艦娘たちと共に ~海洋戦争戦闘録~ (ヨシ ヒロ)
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プロローグ
1 海を求めて


読みくい所もあるかもしれませんがどうかご勘弁を…


 

 時は令和、全世界の海は人類のものでは無くなろうとしていた。

再び人類は海の覇権を争う事となった。

古の舟の怨念との間で…

 

 

 元号が平成から令和に変わってから11年後の12月、突如世界中の海から現れた謎の舟の化け物「深海棲艦」(便宜的にこの名称が用いられているだけで正式な名は誰も分からない)は、人類から母なる海を奪おうとしていた。理由はハッキリ分からない。

 人類の驕りへの報復なのか?あるいは地球外からやって来たのか?連日様々な憶測が飛び交ったが、それが明らかになる事は無かった。

 ただ一つ、説得力のある推測といえば「古の舟の怨念」といった所だった。

 深海棲艦には、現代の最新鋭の兵器では全くといっていい程ダメージを与える事は出来なかった。しかし何故か、かつて第二次世界大戦で使われた兵器なら打撃を与える事が出来た。

 しかし、そんな骨董品のうちまともに使える数、種類は限られており、深海棲艦の勢いを止める事は出来なかった。

 やがて太平洋における制海権は、令和12年5月にはフィリピン、硫黄島、ハワイを結ぶ戦線まで押し上げられた。

 誰もが絶望する中、希望もこれまた突然現れた。

 

 それは深海棲艦と同じ古の舟の生まれ変わり、「艦娘」である 。

 

 彼女達が現れてから戦況は一気に人類側に傾いた。8月には世界各地で艦娘を中心とする反抗作戦が開始され、太平洋戦線においては、自衛隊による反抗作戦が小笠原方面とフィリピン方面で同時に行われ、作戦は成功。戦線は一気に南下する。

 しかしここに至って自衛隊は進撃を停止しようとした。当時の彼らには領海の外側に出るほどの権限はなかった。

 要するに日和見という訳だ。

 しかしこれには国際世論から非難が殺到。『日本は血を流す気はないのか』という声に押され、ついに自衛隊は領海の外への進撃を開始した。

 やがて小笠原方面軍はマリアナ諸島の南端部に位置する小さな島、ムエルタ島に(一部の国内の反対の声を押し退け)艦隊の拠点である鎮守府を設置する。

 しかしここにきて敵勢力も戦力を建て直し、進撃のスピードは次第に落ち、やがて完全に止まった。そして南国の無数の島々が浮かぶ広大な海原で、連日のように母なる海を巡る争い始まった。

 こうして後に「大海洋戦争」と呼ばれる事になる人類と深海棲艦との戦いは、激しさを増していくこととなった。

 

 

 ここ、ムエルタ島はマリアナ諸島の南端に位置する小島だ。それは典型的な南の島と言うやつだ。上を見れば南国の太陽が嫌と言う程照りつけ、横を見れば真っ青な海が、太陽の光を照り返しながら水平線の向こうまでずっと続いている。きっとバカンスにはうってつけの場所になるだろう。

 だが今、この島に居るのは皆職業軍人だけだ。もっと具体的に言えば本多昌宏(ほんだまさひろ)海将率いる第1特殊艦隊所属の艦娘と、陸上自衛隊第5特任中隊の隊員達だけだ。

 

令和13年4月1日

 今日はエイプリルフール、世界中のありとあらゆる人々の間で嘘が飛び交う日だ。きっと今頃、イギリスではBBCがまた大がかりなドッキリをやっているに違いない。

 

 そして、鎮守府の中枢たる執務室では今日もデスクの上の紅茶を前に無精髭を生やした壮年の男がこれは何かの冗談か?とうなだれていた。この、どちらかと言うとコワモテな顔をした新潟生まれの北国男児がこの島のボス、本多昌宏海将だ。

 この身長が180cm近くはあろうかという、どちらかと言えば戦車でも乗り回していたほうが似合いそうなこの男は、防衛大学校での優秀な成績や、数十年に及ぶ海上自衛隊での実直な勤務態度から、霞ヶ浦や市ヶ谷のお偉いさんからこの艦隊の指揮を任されたのだ。

 そんな、今や日本だけでなく世界中の希望たる任務を任されたこの男は、目の前のデスクに座るこちらはまだ幾分若い陸自の幹部自衛官が、熱々の入れたてのコーヒーを置くのを見て、今度は思わずため息混じりの愚痴を呟いてしまった。

 

「いいなあ…」

 

その身体には似合わない消えそうな低い呟きが執務室にかすかに響いた。

 

「どうかいたしましたか?海将?」

「いや…あのな…三佐…。」

「はい?」

「君のコーヒー、とてもうまそうだな…。」

 

 本多がうまそうだと言っている、目の前の三等陸佐が飲もうとしているコーヒーは、その辺のスーパーで売ってそうな安物のインスタントコーヒーだ。大河内三佐からすれば、こんなものはまずくもないが、特段旨いと言えるようなものでもなかった。

 

「飲みたいんですか?コーヒー?」

 

 すると海将はハッとした目になり、

「いやあ!!そんな事は無い!あ~紅茶は旨いもんだなあ!!」

 

 と自分に暗示を掛けるように声を出すと、一気にティーカップの紅茶を飲み干した。

 無理しなくていいのに…と三佐は心の中で同情しながらコーヒーを啜った。こうして改めて味わうと、インスタントでも悪くはない味わいだ。

 

 そう、この哀れな海将は今日で丁度丸々3ヶ月、毎日紅茶漬けの生活を送ってきたのだ。

 3ヶ月前に、英国生まれの怪しい日本語を喋るとある戦艦の艦娘の紅茶をうっかり「うまいなぁこれ」と一言言っただけでそれ以来朝、昼、晩問わずの紅茶三昧の生活を送る羽目になってしまったのだ。

 そして情けない事にこの男は、もう紅茶は飽きたと面と向かって言う勇気を持ち合わせていないようだ。明日こそは…明日こそは…と思ってもその明日になればいつも通り『紅茶が出来たネー!!』という勢いに流されてしまうのだ。

 

(いやいや明日こそは…)

 

と思い立った刹那、執務室のドアが開いた。

 

「提督、緊急報告が入っています。」

ドアを開けたのは通信司令係の大淀だ。手には紙を握っている。

 

「哨戒機より報告があります。」

 海将、三佐は一瞬にして指揮官の面持ちに表情を変えた。

 

「鎮守府西方、サンタジョージア諸島周辺海域にて敵艦隊を発見とのこと。」

「詳細は?」

 

 海将の頭の中では、瞬時にサンタジョージア諸島周辺の地図と今現在すぐに出撃出来る艦娘の情報が展開していた。

 こう見えても意外と優秀なのだ。

 今日も出撃だ。騒がしい1日になりそうだ。

 




素人仕事ですがおたのしみ下さい。


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迎撃戦:ムエルタ大空襲
1 出撃


前回は全く艦娘が出ませんでしたね(笑)。
やっと艦娘の出番です。


令和13年4月1日

 

 南国の照りつける太陽の元、出撃の準備を終えた特型駆逐艦1番艦吹雪はどうかこの状況が司令部の洒落た冗談かなんかである事を願っている(と言うより現実と思いたくないだけだが)。やがて彼女の虚しい願いも諦めなければならないときがきた。

 

――こちら司令部。各艦通信状況をチェックせよ。

――こちらツツジ64旗艦木曾、問題無い。

――同じくツツジ64霧島、マイクチェック…OKです。

――ツツジ64時雨、大丈夫だよ。

――ツツジ64吹雪、問題ありません!

 

 とりあえず格好だけは元気に返したが相変わらず彼女の中で不安は広がるばかりだ。

 

「おう、吹雪気合が入ってるなあ。初めての出撃だっけか?」

「大丈夫ですよ、これまでのように敵の艦隊は偵察を兼ねた斥候部隊か先日の航空戦で破れた部隊の残党です。肩に力を入れすぎる必要はありませんよ。」

「いつもの訓練通りにやれば大丈夫だよ。」

「う…うん。」

 

 仲間の励ましの声が次々と欠けられた。いつもならもっと気のきいた返事が出来るだろうが、今の彼女にそんな余裕は無い。

 直後、ドックにサイレンが鳴り響いた。とうとう出撃だ。彼女、吹雪が「艦娘」になってから初めての出撃なのだ。

 

 

「よしっ!出撃だ!!吹雪、お前に『艦娘』の戦闘って奴を教えてやるよ!」

「た、楽しみですね…。」

 

 どうやらまだ吹雪は木曾のテンションについていけないようだ。

 この緑色の髪が特徴的なセーラー服に身を包んだ男勝りな言動をする当鎮守府ではある意味アイドル的な存在である艦娘木曾は今回このスクランブル艦隊、ツツジ64の旗艦を務めている。

 ある意味とはその中性的な容姿から艦娘の間では主に駆逐艦、また最近やってきた陸上自衛隊第5特任中隊の中にも熱心なファンがいるからだ。

 実は彼女、大所帯の特型駆逐艦姉妹の長女吹雪が球磨型軽巡洋艦姉妹の末っ子木曾と艦隊を編成するのは通算で二度目なのだ。もっとも最初に一緒になったのは1937年、当の本人すら記憶が曖昧になりつつある程昔の話なのだが…。

 

 

 「発見した偵察機の情報によれば、敵艦隊の出没海域はサンタジョージア諸島周辺、構成は駆逐艦が主で最大でも巡洋艦クラスが1隻見られるのみ。やはり先日オキシドル島沖で撃破された敵の機動部隊の残党の可能性が高いですね。」

 

 そう言いながら眼鏡を光らせている巫女装束を着たすらりと背の高い艦娘は艦隊の頭脳を自負する高速戦艦、金剛姉妹のこれまた末っ子霧島だ。眼鏡が特徴の見た目そのまま頭が切れると評判だ。

 しかし同時に当鎮守府有数の武闘派である事もよく知られている。面倒見がいいから駆逐艦や巡洋艦をはじめとする妹分からも評判は悪くはないが、一番人気なのは戦艦勢だ。みな先の大戦での数少ない戦艦同士の砲撃戦である第三次ソロモン海戦の話を聞きたがっているのだ。

 特にろくに戦う事の出来ないまま終戦を迎えたビックセブン長門からはこの鎮守府に配属されて以来切望の眼差しで見られている。

 いつもはビックセブンの誇り云々などと言って鎮守府を威風堂々と闊歩している鍛え上げられた体つきの長門がいかにもインテリな風貌な霧島にまるで忠犬(はたまた不良の舎弟)のように取り巻いている光景は非常に滑稽でおもしろいといつも言われている(勿論本人には誰もその事は教えない)。

 

 

 霧島が話していたオキシドル島沖海戦とは先日3月29日に鎮守府の南に位置するオキシドル島付近で繰り広げられた航空戦とその後の追撃戦の事だ。敵の機動部隊が運良く哨戒網にかかり、赤城、加賀、祥鳳、瑞鳳を中心とした機動部隊が奇襲を仕掛けたのだ。

 激しい航空戦の末、敵の旗艦を撃破、状況が不利な事を察した敵艦隊は全速力で撤退を始め、その後はスコールに見舞われる中で更に数時間程今度は駆逐艦や巡洋艦を中心とした部隊による激しい追撃戦が行われた。

 視界がきかないスコールの中で追撃戦が行われた為、最初の航空戦以外の戦果はまだハッキリしていないのだ。

 そしてサンタジョージア諸島はその海域の北西に位置するサンゴ礁の上に出来たミクロネシアではありふれた島々だ。この辺りの海域では熱帯特有のスコールが時間を問わず発生するため方角を見失って遭難する事は珍しくない。それは見方も敵も同じ事で予期せぬ場所からひょっこりと艦隊が現れ、遭遇戦になることもしばしばあるのだ。

 今回もそんな所で、はぐれた敵の機動部隊の一部が方向を見失ってサンタジョージア諸島に出没したのではと霧島は踏んでいる。

 

 

 「吹雪ちゃんは出撃初めてなんだよね?くれぐれも無理はしないようにね?」

「時雨ちゃん…ありがとね。」

 

 実を言うと吹雪が今一番この艦隊で頼りにしているのはこの物静かな雰囲気をつねに漂わせている時雨だ。

 火力こそは木曾、霧島の両艦には及ばないが、なにより同じ駆逐艦として木曾や霧島と違って普段から多愛もない会話を交わしている時雨の存在が一番ありがたいのだ。

 この時雨という艦娘はどうも雨が好きなようで度重なるスコールに皆がうんざりしている中でもまだ雨に見飽きていないようだ。

 曰くその日その日で一見同じような雨に見えても実は注意深くみれば違った表情があるらしい。彼女の話は哲学的過ぎて皆聴きたがらない(それこそスコールにうんざりしているように)のだが、吹雪だけは時雨のその講座と言ってもいい難儀な話を頷きながら聴いている。勿論内容の半分も理解出来ないのだが、聴いているだけでも吹雪は楽しいようだ。

 

 そうこうしているうちに目的地のサンタジョージア諸島が水平線に見えてきた。浅瀬が周囲に広がる小高い山をもった幾つかの島だ。いよいよ艦娘吹雪にとっての最初の戦闘が始まった。

 



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2 会敵

いよいよ戦闘シーンです。
ご期待下さい(ドオオオオン)


――こちらツツジ64、まもなく目標海域に到着する。

――こちら司令部、了解しました。敵艦隊はすぐ近くにいると予想されます。気をつけて下さい。

――分かっている。

 

 とうとう来てしまった。敵はどこから来るのだろう?

 吹雪は先程からずっと目の前の島に釘付けだ。今にも島影の死角から敵が飛び出して来るのではと内心ヒヤヒヤしている。出撃してから時雨を初めとしたメンバーと話をしたお蔭で緊張は幾分ほぐれたが、結局不安は打ち払えないでいた。それもその筈、吹雪は艦娘の身体になってから初めての出撃なのだ。

 

 吹雪は艦娘の身体になって人間の身体というものの便利な所と不便な所を身をもって痛感した。

 日常の生活を送る分には、人間というのはとても便利で素敵なものだと吹雪は思っている。特に会話というのものは、こんなに有意義で楽しいものなんだとふと思う事もある。

 しかしそんな吹雪でも戦闘となると、この前までの身体のほうがまだましだったと思ってしまうのだ。

 揺れる海面の上では足の二点しか接していないため航行するには相当なバランス力が問われるのだ。高速で航行するだけでも一苦労なのに、ましてや砲撃戦を行うなんて最初は考えられなかった。

 

 ―――でも、私はこうしてまた戦場に戻って来たんだ。私は皆の為にも戦わなきゃいけないんだ!

 大きくなる島影を前に、ようやく吹雪は覚悟を決めたようだ。

 

 

――本部、本部、ツツジ64敵影確認。見たところ哨戒機の報告と大差無さそうだ。これより砲雷撃戦を開始する。

――了解。

 

 木曾の中では今の所状況はおよそ予定通りに進んでいる。やはり敵は島の向こう側から現れ、しかも最大でも巡洋艦レベルまでしか確認できない。対してこちらには戦艦がいる。

 数は少しばかり足りないが、自分たちなら決して負ける事は無いと考えている。相手は早々に退散するか、それでなくても撃滅出来るだろう。

 

「砲雷撃戦用意!敵艦隊正面より接近!霧島!!」

「距離約300、間もなく砲撃を開始します。」

 

 一番に火を吹くのはリーチが最も長い兵装を持つ霧島だ。発砲直前、霧島は左右を確認した。

 主砲の発射時に至近距離に味方がいると、発射の爆風でダメージを与える可能性があるからだ。それほど戦艦の主砲は強力な火力を有しているのだ。

 

「初弾発射!」

 凄まじい爆音と共に霧島の4基の各主砲の一番砲が火を吹いた。直後、「ゴオォッ」と重い音で空を切って砲弾が飛翔し、敵巡洋艦の右側に青い水柱が立った。

 それを見た霧島は各砲塔の向きを身をやや左に向けた。

 

「修正射、発射!」

 今度は巡洋艦を覆うように前方に水柱が立った。丁度敵の未来位置辺りだろうか。

 次の斉射で当たるな。

 木曾は心の中で静かに確信した。次の瞬間収まりつつある水柱の奥から閃光が見えた。

 やはり撃ってきたか。

 本来ならば戦艦の長射程を活かしてアウトレンジで攻撃をしたいところだったが、今回はそうはいかないようだ。

 

 砲撃というものは直撃した時のダメージは勿論深刻だが、それに匹敵する―あるいはそれを凌駕する程―厄介なのは心理的なダメージだ。

 目にも止まらない速さで空を切り飛んできて、凄まじい轟音と共に死を撒き散らす砲弾は、それが自分を狙っているという事実だけでも相手に相当なプレッシャーを掛ける。

 新人が動揺しなければいいが…。

 

 

 吹雪の中では安堵感が広がっていた。それは霧島の艦砲射撃によるものが大きい。

 やはり艦娘になっても戦艦の巨大な火力は健在だ。

 耳をつんざく轟音と共に発射された砲弾は敵艦隊の中核たる巡洋艦の近くに着弾 。今や巨大な水柱が覆いつくしている。もう敵巡洋艦は轟沈したのでは、とも一瞬思った。

 その時水柱の奥から閃光が見えた。それに続き甲高い砲弾の飛翔する音が聴こえた。すると自分の目の前に水柱が立った。それは自分の背丈の何倍もある水の柱だ。自分は敵の射程に入っている。

 

 

 砲弾は吹雪の前方にいた時雨の左手の目の前に着弾した。初弾でここまで近くに着弾させるとはどうやら敵はかなりの手練れのようだ。となるとやはり先日のオキシドル沖の機動部隊の一部なのか?

 時雨が思考を巡らせていると、次の瞬間予想外の事態に思わずギョッとした。なんと後方から魚雷が海中に白い尾を引きながら自分のすぐ横を追い抜いて行ったのだ。

 危うく直撃しそうな距離だった。しかしこの距離では敵艦隊へのダメージは到底期待できない。まさかと思い後ろにいる吹雪を見ると一目で分かる程焦っていた。

 

――こちら旗艦木曾、そっちから魚雷のようなものが敵に向かったのを見たが…。

――すいません!私の誤射です!すいません!!

 時雨が応答する前に吹雪が応えた。どうやらテンパって魚雷を発射してしまったようだ。

――分かった。吹雪、次からは気をつけろよ。税金が勿体ねえ からな。

――はい!

 そういう問題なのか?時雨は心ので木曾に突っ込んだ。

 今回はよかったが、これがもっと規模の大きな艦隊だったら友軍に被害が及んだかもしれない。1発だけならなんとやらと聞いた事があるが、今のはどう見ても少なくても3、4発は発射されたように見える。ひょっとしたら6発全部打ち切ったんじゃ…。

 

 

「全門斉射!」

 今までとは比べ物にならない程の轟音と共に発射された8発の砲弾が敵を捉えた。霧島はいよいよ斉射で畳み掛けた。水柱が晴れると黒煙を上げる敵艦がハッキリ見えた。

 

――間もなく俺たちの射程に入る。しっかり狙って撃てよ!!

――了解だよ。

――了解しました!

――吹雪。

――は、はい?!

――撃つ時は皆と同じ方向に撃てよ?

――わ、分かってますよ!

 軽く新人の緊張をほぐした所で木曾も砲撃の体勢に入った。

 

――吹雪、時雨は自分の正面の敵駆逐艦を一隻ずつ担当しろ。あとは俺と霧島で片付け…

不意に木曾の言葉が止まった。

――どうしました?

――…上を見ろ。

 

 吹雪と時雨はほぼ同時に空を見上げた。そこにあったのはいつも通りの青々とした空。そしてこちらに迫る無数とも思える数の黒い点だった。

 

――…ツツジ64、直ちに戦闘を中止して全速力で離脱するぞ!!くそったれ!!アレは一体何だ!!

 

 

 司令部は通信内容に騒然とした。

――司令部、こちらツツジ64、大量の敵航空機を発見!現在全速力で戦域を離脱中だ!

――もう一度繰り返して下さい。

――空襲だ!大量の敵航空機の空襲を受けてる!!現在全速力で離脱中、更なる指示を求める!!

 

「何ぃ!?空襲?!」

海将が低い声で唸った。

「空母が居ないのに?」

 三佐も表には出さないが、大分肝を潰した。

 

――こちら司令部、本多だ。木曾、それはエイプリルフールのネタか何かか?

 海将は最後の希望とばかりに通信に割り込んだ。

――それじゃあ俺たちが撃たれてる機銃弾はBB弾か何かって言うのか?

 

 よく聞くと通信機越しに航空機の爆音や爆弾か高角砲か分からないが爆発音が聴こえた。

 

――こちら大河内、敵航空機のおおよその数は把握出来るか?

―…空を覆いつくしてる。100機前後…いや百数十機は少なくてもいるな…。

――分かった。そのまま全速力で撤退を続けろ。

――了解だ。

 

 

 木曾が通信を終える頃にはツツジ64頭上は完全に航空機に覆いつくされた。

 その大群の中から、時折幾つかの航空機が降下しては爆弾を落とすか、機銃を掃射して来るのだ。

 ツツジ64は満天の青空の元、決死の逃避行劇を繰り広げていた。

 

 「クソッ、こういう時に限ってスコールってのは降らないもんなんだな!演習の日にはすぐ降りだすってのに!!」

 

 木曾は悪態をつきながら14cm砲を撃っていた。きっと狙いは適当だ(そもそも14cm砲は対空射撃には殆ど向いていない)。

 しかし飛んでくる爆弾や機銃掃射を少しでも減らしたいし、この有り様じゃ何処に何を撃っても当たる気がしたのだ。要するに半分程ヤケクソだ。

 

「霧島!三式まだか!!」

「今徹甲弾と替えています!もう少し…。」

「急いでくれよ!!」

 

 空母は確認されて居なかった為、不意の空襲の中、霧島は急いで対空用の砲弾である三式弾に急いで兵装転換をしている。

 三式弾は端的に言ってしまえば殺傷力を持った花火だ。有効射程は10km程しかなく、以前(WWⅡ時)は対空用としての評価は良くはなかったが、今は違う。皆が霧島が特大の花火を打ち上げるのを心望みにしていた。

 

 

 時雨は自分達に放たれてる弾は2種類ある事を敵機の銃声から知った。

 

 1つは軽快な発射速度で雨霰のように降り注いでくる銃弾だ。多分12~13mm位の口径の銃弾だ。このクラスの弾はコンクリートの壁位なら障子紙のように突き抜ける。並の人間なら1発で身体に大穴が開くか、千切れるだろう。

 

 もう1つはそれとは違い、重く遅めの発射速度で撃たれる弾だ。こちらは多分20~30mm位の口径の弾だ。先ほどの弾とは比べ物にならない程の威力がある弾だ。建物の壁を何層も突き抜け、人間が喰らったら身体が「弾け飛ぶ」だろう。

 

 それらがそこら中を飛び交っている。

 もう何発も被弾したが、実物の駆逐艦並に頑丈な艦娘なら直ちには問題は無い。しかしこの状況にいつまでも耐える事はできない。これだけ撃たれてはいつラッキーヒットが来るか分からない。運悪く艤装の急所にヒットしてエンジンが故障したら急降下爆撃の格好の標的になるからだ。更に魚雷に直撃して誘爆でもしたら駆逐艦など1発で轟沈だ。

 

 

 吹雪は半ば恐慌状態になりながら12.7cm砲を撃っていた。対空射撃は苦手だし、この主砲も対空射撃にはあまりむかないが、そこら中から聴こえる五月蝿い敵機の音がそんな考えをかき消していた。

 

「3式弾装填完了!これより主砲を発射します!」

 

 霧島の警告の声の後、その自慢の主砲がその口火を開いた。吹雪にはそれがひどく久しぶりに見た気がした。直後、吹雪が頭上に赤い閃光が見えたと思った瞬間に巨大な炎の傘が開かれた。それは手を伸ばせば届きそうな程の距離に感じた。

 

「吹雪、敵機急降下!!」木曾が叫んだ。

 

 振り向くと数機の敵機が急降下時に出す独特なラッパの様な音を出しながら迫っていた。

 

「避けろぉ!!」

 

 爆弾が機体の胴体の下から切り離されるのが見えた。吹雪は死が迫っているのを久しぶりに感じた。

 何とか身を少し屈めた所で爆弾が炸裂した。かなり近くで爆発したのだろう、轟音と共に波しぶきが視界を覆いつくした。更に遅れて衝撃を感じ、思わず海面に倒れた。木曾が何かを再び叫んだが、爆音で一時的に耳をやられたのか聞き取れなかった。

 すると今度は波しぶきのカーテンを突き破って敵機が突っ込んできた。爆弾は落とさなかったが、今度の奴は機銃掃射をしてきた。曳光弾の光の矢が何発も当たった。カンッカンッと何発かは弾かれたが、同時にバスッバスッと嫌な音も聴こえた。

 

 

 それはあっという間の事だった。吹雪は目の前の敵機に夢中で後方への警戒を疎かにしていた。それに気付き、注意しようとした矢先の爆撃だった。奴らおまけに機銃掃射までしやがった!音からして20mmだ。

 

「援護しろ!!」

 

 木曾の声に再び空に炎のカーテンが拡げられた。吹雪に近寄り、安否を確認しようとした木曾は絶句した。魚雷発射菅には幾つもの孔が穿たれていた。

 

 

 吹雪が思わず反射的に閉じた目を開けるとそこには血相を変えた木曾がいた。

「えっ?」自分の身体を手で触ったがどうやらまだ五体満足なようだ。

 

「フッ…。どうやらまだ俺達のツキは残ってるようだぜ、吹雪。」

 

 木曾の目線の先には孔が穿た自分の魚雷発射菅があった。一瞬誘爆の恐れにゾッとしたが、即座に木曾の言葉に冷静になれた。そうだ、誘爆する魚雷なんてもう無いのだ。

 

「さあ立て。」木曾が手を差し伸べた。

「ツいてる内にとっとと家(鎮守府)に帰ろうぜ。」

 

 

 




いかがでしたか?
お見苦しい所もあったかもしれませんかもしれませんが、よろしければ感想などを書いていただけたら嬉しい限りです。


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3 覚悟

 

海将は帽子を取って頭を抱えていた。

 

「航空機100機以上だと?何処からそんなに湧いてきたんだ?」

 

しばし司令部に沈黙が流れた。

 

「…それは今の所分かりませんが、敵の目標は検討が着きました。」

「目標?ツツジ64じゃあ無いのか?」

「こんな小規模な艦隊が100機以上もの航空機の攻撃にこれだけの時間耐えられると思います?」

 

 この時ツツジ64はちょうど鎮守府~サンタジョージアの道のりの半分程の距離まで引き返していた。

 更に通信の内容によれば(この時司令部はツツジ64内での無線のやりとりも傍受出来るようにしていた。)未だに一隻も落伍していない。それ自体は大変喜ばしい事なのだが、大河内三佐の中では嫌な考えが浮かんだ。

 

 

「装填!!」

時雨が叫んだ。

 

 もうこれで何度目なのか忘れ てしまった。クリップを使って砲弾を装填している間にも容赦なく機銃弾の嵐を浴びせられた。

 曳光弾が自分や艤装に当たって、金属音を響かせて辺りに不規則に跳ね返っていくのがしばしば視界に入った。時折爆弾も落とされたが直撃する事はなかった。敵機は練度がそれほどでも無いのか?それとも…。

 しかし次の瞬間霧島が轟音と共に炎と黒煙に包まれた。とうとう誰かに爆弾が直撃したのだ。黒煙の漂うまっただ中にいたのは…霧島だった。

 

「霧島さん!」

 

 時雨は黒煙の中へ駆け付けた。これで沈まなくてももし機関部がダメージを受けていたら、この状況では致命傷だ。

 

「大丈夫ですよ。」

 

 煙の中で霧島が時雨の心の中の危惧に応えるように返した。

 

「この霧島、この程度の攻撃では沈みません!」

 

更に若干煤けて黒くなった顔の霧島が力強く返した。

 

 どうやら爆弾は艤装の中でも一番頑丈な主砲塔に直撃したらしい。霧島本人へのダメージはそれほどでも無かったが、砲塔にはへこみができ、砲身はひしゃげていた。これではもう3式弾は撃てない。

 

――霧島が被弾。繰り返します霧島が被弾。

――どんな状況だ? 

 時雨の通信に旗艦の木曾が返した。

 

――第3砲塔に直撃、後は何ともありませんがこれで第3砲塔では三式弾を撃てなくなりました。

霧島が応えた。いよいよじり貧だ。

 

――…了解した。まだ動けるよな?

――はい。

 

 吹雪は気を落とさずにはいられなかった。何て事だ。霧島が被弾して炎と煙に包まれるのが喧騒の真っ只中にいる吹雪からもハッキリ見えた。

 すかさず一時的に停止した霧島の回りに円陣防御を築いた。正直言って本当はそんな事したく無かった。ひたすら動き続けなければたちまち銃弾と爆弾で孔だらけにされるように思えたからだ。

 吹雪には自分達が弾と爆弾を吸い付ける磁石にでもなったように思えた。だからこそ一心不乱に撃ち続けた。そうだ。家に帰るんだ。

 水飛沫がかかる度に焼けついた12.7cm砲の砲身から熱い蒸気が上がった。

 

 

 木曾は不自然な事に気が付いた。爆弾を抱えたままの敵機が悠々と頭上を飛んでいる。いや、それ自体はこの数十分ずっと見てきた光景なのだが、考えればそれ自体が不自然なのだ。爆弾の直撃を喰らって一時的に停止した霧島にも追い討ちで爆弾を投下しなかった。

 そういやさっきの吹雪の時も追い討ちの爆弾は投下しなかった。未だに出し惜しみするかの様に多くの機が爆弾を抱いたままだ。本来なら自分達はもうとっくに全滅していてもおかしく無いのでは?

 ……どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。そうだ、自分達は尻を突っつかれながら泳がされているのだ。

 俺達は敵にわざわざ本拠地への道案内をしていたのか !

 

 

「なるほど…。すると敵さんの大本命はここってのか。」

 本多海将は唸るように大河内三佐に返した。

 

「この状況からして、その可能性が高いかと。」

「そうだとしたらかなり不味いな。」

「ええ、ついてません。エイプリルフールにとんだドッキリを仕掛けられたもんです。」

 

 上空に飛来する航空機は航空機で迎撃しなければ対処しきれないのは第二次大戦での壮絶な航空戦の末に確立された定石だ。しかし、運の悪い事に今この鎮守府ではそれは出来そうに無い。

 まず、この鎮守府で最も多くの艦載機を有している正規空母「赤城」及び「加賀」の「ツバキ11」はオキシドル島沖の海戦で討ち漏らした敵の空母部隊の索敵に南部戦線の最南端付近の最前線へ出払っている。

 今直ぐ呼び戻しても鎮守府付近に展開し、更に艦載機を全機発艦させるにはかなり時間がかかる。

 「祥鳳」と「瑞鳳」の「アオイ34」は同じく南部のこちらは西寄りの戦線で哨戒活動を行っていた。

 赤城と加賀が敵の大部隊と交戦する事になった場合は即座に応援に駆け付ける予備戦力としての役もあった。

 サンタジョージアに最も近い位置にいたため先ほど司令部の通信を受けて北進を始めたが、更に今から鎮守府に航路を変更してもツバキ11よりは早く着くが、同じく敵の攻撃に間に合いそうに無い。

 「蒼龍」と「飛龍」の「スミレ22」はアオイ34と対になるような形で南部の東寄りの戦線で哨戒活動を行っている。

 こちらも鎮守府からはならかなり距離がある。早くても鎮守府付近に展開出来るのは祥鳳と瑞鳳のアオイ34と同じ位の時間になるだろう。

 となると即座に迎撃体勢を整えられるのは鎮守府に待機している「鳳翔」と「大鳳」の「カエデ67」のみとなる。

 しかし、運の悪い事に鳳翔は前日の哨戒活動中に敵潜水艦の雷撃を受け、現在はドックに入っている。つまりこのままでは大鳳一人で(少なくとも)100機以上の航空部隊と対峙する事になる。それはどう考えても無理がある。

 

「どうやっても空襲を防げそうに無いな…。」

 海将は地図を睨みながら言った。

 

「大鳳の次に迎撃体勢に入れるのはアオイ34の祥鳳と瑞鳳ですが、これでも数は不足気味です。きっと敵は波も航空隊を飛ばしてきますからね。蒼龍と飛龍が来ないとまともな迎撃は出来そうに無いです…。」

 三佐は頬の古傷を擦りながら言った。

 

 ツバキ11は最も鎮守府から離れた位置にいる為、間に合わないだろう。そもそも鎮守府の上空で航空戦を行うにしても近海に最低限の哨戒網は敷いておく必要もある。ツバキ11はそれに回してそれ以外の空母部隊が揃った所で航空機による迎撃戦を行うのが賢明だと三佐は海将に言った。

 

「しかし…そうなるとスミレ22が来る頃にはここは更地になってそうだな…。」

「劣勢の航空隊を逐次投入するよりはまとまった数が揃った所で一気に投入する方が効果的です。」

 三佐はキッパリと言った。

「それに…」

 三佐は続けた。

「こういう時の為に我々、陸上自衛隊第5特殊任務中隊がいるんですよ。」

 海将は陸佐から確かな自信を感じた。

 

 

 ――こちらツツジ64だ、司令部、司令部!!応答しろ!! 木曾は必死に呼び掛けた。早くこの事を知らさなくては!

――こちら司令部、本多だ。 

 応答したのは海将だ。

――海将、ヤバい事になったぞ、敵航空機の狙いはきっと…

――その事は気にするな。厄介な客が来る事はもう想定済みだ。

――…そうか。 木曾は少しホッとした。

――それより木曾、君の隊は無事に帰投出来そうか?

 

 木曾は辺りを見回した。

 相変わらず空からは無数の銃弾が浴びせられている。辺り一帯は気がおかしくなりそうな爆音で満ちていた。だが誰一人として諦めていない。泣き言を言う者は誰も居なかった。

 

――…大丈夫だ、皆で帰る。残念ながら余計な客人も一緒だがな。

――客人か。 

 海将も覚悟を決めたようだ。

――なら我々が熱烈歓迎してやらんとな。

 





一航戦は色んな所で活躍してるので、たまには他の空母娘にポイントを当ててみようかと思い、書きました。

時雨の給弾の描写は何か砲塔の上がカパっと開いてライフルみたいにクリップを突っ込めそうだな~と思っていたら、何とそれを描いていた素敵なイラストがあったのでそれに後押しされて書いて見ました。パクりじゃ無いよ!(焦)


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4 自衛隊

艦これの小説なのに陸自も活躍する…。
これもう訳分かんねえな。


 

 ――司令部より各小隊へ、敵航空隊が鎮守府を目指して西方より飛来する。直ちに対空迎撃体勢を整えろ。

 

 大河内三佐の放送にムエルタ島鎮守府の第5特任中隊に激震が走った。皆いつかは自分達の出番が来るとは思っていたが、遂にその“いつか”が来たのだ。隊員達の思いはそれぞれ違ったが、やはり不安を抱く者が多かった。

 全員これが深海棲艦との初めての真っ向勝負だ。そう思うのも当然の事だろう。しかし今、躊躇している暇は誰にも無かった。隊員の多くは心の中の不安を押し殺し、まるで訓練のように対応を手際よくこなしていった。

 

 第5特任中隊、正式名称第5特殊任務中隊は大河内3佐の指揮下にある中隊だ。

 そもそもこの鎮守府に陸上自衛隊を招いたのは他でも無い艦娘の艦隊を率いる本多海将だ。

 本多海将は艦娘での戦闘の指揮をするに当たって、艦娘達の容貌などから、艦娘を運用するには歩兵戦の知識がある士官(つまり陸自隊員)の参謀が必要なのではと上に提案をした。

 

「私の受けて来た訓練や教習は、目標に向かってミサイルを撃ったり、逆にミサイルを迎撃するものだった。艦隊決戦やら艦隊航空戦なんて、それこそファンタジーの世界の出来事のようなものだったよ。今までは…な。」

 本多は以前、大河内にこう漏らした事もある。

 

 それで総合幕僚監部が寄越したのが、大河内陸佐と彼の指揮する400人を越える陸自の隊員達だった。

 この頃深海棲艦に対しては艦娘だけで無く、第2次大戦時に使われた兵器も有効だということも判明した。その為、世界中からかき集めた膨大な数の旧式も良いところな骨董品の火器や弾薬、車両も持参してきた。

 この部隊は特殊な任務に従事する為、通常の中隊よりも戦力は大分強化されているが、外交的、国内的、又は様々な諸事情により未だに中隊と称している。

 

 主な任務はこの広大な南太平洋上にポツリと浮かぶ島の軍事基地としての整備と護衛だ。

 護衛任務の為に沿岸付近には対艦、島の四方には対空用の陣地を整備した。陸自が来てからの数ヶ月でこの島はもはや要塞の様に生まれ変わっていた。今、その真価が問われる時が来たのだ。

 

 

 島の各所にある掩体壕(バンカー) に手際よく輸送ヘリが納められ、入れ替わるように陸自の96式装輪装甲車が姿を現した。

 それも只の装甲車では無い。この任務の為に特別に対空迎撃用に改造された車両だ。

 本来輸送する兵員が搭乗するスペースには、見るからに凶暴そうな4連装のAN/M2 12.7mm対空機関銃を装備した回転式の銃座が据え付けられている。ブローニングM2重機関銃を元に対空用に発射速度を2倍にしたモデルだ。

 

 余談だが、このブローニングM2重機関銃はこの鎮守府にいる誰も(艦娘も含む)が知っている傑作兵器だ。隊員達は“50口径”、艦娘達は“三式銃”の愛称で呼んでいる。

 戦前のアメリカで生まれて以来、ある時には戦車や装甲車の車載機関銃に、零戦、隼、グラマン、マスタング等の航空機に、大戦中の軍艦にも海自の護衛艦にも、はたまた紛争地域の民兵までとにかく国籍も時代も問わず現在まで使われ続けているのだ。まだ使ってるのかと驚いた艦娘も少なく無い。

 

 また、ある車両には2連装のエリコンFF20mm機関砲が据え付けられている。高名名高い零戦の20mm機銃のモデルとなったこれまた傑作兵器だ。これらを装備した装輪装甲車が次々に対空陣地に展開して行った。

 

 対空陣地は一見すると幅が広い道路か滑走路に見える(実際滑走路やヘリポートの役目も兼ねている)。要所要所に土嚢を積み重ねて作った銃座や高射砲陣地があるが、それ以外には何も無い。有事の際には装輪装甲車部隊が縦隊を組んで展開する為だ。

 上空から見ると島を4等分するかの様に(実際それで区分けされている)X字形の滑走路が敷かれているように見える。この形ならばどの方角から来ても交差射撃によって効果的に弾幕を形成できるのだ。

 そして今、整然と車両の列がその陣地に展開していった。特科の隊員も各自の持ち場の高射砲や機関砲の陣地に就き、鎮守府にいた非番の艦娘達も海上に防御陣形を展開した。

 

 

 「来い、三好!出発するぞ!」

 装輪装甲車の運転手の浅井三曹が叫んだ。

 

「待ってください!!」

 バンカーの中から三好士長が装甲車に飛び乗った。彼はこの班の装甲車の機銃手だ。

 

「三好!」

今度は助手席の三好の同期の朝倉士長が呼んだ。

「なんだ?」

「お前初めて深海棲艦の連中に向かって撃つんだよな?」

「もちろん。」

「ビビって味方を蜂の巣にするんじゃないぞ!」

「…もしかしたらお前の尻に二、三発ヒットするかもな!その時は謝るよ。」

「言ってくれるねえ。」

 

 三好は自分の中の緊張をそうやって冗談で押さえ付けると、最後の機銃の点検を済ませて銃座に着いた。今から彼が頼れるのはこの4連装の50口径重機関銃だけだ。

 やがて車両は対空陣地の所定の位置で停止した。右を見ても左を見ても装輪装甲車が並び、機銃を空に向けている。

 近くのボフォース40mm機関砲の陣地にも特科の隊員が慌ただしく入って行くのが見えた。三好士長も覚悟を決めて空を見据えた。

 

 

 「二曹、海自の自分らもこんな事しなきゃならんのですか?」

 一方その頃、大事な大事な工廠で準備を進めていた津久井士長は上官に不満を漏らした。

 

「何を言ってるんだ?深海棲艦の迎撃は陸自だけの仕事だと誰が言ったんだ?士長。」

 韮山二曹はキッパリ返した。

 

 この鎮守府にも人数は多くはないが、海自の隊員が駐在している。津久井士長もその一人だ。しかし彼は一週間前に輸送艦の補給と一緒に来たばかりの新米だ。

 どういう訳か誰からも特に説明を受けずにこの島に降ろされた彼は、自分はただの雑用か何かが専門だと思っていた。

 しかし、体に弾帯を巻いて、ごつい機関銃を持った、非常にアブない格好をした、この韮山二曹に捕まってしまったのだ。

 

 「士長、ここはこの鎮守府の“核”と言ってもいい位重要な施設だ。まぁ、しっかり働こうぜ。」

「は、はあ…。」

 

 二曹と士長の二人組は、吹き抜けとなっている工廠の一番広い倉庫の二階にあたる高さの足場の西側に面した大きな窓の側にいる。今は窓を外して、窓枠に機関銃の二脚を置いて待機している。

 

 「それにやっとコイツを撃てるからな。」

 そう言うと二曹は機関銃の引き金の上のレバーを引いて薬室に弾を送り込んだ。

 

 彼が今構えている機関銃はかつて“ヒトラーの電動ノコギリ”のアダ名で恐れられた「MG42」だ。

 毎分1200発もの凄まじい発射速度(この位の速度になると1発1発の発射音の途切れが分からず電動ノコギリの音のように聞こえる)で弾を吐き出す傑作軽機関銃だ。

 とにかく使えそうな火器をかき集めた結果、多様な国籍の火器がこの島には集まっているのだ。

 

 「お前は弾係な。とにかく弾を持ってこいよ!」

 

 士長は一方的に二曹に仕事を割り振られた。不満をもっと言おうとしたが、回りの様子を見ると気が変わった。窓には自分達と同じように機関銃を持った海自の隊員達が何人も張り付いている。

 下を見れば小さな妖精さん達も機関砲や高角砲を空に向け、まだあどけない容姿の駆逐艦の艦娘が擬装を背負って慌ただしく海に向かって走っていった。

 それらを見てさすがに士長も観念したようで弾薬箱を取りに彼も走っていった。

 

 

 大河内三佐は久しぶりにテッパチ(戦闘用ヘルメット)を着け、戦闘服に着替えていた。

 今のところ滞りなく準備は進んでいるようだという事を無線の報告で確認していた。そして三佐はまた頬の古傷を擦った。

 

 実はこの三等陸佐は現在の自衛隊の中では数少ない実戦、つまり殺し合いを経験している者なのだ。

 数年前、PKO活動で紛争の続く中南米の小国に、彼と彼の率いる中隊が派遣された。任務は現地の復興援助と難民の保護だったが、その難民キャンプがゲリラの襲撃を受けたのだ。

 激しい攻防戦の結果多くの彼の部下が死傷し、国内外に大きな衝撃を与える事件となった。頬の古傷はその時のものだ。

 今回編成された特任中隊の隊員の中にもその時に共に戦った者が少なからずいる。陸佐はだからこそ自分(とかつての部下)がこの任務を任されたと考えている。艦娘と同じように“戦”を知る者として…。

 

「中隊長殿!ここにおられましたか!」

 部屋の奥から声が響いた。

「…あきつ丸か。ご苦労さん。」

「はっ!」

 姿を現したのは元祖強襲揚陸艦ことあきつ丸だ。

 

 この鎮守府では唯一の旧陸軍所属の艦娘(本人は“艦”では無いと主張しているが)だ。元陸軍所属とあって、どうやら他の艦娘に若干の苦手の意識を持っているようで(本人曰く会話が続かない)、殆どの時間を陸自の兵舎付近で過ごしている。

 更に彼女は大河内三佐を慕っているようなのか分からないが、彼の側にいつもいる為、現在は実質的に彼の補佐官のようなポジションについている。

 

 以前は彼の事を“少佐殿”と言っていたが、さすがにそれはまずいと言うことで“三佐”に改めるように言った。

 しかしそれはそれで言いづらいと言うことで、現在は“中隊長殿”と彼女は呼んでいる。彼としては“殿”付けも余り好ましくは無いようだが、どうやらこの癖は治らないようだ。

 

「中隊長殿、その格好は…」

「ああ、俺は最前線で中隊の指揮を執るからな。」

 

 どうやらこの陸佐には安全なバンカーに退避するという発想は無いようだ。

 あきつ丸はこれを恐れていた。艦娘と違って生身の人間は砲弾どころか、爆発で飛び散る破片が当たっただけで即死だ。

 優秀な指揮官(と彼女は思っている)をここで失いたく無いあきつ丸は何とか彼を止めようとした。

 

「中隊長殿。この戦闘、かなり激しい戦闘になる事は必至です!」

「もちろん分かってる。」

「それならば、ここは安全な司令部で指揮を執られた方が…」

「嫌 だ。」

「中隊長殿!!」

 

 しかし、こうなるともう止められない。彼はそのスマートな見かけによらずとても頑固な一面があるのだ。

 あきつ丸が狼狽していると、大河内陸佐はおもむろに煙草を出し、火をつけた。どこか遠くを見てような目で煙草を吸った。

 視線の先には相変わらず南国の青空が広がっていたが、久しぶりに死が羽音をたてながら迫って来るのを感じていた。

 

「無線機を持て、あきつ丸。海将、行ってきます。」

 大河内はそう言うと、足早に地下室の司令部を後にした。

 

「あっ!ちゅ、中隊長殿!!ああ、海将閣下!!行って参ります!!」

 あきつ丸はビシッという効果音が聞こえてきそうな敬礼をすると、大河内を追って司令部を後にした。

 

 

 その頃ツツジ64は未だに轟音と爆音の中を全速力で鎮守府に向けて撤退していた。至近弾や銃弾の嵐の中を掻い潜って走り続けてきただけあって、もう皆ボロボロだった。

 

「鎮守府まであと少しだ!ここまで来たんだ、全員で帰るぞ!!」

 木曾が皆を叱咤した。

「でも、木曾さん…」

 吹雪が申し訳なさそうに口を開いた。

「なんだ?」

「このまま私達が帰ったら鎮守府は…」

 一瞬全員の表情が曇った。

 

「分かってる。」

 木曾が遮った。

「このまま行けばどうなるかは、皆分かってる。鎮守府の皆もな。」

「でも…。」

 

 吹雪の言いたい事は皆分かっていた。むしろ、皆の心中を代弁していたといってもいい。自分達4人のせいで鎮守府の皆が命の危険に晒される事になってしまった。だが、もはや自分達にはどうする事も出来ない。

 このまま撤退を止めて全滅すれば鎮守府空襲を回避出来るかもしれない。そう思い、実際何度かそのことを司令部に打診した事もあった。だが、やはりと言うべきか、それは海将も三佐も断固として許さなかった。

 

 「皆を信じろ、吹雪。俺達が帰らない訳にはいかないんだ…。」

 木曾は何とか言葉を絞り出した。

 

 

 やがて水平線の向こうに見慣れた島影が見えてきた。つい数時間前に出発した場所の筈なのに数年ぶりの帰還のような感覚がした。だが、誰も喜んでいる者は居なかった。とうとう来てしまったのだ。

 やがて頭上の敵機が高度を降ろしているのを感じた。もはや自分達には1発の銃弾も飛んでこなかった。島の影はどんどん大きくなる。ツツジ64の全員が島の友の無事を祈った。

 

 その時、頭上で三式弾の砲弾が炸裂した。花火のように炎の塊を空中に散らした。そしていくつかの敵機は、その炎に絡め取られ、火を吹きながら海上に落下していく。

 前を見ると、島中から曳光弾が、まるで怒り狂った火山のように噴き出し、高射砲や高角砲の黒い花火が打ち上げられるのが見えた。

 地上は濃い硝煙に覆われ、その中から規則的に高射砲の発砲炎が光った。

 物凄い弾幕だ。誰もが息を呑んだ。そして敵機が次々とその弾幕の中に突っ込んで行く。

 

 こうして、後にムエルタ大空襲と呼ばれる迎撃戦が幕を上げた。




作者は陸軍の回し者なので今後も陸自には頑張ってもらう事になると思います。提督の皆様もそこは何卒ご勘弁をお願いします。


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5 迎撃

もうこれ艦これじゃねぇって思われるかも知れません。
まぁしょうがないね!(諦)


 

 「まだ来ないな…。」

三好士長が呟いた。誰も返す者はいなかった。

 今、ムエルタ島全体は不気味な静寂に包まれていた。そんな中陸自、海自、艦娘らが敵機の編隊が大挙して来るのを今か今かと待ち構えていた。

 

「奴ら迷子にでもなったかな?」

助手席の朝倉がやっと口を開いた。

 

「もしそうだとしたら追われてる娘達は…。」

「全滅だろうな…。」

 運転席の浅井もやっと口を開いた。だが、すぐにまた沈黙が広がった。

 

 もはやどんな些細な音でも聞こえるのではないかというほどの不気味な静けさだった。

 (嵐の前の静けさってやつなのか?)

