モンハン商人の日常 (四十三)
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ご主人とタマは苦悩を募り今日も啼く
ご主人とタマ~破産は突然に~


 えてして後悔とは、大体がその時にはすでに手遅れだったりする場合が多い。

 まあ簡単に言えば後の祭りと言うやつだ。 

 

「よーし、タマ。今の状況を分かりやすく説明しろ」

 

 

 今の状況がまさしくそう。

 

「ニャ……、周囲15メートル以内にジャギノスが7頭。ドスジャギィが1頭、計8頭ですにゃ、ご主人……」

 

「そんなもの見れば分かるんだよ。なんかこう、もっとあるだろ。分かりやすい言い方が」

 

「四面楚歌、多勢に無勢、袋の鼠……絶体絶命?」

 

 ようし、いい子だ。ものすごく分かりやすいぞ。

 

「さあ、ここから導き出される俺たちが得るべき教訓、もとい後悔するべき点とは一体なんだ?」

 

 

「だから言ったにゃ!! 前の村でハンターに護衛依頼をするべきだってオイラ何回も言ったにゃ!!」

 

 

「うっさいはボケェ!! お前あいつら雇うのにどれだけ金掛かるか知ってんのか、ああ!? 俺たちの飯代に換算すれば3日分だぞ!! 勿体ないだろが!!」

 

「そのケチ臭さが祟って今ピンチなのも分ってるのかにゃ!! 責任とってご主人がこいつら追っ払うにゃ!!」

 

「ああん!? ふざけんな!! お前、あれ……なんかこう……。お前ふざけんな!!」

 

「気の利いた言い訳位ぱっと言えないのかにゃ!!」

 

 

 そんな、くだらないやり取りをしている最中もドスジャギィの群れはジリジリと俺たちとの距離を縮めてくる。

 

 あれ? 

 

 これ本格的にヤバくない?

 

「なぁ、タマ。あいつらの目、かなり澄んでいて綺麗じゃないか? 俺どうもあいつらが悪いことするとは思えないんだ。話せばわかってくれる奴らだよ、きっと……」

 

「帰って来いにゃご主人!! オイラを一人にするにゃ!! いやホント、冗談抜きでニャ!!」

 

 そして、とうとうドスジャギノスの群れはいつでも飛び付ける、そんな距離にまで近づいて来ていた。

 

「ご主人……」

 

 そんな、タマの今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。

 

 仕方ない。

 もう手段はこれしかないか。

 

 俺は、荷車の中から短刀を取り出す。

 片手剣ですらない、ただの短刀だ。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐く。

 中腰の姿勢で体の向きを横にし、短刀を持った右手を前にだし左手は腰に当てる。

 

「あまりこれは使いたくなかったんだがな……。仕方ないか」

 

 俺はゆっくりと目を閉じた。

 

「タマ。そこから動くなよ。そして――」

 

 こう告げる。

 

 

「――絶対に俺から目を離すな」

 

 

 

 タマが頷いたのかどうかは、目をつぶっていたせいでわからない。

 俺たちが生き残るにはもうこれしかない。

 

 神経を耳に集中させ、タイミングを計る。

 奴らが動くその瞬間、奴らがとびかかってくるその一瞬しかチャンスは無い。

 

 

 体感的には長く感じたそんな刹那。

 

 奴らの鋭利な爪が地を蹴る音が聞こえた。

 遅れて耳をつんざくような独特な鳴き声も遅れて聞こえた。

 

 

「ウォォォォォ!!」

 

 

 俺は力いっぱい左手に持っていた3つの物を地面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

***

 

「うわっ……臭い。まだ匂いが取れない」

 

 俺らは今、ユクモ村の温泉に浸かっていた。

 こやし玉の匂いを落とすためである。

 

「おいタマ、いつまで怒ってるんだよ。機嫌治せって」

 

「はっ!! ご主人には分からにゃいにゃ!! オイラの今の気持ちにゃんて!!」

 

「だから悪かったって。でもあの時はああ、するしか方法がなかったんだよ」

 

 そう。俺たちはあのドスジャギィの群れから無事逃げきれた。

 

 あの時、地面に叩きつけたもの。

 それは、こやし玉、閃光玉それと毒煙玉の3つである。

 

「こやし玉で嗅覚を奪い、閃光玉で視力を奪う。そして、毒煙玉で毒にして追跡を諦めさせる作戦だったんだろにゃ。そのくらい分ってるにゃ」

 

「じゃあ、一体何が不満だったんだよ?」

 

 「何が『俺から目を離すな』にゃ!! 閃光玉の光、直で見ちゃったじゃにゃいか!!」

 

「かっこよかっただろ?」

 

「ウニャァァァァァ!!」 

 

 そう雄たけびを上げながらタマは、俺の顔面に抱き着いてきた。

 

「うわっ、やめろ!! 臭い!! こやし臭い!! ウェェェェェ!!」

 

 すっごく、えずきました。ええ、それはもう。

 

 

 

「……それでこれからどうするのにゃ」

 

 

 

 タマは神妙な面持ちでそう聞いてきた。

 顔面に張りついいたまま。

 

「商品全部、置いて来ちゃったにゃ。大丈夫にゃのか、ご主人?」

 

「後で回収しに行ってみるさ。まあ、無駄だろうけどな」

 

 食料品は食い散らかされているだろうし、衣類、装飾品も恐らくもう商品にならないだろう。

 

 つまり大赤字決定だ。 

 

「大丈夫にゃのか? その……商人として」

 

「すっごく、やばい。どうしよう、タマ」

 

「今までお世話ににゃりました。お元気で」

 

「ちょっとタマさん!? 見捨てちゃいや!!」

 

 ははは!! お茶目が過ぎるぜタマさん!! 

 

 ……本当に冗談だよね?

 

「退職金は、いつごろ支給できるにゃ?」

 

「タマさん!?」

 

「チッ……。冗談にゃ」

 

「テメェ!! 今舌打ちしやがったな!!」

 

 絶対に道連れにしてやるからな!! 逃がさねえぞ!!

 

 

「まあ、とりあえずは荷物を回収してからだな。交易は無理でも道具屋で下取りしてくれるものが残ってるかもしれないしな。早速、温泉から上がったら行ってみようぜタマ」

 

 ニャ。

 

 と小さく返事を返したタマ。そして続けるように「悪かったにゃ」と一言付け加えた。

 

 

「商人をやってれば商品を捨てなければいけない事態なんてそう珍しいことでもないさ。なあに、商人の交易品は物だけじゃない、大丈夫さ。……多分」

 

「そこは嘘でも言いきって欲しかったにゃ」

 

 そんなやり取りをして2人一緒に笑った。

 

 

 いや、さっさと顔から離れろよ。



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ご主人とタマ~金・金・金~

 結局のところ、やはりと言うかまあ当然ではあるが俺たちの荷物もとい商品はすべてボロボロになっていた。

 

 ユクモ温泉から上がった後、俺たちはその惨劇ともいえる現状を目の当たりにしていた。

 

「いやぁぁぁぁぁ!! 俺が汗水たらしてようやく貯めて買った荷車がボロボロよぉぉぉぉぉ!!」

 

「ご主人、まだこやし玉の匂いが取れにゃいんだけど……」

 

「荷車がボロボロよぉぉぉぉぉ!!」

 

「おいらアイルーだから匂いに敏感なんだよにゃ。これじゃまだきついにゃ」

 

「ボロボロよぉぉぉぉぉ!!」

 

「ああ、はいはい。軽量化に成功してよかったじゃにゃいか、ご主人。それよりもこやし玉の匂いが……」

 

「ちゃんと聞いて!? ねえ!! タマさん、ちゃんと聞こう!? 今俺たち結構ピンチなんだよ!? このままじゃ俺たち温泉に入る金すらないってわかってる!?」

 

「にゃんと!? それは大変にゃ!! ご主人、今からハンターに転職するにゃ!! そうすれば金銭問題にゃんてすぐ解決にゃ!! ビバ!! モンスターハンターにゃ!!」 

 

「まじでか!? 俺にもできるかな!?」

 

「はっ!! 寝言は寝て言えにゃ」

 

「この野郎ぉ!!」

 

「に゛ゃぁぁぁぁぁ」

 

 

 あ。

 すみません。俺たち基本馬鹿です。

 

「と、お遊びはこれくらいにしてだ。タマ、金に換えられそうなのが残ってるかどうか探すぞ」

 

 とは言ったものの望みは薄いのが現状だろうけどな。

 

「にゃんかこうしてると、火事場泥棒みたいだにゃ」

 

「言うな言うな。何気にしょげる」

 

 あーあ。

 何が悲しくて、自分の荷物を物色せねばならんのだ。

 

 これも全部あのトサカ野郎のせいだ。

 お金がもったいなくてハンターに護衛依頼をしなかった俺じゃなくトサカが悪い。

 

 俺悪くない。

 悪いのはこの腐った社会です。

 

 

「でもなぁ、次の町や村に行くたびにハンター雇ってたらそれだけで出費がかさむんだよなぁ……どうにかならんもんかね」

 

「他の行商人はそこのところどうやっているのにゃ?」

 

「あん? あー、どうなんだろ? 俺もそんなに行商仲間がいるわけじゃないからなぁ。金がある奴は、毎回ハンター雇うだろうけど。ああ、あとはキャラバンに混ぜてもらうって感じだろうな」

 

「キャラバンにゃ?」

 

「商隊ってやつだよ。そういうとこには基本専属ハンターがいるし移動手段も豊富だから至れり尽くせり、らしい。俺も一度でいいからキャラバンに混ぜてもらいたいよ」

 

「金がない奴はどうしてるにゃ?」

 

「そういう奴らは、他の行商仲間と金出しあってハンターを雇うって感じかな?」

 

「にゃるほど、ご主人友達いにゃいのか……。にゃんか、嫌なこと聞いて悪いかったにゃ……」

 

「ば……!! いるし!! 友達たくさんいるし!! 売るほどいるし!!」

 

「ご主人。商人としてその手の冗談はアウトにゃ。笑はないから本当のこと言うにゃ」

 

「うぐ。いません……」

 

「え? にゃんてにゃ!? よく聞こえないにゃ!! ニャンモアプリーズ!!」

 

「いません!!」

 

 

「………………」

 

 

「笑えよ!! 今の笑って落とす流れだろうが!!」

 

「いや、まじめに憐れんだだけにゃ」

 

「やめて!! その反応が一番堪える!!」

 

 

 なんやかんやで作業を続けるも商品として扱えそうな物は出てくるはずもなく。結局手元にはガラクタばかりが集まった。

 

「どうなのにゃ、ご主人? 売れそうなのは残っていたのかにゃ?」

 

 ついつい、ため息が出る。

 

「駄目だな。装飾品位はとも思ったけど傷だらけでこれはだいぶ値を叩かれるだろうし、完全に足が出る。原石は多少傷ついても問題ないけど売ってもたかが知れてるしなぁ」

 

「じゃあ、取りあえずその原石売って温泉に行くにゃ」

 

「タマ、お前揺るがないな……。まあ、温泉は入った方がいいよな」

 

「にゃ? 冗談でいったんにゃけど、本当に行くのかにゃ?」

 

「当たり前だ、体中からこやしの匂いをまき散らしてる商人の商品を買う馬鹿がいるわけないだろ。俺は腐っても商人だぞ。商売第一だ」

 

「まあ、すでに腐ったようにゃ匂いを纏ってるけどにゃ」

 

「おっ。今の上手いな、タマ」

 

「そうと決まれば急いでいくにゃ!! 心にゃしかこやし臭さが強くなってきたようにゃ気がするにゃ!!」

 

 うん? こやし臭さが強くなった?

 時間が経ったのならば匂いは弱くなるはず。

 

 なぜ強くなる?

 

 その疑問の答は、すぐ俺たちの目の前に訪れることとなる。

 っていうかそいつは俺たちのすぐ近くにいた。

 

 いたというか寝ていた。

 

 生き物の体毛としてはただただ派手な極彩色。

 頭は毛先の黄色いトンガリヘアー。

 腕は筋骨隆々。発達した爪を有し。

 尻尾には器用に持たれた、かじった後のあるおキノコ様。

 

 そして俺たちと同じ禍々しい気(こやし臭)を身にまとったモンスター。

 

 俺はこのモンスターの名前を知っている……。

 

 

 

「ババァ!?」

 

 

 

「『コンガ』にゃ!!」

 

「違いますぅ~!! 『ババコンガ』ですぅ~!! 間違ってやんの!! ひゃっはっはっは!!」

 

 

 あ。すみません、俺基本馬鹿です。

 

 

 木々の陰になって隠れていたらしいババコンガは鼻提灯を作りながら幸せそうに眠っていた。

 匂いの原因は間違いなくこいつ。

 

 だが、今特質した問題はそこではなかった。

 

「な、なんだよこれ……」

 

「一、二、三……。六匹!? ババコンガが六匹もいるにゃ、ご主人!?」

 

 

 六匹のババコンガは皆同じく眠りこけていた。

 

「大量発生か……。まずいな、これは」

 

「大量発生にゃ?」

 

「時々起るんだよ、こういうことが。モンスターたちの世界は群雄割拠。まあ弱肉強食の世界だ。強いものが残り、弱い者は除かれる。つまり今この渓流付近の森カーストトップがババコンガなんだよ。ここまで大量に発生してたらそう自然にはトップは入れ替わらないな」

 

「そうなのかにゃ?」

 

「ああ、なんたって数が数だ。他のモンスターがやってきても数で圧倒される。とてもじゃないが他のモンスターが介入する余地がない。タマ、急いでユクモ村に戻るぞ!!」

 

「にゃ!! この事態をギルドに報告するわけだにゃご主人!!」

 

「あほか!! 俺たちは商人じゃボケ!! そんなもん調査隊に任せておけばいいだよ!!」

 

「ご主人何をするきだにゃ……」

 

「説明は後だ!! これは金儲けのビッグチャンス!! この機を逃すのは三流のやることだ!!」

 

 商業の神は俺を見捨ててはいなかったぜ。

 

 

 

 

***

 

 ユクモ村にとんぼ返りした俺たちは、早速回収した二束三文のガラクタどもを道具屋に売りとばし再び温泉で体を清めていた。

 

「それでご主人? さっき言ってた説明はいつしてくれるのかにゃ?」

 

「ああ、金儲けの話か。別に今してもいいんだが、でもここじゃあなぁ……。まあ、別にいっか。とりあえず、さっき温泉に入る前にギルドボードを確認してみたんだが。どうやら、もうすでにババコンガ大量発生による討伐依頼は正式な依頼としてハンターたちに出回っているらしい」

 

「そりゃそうだろうにゃ。あんなにババコンガいたら生態系に偏りが生まれるにゃ。ある程度間引くのは当然にゃ」

 

「それもあるが、一番は人民への被害が問題なんだ」

 

「被害にゃ?」

 

「まあ早い話、畑等が荒らされる。あいつらも数が増えすぎて食べるものがなくなり人里に下りて畑を荒らして帰るようになる。でそれを未然に防ぐために間引く、そしてここで問題。ここでまず一つ金儲けができるわけだがタマお前、それが何かわかるか?」

 

「そんなの決まってるにゃ。と言うかオイラ達はハンター専門の商人にゃんだからハンターへの物資供給で金儲けができるにゃ。今回で言えば、相手がババコンガだから『消臭玉』の需要が増えるにゃ」

 

「それとその素材になる『落葉草』と『素材玉』もだな。この三つの需要が上がる」

 

「じゃあ、今からそれらを集めて売れば金儲けができるわけだにゃ!? それじゃあさっさと……!!」

 

「それもそう上手くはいかないんだよ、タマ。」

 

「にゃんでにゃ?」

 

「もうすでに時間が経ちすぎてるからだ。その三つで利益を生みたいならハンターズ・ギルドがクエストを発注する前でないと意味がない。すでにその商品は、他の商人たちが買い集めているせいで値段が高騰しているし、あらかた採取されつくされてる。もう、今から買いに走っても赤字しかありません」

 

「にゃるほど……考えることは皆同じと言うわけかにゃ」

 

「さらに、ハンターたちには強い味方『ギルドストア』がある。ギルドストアは、ギルドが私営している店舗故に様々な流通ルートを持っているし、様々な商品が安定した値段でいつでも買える優れもの。ハンターたちもそこより高い値段の商品に手を出すわけがない」

 

「にゃ。つまり、今から買いに走ってもギルドストア以下の価格で売らにゃいと客が付かにゃいわけだにゃ」

 

「さらに半額セールなんてやられた日には俺たち商人には勝ち目がない。よって、今回に限って俺たちはこの方法での金儲けはできましぇん。了解?」

 

「了解だけど、それにゃら他に金儲けする方法があるのかにゃ?」

 

「二つ目の金儲け。はい、ここでさらに問題だタマ。ある程度までババコンガを間引いたとして、それまでにどれくらいの期間を有すると思う?」

 

「そんなの分かるわけにゃいにゃ。ババコンガが全体で何匹いるかもわからないし、ハンターも何人雇われているかわからにゃいんだからにゃ。まあ、一日二日で終わらないのは確かじゃにゃいかにゃ?」

 

「まあ、そうだな。で、その間絶対に人民に被害が出る。要はさっき言った畑荒らしだな。さて、ここで需要が出てくる商品があるんだけどそれはなーんだ?」

 

「いちいち問題形式にするにゃよ、ご主人。面倒くさいにゃ。ほれほれさっさと答え言うにゃ」

 

「おまっ!? ちょっ、お湯かけんな!! あーと。だからここで被害を被った民家の畑を再度作るために『肥料』の需要が上がるんだよ」

 

「肥料? にゃんにゃそれ?」

 

「『肥やし』だ。糞だよ糞」

 

「つまりは『モンスターの糞』のことかにゃ!? じゃあモンスターの糞を今から集めれば後々、買い手が付くと言うわけだにゃ!!」

 

「やーい!! 馬鹿が言う馬鹿の糞!! バーカバーカ!!」

 

「はいはい、馬鹿馬鹿。それでにゃんで駄目にゃのかにゃ?」

 

「えぇー……。タマさんが冷たい……。あーもう!! わかったからお湯かけるな!! ……だからタマ、今回の大量発生したモンスターはなんだった?」

 

「ババコンガにゃ」

 

「そうだ。で、ババコンガは何を落とす?」

 

「にゃ? あっ。『なわばりの糞』を落とすにゃ……」

 

「正解。そしてギルドはそのなわばりの糞をハンター達から安く買い取っている。つまり……?」

 

「ギルドストアは商人たちより安く肥料を民家に対して販売できるにゃ……。だからこれも今回に限ってはオイラ達に勝ち目がにゃいにゃ……」

 

「そういうことだな。よくできました~。褒めてやるぞタマ~」

 

「じゃあ、オイラ達が金儲けをする方法にゃんてにゃいんじゃにゃいか、ご主人?」

 

「だから俺たちは三つ目の方法で金儲けをするんだよ」

 

「三つ目? 何を集めるのかにゃ?」

 

「思い出してみろ。あの渓流付近の森は今ババコンガが仕切っているんだ。だけど今回の依頼でその数は減らされる。そうなると必然トップが入れ替わるわけ。要はモンスターの間でなわばりの取り合いが起こるんだ。その状態をギルドはなんて定義してるか当然知ってるよな、タマ?」

 

「にゃるほど。『狩猟環境不安定化』のことだにゃ!! ご主人!!」

 

「そうだ。あの森付近はこれから様々なモンスターがなわばり争いで集まってくる。だから俺たちはその狩猟環境不安定化で集まってくるであろうモンスターを絞り込み事前に需要が出るである商品を供給する。これに成功すれば一攫千金が可能だ!! わかったか、タマ!!」

 

「わかったにゃ、ご主人!! それで一体にゃにを集めるのにゃ!?」

 

 

「…………」

 

 

「ご主人?」

 

 

「温泉……気持ちいいなぁ」

 

 

「おい。役立たず」

 

「やめろ!! 標準語で罵るな!! だって、だってわかるわけないじゃん!! 俺ハンターじゃないし!! 次に集まるモンスターが何かなんてわかりっこないじゃん!!」

 

「さっきまであんだけ高説ぶってって一体にゃにを言うにゃ!! ハゲ!! ハーゲ!!」

 

「ハゲとらんわ!! ユルフワ愛されヘアーじゃボケェェェ!!」

 

 

 

「「キィィィィィ――!!」」

 

 

 

 

 俺たちのお真面目トークなんて所詮こんなもん。



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ご主人とタマ~馬鹿共の宴~

「タマ、まだ俺たち肥やし臭いか?」

 

「にゃ、さすがに二回も温泉に入ったから随分マシになったにゃ。少なくとも人には匂わないと思うにゃ、ご主人」

 

 

 温泉から出た俺たちはユクモ村の中を練り歩いていた。

 

 金儲けの方針が決まりはしたものの、肝心の買い集める品が決まっていないこの現状。

 うーん……。本格的にまずいなぁ。

 

「やっぱり先立つ物がないのはきついよな……」

 

「資金がないもんにゃ。オイラ達……」

 

 俺たちには金がない。

 それは端的に言えば選択肢を狭めることに他ならないわけで。

 

 例を挙げるなら今の俺たちには複雑な商品「しびれ罠」「落とし穴」「大タル爆弾」「銃弾」等を扱えるほどの資金源がない。

 

 どれも一つ作るのに対するコストが高すぎる。

 とてもじゃないが「トラップツール」や「爆薬」を買い集められるだけの安いパイプを今から作ることは不可能なのだ。

 

「だけど、銃弾は別にそんにゃ言うほどコスト高くないんじゃにゃいのか?」

 

「あほ。そりゃ一個一個ならの話だ。どこの世界に弾を一個ずつ買う馬鹿がいるんだよ。まとめて買っていくに決まっているだろ。今の俺たちにそれだけの弾の素材を集めるだけの資金を揃えることができると思うのか?」

 

「にゃ。確かに無理にゃ」

 

「だろ? だから俺たちにはそういう複雑な商品は扱えない。だからと言って『回復薬』や『砥石』みたいな入手簡単なものを集めても意味がない」

 

「そこら辺はギルドストアでも取り扱ってるし半額セールの対象商品でもあるにゃ。ちょっとくらい安くしても皆半額セールの日に買い溜めしようとするもんにゃ」

 

「だからこれから俺たちが集めないといけない商品の条件はギルドストアでも扱っていない、入手が比較的簡単でこれからの狩猟環境不安定期の煽りで需要が出るであろう商品だ」

 

「あるのかにゃ? そんなもの?」

 

「あるのかなぁ……。まあそこらへんのことは専門家たちに聞いた方が確実さ」

 

「蛇の道は蛇にゃ」

 

 俺たちは別に闇雲にユクモ村を徘徊していたわけではない。

「ここ」を探して歩き回っていたのだ。

 

「ついに着いたにゃ……」

 

「ああ、ついに着いたな」

 

 

 それは、村や街だけに限らず様々な情報が集まる場所。

 その場所を「聖域(サンクチュアリ)」と呼ぶ者も少なくはない。

 

「タマ。先に言っておくぞ」

 

「なんにゃ……ご主人」

 

 

 聖域(サンクチュアリ)。

 またの名を……。

 

 

「一人500zまでだからな」

 

 

「酒場」と呼ぶ。

 

 

「ひゃっはぁぁぁぁぁ!! 酒にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「どけぇぇぇぇぇ!! タマァァァァァ!! 俺が先じゃぁぁぁぁぁ!! ぎゃははははは!!」

 

 

 あ。俺たち基本酒があれば幸せです。

 

 

 

「あ、いらっしゃいませ。どうぞお好きな席に座ってくださいねぇ」

 

 酒場は時間が時間だからか客は全くおらず、暇を持て余していたのであろうウエイトレスが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「何にします?」

 

「取りあえずポピ酒を二つ頂戴」

 

 

「ハイハーイ」と言って厨房に踵を返すウエイトレス。

 

 うん、可愛い。

 

 ユクモ村の看板娘は、なかなかの高水準にあるようだ。

 さすがは温泉村の娘っ子なだけはあるな。

 

 雪国の娘もいいがこちらもこちらで肌がきれいでとてもよろしい。

 

 一言で言えば、たまんねえダス。

 

 

「ご主人。鼻の下、伸びてるにゃよ」

 

「それがどうした。俺はこの顔に誇りを持っている。この顔の俺を侮辱することは何人たりとも許さんぞ、タマ」

 

「そうかにゃ……じゃあもう何も言わないにゃ」

 

 うお。タマさんの視線が痛い。

 なんか可哀想な生き物を見る目で見てくる。

 

 

 こ れ は つ ら い。

 

 

「それにしても、客が全然いないにゃ。まだ昼間だから、なのかにゃ?」

 

「ユクモ村はギルドが特殊だからなぁ。大体はギルドの中に酒場があるもんだけど温泉が占領してるせいで昼間は需要がないんだろうな。賑わうのはやっぱり夜になるんだろう。まあ営業しててよかったよ、無駄足にならなくて済んだし」

 

「でも、これだとハンターたちから情報が聞けないにゃ。取りあえず、ハンターが来るまで待機することになるのかにゃ、ご主人?」

 

「待機? しないしない、そんなこと。酒飲んだらさっさと帰るよ」

 

「にゃ? じゃあ、ここに何しに来たのにゃ?」

 

「『何』って、そりゃあ情報収集だろう?」

 

「お待たせしましたー。ポピ酒二つですね。二つで600zになります」

 

 俺たちの会話を遮るようにウエイトレスが酒を持ってきた。

 言われた通り代金である600zを渡し、その際にタマに「まあ見てろ」と視線を送った。

 

 

「それにしても営業しててよかったですよ。お客さんが一人もいないものだから閉めてるのかなと思ったんですだけど。この時間は、大体こんな感じなんですか?」

 

「あーそうなんですよね。最近、昼間の集客率が低くてですね。もう、お店の中はマスターの溜息しか聞こえない日が何日も続いてるんですよ。辛気臭いったらありゃしないんです。もしかしてお客さんも行商人ですか?」

 

「おや、わかりますか? 私にも商人としての貫録が出てきた証拠なのですかね? それにしても『お客さんも』とはまた不思議な質問ですね。まるで他にも私みたいな行商人が何人も訪れたみたいな言い方じゃないですか」

 

「まあ事実本当に最近のお客さんは商人ばかりなんですよ。知ってます? 今ギルドが大々的に行ってる討伐依頼のこと」

 

「ああ、例のババコンガ連続狩猟の依頼のことですか?」

 

「そうなんです、その依頼です。その依頼のせいでハンターの皆さん狩りに出ずっぱりになってて、しかも相手があのババコンガじゃないですか? ババコンガのあの嫌がらせ的攻撃のせいで帰ってきても皆さん食欲がないみたいで全然食べに来てくれないんですよ。で逆にこの依頼を聞きつけて一稼ぎしようとする商人がちょろちょろ集まってるんですよね。だからお客さんもその口なのかなーと思いまして」

 

「ははは、ばれましたか。まさにその通りなんですよ。ですが、どうやら私たちは遅きに失したようでして。もうこの件は諦めて観光と買い付けをしていこうかと思いるんです。先ほども温泉に二度ほど浸かってきたところなんですが。いやー、温泉もいいものですね」

 

「当然ですよぉ。ユクモが誇る自慢の名泉ですからね。あ、買い付けをなさるようなら『ユクモの木』を他の商人の方々はよく買い付けていかれますよ? もしお客さんも買いに行かれるなら、いいお店紹介しましょうか?」

 

「おお!! それは願ってもありません。ぜひ教えていただきたい。あ、それとついでに伺いたいのですが、渓流周辺によく出現するモンスターについてご存じないですか?」

 

「渓流付近? ババコンガ以外にという意味でですか?」

 

「はい。実は私たちユクモ村に着く前にドスジャギィの群れに襲われまして、命からがら逃げれはしたのですが生きた心地が全くしないあんな状況二度と体験したくないものでして。ある程度出現するモンスターが把握できていれば、逃げる際の対策も打てますのでよろしければ伺わせていただければと思っているのですが……」

 

「ああ、なるほどですね。私もあまり詳しくは、ないのですが。そうですねぇ、ハンターさん達からよく聞く話ですと『アオアシラ』『クルペッコ』『リオレイア』あと極稀に『ジンオウガ』と『リオレイア亜種』が現れるそうですよ。まあ、このモンスター達も今はババコンガのせいであまり出てこないそうですけど。あ、それとこれはつい最近来た王都の女筆頭ハンターさんから伺った話なんですけど……。どうやら、このユクモ村周辺にあの『黒蝕竜ゴア・マガラ』が逃げ込んできたそうですよ」

 

「ゴア・マガラがですか!? それは本当ですか!?」

 

「私も真偽の判断はできないんですけど、その女筆頭ハンターさんの話ですと通常生息区域じゃない渓流付近にババコンガが大量発生したのもその影響なんじゃないかって言ってました。なんか前例もあるみたいですし」

 

「『セルレギオス』の件ですね。確かに理屈は通ってますね……」

 

「まあ、ゴア・マガラに遭遇する可能性はかなり低いらしいのでそこまで神経質になることもないのかもしれませんが。用心にこした事はないということですね」

 

「はぁ。何から何まですみません。お気遣い痛み入ります。あ、すみません。こいつに酒のつまみを何かいただけませんか?」

 

「あ、アイルーちゃんにですか? 任せてください!! 私直々に腕ふるっちゃいますよ!! それじゃあちょっと待っててくださいね!! すぐに作ってきますから!!」

 

 

 そう言って再びウエイトレスは奥に戻っていく。

 俺はタマにドヤ顔を向けた。

 

「どうだぁタマァ? 何か言うことがあるだろぉ?」

 

 

「ご主人の外面の良さが気色悪いにゃ」

 

 

「俺のことじゃねえよ!! もっと驚くべきとこがあるだろが!!」

 

 

「ご主人の『私』っていう一人称に吐き気がするにゃ」

 

 

「だからなぜ俺を非難するの!? 何!? 俺そんなに気持ち悪かった!?」

 

 

「正直、冗談を言わないご主人にゃんて……はっ!! へそで茶が沸くにゃ。はいはい、面白い面白い」

 

 

「えぇ……。タマさんがすごく辛辣……。って、あっ!? てめぇ、俺のポピ酒まで飲みやがったな!?」

 

「安くて酔える。ポピ酒最高にゃ!! にゃはははははぁ!!」

 

「てめぇ!! 吐け!! 吐けぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

「にゃは!! にゃはははははぁ!!」

 

 

 もうこいつ最高すぎて辛い……。

 

 

 

***

 

「まあ、早い話。酒場の看板娘はその職業柄情報通なんだよ。下手に中堅クラスを名乗ってるハンターよりもモンスターのことをよく知ってるまでである。だから、いちいちハンターを待つ必要なんてないわけ。一つ利口になったな、タマ」

 

 ポピ酒は諦めた。

 本当に吐かれても困るし。

 

 俺は頼んだ料理が待つ間にタマに事の種明かしをすることにした。

 

「どうだ? 今のやり取りで『三つ』も重要な情報が出に入ったぞ」

 

「そのドヤ顔さえにゃければ素直に感心するにゃ。ご主人詐欺師とかににゃった方が向いてるんじゃにゃいか? よくあんにゃポンポンそれらしい嘘が言えるもんだにゃ」

 

「別に嘘はついてないだろ?」

 

 

 先ほどのやり取りで三つ情報が手に入った。

 

 それは「依頼の重要度」「優良卸店情報」それと「渓流付近出現モンスター情報」である。

 

「いや、嘘ついてたにゃ。別にオイラ達はババコンガ発生の件から手は引く気はにゃいし、逃げるためにモンスター情報が欲しいわけじゃないにゃ」

 

「物は言いようと言うものだよ。俺たちの金儲けの方法はババコンガの件の延長線ではあるけど見方を変えれば手を引いているわけだし。モンスターの情報が事前に知っていたら逃げる手段を用意できるのも事実だ。ほら嘘なんて一つもついてないだろ?」

 

「詭弁だにゃ。にゃんでわざわざそんにゃ回りくどい言い方をするのにゃ……」

 

「こう言った方が親切に教えてくれるからだよ。ほら事実あの子、聞いてもいないユクモの木の卸店教えてくれるって言ってたし、気にするほどでもないって言ってたのにゴア・マガラの情報を親切に教えてくれただろう?」

 

「呆れたにゃ……。本当にご主人詐欺師の方が向いてるにゃ……」

 

「口が達者だと言ってくれ。口が上手くなきゃ商人なんかやれない。必要なスキルだ。なんなら山菜爺さんとだって一日中話し続けられる自信があるよ、俺は」

 

「とんだカリスマ術だにゃ……」

 

 褒められているのか、貶されているのか微妙なところだなぁ。

 

 

「しかし、思ったよりもまずいことになってるな……。まさか、ギルドが大々的にババコンガ狩猟を行っているなんて、ちょっと予想外だ」

 

「にゃ、このままじゃオイラ達が必要な商品を集める前にババコンガを間引き終わるにゃ。そうなったら本当にオイラ達は終わりにゃ」

 

「ああ、しかも運が悪いことにゴア・マガラの出現によりなわばり争いで集まるモンスターの絞り込みが困難になってしまった」

 

 現渓流カーストトップであるババコンガ自体がそのゴア・マガラの影響で集まってきたというのならば次に集まるモンスターも全く生息域の違うモンスターかもしれない。

 

 そこまで考慮に入れてしまえば事前の絞り込みなどしようもない。

 

「せめてゴア・マガラが居座ってくれればそれが一番わかりやすいんだがなぁ」

 

「『災厄の化身』とも言われるゴア・マガラに居座ってもらいたいにゃんてご主人、本当に人間かにゃ!?」

 

「何言ってる。大きい戦ほど商人は儲かるんだよ。『ダレン・モーラン』なんてその最たる例だろ?『風が吹けば桶屋が儲かる』。東洋の大陸ではこんな言葉があるほどだ。まあ、ちょっと意味は違うがな。商人ほど戦が好きな人種はいないんだぞ、タマ?」

 

「ご主人ほどの商売馬鹿もそうそういにゃいにゃよ……」

 

「それは褒め言葉としてもらっておくよ」

 

 話を戻すがゴア・マガラは神出鬼没でも有名である。

 今のところ、どこか一か所に住み着いたなんて報告が一切ない奇異なモンスターだ。

 今回もすぐに移動を繰り返すだろう。

 

 さてどうしたものか……。

 

「そう言えば、ご主人?」

 

「どうした、タマ?」

 

「いにゃ、ドスジャギィもそのゴア・マガラの影響でやってきたモンスターなのかにゃと思ってにゃ」

 

「いや、そんなことはないと思うが……。ああ、さっきの出現モンスター候補に入ってなかったからか」

 

「それもそうにゃんだけど、よくあんにゃババコンガがいっぱいいる森にいるにゃあと思ってにゃ」

 

「ああ、それは……。ん? 確かになんでだろう? 言っちゃなんだがドスジャギィなんてカーストで言えばボトムもいいとこだよな? 現に同ランクのアオアシラは全然姿現してないみたいだし……」

 

 あれ? なんでだ? ただの偶然か?

 

「……普通に考えれば食べ物が違うからっていうのが理由だろうにゃ」

 

「うーん、そうだな。ババコンガは雑食とはいえ基本はキノコとか野菜とかを主食にしてるからな。完全肉食のドスジャギィとは食べ物争いにはならないもんな。それにさっき言ったようにドスジャギィはカーストが低いから無理にババコンガと争おうとはしないのも理由なんだろうな」

 

「オイラ達からも食料奪っていったしにゃ」

 

「そうだったな……」

 

 そう考えるとドスジャギィみたいな完全肉食であり小型なモンスターは逃げずに居続けているということになるな。

 

 共存と言うわけではないが、つまりドスジャギィは今現在ババコンガの威光によりあの渓流付近では天敵がいない状態。

 

 その状態のままババコンガだけが間引かれればどうなる?

 

「タマ、これはたとえ話なんだが。お前もしもある日、俺が大金を残して突如姿を消したらどうする?」

 

 

「その大金で遊びほうけるにゃ」

 

 

「あ、即答ですか」

 

 俺を探そうとかしないんだね。

 

 

「その質問がなんにゃのにゃ、ご主人?」

 

「いや、このままいくとドスジャギィにも同じ状況が訪れるんだよ」

 

「同じ状況にゃ?」

 

「つまり、今の質問の内容をそのままババコンガとドスジャギィに例えるんだ。タマを『ドスジャギィ』、俺を『ババコンガ』、そして大金は『食料』だ。ここまではいいか?」

 

「にゃ、大丈夫にゃ」

 

「よし。でだ、今回の依頼でババコンガいなくなる。さっきの質問で言う突然俺が姿を消したっていう状況だ。大金つまり『食料』置いてだ。それに対して『ドスジャギィ』であるお前はなんて答えた?」

 

「遊びほうけるにゃ」

 

「そう。現時点の大金の主導権を持った俺がいなくなったことによりその権利がタマに移り遊びほうけるように、ババコンガいなくなることにより食料の主導権もドスジャギィに移る。そうなると天敵のいない場所だ、ドスジャギィも好き勝手やり始めるだろう。具体的には食料にあたる草食モンスターを好き勝手捕食し始める」

 

 

「まあ……そうなるだろうにゃ」

 

 

「肝心なのはここからだ、タマ。そうなると食物連鎖の都合上、当然草食モンスターが減る。そんな土地を欲しがる肉食モンスターがどれくらいいるのかって話だ」

 

 

「にゃ、さっきの例えで言うにゃら。空っぽの財布を欲しがる泥棒がどれだけいるのかって言う話だにゃ」

 

「わかりやすい例えだな。ああ、その通り。まあモンスターの世界の話だからこんな理屈がどれだけ通るかわからないが渓流付近は肉食モンスターには魅力のない土地になるだろう。だがそれに比例してあるモンスターにとっては魅力的な土地になっていくんだ」

 

 

「あるモンスター? なんにゃそのモンスターって?」

 

 

「草食モンスターが減るということは必然草木が減らなくなる。つまり、草食モンスターにとって魅力的な土地になるんだよ」

 

「にゃぁ? 何言ってるにゃご主人? わけが分からないにゃ」

 

「だから食物連鎖だよ。草を食料にするモンスターがやって来るって言ってるの」

 

「だからそれじゃ矛盾だらけじゃにゃいか。わざわざ餌になるためにドスジャギィがいる場所に草食モンスターが集まるわけにゃいにゃ」

 

「それが一匹いるんだよ。集まるモンスターがな」

 

「にゃ?」

 

 

「まだわからないのか? しょうがないなぁ、じゃあ答えを教えてやる。その陸上草食生物最大にして最強のモンスターの名前は――」

 

 

 

 

 

 

 

「『尾槌竜 ドボルベルク』。それが次に集まるであろうモンスターの名前だ、タマ」

 

 

 

 

 

 た、多分だけどね……。



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ご主人とタマ~渓流の中心で哀を叫ぶ~

 俺たちは出されたおつまみをすぐさま平らげ(タマとの壮絶な取り合い)酒場を後にしていた。

 もちろんユクモの木卸店の場所を確認するのも忘れずに。

 

 集まるモンスターの候補までたどり着いた。

 ゴア・マガラの件があるせいで確実とは言えないがそれを言い出したらきりがないためもう考えないことにした俺たち。

 まあ、それを抜きにしてもこの予測はある程度の説得力はある。

 

 後は何の商品を集めるか、この一点のみだ。

 

 

「ドボルベルクはブレスも吐かないし毒や麻痺、帯電するような器官もない。さらにずば抜けて性能のいい五感器官があるわけでもない、本当に純粋なパワー押しのモンスターだ」

 

「だからこそ小細工のきかにゃいガチンコバトルモンスターにゃ。需要が増えても罠系と閃光玉位にゃものだにゃ。あ、あとピッケルかにゃ?」

 

「どれも無理だな……。俺たちの資金じゃ買えてもピッケル位。他は素材が集められそうなのは閃光玉だがドボルベルク戦に絶対必要だという物でもないから売れるかどうかグレーな商品になるな。よっぽど安く売らないと買ってくれない可能性もある。そうなるとコストパフォーマンスが合わない……なんて言ってもられないか」

 

「閃光玉を作るのかにゃ?」

 

「ああ。取りあえずはな。暫定候補だ」

 

 

 ええと。

 光虫を捕まえるための虫あみ一本80z。

 素材玉は自分たちで作るとしてもまあ商品として閃光玉を扱うなら100個は欲しい。

 

 閃光玉の調合成功率は75%だから……(以下割愛)

 

 閃光玉一個300zで売るとして粗利益驚異の94%!! のくせして一個売れても利益282z……。100個売り切っても純利益28200z。

 

 なにこれ死にたい……。

 

 全然労働量に見合わない……。

 

「ねえ、タマ~。別のにしない? ぼくちゃん、もうコスパの悪さに涙が出てきちゃった」

 

「いや、オイラはご主人が別のにするっていうにゃらそれに従うだけにゃんだけどにゃ」

 

「いやぁぁぁぁぁ!! お金が欲しいぃぃぃぃぃ!! こんなことならケチケチせずハンターに護衛依頼しとけばよかったにゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「泣くにゃよ、ご主人……。しかもオイラの口調が移ってるにゃよ」

 

「金じゃぁぁぁぁ!! 世の中金なんじゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「びっくりするくらいの屑だにゃ、ご主人」

 

「まあ、足掻くだけ足掻いてみるよ。それでもだめなら諦めてハンターにでも転職するさ。最低でもお前の退職金くらいは稼いでやるから安心しとけ、タマ」

 

「ふん。言っとくけどオイラは、ハンターのオトモににゃんてならにゃいからにゃ」

 

「だな、わかってるよ。お前臆病だし」

 

 

「オイラがなるのは商人のオトモだけにゃ。だからこれ以上言わせるにゃよ、ご主人」

 

 

「なんだ。励ましてくれてるのかタマ?」

 

「それとも、尻を蹴り上げられる方がご主人の好みだったかにゃ」

 

 

「いや――十分だ」

 

 

 本当にお腹がいっぱいだよ。

 

 

「さぁて、じゃあ行きますか!! ご主人様の意地、もといモンハン界のムシキングが誰なのかを教えてやるぜ!!」

 

 

 因みに俺ではない!!

 

 

 

***

 

 

 

 渓流付近の森。

 その蒼白の月光が差す幻想的な夜に一つの慟哭が木霊した。

 

 

 

「もういやだぁぁぁぁぁ!! 光虫なんてもう見たくないおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

「うるさいにゃぁぁぁぁぁ!! 泣き言言ってる暇があったらさっさと手を動かすにゃご主人!! 昼間の威勢のよさは一体どこに行ったのにゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 俺は啼いていた。

 ああ、啼いたさ。

 

 

 あの決意から半日。

 俺らは夜の方が発光する光虫を見つけやすいだろうという考えのもと、昼間は素材玉の素材採取、作成に費やし、今はこうして光虫採集に励んでいる。

 

 意を決しての閃光玉作成だったが思いのほか、と言うか当然ではあるが難航しているこの現状だった。

 

「畜生……。よくよく考えれば素材玉の材料である『ネンチャク草』は『消臭玉』の素材として採集され尽くされているに決まっているじゃないか。『光虫』は絶命時に強烈な光を発する虫だから殺さないように捕まえないといけないし……。この条件で最低百個分ってやっぱり難しいよなぁ」

 

「これは確かに労働量に見合わないにゃ……。もう目がチカチカするにゃ。虫の死骸がばかりいっぱいあるしにゃご主人」

 

「こっちは『雷光虫』でいっぱいだ。こいつらも発光してるから無駄に採集してしまった。本当に紛らわしい」

 

 

 半日経っての成果は閃光玉『十五個分』。

 

「こりゃ確かにギルドストアも閃光玉を製造、販売しないわけだよな」

 

 素材玉はともかく光虫の人工繁殖、管理、採集時のリスク、調合成功率を考えると安定した供給が見込めない。

 

 

「その割にはギルドストア『電撃弾』を扱っているけどにゃ」

 

「あ、あれも確かに光虫使うな。うん? じゃあ何でギルドストアは閃光玉を製造しないんだ? 光虫を供給できるのなら材料費を考慮に入れて単純計算しても閃光玉を販売した方が十倍以上の利益になるのに……」

 

「謎だにゃ……」

 

「謎だな……」

 

 

 そんなやり取りをしながら採集を続けてはいるもののもうそろそろ引き上げ時なのを感じる。

 

 

「よし。一旦ユクモ村に引き上げるぞ、タマ。これ以上の夜の探索は流石に危険だ」

 

「にゃ。何が出てくるか分かったもんじゃないしにゃ。またドスジャギィの群れにでも襲われたら堪ったもんじゃにゃいにゃ」

 

「ああ、命あっての物種だ」

 

 

 そう言って、ユクモ村への帰路につく。

 今日の戦果を確認するようにポーチの中を確認する。

 

 うん。

 光虫がうじゃうじゃ。

 

 まさに蟲だ。

 地獄絵図。

 身の毛がよだつとはこのことだな、うんうん。

 

「気持ちワル……」

 

「そんにゃ自分の事悪く言うにゃよご主人。もっと自分の顔に自信持つにゃ」

 

「あははっ!! 面白い冗談だなタマ!! 面白いついでに泣いてもいいかな!?」

 

 

「にゃはははははぁ!!」

 

 

「笑うなぁ!!」

 

 

 なんてやり取りは置いといて、実際光虫採集は意外にも大漁だった。

 先ほど言った閃光玉十五個分と言うのは素材玉の素材が集まらないが故の数。

 

 むしろ、光虫に限らず昆虫類は森の中に溢れかえっているほどでもあった。

 

 

「うーん。まさか素材玉がネックになるとは思わなかった」

 

 松明に火をつけながらそんなことを呟く。

 松明の光が森の中を仄かにゆらゆらと照らしだした。

 

 

「これにゃらむしろ光虫をそのまま売った方が金ににゃるんじゃにゃいかご主人?」

 

「いや、このままじゃハンターには売れないだろう。さっきも言ったように光虫は死なせたら商品価値も利用価値もなくなるんだ。そんなデリケートな物、あの武骨なハンターたちが買うとは思えない。商人に対しての交易になら使えるかもしれないけど、やっぱり延命処置がきちんとできてないと難しい。そう考えると調合した方が買い手が付きやすいってのが現実だ。むしろ、それらの理由で値を叩かれる可能性の方がでかいっていうのも理由の一つだな」

 

「にゃ。足元を見られるわけだにゃ」

 

 

「そういうわけっ……――!?」

 

 

 タマとの会話の最中突如、森の奥の方からまるで巨木が倒れたような地響きと共に蝙蝠の群れが空に飛んでいく姿が目に飛び込んできた。

 

 

「にゃんにゃ……。今の地響き……」

 

 

「……わからん」

 

 

 森は再び静寂を取り戻した。 

 先ほどまでと同じ静けさなはずなのにただただ不気味に感じる森の沈黙。

 

「……急ぐぞ」

 

 タマは、返事をせずただ頷いた。

 ふと、手元の松明を見つめる。

 

 

 消すべきか、否か。

 

 

 ユクモ村はここからまっすぐに進めば帰り着く。

 幸い月明りの木漏れ日もあるし多少不便ではあるが問題はない。

 

 少しでもリスクを減らすならば消すのが定石だが……。

 

 横目でタマを見る。

 

 

「……にゃ」

 

 

「ふっ……」

 

 口から息が漏れた。

 

 

 俺は松明を左手に持ち、右手には腰につけていた短刀を取り出す。

 そして、タマの目の前で背を向けしゃがみこんだ。

 

 

「へーい!! タマさんカモーン!! ご主人様の大きくてダンディな背中に飛び乗っちゃいなYO!! ユー!!」

 

 

「……何やってるにゃ、ご主人」

 

 

「うるせぇ。照れ隠しでテンション上げてんだ。そんくらい察しろ」

 

 

「……馬鹿だにゃあ、ご主人は」

 

 タマは俺の背中に飛び乗り肩にがちっり爪を食い込ませてきた。

 

「何を今さら言ってるんだ。忘れたのか? なんたって俺は――」

 

 

 ――基本馬鹿なんだからな。

 

 

「さあ!! お客さんどちらまで!?」

 

 

「ユクモ村までレッツゴーにゃ!!」

 

 

「アイアイサァァァァァ!! ヒャッハァァァァァ!!」

 

 

 このまま何事もなければいいが……。



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ご主人とタマ~桃と黒と時々碧~

「はあ……はあ……」

 

 松明で前方を照らしながらがむしゃらに走り続けた。

 最優先事項はユクモ村への帰還。

 

 先ほどの轟音が何だったのかはわからないが恐らく、いいことではないだろう。

 

 

 酸素の足りない脳でも考えることくらいはできる。

 と言うか考えることしかできない。

 少しでも考えて今起こっている可能性を探れ。

 

 

 可能性の話をするのならば一番はババコンガだ。

 それこそ今は討伐依頼の真っ最中なのだ、ハンターとの戦闘の末に何かが倒壊して起きた音とも考えられる。

 

 これならば危険度はそこまで高くない。

 ハンターと対峙している間は、こちらまで被害が来ることはまずないだろうし何よりあの体臭で接近の有無がわかる。

 それさえ分かっていればこの闇夜に紛れて逃げることも可能だ。

 

 

 二番目の可能性はゴア・マガラ。

 酒場の看板娘の言っていたゴア・マガラが今だこの渓流付近の森にいて、これもまたハンターと遭遇し戦闘を試みた音と言う可能性もある。

 こちらの危険度は非常に高い。

 

 何より狩猟難易度が段違いに高い。遭遇したハンターによっては瞬殺、もしくは逃走するだろうし、この夜と言う環境もゴア・マガラに分がある。

 

 とてもじゃないが突如遭遇して対応できる部類のモンスターじゃない。

 場合によってはこちらまで被害が飛び火する可能性をはらんでいる。

 

 遭遇を未然に防ぐ方法も皆無と言っていい。

 

 

 三番目の可能性は狩猟環境不安定化の煽りで訪れたモンスター。

 俺の予測で言えばドボルベルク。

 

 ドボルベルクは巨体だ。

 あれくらいの轟音なら簡単に出せるだろう。

 

 これはむしろ危険はほぼないと思っていい。

 予測よりも早く訪れたと考えさえすればあり得ない話じゃないし、一番遭遇を察しやすい。

 だが、俺の当てが外れドボルベルクとは全く関係のないモンスターの可能性もあるため不確定要素が多すぎる。

 

 そのため、あまり楽観視するべきではないだろう。

 

 

「くっあ……はっ……は」

 

 

 そして四番目の可能性。

 もっとも考えられず、ありえない可能性。

 

 それは――。

 

 

「ご主人!! 上を見るにゃ!!」

 

 

「はは……。笑えねぇなこりゃ……」

 

 

 月を背にホバリングする漆黒の影。

 その影から飛散する鱗粉により蒼白であったはずの月の光は禍々しく黒々と森を照らしだす。

 

 俺はゆっくりとその影から視線を外し、正面を見据える。

 ユクモ村に帰るための道を遮るように現れた四足歩行の生物。

 

 もうあいつが纏っている気を禍々しい気(こやし臭)なんて言うことはできそうにない。

 

 正真正銘の禍々しい気を纏ったモンスター。

 

 

「狂竜化か……猿なのに」

 

 

「ゴア・マガラとババコンガ……しかも狂竜化にゃ……」

 

 

 四番目の可能性。

 

 

「『マガラだよ!! 全員集合!!』ってか?」

 

 

 

『全部の可能性の実現』

 

 

 

 これが最も危険な可能性だ。

 

 

 

 

 

「タマ!! パターンBだ!! 絶対ババコンガから目を離すな!!」

 

「パ、パターンBってにゃんにゃ!?」

 

「くらえぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 俺はそう叫びながら目の前にいるババコンガに向けあらかじめ短刀を持っている右手に隠し持っていた「ある物」を力の限り投げつけた。

 

「ある物」またの名を――。

 

 

「に゛ゃぁぁぁぁぁ!! 目が!! 目がぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 ――閃光玉と言う。

 

 

「よし!! 目くらまし成功だ!!」

 

 ババコンガは閃光玉の強烈な光にやられ大きく仰け反りひるんでいた。

 突然の事態にがむしゃらに暴れ出したが距離がある以上こちらには何の被害もない。

 

 俺は踵を返し今まで走ってきた道を逆走し始める。

 

 

 クソ!! サンプルとして試しに作った貴重な閃光玉だったんだが使っちまった。

 あれでもきちんと売れる商品だったのに……。

 

 仕方ないか背に腹は代えられないし。

 

「タマ!! お前今、閃光玉の光せいで目が全然見えてないよな!!」

 

 俺はタマの現状を確認すべく問いかける。

 走っているせいで自然と声量が大きくなってしまっていた。

 

「お陰様でにゃ!! これでオイラの視力が落ちたらご主人一生呪ってやるからにゃ!!」

 

「それだけ憎まれ口が叩けりゃ大丈夫だな。タマ!! 目が見えるようになったら俺に教えろ!! お前とババコンガは同時に閃光玉をくらい視力が落ちた状態!! お前の視力が元に戻るその時はババコンガの視力も元に戻る!! 奴の視力が戻るまでに距離を稼ぎ、タイミングを見て隠れる!! お前はその時間をはかる為の一つの基準だ!!」

 

「にゃ!? ご主人ふざけていたわけじゃなかったんだにゃ!!」

 

「こんな時にふざけるわけがないだろうが!!」

 

「じゃあご主人!! 『パターンB』ってにゃんにゃ?」

 

 

「お前……それは。その、なんだ……ちょっとふざけただけだ……」

 

 

 タマの爪が肩に深々と食い込んだ。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!! ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」

 

 

 だがこれで一時的にだがババコンガは無力化できた。

 問題は、もう一匹のゴア・マガラ。

 

 ババコンガは俺たちの目の前に現れた以上、この手段を取らざる負えなかった。

 しかし、ゴア・マガラの場合は少し状況を見直す必要がある。

 

 早い話、ゴア・マガラは俺たちの存在に気づいていたのかどうか。

 気づいていなかったのならばこのまま逃げおおせる可能性が高まる。

 

 ゴア・マガラは目も耳も退化しその代りに鱗粉を使って索敵するモンスターだ。

 故に閃光玉は効かない。

 だがそれは、逆を言えば気づかれてさえいなければどれだけ強烈な光を発生させようと轟音を出そうと見つかることがないということだ。

 

 まだ俺たちが見つかっていなかったのならば先ほどの閃光玉の光もゴア・マガラには気づくことができない。

 

 これは俺たちの危機が高まるか低くなるかどうかの分岐点だ。

 

 

 

 さあ!! 来るなら来い!! とか絶対に思わない!!

 来ないで!! お願いだから!!

 

 

 

「あーやっぱりだめか……」

 

 

 自然に発生した風には決して出すことのできない鋭い風切り音が後方上空から聞こえてくる。

 同時に背筋が凍るような叫喚にも似た雄叫びがゴア・マガラの接近を嫌でも理解させられる。 

 

 

「ご主人……」

 

 

 そんなタマの不安そうな声。

 そりゃ目が見えない状態であんな咆哮を聞いたら不安にもなるわな。

 

 さあ、どうする。

 自慢じゃないが俺はケルビにすら負けるほど腕っぷしには自信がない。

 とてもじゃないがゴア・マガラに追いつかれれば自力では逃げ出すことなんて不可能だ。

 

 理想は誰かが助けに来てくれることだが相手はあの黒蝕竜ゴア・マガラ。

 生半可なハンターでは歯が立たないし、共倒れになる。

 

 都合よく凄腕のハンターが助けに来てくれるものだろうか?

 

 いや、やめだ。

 希望にすがるのではなく、今この現状をどうするのかについて頭を使うべきだ。

 

 

 俺は商人だ。

 商人の武器は大剣でもなければ、ボウガンでもない。ましてや当然、何の変哲もない短刀でもない。

 

 

 俺は俺の武器で戦う。

 

 

「はあ……はあ……」

 

 

 俺は足を止める。

 まるで墜落するように勢いよく着地する黒い影。

 こちらは物凄い風圧に体勢を崩しそうになっていると言うのに、対する影はあの衝撃をものともせずその姿を現す。

 

 禍々しい黒鱗、爪、牙。

 

 商品として売れば一体どれだけの値が付くのかと考えるのは商人としての性か、もしくは体のいい現実逃避か。

 

 

「ご主人……こいつからどうやって逃げるのにゃ」

 

「タマ……お前、見えるようになったら教えろって言っただろう……」

 

 

 まあ、もうこうなったら隠れるも糞もないわけだが。

 

 足が棒になったみたいだ。

 今まで散々走って逃げていたからと言うのもあるんだろうがそれと目の前にいる凶悪なモンスターに対する恐怖心で足が全く動かない。

 

 

 ゴア・マガラ。

 

 

 実物はこんなにも禍々しいとは。

 

 焦るな。

 冷静さを欠けば一瞬でやられる。

 

 まずは隙を見て退路の確保を……。

 

 

 そこまで思考を巡らせた時、俺の視界は一転していた。

 

 

「……え?」

 

 

 体には気持ち悪い浮遊感。

 目の前は火花が散ったように妙に明るく。

 腹部にはハンマーで殴られたような激しい鈍痛。

 

 そして耳にはタマの叫び声。

 

 

 意識がはっきりしたころに訪れた背中への衝撃。

 

 

「カッハァ……!!」

 

 

 肺の中の空気が全部吐き出される。

 

 ああ、なるほど。

 俺攻撃されたのか。

 

 

「やばい……。全然見えないでやんの」

 

「ご主人!! 大丈夫かにゃ!?」

 

「おお……タマ。どうやらお前は無事みたいだな」

 

 タマが飛ぶように駆け寄ってくる。

 どうやら途中でタマは落っこちたんだろう。

 俺はどれだけ吹っ飛ばされた?

 駄目だ。目の前がチカチカしてろくに距離感もつかめない。

 

「恐らくただの体当たりだったんだろうな、外傷がないところを見ると……」

 

「何悠長に分析してるのにゃ!! 早く逃げるのにゃ!!」

 

 

 痛みのせいか頭の中は意外にもすっきりとしていた。

 追撃がないところ見るとどうやらゴア・マガラの鱗粉網外にまで吹っ飛ばされたらしい。

 だけどそれも時間の問題。

 奴が索敵範囲を広めればすぐに見つかる。

 

 タマの視力が元に戻ったということはババコンガも行動を再開し始めたということだ。

 両方から追われればもう俺たちに逃げ場はない。

 

「ああ……逃げよう」

 

 

 ……――!!

 

 

 闇夜にこだまするように響き渡る咆哮。

 

「ゴア・マガラがババコンガを呼んでるにゃ……」

 

 

 ゴア・マガラの咆哮?

 

 

 いや違う。

 あれはゴア・マガラとは違う鳴き声だった。

 どちらかと言うともっと獣のような。

 

 そう、まるで狼の遠吠えのような……。

 

 

「狼……?」

 

 

 俺の中で今までの事象が一つ一つ繋がりだした。

 

 

 ババコンガの大量発生。

 ドスジャギィによる草食モンスターの減少。

 それに伴う狩猟環境の不安定化。

 森に溢れんばかりの光虫及び昆虫ども。

 

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

 俺は周りを見渡す。

 どうやら先ほどから目がチカチカしていたのは頭部への衝撃だけが原因ではなかったようだ。

 

 

「行くぞタマ。逃げる方法が決まった」

 

 俺は、いつの間にか消えてしまっていた松明に再び火をともした。

 

「一体にゃにをするのにゃ……」

 

 

「タマ。商人にとっての武器とは何だ?」

 

 

 場違いな質問だと言うことは重々承知している。

 承知しているがそう問いかけるのは一種の見栄だ。

 

 タマはわからないと首を横に振る。

 

「『情報』だ。ハンターが武器で武装するよう俺たち商人は情報で武装する。それは相手が人間でもモンスターでも一緒だ」

 

 俺は立ち上がりながらタマの頭をなでた。 

 

 

「『ハンター』をここまで導く手段を思いついた。だけどそれには時間がかかる。だから、それまでもう少しだけ逃げるぞ。あとちょっと頑張れるかタマ?」

 

 タマは今度ははしっかりと頷いた。

 

 

「よし。それじゃあ鬼ごっこの再開だ!!」

 

 

 商人の戦い方ってやつを見せてやる。

 

 

 

 

***

 

 

 時間だ。

 

 ここからは時間を稼ぐことが一番重要になってくる。

 だがそれが一番難しいと言うことは十分わかっている。

 

 ゴア・マガラの索敵範囲外にこの程度のダメージで逃れられたのは一種の奇跡。

 そう何回も起こることではない。

 

 

「……よし。多少ふらつくが走る分には問題なさそうだ。タマ、ここからはお前自分で走れ。またさっきみたいに不意打ちを食らえばお前も巻き込まれるかもしれない。いざとなったらお前だけでも逃げられるようにしとけよ。あとこれも渡しておく」

 

 そう言って財布ごとポーチを渡す。

 

「ご主人……」

 

「勘違いするなよ。これは少しでも軽くするためにお前に渡すだけだ。俺たちは生きてユクモ村に帰るんだ。だから絶対落とすんじゃないぞ」

 

 財布にはタマ一匹ならしばらくの間くらいなら、生活できるだけの金が入っている。

 これがあれば俺に何かあっても数日は食いつなぐことができるだろう。

 

 

「さあ行くぞ、タマ」

 

 

「にゃ……」

 

 

 タマはなんだかんだで頭が良い。

 先ほどの俺が言ったことの裏の意味くらい察しているだろう。

 

 だから何も言わないし問い詰めもしてこない。

 非常に助かる。

 

 

「ぐ……!! ゲホッ!! ……ゲホッ!!」

 

 

 鱗粉を吸い込んだのか……。

 ゴア・マガラの野郎、もうここまで鱗粉を広げてきたか。

 

「急ぐぞタマ!! 今から逃げる場所は水辺が近くにあり見晴らしのいい場所だ!! そこまでだ!! そこまで逃げ切るぞ!!」

 

 

 俺とタマは全力で駆け出した。

 タマは俺を気遣ってか並行するように走り、しきりに俺の方を確認してくる。

 

 やっぱり俺の強がりはばれていたか。

 本当はあのダメージが足に来ていて、今は無理やり足を動かしているような状態だ。

 

 

 だが足を休められるわけもない。

 足掻けるだけ足掻いてやる。

 

「死ぬ気になればできないことなんてない!! そうだ!! 死ぬ気になれば俺だけのハーレムを作ることだってできるんだ!! 俺は諦めんぞタマァァァァァ!!」

 

 

「流石ご主人にゃ!! この場面で心配していたことが馬鹿らしくなるようにゃ発言ができるのはご主人くらいなもんだにゃ!!」

 

「よっしゃ!! まだ冗談が言える!! 冗談が言えるうちはまだまだ大丈夫だ!! うぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 松明の火が消えないよう慎重にだが高速で走る。

 

 この火を消すわけにはいかない。これが消えたら『ハンター』を呼ぶための「あいつら」を集めることができない。

 これは俺たちの命綱だ。

 

 後方から木々を薙ぎ払いながら突進してきているのだろう倒壊音が聞こえてくる。

 

 もう見つかったか。

 

 だが振り返ることはしない。

 前だけを見て走る、ただそれだけだ。

 

 倒壊音に混じって微かな破裂音と微弱な閃光が木々の影を照らし出していることに気が付いた。

 

 

 ここまでは考え通りの流れ。

 仕掛けの種はまけている。だが肝心の目的地に着かなければすべて意味をなさない。

 

 

 目的地。

 水辺のある開けた場所。

 

 

 つまり渓流の北部。森を抜けた先にある大きな河川付近だ。

 そこに着けば生き残れる可能性が高まる。

 

 あと少し、あと少しなんだ!!

 

 

 だが、俺は失念していた。

 それに気が付いたのはあの風切り音を聞いたその瞬間だった。

 

「ご主人!! 危ないにゃ!!」

 

 

 しまった。

 

 

 振り返ったその瞬間黒い影に生えた五本の鋭利なそれが眼前に迫っていた。

 

 ゴア・マガラはいつの間にかまたも滑空し俺たちを追いかけ、そしてまたもや墜落するような速度で爪を俺に振りかざそうとしていたのだ。

 

 

「にゃぁぁぁぁぁ!!」 

 

 

 今度はタマの声。

 タマは体ごと俺の顔面に体当たりしてきた。

 すでに足がフラフラな俺は抵抗をできるわけなくそのまま横転した。

 

 

 空を切る死神の鎌。

 

 

 行き場を失ったその破壊は固い地面を抉った。

 

 

「ご主人大丈夫かにゃ!? 五体どこもなくなっていにゃいかにゃ!?」

 

「ありがとう……タマ」

 

 

 そう声を出すがもう正直体は動きそうになかった。

 松明の火も今のやり取りで消えてしまった。

 

 

 ゆっくりと俺たちの方に体の向きを向けるゴア・マガラ。

 その漆黒の体を幾多もの淡い冷光が皮肉にも幻想的に照らし出していた。

 

 そして、またもやあの狼のような咆哮が聞こえてきた。

 

 

 ああ……河川までもう目と鼻の先だったのか……。

 

 

「ご、ご主人……。オ、オイラが時間を稼ぐにゃ。だからもう少し頑張るのにゃ……」

 

 

 タマは俺とゴア・マガラの間で震えながらも対峙しようと立ちはだかろうとしていた。

 

 

「バーカ……。もういいんだよ……。いいからお前はそこをどけ」

 

 自分でも驚くくらいに声が出なかった。

 体全体から力が抜けていっているようだった。

 

 

「諦めるにゃよご主人!! 諦めるにゃんてご主人らしくにゃいにゃ!!」

 

 

 地を蹴るような地鳴りが聞こえてくる。

 

 

「……だからもういいんだって。もう俺たちは十分頑張った。だからさ、後は……」

 

 

 ゴア・マガラは口へ鱗粉を集めブレスを形成し始めていた。

 黒い鱗粉はウイルスの塊となり禍禍しく肥大化していく。

 

 

 ウイルスブレスを放とうとしたその刹那、森から飛び出してきた発光する生物がゴア・マガラの巨体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「……『ハンター様』にお任せしよぜ? タマ?」

 

 

 

 

 

 ゴア・マガラを吹き飛ばした生物。

 

 二本の角を有し、翠の甲殻が体中を覆い、その体毛はおびただしくも神々しい雷を身にまとったモンスター。

 そのモンスターと共生している『超電雷光虫』の群れはまるで同士を殺された敵を討とうとしているかのように昂っているようだった。

 

 

「ご主人……。まさかご主人が言っていた『ハンター』って……」

 

 

「テヘッ♡」

 

 

「ご主人!?」

 

 

 

『雷狼竜 ジンオウガ』またの名を……。

 

 

 

 

『狩人』(ハンター)。

 

 

 

 



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ご主人とタマ~馬鹿は二度泣き酒を下す~

「……今のうちに逃げるぞタマ。ここにいると俺たちも巻き込まれる」

 

 俺は体をゆっくりと起こす。

 顔に汗でこびりついた土を腕で拭う。

 

 ああ……、俺の一張羅が……。

 

「にゃ、にゃんで……ジンオウガがオイラ達を助けてくれるのにゃ?」

 

 

 タマはゴア・マガラとジンオウガの激闘をしきりに振り向きながら俺のそばに駆け寄ってくる。

 

 さっきまで俺たちを襲ってきていたゴア・マガラは、突然の乱入モンスターに敵対心をむき出しにし激しく唸っている。

 

 

「ご主人はこうなることがわかっていたのかにゃ……?」

 

 

「説明は逃げながらでもしてやる、さっきも言ったようここにいると巻き込まれる。なんていったってジンオウガは別に俺たちを助けに来たわけじゃないんだからな。だからまずは逃げる、OK?」 

 

 

 タマは頷く。

 俺たちは大型モンスター同士の争いをしり目に今まで逃げてきた道、ユクモ村までの帰り道を走り出す。

 

 

 ほの暗い森に開戦を知らせるが如き大音量の二つの咆哮が轟いた――。

 

 

 

 

 

 

 視界が歪む。

 体へのダメージのせいか今頃になって頭が霞がかったように思考できなくなってきていた。

 

 でもまだ俺たちはこんなところでへばるわけにはいかない。

 

 追跡者はゴア・マガラだけではない、まだ俺たちにはババコンガと言う追跡者がいる。

 今この状態でババコンガに追いつかれればもう俺たちに逃げる術はない。

 

 

「……じん!! ……ご主人!! 聞こえているのかにゃ!?」

 

 

 そんなタマの声にハッとした。

 いつの間にか俺は立ち止まっていた。

 

 

「大丈夫にゃのか……ご主人? オイラも休ませてあげたいんにゃけどババコンガの追跡を考えると……」

 

「ああ悪いなタマ……もう大丈夫だ」

 

 

 くそ、情けない。

 タマに心配させてしまうとは。

 

「なあ、タマ。一つだけ……聞いてもいいか?」

 

「にゃ……んにゃ、ご主人」

 

 

 俺は真剣な口調でこう語りかけた。

 

 

 

「――シリアスな俺ってカッコいい?」 

 

 

「それで、にゃんでジンオウガが来るのが分かったのにゃ、ご主人」

 

「え!? 嘘!? タマさん無視ですか!?」

 

 

「まあ、ご主人のそう言うシリアスをぶち壊してくれるのは素直にカッコいいと思うにゃ」

 

 

「……」

 

 

 ……デレた。

 

 俺たちは再びゆっくりとだがユクモ村へと歩を進めた。

 

「で、にゃんでわかったのにゃ」

 

 再びのタマの質問。

 

「言っただろ俺の武器は情報だって。だから、その情報を駆使してジンオウガを誘導しただけだよ」

 

「情報にゃ?」

 

「まあ、なんだ。結局、狩猟環境不安定化でやって来るであろうモンスターは俺たちが予測していたドボルベルクじゃなくてジンオウガだったって話さ」

 

「だからにゃんでそれが分かったのかを聞いてるのにゃ。それに、ジンオウガが集まるのが分かったからと言ってあんにゃ風にどうやって誘導させることができたのにゃ」

 

「ああ、それはそいつのおかげだよ」

 

 

 そう言ってタマに渡してあるポーチを指さした。

 

 

「……にゃ? 『光虫』?」

 

「おしい。ちょっと違う。その中にいる奴『雷光虫』の方だ」

 

  

 俺は事の顛末をタマに明かした。

 

 

 

 ババコンガが間引かれドスジャギィが幅を利かせることにより渓流付近の森に草食モンスターつまりはドボルベルクが集まってくるであろうと言うのが俺たちの出した結論。

 

 この結論の根拠は草木が減らないことによりそれを餌にする草食モンスター、しいてはドスジャギィを歯牙にもかけることのないモンスターがやってきやすくなるだろうという考えのもとの結論だった。

 

 だがここで俺たちはもう一つの可能性を失念していたのだ。

 

 草木を餌にしているのは何も草食モンスターだけではない。

 葉を糧とし、なおかつドスジャギィ達にも襲われることのない小さな存在。

 

 

 そう『昆虫』達の事である。

 

 

 事実、俺たちは閃光玉作成の過程で森に光虫、雷光虫などが大量発生しているのを確認している。

 

 

 そしてその昆虫、中でも雷光虫が集まることにより影響を受けるモンスターがいる。

 

 

 『雷狼竜 ジンオウガ』

 

 

 雷光虫とジンオウガが共生関係にあると言うのは有名な話だ。

 元々、発電機能の低いはずのジンオウガがあそこまでの雷を帯びることができるのは背中に飼っている雷光虫の増電作用によるもの。

 

 微弱な電気を雷光虫に与え、それを増幅しジンオウガに返す。それを繰り返すことによりジンオウガの雷は生成されている。

 そして、その共生関係にある雷光虫は『超電雷光虫』と呼び名を変え、市場でも差別化されるほど希少価値が上がる。

 

 そんな超電雷光虫はジンオウガにとっての力の源であり、なくてはならない存在。

 

 その元となる雷光虫が繁殖している渓流付近の森はジンオウガにとってパワースポット。

 食物連鎖では無く共生本能とでもいうべき結果が生んだ今回の縄張り争い。

 

 

 さあ、ここで先ほどまでの渓流付近の森で起こっていた騒動。

 俺たちとゴア・マガラの追跡劇。

 

 

 縄張り争いでやってきていたジンオウガにとって人間、アイルー、飛竜の中で一番の危険因子はと考えれば真っ先に排除すべき対象は比を見るより明らかだ。

 

 

 

「そう。この俺だ」

 

 俺は今世紀最大のキメ顔で宣言した。

 

「確かににゃ。ジンオウガからすれば真っ先に排除するべきはゴア・マガラと言うわけだにゃ」

 

 

 あれぇ? タマさんまた無視ですか?

