もしも比企谷小町が姉だったら・・・ (fate厨)
しおりを挟む

第1話

目を開けるとそこには白い世界が広がっていた。

 全身がけだるい。かろうじて首は動かせるが、手は全く動かせない。頭では必死に動かそうとしているのだが、手がその命令を拒否しているような。そんな感じ。

 足は・・・なんか浮いてる。浮いてるというかつられてる。

 どうなってるんだこれ。どうしたんだ俺。

 とりあえず自分の状況を把握したい。そう思った俺は、かろうじて動く首を必死に動かし、周囲を確認する。

 足が、太い。包帯でぐるぐる巻きにされた足は、普段の1.5倍ほどの太さになってつられていた。

 白い世界かと思ったけど、ただの病院だったのね。

 ていうか俺、骨折・・・してるのか?手にも点滴みたいな管通ってるし・・・。

 なんでこんなことになったんだっけ俺・・・・・・・そうだ、確か犬が車にひかれそうになってそれで・・・・

 

「あれ?八幡。起きてたんだ」

 

そんな俺の回想を中断させる声とともに、病室に入ってくる女性。

 ゆったりとした白いニットソーにスカート。数年前と比べるとずいぶん大人っぽくなり、大学生然としたファッション。そして重力に逆らってぴょこんと立つ、俺と同じアホ毛。

 

「八幡が暇しないように、漫画とかゲームとかもってきてあげたからね。あっ今のお姉ちゃん的にポイント高いかも」 

 

 何だそのポイント制は。ポイントカード持ってないんですけど、なんてツッコミは、しても無駄だからしない。

 昔から何かと俺の世話を焼いてくれた。昔は何もわからずに「お姉ちゃんと結婚する」とかなんとか言ってた気がする。思い出すだけでも恥ずかしい。

 そう。彼女こそ、俺の最愛の姉。

 

 比企谷小町である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。ありがとう。姉貴」

 

 漫画本やらゲームやらを持ってきてくれた姉貴に礼をいう。こういう時は普通、親が来るものかもしれないが、おそらく両親は仕事なのだろう。昔からそうだった。まぁ両親の頑張りで飯を食べている身としては特に文句はない。

 持ってきたものを、枕元の台に置いた姉貴は、自分も、ベッド横に置いてある、お見舞い用の丸椅子に腰かけた。

 

「あーあ。八幡、またやっちゃったね」

 

 全くその通りだ。今日は高校の入学式。しかし、けがの具合からして俺が入学できるのはいつになるかわからない。つまり、入学ボッチ確定である。いや別にいいんだけどさ。

 

「あ。今入学ボッチになってもいいや、とか思ったでしょ。そういうのお姉ちゃん的にポイント低いよ」

 

 なんでわかるんだよ。いやまぁ17年も姉弟やってれば、意思疎通くらいできるか。

 

「いいんだよ、ってか姉貴は今日大学はいいのか?」

 

「いいの、いいの。大学より弟のお見舞いのほうが大事なんだから。あ、今のお姉ちゃん的にポイント高い」

 

「・・・・うぜえ」

 

「はうっ。最愛の弟にうざいって言われた。お姉ちゃんショックだよ」

 

 そういいながら姉貴は目元に手をあて、泣く仕草をする。

 

「昔は『小町お姉ちゃん』っていいながら、トコトコ小町のこと追いかけてたのに、今では・・・」

 

 ちらりとこちらを見てくる。というかたぶん俺の目を見ているのだろう。

「腐ってて悪かったなっ」

 たはは、とひとしきり笑った後、姉貴は場を整えるためか、椅子に浅く座りなおした。

 先ほどと違い、少し真面目な雰囲気になる。

 

「でも、けがした時くらい、お姉ちゃんに頼ってくれたほうがお姉ちゃん的にはポイント高いかな」

 

 そう言った姉貴の顔は少し寂しそうに見えた。

 いつからだろう。姉の呼び方を『小町お姉ちゃん』から『姉貴』へと変えたのは。変えた理由は今となってはうまく思い出せないけど、初めて『姉貴』と呼んだときの姉貴の寂しそうな顔は今でもはっきりと思い出せる。そして時々見せる姉貴の寂しそうな顔を見るたび、俺は気づかないふりをしてしまう。

 そして俺は今回も、寂しそうな顔をする姉貴を見ていられなくて、目を落とした。

 

「・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 沈黙が病室を包み込む。

 普段の俺は沈黙が嫌いじゃない、というかむしろ大好きだが、今は少し胸が苦しい。

 

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 そんな沈黙を意図的に遮るように、姉貴が声を上げた。

 

「・・・・・・・・どうしたんだ、姉貴」

 

「お姉ちゃん、大学いかなきゃ。今日の授業サボったら、留年するかもなんだよ。大ピンチなんだよ」

 

 そう早口でまくしたてて、姉貴はせわしなく椅子から立ち上がる。

 

「じゃ、じゃあねー八幡」

 

 そういって姉貴は、チャームポイントのアホ毛をぴょこぴょこ揺らしながら、病室を出ていった。

 傍らには姉貴が持ってきた漫画やらゲームやらが積まれている。どれも俺の好きなタイトルばかり。俺の好みを姉貴に教えた覚えはないんだが・・・。

 姉貴は気を使ってくれたのだろう。

 姉貴は何かと俺に気を使ってくれる。昔から面倒見のいい性格だったけど、ある出来事が起こってからはより一層気遣うようになった。

 姉貴はたぶん俺に対して罪悪感を感じているのだろう。俺は全く気にしていなんだが。

 まぁ、その話はまたの機会にするとして。ひとまず俺は姉貴に礼を言わなければいけない。本を届けてくれたことだけじゃなくて、気を使ってくれたこととかいろいろと。でも面と向かっていうのはまだ無理そうだから、これで許してくれ。

 

 

「ありがとう。小町姉」

 

 

 そんな俺の独り言は、病室に吹く風に乗って消えた。

 

 

 

 やばい。めっちゃ恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

この文章は駄文です。ご了承ください。


目を開けると懐かしい”平凡”が広がっていた。

 長らく病院に入院していたため、清潔感にあふれる病室の天井を毎朝飽きるほど見ていた俺にとって、自分の家の自分の部屋の、少し汚れが見える天井はとても心地よく感じられる。

 4月の初旬。入学式当日に全治1カ月の骨折をした俺は、つい昨日。めでたく退院したのだった。

 気持ちの良い朝日感じながら、ベッドから起き出る。

 体がだるいな。ずっと病院のベッドに寝転がりっぱなしだったから筋肉が衰えてるみたいだ。少し運動しよう。

 

 さて、今日から俺の高校生活が始まる。本当は1カ月前から始まるはずだったんだけどな・・。

 俺が入学する高校である総武高校は千葉県の中ではかなり勉強に力を入れている進学校だ。

 まぁ特にこれといって総武高校に進学した理由はないのだが。しいて理由を挙げるとすれば、自転車で通える距離にあることと、自分の身内に総武高校の卒業生がいることぐらいである。

 そう。何を隠そう我が姉、比企谷小町は、総武高校の卒業生なのだ。

 そのため、姉貴には受験勉強で何かと助けてもらった。特に壊滅的だった数学も、姉貴の必死の教えのおかげか、平均点ちょっと下ぐらいまで持っていくことができた。俺が総武高校に受かったのは姉貴のおかげといっても過言ではないだろう。

 そんな姉貴のおかげで着ることができる、総武高校の制服に身を包んだ俺はガチャリ、と部屋のドアを開ける。

 

 

ドアの向こうには俺の鼻孔をくすぐる、ひどくおいしそうな匂いが広がっていた。キッチンからだろうか。何だろう。この匂いは。そうだ、スクランブルエッグだ。俺の大好きな。砂糖がたっぷりと入った。

 その匂いにつられるように、リビングの扉を開ける。

 リビングと繋がっているキッチンには、機嫌が良いですよ、と言わんばかりに鼻歌を奏でながら朝ごはんを作る我が最愛の姉、比企谷小町がいた。

 彼女がキッチンに立って朝ごはんを作る光景を見るのは何年ぶりだろうか。

 というのも、姉貴は高校を卒業後、千葉県内の有名な国立大学に進学する関係で、家を出て独り暮らしをしている。

 そのためここ数年。比企谷家のキッチンは俺の独擅場と化していた。

 

「およー。八幡おはよう。思ってたより起きるの早いね」

 

 俺の視線に気づいたのか、姉貴はフライパン片手ににっこりとほほ笑む。

 

「あぁ。朝ごはんは自分で作るつもりだったからな。それよか姉貴こそ、なんでここにいんだよ。大学はどうしたんだ」

 

「大学は今日は休みだから、愛しの弟のために朝ごはんを作りに来たんだよ。あっ今のお姉ちゃん的にポイント高い」

 

 姉貴、朝から絶好調だな。

 

「はいはい。高い高い」

 

「あー、なんか返事が雑だよ。まぁいいや。朝ごはんできたから、座って座って」

 

「お、おう」

 

