カウントダウン~A HAPPY NEW DAYS~ (幻想の投影物)
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新たな人類

全く無いので、全くの別視点からのB★RSを書いてみました。
一人称と三人称を使い分けるタイプですので、混乱するかもしれません。


 目が覚めると、辺りは騒音で包まれていた。

 激しい機銃の音、誰かの悲鳴。そして、聞いたことのない生物と機械が合わさったような無理やり感のある咆哮。自分が寝ていた部屋には、おそらく血液であろう赤い液体が……いや、肉片と思しきものも付着している。一応、とある(原宿)な動画で手術の動画を見ていたので、こう言うのは一応我慢できた。だが、それ以上に一つの疑問が思い浮かぶ。

 

「どこだ、ここ」

 

 まったくもって判らない。最後に自分が寝たところは布団であり、このような立派なベッドではない。それどころか、目に見える内装がどこかヨーロッパ染みている辺り、完全に自分の知る場所ではないということが理解できる。

 とりあえずは現状判断をしよう。そう思い、ほとんどを血で覆い尽された窓の外を血糊の隙間から見てみると、見下ろした先の広場には血の池地獄が広がっている。そして変な犬みたいな形の機械が人々を喰い尽しており、引きちぎり、口の中に人肉を入れてはせっせと何処かに戻って行く、という行動を繰り返しているようだった。

 

「織田信長の鉄砲戦法みたいだな……」

 

 いやいや、人死にが目の前で起きているというのに、矮小な現代日本人である自分が何故、此処まで冷静になれるのだろうか? 疑問は尽きぬばかりであるが……あ、蜂みたいな緑と紫の機械も来た。このままじゃ見つかるかも。

 

「やっべ」

 

 とりあえず、そのまま隙間から見ていると見つかってしまい、他の人間と同じように殺されてしまうかもしれないので、慌てて自分の指を切り、内側から血を塗りたくって窓の隙間を無くす。何故か判らないが、そうしないと生き残れないように思ったからだ。指がひりひりするのは仕方ないとして、患部には布を当てておく。

 血糊を十全に塗りたくり、日光がこの部屋に入らない事を確認して後ろを振り向くと、倒れている人影があるようだった。すぐに近づいて揺さぶってみたが、返事は無い。

 

「……大丈夫……じゃないな。…英語で通じるかな?」

 

 とりあえず、大丈夫か? とかそれらしい事を小声で言って再度揺さぶるが、全く反応が無い。まさかと思って脈をとってみたが、既に脈は動いていなかった。

 これは不味い。死体が近くに在ると、何時か腐って腐臭を撒き散らす。まあ、いくら死体を見ても冷静とはいえ、自分がその死体をどうこうするなどと言う気もなく、放っておくしかないのであるが。……しっかし、某「運命/番外」のエネミーとよく似ている気がするな、あの化け物たちは。こっちの方は妙に前時代のメカメカさがある様にも思えるが。妙に角ばってるし。

 だが、ずっとこの部屋にいるということも――――何だ? 外から轟音が。

 

「……いや、ここでヘタに外から見えるようになったら……死ぬな」

 

 そんな確信がある。おそらく、先ほどの轟音がまた大量の人を殺しているのだろうが、奴がこちらに気づきさえしなければ自分が生き残ることも出来るだろう。あくまで希望的観測だが、宝くじで勝った十枚全部がそれなりに当たってた幸運嘗めんな。…って、オレは誰に言ってるんだよ。

 しかし、やはり……このように恐怖に打ち震えながらずっと起きているのも中々に辛い。どうせ特技なんだ。早く寝てしまって、死ぬなら寝ている間に殺されてしまおう。苦痛は大嫌いだ。此処がどこか知らないが、変にドツボに嵌っていた現代日本の生活から抜け出し、変な場所にトリップしたという経験は超常現象の一角として捉えてもいい筈。ならば、地獄や天国もあると仮定して、こう言ったトリップ話を土産に地獄で他の罪人と語らうのも―――

 

「って、なんで地獄行きって決めてんだ。…はぁ、やっぱネガティブだなぁ」

 

 考えても始まらない。とにかく今は寝よう。

 幸いに設備もそれなりに在る。あそこの冷蔵庫の中身は……お、ご都合にもかなりの食料が。まぁ、この死体さんそれなりに金持ちっぽいし、ここで兵糧しようとしたのかもな。っとと、とにかく今は寝る。棒実況さんの絶叫でこの悲鳴にも慣れてきたしな。それじゃ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 あれから一度寝たのだが、思いのほか長い間ずっと眠っていたらしく、奇跡的に動いていた機械を確認すると、十年ほど経っていた。いや、ほんとこっちに来た時もそうだが、一体オレに何が起こっているんだか。十年寝ぼけるなんてそんなバカな。

 起きてからちょっと探索してみると、この部屋はホテルか何かだと思っていたが違った。実は、自分が最初に目覚めた場所含め連なる一つ一つの部屋がそれなりな富豪の使用人の部屋で、死んでたあの人は使用人のうちの一人だということも分かった。だから、こうして完全に外にいた他の人の悲鳴が消えた今、この屋敷の食料は全部オレが喰っても大丈夫みたい。腐っていないことを祈るのみ。

 なんか火事場泥棒みたいな気もするが、こうしてサバイバル? なことになったんだ。ありがたく使わせて貰うとしよう。

 

「とはいっても、これからどうするか」

 

 今になって思い出したが、あの人類を虐殺していた機械は「アーマメント」と呼ばれる宇宙人どものメカだった。つまり、この世界は元の世界でも有名だった「ブラック★ロックシューター The GAME」が基盤となっている世界であり、今の年号は2049年。つまり、人類最後の切り札「ホワイト」かもしれなかった少女が目覚める、という原作の二年前だ。

 ……いやはや、非常に困った。銃など撃ったことは無いし、自分に在るのは情報のみ。だからと言ってオレが誰かのアーマメントに喰い尽されて(ネブレイドされて)しまえば、エイリアン側に全ての原作知識が行きわたってしまうことになる。つまり、人類の絶滅が目茶苦茶早まる。「あの子」でさえも起動前に殺されるだろう。

 

「やっべぇな」

 

 だが、それ以前にこうして自分の行動の思考と、未来を模索する思考を分割して考えることが出来る辺り、この世界に来たオレは何かおかしい。人の死を見て動じなかったのも、おそらくこの違和感が原因だろう。……なんか、オレが実は「君は私が作ったクローンとかアンドロイドだ」とか言われても今ならふぅん、で納得できるわ。こりゃ。

 だからと言って、ずっとここにいるわけにもいかないし、結成されているであろう人類最後の12人が集まった「PSS」へと下手に近づくわけにもいかない。行きたいのは山々だが……部隊員や本部がどこにあるか分からない以上、うろうろと外に出て探すとアーマメントに見つかって殺される可能性が高い。それに、もしオレが行っても歴史が変わらなかったら……

 

「“純粋な”人類は残り13人になる、ってか。縁起も悪くなるしなぁ…」

 

 何かその前に死んでた人もいたけど、十二の時点でも結構縁起が悪い。しかも最終的に「お嬢さん」が加わって13人目。…うわぁ、今思ったらPSSって物凄く迷信的に駄目だなぁ。ちょっと製作者は狙ってたのか? と言いたいが、今は自分自身がそのデス・オア・デッドの世界に来ているのだ。事実、何処にいても13人目と言う縁起の悪さは変わりない。何か、この事で変な死に方されると凄く申し訳ない。そこには立ち会えないだろうけど。

 

「……うん、まあ探索するか。その前に祈っておこう」

 

 あの廃墟探索ゲームでも、主人公はこんなさびしさがあったのだろうか。壊れやすい心は生憎持ち合わせていないが、やっぱり心もとないという感情は群れて生きる人類の性だろう。ゲーマーやってて、異世界来訪。歓喜するべきか、泣くべきか……いや、絶望すべきだよなぁ、普通。

 

 

 

 この世界に来て早一ヶ月。粗方人類を殺り終えたのか知らんが、ちらほら見かける程度に残っていたアーマメントもここらでは全く見かけないようになってきた。それはそれで寂しさが増した自分は、少しおかしいのかもしれない。殺される相手がいなくなって残念がるなんて。

 

「やっぱ、合流したいよなぁ」

 

 食料も武器もそこらの家からかき集めた。おかげでリアカー引きながら歩く(たまにある自動車を燃料尽きるまでのったりもした)という生活になったが、意外とネットを巡りに巡った雑学でこう言った非常時に役に立つものをたくさん覚えていたのがサバイバルを促進している。だからと言って豪勢な生活何ぞ出来はしないが。

 そういえば、身体能力もそれなり以上に上がっている様子。身のこなしはエイリアン並みには行かないが、それでも人類の金メダリスト方々並みには自由に体が動かせるという謎仕様。見た目は別にマッチョと言う訳でもない。一体何があるって言うんだ、オレの体。

 そうそう、一応生きた人にも遭遇したが、オレが三日も滞在するとその人は満腹のままに息を引き取った。言葉も通じない(此方だけ何故か理解できる)という不思議な三日間だったが、その人は安心して逝ったんだと思う。年齢は高齢のおばあちゃんだったので、おそらくは衰弱か寿命、もしくは他に人がいたという安心感で気も魂も抜けてしまったのか。そう思うと、自分が殺したみたいで気分が重くなる。逆にそれほどの感情しか抱けなかった自分に吐き気がするが。

 

「♪~……うん?」

 

 あ、アーマメントだ。犬みたいな真っ白…ということは、エイリアンの中でもかなりの実力派、「ザハ」直轄の手下だろう。見つかるとまずいので、リアカーもろとも静かに隠れる。

 しかし、ここら辺に残っているなんて思わなかった。それにつけて、ザハの個体はかなり強力だ。レベルで表記すると上位の個体になるだろう。普通のアーマメントでさえ人間の素手じゃ歯が立たないのに、ザハタイプなんて死亡フラグの塊だ。…というか、よくこんな窮地にフラグなんて言葉使えるな、オレ。

 

「だけど、どうするか……」

 

 向こう側には結構くたびれた年季の在る「ジェネレーター」…平たく言うと、適当なアーマメントを生み出す機械がある。長い間にメンテもされていないのか、もうあのイーター型を生み出す程度にしか稼働出来ていないあたり、ここでもし生き残っている人のためにも、潰しておく必要があるだろう。だが、どうするか? アレを破壊するにはロックキャノン位の威力が必要だし、いくらボロボロだと言っても、突貫すると普通の人間が鉄に殴りかかるようなものだ。放置したいところだが、あのおばあちゃんの様な例を考えると……あ。

 

「あそこのタンク、使えそうだな」

 

 あのイーターは放っておくことになるが、ジェネレーターが立地する近くの建物の上にある貯水タンクは、落とせば中々の威力がありそうだ。それほど高い位置に在るという訳でもないし、アレを落としてしまえば破壊できるかもしれない。

 

「よし、思い立ったが吉日。やらなきゃ今日は凶の日だ」

 

 あれ? なんかこの台詞定型文として使えそうだな。中二全開だが。

 

 

 

 

 建物になんなく上った青年は、イーターに気付かれることなくタンクの傍まで来た。建物自体が傾いており、タンクを支えている金属部分も喰われたり、腐食した跡があるので彼が全力で押せば、確かにそれはジェネレーターの上に落ちるだろう。

 だが、それをすると青年の身が危なかった。イーターは彼に気付くだろうし、流石にタンクを押した後では疲れて追いつかれる可能性もある。そうなってしまえば知識がエイリアンたちにバレ、人類共々バッドエンドルートに入るのだが……。伊達にこの男、変に強靭な精神を手に入れていなかった。

 

「よぉぉぃいいしょぉぉぉぉおおおおッ!!」

 

 周りを気にすることなく、大声を上げながらタンクを思いっきり押し落とす。支えていた支柱部分が痛快な音と共に弾け飛び、質量と重力によってかなりのダメージが期待できそうなタンクは三秒とかからずジェネレーターのアンテナのような頭頂部と激突。そして、青年の目論見どおりにジェネレーターは破壊され、タンク共々その破片を散らすこととなった。機能停止と共にカタカタと折りたたまれて行く姿はかなりシュールである。

 しかし、異変に気付いたザハの白いイーターが骨を見つけた犬のように青年の元へ走りだす。建物の側面を器用に上ると、青年の顔めがけて大口を開ける。覗かれた、どこまでも暗闇でどこまでも作りものでしかないイーターがネジ狼のように回転しながら青年をミンチにすべく迫ったが、彼は半身をずらして紙一重で避けた。来ることが分かっているなら、あとは軌道を見れれば彼はこの程度の攻撃はいなすことが出来るのだ。

 そして、地面に着地したイーターを挑発するように手を鳴らす。

 

「ほら、こっちだ大食い野郎。ザハ直属とはいっても、所詮は最下級のアーマメントだろうが」

≪―――――ッ≫

 

 本来、アーマメントに感情は無い。だが、自分で考えるだけのAIは有しているため、彼の言葉に反応するとこもあったのだろう。再び大口を開け、回転しながら彼をミンチにしてやろうと飛びかかった。

 だが、それがこのイーターの最大で、最後の失敗になる。

 彼が同じく半身で避けた瞬間、彼が近くに在った鉄の棒をひっつかみ、飛んでくるイーターをフルスイングしたのである。故に、妙にメダリスト並みの筋力が籠った一撃は、飛んでくるイーターの頭部と胴体部を真っ二つにへし折り、撃ち返された先にあった壁でイーターの体をミンチにした。

 爆発して完全にその身を散らしたイーターを見届けると、彼はいい汗をかいたなどとほざいて棒を捨てる。そして、すぐさま自分の荷物を乗せたリアカーの場所まで戻って行った。

 

「っしゃぁぁぁああっ! 倒せたっ! ラッキー!!」

 

 あのイーター、良く見れば古傷がそこら中に在った。だからこそ、彼は年食って脆くなった装甲であれば自分でも勝てると考え、真正面からホームランしたのである。もしアレが十全な状態であれば、反撃をくらうくらいの覚悟はしていたが、やはり所詮はメンテされていない機械。彼の考えた通りに破壊するに至ったのだ。

 

「こりゃ幸先が良い。できればナナとか、あの辺以外の“グレイ”と会ってみたいもんだ。……生き残ってるかはともかく」

「そうだな。私もそれで“ホワイト”が見つかれば最高だ」

「いやいや、ホワイトは流石に死亡フラグ……えっ」

 

 

 

 

「どうかしたか?」

 

 いや、待って。聞いたことある横の声。

 いやぁ、もしかしてと思いますけど。……いや、覚悟を決めるか。オレの隣に「いつの間にか現れた」。なんて、そんな気配もなくする強者はこの世界で言うと……くそっ、御託を並べるのも面倒だ。えーい、ままよ!!

 

「……総督殿ォ!?」

「ほう、知っているのか」

「あ、ヤベ」

 

 精神面は人間の死で驚かない程成長していたが、うっかりする癖は残っているらしい。

 いや、しかし……詰んだな。

 

「先は見事。よくぞストックの体でそこまで戦えるものだ。知略を活かし、己の限界を知ったままに突貫する様子は実に愉快だった」

「……いや、愉快って総督殿……言っても無駄か」

 

 えー、何処にいるかもしれない人類のみなさん。オレの隣にはシング・ラブことWRS。人類の敵の親玉が現れました。…えぇ~? この世界に来て出会った生きた人間って、二人目がまさかの? 納得できるかっ!?

 しかし、そんな激動を表に出してしまえば詰まらんの一言で殺されそうだ。此処は一つ、この変な胆力で乗り切る道を模索してみよう。駄目だったら、この地でまた斃れる…いや、駄目だな。何か知らんが、無性にこの世界の人類に貢献したい気分になって来た。というわけで、死ぬのはやっぱ止め。

 

「ストック。何を考えているかは知らんが、今はお前をネブレイドする気はない」

「…え?」

「先ほど言ったではないか。“グレイ”を探す、と。あのまま月に引きこもっているのも退屈だ。しばらくはお前の旅に同行し、グレイを見つけては喰らうという事にしようかと思ったのだ。説明はこれで満足か?」

「………また、享楽好きな」

「楽しまねばこの世は生きていけまい」

 

 そう言うことで、この親玉さんはオレと同行する気になったらしい。幸い食料は冷蔵可能に改造したリアカーの中身一杯一杯でまだ数年は持つし、原作始まるまで喰われないということなら、話し相手がいる分楽かもしれない。

 ……人類を生かしたいと思ってるのに、こんなことを考えるなんてどんだけ歪だよ、オレは。

 

「お前が何故、私の総督と言う呼び方を知っているのかも気になる。…だが、ネブレイドで終わらせるには風情が無いだろう。故に、勝手について行くぞ」

「ああそうかい、来るなら来い。オレはもう知らん」

「ふふふ………」

 

 しっかし、こうなると呼び合うことも大切だな。

 

「まぁ、話し相手に慣れるんだったら名前くらい言っとくか」

「ほう? ストックの名を覚えるのもまた良いかもしれないな」

「ああ、俺の名は―――」

 

 さて、WRS。エイリアンの親玉。そっちがオレをどう言う呼び方で定着するかは分からないが、そっちも俺が好きに呼ばせて貰うぞ。旅が終わって何が起きるか全くの未知だが……まぁ、感謝はさせてくれ。人類絶滅の事以外では、という言葉が入るが。

 とにもかくにも、漫画の方かゲーム原作どっちが基準になっちまってる世界かは知らないが、ロシアや北極方面はいかないようにしよう。最悪ステラが目覚めなかった場合、ナナが死ぬのはヤバいどころの話じゃないしな。

 

「何を考えている?」

 

 ん? あぁ……

 

「ちょっと、旅の予定を」

 

 嘘は言っていない。そう言って笑う青年であった。




はい。旅の同行者はラスボスということで。
……いや、たまに他のエイリアンも出しますよ? ちなみに、作者たちの総計をとったら、エイリアンで好きなキャラは、ナフェ:3 ザハ:2 カーリー:1でした。

では、お疲れ様です。


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白の別れ、桃の出会い

書いてておなかすきました。
ちょっとバーガーかじってきます。


「廃墟、ね」

「何を言うかと思えば」

「うっせぇ。ちょっとぐらい浸ってもいいだろ?」

 

 瓦礫のタワーが乱立するのは、文明の痕跡の様だと男は言った。字の中に「虚ろ」という言葉が在るだけ、見れば彼が感じたのは歴史の美しさなどではなく、隣にいる元凶がもたらしたという破壊の寂しさだけ。

 彼自身も、ここにいる自分とはまったく関係の無い人類だということは分かっている。その筈であるのだが、例え世界そのものが違っていたとしても、男は人類が、同族が滅びゆく様を黙って見ていられる性質ではなかったようだ。拳を握りしめ、隣の破壊をもたらした元凶に対して一定の「感情」を抱いた。

 もっとも、彼の「感情」は一分と経たないうちに霧散して行った。それは彼自身が抑え込んだからであり、彼女一人にぶつけるべきでもない物であるからだ。理不尽なことは、どうにも噛みしめるしかないらしい。

 

「さぁ、此処も人はいないようだ。次に往くぞ」

 

 そんな男の「感情」を分かっていながら笑って楽しむ女。彼女は肩に未来的な鎌を抱えながら、男に旅の続きを促した。彼女こそ、世界が荒廃した原因である「エイリアン」の元締め、その名は「総督」「シング・ラブ」と呼ばれている「ヒト」であった。

 その目的は最上級の「ネブレイド」……在り体に言えば他人の知識、技術、記憶といった「全て」を吸収し、自分のものとすることである。もっとも、彼女の場合はかなりの偏食家であり、自分の欲望に値する一定のラインを超えた()を好んでネブレイドする傾向がみられる。事実、この男との旅路では一度たりとも彼女は食事を口にしていなかった。

 

「はいはい」

「見つかったグレイは一人……まだ生き残っているだろうからな」

 

 先ほどの言葉を訂正するなら、彼女は一度だけ「食料」を口に含んだことが在る。厳密にいえば食料などと言えるようなものではないのだが、現在彼らがいるアフリカ大陸。その小さな基地の様な場所に第一世代の「グレイ」が一人だけいたのである。

 そのグレイは最早人とは言えぬような虚ろな目をしており、単に生きていただけ、というグレイの宿命を体現していたのだが、第一世代から起動していたらしいということもあって、結構な妙齢だった。それを見つけた彼女は、彼が制止を呼び掛ける前に頬まで引き裂けそうな笑みを浮かべてそのグレイを「捕食(ネブレイド)」したのである。

 なお、その際の光景を見せつけられた彼は、お眼鏡に適ったようでなにより…と言ってげんなりしていた。まぁ、目の前で人の形をしたものが臓符を撒き散らしながら喰われていくのだ。その反応はあくまでも人間である彼としては正しいし、それに辟易しない方がおかしいと言えるだろう。

 

 そして二人は、今日も何処かの国の廃墟を探索する。

 いるかもしれない人類の生き残りと、生き残っているかもしれない完成品(ホワイト)の在り処を探して。

 

 

 

 時は過ぎ、2049年の年末。彼らはアメリカ大陸に到着していた。

 彼女が新年のおせち代わりだと言わんばかりに、旅をしてから発見した三体目のグレイが捕食される様を彼が見届けていると、ビルの向こう側から朝日が昇って来ていた。鮮血で染められた地を初日の出が照らし、真っ白な身体にこびりつく血液をデコレートした彼女は、彼にとっては何処か妖艶だと思わせるほどだった。

 彼女は口に着いた血を拭うと、遺体(グレイ)の在った場所を太陽に負けず劣らずの極光で焼き尽くす。綺麗に建物だけが残され、彼女自身に付着していた多量の血液もそれで蒸発したようだ。

 彼が少し離れても感じる熱さに慌てている様子を見て、彼女は不思議だと言った。

 

「これまで聞く限り、お前は人類の滅亡を願っていないのだろう? ならば、何故グレイの捕食を止めないどころか探すことを手伝っている?」

「いや、あんたがほんとに全部のグレイを喰うとは思わなかったし……それに」

 

 彼とて人間である。欲求は抑えきれない、という意味を込めて言葉を吐き出した。

 それは、彼女にとって驚愕に値するようなもの。

 

「あんたがグレイ食ってると、何か生き生きして見えるんだよな」

「なるほど……? それは、何時かお前が喰われると分かっていてもそれが言えるのか?」

「食わせねぇよ。俺はぜってぇ生き残るって」

 

 問いに対して、彼は笑いながら答えた。バカにするようなものではなく、それは清々しささえ感じる程の素直な笑み。瓦礫に腰掛ける彼の姿を収めた彼女は、つられるようにふ、と笑った。

 

「ほう、良く吠えるものだ。ならば私は此処までだな」

「なに?」

 

 彼女は踵を返し、男に背を向けた。言葉通りなら、この行動が指し示す意味はすなわち……彼はその意図を理解し、仕方がない、と言った風に溜息を吐く。

 半年ほど行動を共にしていたのだから、何が言いたいか位は彼にも予想がつく。

 

「お前のネブレイドはもっと……成熟させねばならんな。今でも十分だが、お前はまだ調理される前の青リンゴに過ぎん。美酒として成熟するまで待つとしよう」

「そりゃまた……」

「二年……いや、一年で成熟するだろうな。その時、お前の元へネブレイドにくるとしよう」

「ご達者で」

「生き残れ、幸運を」

 

 そう言って彼女はいなくなろうと……出来なかった。

 

「何だ?」

 

 彼が呟いたのは、古臭い電話のコール音が彼女から響いてきたからである。彼女もそのコールに足を止め、何処からか取り出した純白の携帯電話の様なものを取り出していた。

 

「誰だ?」

≪やっと見つけましたぞ、総督。これまで何をしておられたのか≫

「ザハ。お前のシンボルを生身で倒した者がいた。故に、成熟するまで同行していたまでだ」

≪それは……総督がそこまで入れ込んでいたとは存じませんでした。ですが、ようやく此方に答えたということは≫

「ああ、今から戻ろう。ついでにナフェを寄こせ」

≪ナフェ? ……監視、という訳ですな。それでは後ほど≫

 

 空中投影型のスクリーンに映し出されたコールの相手は、上半身を露出させた老齢の翁。灰色に近い身体は鍛え上げられており、画面越しにその覇気(プレッシャー)が伝わってくるほどの相手だった。

 彼女は台無しであるな、と呟く。そして彼の方に改めて向き直ると、今度こそお別れだと言い放った。

 

「それはいいが、いまどき黒電話のコールって……」

「不思議と耳に残る。それが気に入っているだけだ」

「そうかい」

 

 彼はただ、彼女のこう言うところが掴めない。行動理念である興味のある事に対してのみ動く、というのは分かったが、肝心の彼女自身の嗜好/思考が掴めていないのである。それも、別れるとなった今ではほとんど意味を成さない物になろうとしているが。

 そんな彼女が太陽の昇って来た方を向くと、変な機械に乗った身体の一部が機械(アーマメント)の少女が現れた。彼らのいる場所に降り立つと、彼女の方に向き直る。

 

「総督~、呼びました?」

「存外に早かったな。ナフェ」

 

 どうやら、彼女が先ほど話していたナフェ――A級エイリアンの一人であるらしい。フードや乗って来た機械についているうさ耳の様なものは、彼女の趣味になるのだろうか。もっとも、それを調べたいのなら聞きだすか、ネブレイドするかの二択になるだろう。

 

「これから二年、このストックと行動を共にしろ。それ以外の行動に制限は掛けん」

「はっ? おい、ちょっと」

「お前は黙っていろ……ナフェ、殺すことも傷つけることも許さん。ではな、お前との旅はそれなりだったぞ…“――”」

 

 最後は呟く様に言い残すと、頬笑みを貼り付けたまま何の前触れもなく彼女は何処かに消えた。彼が何も言えずに急展開に戸惑っていると、その場に残ったピンク色の少女が彼を見ている。

 

「んじゃ、そこのストック! さっさと行くよ」

「……どこにだよ?」

「どこか」

 

 早い話、彼女もそこら辺をぶらぶらと渡り歩きたいということらしい。

 パートナーが変わっただけで、あての無い旅が終わるという訳ではなかった。その事を認識した彼が最初にとった行動は、呆れて溜息を吐くことだった。

 

「…わかった、その前にまずは拠点を取る。こちとらアイツに付き合わされて二日は寝てないんだよ」

「えっ」

「決定事項。お前だって命令されてただろうが」

「総督のストックじゃなかったらネブレイドしてやる……」

「おお、怖い怖い」

 

 彼がこんなことを言えるのも、何故か持ち合わせることになった驚異的な身体能力が進化していたから。今ではエイリアンとも張り合えるほどであるが、所詮は人間ということなのだろう。身体能力が高いだけであって、正面から戦ってエイリアンを倒すには至らない程度だ。

 そんなこんなでパートナーの変わった二人旅、彼らは今日も廃墟を過ごす。

 

 

 

 二週間後。北アメリカの某所で、彼らは廃墟で食料品の探索をしていた。この辺りは既に生きた人間は残っておらず、あるのは生活の名残と人間が住んでいたという過去形の事実だけ。

 

「お~い、こっちに家庭菜園あったよ!」

「でかした!」

 

 この二週間、何処か気の合うところがあったのか、彼はナフェと打ち解けていた。ナフェも食料もなく現地に放り出された状態に等しく、ネブレイドという捕食に近い行為をする彼女らは、当然ながら食欲を抑えることなど出来る筈もない。ナフェには何よりも彼をネブレイドしたい欲求があったが、「総督」の御達しの前にはそれも萎縮するらしく、大人しく彼の指示に従っているという訳だ。

 そして、ナフェの声がした方に行くと確かに家庭菜園はあった。碌に整備もされていないことから雑草で荒れ放題、萎びたものも見受けられたのだが……

 

「おっ、ジャガイモか。残りの食料と合わせると……今日はジャガバターが作れるな」

「ホントに? じゃあ…」

「言わんでもいい。多めにしとくって」

「やたっ!」

 

 ナフェは見た目とは裏腹に、エイリアンの中でも謀略や知略に通じており、18年前の襲撃当初から姿の変わらない年齢詐称な人物である。それゆえに幾多の人間を陥れ、その中にいる智に長けた者を積極的にネブレイドを行って更なる知識を得ているの筈なのだが……彼の前では、不思議と見た目相応の反応を返しているようだ。

 

「ジャガバターでそれか。……お前らって、意外と俗っぽいな」

「そりゃ、あたしは中でもストックを沢山ネブレイドした方だし? でも、ストックの料理食べるのはあんたが初めてだもん」

「はぁ……いや、俺は人類の敵に何してるんだろうな……」

「餌付けじゃないの? あとは世話」

「なら本物の兎が良いっつうの。兎詐欺(ウサギ)は勘弁だ」

 

 そうは言いつつも、彼女の為にジャガイモを収穫した彼は思った以上に「おヒト(・・)よし」なのかもしれない。彼は雑談をしながら収穫したジャガイモや、他の農作物をリアカーに詰め込むと、その荷物の上にナフェが乗った。

 またか、と思いつつも彼はリアカーを引いて歩き始める。

 

「なぁ、降りないか?」

「ここが良いの。あんたの意見なんて聞いてませ~ん」

「駄目だこりゃ」

 

 この二週間、彼はナフェについて理解したことが幾つかあった。そのうちの一つが、彼女は高いところに乗っている事を好む傾向があるということ。こうしてリアカーの荷物の上に座っているのもそう言った習慣が在るからなんだろうし、昔からこう言う格言もある。

 

「バカと煙は高いところが好き……だったか?」

「なんか言ったー?」

「いや、今日の献立考えただけだ」

「そう? ―――あ、海」

 

 他愛のない会話をしながら瓦礫をかき分け進んでいると、海が出た。

 護岸工事がなされており、残念ながら砂浜とご対面という訳にはいかなかったが、海にはまだまだ生き物が溢れている。地上と違い、流石のエイリアンも広大な海の水圧に長時間耐えきれるアーマメントを作ることは難しいらしく、ほとんど手を出さなかったことから結構な魚が生き残っているらしい。これは、彼が「彼女」に聞いた内容だ。

 そんな事はさておくとして、彼は目の前に広がった幻想的な光景に思わずほぅという声が出た。「彼女」と行動を共にしていた時は、アフリカから海へ超えて行く際に何かよくわからない方法を使って一瞬で移動してしまったから、こうしてこの世界で海を見るのは初めてだったからだ。

 ナフェが荷物の上で右手を水平に眉のあたりに当てて海を見渡している時、彼は右隣りに在った店の看板が目に入った。そこに書かれていたのは「Fishi―」という掠れた文字。だが、海の近くに在ってフィッシュと書かれているのなら、それは「フィッシングショップ」ということだろう。

 

「って、あれ。なにしてんの?」

「ちょっとこの店行ってくる」

 

 そこまで考えた彼は、ナフェの疑問に答えながら店の奥へと入って行った。どうせ金も払わなくていいなら、と一番高い竿を選んでショーケースをぶち破る。ガラスの割れる音が響いたが、そんなことはお構いなしに彼はつりざおのセットを整えて行った。

 そんな彼に対し、後ろから感心したような声をあげていたのはナフェ。いつの間にか彼女も店内に入って来ていたらしい。

 

「ナフェ、そこの蟲みたいなの取ってくれ。一番ゼロの数が多い奴」

「これでいい?」

「早い話、何でもいいんだがな…っと」

 

 釣り糸を竿に取りつけている途中、流石に餌は使える状態ではなくなっていたので、同じく高級なルアーをナフェに頼んで取ってもらう。彼がそれを取りつけると、立派な竿が完成した。ただ、電動リールの電源は切れていたので、手動で全てをすることになりそうだが。

 

「こっち来い、こっち」

「もしかして釣りするの?」

「もしかしなくてもな。今日は焼き魚をメニューに追加出来るかもしれん。というわけで、食べたいならお前もこれ使え」

 

 彼はそう言って釣竿を差しだしたが、彼女は唸るばかりで一向に受け取とうとはしない。不思議に思った彼がどうしたんだと問いかけると、彼女はむくれて答えた。

 

「この手でどうやって?」

「……ああ!」

 

 彼は忘れていたようだが、ナフェの手は生体アーマメントで換装されており、巨大なロボットの腕である。指は太く、関節は大きいし、ナフェがこの二週間を彼に「あ~ん」で食べさせてもらっていた程、日常生活というものには滅法向いていない腕である。

 納得した彼は、謝罪しながら大いに笑っていた。

 

「すっ、すまん……っく、はははっ!」

「笑い事じゃないよ、もう! デリカシーないあんたが一人で獲りなさい!」

「はっはは、はいはい」

 

 こみ上がる笑いを隠そうともしないまま、彼は代わりにとクーラーボックスをナフェに持たせ、彼女を連れて波を抑えているテトラポッド近くにまで移動した。到着すると、糸の先をゆっくりとテトラポッド近くに降ろして行く。魚はこういった狭い所に来ることもあり、乱獲していた人間がいなくなって早十年である。フィッシングショップが近くに在った事からも含めると、早い話が釣り場の独占状態と言ってもいいだろう。

 つまり、こう言う事。

 

「っし、釣れる釣れるぅ!」

「うわっ、魚掛るのはやっ!?」

 

 この世界に来る前、よく釣り堀を訪れていた彼にとってルアーフィッシングというのは得意分野の一つだ。そしてこの世界の魚は、釣り人という脅威がいなくなって平和ボケしている事もあって、それはもう大漁だった。テトラポッドの近くではもうしばらくは獲れないと分かれば、次は大海原に向かってルアーを渾身の力で放り込めばいい。

 驚異的な身体能力を得たおかげでかなり遠くまでルアーを飛ばすことができ、ルアーを寄せる途中では必ず魚が引っ掛かる。ナフェに頼んで魚型のルアーを持ってきてもらい、中型以上の大きさの魚も連れ、どんどんクーラーボックスを満たしていく。

 面白がったナフェは彼にどんどん要求をしていき、彼はその要求にこたえて様々な魚を釣り上げていく。まるで年の離れた兄妹が過ごすように、時は流れていくのだった。

 

 そんなこんなで、二人が気付いたころには日が沈み始めていた。暗くなる前に釣った魚の食べる分以外をリリースしていると、ナフェがソイツらは食べないのかと聞いてきた。

 

「いや、ネブレイドしたなら知ってるだろ? あんまり獲り過ぎてもナマモノだし、俺らの旅路には向かねぇって」

「燻製とかにすればいいじゃん。あたし食べてみたいなー」

「はっはっは、無理! 燻す道具もないし、焼き魚で勘弁しろ」

「魚は初めてだし、それでいっか。じゃ、さっさと作りなさい!」

「エイリアンってのは人使い粗いのがデフォなのか……?」

 

 彼は阿呆なことを考えても仕方がない、とリアカーに戻ると、荷積みを解いて幾つかの食料とチャッカマン、そして新品のフライパンと網を取り出した。次に周りの瓦礫を寄せ集めると、瓦礫を石釜のように見立てる。新聞紙や木片をその中心に放り込むと、上の方に金網を乗せてから、点火した。

 

「よし、ナフェ煽げ」

「えっ?」

「ほら、これ持って」

 

 彼はただ煽ぐだけの作業が嫌だったようで、ナフェに大きめの団扇の様なものを持たせると、煽ぐように指示を出した。渋々ながらに彼女がそれを引き受けると、炎が大きくなる過程が面白いのかノリノリで煽ぎ始める。ちょっとばかし彼女が残忍好き、という事を知っている彼にとって、ある意味でその言動はナフェの「点火物」になったようだ。

 そうしてナフェが火の勢いを強めてくれている間に、焼き魚にするために活きのいい魚を絞める。それを何匹か繰り返すと、ナフェから火が安定したとの報が入った。

 

