を会わせられるぞ」

「もう、ランス! 新しい町に引っ越したって何の解決にもならないでしょ! ……あれ、新しい町? それって考えようによっては……」

 

 ランスがランを見下ろしながらそう口にする。傷口に塩を塗るような行為にも見えるが、ランスの真意は別にある事が判っていたためルークは何も言わずにいた。ランスの真意を読み取れていなかったマリアが苦言を呈すが、言葉の中に出てきた新しい町という単語が引っかかったらしく、ブツブツと何かを口にしながら考え込んでしまう。すると、ランが側に落ちていた自分の剣に手を伸ばし、恐ろしい事を口にする。

 

「もう私に出来ることは……死んでお詫びすることしか……」

「むっ……」

「えっ!? ちょっと、ラン!!」

 

 パンっ、という乾いた音が辺りに響いた。ランの剣を取り上げようとしたマリアよりも早く、もう一度拳骨を飛ばそうとしたランスよりも早く、ランの左頬をルークの平手が打っていたのだ。

 

「君は今、最低な行為を口にした。それは、君をここまで助けに来たマリアに対する侮辱だ」

「……」

「マリアだけじゃない。ミリとミルの二人も君のことを心配している。町の人だってそうだ。町長が既に誤解を解いて回っている。住人全員が受け入れてくれるはずなどという無責任な事は言えないが、少なくともエレナや真知子さんは君たちの帰りを待っている。その想いを、自ら踏みにじるのか?」

「ルークさん……」

「うっ……ううっ……」

 

 ランの目に先程までとは別の涙が浮かぶ。こんな自分でも受け入れて貰えるというのか。指輪の力に溺れる前の住人との生活が思い出される。酒場の酔っぱらいを相手に苦労しているエレナとは話が合い、よく酒場で談笑していた。同い年である真知子は自分よりも大人びており、何度か相談に乗って貰った。彼女たちだけではない。ガイゼルも、チサも、トマトも、今日子も、みんな掛け替えのない大切な人たちなのだ。やり直したい。他の町では駄目だ。またこのカスタムの町の住人とやり直したい。

 

「死ぬことは償いなどではない。自害という命の投げ捨てなど尚更だ。生きて町の復興に力を尽くせ」

「そうだ、そうだ! もし自殺なんかしてみろ。お前の死体にいっぱい悪戯してやるからな!」

「うわ……台無し……」

 

 ランスの言葉にマリアが素直な感想を漏らす。今の流れで飛び出た発言とは思えない。だが、ルークは苦笑するだけでランスに何も言わず、ランの顔をしっかりと見据えていた。

 

「う……うん、ありがとうルークさん、ランスさん……」

 

 涙を拭いながら返事をするラン。その表情は先ほどまでの沈んでいたものと違い、若干ではあるが笑顔が戻っていた。と、ここでようやくマリアがランスの言葉の真意に気が付く。酷い言葉ではあったが、よくよく考えれば全てランを励ましているようにも取れる。

 

「ねえ、もしかして今のってランスなりの励ましだったの? 優しいとこあるじゃない!」

「ふん、俺様は可愛い女の子には優しいのだ。シィル、いい加減離れろ!」

「きゃん! ランス様ぁ……」

 

 未だに引っ付いていたシィルに蹴りを飛ばして無理矢理引っぺがすランス。マリアがあまりに素直に褒めたため、照れ隠しのための行動かもしれない。ルークがそんな風に考えていると、マリアがくるりと振り返ってこちらにも微笑みかけてきた。

 

「ルークさんもありがとう」

「別に礼を言われるようなことは……」

「流石、年を重ねているだけのことはありますね!」

「ぐはっ!」

 

 マリアの悪気のない発言に倒れ込むルーク。ミルのおじさん発言をまだ引きずっていたようだ。馬鹿にするように笑うランスと、ルークの年齢をまだ知らないため話について行けず困惑するシィル。先程までの重苦しい空気が消え、部屋を暖かい雰囲気が包み込む。それを斬り裂いたのは、一人の男の咆哮。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

「えっ!?」

「むっ?」

 

 マリアが振り返るのとほぼ同時に一人の男がその横を通り過ぎていく。それは、先程まで倒れ込んでいた戦士、バード。右手に持った剣を振り上げ、叫びながらランス目がけて振り下ろす。

 

「きゃぁぁぁ! ランス様、危ない!!」

 

 シィルの叫び声に応えるかのように、ガキィィィンという金属音が部屋に響く。いつの間にかランスは腰に差していた剣を抜いており、目前まで迫ってきていたバードの剣を冷静に防いだのだ。ランスを睨み付けながら力で押し切ろうとするバードだったが、ランに左手を斬り落とされてしまったため今は剣を片手持ちしており、どうしても力が入らない。プルプルとバードの手が震えているのを見たランスは鼻を鳴らしながら強烈な蹴りをバードの腹部にお見舞いする。

 

「ぐはぁぁっ!!」

 

 悶絶しながら後ろに吹き飛ぶバード。その頃にはマリアの発言で倒れ込んでいたルークも起き上がっており、その手に妃円の剣を握りしめてバードの一挙手一投足を見守っていた。

 

「なんだ、お前は? 新手か? いきなり俺様に斬りかかってくるとは、よほど命がいらんらしいな」

「違います、ランス様。この方はバードさんと言って、迷宮から脱出するためにここまで一緒に行動していた方です」

「バード……? ああ、エレナの言っていた冒険団の……」

「悪い人ではないんです。ここまで私を何度も助けてくださいましたし……今の行動にもきっと訳が……」

 

 ランスは殺気を隠そうともせず、今すぐにでもバードを斬り殺そうとしていたが、シィルの発言を受けてジロジロとバードを見回す。その横ではルークもバードを観察しながら、エレナの言っていたバード冒険団という名前を思い出して納得がいったように頷いている。ランスを忌々しげに睨み付けているバード。何を考えているかは判らないが、助けて貰ったにしては随分な態度である。

 

「ランス、何か心当たりは?」

「知らん。初対面だ、多分。一々男の顔なんぞ覚えていないからな」

「どうしてランスさんに……? 私なら納得がいくのですが……」

 

 ランが首を傾げる。左腕を斬り落とした自分を恨むのならば判る。だが、バードの瞳はランスしか映していない。痛む腹を抑えたいが左腕がないためそれも叶わず、よろよろと立ち上がりながらバードは右手に持った剣をランスに向けて突き出す。

 

「ランス、僕と勝負をしろ! 男と男の勝負だ!」

「勝負? ふん、雑魚以下の貴様と勝負したところで、結果は見えているな」

「なんだと!? 僕の剣の腕まで侮辱する気か!!」

 

 バードの言葉を鼻で笑うランス。その態度を受け、バードのボルテージが更に上がるが、ランスはちらりとランを見て口を開く。

 

「貴様は雑魚のランに負けたんだろう? つまり、雑魚以下だ」

「雑魚じゃありません! 器用貧乏なだけです!!」

「そうよ、ランス! ランはちょっと全部が中途半端なだけなんだから!!」

「マリア……とどめ刺しているぞ……」

「え? あれ、ラン? どうしてそんなに落ち込んでいるの!? さっきまでの元気はどこにいったの!? 元気なランに戻って!」

「お前のせいだ、お前の……」

 

 ランが両手を地面について項垂れている。その顔に先程までの笑顔はなく、また自殺でもしてしまうんでは無かろうかという表情に戻っている。その元凶であるマリアが必死にランを励ましているのが非常にシュールな光景だ。ルークはそれに呆れつつも、バードに向き直って口を挟む。

 

「バードだったな? 落ち着け。こちらはまるで状況を掴めていないんだ。まずは理由を話せ」

「理由……んっ……」

 

 バードがちらりとシィルを見て言いにくそうにしていたが、すぐに何かを決意した面持ちでランスに向き直る。

 

「ランス、貴様と男と男の話がある! 一対一で話がしたい!」

「はぁ? なんで俺様が貴様なんぞと話し合いをしなければならんのだ?」

「シィルちゃんは僕が守る!」

 

 興味なさげに耳の穴を穿っていたランスだったが、シィルちゃんという単語にピクリと反応する。

 

「シィルちゃん、だと……? 人様の奴隷に随分と馴れ馴れしい。ふん、面白い。聞かせてみろ」

「あっ、ランス様……」

 

 そう言ってバードと一緒に洞窟の奥深く潜って行ってしまうランス。シィルはすぐさまその後を追いかけようとするが、それをルークが制止する。

 

「男の話だ、聞かない方が良い」

「でも、二人きりにするのは……」

 

 シィルが懸念するのは、二人が一騎打ちを始めてしまうのではないかという事。ランスが心配なのは勿論、ここまで自分を助けてくれたバードが死ぬのも出来れば避けたい。

 

「それにしても、なんであの人あんなに興奮状態だったの?」

「……もしかしたら、催眠の影響が少し残っていたのかも。左腕を失って混乱状態だったとも取れるし……」

 

 マリアの疑問にランが答える。先程の反応を見るに、シィルへの想いから元々ランスに良い印象を持っていなかったのだろう。そこに催眠での興奮状態、左腕を失った混乱が合わさり、まともな思考が出来ないまま襲いかかってきたという可能性が高い。ルークが顎に手を当て、シィルに向き直る。

 

「ふむ……何はともあれ、さっきの行動は色々な不幸が重なったと取るのが自然か? どう思う、シィルちゃん」

「はい……あんな事をする方ではないと思います……バードさんがいなかったら、私はここに辿り着く前にやられていたと思います」

「だとすると、死ぬのも寝覚めが悪いか。三人はここにいてくれ。シィルちゃんは今日子さんの介抱を頼む」

 

 ルークがそう言い残し、ゆっくりとランスとバードの二人が消えた方向へ歩いて行く。後を追いたい気持ちで一杯のシィルだったが、この場で回復魔法を使えるのは自分だけであるため今日子を放っておく訳にはいかず、ただただその背中を見送る事しか出来なかった。

 

 

 

-妖体迷宮 通路奥-

 

「まずは先程の非礼を詫びます。頭に血が上り、いきなり襲いかかってしまいました」

「ふん。それだけで殺されても文句は言えんのだぞ。俺様の寛大な処置に感謝するがいい」

「んっ……」

 

 少し頭が冷えたのか、まずは深々と頭を下げてくるバード。確かに混乱した事を鑑みても、先程の行動は褒められたものではない。

 

「それで、男同士の話というのは?」

「……ランスさん、貴方はいつもシィルちゃんに酷いことをしているそうですね?」

「……俺様が自分の奴隷に何をしようと勝手だろう?」

「やはり本当だったのか……貴方みたいな人にシィルちゃんを任せておけない!」

 

 ランスを呼び捨てにするのを止め、痛みから来る息の荒さを必死に抑えながらランスへと質問を投げるバード。止血したとはいえ、左腕はかなりの激痛のはずだ。その苦痛に耐えてでも早急に片を付けなければならない事があったのだ。勘違いではある。先走りでもある。しかし、彼は全力で一人の少女を救い出そうとしていたのだ。その行動は、間違いではない。

 

「なんだお前、シィルに惚れているのか?」

「あぁ、そうだ! 僕はシィルちゃんを愛している。だからこそ、彼女は僕が守る!!」

 

 ランスの目を真っ直ぐと見据えながらそう宣言するバード。だが、ランスはその決意を鼻で笑う。

 

「ふん、それをシィルが望んだのか?」

「言葉にはしていない。でも、彼女の苦しみはハッキリと伝わってきた。だから……」

「馬鹿者。シィルは俺様にメロメロなんだ。何を勘違いしているんだか……」

「なんて自信過剰な人なんだ……」

 

 バードが目を瞑る。目の前の相手には話が通じない。ならば、シィルを救うにはもうこの手段しかない。右手を左腕の傷口からゆっくりと離し、腰に差していた剣を握りしめる。

 

「彼女の幸せのために貴方が立ちはだかるなら……力ずくでも……」

「思い上がるなよ、雑魚! 片腕一本で俺様に勝つつもりか?」

「例え勝ち目が薄くとも、シィルちゃんを守るために僕は……」

「さっきからシィルを守る、シィルを守るって……お前はシィルのピンチに何をしていた!?」

「うっ……それは……」

 

 バードが狼狽する。確かに先程シィルの窮地を救ったのはランスである。自分はランに左腕を斬り落とされ、みすみす催眠に陥り、シィルを傷つけそうにさえなってしまっていた。

 

「それに、助けられたときにシィルがお前ではなく俺様に抱きついてきたのを見ていなかったのか?」

「あっ……」

 

 バードが思わず声を漏らす。ランの催眠と左腕の激痛に意識がぼんやりとはしていたが、バードは確かに見ていた。ランスに嬉しそうに抱きつくシィルの顔を。自分には向けてくれなかった心からの笑顔を、忘れられる訳がない。

 

「全て……僕の勘違いだったというのか……」

「ふん、やっと気がついたか。じゃあな、勘違い男」

 

 そう言ってシィルたちのいる場所に戻ろうとするランス。唇を噛みしめながら俯いていたバードだったが、その顔を上げてランスの背中に向かって口を開く。

 

「僕はきっと……この腕を治してもう一度貴方の前に現れる! そのとき、もしシィルちゃんが不幸であったなら……僕が貴方を倒す!!」

「ふん……」

 

 その言葉にランスは鼻だけ鳴らし、返事をすること無く通路を歩いて行く。すぐ側にあった曲がり道を曲がると、そこにはルークが立っていた。

 

「……聞いていたのか? 盗み聞きなど男らしくないぞ」

「一応、斬り合いにでもなったら止めようと思っていたんだが……割と寛大な処置だな」

「ふん。失恋した哀れな男は、殺すよりもその情けない姿を見る方が楽しめるからな」

 

 そう口にするランスだったが、バードを殺さなかったのは恐らくここまでシィルを守ってくれていたからだろう。決して態度には出さないが、シィルの無事に一番安心したのはランスのはずだ。

 

「今の話、誰にもするんじゃないぞ。言ったら叩っ斬るからな。」

「誰にもする気はないさ。それより……」

 

 ルークの横を通り過ぎ、シィルたちのところに戻ろうとしていたランスに向かってルークが問いかける。

 

「俺もシィルちゃんって呼んでいるんだが、少し馴れ馴れしいか?」

「……ふん! くだらん、好きに呼べ」

「ふっ……」

 

 

 

-妖体迷宮 通路-

 

「あ、ランス様お帰りなさい。なんの話を……」

「えぇい、やかましい!」

「きゃん! ひんひん……」

「ひどっ!」

 

 戻るや否やシィルの頭をポカリと殴るランス。いきなりの行動にマリアが思わず苦言を呈すが、文句などどこ吹く風でランスが口を開く。

 

「俺様が何を話していようとお前には関係無い。さぁ、帰るぞ。シィル、帰り木を出せ」

「あ、あの……テレポート・ウェーブでワープさせられる際に全て奪われてしまって……」

「なにぃ!?」

「あ、待って。帰り木なら私が持っているから」

 

 慌てて帰り木を出すラン。少しでも遅れれば、またシィルが殴られそうな勢いだったからだ。

 

「では帰るぞ。俺様の周りに集まれ」

「えっ、ちょっと待って。ルークさんは?」

「先に帰ってろだとよ。ふん、偉そうに俺様に命令しやがって」

 

 先程の曲がり角でそう言われていたランス。一度気にくわない様子で舌打ちをし、全員が自分の周りに集まったのを確認して帰り木を折る。瞬間、ランスたちの体が光に包まれ、迷宮の入り口へとワープするのだった。

 

「……シィル、帰ったらヤるぞ! 勝手に俺様から離れた罰だ。たっぷりとお仕置きをしてやる!」

「はい、ランス様!」

 

 どこか嬉しそうな返事をするシィルを見てマリアは静かに微笑む。端から見ればぞんざいに扱われているが、きっと二人にしか判らない絆があるのだろう。そう頷くマリアであった。

 

 

 

-妖体迷宮 通路奥-

 

「くそっ……くそっ……」

 

 バードは泣いていた。勘違いから先走ってしまった事に、降りかかる危険から愛する人一人守れない事に、左腕を無くした事に、それらを招いた自分の不甲斐なさに、ただただ泣く事しか出来なかった。情けない。今の自分の情けなさにまた涙が出てくる。そのとき、ランスの去った方向から声を掛けられる。涙を拭って顔を上げると、そこに立っていたのは先程ランスと一緒にいた男。

 

「貴方は……ランスさんたちと一緒にいた……」

「ルークだ。お前と同じ冒険者さ。あっちとは帰りづらいだろう? 帰り木、持ってきてやったぞ」

「あっ、お気遣いありがとうございます……」

 

 言われて気が付く。確かに自分は帰り木を奪われているため、一人では帰れない。かといってこれだけの醜態を晒した後にどの面下げてランスとシィルの二人と一緒に帰れというのか。ルークの気遣いに素直に感謝するバード。と、膝をついて泣いているバードの隣にルークが腰を下ろし、ゆっくりと口を開く。

 

「冒険者はまだ続けるつもりなのか?」

「はい、勿論です」

「……その左腕でか?」

「義手でもなんでも手段はあります。必ず……必ず強くなってみせます!」

 

 そう宣言するバードの顔を一瞥し、壁の方を見ながらルークが言葉を続ける。

 

「そうか……なら、強くなるまでは女を連れるのは止めておけ」

「……? それはどういった意味ですか?」

 

 思いもかけないルークの言葉に首を捻るバード。その真意が判らず、思わず反射的に聞き返してしまう。

 

「ランスが言っていただろ。守る、守るって、お前は何していたって」

「はい……」

「あれは間違っていない。守る力もないのに弱い者を巻き込むのは……罪だ」

「っ……」

 

 ルークの言葉にバードは俯いて唇を噛みしめる。此度の冒険で、バードは三人の女性を危険に晒した。ネイ、今日子、シィルの三人だ。全ては、自分に彼女たちを守りきるだけの力がなかったため。

 

「それが元々戦いの中で死ぬ覚悟のある奴ならいいさ。ネイのような生粋の冒険者だったりな。でも、今日子さんやシィルちゃんは違う。これから先、そういった覚悟のない女性と共に冒険をするつもりなら、命がけで守れ。それが出来ないなら、安請け合いするな」

「……はい」

「それと、シィルちゃんをここまで守ってくれてありがとうな。ランスに代わって礼を言わせて貰う。ああ見えて、ランスも感謝しているんだぞ。そうじゃなきゃ、喧嘩を売った時点で殺されている」

 

 ポン、とバードの肩に手を置きながらルークがそう口にすると、俯いていたバードの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。誰一人として守れなかったと思っていた。だが、拷問戦士を打ち倒し、シィルをこの場所まで無事に連れてきたのは、バードの確かな戦果なのだ。それを褒めて貰えたことが、何よりも嬉しかった。

 

「……ありがとうございます。必ず……必ず強くなってみせます!」

「ああ。次に会うときを楽しみにしている」

 

 先程と同じ言葉だが、そこに込められている決意が明らかに違う。この男はきっと強くなる。ルークはそう確信しながら、帰り木を折って共に町へと帰還した。

 

 

 

-カスタムの町 町長の家-

 

「失礼、待たせたか?」

「遅いぞ」

 

 町長の部屋にルークが入ってくるや否や、部屋の中にいたランスが文句を言ってくる。四魔女の内の三人を倒した報告も兼ね、この場所で落ち合う事になっていたのだ。部屋の中にはマリアとランの姿は無く、ランス、シィル、ガイゼル、そして驚いたことに、行方不明だったはずのチサの姿があった。因みに、ルークもバードとは既に別れている。

 

「チサちゃん!? 無事だったのか!?」

「はい、おかげさまで」

 

 ペコリとチサが頭を下げてくる。ランスやシィルが平然としているところを見ると、先に事情は聞いているらしい。チサが頭を上げ、ルークに事情を説明すべく口を開く。

 

「ラギシス邸で倒れているところをミリさんに見つけて貰いました」

「ラギシス邸で……?」

「はい。いなくなっていた間の事は覚えていないのですが……」

「それでは、犯人も……?」

「すいません……」

 

 申し訳無さそうに口ごもるチサだったが、その空気を吹き飛ばすようにガイゼルがポンと手を叩く。

 

「いや、無事に戻ってきてくれて何よりだ。見たところこれといって怪我もないし、本当に安心したぞ」

「それは良かった。それで、ラギシス邸で見つかったという辺りの話を詳しく聞きたいな。何か手掛かりのようなものは?」

「ふむ……それなのだが、あまり良くない報告が一つあってな……」

 

 ルークの問いかけにガイゼルが顎に手を当てながら言いにくそうに口を開く。

 

「ラギシス邸はもう無いのだ。事の真相を知った町の若者たちが取り壊してしまってな。チサがラギシス邸で発見された事も怒りに拍車をかけたようだ」

「……そうでしたか」

「ちっ……こんな事なら、僅かに残っていた金目の物をとっとと運び出しておくべきだったな」

 

 もう一度あの館を調べようと考えていたルークにとってはあまり嬉しくない報告であったが、住人の心境も十分に判ろうというもの。

 

「それと、もう一つ大きな動きがあった。町の結界が遂に解けたのだ」

「結界が……?」

「うむ。マリアとランが言っていたのだが、恐らく四人中三人が解放されたことで、結界の維持に回す魔力が足りなくなったという事らしい。これもランスさんとルークさんのお陰です。町長として、改めて礼を言わせて貰います」