 姉貴に急かされ、席に着く。続いて姉貴も料理を並べてから、俺の正面に座った。

 ああ。そういえば俺の正面は姉貴の定位置だったな、なんてどうでもいいことを思い出し、懐かしむ。

 

「「いただきます」」

 

 姉貴と俺の声が重なった。 

 こんな当たり前のような食事前のあいさつも、一人の時は言っていなかった。言わなきゃダメだな、こういうことは。

 姉貴は自身の作ったスクランブルエッグを頬張りながら、「うーん。おいしー」などと自己満足に浸っている。

 グ―――――――。

 姉貴の食べっぷりを見たからだろうか。俺のおなかが盛大になった。

 俺は姉貴の作った朝ごはんをものの数分で食べ終えてしまった。

 

「どうですか?おいしかったですか?」

 

 俺が食べ終えるやいなや、姉貴は、頬杖をつきながら、使っていたスプーンをマイクのようにして、インタビューをしてくる。

 

「・・・いや・・・まぁ」

 

「なぁに?その微妙な反応は。もしかして美味しくなかった?」

 

「いや、うまかった」

 

 それも俺の16年の人生で1,2を争うレベルで。しかし実際、姉貴の作ったスクランブルエッグは俺の作るものとあまり変わらないのかもしれない。

 それでも、こんなにもおいしく感じられるのは、たぶん・・・・。

 

「久しぶりに誰かと食べられて・・・まぁその・・よかった」

 

 姉貴は、鳩が豆鉄砲を食らったかのようにポカンとしている。

 ・・・・・・・・しまった。つい柄でもないことを言ってしまった。やばい。すごい恥ずかしい。

 

 

「・・・・い、いやー八幡がそんなこと言うとはね・・あっでもそこはお姉ちゃんとって言ってくれたほうが、お姉ちゃん的にはポイント高かったかな・・・なんて」

 

 姉貴もいつもとは違う俺の発言に驚きを隠せない様子だ。

 

「・・・・・そろそろ時間だから、学校いくわ」

 

 この場から逃げたいという衝動に身を任せ、席を立つ。

 

「あっちょっと待って、八幡」

 

「・・・なんだよ」

 

「入学写真撮ろう、入学写真」

 

「は?・・いや・ま・・」

 

 俺が何かを言う前に姉貴はポケットからスマホを取り出し、俺の右腕に抱き付き、内カメラをこちらに向けた。

 胸が腕に当たってドキドキ、なんてことは全くないが、姉貴の髪から香る、シャンプーの匂いがこそばゆく感じられる。

 

「はいチーズ」

 

 カシャリ、というシャッター音とともに、姉貴のスマホに1カ月遅れの入学写真が記録された。

 自身のスマホ画面を見ながらフムフムと満足そうにうなずく。どうやら望み通りの写真が撮れたようだ。

 

「あ、そうだ八幡」

 

 何かを思い出したらしく、スマホから顔を上げる。

 

「高校で”いいこと”、あるといいね」

 

 そう言いながら、姉貴は笑った。

 ニシシ、という擬音が聞こえてきそうな笑み。例えるならそれはいたずらが成功した少女のような。少し不安だ。

 いつもより入念に身支度を整えて玄関で真新しいローファーを履く。

 姉貴はリビングからひょっこり顔だけを出しながら、

「行ってらっしゃい。八幡」

 

 

「・・・行ってきます」

 

 

 

 

 この挨拶も、久しぶりに言った気がした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

作者に文章力はありません。あらかじめご了承ください。


 比企谷八幡は、生徒指導室内の革張りのソファに腰かけていた。

 本来、生徒指導室は、校則を違反した生徒や、外部で問題を起こした生徒が連れてこられる場所であるが、俺は別に何もしていない。

 文字通り高校では何もしていないのだ。何せ総武校内に入ったのは、説明会などを除けば今日が初めてなのだから。

 では、なぜこんなところにいるのか。

 入学式に行けなかった俺は、その日に張り出されているはずの、クラス名簿を見ていないため、自分のクラスもわからず、路頭に迷っていた。

 どうすればいいのかわからず、とりあえず近くにいた先生に自分のクラスがわからない旨を伝えたところ、「ここで待っていてください」と生徒指導室に連れてこられたのだ。

 しかし見る人が見たら完全に俺が何か悪さをしたのだと思うだろう。一年生の上履きを履いた生徒が入学1カ月で生徒指導室に連れられる。完全に不良だ。

 あぁ。思った以上に俺の高校生活はハードモードになりそうだなぁ。

 自分の目がいつもの3割増しで腐っている気がする。

 

 どのくらい待っただろうか。

 

「失礼する」

 

 そんな声とともに一人の女教諭が室内に入ってきた。 

 背中まで垂れる長い黒髪に白衣。化学かなんかの先生だろうか。

 女教諭はドカッと俺の対面に座ると、ポケットからライターと煙草を取り出し、吸い始める。生徒の目の前で煙草はどうなんですか。

 俺の非難の目に気づいたのか、女教諭は「おっとすまない。いつもの癖でな」とすぐさま煙草をもみ消した。

 

「まぁそうびくびくするな。怒るわけじゃない」

 

 別にびくびくなんてしてないと思うんだけどな。でも生徒指導室なんて初めて来たから、少し不安にはなってたかもしれない。

 女教諭は目を細め俺をじっと見る。しかしその目は俺を見ていて俺を見ていない。まるで過去の誰かと俺を重ねて、懐かしむような。そんな目だ。

 女教諭は何か合点がいったように「うん」と少しうなずくと、話始めた。

 

「比企谷八幡くんだね」

 

「・・・はい」

 

「生活指導であり、君の担任もすることになっている。平塚静だ。よろしく」

 

 女教諭、改め平塚先生はすっと手を差し出した。握手をしろ、ということだろうか。すごい男らしい。

 俺は彼女の力強い握手に答えながら、質問をする。 

 

「あの・・・俺まだ自分がどこのクラスかも知らないんですが」

 

「そうだったな。君のクラスは1年C組だ」

 

 いやだからクラスが何組かだけじゃなくてC組がどこにあるかも教えて欲しいんですけど・・・。

 

「あぁ場所は心配するな。私が連れて行ってやる」

 

 何だろう。やっぱり男らしい。

 

「・・・それは・・どうも」

 

「うん。あと、君には自己紹介をしてもらうから、そのつもりでいてくれ」

 

 なん・・・だと。

 自己紹介なんて黒歴史イベント、やりたいわけないだろ。

 本当は俺の108の特技の一つである、ステルスヒッキーを駆使して、誰にも気づかれずにクラスに溶け込む、というかクラスの空気になろうと思っていたのだが、自己紹介なんてすることになったら否応なく皆が俺に気づいてしまう。やばい断ろう。

 

「あの・・嫌です」

 

「君が嫌というなら、私が君を紹介してやるが・・・」

 

 何だよそれ。もう自己紹介じゃないだろ。

 人に紹介なんてされたら、それこそ赤っ恥だ。

 

「・・・はぁ。わかりました・・・やります」

 

「うん。君は物わかりが良くて助かる」

 

 物わかりっていうかそうなるように仕向けましたよね。先生。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムがなった。

 

「もうこんな時間か。そろそろ教室に行こうか。ついてきたまえ」

 

「・・・うす」

 

 立ち上がった平塚先生に続いて、俺も席を立つ。

 つかつかと姿勢正しく前を歩く先生。めっちゃかっこいい。

 

「あっそうだ」

 

 先生は、何かを思い出したのか、立ち止まった。

 首だけこちらに向けて来る。

 

「放課後、少し私に時間をくれ。君に話したいことがあるのでな」

 

 うわーこれ、上司に言われて困る言葉ランキング上位に入るやつだ。「明日の朝話があるから・・・」などと言われた日には「何言われるのかなぁ。クビなのかなぁ」なんて考えて眠れなくなって、結局次の朝、寝不足で会社に行くことになるんだ。最悪だ。

 

「大丈夫だ。何も心配するようなことはないさ」

 

 まぁ。先生に来いと言われたら行かなきゃいけないのが生徒だ。反抗しても争いしか生まない。

 

「・・・・・わかりました」

 

「うん」

 

 平塚先生は俺の返答に満足そうにうなずき、再び歩き出す。

 

 俺の前を堂々と歩く平塚先生はやっぱり、かっこよかった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

     

 時刻は午後の4時を回っていた。放課後である。

 自己紹介は「比企谷八幡です・・・まぁその・・よろしくお願いします」なんてことぐらいしか言えなかった。「えっなに転校生?」「この時期に転校とか絶対複雑だわ~」なんて俺に丸聞こえのひそひそ話が聞こえたが、平塚先生がすぐに、俺が入学式当日に事故に遭ったことを説明してくれた。なにこの先生。超やさしいんですけど。先生じゃなかったら間違いなく平塚静ルートに入ってたわ。