 誰ともなく西の空を睨んだままそう思っていた。たまに機関砲か高射砲の調整か分からないがカチャカチャといじる聞こえたり、風に揺れる草木の葉音が聞こえる以外は静かな南国の昼下がりの時間が流れていった。

 

 

 「みんな…大丈夫やろか…。」

ドックの前で円陣防御を築いていた艦娘達の一人、黒潮が呟いた。

 

「な~に言ってるぴょん!時雨なら、絶対に大丈夫だぴょん!!」

 卯月がこの場では明らかにおかしいテンションで返した。

 

「木曾は飛行機なんかにやられるような奴じゃあねぇ。アイツはぜってえ戻ってくる。」

 木曾の“ダチ”の摩耶も返した。

 

「吹雪は…どうかしらね?あの娘確か初めての出撃でしょ?」

 初風は鋭く指摘した。冷たい反応にも見えるが、裏をかえせば、それだけ気にかけてるということだ。

 

「そんな縁起でも無い事言うなや!そうや、きっと皆また帰ってくる。そしたらまた明日からまた部隊を再結成や!」

 

 そう、彼女達は元々は現在撤退戦を続けているツツジ64の面子のうち、霧島を除くメンバーと一緒の部隊にいたのだ。

 “ツツジ64”とは敵艦隊が発見された場合に元々の部隊編成を無視して臨時に結成される艦隊につけられる暗号で、木曾、時雨、吹雪はもともとはこの摩耶、卯月、黒潮、初風(大淀も一応メンバーに入っているが殆ど通信室に籠っている為、“幽霊部員”状態である)で構成された“スギナ81”のメンバーだった。

 この日はたまたまツツジ64のメンバー以外は入渠したり艤装のメンテナンス中だったりした為、出撃出来なかったのだ。今ドックの前にいるスギナ81のメンバーは戦友のいるツツジ64が帰還する事を誰よりも心待ちにしていた。

 

 

 やがてこの静かな時間が打ち破られる時が来た。最初に皆が気づいたのは“音”だった。水平線の彼方から、無数の虫が飛び交っている羽音と言ったら良いのか分からない独特の音が耳に入った。

 やがて音が大きくなると共に、今度は水平線の上の空が真っ黒に塗りつぶされているのかと思うほどの大編隊が、自分達に向かってくるのが見えてきた。

 

 「おいでなすったか…。」

 大河内陸三佐が双眼鏡を覗きながら呟いた。傍らにはあきつ丸が無線機を手に各部隊に指示を送り、本多海将ともやりとりをしていた。

 

――こちら陸自司令部、本部へ、味方航空機が支援に来れる時間は分かりますか?

――こちら本部、航空機による支援が可能なのはおよそ3、40分後になりそうです。

――了解。

 

「長くて40分か…。やるしかなさそうだな。」

 三佐は自分を奮い立たせるように言った。

 彼もまた、深海棲艦と正面から対峙するのはこれが初めてだった。双眼鏡の中の敵機の編隊はどんどん大きくなっていく。

 人生で最も長い40分になりそうだ。彼はそう確信した。

 

 

――総員待機。

 

 真っ先に応戦し、恐らく真っ先に狙われるのは西側に展開する迎撃部隊だ。そこにいる誰もが生きた心地がしなかった。

 

(まだかよ…まだかよ…)

 三好も指示を聞きながら、ずっと敵機の編隊を睨んでいた。今にも敵機に押し潰されそうな圧迫感で気が気でなかった。

 彼は腕時計を見た。これでここに陣取ってから何回目だろうか。時計は3時辺りを指していた。これが今日の最後の仕事だ。夕日もやや西に傾き始め、もうすぐで水平線に太陽が沈む美しい夕暮れが見れるだろう。生きていればの話だが…。

 

――射程内に入るまでは発砲を控えよ。

 

「分かってるよ畜生。」

 思わず不満が口に出た。奴らもうすぐそこだ。早く撃たないと、殺られる。

 

――総員、攻撃用意。待機せよ。

 

 まだなのか?もうすぐ目の前だぞ!

 三好は恐怖で一杯だった。敵機が徐々に高度を落とした。速度は上がっているように見える。

 降下して攻撃する気だ!

 三好はもう待てなかった。

 

――総員、攻撃開始!

 

 三好の忍耐の限界とほぼ同時に攻撃命令が下された。

 三好の両脇にある合計4挺の機関銃が一斉に火を吹いた。隣の奴もその隣の奴も撃ち初めた。曳光弾の長い列が、次々と青空に吸い込まれていった。だが中々思うように当たらない。苛立ちと不安がより多くの弾を発射させた。

 20mm機関砲も鈍重で力強い音と共に弾を飛ばし、ボフォース40mm機関砲は発射する度に空気を震わせながら砲弾を飛ばした。

 後方では高射砲が次々と発射され、青空に黒い花火を作りながら破片を撒き散らした。

 

 辺り一帯は耳栓をしていても鼓膜がはち切れると思うほどの銃声と砲声に包まれた。無数の銃声や砲声や敵機の唸り声がいっしょくたになって、1つの巨大な爆発音に聞こえるほどだった。

 三好は口の中に火薬の味が広がるのを感じた。もの凄い硝煙の上を敵機が飛び交う。

 今、島の西側の空は無数の光の筋に覆われていた。それは幻想的で恐ろしい光景だ。

 凄まじい密度の弾幕に捉えられ、ある機は黒い機体を錐揉みさせながら、ある機は砲弾に撃ち抜かれて空中で爆散して撃ち落とされていった。

 だが、多くの機は弾幕を潜り抜け、地上への攻撃を始めた。爆弾を落とし、爆弾の無くなった機は機銃で地上への掃射を始めた。

 上から下から銃弾の嵐が飛び交い、地上は投下される爆弾で、上空は高射砲の炸裂する砲弾と撃墜される敵機で赤く、黒く染められていった。

 

 

 「津久井!弾!津久井、弾持ってこい!!」

 工廠の倉庫の中で機関銃で応戦していた韮山二曹が叫んだ。

 

「ハイハイ、ただいま。」

 津久井士長が息を切らせながら弾帯を持ってきた。よく見れば韮山の撃っている機関銃の銃身は真っ赤に赤熱し、煙を噴いていた。

 

 「サンキュ!」

 手早く礼を言って弾を装填すると韮山は直ぐにまた射撃を始めた。

 

 韮山の撃っているMG42は1分間に1200発もの弾を撃ち出す。韮山は全身でその強烈な反動を受け止めようとしたが、さすがに限界があるようで、もはや弾をただひたすら空に向けてばらまいているようだった。

 

 津久井は銃身の事を言おうとしたが、直ぐに諦めた。今の韮山の様子じゃとてもでは無いが声を掛けづらいし、何よりもそんな暇は津久井にはなかった。

 津久井は首にネックレスのように弾帯を引っ掛け、両手には銃弾がぎっちり詰まった弾薬箱を持って工廠内を上へ下へ右に左に走り回っていた。とにかく人手が足りない為、韮山だけでなく工廠内で応戦する何人もの隊員の弾係になっていた。

 

 西側の対空陣地と同じ位猛烈な応戦がされていたのは工廠やドック等の施設が集まっている島の東側の海岸だった。

 付近の陣地は勿論、施設の中からも比較的軽い機関銃などを隊員が持ち込んで窓や屋上から空に向けて乱射して応戦していた。それだけで無く、海上からは艦娘達が対空砲撃を行っていた。はっきり言って自衛隊員達の攻撃とは桁違いの火力だった。

 

 

 「全砲門、fire!!」

 金剛の主砲が火を吹いた。

 発射された砲弾は勿論三式弾だ。発射された35.6cm三式弾は工廠の真上で見事な炎の華を咲かせた。地上で応戦している隊員達にとってこれ程頼もしいものはなかった。

 

「さっすが戦艦!!」

「よっしゃあ、その調子だあ!!」

 沿岸のタコツボで機銃を撃つ隊員達が思わず歓声を飛ばした。宇喜多一等陸士もそのうちの一人だった。

「スゲェ…。」

 彼は生まれて初めて艦砲射撃というものを間近で見た。

 空気を震わせ、体全体で熱と爆風を感じながらながら発射された三式弾は頭上で打ち上げ花火の何十倍もの音と共に炸裂し、何機もの敵機を一気に叩き落とした。

 あんな華奢な体つきの艦娘がこんな凄まじい攻撃力を持っているのか?

 宇喜多は驚きを隠せなかった。なにもかもが一緒に起こって彼は軽い興奮状態だった。

 敵機の攻撃は激しい弾幕を形成している西側の対空陣地と東側の海岸の施設群に集中していた為、比較的安全な(それでも目標を逸れた爆弾が付近に何発も落ちた)海岸の木陰のタコツボの中で彼の小隊は思う存分機銃を撃っていた。

 

 辺りには空薬莢が散らばり火薬と海の潮の臭いが混じった南国の戦場の臭いで満ちていた。

 

「Oh,year!皆さんも頑張って下さいネー!!」

 金剛が海岸に向かって愛想よく声援を返した。宇喜多は一瞬目が合った気がした。

 

「金剛!よそ見すんじゃねぇ!」

 後ろから摩耶の怒号が飛んだ。

「What?」

 金剛が振り向くと5機の爆撃機が急降下体勢に入り、独特の甲高い音を出しながら金剛目指して突っ込んできた。

 

「Holly,shit!!」

「「クソッ!!」」

 宇喜多と摩耶がほぼ同時に攻撃をした。

 

 降下してきた5機の敵機のうち宇喜多と摩耶は二人とも先頭の機を狙って撃った。しかしここで経験の差が出た。

 摩耶は目標の未来位置に向かって適格に撃ったが宇喜多は敵機に照準をぴったりくっつけて撃った。結果として摩耶は先頭の機を撃ち落とし、宇喜多の弾丸はその後ろの機に吸い込まれていった。

 2機は撃ち落としたがその後ろの3機は弾幕を潜り抜け爆弾を投下した。

 3、4機目は胴体の下のでかい500ポンド爆弾を金剛と宇喜多の間の辺りに落とした。金剛は既に回避運動をとっていた為、直撃する事はなかったが凄まじい水飛沫の波の中に飲みこまれて金剛は宇喜多からは見えなくなった。

 最後の機はこれまでと違い、小型の爆弾をいくつも付けていた。そして弾幕に恐れをなしたのか先の2機よりも上の方で投弾した。爆弾は狙いの目標には当たりそうに無いが、結果として付近のかなり広い範囲に爆弾が降り注ぐ事になった。

 

 「ヤベェ!伏せろ!!」

 誰かが叫んで皆タコツボの中に伏せたが、機銃を撃っていた宇喜多は退避が遅れた。

 

 次の瞬間宇喜多の目の前の浅瀬に小型爆弾のうちの二発が落ちて炸裂した。宇喜多はまるで後ろからロープで引っ張られるような感覚を感じながら吹っ飛ばされた。同時に近くにあったヤシの木が爆発の衝撃で木片を撒き散らしながら倒れた。

 しばらくして宇喜多が酷い耳鳴りの中で目を開けると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

 

「誰か、誰か弾をくれ!!」

「クソッ、ジャムった!!」

「衛生兵!衛生兵!!腕を飛ばされた!!」

 

 工廠の中では怒号や悲鳴が飛び交っていた。中は火薬と血の臭いで満ちて息をするのも苦しいくらいだった。

 外からは絶えず砲撃や爆弾の炸裂の轟音が響き、中では相変わらず銃声がそこら中から響き渡り、会話もろくに出来る状態でなかった。

 壁も屋根も機銃掃射の孔だらけで太陽の光が硝煙と埃で満ちる工廠内を可視状態で照らし、神秘的で不気味な空間を形作っていた。もっとも誰もそんな事を考える暇はなかったが。

 

 津久井はそんな中でも未だに運良く一発の銃弾も受ける事無く息を切らせながら弾薬を運びに走っていた。次々に飛び込んで来る銃弾に隊員達は倒れ続け、今や津久井は何人もの射手の弾薬係を兼任していた。

 

「はいよ、お待ちかねの弾だ。」

「どうもな。」

 

 津久井は会ったことも無い隊員に銃弾を渡していた。休憩がてら雑談をするつもりだ。もっとも大声で叫ぶように喋っている為、休憩になっているかは分からないが。

 

「君の相棒は?」

 津久井が尋ねた。機関銃には普通射手と助手の二人が就くからだ。

「ああ、下で彼女達といい思いをしてるよ。」

「何?」

 津久井は一瞬耳を疑った。

「艦娘達に手当を受けてるよ。艤装が駄目になった連中がやってる。」

「そうか…そいつは堪らなく羨ましいな。」

 

 彼は初めて自分が幸運にもかすり傷1つ無く機銃掃射の嵐を走り回ってきた事を気付いた。

 でも脚を撃たれて艦娘達に手当でもしてもらっている方が得かもしれない。

 彼は一瞬そう思った。

 

「だろ?脚を吹っ飛ばされたけどな。」

 津久井はそれを聞いて苦い愛想笑いをしてまた走り出した。前言は撤回だ。

 

 その時、自分の頭上の屋根が凄まじい音を立てて崩落した。と、思ったら視界の左端に屋根の残骸と共に黒い何かが落ちて行くのが見えた。

 一瞬のうちに思考が停止して立ち止まった。

 あれはまさか…。と思った次の瞬間には大量の水飛沫と衝撃に襲われていた。津久井の視界は一瞬のうちに暗転、光転を繰り返し、身体が無重力の空間にいるのが分かった。

 彼は死を覚悟した。俺の悪運もここまでか。

 

 投下された小型爆弾のうちの一発は津久井達のいる建物に直撃した。既に機銃掃射でボロボロになっていた屋根を突き破って爆弾が落ちてきたのだ。

 この建物は艦娘が出撃の直前まで待機している所で、床板は張られずに海上に壁と屋根をこしらえたような格好になっていた。

 だから飛び込んできた爆弾は海中の柔らかい砂の中に潜り込んでから信管が起動して爆発した。

 幸運な事に爆弾の破片は殆ど飛び散らず、爆風もいくらか減らされる事になった。しかしそれでも砂と海水を撒き散らして物凄い爆風が建物の中を駆け巡った。

 津久井は窓際を走って移動していた時に爆風をもろに受け、窓ガラスを突き破って外に吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 




読みづらいかも知れませんが、読んでいただきありがとうございます。


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6 弾雨

 

 「隊が乱れてるぞ!所定の位置に戻れ!!」

 摩耶が叫んだ。

 

 今や艦娘達の対空用の隊列は爆弾や機銃掃射の回避運動によってかなり乱れていた。これでは有効な対空射撃が出来ない。

 

「無理や!こっちは回避で手一杯や!避けなかったら沈んでまう!」

「ここを突破されたら鎮守府はおしまいだ!早く自分の配置に戻れ!」

「野分、中破!」

「神通、大破!後方へ下げます。」

 

 辺りは騒然としていた。水柱が次から次へと立ち、弾が跳ね返る「カンッカンッ」という音が響き、弾丸が光の尾を曳きながらあらぬ方向に跳ねていった。

 

「クソッ、大淀も呼べ!!」

 

大淀は普段、出撃の時も通信室に籠っている事が多い。今回も隊列を組んだ時は見あたらなかった。

「もう来てます!」

 

「おう、いつの間に…」

 

その時、爆撃機が急降下する甲高い音が聞こえた。

 

「敵機急降下!!」

 

目標は一番激しい対空砲火をしている金剛だ。だが本人は気付いていない。これは不味い。

 

「金剛!よそ見すんじゃねぇ!」

 

回避は間に合いそうに無い。

 

「クソッ!!」

 次の瞬間には沿岸の陣地と摩耶が対空砲火を初めた。2機は落としたが残りの3機は投弾した。

 

 特に最後の1機は厄介な事をしてくれた。小型爆弾をばらまいたのだ。しかもその内の1発は工廠に直撃した。

 爆弾は軽々と工廠の屋根を突き破り、中で炸裂した。

 摩耶が落胆する中、爆発で木っ端微塵に吹き飛んだ工廠の窓ガラスの破片が降り注いだ。太陽の光を1枚1枚が反射し、煌めいた。その時、ガラス片と一緒になにかが摩耶の目の前に落ちてきた。

 

「大変だぴょん!空から人が降ってきたぴょん!」

 摩耶は驚愕した。

 

 落ちてきたのは津久井士長だった。二階から爆風で吹き飛ばされて落下したが、運良く落ちたのは海でしかも艦娘達が展開していた為、迅速に救助された。海中から悪趣味な弾丸のネックレスをした津久井が引き揚げられた。

 

「…ここ何処だ?」

 空からきた男の最初の一言はあまりにも間抜けだった。

「地獄へようこそ。」

 摩耶は簡潔に且つ的確に答えた。

 

 

 すぐに津久井は摩耶に浜に運ばれた。浜は敵機の機銃掃射を執拗に受けていた。津久井には摩耶が遮蔽物になる形で覆い被さっていたから津久井の頭上(摩耶)からは弾が跳ね返る金属音がひっきりなしに響いていた。

 

「痛くないのか?」

 津久井がふと聞いた。

「砲弾に比べりゃ、大した事はねぇよ。それよりあんたはどうすんだ?」

 

 そう言われて津久井は辺りを見渡した。このままこの艦娘の厄介になっている訳にはいかない。何処か退避出来る所がないかと探していると倒れたヤシの木の陰から声が聞こえた。

 

「おい!こっちだ!こっちに来い!」

 

 よく見ると機銃が据え付けてある土嚢を積み重ねてある陣地が見える。あそこなら安全そうだ。

「今行く!」

「おいおい、大丈夫か?」

 津久井はタコツボまで20m程走る事になる。辺りは依然として弾丸が降り注いでいる。

 

「大丈夫だ、今日の俺はツいてる!」

「そうか…。風穴開けられないように気を付けろよ。」

「どうも。ところで君の名前は?」

「名前か?私、摩耶ってんだ。」

「摩耶か…。お互い生きてたらまたよろしく。」

 

 一息つくと津久井はタコツボに向かって走り出した。次の瞬間には「チューン」「バスッ」という音を立てながら、一直線に砂煙が次々と立った。砂煙の高さは津久井と同じ位だ。瞬く間に摩耶からもタコツボからも津久井は見えなくなった。

 

 

 宇喜多は隊員が艦娘に浜に運ばれているのに気が付いた。多分海自の隊員だろうか?弾帯のネックレスをしているから弾係か何かか?とにかく彼は危険な状況下にあるのは確かだ。浜は野晒しで格好の的だ。

 

「おい!こっちだ!こっちに来い!」

 

 男はようやくこっちに気が付いた。と思ったら何も無い浜をダッシュして来た。

 機銃掃射の砂煙で姿が見えなくなった時は彼もヒヤッとしたが、直ぐに砂煙の中から出て、タコツボに飛び込んで来た。こいつは大した度胸だと感心した。

 しかし無我夢中で飛び込んで来た隊員は驚いているようだ。当然だろう。タコツボの中は血の海だった。

 

「指を吹っ飛ばされた!指を吹っ飛ばされた!」

親指を無くした隊員が叫んでいた。

 

「クソッもうこいつはもたない!」

そう言う隊員の腕の中には木片が首に刺さった隊員がいた。

 

「脚が、脚が…。」

機銃か爆弾によるものか、脚をズタズタにされた隊員がうわごとのように呟いていた。

 

 皆がどこかしらを負傷していた。恐らく先程敵機を撃ち落とした事で場所が露呈したのか、その直後から集中砲火を受けたのだ。

 しかし飛び入りの津久井はその中でも一人だけほぼ無傷の状態だった。津久井は早速ここから出たいと思った。

 

「おい、あんた血が…。」

宇喜多のズボンからは血が染みている。よく見ると木片が刺さっていた。

「ああ、これくらい大した事はないよ。」

 

 宇喜多はこの時それほど痛いとは感じなかった。それよりも機銃に付けられた防弾板に感謝していた。戦闘が始まった時はこんな薄い鉄板が何の役に立つのか?と不安だったが、結果的にはこの薄い鉄板は見事に飛んでくる木片が急所に当たるのを防いだ。

 「悔しいがもう弾が無いな…。」

 宇喜多が言った。

 もう機銃はあっても撃つ弾が無いのだ。今、津久井が首に巻き付けている弾はサイズが違う為にタコツボのM2重機関銃では使えない。

 

「…分かった、俺が取ってくる。」

 津久井が言った。

「取ってくる?正気かお前!?」

 弾薬を取ってくるにはタコツボと工廠の間の滑走路のように遮蔽物が何も無い対空陣地を横断する必要がある。機銃弾のシャワーの中のようなこの状況下では自殺行為だ。

 

「大丈夫だ…今日の俺はツいてる。」

ついさっき摩耶に言ったのと全く同じ言葉だ。

 

 

 「おい、弾!津久井!どこいったんだ!!」

 工廠の中で相変わらず韮山は機関銃を乱射していた。

 

 韮山の脇に置いてある取り替えた銃身は溶ける寸前の白色になるまで熱せられ、銃身の下の濡れ雑巾は黒く焦げていた。敵機は次々と来襲し、応戦する彼の機関銃の弾帯は瞬く間に短くなっていく。もうすぐ弾が無くなる。

 

 「どうぞ。」

 その時、やっと待ち望んだ弾が渡された。

「サンキュ!」

 反射的にそう返して弾を貰った。

 

 無我夢中で応戦をしていたから弾係の顔を見なかったが、直ぐに津久井では無い事が分かった。あいつはこんな華奢な腕じゃないし、着物なんか着てたか?

 韮山に弾を渡した弾係をよく見るとそれは髪を後ろで1つに束ね、薄紅色の和服を着た艦娘、鳳翔だった。

 

「あ、…鳳翔さん?」

「はい、微力ながら手伝わせていただいてます。」

 

 プロレスラーのようながたいの韮山でさえ鳳翔には“さん”付けをしてしまう。勿論他の隊員もその例に漏れない。そういう雰囲気がこの鳳翔からは出ているのだ。

 鳳翔は普段から隊員達と進んで接してくる。彼女の作る料理も海自のコックといい勝負をする。常に何かをしていないと気が済まない専業主婦のようだ。艤装を損傷して使えない今も健気に彼女は動き回っていた。

 そんな大和撫子、鳳翔が今運んでいるのはいつものお茶やおつまみでは無い。弾帯が詰まった弾薬箱だ。そのあまりにも不釣り合いな光景はこの日の混沌具合を象徴するものだった。

 

「それでは、他の人の所へ…」

「あ、ああ。気を付けて…。」

 

 韮山は多少呆気に取られながら見送った。鳳翔は艤装を着けてなかった。つまり、今は腕力も耐久力も普通の人間と同じだ。銃弾が一発でも当たればそれでおしまいだ。そんな状態の女性が、こんな修羅場を走り回るのを心配するなというのが無理な事だろう。

 ただでさえ両手に重い弾薬箱を持ってバランスが悪いのに、足元にも空薬莢が転がっていたりして走りづらい。転ぶなよ…。そう考えてるそばから鳳翔は空薬莢を踏んで転びそうになっていた。

 

 

 「クソ…不味いな…。」

 

 島の西側の車輌部隊と隊員達を指揮する大河内は爆音の中、思考を巡らせていた。今彼は車輌部隊の少し後方の林の中から様子を見ながら指揮をしている。あまり状況は良くないようだ。

 

 最初の一斉射撃では予想以上の数の敵機を落とせたと思っている。これも「制空権は取られるもの」をモットーに日々訓練している賜物なのだろうか。

 しかしその後は敵機、主に爆撃機の集中的な攻撃を受けて一気に戦力が消耗した。

 装輪装甲車は機銃弾くらいならある程度は防げるが、さすがに爆撃されてはどうしようも無い。回避運転も出来るが、装輪装甲車がズラリと並ぶ対空陣地の上では大分動きを制限される形になった。

 

 今、彼の目の前にはそこら中に撃破された装輪装甲車がある。炎上して黒焦げになっていたり、間近で爆弾が炸裂して横転していたり、直撃を受けて木っ端微塵になった車輌もあった。

 炎上する車輌と撃墜された敵機から流れる黒煙で青空は黒く染まり、炎上している車輌からは時々花火が破裂するような音を出しながら、残った機銃の弾が爆発した。

 

 「弾幕が薄くなってきてるでありますな…。」

 側で無線機を持っているあきつ丸が言った。

「ああ、潮時だな。」

 大河内は腕時計を見た。航空機の支援まであと20分以上はかかる。

 

 大河内は島の東の工廠などの施設群のある場所の空を見た。あちらはまだ盛んに曳光弾が飛び交っているのが見えた。そして敵もやはり工廠やドックを破壊するつもりらしく、忌々しい羽音を立てながら、東の空に集まっていた。

 

「あきつ丸、部隊を東に移動させるぞ。直ちに全部隊に伝えろ。」

「了解であります。」

 

 

 装輪装甲車の射手の三好は銃座の中から恐ろしい地獄を見学している気分だった。夢中で敵機に向かって銃弾を撃ち込んでいたが、気付いたら地上からの曳光弾の光の条の数は大分減っていた。

 

 そこで辺りを見てみると凄惨な光景が広がっていた。隣の車輌の射手は銃弾が直撃したのか頭が綺麗に無くなっていた。銃座は血塗れで、射手を失った四挺の機銃は空を向いたままだ。

 

 機銃掃射を受けた1両の車輌が当たり所が悪かったのか煙を吐きながら炎上した。火だるまになった運転手が飛び出してきたが、射手は銃座から出られないようで、悲痛な悲鳴をあげていたが、じきに聞こえなくなり、パンッパンッと機銃の弾が破裂する音だけが響いていた。

 

 爆弾の直撃を受けたタコツボから木っ端と一緒に足や腕が舞い上がるのもハッキリと見えた。機銃掃射をまともに受けた隊員はズタズタに切り裂かれていて、視界の端に血粉を飛ばして倒れる隊員達が嫌でも目に入った。縮こまりたかったが、辺り一面の銃声と怒号が彼をはやし立てた。

 

 幸い三好の車輌は運転手が優秀なお陰でなんともなかった。限られたスペースの中で巧みに爆弾と機銃掃射をかわしていた。敵機が降下してきたら三好も直ぐに頭を引っ込めた。爆弾の破片が空を切る恐ろしい音や、装甲に銃弾が叩きつけられる音も聞こえたが、まだ彼は五体満足だ。

 

 すると車輌が今までと違う動きをして、三好は驚いた。今度は回避ではなく、どこかに移動しているのか?

 

「おい、何事だ?」

「工廠へ移動だそうだ。みんな向こうに行ってるしな。」

 

 言われてみれば敵機の影が大分減った。辺りを見回す程度の余裕が生まれているのがその証拠だ。その変わり東の空はゴミにたかるハエのように敵機が密集していた。

 あんな所に行くと思うと気が引けたが、すぐに意識を直した。これが俺たちの仕事だ。何よりもみんなこの地獄の中で戦っているんだ。俺だけ逃げる訳にはいかない。

 

 

 三好を乗せた車輌はひっくり返った車輌や炎上する車輌を蹴散らしながら東に向かって走った。流れる風からは嫌な臭いがした。移動を始めた車輌部隊にふたたび敵機が群がってきた。どれだけが工廠までたどり着けるだろうか…。

 

 その時、三好はまた驚くことになった。脇の林の中から中隊の指揮官の大河内陸佐と無線機を背負った中隊のマスコット(と多くの隊員は思っている)あきつ丸がまるで横断歩道を渡る時のように左右を確認してから、全速力で走りだした。何かを叫んでいるが、酷い騒音で聞き取れなかった。

 しかし正気の沙汰とは思えなかった。中隊の核たる大河内陸佐が何をとち狂ったのか、銃弾の嵐の中に飛び込んできたのだ。




相変わらず艦娘の出番が少ないですね(焦)。
まぁ今は防空戦だから多少はね…。


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7 逃避

相変わらず艦娘の出番が少ないですね…。
でも勘弁してください!陸自の所はアホみたいに筆が進んでしまうんです。


 

「おいあきつ丸、タコツボの部隊が移動してないぞ!どういう事だ!」大河内の怒号が飛んだ。

 

 大河内は危険を承知で西側の海岸近くのタコツボと広い道路のような対空陣地の間近まで前進していた。この島には見通しが効く丘などの高台がない為、車輌部隊やタコツボの人員の消耗が把握しやすいように最前線に来ていたのだ。

 あきつ丸による指示で車輌部隊は東に移動を始めたが、タコツボの中の部隊は出てくる気配が一向に無い。

 車輌部隊が東側に展開すれば敵もそれを叩きに来るだろう。ならばタコツボで機銃を撃つ歩兵もある程度東に向かわせ、戦力を集めた方がいいと大河内は判断した。無論装甲にも何も守られていない歩兵の消耗は甚大なものになるだろう。

 

「中隊長殿、無線機のバッテリー切れであります!」

「切れたらさっさと入れ替えろ!」

「申し訳ありません、予備は本部に置いてきました…。」

「置いてきた?クソッついてない…。」

「申し訳ありません中隊長殿、直ぐ取って…」

「分かった、分かったあきつ丸…よし、借りに行くか…。」

「どこにでありますか?」

「あそこだ。」大河内が指差した先にあるのは道路(対空陣地)を隔てた向こうにあるタコツボだ。

「よし…行くぞ!」

 大河内は左右を確認するとあきつ丸と一緒に道路に飛び出し反対側までを走りきった。大勢の隊員が肝を冷やした事は言うまでもない。数は多少は少なくはなったが、未だに敵機は上空を旋回して様子を見ていた。だから大河内とあきつ丸が飛び出すと、頭上スレスレを飛びながら機銃を撃ってきた。

 しかし幸か不幸か辺りには丁度いい弾除けがあった。撃破された装甲車の残骸だ。

 

 

 大河内が飛び込んだタコツボにいたのは弾正 剛 三等陸尉(少尉)だった。砂を全身に被っていて大河内は最初誰だか分からなかった。

「無線機を貸してくれ。」

大河内は無線機でタコツボにいる隊員達に手早く指示を送った。

 この時大河内達はX字型の対空陣地の北西部、つまりXの字でいうと左上の部分にいた。そして装輪装甲車の部隊は>の字の形で西側一帯に隊列を組んでいた。タコツボも同じ形で対空陣地の脇に等間隔で作られていた。

 

 大河内は装輪装甲車の部隊をクロスさせるように全速力で真っ直ぐ進ませ、タコツボの普通科や特科の歩兵達の半分程を木が生い茂って遮蔽物がある島の中央部、つまり対空陣地の交差点に集めて施設群の守備隊を援護し、東の上空の弾幕の密度を少しでも濃くしようと考えた。

 敵の目標はやはり施設群のようで、西側の自分達の頭上の敵機の数は先程よりもいくばくか少なくなっていた。大河内は行くなら今しか無いと思った。

 

――合図したら飛び出して向こうの林に走るぞ。皆、準備をしろ。

 

 各々が準備を初めた。弾係は持てるだけの弾薬を持つ為に弾帯ネックレスに両手に弾薬箱のお馴染みのスタイルになり、ある者は三脚を御輿のように持ったりした。

 一番大変なのは銃の本体の運搬係で、M2重機関銃の場合は二人がかりで運んだ。一人は箱形の機関部を担ぎ、もう一人は銃身を担いだ。銃身は今まで撃ち続けていた為、高温に焼けついており、担ぐ係は肩に濡らしたタオルや耐熱手袋を乗っけて担いだ。

 

――各班、右確認、左確認、頭上確認、安全だと思ったら走れ!

 

 合図と共にタコツボから次々と隊員が飛び出した。待機する班と移動する班は隣り合っているから、待機する班のタコツボからは援護射撃が始まり、再び島の西側は爆音に包まれた。

 大河内も正面の向かいにある南西部のタコツボから隊員達が移動を始めたのを見て、先程飛び出した部下に続いて走り出した。そして他の隊員達の例に漏れず、凄まじい銃火の洗礼を受けた。

 大河内達は来た時と同じように車輌に隠れながら進んだが、敵は今度は爆弾まで落としてきた。攻撃の激しさはついさっきとは較べものにならないぐらい一気に苛烈になった。彼らがこうして車輌の陰で息を整える間にも敵機が群がってくる。

 

「走れ!走れ!!死ぬ前に走り切れ!!」大河内は大声で叫んだ。

 

 この時は皆生きている心地がしなかった。再び彼らの前に地獄が現れたのだ。道には黒焦げの死体や体を真っ二つに切り裂かれて臓物を撒き散らした死体が転がっており、彼らはそれらを見て、飛び越えながらとにかく走った。弾丸が空を切って飛ぶ音がみんなに聞こえた。その位置が少しでもずれたら頭がまるで風船が弾けるように吹き飛んだ。

 

 飛んでくる銃弾と爆弾は何もかもを破壊した。ある隊員は銃弾に脚を吹き飛ばされて道に倒れた。助けを求めているが、誰も助けようとはしなかった。それどころか機関銃を運ぶ二人組はその隊員を踏みつけて走っていった。

 三脚や重機関銃は二人か三人程で一組になって運んでいた。だから先頭を走っている者が撃たれると後ろの者もバランスを崩して転倒し、機銃掃射の餌食になった。もはや舞い上がる砂塵ですぐ前を走る隊員の姿も見えなくなっていた。

 爆弾が直撃すれば文字通り何も残らず四散してしまう。大型爆弾を積んでる爆撃機は建物や艦娘を破壊しに行ってる為、隊員には小型爆弾を積んだ戦闘機が主に襲い掛かってきた。何度も何度も上空を旋回しながら銃爆撃をしてきた。

 

 「走れ!おい、大丈夫か。」大河内は隊員達の後ろの方を走っていた。何人もの負傷者が道に横たわっていたからできるだけ車輌の陰まで引きずってやった。

 大河内もあきつ丸も最初は手ぶらだったが途中からは死んだり負傷した隊員達の運んでいた装備をできるだけ持って走っていた。だから二人共装備品に着いていた血で血だらけになっているように見えた。

 

「もう、タバコ控えた方がいいかな?」大河内が息を切らせながら呟いた。

「お身体に悪いですからね。場合によっては死に直結するであります。」あきつ丸が答えた。

「ああ、こういう時にな。」

こんなときに端からは想像も出来ないような会話だった。

 

 そして二人はいつの間にか隊員達の先頭の方を走っていた。林の中で装備を降ろして後ろを見ると何人もの隊員達が車輌の残骸の陰で小さくなっていた。

「早くこっちに来い!」

「ここから動いたら死にます!」隊員の一人が応えた。

「そこにいても死ぬぞ!走って移動した方がまだマシだ。後続の奴らの為にも早くこっちに来い!!」

 勇気を振り絞って隊員達が前進を始めた。遮蔽物になる車輌も銃撃を受けて次々と炎上している。

「よし、あきつ丸。」大河内が眼前の惨状を見ながら言った。

「はっ。」

「来い。」

 すると大河内は再び道路に飛び出した。動かない隊員達の尻をひっぱたいて移動させる気だ。

「中隊長殿!待ってください!!」

「中隊長!」

「陸佐!」

 皆の呼び止めを振り切り、再び大河内は道路に飛び出した。

 

「ほら!ほら早く移動しろ!!」大河内がへたりこんだ隊員を立たせて大声で叫んだ。

 辺り一面砂煙で視界が真っ白に染まっていた為、方角が分からなくなって立ち往生している隊員もいた。轟音でこちらの声を聞き取れない時は走って直に方角を教えにいった。

 

「向こうの方角だ。あそこの燃えてる車輌の所まで行けば皆が見える。早く行け!!」

「中隊長、中隊長殿!!」

 走って行く隊員と入れ違いであきつ丸が来た。

「中隊長殿、あなたが最後です。渡った者達にも交差点に行くように指示をしました。直ちにあなたも来てください!」

「…分かった。行こう。」大河内は一瞬回りを見回してから言った。所々からうめき声のようなものが聞こえたが、その声の主は恐らく助からないだろうと諦めた。

 

 大河内とあきつ丸は息を整えると一気に走り出した。他の隊員達は殆ど渡りきったからか、頭上の敵機の音もいつの間に遠ざかっていた。

 (あと何分だ?)大河内は時計を見た。まだ25、6分程しか迎撃を始めてから時間が経ってなかった。

(あとどれ位もつか…)大河内はおおよその被害状況などを勘定して、鎮守府が壊滅するまでの時間を見積もっていた。

 辺りには肉片や車輌の残骸が散らばり、前方に見える施設群からは黒煙が濛々と立ち上がっているのが見えた。上空では敵機が悠々と旋回している。

 (やはり大鳳の航空隊だけでも迎撃にあたらせた方が良かったのか?)そんな考えが何度も浮かんだが結局は考えるだけ無駄な事だと気付いた。上空で巴戦なんかやられたら地上からの攻撃は思うように出来ない。

 

「中隊長殿ぉ!!伏せてください!!」

 

 余りに急な事で一瞬気が動転したが、大河内は無意識に姿勢を低くし、さらにあきつ丸が地面に押し倒した。その直後、爆弾が至近距離に直撃し、炸裂した。

 物凄い爆音と衝撃だった。むき出しの顔が一瞬焼けるように熱くなったと思うと、経験した事の無い凄い爆風に襲われた。辺りには爆風と共に砂塵が舞い上がり、地面の破片が四方に飛び散った。

 大河内は頭の中ではなんとなく状況を理解していた。恐らく爆弾が近くに落ちた。ところが衝撃に襲われて以来何も聞こえないし、見えない。大河内は自分は死んだと思った。

 

 「…ぉ、…どのぉ!、…たいちょうどの!!」しかし徐々に聞き慣れた声が聞こえてきた。実はこの時大河内は爆音で一時的に難聴になって、目は砂か何かが入っていただけだった。

「無事でありますか?!」

「…大丈夫だ、お前は?」

「大丈夫であります。」

 直ぐに走り出そうとしたが、大河内は落ち着くと直ぐに違和感を感じた。頭を触るとヘルメットが無くなっていた。爆風で吹き飛ばされたのだ。

「クソッ、テッパチがない!」

「自分もであります!」

 大河内は後で振り替えればとても愚かな事をしたと思った。未だに視力が思うように回復していなかった大河内とあきつ丸は、ほんの短い時間だったがまるでコンタクトレンズを探すように手探りでヘルメットと帽子を探していたのだ。きっと敵からすれば無防備極まりない光景だっただろう。

 

「あった。」大河内は何か被れそうなものを掴んだ。

「行きましょう!」あきつ丸も見つけたようで急いで頭に載せると再び二人は走り出した。

 

 しかしこの後、隊員達と艦娘達は奇妙な光景を見る事になった。大河内は黒い軍帽を被り、あきつ丸は迷彩の施されたテッパチを被っていた。つまり二人の装備はあべこべになり、しかも二人共指揮に夢中なのか分からないが、全く気付いてなかったのだ。

 

 

 その頃鎮守府の南の海域では、現在付近で唯一航空戦力を持っている空母娘大鳳が心配そうに鎮守府のある北の海を見ていた。“アオイ34”祥鳳、瑞鳳を初めとする応援が来るのをずっと待っているのだ。

 大鳳は応援の部隊と航空隊で迎撃を行う為、少数の護衛と共に鎮守府の南の海域に避難していた。本当は“スミレ22”蒼龍、飛龍達が到着してから迎撃を始めるように指示されてたが、彼女はアオイ34の祥鳳と瑞鳳が到着した時点で迎撃を始めるつもりだ。

 

 彼女からは鎮守府は直接は見えなかったが、空高く上がる黒煙と爆音はしっかり確認できた。きっと鎮守府の艦娘達も自衛隊の隊員達もあの黒煙の元で必死の防戦をしている。そう思うともうその光景を見ている事が我慢ならなかった。

 しかし敵の航空戦力は未知数だ。少なくとも百機は越えているとツツジ64から連絡は入ったらしいがきっとそれは第一波の攻撃隊で、鎮守府の場所が把握された事から第二波、第三波の攻撃隊が敵の本拠地から来てる可能性が高い。そう考えるとかなりの大軍を擁しているのではないかと推測できる。

 

 一方自分達の航空戦力はと言うと、戦闘機は大鳳の艦戦用マガジン2つ分、合計36機しかない。ボウガンで発艦するタイプの発艦機を使ってるのは大鳳だけの為、他の空母娘の艦載機が納められている矢とはサイズ等の関係上互換性が無く、戦闘機は予備のマガジンも含めた2つ分しか装備できなかった。

 祥鳳と瑞鳳の戦闘機も合わせて30機前後だろう。つまり総勢70機弱で迎撃する事になる。多少心もとない気もするが、出来ない事は無い筈だ。

 

 しかしなかなか来ない。連絡がないということは順調にこちらに向かって来てる筈なのだが…。

 大鳳が本部に問合せようとしたまさにその時、護衛の艦娘が西側から艦隊が来るのを発見した。大鳳はひとまず安堵した。

 

――こちらアオイ34、お待たせしました。大鳳に通信が入った。

――カエデ67大鳳、直ちに艦載機を発艦させて迎撃を開始しましょう。時間がありません。侵入路は…

 

 西に傾いた太陽を背に近づいてくる艦娘の影の中に大鳳は信じられないものを見た。最初は自分が幻覚か何かを見ているのかと思った程だ。

 

――こちら瑞鶴、翔鶴姉、どうやら相当ヤバいみたいね。

――こちら翔鶴、緊急の要請を受け、援軍に参りました。

 




アニメ鎮守府も空襲を受けたみたいですね。
思わぬ形で予言と言う形になってしまいました(笑)。


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8 危機

 

 三好の装輪装甲車は工廠のすぐ横に来ていた。回りの建物の窓ガラスは叩き割られ、屋根は機銃掃射で穴だらけになり、あちこちから黒煙があがっていた。

 

「三好見てみろよ、酷え様だな。」

 助手席の朝倉が言った。

「ああ…直すのが大変だな。」

 災害復興支援ぐらいしかこれといった経験のない三好はそう言うのが精一杯だった。

 

 すると不意に前方の砂浜の近くのタコツボから一人の隊員が飛び出した。首には弾帯のネックレスをし、負傷した隊員を背負っていた。装甲車を盾に建物まで行く気のようだ。

 辺りには弾丸が降り注ぎ、装甲車に当たった弾丸は火花を散らして不規則に跳ね返っていた。三好が彼の行動に感心していると、今度は建物の中から持てるだけありったけの弾を持って再びあの男がタコツボまで走り去った。

 

 三好の4連装の機関銃の内半分の2挺は機銃掃射の弾が直撃して使用不能になっていた。それほどの修羅場の中を生身で走り回る目の前の男は、これでもう一生分の運を使い果たしたのではないかと三好は思った。

 

 

 建物から駆け出した津久井は装甲車の間を走り抜けた。そこら中から装甲に当たった弾丸によって火花が散っていた。この時彼は凄まじい銃撃戦の中を駆け回っていて、巻き上がる砂埃で息をするのも苦しい程だった。

 そして野球のスライディングの要領で宇喜多の待つタコツボに滑り込んだ。

 

「見事なもんだな。」

 宇喜多が言った。

「ああ、中高と色々やったからな。」

「へえ、部活は?」

「部活?…ああ、中学は卓球で高校は帰宅部だったな。」

「帰宅部?まさか、冗談だろ?」

「いまいちやりたい事がなくてね。それで体力有り余らせてたからここに来たんだ。」

 

 自衛隊って運動こなしに来る所なのか?宇喜多は目の前の男の規格外っぷりに一瞬唖然とした。だが今はそんな悠長な事をしている暇も無い。

 

「よし、装填できたぞ。」

 津久井が持ってきた手のひらサイズの巨大な弾を込めた。

「よっしゃ、いくぞ!」

 再び宇喜多の2挺の重機関銃がドガガガッと火を吹き始めた。日の入りの近づく空に二筋の曳光弾の光の列が輝いた。

 

 

 「…クソッ不味いな。」

 摩耶が頭上を見ながら呟いた。

 

 衣服は所々がちぎれ、この数十分間の戦いの激しさを物語っていた。味方の航空機が迎撃に来るのを今か今かと待っているがまだ影も見えない。ずっと空を睨んでいたから首も痛くなってきた。

 海上から敵の編隊を見る限り、どうやら第二波の攻撃隊が到着したようだった。爆弾を抱えた機は次々と胴体の下の爆弾を投弾し、手ぶらの機は旋回して警戒にあたり、時折機銃弾の雨を降らせてきた。

 艤装も至近弾などで少なからずダメージを受けているようで、動きが鈍くなっていた。

 

「クソッ…クソッ…ハエみたいにたかりやがってよぉ!」

 思うように移動も出来ないこの状況に摩耶の苛立ちも募っていた。

「9時の方向、敵機!!」

 誰かが叫んだ。

 この時、防空隊の人数も大分減って弾幕にも空きができていた。そんな中5、6機の爆撃機が防空隊目掛けて急降下してきたのだ。

 もう飽きる程聞いた独特の甲高い音を響かせ、摩耶の目線の真っ直ぐ先の空から、黒い点がその大きさを増しながら迫ってきた。

 摩耶は悪態もつくことなく、迎撃に適した位置に動こうとした。しかしここで思わぬトラブルが発生した。

 摩耶の艤装は大きな破裂音と煙を出すと一切の動きを停止してしまったのだ。

 

「クソッマジかよ!?」

 

 摩耶は当惑しながらも対空射撃を始めたが、幾ら摩耶でも全機を叩き落とす事は出来ない。

 敵機は隊列から離れて動かない摩耶を標的としたようで、摩耶に向かって一直線に降下してきたかと思うと、次々と爆弾を投下した。

 視界に収めたのはほんの一瞬だったが、かなりでかい爆弾だった。少なくともこのままでは自分は間違い無く轟沈するのは摩耶には直感的に分かった。

 

「うお…」

 摩耶にはその瞬間がスローモーションで見えた。カチッと言う音と共に爆弾が胴体から切り離されて自由落下を始めた。

 

「でぇぇぇぇぇい!!」

 

 見切った!!