「うむうむ、俺様を崇め奉るがいい」

 

 ベッドに座りながら深々と頭を下げる町長。先程から話し方にどこか威厳のようなものを感じる。やはり、親バカという面を除けば基本的には出来た町長なのだ。

 

「町の復興にはどれくらいかかりそうなんですか?」

「うむ……軽く一年以上はかかるかと……」

「そうですか……」

「ですが、町の者みんなで協力して再建していきます。三人の娘たちも、積極的に復興に協力してくれています」

 

 シィルの問いに答えるガイゼル。町全体がこれだけボロボロになってしまったのだ。一年というのは、ガイゼルの言っているように希望的な見積もりでしかないだろう。だが、横に立っていたチサは三人の娘の話題が上がったと同時に、パッと表情を明るくして口を開く。

 

「そうなんです! 既に皆さん、町の復興のために動き出しているんです!」

「なるほど。マリアとランがいないのはそういう事だったのか」

「はい! マリアさんは町の外で新しい町開発の陣頭指揮に、ミルちゃんはお姉さんと一緒に薬屋を、ランさんは役所で外交を行っています。みんな、町のために精一杯です!」

 

 グッと小さくガッツポーズをとるチサを見て、ホッと胸をなで下ろすルーク。正直、彼女たちが町の人たちに受け入れられるかは不安であった。だが、その心配はどうやら杞憂に終わったらしい。二、三話をした後、町長の家を後にする三人。

 

「それで、どうする? 今すぐ迷宮に向かうなどという馬鹿な事は言わんだろうな」

「そうだな……一度それぞれの仕事場を見て回るとするか」

「そうですね。私、マリアさんが働いているところを見たいです!」

 

 ランスの問いかけにルークがそう答えると、シィルは嬉しそうに声を上げる。攫われている娘たちは生きているという情報をランから得て、結界も解けた今、すぐに迷宮に向かう必要性は薄れてきている。勿論、指輪の影響も考えれば最後の一人である志津香や攫われたままの娘たちを早く救い出してあげるべきなのだが、ここまで魔女たちと連戦をしてきた疲れもあるため、すぐに迷宮に向かうというのは得策では無い。町の復興作業を見て回りつつ、自分たちの体力を戻すのも悪くはないとルークは考えたのだ。

 

「では、俺様たちはマリアとミリのところに向かうぞ」

「俺はランのいる役所と真知子さんのいる情報屋だな。終わったら、酒場に集合だ」

 

 全ての場所を一緒に回っては日が暮れてしまうと考え、手分けして仕事場を見て回る事にする。ランスは付き合いの長かった二人のところへ、ルークは今日子が無事に帰っているかを確かめるための情報屋と、ランスが面倒だから行きたくないと嫌った役所へと向かうことにする。まずは町長の家から近い情報屋を目指し、ランスたちと背中合わせに歩いて行くのだった。

 

 

 

-カスタムの町 情報屋-

 

「あら、ルークさんいらっしゃい。今日子を見つけてくれたようでありがとうございます」

「ん? その今日子さんの姿が見えないが……?」

 

 情報屋にやってきたルーク。コンピュータを弄っていた真知子がすぐに頭を下げてくるが、肝心の今日子の姿が見当たらない事に疑問を抱く。と、真知子が深いため息をつく。

 

「あの子は帰ってきてすぐに旅に出てしまいました。この町にはもういられない、と言い残して……」

「何かあったのか?」

「多分、バード君に失恋したんでしょうね。あの子、バード君のこと好きだったから……」

 

 壁を見つめながらそう口にする真知子。その瞳が少しだけ寂しげであるのは、妹が出て行ってしまった事によるものであろうか。

 

「バード君も、ルークさんの少し前にウチに寄ったのよ。で、今日子がいなくなったって教えたら、僕の責任だって言って追いかけて行ってしまったわ」

「やれやれ、あの左腕で無茶をする……俺との約束はもう忘れてしまっていそうだな」

「悪い子ではないんだけどね……ちょっと自分に酔っているところがあるから……」

 

 はぁ、と今度は二人でため息をつく。なんだか次に会うときにはもう女の子を隣に侍らせている気がする。もしそうだったら、脳天にチョップでもお見舞いするかと心に誓うルークだった。

 

「バカよね……この世に男性も女性も一人ではないというのに。もっと魅力的な男性が、沢山いるかもしれないのにね」

「まあ……な。だが、それだけ一人を好きになれるというのも、素晴らしい事なのかもしれないがな」

「あら? ルークさんにもそういう相手がいたのかしら?」

「まさか。寂しい独り身さ」

「ふふふ、ルークさんの魅力に気がつかないなんて、周りの女性はよっぽど見る目がないのね」

「リップサービスでも嬉しいよ」

 

 くすくす、と笑う真知子にルークも静かに笑みを浮かべる。バードが心配で単身迷宮にまで乗り込んできた今日子。褒められた行動ではないが、それだけ好きな人に尽くせるのは眩しくもある。と、真知子が机の引き出しを開けて書類を取り出し、ルークの前に差し出してくる。それに視線を落とすと、そこにはラギシスの名前が書かれていた。

 

「頼まれていた件なのですけど……」

「もう調べ終わったのか!?」

「時間が足りず中途半端な調査にはなってしまいましたが、一応のご報告を、と……」

 

 ルークが感嘆する。まさかここまで優秀な情報屋だとは思ってもみなかったのだ。これはリーザスの由真にも負けず劣らずの実力だ。ルークが調査書に手を伸ばし、ザッと目を通す。これだけの短時間で調べたにしては十分な内容だ。そして、そこに書かれているのは町の人たちの評判とは違うもの。

 

「ゼスの魔法使い……雷帝から師事を仰いでいたが、度々意見が衝突していた……」

「最後には破門を言い渡されてゼスを飛び出したそうです。町の人の素性を調べるのはどうかと思ったのでこれまで知りませんでしたが、まさかラギシスさんがこのような方だったとは……」

「その後カスタムに流れ着き、数年前に魔法塾を開く、か。これでマリアの話に疑いの余地は無くなったな」

「ふふ、とっくに信用していたのでしょう?」

「まあな。だが、確かな証拠も欲しいものではある」

「お役に立てたようで何よりです」

 

 短い間だが一緒に冒険をし、マリアの人となりは確認出来ている。彼女が話した事件の真相もとっくに信用していた。そこにこの情報だ。最早疑いの余地はない。事件の元凶は、このラギシスだったのだ。指輪の魔力に目が眩み、四魔女に返り討ちにあった。それが事件の真相だろう。

 

「フィールの指輪の出所までは調べがつきませんでしたが……」

「十分だ。代金の方は……」

「いりませんよ。今日子やマリアさんたちを救い出してくれたのが、何よりの報酬です」

「そうか……それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 

 ルークが手に持っていた書類を机の上に置き、椅子から立ち上がって扉に手をかける。

 

「真知子さん、お元気で」

「ルークさんもお元気で。と言っても、志津香さんの件もあるから、まだ町にはいるのでしょう?」

「ああ、まだいるよ」

「それじゃあ、町を出て行く前に顔くらい見せてくださいね。それと、志津香さんをお願いします」

「ああ、必ず寄らせて貰うよ。それと、志津香の事も了解した」

 

 そう言って店を出て行くルークの背中を見つめる真知子。その頭に、先程の会話が蘇る。

 

『ふふふ、ルークさんの魅力に気がつかないなんて、周りの女性はよっぽど見る目がないのね』

『リップサービスでも嬉しいよ』

 

 くすりと自嘲気味に笑い、誰の耳にも届かないような小さな声で呟く。

 

「リップサービスではないのですけどね……ふふふ、私も今日子の事を言えないわね……一人の男性に、執着しそうになってしまっているんですもの……」

 

 

 

-カスタムの町 役所-

 

 地下都市の一角に置かれている臨時の役所。復興のためにはどうしても必要らしく、早急にでっちあげた施設らしい。施設の中に入ってみると、人がせわしなく動いている。他の場所と比べてもかなり忙しいようだ。ルークがザッと周囲を見回すと、奥の方の席にランが座っているのが見えたためそちらへと近づいていく。

 

「しっかりと復興のために働いているみたいだな、ラン」

「あ、ルークさん。はい、これが私の償いですから」

 

 ルークを見上げながらそう答えるラン。忙しそうではあるが、どこか生き生きと働いている。町のために働けるのが嬉しいようだ。

 

「志津香のこと、よろしくお願いします。もう、あまり時間はないと思いますから……」

「……どういうことだ?」

「結界が解けたのが理由です。下手に不安を抱かせるのは悪いと思って町長には詳しく言いませんでしたが、あれは私たち三人が解放されたから解けたんじゃありません。元々、結界は志津香が一人で張っているようなものだったんです。私たちがいなくなったところで、結界を維持できなくなる訳がないんです」

「なるほど……結界は解けたのではなく、自分から解いたということか」

 

 ルークのその言葉にランが真剣な面持ちで頷く。

 

「となると……何かしらの計画の準備が終わった、ということか?」

「誘拐された少女たちの安否も心配です。一体彼女たちを使って何を……」

 

 ランが不安そうに口にする。攫ってきた娘たちの命に別状が無い事を知っているランであったが、実際に何を目的として彼女たちを攫っていたのかまでは聞いていないのだ。

 

「ま、俺とランスに任せておけ。必ずみんな助け出してみせるよ。志津香もな」

 

 そう言いながら、ポン、とランの頭の上に手を置くルーク。四魔女の中でも最年長であり、他の娘のお姉さん役であることも多かったためか、あまり年上の男にこういったことをされるのには慣れていないらしく、ランの頬が赤く染まっていく。

 

「あぅ……」

「あら? ランさん、ひょっとして彼氏さんですか?」

 

 その様子をみた役所の職員、長柄亮子がランをからかいにくる。真面目なランの珍しい姿に興味を引かれたのだろう。

 

「ひゃい!? そ、そんなことないですよ!!」

「やれやれ、振られてしまったな」

「残念でしたね、私なんてどうです?」

「はは、名前も知らない女性といきなりは付き合えないさ」

「きゃん。私も振られちゃいましたね」

 

 笑い合う二人をよそに、まだ頬の赤いランは二人の会話が耳に入ってきていないようだった。天井を見上げながら軽くショートしているランに対し、ルークが問いかける。

 

「で、ランは今どういった仕事を任されているんだ?」

「えっ!? い、今は町の再建費用を隣の王国から借り入れする交渉をしています。あちらの王女様が中々曲者で……こちらが必要な額を完全に把握していて、カスタムが支配都市になるよう色々条件を突きつけてきて……」

「隣の王国……というと、ゼスではなくリーザスかな? 確かに、あの王女と侍女は曲者だな」

 

 ルークの頭に誘拐王女と甘やかし侍女の顔が浮かぶ。なんとなく懐かしい顔だ。会いたいような、会いたくないような複雑な心境である。そんなルークの顔を呆けたような顔で見ていたランと亮子だったが、すぐにその目を見開く。

 

「リーザスの王女様をご存じなんですか!?」

「以前に仕事で顔を会わせたことがある程度さ。俺だけじゃなく、ランスも知っているぞ」

「それでも凄いですよ!」

「うはー……思ったよりも凄い人だった……」

 

 大国リーザスの王女様など、田舎町のカスタムからしてみれば雲の上の存在である。そんな人物と面識があるとは、ルークとランスは思ったよりも凄い冒険者なのかと亮子が呆気に取られている。それを横目に、ルークは顎に手を当てて何やら思案していた。

 

「そうか……リーザスからの資金援助か……」

「なんにしても、町のために頑張ります! それが私の成すべき事ですから!」

「もう……張り切りすぎて体調を崩さないよう、気を付けてくださいよ」

 

 張り切るランを見ながらやれやれとため息をつく亮子だったが、その表情には笑みが浮かんでいる。彼女もまた、四魔女であるランを受け入れてくれた人物なのだろう。いや、彼女だけではない。役所のどこからも、ランに対しての嫌な雰囲気というものを感じないのだ。町長の言ったように、町の住人はとっくに彼女たちを許しているのだろう。

 

「それじゃあ、あまり邪魔しても悪いからそろそろ行くよ。いい町になるよう、頑張ってくれ」

「はい! 本当にありがとうございました。それと、お気を付けて……」

 

 町は復興へと突き進んでいるが、大団円にはまだ早い。四魔女最後の一人である志津香を救い出して初めて大団円なのだ。去りゆくルークの背中をジッと見送るラン。どうか志津香を無事に救い出して欲しい。そう心から願いながら。

 

 

 

-カスタムの町 酒場前-

 

「お、今回はタイミングがピッタシだったな」

「いや、お前は俺様よりも早く来て俺様を待っていなければならん。よって、お前の遅刻だ」

「ルークさん、お疲れ様です」

 

 酒場の前まで来たルークは、丁度反対側から歩いてきたランスたちと店の前で合流する。あちらでの出来事を聞いたところ、ミリとミルは姉妹仲良く薬屋を営み、町の人からも頼られているとのこと。マリアは設計の才能があったらしく、新しい町作りのため工事現場を張り切って仕切っているらしい。そして、そのどちらからも志津香を頼むと言われたということだ。ルークも真知子とランの二人からそれを言われた事を口にし、互いに気合いを入れ直す。

 

「ま、これだけ女の子に頼られたら、男として助けない訳にはいかんな」

「がはは、当たり前だ。志津香の処女も頂いて四魔女コンプリートだ!」

「そこかよ……」

 

 そんな事を口にしながら酒場へと入っていく一行。すると、すぐに元気な声がこちらに聞こえてくる。酒場の看板娘、エレナだ。

 

「いらっしゃい! ランスさん、二階のお部屋にお客様が尋ねてきていますよ」

「なに? 勿論美人なのだろうな?」

「男が尋ねてくるという発想はないのか……」

 

 キラリとランスの目が光り、エレナに来訪者の容姿を尋ねる。ランスの頭の中では、来訪者の三人は全て女性であるのが当然の事項のようであった。

 

「そりゃもう、とびっきりの美人さんが三人ですよ。ランスさん、本当にモテるんですね」

「三人も美女が!? ぐふふ、これは素晴らしい……」

「一体どなたでしょうか……?」

「三人か……二人だったら、ラークとノアが加勢に来てくれたのかもとも思ったんだけどな」

「なんだか高貴な方たちでしたよ」

 

 エレナのその言葉を受け、ルークの頭には先程話題に上がったある人物の顔が浮かぶ。だが、そんなはずはない。おいそれと外出できるような身分ではないはずだ。

 

「それではすぐに二階に上がるぞ! がはははは!」

「あっ、待ってください、ランス様!」

「一番奥の部屋ですよー」

 

 階段を駆け上がっていくランスに向かってエレナは客人の待つ部屋を教える。ルークもそれに続こうと階段の一段目に足をかけたところで、エレナが思い出したように口を開く。

 

「それと、三人の内の一人はどちらかというとルークさんに会いに来たみたいですよ。ルークさんもモテますねー」

「俺に……?」

 

 

 

-カスタムの町 酒場二階-

 

「カスタムに来てからは冒険者、魔女、悪魔、冒険者、魔女、魔女と濃いめの味付けが続いたからな。ここいらでさっぱりとしたものも食べたいと思っていたところだ」

「そ、そんなに……」

「高貴な美女か。きっと清楚で可憐な美女に違いない!」

 

 左からネイ、マリア、名も知らぬ悪魔、ミリ、ミル、ランだ。一体いつの間にミリとやっていたというのか、相変わらずの手の速さである。その半数との情事しか知らなかったシィルはちょっとだけショックを受けているが、ランスはそれを気にした様子も無く廊下を駆けていき、客人が来ているという二階最奥の部屋の前まで到着した。そして、勢いよく扉を開ける。

 

「さあ、俺様への客というのは誰かな!?」

「きゃあ、ダーリン!! リアです!!」

 

 パタン、とすぐに扉を閉めるランス。女好きのランスにしては非常に珍しい反応である。

 

「幻覚……? 俺様ともあろうものが疲れて幻覚を……?」

「って、ダーリンったら酷い! いきなり閉めるなんて! それに、リアは幻覚じゃなくて本物だもん!!」

「うおっ、やっぱりリアか!」

 

 扉の前でぶつぶつと呟いていたランスだったが、内側から勢いよく扉を開けてリアが飛び出してきたため、現実に引き戻される。

 

「高貴な方って……リア王女様だったんですね……」

「もしかしたらとは思ったが、まさか本当に来ているとはな……」

 

 二人から少し遅れて部屋の前まで到着したルークが声を漏らす。目の前にはランスに引っ付いているリア王女と、それを引っぺがそうとするランスの姿。少し前まで少女の誘拐&拷問を行っていた犯人にはとても見えない姿だ。勿論、一国の王女にもとても見えないが。

 

「結婚はしないと言っただろうが! 俺様の事をダーリンって呼ぶな!」

「そんな……私のことが嫌いなんですか……?」

「うっ……」

「ごめんなさい、ダーリン……でも困らせる気はないの……妻と認めて貰える日までずっと待ち続ける覚悟はあります!」

「ええい、そんな日は来んわ!」

 

 結婚する気はないとはいえ、美人の涙には弱いランス。そもそも積極的な相手に慣れていないのか、リアのアプローチにたじたじとなっている。シィルもリアの勢いに呆然となっている。その三人を横目に、ルークはリアに続いて部屋から出てきた一人の女性に声を掛ける。

 

「久しぶりだな、マリス。息災で何より」

「お久しぶりです、ルーク様。そちら様もお変わりないようで」

 

 現れたのは、リア王女の侍女、マリス・アマリリス。リアが来ているという事は、間違いなく彼女も来ているだろうと思っていたが、どうやら予想は当たっていたらしい。

 

「リア様、お気持ちは察しますが、お話は中で」

「はーい。ダーリン、さっ、中に入りましょう」

「えぇい、引っ張るな!」

 

 ランスの腕を引っ張りながら部屋の中へと入っていくリア。シィルもそれに続き、残ったルークとマリスが互いに向き合う。

 

「それで、リア王女の悪癖は収まったのか?」

「お陰様で。ランス様からもきつく言われたようで、今ではあのような事は一切しておりません」

「それは何より」

 

 軽く話をしながらルークとマリスも部屋へと入り、扉を閉める。その瞬間、ヌッとリアが二人の間に割り込んできた。

 

「ね、マリス。ダーリンを困らせないように妻と認めて貰える日まで待ち続けようとする私って健気よね?」

「はい。その控えめな態度が、きっといつかランス様に通じることでしょう」

「えへへ、待っているからね、ダーリン!」

「待たんでいい!」

 

 パッと表情を明るくしてランスに向き直るリア。そのやりとりを見ていたルークは苦笑しながら口を開く。

 

「……相変わらず、甘やかしてはいるみたいだな」

「あら? この程度では甘やかしている内に入りませんよ」

 

 静かな笑みを浮かべながらそれに答えるマリス。ツッコミを入れるのも野暮かと考えたルークは深く追求するのは止め、騒ぎ続けるランスとリアを尻目に、部屋の隅に控えていたもう一人の来客者に声を掛ける。忍装束を身に纏った一人の少女に。

 

「……久しぶりだな。息災で何よりだ、かなみ」

「お久しぶりです、ルークさん」

 

 こうして、ルークたちはリーザスの三人と再会を果たす事となった。彼女たちがカスタムを訪れた理由とは一体何なのか。それを聞くにはもう少し時間が掛かりそうだと、目の前で今なお騒ぎ続けるランスとリアを見ながらルークは思うのだった

 

 

 

-カスタムの町 酒場一階-

 

「今日はなんだか上が騒がしいな……」

「営業妨害だよ……くすん……」

 

 下の階では、ドタバタと騒々しい二階に酒場の客が首を傾げているところであった。その元凶は町を救ってくれた人物であるため注意に行く事も出来ず、エレナはさめざめと泣くことしか出来なかった。

 




[人物]
リア・パラパラ・リーザス (2)
LV 3/20
技能 政治LV2
 リーザス国王女。かつては少女を誘拐し、自分の愉悦のためだけに拷問をしていた恐ろしい王女だったが、ランスにお仕置きをされて今ではすっかり改心。ランスに会うためだけに無理矢理時間を作り、カスタムへとやってきた。健気と言えば健気。

マリス・アマリリス (2)
LV 26/67
技能 神魔法LV2 剣戦闘LV1
 リーザス国筆頭侍女。リアの我が儘を聞いて無理矢理時間を作り、持ち出し禁止のとある物まで持ってきてしまった。相変わらずの甘やかしである。

見当かなみ (2)
LV 18/40
技能 忍者LV1
 リーザス王女リア直属の忍者。ルークの忠告を受け、忠臣目指し目下修行中。その頑張りは城の兵士たちも目の当たりにしており、将軍たちの間でも評価が上方修正されている。

長柄亮子
 カスタムの役所で働く女の子。役所の女の子の中では最もランと仲が良い。


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第14話 王女襲来

 

-カスタムの町 酒場二階-

 

「でね、でね、近々二人を無理矢理隠居させようと思っているの。そうすれば、リアが正式な国の指導者になるから、リアと結婚すればリーザスはダーリンのものよ!」

「ふーん」

「あん、もうちょっと興味を持ってくれても良いのに……ダーリンったらいけずなんだから……あ、そこのもこもこちゃん、その立ち位置だと邪魔。もうちょっと向こうに行って」