 

 

「理屈は分かったけどもにゃ、よくもまあこんにゃ風にうまくいったもんだにゃ。ジンオウガが気が付かにゃければそれで終わりの綱渡りのようにゃ作戦だったわけだにゃ」

 

 

「まあ、気が付きやすいようにいろいろ細工はしていたよ。逃げる場所を渓流北部の水辺にしていたのも雷光虫の生息地が水辺だからジンオウガの目にも入りやすいだろうという考えのもとだったし、俺もずっと『松明』をもって逃げてたからな」

 

「そう言えばにゃんでずっと松明を持ってたのにゃ?」

 

「昆虫の『走光性』を利用させてもらった。ほら、松明とか持ってると『ブナハブラ』とかが集まって来るだろ? あれは本来、夜行性の昆虫に見られる一種の自己防衛なんだがその性質を利用して雷光虫をおびき寄せてた」

 

 

「ああ、じゃああの逃げてる最中の小さい破裂音と発光はあれも雷光虫だったわけにゃんだにゃ。ジンオウガのボルテージ(怒り)を上げるのにも一役買ってたわけだにゃ」

 

 

「それに雷光虫が集まればそれだけで明るくなって目立つからな。本当のハンターにも見つけてもらいやすくなる。一石二鳥だ」

 

「全部が他力本願だにゃ……」

 

 

「あの状態でここまで考えてたんだ少しは褒めてくれてもいいと思うぞ」

 

「まあ、『情報が武器』と言うだけの事はあったにゃ」

 

 

 そこまで話した時点で俺たちは口を閉じた。

 それは明らかに空気が変わったのを肌で感じたためだ。

 

「……血の匂いがするにゃ」

 

 俺には匂わないがアイルーであるタマは俺より鼻が利くのだから当然ではある。

 タマはしきりに耳を動かしている、音を聞こうとしているのだろう。

 

「道を変えるかタマ?」

 

「いにゃ。にゃんか様子が変にゃ。血に混じってちょっと独特な匂いが、これは……ペイントボールの匂いにゃ!!」

 

「なに!? 本当かタマ!?」

 

 

 ペイントボールの匂いがあると言うことは少なくとも近くにハンターがいる可能性があるということだ。

 

 ハンターに会えれば保護してもらえる。

 

「タマ!! 匂いはどっちからする!?」

 

「えーっと……あっちの方にゃ!!」

 

 

 と言ってタマが横の生い茂っている茂みに爪を向けた瞬間、極彩色の巨体が飛び出してきた。

 

 

 ババコンガだった。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「に゛ゃぁぁぁぁ!!」

 

 

 いきなりのことでパニックになったのか、タマは俺の顔面に飛びついてきた。

 俺はと言うとタマのせいで前が見えなくなり暴れ狂った。

 

 

「お前タマ!! ふざけんな!! 見えないから!! もう『お前の事しか見えない』とか言う冗談も言えないくらいに見えないから!! お願い!! タマさん離れてぇぇぇぇぇ!!」

 

 だがいくら暴れてもタマは離れてくれず、破れかぶれになった俺はとりあえず叫びながら緊急回避をした。

 

 

 

「メイ・アイ・ヘルプユゥゥゥゥゥ!!(意味・いらっしゃいませ)」

 

 

 

 茂みに頭から突っ込んだ。

 

 

「痛ってぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 体中を枝で切ってしまった。

 もうなんだか泣きたくなりました。

 

 

 泣きたくなったので泣くことにしました。

 

 

 そして、ふとあることに気が付いた。

 

「あれ? ババコンガ襲ってこないな……」

 

 

 そう呟いたのとほぼ同時に小さな鍔鳴り音が聞こえてきた。

 まるで太刀を鞘に納めたような小気味いい澄んだ金属同士が合わさる音。

 

 

「……タマ離れろ」

 

 

 俺は静かにそう言った。

 事態を理解したのかタマは恐る恐る俺の顔から離れる。

 

 立ち上がりババコンガが現れた茂みを見据える。

 

 

 その方向には血まみれですでに息絶えたババコンガ。

 恐らくはあの時俺たちの道を塞いでいたやつと同個体だろう。

 

 そしてそのババコンガよりもひと際目を引く存在、ババコンガに引導を渡したのであろうデスギアシリーズを身にまとった人物。

 

 頭部の露出が少ない装備ではある物のその形状が女性仕様であることと眼元だけでもその人物の顔が整った造形をしているであろうことが伺えるため恐らくは美人の類だろうことは想像するに難くない。 

 

 だがそれよりも特出すべきはあの狂竜化したババコンガ相手に息一つ乱さず、返り血一つ浴びていないこと。

 

 あの鍔鳴りから想像したよう装備も太刀ではあった。

 だがあの形状をした太刀は見たことがない。

 

 職業柄大体の武器の形状から名称は分かるがその知識を持ってしてもあの太刀は見たことがない。

 

 恐らくは正規の製造ルートを通していない密造品。

 

 そんな武器を使っているということはアングラ関係者かもしくは……。

 

「あんた……酒場の看板娘が言っていた女筆頭ハンターだな」

 

 

「……」

 

 

 別に答えを求めて聞いたわけではなかった。

 俺はあの目を知っている。

 

 あの復讐にのみ生を見出している目。

 

 復讐の悪鬼と化し絶望を己の力にしてるあの目を俺は何人も見てきた。

 

 

 ハンターを目指す理由はそれぞれあるだろう、そしてハンターを続ける理由も人それぞれだ。

 あれはその一例だろう。

 

 俺は先ほどまで通ってきた後方の道を指さす。

 先に進めば二頭の竜が争っている道だ。

 

 

「ゴア・マガラはこの先にいる。だが今はジンオウガと交戦中だ。十分に気を付けて向かった方がいい」

 

 このやり取りにタマは不安そうに見つめてくる。

 

 

 デスギア装備の女筆頭ハンターは何も物を言わず俺に合わせるように右手で一つの方向を指さした。

 

 そして、何のためらいもなくゴア・マガラとジンオウガのいる方向に駆け出して行く。

 

 俺とタマはその姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くした。

 

 

「良かったのかにゃ? 止めにゃくて……」

 

「ああいう人種はな、言って止まるもんじゃない。それに、あのハンターは強いよ。そこらへんのハンターとはわけが違う」 

 

 あれはもう、死ぬことを恐れてない人間の目だ。

 

 

「……いやむしろ、死ぬことを望んでいる目と言った方が正しいのかもな」

 

 

 そこから俺とタマは一言も話さず女筆頭ハンターが去り際に指さした方向に向かった。

 

 その先には簡易ベースキャンプが組み立てられており、そこから俺たちは救援信号の狼煙を上げ無事にギルドに保護されることと相成った。

 

 

 

 

***

 

 

 ゴア・マガラとの追跡劇を繰り広げた日から三日後。

 俺はユクモ村の酒場にて両腕を放り投げるような格好でテーブルに突っ伏していた。

 

「ぬーん……」

 

「ご主人、元気出すにゃ」

 

 

「ぬぬーん……」

 

 

「ほらご主人の大好きにゃポピ酒にゃよー。飲まないのかにゃ?」

 

 

「ぶひー……」

 

 

「ご主人、あれは仕方にゃいにゃ。まさかギルドがジンオウガ討伐の依頼をハンターランクアップクエストに設定して発注したことで、今になって『閃光玉』と『光虫』がここまで値上がりするにゃんて誰も想像できにゃいのにゃ……」

 

 

「ブ……ブヒィ……」

 

 

「……にゃから値上がり前に焦って早々に売りに出しちゃったからといって、ご主人は悪くにゃいにゃよ」

 

 

 

「ブ……ブヒィィィィィ!!」

 

 

 

 テーブルが俺の目から流れ出た汗により水びたしになった。

 いつぞやは閑散としていた酒場にはジンオウガ出没情報を聞きつけた地方のハンターや商人が集まっており昼間から賑わいを見せていた。

 

 そんな人たちが怪訝そうな目で俺たちを遠目に眺めている。

 

 

「ギルドストアの連中に騙された!! やけにおいしい話を持って来たかと思ったらこういう事だったのかよ!! チクショーめぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 俺は吠えた。

 

 

 さあ!!

 哀れな男の哀れな男による哀れな男の為の説明(言い訳)をしよう!!

 

 

 元々はドボルベルク対策として『閃光玉』とその素材を集めていた俺たちだったのだがここでうれしい誤算があった。

 

 ご存じの通り渓流付近の森にドボルベルクではなく『ジンオウガ』が出現したことである。

 なぜそれがうれしい誤算なのかと言うとジンオウガ討伐の際は閃光玉の需要がドボルベルクを狩る時よりも遥かに上がるため必要に駆られ多少無理をしてでも買っていくハンターが増える為である。

 つまり、俺が想定していた価格よりも高く閃光玉を販売できるようになったのだ。

 

 さらに当事者であった俺たちはあの時点で誰よりも先に需要の出る商品を知ることができていた。となると当然俺たちは他の商人たちを出し抜き商いを行うことのできる立場にいたのである。

 

 

 この時点で俺たちは完全に勝ち組にいた。

 

 

 だがここで、俺たちを保護しその事情を聴いたイカレポンコツ糞ギルドストアの関係者が後日俺たちにこう話を持ち掛けてきたのである。

 

 

『私共、ギルドストアに貴殿が扱っている商品である閃光玉を全て売っては頂けませんか?』

 

 

 これだけならば当然の事、こんな話袖にしたのだが、ここでもう一つ向こうが条件を出してきたのである。

 

『今この取引に応じていただければ閃光玉の素材である光虫も閃光玉と等価で取引させていただきますが。いかがでしょうか?』

 

 

 即、承諾した。

 

 

 何よりも光虫を何の加工もなしに高値で買ってくれると言うのならばそんな美味しい話、乗らない方がどうかしている。

 

 現状、素材玉がババコンガ狩猟の影響で入手困難なのは周知の事実。 

 逆に光虫自体は大量繁殖しているせいで値なんてほとんど付かない。

 

 それを閃光玉と同価格で引き取る?

 

 ほくそ笑んだね。

「もしかしてこいつら今昆虫が大繁殖していることにすら気づいていないのか?」とそう思ってほくそ笑んだよ。

 

 だからこそ、この夢のような取引に即飛びついた。

 

 

 もうね、ゴマをすりまくりましたわ。尻尾を振りまくりましたわ。

 

 

 で、蓋を開けてみれば騙されたのは俺の方でした。

 

 

『ハンターランクアップクエスト』

 

 

 俗に言う『緊急クエスト』である。

 簡単に言えば「このクエストをクリアしたハンターのランクが上がるクエスト」。

 

 

 ジンオウガ狩猟がまさしくこのクエストに設定されたのである。

 ランクは上がれば上がるほどハンターたちの待遇も変わり町民からも英雄視されていく。

 

 そうなればハンターたちはランクアップを狙い我先にとこの依頼を受注していくのだ。

 

 早い者勝ちである緊急クエスト。

 当然ハンターたちはいつも以上に装備を整えて狩りに望むだろう。

 

 

 さあ、そして先述の通りジンオウガ狩猟には閃光玉は重宝される。

 つまり、閃光玉は確実に売れる商品。

 

 しかも、ランクアップを目指すハンターはここで出し惜しみなどせず高かろうと閃光玉を購入していくのである。

 

 さらにはその素材である光虫すらも予備としてクエストに持ち込もうとする者も出てくるだろう。

 

 

 そんなハンターが無数にいるのだから、俺から多少割増しで買い取った分の差額などギルドストアはすぐに元を取ることができるのである。

 

 

 結果ギルドストアは大黒字。

 

 

 そしてそんなことを露程も知らなかった俺たちの手元にはもう閃光玉も光虫もないため、この閃光玉ショック到来の波に見事乗れず泣き寝入りなのである。

 

 

 はい!! 以上説明終わり!!

 

 

 

「あーあ、ずるいよなぁ……。ギルドの情報を独占できるのってはさあ……。俺みたいな商人はあいつ等からすれば本当にただの赤子なんだな……。もう情報量が違うもん」

 

 

「で、でもご主人!! 騙されたと言っても普通に閃光玉を売るよりは利益はかなり出たわけにゃんだから結果オーライにゃ!! だから取りあえずは当面の危機を脱したお祝いに乾杯するにゃ!! ほら!! おつまみもいっぱいあるにゃよ!!」

 

 

「……ぬーん」

 

 

「キィィィィィ!! もういいにゃ!! オイラが全部飲んで食ってお祭り騒ぎしてやるにゃ!!」

 

「あぁん!? ふざけんな!! 誰が飲まないと言った!! おいコラタマ!! その持っているジョッキを返せ!! あ!! ダメ!! タマさんやめてぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 ――こんな俺たちの変わらない日常。



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這いよる毒沼は毒牙を穿つ
ご主人とタマ~さらなる一羽と新たな一人~


新章スタートです。


「とりあず、ユクモの木を仕入れてきた」

 

 

「にゃ?」

 

 

 ユクモの村に滞在してから数日が経過し、ジンオウガ討伐もだいぶ佳境に差し掛かり始めた時分。

 俺らはもうすでに今回の討伐依頼からは手を引き、次の目的地に向け商人宿屋にて準備を進めていた。

 

 そして酒場の看板娘から教えてもらったユクモの木卸店からユクモの木を仕入れるだけ仕入れ次の村に向かうことにしたわけなのだ。

 

 

 閃光玉と光虫の利益で多少は資金を獲得できはしたもののそれでもまだまだ十分の資金源とは言えず、一般的な商人のような多種多様な品物を仕入れることのできない為、この元手を確実に増やすためにユクモの木一点買いをし資金増を試みることにしたのだ。

 

 

「いにゃ、ご主人。オイラたち、荷車をドスジャギィの群れに襲われて壊されたんにゃからそんなユクモの木にゃんてどうやって運ぶつもりなのにゃ? もしかして担いでいく気かにゃ?」

 

 

「いや、荷車は修理してもらったよ。ボロボロにされたって言っても土台の大部分は無事だったからな。補強してもらうって形で直してもらった。買い替えるよりは安くすんだよ」

 

 

「フーン……。それでご主人? にゃんでそんにゃボロボロにゃのにゃ?」

 

 

「…………」

 

 

 タマの言う通り俺は今、みすぼらしいほどにボロボロだった。

 一言で言うのならば追剥にでもあったような有様とでもいうのだろう。

 そんな恰好をしていた。

 

 

「……『皇帝閣下』が帰ってきた。今宿屋の前までなんとか連れてきた……それでこの有様だ」

 

「にゃ!? 皇帝閣下が!? ご主人!? 本当かにゃ!?」

 

 

 タマは嬉しそうに「皇帝閣下ぁぁぁぁぁ!!」と叫びながら部屋を勢いよく飛び出して行った。

 

 俺もゆっくりと部屋を出て宿屋の外までタマを追いかける。

 

 

 

 宿屋の前には俺が卸店から仕入れたユクモの木を積んでいる荷車とその荷引き台に繋がれている一匹のモンスター。

 

 

「皇帝閣下ぁ-!! 無事でよかったにゃぁ!!」

 皇帝閣下はそんなタマの呼びかけに「ググアッ!!」と答えた。

 

 

『丸鳥 ガーグァ』

 

 

 名前は「皇帝閣下」である。

 俺が下積み時代のときに卵から孵らせて育てたガーグァだ。

 

 元々はこの皇帝閣下に荷引きをしてもらいながら行商をしていたのだが、あのドスジャギィに襲われたときに俺たちはその群れから逃げるため、皇帝閣下を荷引き台から解放し背中に乗って逃げるつもりだった。

 

 それをこいつは解放した瞬間、俺たちを置き去りにして一羽だけサッサと逃げ出したのである。

 

 

 そして、俺が荷車を回収するために三度(みたび)あの襲撃場所に戻ってみると皇帝閣下も戻ってきていた。

 元々まん丸いフォルムを更にまん丸く太らせた状態でである。

 

「この野郎、大量発生した雷光虫を鱈腹食ったせいでもう完全に肥満体系になってるじゃねえか。俺たちが必死こいて商いしてるときに良いご身分だな!!」

 

 俺がそう罵声を浴びせた瞬間、皇帝閣下は長い首をしならせながら嘴を使い俺の鳩尾目がけ鋭い刺突を繰り出してきた。

 

 

「グッフゥ……!!」

 

 

 俺は死んだ。

 

「こ、この野郎……皇帝閣下。て、てめぇ……」

 

「それにしても、よくジンオウガに襲われずに生き延びられたもんだにゃ!! 流石だにゃ皇帝閣下!!」

 

「グワッッ!!」

 

 

 なぜだ。

 なぜ、俺だけいつもこんな扱いなのだ……。

 

 

「取りあえず、皇帝閣下が戻ってきてくれたおかげで行商の準備は整った。後は、護衛してくれるハンターが現れてくれるのを待つだけだ」

 

「にゃ。流石に今度はちゃんと依頼したんだにゃ、ご主人」

 

「ああ。もうあんな命がけの行商をするのは勘弁だ」

 

 

 ギルドから護衛依頼が受理されたという連絡は受けた。あとは、それを受注してくれるハンターが現れるのを根気強く待つしかない。

 

 こればかりは本当に運だ。

 

 運がなくずっと受注されず放置されるなんてこともざらにある。

 

 

「クエストボードに張った依頼書にはこの宿屋で待機していると書いておいたからしばらくはここに泊まり続けることになるな。宿屋代もかさむし早く来てほしいもんだよ」

 

「そう言えばご主人?」

 

 皇帝閣下の背中に乗り戯れながらタマは質問してきた。

 

「うん? どうした?」

 

 

「次の目的地ってどこなのにゃ? オイラそう言えばどこに向かうのかを聞いていなかったのにゃ」

 

 

「よくぞ聞いてくれました!! と言うことで『第n回 チキチキ!! ご主人式商業クイーズ!!』の始まりだぁ!!」

 

 

「もう別にそういうの良いにゃ」

 

 

「そういうなって。これも商人としての大事な勉強だぞ、タマ?」

 

「うーん……。そう言われると弱いにゃ」

 

「俺たちが向かう場所のヒント一、『ユクモの木』だ。当然俺たちはこのユクモの木を売りに行くわけで、さらにはできるだけ高く売りたいわけ。つまり、このユクモの木が需要のある場所こそが俺たちの目的地となるわけだ」

 

「ユクモの木が需要の出る場所かにゃ……。わかったにゃ!! 『雪山』にゃ!!」

 

「ほう? その理由は?」

 

「ユクモの木は頑丈にゃのが特徴にゃ。その用途は主に民家や荷車にゃどの製造、修繕を行うための木製建築材にゃ。そして雪山は寒冷地にゃため、木々が育ちにくい。にゃから、雪山の村は常に木材不足なのにゃ」

 

「うんうん。で? 理由はそれだけか?」

 

 

「いやまだあるにゃ。木を加工した際に出る所謂『端材』は暖を取るための薪代わりとして再利用ができるにゃ。雪山において木材は手に入りにくくなおかつ余すことなく利用ができる商品にゃ。これらを踏まえたユクモの木が需要が出る場所こそが『雪山』なのにゃ!!」

 

「おお!! すごいなタマ!! 正解だ!!」

 

「どうにゃ!!」

 

 

 

「だが間違っている」

 

 

 

「にゃ!?」

 

 

「『ツンドラ気候』と暖を取る薪としての再利用に目を付けたのは流石だ。確かに理に適ってはいる。だけど、それでは商人としては残念ながら二流だ」

 

「……じゃあ一体、どこに向かうのにゃ」

 

 

「そんな不貞腐れるなよ、タマ。お前の考え方はさっきも言ったように正解だ。だけどその答えは大抵少し考えれば皆がその結論に達する、簡単に言えば模範的回答と言うやつだ。だからそんなに悲観する必要はないよ。俺が間違いだと言ったのは金儲けをしたいのならばその考え方では赤点だって話だ」

 

 

「慰めは不要にゃ。だからさっさと答えを教えるにゃ」

 

 

 やれやれと肩をすくめる。

 

 

「俺たちがユクモの木を高く売るために向かう場所、それはな……」

 

 

 

 

 

「『沼地』だ」

 

 

 

 

 後でご機嫌取りにマタタビでも買ってやろう。

 

 

 

 

「すまない、そこの御仁。少々伺いたいのだが」

 

 

 タマに目的地の説明をしようとしたその時、背後から声をかけられた。

 声の主を確認しようと後ろを振り返った俺はそのあまりの光景に目を丸くした。

 

「宿屋の主人に伺ったところ貴殿のことだと言われたのだが、『ママイト村』までの護衛依頼をしたのは貴殿らのことで間違いなかっただろうか?」

 

 全身をアロイ装備で武装したハンター。

 武器は片手剣「ハンターカリンガ」

 

 どちらも鉱石素材から生成される駆け出しハンター御用達の装備。

 装備だけを見ればいたって普通のハンターだ。

 

 

 ある一要素を除けば……。

 

 

「で、でけぇぇぇぇぇ!?」

 

 その人物の体躯は一言で言えば巨大であり一目で二メートル近くあることが伺えた。

 

 

 え!? 嘘!? しかも声の質からしてこの人女なの!?

 鎧の中に「アオアシラ」が入ってますって言われた方がまだ納得できるくらいの大きさだぞ!?

 

 

「あ……すまない。我としたことが頭装備をつけたままだったな。これは失礼した」

 

 

 そう言って頭装備を脱ぐアオアシラさん(仮)。

 そこから露わになったのは長い白髪と対照的にこんがりと日焼けした肌。

 

 人相はというと、よく言えば中性的。悪く言えば「悪く言う必要性が全くないのでノーコメントで」と言う顔。

 

 

「我はアッシュ。同僚たちからはアシュ―と呼ばれている。よろしく頼む」

 

 

 そう言って手を差し出し握手を求めきた。

 

 

 うん。

 俺まだ依頼主かどうかの返答してないはずなんだけどね。

 

 あれだな、この人先ほどの頭装備の脱ぎ忘れと言い、見た目にそぐわぬそっそかしい人物かもしくは天然なのか、はたまたこの人なりのジョークなのか。

 

 もしも後者だとするなら拾って差し上げるのが正しい対応というものだろう。

 

 

 差し出された手を握り返し、俺は外面営業スマイルで答えた。

 

 

 

「どうも初めまして、アシュ―さん。私は依頼主である『スーパー・ダンディズム公爵』というものです。同業者からは『スーパー・ダンディ』と呼ばれています。短い間ですがよろしくお願いしますね」

 

 

 後ろからタマの「ダンディズム……」という若干引いているような冷たいつぶやきが聞こえてきた。

 

 

「うむ、よろしく頼む。ダンディ公」

 

 

 あ、駄目だ……。

 この人、冗談が通じない……。

 

 どうやら先ほどのやり取りはこの人の天然によるものだったらしい。

 

 

 

 

 

***

 

 

『ママイト村』

 

 

 

 ユクモ村に最も近い湿原地域の沼地にある少し小さい村だ。

 特産品はキノコ類。

 

 現在キノコの人工栽培技術が発達しているせいで貿易という観点においては負い目にある村でもある。

 それでもこのママイト村が存続できているのは、この村人たちの地力が強いことが理由だろう。

 

 自然のキノコには人工栽培の物とは違いその環境に適応し効果の強いものが出来上がることが多い。

 人工では決して作り上げることのできない自然の力というものだ。

 

 そのわずかな資源を糧に生活している村それがママイト村である。

 

 

「実際の話な、そういうママイト村みたいな村はもっと国が援助するべだと思うんだよ。自然の資源を守ってくれている人たちっていうのはそれほどに貴重だし敬うべきなんだ」

 

 

「どうしたのにゃご主人。いきなりそんな真面目な話をし始めるにゃんて」

 

 

 ママイト村に向かう道中、皇帝閣下が引く荷車の上でタマとそんな話をしていた。

 因みに手綱を握っているのは俺ではなくタマだ。

 

 俺が手綱を握っても皇帝閣下は全くいうことを聞いてくれない。

 また文句を言おうと俺が荷車から降りた瞬間、皇帝閣下が急発進し俺を置いて行きやがった。

 

 それでようやく走って追いついた時からずっとタマに手綱は預けっぱなしである。

 タマの言うことはね、うん。聞くんだよね皇帝閣下。

 

 

 おかしいなぁ。

 俺、ご主人で育ての親なのになぁ……。

 

 

「俺はいつも真面目だろ? いつも真面目にふざけてるだけじゃないか」

 

「いつもふざけているから真面目に見えにゃいんだにゃ」

 

 

「ママイト村みたいな村の村民たちの生活はそんなに楽ではないはずなんだよ。沼地っていうのは資源と言う観点から見ても魅力がない。鉱山資源は火山地帯以下。湿地帯な為作物資源も不十分。漁業も淡水魚しかつれない上に大体が泥臭かったり食用には適さないものばかり。そこで生活するデメリットを考えると違う場所に移住した方がよっぽど楽なんだ。それでも自然のキノコ類を守ってくれているっていうのは保護されるには十分すぎる理由だと思うんだよ」

 

 

 キノコ類は医療薬として重宝される。

 特に自然に自生したキノコのほうが効能が大きい場合が多い。

 

 

「だけどやっぱり、キノコ以外の特産品がない上、人工栽培技術が確立してからは蔑ろにされることが多くなってしまった。嘆かわしい話だよ」

 

 

「それがユクモの木を沼地に売りに行く理由にゃのかにゃ?」

 

 

「まあな。湿原地帯っていうのは頑丈な木や特に建築材に適したような真っ直ぐな木が生えないんだよ。だから雪山同様に木材が常に不足しているし、湿度が高いせいで火をくべるための薪木が湿ってすぐに使い物にならなくなるんだ。薪木を乾燥させるためにも火がいる。だから端材も薪の代わりとして再利用が可能」

 

「にゃ……。雪山の条件と全く同じにゃんだにゃ」

 

 

「極めつけは沼地では飲み水の確保が難しい。沼の水は泥が浮いてるし微生物もたくさん住んでいて飲み水に適さない。でそれを飲み水にするのならば蒸留して安全な水にする必要がある。そしてその蒸留には沸騰させるために当然火が、つまり薪が必要になるわけだ。下手すると雪山よりも火が大事なんだよ沼地っていうのは。そして中々ここまで、考えが出てこない」

 

 

「だから沼地だったのにゃ……」

 

 

「ダンディ公はいろいろと詳しいのだな。少々驚いた」

 

 

 荷車と並行して歩いていたアシューがゆっくりと運転席に近づいてくる。

 

「我も何人もの商人の護衛依頼をしてきたがそこまで地方や村についての知識が豊富な商人はなかなかお目にかかったことがない」

 

「俺の知識なんて大抵が師匠からの受け入りですよ。俺の師匠は元ハンターでしてね、ハンター時代に訪れた地方の知識を活用して商人を始めた変わり者なんですよ」

 

 

「にゃるほどにゃ。ご主人が知識にばっかり偏ってて、どことなく詰めが甘いのはそれが理由だったんだにゃ」

 

「うぐ……。返す言葉もございません……」

 

 

「おっと失礼。我の仕事だ」

 

 そんなやり取りをしていた時分。

 アシューが皇帝閣下の前に躍り出た。

 

 タマが「にゃっと」と言いながら手綱をひいて皇帝閣下を止める。

 

 

 俺も皇帝閣下の後ろから覗き込むように前を確認する。

 

 

 アシューの前にいたのはいつぞやのドスジャギィの群れだった。

 どうやらドスジャギィ達もジンオウガの脅威からは逃げおおせていたようだ。

 

 ドスジャギィの群れはあの時のように独特な鳴き声で俺たちを牽制し始めた。

 

 

「狗竜よ。悪いが道を開けてもらうぞ。それが依頼なのでな」

 

 

 いるのかなぁ?

 その断りいるのかなぁ?

 

 うーん。やっぱり天然なんですかねぇ、この人。

 

 

 だけどまあ、お手並み拝見と行きましょうか。



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ご主人と護衛ハンター~護衛ハンターの浮世はつらいよ~

 実際の話、アシューは強かった。

 現在進行形でドスジャギィの群れと対峙している姿を見て持った感想がそれだった。

 

 

 アシューの武器は片手剣だ。

 片手剣の利点はなんといっても小回りの利く機動力と盾を用いた汎用性の高い攻守一体の戦闘スタイルである。

 

 唯一の問題点と言える決定打に欠けると言う点もアシュー本人の体格の良さが解決していた。

 

 要はあの巨体から繰り出される一太刀一振り一つ一つがそれだけで十分な殺傷力を誇っているのだ。

 さらには攻撃を受けてもすぐさま反撃できるだけのタフネスさをも持っている。

 機動力に関してもあの小回りの利くモンスターたちに対して立ち回れている時点で十分すぎる。

 

 

 これはもう正直、ドスジャギィごとき全く相手ではないと言った様子だった。

 

 

 ドスジャギィがジャギィノスをいくら呼び寄せてもその形勢は覆ることのない不動の物となっているのは明確だ。

 

 

 そして、ここまでの戦いを見せられればどんな馬鹿でも理解できる。

 

 

 アシューが護衛慣れしているのだと。

 護衛を専門にしているハンターなのだと言うことが見て取れた。

 

 

「待たせてすまなかったな、ダンディ公。今しがた決着がついた」

 

 

 そう言って俺たちの荷車に戻ってくるアシュー。

 

 頭装備をつけているせいでどうも疲れているのかどうかの判断はできないが隙間から聞こえる息遣いからするとまだまだ余力があるように感じた。

 

 

 俺たちを襲おうとしていたドスジャギィはと言うとふらふらになりながら竹藪の奥へと消えていこうとしていた。

 群れの長が撤退する姿を見てか他のジャギィノス共も蜘蛛の子を散らしたように逃げ出して行った。

 

 

 んー。

 と言うか俺の名前がダンディ公で定着しちゃいそうだな。

 訂正をするタイミングを完全に失してしまった……。

 

 なんか今更訂正しにくいしなぁ……。

 まあ、別にいいか。

 

 

「お疲れ様です。じゃあ行きましょうか……ん?」

 

 

 そう言った時俺はひとつ違和感を感じた。

 

 

「にゃ? どうしたのにゃご主人?」

 

「いや。あれ? おかしいな? なんでだ?」

 

 

 俺が違和感を感じたのは先ほどの戦闘が行われた場所にだった。

 違和感の理由は分かっている。

 

 その違和感の正体は、通常ならばほぼ出てくるはずである物がこの場に一切なかったためだ。

 

 

 

「ジャギィノスの死骸が一つもない……」

 

 

「何を言っているのにゃ、そんなことあるわけ……。にゃ? 本当にゃ……」

 

 俺の見間違いではなく本当にジャギィノスの死骸が無かった。

 

 

 先ほど、ジャギィノスが撤退した姿は確認している。

 つまり生きている奴はこの場から逃げ出したということだ。

 

 そうなれば当然絶命した個体は取り残されるはずである。

 だが、ここに死骸は一切残っていない。

 

 そのことから導き出される答えは一つ。

 

 

「アシューさん!? あなたはあの戦闘中に一匹もモンスターを狩っていないんですか!?」

 

 

 導き出される結論は至極単純。

 

 

 つまりアシューはあの戦闘でジャギィノスを一匹たりとも『殺していない』。

 それ以外考えられない。

 

 

 当然のことながら襲ってくる対象を殺すのと退かせるのでは勝手が全然違ってくる。

 

 相手は頭を中心としたヒエラルキーを持って統率された独自の社会を持つ集団である。

 群れで狩りをするということは頭が動き続けるかぎり下の階級も働き続けなければならない。

 

 長が絶命もしくは撤退しない限り下の者は逃げることなど許されてなどいない。

 

 

 己が死のうとそれは覆ることのない序列でありルールである。

 それこそが自然の摂理。

 

 

 弱肉強食なのだ。

 

 

 それをこのマシューは『殺していない』のである。

 死ぬ気で向かってきている対象を殺さないで退かせるということはよっぽどの実力差がなければ不可能な所業。

 

 

 マシューは頭装備を外し、自身の額の汗をぬぐいながら答えてくれた。

 

 

「我は無益な殺生を好まん。この考えが護衛においては命取りだと言うことは分かっている。だがこれは我の理念であり、信念だ。曲げるつもりはない」

 

 

『アロイ装備シリーズ』

 

『ハンターカリンガ』

 

 

 アシューが今身に着けている装備であり、両方とも鉱石素材を用いて鍛錬された装備。

 

 それらは生物性の素材を一切使用していない純粋な鉱石製装備である。

 

「もしも我のやり方に不満があるのならば申し出るがいい。今すぐ我を解雇してくれて構わんからな」

 

 

 装備に依存せず、自身の技術のみで狩りを行う。

 いや、『狩りを行わない』ハンター。

 

「いえ、不満はありません。とても素晴らしい信条だと思います」

 

 

 このレベルまで到達するのには血の滲む努力以上に折れない不屈の精神がそして、『優しさ』がなければ到底無理な領域だ。

 

 

「改めてよろしくお願いします、アシューさん」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。ダンディ公」

 

 俺たちは再び固い握手を交わした。

 

 

 

***

 

 

 ユクモの村を出発をしてからもう数刻が過ぎ日が傾き始めてきたころ、俺たちは荷車を止め野営の準備をしていた。

 

 皇帝閣下を近くの木の幹に括り付け、俺は荷物の整理、確認。タマは夜食の準備。

 アシューはと言うと夜の護衛に備え一足先に使い古された毛皮のコートにくるまり寝むっていた。

 

 ママイト村までの道中、アシューはここまでずっと歩き続けてきた。

 

 

 安全が目視で確認できる場所くらいは荷車で休んだらどうだと進めても頑なに律儀にも護衛し続けてくれた。

 

 

「なんというか、まあ本当に糞真面目な人だなぁ」

 

 

 夜食の準備をしているタマのもとに歩み寄りながらそう呟いた。

 俺も何か手伝おうかと思ったが準備はあらかた終わっていたのでパッと見手伝えそうなことはなかった。

 

「そうわ言うけどにゃ、ご主人。じゃあ、不真面目にゃハンターだったら良いというわけでもにゃいんだから、真面目にこした事はにゃいんじゃにゃいかにゃ? それにご主人が言うようにアシューが護衛を専門にしているんだったらこの位、真面目じゃなきゃ務まらないんじゃにゃいか? よくわからないけどにゃ」

 

 

「そうかもなぁ。俺もよくは分からないけど」

 

 

 何ともふわふわとした会話である。

 まあ俺もタマもあまり詳しくない内容の話の為こんなものなのかもしれない。

 

 

「護衛と言えば少し前まで行商人と護衛専門ハンターの間で詐欺まがいな依頼が横行していたことがあったな……」

 

 

 することがなくなった俺は、皇帝閣下の毛づくろいをすることにした。

 荷物から簡素なブラシを探し出し、皇帝閣下に恐る恐る近づきながらタマにそんな話を振った。

 

 

「詐欺? 商人とハンターの間で一体どんな詐欺ができるっていうのにゃ? と言うかどっちが被害者でどっちが加害者にゃのにゃその詐欺って?」

 

 

「ああ、ハンターが被害者で商人が加害者だよ。おい!! 暴れるな!! 皇帝閣下!! アグレッシブ!! 超アグレッシブ!! 何でお前、俺にはそんなに攻撃的なの!?」

 

 

「にゃ? ハンターが被害者にゃ? 意外だにゃ、てっきり逆かと思ったんだけどにゃ」

 

「この野郎ぉ!! 貴様がその気ならこちらにも考えがあるぞ皇帝閣下!! くらえ!! ご主人スキル『漢の毛づくろい上手』発動じゃボケェ!! 貴様の羽根と言う羽根全部むしり取ってくれるわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

「ご主人……。どうせ勝てないんにゃからそんにゃに張り合うにゃよ」

 

「ぬかせタマ!! 俺の華麗なる乗りさばきを見てもそんなことが言えるかな!? 『ダンディロデオ』の異名を持つ俺の真の力を見せてやるガナ!!」

 

 

「はいはい。それでハンターが被害を受けた詐欺って一体何なのにゃ、ご主人」

 

 

「ふははははは!! 皇帝閣下!! 貴様の力はそんな物か!! 皇帝閣下の分際で俺に楯突いたこと後悔させてくれるわ!! そう、皇帝閣下の分際で!!」

 

「……どうなっても知らないにゃよ、ご主人」

 

 

「え……? あ、嘘……。ちょっ、ま……!! タンマ!! タンマ、皇帝閣下!! やめて!! ご、ごめんなさい!! 調子乗ってごめんなさい!! いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

「…………」

 

 

 

 その時俺に注がれたタマの視線はそれはもう雪山の吹雪のように冷たいものでした。

 

 

 

「……ホットドリンクをください。その冷たい視線に耐えられるホットドリンクをください……」

 

 俺は這いずりながらタマのもとに帰ってきた。

 

 

「そんな馬鹿みたいなことしてるからにゃ。あ、ご主人はそう言えば馬鹿だったにゃ。じゃあ仕方ないにゃ」

 

 

 優しさをください……。

 

 

「と、取りあえずあれだ詐欺の話だったな。えーと、じゃあタマ。『狩猟依頼』と『護衛依頼』の違いって分かるか?」

 

「『狩猟依頼』と『護衛依頼』の違いにゃ? それはまあ……。対象を『狩る』か『守る』かの違いじゃないのかにゃ?」

 

 

「うん、そうだな。狩猟は『狩る』ことが目的で護衛は『守る』ことが目的だ。それがこの二つの決定的な違いだ。じゃあ、この二つの内、戦闘回数が少なくてすむ依頼はどっちなのか分かるか?」

 

「戦闘回数にゃ? そりゃ、護衛依頼の方じゃ……。あ、いや違うにゃ。狩猟依頼の方だにゃ!! 狩猟依頼の方が戦闘回数は少ないにゃ!!」

 

 

「その通り。一見狩猟依頼の方が戦闘回数は多いように感じるが実際は狩猟依頼の方が少ないんだ。なぜなら狩猟依頼は極論メインターゲットであるモンスターだけを狩ればいい。そうすれば戦闘回数は一回で済むからな。だが逆に護衛依頼にはそもそもメインターゲットなんてものが存在しない。護衛対象に襲い掛かってくるモンスター全てを排除しなければならない為、戦闘回数に天井が存在しないわけだ」

 

「にゃあ。狩る依頼の方が戦闘回数が少なくて、守る方が戦闘が多くなるにゃんて不思議な話だにゃ」

 

 

「で、商人たちはこの戦闘回数の差を使って詐欺を行ったんだよ」

 

 

「そうそう、その詐欺の話にゃ。一体なにをしたのにゃ?」

 

 

「まず商人は護衛依頼を出しハンターに護衛をしてもらうわけだ。そうすると道中で荷をモンスターに襲われるだろ? 現に俺たちも襲われたようにな。そのモンスターをハンターは依頼通り排除するわけだがアシューみたいな対象を殺さないという方法は珍しいわけで大抵は殺してしまうものなんだ。殺せば当然モンスターの死骸が出る。通常殺したモンスターの亡骸は一体どうする?」

 

 

「ハンターは素材部位を剥ぎ取っていくのが普通だにゃ」

 

 

「ああ、それが普通だ。だがハンター一人が持てる量なんて限りがある。いずれは持ちきれなくなる。そうなれば、いつかは狩ったモンスターの素材を剥ぎ取らなくなるなっていくだろ?」

 

「まあ、そうだにゃ。よっぽど貴重なものが取れない限りは放置するだろうにゃ」

 

 

「そしてここからがその詐欺の内容だ。その剥ぎ取らなくなった亡骸から素材を勝手に剥ぎ取って回収する商人が出てきたんだよ。商人にとってはどんな素材であろうとそれは金になる『商品』になるからな。その横取りをを狙ってあえて用のない地方まで護衛依頼を出して素材を入手しようとする商人が出てきたんだよ」

 

「にゃ!? それじゃ、ハンターはわざわざ危険な思いをして金儲けの道具にさせられているだけじゃにゃいか!!」

 

「ああ、そうだ。さっきも言ったように護衛依頼には戦闘回数に上限がないからな。依頼主を守るためにずっと戦い続けなければならない。そして依頼主はと言うとその後ろで悠々と剥ぎ取り作業だ。さらに、荷物が傷がついたとかいちゃもんをつけてギルドに報告をして護衛不十分として依頼料を払わない悪質な商人まで出てきた始末だ」

 

 

「確かにこれは完全に詐欺だにゃ……」

 

 

「そのせいで護衛依頼は審査が厳しくなったし、ハンターもそうそう受注してくれなくなったりと真面目な商人からしたらいい迷惑だって話だな」

 

「そんな背景があるんにゃらアシューのようなハンターってかなり珍しいんじゃにゃいか?」

 

 

「ああ、正直アシューは大当たりだよ」

 

 

 話に夢中になっていたせいで気が付かなかったがもうすでに夜食は出来上がっていたらしくタマが器に人数分とりわけ始めた。

 

 どうやらスープのようだ。

 

「肉はないけどその代り野菜を一杯入れたにゃ」

 

 

「肉ならそこにいるだろ」

 

 そう言って皇帝閣下を指さした。

 

 

「グァァン?」

 

 

 皇帝閣下が凄んできた。 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 こいつもしかして人語理解してるんじゃないだろうな……。



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ご主人とアシュー~絶望的ネーミングセンスという名の引導~

「……なんとも愉快な依頼主たちだな」

 

 

 そう声がしたと思うとアシューがのっそりと起き上がろうとしているところだった。

 

 

「あ、起こしてしまいましたか?」

 

「いや、騒々しくて眠れそうになかったのでな。先ほどのダンディ公の絶叫が耳に残って寝付けなくなってしまった。危険はないと思って放置したがそのせいで目が冴えてしまった」

 

「それは悪いことしたにゃ。ごめんにゃさいにゃ……。うちの馬鹿が馬鹿なばっかりに……」

 

 

「……タマさん。せめて『馬鹿ご主人』って呼んで……」

 

 

 馬鹿って馬鹿って……。

 

 

「いや、すまない。別に責めているわけではないのだタマ殿。ただなんというのだろな、我も会話の輪に入りたくなったのだ。よかったら我も加えてもらえれば幸いなのだが」

 

「ええ、ご一緒してください。アシューさんの分の食事も用意していありますのでどうぞ、食事は人数が多いほど楽しいものです。短い間とはいえ旅路を導いてもらうのですから親睦を深めるためにも是非」

 

「大したお持て成しもできないけどにゃ。オイラ達、貧乏だからにゃ!!」

 

「ええ!! 俺達貧乏なんで!!」

 

 

 俺たちの親指を立てたプライスレススマイルに流石のアシューも苦笑いを見せてきた。

 少し離れたところから皇帝閣下の呆れたような鼻息が聞こえてきたのはたぶん気のせいだ。

 

 

「貧乏生活なのは我も同じだ。護衛を専門にしているせいか収入は微々たるものだからな。それ故に質素な食事の方が我も食べなれている分ありがたい……。あ、いや。決してタマ殿の料理が質素だと言いたいわけではなく、ただ純粋に感謝をしているという意味であって……」

 

 

 昼間の頼もしさはどこに行ったのか、しどろもどろになりながら取り繕おうとするアシュー。

 

 あれだな。

 この人、あまり会話が得意ではない分類なのかな?

 

「……すまない。我はこんな巨大な成りをしているせいか相手に恐怖心を与えてしまうようで、少しでも気さくに接しようと思っているのだがな。中々どうもうまくいかない……」

 

 

 ああ、なるほど。

 ビジネス上の関係では友好的に関われても、プライベートでの繋がりが苦手なタイプという奴か。

 

 その苦手意識を払拭しようとしている点は好感が持てる。

 

「気にしなくてもいいですよアシューさん? 俺たち別にそんなの気にしませんから。俺たちは基本的に馬鹿やって楽しければそれでいいくらいの単細胞ですし」

 

「……そうか、そう言ってもらえると我も楽だな。すまない、お気遣い痛み入る」

 

 

 そう言葉では言うもののまだ、アシューの笑みはどことなくぎこちない。

 

 うーん。

 まあ、知り合ったばかりだし、最初はこんなものなのかもしれない。

 これはお互いゆっくりと歩み寄っていくほかないか。

 

 俺がそう頭を傾けていたときタマがあることに気が付いたように声を出した。

 

「にゃあ、しまったにゃ。人数分用意したのは良かったけど、もしかしたらこれだけの量じゃアシューには物足りないかもしれにゃいな。オイラとしたことが迂闊だったにゃ」

 

 ぬ? 

 ああ、なるほど。

 確かに、アシューは体がでかいからこれだけの量じゃ少ないかもしれないな……。

 

 仮にも雇い主とはいえ護衛してもらう立場な俺たちだ。

 いざというときに空腹でアシューの戦闘に支障をきたし、傷でも負わせるようなことがあったら雇い主としての管理能力を疑われる。

 

 そうなってくると他に食べるものを確保しないと雇い主として示しが付かないか。

 

 

「つまり俺と皇帝閣下の因縁の対決に終止符を打つ時が来たということだな。よし、少し待ってろ。今新鮮な肉を用意してやるから。……タマ。俺の骨を拾う最後の仕事……任せたぞ」

 

「了解にゃ!! ご主人の墓には責任を持って『とっても上手に焼けましたぁ!!』と彫っておくのにゃ!! だから安心して成仏するにゃご主人!!」

 

 

「よっしゃ!! 逝ってきまぁぁぁす!!」

 

 

 そんな俺たちのやり取りを困惑しながら見守る、アシュー。

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 

 そして三者へと突然に訪れる静寂。

 

 

 この経緯を経て俺は内心こう思ったのだ。

 

 

(ツ……ツッコミがいないだと……!?) 

 

 

 と。

 

「だ、駄目じゃないタマさん!! あなたまでボケに回ったら誰がツッコミを入れるの!? きちんと拾ってもらわないと俺ただのお馬鹿さんになっちゃうじゃない!! やだー!!」

 

「ボケとかツッコミとか何を意味わからないこと言ってるのにゃ。いいからご主人はさっさと皇帝閣下の手によって新鮮な生肉にされて来るのにゃ。GO!! ご主人GO!!」

 

 

「タマさん!?」

 

 

 毒舌!! 超毒舌!!

 

 もうイヤ!!

 なんでみんなして俺の扱いがこんなに酷いの!?

 

 

 俺が心の中でそう叫んでいると不意に「フ、フフッ……」とそんな微かな笑い声が聞こえた。 

 声のする方を見るとアシューが片手で顔を隠すようにして笑っていた。

 

「ア、アシューさん?」

 

「いや、すまないな。貴殿らのやり取りが本当に愉快だったもので、つい」

 

 

 その時の微笑む姿を見ると「ああこの人もやはり女性なのだな」と思わせる妖艶さを醸し出していた。

 

 

「食事に関しては気にしなくてもよい。一応ギルドから支給された『携帯食料』があるから多少の空腹には対応できる。そこに関しては本当に気を使わなくて構わん」

 

 

 携帯食料。

 

 

 ギルドがハンターに対し無料で支給している非常食だ。

 一体何を材料にして作られているのか全くの情報がないため、一部ではハンターたちが狩ってきたモンスターの肉等で製造されているのではないかと言う都市伝説があるほどの食べ物だ。

 

 味の方はお世辞にも良いとは言えずむしろ不味いと答える物の方が多く、その不味さは先ほどの都市伝説を信じてしまいそうになるほど酷いという。

 

 

 

「タダより怖い物はないと言いますが携帯食料に本当に都市伝説のような食用に適さないモンスターの肉が使われていたらと思うと怖いですよねぇ。俺なら間違いなく怖くて商品として扱えないですよ」

 

 

 先ほどの失態から話をそらすようにそれとなく話題をずらす。

 

「まあ、確かに味は我も好みではないな。だが背に腹はかえられぬし、今までこれといって体に異常をきたしたこともない。そう悪いものでもなかろう」

 

 

 俺とアシューは夜食のスープを匙で掬いながらそんな会話を始めた。

 先ほどまでのやり取りでスープはだいぶ冷めてしまっていたが夜とはいえまだ寒さを感じるような気候でもない為気にすることなく美味しく頂けた。

 

 

「少しはあの携帯食料を美味しく作ってくれた方がハンターの皆さんからしてもうれしいんじゃないですか?」

 

 自分でそう言いながら我ながらいい案のように感じた。

 美味しい携帯食料の製造と販売。

 

 これらを商いとして確立することができればもしかして一山財を築けるのではないか?

 これは考慮に入れてもいいかもしれないな。

 

「にゃにを言ってるのにゃ。携帯食料を美味しく作ったら非常食の意味がにゃいじゃないかご主人」

 

 金儲けの方法を考えていたところその案をタマがバッサリと切り捨ててきた。

 

 

「え? タマお前こそ何言ってるの?」

 

「にゃ? まさかご主人、携帯食料がわざと不味く作られているってこと知らにゃいのかにゃ?」

 

 

 そ、そうなの……?

 

 

「携帯食料がわざと不味く作られているとは初耳だが……一体どういう理由なのだタマ殿?」

 

 

「要は携帯食料は非常食だからにゃ、非常時に食べることを想定して作られているのにゃ。だから本当に非常事態の時にしか食べる気が起きないようにあえて不味く作っているのにゃ。美味しく作ったら小腹が空いたりしただけで食べたりするかもしれないからにゃ、肝心な時には食べ尽くしてしまったにゃんて事態にならないようにわざと不味く作られているんだにゃ」

 

 

「へー知らなかった。よく知ってるなタマ」

 

「うむ、ダンディ公と言いタマ殿と言い物をよく知っている」

 

 

 そんな俺たちの賛辞にタマは照れることなくむしろ落ち込み始めた。

 

「ハンターに関する知識はにゃ……。時間だけはあったからいろいろ勉強したにゃ……。うん、いろいろとにゃ……」

 

 

 

 目に見えて落胆し始めるタマ。

 

 

「……ていっ」

 

 

 そんなタマの狭い額に軽くデコピンをした。

 タマは小さく「にゃ」と呻いた。

 

「アホ。自分で自分の地雷踏んで落ち込んでんじゃねえよ」

 

「ごめんにゃさいにゃ……」

 

 

 ごめんじゃないだろ、とは言えず俺はただただため息をついた。

 

 

 

 

***

 

 

 あの夜会を終えた翌日。

 紆余曲折ありはしたもののお互いがお互いのことを話せるいい機会になりはした。

 

 タマに関しては……まあ、おそらく大丈夫だろう。

 昔のことだし今更蒸し返すようなことでもない。

 

 

 だが少し扱いには気を付けた方がいいのかも知れない。

 ナイーブな部分だけに下手に刺激して今後の行商に影響が出ても困る。

 今日くらいは優しく接してやるか。

 

 ふっ……。やれやれ、ご主人様も楽ではないな。

 まあしかたがないか、なぜなら俺は紳士だからな!! 致し方なし!!

 

 

「ご主人、朝になったにゃよ。早く起きるにゃぁ」

 

 

 いや待てよ。

 俺、ダンディな上に紳士とかもう弱点なさすぎじゃないか?

 弱点が無いとか、もしも俺がモンスターだったらもう完全に狩猟難易度G級だろ。

 

 

「ごーしゅーじーん。アシューももう出発の準備できてるって言ってるにゃよぉ」

 

 

 なるほど!!

 つまり俺の周りに異性が寄り付かないのは俺が危険すぎて誰も近づけないからだったんですね!!

 

 うはっwww 把握!!

 

 

「ご~しゅ~じ~ん。起~き~る~にゃ」

 

 

「……ぐへへ、紳士でダンディで危険な男……。俺の時代……キタコレ!! ……グゥー」

 

「駄目だにゃ。アシュー、悪いんにゃけど皇帝閣下を連れてきてもらってもいいかにゃ? ちょっと皇帝閣下に起こしてもらうにゃ」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫にゃ。少し顔の形が変わるだけにゃ。運が悪くてもご主人の顔が希少種になるだけにゃ」

 

 

「はい起きた!! はい起きました!! 起きたから皇帝閣下を連れてこないで!! 顔面が希少種になるとか意味が分からな過ぎて逆に怖いわ!!」

 

 

 しまらない!! 

 全くしまらない!!

 

 

 

 そんなこんなでいつも通りの通常運転。

 再びのママイト村へ向けての進行である。

 

 準備もタマがやってくれていて本当に俺が起きるの待ちだったらしい。

 

 日はまだそんなに高くない。

 と言うかまだ薄っすら朝霧が残っているような時間帯だ。

 

 アシュー曰く、今日の夜から明日の朝にかけて沼地周辺で大雨が降るらしい。

 それ故に出来れば夜になる前にママイト村につくように動いた方がよく、この時間から行動するのが最善らしい。

 

「と、貴殿らが寝る前に伝えたと思うのだがな……」

 

「オイラはちゃんと聞いたにゃ」

 

 

「……時にはな夢の中に逃げたくなるような目を背けたい現実があるんだよ。それが人生ってやつだ……」

 

 

「寝言を聞く限りろくでもない内容だったけどにゃ」

 

 

 ここからママイト村までは何事もなければ日が傾くまでには着くらしい。

 

 しかし、天気を予測できるとは流石ハンターと言ったところなのだろうか。

 狩猟において天候を知るということは大事なファクターだ。

 

 雨の中じゃ十分な戦闘も行えない上、アイテムによっても制限がかかる。

 プロとしてのパフォーマンスを行うのならば押さえておくべき必要な特技と言ったところなのだろうか。

 

 

「いや、実は我が読めるのは湿原地の天候だけなのだ。全地域の気象学に精通しているわけではない、恥ずかしい話な」

 

「にゃ? 湿原地だけにゃ? それもまた偏った知識だにゃ」

 

 

 そんな風に会話を始めたタマとアシュー。

 昨日、俺が寝ようとしていた時も二人で何やら話し込んでいた。

 

 案外、それで距離が縮まったのかもしれないな。

 

 

 あらやだ!! ご主人妬いちゃうわ!!

 

 

「なんてことはない、我が湿原地域出身だからというだけだ。だからこそ、貴殿等の護衛依頼を引き受けたとも言える。何分湿原地に訪れようとする者が少なくなっている昨今だ、少しでも村の発展に貢献するため優先的に貴殿等のような者たちの道案内を買って出ているのだ」

 

 

「はあ、何というか流石ですね」

 

 俺はアシューの献身的姿勢に感銘を受けた。

 

 

 護衛依頼は狩猟依頼に比べ基本的に依頼達成金が低く設定される。

 それは昨夜タマに話したように護衛依頼にメインターゲットが存在しない上、緊急性がない場合が多いための当然の処置ではある。

 

 その為、正直詐欺が横行しだしてからは手練れのハンター達が護衛依頼を引き受けるメリットというものは殆ど損なわれてしまっているのが現実だ。

 

 

 ましてや、それが貿易資源の乏しい沼地のような偏狭な地への護衛ともなればなおさらだろう。

 

 

 ギルドの対策としても事前の依頼審査の厳重化や行商ルートに出現しうるモンスターの事前討伐などの方法が打たれ多少は詐欺の影は薄れているが(後者が現在一般的な対処法となっている)それでもハンターの護衛離れは深刻な問題だろう。

 

 

 いやいや、他人事じゃねぇよ。

 マジでどうすんの? 仕事しろよハンターズギルドの連中……。

 

 何のため高い仲介料払ってると思ってんだ。

 

 

 そうなってくるとやっぱり、行商を続けていく上で専属ハンターは必須なんだよな……。

 

 

「じゃあアシューは専属ハンターとかになったりはしにゃいのかにゃ? ソロで護衛依頼を続けるよりは収入も安定するかと思うんにゃけど」

 

 何気なしにそんな風に質問をするタマ。

 俺は心の中でガッツポーズをした。

 

 

 ナイスだタマ!! 

 

 

 専属のハンターに興味があるのならば今のうちに唾をつけといた方がいいからな。

 

 アシューほどの腕と技術があり誠実で、それでいて護衛慣れをしている上に今だフリーのハンター。

 こんな優良な人物が今後も守ってくれるのならば旅は安泰もいい所だ。

 

 

 さあ、どうだ!?

 

 

「いや、常に人手不足な依頼なのでな誰か個人に雇われ続けるつもりは今のところない」

 

 

 そんな俺の期待とは裏腹にアシューは意思がないことを告げてきた。

 まあ、そんなうまい話もそうそうないわな……。

 

 

「我の話はよいのだ。それよりもダンディ公よ。一つ確認をしておきたいことがあるのだが」

 

 

「なんでしょう?」

 

 

「いやこれから向かうママイト村までのルートの話だ。できるだけ、モンスターから襲われにくい道を使っていくつもりではあるが、多少危険でも構わないのならば近道があるのでな。ダンディ公はどちらの道を選ぶのかそれだけ確認をしようと思っただけなのだが、どうだろう? 心配しなくとも近道でも十全に護衛は遂行するので安心してくれて構わないが」

 

 

 近道。

 

 近道か……。

 別に急ぎな行商でもないし、ユクモの木だってそんな簡単に値崩れを起こすような商品でもない。 

 下手にリスクを上げるようなことをする必要はないが……。

 

 

「因みにどんな道を通っていくのですか?」

 

 

 質問に対し質問で返すのは少々失礼ではあるがそこらへんはご愛嬌と言うことで。

 場合によっては使うことがあるかもしれない、知っていても損はないだろうからな。

 

「この先にハンターたちが臨時に集まるための『湿原ギルド駐屯地』があるのだがその駐屯地よりも先に行った場所に人工の洞窟がある。そこを通れば時間の短縮を図れる。だが先ほども言ったように多少危険を伴うがな」

 

 

 人工の洞窟と言ったか。

 恐らく昔の人たちが外界との通運経路として開拓したのだろうな。

 だとすればそんな入り組んだ作りにはなっていないはずであり、竜車や荷車を使うことを前提にした構造をしているはずだ。

 

 だけれどアシューは、はっきりと危険が伴うと言った。

 つまりは……。

 

 

「モンスターが住み着いている、もしくは『毒沼』が発生しているということですね、その洞窟には」

 

 

「うむ、その通りだ」

 

 

 まあ、別に声に出して確認するようなことでもないか。

 モンスターが住み着くことも、毒沼の発生も沼地では珍しいことじゃない。

 

 ただ厄介なことには変わりがないわけだが。

 

 

「洞窟に毒沼ができているせいか『イーオス』の群れがコロニーを形成しているのだ。我も何度か護衛の過程で利用しているルートではあるのだが、そのたびに迷惑な話だと思うものだ」

 

 

 

「……」

 

 

 え?

 つまり、イーオスの棲み処を突っ切ることをさらりと『多少の危険』と言ったの……?。

 

 なにそれ、頼もしすぎるだろ……。 

 なんか、「アシューさん」なんて敬称じゃ足りないような気がしてきた。

 

「それで結局どうするのにゃご主人?」

 

 

「ん? ああ、やっぱり遠回り? 正規ルートを使おうと思います。無理に危険を冒すような状況でもないですしこのままでお願いします、『姉御』!!」

 

「よろしく頼むにゃ、姉御!!」

 

 

「……まさかとは思うが姉御(あねご)とは我のことか?」

 

 

 ……やっぱり駄目ですかね? 




因みに現代の軍隊などで使用されている非常食も同じ理由でわざと不味く作らていたそうです。

現在は美味しいものも作られ始めているそうですが。


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ご主人とアシュー~嫉妬に狂いし妄想の馬鹿と一抹の疑心~

 ギルド駐屯地。

 

 

 ハンターたちが臨時に集まる場所に用いられる簡易的なハンターギルドの総称である。

 ハンターが依頼で遠方に赴く際、主に中継地点つまりは拠点として利用される施設でもある。

 

 ユクモ村のように村内にギルドが存在している大きな集落とは違いギルド施設が設けられていないママイト村のような小さい村が密集している地域に効率よくハンターが向かえるように設けられることが多く、その駐屯地にも常に数名のハンターが駐在しており各集落の人々からの依頼を受けられるようにもなっている。

 

 

 施設内にも飲食施設やギルドストアが存在するためハンター、村民ともどもにありがたい存在ともいえる。

 

 それが今俺たちのいるここ「湿原ギルド駐屯地」の詳細である。

 

 

「んだコラァっ!! てめえらガン垂れてんじゃねえぞコラァ!! 俺たちのバックにはタマさんが付いてるんだぞコラァ!! 舐めるんじゃねえぞコラァ!!」

 

 

「下ネタじゃにゃいんだぞこらぁ!!」

 

 

 カンタロスの羽で作られたお揃いのサングラスをかけた俺とタマは声を張り上げながら駐屯所内へとずかずかと足を踏み入れた。

 

 その後ろからアシューが頭を抱えながら悩まし気に入ってくる。

 

 

「さっさ!! アシューの姉御こちらへどうぞ!! お控えなすってぇ!!」 

 

「お控えにゃすってぇ!!」

 

 

 俺たちは一つのテーブルに椅子を準備しアシューを招いた。

 

 

「貴殿ら絶対に『お控えなすって』の意味分かっておらんだろ……」

 

 

 アシューはそう言いつつも渋々ではあるが椅子に腰かけた。

 

「……貴殿らがやけに施設内に人がいないことを確認しているから何事かと思っていたのだが。……本当に何をしているのだ」

 

 

「お……お控えなすってぇ!!」

 

 

 実際のところ、アシューの言う通り駐屯所にはギルド関係者と思しき人物が三人ほどいるだけで旅行者の類は見受けられなかった。

 

 

 まあ、だからこそあんな堂々と馬鹿なことができたわけなのだけれど。

 人が他にもいたらとてもじゃないがこんなことやれない。

 

 

 俺もタマも基本チキン(臆病者)だし。

 

 

 俺たちの中でチキンじゃないの皇帝閣下だけだもん。

 あいつ鳥なのに全然チキンじゃないもん。

 

 

 そんな皇帝閣下はというと、今は竜舎につなぎ留めてある。

 というのも俺たちがこの駐屯所に足を踏み入れなければならなかった理由がその皇帝閣下にこそあるのだ。

 

 

『ここから先は地面のぬかるみがひどくなるのでな。皇帝閣下殿の足や竜車が泥にはまりでもすれば我々だけではもうどうしようもなくなってしまう。だからこそ、そうならぬようここで事前に処置をすませておくのだ』

 

 

 とのこと。

 要は、蹄鉄のみたいなものをつけるらしい。

 その取り付け作業もここの業者が一身に行ってくれるというのだから正にいたれるつくせりである。

 

 

 そんな理由で俺たちは今、この駐屯所内に足を止めしばしの休憩を強いられているというわけなのだ。

 

 

 実際、駐屯所周辺の環境はそれこそ湿原地といえるような水分を多く含んだ地質になってきていた。

 湿原地の入り口といっても過言ではないこの場所ですらこの状態なのだからさらに深くにあるママイト村周辺はもっとひどいぬかるみだと思ったほうがいいのだろう。

 

 

 そうなってくると、アシューの助言がなければ沼地のど真ん中で立ち往生なんて最悪のケースもあり得たわけだ。

 なんともまあ、聞きかじった知識だけで実際の現場経験の少ない俺には目から鱗で耳が痛くなるようなことばかりだというのだから我ながら恥ずかしい話だ。

 

 

「アシューの姉御がいにゃければおいら達は路頭に迷っていたにゃ!! この御恩一生忘れないのにゃ、姉御に一生付いていきますのにゃ!!」

 

「アシューの姉御ぉぉぉぉぉ!!」

 

 

「……何をそんな大げさに言っておるのだ貴殿らは。それといい加減その恰好どうにかならんのか……。貴殿らのその小悪党のような格好で姉御と呼ばれるとまるで我が悪の親玉のように見られてしまうではないか……」

 

 そういわれた俺たちはいそいそとサングラスを外しテーブルの席に着く。

 

 

「もうその場のテンションって怖いわ、これが若気の至りってやつなのかしら」

 

 

 なんてことを呟きつつ視線を泳がせる俺にアシューは大きなため息をついた。

 

 

「貴殿らとは本当に短い付き合いではあるのだが、その短時間でもわかるくらい貴殿らは楽しいことが好きなのだな……。それはもうなんというか、気を遣うのが馬鹿らしく感じるほどの清々しさすら覚えるくらいの……」

 

 

 あれ?

 これ褒められてるの? それとも呆れられてる?

 

 どっちなの?

 

 もしも後者だったらご主人、立ち直れないかも……。

 

 

「おやおや、今回はまた変わった客人を護衛しているようだね、アシューさん」

 

 

 俺が軽く傷つき人間不信に陥ろうとしていた矢先。

 そんなことを語りかけながら近づいてくる人物が現れた。

 

 

「これはギメイ殿、久方ぶりだな。貴殿は健在か?」

 

 

 そこに現れた人物は青く鋭い造形が特徴的な装備「ギザミシリーズ」を身に纏った優男。

 先ほどの言い方からしてアシューとは見知った間柄なのだろう。

 

 

「見ての通りだよ。依頼者がいなくて毎日が休養日なんだ、これじゃ体調の崩しようもないさ」

 

 そんな風に冗談を交えながらあいさつを交わすギメイという男。

 

 ギメイの顔は一言でいえばイケメンであり、通りすがろうものなら十人のうち八人は振り向きながらすかさず右ストレートを繰り出し、残りの二人は左アッパーをその顔面に叩き込む。そんな腹立たしいほど整った顔立ちをしていた。

 

 

 危なかった……。

 もしも俺がダンディじゃなければ確実にご主人スキル「漢の拳闘術」が火を噴いているところだったぜ。

 うんうん、男のジェラシーほど格好悪いものはないからな。

 

 

 

 だからご主人スキル「漢の蹴脚術」で確実に足を狙い最終的に顔面にこう堅実に一発……。

 

 

「アシューの知り合いかにゃ?」

 

 

 

「うむ、ギメイ殿はここに駐在しているハンターなのだ。我もよく依頼の道中でここを利用するのでな、その関係で顔見知りになったのだ」

 

 

 俺の妄想をよそに話は先へ先へと進んでいった。

 妄想も相まって、なんか寂しくなってきた……。

 

「よろしく」と言いながら簡単な挨拶と握手を済ませる俺とギメイ。

 

「駐在ハンターと言っても依頼がほとんどないからね、手すきにやっていた整備業のほうが今となっては本業みたいなもんさ。君たちのガーグァと竜車の整備も今さっきまで僕がやっていたんだよ」

 

 握手のあと肩をすくめつつ、そう言いながら自傷気味にほほ笑むギメイ。

 

「相変わらず仕事が早い。いつもすまないな」

 

「いや、いいんだよ。今の僕にできることってこれくらいしかないんだからね」

 

 

「あれ? もう取り付け作業終わったんですか?」

 

 早いな……。まだここに来てからそんなに時間はたっていないはずなんだが。

 

「もう手慣れたもんさ。本当に最近はこの類の仕事ばかりだったからね。もう武器よりも大工道具のほうが手に馴染んできて焦っているんだ。困ったもんさ」

 

 

 もうそろそろ装備も脱いだほうがいいのかもしれないね。

 

 

 なんていう冗談までこぼすギメイ。

 

 

 確か、ギメイの装備しているギザミシリーズの素である『鎌蟹』こと『ショウグンギザミ』はこの沼地の生態系の中では上位に位置するモンスターのはずだ。

 

 そんな装備を身に着けているということはギメイの腕もそれなりに立つということなのだろう。

 

 ふむ。

 顔がよく、実力もあり、その上ユーモアのセンスも悪くない。

 

 さらには人当たりもいいと来た。

 なのにも関わらず需要のあまりない湿原駐屯地の駐在ハンターなのか……。

 しかもそれすらもろくに仕事がないというのだから堪ったものじゃないだろうな。

 

 なんか……こう、あまりうまくは言えないだけど……。

 

 

『ざまぁwww』

 

 

 以外の言葉が見つからない。

 

 

「あ、そうそう。君たちの商品のユクモの木。雨に濡れないように雨避けしておいたけど一応後で確認しておいてね。濡れて腐ったりしたら君たちも困るだろ?」

 

 

「う……あ、ありがとうございます」

 

 俺はギメイから差す後光に目がくらみ直視できなかった。

 

 くそ。

 なんて無垢ないい笑顔をしやがるんだ。しかもすごく気が利きやがる。

 これはさすがに罪悪感を感じざる負えない。

 

「これくらいかな。僕から伝えるべきことは。そうだね……何か他に知りたいことある? 僕の知っていることでいいなら教えられるけど」

 

「最近の沼地周辺のモンスターの様子はどうだ? 何か特別な動きはなかっただろうか?」

 

 アシューの問いにしばし考え込む様子を見せるギメイ。

 

「そうだね……。特に変わった動きはないみたいだけど。どのモンスターもおとなしいものさ。少し気になる点があるとすれば『イーオス』の数が少しばかり減ってきていることくらいかな。まあ増えるならまだしも減る分には特に問題にはならないだろうけど」

 

「にゃぁ、行商する分にはいい環境にゃわけだにゃ」

 

「うむ、そうだな。この様子なら予定よりも早くママイト村にたどり着くかもしれない。やはり問題となるのは雨だろうな。これは早く向かったほうが賢い選択だろう」

 

 そういいつつタマとアシューは俺に目配せをしてきた。

 まあ結局、決定権を持っているのは俺だから「早く決めろ」という意味なのだろう。

 

「んじゃあ、あんまり休憩もできませんでしたが行きましょうか。ギメイさんもお世話になりました」

 

「いいよ、いいよ。その代り何か依頼があったら是非僕を指名してくれ。これ以上、本業から離れたら大工道具と武器の区別もつかなくなりかねないからね」

 

 そうおどける姿は正に好青年というべき雰囲気である。

 

 そんな会話の終わりを皮切りに各々椅子から立ち上がり出入り口まで歩みを進め始める俺たち。

 

「ちょっといいかな?」

 

 一番最後に立ち上がった俺を引き留めるようにギメイはこっそり近づき耳打ちをしてきた。

 

「アシューさんの事よろしくね。彼女、あれで少し向こう見ずなところがあるからうまく君が調節してあげてよ」

 

 いきなりのそんな頼みに俺は少し口どもった。

 

「いや、俺はそんな器用な人間じゃないですけど……」

 

 この返しにうっすらと微笑み返してきた。

 

「君がここの施設に入ってきたときのあのバカなチンピラみたいな行動。あれアシューさんのためにやったんだろ?」

 

 俺はギョッとした。

 

 

 ……こいつ。

 

 

「『迷惑をかける』という行為は良くも悪くも他人との距離を縮めるためには最適な行為だ。彼女はいつも依頼主との距離の縮め方に悩んでいたからね。手っ取り早く縮めるには最良な選択だ。さらに彼女はとてもおおらかな人物だからね。だからあの程度じゃ決して怒ったりはしない。あれはそこまで見越しての行動だったんだろう?」

 

 俺はすかさずおどけて見せた。

 

「まさかぁ。そんな大仰なものじゃないですよ。俺は基本的にバカやって楽しければそれでいい単細胞なだけですから。そんなのただの偶然ですよぉ」

 

 この瞬間、俺の目にはギメイの笑みが不気味に見えた。

 見た目は何も変わらない。だが、本質的な何かがまるっきり変わっている。

 

 

『貼り付けたような笑み』

 

 

 まさにそんな笑顔だ。

 

 

「取りあえず、俺ができることなんてたかが知れてるでしょうがやれるだけサポートはしますよ。安心してください、ギメイさん」

 

 

「--うん。よろしくたのむよ」

 

 

 と、それだけ言い残しギメイは施設内の奥へと姿を消していった。

 

 

「……ふーむ」

 

 

 一言で言えば謎。

 

 

 悪い言い方をすれば危ない奴。

 それが最終的なあいつへの感想。

 

 

「……まあ、これだけじゃ何が何だかわからんがな」

 

 

「おーい!! ご主人!! にゃにをしているのにゃ!! 早く来ないとまた皇帝閣下が置いていくにゃよ!!」

 

 

 外からそんな俺を呼ぶタマの声が聞こえてきた。

 

 

「はいはいっと」

 

 

 急かされるように外に出た先には皇帝閣下とユクモの木を積んだ荷車が目に入る。

 不意に、ユクモの木に覆いかぶさる雨避けに目が行った。

 

 気を利かせてつけてくれた例の雨避けである。

 

「うーん……」

 

「そんにゃ唸ってどうしたのにゃご主人?」

 

 

「うん? ……ああ、いや別に? 悪い奴ではないんだろうなぁと思ってな」

 

 

 その雨避けはただの雨避けではなく「ズワロポスの皮」で作られた防水性抜群の高価な一品。

 

 しかもユクモの木をすべて覆えるほどの大きさ。

 それをタダで貰えるとは……。

 

「一体いくら位するんだろうこれ……」

 

 

 ちょっとあいつ、俺と友達になってくれないかな……。



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ご主人とアシュー~偽られし白君子~

 湿原駐屯所を後にした俺らの運行はそれこそ軽快そのものであった。

 

 ギメイの施してくれた整備は文句なく完璧で地面のぬかるみを全く意に介さず、皇帝閣下の足をぐんぐん前に進ませていた。

 

 

 だがその順風満帆な進行とは裏腹に俺には気を揉む点が二つあった。

 

 

 一つは当然天候の問題。

 今でこそこの順調な進行ではあるがその毛色も雨が降っていないが故の事柄。

 

 これが雨に降られようものなら鈍行化は免れず、なおかつ商品であるユクモの木の状態にも影響を及ぼす。

 雨避けで耐水性の覆いがなされているといってもあくまで凌げるのは一時的でしかなく、長時間の降水には耐えることができないだろうことは明白。

 

 

 商品が商品である以上、完璧な状態でたどり着きたい。

 そうでなければ、せっかく質のいいユクモの木を仕入れたにも関わらず値をたたかれかねない上、湿原地のママイト村を小売り先に選んだ意味がなくなってしまう。

 

 

 商談の結果を左右する大事な部分だ。

 安全第一ではあるが早く到着できるのならばそれに越したことはない。

 

 

 

 そして二つ目。

 もう一つの気を揉んでいる点。

 

 

 それは……。

 

 

「……はぁぁぁ」

 

 

 この曇天と同じくらいどんより曇った俺のテンションである。

 

 

「なんでや……なんでなんや。ちょっと、ほんのちょっと遊んだだけやないか……。それだけやのに、なしてそないなことするんや……」

 

 

 俺はうな垂れていた。

 そして口調も変わっていた。

 

 そんな俺の独り言に対しタマは完全無視を決め込み、アシューは気まずそうに俺に視線を向けないよう明後日のほうを見ていた。

 

 

「ちょっと、暇だっただけやん……。ただのお遊びやないか……」

 

 

 そう、俺は暇だったのだ。

 手綱を握らない運転席はすることがなく暇だった。

 

 

 暇だった俺は仕方なく皇帝閣下で遊ぶことにした。

 

 

 具体的には、サングラスを皇帝閣下に無理やりかけさせ、その姿を見て一人爆笑していた。

 そう、カンタロスの羽で作られたあのサングラスをである。

 

 

 そしてその結果。

 結論だけを言ってしまえば、そう……。

 

 

 

 ――サングラスは皇帝閣下に食べられた。

 

 

 

「なぁ……? 自分、なんでなん?」

 

 

 

 俺は皇帝閣下に問いかけた。

 

 バシャバシャと水けを含んだ土を蹴る音とゴトゴトと揺れ木材同士のぶつかる音だけが耳に返ってくる。

 当然、誰からの返事もない。

 

 

 誰も一言も発しない虚しい時間がこの場を支配し、息が詰まるような静寂が続いた。

 

 

 

 

 この空虚な時間が延々続くかと思われたその時、タマが口火を切った。

 

 

 

「……どう考えてもご主人が悪いにゃ」

 

 

 

「だって!! だって暇だったんだもん!! 俺だけやることないんだもん!! いいじゃん少しくらい遊んでもさ!! それをこいつあのサングラス一個作るのがどれくらい大変だったかも知らずにムシャムシャって、ムシャムシャって……」

 

「あれは貴殿お手製だったか。……うむ。確かにあの羽は薄くて破れやすい代物。加工が大変だったろうことは想像するに難くない……。苦労して作ったということはよくわかる。だから、な? もう泣き止むがよいダンディ公……」

 

 

「ア、アシューの姉御ぉ……」

 

 

 俺がアシューの優しさに心打たれたその時。

 

 

 

 

「ゲェップ……」

 

 

 

 ご満悦そうな皇帝閣下のげっぷ音。

 

 

 

 再び舞い戻る気まずい空気。

 

 

 

 刹那。

 俺の中で何かが弾けた。

 

 

「きぃぃぃぃぃ!! この鳥野郎がぁぁぁ!! てめぇだけは絶対に許さねぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 と言って俺が飛び掛かろうとした瞬間、見計らったかのように急に速度を上げた皇帝閣下。

 

 勢いに負けた俺の体は慣性が働いたことにより座席の腰掛に後頭部を強く打ち付けた。

 

 

「……おぉぉぉ。首が……首がぁぁぁ!!」

 

 

 のたうち回る俺の姿は正に「哀れ」の一言に尽きた。

 

 

 なぜだ……。

 なぜ俺はいつもこいつに勝てないのだ……。

 

 

「しかし、ここまで猛々しいガーグァも珍しいものだな。基本的にこやつらは臆病な生き物だったはずなのだがな」

 

 

 俺の悶絶をよそにそんな感想を述べるアシュー。

 

 

 平素。すっごく平素。

 もう全然心配そうに声かけてくれない……。

 

 

 うぜぇ? 俺ってそんなにうぜぇ?