「よし、じゃあ塩焼きにするから、魚の目が白く濁った時に一回だけ裏返してくれ。“その手”なら熱くないだろ?」

「ふーん? そんなこと言うんだ」

「美味いもん食うためだって。じゃ、渡しとくから魚は任せたぞ」

 

 そう言ってリアカーの簡易調理台に戻ると、先ほどとったジャガイモなどを水洗いする。そして一口サイズに刻んだあたりで、彼は重大な欠点に気付いた。

 

「……レンジ無いし」

 

 一番簡単なのが電子レンジなのだが、生憎彼がいるのは人が消えて18年の廃墟。家電など一つも起動しておらず、奇跡的に残っていたので拝借したラップはあれど、レンジが無い。しかし、そんな問題もナフェが解決してくれた。

 

「じゃ、これ使って」

 

 魚の濁って行く目を楽しみながら見るナフェが彼に差し出したのは、ナフェが最初に彼と出会った時に乗っていたうさ耳(?)がついた変な機械。その中を開けると一定のスペースが在り、料理なら簡単に入るくらいだった。そして、それは中でマイクロ波を発生させることも出来るらしく、もとは人間(ストック)の拷問用だったが、今は使ってもいいとの事。…いろんな意味で後味が悪そうだが、背に腹は代えられない。彼女のネブレイドの知識で(ワット)は電子レンジのそれに近しい用に調整されているそうなので、彼はそれを使うことにした。

 

「5分くらいでいいか」

 

 扉を閉める前に、「彼女」との旅路で残っていたライスを一緒に放り込み、地面にその機械を置くと蒸し上がるのを待った。その間に幾つかサラダを刻み、お手製の醤油ベースのソースで味付けをする。余っていたプチトマトなどは保存状況がギリギリなのでそこで投入してしまい、キャベツとプチトマトがコラボレーションを果たす。

 そして盛りつけが終わったころに小気味のいい音が響き、最早完全に電子レンジとなったナフェの機械からライスとジャガイモを取り出した。串で突き刺せば程良い柔らかさになっており、そのジャガイモを再び一度まな板にのせて皮に切れ目を入れる。そしてこれまた「彼女」の不思議技術で保っていたバターを乗せれば完成である。

 ライスを自分様と、ナフェ用に「彼女」が使っていたお椀に盛りつけると、向こうの魚もいい感じに焼き上がっていたようだ。

 

「完成だな」

 

 ライス、野菜サラダ、じゃがバター、焼き魚、そして水。少々偏っているかもしれないが、この終末世界では美味いもので腹を満たせれば恩の字である。

 

 

 

「「いただきます」」

 

 すっかり日本人の習慣をナフェに言いつけた彼は、早速とナフェの口に飯を運ぶ。初めてのじゃがバターだったが、最初の一口を食べた後に物足りなさそうにしていたので塩をまぶすと、今度は気に入ってくれたようだ。

 そして自分も焼き魚に醤油を垂らして口に運ぶ。しばらく味わえなかった「肉」の新鮮な美味さが口に広がり、思わず顔がにやけてしまう。これまでのたんぱく源は大豆だったから尚更だ。

 

「それ、あたしもっ」

「ほら」

「あーん、……うん、美味しいじゃん」

 

 「うーまーいーぞー!」などと声を上げることこそしなかったが、彼女も今日の料理にはご満悦の様子である。「彼女」の時には見られなかった、異星人と異世界人が仲良く食事をしている光景は、この世界の者が見てしまえば激怒に打ち震えることだろう。――「どうして、敵と親しくしているのか」――などと言われてしまうことは確実である。

 しかし、彼は最近決意したばかりなのだが、「生き残りの人類を助ける」という目標と同時に「エイリアンも積極的には駆除しない」という信念も持ち合わせていた。それは「彼女」との旅路で大いに得るものがあったから。現代にいた時とは違い、確かに生きる何かを「彼女」も持っていたから、というのが大きな理由だ。

 そして、その理由の裏付けには、今のナフェの笑顔も含まれている。

 

「ライスくらいはお椀持ってかき込めよ。こっちだって食いたいんだから」

「はーい」

 

 彼は分かっている。ナフェ自身は、人類を見つければすぐにネブレイドに走るか、抹殺に移るだろうという事を。それでも、総督命令があるとはいえこうして自分をネブレイドしない自制心を持っていて、なお且つこう言った旅路を楽しめる「心」を持ち合わせているのだ。ならば、物騒な話は後回しで言い。自分が喰われなければそれでいいのだ、と彼は思っている。

 ……まぁ、彼にとってこのナフェも、「彼女」も、後一年後に起きるであろう最終兵器にやられてしまったなら、仕方ないと割り切るつもりだが。

 

「ねえ、明日はどこ行くの?」

「とりあえず南下する。暖かいところは食料とか、生き残りがいるかもしれないからな」

「はーい」

 

 それでも、実際に人類と出会ってしまった場合はどうするか。彼は「彼女」といた時はグレイしか見つけることが出来なかったが、実際にナフェを連れて人類と遭遇した場合の対処法が思いつかなかった。

 だが、遭遇するにもしばらく先の話になるだろうと思い、食事の後片付けを終えると早々に就寝に入る。夜空の星は、そんな二人を明るく見下ろしているのだった。

 

 




キャラ崩壊は仕方ないと思ってください。
だって、B★RSと彼女ら(エイリアン)の会話だと敵同士ですし、エクストラムービーはギャグしかないんですから。

そういうわけで、ナフェちゃん登場。正直言って総督はキャラつかみづらいし、書きにくいです。
残り一年ですが、タグの通りに廃墟探索。原作後も廃墟探索(火事場泥棒)……になるのでしょうか?

あんまり決めてませんが、ここまでお読みくださりありがとうございました。
主人公の名前は「無」ということでいきます。それでは、またお会いしましょう。


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夢を見、先を見る

ドンドンネタがなくなってきてるこの話。
原作開始への移行は早い方がいいですかね?


 青。視界と自分の心はその一言で埋まっていた。

 優雅に曲線を描いた動きから、すぐに急加速して海の奥の方へと潜って行く。海底に在る海藻に顔を近づけると、美しい、と感じる海の自然庭園が広がっていた。「あたし」は、その底を這うように、でも確実に空を飛んでいるように自由自在に泳ぎ回っている。そして、突然海面から降りてきた何かにびっくりして180度後方にクイックターン。一体それが何なのか、気になってもう一度その方向を見ると、食欲を掻き立てられる餌の様なもの。

 それに釣られて(・・・・)―――

 

「起きろっ!」

「うわわっ!?」

 

 海の代わりに、青空が回っていた。そして端には、この二週間で見慣れた奴の顔。どこにでもいそうなストックだけど、確実に他の奴は何かが違う変なストック。ネブレイドしてみたい。そんな欲求が駆りたてられるストックが、目を覚ましたあたしの傍にいた。

 総督の命令があるから、駄目なんだけど。

 

「もう、いい夢見てたのにさぁ」

「エイリアンも夢見るのか?」

「正確には、ネブレイドした奴の記憶って感じ? あたしたちもあくまで吸収するだけで、ちゃんと吸収した事は持続しないと技術は錆びれるし、記憶は薄れるから」

「へぇ。で、さっきはどんな夢見てたんだ?」

 

 聞いたくせに、ネブレイドに関してはまったく興味のなさそうな返事。とゆーか、むしろ夢の内容の方に気が行く辺りは、そこらにいた普通のストックと同じような凡百な思考だ。だから、あたしもありきたりに答えてあげる。

 

「昨日食べた、魚の記憶」

「……そりゃ、羨ましい」

 

 答えてあげたんだから、その妙に優しそうな目を向けるのはやめてよねっ!

 

 

 

 彼がナフェを起こしたあと、簡単に朝食をとった二人は荷物をリアカーにまとめ直していた。とはいっても、実際にその作業をしているのは彼一人。ナフェはと言えば、全ての荷物がリアカーに収められるのを見ると、その一番上に飛び乗るだけなのだが。

 

「うんうん、いい感じ。いけいけ~」

 

 そしてナフェの乗ったリアカーを普通の人がランニングするくらいの速さで引き、彼は旅路を再開した。ちょっとしたスピード感と、流れてくる風がナフェが乗る理由の一つでもあるらしい。楽しそうな様子を見て、此方に来てから疲れるという体験をしなくなってきた彼は、更に速度を上げた。

 

「ねぇ! あんたホントにただのストック?」

「さぁな! だけど、自分でも普通じゃないとは思ってる!」

 

 風を切る音などが中々にやかましいので、二人とも声を張り上げながらに海沿いに街を駆け抜けていく。ナフェは、こうして世界をゆっくりと旅行するのは初めてだ。だから、近くのものと遠くのものが動く速さが違い、景色が移り変わる様子を「観光」という目的で体験するのも初めてであり、彼と出会ってから世界が新鮮に見え始めていた。生きとし生けるものをネブレイドして手に入れた、豊かな感情。それは当初自分たちには必要のないものだと思っていたが、こうして楽しめる事に関しては必要不可欠だったのではないか、とも思っている。そのためにネブレイドの犠牲になった者たちへの追悼意識などは、残念ながら発露していないようだが。

 

 

 そうして海沿いをとんでもない速さで突っ走る事、実に3日。朝から全力疾走していた道中でまだ大丈夫な食料品などを増やしていき、荷物で膨らんだリアカーの速度は徐々に遅くなって行くと、目の前に見えた瓦礫の山を前にして完全に止まってしまった。

 下の方で腕を組む彼を見たナフェは荷物の山から下りると、どうしたものかと考え込む彼に何を悩んでいるのかを聞きに行く。

 

「う~ん、コンパスはこっちが南だと示してるから、行けると思ったんだがなぁ……」

「この瓦礫が邪魔ってこと?」

「いや違う」

 

 てっきりそうだと思っていた彼女は、肩すかしを喰らっう。じゃあ何が原因かと改めて聞くと、彼は困ったように笑う。

 

「いや、勢い余ってテキサス越えてフロリダまで来たのはいいんだが……メキシコから見える筈のニカラグアまでの一本道に続く大陸がなぁ…………無いんだよ」

「……へっ?」

「って、知らなかったのか?」

 

 彼が言いたい事を正確に記すと、ニカラグアがある辺り近くの海の東側にエイリアンの機能を停止しているらしい巨大アーマメント「シティ・イーター」が一つの風景のように存在していた。その名の通り、都市ひとつを丸のみしてしまうほどの大きさのアーマメントが、無駄に名前の通り仕事をしてしまっていたということである。噛み砕いて言うと、一直線にシティ・イーターの横幅分の巨大な海が広がっていたのだ。

 ナフェは確かに向こう側に見えるシティ・イーターの残骸に、唸るような声を上げた。

 

「あれって、確かあたし達の要塞にしか使わない筈なんだけどなぁ……」

「やっぱ、お前の管轄外か……」

「アレ使うの、ほとんどザハだし」

 

 とはいえ、目の前で南アメリカとの道が断たれている以上、大量の食料が入っているリアカーを何とかして持っていくのは不可能に近いだろう。ならリアカーを捨てて行けばいいと言うかもしれないが、生憎と彼もナフェも、それぞれの時点に餓死という言葉を持っている。意外と、手は残されてはいないのである。

 

「しょうがないなぁ、ちょっと待っててよ」

「……なにしてんだ?」

「ちょっと黙ってて」

 

 はいはい、と彼が下がるろ、ナフェは彼が前に電子レンジに使っていた専用のアーマメント、ミニ・ラビットに向けて指示を送った。すると、それは警報の様にけたたましい音を撒き散らし始める。あまりにうるさい音に彼が顔をしかめて耳をふさいだが、それはしばらくの間ずっと鳴り続けていた。

 そして、不思議なことが起こる。どこからともなくピンク色の配色がなされたアーマメントが会場に集まり、平らな道を作りだし始めたのだ。リアカーが通れる範囲も十分に存在し、そこらじゅうに居るアーマメントを集めたせいか、向こう岸は視力のいい人間でも見るのは難しいだろう。

 

「向こうの大陸に行きたいんでしょ? あたしが繋げてあげたんだから、感謝しなさい!」

「……こりゃ、すげぇなエイリアン。ってか、海は大丈夫なのか?」

「深海に行かない限りは大丈夫だって」

「だと良いんだが。ま、とにかく使わせて貰うさ」

 

 ナフェを乗せたまま、彼はリアカーを引き始める。とにかく集めに集めた食料品の重さで沈まないかが不安だったが、車輪の部分が乗ったところ、少しは重さで沈んだものの、足場であるアーマメント本体はまったく無事だった。いくらかの足場の悪さは拭えないが、これなら海渡りに支障はきたさないだろう。

 

「それ、しゅっぱーつ!」

「しかし生身で海を渡るか。昔名じゃないのに、ほんと無謀だよなぁ……」

 

 そんな愚痴を言いつつも、彼はしっかりとナフェを乗せて走り始めた。その速度は船の一般的な速度をも凌ぎつつ、荷物は振り落とさないという人間から大きく逸脱した所業だったが、良くも悪くも同行者は荷物の上であり、そのことに一々疑問を抱くような性格でもない。愉快な旅路は、まだまだ続く様である。

 

 

 

 

 

 彼らが駆け抜ける海の上は、アーマメントで一直線の道を作ってはいるが、津波や嵐、暴風などの被害を受けないということは無い。その中でも彼は荷物を守り、決して海に落とすような真似もしたことは無いのだが、それでも日照りにはほとほと困っていた。

 荷台に積んだだけの荷物が直射日光を浴び続けていたことで、中にあった食物が痛みやすいのである。そのため、まだまだ余裕はあるとはいえその多くはすぐに飯時に使い、エイリアンたるナフェの無限の胃袋の中に消えて行ったまではよかったのだが、海上の旅を初めて2週間。そろそろ2050年の二月に入ろうとしている現在に、緊急事態が発生していた。

 

「飽きた」

 

 そう、それはナフェの「飽きた」という言葉である。

 別に、旅に飽きたという訳でもない。そして、景色に飽きたという訳でもない。彼女がそんな事を言い出した原因は、最近の食生活にが原因だった。海上にいる以上、なるべくストックのある食料品を陸も見えていない場所で使いきることも出来ずに、様々な魚を取って料理に加えていたのだが、毎日三食に魚が出されるのである。料理は上達してきている彼だが、それは味の話であってレシピそのものは新しく見ないと分からない。

 だからこそ、どうにも焼き魚や開きにする以外の調理法を知らないらしい彼の料理に飽きた、と言っているのである。今までの旅路で忘れがちだが、正直言って、彼という存在はエイリアンに保護されている側である。その保護していもらっている相手に対してなるべく多くの要求に応えた方が無難なのだ。

 

「そうは言ってもなぁ、刺身とかもあるが俺は食える魚をよく知らないんだよな」

「えぇ? でも、飽きたんだも~ん」

「ハードル高すぎだろう、これ」

 

 後ろに迫る巨大な津波から全力で逃げつつ、二人はそんな会話を交わしている。だが、確かにナフェの抑制としては効果てきめんだった料理は、そんなに蔑ろに出来るものではない。それに、結局彼自身の分も必要なのだ。

 だが、そんな思考も途切れる出来事が訪れる。移動する際には自動車以上の速度を出していたからか、およそ二週間ほどで陸地が見えてきたのである。

 

「ナフェ、しっかり荷物とか捕まえて張り付いてろ!」

「はいはーい」

 

 ナフェが機械の腕でガッチリと自分の身体と食料品の入った箱を固定して声をかけると、彼は更に速度を上げた。後方に迫りくる津波と同速度だったのに対し、一行は加速して突き放す。前方のアーマメントの地面が上方向に盛りあがり、フロリダと同じように護岸工事がなされている地上への侵入経路を形作った。

 そして、その先端で強く踏み込み、加速そのままに飛び出した。

 

「おぉぉぉぉっ!」

「イヤッホーゥ!!」

 

 十秒ほどの飛翔。その間に地上へ降り立った彼の脚と、一瞬遅れたリアカーが地面と平行に浮かびながら、落下の衝撃を最大限に和らげる。そして少しずつブレーキをかけ、緩やかに速度は減少していった。減速に使ったその距離、おおよそ500メートルほどである。

 

「……ふぅ! 海越えの旅、何とか無事に終了だ!」

「ほんとに規格外だよねあんた。ストックじゃ不可能な速さ出してたもん。というか、どんどん人間離れしてきてない?」

「…………そこに触れんでくれ。こっちに来てから変わり過ぎて、何かもう良く分からなくなってきてるんだよ」

 

 そう言う彼は、少し息を切らしただけで疲労の色はほとんど見えない。最後は大きめの津波を引き離すほどの速度を出したという人外染みた事を成し遂げておいても、だ。上司から殺さず傷つけずについて行け、という命令を出されただけで詮索するなとは言われていないとはいえ、時に彼が言う謎めいた言動は、ナフェが彼を興味の対象に見なすには十分だった。

 そんなことを考えられているとはつゆ知らず、彼はようやく南アメリカ到着だ! と喜んでいた。喜んで、いたのだが……。

 

「…ん? この看板、アラビア語だな。……え?」

「え、ちゃんと海の向こうに繋げたんだけど……駄目だったみたいね!」

「……えぇっと、何か看板は、と」

 

 彼が周囲を見渡して見つけた、多国語看板。その一つには英語で「Essaouira(エッサウィラ)」と書いてあった。つまり、ここはモロッコのエッサウィラ地方。まったく南アメリカとは違う、あての外れたフロリダから六千八百km離れたアフリカの地。「彼女」と出会った場所から、少し南に外れたところだったのだ。

 

「……また、アフリカかよ」

「いいじゃん。あたしはまだ行って無い場所だしさー」

「でもここ、スイスから北はまだ調べて無いし、結構ざっくりと半年かけてイタリアから南下したけど、生き残りはいないしグレイだって残ってねぇぞ?」

「じゃあ北は?」

「……っ、と、北は…まだだが、流石にアメリカ然り、寒いとこには誰も居ないだろう」

「あたしとしては、別にストック共がいなくたっていいんだけど。それに今の反応、何か隠してるでしょ? わっかりやす過ぎんの!」

「……ああ、まあ隠してるっちゃ隠してるな」

 

 彼は知っている。この世界に重要なグレイ、七番目のきっかけがロシアにいることを。だが、これを教えずともその場所に行ってしまえば、確実にナフェによってそのグレイは始末されてしまう。そうなってしまえば……。

 

「うん?」

「どしたの?」

 

 彼は、そこで思考が止まる。確かにあの場所に行けば人類の最終兵器である「お嬢さん」は新たな繋がりを構築してエイリアンと戦い、そして勝利するかもしれない。だが、その場合ナフェや「彼女」も消されるのだ。そのことに違和感はないが、どうにも見捨てるとなると人道的な部分がそれを否定する。理性ではエイリアンが倒されてしまってもいいと思いつつ、何故そのように本来の流れを重視しようとするのかが疑問になっていたのだ。

 情がわいた、という訳でもない。ただ純粋な疑問が、行動理念に待ったをかけている。更にこの様にして変な興味をもたれる程、既にナフェと「彼女」に接触していることで、本来の流れが変わっていることもあり得るのだ。

 

「……どうなるんだろうな、これから」

「あんたがあの方にネブレイドされて終わりじゃないの?」

「何だろうな?」

「あたしに聞かないでよ、もう……あたし知らなーい」

 

 知らない。そんな言葉に感化されたのか、湧き上がっていた彼の思考はすべて中断される。時が来たら、自発的に行動を始めようと思っていた年明けの瞬間を思い出し、彼には意味もなく笑いが込み上がって来た。ひとしきりに大笑いすると、ナフェは狂った奴を見るかのような目をしており、流石にやり過ぎたのだろう、とまた苦笑する。

 

「もしかして、他のグレイみたいに脳筋になった?」

「オイコラ、アレは運動野で埋まるだけで脳筋とは違うだろうが」

「あ、ツッコミ入った」

「俺を何だと思って……」

 

 バカなやり取りをしていると、全てがどうでもよくなってきて、頭は少しずつ冴えて行った。そして彼は決断する。ナフェが北に行きたいと言うならイギリスに行き、ロシア側には行かなければいいじゃないか、と。

 日本やオーストラリアと同じく島国であるイギリスなら、決定的な流れが始まる前までの目的である人類との接触があるかもしれないし、逆にいなければいないで良しと出来る。そう思った彼がリアカーの取っ手を持つと、ナフェは当然のように飛び上がり、荷物の上に落ちついた。

 

「ったく、じゃ北行くぞ」

「そうこなくっちゃ! ほらほら進めー!」

 

 人使いの荒い。そう考えながらも、彼はすんなりと受け入れて日が傾かないうちに自然の道を駆け抜けていく。動物はいないが、植物は少しある。今度はこの辺の野草を取って、それを飯にしようなどと予定を立てながら、残りの十ヶ月を旅して過ごすことに集中するのだった。

 

「うん、今ならカーリーに乗ってるシズの気持ちが分かるかも」

「それって、金ぴか兄妹のことか?」

「まあね。ついでに、あたしの共犯者!」

「……へ?」

 

 受難は、まだまだ続くようだ。

 




ナフェが完全に主人公の手綱を握ってしまっていますね。
主人公の身体能力ですが、インフレしてきた末にこれで打ち止めです。生身で最高時速160キロ出せる化け物になってしまいましたが、まぁあんまり有効活用できないんでいいですよね。

では、ありがとうございました。


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侵略者

大体ある意味ご都合で動きます。
そして、さっき初めてB★RSの限定版についてくる年表の存在を知りました。
なるべく矛盾の無いようにしていきたいと思います。


「神秘の国モロッコでこんにちは。解説のジョン・ドゥです」

「何してんの。っていうか、あんたそんな名前だったっけ」

「いや違うけど」

「なにソレ」

 

 馬鹿なかけ合いをしている二人は現在、モロッコを歩きながらゆっくりと北上していた。海沿いに続く国道跡があったので、この日は301号線のルートを通りながら北の地方、サフィを抜けてカサブランカまで到着する予定だった。

 海から見る360度全てが地平線だった景色も、最初は彼とナフェ共々に壮観だと喜んでいたのだが、流石にそれが二週間も続くと誰だって飽きが来るだろう。まぁ、目前に控えている季節は秋ではなくて春なのだが。

 

 話しは変わるが、エイリアンが良く二つの意味で口にしているネブレイドというのは、知識や経験が多く詰まっている人間や動物などが標的にされる事が多い。総督に最も近い忠臣であるザハは植物を好んでネブレイドして不動の心を手に入れているモノ好きらしいが、現在生き残っているA級と言われるエイリアンの内でも、ナフェやマズマ、シズにミー辺りは人間を。少数派であるカーリーやリリオは動物を好んでネブレイドし、相応の「変化」を遂げている。

 また話しは逸れてしまったが、それだけ「植物」はネブレイド対象にされずに残っていると言う事だ。もしもこのまま人類が絶滅したにしても、植物が残っている限り新たな進化を遂げ、人間に近しい種は再び現れるかもしれない。

 

 そんな余り物扱いされている植物だが、今回ばかりは「彼」とナフェにとっても助かっていた。モロッコの海岸沿いに再び緑を取り戻し、乱雑ながらも声明を感じさせる風景を作りだしていたのだから。

 

「人間とか、通る奴がいないと植物ってこう育つんだなぁ」

「こーゆーのって並木って言うんだっけ」

「そうそう。んで、これ見て胸の奥が熱くなったり、心のどこかで凄いと思ったら“風情”っていう言葉が宛がわれる」

「ふぅん、ストックって傲慢だね」

「全部の現象に名前と言う理解の足がかりを付けないと気が済まない種族なんだよ」

「だからアーマメントも“キラー”とかつけられてたんだ?」

 

 へーえと不思議そうに荷物の上で揺れている彼女に、彼はふとした疑問を抱いた。

 

「そっちは名付けとか頻繁にするのか?」

「ぜーんぜん? 私たち自身もこっち来る前はアイツとかオマエとかって感じだったし。ま、個人特定の方法をこっち来てからネブレイドで知った時は便利だって思った程度」

「あぁ……だからお前らのトップも“総督”とかしか言われてないのか」

「あの方だけは私たちと違って変に染まる事もなかったしね。だからこそ恐れられてるんだから」

 

 実際、原作の方でも逆らった奴は簡単に掌返してたなぁ、という印象が漫画版のナフェである。彼女としては生き残りたいと言う道を突っ走っていただけに過ぎないのだが、周りを利用し尽くした結果がこっちの世界のジョン・ドゥに収納されて総督にムシャムシャである。

 命乞いを命乞いと知らなかったのか、はたまたエイリアンだし助けるつもりもなかったのかは知らないが、我らが主人公である「お嬢さん」はそれを完全無視。このまま何もしないと、ナフェの運命はネブレイドである。

 

「だがまぁ、言っても無駄だしなぁ」

「なにを?」

「人類はどこにいるか知ってるか? って話だよ」

「んー、まぁ知らないけどね。こっちはストックと違って情報媒体ほとんどないし」

「情報喰ってるのにか?」

「むしろ食べないと何もわかんなーい」

 

 思わず口からこぼれおちた言葉から話題転換を図ったが、なんだか予想以上の情報を得てしまった。成程、限定版買っといてよかった。年表ではまだモスクワ襲撃ないし、もしかしたらホントに総人類襲撃がないのかもしれないのだから。…あれ、これって自分がエイリアン側のソースになっちまうパターンじゃない?

 

(……いやいや、あれ、でも…? 人類滅亡! ……あれ、そんなに違和感抱かない?)

 

 少し思考が焦ったかもしれない。いやいや、人類そう言えば確かにモスクワに集結しているらしいし、その情報受け取って無い残りの人類と接触を持ってPSSに保護させると良いじゃないか。

 

「あ、また(・・)街見えてきた。降りないのー?」

 

 さぁて、どう説明するかなと考え始めた彼に、上にいるナフェから町発見の知らせが届いた。その言葉に従って前を見ると、猛スピードで街の景色が迫ってきていた。そう、猛スピードだ。

 ヤベ、と思った彼が自分の脚を見てみると、案の定、残像が出来る程に高速運動をしている脚部が目に入った。

 

「……なぁ」

「なに?」

「どのくらい前からこの速度出てた?」

「わりと最初くらいから。もうすでに街何個か抜けたよ。あたしが呼びかけてもアンタは全然反応なかったんだけどね」

「うわぁ」

 

 と言う訳で、リーフ山脈の西にある都市「ララシュ」到着である。

 目前には100km程でスペインとの境界線、ジブラルタル海峡が存在している。このままヨーロッパ州に侵入するのなら、道なりに飛行機の便も出ていた中継都市であるタンジールに行くのが一番いいだろう。だが、彼らの場合はララシュで足を止めた方が良いのである。なぜか、その理由は存外に普通である。

 

「うっわ、すんごく暗い」

「月も出て無いと、人口の光が無いせいか何にも見えなくなるな」

 

 日が暮れた、太陽が地平線へと沈んでしまったからである。

 忘れかけているかもしれないが、列車以上のスピードが出せるからと言って、彼は列車そのものではない。前方を明るく照らすライトも無ければ、不眠で走り続ける事もできない。本気を出せばそれくらいは出来るようになるのだろうが、生憎と彼にはナフェと言う乗車客がいるのだ。

 

「月かぁ、他のヤツはなにしてるんだろ」

「この前聞いたが、他の惑星行ってるんだったか?」

「まぁね。実質こっちに残ってるのはマズマとあたしとザハくらいかな。あの方は神出鬼没だから知らないけど」

「あ~、うん。アイツはいつの間にか居ていつの間にか居なくなってたなぁ」

 

 薄いと言えば薄いが、それなりに濃かった彼女と居た時の記憶。強烈に印象に残っているのは何故か出会うグレイ全てをネブレイドしていた現場の光景だったが、今のナフェの様に、それなりに会話をしながらアメリカを旅していた事も彼はちゃんと覚えていた。

 まぁ、どっちが楽しいかと問われれば今のナフェとの旅路だと即答するだろうが。

 

 そんな彼らがいるララシュの建物は、いずれも白い壁と緑の配色が多い水色の窓などで構成されている明るい感じの田舎町である。今となっては廃墟で誰も居ないのが玉に傷。それでも、此処で犠牲になった人はあまりいないのか、少し回った建物内部には血液やアーマメントの「食べ残し」などは見受けられなかった。

 それは同時に、ここは比較的無事に逃げおおせた人が多かった事を意味している。つまり、ここで補給しようと思った食料などは無く、畑にも枯れた苗の姿さえない状態だった。

 

「じゃぁ、既存の奴で料理するんだ?」

「そうなるな。あー、卵とか食いてぇ」

 

 とりあえず、と二人は街を少し外れた広場に移動した。そこで野外炊飯セットを立てると、近場の平原に椅子を置いてキャンプを立てる。屋内でやってもいいのだが、月が出ていない空もまた一興ということで、ナフェが野外食を提示したからであった。

 立派に育っていた巨大なトウモロコシを包丁で刻んで鍋に入れると、偶然手に入れた蟹の味噌を取りだした。殻からほじくりだした身を取りだしながら待つ。ぐつぐつと熱くなる鍋からは良い匂いが漂い始めた。

 

「でっかいでっかいトウモロコシ~♪」

「あれ、それって“大根”って言うんじゃなかったっけ?」

「大きなトウモロコシ(イコール)大コーン」

「あ、そ。くっだらない」

 

 冷たいなぁ、と思う彼が鍋を見ていると、ナフェの心とは正反対に温まっていい出来になった蟹味噌汁が完成。大根を細かく切ったのは生臭さを取る為だったが、それなりに上手く言ったようだ。そのままある程度身を取り出しやすくした蟹を足ごと入れて、幾つか切ったネギを散らす。

 そして登場するのが、エッサウィラにいた時に奇跡的に手に入れた「米」だ。

 何度でも言おう。ライスではなく「米」である。日本が誇る米。それがエッサウィラの近くにあった水田に生えていたのだ。刈り入れ時や時期が違うのに何故という疑問はあったが、そこはやはり日本男児。米の存在に目を輝かせて飛びついた。そして、リアカーの一部を肥大化させて水田を作りながらも米を所持している。

 

「明日の朝、雑穀米と米だけ、どっちにする?」

「じゃあ一つだけの方」

「はいよー」

 

 ナフェのメシ使いとして、食の喜びを伝えるために彼女の意見を取り入れると、米を研ぎ始めた。今晩は残念ながら炭水化物は他のもので摂取することになるが、明日の朝の為に彼は寝ずの番をする必要があるのだから。

 そしてどこかおかしいメインデッシュになる鍋の方が完成すると、彼はいったん米とぎを止めてナフェを席に座らせた。蟹味噌汁を器に入れて渡すと、これくらいは自分で飲めと言って手を合わさせた。

 

「「いただきます」」

 

 ちなみに、味はそれなりだったと言っておこう。

 

 

 

「美味しかったー! 普通のストックって女が家事やってるって聞いたけど、アンタも大概じゃん」

「そりゃお前。彼女いない歴が年齢の一人暮らしを嘗めちゃいかんよ。少しでも毎日に楽しみをもたらせるために人並みより少し上程度には鍛え上げたんだから」

「ふーん、彼女…か。愛情っていうの? そんな感情とかで動くストックって、ホントヘンだよね。時にはそれで自分の限界超えるって言うし、それをネブレイドしたせいでリリオとミーは変な雰囲気作りだすし」

「うわぉ、そういう時って、何かその場所にいて不快にならないか?」

「あ、なるなる! もういい加減にしてよねって感じ!」

「エイリアンでも毒されたらあるんだな、そんな空気」

 

 その後もナフェが語った、人間と言う俗に侵されたエイリアンたちの行動は中々に面白いものだった。感情と言うものが出始めてからはどことなく連携がギクシャクし始めて、初めて人類側に一人倒されてしまったとか、エイリアン同士の意志の対立と言う初めての経験でその後どう接したらいいか分からなくなったりとか。

 そうしてアットホームなのか修羅場なのか良く分からない日常をこれまで過ごしてきたらしく、改めてこう言ったのんびりとした旅をするのはナフェにとっても楽しいものであるとも言ってきた。

 

「他の星から全員集まるまではあたしもフリーだったしさ、あの方からのアンタとの旅しろって命令、今となっては感謝してるかも」

「そんじゃ、あいつに喰われないように手助けしてくれるか?」

「それは無理。あたし死にたくないもーん」

 

 残念、目論見は正面から跳ね除けられてしまったようだ。

 

「ところでさ、良いもの拾った」

「なんだそりゃ」

 

 ナフェがウサギの顔みたいなあの専用アーマメントを呼ぶと、その中から壊れていないラジオが出てきた。それはまだ電波を拾っているようで、ノイズと共に英語で何やら言葉が発せられている。

 

「んで、こいつをチョチョイと弄ると……」

 

 何をするのかと見ていれば、アーマメントの耳の様な部分から伸びたコードがラジオのジャックと直結して、アンテナとスピーカーの役割を果たした。彼女はどうやっているのか周波数を合わせ始め、ラジオからはハッキリした英語が流れ始める。

 それが何を言っているのか彼には理解できなかったが、ナフェは得意そうにそれを翻訳した。

 

「“こちらモスクワ、UEF本部。これを聞いている人類の生き残りよ、ここは食料、寝床、衣類が揃っている。これを聞いた人類はモスクワに集結せよ。救助が必要な物はこちらに連絡をXXX-XX-XXX……”

 ま、直訳して日本語にするとこんな感じかな? よかったじゃん、人類、見つかって」

「……おいおい、マジかよ」

 

 こちらが隠すことなく、ナフェが此処に来て人類の総本山を見つけてしまった。これは、最早人類が滅亡までのカウントダウンに入った事と同義でもあった。

 

「それで、行くの? モスクワ」

「……さぁて、どうするかな」

「あんた、いつ知ったか知らないけど、これを隠したかったんじゃない? そうだよね。だって、あんたも同じストックだもんね?」

「いやはや、噂に違わぬ冷血此処に来て発揮かよ。さっきまでメシウマしてた姿はどこ行った……?」

 

 冗談のように笑い飛ばすが、彼の内心はこれまでに無いほど焦っていた。同時に、人類滅亡の危機に関してこうした焦りを覚えたことで、自分も人類を思っていると言う事を再確認していたが。

 そんなことより、目の前で笑う少女がたエイリアンが、生き血をすする怪物に見えそうになっている事の方が重大だ。無意識に深呼吸を行って意識を落ちつかせると、しっかりとナフェに向かって視線を返した。

 

「……お前はどうするんだ? この事を知らせるのか?」

「あたしはあんたの隣にいて、あんたを殺さないなら好きにしてい言って言われてるし、こっち側からしてもこの事を知らせるのは普通じゃん? だから、いつでも総督やザハに伝えてもいいんだけど……」

 

 ナフェの意地悪げに宿った瞳の光。それは既に絶望を意味しているのだと、彼は感じ取ってしまった。だから、盛大に舌打ちを響かせる。

 

「…その反応、話し合いの余地じゃなくて既に伝えたってことか…!」

「あったりぃ! 分かってるじゃん」

 

 つまり、すでに人類はエイリアンの手の中。

 こうなった原因はナフェを連れ回した彼そのものだ。

 責任重大どころで終わらせる事ができるような範疇ではない。

 

「ま、襲撃はみんな集まってからだけどね。それにしても、自ら滅びに行く為に固まるなんて、本当に頭の悪い種族だよね。それだからあたし達にとっては“在庫品(ストック)”でしかないんだけどさ?」

「その頭の悪い種族にそっちは7人ほど殺されてるじゃねぇか。それも、そっちで言うグレイにだぞ?」

「あいつらはネブレイドもほとんどしてなかったし、アーマメントも率いなかった奴らだから自業自得。それに、あたしがこっちに来た時には既に5億だったのが二億くらいのアーマメント連れて来ただけで五分の一になるしさ。単純な戦力でアーマメント一体に二人でも敵わないってことじゃん。あのときは張り合いが無かったなぁ」

「ハっ」

「む」

「これからが反撃だよ。その首洗って待ってろ、今に半数以上また狩り直してやる。こっち側の最終兵器があるんだからなぁ!!」

「むむっ………」

 

 グレイにはしてやられた事もあるのか、ナフェは口を閉ざした。

 そしてしばらくの静寂。ナフェは、ある事に気付いた。

 

「…って、結局あんたも他人任せじゃん」

「……うん、そうだよな。俺も言ってから気付いた。虎の威を借る狐どころの話じゃないよ。つか、最終兵器ってばらしちまったよチクショー」

「絶対どっか抜けてるよね」

「言うな! 悲しくなるだろう!?」

「あはははははっ」

「笑うなぁあああ! あー、くそっ。黒歴史決定だよもぉおお!」

 

 不貞腐れて、彼は米をガシガシと丁寧に研ぎ始めた。明日の朝の楽しみだ。揺れている感情を落ちつけるためにはこれが丁度いいと思ったからでもある。

 これでいいだろ、と思った彼はナフェからラジオを入れたアーマメントをひったくると、研いだ米を器に移し換えてからその中に入れた。炊飯器として使うつもりらしい。

 

「どちらにせよ、発見が早いか遅いかの違いだよ? そっちが責任感じるとか、一々あたしと張り合う必要なんてないのに……あぁ、面白かったぁ」

「こやつめまだ言うか。それにしても、本当にどうすりゃいいんだ。人類滅亡とかマジ洒落にならんしょ」

 

 うがー、とガシガシと頭を掻くと気にしない方が良いとナフェが疎める。確かに、此処にいる彼一人なら絶対に生き延びる事が出来るだろうが、孤独の中でこのトンでもパワーを持て余して生きると言うのは中々に地獄だ。

 いっそエイリアン側に引き取られるという手だてもあるが、「お嬢さん」が全員倒してある意味共倒れENDを迎える可能性の方が高い。これからは人類救済ではなく、自分の身の振り方を考えた方が速いのではないかと言う事もナフェに言われていた。

 

「そう言う事だから、あんまり考えない方が良いよー? どうせアンタ一人だと何もできはしないんだしさ」

「うっせ、自分ひとりの失態で同族が全滅するストック側の事も考えてみやがれ」

「考えられませーん」

「ウザ」

「はぁ? なによソレ!」

 

 とりあえず、彼らがそんな会話を交わしていたら深夜を過ぎていた。ナフェもエイリアンの性質なのかは知らないが、寝る必要が無いので彼と頭脳も策略もないただの口論を続けてしまう。そうして時は過ぎ、いつの間にか彼らは二人仲良くその場で眠ってしまっていたのでしたとさ。

 

 

 

 朝になると、あの際どい服装が災いして、朝方の寒風を直接その身に受ける幼子のようなナフェの姿が在った。その隣ではエプロンをつけて朝の食事の支度をしている男性。調理器具とはかけ離れたピンク色の兎の顔の様な機械をその作業に加えて、着々と準備を進めている。

 

「うぅぅ……暖かいご飯まだぁ? 早くしてよ」

「ったく、その格好で最後まで口論するからだろうが。ほら、寒いなら荷台の横に干してあるタオルケット一枚持って来い」

「はいはい」

 

 昨日の残りの蟹味噌汁を煮詰め直すと、味が深くしみわたって濃い口好きなら好みそうな具合になっていた。そうして味見を済ませた後に、隣にあるナフェのアーマメントを開くと、炊きあがった米が炊飯器の時の様にふっくらとしている姿があった。その横にはついでとばかりにやかんも並んでいる。

 

「水の分量は間違ってなかったか。……んー、なんか足りないから、青菜のひたし追加するか」

 

 これならすぐにできるからと、水で洗った菜っ葉をまな板に乗せると、十数種類はある包丁の内から一つを選んでさくさくと適度に切り始める。小さな皿を出してその中に入れ、上からゴマをかけた。

 

「寒い~!」

「待ってろって!」

 

 これまた漁って手に入れた茶葉を取りだしてからティーパックに詰めると、先ほど一緒に熱していたヤカンの中に同じものを幾つか入れる。

 

「コップ持ってこい。さもなくばやらん」

「このっ、こっちの胃袋握ってるからって…!」

「そう言ってちゃんと湯呑の方持ってくるのが陥落されてる証拠だよな」

 

 ナフェが差し出した湯呑の中に、やかんの中で茶葉の緑色に染まった緑茶を入れた。テーブル代わりに即席で作った板の上に皿を運んで、日本の典型的な食卓が完成する。

 全てをやり切った彼は、どこか輝いているような気がした。

 

「「いただきます」」

 

 そしてナフェにいつものように食べさせると、日本の米はかなり好評だった。

 見ているか、エイリアンにも日本は通用したぞ!