 そのあとに転校生が来たとき特有の質問タイムなんてものがあるわけもなく、何もないまま放課後になってしまった。

 まぁそうだよな。まだ入学して1カ月。生徒たちは皆、お互いの距離感を計り、これから1年うまくやっていこうと必死だ。そこに新しい男子なんかあらわれても、絡んでいる余裕なんてない。それよりは俺のことを話のタネに、より仲良くなろう、なんて思うのだろう。

 まぁ俺は事故に遭ってなくてもどうせボッチだったと思うし、一人でいたほうが気を遣わずに済むし、別にいいや。いやほんとだよ。

 

 そんなわけで放課後になり、俺は平塚先生に職員室に連れてこられた。

 先生は、自身のデスクに腰かける。

 まだ帰りのHRが終わっていないクラスが多いのか職員室内に人はまばらだ。

 平塚先生は一度煙草を取り出し、すぐに俺が前にいることを思い出したのか再びポケットにしまった。煙草の代わりなのか、デスク横においてあった缶コーヒーを開け、一服する。

 

「あのー。話って何ですかね」

 

 このままでは、先生がいつまでたっても話始めない気がしたので、俺から話を振る。

 先生は「ああ」っと生返事をした後、グビグビと缶コーヒーを一気に飲み干し、俺に向き直った。

 

「比企谷。君は部活に入る気はあるかね」

 

「はい。俺は帰宅部希望です」

 

「ないのだな。ちょうどいい。君に入ってほしい部活があるんだ」

 

 なんですと。先生に強制的に部活に入れられるとか、勘弁してほしい。それだけは断固阻止しなければいけない。

 

「あの・・入学が遅れた俺のためを思っての発言なら有難迷惑極まりないんですが・・・」

 

「ハハッ。失礼なことをいうやつだな。別に君に同情しているわけではないよ」

 

「・・じゃあどんな意図で?」

 

「・・・・・これは口止めされていることなんだが、まぁいいだろう」

 

 先生は一呼吸置き、再び話始める。

 

「君の"姉"に頼まれていてな。弟を部活に入れるようにと」

 

 姉貴か。朝のセリフはこういうことなのか?

 あれ?姉貴が頼み事をして先生がそれに答えるってことは・・・。

 

「あの・・先生ってもしかして・・」

 

「そうだ。私は君の姉、小町の担任をしていた」

 

 やっぱりか。

 先生は俺に姉の面影を感じていたらしい。

 

「ということはその部活って姉貴が所属していたんですか?」

 

「所属していた・・・というか、その部活を設立した人の一人が君の姉なのだよ」

 

 言葉が出なかった。姉貴は学校でのことを全く家に持ち込まない人だったため、姉貴が何部に所属しているかなどは、一切知らなかった。でも姉貴が部を設立していたとは・・・驚きだ。

 正直に言おう。興味が湧いてしまった。

 俺は姉貴が、何が好きなのかとか、何が得意なのかとか、そういうことはほとんど知らない。ゆえにどのような部活に入っていたのかも全く想像がつかない。運動部だろうか。文化部だろうか。

 

 

 知りたいと、思ってしまった。

 

「あの・・」

 

「なんだね」

 

 

 

 

「部活見学、させてください」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 静かな廊下に二人分の足跡が響く。

 一つはカツカツと一定のリズムを奏で、もう一つはタン、タンと遅いながらもこれまた一定のリズムを奏でている。

 無論、平塚静と比企谷八幡の足音だ。

 ここは総武高校の第二校舎。生徒たちは特別棟や部活棟と呼ぶ。その4階。

 グラウンドからは運動部たちの軽快な掛け声が聞こえるが、こちら側は、グラウンドとは違う世界なのではないかというほどの静寂に包まれていた。

 学校の果てって感じだな・・。

 窓枠には薄くほこりがつもり、掃除が満足に行き届いていないのがわかる。

 こういう場所を見ると、ついつい掃除をしてしまいたくなるのは、長いこと家事をやってきたからだろう。

 蛍光灯が灯ってはいるものの、太陽の位置的に日光がほとんど差し込まない廊下はひどく物寂しい。こんなところにずっといたら心が荒んでしまいそうだ。

 

 ふと、前を歩く平塚先生が止まった。

 暗い廊下の雰囲気にあてられたのか気分も滅入り、下を向いていた俺は少し反応が遅れる。

 危ない。危うく先生の男らしい背中にぶつかるところだった。

 一歩後ろに下がり、再び元の距離に戻る。

 

「着いたぞ」

 

 俺は辺りを見回した。

 平塚先生の横には薄汚れた扉があるだけだ。

 活動している気配がないどころか、1カ月近くその扉を開けていないのではないかと思うほど、閑散としている。

 

「ここですか」

 

「あぁそうだ」

 

 そういいながら彼女はポケットから取り出したカギを使い、扉を開けた。

 先生に続いて室内に入る。

 室内には後方に机と椅子が数段積まれているだけで、他には何もない。本当に部室なのかと疑ってしまうくらいガランとしていた。

 

「あの先生・・・何もないんですが」

 

「あぁそうだな」

 

「ここ・・部室ですよね」

 

「まぁそうだな」

 

 先生は返事をしていても心ここにあらずな感じだ。昔のことでも思い出しているのだろうか。

 

「あの先生・・もしかしてここの部員って・・・」

 

「部員なら君と入れ違いで卒業していったよ」

 

 そうですか。要するに部員が0ってことだ。今年部員が入らなかったら廃部になるのだろうか。そもそもここって何部なんだ。

 

「あの・・ここって何部なんですか」

 

「正式な名前は特に決まっていないが、去年の部員は奉仕部と呼んでいたな」

 

 何だよそれ。めちゃくちゃだな。そんなんが部活として認められるのか?

 

「まぁ去年もあまり依頼者は来なかったから、好きに活動していたよ。君も依頼が来ない場合はそれで構わない」

 

 それって要するに学校内にプライベートスペースができるってことだよな。それってかなり俺得じゃね。昼飯もここで食べれるし、ボッチにはやさしい空間だな。

 奉仕部という名前から察するに、困ってる人を助ける部活なのだろうけど、そんなに頻繁に依頼者が来ることもないだろうし、そもそも困っていてもただの一生徒に過ぎない俺に相談しにくるとも思えない。なんというぬるい部活。

 

「今この部活って部員は何人なんですか」

 

「今のところは0人だな。だから入部したら君が部長ということになる」

 

「・・・そうですか」

 

 部長か・・・。今まで部長なんてやったことがないが、というか部活に入ったことがないが、部長とはなかなか大変な役職のイメージがある。特に運動部の部長とかだと、部内の誰よりも声を出さなければならないし、試合中なども指示を求められることもしばしば。部長に指示が求められることに関しては文化部もしかりだ。そんなのは御免こうむる。

 しかしこと奉仕部に関していえばどうだろうか。まず部員が俺だけだから指示する必要はない。それにここは静かでいい。多少の汚れもあるが、掃除すればどうとでもなるし、廊下とは違い、部室内は太陽光が差し込み、とても気持ちがいい。窓を開ければさらによくなりそうだ。

 これはなかなか優良物件なのではないだろうか。これから3年間ボッチ生活を続けるためにここを確保しておいてもよいだろう。

 

「それでどうするかね。比企谷。奉仕部に入るのか、入らないのか」

 

 姉貴の思い通りになるのは少しばかり悔しいが、俺の答えは決まっていた。

 

「・・・・入ります」

 

 俺の言葉が少し意外だったのか平塚先生は一瞬目を丸くする。

 

「君の姉には、君はもっとひねくれていると聞いていたのだがな」

 

 姉貴め。自分の弟のことを人に話さないでほしい。

 

「まぁ。姉貴が作った部活ですし、それが廃部になるのも腑に落ちないので・・」

 

「そうか。では、君はこれから奉仕部員として頑張ってくれたまえ」

 

「うす」

 

 そういうと先生は部室のカギを俺に渡して、部室を出ていった。

 まさか俺が部活動に入ることになるとはな。自分で自分に驚いている。

 部活なんて人生で初めて入った。これはいわゆる『高校デビュー』というやつだろうか。いや、部活に入っただけでボッチであることは変わってないから違うか。

 

 これからこの学校で、多くの生徒が、それぞれの青春を過ごす。そして俺も他の誰のものでもない、俺だけの青春をこれからこの部活で過ごすのだろうか。

 俺の青春の第一歩。奉仕部活動1日目。まずは・・・・

 

「掃除でもするかな」

 

 そして俺はほうきを手に取り、学校への奉仕を始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

忙しくてアップが遅れました
申し訳ありません。誤字脱字がありましたら教えてください。


奉仕部部長になって一週間が経過した。

 この一週間は特に依頼もなく、時々平塚先生の手伝いをするぐらいだ。

 まぁ昼食をとる場所を探す手間が省けたのは良かった。俺の長年培った掃除技術のおかげで部室内のほこりっぽさはなくなり、そこで飯を食べるとまるでピクニック・・・とまではいかないがそれなりの気分で飯を食べることができる。