 

 

「にゃあ。確かに皇帝閣下は勇猛果敢にゃところがあるにゃ。この間にゃんてジンオウガが集まっていた渓流で雷光虫を食い漁って平然と戻ってきたりもしたにゃ」

 

 

「……それは何というか、凄まじいな」

 

 

 俺は打ち付けた頭をさすりながらのっそりと座りなおし、会話に混じった。

 

 

「……こいつ、帰巣性が強いみたいで一度訪れた場所なら自力で戻って来れるんですよ」

 

 

 だからこそ、あの時も壊れた荷車の場所に戻って来れたのだろう。

 

 

「へっ!! どっちかというと勇猛果敢よりこいつには放蕩無頼の方がお似合いだけどな!!」

 

 

 

 荷車が大きく揺れた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 いやだからなんで、今のが悪口だってわかるんだよこいつ。

 

 

「にゃ、アシュー」

 

 

 不意にタマが何かに気づいたように呼び掛けた。

 

 

「アシューの言ってた近道の洞窟ってあれの事かにゃ?」

 

 

 そう言うタマの視線の先にはそこそこ大きく、万が一にも崩落することのないよう補強がなされた洞穴があった。

 

 

 まさに見るからに人工の洞窟だなあれは。

 

 

「うむ、あれがその洞窟だ。念のためもう一度聞くがどうするダンディ公よ。雨の心配があるのならば早く着いた方が貴殿もいいだろう? ギメイ殿の話では今はイーオスの数も減ってきているそうだが。どうだ? 心変わりはないか?」

 

 

 時間を取るか、安全を取るか。

 

 

 時間を取ればモンスターとの遭遇率が上がり荷物の損傷率と生命に対しての危険度が上がる。

 安全を取れば遭遇率は下がるもののもしも降水に見舞われた際、荷物の商品価値が下がるばかりか場合によっては地面のぬかるみが酷くなり泥にはまるという危険性もはらんでいる。

 

 

 何かのトラブルに見舞われ足止めを食らえばどちらの道でも結局リスクは一緒。

 

 

 ならば……。

 

 

「変わらず通常ルートでお願いします」

 

 

「承知した」

 

 

 さぁて、鬼が出るか蛇が出るかってか?

 

 

 

 

 

 

***

 一体どれだけの時間が刻まれたのか。

 

 曇り空というのはなんとも時間の経過が計りずらいもので、俺たちはいったいどれだけの間揺られているのか全く分からなくなっていた。

 

 地面のぬかるみを見ても予想しいていた通りの地質となっていた。

 アシューもずっと歩きっぱなしだ。

 

 休憩を進めても「慣れているから大丈夫だ」とやはりやんわりと断られたりもした。

 何が起こるかわからないというのはそれだけでも恐怖だ。

 

 

 頼むから何も起きないでくれ。

 

 

「ダンディ公よ。見えたぞ、あそこがママイト村だ」

 

 

 なんて考えていたらアシューがそう告げてきた。

 

 

 って、あれ? 

 結局、本当に何も問題なく着いちゃった。

 

 危惧していた雨にも降られることなくモンスターに襲われることなく平平凡凡に滞りなく到着してしまった……。

 

 

 いや、何も起きない方がいいに決まっているんだけど、なんか変に意気込んだ分肩透かしを食らった感が否めない。

 

 折角、アシューに護衛してもらっていたのに襲撃にあったのはあのドスジャギィの時だけ。

 

 

 こういったらなんか悪いがアシューにはやりがいのない依頼になってしまったかもしれないな。

 

 

 そんなこんなでママイト村を目視で確認できた場所からだんだん近づくにつれ地面の変化に気づく。

 というのも地盤が多少なりとも固く、今まで通ってきた道に比べるとそれこそ雲泥の差と言っていいほどにしっかりしたものになっていたのだ。

 

 まあ、当然と言えば当然か。生活する場所なのだから家が建てられるような地質の良い場所に集落を作るのは当然のことだよな。

 

 モンスターに襲われなかったのも案外そういう環境地に集落を作っているからなのかもしれない。

 

 もしもそうだとしたら先人の知識のたまものに脱帽ものである。

 

 

 

 それからしばらくして、俺たちはとうとう目的地であったママイト村へと到着した。

 タマは皇帝閣下を村の入り口の前で止めさせた。

 

 

「それでご主人? これからどうするのにゃ?」

 

 

 そんなタマの質問。

 

 

「そうさなぁ。大体ならまずは商会に話を通すのが礼儀じゃあるんだが、こんな小さい村に商会があるわけないからなぁ。まあ最初は村長に話を通すのがこの場合の筋の通し方ってところかな。だからまずは村長にあいさつしに行こう」

 

 

「ならば村長の家には我が案内しよう。村長とは多少顔なじみだ。貴殿がいきなり出向くよりは警戒されぬはずだ」

 

 

「すみません、お願いしてもいいですか?」

 

 

 アシューの厚意に甘えることにした。

 

 

 ここからは商いの話になってくるがその第一段階としては相手側の警戒心を解くことが大事になってくる。

 

 言ってしまえば俺はよそ者だ。

 

 よそ者が持ってくるおいしい話ほど胡散臭いものはない。

 一度疑いの目を向けられればどんないい商品であろうとそれは粗悪品と何ら変わらない扱いをされてしまう。

 

 逆にここで良好な関係を築ければ村長を通して民に話が行き渡り、商いをしやすい環境が出来上がる。

 

 俺たちの商品であるユクモの木を欲している村民にも話が行き渡り村長を経由しての商売が今後も可能になってくるはずだ。

 

 

 つまりは第一印象である。

 

 というわけで俺は荷車から降り、外面営業モードに心を切り替えた。

 

「タマ、お前も荷車から降りろ。目線の高さも印象の一つとして重要だ。乗ったままの高さだと高圧的に見られてしまい印象が悪くなるぞ」

 

「了解にゃ」 

 

 タマが運転席から降りるのを待ってからアシューは確認するように俺を見てきた。

 

「……では、参ろうか」

 

 

 そう言ってママイト村内に足を踏み込んでいった。

 俺は皇帝閣下の手綱を引きながら誘導しつつアシューの後をついていく。

 

 ママイト村内を何気なしに見渡す。

 

 村民は時間帯もあるのだろうが女性が多く目立ち、突如訪れた一行に警戒しているようでもあった。

 

 

 やはり、俺たちは目立つことこの上ないのだろう。

 もしかすると、商人が訪れること自体珍しいのかもしれないが。

 

 しかし思ったよりママイト村が豊かそうな雰囲気が漂っていることが意外だった。

 

 

 人間の生活には衣食住が必須である。

 

 

 そしてその衣食住を見ればその地域の栄え方もはかり知ることができる。

 

 

「衣」は近しい過去。

「食」は現在。

「住」は遠い過去とそれぞれの当時の環境を知ることができる。

 

 特に「衣」に当たる服装は数年前から現在にかけての貧富を表しているといっても過言ではない。

 

 

 要するに村民の身なりが奇麗なのである。

 このことからママイト村は数年前から豊かな生活を送ってきたということがわかる。

 

 俺は頭の中で『これならいい値でユクモの木を買ってくれそうだな』とそろばんの球をはじいた。

 

 

 なら後は、友好的関係。

 これがネックになってくるということだ。

 

 

 皮算用で終ってちゃ笑い話にもならないからな。

 

 

 しばらくしてアシューは一つの民家の前でその足を止めた。

 民家の大きさからしてそこまで大きいというわけではないが他と比べると一回り大きく建てられている。

 

 つまりここがママイト村の村長の家なのだろう。

 

 やはり、家の作りを見る限り栄えだしたのはここ数年か。それまでは楽な生活ではなかったのだろうというのが読み取れた。

 

 何をして栄えたのかは知らないが一つご教授願いたいものだ。

 

 いい関係を築けたら村長に聞いてみるのも悪くないな。

 

 

 そんな俺の思考をよそにアシューは村長宅の戸を数回ノックした。

 

 

 だが、屋内からの反応は見られなかった。

 その後も幾度となくノックを繰り返したが、扉が開かれることはなかった。

 

 

 留守か……。

 

 

 と諦めかけた時、俺たちから死角になっていた民家の陰からいかにもという老人がひょっこりと顔を出してきた。

 

 

「おぉ。誰か客人が来たと思ったらアッシュちゃんじゃったのか。最近あまり顔を見せないものじゃから寂しかったぞ。ほっほっ」

 

「翁、いつも連絡なしで訪問してしまい済まない。それと不躾で申し訳ないのだがその『ちゃん』付けはやめてもらってもよいだろうか……? 我ももうそんな年ではないもので羞恥心に耐えれそうにないのだ……」

 

 

「ほっほ、それは悪なんだ。して、アッシュちゃんよ。そちらの客人はどちら様なのかの?」

 

「……今回の我の依頼主だ。ママイト村までの護衛を任されたので案内したのだが、訪問理由は、まあ本人の口から聞いた方がよいだろう。翁よ、話をお手柔らかに聞いてやってくれ。――ではダンディ公」

 

 我が手伝えるのはここまでだ。

 

 

 と言ってアシューは一歩下がり交代するように俺は前に出た。

 

 俺があいさつをしようと手を出そうとしたときママイト村の村長に一言「あんた名前の割にはダンディじゃないね」と微笑まれてしまった。

 

 その言葉に俺の笑顔は引きつった。

 

「ほっほっほ」と面白そうに笑う村長。

 

 

「この村には何用で参ったのかね? 観光……っていうほど見どころがある村じゃないんだがねぇ」

 

 そう言って俺がしようとしていた握手を促すように手を差し伸べてきた。

 俺も一拍遅れてその小さい手を握り挨拶をした。

 

 握り返したその村長の手は小さいわりにはしっかりしていて傷だらけであった。

 気丈にふるまっているがこの手を見ればわかるほどこの人は、今まで苦労をしてきたのだろう。

 

「ご謙遜を。見る人が見ればこのママイト村の栄えようはそれだけでも見ごたえがありますよ。一商人としてどんな魔法を使ったのかご教授願いたいほどの手腕です」

 

「わしは何もしちゃおりませんよ。魔法なんて大層なものもお目にかかったことはありませんなぁ。村民全員でより良い生活を目指した結果ですわ。魔法というならこれこそ魔法なのやもしれませんがね」

 

「ロマンチックな魔法ですね。そんな魔法を使えるようになるなら私も魔法使いを目指してみるのも悪くないかもしれないですね」

 

「目指さなくても人間いずれはわしみたいな魔法使いになれるもんですじゃ」

 

「と言いますと?」

 

 

「わしと同じいずれ髭と杖が似合う老いぼれになれますわい」

 

 

「違いありませんね」

 

 

 そこまで話して俺と村長は二人して笑った。

 

 

「いや、やはり商人と話すのは楽しいのぉ。村民の男どもは脳筋ばかりでユーモアのセンスがない。頭を使わんとボケが早まりそうじゃわい。あやつらはわしを早くボケさせたいと見える」

 

 この村には商談をしに来たのだろう?

 

 と雑談もそこそこに本題に入った。

正直手応えはあった。おそらく好印象を得られたはずだ。

 

これは期待してもいいんじゃないかな?

 

「はい。今回ご入用があればと思いユクモ村から伺わせていただきました」

 

「それは遠いところからわざわざご苦労だったね。じゃが、悪いけど今は特にユクモの木を必要としている村人はいなかと思うがね。つい最近そこら辺の物は一新したばかりなんじゃよ。遠いところから来てもらって悪いんじゃがね」

 

俺はその一言に衝撃を受けた。

今何と言った? ユクモの木を必要としていない?

 

後方から『話が違うじゃにぃか』と言っているようなタマの視線が俺の背中に突き刺さった。

 

 

「いえ、ご入用がないのであれば仕方がありません。その代りと言っては何ですが今日一晩どちらか宿を貸してはいただけないでしょうか? 今夜雨が降るそうですので商品が濡れないよう止んでから発ちたいと思っているのですが。どこか都合はつかないでしょうか?」

 

 

「そうですなぁ、わしもこのまま帰すのは心苦しいかったところじゃ。どうぞよければわしの家に泊っていってくだされ。大したおもてなしも出来んがくつろいでいってくだされ、ほっほっほ」

 

「お気遣いいただきありがとうございます」

 

こうしてタマの心配そうな視線を横目に俺たちの商談は見事に失敗に終わったのだった。

 

 

 

 

***

 

「どうするのにゃ、ご主人」

 

その日の晩、村長の家の一室に招かれた俺は言われた通りにくつろいでいた。

そんな俺を見かねたタマはそう問いつめてきた。

 

因みにアシューは今ここにはいない男女を一緒の部屋にしないようにと村長の気使いでもう一部屋貸してくれたのだ。

 

 

「ユクモの木無駄になちゃったにゃよ。これからどうするつもりなのにゃ……」

 

 

「なあ、タマ。お前俺と村長の会話であることに気付かなかったか?」

 

「にゃ? 何のことだにゃ?」

 

「俺はさっきからそれが気になって仕方がないだがな」

 

 

「にゃから一体何の事なのにゃご主人」

 

 

 

 

「なんで村長、俺の商品が『ユクモの木』だって知ってたんだろうな……。俺は『ユクモ村から来た』としか言ってない。『ユクモの木を売りに来た』なんて一言も言ってないんだがなぁ」

 

 

「にゃ? そんにゃの荷台を見れば一目瞭然じゃにゃいか。ユクモ村から来た奴が木材を積んでたら誰だってユクモの木だってわかるにゃ」

 

「確かに。だがそれは俺の商品が木材だと分かればの話だ」

 

「にゃからさっきから言ってるじゃにゃいかそんにゃの荷台を見れば一目瞭然……」

 

 

そこで気付いたように「……あっ」と呟く。

 

 

「そうなんだよなぁ。あの時ユクモの木には雨避けのズワロポスの皮で覆ってあってあそこからじゃ絶対に何が積んであるかなんて見えないはずなんだ。にも関わらず村長ははっきりと俺の商品がユクモの木だと言い当てた」

 

「それは確かに不自然にゃけど、でもそれだけじゃにゃいか。一体にゃにをそんな心配してるのにゃ」

 

「それが大問題に繋がるかもしれないんだよ」

 

俺たちがユクモの木を何も覆わず進行していたのは駐屯所以前まで。それ以降は雨除けにより外部からの確認ができないようになっていた。

 

 

つまり……。

 

 

「つまり俺たちは少なくともユクモ村から駐屯所までの間このママイト村の関係者に監視されていたことになるんだ」

 

 

監視されていたこと自体はこの場合問題ではない。

 

旅行者を監視しなければならないような事柄がこの村にあるということが問題なのだ。

そう考えるとここ数年で栄え始めたことにも何かしら裏があるのかもしれない。

 

 

結果俺が出した結論は漠然としたもの。

 

「――この村、何かあるな」

 

 

旅行者の監視。

数年での繫栄。

村内の男の不在。

 

そしてギメイの言っていたイーオス減少。

 

もしもこれが全部関係があり俺の予想が正しかったりすなら、これは下手すると……。

 

 

「村一つ無くなってもおかしくないぞ」

 

 

 

 



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ご主人とタマ~毒牙築きし陰謀の底~

 村が一つ無くなる。

 大袈裟ではなくこのままではその可能性もありえる。

 これはそれほどまでの事案だ。

 

  

 俺は窓から外を眺めた。

 アシューの言う通り雨がこの闇夜に染まった広い沼地をしとしとと濡らし始めている景色が目に入る。

 

 ここからさらに雨の勢いは増していくのかもしれない。

 

 

 

『雨とは不幸の象徴であり、夜とは悪意の棲み処である』 

 

 

 

 不意に師匠の言葉が頭をよぎった。

 

 

 

 さあ、どうする?

 俺はどうするべきだ?

 

 

 体よく村長の家に転がり込むことには成功している。

 俺の予想が正しいのなら、この村が栄えだした秘密を探ることは可能だ。

 

 だが、よそ者の俺が踏み込んでいい案件なのかそこが俺を悩ませている。

 

 

 これはママイト村の問題だ。

 部外者が、ましてや一介のただの商人が横やりを入れていい事ではないのかもしれない。

 

 

 生活苦だったこの村が村存続のために村人総出でその手を染めた。

 

 そうだとすれば俺がこの村で行なわれているだろうことを摘発することは彼らを苦しめること以外の何物でもないのだ。

 

 何も知らない風を装い明日からまた行商を続けるという選択肢も俺にはある。

 俺の予想が外れているという可能性もあるのだから。

 

 

 触らぬ神に祟りなし。

 

 

 厄介ごとには関わらないのが賢い選択だ。

 

 

「なあ……タマ」

 

 

 俺はそうタマに問いかける。

 

 

「にゃ?」

 

 

「俺って賢く見えるか……?」

 

 

「にゃぁ? 何言ってるにゃ? どう見ても馬鹿にしか見えないにゃよ」

 

 

 俺は「ふっ……」と笑った。

 

 

 

 ――だよな。

 

 

 

 俺は「よっこらせっ」と立ち上がった。

 

 

「よし。じゃあ、ちょっくら悪者になってきますかね」

 

 

 

 いつだって俺には……。

 

 

 

「馬鹿いっきまーす」

 

 

 

 ――そんなピエロ役がお似合いだ。

 

 

 

 

***

 

 

 村長に貸してもらった部屋から出るとある異変に気付いた。

 

 

「あれ? アシューさんがいないな……」

 

 

 そして村長の姿も見えなかった。

 

 

「二人ともこんにゃ雨夜にお出かけかにゃ?」

 

「ふむ……」

 

 それならそれで好都合、散策しやすいというものだ。

 

 

 俺は考える。

 もしも俺が村長たちの立場なら『あれ』をどこに隠すかを。

 

 

 

『あれ』

 

 

 ママイト村を栄えさせただろう、権化。

 

 

「――俺なら『イーオスの死体』は沼に捨てるだろうな」

 

 

 それが一番手っ取り早く証拠を消せる方法だ。

 

 

 

「イーオスの死体って……。じゃあ、ご主人。ママイト村の人たちがやってることって……」

 

 

 

「ああ。恐らく『密猟』だ」

 

 

 

 そしてイーオスの素材の『密売』。

 それがママイト村を栄えさせた方法なのだろう。

 

 

 見る人が見ればママイト村の栄え方はわかる。

 

 

 それがどれだけ『不自然』なのかも。

 

 

「あれだけ栄えているのに全く商人がいないのは不自然だ。収益を得るためには当然買い手が必要だが、ここには俺ら以外商人がいる気配もないし商人を宿泊させる施設もない。真っ先に必要になる旅行者を引き入れる施設が全くない」

 

 

「……でもそれにゃら商人が来てないだけでこっちから売りに行っているだけかもしれないじゃにゃいか。そう考えれば施設等は必要にゃいにゃよ?」

 

 

「護衛もなしにか?」

 

 

「にゃ?」

 

 

「ギルド駐屯地にいるギメイは全然仕事がないと言っていたんだぞ。ギルドに護衛依頼を出さずに村の財産ともいうべき商品を運搬するのか? 俺たち商人個人財産とは違い村単位の財産だ、護衛代をけちる理由が全くない」

 

 

「にゃあ確かにそうだけどもにゃ……。でもそれって全部根拠のない推測の域を出ていない考えばかりじゃにゃいのかにゃご主人」

 

 

「ああ、そうだ。だからこそ今からその証拠を探しに行くんだよ。……手遅れになる前にな」

 

 

 いや、実際本当に密猟が数年間にわたり行われていた場合、もう手遅れなのかもしれないが。

 手遅れなら手遅れでそれなりの手を打つことは可能ではある。

 

 

 証拠さえ見つけかれば、あとはギルドに報告をし調査員でもなんでも派遣してもらえばそれで事足りる。

 ただ単純にするのならそれだけでこの問題は解決される。

 

 

 だが、実は今の説明であえてタマに言わなかったことが一つある。

 

 

 もしも俺の密売説が正しいのならこの問題の裏には確実に『バイヤー』が存在している。

 裏ルートから商品を仕入れ、武器の密造などを行うアンダーグラウンドな存在。

 

 

 裏の商人。

 通称「闇ギルド」と呼ばれる連中だ。

 

 

 ママイト村の取引相手がその闇ギルドのようなアングラ関係者だった場合、この村の村資源を最後の一滴まで絞り取られ挙句の果ては村民まで商品もとい奴隷として連れていかれるようになる。

 

 

 そうなれば後は村の解体という結末しか残ってない。

 

 

 今はその筋書きの所謂、甘い蜜を吸わせている段階。

 もしもママイト村が密猟に執着し、闇ギルドとの関係に依存した場合その未来に光はないだろう。

 

 

 そしてこれは、ギルドが介入し調査した場合も闇ギルドとのつながりを立証された時点でママイト村は犯罪者たちの集まりというレッテルを張られ交易の道は完全に断たれる。

 

 そうなればやはり彼らに明るい明日は来ない。

 

 

 八方ふさがり。

 

 

 これは、この二つを比較したとき後者の方が傷が浅いというだけの話でしかないのだ。

 

 

 

「――でもご主人……」

 

 

 

 だからこそ俺はこの後のタマの質問にどう答えるかを考えた。

 

 

 

「『密猟』の一体にゃにがいけないことなのにゃ……?」

 

 

「……ああ」

 

 

 

 先ほどのことをタマに伝えるのは簡単だ。

 至極簡単である。

 

 いずれは、タマにも世の中にはそういう社会が存在しているのだということを教えていかないといけないだろう。

 

 商人のオトモとしていつかは学ぶことだ。

 

 

 ―――でもそれは。

 

 

 

 

「――ギルドがそう定めているからだよ」

 

 

 

 

 今のタマにはまだ早い。

 

 

 

 

「にゃんか釈然としにゃいことばかりだにゃ……」

 

 

 俺たちはおしゃべりをそれくらいに済ませ探索を始めた。

 

 

 探しているのは所謂、解体場である。

 効率を考えるのなら狩ってきたイーオスを一か所に集めて剥ぎ取りをした方が断然早い。

 

 そして役割分担をした方がなお早い。

 男が狩猟。女が剥ぎ取り。

 

 

 ずっと昔からの男女の仕事分担形態と言える。

 

 

 俺たちが村に着いた頃に男がほとんどいなかったのはそういう理由なのだとすれば辻褄は合う。

 

 そしてその女が剥ぎ取りを行う場所。

 解体所が確実に存在するはずだ。

 

 

「と言っても村長の家付近にはないだろうがな」

 

 

 俺が「宿を貸してくれ」と言ったとき真っ先にここを指定したのは監視しやすいというのとその証拠現場から引き離すという意味があったのだろう。

 

 よそ者に万が一にも見られぬよう『一番遠い場所』を貸してくれた。

 ママイト村はそんなに広くはない、そして後処理がしやすい場所。

 

 そう考えれば……。

 

 

「……村の外かな」

 

 

 この村に来る道中そんな建物は見つけられなかった。

 なら、村の入口とは反対の方面に建てられている可能性が高いな。

 

 

「外……結構雨強くにゃってきてるにゃ」

 

 雨の勢いはさらに増し、漆黒の空を白い線が塗りつぶしている。

 そう表現してもさし使えないほどの豪雨だ。

 

 

 

 

 え? 嘘……。 

 この雨降りの中、外に出るの?

 

 マジで?

 

 

「ねえ、タマさん? やっぱやめない? ボク、実は雨に濡れると死んじゃう病があって……」

 

 

 俺がそんな発言をするとタマは無言で自分の胸を二度たたき、首を掻っ切るようなジェスチャーを取り、最後に土砂降りの雨夜を指さした。

 

 

 死ねってか……。

 

 

「ふっ、なるほど。水も滴るいい男を演じるのも悪くはないな」

 

 

 俺が今度そう息巻いたらタマが「ふっ……濡れネズミにゃ」と小さく呟いた。

 

 

「きぃぃぃ!! うっせぇなぁ!! ちったぁ黙ってろぉ!!」

 

 

「ふざけないと真面目にできないのかにゃ!! ご主人は真剣って言葉知を知らにゃいのかにゃ!!」

 

 

「『マジ・ブレード(真剣)』くらい知っとるわ!! 昨日の夜にも夜食として食いましたぁ!」

 

 

「おいらの作ったご飯はマジ・ブレードじゃにゃいにゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

「「うがぁぁぁぁぁ!!」」

 

 

 

 すみません。

 俺、基本馬鹿です。

 

 

 

***

 

 

『イーオス』

 

 

 警戒色ともいうべき赤い体皮を有した鳥竜目の代表格ランポスの亜種。

 集団で獲物を襲う点はランポス近縁種にみられる特徴からはみ出ることのない狩猟形態であり、その中でもイーオスは毒を使い獲物を弱らせるなど、狡猾で執念深いモンスターである。

 

 そのイーオスが扱う毒は武器職人の間では汎用性の高い素材として重宝され、その鱗や外皮は毒を抜けばとても優れた抗毒性のある素材となり防具等の材料として取引される。

 

 

 イーオスの有する毒牙もボウガン等の銃弾素材としてガンナーからの需要も高い。

 

 

 集団で活動をするものの一匹一匹ではあまり脅威にはなりにくく、ハンターでなくても毒にさえ注意すれば多人数で臨めば素人にも狩れないことはない。

 

 

 

 そしてここは沼地。

 まさにイーオスの生息地ともいうべき環境である。

 

 

 しかも、沼地周辺の住んでいる民にとってイーオスは害獣だ。

 密猟に臨む際も罪悪感が薄れやすくなる。

 

 

『我々に害をなすのだから狩っても問題はない』

 

 

 そういう風に言いくるめれば納得するものが出てきてもおかしくはない。

 

 もしも、闇ギルドがママイト村に密猟の斡旋をしたのだとしたらイーオスを標的として指定したのはさすがと形容せざるえない。

 

 

 

 雨の降るママイト村内を歩きながらそんなことを考えていた。

 

 

 村長の家を家探ししたら番傘が数本出てきた。

 年間降水量の多い地域だ、雨への備えがあるだろうことは少し考えればわかりそうなものだったわけだが。

 

 そういうわけで使い古された番傘を拝借させてもらった。

 

 番傘はタマが持つには少々重いため一本だけ持ち出し、タマは雨に濡れないよう俺の背中に張り付いている。

 

 

 家探しした際に確信したのだが、やはり家の中にはアシューも村長も不在であった。

 村長だけならまだしもアシューまでいないというのは少々気になるところではあるのだが、まあ今は気にしている場合ではないだろう。

 

 

「ご主人……」

 

 

 タマのそんな何かに憂いているような声。

 

 

「なんだ?」

 

 

「もしもママイト村の人たちが本当に密猟をしていたらやっぱりこのことはギルドに報告するのかにゃ……」

 

「ああ、そうだな」

 

 言いたいことはわかる。

 

 ママイト村は交易という観点において負い目にある村の一つだ。

 国からの援助等が見込めない以上自分たちでやりくりをしなければならない立場、それが危うくなった末の密猟という裏道。

 

 

 彼らも必死だったろうことは理解できる。

 

 

 タマには密猟がもたらす自然環境への影響に関しての説明はしていない。

 だからタマには俺がママイト村に行おうとしている行動があまりにも慈悲がなく、情けのない行為に映っているのだろう。

 

 

「自業自得、因果応報……そんな言葉で終わるような話だったら俺も目をつぶっていたかもしれないだけな……」

 

 

 

『村が一つなくなってもおかしくはない』

 

 

 

 俺が断言した言葉だ。

 重要な部分は『ママイト村が』ではなく『村が』という部分。

 

 

 この言葉の真意は

 

 

 

『ママイト村以外の村がなくなる可能性がある』

 

 

 

 という意味に他ならない。

 

 ママイト村が行なった行為に何の罪のない村が巻き込まれる。

 それだけは避けなければならない。

 

 

 それがどれだけ無慈悲と思われても。

 

 

 

 そうこうしているうちに俺とタマは村の外に出ていた。

 幸いなことに雨が降っていたせいか村人に遭遇することなくここまで来ることができた。

 

 

 解体場の具体的な場所はわからないが探る方法がないわけではない。

 

 

 解体した後の死体を沼に捨てる、そう考えればできるだけ沼の近くに解体場を作るだろう。

 ならばその処理池とでもいうべき沼を目印にすればいい。

 

 そして俺はその目印まで導いてくれるあるモンスターを探していた。

 

 

「いたな……」

 

 

 視界の悪いこの雨の中、そのモンスターをとらえた。

 

 

『盾虫 クンチュウ』

 

 

 俺たちが見つけたクンチュウは四匹の群れで活動しているようで、ある方角を目指して進行を繰り返していた。

 

 どうやら俺たちの存在には気が付いてはいないようではある。

 あとはこのクンチュウの後をついていけばいい。 

 

 

「にゃるほど。クンチュウは腐肉食性のモンスターだもんにゃ。もしも、イーオスの死体を継続的に沼へと処分してたらクンチュウたちからすればそこは格好の餌場になるわけだにゃ」

 

「ブナハブラでもよかったんだが、この雨の中じゃ活動はしてないだろうしクンチュウよりも活動範囲が広いため場所を絞りにくくなるからな。鈍行になってしまうがまあ、致し方ないさ」

 

 

 ここで俺は少しアシューについてきてもらわなかったことにある種の不安を覚えた。

 探す手間が必要だが、村の外まで出るわけだから安全性を確保しておくべきではなかっただろうかと己の考えのなさに淡い焦燥に駆られる。

 

 

 いや、アシューを探せば必ず村人にその行動を目撃される。

 そうなれば今のように自由に行動はできなかったはずだ。

 

 むしろ、アシューが村に残っていれば俺たちが短時間姿を消しても勘付かれにくくなる。

 

 

 

 そうだ、今の行動こそを最善だと思え。

 

 

 

 クンチュウ一行の追跡とそんな思案に気を取られたせいか俺はあることを失念していた。

 

 

「ゲッ!! しまった!! 足元が泥だらけになっちまった!!」

 

 

 雨による地面のぬかるみがひどくなり歩くたびの泥跳ねのせいで俺の足が見事に前衛的な芸術作品へと変貌を遂げていた。

 

 

「……まさかまた『俺のダンディなおみ足がぁぁぁぁぁ!!』とか言う気じゃにゃいだろうにゃ……」

 

 

「あ……いえ、これじゃ外に出歩いたの即バレするなぁって、そう思っただけで別にそんなまさか……ねぇ?」

 

 

 ただ、タマの顔は直視できなかったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 そんないつも通りのやり取りを経て、クンチュウが向かう先に大きな沼が見えてきた。

 

 近づくにつれ次第に心臓の鼓動が高鳴っていることに気づく。

 緊張しているのだということをいやでも理解させられる。

 

 

 鼻腔を抉る腐敗臭、節足が蠢き伝わる振動、甲殻がぶつかり合い立てる不協和音、深緑と黒い影が生み出す不気味なコントラスト。

 

 

 五感のうち四つに深刻な嫌悪感を塗り込むような生物の食物連鎖の一望がそこにはあった。

 

 

 

 

 クンチュウの沼。

 

 

 

 

 そう表現するのがこの場合はこの景色を如実に伝える言葉なのかもしれない。

 沼と陸を隔てる境界線の如きクンチュウの夥しい群れが俺たちの目に飛び込んできた。

 

 

 沼自体は泥が浮いているせいで沼底に何が沈んでいるのかを確認するすべはない。

 ただ、この吐き気を覚えるほどの盾虫の山は沼に浮いた生物の肉片目当てで集まってきたであろうことは明白。

 

 

 湧き出る感情は不思議と恐怖や怒り、哀れみではなく「悲しみ」だった。

 

 

 

「これはもう……解体場を探す必要はなくなったな」

 

 

 

 これだけの証拠があればギルドを動かすには十分だ。

 

 

 

 タマはこの景色を見ても俺のつぶやきを聞いても何も言葉を発することはなかった。

 おそらくタマの中でいろんな感情が渦巻いているのだろう。

 

 

 アイルーはあくまでも生態系の中ではあちら側の生き物だ。

 それをタマの一族、ご先祖が人間側にたまたま友好的でありこちら側で生活しだしただけでしかない。

 

 そうして彼らは食物連鎖の外へと外れた。

 

 

 聞こえのいい表現するのなら『共生』、意地悪な言い方をすれば『どっちつかずの半端者』。

 それがタマたちアイルーの立場だ。

 

 

「戻ろう、タマ。あまり見ていて楽しいものじゃない」

 

 

「……そうだにゃ」

 

 

 ここで軽快なジョークの一つでも飛ばせば少しはこの空気も違ったのかもしれない。

 そうしなかったのは今タマの考えるという行為を邪魔したくなかったからだ。

 

 

 考える力はとても重要だ。

 

 

 今のうちに培えばいつかそれが何にも勝る武器になるということを俺は知っている。

 タマにも体で実際に身に着けてほしいというのが俺の本音だ。

 

 

 

 だから俺はここで『うはっwww  タマタマがいっぱいwww  なあタマwww タマタマがいっぱ……!!』と言いたい気持ちをぐっと堪えた。

 

 

 

 --バシャッ。

 

 

 刹那。

 そんな、水が跳ねる音が俺たち後方から聞こえた。

 

 

「--っ!?」

 

 

 俺は予想外な音にすかさず後ろを振り返る。

 

 

 人がいた。

 

 

 そこには雨具を身に纏った男が立っていた。

 

 俺は生唾を飲み込む。

 

 

 あまりにも突然の事態に俺の緊張は一気にピークに達する。

 口の中がやたらと乾いていた。

 

 

「あんた……」

 

 

 そう口にすると、男は勢いよく俺たちのほうに向け駆け出してきた。

 

 

 あまりの急展開に俺の体は情けなく固まった。

 だが、頭は最善の行動を導き出す。

 

 

 俺は持っていた番傘をただ『手放した』。

 

 

 支えを失った番傘は重力に従い開いたままの状態でゆっくり落ちてゆく。

 重心が先端に偏っている番傘は必然的に俺と雨具の男の間を遮りそして、俺の姿を隠した。

 

 

 時間稼ぎとしては、ほんの数瞬。

 

 

 だが急に攻撃されてもこれで急所は狙えない。

 致命傷は避けられる。

 

 致命傷さえ避けられればまだ逃げることは可能だ。

 

 

 応酬の間、飛び道具による攻撃がないことを確認。

 不意を突いた俺は脱兎のごとく駆け出す。

 

 

 

「ま、まってくれ!! あんたアッシュさんが連れてきた行商人だろ!? 頼む!! 逃げないでくれ!!」

 

 

 

 俺は足を止めた。

 

 アシューの名が出てきたこと。

 それと俺を商人だと知っていたためだ。

 

 つまりあの男はママイト村の村民だということだろう。

 

 

 ゆっくりと振り返る。 

 

 

「……ご主人」

 

 

 そんな不安そうなタマの声。

 俺はそんな不安を取り除くためこう言った。

 

 

「超絶イケメンだ……」

 

 

 ただこの発言について一言いうとすれば……そう。

 

 

「『超絶イケメンな行商人』だ。間違えるんじゃない、ニーニョ」

 

 

 タマの顔は直視できなかったとだけ言っておこう。

 

 多分あれ。

 また、ものすごい馬鹿を見る目で見てきてるだろうからね……。



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ご主人とアシュー~沈黙の安寧~

***

 

 

 

「どこに行っていたのだ!! 探していたのだぞダンディ公!!」

 

 

 あの惨劇の沼を後にした俺たちは、ママイト村へとすぐさまとんぼ返りを決めていた。

 アシューは開口一番にそう少々怒気のはらんだ口調で駆け寄ってくる。

 

 

「すみません。少々気になることがありまして村の外まで出ていました」

 

 

 あの沼地で遭遇した男は、アシューの頼みで俺たちを探しに来たママイト村民だった。

 先ほどのアシューの口調の粗も今立たされている現状を鑑みれば無理からぬことかもしれない。

 

 

「無事ならばそれでいいのだ……。だが、今度からは我に一言言付かってくれ。何かあってからでは遅いのだから……」

 

 

「申し訳ありません。それで……」

 

 

 

 俺は本題を口にする。

 

 

 

 

「――その『怪我した子供』というのはどこにいるのですか?」  

 

 

 

 

 俺たちがあの沼からすぐさま帰らなければならなかった理由がまさしくそれだった。

 あのママイト村民の男から聞いた話はあまりにも焦燥を纏った語彙だったため要領を得ることがかなわず、言葉の端々から本筋を読み取るほかなかった。

 

 

 

 そして読み取った内容を要約すると……。

 

 

『村の子供がイーオスに襲われた』

 

 

『怪我を負ったもののそれ自体は大したことはない。だが毒に侵されてしまった』

 

 

『その毒がアッシュさんでも解毒ができない』

 

 

『あんたなら解毒方法を知っているかもしれないから探してきてくれ』

 

 

 というものだった。

 

 

「ひとまず民家の一室に寝かせているのだが……すまないダンディ公よ。我にもなぜ解毒ができないのかわからんのだ……」

 

 

 そんな申し訳なさそうに唇をかみしめるアシュー。

 そして悔しそうに言葉を続けた。

 

 

「被害を受けたのはまだ子供だ、体力がどれだけ持つかもわからない……。このままだと最悪のケースもありうる……」

 

 

「取りあえずその民家まで案内をお願いします、話は向かいながらしましょう」

 

 

 ――う、うむ……そうだな。

 

 

 と言い、急ぎ足で歩を進める。

 

 

 

 俺には今の説明を受けてもまだ解せない点が一つあった。

 

 

 

 

「……にゃ。『解毒薬』は? 解毒薬は投与したのかにゃ?」

 

 

 そんな意見。 

 タマの言う通りそこが解せないでいた。

 

 イーオスをこの村人が相手取っていたことはもう間違いはないだろう。

 ならば当然もしもの事態に備え毒に対する準備は必ずしているはずだ。

 

 

 その理屈をなしにしたって何かと毒にかかわり深い土地柄なのだから備蓄がないなんてことはありえないはずである。

 

 

「うむ、解毒薬は用量ぶんは投与しているらしい、それが我らがこの村に訪れるもう何時間も前の話だそうだ。だが一向に回復の兆しを見せず、そればかりか症状は悪化するばかり……。すまぬ、正直我もそれ以上の対処法は知らぬのだ」 

 

 

 アシューが村長の家から姿を消していたのはこのためだったのかと納得がいった。

 

 

 以前からこの村とも交流を持ていたアシューだ。

 このような些事に対する相談役としてはうってつけ。

 

 だからこそ村についた早々に診てもらうよう頼まれたのだろう。

 

 

「ならば、その襲ってきたモンスターがイーオスではなかったという可能性は?」

 

 

 毒と言っても生物が所有する毒がすべて同じとは限らない。

 種族が異なれば当然その生活環境も違ってくる。

 

 

 そうなれば、毒もまた大きく別のものと化す。

 

 

 解毒薬だからと言ってその毒に対する解毒成分が含まれていなければ意味などなさない。

 つまりイーオスではなく別のモンスターに襲われ毒を受けていた場合、いくらイーオス用の解毒薬を服用したところで効果が表れるはずがない。

 

 

「そこに関しては我にはなんとも言えない……。だが、見間違う可能性も噓をつく必要性も我はないと思っている」

 

 

「なるほど、確かにそうですね」

 

 

 実際には見間違う可能性はなくとも嘘をつく理由はこのママイト村には存在する。

 

 だが、「イーオス以外のモンスターに襲われた」と噓をつくことはあっても「イーオスに襲われた」と嘘をつくメリットが今回の場合、存在しないのは事実。

 

 そう考えれば嘘はついてないと結論づける方が順当だろう。

 

 

 結果、ママイト村の村民から聞いた話とアシューの話をつなぎ合わせると。

 

 

『確かにイーオスに襲われたにも関わらず、なぜかイーオス用の解毒薬をもってしても毒の処置がかなわない。そしてこのままではその子供の命も危ない』

 

 

 

 というもの。

 

 

 

 ここまでの情報が手に入ればもう十分だ。

 一体何が起こり、なぜ解毒ができないのか。その答えはもう見当がついている。

 

 

 

 これは想定していた起こりうるであろう最悪の事態でもあった。

 

 

 

 そしてついにその民家にたどり着く。

 アシューの導いてくれた民家の前にはこの雨にもかかわらず人がごった返している光景についめまいを覚える。

「すまない!! 道をあけてくれと!!」とアシューが人をかき分けながら道を作ってくれた。

 

 

「お……おお!! 商人さん!! すまなんだ、よく来てくれた!!」

 

 

 民家の中に入るや否や、村長の疲弊した顔が真っ先に目についた。

 簡素の家の中には村長と子供の両親らしき男女、そして例の怪我を負った子供が寝ているだけ、必要最低限の人しかいれていないようであった。

 

 

 誰も彼も焦燥と不安で顔色が悪い。

 特に子供の顔色は土気色をしてる。とても一息ついていられる雰囲気ではなかった。

  

 

 子供はうわ言のように「ごめんなさい」と繰り返している。

 何について謝っているのかはわからない。

 

 

「遅くなってすみません。お話はここに来る間にある程度、伺わせていただきました」

 

 

「いや来てくれただけど御の字じゃ。それに話が早くて助かるわい……。解毒薬を飲ませて安静にさせていたのじゃが夜になてもよくなる見込みがなくての……。それどころか状況は悪化するばかりなんじゃ。すまん……、わしらじゃ手の施しようがないのじゃ。おぬしの知恵を貸してはくれぬか?」

 

 

「……その前にまず、その子に摂取させた解毒薬を見せてもらっていいですか?」

 

 

 俺のその言葉に反応して子供の父親は常備薬であろう解毒薬を一つ「どうぞこれです……」と渡してきた。

 

 

 渡されたそれは一般的なギルドストア等で取り扱っている市販の解毒薬であった。

 市販と言ってもハンターも使うような幅広い毒に対応した準万能薬と言っても差し支えない薬品だ。

 

 当然イーオスの毒にも対応している。

 

 

 そして俺が商品としてではなく備品として積んである解毒薬もまたこれと全く同種のもである。

 

 

 思った通り薬自体には問題はない。

 

 

 だとすれば問題があるのはやはり毒の方なのだろう。

 

 

「薬には不備がありません。これで解毒が叶わないのならハンターズギルドに向かい治療を施してもらうほかないかと思います。私はあくまで商人、医療行為も応急処置ぐらいがやっとです。すみませんが、これはギルド駐屯地に向かい専門的検査をしてもらう以外ないかと思います」

 

 

 俺のそんな淡々と述べる言葉にタマ以外の全員が顔をこわばらせた。

 

 

 

 

 そう、『それができれば苦労はしない』という顔だ。 

 

 

 

 

「ダンディ公の言う通りだ、翁よ!! このままここで手をこまねいていても仕方がないのは事実なのだ!! なぜ先ほどから駐屯地へ赴くのを固くなに拒んでいるのだ!! 我にはそれが理解できない!!」

 

 

 

「それは……そうなのじゃがなぁ」

 

 

 

 ギルドの助力を仰ぐということはママイト村周辺のモンスターの異変を伝えるということと同義なのだ。

 

 それはつまり確実にギルドが調査隊をママイト村周辺に派遣するということに他ならない。

 そうなれば、あの沼地もそして件の解体場もギルドに見つかることになる。

 

 

 

 

「翁よ!! よく考えるのだ!!」

 

「アッシュさんお願いやめて頂戴!! 子供の体に差し支えるわ!!」

 

 

 

 

 言い逃れは可能か?

 

 言い逃れたとしてもこれまで通り密猟はできるのか?

 

 そもそもバイヤーに今回の件が知れわたったとすれば今まで通りの取引を続けてくれるのか?

 

 

 

 そんな思いが彼らを縛り付けているのだろう。

 

 一度上がってしまった生活水準をまた下げるのは容易なことではない。

 誰だって貧しいよりは恵まれている方がいいものなのだから。

 

 

 この状況になってもそれが彼らの脳をチラつかせている。

 

 

 こんなことは言いたくはないが本当にこの密猟を斡旋した闇ギルドの手腕には賞賛の言葉を送らねばならないほどの見事な根の張り方だ。

 

 

 

 

「――なあ!! 翁よ!!」

 

「アッシュさん!! 頼む!! もうやめてくれ!!」

 

 

 

 

 ああ……本当に――。

 

 

 

 

 

 

 ――クソッタレだよ。

 

 

 

 

 

「――ママイト村の皆さん」

 

 

 

 

 アシューの怒号が響き渡る喧騒を断ち切るように俺はゆっくりそして冷たく言の葉を発した。

 

 

 

「『生物濃縮(せいぶつのうしゅく)』――という言葉をご存知ですか?」

 

 

 

 タマが「ご主人……」と言いながら俺の元までトテトテと歩み寄ってくる。

 そんなタマに俺は「ニカッ」と笑って見せた。

 

 

 

「……ダンディ公よ。一体何の話なのだ?」

 

 

 

 あの発言に溜飲が下がるとまではいかないもののそれなりに落ち着いたアシューがそう問いかけてきた。

 

 

「『生物濃縮』というのは食物摂取の過程で起こる毒素の濃度変化現象の事を言います。どんな生物であろうと少なからず体内に毒素を含んでいる、当然われわれ人間も例外ではありません。――その毒素は食物を摂取するたび体内に少しずつ蓄積されていきます」

 

 

 突然の俺のそんな一人語りに割り込んでくるものなどおらず皆執拗に押し黙った。

 

 

「ですがその蓄積される際、ただ量が増えるのではなく毒素の濃度が濃く、濃くなっていくという現象が体内で起こるんです。食物摂取するたびに体内の毒素濃度が増していく現象、これを『生物濃縮』といいます」

 

 

 

 そう一通り俺が語り終えるも誰も口火を切るものは現れず静寂がなおもこの場を支配していた。

 

 

 

「わかりませんか? その生物濃縮こそがこの子を蝕んでいる毒を解毒できない理由なんですよ」

 

 

 

「--!?」

 

 

 

 場がどよめき返す。

 

 

 

「ダンディ公……貴殿知っているのか!? この毒の原因を!?」

 

 

 

 俺はこの沼地で起きたのであろう、ことの顛末を語った。

 

 

 

 

 イーオスは集団で狩りを行うモンスターだが一匹一匹では脅威になりにくいことからわかるよう数がものをいうモンスター。

 

 群れの数がそのまま強さへと直結するといっても過言ではない。

 

 

 そしてその群れの数は下降傾向にあり絶対値が少なくなってきているというのがこの沼地における現状だった。

 

 つまり、イーオスはこの沼地において圧倒的弱者と化していたのだ。

 

 

 弱者と化したイーオスが真っ先に直面するであろう問題。

 

 

 

 それこそ『食糧問題』だった。

 

 

 

 群れの弱体化による狩りの成功率低下。

 成功したとしても沼地は腐肉食性のモンスターの宝庫。

 

 他のモンスターに横取りをされたとしても抵抗するだけの力がない場合の方が多くなる。

 

 そうなればますます狩り成功率は低下の一歩をたどることとなる。

 

 

 

 まさに『負のスパイラル』に陥ったのだ。

 

 

 

「そしてその負のスパイラルに見舞われたイーオスたちは『あること』を行ったんです」 

 

 

「……なんですのじゃ? その『あること』というのは?」

 

 

「別に生物界では珍しいことでもなんでもない、よくある現象ですよ」

 

 

 

 

 俺は息を大きく吸い込んだ。

 

 

 

 

「――『共食い』です」

 

 

 

 

 まるで水が打たれたかのように静まり返る民家の一室。

 

 

 

「……にゃ。つまり食糧難に陥ったイーオス達は共食いをすることで飢えをしのぎ始めたということなのかにゃ、ご主人」

 

 

「ああ、その通りだ。通常ならそれだけの話でしかなく、他のモンスターであればここでこの話は終わるんだがな……イーオスのようなモンスターは例外なんだ」

 

 

「そうか……。我にも得心がいったぞダンディ公……解毒が叶わなかったのはイーオスの毒の濃度がその生物濃縮により変化したためだったのだな」

 

 

「――その通りです」

 

 

 アシューの言う通り、共食いにより引き起こされた生物濃縮。ほかのモンスターならば蓄積されるだけで終る話なのだがイーオスの場合は勝手が違う。

 

 その理由は、イーオスが所有している特殊器官であり、毒をため込む器官。

 

 

『毒袋』の存在である。

 

 

 イーオスは生物濃縮により獲得した高濃度の毒を毒袋に『溜め込む』ことができる。

 そしてさらにはその毒を己の武器として振るうことができるモンスター。

 

 その高濃度の毒に免疫を得ることのできた個体はそれ以前とは比べ物にならないほど生命力が強くなる。

 

 

 ギルドはその高濃度の毒を有した個体を『上位モンスター』と位置づけ、狩猟危険度も高く設定する。

 この上位モンスターに位置づけられた個体はとてもじゃないが素人が手を出せる域にはいない。

 

 そしてその上位の個体が有する高濃度の毒袋は『猛毒袋』と名前を変え市場でも危険物として細心の注意を払い取引されるようになる。

 

 

 

 そしてこの現象の原因を辿れば元はママイト村の密猟問題に回帰する。

 

 

 

「村長……これがあなた方がここ数年繰り返し、村を繫栄させてきたことへの代償なのです」

 

 

 

『村一つ無くなってもおかしくない』

 

 

 今回はその被害がママイト村に起こったが、もしかしたら別の村に被害者が出ていたかもしれない。

 解毒不可能な毒はそういう状況を作りうるほど危険な代物なのだ。

 

 

 

「村長」

 

 

 

 俺は威圧的に彼に言い迫る。

 

 

 

「今一度、何が大切かを考え直してください。少なくとも俺は……」

 

 

 

 

 

「――笑い一つ起きないこんな空気が、その子の将来よりも大切だとは決して思いません」

 

 

 

 

 

 静寂。

 

 

 

 

 

 雨音が聞こえるはずのこの空間を耳が痛くなるような静寂が包み込んでいた。 

 

 

 緊張、焦燥、困惑、悲壮、それとわずかな憤怒。

 

 

 それがこの空間を形作っている要素。

 

 

 

「……あい分かった」

 

 

 村長は絞り出すような声でそう答えた。

 

 

「翁よ……」

 

 

 ママイト村民は誰一人として村長の言葉に対し抗議の意思を示すことはなかった。

 彼らもわかっていたのだろう。

 

 

 村長がどう答えるかということが。

 

 

 

「あい、分かった。じゃが……」

 

 

 そう否定的な言葉をつなぐ。

 

 

「少しだけ……もう少しだけ待ってはくれんじゃろう……か!?」

 

 

 その言葉に反応するように大きな影が村長に掴みかかった。

 

 

「アシュー!? やめるのにゃ!!」

 

 

 鬼の形相。

 

 

 タマの制止を無視し村長の胸ぐらをつかみあげるアシュー。

 その表情はまさに鬼気迫るものだった。

 

 

「ケッ……。ケハァッ……!!」

 

 

「もう少しだと? 少しとは何なのだ……。なあ翁よ? もう少しとは一体いつなのだ?」

 

 

 まるで獣のように息を荒げる。

 爆発寸前な理性を無理やり押さえつけているようでもあった。

 

 

「――雨が止むまでか? ――夜が明けるまでか? それとも――この童子が事切れるまでか!? なあ翁ぁ!!」

 

 

「やめるにゃ!! 村長が苦しがってるにゃ!! これじゃあ村長が死んじゃうにゃ!!」

 

 

 タマ以外誰もアシューを止める者はいなかった。

 

 

 村民誰一人として。

 村長の考えは至極単純なこと。

 

 

 要は時間稼ぎ。

 

 

 もうこの沼地周辺にギルドが介入することは避けることのできない事案と化してしまっている。

 

 

 ならば彼らにできることはもう一つだけ。

 

 

 証拠隠滅。

 そのための時間稼ぎ。

 

 

『悪あがき』だけだ。

 

 

「……よいしょっと」

 

 

 俺はわざとらしくこの場に不釣り合いな声を出し床に伏せる子供の横に座り込んだ。

 

 

 

 決して見誤ってはいけない。

 村長を、彼らのことを俺たちは勘違いしてはならない。

 

 

 彼らの行いは間違ってなどいないのだから。

 彼らは『正しくない』だけであり断じて『間違い』ではない。

 

 

 ママイト村民が精一杯生きようとした思いを『正攻法ではないから』と断じ悪とするのは容易であり単純だ。

 

 そこで思考を停止させればすべてが丸く収まる。

 

 

 

 だがそれで本当にいいのだろうか。

 

 

 

 弱者を断罪し、その後ろに蔓延る権化を野放しにすることが本当に『正しい』ことなのだろうか。

 

 

 決して本質を見失うな。

 

 

 助けるべき『対象』を。

 

 

 本当の『悪』の存在を。

 

 

 

 

 ――彼らが『被害者』であるという本質を。

 

 

 

「どんとこぉぉぉぉぉい!!」

 

 

 

 俺はそう雄たけびを上げ、床に伏せる子供を強引に担ぎ上げた。

 

 

 

 そんな奇声で皆の視線が俺に集中する。

 

 

 

 一番目を丸くしていたのはアシューだった。

 

 

「ダンディ公……」

 

 

 子供を担ぎ皆に背を向けた状態で俺は静かに言葉を発した。

 

 

 

「村長、あなたは立派なお方です。今それを確信しました」

 

 

 

『往生際が悪い』

 

 

 それはとても聞こえの悪い言葉。

 だがそれは逆を言えば『諦めらず、考えることを放棄しなかった』という厳粛なる示唆に他ならない。

 

 民をまとめる長に必要な重要な要素。

 

 彼は最後までそれを手放さなかった。

 

 

 これを立派と言わずなんというのか。

 

 

 俺はゆっくりと振り返り、アシューと村長を見据えた。

 そんな視線にハッとしたアシューは村長の袂から手を放した。

 

 

「アシューの姉御。すみませんが、これから『護衛依頼』を申請したいのですが、いいですか?」

 

 

「ご主人!? 何を言い出すのにゃ!? 何でご主人が行く必要があるのにゃ!! それにこんにゃ豪雨で視界も満足にない中いくにゃんて無謀を通り越して……!!」

 

 

 そこまで言葉にしてタマは、バツが悪そうに続きの台詞を飲み込んだ。 

 

 

「ご主人しかいないから……そういうわけかにゃ?」

 

 

「……悪いな、タマ」

 

 

 察しがよくて本当に助かる。

 

 俺しかいない。

 駐屯所に到着してから時間稼ぎができるのはこの村の中では俺とアシューしかいない。

 

 ママイト村の住民がギルドに赴けば被害を受けた村がママイト村だとすぐに分かり、調査隊が即刻派遣される。

 

 だが、完全部外者である俺が助力を仰ぐことで調査範囲をうやむやにすることができ、調査隊が派遣されるまでの時間を稼げる。

 

 

 

 証拠を隠すまでの時間を作るには俺が行くしかない。

 

 

 

「俺が駐屯所までこの子を連れていき、調査隊が派遣されるまでの時間を稼いできます」

 

 

 呆然と立ち尽くす村長の元まで歩み寄る。

 

 

「村長、もうお気づきでしょうが俺はこの村が行ってきたことがどのようなことなのか察しがついています。ギルドが定めているようそれは許されざる行為なのです。それだけは肝に銘じてください」

 

 

 彼の肩は小さく震えていた。

 

 

「商人さん……儂は、この村をなくしたくなかった。ただ……ただそれだけだったのですじゃ」

 

 

 そう弱弱しく呟く村長の手を俺は手に取った。

 

 

 しわしわで「苦労」という文字が染みついた傷だらけの手を。

 

 

 

「後のことは任せてください」

 

 

 

 そう言ってそっとアシューへと視線を流す。

 

 

 

「護衛、お願いできますか?」

 

 

 朗らかに笑みを作りそう問いかけた。

 

 

 

「あ……ああ。無論だ」

 

 

 

 ――ありがとうございます。

 

 

 とお礼を述べた。  

 

 

「さあ。それじゃあ行きましょうか――」

 

 

 

 

 

「――湿原ギルド駐屯地へ」

 

 

 

 

 俺は声高々に檄を飛ばした。

 

 

 

 

 

***

 

 

『いや、我とダンディ公の二人だけで十分だ』

 

 

 俺たちについて来ると言い出した村民の男衆をアシューがそうバッサリと切り捨てたのが印象に残った。

 

 

 実際、アシューの言う通り半端な戦力は今回の場合はいない方がいい。

 

 

 イーオスの毒を解毒する術のない現状、少数人数で臨んだ方がまだ助かる見込みがある。

 もしも大人数で向かいイーオスに襲われ毒に侵されることになれば、その毒に侵されたものはその場で切り捨てなければならなくなる。

 

 

 

 そうしなければ全滅してしまうためだ。

 

 

 

 あとは単純に護衛対象が少ない方が守りやすいからというのも一つの要因だろう。

 

 だからこそのアシューの言葉であり少数精鋭。

 被害を最小限に抑えるための手段でもある。

 

 

 

「だからタマ、お前も皇帝閣下と村に残れ」

 

 

 

 雨具を身にまといながら俺はそう村を発つ準備をしているタマに告げた。

 

 

「……わかってるにゃ。おいらが付いて行っても何の役にも立てないからにゃ……。おいらはおいらができることをやるだけにゃ」

 

 

 その言葉はとても寂しい響きをしていた。

 

 

 発つ前に皇帝閣下にも顔を見せにいこう。

 

 

『もしかして』があるかもしれないからこそ……。

 

 

 

「ダンディ公、準備はできたか」

 

 

 そんな厳かな雰囲気に割って入るようにアシューがやってきた。

 アシューの格好は、すでにアロイ頭装備までつけた完全武装状態だった。

 

 

「ええ、準備は万全です。ですが、ちょっとだけ皇帝閣下に一目顔を拝ませに行ってもいいですか?」

 

 

 俺がそう申し出ると、アシューは驚いたように声を出した。

 

「皇帝閣下殿はダンディ公が連れ出したのではなかったのか? 先ほど竜舎を覗いても皇帝閣下殿の姿が見えなかったからてっきり貴殿が連れ出したものだとばかり思っていたのだが……」

 

 

 その言葉を聞いて俺とタマは顔を見合わせた。

 そして同時にため息をついた。

 

 

「……あの野郎、また逃げやがったな」

「いつものことだけどひどいにゃ、皇帝閣下……」

 

 

 皇帝閣下の野郎なぜあんなにも危機感知能力と逃げ足に優れているのか。

 一体誰に似たんだか……。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 あっ、俺か。

 

 

 

「まあ、どのみち皇帝閣下殿を率いての進行も危険なため予定にはなかったのだ。これで道中ばで倒れるわけにはいかなくなったわけだな、ダンディ公」

 

「そうですね」

 

 あいつが帰ってきたとき、主人がもういないなんて事態にならないようにしないといけない。

 

 

 それがこいつらの主人としての最低限の責務だ。

 

 

 

「……すまなかったな、部外者である貴殿らを巻き込んでしまって。すべては我の力不足ゆえの結果ばかりだ」

 

 頭装備をつけているせいで表情こそ読み取れないもののその声音は己の無力さを憂うような力なきものだった。

 

「先ほどの件もそうだ。我は頭に血が上り翁に対し怒鳴りまくしたてることしかできなかった。貴殿の冷静さには救われた、感謝してもしきれない」

 

 

「いえ、大したことはしてませんよ。それにある人からも頼まれてましたから」

 

 

 

『少し向こう見ずなところがあるから君が調節してあげてよ』

 

 

 

 ここまで全てお前の掌の上だとでも言うつもりか。

 

 

 

 ――ふざけるのも大概にしろよ。

 

 

 

「感謝の言葉は駐屯地についてからです。俺も問いたださなければならない相手がいますので。――頼りにしてますよ、姉御」

 

 

「うむ、任されたダンディ公」

 

 

 雨止まぬ、長い夜の始まりである。

 

 




因みに今回出てきた「生物濃縮」ですが。

日本で一番有名な生物濃縮による公害は皆様一度は聞いたことはあると思いますが『水俣病』がなじみ深いですね。


水俣病は工場から海へ破棄された水銀をプランクトンが食べ、それを小魚が食べ、さらに大きい魚が食べ、最後に人間が食べる。

そしてその最後に行き着く人間の中でも妊婦に蓄えられた高濃度の水銀がお腹の中の胎児に栄養と一緒に与えられたことにより奇形児が生まれる経緯にいたりました。

生物濃縮はその連鎖が多ければ多いほど高濃度の毒を作り出していきます。
こういう経路をたどって引き起った生物濃縮の連鎖により発症したのが水俣病です。

参考までに。


以上!! 「モンハンで学ぶ日本の歴史!!」のコーナーでした!!


※そんなコーナーは存在しません。


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ご主人とアシュー~這いよる毒沼~

『近道を使いましょう』

 

 それが俺が真っ先に出した湿原ギルド駐屯地までへの帰還ルートだった。

 言わずもがな、アシューがママイト村に来る際に提案し、そして俺たちが使うことのなかったあの洞窟のことである。

 

 

 アシューと件のママイト村の子供を背負った俺は、雨でぬかるみが増した真夜中の大地を一心不乱に駆けていた。

 

 

 体力の消耗が激しい。

 

 

 雨のせいで視界が悪く、足場の悪くなったこの悪環境である。

 子どもの体力の問題、雨にさらされているゆえの体温の低下。

 

 それらすべてが時間が、猶予がないと俺の思考にまとわりついてくる。

 

 

 

 村を出る前、近道の件を俺がそう提案してもアシューは一言も反対意見を口に出さずただ頷いてくれた。

 

 

 

 近道である洞窟には『イーオスのコロニー』が形成されている。

 当然そのことを忘れているわけではない。

 

 

 人命を優先するため、自らの命を危険にさらしてでも時間を短縮しなければならない現状。

 それで一番の負担を担うのは当然、護衛をするアシューであり最も危険にさらされる役目にある。

 

 一番の外れくじ。

 そう言えるだけの責任を負わせてしまうことになる。

 

 

 俺はこと戦闘に関しては完全に役立たずであり、足手まといにしかならない。

 そんな俺を守りながら危険なルートを使うのだ。

 

 場合によっては通常ルート以上の時間を取られる可能性もある選択。

 それ以前に全滅する可能性だってある。

 

 不安要素にあふれた意見を信じて引き受けてくれた。

 

 

 彼女には感謝してもしきれない。

 

 

 

「はっ……。はっ、くそっ……」

 

 

 

 顔面にまとわりつく水滴を乱雑に拭う。

 雨具を身に纏っても完全には防げない雨粒が視野を狭め続ける。 

 

 

 いくら拭っても変わりがなく、天はまるでその姿をあざけ笑うかのように降水をもたらした。

 

 

 体にまとわりついているのが汗なのか雨なのかそれすらも、もうわからない。

 

 

 

 眼前を走るアシューに焦点を合わせる。

 竜車に乗っていた俺とは違い彼女は昨日からずっと動き続けている。

 

 そしてろくに一息もつけずにこの騒動での駆り出し。

 

 

 俺なんかよりもよほど疲れているはずだ。

 弱音を吐いてなんていられない。

 

 

 子供を担ぎ支える腕に力を入れる。

 

 己を鼓舞するように。

 

 

 

「――!!」 

 

 

 そんな時アシューが何かに気が付いたように勢いよく後ろを、俺のほうを振り向いた。

 

 

「――ろぉ!! ……ディ公!!」

 

 

 雨音による雑音で何を言っているのかわからなかった。

 

 

 ただ感じたのは背筋が凍りつくような冷たい気配。

 前を走っていたアシューは勢いをそのまま、右足を軸に円を描くよう半身を返し――。

 

 

 殴りかかってきた。

 

 

 裏拳。

 盾を用いた『バックナックル』。

 

 

 その拳の軌跡は無様に倒れこむように屈む俺の頭上を掠めた。

 

 

 聞こえてきたのはまるでハンマーで殴ったような鈍く重い耳障りの悪い「ピキッピキ」とした亀裂音。

 

 

 そして鳥竜種特有の甲高い断末魔だった。

 

 

 前のめりに体勢を崩す体を大きい手が支えてくれたことで俺とママイト村の子供も倒れることなく事なきを得た。

 

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 

 後ろを振り向く。

 自分を襲おうとしていたモンスターに目を向ける。

 

 

 

 横たわるイーオスは意識が朦朧としているのか、痙攣をしているのか起き上がろうとせず弱弱しく鳴くだけだった。

 

「……急ごう。今ので……仲間が集まってくるかもしれん」

 

 

 

「……はい、行きましょう」

 

 

 時間がない。今はただそれだけだ。

 

 

 

 再び駆け出す際、今まで走ってきた道ともいえぬ道を振り返る。

 

 

「くたばってる場合じゃないよな……そうだろ?」

 

 

 聞こえるはずのない己のオトモにそう問いかけた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 不可解。実に不可解。

 なぜだ。

 

 

 そんな疑問の色が徐々に濃くなっていく。

 

 

 近道の洞窟には近づいているはずだ。

 それはつまりイーオスの住処にも近づいているということと同義のはず。

 

 なのになぜ、こんなにも……。

 

 

 

「見えたぞダンディ公、洞窟の入口が」

 

 

 

 その不安を具現するかのように深い洞穴が顔をのぞかせた。

 

 

「ここを抜ければ……あと半分。……もうひと踏ん張りだ」

 

 

 アシューに伝えるべきか悩みあぐねる。

 

 

 この違和感を……。

 

「童子の様子はどうだ……?」

 

「お世辞にもいいとは言えないです……。雨に晒されたせいで体温も下がってしまっています。これでは抵抗力も損なわれ合併症の危険も……」

 

 

 もしもそうなれば解毒ができても体力が回復することなく衰弱死という展開もありうる。

 

 状況は相変わらず好転はせず悪くなる一方だ。

 

 

「一刻の猶予も許しません、急ぎましょう」

 

 

 そう言って俺はアシューに小瓶を一つ手渡した。

 

 

『ホットドリンク』

 

 原材料トウガラシから作られる発汗作用を促し外気の寒さから身を守るために開発された飲料薬である。

 

 

「すまない、代金は後で払おう」

 

「あ、いえ。これは村長から渡されたものなんです。俺の商品じゃありません、なので代金は結構ですよ」

 

 

 

『こんなことしかできない儂らを許してくだされ……』

 

 

 村長はそう言って色々なものを手渡してくれた。

 

 

「他にも砥石やペイントボール……と気休めの解毒薬などをもらいました。必要になったら渡しますのでどうぞおっしゃってください」

 

 

「そうか……翁がな」

 

 

 そう思いをはせるアシュー。

 

 数刻前までのやり取りのことを思えば複雑な心境なのだろう。

 

 

 だが実際アシューは一度も俺にママイト村が行ってきたことの真相を聞いては来なかった。

 

 もう察しているのかそれともあえて聞かないようにしているのかはわからないが、話題に出さないのは彼女なりの気遣いのなのだろう。

 

 

 そこからはまた俺たちは洞窟内を駆け出した。

 

 洞窟内は思いのほか広く人工のものにしてはかなり大きい部類だった。

 おそらくもとは行き止まりだった自然の洞穴を掘り進めつなぎ合わせたのだろう。

 

 洞窟内に毒素性分の強い沼が発生したのもその掘り進める過程で発生源を掘り当ててしまったことに起因しているのかもしれない。

 

 毒沼には気をつけなければならないが雨の心配がない分よほどこちらのほうが進みやすい。

 

 そんなことを思いながら走り続けた。

 

 

 結局抱いていた疑問に関してアシューに伝えることはしなかった。

 タイミングを損ねたというのもあるが、下手に不安を煽ることはしないほうがいいだろう。

 

 

 杞憂ならばそうであったほうがいい。

 

 

 そんな思いのもと、言葉を飲み込んだ。

 

 そう。イーオスの住処付近にもかかわらず『イーオスの姿が全く見えない』ことになんて……。

 

 

 だが俺のそんな楽観的な考えはあっさりと後悔へそして「絶望」へと変わることとなる。

 

 

 

 その絶望の片りんはすぐさま俺たちの目の前に現れた。

 

 

 紅い体皮。発達した毒爪。通常種より一回りも大きな体躯。

 

 そして最大の特徴。

 群れの中での『長』。それを象徴する突起のようなトサカを有したモンスター。

 

 

「『ドスイーオス』……」

 

 

 アシューがそう口に出す。

 しかし、そのドスイーオスが一目で普通でないことがわかった。

 

 

「ドスイーオスの……『死体』だと?」

 

 

 そう、ドスイーオスはすでに絶命していた。

 

 

 そんな死体を見て真っ先に頭をよぎったのは、ママイト村の人々。

 密猟という可能性。

 

 

 だがその可能性はすぐに払拭される。

 彼らがやったのならばそもそも死体は持ち帰っているはず、こんな大物を置いていくはずがない。

 

 彼らではない。

 

 何よりこの亡骸は人間がやったとは思えない決定的な証拠があった。

 

 

「はぁ……はぁ……。食われていますね……」

 

 

 はらわたを食いつくされているドスイーオス。

 猛毒を持ったイーオスの体皮を食うなんて人間には決してできない所業だ。

 

 

 ならば次の可能性は共食い。

 

 イーオスがドスイーオスを襲い、そして食したという可能性。

 

 

「いや、それも違う……」

 

 

 ドスイーオスの食われた肉の断面がそれを物語っていた。

 これはイーオスよりも『小さく』そして『無数』の生き物が食らいつかない限りこんな断面にはならない。

 

 だとすれば……?