 

「なに泣いてんのさ」

「いや、ちょっと感動して……つか、膝に座るな」

「こっちの方が食べやすいし楽なの」

 

 昨日の対立はどこに行ったのやら。人類に危機が迫っていると言うのに、この二人は対立すべき種族同士で一家団欒の様なほのぼのとした光景を作りだしていた。

 また一口がナフェの口に運ばれると、今度は彼が自分の分をぱくりと食べる。久しぶりに味わった本国の米は、彼に新たな感動の涙を流させた。

 

「くぅっ美味い! もう人類なんかどうでもいい。この美味さがあれば生きていける…!」

「うわぁ、一時の感情で自分の種族売っちゃったよこの個体」

「えぇい、日本人は一々オーバーな反応をする物なんだよ。その辺り察せや」

「日本人はほとんどネブレイドした事無いからわかりませーん」

「一々琴線に触れやがって、んにゃろ」

「ちょひょ、はひふんほは!」

 

 うりうりと頬引っ張ってやれば子供の肌の様にもっちりと伸びた。

 結構いい感じの手触りに彼は感心していたが、食事中だと言う事を思い出してすぐさま箸を手に持った。掴まれた彼女の方は、恨めしげな視線を彼の腕の中から覗かせていたが。

 

「悪かったって。ほら、これで元気なおせ」

「はむっ……んく。……こ、これで許すと思ったら大間違いだからね!」

「テンプレートお疲れ様。そんな知識どこで覚えて来た」

「あんたの祖国、日本人」

「やっぱり日本は腐ってやがった」

「そもそも娯楽とはいえあんなの作るなんて、あたしらじゃまずあり得ないから」

「異星人にまでここまで言われるって相当だぞオイ」

 

 ごちそーさまでしたと言い終える頃には、彼も最早人類の危機に関しては諦観ムードに入っていた。変態大国日本の知識がこのような見た目少女のエイリアンに流れていた時点で、目が死んでいたからである。

 まさかこんな所で人類にしては有り得ない身体能力を持った切り札にもなり得そうな存在が裏切るなど、人類側としても思いもよらなかっただろう。

 

「で、今日からどうすんの? あんな放送あったってことはモスクワにほとんどのストックが集まってるだろうし、この辺の国にはもう残ってないんだろうしね」

「………そうだな」

 

 結局、彼にとって廃墟探索やナフェとの二人旅も結構に面白いものだった。確かに大勢いたら楽しいかもしれないが、二人しかいないからこそ楽しめる旅もある。

 少し悩んだ彼が出した結論は、実に予想通りのものだった。

 

「ばれたもんは仕方ない。予定は変わらず、北のヨーロッパ跡地巡りをするさ」

「んじゃ、まずは海峡に行くんだっけ?」

「どうせ海だし、またアーマメントを道にしてくれ。コンパスもあるから、今度こそ迷うことなんてないだろうし」

「ここ来た時、最初の街で色々見つけたもんね」

 

 完全に気の抜けた彼が移動手段としてアーマメントを要求したのは初めてだろう。

 そんな事を決めながら、彼らは今日も北上する。

 

「それがまさか、あんなことになるなんて誰も思わなかった……」

「やめてよもう、縁起でもないんだから」

「フラグ立てときゃ何かあるかもしれないだろ?」

 

 だが、これが後に本当にとんでもない事態を引き起こすとは、この二人は知りえなかったのだった。

 




人類に滅亡フラグが立ちました。
主人公をこのような目にあわせるのはどうかと思ったんですが、正直ほのぼのとしたエイリアンの姿を描くのがこれの現在の目標なので、結局こうさせていただきました。

今後の展開ですが、最期の文はマジフラグです。

それでは、またお会いしましょう。
長文読書お疲れ様でした。


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まさかの

今回は本当に短いです。
次はじっくり濃くするつもりですが。


「君とナフェちゃんはこっち、そのリアカー…? は……」

「ああ、いいっすよ自分で運んで繋げとくんで」

「それは助かる。それじゃ此処は危険だから、その車に乗ってすぐに移動しよう。海のアーマメントが全部散ったとはいえ、安全なところなんて無いんだからね」

「はーい……(ねぇ)」

(きくな、俺も何でこうなったか分からん)

 

 コードプロジェクト12。

 それによって編成された「PSS」と呼ばれる対エイリアンの軍隊組織が存在する。それは「UEF」と呼ばれる組織の傘下に在り、その上からの報告を受けて民間人の確保、地球に点在するアーマメントの破壊、戦力増強によって打倒エイリアンを掲げて訓練など、真に人類の危機だからこそ必死で誠実な組織として活動している。

 だから、それに属して居る者たちは教官や同僚の存在が良い事もあって、誠実であったり、戦う事に必死ながらもどこか底抜けに明るい印象を持っている人間ばかりだ。もちろん、汚い人間は本当にいないと断言できるわけではないが。

 

 そして、彼とナフェはそのPSSに保護されていた。

 その理由は簡単。PSSの軍が偶然にも(・・・・)異常発生したアーマメントをここぞとばかりに倒しに来ていたのだが、その横を人知を超えたスピードで例の一行が通り過ぎ、やっとヨーロッパ州到着だ! と喜んでいたところを逃げて来た民間人だと思って保護してしまったからである。

 そして彼らは大幅に世界旅行計画を変更することになり、人類最後の砦「モスクワ」へと向かっているのであった。

 

「……こいつが走った時の方がいいなぁ」

「あれ? ナフェちゃん何か言った?」

「べっつにー」

「ああ、何か遅く感じる俺って一体……」

 

 保護された二人はどこか変な思考回路をしながらも大人しく連行(?)されていた。

 そうとも知らず、運転している人物は気軽に話しかけてくる。

 

「しっかし、良くあんなに食料が在ったな。世界を回ってたんだって?」

「まぁ、はい。ソーラーパネルとモーター充電、それから風力発電で冷蔵庫だけは動かせましたし、10数年でそこら中に畑からはみ出て自生した野菜とかもありましたから」

「そりゃぁ良い事聞いた。今度本部の上にその事話しておくよ。これで当面の食料問題は解決だな。あんた等のだけで1年は持ちそうだし」

「それは、まぁ良かったんじゃないでしょうか」

「なんだよソレ。あ、そう畏まらなくていいぞ? 上下関係気にしてたら生き残れないだろうしさ」

「そうか、じゃあ頼むわ」

「変わり身早っ」

 

 そうツッコミを言いつつも、運転を続けるPSSの隊員。これだけの遠出をしているためか、いろんな電子機器が取りつけられている装甲車を運転している彼は、走行しながらもそう言った電子機器を時折いじったりして通信や調整を行っている。よほど聞きの扱いに長けた訓練をしてきたのだろう。

 

「そういやそっちの名前は聞いても、自己紹介がまだだったな。ロスコル、ロスコル・シェパードだ。間違っても犬なんて言うなよ」

「ああ、シェパード・ドッグだっけ?」

「いきなり言ったよこの子っ、というか、君たちも随分風変わりだなぁ。世界を回っているにしてはアーマメント手術受けてるし」

 

 このように普通に連行される理由。たったいま、彼が漏らした「アーマメント手術」と言う言葉。これが、ナフェがエイリアンとして認識されていない事に起因していた。

 この世界はアーマメントという機械が攻めてくるだけあって、当然それの鹵獲をして研究を進めている。そしてアーマメントは人体に適応する事が出来ると分かった瞬間、人々の医療技術は唸りを上げていた。

 戦いに次ぐ戦い。そのなかで当然ながら腕や足を損傷して失くしてしまった人物も多く、そのような人たちはアーマメント手術を受けることによって新たな機械の腕や足を得ている。まぁ、敵のアーマメントから技術を横流ししているだけなので不格好な形が多いのだが。

 

「それにしても、ウサギの耳なんて洒落てるな。…あの()が生きてたら、こんなに可愛かったかなぁ」

「親族か?」

「姪っ子なんだけど、目の前でね」

「ふーん、死んじゃったんだ」

「うわっ、駄目だ。この子絶対にあの子と被せられないわ。君はどんな教育したんだ」

「あった時からコイツはこうだよ」

 

 それから数日間、モスクワのUEF本部に到着するまでは三人が駄弁り、時折別の場所に向かうPSSメンバーの討伐隊とすれ違うなどして毎日を過ごした。「彼」の驚異的な身体能力やナフェの価値観の違いにロスコルは驚いていたものの、それもこのトンでもない世界で培われたものだと信じて疑わず、人類も頑張ればできるものなのだと感銘を受けていた。

 

 そうして遂に、三人は人類最期の砦になる予定の場所「UEF本部」へとたどり着いた。

 

「……そう、保護してきたんだ。女の子と青年……野郎は好みじゃない? ばーか、数少ない同士だろうに……ああ、それじゃ開けてくれ」

 

 

 ロスコルが通信を取ると、目の前の重厚な門がゆっくりと開けられ、新たな生き残りを祝う数百人の人が集まって来ていた。この世界に来てから始めて見た人類のその数に、彼は大きく目を見開いて驚愕する。

 

「ようこそ、UEFへ!!」

 

 最期の砦が、異星人の侵入を許した瞬間である。

 

 





さぁ、作者達にも予想外のUEF到着!
……本当にどうしてこうなった。

これから異星人とそれに目をつけられているとも知らない人類はどうなるのか!
はたして、その結末やいかに――――――
ご愛読、ありがとうございました!








終わりませんけどね。


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聖夜祭

一応、本編でもありクリスマス編。
乗り遅れた気もしますが、まだ間に合うはずっ!


「ここが生体アーマメントの研究区域。手術を受けてるナフェちゃんは別の場所でも同じのを見た事が在るだろうけど、君は初見かな」

「ああ。しっかし、人類も粘るもんだ。残り一億人にも満たないってのに」

「……そんなに減ってるのか?」

「あ、知らなかったか? 世界中いろんな所巡ってると、そこで出会った人たちの総数聞いてくるんだ」

 

 もちろん嘘である。

 真実を話したほうがエイリアンには有利に闘えるだろうが、別にどちらにも加担すると言う訳でもない彼はそれを敢えて口にしなかったのだが。

 

「そうか、もう一億以内か……勝たないと、な」

 

 ロスコルはどこか感慨深げにつぶやくと、二人の案内を再開した。

 彼らはここしばらく訪れなかった新しい人類と言う事で、このそれなりに広い場所でもあるUEFの施設をPSSの部隊員に案内されていた。最初の発見者であるロスコルを筆頭として、日によっては別の人物とも接触している。彼らはUEF本部に訪れてからの数日間に居住区、研究区、防衛区、そして避難所といった場所を訪れた。

 唯一権力的に上層に位置する者たちの住まう場所へ立ち入ることはできなかったが、侵略されているからこその一体感からか、一般人にもほとんどの場所が開放されている事はそれなりに驚きを感じていた。普通の組織なら、一般人は居住区ぐらいしか行き来出来ないだろうから。

 

 そして日が巡って再びロスコルが二人の案内をする事になっていた。

 

「案内できるところはこれぐらいかな。施設の場所は――」

「東に居住区、西の一本道を行くと研究区」

「…もう覚えたのか?」

「単純な構造なんだもん。あんたも覚えたでしょ?」

「あ、ああ。一応全部暗記出来てるが……」

「これはたまげた。優秀な人材になってくれるかもしれないな。―――ああ、勘違いしないでくれ。強制はしないさ」

 

 慌てて取り繕うように言ったロスコルがどうにも滑稽に見えて、彼はくすっと笑みを浮かべた。

 

「そんな奴じゃないのは分かってるって。まあ、俺の身体も大概常識外れだからな。戦線に行く決心が決まったら寄らせて貰ってもいいか?」

「…ああ、勿論! PSSは歓迎するさ」

 

 二人は右腕同士をぶつけ合い、互いに笑ってその場で別れた。ロスコルの様な機械に強くて肉体面も並み以上あるPSSメンバーはかなり重宝されているらしく、彼も自分が保護した新人だからと無理を言って抜け出して来ていたらしい。そして勧誘に色よい返事がもらえるかもしれないと分かると、目を輝かせているのが彼にも見てとれた。

 窮地に陥ると、どちらの意味でも人間は素直になってしまうものなのだろうか。

 

「うん、やっぱりこれだよね」

「どうした? 人間の感情でも理解したのか」

「そんなわけないじゃん。ストックはさ、こうして足掻くから、こうして何かに強く執着するから狩り甲斐が在るってこと~」

「やっぱその辺はぶれねぇよなあ」

 

 ネブレイドもすっごく上質になるから、とはしゃぐ彼女はどこまでもエイリアンだった。

 その会話が聞こえなかったのが幸いか、遠巻きに此方を見つめる老夫婦は微笑ましい物を見るような視線を此方に投げかけているのだと彼は理解する。それには思わず苦笑してしまった。

 

「む、なんか文句ある?」

「いんや? 会話内容さえ聞かれなけりゃ、ただの仲睦まじい親子に見えてるんだろう、って思ってな」

「じゃあアンタが親? ……う~ん、あの方にネブレイドされるまでは一緒にいるんだし、パパって呼ぶことにしようっと。カモフラージュにもなるしね」

「予想以上に近親者の概念が薄いんだな」

 

 これまで一番エイリアンと長い付き合いであろう彼にとっても、時々彼女から飛び出す言葉は彼の興味を惹きたてていた。

 

「私たちはネブレイドを繰り返して自己を高めてるから、出自なんて全員機械だしね。それぞれの持っている情報が遺伝子でさえも伝わらないようにしてるの」

「エイリアンも大変だねぇ」

「ホントだよ」

 

 第一あいつらは人の作戦も聞かないで突っ走るからストックにやられるんだ…など愚痴り始めたところで、彼はナフェを持ちあげて自室へ向かう事にした。

 此処に来てからは全てを共同で共有するという事もなく、意外と食事などの集まり以外はそれぞれの人間に部屋を割り当てられている。纏まって此方に来たのでナフェと彼は同室に落ち付いているのだが、その部屋はプライバシー保護のために防音対策もされているらしい。まったくもって、内部のスパイがいる事を疑っていない体制なので最初は呆れていたのだが、考えようによっては人類の統一感を垣間見たとも言えよう。

 そして、この体制は本当に全ての人間が「これでいい」と同意した者らしく、PSSの古参メンバーに話を伺ってみると、研究者、権力者、一般人の全員が現在の体制に何の不満も抱いていないのだとか。

 見回りをする事もなく、人類の安らぎの地である事を全面にアピールしたような施設構造。微妙な立ち位置にいる彼は、この部屋に戻る度に重い空気を吸っているような気がしていた。

 

「……ってことでアイツは、…あれ?」

「やっと戻って来たのか。おまえは一回考え始めると中々一人語りを止めないからなぁ」

 

 そう言うと彼は立ちあがり、備え付けられた台所に火を入れる。彼が各地から取って来た食料は食料庫に入れられ、リアカーの一部で育てていたものは居住区の横に広がる栽培エリアの一部に回されている。彼もそこで野菜を育てているのだが、その収穫の一部を食料庫に行かずに貰い受け、こうして自室で料理が出来ると言う訳だ。

 ここには念願の「卵」もあり、それを知って使い出してからは食が充実しているとナフェにも好評だ。

 

「今日は何が良い?」

「パパ、あたし親子丼食べたい!」

「早速言い始めるのか。…まぁいいや、親子丼だな? ちょっと待ってろ」

 

 料理をしながら思う。エイリアンは本当に人間とは精神構造が違っているのだと。先ほど聞いた親族の概念が最低限もないことも含めると、エイリアンとは個人で完成する生物なのだろうと言う考えも出来るが、例え利用し合う関係だとしても組織を立ち上げる連帯意識も持ち合わせていることから纏めると、不思議な生態だという考えに落ち着いた。

 そして今、自分の後ろですっかり「食事」の味をしめたナフェと言う個体も相当変わり種になってしまったのかもしれないと思った。旅をしていて分かった事だが、どうにもエイリアンは吸収した知識に左右されやすい不安定な情緒を持っているように見える。

 

 そんな感じでエイリアンについての考察をしてみたものの、結局はどうにもならないだろうという形で落ち着かせた。考えるのは科学者の仕事であり、今は一般人として保護されている自分は数カ月後に訪れる大虐殺で「彼女」から逃げ切らなければならないのだ。

 

「……いやぁ、物騒だ」

「なにがよ?」

「オマエん所の総督様」

「同感!」

 

 まったく、それでいいのかとエイリアンたちの組織体制にモノ申したい気持ちになるが、喰われたら色々おしまいなので黙っておく。長生きの秘訣はしっかりと空気を見極めることだ。

 特に、この戦線に出るような事態が在るとき、それが出来ない奴から死んでいく。一言に空気と言っても、死の空気、危険な空気、そう言ったものが含まれているのがこの状況下なのだから。

 

「ほい、親子丼完成!」

「パ・パ? ホントになんでも作れるんだ」

「だからパパ言うな。それに何でもではないし、そうだな――」

 

 悩むそぶりをして、適切な答えを導き出す。

 それは迷いを振り切ったように、彼は言った。

 

「――自分にできることしかできないさ」

「いただきまーす。…うん、おいしいっ!」

「無視か」

 

 彼の言葉を完全に無視して、ナフェの小さな口いっぱいに親子丼がかき込まれていった。とはいえ、彼女の口に食べ物を運ぶのは彼の役割だ。自分が無視されていると分かっていても、こうしてナフェの世話焼きを続ける事が出来る辺りはコイツとの生活も慣れて来たもんだと感慨深さを抱いた。

 

 そんな事に慣れてしまっている自分も自分だが、流されるよりはマシだろうと思う。別に小さい子に気が昂ぶったり、どこぞの変態紳士の様な感情を持ち合せていると言う訳でもなく、最近ナフェの笑顔を見る事がデイワーカーになっている事は否定しないが。

 にしても、今の考えで少しばかり疑問がわき上がって来た。どんぶりを喰わせてから、少しは問い詰めてみるとしよう。

 

 

 

 彼らがモスクワの施設で暮らし始めてから数ヶ月。

 2050年の12月になった。

 巷で言うクリスマスの日に、此処、UEF本部に集まった人類は3000万人を超えていた。さらに、この土地の事をラジオや何かしらの電波を拾って聞き、続々と難民が集まって来ている。

 その中には宗教心が強い者たちも残っていたが、そう言った人たちは除き、このクリスマスと言う日を楽しめる者たちは50部屋ほどに分けられた大ホールにそれぞれ集まっていた。そのホール一つ一つもかなり巨大で、そのうちの第13ホールに彼とナフェは集まっていた。とはいっても、彼は主に料理を作る係。ナフェは一見同年代に見える子供たちに囲まれてウザがっていると言う微笑ましい光景を作りだしていた。

 

「お、本当に料理には強いんだな」

「まぁナフェのおかげでこれが取り得になったからさ。味は保証する」

「そりゃいいな! っし、みんな聞いたか! 今宵のメインが今出来あがったぞ!!」

 

 また新たに出来あがったこの13ホールの目玉、巨大ケーキを運んでいると、ロスコル他PSSの精鋭メンバーが主催となって此方に話しかけたり、作ったばかりのケーキの紹介をしてパーティを盛り上げていた。

 そして、彼が他の料理人のおばちゃんやおっさんと協力して作ったのが、最大4メートルはある特大ケーキ。紹介されたと同時に期待の視線が大量に突き刺さり、どうにも恥ずかしい思いをしてしまうものだ。そんな事を思いながらも、今回ばかりは自分も主役の一人だと思って、隣の友人からマイクを奪って声を張り上げた。

 

「さあさあ、食った食った!! 一段ごとに味の違う特大特性ケーキはこちら! 一段目はストロベリー!! 二段目はチョコレート、三段目は俺手作りのマロン!! 四段目は料理人が頑張った秘密の味が隠されてるってぇワケ! 冒険者に美味いもん食いたい奴、ハメ外したい奴は存分に楽しむぞぉぉおおおッ!!」

「っしゃぁぁぁあ!!」

「お兄ちゃんこっちにケーキちょうだい!」

「いいぞ坊主ー! もっと盛りあげろぉ!!」

 

 たちまちにケーキは人に囲まれ、無難に一から三段目を掬って行く者、四段目が気になって食べようとする者でいっぱいになった。自分たちの丹精込めて作ったもので皆が楽しんでいる事に心を温めながらも、PSSのメンバーが見直したぞ、衛生兵! と肩を叩いてきた。

 そう、この数カ月の間にPSS入りを果たした彼は、すぐさま衛生兵の役に収まっていたのだ。人知を超えた脚力や怪力は最初こそ好奇の目で見られたものの、今となっては彼がいると生存率が100%だと言われるほどに有名になっていた。そうして精鋭メンバーの一員として認められ、兼この施設で料理人という職についていた。

 

「立役者とはやるじゃないか。味わわせて貰っているぞ」

「これはマリオン指揮官、どうですか?」

「美味い。見事なものだ」

 

 そうして仲のよくなった人物の中にはあの指揮官もいる。彼とは映画の話をナフェに教えている際に、マズマの様だと言われて固まっていたところで初めて出会い、それ以来はいろんな意見を対立させながら映画について語り合う仲となった。もちろん、訓練の際は手を抜かずに全力を出している。そうして驚きの身体能力で張り合っているのが、日課でもあった。

 

「そういえば、ナフェと言ったか。君はあの子と一緒だったな」

「ああ、あいつなら…ほら、あそこで揉まれてます。人の波に」

「そう言えば、先ほどケーキの取り合いでピンク色の髪がフードから垂れている子がいたな。彼女には悪い事をしてしまった」

 

 もう一口ケーキをかじったマリオンはそんな事を言った。すると他のメンバーが大人げねぇと囃したてた。

 

「指揮官、流石にそれは大人としてどうかと思います」

「フォボス、だがこうも言うだろう。“早い者勝ち”と」

「YO、YO、指揮官っ、それは流石に無理あるぜぇっ!」

「DJの言うとおりだぜ。指揮官は大人げねぇって!」

 

 PSSメンバーがここぞとばかりに指揮官に対して「口撃」を加え始めると、流石の指揮官様も悪いと思ったのか項垂れ始めていた。

 

「だけど、ここまで難民回収できたのも指揮官がアーマメントとの戦いを指揮してくれたからですよ。ケーキぐらいナフェも回収できたろうし――」

「取れなかったよ! 取れなくて悪かったね!!」

「ぐぉぶわ!」

 

 せっかく人が慰めているところを、横殴りに吹き飛ばされてしまった。

 くそ、ナフェめ、明日の朝は起こさないで部屋に置き去りにしてやる。

 

「くっ、はーはっはっはっは! 君達はやはり面白い」

「ってあれ、お気に召したので?」

「いや、やはり私は馬鹿をやっている部下を見た方が楽しいようだ」

「だってよ! くっそ~、こんな可愛い子が娘にいるなんて羨ましいぜ!」

 

 ほら高いぜおらぁ! と彼がナフェを振りまわすと、彼女は抵抗を試みる。

 

「あ、ちょ……放しなさいよ、フォボス!」

「フォボス、おまえロリコンだったのか?」

「ばっ、テメ、ロスコルこら誰がだっ!」

「あ、こら、ロスコルも頭撫でるなぁ~!」

 

 敵対しているエイリアンと人間の筈なのに、どうにも今のナフェは駆け引き無しに楽しそうに見える。こんな楽しいクリスマスもあってもいいか、と横に目を移すと、もはやケーキがひとつ残らず台座だけになっていることを確認した。

 新しい料理を持ってくるか、と立ちあがる。

 

「DJ、マイク貸してくれ」

「OK、オッケー! またまたチョイと、盛、り、上、げ、ようぜっ!」

 

 DJからマイクを受け取ると、スイッチをONにして再び叫ぶ。

 

「悪いがケーキ完売だ! で、第13ホールの食道連中、聞こえてたらすぐ次の料理作りに取り掛かれ! まだまだ夜は長いぞ!!」

 

 その一言で再び歓声が上がると同時、横からフォボスにマイクをひったくられた。

 勢いのままに彼も夜を盛りあがらせるスピーチを行うと、最後に付け加える。

 

「その通りだ! 生き残った人類総出のお祭り騒ぎを楽しまないでどうするってんだ! 長い夜はまだまだ数時間ものこってやがるぜぇぇぇええ!!」

「おぉぉおおおおおお!!」

「PSS! PSS!」

 

 熱狂に包まれる第13ホールの全員、そしてPSSメンバーや他の子供たちと戯れるナフェを横目にしながら、彼は自分の役目を全うするために食堂に向かう。まだまだ食べていない人もたくさんいる中、自分だけが職務を放り出して休むわけにはいかないからである。

 食堂に飛び込むと、早速手伝いを言い渡された。

 

「来たね坊主! チキンを焼く準備は整ったよ!」

「おい兄ちゃん、さっきはよくも言ってくれやがったな! おかげで手が止まらない事態になっちまったじゃねぇか! ―――よくやった!!」

「おっちゃん、ばあちゃん、減らず口叩いてる暇あったら手ぇ動かして料理作るぞ!」

「その通りだ! あいつらの胃袋に収まるには少ないんだっての!」

 

 パーティーやお祭り騒ぎはこの食堂でも同じ事。しゃべくりながらも一切妥協をせずに料理を作り続ける姿勢は、正に料理人の鏡。その輪に参加して、彼も存分に腕を振るうのであった。

 

 

 

「むー、またパパいなくなってるし」

「親父がいなくなって焼きもちか。マジでガキンチョはこうだよなぁ」

「なにいってんの。ただの旅仲間よ、仲間!」

「の、割には彼をパパと呼び慕っているではないか。君の本当の父親はいないのか?」

 

 マリオンがそう聞くと、ツンと跳ね返すように彼女は言った。

 

「いないっての。生まれてこの方、両親なんていないし」

「……ふむ、これは不味い事を聞いたようだな。すまない」

「別にいいよ。そんな重たい事でもないしさ」

「強いな、ナフェちゃん」

「そりゃ強いに決まってるじゃん。なんたってあたしは―――」

 

 そのまま勢いに「エイリアンだから」と言おうとして、口をつぐんだ。

 このまま言ってしまってもいいのに、何故自分が口を閉じたのか分からない。だが、どうして、こうして今でも頑なにエイリアンと言う単語を出したくなくなったのだろう?

 ……なんにせよ、今はごまかしておかないと駄目だと思った。

 

「…きみは?」

「……パパの娘だしね!」

 

 そう言った瞬間、周りの全員がシン、と静まった。そして、次の瞬間には当たりが爆笑に包まれる。

 

「おれ知ってるぜ! これってファザコンって言うんだろ!」

「はっはっは! これではフォボスの取り入る隙がないようだな」

「し、指揮官!? だから俺はロリコンじゃないって言いましたよね!」

「「「はははははっ!!」」」

「お前ら、そこに並びやがれ!!」

 

 次々と鉄拳制裁を下していくフォボスとその愉快なメンバーを見つめて、ナフェはくすくすと笑っていた。

 そんな様子は、どこまでも人らしく、どこまでも無邪気な子供のようだったとか―――

 





というわけで、ナフェはパパっ子になりましたとさ。マジ裏山(ギリィ
ああ、ネブレイドされてもいいからこんなかわいい娘が欲しい。

サンタさんに頼んでみます。

それでは、また来年にお会いしましょう!


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明け始まり

遅くなりました。
結構PSSメンバーは好きです。


「お義父さん、ナフェちゃんを俺に下さい!」

「……とりあえず聞くが、誰から言われた?」

 

 新年を迎えて数日。

 クリスマスで体力も何もかも(食料は除く)を消費しきった人類の生き残りが多数だと言うのに、その人類を守る筈の精鋭部隊PSSのメンバー―――そのうちの一人、「フォボス」はそんな事を彼にのたまっていた。

 

 当然、そんな発言をした彼とその周囲の人物はぽかんとその様子を見守っていた。話の当人であるナフェもそのうちの一人である。

 

「いや、こればかりは俺の気持ちに偽りはねぇんだ! 仲間から散々ロリコンと言われてきたが、胸の高鳴りは抑えられない。これはつまり――――恋なんだよな!?」

「オッケーオーケー。……マリオン司令官」

「……一応持っているが、本当に?」

 

 彼が勢いよく頷くのを見て、フランク・マリオンは仕方なしに溜息まじりで「ソレ」を彼に渡した。「ソレ」を受け取った彼は、ナフェの方に視線をやる。

 

 ―――やっても?