「あ、はい、すいません……」

 

 ランスの側に立っているシィルを少し遠ざけながら、リアがランスにベッタリとくっついている。リーザス王として迎えるためなのかは判らないが、その話題の中心は現状のリーザスについて。そして今リアが口走ったのは、リーザス王とその妃の二人を無理矢理隠居させるというとんでもない計画であった。壁に寄りかかっていたルークは驚いた様な表情でマリスに問いかける。

 

「止めなくて良かったのか? こんな場所で話していい内容ではないと思うが?」

「お三方には色々と知られてしまっていますしね。今更です」

 

 リーザス誘拐事件に関しては、全てパリス学園のミンミン学園長が画策したという事で幕が閉じている。因みに、ミンミン学園長は既にこの世にいない。事件が明るみになった直後に謎の自殺を遂げていた。

 

「まあ、本当に聞かれたらまずいような事は言って無さそうだがな」

「ふふ、それはどうでしょうね」

 

 マリスがはぐらかしてくるが、リアはああ見えても実に優秀な人物だ。ランスだけならまだしも、ルークとシィルがいるこの場所では話す内容を選んでいるはずである。だが、この場でそれを追求し、マリスと問答を繰り広げる気もない。ルークは一度息を吐き、部屋の隅に控えているかなみへと視線を移す。

 

「しかし、随分と鍛えたな。見違えたぞ」

「わ、判りますか!?」

「判るさ。以前とは纏っている空気が違う。忠臣目指して頑張っているみたいだな」

「……ありがとうございます!」

 

 ルークのその言葉を噛みしめながら、深々と頭を下げてくるかなみ。と、それまでランスとの会話に一方的に夢中になっていたリアがこちらに視線を向けてくる。

 

「そうそう。最近のかなみは以前にも増して張り切っちゃっているんだから」

「わずか二、三ヶ月の間にレベルを四つも上げてくれました。隠密の仕事をこなしながらという事を考えれば、十分すぎる成果です。こちらとしても喜ばしい限りですね」

「リア様……マリス様……」

 

 リアとマリスにも褒められ、恥ずかしそうにしながらも若干誇らしげなかなみ。その態度に悪戯心が湧いたのか、ランスが茶々を入れてくる。

 

「がはは、へっぽこ忍者も少しは使えるようになったのか?」

「……ふん! 今ではランスさんより強いかもしれませんよ」

「ほう、言ったな? 貴様、今のレベルはいくつだ?」

「レベル18です! ランスさんは?」

「今から計ってやろう。貴様に英雄とへっぽこの違いを見せてやる」

 

 主の前だというのに挑発に乗ってしまうかなみ。マリスがため息をつき、ルークも目の前の光景に失笑する。

 

「精神の修行はまだまだこれから、と言ったところか?」

「お恥ずかしい限りです。リア様、止めますか?」

「ううん。ダーリンのレベルも知りたいし、止めなくて良いわ。私的には、ナイスかなみ、って感じだわ」

「承知致しました」

 

 リアが目を爛々と輝かせて事態の推移を見守っている。愛しのランスのレベルには興味があるのだろう。リアが止めないのであれば当然マリスが動くはずもなく、ルークも特に止める理由がないため、全員傍観に回る。すると、ランスがパチンと自身の指を鳴らした。

 

「レベル神ウィリス、俺様の呼び出しに応じて直ちにこの場に姿を現せ!」

「レベル神だと……? いつの間に……」

 

 ランスの呼びかけに応じて赤い髪のレベル神が姿を現す。レベル神というのは、頻繁にレベルアップする冒険者がレベル屋に行く手間を省くために契約をする神である。勿論、その契約のための査定は厳しく、並の冒険者では契約を結べない。誘拐事件の時はレベル神が付いていなかったはずであり、いつの間にレベル神と契約を結んだのかとルークが首を傾げる。

 

「私は偉大なるレベル神、ウィリス。ランスさん、レベルアップをお望みですか?」

「そうだ。この身の程知らずに格の違いを思い知らせてやらんとな」

「……ん? 君はリーザスの城下町でレベル屋をしていた子か?」

「……あ、ルークさんじゃないですか。お久しぶりです」

 

 現れたレベル神に見覚えがあったルークが問いかけると、一度こちらの顔を確認して思い出すような仕草をした後、顔をパッと明るくして口を開くレベル神。ルークの記憶通り、彼女はリーザス城下町でレベル屋として働いていた女性、ウィリスであった。

 

「そういえば、レベル神への昇進試験が近いとか言っていたな。そうか、昇進試験には受かったのか。おめでとう」

「ありがとうございます! 先日無事に合格しました!」

「がはは、俺様が手伝ってやったのだ!」

「なるほど、それで専属契約を結んでいる訳か」

 

 誘拐事件から今までの間ずっとサボっていたのかと思っていたが、しっかりと仕事もこなしていたランス。レベル神への昇進試験には危険な内容もあり、ギルドへその護衛が依頼されることも時々あるのだ。どうやらルークの知らない内にキースギルドへ依頼があり、それを受領したランスが見事その依頼を達成し、そのお礼にと彼女と専属契約を結んでいたようだ。

 

「レベル屋……ウィリス……ああ、思い出したわ」

「城下町の人を全て把握しているんですか? す、凄いですね……」

 

 リアがそう呟くのを聞き、シィルが恐る恐るといった様子で話しかける。明らかにリアに嫌われているのは自分でも判っているらしく、どうにかして話題を拡げ、少しでも仲良くなれないものかと勇気を振り絞ったのだろう。シィルに話しかけられて少しだけ冷徹な視線をそちらに向けたリアだったが、すぐに近くにいたマリスの方に向き直る。

 

「確か、前に狙った事があったわよね?」

「はい。彼氏持ちという事が判った時点で調査は打ち切りましたが」

「そうだったわね。虐めるならなんにも知らなそうな若い娘が一番だしね」

「(……ここからどう話を拡げれば……)」

「今明かされる衝撃の真実だな。明るみになったのが学園の娘たちだっただけで、他にも色々と手を出していたのか。まあ、ユキの事を考えればそれも当然か」

「一体何の話でしょうか?」

 

 まさかの展開にシィルは困惑するしかない。ここから平然と話を拡げられたら、その人物も間違いなく普通ではない。狙われていた張本人であるウィリスは状況が飲み込めないため、とりあえず知り合いのルークに話しかける。

 

「そういえば、ルークさんはレベル神と契約を結んでいないんですか? ルークさんくらいのレベルの冒険者なら、契約を結んでいない方が逆に珍しいんですけど」

 

 ルークのレベルを知るウィリスが問いかけてくる。国に仕える兵士などならば定期的にレベル屋に立ち寄れるが、ルークたちのような冒険者ではそれもままならないため、自然とレベル神との契約を結ぶ者が多くなる。高レベルの冒険者なら尚更だ。

 

「以前はカグヤさんというレベル神と契約していたんだが、寿引退してしまってね。その際の引き継ぎがどうやらトラブっているらしく、今はレベル神がいないんだ」

「あ、それなら私と契約しませんか? 今はレベル神になったばかりで手が空いていますし、引き継ぎの報告もちゃんとしておきますよ」

「それは助かるな。ぜひお願いするよ」

「いえいえ。レベルアップ回数の多い方ですと、こちらとしても有り難いですし」

 

 思いがけずレベル神との再契約を結べてしまったルーク。レベル神もレベルアップ回数の多さが出世に関わるため、高レベル冒険者との契約は喜ばしいことなのだ。と、いつまで経っても世間話をしているウィリスにランスが声を荒げる。

 

「ええい。世間話をしとらんで、さっさとレベルアップの儀式をしろ!」

「あ、すみません。ルークさんとシィルさんも一緒にしておきますね」

「ああ、頼む」

「ありがとうございます!」

「それでは……うーら めーた ぱーら ほら ほら。らん らん ほろ ほろ ぴーはらら」

 

 実に力の抜けるレベルアップの儀式である。前任レベル神であるカグヤとは呪文が違うのだな、とルークがどうでもいい事を考えている内にレベルアップの儀式が終わり、ウィリスがゆっくりと口を開く。

 

「ランスさんは経験豊富とみなされてレベル20になりました」

「がはは、当然だな! どうだ、聞いたか? レベル18のへっぽこ忍者!」

「くっ……」

「きゃー! ダーリン、格好良い!!」

「流石はランス様。優秀な冒険者ですね」

 

 ランスの見下すような態度に悔しさが募るが、勝負を挑んで敗れた身としては何も言えず、歯噛みする事しか出来ないかなみ。主であるリアがランスの勝利を喜んでいるのが悔しさに拍車を掛けていたのだが、この後のウィリスの言葉に更に追い打ちを掛けられてしまう。

 

「シィルさんは経験豊富とみなされてレベル19になりました」

「わーい、やったー!」

「がーん!!」

 

 まさかシィルに負けるとは思っていなかったかなみは盛大にショックを受け、呆然とした様子でその場に立ち尽くしてしまう。

 

「がはははは、俺様の奴隷にも負けるとは情けない。真の忠臣にはほど遠いな」

「ランス、あんまり追い打ち掛けるな。かなみ、隠密の仕事が主である君と違って、こっちは冒険者でレベルが上がりやすいんだ。あまり気にしなくていいんだぞ」

「……はい。すいません気を使わせてしまって」

「俺様の大勝利だ! がはははは! 勝った、勝った、へなちょこ忍者に勝った!」

「ダーリン格好良い! 素敵!」

 

 涙目のかなみにルークがフォローを入れている横で、ランスとリアは盛大にはしゃいでいた。だが、この空気は次のウィリスの発言で凍り付くことになる。

 

「ルークさんは経験豊富とみなされてレベル46になりました」

「「「「えっ!?」」」」

「なんだとっ!?」

 

 一斉にルークとウィリスの方を向く一同。突然の視線にウィリスは一瞬ビクリと体を縮こまらせる。

 

「貴様、なんだそのレベルは!?」

「お強いとは思っていましたが、そんなにレベルが高かったんですか!?」

「あれ? ルークさん、みなさんにレベルの事は話していなかったんですか?」

「あー……そういえば話したことはなかったな。まあ、冒険者としては少し高い程度さ」

 

 思い返してみれば、リーザス誘拐事件のときは一人でレベル屋を訪れたし、カスタムに来てからはレベル屋に寄っていない。そういう話にもこれまでならなかったため、誰もルークの現在レベルを知らなかったのだ。ルークのその的外れな発言にかなみが一層騒ぎ出す。

 

「た、た、高いってもんじゃないですよ! 一国の将軍クラス、いや、それ以上ですよ!」

「……マリス!」

「はい、リア様。ルーク様、こちらにサインをお願いできますか?」

 

 リアの目配せとほぼ同時にマリスが一枚の紙を取り出し、ルークへと署名を求めてくる。つい紙とペンを受け取ってしまい、勢いでサインしそうになるルークだったが、よくよくその紙を見ると、それはリーザス軍入隊のための書類であった。

 

「って、おい! 何勝手に入隊させようとしているんだ!?」

「ちっ。引っかからなかったわね……」

「……ルーク様。リーザス国は他にはないほどの好待遇で迎え入れる準備がありますが?」

「んー……すまないが、まだどこかに収まる気はないんだ」

「指揮官適正の結果次第ですが、今なら特別に副将の地位もお約束するのですが……」

「ふ、副将!?」

 

 とんでもない好条件に思わずシィルが声を漏らすが、ルークはその条件に苦笑していた。いくら何でもただレベルが高いだけで副将の地位は有り得ない。となれば、この待遇は先の誘拐事件における口止めの意味も含んでいるのだろう。

 

「わ、私もルークさんにリーザスに来ていただきたいのですが……」

「スマンな、かなみ。かなりの好条件だが、断らせて貰う」

「……残念です」

「おい、ルーク、ルークって騒ぎやがって! 俺様に誘いがないとはどういうことだ!?」

 

 ルークの返事を聞き、シュンとうなだれるかなみ。その反応にルークは申し訳無く思うが、今はまだどこにも仕える気はないのだ。そう、今はまだ。リアが再度舌打ちをしていると、長い事蚊帳の外に置かれていたランスが騒ぎ出すが、その発言を待っていましたと言わんばかりにリアの目がキラリと光る。

 

「あら? ダーリンを軍に勧誘する気なんてありませんわ。だって、ダーリンは私の夫としてリーザスの王になって貰うんですもの」

「……しまった」

「ランス様、やぶへびです……」

「では、ランス様はこちらへサインを……」

「ええい、婚姻届を出すな!」

 

 マリスが渡してきた婚姻届をビリビリに破り捨てるランス。これではいつまで経っても本題に入れないなとルークは苦笑していると、隣に立っていたウィリスが声を掛けてくる。

 

「あのー……もう帰っても良いでしょうか?」

「ああ、まだまだ長そうだからもう帰ってしまって構わないよ。契約も結んだ事だし、これからよろしく頼む」

「はい。あ、それと高レベル者には、その、脱衣のサービスもあるのですが……」

 

 そう、女性レベル神には契約者のレベルが一定以上になる度に服を一枚ずつ脱いでいくというサービスが課せられているのだ。これは、より一層レベル上げに励むようにという事から考えられた制度であり、この制度を考案したラセリアというレベル神は一部に熱狂的な信奉者を持っているのだが、それはまた別の話。

 

「ああ、それは別にしなくていい。前任のときも断っていたし」

「そう言っていただけると助かります。決まりではありますけど、やっぱり恥ずかしいので……では、私はこれで」

 

 そう言い残し、ウィリスの姿が虚空へと消えていく。それを見送ったルークがランスたちに向き直ると、一同はまだ騒いでいるところであった。これから志津香の迷宮に向かう必要もあるため、流石にそろそろ本題へと入ろうとルークが口を開く。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか。わざわざカスタムまでやってきた理由は? まさかランスの顔を見るためだけにカスタムまでやってきたのか? ……マリス、いい加減書類を仕舞ってくれ」

 

 そう言われ、渋々と書類を引っ込めるマリス。どうやらまだ諦めきれないらしく、ジッとルークの方を見ている。

 

「もっちろん! ダーリンに会いにここまで来たのよ!」

「……本当にそれだけか?」

「イエス!」

 

 ちらりとマリスとかなみに視線を向けるルーク。すると、二人とも静かに頷いて返して来た。どうやら本当にランスに会いに来ただけらしい。

 

「……職務はいいのか?」

「万事抜かりありません。三日先の分まで終わらせてありますし、有事の際は優秀な者に後を任せてあります」

「わざわざ会いに来るのにそこまでせんでいい」

「あん、ダーリン。迷惑だった? リアね、お土産も持ってきたの」

「お土産? なんだ、金目のものか?」

「かなみ、持ってきて」

 

 リアがそう言うと、かなみがカーテンの後ろにわざわざ隠してあった剣と鎧を持ってくる。どちらも美しい光沢を放っているが、観賞用という訳ではなく装備品として一級品であることが見て取れる。

 

「これは我がリーザス王国に古くから伝わる秘伝の聖剣と聖鎧です。どうぞお納めください」

「それをリアだと思って大事に使ってね、ダーリン!」

「武器をそう思うのは無茶があるな……」

「うむ、貰えるものは全てありがたく頂いておくぞ。がはは」

 

 そう言いながら目の前に置かれた聖剣と聖鎧を装備するランス。それを黙って眺めていたルークだったが、気が付けば今まで装備していたイナズマの剣と界陣の鎧をシィルに手渡し、なにやら耳打ちしている。

 

「売りさばくつもりなら返せよ」

「ぎくり」

「馬鹿者。これは既に俺様の物だ。俺様の物をどうしようと貴様には関係無い」

「俺の金で買った物だろうが、全く……」

 

 やはり売りさばくつもりだったかとルークがため息をつくが、言って素直に返すような性格でも無い事は重々承知しているため、これに関しては諦める事にする。

 

「というか、そんな大事な物を簡単に渡してしまって良かったのか?」

「もちろん! 将来の旦那様ですもの!」

「えぇい、やかましい。誰が旦那だ! まだこの町での依頼が済んでいないから、俺様たちはもう行くぞ!」

「ダーリン、リアはあなたが振り向いてくれるまでいつまでも待っています!」

 

 貰う物だけ貰い、さっさと部屋から出て行ってしまうランス。流石にこれだけ熱烈なアプローチをされては、居心地が悪かったのだろう。シィルも一礼した後、ランスの後にそそくさとついていく。ルークもそれに続こうとするが、ふとある事を思い立ってリアとマリスに話しかける。

 

「そうだ、少し頼み事があるんだが……」

「頼み事?」

「ムシのいい話ではあるんだが……」

「……あら? 確かにムシのいい話ね。そんな要求じゃあ……」

 

 交渉に入った瞬間、リアとマリスの目つきが変わった。ランスの前ではあんな状態だが、やはり政治家としての手腕は高い二人である。数分の後、ある程度の落としどころで交渉が纏まる。

 

「すまないな、無理を言って」

「まぁ、以前の借りもあるしね。こちらの条件も呑んで貰ったことだし」

「ルーク様、リーザスはいつでも副将のポストを準備してお待ちしておりますので」

「だから、副将はやり過ぎだ。ポッと出の冒険者が副将になんかなったら、反発が出るぞ」

「ちょっとくらい無理してでも使える副将が欲しいのよね、正直な話。将軍と比べて二枚くらい落ちるから、今の副将たち」

「丁度世代交代の時期でして、実戦経験が少ない副将が何名か……その点では、実戦経験豊富な副将が欲しいというのは本音なのですよ」

「……」

 

 リアとマリスの発言にかなみが複雑そうな表情を浮かべているが、その真意はルークには判らない。

 

「まあ、当分ないと思ってくれ。それじゃあ俺もそろそろ行くとするか」

「お気を付けて。ルーク様には何もお持ちできず申し訳ありません」

 

 ランスにだけ土産を持ってきた事に対し、マリスが深々と頭を下げてくる。リアは気にしていない様子だが、かなみも申し訳なさそうにしている。

 

「ふむ、別に気にしないんだがな……かなみ、手裏剣とかくないとかの予備があったら一つ貰えるか?」

「え? あ、くないならここに予備が。手裏剣はしびれ薬を塗ってあるのしかなくて、取り扱いが……」

 

 突然話を振られたかなみは慌てて懐を探り、一本のくないを手に取る。それをパッと受け取るルーク。

 

「リーザスからの支援、確かに受け取った。忠臣を目指す者が使う武器、そんじょそこらの支援よりも遙かに心強い。大事に使わせていただく」

 

 そう言って部屋から出て行くルークを見送る三人。扉が閉まり、部屋にリーザスの三人だけになった瞬間、リアの顔つきがまたも政治家のそれに変わり、ポツリと漏らす。

 

「やっぱり、一冒険者にしておくには惜しい人材ね」

「戦闘力、交渉力、視野の広さ、多分指揮官としても優秀かと。こちらの秘密もいくつか握られておりますし、出来れば自国で抱え込みたいところですね」

「意志が固そうだから難しいかもしれないけど、定期的にアプローチは続けておいて」

「かしこまりました」

 

 リアの指示に頷いた後、マリスは未だルークの去っていった扉をぼうっと眺めているかなみに視線を向ける。

 

「かなみ、受け取って貰えて良かったですね」

「はい! ……って、いえ、別にそんなことは……」

「そうだ、かなみ。ルークにリーザスに来るよう色仕掛けで迫ってみてくれないかしら?」

「そ、そ、それは私には荷が重すぎます、リア様!」

「ふふ、冗談よ」

 

 冷静を装うとするかなみであったが、色々とバレバレであった。

 

 

 

-溶岩迷宮 入口-

 

「なんだこれは、灼熱地獄じゃないか!?」

 

 リアたちと別れた後、ルークたちは最後の魔女、志津香の拠点である迷宮第五層、溶岩迷宮までやってきていた。マリアとミリの二人は今回誘っていない。マリアは町の復興の中心人物であるためそちらに尽力して貰いたく、ミリは指輪の影響が出るかもしれないミルの側に置いておきたかったからだ。

 

「あ、こらシィル、すり寄って来るな! 余計暑くなるだろうが!」

「きゃっ!? ランス様、押さないでください……」

「押すな、押すなと言われると押したくなるな……むずむず……」

「下は溶岩で落ちたら一溜まりもないな……ランス、冗談では済まないから止めておけよ。道も細いし、気をつけながら先に進むぞ」

 

 ルークが下を覗き込みながら汗を拭う。岩で出来た道は非常に狭く、その下には溶岩が広がっているため落ちたら間違いなく即死。外気温も40度ほどあり、次から次へと汗が吹きだしてくる。

 

「シィル、冷気系の魔法で周囲を冷やせ。暑くてたまらん」

「えっ、でも、今後の事も考えて魔力を温存しておかないと……」

「なに、こんな暑い場所ではモンスターもきっとへばっているに違いない。どうせ出てきたりは……」

「……そうは問屋が卸さないみたいだぞ」

 

 ルークたちが歩いていた岩場の向こう側から人食いTOWNSというモンスターの大群がのそのそと姿を現す。同時に、バサバサと翼を振りながら金とりがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 

「ちっ、空気の読めないモンスター共め」

「ランス、足場が悪いから気をつけろよ。真空斬!!」

 

 ルークが宙に向かって真空斬を放ち、金とりの翼を両断する。バランスを失った金とりはそのまま溶岩へと真っ逆さまに落ちていき、その身を溶かされる事になる。

 