 だとすれば一体何がこの死体を作った?

 

 

 考えろ。

 

 

『住処にもかかわらず姿を消したイーオス』

 

『ドスイーオスの毒をものともせず食せる小さな存在』

 

 そして……『ドスイーオスを倒すことのできるほどの強さを有するモンスター』

 

 

 これらの条件に当てはまるモンスターは……。

 

 

「いや、まさか……でも生息域が違う」

 

 

 そこまで考えが及んで「はっ!?」とした。

 

 

 

「くそっ!! これもゴア・マガラの影響か……!!」

 

 

 俺の思考はある一匹のモンスターの存在を導きだした。

 

 最悪だ。

 もしもこのモンスターも生物濃縮で解毒不可能な毒を有してしまっていたら……。

 

 

「姉御!! ここから出口まであとどのくらいですか!!」

 

 

 俺の血相を変えた詰問にただならぬ雰囲気を感じ取るアシュー。

 

 

「ま、まだ半刻はかかるが……」

 

 

 引き返すか? 

 ここは危険すぎる。

 

 時間がないのも変わりようのない事実。

 

 だが俺が下した決断はーー。

 

「戻りましょう!! この洞窟内は危険です!!」

 

 それしかない。

 奴に見つかる前にこの洞窟を抜け出すしかない。

 

 正直、この状況は相性が悪すぎる。

 

 

 時間のロスに縛られ全滅なんて事態だけは避けなければならない。

 

 

 しかし洞窟内に響くほどの声量で叫び、出口まで踵を返そうとした俺の足は前へ出ることはなかった。

 

 

 目の当たりにしてしまったのだ。

 すくみ上ってしまったといってもいい。

 

 

 洞窟内上部、天井の割れ目という割れ目からまるで容器に注がれた水が許容量をこえ溢れ出したかのような勢いで退路を埋め尽くす夥しい『そいつら』に俺はなすすべなくただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 そいつらは目のない滑らかな顔をこちらに向け大きく裂けた口から鋭利な牙をちらつかせる。

 その動作はまるで罠にはまった間抜けな生き物を見て嘲笑しているようにも取れた。

 

 

『ギィギ』

 

 

 ――ヒタッ……ヒタ。

 

 

 ふいに背筋が凍りつく。

 まるで地を這うようなそんな不気味な足音が聞こえてくる。

 

 

 いないわけがない。

 

 

 そう。

 幼体であるギィギがいる以上、その『母体』が存在しないわけがないのだ。

 

 

 呼吸があれる。

 体が震える。

 叫びたい気持ちを奥歯をかみしめ堪える。

 

 そうしなければ意識が恐怖心で途切れてしまいそうだったから。

 

 

 やがて足音の主はその深淵より顔を『毒腺』を覗かせる。

 

 

 

 すり鉢状の口。

 鱗を有さぬ柔軟性、伸縮性に優れた真珠色の体皮。

 

 

「馬鹿な……!! このモンスターの生息地はもっと北の『凍土』のはずではないのか……!?」

 

 

 そして最大の特徴『頭部と同型の尻尾を持つ』という類を見ない生態を持ち、固体、液体、気体とあらゆる毒を操るモンスター。

 

 

 

 

 這いよる毒沼。

 

 

 

 

 ――毒怪竜 ギギネブラ。

 

 

***

 

 

 進むべき道の先にはギギネブラ。 

 退くために戻る道には夥しい数のギギネブラの幼体であるギィギ。

 

 

 前門の虎後門の狼。

 

 

 選択ミス。

 そんな言葉が頭に浮かぶ。

 

 

 これは完全なる俺のミスだ。

 洞窟にイーオスの姿が見えない時点でやはり一度考えを巡らせるべきだった。

 

 

 

 時間がない、その思考が選択肢を狭まていたのは事実ではある。

 選択の幅はなかった。

 

 だが今それを後悔したところでそれはすべて後の祭りでしかない。

  

 

 ――考えろ。

 

 

 焦るな。

 

 

 今はこの状況を打開する方法をひねり出せ。

 後悔や反省はその後でいい。

 

 

 

「ダンディ公!! 我が退路を確保する!! 決して離れるな!!」

 

 

 

 そう叫ぶアシューは俺たちが通ってきた道。

 ギィギが埋め尽くしている道を切り開こうと体の向きを向け戦闘態勢に入った。

 

 

 

「やめろぉ!! むやみにギィギの群れに突っ込むな!!」

 

 

 

 俺の荒れた口調での制止。

 強いそんな言葉は俺の余裕のなさの表れでしかない。

 

 突然の声量でのことにアシューは驚いたように行動を止めた。

 

 

 

 前方のギギネブラ。

 後方のギィギの群れ。

 

 

 道を切り開くならばどちらに進むか。

 

 

 その選択で今アシューは後者のギィギを選んだ。

 当然の選択だ。

 

 

 成体と幼体。

 これほどはっきりとした上位関係はないだろう。

 

 

 幼体であるギィギの方が御しやすいと考えるのが普通の判断である。

 

 

 

 しかし、忘れてはいけない。

 ギィギはギギネブラの『幼体』なのだ。

 

 

 ギギネブラの生殖方法は『単為生殖』。

 それは『雌雄を必要としない生殖方法』でありギギネブラの特徴の一つ。

 

 

 つまり遺伝子情報は母体に依存する。

 

 

 もしも、母体であるギギネブラが解毒不可能な毒を有していた場合、その遺伝子を引き継いだギィギもまた同じ毒を生成する器官を授かっている可能性がある。

 

 

 単為生殖は母体の遺伝子をすべて引き継げるわけではない。

 あくまで半分しか引き継げない以上、全部のギィギが同じ毒を所有している可能性はない。

 

 

 だがそれは逆を言えば今見えている群れの半分は解毒不可能な毒を所有しているという示唆に他ならない。

 

 

 俺たちにその所有の有無を見分ける術などあるわけがない以上、無暗に群れの中に突っ込むことは――。

 

 

 

「解毒する術がない以上……ギィギが生成した毒すらも俺たちには致命傷になります。ですので……」

 

 

 

「……悪手だということか。……クソッ!!」

 

 

 

 ギギネブラはその驚異的な生殖力を持つが故、ほぼ無尽蔵と言えるほどの卵巣を作り出しギィギを生み出す。

 

 

 

『際限なく解毒不可能な毒をもつモンスターを量産するモンスター』

 

 

 それが『毒怪竜 ギギネブラ』。

 

 

 その存在を一言で表すのであれば……。

 

 

 

 

「――『最悪』です」

 

 

 

 

 後方のギィギは数で押し切られてしまえば対処ができない。

 

 

 

「そうか――ならば押し通るべきは『こちら』というわけだな」

 

 

 

 退路はない。

 時間もない。

 援護や救助の望みもない。

 

 

 ある物が何かなんてことを考えても答えられるものなんて数えるほどあるかどうかもわからない。

 

 

「――ダンディ公よ」

 

 

 ただ……果たさなければならないことはある。

 

 

「我にしばし……命を預けてくれるか?」

 

 

 失くしてしまいたくないものがある。

 命を懸けねばならない理由がある。

 

 

 

「何を言っているんですか。俺は商人ですよ?」

 

 

 

 モンスターが跋扈するこの世界で『武器』ではなく『商品』を持つと決めたその時に……。

 

 

 

 

 

「――『命』を懸ける覚悟なんて、とっくの昔にできてますよ」

 

 

 

 こんなの俺たちにとってはただの日常茶飯事だよな。

 

 

 そうだろ? 

 なあ……。

 

 

 

 ――『タイラン』

 

 

 

「そうか……それを聞いて安心した。すまない、恩に着る」

 

 

 

 そう言って俺の前、ギギネブラの眼前へと躍り出るアシュー。

 そしてあの前口上を口にした。

 

 

 

「毒怪竜よ。悪いが道を開けてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 ――それが、依頼なのでな。

 




 因みに今回出てきた『単為生殖』ですがギギネブラのような雌雄を必要とせず新個体を生み出すことを『単為発生』と言います。

ランゴスタやブナハブラ、オルタロスは産雄単為生殖、あと意外にもゴア・マガラも単為生殖らしいですね。

 狂竜ウイルスに感染した個体の中から次のゴア・マガラが生まれてくるらしいですが、それってもう完全にエイリアンじゃないですか。

個人的にはジンオウガの姿をしたゴア・マガラとか海竜種の姿のゴア・マガラとか出てきてもいいような気がしてるんですが……どうでしょ。


という感じのちょっとした余談でした。


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ご主人とアシュー~最悪絶望への叛旗~

 アシューの体躯は大きい。

 初対面で見た時の感想がそうであったように彼女の身長は二メートル近い長身である。

 

 

 人間であれば十分巨体と表現しても差し支えないそれほどの大きさだ。

 

 

 

 そんな彼女が小さく見えるほどの眼前の存在。

 

 

 

『397.8cm』

 

 

 

 龍歴院が発表したギギネブラの平均全高。

 巨体であるアシューの倍近い大きさという確固たる現実である。

 

 

 人間と竜。

 種族が違うということは体の構造が根本的に違うということ。

 

 その種族の差をどれだけ埋められるか。

 それが俺たちが生き残るために越さなければならない命がけの「試練」である。

 

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 刹那。

 洞窟内の空気が振動した。

 

 

 女性の叫び声。

 

 

 ギギネブラの咆哮を聞いたものは皆、口をそろえまるでそんな鳴き声だとそう表現する

 

 そしてその咆哮は同時にギギネブラの明確な攻撃意思の表れだった。

 

 

 

 

 来るっ……!!

 

 

 

 アシューもそう感じたのだろう、大きな体を小さく畳み盾を構え臨戦態勢をとった。

 

 

 ――しかし。

 そう『しかし』である。

 

 

 俺たちの目に信じられない光景が飛び込んできた。

 

 

「なん……だと」

 

 

 アシューの口からそんな言葉が漏れ出た。

 それもそのはず、致し方なかったと言わざるえない。

 

 

 

 突如ギギネブラが『逃走を計った』のだ。

 

 

 

 俺とアシューはその洞窟深部の暗闇に姿を消していくギギネブラの姿をただただ眺めるしかなかった。

 

 

 逃げた?

 なぜこの場面で?

 ギギネブラは圧倒的有利な状況だったはず。

 

 薄暗い閉所で退路も断ち獲物の逃げ道を完全に奪い、あとは狩るのみとなったこの場面で逃げるだと?

 

 

 なぜ逃げる。

 

 

 もしも、本当に逃げたのならば解せない疑問が山ほど残ることになる。

 

 

 一つの疑問の尾が脳裏をかすめ俺は「……はっ!!」として後ろを振り返った。

 

 

「……ギィギが逃げていない」

 

 

 そんな俺のつぶやき。

 母体であるギギネブラが逃げたにもかかわらず、夥しいギィギの群れは変わらず俺たちの退路を埋め尽くし逃げ出すそぶりを全く見せようとしていなかった。

 

 

「抜かった!! ダンディ公!! すぐさまギギネブラを追いかけるぞ!! このままでは取り返しのつかないことになってしまう!!」

 

 

 アシューの叫び声。

 アシューはこの不可解な現状に一足先に結論にたどり着いた。

 

 

 焦燥をまとった顔色を見る限りやはりギギネブラは逃げたわけではなかった。

 

 

 

『取り返しのつかないこと』

 

 

 

 その言葉を聞いて俺はギギネブラの特徴の一つを失念していたことに気がついた。

 

 

「……まさか」

 

 

 自分でも顔が青冷めていくのを感じた。

 この後に予想される状況はそれほどまでのことだった。

 

 

 

 今この現状こそが最悪だとばかり思っていた。

 この期に及んでまだ楽観視していた己のおめでたい頭に憤りを感じる。

 

 

 駆け出す。

 もうすでに暗闇に姿を消したギギネブラを追ってただただ一心不乱に。

 

 

 間に合え。

 手遅れになる前に。 

 

 

 だがそんな思いとは裏腹に現実は無慈悲にも目の前に広がる。

 

 

 

「間に合わなかった……」

 

 

 この洞窟は人の手によって運搬経路として掘り進められた人工の洞窟。

 人の都合で作られた洞窟である。

 

 

 ならば当然人間の都合のいいように作られている。

 こういう洞窟には利用者が道を塞ぎあわないように道が大きく作られる。

 その一環として竜車でも通れるよう必ず『広い拓けた場所』が設けられるものだ。

 

 

 目の前に広がるだだっ広い空間。

 天井までの高さは地面から目測十メートルほど。

 

 それが意味することが一体何なのか。

 

 

 いや考えるまでもない。

 どうしようもない現実を見るしかない。

 

 

 すでに洞窟天井に張り付いているギギネブラ。

 

 

 狡猾で獰猛。

 ギギネブラの生物としての生態。

 

 

 アシューの武器は片手剣。

 機動力の代償というべき殺傷力の低さ。

 

 それは片手剣の『リーチの短さ』にも起因する。

 アシューとギギネブラとの距離は高低差四メートル。

 

 

 それはギギネブラに『制空権』を取られたことを意味する。

 

 

 いや、もうまどろっこしい言い方はやめよう。

 攻撃手段を奪われた。

  

 

 結論だけ述べれば俺たちはもう。

 

 

 ――まともに戦闘すらすることができなくなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ギギネブラの『ネブラ』とは『霧』という意味である。

 その名を体現するようにギギネブラは口から毒の霧をまき散らし始めた。

 

 

 退路を断ち、攻撃手段を奪い、毒で獲物が弱るまで高所での高みの見物。

 

 

 口と鼻を咄嗟に覆う。

 

 

 やばい。

 これ以上ママイト村の子供に毒が回ったら本当に取り返しのつかないことになる。

 

 

 強行突破。

 それ以外選択肢はない。

 

 

 できるのか……?

 

 

 ギギネブラは天井にいる。

 出口につながる道への出入り口は今空いている。

 

 隙を見て逃げ出す。

 そうすれば……。

 

 

「……クソッ」

 

 

 駄目だ。

 もしもうまく懐をかいくぐって逃げ出せたとしても、後を追いかけられればアシューが応戦しなければならなくなる。

 

 閉所での戦闘ではいくらプロのハンターであろうと分が悪い。

 

 

 アシューが応戦して時間を稼いでくれたとしても俺一人ではおそらく逃げ切るのは厳しい。

 

 

 

 ここでギギネブラを倒すのが理想的。

 そのためには奴を地上に引きずり降ろさなければならない。

 

 

 

 ――方法はある。

 

 

 

 だがその方法は誰か一人犠牲にならなければならない。

 

 

 ふっ……。

 いや、もったいぶるのはやめよう。

 

 

 

 ――俺しかいないだろ。

 

 

 

 俺はママイト村の子供を地面にゆっくりと寝かせた。

 そして、前に歩を進める。

 

 

「ダンディ公……?」

 

 

 振り返らず落ち着いた声音を装いアシューの言葉に返事を返す。

 

 

「ギギネブラを地上に引きずり下ろしてきます」

 

 

「待て!! 貴殿一体何をする気だ!!」

 

 

 俺はできる限り笑った。

 

 

「後は頼みましたよ……アシューの姉御」

 

 

 一瞬、一匹のアイルーの背中が見えたような気がした。

 その姿を振り切るように俺はギギネブラの方向、出入り口まで駆けだす。

 

 

「やめろぉぉぉ!! ダンディ公ぉぉぉ!!」

 

 

 

 俺に合わせるようにギギネブラも天井を駆け出す。

 獲物を逃す気のない捕食者の習性。

 

 

 上等だ。

 

 

 抗ってやる。

 最後まで。

 

 

 心臓が激しく脈打つ。

 うまく呼吸ができない、やり方を忘れてしまったかのように空気が肺に入ってこない。

 

 

 足音が大きくなる。

 

 

 

 ――――来たか。

 

 

 

 顔を上げる。

 

 

 一面に覆いかぶさる、すり鉢状の口。

 伸縮性に優れた奴は首を伸ばし俺に食らいつこうとしてきた。

 

 結局やはり、地面に降りてくることはなかった。 

 

 

 予想はしていた。

 ここまで狡猾な奴が地面に降りて出口を塞ぐような愚行をするとは思っていない。

 

 

 ここで俺は食われる。

 だがただではやられんぞ。

 

 

 俺はポーチの中から『あるもの』を地面にばら撒く。

 

 

 そしてギギネブラに食われる瞬間最後の力を振り絞って叫んだ。

 

 

 

 

 

「――ご主人スキル『漢のこやし玉達人』発動じゃボケェェェ!!」

 

 

 

***

 

 

『ヤコブソン器官』

 

 

 生物の中でも特に爬虫類が所有している『口内に存在しながら嗅覚をつかさどる嗅覚器官』のことである。

 このヤコブソン器官は中でも有鱗目の生物が優れた性能を持っており匂いの粒子から発生源をたどれるほどの感度があると言われている。

 

 両生類、鳥類、哺乳類も所有している器官ではあるがほとんどが退化しておりここまでの感度を有するのは爬虫類だけである。

 

 この鋭敏な感覚は時にはマイナスに働く場合がある。

 

 毒を操り毒に対する抗体がある毒怪竜ではあるがあくまでも「こやし玉」は臭いの塊であり、毒ではない。

 

 

 毒ではないこやし玉ではあるが毒でないからこそ毒怪竜には有効であり、言い方を変えればこやし玉は毒怪竜に唯一影響がある毒だともいえる。

 

 

 

 必然、その臭いの爆弾を口内に受けた毒怪竜は……。

 

 

 ――暴れ狂う。

 

 

 

「ダンディ公ォォォォォ!!」

 

 

 この時アッシュの目の前には悶え苦しんだ末、天井から剥がれ落ちてゆく毒怪竜とその拍子に口内から放り出される己の雇い主。

 

 その二つが写っていた。

 

 

 体勢を崩し地面に叩きつけられた毒怪竜。

 放り出された後、身じろぎ一つしない雇い主。 

 

 

 アッシュがどちらに向かったかというのは言うまでもない。

 

 

 彼女はわき目も振らず『毒怪竜』を獲りに向かった。

 

 

 無情か?

 

 

 いや、彼女は理解していた。

 雇い主がとった手段が二度目がないことを。

 

 あの手段は一度しか使えない。

 もしももう一度毒怪竜が天井に張り付いてしまった場合、自分には打つ手がないとそう理解していた。

 

 

 この機を逃せば終わり、ならここで仕留める。

 

 

「ぐがぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 雄たけびを上げる。

 助走をつけ、勢いそのまま毒怪竜の頭部めがけハンターカリンガを振り下ろす。

 

 切れ味の決していい武器ではない。

 

 

「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 刃の勢いが外皮に食い込み止まる。

 

 歯と歯を勢いよく嚙合わせる。

 そして欠けんばかりに食いしばる。

 

 

「だらぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 断ち切る。

 そう表現したほうが正しい野性的な力技。

 

 

 鮮血が舞う。

 

 

 強引な袈裟切りは毒怪竜の頭部に深い傷を刻んだ。

 

 

 

 ――止まるな。

 

 

 左手の盾を握りしめる。

 

「あ゛あぁぁぁぁぁ!!」 

 

 顔面を打ち上げるように繰り出されるシールドバッシュ。

 直撃した頭部は跳ね上がり毒怪竜の視界を天に仰がせる。

 

 

 

 ――止まるな。

 

 

 盾を投げ捨てる。

 空いた左手でハンターカリンガの柄を支え、剣先を標的の喉元に突き上げる。

 

 

 

「――――!!」

 

 

 比喩ではない液体の混じった悲鳴の咆哮が洞窟内を反響する。

 

 

 

 

 

 

 ――止まるな。

 

 

 

 

 

 喉に突き刺さったハンターカリンガを手放す。

 空いた両手で毒怪竜の頭部を固定。

 

 

 そして今も突き刺さったままのハンターカリンガの柄目がけ蹴りを――『ティー・カウ(組み膝蹴り)』を繰り出した。

 

 

 膝蹴りによりハンターカリンガはなお深く喉元に食い込む。

 

 

 どす黒く濁った血が滝のようにあふれ出た。

 

 

 空気を吸う時間すらも惜しい。

 

 

 

「あ゛……あ゛ぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 腰から剥ぎ取り用ナイフを抜き眼前の巨体めがけ体当たりをかます。

 ナイフをハンターカリンガが刺さっている傷口に突き立て、力の限り傷口を広げた。

 

 

 そしてハンターカリンガを引き抜こうと柄をつかむ。

 

 

 しかし。

 

 

 

「……クソォォッ!!」

 

 

 抜けない。

 血で濡れているせいでうまく引き抜けなかった。

 

 

 もう一度ナイフを突き立てようと逆手に振り上げる。

 

 

 

 刹那。

 

 

 

 毒怪竜の腹部から毒霧が勢いよく噴出した。

 風圧はアッシュの体を吹き飛ばすに足りる勢いで襲った。

 

 

 

 吸ってしまった……。

 被毒した。

 

 

 ここにきてアッシュも毒を浴びてしまった。

 ハンターカリンガもまだ刺さったままである。 

 

 手放した盾を拾い上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――止まるな。

 

 

 

 

 

 

「止まるなぁぁぁぁぁ!!」 

 

 

 

 そう己を鼓舞し駆け出すアッシュ。

 無駄にはできない。

 

 今回の件で全くの無関係であった雇い主を。

 自身の『故郷』の不祥事を正そうとしてくれている人物を。

 

 

 自分を信じて任せてくれた雇い主の犠牲を決して無駄にはできない。

 

 

 

 だが。

 だがその隙はあまりにも大きかった。

 

 

 無情。

 それがすべて。

 

 

 

 彼女の思いを乗せた一撃は対象にあたることはなく空しく宙を泳いだだけだった。 

 

 

 

 まるで吸い上げられるように天井めがけて飛び上がる毒怪竜。

 

 

 万策尽きた。

 もう、アッシュには毒怪竜を地面に引きずり下ろす手段はない。

 

 二人を担ぎながら毒怪竜から逃げることも不可能。

 時間がたてば毒が回り全員ギィギの餌になるだろう。

 

 

 救助の望みもない。

 

 

 

 もうあとはゆっくりと死を待つのみ。

 

 

「すまない……」

 

 

 膝から崩れ落ちた。

 その拍子に頭装備も地面に転げ落ちる。

 

 まとめていた白髪がはらりとほどけ瞳に影を差す。

 

 

 

「すまない……ダンディ公」

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 その瞬間、洞窟内に轟音が鳴り響いた。

 アッシュにはその音に聞き覚えがあった。

 

 その音はまるで――。

 

 

『大きな物体が地面に叩き落されたような音』。

 

 

 毒怪竜は地面に叩きつけられ悶え苦しんでいた。

 

 そう『あの時』と同様にである。

 

 

 

 地面に悶える存在を見て唖然とした。

 

 

 

 当然アッシュは何もしていない。

 己の雇い主を見るも彼はいまだ動く気配がなく倒れこんでいる。

 

 

「そういえば、あの時……」

 

 

 アッシュは思い出していた。

 あの主人が不審な行動をとっていた。

 

 

 毒怪竜に捕食される前彼は『何かをばら撒いていた』ことを思い出した。

 

 

 

『ギギネブラを地上に引きずり降ろしてきます』

 

 

 もしも。

 もしもあのセリフが『一度だけ』ではなく『今後一切ずっと』という意味で言っていたのだとしたら?

 

 

 

 

 背筋が凍りつき鳥肌が立つ。

 

 

 

 

「ダンディ公……貴殿は一体、何をしたのだ……」

 

 

 いまだ動かない己の雇い主にアッシュはそう問いかけた。

 

 

***

 

 

 

『ファンデルワールス力(りょく)』

 

 

 別名『分子間力』と呼ばれるこの力が毒怪竜ギギネブラが壁、天井に張り付き自由自在に移動することのできる力の正体である。

 

 ギギネブラの手足の裏側には微小な毛が生えており、さらにその毛にも微細な毛が存在しておりその毛に発生している『分子同士が引っ付きあおうとする力(分子間力)』による張力によりそこが岩だろうと木であろうと、はたまた氷であろうと分子が存在している場所にならばどこにでも張り付くことができると言われている。

 

 

 この分子間力は1㎠につき150㎏の重さに耐えられる張力が発生する。

 

 

 このことからギギネブラの四肢のうち一本だけでも実に80tの重さに耐えられる計算である。

 

 

 逆にその力がなくなればギギネブラは張り付くことができない。

 

 

 ならばどうすればいいのか。

 単純に『足を覆ってしまえばいい』。

 

 

 問題は何でという点だ。

 

 

 

 インクのようなもので足の裏を塗りつぶしてしまえばこの力は失われてしまう。

 

 

 

 では何で塗りつぶす?

 

 

 結論。

 あの商人がばら撒いたものが村長にもらった『ペイントボール』だということを気づける者は残念ながら――この場にはいない。

 




 因みに今回出てきた『ヤコブソン器官』『ファンデルワールス力』ですがこの二つの特性を持つ私たちの身近な生き物といえば、おそらく見たことがない人はいないと思いますが『ヤモリ』が代表的ですね。

 
 似てますよねギギネブラとヤモリ。


 ヤコブソン器官は爬虫類の中でも食べ物を丸呑みする生き物によく残っている器官みたいですね。

 亀やワニにはもうほとんど残っていないそうです。

 一応人間にも残っていますがフェロモンをかぎ分けるくらいしかできないそうです。
 接吻もそういう意味では口で異性に興奮するという行為にも納得できるところありますよね。


 因みに因みにファンデルワールス力を使った永久的に粘着力が落ちることのないテープとして「ゲッコーテープ」という名前で商品化もされているそうですよ。

 あれ本当に1㎠でボウリングの玉吊るしてました。

 一見の価値ありかと。


 参考までに。


 以上!! モンハンで学ぶ生物の不思議のコーナーでした!!(そんなコーナーは存在しません)


 最後にモンハンをしている人達に一言。

「グルニャン装備はネタ装備では決してない( ゚Д゚)ヨロシク」


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アッシュと護衛ハンター~正しき過ちを照らすチンダル~

***

 

 

 

『アシュー、あなたはとても正しいわ』

 

 

 懐かしさも感じることもない、一度として忘れたことのない元戦友の言葉が頭の中に流れる。

 

 

 

『でもね、正しいだけではどうしようもないことだって世の中にはあるの』

 

 

 

 忘れることなどできるはずもない。

 

 

 

『私たちはあなたみたいに強くはいられないの……。ごめんなさい、アシュー』

 

 

 

 

 我は強くなどない。

 

 

 

 

 強くなんて決して……。

 

 

 

 

 

 

***

 

 雫の滴る薄暗い洞窟内部。

 その地にて対峙するハンターと竜。

 

 

 地上に引きずり降ろされた毒怪竜を前にアッシュは落ち着いていた。

 

 

 意識不明な非戦闘員二名、己も毒に侵され、武器であるハンターカリンガも未だ毒怪竜ののど元に刺さったまま。

 

 手元にある武器は殺傷力の乏しい剥ぎ取りナイフと片手剣の盾のみ。

 

 

 

 この圧倒的不利な状況を前に彼女は落ち着いていた。

 

 

 

 諦めたわけではない。

 頭にあるのはただ一つ。

 

 

『これでまともに戦える』

 

 

 

 その一言のみ。

 

 

 

 天井に張り付かれてしまえばアッシュには手の出しようがなかった。

 その焦りがあの感情に押された野性的な攻撃として猛威を振るった。

 

 

 だがその結果は毒怪竜に致命傷を与えるには至らなかった事実。

 己自身も毒を浴びるという醜態を晒した。

 

 

 今のこの状況は己の雇い主の機転に助けられた形である。

 

 

 雇い主に守られた。

 

 

 護衛専門ハンターを名乗るアッシュがその事実により冷静さを取り戻したのも必然と言えた。

 

 

 冷静になったことで己の本来の狩猟スタイルを存分に振るえるとそう確信もしていた。

 

 

 

 一方、もだえ苦しんでいた毒怪竜はゆっくりとその体躯を起き上がらせる。

 毒怪竜自身なぜこのような状況になっているのかわかるはずもない。

 

 

 圧倒的有利な状況のはずだった。

 

 

 洞窟内に迷い込んできた生き物は全てこの方法で捕食してきた。

 

 

 徐々にギィギの数も増やしていきこの洞窟内の生態系の中では己が頂点だろうという確固たる自信もあった。

 

 

 それが今覆ろうとしている。

 たった一人の人間の手によって。

 

 

 

 

 ――――それだけはあってはならない。

 

 

 

 

 まるでそう叫ぶが如く毒怪竜は一際大きな咆哮を洞窟内に轟かせる。

 その咆哮に呼応するかのように毒怪竜の体皮がみるみるどす黒く滲み始めた。

 

 

 毒怪竜ギギネブラの身体的特徴。

 

 

『興奮状態下における一部体皮の硬質化』

 

 

 一部とは『頭部』のことである。

 

 

 生物共通の弱点『頭』。

 その硬質化。

 

 

 現時点殺傷力のない武器しか持たないアッシュにとってそれは果たして絶望であろうか?

 

 

 その答えは……。

 

 

 

 ――――コンッ。

 

 

 

『否』である。

 

 

 

 

 もしもこの場に目撃者がいたとすればその者は先ほどのアッシュの一連の流れを攻撃とは表現しないだろう。

 

 派手さもない、勢いもない、当然威力もない。

 そんな盾を用いた懐に潜り込んでからの下から打ち上げるような緩い一撃。

 

 その一撃は打ち上げるというよりは押し上げると表現したほうがしっくり当てはまるほどの迫力に欠けたもの。 

 

 当然、毒怪竜に外傷はない。

 

 そう、『外傷』はない。

『内部』を除いては。 

 

 

「――――!!」

 

 

 頭部は全生物の弱点である。

 その最大の理由こそが生物の中枢器官。 

 

『脳』の存在である。

 

 

 

『脳震盪(のうしんとう)』

 

 

 

 ハンターたちの間では『スタン』と呼ばれる高等技術である。

 先ほどのアッシュの一撃はこの脳震盪を狙った一撃だった。

 

 一見威力のない一撃に見えた攻撃は緩やかであるがゆえに力が分散することなく内部へと伝わる。

 

 結果ゆっくりと打ち上げられた毒怪竜の頭部内部には「慣性」が働く。

 その場にとどまり続けようとする力「慣性」。

 

 

 その慣性により毒怪竜の脳は前方に大きく揺れる。

 

 

 起きた現象としてはただのそれだけ。

 だがそれだけのことで生物の脳は甚大なダメージを負うこととなる。

 

 前方に揺れるということは脳の前方、『前頭葉』へ障害をもたらすということ。

 

 

 前頭葉の異常は深刻な『意識障害』へと繋がる。

 

 

 

 脳震盪を引き起こすために必要な要素は二つ。

 一つは脳への大きな衝撃、そしてもう一つが『意識外からの刹那的一撃』である。

 

 

 つまり、激昂状態になり柔軟だった頭部が硬質化し『衝撃を吸収できなくなったこと』、興奮状態に陥り毒怪竜が『怒りで我を忘れた』こと。

 

 

 

 この二つは脳震盪を引き起こす条件を見事満たしていた。

 まさに針の穴を通すような繊細な技術が必要な一撃である。

 

 

 そして。

 脳震盪は軽度だったとしても十数秒の意識混濁を引き起こし生物を『完全無防備状態』へと誘う。

 みるみる体ににじみ出ていたどす黒い色が引いていく毒怪竜。

 

 それは対象の意識消失を物語っていた。

 

 

 

 完全無防備状態。

 言葉通りの防御もできない状態。

 

 

 

 もしも。

 もしも、この状態でもう一度『同じ衝撃』を脳へ与えた場合、果たして生物は一体どうなるのであろうか?

 

 

 

 

 意識の朦朧とした毒怪竜の頭部へとゆっくり歩み寄るアッシュ。

 鉱石でできた盾という名の『鈍器』を強く握りしめ、渾身の力を籠め足を大地へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 もう一度問おう。

 脳震盪を引き起こしている対象への再びの脳への衝撃は一体どうなるのであろうか。 

 

 

 

 その答えは……。

 

 

 

 

 

 

 

『死亡率50%』

 

 

 

 

 

 この現象のことを『セカンドインパクト症候群』と呼ぶ。

 

 

 

 盾との接触により頭部が鈍い音とともに跳ね上がりさらなる静止しを見せる毒怪竜。

 

 

 

 注釈をするとすれば、さきほどの数字はあくまで対象が人間だった場合の数値である。

 生物としての規格が違う飛竜に対し必ずしもこの数値が当てはまるとは限らない。

 

 恐らくは、5割の確率で死亡するケースは稀にしか存在しないだろう。

 

 

 アッシュもそのことは当然理解していた。

 

 

 だが、ここで彼女が追撃をしなかったのは『これで十分だ』とそう判断したためでもあった。

 

 

 

 

 無益な殺生を好まない。

 それがアッシュの狩猟信条。

 

 

 そのような信条を持つ彼女は言い替えれば『撃退のスペシャリスト』ともいえた。

 

 

 

 撃退。

 

 

 

 それは、モンスターに諦めさせる行為。

 違う言い方をすれば『モンスターの心を挫き降伏させる』技術である。

 

 

 

 意識が混濁し、平衡感覚も失われ、まともに動くこともできない毒怪竜。

 避難したくとも何故か天井に張り付く力も失われてしまっている。

 唯一の頼みの綱である毒ですら、未だ目の前の生物の生命活動を停止させるほどの効果が出ていない。

 

 

 狩る側だったはずの己が今初めて『狩られる立場』にあるのだと気が付く。 

 

 

 気が付いてしまったが最後、毒怪竜の頭の中に残るのは生物としての原始的な感情。

 

 

 

『死への恐怖』である。

 

 

 

 

「……――――!!」

 

 

 

 

 それは明らかな逃走だった。

 あの罠に嵌めるために図った時とは違う、命惜しさからくる逃亡。

 

 

 それはだれの目から見ても明らかなそれだった。

 

 

 

 柔と剛の戦闘技術合わせ持ち。

 モンスターの心を折ることに長け、無益な殺生を好まない心優しきハンター。

 

 

 それこそが護衛ハンター『アッシュ=イャンクルフ』の真骨頂であった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 それは過去の記憶。

 

 

『待て!! 護衛ハンターを辞めるとは一体どういうことだ!?』

 

 

『アシュー……お前もわかるだろう。もう俺たちみたいな護衛ハンターは必要とされてなんかいないんだよ。行商人たちからすれば俺たちはいい金儲けの道具でしかないんだ』

 

 

 遠くもない、だが近くもないそんな記憶。

 

 

『詐欺の話か!? だがそれは一部の商人の話であろう!! 中には我らを必要としている者だっているのだぞ!!』

 

 

『アシュー、わかって頂戴。私達はあなたみたいに正しくはいられないの……。これはみんなで決めたことなの』

 

 

『対処法ならあるだろう!! モンスターを狩らなければ奴らも悪さをできないのだ!! そうすれば……!!』

 

 

 

 この時からだろう我がモンスターを狩らずに生かすようになったのは。

 

 

 

『……無理だよアシュー。君ほどの人物がその理由が何かわからないわけでもないだろう? 護衛ハンターを続けたいなら悪いけどもう君一人だけで続けてくれよ、僕らはもう疲れた……』

 

 

 

 そう言って同業者たちは我の元から去っていった。

 

 

 

 

 ――――我は間違ってなどいない。

 

 

 

 

『おいあんたふざけるなよ!! こちとら、きちんとギルドに金払ってあんたを雇ってるんだ!! モンスターを狩ってくれなきゃ困るんだよ!!』

 

 

『我が請け負ったのは貴殿の護衛だ。モンスターの討伐ではない。依頼通り仕事はこなしているつもりだが?』

 

 

『……!! ああ、そうかい。あんたがそう言うつもりならこちらにも考えがあるよ』

 

 

 

 その依頼主から職務怠慢による護衛不十分だという苦情がギルドへ通達された。

 その日からギルドからの我への依頼数が激減した。

 

 信用を失ったのだろうとそう思った。

 

 

 信用を失わぬよう怠けることなく真摯に努めようと心掛けた。

 

 

 

 

 ――――我は間違ってなどいない。

 

 

 

 

『おい見ろよ。あの三人組の装備、ありゃ全員リオレウス装備じゃねぇか?』

 

『うお!? 本当だ。あいつらってこの間まで護衛ハンターをやっていた連中じゃないか? あいつらそんなに実力があったのか。へぇ……今度狩猟行くとき同行させてもらおうかな、俺』

 

『あれ? っていうかあいつら四人組じゃなかったけか? もう一人はどうしたんだ?』

 

『っあ……。おい』

 

『ん? なんだよ? あ……』

 

 

 

 集会場に顔を出す回数が減った。

 依頼量も減っていたのでちょうどよかったと己に言い聞かせた。

 

 

 

 

 ――――我は間違ってなどいない。

 

 

 

 

『護衛ハンターのあなたが苦労しているっていうのはわかるわ。そういう商人がいるのも事実だし。でも普通の商人からしてもあなたの護衛の仕方は迷惑以外の何物でもないの。大事な商品を任せられるとはとてもではないけど思えないのよ。そこのところわかっていただけないかしら?』

 

 

 

『我は無益な殺生は好まん。我のやり方に不満があるのならば申し出るがいい。今すぐ我を解雇してくれても構わんからな』

 

 

 

『……』

 

 

 

 依頼を最後まで任せてもらえることが少なくなった。

 これは己の信条なのだからと自分を信じ込ませた。

 

 

 

 

 ――――我は間違ってなどいない。

 

 

 

 

『なあ、聞いたか? 狂竜化したモンスターの話のこと』

 

『ああ、聞いた。何でもここいらのモンスターでも発症した奴がちらほらいるみたいだぜ。とてもじゃないが俺、狩れる気がしねえよ』

 

『同感だ。命あっての物種だからな。だがまあ……なんだ』

 

『……ああ』

 

 

 

 

『――遺体が残ってたことが唯一の救いだよな』

 

 

 

 

 元戦友たちと再び会ったのは彼らの墓の前だった。

 焼きちぎられた装備が供えられた彼らの墓が今でも目に焼き付いている。

 

 

 

 その景色を思い出すたび己に幾度となく問いかけてきた。

 

 

 

 我は本当に……。

 

 

 

 

 

 本当に間違っていなかったのだろうか……と。

 

 

 

 

 

『いえ、不満はありません。とても素晴らしい信条だと思います』

 

 

 

 

 

 ある日の雇い主は言った。

 

 

 

 

 

『改めてよろしくお願いします、アシューさん』

 

 

 

『ヒャッハァァァァァ!! アシューの姉御ぉぉぉぉぉ!!』

 

 

 

 この時我は思ったのだ。

 恐らくこの男は呆れるくらい頭が悪く、そして……。

 

 

 

 

 お人好しなのだろうと。

 

 

 

 

 

***

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 体勢を崩しかける。

 足がもつれる。

 

 呼吸が荒い。

 目が虚ろで焦点が合わない。

 

 体中に汗がにじみ出ているにもかかわらず体は嘘のように寒さに震えている。

 

 ママイト村の子供と己の雇い主を支える腕に力が入らず幾度となく落としそうになりながら薄暗い洞窟内を歩き続けた。

 

 

 

 最大の危機は去った。

 親であるギギネブラが逃げ出したのを受けてギィギの群れもその姿を消していた。

 

 

 脅威が過ぎ去ったのは確かである。

 

 

 だが、その傷跡はあまりにも大きかった。

 毒怪竜の毒は確実にアッシュの体を蝕み始めていた。

 

 

 村長から渡されていたという解毒薬を飲みはしたものの一向に効果が表れる様子もない。

 本当に気休めにしかならなかった。

 

 どのくらいの時間歩いた?

 今洞窟のどのあたりだ?

 そもそも今自分は本当に進んでいるのか?

 

 

 

 考えないようにしていることがふとした拍子に脳裏をかすめる。

 考えてしまうえばその先まで考えてしまうから。

 

 洞窟を抜けられたとしてもあくまでも彼女らの目的地は湿原ギルド駐屯地であり洞窟の出口よりずっと先にある場所。

 

 

 

 そんな果てしない道のりを思うと心がくじけそうになる。

 それはていの良い現実逃避。

 

 ただ現実逃避をするたびにある一つの選択肢が頭をよぎるのだ。

 

 

『どちらか一人を置いて行けばもしかしたら一人は助けられるのではないのか』

 

 

 と。

 

 

 

「……――!!」

 

 

 岩盤の凹凸に足を取られ体勢を崩す。

 たまらずアッシュはその場に膝をついた。

 

 

 もともとこれはママイト村の子供を救うための依頼だった。

 この雇い主もママイト村の子供を救うために毒怪竜に対し命を張った。

 

 ここでこの子供を助けられないことは彼の覚悟への裏切り行為ではなのではないだろうか。

 そう考えたりもした。

 

 

 

「はっ……。知ったことか……」

 

 

 

 だがそれは考えただけ。

 

 

 

「ここでこの者を救えなければ我は一体……!! 何のために……!!」

 

 

 

 ――何のためにこんなつらい思いをこらえてこなければならなかったのだ。

 

 

 

 

「あ゛ぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 叫ぶ。

 全身を奮い立たせるために。

 

 

 諦めたくなかった。

 無駄ではなかったと証明したかった。

 自分の貫いた道が間違いではなかったと。

 

 

 

 

 間違いではないと認めてくれた人物が間違ってなどいないということを。

 

 

 

 

 だが、それはやはり現実逃避でしかない。

 根性論にも限界がある。

 

 根性で毒を克服することはない。

 道のりが短くなることもない。

 体力が爆発的に回復することも。

 

 

 すべてあり得ない。

 

 

 それが現実である。

 救助の望みも薄い。

 

 

「クフゥ……クフゥ……」

 

 

 行けるところまで。

 自分はどうなっても構わない。

 

 

 できるだけ近く、一歩でもギルド駐屯地へ。

 

 

 少しでも、人目の付く場所へ……。

 

 

 頭にあったのはすでにそれだけ。

 可能性はどれだけあったのだろうか?

 

 

 ママイト村村民はアッシュたちを信じて密猟の証拠を消している最中だろう。

 援助もアッシュ自身が拒んだ。

 

 

 運よく道中の旅人に救助してもらえる可能性は?

 普段から旅行者の少ない土地でしかも豪雨であるこの天候でそんな偶然が果たして起きるだろうか。

 

 

 やはりいくら考えても望みは薄かった。

 

 

 彼らが窮地に立たされるていると知り、この豪雨の中駆けつけることができ、この三人を助けることができる人物なんて果たして存在するのだろうか?

 

 

 

 

 一際大きな影がアッシュの目の前に現れる。

 

 

 

 

 いや。

 

 存在する。

 たった一人だけ。

 

 

 

 

「貴殿は……」

 

 

 

 

 

 アッシュの目じりから一筋の涙が零れ落ちる。

 

 

 

 彼女はその現れた存在のことを思い出していた。

 

 

 

「ああ……そうか。そう……であった、な。貴殿等のやり取りを見ていれば分かりそうなものであったな……」

 

 

 道中これでもかというほど見せられてきた光景。

 そんな数々の彼らのやり取りを思い出していた。

 

 

「なんだかんだ言って貴殿も、この男のことが大切なのだよな……」

 

 

 

 そう言って抱えていた雇い主の顔を見る。

 

 

 

 

 さきほどの『一人』という言い方には少々語弊がある。

 そう、正確には……。

 

 

 

 

「そうなのであろう……? ……なぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『皇帝閣下』殿……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一羽』である。

 

 

 

 

 

 

「グワァ」

 

 

 




嘴の生えたツンデレ天使「皇帝閣下」爆誕。



***

 因みにギギネブラの体色変化についてですが前回説明したヤモリも皮膚の色が変化するということ皆さんご存知でしょうか?


 ヤモリの皮膚には『黄色素胞』『黒色素胞』『虹色素胞』という三つの色素を含んだ細胞があります。


 このうち『黒色素胞』がヤモリの皮膚を黒くしている要因ですね。

 
 ここで面白いのがギギネブラ亜種について。
 ギギネブラ亜種の体皮の色は『黄色』ですね。これが興奮時には『赤色』になるのはご存知な方も多いと思います。

 これの何が面白いのかというとヤモリの『黄色素胞』これはヤモリの皮膚の色を『赤色に染める色素細胞』です。


 モンハンの製作スタッフこれ完全に狙ってるでしょというほどヤモリの生態系にギギネブラはぴったり当てはまるんですよね。


 ちなみに『虹色素胞』には色はありません。
 その代わり日の当たる場所では光の影響で『青色』に代わるという特性があります。

 今後、ギギネブラ本作復帰とともに青色のギギネブラが出てくる日があるかもしれませんね。


 という感じのちょっとした余談でした。



***


 はい。
 ということで第二章もようやくクライマックス。

 伏線もだいぶ回収できてきてますが今回の皇帝閣下が助けに来る伏線を至る所に笑いに紛れさせて隠していたのですが気が付いた人はどれだけいるのかな? なんて思ったりする物書きの屑です。

 ご主人と馬鹿やっていたのにもきちんと理由があった。
 今回の話が少しでも皆様の感情の針に触れてたのならばいいなあと思っている今日この頃。


 さあ、次の更新あたりで第二章はおそらくラスト(たぶん)。


 一体、ママイト村とつながっていた闇ギルドのバイヤーは誰なのか。



 まあ、わかりますね。



 といわけで作者四十三からの挑戦状!!

 問題!!



「今回の事件の首謀者闇ギルドのバイヤーの真の目的は一体何なのか?」



 正解したからって別に何もありませんが、まあお遊びとして。

 第二章中に必要な情報は置いてきました。


 ヒントは三つ。


『行商人とハンターの間で行われていた詐欺』

『護衛ハンター、アッシュの狩猟信条』


 そして最大のヒントが


『原作のモンスターハンターのゲーム内で皆さんがよくやること』


 です。
 当然私もよくやります。


 一つのお遊びとしてどうぞお暇があれば考えてみてください。


 以上!!


『モンハン×商業ミステリー×謎解き』=『モンハン商人の日常』

 
 今後ともどうぞよろしくお願いします。


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ご主人とアシュー~悪なき聖典と飽くなき晴天~

***

 

 

 唄が。

 唄が聞こえる。

 

 

 幾度となく忘れようとした、だが忘れられずにいた唄。

 

 

 

 嫌だ、やめてくれ。

 

 

 

 聴きたくない。

 もう、あの頃の俺とは決別したんだ。

 

 

 だから……頼む。

 

 

 頼むから忘れさせてくれ。

 

 

 

 

『筋肉ぅ~マッチョにぃ~なりたいのぉ~!!』

 

 

 

 

 

 やめろ、思い出させるな。

 

 

 

 

 

『あぁ、ゴリゴリィ~マッチョにぃ~になりたいのぉ~!!』

 

 

 

 

 やめろ。

 

 いや、本当にやめてくれ。

 冗談抜きで。

 

 

 

 

『――あぁ!! 俺はぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 

 

 やめてぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「――やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 俺は飛び起きるように悪夢から目覚めた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

 悪夢にうなされたせいか、全身から汗が噴き出しており額からも汗が滴り顎を伝う。

 

 

「……なぜ。……なぜ今頃」

 

 

 

 なぜ今頃になってあんな昔のことを思い出したのか。

 

 

 

「あれは……俺がまだ力こそが全てだと思っていたころの記憶……」

 

 

 力こそが全てだと思っていた当時の俺は取りあえず若き青春の日々をすべて筋トレに費やしていた。

 

 

 

 そう、筋肉マッチョになるために。

 

 

 

 あの唄はその時に自己啓発のために自ら作詞作曲し口ずさんでいた曲。

 その過去の行いを一言で言い表すのだとすれば、それは……。

 

 

 

「くそぉ!! 本気でただの黒歴史じゃねぇか!! 本当にありがとうございましたぁ!!」

 

 

 

 

 俺は過去の己に打ちひしがれた。

 

 

 

「一体誰にお礼を言っているんだい、君は?」

 

 

 

 その時、傍らからそんな声が聞こえてきた。

 

 

 聞き覚えのある声。

 その声のする方、声の主に視線を向ける。

 

 

 

「やあ、おはよう」

 

 

 

 そこには、初めて会った時と何一つ変わらない笑みを振りまく優男――ギメイの姿があった。

 

 

 

「……ここは」

 

 

 

 この時、初めて自分がベットの上にいたのだということに気が付いた。

 こいつがいるということはここは俺たちが向かった目的地の終着点だということだろう。

 

 

「ここはギルド駐屯地の医務室だよ、ダンディ公くん。あ、それとも君のことは『超絶イケメンな行商人』と呼んだ方がいいんだっけ?」

 

 

 

「…………」

 

 

 なぜこの男がその呼び方を知っているのか。

『あの沼地』でしか口にしていないその呼び方をなぜこいつが知っているのか。

 

 

 

 なんてことは別に今更考えることでもない。

 

 

 

「あ、やっぱり。驚かないんだね」

 

 

 

 嬉しそうにコロコロと笑い出す。

 本当に心底楽しそうにである。

 

 

 

「君達のことは逐一連絡を受けていたよ。いや、実に面白いものを聞かせてもらった」

 

 

 

 だが先ほどの発言で疑心は確信へと変わる。

 それは決定的なまでに。

 

 

 

「驚かないってことはやっぱりもうわかっているんだね。うん、ママイト村の住民にイーオスの密猟を提案し斡旋したのは何を隠そう、この僕だ」

 

 

 

 そのギメイの告白に対しただ一瞥した。

 

 

 

「そんなことより、あの子……。ママイト村の子供はどうなりましたか」

 

 

 

 遮り気味に言葉をかぶせる。

 ギメイの口角が少しヒクついた。

 

 

「……まさか『そんなこと』なんて言葉で両断されるとは思はなかったよ。……本当、傷つくなぁ」

 

 

 その発言を聞き俺はたまらず大きなため息をついた。

 

 

「……さっきから俺は別に何も聞いていないんですが、いいんですか? そんな風にペラペラと自分のことを喋ったりして」

 

 

 

「あれ? 心配してくれるのかい? 君は本当に優しんだね。ああ、だから無償であんなことができるんだよね。納得だ」

 

 

 

『あんなこと』

 それはママイト村で俺が行ってきたあれやこれやのことなのだろう。

 

 

「心配してくれなくても大丈夫、あの子は無事だよ。回復するまでには時間はかかるだろうが峠は越えたらしい。君たちの努力は見事小さな命を救ったんだ、本当に感涙ものだよ」

 

 

 心無いことをぺらぺらと。

 耳が腐りそうだ。

 

 

 この時、俺は心底そう思った。

 

 

「それと人払いは済ませてある。ここには君と僕しかいない。ここでの会話を誰かに聞かれるということはないから安心してくれ」

 

 

 それはつまり……。

 

 

「つまり、ここで何が起こっても『誰も助けには来ない』って意味でいいんですね」

 

 

 

 ――好きな風にとらえてくれて構わないよ。

 

 

 

 そう言ってギメイは貼り付けたような笑みでニコリと笑った。

 

 

 

 耳が痛くなるような静寂がこの空間を飲み込む。

 

 

 

「……反吐が出る」

 

 

 

「そう言わないでくれよ。これも僕の仕事なんだから。あっ当然『仕事』っていうのは駐在ハンターの方じゃなくてもう一つの方ね」

 

 

 

 闇ギルド。裏の商人。バイヤー。

 

 今回の騒動の黒幕。

 

 

「さてと、そろそろ無駄話をやめて本題に入ろう。早くしないとせっかく人払いした意味がなくなってしまう」

 

 

 

 本題。

 

 

 人払いをしてまで俺とサシになった理由。

 推測ではあるがこいつは今のところ俺に危害を加える気はないだろう。

 

 

 そのつもりならばさっさとやっているだろうし何より、どこか違う場所に連れ出しているはず。

 そうせず人払いで留めているのは仲間がいてもそんな大人数はいないということ。

 

 長時間の閉鎖空間の維持も不可能だと考えた方が順当だろう。

 

 

 むしろそこまでして俺と二人きりになる目的とは一体なんだ。

 

 

 

「単刀直入に聞こう。君は一体今回の騒動に関してどこまで『理解している』のかな?」

 

 

 

「……」

 

 

 理解と来たか。

 

 

 さあ、どうするのが正しい。

 単純に考えれば奴らの行いに関して俺がどこまで知っているかの確認なのだろうが、この場合確認する意味が分からない。

 疑わしいのならばさっさと口封じをすればいい。

 

 

 そうしないのは口封じが目的ではないから。

 この問いに対して答えをはぐらかし時間を稼ぐこともできる。

 

 

 質問の意味も意味深だ。

 まるで俺を試しているかのような口ぶり。

 

 

 俺が出せる答えの種類は二つだけ。

 

 

 

『伸るか反るか』

 

 

 

 それだけ。

 

 

 結果俺が出した答えは……。

 

 

 

 

「……利益は出そうですか? あれだけの大掛かりな下準備をして……」

 

 

 

 俺のその台詞にギメイは「ふっ……」と小さく鼻で笑った。

 

 

 

「まさか。密猟で得られるイーオスの素材の利益なんて微々たるものだよ。あんなのは小遣い稼ぎにしかならな……」

 

 

 

「――そのことじゃねぇよ」

 

 

 冷たく一蹴し、ギメイの胸ぐらをつかみ強引に引き寄せた。

 その勢いで奴の帽子が地面に落ちる。

 

 

 

「――あれだけ大掛かりな手段で『育てた』ギギネブラは高く売れそうかって聞いてんだよ」

 

 

 

 今回の騒動でのこいつらの真の目的。

 それは……。

 

 

 

「お前らの本当の目的は――ギギネブラの『捕獲』だ」

 

 

 

 こいつらはギギネブラに特殊な毒を獲得させるためにママイト村村民を利用し、そして。

 

 

 

「お前らは無益な殺生を望まないアシューさんを利用してギギネブラを回収、捕獲をした。自分らの手を一切煩わせずにな」

 

 

 あの洞窟内でアシューがギギネブラを狩猟することは絶対にない。

 ギギネブラが疲弊し逃げた際アシューにはギギネブラを深追いしてまで狩猟する理由が存在しないためだ。

 

 

 あとは弱ったギギネブラを横取りすればいい。

 

 

 そう、商人とハンターの間で行われていた詐欺のように。

 いやむしろその詐欺の一歩先を行く内容だと言ってもいい。

 

 

「ふ……ふっふ」

 

 

 突如含み笑いをするギメイ。

 

 

「何がおかしい」

 

 

「うれしいんだよ。本当に素晴らしい。まさか僕の提示した情報とあれだけの事象だけででここまで答えを導き出すなんてさ」

 

 

 ――やはり君に目をつけて正解だった。

 

 

 とつぶやく。

 俺に聞こえるかどうかの声で。

 

 

「彼らを騙すのはとても簡単だったよ。それだけの信頼関係はここの駐在ハンターとして築いてきたつもりだからね。ああ、理由なんて聞いてくれるなよ。君も商人なら一度は考えたことがあるはずだ。なんて言ったって今のこの時代は……」

 

 

 

 

 

 ――モンスターだって金になる時代だ。

 

 

 

 

 

 そういってギメイは冷徹な笑みを浮かべた。

 

 

 

「ついでだ。全部教えてくれよ君の知っていることを」

 

 

「…………」

 

 

 やはりこいつは俺を試している。

 値踏みしているような発言の数々がいちいち癇に障る。

 

 だが奴の真意を探るにはあまりにも情報が少なすぎる。

 

 

 一体何なんだ。

 こいつの『目的』は。

 

 

 なぜこいつは俺にいくつもの情報をわざと流した?

 

 なぜ目的を完遂した後わざわざ俺に接触してきた?

 

 

 なぜ……。

 

 

 

 ――なぜこいつが『その服装』をしている。

 

 

 

 そんな『なぜ』が尽きない。

 

 

 いくら考えても答えの出ることのない疑問に思案を巡らせる。

 

 

 

「……俺が最初に不審に感じたのは俺たちがママイト村に向かう最中に監視されていたと気が付いた時だ」

 

 

 

 俺はこれが奴の思うつぼだとわかりながら語りだした。

 そうすることで現状に何か変化が起こるのではないかと思った末の行動でもあった。

 

 

「最初はママイト村の村民が旅行者を監視していたのだと思った。だがそこにはある種の矛盾があった」

 

 

 

 俺の予想ではユクモ村から駐屯地までの道中で監視されていたのだと思っていた。それ以降は俺たちの荷物が雨避けにより確認できなくなっていたためだ。

 

 だがそれにもかかわらず村長が俺たちの荷物を言い当てたため俺は監視されていたのはその間だと思いこんでいた。

 

 

 しかし、現実問題。

 ママイト村の村民がユクモ村から駐屯地までの旅行者を監視する意味なんて存在しない。密猟の発覚を恐れ警戒するにしてもそんな場所まで注意するのはあまりにも不自然なのだ。

 

 

 なぜなら警戒すべきは『駐屯地からママイト村に向かう旅行者』でありそれ以外の『行先不明の旅行者』を監視するメリットなんてほとんどありはしない。

 

 

 つまり、ユクモ村から駐屯地へと向かっていた俺たちはその時点では『行先不明の警戒外旅行者』でしかなかったはずなのだ。

 

 

 だがそれにもかかわらず俺たちの商品であるユクモの木を村長は言い当てた。

 

 

 

 そこから考えられる答えは二つ。

 

 一つは実際に本当にママイト村村民が俺たちを監視していたということ。

 もう一つが俺たちの商品がユクモの木だと知っていてその情報をママイト村に流した人物がいるということ。 

 

 

 どちらも可能性はある。

 しかし、それにしてはあまりにもタイミングが良すぎるのだ。

 

 

 そう、俺たちがママイト村に着いたその同日に『村の子供が毒に侵された』ということがあまりにも出来すぎている。

 

 

 偶然という言葉で終らせることもできる。

 しかし、それが作為的なものだと考えた場合あまりにも収まりがいい。

 

 それは危険なほどまでに。

 

 

 

「それができたのは駐屯地にいながら俺たちの商品を直に見ており、なおかつ俺たちの行く先を知っている人物……」

 

 

 

 ――それがお前だ、ギメイ。

 

 

 

 俺は静かに首謀者の名を口にした。

 

 

 

 パチパチパチ。

 

 

 

「お見事、お見事」

  

 

 そう言いながら人を小馬鹿にしたような拍手を送ってきた。

 

 

 

「でもまあなんだ、あの子供に関しては仕方がなかったんだよ。僕が折角『垂皮竜の皮』製の雨避けを上げて雨に対する警戒をそれとなく促したのに君あの洞窟を使わないんだもん。まさか遠回りするとは予想外だったんだよ。だから仕方なく『絶対に使わざる得ない状況』にさせてもらった」 

 

 

 

 無意識に己の拳に力が入る。

 

 

 

「……てめぇ、どこまで」

 

 

 

「怒っているかい? まあそうだろうね、君は優しくて正しくて清らかだから卑劣で間違っていて嫌らしい僕のことが許せないだろう。それで? 僕のことを許せない君は一体僕をどうするのかな? 僕を違法者としてギルドに突き出すかい? それはいい考えだと思うよ。僕も君のその考えに大いに賛成だ。悪い奴は牢屋に入るのがお似合いだからね。僕みたいな小さくて小汚くて矮小な存在でも世界平和に役立てるなら悪党冥利に尽きるってものだ。だからほら、気にせず僕をギルドに突き出しなよ。なんていったって……」

 

 

 

 饒舌に語り続けたギメイは今まで見せていた笑みとは全く異質な笑みで黒く微笑んだ。

 

 

 

 

 

「――僕が捕まれば『ママイト村の村民』も道連れだ」

 

 

 

 

 

 そう吐き捨てギメイは襟元をつかんでいた俺の手を軽く払った。 

 

 

 

 

 事実。

 ギメイの発言は事実である。

 ママイト村が村ぐるみで密猟していたことはどうしようもない真実でしかない。 

 奴の悪事を告発することは引いてはママイト村のつながりも明るみに出るということ。

 

 彼らはすでに一蓮托生の関係になってしまっている。

 奴一人が捕まるだけで村一つの住民が犯罪者になってしまう。

 

 

 

 それもまた事実なのだ。

 

 

 

 

「本当、正義の味方って大変だよねぇ。同情するよ」

 

 

 

 

 椅子から立ち上がり帽子に付いた埃を払いながらそんな同情のかけらもない声音で嗤う。

 

 

 

 

「君がさっきから不思議に思っていることを教えてあげるよ。なぜ僕が君と二人きりになってこんな話をしたのかその理由を」

 

 

 

 なぜこの場を設けたのか。

 その理由。

 

 

 そのことに関してはもう得心がいった。

 

 

 もっと早い段階で気が付けることだった。

 いや、こいつの『服装』を見た時点で気が付くべきだったのだ。

 

 

 

「君は優しくて正しくて清らかで強い心を持った素晴らしい人物だ、だからこそ教えてあげるよ……」 

 

 

 

 医務室の出入り口まで歩み寄りドアノブに手をかけたギメイはゆっくりとこう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の正義は――生温い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こいつは俺に警告していたのだ。

 一体自分が何を相手にしているのかを。

 

 この件にどんな組織が絡んでいるのかを。

 

 

 敵の存在とその大きさがどれだけのものなのかを俺に教えようとしていた。

 

 

 

 そして、今の俺では到底足元にも及ばないという事実を。

 

 

 

 

 ギメイはドアを開けたのちこちらを振り返りながら洗礼された所作で丁寧なお辞儀をしながらこう言い残した。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、どうか『ギルドナイト』――『ギメイ=ラングロトム』を今後ともどうぞよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 ギルドスーツに身を包んだ今回の首謀者は、それだけを言い残しドアの向こうへ姿を消した。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 静寂。

 

 

 

 奴は敵の大きさを俺に教えようとしていた。

 どんな組織がかかわっていたのかを教えようとしていた。

 

 

 その答えを奴自身で教えようとしていた。

 

 

 

 

 

 今回の件、俺は全て後手に回ってしまっていた。

 それでもうまいこと立ち回れていたつもりだった。

 

 

 だが結果はすべてあいつの掌の上で終始ピエロを演じていただけ。

 

 

 

『ギルドナイト』

 

 

 

 やつが本当にそうなのかを確かめるすべはない。

 ギルドスーツもレプリカが出回っている以上信憑性に欠ける。

 

 

 

 全て奴の嘘だという可能性もある。

 

 

 

 

『――モンスターだって金になる時代だ』

 

 

 

 

 だがもしもそれが本当だとして買い手が本当に『そう』だとするなら色々と辻褄は合う。

 

 

 

「そりゃ、『依頼』には事欠かないわな」

 

 

 

 奴らにとって俺はやはり赤子同然なのだろう。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 ついついそんなため息が出る。

 俺は本当に……。

 

 

 

 

 

「……本当に弱いな」

 

 

 

 

 こうして俺は見事村一つ救った正義のヒーローに仕立て上げられたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「なんにゃ、ご主人生きていたのかにゃ」

 

 

 

 あの雨夜の騒動から数日が経過したある日。

 ようやくというか待ちくたびれたというかタマが俺のお見舞いにやってきた。

 

 

 

「あのタマさん? ご主人結構頑張ったよ? もっとねぎらって!!」

 

 

 

 俺はベッドに横になった体勢でそう叫んだ。

 

 

 

「……オグェ」

 

 

 

 そう叫ぶや否や腹の底から嘔吐感が込みあがってきた。

 たまらず顔の傍においてあった小タルに顔をうずめる。 

 

 

 

「オロロロロロ……」

 

 

 

 俺は吐いた。

 

 

 

「ありゃりゃ、これはアシューが言っていたよりも酷いじゃにゃいか」

 

 

 

「ぎもぢ悪い……。タマさん、ギモイィ……」

 

 

 

 ギギネブラの毒の後遺症で俺はここ数日酷い吐き気に襲われていた。

 体に毒はもうほとんど残っていないらしいのだがそれでも傷跡らしいものは残るようであと少しはこの状態が続くらしい。

 

 

「ご主人と違ってアシューは次の日には普通に回復していたらしいのににゃ。だらしにゃいにゃご主人……」

 

 

「ハンターと同じくくりで考えないでくれ、体の鍛え方が違うんだよ」

 

 

 

「でもあのママイト村の子供も昨日にはもう村の中を走り回っていたにゃよ?」

 

 

 

「オロロロロロ……」

 

 

 

「あーあ……」

 

 

 

 もう胃の中がすっからかんで何も出てこない……。

 辛い、辛いよぉ……。

 

 

 

「タマさん……モフモフさせてぇ。モフモフゥ……」

 

 

 

 俺はつらい現実から目を背けるためそうタマに懇願した。

 

 

 

 

「嫌にゃ」

 

 

 

 

 しかしタマの口から出た言葉はそんな慈悲のない言葉。

 

 

 

「やだぁぁぁぁぁ!! モフモフゥゥゥ!!」

 

 

 

 今度は両手両足を放り投げ駄々をこねた。

 

 

 

「ふぁっくゆー」

 

 

 

「いやぁぁぁ!! モフモフゥゥゥ!! モフモ……!! オロロロロロ……」

 

 

 

 俺は吐いた。

 

 

 

「だから貴殿らは一体何をしているのだ……絶対安静だと言ったであろうが」

 

 

 

 不意に開かれたドアの先から頭を抱えたアシューが入ってきた。

 

 

 

「アシューの姉御……おいどんはもう駄目でごわす。おいどんが死んだその時にはおいどんの念願だった『人類ダンディ化計画』をぜひ完遂して欲しいでごわす……」

 

 

「そんな意味不明な志を託されても甚だ迷惑だ……」

 

 

 大きなため息をつくアシュー。

 しかしその顔は心なしか嬉しそうだった。

 

 

「本当に貴殿は真面目な時と不真面目な時で落差が激しいのだな。今になってようやくタマ殿が言っていた意味がよく分かったぞ」

 

 

 

「あれ? タマさんなんか言ったっけ?」

 

 

「ああ、あれにゃ。『いつもふざけてるから真面目に見えない』ってやつにゃ」

 

 

 

 

 ああ、確かに言ってたなそんなこと。

 

 

 

 ん?

 つまりそれは褒められてる? それとも呆れられてる?

 

 どっち?

 

 

 まあ多分褒めてくれてるんだろうってことにしておこう。

 

 

 

 

 あらヤダ!! ご主人ったら前向き!!

 

 

 

 というポジティブシンキングは置いておいて。

 

 この後、アシューから俺がベッドの上で吐き気に苦しんでいた間に起こっていたママイト村のさまざまの事を聞いた。

 

 

 密猟の証拠隠滅の事、俺たちを襲ったギギネブラの事、それと闇ギルドのバイヤーの事。

 

 

 そんないろいろの話を受けた。

 

 

「ギルドの調査ではイーオスの減少は我らを襲った毒怪竜の仕業ということで落ち着いたらしい。ママイト村周辺まで調査の足も伸びるではあろうがそこまで本格的には調査はしないということだ。証拠も処分できはしたからよほどのことがない限りはバレることはないだろう」

 

 

「そうですか……。それは一安心ですね」 

 

 

 

「村長たちと繋がっていたバイヤーに関してなのだが、その件に関してはできれば追求しないでもらえると助かる……」

 

 

 アシューは村長から誰から密猟を斡旋されたのかを聞いたのだろう。

 そしてその犯人が同じハンターのギメイだと知った。

 

 アシューの立場からすればとても軽はずみに口にすることのできない事柄なのは想像するに難くない。

 

 ハンターズギルドの信用にも関わる上、ママイト村の存続にも関わることだ。

 

 

 あまり他言したくないというのは至極当然の考えだ。

 

 

 

「ええ、わかってます。デリケートな部分ですからね。俺の方からは聞くことはしません」

 

 

 

「すまない、散々巻き込んでおきながら厚手がましい頼みばかりしてしまって。恩に着る、ダンディ公」

 

 

 

「いや、いいんです。こちらこそありがとうございました」

 

 

 

 その俺のお礼の言葉にアシューはおかしそうに小首をかしげた。

 

 

 

「なぜ貴殿がお礼を言うのだ」

 

 

 

「なんでってそりゃ、何度も守っていただいたんですから当然じゃないですか」

 

 

 指を折りながらその時のことを思い出しつつ数える。

 

 

「ママイト村までの道中でドスジャギィ、ママイト村から洞窟までの道のりでイーオス、洞窟の中でギギネブラ。少なくても俺は三度守ってもらってます」

 

 

 

 俺は自身の指から視線はずしアシューを見据える。

 

 

 

「守っていただいてありがとうございました」

 

 

 

 深々と俺は頭を下げた。

 

 

 

「にゃ。ご主人を守ってくれてありがとうございましたにゃ」 

 

 

 

 アシューの元にトテトテと歩み寄ったタマも俺に合わせるようにお辞儀をした。

 

 

 

 

「……なんというのだろうな。この感じ、久しく忘れていたような気がする」

 

 

 

 物思いにふけるように天を仰ぎ言葉をこぼす。

 

 

 

「護衛ハンターを続けていてよかったと思ったのは本当に……本当に久々だ」

 

 

 

 俺はケラケラと笑った。

 

 

「大袈裟ですねぇ」

 

 

「うむ。そうだな、大袈裟だったな」

 

 

 

 そんな俺に合わせるようにアシューも笑った。

 

 

 

「そういえばご主人? さっきよりだいぶ体調がよくなってきてるんじゃにゃいか?」

 

 

 タマが俺の顔を覗き込みながらそう問いかけてきた。

 そのタマの問いかけに俺は自信満々にこう答えた。

 

 

「ふっ!! 甘い!! 甘いぞタマ!! この俺の貧弱さを甘く見るなよ!! これは一瞬治ったと錯覚させてまた吐き気がぶり返すパティーンの奴だ!! 今に見ていろ!! 一瞬の気のゆるみが命取りだということを教えてやる!! と言っている間に来た来た来たぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 ――オロロロロロ……。

 

 

 

 タマとアシューはそれこそ本当に目も当てられないと言いたげに頭を垂れた。

 

 

 

「あ゛あ゛……。ぎもぢ悪い……」

 

 

 

「どう見ても楽しんでるようにしか見えなかったにゃ……」

 

 

「その様子だともうしばらくは安静にしておかないといけないだろうな……。ちょうどいい村長からの言伝があるのだが今のうちに伝えておこう」

 

 

 

 ああん? 言伝?

 なにそれぇ? おいしいのぉ?

 

 いかん気持ち悪すぎて思考回路が明後日の方に向かっている。

 

 

「にゃあ、あのユクモの木を買い取るって話のことかにゃ?」

 

「うむ、その話だ」

 

 

 ああん? ユクモの木を買い取る?

 なにそれぇ?

 

 

 めちゃくちゃおいしいじゃん!!

 

 

「え? 本当ですか? 嘘だったら俺、ドン引きするくらいに泣きますよ?」

 

 

「ド、ドン引きするくらいに泣くのか……」

 

 

「はい、ドン引きするくらい」

 

 

「あれはもう勘弁してほしいにゃ……。本当にドン引きするから……」

 

 

「本当にドン引きするのか……。あ、いや本当だ。本当に買い取るという話だ。ここまで迷惑をかけた貴殿らに少しでも恩を返したいと村長、村民ともども言い出してな。その位しかできず申し訳ないとも言っていた」

 

 

 正直かなりありがたい申し出だ。

 

 というよりすっかり自分がユクモの木を売りに来ていたということを忘れてしまっていた。

 

 

 え? 馬鹿なの? 

 本当に馬鹿なの俺?

 

 

「ユクモの木の代金を何か違う商品に変えたいのならば村民総出で必ず集めるとも言っていたがどうするダンディ公? 何か希望はあるか?」

 

 

 違う商品。

 さてさて何するか。

 

 なんて考えなくても実は最初から目をつけていた商品があるんだけどね。

 

 

「じゃあ、ママイト村の特産品の『あれ』でお願いします」

 

 

 

「うむ? 『あれ』とは?」

 

 

 

 

 俺は満面の笑みで商品の名前を口にした。

 

 

 

 

 

「毒テングダケ!!」

 

 

 

 

***

 

 

 

「で、本当にユクモの木全部毒テングダケに換えたのかにゃ、ご主人」

 

 

 タマは皇帝閣下が引く荷車の荷台に積まれた山のような毒テングダケを運転席から一瞥しながら質問してきた。

 

 体調が回復した俺たちは約束通り取引を終えた後、再びユクモ村へと帰還していた。

 

 

 アシューの護衛はもうない。

 

 

 彼女は未だ見つかっていない生息範囲外に現れた『ギギネブラ』の調査に駆り出さなければならなくってしまった。

 

 

『最後まで依頼を全うできなくて申し訳なかった』

 

 

 

 アシューは本当に申し訳なさそうにそう告げた。

 

 

 

『不謹慎かもしれんが短い間ではあったが本当に楽しい仕事だった』

 

 

 

『また、どこかで会おう。ダンディ公』

 

 

 

 そう別れのあいさつを交わしアシューとの旅は終わりを迎えた。

 

 

 彼女とはまたどこかで会えるような気がした。

 根拠などどこにもないけれど。

 

 

 後悔があるとするならば結局、名前を勘違いしたまま別れてしまったことだろう。

 

 

 まああれだ、次会ったときに言えばいいよね。

 

 

 また会える根拠なんて全くないけど。

 

 

 

「なんだ不満か? ママイト村特産の毒テングダケだぞ? きちんと産地証明書もある本物だ。何の不満があるんだよ」

 

 

「いにゃあ、不満があるわけじゃにゃいけど……」

 

 

 そう言って再び毒テングダケの山を見る。

 

 

 

「売れるのかにゃ? こんなに?」

 

 

 

 グサッ!!