 ―――やっちゃえ

 

 ナフェからのお墨付きももらったところで「ソレ」を勢いよく振り下ろし、頭を下げているフォボスの後頭部に命中させる。

 

 スパーン、と。

 

 紙の弾ける音がした。

 

 

 

 

「…で、目は覚めたか?」

「あ”~、悪い、酔いが回ってたみてぇだな……」

 

 「ハリセン」を肩に担ぐ彼がそう言えば、先ほどまでにあった「頬の紅潮」をすっかり無くしたフォボスが項垂れる姿がそこにあった。

 新年を迎えたこの日、どんどん人類の生き残りが集まって来ていることでその時に持ち込まれた食糧や機材も次々と運び込まれている。アーマメント技術もナフェが口を出し始めた事もあって、それが原因でPSSや重労働に復帰する人物も増加してきた現在は、人類滅亡へのカウントダウンが始まってからはといえば、さほど華々しくもないが皆が協力し合う「黄金時代」と呼ばれるほどだった。

 

 そうするとやはり、人々は新たな成功ごとに「宴会」を開くのであって、それに悪乗りをする人間も増えてくる。そんな人たちに酒をどんどん飲まされ、意識が薄くなって来たころに擦りこむようにしてフォボスは「ナフェとくっつけ」という催眠を掛けられていたのだ。

 その結果がこれであるのだから、やはり「酒は飲んでも飲まれるな」は名言であるなと彼は認識を改めた。

 

「で、そんなフォボスはホントにアタシに気があんの~?」

「無いってえの! 俺がそんな性癖を持っているんじゃ無くてだな……」

「とにかく、誰に飲まされていたか見てましたか? …司令官」

「俺に聞かないのか!?」

「うむ、主にロスコルと通信管理のメリアが悪乗りしていたようだな。とくにメリアが酒乱だったのもあるんだろう」

「司令官も無視ッすか!」

 

 フォボスの叫びも無視して、彼は聞かされた名前に頭を抱えていた。

 

「……ああ、アイツか」

「腕のいい新人が入ったと思えば、天は二物を与えずとはよく言ったものだ」

「感心しないで止めといて下さいよ……」

「まあいいではないか。ロスコルに次いで機械分野に優秀な者がやっと見つかったのだ。これで大いに戦線も良くなるだろうさ」

「それならいいんですけどねぇ……フォボス、とにかくこの酒瓶片付けとけ」

「わーったよ。ったく、俺もなんであんな二人に嵌められたんだ……」

「ナフェ、部屋に戻るぞ」

「はーい」

 

 ぶつぶつと呟くフォボスを背にして、彼らは部屋に向かう。その途中で止められることなく二人は自室に向かう通路に入った。

 既に日も暮れているだけあって、外は暗いのだろうと言う事が分かる。建物そのものがシェルターの役割を果たしているこの施設の廊下には強化ガラスが張り巡らされており、その向こう側からでもしっかりと暮れている深夜の光景は目に入った。それとは反対に、ここの自室などはそれこそ襲撃から身を守るために堅牢な作りをしている。窓一つ無い部屋は、独房の様でもあった。

 そんな牢屋モドキに向かっている途中、ナフェが彼の服の裾を握る。何かを伝えそうに視線を合わせて来たのを見て、なるほど、と彼は手を引いた。

 

「とりあえず、外に出るか」

「……うん」

 

 

 

 

 二人は外に出ると、梯子も掛かっていないUEF本部施設の登頂に移動していた。そして、彼はナフェが話しかけてくるのを待ちながら干渉に浸る。

 

 人類が絶滅しかかってから、この数十年はアーマメントと言うエコな技術が普及して排気ガスなども最小限になった。毎日のようにt(トン)単位の汚染は無く、代わりに自生してきた植物がこれまでの人間の歴史を塗りつぶすように気候を清浄な環境へと変えていく。

 人がどれだけこの星に害を与えて来たのかが皮肉気に現れている、現代ではもう見る事が出来なかったかもしれない満点の星空を見上げながら、彼はそんな事を思っていた。

 

 片腕の力だけであおむけの体制から逆立ちして自分の有り得ない身体能力に辟易していると、ようやくナフェが口を開く。

 

「……ストックは、ホントにストックなんだね」

「どうしたいきなり。前にも言ってなかったか?」

「うん。でも……やっぱりさ」

 

 彼女は星空を見上げ、次に月を見た。

 そこには彼女達エイリアンの基地があるというのは彼だって知っている。そして、そこには「彼女」が坐しているのだろう。悠然と、何の興味も持たずに、ただこの地を見下すように。

 だが、ナフェの興味はそこに向かっているようには思えなかった。どちらかというと、郷愁から繋がる嫌悪の感情が見え隠れしている。そして、時折見せるのはこの天体を越えた向こう側への憎悪の感情。

 バラバラだが、どれも彼女の持っている感情なのだなぁと、彼は目を細めた。

 

「で、ストックはなんだって?」

「……あれ、やっぱり聞いちゃうんだ」

「中途半端で終われば、人間ってのは詳しく続きを聞きたがるもんだ。……それとも、言ってほしいか?」

「…ふんだ、言えるものなら言ってみなさいよ」

 

 そっぽを向いて言った彼女に、とりあえずは意地悪げな表情を作った。

 それにたじろぐ姿を見ながら、口ではこう言い放つ。

 

「染まってきた、ってことだろ」

「……嘘」

 

 その言葉は見事的中したようで、ナフェを絶句させることに成功した。エイリアンなどに鼻を明かしてやった、と言うあたりはザハのシンボルやジェネレーターを倒した時以来だと思い出しながら、続けた。

 

「ナフェ、お前はちょっとストックの…いや、人間の感情を持ちすぎたんだな。未熟な感情のままであったり、こっちから見た“エイリアン”の感性そのままなら多少はごまかしようもきいたんだろう。だけど、今のお前は年相応の子供並みになってる」

「え、そんな筈!」

「なってるんだよなー残念ながら。それに、お前はエイリアン連中の中でも最もネブレイドに勤しんだほうだろ? そりゃ、精神のベースがエイリアンの精神構造をしていても、人間と言う不純物が混じりきった状態じゃ人間の側面が表れるにきまってる」

 

 そう言ってやれば、ナフェは思い出したように出会った頃のような残酷さを秘めた瞳を取り戻した。やはり、彼の読み通り此処に来て数カ月の間に失っていた、エイリアンとしての自分をようやく見つけ出す事が出来たのだろう。

 人類にとってはいい迷惑だが、あんなナフェらしくない姿を見るのは「彼」にとって変な物に感じた。いろいろ教えて来たが、エイリアンとしての彼女は失ってほしくなかったから。

 

 どうしてそう思ったのかは、分からないが。

 

「……ま、どっちにしても迷ってるんだよね」

「人類を飼うのか、それとも総督の言うとおりにネブレイドしきるか、だな?」

「あれ、やっぱり知ってるんだ。一度でいいからネブレイドして知りたいなあ」

「ほざけ」

 

 まぁ今はいいや、と彼女は足を揺らす。

 

「すでに飼いでシズと結託してんだけど、どうにもアタシにお菓子くれるおばあちゃん見てると決断が鈍っちゃうんだよね」

「オイオイ、主犯クラスがお菓子一つで懐柔されてどうする……」

「だからこそ、ストックは凄いって思うんだよ。アタシ達にこんな影響与えるんだもん。たかが物一つで決断が傾くような感性をいとも容易く生み出させた」

 

 前のままの彼女なら、人質などをとられていたとしも、何も躊躇せずに人質ごと敵を斬り伏せる。だが、いまの彼女は悩んだ末にどうにか助け出すという選択を採択してしまう。

 それほどに、彼女に生まれた「心」は揺れていたのである。

 

 ところで、心という不確実な物を得てしまった事で動揺や感情を覚えた人外の存在の話は数多く存在するが、その最後は悲惨な物が多い。彼女もそうなってほしくはないと、やはり彼は心のどこかでそんな事を考えてしまっていた。

 それは仮にもパパと呼ばれた事に対する親愛の情からか、自分が持っている人間的な倫理の側面からかは分からなかったが、とにかくそう思ったのは間違いない。

 

「それでいいんじゃないのか?」

「だとしても、アタシだってストック共と同じで“食べる”“生きる”って欲求がある。これまでだって、アーマメントが持ってきたのを何人かネブレイドしてきたけど、やっぱりストック流の“食事”だけじゃもたないしさ」

「隠れてえげつねぇことやってるなぁ……」

「そっちだって隠し事しかないんだから五分五分(フィフティ・フィフティ)だと思うけど?」

「おおう、一本取られたか」

 

 大ぶりに天を仰ぐ仕草をして寝ころべば、彼の腹にナフェが頭をのせて来た。

 

「痛え。その耳モドキ外せ」

「どこに~?」

「……ああ、もういいや。真剣な話も、未来についても」

 

 素面じゃないと話せない。そう言って、彼は星空を見上げた。

 冬の三角形が煌めき光を放つが、ナフェ含むエイリアンが侵攻してきた根源だと考えると、空は環境汚染に悩まされていたころと変わらない、濁った虚ろなものだと感じられた。今の脚力なら高く、空の高くまで飛び跳ねる事が出来るだろうが、やはり届かないのだろう。

 

 そこまでで思考に一旦終止符を打つ。

 今の自分が何をできると言う訳でもないのは分かっている。エイリアンと戦うときはいくら平均的なグレイ並みの身体能力があるだろう自分の体でも、死ぬときはあっさりと死ぬだろう。目の前で「彼女」に捕食されていた運動野に染まったグレイと同じく、ただの骸となって果てる。

 

「そう言えば、新年を迎えてたんだったか」

「…どしたの?」

「いやぁ、“来る”と思って」

「……え」

 

 その言葉を狙っていたのかのように、寝ころんだ頭の先に一つの気配が生まれる。なんの違和感もなくただ出現したのは、白い鎌を携えた純白の存在。

 まだあどけなさが残る少女の風貌をしながら、その実の年齢は誰もが測り知りえないのだろう。そんな事を考えている彼の目の前には、いつか見た「顔」が視界に入った。

 

「よ」

「ああ」

 

 短い言葉で再会の挨拶を交わす。

 その瞬間、硬直から解けたばかりのナフェが声を出せない叫びに駆られて絶句する。まぁ、彼女の行動は概ね正しい。先ほどまで反逆と取られても全く問題の無い発言をしてしまっていたのだ。突然現れたエイリアンの総督とまで呼ばれる存在が、それを謀反未遂だけで刀を納める筈もないと言う想像を抱かれていたのだから。

 

「そうたじろぐな、ナフェ。そちらが行動を起こさない限り手は下さないからな」

「あ……は、はいっ!」

 

 いつもの調子のいい口調や言動はどこにいったのか、萎縮しきった様子で彼女の言葉に反応する。やはり、生存願望が高い存在と言うだけあって総督の恐ろしさを肌身で感じとったのだろう。ああは言っても、結局彼の背中に隠れてしまっていた。肉の盾にでもするつもりなのだろうか。

 

「今日で約束の一年経過。俺をネブレイドでもしに来たのか? 随分と余裕そうだな人類の敵様」

「そう言う貴様は臨戦態勢も取らずに大の字で倒れているだけか。諦めて大人しくネブレイドされるタマでもあるまい?」

「これはまた、随分と買い被って貰ったなあ。結局は凡俗のグレイと同等程度の戦闘能力しか持たない俺に何かがあると言うのかい」

「ナフェや私でも追いつけぬ“足”があるだろうに」

「これはまた、つくづく化けもんだな俺の足は」

 

 くっくっと笑えば、彼女もつられるように微笑を携えた。

 

「隣を貰うぞ」

「はいよ。…ナフェ、間にな」

「は、ええぇっ!?」

「ほう、それはいい」

 

 あれよあれよと言う間にナフェが真ん中で寝転がされ、その両脇を彼と彼女が固めて「川」の字を作ることになった。身長的にも問題は無く、一見すれば少し変わった中のいい家族のように見えるだろう。普段から発している存在感も今はなりを潜めているのか、横から伝わってくるだろうという想像と違う現状に物怖じしながらも、ナフェもその場に同伴させられた。

 

「で、ネブレイドは?」

「気が変わった。もう少し見ている事にしよう」

「俺の所在は?」

「別に、今までどおりにしていると良い」

「ナフェの謀反計画は?」

「動くときにだけ私も動く。それだけだ」

「だってさ」

「なにいってんの! もう……」

 

 それからは言葉もなく、三人そろって空を見つめていた。

 ロシアにいるというのに、冷たいつむじ風も吹く事は無くつれずれなるままに時間だけが過ぎていく。最初は緊張していたナフェも、今となっては彼と変わらない自然体になっていた。

 

 三人の瞳が流れ星を見つけた時、彼女は唐突に口を開いた。

 

「明日、全ての戦力がこの星に集結する」

「そして月で集会と」

「最後まで聞いておけ。……そして、その中で私は“ホワイト”かもしれない個体を発見した。此処のどこにあるかは知らないが」

「オマエも情報流出御苦労だなぁ」

「そりゃ、アタシもエイリアンって呼ばれてる側だし」

「そう言う事だ。……おそらく、私の見立てではおおよそ十ヶ月後に全てが始まるだろう」

 

 彼女が宣言したのは、おそらく9月25日の明け方の「BRS覚醒プロジェクト」を指しているのだろう。頭の中に入っている重大な出来事を記した年表最後に、そんな事が書かれていた筈。思ったより優秀なPSSメンバーを掻き集めた事で、一体どれだけの変動があるかは分からない。だが、結局人類は彼女――エイリアンの総督の掌の上で踊っているに過ぎないのだろう。

 それを理解したうえで、彼は大きく息を吐いた。

 

「…それで?」

 

 絞り出したひと言は、どうしようもないほど呆れに満ちた一言。

 それがどうしたのか。額面通りの感情がこもった言葉。

 

「とはいえ、目覚める前に消えてしまっては私がネブレイド出来ない」

「……総督ってさ、どんな嗜好してんのさ」

 

 ナフェがつぶやいた言葉に、彼女はぴくりと反応した。

 

「やはり変わった。“わたし”を前にして言いきるとは……流石、オマエのもとにいただけはあると言う事か」

「俺を人格変更機みたいに言うのは止めてくれませんかね」

「オマエの価値観の押し付けは洗脳にも匹敵しているだろう? かく言う私とて変えられている」

「っ…」

 

 彼女が言った後には、悲しげな笑みを携えている事に気付いた。

 それより気になったのは、彼女が「悲しみ」を発露させている事。

 

「……泣けるようになったか、いい女になれるかもな?」

「そう言ってストックのオスはメスを口説くんだっけ?」

「そこ、せっかくの雰囲気を壊さない」

「こうなったらヤケだよ。喋れるうちに吐き出しとくー」

「ふ、っくく……愉快、愉快だな」

 

 そうして彼女は笑った。

 

「「…………え?」」

「どうした」

「いや、コメディで笑うんだなと」

「右に同じく。総督も笑うんですね」

「……ふ、私もとんだ見方をされたのだな」

 

 唐突に彼女は立ちあがった。そして上体を起こした二人を見つめると、鈴の鳴るような声色で語った。

 

「…また、気が変わった。こい」

 

 そう言った彼女の足元から、淡い発光が始まる。

 如何なる技術を用いたのかも分からない、オーバーテクノロジーによって捻じ曲げられた空間の穴がぽっかりと口を開けているのだと、彼がそう認識したころには体は中空を舞っていた。隣に視線を移せば、同じように驚愕を顕わにしているナフェの顔が目に入った。

 

「どわぁあああああ!?」

「きゃああああ!」

 

 二人の悲鳴を呑み込み、空間は―――閉じてしまう。

 新年の始まりを迎えたUEFには、失踪者が二人出たと言う速報が駆け巡るのだった。

 





ここまでお疲れ様です。
ところで、皆さんはPSSメンバーの中で誰が好きですか? 私達は4対1対1でマリオン司令官に票が集まりました。


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早いおかえり

突発的な展開。
許してたもれ。(懇願的)


 意識がまどろんで、次に目を覚ました場所はゲームでも見た事のある場所だった。月の上に在るエイリアンの総督が坐する神秘的なステージ。純白に染め上げられた一対のテーブルと椅子が「彼女」をより引き立てるように鎮座して、俺達を当然のように見下ろしている。肝心の彼女はどこにいるのかと言えば、目の前で巨大な鎌を手にして見下しているのだが。

 

「……な、なんでここに」

「落ちつけ。気を保てやガキンチョ」

「が、ガキって! …そんな場合じゃないんだけどさ……」

 

 とりあえず場所そのものに怯えていたナフェを何とかして諌めると、未だ「殺気」を向けて此方を捕食される側の様に見下してくる彼女へと向き直った。

 その口角は愉悦に浸っているかのごとくにつり上げられ、話をしなくてもこれから行われるであろう事の予測はつく。だが、やはり自分も人間という種族の一員。まずは話し合いで事を荒立てずにやり過ごしたいと、

 

「やはり、いい熟成具合だ」

 

 ―――その言葉で全てを悟らされる。

 確かに濃密な一年を過ごしたと言う実感はあるけども、そう言った喰いたいオーラを満開にして態々宣言するほどの事でもないだろうに。そんな事を思いながらナフェを抱えると、彼女の口から文句が飛び出る前にその場から地面を蹴って一気に離脱した。その直後に、自分の首があった位置からナフェのいる位置へと巨大な鎌が振り下ろされ、空を切った事を見届ける。

 それに対し、随分とゾッとしないIFの未来だと内心で吐き捨てながらようやく此方の()撃を始めさせてもらう事にする。

 

「問答無用か。ってか喰うのは延長すると言ってなかったか総督殿?」

「確かに言った。故に、こうして対面している」

「…ちなみに、すぐに喰わなかったのは?」

「最後まで足掻いた個体こそ、最も甘美なネブレイドを齎してくれるものだ」

「ナフェ! なんか武器よこせ!」

 

 叫んだ直後、再び瞬間移動も生ぬるい速度で白が迫る。二、三歩ほど後退して紙一重で攻撃をかわすと、抱え込んだナフェを放り投げて後退から足を前進へと転換した。生存第一の本能を有しているナフェがそのまま何処かへ逃げてしまう可能性は高かったが、その予想をあっさりと覆し、彼女はウサギ型のユニットを集結させて部品解体から始めている光景が目に移った。

 別に自分が接近武器を扱うだけの技量を持ち合せているわけではないが、ここはどこぞのTRPG卓のように武器を持った人間にマーシャルアーツだけで勝利を収める事が出来る世界ではない。武器を持った相手を取るのに、自分も武器を持つことは何らおかしくは無い真理である。

 

「おわっ? っとぉぉおおお!」

「ふふ…」

 

 鎌と言う道具は、本来武器として扱うには利便性も有効性も感じられない形状である。だが、それを扱う者が人間の形をしながらにして、身体能力が化け物クラスだった場合は正に死神になり得るだろう。

 だが、彼もまた人間としては有り得ない程の高スペックを有した個体である。振り下ろされた鎌の先を「見切って」、先端恐怖症でも発症しそうだと内心軽口を叩きながらもさらに相手との間合いを詰めて鎌の柄を握り引き寄せた。それによって一瞬の鍔競り合いが生まれ、刃の軌道には緩みが生まれてしまう。その隙を掻い潜った彼は、相手方に一瞬鎌を押し返すと、そのままバネの様に返ってきた力そのままに手を引っ張った。

 

 すぽん、などと間の抜けた擬音が付きそうなほどに、彼女の手から武器が零れおちる。だが、呆気に取られた彼女が再起動する速度は異常の一言で、彼が次の行動に移ろうと思ったその時には既に同じく行動を開始していた。それでもやはり、彼の方がリーチがあったらしく、鎌の柄の方に全力でけりをかますと、相手の武器を遥か彼方へと吹き飛ばす。

 そこで油断したのがいけなかったか、武器を掴めず空を切った彼女の手が関節を持つ生き物では有り得ない動きをして彼の首を握りしめた。このまま絞殺を狙うとでも言うのだろうか。

 

「ぐ、がっ――」

 

 もだえ苦しむ彼を恍惚とした微笑のままに眺めていた彼女だったが、その姿が丸ごと残像に残る速度でその場から居なくなっていた。その直後に鋭利なピンク色の五本の爪が残像を切り裂き、本体が彼に覆いかぶさるように落ちてくる。

 

「これ!」

 

 彼は受け身を上手く取ってナフェを受け止めると、その手に握られていた不格好な鉄の塊を手にした。その総重量は40キロ程であろうか。エイリアンのナフェでさえその重量に負けて彼に突っ込んでしまったと言うのに、普通の人間なら片手で持ちあげられる筈の無いそれを易々と操り、自分の背中側に振り下ろした。やはりというか、その先には白き鎌が迫ってきており、小気味の言い金属音が場に響き渡る。

 何処をどうしたのか、攻撃力=耐久力を目指して作られたようなピンク色の大鉄塊には彼女の強力な剣閃でも切れ筋一つ無く、健在のままと言う恐ろしい出来のようだった。

 

「…はは、やる―――」

「そんな事より来てるって!」

「了解!」

 

 それは片手にお姫様を抱きながら戦う亡国の王子のようだったと、「彼女」は後に語るほどの姿。実際はナフェを小脇に抱えて鉄塊を振りまわし、彼女が放つ数々の剣閃を腕一本で防ぎきるジリ貧の攻防だったが。

 そうして鉄塊を振る内に、段々と目が「慣れて来た」事に気付いた彼は、超スピードで間合いを悟らせない彼女の動きを確かに把握した。おもむろに彼は指を動かし、一定の場所へとラビットのレーザーを撃つようナフェに指示を出すと、確かにレーザーを自慢の防具で弾き飛ばす総督の姿が一瞬立ち止まって目に映った。

 突如始まった戦闘に余りにも上達が早い彼の偉業に驚きを覚えたナフェであったが、このままずっと小脇に抱えられているだけでは体力を使い果たした「彼」の足手まといになる事は分かっていたのだろう。仮にも「父親(パパ)」と呼び始めた彼に愛着があった彼女は急いで懐から取り出した端末を操作し始めると、投影スクリーンが周りに展開された。矢継ぎ早に、彼女は叫ぶ。

 

「後一分! それだけでいいから時間を稼い―――あわわっ!?」

「っと、ご乗車不便で悪いな。それでッ、……一分ありゃ何が出来るんだッと、っらぁ!!」

 

 再び力任せに鉄塊を振り上げて、彼女の武器を上に弾き飛ばす。その隙を縫って、ナフェは次の言葉を紡ぎ始めた。

 

「幸いシステムは私達の使ってるのと変わんないっぽい! あと五十秒で地球のどっかに転送するから頑張って! 死んでたまるかっ!」

「そりゃこっちのセリフ!」

 

 二秒とせずに空中で武器を取り戻した彼女に顔をしかめつつ、落下と同時にエイリアンパワーで衝撃波を発しながら落ちてくる攻撃を何とかいなす。地面に彼女が降りた瞬間に衝撃波が駆け巡って耐性を崩しかけると、そこを狙って腹に向かう一陣の風。それは死を運ぶものであると分かり切っているからこそ、彼は必死になって地面を蹴った。

 一瞬の浮遊感と共に下を横切る刃の音を聞く。その音を置き去りにして目の前に現れた鎌がなんとも恨めしい。愚痴を吐いていては次に吐くのは己の血液とか内蔵とか生命活動に必要不可欠なものであるため、ぐっとこらえて鉄塊を再び眼前へと引き寄せた。

 

 空中ではなんとも体勢が取りづらく、接触を受ける度に攻撃を受けた鉄塊が慣性に従ってこちらに倒れこんでくる。持ち方を逆手、順手と取り変えながら何とか着地までの攻撃を受けきると、今度は下から抉り込むように迫ってきた先端を見て恐怖が呼び起こされた。

 

「うぉ」

 

 言葉も途切れるほど顔と刃との間は狭い。遅れてやってくる風が前髪を巻き上げる感触を確かめている間に、新たな剣閃ばかりが音の壁とかを色々ぶち破って迫ってくるのだ。

 

「あと四十!」

 

 左手で抱えたナフェから聞こえる声に、まだそれだけしか時間が経っていないのかと、走馬灯現象にも似た体感をしている自分の反応速度が初めて恨めしいと思った。すでに一分はとっくに超え、二分は経過しているだろうと思えば現実はこれなのだから、心が先に折れそうにもなってくる。

 だからと言ってここで生を諦める訳には行かない。なぜなら、まだ酒が抜けても瞳の奥では諦めきってなさそうなフォボスにしっかりとお灸をすえる必要があるからだ。

 

(ナフェはそう簡単にやらん!)

 

 なんともふざけた理由だが、これが現在の彼を動かしている原動力の6割ほどを占めている。残りの4割は体力とか、超人的な精神力とかそんな有象無象のありきたりな感情である。今の彼にとってそれらはさほど重要でも無かったからこそ、割愛させて頂こう。

 

 さて、そう思っていると次に周囲から様々な気配が現れ始めた。残り三十五秒となった現在、逃がすまいと思ったのかは定かではないが、「彼女」が初めて砲撃による攻撃を行ったのである。その砲撃は彼でさえ目でギリギリ負えないスピードの彼女が三百六十度全方位から放った岩ほどもある弾丸の嵐。さながら絶望と言っていいほど、迫りくる壁は彼らを押し潰さんと迫り始めていた。

 

「あ、あと二十五秒!」

 

 その様子がナフェにも理解できたのか、どもりながらも残り時間を告げる。

 ところで、今の彼は常時ランナーズハイ状態と言っても過言ではなく、それによって肉体的苦痛はほとんどなかった。こうして続ける大立ち回りの中でも息を切らすことなく、むしろ少しなら喋る余裕があるほどだ。

 そんな彼の視界は、常にゆっくりとしている。どこぞのオサレ漫画の超人薬を服用した時の様に視界に入る物の動きがゆっくりと認知され、迫る岩にも確かな隙間や弱所を見出していた。

 

 だから、それ目掛けて鉄塊を振るう。今の彼にはそれしかできないのだから。

 

 そして残り二十秒。そう言おうとしたナフェの声を打ち消すほどの轟音が響き渡った。言うまでもなく、彼が鉄塊を扱い、飛んでくる彼女の岩を砕き落とした事が原因である。大質量の物体同士が真正面からぶつかり合う事で、流石の彼の肉体も磁場の強い磁石の同極を無理やり接触させた時の様な反発感に襲われる。

 ここで、それでも鉄塊を握る手を緩めなかったのは奇跡だったのかもしれない。次に横に振りぬこうと力を入れた瞬間に、その軌道上に「彼女」の姿が突如現れたのだ。

 

 それは彼女らしくないミスで、彼女らしくない隙だった。

 振りぬかれた彼の鉄塊が風を唸りされたかと思えば、その軌道上に存在した彼女を巻き込んだまま彼女は自分で撃った岩へ押し潰される形になったのだ。苦悶の声を上げる暇すらなかったのか、声もなく、それいて奇跡的に人の形を保ったままの彼女はその場に崩れ落ちた。再起動する様子もないことから危険度は低いと判断し、彼は残りの岩の弾丸を全て撃ち落とす。

 ナフェのカウントがゼロになった時も、最後まで彼女が起きることは無く、彼らはナフェの起動させた転移手段の光に従って地球へと戻っていくのだった。

 最後まで、彼女の白い体は反応さえ見せることは無かった。

 

 

 

 転移先に光が灯り、一瞬の大きな発光と共に二人の男女の姿が現れる。

 一人はその見た目に似合わないピンク色の鉄塊を担ぎあげ、一人はフードに付いている鉄製の兎耳の様な者を垂らしながら体も疲れ切った様子で手足をだらりと伸ばしていた。あのエイリアンの総督に無理やり招待された場所から無事帰還した彼とナフェである事は疑いようもない。

 余りに特徴的過ぎると言うのも、考えものかもしれない。

 

「……逃げ切った?」

「おそらく」

「……潰れてたよね?」

「だが死んでないだろう」

「…そりゃそうだけど。アタシら、再生能力はストック共よりずっと上だし」

「知ってる。喉貫かれたぐらいじゃまだ声も出せるぐらいだろう」

「なんで知ってんの」

 

 いきなり「ご招待」された事も含めて謎ばかりだ。そう言って彼女は彼の左手から抜け出すと、その場所にあった崖を一望する態勢で座った。先ほどの戦闘で表面に小さな裂傷を作っただけの鉄塊を杖の様に立て懸けると、彼はその先に在る風景を見て、大きな溜息をつく。

 

「どしたのパパ」

「パパやめい。…いや、俺って人間なのかと自問自答したくなった次第」

「絶対違うと思う。人間そんなの持てないし、私のネブレイドした生態科学者の知識的にも範疇から逸脱し過ぎ。どうやったら垂直に5メートル跳べるのさ?」

「だよなぁ……やーん」

「きもっ」

 

 彼女の言葉にがっくりと肩を落としながら、彼は鉄塊にもたれかかった。

 先の戦闘、この40キロはあるだろう鉄塊を振りまわした事と言い、物体の動きがスローモーションになって見えた事、それに加えてまさかのメートル級ジャンプをしてしまった。旅をしていた時から足の速さはボルティー(オリンピック出場者の個人名なので一部改変)を越えたどころか自動車さえ抜いていたのは分かっていたが、まさかあの(・・)彼女相手にあそこまで立ちまわれるとは思っても居なかった。

 武器を握った直後に隙が生まれて、幾つか体に斬れ線が入ってはいるものの、ほぼ無傷と言っても言い自分の損傷具合を見て、再び人間じゃないなぁとため息が出る。

 

「…とにかくIUPFに戻るか。いきなりいなくなったら怪しまれるし、フォボスとあのお調子者のロスコル辺りには司令官殿に叱ってもらわないとな」

「え、あれって酔ってた時のアレなんじゃ……というかIUPFじゃなくてUEFだよ」

「駄目だ。言葉にしたのが悪かったか、感情の奥深くで確実に芽生えてる。恋の種とやらが……って、UEFだったか?」

 

 器用にも二種類の会話を同時に行っていたかと思うと、ナフェは急に顔をしかめて言った。

 

「……ストック、やっぱヘン」

「こんな所で呆れられるとは人間様も思ってなかっただろうに……」

 

 よいしょと武器を担ぎあげ、現在地の詳細をナフェに聞いてみる。

 帰ってきた言葉によると、この場所はカザフスタンなどのあたりらしい。経度は合っているので、直線的に西に進めば再びモスクワに到着できるだろうとの事。

 

「また気ままに旅でもするか?」

「そだね。あの方も流石にアレじゃそう簡単には動けないでしょ」

「それはナフェ基準でか?」

「あたしだったら体が砕けてるわよ。あの方の場合は……わかんないけど、種族は一緒だしいくら丈夫でもそう簡単には復活できないんじゃないかな」

「そうである事を願うのみだ。っし、また歩くか」

 

 気合を入れて彼が立ち上がると、服の裾をつかんだナフェが見上げていた。

 

「あ、背中乗せて」

「却下」

「ひっどーい」

 

 先ほどまで最大の敵に襲われていた事は早く忘れたいのか、焦るように今までのような会話を繰り広げる二人。最終的に少し駆け足(といってもエイリアン基準)でその場を立ち去ることにしたらしい彼らは、昇り来る太陽を背に、その場所を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 一方、彼女のいた座では、彼女が未だ再起不能のままその場で沈黙していた。

 このまましばらくはこの状態が続く、というのがナフェの見立てであったが、当たり前のようにそれが覆される出来事が発生する。

 

 彼女の指先がピクリと動いた。そう思った途端、彼女が優雅に立ちあがっていたのだ。

 体に付いた埃を払う仕草をすると、彼らが転移して行った方向を見つめて静かな微笑を送る。既に彼らはいないというのに、それがとても面白い事の様に、彼女は喜怒哀楽の喜楽の感情を表に出していた。

 普段の彼女を知る立場の者たちが見れば、それは恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 それはつまり、彼女の「お眼鏡にかなった(ロックオンされた)」という事なのだから。

 

「……ああ、楽しみだ」

 

 流れるような自然な動作で椅子に座ると、備え置かれた紅茶を淹れる。

 あの激しい戦闘の中、何故か被害が一切及んでいないその唯一の家具達は、どこまでも穢れ無き高嶺の花である彼女を体現しているかのようだった。

 




なんていうか、無理やり感がすごいと思った人挙手。
私達もセンター明けのテンションでもうやらかしましたぜベイビーみたいな感じです。
ほんとはここで主人公の超人パワーを説明しておきたかったのですが……まあ、もうちょいとっときましょう。「秘密がある」という点に関しては、もう皆様お気づきでしょうからここでいっちゃうのですがね。

それでは、ありがとうございました。
新年の午年、早く来ないかなー(気が早いというに)


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テケリ・RE

テケリ・リ

てけりと歩いてさあ帰ろう


「はやくはやくはやく~っ!」

「ほいさっさ。にしても落ちつけ」

「アンタが落ちつき過ぎなんだってぇ! ひゃ、斜め右34度からホーネット!」

 

 指示に従って体を逸らせば、俵担ぎにしたナフェの服を掠めて飛んでいく赤色のエネルギー弾。姿は見ていなくともその攻撃方法から赤色、つまりはマズマの扱っているアーマメントなのだろうなぁ、とあの映画狂いで俳優喰らいの赤い変態(マズマ)を思い出す。

 ―――今頃、エイリアンズ(ナフェ抜き)で映画作りの提案でもしてんだろうか。

 そんなくだらない事を考えながらに近くに突き刺さっていた2メートルほどの鉄骨を走りながらに地面から引き抜くと、その場で一回転しながら後方に向かって投げ捨てる。重くヴゥンと風を切る音を響かせていた鉄骨は何かに衝突すると、今度は着弾物と爆発音を響かせて戦場のハーモニーを作りだす。

 そんな空気にも慣れたものだと思いながら、俵担ぎのナフェを落とさないように丁度いい速度でその地を駆け抜けていった。爆発音につられて其方にアーマメントが集まるだろうから、これ以上のエンカウントは最小限に収める事が……できたらいいなぁと思いつつ。

 

 元々はUEFに戻る為にこの地を駆け抜けていたのだが、少しは観光して行きたいという気持ちもある。そして生き残りがいればあわよくば回収して一緒に旅をしようとも思うが、ナフェでさえきついこの速度に普通の人間が合わせられる筈もないのだろうなと軽い諦めが溜息と共に出て来た。

 エイリアンがギリギリ耐えられる速度。つまりは新幹線並みの速度である。何故この体がそんな常識外れの力を身に宿しているのかについてはもう追求を諦めるとして、何故かUEFに行ってからはそれが殊更に強まり、「あの」総督の彼女ともまともに打ち合えるレベルに到達していた事は不幸中の幸いだろう。でなければ、あの場所でナフェ共々ネブレイドされてしまっていただろうから。

 

 そうしたくだりを終えて、今に至ってはスリル満点の逃亡生活だ。

 おそらく…いや、考えるまでもなく、ナフェもエイリアン側からは指名手配されているだろう。漫画版が基準の様なこの世界ではあるが、モスクワのどこかで「ナナ」を見たことがないし、シズとカーリーに関してはどうなっているやら、皆目見当もつかないとはこの事か。先が見えなくなった未来に辟易して、つい、ため込んだ息を吐きだした。

 

「やれやれだぜ…」

「文句言いたいのはこっち~! も、絶対ムリ。あの方から敵対認定受けてるっぽいし、私達ストック共々殺されちゃうってば!」

「安心しろ。俺が守ってやるっ」

「こんなパパモドキに守られるなんて屈辱だし」

「んだとオイコラ」

 

 漫才をしながらも駆け抜ける二人は、他の人間から見ることができたなら随分と珍妙に映っていただろう。その速度を眼で捉えて、かつ、ソニックブームにまみれた会話を聞きとる事が出来る人物に限られるだろうが。

 そろそろ音の速度も駆け抜けるんじゃないかこの男と言わんばかりの速度なものだから、このやり取りをしている間にもアジア地域の元諸国の国境は既に幾つか通り抜けている。高速で追いかけるアーマメントをやりくりしながら縦横無尽にアジア大陸を走っているので、彼は今「テケリ」という地名の場所に逃げ込んでいた。国名で言うならキルギスとカザフスタンの間らへんにあると言っておこう。

 

 けっして、「テケリ・リ」という言葉を思い浮かべてはいけない。此処のエイリアンとは比べ物にならない程の狂気的で名状しがたい外宇宙的怪物に引き込まれてしまうだろうから。

 

 ほおら

 

 あなたの

 

「後ろ…―――いや、窓に! 窓に!」

「きゃぁぁぁぁぁっ!? っていきなり何すんのっ!」

「アザトースッ!」

 

 邪神の名前を悲鳴にしながら崩れ落ちる彼。どうやらクトゥルフな神話もかじっている懸命な探索者のようだったが、この場所ではそんな空想など比べ物にならない物量で攻めてくる現実的なエイリアンが闊歩している。言葉から誤解されそうなので言っておくが、彼は別に「まぞひずむ」を目覚めている訳でもないから安心していい。

 

 閑話休題(とまぁ)、そんな事はさておきである。

 

 それほど大きくもない街であるテケリの朽ち果てた一軒家にお邪魔した二人は、自然も豊富に生い茂る――またの名を荒れ果てたともいう――伸び放題、かつ育ち放題で放置されていた家庭庭園を奇跡的に発見し、そこの野菜を貪り取っていた。此処までの道のりが実に都合がよ過ぎたので、動物なども見当たるかと思ったが、植物と魚以外の動物はほとんどアーマメントがネブレイドの為に肉片に変えてエイリアンたちに献上している為、早々見つかる物でもないと分かって肩を落とした。

 

 それでも逞しくやっていくのが彼らクオリティ。

 草ばかりであっても調味料と火、それから水が少々残っていれば美味しく仕上げる事が出来るのである。現に彼は調理スキルを発揮して、とても偏ったあり合わせとは思えない程豪勢な食事を作っていた。

 箸やスプーンなどは見当たらず、放置されていて錆などが凄い事になっていたので、二人で手づかみにして食べている中、ナフェは疲れたように息を吐きだした。

 