「シュシュシュシュ!」

「うおっ!? こんな足場の悪いところでDISKを飛ばすな!」

「雷撃!!」

 

 人食いTOWNSが頭の上に乗ったコンピュータからCDを飛ばしてくる。ダメージは小さく、平時であれば大した攻撃でないのだが、万が一足を踏み外したときの事を考えると遠距離攻撃は厄介極まりない。すぐさまシィルが雷撃を放ち、先頭にいた人食いTOWNSを一撃でショートさせる。

 

「真空斬、真空斬!」

「雷撃!」

「よし、そこだ、行け、働け!」

「お前も働け!」

 

 自然と遠距離攻撃の打ち合いになるため、ルークとシィルが中心になって戦う構図が出来上がる。モンスター自体はそれ程強くないため、敗れるという心配はないのだが、一気に仕留められないためどうしても先に進むのに時間が掛かってしまう。結界が解けた事から楽観視していたが、ランの言っていたように全ての準備が整っているのであれば、急ぐ必要がある。

 

「お、何か見えてきたぞ。どりゃぁぁぁぁ!」

「走るな、危ないぞ!」

「屋敷、でしょうか……?」

「あれは、いや、まさか……」

 

 少しずつ先に進んでいると、遠目に何か屋敷のようなものが見えてくる。魔女の居場所かとランスに気合いが入り、飛ばされるDISKをものともせずに一気に岩場を駆けていき、人食いTOWNSに剣を振り下ろして粉砕したのだった。こうして敵を全滅させたランスたちは屋敷の方へと駆けていく。近づいて見れば、かなり大きな屋敷だ。

 

「おお、ここが志津香の屋敷か!? ぐふふ、待っていろよ!」

 

 そう言って涎を垂らすランスを横目に、シィルが屋敷へと近づいていき扉へと手を伸ばす。だが、何度扉を動かしても開ける事が出来ない。

 

「ランス様、駄目です。鍵が掛かっていて開きません」

「なにぃ!? 志津香の処女は目の前にあるのだぞ! そんな鍵、俺様が破壊してやる。ふん!」

 

 ランスが扉の鍵目がけて剣を振り下ろす。ガキン、と金属がぶつかり合う音が響くが、鍵は傷一つ付いていない。今度は扉を破壊しようと剣を振るランスだったが、その一撃も不思議な力によって弾かれてしまう。

 

「うがー、なんだこれは!」

「結界……でしょうか?」

「シィル、その辺の窓から入れないか調べてみろ!」

「ああ、そんなことをしても無駄だよ」

 

 ランスがイライラしながらシィルに指示を出したと同時に、後ろから声を掛けられる。振り返ってみれば、枯れ木のようにやせ細った男戦士がそこに立っていた。

 

「む、なんだ貴様は?」

「これは失礼。私は風の戦士、シィルフィード。志津香様の部下だ」

「なら死ね!」

「うぉぉぉ!? ちょ、ちょっと待ってくれ。争うつもりなんて無い! この状態を見てくれ。私は戦える状態ではないんだ!」

 

 問答無用で剣を振り下ろしてきたランスの一撃を間一髪で避け、尻餅をつきながら必死にランスを止めるシィルフィード。確かにどこからどう見ても戦えるような姿では無いため、ランスがスッと剣を下げる。

 

「で、無駄というのはどういう事だ?」

「そ、その屋敷は扉にも窓にも結界が張ってあって、鍵がないと中には絶対に入れないようになっている」

「部下ということは、鍵くらい持っているんだろう? さぁ、すぐに寄越せ」

「それが、ラルガというサッキュバスに奪われてしまったんだ。私も取り返そうとしたんだが……精気を吸われてしまいこのざまだ」

「ちっ、使えん雑魚が……」

 

 シィルフィードが骨と皮だけのような状態の腕をコンコンと叩く。不自然な程にやせ細っているとは思ったが、どうやらサッキュバスの仕業らしい。

 

「ふむ、ならばそのラルガから鍵を手に入れる必要があるな。そいつはどこにいる?」

「ここからもう少し進んだところに、ラルガが別荘に使っている屋敷がある」

「こんな暑い所に別荘ですか……凄いですね……」

「ラルガの元へ行くなら、あんたらも気をつけた方がいい」

「がはは、無敵の俺様にそんな心配は無用だ。行くぞ、シィル、ルーク! ……なんだルーク、ボーッと突っ立って?」

 

 ひとまずラルガの屋敷へと向かう事に決めたランスが笑いながら歩き出したが、後ろから響く足音が一つしかない。振り返って見ればそこにはシィルしかおらず、ルークがついて来ていない。何故か呆然とした顔で志津香の屋敷を見上げていた。

 

「知っている……俺は……この屋敷を知っているぞ……」

「あ、おい!?」

 

 ルークがゆっくりと屋敷に近づいていき、扉に手をかける。触れた感じでは扉自体の結界は無効化出来そうだが、扉に掛けられている鍵に何やら結界とは別の文様が描かれているのが目に飛び込んでくる。これを無理に破壊すれば、何かしらの罠が発動する可能性が高い。

 

「となれば……」

「おい、何を勝手な事をしている!」

 

 ランスが後ろで騒いでいるが、ルークの頭には入ってこない。扉から手を放し、今度は窓へと近づいていき、グッと手で窓を押す。結界が無効化されるのを感じていると、窓がギッという音を響かせながらゆっくりと開いた。どうやら、こちらには鍵を掛けていないようだ。ルークが窓枠に足を掛け、屋敷の中へと侵入する。どうやら他の罠は無いようだ。

 

「あ、なんだ開くではないか。では俺様も……って、あちちちちっ!」

「きゃっ!? ランス様、大丈夫ですか? いたいのいたいの、とんでけーっ!」

「窓が開いた……!? 志津香様の結界だぞ……あんた、一体……?」

 

 ルークが屋敷の中に入ったのを見たランスがズカズカと窓に近づいていき、自分の中に入るべく窓枠に手を置く。瞬間、ランスの手に電流が走り、手の平に火傷を負ってしまう。シィルが慌てて治療しているのを横目に、志津香の部下であるシィルフィードは信じられないものを見たといったような表情で驚いている。と、ルークが窓から顔を出してランスたちに向かって口を開く。

 

「ランス、ランの言うとおりなら事態は一刻を争う。俺は先に屋敷に潜入する!」

「あ、おい待て! 四魔女コンプリートが掛かっているんだ! 勝手に志津香の処女を奪ったら承知せんぞ!!」

 

 ランスの抗議を余所に、ルークは屋敷へと一人潜入していってしまう。ランスに言ったように急がなければいけないという思いも勿論あるが、それ以上にルークを突き動かしていたのはこの屋敷の形だった。遠い記憶であり、絶対とは言い切れない。だが、確かにそれはルークの記憶に残っていた屋敷とよく似ていた。

 

「ちっ、きっと四魔女の内の三人を俺様がヤってしまったのを見て、羨ましくなったに違いない。全く情けない男だ」

「そういう風には見えませんでしたが……」

「いや、間違いない。そもそもああいう奴に限って実はムッツリだったりするんだ。急ぐぞ、シィル。志津香の処女は俺様のものだ!」

 

 ルークに思わぬ形で抜け駆けされてしまったランスは焦っていた。このままでは四魔女コンプリートが失敗に終わってしまう。それだけは絶対に避けたい。と、目の前には呆然と屋敷を見ているシィルフィードの姿。すぐさまランスは剣を抜き、シィルフィードの首筋に切っ先を向ける。

 

「ひえっ……!?」

「おい、ラルガの屋敷まで案内しろ。一刻を争うから、万が一にも迷う訳にはいかんのだ。志津香の部下という事は、ある程度自我のあるモンスターなら追い払えるんだろう?」

「いえっ、でも、その、ラルガの屋敷にはもう近寄りたく……」

「地獄に近づくのと、ラルガの屋敷に近づくの。どちらが良いか選ばせてやる。三秒で答えろ」

「ひぇぇぇ……」

「ああ……私と名前の似ている人が不幸に……」

 

 こうして、シィルフィードを道案内役にし、比較的安全にラルガの屋敷を目指す事になった。シィルは自分と少しだけ名前の似ている男が不幸になっているのを見て、ちょっとだけ悲しい気持ちになっていた。

 

 

 

-志津香の屋敷 一階-

 

『……もし君たちが嫌でなければ、しばらく一緒に暮らしてもいいと思っている』

『夫婦二人で暮らすには少し大きい屋敷なの。遠慮しなくていいのよ』

 

 屋敷に入ったルークが感じていたのは、外で感じたのと同様の既視感。ここまで広い屋敷では無かったように思えるが、それも遠い記憶であるため定かではない。だが、とある小部屋に入った際、ルークは目の前に置かれているある物を見て確信を得る。

 

「間違いない……あの屋敷だ……」

 

 ルークの視線の先にあるのは、手作りの小物入れ。机の上にぽつんと置かれているそれはどこか貧乏くさく、豪華な造りのこの屋敷にはあまりにも不釣り合いな代物。だが、覚えている。この小物入れをルークは確かに記憶していた。

 

『ああ、これが気になるかい? 昔、少しだけ教鞭を執っていた際、教え子がくれた物でね』

 

 子供の頃にはその真意まで理解仕切れなかったが、この小物入れを持ってそう語る男の声が少しだけ優しい物になっていたのを感じ取っていたのか、妙にこの小物入れは記憶に残っていたのだ。だからこそ、確信する。この屋敷はあの人の屋敷だ。

 

「何故だ……何故こんな場所に……?」

 

 ルークはその小部屋を後にし、再び探索を続ける。脳裏に過ぎるのは、カスタムの町を目指しているときにも思い出していた記憶。18年前、幼いルークたちがほんの数日だがお世話になった夫妻のことであった。その屋敷がなぜここにあるのか。いや、似通ってはいるが本物という訳では無く、あの屋敷を参考にして作っただけかも知れない。だが、だとすればどうして志津香はあの屋敷を参考にしたのだろうか。本物であるにせよ偽物であるにせよ、疑問は残ってしまう。そんな事を考えながら屋敷を探索していると、何やら入り口に魔法陣の描かれた小部屋を発見する。明らかにこれまで見てきた小部屋と雰囲気が違う。そのうえ、扉の前には一人の風の戦士が立っていた。

 

「むっ!? 貴様、何者……がっ……あっ……」

「邪魔だ……」

 

 風の戦士がルークに気がつき声を掛けるが、そのときには既に風の戦士はルークに斬られた後であった。そのまま倒れこむ風の戦士を一瞥してその横を通り、部屋へと入るルーク。机の上にはビーカーやら本やらが乱雑しており、お世辞にも綺麗な部屋とは言えない。ここで魔法の実験でもしていたのだろうか。と、ルークの目に飛び込んできたのは、机の上で開きっぱなしになっていた一冊の本。それを手に取り、開かれていたページに目を通すルーク。そこには書かれていたのは、とんでもない内容であった。

 

「時空転移魔法……? 過去に飛び歴史を改変するだと!? 聖女モンスターにそういった力を持つ存在がいるというのは以前にどこかで聞いた事があるが、それは明らかに人間の至れる領域から外れた力だ。そんな事が人間に可能なのか?」

 

 あまりにも突飛な内容に、このページが開かれていたのは偶然なのかと勘ぐってしまう程であった。こんな魔法を実験しようなど、馬鹿げている。まともな魔法使いであれば、くだらない妄想だと切り捨てるに足る、ここに書かれているにはそんな魔法なのだ。だが、その魔法の使用方法の項目を見たルークの目が見開かれる。

 

「あまりにも強力な魔法であるため、普通に使うのは不可能。だが、術者の莫大な魔力に加え、女性の生気を追加魔力代わりに使うことで擬似的に使用する事が出来る……なるほど、女性を攫っていた理由はコレか!」

 

 バタン、と本を閉じるルーク。これまで志津香が何をしようとしているのかが判らなかったが、ようやくその目的へと行き着いた。彼女は過去へと渡り、歴史を改竄するつもりだ。彼女がそこまでして何を変えたいのかまでは判らないが、それは許されざる行為だ。ルークはすぐに部屋を飛び出し、廊下を駆けていく。目の前には、二階へと続く階段。

 

「過去など変えても、それが何かの救済になどなりはしない。それに、過去を変えたことによって、現世にどんな影響が起こるかも判らないんだぞ……」

 

 階段を駆け上がった先に水の結界があった。本来であればこれを解除するための手段を探す必要があるのだろうが、ルークにとってこの程度の結界は何の意味も持たない。結界を無効化し、結界の先にあった鉄の扉を開ける。そこに置かれていたのは、テレポート・ウェーブを使った転移装置。

 

「……いや、躊躇っている時間はないな」

 

 罠かもしれないと一瞬躊躇するが、彼女が過去へと渡るつもりならば一刻の猶予も無い。自身を奮い立たせるためか、ルークはあえてそれを言葉にし、目の前の転移装置を作動させる。瞬間、ルークの周りの風景が歪み、気が付けば辺り一面夜空のような空間に転移させられていた。自身の足場も同様の光景であるため、まるで空に浮かんでいるような錯覚さえ覚えてしまう。ルークが一歩前へと踏み出すと、足はしっかりと地面につく。どうやらちゃんと足場はあるようだ。

 

「……っ!?」

 

 ルークが足を踏み出した直後、目の前の地面がけたたましい音を響かせながら盛り上がっていく。ルークがすぐさま妃円の剣を抜いて構えると、床をぶち破ってストーン・ガーディアンが現れた。遙か上空からこちらを見下ろし、ゆっくりと口を開く。

 

「ここは志津香様の聖域。何人たりとも通すわけには行かぬ」

「……手強い相手だが、今は貴様と遊んでいる暇はない。どけ!」

 

 そう言い放ち、ルークは一直線にストーン・ガーディアンに突っ込んでいった。

 

 

 

-溶岩迷宮 ラルガの屋敷-

 

「赤い媚薬を使うなんてずるい……うぅん、もうダメ……」

「負けちゃった、ラルガ様」

「悲しいです、ラルガ様」

 

 放心した様子でその場に倒れ込むサッキュバスのラルガ。今し方ランスにH勝負で敗れたためである。というのも、これはランスの卑怯な手によるもの。一度は正攻法のH勝負で圧勝したラルガだったが、その後どこからか赤い媚薬というアイテムを手に入れてきたランスにそれを使われ、為す術もなく敗れてしまったのだ。

 

「悔しい……今までH勝負では二回しか負けた事がなかったのに……どっちも化け物みたいな相手だから納得がいったけど、まさか三回目がこんな卑怯な奴に……きゅぅぅ……」

「がはは、サッキュバスなぞ俺様の超絶テクの敵ではなかったな! さあ、鍵は手に入れた。行くぞ、シィル!」

「はい、ランス様!」

「あれだけ卑怯な手で勝っておいてあんなに勝ち誇るなんて……人間って恐ろしいにゃ……」

 

 手に入れた屋敷の鍵を高々と掲げるランス。よくもまあ、あんな勝ち方であれだけ勝ち誇れたものだとラルガのねこが呆れた様子で見てくるが、そんな視線を気にするランスではない。

 

「抜け駆けは許さん! 俺様が行くまで処女のまま待っていろよ、志津香!」

「(格好良さそうな台詞ですが、あんまり格好良くないです、ランス様……)」

 

 

 

-荒野-

 

 どことも知れぬ荒野の真ん中に、その少女は立っていた。最後の四魔女、魔想志津香。時空転移魔法を使って過去に渡ることに成功した彼女は、もうすぐこの場所で起こる出来事に備えて精神を落ち着けていた。

 

「大丈夫、やれる……私がお父様を、必ず救い出す……」

 

 そのとき、後ろから気配がする。おかしい、まだ目的の時間には早い。慌てて振り返った志津香が見たのは、黒髪の剣士。自分よりも随分と年上で長身、容姿の整った青年剣士がそこに立っていた。ホッと息を吐く志津香。違う、この男ではない。

 

「……誰? ここにいると危ないわよ。悪い事は言わないから、どこか遠くに行きなさい」

 

 一応忠告をする志津香。その戦士を心配したというよりも、これからこの場所で起こる出来事を邪魔されては困るという想いからの忠告であった。こんな男に用は無い。興味なさげにしながら、その男に再度忠告をしようとした志津香であったが、それよりも先に戦士が口を開く。それは、志津香の目を見開かせるには十分な言葉。

 

「……アスマーゼ……さん?」

「!? 母を知っているの!?」

 

 目の前に立っていた戦士は、ルーク。ストーン・ガーディアンを倒したルークは志津香の後を追って環状列石の装置を作動させ、過去へとやってきたのだ。そして、目の前に広がる荒野に立っていたのは、かつてお世話になった魔法使いの奥方に瓜二つの少女であった。

 

 




[人物]
ウィリス (2)
 ルークとランスの二人と契約を結んでいるレベル神。先日まではレベル屋で働く普通の人間であったが、ランスの助力もあって見事レベル神への昇進を果たす。人間時代から付き合っている彼氏には、人間を辞めたことはまだ内緒にしている。儀式呪文は「うーら めーた ぱーら ほら ほら。らん らん ほろ ほろ ぴーはらら」。

アガサ・カグヤ (ゲスト)
 かつてルークと契約を結んでいたレベル神。美しい黒髪の和装美女で、彼女に担当して貰いたいという男性冒険者が後を絶たなかったが、一年前にレベル神を寿引退。儀式呪文は「さーくーら さーくーら こよいも よるも わが よいの かえる ぴょこ ぴょこ」。名前はアリスソフト作品の「闘神都市2」より。

ラセリア (ゲスト)
 脱衣システムを考案し、自らその第一号となった偉大なレベル神。女性レベル神の中には彼女のせいで変な制度が出来たと嫌う者もいるが、実際にレベルアップ効率が格段に上がったのは事実であり、その功績が認められてレベル神よりも高位の存在になる第六級神への昇進の話が持ち上がったほど。だが、生涯一レベル神を明言し、その昇進の話を蹴った事から更に信奉者を増やした。今日も元気にどこかで脱いでいる。儀式呪文は「アセラ・アセラ・ハバロウ・マニキュ・デラルゴ」。名前はアリスソフト作品の「闘神都市」より。

シィルフィード
 志津香に仕える風の戦士の一人。ラルガに精気を吸われ、干涸らびている。ランスをラルガの屋敷まで案内した後は、用済みとばかりに蹴り飛ばされて気絶。一応、死んではいない。


[モンスター]
ラルガ
 四つ星レア女の子モンスター。サッキュバスであり、男の精気を吸い取って生きている。これまで二人の人間にしか敗れた事がなかったが、媚薬という卑怯な手段を使われてランスにも敗れてしまう。

ラルガのねこ
 全滅危惧種女の子モンスター。ラルガの忠実な部下であり、ラルガ様LOVEの猫耳少女。

金とり
 金色に輝く鳥モンスター。派手な見た目と違い、強さ自体は中の下といったところ。こかとりすと違い、あまり美味しくない。

人食いTOWNS
 頭がコンピュータのモンスター。雷撃で一撃死するため、初級魔法使いの経験値稼ぎとしてよく狩られる。

風の戦士
 志津香の部下。モンスターに属しているが、実は普通の人間の戦士である。

ストーン・ガーディアン
 魔法使いによって作られる岩石巨人のガーディアン。地面を岩で囲ってしまい、一度出会ってしまったら逃走することは出来ない。その厄介な性質に加えて強さも上級の部類に入るため、ランス3発売後のアンケートで嫌いなモンスター第一位に輝いた事があるほど。知らなかったのか、ストーン・ガーディアンからは逃げられない。


[装備品]
リーザス聖剣
 リーザスの紋章が刻まれた、王家に代々伝わる剣。その斬れ味もさることながら、実はリーザス国にある封印の間の鍵としての役割も担っている。

リーザス聖鎧
 リーザスの紋章が刻まれた、王家に代々伝わる鎧。防御力も非常に高いが、実はリーザス国にある封印の間の鍵としての役割も担っている。

くない
 かなみが常に懐に忍ばせている忍具。ルークが一本譲り受ける。大陸の武器屋には中々売っていないため、かなみは通販で購入している。10本500GOLDのところ、今なら手裏剣5枚もついてお値段据え置きのお買い得価格。


[アイテム]
赤い媚薬
 ラルガのねこがこっそり隠し持っていた媚薬。どんな相手でも敏感になるというとんでもない代物。リメイク作の「ランス02」ではなぜか『赤い香水』に変更されていた。だが、その後に発売されたランスクエストでは「媚薬で勝った」と明言されている。本作では後発作品であるクエストとの整合性を重視し、旧ランス2仕様の『赤い媚薬』にしております。ご了承ください。


[その他]
環状列石装置
 ストーンサークル。魔法陣よりも効果が高く、これを用いて志津香は時空転移を行った。

聖女モンスター
 神に作られた生命の母であり、全ての男の子、女の子モンスターのプロトタイプを生みだした四体の特殊な存在。四体はそれぞれ命、力、時、地に分類される。神に位置する存在であり、あまり広くは知られていない。ルークはとある女性から彼女たちの存在を聞いていた。

レア女の子モンスター
 一体しか存在しない特殊な女の子モンスター。死んでしまった場合は、別の場所に転生される。


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第15話 恩人の娘 魔想志津香

 

GI0998 冬

-カスタムの町-

 