 そう思った摩耶は声を出しながら精一杯に全身を使ってジャンプした。次の瞬間、猛烈な爆風を背面に感じ、体が重い艤装ごと宙に浮くのを感じた。

 

 摩耶は奇跡的に爆弾の直撃を免れた。しかし超至近距離で炸裂した2発の大型爆弾は、摩耶に深刻なダメージを与えた。普通の状況なら轟沈もののダメージだった。

 しかしここは普通の状況ではなかった。摩耶達が戦ってたのは水深の極端に浅い、サンゴ礁で形作られた島の縁に当たる場所だ。

 普通の軍艦で言い換えるなら「轟沈」はせず、「大破着底」する位の浅さだった。

 

 

 「なあおい…。」

 宇喜多が津久井に不意に話しかけた。

「お?どした?」

 弾薬を整理していた津久井が応えた。

 

「俺は…船が溺れてるのは初めて見たぜ。」

「は?」

 

 津久井がタコツボから海に向かって顔を出すと、誰かが浜の近くの浅瀬でもがいているのが見えた。しかも見たところ、艦娘にしか見えない。

 

「お~いあんた、そこなら立てるだろ?」

 しかし付近一帯の騒音で聞こえないのか声をかけてもまだもがいていた。

 

「聞こえないみたいだな。」

「う~ん…。やっぱり近くまで行かないとダメかな。」

「好きにしてくれ、俺の手には負えねぇや。」

 宇喜多は引き止める気はさらさら無いようだ。

「援護頼んだ。」

 

 一言そう言うと津久井はヤシの倒木を越え、砂浜に飛び出した。帰宅部ってこんなにスペックが高いのか。宇喜多はこの期に及んでエネルギッシュにダッシュする津久井を見ながら思った。

 

「おいあんた、そこなら立てるぞ!!」

 

 浜の端まで行って叫ぶと流石に聞き取れたようでその艦娘はもがくのを止めると立った。そう、立ったのだ。もがいていたのが嘘のようにごく普通に立った。水面の高さは胸の辺り位だろうか。

 やがてその艦娘は決まりが悪そうに振り向いた。その時津久井は初めてその艦娘が先程自分を救った、摩耶だと言う事に気付いた。

 

「「あ…。」」

 

 一瞬二人共間の抜けた声を出したが、今はそんな余裕は無い事にすぐ気付いた。

 

「早く上がれ!そこは危険だ!!」

「お…おう!それ位分かってるよ!!」

 摩耶は歩き難そうにしてやっとこさ浜の近くに来ると津久井が手をとって引き上げた。

「大丈夫か?」

「この様で大丈夫に見えるかぁ?!」

 摩耶は無駄に威勢よく応えた。

「よし、大丈夫そうだな。あそこまで走るぞ!!」

「マジかよ…。こっちゃ轟沈しかけたんだぜ?もうちっと…」

「逃げるぞ!」

 見ると1機の敵機が緩やかに降下してきた。浜を機銃掃射する気だと言うのは、二人共何度もその光景を見てきた為か直感的に分かった。

 

「クソが…」

「ほら、いくぞ!」

 

 摩耶は艤装をガチャガチャいわせながら津久井と浜を走った。一歩踏み出す度に砂に足をとられ、タコツボまでの距離が酷く長く感じた。

 敵機はドンドン近づき、今にも機銃の火を吹くと二人が思った所で、前方から二筋の曳光弾の列が打ち上げられた。宇喜多が援護射撃を始めたのだ。彼の射撃術はこの数十分間ですこぶる上がったらしく、今度はちゃんと敵機の少し先を狙って撃っていた。

 機銃弾に絡めとられた敵機が黒煙を上げてよろよろと高度を下げていくのを尻目に、津久井と摩耶はタコツボに転がり込んだ。

 

「クソォ、直してもらったばっかりだったてのによ!」

 摩耶が足の艤装を取りながら言った。

 砂浜を走ってきたことだけあって砂まみれだった。

 

 摩耶は辺りを見回した。すると海上で戦闘をしていた時には全く分からなかった、地上の隊員達の決死の防空戦闘が目の前で繰り広げられていた。

 自分達のすぐ前に停まっている装甲車なんかは機銃座が火を吹きながらぐるぐると回っていて、まるでネズミ花火のように見えた。タコツボの中も空薬莢とベルトリンクの破片の山で溢れていた。

 摩耶は自分がこの戦闘に参加出来ない事に酷くもどかしく感じた。

 

 

 三好は必死に防戦した。残り2挺となった機銃をとにかくぶっ放しながらぐるぐると回っていた。敵機は四方八方から襲って来るのだ。もはや逃げ場は無く、回避もクソも無いと諦めていた。

 2挺になっても12.7mm機銃の威力は凄まじく、射線上にあるものは何もかも破壊した。彼が撃ち終わった後には、射線上にあった木々は、まるで鎌で切り取られた雑草のように綺麗に薙ぎ倒されていた。

 

 そんな中、1機の敵機が緩やかに自分目掛けて降下してくるのを三好は発見した。三好はそいつを正面に見据えると、十分引き付けてから射撃を開始した。まるで西部劇かなんかのような真っ向勝負だった。

 敵機も遅れて発砲を始めたが、三好の弾が先に当たったようで、途中から敵機は黒煙を上げ始めた。恐らく墜落する。勝った、と三好は確信した。

 それでも敵機は飛行を続け、執念の一撃を三好に浴びせてきた。迫り来る真っ赤に光った曳光弾を目に捉えた三好は、目をつぶり、急いで身を小さくした。

 「カカカカンッ」と金属音が響き渡り、何か細かい破片が額と頬に当たったのを感じた。

 目を開けて見ると、三好自身は五体満足で無事だった。しかし機銃に目をやると、1挺は銃身に弾丸が直撃してポッキリと折れ、もう1挺は弾丸を機関部に取り込む給弾口に弾丸を受け、どちらももう撃てそうに無い状態だった。

 三好は完全に無力化された。

 

 ふと、三好が目をやると綺麗な夕暮れが見えた。島の東端にあるこの場所からは普通は夕暮れは木々が遮ってよく見えないが、この日は敵機の度重なる銃爆撃や、迎撃する隊員達の放った弾丸などで木々は薙ぎ倒され、綺麗な夕暮れを拝む事が出来た。

 その夕暮れをバックにこちらに向かって来るいくつかの影が見えた。あの忌々しい深海棲艦の放った攻撃機隊だ。

 

「敵機降下、待避しろ!」

「あれじゃどうしようもねえよ…。」

 助手席の朝倉が言った。

 確かに、敵機は横一列になって降下してきた。こっちは建物とタコツボに挟まれた位置にいる為、到底回避できそうに無い。

 

「これまでか…。」

 

 人生最後に見る景色にしては悪くは無い。

三好がそう思った次の瞬間、敵機のさらに上から、けたたましい銃声が響き渡った。

 

 

 その時、銃座の三好、タコツボの3人組、工廠の韮山、交差点で指揮をとる大河内とあきつ丸達は同じものを見た。

 それは夕陽を背にレシプロのエンジン音を響かせ、敵機に機首と両翼から放った銃弾を浴びせる、翼とどうたいに真っ赤な日の丸を頂いた、太陽の光を真っ白な機体に受けて輝く戦闘機、零戦だった。




摩耶様改二おめでとうございます。
丁度出してた所だったのでいいタイミングでしたね。


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9 終息

やっと最初の章が終わる…。


 

 それは全くの偶然だった。

鎮守府空襲の報を受けた時、祥鳳と瑞鳳を中心とする機動部隊は西方海域の哨戒活動をしていた。急いで哨戒機を呼び戻したのだが、その時1機の機から入電があったのだ。

 

“翔鶴型と思われし正規空母二隻発見”と。

 

 そしてこの哨戒機を通して偶然遭遇した他の鎮守府所属の翔鶴と瑞鶴の機動部隊に急遽支援に来てもらう事となったのだ。

 その後翔鶴と瑞鶴の部隊はサンタジョージアのすぐ南の海域を突っ切って祥鳳、瑞鳳の部隊と合流した。

 サンタジョージア周辺の制空権はほぼ敵のものとなっていた為、これは実に危険な賭けだった。しかし幸運にも敵の航空隊はムエルタの鎮守府にくぎ付けになっていたのか、翔鶴達が敵に捕捉される事はなかった。

 そして到着した航空隊は敵機の編隊に一気に奇襲攻撃を仕掛けた。猛烈な地上の対空砲火に殆どの敵機がくぎ付けになっていたのだ。お陰でその後の航空戦は殆ど一方的な展開となった。

 

 

 三好は自分の頭上で繰り広げられる空前のスケールのドッグファイトをただただ黙って見ていた。(いくらサイズは小さ目とはいえ)百数十機もの航空機が入り乱れながら、互いの後ろを取り合って様々なアクロバット飛行を続けていると言うのはもちろん彼の人生で初めて見る光景だった。

 見ていると、ここは先に攻撃を仕掛ける事が出来た味方側に分があるようで、撃墜される機は敵の方が多かった。零戦の格闘性能と中の人(妖精さん)の高い練度が相まって神業的な飛行術が次々と繰り出されいった。次第に状況がこちらに傾いて来るのを三好は感じた。

 

 

 大鳳、祥鳳、瑞鳳の零戦で構成された斬り込み部隊はまず西側に移動しながら高度を上げた。敵の後続部隊や後退する部隊とと出くわすリスクもあったが、運良く敵に気付かれる事無く敵の編隊よりも高所に陣取れた。そこから太陽を背にして機銃を撃ちまくりながら敵の編隊に降下し、見事奇襲に成功した。

 

 斬り込み部隊が突っ込み、敵の護衛戦闘機を引き付けている間に翔鶴、瑞鶴の第二部隊が突入し、防備が手薄になった爆撃機、攻撃機を攻撃した。鈍重な爆撃機と攻撃機は軽量で身軽な零戦の格好の餌食だ。

 零戦はギリギリまで爆撃機に近づき、両翼の20mm機関砲で木っ端微塵にした。機首にある7.7mm機銃は頑丈な爆撃機には効果が薄く、さらに戦闘機と交戦する時には真っ直ぐに飛ぶ7.7mm弾の方が狙いやすい為、多くの機は温存していた。

 

 「ドドドドッ」という音と共に両翼から20mm機関砲の弾丸が放たれる。

 20mmの弾丸は当たれば一撃必殺の威力があるが、その分重量が重い為、山なりの非常に当てにくい弾道で飛んでいく。零戦に乗っているパイロットはそれを見越して若干目標の上を狙っているようで、山なりに飛ぶ曳光弾が丁度目標に当たるようになっているのが地上からも確認出来た。

 それを見た隊員達全員が驚嘆した。彼らの殆どはレシプロ機が飛んでいる場面さえ見たことが無かった。

 

 状況が不利な事を悟ると、敵の部隊は撤退を始め、西側に引き返して行き、それを追う零戦との間で追撃戦になった。しかしここで日暮れも近い事もあって零戦の追撃部隊はすぐに引き返した。

 しかし安堵出来たのもほんの一瞬で、敵の部隊はここでさらに思わぬ攻撃を喰らう事になった。

 蒼龍と飛龍の部隊が先回りして待ち構えていたのだ。殆どの機は後方からの追撃隊を警戒していた為、余計に対応が遅れた。これによって敵の編隊は完全に混乱状態に陥り、壊滅した。ここまで日が沈むまでのほんの短い間の出来事だった。

 

 

 かくして「ムエルタ大空襲」は終わりを告げた。戦闘は終わったが、島の者達はこの後夜通し戦後処理に奔走する事になった。

 この時点で出払っていた艦娘達も殆どが帰艦し、事前に要請していた輸送艦「おおすみ」なども到着し、戦闘が終わった後にも関わらず島中は騒然としていた。

 

 

 島内では隊員と艦娘総出で負傷者の手当てと建物の修繕を行っていた。特に重傷の者は島の治療所に運ばれて治療を受けた後、輸送艦に移されて行った。

 治療待ちの重傷者達は悲痛なうめき声を上げていた。中には絶命する者もいる。動ける隊員達は所々に転がる肉片や遺品を集めていった。焼けただれた装甲車の残骸もてきぱきと撤去され、中にいた黒焦げの遺体も回収された。

 特任中隊はこのような事態も想定して、隊員達は殆どが災害時に救援や復興活動の為に現場に行ったことのある者や海外派遣に従事したことのある隊員達が集められていた。だから殆ど滞り無く復旧作業は続けられた。

 大多数の隊員達は最低限の会話をする時以外は口を開かずに作業を進めた。友が重傷者として運ばれたり、目の前で戦死するのを見た者には気持ちを整理する時間が必要であった。中には強い精神的ショックを受けて放心状態になったり泣き喚いている者もいた。正直な所、泣き出したいのは皆一緒だった。

 

 

 艦娘である摩耶も負傷者を担架に乗せて運ぶのを手伝っていた。負傷した者には声をかけて、考えられるだけの励ましの言葉をくれてやった。効果は分からなかった。

 その負傷した者達の中にあの空から降ってきた男、津久井がいるのを摩耶は見つけた。あの時は気付かなかったが、身体中を負傷しているようだ。

 

「よう。」

 摩耶が先に声をかけた。

「あ…おう。」

「傷は、その…大丈夫なのか?ああそれと、あん時はありがとな。」摩耶は普段こんなに相手に気を使ったやり取りなどしないからか、ややぎこちない。

「傷は大丈夫だ。だからここで待たされてる。それとあの時はお互い様だ。」

「…それもそうだな。でもなんであんな真似を?」

「海に落ちた時、君が助けてくれなかったら俺は滅多撃ちになって死んでた。だからその恩返しにな。それに…」

「それに?」

「せめて女の子の前じゃ格好いい所見せたかったからな。」

 津久井は苦笑いしながら言った。

 

 

 間一髪の所で助かった三好達も復旧作業に当たっていた。三好は最初気付かなかったが、機銃を破壊された時に破片を顔に浴び、軽い切り傷がいくつかできていた。 だから三好の顔には絆創膏が何枚か貼られ、ただでさえ初々しい三好をさらに初々しくしていた。

 三好達は工廠の修復を担当していた。建物の中に散らばった破壊された屋根などの瓦礫やガラス片を片し、簡単に孔をふさいだ。

 

 三好達の担当した区画の近くには艦娘達の入渠用のドックがあったが、誰が書いたか知らないが「覗き見厳禁」の貼り紙があちらこちらに貼ってあった。

 その入渠ドックには爆弾が直撃したようで、天井に大穴が開いていたのだが、これまた誰が書いたか知らないが、ドックの入口には「露天風呂始めました」と書かれた紙が貼ってあった。

 三好は壁の銃痕から光が漏れているのに気付いた。もう日は暮れた筈だが、どうやらかなり強い照明を焚いているようだ。外を見ると照明の下に大河内陸佐がたたずんでいるのが見えた。それにしてもまだあきつ丸の帽子を被ってるのか?

 

 

 大河内は野外に設置された照明の元で指示を送っていた。自身も打撲など多少傷は負っていたが、簡単な処置を済ませると医師には重傷の者をとにかく優先する事を伝え、再び中隊の指揮に戻った。

 もうとっくに日は暮れて普段なら辺りは暗闇に包まれているが、今はあちらこちらに照明が焚かれ、様々な光景を照らし出していた。

 

 照明の灯りの元で隊員達の三者三様の動きが見えた。粛々と作業を進める者も居れば、涙を流し嗚咽をこらえながら作業に当たっている者もいた。中には強い精神的なショックからか茫然自失としている者もいた。

 そして大河内の前には次々と遺体を入れた袋が並べられていった。原形を留めてない者も多かった。それを見て大河内の後ろの本多海将も顔をしかめた。

 

 大河内はそれらの光景を見ながら軽いフラッシュバックのようなものに襲われた。あの時と同じだ。もう3年前なのか。大河内の中に3年前の忌々しい記憶がよみがえった。

 

 思えばあの時もこんな夜だった。でもあの時自分達を照らしていたのは青白い照明弾だった。落下傘によってゆっくりと落ちて行く照明弾が照らし出したのは、やはり先程のような三者三様の隊員達の様子だった。

 遠くから銃声が響く。「タタタン」と乾いた音だった。それが段々近付いてくる。そして徐々に色々な音が聞こえて来る。機関銃を載せたゲリラのトラックのエンジン音、弾が跳弾する時に立てる「チューン」と言う音、そしていよいよ敵の気配まで感じた。89式小銃とあるだけの弾倉をもって騒音のする方に近づく。

「RPG!!」誰かの叫び声と数発の銃声が聞こえたと思った次の瞬間には赤い尾を引きながら暗闇を引き裂いて弾頭が…。

 

 「中隊長殿!」

 声をかけたのはあきつ丸だった。

 

 辺りでは戦闘なんて行われていない。ハッとして大河内は再び指揮に専念しなければと意識を戻した。

 

 「中隊長殿、現時点での損害の集計が完了したであります。」

「ああ…ご苦労。」

 大河内は紙を受け取った。紙に書かれた数字を見ようとすると再びあきつ丸に声をかけられた。

 

「中隊長殿、出撃していた艦隊が…。」

 

 あきつ丸の見ている方を見ると、照明の灯りの中をツツジ64のメンバー、木曾、霧島、時雨、吹雪達が歩いて来るのが見えた。皆足取りは重く、ややうつむきながら歩いていた。皆全身ボロボロだった。

 艤装は付けて無かったから、誰かに預けたのだろう。皆歩きながら色々なものを見たであろう事は容易に察する事が出来た。

 四人は大河内と本多の前に並ぶと、一斉に背を伸ばし、自衛官顔負けの気をつけをした。上げた顔は様々な感情で満ちていた。とても言葉では言い表せないが、大河内はそこに再び3年前の自分達を重ねた。

 

「ツツジ64……ただ今帰艦した。」

 

 旗艦の木曾が敬礼をして言った。精一杯言葉を振り絞っているようだった。大河内と本多を見つめるその瞳は何時も以上に力が入っていたが、同時に悲壮感も漂っていた。

木曾の言葉の後、本多が大河内の前に出て言った。

 

「皆、よく戻った。…君達の指揮官は私だ。責任も私にある。君達だけが気負う事は無い。…今日はもう休んでくれ。君達は本当によくやった、生きて戻ってありがとう。」

 

 本多が下がり、今度は大河内が前に出た。しかしかけられる言葉は見当たらなかった。四人が背負ってしまったものを考えると、とても“気にするな”なんて言う事はできなかった。

 だから大河内は全員の肩をトントンと軽く叩いてやる事くらいしかできなかった。それでも何もしないよりはマシだった。

 特に今回が艦娘としては初陣だった吹雪は肩を叩いて目をあわせると、瞳からは大粒の涙をこぼした。声を出す事はなかったが、静かに泣いた。

 それでも大河内にはそれ以上の事はできなかった。あとは彼女達に彼女達なりに気持ちを整理してもらうしか無いと思ったからだ。

 やがて四人は工廠の方へ歩いて行った。吹雪には木曾が寄り添って何かを言いながらやはり重い足取りで歩いていた。

 

 

 大河内と本多は多大な出血を被った現実に直面した。

 

陸上自衛隊 410人

海上自衛隊 100人

 

死者

陸上自衛隊 59人

海上自衛隊 18人

合計  77人

 

負傷者

陸上自衛隊 94人(要後送67人)

海上自衛隊 48人(要後送26人)

合計  142人(93人)

損耗率  約33%

 

艦娘

轟沈 0隻

大破 5隻

中破 7隻

小破 6隻

 

 この日の戦闘での損耗率は3割を越えていた。深刻な損耗だ。どれくらい深刻かというとこれでこの島の自衛隊員達は「全滅」判定をくらってしまった。

 大河内は頭を抱えた。幸い艦娘達の方は一人も轟沈しなかった為、戦局自体の影響は最小限に済みそうだ。しかし隊員達の消耗は深刻だ。このままでは鎮守府の運営や予定していた前哨基地の設営にも支障が出る。

 

 直ちに人員の補充が必要だった。それにこれを機に人員と装備も強化するよう幕僚に打診する事にした。

 元々第5特任中隊は試験運用的な役目も果たしていた。“自衛隊はどれ程深海棲艦に対抗できるか”と。結果はかなりの損害は出たが、手持ちの装備でも多数の敵機を撃破する事が出来た。今後は今回の事を教訓に装備の強化もしていかなくてはならない。

 大河内と本多は、着実にこの戦争がエスカレートしていくのをひしひしと感じた。

 

 何にせよこれからやる事は山積みだ。それを思うと大河内も思わずため息が出てしまった。

 

「陸佐、大丈夫か?」

 海将も気を使って声をかけた。

「ええ、大丈夫かと言われたらそうでもありませんが。問題はありません。少し考え事を。」

「そうか…。」

 大河内はテッパチを頭から取った。思えばもう何時間もつけっぱなしだった。

「?」

 しかし彼が手に取ったのはボロボロになったあきつ丸の軍帽だった。

 




やっと1章が完結しました。
読んで下さった皆さま、ありがとうございます。
まだまだ稚拙な文章力ですが、今後も日頃の妄想をぶちまけていきたいと思います。


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強襲部隊
1 陸自のやり方


新章開始です!!
とてつもなく長くなってしまった…


明成13年4月4日

 この日なんとか形にはなった鎮守府の会議室に自衛官と艦娘達が地図を張ったホワイトボードを前に集まっていた。久し振りの作戦会議だ。部屋には15人の艦娘と陸自からは第5特任中隊の7人の小隊長達と海自からは2人の小隊長達が集まっていた。艦娘達は各部隊の代表者、旗艦となった者達だ。

 

 この鎮守府の部隊の中核となっているのは勿論、戦艦と空母だ。2人一組でチームを組み、空母機動部隊と戦艦打撃部隊を作っていた。そしてそれに巡洋艦と駆逐艦7人前後の随伴(水雷)部隊がくっつき行動を共にするのが基本だった。

 そしてこの鎮守府には4つの機動部隊に4つの随伴部隊と、3つの打撃部隊に4つの随伴部隊が所属していて、今はその各部隊の旗艦が結集している。

 機動部隊からは加賀、飛龍、鳳翔、祥鳳、機動随伴部隊からは利根、球磨、鈴谷、神通、打撃部隊からは長門、日向、霧島、打撃随伴部隊からは木曾、高雄、鳥海、大井が代表として集まっていた。

 

 

 「諸君、今現在この南太平洋戦線は開戦以来最悪の状況となった。」

 本多海将がホワイトボードの地図を棒で指し示しながら言った。

「まず、この青い線が3月中の戦線だ。」

 青い線は東の端はマーシャル諸島のエニウェトク環礁から始まりオキシドル島とパラオを経由して西の端はタウイタウイまでを結んでいた。

 エニウェトク環礁はハワイから出発したコートニー中将率いるアメリカ艦隊の最前線で、オキシドル島は小笠原から出発した本多艦隊の最前線、ペリリュー島とタウイタウイは南西諸島から出発した榊原海将の艦隊の最前線だ。

 

 戦線とはいっても実情は味方が奪還した敵の拠点(と思われる海域)を線で結んだものに過ぎず、不明瞭な部分も多々あった。戦域が広大過ぎて敵にも味方にも戦線に「穴」があり、点と線で構成されたこの戦線は実際は目安程度にしかならなかった。

 深海棲艦側は一定の数がまとまって艦隊となって行動している事が多いが、規模もまちまちで少数の艦隊なら戦線を突破して後方に回り込み、ゲリラ的な活動をする事もあった。

 

 「そしてこの赤い戦線が、4月1日以降の戦線だ。」

 赤い線は基本的に青い線を踏襲していたが、マリアナ諸島の南だけ北に大幅に押し下げられ、敵勢力の突出部ができていた。

 その突出部の先端にあるのがサンタジョージア諸島だ。そして突出部の付け根に当たる部分には1つの環礁と小島が並んでいた。

 

 「米軍との協議の結果、サンタジョージア諸島の暗号が決まった。しっかりメモっとけよ。いいか、これよりサンタジョージアは『アルファ・ジュリエット』と呼べ、いいな?長いのが気に入らないなら『AJ』でも構わん。」

 何人かの艦娘はアメリカ式の暗号に若干不服な表情を見せたが抗議はなかった為、話は続いた。

「当初の予定ではこの『シエラ・ズールー』海域を攻略する為に敵の機動部隊を叩いて背後に回り込み、榊原の艦隊と合流して包囲網を作る予定だったが、大幅に変更する事になった。」

 

 

 コードネーム『シエラ・ズールー』、本来の名前は「ローク島」「ファレーズ環礁」で、両者の間の距離は30㎞程で2つまとめて『シエラ・ズールー』(以下『SZ』)と名付けられた。

 場所は突出部の付け根に当たる所で、以前から深海棲艦の拠点として認識されており、ローク島の湾内とファレーズ環礁の内部に強力な艦隊が常駐しているのが確認されている。

 本多艦隊の当初の優先目標はこのSZ海域の攻略だった。ここを奪回してミクロネシアにおける深海棲艦の最大級の拠点を落とせば、再び戦線の主導権を握る事ができると考えたからだ。

 しかしこの海域にはかなり強力な艦隊が常駐しており、さらに地の利も防御をする深海棲艦側にある為、一筋縄ではいかない事は明確であった。

 そこで本多は大河内の助言を元に新たな作戦で攻略する事にした。一旦SZ海域は保留し、敵の航空戦力の斬撃と補給路の遮断を優先して行い、SZ海域の敵勢力を間接的に攻撃して弱らせてからじっくりと攻略するという方法だ。

 

 これは陸戦における浸透戦術や電撃戦を応用したもので、これなら艦娘の消耗は最小限に抑えられると考えられていた。これを成功させるには制空権の確保、すなわち敵機動部隊の撃破が必要であり、オキシドル島沖の戦いはその初動となった。

 このあと敵の機動部隊の残存戦力も可能な限り削った後、戦艦を中心とした強力な打撃部隊がSJの背後に居座り、補給を試みる敵の部隊を片っ端から排除して敵が根を上げるのを待つか、ある程度弱体化した所で航空部隊の援護の元に一気に攻略してしまうという算段だった。

 

 一部の艦娘からは「なぜそんな面倒なことを」「榊原艦隊と直にSJ海域を攻撃した方が速いのでは?」などの声が出たが、「直に攻撃するとなると恐らく何度も攻勢を仕掛ける事になるだろうから“現在の状況では”この方が確実。何よりも正面から立ち向かうよりは出血を減らせる。」と大河内が説明して同意を得ていた。

 

 「しかし状況はこの数日間で急激に変わった。皆知ってると思うが、4月1日にこのAJ海域から突如として大規模な敵航空部隊が出現し、我々はこの海域からSZ海域までの制空権を失った。オキシドル島周辺から敵機動部隊は消え去ったが、その代わりSZ海域周辺の戦力が増強されたのが確認された。加えてSZ海域は最前線のAJ海域までの補給の拠点として機能している事も確認された。よって今後の段取りも大幅に変更する事になった。詳しい話は…大河内君、頼む。」

 

 本多海将と変わり、大河内がホワイトボードの前に立った。

 

 「…まず大局的に見ると、我々はこのSZ海域からAJ海域にかけての突出部をなんとかしなければならない。特に先日敵に奪われたAJ海域には強力な航空部隊がいる事が判明した。よって…推測ではあるが…AJ海域のどこかの島に敵勢力の飛行場か何かが設営されたと考えられる。」

 

 この言葉によって会議室に明らかに動揺が広がった。

「マジかよ…。」

「大変クマ…。」

「飛行場…ねぇ…。」

 

どうやら艦娘の多くは先の大戦のガダルカナル戦を思い出している者が多いようだ。歴戦の隊員達の顔にも不安の表情が広がった。

 

「…そうだ、この際ハッキリ言ってしまえばこの島は21世紀の“ガ島”になるだろう。恐らくこの島を巡る戦いはかなりの消耗戦になる。ある者は傷付き、ある者は死ぬだろう。」

 会議室に静寂が広がった。皆が大河内を見据えた。この時会議室にいる全員がこれは厳しい戦いになるだろうと思った。

 

「しかしだ…。今度は勝つ。」

 

「そこまで言うならば、何か秘策でもあるのですか?」

 機動部隊の代表、加賀が言った。

 彼女は先の大戦では自分達の戦没が戦局の転換点となった事を知ってから負い目を感じていた。表には出さなかったが、皆はひそかに感じとっていた。彼女のこの戦争にかける意気込みは並々ならぬものだった。

 

「ああ、以前から検討していた事だが、ようやく幕僚の承認を得ることが出来た。これで突破口が開ければいいが…」

「それで、その秘策とやらは一体何じゃ?勿体ぶらずに早よう教えろ!」

 利根が催促をしてきた。

 

「ああ、特設の部隊を編成する。少数精鋭の水雷部隊だ。」

 

 一瞬会議室が静まって皆が顔を見合わせた。何を今更といった雰囲気が漂っていた。

「…お言葉ですが陸佐、水雷部隊なら…」

「ただの精鋭の水雷部隊じゃ無いんだ、神通。艦娘の性質を利用した全く新しい形の水雷部隊だ。」

「といいますと?」

大河内は少しの間の後続けた。

 

「ヘリコプターや潜水艦、ホバークラフトなどを使った空挺作戦や奇襲作戦を実施して敵の後方を撹乱する、つまりは水上のコマンド部隊といった所だ。」

 

 

 コマンド部隊、コマンドーやコマンドウとも言うこの部隊は軍の中でも特に精鋭部隊、特殊部隊の名前として第二次大戦の頃から用いられるようになった用語だ。主に少数での奇襲や偵察、後方撹乱等を行う。勿論陸上での活動が殆どで海上のコマンド部隊など前例が無い。

 

「艦娘とは、まあ端的に言ってしまえば人の“形”と“思考”を持った軍艦だ。だから人の“形”という点を最大限に利用して相手の裏をかいた奇襲作戦を行う事ができる。まさか上空から軍艦が降下してくるなんてあいつらは考えて無いだろう。」

「それが…秘策ですか。」

「そうだ加賀。まあこの部隊の役割はあくまでも本隊が攻撃を仕掛ける前の下準備といった所だ。コマンド部隊が敵の陣形を掻き乱した後に君たち機動部隊や打撃部隊が撃ち破るという感じだな。」

「しかしだ陸佐、これはもちろん前例の無いことなんだろう?そんな部隊を一から短期間に作る事なんてできるのか?」

 長門が言った。

 

 どうやら陸佐はAJ海域をはじめとする突出部の攻略にこの部隊を投入するつもりらしいが、部隊が出来上がるのを待ってる程事態は悠長では無いことは分かっていた。

 

「その事なら問題は無い…筈だ。幕僚には優秀な教官を派遣するように要請している。」

「ではその教官次第という事か?」

「そうなるな。だが時間はある程度は確保できる筈だ。」

「…というと?」

「今後の作戦の流れを説明すれば分かる。」

 大河内は再びホワイトボードの地図を指した。

 

「ご覧の通り敵勢力は突出部を作っている。だからセオリーに従い、我々は突出部の付け根をおさえて敵勢力を包囲する。その為にこのSZ海域を迅速に攻略してここに前哨基地を築く。」

 そう言って大河内はSZ海域を指した。

「我々はこれからしばらくの間はAJ海域やその補給路を中心に攻撃を続ける。昼間は補給を妨害し、夜間にはAJ海域の島に艦砲射撃を続ける。コマンド部隊はその間に訓練を続けるんだ。そして敵がAJ海域と補給路に釘付けになった頃合いを見計らってコマンド部隊を中心に奇襲攻撃を仕掛け、一気にSZ海域を攻略する。」

皆が大河内の説明をじっと聞いていた。呆気に取られている者も少なからずいた。

 

「突破口を開くには敵の裏をかいた攻撃ができる部隊が必要なんだ。」

「それで…一体どんな面子でその部隊を構成するクマ?」

「うむ、次に呼ぶメンバーで構成する。自分の部隊のメンバーの名前があったら解散後の1300時にここに集合する事を伝えるように。川内、那珂、神通、夕立、秋雲、野分、浜風 、大井、北上、陽炎、不知火、黒潮、島風、以上だ。」

 話を終えると大河内は居眠りしている本多海将のイスを軽く蹴った。

「おあ!?…本日の会議は以上だ。何か質問は?」

本多はまだ若干目が覚めていないようだ。

「はい…。ではその教官はいつ到着するのですか?」質問をしたのは神通だ。

「3日後を予定している。」

「ねえ、その教官ってイケメンだったりするの?」

 次に質問をしたのは鈴谷だった。

「詳しい情報はまだ来てないが“優秀な教官”を頼んだからな。あまり期待はしない方がいいかもな。○ートマン軍曹みたいのが来るかもしれん。」

「誰それ?」

 自衛隊の小隊長達の方から軽い笑い声が聞こえた。

 隊員達の中には、自分の受けた地獄のような訓練を思い出した者もいた。それをあの可愛らしい艦娘達が受ける光景を想像すると気の毒と思わずにはいられなかった。

 

「質問は以上か?では会議は終わり。各隊長は連絡を忘れるなよ。」

 

 

 1300時。予定通りコマンド部隊に選抜された艦娘達が集まり、打ち合わせをした。

 大河内は先程の会議の時と殆ど同じ説明をした。訓練も実戦もかなりハードとなる事が予想される為、不安を感じている者は無理せずに言うように言ったが特に誰からもそんな声はなかった。

 こうして新しい部隊が二つ出来た。これからは選ばれた艦娘はこのコマンド部隊と通常時の部隊を兼任し、訓練の時と有事の時にこの部隊で行動する事となる。

 

 話し合いは首尾良く進んだが、途中思わぬトラブルが発生した。自分が選ばれなかった事に納得のいかない艦娘達が会議室に文句を言いに来たのだ。

 

「おいおいおい!この深雪様を忘れてもらっちゃ困るんだけどなぁ~。」

「君は経験が少なすぎる。」

「一人前のレディーの私が呼ばれないなんてどういう事なのよ!」

「君レディーの意味分かってる?」

「この摩耶様を呼ばないったぁ、いい度胸じゃねえか!」

「悪いな摩耶、重巡の枠は考えて無いんだ。」

 

 余りにうるさかったから、大河内は一段落したら志願者の部隊を作ると言ってしまった。まあ士気が高いに越した事は無い。しかし未だ不安な部分が多すぎる為、やはり選抜したメンバーで様子を見る必要があった。彼女達には悪いが志願者部隊は当分保留となった。

 

 

 

 その日の夜。一人の艦娘が月明かりの下で歩いていた。駆逐艦の時雨だった。

 彼女は先日の空襲以来悪夢にうなされていた。内容は決まって先の大戦の時の事だった。もうあの戦争を経験した人間は死に絶えてしまった程年月は流れたが、時雨には昨日の事のように思い出す事が出来た。彼女の中ではまだ“あの戦争”も終わっていなかった。あの時に味わった絶望感と悲壮感は本当に自分の魂が消え去るまで焼き付いているだろう。

 自分は何の為にまたこんな事をしているのだろうと自問自答していた。答えが出ない事は分かっていたが考えずにはいられなかった。

 神の悪戯とか言うやつか?だとしたら神というのはとてつもなく悪趣味なものなんだなと思った。

 

 彼女が歩いていると何処からか「カチッ」という音が聞こえた。音のした方を見ると司令部の建物の玄関にオレンジ色の小さい炎が見えた。どうやら誰かが煙草を吸っているようだった。 よく目を凝らすとそれは大河内三佐だった。彼は煙草を片手に項垂れていた。

 

 

 大河内もまた先日の空襲以来再び悪夢に見舞われるようになった。

 彼は今まで戦死した自分の部下の名前は全員覚えていた。3年前に死んでいった部下もまたそうだった。

 もう無駄だ、あの時はあの状況下でやれる事はやった、と忘れようとする一方、今でもあの時の自分の行動を思い出して考える事もあった。本当にあの判断は正しかったのだろうか、ああしていればあいつは死ななかったのではないか。

 そんな事をぼんやり考えながら彼は煙草を吸った。煙草は体に悪いと家族や友人に散々言われたが、こうでもしなければやっていけなかった。彼はうなされて起きた時に鏡で自分の顔を見たこともあったが、酷い顔だったのを覚えている。

 項垂れていた顔を上げると自分の前に誰かがいるのが見えた。近付いて来たのは駆逐艦の時雨だった。月明かりに照らされて顔が見えたが、とても悲しい顔をしていた。上官の前とだけあって多少取り繕おうとしていたが、それでも隠しきれていなかった。

 

「…散歩にはいい夜だな。」

 先に声をかけたのは大河内だった。

「そうだね。静かないい夜だね。」

「その顔からすると、随分昔の事を思い出したようだな。」

「貴方も…後悔してる?ここにいる事を。」

「そうだな…そうかもな。」

 大河内は煙草をポケット灰皿に押し込んだ。

「君たちは強いな。」

「え?」

「君たちは俺と違ってしっかり前を見てる。海将を補佐し、隊を率いる自分がこんなんじゃな…。」

「ううん、貴方は買いかぶりすぎだよ。ホントはみんな大なり小なり思う所はあると思うんだ。」

「それもそうだが…。時雨、俺は怖いんだ。毎晩のように夢を見てると、いつか自分の記憶に呑まれてしまうと思う事がある。」

「でも忘れる訳にはいかない。そう思ってるんでしょう?」

「そうだな。俺と俺の部下達の事もいつかは歴史の彼方のどこかにいっちまう。君たちが戦ったあの戦争と同じようにいつかはな…。だからせめて俺だけは…。」

「やまない雨が無いように、終わらない悪夢も無いよ、三佐。だからみんな前を見ているんだ。」

「だといいがな…」

 

 大河内と時雨はその時、遠くから響くヘリの音を聞いた。音はどんどん近付いて来る。ヘリ自体は珍しくも無いが、どうやらここに着陸するようだ。そんな事は聞いてないが、きっとエンジントラブルか何かで不時着するものかと思った。

 

「中隊長殿!中隊長殿!どこにいるでありますか!!」

 

 すると今度はあきつ丸の声が聞こえた。ひどく慌てているようだ。

 

「あきつ丸、ここだぞ。」

「ああ、中隊長殿!幕僚から緊急の連絡がありました、今夜軍事顧問が到着すると!」

「は?」

「ですから、今夜軍事顧問がここに到着すると…」

「ちょっと待て、それは一体どういう事だ?到着は3日後の筈じゃなかったのか!?」

「それが何でもその軍事顧問が“ここまで来てるのに時間がもったいない”等と言って勝手にグアム島の基地から出発したそうであります。だから連絡が遅れたと…。」

「信じられん…。」

 

 音のする方を見ると月をバックにこちらに悠々と来るチヌークが見えた。人の都合も考えずに、身勝手な奴だな。どんな面か拝んでやる。大河内は少々ご立腹だった。

 




いやぁ長いですね(笑)
キリのいい所まで書いたらこんなになってしまいました。


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2 習志野から来た男

遅くなってすいません。家に着いたらテレビを見ながら寝落ちしたりしてしまいまして…。


 月をバックに二つのローターをつけたCH-47チヌークがゆっくりと降りてきた。ヘリをよく見ると緑や黄土色の迷彩が施されている事から陸自のヘリであることが分かる。突然の来訪とあり、まともに出迎えが出来たのは大河内、あきつ丸、時雨と警戒の為に起きていた艦娘と隊員達だけだった。

 やがて着陸したチヌークの中から二人の人影が降りて来るのが見えた。この時はまだ暗く、ローターの巻き起こす強風で顔はよく見えなかった。そしてその二人組が大河内の前まで歩いてきた。この時になってようやく大河内は軍事顧問の顔を確認出来た。そして唖然とした。それは彼の考えられる限り最悪の人選だった。

 

「大河内二等陸曹、ただいま着任!さあ、訓練兵はどこだ!」

先頭切って歩いてきたこの隊員はやたらやる気満々だ。見た目は大河内三佐よりも若干年下といった所か。

「なんでお前が…。」

「お知り合いでありますか?」あきつ丸が聞いた。

「知り合いも何も…」

「俺はそこの大河内浩也三佐の弟、大河内和也(おおこうちかずや)だ。よろしく。」

「は!よろしくお願いいたします!」

「おお、よろしく頼む。」

あきつ丸と本多海将は自然な流れで挨拶したが、大河内三佐だけは不服なようだった。

 

「ちょっと待て、どういう経緯でお前がここに!?」

三佐はいつになく取り乱していた。こんな三佐を見るのはあきつ丸も時雨も本多も初めてだった。

「なんでって?それは俺が優秀だからだよ。」

「真面目に答えろ。」

「俺は何時でも大真面目だよ?」

皆とてもそんな風には見えなかった。

「兄貴が特殊部隊を作る為の軍事顧問を欲しがってるって聞いたから志願したんだ。」

「志願!?」

「ああ、今の自衛隊じゃ一番ホットでやりがいがある仕事だ。それに…」

「それに?」

「危険手当もたっぷり出るしな。」

「信じられん…。第一どうやって俺が特殊部隊を作る事なんか嗅ぎ付けたんだ?」

「俺の情報網を舐めてもらっちゃ困る。」

「…」

彼ら以外のその場の人間(?)はすっかり話に取り残されていた。

 

 この大河内和也という隊員は他でも無い第5特任中隊長、大河内浩也三佐の3つ下の弟だ。性格は真反対と言っていい程対称的だ。良く言えば社交的で悪く言えば礼儀知らずといった所だろうか。大河内三佐の覚えている限り彼は俗物の塊のような性格で無鉄砲な言動目立つ奴だ。そしてその性格は未だ健在のようだ。

 

「それじゃあ、君が教官として水雷コマンドを訓練してくれるのだね?」若干眠そうな本多が口を開いた。

「ええ、お任せ下さい。」

「因みに原隊はどこから?」

「ああ…第一空挺団だ。」

「だ、第一空挺団!?」

 海自の本多でも驚いた。それほど第一空挺団の名は自衛隊の中では知れ渡っていた。通称「第一狂ってる団」、非常に優秀で頭のネジがはずれてるような個性的隊員が多い事で有名な部隊だ。

「まあいくら俺でも艦娘とやらには会った事は無かったからな、もう一人教官を付けてもらった。」

二曹の脇には白い制服を着込み、眼鏡をかけた艦娘がいた。

 

「練習巡洋艦香取です。大河内二曹と共に色々と指導させていただきます。」

こちらは大河内二曹とは全く正反対な雰囲気を出していた。

「大河内二曹とは既に入念な打ち合わせをしてきました。私達の出来る限りの力を使って部隊を指導していきたいと思います。」

 

 こちらは頼りになりそうだ。というかこちらだけにはできなかったのか?大河内三佐は思った。時計を見るともう日付は4月5日になっていた。

「それで、俺達の部屋はどこなんだ?もうくたくたでな。荷物もあるし。」

 チヌークを見ると段ボールが何個も運び出されていた。次から次へと隊員達の手によって運び出されていた。

「荷物ってあれか?」

「ああそうだ。」

「もしかして全部お前個人の私物か?」

「うん。」

「凄い量だな…。」

「必要な資料やら何やら色々持ってきたんだ。」

「あの量じゃ専用の倉庫が必要だな…。」

「じゃあ俺の部屋は倉庫で構わないよ?」

「それじゃあお前はどこでデスクワークを?」

「…何とかするよ。」

 

 

 翌朝、浩也に叩き起こされた和也は会議室に来ていた。結局和也は段ボールの上で寝ていた。香取は艤装の調整の為に工廠に行っていた。彼らの前には7人の艦娘がいた。川内、那珂、神通、夕立、秋雲、野分、浜風だ。

 

「いいかカズ、ここにいる7人が二つの水雷コマンド部隊のチームの一つ、“サクラ45”だ。」三佐が言った。

「サクラ45?もしかして兄貴が考えた名前?」

「もちろん。」

「へえ、素敵な名前だね。」

「ありがとう。」

「皮肉で言ってんだよ。」

三佐はムッとして二曹を軽く睨んだ。そんなにセンスが無い名前か?