「あーぁ、アタシは裏方で色々やる方だったのに、これで全部今までの工作も無駄になっちゃったわけかぁ」

 

 エイリアンたちの通信用であろう端末をおもむろに取り出して弄っているが、本部とは繋がりを断絶させられたかのように砂嵐しか映っていない。基本的な無線傍受や、この世界の原典となった物語で行っていたエイリアンによる無線への強制介入は、おそらくあの端末を介して行っていたのだろう。

 しばらくその画面を見つめていた彼女であったが、改めてなにも映さなくなってしまった事は覆し様がないと悟ったのか、諦めたように其れを懐に戻した。

 

「こういう場合、UEFの連中が受け入れてくれる事を願うばかりになるのか?」

「なんでアタシがストックごときに庇護を受けなきゃなんないのさ」

「そりゃ失礼。UEFにゃ“友達”もたくさんいるから、心配ご無用ってことだよな。はっはっ―――げほぉっ」

 

 笑っているさなかに一撃もらい、彼はその場でうずくまって悶絶する。

 顔を赤らめたナフェが照れ隠しとばかりに大皿にあった大半の食材をもぎ取ると、大口を開けて一辺に中へと放り込んだ。彼が痛みから覚める頃には残っていた食材はほとんどナフェの腹の中。余計な事言ったかと、頭を抱えるには十分すぎる問題である。主に自分の食料的に。

 

 食べ終わった食器はもう使う事もないだろうと、雑に水だけで洗ってその家の食器棚の中に戻した。普通の一軒家を勝手知ったる我が家の様に扱えるのは人間としての独占欲がそそられるシチュエーションだとは思うが、無数のアーマメントに追われる身としては長い間同じ場所に留まり続ける事も得策ではない。

 

「…ん?」

 

 ふと気付けば、ナフェの姿が近くに無い事に思い至った。暗闇の中でもフードの端から覗くピンクで暖色の髪の毛は、こうして暗い中でも蛍光するかのように主張をしているというのに、それが一回り辺りを見渡しても見つける事が出来ない。

 拠点としてこの家を使っている以上はこの近く、ないしは室内にいる筈だが。

 

 いや、と思いを振り払って彼はナフェを探す事を止めた。

 この短い間に、実に様々な事が在った。新年を迎えて四日は過ぎているが、一日目の終わりに「彼女」と再会し、二日目に至るまで戦った。三日目と今日はアジア大陸を音すらかくやという速度で駆けまわり、ようやく見つけた一時的な拠点も周りを荒れ放題の自然で囲まれた殺風景な場所。

 人間としての感性も持ち合わせたナフェとしては、やはり辛いと思う所や疲れたと言う感想もあるだろう。その事にいちいち介入するようなお節介を焼き続けていては、エイリアンとしての彼女が何の成長もしない。

 

「…ったく、自覚しろよな」

 

 エイリアン・ナフェ。

 この認識を、捨て去ってはいけない。何故か、そんな風に思えるようになったのはいつだったかも分からない。だが、それでも、やはり……

 

 彼女は、彼女のままで「在る」べきだ、と。心のどこかが訴えている。

 

 

 

 浮かぶ月や、ストックがいなくなった事で再び映えるようになったらしい夜空を見上げて息をつく。

 今日の中継場所として決めた埃っぽいこの家のベッドは彼がはたいてくれたおかげでそれなりに寝れるように放ったが、やはり長らく放置されていた事でギシギシと言うスプリングの音が不安に思えてくる。

 

「あーあ」

 

 これで何度めだろうか。

 郷愁も入り混じったような声が出て、やはり此処から見える月を凝視してしまっていた。

 

 これで、反逆者。そればかりが己の中で渦巻いて、我ながら女々しいばかりの感情を持つに至ったものだと自嘲する。あの引力で浮かんでいる星には、己が所属していた同種のコミュニティが展開されているのだろう。そして、あの方…いや、総督が言っていたからには人類「一時」一掃計画の為に集まった、協力者のシズやカーリーもいる筈だ。

 だが、この身は月からこぼれ落とされた身の上。連絡手段さえ断ち切られた現状、はたしてあの二人は此方に対して協力を続けてくれるのかどうか。

 

「いや、無理でしょ」

 

 自分で思って言うのも何だが、これはない。

 あの二人も結局は己の種族ではなく、己達だけの為に生き残りを誓い合った、言わば利用し利用される関係。所詮は利害の一致に他ならないのである。あちらが下手を打った場合は此方が消していただろうし、此方が情報バレでもした日には、総督より早くあの巨漢(カーリー)の大木の様な腕で潰されていただろう。

 所詮そんなものなのだ。此処で言うストックとの純粋な協力関係は仲間内では一度も見た事が無い。ミーを追いかけ回すようになったリリオだって、ここのストックをネブレイドしてから芽生えた感情に振りまわされているだけだ。自分でさえ分からないのに、絶対に「愛情」なんて理解できていないに決まっている。だからミーに軽くあしらわれるんだっての。

 

「いやいやいや、なんであいつらのことばっかり考えてんのさアタシ」

 

 どうにも調子が狂う。確かに反逆者としてブラックリストに入れられた事で生存確率的に絶望はしたものの、前なら新たな手段を探して必死に使える駒や手段を考慮し、総督から逃げ出そうとしたはずだ。だというのに、今は現状に流されて後悔ばかりの体たらく。これでは、まるで「ニンゲン」のようではないか。

 

 

 実に、馬鹿馬鹿しい。そう思ってナフェはベッドに倒れ込んだ。

 彼の手際の良さに感心するべきか、そうした事で普通なら大量に空へ舞うであろう長年放置され続けた埃はほとんど出ず、鼻をくすぐるほども排出されていなかった。

 寝転んだまま、再び窓の外を見上げる。

 唐突に、月が綺麗だと突飛もない事が思い浮かんできた。

 

「ホント、穢れなんて知らないなんて顔しちゃってさ……」

 

 そして重なるのは現在、唯一の駒…いや、味方と言っても差支えが無い「彼」の存在。総督とタイマン張って生き延びるばかりか、明らかに有り得ない偶然が重なったにしてもノックアウトの一撃を与えたストックと言うのもおこがましい身体能力の持ち主。その割には、ミーの遠見やリリオの索敵。シズ・カーリーの以心伝心と言った特殊な能力を持ち合わせていないので、おそらく人間には違いないのであろう彼。

 アレは何事かどころか、全てを知っている風に自分と話が合っていた。そしてあの身体能力。その出所を探るために、ほんの少しでもネブレイドしてみたいという気持ちは持ち合わせていたが、今となっては下手に彼を傷つけると生き残れなくなるからと手を出せない。…いや、本当に「出せない」のだろうか? 出さない、の間違いではなく。

 

 そんな事ばかり思っていると、下からワザとらしく、やはり彼らしい溜息まじりに声が聞こえて来た。

 

「…ったく、自覚しろよな」

「………自覚、か」

 

 いけないいけない。また思考がストックよりの「感情に流された方向」に向いていた。これでは先ほど馬鹿にしたリリオと同じではないか。

 あの言葉が、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸の様に自分と言う存在を確立させてくれるのが腹立たしいが、今回ばかりは助かったと礼を言っておこう。こうして自分がストック共曰く「エイリアン」としての自覚を持っていなければ、ふとした拍子に人間では無い事を思い出してこの身に宿る力を辺り構わずに撒き散らしてしまいそうだったから。

 

 そう考えると、やはりストックの中の人間と言う種族のネブレイドは、此方の種族にとってどんなメリットがあるのかという思考に辿り着いた。ちょうど被検体(じぶん)もいる事だから、これを研究テーマにしてみるのも悪くない。

 生き残れたとするなら、自分は人類と共に悠久の時を持つ事になるのだ。今からこうして、何か熱心に打ち込めるものを突き詰めていく行動をするのも悪くないだろう。

 

「そうなれば、アタシの平穏が来た後に実験台の用意だよね。……何人かあいつらを生き残らせるにしたら、やっぱりリリオの目の前でミーを殺して心情の変化を測ってみたり……うん、意外と…面白そう……じゃん…」

 

 彼女はそこで、糸の切れた人形の様にベッドに倒れ伏した。

 疲労が溜って、疑心暗鬼に陥って、ここでようやく気が緩む事が出来たから、こうして眠気が襲ってきたのろう。まどろみに身を任せたナフェが深い眠りの中に誘われた事を見届けると、ドアの前からは離れていく彼の姿を見る事が出来た。

 

「っはは……お節介だな、俺も。どうにも」

 

 小さな頬笑みを携えた彼の表情は、やはりいつもと変わらぬ晴れやかな笑みで在ったとか。

 その目撃者がいない故に真相は定かではないのではあるが。

 

 

 

 日も十分に上った頃、アーマメントの襲来がすっかりやんだ事に首をかしげながらも、今がチャンスだろうとこの街を出ることにした。険しい道のりになるだろうが、近くにある山脈地帯に敢えて進んで行くことで追ってくるアーマメントを必然的に少なくできるだろうし、飛行型の追手にはナフェのレーザーを使ってもらえば無音で敵を撃破すること出来る。敵の破壊音だけは響き渡るだろうが、高所からの落下であればその分時間と距離が開いて陽動にもなるだろう。敵が常時本部と連絡を取っていなければ、の話だが。

 

「その案は賛成。流石にアーマメントもジェネレーターやシンボル以外は本部との交信の手段を持ってないし、あんな固定型を追手に使うとは思えないしね。怖いのはジョン・ドゥとかワープを使ってくる棺桶なんだけど……」

「ソイツらの場合、反応速度が無い。それに捕縛の鎖を出したとしても引きちぎれる自信はある」

「だよね。じゃ、進路は山間部ってことで山登り頑張んなさい」

「へいへい、そのへんは分かってたよ。俺が直接足にならないと徒歩じゃ何時まで経ってもモスクワには戻れないからなぁ……」

 

 そんじゃいざ出発、そう告げようとしたナフェに彼は待ったをかけた。

 

「どうしたの?」

「昨日色々弄って通信機…みたいなアレ? 使ったらUEFと繋がらないか?」

「あ、いきなりいなくなったからPSSの馬鹿どもとかがうるさそうだもんね。電波そのものが断ち切られた訳じゃないからちょっと試してみる価値はあるかも」

 

 少し待ってて、と彼女が端末を弄って映し出されたのは、何と投影型のスクリーン。その辺りに人類との技術格差を感じた彼であったが、出来るならばと一心不乱にUEF無線の周波数を探っている彼女にその視線は通らない。

 しばらくキーボードを打っているかのような動作をした後に、ビンゴ、という言葉を漏らした。

 

「やたっ、繋がった!」

≪こ…らUEF………聞こ………フェ……おっ! へ…じ……を≫

「後は周波数をきっちり合わせてっと……」

 

 投影されたダイアルの一つを回すと、ノイズがかった声がより鮮明に聞こえてくる。もっともノイズが掛らない位置に調節した無線は、次の様な事を述べていた。

 

≪こちらモスクワ、UEF本部だ。生き残りがいればアメリカ大陸はニューヨーク、アフリカならばジブラルタル海峡まで来てほしい。それと、黒髪の日本人とピンク色の髪をした両腕がアーマメントの少女がいれば目撃情報を募集している。彼らは我々の仲間だ。繰り返す、生き残りはロシアのモスクワに。日本人と少女の連れがいれば目撃情報を……≫

 

 此れを聞いた二人は、少しばかり心が温まった。

 UEFは自分たちを仲間だと思っていた事、そして自分たちを探してくれていた事。

 ならば、言うほかはあるまい。

 

「UEF本部、聞こえるか」

≪繰り返す……ザザザ……回線を録音から切り替えた。まさか、君なのか…?≫

「マリオン指揮官、こちらはナフェと一緒にいる。あの夜に敵の総督のもとに飛ばされましたが…命からがら逃げかえることに成功しました。現在はテケリにいますが、其方に向かおうとしています」

≪はっはっは! それは何よりだ! “君の足なら”、どれくらいで着きそうだ?≫

「3日もあれば、十分に―――」

≪≪おい、アイツが見つかったって本当か!?≫≫

「――……フォボス、ロスコル。お前ら落ちつけって」

≪あー…ゴホン≫

 

 マリオンの息が聞こえたかと思うと、向こうからは少しばかりの「やっちまえ」「いいぞ司令官」という歓声や、何かを人の様なものを殴る音が聞こえて来た。

 それから十秒ほどだろうか。再び無線がノイズを走らせると、威厳に満ちた声が再び聞こえてくる。

 

≪あー、ナフェ君。君も無事かね≫

「やっと気付いたの? まぁ全然ダイジョーブだから、すぐにそっちに行けるよ」

≪いつもと変わりない君で嬉しいよ。その無事なままで、是非戻って来てくれたまえ≫

「はーい」

「司令官、詳細は戻って来てから話しますが、三日後までに戦力を固めておいてください。なにぶん、俺達追われてるもんで」

≪ふむ…練習ばかりでだらけているPSS新鋭部隊の実戦には丁度いいが……≫

「そりゃあ、もう。…名残惜しいんですが、そろそろ切らせて貰います。早めに直に話したい事が在るので」

≪それは朗報だ。では、十分に戦力を集めて待つ事にしよう。それじゃあ、また会う時には…≫

「≪狩りに行くぞ(タリー・ホウ)!≫」

 

 通信が切れ、投影スクリーンも何もかもが消えた端末を懐に戻すと、ナフェは彼の背中に飛び乗り、肩車の形になった。

 

「…行ける?」

「当然だっての。安心しとけ」

「じゃ、さっさとバカみたいなのがいるあっちに行こっか」

「了解っ」

 

 地面が抉れるほどに強く踏みしめ、再スタートをその場で誓う。

 新たな戦いが待ち受けることは承知の上。各々の胸に灯を抱えて、二人の影はテケリの地から姿を消したのだった。

 




久しぶりの投稿になります。
しがらみも消え去ったので、晴れ晴れとした気分で書くことができました。

もう…(受験結果なんて)怖くない…
こんな軽い気持ちで書けるなんて初めて…!

ちょっと、ずっと遊べるようにってキュゥべえと契約してきます。


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そいやっさ

そうとくが
ウォーミングアップを
はじめたようです

ほら
あなたの
うしろに


アーマメントが


 ナフェを背負うことなく、珍しく二人はゆっくりと徒歩で並んで歩いていた。

 

「ねぇ~、早く着かないの?」

「馬鹿言え。到着した時にマリオン司令官が新人部隊の的にするって言ってたろ? だから世界中から掻き集めるわけにもいかないし、集まった7割はせめて倒しとく方が…」

「それもそうかもしれないけど…もう、ベッドが恋しいなぁ……」

「まったく、コンクリの上でも寝る事が出来る逞しい体を持て」

「あたし可愛い方が好きなのっ」

 

 仕方ないお嬢様だと言いつつも、そんな他愛の無い会話をしながらゆっくりと歩いて行く二人。もし彼がまたナフェを背負って全力疾走したなら、それこそ二日とかからずモスクワの本部までたどり着くことは可能だろうが、それが出来ない理由は先ほどの会話にもあったアーマメントが二人を消そうと集結している事にある。

 こうしてのほほんとした会話を交わしながらも、実際は破裂音や爆発、巨大なアーマメントが何体も二人の周りを取り囲み、特別に彼女自身が調整した「おチビ」と読んでいるウサギの様なユニット以外のピンク色をしたアーマメントも全て、彼女に対して牙をむいている。昔の暇つぶしで作って有り余っていた「自爆型」がここぞとばかりに投入されるモノだから、冷汗は止まらない現状である。それを聞いた彼は因果応報だなと笑いながら飛んできた自爆型を握り潰し(・・・・)ていたが。

 

 そうして歩くうちに、目の前には巨大な赤色のアーマメントが現れた。三階建の建造物にも匹敵しうる大きさを持つそのくせ、機動力は人間の作る重機の数倍は取り回しの利く性能を発揮すると言う、正にエイリアンと人間の科学力の差を見せつけるようにして造られた制圧兵器である。

 

「ふんふ~ん、ふんふふーん♪」

「結構歌ってるが、それってあの総督の唄か?」

「やっぱり知ってるもんだねー」

「そりゃぁ、こっちでの彼女の名前“シング・ラブ”は有名だからな」

「一時はそんなことしてたんだっけ」

 

 だが、この二人にとっては気に留めることすらどうでもいい唯の鉄くずにしか過ぎないらしい。荒廃した都市の瓦礫を巻き上げながらまるで削岩機の様な頭部を回転させ、凄まじい金切音を立てながら二人へと突進して行く。いかなエイリアンのナフェや超人の彼とは言え、このようなものを直撃してしまえばただでは済まないだろう。それはあくまで、直撃した際の話に限るのではあるが。

 

「さっさ、いやささっ!」

 

 簡単に捻りあげ、ぐるんっと回転させながら右手を伸ばして直立に持ちあげ静止させる。アーマメントは何とか離れようともがいているが、重心にかかる重さをも無視する圧倒的な握力と筋力でほんの僅かばかりしか体を動かすことは許されなかった。

 

「それって日本(ジャパン)の民謡?」

「祭りの音。こうして軽快な太鼓の音と一緒に輪を描いて踊って、そして並ぶ屋台を練り歩きながら屋台で買った食べ物を口に含む。そして上空に打ち上げられた花火を……ちくしょー、かなりホームシックになっちまった」

「聞いてる限りは楽しそうだけど、今はあたし達が攻めたから無理だもんね」

「元凶め……まぁ責める気はないけどな。太鼓モドキの音なら響かせてやるよ。そぉーれぇええええええっ!」

 

 しゃがんで身を低くしたナフェの上をぐるぐると振り回した巨大なアーマメントが鼻頭(のような場所)を掴まれながら振りまわされ、敵が集結していた地点に投げ込まれた。遠心力に投げる為の力、加えてアーマメント事態の質量が加わった剛速球は敵の群れに突っ込むと、燃料に引火でもしたのか大爆発を起こしながら地面を揺るがした。

 その爆発に巻き込まれて近くにいた敵も炎上し、最早此処が地獄と見紛う程の絵図が繰り広げられているが、その中をたーまやーなどと言うナフェが冷やかし、汚え花火だと彼が侮蔑の言葉を投げかける。それでも明かりに群がる夏の虫のようにアーマメントが湧いて来たので、狙われている当の二人はウゲェ、と心境をシンクロさせた。

 

「ナフェ、いっきまーす」

「ナフェちゃんの、ちょっといいトコ見てみたい!」

 

 貴様らは酔っ払いか! ……失礼。

 とまあそんなノリでナフェが「おチビ」を8()ほど呼びだすと、整列させてから一気にレーザーを放った。鉄をいとも容易く融解させる高熱線が辺りを貫き、爆発すら起こさせる前に全てを焼き尽くす。レーザーが直撃した地面はガラス状になるほど高質化され、元のアスファルトの原型すら留めていなかった。

 しかし、それにもやはり代償は存在したようである。ナフェはあれまと首をかしげ、このちび達はもう駄目だと彼に告げる。

 

「苛立ち過ぎてジェネレーターが焼きついちゃってる」

「分かり易く言うと?」

「エンスト」

「把握。んじゃ、また移動するから乗れ」

「わーい、パパの背中だぁ」

「やめんか。寒気がする」

 

 どれほどこのアーマメント無間地獄に辟易しているのか、そんな冗談を挟みながらでないと駄目なほどに彼らの瞳からは光が消えていた。いわゆるハイライトの無い死んだ魚の目状態な二人は、せめて爽快感を味わえるようにと思いっきり駆け抜ける事を互いに確認し合う。

 

 瞬間、彼らは光になった。

 後ろから思い出したかのようにドンっという地面を打つ音が響き渡り、そのスタートダッシュに使った地面は重機のドリルでも突っ込んだかのように大穴をあけていた。そんな過去を振り返らない二人は、この二度目の旅の中で更に進化した彼の足の速度に身をまかせつつアーマメントの群れに突っ込んで行った。

 

「そいやっさ」

 

 ナフェが冗談交じりで言った途端に、アーマメントの大軍はモーゼの奇跡のように縦に割れた。それは奴らが道を開けたのではなく、アーマメントが物理的に破壊された事、そして彼のスピードが音速をとっくに超えていた事で生じたソニックブームが敵を吹き飛ばすと言うトンでも現象が発生したからだ。

 そのままの勢いで彼が回し蹴りの要領で周囲を薙ぎ払うと、まるで漫画のように周りの敵が吹き飛ばされ、別の味方とぶつかって爆発する。ナフェの自爆型はもはや、彼にとってはシューティングゲームに出てくる爆発ドラム缶のような扱いである。あわれなり。

 

「…いやぁ、凄い事になったな」

「あの方を吹っ飛ばしたのは頷けるよね。というか、これ以上進化したらアンタどうなるのよ?」

「セルゲーム開始」

「へ?」

「いや、こっちの話だ」

 

 流石に十日間も待つつもりはない、ではなく。

 そんなバカな事を考えつつある彼ら二人の周りには、最早原型を保ったままのアーマメントは見つからない。もうコイツ一人で良いんじゃないかなとナフェが思い始めたそのとき、彼が感心したように声を上げているのをナフェの耳は聞きとっていた。

 

「どしたの?」

「冬の大三角形! いやぁ、日本と緯度合わせながら移動してきて良かった」

 

 おおいぬ座のシリウス。

 こいぬ座のプロキオン。

 オリオン座のペテルギウス。

 一応は夏の大三角形のように天の川がプロキオン―ペテルギウス、プロキオン―シリウス間を通っているものの、日本人にとっては七夕伝説の夏の大三角形と同じ「三角」にあやかった物として認知している事が多いだろうそれである。

 彼自身の知識もその程度しかなかったものの、アーマメントと言う邪魔なものを倒した達成感溢れる時にこうしたものを見ると、何故か感動と言う言葉が胸の中を一陣の風となって吹き抜けていくように感じるものだ。

 

「やっぱ、こうした綺麗なもの見ると心が洗われるな」

「それじゃアンタはずっと癒されることになるんだ? あたしが―――」

「はいはいデュクシデュクシ」

「何かムカつくぅ……」

 

 ぼさっ、とその場に倒れ込んだ彼女は、大の字になって空の星を眺めていた。

 その隣に腰を下ろした彼も、何かデジャブを感じるなどと言って体を落ち着けた。

 

「デジャブって、もしかして」

「そうそう、彼女がこうしてる時にいきなり現れてなぁ」

「ほう」

「そんでナフェが目茶苦茶驚いて思わずタメ口使って更に泡食って」

「あー、あったあった」

 

 うんうんとナフェが頷き肯定する。ピンク色の髪がフードから覗き、揺れて星の光を反射して光っていた。そこに彼の影が覆いかぶさって、より強いきらめきを宿しているような雰囲気を放っている。

 

「まだ数日前の事だ。忘れる筈もなかろう」

「そりゃそうだ。あははは……」

「ははは……はは…は……」

「どうしたのだ、乾いた笑いしか出ていないようだが」

 

 だーれのせいだと思ってんだか。

 吐き捨てるように言葉を胸の内で思い浮かべて、また唐突に表れた真っ白な彼女について頭を悩ませる。こういうのって普通下っ端のナフェとか、実動隊っぽいマズマやシズ辺りが来るんじゃないかと頭痛が増してくる。この体になってから患ったのはアンタが初めてじゃゴルァなどと「彼女」に再び吐き捨てた。心の中でだけ。

 

「……なぁ」

「何だ? 申してみよ」

「回復早くね?」

「わざと当たったのだ。当たりにいって受け身をとれねば、この身も廃ると言うものよな」

「……ナフェ」

「もうどうにでもなーれ」

 

 あ、駄目だコイツ。現実逃避してやがる。

 

 アーマメントに追われていた時よりも瞳の輝きを無くしたナフェをとりあえず担ぎあげて、すぐにでも逃げられるように足へ力を込める。膨張した筋肉のミシミシッという音が響き渡り、それは彼の意思次第でいつでも最大の出力で弾け飛びそうな程であった。一見は細身な彼だが、半年ほどはPSSで体を本格的に鍛えていたのでかなり逞しい体つきになっている。

 

「ザハにも届く筋力か。だが少しは落ちつくが良い」

「…………」

「そう警戒するな。私は少しばかり聞きたいだけだ―――ホワイトの事を」

「却下ッッッ!」

 

 どばんっ。衝撃で巻き上げられたがクレーターを作り上げ、彼と彼女の間には盛り上がった地面の壁が造られた。それとは逆方向に飛びだしていた彼は一瞬空を見て北斗七星の位置を確認、西へ向かうために方向転換すると、近くにあった廃ビルを崩壊させる勢いで足場として活用して跳んでいく。

 その直後に作ったクレーターを態々破壊したエイリアンの総督たる彼女が圧倒的なスピードで彼の目の前に立ちふさがり、羽のように展開したユニットからナフェのようなレーザーを打ち出し始めた。

 

「…っずわぁぅおっ!?」

 

 回避のために体を捻り、なんとかレーザーの隙間を縫って間を通ると第二射撃が来る前に地面にダイブし、右腕に力を入れて軽業師のようにぐるんっと回りながら彼女の頭上を越えて行った。当然彼女も振りかえり、背中にくっついている砲門もそれにつられて逃走方向へと砲撃口を向ける。彼が恐ろしく聞こえる耳で後ろからの高い音を聞き取った瞬間、角度を多少斜めにしながらも確実に放射範囲から逃れようと跳躍する。すると廃ビル街に紛れ込んだ彼の姿は、完全に総督側からは見えないようになっている。

 しかし、彼女にしてしまえばこのままエイリアンの機器に頼って追いかけるのはたやすい事。それも詰まらないので己が足で追いこむため、もうひとっ走りと言わんばかりに筋肉も見られない一見華奢な足で地面を蹴ろうとして、―――止めた。

 

「くっくくくく……いいぞ」

 

 怪しげな微笑を浮かべると、鎌を下ろして踵を返した。彼女の翼の様なユニットが光り輝き、彼女自身をその場から転送する。光が収まった後には、誰も残ってはいなかった。

 

 

 

 カザフスタン首都、アスタナ。テケリからの直通ルートにもある鉄道36号線を通ってたどり着けるその地に、彼とナフェの二人はいた。途中から彼女が追って来ていない事も忘れて、必死に現在位置が分かる程度には理性を残したまま突っ走った結果がカザフスタンの首都到着である。

 普段なら人がにぎわっていただろう首都も、侵攻当初のエイリアンが「核」の存在を知った瞬間、各国の主都部に向けて発射したこともあってのことか、都市部の6割以上が破壊の爪痕で汚されていた。

 人類の総数が少なすぎる事もあるからか、はたまたエイリアンが首都などの目ぼしい所は既に襲っていたからか、真偽のほどは不明であるものの、どちらにしても人っ子一人見当たらない事も真実であるようだが。

 

 とりあえずはいないとは思っても生存者を捜す為、ナフェにも協力してもらって「チビ」をアスタナの都市周辺にばらまいた。これなら他のアーマメントが襲ってきても知覚できるし、ナフェと言うレーダーが大きな役割を果たす。ちなみに、彼女も生存第一主義に加えて運命共同体となってしまっているため積極的にチビを飛ばす事を承諾してくれた。

 

「そう言えば、ソイツらの数は減らないしどこからともなくやって来てるが、その辺とかはどんな仕組みになってるんだ?」

「テキトーに作ってばら撒いてたのが各地にいるだけ。自立で動くから指示してるとき以外はチビ以外のアーマメント掃討と残骸から自己生成のプログラム組んであるし、無くなることはないかな」

「何気に凄いんだな」

「ふっふ~ん、もっと褒めなさい。筋力馬鹿」

「好きで成った訳じゃないんだけどなぁ」

 

 とにかくチビでも彼女の姿ぐらいは収める事が出来るだろうと言う事で、今回のねぐらはこの街に決まった。生存者は見当たらず、打ち捨てられて血も乾ききってほとんど残っていない死体ぐらいなら見つかったが、それ自体が人間の形をしていないので気分も悪くなるものだ。

 とにかくナフェから再び端末を借りると、現在位置を報告して足早に其方に向かうと本部に連絡を入れる。移動速度が随分と遅くなっている事に対して疑問を持たれたが、迷った挙句に打ち明けることにした。

 

「敵の総督が追って来てるんです。他のエイリアンには追随を許さないぐらいの出鱈目な奴でしたよ。俺たちが生きて帰れたのが奇跡と言えるぐらいには」

≪そうか…敵の特徴は?≫

「あの有名な“シング・ラブ”その人です」

≪そう、か……≫

 

 彼女の歌に惹かれた者は多く存在することは知っている。そして、彼女の歌を聞いたことで救われた者がいる事も。だが、ここで真実を言っておかなければ、人類側は彼女が現れた際に対策することなく混乱した状態で滅亡する事になるだろう。ここでしっかり「シング・ラブは敵である」という認識を得てもらう必要があるのだ。それは、マリオン司令官とて例外ではない。むしろ彼その人が認めなければ現場の士気にもつながるだろう。

 決して短くは無い沈黙の後、オペレーターが気を利かせて通信を切ろうとしたのだが、司令官はそれを遮って此方に言葉を送ってきた。

 

≪…分かった。それ以外に君が得た情報があるならまた教えてほしい。今の君達は疲弊しているだろうから、今日はこれで通信を終える事にしよう≫

「はい。少なくとも一週間で其方に着く予定にしました。粗方のアーマメントは倒しながら来ていますが、まだまだ数はいる。どこぞのエイリアンが連れて来た分が厄介なので油断はできません」

「うぐぐ……」

 

 横で呻いているピンク色がいるがとりあえずは無視しておこう。

 

「それでは、また」

≪ああ。必ず生きて戻って来い!≫

 

 マリオンの心強い激励の言葉と共に通信が切れた。

 端末を返したナフェは妙にびくびくしているようだが、何故なのか俺には全く分からない。単にニコニコとした笑顔を浮かべているだけなのに、何故そんなに怯える必要があるのだろうか? まったくもって理解できないあたりはエイリアンと人間の違いかもしれないなー。

 

「な、何で知ってたのかな~、なんて……」

「2035年12月15日」

「ひぇっ!? 正確な日付まで!」

「そういやUEF本部に行く前の口論がまだ途中だったよなぁ。いっちょ男らしく殴り合いと行こうか? 其方には立派な生態アーマメントの腕があることだしなぁ」

「無理無理無理ッ! 一応仲間内では強いよ? でもあの方と真正面からカチ合えるヤツの拳を耐えられると思ってんの!?」

「思ってない」

「確信犯じゃーん。やだー」

 

 とりあえず15年前の人類に対する復讐を此処で晴らす事にしよう。そう思ってナフェの頭に軽めのゲンコツを落とし、頭をさする彼女を見ながらやれやれだぜ…と首を振る。

 

「…あんま痛くない」

「可愛らしいおちびちゃんに手は出せんさ」

「かわっ…!? ちょ、ちょっと最近あたしをおちょくり過ぎじゃないの……?」

「まさかの総督二回目を生還した仲だろー。そりゃ冗談で紛らわせたくもなるさ」

「…あ」

 

 ナフェが彼の足元を見ると、結構楽にして歩いている筈なのに、微量の震えが着ている事が分かった。確かに彼の身体能力はすさまじいと言えるだろうが、それを扱う彼自身の肉体に何の代償もない訳ではない。加えて、逃げるために国をまたぐほどの全力疾走を続けていたなら、そりゃ限界も簡単に訪れると言うものだ。

 エイリアンも疲労はするが、あの程度ならまだ息切れする事もないだろう。その辺りに自分たちとの差を感じて、目の前の化け物の様な力を持つ彼もストックであるのだなぁと再度確認させられた。すると、ネブレイドの衝動が湧きあがってくるが、ここで手を出してしまえば……しまえば?

 

「先に寝てるぞ。チビどもが敵を捉えたら知らせてくれ」

 

 彼が先に寝室に定めた適当なビルに向かって行ったが、今は此方の方が大切なことだ。

 そう、何故総督の命令も関係なくなった現在、自分は彼をネブレイドしてしまわないのだろうか。彼をネブレイドすれば、その分の力が自分に足し算の形で情報が流れ込んでくる。それは遺伝子情報であったり、彼の恐ろしい筋力や体力であったりが自分の体を変化させることなく能力として、記録として吸収する事が出来るのだ。

 そうしてしまえば彼の時々知っている、まるでこの世界を客観的に見ていたかのような物言いの原因も突き止める事が出来るじゃないか。こんな簡単な事に何故気付かなかったのだろう? ネブレイドしてしまえば、あの方からも容易く逃れる事が可能で、月に集まるエイリアンの中でも最強を手にする事が出来る。元より武も自信があったが、それを盤石のものへと固める事が出来るチャンスだ。そして知識も……また然り。

 

 気付けば、自分の足は彼の後を追いかけていた。

 ネブレイド。してしまえば。手に入る。

 よほどに疲れているのか、既に扉一枚挟んだ向こう側の彼は規則正しい寝息を立ててすやすやと眠っているらしい。ロック機能が完全に死んだホテルの部屋の扉を開けると、すぐ向こう側に無防備な彼の姿が目に入った。

 

 一歩。

 ああ、とても美味し()そうだ。

 

 立ち止まる。

 少しばかり身長が足りないが、ベッドによじ登って馬乗りになる。これだけの事をしても全く起きないのは、自分にとってとても幸運だと言えるだろう。完全に無防備な彼の上に跨ると、少しばかりの充足感と多大な支配欲に囚われて来るではないか。こんなに食欲に忠実になったことは無いのに、なぜ今になって…ううん、気にしないでいいよね……。

 

 首に片方の手を掛け、その顔を眺める。

 顔つきはお世辞にも美青年とも言えないが、醜いと言う訳でもない。がっしりと付いた筋肉がガタイの良さを強調し、ストックの中でも鍛え上げていたスポーツ選手の味を思い出す。あれは、己の執念によって高みを目指し続け、私達がネブレイドした瞬間に絶望を抱いた顔を見せていた。同時に、その身体能力が何の役にも立たないと悟った悔しさなどがネブレイドによる感情理解に大いに貢献していた。

 

 首に自分の顔を持っていき、吸血鬼と呼ばれる空想の怪物に似ているなぁ、と自分の今の行動を重ねてみた。

 生きながらにネブレイドする事は嗜好でもあり、自分にとっては至高の瞬間でもあると言えるだろう。最後まで、少しでも情報を得る事が出来るという無駄の無い方法なのが性に合っているのと同時に、あがいても無駄な姿を見るが何よりも楽しい。全国共通語の「もったいない」をエイリアンの私が実現してやっているのだ。

 

 それにしても、えっと、こう言う時はなんていうんだっけ?

 ああ、コイツがずっと言うように言ってたっけ。それなら、あたしとしても感謝してあげてもいいかな。あたしの、最も重要な糧になってくれるんだから。

 

「いただきます…!」

 

 ネブレイド、ネブレイド、ネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドネブレイドォ…!