 

 

 というオノマトペが聞こえてきそうな核心めいた質問をされてしまった。

 

 

「ば、馬鹿言え。自然界に自生したキノコ類は人工の物より効能が大きくできる場合があるんだよ!!」

 

 

「でも人工栽培技術が確立してからは蔑ろにされてきてるんじゃにゃかったのかにゃ?」

 

 

 

 グサッ!! グサッ!!

 

 

 冷汗が頬を伝う。

 

 

「はあ……。大方、ご主人はママイト村で採れた毒テングダケが生態系の変化の影響で独自の成長を遂げていればそれが名産品として村おこしににゃるんじゃないかと思って買い取ったんじゃにゃいか」

 

 

 

 グサッ!! グササッ!!

 

 

 バレてる……。

 

 

「でもまあ、毒テングダケは『栄養剤』の代わりとして注目されてるからにゃぁ。そういういう研究機関の目に止まれば可能性は確かにあるにゃ。ホントに少しだけだけどにゃ」

 

 

 

「お、おう!! 研究機関!! 研究機関な!! そこに売り込みに行こうと思ってたんだよ!! そこに気が付くとはさすがだなタマ、褒めて遣わすぞ!! がははははは!!」

 

 

 ちらっとタマの顔を見る。

 

 するとジト目で俺の方を見ていた。

 

 

「まさかご主人、毒テングダケが栄養剤の代わりになるってこと知らなかったのかにゃ?」

 

 

 

 俺はサッと顔を伏せた。

 

 

 

「はあ、ご主人は本当に呆れるくらい……」

 

 

 

 

 

 

 

「――お人好しだよにゃ」

 

 

 

 

 

「はい……申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

 俺たちはうだつが上がぬまま皇帝閣下の引く荷車に揺られ沼地を抜けていったのだった。

 

 

「……グワァ」

 

 

 

 この時の皇帝閣下の呆れたようなため息は気のせいだったということにしておこう……。




因みに今回の事件の首謀者だったギメイがとったギギネブラを野に放ち成長させてから回収する形体と同じものが現代漁業にもあることを皆様ご存知でしょうか?


 稚魚の間は人間の間で保護し、成長してから海に放流しさらに成長した成魚を収穫する漁業。

 安定した天然魚の漁獲量を確保するためのこの漁業形態のことを『栽培漁業』と言います。


 この栽培漁業をギギネブラで行ったのが今回のお話ですね。


 幼体であるギィギを保護し育て、ある程度育ってから自然に放ち独自に成長しギギネブラになった個体を回収する猟業。

 栽培漁業ならぬ『栽培猟業』と言ったところでしょうか?



 今回のお話はそんな栽培漁業がモチーフとなっております。

 案外亜種と言われる個体もこんな経緯があったらおもしろそうだな、なんて思ったりしてる今日この頃。



 因みに因みに今回出てきた毒テングダケですがゲーム内ではこれが栄養剤の代わりになるのは知っている方も多いかと思います。


 キノコ大好きで毒テングダケを食べればそのまま栄養剤になるのは知っている方もいるかと思いますがテングダケ科に含まれる主な毒成分である『イボテン酸』が極上のうまみ成分だということはご存知でしょうか?

 どれくらいの旨みかというとアミノ酸の約十倍だといわれています。


 そう考えると毒テングダケが栄養剤の代わりになるというのも頷けますよねという感じのちょっとした余談でした。




***

という感じでようやく2章も終わりました。
正直くそ長かったと反省してます。


予定では3章はもっと短くなるつもりですので多分お付き合いいただければ幸いです。


次回の更新はちょっとした番外編みたいなものを書くつもりですので気長に待っていただければ嬉しいです。



では次回「ご主人VS皇帝閣下~仁義なき戦い編~』でお会いしましょう。



それではまた逢う日まで(´ω`*)9


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番外編part.1 「ご主人vs皇帝閣下」
ご主人vs皇帝閣下~仁義なき戦い~used『怪力の種』


第三章前の番外編です


 

 

 晴天晴びやか。

 

 

 さんさんと照り付ける日差しをその一身に受けながらのユクモ村帰還道中のこと。

 

 

 

「暇なわけだが」

 

 

 

 毒テングダケの積まれた荷引き台を引く皇帝閣下とその手綱を操るタマの傍らで俺はそう呟いた。

 

 

 見わたす限り代り映えしない木や山が映るばかりで心躍るものがない。

 まあ、要は見飽きたとも言うのだが。

 

 

 

「暇なら降りて歩いたらどうかにゃ? そうすれば少しはまぎれるんじゃないかにゃ、ご主人」

 

 

 

「そういうのじゃないんだよなぁ。なんかこう……わかんないかなぁ」

 

 

 

 そういう俺の答えにすこぶる面倒くさそうな表情を取るタマ。

 

 

「なんか面白いことないかねぇ……」

 

 

 

 面白いこと。

 

 

 これがなかなか見つからないのは当然のことなのだが、探せば探すほど見つからないものという風に表現すればそれはそれで幾分かの詩興感はえられるのではないだろうか。

 

 

 と考えたところで潰せる暇などたかが知れているわけなのだが。

 

 

 時は金なりなんて言うが、しかしこんな時間でも金儲けに関する試案を巡らせることができれば俺も少しは一流の商人の仲間入りを果たすのも早まるのではないか?

 

 

 

 はいはい。

 これもまた暇つぶしとしてはすこぶるつまらない部類だ。

 

 

 

「なんかないかねぇ……」

 

 

 

 何気なしに俺は道端の木の根元に視線を落とした。

 

 

 

「……!! こ、これは!!」

 

 

 

 そこには俺が一時期欲しくて欲しくてたまらなかったものが落ちていた。

 すかさず荷引き台から飛び降り、それにむかって脇目も振らずに駆け寄った。

 

 

 そして俺はそれを力強く拾い上げる。

 

 

 

「フ、フフフ……」

 

 

 

 腹の底からこみあげてくるその感情にあらがうことは今の俺には不可能に近い所業だった。

 

 

 

 

「あぁぁ!! はっはっはっはっはぁ!!」 

 

 

 

 

 身を包む高揚感、幸福感。

 満たされるとはまさにこのことなのだろう。

 

 

「ついに!! ついに手に入れたぞ!!」

 

 

 それをまるで誇示するように高々と掲げる。

 

 

 

「タマァ!! これを見ろぉ!!」

 

 

 

 そしてタマに向け「これが目に入らんか!!」とでも言いたげに振り返りつつ前に突き出した。

 

 

 しかしそこには信じられない光景が広がっていた。

 俺が振り返った先にはタマの姿も皇帝閣下の姿もなかったのだ。

 

 

 

 かなたですでに風景の一部と化す一匹と一羽。

 

 

 

 そう。

 あいつらは俺を全く気にも介せず先に進んでいた。

 

 

 

「タマさん!? 皇帝閣下!? なんでぇ!?」

 

 

 

 すでに遥か彼方まで進んだ二人の背中を一心不乱に追いかけた。

 

 

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 俺は走った。

 無我夢中で。

 

 

 寂しさは生物を殺す毒なのだから。

 

 

 

「構ってぇな!! 少しくらい構ってくれてもよかやん!! なんなん!? ご主人の一体何が気に食わんかったん!? 存在か!? 存在がいかんかったんか!?」

 

 

 

 追いついた俺はタマにすがりついた。

 

 

 

「……どちら様だったかにゃ? ちょっと道端で突然笑い出すような不審者には見覚えがにゃいんだけど」

 

 

 

「思い出してタマさん!! あなたのご主人はそういう馬鹿なことを平気でするご主人だったはずよ!!」

 

 

 

 ――それで一体にゃにを拾ってきたのにゃ。

 

 

 

 そこでようやくタマは皇帝閣下を止めてくれた。

 

 

 

「ふふふのふ……。よくぞ聞いてくれましたぁ!! さぁ!! これを見ろぉ!!」

 

 

「にゃ!? そ、それは!?」

 

 

 

 

『怪力の種』

 

 

 

 

 植物の種の一種で、食べることで経絡エネルギーが活性化し短時間ではあるが常人離れした力を手にすることができるというハンター御用達のアイテムだ。

 

 

 

 昔の俺が喉から手が出るほど欲しかったものでもある。

 

 

 

「――で、その怪力の種が一体どうしたのかにゃ、ご主人」

 

「タマさんよ……。俺は常々、己に足りないものがあると思って生きてきた。――それが一体なんだかわかるか?」

 

 

 

「品性かにゃ?」

 

 

 

「そう!! 『力』だ!! 俺には力が足りなかったのだ!!」

 

「え……? でも品性も足りて……」

 

 

 

「笑止!! そんなもの圧倒的な力の前には無に等しいわ!!」

 

 

 

 そう叫び、再び手に持っていた怪力の種を天に掲げる。

 

 

「そして俺は今、その『力』を手に入れた。これが何を意味するか分かるか?」

 

 

 タマからの答えが返ってくる前にその答えを口にする。

 

 

 

 

「かかってこい、皇帝閣下。今日こそ貴様との因縁の対決に終止符を打ってくれる」

 

 

 

 俺は今世紀最大の決め顔でそう宣言した。

 皇帝閣下が俺の発言に呼応するように「ピクッ」と反応した。

 

 

「ご主人……」

 

 

 そんなタマの憂いた様な声。

 

 

「……皇帝閣下に勝てないことそんなに気にしてたのかにゃ」

 

 

「…………」

 

 

 返事はしない。

 

 

 

「っていうかそんな借り物の力で勝ってうれしいのかにゃ……?」

 

 

 

 タマのそんな疑問に俺は「フッ」と鼻で笑った。

 

 

「……いいかタマ? いい言葉を教えてやる」

 

 

 俺は優しい声音で語り掛けた。

 

 

 

 ――どんな手段を使おうが、勝ちゃあいいんだよ。

 

 

 

 そして小悪党的に笑った。

 

 

 

「その品性の欠片もないセリフのせいでご主人が勝てるビジョンが全く浮かんでこないにゃ」

 

 

 

 しぶしぶと皇帝閣下を荷引き台から解放するタマ。

 自由の身となりゆっくりと、ゆっくりと俺の前に歩み寄ってくる皇帝閣下。

 

 

 

 プレッシャー。

 

 

 

 この俺の周りを取り囲む緊迫した空気の正体。

 それが皇帝閣下の背中からありありと溢れ出ていた。

 奴が足を一歩踏みこむたび空気が振動しているかのような錯覚すら覚える。

 

 心なしか奴の背景がまるで陽炎のように揺らいで見えるまでである。

 

 

 たまらず生唾を飲み込む。

 

 

 

 恐れるな。

 

 

 

 そうだ、一体何を恐れることがある。

 俺には怪力の種があるのだ。

 常人離れした怪力を手に入れた俺に死角などありはしない。

 

 

 いくら相手が『あの』皇帝閣下であろうと恐れるに足らず。

 

 

 勝機は我にあり。

 

 

 

「勝負だぁ!! 皇帝閣下!! 貴様に絶望的力の差というものを思い知らせてくれるわぁ!!」

 

 

 

 叫んだ。

 己を奮い立てさせるために。

 

 

 そして怪力の種を内服しようと構えた。

 

 

 しかし――。

 

 

 

 違和感。

 

 

 

「なん……だと」

 

 

 

 手の内にあったはずの怪力の種が『忽然と姿を消した』のだ。

 

 

 

 なぜだ……。

 間違いなくついさっきまであったはず。

 

 

 どこだ?

 一体どこに行った?

 

 

 

「グワァ……」

 

 

 

 不意に俺の後方から皇帝閣下のくぐもった鳴き声が聞こえてきた。

 

 

 

 俺はすかさず振り返った。

 

 

 

「貴様……皇帝閣下!! いつの間に俺の後ろに……!!」

 

 

 

 だが俺の目に飛び込んできたのはそれだけではなかった。

 忽然と姿を消したはず怪力の種を皇帝閣下が器用に『嘴でくわえていた』。

 

 

 

「て……てめぇ!! 一体どうやって……!?」

 

 

 

 俺は焦った。

 頼みの綱だった怪力の種を奪われた。

 

 

 皇帝閣下が常人以上の力を手に入れたら俺の勝機は絶望的な数値へと化す。

 

 

「……上等だ。食えよ!! 食えよ皇帝閣下!! 怪力の種を食いやがれ!! それで丁度いいハンデにならぁ!!」

 

 

 だが俺にもプライドがある。

 

 

 ここで引くは漢が廃る。

 

 

「おらぁ!! かかってこいよぉ!!」

 

 

「グワッ……」

 

 

 そんな俺の挑発に対し皇帝閣下は驚くべきことに嘴にくわえていた怪力の種を『放り投げてきた』。

 数度地面を跳ね俺の足元で止まる怪力の種。

 

 

「てめぇ……。お情けのつもりか!! いいだろう!! 貴様のその伸び切った鼻ぽっきりとへし折ってや……!!」

 

 

 そして怪力の種を拾い上げようとその場に屈んだその刹那。

 

 

 

 そう刹那だった。

 

 

 

 断じて言おう。

 俺は油断などしていなかった。

 視線を離したのもほんの数舜。

 

 

 

「グゥワッ」

 

 

 

 背筋が凍りつく感覚に襲われる。

 

 

 その鳴き声が真横から聞こえてくるまで俺は奴を認識できていなかった。

 鳴くことをしなければ恐らく俺はやつが通り過ぎたことにすら気づけなかっただろう。

 

 硬直した俺の横を悠然とした足取りで通り過ぎる皇帝閣下。

 

 

 

 ただ通り過ぎただけ。

 それだけしかしていない。

 

 否。

 

 

 奴はあえて『それだけしかしなかったのだ』

 

 

 

 仮に俺が怪力の種を内服し常人離れした力を手にしていたとして、果たして俺は奴の行動に対応できていただろうか?

 

 手の内から怪力の種を奪われ、己の横を通りすぎたことにすら反応できなかった俺に、勝利の道は存在していたのだろうか?

 そしてこれら全て『力』では対処できぬ事柄ばかり。

 

 

 結果俺の前に突き付けられた現実は……。

 

 

 

『絶望的力の差』だけだった。

 

 

 

 

「チクショウ……」

 

 

 

 手の中から怪力の種が滑り落ちる。

 直視できぬ現実を前に俺の膝は折れその場に頽れる。

 

 

 

「チクショォォォォォ!!」

 

 

 

 心情に反比例するような煌々と照りつける晴天が無情に俺の頬を伝う涙を飲み込んでいた。 

 

 

 こうして俺と皇帝閣下の仁義なき戦いは終戦を迎えたのだった。

 

 

 

***

 

『ご主人vs皇帝閣下』used「怪力の種」

 

 

 勝敗……ご主人戦意喪失により皇帝閣下に軍配が上がる。

 

 

 

『ジャッジメンター・タマ』の戦評

 

 

「ご主人が弱すぎるだけ」

 

 



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天廻せず、汝蝕み、されど堕つ
ご主人とタマ~お婿に行けぬ者たちの恋歌~


新章突入です。





 えてして後悔とは、大体がその時にはすでに手遅れだったりする場合が多い。

 まあ簡単に言えば後の祭りというやつだ。

 

 

「よーし、タマ。今の状況を分かりやすく説明しろ」

 

 

 このドスジャギィと数頭のジャギノスに囲まれた今の状況がまさしくそう。

 

 

「ご主人……おいらの気のせいなら別にいいんにゃけど。前にもこんなことにゃかったかにゃ?」

 

 

 

「過去にとらわれるということはとても愚かなことだぞ、タマ。そんなことよりもなんかこう、もっとあるだろう? この状況を説明するわかりやすい言い方が」

 

 

「わかりやすい言い方にゃ? ほう? 面白いことを言うにゃ。ほれ、おいらが聞いてあげるからご主人言ってみるにゃ」

 

 

 

 目を「カッ!!」と見開いた。

 

 

 

「また護衛依頼するのすっかり忘れてました!! 本当にごめんなさい!!」

 

 

 

 

 俺はいけしゃあしゃあと謝罪の言葉を口にした。

 

 

 

 

「またかにゃ!? またなのかにゃ!! 過去の得るべき教訓と後悔する点は一体なんだったのにゃ!! 恥を知るにゃ!! このハゲご主人がぁ!!」

 

 

 

「ハゲてないもん!! ご主人ハゲてないもん!! 世界が嫉妬でうらやむ髪だもん!!」

 

 

 

 毒テングダケを積みユクモ村までの帰還道中のこと、俺たちはいつか見たことあるような懐かしい既視感に襲われていたりいなかったりしていた。

 

 

 新しい商品を手に入れた俺たちであり現目的地がユクモ村ではあるのだが商品が商品であるがゆえに売れる場所が限られているこの現状。

 正直ユクモ村には毒テングダケをまとめて買ってくれるような研究機関は存在しない。

 

 にも関わらずユクモ村に向かっているのはユクモ村から出ている『飛行船便』が目的である。

 

 

 

『狂竜ウイルス研究所』

 

 

 

 モンスターの狂竜化を研究しており、その対抗手段、兵器、狂竜化を利用した薬品を数々生み出しハンターたちの狩猟の手助けをしている研究機関、それが次の取引先。

 

 

 つまり俺たちの目的地はそんな研究機関が設けられており幾重もの古龍戦闘街で有名な都市。

 

 

 

『大都市ドンドルマ』である。

 

 

 

 

 ではあるのだが……残念ながら現実はこれである。

 

 こんな馬鹿みたいないつも通りのやり取りをしている間にもドスジャギィの群れは俺たちとの距離をじりじりと詰め始めていた。

 

 

 

 だが俺も無策で行商をするほどの馬鹿ではない。

 今日の俺は一味違う。

 

 

 

「安心しろタマ。俺はなにも考えなしに護衛依頼をしなかったわけじゃない。策はきちんと用意してある」

 

 

 

 

「にゃんと!? それを先に言うにゃ!! 流石だにゃ、ご主人!! なんだかんだで頼りににゃるにゃ!!」

 

 

 

 

「だろぉ!! 流石のご主人だろぉ? もっと褒め称えていいんだぞぉ!! それではまず皇帝閣下を荷車から解き放ちます……」

 

 

 

 そういいながら皇帝閣下を荷車から解放した。

 

 

 

「そしてあとは皇帝閣下の背中に乗って逃げ……」

 

 

 

 

「グワッ!!」

 

 

 

 

 とだけ鳴いた皇帝閣下は砂埃を巻き上げた。

 目にもとまらぬ速さで颯爽と駆け出していく皇帝閣下。

 

 

 

 ――当然、俺たちを置いて。

 

 

 

 突然のことで予想外だったらしいドスジャギィ。

 彼らですらその立つ鳥の後の濁さずぶりをただただ眺めることしかできていなかった。

 

 

 

 ぽっかりと時間が空いてしまったかのように硬直する一同。

 

 

 

 

「それでとっても頼りになるご主人!! この状況打破するどんなすごい策があるのかにゃ!? きっとご主人のことだからあっと驚くようなすごい作戦があるんだろうにゃぁ。まさかまた『皇帝閣下に乗って逃げる』が作戦とかまさか!! そんなまさか言わないよにゃ? ね!! ご主人?」

 

 

 

 タマは小首をかしげながら微笑みかけてきた。

 

 笑っていた。

 そう一部を除いては……。

 

「やだぁ!! タマさん可愛いぃ!! でもぉ目が笑ってないのは可愛さポイントマイナスだぞ♡。目を笑わせるのを忘れるなんてぇ、タマさんたらおっちょこちょいなんだからぁ。もぉ、ダ・メ・だ・ぞ」

 

 

 

 そう言ってタマの額を軽くこずいた。 

 

 

 

「もう……メッ♡」

 

 

 

 

『ブチッ!!』という効果音が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

「――シャァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 そう言っていきなり飛び掛かってくるタマ。

 

 

 

「やっべ!! ふざけすぎた!! 落ち着けタマ!! 怒りに呑まれるな自我を強く保つんだ!!」 

 

 

 

 くんずほぐれつ。

 慌ただしく揺れ動く荷車。

 

 

 

 そして晴天へと轟く断末魔。

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 俺の声だった……。

 

 

 

「おい!! ドスジャギィども!! 何をぼさっと見てやがるんだ!! お前らの獲物が今まさに襲われてるんだぞ!! さっさと助けないか!! ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 

 ――グ、グワッァァァァァ。

 

 

 

 不意に俺の情けない泣き声にかぶさるようなそんな叫び声が聞こえてきた。

 

 

 タマではない。

 当然俺でもない。

 だからと言ってどうやらドスジャギィたちの鳴き声でもない。

 

 

 となればあと残るは……。

 

 

 

「……ふぐっ? にゃ!? 皇帝閣下!?」

 

 

 

 俺の肩に嚙みついていたタマがその鳴き声の主の名を叫ぶ。

 タマの視線の先には逃げ出したはずの皇帝閣下が必死の形相で俺たちの方に走ってきていた。

 

 

 走ってきていたというよりあれは『逃げ出してきた』という表現の方がしっくり当てはまる。

 それはドスジャギィから逃げたはずの皇帝閣下がさらに『何か』から逃げてきたということ。

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 突如明るく照らされていたはずの大地に巨大な影が差す。

 俺たちは覆われた空を見上げ、その現れた存在を確認した。

 

 

 生物ではない。

 それは誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

「にゃ!? 『飛行船』にゃ!?」

 

 

 

 そう、それはどこからどう見ても『飛行船』だった。

 しかし、その飛行船が『ただの飛行船』でないことを理解しているのはこの場では俺と皇帝閣下だけだろう。

 

 

 悪趣味としか言えないどぎついピンク色で着色され、どう考えても意味のない船体のいたるところに埋め込まれた色とりどりの煌びやかな鉱石。

 

 そして船首には自己主張の塊である持ち主のオブジェクト。

 

 

 一度見たら決して忘れることなどできないインパクトがあり、この世に二つとあったら製作者の頭がトチ狂っているのではないかと疑わずにはいられない飛行船。

 

 

 そして『あの皇帝閣下』をあそこまで怯えさせる存在。

 間違いない、あれは……。

 

 

 

 

「あれは――陸海空三様商業船『ニューハーフ』……」

 

 

 

 

 掠れた声で持ち主の名をつぶやく……。

 

 

 

「俺の……『師匠』の船だ」

 

 

 

 俺は荷台から飛び降りようと構える。

 ジャギノスどもの包囲網など関係ない。

 

 俺たちが真っ先にしなければならないこと……それは。

 

 

 

「逃げるぞぉ!! タマァ!!」

 

 

 

 状況が全く把握できていないタマを鷲掴みにする。

 転げ落ちるように荷台から飛び降りる。

 

 

「にゃ!?」

 

 

 ――――!!

 

 

 言うが早いか上空から乾いた発砲音が連なった。

 その音が脳に伝達されたことより遅れて俺たちがいた荷車周囲の地面が深く抉れ……。

 

 

 

 ――『消し飛んだ』

 

 

 

「に゛ゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 というタマの悲鳴をかき消すように発砲音と着弾音は止むことなく大地に着々とクレーターを作っていった。

 突然の乱入者からの襲撃にドスジャギィどもはまたしても散り散りに逃げ出していく姿が目の端に留まる。

 

 

 飛行船から放たれるバリスタの弾はなお止むことなく俺たちを狙って地形を変え続けていた。

 

 

 

「にゃんにゃ!? 一体にゃんにゃのにゃ!?」

 

 

 

 俺は前方を走る皇帝閣下を一心不乱に追いかけながら答える。

 

 

「あれは『対試作古龍兵器 多連弾式バリスタ臨機動砲門』!! 通称『ガチホ……』!! ……じゃなかった『バリホモ』だ!!」

 

 

 

「そんなこと聞いてるんじゃにゃいにゃ!! にゃんでおいらたちが狙われているのかを聞いているのにゃ!!」

 

 

 

「ごめんなさいタマ!! あの人そういう人だからとしか言えない!! たぶん特に理由とかないと思う……!!」

 

 

「っていうかご主人の師匠って商人じゃないのかにゃ!? にゃんであんな物騒なもの持ってるんだにゃ!!」

 

 

 

「ごめん!! 本当にごめん!! 本当にあの人そういう人だからとしか言えない……!!」

 

 

 

 正直あの人はそこら辺の飛竜より質が悪い。

 たぶん行動に対する思考回路に関してだけ言えば牙獣種と大差ないほどの衝動で動いているといっても間違いではないだろう。

 

 

 

「タマァ!! もしも師匠に捕まったら一巻の終わりだと思え!!」

 

 

 

 忠告する。

 俺の師匠を知らないタマにあの人の危険性を教えるために。

 

 

 

「……もしも捕まったらどうなるのにゃ?」

 

 

 

 下から見上げるような視線で恐る恐る質問を返すタマ。

 

 

「もしも捕まったら……」

 

 

 

「つ、捕まったら……?」

 

 

 

 生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「――もう『お婿(むこ)』には行けなくなると思え……」

 

 

 

 

 

 

 後方でどデカい着弾音が轟いた。

 

 

 

 

 

「――嫌にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

「グワァァァァァ!!」

 

 

 

 

 タマの悲鳴に呼応するかのように前方で皇帝閣下も恐怖で悲鳴を上げていた。

 その時皇帝閣下が隣地にあった雑木林に逃げ込もうと進行方向を変えた。

 

 

 その姿を見てとっさに叫ぶ。

 

 

 

 

「馬鹿野郎!! 皇帝閣下!! 列から離れるなぁ!!」

 

 

 

 

 だが時はすでに遅かった。

 目立った行動とった獲物は狙撃手からすればいい的でしかない。

 

 

 

 刹那。

 

 

 

 上空から放たれた凶弾が……。

 

 

 

 

 ――皇帝閣下を貫いた。

 

 

 

 

「にゃぁぁぁぁぁ!! 皇帝閣下ぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 皇帝閣下を射抜いた『束縛用バリスタ弾』につながれたワイヤーを巻き上げるような摩擦音とともに皇帝閣下は上空、飛行船へと吸い上げられていった。

 

 

 

「グッ、グッワァァァァァ!!」

 

 

 

 それが俺たちの聞いたあいつの……最後の言葉だった。

 

 

 

 皇帝閣下を捕獲したためか砲撃音は一時鳴り止む。

 その隙に俺はタマをつかんだ状態で先ほど皇帝閣下が逃げ込もうとした雑木林に飛び込んでいった。

 

 

「ご主人……!! 皇帝閣下が……!! 早く助けに行かにゃきゃ皇帝閣下が……!!」

 

 

 今にも泣きだしそうな声で俺にすがりつくタマ。

 

 

 

 

「諦めろタマァ!! あいつは……!! 皇帝閣下はもう……!!」

 

 

 

 

 俺はタマの肩を両手で制しながら絞り出すような声で辛い現実を口にした。

 

 

 

 

「もう……『お婿』には行けないんだ」

 

 

 

 

 それが現実である。

 

 

 

「い、嫌にゃ……。だ、だっておいら皇帝閣下と約束したのにゃ……。二人で玉の輿に乗って『こんなクソみてぇなご主人の元一刻も早く抜け出そう!!』って、おいら皇帝閣下と約束したのにゃ……!!」

 

 

 

「泣くなタマ!! 俺だって……俺だって涙を堪えてるんだ!!」

 

 

 

 

 いや、マジでで泣きそうなんだけど。

 え? なに?

 

 

 お前ら影で俺のことそんな風に言ってたの?

 

 

 

 

 ――――ドン。

 

 

 

 

 不意にそんな単発の発砲音が空気の振動とともに俺たちの肌と髭を揺らした。

 

 

 

「どっせぇぇぇい!!」

 

 

 

 そう雄たけびを上げタマを持ち上げ弾道射線上を防いだ。

 

 

 

「に゛ゃ!?」

 

 

 

 両手から伝わる衝撃。

 雑木林めがけて放たれた束縛用バリスタ弾がタマの背中に着弾した。

 

 

 

「……」

 

 

「……おい。ちょっと、ご主人」

 

 

 その時のタマの表情は苦笑いで口角が引くついていた。

 

 

 あのときと同じくワイヤーを巻き上げるキュルキュルという音が聞こえてくる。

 

 

 

「……いやまあ、あれだ」

 

 

 

 俺はタマの瞳をまっすぐに見据えながらこう言った。

 

 

 

 

 

 

「――俺も玉の輿諦めてないし」

 

 

 

 

 

 タマの額に怒りの筋が浮かんだ。

 そして、天空へと吸い上げられていく間際こう叫んでいった。

 

 

 

 

「このクソご主人がぁぁぁぁぁ!! 見損なったにゃぁぁぁぁぁ!! にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 タマの恨み声は広い空へと溶けていった。

 

 

 

 

「今のうちじゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 雑木林をかき分け姿をくらます。

 

 

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 こうして俺一人だけ無事に変態の魔手から逃れることができたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 渓流付近の森。

 師匠からの襲撃から無事逃げ出した俺はとりあえず空から追われぬようにこの森の中に身を隠していた。

 

 

 

「タマには悪いことをしちまったな……」

 

 

 

 俺はあの時のことを思い出しながらとぼとぼと歩いていた。

 正直な話、皇帝閣下を人質に取られた時点でもうあれは俺の負けだった。

 

 

 

 師匠はおそらく今回も俺に何かしら用事があったのだろう。

 

 

 

 俺が逃げるのをわかっていたからまず最初に皇帝閣下を人質に取ったのだろうな。

 皇帝閣下がいなければ俺は行商ができない。

 行商するためには皇帝閣下を迎えに行かなければならない、そして返す条件にまた無理難題を押し付けられるのだろう。

 

 

 そしてそのついでにお婿に行けない体にさせられるのだ。

 

 

 

 なのだが、今回はタマがいる。

 タマと師匠は初対面。

 

 

 師匠がタマを遊び道具として遊んでくれれば俺への遊びがもしかしたら軽くなるかもしれない。

 そんなことを考えた末、タマを師匠の下に送った。

 

 

 もう師匠に会いに行くのは決定事項。

 ならばあとはどれだけ被害を少なくするかに力を注ぐしかない。

 

 

 つまりタマはそのための猫柱である。

 

 

 いやぁ、本当にタマには悪いことをした。

 

 

 

「まあしょうがないよねwww だって俺クソみてぇなご主人だしぃwww」

 

 

 

 反省はしていない、そして後悔もしてない。

 はい私が人間の屑です。

 

 

 

「商品の毒テングダケは……まあ大丈夫だろうな」

 

 

 

 

 師匠はあれでも元凄腕のガンナーだ。

 今まで何度も襲撃されたことはあったが一度として商品をダメにされたことはない。

 きちんと回収してくれるだろう。

 

 

 そこに関しては本当に信用できる。

 ボウガン使いとネーミングセンス以外は本当に最悪だけども。

 

 

 

「とりあえず、どっかで時間つぶさないといけないのか。さて、どうしたもんかね……」

 

 

 

 

 そう何気なくつぶやいた。

 

 

 

 

 その時。

 

 

 

 

 皮膚がひりつくような空気が俺の周りを取り囲んだのを感じた。

 気温が急激に下がったかのように空気が重い。

 

 

 この感じ、どこかで感じた雰囲気に似ているな。

 

 

 

「ここは……危険か」 

 

 

 

 何かモンスターが近くにいるのかもしれない。

 ジンオウガがまだこの渓流付近の森に残っているのかもしれない。

 

 

 

 とりあえず、今は情報が少なすぎる。

 むやみやたらに動くのは危険か。

 

 

 

 どこか身を隠せる場所があればいいのだけれど。

 

 

 そう思案を巡らせふと周りに視線を広げた。

 その視界の中にあるものが飛び込んできた。

 

 

 

「これは……」

 

  

 

 そこには地面から生えた緑を赤く染める液体が点々と一つの道を作り出していた。

 

 

 

「はあ……」

 

 

 

 堪らず、大きなため息をついた。

 

 

 

「どうして俺の周りにこういろいろなトラブルが舞い込んでくるのかねぇ」

 

 

 

 無視すればいいものを。

 と考えたりもする。

 

 

 血が示す先に一体何があるのか。

 それはもしかしたらただの好奇心だったのかもしれない。

 

 

 

「まあ、あれだ。俺って基本馬鹿だし?」

 

 

 

 それが理由ってことで。

 

 

 

 

 血の道しるべをたどる。

 注意深く地面を調べる。

 

 

 

 

 

 ――モンスターではないな。

 

 

 

 

 

 そう確信した

 

 

 

 

 地面を調べても足跡は見つけられなかった。

 足跡があれば一発でそれが何の生物かがわかるのだが残念ながらその手の情報は全く得られなかった。

 だがそれでもなぜモンスターではないと確信したのかというと。

 

 

 地面に不自然な小さな穴が等間隔で存在していたためだ。

 

 

 

 小さな穴。

 大きさ的には五センチほどの縦長の穴。

 

 

 これが何を意味しているのかというとこいつは何か棒のようなものを『杖のように支えにして歩いていた』という証拠だ。

 

 

 多種多様なモンスターがいれど今のところそんな生物は一種類しか確認されていない。

 

 

 

 ということはこの血の主であり先にいる存在は。

 

 

 

「――『人間』か」  

 

 

 

 その杖の代わりにしていたという物は形状的に……。

 

 

 

 

 ――太刀。

 

 

 

 つまりこの先にいるのは『手負いのハンター』か。

 

 

 

「はぁ……。はぁ」

 

 

 

 無意識に進む足が速くなる。

 道とは言えないような生い茂った草木の先を慎重に突き進む。

 

 

 

 目の前にそり立つ絶壁が姿を見せる。

 その一角に大きくあいた洞窟が顔をのぞかせた。

 

 

 

 風がない。

 この洞窟の先は行き止まりか。  

 

 

 ただ血はこの先まで続いている。

 

 

 

「ふぅ。よし……」

 

 

 

 洞窟を進んだ先には死体があった。

 なんて展開だけは勘弁してほしいものだ。

 

 そう思いながら洞窟へと足を踏み入れた。

 

 

 やはりどう考えても自分が馬鹿なことをしているような気がしてならない。

 自己満足も甚だしいのだろう。

 

 

 まあそれでも構わない。

 

 

 

 

『君の正義は――生温い』

 

 

 

 

 これが正義なのかどうかはわからない。

 

 

 

 だが……。

 

 

 

 そう。

 俺はそれでも構わない。

 

 

 

 

 洞窟の奥に血の主がいた。

 

 

 

 

 暗くてよく見えない。

 しかしその見える情報だけでも理解できた。

 

 

 

「……あんたは」

 

 

 

 暗くてもわかるほどボロボロになっている女性用『デスギアシリーズ』

 閉じてはいるものの見覚えのある復讐に満ちた目。

 

 

 そして決定的となったのが『見たことのある』あの『見たことのない太刀』

 

 

 

「……あの時の」

 

 

 

 渓流の森で出会った『女筆頭ハンター』の痛々しい姿がそこにはあった。

 

 

 

 

「……誰だっけ?」

 

 

 

 ツッコミがいないのにふざけても仕方がないと俺はこの時虚しくそう――思ったのだった。




はい。
というわけでお待たせしました。


……かどうかは知りませんが、まあとりあえず『モンハン商人の日常』第三章にしてようやくの……。




――『メインヒロイン回』です。


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ご主人と女ハンター~需要と供給の世界~

『生きているのだろうか』

 

 

 最初に頭に浮かんだ言葉はそれだった。

 意識を失っているだけかそれともすでに絶命してしまったあとなのか。

 気絶しているだけだとしても状態が一体どれほどなのか。

 

 その違いによって俺の対処法は変わる。

 

 

 

「トリアージみたいなものだと思えばいいのかね」

 

 

 

 どのみち近づかないと確認すらできないわけだが。

 ここからでは暗すぎて判断ができない。

 

 

「……ふむ、どうしたものかね」

 

 

 俺は悩みあぐねる。

 

 

 いや。

 そうか、なるほどそういうことか。

 理解したぞ。

 

 

「見えた!! 俺が介抱をしようと体に触れた瞬間、目を覚まして強姦する変質者扱いされぶん殴られる未来が!! そして、性犯罪者として冷たい牢獄でモスの飯を食う俺の悲惨なビジョンがな!! だが甘かったな!! 俺は決してお前の体には触れないからな!! お前の計画はご破綻だ!! どうだざまあみろぉ!! ぷぎゃぁー!!」

 

 

 と洞窟内で大声で叫ぶ。

 虚しく洞窟内で反響する。

 

 

 虚空のような時間が流れた。

 

 

 

「……つっこみ、反応共になし、と」

 

 

 

 ということは意識はないものと考えてよさそうだな。

 

 

 

「……そうか意識がないのか」

 

 

 

 ふーん、意識がないのか。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 そっかぁ、意識ないんだぁ。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 はあ……。

 

 

 

 

 

 

「まあ、だからどうしたって感じだな」

 

 

 

 

 俺は女筆頭ハンターの傍らまで歩み寄った。

 近くに近づくことでその凄惨さがなおのこと露わになった。

 

 

 焼け焦げたデスギア装備。

 そこから露わになっている女筆頭ハンターの肉体もまたひどい火傷により焼けただれていた。

 

 その傷口から今もなお、血液が止まる様子を見せずにじみ出ている。

 

 

「止血が必要だな……」

 

 

 女筆頭ハンターの顔色を窺った。

 出血のせいで顔色はすこぶる悪い。

 しかしその表情は苦痛にゆがめることのない無表情であった。

 

 

 ふむ、なるほどねぇ……。

 

 

 意識のない対象にはまず気道の確保と全身に血が行き届くように衣服の締め付けをほどく必要がある。

 だがこの女筆頭ハンターが装備しているデスギア装備はそれ自体がだぼだぼの緩い着こなしの装備であるためあまり必要はない。

 

 

 しかしそれは逆に締め付けによる止血ができないということに他ならない。

 

 

 ならば重度な火傷による出血を止めるために必要なものは……。

 

 

 

「……水を探しに行くか」

 

 

 

 今この場を離れるのは危険だ。

 しかしこの場には俺一人しかいない。 

 

 

 ここで悩めばそれだけ救命率が下がる。

 

 

 くそ。

 こんなことならタマを師匠の元に送るんじゃなかった。

 

 

「ちくしょう。タマのやつ何をこんな時に師匠とニャンニャンしてるんだよ」

 

 

 いや、タマは悪くない。

 ここでタマを責めるのはお門違いだ。

 

 

 悪いのはどう考えてもこの腐った社会。

 それ以外考えられない。

 

 

 

 うん、ホント。

 それ以外思いつかない。

 

 

 

 

 しかし、ここで過去を悔いても始まらない。

 今この時にできる最善を尽くすしかない。

 

 

 幸いここは渓流。

 水源はいたるところにある。

 探すのには苦労はしないだろう。

 

 

 問題はこの女筆頭ハンターを襲ったであろう存在がまだこの近くにいるかもしれないということだ。

 慣れない土地を闇雲に探索してモンスターと遭遇しようものなら状況は最悪。

 そうなれば今度は俺も危なくなる。

 

 

 だがこのままではこの女ハンターの命が危ない。

 一番の理想はユクモ村まで彼女をこのまま搬送することだがやはりそれもこの状況では難しい。

 現実的に見ても不可能だろう。

 

 それでもやはり応急処置はしなくてはならない。

 

 

「……行くか」

 

 

 俺はそうぽつりと呟きその女筆頭ハンターの傍らから立ち上がる。

 洞窟の外へ向かって歩く。

 

 

 急がず焦らずできるだけ自然に。

 俺がまずやらなくてはならないことは『水源を探す』ことと『安全を確保する』こと……。

 

 

 

 

 ――ではない。

 

 

 

 

「よっこいせ、っと……」

 

 

 俺は洞窟から外に出ると同時に洞窟の横に『座り込んだ』。

 あとはここで待つだけ。

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 

 しばらく待つこと体感数分。

 洞窟の中から物音と衣擦れの音が聞こえてきた。

 

 

 そして洞窟の中から女筆頭ハンターが――『気絶しているふり』をしていた彼女がその姿を現した。

 

 

 

 意識があるということは分かっていた。

 あれだけの火傷、出血があるにもかかわらず『全く苦しんでいるそぶり』をみせなかった。

 

 

 それはつまり『意識的に我慢していた』ということだ。

 

 

 俺がこの洞窟に入った時に大声を出し、こちらの存在を知らしめたのにもかかわらずこいつは気絶しているふりをして『息をひそめた』。

 

 まあ、向こうは女で俺は男。

 警戒するのは当然と言えば当然だ。

 

 しかしこの己の非常事態にもかかわらず他者からの助力を拒んだ。

 そのことから導き出される答えは一つ。

 

 

 それはこいつが助けなど『望んでいない』ということ。

 

 

 

「おい、あんた」

 

 

 

 俺は座ったままの姿勢で女筆頭ハンターに語り掛ける。

 女筆頭ハンターの表情はボロボロのデスギアsゲヒルを深くかぶっているせいでうかがい知れない。

 

 それでも生気のこもっていない瞳は俺を映しているようだった。

 

 

 目の下にクマをこさえた彼女のその瞳を見据えながら裏声を駆使しながらで語りかけた。

 

 

「もう!! そんな目の下にクマさんなんて作ってちゃんと睡眠とってるの? 寝不足はお肌の敵なんだよ!! 女の子なんだからきちんと睡眠とらなきゃ駄目じゃない!! あとワタシのこと血も涙もない酷い奴だと思われたくないから一言と言わせていただきますけどね……!!」

 

 

 

 

 一拍置き空気を大きく吸い込んだ。

 

 

 

 

「――お前、その状態で戦えば本当に死ぬぞ」

 

 

 

 

 

 俺がしなければならないことは他でもない。

 

 

 

 彼女の『説得』だ。

 

 

 

 助かる気のない奴はどうやっても助けることなんてできない。

 やはり一番の理想は彼女をこのままユクモ村まで帰還させること。

 

 そしてそれができれば苦労はしないわけなのだが。

 

 

 この手のタイプは口で言って止まるような奴ではない。

 それは百も承知だった。

 

 

 その発言を耳にした女筆頭ハンターではあったが彼女は俺を一瞥したのち、再びその歩を進める。

 

 

 それはつまり……。

 

 

 

 

 ――俺には彼女を止められないということだ。

 

 

 

 

「おい」

 

 

 俺は再びそう呼びかける。

 しかし、彼女はもう俺の方を振り向こうとはしなかった。

 

 

 そんな彼女に俺は懐から取り出した『小さな巾着』を投げた。

 

 

 巾着は彼女の背中に当たり地面に落ちる。

 足を止めその巾着に視線を落とす女筆頭ハンター。

 

 

 

「その中身は俺が『ウチケシの実』から作った特製の丸薬だ。ただのウチケシの実より多少は効果がある。必要だろ、持っていけ」

 

 

 

 口での説得は望めない。

 だからと言って力ずくで止めるという選択肢もない。

 

 

 手負いだとは言え、正直その条件でも俺の腕っぷしで止められるなど思っていない。

 

 

 

「悪いが、俺にできるのはそれくらいだ。ご武運を」

 

 

 

 

 ここで煙草の一つでも吹かしていれば送り出す絵としては完璧だったのかも知れないが、生憎そのような気の利いた小道具などありはしなかった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 女筆頭ハンターは俺が投げた巾着を拾い上げ、己の懐に強引に押し込む。

 その際、数舜俺のほうを横目で眺めてきた。

 

 

 そして、再び歩を進めた彼女はこちらを振り向くことなどなく森の奥へと姿を消していった。

 

 

 

 危なげで儚げ。

 

 

 

 あの後姿を表現するとすればそんなところだろう。

 

 

 

 

「お礼の一つくらい言ったらどうなんだ、まったく」

 

 

 

 

 その場に一人残された俺はそうぽつりと呟いた。

 

 

 

 身体疲労。意識の混濁。

 判断力の低下。

 

 

 

 あれはどう考えても狩猟に臨めるコンディションではないだろう。

 

 

 

 あーやだやだ。

 ハンターって生き物はなんでああも向こう見ずな奴が多いんだか。

 

 

 あんなになってまで何で戦うのかね。

 俺には全く理解ができない。

 

 

 

 まあ、理解できないような理由がそこにあるからなんだろうけども。

 

 

 

「さて、どうするかねぇ……」

 

 

 

 どうするも何も俺は完全部外者。

 向こうも援助を望んでいるわけではないのだから、行きずりの俺がこれ以上首を突っ込む理由がない。

 

 

 行ったところで俺は戦力にはならないし、ただ邪魔になるだけだろう。

 そもそも、筆頭ハンターがてこずるような相手に俺がどうこう出来るわけがない。

 

 

 非情かもしれないがそれが現実だ。

 

 

 それに身を隠すにはちょうどいい洞窟を見つけたわけだし、ここでしばらく時間を潰してタマと皇帝閣下を迎えに行く、それが妥当だろう。

 それに、それが元々の目的だったし。

 

 

 さらば!! 名も知らぬ女ハンターよ!!

 望むべくは再びどこかの町でその不元気そうな顔を見れることを!!

 

 

 

 そう一方的に別れの言葉を告げ、洞窟内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 明るい場所に目が慣れていたせいで洞窟の中は暗く、何も見えない。

 まあ、いいさ。目が慣れるまでしばらく待てばいいだけだし。

 

 

 しばらく進むと血の匂いが漂ってきた。

 ということはここら辺があの女筆頭ハンターのいた場所か。

 

 

 さすがにここで休むのは気がひける。

 もう少し奥のほうで休むか。

 

 

 そう考えさらに洞窟の奥に足を延ばそうとしたその時、足の裏に違和感を感じた。 

 

 

「……? なんだ? なんか踏んだか?」

 

 

 

 その違和感に視線を落とすとそこには一冊の『手帳』が落ちていた。

 

 

 

「これは……『ハンターノート』?」

 

 

 

 

『ハンターノート』

 

 

 

 

 ギルドに所属しているハンターならば誰しも所持しているハンターズギルドから支給される手帳。

 そこには今までそのハンターがどのような実績を積んできたのか、どんなモンスターをどれだけ狩ってきたのかというのが記されている。

 

 

 ハンターの証といえるものである。

 それがこの洞窟内に落ちていた。

 

 

 誰が落としたのだろう? 

 

 

 なんてことは考えるだけ無意味だろう。

 

 

 

 

「あの女筆頭ハンターのか……」

 

 

 

 

 それ以外考えられない。

 意識力が低く、俺がいない隙にこの場から去ろうとして急いでおり、この薄暗さ。

 落としたことに気が付かなくても仕方がないだろう。

 

 

 

 好奇心。

 理由としてはただそれだけ。

 

 

 ハンターノートを見る機会などなかなかない。

 それが筆頭ハンターという肩書のハンターノートとなれば猶更だ。

 

 

 どんなことが書かれているのか興味が沸くのは仕方がないことだと思う。

 

 

 

 

『某日 対象黒蝕竜ゴア・マガラを肉眼にて確認。渓流方面へ飛行』

 

『某同日 桃毛獣の大量発生。黒蝕竜の影響により狂竜化の可能性あり。注意喚起』

 

 

『同日深夜 黒蝕竜に動き有り。可能であれば狩猟に臨む』

 

 

『桃毛獣の狂竜化個体を確認。今後狩猟の妨げの恐れがあるためこれを排除』

 

 

『対象黒蝕竜、雷狼竜と交戦後北東に飛行するのを確認。負傷した雷狼竜は今後狂暴化する恐れがあったためその場で処分。その後黒蝕竜の追跡再開』

 

 

 

『黒蝕竜ロスト。調査隊からの報告を待つため渓流にて待機』

 

 

 

『某日 黒蝕竜を渓流にて確認。黒蝕竜に異常有り。特異点の特徴から龍歴院認定の特異個体化したものと推定。今後この個体を≪渾沌に呻くゴア・マガラ≫として報告を続ける』

 

 

 

『黒蝕竜狩猟に臨み負傷。尻尾と左前脚の破壊に成功。左前足負傷のため左側からの攻撃に対しての反応が鈍くなっている。鱗粉粉塵爆発に注意すべし』

 

 

 

 

 それがハンターノート記された最近の文章と最後の文章。

 どちらかというと報告書に近い内容。

 

 特に最後に書かれた文章はもし自分が狩猟続行不可能になった際に後続に繋げるために書いてあるようだ。

 

 

 

 狩猟続行不可能とは『殉職』も含まれているのだろう。

 

 

 

 何でハンターという生き物はここまでして戦うのだろうか。

 なぜここまでしなければならないのだろうか。

 

 

 

 理解不可能。

 

 

 

 痛くないわけがない。怖くないわけがない。

 本当に死にたいがためにやっているわけがない。

 

 筆頭ハンターという肩書がそこまでさせているのだろうか。

 

 

 人のため、世のため。

 

 

 まさにそうだろう。

 彼らの活躍で経済が潤っているのは確かだ。 

 

 

 俺だってその御相伴に与っている人間の一人。

 

 

 

 そんなことは百も承知。

 

 

 

『需要と供給』

 

 

 

 究極的に言葉を還元した際に残る答えがそれだ。

 

 

 だが……。

 だが、それは本当にそこまでして……。

 

 

 

『――そこまでして守らないといけないものか?』

 

 

 

 あの彼女の後姿が脳裏に浮かび上がる。 

 意識が朦朧として、出血も今もなお止まらず、ギルドからの支援もなくたった一人死地え赴くあの華奢な背中を。

 

 

 あの背中に一体どれだけのものを背負っていると言うんだ。

 

 

 

 何気なしに最後の書き込みの先。

 次のページをめくった。

 

 

 

「――――!!」

 

 

 

 ハンマーで頭を殴られたような衝撃。

 いや、いっそのこと『本当に殴ってくれ』と叫びたくなった。

 

 

 それほどまでに己の愚かさを悔いた。

 そこに書かれていたのはそれほどまでの内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『かえりたい』

 

 

 

 

 

 

 

 何が『死を恐れていない人間の目』だ。

 

 

 何が『死ぬことを望んでいる目』だ。

 

 

 

 それらの答えを全否定する言葉がそこには弱弱しく書かれていた。

 

 

 間違っていた。

 

 

『背負っている』のではない『背負わされている』のだと。

 

 

 

 

 

『帰りたい』

 

 

 

 

 

 それは裏を返せば『帰れない』という意味だ。

 

 

 彼女はあんな状態になってもまだ帰れないのだ。

 

 

 

 

 そう『死ぬかもしれない』のにもかかわらず。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 無音。

 

 

 

 今はこの無音が逆に煩わしい。

 

 

 

「『帰りたい』か……」

 

 

 

 そうポツリと呟く。

 意味もなく頭を音が出るほど乱雑に掻いた。

 

 

 

「その言葉には弱いんだよなぁ……」

 

 

 

 だからと言って俺に一体何ができる?

 行ったって俺は戦力にはならないし、邪魔になるだけだというのに。

 

 

 ちらっと洞窟内の壁に目をやる。

 暗地に慣れた俺の目の先には無数にも根を張る植物のツタが映る。

 

 

 

 いや、何を今更。

 もう答えは出ているというのに。

 

 

 

 俺が行ったって邪魔になるだけ……。

 ならば答えは単純。

 

 

 

「だったら俺は……」

 

 

 

 ハンターノートを勢いよく閉じ俺はただただ嗤う。

 

 

 

 

「――とことん『邪魔』をするだけだ」

 

 

 

 

 

 お前が命を懸けてまで成し遂げようとすること全て――台無しにしてやる。

 

 

 

『なぜそんなことをするのか?』

 

 

 

 もしもそんなことを聞かれたならば俺は堂々と胸を張りながらこう言ってやる。

 

 

 

 

 

「俺――シリアスな空気『大っ嫌い』なんだよ」

 

 

 

 

 

 俺はそういいながら洞窟に張り廻った植物の葉に『火をつけた』。

 

 

 

 

「ファイヤァァァァァ!!」

 

 

 

 

 みるみる燃え広がる火を眺めながら俺は静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……。あかん、これやりすぎだ……」

 

 

 

 




『クソみてぇなご主人』出陣です。


***
はい、というわけで。


なんとなくわかるとは思いますが第三章は第一章の続きのお話です。
まあ「だからなんだ」と言われたらあまりのショックで枕を涙で濡らすかよだれで濡らすかの二択しかない、そんな感じのお話になります。



あと不肖私こと四十三。

初めてこの『モンハン商人の日常』にイラストをいただきました!!

私自身この作品の登場キャラがどんなビジュアルをしているのかというのは全くイメージしていなかったのですがこのたび『モンハン飯』の作者様『しばりんぐ』様からイラストをいただいたことにより初ビジュアル化になったと大変感激させていただきました。


まさかあの超絶イケメンがこうしてイラストになるとは夢にも思わず皆様からはこのように思われているのだと参考にもなりました。


イラストを拝見させてもらった時も「あらやだ!! イケメン!!」と叫ばせていただきました。

作品内の超絶イケメンっぷりが反映された素晴らしい作品をいただきました。



というわけで超絶イケメンの初ビジュアル化見納めください!!



【挿絵表示】



もう!! ほんとイケメン!!
こいつ以上のイケメンはたぶんいないってくらいのイケメンです!!


しばりんぐ様ありがとうございました!!

天にも昇る思いです!!



並びにいつも私のつたない作品を読んでくださっている読者の皆様この場を借りてお礼の言葉を贈らさていただきます。


不定期で遅筆の私の作品を読んでくださりありがとうございます。

少しでも皆様の読書時間がより良い楽しいものにできるよう日々頭をひねる若輩者ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いです。


更新速度がもう少し早くなればいいのですがなかなかうまくいかないもので申し訳ありません。


長くなりましたが今後とも彼らの物語をよろしくお願いします。



ではでは、また逢う日まで(/・ω・)/ぽーう


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ネオラントと筆頭ハンター~必要な必要のない犠牲の先~

***

 

 

 

 女筆頭ハンター『ネオラント=ラゴア』は思考する。

 

 

 

 自分という存在に。

 もしくはハンターという概念に。

 

 

 

 思えば自分の道はいつからこんな黒く塗りつぶされてしまったのだろう。 

 どこで狂ってしまったのだろう。

 

 そう思考した。

 

 覚めれば命を搾取し、気づけば手を鮮血で染め、後ろを振り向いた時にはもう引き返せないほどの死体を築き、その所業に対し何も感じなくなった。

 

 

 

 いや、それが普通。

 それが暗黙の理解であった。

 

 何も感じてはいけない。

 疑問を持ってはいけない。

 ただ命を刈り取る道具にならなければならない。

 

 

 

 それこそがハンターというもの。

 

 

 

 油断すれば己が死に、慢心すれば村が滅び、情けをかければ人が減る。

 

 

 

 ただただ無心にこなせばいい。

 求められているのだから。

 

 

 このモンスターが蔓延る世界において英雄という存在が求められ必要とされているのだから。

 

 

 滅私であるべきなのだ。

 

 我を出さず。

 己を晒さず。

 個を主張せず。

 

 

 ただ目的のため。

 

 

 

『みんなの幸せのため』に。

 

 

 

 

 そう。

 どうせ。

 

 

 帰る場所などどこにもないのだから。 

 

 

 

 ネオラントは皮肉を込めて笑った。

 そう考えれば自分は今から相手取ろうとしている黒触竜と一体なにが違うのだろうかと。

 

 ただ笑った。

 

 帰る場所を失い、行く当てもなく、己の命を蝕みながら意地汚く生き続ける存在と一体何が違うというのだろう。

 

 

 皮肉。

 実につまらない皮肉である。

 だから何だというのだろう。

 

 

 同情? 共感? シンパシー?

 

 

 それこそ本当につまらない。

 

 

 

 狩るか狩られるか。

 それだけである。

 

 

 自分はもうすでに人情あふれる心温まる物語のステージになど立ってはいない。

 

 

 否。

 立ってはいけないのだ。

 

 

 幸せになる権利などない。

 心の底から笑う資格などない。

 優しさに触れことのできる立場にはいない。

 

 

 

 何故武器を持っているのかを考えろ。

 何故自分が血に染まっているのかを忘れるな。

 

 

 命を賭せ。

 

 

 それが生命を狩りとってきた者の務めなのだから。

 責任を果たせ。

 

 

 心に刻め。

 

 

 自分が筆頭ハンターであるということを。 

 

 

 

 

***

 

 

 

『たいして休むことができなかった』

 

 

 

 渓流にて水をくみ取りながらネオラントはそう思っていた。

 布地を濡らし火傷している箇所に貼り付け応急処置を済ませていた。

 その際の痛みに顔を苦痛にゆがめる。

 

 ネオラントからすればあの場に人が訪れるということが予想外であった。

 

 

 今の渓流付近は先日までの桃毛獣と雷狼竜の騒動、それと現在巷を騒がせている黒触竜の出現のせいで一般人の立ち入りが制限されている。

 

 少なくともユクモ村の住民は好き好んで入っては来ないはずであった。

 だからこそ少し油断していたともいえた。

 

 しかしそんな地であったはずなのにあの男は現れたのである。

 だとするならばあの男は他所から訪れた旅人なのだろうとあたりをつけていた。

 

 

 一体どこの馬鹿なのだろうと、そうも思っていた。

 

 

 黒触竜出現は、近場の地方には知れ渡っている情報。

 なのにもかかわらず武装もせず、護衛もつけず、あんな軽装で歩き回るなど命知らずを通り過ぎてただの自殺志願者である。

 

 

 しかし、自殺志願というのならば己も大して変わらないというのも事実。

 

 

 いや違う。

 決して自殺志願ではない。

 

 ハンター。

 彼女はまごうことなき狩人。

 

 

 彼女こそこの地に厄災をもたらしている存在、黒触竜を狩猟するために選ばれた筆頭ハンターである。

 

 

 

『選ばれた……』 

 

 

 

 その言葉にネオラントは薄く笑った。

 

 

 彼女は気づいていた。

 今回の派遣について、彼女はすでに悟っていた。

 

 

 

 この依頼の本質的意味を。

 

 

 

 受容者が自分でなくても別に構わない依頼だということを。

 

 

 黒触竜狩猟依頼。

 確かに黒触竜は狂竜ウイルスをまき散らし他のモンスターを狂竜化させ狂暴化させる。

 放っておけば村、街単位で被害をもたらす存在である。

 

 

 早く手を打たなければ被害は広がるばかり。

 そんなことは誰が考えてもすぐにわかること。

 

 

 そう、誰が考えてもわかるのだ。

 

 

 ならなぜギルドはこの黒触竜討伐にハンターを『一人』しか宛がわなかったのだろうか? 

 

 

『人材不足』

 

 

 建前はそんなところだろう。

 そう建前である。

 

 早く手を打たなければ被害は広がる一方。

 では手を打たず放置すれば一体どうなるのであろうか。

 

 

 単純なこと。

 狂竜ウイルスに感染したモンスターで溢れ返ることになるだろう。

 

 

 では、その狂竜化したモンスターを狩猟するのは一体誰なのか。

 そう考えればその答えは当然のこと「ハンター」である。

 

 

 そしてそのハンターを所有している機関『ハンターズギルド』である。

 

 

 必然、狂竜化したモンスターが増えれば増えるほどハンターズギルドに舞い込む依頼数が増えていく。

 

 黒触竜一頭に対し四人を派遣するのと四つのモンスター討伐依頼にそれぞれ一人ずつハンターを派遣するのどちらがハンターズギルドにとって有益になるのであろうか。

 

 

 その答えは当然『後者』である。

 

 

 黒触竜ゴア・マガラとはハンターズギルドにとって討伐するよりも『生きているほうが金になるモンスター』なのだ。

 

 

 まさに『金の生る木』。

 

 

 だがそれでは納得してくれない者がいる。 

 それこそ被害を受けた村、街の住民たち。

 

 

 まさか彼らの前で「黒触竜は金になるので狩猟しません」など言えるはずがない。

 では彼らを納得させるにはどうすればよいのだろうか?

 

 

 

 その答えが今回の派遣者、筆頭ハンターという肩書を与えられた「ネオラント・ラゴア」。

 彼女だった。 

 

 

 

 筆頭ハンターというあやふやな肩書が彼女一人だけの派遣という不安を住民から拭い納得させる。

 もしも狩猟に失敗しても筆頭ハンターでも狩れないモンスターであるという印象を住民に与えることができ、依頼料の値上げをする理由になる。

 

 

 万が一狩猟に成功しても『ハンターズギルド』という存在、必要性を住民たちに知らしめることができる。

 

 

 つまりハンターズギルドにとってどう転んでも『利益にしかつながらない』。

 いや、後々のことを考えればむしろ失敗してくれたほうがギルド上層部的にはありがたくもある。

 失敗した者に報酬を支払う義務はギルド側にはないのだから。

 

 

 そしてこの筆頭ハンターという肩書をつけられるハンターは正味『誰でもいいのである』。

 

 

 

 結果。

 そのどす黒く汚れた白羽の矢が立った者。

 

 

 

 

 それが『ネオラント』なのであった。

 

 

 

 ――……!!

 

 

 

 ネオラントは気が付けば傍らに立っていた木の幹に拳を打ち付けていた。

 

 

 彼女の頭の中にあったのは屈辱という感情。

 自分はつまり使い捨ての駒以下か、とそう唇をかみしめた。

 

 

 傷だらけになり、痛みをこらえ、人びとのために武器を振るい、血まみれになりながらも尽くしてきたものに対する処遇がこれなのかと。

 

 

 帰れない。

 このままでは帰れない。

 

 

 ここで自分がこの依頼から離脱すればすべてギルドの思うつぼ。

 ギルドに痛手を負わせる最適手はさほど狂竜化の影響が出ていない今この段階で黒触竜を狩猟すること。

 

 そのためには己一人の力で狩ったといういう事実が必要なのだ。

 

 

 ハンターズギルドから押し付けられた筆頭ハンターという肩書と黒触竜を一人で狩ったという実績があれば今後の黒触竜討伐依頼の際にも先陣切って動きやすくなる。

 

 これでギルドを逆手にとれる。

 

 

 ネオラントは『この腐った社会に一刃を入れられる』とそう確信した。

 

 

 

 負けるわけにはいかない。

 そのためには『死』すらいとわない覚悟。

 

 もしもそうなってしまったならば誰か後続のハンターに託すしかない。

 その為にハンターノートにこれまでの数々の情報を書き込んできた。

 

 

 そう思考したときネオラントは初めて自分がハンターノートを落としていたことに気が付く。

 

 

 あの洞窟で落としたのだろうと当たりはすぐについた。

 取りに戻ろうかとも考えた。

 しかしまたあの洞窟で出会った男に遭遇するを避けたいとネオラントは思っていた。

 

 

 巻き込みたくない、云々以前にあんなふざけた危険意識のないような輩に再び説教されるのも邪魔されるのも冗談ではなかったのだ。

 

 

 ハンターノートに関しては問題ない。

 狩猟すればいいのだから。

 己一人で黒触竜をこの地で討伐すればいいのだから。

 

 そこまで考えてネオラントは頭を黒触竜狩猟へと切り替え始めた。

 

 そんなに遠くには行っていないはずである。

 手傷を負わされはしたがこちらも手傷は負わせた。

 

 

 

 手ごたえは有った。

 狩れない相手ではない。

 

 

『渾沌に呻くゴア・マガラ』

 

 

 確かに強敵である。

 だが攻撃の手段はさほど多くない。

 

 見慣れてしまえば対応できる。

 

 

 

 『――あの攻撃』を除いては。

 

 

 

 そう思考を巡らせたその時である。

 

 

 

 

「――……!!」

 

 

 

 

 突然の殺気にネオラントは勢いよくその場から回避行動をとった。 

 

 

 その刹那、己の頭部があった場所を薙ぐ丸太のような青い腕が空を切る姿が目に映った。

 

 

 勢い余て渓流へと片足を突っ込んだ。

 耳には空を切った際の風の音がへばりついていた。

 

 体が濡れることを気にしてなんていられる状態ではない。

 

 

 全身を覆う青い体毛。両前足を守るように発達した甲殻。

 通常は四足歩行である体を今二足にし臨戦態勢をとっているモンスター。

 

 

『青熊獣 アオアシラ』

 

 

 当然のように、狂竜化個体である。

 

 

 ネオラントの頬に冷や汗が伝う。

 気が付かなかったことに。

 

 攻撃をされるその瞬間まで青熊獣の接近に気が付かなかったことに。

 唾を大きく呑み込む。

 

 

 

 完全に油断していた。

 

 

 

 黒触竜を狩ることばかりに意識が行っていた。

 まさかこんな初歩的なことを失念するとは。

 

 『狩る者』は同時に『狩られる者』だという当たり前のことを忘れてしまっていたことに戦慄した。

 

 

 

 ネオラントは一歩、また一歩と後ずさっていた。

 この時彼女の頭にあったのは『戦線離脱』の文字のみ。

 

 

 単純に体力を温存しておきたいという考えのもとの行動だった。

 平時であるのならば相手が狂竜化している青熊獣であろうと敵ではない。

 

 

 しかし彼女の目的は渓流の治安維持ではなく、あくまでも黒蝕竜。

 優先するべきはその黒蝕竜狩猟のために己の状態を少しでも万全の状態へ戻すこと。

 

 あの洞窟で体を休めていたのもそのため。

 無駄な戦闘をしている場合ではない。

 

 

 洞窟にいた男といいこの青熊獣といい邪魔が多い、とネオラントは心の中で悪態をついていた。

 ここで時間を食えば黒蝕竜の足取りを見失ってしまう恐れもある。

 逃してしまえばせっかく与えた手傷が無駄になってしまう。

 

 

 

『こんな雑魚にかまっている暇などない』

 

 

 

 ネオラントは腰のポーチからあるものを取り出し青熊獣に投げつける。

 

 

『音爆弾』

 

 

 生物の器官『鳴き袋』を利用して作られる殺傷力のほぼない狩猟補助用の爆弾である。

 もともとは狩場にいる邪魔な小動物を追い払うために携帯していた音爆弾。

 

 

 この行為は青熊獣を必要以上に刺激してしまうことになるだろう。

 だが逃げるための一瞬のスキさえできればそれでよかった。

 

 

 ……――!!

 

 

 突然の耳を劈くような高音に反射的に体を硬直させる青熊獣。

 そのスキに青熊獣とは正反対の方向へ遁走するネオラント。

 

 

 

 十全である。

 逃げるという観点において彼女のとった行動は非の打ちどころのない完璧なものだった。

 みるみる青熊獣との距離が離れていく。

 

 

 何も問題はなかった。

 彼女のとった行動自体には何の問題もなかった。

 

 

 しかし、本当の意味でネオラントは己の現状を理解しているとは言い難かった。

 彼女はもっと考えるべきだったのだ。

 

 青熊獣に背後から襲撃されたときの自身の異常に。

 周囲に対する注意力の散漫さに。

 

 

 

 誰かに『尾行されている』という可能性に……。

 

 

 

 ――……トン。

 

 

 

 世界が一転した。

 それは比喩ではなく実際にネオラントの視界は一転していた。

 

 

 

 

 理解ができなかった。

 

 

 

 自身の身に何が起きたのか理解が追い付かなかった。

 分かっているのはついさっきまで走っていたはずの自分が地面に『倒れている』こと、左太腿に激痛がありその部位に『ナイフが刺さっている』こと、そして……。

 

 

 

 ――体が『麻痺して動かない』ということ。

 

 

 

 この三つだけだった。

 

 

 

「ちょっとぉ、ちょっとぉ!! 筆頭フンターなのにモンスターを目の前にして敵前逃亡とかやめてくださいよ!! 一般の人が見たらフンターの心証が悪くなるじゃないですかぁ!!」

 

 

 

 突如そんな快活な声が聞こえてきた。

 

 

 

「って。もともとフンターは心証が悪いか……なんつって!!」

 

 

 

 ネオラントは痺れて動かない上体を無理やり起こし声の主を確認する。

 底抜けに明るく、場違いな冗談を口にし、一見すると頭の悪そうな……。

 

 

『少女』がそこにはいた。

 

 

 彼女はこの緊迫した空気にお構いなしに笑っていた。

 だがその笑みはまるで張りつけたような不気味な笑みをしていた。

 

 

「ねえ知ってますか? 『少女』の定義って21歳未満の女性のことを指すそうですよぉ? それ知ったとき私『20歳のどこが小さいねん!! 胸か!? 胸のことか!?』って突っ込み入れたくなったんですけど筆頭フンターさんはどう思います? やっぱり貧乳はおっぱいに含まれない派閥の人ですか?」

 

 

 ネオラントは混乱していた。

 意味が分からないといったほうがこの場合は正しいのだろう。

 

 正直こんな問答に付き合っている暇などない。

 この間にも青熊獣が追い付いてくるかもしれないのだから。

 

 

 

『逃げなければ……』

 

 

 

 そう頭ではわかっているものの体が麻痺で言うことを聞いてくれない。

 この状況を作ったのは間違いなくこの謎の少女。

 

 それはわかる、だが……。

 

 

 

『本当に意味が分からない』

 

 

 

 ネオラントは何度もそう頭の中で反芻した。

 

 

 

「あっ。ちゃんと『麻痺投げナイフ』効果あったみたいですね。よかったですわぁ……本当はゴア・マガラに狩られてくれるのが理想的だったんですけど思いのほかいい勝負するもんだから邪魔し損ねちゃいましたからねぇ。もうこの際、死んでくれるなら『相手が熊タンでもいいかなぁ』って面倒臭くなったのでこんな手段を取らせてもらった次第でございまする!! びしっ!!」

 

 

 

 

 静寂。

 

 

 

 

 疑問符が頭の中を駆け巡る。

 

 それと同時に我が耳を疑った。

 

 麻痺投げナイフ。

 ゴア・マガラ。

 邪魔し損ねた。

 

 

 そんな文字が頭に流れていった。

 ただその際、ネオラントの頭に確かに残った言葉がある。

 

 

『死んでくれるなら』

 

 

 その言葉に頭心が熱くなった。

 

 

「大丈夫です、安心してください!! きちんとゴア・マガラに殺されたことにしておきますから!! もしも遺体が戻ってきたらあれです、ちゃんと唯一の友人役として遺体の前で泣き崩れる演技するので心配しないで下さい!! なのでまずは名前教えてください!! じゃないと私が困るので!! って喋れないかぁ、テヘペロ!!」

 

 

 視界がゆがむ。

 胃液が込みあがる。

 指先が凍える。

 

 

 麻痺のせいだろうか。

 

 

 いやネオラント自身がこの少女の発言一つ一つに理解が追い付ていないためだった。

 受け入れがたい現実に脳が拒絶反応を示していた。

 

 

 黒蝕竜は生きてるほうが金になる。

 この黒蝕竜討伐依頼は、失敗したほうが利益に繋がる。

 失敗した者に報酬を支払う義務はない。

 

 

 

「後のことは全部任せてください、だって……」

 

 

 

 その言葉がネオラントにとって死の宣告と同義に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「――あなたの『代役』なんていくらでもいるんですから」

 

 

 

 

 

 

 青熊獣の物と思しき足音が近づいてきていた。

 

 

「おっとっと、思いのほか遊びが過ぎましたわぁ。じゃあ私はこれで帰らせてもらいまっす!! それじゃ、お大事に!!」

 

 

 と手を挙げてその場から立ち去ろうとする謎の少女は何かを思い出したように面倒くさ気に「あぁ……」とつぶやき再びネオラントのほうを見据えた。

 

 

 

 そして心底面倒くさそうに頭を掻きながら。

 

 

「私の所属する部署、伝統かなんか知らないですけど別れの挨拶だけはきちんとしろっていう意味の分からない規則があるんですよねぇ」

 

 

 

 ――ああ、めんどくさ。

 

 

 

 と、愚痴を溢したのち少女は服の裾をまるでスカートをつまむ様に持ち上げ礼儀正しい年相応のお辞儀をし、こう言い残していった。

 

 

 

 

 

「――それでは、次のご縁がありましたらどうか私(わたくし)こと『シルバニア=ガレアス』を今後ともどうぞよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 そして今度こそ「チャオ!!」と横ピースを残しその場から姿を消していった。

 

 

 

 

 刹那。

 言葉にできない寒気がネオラントを襲う。 

 

 

 

 冗談にすらなっていない。

 この状況は冗談で済ませられるようなものではない。

 

 

 逃げなければ。

 逃げなければ本当に終わる。

 

 

 

 どこに?

 

 

 

 腕を懸命に動かし地を這うように動こうとするも、腕はむなしく地面に擦り後を残すだけ。

 心臓が激しく脈打つ音が鼓膜を揺らす。

 その音がなお己を焦燥に駆り立てる。

 

 

 早く。

 手遅れになる前に。

 

 

 

 

 なんで?