「飲むといい、暖まるよ」

「おかわりもあるから、欲しかったら言ってね」

 

 町の前で拾った少年と少女の二人組を自分たちの屋敷へと連れてきた夫妻。二人とも酷い怪我を負っていた。少年の方は全身傷だらけであり、少女の方は顔のある部位に大きな傷を負っている。まだ十にも満たないであろう彼らに、一体何があったというのか。今この場には夫妻と少年の三人が机を挟む形で向かい合っている。少女の方は酷く疲れた様子であったため、既に寝室で眠っている。聞けば、彼の双子の妹らしい。ホットうし乳の入ったコップを少年の前へと差し出し、それを少年が口にするのを確認してから屋敷の主人が口を開く。

 

「私は魔想篤胤。この町に最近移り住んできた者だ。こっちは家内のアスマーゼ」

「よろしく。怪我の具合は大丈夫?」

「……」

 

 無言のままコクリと頷く少年。だが、その目が虚ろである。その瞳の奥にある濁りは、とても幼い少年がするようなものではない。篤胤は少年を刺激しないよう、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。

 

「……君の名前、聞かせて貰っても良いかな?」

「……ルーク・グラント」

「ルーク君か。うん、良い名前だ。それで、もしルーク君が嫌でなければ、何があったのか聞かせて貰っても良いかな?」

「……」

 

 俯いてしまうルーク。だが、ここで退くわけにはいかない。

 

「その傷の量は尋常ではない。普通ではない事態に巻き込まれた事も、それを言いたくない事も何となく察している。だが、ここは私を信じて話して欲しい」

「少しでもルーク君の気持ちが楽になるのなら、話して欲しいわ。大人を頼って……」

「……全部……自分のせいなんです……」

 

 まるで何かに縋るように声を絞り出すルーク。その口から語られるのは、ここに至るまでの道程。平穏に暮らしていたこと、それが一変したこと、その原因を担ったのが自分であること、住んでいた町を追われたこと。ルークの過去については、後にまた語ることになるので今は置いておくとしよう。ルークが全てを話し終えると、篤胤は噛みしめるように天井を見上げていた。隣に座っているアスマーゼの表情も曇っている。それは、目の前の幼い少年が体験するには、あまりにも荷が重すぎる出来事。

 

「……ルーク君、君は悪くない……」

「でもっ! 自分のせいで……」

 

 反論しようとしたルークの体を、そっとアスマーゼが抱きしめる。

 

「悪くない……ルーク君は悪くないわ……」

「でも……でも……」

「一人で抱え込まないで。大丈夫、もう大丈夫だから……」

「ぐっ……あぁっ……うぁぁぁぁ……」

 

 アスマーゼの胸の中で涙を流すルーク。張り詰めていたものが一気に解けたのだろう。罪の意識と、それでも妹を守らなければいけないという気持ちから、彼の心は限界ギリギリであったに違いない。目の濁りが、いつの間にか消えていた。

 

「……もし君たちが嫌でなければ、しばらく一緒に暮らしてもいいと思っている」

「夫婦二人で暮らすには少し大きい屋敷なの。遠慮しなくていいのよ」

 

 魔想夫妻の言葉がルークの心に染み渡っていく。アスマーゼの胸の中でゆっくりと首を縦に振るルーク。こうして、ルーク兄妹は少しの間魔想夫妻と共に過ごす事となった。それはたった数日であったが、ルークにとっては忘れられぬ日々。

 

「それでは、昔はゼスに?」

「ああ。だが、あまり他人と競い合うというのは好きでなくてね。アスマーゼと話し合い、こうして田舎町でゆっくりと暮らすことにしたのさ」

 

 一件無骨そうな印象を受ける篤胤であったが、その実非常に温かい心の持ち主であり、ルークと妹にまるで父親のように優しく接してくれた。

 

「妊娠されているんですか?」

「ええ。まだ二ヶ月だけど、主人の魔法で女の子である事は判っているの」

 

 アスマーゼは見た目通りの人物であった。相手をすっぽりと包み込むような優しさを持ち、彼女のお陰でどれ程傷ついた心が癒されたかは判らない。篤胤同様、母のようにも感じていたが、ルークはそれ以上に彼女に憧れていた。今思い返せば、これがルークの初恋だったのかもしれない。こうして、穏やかな日々が過ぎていった。その日々を止める決断をしたのは、ルーク。

 

「冒険者に?」

「はい。いつまでも篤胤さんたちを頼っている訳にもいきません。自分たちの手で生きていかなければならないので……」

 

 ルークと暮らすようになってから数日後、篤胤の部屋でルークと篤胤は二人っきりで話をしていた。その内容は、この家を出てルーク兄妹が二人で生活していくというもの。生活費はルークが冒険者として働く事で稼ぐというものであった。

 

「危険な仕事なのは理解しているかい?」

「はい。でも、自分くらいの年齢の冒険者はいくらでもいます」

 

 ルークと同じように、様々な事情で冒険者になる子供は少なくない。だが、幼い冒険者がやっていくには厳しい世界であり、その九割以上は一年と持たず命を落とす。篤胤が渋い顔をしながらその危険性を説いて止めるよう説得するが、ルークの決意は固く、最終的には篤胤が折れる形となった。

 

「……覚悟は?」

「あります!」

 

 それを一笑に伏すのは容易い事であった。このような幼い少年の覚悟などたかが知れている。だが、自分を真っ直ぐと見据えている少年の真剣な眼差しがその気持ちをかき消す。

 

「……冒険者ギルドのあてはあるのかな?」

「いえ、それはまだ……」

「紹介状を書いてあげよう。持っていくと良い。口は悪いが、信用出来る男がギルド長をやっている」

「っ!? ……本当に、何から何までありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げてくるルーク。その肩に優しく手を置き、篤胤がゆっくりと口を開く。

 

「色々と助言をしたいところだが、冒険者の経験がない私の言葉など参考にならないだろう。だから、一つだけ」

「……」

「男として、隣にいる女性の事は必ず守ってやれ。それが愛する者ならば、尚更だ」

「……はい!」

 

 今のルークであれば、妹がそれに該当するだろう。ハッキリと頷くルークであったが、幼い少年にするには少し難しい助言であったかもしれない。だが、冒険者を目指すというルークに対し、篤胤は一人の男として接していたのだ。篤胤のこの言葉はルークの心の中にその後も残り続ける。翌朝、町の前には旅立とうとする兄妹と、それを見送る夫妻の姿。目の前にはうし車が止まっている。篤胤が昨晩の内に頼んでおいたのだ。

 

「アイスの町まで無事に送り届けてやってくれ」

「任せておいてくれ。モンスターが殆ど出ない道を通っていくからよ」

 

 篤胤がうし車の運転手である男と二、三話をし、うし車の荷台の前に立っている兄妹に向き直る。

 

「初めのうちは危険の少ない依頼をこなしていきなさい。そういった仕事をギルド長のキースが優先して回してくれるはずだ」

「いつでも町に寄ってくれていいからね」

「ありがとうございます」

 

 ルークが頭を下げ、妹もヒラヒラと夫妻に手を振って荷台へと乗り込む。それを確認した運転手がうし車を動かし、アイスへと出発する。最後に一度だけ荷台から顔を出し、夫妻へと向かってルークが叫ぶ。

 

「冒険者として一人前になったと思った暁には、必ず立ち寄らせていただきます!」

「ああ、楽しみに待っている!」

「元気でねー!!」

 

 こうして、二人はアイスの町へ向けて旅立った。遠ざかっていくうし車を見送りながら、アスマーゼが悲しそうに呟く。

 

「あんな幼い子が……冒険者にならなければいけないなんて……」

「だが、止められなかった……私を責めるかい?」

「いえ、貴方がそう決断したのですもの。間違ってはいないはずです」

 

 迷うことなくそう告げるアスマーゼに篤胤は静かに微笑み返し、冒険者になると告げてきたときのルークの顔を思い返す。

 

「……譲れないものがあったのだろう、目がその信念を語っていた。子供とは思えんほどの決意だ」

「ルーク君、話し方も大人びていましたものね。将来的には娘の結婚相手になんてどうかしら」

 

 自身の腹を擦りながら優しい口調で語るアスマーゼ。だが、篤胤は眉をひそめながらボソリとそれに返す。

 

「……それとこれとは話が別だ」

「ふふ、はいはい」

 

 時間にしてみれば夫妻と過ごしたのは本当に短い間であった。が、その間にルークが受けた恩義は計り知れない。いつか一人前になったら、そう思いながら今日までカスタムの町を訪れていなかったルーク。だが、その判断は間違いだったのかも知れない。

 

 

 

LP0001

-荒野-

 

「母……だと……? そうか、あの時の!」

「ちょっと、質問に答えなさい。母を知っているの!?」

 

 ルークが困惑する。目の前に立っている少女が、あまりにもアスマーゼと瓜二つであったからだ。彼女があのときアスマーゼのお腹の中にいた女の子なのだろう。すると、固まっていたルークに目の前の少女が声を荒げる。今にも食って掛かりそうな勢いだ。

 

「ああ、よく知っているよ。アスマーゼさんも、旦那の篤胤さんもな」

「そう、父と母を知っているのね。名前を聞いてもいいかしら?」

「ルーク・グラント、冒険者だ。篤胤さん夫妻には二十年近く前にお世話になった」

「……二十年前?」

 

 ルークの言葉を聞いていた少女は突然眉をひそめ、スッと目の前に手をかざす。その行動にどこか不穏な空気を感じたルーク。すると彼女の手のひらに魔力が集まり始める。

 

「……火爆破」

「なっ!?」

 

 弾かれるように横へと跳んで魔法を躱すルーク。直後、ルークが先程まで立っていた場所に炎の柱が立ち上がっていた。直撃すれば火傷では済まなかっただろう。すぐさま少女に向き直ると、少女が激しい目つきでこちらを睨み付けていた。

 

「元の時代に戻った際に両親のことを聞こうと思って名前を聞いてみたら、まさか二十年前にお世話になったとか言い出すとはね……あなた、この時代の人間じゃないわね! 冒険者って事は、私を追ってきたのかしら?」

「そうか……四魔女の話を聞いているときに上の空で名前をちゃんと聞いていなかったのが徒になったな。君が、四魔女最後の一人……」

「ええ、魔想志津香よ!」

 

 その言葉と同時に、炎の矢が弾丸めいた速度で連射される。篤胤とアスマーゼの娘が四魔女であった事に動揺はしたが、呆然としていれば炎の矢の直撃を受けてしまう。向かってくる炎の矢を巧みに躱しながらルークが叫ぶ。

 

「待て、篤胤さんの娘さんと争いたくはない! 話を聞かせてくれ! 過去に遡って、君は一体何をしようとしているんだ!」

 

 その言葉に、ピタっ、と炎の矢の連射を止める志津香。だが、ルークを睨み付けているその目は更に鋭さを増している。

 

「目的? そんなもの、決まっているでしょう! 父と母にお世話になったとか言っていたのに、娘の私の目的に見当もつかないの!?」

 

 声を荒げる志津香。魔法の手を止めている今であれば攻め込めるかもしれないが、それ以上に志津香の言葉がルークには気に掛かっていた。夫妻にお世話になった自分であれば見当がつく内容。となれば、夫妻に何かあったというのか。嫌な予感に一筋の汗を流しながら、ルークはゆっくりと口を開く。

 

「……見当がつかない。頼む、教えてくれ」

「ふん、まあいいわ。私がここにやってきたのは、卑怯な手段で殺された父を助け出すためよ!」

 

 志津香の言葉を聞いた瞬間、ルークは頭を強烈に打ち付けられたかのような錯覚を覚える。目を見開き、確かめるように志津香へと聞き返す。

 

「殺された……だと。篤胤さんが!?」

 

 

 

-志津香の屋敷 一階-

 

「いたぞ、侵入者だ! 仲間をやったのはお前だな!!」

「うおっ、なんだなんだ!!」

 

 ようやく志津香の屋敷に辿り着いたランスだったが、先に潜入していたルークが風の戦士を倒してしまっていた影響で警備が頑丈になってしまっていた。わらわらと群れをなして突っ込んでくる風の戦士。ランスにとっては楽に倒せる相手ではあるが、狭い屋敷でこれだけの数で迫られては身動きが取りにくく、屋敷の奥に中々進めない。

 

「ルークさんはこんな厳重な警備の中、一人で大丈夫なのでしょうか……」

「ルークなどどうでもいいが志津香の処女は心配だ。急ぐぞ!」

 

 思わぬ形で足止めを食っていたランスとシィル。この厳重な警備がルークのせいであるとは夢にも思っていなかった。

 

 

 

-荒野-

 

「……知らなかったの?」

 

 目の前で呆然としているルークに何か思うところがあったのか、志津香がゆっくりとこちらに向けていた手を下げる。それは、臨戦態勢を解いたという証。

 

「ラガールという魔法使いに卑怯な手段で父は殺され、母は連れ去られた……私が生まれて間もない頃にね」

「いや、知らなかった……キースめ、黙っていたな」

 

 そう言って顔を曇らせるルーク。キースは事の顛末を知っていたが、そのときまだ幼かったルークに話すにはあまりにも重いと考え、いつか話そうと先送りにしていたのだ。が、その後ルークは15才のときから約10年近く行方知れずになったため、キースが伝え忘れていたのだ。

 

「そう、ならさっさとここから消えてくれる。貴方も父と母にお世話になったのなら、まさか私を止めはしないわよね?」

「……過去の改変など、どんな影響が出るかも判らないんだぞ。それを判っていない君ではあるまい?」

「ええ、今いる世界が変わるのか、平行世界として別の世界が出来上がるのか、まるで検討がつかないわ。本にも載っていなかったしね」

「……歴史だけではなく、君のこれまでの思い出にも大きな影響を及ぼすかもしれないんだぞ」

 

 それまで平然としていた志津香の顔に、一瞬だけだが躊躇いのようなものが見て取れた。彼女の頭に浮かんだのは、青い髪のメガネをかけた親友の顔。が、それを振り払うかのように志津香は口を開く。

 

「構わないわ。父を救い出せる可能性が少しでもあるならば、それを実行するまでよ!」

 

 真剣な眼差しでルークを見据えてくる志津香。彼女の意思の固さがハッキリと伝わってくる。ルークの頭に魔想夫妻の顔が浮かぶ。だが、ルークは唇をゆっくりと噛みしめながら志津香の瞳を見据え返す。

 

「……気持ちは判る。だが、町の少女たちを誘拐して生気を集め、世界にどんな影響を及ぼすかも判らないその行為を認める訳にはいかない」

「そう……それなら仕方ないわね。父と母の話を聞きたいと思っていたのだけれど、邪魔をするなら死んで貰うわ!」

 

 そう叫びながら再び構え直す志津香。ルークもそれに応えるように構えようとしたが、志津香の後ろ、若干遠くではあるが二人の男女の姿が目に飛び込んでくる。それは、もう一度会いたいと切に願っていた夫妻の姿。

 

「篤胤さん、アスマーゼさん……?」

「なっ!? しまった、もうこんな時間……隠れて!!」

 

 志津香がすぐさま構えを解く。このまま無理に戦えば二人に見つかってしまう。それでは自分の目的が果たせない。そう考えた志津香は目の前のルークの手を引っ張って物陰へと身を潜める。ルークもここで夫妻に出会ってしまっては歴史に多少なりとも影響を及ぼしてしまうかも知れないと考え、それに素直に応じた。自然と一時休戦の形となる。

 

「……まるで変わっていない。そういえば、生まれて間もないときと言っていたな……」

 

 物陰から顔を出し、夫妻を見る。志津香が生まれた直後ということは、ルークが会ったときとそれほど月日は経っていない。記憶にあるままの姿で魔想夫妻が荒野に立っていた。

 

「お父様……お母様……」

 

 ルークが夫妻の姿を懐かしんでいると、横から声が漏れてくる。ふと気になってそちらを見ると、志津香の瞳が少し潤んでいた。幼い頃に失ったため、写真や人から聞いた話でしか知ることのなかった両親。涙が抑えられないのも無理もない。

 

「……」

「お父様……んっ?」

 

 志津香の境遇やアスマーゼの面影などを感じながらその顔を見ていたルークだが、志津香がその視線に気が付き、キッとルークを睨み付けながら力一杯その右足を踏みつける。

 

「……ぐっ!?」

「見てんじゃないわよ!」

 

 激痛がルークの右足から頭へと駆け抜けている中、夫妻の話し声が聞こえてくる。志津香の表情が引き締まり、ルークも足を押さえながら夫妻の方に視線を向ける。

 

「……さんに言われたとおりこの場所に来たけど、いったい何の用なのかしらね?」

「うむ……町にいる間はあまり話したこともない相手で、嫌われているのかと思っていたのだがな」

 

 その声がルークの胸に響く。静かな口調の中に優しさを秘めた篤胤の、全てを包み込むようなアスマーゼの、お世話になった二人の懐かしい声。姿だけではなく、声まで聞いて改めて実感する。目の前にいるのは、あの魔想夫妻なのだと。

 

「こんなところに呼び出すとは、よっぽど周りに聞かれたくない相談なのか……ぐあっ!?」

「あなた!!」

 

 話をしていた夫妻だが、突如篤胤の体を雷撃が襲う。目を見開くルーク。見れば、足下に魔力装置の罠が顔を覗かせていた。それは違法なまでに改造を加えたものであり、あまりのダメージに立っていることが出来ず、篤胤が崩れ落ちる。アスマーゼの悲鳴は周囲に響き渡る中、ルークたちとは夫妻を挟んで反対側の物陰から男がゆっくりと姿を現す。

 

「ふはははは! いい様だな、魔想よ!」

「……貴方は!?」

「ラガール……なぜここに!?」

 

 漆黒のマントに身を包み、左手には爪を装備した魔法使い。濁った目をしているその男の名前を篤胤が口にすると、ルークは再度目を見開く。それは、先程志津香が父の仇と言った男と同じ名前。この男が、篤胤の仇であるラガール。

 

「衰えたな魔想よ……かつての貴様であれば、こんなに簡単には罠に掛からなかったであろう」

「ぐっ……アスマーゼ、逃げろ……」

 

 倒れている篤胤へとゆっくりと近づいていくラガール。その爪をこれ見よがしに動かし、篤胤を見下しながら言葉を続ける。

 

「その後悔を抱いたまま、愛する者の前で無様に死ね!!」

「させないわ! ラガール、死ぬのは貴方よ!!」

「待て!」

 

 篤胤の危機に物陰から飛び出していく志津香。ルークの静止にも聞く耳を持たず、その腕を振り払って出て行ってしまう。自分も出ていくべきかと悩むルークであったが、何やら様子がおかしい。目の前に突如志津香が現れたというのに、三人とも志津香を見ていないのだ。まるで、そこに誰もいないかのような反応。志津香もすぐに異変に気が付き、額から一筋の汗を流す。頭に浮かんだのは、最悪の想像。だが、それを振り払うかのようにラガールに向かって魔法を放つ。

 

「ファイヤーレーザー!!」

 

 両手から放たれた火柱が一直線にラガールを襲いかかり、直撃する。だが、ファイヤーレーザーはラガールの体をすり抜けてしまう。

 

「まさか……そんな……」

「……そういうことか。俺らは今過去に実体化しているのではない。過去の映像を再生しているようなものであり、それに干渉する事は出来ないんだ」

 

 三人の反応を見た時点で想定していた最悪の想像をルークに言われてしまう。だが、それでは自分は両親を救うことが出来ない。志津香がルークを睨み付けながら声を荒げてくる。だが、それは先程攻撃を仕掛けてきたときのものとはまるで違う。打ち捨てられた子犬のように、縋るような何かが含まれていた。

 

「時空転移魔法は成功したわ! そんなはずは……そんなはずはない!!」

「本が間違っていたのか、魔力が足りなかったのかは俺には判らない。だが、そもそも過去を改竄するなどという悪用される恐れもある無茶苦茶な魔法が実在するのであれば、魔法大国のゼスが放置しておくはずがない」

「そんな……でも、それじゃあ……父を……お父様を救えないじゃない!!!」

 

 志津香の叫びと同時に、二人の目の前で篤胤の体がラガールの爪によって貫かれる。夥しい量の血が吹き出し、その目から光が失われていく。恩人の死を目の当たりにしたルークは、自然と右拳を握りしめていた。

 

「いやぁぁぁぁ!! あなたぁぁぁぁぁ!!!」

「お父様ぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ははははは! やったぞ、魔想をこの私が殺したのだ!! 安心しろ、アスマーゼさんは私が大事にしてやる。ふはははははははは!!!」

 

 辺りにアスマーゼと志津香の悲鳴が響き、ラガールが狂ったように笑い続ける。そのラガールを、光の失われたその瞳でハッキリと睨み付けている篤胤。その表情から確かな悔しさがルークに伝わってくる。

 

『男として、隣にいる女性の事は必ず守ってやれ。それが愛する者ならば、尚更だ』

 

 あの日の篤胤の言葉がルークの頭に過ぎる。それが篤胤の信念だったとするのならば、今の彼はどれ程の無念さであるというのか。どれ程の絶望の中、その命を落としたというのだろうか。ルークが篤胤の、アスマーゼの、志津香の、そしてラガールの顔をハッキリと見据える。夫妻と娘の無念を、ラガールの顔を、今の自分の気持ちを絶対に忘れぬように。瞬間、世界を光が包む。志津香が冷静さを失い、魔法を維持できなくなったのだ。空間の壁がルークと志津香を飲み込み、元の世界へと戻ってくる。