 そして、これから3年間はここは俺の部屋だ。俺の、俺による、俺のためのプライベートスペースだ!なんて思っていた矢先、太陽神ラーが俺の邪な心を見抜き、天罰を与えるがごとく、新たな新入部員が入ってくることになるのである。

 

 

 

 

 コンコンという音とともにドアが開けられた。

 こちらの返事を待たないノックなら、する必要がないと思うのですが、そこのところはどのようにお考えですか平塚先生。

 

「比企谷。邪魔するぞ」

 

 先日発売されたとあるラノベの新刊を閉じ、ドアのほうに目を向ける。

 そこに立っていたのは、俺の担任であり、この部活の顧問でもある女教諭。平塚静だ。

 また雑用だろうか。奉仕部なんていいながら平塚先生の奉仕しかしてない。もしかしてこの人最初からそのつもりで・・・

 思わずため息が出てしまった

「・・・それで今日は何をすればいいんですか」

 

「なんだその言いぐさは。まるで私が毎日君に、何かさせてるみたいじゃないか」

 

 まるでも何もその通りなんですけど。昨日も一昨日もあなたの雑用やりましたよね。

 

「まぁ今日はあれだ。君もずっと一人じゃ寂しいと思ってな。新入部員を連れてきてやった」

 

 何だそれ。すっげー有難迷惑。一人が寂しくない人種だっていることをぜひとも教えてあげたい。

 

「新入部員?どこに」

 

「うむ。雪ノ下。入ってきたまえ」

 

 その言葉をうけ、一人の女子生徒が入ってきた。

 平塚先生と同じくらいの長さの黒髪。年齢のせいか平塚先生のよりもつやつやしている。いや平塚先生の髪も素敵ですよ。容姿もほかの生徒とは一線を画していて、制服も同じものを着ているはずなのに、心なしか違うものに見える。

 粉うことなき美少女がそこに立っていた。

 雪ノ下というらしい女子生徒が平塚先生に向かって抗議の声を上げる。

 

「平塚先生。私は読書ができる静かな場所だと聞いてここに来たのですが」

 

 ああなるほど。平塚先生に騙されたんですね。かわいそうに。

 

「あぁ。この部活では彼は空気だから、読書をするにはうってつけの場所だと思うよ」

 

 先生、俺の目の前で俺の悪口いうのやめてくれませんか。

 

「この男と二人きりで読書なんてできるとは思えません」

 

 おいちょっと待て。俺がお前に何かするとでも思っているのか。そんなつつましやかな胸に興味はない。

 

「そこは安心していい。彼に刑事罰に問われることをする勇気はないよ。私が保障する」

 

 そんなこと保障されても全然嬉しくないんですけど。

 ていうかさっきから全然口をはさめない。心の独り言が多いな。

 彼女は少し考える仕草をしたのち、答える。

 

「・・・まぁ私もこの部活には興味がありましたし、しばらく参加してみて、今後のことは決めます。それでもよろしいでしょうか」

 

「ああ。それで構わない。それでは頑張ってくれたまえ。比企谷。雪ノ下」

 

 そういうと先生は、白衣をたなびかせながら颯爽と部室を後にした。やっぱりかっこいいな。

 女子生徒は先生が出ていったのを確認すると、教室後方から椅子を一つ持ってきて座った。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 沈黙が教室を包み込む。

 あれこういう時って俺から声をかけるものなの?それとも声をかけなくていいの?新入部員なんて全く想定していなかったからどうすればいいのかわかんない。いや想定しててもわかんなかったと思うけどさ。

 意を決して俺は雪ノ下に声をかけようと口を開く。

 

「・・・あの・・」

 

「それ以上近づいたら通報するわよ」

 

 いや怖い。怖いよ。ちょっと声かけようと思っただけで、通報宣言とかどんだけ俺のこと嫌いなの?ってかすでに3メートル近く離れてるんですけど。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

 びくびくしていた俺を見かねたのか、雪ノ下のほうから沈黙を破った。

 

「・・・あなた、名前は」

 

「比企谷八幡・・だけど」

 

「そう、私は雪ノ下雪乃。私もこの部活に参加する以上、やらなくてはいけないことはやるつもりなのだけれど、ここは一体何をする部活なのかしら。奉仕部という名前から判断するに、困っている生徒に奉仕をして助けるといったところだとは思うけれど」

 

「・・まぁ大体そんなところだと思う」

 

「思う?曖昧な答えね。あなた、ここの部長ではないの」

 

「・・そうだけど、実を言うと俺もよく知らないんだ」

 

「あきれた。自分の部活のことも知らないなんて、そんなことでよく部長なんてやってるわね。その様子だと、今まで奉仕なんてしてこなかったのではないかしら」

 

 なんだこの女。ホントむかつくな。奉仕ならしてたぞ。主に平塚先生に。

 

「沈黙は肯定とみなすわよ。まぁ部長がそんなに低脳じゃそれも当然のことね」

 

 こいつ。絶対友達いないだろ。断言できる。

 

「まぁ依頼が来ない間は各々、好きなことをしてていいそうだ。お前も静かに読書ができるし、そっちのほうがいいだろう」

 

「・・・そうね」

 

 納得してくれたのか、雪ノ下はそれ以上何も言わなかった。

 だが実際、雪ノ下のいうことは正しい。俺はこの部活のことを何も知らずに、ここの部長をしてていいのだろうか。今度姉貴に奉仕部のことを聞いてみるとするか。

 

「それじゃ、今日のところは私は帰るわ。今日は本も持ってきていないし」

 

「ああ。またな」

 

「ええ」

 

 そういうと雪ノ下は部室を出ていった。

 そろそろ俺も帰るかな。依頼もありそうにないし。

 部室のカギを締め、外に出る。廊下は部室と違い寒々としていた。

 明日からは雪ノ下も部室に来るのだろうか。俺のプライベートスペースは1週間と持たなかったな。

 かわいい女の子と放課後、部活で二人きりなんてシチュエーションをうらやましいなんていう人もいるだろうが、俺と雪ノ下の性格上、ラブコメなんて起きないのだろう。

 ラブコメなんて起きないとわかっていながら、明日から始まるかもしれない日々を想像して少しワクワクしてしまっているあたり、俺もまだまだ修行が足りない。 

 過去に何度失敗してきたかわからない。だから、今度こそ失敗しないために、俺は自分を戒めなくてはいけない。

 

 

 

 

 俺に青春ラブコメなんて存在しないのだと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

誤字脱字がありましたら報告お願いします。


ピンポーン。というインターホンの音で目が覚める。

 なんだ。朝から。

 時計を確認すると朝の6時30分。

 いやいや。こんな朝っぱらから自宅訪問とか常識的に考えてないだろ。

 ピンポーン。再び鳴る。

 誰だ?自慢じゃないが、俺は家を尋ねられる友達、ていうか知り合いがいない。ゆえに誰だか見当がつかない。姉貴か?いや姉貴は家のカギ持ってるしな。もうアマゾンが楽天ぐらいしか思いつかないんだけど・・。

 ピンポーン。

 はぁ、とため息をつき、俺はけだるい体を起こした。

 もう五月の中旬に差し掛かり、とても過ごしやすい温度だ。

 不本意な早起きであったが、以外と悪くないな。気が向いたら明日から早起きしよう。

 階段を降り、玄関に向かう。

 着替えてなくて部屋着のままだけどいいかな?まぁ別にいいか。見られて減るものでもないし。

 ドアチェーンを外し、さらにカギも外す。

 

「はいはーい」

 

 自分の安眠を妨害された少しばかりの恨みか、図らずも感じの悪い声になってしまった。

 ガチャリと、少し重みのある扉を開く。

 女の子がいた。一瞬幻覚かと自分を疑ったが、そこまで異性に飢えているわけじゃない。

 女の子は明るく染められた髪を後ろで結わいて、ランニングウェアに身を包んでいて、傍らにはしっぽをこれでもかと振る犬もいる。

 ・・・誰だ?

 最初に浮かんだ疑問はそれだった。

 こんなかわいらしい女の子と知り合いになった覚えないぞ。

 つい最近俺が部長をしている部活に入ってきた雪ノ下雪乃もいるが、雪ノ下はどっちかというときれい系。対して今目の前にいるのはかわいい子。ザ・リア充みたいな子だ。つまり俺の敵。

 そんな子とカースト最底辺の俺が知り合うなんて誰がどう考えてもあり得ないだろう。もしかしたら詐欺師か何かかもしれない。きれいな女は信じるなとは親父の遺言である。あっ親父死んでなかった。

 

「何かご用でしょうか」

 

 疑いの目とともに、知らない人が訪ねてきたときのテンプレ文句を言う。

 

「あ・・えっと・・比企谷八幡くんですか」

 

 なんで俺の名前を・・。ますます怖くなってきた。

 

「・・・はい。そうですけど」

 

「私、”由比ヶ浜結衣”っていうんですけど・・覚えてますか?」

 

 由比ヶ浜結衣。聞いたことのない名前だ。ってか完全に向こう俺と知り合いだと思ってるよね。忘れてる俺が悪いの?