 

 

 

 

 背中の太刀に手をかける。

 いつかしていたように太刀を鞘ごと引き抜き杖のように己の体を支える。

 

 

 今ならまだ間に合う。

 大丈夫、まだ間に合う。

 

 

 上体を起こすも一歩も進むことなく、無様にその場に崩れ落ちる。

 その拍子に太刀も地面に倒れた。

 

 

 まるで神がこの状況を楽しんでいるかのような錯覚すら覚える。

 太腿に刺さったナイフを抜くことすら忘れ、ただただ足掻く。

 

 

 違う。

 まだ諦めたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 何で?

 

 

 

 

 

 

 

 

 かえりたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『帰る場所もないのに?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無慈悲。

 それは無情で残酷な言葉。

 

 

 彼女の背中に青色の剛腕が叩きつけられた。

 

 

 

「――……!!」

 

 

 

 声にならない悲鳴が口から飛び出す。

 背骨がきしむ音が脳へ直接響く。

 奥歯を砕けんばかりに噛み締め痛みを堪える。

 

 

 体は麻痺しているのにもかかわらず痛みだけはきちんと感じた。

 痛みに頭を支配される中、己の太刀に夢中で手を伸ばすもその手はむなしくも砂を掴むだけ。。

 青熊獣はお構いなしに体重をその腕に乗せネオラントの背中をなお圧迫する。

 

 

 目尻から涙が溢れ出る。

 

 

 痛みから? 

 この情けない己の現状に?

 捨て駒として扱われた悔しさから?

 こんな状況になっても助けを呼べる名が無いから?

 

 

 強くなりたかった。

 ただ強くなりたかった。

 

 どんなモンスターにも負けないくらい。

 必要とされるほど強くなりたかった。

 

 

 必要とされれば自分にも帰る場所ができるのではないかとそう思ったから。

 

 

 孤独だからここまで来れたわけじゃない。

 

 

 

 一人だから……。

 

 

 

 

 

『強くなるしかなかったんだ』

 

 

 

 

 

 青熊獣はその太い腕で器用にネオラントの体を地面に押し付ける。

 彼女にはすでに抵抗するだけの体力などありはしなかった。

 

 麻痺した体は身じろぎ一つすら許すことはない。

 青熊獣の口が大きくあけられた。

 唾液がしたたり落ち地面に斑なシミを作っていった。

 

 

 その捕食される寸前、ネオラントが見ていたのは青熊獣の鋭利に発達した牙……。

 

 

 ――ではなかった。

 

 

 彼女の眼には見覚えのある禍々しく黒い夥しい量の『鱗粉』が映っていた。

 

 

 

 

 ――……ガチンッ。

 

 

 

 そして聞き覚えのある音が……牙と牙同士をかみ合わせる音がネオラントの耳に響いた。

 その音の発生源は青熊獣?

 

 

 否。

 その音の発生源は――。

 

 

 

 目を覆いたくなるほどの『閃光』が。耳を塞ぎたくなるほどの『轟音』が。

『熱量』が、『爆風』が。

 

 

 青熊獣を包み込む。

 あまりの衝撃にネオラントはその場で何もできず目を固くつむるばかりだった。

 

 

『鱗粉粉塵爆発』

 

 

 そして間髪入れず黒い影が――『黒と金の影』が青熊獣に食らいついていた。

 

 

 

 漆黒と黄金のアシメントリーの体躯を有す異形の者。

 別名『この世に生きとし生けるものと決して相容れぬ存在』

 

 

 

 

『渾沌に呻くゴア・マガラ』

 

 

 

 

 黒触竜は体から剥がれ落ちる鱗粉をまき散らしながらその姿を現した。

 青熊獣の首元から黒く濁った血液が噴き出す。

 

 

 断末魔にも似た咆哮が渓流内に轟いた。

 この咆哮は黒触竜の物なのだろうかそれとも青熊獣の物だったのだろうか。

 

 

 どちらであろうとたいして問題ではない。

 今問題なのは黒触竜がネオラントの存在を認識していないこと。

 

 いやもしかしたら認識はしていたのかもしれない。

 だが黒触竜にとっての優先順位が青熊獣であったことは確か。

 

 黒触竜の攻撃性の高さは今更説明するほどのものではない。

 青熊獣はその黒触竜の敵索網に運悪く引っ掛ってしまったのだろう。

 

 

 突然の襲撃と不祥に暴れ狂う青熊獣。

 

 その一連の出来事でネオラントへの拘束も解かれていた。

 そして己の体の変化にも気が付く。

 

 

 

『動ける』

 

 

 

 末端にこそまだ痺れは残っているものの自身の機動力が戻りつつあることを確信する。

 

 

『今なら……』

 

 

 そう考えたとき地面に伏せているネオラントに巨大な影が覆いかぶさる。

 己の体躯を翼脚ごと空へ振り上げる黒触竜の姿が彼女の目に飛び込んできた。

 

 

 全身の身の毛がよだつのを感じた。

 

 

 ネオラントは覚束ない足取りで無我夢中にその場から回避行動をとった。

 

 

 一方、青熊獣は違った。

 狂竜化をしてしまっていた青熊獣は、生物としての危機意識からくる逃避行動が欠落してしまっていた。

 

 

 一瞬。

 それは一瞬の出来事。

 振り上げられた翼脚は重力と膂力そして全体重をもって青熊獣の頭部を地面に叩き潰した。

 

 

 骨が砕ける音。

 飛び散る肉片。

 陥没する大地。

 

 

 

 青いはずの青熊獣の体を血液が赤く染め上げる。

 

 

 

 圧殺。

 一言で起こったことを言い表すのならばただそれだけ。

 

 

 ネオラントの体がいまだ麻痺により行動不能だった場合、あの場所にはもう一つ死体が横たわっていたことだろう。

 

 

 そんなことは彼女が一番理解していた。

 自身があの場で息絶えている姿を想像すると動機が荒くなる。

 

 

 あの攻撃はかろうじて避けることができただけ、とてもではないがこの状態は黒触竜を相手どれるコンディションではない。

 

 

 逃げる。

 

 

 一度体勢を立て直すために。

 それ以外の選択肢などあるわけがない。

 

 

 逃げ切れるだろうか?

 限りなく無理に近いだろう。

 

 あまりにも機動力に差があり過ぎる。

 

 だが逃げねばそれこそ終わり。

 

 

 黒触竜が一歩また一歩とネオラントに接近する。

 

 

 隙を窺っている暇などない今すぐ逃げなければ、そう決心し駆けだそうとしたネオラントの目がある物を捉えた。

 

 

 

 青熊獣の死骸の傍らに置き去りにしてしまっていた己の武器。

 

 

 

 太刀『天廻刀・早蕨(さわらび)』

 

 

 

 ネオラントは駆け出した。

 逃げるために?

 

 

 いや、『己の武器を取り戻すために』。

 

 

 刀匠だった祖父が『唯一の肉親』が打った刀。

 自分が勝手に持ち出した刀。

 

 別に祖父と強い思い出があったわけではない。 

 勝手に持ち出した刀だから無くしたりでもしたら怒られるのだ。

 

 

 ただ……。

 そう、ただ――。

 

 

 

 彼女には『返す人も場所もすでにどこにも存在しない』というだけのよくあるお話である。

 

 

 

 

 自分が馬鹿なことをしていることはよくわかっていた。

 死んだら元も子もない。

 

 一度逃げた後にまた取りに戻ればいいそれだけの話ではないか。

 なぜ、必死になって危険な思いまでして走っているのだろう。

 天廻刀を回収した後、一体どうするつもりなのだろう?

 

 戦う?

 

 走るのがやっとのこの状態で?

 ……阿保らしい。

 

 

 ネオラントは太刀に向かって飛びついた。

 起き上がると同時に天廻刀を抜刀した。

 

 

 

 彼女の瞳に映ったのは夥しい数の鱗粉。

 先ほども見た攻撃。

 

 

 いや黒触竜との戦闘中に幾とどなく目の当たりにしてきた攻撃。

 太刀という武器ではどう足掻いたところで防ぐことも避けることもできない爆発。

 

 

 

 鱗粉粉塵爆発。

 そのための大量の鱗粉。

 

 

 その景色を見たネオラントは小さく笑った。

 利用されるだけ利用されて、逃げられる唯一の機会を棒に振って、馬鹿みたいに一人突っ走った挙句犬死。

 

 

 

『本当に……阿保らしい』

 

 

 

 火花を作るため黒触竜が口を大きく開ける。

 牙と牙をかみ合わせるその音が聞こえればそれが終焉を告げる知らせとなる。

 

 

 

 彼女の頭に駆け巡るは走馬燈。

 思い出すのはモンスターの死体、血塗られた己の軌跡ばかり。

 

 

 

 黒触竜の口が勢いよく閉じられた。

 

 

 

 ああ、本当に……。

 

 

 

 

『――本当につまらない人生だったなぁ……』

 

 

 

 

 ――……ガチンッ。

 

 

 

 

 音は無慈悲にも響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 無音。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覆いたくなるほどの閃光も、耳をふさぎたくなるほどの轟音も熱量も、爆風も。

 すべて起こることなく正真正銘それはただの『無音』だった。 

 

 

 

 その不可思議な現象に疑問を感じたその時、聞き覚えのあるあの『男の声』が聞こえてきた。

 

 

 

 

「――女ハンタァァァ!! お前に『三つ』言いたいことがある!! 耳の穴かっぽじってよぉく聞けやぁぁぁ!!」

 

 

 

 姿は見えずそんな声だけが聞こえてくる。

 

 

 

「ひとぉつ!! お前はドアホかぁ!! おまえ自身狂竜症が発症しかけてて精神異常が起きてることに気づいてないのかぁ!! 馬鹿ですか!? あなた馬鹿なんですかぁ!? あとお前に渡した巾着の中身は『ウチケシの実の丸薬』じゃなくてただの俺のおやつだ!! 気が付かなかっただろぉ!! 食べるの楽しみにしてたんだから後できちんと返せぇ!!」

 

 

 

 場違いな怒号のような言葉の羅列がこの緊迫していた空気を飲み込んでいく。

 

 

 

「ふたぁつ!! お前はドアホだぁ!! 帰りたきゃ帰ればいいだろがぁ!! 帰る場所がなけりゃ作れ!! こんなところで棒切れ振り回して世界救ってる場合かぁ!! なんですかぁ!? 帰る場所を持たない自分かっこいいとか思っちゃうタイプの人ですかぁ!? 恥ずかしいですよぉ!!」

 

 

 ネオラントは、この声が聞こえ始めた時から夥しい数の鱗粉とは別に宙に滞留している『白い煙』があることに気が付いた。

 

 いや、気が付いたのが今なのであっていつからこの「白い煙」が存在していたのかはわからない。

 

 

「みっつめぇ!! 安心しろぉ!!俺もドアホだぁ!! ちょっとその場の乗りとテンションでここまで来ちゃって正直今、後悔し始めてます!! ごめんなさい!! もうボク、帰っていいですかぁ!?」

 

 

 

 

 この「白い煙」がいつから存在していたのかはわからない。

 しかし、もしもこの白い煙があの黒触竜の『鱗粉粉塵爆発の発生を阻害している』のだとしたら?

 

 

 そうだとしたらこの声の主が現れたのとほぼ同時にこの現象が起こったことは果たしてただの偶然なのだろうか?

 

 

 そんな偶然が果たして本当に起こり得るというのだろうか。

 

 

 

 

「――そして『四つ目!!』」

 

 

 

 

 この現象が偶然ではなく人為的に起こした『必然』だとしたら?

 この声の主が作為的に鱗粉粉塵爆発を『封じた』のだとすれば?

 

 

 

 

「この俺が現れた以上この後の展開に――!!」

 

 

 

 

 ネオラントは声のする方を見据えた。

 声の主は木々の合間からゆっくりとその姿を現した。

 

 

 底抜けに明るく、場違いな戯言を口にし、頭の悪そうな洞窟で出会ったあの男に対しての疑問はただ一つ。

 

 

 

 

 

『この男は一体何をしたんだ……?』

 

 

 

 

 

 

 男は黒触竜を見据えながら不敵に笑いこう言い放った。

 

 

 

 

 

「この後の展開に……シリアスパートが来ると思うなよ、『金箔顔グロ』」

 

 

 

 

 ――さあ、鬼ごっこの続きだ。

 

 

 

 

 




ヒーローは遅れてやってくるもの(お約束)


***



次回『ご主人vs渾沌に呻くゴア・マガラ』


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ご主人と女ハンター~眠れる獅子の奮迅~

***

 

 

『粉塵爆発』

 

 

 宙に舞う粉末状の可燃物が発火点より連鎖的に酸化、発熱し瞬間的な爆発を引き起こす燃焼反応のことである。

 

 

 この粉塵爆発を起こす粉末物はさまざまであり、食用粉末、鉄粉、石炭粉、木粉さらにはただの塵であっても可燃性であれば種類を問わずありとあらゆる身近な物体で引きおこすといわれている。

 粉塵爆発の条件も『可燃性の粉塵』『十分な酸素』『発火点』この三つさえそろえば発生する自然現象。

 

 

 この現象を理解し、己の武器として扱うモンスターがこの世界には二体存在する。

 

 

 石炭粉を用いて粉塵爆発を発生させる伝説の古龍。

 

 

 

『炎龍 テオ・テスカトル』

 

 

 

 それともう一体。

 それが……。

 

 

 

 

『渾沌に呻くゴア・マガラ』

 

 

 

 

 マガラ種が火に弱いという話は龍歴院にも記録されている事実である。

 火に対する耐性が低いその理由は、彼らの体を覆いつくす黒蝕鱗が『可燃性』であることが大きく起因している。

 

 彼らが代謝がよく随時己の鱗粉を入れ替えているのは敵索と同時に自身の体に引火した際、効率よく『火から逃れるため』なのではないかと考えられている。

 

 

 弱点を理解しそれに適した進化をたどった結果、今の黒蝕竜の姿に至ったという仮説にたどり着く。

 

 

 そしてその弱点を理解し、黒蝕竜が己の武器へと昇華させた荒技。

 

 

 

 

 それこそが――『鱗粉粉塵爆発』であった。

 

 

 

 

 だが。

 そう、だがしかしである。

 

 

 

 その粉塵爆発は書いて字の通り『不発』に終わった。

 黒蝕鱗と同じく宙に漂う『白い煙』によって。

 

 

 

 

『けむり玉』

 

 

 

 

『ツタの葉』を燃焼させた際に出た大量の煙を素材玉に閉じ込めた手投げ玉。

 用途は主に自身の身を隠すために使われる陰伏用のアイテム。

 

 

 本来は煙幕としてしか使われないこのけむり玉。

 だが黒蝕竜には視力は存在しない。

 

 そんな存在に対し視覚的遮蔽など当然意味がないこと。

 それは少し考えれば誰しもわかること。

 にもかかわらずこのけむり玉が使われている理由とは一体何なのだろうか。

 

 

 この疑問に対し一つ明確にしなければならないことがある。

 

 

 ツタの葉を燃焼させた際に出るこの白い煙。

 この白い煙の『正体』は一体何なのであろうか?

 粉塵爆発を封じたこの白い煙の『成分』とは何なのだろう?。

 

 

 その答えは世界中のどこにでも存在し火と対極にあるありふれた物質……。

 

 

 

 

 

 ――『水』である。

 

 

 

 

 

 粉末状の物質は表面積が大きい。

 そこへ漂う大量の水分。

 

 

 そうなれば可燃物は必然、湿気る。

 

 

 水分を含んだ可燃物が一瞬の火花ごときで引火するだろうか?

 そして水気を含んだ鱗粉が果たして宙を舞い続けることができるのだろうか?

 

 

 

 当然その答えは――。

 

 

 

 

 

『否』である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

『よくよく考えれば今、言いたいこと四つ言っていなかったか?』

 

 

 

 というネオラントの疑問は、この場において大した問題ではなかった。

 

 

 理由はわからない。

 理屈もわからない。

 理解が追い付かない。

 

 

 なぜ来た?

 何しに来た?

 

 

 武装もせず、護衛もつけず、見るからに貧相な体つきで武術の嗜みがあるようにも見えないそんな人物が一体こんな場所になぜ?

 

 

 そんなことは考えるまでもなかった。

 それはただただ単純なこと……。

 

 

「ヒャッハァァァ!! 女ハンター、お前の邪魔をしに来たぜぇ!! お前の努力はこの俺の手によってすべて台無しされるのだぁ!! ウハッwww!! クソザマァwww!!」

 

 

 

 

 ――助けに来た。

 

 

 

 

 

 ただそれだけのこと。

 

 

 

 

 

 一方。

 黒蝕竜は自身の『異変』に困惑していた。

 

 

 粉塵が爆発しなかった。

 鱗粉による敵索が不安定になっている。

 

 

 すべてはこの場にあの第三者が出現してから。

 

 

 だったらなんだというのだろう。

 

 

 理由がどうした。

 理屈がなんだ。

 理解など不要。

 

 

 あの存在がこの不可思議な現状を作っているのは確か。

 ならばその存在を消せばいい。

 

 

 

 ――ただそれだけのこと。

 

 

 

 

 

「――……!!」

 

 

 

 

 

 黒蝕竜の咆哮が渓流内に轟く。

 その轟音とともにあの出現した人物に向かって駆け出した。

 

 

 確かな殺意を持って。

 

 

 

 

「ぴゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 そんな奇声を上げ無様に遁走する男。

 その一人と一頭の姿はすぐさま森の新緑の中へと消えていった。

 

 

 

 この場に取り残され呆然と立ち尽くすネオラント。

 

 

 

『勝てるはずがない』

 

 

 

 どう考えても黒蝕竜は丸腰の人間が相手どれるモンスターではない。

 だとすれば考えられるのは時間稼ぎ。

 

 そのための囮役?

 

 

 馬鹿なのか?

 助けに来たにしても、本当に邪魔をしに来ただけなのだとしてもこうなってしまえば自分が危ないということもわからないのか。

 

 

 この短時間で援助を呼んだとも考えられない。

 他に仲間がいるという可能性もこの場に一人で現れた時点でありえない。

 

 

 助けに行かなければあの男は殺される。

 ネオラントは頭ではそう理解していた。

 

 

「……」

 

 

 だが頭は理解しているのにも関わらず体が動くことはなかった。

 

 

 足が震えていた。

 

 

 麻痺の後遺症?

 いや、恐怖に足がすくみあがっていた。

 

 

 疑問を持ってしまったのだ。

 自分の存在というものに。

 

 

 ハンターである自分は一体何を信じていればいいのだろう?

 

 

 そんな疑問が脳にへばりついてしまっていたのだ。

 

 

 

 死にそうになったことにではない。

『殺されそうになった』ことに。

 

 

 

 自分はあの時モンスターに殺されそうになった。

 だがそれはあくまで結果であり、過程を考慮した場合の答えは違う。

 

 

 ネオラントはあの少女。

『人間』に殺されそうになったのだ。

 

 

 守るべき『人間』に殺されかけた。

 その事実が足を前に進ませることを拒んでいた。

 

 

 自身の足に刺さったままのナイフを慎重に引き抜いた。

 今さら痛みなどどうでもよくなっていた。

 

 

 滑稽な笑い話ではないか。

 

 

 これは自身の努力は結局、ハンターズギルドにとって報告書の上のインクでしかないという証左だ。 

 自分の死も帳面で殴り書きされ一方的に追悼でもされて終わるのだろう。

 

 

 もしもこのまま姿をくらませば、死んだことになり違う人生を歩めるのではないだろうか。

 そんなことを考えた。

 

 

 

『それも……いいかもしれない』

 

 

 

 ネオラントは足を前方の大地に踏み出した。

 あの男が消えた森とは『反対方向の大地』に向かって……。

 

 

 

 ――――…………!!

 

 

 

 突如、ネオラントの遥か後方の森から爆音が轟いた。

 

 

 幾度となく耳にした爆発音。

 それは紛れもなく、一つの命を葬り去った音だった。

 

 

 

 きつく奥歯を嚙み締めた。

 

 

 

『…………っ!!』

 

 

 

 ネオラントは思考を振り切って駆け出した。

 

 

 

 

 一心不乱に。

 無我夢中に。

 一意専心に。

 

 

 

 

 ただただ己に後悔の念を抱きながら。

 

 

 

 

 こんなドアホを救いに来た、『救いようのないドアホ』がいる黒煙が立ち上がる森の方角へ……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 爆音が森の木々を揺らす数分前。

 

 

 

 男は全力をもってその両脚を走らせていた。

 ネオラントの考え通りこの男は、この地に来るまでに救援を呼んだりなどしてはいなかった。

 

 

 

 仲間などもいない。

 

 

 正真正銘、一人。

 

 

 黒蝕竜相手にこの男は一人で挑んでいた。

 

 

 いや、正確に言えばこの黒蝕竜が空を飛ばず地を蹴って追いかけているというこの現状が男の選択肢の一つとして『一対一』で挑まなければならない条件となっていた。

 

 

 

 今の現状はただの分岐点。

 

 

 

 黒蝕竜は脇目も振らず木々を薙ぎ払いながら、まさに猪突猛進が如く男との距離を縮めていた。

 

 

 

 障害物をよけながら逃げないといけない男に対して障害物を無視して突き進むことのできる黒蝕竜との追いかけっこの結果など比を見るより明らか。

 

 

 以前とは状況が違う。

 助けなど来ない。

 このまま闇雲に逃げてもいつか追い付かれる。

 

 

 その時男は進行方向を変えた。

 

 

 進む先にあるのは『背の高い植物』が生い茂っている障害物の少ない雑木林。

 

 

 

 男にとって逃げやすい道ではある。

 だがそれは黒蝕竜とて同じ。

 

 

 何も変わらない。

 変化が訪れることのない追走劇。

 

 

 だが、黒蝕竜は知らない。

 今回の追走劇と前回の追走劇で決定的に違う点があるということに。

 

 

 

 そう。

 前回と違い今回、男には『準備をする時間』があったということを。

『罠を仕掛ける』時間があったということを……。

 

 

 

 

 ――黒蝕竜は知らない。

 

 

 

 

 その瞬間、不意に黒蝕竜の体躯が『宙に浮いた』。

 いや、正確には前のめりに『転んだ』。

 

 

 

 

 ――……!?

 

 

 

 

 突然の転倒。

 起きた現象としてはただそれだけ。

 

 

 罠の成果はそれ以上でもそれ以下でもない正真正銘ただこれだけ。

 

 

 

 男が施した罠は『落とし穴』と同じくらい古典的な罠。

 

 

 

『草結び』

 

 

 

 植物同士の先端を結び合わせ輪を作り、おびき寄せた獲物を『転ばせる』だけという単純な罠である。

 道具もいらず、植物に紛れさせるため気づかれにくく、仕掛けるのにも時間がかからないという利点があるこの草結び。

 

 通常ならばこの草結びごときで黒蝕竜の体躯を転ばせることなど不可能であっただろう。

 

 

 そう黒蝕竜が『十全の状態』であったのならば。

 

 

 

 ――黒蝕竜狩猟に臨み負傷。尻尾と『左前脚』の破壊に成功。

 

 

 

 ハンターノートに記されていた一文である。

 

 しかし、先ほども述べたようこの罠は獲物を転ばせるだけで傷といえばかすり傷くらいしか負わせることができない。

 

 

 

 ダメージなどほとんどない。

 わずかな足止めくらいにしかならない。

 

 

 ただ男からすればそれだけで十分だった。

 男の目的は『時間稼ぎ』。

 

 

 時間さえ稼げればそれでよかった。

 何のために?

 

 

 己が逃げるため?

 

 

 ――否。

 

 

 誰かの助けを待つため?

 

 

 ――否。 

 

 

 女ハンターが逃げ切るため?

 

 

 

 

 

 ――否。

 

 

 

 

 

 男は黒蝕竜の目の前にその足を止め佇んだ。

 

 

 

 

 

『黒蝕竜を倒すため』

 

 

 

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

『毒が黒蝕竜の体を蝕み始める』その瞬間まで時間を稼ぐために。

 

 

 

 

 男は静かに黒蝕竜に語り掛けた。

 

 

 

「――『あの時』は突然のことで何の準備もできなかったからな。悪いが今回はいろいろと『対策』をさせてもらった」

 

 

 

 自ら黒蝕竜のもとへとゆっくりと歩み寄る。

 対する黒蝕竜はしきりに首を左右に動かしていた。

 

 

 それはまるで『見失った獲物を探す』かのように。

 その獲物は『眼前にいる』のにもかかわらず……。

 

 

 

「ほら? どうした? 金箔顔グロ……」

 

 

 

 ただただ笑う。

 

 

 

 

「――来るなら来いよ」

 

 

 

 

***

 

 

 

『毒テングダケ』

 

 

 

 主に狩猟の際には銃弾の材料や矢に塗布するなど時には生肉にすり込むなどして罠肉としても扱われる調合素材である。

 商人であるこの男が商品として大量に抱えていたキノコであることは語るまでもないだろう。

 

 

 この毒テングダケには先ほど挙げた使用例とは別にもう一つ使い道がある。

 あの時、けむり玉に紛れて撒いていた『もう一つの煙』。

 

 

 

 

『毒けむり玉』である。

 

 

 

 

『イボテン酸』

 

 

 

 毒テングダケに含まれる主な毒性分の名である。

 このイボテン酸はハエ科の生物には『強力な神経毒』であり主に虫取りの罠に多く用いられている。

 ハンターたちが甲虫種の小型モンスターを傷つけず捕獲するために用いる狩猟用のけむり玉である。

 

 

 イボテン酸は不安定な物質であり乾燥、脱炭酸させることでその成分は簡単に変化する。

 

 

 この変化した成分は摂取した対象の脳の中枢神経系を乱すことで重度の中毒症状を引き起こし始める。

 

 

『精神錯乱』『躁鬱』『幻覚』時には『深い催眠作用』などが発症する揮発性の高い毒へと変貌する。

 

 

 黒蝕竜の体内へと侵入し、脳を蝕む『特殊な毒煙』。

 

 

 そのイボテン酸が変化した毒。

 この毒の名前は……。

 

 

 

 

 化学式[Ⅽ4H6N2O2]

 

 

 

 

 

『ムッシモール』

 

 

 

 

 

 一種の『麻薬』である。

 

 

 ここで一つ疑問がある。

 いつこの男がムッシモール製の毒けむり玉を作成したのであろうか、という疑問である。

 あの洞窟にいたときには毒テングダケは所持していなかった。

 ではいつ作ったというのだろう。

 

 

 その答えは単純明快。

 

 

 

『もともと所持していた』

 

 

 

 である。

 

 

 しかし、そんな都合のいい話が果たしてあるのであろうか?

 という疑問にはこう答えよう。

 

 

 簡単な叙述トリックである。

 

 

 

『護衛をつけず無策で行商をするほど馬鹿ではない』

 

 

 

 この男自身が言っていたよう――ただそれだけの単純な話である。 

 

 

 

 

***

 

 

『精神異常』

 

 

 精神異常の狂竜化物質を持つ相手に対し同じく精神異常の毒を用いる。

 

 

 

 まさに『目には目を歯には歯を』である。

 

 

 

 この精神不安定の状態で黒蝕竜が鱗粉を利用しての敵索など十分に行えるはずなどない。

 ここまで追跡できていた黒蝕竜ではあったが、そのか細い綱も先ほどの転倒で完全に断たれる形となっていた。

 

 

 黒蝕竜は先ほどの草結びを用いた転倒により『方向感覚を失った』。 

 

 

 

 それが、目の前にいるのにもかかわらず男を見失っているというこの現状である。

 

 

 

 そして、生物が突如視覚的情報と方向感覚を失った場合に取る行動。 

 それこそがこの男の目的であった。

 

 

 黒蝕竜が取るであろう行動。

 それが『停滞』である。

 

 

 正確に言えば自己防衛のために何が起こっても対処ができるように『身構える』こと。

 そのための停止。

 

 

 だが黒蝕竜はまだ気が付いていなかった。

 自身の身に起こっている『本当の異常』に。

 

 

 視覚的情報が得られない黒触竜は気が付けない。

 明るかったはずの空が『漆黒に染まっている』ことに。

 地表に大量の『黒い物質が漂っている』ことに。

 

 

 

 今までとは比にならないほどに鱗粉を『無意識に』放出しているという己の異常現象に。

 

 

 

 男はポーチの中から『空きビン』を取り出した。

 その空きビンでは小さな『火種』が燻っていた。

 

 

『ムッシモール』

 

 

 その毒が及ぼす症状は先ほど説明したとおりである。

 だがそれはムッシモールが作用した結果なのであり、それだけが『全て』ではない。

 

 

 ムッシモールの症状は脳に与える影響が結果的に精神異常を起こしているだけに過ぎない。

 

 

 ムッシモールは神経伝達物質の放出を落とす作用がある。

 この作用により脳の働きは『不活発』になる。

 

 

 だがその不活発と同時にムッシモールはグルタミン酸受容体にも作用し脳は『興奮活性』も引き起こし始める。

 

 

 つまり脳は『興奮』と『不興奮』という相反する症状を『同時』に引き起こし結果、精神異常という症状が現れるのである。

 これこそがムッシモールの本当の『中毒症状』。

 

 

 

『興奮』と『不興奮』。

 

 

 

 黒蝕竜が興奮状態にあるときにおこる現象。

 

 

 

『新陳代謝の活性』

 

 

 

 興奮状態にある黒触竜の体は代謝の向上により鱗粉の放出量を爆発的に増やし始める。

 その量は天空を漆黒に覆い尽くし昼間にもかかわらず夜間のように暗くなるほど。

 

 

 これは龍歴院にも記録されている有名な話である。

 

 

 ここで質問である。

 

 

 黒触竜の出す『可燃性の鱗粉』。

 

 渓流の新緑の中漂う『十分な空気』。

 

 

 そして男が取り出した空きビンの中の火種。

 

 

 

『発火点』

 

 

 

 この三要素を用いて起こすことのできる『自然現象』は何があるだろうか。

 

 

 

 

 男は『火種の入った空きビン』を『発火点』を振りかぶった。

 

 

 

 

 そしてまた黒蝕竜ゴア・マガラが『苦手』としているものは一体何であろうか?

 

 

 

 それはネオラントのハンターノートに記されていた一文。

 ギルドからの支援もなく、傷だらけの体で死地へ赴いていた彼女が誰ともわからぬ後続へと残していた意思。

 

 

 あの華奢の背中に様々な理不尽を背負わされていた彼女の覚悟と本心。

 

 

 

 

 

 男は怒気をはらんだ口調で吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 その答えは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――てめぇの体で確かめろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビンは黒蝕竜の体に当り小気味いい音色で空気を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 それはとても小さな『バックドラフト』。

 ビンの中で燻ぶっていた火種は被弾と共に大量の酸素を取り込み爆発的な燃焼を引き起こす。

 

 

 燃焼に巻き込まれ、可燃性の鱗粉もその身を瞬時に焼いていく。

 隣の鱗粉を――その鱗粉はさらにその次の鱗粉を連鎖的に巻き込み酸化と燃焼を繰り返す。

 

 

 

 わずかな火種の燻ぶりは瞬時に『閃光』となり『轟音』をたどり『爆風』を経て『爆炎』へと昇華した。

 

 

 

 

 

 ――――…………!!

 

 

 

 

 

 渓流の森全域に爆音が轟いた。

 

 

 

 

 黒触竜の絶叫。

 

 

 

 

 爆音に紛れ響き渡る咆哮。

 自身が立たされている現状を理解しての叫びだったのだろうか。

 

 

 

 

 だが時はすでに遅い。

 

 

 

 

 どう足掻いたところで避けることも防ぐこともできない。

 これがそういう攻撃だということは己がよくわかっているのだから。

 

 

 

 

 爆炎は火柱となって渓流の大地と天を焼く。

 黒鱗ではなく黒煙が天を染め上げていく。

 

 

 

 

 

 巻き上がった土埃が徐々にその大地に舞い落ちる。

 植物の焼き焦げた匂いと白煙の中央。

 

 

 爆発点。

 

 

 その爆発点、土埃の煙幕から金色と漆黒の巨体が姿を現す。

 

 

 漆黒の衣は焼き焦げ、全身を爆炎で負傷し、毒による精神異常を起こし、傷だらけで帰る場所のない渾沌の飛竜。

 

 

 黒触竜は大地に悠然と佇んでいた。

 しかし体表から黒鱗の放出は既に止まっていた。

 

 

 そして黒触竜は一歩、その丸太のような足を前に進ませた。

 

 

 男は小さく「……ふっ」と笑った。

 黒触竜に合わせるようにその巨体のいる焼き焦げた大地へ物怖じせず歩を進めた。

 

 

 

 

「って言ってもあれかぁ……」

 頭を掻きながら言葉を漏らす。

 

 

 

 お互い、同時に一歩、地を踏む。

 

 

 

 しかし漆黒の足は大地を踏みしめることなく、自重に耐えられないよう――重力で崩れ落ちていく。

 

 

 

 男はゆっくりと倒れていく黒蝕竜に一瞥することなく颯爽とその傍らを横切る。

 

 

 

 鈍い音ともに地面がむなしく揺れた。

 

 

 

 振り返ることもせず、音に合わさるように男は小さくこう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――聞こえてないか」

 

 

 

 

 

 




誰だこの男。




***

因みに今回出てきた『ムッシモール』。
作中では麻薬と言いましたがこの薬品は俗にいう「合法ドラッグ」です。

現代でも「セブンスヘブン」という品名で商品化されてます。
価格は4000円くらいですね。


昔はテングダケの傘を葉巻のように丸めて火をつけ麻薬の代用品として使用されていたみたいです。


テングダケ科の『イボテン酸』についても二章最終話のあとがきで書きましたが覚えていますかね?


アミノ酸の十倍の旨み成分のイボテン酸が虫にとって神経毒になる点は作中でも書きましたが、実際に現代の虫取り罠にもこのイボテン酸が使われています。


そのイボテン酸を利用したのが「毒けむり玉」というアイテムだというのだから流石モンハン、よくできていますよね。


ですがあくまで商品化しているイボテン酸とムッシモールは安全性を保障されている商品です。
実際のテングダケにはイボテン酸以外にも『ムスカリン』や『α‐アマニチン』が含まれているためかなり複雑な中毒症状が出ますので素人が扱うのは避けるべきです。


『ムスカリン』は『硫酸アトロピン』という薬品で解毒ができます。


『硫酸アトロピン』については私がネタを提供しました『皇我リキ』様の作品「モンスターハンターRe:ストーリーズ」の「光る粘菌と爆撃の砕竜」にて扱われております。

興味のある方はどうぞ一度お読みください。(ただのごますりですが何か?)


『α‐アマニチン』は中毒症状が出ると50%の確率で10日後に死にます。
残りの場合も後遺症が残ります。

遅効性で症状が出るまでに時間がかかるため発症した時にはもう手遅れな場合が多いそうです。


素人の方は安易に扱わないようお願いしますね。


ここまでテングダケの説明をしました。
まあ、結局何が言いたいのかといいますと……。




『ハンターってやっぱり化け物ですよね』




ただそれだけ。



以上!! モンハンで学ぶキノコの不思議のコーナーでした!!(そんなコーナーは存在しません)




***

はい、というわけで。


ここで謝罪と注釈。



まずは謝罪から。



「感想を返していなくてごめんなさい!!」



ネタばれ防止のため感想のお返事を返さないでいるこの人間の屑をお許しください!!
ネタばれに関係ない感想にも返してないのは感想を返していない人と返す人の差別をしないために「返さない」と一貫させてもらっているからです!!


これからもお話が後半に入ると伏線回収のネタばれ防止のため感想返信をしなくなると思いますがどうぞお許しください!!



次に注釈!!



「野外で粉塵爆発なんて起きねぇよ」



はい!! 
ごもっともでございます!!

野外では粉塵爆発は起こりません!!


でもほらゲームではゴマたんやってるから!!


多分できるって!!
信じる者は救われるって!!


私信じてますから!!



だからほら!! 皆さん私を救ってください!!



お願いします!! 何でもしますかr!!
あ、それと第3章は次の更新でラストです。


というわけでまた会う日まで(・ω・)ノシばいばーい



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ご主人と女ハンター~されど竜は閉ざされた箱庭で踊る~

 

***

 

 

『大丈夫よ、ネオラ』

 

 

 物心ついたころ、すでに父はいなかった。

 母に聞いても、幼い私には教えてくれなかった。

 

 

 

 母は私を抱きしめてくれた。

 

 

 

『お母さんがずっと一緒にいてあげるから』

 

 

 

 母は元ハンターだったと後々知らされた。

 強かったとも聞いた。

 

 

 

 

『だから大丈夫よ、ネオラ』

 

 

 

 

 母は凶暴竜に殺された。

 助けに来たギルドのハンターに凶暴竜は狩猟された。

 

 

 村人たちは泣いてハンターたちに感謝した。

 

 

 

 

 ――私は一人になった。

 

 

 

『汚いクソガキが』

 

 

 

 一人になった私を祖父が引き取った。

 祖父から、愛情と言うものを感じたことはなかった。

 

 

 私の父。

 跡取りの息子が当時ハンターだった母と駆け落ち同然で祖父のもとを離れたということは後々知った。

 

 

 

 愛情を注がれることはなかった。

 

 

 

 

 そんな祖父は忽然と私を置いて消息を絶った。

 

 

 

 

 ある日、十二回目の冬のことだった。

 

 

 

 

 

 理由は今でもわからない。

 わかっていたことは、手元に冬越しの僅かな貯えと「天廻刀」だけが残っているという事実だけ。

 

 

 

 

 

 ――私はまた一人になった。

 

 

 

 

『いや、助かりました。さすがは、ギルドのハンターさんだ。こんなに早くあの迅竜を狩猟できるなんて。村人共々被害にあって怯えていたのですがこれで一安心ですわ。いや本当にありがとうございました』

 

 

 

 

 ハンターになった。

 

 

 居場所が欲しかった。

 自分が必要とされる理由が欲しかった。

 

 

 

 ハンターになれば、人助けをすれば、被害を防げば、村を救えば、強くあれば、名声があれば。

 

 

 

 そうすればもう一人ではなくなるのではないか、またあの幼き日のぬくもりに触れることができるのではないかそう思ったから。

 

 

 

 

『ご苦労様です、ネオラント様。こちらが今回の迅竜狩猟の報酬です』

 

 

 

 

 それらの私の努力は全て無機質でただただ冷たいだけの硬貨へと換金された。

 努力も、痛みも、犠牲も、思いも、願いも、心からの叫びも、全て血の通わぬ温もりの欠片もない現金へと化けた。

 

 

 いくら望んだところで回数を重ねたところで手の中に残るのはそんなつまらぬ物だけ。

 

 

 いつしか暗い己の家には大量の硬貨が転がっていた。 

 それはまるで己の寂しさを無理やり埋めるかのように。

 

 

 ただ誰かに必要とされたい。

 こんな冷たい物を必要としない、暖かい繋がりが欲しい。

 

 

 ただぞれだけなのに。

 

 

 

 

 ――私はまた一人になっていた。

 

 

 

 

『あなたの代役なんていくらでもいるんですから』

 

 

 

 

 あの少女の言う通りだった。

 私の存在なんてものはその一言で説明できてしまうような簡単なもでしかなかった。

 

 

 

 私は……。

 

 

 

 

 

 ――私は結局最後まで一人で朽ち果てるのだろう。

 

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

『ヒャッハァァァ!! 女ハンター!! お前の邪魔をしに来たぜぇ!!』

 

 

 

 

 あの男は言った。

 

 

 

 

『お前の努力はこの俺の手によってすべて台無しにされるのだぁ!!』

 

 

 

 

 あの黒煙が昇る先にいる男は確かにそう言った。

 なぜかその言葉が頭から離れない。

 

 

 もしかしたら自分自身期待していたのかもしれない。

 今目の前にいるあの男に期待していたのかもしれない。

 

 

 地に伏せる黒蝕竜を背に満面の笑みで手を振っているあの男に。

 

 

 

 今まで私が築き上げてきた努力をすべて水泡に帰すような。

 

 

 

 

 そんな『もしかして』を……。

 

 

 

 

 

 

***

 

 渓流の森の一角。

 黒煙が天に尾を引く爆心地。

 

 

 その地にて男はネオラントの姿を目視で確認するや否や体全体を使い力いっぱいに手を振りはじめた。

 必死の形相で駆け付けた彼女はその異様な光景を前に呆然としていた。

 

 

「ちょっと聞いて聞いて!! 俺何もしてないのに金箔顔グロさん、自分で発生させた鱗粉粉塵爆発に巻き込まれて自爆しやがったんですがwww マジでウケるんですけどwww」

 

 

 そう言いながら小走りでネオラントに近づいていく男。

 耳に入っているのか、入っていないのかネオラントがその言葉に反応を示すことはなかった。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 男はその彼女の反応の薄さに疑問を持ち顔色を窺うように覗き込んだ。

 

 

 

 その刹那。 

 

 

 

 ――……!! 

 

 

 

 そんな衝撃が男の腹部に突き刺さった。

 恐る恐る己の腹部に視線を落とす男。

 

 

 

 その視界の先にあったのは見たことのない見覚えのあるあの『太刀』。

 

 

 

『天廻刀』だった。 

 

 

 

 

「……かはっ」

 

 

 

 男の口からそんな声が漏れる。

 

 

 

 

「て……てめぇ、何のつもりだ」

 

 

 

 

 男の腹部に突き刺さっている天廻刀の刀身は鞘により覆われていた。

 つまりそれはただの『当身』である。

 

 

『水月』

 

 

 あまりの痛みにその場に蹲る。

 不意に男の目の端にあるものが映る。

 

 

 ネオラントの脚。

 

 

 遠心力によって加速した彼女の脚が男の体を真横に薙ぎ跳ばした。

 それは彼女の鍛えられた足から繰り出された『まわし蹴り』。

 

 

 

『電光』

 

 

 

 受け身も取れず倒れこんだ。

 

 

「ッ……!!」

 

 

 二度による腹部への打撃に呼吸すらままならない。

 地に伏せ痛みにもだえ苦しむ男。

 

 

 その男の頭部をまたしても天廻刀を使い地面へと抑えつけるネオラント。

 

 

 

 

『霞』

 

 

 

 

 無慈悲に押し込んだ。

 

 

 

「…………――!!」

 

 

 

 男の目に電流が走る。

 

 

 

「――がぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 轟く叫び声。

 その声は虚しくも黒煙の晴れた青空へ飲み込まれた。

 

 

 

『当身』

 

 

 

 彼女のしたことはすべて当身である。

 

 

『水月』

『電光』

『霞』

 

 

 ただしこれらは人体における『急所』。

 これらの行動はもう言い訳のしようのない彼女。

 

 

 

 

『ネオラント=ラゴアからの攻撃』だった。

 

 

 

 

 ぐったりと倒れこむ男の上体を無理やり起こし上げるネオラント。

 背後からまるで抱き上げるように天廻刀を男の『首』めがけ……。

 

 

 

 ――締め上げた。

 

 

 

 

 首部急所。

 

 

 

『秘中』

 

 

 

 

「……て、てめぇ!! ボケに対するツッコミの仕方も知らねぇのか……!!」

 

 

 

 男は音が出らんばかりに歯を噛みしめ苦痛に顔を歪めながらもそんな言葉でおどけ始めた。

 それはただのやせ我慢。

 

 

 

 鳩尾を突き抜かれ。

 右脾腹を蹴り飛ばされ。

 蟀谷(こめかみ)を打ち付けられ。

 

 気道をつぶされている男の精一杯の虚勢。

 

 

 

 そんな言葉にも耳を貸す気はないと言わんばかりに締め上げる力を徐々に込めるネオラント。

 

 

 

 男は思考を巡らせる。

 

 

 

 この状況を打破するために?

 

 

 

 いや。

 

 

 

『彼女がなぜこんな行動に出ているのか』

 

 

 

 に対して。

 

 

 

 狂竜症?

 黒蝕竜が出す鱗粉により狂暴化し錯乱状態に陥った?

 

 

 だがそれにしては彼女の攻撃は的確に急所を狙っていた。

 そんなこと理性を失った状態でできるはずがない。

 

 

 

 では男が使用した薬品。

 ムッシモールの後遺症?

 

 ムッシモールには確かに催眠作用がある。

 だが彼女が狙った急所はすべて『人間の急所』。

 

 

 つまり彼女は相手が『人間だと理解したうえで攻撃している』ということ。

 

 

 

 後遺症でもない。

 

 

 

 

 では一体なぜ彼女はこのような行動に出ているのだ。

 

 

 

 男は途切れかけの意識の中で思い出していた。

 あの洞窟で会った時と今現在の彼女との違いを。

 

 

 そして決定的に違う点があるということに気がつく。

 傷だらけだった彼女の体に『なかったはずの傷ができている』ことに。

 

 

 

 彼女の左太腿に『ナイフが刺さってできた傷』があるということに。

 

 

 男はここまでの様々な違和感を頭の中で繋ぎ合わせ始めた。

 

 

『彼女との今までのやり取り』

 

『記録用のはずのギルドノートに記されていたまるで報告書のような文章』

 

『黒蝕竜の生死の確認よりも己への攻撃を優先しなおかつ殺傷力の低い方法で急所を狙っている現状』

 

 

 

 

 ――そしてナイフ傷が物語っている、この場にいない『第三者の存在』。

 

 

 

 

 そのさまざまな要因から男は……。

 

 

 

 ――一つの答えを導き出した。

 

 

 

「……そうか女ハンター」

 

 

 

 それは根本的なこと。

 その一点のみの理由で彼女は彼女自身をこんな行動に駆り立てた。

 

 

 

 

「……お……まえ」

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、男はその答えを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『――しゃべれないのか……』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に男は意識を手放していった。

 

 

 

***

 

 

 

 

『力が欲しかった』

 

 

 

 誰にも負けない力が欲しかった。

 誰にも馬鹿にされない圧倒的な力が。

 

 

 力さえあればこの世界において不可能なことはないのだから。

 

 

「本当にいいの? すべてを犠牲にすることになるわよ」

 

 

 師匠は俺のことを気にかけてくれた。

 当時の俺には犠牲にして後悔するものなどなかった。

 

 

 今では愚かだったと思う。

 若かったのだとも思う。

 

 

 そう思えるほどに俺も成長したのだろう。

 今の俺には大事なものが増えすぎた。

 

 そのことに関しては微笑ましく思う。

 

 

「別に構わない。力こそが正義。師匠、あんたが俺に教えてくれたことだ」

 

 

 そう言った俺に師匠は少し悲しそうな顔をしたことを今でもよく覚えている。

 

 

「そう。それなら私はもう止めることはしないわ。あなた自身が決めたことだもの。いくら師匠だからって出しゃばっていいことではないわね」

 

 

 あの時の師匠の気持ちを察するべきだったのだと思う。

 そんな感受性が当時の俺にあればあんな悲劇は起きなかったかもしれないのに。

 

 

 俺は本当の意味ですべてを失わずに済んだかもしれないのに。

 

 

「あなたが今から向かう場所はとても過酷な場所よ。そこで人格が崩壊した人を私は何人も見てきた。帰ってきた人の中にはまるで別人のように変わり果てた人もいたわ。だから……これだけは約束して」

 

 

 

 あの時、師匠は俺に何と言ったのだろう。

 いつもその部分にノイズが入り思い出せない。

 

 それはまるで抜け落ちてしまったかのように。

 

 

 

 なぜ今頃こんなことを思い出すのだろう。

 後悔しているのだろうか。

 

 

 後悔はしている。

 愚かだったと、やり直したいと。

 

 何度だってそんな気持ちに苛まれて生きてきたのだから。

 

 

 だがいくら悔いたところであのころ失ったものは返ってこない。

 決して返ってこない。

 

 

 

「じゃあ、師匠」

 

 

 

 やめろ。

 行くな。

 

 

 

 

「行ってくるよ……」

 

 

 

 頼む。

 頼むから行かないでくれ。

 

 

 

 

「――『ガチムチマッチョ協会』へ」

 

 

 

 

 行くなぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……――!!」

 

 

 

 俺は悪夢から飛び起きた。

 全身から汗が噴き出しており気持ちが悪かった。

 

 

 まあ、うん……そっかぁ。

 

 

「なんだろ……。この気絶するたびに黒歴史一つ思い出すの本当どうにかならないかな……」

 

 

 あのころ失ったものは決して返ってこない。

 

 

 

 主に貞操とか。

 

 

 

 

 

「もう……死のうかなぁ」

 

 

 

 

 俺がポツリとそうつぶやくと予想外の声が聞こえてきた。

 

 

 

「せっかく無事帰ってこれたのに滅多なこと言うもんじゃにゃいにゃよ、ご主人」

 

 

 

 その声のするほうを見る。

 そこにはフリフリなフリルに身を包んだまるでお姫様のような恰好をしたタマの変わり果てた姿があった。

 

 

「あらやだタマさんじゃない。元気?」

 

 

 俺はあっけらかんと片手を上げながらあいさつした。

 

 

「こんな格好させられて元気に見えるのかにゃ?」

 

 

 

「……」

 

 

 言葉に詰まってしまった。

 

 なんかごめん。

 やっぱりタマさん、師匠におもちゃにされたのね。

 

 

「なるほど。見覚えがある場所だと思ったらそうか、ここニューハーフの船室か……」

 

 

 話題を逸らすように周りを見渡す。

 

 俺の師匠の飛行船「ニュ-ハーフ」。

 船内の一室。

 そのベッドの上。

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 突然の横腹の痛みに顔をこわばらせてしまった。

 あの女ハンターに蹴られた横腹だ。

 

 

「うぉぉぉ……。痛てぇ」

 

 

「内臓は大丈夫らしいにゃ。だけど、しばらくは安静にしとかなきゃならないらしけどにゃ」

 

 

 ――まったくそんな体ににゃるまで一体何をやってたのにゃ。

 

 

 

 そんなふうにあきれ顔で質問してくるタマ。

 

 

「なんだ心配してくれるのか? 正直恨み言の一つ二つ言われる覚悟だったんだけどな」

 

 

「そのつもりだったけどにゃ。そんな傷だらけの状態で帰ってこられたら言うに言えないにゃよ」

 

 

 つまり本当に心配させてしまっていたらしい。

 

 

 

「渓流で黒蝕竜が暴れているらしいし、結構大騒ぎになったにゃよ。師匠さんの部下がご主人を『洞窟』で見つけるまで。一体あんなところで何をしてたのにゃ……」

 

 

 

 洞窟……?

 森の中では無くて?

 

 

 

「いやぁ。俺好みの超べっぴんなネェちゃんがいたからずっと尻を追いかけてたんだよ」

 

 

「それで……?」

 

 

「ネェちゃんじゃなくてただのラージャンだった……」

 

 

「本当に何してるのにゃこの馬鹿ご主人は……」

 

 

 

 俺は洞窟で見つかった。

 洞窟とは十中八九あの女ハンターを見つけたあの洞窟のことだろう。

 

 

 俺を気絶させた後、俺をあの場所に運んだ。

 

 

 なんのために?

 

 

 そんなこと決まっている。

 

 

 

『俺を謎の第三者から逃がすために』

 

 

 

 

 女ハンターの左太腿に刺さっていた投げナイフ。

 モンスターが投げナイフなんてものを使うわけがない。

 

 つまりあの場所に俺が来る前に『誰かがいた』という証拠だ。

 

 

 そして、その人物は少なくとも女ハンターを邪魔もしくは排除したい人物。

 頭や急所ではなく足を狙ったのはそうしなければならない理由があったのか、もしくは『楽しむため』にそうしたのかのどちらか。

 

 

 目的はわからない。

 理由があっての行動なのか、はたまたただの快楽のためか。

 

 

 ただ、もしもその第三者の目的がゴア・マガラだった場合。

 俺が鱗粉粉塵爆発を利用したあの大爆発。

 

 

 第三者もその爆発の際『近くにいた可能性が高い』。

 爆発に気が付きあの場所に向かっていた場合、俺と鉢合わせしていた可能性があった。

 

 本当に第三者の目的がゴア・マガラの死骸だった場合、あの場にいた俺は邪魔な存在。

 ゴア・マガラの生存が目的だった場合、ゴア・マガラを倒した俺は目的阻害をした張本人。

 

 

 どっちにしても俺はその第三者にとって心中穏やかになれる相手ではなかったはずだ。

 そんな人物と鉢合わせしていたら俺は……。

 

 

 

 ――殺されていたかもしれない。

 

 

 

 あの時女ハンターがいきなり襲いかかり気絶させたのは速やかに俺を『あの場から遠ざけるため』だったのだろう。

 

 

 

 不意にタマが俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「どうしたのにゃご主人? ボーと考え込んで。まだ痛むのかにゃ?」

 

 

「うん? いや腹減ったなぁと思ってな。タマさん、何か食べ物とってきてちょ」

 

 

 俺は満面の笑みを作りながらタマにそうお願いをした。

 

 

 

 ――はい、はい。

 

 

 と言ってタマは部屋を出て行った。

 ドアが閉まるまで笑みを作り続けた。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 彼女。

 あの女ハンターは喋れない。

 

 

 初めて会った時も。

 あの洞窟でも。

 自分が窮地に立たされているときでさえ。

 

 

 彼女は一言も言葉を発していない。

 

 

 助けも呼べず今まで孤独で戦ってきたのかもしれない。

 

 

 あのハンターノートも喋れない彼女が意思伝達のために事細かに記していたのだろう。

 

 

 

 

 喋れない彼女は説明する手段がないあの場面で時間を省くためにあのような蛮行に出た。

 そしてそのあと俺を洞窟へと運んだ。

 

 

 

 俺を助けるために。

 

 

 

 

 そう考えればすべて説明がつく。

 

 

 

 

「はぁ……だからってここまでするかねぇ」

 

 

 

 

 あいつ脳みそまで筋肉でできてるんじゃないだろうか。

 自分の横腹を摩りながらそうつぶやく。

 

 

 俺を運んだあと彼女はどうしたのだろうか。

 目的である黒蝕竜をもう追う必要はないのだからひとまずはこれで帰れるはずだが……。

 

 

 

 その時俺は一つの違和感を感じた。

 それはタマが口にした何気ない一言。

 

 

 

『渓流で黒蝕竜が暴れているらしいし、結構大騒ぎになったにゃよ』

 

 

 

 まて。

 タマのやつ何と言っていた?

 

 

 

 暴れているらしい?

 

 

 

 それは進行形な言い方だ。

 俺を探すために渓流は師匠の関係者に捜索されたはず。

 

 

 

 だったら。

 

 

 

 だったらなぜ『黒蝕竜の死骸が発見されていない』?

 

 

 

 見つかっているならばあんな言い方はしないはず。

 あんな大きなものがが見つからないわけがない。

 

 

 あの言い方ではまるで『生きているような言い方』ではないか。

 

 

 

「いや生きているようなどころじゃない。まるで――」

 

 

 

 死亡説すら上がっていないような言い方。

 

 

 

 前例は確かにある。

 狩猟したはずのゴア・マガラが『天廻竜シャガル・マガラ』になったという歴史が確かに存在する。

 

 

 

 生きているだけで生態系に災厄をもたらす飛竜。

 生きとし生きるものと決して相容れぬ存在。 

 帰る場所を失いさまよう亡者。

 

 

『黒蝕竜 ゴア・マガラ』

 

 

 

 生きているのか死んでいるのか。

 死体が見つからない以上死んでいるということはない。

 

 

 と言えるのだろうか。

 

 

 黒蝕竜を大金の山とみることはいくらでも可能だ。

 

 

 あいつの言う通り。

 

 

 

『この時代はモンスターだって金になる時代なのだから』

 

 

 

 不意に目の端にあるものがとまる。

 俺の所持品が一つにまとめられた山の中。

 

 その中から俺の持ち物ではない『手帳』を見つけた。

 

 

 ハンターノート。

 彼女の所持品。

 

 

 俺が持っていることに気づかずそのままにしてしまったのだろうか。

 

 

 そんなことを考えながらページをめくった。

 がそんな考えはすぐに否定された。

 

 

 

 

「かえりたい」

 

 

 

 

 そう書かれていたはずのページが破り取られていた。

 そしてその代わりに新しく文字が書き込まれていた。

 

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

 

 とだけ。

 

 

 

 なぜ彼女はこのノートを置いて行ったのだろう。

 ハンターの証であるこの証明をなぜ持って行かなかったのだろう。

 

 

 

 そんなこと、俺にとってはどうでもいいことだった。

 

 

 

 

「なにが『ありがとう』だ……ふざけるな」

 

 

 

 

 俺の中にあったのはそんな確かな憤怒。

 

 

 

 

「あの野郎……!!」

 

 

 

 俺は叫んだ。

 聞こえるはずのない彼女。

 

 

 様々な理不尽を背負い続け、この期に及んでまだ『一人』を選んだ彼女に向かって。

 

 

 純粋な怒りを込めて。

 俺の本当の気持ちを乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の『おやつ』返せよぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と地上からはるか彼方の飛行艇から誠心誠意、精一杯に……。

 

 

 




ご主人は基本的に馬鹿だから仕方ない。



***

第三章完!!



はい。
というわけで。


これにて第三章は終わりです。
二章に比べると大分短いですけど案外これくらいがちょうどいいのかもしれないですね。

よくわかりませんけど。


さてさて今回私が力を注いだのは「叙述トリック」ですが。
きちんとできていたでしょうか?


主に「ネオラント」が喋れないという伏線を隠していたのですが気が付いた人はいるのでしょうか?

いろんなところに伏線隠してありますし、実は謎の少女こと「シルバニア」もネオラントが喋れないということをきちんと口にしているのですけどね。

気が付かなかった人は探してみてください(露骨なUA稼ぎ乙)



伏線を探しつつ読み直せるのがミステリーの醍醐味。


一応ミステリーをうたっている当作品「モンハン商人の日常」ではありますが。


ようやくミステリーらしい謎が出てきました。
死んでいるより生きているほうが金になる黒蝕竜こと「ゴア・マガラ」の生死。


ゴア・マガラを利用した金策に巻き込まれ殺されかけ、ゴア・マガラを倒した人物を知るハンター「ネオラント」。


ゴア・マガラを倒した張本人であり、金策事情を全く知らず首を突っ込んだ部外者「ご主人」。


そしてゴア・マガラを生かすために暗躍していたが己の失態によりゴア・マガラの生死が不明と化し、立場が崖っぷちに陥ったギルド関係者「シルバニア」。



ハンター、商人、ギルド。


この三者の主軸にあるのは黒蝕竜という一匹のモンスターの生死。

モンスターハンターの世界を一つの箱に例えた......。

シュレーディンガーの思考実験。


『シュレディンガーの猫』の完成です。


(本作での「シュレディンガーの猫」の解釈は感想で質問があったため感想欄の方に記載されております。参考までに目を通していただければ幸いです)


そしてご主人たちが次に向かう場所。



『狂竜ウイルス研究所』



さてさて。
何が起きるんですかねぇ?
何も起きないわけがないですねぇ。




というわけで長くなりましたが『モンハン×商業ミステリー×謎解き』



モンハン商人の日常!!
第三章をもちまして!!




『前座』は終了です。



ではでは、また逢う日まで( ゚Д゚)ふぅぅぅ


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偽りし者は欺き、赤星は地を駆る
24話


新章突入です。


『名前』

 

 

 そんなものを語るのだとしたらオイラは多分饒舌の限りを尽くすのだと思う。

 

 

 個人を区別する記号だったり、所有物としての符号だったり、親しさを示す暗号だったり、時間の流れを表す年号だったり。

 

 少なくともオイラの名前に関しての認識はそういうものだと思っていたし、不本意ながら今の『タマ』という呼ばれ方にも嫌な気分はしていないのだと思う。

 

 

 

「このクソご主人がぁぁぁぁぁ!! 見損なったにゃぁぁぁぁぁ!! にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 まあ、この現状の前では意味のない語りなのだと思うし場違いであること甚だしいのだろうけど。

 空は青いし大きくて『だから何だ』と悪態をつきたくなる内心とは裏腹に晴天は今日も今日とてきらびやか。

 

 

 

 オイラは何故だか空を飛んでいた。

 

 

 

 景色がまるで激流に流されているかのように横へ横へと過ぎ去っていく。

 だけど残念ながら流れているのはオイラのほうであり、いくら思考を明後日のほうに向けたところで現状の快気には至らない。

 

 空中でいくら抗おうと否応なく面妖な飛行船へと引き寄せられる。

 

 

 

『陸海空三様商業船 ニュ-ハーフ』

 

 

 

 ご主人がそう呼んでいたご主人のお師匠さんの飛行船の名前。

 正直クソみたいなネーミングセンスだと思う。

 

 

「あのクソご主人がぁぁぁ!! 次会ったその時はご主人の『ピーー』を『ピーー』した後『ピーー』してオイラの手でお婿に行けなくしてやるっピーー!! にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 そんな恨み言をいくら吐いたところでもう当のご主人には聞こえないのはわかっているのだけれど叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

「にゃっ!?」

 

 

 そんなオイラの声と同時に緩い衝撃と共に勢いが止まる。

 マストに張られた帆にあたったオイラは転げ落ちるように船体に倒れこんだ。

 

 

「……そんにゃ言うほど痛くはにゃいけど、イタタタ……」

 

 

 そんなことを呟きながら甲板を見渡す。

 甲板の上には様々なモンスターの素材、鉱石、晶原石が積まれていた。

 そんな積み荷の中でもとりわけ数が多く目を引くものがあった。

 

 

 それは。

 鱗を用いた『鎧』だったり。

 鉱石を用いた『盾』だったり。

 甲殻を用いた『兜』だったり。

 毛皮を用いた『洋服』だったり。

 

 それらを一つのジャンルとした時に出てくる言葉が何かと考えた場合それは単純明快だった。

 

 

「にゃるほど。ご主人のお師匠さんって商人は商人でも……」

 

 

 一つの疑問に得心がいったその時。

 

 

「よく来たわね!! おチビちゃん!! この運命の出会いを今か今かと待ちわびたわ!! これぞ正しくラブパワァァァァァ!!」

 

 

 そんな今すぐこの甲板から身を投げ出してでも逃げ出したくなる声が聞こえてきた。

 

 いや。

 実際オイラは身の危険を感じ反射的に逃げ出し身を船外に乗り出した。

 そしてためらうことなく「バッ!!」と飛び出した。

 

 

 

 その刹那。

 

 

 

 

 ――逃がすかぁぁぁ!!

 

 

 

 

 というドスの利いた声と共にオイラの身柄は漁用射出式ネットのようなものにより絡め取られ確保されてしまった。

 

 

 

「にゃぁぁぁ!! 離せにゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 オイラはネットの中で暴れ狂った。

 

 

 

「いやいや、離せじゃないわよ……。さすがにこの高さから落ちたらハンターじゃない限り助からないわよ。何を馬鹿なこと言ってるの」

 

 

 なぜハンターなら助かるのか聞きたかったけど何か怖い意志を感じたので聞けなかった。

 

 

「そんな逃げることないじゃない。ちょっとしたジョークじゃないの。あの子、あなたのご主人様はジョークも教えてくれなかったの?」

 

 

 ご主人のことを『あの子』と呼ぶ目の前の人物。

 オイラに近づいてくることで逆光によるシルエットしか見えなかったその姿があらわになる。

 

 

「じゃあ、あんたがご主人の……」

 

 

 ネット越しに手を差し伸べられ握手を促された。

 その差し出された手に目が釘付けになる。

 

 指が『四本』しかないことに。

 次に足が『鳥類のような』人間とはかけ離れた形をしていること。

 

 そしてそのあらわになった顔に付属している耳が『鋭く尖っている』ことに。

 

 

 

「――初めまして。私の名前は『カカリカ=ティガレイ』」

 

 

 

 容姿は現時点ゴーグルをしているせいで目元が隠れてしまっていることもあり全貌を確認することはかなわない。

 それでも十分に整っているであろうことが見て取れた。

 

 

 

「あなたのご主人の師匠で、この飛行船ニューハーフの船長兼、『防具商店 アデル・アモレール』の店長。そして……」

 

 

 服装は黒と白を基調としたフリフリのフリルをふんだんにあしらわれた真っ赤なリボンがワンポイントなゴスロリファッション。

 一見すると個人の趣味で説明できる格好。

 だけど一つだけ説明ができない部分があった。

 

 

 

 

 それが……。

 

 

 

 

「――ただの『女装癖のある変態』よ」

 

 

 

 

 ――性別が『男』だという点。

 

 

 

 つまりご主人のお師匠さんは……。

 

 

 

 

「改めて私のお城へ歓迎させてもらうわ、よろしくね――」

 

 

 

 

「――『タイラン』ちゃん」

 

 

 

 

 真正の『竜人族のオカマ』でした。

 

 

 

 




新章突入なのに短くてごめんなさい。

理由はワールドが楽しすぎたからです。 
言い訳の仕様もないただそれだけです。


いや本当にごめんなさい!!


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第25話

『竜人族』

 

 

 容姿端麗であり長寿。

 美容や健康のいいものを好む傾向が強く、争いごとを好まない。 

 

 知能が高くオイラのような獣人族とは別で人間と共存している自然との一体化を重んじる種族。

 人間社会ではその長寿を生かし頭脳職や技能職を生業にし生活をしている者が多い。

 

 

 人間に比べて竜人族の数が少ないことも一つの特徴である。

 理由は争いを好まない性質と長寿であり寿命の心配がないことからくる繁殖能力の低さが原因とされている。

 

 そのため恋愛観も不明とされ異性関係が成立しづらくいまだ未知な部分が多い種族と言われている。

 

 

 

 それがオイラの知っている竜人族の特徴。

 

 

 

 

「って言っても私同性愛者だから!! 繁殖能力とか鼻で笑っちゃうけどね!!」

 

 

「聞きたくない……。聞きたくないにゃぁ……」

 

 

 オイラは耳を抑えかぶりを振った。

 

 

 恋愛観が不明という記録がある以上そういう竜人族がいても不思議ではないし、争いを好まない種族といってもやはり個人の差がある以上色眼鏡で見るのは失礼なのかもしれない。

 でもそうだとしても目の前にいるこの竜人族はあまりにもオイラと世間の伝聞の範疇を大いに凌駕していた。

 

 

 初対面で受けるインパクトとしてはもうお腹いっぱいというしかなかった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そう。

 初対面のはずである。

 聞き間違い、でもないだろう。

 

 

 

「……なんで」

 

 

「ん?」

 

 

 

 

「なんで……オイラの名前が『タイラン』だって知ってるのにゃ」

 

 

 

 ご主人のお師匠さんは確かにオイラのことを『タイランちゃん』と呼んだ。

 ご主人のもとでオトモを始めてからは一度も名乗ったことないオイラの『本名』を。

 

 

「あらやだぁ、商人の情報網を甘く見ちゃいやよ。あなたがあの子の下で働き始めたと聞いた時からあなたのことは一通り調べさせてもらったわ。だからあなたの本名が『タイラン・マルクト』だってことも知っているわよ、アタチィ」

 

 

 お師匠さんは親指をしゃぶるようなしぐさを取りながらそう言ってきた。

 

 

 

『タイラン・マルクト』

 

 

 

 それがオイラの本名。

 おいら達のような人間に従属するアイルーは多くの場合が雇用時に主人との主従関係の証として名前をもらう。

 

 

 タイランの名は生みの親がつけてくれた名前。

 その真名のあとには雇用主がつけた名前が連なっていく。

 

 

 だからアイルー中には転職を繰り返すことで本当に冗談のような長い名前を持つ者もいるし、一人の主に永従し雇用名を本名として一生を終える者もいる。

 

 

 それを踏まえた上でのオイラの名前。

 それがタイラン・マルクト。

 

 

 いや、正確に言えばこれが本名というわけではないのだけれど……。

 その理由が。

 

 

「――で? あなたのご主人はあなたになんて言う名前を付けたのかしら? そこだけ情報が閉鎖的過ぎてわからなかったのよねぇ」

 

 

 

 

 そういいながらお師匠さんはニヤニヤと笑っていた。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 そう。

 ご主人が雇用時につけた名前が抜けているのだ。

『マルクト』はご主人よりも前の主人がつけた名前。

 

 だからオイラの本名はもう一節長いのである。

 

 

 

 

「い、言いたくないにゃ……」

 

 

 

「えぇ!! なんでぇ!! いいじゃない減るもんじゃないんだから!! ネーミングセンスの欠片もないあの子がどんな名前つけたのか興味あるのよぉ!!」

 

 

 

 ご主人はネーミングセンスが壊滅的にない。

 

 

 自分のことを「スーパー・ダンディズム公爵」と呼ぶように。

 ガーグァに「皇帝閣下」と名付けるように。

 ポポに、アプトノスに、ズワロポスにそれぞれ『ご隠居』『お嬢』『大将』と名付けていると昔言っていたことがあるように。

 

 

 センスという苗床がすべてが個性という業火によって焼け野原になっているのだ。

 当然そのセンスを焼け野原にした業火はオイラにも牙をむいた。

 

 

 

 

 オイラが言い渋っているとお師匠さんは「やれやれ……」と呟いた後、ネットの中のオイラの耳に甘く小さな声でこう囁いてきた。

 

 

 

 

「教えてくれないのなら……今日があなたの『雄として生を受けたことを後悔する』記念すべき日になるわよ」

 

 

 

 

 ――ペロリ。

 

 

 

 という舌なめずりする音が聞こえてきた。

 同時に全身の毛が逆立つのを感じた。

 

 

 

 

「わ、わかったにゃ!! 言う!! 言うから勘弁して欲しいにゃ!!」

 

 

 

 

 その返事に満足したのかご満悦そうに頷くお師匠さん。

 

 

 

 本音を言えば本当に言いたくない。

 名乗らないでいいのなら一生名乗ることのないと思っていた名前だったから。

 本名を名乗る覚悟をしたのは先ほどのお師匠さんの脅しが決め手ではあった。

 

 

 だけれど、実は脅迫の材料それだけではなかった。

 

 

 オイラの目には先ほどから、正確にはお師匠さんを認識したその時からずっと映し続けているものがある。

 

 

 それはオイラよりも先にこの飛行船に連れ去られたオイラの友達。

 

 

 

 ――皇帝閣下だった。

 

 

 

 皇帝閣下はまるでミノムシのように縄で全身をぐるぐる巻きにされ、マストから逆さ吊りにされていた。

 一緒に張り紙も張られておりそこには

 

 

『空の王者(笑)』

『閃光玉のカモwww』

『リア充爆発案件』

『いいから玉寄こせ』

『お前、影薄くね?』

 

 

 とどう考えてもガーグァに向けてではない誹謗中傷の数々が書かれていた。

 流れる風になびかれるたびに「グァ……グァ……」という声が聞こえてくるので元気ではあるっぽい。

 

 

 そんな視覚的情報から得られる結論は至極単純なこと。

 お師匠さんの満面の笑みを見てそれを確信した。

 

 

 

『この人は確実に実行する……!!』

 

 

 

 ただそれだけ。

 そしてオイラは腹をくくった。

 

 

 

 

 

 

「オ、オイラの名前は『タイラン・マルクト……』」

 

 

 

 

「うんうん」

 

 

 オイラは意を決して自身の本名を口にした。

 

 

 

 

「……サ」 

 

 

 

 

「サ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『サノバビッチ三世』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

『タイラン・マルクト・サノバビッチ三世』

 

 

 

 

 

 

 略して『タマさん』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オイラは俯いた。

 お師匠さんはオイラを捕えているネットをナイフを用いて無言で切り、そしてオイラは解放された。

 

 

 

 解放された後もただ立ち呆ける二人。

 

 

 先に口を開いたのはお師匠さんだった。

 

 

 

 

 

「あの……興味本位で無理強いしちゃってごめんなさい。まさかそこまで酷い……あ、いや、個性的な名前だとは思わなくって……。その……なんか、ごめんなさい」

 

 

 

「いや、別にいいにゃ。別に減るもんじゃにゃいし……」

 

 

 

 何故か腹立たしいほど破顔させているご主人の顔が浮かんできた。

 

 

 

「あ……それじゃあ三回目になるけどよろしくね、サノバビッ……」

 

 

 

 

 

「――タマでよろしくお願いしますにゃ」

 

 

 

 

 こうしてオイラこと「タマ」とご主人のお師匠さん「カカリカ」とのファーストコンタクトは何事もなく無事終えたのだった。

 

 

 

 

「グワ……、グゥワ……」

 

 

 

 

 

 無事終えたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 唄が。

 唄が聞こえる。

 

 

 

「例えば君がぁぁぁ!! 傷ついてぇぇぇ!! 挫けそおぉぉぉになぁった時はぁぁぁ!!」

 

 

 

 唄と表現していいのかどうかもわからない声が。

 

 

 

「必ず『ボブ』がそばにいてぇぇぇ!! ささぁぁぁえてあげるよぉぉぉ!! そぉの肩をぉぉぉ」

 

 

 

『誰にゃよボブって……』と頭の中で突っ込みを入れた。

 

 

 

 

 そんなオイラの突込みなど知る由もなく、お師匠さんは今度は一人で寸劇をし始めた。

 

 

 

 

「HEY!! ボブ!!」「なんだぁい!? アンソニー!?」

 

「聞いてくれよぉ!! マイケルの野郎が俺のマミーのこと『お前の母ちゃんマジでヤマツカミみたいだよなぁwww』って言ってきて俺傷ついちゃったよぉ!!」

 

 

「Really? シット!! マイケルの野郎!! 血も涙もない奴だとは思っていたがたまにはマトモなこと言うじゃねぇか!! だが安心してくれアンソニー!! 君が傷ついたその時は必ず僕がそばにいてぇ!! 支えてあげるよぉ!! その肩をぉ!!」

 

 

 

 

「F00000!!」

 

 

 

 という奇声を上げるお師匠さん。

 

 

 

「ここで問題です」

 

 

 

 なんかいろいろと心配になってくる。

 そんなオイラの心労をよそに寸言はなお続く。

 

 

 

「先ほどのやり取りで最も酷いのは?」

 

 

 

 

 Aマイケル Bボブ Cアンソニーの母親の顔

 

 

 

 

「制限時間は50分。クエストを開始します。パーファァァwww」

 

 

 

 

 あまりの恐怖に耳を塞ぐも性能のいい己の聴力は現実から目を逸らさせてはくれなかった。

 

 

 

 これがあの竜人族である。

 聡明で優雅で麗しいあの竜人族なのである。

 

 

 竜人族の遺伝子が突然変異したとしか考えられない。

 

 

 

「――みたいなやり取りをあなたのご主人とはよくしていたのだけれど……。どう? 私たちもする? タマタマ?」

 

 

 

 ニューハーフの舵を取りながらそんな質問をしてくるお師匠さん。

 今現在はオイラと皇帝閣下を身代わりにして逃げて行ったご主人を追って渓流付近の森上空を探策中なのである。

 

 

 話を聞いてみると、どうやらお師匠さんはご主人に用事があったのだという。

 しかし、逃げられたためこうして上から探しているのだが、このままではらちが明かないということで数人の部下を地上へ探索に行かせたらしい。

 

 

 その部下たちにオイラ達の商品を回収してくれるとも言っていた。

 とりあえずは一安心と言ったところだろうか。

 

 

「因みにさっきの問題の答えは『こんなクソみたいな問題を作った人間』が最も酷いという結論になったわ。と言っても私は狭義的には竜人族で人間じゃないから、悪いのは全部あなたのご主人ってことにして成敗しといたわ」 

 

 

 

 

 え? 