 

「うっ……うぅっ……あぁっ……」

 

 目の前で泣き崩れている志津香。結局、両親を救い出すことは出来なかった。両膝を地面につきながら、絞り上げるような声で怨嗟の声を漏らす。

 

「殺してやる……ラガール……どこにいるかは判らないけど、必ず見つけ出してこの手で殺してやる……」

「……」

 

 志津香の右肩に、無言のままそっと左手を乗せるルーク。精神的に相当弱っているのか、志津香はその手を振りほどこうともしない。ゆっくりとルークを見上げながら問いかけてくる。

 

「……何のつもり? まさか、復讐はいけないとか言ってまた邪魔するつもりじゃないでしょうね?」

「いや、そのつもりはない」

 

 そう返すルーク。その右拳に爪が食い込み、血が滴っているのを志津香は見る。自分だけではない。恩人の死に、目の前のこの冒険者も憤りを感じていたのだ。両親の死をこれ程しっかりと受け止めてくれる目の前の冒険者に、どこか通じるものを志津香は感じ取っていた。

 

「俺も協力しよう。冒険者の俺の方が居場所の情報を掴める可能性は高いからな」

「……」

「奴は必ず殺すぞ……」

「……役に立たないと判断したら……切り捨てるからね」

 

 こうして、仇討ちという目的の下にルークと志津香は手を結ぶことになった。これより、長く深い付き合いとなる二人の出会いであった。

 

 




[人物]
魔想志津香
LV 20/56
技能 魔法LV2
 カスタム四魔女の一人。才能は篤胤、容姿はアスマーゼの血を色濃く継いでいる。ラギシス殺害後、殺された父を救うためフィールの指輪と少女たちの生気を使って過去へと飛ぶが、その計画は失敗に終わる。その後は父の仇であるラガールを殺すことに目的を変更し、情報収集のためルークと手を結ぶ。ルークにとっては恩人の娘であり、守るべき存在。

魔想篤胤 (半オリ)
LV 38/50 (生前)
技能 魔法LV2
 志津香の父であり、ルークの恩人。優秀な魔法使いであったが、ラガールに不意打ちされその命を落とす。レベル、技能に関しては「鬼畜王ランス」にて「ラガールと実力は互角」という記述があるのを参考に設定。名前はアリスソフト作品の「ぱすてるチャイムContinue」より。

魔想アスマーゼ
 志津香の母であり、ルークの恩人。夫を目の前で殺され、呆然自失の状態であるところをラガールに攫われる。その後はラガールに犯され、精神を病み衰弱死する。死ぬ直前に妊娠していたという噂もあるが定かではない。

チェネザリ・ド・ラガール
LV 39/50
技能 魔法LV2
 志津香の両親の仇である魔法使い。アスマーゼを攫った後の所在は謎に包まれている。


[技]
火爆破
 敵の足下から炎の柱を噴き上がらせる中級魔法。同時に複数の相手に使用することが出来るため、集団戦で重宝される。


[装備品]
ポイズンガントレッド
 ラガールが左手に装着していた爪。魔力で遠隔操作も可能な魔法の籠手。ラガールが改造して造り出した。


[その他]
うし乳
 うしから取れる白い液体。栄養満点で、子供に飲ませると良いとされている。独特の臭みがあり、好き嫌いの分かれる一品。


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第16話 祝賀会

 

-志津香の屋敷 二階 環状列石装置前-

 

「もうここにいる必要もないだろう。町に帰ろう」

「……そうね」

 

 両親の死に涙していた志津香がある程度落ち着いたのを確認し、ルークが町に戻るよう持ちかける。計画が失敗に終わった今、この場所に残っている理由もないため志津香もそれに素直に応じる。

 

「誘拐した娘たちは?」

「奥の部屋にいるわ。もう彼女たちに用もないし、一緒に連れて帰りましょう。それと、一応対等な協力関係だから、ルークって呼び捨てにさせて貰うわよ」

「ああ、別に構わんさ。こちらも志津香と呼ばせて貰う」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら娘たちの居場所を素直に口にする志津香。となれば、残った問題は指輪だけだ。志津香の指に赤い指輪が填められているのを確認し、言いにくそうにルークが口を開く。

 

「その指輪なんだが……」

「ん、これ? ラギシスから貰ったとか、その辺の事情はもう知っているんでしょう?」

「まあな。それで、それは呪われたアイテムでな。それを身につけていると……」

「ああ、それなら知っているわ。ラギシスに貰って手に取った瞬間、呪われているってすぐに気がついたから」

「そうなのか!?」

 

 平然と答える志津香にルークが驚く。他の三人はまるで気が付いていなかった事を考えると、やはり志津香は頭一つ抜けた魔法使いなのかもしれない。

 

「ええ。で、こんなものを寄越したラギシスを怪しんで探ってみたのよ。そうしたら、奴がボロを見せたって訳」

「なるほど……指輪の秘密を知ったのは、全て偶然であった訳ではないという事か」

「まあね。それで、とりあえず私たちを利用するつもりだったラギシスを殺して、指輪はありがたく魔力増強に利用させて貰ったわ」

「そこまで判っていながら指輪を使ったのか?」

 

 得意げにそう話す志津香だったが、そこがルークには理解出来ないところ。指輪を受け取った瞬間に呪いに気が付いていたのならば、何故それを填めるような事をしたのか。その疑問に志津香が平然と答える。

 

「少しずつ魔力は吸われるけど、増える魔力はその比じゃないし、一時的に魔力ブーストするには十分役に立つわ。心が悪に染まるっていうのも、自分にガード魔法かければほとんど影響を及ぼさないしね」

「なんだって? それじゃあ、志津香は指輪の悪影響は殆ど受けていないのか?」

「そういう事」

 

 そう言って指に填められた赤い指輪をルークに見せてくる志津香。他の三人が付けていた指輪と同様に妖しい光を放っているが、志津香からしてみれば十分に自分の力で抑えきれるものであったようだ。聞くところによると、この指輪は外す際に装備者の魔力を大量に奪う仕組みになっているが、普段も微量ながらも少しずつ魔力を吸収しているらしい。だが、吸われる以上に増える魔力量が圧倒的に多いため、魔力増強装備としての効果は本物のようだ。ルークは顎に手を当て、最後に残った疑問を志津香に問う。

 

「志津香の言う通りなら、外す際には大量の魔力を持って行かれるんだろう?」

「ええ。体質にもよるけど、人によっては一生魔法が使えなくなってしまう程に魔力を持って行かれるわ」

「それでは、一生指輪を着けているつもりか? 指輪を外すには処女を失わなければいけない上に、大量の魔力を持って行かれるとなっては……」

「ん? 別に問題なく外せるわよ、これ」

「は?」

 

 矛盾した事を言う志津香にルークが思わず声を漏らす。志津香は自身の右手に魔力を集め、左手の中指に填めている指輪を右手でゆっくりと包み込む。淡い魔力が指輪を覆いきったのを確認した後、ゆっくりとその指輪を外していく。

 

「これは……」

 

 ルークがそう呟くのとほぼ同時に、指輪が完全に外れる。だが、志津香の体に異変はない。

 

「処女を失わなければ外せない、って呪いとしては低級なものよ。ちょっと魔力で覆ってやれば、認識阻害することなんて簡単に出来るわ」

「マリアたち、可哀想に……」

 

 志津香のその説明を聞いたルークが一番始めに思い浮かんだ感想はそれであった。が、志津香にとっては衝撃的な発言であったらしく、その目を見開いて声を荒げる。

 

「えっ!? マリア、処女を失っちゃったの? ランも? ミルも? まさか……あんたがやったの!?」

「処女を失ったのは事実だが、やったのは俺じゃない。ここにはいないが、俺の仲間のランスっていう男が全部やった。まあ、緊急事態だった訳だから責めないでやってくれ。それに、処女を奪えば指輪が外れるっていうのはマリアが教えてくれたんだぞ」

「……ちゃんと教えておくべきだったわね。悪いことしちゃったかしら」

 

 ルークをキッと睨み付けていた志津香だったが、その弁解を聞いて今度は自分の失態に眉をひそめる。時空転移装置を完成させることに躍起になっていた志津香は、他の三人への説明を怠っていたのだ。まさか自分たちを倒すほどの相手が来るとは思っていなかったというのもある。流石に友人の処女を奪う原因となってしまったのは責任を感じているのだろう。

 

「その辺は自分で謝るなりなんなりするべきだな。だが、三人とも自分への罰だと受け止め、それ程気に病んではいないようではあるぞ」

「……そう。まあ、自分で片付けておくわ。それじゃあ、話はこの辺にして町に帰りましょう」

「ああ。だが、その前に……」

 

 指輪をマントの裏地にあるポケットにしまいながらルークに向き直る志津香。が、目の前にいるルークがフッと自身の右拳に息を吹きかけたかと思うと、そのまま、ゴンッ、と志津香の頭にげんこつを落としてきた。帽子の上からなので衝撃は若干和らいではいるが、突然の暴挙と頭に走る激痛に志津香が声を荒げる。

 

「んっ……!? いきなり何するのよ!!」

「指輪の影響がなかったってことは、娘たちを攫ったのは素の状態でやったということだろう? いくら両親を救いたかったとはいえ、流石にそれは見過ごせないな。篤胤さんやアスマーゼさんだったら絶対に注意していただろうから、その代わりにな」

「……余計なお世話よ!」

「指輪のせいだったってことにしていいから、ちゃんと謝るんだぞ。町の人たちにもな」

 

 ふん、とだけ言って娘たちが捕らわれている部屋に向かう志津香。ルークもその後を追う。部屋は環状列石装置の近くにあり、扉を開けるとそこには裸の少女たちが十人前後いた。

 

「……お前の趣味か?」

「違うわよ! より生身に近い方が精気を奪いやすいだけで……ああ、もう、服を着せるからあんたは外に出ていなさい!」

 

 思わぬ同性愛疑惑に憤慨したのか、志津香がガシガシとルークの右足を踏みつけた後、部屋の外へとルークを押し出す。覗き見る趣味もないため、素直に外で待つことにする。と、ふいに部屋の中の会話が微かに耳に入ってくる。それは、志津香が彼女たちに謝罪をしている声であった。

 

「ふっ……」

 

 文句を言いながらもしっかりと謝れる辺り、根は悪い子ではないようだと考えるルーク。ほどなくして、着替え終わった娘たちを連れた志津香が部屋から出てくる。

 

「終わったわ。さ、帰りましょう。帰り木は持っているの?」

「ああ。ん? あれは……」

 

 町へ帰還するため帰り木を道具袋から取り出したルークだが、向こうの方から誰かがこちらに駆けてきていることに気が付く。しかも、何か大声で叫んでいる。目をこらしてよく見れば、それはランスとシィルであった。

 

「ルークぅぅ!! 貴様、そんなに美少女を侍らして何をしてるかぁぁ!? この世の美女は全て俺様のものだぁぁ!!」

「……なにあれ?」

「……あれがさっき話した、俺の仲間のランスだ。まあ、根は悪い奴じゃないんだがな」

 

 厳重な警備に足止めされていたランスがようやくここまで到着したのだ。ルークの前で急ブレーキし、キョロキョロと娘たちを見回すランス。後ろではシィルが息を切らしている。

 

「で、どの娘が志津香だ? まさかとは思うが、抜け駆けしていないだろうな?」

「私だけど」

「おお、性格はきつそうだが美女ではないか。グッドだ! ……ん?」

 

 そう言って手を上げる志津香。他の三人に負けず劣らずの美女であった事にランスは気分を良くし、イヤらしい目つきで志津香をジロジロと見回す。だが、ある事に気が付いて眉をひそめる。右手にも左手にも、志津香は指輪をしていないのだ。

 

「な、な、な!? ルーク、貴様俺様を出し抜いて志津香の処女を奪いやがったな!?」

「えっ……!? あ、志津香さん、指輪をしていません!」

「はっ、まさか……周りの娘たちも一緒にハーレム行為に及んでいたのでは……貴様、覚悟は出来ているな!?」

 

 そう言いながら剣を抜くランス。ルークがため息をつき、隣では志津香が汚らしいものを見るような目をしている。

 

「……これで根は悪くないとか正気? こいつ、頭大丈夫なの?」

「ま、これも味があるというかなんというか。ランス、剣を仕舞え。指輪は処女を失う以外の外し方がちゃんとあったんだ。俺は手を出してないから安心しろ」

「む、そうなのか? がはは、ならば俺様が志津香の処女をゲットして四魔女コンプリートだ」

 

 親指を人差し指と中指の間から突き出した卑猥な形の拳をグッと志津香に向けるランス。志津香の視線がますます冷たいものに変わる。

 

「……あんた、友人は選んだ方が良いわよ」

「ふむ……悪い奴ではないんだがな……」

「英雄の俺様に抱かれることを泣いて感謝するがいい。とうっ!」

「粘着地面」

「んがっ!!」

 

 志津香に飛びかかろうとしたランスだったが、何故か跳び上がる事が出来ずに盛大にこける。志津香の魔法により、その両足が粘着性の地面にくっついてしまったのだ。更に、こけた拍子に今度は全身が地面とくっついてしまい、剥がれなくなってしまう。

 

「んが……なんだこれは!? くっついて取れんぞ!」

「これだけ粘着性のある粘着地面は初めて見ました……って、ああ、ランス様! 今剥がします!」

 

 ランスが粘着地面の上でジタバタともがくが、動けば動くほど余計に体がくっついてしまい、身動きがドンドン取れなくなってしまう。シィルが慌てて駆け寄るのを横目に、志津香はルークの方を振り返って清々しい顔で口を開く。

 

「さ、馬鹿は放っておいて帰りましょう」

「……ま、娘さんたちを送り届けないといけないしな。剥がすのに時間も掛かりそうだし、悪いが先に帰るとするか。シィルちゃん、頑張ってな」

 

 ランスの体を地面から剥がそうと頑張るシィルにそう言い残し、帰り木で町まで帰還してしまうルークたち。ワープする直前、志津香がルークにだけ聞こえるように呟いた。

 

「後でさ……両親のこと聞かせて貰える?」

「ああ、勿論」

「こら、勝手に帰るんじゃない! いたた、シィルもっとゆっくり剥がせ、バカ!」

「ランス様、動かないでください。余計外せなくなってしまいます……」

 

 取り残されたランスとシィルの声だけが辺りに空しく響いたのだった。

 

 

 

-カスタムの町 第二祝賀会会場-

 

「さあ、じゃんじゃん飲んで! 今日は全部奢りだよ!」

「いえーい! 今日はガッポリ飲んで、飲み溜めしておかないとね!」

 

 その晩、事件解決を祝して町を挙げての祝賀会が催された。こちらは酒場を利用した臨時の第二会場。町長の屋敷には沢山の人が集まりすぎて中に入りきれないため、あぶれた人たちはこちらで飲み明かしていたのだ。エレナの声に酒場中が盛り上がる。中でも一際はしゃいでいるのは神官のロゼであった。

 

「はい、おかわり持ってきましたよ。AL教の神官なのに、そんなに飲んじゃって大丈夫なんですか?」

「へーき、へーき! 別に酒は禁止されてないもーん」

 

 ジョッキを片手に持ちながら平然とエレナに返事をするロゼ。彼女の神官としての適当さはカスタムの住民には十分知れ渡っているため、特段驚いている者もいない。

 

「まさかラギシスの奴が元凶だったとはな」

「まあ、俺は初めからマリアちゃんたちのことは信じていたけどな」

 

 酒場のあちらこちらからそんな声が聞こえてくる。グイ、とジョッキを傾けながら苦笑するロゼ。先日まであの娘たちを許すなと言っていたのはどこの誰だったか。勿論、本当に彼女たちを信じていた住民がいる事は知っている。だが、住民全員が彼女たちを信じていた訳では無いのも事実。

 

「(ま、私もそれに突っ込みを入れる程純粋な人間じゃあないけどね……)」

 

 AL教の神官という仕事柄、普通の人よりもこういった人間の業のようなものを目の当たりにする機会も多いロゼ。この状況に辟易する程、純粋な心の持ち主でもない。とっくにこんな光景には慣れてしまっている。

 

「エレナ。あんたは町長の家の方に行かなくてもいいの? マリアたちはそっちにいるんでしょう? 店なんか店長に任せて、遊んで来ちゃえばいいのに」

「ふふ。店長にも行って良いよって言われたけど、今はなんか働きたい気分なの。平和な状態で働ける事がこんなに嬉しい事だなんて思わなかったわ」

「ああ、なんて良い娘なんでしょう。よよよ……」

「あはは……ロゼさん、わざとらしすぎ……」

 

 ロゼが大げさに泣く仕草をするが、明らかに演技であるためエレナは苦笑するしかなかった。

 

「それで、全ての元凶はラギシスだっていうのは聞いたけど、町を地下に沈めたのは一体どういう理屈だったの? 相当な大魔法でしょ?」

「いやー……私も魔法の規模とかそういうのはちょっと判らなくて……でも、なんか四つの指輪で魔力を増幅したとかどうとか……」

 

 ポリポリと頭を掻きながら答えるエレナ。ロゼが酒を口に含み、何かを思案した後に言葉を続ける。

 

「ふーん……それで、その指輪は?」

「確か、ランスさんが持っているはず……だったかな?」

「……後でちょっと第一会場にも行ってみるか。とりあえず、おかわり!」

「早っ!?」

 

 

 

-カスタムの町 第一祝賀会会場-

 

「……こうして闇は取り払われた。全てが円満に解決したとは言えぬ。失った命もある。だが、この苦難を乗り越え……」

「お父様、もう誰も聞いていません……」

「なんと!?」

 

 町長の屋敷には酒場以上に大勢の人が集まっていた。壇上では町長のガイゼルが何やら語っているが、殆ど誰も聞いていない。ガイゼルの演説が長すぎたというのが理由の一つ、そして、もう一つの理由はこのパーティーの主役は別の人物であったということだ。

 

「がはははは! 酒だ、酒だ! ドンドン持ってこい!」

 

 会場の一角に人だかりが出来ている。その中心にいるのは、ランス。四人の魔女たちを倒し、町の封印を解き、四魔女たち自身や攫われた少女たちを無事に救い出したのだ。町中の人たちがランスとルークに感謝しており、会場には『ランスさん、ルークさん、ありがとう記念! カスタムの町復興祝勝会』と書かれた垂れ幕がかけられていた。その下にはリーザス国提供と書かれた花輪が飾ってある。どうやらこの祝賀会にはリーザスも金を出しているらしい。だが、その王女様一行の姿が見えない。

 

「まだ半分ほどだったというのに……これからチサが生まれてからこれまでの事を語り尽くそうと思っていたのに……」

「お、お父様……」

「それは止めて正解だったな」

「あ、ルークさん。すいません、恥ずかしいところを……」

 

 とぼとぼと意気消沈で壇上から降りてくるガイゼルと、恥ずかしそうに連れ添っているチサ。その二人にルークが近寄っていき、話しかける。

 

「む? ルーク殿の周りにはあまり人が集まっていませんな」

「ランス曰く、下僕一号だからな。まあ、ランスには人を惹きつける物があるから、自然とあちらに人が集まるさ」

 

 ルークが苦笑するが、あまり今の状況を悪くは思っていない。正直なところ、あまり人に囲まれていない方が今回世話になった人たちに挨拶回りをしやすいからだ。

 

「ところで、リーザスの三人は?」

「なにやら緊急の案件が国で起きたらしく、既に帰国してしまいました。王女様は最後まで駄々をこねていましたが、侍女の方がなんとか説得して……」

「その光景が目に浮かぶよ……」

「エレナ君曰く、女忍者の娘もどこか寂しそうだったと言っていましたよ」

 

 ルークの脳裏には、リアが床に寝そべって駄々をこねる姿がハッキリと浮かんでいた。マリスとかなみは災難だったろうにと、心の中で手を合わせる。

 

「さて、主役様とでも話してくるかな」

「あ、私も行きます。お父様は……」

「当然行くに決まっている! ランスの奴はチサを狙っているからな、がるる……」

 

 牙を剥き出しにして吠えるガイゼル。厳格な町長とは一体何だったのかと言わざるを得ない。

 

「ランスさん、ありがとうございます」

「貴方はこの町の恩人です」

「うむ、俺様は英雄だからな。お、そこの君、こっちに来て恩人の俺様に感謝するのだ!」

 

 ルークたちがそちらに近寄ると、ランスが上機嫌に騒いでいた。町に戻ってきたランスは志津香の処女を奪い損ねた一件でルークに文句を言ってきたが、この見事な祝勝会で機嫌を取り戻したようだ。

 

「ランス様、へんでろぱ取ってきました。お酒もお注ぎしますね」

 

 シィルは甲斐甲斐しくランスのコップにお酒を注いでいる。実はこの酒、少し薄めてある。というのも、ランスはあまり酒に強くないため、普通に飲んでいるとすぐに悪酔いしてしまうのだ。ランス自身はどちらかというと格好付けのために酒を飲んでいるところがあり、酒の味はあまりよく判っていない。そのため、普段からシィルが酒を薄めていることに気が付いていないのだ。相変わらず献身的な娘である。

 

「あ、ルークさんもどうぞ」

「ありがとう、シィルちゃん」

 