「えっと、それじゃあ俺が大河内和也二等陸曹、大河内浩也三佐の弟だ。任務は君たちをみっちりしごいて一人前の空挺団員にする事だ。よろしく。」

「…てな訳でこれが今日から君たちの教官だ。何かあったらすぐに俺に報告するように。」

「どういう意味だそりゃ。」

三佐はとにかく心配でならなかった。妹に“野蛮人”とまで揶揄されたこの弟が艦娘達を教育する姿など全く想像できなかったからだ。

 

「それじゃカズ、ここにいる娘達の事は…」

「ああ、事前に資料に目を通したから大体の事は把握してるよ。みんなは俺に何か質問は?」

「はい!!」いの一番に手を挙げたのは川内だ。そしてこの段階で殆どの者は質問の内容は察した。

「二曹は、夜戦って好き?」

「夜戦?夜間戦闘の事か?う~んあまりいい思い出は無いな…。」

 

 自衛隊では夜間に戦闘だけでなく行軍の訓練もする。和也はそのなかで行軍の訓練の方がキツかった。戦闘訓練の時は適度な緊張感で目が冴えているが、行軍訓練は戦闘訓練後の疲労を抱え、しかも単調な動きしかしない為凄まじい睡魔に襲われた。和也も歩きながら睡魔に襲われ、藪に突っ込んだり崖から落ちそうになって教官から大目玉を喰らった。

 

「思い出すだけでも眠くなってきたな…。という訳で夜戦はちょっと苦手かな。」

「えぇ~つまんないの。」

「心配すんな、夜戦ならいくらでもやらせてやるよ。他は?」

 

「はぁ~い!」

次に手を挙げたのは那珂だ。そのノリに和也は若干置いてかれた。

「二曹さんは、アイドルには興味ある?」

「んん?誰のファンかって言ったら特に居ないが…。」

「本当!?じゃあじゃあ今度のライブに…」

「那珂!…ちゃん、自重しろ。」ライブの告知の紙を渡そうとしていた那珂を浩也が止めた。

「いいよいいよ、何?明後日に中央広場でライブ?」

「そうそう、那珂ちゃんのライブ楽しみに待っててね♪」

「検討しておこう。他は?」

「はい。」次に手を挙げたのは野分だ。

 

「二曹は先程私たちを空挺団員にするとおっしゃってましたが、そうなると私たちは落下傘での降下などを行う事になるのでしょうか?私たちは普通の人間と違うので正直不安が残りますが…。」

 真面目かっ!まさかそこまで考えてる艦娘がいるとは和也は思わなかった。

「その点は心配無く。落下傘降下よりも難易度は低めの降下をする。」

「といいますと?」

「あれだ。」

和也が指した窓の外を見るとローターの音を響かせながら真っ白な機体のSH-60“シーホーク”が飛んでいた。

 

「君たちが降下作戦の時に乗るのは21世紀の騎兵隊、ヘリコプターだ。あれからロープを使って海上に降下する。艤装を付けてるからやりづらいと思うが…まあそこは訓練でカバーする予定だ。他に質問は?無いか?無いなら解散、訓練は明後日の午後から始めるからそのつもりで。それじゃあね~。」

 

 

 会議室を出た和也と浩也は工廠へ向かっていた。

 

「いや~しかし中々個性的なメンツだったなあ。」

「お前もだろカズ…。艦娘はみんな個性的だよ。お調子者もいれば寡黙な娘もいる…生身の人間と同じだ。事実艤装を外せば普通の人間と変わらん。あんな小さな娘達が人類の希望なんだよ。信じられるか?」

「そんな彼女達を教え導く俺も人類最後の希望って訳だな!」

「お前なぁ…。」

 二人が喋っていると鎮守府の上空を零戦の編隊が全速力で通り過ぎて行った。

「ワーオすげえな。まるで第二次大戦の時にタイムスリップしたみたいだ。」

「ああ、方角からするときっと赤城と加賀への援軍に向かったんだろうな。」

「赤城と加賀って…あの一航戦の?南雲機動部隊の!?」

「ああ、そうだが…」

「マジか!近くにいるの!?」

「あ、ああ…彼女達は鎮守府の防空を担当してるからな。」

「ええ!?彼女達にインターセプターやらせてんの!?」

「カズ落ち着け。何をそんなに興奮してるんだ?」

「何っておま、あの赤城と加賀だぜ!?ミリオタの俺が興奮しない訳が無いだろ!!」

「あ…そういやそうだったな…。」

 

 自衛隊には“そういう人達”が少なからずいる(というかかなりの数だが)が、大河内和也もその一人だった。兄の浩也が知ってる限り中学に入った辺りからそんな傾向が始まったと記憶している。模型やらビデオやら色々集めて大変な事になっていたのを思い出した。

 

 

 二人は工廠に来ていた。先日の空襲の時の穴は何とか塞がれ、あちこちで小さな妖精さん達がせわしなく動きまわっていた。

 

「ここが工廠、鎮守府の核と言っていい程重要な施設だ。艦載機や砲弾の生産、艤装の修繕や改修も全部ここでやってる。」

「へぇ~…。って事は特注のパーツとかも発注出来んの?」

「まあ設計図とかがあれば妖精さんの作れる範囲でなら可能だが…。カズ、お前何を企んでる?」

「だって特殊部隊だろ?彼女達の砲塔にピカティニー・レールとかも付けてやりたいな~って。」

 

 ピカティニー・レールとは小火器に設けられたスコープやライト等のオプションパーツ用の取り付け台の事だ。取り付け台と言っても見た目はただの等間隔の凸凹だから作るのにそれほどの技術は必要無い。

 

「成る程…まあ確かに夜戦の時とかにライトやらなんとかサイトやら必要になるかもしれんな…。」

「まあ今後の戦訓次第って事で…」

とその時工廠の扉が開いてその先の海原が広がった。

「お次はなんだ?」

「艦娘の帰艦だな。まだローテーションの時間じゃ無いから誰か損傷でもしたかな…。」

 

 工廠に入ってきたのは3人の艦娘だった。一人は負傷していて、残りの二人は護衛のようだ。負傷している艦娘はどうやら空母娘のようで肩に大きな甲板があった。

 

「お帰り加賀、やられたのか。」

「三佐…はい不覚を取り敵の爆弾を1発被弾しました。直ちには任務に支障はありませんが念のため修復する事にしました。穴は二航戦が埋めています。」

「ずっと付きっきりですまんな。」

「いいえ…そちらは?」

「ああ、紹介しようこれが例のコマンド部隊の教官の…」

「大河内和也二等陸曹でぇす!よろしくお願いします!」

 

 和也が食い気味で割り込んできた。それも当然目の前にいるのは良くも悪くもかつて太平洋での日本の海の覇権のカギとなった空母機動部隊の代表格「加賀」なのだから。今まではモノクロの古ぼけた写真の向こうにしかいなかったあの正規空母加賀が目の前にいるのだ。

「おいカズ!」

「お会い出来て光栄だ!握手できる?」

「え、ええ…」

「おああ、ありがとう。なあ後でサイン…」

「カズ!!」

「いいだろ?本土に帰ったら部隊のやつらに自慢してやりてぇんだ。」

 

 

 帰投した加賀はいきなりの見知らぬ客人の出迎えに最初は混乱した。いきなり握手を求められたのはもちろん初めての経験だし、初対面からこんなに食い付かれたのも初めてだったからだ。しかし気分は悪くなかった。大河内二曹の言動から自分達が沈んだあの戦争から何十年たっても一航戦の威厳(というかブランド力?)は健在だという事が分かったからだ。

 

 加賀は自分と赤城の所属する“一航戦”というポジションに並々ならぬこだわりを持っていた。前世では世界に先駆け空母機動部隊の中心として中国から南太平洋までを縦横無尽に暴れ回った。世界最強の機動部隊。それはもちろん再び甦った今現在も自負している。もう不覚はとらない。かつてのように自分の失態で負け戦になる事は絶対にあってはならない。彼女はそう決心していた。

 だから彼女は鎮守府の防空という任務に自ら志願した。志願の直接の原因となったのは先のムエルタ大空襲だ。あの時、結局自分達は存在しない敵機動部隊を探していた。そしてその間に鎮守府の窮地を救ったのはあの五航戦だった。加賀はそれが気にくわなかった。具体的には説明出来ないが、とにかく歯痒かった。

 「ここは譲れません。」彼女は海将と三佐にそう言うと相棒の赤城と共に鎮守府周辺の防空兼敵地の偵察、攻撃の任務に就いた。

 

 鎮守府西方海域の哨戒、迎撃及びAJ海域への攻撃には赤城、加賀の「ツバキ11」と伊勢、日向の「チドリ93」が中心となって行う事になった。任務の性質上赤城と加賀の艦載機は全て戦闘機(零戦)になっていて、敵地や敵艦隊への爆撃は伊勢と日向が積んでいる瑞雲で行う事となった。ムエルタ大空襲の時の被害が敵も多かったのだろうか規模の大きな空襲はまだ無く、小競り合い程度に落ち着いていた。しかし日に日に敵の攻撃が激しくなっているのも事実で、今日は軽傷とは言えとうとう加賀が負傷した。

 

「彼女達はサッカーで言うなればディフェンダーだ、カズ。そしてゴールキーパーは俺達だ。」

「でも1日の時はこっぴどくやられたようだな。ちょっとガバガバなんじゃないの?」

「あれは完全に想定外の事態だったんだ。まさか1日2日で戦線から離れた鎮守府の近くに飛行場ができる何て…。」

「飛行場か…でもそれも実際の所はどんな感じか分かんないんでしょ?」

「戦場ってのはそんなもんだ。確かな情報なんて無い…場所を決めるのは俺じゃない。」

「ふ~ん…。」

「他人事じゃないぞカズ、鎮守府が空襲を受けるような事になったらお前にも銃を取って戦ってもらうからな。」

「いいよ、いつでも準備はOKだ。もし奴等が特大のクソを飛ばして来たら俺がはたき落としてやる。」

「カズ…。」

和也はまわりに艦娘がいる事をすっかり忘れていた。

「おっと…下品で失礼。」

 



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3 二人の大河内

日常編難しい…


 

 この日の午後にはもうひとつのコマンド部隊“バイカ65”の北上、大井、陽炎、不知火、黒潮、島風で香取と共に顔合わせをした。艦娘からの質問はかさね午前の時と同じであったが、特筆するとしたら島風がやたら早さについて質問してきた事だろうか。

 

 その後には大和、長門と顔合わせをしたが、その時の大河内二曹の興奮ぶりはもはや常軌を逸してると言っても過言ではなかった。

 主砲を撃ってくれとただをこねたが「弾がもったいない」との三佐の一言で一蹴されてしまった。

 断られた二曹はもちろんかなり不満なようでぶつぶつ文句をたれていた。それを見た三佐は最後に会った時と全く変わらない様子に内心ホッとしたが同時に不安になった。ノリがガキだ。

 

 

 そうこうしているうちに日が暮れた。歩哨や警戒にあたっている者達以外は夕食の時間だ。親睦を深める為に陸自、海自の隊員達と艦娘達は出来るだけ同じ時間に同じ場所で食事を摂るようにしている。

 といっても隊長クラスになると煩雑な事務仕事なども沢山ある為、大河内三佐や本多海将などは殆ど執務室に籠りっきりだ。しかしこの日は珍しく大河内三佐は執務室を抜け出して食事に来ていた。

 

「カズ、お前そう言えば訓練はいつから始めるって言ってた?」

「ん~明後日ぐらいからかな。」

「明後日か…それはちょっと厳しいかもな。」

「何で?なんかあんの?」

「なんかあんのってお前…お前が本来ここに来るのはいつの予定だったか覚えてるか?」

「ええっと…いつだっけ?」

「…明後日だ。いいか、お前は明後日に補充と増援の隊員達と一緒に来る予定だった。だろ?」

「ああ!!…そうだっけ?」

「そうなんだよ!そういう訳で明後日は色々バタバタするだろうから訓練は、厳しいかもしれん。」

「あ~分かった。じゃあ予定を前倒しして明日から始めるか。北上!」

 

 すると人混みの中から重雷装巡洋艦の艦娘、北上が出てきた。何故か大井も一緒だ。

 

「は~い、何か用?」

「きみ確かバイカ65部隊の旗艦だよな?」

「そうだけど…まさか…」

「そう、明日君のチームで訓練を始めるぞ。だから皆に1300時に工廠裏に集合するように伝えてくれ。」

「え~そんなの聞いてないよぉ。」

「今聞いたろ?1300だぞ。よろしく。」

「…何よ偉そうに。」

 大井が小さな声で呟いた。

 彼女はどちらかと言うと明日いきなり訓練の予定が入った事よりも、北上が体のいい雑用係のように扱われた事が気に入らないようだ。

 

「何か言ったか大井?」

「…いいえ、何でもありませんよ。1300時ですね?私たちが確実に伝えますから。」

 

 

4月6日 13:00

 この日も相変わらず南国の太陽がムエルタ島をギラギラと照りつけていた。工廠裏に集まったのは北上、大井、陽炎、不知火、黒潮、島風の6人だ。陸自用の体操服に着替えて準備運動をした後にランニングをした。

 

「よぉーし、それじゃ今日は初日だから10㎞走で勘弁してやる!!」

 大河内はそう言うと自らペースを取りながら、不満を漏らす艦娘達を走らせた。

 

「いーち!いーち!いーちに!そぉれ!!ほらお前らも言え!!いーち!いーち!いーちに!?」

「「そおれ…」」

「声が小さぁい!!そんなんじゃ深海棲艦にボコられてお仕舞いだぞ!!お前らは奴らを殺す為に来たんだろ!!はい、いーち!いーち!いーちに!?」

「「そおれ!」」

「まだ小さあい!!」

 

 和也はなんと結局終始怒鳴り続けながら艦娘達と一緒に10㎞を走った。彼女らは10㎞分、ひたすら島をぐるぐる走り続けた為、島の殆どの者が怒鳴り散らす二曹とひいひい言いながら走り続ける艦娘達を気の毒そうに見ていた。

 

「よし!次は腕立て50回!はいスタート!!」

 艦娘達は未だに息が切れていたが、それでも構わず矢継ぎ早に次のトレーニングを始めた。それでも何とか全員が50回こなした後に大河内はこう言った。

 

「胸の位置が高過ぎる!体を伸ばせ!全員もう50回!」

 

 結局この日は腕立ては合計150回やった。その後日が暮れた後も腹筋、スクワット、インターバル走等の基礎体力訓練をひたすら繰返し、この日の訓練は終わった。

 こんな調子でこれから何週間も訓練を続けるのかと思うと彼女達は若干鬱になった。

 

「お前ら随分ヘロヘロじゃないかぇ!!座ってお休みとはいいご身分だなぁ!!いいかお前ら。お前らは俺が憎いだろう。大いに結構!憎めば憎んだ分だけ、お前らは学ぶ!!そしてこの戦争に終止符を打つんだ!!」

 

 

 「それで、訓練はどうだったんだ?」

 この日も三佐が食堂に来て二曹と談義をしていた。

「う~んまだ初日だから何とも言えないけど、見込みはあると思うよ。思ったよりも基礎体力はあった。さすが帝国海軍の生まれ変わりとだけあるよ。」

「生まれ変わりと言うかそのものと言うか…。」

「とにかく俺は体力と空挺等の技能訓練、香取は砲術や座学で何とかやってみるよ。そっちは?」

「ああ、こっちも何とかコートニー中将に話をつける事が出来た。向こうさんも状況は良くはないみたいだから、援軍は送るとしたらイギリス海軍との混成部隊になるかもしれないとさ。まぁアメリカさんは大分余裕が出来てきたみたいだけどな。」

 

 大河内三佐は来るべき大攻勢に備えて戦力を強化する必要があると本多海将に話を持ち掛けていた。現状で既にかなりカツカツの状態なのだ。

 SZ海域に対する攻撃は予定では可能な限りの短時間―敵の後方の予備部隊が反撃の態勢を整えるよりも迅速に―終えなければならないが、もしそれが失敗に終わった場合深海棲艦の大艦隊と正面から対峙する事になるかもしれない。

 以前ならそれでもこちらもそれなりの部隊を用意出来たが、今はそうはいかない。何故ならこの鎮守府には厄介な目の上のたんこぶ、サンタジョージア(AJ海域)があるからだ。

 サンタジョージアに敵艦隊と航空基地がある現状では鎮守府周辺をがら空きにする訳にはいかない。その為には他の国の戦力をもらうしか無いのだ。

 

「時期は未定だが、第31任務部隊を送るとさ。」

「タスクフォースか。そりぁ頼りになるな。しかし一体誰を送ってくるんだか…」

 

 二人がそんな談義をしていると背後からピンク色の髪を束ねた一人の艦娘が忍び寄って来た。

「ほほう、それは大スクープですねぇ。」

「…青葉、またお前か…。」

 三佐は呆れるように言った。彼女のジャーナリズム魂には何度呆れた事か。かなりどうでもいい事から何処から仕入れたんだといいたい程の情報まであらゆる事をスクープしてきた。

 

「青葉ってあの…ソロモンの狼の?」

「わぁ青葉のあだ名を知って頂いてるとは!恐縮です!」

「カズ、あんまり構うな。こいつはこの鎮守府のパパラッチだ。」

「むぅ~そんな事言わないで下さい!大衆には知る権利があるんです!!」

 うわ…ほんとにパパラッチが言いそうな事言ってるよ…。和也は若干青葉を警戒した。

 

 青葉は不定期で鎮守府内で新聞のようなものを発行しているが、その中でも大河内三佐に関する記事は反響が大きい。彼は昔から口数が少ない(特にプライベートの話は殆どしない)為、古参の隊員でも知らない事が多いのだ。

 

「それで、その海外からの援軍って誰が来るんですか?」

「ノーコメントだ。」

「なあ兄貴、ちょっといいか?」

和也は浩也に耳打ちした。

「どうせいつかみんなに話す事なんだから早めに公表して心の準備をしてもらった方がいいんじゃないか?だってアメリカから来るんだろ?」

「…」

浩也はしばし考えた。というか和也がそこまで気配りが出来るようになっていた事に内心驚いていた。

「…海将と話してくる。」

 

 

 翌朝、鎮守府の艦娘、自衛隊員達に号外が配られた。その内容に多くの艦娘は驚いた。援軍の中に知った名前が何人もあったからだ。

 

『ムエルタに助っ人参上か!?米英連合艦隊今月中にも援軍に』

『主力は空母5隻 ヨークタウン、ハーミーズ、イラストリアス他レパルスを始めとする複数の巡洋戦艦』

 

 

 その頃の道場、飛龍は朝早くから弓を引いていた。しかしどうも調子は良くない。何本もの矢が的の木枠に当り、蹴った。

「矢所が乱れていますね。」

 弓を倒して軽く溜め息をついていた飛龍は鳳翔が来ていた事に初めて気付いた。

「鳳翔さん…。はい、どうも今朝は矢所が安定しなくて…。」

「弓矢を射るには身体の外と中を整えるなければいけません。原因は貴女も分かっているのでは?」

「…はい。」

 

 飛龍はややうつむいた。脳裏には“あの時”の記憶が蘇った。甲板の上一面は火の海で、黒煙の隙間からは幾筋もの血が流れている光景が脳裏によぎった。

 

「…ハーミーズも…ヨークタウンも私たちが沈めた人たちです。そしてヨークタウンと私は相討ちになりました。私はその事を忘れる事はできませんし、向こうも忘れる事は無いでしょう…正直、どう接すればいいのか…」

「忘れる必要は無いと思いますよ…いえ、むしろそれは忘れてはいけない事なのかも知れませんね。」

「でも、もしかしたら向こうは私の事を怨んでるかもしれないんですよ?私だってうまく話せるか分からないし…」

「過去を忘れない事と、過去に捕らわれる事は違うんじゃ無いんですか?」

「…!」

「私達は過去を背負って進まなければいけないんです。私が送り届けた復員兵の皆さんのように、辛い過去を乗り越えて進まなければいけないんです。わだかまりは、いつかは消える筈です。」

「…鳳翔さん…」

「私のアドバイスは、参考になったでしょうか?」

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 「なーんかみんな凄い騒いでんな、磯波。」

 

 深雪は朝食をとる為に食堂に来ていたが、食堂の中はいつも以上に騒がしかった。食堂だけでなく、ここに来るまでにすれ違った艦娘達は大抵同じような事を話していた。

 しかし太平洋戦争に参加する前に退場した深雪にはとってはそれほど今回の事は騒ぐような事では無かった。とは言っても海外の艦娘に会うのは初めての事だからどんな奴に会えるのかと楽しみにしていた。

 

「それはそうだよ…深雪ちゃんは分からないだろうけど…あぁ、私も早く仲良くなれるといいんだけど…。」

「なっさけねぇなぁ~、せっかく仲間が増えるんだからよ、楽しみに待ってようぜ。」

「うん…頑張るね…。」

別に頑張るような事じゃ無いだろ。深雪はそう思いながらわくてか待っていた。

 

 

 「アメリカとイギリスの連合艦隊が来るってよ、三好。こりゃ大事になってきたな。」

「俺たちには関係ないよ朝倉。誰が来ようと、俺たちは基地の管理と警備をするだけだ。」

「なんだよ、冷めてるなあ。」

 

 三好達の兵舎にも号外が配られていたが、三好自身はあまり戦史にも詳しく無い為、それほど関心は無かった。使える連中ならいいな位にしか思わなかった。それよりも余程気になる事が三好にはあった。

「それよりな、今日俺たちには補充の新人達が来るじゃないか。そいつらの事の方が気になるよ。」

 この日、ムエルタ島には空襲の時に消耗した人員や兵器の補充と増援の隊員達が到着する。何でも、新兵器があるとか言う噂もある。

 何より、新しく来る新人達に何を教えればいいのかを三好は考えていた。きっと来るのはレンジャーの資格等を持った優秀な奴らだろうが、ここではそんなものは有ろうが無かろうが関係無い。そう三好は思っていた。

 

 

 その後、隊員達と艦娘達が朝食をとり終わった辺りに号令がかけらて、鎮守府にいるほぼ全員が中央の広場に集合した。それから海将が荷揚げの事を説明した。その時になって初めてその“荷”の内容が説明された。

 この日に来るのは

・各隊の補充隊員

・増援の普通科二個小隊及び特科三個小隊

・複数の自走砲等の車輌

 

 

 やがて水平線の向こうから二隻の輸送艦が向かって来るのが見えてきた。まだ戦争を知らないピカピカの自衛官達がやって来たのだ。

 



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4 着任

 新たにムエルタ鎮守府に派遣される隊員達の中に竹崎陸士長がいた。彼の所属は特科、要するに砲兵隊だ。その中でも彼の操る兵器はこの深海棲艦との戦争の為に造られた対深海棲艦用の新兵器、「75式改自走155mmりゅう弾砲」だ。

 

 元になった兵器は1975年に自衛隊に採用された「75式自走155mmりゅう弾砲」だ。彼が乗るのはその主砲を旧式の「M114 155mm榴弾砲」に転換したものだ。何故旧式の砲に換えたのかと言うと、理由はハッキリとは分からないが深海棲艦には第二次世界大戦時に使われた兵器を使えば有効な打撃を与える事が出来るという事が分かっているからだ。

 元々75式155mm自走りゅう弾砲も旧式化が進み、このままなら退役し廃棄される予定だった。

つまりこの自走砲は廃車に骨董品を載っけてリサイクルさせて出来ているようなものなのだ。

 

 「緊張…するな…。」

彼は同僚達に言ったが、返事は返って来なかった。返す余裕も無かったのだろうか。

 彼の知っている限りここにいる全員がこれで初めて実戦というものを経験することになる。しかも相手は深海棲艦とか言う訳の分からない化け物で、共に戦うのもこれまた訳の分からない艦娘とか言う連中だ。

 先日大規模な空襲があって比較的大きな被害が出たという事は知っていたが、それ以外はさしたる情報も無く、不安になるなという方が無理な話だった。

 やがて巨大なハッチが開き、自走砲がゆっくりと前進を始めた。潮の臭いを心地よい風と共に感じた。彼の前には慌ただしく動き回る迷彩服を着こんだ自衛官達と、それと対照的に様々な種類の洒落た服を着こんだ娘達がいた。あれが例の艦娘とか言う奴か?以外と可愛いいもんだな。

竹崎はこの任務も悪くは無いものだとこの時は思った。前線で体を張るのは――誠に気の毒だが――彼女達の訳だから、自分達の出番はそうそう無いのでは?そう楽観的な考えが彼の頭を過っていた。だが後にこの考えは大きな間違えだったと彼は気付く事になる。

 

 

 「これは…凄いな、三佐。」

本多海将は息を飲んだ。海自である彼が間近で戦車(正確には自走砲だが構造自体は戦車と殆ど同じ)を見るのはこれが初めてだった。

 島中に響き渡るエンジン音を轟かせ、自走砲が次々と輸送艦から降りてきた。その巨体と主砲は頼もしい限りだ。しかし冷静に考えてみればこんな図体をしていても戦術的な価値は精々駆逐艦娘一人以下であることに海将は気付いた。

この戦の勝敗を握るのはやはり艦娘なのだ。そう思うと海将は自分が酷くちっぽけなものに感じた。自分も深海棲艦という未知の厄災に立ち向かう世界中の何万という将兵達の一人に過ぎないのだ。

「ああ、そうだ三佐。君に伝える事があったな。」

「はい?」

「今日を持って第5特任中隊は第5独立混成大隊に昇格だ。」

「はい…それでは、私は今日から大隊長という訳ですか。」

「そう言う訳だ。おめでとう、三佐。」

「…あまり、気は進みませんね。」

そう言うと三佐は煙草を一本取り出し、火を着けた。

「背負う隊員の数が増えた訳ですからねえ…。」

「では辞退するのか?」

「いいえ、やりますとも。」

 そう言うと大河内は溜め息と共に煙をはいた。実際彼の胸中はというとやはり晴れ晴れとはしていなかった。直感的にこの先は多難の道であろう事は確信していた。しかしここまで来たからには誰かにこの任務を譲る気は更々無かった。

 考えてみれば自分もとうとう大隊を預かる身となったのか。大河内は煙草をふかしながら感傷に浸っていた。

しかもただの大隊では無い。どこの連隊の指揮下にも入っておらず、完全に独立し、砲兵、工兵、歩兵の兵科が一通り揃って単独で作戦行動ができる混成部隊だ。今目の前でエンジンを轟かせながら移動している155mm砲や203mm砲の恐ろしい破壊力をもつ自走砲たちも今や自分の指揮下にあるのだ。

 自分の身には余る任務ではないだろうか。それだけ能力を買われているのは自衛官、ひいては一人の指揮官としては冥利に尽きる所でもあったが、それでも不安は拭いきれなかった。

 やがて大河内は煙草を携帯用灰皿に放り込んだ。

 

 

「艦隊のアイドルゥ、那珂ちゃんだよー♪みんな~、よろしくぅ!」

 

 その日の夜には予告通り那珂のライブが盛大に開かれた。因みにステージのセッティングは“親衛隊”の隊員達が志願して行ったらしい(リハーサルに来る那珂と触れ合えるかららしい)。

島には娯楽が少ない為か毎度の事ながら会場は凄まじい熱気に包まれ、束の間の戦争を忘れられる一時を皆で味わっていた。合いの手も日頃の訓練の成果か、きっちり統制のとれたものになっていた。新人達は面食らっていたが、恐らく明日以降“親衛隊”の人数は大幅に増えるだろう。

 大河内はそんなばか騒ぎを相変わらず煙草を吹かしながら眺めていた。不思議な事に昼にあんなに隊の事について苦悩していたのが何だか馬鹿馬鹿しく感じてきていた。

 

「おいおい、煙草は体に悪いんだぞ?」

 

 大河内が振り向くと、そこにはこの鎮守府のもう一人の大河内がいた。

「余計なお世話だ、カズ。」

「しけた顔してんなあ。兄貴の付き人も心配してたぜ?『自分は禁煙を進めてきたのでありますが、中隊長殿は一向に実施する気配がありません。』って」

「ハッ。」

「なあ、もうちょっといいリアクションしてもいいんじゃねえの?」

「あのクオリティーの物真似にどう反応すりゃ…。」

「俺としてはベストを尽くしたつもりだ。」

 

 実に下らない内容の会話だった。しかしこんな他愛もない話を家族とするのも浩也にとっては久し振りの事だった。

 

「それで、わざわざ禁煙を進める為だけの為に俺に会いに来たのか?」

「いやいや、もっと事務的な話をしに来た。」

「というと?」

すると二曹は辺りを見回し、誰も近くにいない事を確認すると、三佐にやや小声で話し掛けた。

「俺の教え子達の特殊任務はいつ実施するのか、なるべく具体的な時期が知りたい。出来れば内容もある程度 。」

三佐はやや思案している表情をみせた後、来るべき強襲作戦の概要を話した。本番の内容によって今後の訓練の内容も変わるのだ。

 

「なるべく早くに作戦を行いたいと俺個人は思っているが…」

「まだ駒が揃ってない?」

「そういう事だ、カズ。きっとこれはかなり大掛かりな作戦になる。だからリスクもかなり大きくなると思う。なんせ複数の敵の拠点に同時に殴り込んで占拠しなきゃならない。小さなミスが大きな…」

「その殴り込みに、ヘリは使うのか?」

 二曹は話が長くなると思ったからか、無理矢理口を挟んだ。

「ヘリで降下するとかそういう面倒な事をしないなら訓練の期間を減らせるが、どうする?」

「ヘリで降下しないって…ヘリ無しで敵の意表を突いた強襲なんかできるのか?」

 

 三佐はヘリを使った強襲作戦にかなりの自信を持っていた。敵の航空戦力が展開出来ない夜間にも迅速にかつ、正確に戦力を前線のみならず、敵の後方にも投入できる上、島などの陸地をショートカットするなどの柔軟で立体的な作戦もできる。

ハッキリ言ってこれを越える強襲の手段は考えられなかった。

 

「作戦の目標は環礁の中なんだろ?要するに敵の迎撃よりも早く環礁の中に艦娘を送ればいい訳だよな?だったら“あれ”が使えるんじゃないか?」

そう言うと二曹は停泊している輸送艦を指差した。

「“あれ”って…あれか。」

 

 

 それからは水雷コマンドのメンバー達にはひたすら厳しい訓練の日々が続いた。大河内による基礎的な体力訓練から香取による座学までとにかくあらゆる訓練をこなしていった。

 体力訓練では慣れてくると全員艤装を装着した状態のままランニングをしたり、不眠で一晩中ひたすら行軍(陸上、海上問わず)したりと、陸自顔負けの中々ハードな日々を過ごした。訓練の中では誰か一人でもミスをやらかしたら最後、チーム全員にペナルティ(主に筋トレやランニング)が課せられた。

その一方で、時たま二曹は差し入れと称してクーラーボックス一杯のアイスクリームを持ってきたりして、艦娘との親睦を深めていった。訓練以外の時は鬼教官は鳴りを潜め、いつもの半分ふざけたような態度で接した為、艦娘との距離は順調に縮まっていった。

 

 その一方、それと比例するように訓練もその苛酷さを極めていった。基礎訓練が終了すると、今度はより実戦的な訓練を彼女達は重ねていった。

実戦での状況を想定し、砲雷撃の訓練は夜間に行う事が多かった。夜間の限られた光源の中いかに早く、正確に目標を撃破できるか、それをひたすらそれを極めていく訓練だ。

 

「ほら、ちんたらすんなぁ!前進しろ!!そんなんじゃ深海棲艦に頭かち割られるぞ!!」

「おっそぉぉぉぉい!!お前ら俺に頭かち割られたいのか!!」

 深夜にも関わらずメガホンを片手に大河内二曹は両手を振り回し、有らん限りの怒号を飛ばしまくった。時には勢い余ってメガホンを吹っ飛ばし壊してしまう事もあった。

 

 また、ある時には夜間訓練を終えて疲労困憊の中、寝込んでいた彼女らの寮に花火を撃ち込み、「敵襲!!敵襲!!」と騒ぎ、全員を叩き起こした事もあった。奇襲を受けた時の対応力を試したのだと言う。

勿論二曹の満足するタイム以内に艤装を準備出来なかった時には容赦無くペナルティを課せられたのは言うまでもない。

そんな事が抜き打ちで(時には水雷コマンドの訓練とは全く関係ない者達や駐在する自衛隊員達にも)実施される訳だから、彼女達は睡眠さえ満足に取る事を許されなかった。

 

 ある時には大河内二曹は加賀に頼み込んで実弾を込めた実機を使って訓練をした事もあった。制空権が敵の手に落ちた状況の中で味方の戦線まで撤退するという内容だった。

海上に設けられた障害物を避け、尚且つ標的となる的を砲撃すしながら艦娘達は航空機の攻撃をかわさなければならないのだ。

そんなことはどだい無理な話な訳で、次から次へと航空機が降下しては海上の艦娘に機銃を一連射撃ち込んでは、カンッカンッと金属音を立てて弾丸が跳ねていった。実戦ではこの機銃弾と共に爆弾や魚雷が投下される事になるという想定だ。

 そんなこんなでボロボロになってようやく二曹の元に戻ってきたと思ったら、即座に修復バケツを掛けられ、「もう1回な。」という慈悲の欠片も無い言葉も掛けられた。

 

 

 そんな感じで他の艦娘や隊員達は水雷コマンドの艦娘達を気の毒そうに横目で見ながら時は過ぎていった。

この頃は比較的戦況は安定(悪く言えば膠着)していた為、それほど慌ただしくなる事は無かった。戦闘と言えば敵の前線基地であるAJ海域までの物資の輸送の妨害や、小競り合い程度の防空戦位だった。

それでも、これから先に大きな戦闘が起こるであろうと言う事は鎮守府にいる全ての者――最高指揮官の海将から末端の陸士や艦娘まで――が共通して感じていた。

防空の為のスクランブルは日に日に増えていくし、時には鎮守府から目視できる所まで敵機が飛来する事もあり、緊張が緩む事は決して無かった。

 

 そんな矢先、鎮守府にあの大空襲以来の大きな衝撃が訪れる事となった。

ついに敵艦隊の直接攻撃を受ける日が来たのだ。

 

 



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5 演習

超久し振りの更新です。
多少マニアックな描写があります。
読みづらかったら申し訳ないです!!


 カンカンと照りつける太陽の本、今日もムエルタ島では自衛隊と艦娘達の訓練が続けられていた。その証拠にこの日は日が昇ってからというもの砲が弾を発射する重く、とんでもなく大きい轟音がずっと響き渡っていた。

 

――FDC(射撃指揮所)へ、こちらFO(観測班)、目標確認。修正射、座標1129  2233、 標高07、観目方位角2600。四番ブイのフラッグだ。

――了解。

 

「FOより射撃要求、修正射、座標1129 2233、標高07 、観目方位角2600。四番ブイのフラッグです。」通信手が報告を班長に大声で伝えた。

 

「了解、よしメカニック君、計算頼んだよ。」

「了解しました。」

 

 そう言うと「メカニック」こと丹羽算定陸曹はキーボードをカタカタさせながら黙々と計算を始めた。それと同時に指揮所の班長は砲撃を行う特科の隊員達に連絡を入れた。

 

――1中隊、FOより射撃要求、間も無く射撃はいりまーす。

――こちら1中隊、了解。

 

「竹崎!砲撃用意、弾持ってこーい!!」

「了解!!」

 

竹崎が重いりゅう弾を運び終えると新たな指令がFDCから入った。どうやら射角の計算が終わったらしい。

 

――こちらFDC、中隊修正射、基準砲、方位角2301、射角124だ。

――了解。

 

「方位角2301、射角124。砲撃用意!!」

 

 小隊長の指示で155mm砲の砲塔が左右に、砲身が上下に動き狙いを定めた。いよいよ発射の瞬間だ。準備完了を知らせる赤いフラッグが振られた。

 

「よーい!!」

 

竹崎を初めとする隊員達は耳を塞いで(一応耳栓はしているのだが)待つ。

 

「撃てぇ!!」

 

ズガァン という空を引き裂くような轟音と大量の白煙を吐き出し、砲弾が発射された。発射の衝撃で25tもある重い自走砲がぐわんと揺れる。

 

「だんちゃーく、いま!!」

 

小隊長が言い終えるか終えないか位のタイミングで海上に水柱が立った。

 

「んー…」

 

FOの隊員達が双眼鏡で水柱を食い入るように見た。

 

 

 「いやはや、しかしこれはまた五月蝿くててかなわんなぁ。」

 

 そう声をあげたのは執務室で事務処理をしていた本多海将だ。執務室といっても気持ち豪華な兵舎の様なもので、防音などは恐らく最低限の考慮しかされていない。

 

「仕方ありませんよ。特科は艦娘達とは違って沖合いで砲撃訓練をする訳にもいきませんし。これも、我々の勤めです。」

 

大河内は陸自出身とあってこの程度の騒音には慣れっこなようで、ケロっとしている。

しかしこの鎮守府を統べる本多は全く対称的な状態だった。

 

「うぅむ…耳がおかしくなりそうだな…。」

「そのうち慣れますよ。」

「もう三日間位そう言われてるがねぇ。」

「文句ばかり言ってないで仕事しましょう、仕事。」

「そうは言ってもだねぇ…」

 

その時「ドドドォーン」と今までとは比べ物にならない発砲音が本多の声を遮った。凄まじい衝撃に窓ガラスがカタカタと小刻みに揺れた。

 

「効力射ですね。見事なもんです。」

 

ケロッとしている大河内だが、対称的に本多は頭を抱えて小さくなっていた。

 

「頭も痛くなってきたぞ…。」

 

そんな様子を見て大河内も別の意味で頭が痛くなりそうになっていると、執務室のドアを叩く音がした。

 

「いいぞ。」

 

本多に変わって大河内が返事をした。

 

「失礼します、大淀入ります。提督、こちらの書類の確認とサインをお願いします…って大丈夫ですか?」

「海将ならこの通り、ピンピンしてるよ。」

 

海将の顔は真っ青だ。大淀は苦笑いしながら続ける。

 

「あの…三佐にもお願い事がありまして…。」

「ん?何だ?」

「お持ちした書類にも関係してるんですが…その、アメリカ軍が連日大量に送り付けてくる支援物資についてなんですが、あなたの大隊から搬入作業にもっと人数を頂いてもよろしいですかね?」

「ああ…あれか。いいだろう、今日から第3小隊も作業に加わるように指示しよう。」

「ありがとうございます。助かります。」

 

「何だ…またこの書類か。」

 

ダウンしていた本多がようやく回復したようで、大淀が持ってきた書類を手に取っていた。

 

「何だっけ『エンジェル・フォール作戦』だったっけ?アメリカ軍の支援物資ばらまき作戦。」

「「はい…」」

 

大淀と大河内が揃って似たような顔で応えた。

 

「支援物資を送ってくれるのはありがたいんだが…」

「もはやこちらの受け取りが追い付かなくなりつつあります。こちらとしては嬉しい悲鳴とでも言いましょうか…これが“持っている”国の力なのですね…。」

 

 アメリカ軍は2週間前から「エンジェル・フォール作戦」と称した、深海棲艦に対抗している国に対する支援作戦を開始した。

イギリス、日本、ドイツ、ロシア、イタリアなどの艦娘を配備、運用させている国の軍を特に優先対象とした作戦だが、最前線に近く、且つアメリカ軍基地とも比較的近い距離にあるムエルタ島には、ほぼ連日のように輸送機で大量の武器弾薬や食料、娯楽品などの支援物資が届けられていた。

 

「今まで届けられた物資は武器弾薬だけでもかなりの量です。AN/M2重機関銃400丁以上に、カービン銃1000丁、50口径弾10万発以上、30口径弾20万発以上、30カービン弾25万発以上…」

「聞くところによると、アメリカじゃあ本土の武器製造会社が妖精さん達を大量に雇ってあらゆる対深海棲艦用の武器を製造してるらしい。お陰で武器メーカーも大儲けだとか…。」

本多が書類を見ながらそう言った。

 

「お陰でこっちは結構なライセンス料を払う事になりましたけどね。」

 

大河内が少し困った顔で言った。

 

 自衛隊はアメリカ軍をはじめとする国連軍と円滑に作戦を行えるように弾薬の規格の統一化を試みている。

 特に空母艦娘が搭載している航空機の弾薬はだいたい日米共に似たような規格だから、次々と統一化が進んでいる。

 その中でも特に大量に必要なのが、戦闘機の機首機銃、爆撃機または攻撃機の後方機銃など、あらゆる所で使える「AN/M2重機関銃」と「12.7mmNATO弾」だった。今ではこの鎮守府の工廠でも量産しているが、この話を製造元の銃器メーカーに打診した所、かなりの額のライセンス料を払わされたのだ。

 

「全く、商売人には敵わんね…」

 

 そういいながら本多は、窓ガラスの奥に今日も大量に運ばれる「FN」というマークが青く描かれた箱の山を眺めた。

 

 

 調度その頃、鎮守府の沖合を1隻のホバークラフトがエンジン音を轟かせながら凄まじいスピードで走っていた。

 

「おるぁ!!行くぞぉ!!飛び込み用意!!」

 

 ホバークラフトのエンジン音にも負けない声で大河内二曹が吠えた。ホバークラフトには大井、北上、陽炎、不知火、黒潮、島風らの訓練生と香取が乗っている。彼女らの顔色はあまり良いとはいえない。

 何せ彼女達は徹夜のフル装備行軍訓練を終えたばかりなのだ。そんなわけでかれこれ20時間以上まともに寝ていない。

 香取は風でペラペラと舞う記録用紙と悪戦苦闘している。彼女もまた大河内の過酷な訓練に付き合っていた。訓練中の艦娘達の様子をチェックして何やら紙にメモをしていた。

 

「ちょっと、本気でやる気なの…。」

「はっやーい…。」

 

 大井と島風が呟くように言った。現在彼女らの乗っているホバークラフトは約40ノット(時速約74km)ものスピードで海上を駆けている。

 

「ああ勿論!!このホバークラフトを使えばお前達は浅瀬や多少の陸地も無視して作戦が展開できるようになるんだぞ!!奇襲には持ってこいだろぉ!!」

「でも正気じゃないです。」

 

不知火が水を刺すようにいう。

 

「今ここから飛び込んだら、あっという間に衝撃で大破して戦闘不能ですよ。」

「そうならんように今まで受身やら飛び降りの訓練させてして来たんだろうが!!」

「ですが…」

「ようし、いいだろう!!不満があるってんならお前達が全員飛び込んだ暁には、俺も飛び込むぞ!!」

「何言ってるんですか!?」

 

不知火は柄に合わないような声を挙げた。他の艦娘達も唖然としている。

 

「やっぱりこの人頭おかしいわ…。」

「何だどうしたってんだ!?スカートがめくれるのが恥ずかしいか、大井っち!!」

「その言い方止めてください!」

「文句言わずに、さぁ行け!!自分を信じろ!!神通達は飛び込んだんだぞ!!」

 

 言われるがままに艦娘達はホバークラフトの縁に体を動かすが、そこから先にはなかなか進まず、物凄い勢いで視界の中を右から左に流れていく海面を見るだけだ。

 

「ホレ、行け!!」

 

そう言うと大河内は一番手前にいた北上を軽く蹴って海面に落とした。

 

「ちょっと!あんた何て事北上さんにしてんのよ!!」

「ごちゃごちゃ騒ぐな!!さぁお前も北上に続け!!」

「もう我慢できないわ!あんた何様のつもりよ!!」

 

 そう言うと大井は持っていた単装砲を大河内に向けた。それは極度の緊張と疲労と怒りの末の衝動的な動作だったが、一気に周りのメンバーに緊張が走った。香取は静かに連装砲を大井に向けた。いつでも撃てるという事を視線で大河内に合図した。

 しかし大河内は一切表情を変える事はなかった。香取に“そんなのは必要ない”と目配せをするほど余裕なようだ。

 

「おお?何だ何だ。この俺に砲口を向けるか?」

「黙って…。」

「…面白い!気に入ったよこいつ、ハッハッハ!!」

 

 張り詰めた雰囲気の中大河内一人だけが笑っていた。それはそれは異常な光景だった。

単装砲を向けられた男はさらに続ける。

 

「教官様に楯突くその度胸は認めてやろう、大井っち。」

「なっ!」

 

そう言うと大河内は左手で大井の持つ単装砲を払い、一気に間合いを詰めた。

 

「だがCQCでこの俺を打ち負かすのは10年早いな。」

 

 次の瞬間には大河内の右手は大井の襟元を掴み、彼の体は大井の懐に完全に入っていた。

 

「頭冷やせぃ!」

 

 そう言い終える頃には大井はホバークラフトの後方遥か後方に消えていった。見事な背負い投げであった。

 

「さて…」

 

大河内は残りの艦娘達を見渡す。

 

「他に俺と遊びたい奴はいるか?」

 

 

「これはこれは…大河内君、君の弟くんも容赦が無いねぇ。」

「アイツは手加減てものを知りませんから。」

 

 島の陣地を見回っていた本多と大河内は工廠近くの浜にいた。そこで見たのは水が滴るほどびしょ濡れになった状態で干されている艦娘達の制服と、だぼだぼの迷彩服を着てぐったりと浜に座り込む艦娘達だった。

 

「あんなの横暴ですよ!!ねぇ、北上さん?」

「いや~さすがに今回ばかりは死ぬかと思ったね~。」

 

大井と北上の二人組はあい変わらずベッタリ(大井がほぼ一方的にくっついているだけだが)だ。

 

「まったく…提督はなんて奴を寄越してくれたのかしら…。あの人の人選能力を疑うわ…」

「あっ、提督じゃん。何してんの?」

 

大井が小声で愚痴を呟いていると、大河内達に気付いた北上がいきなり声をあげた。すると大井も一息あけて大河内達に顔を向けた。

 

「あら~提督ですか?今日も見回り御苦労様です。」

 

 語尾に♡が付きそうな程の猫撫で声だ。さっきの愚痴の時の声は何処に行ったんだと大河内は内心言いたくなる。

 

「いや、ちょっとした散歩がてら寄ったんだ。大井君も、北上君も御苦労様。精が出るねぇ。」

 

本多は先程の愚痴は全く聞こえて無かったのか、至って普通に話しかける。

 

「ええ、ほんっっとうに有意義ですばらしい訓練でした。あのような殿方を寄越していただき、ありがとうございます。」

 

大河内は笑みを浮かべてそう話す彼女に得体の知れない気味の悪さを感じた。

 

「海将、そろそろ行きましょう。仕事が残ってますよ。」

「おっ、そうだな。ではこれで私は失礼するよ。」

 

 大河内は即時に撤退するのが身のためだと本能的に感じた。帰り際に少し後ろの様子を見たときに目があった大井に睨まれたときは歴戦の大隊の中でも古参クラスの大河内でも寒気が走った。

彼女は色々ヤバそうだ。

 

 だがまぁ、実際は多少は同情している、というのが大河内の本心である。精神的にも外見的にも年頃の人間と同じ彼女達が毎日弟にシゴかれているのは不憫と言えば不憫だ。

 重い艤装を頭の上に持ち上げた(万歳のような)状態でひたすら島を周回していたり、週に2、3回真夜中に艦娘寮の方から中華鍋か何かを叩く(もしくは起床ラッパの)音と弟の怒鳴り声が聞こえたと思うと、そのまま夜間訓練開始、というような光景を見てきた。

 しかし弟はかなりのヘイトを集めてもおかしくないが、本人は全く意に介していないようだ。改めて弟の精神のタフさ、もしくは無頓着さに感心する大河内だった。

 

 

 




登場人物が多くなってきたから紹介ページ作ったほうがいいかも…


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番外編
エターナル・ゼロ


「永遠の0」に触発されてオマージュ。勢いで書いてしまった短編です。

べネットはフレッチャー級の駆逐艦で、タイコンデロガは宮部が特攻した空母です。

本編でもいつか書けるといいな~


それは日米英の起動部隊の合同作戦の時の出来事だった。

 

???A「アカギさーん!アカギさーん!イッコーセンのアカギさーん!」

 

加賀「赤城さん、誰かがあなたを探してますよ。」

 

赤城「えっ?」

 

???B「ん!見て、タイニー。あの人じゃない?赤い服着てるよ。」

 

???A「えっ本当!?あっ、すいませーん!!」

 

赤城「はい、何でしょうか?」

 

???A「すいません、貴女、イッコーセンのアカギさんですか?」

 

赤城「はい、いかにも、一航戦赤城です。」

 

???A「貴女が、赤城さん…。あっすいません、ご紹介遅れました、第32.1任務部隊所属、タイコンデロガです。」

 

???B「同じく第32.1任務部隊所属、バンカーヒルです。どうもこの娘が貴女に用があるみたいで…。」

 

タイコンデロガ「あの…この方を貴女に。お返しします。」

 

タイコンデロガが赤城に差し出したのは一本の矢だ。どうも零戦の二一型のようだ。

 

赤城「これは…二一型ですか。一体なぜ貴女が?」

 

タイニー「……この機は、このパイロットは…45年に私に特攻をしたんです。」

 

赤城、加賀「え…。」

 

タイニー「それで、どういう訳か艦娘になった時に私が持っていた初期装備はこの機と妖精さんだったんですよ。話を聞くと、ミッドウェイまでは「イッコーセン」の「アカギ」に所属してたみたいなんですが、日本の艦娘は太平洋の向こうで、私にはどうしようもありませんでした。それで結局今日までこの機と妖精さんは私が遣わせて貰ってました。しかし、やはり私よりも貴女の方がこの機と、パイロットを遣うにふさわしいです。受け取って下さい。」

 

赤城「……(無言で加賀と目を合わせる。)」

 

バンカーヒル「すいません、いきなり押し掛けて。でもどうか受け取って下さい。」

 

赤城はゆっくりとタイコンデロガの矢を取る。

 

赤城「確かに。ありがとうございます。」

 

タイニー「いいえ、私にはもったいない位勇敢なパイロットです。貴女に還せてよかった。」

 

――――――――

―――――

―――

 

ヨークタウン「レッキー!!直上!!」

 

加賀「赤城さん!!」

 

ドガァン !