 

「・・ごめんなさい。人の名前覚えるの苦手なんですよ。俺」

 

「あ・・・そ、そうですよね。あの時はあたしも髪染めてなかったし、覚えてなくて当然ですよね」

 

 何か一人でぶつぶつ言って自己完結してしまった。

 

「あの・・私、入学式の日に比企谷くんに助けてもらった犬なんですけど、あっ犬の飼い主なんですけど・・」

 

 なんだろう。アホっぽいな、こいつ。ってかこの女見た目完全にリア充なのに、めっちゃテンパってるな。緊張してるのか。

 確かに俺は入学式の日に犬を助けて全治1カ月の骨折をした。そのお詫びに来たってことか。そういえば彼女の隣でしっぽを振ってる犬には見覚えがある。

 

「あぁぁぁ・・すいませんわざわざ来てもらって・・」

 

 本音を言うと来なくてよかった。来られても俺がどうすればいいのかわからないし。いやお詫びをされるのだから俺は何もしなくてもいいのか。いやでもわざわざ家に来てもらっているわけだし。お茶くらい出したほうがいいのだろうか。でもこいつも俺の家になんて入りたくないだろうし。うーんわからん。

 こんな時姉貴がいればと強く思う。

 沈黙が流れる。

 

「ああ・・えっとこれ」

 

 向こうが沈黙に耐えかねたのか、やたらと大きな声で紙袋を渡してきた。近所迷惑だから静かにしてほしい。

 

「お詫びの印っていうか・・感謝の気持ちっていうか、サブレを・・あっうちの犬を助けてくれて・・・その、ありがとうございました」

 

 やたらつやのある高級感漂う紙袋の中には、千葉名物の『ピーナッツ饅頭』が入っていた。

 千葉県民に向かってピーナッツ饅頭送るってどういうことだよ。これめっちゃ食べたことあるし。なんならもう飽きているまである。いやないな。ピーナッツ饅頭は何度食べてもうまい。

 でもやっぱりこの女。少し頭がユルイ。

 

「いや。別に大したことじゃ。体が勝手に動いてたんで。でもとりあえず有難くいただきます」

 

「うん。はい」

 

 由比ヶ浜から袋を受け取る。

 

「じゃあ。私はこれで」

 

「ああ。またな」

 

 由比ヶ浜はくるりと振り返り、とことこと歩き出した。飼い犬もそれに続く。

 数歩歩いた後、不意に「あっ」と何かを思い出したように体を半分こちらに向けて来る。まだ何かあるのか。忙しいやつだな。

 そして由比ヶ浜は輝くような満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振ってくる。

 

 

「これからもよろしくね!比企谷くん」

 

 

 何だそれ。また家に来るということだろうか。来ないでいいのに。

 体が少し熱いのは上り始めた太陽のせいだと思い込むことにしよう。

 ふわぁあ、とあくびをして俺は家に戻る。

 

「由比ヶ浜結衣・・・か」

 

 もう二度と会うことはないであろう女の子の名前を呟く。そして直後、そんなことをした過去の自分を殴り倒したくなった。

 

 

 

 

「ふーん。由比ヶ浜結衣ちゃんっていうんださっきの子。それにしても折角の女の子のお客さんなのにお茶も出さずにお菓子だけもらって帰らせちゃうなんて、お姉ちゃん的にポイント低いなー」

 

 そこにはニヤニヤと何かを企む邪悪な笑みを浮かべた我が姉、比企谷小町が立っていた。

 全然気づかなかった。さっきまでいなかったのに。

 

「姉貴。いつからいたんだ」

 

「ついさっきから。普通に家に入ろうとしたら八幡が玄関で女と密会。しょうがないから裏口から入ってきたんだよ」

 

 密会って何だ密会って。別に隠れてないし、やましくもない。

 

「で、さっきの子は八幡とどんな関係なの」

 

 にやけるのを隠そうともしないで聞いてくる。完全に楽しくなってるよ姉貴。

 

「入学式の日に俺が助けた犬の飼い主」

 

 それを聞いて姉貴はキランと目を光らせた。希望に満ち溢れている目だ。

 

「ってことは八幡に恩義を感じてるよね。ってことは八幡を好きになってもおかしくないよね。八幡のお嫁さん候補だよね。ポイント高いー」

 

 怖いよ姉貴。普段は温厚な姉貴だが、今の姉貴はちょっと別人だ。近づきたくない。一人でムフフと笑ってる。怖い。

 

「まぁ、もう会うことはないだろうけどな。向こうもお詫びして気が済んだだろうし」

 

「なっ・・そんな。連絡先とか渡されなかったの」

 

「渡されてない」

 

「そ、そんな・・八幡のお嫁さん候補が・・」

 

 姉貴はがっくりとうなだれ壁に寄り掛かった。心なしか姉貴の周りが暗い。

 今日の姉貴はやたら嫁嫁押してきた。どういうつもりだろう。

 

「どうしたんだ姉貴。そんな嫁嫁って」

 

 姉貴はこめかみに手をあて「はぁ」とため息をつく。目がちょっと腐っているのは気にしないことにしよう。

 

「お姉ちゃんは心配なんだよ。もしかしたら八幡がこのままずっと一人なんじゃないかって」

 

 俺としては、姉貴は気にしないでいいと言いたいところだけど、それでもやっぱり気にしてしまうのが姉というものなのだろう。弟を守るのは姉の役目。そんな風に思ってるに違いない。

 別に俺は無理やり一人にさせられてるわけじゃない。一人のほうが気楽で、自ら一人になっているのだ。もし、入学式当日の事故がなくても結局俺は一人だった気がする。そういう人間なのだ。俺は。直そうとも思わない。でもそのせいで姉貴に心配をかけるのは少し罪悪感がある。だから思ってもないことを言う。

 

「まぁ・・頑張るよ」

 

 何を、とは言わない。

 しかし姉は俺の言葉を聞いて笑う。とても優しい笑み。

 

「頑張って」

 

 そしてすぐにいたずらっぽい子供の顔になる。

 

「八幡が頑張らないと、お姉ちゃんいつまでたっても結婚できないんだからね」

 

「・・・どういうことだよそれ」

 

「知らなーい。自分の心に聞いてみたらぁ」

 

 そういって姉貴はルンルンとキッチンへ向かった。

 いつまでも姉貴に頼りっきりじゃいけない。姉貴の幸せのためにも俺が幸せにならなくちゃいけないのだろうか。

 本当に少し頑張ってみようかな。

 

 

 そんな決意を新たに俺は姉貴の作る朝ごはんを待つ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

遅くなって申し訳ありません。社会人の忙しさを舐めてました。


 誰かにつけられている。

 これは、厨二病患者特有の被害妄想とかではなく本当につけられているのだ。

 昼休み。弁当を食べるために奉仕部部室に向かっていた比企谷八幡は途中で、自分と一定の距離を保って付いてくる足音に気付いた。最初は勘違いだと思ったが、特別棟に入ってもなお聞こえる足音に、いよいよ自分をつけているとしか思えなくなった。

 特別棟は、文化部の部室が密集している総武高校の第2校舎であり、昼休みにそこに用事がある生徒はほとんどいない。だからこそ俺は静かな奉仕部部室で弁当を食べているのだが。

 さて、こういうときどうすればいいのか俺は知らない。つけられた経験ももちろんないし、対処法など知るはずもなかった。

 比企谷八幡は自分の後をつける何者かに気味の悪さを感じながらも、それに気づかないふりをして奉仕部に到着する。

 

「うーす」

 

 自分でも気だるげだなとわかる声とともに奉仕部の部室へ入る。

 挨拶をしていることから察しているだろうが先客がいる。数日前に奉仕部に入部した新入部員。雪ノ下雪乃。なぜ彼女もここにいるのかというと、彼女も部室で昼飯を食べているのだ。

 しかし決して俺と彼女は一緒に食べているわけでない。同じ空間にいるだけでほとんど会話はしない。

 俺も、そしておそらく彼女も人と積極的に話す方ではない。そんな二人が弁当を一緒に食べているとは言えないだろう。一緒に食べるとは、文字通り一緒に食べる事であり、それは食べさせたり食べさせられたりすることを指すのだ。違うか。違うな。

 そんな下らない思考を展開しながら弁当の包みを開ける。ちなみにこの弁当は比企谷八幡作である。自分で朝の貴重な睡眠時間を割いて作った。それならばコンビニの弁当でいいような気もするが、あまりコンビニを多用していると姉貴にぐちぐちと怒られてしまう。コンビニいいと思うんだけどな・・・。

 

「比企谷くん」

 

 雪ノ下に名前を呼ばれる。急に呼ばれるとびっくりするだろうが。

 それにしても彼女が話しかけてくるとは珍しいものだ。

 雪ノ下雪乃は基本的に無口だ。まぁそれは俺と話すことが特にないだけかもしれないのだが。

 そんな彼女に名前を呼ばれて少しそわそわしてしまう自分がいた。スケールの小さいツンデレだな。

 

「なんだ」

 