 それご主人、ただのとばっちり……。

 

 

 

「って、皇帝閣下!! あなたいい加減降りてきなさい!! いつまでもそんな高いところにいると危ないわよ!!」

 

 

 

 そんな呼びかけを聞いてオイラは皇帝閣下の方を見る。

 皇帝閣下はマストの上の見張り台に登っていた。

 

 そして降りて来なくなってしまった。

 

 

 

 理由はまあ、口で説明する必要はないだろう。

 オイラが呼んでも降りてこないところを見るとよっぽどなのだと思う。

 言ってもこの人、出合頭にバリスタ弾で襲ってくるような人物なのだから当然といえば当然か。

 

 

 あんな武装をしている飛行船を所有しているということは、やはりお師匠さんは商人としては上流階級だと考えた方がいいのだろう。

 

 

 

『防具商店 アデル・アモレール』

 

 

 

 聞いたことのない名前。

 多分、ギルドの傘下商会ではない個人の商店なのだと思う。

 

 

 ギルドの防具や武器はハンターたちが狩猟したモンスターの素材を用いて作られている。

 だが、ギルドは素材のすべてをハンターのもとに渡すことはない。

 渡すのはあくまで一部しか渡さず、残りはギルドが管理する。

 

 その理由は『モンスターの乱獲防止』だとされている。

 

 

 もしも、ハンターが狩猟したモンスターの素材を独占した場合、その独占したモンスターの全体数が減り素材が手に入りにくくなる。

 

 そうなればその手に入りにくいモンスター素材の値段は当然高騰する。

 素材に値が付けばその素材を狙って狩りを行う輩が増え、さらにモンスターの数は減っていく。

 

 

 その繰り返しにより生態系は容易に壊れてしまう。

 そうならぬようギルドはモンスターの素材を管理し、時を見て流通させることで価格変動を抑えているのだという。

 

 だがそれでは、一部しか素材を手に入れることのできなかったハンターが防具、武器作成目的で乱獲する可能性があるためそうならぬようギルドはギルド傘下の防具、武器店に素材を卸し、ハンターにはその中で足らない素材を納めさせることで少量の素材で作成することができるプロセスを組んでいるのだという。

 

 

 つまり一人が狩猟したモンスター素材を全世界中のギルド所属のハンターたちでシェアしているということだそう。

 こうすることにより、文化も価値観も違う他地方とモンスター素材を金銭を用いずに取引することができる。

 

 

 

 

 ご主人はこの貿易を『バーター貿易』だと言っていたっけか。

 

 

 

 

 まあつまり、ギルドに所属していない商店というのはギルドの後ろ盾がないため素材を集めるのでも一苦労する。

 ようは、個人商店を営むということはそれだけの『社会的地位がなければ到底不可能』ということ。

 

 

 

「……」

 

 

 オイラはこの店の主「カカリカ=ティガレイ」の顔を見る。

 

 

 

「……? どうかしたの、タマタマ? この『超絶美少女』に何か御用?」

 

 

 

 

「いや……にゃんでも無いにゃ」

 

 

 

 

 だてに、竜人族で変態ではないということだろう。

 ご主人の師匠だというのもなんだか頷けた。

 

 

 様々なところを踏まえて。

 

 

 

「うーん。これからどうしようかしらねぇ。皇帝閣下がここにいる以上あの子は私に会いに来るしか方法はないのだけど。早くしないと『あの子』が返ってくるのよねぇ」

 

 

 

 と呟くお師匠さん。

 今少し意味深なことを口にした。

 

 

 二人の『あの子』という言葉。

 

 

 一人は当然ご主人のことだろう。

 ではもう一人は?

 

 

「そういえば、ご主人に用事って一体にゃんだたのにゃ?」

 

 

 そんな今更な質問。

 

 

「うん? 用事? いやちょっとあの子にね、会ってもらいたい人がいるのよ。私の『弟子』なんだけど」

 

 

「弟子? つまりご主人の弟弟子? あ、いや兄弟子っていう可能性もあるのかにゃ」

 

 

 

 

 ――うーん? ……どっちなのかしらねぇ?

 

 

 

 

 と煮え切らない態度。

 

 

「どっちって、早く弟子入りした方が兄じゃないのかにゃ?」

 

 

 

 という返しにさらに首をかしげる。

 

 

「そもそも、弟子のジャンルが違うのよ。あなたのご主人は私の『商人としての弟子』なのだけど今言った弟子は私の『ハンターとしての弟子』なのよ。だからどっちって明言しにくいのよねぇ」

 

 

 

 

「ハンターとしての弟子……」

 

 

 そういえばご主人、お師匠さんは元ハンターだって言っていた。

 その知識を活用して商人を始めた変わり者だとも。

 

 

 変わり者を通り過ぎて変人だったけど。

 

 

 

「名前は『トランジェ=ルフル』っていう子なんだけど。私に直接弟子入りを申し込みに来たのよ。結構面白い子だったから育てることにしたの。とりあえず手始めにこの森の中で『七日間生き延びろ』って武器を取り上げて放りだしてきたけど。HAHAHAHAHA!!」

 

 

 

「ヒクッ……」と口角が引くつくのを感じた。

 

 

 

「大丈夫なのかにゃ、それ?」

 

 

 

「死んじゃうかもね!! なんか今この渓流の森ゴア・マガラがいるらしくて生態系とか大分やばいらしいし!! 狂竜化モンスターもいっぱいいるって聞いてもう私笑っちゃった!! 『もう私クソ鬼畜やないかーい』って!!」

 

 

 

 クソ鬼畜!?

 

 

 

「――ってそれなら、今森にいるご主人も危ないってことじゃないかにゃ!?」

 

 

 

「あらヤダ本当ね。今日二人の弟子を亡くすかもしれないなんて私、今世界で一番不幸じゃない?」

 

 

 どう考えても不幸なのはあなたのお弟子さん達です。

 

 

「まあどちらにしろ、こんなところで死ぬような柔に育てた覚えはないし、こんなところで死ぬような子にハンターは務まらないわ」

 

 

 

 

「……ウゥゥ」

 

 

 

 そう言われると返す言葉がない。

 実際、この人はそういう道を歩んで今の地位にいるのだろうから。

 オイラのような若造が口出しできる領域の話ではないのかもしれない。

 

 

 

 

 まあ少なくともここは安全が保障されているというのが唯一の救い。

 

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 と思っていた。

 それは突然の出来事。

 

 

 

 

「にゃ!? にゃんにゃ!?」

 

 

 

 突如船体が激しく揺れた。

 その揺れはまるで何か物体がぶつかってきたかのような振動。 

 

 

 そう。

 この『空中』でである。

 

 

 

「一体何事なの!? 私は一体黒塗りの何にぶつかったの!?」

 

 

 

 そんな錯乱し奇妙奇天烈なことを口走るお師匠さん。

 だがその妄言は当たらずも遠からずの位置を射抜いていた。

 

 

 

 その『漆黒』と『黄金』の鱗を有する存在は船首へと飛行しその姿をあらわす。

 

 

 

 

『渾沌に呻くゴア・マガラ』

 

 

 

 

「ゴア・マガラ!? 噂をしたから影でも刺したっていうの!? 上等よぉ!! あんた誰の所有物にぶつかったかその身に教えてあげるわぁ!!」

 

 

 そんな叫び声と嬉々とした表情でお師匠さんは舵から飛び退き、船に備えられた一門の銃器に跨る。

 

 

 

 

『対試作古龍兵器 多連弾式バリスタ臨機動砲門』

 

 

 

 

「『ガチホ……!!』じゃなかった『バリホモ』の恐ろしさ教えてやるわぁ!! 往生せいやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 そう叫び引き金を引いた。

 

 

 

 ――カラカラカラカラ。

 

 

 

 しかし、そん虚しい乾いた音が聞こえてきた。

 当然、弾など出なかった。

 

 

 

 

 

 

 無音。

 

 

 

 

 

 

「あっ!!」

 

 

 

 

 何かを思い出したようにそんな間抜けな声を上げるお師匠さん。

 

 

 

「……まさかとは思うけど、お師匠さん」

 

 

 

 

 

 

 

 オイラの目をまっすぐ見据えていけしゃあしゃあとこう口にした。

 

 

 

 

 

 

「ごめん!! 全弾あなたたち追い込むために打ち尽くしちゃったの忘れてた!!」

 

 

 

 

「肝心なところで役に立たないのは師弟共通なのかにゃぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 そんなやり取りなど当然意に介さずゴア・マガラはニューハーフへの攻撃を続ける。

 

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 

 船体が大きく傾いた。

 

 

 

 

「にゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 オイラの体は重力に導かれるまま吹き飛ばされ地上目掛け落ちていった。

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!! 私のタマタマぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 ここまでずっと我慢していたことがある。

 でも怖くて言えなかった。

 

 

 

 でもこんな時だからこそ言うことができる。

 

 そう。

 突っ込むことができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『付いてんだろうがぁぁぁぁぁ!!』 にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛ばされたり、落とされたり今日は今まで生きてきた中で一番の厄日かもしれない、とオイラはそう思った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 妙な振動を感じた。

 それと暖かな人肌な温もりも。

 

 

 オイラはどうなったんだっけ?

 確かゴア・マガラに襲われて船から落ちたような気がする。

 

 そこからの記憶がない。

 いやそもそもそこから意識がないのだから当然だ。

 

 

 まだ妙な振動を感じる。

 体中が痛い。

 

 

「にゃ……にゃ……」

 

 

 ついついそんな声が漏れる。

 その時、声が聞こえてきた。

 

 

 

「あ、意識戻った?」

 

 

 

 

 そんな声。

 振動も止まった。

 

 

 重い瞼を開ける。

 朧げなシルエットが浮かび上がる。

 

 輪郭もパッとしない。

 

 

 

「ご主……人?」

 

 

 

 ではなかった。

 一瞬ご主人かと見間違ったがよく見ると細部が違った。

 

 

 

「ごめんね、僕は君のご主人じゃないんだ。体、大丈夫?」

 

 

 

 ご主人ではなかった。

 でも、まるっきり見たことない顔でもなかった。

 

 

 

 どこかで見たことがある顔。

 

 

 

 それも結構最近。

 どこだっけか?

 

 

 

 靄がかった意識をつなげ記憶の引き出しを開けていく。

 

 

 

 

 そして思い出した。

 

 

 

 

 

「ああ……思い出したにゃ。お前……」

 

 

 

 

 

 

 オイラは目の前の人物の『名前』を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『ギメイ』じゃにゃいか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギメイは朗らかにほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やあ、おはよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エンカウント。



***



前回は短くてすみませんでした!!



というわけで!!
第四章!!



「偽りし者は欺き、赤星は地を駆る」



スタートです。


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第26話

 目の前の人物と初めて会ったことを思い出しても大したエピソードなんてものはありはしない。

 このギメイという人物を語るのだとしたら、オイラは一体何を語ればいいのだろうか?

 

 そんな答えの出ることのない自己問答に現を抜かした。 

 

 

 

「……こんなところで何をしてるのにゃ?」

 

 

 

 抜かした末に出てきた疑問はそんな言葉であった。

 

 

 

 

「え? あ、あれ……? 君がそれ聞くんだ……。どちらかと言うとそれ、僕が先にするべき質問だと思うんだけどなぁ」

 

 

 

 ギメイは少し困ったように苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 この男と初めて会ったのは湿原ギルド駐屯地だったということは覚えている。

 駐屯地で会ったそのときは確か全身「ギザミシリーズ」を身にまとっていた。

 

 だけど今回その全身を包んでいる装備はそのモンスター由来ともいえる緑と茶色が特徴的であり右肩から飛び出す巨大な角が象徴的な全体的に武骨な印象を受ける「尾槌竜 ドボルベルグ」を素材とした『ドボルシリーズ』だった。

 

 

 

「うーん。僕はただモンスターの狩猟依頼でこの森の中を探索していただけなんだけど。そしたら偶然君を見つけたわけなんだが……。君こそこんなところで一体何をしているんだい?」

 

 

 

 ――あの主人とは一緒じゃないのかい?

 

 

 

 その言葉に「はっ!!」とした。

 今までの会話中自分がずっと抱きかかえられていることに気が付いた。

 オイラが急いでその腕の中から飛び降りた拍子に「うおっ」と言葉を漏らす。

 

 

 そのオイラの姿を見て数回頷くギメイ。

 

 

「ふむ。元気そうで何よりだ」

 

 

「オイラが誰なのかわかるのかにゃ? あの時、オイラたち言葉交わしてないし本当に短時間しか顔合わせていにゃかったのに」

 

 

 その返しに恥ずかしそうに笑うギメイ。

 

 

「職業柄人の顔を覚えるのは得意なんだよね。僕の数少ない特技の一つさ。まあ君はアイルーだけど。あの血気盛んなガーグァは元気かい?」

 

 

 驚いたことにどうやら本当にオイラが誰なのかを把握しているらしい。 

 地面に足をつけてギメイを正面にとらえたことで格好の違い以外にも更なる新しい発見があった。

 ギメイは背中にとても大きい『武器らしきもの』を担いでいた。

 

 

 

『武器らしきもの』

 

 

 

 そんなあやふやな表現をしたのには理由がある。

 というよりそういう言い方しか思いつかなかったというほうが正しい。

 

 

 それはまるで『長方形の棺桶』と表現したほうが納得できる成人男性一人入れるほどの大きさの『鞘』だった。

 

 いや正直鞘なのかどうかも怪しい代物。

 

 

 

 でも先ほど狩猟依頼だと言っていたのにもかかわらずその不可思議な物体以外に武器らしい武器を持っていない。

 まさか手ぶらで狩猟に挑むような馬鹿がいるはずもないので、あれが武器であるのは間違いないとは思う。

 

 

 

「さてさて本当に君、体のほうは大丈夫かい? あのまま目を覚まさなければ一度ユクモ村に戻るつもりだったんだけど。どうしようか。村に戻るのなら送っていくけど……」

 

 

「にゃー……」

 

 

 

 どうするのかと聞かれるとそれはそれで困る。

 

 

 オイラとご主人のもともとの目的地はユクモ村ではあったけど、お師匠さんに襲われたせいでご主人は行方不明だし、皇帝閣下は飛行船で囚われの身な上にゴア・マガラの襲撃のせいで飛行船の安否も不明。

 

 当然そんなこと知るはずもないご主人はオイラが飛行船にいると思っているだろうし。

 

 身の安全のことを考えるのならばユクモ村に行くのが一番最適なはず。

 ユクモ村にいれば必ず後々合流できる。

 

 それが最善な選択。

 

 

 

 

『――マルクト』

 

 

 

 

 そんな言葉がフラッシュバックした。

 

 

 

 

『残念だけどあんたの主人は……』

 

 

 

 

 情景と一緒に。

 

 

 

 

「……? どうかしたのかい? ボーと考え込んで?」

 

 

「……!?」

 

 

 ビクッと体が驚きで跳ね上がる。

 

 

 心配そうにオイラの顔を覗き込んでくるギメイ。

 近くに来るまで全く気が付けなかった。

 それほどまでに呆けていた。

 

 

 

「ふむ……。僕は今から狩猟依頼をこなさないといけないし君を巻き込まないためにも、やっぱり一度ユクモ村に戻ったほうがよさそうだね。君もまだ本調子ではなさそうだし。それでいいかい?」

 

 

 そう言って行動方針を示してきた。

 ギメイの言い分は至極真っ当であり、模範解答としては百点満点である。

 

 

「……いにゃ。オイラもこのままこの森に居残るにゃ。ご主人もこの森で道に迷ってると思うしにゃ……」

 

 

 

 ギメイの出した提案は正しい。

 それに対して出したオイラの答えは端的に言えばただのわがままの分類である。

 

 

「そうか……。じゃあ僕も一緒に探すよ。一人じゃ危ないし、僕みたいなやつでもいないよりは幾分かはましだろうからね」

 

 

「助かるにゃ。ありがとうにゃ、ギメイ」

 

 

 その厚意に甘えることにした。

 

 

「どういたしまして。短い間だろうけどよろしくね」

 

 

 そのギメイの微笑みに返すようにオイラも微笑んだ。

 ここでギメイに会えたのは一つの幸運だったのかもしれない。

 オイラ一匹だけではこの森の中十分に探索できなかった可能性もあった。

 

 森の中では今狂竜化したモンスターが多く生息しているとお師匠さんが言っていた。 

 いや、そうではなかったとしてもオイラには……。

 

 

 

「……マルクト」

 

 

 そう小さく呟く。

 オイラのことをその名で呼ぶ人物が今一体どれだけいるのだろうか。

 

 

 

『残念だけどあんたの主人は……』

 

 

 

「マルクト? 君のあの主人の名前かい?」

 

 

「……いや、何でもないにゃ」

 

 

 

「……? なら、いいんだけど」

 

 

 

 あの時とは違う。

 あの頃のただ待つだけだったオイラとは違う。

 

 

 

 そう……。

 違うはずだ……。

 

 

 

 

 きっと。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ん? ああ、これ? 『大剣』だよ? それがどうかしたのかい?」

 

 

 

 オイラがあの大きい武器らしきものについて質問したら意外にもギメイはあっさりと答えてくれた。

 ご主人探索中、オイラ達はそんな何気ない会話をしていた。

 

 探索といっても、正直なところ今現在ここが渓流のどこに位置しているのかもわからない上に、さらに言えばオイラがどこでご主人とはぐれたのかもわからない状態なので本当に闇雲に探すしか方法はないわけなのだけれど。

 

 

 風もないので匂いを頼りに捜索するのも少々骨が折れそうというのが現実である。

 

 

「っていうことはギメイって大剣使いなのかにゃ?」

 

「うーん。別に大剣使いってわけでもないんだけどねぇ。基本的には何でも使うよ、僕は。というよりどの武器を使ってもあんまり変わりがないんだよね。所謂『器用貧乏』ってやつさ」

 

 

「器用貧乏? 天才肌の間違いじゃないのかにゃ?」

 

 

 

 ――そんな大層なものじゃないよ。

 

 

 

 と笑うギメイ。

 

 

 

『どの武器を使用しても変わりがない』

 

 

 

 現在ギルド公式として認めている武器種は『十四種』にも上る。

 

 

 軽い武器、重い武器。

 短い武器、長い武器。

 早い武器、遅い武器。

 突く武器、殴る武器。

 弾く武器、射る武器。

 操る武器、奏でる武器。

 原始的武器、機械的武器。

 

 

 多岐にもわたる。

 使い方も違えば、構造も違う武器。

 

 この武器群もまさか武器職人の娯楽のために作られたわけではないのは当然のこと。

 ギルドがこれだけの武器種を認めているのはただ単純に『必要』だからに他ならない。

 

 

 武器とは『兵器』である。

 兵器とは生命を刈り取るためにある。

 どうすればより効率的にモンスターを狩猟できるのかを追求した形。

 

 どれだけ綺麗事を並べても行き着く先はそんな鋭利なエゴイズムでしかない。

 

 

 

 

 それを前にして平たく変わらないという。

 

 

 

 

 相性等を加味した上での発言なのか、それともただの言葉の綾なのか。

 いや、そもそもこのことはそこまで深く思案を巡らせるようなものではないのかもしれない。

 

 

「大剣にしては変わった鞘してるよにゃ、それ。柄まで鞘の中に納まってるじゃにゃいか」

 

 

 結局のところいくら自分の中で思考しても答えが出ることのない自問を切り捨て会話を続けた。

 そのオイラの問いかけにまるでどう返すか悩むように唸るギメイ。

 

 

「この大剣のために特注で作ってもらった鞘なんだよ。この大剣も少々特殊でね、使える時間が限られてるんだ。だからまあ、こんなまるで棺桶のような形をしているんだけど。それを踏まえた上で君に少し質問したいんだけど……」

 

 

 

 ――肉と魚どっちが好き?

 

 

 と、まるで脈絡のない質問をしてきた。

 

 

「にゃ? それって食べるならっていう意味かにゃ?」

 

 

「そうそう。『お肉とお魚食べるならどっちのほうが好き?』っていうそういう質問」

 

 

 まったく会話の前後感のない質問をされてしまった。

 踏まえた上で、なんて言い方をしているのだからきっと全く関係のない質問ではないのだろうけど。

 

 

 

「それってつまり、ギメイが狩ろうとしてるモンスターに関係してる質問なのかにゃ?」

 

 

 

「あっ、すごい今のでわかるんだ。まあ直接は関係はないんだけどね、僕としては君が魚が好きでいてくれると非常に助かるんだよね」

 

 

「にゃあ、そりゃオイラアイルーだから魚が嫌いってわけではないけど……」

 

 

 どちらかというと肉派だったり。

 というか、魚のほうが好きだと助かるってどういう意味なのだろう?

 魚といって真っ先にこの渓流で思いつくモンスターといえば……。

 

 

『水竜 ガノトトス』

 

 

 え……?

 食べるの?

 

 いや。

 食べさせる気なの?

 

 

 

「それはよかった。君には特別に脂がのった部分を食べさせてあげるね」

 

 

 

 そう言ってオイラの苦笑いを気にせず笑う。

 

 

 食べさせる気だった。

 モンスターを食べさせるなんてもはや善意ではなく嫌がらせの分類である。

 

 

 しかし、いいのか?

 狩猟依頼のモンスターを勝手に食べたりして……。

 ギルドに納品しないといけないんじゃないの?

 

 

 いやでも、噂では『徹甲虫』こと『アルセルタス』を食べるためにギルドに依頼したという酔狂な美食家がいたとも言うし。

「水竜の大トロ」と呼ばれる部位も知る人ぞ知る高級食材だともいうし。

 

 

 そういう関係の依頼だったとすれば多少のつまみ食いが許されていたりするのだろうか?

 

 

「いや、せっかくだけど遠慮しようかにゃぁ……。横取りするみたいでにゃんか悪いし」

 

 

「遠慮なんてしないでくれよ。とてもじゃないけど一人で食べられる量じゃなくて困ってるんだ。僕としてはできれば君の主人と合流して彼にも手伝ってほしいと思ってるくらいなんだよ」

 

 

 

「そ、そうなのかにゃ……」

 

 

 

 逃げ道などどこにもなかった。

 こちらとしてもご主人を探す手伝いをしてもらっている手前、困っているといわれてしまえば断りずらい。

 

 これは腹をくくったほうがいいのかもしれない。

 

 

「にゃ? そういえば、だったらなんでギメイはこんにゃ所にいるのにゃ? ガノトトスを探すのにゃら森の中じゃなくて水辺を探すべきじゃにゃいのかにゃ?」

 

 

「ガノトトス? なんで突然ガノトトスが出てくるんだい?」 

 

 

 オイラがふと頭をよぎった疑問を口にしたらそんな訝しむような口調で逆に問われてしまった。

 

 

「なんでって……」

 

 

 

 魚の話題で、狩りに関係があって、脂がのっている部位という大トロを連想させる言い方で、食べられない量という文字群で……。

 

 

 すると、得心が言ったかのように手と手を打ち付けるギメイ。

 

 

「あぁ、なるほどなるほど。わかった、これは確かに僕の言い方が悪かったね。僕が食べるって言ったのは別に狩猟ターゲットのモンスターのことではないんだ」

 

 

 

「……? じゃあ、ギメイの狩猟ターゲットっていったい何な……?」

 

 

 そう質問をしようとした。

 

 

 

 

 その刹那、空気がひりついた。

 そして突如ギメイの目つきが変わった。

 その目は先ほどまでの人当たりの良いそれではなく。

 

 命を狩り取る者の眼。

 まさしく狩り人の瞳。

 

 

 いやそんな言葉では言い表せない不気味な眼光。

 

 

 

 ――冷徹ななにか。

 

 

 

 その威に背筋が凍り付きそうになったその時。

 

 

 

 

 ――――!!

 

 

 

 

 オイラの耳が遠くの地響きをかすかにとらえた。

 

 

 

 

「少し遠いかな……」

 

 

「は……?」

 

 

 オイラにはこの地響きに『聞き覚えがあった』。

 あれはオイラとご主人がゴア・マガラに襲われ追走劇を繰り広げた『あの夜』にオイラたちが聞いた地響きと同じ。

 

 

 そういえばあの地響きの正体が何だったのかはわからず仕舞い。

 ただ言えるのはあの時にオイラたちが出会ったモンスター。

 

 

『桃毛獣 ババコンガ』

『黒触竜 ゴア・マガラ』

『雷狼竜 ジンオウガ』

 

 

 このモンスターたちは物理的に『地響きを起こせる生物』ではないということ。

 ではあの時あの轟音をとどろかせた存在とはいったい何なのだろう。

 

 

 という疑問は確かによぎった。

 そんな謎よりも今目の前で起こったことに意識を絡めとられてしまった。

 

 

 ギメイはあの地響きが起こる前、確実に『反応を示していた』。

 そしてオイラの耳でかすかに聞こえた音を人間であるギメイがとらえていたという事実。

 

 

 人間の危機感知能力はとても低い。

 人間は知能を得た代わりに野性味を失ってきた生き物。

 

 

 事実、自然災害主に津波や地震を人間が事前に察知することは難しい。

 実際に人間はその天災の牙により数えられないほどの被害を出してきた歴史がある。

 だがその災害時、野生動物の死体が出ることはほぼないという。

 

 

 漁師のような自然に身を置くものはその危機感知能力が高まるといわれている。

 俗にいう『野生の勘』。

 確かに経験と訓練により身につく技術ではある。

 しかしそれはこの若さで身に着けることができるものなのだろうか。

 

 

 それを踏まえたうえでの感想。

 

 

 

 やはりこのギメイという男、只者じゃない。

 

 

 

「ごめん。多分今のは僕が探しているモンスターだ。悪いけど君の主人の探索は後回しにして僕の狩猟依頼を優先させてもらっていいかな?」

 

 

 

 オイラは突然の事態に困惑するも、とりあえずギメイの提案には黙って首を縦に振った。

 そんなオイラを見てギメイは小さく笑った。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 いうや否や、まるで放たれた弓矢のごとく駆け出すギメイ。

 その後ろをわけもわからず追いかけた。

 

 

 放たれた矢だと先ほど表現したが本当に飛んでいるのではないかと思うほどに加速していく。

 背中に大検を背負っているというのを忘れてしまうほど軽やかな動き。

 アイルーであるオイラでも追いかけるのがやっと、それほどまでの速さ。

 

 

 今向かっている先にはギメイの狩猟ターゲットのモンスター、そしておそらくあの夜の地響きの正体がいる。

 

 

 

 大丈夫……なのだろうか。

 正直、わからない。

 

 でも、もしかしたらこの先にはご主人がいるかも。

 

 

 

 ――襲われているかもしれない。

 

 

 

『残念だけどあんたの主人は……』

 

 

 

 大丈夫。

 

 

 うん、大丈夫。

 そんなことが起きるはずない。

 ご主人は逃げ足早いし、ずる賢いし、お師匠さんもこんなところで死ぬような奴じゃないって言ってたしきっと大丈夫。

 

 

 

『――マルクト』

 

 

 

 うるさい。

 黙れ。

 

 

 オイラをその名で呼ぶな。

 

 

 

「た……助けてくれぇ!!」

 

 

 

 そんな声にハッとする。

 オイラたちの進行方向とは真逆を必死の形相で走ってくる一団。

 

 

 三人組。

 いやよく見ると、一人が手負いであろう一人を背負って死角となって見えなかった。

 

 つまり『四人組』の集団。

 

 その集団が息も絶え絶えで逃げて来ていた。

 しかし追いかけられている割にはその追跡者の姿が見えない。

 

 

 

 ――もう、撒いた後なのか?

 

 

 

 そう、楽観視していたその時。

 地面に大きい影が落ちていることに気が付く。

 

 

 次第にその影は小さく、丸く形をより鮮明に彼らの上に映していく。

 その影を見て始めて彼らの上に『何かがいる』ということに気が付く。

 

 

 ここでオイラの中に一つの仮説が浮かんだ。

 もしも、あの聞こえてきていた地響きの正体がただ単純な『物理的落下による衝撃音』だったのだとすれば?

 

 

「早く逃げっ――!!」

 

 

 オイラのその声に反応するように二人はその場から飛びのいた。

 だが怪我人を背負っていた人物は反応が遅れていた。

 

 

 絶望の表情。 

 オイラの目に映った彼らの顔。

 

 

 

 

『球体』のそれは無慈悲にも彼らの真上に隕石が如く……。

 

 

 

 

 

 ――落下した。

 

 

 

 

 乾いた鈍い音がむなしく響いた。

 

 

 

 

 落下した。

 そう思っていた。

 

 

 だが。

 落下することはなかった。

 

 

 落下するかと思っていた場所には代わりに常に笑顔を振りまく一人の男が立っていた。

 

 

 

「おお、すごい。正直抜刀する余裕がなかったから鞘ごと振り抜いちゃったんだけど、鞘全然傷がついてないや。さすが特注で作ってもらっただけあって頑丈だなぁ」

 

 

 

 この緊迫した空気にお構いなくそんな感想を述べるギメイ。

 

 

 

 ――大丈夫? 怪我はないかい?

 

 

 

 とついでのように地面に膝をついていた彼らに問いかける。

 

 

 

「あ、ありがとう。本当にありがとう」

 

 

 オイラは目の前で起こったことに我が目を疑った。

 ギメイはあの一瞬で彼らの上へと落下する物体を『打ち抜いた』。

 もしも少しでも打点がずれていたのなら落下する勢いに負け彼らは潰されていたことだろう。

 

 

 ギメイは自身が打ち抜いた存在に視線を送る。 

 

 

「さてさて、いくら頑丈だと言っても強度には限度があるから君を相手にするには鞘で覆ったままというわけにはいかないんだろうね」

 

 

 ギメイがそう語りかける『赤い球体』は丸まっていたその体躯を大きく起き上がらせる。

 

 

 

 赤くそして分厚く進化した甲殻。

 丸まるために幾重もの節によって形成された蛇腹を有し、その口内に収められている舌は伸縮自在。

 その体躯からは考えられないほどの跳躍力を持ち、獲物を「潰す」ことに特化したモンスター。

 

 

 

 

『赤甲獣 ラングロトラ』

 

 

 

 

「というわけで、悪いけどギルドから君に対する狩猟依頼が出されている。特に何の恨みも、使命感も、理由もないけど、僕の生活のために君を狩らせてもらうよ」

 

 

 

 そう告げたギメイはあの『棺桶のような鞘を開けた』。

 

 

 

 オイラはその鞘の中から出てきた『大剣』に驚愕した。

 オイラだけではないはず、恐らくその大剣を見た四人も目を丸くしているだろう。

 

 

 

「え……? ギメイ、それってまさか……」

 

 

 

 紛うことなき大剣。

 ギルドがそう定義している以上正真正銘武器である。 

 

 

 

「あっ。やっぱりビックリした?」 

 

 

 

 その大剣は『柄』もなければ、『鍔』もなく。

 『刀身』なんてものもなければ、ついでに『刃』すらない。

 

 

 あるのはまるで剣のように発達した『吻』と呼ばれる『上顎』と触れるだけで『凍傷』を起こすほどの『冷気』。

 

 

 

「僕のことをあまり知らない人が良く勘違いしてくるんだけど、実はこう見えて僕……」

 

 

 

 

 

 その名は……。

 

 

 

 

 

 ――大剣『レイトウ本マグロ』

 

 

 

 

 

 

「――結構『不真面目』なんだよね」

 

 

 

 

 

 ギメイはオイラの方を見てこうはにかんだ。

 

 

 

 

「うーん。まあほら……」

 

 

 

 

 ――僕どの武器使ってもあんまり変わらないしね?

 

 

 

 

 




『ネタ武器使い』のギメイ見参!!


***


次回

『第1ラウンド』

『ギメイVSラングロトラ』


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第27話

 大剣『レイトウ本マグロ』

 

 

 

 魚類「カジキマグロ」を凍らせただけの武器。

 

 

 

 以上。

 説明終わり。

 

 

 

「馬鹿なのかにゃぁ!? 狩場にそんなふざけた武器持ち込むにゃんてギメイお前馬鹿にゃのかにゃ!?」

 

 

 

 オイラはそのあまりにも予想外の展開に声を荒げてしまった。

 

 

 

「えぇ……。またぁ? もう毎度のことでその手のツッコミはお腹一杯なんだけどなぁ。まったく、その『ふざけた武器を持ってきてる奴はやる気がない』って考えどうにかならないかな、本当。僕はいたって真面目だっていうのに。僕は真面目にふざけているっていうことを常々声高々に宣言しているっていうのに……」

 

 

 

「知らんがにゃ!! こっち向くなぁ!! 前見ろやぁ!!」

 

 

 

 丸まったラングロトラがギメイを轢き潰さんかという勢いで突進をしてきていた。

 

 

「おっとこれはつらい」と言ったかと思うとギメイは、レイトウ本マグロの胴体に隠れるように低く構えた。

 勢いに乗った赤い球体はギメイが支えるレイトウ本マグロに乗り上げ、勢いそのままに空中へと放たれていった。

 

 空中を飛ぶラングロトラはオイラの頭上をも通り過ぎ後方の大木をなぎ倒しそこでようやくその勢いを止めた。

 

 

 その倒木した悲惨な現状を見て身の毛がよだつ。

 当のラングロトラの甲殻はほぼ無傷。

 

 

 あんなものをまともに食らえばいとも簡単に肉塊へと変貌を遂げるだろうことは想像するに難くない。

 

 

 

 

 オイラが急いでギメイのいる元へと駆け寄っていくと彼はラングロトラに追われていた四人組に何やら語り掛けていた。

 

 

 

「さてさて、君たちがなぜ『あれに襲われているのか』はこの際どうでもいいけど、僕としてはできれば逃げずにここにいてくれると助かるんだけど。どうだろう?」

 

 

 

 オイラはそう提案された四人組の顔を眺めた。

 この四人組よく見ると全員『双剣』を腰に備えている。

 

 

 つまりこの四人組は……。

 

 

「なるほど君たちも一応『ハンター』だったんだね。なら話が早い。だったらさっきの僕の提案の意味がどういうことかわかっているよね?」

 

 

 

 ギメイの出した先ほどの提案の意味。

 それはギメイの使っている武器種に関係している。

 

 

 

 レイトウ本マグロは『大剣』。

 大剣は重量系の武器であり、その重さをそのまま威力へと変換して攻撃する武器である。

 

 その特性もあり基本攻撃は大振りであり、攻撃速度は遅い。

 なので大剣使いにはモンスターの動きに合わせた「カウンター」技術が求められる。

 落下するラングロトラを打ち抜いたあの攻撃もその一例。

 

 

 

 向かってくるモンスター相手にこそ真価を発揮するのが大剣。

 

 

 

 だが逆に逃げる相手には、その利点がすべてマイナスに働くのも大剣の特徴である。

 

 追いつきたくとも大剣自体が邪魔になる。 

 攻撃したくとも逃げる相手にはタイミングが遅れてしまう。

 逃げる相手にカウンターもへったくれもあるわけがない。

 

 

 大剣は『追撃』という攻撃にはとことん向かない武器種だ。

 

 

 もしもここでこのハンター四人組がギメイの提案を無視して逃げ出しさらにラングロトラが彼らを追いかけるなんて事態になってしまえば大剣で狩猟を行うシチュエーションとしてはおそらく最悪だ。

 

 

 

 そこまで踏まえた提案こそが「ここに留まる」なのだろう。

 

 

 

 だがここで問題になりえる点が一つ。

 オイラはその問題を口にした。

 

 

「その背負われている人は大丈夫にゃのかにゃ?」

 

 

 もしもこの背負われている人が重傷だった場合は少しでも早く治療を行う必要が出てくる。

 もしかしたら一刻も早くユクモ村に連れていって治療を施さなければならない傷を負っているかもしれない。

 

 

 ぐったりとした男性を担いでいる腰に双剣「ギルドナイトセイバー」を携えた女性が口を開いた。

 

 

「彼はラングロトラの麻痺液に当たって身動きができないだけなので……。おそらく命に別状はないはずです。ですので……」

 

 

 

「――あ、じゃあ大丈夫だね」

 

 

 

 ギメイはそんな言葉をまるでかぶせるよう口にし、颯爽とラングロトラのいる方へと体勢を向ける。

 

 

「にゃ!?」

 

 

 あまりにも軽い。

 軽すぎる。

 

 ただの麻痺だとは言え、怪我人に対しての気遣いが全く感じられない冷たい態度。

 オイラの時とは全く違う態度に戸惑ってしまう。

 

 

 

「私も一緒に戦いま……!!」

 

 

 

 彼女の台詞を遮るようにギメイはレイトウ本マグロの尾びれを勢いよく地面に突き立てた。

 

 

 その音に静まり返る一同。

 

 

「僕みたいに好んでネタ武器を使う人間が最も嫌う人種が一体何か、君たちに教えてあげるよ」

 

 

 

 ギメイはレイトウ本マグロを地面から引き抜きながらラングロトラのもとへと歩いて行く。

 

 

 

「僕が嫌いな人種は……」

 

 

 

 

 ――装備の性能に頼り切った腑抜けた雑魚だ。

 

 

 

 

 背中越しに言葉を口にする。

 そう吐き捨てたギメイは彼らの方を振り返り「君たちはこの『カジキマグロ』以下の雑魚だ。できれば引っ込んでてくれないかな?」と満面の笑みでとどめを刺してきた。

 

 

 

 その辛辣の言葉にオイラの口元はついつい引きつってしまった。

 

 

 そんなオイラにギメイは「因みに今のは『カジキマグロという魚類にも劣る雑魚呼ばわりをする』というブラックジョークなのだけれど。このジョークに対する君の評価を教えてくれないかな?」と質問してきた。

 

 

 

 

 

 

 オイラはその問に小さく「ふっ」と笑った。 

 そして満を持してそのジョークに対する答えを、こう口にした……。

 

 

 

 

 

 

 

「早よ行けよ」

 

 

 

 

 

 

「合点承知」と言ってギメイはこの時初めてレイトウ本マグロで正しい大剣の構え方をとった。

 

 

 腰を落とし右足を前に出しどっしりと地面に足をついた姿勢。

 大剣の基本姿勢。

 

 

「さあ、それじゃ始め……」

 

 

 その言葉を言い終える前にギメイに目がけ『液体』が飛来していた。

 

 

 ラングロトラの武器の一つ。

 

 

 

『麻痺液』

 

 

 

 あの液体に触れたら最後体の自由が奪われてしまう。

 今倒れているあの四人組の男のように。

 

 

 

「ギメイ!!」

 

 

 

 オイラの呼びかけもむなしく麻痺液は弾け飛び飛沫となって地表を濡らした。

 

 

「まああれだよねぇ。最近この森『昆虫が大量に発生してた』から君の餌である『ブナハブラ』や『オルタロス』を大量に捕食していたことは容易に想像できるわけで。君が『生物濃縮』によって『強力麻痺袋』を獲得していることは僕はきちんと想定内だよ」

 

 

 レイトウ本マグロの胴体を盾代わりにし麻痺液を防ぎ、まるで何事もなかったように語りだすギメイ。

 

 

「そして、君が麻痺液を吐いた後にとる行動は……」

 

 

 迷うこともなく己の頭上を見上げた。

 

 

 

「『獲物を押し潰す』こと」

 

 

 

 まるでそれは予言のように。

 ラングロトラはギメイを押し潰さんと空中へ飛びあがっていた。

 

 ラングロトラからすればそれは不意打ちだったはず。

 獲物の意識を麻痺液に向けての頭上からの奇襲。

 

 

 実際遠巻きから見ていたオイラですらラングロトラが飛びあがったと気が付いたのはギメイが麻痺液を防いだと認識した直後。

 ギメイからの位置ではどうしても防いだレイトウ本マグロにより死角になっていたはず。

 

 

 視覚的情報からの反応では到底間に合わない。

 

 

 だがギメイは予測していた。

 奇襲はもうすでに奇襲にあらず。

 

 

 翼のないラングロトラは空中ではただもう落下することしかできない。

 単純落下してくる物体はただの的でしかない。

 

 

「まさかとは思うけど僕が何も考えずにこんなネタ武器を担いでくると本気で思ってないよね?」

 

 

 ギメイは低く構えていた姿勢をさらに低く構え、武器を、レイトウ本マグロを後ろに引き静止した。

 

 

 その姿はまるで『力を溜める』ように。

 これから訪れる嵐の強大さを表すかのような静けさで。

 

 

 

 それはまるで時間が引き延ばされたかのような一瞬。

 

 

 

 音を置き去りにしたのではないか。

 そんなあり得ないことを思わせる迫力。

 

 

 ギメイの足が踏み込んだ大地は比喩表現なく……。

 

 

 

 ――陥没した。

 

 

 

 ……―—!!

 

 

 

 遅れて響く二つの衝突音。

 

 

 またしても巨木をなぎ倒し勢いを止めたラングロトラ。

 いや正確には今回は自分の意思でぶつかったわけではない。

 

 

 飛ばされた先に偶然巨木があり止まっただけに過ぎない。

 

 

 

 今己が対峙している存在、ギメイというハンターの手によって。

 

 

 

「『-40℃』で凍結した物質は鉄となんら遜色ない硬度を誇る。それは当然このカジキマグロだって例外ではない」

 

 

 オイラはギメイの迫力に唾を飲み込んだ。

 振り抜かれたレイトウ本マグロはラングロトラを打ち抜いた後にもかかわらずその余った勢いをもって胴体で深々と地表をえぐっていた。

 

 

 

「レイトウ本マグロは大剣だが『刃こぼれ』をするという心配がない。そもそも刃なんてものがないからね。だから君のその丈夫な甲殻をいくら殴っても威力が落ちる心配がない」

 

 

 ギメイの言う通り。

 レイトウ本マグロは大剣と銘打っているがその身には刃はなく分類としては完全なる『鈍器』。

 

 

 ラングロトラに対し刃こぼれを恐れる心配が不要は大剣。

 そして同じ鈍器でもハンマーにはない圧倒的『リーチ』が存在している武器。

 

 

 

 

 打撃に特化した大剣。

 それが『レイトウ本マグロ』。

 

 

 

 

 

 ゆらりとその身を起き上がらせるラングロトラ。

 そして。

 

 

 

「……―—!!」

 

 

 

 全身を大きく広げ威嚇行動をとり始める。

 その目は激高に駆られたように血走っていた。

 

 もしかしたらラングロトラはこの時初めてギメイを危険な存在と認識したのかもしれない。

 

 

 

 ラングロトラはまたしても丸まり飛び上がる。

 だが今度は先ほどの高度跳躍ではなく低空跳躍。

 

 

 そしてまるで弾み進むボールのように地面を揺らしながらギメイとの距離を詰めていく。

 右へ跳ね、左に跳ね意思を持った朱玉は地を駆った。

 

 

 

「アハハ。さすがにこれはタイミングを合わせるのは無理だね。と言っても当たるものでもないが」

 

 

 そう言って涼しげに身をかわすギメイ。

 だがギメイがよけたその直後、ラングロトラは己の体を広げ地面へその四肢を付けた。

 

 

 そして、その体を数度震わせた。

 

 

 ラングロトラの武器『二つ目』。

 ラングロトラの全身から放出される有害気体。

 

 

 

『悪臭ガス』

 

 

 

「ギメイ!!」

 とっさにオイラはギメイの名を叫んだ。

 

 

 だが、ラングロトラが放出した悪臭ガスから眩い光が放たれた。

 そう思ったと同時に……。

 

 

 

 ――『爆炎』がラングロトラとギメイを飲み込んだ。

 

 

 

 いや、よく見るとギメイはその爆炎から逃れていた。

 だが、ラングロトラにはあんな攻撃手段は確か存在しなかったはず。

 

 

 

「今のは一体にゃんにゃのにゃ……」

 

 

 

 オイラの口からそんな疑問がこぼれたとき。

 炎から逃れたギメイがその答えを口にした。

 

 

 

「『メタン酸』。――ラングロトラが餌にしている『ブナハブラ』『オルタロス』が持つ毒『蟻酸』のことでね。少量なら大丈夫なんだけど大量に吸引してしまうと呼吸器官に重大な障害をもたらす劇毒なんだ。ラングロトラはこの蟻酸を麻痺液や悪臭ガスにしてためておくことのできるモンスターなんだよ」

 

 

 

 ギメイは自身の体についた煤を払うような仕草をして体に引火していないか探すように確認し始めた。

 

 

 

「このメタン酸は刺激臭がする以外にも引火点がとても低くてね、常温でも火気が少しでもあれば引火してしまうほどなんだ。今僕がやったみたいに簡単にね」

 

 

 

 つまりあの爆発はギメイが任意に起こしたものということだ。

 確かに空きビンにでも火種を隠し持っていればそれをラングロトラにぶつけるだけで引火させることが可能。

 

 そして燃やすことにより悪臭ガス自体を取り払ったということか。

 

 

 

「と言ってもまあ……」

 

 自身の体に飛び火がないことを確認したギメイはそう言葉をつなげる。

 

 

 

「火に対する耐性が強いラングロトラにはこんな火、虚仮脅しにもならないけどね」

 

 

 

 白煙の中から全く効いている素振りのない赤い巨体が姿を現した。

 確かにラングロトラの生息地は砂漠や火山などの高温な地域。

 

 

 熱に対する耐性があるのは当然である。

 

 

「さてさて、次は何をしてくるのかな? 悪いけど僕は君を狩るためにここに来ている」

 

 

 

 ――君の対策は完壁にしてきたつもりだよ。

 

 

 

 そういってギメイはニコリと笑った。

 

 

 

 麻痺液は防がれ、突進は逸らされ、落撃は弾かれ、跳弾は避けられ、毒ガスは消された。

 

 

 ラングロトラの攻撃手段はこれで尽きたのか?

 

 

 いや。

 まだある。

 

 

 もう『一つ』だけ。

 

 

 

 それは……。

 

 

 

 そうオイラが思考を巡らせたとき、ラングロトラはその最後の武器を口内からギメイ目掛け吐き出した。

 

 

 

 ラングロトラの最後の武器

 

 

 伸縮自在の『粘着性の舌』。

 放たれたその舌はギメイのレイトウ本マグロを絡め捕った。

 

 

 

 

 ラングロトラの攻撃手段。

 舌自体には特に脅威という脅威はない。

 

 恐るべきはその絡め捕った獲物を一瞬で引き寄せる『縮力』。

 その引き寄せ体勢を崩した獲物を巨体をもって押し潰すという連携攻撃。

 

 

 その舌に今ギメイは武器を絡め捕られてしまった。

 

 

「ギメイ!! 武器を離すのにゃ!!」

 

 

 引き寄せられる前に、とオイラはそう叫んだ。

 

 

「あ。じゃあ、そうさてもらおうかなっと」

 

 

 オイラが焦燥にかられ口走ったにもかかわらずギメイは全く焦るそぶりを見せずのんきな口調でそう口にした。

「よっと」とそう言いながらギメイは地面にゆっくりとレイトウ本マグロの尾びれを突き刺した。

 

 

 引き寄せられる、そう思った。

 そうなると思っていた。

 

 だが実際に起こったことは我が目を疑う現象。

 

 

「あれ? にゃんで?」

 

 

 地面に刺さったレイトウ本マグロはびくともしておらず引き寄される素振りを全く見せなかった。

 

 

 ラングロトラも必死に引き寄せようと力んでいるように見える。

 だが『それでも』である。

 

 

 

「『300kg』――この数字が何かわかるかな?」

 

 

 

 その声にオイラはギメイの顔をバッと見た。

 

 

 

「『カジキマグロの重さ』だよ。と言ってもこれは最も大きいカジキマグロの重さでこのレイトウ本マグロはそこまでの大きさはないけどね。まあつまり『そんな伸び切った舌で引き寄せられる代物ではない』ということだ」

 

 

 

「にゃ!?」

 

 

 

 というかそんなものを今までギメイが振り回していたことにこそ驚きである。

 

 

 ラングロトラはそんな言葉を理解しているはずもなく必死に舌を引き戻そうとしている。

 だがそれは実現することがなかった。

 

 

「引きはがせないだろ? 『低温物質』なんて君の生息地には存在しないから、そんな氷結した物に湿った舌で触れればどうなるかなんて君には理解できないもんね」

 

 

 

 ラングロトラの生息地には『氷』が存在しない。

 

 凍結した物質は急速に周りの温度を奪う。

 温度を奪われた液体は氷へと変化する。

 

 氷を知っているものなら当然知っている知識だ。

 

 

 だが高温地を生息地とするラングロトラにはその概念が存在しない。

 

 

 概念。経験がない。

 

 

 つまりラングロトラには氷に対する『条件反射』がない。

 

 

 

「言ったはずだよ『君の対策は完璧にしてきたつもりだ』と。そして『僕が何も考えずにネタ装備を担いでくるわけがない』とも……」

 

 

 

 凍りつきへばりついてしまった舌を引き戻すことのできないラングロトラはすでに身動きが取れない。

 攻撃するためにも身を守るためにももう『丸まる』ことも『転がる』こともできないのだから。

 

 

 舌を『引きちぎりでもしない限り』。

 

 

「さてと……」

 

 

 ギメイは冷たく微笑んだ。

 

 

「ーーほら、捕まえた」

 

 

「......ーー!!」

 

 

 鳴き声ともとれぬ声でギメイ目掛け突進するラングロトラ。

 だがその突進は丸まることの出来ない状態でのただの闇雲な捨て身。

 

 誰の目から見ても今さらギメイに通用する攻撃ではない。

 

 

 ギメイはレイトウ本マグロを引き抜き体勢を低く構えピタリと静止させた。

 

 

 それはあの力を溜める体勢。

 

 

 

 

 ーーどうか恨まないでくれ。

 

 

 

 

 オイラの耳にそんなか細い声が聞こえた。

 

 

「にゃ? 今の声って……」

 

 

 そんなオイラの声を掻き消すような鈍く重い音が空気を虚しく揺らした。

 

 オイラの目に映っていたのは思った通りの光景。

 溜め切りを脳天に直撃したのであろモンスターが地に伏せ、その引導を渡せしハンターが一人。

 

 ギメイはオイラの方を見て今まで通りの変わらない笑みを振り撒いた。

 

 

 

「はい、狩猟完了」

 

 

 

 まるで何事もなかったかのように……。

 

 

 

「さ、君のご主人探そうか」

 

 

 

 本当に何もなかったかのように平然と。

 

 




実質レイトウ本マグロはモンハン最重量武器だと思う。
それを振り回すハンターはやっぱり化け物ですよね。


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28話

先月投稿できなかったタイプの屑です。


 昔こんな話を聞いたことがある。

 

 とある未開拓地を調査するために調査団が派遣された。

 長期な調査が予想されるその調査では数多くの調査機材が必要とされ荷物の総量も凄まじい量になっていたという。

 そこでこの調査団は一人一種類調査に必要な荷物を持つことで負担を分担しようという方針になったのだとか。

 

 その荷物の中で調査隊員の殆どが担当になりたくないと拒んだ荷物があった。

 それが、調査団全員分の調査期間中に口に入れる『食料』という荷物。

 

 食料の量は荷物の中でも群を抜いており重量も相当なものだったという。

 誰も名乗り上げないと悩みあぐねていた時、聡明そうな青年が食料担当の荷物持ちに名乗り上げる。

 

 全ての担当が決まったことにより調査は滞りなく始まり、彼は一人でその全員分の食料を運び始めた。

 他の者はそんな彼を憐れみ、同情し中には胸をなで下ろす者もいたのだという。

 

 調査が開始され一日、一日と日が過ぎるたびに変化が起こり始める。

 日が過ぎるたびに青年の荷物の量が減っていくのである。

 

 

 翌日には更に数が減り、翌々日には更にその量を減らしていく。

 

 

 そしてとうとう調査が終わるころには青年の手には何一つ荷物は握られていなかった。

 

 

 彼は、最終的に食料がなくなるということを見透かした上で名乗りを上げたのだと調査で疲弊し荷物を担いだ各隊員達は羨ましそうに彼の軽い足取りを眺めていたのだという。

 これは目先の損益にばかり捕らわれず先を見据えた行動をとるべきだという教訓交じりのお話。

 

 

 しかしなぜ、そんな話を思い出したのかという話をするならば、その原因は目の前の鼻歌交じりでよろず焼きセットを用いて魚肉をあぶっている人物のせいである。

 

 

 

「――レイトウ本マグロの何がいいって武器として使った後に食べられることだと思うんだよね」

 

 

 

 ――はい、とっても上手に焼けましたぁ。

 

 

 そう言ってどう見ても黒焦げの魚肉を掲げるギメイ。

 

 

「……」

 

 

 そのギメイの姿を眺めていたオイラとあの四人組のハンターともども気まずそうに視線をその黒焦げ魚からそらす。

 

 

 ラングロトラとの戦闘を終えたギメイは、ギルド宛ての狩猟終了を知らせる狼煙を上げた後、何をするのかと思えば剥ぎ取りナイフを取り出しラングロトラの剥ぎ取りではなくカジキマグロの解体作業を始めた。

 

 

 あの時の『ミートorフィッシュ?』の質問の意味はこういうことだったのかと納得したのと同時にうな垂れるオイラ。

 

 

 カジキマグロを解体し終えたギメイは慣れた手つきで組み立て式のよろず焼セットを設置し陽気に魚肉をあぶりだした。

 そしてその結果が、一見すると……いやどこからどう見ても失敗したあの黒焦げ魚と掛け声なのである。

 

 

 え? 

 ボケ? それとも素で言ってる?

 

 

 いや、もしかしたらオイラが知らないだけでああいう料理があるのかもしれない。

 「炙り」の延長線上のなんか、こう……聞こえのいい調理法があったりするかも。

 

 

「見ての通り、僕は料理が絶望的に下手くそだ。正直、万死に値するとすら思っている」

 

 

 素だった。

 そしてそんな都合のいい調理法なんて存在しないという発言。

 というかただあぶるだけの工程の作業を料理と呼んでいいのか?

 

 

「あの……解体しちゃってよかったんですか? レイトウ本マグロ。本当に今更なんですけど……」

 

 

 オイラがギメイの料理の認識の低さに頭を痛くしていたその時、四人組の一人であるあの麻痺した男を担いでいた女ハンターがそんなごもっともなことを口にした。 

 

 

「なんでそんな不思議そうな顔をするんだい? もう持っていても仕方ないと思うんだけど。僕の狩猟依頼は完遂したわけだし、これ以上あんな重いもの抱えても邪魔にしかならないと思うんだけど、違うかい?」

 

 

 

「いや……まあ、そうですよね。はは……」

 

 

 そう言って苦笑いを浮かべる彼女。

 

 

 気持ちはわかる。

 すっごく、わかる。

 

 理屈は通っているように思う。

 もう狩猟が終わった以上、武器が荷物になるという考えは一見まともな発言のように聞こえる。

 でも実際は、この森にはラングロトラ以外にも他にモンスターがしかも狂竜化した個体が生息している。

 

 今このギメイはそのモンスターたちに『対抗するための武器を食べようとしている』のである。

 

 食べようとしていると言ってももう既に解体してしまった後なのだから武器というなりは失われてしまっているわけで時すでに遅しには変わりない。

 

 

「って言ってもあれだよ? レイトウ本マグロは凍ってないと武器として成立しない特殊な武器だから使える時間が限られてるわけで溶けたらもう使えないんだよね。ここまで持ってくるためにわざわざ『保冷性の高い専用の鞘』を特注して持ち込んだのはそういう理由なんだよ」

 

 

 

「にゃ、にゃるほど」

 

 

 

 つまり、もうラングロトラの狩猟で外気に晒され続け溶けて硬度が落ちてしまったカジキマグロは武器として成立しないということか。

 

 

 

「……」

 

 

 

『だったら普通の武器持って来いよ!!』と言うツッコミはしたらいけないのだろうなと言葉を喉の奥へと飲み込んだ。

 

 

「これ壊れてるんじゃない?」と二本目の魚肉を炭に換えたあたりで火力の強さをよろず焼セットのせいにしだすギメイ。

 そのあまりにもな料理下手にとうとう「オイラが焼くにゃ……」と入れ替わった。

 

 

 

「ごめんね。ありがとう、助かるよ」

 

 

 

 そう言ってオイラににこりと笑いかけてきた。

 なんというかあの狩猟している時と打って変わって間が抜けているような印象を受けてしまう。

 

 顔がよく、実力もあり、ユーモアのウィットにも富んでいて、人当たりもいい。

 そして嫌味にならない程度の料理下手というおちゃめな短所。

 

 なんとも世の女性が放っておかないであろう属性のオンパレード。

 これで心に闇の一つでも抱えていればイケメン属性フル装備である。

 

 

 そんなことを考えながらよろず焼セットで魚肉をあぶっていく。

 魚肉の炙り加減の確認合間にチラリと見渡す。

 

 

 相も変わらずに無言で笑顔を振りまくギメイ。

 そしてその笑顔の圧に押され委縮している四人組のハンターたち。

 そんな人たちが無言でオイラの手元を凝視してきている現状。

 

 

 

「……」

 

 

 

 気まずさから嫌な汗がにじみ出てしまうような気がする。

 まあ、オイラには汗腺がないから汗なんて出ないのだけれど。

 

 

 なんなんだろうか。

 いや、本当になんなんだろうかこの状態は。

 

 ギメイは何故かこの四人組ハンターたちに対しての当たりが強く、顔は笑っていても今この時でさえ彼らを居ない者扱いしているような気がするし。

 彼ら四人組もそんなギメイの空気を察しており、この場から離れたくても離れられないでいるような印象を受けてしまう。

 

 

 その結果、手持ち無沙汰に陥った各々がオイラを凝視し気を紛らわしている。

 

 

 つまりあれか。

 このオイラに注がれる視線の意味は『助け舟をくれ』という意味なのだろう。

 そんなこんな思考を巡らせている間によろず焼セットからこんがりと焼けた魚肉の塊が出来上がる。

 

 

 オイラはそのこんがり魚を一番近くにいた四人組ハンターの一人に手渡した。

 

 

「え、え……?」と困惑するその姿をしり目に「別にいいよにゃ、ギメイ。どちみち二人で食べられる量でもにゃいし」と言葉を添える。

 

 

「うん。僕は全然かまわないよ」

 

 

 この状態から「いや駄目だ」なんて言われるわけがないという打算的なことがあったのは事実だけど、もしも言われていたら状況はもっと悪化していたかもしれない。

 まあ、結局は言われなかったのだから切っ掛け作りとしてはこんなものだろう。

 

 

「えーと……。それでハンターさん達はにゃんでラングロトラに追われていたのかにゃ?」

 

 

 ギメイはどうでもいいと言っていたが実際にこれははっきりしておいたほうがいいことなのだろう。

 ただ単に突発的に襲われていただけならば何ら問題はないが、そうではなかった場合が問題だ。

 ギメイがラングロトラ狩猟を受注していたのだとすればギルド側の手違いでない限り依頼の重複は起こりえない。

 

 ターゲットが被ることはないはず。

 ではなぜ、ラングロトラは彼らを襲っていた?

 もしかすれば彼らが先に手を出したという可能性もある。

 

 

『密猟』

 

 

 嫌でもそんな言葉を思い出してしまう。

 

 可能性の話。

 これは可能性の話でしかない。 

 オイラはその行為が最終的にもたらす被害の大きさを知った。

 

 

 あの『湿原地』で。

 

 

 ――そ、それはですね……。

 

 

 女ハンターがそんな風に言いにくそうにしていたその時。

 

 

 

「私が説明しよう」

 

 

 

 と先ほどまで麻痺で横になっていた男がゆっくりと起き上がりながらそう告げてきた。

 

 

「そんな、まだ横になられていてください。まだ体のほうも万全ではないのですから」

 

 

 気遣いの声を掛けられる人物。

 何だろうか扱われ方を見るにどうやら一目置かれるているように感じる。

 

 

「大丈夫だ、もう体の痺れは取れている。それに彼らも説明を求めているんだ、いらぬ誤解を受ける前に私たちの身の潔白を証明しようじゃないか」

 

 

 そう言って男はオイラの横を通り過ぎギメイのもとへと歩いてゆく。

 

 

「先ほどは危ないところを助けてもらって感謝する。君のおかげで全滅という事態を免れることができた。しかし悪いがそのラングロトラは私たちに渡してもらおう」

 

 

「にゃ!?」

 

 

 ギメイの前でそんな感謝の言葉とぶっ飛んだ要求をする男。

 

 

「助けてもらっておいて上から目線なのが気になるんだけど理由は?」

 

 

「君みたいな一般のハンターに教える必要が? 答えは『黙って従えマグロ野郎』だ」

 

 

 

 糸が張ったようなような一触即発な空気がこの空間を飲み込む。

 

 

 

「ふふっ。身の潔白を証明するんじゃなかったのかい? そんな喧嘩腰で一体どうやって君たちを信用すればいいのか教えて欲しいよ」

 

 

 

 ――……!!

 

 

 その刹那。

 ギメイの額目掛け一本の双剣の切っ先が突き付けられた。

 

 

 

 双剣『ギルドナイトセイバー』

 

 

 

 その切っ先。

 

 

「ふむ……これはどういうことかな?」

 

 

 この緊迫した状態でもギメイは笑顔を崩すことなく微笑んでいた。

 

 

「いやいや、この双剣を見てもわからないとはどうやらよほど察しが悪いらしい」

 そういって、男はギルドナイトセイバーをギメイの額から離しその刀身を鞘に納めた。

 

 

「驚かしてすまないね。ここまですれば大体は察してくれるんだが、君にはどうやらきちんと口にしたほうがいいらしい」

 

 

 ――私は。

 

 

 そういってギメイに握手を求めるように手を差し出す男。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私は『ギルドナイト』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 オイラはその突然の事態に何もできず見守ることしかできなかった。

 

 

 

「へえ……」

 

 

 

 ギメイは冷たく微笑んだ。

 すべてを悟ったかのような嘲笑交じりの冷徹の表情。

 

 

 

「僕ギルドナイトなんて初めて見たよ……実物に会えるなんて光栄だなぁ」

 

 

 

 そういって差し出された手を握り返し握手を交わす。

 

 

 

「私はギルドから特命を受け今この渓流で調査をしている最中だ。そこのラングロトラもその調査の一環で回収しなければならない。もう一度言おう、ラングロトラを私たちに渡してもらおうか」

 

 

 

 ――ギルドを敵に回したくはないだろう?

 

 

 

 そう忠告される。

 しかしそのあまりにもな言い分にオイラはついつい声を荒げてしまった。

 

 

「ちょっと待つにゃ!! いくらギルドナイトだからって狩猟後のモンスターを横取りするにゃんて横暴だにゃ!! ギメイの引き受けた依頼は一体どうなるのにゃ!?」

 

 

 

 オイラの言葉に男は一瞬見下すような蔑む視線を向けてきた。

 

 

「おいおい、アイルー君。行きずりの君がしゃしゃり出るべきじゃないよ。君はこのマグロ野郎が決めたことにただただ従っていればいいんだ。余計な口出しをするべきじゃないなぁ」

 

 

 

 男の掌がオイラの頭へと伸ばされる。

 その手に体が「ビクッ」と跳ねる。

 オイラはグッと瞼を固く閉じた。

 

 

 

 

「――痛っ!!」

 

 

 

 

 そんな声が聞こえてきた。

 恐る恐る瞼を開けると目の前で男が苦痛に顔を歪め脂汗が噴き出していた。

 

 

 見るとギメイと握手していた方の手がきしむ音がしていた。

 あまりの激痛にか男はその場に膝をつく。

 

 

「あっ、ごめん。力込めすぎた……」

 

 

 そんなあっけらかんとした態度で謝罪の言葉を口にするギメイ。

 

 

「力込めすぎたって……」

 

 

 あんた300㎏のカジキマグロ振り回す握力があるのにそんなので握られれば人間の骨なんて簡単にお釈迦になるぞ……。

 

 

 

「あ、それと彼は部外者じゃない、彼は僕の『依頼主』だ。僕は彼の主人から彼を預かっている身だ。彼に何かあれば僕は彼の主人に顔向けができなくなる。だから……」

 

 

 

 ――君が誰であろうと彼に危害を加えるつもりなら僕は容赦しないよ。

 

 

 

 跪く男を見下ろすような蔑むような視線でギメイは冷たく鋭い声音で脅しかけた。

 

 

 

「ラングロトラは好きにしていいよ。そういえばこの依頼主の人、頭ハゲ散らかしてて嫌いだったの今思い出したからさ。ついでにその魚肉とよろず焼セットもサービスしてあげる。あら、なんてお買い得なんでしょう」

 

 

 

 いまだ痛みに頽れている男に他の三人が駆け寄りオロオロしている。

 

 

 

「それじゃあ、用事もほぼ終わったし遅くなって悪いけど君の主人捜索再開しようか」

 

 

 

 えっ? いいの?

 このまま放っておいていいの?

 

 

 

「おいてめぇ……!!」

 

 

 

 出会った当初とは違う荒っぽい口調でギメイを呼び止める。

 

 

 

「なんだい? まだなにか用があるのかい?」

 うんざりしているのかギメイの口調にも面倒臭さがにじみ始めているのが伝わってくる。

 

 

 

 

 

「――夜道には気をつけろよ」

 

 

 

 

 

 そう告げギメイにニヤリと笑う男。

 

 

 

 どういうことなのだろう?

 と思いギメイの顔を見てみるとその表情は今まで見たことないものだった。

 

 

 

 

 

『無表情』

 

 

 

 

 

 まるで興味を失った玩具を見るような無の感情。

 

 

 

「――……!!」

 

 

 

 その今まで見せたことない表情に背筋が凍り付く。

 

 

 

 

「『別れの挨拶』は……きちんとしたほうがいいですよ」

 

 

 

 

 そう告げギメイは、洗礼された所作で丁寧なお辞儀をしながら彼らにこう言い残した。

 

 

 

 

「それではどうかまた……」

 

 

 

 

 

 ――近々、お会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「むにゃっぁぁぁ!! なんかだんだん腹が立ってきたにゃぁぁぁ!! 何が『マグロ野郎』だにゃ!! てめぇの方がずっと横になっててマグロ野郎じゃねぇかぁ!! このクソがぁぁぁ!!」

 

 

 

 オイラはこの心の底から湧き上がる負の感情を爪を研ぐことで発散させていた。

 

 

 

「あの……もうそれくらいにして、ね。それ以上幹を傷つけたら木が痛んじゃうから……」

 

 

「フゥー……フゥー……」

 

 

 

 オイラたちはマグロ野郎たちから分かれたあと再びご主人捜索に興じていた。

 時間がたつごとにふつふつと湧き上がる感情に歯止めが利かなくなりストレスをぶつけるほか思いつかなかった。

 

 

 

「ギメイはムカつかにゃいのかにゃ!? ギルドナイトだからって職権濫用されて!! 手柄横取りされてにゃ!! ギルドナイトにゃんてクズにゃ!! カスにゃ!! ゴミクズにゃぁぁぁ!!」

 

 

「はは……酷い言われようだなぁ」

 

 

 オイラが地団駄を踏むそんな姿を頬を掻きながらなだめるギメイ。

 

 

「まあ、僕はあんまりギルド内での地位とかには興味ないから手柄云々とか割とどうでもいいんだよね。でもやっぱり達成金が入らないのは痛いなぁ。特注の鞘を作ったせいで今回の依頼は完全に赤字だよ」

 

 

 

 まさに『骨折り損のくたびれ儲け』である。

 その上、オイラのご主人捜索まで手伝ってもらって本当に頭が上がらない。

 

 

 

「あの……ご主人が見つかったら依頼料払うにゃ。あんまり出せないかもしれないけどにゃ」

 

 

 ご主人捜索がら申し訳なさからオイラの方からそんな申し出をする。

 

 

「いいよ、気にしないで。僕にとっては君の主人に恩を売っておく方がどんな依頼よりもずっと価値があるからね。むしろこうして縁ができたことにお金を払ってもいいくらいさ」

 

 

「……? ご主人に恩売ったって逆立ちさせても何も出てこないにゃよ?」

 

 

 

 ――そんなことないよ。

 

 

 

 と笑うギメイ。

 

 

 そんなことないというが実際ご主人は商人としては底辺の貧乏商人だし。

 どこかに強いパイプを持っているわけでもないし。

 お師匠さんという強いバックはいるが今まで特にその恩恵らしいものを受けている姿を見たこともないことから商売に関してはお互い不干渉なのだろうし。

 

 あと、ガーグァにも負けるほどのクソ雑魚ワロタだし。

 ご主人に恩を売って得られる旨味がよくわからない。

 

 

「そうだねぇ。商人にとって……というより商売に必要なものって何だと思う?」

 

 

「にゃ? 商売に必要なもの?」

 

 

 そんな突然の質問。

 商売に必要……。

 

 

 商品のことだろうか?

 もしくはお金のこと?

 それとも場所?

 

 

 いや恐らくどれも違う。

 商品がなくてもハンターは商売ができる。

 現金がなくてもご主人が言っていたバーダー貿易のような商売ができる。

 場所がなくても行商人のような商売ができる。

 

 

 では商売をする上で必要なものとは?

 

 

 

『商人の武器それは――情報だ』

 

 

 

 ご主人はこの森でオイラにそう教えてくれた。

 

 

 

「商売に必要なものそれは……」

 

 

 

 

 ――『信用』だにゃ。

 

 

 

 ギメイは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

 

「さすが商人のオトモだね、正解だよ」

 

 

 

 何が売れるのか、何が飽和状態なのか、どこが必要としているのか、何を求められているのか。

 そんな真偽入り混じる情報を扱う商人にとって信用や信頼は必要不可欠。

 

 

 誤った情報は鈍ら刀と同義。

 いかに正しい情報を得られるかが商人の強さへとなる。

 

 

 正しい情報を得られるだけの信用を勝ち取ることができたものが高みへと昇れる。

 そして信用を失った商人は死んだも同然、生きてはいけない。

 

 

 

「不思議なことにその信用は表だろうと裏だろうとどっちの世界でも必要な代物なんだ。失えばどちらでも生きていけない」

 

 

 

 信用を積み上げるには時間がかかる。

 逆に崩れるのは一瞬。

 

 疑心暗鬼という一つの雫でそれは簡単に波紋を作り揺らぎをもたらすほど不安定なもの。

 

 

「君の主人は優しく、正しく、清らかでとても強い人物だ。そして何より僕にとって彼は……」

 

 

 

 ――最高に信用できる人物だよ。

 

 

 

 そう締めるギメイ。

 

 

「それは買い被りすぎじゃにゃいかにゃ……?」

 

 

「本当にそう思うかい? 君は彼のことを信用できないのかい?」

 

 

 

 オイラはその言葉に言葉に詰まる。

 

 

 

「……だってご主人馬鹿だし」

 

 

 

 

 ご主人は馬鹿だ。

 いつだってそう。

 

 何も考えてないように突っ走って、馬鹿やって。

 だけど人一倍いろいろ考えてて、それを悟られないようにやっぱり馬鹿なことで上塗りして。

 

 それだけ自己犠牲しているのになにも求めない。

 

 

 

 ――笑えればそれでいい。

 

 

 

 そう言っていつも突っ走る。

 いつも待たされるこちらの気も知らないで……。

 

 

 

『――マルクト』

 

 

 

「信用も信頼もしているにゃ。だけど信用して待ち続けるのは……」

 

 

 

『残念だけどあんたの主人は……』

 

 

 

 ――怖いんだにゃ。

 

 

 

 そこまで口にしてオイラはハッとした。

 いつの間にか空気が重く暗い話題になってしまっていることに気が付いたから。

 

 

「ご主人クソ雑魚だからにゃ!! 待たされる側としては気が気じゃにゃいんだにゃ!!」

 

 

 オイラは取り繕うように声を張り上げた。

 ギメイはそんな誤魔化しの笑みを浮かべるオイラにやさしく微笑みかけてきた。

 

 

「僕はね、この職業柄戦闘が主な仕事だ。その戦闘経験を踏まえた上で僕は『強い奴』っていうのをあんまり怖いとは思っていないんだ」

 

 

 突然なそんな語り。

 

 

「強い奴は怖くない? どうしてにゃ?」

 

 

「強い奴っていうのはそれだけの『強い理由』があるからだよ。だけどそういう存在は、その『強い理由』を排除してしまえば途端に脆くなる。さっきのラングロトラの狩猟がそのいい例さ」

 

 

 ラングロトラの狩猟。

 ギメイはあの戦闘でラングロトラの所有する武器、特性を一つずつ潰していった。

 

 そして最後には逃げる手段すらも奪い、狩猟を完遂させた。

 

 

「だけど僕は強い奴が怖くないと思う反面、『弱い奴』の方がよっぽど怖いと思っている。いや、正確には『自分のことを弱いと理解している存在』かな? 君の主人に会ってそれを確信したよ」

 

 

「……?」

 

 

 弱い奴の方がよっぽど怖い?