 

赤城「くっ、甲板をやられました。発着艦出来ません!!」

 

――どうした、何が起こった。報告しろ加賀。

 

――敵の第二次攻撃隊襲撃、あ、赤城さんが甲板に被弾。発着艦困難、機関は無事です。

 

――…よし、赤城を退避させろ。ただし攻撃は続行だ。吹雪、赤城の護衛に付け。すぐに瑞鶴とエンタープライズがそっちに着く、それまで頑張ってくれ。

 

――…了解。

 

吹雪「行きましょう…赤城さん。」

 

赤城「ええ、皆さん申し訳ありません。」

 

ホーネット「心配無用、ここは私達に任せな!」

 

イラストリアス「タフさには自信があるから、大丈夫よ。」

 

加賀「さあ、早く行ってください。次の攻撃隊が来る前に。」

 

―――――――

―――

 

赤城「やはり心配だわ。瑞鶴さんはまだかしら。」

 

吹雪「何も報告がありませんね…。」

 

赤城(早く何とかしないと…。ん?あれは…。)

 

タイニー「あ、赤城さん…。」

 

べネット「よぉフブキ、そっちもやられちまったか。」

 

赤城「タイコンデロガさん…。この通り不覚を取ってしまいました。」

 

タイニー「そうですか、飛行甲板が……赤城さん。」

 

赤城「はい?」

 

タイニー「私の、飛行甲板を使って下さい。」

 

赤城「!?」

 

吹雪「な!?」

 

べネット「おい、本気で言ってるのか?」

 

タイニー「はい、少し大きいかもしれませんが、赤城さんなら扱える筈です。べネット、外すの手伝って。」

 

赤城「貴女…」

 

タイニー「赤城さん。」

 

赤城「はい。」

 

タイニー「私は雷撃で機関を損傷してしまいました。今は20ノット出すのでやっとです。ですが貴女なら、飛行甲板さえ使えるようになればすぐに戦列に復帰出来ます!」

 

べネット「よし、取れたぞ!」

 

赤城「いいんですね?」

 

タイニー「今は1機でも多くの航空機が必要です。皆の為に、私の変わりに行ってください!!」

 

赤城「はい、任せて下さい!」

 

赤城はタイコンデロガの飛行甲板を付けると再び前線へ戻る。その背中の矢筒には二一型の矢が残されていた。

 

―――――――――

―――――

 

ホーネット「ヨーキィ!魚雷だぁ!!回避!!」

 

ヨークタウン(しまった!!爆撃に気をとられ過ぎた!!)

 

3本の魚雷が白い尾を曳きながら自分に迫って来る。回避行動を取るが、全部は避けられない!これまでか…。

ヨークタウンが衝突と炸裂の衝撃に備えようとした途端、不思議な事が起きた。魚雷が自分に当たる直前に爆発したのだ。

どういう冗談だ?ヨークタウンが顔を上げると自分の前に1機の零戦が降下するのが見えた。

まさかゼロが20mm機銃で?そんな馬鹿な。

ヨークタウンは命の恩人である零戦をしかと見た。所々緑色の塗装が剥げているみすぼらしい機体。

だが戦場を駆けてきた彼女には分かる。あのパイロット、ただ者ではない。

水面ギリギリから上昇したゼロは敵機の群れの中に突っ込む。無数の曳光弾のシャワーが降りかかるが、全く当たる気配が無い。機体を微妙に滑らせているのだ。

護衛の戦闘機の群れを突き抜けたゼロは爆撃機に襲い掛かる。次の瞬間にはあっという間に2機が火を吹いた。仕事が速い。ゼロは今や旧式機の筈なのに、どういう訳か速いのだ。

いたずらに敵機を撃ち落とす訳でも無く、すぐにゼロは降下をする。すかさず後ろから2機の戦闘機が追撃を仕掛けるが、それも無駄だった。

次の瞬間にはゼロは敵機の背後を取っていた。機体をわざと失速させて後ろに回り込んだのだ。

1機はすぐに火を吹いた。ここでもうゼロの勝利は確実だ。格闘戦に持ち込んだベテランの操るゼロに勝てる奴はそうそういない。もう1機は急降下で離脱する直前に機体を千切られた。

 

ホンモノだ。

 

ヨークタウンは自分の回りを旋回する零戦に手を降った。顔も知らない、聞いたことも無い無名のエースへ。

 

 

戦場に突如現れた、たった1機のゼロは再び取り戻した翼でいつまでも、いつまでも援軍が来るまで飛んでいた。

その翼を手離す事は二度と無いだろう。

 

 

永 遠 の ゼ ロ



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ビルマの翼~ある妖精さんの1日~

はい、また番外編です。タイトル通りある妖精さんの1日を追ったものです。
長めなので注意です。


 

ここは赤城の矢の中。そう、あの弓で発射する矢の中だ。その中には零戦が整然と並び、その脇で二人の搭乗員がダベっていた。

 

「おい吉田、お前今日ので何機目の撃墜だ?」

 

「それって、大東亜戦の時も含めます?」

 

「いや、ここに来てからだ。」

 

「そうですねぇ…さっきので26機目です。」

 

「26機目?クソッ1機分負けちまった。」

 

「いいじゃないですか、別に撃墜機数が多いからって何かある訳でも無いですし。」

 

「お前はそう思ってるのかもしれねぇがな、俺みたいにラバウルで生活してたもんはなぁ、プライドがあるんだい。俺みたいな古参がお前みたいな若造に負けてたまるかってんだ!!」

 

「は、はぁ…。」

 

「まぁ徴兵組にやぁこれは分からんよなぁ。」

 

「もうそれやめて下さいよ。自分だって生まれるのがもう3年早かったら航空隊に志願してましたよ。」

 

「はっはっは、まぁお前もあの世の果てからわざわざここに戻って来る程度には空を愛してるってのは分かってる。それは結構なこった。」

 

「ええ、二度目のチャンスですから、逃す手はありません。」

 

「そういや、お前の大東亜戦の時の事はあんまり詳しくは聞いてなかったなぁ。」

 

「あの頃の話…ですか。」

 

「いや、話したくなきゃそれでいいが、ただ、戦後のつまんねぇ世をだらだらと過ごした俺にゃあ少しばかり気になってな。お前は何処でその若い命を散らしたのか。」

 

「…実を言うと、自分は陸軍の戦闘機乗りでした。」

 

「なに!?本当か!」

 

「はい。一式戦に乗ってました。ビルマで。45年の1月29日まで飛んでました。」

 

「ほぉ…あのビルマの航空隊か。」

 

「ご存じで?」

 

「ああ勿論。戦中も噂はしょっちゅう聞いてたし、戦後も色々見聞きした。おっとそういや龍一号の時には陸軍の航空隊と共同で作戦をやったんだった。」

 

「はい、自分も参加しました。」

 

「ほお、そりゃあそりゃあ。」

 

「しかし、お前みたいな若造が何でそんな前線に?」

 

「さぁ、それは詳しい理由は知らされてないんで分かりませんが、航空学校の成績は自分で言うのもなんですが結構自信がありましたから、その辺の関係ですかねぇ。」

 

「なるほど座学は優秀って訳か…。俺とは逆だなぁ。」

 

「えっ」

 

「俺は座学は大っ嫌いでよぉ、まぁ何だ長年の経験の勘で生き残ったって感じだな。」

 

「本当に自分とは真逆ですね…」

 

「おうよ、習うより慣れろって言うだろ?龍驤に搭乗して以来、世界中の空を駆けた俺にはそっちの方が性に合ってたんだ。」

 

「なるほど、自分は戦時に急造で育てられましたから、慣れる時間なんてありませんでしたからね。先輩方の助言と徹底的な観察が頼りでした。」

 

「だからお前は最初の頃は戦果が少なかった訳か…クソッ油断しちまったじゃあねぇか。」

 

「隊長殿、それは赤城さんがいつも言ってる“慢心”ってやつじゃないですか?」

 

「うるせぇ!それにしてもよく陸出身で零戦に乗れるよなぁ。」

 

「零戦と一式戦は似てますから。操縦のコツはだいたい同じです。多分隊長殿も一式戦なら普通に乗りこなせると思いますよ。」

 

「そうか…それにしても洋上飛行も出来るなんてなぁ。」

 

「一応陸軍でも洋上飛行はしてましたよ。それにこれは隊長殿の言う通り勘でなんとか…。」

 

(いや…いくら特性が似てるからって別機種の戦闘機を駆ってあんな操縦が出来るとは…それに俺のスコアを上回る撃墜数…間違い無い、こいつは…)

 

「いやはやしかし短い人生でしたが、色んな機とやり合いましたね、今思い出すだけでもP-38、P-40、P-47、P-51、B-24、ハリケーン、スピットファイア、シコルスキー…まぁまぁな人生でした…かね。親不孝者でしたが。」

 

(空の戦女神に魅入られたか、はたまた死神に魅入られたか、とにかくただ者じゃねぇ…)

 

「あの世でゆっくりするのもいいですが、また空を飛べると聞いてつい…」

 

「地獄に降りてきたって訳か…面白い。」

 

その時、ブザーがいきなり鳴り響いた。

 

『艦載機の皆さん、出撃です。任務は鎮守府の防空、可能な限りの敵機を落として下さい。』

赤城の声が響いた。

 

「おっと出撃のようだな。」

 

「行きましょう!」

 

「しっかしこれで発出した後は外の連中の言う“妖精さん”フォルムになっちまうんだよなぁ。」

 

「いいじゃないですか、可愛らしくて。」

 

「そうかぁ?俺はあのちんちくりんな見た目は好きじゃねぇんだけどな。」

 

「そのまんまだったらきっと駆逐艦の娘なんか誰も近寄りませんよ。」

 

「おいそりゃどういう意味だ。」

 

「おっと、もう出撃のようですよ隊長殿。」

 

「…ああチキショウ、かっ飛ばしてくぞ!!」

 

「はい、隊長殿!!」

 

 整備員達が一斉に帽子を振る。色んな声援が聞こえるが返す程の余裕は残念ながら無い。

次の瞬間、気色が一気に変わる。眩しい太陽の光りが一杯に広がり、零戦の白い翼を煌めかせた。

 

――戦闘機隊の皆さんに連絡します。皆さんは敵戦闘機隊を集中的に狙って下さい。爆撃機、攻撃機は加賀さんの戦闘機達に任せます。

 

――質問、俺達も爆撃機を落としてもいいのか?

 

――ええ、構いません。ですが、あくまで皆さんの優先目標は戦闘機です。

 

――分かった。

 

赤城の戦闘機は編隊を維持したまま急上昇して行く。極限まで軽量化された零戦の機体はぐんぐんと昇っていく。

 

(さぁどこだ畜生共。来い来い来い…)

 

――隊長殿!4時の方向、600m下!!

 

「んむぅ?」

 

石井が確認すると、確かにそこには黒々とした深海棲艦の航空隊が編隊を組んで巡航飛行していた。

まだこちらには気付いていない。格好のカモだ。

 

(それにしてもまたアイツが先に見つけたか…。)

 

(いかんいかん、集中だ。見てろよあんにゃろう共、また海の底に叩き落としてやる。)

 

零戦の編隊は殆ど同時に降下を始める。優先目標は戦闘機と言われたがここからではよく分からない。各々が適当な目標目掛けて突っ込むだけだ。

 

(よぉし、こっからが勝負だ。一撃をかました後にすぐにまた上昇、そしてこっちの得意な格闘戦に持ち込む!!幸い奴らは爆撃機にべったりくっついて護衛してる。爆撃機を見捨ててまで急降下して逃げるマネはしないはず!!)

 

そう考えている間にも照準の中の

敵機はどんどん大きくなる。

 

(よぉし、いいぞいいぞ…)

 

 次の瞬間には編隊を組んでる仲間達が一斉に機銃を撃ち始めた。曳光弾が美しいオレンジの尾を真昼の空に描きながら列を成して敵機に向かって行く。

石井の目標の機もようやく自分達が狙われてると気付いて回避しようとする。

 

「遅い!!」

 

そう言い終らない内に石井は機銃のレバーを引いた。

機首に仕込まれた二挺の機銃が軽快な銃声を刻んで7.7mm弾を叩き込む。

石井は黒煙を上げる敵機を避けて一端降下する。

 

「ざまぁ見やがれ!!」

 

 石井は降下が一段落するとすぐに後ろを振り返った。

見ると敵機が一機が、混戦の様相の頭上から自分目掛けて降下して来る。

 

「来やがったなぁ。」

 

 石井は獰猛な笑みを浮かべた。乗ってくれたなこの野郎。

この低高度ならこっちのもんだ。旋回しまくって敵機を巻いて巻いて後ろに回り込む!!さぁどこまで着いて来れるかな?

石井は舵を目一杯切って零戦を旋回させる。

だがおかしい。敵機はこちらに無闇に食い付いてこない。だがピッタリ後に付けて来てる。

 

これは…!しまった!!…罠だ!!

 

 石井がそう気付いた時に前方から一機の敵機がこちらに向かって来た。きっと後ろの奴の相棒だ。二機がかりで俺を仕留めようってか?利口な奴らだ。

一転して石井の顔が歪んだ。クソッたれめ…。石井がそう思った途端に前方の機がふらふらとよろめくと黒煙を吐いて落ちていく。

 

「なっ!?まさか…」

 

 石井が頭を目一杯上げて上を見ると、一機の零戦が目の前を降下して行く。その中に居るのは、吉田だ。

 

 

 吉田は編隊が一斉に降下を始めた時に一端編隊を離脱していた。吉田は今度の敵の編隊は護衛の戦闘機が多めに居る事に勘付いた。

 

(このまま突っ込めばきっと呑まれる機が出てくる。)

 

 そう思った吉田は上空から混戦の様子を伺った。こういう時に真っ先に先頭きって突っ込む危なっかしい人と言えば、あの隊長だ。上空から様子を見ているとそれらしい機が見えた。やはり一番奥深くに飛び込んで暴れまわってる。

その時、隊長機の前方から一機の敵機が接近していくのが目に入った。二機一組で隊長を仕留める気か。

 

「そうはさせません。」

 

 そう呟くと吉田は急降下を始めた。機体を翻しての見事な急降下だ。しかし吉田は急降下の姿勢になってから不味い事に気付いた。

 

「あっ、しまった!!」

 

 激しい降下の中で機体がギギギギっと悲鳴を上げている。

そう、零戦は無理な軽量化が祟って、急降下をすると場合によっては機体がばらばらに分解してしまう程に脆いのだ。

吉田は誤って以前操縦していた陸軍の一式戦闘機と同じような感覚で操縦してしまったのだ。

 

「クソッお願いだ、頼む、持ってくれっ。」

 

強烈なGが体全体にかかって声を出すのもやっとの筈なのに、吉田は祈った。

 

「うぁぁぁっ」

 

一瞬翼が物凄い音を上げた。

だが幸いにも翼がもげる事はなかった。

 

「…貰います。」

 

 照準の中の隊長を狙う不届き者に向かって、吉田はレバーを引いた。一瞬で片を付ける為に機首の二挺の7.7mmと両翼の20mmを同時に乱射しながらまっ逆さまに降下した。

敵機はあっという間に部品を撒き散らしていった。本当に一瞬の出来事だったが、この勝負は吉田が取ったのだ。

だが安心もしていられない。

 

「うあっ降下が止まらない!」

 

 無理な急降下をした吉田の機は操縦不能に陥っていた。このままでは猛スピードで海面に突っ込む…いやその前に空中分解してバラバラだ。

 

「上っがれぇ!上がってくれぇ!!」

 

 彼の願いも虚しく海面はどんどん近くなる。高度計が追い付かない程の凄いスピードだ。

 

「うあっ」

 

 次の瞬間、機首がいきなり上に上がった。機首が上がった事で空気抵抗が大きくなり、一瞬スピードが落ちる。そこですかさず吉田は舵を切った。

 

「…ふぅ、危ない危ない。」

 

 なんとか持ち直した吉田は一息着くと機首を上げて急上昇させ、再びもみくちゃの乱戦のただ中に飛び込んでいった。

 

 

――こちら戦闘機隊、着艦の許可を求める。

 

――こちら赤城、着艦を許可します。

 

――了解、これより帰投する。

 

石井は後ろを振り返った。今日だけで何十回目も後方を振り返ったが、今度の光景は中々堪えた。

 

「畜生、随分少なくなったな…。」

 

そう呟きながら石井は赤城の甲板に機を降ろした。

 

「お疲れ様です。石井隊長。」

 

「おお、そっちもお疲れ様だ。」

 

石井はピシッと敬礼をする。その後ろから続々と隊の機が着艦した。

しかしその中に一機、やや危なっかしい着艦をする機があった。

 

(そういやあいつの着艦を見たことはなかったが、やっぱ少しばかり慣れてないな。)

 

「ん、そういや赤城さん、鎮守府の方は大丈夫かい?俺達でかなりの数を落としてやったが…。」

 

「はい、報告によれば鎮守府の損害は防空にあたった駆逐艦2隻が爆弾の至近弾で小破した以外は全く損害はないようですね。」

 

「そうかい…そりゃ、頑張った甲斐があったな。」

 

「はい、ですが私たちの損耗も激しいので、一旦鎮守府に帰投します。」

 

「分かった。」

 

「それでは皆さん矢に納めますよ。」

 

赤城がそう言うと景色が一気に変わった。また出撃前の格納庫のような空間に戻ってきた。

 

「はぁー疲れた。」

 

石井がイスに腰掛ける。

 

「皆疲れてますよ隊長殿。」

 

「お前何機落とした?」

 

「あ~、5機は確実に落としたな。」

 

「おいおい嘘つくんじゃねぇよ!」

 

後ろから続々と彼の隊の隊員達が降りてきた。

 

「よぅし、話止め。えーっと…俺の隊は一人も欠けてねぇな。」

 

「当然ッスよ隊長。」

 

「そうそう、この赤城の搭乗員の中でも精鋭揃いの俺達があの程度で落とされてたまるかってもんですよ!!」

 

「よぅし、じゃ今日の戦闘で思った事、感じた事、何でも言ってみろ。」

 

こうしてこの後数時間、自慢話と戦果報告も兼ねたブリーフィングが行われた。

 

 

鎮守府工廠

 

「随分無理な飛行をしたんですねぇ…直すのに少しばかり時間が掛かると思いますが、まぁなんとかなるでしょう。それにしてもよく機体が持ったもんです。」

工廠の妖精さんが半ばあきれた顔で言った。

 

「お願いします。」

 

「いやはや、今日はすまんな。今回ばかりは素直にお前の腕を認める。見事だった。」

 

「いえ…ただ、小隊には隊長殿がいないといけませんから。無我夢中で突っ込んだだけです。」

 

「だが俺は助かった。あんがとな。」

 

「いえ…」

 

「ホントにお前は謙虚だなぁ。何だそれも陸軍仕込みか?」

 

「いえ自分は元から…」

その時ただでさえ騒音に満ちている工廠内に男女のわめき声が響き渡った。

 

「なぁなぁ加賀さん頼む、兄貴だけには黙っててくれよぉ。ほら、赤城さんも何か言ってくれよぉ。」

 

「私からもお願いします加賀さん、どうかさっきのは内密に…」

 

「出来ません。」

 

「「そんな!!」」

 

「もうこれで何回目ですか、銀蠅。これ以上赤城さんと大河内二曹を見逃してたら私にまであらぬ疑いをかけられてしまいます。」

 

「加賀さん、まさかあなたが保身に走るなんて!!」

 

「保身でも何でもないですよ二曹。あなたの為に言ってるんです。」

 

「加賀さん、カレーですか、いえ、アイスですか!?」

 

「私は買収されませんよ、赤城さん。もう三佐あたりにキツく言って貰わないと聞き分けないでしょう?」

 

「おいおいおいちょっと頼むよぉ…」

以下ループ

 

「…賑やかなこった。」

 

「ええ、賑やかですね。それにしてもこっから見たらホントにただの年頃の娘さん達ですね。」

 

 

「一服するか?」

 

「いえ、煙草は遠慮させてもらいます。」

 

「そうか。」

 

「…また1日終わったな。」

 

「はい、1日生きましたね。」

 

「あと何回1日をやり過ごせば、この戦争が終わると思う?」

 

「珍しいですね、隊長殿がそんな感傷に浸るなんて。」

 

「そうだな、いや、こうして回りを見てみろ。」

 

『脚が可愛いのよ、脚が!』

 

『ちくまー!ちくまぁー!!』

 

「80近くまで生きた俺にとっちゃ、ガキばっかりに見える。」

 

「でも違う…と。」

 

「ああ、変な話だ。この世界を救うのがあんなガキの見た目をした軍艦と、こんな成りの俺達…。」

 

「そして今を生きる自分らの子孫達。」

 

「そう思うと、こう、何だか馬鹿らしく思えてきてな。」

 

「…戦争なんてそんなもんじゃないんですか。ずっとやってると馬鹿らしく思えてくるものです。言い出したらキリがありませんよ。」

 

「はっは、まさかお前にそう言われるとはなぁ…。」

 

「皆さ~ん、皆さん!」

 

「おっと、赤城さんですね。」

 

「どうやらなんとか切り抜けたみたいだな。もう一人の方の姿は見えんが。」

 

「皆さん、提督との交渉の結果、明日と明後日は1日休みを貰いました。ゆっくり休んで英気を養って下さい。」

 

「お~!!」

赤城所属の妖精さん一同からドッと歓声が上がった。一方整備係の妖精さん達は80機もの戦闘機の整備に追われてそれどころではないようだ。

 

「…いい女だなぁ。」

 

「はい?」

 

「いや、もしな…もし、この戦争に意味を無理矢理にでも持たせるとしたら、あんないい女を最後まで俺の手で守る事だな、って思っちまった。」

 

「ふふっ…隊長殿らしいですね。」

 

「この前の時は勝つ為だけに戦ってたからなぁ。これでちったぁやり甲斐が出来たかな。」

 

「赤城さんを守る…ですか。」

 

「ああ…でもな、あぁ、俺はやっぱり龍驤に一目会ってみてぇなぁ。」

 

「この前の時の所属の艦だったんでしたっけ?」

 

「そう、守りきれなかったがな…。あいつはきっと加賀みたいな歴戦の古参兵としてどっかで海を駆けてるんだろうなぁ。」

 

「加賀さんですか。」

 

「ああ。あいつは日中戦以来、俺と一緒にいろーんな戦場を潜り抜けてきたからな。きっと“クゥル”な大人の女になってんだろうなぁ間違いねぇ。」

 

「それは是非会ってみたいですね。…自分はまたビルマの航空隊の仲間と会いたいです。」

 

「昔の仲間か…俺の仲間はほとんど空で死んじまったなぁ。でもそうだな、俺も会いたい。」

 

「そう思うと、もしかしたらこれは神様のくれた最後の機会なのかもしれないですね。」

 

「死人へのお情けか?…まぁそれも悪くはない。」

 

「またこの空を味わいましょうよ。もう二度とこんな機会は無いかもしれないんですから。」

 

「ああ。待ってろよ龍驤。そして、頼んだぜ赤城さんよぉ。」

 

「それでは…今夜は一杯、どうです?」

 

「お、いいねぇ。よぅし、行くぞ野郎共!今夜は戦勝祝いで俺のおごりだ!」

 

 

こうしたまた日が暮れて鎮守府の1日の終わりを告げた。

妖精さん一人一人にもこうした隠されたドラマが秘められているのかもしれない。

 

 

―――――――――――――――

ビルマの陸軍航空隊

太平洋戦争序盤から末期に至るまで現在のミャンマーを中心に活躍した一式戦闘機(=隼)を装備した部隊。

各地の陸海軍の航空部隊が次々と壊滅していく中、最後まで連合軍の新鋭戦闘機に果敢に挑み、互角以上の死闘を繰り広げた。

連合軍には「ブラックドラゴン飛行隊」とあだ名され、畏れられていた。



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激震:ムエルタ攻防戦
1 思惑


話の展開を分かりやすくする為と、個人的にやってみたかったので深海棲艦視点でも話を進めていきます。
例によってマニアックな所が満載なのはご了承下さい

あと深海棲艦の台詞は平仮名の所を片仮名にするのが一般的らしいですが、私は面倒くさいのと読みやすさの為に普通に書いているので、あしからず。


4月25日

 

 サンタ・ジョージア諸島の島々の中の一つ、リコリス島にいた飛行場姫はこの後の作戦の確認をしていた。というのも、いよいよ今夜敵の拠点があるムエルタ島に殴り込みを仕掛ける時が来たのだ。サンタ・ジョージアに展開する艦隊を率いる彼女に緊張するなと言う方が難しいだろう。

 

 考えてみれば、今回の作戦は初動から躓きを見せていた。艦娘達の目を掻い潜って戦線の背後の島に上陸出来たまではよかった。いや、その後敵の部隊を利用して敵の拠点を探し当てたまでは上出来と言えただろう。

 

 しかしその後の航空部隊の攻撃の際の敵の迎撃による消耗は痛過ぎた。空母が出払っている事も当日の南部の戦線の部隊の情報で確認していた為、容易に敵の拠点を壊滅する事ができると高をくくっていた。

 しかし蓋を開けてみれば、そんな見通しは甘過ぎた事をまざまざと見せつけられた。奴らは艦娘に依存する事無く迎撃用の戦力を用意していたのだ。

 

 したがって今回の攻撃もかなりの反撃を受ける事になるだろう。そう思うと、自分の部隊を敵が手ぐすねを引いて待ち構えている敵のホームグラウンドへ送り込むのは余り気が進まない。

 しかし「上」からの命令ならどうしようも無い。「上」も焦っているのだ。やっとの事で前線に有力な戦略拠点を設置したにもかかわらず、我々は未だに録な戦果をあげられていないのだ。

 間もなく南方の拠点(ファレーズ環礁)から囮となる陽動部隊が出撃するだろう。そして敵の主力が南に釘付けになっている隙に夜襲をもって敵の防衛線を突破し本拠地のムエルタ島を襲撃。今度は艦砲射撃を実施し、拠点能力を奪い、敵の士気を削ぐ。あわよくば南の陽動部隊も北上を続け、敵に大打撃を与える。これが今回の作戦の概略だ。

 

 はたしてどこまで上手くいくのか…。それは誰も予想出来ないまさに乾坤一擲の大勝負が始まった。後は運と自分の部下の技量を信じるのみであった。

 

「今夜、我々の命運は決するだろうな…。」

 

 

 このころ最前線に築かれた深海棲艦の新たな拠点であるサンタジョージアは、その機能の維持を危ぶまれる程危機的な状況に追い込まれていた。大河内三佐の思うツボにハマったのだ。つまり補給が消耗に追い付かない状況に陥っていた。

 これは陸戦の戦略や戦術に詳しい大河内が、1950年代のインドシナ戦争において、強固な拠点を築いたフランス軍を装備や戦力に劣るベトミン軍が撃退した方法から考えた作戦だった。

 艦娘達は駐屯部隊は攻撃せず、ひたすら深海棲艦の補給部隊に待ち伏せ攻撃を仕掛る、云わば通商破壊戦に重点をシフトしていたのだ。

 

 鎮守府の正面は全艦載機を戦闘機に替えた赤城と加賀というこれ以上無いと言える程強力な“ ディフェンダー”で固め、さらに後方の鎮守府には大量の重火器や火砲で武装した第5独立混成大隊という強力な“ゴールキーパー”が待ち構えていた。

 

 サンタジョージアからは鎮守府に向かって定期的に空襲が行われたが、この強力な防御体制を前に戦果に全く見合わない(鎮守府にたどり着く前に航空隊は殆ど壊滅してしまう為)損害を出し続け、ついに積極的な攻勢をする程の航空戦力は殆ど無くなってしまったのだ。

 そしてその損害を埋め合わせるはずの補給も日に日に厳しくなっていき、ついにこの拠点の維持の限界が近付いていたのだ。

 

 このまま制空権を完全に失えば、サンタジョージアに駐屯する戦艦を中心とする強力な水上打撃部隊は為す術も無く艦娘達の航空部隊に殲滅されるだろう。そうなる前に深海棲艦達はなんとしてもこの状況の打開する―残された打撃部隊をもってムエルタ鎮守府に肉薄し、敵に大打撃を与える―作戦を決行しなければならなかった。

 

 

「敵艦隊発見。鎮守府に向けて北上中。」

 

 この報に本多海将を初めとする鎮守府の幹部 、参謀達次々と送られてくる情報に釘付けになった。

 

―敵艦隊、正規空母3又ハ4、軽空母5隻前後。戦艦3隻、巡洋艦5隻以上ヲ確認。

 

「こりゃまた立派な機動部隊だな。」

 

本多海将が呟くように言った。

 

「ええ、この前のオキシドル島の時の艦隊に匹敵…もしくは凌駕する程の規模です。」

 

 大河内はモニターを睨みながら言う。モニターには赤い点が点滅している箇所があるが、そこがまさに敵機動部隊のいる場所を示しているのだ。

 実は艦娘達の飛ばす偵察機(零式水上偵察機、観測機又は九七艦攻)には最新の小型GPS発信器が取り付けられており、敵の艦隊を発見したらすぐに妖精さんが発信ボタンを押す事によって、かなり正確に敵艦隊の居場所が把握できるようになっているのだ。

 

「それは不味い…よな…。」

「はい、非常に不味い事態ですね。連中の狙いは間違い無くこの鎮守府の壊滅でしょうな。」

「大河内君、君よくこんな時に他人事みたい言えるなぁ…。」

 

本多は焦っているような声色で大河内に言った。ここまで連中が明確に自分達に敵意を向けて行動してきた事があっただろうか?

 

「海将、この現実を見てください。敵の機動部隊は全速力で今、まさにここを目指しています。速いところ持てるだけの戦力を持って迎撃しなければ、間違いなくこの前の二の舞になります。」

 

「ううむ、簡単に言ってくれるねぇ、本多君。今の状況を考えても見てくれ。我々はサンタ・ジョージアの敵にも備えなくてはならんのだよ?全部を機動部隊の迎撃に充てる訳には…。」

 

本多がそう言った。確かに現状では彼の言うように南から進行してくる敵機動部隊に対する部隊とサンタ・ジョージアに対する押さえとしての部隊と戦力を分けなければならない。

 

「しかし中途半端な戦力をぶつけてもこちらの出血が増えるだけです。今、この状況下で行動不能な艦娘が増えるのはもっと不味い事態で…。」

 

大河内はそこまで言ってから待てよと思った。今、自分はサンタ・ジョージアにはこちらを襲撃する力は殆ど無いと高をくくっていた。確かに航空戦力に限って見ればそう思えるが…。

 

「海将、前言撤回です。」

「お、おう。」

「恐らく今夜が“山場”です。今夜を乗りきれば何とかなる筈です。」

 

大河内は力強く言った。その時の大河内はいつになく据わった目だった。 

 

 

 「い、いよいよですね隊長。わ、私武者震いが止まりません。」

「そうか、それは結構な事だ。」

「ちょっと隊長、まさか本気で言ってるんじゃないでしょう?この娘、任務が言い渡されてからずぅっとこんな調子なんですよ?」

「緊張感を持つというのは良いことではないか?少なくとも君のように弛むよりはな。」

「それはそれは、言ってくれますね…。」

 

 今、海の上でこんな会話を交わしているのは真っ白な肌に禍々しい真っ黒な艤装を身に付けた、3人の空母ヲ級達だ。リーダー格のflagshipヲ級に古参のヲ級、新参者のヲ級が一人、といった面子だ。

 flagshipのヲ級や、彼女と共に海を駆けて来た古参のヲ級は、その艤装や身体を見れば一目でその戦歴を垣間見る事が出来る。例えば旗艦を務める彼女が頭部に着けている航空艤装は目に当たる部分が片方だけ真っ黒な空洞になっている。

部隊最古参を自負する彼女の額には大きな古傷が見られる。さらに本人の話によれば、今も艦娘の放った砲弾の破片が身体の中に幾つか入っているらしい。本当かどうかは何とも言えないが…。

 

「それにしても、やっとこさこの第3機動部隊に任務が来たと思えば、まさか囮役とはねぇ。隊長、どう思います?」

「…私か?いや、別に。何とも思わんよ。」

 

flagshipヲ級はそれがどうしたと言わんばかりに応えた。

 

「えぇ~冷めてますねぇ。隊長、悔しくないんですか?この前のオキシドル島の時なんか…。」

「私は任務に私情は挟まない…この前の戦いは敵の指揮官の指揮が私よりも優れていて、尚且つ我々に不利な条件が重なった結果の事…それだけだ。」

「た、隊長、格好いいです!」

 

そんな会話を交わしながら3人の空母を中心とした部隊は北上を続けていた。

 

(こんな罠にわざわざあいつらが正直に掛かるか?いや、きっと何か手を打ってる。戦力を見れば我々は決して不利ではない。しかし攻略戦となるとどうしても守備側の方が若干有利な条件になる…それを差し引けば…。)

 

と旗艦を任されたヲ級が険しい面持ちで考えていた。

彼女の指揮する部隊の戦力は、正規空母3、軽空母6、高速戦艦2、重巡4、軽巡5、駆逐艦8の高速機動部隊だ。

 

「さぁ…どう出るんだ?人間共は。」

 

その目線の先には青く澄みきった空が広がっていた。

 

 

 その頃、迫りくる戦闘を目の前にムエルタ島は喧騒に満ちていた。

隊員達は整然と銃を手に取り、装甲車を走らせ、155mmの主砲を持つ自走砲はエンジンを唸らせながら所定の陣地ヘと移動していた。

 

「胸熱でありますな、大隊長殿!いよいよ我ら陸ぐ…陸自の面目躍如でありますな!!」

 

 フル装備で身を固めたあきつ丸がいつも以上にハキハキしながら大河内に言う。

因みに今、あきつ丸が持っているのはスプリングフィールドM1903A3ライフルだ。見るからに古臭そうな木製のストックのこのライフルは第一次大戦から朝鮮戦争にかけてアメリカ軍が採用していた銃だ。

 彼女はもちろん、本当は帝国陸軍の使っていた三八式または九九式歩兵銃を使いたかったが、残念ながら兵站の関係上運用する事は出来ない為、泣く泣く同じボルトアクション(1発撃つごとにボルトを引いて排莢する)ライフルのM1903A3を使う事にしたのだ。

 

 

 陸自の隊員達は基本的に大戦中の火器で武装している。それが深海棲艦に対抗できる唯一の手段なのだ。

なぜライフルや機関銃等の小火器で武装しているのかというと、陸に上がった深海棲艦達は艦娘と同じように耐久力が人間並になるという事実が最近明らかになったからだ。

それは同時に、深海棲艦が上陸作戦も遂行できると言う事実も孕んでいた。

 

「あきつ丸、気合い入ってるのもいいがそこそこに…」

「よぅし!!皆、俺達の出番だぁ!!準備はいいか!?」

 

大河内の苦言は突然弟の怒鳴り声にかき消された。

 

「「オッ、オーっ!!」」

「声が小さぁぁぁい!!!!」

 

言ってる側から…。大河内は呆れながら、銃を振り回して水雷部隊を鼓舞する弟を見た。

 

「連中は愚かにもこのムエルタ島をまた襲撃しようと企んでるようだ。だが今にもきっと奴らは後悔する。なぜか分かるか?ここには不運な事に、この俺達がいるからだ!!」

 

 そんな大河内二曹が手にしているのはM1カービンという1941年にアメリカ軍で採用された自動小銃だ。恐らく現在この島で一番ポピュラーな銃だろう。

 小型軽量で扱い易く、それなりに威力と射程がある。オマケに反動もマイルドだから、隊員達から一番人気があるのだ。

 大河内ニ曹は更に改造されてフルオートで連射をできるようにし、コンパクトに折り畳めるストック式の銃床のモデルを持っている。

参考までにあきつ丸の使っているM1903A3と比べてみると次のようになる。

 

M1903A3

全長:1105mm

重さ:3.6kg

弾のサイズ:直径7.62mm×長さ63mm(.30-06弾)

装弾数:5発

発射形式:ボルトアクション(1発撃つごとに手動で排莢、装填)

有効射程:500m

 

M1カービン

全長:904mm

重さ:2.5kg

弾のサイズ:直径7.62mm×長さ33mm(.30カービン弾)

装弾数:15又は30発

発射形式:セミ又はフルオート(引き金を引けば自動で発射、排莢、装填される。)

有効射程:300m

 

 余談だが、あきつ丸がボルトアクションのライフルを使う最大の理由は「弾が詰まらないからであります!!」だそうだ。

 拳銃の方はというと、これまた彼女は私物のブローニングM1910を携行しようとしたが、自衛隊の中でそんな事ができる筈もなく、一応は支給品のM1911を携行している。元々はアメリカ人の手に合う大柄なサイズで設計されている為、あきつ丸はもて余しているようだ。

 

 

「それにしても大隊長殿、本当にここで敵艦隊を迎え撃つつもりでありますか?」

 

あきつ丸が大河内に訪ねた。

 

「ああそうだ。連中はどうもこの島を攻撃する事に固着してる。だがここ最近の戦果の報告や空襲の頻度の減少から察するに、サンタ・ジョージアの連中の航空兵力もいよいよじり貧なようだ。恐らくもうまとまった空襲を仕掛ける戦力は残っていないだろう。だから俺も最初は南から進行している機動部隊がこの戦闘の本命だと思った。だがきっと違う。」

「と、言いますと?」

 

あきつ丸が再び大河内に訪ねる。

 

「あきつ丸、我々はひたすら防衛に徹してきたんだ。結果、サンタ・ジョージアには無傷に近い水上打撃部隊がいまだに残ってる可能性が高い…。これが何を意味するか分かるか?」

 

 大河内がこう推測する訳は、サンタ・ジョージアヘ向かう途中で撃破された深海棲艦の輸送艦が大爆発を起こし、爆発に艦娘が巻き込まれて損傷するという事故があったのを思い出したからだ。きっと大型の巡洋艦や戦艦が使うような砲弾を満載していたのだろう。

 

「まさか、夜間になったら暗闇に乗じ、その部隊を使ってここに艦砲射撃をかます…でありますか。」

「きっとそのつもりだろうな。まるで…」

「まるでガダルカナルの再来のようでありますな…。」

 

 

 「て、敵機編隊接近!!」

 

 新参のヲ級が叫んだ。澄みきった空の彼方に真っ白な機体の零戦の編隊がこちらに向かってくる。一糸乱れぬ見頃な編隊飛行だ。旗艦のヲ級は相手は一筋縄ではいかないであろう事を悟った。

 

「おいでなすったかぁ!」

「我々の索敵機からの報告は?」

「…ありません、隊長。」

 

(先を越されたか…仕方ない。ここは防戦に徹するか。)

 

「艦隊、此より防空戦を開始する!各空母は間隔を広げ、輪形陣をとれ!!」

 

「「了解。」」

 

「おい、新人!」

古参のヲ級が叫んだ。

 

「あ、はい!」

「上だけじゃなくてちゃんと横も見て走れよ!」

「はい?」

「爆弾と魚雷避けんのに夢中になって、誰かにぶつかんなってことだよ!」

「あ、了解です!!」

「しっかり目ぇ見開いてろよ!!」

 

 次の瞬間敵の編隊が一気に散った。こちらの戦闘機も相手の後ろを取ろうと必死の旋回を始める。

 

「格闘戦では奴らに分がある。一撃離脱に徹するように戦闘機隊に伝えろ!!」

 

 しかし相手の零戦も巧みに機を旋回させてこちらの一撃をかわす。しかも敵は編隊を二つに分けているようで、低空の敵戦闘機隊に対抗する為に高度を上げようとすると、上空にいた別の敵戦闘機隊に迎撃を受ける格好となった。

低高度まで追い詰められたこちらの機は次々と火を吹いてゆく。

 

(相手も中々の手練れだな…。)

 

「対空戦闘用意!!」

 

一斉に艦隊全ての火器が空を睨んで砲口を上げる。

 

「撃てぇ!!」

 

 まずは高角砲が、その次に機銃が火を吹いた。パッパッと青い空に次々と黒いシミができていく。ある機は曳光弾の線に捉えられ、また、ある機は至近距離で炸裂した高角砲の破片をもろに浴び、火を吹いて海面に叩き付けられてゆくが、それを上回る数の航空機が頭上に殺到する。

 

(これだけの数の航空機が襲来するという事は…釣り針に食い付いたか。)

 

「本部、本部、こちら機動部隊。これより敵艦隊の誘引を開始する。艦隊、進路を南に取れ!!」

 

旗艦の彼女がそう伝達し、全員がもと来た方角に反転した直後、誰かが叫んだ。

 

「9時の方向!爆撃機の編隊!!」

 

 誰かが叫ぶ。見ると固定脚が特徴的な九九式艦上爆撃機の編隊が見える。今は遥か頭上だが、間も無く降下体勢に入って一気に仕掛けてくるだろう。

 

「ヴァル(※1)だ!用心しろ!!」

 

そう伝達した旗艦のヲ級だが、どこかで違和感を拭い切れなかった。何かがおかしい…。心のどこかで直感的にそう感じていた。

 

 

数時間前…

 

「では今南からこちらに向かっている機動部隊は囮だというのかね?ここを襲撃する可能性は低いと?」

 

本多が大河内に言った。

 

「ええ、少なくとも今日の所は。レイテ沖海戦の時の小沢艦隊と同じです。もっとも、規模からすると威力偵察や侵攻作戦なども考慮された、汎用任務部隊といった所かと。」

「確かに、あれだけの戦力なら本気でかかればこちらを潰しにかかる事もできなくはないな。」

「しかし、敵の索敵機は鎮守府周辺まで来ていますが、一向に攻撃隊はこちらに来ません。」

「では…当たりだったな。」

「ええ、向こうがその気で無いなら、こちらもわざわざ乗る必要は無いでしょう。我々はサンタ・ジョージアの水上打撃部隊をこの島まで誘き寄せて、夜戦にて決戦を仕掛けましょう。」

 

 それを聞くと本多は一息吐いてモニターを見た。モニターには4つの青い点と13個の緑の点が表示されている。

 これは現在の艦娘達の居場所が表示されているものだ。青は空母、緑は巡洋艦以下の艦を表している。これらは、艦娘の艤装に取り付けられたGPS発信器によってもたらされる情報で、これによってリアルタイムに艦隊の動きを把握できるようになっているのだ。

 

「久し振りだな、こんな規模の戦闘を仕切るのは。」

 

 大河内は煙草をポケットから出し、ジッポで火を付けた。白い煙がゆらゆらと執務室を昇る。

 

「状況は我々のほうが有利です。あとは艦娘達を信じて存分に暴れてやりましょう。そして海将…」

「ああ、待て待て。さすがに私でも君の言いたい事は分かったぞ。常に最悪の事態を考えて先手を打つのが君のやり方ってのはもう学習したぞ?」

「では…」

「ああ。」

 

そう言うと本多は大淀に言った。

 

「大淀君。アメリカ海軍の第31任務部隊と繋げるか。」

 

 

※1…ヴァルとは大戦中に九九艦爆に連合軍側の付けた暗号。

 



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2 前哨

交戦部隊一覧

 

海上自衛隊

 

第1機動群(対サンタ・ジョージア防空部隊)

旗艦「赤城」

空母「赤城」「加賀」

軽空母「鳳翔」

航空戦艦「伊勢」「日向」

航空機250機

重巡洋艦「青葉」「衣笠」

軽巡洋艦「球磨」「多摩」

駆逐艦「睦月」「如月」「白露」「村雨」「雪風」「舞風」

 

第2機動群(対第3機動部隊)

旗艦「飛龍」

空母「蒼龍」「飛龍」「大鳳」

軽空母「祥鳳」「瑞鳳」

航空機249機

重巡洋艦「利根」「筑摩」

航空巡洋艦「鈴谷」「熊野」

駆逐艦「弥生」「卯月」「皐月」「深雪」「叢雲」「磯波」「浜風」「谷風」

 

 

第1打撃群(鎮守府防衛部隊)

旗艦「長門」

戦艦「大和」「長門」「金剛」「霧島」

重巡洋艦「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」

軽巡洋艦「矢萩」「酒匂」

重雷装巡洋艦「北上」「大井」「木曾」

駆逐艦「吹雪」「白雪」「初雪」「暁」「響」「雷」「電」「時雨」「春雨」「五月雨」「涼風」「初風」「初霜」「清霜」

 

水雷コマンド小隊(鎮守府防衛遊撃部隊)

第1分隊

旗艦「神通」

軽巡洋艦「川内」「那珂」「神通」

駆逐艦「夕立」「秋雲」「野分」「浜風」

 

第2分隊

旗艦「北上」

重雷装巡洋艦「大井」「北上 」

駆逐艦「陽炎」「不知火」「黒潮」「 島風」

 

 

深海棲艦

 

第3機動部隊

空母ヲ級 3隻

空母ヌ級 4隻

航空機400機

戦艦タ級 2隻

重巡洋艦リ級 4隻

軽巡洋艦ホ級 5隻

駆逐艦イ級 5隻

駆逐艦ロ級 3隻

 

鎮守府襲撃部隊

戦艦ル級 4隻

重巡洋艦リ級 5隻

軽巡洋艦ホ級 6隻

軽巡洋艦ヘ級 4隻

重雷装巡洋艦チ級 6隻

駆逐艦イ級 10隻

駆逐艦ロ級 11隻

上陸部隊 二個中隊

 

 

 「やはりおかしいぞ。」

flagshipのヲ級が呟いた。先程からずっと艦娘達の放った艦爆隊を見ていたが、一向に急降下してこない。

すると、とうとうこちらの戦闘機隊が件の艦爆隊を捕捉したようで、一斉に襲い掛かった。これでもうあの隊は終わりだな。

その時奇妙な事が起こった。艦爆隊は吊り下げていた爆弾を落とした。そこまでは普通だ。

 ところがその直後、艦爆は宙返りをかました。いくら比較的運動性能の良い艦爆だからと言ってもあの機動は常軌を逸している。そして面食らった戦闘機の背後をあっという間に取り、両翼から光の条を放った。まともに弾を喰らった戦闘機は火を吹いて海面へと落ちていった。

 

「おいおい隊長!今の見たかい!?」

「ああ、しっかり見た。あれはヴァルなんかじゃない!クロード(※1)だ!!」

「クロードですか?」

 

新参のヲ級が間抜けな声をあげた。

 

「クロードなんて先輩達の話でしか聞いた事が無いですよ。まさかこの目で見ることになるなんて…。」

「私も久し振りに見たな…。」

「呑気な事言ってる場合かよ!!あの腰抜け共め、戦闘機隊だけ寄越しやがった!!」

 

血気盛んな古参のヲ級が激昂した。飛んでいるのはよく見れば零戦と爆装した九六艦戦だ。

 

「おい隊長、これは一体…。」

「何の冗談だ?気味が悪いな…。」

 

…とにかく本部にこの異様な事態を事を伝えなければ。そう思い、flagshipヲ級が通信を始めようとした時、新参のヲ級が叫んだ。

 

「た、隊長!!緑色のゼロです!!」

「何!?」

 

 見ると眩いばかりに白いゼロの間を縫うように緑色のゼロが降下してきた。

 

「こっちに来ます!隊長!!」

 

flagshipのヲ級は食い入るように緑色のゼロを見ていた。まるで飛んで来るゼロに射竦められたように目を離せなかったのだ。

 

(馬鹿な!連中はもう既に五ニ型を飛ばしているのか!?何と言う事だ…。)

 

「隊長!!」

 

 ゼロは対空砲火による砲弾や銃弾の弾幕の中を華麗にすり抜けている。極限まで軽量化されたゼロの機体は、ふわりとなめらかな軌道を描くように機体を翻す。その様はおぞましいまでに美しい。

やがてゼロの様子がハッキリと見える距離になった。

 よく見ると胴体の下には増槽…いや違う、500ポンドクラス(※2)の爆弾を抱えている!