 できるだけ感情の起伏を抑えて返答する。

 

「扉の前に誰かいるわ」

 

 言われて見てみると確かに扉の前には人影があった。奉仕部の扉の窓からから中を見ようとしてると思われる。

 奉仕部の扉の窓は中からも外からも見えないモザイク加工が施してある。いくら覗こうとしてもぼんやりとした影しか見ることができない。外から中が見えないのはプライバシー保護として良いが中から外が見えないのは少し不便だ。マジックミラーとかを導入したほうがいいのではないだろうか。奉仕部もいちおう部活だし、部費が降りるのであれば検討してみてもいいだろう。 

 扉の前にいる何者かは依然としてドアの前をウロウロしていた。どうするべきだろうか。このままいなくなるのを待つのも一つの手ではあるが、おそらく扉の前にいる誰かは、先ほど俺をつけてきたやつだろう。つまり俺を追いかけてここまで来たということである。違ってたら恥ずかしい限りだが。

 このまま扉の前をウロウロされても困るな。

 

「ちょっと見てくるわ」

 

 俺の報告に雪ノ下の返答はない。最初からそんなこと期待はしていないのだが。

 比企谷八幡は、足音をできるだけ殺して扉に近づき、そして勢いよく開けた。

 扉の前にいたのは女子生徒だった。そして俺はそいつを知っていた。先日俺の家に来て、犬を助けたお礼とお菓子を置いていった、由比ヶ浜結衣である。

 同じ学校だったのか、こいつ。

 とりあえず、立ち話もなんだからと部室の中に招き入れ、室内に一つしかない机を挟んで向かい合う位置に座らせた。由比ヶ浜はといえば、俺が出した椅子に座りもじもじ、そしてあたりをキョロキョロと見回しそしてまたもじもじと、要するにそわそわしていた。

 こういう時はどうすればいいのだろうか。向こうも緊張しているようだが、それは俺だって変わらない。認めたくはないが、俺は人と会話をすることが苦手だ。どうしても、人の言葉の裏を読もうとしてしまう。

 助けを求めるように雪ノ下の方を見るが、知らぬ存ぜぬといった様子で黙々と弁当を食べている。少しは助けてほしい。

 この部の部長は俺なのだから俺が対応するのが普通だろう。

 はぁ・・・思ったよりこの部活、ぼっちライフを満喫できない。

 

「それで・・由比ヶ浜・・だっけか。俺になんか用か?」

 

「えっと・・・購買に行く途中にヒッキ・・比企谷くんを見つけて・・どこに行くのか気になって・・」

 

 質問の答えになってないぞ。依然としてそわそわしていて、さらにはチラチラとこちらの様子を伺う由比ヶ浜。

 

「それで?」

 

「それで・・ていうかそれだけなんだけど・・その・・・」

 

 由比ヶ浜は一呼吸おいたのち、拳にぐっと握り締めると意を決したように質問をしてきた。

 

「お二人は付き合ってるんですか?」

 

 ・・・は?

 何言ってるんだこいつ。俺はなんか用か?と聞いただけなのに、全く違うしかもド級の質問で返して来やがった。なかなか斬新な会話のキャッチボールだな。

 

「由比ヶ浜さんといったかしら。どうしてそういう思考に至ったのかはわからないけれど、私とこの男が交際していると思われるのはひどく腹立たしいわ。やめてちょうだい」

 

 ここにきて雪ノ下が急にしゃべりだした。しかも言葉がきつすぎる。さっきまで黙々と弁当を食べていたのに。そこまで俺との関係を疑われるのが嫌ですか?まぁ別にいいんだけどさ。

 

「だって二人とも空き教室で一緒にお弁当食べてるし」

 

 それに対してさらなる反論を展開しようとした雪ノ下に先行して俺はしゃべり始める。

 

「それは違うな。俺と雪ノ下は一緒に弁当を食べているわけじゃない。ただ一緒の空間で飯を食っているだけだ」

 

「それって同じじゃないの?」

 

 わかってないな。由比ヶ浜は。

 

「同じじゃない。教室でだっていくつかのグループで固まって食べてるだろ。それと同じだ。俺と雪ノ下はそれぞれ別のグループなんだよ」

 

 由比ヶ浜はまだ理解が追いついていないのかぽかんとしている。そして俺と雪ノ下を交互に見澄ます。

 

「この男に同調するのは少し癪だけれど、だいたいそんなところね。それとここは空き教室ではないわ。歴とした部室よ」

 

「そうなんだ・・ってことは二人とも同じ部活の部員?ていうかここって何部なの?」

 

 雪ノ下はちらりと俺を見てから置いていた箸を手に取り再び食事に戻った。部の説明は部長である俺の役目というわけか。変なところで律儀だなこいつ。

 

「ここは奉仕部。そして俺が部長の比企谷八幡だ」

 

「雪ノ下雪乃よ。役職は・・・部員の数から考えて副部長かしら。今の所、特に決まっていないわね」

 

「奉仕部?何する部活なの」

 

 はて、何をする部活だろうか。奉仕部という部名からして奉仕をする部活なのだろうが、具体的な活動は行ったことがないからよく分からないな。姉貴はどんなことをしていたのだろうか。平塚先生の話によると少ないながらも奉仕の依頼は来ていたみたいだし。今度姉貴に聞いてみようか。

 

「まぁ、困っている人を助ける部活・・・かな」

 

 同意を求める意味を込めて雪ノ下を見る。

 

「私に同意を求められても困るわ。あなたが部長なのだし、あなたがそうと言ったらそうなのでしょう」

 

 なんだよ。少しは助けてくれてもいいじゃないですか。雪ノ下雪乃。スパルタ過ぎる。まぁかわいい子には旅をさせよというし、これは逆説的に俺はかわいいということに・・・言ってて悲しくなってきた。

 

「困ってる人を助けてくれるの?」

 

「そうだな・・・由比ヶ浜はなんか困っていることはあるか?」

 

 うーん、と考えこむ由比ヶ浜。いや無理して困ってることを探さなくてもいいんですよ。困りごとなんてないに越したことはないんだし。

 由比ヶ浜はしばし考えを巡らせた後、何かを思いついたのか口を開いた。

 

「勉強を教えて欲しいです」

 

 

*******

 

 

 結論から言うと俺は由比ヶ浜の依頼を受けた。

 俺が部長になって初めてのまともな依頼だ。

 今は昼休みに依頼を受けたその放課後。早速今日から勉強を教えることになった。

 彼女の依頼は、勉強を教えて欲しいというもの。確かにもう後2週間後には高校入学以来初めての定期考査が控えている。さらにこの時期は、高校受験を終え勉強に対しての気が緩みきっている生徒も多いだろう。由比ヶ浜以外にも同じようなことを思っている人は少なくない。

 幸い俺は、由比ヶ浜の犬を助け、怪我をして入院している間、勉強していた。姉貴が持ってきた漫画やらなんやらを全て読み終えてしまい特にすることがなかったのだ。ある程度のことは教えられる自信がある。数学を除いて。

 数学は教科書数ページでやる気が削がれて全くやっていない。その辺は雪ノ下にカバーしてもらおう。

 雪ノ下がどの程度の学力なのかは定かではないが、おそらく頭がいい。彼女が読んでる本をふと見たことがあるのだが、それは可愛らしい猫のブックカバーからは予想もできない難解な英書だった。一体何を読んでいたのだろうか。気にはなるが読もうとは思えない。

 

「なぁ雪ノ下。由比ヶ浜の件なんだが、俺は国語が得意だからある程度教えられると思うが数学はからっきしでな。悪いがそこはお前に頼みたい。できるか?」

 

 確認のために雪ノ下に問う。勉強ができないやつが勉強ができないやつに勉強を教えることはできないからな。

 俺の質問が癇に障ったのかムッとする雪ノ下。

 

「愚問ね。高校の入学式で新入生代表の挨拶をしたのは私よ」

 

 それは自分が入試の最高得点者だと言いたいのか。

 総武高校では新入生代表挨拶は入試で最も点数を取った生徒がやるらしい。つまり雪ノ下は現状この学年で最も頭がいいということになる。

 

「そうですか」

 

 それならば問題はない。というかそれなら国語も雪ノ下が教えればいいんじゃね。あれ、俺やることないのかな。部長なのに。

 

 コンコン、と部室のドアがノックされる。

 

「来たみたいね」

 

「そうだな」

 

 ノックの後ガラガラとドアが開けられる。

 

「や、やっはろー」

 

 なんだその挨拶は。バカっぽいからやめてくれ。

 

「こんにちは。由比ヶ浜さん。それでは始めましょうか」

 

 うわー。早速本題に入りましたね雪ノ下さん。

 勉強をする前に少しおしゃべりしようとして、気づいたら勉強のことを忘れる、なんていうありがちなパターンには絶対にさせない立ち回りですね。素晴らしいです。

 雪ノ下のやる気に気押されたのか由比ヶ浜は少し不安そうだ。

 

「優しくしてね」

 

「安心してちょうだい。勉強のしすぎで死ぬことなんてないのだから」

 