 

 

 あはっ

 




――――さて、どうしてこうなった。

 目覚めの一言は、これしかないだろう。


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認可せよ

あのルイージマンションに2が出るようです。
現在活動報告でアンケート中


「ネブレイド、させてよ……いいよ、ね?」

 

 ―――正直に言って、この状況は一体何があって作りだされたのだろうか。

 彼が目を覚ましたと同時、他人事のようにそんな事を思いながら、自分の上に馬乗りになっているナフェを見つめて、まさかの事態に意識を呆然とさせていた。

 いつもの元気にあふれ、その裏では黒い事を考えていた邪気に溢れた姿とは違う。自分の醜い欲望に従って、どこか煽情的な、外観を遥かに超えた妖艶な美しさを兼ね備えた彼女は、いつも「命令」と「理性」で自分を押し潰してきた彼女の姿と比べると、その至るところが艶やかにアピールしているようにも思えてしまう。

 

 ピンク色の柔らかな唇からは厚い息が吐き出され、その隙間からは食欲に溢れた唾液がとろんと湧き出ている。行儀の悪い子供の様な仕草はいつものナフェとのギャップを更に感じさせた。ゆっくりと移動し、大きく開いた彼女の口が自分の腕を今にも噛みつこうと――

 

「って、待てぇい!」

「きゃ」

 

 全力でその場から離脱して、ビルの窓を叩き割って上空に躍り出た。

 首都圏に立てられた高層ビルの中腹辺りとはいえ、自分が睡眠を取ろうとしていたのは階層で言うなら12階の高さに相当する。そこで外に躍り出れば、当然地球の重力に従って堕ちて行くのみであるのだが、彼は普通の人間の括りを大きく超えてしまっている人間だった。飛び出た勢いそのままに斜めに向かい側の建物の壁に足を付けると、擦れて発熱を起こす事も厭わずにそのまま壁の表面を滑り落ちる。

 灼熱の感覚が足を伝わってきているが、今は思わぬ伏兵が未だ元に戻ってはいない蠱惑的な視線で此方を見下げてくるあの(背徳的な)怪物をどうにかせねば。そうして、彼は激怒した。必ず、かの食欲旺盛の欲を除かねばならぬと決意した。

 

 とは言うものの、何の解決法も思いつかない。どうせナフェも同じ穴の狢になった事だからといっそ体を喰わせてやればいいのかもしれないが、こうした今となってはそれさえも難しい。ナフェに喰わせるのは簡単なのだが、一つ問題点があるのだ。

 

「…俺の体、強靭過ぎんだよなぁ」

 

 そうである。彼の体は鉄骨が降って来ても逆に鉄骨が跳ね返り、コントのタライと同等の扱いになってしまうほどに強靭なのだ。それこそ、エイリアンの総督たる「彼女」が放つ攻撃でなければ傷さえつく事はないくらいに。

 おそらく傷の治る速度は普通の人間と同等だとは思うが、傷を負うまでに相当の労力を必要とする。一度実験的にPSSでの奥の手として製造しているレーザー兵器を自分の爪の先に照射して貰った事があったのだが、その際の結果は表面が焦げただけと言うある意味恐ろしい事になっていた。だから、あのままナフェが歯を突き立てていたら逆に彼女の口が大惨事になっていた事だろう。

 

「自分で引き剥がしたら皮の一枚は捲れそうなもんだけど……痛いのは嫌だしなぁ」

 

 どんな超人になったところで、傷をつけられると言うのは痛い。痛いのは嫌であるというのはどんな人間でも一緒だ。ごく一部にマゾヒズムを嗜んでいる界隈にとっては「ご褒美です!」とでも言うのだろうが、ならナフェに喰われてみろと言い放っておけばどういう反応をするのかが気になる。

 とにかくそんな妄想をするくらいに彼は追い詰められていた。頭には精神的にと言う文字がつくのだが。

 

 仲間がこうして暴れ出すなど予想の範囲外であり、その彼女を疎める方法も知らない。ならせめて起きた直後に聞こえた「ネブレイド」という単語から自分の体を喰わせればいいのかもしれないが、この場に都合よく適量の血液などを抽出できる物も持ち合わせなんてない。

 このままではナフェが餓死するのはないか、そんな不安から彼女も食事を同伴させていたのだが、それは欲求不満を解消する手立てには成らなかったと言うのが激しい後悔と自責の念を引き起こす。(見た目)あんなに幼い少女ひとり、満足させてやる事が出来ないのか―――

 

「なんて、かっこいい事言えたらなぁ」

 

 ズザザザザザッザザッザザザザァァッ! と断続的な音を立てながらビルを滑り降りていると、高みの見物は飽きたのか目をぎらつかせたナフェも同じく飛び降りる様子が見えた。だが、その落下速度は見た目相応の軽さによるものではなく、明らかに自分よりも重い物体が落ちるような初速。それもその筈、彼と同じく横に飛び出たのではなく、最初から彼に目掛けて地面を蹴って向かっているのだ。

 その彼女を見据えていると、唇が動いて言葉を発している事が分かる。読唇術でその言葉を読み取れば、それは悲痛と欲望に満ちた物だった。

 

――ねぇ……食べさせてぇ!

 

 視力の優れた彼は、ナフェがそんな懇願染みた言葉を発していると理解して胸を痛める。そりゃあ、こっちだって何とかしてやりたいがその手段がまず存在しない。何かを言い返そうと動かした声帯は、声にならずにただただ空気を吐きだすのみ。

 そうしている間にも飛びかかってきたナフェがその生体アーマメントとして移植したのであろう腕を振りかぶり、爛々と光らせた目から残光を引き延ばして口をゆがませる。そうしてお膳立てされた彼女の腕は凶悪に月の光を反射させ、彼が滑り降りているビルの一部に喰い込んだ。

 

 途端に、ビル全体に罅が入る音がした。その叩いた箇所を粉砕されたかに思われた一撃は、正確にこの建物の構造的な死の点を貫いたのである。その直後にバラバラになって崩れ落ちるビル。彼が滑り降りていた場所の先には崩壊しかけたコンクリートの雪崩が待ち受けており、このままでは変に軌道をよろけさせて彼女の魔の手に捕まってしまうかもしれない。そう考えた彼は滑り降りると言う行動からビルの壁を「駆け下りる」という行動に切り替え、瓦礫の一つに足を乗せて思いっきり蹴り飛ばした。

 

 それは「岩石雪崩渡りの術」。岩雪崩を引き起こしたのは彼ではなかったが、どこぞの忍者もその目を見開くほどに正確な雪崩渡りが此処で披露された。彼が直感的に感じた強さで岩を蹴り、その際に跳ね返ってくる力を利用して空中を自在に散歩するようにその場から離脱し始める。ナフェは彼のように正確に、とは言わないが、大きなビルの瓦礫に足を掛けては一直線に彼の元に向かい、何処からか引き連れた「チビすけ」をも足場に追いかけて行く。

 その様子を見た彼は向かい側のビルに着地して窓の出っ張りに手を引っ掛けると、腕力のみで自分を投げ、その頂上に向かってビルを駆けあがっていった。それにさえついてくるナフェの姿に、彼はヒューッ! と称賛を込めた口笛を吹いた。

 

 理性を失っていようとも、エイリアンの中では「智将」と呼んで過言ではない程の策士。その彼女は現在、彼を捕えるためだけに自分の持てる技術の全てを無意識化で使用して追いついている。彼の方はそれなりに色々対抗策を考えつつであるものの、「本気」で逃げ回っていると言うのに、である。

 それがどんなに常識はずれな事か。あの総督と「真っ向からやり合える」彼の速度に追いついているのだ。つまり、これは今後によってはナフェが総督と戦いあっても勝利する可能性を秘めていると言う事。スペックの限界突破? そんなものは上等であり常套と言わんばかりに、彼へ追いつく事が出来ている現状、其れは認めざるを得ない事実であり、同時にここで其れを発揮しなくてもいいだろうに、と言ったやりきれない感情に彼を苛んでいた。

 

「まだ追ってくる。……やっぱ、頑張るしかねぇか」

「待って、待って、待って、待って、待って、待って、お願い、待って」

「…怖っ」

 

 心からの恐怖とでも言うべきか、ただ一途な(食欲という)感情に支配された彼女が追ってくる形相は、その身体能力を褒める以前に恐ろしい。可愛らしさを伴った恐怖と言うものはトラウマとして根付きやすいが、皆さまは経験した事がないだろうか? たとえば、ロビー君とか。

 そう言った感じでロッククライムを繰り返してビルの頂上に到達した彼を、彼女は急いで追いかけてチビを足場に階段を作りだした。やはりエイリアンらしい人類を超越したフットワークで屋上に辿り着くと、手すりを掴んでその場に躍り出る。その直後に目に入ったのは、待っていたと言わんばかりに控えていた彼の腕。手すりのすぐ横に潜んでいた彼が、飛び越えて来た彼女を後ろから羽交い絞めにしたのだ。

 

 そうすることで、彼女は彼から逃れることはできなくなった。だが、その代わりにネブレイドによって取り込みたいと言う欲を掻き立てられる感覚がナフェの全身を駆け巡る。彼は腹をすかせた狼の前に投げられた生肉のようなものであり、そうした効果でナフェは全身が陶酔感にもよく似た感情でいっぱいになった。そうしてぽわっとしたまま口を開いた彼女を見ると、彼はここぞとばかりに行動を起こした。

 ナフェを捉える腕を一本にし、もう一方を自分の口元に持ってくる。そして腕の辺りを噛みちぎると、その初めて味わった痛みに顔をしかめつつも彼女の眼前に移動させ、拘束する手の方で彼女の口を無理に開けさせる。そしてナフェの顔を上に向かせると、そこに時間差で湧いてきた流血を垂らしこんでいった。

 その出血量は擦りむいた怪我などでは比べ物にならない程の怪我から滴り落ちる流血。まるで新しい湧水のようにドロドロと傷口から腕を伝って落ちてくる液体を飲ませるのは見る人が見れば変態だと言わんばかりの行為だが、今は此れが最善の方法だと思って我慢する。抉れた肉の断面が痛みに反応して筋肉繊維が動く様を見せつけられるのだが、その命の脈動を前にしてナフェは嬉しさで顔をほころばせるだけだった。

 

 ぴちゃ、こくん。ぴちゃ、こくん。

 

 そうする事が1分ほど経ったころだろうか。彼にとっては果てしなく長く感じた時間が過ぎ去ると、彼女はようやく、口の端から呑みこんでいた血液を垂れ溢しながら眠りについたようだ。すぅすぅと整った息遣いが聞こえて来た事から、ようやく落ち着いたのだと安心してその場にへたり込む。

 

「………はぁ。良かった、二つの意味で」

 

 彼は自分の手を握りしめ、その手の中に会ったコンクリートの欠片を粉々にしながらそう言った。実は、彼自身この手段にはある懸念事項があったのだ。

 

 それは、身体能力が消失する可能性。

 

 彼と言う存在がこの良く見知ったゲームや漫画の世界へ出現してから得たものではあるが、同時に此れが与えられた物なのか、はたまた「メルヘヴン」という漫画の主人公のように、異世界人である自分の体は此方では強化されていたのかは分からない。だが、こうして何らかの手段で敵側に摂取される事で力が出なくなる、というのは意外とお約束の展開であったりする。

 確かに此処は現実に最も近い創作物が「基準の」世界であるが、そんな馬鹿らしいメルヘンな事が起こらないとも限らない。別に魂どうこうオカルト的な事を言うつもりはないが、この場所でこの力が無くなることで人類を残せなかった、では自分が満足しない。自己中心的な考えだとは思うが、それでも人の為に尽くす事が出来る事なのだ。現実で、社会の歯車として貢献していたころの性分がどうにも出て来てしまう。

 

「……それを知らず、まぁ幸せそうに寝ちゃってよぉ」

 

 息をついて上着を破ると、ぐるぐるとかみちぎった右腕の患部に巻きつける。思わずやってしまったが、右腕は利き腕だったのでこれからの行動が難しくなるだろう。現実、痛みを余裕そうに噛み殺してはいるが、確かな苦痛となって脂汗が噴き出すほどには痛みを感じている。適切な方法もないまま噛みちぎってしまったので、結構な量の血液が染み出しているらしく巻きつけた上着の端切れが既に真っ赤に染まっていた。出血は少しずつ収まって来ているようだが、そんなものは関係ないと言わんばかりに血が流れ出ているのも事実である。

 

「ビルを最初の場所と同じ場所を選んで良かった。さっさと精のつくもん食って鉄分補給しないと……」

 

 目の前がぼやけているが、それでも懸命に先を見ようと踏みとどまりながら立ち上がった。ふらふらする体を無理に落ちつかせてナフェを左手で拾い上げると、彼女が眠りから覚めないように優しく抱きとめてゆっくりと歩き始める。屋上に会ったドアを開いて階段を降りると、彼は食糧もろもろを置いてある部屋を目指して歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

「……あれ、もう朝?」

 

 目が覚めてみると、どこか鉄臭さが鼻をくすぐっていた。錆びた鉄骨でも近くに会ったのかと思いながら体を伸ばすと、ギシギシとベッドのスプリングが跳ね、不安を煽る音を響かせていた。まだ思考に霞みがかった状態で辺りを見回すと、明らかに昨日、最後の記憶とは合致しない所にいるのだと思う。

 そして、先ほどから漂っている鉄の匂い。いや、どちらかと言うとそれは「血」の匂いだと言う事に気付いた。だからと言って、何がどうなる訳でも―――

 

 ――2033年1月 ダダリオ・ネクスト社が西アジア紛争から戻った有能な兵士を集めるために広告を作成。幾つかの偶然が重なりイメージ・キャラクターとしてシング・ラブが抜粋される。マリオンはシング・ラブのポスターを見て強く惹かれ、ダダリオ・ネクスト社と士官として契約する。

 

「……なに、今の?」

 

 明らかに自分の中には持ち合わせていなかった知識。

 それはマリオン司令官の今の位置に至る経歴で在ることから彼の記憶かと思ったが、彼の一部をネブレイドした事も無ければ、人間としての主観的な情報でもなかった。どちらかと言えば、よくある年表として書かれる一節に過ぎないかのような情報にナフェは混乱する。

 

 今思ってみれば、おかしい所は沢山あるのだ。途切れている昨日の記憶。そして此処で寝ていた事に対する違和感。そして―――口から漂う血の匂い。

 

 認めたくなかっただけなのかもしれない。だって、それは「彼」をネブレイドした事による、ずっと求めていた情報と言う事であって、彼を殺してしまっていると言う仮定が現実となって裏付けをとれてしまう事実なのだ。認めたくない、などと今更自分が言える立場でないことぐらい分かっている。だが、それでも……っ、まただ。

 

 ――2041年 生き残ったスタッフによって、最終計画検体(ホワイト)はカプセルに入れられる。検体は拒否したが、計画は強引に進められた。計画スタートの報告を受けたUEFは計画検体が「完成」する12年後に向けてPSSの編隊を始める。作戦コードはプロジェクト12。

 

「……ホ、ワ、イ、ト」

 

 ――エイリアン総督の願いは「自分をネブレイドする事」。そのために地球を襲撃し、完全同一個体(ホワイト)をクローンとして人間達に作らせることで目標を達成しようとした。いうなれば完全な思いつきで全てのエイリアン、全人類を巻き込んだ事になるが、最終的に計画は完全同一個体(ホワイト)である個体名称「ステラ」の同等の才能、そして同一の力を持つに至る経歴の違いによって敗北。地球は二体のみが生存し、エイリアン側はアーマメント含め全滅。最終的に「ステラ」はネブレイド機能を持たない事が災いし、ネブレイドすることなく遺伝子情報の再構成から人類再生を開始した。

 

 必死になって、彼女は更なる真実を求めて情報を引き出し始めた。その中をいくら探っても「彼」の存在は出てこないどころか、「ナフェ」が総督の元を離れてPSSに加担したと言う事実が浮かび上がってこない。その代わりに、こんな情報を見つけてしまっていたのだが、それは彼女にとって驚愕を遥かに超える物だった。

 

 ――A級エイリアン「ナフェ」は第五の刺客。死力を尽くして生存のために戦うも最終的には機能停止寸前まで破れた挙句、捕獲用アーマメント「ターミネーター」によって捕獲され総督の元へと連行される。「ステラ」がさらわれた同僚の「ナナ」と言う個体を追って総督の間に辿り着くまでに「ナフェ」はネブレイドされており、生体アーマメントのパーツの身が転がっていた。

 

「……は、はははは…………あたし、結局死んじゃってるじゃん」

 

 そうして、最後の知識が待ってましたと言わんばかりに勝手に彼女の脳内に映し出される。その内容は自分たちの存在を否定するかのような一文がつづられていた。

 

 ――これらが、「ブラック★ロックシューター The GAME」、ゲーム版及びにコミックス版における大まかな概要である。

 

 ゲーム、コミックス。ストック達が作り出した娯楽の一つに過ぎないチンケな物に、自分たちと言う情報の全てが設定され、殺され、決まった形に動かされているのだ。エイリアンの中でも誇りなどと言うものにかまけるナフェではないが、この「観測上位世界」に位置するものがあると知った以上、今までの自分の全てが馬鹿らしくなった。

 コミックス版とやらの方を見てみたが、そこにも結局は月の本部に通じているエレベーターで「ステラ」達に未来を任せ、自分は壊れかけたエレベーターの制御を行って運命を共にしたと最後が描かれていた。つまり、どちらにしても自分は死んでいる運命だったのだ。

 

「…起きてたか」

「生きてたんだ」

 

 反射的に口から出た言葉は、酷く冷めた物だった。唐突に姿を現した彼に対して、なぜか嬉しいと言う感情が込み上がってきたものの、それはこの世界の真実、総督の本当の目的を知ったことで一瞬で掻き消されてしまっていた。

 

「やっぱり血液でも見れるモノなんだな」

「ネブレイドは分けても情報が少なくなる事はないから。食べ残しがないのは情報を得ることに貪欲になって、全部吸収しようと思っているだけ」

「淡白な反応だな。まさか、“自分はキャラの一つでしかない”とでも思ってんのか?」

「あんたはそれが目的で近づいたんじゃないの? 大抵の“人間”はそんなどうでもいい望みから優越感に浸ろうとするものだって思ってたんだけど」

「まっさか。大体あの総督様と出会ったのだっていきなりだったし、お前と旅をしてるのはある意味成り行きだったぞ?」

「……ふ~ん」

 

 もう、どこまでが本当なのかが分からない。

 彼が言っている事は心からのものかもしれないし、もしかしたら言った通りの野次馬根性からきているだけの好奇心で動いている馬鹿なのかもしれない。だが、その真偽を確かめるには彼と過ごしていた自分のカンしかなくて、それで全てを証明するのはエイリアンとしての考え方が赦さない。

 こんなことなら人間らしい感情なんて持たなければよかった。

 そうしたなら、こんな自問自答なんてしなかった。

 エイリアンのままなら、気にいらない物と気にいった物だけで考える事が出来た。

 

「もう」

 

 自分と言う存在が分からなくなってくる。

 

「やだぁ……」

 

 

 

 

 

「もう、やだぁ……」

 

 それだけを言って、ナフェは涙を流しながら埃っぽいシーツに倒れ込んだ。

 初めて見た彼女の泣き顔は、見ているだけで胸が苦しくなる物だったが、それが自分の引き起こした結果であると自覚すると我ながらに自分自身に嫌気がさしてくる。

 

 自分の場合はこういった「原作知識」と呼ばれる物をあくまで「情報」として扱っているに過ぎないのだが、ナフェという感情や人間らしさを知り始めたばかりの彼女にとっては、この知識は「気持ち悪いもの、異物、価値観の破壊」として感じ取れたに違いない。だからこそ何を信じていいか分からなくなっているのだろうし、こうして初めて負の感情を露わにしているのだろう。

 

 その事が、何よりも悔しかった。

 自分がもっとしっかりしていれば、もっと「エイリアンらしい思考」の時のナフェだったなら、この程度の知識は自分のように有効活用の一種として折り合いを付け、この場面でこうして自我を揺るがす事もなかっただろうに。

 

「……言ってても、過去は変えらんねーべ。ったく、やーになっちまわ」

 

 ずっと自分を覆っていた「一般人」の皮が剥がれ始めた。どこか田舎くさい、それでいて標準語が混ざった中途半端な田舎でも都会でもないあやふやな自分自身。それがこの場所でナフェを見て出てくるとは思わなかったが、つまり、自分もそれだけの混乱に陥っているのだなぁと、どこか他人事のように考察していた。

 

 だが、ナフェが未だその顔を泣き腫らして眠っているのはどうしようもない事実だ。ここで漫画の中を引き合いに出すのも何だが、確か彼女はシズから「友達がいない」と言われていた筈だ。UEFの本部には研究部以外は人類の共同体としての自覚があるのか老若男女が結託して生活を助けあっている(一部自分勝手の例外はいる)が、ナフェはその中でも仲が良い子供は中々おらず、PSSメンバーやお年寄りの一部と少ない交流があるだけだった。

 きっと、心のどこかでエイリアンという違いを感じて遠慮していた、もしくは「情報収集元(ストック)」として見下していたのだろう。だから、実質的には彼女はずっと孤独だったのかもしれない。あくまで自分の貧相な想像力に過ぎないものだが、結局は同じ「人型」をした者同士。精神的に近しい部分はあるかもしれない。

 

「……目、覚ましたら…何言われるんだろうなぁ」

 

 仕方ない、仕方ない。役得だと思って彼女を背負うのではなく出血が止まった(・・・・・・・)腕で抱きかかえると、なるべく包み込むように彼女を持ち上げた。ひと肌の温かさに触れたからか、単に暖かい物に安心感を抱いたのかは読み取れないが、腕の中のナフェの表情は少なからず和らいでいるようにも見える。

 

「やれやれ、パパは辛いもんだ」

 

 冗談まじりに彼女が言った事も、あながち間違いじゃないかもしれない。

 苦笑と共に大地を踏みしめながら、彼は首都アスタナをたったの一歩で離脱したのだった。




そういうことで、ナフェちゃんがついに「原作知識」を手に入れました。
初めて一話のうちに街以上の距離を移動しなかった回でしたが、その代わりと言わんばかりに忍者のように岩石雪崩渡りしちゃいましたね。詳しくはサスケかカムイ外伝。

原作改変をどんどん行うなか、原作知識が役に立たたなくなってきている彼は一体どんな動きをするのか? 以下、次回予告!



 新たな都市に到着したが、異様な気配に気がついた。

「…そうか、ここは――――」
「あ、……れ」

 目を覚ましたナフェ、その瞬間に青白い半透明のヒト型が二人を取り囲む!
 それから色々とあって、ついにその町の真実に気付いたのだった。

「仕方ない、腕っ節しか取り柄がないがひとまずやりますかね。やるぜ? キュアラビット」
「当ったり前じゃんキュアウルフ。アンタの部下は居ないから、もう逃げ場はないよ~」

 二人の手が重なる時、正義の光の戦士が誕生する……

 次回、アニマライズプリキュア!
 ~幽霊がでる廃墟!?~
 みんなも一緒に、ラ~イフ・シェイク!!



まぁ当然嘘予告です。


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St.Valentine's day ぷちっとチョコっとしゅーたー!

今回は特別番外編。バレンタインの読者お礼企画になります。
時系列はパラレルワールド。いろんなキャラが出てきますが、今回だけの特別出演です。

本編とは何の関係もないので、そのあたりをご了承のうえ…どうぞ!


 Today,st.valentine! A HAPPY DAYS!!

 

「などと言う事を考えてみたんだがな」

「お前の言う事は分からん。…だが、バレンタインか。俺もミーからチョコレートをもらえたなら……」

「リリオ、理想論は辛いだけだっての」

「だなぁ…そのあたりは身にしみて判っているつもりだが……捨てきれん」

 

 エイリアンたちが集まる事が多い、東京の巨大要塞型アーマメント「シティ・イーター」。本来ならエイリアン達が好き勝手な日常を繰り広げる場所であるのだが、その内部には現在、どのエイリアンもそこにいなかった。だが、それもその筈である。

 

 現在、エイリアンはUEF本部に全員が集まっているのだから。

 

「ミーは当然、いろんな奴からナンパされてるし、それをあしらって…あ、今俺に目を合わせてくれたよな! な!?」

「オーケィ、ちょっとばかし眠ってろこの色男!」

 

 軽めの拳でリリオの顔面を振りぬくと、すさまじい打撃音を響かせ、ずべしゃとリリオはぶっ倒れる。その彼の元に何人もの子供が集マリ始めると、ツンツンと棒か何かで突き始めていた。まだ人通りもまばらな円形ホールには、準備中の人間が何人もいる中で、リリオはメイン調理者の一人の妨害行為をしてしまったのだ。そりゃぁ、殴られても文句は言えない。

 鉄拳制裁っ、と息を吐き出して作業に戻った彼のもとに、厨房の入り口を抜けて二人の人影が近寄ってくる。彼がよく見てみれば、同じ調理師とはまた違う顔見知りということに気付いた。

 

「おーい」

「ん、ナフェ。どうだった?」

「ふふん! あたしに出来ない事なんてないの」

「また強がっちゃってぇ。ハーイ、Buenas tardes(こんにちは)!」

「ほいこんにちわ。ミー、あんまりウチの子をいじめてやんなよ」

「誰がアンタの子か!」

 

 ナフェを抱えながら、ミーが此方にあいさつを交わしてくる。スペイン語に何やら思い入れでもあるのか、やたら流暢な喋り方なのが少しばかり気になった。しかし、余裕たっぷりの彼女も既に子供達の突き地獄から解放されたリリオの方を見た瞬間、めったに見れないであろう酷く顔を青ざめさせる。

 

Que pasa(どうしたの)!? ちょっと、リリオが…!」

「あぁ、俺がこうやって調理してんのに肩揺さぶってきたから、仕置きを」

「……そう、lo siento(ごめんなさい)。いつも迷惑かけてるようね」

 

 もっともな理由だが、他の止め方もあったんじゃないかとジト目で見つめてくる。だがその時のもみ合いで鍋をひっくり返したらどうしてくれると言ったら、これで良いと納得してもらった。

 

「ほらほら、俺の事は良いからさっさとあっちで膝枕でもしてきやがれ。お二人さん」

「それもそうね。adiós(アディオス)、さようなら!」

 

 結局、仲睦まじきカップルであることには違いない。冷やかすようにシッシッと空いている席を指さしてやれば、リリオを抱きかかえて上機嫌に去っていく。そうしてミーを見送ると、彼は足元で例の二人を見つめているナフェへ視線を移した。その口元が引き攣っていることから、一連の行動に関して苦笑いをしているのは分かり切った事だったが。

 だが、彼らがいなくなっても彼女は厨房の休憩用の椅子から動こうともしない。時折鼻をひくつかせて辺り一面に漂うカカオの濃厚な匂いを味わっているようだが、それだけの為にナフェが此処に来るとも思えなかったからだ。

 

「そんで、ウチのお姫さまはどんな御用かね」

「ん~。まぁ、さっきも言った通り。出来たから……ちょっと渡しておきたいかなーって」

「そんなに恥ずかしがるこたぁねーだろうに」

「もう、そんなもんなの! ホント変わってないよね、アンタって」

 

 早々に変わってたまるかい、と唾が飛ばないように含み笑いで返していると、厨房の仲間に彼女を待たせてやるのもアレだろう、とか言われてクリスマスの時の様に追い出されてしまった。チョコレートが詰まった鍋の方はとりあえず任せておいたものの、それが新人の子だったから少しばかり不安が募る。だがまぁ、ここでお姫様(ナフェ)を無視して不満を募らせてしまった方が大惨事になり易いものだと考え、いくぞ、とだけ言って彼女の手を握った。

 

 そうしてしばらく落ちつけるようなところを探していると、チョイチョイ、と手招きするような赤い手が見えた。結構エイリアンも暇なのかと平和な毎日に笑みがこぼれそうになるが、まぁアイツなら逆に考えたキャプションで盛り上げてくれるだろうと思いつつその席に向かおうとする。ナフェも別に異論はないのか、大人しく隣に座ってくれた。

 

「お似合いじゃないか。どう見ても中睦まじき親子のようだったよ。どうやってもラブロマンスには浸れなさそうなのが……まぁ、やはりお似合いかな」

「同じ事、何回も言ってんじゃん。ホントはアンタってネブレイドしても語彙力だけはどうしようもなかったりする? 朗読してるだけじゃない」

「そ、そそそんな事はない! …ん?」

 

 ぽん、と肩に手を置かれた事に疑問を感じ、其方に振り返る。すると彼が優しげな、どこか悟ったような表情をしているのが目に入った。

 

「…マズマ、お前監督はできそうだが主演には向いてない」

「…そうか。ッチクショー! 俺だって表舞台に立ってみたいが、武器がコレなんだよ!」

「誤射王マズマ、懐かしいよね~」

「ナァァフェエエエ! それは昔の話だろっ」

 

 普段はクールな二枚目を聞かざるマズマも、この小悪魔の前では唯のピエロにしかなれないのか。最早ナフェが本来の目的を忘れかけているが、マズマは見っともなく泣き崩れながら走ってどこかに行ってしまう。そんな彼は、道行く人々に顔は良いのに勿体ない、などと言われさらに落ち込んでいた。

 

「何か疲れたし、もうここでいいや。はい、コレあたしからのチョコ」

「サンキュ。っつか、包装もほとんどされてないんかい」

 

 彼女から受け取ったチョコレートはアポロチョコの様にピンク色だったが、それがさらけ出されるままに紙皿の上に乗っているだけだった。このご時世、そんな余裕がない事は知っているが、元いた2010年位の過剰装飾されたバレンタインのチョコが記憶の片隅にあるだけ、なんとなく仕方ないとも思えて来てしまう。

 

「って、ピンク色?」

「ホワイトチョコに食紅入れてみたの。イイ感じでしょ?」

 

 ホワイト、ねぇ。何を思っているのか知らないが、多分あえてのチョイスなのだろうと彼女のしたり顔を眺める。ついでに、食紅を知らない人の為に言っておくが、食紅はまったく味に影響がない唯の着色料である。詳しい使用法はビンに書いてあるので、使う際はちゃんと見ておこう。

 

「ベースはホワイトか。んじゃ、一緒に喰おう」

「あれ、分かってたんだ」

「分からいでか」

 

 ブロック状の変哲もないが、それでも手作り感が溢れるチョコレートをナフェを多めにするため3等分に割ると、二つを彼女へ手渡した後に自分は残った一つを口に放り込んだ。しばらく味わえなかったホワイトチョコ特有の甘さが口に沁み渡り、日々の精神的な疲れをとろとろとチョコが共に溶かしてくれる。

 しっかり味わった後、何か不思議な満足感で溢れている気持ちになった。

 

「ここのとこ毎日仕込んだ甲斐はあったか。手順はオリジナル加えて無いんだろ?」

「あったりまえ、というかお菓子作りでオリジナル加えると悲惨な事になるって知ってるからね。とくにソースは……ああ、あそこ」

「ん?」

 

 ナフェの指さした方を見てみると、我らが総督様が決してチョコとは言えない物体Xを手に渡り歩いているのが見えた。「ふふふ、待っていろホワイト」と言っていることから、どうやらステラの為に作ってあげたらしい。…いくら大食いのステラと言えど、あれは食べても腹壊すだけなんじゃないだろうか。

 あ、ナナが全力で止めにかかってる。

 

「あのグレイ、記憶野が圧迫されるって嘘なんじゃないかってくらいあのホワイトにご執心だよね」

「いろんな意味で分かり合った仲だしなぁ。百合の花が咲いてない事だけが救いか」

「あの方はどうかは知らないけど」

「あれは……気にしたら負けだろう」

 

 いつの間にか、総督と対抗してステラ&ナナのタッグでまたドンパチを始めそうになっている。ステラ専用に調整されたロックカノンと、総督の翼が……翼?

 

「行ってらっしゃ~い」

「……だよなぁ」

 

 重い腰を上げると、ナフェの放り投げた「チビすけ」を足場にして一気に踏み込んだ。そして、いとも容易く破られる音速の壁。パァンっという音が響き渡った事で当事者三人の注意が此方に向き、口を開けたまま大きな隙を晒していたので勢いそのままにステラと総督にダブルラリアットをぶちかました。ソニックムーブも含め、半径二百五十センチがこの手の届く距離である。

 

「あっ」

「おお!」

 

 こちらの腕が接触するコンマ一秒、二人はそんな声をあげていた。

 ナナに当ててしまっては耐えきれないので、とりあえず頑丈な二人だけに無言で打撃を浴びせる。そしてヒットの瞬間「彼女」の手から離れたチョコレートと呼ぶのもおこがましい物体Xをその手に取ると、刀が鞘におさまった時の時代劇の様にふっ飛ばした二人が壁の向こう側と激突した音が聞こえて来た。ホームラーン。

 

「ちょ、ステラ!?」

「まぁまぁ落ちつきなされナナちゃん」

「ちゃんって何よっ、というかアンタこの前の……」

「ところで、コレ喰う?」

 

 ダァンッ!