 

「ただのゼロじゃない!!ヤーボ(※3)だぞ!!」

 

 古参のヲ級がそう叫ぶと同時にゼロが銃弾を両翼から放った。だが放たれる銃弾の場所もおかしい。両翼から2つずつ…合わせて4条の曳光弾の条が、全て翼から出ていた。

 

(あの機銃の配置はまさか…六ニ型!?)

 

 ヲ級がそう察すると同時に機銃弾の雨が降り注いだ。金属音を立てながら無数の銃弾がしたたか叩きつけられる。思わず腕で顔を庇ったヲ級だったが、直後に彼女を襲った凄まじい衝撃によって海面に全身を叩きつけられた。零戦が投下した250kg爆弾が至近距離で炸裂したのだ。

 

(私としたことが、迂闊だった!)

 

 彼女は一瞬死を覚悟した。炸裂の衝撃によるものか、彼女の聴覚は一瞬奪われ、金属音のような「キーン」という音が頭の中でこだましていた。

しかし誰かが自分に触れる感覚があった。水面の触感もまだ感じる。また自分はしぶとく生き残ったか…。そう思っていると、誰かが自分に話しかけている事が分かった。

 

「おい、隊長!無事か?」

 

目を開くと見馴れた顔があった。部隊ーの古兵だ。

 

「ええ、ありがとう。被害の状況は?」

「あまりよろしくは無いぜ。ほら。」

 

 古参のヲ級の目線の先を見ると、そこには負傷した新人が仲間から介抱を受けていた。空襲の最中なものだから介抱する者の近くには対空射撃をする者が付きっきりだった。

 しかもたちの悪いことに既に爆弾を投弾したゼロと爆弾を腹に抱えたゼロがいっしょくたになって暖降下を仕掛けてくる。もはや頭上に来ない限りどの機が爆装していてどの機が丸腰なのかが分からないのだ。

 

「あいつは隊長を庇って500ポンドをまともに食らっちまった。多分中破ってとこだ。もう戦力にはならないな。」

 

 そう古参のヲ級が言い捨てると、負傷した新人が部隊長に乞うように絶え絶えの呼吸で言った。

 

「も…申し訳ありません、隊長。でも、足は動きます。大丈夫です。足を引っ張ったりしませんから…。」

「謝らなくていい。私のミスだ。お前は自分の事に専念しろ。いいな?」

「は、はい…。」

 

新人は無念の表情で頷く。リ級に肩を借りながらようやく立った。

 

「隊長、早く本部に!」

「…駄目だ。無線機がイカれた。さっきのやつにやられたな。」

 

 無線機は先程の零戦の機銃掃射か、至近弾によって故障していた。もはや本部に連絡をする手段はなくなったのだ。

 

「おいおい…じゃあこれからどうする!?」

「……。」

 

 flagshipヲ級は辺りを見回した。辺りに飛んでいる敵機は全て戦闘機だ。こんな編隊が襲撃して来るという事はもちろん想定外だからとても対処しきれない。

 彼女は空に翻る無数の日の丸の翼を睨みながらしばし黙って立った。

 

 

 「いや~提督も変わった命令出すもんだねぇ。」

 

そう言ったのは第2機動群の蒼龍だ。

 

「まさか“攻撃隊の編成を全部戦闘機にしろ”何て言われるとはね…。」

 

旗艦の飛龍が応える。

 

「新型の戦闘機も惜し気もなく投入して、さらに倉庫から九六艦戦まで引っ張り出したしね。」

 

 この時の第2機動群の攻撃隊は誘導機の九七艦攻以外は全て戦闘機だった。

 

『向こうが陽動のつもりで動いてルならこっちが本気でかかるまでもあるまい。』

 

 そう言って本多は消耗が激しくなる攻撃機や艦爆の出撃を控え、最近開発した新型の零戦も含めた制空隊の一部を爆装させろ、と指示したのだ。

 その為、攻撃できるのは爆装した戦闘機位だが、いかんせん機体の本職は戦闘な訳だから、急降下爆撃に必須な爆撃用の照準機もダイブブレーキも着いていない。そもそも今までこんなに大々的に爆装した戦闘機隊を編成した事も無い為、まともにダメージを与えられるかは微妙な所だ。

 

「せっかく先制攻撃を仕掛けられたのに…。なんかこれじゃもったいないね。」

 

 直掩隊を指揮する瑞鳳が漏らした。相手の姿を見る事なく戦闘をする空母戦に於いて先制攻撃というものの重要性は大きい。相手の索敵機に発見されない限り相手の手の届かない所から完全に一方的に叩く事ができるのだ。

だからこそ先制攻撃のチャンスを得ながらまともな攻撃が出来ない第2機動群の面子は、歯がゆい事この上なかった。

 

「でも攻撃隊の報告によれば正規空母1隻と軽空母2隻をほぼ確実に撃破したみたい。巡洋艦にも2隻に命中、撃破したみたい。」

 

攻撃隊の報告を受けた飛龍が言った。

 

「“撃破”かぁ…。きっと艦攻隊がいれば確実に沈められたね。艦爆隊がいればもっと損傷艦も増やせたかもね…。」

 

 蒼龍は悔しそうに言った。通常の艦よりも脆い空母はある程度損傷させれば無力化することはできる。

しかし沈めない限り敵はすぐに修復して前線に送り込んで来るだろう。そう、“あの時”のヨークタウンのように。

 自分が戦死した戦というものはやはり好かないものだが、そこから得る戦訓も多かった。特に一航戦と二航戦のメンバーは今まで取り寄せたミッドウェー海戦の資料を元に幾度も反省会を重ねてきた。

 その中で出てきたのは珊瑚海海戦で損傷した空母ヨークタウンの参戦だ。ミッドウェー海戦の1ヶ月前、珊瑚海海戦で日本軍はヨークタウンに爆撃によって損傷を与える。日本軍はヨークタウンの復旧には1ヶ月は要するだろうと推測、MI作戦には間に合わないだろうと考えていた。

 しかし実際にはアメリカ軍はたった3日でヨークタウンを復旧させ、ミッドウェーに出撃させた。その後の結果は周知の通り。完全に見通しが甘かった。緒戦での勝利のおごりの末路だ。

 

『空母は完全に沈めない限り、何度でも自分たちに牙を剥く。』

 

それが蒼龍の体得した教訓だった。

 

 

――こちらスミレ22、第1次攻撃隊が攻撃終了。戦果は正規空母1隻撃破、軽空母2隻撃破、1隻に損傷与える。攻撃終了後に敵艦隊は撤退を開始。我が艦隊は敵機との接触無し。第2次攻撃による追撃を求めます。

――こちら指令部、第2次攻撃は却下する。敵艦隊の偵察は続けながら速やかに鎮守府まで撤収せよ。

――もう一度お願いします。

――直ちに撤収せよ。ただし可能な限り敵艦隊の偵察は続けてな。

――いいんですか!?戦況は我々が優勢ですが…。

――深追いは無用だ。依然として敵艦隊は相応の戦力を保持している。これ以上のこちらの出血は好ましくない。

――…了解。

 

 

「第2機動群、撤収!直掩隊はそのまま、後方を警戒しながらこれより鎮守府に帰投!!」

 

旗艦の飛龍が言う。当然のように動揺が広がった。

 

「えっ!?」

「撤収?」

「ねぇ飛龍、本当に提督はそう指示したの?」

 

 蒼龍も口を開いた。たとえにわか仕込みの爆戦隊でもこの調子なら上手くやれば空母を沈められると蒼龍は思っていた。敵戦闘機に捕捉された爆戦は速やかに爆弾を投棄して空戦に加わるように指示しておいたから、航空隊の消耗もそれ程では無い。だから撤収の命令は彼女にとっても本当に予想外だった。

 

「うん。深追いは無用、これ以上の出血を避けるために直ちに帰投せよ、ってね。」

「そんな…こっちに負傷者が出た訳でもないのに…。」

「でも慎重な提督と大河内三佐のことだから、きっと何か考えがあるんだと思う。きっと…。」

 

 

 「敵機動部隊は戦力を保持しながら撤退…。どうやら向こうはこちらへの攻撃を諦めたようだね。」

 

本多海将は安堵の表情を浮かべて大河内に言った。

 

「だといいのですが…。まだはっきりとは言えません。こんなにあっさり撤退したということは、撤退したように見せかけて水上部隊だけ選抜して夜間に強襲…なんて事もあり得ます。依然としてサンタ・ジョージアの部隊は我々の脅威である状況に変わりはありませんし…。とにかくアメリカ軍が来るまでは余談は許されません。」

「ううむ…。大淀君、第31任務部隊の到着はもっと早く出来んのかね?」

「どんなに急いでも明日の未明頃になるようですね。三佐のおっしゃったように今夜の山場は我々だけで何とかしなければなりませんね…。」

 

執務室が静まりかえった。各々が考えていることは同じで、最善の解決作をひたすら思案していた。

 

「…やはり沖合いで迎え撃つのは無しなのか?」

 

沈黙を破ったのは本多だった。

 

「海将、先ほど申し上げたように不確定要素が多すぎます。敵はどれ程の戦力で、いくつに隊を分けて、どのルートで、何を目的に来るのか…。いや、もしかしたら来ない可能性もあり得ます。」

「なら…。」

「しかし最悪の事態を想定してください。沖合いに展開した艦隊が敵に包囲されたら?敵味方を判別するのさえ困難な状況で援軍を差し向けたらどうなると思います?同士討ちになる可能性もあります。」

「しかしここで迎え撃つというのも大分無茶な案だぞ!?まさに背水の陣だ。」

「それは百も承知です。しかし敵を討ち漏らす心配はせずにすみます。ここまで来るという事は敵の目的はこの島の破壊。海上で討ち漏らした敵は上陸するでしょうから、その時は我々が迎え撃ちます。」

「ううむ…。」

 

 そうなれば陸上自衛隊はこの戦争で初めての本格的な地上戦を行う事になる。そうなればどれ程の出血を強いられる事か…。その考えが本多の頭をよぎって離れなかった。

 

「海将、たとえ刺し違えてでも…私の大隊が守りきって見せます。」

 

大河内が諭すように、また自分自身に言い聞かせるように言った。

 

(刺し違えてもらっちゃ困るんだよなぁ…。)

 

正直なところ、それが本多の本音だった。

 

 

※1…九六艦戦に連合軍がつけたコードネーム

 

※2…日本でいう250kg爆弾

 

※3…ドイツ軍が戦闘爆撃機につけたあだ名。ヤークトボンバーの略称。日本でいう爆戦。

 




久しぶりの更新です。
イベント攻略終えたので。もちろん丙提督ですが、何か?
本家の艦これの方でも深海棲艦の陸戦部隊の存在が明らかになった…のか?


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3 烽

4月25日 15:00時

 

 「竹崎、砲弾の用意早くしろ!日暮れまで時間は無いぞ!」

 

 特科の中隊長である玄田1尉の激が飛んだ。竹崎をはじめとした隊員達はせっせと155mmの砲弾を運んでいるが、まあこれが重いわけで、さらに万が一砲弾が爆発した際の二次被害を抑える為に間隔を開けて砲弾を置くものだから、かなりの重労働だ。

 

「本当に深海棲艦を迎撃するつもりなのか…。」

 

竹崎は砲弾を運びながら同僚に話しかけた。

 

「まあ大隊長がそう指示したんならそうなんだろう。」

「それこそ艦娘の仕事じゃあないのか?」

「それなら俺たちは、何の為にここに来た?まさか観光じゃあないだろ?とにかくやっと俺たちの出番って訳だ。」

「まあやれと言われればやるけどさ…。深海棲艦にどれだけ効果があるんだか…。」

 

そんな愚痴を小声でこぼしながら、竹崎達は整然と作業を続けていた。

 

 

 一方その頃、艦娘達も水上部隊の迎撃の体勢を着々と整えていた。

 砲弾を砲塔に装填し、サイドアームの機銃のメンテナンスも念入りにしていた。

 特に水雷系の艦娘は魚雷のメンテナンスに、砲戦火力を重視する戦艦の艦娘は主砲のコンディションのチェックに強いこだわりを持っている。

 そのため砲戦火力と水雷火力の両方が強力な重巡洋艦の艦娘は特に煩雑なメンテナンスをする羽目になり、下手したら戦闘そのものよりも労力を消耗している艦娘もいるかもしれない。(戦闘配置に着いた全ての艦娘が直接戦闘に参加するとは限らないのだ。)

 

「よぉーし、第1、第2分隊、装備のチェックをしろ。」

 

 そんな(不謹慎ながら)祭りの直前を彷彿とさせる活気の中、大河内和也が準備をしている水雷コマンドの面々に向かって言う。

 

「司令、魚雷の感度はどうします?」

「うーん…“そこそこ”にセットしとけ、浜風。」

「はい!?」

 

異議の声を上げたのは大井だ。

 

「何だ大井っち?」

「それやめて下さい!!あと、魚雷の感度は最大では設定しないんですか?もし敵艦に当たっても不発だったらもったいないわ!」

「大井っち、お前の言いたい事は分かる。だが今回はかなりの混戦になる。敵も全速力で走り回るだろ?そうすると敵に近づいただけで、航行してる時の波で魚雷が爆発する事があるんだよ。それくらい知っとけ。」

 

 大河内にもっともな事を言われて大井はムムッと顔を歪ませた。

 

「……本当なんですか?北上さん?」

「まあ聞くところによると本当らしいね~。ソロモン海戦の時とか、サマール沖海戦とかでそんなことがあったって聞いたよ~。」

「むぅ…北上さんが言うならしょうがないですね。魚雷の感度の設定を直さないと。」

 

 大井はきまりが悪そうな様子で言った。そこに大河内は間髪入れずに食って掛かる。

 

「最初に言ったの俺だけどな!ついでに言うと気づいたのは浜風な。感謝しろ!感謝!!」

「うるっさいわねぇ!こんな時に!」

「おいおいおい、仮にも上官に向かってそりゃねぇだろ、大井っ…。」

「はいそこまで~。」

 

 割って入ったのは北上だ。面倒くさがりやな彼女はこんな喧嘩に首を突っ込むなんて面倒くさい事はしたくなかったが、放っておくともっと面倒くさい事になる事を知っていた。

 

「こんな時に喧嘩で怪我なんかしたら洒落にならないよ~。3佐に叱られるよ~。ほら大井っちも2曹も止めなよ~。」

 

 ここに至ってさすがに二人とも頭を冷やしたようだが、依然として北上を挟んで睨み合っていた。

 

「…ふんっ、いいだろう。これは明日に持ち越しだな。」

「ええそうね。…とりあえず今夜のところはあんたの言うことを参考にしてもいいかしらね…。」

 

 そう言うと二人とも同時にぷいっと視線を外した。

 

「そ、それにしても、10cm砲の調達が間に合って良かったです。」

 

 微妙な雰囲気を少しでも紛らわそうとしたのか、香取がフル武装した面々を見ながら大河内に言った。

 

「それにしてもなぜ10cm砲にこだわるんです?単純に対艦攻撃で効果的なのは12.7cmだと思いますが…。」

「1発あたりのダメージで見るか、全体のダメージで見るかっつー事だ。そう考えると10cm砲も悪くないぞ。」

 

大河内の応えになるほどと香取は頷いた。

 

「なるほど、高角砲ならではの速射力で1発あたりの威力を補う訳ですね。」

「それに10cm砲は砲弾が小さい分反動が少ない上に携行できる弾の数も増える。本来の用途…対空用にも使える汎用性もある。まさに少数精鋭の特殊部隊向けの砲だとは思わないか?」

「強いて言うなら遠距離の砲戦には向きませんが…。」

 

 香取の言う通り、10cm砲弾(と言うか一般的にサイズの小さい銃砲弾)は遠距離での砲戦では分が悪い。

サイズが小さい分、風などの影響を受けやすくなってしまうのだ。

 

「そんなのは空母なり戦艦なりに任せれば良い話だ。俺達は確実に当てられる距離まで突っ込んで、相手の顔見てニッコリ微笑んで一撃ぶちかましてやればいいんだよ。」

「はぁ…なんと言うか…さすがですね。」

「ああ、よく言われる。これが空挺魂ってやつだな。」

 

ハハハッと和也は笑っていたが、さすがの香取もこの気合いには引いていた。

 

 

「よし、プランの最後のおさらいだ。」

 

 陸自の各中隊長と各海上部隊の旗艦である艦娘達が本多を中心に一同に介していた。

 彼らの見る先にのホワイトボードに貼ってあるのは、いつもの広い太平洋を俯瞰した地図ではなく、この鎮守府のみがでかでかと写されたものだ。それがより一層、見る者にこの状況の不味さを訴えかけている様で、無意識のうちに中隊長達と艦娘達を急き立てた。

 

「基本的な概要を言うぞ。まず敵艦隊をあらかじめ試射によって砲撃の照準がバッチリ付けてあるこの“突撃破砕砲撃域”まで引き付ける。」

 

 本多がそう言って指し示した地図のところには等間隔で碁盤の目のようにブイが設置されていた。

 

「このブイが砲撃の際の目安となる目印になる。いわゆる“標桿”(※1)というやつだな。そして敵艦隊が完全にこの海域に入ったら、海上の打撃部隊と陸上の特科で、音響探知機と上空の無人機の映像に基づいたゼロイン(※2)をしながら一斉に砲撃…要するに弾着観測射撃を行い、これを叩く。」

 

「ちょっと待ってくれ。」

 

声をあげたのは打撃部隊の旗艦の長門だ。

 

「以前3佐が話してくれたが、深海棲艦は赤外線では捉えられないのではなかったのか?」

「あ~、その点に関しては心配無い、長門君。3佐、説明を。」

 

本多の隣に黙って座っていた大河内が席を立った。

 

「以前の調査の時点では深海棲艦は殆ど体温が無く赤外線で捉えるのは困難だという事になっていたが、最新の米軍からの情報の提供によって深海棲艦自身は体温を発しないが、戦闘時には奴らの艤装が熱を発するという事は確認できた。」

 

なるほど、という顔で長門は頷いた。

 

「発砲すれば砲身が加熱するのは奴らも同じという事か。」

「その通りだ。よって我々は夜間でも赤外線映像を配信できる機体で相手の位置を把握出来れば、理論上は弾着観測射撃は可能だ。」

「しかし待ってくれ3佐。」

 

長門は再び異議の声をあげた。

 

「砲身は砲撃を行わない限り加熱しない。つまり…。」

「そうだ。夜間の弾着観測射撃は敵に先制攻撃を喰らう前提で行わなければならない。」

 

 これの発言にはさすがに一同に動揺が広がった。

 

「まあそう過剰に警戒することはない。暗闇での砲撃はそう簡単じゃない。最初の斉射でこちらが致命的な損害を受ける可能性は極めて少ない。敵が目視で照準を合わせる前に我々が観測機で照準を合わせれば被害は少なく抑えられるはずだ。」

「“はず”…か。らしくないな3佐。」

 

 ふむ、と大河内は腕を組んだまま長門を見つめて言った。

 

「無責任に聞こえてしまったら悪いが、君たちと私の大隊の特科の腕を信じている。君たちが全力を発揮できる舞台は私達で全力を尽くして用意する。そこは我々を信じてくれ。」

 

 その言葉を聞いた長門はフッと微笑した。

 

「そうか。そう言われたなら期待を裏切っては悪い。相分かった。この長門と第1打撃群で敵艦隊を薙ぎ払ってやろうではないか。」

「よろしく頼む。では海将、続きを。」

 

 

 それから細かい質疑応答を挟みながら本多の説明は続いた。

 要約すると一丸となって鎮守府へ進行する深海棲艦の部隊を突撃破砕砲撃域まで誘い込み、艦娘達の水上部隊と陸上自衛隊の特科の一斉砲撃によって出鼻を挫く。

 そこから左右に別れて迂回しようとする敵艦隊を各個撃破する、というものだ。その過程で想定される深海棲艦の陸戦部隊は陸上自衛隊の隊員達で対処するということが説明された。

 

「なお空母部隊は我々が交戦中は東方の海域“31イースティングス”に待機。払暁と共に航空支援を実施してくれ。」

 

 最後に大河内が付け足すように言った。

 

「分断し、孤立させ、殲滅する。この段階を忘れるな。」

 

 

「いよいよだな…。」

 

 ミーティング後、二人きりになった会議室で、本多がやや不安げな面持ちで大河内にそう言った。

 

「海将、あなたはとにかく落ち着いて、絶対に焦っている表情を見せずに指揮をしてください。私も常にここに居られるとは限りません。とにかく私と、私の大隊も含めたあなたの優秀な部下を信じてください。」

「はは…年下の君にそこまで言われてしまうとはなぁ…。」

 

 本多がため息混じりに自嘲的に言うと、大河内が何かを本多に差し出した。

 

「な、なんだこれは?」

「見ての通り拳銃ですよ。ちゃんと撃てますよね?」

 

 大河内が渡したのは「コルトM1917」。45口径の大型リボルバーとそれを入れるホルスターだ。

 

「はい、これが弾です。一応12発分ありますから。まぁ使う事にならないのが一番ですが。」

「は、はぁ…。」

「私の隊がずっとここに居られるとは限りません。万一の際は私が部下を率いて行きます。その時は自分で何とかして下さい。」

「う、うむ。心得た。大河内君、気遣いありがとう。」

 

 そう言うと本多は若干たどたどしく銃を持った。

 

「ふぅー…。いよいよだな。」

 

 本多は絞り出すように呟いた。自衛官として入隊以来覚悟だけは決めてきたが、今度こそ死ぬかもしれない。

 遺書か何かを書いておいた方が良かったのか、死んだ後残された家族は元気にやっていけるだろうか、いやいや財産分与はどうなるのだろうか…と、今更ながら色々な考えが本多の中を巡った。

 なまじ戦闘まで時間があるものだから、かえってそれがもどかしかった。一旦戦闘が始まればこんな余計な事は考えなくて済むのに。

 

 

 「戦闘糧食食うのってそういや久しぶりですね。こんなに不味かったでしたっけ?」

 

 三好士長がタコツボのなかでレトルトの中華丼(通称パックメシ)をほお張りながら言った。

 

「随分贅沢な事言うようになったじゃねえか。…しかし、すっかり鳳翔さんの飯に舌が慣れちまったのも確かだな。」

 

 上官である浅井3曹もパックメシを手に言った。いつもなら温かい飯が食べれるだけでも儲けもんだと思うのだが…。

 

 

 軍用の糧食というものは概して決してうまいと言えるようなものではない。味よりも優先すべきは栄養価と保存性。特にアメリカの戦闘糧食「MRE」は

「食べ物に似た何か」

「エチオピア人にも拒否された食べ物」

などボロクソに言われていた。もちろん今現在ではある程度は改良されているはずだが…。

 そんな中で自衛隊の戦闘糧食は他国からも高い評価を受けてきた。カンボジア派遣中に開催された戦闘糧食のコンテストでは見事に1位を取った程だ。それだけのものを食べて三好のような事を言ったらアメリカ軍(とエチオピア人)なんかはたまったものではないだろう。

 

 

「ほら、食い終わったらさっさと作業を進めろ。日暮れまでには間に合わせないといかん。」

「了解しましたよ。」

 

 三好はそう言うとミリメシのレトルトパックをごみ袋に入れ、厚手の手袋をし、鉄条網の敷設作業に戻った。

 照りつける南国の日光に焼かれながら三好達は作業を続けた。しかも額から流れる汗を拭う時間も惜しいほどの切迫した空気の中での作業だった。

 

「おい、何か俺達に手伝える事はないか?手持ちぶさたでな。」

 

 三好が顔を上げると、そこには重雷装巡洋艦の艦娘である木曾がいた。そばには時雨、初風、卯月、吹雪もいた。

 木曾の口調の砕け具合からすると舎弟のように見えなくもないような光景だ。

 ちなみに同じ部隊に所属している摩耶はまだ準備が終わらないようで、一人置いてきぼりにされたようだ。

 

「3曹~!この娘らが手伝いたいって言ってますけど、どうします?」

 

 三好がそう言うと浅井がタコツボの中から顔をひょこっと出した。

 

「そう言う事なら高射科に行ってやれ。あいつら高射砲を移動させる人手がいないって騒いでたぞ。」

「分かった。高射科だな。」

「北側の沿岸陣地で高射砲をセットしてる。速く行ってやれよ。」

 

 木曾はそれを聞いて頷くと高射科の応援に向かって行った。

 しかしどういう訳か吹雪はまだ三好の前に立っていた。どうやら鉄条網が気になるようだ。

 

「吹雪ちゃん…だっけ。」

 

 姉妹の白雪や深雪や初雪とややごっちゃになりつつあった三好は少しばかり疑問形が入りながら吹雪に話しかけた。

 

「は、はい!吹雪ですっ!」

 

 急に話しかけられた吹雪も声が上ずっている。いきなり大きな声で返された三好もおっとと少し身を引いてしまった。

 

「こいつが気になるのかい?こんな針金のモジャモジャが何の気休めになるのかって?」

「えっ!?いえ、そんな事は、まぁ…ええと…。」

 

 なまじ嘘がつけない正直な性格なだけにえらく曖昧な対応になってしまった。それに気付いた吹雪もまたその事を気にしてすっかり狼狽してしまった。

 

「冗談冗談、気にしないでいい。しかし鉄条網ってのはな、俺達にとっては最後の壁と言っていい位重要なものなんだ。」

「そうなんですか?」

「ああ、何しろ…」

「視線と銃弾は通すが敵は通さない。砲撃、爆撃にも柔軟に対応できる。」

 

 三好の説明に割って入ったのは浅井だ。それを聞いた吹雪はへぇ~といった表情を浮かべている。

 

「3曹、せっかく俺がいいところ見せてるんですから空気読んで下さいよ…。」

「どうせ俺の受け売りだと思ってな。違うか?」

「3曹も意地悪ですね。」

「そんな事より吹雪、行かなくていいのか?」

「ああっ、すいません!失礼します!!」

 

 そう言うと吹雪は木曾達を追って走り去って行った。とても数時間後に戦闘が迫っているとは思えない牧歌的で平和的な光景だ。

 

「…3曹。」

「なんだ?」

「俺達、戦争やってるんですよね?」

「…戦争は変わった。」

「今そのセリフ使います?」

 

 

※1標桿(ひょうかん)…砲撃の際に着弾修正の目印となる旗などのこと。

 

※2ゼロイン…照準した場所へ着弾地点を導くこと。零点規正とも。

 



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4 効力射

4月26日 01:00時

 

――こちら第1偵察分隊、敵艦隊と接触。

――どんな状況だ、神通?

――攻撃を受けてます。

――無事か?

――はい、今のところは全員無事です。現在全速で回避中。敵も深追いはしない様子です。牽制程度かと。

――よし、敵の規模は?

――間違いなく複数の戦艦クラスがいます。発砲音と飛翔音からして…16inchクラスだと思われます。

――了解した。すぐに戻って来いよ。

 

 

 「第2中隊、よく聞け。」

 

特科の中隊長の玄田1尉の声が響いた。

 

「艦娘の偵察分隊が深海棲艦と接触した。目標は西方の海域から接近中だ。…戦艦もいる。よって当初の予定通りに迎撃を開始する。いいな!」

「「了解。」」

 

 特科の隊員達は中隊長に応えると昼間にせっせと掘ったタコツボの中に入った。

 竹崎もタコツボの中にうずくまるように入った。

 

「はぁ~参った参った。竹崎、顔色悪いぞ?」

 

 先にタコツボに入っていたのは竹崎の同僚の菊池だ。

 

「菊池…お前はいつもよくそんなんでいられるなぁ。総火演の前日の時なんて俺は緊張で寝れなくて吐きそうだったのに、お前ときたらイビキをかいて寝てたよな?」

 

 菊池とはそう言う人間だった。やたらと肝っ玉が据わっていて、自分でも小心者だと思っている竹崎には考えられないような事をたびたびしでかした。

 今だってそうだ。なぜならこんなこの世の終わりのような状況の中で未だに他人を気遣えるだけの余裕があったからだ。

 

「一番気の毒なのは俺達と違って真っ正面から矢面に立たされる普通科と高射科さ。後方から砲撃する分、俺達が生き残る確率は少しは高いさ。」

 

 菊池はそう言った。

 その時だった。前方の海上から照明弾が打ち上げられ、島全体が青白い光に不気味に照らされた。

 ユラリユラリと海風に揺られながらゆっくりと照明弾は落ちて行った。

 

「あぁ…とうとう来ちまった。」

 

 竹崎はタコツボの中から顔だけ出して外の様子を伺っていた。その表情が真っ青に見えるのは照明弾だけのせいではないだろう。

 

「大丈夫だ竹崎。俺達にはビッグ7と大和が付いてる。俺達はやるべきことをやればいいんだ。」

 

 同じタコツボに入っている菊池が励ました。それは自分自身に言い聞かせているようにも見えた。

 

 

「ほう…向こうから照明弾を上げてくれるとはねぇ。」

 

 和哉が照明弾を見ながら呟いた。するとそれに応えるように海上の暗闇の奥からカメラのフラッシュのような光がパッパッと発生した。

 

「マズルフラッシュを確認!」

 

 誰かがそう叫んだ。そしてそのフラッシュから少しタイムラグを挟んで地響きのようにも感じられる砲声が響き渡った。

 

「これが艦砲の音か…。」

 

 タコツボの中にうずくまっている竹崎は普段聞いている砲声とは比べものにならない音にただただ驚くことしかできなかった。

 自分達が使っている砲は155mmだ。しかし相手は何mmだ?竹崎はあまり軍艦に関する知識は持ち合わせていなかったが、戦艦大和が46cm位の砲を持っているという仲間の話はなんとなく覚えていた。

 400mm?そんな桁の違う砲を持っているやつと撃ち合って勝負になるのか?竹崎の頭の中ではそんな考えがぐるぐる巡っていた。

 

 やがて電車が高架を通過する時の音のような「ゴォォォーッ」と言う凄まじいい音が迫って来た。戦艦の主砲弾が飛翔しているのだ。

 

「来るぞ!!」

 

 誰かがそう言い終わるか終わらないかというタイミングで砲弾が着弾した。隊員達の視界一杯に巨大な水柱が次々と立った。まるで巨大な水の壁が一瞬にして現れたような異様な光景だ。

 

「…」

 

 誰もが言葉を失った。この巨大な暴力の前に、彼らはひとまず地面に頭を付け、こちらの反撃よりも先に相手の砲弾が自分の頭に降ってこない事を祈ることしか出来ない。

 

 

「よし、今ので計れたか?」

「ばっちりですよ。」

 司令部のある地下壕も喧騒に包まれていた。先程の砲声を音響探知機で計測し、さらに上空を飛んでいるサーモグラフィーカメラを搭載した無人機を駆使し、敵のいる方向と距離を割り出すのだ。

 

「よし、奴らに21世紀の戦闘を見せてやれ。」

 

 

――こちら統合司令部、長門応答せよ。

――こちら長門。

――長門へ、これより射撃諸元を指示する。目標1番ブイ。徹甲弾、方位角1030、射角223。突撃破砕砲撃を行う。

――了解。

 

「よし、全員射撃諸元を把握したか?」

 旗艦である長門が第1打撃群の戦艦勢に確認した。砲弾を撃ち込む場所は1人1人微妙に違ううえ、砲弾のサイズも違う為、1人1人に異なる射撃諸元が伝えられているのだ。

 

「赤外線映像に敵艦隊を確認。目標名アルファ。間もなく破砕砲撃域に入ります。」

 

 赤外線モニターには真っ白に赤熱する深海棲艦の艤装の群が映し出されていた。島に対して単横陣の陣形で迫って来ているのが確認できた。

 

――艦隊及び大隊、合戦用意。

――こちら司令部、第1打撃群、射撃用意。

――長門、良し。

――大和、良し。

――金剛、all okネー!

――霧島、良し。

――…各員、撃ちぃ方始め。

 

 ボォンッボォンッと天地を震わす砲声が閃光と共に島を震わせた。長門、大和、金剛、霧島が一人につき2発ずつ放った砲弾は不届き者へ向かって飛んでいった。

ゴオオォーッと島にいる隊員達の頭上を砲弾が翔んだ。

 

――だんちゃーく、今!!

 

 長門の言葉が言い終わった直後、次々と砲弾が深海棲艦の隊列の後方に命中した。外したにしても初弾にしては十分すぎる精度の砲撃だ。

 

――遠し、引け300。

――第1打撃群、再度修正射用意。

――第1打撃群、了解した。諸元を求む。

――了解、待て…。

 

暫しの沈黙が続く。

 

――長門、射撃諸元。

――長門、了解だ。

――方位角そのまま、射角235へ修正。

――射角235だな、了解。

 

 全員が直ぐに主砲の射角を調整する。もうほとんど限界まで砲口は上を向いている。

 

――時間が惜しい。第1打撃群、効力射でいくぞ。

――了解。

――第1打撃群、効力射、撃ちぃ方始め!

「撃てぇ!!」

 

 

 島の西方の沖合いに展開していた深海棲艦達は凄まじい光景を目にした。暗闇に包まれていた島の輪郭が閃光と轟音と共に浮かび上がったのだ。

 

「敵の斉射だ!!」

「衝撃に備えろ!!」

 

 すると暗闇を引き裂く轟音が降ってきた。弾着と共に凄まじい水の山が艦隊の後方にいる深海棲艦達を呑み込んだ。

 

「なんだこの精度は!?奴らは島の反対側から撃っているのでは!?」

 

 ル級が叫んだ。砲弾の弾着はどちらかと言うと後方に逸れたが、その精度は驚異的だった。数発の試射の後の最初の斉射で完全に捉えられていた。

 どういう訳か敵は完全にこちらを“見て”攻撃を仕掛けてきたように思えた。

 

「どうやら敵を少々甘く見すぎたかもな…この海域に留まっていたらゼロインされて一方的にやられる!」

「どうします?」

「…このまま進む。なに、奴らの懐に入り込めばいい話だ。全艦、両舷全速!一気に突っ込め!!」

 

 

「敵艦隊、速度上げました。」

 

 モニターには先ほどよりも段違いに早く島に接近する白い点が映し出されていた。

 

「こちらへの砲撃も散発的になっているようですね。」

「うむ、予定通りだな、大河内君。」

大河内はその言葉に頷くと無線機を取った。

 

――特科及び重巡部隊、射撃用意。敵に反撃の隙を与えるな。

――特科、了解。

 

「射撃諸元よぉし!!」

「射撃用意!!」

 155mmの砲弾と装薬を首尾よく装填し、竹崎の隊の155mm榴弾砲も射撃の準備が整った。緊張が走る中、皆で耳を塞いで口を開け、発射の衝撃に備えた。

 

「寝みぃなぁ。やっぱり夜間訓練は苦手だわ。」

 

 菊池はとなりで寝言のような事を抜かしていた。先ほどまで寝ていたからか、まだ頭が回っていないように見える。

 

「撃てぇ!!」

 

 呆れ返る竹崎を尻目に自走砲に据え付けられた155mm榴弾砲が火を噴いた。

 

 ドドドォーン。今度は先ほどより近くから砲声が轟いた。砲声の残響が終わる前にもう砲弾が空を切る忌々しい音が聞こえてきた。

 

「敵弾来る!!」

 

 あるリ級がそう叫んだ直後に特科の放った12発の155mm弾と2発の203mm弾が襲い掛かった。今度は全て前方に着弾し、目と鼻の先に水柱が次々と現れた。

 

「こ、これは…。」

 

 その直後、先ほどの戦艦部隊が2度目斉射をした。同じく後方に着弾したが、先ほどよりも手前に正確に修正されている。

 砲弾が1ダースセットで自分目掛けて降って来るというのは実際にその場にいなければ誰も想像も出来ないような恐怖をもたらす。

 

「まずい、挟まれた!敵のキルゾーンに誘い込まれた!」

「どうします!?」

「退避!!退避だ!!」

「上陸部隊の支援砲撃は!?」

混乱が混乱を呼び、艦隊は恐慌状態に陥っていた。

「くっ…こんな…。艦隊、左右に別れて各々で敵艦隊及び陸上施設を攻撃しろ!」

「…!!敵弾来る!!」

 

 その直後、重巡部隊の放った16発もの20.3cm弾が降り注いだ。この斉射は混乱の最中の深海棲艦の艦隊にもろに直撃した。

 あるイ級は砲弾を頭上からもろに喰らい、その身体を貫かれる。そして次の瞬間にはその身体を真っ二つに裂かれて沈んで行った。

 あるホ級は魚雷に砲弾が命中、誘爆し、瞬く間に全身を爆炎に包まれた。

 

 この一斉射の直撃で駆逐艦3隻が瞬く間に撃沈、更に3隻が大破し、軽巡も4隻が大破し、戦闘不能となった。至近弾や砲弾の破片で損傷した艦はもはや数えきれない。

 見渡せばそこら中で仲間が炎上し、魚雷が誘爆して辺りを明るく照らし、炎に炙られた対空機銃の弾がポップコーンのようにパンパンッと弾けていた。

 

「分かれろ!!」

 

 誰かがいい終えるのが先か、動くのが先か、蜘蛛の子を散らすように艦隊は二手に別れた。

 

 

――敵艦隊、南北に別れた。依然攻撃を続けている。各員、近接要撃に備えろ。

 

 カメラによって深海棲艦達の動きを把握している本多はただちに指示を下した。

 間もなく本多の声が艦娘の各分隊の旗艦と陸自の各隊長の元に届いた。

 

 

「こちらスギナ31、了解。水雷分隊、行くぞ!準備はいいか?」

 無線の指示を聞いた木曾が言った。

 

「おう、行こうぜ!!」

「準備完了だぴょん!!」

「大丈夫、問題ないよ。」

「はい!吹雪、行けます!!」

「私も行けるわ…それにしても毎度うちの分隊だけやけに騒がしくない?」

 

 それに摩耶、卯月、時雨、吹雪、初風が応える。

 

「それって僕も入ってるのかい?それにあそこの部隊も…」

 時雨が続けようとするとその件の部隊の声が遮った。

 

「水雷コマンドー、行くぞ!!」

「はいっ!!」

「行くぞ!!!」

「はいっ!!!」

「よぉし行けぇ!!奴らのドタマに1発ブチ込んでやれ!!」

 

 そう迷彩服の男が叫ぶとその部隊は暗闇に消えて行った。

 

「なかなか賑やかだと思うけどね…。」

「あんなの例外中の例外よ。陸戦畑の指揮でどれだけ戦えるんだか…。」

「他人の事を心配するのもいいけどよ、自分の心配をしたらどうだ、初風嬢。」

「ちょっと摩耶、そう言う柄の悪い呼び方で私を呼ばないでくれる?」

「おい二人とも止めろ。お喋りは一段落した後だ。いいな?」

 

 旗艦の木曾がすかさず止めに入る。摩耶は初風のさばさばとした態度が気に食わないのか、いつもこうして突っ掛かる。端から見ればかなり大人気ない絵面だ。

 

「…はい。」

 

 初風はいささか不服なようだが、割とあっさりと引く。

 

「摩耶、いいな?」

「ハイハイ、分かりましたよ。ったく、軽巡風情が摩耶様に…」

「今は“重雷装巡洋艦”だ。それに俺の方が艦としては年上だぞ?」

「そりゃそうだけどよ…。」

 

――おい、喧嘩するなら無線を切ってからにしろ。それに今は交戦中だ。

 

「やっべ。」

 摩耶は無線をチェックしようと付けっぱなしにしていた事を忘れていた。おかげで真面目で口うるさい大河内に目を付けられてしまった。

 

――ああ、すまんな3佐。こいつには俺がしっかり言っておく。

 すかさず木曾が大河内に弁明をした。

 

――…以後、気をつけろ。通信終わり。

 

 摩耶は大河内のことだからもっとしつこく文句を言って来ると思ったが、存外素っ気なくやり取りは終わった。

 そうだ、今は戦闘中なのだ。

 

「よし、出撃だ!行くぞ!!」

 木曾が力強く言うと6人の艦娘達は暗闇に飛び込んだ。

 すると彼女達の行く先はにわかに騒がしくなり始めた。機銃や砲撃の音が陸から海へ、そしてそれに応えるように海から陸へ閃光とともに砲弾が飛び始めた。

 

 島の周辺一帯は地獄の底をひっくり返したような凄まじい轟音と爆音に包まれた。

 

 



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5 対艦戦

「も、目標接近!!迎撃用意!!」

 

 海岸近くにある高射科の陣地の中で加藤1士が叫んだ。

 この高射砲陣地は昼間に木曾達の助けを借りて造られた即席の陣地だ。

 土嚢を周囲に積み重ねた大きめのタコツボの中に、モーター駆動の自動回転式砲架に据えられた90mm高射砲が鎮座していた。

 高射砲は半分地面の下に隠れ、上からは一応擬装ネットが被せられていた。半地下のそこそこ耐久力のある陣地という訳だ。

 