 

*****

 

 

 放課後の勉強を初めて1時間ほど。そろそろ良い子は家に帰り始める時間帯になった頃。雪ノ下は問題集片手に由比ヶ浜に勉強を教え、俺は特にやることがないので、雪ノ下の話に時折耳を傾けながら読書をし、由比ヶ浜は、燃え尽きていた。

 

「ゆきのん・・ちょっと休憩させて」

 

「ええ。ではこの問題を解き終えたらお茶を淹れてあげるわ」

 

「そんな・・・」

 

 雪ノ下はスパルタだった。まぁ由比ヶ浜が勉強できなさすぎたのも要因ではあるが、由比ヶ浜はすっかり意気消沈している。

 雪ノ下はまだまだ教えるつもりのようだが、そろそろあたりも暗くなってくるだろう。由比ヶ浜はわからないが、雪ノ下は電車通学だから、あまり遅くなったら電車が混んでしまう。それにいつもならそろそろ部活を切り上げる時間だ。

 

「なぁ。盛り上がっているところすまないが、そろそろ暗くなってきたし、続きは明日でいいんじゃないか?」

 

 俺の言葉に、由比ヶ浜は一筋の希望を見つけたように、キラキラした目で俺を見てきた。大変だったんだな。

 

「えぇ。そうね。では今日はこの辺りで終わりにしましょうか」

 

「やっと終わったー」

 

 ずっと同じ姿勢で勉強をしたせいで凝った筋肉を伸ばすように伸びをする由比ヶ浜。その姿勢のせいで、たわわに実った胸の果実が強調されてしまっているのだが、本人は気がついていない様子だ。

 

「由比ヶ浜さん。問題集のここからここまで明日までの宿題にしておくから、やってきてちょうだい」

 

 雪ノ下さん厳しいですね。宿題まで出すとは抜かりない。

 

「うんわかった。ゆきのんに勉強を教えてもらったら、私頭よくなれそうだよ」

 

「そう。それはよかったわ」

 

 雪ノ下は優しく微笑む。

 二人とも今日でかなり仲良くなっている様子だ。雪ノ下も厳しいながら勉強を教えているときは楽しそうだったし。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか。部室の鍵は俺が返しておくから先に帰ってていいぞ」

 

「わかったわ。さようなら比企谷くん」

 

「バイバイ、ヒッキー」

 

 二人が部室を後にする。彼女らが廊下に出ても、まだ彼女らの会話が廊下に反響して聞こえてきたが、やがてそれも聞こえなくなる。そして奉仕部部室はまた昨日までの静かな空間へと戻った。

 久しぶりに賑やかな空気に当てられて、楽しいと、心地よいと感じてしまう自分がいた。

 今はもう彼女たちがいた事跡は感じられない。そんな光景に物悲しさを感じながらも俺は、また明日からくるであろう新たな出来事を想像しながら、奉仕部部室を後にした。

 

 

******

 

 

 自室で勉強をしているととあるアニメのOPテーマが流れてきた。これは俺のスマホの着信音だ。

 誰からだろうなんて考える必要もない。俺に電話をしてくる人物など俺は一人しか知らない。

 

「なんだよ姉貴」

 

『こんばんわ。八幡』

 

 そう。比企谷八幡の姉。比企谷小町である。

 

「なんか用か」

 

『用がなくちゃ弟に電話しちゃいけないの?』

 

 なんだそれ。

 

『八幡の声が聞きたくなっただけだよ。今のお姉ちゃん的にポイント高い』

 

「高い高い」

 

『なんか反応が適当だよ。それはそうと八幡。部活入ったんだって?』

 

 白々しいな。姉貴が入れさせたんだろうが。

 

「まんまと姉貴にのせられてな」

 

『ふふ、そうだね。何か依頼とかあった?』

 

「あぁ、今日初めて依頼者がきたよ。勉強を教えて欲しいんだそうだ」

 

『勉強かぁ。それは八幡には少し荷が重いかな』

 

「ほっとけ」

 

『まぁ頑張ってるならお姉ちゃんはそれでいいかな』

 

「・・・・なぁ姉貴」

 

『何?八幡』

 

「姉貴は奉仕部で何をやってきたんだ?」

 

『話せば長くなるよ。5時間ぐらい』

 

「勘弁してくれ」

 

 姉貴はクスクスと笑う。

 

『じゃあ代わりに八幡に奉仕部の掟を教えてあげる。”飢えた人に魚を与えるのではなく、捕り方を教えて自立を促す”こと。それが奉仕部のルール』

 

 自立を促す、か。実に姉貴らしい。

 

『じゃあお姉ちゃんそろそろ大学のレポートやらなくちゃいけないから切るね』

 

「あぁ。またな、姉貴」

 

『おやすみなさい。八幡』

 

 ぷつっと電話の切れる音がした。

 飢えた人に魚を与えるのではなく、捕り方を教えて自立を促す。奉仕部部長としてこの考えは知れてよかったと思う。奉仕部がなんなのかも多少はわかった。

 

 姉貴が、比企谷小町がこの部を作った理由もわかった気がした。

 




奉仕部の扉の窓ですが、アニメだとモザイク加工されていなかった事実に書き終わってから気がつきました。申し訳ございません。誤字脱字などがあったら報告お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

 総武高校入学以来初めての定期考査も終わり、他の生徒がやっているテストの点数見せ合いイベントになんてもちろん参加していない比企谷八幡は、あいも変わらず部室で読書に興じていた。

 そしてその隣で、同じく読書をしているのは雪ノ下雪乃。さらに雪ノ下にくっつく由比ヶ浜結衣。テスト勉強を通じて雪ノ下と仲良くなった由比ヶ浜は毎日のように奉仕部に来るようになった。この部活も随分と賑やかになったものだ。

 

「邪魔するぞ」

 

 そんな言葉とともにノックなしで部室に入ってくるのは、我が奉仕部の顧問、平塚静先生である。

 いきなりガラガラと扉を開けられると少しびっくりするから、ノックをしてほしいのだが、何回言ってもこの人には無駄だった。

 俺の中で、平塚先生がくる=雑用をやらされるという等式ができてしまっているため、先生の顔を見ると無意識にため息が出てしまう。

 

「またなんか雑用ですか?」

 

 恨みがましい視線を添えてため息まじりに質問をする。

 

「比企谷。目が腐っているぞ」

 

 失礼な。これはそういう仕様なんだよ。

 

「ところで、人が増えているようだが、新入部員かね」

 

 由比ヶ浜のことか。彼女は、ここ2週間ほど奉仕部の部室に入り浸っているが、果たして部員なのだろうか。アニメやラノベなんかだと、気づいた時には部員になっているパターンがほとんどだが、現実の部活ではそうもいかないだろう。由比ヶ浜が部活内で問題を起こした時、それの責任を誰が取るのか曖昧になってしまう。

 

「いえ。由比ヶ浜は部員じゃありません。ただ入り浸っているだけです」

 

「違うんだっ」

 

 俺の言葉に驚いたのか、由比ヶ浜は目を丸くした。

 

「ああ。入部届はもらってないし、平塚先生の許可もないから部員じゃないぞ」

 

「書くよー。入部届ぐらいいくらでも書くよー」

 

 そう言ってバッグから紙とペンを取り出し、お手製入部届を書き出す由比ヶ浜。

 最初は俺一人だったのに、これでもう部員は3人か。当初の目的である学校内のプライベートスペースの確保からはかなり遠のいてしまった。しかし、これはこれでいいかもしれないな。

 

「それで平塚先生。何か用ですか」

 

「依頼だよ、比企谷」

 

 驚いたな。先日由比ヶ浜の依頼を終えたと思ったらまた新しい依頼とは。思っていた以上に忙しい。

 

「依頼内容は?」

 

 平塚先生は、よくぞ聞いてくれたという表情でフム、と頷き喋り始める。

 

「今週の土曜日に、総武高校の学校説明会があるのは知っているかね」

 

 学校説明会?まだ6月の上旬だというのに早すぎはしないだろうか。

 

「随分と早いんですね。学校説明会」

 

「うちは進学校だからな。進学希望の中学生には早いうちにアピールしておかないといけない」

 

 なるほど。それじゃあ依頼はさしずめ学校説明会の手伝いといったところだろうか。土曜日に学校に行くことほど憂鬱なことはない。

 

「じゃあ、その説明会の手伝いをすればいいんですか」

 

「うむ。少し違うな。まぁ手伝いに変わりはないのだが・・・君たちには部活を紹介してもらいたい」

 

 部活の紹介?この学校の部活動を俺は把握していないぞ。帰宅部になるつもりだったし、何部があるかなんて全く知らない。

 

「学校説明会で、部活を見学させることになっていてな。運動部2つ。文化部1つ選ばなければならない。そこで君たち奉仕部を選びたい」

 

 ・・・意味がわからん。なんでよりにもよってこの部活なのか。依頼人がこないとやることがない奉仕部を見学してもなんも楽しくないぞ。それよりも美術部とか吹奏楽部とかの方がよほど食いつきがいいだろうに。