 総督の手から奪い取った物体Xを差しだした瞬間、ナナは持っていたグレイ用の銃でそれを消し炭にしてしまう。それを持っていた彼の手も弾丸が過ぎ去った際の衝撃でただでは済まない筈だが、当然のことながら「彼」であるためまったくの無傷。それが分かっているからこそ、彼女も撃ったのだろうが。

 

「うわぉ、あの方と仲良くぶっ倒れちゃってるよ」

「あらら……ちょっとコレ俺が咲かせた事になるのか?」

「咲いちゃったね、百合の花」

 

 ナフェと共に見つめる先には、同時にぶっ飛び、同時に壁と着弾した二人はその唇が触れ合った光景が広がっている。それに気付いたステラが顔を真っ赤にしながら刀を振りまわしたが、同じく目を覚ました総督は笑いながらその刀を手で受けとめ、もっと喰わせるが良い、などと言って彼女に顔を迫らせて行った。もはや円形ホール全員の目線が其方に向いているなか、一人の悟りを開いた者が総督をひょいっと持ち上げてしまう。

 

 そのいかつい顔には歴戦の傷が奔り、だが背中には傷が一切ないと言う、正に武士(もののふ)の井出達の老人。やれやれと首を振る様はどこからどう見ても、総督たる彼女の暴走を止めるためのただの苦労人のようにしか見えないのだが。

 

「総督、あまりにおいたが過ぎますぞ」

「離せザハ。私はホワイトを味わってやろうとしただけだろう」

「それがお戯れだと言うのです。さぁ、迷惑をおかけしたのですから我らはここで帰ることにしましょう。ホワイトよ、せっかくの宴を無駄に沸かせて申し訳ない」

「待て、待つのだザハ。くっ、…ホワイト、先ほどのは役得と思―――」

 

 全てを言いきる前に彼女の姿がザハと共に掻き消え、おそらくは月の中枢に強制転移されていったのだろう。それから茫然としていたステラを心配するようにナナやPSSのメンバーが寄りそうと、ステラは総督の唇と接触した自分の口を必死にこすり始め、赤く腫れ上がりそうな勢いだったのでそれを周りが慌てて止めにかかっている。

 いつもの騒がしい日常。だが、それがこのモスクワ、UEFでの毎日なのだと実感させられるような、穏やかな時間が過ぎているのだなぁと思いつつ、隣のナフェと一緒に肩をすくめて見せた。

 

「騒がしいなぁ」

「だね」

 

 そうして厨房に戻る事も忘れてのんびりと時間を過ごしていると、喧騒も終わったロスコルがステラを肩に担いでこちらにやってきた。他にはフォボスやマリオンなど、いつものメンバーの姿もあるらしい。

 

「やぁ、君はもう貰ったかね? 私は老いぼれだと言うのに、三人も奇特な方から貰ったよ」

「おぉっと、司令官も隅に置けないようで」

「ふぅ~ん。で、フォボスは幾つもらったの?」

「お、俺か? ……なにもねぇっての」

 

 ナフェの意地悪そうな顔がよほど苦手なのか、顔をそむけながらフォボスはそう言った。後ろで結いだ髪をぶっきらぼうに弄っている姿は何とも哀愁を漂わせており、周囲の人物が全て苦笑いと温かい目で彼を見つめてしまうほど。

 ちなみに、ロスコルはステラの恩人だからという理由でナナから、そして当然ステラからも貰っているらしい。姪っ子が生きてたらこんな感じなんだろうな、と彼は寂しそうな笑みを浮かべていたのだが、ステラの頬を膨らませた顔を見ると、今は君がいるんだったな、と再び笑顔になっていた。

 

「やってるわね。混ぜてもらってもいい?」

「うーががー」

「や、今度こそしっかり座らせて貰うよ」

「シズにカーリー、そんでマズマ? さっきどっかに走って行ったかと思ったんだが……その手にあるのって、まさか」

 

 ロスコルが震える手でマズマの手にある箱を示すと、彼は少し恥ずかしそうに視線を外した。

 

「な、情けない話だけどギリアンっていう婆さんに貰ったんだよ」

「ギリアン? あのお婆ちゃん、見た目あたしと同じくらいの子供にチョコレート配ってたけど……」

「うーがががーうがー!」

「兄さん、“結局マズマも一人ぼっちの子供みたいだから”だってさ。ふふっ」

「か、カーリーお前!」

「そこまでだマズマ君。君も子供の様に癇癪起こすのはやめたまえ」

「うぐぐ…分かった……」

 

 しょんぼりとしつつも、大事そうにチョコを食べ始めたマズマは最早怒られているPSSの隊員とまったく見分けがつかない程この場に溶け込んでいる。

 

「はははははっ、流石司令官。エイリアンでさえ手玉に取るか」

「君の言うとおりだ。この場所にいる限り、私こそが広域指導員でもあるからな」

「でも、マリオン。アイツにはすっごく甘いよ?」

「むぅぅ…まぁ、だが…いやしかし……」

「ステラもいいとこ突くわねー」

 

 カラカラとナナが笑うと、それが火種になって全体に笑みが広がって行った。

 2月14日は甘い甘いバレンタインの日。でも、こんな風にチョコレートを食べたあとみたいに面白可笑しくて、暖かい雰囲気もいいんじゃないだろうか。春も入りかけだが、まだまだ寒さが残っているモスクワの地では、暖かな時間が過ぎ去っていくのでしたとさ。

 




少し量的には少ないですが、これ以上やると収拾不可能の事態を書いてしまっていたので、ここで切らせていただきます。

次回からはまたもとの本編に戻ります。
今回の話で、少しでもこの「B★RS The GAME」の世界が幸せに感じてくれれば、こちらとしても嬉しい限りです。

それではまたお会いしましょう。突貫で二時間ほどで書き上げたので、おそらく誤字は放置したままですが、他の企画話含めて五時間パソコンの前で二人して話し合っていたので疲れました。誤字はまた明日修正することにします。

やりつくしたわよ…今行くわ、パトラッシュ……


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手間がかかる

これからは地の文が多くなってくると思います。


「はい、すみませんマリオン司令官」

≪まぁ仕方ないだろう。私も少しばかり、心の落ちつく時間が欲しいのでな≫

「…此方が言えた義理ではありませんが、シング・ラブについては早めのご決断を。さもなくばPSSにうだつが上がらなくなりますよ」

≪分かっている。…では≫

 

 ナフェの端末の投影スクリーンをタッチすると、それら全てが端末に吸い込まれて電源そのものが切れた。エイリアンの技術は恐ろしく発達しており、電池切れが数十年後と言う事で通信が取れなくなった訳ではないが、沈黙した事は確かである。

 ナフェに返すことなく懐にそれを仕舞うと、崖の一角に腰を掛けて空を見上げている彼女を見た。この自然にあふれた場所に来るまで三日ほどかかったが、彼女は立ち直る様子は見受けられない。いつかのように呆然と何もない場所を見上げて、こちらの言う事にも曖昧な返事を返すだけだった。

 

 だから、これは彼女自身の問題として片付けなければならない。ここで変に自分の言葉で刺激を促してしまえば、デリケートになっている感情を爆発させてしまって、その後はまた、彼女は思考の振り出しに戻る事になるだろうから。

 時に優しさとは、何もしない事にも適用される。今の自分はそれこそが最善だと、そう思いながらも何とも言えない気持ちを噛み殺した。

 

「……そう言う事だ。悪いが今日の飯になってもらう。謝りはしない」

 ―――! ッ―――!!

 

 そんな彼の手元では、首を抑えられ、身動きが取れない状態でも此方に明確な敵意と反抗的な瞳を向けて来ている蛇がいた。

 彼と言う存在がこの世界に現れてから、ほとんどの地球に取り残されたアーマメントが彼やナフェの手によって破壊されている現状、しぶとく生き残っていた野生動物達は自然の世界に必要以上の危険を感じないようになっており、このようにのこのこと彼らの前に姿を現し始めていた。貴重なたんぱく源をその鍛え上げれられた手で絞め落とすと、力なく命の灯を失った蛇がダラリとうなだれる。

 その蛇の頭を肉切り包丁で切り落とせば、新鮮な血液がその場にぶちまけられた。

 

 その事を気にせずに調理を始め、焚火の前に細かく切り分けた蛇の肉を置いていく。キャンプの焼き魚の様に蛇が一度火に通され殺菌消毒された長い串で貫かれていくと、14本の不規則な串刺しの肉が出来上がる。日の上に吊るされた金物の中には行った込めが湯気を立ち上らせ、食欲をそそる匂いがその場には立ち込めていた。

 

 だが、ナフェは其方を見ることなく地面に仰向けに倒れ込んだだけ。この行動も匂いにつられて反応したと言うよりは、匂いが体勢を変えるためのきっかけに過ぎないと言うだけだろう。その一つを手にとって、彼はナフェに差し出してみるものの、

 

「喰うか?」

「いらない」

 

 問いかけにも即答で返され、すぐさま無言タイムに突入される。一応言葉には反応してくれているのだが、この三日間、コミュニケーションは最小限になってしまった。移動するときは無言で自分を彼に背負わせ、寝るときはいつの間にか途中で持ってきた小奇麗なシーツなどを自分で巻いて眠りについている。

 その度に人肌に触れあうように服の裾を握ったり、背中に背負った時は顔を背中に埋めたりして来ていると言う事は、彼の事を唯一の寄る辺としているのかもしれないが、それ以上は言葉を発そうともしていない辺りは唯の安心できるための道具として認識しているのかもしれない。

 複雑と言うことだけは似ている女心にもつながるような感情が、今もナフェを苦しめていた。

 

「…いただきます」

 

 とにかく、このまま火であぶり続けてはせっかくの蛇肉も焦げてしまう。少し熱源から遠ざけ、暖める程度の場所に串を突き刺すと、飯盒(はんごう)を開いて温まった「米モドキ」を取り出し、竹に似た中身の無い植物を切って作った即席のお椀に詰め込んだ。小麦粉を練った物を「ちねって」米に似た形にしたものだが、どこぞの番組でやっていた無人島生活の調理方法は意外と役に立つものだなぁと小麦色の米モドキを見て物想う。

 再度ナフェの方を見てみたが、何を言うでもなく眠りに落ちているようだ。一応二人分は作ったのだが、彼女が食べないと言うのなら自分が消化してしまわなければならない。食糧は頑張れば意外と栄養価の高い物が採取できるので困らないのだが、こうして調理済みのものが余ったような感覚になるのはなんとも頂けないものだ。

 

「お粗末さまでした」

 

 自分で作った物をご馳走というのも何だと思って、最近はこうしてお粗末という言葉を使い分け始めた。こんな簡単な感じで彼女にも現実と知識の違いを見出してほしいものだが、自我同一性(アイデンティティ)の崩壊にも等しい世界観測という現実を目の当たりにしたショックは大きい。こうして彼女の立ち振る舞いに影響がないことこそ、奇跡的ともいえる。

 これが「彼女」だった場合なら、また違った反応を示すかも知れないのだが……いや、よしておこう。あまり考えすぎると噂を聞きつけてまたやってくるかもしれない。もっとも、そう簡単に表れる事が出来る程、彼女も暇ではないとは思っているが。

 

「……血の匂いが集まり始めたか。仕方ないな」

 

 彼がそうつぶやいたのは、驚異的に発達した嗅覚で辺りの動物を殺しまわったのだろうアーマメントが、血の匂いを撒き散らしながら暗闇の中から奇襲を仕掛けようと集結していたから。いつまでたっても学習しないそんなアーマメント達に今までにないほど冷たい視線を向けながら火を消すと、食材など最小限の荷物をリュックに詰め込んだ。そして最後に眠っているナフェが寒くならないようにシーツごと抱きかかえると、音をたてないように極力注意を払いながら一気に40メートルの高さまで斜めに跳躍し、着地時に木の枝などで衝撃を殺しながらゆっくり移動を始める。

 平常心を取り戻すまでしばらくかかるだろうが、自然回復に任せるしかないのがとても歯痒い。こんなことなら、精神に左右する能力を得ていればよかったのに。誰とも知らぬ者に憎しみを抱き、彼らは夜の闇の中にまぎれて行く。

 

 

 

 

「司令官、ウクライナ周辺のアーマメント反応が全て消失しました」

「…また、彼が戦ってくれているのか」

「どうやらそのようですね。……司令官、数日前から顔色が優れないようですが」

「……すまないメリア。少し自室で休ませて貰えないだろうか。指揮はフォボスに任せる」

「了解しました。司令官は少し働き過ぎです、ちゃんとお休みになってくだせぇ」

「ああ」

 

 管制室のドアを抜け、PSS部隊専用に設立された宿舎まで足を向ける。

 あの優秀な…いや、人間を遥かに超えて優秀すぎる彼の報告を受け取ってから、どうにも気分が悪い。そして、その原因は誰よりも私が知っているのだろう。

 

「シング・ラブ……」

 

 あの純白の少女。唄声に焚きつけられてPSSに志願し、それから同僚や新人をアーマメントやA級エイリアンとの戦いで失い続け、いつの間にか司令官と言う立ち位置に収まっていた自分。数々の友を失って寂れた心は、シング・ラブの唄声で癒すことで何とか次の日には立ち直る事が出来ていた。

 だが、その歌姫こそがエイリアンの総大将と告げられた今、私の脳裏によぎるのは数々の死んでいったPSSメンバーの遺影だった。ジーン・ハウラー、ハンス・ロディスビッチ、ジャック・ハーバー、ジン・モリオカ、ファン・タイレン。国籍も年齢も違うが、確かに仲間としての絆で繋がっていた、今は亡き私達の同胞。

 彼らもまた、イメージキャラクターとしてダダリオ・ネクスト社が掲げたシング・ラブについて語ることのできる仲間だったのだが、今となっては墓への土産話にするわけにもいかなくなった。私達の心の拠り所が、まさか敵側のトップだと言える筈もない。今のPSSメンバーは最古参のメンバーが私しか残っていないため、そこまでシング・ラブに思い入れのある隊員はほとんどいないだろう。だが、私は―――

 

「……いかんな。考えが堂々巡りになってしまう」

 

 いつの間にか自室の前にまで歩いて来ていた私は、その部屋のドアを開けて中に入る。質素で家具も最小限しか置かれていないそこには、古ぼけた純白の少女のポスターと現PSSメンバー、そして彼とナフェ君が映る写真が置かれていた。

 写真立を手にとって中を見れば、私を含めて全員が馬鹿笑いして映っている。だが、今の私はどうだ? 笑顔など、どこにもない。いや、寧ろこの写真の中の私が司令官としてあるまじき顔なのかもしれないな。

 

「ロスコル・シェパードです。司令官、少しよろしいでしょうか」

 

 PSSの中でも特に機械に強い男。そのロスコルがマリオンの部屋にノックと共に訪れて来た。しばらくは無言を保っていたマリオンも、すぐにPSS司令官としての表情に戻って彼を招き入れた。

 

「入りたまえ」

「失礼します。…彼から再び通信が入りましたので、無線機を預かってきました」

「…まったく、その程度なら内線を使えばよいだろうに」

「いえ、司令官が一人と聞いたからこそ、だとか」

「私が一人だからこそ…?」

 

 疑問に思いながらも無線機を受け取ると、ロスコルは頭を下げて部屋を出て行った。だが、この時に私が一人しかいないからこそと言うのは、一体どのような報告なのだろうか。自身の失墜の気持ちよりも、何か明るい報告があるかもしれないと言う其方のほうが気にかかってしまうのは否定できない。だが、せっかくの無線を無視するわけにもいかない。こちらマリオン。そう答えると、彼からは息をのむ音が聞こえて来た。

 

「……どうしたのかね?」

≪司令官、これから為す事を他のPSSメンバーに伝える事は…特にロスコル、メリア、ジョナサンの三人に伝える事は其方の自由にお任せします≫

「何故その三人なのだ」

≪エイリアンの襲撃で大事なものを失った。それが入隊理由の者の中でも、最も憎しみが激しそうな者たちだからですよ≫

「……わかった、続けてくれ」

 

 確かに、あの三人のエイリアン――ひいてはアーマメント嫌いは度を超す時もある。その分普段が優秀なだけに原動力でもあるだろう復讐心を取り除く様なメンタルヘルスは行ってこなかったが、いつも不思議に心の中に言葉が入ってくるような事を言う「彼」からの言葉だ。これは、心して聞かなければならないかもしないと、しっかりと椅子にすわりなおして体勢を整えた。

 

≪……ナフェは、A級エイリアン側の智将です。過去に一億までアーマメントが減った時、大量のアーマメントを引き連れて地球を襲ったのもナフェでした≫

「―――それはっ!」

≪ですので、落ちついて聞いて欲しいんです≫

 

 とてもじゃないが信じられない。彼女は確かに、見た目不相応な立ち振る舞いをしている時があったが、それはあくまで孤独に生きて来たから身に着いた強さであって、まさかエイリアンだからという理由があるとは夢にも思わなかった。

 だが、彼の言葉が本当だとすると、ナフェを連れて此方に来た彼自身も――

 

「君も、エイリアン側の人間(スパイ)と言う事か」

≪そうなります。と言っても、UEF(ここ)に来る前までの話ですが≫

「御託はいい。だが、ひとつ気になるのは何故君が諜報活動ではなく此方に情報を流すようにしているのか、と言う事だ」

≪結局、俺も人間を捨て切れなかったってだけの繋がりに飢えた奴だった。唯それだけのことですよ≫

「……それでも、君はこちらに来ようと言うのかね?」

≪はい。……その際に捕えるとしたら、ナフェではなく俺を―――≫

「いや、もういい」

≪――――ッ≫

 

 あちらは此方が問答無用とでも思ったのだろう。

 だが、こちらはそんなに器量が狭い人間ではないのだぞ。

 

「君が何を言おうと私達の仲間だ。ナフェ君に関しては私から言っておこう。だが…帰って来た時は、君達を使いつぶすつもりで予定を組むからそのつもりで戻ってきたまえ。みな、君の“母の味”を心待ちにしているのだからな」

≪……はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! 分かりましたよ、じゃああいつ等には誰が母親だっ、とでも言っておいてください。…それから、技術提供はなんとかナフェにさせます。俺は所詮この世界の異物ですが、ナフェや貴方たちは生き残れるようにご武運を祈ります≫

「私も、踏ん切りをつける事にするよ。シング・ラブは歌姫ではない。ただの、エイリアンの総督だ。私達の殲滅すべき敵である、と」

≪…そんな調子でナフェも立ち直ってくれれば最高なんですがね。…司令官、それでは次の報告は本部で。それと、やはり新人の防衛線は張らないようにお願いします。命は油断したらあっさりと散る。そんな物ですから≫

「…了解した。しばしの旅行を楽しんできたまえ」

 

 無線が切れ、砂嵐だけが聞こえてくる。その無線のスイッチを切ると、私はベッドに腰を掛けた。額を覆うように当てた手からは、数えきれないほどの硝煙の匂いの中に友が飛び散らした血の匂いが漂ってくる。

 

「……もう、私も大人なのだ。いい加減一人で立たねばなるまい」

 

 呟いて、シング・ラブのCDを見つめると、今までの未練を断ち切るかのように拳を撃ち降ろし、全てのディスクを粉々にした。カシャ、と小さな音が部屋になり響き、自分がいかに小さなものへ心を寄せていたのかが実感できてしまい、己に対する苦笑が口から零れてきた。

 そろそろ休憩も良いだろう。今この時も、モスクワ以外でアーマメントを殲滅しているPSSのメンバーたちへ慰労と命令を伝えなければならない。シング・ラブを広告塔にして集まった私達の部隊は、今や「フランク・マリオン」という男に魅せられ、志願してきた者ばかりなのだから。ならば私は、例え強がりでも弱みを見せてはいけないのだ。

 

「いつだったか、彼が言っていた義経を目指して見るとしよう」

 

 では、まずはナフェ君の事を伝えなければならないな。

 君達の分まで、私は関門で叩かれてくる事にするよ。―――君。

 

 

 

 

「……ふぅっ……は、はぁ、……はぁ……死にたく、ない…」

「また泣いてるのか」

 

 腕の中で、ナフェが眠りながらにして泣きじゃくっていた。

 確か彼女は、この地球に来る前に重傷を負っていて、その時に死ぬような思いをしたのか、はたまたその事から生存に対する執着が増したのだろう。それに総督の位置に自分が成るという欲望が混ざり、「彼女」を裏切るような形となって計画を組み立てたのかもしれない。

 全ては自分の予想に過ぎない事だが、こうして涙を流す彼女が落ちつくまではどんな事を言っても聞こえはしない。ましてや、今のナフェは寝ているのだから。どんな言葉を投げかけたとしても反応が返ってくる事はない。

 絵面的にヤバいとか、そんな事を気にする前に彼女をそっと抱き締める。肌に彼女の生態アーマメント部分の硬質な感触が突き刺さるが、しばらくそうしているとナフェの不定期な息遣いは少しずつ収まっていき、ようやく普通の呼吸が出来るまでに戻った。また彼女を抱えたままその場を移動すると、遥か後方から彼女が泣く前に倒した巨大なアーマメントの爆発音が聞こえてくる。今ようやく倒れたのか、などと考える暇もなく自分の体はその場から離れて行こうとした。

 

「…北斗七星があっち。俺はいま、ウクライナ近くを走ってる筈で……」

 

 左腕の服に缶バッチよろしく貼り付けた端末を見て、自分のいる座標を合わせながら自分の足を動かす。とにかく適当に歩き回っていたころはそんなに気にしていなかったが、自分は余り方向感覚が良い方ではない。ひとしきりアーマメントから逃げた後は、こうしてちょくちょく方向修正を行いながらでないとモスクワに辿り着くことさえ難しい。ましてや列車などが通っているような路線は無いのだ。ヘリや多人数が乗れる飛行機で移動しているPSSメンバーと違い、自分は方向も距離も全て肉眼と己のカンで辿り着くしかない。

 ただ、この時に関してはナフェが落ち着くまでUEF本部に連れて行く事は出来ない。マリオン司令官のロスコル達の説得も必要だろうし、何よりナフェの精神状態が不安定なままでは誰とも会話する事が出来ない。

 こうした情緒不安定は抱きしめることで収まるのだから、彼女にとって心を許せる人、そして物理的にも精神的にも暖かさが必要なのかもしれないが、それもあくまで彼女自身の心をこれ以上落とさないための最終ラインの役割しか果たせないのである。

 

「……あれ」

「おはよう、ねぼすけさん」

「……うん」

 

 こうした寝起きなどは意識もはっきりとしていないから、最低限はコミュニケーションを取る事が可能だ。だが、数分もすれば彼女はまた、心ここに非ずと言った風に腕の中で動かぬ人形と化す。最近はこんな毎日が繰り返され、自分の精神状態にも異常をきたしそうになるが、あくまでそれは錯覚だと空想を振り払った。

 こんなナフェに、今度はどんな言葉を掛ければいいのか。そればかりを考えては違うと切り捨てる作業が、今日も始まる。

 




ナフェはまだ復活しません。
そう簡単に受け止めることができないものですよね。
特に、全く違う人間と宇宙人の意識が混ざり合った今のナフェには相当堪えるはず。

マリオン司令官はかっこいい。これは真理ですけど。


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やべっす。
ちょっときゅうてんかいです?
じんるいははんえいするです。


「…………」

「もうすぐギリシャだ。遺跡とか楽しみだよな」

「……そだね」

「…もう寝とけ。俺が見とく」

「うん……」

 

 ナフェが何の抵抗もなく自分の腕の中で眠りについて、ようやく安堵の息を吐く。

 この2日間。なるべく体を放さず常に近くに置いて、頭を撫でたり、幻想じゃなく現実だと。それから楽しい事やこの世界で教えておきたい釣りのコツなど、いろんな事を言い聞かせると少しずつ反応を返してくれるようになった。今のナフェは、ようやく現実を直視してきてくれている。

 彼女がこうなった原因の自分がなんとも恨めしいが、ここで自分を否定したらナフェが信じる自分を否定し、更なる心の闇に彼女を追い込むことになってしまうだろう。他人の心のケアなど初めてだが、ずっと接していれば彼女が何に嫌悪を示し、何に対して心を開いてくれるのかが分かってきた。四六時中ずっといる事で分からなければその程度の人格だったと言うことだが、この身をその程度として終わらせるつもりはない。絶対にナフェを元の元気のいい悪魔ッ子に戻し、この世界を生き延びると決めたのだ。

 

 そう思っていると、少しずつブルガリアとの国境が見えて来た。ただ何となくそのへんだからという訳ではなく、この地球の地図をUEFから転送してもらったナフェの持っていた端末を見ながらの判断だ。

 そして数十キロの距離をものの数秒で駆け抜けると、すぐさまギリシャの首都アテネが近くなってきた。だが、今回はそこに行かず、ナフェに言った通りにその周囲にある遺跡群を見学する事にしている。遺跡の近くにまで行き、そこでようやく腰を落ち着けてから足の冷却を始めた。既に時刻は夜も近いので、ほぼ日本と同緯度のこの国も少しずつ肌寒くなってきていた。

 

「ほら、到着したぞ」

「…………すぅ」

「そういや寝てたんだったか。…まぁ流石は生粋のエイリアンってところか、俺の走ってる間でも起きないんだな」

 

 腹が減っては戦も出来ぬと、携帯していた干物を取り出して一つ齧る。強化された身体能力と同じく、強靭になった顎の力はスルメをいとも容易く噛みちぎってしまった。普通の人がやったら歯が抜ける事が必須なので真似はしないように。

 バカな事を考えながら空を見上げて、世界で最も美しい形とも言われる三角形を形作る星座群を見上げた。相も変わらず冬の大三角は宇宙に鎮座しており、曇りなき晴れの夜空を光のアートで演出している。そのように、ナフェの心も照らしだしてくれれば御の字なのだが、と思いつつも此処までくる途中にあった綺麗な水源で汲んできた水を喉に通した。味はないが、自然の感覚が美味いと訴えかけてくる。

 

 彼はおもむろに立ち上がると、荷物をひとまとめに背負ってナフェを腕に抱いたままアクロポリス神殿の石屋根の残骸の上に飛び乗った。彼女を起こさないように衝撃を完全に拡散させると、より空に近くなったその場所で足を組んで座る。もし生き残りがいても荷物を奪われないようにとこの上に移動したのだが、良く考えればこのモスクワにほど近い地域の人間は避難済みである事に気が付いた。だが、昇ってしまった者は仕方がないと荷物を横に置くと、ナフェを抱きすくめてその場で眠る。

 次に彼らが目を覚ますのは、朝日を浴びた時になるだろう。それほどに、深い睡眠へ陥ったのだった。

 

 

 

 

「……司令官、その話は本当ですか?」

「本当だとも。誰でもない、彼が証明した真実だ。……それで、君達はナフェ君を殺すのかね?」

「その言い方は卑怯でしょう。俺達がそんな輩に見えるとでも?」

「まさか! 私とてそのように育てた覚えはない」

「なら良いじゃないですか」

 

 ロスコルは何を馬鹿な事を言っているのかと言わんばかりに肩をすくめる。それを見たマリオンはどうにも複雑な気持ちになり、その中でも不安が勝ってつい聞き返してしまう。

 

「…本当に、後悔はないのだな。とくにメリア、君は―――」

「当たり前です。ロスコルだって赦してるんだし、それに彼女が直接手を下した訳でもないのにどう恨めと? 私達の大切な人や人類を殺したのは確かにエイリアンですが、彼らの技術力は正直言って舌を巻くほどですよ」

「だから、あのチビちゃんが本当に仲間になるって言うんなら、俺達は何の対処も取りません。強いて言うなら、今までどおりにするぐらいになるかな」

「……二人はこう言っているが」

「異議なしっす」

「右に同じく」

「俺たち人類っすよ? 仲間割れみたいな事して何になるってんですか」

 

 PSSのみならず、一般人、研究者…そうしてエイリアンに家族を殺され、憎しみを持つ者は生き残りのほとんどと言っても良いだろう。中でも最も「エイリアン」に怒りを向ける者たちの筆頭である数百人を集めたのだが、マリオンが説得するまでもなく、生き残った人類として自分の感情を押し殺す訳でもなく、皆はナフェと彼と言う存在を簡単に受け入れてしまった。

 説得には骨が折れると思っていたが、逆にこの結果にマリオンは肩すかしをくらったような気分にさせられる。そして、今ようやく思い出した。

 

 ああ、そうだ。こいつ等は本当に―――

 

「バカしかおらんではないか! はっはははははははは!!」

「今更分かったんですか? 俺ら、バカでもないと人類やってられませんよ」

「ロスコォオル! 確かに君の言うとおりだなぁ!」

 

 そうだ。世界最後の白クマを撃ち殺した時から既に自分も含め、人類にはバカしかいないのだ。生き残るために四苦八苦するバカもいれば、この目の前の者たちのように仲間であれば敵の種族であっても受け入れるバカもいる。

 何が説得だ。寧ろ、この老いた身は教えられてばかりではないか。若者との格差がこの様な形で表れるなど思っていなかったが、この世界も人間も、決して捨てたものじゃない。そう再確認するには十分。

 

「それではここまでにしよう。詰まらん事で時間を食ってしまったな」

「いえ、その分訓練とか休憩できたんで…」

「オイ馬鹿!」

「ほう…?」

 

 なるほど、この若者達には少しばかり厳しい時間が必要のようだ。

 

「では君はメリアと共に寝ずの番で各地PSS救助部隊の指揮を頼む。万が一しくじった場合は訓練を追加。その他訓練中の君達はUEF本部周囲の走り込みに二周追加だ」

「に、二周!?」

「一周およそ十五キロ程度だろう。君達はその程度で根を上げる者でもあるまい」

「いや司令官、できるできないじゃなくて辛いか楽かの問題で―――」

「なら君は更に追加だ」

「うげぇ……」

 

 私の目の前で口を滑らせた事が運のつきだ。何、この位いいじゃないか。戦場で運のツキが巡ってくるよりは…な。

 マリオンは笑いを忍ばせながらメンバーを見渡すと、早速日々の訓練を再開するよう部隊全員に言い渡した。その嘗てないほど生気に溢れた声量に皆は逆らう事が出来ず、それぞれの役職に向かって急ぎ足に取り組み始めた。数少ない通信係のロスコルとメリアは戻った途端に同僚に背中を叩かれすぐさま業務に復帰させられているようだ。

 

「…後はナフェ君の復活を待つのみか」

「司令官、サンフランシスコから―――」

「む、そうか」

 

 背後からの声でマリオンも仕事に戻る。この事から彼も、時間とスケジュールに追われる立場である事は同僚達と同じ身の上だと分かる。今日もUEFは、通常運転のようだ。

 

 

 

 次の日、神殿跡の上で目を覚ました彼はアーマメントも見当たらない久しぶりの平穏に安堵し、思いっきり体を伸ばして眠気を吹き飛ばしたが、まだ眠り続けているナフェをみやると、彼は晴れやかな空とは裏腹に重いため息をついた。

 そうして憂鬱気にも見える彼だが、その顔にはナフェに対する負の感情が一切見えない。それは自分自身が現在の状況の原因だと言う事が分かっているのと、やはり同じ人類ではなく、彼女と言う存在はエイリアンである事が何よりの理由。価値観が違う、同族である人類を殺した相手と言う事は理解しているが、自分が見た少女の一面は、この目の前のナフェしか見た事がない。

 だからこそ自己責任と自己満足。相反するようで繋がった二つの理由が彼女の介抱を続ける原動力だ。それで相手をする自分が狂うだなんてあってはならない。先ほどの原動力に一つ追加するなら、自己暗示も含んだほうがいいかもしれない。

 

 彼の思考が続く中、太陽はそれなりの高さにまで昇ってきていた。彼が目算で影の長さと経緯度から時間を割り出すと、既に7時ごろだと判断する。そうして自信満々にナフェの持っていた端末を見ると、時刻は6時半ごろを表記していた。

 

「自信があると思った瞬間にこれだよ」

 

 所詮、サバイバルは二年ほどしか経験しなかった憶えの悪いにわかである。自然物から時間を読み取ろうとするには技術が足りなかったのだと自分の未熟さを噛みしめると、その場に立ちあがって準備体操を始めた。今日も今日とて走り回る日々になるであろうと考えての行動だったが、その時の一人ごとが聞こえたらしく後ろでもぞもぞと動く気配がある。

 身に包んだシーツを絡ませ、未だ眠たそうな顔のままにナフェが彼を見つめていた。

 

「……起きてたんだ」

「そっちこそ、おはようさん」

「…おはよ」

「……いい加減、ホントは吹っ切れてんだろ? 認めたくないだけで」

「……煩い」

 

 こりゃ強情だ、と彼はわざとらしく肩をすくめて見せた。

 ナフェの精神状態は不安定なままだが、流石に既に三日は経過している。現実感を覆すような事実に直面しても、忘れられない程の狂気的な事象に遭遇したとしても、はたまた一生に響く様な大怪我を経験する事になっても、全ての「生物」は同じく「時間」によってそれらを回復、もしくは適応する事が出来る。逆に、適応するようにできているからこそ、今日までのDNAを繋げる事が可能である。

 当然、それはエイリアンでも同じ生物には違いないナフェにも当てはまり、抜け殻のような状態から一夜明け、敵対心を見せつつ少ないながらも挨拶を交わすようになっていた。そして今、三日も経てばネブレイドと言う情報を喰らうが故の強靭な精神面を持つエイリアンなら復帰もしなければ可笑しいと言うものだ。

 

 現に、ナフェは情報そのものには踏ん切りをつけ、その先にある未来と言う存在に関して揺れている真っ最中だったのだ。今となっては記録として吸収した「年表」は正確なものにはならないだろうが、彼女達エイリアンの総督が求める「ホワイト」という存在は予定より一年早く目覚めたとしても、総督を倒すに至る実力を付ける可能性があるとナフェは知っている。

 だからこそ、この情報をそのままに物語の登場人物(エイリアン)として受け取るべきか、はたまた此処は物語ではなく現実の人間(ヒト)として受け取るべきかが問題になっていた。

 

「…ま、生きてたって良い事しかないさ」

「なんなの、その言い方」

「いつまでも記憶の中の物語に逃げてばかり。そうしてうじうじ悩んでるなんて、あの極悪非道のナフェ様だと思えないってことだよ。少なくとも、俺がこっちに来てから知り合ったお前は生への執着しかないなんて、その程度の弱小の心を持ったエイリアンじゃなかった。自分で考えて、俺をこき使って、何の気まぐれか人類に手を貸してるナフェっていう見た目小娘のクソガキだったさ」

 

 小馬鹿にしたように鼻で笑ってやると、眠そうな瞳が一転、あのアスタナで襲いかかって来た時のように凶暴性と、攻撃性を含んでいる吊り目で睨みつけて来た。心なしか、エイリアン独特の力を解放した時に発生するオーラの様な物を背負っているようにも見える。イメージカラーでもある桃色の威圧を放つほど彼女はご立腹らしい。

 

「黙ってれば……一体何様のつもりさ。ずっと、あたしをそんな風に見下してたってわけ? ストック風情が言い気にならないで。アンタの血液をネブレイドした事で地力も比べ物にならない程上がってるんだから、下手をしたらその喉掻っ喰らうよ…!?」

「おうおうおう、やれるもんならやってみやがれこの大喰らいのクソガキが。所詮はアイツにも遠く及ばねえくせに俺に歯向かった事後悔させてやる」

「言ったねぇっ、筋肉馬鹿!」

 

 言葉と共にナフェの鋭く尖った生体アーマメント部位の爪が下から迫ってきた。座った大勢のままに振るわれた物は、体勢や力の出し方など関係ないかのように彼の顎を捕えている。それを右手でガードしてしまおうと思った彼は、直後に感じた痛みに驚愕した。

 強靭すぎる彼の腕とぶつかったナフェの爪は欠けることなく、それどころか深々とその腕に突き刺さっていたのだ。

 

「ヅぅッ!?」

「油断してるからっ、そう、なるの!」

 

 続けて爪を突き刺したまま手を引っ張って彼の体を軸として利用すると、ナフェの鋭い蹴りが今度こそ彼の顎を捕える。ヒットと同時に彼の脳が揺れ、直結する視界も同様に火花を散らして世界をぼやかせる。そうして生じた隙を見計らい、ナフェは次々と握りしめた片腕での連打と、引き抜いた爪で彼の体を血濡れに染めて行く。

 

「あんたがっ、そもそもあんな物を見せるから! 何よっ、あたしなんてどうせ死に行くゴミみたいなもんだって思ってたんでしょっ!?」

 

 握りしめた拳を振りかぶり、顔面に叩きこんだ。

 同時に足場になっていたアクロポリス神殿が盛大に崩壊を始め、衝撃を受け止める者が無くなった彼の体は凄まじい速度で地面へ叩きこまれる。しかし、それでも人間である筈の体が砕け散る事は無く、何度かのバウンドと共に十メートルほどを転がって行った。

 よほど全力で打ち込んだのか、肩で息をするナフェは更に息を荒げながら、ふらふらと立ち上がった彼の姿を睨みつける。砂埃で正確には見えなかったが、まだまだ余裕があると分かって、

 

「ああぁぁぁああぁぁぁああああっ!! もう、嫌!」

 

 叫び、地団太を踏んで地面を陥没させると、一直線に彼に向かって跳んだ。

 ようやく立ち上がった彼を再び地面に打ち付け、癇癪を起したように両手を握りしめて叩き続ける。常人なら目で追う事も難しい速度の質量の伴った拳が打ちつけられる度に、大地は悲鳴を上げるように局地的な地震を引き起こしていた。

 

「あんたなんか、もう、なんで、そんなに……ッ!」

「…………」

 

 拳を受け続ける彼は、一切反撃の手を出せないようにも見える。だが、不満の一つもしゃべらずに、ただただ涙目で拳を振り上げるナフェを見つめ返していた。それは反撃をしないという合図のようでもあり、それが分かっていながら、ぶつけるべき感情を暴力としてしか表現できない彼女はただ手を振り上げている。

 

「そんなに、あたしのこと、見てくれてんの……」

 

 ぽす、と彼の腹の上には力なくナフェの握られた手が振り下ろされた。

 溜めこんで来ていたぶつける場所が分からない感情を全て出し切ったのか、彼女が扱う破壊と言う手段はせき止められ、ただただ咽び泣く少女だけがその場に取り残された。

 腹の部分の服も衝撃で破け、その下の充血し、一部からは出血も見られる惨状を物語る彼は、ボロボロの体とは裏腹に流れるような動作で彼女を抱きしめた。

 一瞬怯えたように跳ねたナフェだったが、それでも、こうまでしても自分の味方でいてくれるこの目の前の存在に、先ほどまでの行動と自分の世話を焼いてくれた数日間を思い出して、目から溢れる滴には先ほどとは違った意味を混ざらせる。

 その事が何よりも暖かくて、自分のいた場所で手を指し伸ばしてくれた、「彼女」の事を思い出して、自分の居場所を彼が作ってくれているのだと思って―――

 

「ごめん……なさい……」

「…………」

 