 ルークたちの姿に気がつき、シィルが酒瓶を持ったままルークへと近寄ってくる。ルークはグラスを差し出しながら、ランスに聞こえないような小さな声でボソリと呟く。

 

「……俺の酒は薄めなくて大丈夫だからな」

「……知っていらしたんですか。どうかランス様には……」

「大丈夫。そんな野暮なことはしないさ」

 

 シィルに酒を注いで貰い、壁に背を預けながらグラスを傾ける。真犯人であるラギシスの姿が未だ消えたままというのは気になっていた。だが、町の人たちが事件の解決を祝して開いてくれたこの場に水を差す訳にもいかない。悪酔いしすぎない程度に軽く酒を飲みながら、会場を見回す。町の人たちはみな一様に笑顔であった。

 

「(こういう光景を見られるのも冒険者稼業の利点だな……)」

 

 ルークがそんな事を考えていると、人だかりを掻き分けてこちらに近づいてくる集団が見える。それは、今回の事件で特に関わりの深かった人たち。マリア、志津香、ミリ、ミル、ラン、トマト、真知子といった人々だ。真っ先に声を掛けてきたのは、最も関わりの深かったマリアとミリだ。

 

「やっほー。みんな連れてきたわよ」

「よっ! 妹のこと、ありがとうな。感謝しているぜ、ランス、ルーク」

「ほう。なんだマリア、ちゃんと着替えればそれなりに美人ではないか」

「もう、それなりって何よ……」

「ミリさん……す、凄い服ですね」

「ま、見せるもんは見せないとな」

 

 メガネを外し、白いドレスに身を包んだマリアは普段の格好とのギャップが激しかった。ランスの言ったとおり、普段からこの姿ならば多くの男性が彼女に惹かれる事だろう。その隣に立っているミリは、胸元が大胆に開いたドレスを着ている。思わずシィルが直視してしまう程のボリュームだ。ランスが鼻の下を伸ばしながらミリの胸元を見ていると、とてとてとミリの後ろから出てきたミルがランスに近づいてくる。

 

「ランス、今回は本当にありがとうね」

「うむうむ、俺様に感謝しておけ。ミルは10年……いや、5~6年後にまたやらせろ」

「今してもらっても……いいのよ? うふふ……」

 

 セクシーな流し目をランスに送るミル。どうやらすっかりランスに懐いてしまったらしい。

 

「いらね」

「がーーーん!!」

「ばっさりだな。ま、いるって言うのも問題だが」

 

 ランスにその気が無かった事に少しホッとするルーク。すると、ミルがショックを受けているのに苦笑していたミリがルークに向き直って口を開く。

 

「ルーク、ちょっといいか?」

「ん? なんだ?」

「少し聞きたいことがあるんだ。後でいいから、俺とあっちで飲まないか? なに、ほんの少しでいいんだ」

「別に構わないぞ。ちょっと待っていてくれ、他の人にも挨拶を済ませないとな」

「ああ。終わったら声を掛けてくれ」

 

 ミリがルークを差し飲みに誘ってくる。思わぬ人物からの誘いに驚きながらも、特に断る理由も無いため、他の人への対応を済ませてからならとそれに応じるルーク。

 

「いい加減観念してチサちゃんの処女を俺様に寄越せ!」

「ならん、ならん、ならん!! どうしてもと言うのならば、この私を倒してからにして貰おうか!」

「……本当に良いのか? 二秒で倒せるぞ?」

「……ちょっと待て、今のはつい勢いで言ってしまっただけだ。だから剣を抜くな!」

 

 ランスはガイゼルとチサの処女を巡って口論している。というよりは、じゃれ合っている。なんだかんだで相性が良い二人なのかもしれない。ルークがそれを横目で見ていると、こちらにはトマトと真知子が寄ってきた。

 

「ルークさん、お疲れ様ですかねー? ルークさんに剣の見込みあるかもって言われたんで、私も今冒険者目指して頑張っているんですかねー?」

「トマトさんか、相変わらずの話し方だな。本当に修行を始めたんだな」

「はい! 昨日は剣の素振りを五回もしたんですよ?」

「……先は長そうだな。まあ、頑張れ」

 

 目の前で素振りのポーズを取るトマト。だが、あまりにも少ない回数を聞いたルークは、下手な事を言ってやる気にさせてしまったかと少し申し訳無く思っていた。そんなルークの横に真知子が立つ。

 

「聞いていましたわよ、ルークさん。ミリさんの後でいいので、私ともお酒を付き合って貰えるかしら?」

「どれ位掛かるか判らないから、その後でも良いなら……」

「ええ、待っていますわ。必ず声を掛けてくださいね」

 

 トマトと真知子の二人とそういったたわいもない話をしていると、今度はランが話しかけてくる。ランスも丁度ガイゼルとの話が終わったようで、二人でランに向き直る。

 

「ルークさん、ランスさん。本当にありがとうございました。私がしたことは許されることではないですが、お二人のお陰でこうして町の人たちにも受け入れられ……」

「あー、あー、あー、酒が不味くなる。辛気くさいのはナシだ」

「俺もランスに賛成だな。長話は町長だけで十分だ」

「……そんなに長かったか?」

「お父様……その……ノーコメントでお願いします……」

 

 深々と頭を下げてくるランだったが、ランスとルークはその言葉を拒否する。それでも納得のいっていない表情をしていたため、ルークはランの顔をジッと見ながら諭すような口調で言葉を掛ける。

 

「ラン、君は普段からもっと明るくしていた方がいいぞ。その方が今よりもっと魅力的だ」

「えっ……あっ……ありがとうございます。が、頑張ります……」

「こら、俺様の女を口説くな」

「ん? 別に口説いたつもりはないが……」

「というか、勝手にランを自分の女にしないの、ランス」

 

 ランスに苦言を呈すマリア。その足下には、何故かグデグデに酔っ払った志津香が寄りかかっていた。白いドレスの肩紐がずれ、もう少しで服がはだけてしまいそうな状況だ。真っ赤な顔にだらしなく緩みきった頬。先程までのきりりとした姿とのギャップにルークが驚いている中、マリアが優しく微笑みながら口を開く。

 

「本当にありがとうね、ランス、ルークさん。二人がいなかったら、もっと大変なことになっていたと思う。あっ、もちろんシィルちゃんもね」

「うむ、当然だな。たっぷり感謝しておけ」

「マリアさんたちもこれから町の復興で大変だと思いますが、頑張ってください」

「うん。ありがとう、シィルちゃん」

 

 ランスが腰に手を当てながらふんぞり返り、シィルが嬉しそうに笑みを浮かべながら町の復興を応援する。ルークも気の利いた言葉の一つでも掛けてやりたいところだったが、どうしても志津香が気になってしまう。

 

「ところで……志津香はどうしたんだ?」

「あははははは、あははははは!」

 

 ルークがマリアに問いかけた瞬間、ゲラゲラと大笑いする志津香。どうやら笑い上戸らしい。額から汗を垂らしながらマリアが困ったようにその問いに答える。

 

「あはは……やけ酒を一気に飲んだらこうなっちゃった……」

「まあ、飲みたくなる気持ちも仕方ないか……」

 

 復讐という次の目標を見つけたとはいえ、両親を救い出せなかったのは事実。それをすんなり受け入れられるには、志津香はまだ若い。こうなってしまうのも無理もないことだ。

 

「あははははは、殺してやる、ラガール。あはははは!」

「その……あんまり見ないであげてください……」

「それは難しいな。実に良い笑顔だ」

 

 物騒な事を言いながらも真っ赤な顔で上機嫌に笑い続ける志津香。その志津香の顔を見ながら、ルークは静かに笑みを浮かべる。

 

「(こうやって無邪気に笑っていると……本当にアスマーゼさんにそっくりだな……)」

 

 ルークが少し昔を懐かしんでいると、ポロリと志津香の懐から何かが床に落ちる。それを目ざとく見つけたランスが拾い上げると、それはフィールの指輪であった。

 

「お、ラッキー。これで四つの指輪をコンプリートだ! 高く売れるかもしれんな」

「絶対に売るなよ。それと、ちゃんと後で返しておけよ」

 

 他の三人の指輪は処女を奪った際にランスが取り上げていたため、これで四つの指輪は全てランスが所有している形となる。いくらで売れるかとはしゃいでいるランスに一応忠告をしておくルーク。だが、ランスがそれをちゃんと聞いているかは微妙なところであった。やれやれとルークがため息をついていると、マリアが志津香の肩に手を乗せながら口を開く。

 

「志津香、ちゃんと口にはしないけど感謝していましたよ。ご両親のことを聞けて……」

「たいした事はしていないさ……それに、俺も志津香と会えて嬉しかったよ。篤胤さんとアスマーゼさん、二人の娘と出会えてな……」

「ルークさん……」

 

 祝賀会が始まる少し前、ルークは約束通り志津香に両親の話をしてあげていたのだ。町の住人たちから聞いていた話とはまた違う、少しとはいえ一緒に暮らした者の視点から見る両親の話は志津香には新鮮であり、口にはしないが確かに両親を感じ取れたことに感謝していたのだ。だが、それはルークも同じ事。あの日、アスマーゼのお腹の中にいた子供とこうして出会えたのだ。篤胤とアスマーゼの残したものが、こうしてしっかりと育っているのだ。少し感慨深げに思いながらも、志津香のはだけそうな服がいい加減目についたルーク。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。

 

「ほら、志津香。ここで寝ると風邪引くぞ。服もちゃんと直せ」

「あはははは、ルーク! しっかりと手がかり見つけなさいよ-!」

 

 志津香を起こそうとしたルークに正面から寄りかかってくる志津香。見ようによっては抱き合っているような状態が出来上がる。瞬間、パシャッとフラッシュ音が響いた。そちらに視線を向けると、そこには金髪の少女がカメラをこちらに向けて立っていた。

 

「やー、やー、やー。どうも、写真家のぺぺって言います。いやー、良い写真を激写してしまいましたね。今度ゼスのお抱え写真家オーディションがあるので、それに投稿させて貰いましょう」

「流石に可哀想だから止めてやってくれ」

 

 こんな姿の写真を世間に晒されては、プライドが高いであろう志津香にとってはとんでもないダメージになるだろう。ルークがやんわりとそれを止めるが、ペペはカメラを抱きかかえて首を横に振る。どうしたものかと考えていると、ゼスという単語である人物の顔が浮かぶ。

 

「ゼスで写真家をやりたいのか?」

「はい、ゼスで写真家としてのし上がり、ゆくゆくは世界を股に掛ける美人写真家になるのが私の夢なんです!」

「そうだな……ゼスの結構偉い軍人に知り合いがいるから、今度紹介してあげよう。だから、その写真は決して投稿しないこと。どうだ?」

「わふー! こいつはラッキー。オーディションを受けるよりもよっぽどチャンスですぜ! ぜひお願いしますね。これ、私の連絡先です」

 

 ペペ・ウィジーマという名前と自身のイラストが印刷された名刺を手渡してくるペペ。ひっくり返すと、連絡先が書かれていた。それを道具袋に仕舞うルーク。これはあの男に一つ借りが出来てしまいそうだ。

 

「では皆様ご一緒に、ラストに一枚! パシャリンコッコッコ!」

 

 今度はルークと志津香だけでなく、ランスとシィル、マリア、ラン、ミリ、ミルにトマト、真知子、チサも含めた全員の集合写真を撮る。突然ではあったが、笑ってピースするランスと女性陣。ガイゼルは運の悪いことに見切れてしまっていた。穏やかな時間が過ぎていった。

 

 

 

-カスタムの町 祝賀会会場外-

 

「それで、聞きたい事っていうのは?」

 

 あれから小一時間、ルークとミリは会場から出て、夜風に当たりながら酒を飲んでいた。会場内の喧騒がほんの少しだけ聞こえてくるのみで、町の灯りも町長の家と酒場以外はほとんど消えてしまっている。中々に風情のある静かな夜であった。

 

「別にたいしたことじゃないんだ。俺がちょっと気にかかっただけなんだが……」

 

 ルークの問いにミリが頭を掻き、持っていたグラスを傾けて酒を口に含む。ゴクリとそれを喉に通した後、ミリはゆっくりと口を開いた。

 

「ルーク、あんた、妹がいるんじゃないかい?」

「……どうしてそう思った」

「迷宮で初めて会ったときにさ、俺が妹を放っておけないって言ったとき、ちょっと表情が変わっただろう? まあ、それが気になっただけで、後はただの勘さ。妹を持つ身としてのね」

 

 そう笑いながら酒をもう一口くい、と飲むミリ。普段の立ち振る舞いからはあまり想像できないが、ミリは周りをよく見ており、中々に鋭いところもある。だからこそ、ルークの微妙な反応に気が付いたのだろう。ルークもグラスを傾けて酒を喉に通し、その問いに答える。

 

「そうだな。双子だが、妹がいる。いや……正確には、いた……だな……」

「……悪いことを聞いちまったかねぇ」

「気にしなくていいさ。死んだのは二年前で、俺もあいつも成人してからだ。それよりも、冒険に明け暮れて碌に家にも戻らず、妹が死んだことを一年以上も後になって知った馬鹿な兄貴が問題さ」

 

 ルークが目を瞑ってあの日の事を思い返す。キースから妹の死を知らされた日の事を。

 

「こんな風にはなるな。ミルを大切にしてやれ」

「そうだったのかい……悪かったね。ま、俺は大丈夫さ。言われなくても、ミルのことは大事に育てるよ」

 

 結局、かつて魔想の屋敷で数日の間生活をした四人の内、二人がもうこの世にはいないのか、と感傷に浸る。いや、恐らくアスマーゼも既に生きてはいないだろう。ルークも、志津香自身もそれはなんとなく感じている事であり、事実アスマーゼはもうこの世にはいない。となると、生き残っているのはルークただ一人。

 

「(いや……一人ではないか……志津香がいる……)」

 

 あの日、魔想の屋敷にいたのは四人ではない。アスマーゼのお腹の中にもう一人、確かに存在していた命。となれば、彼女を絶対に死なす訳にはいかない。それが、恩人である魔想夫妻へ出来る唯一の恩返しなのだから。

 

「……んっ?」

 

 気が付けば、ミリがスッとグラスをルークの目の前に差し出していた。

 

「乾杯し直しといこうじゃないか。亡くなった妹さんにな」

「悪いな。それと、ミルの成長と……迷宮で命を落としたミリの三人の仲間にもな」

 

 ミリの差し出したグラスに、ルークは自分のグラスを当てる。カラン、という音が静かな夜に響く。

 

「やっぱいい男だな、あんた。俺を抱く気はないかい? 真知子との酒が終わったら、俺の部屋に来ないか?」

「魅力的な誘いだが、断っておくよ。ランスでも誘ってくれ」

「ランスはなぁ……体力は凄いんだが、テクニックがまだまだなんだよなぁ……」

「もうヤッてんのかよ……いつの間に……」

「ぷっ……ははっ……」

「ふっ……」

 

 空気を変えるため、あえてそういった話題にシフトしたミリ。ルークもあえてそれに乗り、二人で笑いながら酒を煽る。そういえば、この後酒を飲む約束になっている真知子も妹持ちである。リーザスで無理をして助けたデル姉妹もだ。知らず知らずのうちに、兄妹、姉妹という存在に惹かれているのかも知れないな、と酒を飲みながらルークは考えていた。

 

 

 

-カスタムの町 第一祝賀会会場-

 

「んー……」

「ミル、眠い? 家まで送っていこうか?」

「んー……お姉ちゃんが戻ってくるまで待ってる……」

「もうそろそろ戻ってくると思うから、そうしたら一緒に帰りましょう」

 

 ミルが眠そうに目を擦っているのを見てマリアが心配そうに声を掛けるが、ミリが戻ってくるまで待っているとの事。ルークとミリが外に出ていってそろそろ良い時間になるため、いい加減戻ってくるはずである。ランがそうミルに告げ、自身の方に抱き寄せる。そのとき、ホールの扉が開いた。ルークとミリが戻ってきたのかとそちらに視線を向ける一同だったが、そこに立っていたのはロゼ。

 

「あら? ロゼさん、酒場の方で飲んでいたのでは?」

「ちょっと用事があってね。あれ、ランスとルークは?」

「ルークさんは外でミリさんと飲んでいるですかねー? ランスさんは……あれ、さっきまでいたはずですかねー?」

「あれ、本当だ、いなくなってる。シィルちゃん、ランスはどこにいったか知らない?」

「すいません……丁度お手洗いに立っている間にいなくなられていて……」

 

 きょろきょろと会場中を見回すマリアたち。だが、どこにもランスの姿が見えない。見えるのは楽しんでいる住人、爆睡しているガイゼルと志津香の姿のみだ。

 

「ま、いないなら良いわ。それじゃあ、伝言だけよろしく」

「伝言?」

「そう。フィールの指輪なんだけど、帰る前に私に渡してって伝えておいて」

「なんでロゼさんが……はっ!? ま、まさか、売る気ですかねー!?」

「そう、そう、裏で捌けば10万GOLDくらいには……って、そうじゃないわよ。危険な代物だから、AL教で回収しようと思ってね」

「AL教で?」

 

 マリアが首を傾げる。何故そこでAL教が出てくるのか。

 

「聞いた話によると、滅茶苦茶危ない代物なんでしょう? そういうアイテムはAL教が回収して、悪用されないように厳重に保管しておいてくれるのよ」

「へー……流石はAL教ね」

「(まあ、AL教が悪用する可能性はありそうだけどね。うさんくさい組織だし……)」

 

 自身が所属する団体だというのに、心の中でとんでもない暴言を吐くロゼ。大陸最大の宗教団体、AL教。その組織の闇を知る者は少ない。

 

 

 

-カスタムの町 第一祝賀会会場 チサの部屋-

 

「ぷひー、えがっだ……」

 

 ランスは祝賀会の会場としている町長の家のホールを抜けだし、チサの部屋のベッドで横になっていた。ルークが出て行ったすぐ後、チサがランスを自分の部屋に誘いに来たのだ。まだチサの処女を奪っていなかったランスはこれを承諾。チサの部屋に着くや否や情事に入り、それを終えた今はベッドの上で脱力感に身を浸らせていた。

 

「しかし、チサちゃんの方から誘ってくるとはな」

「町を救って頂いたほんのお礼です。本当にありがとうございます」

「なぁに、気にしなくて良い。俺様は英雄だからな。ちょっとした行動でも誰かを救ってしまうのだ。がはは!」

 

 上機嫌に笑うランス。ガイゼルが邪魔でずっと手を出せなかったチサとようやくHが出来たのだ。上機嫌にもなろうというもの。

 

「あの、ランス様。その指輪、つけてみても良いですか?」

「ん? あー……別に良いぞ。魔法使いでも処女でもないチサちゃんがその指輪をしたところで、何の意味もないからな」

 

 チサがランスの服の側に置いてあったフィールの指輪を指さす。ランスが少しだけ思案したが、呪いの発動条件は処女であること。効果は魔力の増幅。どちらもチサとは関係の無い事だ。H後で上機嫌だったこともあり、ランスは難なくそれを許可してしまう。

 

「それじゃあ、つけてみますね」

 

 左手の指に四つの指輪を填めていくチサ。てっきり一つだけつけてみるのかと思っていたランスは、意外と大胆なところもあるのだなと驚く。キラリと妖しく光る指輪をこちらに向けてくるチサ。

 

「うむ、似合っているぞ」

「そうですか……ふふ……ふふふ……」

 

 すると、突然チサがおかしな笑い声を出す。ランスが訝しげにチサの顔を見ると、その目は正気を失っていた。

 

「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふ」

「……チサちゃん?」

「ふふふ、くくく、ありがとう、ランス君。私からも礼を言おう!」

「なにぃっ!? ぐがっ……」

 

 この場にいないはずの初老の男の声が響く。それと同時に、ランスは金縛りに襲われ動けなくなってしまった。なんとか必死に動こうともがくが、体はピクリとも動かない。だが、動かなければいけない。なぜなら、ランスは部屋に響くこの声に聞き覚えがあったからだ。すると、正気を失っているチサの後ろに、その男の姿がゆっくりと浮かび上がる。青白く光った、初老の魔法使い。

 

「てめえ……その声は生きてやがったのか!? ラギシス!!」

「ふはははは! 久しぶりだな、ランス」

 

 それは、全ての元凶である魔法使い、ラギシスであった。身動きの取れないランスを見下ろしながら、ニヤリと口元を歪める。

 

「この娘が行方不明になったことがあっただろう? そのときに内側に潜ませて貰っていたのだ」

「ちっ、この変態野郎が!」

「くくく、結果は上々だ。こうして私の元に指輪を持ってきてくれたのだからな!」

 

 いつの間にかチサの指から指輪が外れており、ラガールの周りに四つの指輪がプカプカと浮いていた。出し抜かれた事に憤慨するランス。

 

「てめぇ、そこを動くな! 今ギッタギッタにしてやる!」

「ははは、それは恐ろしい。感謝の意を込めて君は生かしておいてやろう。さらばだ、ランス。はっはっはっは!」

 

 そう言い残し、勝ち誇った笑いを浮かべながら四つの指輪と共に姿を消すラギシス。部屋には金縛りの解けたランスと、気絶しているチサだけが残されていた。

 

 