 それはよく意味がわからない。

 

 弱い奴は理解していようがしていまいが弱い奴だ。

 それ以上でもそれ以下でもないはずではないか。

 

 

「弱い存在からは強さを引くことができない、強さなんて最初から持ってないからね。そして『弱さ』を排除する手段も存在しない。これは僕みたいな人間からすれば途轍もなく脅威なんだよ」

 

 

「よく意味が分からにゃいにゃ……」

 

 

 

 ――……ガサッ!!

 

 

 

「……!!」

 

 

 突如傍らの茂みから葉が擦れる物音が聞こえてきた。

 

 

 

「……にゃんにゃ? モ、モンスター?」

 

 

 

 だとすればまずい。

 ギメイにはもうすでに武器がない。

 

 いくら手練れハンターのギメイだとしても、武器なしで対応できるモンスターなんて限りがある。

 早く逃げなくては……。

 

 

 そう思考を巡らせた瞬間。

 

 

 

「誰がモンスターですかぁぁぁ!!」

 

 

 

 という快活な声とともに茂みから『少女』が飛び出してきた。

 

 

「誰ですかぁ!! この可憐な少女をモンスター呼ばわりをするいけない人はぁ!! 万死じゃぁ!! 万死に値するんじゃぁぁぁ!!」

 

 

 と叫びながら血眼になり「フゥー……フゥー……」と唸りながら辺りを見渡し始める少女。

 

 

 あまりの出来事に呆気にとられるオイラ。

 

  

 というか、うん? あれ?

 オイラ、この人とどこかで会ったことあるような気がする……。

 

 

 そう思っていた矢先に彼女と視線が合う。

 

 

「――ってあれぇ? どなたかと思ったら先日、酒場にいらっしゃった商人さんのアイルーちゃんじゃないですかぁ!! こんなところで偶然ですね!! 今日は商人さんと一緒じゃないんですかぁ?」

 

 

 そう言われてハッとする。

 

 

「ああ!! 思い出したにゃ!! 『酒場の看板娘さん』じゃにゃいか!!」

 

 

 服装は違ったが、その人物はいつぞやご主人とともに訪れた『ユクモ村の看板娘』その人だった。

 

 

「嬉しいですね!! 覚えていてくれたんですか!?」

 

 

 そう言ってオイラを抱きかかえる看板娘さん。

 むしろオイラが覚えているより看板娘さんがオイラを覚えていた方が驚きである。

 

 

 オイラ達あの時『まったく会話していなかった』のに。

 

 

「へへんっ!! 『職業柄』人の顔を覚えているのは当然ですよ!! まあ、あなたはアイルーちゃんですけどね!! こんなところで一体何しているんですかぁ?」

 

 

 オイラ達がそんな予期せぬ再開に浸っていると、オイラの体が無理やり後方へと引っ張られた。

 

 

「ニッ!?」

 

 

 突然のことで変な声が出てしまった。

 

 

「ちょっとぉ!! 何するんですかぁ!! アイルーちゃんを乱暴に扱わないでくださいよ!!」

 

 

 そう叫ぶ看板娘さんの視線の先にはオイラを引っ張った張本人、ギメイの姿があった。

 

 

「……ギメイ? どうしたのにゃ?」

 

 

 引っ張られたことにより無理やり離されたオイラは地面に足をつけギメイの顔を見上げた。

 だがギメイの顔は今まで通りに微笑んでいるだけで何を考えているかまでは、オイラには読み取ることができない。

 

 

「……誰ですか、その感じの悪いイケメンは」

 

 

 ギメイのその態度にご立腹なのか、棘のある言葉でそんな質問を投げかけられる。

 

 

「えーと……この人はにゃ」

 

 

 オイラが説明しようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

「――悪いけど……君は『信用できない』」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、オイラの言葉を遮る。

 

 

「え……え……?」

 

 

 意味の分からない突如として訪れる緊迫した気配に動揺してしまう。

 

 

 

 看板娘さんはそのギメイのセリフを受けオイラに向けていた時とは別格の鋭い眼光で睨みつける。

 そして何かを察したかのように「ああ、はいはい。なるほど、なるほど」と納得する。

 

 

「どおりで似た匂いがするなぁと思ってたら、そうですか。『同業者』さんでしたか、これは失敬失敬」

 

 

 その言葉にオイラは唖然とする。

 

 

 

「え? 同業者……?」

 

 

 同業者ってどういう……。

 

 

「なぁんだ、だったらいいです。私の『お仕事』はもう終わりましたから。それじゃあ、お先に失礼しますね。早く帰らないと『マスター』にどやされちゃいますから」

 

 

 

 ――チャオ!!

 

 

 

 と横ピースを残す。

 

 

 

 

 

 その刹那、大気が震えた。

 

 

 

 

 

 ――――…………!!

 

 

 

 

 突然の後方からの轟音に振り返る看板娘さん。

 まるで爆発音のような振動が飛んできた視界の先には『空を覆いつくす黒煙』が広がっていた。

 

 

 

「……は?」 

 

 

 

 そんな呆気にとられたような声を漏らす。

 

 

「え? いやいや、おかしいでしょ。なんであんな離れたところから爆発が起こるんですか? そもそもあんな規模の爆発もう必要ないじゃないですか。ちょっと、ちょっと、ふざけないで下さいよ。いや本当、冗談じゃないですよ」

 

 

 みるみる表情が動揺の色に染まっていく。

 

 

 

「――どうやらまだ『お仕事』は終わっていなかったようだね」

 

 

 

 そんなギメイの声。

 ギメイのセリフにキッと睨みつける看板娘さん。

 

 

「ほら、早く向かいなよ。『別れの挨拶』はしなくていいからさ……」

 

 

 

「……チッ!!」

 

 

 

 看板娘さんは服の裾をまるでスカートをつまむ様に持ち上げ「ごきげんよう」とだけ言い残し黒煙が立ち昇る方角へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 空虚。

 先ほどまで騒がしかった空間が抜き取られてしまったかのような静けさに包まれる。

 

 

 

 

「ギメイ……今のって?」

 

 

 

「君には関係がないことだよ。そして知らない方がいいことだ」

 

 

 

 オイラは知らない方がいいこと。

 そりゃ、聞いてもわからないかもしれないけど。

 

 

 

「まあ、それでも言語化するなら彼女はきっと油断をしていたんだろうね」

 

 

「油断?」

 

 

 一体何に対して?

 

 

 

「今回の件で彼女が得るべき教訓は……」

 

 

 

 

 

 

 

 ――『弱い奴は何をしてくるのかが分からない』という点だろうね。

 

 

 

 

 

 そう締めくくる。

 

 

 

 

『僕みたいな人間からすれば途轍もなく脅威なんだよ』

 ギメイが先ほど言った言葉がオイラの脳裏にフラッシュバックする。

 

 

 

 

 そして一際、大きなため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 ――ああ……本当に厄介な相手だよなぁ。

 

 

 

 

 

 と小言も溢し項垂れるギメイ。

 

 

 誰に対して言ったセリフなのかオイラにはわかりようがない。

 ただその時見せたギメイの表情はどこからどう見ても……。

 

 

 

 

 ――嬉しそうな満面の笑みをしていた。

 

 

 

 

 




「もうこいつが主人公でいいんじゃね?」と書きながら何回も思いました。



***

はい。
というわけで。


先月投稿できなかったタイプの屑です(二回目)


いや、本当にごめんなさい……。
ちょっと、いろいろやってたもんだから先月投稿できませんでした。


その代わり今月めっちゃ長く書いた(私基準)
一万字越えは今まででたぶん最長ですね。

まあ、今回の更新でここまで書きたいという基準があったのでそこまで書いたらこんだけ長くなっただけなんですけど。


さてさて、懐かしかったり懐かしくなかったりする人物が出てきたりしちゃった回ですが
今回のシルバニアに関して気が付いていた人はどれだけいるのかな? って思う物書きの屑です。

ご主人たちに限らず客にゴア・マガラと女筆頭ハンターの情報をばらまける人物と執行人が同一人物って死体を作る状況づくりとしては理にかなっていたので隠し蓑としても最適な組み合わせだと思っていたのですが。


いやはや、感想欄で当ててきていた人がいたのでわかる人には分かるもんですね。
これだから、ネタバレが怖くて感想返しができないんですよ。


まあ、ネタバラシはこれくらいにして。


一応今回のお話でも第四章の落ちへと繋がるロジックを一つ仕掛けましたがまあ匂わせるだけ匂わせときます。


正解したからって特に何もありませんがお遊びとしてどうぞ考えてみてください。



というわけで一章、二章、三章と張っていた伏線を回収する今回の章。
タイトル通りに「偽りし者」が大集合の『第四章』


『偽りし者は欺き、赤星は地を駆る』



それでは皆さん



『偽りし者』に欺かれないようにしてくださいね。



ではではまた会う日まで(`・ω・´)ノ


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29話

明けましておめでとうございます!!

そしてお久しぶりです(五か月ぶり)('ω')ノ


***

 

 

 オイラは父ちゃんのことが大好きだった。

 

 

『とうちゃん!! とうちゃんははんたーさんのオトモだったのかにゃ!?』

 

 

 小さかった頃のオイラは当時、父ちゃんに憧れていた。

 父ちゃんが話してくれるハンターさんとの狩りの思い出を聞くのが何よりも好きだった。

 

 

 駆け出しだった旦那さんとの初任務での失敗談や誰でも達成できるような簡単なお使いで得られた達成感。

 ろくにモンスターも狩れず空腹で旦那さんと食べ物を取り合った恥ずかしい思い出。

 雪山で暖をとるためお互い寄り添いあって眠ったこそばゆい経験。

 

 自分よりも何倍も大きいモンスターを相手にする恐怖。

 達成できた時の胸の高鳴り。

 

 自信がついてきた頃の油断と傲りによる後悔。

 それを乗り越え更なる高みを目指し旦那さんと共に歩んだ軌跡。

 

 

 そんな心躍る数々の物語がオイラの目にはとてもキラキラと映っていた。

 

 

『おいらも!! おいらもとうちゃんみたいになれるかにゃ!?』

 

 

 あの頃のオイラがオトモを目指すのはある意味必然だったと思う。

 

 

 

 ――なれるさタイラン、お前なら。なんたってお前はオレの息子だからな。

 

 

 

 今思えばあの時の父ちゃんの言葉はなんて無責任な言葉だったのだろうか。

 

 

 

『なるにゃ!! おいらもとうちゃんみたいにゃ立派なオトモになるにゃ!!』

 

 

 

 うら若き少年の心に一つの夢を埋え込んだ無責任な言葉。

 

 

 とても。

 とても残酷な言葉。

 

 

 

『決めた!! あなたの名前はマルクトよ!!』

 

 

 

 その日はオイラにとっての記念すべき輝かしい日になるはずだった。

 ここから待ちに待ち焦がれた夢が叶っていくのだと当時のオイラは信じて疑わなかった。

 

 

『今日からよろしくね!! マルクト!!』

 

 

『よろしくお願いしますにゃ旦那さん!!』

 

 

 信じて疑わなかった。

 自分自身の心躍る冒険譚の始まりを……。

 

 

『マルクトには農場の畝の管理をお願いするわね!!』

 

 

 そう言って旦那さんはオイラ以外のオトモを引き連れて狩猟に向かった。

 

 

『いってらっしゃいにゃ旦那さん!!』

 

 

 オイラだっていきなり連れて行って貰えるにゃんて思ってにゃいにゃ。

 まずはここの生活に慣れることからにゃ。

 慣れればきっと旦那さんもオイラを狩りに同行させてくれるはずにゃ。

 その時に足引っ張らないように今からいろいろと勉強、鍛錬をするのにゃ。

 

 大丈夫。

 時間はいっぱいあるにゃ。

 

 

『今日は料理番をお願いするわ。よろしくねマルクト』

 

 

『かしこまりましたにゃ旦那さん!!』

 

 

 料理を作るのもオイラ達の仕事にゃ。

 旦那さんの狩猟の手助けをする大事な役割。

 疎かにはできないにゃ。

 

 旦那さんはきっとこうしてオイラを同行させる準備をしてくれているのにゃ。

 

 大丈夫。

 まだ時間はいっぱいあるにゃ。

 旦那さんもオイラのことキチンと考えてくれているにゃ。

 

 

 うん、きっと。

 

 

『えーと、じゃあ今日はハチミツ箱の管理よろしく』

 

 

『かしこまりました、旦那さん!!』

 

 

 きっと、オイラの努力が足りないのにゃ。

 オイラの努力が足りないから旦那さんも同行させてくれないのにゃ。

 

 そうにゃ、そうに違いないにゃ。

 実力が伴わないのに連れて行って怪我とかしたら一大事だもんにゃ。

 

 旦那さんは、すごいにゃ。

 オイラのことをよく見てくれてるにゃ。

 

 もっとにゃ。

 もっと旦那さんのために努力しなくちゃダメなのにゃ。

 

 

 大丈夫。

 

 

 まだ時間はいっぱいあるにゃ。

 

 

『今日は漁猟網の手入れを……』

 

 

 次の日も。

 

 

『マルクトには虫の木に蜜を……』

 

 

 次の日も次の日も。

 

 

『菌床にアオキノコの菌を……』

 

 

 次の日も次の日も次の日も。

 

 

 大丈夫。

 まだ大丈夫。

 

 

 

 

 ――まだ時間はいっぱいあるにゃ。

 

 

 

 

 

『あなたには今度からずっと畑の畝の管理をお願いするわ。あなた得意でしょ?』

 

 

 

 ある日旦那さんはオイラに唐突にもそう告げてきた。

 

 

 

 

 

『かしこまりましたにゃ、旦那さん』

 

 

 

 

 オイラは精一杯に笑った。

 自分でもわかる。

 その笑みがとても歪んでいたと。

 

 

 

 ――ねぇ、旦那さん?

 

 

 オイラは心の中で届くはずのない疑問を唱えた。

 口にすれば受け入れなければならなくなる現実への非情さに。

 

 

 

 いつになったら……。

 

 

 

 

 ――いつになったらオイラを狩りに連れて行ってくださるのですか?

 

 

 

 

『じゃあ、よろしくマルクト』

 

 

 

 何のためにあなたはオイラにその『名前』を付けてくださったのですか?

 

 

 

 

『……タイラン』

 

 

 ある日のこと。

 ネコ婆がオイラのもとに訪れた。

 

 

『いんや――マルクト』

 

 

 父ちゃんはなんて無責任な言葉を口にしたのだろう。

 自らの息子になんて夢を見せてしまったのだろう。

 

 そう思わざる負えなかった。

 

 

 

『残念だけどあんたの主人は……』

 

 

 

 

 

 ――もうあんたのこと必要ないそうだよ。

 

 

 

 

 

 それは紛れもない『解雇通告』だった。

 

 

 

 ネコ婆から伝えられた言葉はオイラの心に深々と突き刺さった。

 

 

『試しに雇ってみた』

『試しに農場の世話をさせてみた』

『試しにしばらく続けさせてみた』

 

 

 試しに試して。

 

 

『――試した結果、やっぱり必要ないそうだ』

 

 

『だから、もういらない』とそういう事だとも。

 

 

 

 自分の口から言うのがはばかられる為、ネコ婆に通告を丸投げしてきたという。

 

 

 

『ねえ、マルクト……』

 

 

 やめろ。

 その名でオイラを呼ぶな。

 

 

 呼ばないでくれ。

 

 

『マルクト』なんて知らない。

 オイラはタイランだ。

 

 

 これ以上オイラに惨めな思いをさせないでくれ。

 

 

『正直、あんたの歳で今からハンターのオトモを目指しても他の若手のアイルーの方が経験豊富であんたを紹介したところで相手にして貰えないかもしれない。こんなことになるまで放置してしまって申し訳なかったと思う。これはあんたにこんなところを紹介したあたしのミスだ……』

 

 

 

 謝らないでほしい。

 謝るなよ。

 

 そんな夢を閉ざさせるようなことを言わないでくれよ。

 オイラはまだ父ちゃんのようなオトモになる夢を諦めてないのだから。

 

 

 だから。

 嘘でもいいから。

 

 

 

 そんなこと言わないで……。

 

 

 

『……一人、あんたに紹介できる奴がいるんだけど話を聞く気はあるかい?』

 

 

 

『どんなハンターさんなのにゃ……?』

 

 

 

 ――いや……ハンターではないんじゃが、そのぉ……。

 

 

 

『……?』

 

 

 

 今でもあの時のネコ婆の目が泳いだ奥歯に物が挟まったような姿を思い出すと笑ってしまう。

 

 

 オイラからすれば『名前』なんてものは、個人を区別する記号だったり、所有物としての符号だったり、親しさを示す暗号だったり、時間の流れを表す年号だったり。

 

 

 

『――悪い奴ではないのだが少し変わり者でなぁ……』

 

 

 

『……一体どんな人なのにゃ?』

 

 

 少なくとも今のオイラの認識ではそういうものだし。

 だからこそ不本意ながらも今の『タマ』という呼ばれ方にも……。

 

 

 

 

 

 

『商人じゃよ』

 

 

 

 

 

 ――嫌な気分はしていないのだと思う。

 

 

 

 

***

 

 

「――にゃんか面倒くさくなってきたにゃ。もういいんじゃにゃいか? ご主人探索。どうせアレのことだからしぶとく生きてるにゃろ」

 

 

「す、すごいね。君、とうとう自分の主人のこと『アレ』呼ばわりしちゃうんだ……。それとも主従関係って世間一般的にそんな感じなの?」

 

 

「……? 大体こんな感じじゃにゃいかにゃ? 少なくともオイラ達はこれが普通にゃ」

 

 

 昔はもっと気を使っていたような気がするけど昔のこと過ぎてもう覚えてない。

 

 元はと言えばご主人がオイラと皇帝閣下を身代わりにしてお師匠さんから逃げ出したのが始まりだし、それでオイラ達がご主人の身を案じて探索するのはよくよく考えればお門違いな気がする。

 

 少しくらい碌な目にでもあってくれた方がオイラ的にも有難かったりする。

 むしろ酷い目にでも合えとお灸を据えたいほどである。

 

 

 空に上った黒煙がすでに霧散しその黒色も茜色の夕日に溶け出した時分。

 オイラとギメイは影が伸びだした渓流の森でそんなやり取りを始めていた。

 

 面倒くさい云々もあるけどこれ以上暗くなったら単純に危険だという考えの提案。

 

 

「うん。僕ももうそろそろ言い出そうとは思ってはいたんだよね。正直これ以上の探索はさすがに武器もなしで行うには無謀すぎるから」

 

 

 ギメイからの答えもオイラの意見に賛同する返答。

 

 

「とりあえずこれ以上の探索は危険だから、一度君を安全なところに避難させようと思っていたんだよ」

 

 

 まあつまりその言葉を要約すると……。

 

 

「それじゃ、ユクモ村に戻ろうか。君の主人のことは準備をし直した後にもう一度僕が探しに行くよ」

 

 

 

「何から何までありがとにゃギメイ」

 

 

 

 その言葉を皮切りに帰路に就くオイラ達。

 

 いやしかし、ご主人は一体どこまで逃げてしまったのだろうか、とそんなことを考える。

 なんだかんだ結構な時間と場所を探し歩いたのに全然見当たらない。

 まさかこの渓流よりも外の区域まで逃げたなんてことはないだろうけど、ここまで探して手掛かりなしとなると本当にどうしようもない。

 そこまでしてお師匠さんから逃げ出したかったと言われればなんとなくわからなくもないけど。

 

 

「……」

 

 

 

 そういえばお師匠さんの方はどうなったのだろう?

 ゴア・マガラに襲われてオイラがあの飛行船から落ちた後、お師匠さんと皇帝閣下がどうなってしまったのかの安否も不明なままだ。

 

 飛行船が落ちたなんてことはないとは思う。

 落ちたのならば渓流周辺はもっと慌ただしくなっているはずだし。

 もしかしたらあの時突如起こった黒煙と爆発音がそうだったという可能性もあるけど。

 

 

 オイラがギメイにあの爆発がなんだったのか確認をしに行こうと提案しても「やめておいた方がいい」とだけ言われて結局調べはしていない。

 野次馬根性と言われてしまえばそれだけ。 

 ギメイは今現在武器を持っていないのだから下手なことに首を突っ込んで危機に瀕するような真似だけは避けるべきだということは馬鹿なオイラにもわかる。

 

 

「にゃあ、ギメイ? ギメイがオイラを見つけるまでにここらへんで飛行船が落ちたにゃんてことなかったかにゃ?」

 

 

 オイラは道すがらギメイにそう問いかけた。

 

 

「飛行船? いや、多分そんなことはなかったと思うけど……。少なくとも僕がユクモ村に滞在し始めた向こう三日間くらいはそんな事件があったなんて話も聞いてないかな。本当にそんなことがあったのならとっくにギルドの気球観測班がギルドに報告して人員が派遣されて事件になってるはずだし……断言はできないけどね」

 

 

 そりゃそうか、と納得する。

 だとすればお師匠さん側は大丈夫な可能性が高い。

 

 

「そういえば本当に今更なんだけど。君なんでこんな渓流で一人気絶なんてしてたんだい? なんだかんだで君がどうして君の主人とはぐれたのかの経緯も聞けてなかったし」

 

 

 そんな本当に今更な質問。

 

 

「にゃ!? あれ!? 説明してにゃかったけオイラ!?」

 

 

 

 ――ごめんね、聞けてないんだ。

 

 

 

 と苦笑いを溢しながら頬を掻くギメイ。

 開いた口が塞がらなかった。

 

 確かに言われてみれば全くギメイにはオイラがどうしてこうなっているのかの経緯を説明した記憶がない。

 逆に事情を全く知らずにここまで付き合ってくれていたという紛れもない事実に驚きが隠せない。

 

 

 人が……!! 人が良すぎる!!

 

 

「えーっとにゃ……」

 

 

 しかし改めて聞かれるとなんて説明したものか悩む。

 簡単に説明するなら『女装癖の変態に襲われ、攫われ、飛行船から落ちた』なのだけれどざっくりしすぎて意味が分からない。

 すごい文面だなと口元もひきつる。

 

 意味がわからないがそれが事実なのだから結局、ありのまま起こった出来事をギメイには説明した。

 

 

「何というか……君の主人のお師匠さんって随分と破天荒な人なんだね。少し会ってみたいかも……」

 

 

 なんていう感想はオイラに気を使っての物なのかどうか本意は知れないけど、実際に間近で関わった当事者から言わせてもらえばもうしばらくは会いたくない。

 

 

 ご主人や皇帝閣下が全力で逃げ出そうとした気持ちが今ではよくわかる。

 

 

「しかし、そうなってくるとなかなかにややこしい状態には変わらないわけなんだね。君の主人どころかそのお師匠さんの安否すら不明となると、うーん……何とも。やっぱり、一度ユクモ村で集合しようと思うのが普通の心理だと思うし、そうするのが無難だろうことには変わりないだろうけど」

 

 

 まあ、飛行船が墜落したにしろ、していないにしろ事件性がある状況になっていればユクモ村に戻ればある程度の情報が入ってくるであろうことは確かなのだ。

 なおのことユクモ村への一時帰還という選択に不満などあるはずもない。

 

 

「そういえばユクモ村に戻ったらギメイの依頼の方はどうなるのにゃ? ラングロトラ狩猟依頼はやっぱり失敗ってことになるんだよにゃ?」

 

 

 そんな確認するかのようにオイラはギメイに問いかけた。

 狩猟自体を完遂させたのは紛れもなくギメイではあるのだが、肝心の狩猟対象だったラングロトラはあのギルドナイトに渡してしまった。

 

 そうなってくるとギメイは狩猟を完遂させたという証拠となる物をギルドに提示することができない。

 依頼内容の細かいところまで聞いているわけではないから何とも言えないけど、依頼主の目的がラングロトラの狩猟自体ではなく素材納品依頼の方だったのならばこれは完全に失敗の分類になってしまう。

 

 

 

「うん、まあそうなるだろうね。あのギルドナイトの人がギルドに証言してくれれば違ってくるだろうけど、あんな別れ方しておいて今更僕の顔を立ててくれるなんて到底思えないし。でも先刻も言ったけど僕はあんまりギルド内での地位とかに興味ないから割とどうでもいいんだよね正直」

 

 

 

 ――最近の依頼内容なんて大体そんなもんさ。

 

 

 

 とどこか遠くを望む様に薄く笑うギメイ。

 

 

「最近の依頼なんてそういうくだらいものばかりさ。モンスターの素材が欲しいから狩猟してだとか危険だから排除してくれだとかそんな他力本願な依頼ばかり。もう、ハンターが『英雄』だなんて言われていた時代は終わってしまったんだなとそう思ってしまうんだ」

 

 

「それは……」

 

 

 そんなことはない。

 なんて言えるはずもなかった。

 

 今の狩猟形態はギルドという大規模の組織を基盤にハンターという実行員を派遣しそのバックアシストをとりつつ狩猟を行うプロセスが基本となっている。

 

 

 個の力ではなく集の力。

 数の暴力。

 人海作戦とも言える。

 

 

 誰かが狩猟に失敗したとしてもいくらでも後続を据えることができるし、また失敗しても次がいくらでもある。

 そして、任務達成率の高いハンターには『ハンターランク』なる数値化した階級を与える。

 そのハンターランクが高いものほど待遇は良くなることは当然。

 そうでなければランクをつける意味がない。

 大衆がその高みを待遇を望む様にしなければ意味がないのだからその処置は必然的だ。

 

 

 だがそれは所詮独善的に取り決められた制度でしかなく『英雄視』はされるだろうが『英雄』には程遠い。

 むしろ正反対だと言っても差し支えないほどに誤っている。

 

 

 狩猟に制限時間を設けるのだって、深追いをさせないためというのもあるだろうけど要は狩猟をスムーズに完遂させるためにハンターを入れ替えるための節目として取り決められた制度に他ならない。

 

 

 間違ってはいない。

 組織としては間違ってはいないはず。

 個を補完し集の力へと昇華させるという考えは非常に正しい。

 

 

『個』とは『ハンター』のことであり、『集』とはならば『ハンターズギルド』のこと。

 

 

 だが濃すぎる個は集を食らいかねない。

 強すぎるハンターはハンターズギルドという組織の存在を揺るがしかねない。

 

 

 

 だとすれば……。

 

 

 

 ――だとすればハンターズギルドにとって『英雄』など不必要な邪魔者でしかないのかもしれない。

 

 

 

「……」

 

 

 ギメイはそんなハンターズギルドの地位に興味がないと言っていた。

 ならばなぜ……。

 

 

「だったらにゃんでギメイはハンターズギルドを続けているんだにゃ……。ギメイほどの実力があればギルドに頼らなくてもやっていけるんじゃにゃいか?」

 

 

 

 そんな核心的な問い。

 ギメイの言い方はまるでこの浮世に英雄など存在しないことを憂いているかのような文言。

  

 

 英雄がいないと嘆くのならば……。

 

 

「嘆くくらいなら自分が英雄になればいいじゃにゃいか……」

 

 

 

 

 

 ――僕には無理だよ。

 

 

 

 

 

 そんな消え入りそうな答えが返る。

 その表情は嘲笑そのもの。

 

 

 自分自身を笑う顔。

 

 

「英雄の名を語るには僕の名はあまりにも汚れすぎている。どれだけ頑張ったって僕にはもう英雄を名乗る資格なんてない。だから僕は決めてるんだ。どれだけ頑張っても英雄になれないのならいっそのこと……」

 

 

 

 ――この腐った社会に一太刀入れてやろうとね。

 

 

 

 そんなギメイらしからぬ言葉。

 

 

「く、腐った社会って……一体、何を言ってるんだにゃギメイ」

 

 

 オイラの顔を見下ろしニコリと笑いかけてくるも、問いに関して明確な答えは返ってこない。

 それはまるで「君にはまだ早い」と暗にそういわれているような気がした。 

 

 

 

「あらやだぁ!? タマタマちゃん見ぃつけたわぁ!! 探したのよぉぉぉ!!」

 

 

 

 そんな空気をぶち破る野太い声が突如聞こえてきた。

 

 

 いやな予感がした。

 むしろ、いやな予感しかしなかった。

 

 

 声のする方からドスドスと地を踏む音が近づいてくる。

 振り返るとそこには見たことのない人物。

 

 

 ただし女装をしたオカマでありお師匠さんの関係者であることだけは見ただけでわかる。

 そんな人物がいた。

 

 てっきりお師匠さんかと思ったのだが見当違いだったことに胸を撫で下ろすも、恰幅の良い大の男が厚化粧で近づいてくるという鬼気迫る現状に戦慄し逃げ出したくなった。

 

 

 

「にゃぁぁぁ!?」

 

 

 

 というか逃げ出した。

 

 

 

 

 ―― 逃 が さ な い 。

 

 

 

 

 そんな死の宣告のような声が聞こえた。

 

 

 

「奥義『フライング・ダッチ・にゃんこ』」

 

 

 

 そんな叫び声の後、オカマの巨体は信じられない跳躍を見せ宙を飛んだ。

 

 

 

「うぎゃぁぁぁぁぁ!?」 

 

 

 

 オイラはオカマに捕まった。

 死に物狂いで暴れるも逞しい二つの腕がオイラに逃走を許してくれなかった。

 

 

「もう心配したんだからぁ!! タマタマちゃん全然見つからないんだもん!! 心配で夜も眠れなかったんだからぁぁぁ!!」

 

 

「夜にゃんて来てにゃい!! まだ夜にゃんか来てにゃいから!! にゃぁぁぁ!?」

 

 

 オイラに頬ずりするオカマ。

 オカマに頬ずりされるオイラ。

 

 

 その姿を見ていたギメイは若干笑みがひきつっていた。

 

 

「えっと……この人が君の言っていたお師匠さんでいいのかな?」

 

 

「ちがっ……違うけど!! 違うけどお師匠さんの部下の人にゃ!! いやぁ!! やめてぇぇぇ!!」

 

 そういえば、お師匠さんがご主人の荷物を回収するためにこの森に部下の人たちを下ろしていたのを今ごろ思い出した。

 

 

「あなたたちの荷物回収してニューハーフに戻ってみたら船体はボロボロだし、タマタマちゃんもカーちゃん店長も行方不明だし船員もみんなオカマになってるしで本当に驚いたんだからぁ!!」

 

 

「船員が全員オカマなのは最初からだろうがぁ!!」

 

 

 カーちゃん店長とはお師匠さんの「カカリカ」から取った愛称なのだろう。

 

 

「そんなことよりもお師匠さんも行方不明ってどういう事にゃ!?」

 

「どういう事も何もアタシはその場にいなかったから事情は知らないけどニューハーフから皇帝閣下と一緒に落ちたらしいってくらいしか聞いてないわ。カーちゃん店長なら自力で戻って来れるでしょうから問題ないとは思うのだけど」

 

 

 流石というかなんというか飛行船から落ちたのに死んだという心配を全くされないとはこれも人柄がなせる業なのか。

 まあ、あの人なら多分火山の火口に落ちたって自力で戻ってこれると思ってしまうから心配するだけ無駄なのかもしれない。

 

 

「っていうかいい加減放して欲しいにゃ!! もう逃げないから放してにゃぁぁぁ!!」

 

 

 そう情けない声をあげながら懇願するオイラを名も知らぬオカマさんはようやく解放してくれた。

 

 

「そ、それでこれからどうしようか? どうやら君のお迎えも来てくれたみたいだし、こうなってくるともう君がユクモ村に行く意味はあんまりないと思うんだけど」

 

 

 いきなり現れた変質者に若干引き気味のギメイは自分の頬を掻きながら問いかけてきた。

 

 確かにもうオイラがユクモ村に行く意味はない。

 お師匠さんの所在が不明なのは変わりないけどその代わりに飛行船に案内してくれるオカマさんと合流できたのだからまずはニューハーフに戻った方がいい。

 

 もしかしたらもうお師匠さんもご主人も戻ってきてるかもしれないのだから。

 

 

 

「――じゃあ、僕の仕事もここで終わりってことでいいのかな? 僕は任務を失敗したという報告をしなければならないからどの道ユクモ村には向かわないといけないし。短い間だったけど君とはここでお別れだね。たいして役に立てなくてごめんね」

 

「役に立たなかったにゃんてそんな!! ギメイのおかげですごく心強かったし助かったにゃ!!」

 

 

 

 ――そう言って貰えると僕もうれしいな。

 

 

 

 事実ギメイがいなければオイラは自由に渓流周辺の探索なんてできなかったしこのお師匠さんの部下の人とも合流なんてできなかっただろう。

 ギメイがいてくれたことに関する恩恵はかなりの物だった。

 

 

「ではすみません、彼のことよろしくお願いします」

 

 

 とオカマさんにも最後まで礼儀正しい姿勢を崩すことなく接するギメイ。

 

 

「安心して、オカマは惚れた男を命を懸けて守る生き物だから」

 

 

「え……?」

 

 そんな疑問符を浮かべオカマさんの顔を見上げる。

 

 

「それを聞いて安心しました」

 

 

「え……!?」

 

 そんなオイラの驚愕から出た言葉を気に留めずギメイは「それではこれで」と言い残し立ち去って行ってしまった。

 

 

「…………」

 

 

 それは沈黙からくる静寂。

 

 

 叫びたい衝動とでもいうのだろう。

 この沈黙がとても苦しい。

 

 

 

 ――――…………!!

 

 

 

 不意にオイラは渓流の森を駆け出した。

 己の警鐘が割れんばかりになっているのを感じたから。

 

 

 

「――にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 オイラはまたしても逃げ出した。

 

 

 

 ――狩技「エスケープランナー(にゃんこ走法版)」

 

 

 

 そしてまたもやよくわからない技名を叫びあげるオカマさん。

 

 

 

「HAHAHA!! 狩りごっこだなぁ!! 負けないんだからぁ!!」

 

 

 

 

「いやにゃぁぁぁ!! たすけてぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 ガチ泣きしたオイラの鳴き声は月が照らし出される渓流を駆け巡っていった。

 

 

 

「ご主人!! 助けてにゃぁぁぁ!!」

 

 

 

「HAHAHAHAHA!!」

 

 

 

 本当に今日は今まで生きてきた中で一番の厄日に違いないとオイラはそう確信したのでした。

 

 

 

 

 

***

 

 男は笑う。

 

 

 ギルドナイト『ギメイ=ラングロトム』は笑う。

 

 

 理由もなく笑う。

 笑っている方が多少都合がいいから笑う。

 

 ただそれだけ。

 

 

 さあ、行こう。

 いざ、行こう。

 

 

 仕事だ仕事だ。

 

 

 獲物はどこだ。

 獲物はいたか?

 

 

 腐った社会に一太刀入れよう。

 腐った人達に一太刀入れよう。

 

 

 さあ、彼の物語を始めよう。

 さあ、彼らの物語を終わらせる彼の物語を始めよう。

 

 

 別れの挨拶は礼儀正しく。

 別れの挨拶も礼儀正しく。

 

 

 最後なのだから。

 最期なのだから。

 

 今は今際でなかったとしても。

 

 徳を積もう。

 悪徳も積もう。

 

 

 このお話は英雄になれない愚者の物語。

 なりたいわけでもない英雄になれない彼の裏話。

 

 

 特に何の恨みも、使命感も、理由もない。

 あるのはただの笑い顔。

 

 その方が多少都合がいい。

 

 

 

 

 ――ただそれだけの笑い顔。

 

 

 

 

 







ギルドナイト始動。



***

お久しぶりです!!
いや本当にお久しぶりです!!

少々8月から転勤やらなんやらで生活が変わったのでなかなか更新できませんでした!!
申し訳ない!!

というのは概ね建て前で、実際は「ガールズ」が「バンド」で「パーティー」する某音アプリゲーにはまって一人で「ぶひっぶひっwww」言ってたりとか、Twitterのフォローワーさんの執筆企画でオリジナル物の作品を書いてたりとか、西部劇を舞台にした某ゲームでマタギ生活をエンジョイしてたりとか、ただサボってました()。


はいすみません、人間のクズです。


いや転勤したのは事実ではあるのですが……。
オリジナル作品も匿名投稿ですが一応全部ハーメルンに投稿してますし『四十三』で検索かければ出てきます。
まあ、興味があれば程度に。

正直多分お気に入りとかだいぶ減るんだろうなと思いながらの投稿です。
まあ、自業自得なのでこればかりは仕方がないことですが。

また月一投稿に戻していくと思います(多分わかんないけど)

優しい目で見守っていただければ幸いです。


ではでは、また会う日まで('◇')ゞ


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30話

一か月投稿とはなんだったのか。


***

 

 

 

「――今この世界には英雄が必要なのです」

 

 

 

 朱色堅固の甲殻を担ぎ上げる『ギルドナイトセーバー』を腰に携えた女ハンターはそう諭すように口にした。

 その言葉は誰に向けての言葉なのだろうと彼女の後ろを付いていく者たちは等しく口を噤む。

 

 ある者は鋭利な爪を抱え、ある者は堅牢な骨を。

 またある者は強力な麻痺袋を各々運搬している。

 

 

「モンスターは悪でありこの世から排除しなければなりません」

 

 

 鳥竜や飛竜を。

 牙竜や牙獣を。

 甲虫種や甲殻種を。

 海竜や魚竜を。

 獣竜や蛇竜を。

 

 

 全てを淘汰しなければならないと、そう呪う。

 

 

「ハンターズギルドだけでは駄目なのです。彼らは被害が出てからしか動かない。血が流れ、人が死に、村が滅びてからしか彼らは動かない。それでは遅い。それでは人は救えない……」

 

 

 ――世界は救えないのです。

 

 

 とそう続ける。

 

 今日殺せなかったモンスターが明日人を殺すかもしれない。

 昨日殺したモンスターがもしかしたら数年後には村を襲っていたかもしれない。

 

 後手ではいけない。

 先手を、被害が出る前の駆逐が必要なのだと。

 

 

「だからこそ今この世界には英雄が必要なのですよね!!」と爪を抱える青年ハンターは理を悟ったかのように笑顔になる。

 

 その青年ハンターに女ハンターはまるで聖母のような笑みを向けた。

 

 

「そうです。ですが英雄とは伝承で語り継がれるような伝説の存在ではいけない。これからは表舞台に出ることのない裏の存在であるべきなのです。報酬のためではなく、素材のためでもなく、実績のためでもない。人類のため正義のもとにのみ暗に陰に動く。そんな存在を『英雄』と言わず何というのでしょう? そして私たちはその英雄に最も近い位置にいます」

 

 

 ――この赤甲獣が息絶え、また世界は平和に一歩近づいたことでしょう。

 

 

 そう己らの英雄譚かのように甲殻を誇らしげに撫でる女ハンター。

 日中まで血の通っていた生物の一部は紛うことなきあのソロハンターがとどめを刺したモンスター。

 

 ラングロトラ。

 その甲殻。

 

 だがその事実と現在の発言の齟齬に対し誰一人口出しする者はいない。

 

 

 

 正義とは。英雄とは。悪とは。平和とは。

 

 

 

 幾多の聞こえのいい言葉を並び立てる女ハンター。

 そんな彼女に口を挟む者が。

 

 

「ですが導師……。もしもあの時のハンターがギルドに我々のことを報告でもすれば我々は……」

 

 

 強力麻痺袋を抱える男。

 あの時のハンターとやらに刃を。

 

 

『ギルドナイトセイバーを突きつけた張本人』は怯える口調で導師と呼ぶ女ハンターに問いかける。

 自身の不安を投げかけるように。

 

 

 

「――……!!」

 

 

 

 麻痺袋を抱える男に鈍色の閃が奔った。

 その一閃は男の二の腕に赤色の液体と深い痕を残しながら夜の渓流に怒号を響かせる。

 

 

 

「――テメェがしくじるからだろうがぁ!! テメェが!! あの気色悪い野郎に!! いいようにされたからこんなことになってんだろうがぁ!! それを何だぁ!? 『我々』じゃねぇよ!! 全部テメェの責任だろうがっ!! その為にテメェがいるんだろうが!! わかってんのか!! あぁ!?」

 

 

 先ほどまで聖母のように微笑んでいた導師と呼ばれる女ハンターは己が目を血走らせ、この中で一番危険な麻痺袋(モノ)を持っている男に何のためらいもなく己の武器を振るう。

 傷がつけばその麻痺毒が所持者を直接襲うというのに、ためらいなくその凶刃を浴びせる。

 

 

 取り巻きの二人もそのやり取りを黙って見守っていた。

 止めることなんてしない。

 

 

 先刻まで「正義とは」「英雄とは」「悪とは」「平和とは」と口にしていた人物のその蛮行に止めに入るなど彼らはしない。

 彼らにとってはこれが『正義』で『英雄の姿』で『悪とは正反対』で『平和な世界』。

 

 

 だから彼らも止めるような無粋な真似は決してしない。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 

 

 肩で息をするほどに荒れ果てる導師と呼ばれる女ハンター。

 麻痺袋を丸まるように抱きかかえ、ひたすらに耐える男。

 

 麻痺袋が破れれば自分がどんな目に合うのかわかっている。

 だからと言って、麻痺袋を手放して逃げ出せば自分がどうなるかなんてもっとわかっている。

 わかっているから耐えるしかない。

 

 

「……トトリア。『トトリア=ムーファ』」

 

 

 女ハンターは男の名を呼ぶ。

 

「今あなたはとても辛い思いをしていると思います。逃げ出したいほどの辛苦に泣き叫びたいと思っているはずです」

 

 

 うずくまる男は絞り出すような声で「……そんなことは無いです。俺が、全部俺が愚かだったのが悪いんです」と答える。

 

 

 赤甲獣の麻痺液で身動きが取れなくなったことが、あのレイトウ本マグロを振るうハンターに関わることになったことが。

 その結果、ギルドに目を付けられることになるかもしれないことが。 

 

 すべてが己のせいだと。

 愚かだったのだと。

 

「そんな泣き言をいう資格なんて俺にはありません……」とそう溢す。

 

 

「そうです、トトリア。あなたは愚かでした。ですがその愚かな中でもあなたは正しいことをしました。最低限のあなたの役目を全うしました。私は今そのことを評価したいと思っています」

 

 

 自身が『ギルドナイト』であると言って矢面に立ったことを。

 何かあった時、罰せられるのがこの「トトリア」という男だけで済む様に。

 少なくとも主犯がこの男であるかのように偽装する最低限の隠れ蓑としての役目を全うしたことを女ハンターは評価すると宣う。

 

 

 きっとこの女ハンターならば恥も衒いもなく言ってのけることだろう。

 

 

 

「『大義の為に小さな犠牲は必要なこと』なのですから」

 

 

 

 と。

 

 

 

『広義的義賊』

 

 

 

 この四人組の、正確には導師と呼ばれる女ハンターが掲げる思想。

 彼らは「義賊」だった。

 

 それもあくまで広義的にみて義賊と判別できるだけの不確かな存在。

 

 

 権力者(ギルド)から見れば彼らは紛れもない法を犯す賊である。

 密猟を行う紛れもない違法者。

 

 だが彼らの思想の根底には人類の安寧という目的があり彼らの活動によって救われた命が存在してきたことは、これもまた事実に他ならない。

 

 

 ギルドは大厄には先手を打つ。

 古龍が出現すれば被害が広がる前に手を打つ。

 

 

 だが小事にはそんなことはしない。

 狗竜が現れたからと言って戦線を張るだろうか。

 赤甲獣がいたからと言って狩人を指名しで派遣するだろうか?

 

 いや、きっとギルドは依頼が来るまで動かないだろう。

 被害が出てからしか動くことは無いだろう。

 

 

 ギルドは、国は、権力者は、小事には興味を示さない。

 

 

 そういう小事を悪として淘汰しようという動きは市井の民にはありがたいことに違いない。

 そのことで救われる命がある以上、それを悪だと断罪することは果たして本当に正義だと言っていいのであろうか?

 

 

 

 そんな問いに関する答えなんて言うのはきっといつの世も決まっている。

 

 

 

「――『木を見て森を見ず』とはきっと君たちのようなことを指して言うんだろうね」

 

 

 

 ――まあ、どうだっていいんだけど。

 

 

 

 笑みを常に振りまく男はそう笑う。

 ギルドナイト『ギメイ=ラングロトム』は渓流の森にて静かに笑う。

 ギルドスーツに身を包み、闇夜に溶け込んでいたその男は彼らの前に姿を現す。

 

 

「やあ、こんばんは」

 

 

 そんな挨拶の言葉に四人は固まる。

 

 日中に出会ったこの男が今ここにいることに。

 この男がギルドスーツを着て自分らの前に立っていることに。

 自分らが今から『相手どらなければならない』存在の正体に。

 

 

 一同は固まる。

 

 

 水を打ったように静まり返る。

 そんな静寂が支配しているこの場にお構いなしにギメイは麻痺袋を抱え蹲っていた男を指さし言葉を投げつける。

 

 

 

「君は『トトリア=ムーファ』……」

 

 

 

 トトリアを指していた指を今度は堅牢な骨を抱えていた女に向ける。

 

 

 

「君が『シータ=ブランカ』……」

 

 

 

 その指をそのまま横の鋭利な爪を抱えた青年に。

 

 

 

「君が『カムゥンパ=ヤォザォ』……で発音合ってる? 北の出身なのかな?」

 

 

 

 この場に不釣り合いな疑問符を溢し、その指は朱色堅固の甲殻を担ぐ女ハンターへ。

 導師と呼ばれる人物へと向けられる。

 

 

 

「そして、最後の君が……」

 

 

「――……ちょっと!! ちょっと待ってください!! 一体何なんですか!? 一体私たちが何をしたって言うんですか!?」

 

 

 

 ギメイの言葉を導師と呼ばれる女ハンターは焦燥を纏った言葉で遮った。

 その行為に意味などない。

 突然現れた存在がもたらしたこの窮地に対してのそれは只の時間稼ぎでしかない。

 

 

 その言葉に「え? 今更説明いる?」と首をかしげるギメイ。

 

 

 今更説明など必要なかった。

 この四人、全員の名前を知られているということに。

 自分たちが密猟を行い、実際にこの男から赤甲獣を横取りしたということに。

 この男が何をしに自分たちの目の前に現れたのかと言うことに。

 今更説明など誰の目から見ても不必要だった。

 

 

「いやいや、この服装を見ても分からないとはどうやらよほど察しが悪いらしい」

 

 

 その理由は全て彼の身に纏っている服装のみで説明がつくのだから。

 

 

 

「僕は――ギルドナイトだ」

 

 

 

 ギメイはそう笑う。

 日中にトトリアから言われた言葉をそのまま返す。

 それはただの意趣返し。

 とても幼稚で子供じみた仕返し。

 

 

「どうする? 握手までやっとく?」と導師と呼ばれる女ハンターにおどけるように問いかける。

 

 

 

 ……ギリッ。

 

 

 と音が出らんばかりに奥歯をかみしめた。

 

 女ハンターは察していた。

 このギルドナイトがこの四人の中で誰が一番の頭なのかを。

 日中に見せていた偽りの上下関係ではない本当の関係をこの男が把握しているであろうことを女ハンターは察してしまっていた。

 

 これではギルドナイトだと偽ってトトリアが矢面に立った意味など。

 万が一、何かあった時『自分だけでも助かるため』のスケープゴートを用意した意味など全くなかった。

 

 むしろ、トトリアがあの時矢面に立ったからこそ今の状況が生まれたともとれる。

 そう考えが至った時、女ハンターの目は怒りで真っ赤に染まる。

 

 

 

「このぉ……役立たずがぁぁぁ!!」

 

 

 

 今もなお蹲っていたトトリアの顔面を女ハンターは蹴り上げる。

 鈍い音と共に鼻から血を吹き上げながら仰向けに倒れるトトリア。

 

 必死に抱えていた麻痺袋もとうとうその腕から転げ落ちてしまう。

 

 

「あぁ……うぁぁ」

 

 

 痛みに呻く男を気にも留めず女ハンターは必死に思考を巡らせていた。

 

 

 ギルドに目をつけられた。

 法の執行人に存在を知られた。

 

 このまま本拠地に戻っても自分は只では済まない。

 組織の中でも所詮末端である自分がこんなへまをしでかしたとバレれば簡単に脚斬りされてしまうことだろう。

 実働部隊なんて言うのはいくらでも替えが効く存在。

 

 実際に見捨てられた先人を幾人も見てきた。

 

 自分はそうではないと思ってきた。

 自分はそんなへまはしないと、切り捨てられてきた奴らとは違い自分は賢いと、そう思ってきた。

 

 

 そうだ、自分は賢い。

 そうじゃないか、自分は……。

 

 

 ――私はまだ『へまなんてしていない』じゃないか。

 

 

 

 導師と呼ばれる女ハンターは己の腰から対の剣を引き抜く。

 二閃の鈍色は月明りをその身に映し怪しく輝く。

 

 

 

 ――双剣「ギルドナイトセーバー」

 

 

 

 神を、(ひじり)を、正義を冠するその剣は歪な大義をかざし振るわんとする。

 

 

 

「狩猟につかう武器を人に向けるのは大罪なんだけど……もう今更か。そりゃそうだ」

 

 

 そう肩をすくめるギメイ。

 

 

「もうつまらないんだよね、君みたいな人間がとる行動って。みんな一緒、言い逃れができないと察するとそうやってすぐに暴力で物事を解決しようとするところとか。なに? 君みたいな人種ってみんな同じ親に育てられでもしたのかい? 没個性でヤダヤダ。この際だから言っとくけど君、自分で思っているほど黒幕としての才能ないよ? 自覚ないでしょ?」

 

 

「黙れぇ!! このマグロ野郎がぁ!!」

 

 

 そう叫び、女ハンターはあることに気が付く。

 

 

 

『マグロ野郎』

 

 

 

 それはこの男が使っていた大剣から取った侮蔑の言葉。

 日中、レイトウ本マグロを武器として振るっていたからこそついた呼び名。

 そんな男が今現在レイトウ本マグロはおろか『何の武器も所持していない』と言うことに……。

 

 

 

 ――『丸腰であること』に気が付く。

 

 

 

「シータぁ!! カムゥンパぁ!!」

 

 

 一喝するかのごとく呼び声。

 その声に反応し今まで手を拱いた男女は状況を察し、彼女らにとって最善であろう手を取る。

 

 

 鞘を滑る金属音が月下を駆け抜け青白くも、黄金とも見える瞬きを大地に落とし六閃の凶刃がギメイの前にゆらりと揺れる。

 

 

 三対のギルドナイトセーバーが殺意をあらわにする。

 

 

 

 三対一。

 

 

 

 否。

 

 

 

「トトリアぁ!! いつまでそこで寝てるつもりだぁ!!」

 

 

 

 四対一。

 トトリアはゆっくりと己の体を起き上がらせる。

 

 

 

「……導師」

 

 

 

 計八本の刃がギメイを襲うことになる……。

 

 

 

 

「……シータさん、カムゥンパさん」

 

 

 

 

 ――はずだった。

 その台詞を聞くまでは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな……『どこに行ったんですか?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 困惑する女ハンターのその疑問符のみが静寂の夜を虚しく木霊する。

 

 

 

 ただ一人。

 そう、ただ一人。

 

 

 

 常に笑っている「あの男」だけが嬉しそうに笑う。

 

 

 さあさあ、さあさあ。

 それでは、それでは。

 

 

 この腐った社会に一太刀入れよう。

 腐った人たちに一太刀入れよう。

 

 

 ここから先は大義も正義も聖もありはしない。

 

 

 あるのはいつもの笑い顔。

 長くてもどうぞごゆっくり。

 

 

 

 ――「悪」のお話を始めましょう。

 

 

 

 

 




2年4ヶ月を1ヶ月と定義するというのはどうでしょうか?

***

どうも大噓つきのゴミです。


皆さん、モンハンライズは楽しんでいますか?
私はライズにネタ武器がいっぱい有って非常に満足してます。
あとはグルニャン装備が帰ってくれれば私は何の不満もありません。


私が書いていない間にアイスボーンが出てライズが出てるんですってよ奥さん。
2年4ヶ月の間にタイトルが2つも更新されているのにこの大嘘つきのゴミは一度も更新してないって言うんですから一体どんな言い訳をこの後書きでするのかとても楽しみですよね。


まあ、正直いろいろあってもうこの作品を書くことはないと本気で思っていたのも事実です。
今回こうやって更新したのも言ってしまえばただの気まぐれに近いのかもしれません。


趣味を楽しむ気持ちを忘れてきたのでここに戻ったという意味があるのかもしれませんが、それで待っていてくれた方々の期待を裏切り続けてきたのも事実。

楽しみながら書きたいがために戻った、本当にそれだけの出戻りです。


また、しらーといなくなるかもしれません。
楽しめるうちに楽しんで書いていこうとも思っていますがあまり期待はしないでください。

ご迷惑をおかけして、と言うのもおかしな話かもしれませんが色々とすみませんでした。



また、2年4ヶ月後にお会いしましょう。




ではではまた会う日まで(; ・`д・´)


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31話

***

 

 

『メチルアルコール』

 

 

『メタノール』『木精』『メチール』とも呼ばれるこの化学物質は霊長類にとって有害なアルコールの一種である。

 

 主に燃料として扱われるこの物質ではあるが霊長類がこのメチルアルコールを誤飲した場合、中毒症状を引き起こし最悪死に至ることもある危険な劇物。

 

 

 この中毒症状『メタノール中毒』は霊長類つまりは『人間』にしか発症しない中毒症状である。

 

 

 モンスターではなく人間を相手取る場合これは彼らギルドナイトにとって『狩猟に使うことのない』、彼らの掟に抵触することの決してない毒。

 

 

 

「このメチルアルコールは人間の体内に摂取されると迅速に代謝され違う物質へと姿を変える」

 

 

 その物質とは……。

 

 

 

 

 

 

 ――『蟻酸』。

 

 

 

 

 

 

 それは今、地に転がっている先ほどまでトトリアが抱えていた『強力麻痺袋』の中に蓄えられている毒と同じ。

 

 

 オルタロス、ブナハブラが持つ毒液。

 

 

 この蟻酸の代謝能力は種によって異なり、その中でも蟻酸の代謝能力が著しく低い霊長類はメタノールの毒性が強く出る。

 

 

 最悪の場合は死に至るメタノール中毒。

 

 

 死に至らない場合でもその症状は『人体の一部』に甚大な損傷を与える。

 

 

 人体の一部。

 その人体の一部とはどこなのか。

 

 

 それが『網膜』。

 目であり視力であり生物の五感の一部。

 

 

 その一部に損傷をもたらす。

 つまりそれが意味する中毒症状とは……。

 

 

 

 

「……つまりは『失明』するってことだね」

 

 

 

 

 

『失明するアルコール』

 

 

 

 それが『目散る(メチル)アルコール』。

 

 

 

「はい。というわけで他に何か質問はあるかい?」

 

 

 そのギメイの言葉に四人は愕然としていた。

 

 

「失……明……?」

 

 

 その中でも一番狼狽え、そう言葉を漏らしていたのは他でもないトトリア。

 その人物だった。

 

 

「し、失明ってどういうことですか導師……? う、嘘ですよね……? なんで? なんで俺だけこんなことになっているんですか導師……!! 失明なんて……俺、冗談じゃ……。シータさん……!! カムゥンパさん……!!」

 

 

 そう助けを呼ぶ声と手はどこに向けていいのか定まっていないかのように右に左にと伸ばされるも、誰もその助け舟に手を伸ばすことは無い。

 

 

 

 ――私がそんなこと知るわけないだろうが……!!

 

 

 

 導師と呼ばれる女ハンターもそんな困惑と焦燥の感情を奥歯で噛みしめることしかできずにいた。

 

 

 女ハンターは焦っていた。

 トトリアが事実上の戦力外化したことなんて言うのは大した問題ではない。

 ここまでほぼほぼ足手まといだった人物が抜けたところでいないも同じ。

 

 最初から期待なんてしていない。

 

 

 問題はそんなことではなかった。

 この場においての最大の問題。

 

 それは単純明快。

 

 

 

 ――『どのような手段を用いてその毒をトトリアに投与したのか』

 

 

 

 経口投与?

 食べ物や飲み物に混ぜられた?

 いつ? 何に? どうやって?

 

 

 気化させての空気から?

 何かに塗布し傷でも付けられて?

 

 それで果たして中毒症状が出るのか?

 それともそれ以外の方法を用いて?

 

 

 

 わからない。

 ――そして、その『わからない』は不可能を可能にし、答えのない闇を無限に生み出していく。

 

 

 

 思考がそこまで行け付けば、それはもう考えていないことと最早同義でしかない。

 

 

 

 だが女ハンターはそれでも考えなければならない。

 考え、答えを出さなければならない。

 

 なぜならば答えを出さなければ……。

 

 

 

 

「さあさあ、果たして残った後の三人には『メタノール中毒』が出るのかな? 出ないのかな? シンキングタイムは君らが『失明』するまで。それじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 ――答え合わせは君たちの体でやってくれ。

 

 

 

 

 

 

 ギメイは黒く静かに笑った。

 

 

 女ハンターはトトリアがメチルアルコールを服毒させられた方法を解明をしなければ『自分たちも既に被毒している可能性』を否定することができない。

 

 現にこのギルドナイトはトトリアに気づかれることなく毒を与えている。

 これはにわかには信じられないが、事実である以上無視できない。

 

 対象に気づかれず被毒させる手段がある以上、自分たちが無事である保証なんていうのは誰にもわからない。

 

 

 

『何をしたのかわからない』

『何をされたのかわからない』

 

 

 

 

 何も『わからない』。

 

 

 

 その言葉は簡単に不落の化物を作り出す。

 

 

 

「――と言っても僕も鬼じゃない。君たちにチャンスを上げよう」

 

 

 

 鬼ではない、怪物でもない人間はそう言葉を繋ぐ。

 

 

「メタノール中毒には治療法があるし、この場で症状を緩和させる方法も実はあるんだよね。だから……」

 

 

 ギメイは緩やかな動きで女ハンターを指さした。

 導師と呼ばれるこの中の主犯に突きつけて。

 

 

「だから……『彼女を裏切って僕に協力してくれる人』がいれば僕はその人を助けてあげるよ」

 

 

 

 ――……ギリッ!!

 

 

 

 と、導師と呼ばれる女ハンターはなお屈辱を表すよう力を籠める。

 問題が解決されないことから来る、更なる問題。

 

 

『彼女を裏切って』

 

 

 当然その言葉は女ハンター以外の三人に向けた言葉。

 

 視力を失うかもしれないという状況からの救いの手。

 蜘蛛の糸であり、縋りつきたくもなる甘い言葉。

 

 

 裏切らなければ自分たちは失明するかもしれない。

 裏切れば自分は導師に粛清される。

 だが裏切らなければ結局、このギルドナイトに粛清されることには変わりない。

 

 数の上では四対一。

 数で押し切れば勝てるかもしれない。

 

 

 だが。

 そう、だが……。

 

 

 ――『勝ったところで何になる?』

 

 

 このギルドナイトに勝ったところで自分らが失明する可能性がなくなるわけではない。

 今この状況をくぐりぬけたとしても自分らの人生はこの後も続くのだ。

 視力を失えば今までのような生活は送れない。

 それは嫌でも想像がつく。

 

 

 自力で治療できる可能性は?

 最適な処置をしてもらえるのか?

 いくらでも替えの利く存在である自分ら末端にそんな手間暇をかけてくれるか?

 脚斬りされる可能性の方が高いのでは?

  

 

 だとすれば……。

 だとすれば、果たして。

 

 

 

「――さあ君たちの上司は『失明したキミたちの人生』を保証してくれるような素晴らしい人物なのかな?」

 

 

 

 

 

 ――果たして、どちらの選択が賢いのだろうか?

 

 

 

 ギメイの言葉は夜の渓流に光る銀双の切っ先を惑わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水を打ったかのような静けさがこの場を支配する。

 

 

 

 

 

 

『裏切れば助かる』

 

 

 

 

 

 それが静けさの正体。

 

 

 導師と呼ばれる女ハンターは答えを出さなければならない。

 このギルドナイトがどうやってメタノール中毒を発症させたのかの手段を探り当てなければならない。

 否定をしなければならない。

 

 自分らが『被毒していない』という証拠を提示しなければならない。

 

 

 自分らの中にある『存在しているかもわからない存在( 悪魔 )』を証明しなければならない。

 

 

 

 それができなければ、彼女には……。

 

 

 

 

 

「――あ゛ぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 ――彼女には選択する余地などないのだから。

 

 

 

 

 血を纏った声はなお大気を揺らし続ける。

 

 

 悲鳴の発生源は女ハンター?

 否、悲痛な叫びは男の物。

 

 

 闇に怯えていた男、トトリア。

 

 

 その慟哭だった。

 

 

 

 血に染まり、鮮血に染まりながら悶え叫ぶ姿の前には赤く濡れた凶刃を持つ人物。

 刀身を滴らせた女ハンターは口を開く。

 

 

 

「おい、シータ……。カムゥンパ……」

 

 

 

 シータ=ブランカ。

 カムゥンパ=ヤォザォ。

 

 

 両名の名を呼ぶ女ハンター。

 

 叫び声を上げるトトリアに再びギルドナイトセーバーを振り下ろし、渓流に広がっていた喧騒のような慌ただしさは二度(にたび)静けさを取り戻した。

 

 

 

 

「――裏切れば殺す」

 

 

 

 

 そう、二人に告げる。

 既にピクリとも動かないトトリアを背に恐怖の楔を打ち付ける。

 

 殺すという縛りを突きつける。

 

 

 

 数の優位を手放すことは悪手である。

 四対一が三対二になるくらいなら『三対一』で。

 失明するというディスアドバンテージよりも重い不利益をちらつかせ、つなぎとめた方が理に適う。

 

 勝てばいい。

 このギルドナイトに勝ちさえすれば。

 あとは拷問でもして治療法を聞き出せば全て丸く収まる。

 戦力にならない存在をただ抱える位なら、勝利への定礎になってくれた方が役に立つ。

 

 

 何があっても『三対一』というアドバンテージだけは手放せない。

 

 

 

 ――まだ私は終わっていない。

 

 

 

「クックックッ……」

 

 

 

 己の行動が最善であると確信した女ハンターの耳にそんな笑うような声が聞こえた。

 そして、彼女の目には堪え切れないように掌で目を押さえながら笑う姿が映りこむ。

 

 

「……なんで君みたいな人間がとる行動ってみんな同じなんだろうね。なまじ知恵がある分、本当に扱いやすくて仕方がないよ」

 

 

『扱いやすくて仕方がない』

 

 

 それが意味することは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まず『一人』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼ではない、怪物でもない人間()はそう言葉を繋ぐ。

 

 

 結果だけみればそれは明確だった。

 武器を所持していない人物に対し四対一で挑もうとしていたはず。

 

 だったはずなのに男の言葉に踊らされ気が付けば『三対一』に。

 そして、使用者不在の武器が『一対』出来上がってしまっていた。

 

 

 

「……――!!」

 

 

 

 そう考えに至った瞬間、女ハンターは自身の足元に横たわる男の腰元からギルドナイトセーバーを鞘ごと取り上げる。

 

 

「ん? 何? もしかして僕がその武器を使うかもって警戒したのかい? そういうところは頭が回るんだね」

 

 

 ――だがそれでもまだ遅い。

 

 

 そんなダメ出しの言葉を終に置くギメイ。

 

 

「君たちは僕の言葉に耳を傾けるべきではなかったんだよ。僕の挑発にのることなくさっさっと物量で攻めるべきだった。言い逃れができないと察した時点で君たちは『暴力で解決させるべきだった』。それをしなかった時点で既に一手遅れている」

 

 

 

 安い挑発に乗り後手に、受け身に回った時点で彼女らは既にギメイの掌の上。

 

 

 

 メタノール中毒という怪物に振り回され、失明という影に怯え、治療法があるという救いの糸に希望を見出し、裏切りという疑心暗鬼に弄ばれた。

 

 

 それら全て何の根拠もない。

『ギメイが勝手に言っているだけ』だというのに。

 

 

「そもそも、僕が君たちをきちんと治療するなんていう保証もどこにもないのに、なんでそんな簡単に騙されるんだろうね、理解に苦しむよ。僕がそんな聖人君子に見えるなんてよっぽど君たちの上司は碌でも無い奴なんだろうね」

 

 

 軽口は、挑発は、笑い声は女ハンターの頭に血を昇らせ続ける。

 怒りが心頭に発するのを感じる。

 

 感じているからこそ冷静に。

 これ以上この男の思うように事が進まないように。

 己を律する。

 

 

 男は口にしたのだ。

「誰も助ける気はない」と口にした。

 

 ならばそれはもう、仲間同士で腹の内を探り合う必要がないという事。

 裏切るメリットがない。

 

 シータとカムゥンパを疑う必要がない。

 

 

 もう自分たちが助かる為にはこのギルドナイトに勝ち、拷問し、あるかどうかわからない治療法を聞き出すのみ。

 

 四対一ではなくなった。

 だがそれがなんだ。

 

 三対一でも十分。

 数の上で優勢なのは変わらない。

 

 そしてこのギルドナイトに『武器がない』ことも変わらない。

 

 

 

 シータもカムゥンパもそのことを理解している。

 

 

 

 

 ギルドナイトがなんだ。 

 粛清者がなんだ。 

 法の執行人がなんだ。

 

 

 そんなこと知ったことか。

 

 

 

 私が。

 私達が……。

 

 

 

 

「――私達が『正義』だ」

 

 

 

 

 それは義賊としての矜持か。

 ハンターズギルドが取りこぼすかもしれない命を秘密裏に間接的に拾い上げてきた者たちの意地。

 

 

 英雄に最も近いと豪語する彼女らの歪な正義。

 ギルドナイトセーバーを振るう影の聖。

 

 

 それが彼女の生き様。

 

 

 

 

 

「――『正義』なんて言葉を軽々しく使うなよ、義賊ども」

 

 

 

 

 そんな彼女の生き様を否定する声が一つ。

 変わらぬ笑みを振りまく男は静かに重く水面も揺らさぬ声で吐き捨てる。

 

 

 

「そもそも君たちは『正義』という言葉の意味を勘違いしている」

 

 

 

 

 ――『正義』とは己にとって『都合のいい強者の事』をそう呼ぶ。

 

 

 

 

「……だからと言って君たちは『悪』ですらない」

 

 

 

 

 ――『悪』とは己にとって『都合の悪い強者』をさしそう呼ぶ。

 

 

 

 

 

「正義や悪を名乗れるのは強者の特権だ。弱者に名乗る資格はない」

 

 

 

 己のとって都合のいい弱者。

 己にとって都合の悪い弱者。

 

 

 それは正義でも悪ですらない。

 

 

 

「君たちのような正義でも悪でもない弱者はこの世界ではこう呼ばれるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 ――『愚者(おろかもの)

 

 

 

 

 そう呼ばれる。

 

 

 

「恥を知れ――魚類以下の愚者共。お前らが掲げる矜持なんて、ただの思春期が抱える妄想レベルの夢物語でしかない」

 

 

 

『悪』は掲げる。

 彼女らにとって『都合の悪い強者』は矜持を掲げる。

 

 

 

「現実を見ろ――井底(せいてい)の痴れ者。お前らが敵視している世界はただの灰汁の上澄みでしかない」

 

 

 

 大海の深淵を知る男は語る。

 水面に決して浮かぶことのない根底の悪を知る男は一歩その足を前に進ませる。

 

 

 

「英雄を語るな――胡乱(うろん)も見抜けぬ間抜け共。お前らが相手にしなければならない敵は悪でもなければこの腐った社会でもない」

 

 

 

 英雄になれない男は。

 英雄になる気もない男は異端を咎める。

 

 

 小さく、小汚く、矮小な存在は違法を律する。

 

 

 

「お前らの敵は――この僕だ」

 

 

 

 正義の味方でもない、悪の敵でもない『法の番人(ギルドナイト)』はこの時初めて己の立場を口にする。

 

 

 正しさなんていらない。

 過ちの大小なんて興味はない。

 改心なんて望んでない。

 大義なんてありはしない。

 

 

 都合が悪いから排除する。

 

 

 

 己が常に笑っているのと同じ。

 その方が多少都合がいいから排除する。

 

 

 

 ただそれだけの理由。

 

 

 

 

 ギルドナイト。

 ギメイ=ラングロトムは『武器を抜く』。

 

 

 武器を装備していなかったはずのギメイはゆっくりと己の背中に携えた『一対の異端』を違法者の眼前へと抜ききる。

 

 

 

「……――!?」

 

 

 

 

 武器など所持していなかったはずだった。

 それは間違いない。

 

 シータ、カムゥンパ、そして導師と呼ばれる女ハンター。

 三者三様あれど「このギルドナイトが武器を所持していない」ということに関して、三人とも同意見だった。

 

 

 そこに関して議論の余地も疑いの考察も必要なかった。 

 

 

 否。

 正確に言うのであれば最初からその武器はそこにあった。

 見えてはいたがそれを『武器である』と誰も認識ができていなかっただけでしかない。

 

 

 だからこそ、その双銀の歪を目の前に突きつけられてもなお、理解が追いつくことがない。

 理解を『したくなかった』という言い方の方が本来なら正しいのかもしれない。

 

 

 

「――き、貴様。ふざけてるのか……!?」

 

 

 

 冷静を保とうとしていた女ハンターの頭に血が上る。

 満面朱を注ぐのを感じつつ、一片の理性に指をかけ、感情の爆発を抑えようと努める。

 

 

 

「『ふざけているのか?』……だって? 全く持って愚問だね」

 

 

 

 ギメイが構えたそれは双対の銀光を瞬かせ、対でありながら非対称。

 刃などなく、峰もなければ、鍔もない。

 

 斬撃に適しているとは言い難く、殴打できるかと問われても難色を示す。

 

 

 (つがい)の一つは『(すく)う』ことに特化し、もう一つは『(かえ)す』ことに特化した形。

 どこで使うのかと問われれば、その場面は局所的であり少なくともこのような場で握る物ではないと誰しも返す。

 

 

 

「ふざけているかどうかなんて、そんなこと一目見ればわかるだろ」

 

 

 

 武器と名状しがたきその二つをそれぞれ適した言葉で呼ぶとするのならば、それは間違いなく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『お玉』と『フライ返し』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 只の調理道具を構えた男は変わらず微笑む。

 真面目に疑いの余地なく吐き捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふざけているんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回

『第2ラウンド』

『ネタ武器使いのギルドナイト』VS.『違法ハンター』



***


お久しぶりです。

また二年と四ヶ月が経ちました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?


二年と四ヶ月経ったというのに未だにライズver3.0のアプデがありません。
これは一体どういう事でしょうか。

エイプリルフールでもないのにこの世界は嘘ばっかりです。
公式が嘘を吐くなんて私はもう何も信じられなくなりました。


嘘をつかない人なんてもうどこを探しても私くらいなもんです。



話は変わりますが、投稿形式を昔のように短めにして投稿頻度を増やしているんですがどっちがいいんでしょうね。

時間を空けて長く書くのと短いスパンで短く投稿。



まあ、この章を書き終わったら多分また話を繋ぎ合わせてタイトル付けしていくと思いますが。
私がやりやすいやり方で長く続くようにやっていきます。


とりあえず今はそんな感じです(ただそれだけ)



というわけでまた二年と四か月後に更新します('ω')



ではでは、また会う日まで(`・ω・´)ゞ


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