「装填しろ!!」

 それを聞き末吉3曹が指示を出す。彼は両目を血走らせて赤外線スコープを覗きこんでいる。

 その目線の先を、今まさに深海棲艦の1部隊が横切っているのだ。しかもこちらには気づいていないようだ。

 

――本部、本部、こちらノヴェンバー2、敵艦隊を視認。発砲許可を乞う。

――こちら本部、ノヴェンバー2の発砲を許可する。

――ノヴェンバー2、了解。

 

「装填よし!!」

 磯野1士は素早く90mm砲弾を装填する。ガシャコンッという音と共に90mm砲弾はそのシャープな体を砲身に納めた。

 

「よし加藤、何時でも撃てるぞ!」

「ちょっとそう焦んないで下さいよ。向こうはすごいスピードで移動してるんですから。」

「早く撃たないと行っちまうぞ!」

 

 加藤はハイハイ、と適当に流しながら砲弾の発射レバーに手を掛けた。彼がこの高射砲の砲手なのだ。

 

 彼らが命を預けているこの高射砲は「M1 90mm高射砲」。1941年にアメリカ軍に制式採用された優れた高射砲だ。

 高射砲とだけあって口径は小口径だ。駆逐艦の主砲でも12.7cmある訳だから、たった9cmしかないこの高射砲は一見頼りなく思えるかもしれない。

 しかし侮るなかれ、この高射砲は戦後にアメリカ軍主力戦車の主砲としての任務を務めあげた程の優れた装甲貫徹力を持っているのだ。

 

「よぉーし、いい子いい子…。」

 加藤は独り言を呟きながらフットレバーを踏み、高射砲が据えられている砲架を右に旋回させる。

 

「…20mm!!目標は最後尾の駆逐艦!!」

 

 加藤が大声でそう叫ぶと、砲を挟んで座っていた高橋1士が20mm機関砲の引き金を引いた。

 ダッダッダッダッという機関銃よりも重く、ずっしりとしたリズムと音と共に20mm弾が闇に吸い込まれて行く。曳光弾が光の線を描き、深海棲艦の隊列に飛び込んだ。

 この20mm機関砲は90mm高射砲のスポッティングライフル、つまり照準器の替わりという役目を持っている。この曳光弾の弾筋が砲弾の弾道の目安になるのだ。

 

「狙い良し!」

「てぇ!!」

 

 高橋の声に応え、加藤がレバーを強く握ると、90mm砲弾が発射された。曳光弾のように明るい光の塊が飛んで行くのが見えた。

 砲弾は真っ直ぐ飛んだが、惜しくも目標の後方に着弾、水柱を作った。

 

「左に着弾、ちょい右に!!」

「分かってますよ!」

 

 加藤はフットレバーを踏み込んだ。

 

「機銃、撃て撃て撃て!!」

「ああ、了解!」

 

 高橋は正直なところ、20mm機関砲はあまり撃ちたくなかった。こんなの敵に自分の居場所を教えるようなものだ。

 彼ら陸上自衛隊の隊員に言わせてもらえば、こんな風に目視で照準をあわせて砲弾を撃ち込むなどという行為はいささか“原始的”と言える。

 いつもなら日本の誇る高精度な電子機器のバックアップの元で、こんな無謀な事をしなくても戦闘ができるのだが…。

 

「狙い良し!!」

「てぇ!!」

 

 再び90mm砲が火を吹く。砲身が後退し、薬莢が排出され、金属音を響かせながら転がった。

 今度発射された砲弾はあの忌々しい駆逐艦に向かって真っ直ぐ飛んでいった。

 

「よっしゃ!ケツに当たった!!」

 赤外線スコープで見ていた末吉が興奮ぎみに叫んだ。

 

 砲弾はギリギリのところで駆逐艦の後部に命中、爆発と共に破片を撒き散らした。

 

「目標減速!」

機銃手の高橋が言った。

 

「多分、スクリューか何かに当たったな。もう一発止めを刺すぞ!!」

「了解!!」

 

 一連の流れにもう慣れたのか、次の瞬間には即座に3発目が発射されていた。

 砲弾は目標の真ん中、つまり駆逐艦の土手っ腹に命中、穴を穿ち、あっという間に目標は炎に包まれた。

 暫し間を置いた後には爆発し、下顎に当たる部分を残して粉々に吹き飛んだ。

 

「うおっ、眩し!」

 赤外線スコープでその様子を見ていた末吉は、一瞬思わず目が眩んだ。

 

「砲弾が誘爆でもしたか?それにしてもこいつはさながら対戦車戦闘だな…。」

「それならミサイルが欲しいッスね。」

「贅沢言うな。」

 

 末吉と高橋が問答をしていると、砲手の加藤が叫んだ。

「新たな目標が接近!!11時の方向、巡洋艦!!」

 

 それを聞いて高橋も20mm機銃に手を掛ける。一瞬で顔は強ばり、両目を見開いて目標を見つめた。

 燃え上がる駆逐艦の炎のお陰で、仲間の仇を討たんとこちらに向かってくる敵巡洋艦の様子は肉眼でもハッキリと見えた。

 

「軽巡ホ級接近!!どうします?!」

「待て慌てるな高橋。相手は軽巡だ、うちらでも十分“喰える”はずだ。」

「本気ですか!?」

「じゃあ高橋、俺達はどこに逃げるっていうんだ?」

「えっ?」

「辺り一面深海棲艦だらけだぞ?うちらは、どっち道ここで踏ん張るしかないんだよ。」

「…そうですよね。」

 

 しかし高橋に落ち込んでいる暇はない。

 

「高橋、20mm!!」

 砲手の加藤が叫んだ。敵の砲口はまさに自分達を狙っていた。さながら西部劇の決闘のような状況だ。

 再びダッダッダッダッと、重い発射音が響いた。

 それに応えるように、ホ級も機銃をこちらに撃ち込んできた。

 

「クソッ!あの野郎!!」

 

 末吉が思わず毒づいた。空を切ってこちらに向かって無数の機銃弾が放たれる。

 頑丈な高射砲陣地の中なら銃弾で死傷する心配はほとんどない。しかし、真っ赤に光る曳光弾や、赤外線スコープを通して見える真っ白に光る機銃弾の条に、思わず末吉達は目が眩んだ。

 

「早く撃ち返せ!!」

「しかし隊長…。」

 加藤が悲鳴のような悲痛な声をあげた。

 

「目標が小さすぎます!!それに移動速度もかなり速いです!」

「…要するに何と言いたい?」

「とても厳しい射撃です!こんなの職人技ですよ!!」

「それをやるのが自衛隊だ!やれと言ったらやれ!!」

「はいはい了解!!」

 

 そもそも高射砲は航空機を撃墜又は損傷させる為の兵器だ。水平に撃てば戦車も狙えるが、今度の目標の大きさは人とほとんど変わらない。

 小さすぎるのだ。元々人を狙い撃つように設計はされていない。言ってみれば、機銃でハエを撃ち落とそうとするようなものだ。

 

「狙い良し!!」

「ってぇ!!」

 

 轟音を響かせて砲弾が発射された。

 砲弾はホ級の右側に着弾した。目標を変え、照準を直したばかりだからか、加藤には悪いがお世辞にも近いとは言えない。

 

「高橋、機銃!!」

 末吉が急かすが、機銃の曳光弾は一向に発射されない。

 

「弾切れ、装填中!!」

「クソッ、急げ急げ!!」

 

 ホ級はその砲をこちらに向けた。炎と照明弾の光に照らされたそれは、無機質で機械的で、まるで現実的ではない不気味な光景だ。

 

「こっちを狙ってる!!」

「んなこと知ってるよ!伏せろ!!」

 

 その直後、ホ級が5インチ砲を高射砲陣地に向けて放った。

 空を切る独特な音を挟み、砲弾は彼らから見て左側に着弾した。

 直撃こそしなかったがかなり近くに着弾したようで、砲架に座っていた加藤や高橋は爆発の瞬間、高射砲と砲架がぐわんと跳ねたような衝撃を感じた。

 そしてそれだけではなく、擬装ネットが突然バリッと、まるで見えない誰かが引き裂くように裂けた。

 炸裂の瞬間に砲弾の破片が飛んだのだ。すんでのところでカスったが、もう少しずれていたら今ごろ何人の首が飛んでいただろうか。

 

「速く撃て!!」

 末吉がパラパラと降ってきた土を払いながら叫んだ。

 

「…発射!!」

 

 加藤は言われるがままに砲弾を放った。狙いは適当だ。さっきよりも気持ち左に変えたが、大して期待はしていなかった。

 しかしそれがどうだろうか、思いの外良い狙いだったらしく、弾は真っ直ぐにホ級に向かって行くように見えた。

 

「行け!真っ直ぐ行け!!」

 

 誰かがそう言うのが加藤の耳に入った。

 いや、そんな事を言うほどゆっくりは砲弾は飛ばない。極限状態の時によくある幻聴か何かか?

 加藤は一瞬の間にそんな事を考えていた。

 

 バチュン!!という不快なほど甲高い音が響いた。

 花火が爆裂したかのような火花が暗闇に一瞬咲いた。

 

「…クソッタレめい。」

 

 末吉がそう呟いた。

 

「…。」

 加藤は言葉が出なかった。

 

 花火を散らした後、あらぬ方向へ跳び去ってゆく真っ白に赤熱した砲弾が見えた。

 弾は文字通り紙一重で目標をかすめて行ったのだ。

 

「みんな伏せろぉ!!」

 

 末吉がそう叫ぶと全員が一斉に両手で頭を覆い、口を開けて地面に額を着けた。

 万事休す。

 全員が凄まじい衝撃が襲って来るのを覚悟した。

 

 …が、しかし次の瞬間に吹き飛んだのはホ級だった。

 突如末吉達を閃光が照らした。遅れて爆発音が聞こえた。

 既に辺り一帯は至るところから銃声や爆発音が次から次へと起こっており、一つ一つの音を聞き分けるのは困難な状況下だったが、その中でもその爆発音はひときわ目立って聞こえた気がした。

 

――こちらサクラ45、ホ級と交戦していたのはそちらですか?

――…あぁ、こちらノヴェンバー2、その通りだ。

――遅くなりました。ここからは私達に任せて下さい。

――ああ、頼んだよ。思う存分やってくれ。

 

 末吉はそう言うと、フゥーと大きなため息をついた。

 疲れがどっと押し寄せて来た。見ると他の連中も似たような状態だ。

 これからもこんな調子でいかなければならないのかと思うと更に気が滅入りそうになった。

 しかしすぐに考えは改まった。

 

(いかんいかん、こんな時に男がしっかりしなくてどうするんだ!!)

 

 それは末吉だけでなく、この島にいる自衛隊員のほとんどは1度はそう考えた筈だ。

 それだけ、艦娘というのは彼らにとっ大きな存在だった。

 

――艦娘の部隊が突入を開始した。特科は発砲を控えろ。

 

 大河内の無線指示の声が響いた。

 

 

 「水雷戦隊、突撃します!私に続いて下さい!!」

 

4月26日 03:00時

 

 頃合いを見て、神通を先頭に水雷コマンド第1分隊、サクラ45は単縦陣の陣形で沖合いから島に向かう形で突撃を開始した。

 向かって左手側、島の東からは派手な爆音が響いていた。無線の内容によれば、戦艦を含む敵の部隊と交戦を開始したらしい。

 どうやら敵の先鋒はこちらの主力とぶつかっているようだ。

 それを察した神通は、敵の先鋒と後続の部隊を分断できるであろうポイントに割り込む形で突入したのだ。

 

『いいか、お前ら。沖から島に向かっては絶対に砲撃するなよ。敵の側面か、島を背にする形になってから砲撃を開始しろ。同士討ちだけは避けたいからな。』

 

 和也は事前にそう訓示した。

 だから彼女達はひたすら回避を続けながら敵の側面か、島を背にする場所…つまり敵の部隊と島の間に回り込まなければならなかった。

 困難な進撃が予想されたが、いざ突っ込んでみると思いの外易々と敵の側面に回り込めた。

 神通達は直感的に敵がかなり浮き足だっている事に気付いた。

 

――みんな調子どうだ?いい感じか?

 

 和也の妙に気の抜けた通信が入った。

 

――サクラ45は予想より順調です。もう敵を分断できそうです。

――バイカ47もまぁまぁ順調だよ~。

――よぅし、いいだろう。そのまま敵を撃滅しろ。ショータイムだ。

 

「姉さん、照明弾を。」

「了解!!」

 

 川内は主砲に蛍光塗料が塗られた弾を1発装填すると、西の空に向かってそれを撃った。

 間もなくボンッ!と暗闇から音が響くと共に眩いばかりに照明が灯された。

 

「敵艦隊発見、砲戦用意!!」

 

 照明によって島の北西に陣取っている深海棲艦の姿がくっきりと映し出された。

 油が海面を漂い、中には燃えながら海面を漂う残骸のようなものまで見えた。

 これこそ海戦だ。

 

「目標、正面で陸自砲兵と交戦中の巡洋艦。野分さん!」

「はい!!」

「駆逐隊の指揮は任せます。周囲の警戒にあたって、いつでも私達を援護できるように駆逐隊を展開させて下さい。」

「了解しました!」

 

 川内型三姉妹は横一列になって深海棲艦の巡洋艦と思われる影に向かって前進した。

 少し後方からは野分を先頭に駆逐艦達が周囲に目を光らせながらついて来ていた。

 今なら発砲しても島の海岸線と平行に飛んでいくから誤射の心配はまず無い。

 

「…どうやら敵さんは向こうに気を取られてるみたいだね。」

 川内が言った。

 

 どうやらこの先にいる軽巡ホ級と思われる目標は島の砲兵陣地に気を取られてこちらには気付いていないようだ。

 本来ならば、こういう場面になった場合には他の艦、お供の駆逐艦や巡洋艦が援護や警戒をしなければいけない訳だが、周囲には見たところ秩序だって配置に就いている者はいなかった。

 

「もーらいっ!」

 

 川内はそう言うと砲を構えた。確実に当たるように一旦停止し、砲の付いていない左腕を右腕にくっ付け、発砲の際の反動に備えられるようにした。

 そして発砲。15.2cm弾を3発ほど喰らった目標はあっという間に炎に包まれて爆散した。

 そして先ほどの場面に至るという訳だ。

 

 「電探に反応有り!お客さん達が来たみたいだよ~!!」

 

 那珂が真っ先に敵を見つけた。声に反応した神通と川内は腰を少しばかり下げて右腕を前に出した。ほとんど条件反射的なものだった。

 

 「えーっと、巡洋艦3から4隻と、駆逐艦5隻前後が約25ノットで移動中!!」

「…巡洋艦は私達で対処しましょう。駆逐艦達は野分さん達に。」

「連携がとれてない今のうちに突っ込もう!神通!」

「そうしましょう姉さん。…野分さん!!」

「はい!」

 

 野分は警戒中だった目線を神通に向けた。

 神通はハンドサインで指示をした。周囲は既に物凄い騒動に包まれていたし、ハンドサインの方が手早く、確実に指示が伝わると判断したのだ。

 

(目標、駆逐艦、あなた達に任せます。)

 

 野分は同じく無言で頷いた。

 

――サクラ45、敵水雷戦隊と交戦を開始します

 

 まるでゴングを鳴らすかのように、再び照明弾が打ち上げられて辺りを照らし出した。

 



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6 渚の火網

 「見ろよ、すげえ景色だな…。」

 

 末吉が言ったが、既に陣地の中の隊員は目の前で繰り広げられる戦闘に釘付けになっていた。

 あちこちでドコンッドコンと花火大会か、嵐の時の雷のような爆音が途切れる事なく続いていた。

 控え目に言って、地獄のような光景だった。いや、光景だけではない。その音も凄まじいものだった。

 身体の芯から震わされるような砲声がひっきりなしに続き、トトトトッという音と共に曳光弾が煌めき、時々魚雷が命中したのか、爆音と共に敵が木っ端微塵になった。

 

「…おい、あれ!!」

 その時、1発の砲弾がこちら側に向かって飛んでくるのが見えた。

 砲弾は彼らの左側に飛んでいった。そして視界から消えたと思った瞬間、地を揺るがす大爆発が起こったのだ。

 

 

 「うゎ、眩しいっぽい!」

 夕立は突然の閃光に思わず腕で光を遮ろうとした。

 その一瞬の隙をついて駆逐ロ級が射撃体勢を整えていた。

 しかしロ級が砲弾を撃ち込む事は叶わなかった。

 

「おっと危ない。」

 割って入ったのは秋雲だ。素早く砲身と目線を一致させると、次の瞬間には10cm砲弾がロ級を吹き飛ばしていた。

 

「…危なかったっぽい。ありがとうっぽい!」

「そこは“ぽい”じゃない方が正直嬉しかったんだけど…。」

「お喋りしてる場合じゃないよ!!」

 

 川内が二人をどやした。島の状況が気になって仕方ないが、今はそれどころではない。

 あらゆる場所で銃弾と砲弾が飛び交い、海中を魚雷が泳ぎ回る、ヴィンテージ物の鉄火場と化していた。

 爆風のせいか、波がうねって足元もおぼつかない。曳光弾のように砲弾も煌めきながら飛び交った。目がチカチカしておかしくなりそうだった。

 

 「浜風さん、野分さん、私に続いて下さい!!」

「「了解。」」

 神通、浜風、野分の3人は二人のリ級と対峙していた。火力面から見れば神通達に不利な戦いだ。

 

「どうします?神通さん?何か指示を…。」

 野分が前を行く神通に尋ねた。きっと何かしらの良策、奇策を期待しての言だったが…。

 

「お二人の魚雷の残りは?」

「はい?」

 物凄い騒音の中だからすぐそばの者の声も容易に聞こえない。終いには神通は野分と浜風の肩を掴み、二人の耳元で叫んだ。

「残りの魚雷は!!?」

 

「はい、私はまだ半分は残ってます。」

「私も殆ど使っていないので、雷撃ならば十分に…。」

 野分、浜風はそう言った。神通はそれだけ確認すると二人に背を向け、リ級がいる方向に目を向けた。

 

「分かりました。では、このまま全速力で突撃します。」

「はい?」

「時間がありません。行きますよ。」

 

 艦にしろ人にしろ、動きながら射撃をおこない、標的に命中させるのは至難の技だ。

 ましてや高度な電子兵装も持ち合わせていない状況での夜戦の最中ならばもってのほか。

 

(それならば…必中できる距離まで肉薄するのみ!!)

 

 神通は目標を捉えた。暗闇にうっすらとリ級の姿が浮かんでいる。

 向こうも気付いたようで、主砲から副砲から機銃まで、あらゆる火器で猛射を浴びせてきた。

 

 しかし、彼女達も不意の大爆発に気を取られていたのだろうか、神通達を止めるには気付くのに遅すぎた。

 神通が右手を顔の横に挙げ、左右に振った。“左右に展開”の合図だ。

 野分と浜風は一瞬目を合わせると、神通の両隣に前進した。

 

「全周雷撃用意。」

 

 神通は扇形に前方全てに満遍なく魚雷をばらまくように指示した。これならどのようにかわそうとしても魚雷の命中が期待できる。

 欠点としては相手との距離があればある程、ばらまかれた魚雷同士の間隔が開いてしまう事がある。

 しかし、この時にはそんな事を考えるのが無用な程の至近距離まで神通達は肉薄していた。

 

 「魚雷発射用意…!」

 神通は何かを察知したのか、野分と浜風の頭を両手で掴むと、グイッと下げさせた。

 野分と浜風が神通に何かを言う暇もなく重巡の砲弾が彼女達を掠めた。間一髪だ。

 

「…あっ、ありがとうござ…。」

「発射!!」

 

 浜風のお礼の言葉は神通の号令によってお預けになった。

 不意の魚雷の発射命令だったが、日頃の猛特訓の賜物か、恐ろしい事に動揺するより先に反射的に魚雷を放っていた。

 魚雷は狙い通りに満遍なく放たれた。横いっぱいに放射状に進み、そして命中。二つの標的はあっという間に巨大な水柱に消えた。

 水柱が静まるか静まらないかのタイミングで、今度は爆発と共に火柱が立ち上がった。粉々に粉砕された哀れな深海棲艦の破片が飛び散り、海面を泡立てた。

 

 

 「本部小隊あきつ丸、入りまぁす!!」

 そう叫ぶように言うと、あきつ丸がライフルを抱えたまま、司令部のある地下室に崩れるように飛び込んで来た。

 

「どうだったあきつ丸。第2中隊は…。」

「はっ!報告します!!」

 あきつ丸は崩れた姿勢をピンっと直し、同時にブーツをカッ!っとぶつけて音を鳴らして応えた。

 

「2中隊、中隊長は沿岸部の砲台の爆発に巻き込まれ死亡。ほか、隊員にも死傷者多く、特に2中隊第1小隊の消耗は甚大。未だ散発的ながら海上からの砲撃は続き、予断は許しません!」

 

 大河内は顔をしかめた。

「そうか…隊員にも動揺が広がっているか?」

「はっ、暗闇の中とあって多少混乱は広がっています。中隊長はとりあえずは代理の者に代わりました。」

「代理って誰だ?」

「宇垣殿であります。」

「宇垣か…あいつは戦闘は初めてだからな。どうりで連絡が遅い訳だ。」

「現場は混乱しております。どうにかして指揮系統をまとめようとしているのかと。」

「ふぅむ…。」

 大河内はため息のような相槌のような返事をした。

 

「…今来られたら不味いな。あきつ丸!」

「はっ!!」

「小銃に実包を装填。拳銃も弾倉は入れておけ。」

 大河内はそう言うと、自らもサイドアームのM1911に弾倉を差し、トンプソンM1A1サブマシンガンを手に取った。

 あきつ丸もM1903ライフルに7.62mm弾を装填する。5発で1組の実包がまとめてあるクリップをライフルのボルトをオープンさせて機関部に差し、親指で上から押して装填、カチャンッとボルトを前進させて完了だ。

 

「ちょっと見てきます、海将。」

「うん。行ってきなさい。ところで、君の言う“ちょっと”と言うのは…」

「それでは行って参ります!!海将閣下!!」

 あきつが本多の言葉を遮り、大河内はその間にスタスタと行ってしまった。

 

 司令部には本多と大淀だけがポツンと残された。

「…どれ位かかるのかな…。」

 

 

 陸自の隊員達はひたすら狭いタコツボや塹壕の中で待っていた。何故なら、深海棲艦の砲撃は散発的ながらずっと続いていたからだ。

 5inch砲弾が嫌な唸り声をあげて飛んでくる。上からも、横からも。だから彼らは穴の中で縮こまっている他には何も出来ない。

 島の西部の海岸付近は、巻き上げられた土埃と砲弾の硝煙の臭いに包まれていた。空気を吸うだけで火薬の味が舌に染みるようにも感じられた。

 

「戦闘になる前に埋められちまいそうだな。」

「ああ…喉乾いてきたし。しんどいしんどい…。」

 タコツボの穴の中で砂を被った三好と朝倉が喋っていた。かれこれ何時間このままだろうか。穴の外の状況も、物凄い砲撃戦が行われているであろう事以外は殆ど分からなかった。

 

「艦娘達が撃ち合いしてんのかなぁ。三曹はどう思います?」

 三好は一緒にいた浅井三曹に話を振った。三曹はずっと、頭を少しだけ穴から出して外の様子をときたま伺っていた。

「…さっきから照明弾がずっと上がってる。ま、やりあってんだろな。」

「こっちに来ますかね?」

「さぁね、俺に聞かれても何とも言えんな。しかし…」

「何です?」

「嫌な予感ならするな。」

 三曹はM3“グリースガン”をしっかりと握りしめていた。

 左手を弾倉の付け根に、右手はグリップを握りしめ、眉間には深ーいシワが出来ていた。

 

 その時、浅井三曹の顔がパッと青白い光りに照らされた。

 

「また照明弾っすね。」

「…いや、三好。正面から上がったのはこれが初めてだ!」

 珍しく三曹の声が上ずっているように聞こえた。

 

「はい?」

「俺達は西に向かって陣取ってる。北と南の艦娘達が交戦してる方向からはさっきからずっと上がってるが、西から上がるのは初めてだ!…こりゃ来るぞ!!」

 

 それを聞き、三好も朝倉もM1カービンを手に取り、コッキングをして弾丸を装填した。

 恐る恐る三好達は顔を穴から出した。照明弾が合図だったのか、敵の砲弾はもう1発も飛んでこなかった。不気味だ。不自然に静かだ。

 沖の方からは艦娘達の砲撃の音が聞こえてくる。花火大会の花火の音に聞こえる「ボンッボンッ」という音と、雷のように聞こえる「ドガァンッ」という音との二種類が聞き分けられた。

 隣近所の奴らの息遣いも耳を澄ませば聞こえてくる。誰かが「ガッチャン」と大きな音を立てた。重機関銃の弾を装填したのだろう。

 すると、前方の波打ち際に奇妙なものが表れた。と言うより、浮上した。

 

「イ、イ級…?」

 

 暗くてよく見えないが、照明弾の灯りに照らされたそれは、駆逐イ級に見えた。

 

「おいおいおい、何が始まるんだ?」

「…」

 その駆逐イ級のようなものは、次から次へと浮上して、波打ち際に乗り上げた。その様子は、まるで打ち上げられたクジラか…

「上陸用の舟艇みたいな動きだな。」

 三曹が呟いた。

「そういえば、戦争ものでこんな感じで…。」

「なあおい朝倉。」

「ん?」

「撃ってみるか?」

 

 イ級のようなものは打ち上げられてから暫くは動きがなかった。いや、正確にはそれほどでもなかったかもしれないが、三好達にはとてつもなく長く感じた。

 

「おいおい、冗談じゃ…。」

「おい!!」

 朝倉が三好の顔を見て話そうとすると、浅井三曹が呼び止めた。朝倉は反射的に前を見た。

 

「…ヤバくないか?」

 目の前に打ち上げられたイ級のようなものが一斉に口を開いた。まさにその時だ。

 幾つかのイ級が、開いた口の中から砲撃を始めた。再び周囲は轟音が包まれた。

 そして、幾つかの別のイ級の中からは、何かが一気に溢れるように出てきた。それは、恐るべき深海からの刺客…深海棲艦達の上陸部隊だった。

 

「撃ってきたぞぉ!!撃ち返せ!!撃て撃て撃てぇ!!」

 自衛隊も一斉に反撃を開始した。

 

 M1919軽機関銃は軽快な音を出しながら7.62mm弾をシャワーのように浴びせかけた。ベルトリンクで連結された弾丸を四角い機関部が次々と飲み込み、反対側に空の薬莢とベルトリンクの破片を吐き出し、薬莢の山があっという間に出来上がった。

 別の場所ではM2重機関銃が火を吹いた。

 撃ち出すのは、1発1発が手のひらよりも大きい12.7mm“50口径”弾だ。「ボボボボボボッ!!」と、規格外の音をあげながら次々と弾を撃ちだした。

 50口径弾の破壊力は凄まじかった。

 深海棲艦の上陸部隊はヒトの形をしていた。人類側が、リ級やチ級と呼んでいる個体達だ。 

 それらが次々と浜辺へ展開して行こうとしたが、M2はそれらを文字通り“薙ぎ払った”。

 射手がM2の銃口を右から左に撃ちながら移動させると、その射線上にいた深海棲艦達は、まるで見えない大鎌で刈り取られるように身体をズタズタに引き裂かれた。

 

 深海棲艦達もやられっぱなしではない。

 浜に乗り上げたイ級は容赦なく5inch砲を撃ってきた。直撃すれば塹壕やタコツボを中にいた隊員ごと吹き飛ばした。

 しかし、このイ級の砲撃は正確性は欠いた。事前に作った偽物の砲台に向かって砲撃をしていたのだ。

 実はこの戦闘の前に、隊員達はいくつか偽物の砲台を作っておいた。これは実に単純なもので、ヤシの木から葉っぱを取り払ったものを土嚢の山の上にポンと置いたものだけだ。しかし、思いの外効果は抜群なようだった。

 そして銃撃を避ける為に身体を砂浜にくっ付け、匍匐前進で彼女達は迫ってきた。

 彼女達も機関銃を持っているようで、匍匐前進する仲間を援護する為に軽機関銃で援護射撃を始めた。

 

「あいつらも機関銃持ってるのかよ!!」

 三好がM1カービンを撃ちながら叫んだ。

 

「たまげたもんだよなぁ!!いいご時世だ!!」

 朝倉もM1カービンを撃ちながら応えた。

 こんな混沌と爆音の最中では、いつも通りに射撃をするのは難しい。

 

 時々タコツボの淵に積んである土嚢が「パスッパスッ」と音を立てた。相手の機関銃の弾丸が当たっているのだ。嫌な音だ。たまにその着弾した場所から焦げ臭い臭いがした。驚くことに深海棲艦達は曳光弾を撃ってきているのだ。

 そんな周りの状況が彼らをはやし立てた。無我夢中で引き金を引いた。

 

「おい、少し抑えろ。無駄弾が多い。」

 こんな中でも三曹は嫌に冷静だ。見てみると、彼の射撃の仕方も驚くほど落ち着いていた。

 彼の撃っているM3グリースガンはフルオートでしか撃てない。三好達のM1カービンのように狙って撃つのが難しい銃なのだ。

 しかし三曹は、この銃を見事に使いこなしていた。

 「タタタッ。タタタッ。タタタッ。」というように、引き金を絞って、3発づつ弾を撃っていた。

 

 島の西部の渚は凄まじい銃火と砲火に包まれた。

 曳光弾が四方八方からあらゆる方向へ飛び交った。爆発が次から次へと巻き起こり、もはや何が何の音だか聞き分けられない。巻き上げられる砂や海水が、隊員達の目に染みた。潮の臭いと硝煙の臭いがごっちゃになった嫌な臭いが鼻を突いた。

 

 

 「おお…凄いな。小沢、状況はどんなだ?」

 臨時の中隊長を任された宇垣二尉が双眼鏡で外の様子を見ながら言った。

「何とか持ちこたえてますが、敵の火力も中々のものです。こちらも火力がもっと必用です。」

 それを聞いた宇垣は一端目を瞑って独り言を言い始めた。

 

「よし…落ち着け、落ち着け、俺。大丈夫だ、出来る出来る…。よし!小沢!!」

「はい!」

「迫撃砲小隊に砲撃をさせろ!」

「了解。」

 

――迫撃砲小隊、直ちに砲撃を開始しろ。

――了解。

 

 「よぅし、迫撃砲小隊、砲撃開始!!」

 迫撃砲小隊の小隊長は石上三尉だ。彼の元にいる射撃分隊が普通科の隊員達に貴重な火力を提供する。

 

「もう射撃諸元はばっちり測ってあるからな!遠慮せずに撃ちまくれ!!」

 石上は隊員達を鼓舞した。

 

「半装填!!」

 一人の隊員が砲弾を迫撃砲の砲口に少し入れる。

「半装填、良し!!」

「撃て!!」

 その声を合図に砲弾は迫撃砲の中に滑り落ち、底にある撃針によって雷管に点火し、空中に飛び出した。

 迫撃砲の81mm砲弾は大きく湾曲した放物線を描きながら普通科の隊員達の頭の上を飛び越え、次から次へと渚に着弾、炸裂した。

 

 「迫撃砲か!!」

穴の中で三好が叫んだ。

「嬉しいね、恵みの雨だ。」

 朝倉も久し振りに表情を少し明るくした。

 迫撃砲の砲弾は次々と砂浜に爆発を巻き起こした。いくつもの爆発が次々と同時に、そして連続して起こる。それはあまりにも絶え間なく起こるものだから、一つの轟音の塊にも聞こえた。

 

 迫撃砲の射撃は普通科の隊員の協力なサポーターだ。

 小型軽量でフットワークの軽い迫撃砲は、普通科の隊員のそばに常に寄り添うように展開している。

 そして迫撃砲弾は炸薬の量がとても多く、更に凄まじい速射が出来る。重さが何トンもある榴弾砲を上回る豊富な火力を、隊員達が手で持って移動出来るほど軽い迫撃砲が提供してくれるのだ。

 例えば、今隊員が両手を使って迫撃砲の砲身に滑り落としている81mm砲弾は、今まさに波打ち際にいる、巨大なイ級が放っている5inch砲弾に匹敵する威力がある。

 それほどの威力のある砲弾を3~5秒に1発ものペースで、しかも幾つもの迫撃砲が一斉に撃ち込むのだ。そんな猛攻の前に、深海棲艦達がただで済む訳がなかった。

 

 

 「半装填!!」

「半装填、良し!!」

「撃て!!」

 このような掛け声と共にテンポ良く迫撃砲が火を吹く。陣地を越えた渚の方からは、この世のものとは思えないような音が続いていた。

 その迫撃砲のすぐ脇で、大河内とあきつ丸が無線で宇垣と交信をしていた。

 

――今どんな状況だ、宇垣。

――敵戦闘員が上陸、ただいま交戦中!!

――そんな事は分かってる!!他に具体的に!!

――…えー、激しい攻撃を受けています。しかし、状況は…よく分かりません…。

――分からない?お前、今どこにいるんだ!!

――塹壕の中です。

――お前以上に分かる奴がいるか!!

 

 大河内は普段では考えられないほど声を荒げていた。

 

「もういい!…あきつ丸!!」

「はっ!!」

「俺は宇垣の所に行ってくる。お前は俺の代わりに1個小隊をもって右翼側の増援に向かえ。」

「はっ!右翼側でありますか。」

「そうだ、右翼側が一番防御体勢が危うい。戦闘前に色々あったからな。」

「はっ!!了解いたしました!!」

 

 大河内の懸念通り、右翼側の陣地は実際軽い混乱状態の中にあった。

 戦闘の直前に隣接する砲台に敵の放った砲弾が直撃、誘爆を起こし、隊長クラスの自衛官が相次いで死傷。隊員達にも同様が拡がっていた。

 

「じゃあ、行ってくる。あとは頼んだぞ。」

 そう言うと、大河内は3人ほどの隊員と共に闇の奥に消えた。

 

「はっ!では!!…総員集まれ!!」

 あきつ丸の元に50人ほどの隊員達が集まった。

「これより、このあきつ丸が、大隊長殿に代わって指揮を執る!…このあきつ丸が発砲を許可する!!実包を装填せよ!!」

 

 そう言うと共に、隊員達は一斉にコッキングレバーを引いた。これで薬室に弾丸が装填された。いつでも発砲が出来る状態だ。

 ずいぶんと可愛い小隊長なものだ。そう思った隊員も少なくなかった。しかし、そう能天気な事を思っている暇もなかった。

 

「今回の戦闘では敵との接近戦が予想される。よって、総員、着剣せよ!!」

 

 一瞬どよめきが拡がったが、命令は命令だ。

 銃剣を装着したあきつ丸と隊員達も、暗闇の中に消えて行った。しかし、その暗闇の更に先に目を向けると、そこは無数の閃光、炎、轟音が入り交じった修羅場となっていた。

 



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7 最終防護射撃

 タコツボの中で、宇喜多はM1919機関銃をひたすら撃ちまくっていた。ときおり悪態をつき、相手を罵りながら引き金を引き続けた。

 

「おい、ちょっと撃ちすぎじゃね?」

 

 すぐ隣で機関銃助手をしていた木原が言った。

 そうだな、と宇喜多は引き金から指を話した。しかしどういう訳か、機関銃は弾を吐き出し続ける。

 

「おいおいおい、撃つの止めろ!ぶっ壊れるぞ!!」

「俺は撃ってない!こいつが勝手に!!」

 

 宇喜多は恐慌状態になりかけた。信じられないことであった。この修羅場の中で、唯一と言ってもいい頼りになる武器がこの有り様だ。宇喜多の脳裏には、このタコツボから出ていこうという考えが一瞬よぎった。

 

「お前落ち着け!」

 

 木原はそう言うと、弾薬箱から機関銃へとのびるベルトリンクをグイッとひねった。そして捻じれた弾丸が引っ掛かり、機関銃はようやく射撃を止めた。

 

「あ、ありがとう・・・。」

「いーえ!」

 

木原は少々乱暴に応えた。どうやら彼も大分焦っているようだった。

 

「ちきしょう、コックオフだ!だから撃ちすぎだって言ったろ!」

 

 この時、宇喜多の機関銃はコックオフという現象を起こしていた。

 あまりにも連続して長時間、機関銃を撃ち続けたため、機関部の温度が異常に上昇し、弾丸が発射されてしまうという暴発の一種だ。

 

「銃身を交換する、援護しろ!」

 

 木原は固定用の留め具を外してM1919をタコツボの中に入れた。見ると銃身は電熱ストーブのように真っ赤に赤熱していた。

 木原が銃身を交換している間、宇喜多は言われた通りにサブマシンガンを手に取ってタコツボの中から撃ち続けた。彼が撃っていたのはM3サブマシンガン、通称“グリースガン”といわれるサブマシンガンであったが、量産性を重視して作られたこのサブマシンガンは、こう言っては何だが安っぽい見た目をしていて、宇喜多はひどく心細い気持ちになった。

 グリースガンの30連発マガジンはあっという間に弾が無くなってしまう。宇喜多は手榴弾を投げつけてやろうとしたが、なにぶん狭いタコツボの中とだけあって思うように投げられない。

 

「早くしろ!うじゃうじゃ来やがる!」

 

 宇喜多がせかすが、木原は銃身の交換に苦戦していた。いつも扱っているミニミとは使い勝手が違うから、余計に時間がかかっていたのだ。

 ようやく銃身を交換し、赤熱する銃身を濡れ雑巾の上に置き、機関銃を三脚にセットした。タコツボの中には雑巾が焦げる臭いが充満していた。

 

 

――何?援護射撃?

――そうだ、今動けるのはお前の部隊しかいない。

――軽巡と駆逐艦しかいないけど、いいか?

――十分だ。頼む。

――了解。

 

――水雷コマンド、応答しろ。

――こちら神通。

――こちら北上。

――各分隊に命令。敵を片付けたら西海岸へ急行せよ。交戦中の地上部隊を掩護する。

――・・・どんな風に?

――それは位置についたら追って指示する。いいな。

――了解。

 

 

4月26日 3:40

 

「水雷戦隊集合!!」

 

 神通が声を張り上げる。そしてそれほど間をおかずに全員が彼女の元に集まった。まだまだ彼女達の闘志は衰えそうになかった。

 

「現在時刻・・・0340。夜明けまでまだ時間があります。よって航空支援が開始されるまで私たちで地上部隊を援護します。いいですね?」

「「了解。」」

「では残弾を確認。単縦陣を作ります。」

 

 こうして神通、那珂、浜風、野分、秋雲、夕立、川内の順で形作られた単縦陣が移動を始めた。

 順調に砲撃支援のポジションにたどり着けると思ったその時、目もくらむようなオレンジ色の巨大な閃光が7人を照らした。

 

「敵艦発砲!!」

 

 誰かが叫んだが、それと同時に凄まじい爆発が起こった。直撃こそしなかったものの、そのあまりに凄まじい爆発の衝撃に、浜風は思わず転倒してしまった。

 

「・・・!前方に戦艦級!!」

 

 那珂が真っ先に相手の正体を見抜いた。その声に野分や秋雲は思わず身震いしたくなった。

 

「左右に展開!!合戦用意!!」

 

 動揺する暇も与えずに神通がすぐに指示を出した。しかし、この時神通自身もとにかく動かなければいい標的になってしまうと、内心焦っていた。何せ本来の任務はこの敵戦艦を打ち倒すことではないし、弾薬も心もとない状況であった。

 

「夕立!秋雲!こっちについてきな!!」

 

 最後尾にいた川内は、直ちに夕立と秋雲を率いて敵戦艦の右側面へと移動した。ありったけの魚雷をぶち込む為のポジションを探りに移動したのだ。

 

「左前方に移動します!両舷全速!!」

 

 神通は浜風が野分の手を借りて起き上がったのを見ると、川内たちの援護のために前進を開始した。自分たちが囮になろうというのだ。艤装が唸り、白波を立てながら神通達は敵の左側面へと移動した。

 

「左右に蛇行しながら前進!!敵艦に肉薄します!!」

 

 神通たちは30ノットを超える猛スピードで突撃を開始した。暗闇の中であるにも関わらず、見事に単縦陣を維持しながらの移動であった。艤装のエンジン音が盛大に響き渡り、敵戦艦は完全にこちらに引き付けられていた。

 突然「ボウッ!!」と、何とも形容しがたい閃光と轟音が神通達を包み込んだ。あまりに彼我の交戦距離が近かったからか、神通はこの瞬間に敵の主砲からの発射の衝撃である“吐息”を感じた。

 それはどんな歴戦の猛者の肝も潰す、死の吐息であった。相手の主砲の発射の衝撃や爆風を正面から受けるなど、とても普通では考えられないような異常なことだ。

 しかし、それでもなお神通は突進を続け、この時には神通1人が突出する格好になっていた。

 まさに敵とのタイマン勝負であった。

 

「・・・探照灯、照射。」

 

 相手の表情さえも伺える距離に肉薄した神通は、探照灯を照射した。不意を突かれた相手の顔が一瞬見えた。

 その瞬間、神通の身体がフワッと宙に浮かび上がった。神通は、身体全体が焼け付くような熱波を感じた次の瞬間に、猛烈な衝撃と共に重力が消失したのを感じた。

 敵戦艦はもはやめくら撃ちのように発砲したが、とうとう発射の衝撃で神通が吹き飛ばされたのだ。それほどまでに神通は敵に肉薄していたのだ。惜しむらくは、この敵に叩き込む魚雷を神通は使い果たしてしまっていた。

 海面に叩きつけられた神通を、戦艦タ級はあざ笑うかのように見下ろした。

 しかし、目を合わせた神通もまた、勝ち誇ったかのように静かな笑みを浮かべた。

 

「がら空きだよ!!」

 

 次の瞬間には、件の戦艦タ級は巨大な炎と化していた。川内たちの放った酸素魚雷が命中したのだ。

 浜風たちは、火柱をバックに神通を抱えた川内と合流した。「もう二度とあんな馬鹿はやんないで。」と、川内は若干ご立腹のようだった。本来ならば敵の気を引き付けてさえいれば良かったから、あそこまで異常接近する必要は無かったのに、と。

 川内に抱えられ、耳元で苦言を呈された神通は、珍しく不満そうな顔をしていた。

 

 

 「安全装置確認!!」

 

 あきつ丸の凛とした声が響き渡った。彼女と大河内に率いられた予備隊は、渦中の真っ只中である西海岸の後方に展開していた。

 

「これより敵に奪われた友軍陣地を奪還、浸透中の敵陸戦部隊を排除する!!」

 

 大河内に代わり、あきつ丸が逆襲部隊の指揮を執っていた。最初は大河内が指揮を執り、自らも突撃をする気満々であったが、さすがにそれはやめてくれと制止されてしまったのだ。

 しかしあきつ丸が指揮を執り、隊の士気は俄然上がった。実態は何であれ、こんな少女に後れを取る訳にはいかないと誰もが思っていた。

 

「突撃ぃぃ!!」

 

 まるで突撃ラッパが聞こえてきそうな見事な号令であった。

 月に照らされて白く銃剣が光る。相手の不意を突く奇襲であれば、白光りする銃剣はあまりよろしいものではないが、このような強襲のような場面では、これ以上ない位の威嚇になった。

 鬨の声が西海岸に響き渡った。さすがの深海棲艦達も、この突撃には泡を喰ったようだった。深海棲艦達の中に銃剣道を習っていた者は、果たしてどれだけいただろうか。

 隊員達も必死であった。ありったけの気力を振り絞って銃剣を付けた小銃を振り回した。払い、殴打し、刺突、発砲し、駆け抜けた。

 

 

――水雷コマンド、位置につきました。

――了解、そこから何が見える?

――・・・発砲炎と人影が見えますが敵味方の区別はできません。

――暗視ゴーグルは?