 

「なにもこの部活紹介しなくても。他に文化部なんていくらでもあるでしょうに」

 

「土曜日は活動しない部活や、コンクールで出払ってしまう部活がほとんどだった。残念だが君たちしかいない」

 

 そんな馬鹿な。

 しかし、自分たちしかいないというのであれば、断れそうにない。それにこれは奉仕部顧問からの正式な依頼だ。平塚先生のおかげでこの部室を確保できているのだから彼女の依頼は断りにくい。

 

「まぁ、先生からの依頼だったら無下にはできませんし、わかりました。やります」

 

 俺の言葉に、平塚先生は満足そうに頷いた。

 

「ありがとう。助かるよ。こちらも出来る限り協力する」

 

 そう言って平塚先生は踵を返し、奉仕部を後にする。  

 つかつかと姿勢良く歩く先生の背中には、心なしか疲れの色が見える。いや気のせいかもしれないのだが。

 彼女も生活指導などを担当しているとはいえ、まだまだ若そうだ。そして若手にきつい仕事が回ってくるのは、世の理である。今回の件もそんなところだろう。

 これは奉仕部始まって2つ目の依頼だが、なかなか難易度が高そうである。

 

「それで、比企谷くん。どうするつもりなのかしら」

 

 平塚先生が出て行ったのを見計らったように雪ノ下が口を開く。

 

「依頼がないと特にすることがないしな。この部活」

 

 でも何もすることがない部活を中学生に見学させるわけにはいかない。今週の土曜日までに何かすることを見つけなくてはならない。

 由比ヶ浜は何かを思いついたのか、ポンと手を叩き、話し始める。

 

「別に依頼がなくても奉仕すればよくない?草むしったりゴミ拾ったり」

 

「そうね。草むしりやゴミ拾いだって立派な奉仕活動ではあるわ」

 

 確かにそうだ。奉仕、いわゆるボランティアとは本来無報酬で何かを手伝うことをいうのだ。依頼の有無は関係ない。しかし中学生に見せるとなるとそれらはいかんせん地味になってしまう。

 

「中学生に、高校生が草むしりしてるとこ見せるのか。全然楽しくなさそうだぞそれ」

 

 それに、草むしりというのは結構重労働だったりする。俺は問題ないが、由比ヶ浜・雪ノ下の女性陣にはなかなかつらいかもしれない。

 俺の意見への反論がないのか、二人とも口をつぐんでしまう。

 普通の奉仕ではダメとなると方法は一つしかなさそうか。

 

「依頼者をでっち上げるしかなさそうだな」

 

「その言い方は語弊があるけれど、まぁそれしかなさそうね」

 

 雪ノ下は反対するかと思っていた分、少し驚いた。

 

「反対しないんだな」

 

「ええ。特に反対する理由もないし、それしか方法がなさそうだもの。それに本当に困っている依頼者を探せば、嘘をついたことにはならないわ」

 

 なるほど。確かにそうだ。誰かに相談したいのだが、誰に相談すればいいのかわからない人間に奉仕部の存在を教えてやればいい。だがそれにしても問題はまだ残っている。

 

「困っている依頼者に心当たりはあるか」

 

 俺の問いに 二人とも黙り込んでしまった。

 まぁ人間そんなに簡単に悩みを人に打ち明けられるものじゃない。全てをさらけ出せる親友がいる人間がこの世にどのくらいいるだろうか。というかそもそも俺は友達に心当たりがない。

 

「そうなると、依頼者を探すか、俺たちの中の一人が依頼者のフリをするかだが・・・」

 

 二つ目はあまり褒められたものではない。

 

「二つ目は却下ね。依頼者を探しましょう」

 

「うん。二つ目はちょっとやな感じ・・」

 

 軽く頬を膨らませる由比ヶ浜。リスみたいだ。

 

「ああそうだな。でも依頼者を探すにしても、時間がない。早めに見つけておかないとまずいんだが、残念なことに俺は友達が少なくてな。見つけられそうにない」

 

「私も友人はあまり多い方ではないから、この件に関しては力になれそうにないわ」

 

 薄々そうだとは思っていたが、俺だけじゃなく雪ノ下もぼっちだったのか。こうなるともう頼みの綱は由比ヶ浜しかいない。

 

「私が探してみるよ」

 

 由比ヶ浜もそれを理解したように頷いた。

 

 由比ヶ浜一人に押し付けるような形になってしまって忍びないが、俺が頑張ってもどうにかなることじゃない。俺にできるのはせいぜい人間観察ぐらいだ。それで人の悩みがわかったら、もっと楽に生きられる。

「お願いするわ、由比ヶ浜さん」

 

「うん」

 

 こうして奉仕部が始まってから2度目の活動が始まったのだった。

 

 

*****

 

 

「やっはろー」

 

 相変わらずのアホっぽい挨拶とともに部室に入ってくるのは由比ヶ浜結衣。最初は違和感がすごかった独特の挨拶だが、毎日聞いていると慣れてしまう。これが洗脳か、怖い。

 

「今日は依頼人を見つけてきましたぁ」

 

 うん。前々から思ってたけどやっぱりこの子凄い。だって昨日依頼人探そうって言って、今日の放課後連れてきてしまうんですもの。なんというコミュニケーション能力。人の悩みなんてそうそう簡単に聞きだせるものでもないだろうに。

 雪ノ下も、由比ヶ浜の速さに驚いている。

 

「そう、ありがとう。では紹介してくれるかしら」

 

「うん」

 

 そう言った由比ヶ浜は、ドアの向こうにいると思われる依頼人に「入って入って」と入室を促した。

 由比ヶ浜に促されて入ってくる依頼人。上下ジャージを着ている。運動部だろうか。

 不安の表れなのか、ジャージの端をぎゅっと握りしめている。なんというか小動物みたいな女子生徒だ。

 上履きの色から俺と同じ学年であることがわかる。

 

「えっと・・1年C組の戸塚彩加です。よろしくお願いします」

 

 同じクラスだったのか。気がつかなかった。でも俺は女子と面識がほとんどないからそれも仕方のないことだろう。誰も俺を責めることはできない。

 

「よく勘違いされるけど、一応男の子です」

 

 なん・・・だと・・・!?

 そんなことがあっていいのだろうか。

 小柄で足も細く、純白の肌を持つ彼女・・いや彼が男だと?ありえない。

 雪ノ下も同意見なのか、瞠目していた。

 この場でただ一人その事実を知っていたであろう由比ヶ浜は得意げな様子だ。いやお前が胸を張ってどうする。

 戸塚の性別による驚きでしばし固まっていた雪ノ下だったが、場を正すように咳払いを一つすると、戸塚に質問を投げかけた。ちなみに俺は未だに固まっている。

 

「戸塚彩加さ・・くんね。あなたの依頼を聞かせてもらえるかしら」

 

「依頼・・なんて大したものじゃないんだけど・・・その・・僕のテニスの練習に付き合って欲しいんです」

 

 テニス、ということは戸塚はテニス部なのだろうか。

 俺はテニスは中学生の体育の授業ぐらいでしかやったことがないが、ボールを拾うぐらいはできるだろうしテニスなら大丈夫そうだな。

 

「でもなんで俺たちに?部活のやつに付き合ってもらえばいいんじゃないか?」

 

 そうなのだ。運動部に所属している人間は試合などをともにする仲間意識から、友達ができやすいと言う。戸塚みたいな可愛い子ならなおさらだ。それならばこんな得体のしれない部活に頼む必要はない。

 

「僕以外のテニス部の一年生は・・その・・・なんというか・あんまりやる気が無くて・・あっ練習は真面目にやるんだよ。でも休日までテニスをやりたいっていう人はいないんだよね」

 

 なるほど。テニスに対しての熱量が噛み合っていないわけか。

 

「土曜日に学校のコートを借りたんだけど、一緒にやる人がいないから、奉仕部の皆さんにお願いしようと思って・・・」

 

 上目づかいで目をうるうるさせる戸塚。なにこれ可愛い。

 でもまぁ、この依頼なら問題はないだろう。別に奉仕部に勧誘しているわけではないのだから、総武高校では奉仕部みたいな、依頼があればテニスもやってしまう斬新な部活があると思わせられれば上出来だ。

 

「なぁ戸塚。多分俺たちの練習の様子を何人かの中学生に見られると思うんだが、問題ないか?」

「うん、それぐらいなら大丈夫だよ」

 

 よし。これで大丈夫だ。最初は難しいと思われた依頼だったが、由比ヶ浜の助力のおかげでなんとかなりそうだ。

 確認のため、由比ヶ浜と雪ノ下に目配せする。

 

「ええ。問題ないわ」

 

「うん。大丈夫!」

 

 よし。   

 

「戸塚の依頼。承った」




戸塚彩加登場です。戸塚は俺ガイルでもかなり好きなキャラなので、早期に出してしまいました。今回は小町姉は出ません。申し訳ありません、誤字などあったら報告お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。