[人物]
ぺぺ・ウィジーマ
 世界を股に掛ける写真家を夢見る少女。思わぬ形でゼスとのパイプが出来そうで上機嫌。撮った写真はちゃんと写っている全員に渡しました。志津香にツーショット写真を渡した際、ネガを燃やすから寄越せと追いかけられる羽目になったりした。


[技]
粘着地面
 一定サイズの地面を粘着質にして相手の動きを止める初級魔法。術者の能力次第で効果範囲や粘着度に差が生まれ、ある程度の術者であれば戦闘支援魔法としても優秀な魔法となる。


[その他]
GI0998 ルーク、カスタムの町を訪れ魔想夫妻の世話になる
GI0999 志津香誕生 直後、篤胤は殺され、アスマーゼは攫われる
GI1006 ルーク、行方不明になる
GI1014 ルークの妹、死亡
GI1015 ルーク帰還、妹の死を知る その数日後、元号がLPへと変化する


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第17話 怨嗟

 

-カスタムの町 臨時宿泊施設-

 

「頭いたっ……」

 

 志津香が目を覚ますと、激しい頭痛が襲ってくる。それは、二日酔い特有の痛みだ。痛む頭に手を当てながら辺りを見回すと、そこは酒場に作られた臨時の宿泊部屋であった。どうやらマリアが連れてきてくれたらしい。

 

「……駄目だわ。思い出せない」

 

 必死に頭を働かせるが、駄目。昨晩の記憶がまるでない。どうやら飲み過ぎてしまったようだ。のそりとベッドから抜け出し、部屋を出て営業場の方へと向かう。既に何人かの客が朝食を取っているが、志津香と同じように二日酔いで頭を抱えている者も多い。やはり昨晩は皆はしゃぎすぎたようだ。だが、無理もない。ようやく町に平和が戻ったのだから。と、奥の席から手を振っている者がいる事に気がつく。マリアだ。志津香は頭の痛みに耐えながら、ゆっくりとそちらに近づいていく。

 

「おはよう、志津香」

「おはよう……」

 

 酷い目つきと沈んだ声でそう返してくる親友の姿にマリアは少し額から汗を流し、心配そうに問いかける。

 

「調子悪そうね」

「最悪ね……頭は痛いし、昨晩のことは何にも覚えてないし」

「あはは……そうなんだ……」

 

 そう言って志津香はマリアの前の席に座る。マリアの苦笑いが少しだけ気になったが、今は深く考えられる状態ではない。とりあえずエレナに水を持ってきて貰おうと思ったが、志津香が言うよりも早くエレナが水を持ってこちらに歩いてくる。流石は酒場の看板娘だ。

 

「はい、水。昨晩は随分とはしゃいじゃったみたいね。あまり気にしない方が良いわよ」

「あっ!? エレナさん、それは……」

「……どういうこと?」

 

 エレナは志津香が気に病んでいると思ってフォローしてくるが、昨晩の事を覚えていない志津香にとってその行動はまるで逆効果であった。眉をひそめながらマリアの方に向き直る志津香。言いしれぬプレッシャーにマリアは気圧されそうになる。

 

「ねえ、マリア。私が昨晩どんな状態だったか聞かせて貰える?」

「え、えっとね……それはまた今度に……」

「聞かせて貰える?」

「……落ち着いて聞いてね」

 

 あまりの迫力に、いつの間にかエレナが逃げていた。マリアは心の中でズルイと思いつつ、これは隠しきれないと観念して昨晩のことを話し始める。

 

「ちょっとね、普段と違ってニコニコしていて……」

「それで……?」

「町長さんやルークさんとも仲良く話を……」

 

 親友のことを思い、極力オブラートに包んで説明を続けた。だが、その努力は無駄になる。志津香の様子を見に酒場にやってきたミリが、その姿を見るや否や志津香に向かってこう言ったのだ。

 

「お! なんだ、元気そうじゃないか。昨晩は凄かったな。真っ赤な顔で騒ぐわ、絡むわ、爆笑するわ。抱きつかれたルークが困っていたぞ」

 

 その発言になぜかマリアの血の気が引く。すぐさまミリに黙っているようにとジェスチャーを送るが、時既に遅し。志津香は机に突っ伏しながら、二度と酒は飲まないようにしようと心に誓うのだった。

 

 

 

-カスタムの町 街路-

 

 ルークが町長の家に向かって町の中を歩く。一応事件は解決したが、消えたラギシスの問題が残っていたため、それを今後どう対応していくかを話し合おうと思っていたのだ。丁度酒場の前を通りかかった際、店の中からマリア、ミリ、ミル、そして俯いた状態の志津香が出てきた。

 

「おはよう。みんなで朝食でも取っていたのか?」

「あ、ルークさん。おはようございます」

「よ。俺の後にも真知子と飲んでいたのに、あんまり引きずってはいないみたいだな」

「それなりに強い体質みたいでな」

「へー。どこかの誰かさんとは大違いだね」

「どこかの誰か? ああ……んぐっ!?」

 

 挨拶をしながら四人の方に近寄っていくルーク。ミルの言葉に一瞬眉をひそめるが、すぐに誰の事だか見当がついて静かに頷く。瞬間、その右足を志津香が思い切り踏みつけてきた。激痛に声を漏らしながら志津香に向き直ると、志津香は物凄い形相でこちらを睨んでいた。

 

「……昨日のことは記憶から抹消しなさい。死にたくなかったらね」

「ん? 別に俺は気にしていないんだがな……」

「私が気にするのよ!!」

「お、仲良いな」

「おねえちゃん、あれは仲良いって言うの?」

「あはは……まあ、元気が出たみたいで何よりね……」

 

 志津香のヤクザキックがルークに飛んでくる。その光景を見ながらミリは笑い、ミルは首を傾げ、マリアは乾いた笑みを浮かべていた。しばしその場で談笑する五人。少し前まで命がけで争っていた者たちとは思えない平和がそこにはあった。だが、それはすぐに打ち破られる。

 

「あれ? ランだ」

「ん?」

 

 ミルの声に全員が視線をそちらに向けると、町長の家の方から慌てた様子で駆けてくるランの姿が見える。ただ事では無さそうな表情だ。すぐにマリアがランに向かって駆けていき、他の四人もそれに続く。

 

「どうしたの、ラン? そんなに慌てて」

「はぁ……はぁ……良かった、みんな揃っている……今すぐ町長の家まで来て! 大変なことになったの!」

 

 

 

-カスタムの町 町長の家前-

 

「フィールの指輪を奪われたですって!? あんた、何考えているのよ!」

 

 町長の家に志津香の怒声が響く。ランに連れられて町長の家までやってきた一行は、ランスから昨晩の報告を受けたのだ。

 

「というか、いつの間に私の指輪持って行ったのよ!?」

「ランスの馬鹿! 40人分の魔力を吸ったあの指輪はとんでもない魔力を秘めているのよ。そんなものがラギシスの手に渡ったら……」

「ランスのバカ、バカ、バカ!!」

「いた、いたた。そんな怒るな」

 

 指輪の恐ろしさを重々承知している四魔女の怒りは特に凄まじく、志津香、マリア、ミルの三人はランスに食って掛かる。先に事のあらましを聞いていたランは食って掛かるようなことはしないが、ランスを非難するような目で見ている。やはり、内心では相当怒っているようだ。

 

「まあ、起こっちまったもんはしょうがないだろ。お前らもそんなにランスを責めるな。チサの中にラギシスがいるのなんか、誰も気が付いていなかったんだからな」

「んっ……」

 

 四魔女の面々と違い、ミリは達観した様子で事の成り行きを見守っていた。今更責任を追及しても詮無きこと。それよりも、今はラギシスをどうするか語り合うべきなのだ。

 

「やはり生きていたか、ラギシス……」

 

 ルークは自分の迂闊さを後悔していた。ラギシスに対する懸念はあったし、チサがラギシス邸で見つかった話は聞いていた。もっとチサの行動に注意を払っていれば、この事態は回避できたかもしれない。

 

「シィルちゃん、チサちゃんは?」

「奥で寝込んでいます。大分衰弱している様子でしたが、命に別状はありません」

「ガイゼル町長は?」

「奥で寝込んでいます。チサさんの処女がランス様に奪われたのが相当ショックだったらしく……」

「町長……」

 

 マリアが頭を抱える。気持ちは判らなくないが、状況を考えて欲しい所だった。

 

「ラン、町の人はこの事を?」

「まだ殆どの人が知りません。パニックになるのを恐れて、ガイゼル町長から情報を止めるよう言われました」

「なんだ、町長もちゃんと働いているじゃないか」

 

 ミリが驚いたように声を漏らす。親バカではあるが、十分に優秀な町長である事を再認識する一同。

 

「だが、いざとなれば町の住人を避難させる必要が出てくる」

「はい。役場の人間の一部には事情を話し、その時が来ればすぐにでも町中に伝えられるよう準備を進めています」

「手回しが早いな。これも町長の?」

「いえ、これは私が判断しました」

「良い判断だ」

 

 ランの適切な判断にルークが感心する。存外、人の上に立つ器なのかもしれない。

 

「となると、この事を知っているのは……?」

「ここにいる者と、ガイゼル町長、チサさん、亮子さんたち役場の一部の人間、ロゼさん、真知子さんで全部です」

「ロゼと真知子はなんで?」

「真知子さんはラギシスの居場所を探って貰うために打ち明けました。ロゼさんはたまたまその場にいて……」

 

 志津香の問いにランが答える。指輪と共に消えたラギシスの行方は早急に掴む必要がある。となれば、この町で一番の情報屋である真知子に頼むのは適切な判断と言えるだろう。もう一人の情報屋である今日子がいないのだから尚更の事だ。

 

「そういえば、朝にロゼとすれ違ったよ。ちょっとカイズまで買い物に行って来るって言ってた」

「逃げたな……」

「逃げたわね……」

 

 ミルの言葉にランスとマリアの言葉がハモる。元々カスタムの町になんの執着もない人物であり、住民とも適当な関係に済ませている節があるロゼ。このような事態になれば逃げ出すのは当然と言えるだろう。

 

「ですけど、現実的な判断とも言えます。あまり責めるのは酷でしょう」

「真知子さん!? ラギシスの情報は?」

「勿論、それをお伝えに来ました」

 

 そのとき、部屋に真知子が入ってくる。どうやらラギシスの行方を掴んだようだ。机の上にカスタムの町周辺の地図を広げ、全員がそれに注目する。

 

「青白い光がこちらの森の方に向かっていくのを、剣の素振りをしていたトマトさんが目撃しています」

「ここは……」

「私たちが魔法の修行で良く使った森ね。割と清らかな土地で、魔力の流れが良い場所よ」

 

 真知子が指し示したのは、町の近くにある森。そこは、ラギシスと四魔女たちが魔法の修行に良く使っていた場所であった。昔を思いだしてラギシスへの恨みが再燃したのか、マリアが険しい顔になる。志津香は顎に手を当て、何故ラギシスはこの場所に向かったのか思案し、一つの結論に至る。

 

「……多分、まだ指輪の力を完璧には扱いきれていないんだわ」

「この森で魔力に慣れるつもりって事?」

「なるほど、筋が通るな。それ以外にこんな場所にいく理由も思いつかないし、何よりそんな事をダラダラ考えている時間はない。ラギシスがここにいる。情報としてはそれだけで十分だ。ありがとう、真知子さん」

「いえ……」

 

 そのとき、志津香がバン、と勢いよく机を叩いた。その目に宿るは、確かな殺意。

 

「……マリア、ミル、ラン、行くわよ! 私たちの手でラギシスをもう一度殺しに!」

「うん!」

「絶対に許さないんだから!」

「今度こそ……必ず……」

 

 志津香の言葉に三人が頷く。騙されていたとはいえ、フィールの指輪を完成させてしまった者として、ラギシスの弟子として、四魔女で決着を付けるつもりらしい。だが、二人の人物が一歩前に出る。

 

「水くせーな。俺も行くよ。妹だけ向かわす訳にはいかないだろ」

「このまま放っておける存在ではないな。最後まで付き合おう」

「ミリ……ルークさん……」

 

 志津香の言葉に反応したのは三人だけではない。ミリとルークも、共にラギシスと戦う覚悟は出来ていた。お節介ねと志津香が小さく呟くが、二人を止めるつもりはないらしい。だが、ランスだけが憮然とした態度のまま口を開く。

 

「面倒臭いから俺様は行かんぞ。俺様の仕事は四魔女退治とこの町の開放だ。後は知らん」

「でも、ランス様……」

「それに、40人分の魔力を持った相手だろう? お前たちに敵うような相手じゃないぞ。俺様程ではないが多少は強いルークが協力したとしても、死ぬかもしれんぞ」

「それでも、行かないといけないのよ!」

 

 ジロリとランスを睨み付けた志津香は、そのままマントを翻して颯爽と歩き始めた。ミリ、ミル、ランもそれについて行く。ランとミルは悲しそうな瞳を、ミリは静かな笑みをランスに向けながらその横を通り過ぎていった。

 

「止めたらどうだ? マリア、ルーク」

「そんな訳にはいかないわ。ラギシスを放っておけないもの」

「奴を放置するのは危険だからな。指輪に慣れていない今のうちに叩いておくのも冒険者の勤めだ。だが、ランスの判断を否定するつもりはない。そちらの言っていることも正しい。仕事でもないのに命をかけてまでやることではないからな」

「皆さん、ご武運を……」

「ありがとう。真知子さんも危ないと思ったらすぐに避難してくれ」

 

 ランスがマリアとルークに話を振るが、どうやら二人とも止める気はないらしい。戦闘能力の無い真知子は一緒に行くことは出来ないが、精一杯の気持ちでみんなを見送っていた。

 

「……シィル、帰り支度をしておけ。そろそろアイスの町に帰るからな」

「ランス様……」

 

 シィルが悲しそうな表情でランスを見つめる。どうやらシィルはみんなに協力をしてあげたいと思っている様だ。だが、主人のランスの意見には逆らえない。ランスが行かないと決めたのであれば、それに従うしかないのだ。

 

「今までありがとうね、ランス。シィルちゃんも元気でね。バイバイ」

「ま、俺が誰も死なせはしないさ。またその内、冒険を一緒にすることもあるだろ」

 

 そう言い残し、マリアとルークは軽やかに志津香の後に付いていった。

 

「ふん、馬鹿な奴らだ……」

「…………」

 

 

 

-カスタムの町近隣の森-

 

「こっちよ。遅れないで」

 

 六人はラギシスがいるという森の中までやってきていた。志津香が先頭に立ち、ドンドンと森の中に進んでいく。曰く、最も魔力をこめやすい清らかな洞窟がこの先にあるとの事。ミリ、ミル、ランがその後に続き、少し離れてマリアとルークがついていく。マリアはゴロゴロと砲台を乗せた台車を転がしており、ルークはそれを後ろから押していたため一番後方にいたのだ。

 

「すいません、ルークさん。手伝って貰っちゃって」

「気にしなくていい。それで、これは一体何なんだ?」

「よくぞ聞いてくれました! これはマレスケ。長距離用のチューリップ2号です。指輪に魔力を吸われすぎた私が付いて行っても足手まといだからね。ちょっと離れた場所からこれでみんなを援護するわ」

 

 ルークの問いにメガネをキラリと光らせるマリアだったが、状況が状況であるためマニアックな説明は自重し、作戦の概要だけを話す。

 

「なるほど。だが、離れた位置からでラギシスの正確な位置は判るのか?」

「GPSっていう物が手に入れば良かったんですけど、手に入らなかったんで志津香の魔法で代用する事にしました。ラギシスに志津香が目印となる魔法を掛けて、その目印から発せられる魔力をターゲットにしてマレスケを発射できるようになっているんです」

「因みに、私が倒れたらその魔法の効力は無くなるわ。前衛としてしっかり守ってよね」

「了解だ」

 

 チューリップ1号よりも遙かに巨大な砲台であるマレスケは、その分威力も期待できる。となれば、志津香は絶対に倒れる訳にはいかない。すると、少し開けた場所に出たと思うと、キョロキョロと辺りを見回しながら志津香が口を開く。

 

「この辺りが広くてよさそうね。マリア、ここから援護して」

「任せて! 志津香もターゲットの魔法をよろしくね」

「当然。頼んだわよ」

「そういえば、ランとミルは吸われた魔力は大丈夫なのか?」

 

 マレスケを台車から降ろしながらルークが二人に尋ねる。指輪を外すときにこの二人も魔力を相当量吸われているはずだ。魔法を使えないのであれば、マリアと共にここに残った方が良い。だが、ランとミルはルークに向き直ってその問いに答える。

 

「かなりの量の魔力を吸われましたが、魔法を使えなくなるほどではありませんでした。それに、私は一応剣も使えますし」

「幻獣さんの出せる量は減っちゃったけど、少しならまだ出せるよ」

 

 どうやら魔法を使えなくなるほどにまで吸われてしまったのはマリアだけらしい。運が悪かったのか、元々の魔力量に差があったのか、そういう体質なのか。理由は定かではないが、二人がついてくることは確定らしい。

 

「ミル、無理はするなよ。危なくなったら姉ちゃんの後ろに隠れてな」

「うん。でも、ラギシスは絶対に許せないから……」

 

 ミリがミルの頭をくしゃくしゃと撫でながらそう口にする。危険な戦いではあるが、ラギシスを倒したいというミルの気持ちを汲んでの決断であった。と、台車から降ろしたマレスケを弄くっていたマリアが志津香へと声を掛ける。

 

「志津香、調整が必要だからマレスケが撃てるようになるまでもう少し掛かるんだけど……」

「待てばその分ラギシスが指輪に慣れるわね……いいわ、先に戦っていましょう。準備が出来次第、援護をお願い」

「その方が良さそうだな。頼りにしているぞ、マリア」

「任せて!」

 

 こうして、マリア一人を森の広場に残し、五人で森の奥へと進む。二、三分程歩くと、洞窟が見えてくる。どうやらあれが志津香の言っていた洞窟のようだ。

 

「……いるな」

「判るの?」

「ああ、気配を感じる」

 

 ルークが確かに感じ取った禍々しい気配。それは間違いなく、指輪の力で強化されたラギシスのもの。

 

「なんとかして外に誘き出したいところね。洞窟の中じゃあ、マレなんとかの砲撃が届かないから」

「親友の発明品くらい、ちゃんと名前を覚えてやれよ……」

「んっ!? みんな、何か来る!」

 

 志津香の言葉にミリが苦笑すると同時に、ランが叫ぶ。突如洞窟の前の時空が歪んだのだ。全員が身構えながらそちらを凝視すると、時空の裂け目からヌッと右腕が出てくる。その指に填められているのは、四つの指輪。

 

「ラギシス……」

「……なんだ、貴様らか」

 

 志津香が目を見開いていると、ラギシスが時空の裂け目から出てくる。こちらを一瞥し、興味なさそうな口調でそう宣う。

 

「貴様らの役目は終わった。何故まだ私の前に立つ」

「ラギシス、観念しなさい!」

「貴様を野放しにしておくのは危険なんでな」

「俺の可愛い妹を随分と弄んでくれたみたいじゃないか?」

 

 ラン、ルーク、ミリの三人が剣を握り、ラギシスにその切っ先を向ける。その動きを見たラギシスは目を丸くし、耐えきれないとでも言うように吹き出す。

 

「ふはははは! 無限の魔力と生命力を持つこの私に楯突くつもりか!? よほどの命知らずらしい」

「もう一度殺して、今度こそ地獄に送ってあげるわ!」

「幻獣さんの力は無敵なんだから!」

「おお、ミル、ラン、志津香。私の可愛い娘たちよ。命だけは助けてやったというのに……」

 

 小馬鹿にするような大げさな仕草を取るラギシス。だが、娘という言葉に志津香が過敏に反応し、キッとラギシスを睨み付ける

 

「私の父は一人だけよ! あんたなんかじゃない!!」

「くくく、そうか……ならば、殺されても文句は言うまい!!」

 

 その言葉が開戦の合図となった。全員が臨戦態勢に入る中、まずは純粋な剣士であるルークとミリがラギシスに向かっていく。その背中に向かって志津香が声を掛ける。

 

「私がラギシスの魔法を封じ込めるわ! あまり長くは持たないと思うから、その間に奴を倒して!」

「了解。頼んだぜ、志津香!」

「こういう役回りは俺たちに任せろ。ミルはあまり前に出るな。ランは志津香が攻撃魔法を使えない分、剣ではなく魔法で援護を!」

「うん!」

「はい!」

 

 ルークがそれぞれに指示を出す。ランとミルもそれに頷き、前衛ルークとミリ、中衛ランとミル、後衛志津香という布陣が出来あがる。

 

「愚かな……指輪よ、私に力を……」

「させないわ!」

 

 向かってくるルークとミリに対してラギシスが何やら呪文を唱えようとするが、その魔力が志津香の妨害魔法によって封じ込められる。自身の腕に魔力が溜まらないのを感じたラギシスは、感心したように志津香を見る。

 

「なるほど……我が魔法を封じ込めるか。簡単な魔法ではないのだが、さすがは志津香だ。これ程の魔力を有しているとは……」

「そうだな。そして貴様は何も出来ないまま死ね!」

「おらっ!」

 

 ルークとミリの剣がラギシスを斬る。ミリの剣は胸を、ルークの剣がその首を真一文字に斬り裂いた。だが、ミリが付けた胸の傷も、ルークが付けた首の傷も、ジュクジュクと音を立てながらすぐに再生してしまう。