――あっ、今からつけます。

――いいか、よーく見ろ。味方の陣地ではストロボが焚かれてるはずだ。それを目印に機銃で掃射をしろ。

――了解、これより掃射を開始します。

 

 

4:20

 

 宇喜多と木原はタコツボに籠り、粘り強く射撃を続けていた。もう何回銃身を交換しただろうか。あまりに長時間に渡って機関銃を撃ち続けたためか、2人とも耳が遠くなっていた。

 とにかく動くものに対しては全てに弾丸の嵐を叩き込んだ。いつしか2人のタコツボの後方から鬨の声が響き渡っていたが、2人は全く気が付かなかった。

 

「もう弾がない!」

 

 木原が悲痛な声をあげた。いよいよ弾帯が収められている収納箱が無くなる。このまま残りのわずかな火器を使ってここに籠って戦闘を続けるか、あるいは撤退するか、決断を迫られる時が来た。

 しかし、その考えは突然鳴り響いた猛烈な射撃によって打ち消された。どこからか、「ドンドンドンドンッ」と重い射撃音が響き渡った。かと思うと、2人の前に見えていた敵の姿があっという間に砂煙の中に消えた。

 

「こりゃあ・・・一体・・・。」

 

 思わず呆然とする2人であった。

 ちょうどこの頃、沖合の艦娘達が猛烈な機銃掃射による対地攻撃を開始したのだった。

 この頃の西海岸は、彼我の歩兵が入り乱れた状態となっており、砲撃を加えると味方まで巻き添えにする危険があった。

 そこで、現場に到着した水雷コマンドの艦娘達は、対空射撃や砲撃の際のスポッティングとして同軸機銃のように使う、機関砲を使って対地攻撃をしたのだ。

 ドンドンドンドンッと、弾の発射数が数えられそうな程の発射速度で20mmや25mmの機銃弾が飛び交う。

 元々は頑丈な航空機を叩き落すための機関砲である。当然人型の深海棲艦達に対してはオーバーキルと言ってもいい代物であった。

 これが海上であれば、まともに食らっても蚊に刺されたようなものであっただろうが、地上に居ればそうはいかない。並の人間ほどの耐久性しかない状態の深海棲艦達がこの弾を食らえば、あっという間に文字通り“粉砕”された。

 

 宇喜多と木原は、タコツボの外の光景を黙って見ていた。目前で凄まじい破壊が繰り広げられている。

 弾が一発着弾する度に小さな爆発が起こり、巻き上がる砂と共に手足が吹き飛ぶのが見える。海岸付近にわずかばかり残っていたヤシの木は、あっという間にポッキリ折れるか、溶けるように消えていった。

 

 

 間もなく、夜が明けた。

 逆襲を敢行したあきつ丸に率いられた隊は、拳銃を握りしめた宇喜多達をはじめとする防御陣地の中の将兵達と合流し、互いの無事を喜び合った。

 上空にはどこから飛んできたのか、零戦が飛来し、それを見た将兵や艦娘達は、ようやく自分たちの勝利を実感した。

 西海岸の沖にいた水雷コマンドの面々は、撃ち方やめの指示があるまで機銃を撃ち続けた。全てが終わる頃には、全員の機銃の銃身は真っ赤に光り、ある艦娘の機銃に至っては熱せられて柔らかくなった銃身が自重に耐えきれずに曲がってしまっていた。

 そして特に駆逐艦の面々は、自分たちが創り出した西海岸の景色を決して直視しようとしなかった。

 

 



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8 CTF-31

 

4月26日 5:00

 

 深海棲艦の機動部隊は再び針路を北に取り、ムエルタ島を目指していた。

 当然彼女達は、作戦が失敗に終わったことは把握している。しかし、だからと言ってムエルタ周辺の海域にいる、味方達を取り残して撤退する訳にはいかなかった。

 彼女ら機動部隊とサンタジョージアの友軍基地航空隊の支援の元、可能な限りの戦力を退避させようと決死の試みが行われていた。

 特に空母ヲ級に率いられた機動部隊は、昨日干戈を交えてからろくに休む暇もない出撃であった。

 

「全機発艦始め!」

 

 旗艦のヲ級の指示のもと、次から次へと艦載機が発艦していった。空母ヲ級2隻と空母ヌ級4隻から、空を覆い尽くさん限りの艦載機が繰り出され、北を目指して編隊を形作りながら飛んで行った。

 前日の戦闘で消耗した分は完全には補充できていなかったが、それでもこの部隊だけでも340機を超える艦載機を保有しており、未だに強力な航空支援を行う力は残っていた。

 この時に支援に向かった艦載機隊は累計で280機に達し、戦闘機は135機、艦爆は85機、艦攻は60機という内訳で編成されていた。

 まずムエルタに向かったのは第一次攻撃隊140機で、戦闘機70機、艦爆40機、艦攻30機の一大戦爆連合であった。

 

 

 その頃、なけなしの航空機を機動部隊と合流させて撤退する部隊の支援を託されていたリコリス島の飛行場姫は、機先を制されて猛爆撃を受けていた。

 攻撃を行っていたのは、飛龍率いる第2機動群から祥鳳と瑞鳳を迎えて戦力を増強した第1機動群であった。

 赤城、加賀、瑞鳳、伊勢、日向から戦闘機124機、艦爆40機、艦攻64機、瑞雲28機の計256機の攻撃隊(鳳翔と祥鳳は戦闘機を満載して直掩にあたっていた)を2波に分けてリコリス島に向かわせ、払暁と共に空襲を仕掛けたのだ。

 攻撃隊はリコリス島上空に到達すると、飛行場姫を目標に空爆を開始した。これに対し、リコリス島の戦闘機は直ちに迎撃へと飛び立ったが、いかんせん相手が悪かった。

 連日の空戦と途絶えがちな補給のせいで消耗しきったリコリス航空隊は、精鋭の一航戦を中心とする優勢な攻撃隊を前に蹴散らされた。

 リコリス島の上空には無数の白色の翼が翻った。南国の日を浴び、眩くきらめいていると錯覚しそうな美しい翼を持った零戦が、獰猛な猛禽類のように縦横無尽に暴れまわった。

 

 一航戦の2人は未だに零戦二一型を愛用していた。いや、この時点で空母全員に行き渡るほどの数の五二型や三二型は確保されていなかったが、それでも赤城と加賀の2人は、数少ない五二型を他の空母達に譲った。

 古参の兵につきものの保守的な指向とは関係ないとは言い切れないかもしれないが、それ以前に、実際鍛え上げられた二一型の搭乗員たちは、最新モデルに匹敵・凌駕する性能を二一型から引き出していた。

 

 零戦が敵戦闘機隊を圧倒すると、九九艦爆と爆装した九七艦攻、そして瑞雲が次々と陸用爆弾を投下した。

 先陣を切って爆撃を開始したのは九九艦爆たちであった。まるで矛を突き立てているかのような、見事な縦列で急降下爆撃を行った。

 ダイブブレーキを開いた機体が、一度聞いたら忘れられない独特な甲高い音を唸らせながら、次々と250㎏爆弾を投下していく。爆弾が空を切る音が一瞬響き渡ると、次の瞬間には爆音が木霊した。

 これに続いて瑞雲の編隊も同じように急降下爆撃を敢行した。下駄ばきの水上機という設計上のハンデにも関わらず、他の機体に追随して飛行し、こうして見事な急降下爆撃を行った。

 しかも瑞雲には20mm機銃という、敵からしたら嫌なおまけ付きだ。この急降下爆撃と機銃掃射によって、飛行場姫にダメージを与えたのみならず、邪魔な対空砲を吹き飛ばすことができた。これで艦攻隊は幾分楽に仕事をこなすことができる。

 最後は九七艦攻の水平爆撃だ。九七艦攻から投下される800㎏爆弾は驚異的な破壊力を持っている。この爆弾がひとたび爆発すると、大地や海を揺るがす大爆発が起きる。気の小さい者ならこの爆発を目にするだけで瞬く間に戦意を喪失してしまうだろう。

 地面に落とされた800㎏爆弾は、一瞬にして地面にめり込むと、次の瞬間には轟音と共に炸裂し、巨大な土と埃の柱を創り上げる。そして何もかもを吹き飛ばしたあとには、何メートルもの大きさのクレーターが出来上がっているのだ。

 そしてこの攻撃では、その800㎏爆弾が50発以上投下された。想像もできないような破壊の嵐である。

 最終的にリコリス島に叩き込まれた爆弾は、250㎏爆弾52発、800㎏爆弾55発の計57トンにも及び、リコリス島の飛行場姫は甚大なダメージを負い、航空隊も著しく消耗し、積極的な航空作戦を実施することは困難となった。

 そして十分に敵を叩いたと判断すると、すかさず第1機動群は第2機動群と合流するために南に針路を取って移動を始めた。返す刀で南方からの脅威も叩く備えであった。

 

 

 深海棲艦第3機動部隊の攻撃隊は、順調に北へ向けて進んでいた。

 しかし、この部隊を率いるヲ級は、いつ敵の迎撃を受けるか気が気でなかった。きっとムエルタには強力な航空機を有する機動部隊が待ち構えているだろう。

 だがこちらにはリコリス島の飛行場姫がいる。そちらの方にもいくらか押さえの為に兵力を割かなければならない訳だから、自分たちの前に立ちはだかる航空隊もいくらか分散しているはずだ、と楽観的な考えも頭をよぎっていた。

 だが彼女の予想よりも早く、それはやって来た。

 

「・・・来たか!」

 

5:30

 

 攻撃隊に向かって太陽を背にレシプロ機が突っ込んできた。轟轟たるエンジン音があたりに響き渡り、突然ダイブしてきた。かなりのスピードが出ている。

 しかし、そのシルエットは普段見かけるものとは明らかに違った。

 胴体はずんぐりとしていて、まるで樽のようなシルエットだ。エンジン音も聞きなれないものであったし、何より機体は鮮やかなブルーに塗られていた。

 そして胴体と翼には、真っ赤な日の丸と対をなすかのような白抜きの星が、太陽に照らされて輝いている。

 

「これはどう見てもジークじゃないぞ・・・ワイルドキャットだ!」

 

 Flagshipヲ級に向かって古参のヲ級が言った。言われたヲ級も苦々しく顔をしかめていた。

 ヲ級たちの放った攻撃隊に食らいついてきたのは、アメリカ海軍太平洋艦隊から分遣された任務部隊・・・第31合同任務部隊(CTF-31)から放たれた戦闘機隊であった。

 樽のようなF4Fは、もはや弾丸と言った方が良いほどの猛スピードでダイブをしながら、両翼から6丁のAN/M2重機関銃の火を吹かせた。

 それはまさに12.7mm弾のシャワーと言える光景であった。無数の弾丸が景気良く、豪快に吐き出され、これに捉えられた哀れな艦載機は、あっという間に蜂の巣にされてしまった。

 

「アメリカか・・・。クソッこんな時に!」

「いや、それだけじゃあないみたいだ。」

 

 先陣を切って突っ込んできたF4Fワイルドキャットたちに続き、また別の機が編隊に乱入してきた。

 今度はF4Fとは対照的に、すらっとスマートなシルエットをした機体であった。そして太平洋では珍しい液冷エンジンである、マーリンエンジンの軽快な音を響かせながら、艦爆・艦攻隊へと襲い掛かった。

 胴体と翼に刻まれた、赤・白・青の三色で構成された蛇の目のラウンデルが、大空に翻った。

 

「ブリティッシュネイビーまでお目見えとはね。太平洋も随分と賑やかになったものだ。」

 

 

 この時深海棲艦達の放った第一次攻撃隊に襲い掛かったCTF-31の航空隊は、グラマンF4F—4ワイルドキャット61機とホーカー・シーハリケーン38機の計99機であった。

 まずF4Fは敵の戦闘機隊に進んで襲い掛かった。得意とするダイブアンドズーム(一撃離脱)で高所から弾丸の雨を降らせながら一気に急降下し、敵の編隊の間をすり抜けていった。

 深海棲艦の戦闘機たちもこれに対抗しようとするが、物凄い速度で降下していくF4Fはなかなか捕捉ができない。

 そうこうしていると今度はシーハリケーンが、同じく急降下しながら襲い掛かる。こちらの標的は爆撃機や攻撃機だ。

 シーハリケーンMk.ⅡCは、両翼に20mm機関砲が合わせて4丁も仕込まれており、驚異的な瞬間火力を発揮する。まさに爆撃機や攻撃機を粉砕するのにぴったりの武装と言えるだろう。

 F4Fにかき回され、護衛が手薄になったところをシーハリケーンの火網に捉えられた哀れな艦載機達が、次々と空中で爆発炎上していった。魚雷や爆弾を抱いたまま炎上した機は、特に派手に破片をまき散らしながら爆散した。

 中には爆弾や魚雷を投棄して逃げようとする機もあったが、シーハリケーンはこれらの標的は見逃した。爆弾や魚雷の無い爆撃機や攻撃機は、もはや本来の任務をこなすことはできないし、何よりも攻撃目標が多すぎたからだ。

 中には火を吹いて撃墜されるF4Fやシーハリケーンも見られたが、全体として見れば海上に叩き落された機体は、深海棲艦側の方が多いのは明らかであった。

 

 こうして激しい空戦が繰り広げられ、深海棲艦の戦爆連合は大いに消耗した。140機もの航空機で構成されていた第一次攻撃隊は、この空戦によって特に艦爆隊と艦攻隊の数を半減させ、打撃力を大きく失ってしまった。

 そして数の上では優勢な航空隊に勝負を挑んだCTF-31の戦闘機隊であったが、その消耗は存外少ないものであった。

 「グラマン鉄工所」とあだ名されるほどの重装甲をほこるF4Fは、ちょっとやそっとの被弾では火を吹かない。そして鋭い急降下によって相手に捕捉することを許さなかった。

 一方のシーハリケーンの方はF4Fとは対照的に、装甲はほとんど施されていない。むしろ機体は木材や帆布が多用されておちり、一見するとかなり脆弱そうに思えてしまう。

 しかし、このことによってシーハリケーンに命中した弾丸はあっさりと貫通してしまい、機体の強度がほとんど低下しないため、かえって頑丈な機体に仕上がっていた。

 

 だがこの襲撃が満足のできるものであったかと言えば、そうとも言い難かった。

 まず参加した戦闘機の絶対数が敵よりも少なかった。戦闘全体は優勢に進めることができたが、取り逃がした機もまた多かった。

 そして一番の問題はシーハリケーンの航続距離の不足であった。機内タンクのみでは1000kmも飛べないシーハリケーンは、戦闘の途中でF4Fたちよりも先に引き上げざるをえなかった。

 元々は陸上戦闘機として設計された機体をにわか仕込みで艦載機に仕立て上げた設計上、いた仕方がないことではあるが、ただでさえ数では劣勢の戦闘機隊は、余計に苦しい戦いを強いられることとなった。

 

 CTF-31の面々には少々不満が残る戦闘だったとは言え、深海棲艦側からすれば十分すぎるほどの打撃をこの戦闘で与えることとなり、深海棲艦達の間には動揺が広がった。

 予想外に早いタイミングでの襲撃に、編隊は大きく乱れ、多数の機が撃墜・損傷した。

 更に米英連合軍に見つかったということは、当然ムエルタにいる連中も連絡を受けて今か今かと待ち構えていることであろう。

 第二次攻撃隊は健在とは言え、このままでは敵の待ち伏せをまともに食らうのは火を見るよりも明らかであった。

 きっと米英連合軍の戦闘機隊も、補給を繰り返しながら何度も攻撃を仕掛けてくるだろう。ムエルタの航空隊と同時に攻撃されれば完全にこちらが劣勢である。自分たちに敵の攻撃隊が殺到して来る恐れもある。

 どれほどの数が健在かも分からない敗残兵の収容の為に、これほどまでに危険を犯す必要があるのか?

 Flagshipヲ級が逡巡しているところに、リコリス島が空襲を受けた知らせが入ってきた。

 これを聞き、敵の全航空戦力が自分たちに向けられることを悟ったヲ級は、攻撃中止を命じた。

 

「このような戦況では、もはや我々が任務を遂行することは困難である。このままでは我々が攻撃を受ける危険もある。・・・よって、これより直ちに撤退を開始する。」

 

 

 

 日が昇り切り、暑さもきつくなってきた頃、第31合同任務部隊はムエルタ島に到着した。

 司令部などの人員を乗せた強襲揚陸艦ボクサーが港に入り、続々と物資や人員がムエルタ島に上陸を始めた。

 襲撃を受け、掃討戦も未だに続いている状況であったから、あちらこちらを零戦やF4Fが警戒の為に飛び交い、ボクサーの甲板からは物資を搭載したヘリコプターが揚陸の為に行き交い、ムエルタ島は騒然としていた。

 

 そしてボクサーから降りる将兵達の中でも、特に目立つ一団が、ムエルタ島に足を乗せた。

 その中にいたのは、サングラスを掛け、190cm近くはあろうかと思われる背丈の、がっしりとした身体つきの将校だ。

 部隊の旗艦である正規空母サラトガや、幕僚達を従えてタラップを降りた彼を、本多と大河内が出迎えた。

 

「お久しぶりですな、中将。元気そうで何よりです。」

 

 敬礼を終えると、本多が話しかけた。件の将校も、サングラスを取ってこれに応えた。

 

「ああ、そっちこそ元気そうで安心したよ。この様子じゃあ話通り、随分と派手なパーティーをやったみたいだな。参加できなくて残念だ。」

 

 冗談なのか何なのかよく分からないことを言われた本多は、「ハハハ・・・」と苦笑いをしていた。

 

「陸自の大河内です。島のご案内を・・・と言いたいところですが、あいにくパーティーの片付けが済んでいないので、申し訳ないができればご協力をお願いしたい。」

 

 大河内の話を聞いた将校は、悠然とあたりを見渡した。あちらこちらでまだ火がくすぶっているようで、焦げ臭い臭いが漂っている。

 あまけに自衛隊の隊員達が世話しなく走り回って後処理に追われている。これではどの道こちらの物資も揚陸できないだろう。

 

「いいだろう、分かった。すぐにうちの連中に手伝わせよう。」

 

 そう言うと将校は手際よく幕僚たちに指示を飛ばし、再びどこかへ歩き出そうとしたところで、大河内に振り向いた。

 

「おおっと、自己紹介を忘れてたな。知ってるかもしれないが、俺の名前はライバック。ジェームズ・ライバックだ。よろしく。」

 

 そう言うとライバックは大河内に手を差し出した。

 大河内もこれに応えて手を出し、握手を交わしたが、やはりというかライバックの大きな手に握られた大河内の手は軽く悲鳴をあげた。

 

 

第31任務部隊(CTF-31) ジェームズ・ライバック中将

正規空母「サラトガ」(旗艦)「フューリアス」

軽空母「ラングレー」「インディペンデンス」「ハーミーズ」

戦艦「テネシー」「カリフォルニア」「エリン」「バーラム」

巡洋戦艦「レパルス」

重巡洋艦「シカゴ」「ヒューストン」「ケント」「ベリック」

軽巡洋艦「ブルックリン」「ナッシュビル」「ダイドー」「ユーリアラス」

駆逐艦「ネピア」「ネリッサ」「ネスター」「ノーマン」「ノースマン」「ニザム」

   「テイラー」「ハルフォード」「ヘイウッド・L・エドワース」「リチャード・P・リアリー」「ベネット」「ベンハム」

 

 

 



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星はためく下で
1 新戦力


4月27日

 

 前日までの戦闘で滅茶苦茶になってしまったムエルタ鎮守府だが、この日も太陽が昇ると、日の丸が描かれている国旗が掲揚され、風にはためいていた。

 しかしこの日からは、この日の丸と共に星条旗とユニオン・ジャックがその傍らでへんぽんと翻るようになった。

 

 

 まずこの日は、朝礼の時間に先日から来訪した艦娘達の簡単な自己紹介が行われた。しかし、夜通し復旧作業や負傷者の手当てにあたっていた隊員や艦娘達は、皆疲労困憊でほとんどの者がそれどころではなかった。

 こうして早々に朝礼が終わると、休む間も無く隊員と艦娘達は再び復旧作業に戻った。

 この日の作業は前日にも増して順調に進んだ。自分らの支度を終えたCTF-31の人員が本格的に助っ人に加わったからだ。

 CTF-31は海軍の合同部隊であったが、この中には強力な地上部隊も含まれていた。

 それはアメリカ軍、いや世界でも屈指の即応力を持つ殴り込み部隊・・・アメリカ合衆国海兵隊の先遣部隊、第28海兵遠征部隊(28th Marine Expeditionary Unit)である。

 

 海兵遠征部隊(MEU)は、合衆国海兵隊の1個大隊を中核とした独立部隊だ。

 兵員は2200人。歩兵だけでなく、砲兵隊、戦車隊、工兵隊など様々な兵科によって構成されており、独自の兵站部隊などを駆使して2週間以上に渡って独力で戦闘を続けられる能力を持っている。

 更に、この部隊は独自の航空隊まで持っており、必要ならばヘリコプターによる空中機動戦の実施や、航空隊の空爆による火力支援まで独自に遂行できるのだ。

 ムエルタにやって来た第28海兵遠征部隊は対深海棲艦戦の為に新設された部隊で、全員が大戦中の火器で武装し、専属のF4FやSBDによる航空隊を持っていた。

 

 

「お知り合いなんですか?」

 

 とりあえず執務室に戻り、一息ついたところで大河内三佐はライバック中将との関係について本多に聞いた。

 

「ああ、以前リムパックや合同演習の時に顔を合わせたことがね。」

「それでは・・・優秀ですか?」

「ああ、もちろん。少なくとも私が知る限りではかなりデキる指揮官だと思うよ?」

 

 大河内のあまりにストレートな問いに対し、本多は淀みなく応えた。

 

「あ、そうだ。大事な知らせが市ヶ谷から来てたんだ。」

「・・・と、言いますと?」

「ついさっき届いた情報なんだがな、陸自の部隊をここに増派するらしい。それも連隊規模でだ。君の部隊はそこの指揮下に入るとか。」

「・・・なるほど、では陸自もやっと“戦争”をする気になったようですね。」

 

 本多は返事に困った。どう返せばいいのか困っていると、それを察したのか、大河内は一礼をすると再び部屋を出た。

 部屋を出た大河内の目には、慌ただしい外の様子が映った。

 陸自、海自、米海軍、海兵隊、そして日米の艦娘達が、皆一緒に汗まみれになりながら、瓦礫を撤去し、滑走路に空いた砲弾の穴を埋め均し、資材を運んでいた。増えた兵員を収容する仮設の兵舎の建造も、急ピッチで進んでいる。

 よく考えてみれば奇妙な光景であった。

 半世紀以上前には悲惨な戦争を行っていた2つの国の軍隊・・・の艦艇たちが今やいたいけな少女になり、手を取り合って作業をしているのだ。

 もうそれなりに長い間艦娘達と一緒にいるはずだが、こうして改めて考えてしまうと、まだ自分はたちの悪い夢の中にでもいるのではないか・・・と、大河内は錯覚しそうになった。

 

 

 

「およそ復旧作業は終了いたしました。新たな兵舎の建設も順調であります。」

 

 夕陽を浴びながらあきつ丸が大河内に言った。

 昼夜を問わずに進められた復旧作業によって、日が暮れる頃にはほとんどの復旧作業は終了した。

 

「ご苦労様。・・・ところで、向こうさんとは何かトラブルは起きていないか?」

 

 大河内はあきつ丸に、危惧していることを聞いた。

 これはとてもセンシティブな問題であると大河内は考えていた。アメリカ合衆国は自分たち自衛隊にとっては最大の同盟国であるが、ここにいる多くの艦娘達にとっては寧ろその逆である。

 寧ろ同僚たちや姉妹、そして自分自身の命を絶った仇敵と言っても過言ではない。そんな関係にある彼女達をこの小さい島に押し込めて、果たして平穏無事に過ごせるだろうか?

 大河内は、さながら終戦に際して連合軍を国内に受け入れることになった時の日本政府首脳たちの気持ちになった気がした。

 

「・・・お言葉でありますが三佐殿、我々は矛を交える相手はわきまえております。」

 

 あきつ丸は毅然と応えた。

 そして、実際のところはまさに終戦に際しての日本のように、大河内の懸念は杞憂であった。

 

 

 翌日から、アメリカ、イギリス軍の手をかりながら、鎮守府は着実に強化されていった。

 大きな変化と言えば、やはり基地航空隊の導入であろう。艦娘の戦力化などでは日本が世界に先んじていたが、陸上で航空隊を運用する技術は確立されていなかった。

 そしてこの航空隊の陸上運用を実用化させたのがアメリカであった。そしてこの年の5月前後から、人類側も太平洋の島嶼をはじめとする世界各地で基地航空隊を運用するようになり、戦いは新たな段階に移行しようとしていた。

 5月に入ると、ムエルタ島にも基地航空隊用の航空隊や機材が続々と到着し、本格的な運用が開始されていった。

 この頃の基地航空隊の役割と言えば、ほとんどがサンタジョージアの敵飛行場に対する攻撃や偵察であった。最も、この頃になるとサンタジョージアの敵の活動はピーク時よりも低調になっており、戦闘らしい戦闘はほとんど起こらなくなっていた。

 日や任務によって変動があったが、この頃の基地航空隊の陣容はおおよそ以下のようなものであった。

 

第一基地航空隊 海上自衛隊

・第一中隊 零戦二一型×12

・第二中隊 零戦二一型×12

・第三中隊 九七艦攻×12

・第四中隊 九九艦爆×12

 

第二基地航空隊 アメリカ海軍・海兵隊

・第一中隊 F4F-4×12

・第二中隊 F4F-3×12

・第三中隊 SBD×12

・第四中隊 SBD×12

 

第三基地航空隊 アメリカ陸軍

・第一中隊 P-40B×12

・第二中隊 P-40B×12

・第三中隊 P-39D×12

・第四中隊 P-39D×12

 

 この頃、アメリカ軍は日本などに先んじて陸軍機の配備も進め、ムエルタ島には肝心の陸軍の歩兵部隊よりも先に基地航空隊が展開していた。

 そして来るべき深海棲艦への反攻に備え、戦力の練成も進められていった。

 

 

『いーちにーいちに!』

 

 水雷コマンドの面々の声が響き渡った。この日は全員でヤシの木の丸太を両腕で頭上に上げながらのランニングをこなしている。米英の艦娘や将兵達は怪訝な顔でこれを見ていた。更に一部のアメリカの艦娘は、自分らの上官がこれに感化されて似たようなことを始めないかと心配していた。

 

「なぁヘイル、日本の海上自衛隊じゃあ昔からあんな訓練を?」

「そんな訳ないでしょ。あんなの普通じゃないよ・・・。」

 

 水雷コマンドの様子を眺めていたアメリカ駆逐艦、ベネットとヘイルことヘイウッド・L・エドワースが話していた。

 2人とも「変わった部隊がある」という噂は耳にしていたが、いざ実際に見てみると、それは変わっているなんてものではなかった。

 まず先ほどから走らされている艦娘達は全員が陸自の迷彩服を着ている。おまけに砂まみれ汗まみれになりながら走り回り転げまわる様は、艦娘とは程遠い景色であった。

 

「あんなのマリーンがやることだろ?あの指揮官、なかなかイカれてるねぇ。」

 

 そんな彼女達の頭上を、エンジン音が轟轟と駆け抜けた。一航戦の零戦であった。

 CTF-31が来てからというもの、連日のようにムエルタ島の周辺では模擬空戦が行われていた。

 大抵は島の周りで戦闘機隊どうしが空戦をするというもので、地上で眺めている海兵隊員は、この模擬空戦の結果を賭けにして楽しむ者もいた。

 零戦、ワイルドキャット、ハリケーン、ウォーホーク、エアラコブラと、3カ国の様々な機種の航空隊が空を彩り、賑やかにさせたが、勝率が一番良かったのはやはりというか、機体の性能と搭乗員たちの練度が優れていた、一・二航戦などの一部の空母の熟練戦闘機隊であった。

 

「やはり日本のゼロは強いな。噂に違わぬ精強さだ。」

 

 空戦を眺めていたライバック中将が言った。

 元々零戦隊はかなりの強さを誇っていたが、機銃や無線機などの機材をアメリカ製のものなどに転換すると、更に輪をかけてその空戦術は洗練されるようになったのだ。

 

「そう言っていただけるとは、恐縮です。・・・しかし問題はこれからです。」

 

 ライバックの隣で同じく空戦を眺めていた本多がこれに応え、更に続けた。

 

「零戦が優れた性能を発揮できているのは、やはり優れた熟練搭乗員たちに拠ることもあります。これは我が国の自衛隊全てに言えることですが、我が国は人材の層が薄い。敵も対抗してどんどん新しい機体を造るだろうから、人材に頼らずともそれに追随できる後継機種を量産しなければなりません。」

「なるほど、君らしい謙虚な意見だな。しかし人がいないのはこっちも同じさ。」

 

 今度はライバックも顔を渋くしながら続けた。

 

「海軍はともかく、陸軍と海兵隊の頭数はまだ十分ではない。もう本格的な戦争に突入してからそれなりに経つが、未だに限定的な攻勢しか掛けられていない。歯がゆいものだよ。」

 

 

 アメリカ軍は深海棲艦に対抗するための地上戦力の確保に腐心していた。

 深海棲艦達に有効な打撃を与えられる兵器は、大戦中以前に使われていた兵器である。だから地上部隊の装備を旧式のものに取り替えて再編成しなければならないのだが、これが容易なことではなかった。

 これはアメリカ軍だけでなく各国の地上部隊でも問題となっていたが、まず兵器の頭数がすぐには揃えられなかった。当然のことながら半世紀以上前の兵器の生産など大半はとうの昔に終了している訳だから、まずは生産設備から構築しなければならなかったのだ。

 そして、1つの軍隊の中に2つの異なる兵器体系の部隊を構築、運用しなければならないのも大きな問題であった。つまり、「対深海棲艦用部隊」と「対人間用部隊」の併用運用だ。

 特に「世界の警察」を標榜するアメリカは、現有の「対人間用部隊」の数をなるべく減らさずに「対深海棲艦用部隊」を運用する必要があり、部隊の増設と練成に躍起になっていた。

 アメリカでも苦労しているのだから、当然ながら日本もこの点にはかなり苦労していた。現に地上部隊は、少しずつ五月雨式に送られて来ている。戦力の逐次投入は悪手であるが、これ以外にどうしようもないという現実があった。

 

 

「我々の大きな目標はマラッカ海峡の確保だ。そのためにはフィリピンを完全に取り戻す必要があり、更にそのためには中部太平洋を安定化させる必要がある・・・難儀なものだね、戦争は。」

 

 ライバックは青空を縦横無尽に飛び回る戦闘機たちを眺めながら言った。

 

「日本の経済状況を鑑みて、どんなに遅くても今年中にはマラッカを取り戻して欲しいと防衛省と内閣からせっつかれてますよ。」

「こっちも似たようなものさ。早いとこ西へ行けとペンタゴンはわめいている。・・・独立記念日までにはここらへんの片をつけて、ハロウィンまでにはブルネイに、クリスマスまでにはシンガポールへ、だとさ。」

「言うには易し、行うはなんとやら・・・とにかく、こっちはやっとお上がやる気を出してくれたみたいですから、気が変わらないうちに歩を進めていきたいものです。」

「こっちはやる気があり過ぎて困ってる位だ。できるなら分けてやりたいよ。」

 

 

 間も無く、防衛省と合衆国国防省から「五月作戦(仮)」、「Operation May(provisional)」と称する作戦が下命された。

 マリアナ諸島周辺の防御体制を固めるための、戦略的防御に基づいた限定的な攻勢である。

 敵の水上戦力及び航空戦力が襲来した際には、防御及び反撃の足掛かりとなる拠点、サイパン、グアム、ムエルタの保持が必要となる。このためには、いくつかの前哨基地を設けて縦深(緩衝地帯)を確保する必要があり、このためにサンタジョージア諸島とファレーズ環礁を奪回する要あり・・・要するに中部太平洋地域の足場を固めるために敵の拠点をいくつか取ってこいという趣旨のものであった。

 そしてこの作戦を実施するために、ムエルタ島には陸上自衛隊からは新たに編成された第1派遣戦闘団が派遣されることが決まった。更にこの作戦のために、合衆国陸軍からは同じく新たに編成された、第68旅団戦闘団がグアムに派遣され、作戦に参加することも決定した。

 更に海上自衛隊からは、基地航空隊の攻撃力の増強として、陸攻隊が派遣されることも決まり、基地航空隊はますますその存在感を強めていくこととなった。

 こうして、この戦争は着実に新たなる段階に足を踏み入れようとしていた。

 

 




ちなみにMEUのF4FはF4F-3です。
合衆国海兵隊って微妙に古い型落ち兵器とか使ってるイメージがありません?


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2 鋭鋒

 

 5月に入り、基地航空隊に陸攻隊が配備されると、飛行場姫が展開していると推定されるサンタジョージア諸島への空襲はより激しくなっていった。

 大抵の場合、陸攻隊は3個中隊36機の編成で出撃した。このうち24機は250㎏爆弾を、12機は60㎏爆弾を搭載し、サンタジョージアへばら撒きに行った。一回の出撃で250㎏爆弾48発と60㎏爆弾120発という、およそ20トンもの爆弾の雨が島に降り注いだ。

 更に小規模な輸送船団が行き来しているのが時おり発見される事があり、その度に航空隊が銃爆撃を仕掛けて船団の護衛についていた戦闘機隊と激しい航空戦が繰り広げられた。

 

 そして陸上自衛隊の援軍もこの頃ムエルタ島に到着した。第1派遣戦闘団だ。率いるは、中央即応連隊出身の師山康彦(もろやまやすひこ)一等陸佐であった。

 この部隊は、3個中隊編成の普通科戦闘群3つを中核として編成され、大河内の大隊もこの中に再編成されることとなった。

 

第1派遣戦闘団 師山 康彦一等陸佐

・第1普通科群 実山 尚人三等陸佐

・第2普通科群 飯盛 寛二三等陸佐

・第3普通科群 大河内 浩也三等陸佐

・特科群

・高射特科群

・施設隊

 

 こうして書類上では大河内の隊を取り込む形で第1派遣戦闘団が編成されたが、実際にはしばらくの間は従来のままの部隊運用が続けられた。

 第1派遣戦闘団が駐屯するには、ムエルタ島はあまりにも狭すぎたのだ。従って、書類上では大河内の第3普通科群には中隊が3つ編入されているのだが、ムエルタ島には依然として2つの普通科中隊と若干の諸隊のみが駐屯していた。

 

 

5月18日

 

 この日はグアム島の米軍基地からA-20ハヴォック72機がサンタジョージアへと向かっていた。

 A-20は合衆国陸軍所属の攻撃機だ。500ポンド(225㎏)爆弾3個を腹に納め、機首に6丁、後部の上下に合わせて3丁の計9丁もの12.7mm機銃で武装した、双発の攻撃機である。

 A-20の編隊はサンタジョージアの近くの上空でP-39とP-40各24機ずつの編隊と合流し、一路敵飛行場のあるリコリス島の上空へと向かった。

 間も無くリコリス島に爆弾の雨が・・・いや、嵐が吹き荒れた。連日の空襲によって既に島は酷い有り様であったが、この空襲によってまたいくつものクレーターが島に穿たれた。

 更にP-39とP-40は、相手になる敵の戦闘機隊がいないことを確認すると、地上に向かって手あたり次第に機銃掃射を始めた。上空からは地上に敵らしい姿は見えなかったから、まさにめくら撃ちのように滅茶苦茶に弾丸を小さな島に叩きつけた。

 そしてハヴォックの空襲が終わると、間髪入れずに今度は九六陸攻と零戦の戦爆連合がリコリス島に押し寄せた。いつものように猛烈な爆撃であったが、この日はこれだけでは終わらなかった。

 陸攻隊の空爆が終わると、更に今度は日米の艦載機隊がリコリス島に襲い掛かった。もはやこの島には爆撃をすべき目標など存在しないように思えるほど、地上は酷い有り様であったが、それでも九九艦爆や九七艦攻、SBDやTBDは爆弾をしこたま叩きつけた。

 更に今日はこれだけでは終わらない。間髪を入れずに今度は砲弾の雨が降り注ぐ。島の上空には絶えず偵察機や観測機が飛び交い、沖合の艦娘達に射撃目標を伝えていた。

 総勢30人以上の艦娘達から、過剰とも思える程の大量の砲弾が発射される。1秒ごとに何トンもの砲弾がリコリス島に投射されていった。

 その艦娘達の後方では、揚陸艦や支援艦がリコリス島を目指して海上を悠々と進んでいる。その揚陸艦の中には、戦意旺盛な海兵隊員たちがひしめいており、敵地に強襲を仕掛ける瞬間を今か今かと待っていた。

 そう、いよいよ敵前強襲上陸の時が来たのである。

 先陣を切って上陸するのは、米軍切手の殴り込み部隊である第28海兵遠征部隊だ。

 

 

▪第3合同任務部隊

・第31任務部隊 ジェームズ・ライバック中将

 正規空母「サラトガ」(旗艦)「フューリアス」

 軽空母「インディペンデンス」

 巡洋戦艦「レパルス」

 重巡洋艦「シカゴ」「ヒューストン」「ケント」「ベリック」

 軽巡洋艦「ブルックリン」「ナッシュビル」「ダイドー」「ユーリアラス」

 駆逐艦「テイラー」「ハルフォード」「ヘイウッド・L・エドワース」「リチャード・P・リアリー」「ベネット」「ベンハム」

 

・第1機動群 本多昌宏海将

 正規空母「赤城」(旗艦)「加賀」

 軽空母「祥鳳」「瑞鳳」

 戦艦「金剛」「霧島」

 重巡洋艦「摩耶」「鳥海」

 航空巡洋艦「利根」「筑摩」

 軽巡洋艦「矢矧」「酒匂」

 駆逐艦「暁」「響」「雷」「電」「岸波」「朝霜」「清霜」「早霜」

 

・第28海兵遠征部隊 ロバート・ホッジンズ中佐

・第68旅団戦闘団  ジョシュ・アダムズ大佐

・第1派遣戦闘団   師山 康彦一等陸佐(予備)

 

 

10:30

 

「Come on!! Marine!!」

 

 群れを成して前進するAAV7らの先頭にいた、米駆逐艦ベネットが叫んだ。彼女の発した声は、周囲の支援砲撃の爆音や、AAV7の奏でるエンジン音の轟音によって、彼女自身以外には聞こえていなかったであろう。

 しかし彼女は自分を奮い立たせるために叫んだのだった。もう陸地は目の前に見える。もし敵がひょっこりと顔を出すようなことがあったら、敵の白目まで見えてしまいそうに思えた。

 

――DD Girls, Open Fire!!

 

 無線から指揮官であるライバック中将の声が響いた。これを合図に海兵隊の周囲に張り付いている駆逐艦娘達が攻撃を開始した。

 上陸部隊が陸に近づき、巡洋艦クラス以上の砲撃は誤射を避けるために海岸付近から内陸部へと移っていた。そして上陸部隊をギリギリまで援護する役目をおっている駆逐艦娘達は、至近距離から波打ち際に向かって艦砲の水平射撃や、機関砲を使っての攻撃を行った。

 海兵隊員達が島に足を踏み入れる瞬間まで、砲弾の嵐が途切れることは一切なかった。

 ベネットら駆逐艦娘達は5inch砲と12.7mm機銃や28mm機関砲などを乱射した。敵の姿は一切見えないが、それでも射撃を続けた。彼女らの脳裏に、ペリリュー島や硫黄島の嫌な記憶がよぎった。

 

 

「さて、藪をつついたはいいが果たして蛇が出るのか、それとも・・・。」

 

 モニター越しに様子を伺っていたライバック中将が言った。視線の先には海兵隊員が詰まったAAV7が、黒煙を噴き上げる南太平洋のちっぽけな島へと整然と進む映像が映されていた。

 そしてそのAAV7の群れの所々で、さながら羊の群れの中にいる牧羊犬のように、彼の自慢の“娘達”が援護射撃をしながら駆けまわっていた。

 

「ふむ・・・偵察隊の情報を信じるならば、地上の敵勢力は軽微、或いは皆無に近いということになるだろうが・・・。」

「ホンダ、君はその情報を信じるかい?」

「ええ、信じますよ。」

 

 本多は迷うことなく応えた。これを聞いたライバックは満足そうな表情を浮かべた。

 

「君がそう言うなら心強い。ま、うちの偵察隊も同じようなことを言ってたがな。」

 

 この日の強襲上陸に先立つこと3日前、サンタジョージア諸島のいくつかの島々に、秘密裏に偵察が行われていた。

 本多のもとからは水雷コマンドが、ライバックのもとからは選抜された駆逐艦娘達と潜水艦娘達、そしてSEALsの特別編成チームが海上と地上から夜陰に紛れて偵察を行っていた。

 結果、偵察隊の損害は皆無、敵の抵抗らしい抵抗は一切受けずに作戦は終了した。

 

「敵さんがいなかったとしても・・・あれだな、超実戦的な大規模予行演習ってことでいい経験になるだろう。」

 

 ライバックはそう言ったが、本多はこの途方もない予算が吹き飛ぶであろう一大作戦を「予行演習」などと割り切る気にはとてもなれなかった。

 

 

 サンタジョージア諸島の中で最大の島であるリコリス島に上陸した第28海兵遠征部隊の3個中隊は、特に抵抗を受けることなく浜に上陸した。

 浜に橋頭堡を築くと、海兵隊は内陸部を目指して前進を開始した。目標はヤシ林を抜けた先にある、航空隊を展開する予定の空港だ。

 空港の滑走路に海兵隊の歩兵が展開していると、不意に砲弾が降り注いだ。滑走路を見下ろす高地の上から深海棲艦の陸戦隊が艦砲を射撃したのだ。

 遮蔽物がほとんどない滑走路上で砲撃を食らってはどうしようもないため、海兵隊は一旦空港から撤収した。ヤシ林の中に撤収しても砲弾は降り注いだが、さすがに滑走路の上よりはいくらかマシになった。

 事前の砲撃や空爆は上陸予定地点を中心に島全体に満遍なく行われていたため、一見クレーターだらけに耕されたように見えた島の中にも、存外生き残りが残っていたのだ。滑走路を見下ろす高地は叢林に覆われていて、敵の姿はほとんど見えなかった。

 

 敵の抵抗に対してただちに強烈な反撃が始まった。まず撤退する歩兵を援護するために迫撃砲小隊の81mm迫撃砲や揚陸された砲兵中隊の105mm榴弾砲が海岸から砲撃を開始した。高地には煙幕代わりに白リン弾が次々と撃ち込まれ、白煙が辺り一面を包み、鼻を突く強烈な刺激臭が漂った。

 海兵隊の連絡を受け、沖合に展開している艦娘達(特に第31任務部隊)も狙いを高地に絞って集中砲火を叩き込んだ。

 まず上空に展開した観測機や攻撃機が、高地上の攻撃目標を艦娘達へと伝える。

 そして艦砲射撃が地上の目標に対して片っ端から撃ち込まれた。特にレパルスの38.1cm砲の破壊力は圧倒的で、着弾の衝撃でめくれ上がった硬い岩盤の破片が空高く舞い上がった。

 巡洋艦や駆逐艦の艦娘達は中小口径主砲弾(地上部隊からみれば重砲にあたるが)を主砲の速射性を駆使して大量に叩き込んだ。艦砲のつるべ打ちだ。高地に鬱蒼と茂っていた叢林は瞬く間に消し飛んだ。

 更に午後になると、隣接するルドウィング島を無血占領した陸上自衛隊の第1派遣戦闘団とアメリカ陸軍第68旅団戦闘団の155mm榴弾砲も砲撃を開始した。リコリス島にも後詰めとなる第68旅団戦闘団の歩兵が次々と上陸した。上陸部隊は同士討ちを避けながら島内に展開し、高地周辺以外はほとんどが制圧された。

 日が暮れた後も高地に対する砲撃は続いた。そして夜になると、夜陰を利用して深海棲艦側も散発的であるが、砲弾をいくらか打ち返してきた。しかし絶対的な射撃量が少なかったこともあり、あまり有効な打撃は与えらえなかった。

 砲撃というのは、砲弾を何発も打ち込み着弾地点を逐次修正しながら有効弾を探っていくものだが、この戦闘においては深海棲艦側に満足に修正射をする余裕はほとんど無かった。

 

「火点発見!撃ちまくれぇ!」

 

 闇夜に川内の声が響くと、高地上から火を噴いていた深海棲艦の火点に向かって10cm高角砲と15.2cm砲が火を噴いた。

 機銃の曳光弾と砲弾が闇夜を裂いて飛び交った。ものの10分ほど射撃をすると、高地上の火点が火を噴くことは二度と無かった。

 

 このように夜間とはいえ、あまり発砲を繰り返すと発砲炎によって陣地の場所が露呈し集中砲火を食らったからだ。

 特に水雷コマンド部隊は、優れた練度と夜間戦闘能力を利用して海岸ギリギリまで肉薄し、発砲炎に向かって主砲や機関砲を撃ちかけるなど危険な任務をこなした。

 

 

5月19日

 

 夜明けと共に艦載機隊が空爆を仕掛けてこの日の戦闘が始まった。

フューリアス隊 シーハリケーン×9機、スクア×4機、ソードフィッシュ×9機

サラトガ隊   F4F-4×18機、SBD×18機、TBD×9機

祥鳳隊     九九艦爆×9機、九七艦攻×18機

瑞鳳隊     零戦二一型×3機、九九艦爆×9機、九七艦攻×18機

 

 総計134機もの日米英戦爆連合がリコリス島に襲い掛かった。60kg爆弾36発、250kg及び500ポンド(225kg)爆弾58発、1000ポンド(450kg)及び500kg爆弾36発、800kg爆弾18発という、およそ50トン近い航空爆弾が高地に投下された。

木々の残骸がマッチ棒のように巻き上げられ、高地はこの日の朝には完全に禿山となった。

 

 爆撃がひと段落すると、まだ煙が立ち込める高地に向かって第28海兵遠征部隊の3個中隊と第68旅団戦闘団の1個大隊が進行を開始した。

 戦車や装甲車も繰り出し、敵が潜んでいそうな場所へ片っ端から銃砲弾を撃ちながら部隊は前進した。

 入念な事前攻撃によって高地上の陣地はほとんど破壊され尽くしていた。それでも生き残った深海棲艦たちは必死に抵抗を続けたが、彼我の兵力と火力の圧倒的な差によって瞬く間に制圧された。

 この戦いにおける人類側の損害は、死者22人、負傷者43人にとどまった。一方で深海棲艦側は250もの損害を出してほぼ全滅した。

 

 

15:00

 全てが終わった後のリコリス島に大河内三佐と師山一佐が上陸した。海兵隊の将校らと共に早速実地調査というわけだ。

 一行は最も激しい戦闘があった高地上を歩いていた。

 

「残っていたのは1個中隊ほどの兵力。しかも孤立無援…敵ながら悲惨なものだな。」

 

 師山一佐が言った。

 師山はこの任務を受ける前は中央即応連隊の連隊長を務めていた。大河内三佐も一時期にはこの中央即応連隊に所属していたが、師山とちょうど入れ替わりに形で移動したため、2人はほとんど初対面であった。

 そして師山の実戦出動はこの任務は初めてであった。

 

「確かに悲惨です。しかし、陣地は教科書通りにしっかりとあるものを使って作ってます。もっと時間と人員と経験豊富な指揮官がいれば、相応に強固な陣地ができていたでしょう。練度はともかく、下士官将兵の士気も高いです。」

 

 大河内は破壊された陣地や深海棲艦陸戦隊の死体をつぶさに見ながら言った。

 全体の経過から見れば人類側が圧倒した戦いであったが、反省すべき点や新たな知見も多数あった。

 特に上陸部隊が内陸部へ侵攻して敵の「金床」に乗るまで、敵は1発もこちらに撃ってこなかった。偵察部隊や航空隊に向かって功に焦って発砲する兵が1人もおらず、ギリギリまで自分たちの存在を秘匿していのだ。これはすばらしい統率であった。

 

 

 本多はとにかく多くの人命が損なわれずに作戦目標を達成したことに胸をなでおろした。しかし一部の将校…特に大河内(弟)などは不満気な様子であった。確かに敵のほとんどの戦力は依然無傷のままだ。

 目標地点こそ確保したが、不安材料自体はそっくりそのままどこか…恐らくすぐ南のファレーズ環礁へ移動しただけだ。

 

 しかし何はともあれ、とにかく今のところは計画通りだ。制圧した翌日には滑走路が整備され、基地航空隊が順次進出し始めた。

 ここを足掛かりに更に南にある敵の拠点、ファレーズ環礁を攻略するのだ。

 海兵隊と陸軍が主力となって奪還したサンタジョージア諸島のリコリス島飛行場には星条旗が誇らしげにはためいていた。

 



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