 言葉は返さず、暖かな視線と、安心するように抱きしめる事で返事をする。

 誰もが彼らを見て理解できるだろうが、当時したる彼も当然分かっていた。だからこそ何の抵抗もなく、ストレスや溜めこんだ物、それら全てを吐き出させる為に拳を身に受けていた。それだけで彼女が落ちついてくれるなら、それだけで全てが済むのなら。

 確かに、痛みには慣れる筈もない。痛い物は嫌だ。だが、心の痛みを見て見ぬふりする事は何よりも自分の心が痛い。身体的な痛みはいずれ慣れるだろうが、心の痛みは逃げる事が出来ないと知っている。

 だから、エイリアンであっても非道な手段を用いる者であったとしても、ナフェ(XNFE)という個人の味方でいよう。それは、彼の変わらない選択だ。ナフェの生い立ちや経歴は、確かにコミックスと言う客観的な視点でしか見る事は出来なかった。だが、それ以上に同情でもない、旅を続けて来たからこそ思った。ただの孤独を埋め会う仲間として彼女を助けたかったのだと。

 それが自分でさえも救われる事を思慮に入れた最低の自己満足でもあると自覚はしている。それでも、自分が彼女の心を蘇らせるにはずっと傍にいるしかない。

 

「ナフェ」

 

 返事はない。それでも、これだけは聞いてほしかった。

 

「俺ら、仲間だろ」

「……そう、かもね」

「一緒に旅してたよな」

「楽しかった、かも」

「ならさ」

 

 彼女の涙にぬれた、それでも何かを期待するような顔が目に入った。

 

「これからもよろしく」

「うん。うん…!」

 

 今はただ、この子を見守り続けよう。

 

 

 

 

 数日後、ようやくいつものように戻ってくれたナフェを引き連れて、モスクワの本部に帰還した。連絡を入れずにこっそりと帰ってきて驚かせようとしたのに、逆に本部の連中は監視カメラを倍に増やして、帰ってきた時の事を文字通り「図って」いたらしい。

 最初に大広間には行った時に俺達が目にしたのは、クラッカーの紙吹雪とバカどもの笑顔だった。

 

 それから、夜通しで改まったエイリアン・ナフェの歓迎会が終わった後、彼らはUEFの重要人物、PSS司令官のマリオン。生き残った中でも良心的な科学者であり、チーフを務めているジェンキンス等が集まったPSSの管制室に連れられていた。

 

「…それで、技術提供と言うのは本当かな?」

「しょーがないから教えてあげる。じゃないとあたしも生き残れないっぽいからね」

「そう言う訳で、全員の生存が第一らしいっすよ」

「それはありがたい! 早速、明日からでもこき使わせて貰うから、覚悟しておいてくれたまえ」

「……え?」

「あー、そういやこき使っても構わないって言ってたか……」

 

 確かに、彼は最後の通信の時に戻った際はどれだけ使っても構わないとマリオンに伝えて会った。だが、それは当然科学者や新たな人類防衛用の機械開発者達の耳にも入る事は必須あったということらしい。当たり前の事だが、その事実を目の前にすると人と言う物はモチベーションが一気に下がるもののようだ。

 その証拠に、見るからに彼とナフェはあからさまな表情をしている。

 

「それでは、ナフェちゃんをしばらくお借りしよう!」

「ジェンキンス、あまりやり過ぎるな」

「分かっているとも! マリオン氏」

 

 だが、科学者連中にとっては如何に良心的とは言っても、進んだ技術と言う物に対する興味や探究心は尽きないらしい。早速と言わんばかりにナフェの手を取って研究開発専門の建物に連れ込んで行った。その時の彼女の表情は、荷馬車に乗せられた仔牛のようであったとか。どなどな。

 

「……まぁ、少しばかりのハプニングがあったようだが、この様に君の危惧する事態は起きていない。安心してくれたかね?」

「流石は司令官の手腕と言ったところですね。しかし、本当に良かったんですか?」

「何がだね?」

「独房とかにぶち込まなくてもってことですよ」

「この中で犯罪を犯したものならともかく、命令を聞き、よく働いてくれる人材を牢屋の中で腐らせろと? そんな勿体ない(MOTTAINAI)方法は人を扱う物として真っ先に除外させて貰った」

「…ほら、お前も諦めろって。何週間か居なかったけど、此れがウチ(PSS)のノリだろ?」

「それもそうなんだが……」

 

 背後から仕事中のロスコルが話しかけて来たが、ちゃんとした返事を返す前に目の前の強面の老人から咳ばらいが響き渡る。

 

「ロスコル、私語は慎みたまえ」

「アイ・サー。司令官」

 

 これ以上の罰則は十分だと言わんばかりにロスコルは業務に戻って行った。

 

「とにかく、君も疲れただろう。強く言ってあるのでナフェ君もそう時間は取られずに二時頃…一時間後位には君達の部屋に戻ってくる筈だ。だからゆっくりと――」

「司令官、反応が!」

 

 慰労の言葉を掛けようとした矢先に、施設内がイエローランプの光で埋め尽くされた。メリアが監視カメラとレーダーを使ってここUEF本部の周囲をレーザーマップで天井に投影したと思えば、本部から2キロも離れていない地点に「赤い光点」がゆっくりと此方に向かっている様子が見て取れる。

 

「これは…まさか、いや、何故こんな時に……」

「ですが、機器は残念ながら正常です。現実を認めなければ―――私達は全滅だと思われます」

「……A級エイリアン、か」

 

 ロスコルがぼそりと呟く。

 その赤い光点は、近くにいる敵のアーマメント反応よりもずっと大きなエネルギーの総量を表している。周囲の慌てようがそれほどでもない事から、流石に総督ほどではないようだが、それでも脅威として目の前に立ちはだかっているのは間違いないだろう。

 

「いかんな…PSSは君達を見習わせた結果、悉く疲労している。この様な状態では前線に出ても最悪のコンディションだ。…ここは、忍びないが“彼女達”を使うべきか……」

「…彼女達?」

「戦闘用クローン。君もPSSの一員だ、聞いているだろう? ああ、姿を見た事はないのだったな」

 

 だが、彼はその情報の全てを、おそらくは研究に携わった科学者と同等な程に知っていた。驚異的な、それこそA級エイリアンに匹敵する性能を誇るが、運動野が脳の全てを浸食し、最終的には生ける屍と同義の存在になってしまう、哀しい宿命を帯びた「彼女」のクローン。―――ステラと言うホワイトを除くなら、その名を「グレイ」と呼ぶべきか。

 その末路は、ナフェと出会う前、「彼女」と行動していた時に彼女の食事(ネブレイド)として各地を巡らされていたから憶えている。何の感情も見受けられない、動くだけの、生きているだけの肉の塊と表現しても良いほどに見るに堪えない「ヒトガタ」でしかなかった。

 

「しかし、此方のグレイはほとんど殺されている。本部に残っているのは“ナナ”と自称する彼女しか残っていないと科学者連中が言っていたが…背に腹は代えられん、か」

「司令官」

「む、なんだね? ……いや、聞くまでもなかったか」

 

 内容を訪ねる前に、マリオンに訪ねた彼の目を見れば分かった。

 

「俺が、そのナナってグレイと共に出ます」

「……私達には止めようがない。それに、君の実力は知っているとも。…やって、くれるのかね?」

「腕っ節だけが取り柄です。バックアップをお願いします」

「分かった。存分にやって来い。幸いにも敵は舐め切っているのか、多少の時間はある。協力するグレイとも挨拶をしておくと良い」

「はい」

 

 そうして本部の外に出ようと、まずは管制室の扉に手を掛けたところでマリオンが彼を引きとめた。

 

「必ず、生きて帰って来い。合言葉は」

「「狩りの時間だ(タリー・ホウ)!」」

 

 そして走り去る彼。

 もう、後ろを振り返る事はなかった。

 




ちょっと急ぎ足の展開。
こんな感じでナフェにぶたれまくる……我々の業界ではご褒美です。

それでは、また次回にお会いしましょう。


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発展の犠牲

誰が来るかな。誰が来るかな。
少しばかり、その時はわくわくしてしまった。

 ―――1月下旬 ナフェの手記より。


 スクランブルのイエローランプが鳴り響く。それがステージライトのように思えて、俺はきっと口をゆがめているのだろう。この様な晴れ舞台で俺の相手をするのは出来そこないのグレイ? それともあの方が気に掛けていた小汚い男か。

 それとも―――裏切り者のナフェ?

 

「楽しみだ…。俺は寛容だから待っててやるが、その後は……」

 

 ―――題名、公開処刑の始まりさ。

 

 

 

 

 グレイ用の武器が貯蔵している格納庫。逐一メンテナンスが行われているため、三つに分かれるUEF本部の研究棟と作戦棟の間に設けられたスペースで、初めて彼は自分の意思を保ったままの第2世代クローンの生き残りに出会っていた。戦闘の為に無駄な脂肪を削ぎ落した、ある意味で完成された美貌は男の目を引くことは間違いないだろう。

 しかし、彼女が製造された目的は男の慰み者になる事でも、キャバクラ嬢として客引きをするためではない。彼女と言う一つの兵器は、挿げ替えの利く対エイリアンの勢力として数えされる存在だ。粗方のクローンは各地のPSS混成部隊の中にいるらしいが、このUEFに残っているのは最早「ホワイト」と呼ばれるクローンと、彼女…自称「ナナ」という少女しかいない。

 それは彼女の同期が既にエイリアン達に蹂躙されているからであり、彼女と言うクローンはそろそろ限界が近くなり、つい先ほどまで調整ポッドに入れられていたからという二つの理由がある。

 

「で、そんな記憶野がヤバい自称ナナさん、準備の程はそれで良いのかい」

「無手の貴方よりは準備出来ていると思うわ」

 

 そう言うと、ナナは何処からか取り出した巨大な橙色のスナイパーライフルを取りだした。人の丈ほどもある、絶対に人間には取り扱えない威力、反動を保証する銃口は、ピタリと彼へと向けられる。引き金に力を入れれば、その瞬間に弾丸は彼へ向けて放たれるだろう。

 凍てつく視線で彼を見つめるナナ。対して、彼は大した危機感も抱く事はなく、それどころかおどけたような態度で両手を広げていた。

 

「……何のつもりだよ?」

「それはこっちのセリフ。どうせエイリアン共に勝てやしないのに、どうして足掻くの?」

「そんじゃ言い返させて貰うか」

 

 彼は溜息まじりに後頭部をぼりぼりと掻き毟り、半目でナナを睨みつけた。

 じとっ、とバカを見ているのだと全面にアピールした視線。その込められた意味が分かったナナは、それでも不思議そうに答えを待つ。

 

「その程度の銃でどうするつもりだ?」

 

 何気なく言われたのは、人間としてはありえない回答だった。

 

「……はぁ? あなた、頭おかしいの? いくらなんでも人間がコレ喰らって生きていられる保証なんて――」

「前提条件が違ってる。いつ俺がその銃で殺せるって言われた?」

 

 その言葉に込められた意味を理解。同時に、彼女は失望と諦観を瞳に宿した。

 所詮は自分も運命とやらに左右される憐れな駒。そう言った自覚がナナの内面を浸食し、この状況におけるささやかな反抗心を溶かして行く。

 

「…あぁ、そう。そう言うの全部見越してあの科学者共は私を再起動したってことか」

 

 あいつら、何時か殺してやる。ナナが歯を食いしばりながら告げると、ふと此方に振り向いた。先ほどとは違った、敵意の込められていない視線だと分かった彼は、ならコレで良いかとシャッターの向こう側を指さす。

 

「とりあえず今はエイリアン殺しに行くぞ。どうせ無理出来ねぇんだろうから、援護射撃頼む。つうか、それだけしてくれれば後は殴り殺せる」

「あなたも人類に何か調整されたクチ?」

「いんや、気が付いたら馬鹿力になってた」

「なにそれ」

 

 最早訳が分からないわよ。その言葉にまったくだと彼は言葉を返す。

 

「とりあえず行くぞ」

「……仕方ないわね」

 

 銃口を下ろしたナナは、渋々と言わんばかりの態度で格納庫を出る。その後に続いて、彼もエイリアンの居場所を手に持った端末で情報を受け取りながらエスコートして行った。そうしてUEFからの通信を頼りに進む事、実に数分。ゆったりとした足取りで向かって行ったUEFの正門には、あからさまに此処にいるぞ、とアピールをしている腕が生体アーマメントの男性が立ちつくしている。赤がイメージとして思い浮かぶ姿は、彼の記憶で「ある人物」と一致していた。

 その赤い人物は、此方の二人が正門から姿を表した事を見届けると、眉をピクリと動かして大袈裟に両手を挙げてリアクションを取って見せる。

 

「ようこそ。キャスティングは出来そこないと冴えない男か、まぁ監督がなんとかしてやるしかないな」

「…マズマ」

「俺を知っているのか? …いや、あの裏切り者がいるなら情報流出は当たり前だな」

 

 裏切り者とは、言わずともナフェの事を指しているのだろう。

 そうしているうちに、ナナの隣にいる彼が持っていた端末が突如スピーカー音声で言い放つ。

 

≪マズマじゃん、ひっさしぶり~。ナルシストも直ったかと思ってたけどそうでもないんだね。あ、死んでもそのへん変わらないから仕方ないか≫

「よく言う、そこの観察対象の男に誑かされた癖に。…あぁ、まさかナフェ。ラブロマンスに浸りたかったとでも?」

 

 赤い男、マズマが嘲笑交じりにそう言えば、ムッとしたような声が響き渡る。

 

≪まっさかぁ! そこのはただのパパだよ≫

「オイコラ、ただのパパってどういう言い回しだ。お父さんブチ切れるぞ」

「…貴方達、普段からこう言う関係なの?」

「≪まぁね≫」

 

 通信機越しだと言うのに、息の合った返しにナナは頭を抑えた。

 目の前に敵がいると言うのに、どうにも戦場らしい感じがしない。多くの先輩が死んでいった、特に第四の刺客が来た時にナナが感じた絶望感はこの時の比では無いと言い切れる。だというのに、ただの人間にしか見えないこの見た目平凡な男は敵である筈のエイリアンを一体懐柔し、マズマと言われるA級エイリアンを前にして緊張の一つも見せないと来ている。

 あながち、あの格納庫で言っていた言葉は嘘ではないのかもしれないと思いながらも、アーマメント研究で開発されたナノトランス領域から即座に銃を召喚、装着してマズマに向けて発砲する。

 

 ダンッ、と空気を大きく振動させた一撃はマズマに一直線に向かうと、巨大な剣にも銃にもなるマズマの武器で弾かれる事になった。

 

≪ありゃ、惜しい≫

「まだ開幕もしていないというのに無粋だな。だから出来そこないなのか?」

 

 弾いた箇所から熱のこもった湯気を立ち上らせながら、自分の剣を真っ直ぐ構えるマズマ。そうして吐き捨てるようにナナに告げると、やれやれと肩をすくめていた。

 

「…まぁ、問答やってる場合でも無いわな。ナナ嬢、気付けの一撃にゃ丁度いい」

「あなたに褒められても嬉しくないのだけれど?」

「ったく…素直じゃない、なぁっ!」

「ほぉう?」

 

 彼もまた、台詞の途中に踏み込んでマズマの顎へ音速に近いアッパー。

 だが、極軽めに放ったその攻撃は、難なくマズマの手甲のようなアーマメント部位に掴まれてしまった。拳に掛けた初期と同等の力を出し続け、接触面でギリギリと力を拮抗させる。

 彼の戦闘データを見ていないマズマは、予想以上の力に引き裂いた笑みを浮かべながら攻撃を加えた彼に語りかける。だが、まだ両方ともに本気を出すような表情には見えなかった。

 

「少しばかり早いが、所詮はストックらしいな」

「じゃぁ倍率ドンで」

「なに――ぐぉっ!?」

 

 止められた形から、言葉通り「四倍」の力が発揮された。そして彼の拳はマズマの手ごと上へと引っ張っていき、乗ったままのマズマの手が顎を撃ちつける前に咄嗟に照準をずらした事で直撃は無かった。空に放り出されたマズマは受け身を取ると、空中を蹴って後退する。着地と同時に銃剣のトリガーを引き絞ると、一瞬で数十発のエネルギー弾が拳を上へ振りぬいた形で固まった彼を襲う。

 しかし、彼一人で戦っている訳ではない。そして、敵はあの総督でさえ無い。他の者が介入できる余地は――十分に存在していた。

 

「援護行くわよ」

≪その銃、こっちでエネルギー調整するから排熱とかは気にしないで≫

「気が利くじゃない、エイリアンの癖に」

≪態度がでかいわね、グレイの癖に≫

 

 憎まれ口を叩きながらも、決してその手と集中力を休める事はせず、一瞬の間に照準を付けたマズマの弾丸を撃ち落としていく。あちらが同時発射、此方は一発ずつという事で、どうしてもタイムロスが生じてしまうのだが、前線に出た彼は物量さえ無ければ障害物につまずく様なヘマはしない。

 ナナの正確な取捨選択で撃ち落とされるマズマのエネルギー弾。打ち消しきれなかった幾つかは彼の体に直撃するが、本来なら弾け飛んだ肉塊が完成する筈という事実を乗り越え、逆に肉体の表面で弾けるに留まっていた。

 つくづく、自分の規格外な体の作りに苦笑が漏れてしまうものの、それらを押し殺して敵エイリアンへと肉薄。弾丸の効果が薄いと理解したマズマは自動で追跡する銃弾を放ちながら剣を振り上げると、恐ろしい速度で迫ってくる彼に向かって、正確にその大剣部分を振りおろした。

 

「ひゅぅ、やるじゃんか」

「この程度の速度、俺にとってはまだまだ。お前もさっきの力はどうした?」

「お望みならば」

 

 マズマの挑発に乗り、彼はギアを切り替える。だが、それは一速から六速へ一気にシフトチェンジするような馬鹿らしい所業だった。一瞬で音速を超えた彼は、纏ったPSS装甲の一部を激しい空気抵抗撒き散らしながらも、音速を超えた事で発生するソニックブームでマズマの弾丸の狙いを反らす。そうして完全にフリーになった所で、常に有利な位置から攻撃を加え始めた。

 だが、マズマとてこと速度においては自信があるエイリアンの一人。流石のミーとまではいかないものの、とある番外編で500km/hの速度を出すブラックトレーサーに徒歩で追いつくと言う所業は伊達ではない。

 あの時の様な徒歩ではなく、完全な駆け足で彼に大剣を振り下ろす。だが、彼はあろうことか拳で剣の刃の部分を弾いてしまった。エイリアン技術の結晶である大剣の刃が通らない事に驚きつつも、その程度で己を見失うマズマでは無かった。刃が通らないなら、同じ場所に当て続ければ良い。ピックで一点を貫く事を思いついた彼は、お気に入りの映画「ビッグスナイプ」の主人公になった陶酔感を味わう。

 そうした陶酔は脳内麻薬(アドレナリン)を分泌し、更に音速を超えている筈の彼を捉える視界を作り上げる。完全に動きを見切ったと言っても過言ではなく、その自分の体を最大限に利用したマズマは彼の右手と言う一点を狙い続けていた。

 

「…っ……さ……を!」

「おま…も………なぁ」

 

 既に、音を置き去りにしている彼らは会話でさえも成立させる事が出来ない。だが、まったく同じ「相手を倒す」と言う一点において気の合った者同士、存分に刃と拳をぶつけ合っていた。

 彼が拳を振りかぶれば、マズマは動きを見切って剣の腹で受け止める。

 マズマが剣を薙ぎ払えば、彼はそれを超す速度で背後に回って正拳を突き出す。

 そしてスナイパーとして異様に動体視力の良いマズマが彼が後ろに動いたという時点で攻撃を予測し、一歩横にずれることで回避する。ぐるぐると10m以内の一定距離を回って戦う彼らの様子は、傍から見ているナナにとっては舞踏武術のようだった。

 

「彼が格納庫で言ってたのも分かるわね。……あれ? もしかして、私要らないんじゃ」

≪そこで諦めたら駄目だよ! もっとよく見て。アンタが出来損ないであっても、狙撃の一点特化ならあの程度の速さ当てられるって! 何でそこで諦めようとするかなー、そこでさぁ。もう少し頑張ってみようよ、ダメダメ諦めたら! あともうちょっとの所なんだから!!≫

「と言われても見えないわよ。…あれ、何か慣れて来た?」

 

 幾ら音速で走り回っているとは言っても、戦闘に特化して作られているグレイは、曲がりなりにもシング・ラブのクローン。エイリアン総督と同等の力は持てないにしても、彼女と同等に近づけると言う可能性は誰もが持ちうるのだ。

 そうして集中して行ったスコープの先には、一定速度で10m四方を駆けまわる規格外の人間とエイリアン・マズマの姿。ナナはそれらの動きを全て収める事が出来る倍率に設定すると、最早体に当てればそれでいいを実践するためマズマの動きに脳の処理速度のピントを絞っていく。

 マズマを赤いターゲットと仮定して、極限にまで絞られた行動予測地点。その一点に向かって、ナナはトリガーに指を掛ける。

 

「……ここっ!」

 

 言葉と同時に弾丸が一直線に向かう。普通の戦車をも向こう側まで貫通するグレイの狙撃銃から放たれた弾丸は、空気の摩擦で銃弾の形を寄り鋭く研ぎながら一点を目指して突き進んだ。

 そして、接触の瞬間に直前に訪れた物体の色は赤。

 着弾、同時に新たな赤色が中空を舞い、マズマは横腹に銃撃を貰う。慣性の法則に従って不意に速度が分散されたマズマは、受け身も取れぬ状態でつい先ほどまで切り結んでいた彼の方向へと飛ばされる。

 マズマが危険だと思った頃には、その恐るべき動体視力で自分の腹に向かう両掌。コンマ一秒にも満たない直後、マズマは飛ばされた方向とは全く逆の方向から打ち据えられる衝撃に襲われた。彼が放った掌底は太極拳のように全ての運動エネルギーをマズマの内側に向かわせ、その内蔵器を破壊する。

 胃の辺りが粉砕されたマズマは大量の血を吐きだすと、バットで打たれた内野ごろのボールのようにナナの元まで吹き飛ばされ、血反吐を吐く度に地面を跳ねて転がされる。エイリアンの驚異的な生命力からマズマがそれで死ぬ事はなかったが、頭部にナナの使っていた銃が付きつけられたのは、マズマの完全敗北を宣言するような物だった。

 何とも皮肉なことか。主人公だと思っていたマズマは、狙撃で逆に倒される悪役の様な立場だったと言う事になったのである。

 

「…は、はは……あの方の…次に、長生きするつもり…だったが……」

「出来損ないに命を握られる気分はどう? A級エイリアン」

「屈辱…だ。は、は……表に、立った途端に……俺はこれ、か……」

 

 この世の全てを諦めたようなマズマを目の当たりにして、ナナはまだ引き金を引かない。それは此処までのダメージを与えた彼が此方に近づいてきながら、どうどうと馬を諌めるような仕草をしているから。

 それに従ってやる道理はないのだが、ほぼ無傷でこの目の前のエイリアンを追い詰めた功労者である事は確か。とりあえずそこは評価して、こうして彼の制止を受け止めているのだった。

 

「よぉ監督。お前さん、主演だけは向いてねぇや」

「その通り…みたいだな……それ、で…どう……する?」

「ナフェ」

≪…仕方ないなー。自爆装置で良い?≫

 

 ほぼ一年間ずっと隣で過ごしてきたナフェだ。彼の問いかけの意味を理解し、ナフェが考えたしかるべき処置を口にすれば、彼はにっ、と太陽のような笑みを浮かべた。

 

「それで完璧だ。…ってことで、このエイリアン研究棟に連れて行くぞ」

「はぁ!? 貴方正気なの?」

「正気を疑われるとか、俺ってなんかやらかしたか?」

「今の発言そのものよ!」

 

 少なくとも、ナナはマリオン司令官より人間の常識と言うものをよく理解しているようだ。彼の提案をすぐさま受け入れる事はなく、マズマに突き付けた銃口を更に深く押す。

 

「痛ッ! お、おい…」

「敗者のエイリアンは黙ってなさい。……それで、此処でコイツを殺した方が3割方は人類の為だと思うんだけど?」

「残りの7割は――」

「私の精神衛生上の問題。何が悲しくて姉さんたちを殺したこいつ等を生かせばいいのよ。例のピンク色は貴方ってストッパーがいるけど、コイツを生かす束縛はないと思うけど? それに協力する可能性の方が低い。こんな事、考えればすぐわかるじゃない」

「だから……痛いんだよ…もっと丁寧に扱えないのか……」

 

 銃を向けられたままのマズマが、ようやく胃の辺りの修復を終えて普通に喋り始める。それでも、体が「修復」されただけで動き回れるような「回復」はされていないのが、エイリアン達も生物である事を如実に表しているのかもしれない。

 とりあえずは強情はナナをどうにか説得しようと、彼は盛大な溜息を吐いた。

 

「……良いから、せっかくの銃身曲げられたくなけりゃ、大人しく引き渡せって」

≪そこのグレイ、大人しく引き下がった方が身のためだよー?≫

「そこまでして、貴方たちは一体何がしたいの?」

 

 確かに、主体性を伝えていない限りは焦るのも当然だと考えをまとめる。

 理想の答えを用意した彼の発言に、再びナナは驚愕することになった。

 

「ソイツにも、俺の情報喰わせておこうかと。後地球防衛のためにパワーアップ」

≪あの方を相手するには私らだけじゃ絶対足りないしね。マズマも損はない取引だし、逆らえばあたしのパパがさっきの遊びも下らない程本気だして瞬殺するから問題ないって≫

「だからパパ言うな」

≪どっちが言っても否定するじゃん。……え、あ、ちょっと。分かったよ、まじめにやるから明日のケーキだけは―――≫

 

 そうして彼との掛け合いで笑っているナフェが司令官に怒られた辺りで、ナナは彼女の発言を疑っていた。あれで遊び? ならば、この目の前の男が本気を出せばどうなると言うのだ。ナフェも余裕の発言をしていると言う事は、彼の本気とやらを見た事があるのあろう。

 だが。ナナは動揺を抑え込む事が出来なかった。

 

「…さっきのが限界じゃ……」

「アレか? 三割程度だけど。速度だけを比較するなら一割も出してないな」

 

 彼の言葉に、更に絶句。

 足元のマズマはその言葉を聞いて、手を抜かれていた感じはしたが、まさか。と自分の浅はかさを呪い始めていた。

 

「はっ、道理であの方を相手に二度も逃げ切る訳だ。お前らを献上して、この星をもらう予定だったが……上には上がいるか」

「お前も俺の一部ネブレイドすれば追いつけるぞ? 協力すれば、の話だが」

「…悪くない相談だ」

「ちょっと、待ちなさ―――」

「すまん、時間切れだ」

 

 軽いやり取りでマズマの遠回しな承諾を得たと認識した彼は、いち早く仲間候補を確保するためナナの銃に掴みかかる。グレイの反応速度を大きく上回る一連の行動に気がついた時には、彼女が持っていた予備の小銃、そして刀すら破壊されて足元に散らばっていた。

 

「……本当、なんなの…貴方」

「ただのPSS衛生兵だって」

≪アンタみたいな衛生兵は普通居ないって≫

「だろうな。ちょっと苦しいだろうが、俵持ちさせてもらうぞ」

「ぐっ…! ……は、変わっているな。だが、これも面白い…」

 

 担ぎあげられたマズマは、ダメージを受けた腹を彼の肩に突きあげられて苦悶声を上げるが、この先に待ち受ける予想外の未来に心躍らせるように意識を落とした。

 

 ―――友よ、拍手を。喜劇は終わった。

 

 「今までの自分との決別」。かの高名な耳の聞こえない音楽家、ベートーヴェンが遺書を書いた時にはそんな事を思っていたと言う。その時に記されたのがこの言葉だった。しかし、この遺書を書いてから彼は数々の名曲を残している。この言葉を気絶間際に思ったマズマの未来を、明るい光で照らすかのような偶然は重なったのかもしれない。

 

「待って」

「ん?」

 

 気絶したマズマを抱えた彼がUEFに戻ろうとした時、ナナが咄嗟に引き留めた。

 

「…エイリアンの技術。それさえあれば運動野の浸食は抑えられるの?」

「研究者次第だ。ナフェがどれだけ知ってるかにもよるしな。何なら、俺からジェンキンスさんに言っとくか? あの人もギブソン博士を超える人体研究者らしいし。ナフェには生体アーマメントによる人体の脳波反応とか色々聞くつもりだってよ」

「…希望は、あるのね」

「少なからずは」

 

 そんじゃお前も調整ちゃんと受けろよ。そう言い残して彼はUEFの内部に戻っていった。周囲にアーマメントも見当たらない中、武器も破壊されたナナだけが正門の前に取り残される。門が閉じられる前に中に入って行ったが、それでも彼女は心ここに非ずと言った様にひたひたと研究棟に向かって歩いていた。

 

 運動野の浸食を収める手段は、パパであるギブソン博士にさえ作る事はできなかった。だが、ギブソンは元よりクローン技術に重点を置いた開発者なだけで、全てに対する一流の科学者と言う訳ではない。なら、本当にこの零れおちて行く姉達との日常を忘れないで済むのかもしれない。

 

「……奇跡って、こう言う時に欲しくなるのね」

 

 願っても訪れないが、彼が進言してくれるなら、自分の意見が通ってくれるなら。その時にようやく、願った奇跡が訪れてくれるかもしれない。

 待っているだけではだめなのだ。自分で、奇跡を起こす努力をしないと。

 なら―――あの奇妙な人間とエイリアン。あの二人に任せてみるのも悪くないかもしれない。

 

「あの人柄は好きになれそうにないけど、ね」

 

 少しばかり、心が軽くなったような気がした。

 




えっと、新年に総督に浚われて、それから帰還が一週間後になりそうだとマリオンさんに伝える。
その数日後、ナフェが情報欲しくて暴走。一夜あける。
それから約一週間、ナフェを元に戻すために主人公傍から見たらロリコン行動開始。
また一週間ぐらいが経って、そこらを遊びまわってからようやくUEFへ帰還。

だから、たぶん2051年の1月下旬。
…原作開始まであと八カ月ですね。
まぁマズマとナフェがこっち来ちゃってますけど。


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UEFコミュニケーション

そろそろ主人公以外にも視点を広げてみたいと思います。


 ちゅぐ、びちゃ、ぶち。臓物が切り取られる音が響くその部屋には、正体不明の薬物が入った点滴や、それを流す為の幾つものチューブ。更には注射器の様な物までもが大量に一つの機材として固まっていて、その見るからに怪しい物体が備え付けられたベッドがあった。

 その場に坐すのは何処までも赤きヒト型。

 腕に幾つものチューブが付けられていても、腹が解剖するために開かれていても、麻酔を撃たれて生きながらに腹を開かれている彼は、自分の内臓が掻きだされる様子を何処か他人事のように、それでいて自分の事であると自覚しながら人間達の行動を観察していた。

 だが、彼とてその場でずっと待っていると言うのは飽きがくると言うものだ。これ見よがしに盛大に息を吐くと、彼が動かせる首から上のモーションで大袈裟に首を振った。

 

「…お前。何時まで続ける気だ?」

「おお、すまないね。何、あと膵臓と肝臓、それから肺を一つずつ切り出させて貰えばもう終わる。気にせず待っていてくれたまえ」

 

 わくわくと目を輝かせながら言う男。

 その手には解剖用の機材やメスを持ちながら、興奮したようにマズマからの「搾取」を行っていた。再び自分の腹の中身が引きずり出される光景を見ながら、彼からは尽きる事の無いため息が吐き出される。

 

「まったく、生かして連れてこられたかと思えば…一方的な搾取が待っているとは誰が予想できるだろうか。ある意味で俺のシナリオ外の事だな、これは」

「まぁまぁ、人助けをすると思って我慢してくれないか。エイリアンとしての君の能力か、それともナフェ君にもあるのかは知らないが、君の内臓は他の人間に移し替えても拒絶反応が出ないどころか、そこから徐々に人体を強靭にしてくれる最高の移植手術の材料になるんだからな」

「それって…群体で生きる人間(ストック)を捨てて、俺達(ヒト)のようになってるだけじゃ無いのか?」

「さてね? あくまで、これは私の理論から弾きだしたデータに過ぎない。後は実証あるのみなのだよ」

 

 そう言いつつ、科学者としても外科医としても優秀な男「アダム・ジェンキンス」はニコニコとした表情で切り取ったマズマの膵臓を手に握った。優しく内蔵保管用の収納機材にそれを移すと、再び新たなメスを手にしてマズマの内臓を斬りだしていく。そのある意味狂気的な光景は、おそらくジェンキンス並みの感性の持ち主、もしくは人間の中身を見慣れている者で無ければ卒倒する事は間違いない。

 そんな時、一人の学者が嬉々としてハッスルしている部屋の入口が開かれた。

 

「ども~、斬られてるー? こっちはクリーンルームの三連続で色も抜け落ちそうだけど」

「俺は現在進行形で中身が抜け落ちているがな」

「うわ悲惨。ま、良い気味だけど」

「おや、ナフェ君?」

 

 部屋の中に、白衣に着替えたナフェが中身が満たされた輸血パックを手に持って入室してきた。それだけなら普通なのだが、そのパックの中身を見た途端、マズマは言いようもないネブレイドの欲求に襲われる。飢えた体が縛られた肢体を動かそうとするが、頭部以外がエイリアン用に抽出された十倍濃縮麻酔に掛かった体は、何をしようとも指さえ動く気配はなかった。そんなマズマを見やりながら、彼女はぶかぶかの白衣の袖からつまむようにして輸血パックを持ち上げ、ジェンキンスに見える高さまで持っていく。

 

「そこの狂人、ちょっとこの血コレに与えていい?」

「構わんよ。丁度、十分に取りだした胃が再生したところだ」

「……早く、ネブレイドさせてくれ」

 

 何とか本能を抑え込んだマズマが、理性の光が灯ったまま獣になりたくはないと懇願するように血液へ視線を注いでいた。ナフェは、彼の様子に感心したように言う。

 

「ふ~ん、流石は“  ”の星で生き残ってただけはあるね。あたしより自制心がある……って、そのヘンはどうでもいっか」

 

 彼女はすぐさま輸血パックの一部をちぎり、そこから滴り落ちる血液をマズマに次々と呑ませていった。ごく、ごく、ごく。一定量を溜めては口を開いたまま呑みこむなどと器用な真似をしながら、彼は必死に喉を動かして血液を飲み干して行った。

 ようやく中身が空っぽになった頃には、マズマは信じられない程に体の調子が絶好調になっている事に気付く。ジェンキンスが内臓を取り出す為に開いていた腹の穴はふさがり、持っていかれた内臓も既に修復されているらしい。

 そして―――流れ込む。

 かつてナフェを苦しめた記憶の奔流が始まったのだ。

 

「ヅゥぁ!? あ、が、ああ……ガ…」

 

 麻酔を振り切ったマズマが頭を抱えて瞳孔を開き、苦悶の表情を浮かべて唸り始めた。

 ネブレイドは人間と言う食事と言う見解が出来るが、実際のところは大きく異なっている。「単一個体の自己進化」と言う意味で、確かにエイリアンはネブレイドを人間の三大欲求並みに欲するが、それが無ければ生命活動に支障がきたすと言う訳でもない。

 では、何故そんな不必要な「嗜好品」でしかないネブレイドを行ってマズマが苦しむ事になっているのか。その理由は、彼が摂取した情報量と言うよりも、その血液を持っていた人物が「この世界を物語として観測する世界」から訪れた上位存在になる事が原因だ。そう言った魂そのものが容量に耐えきれず、車の排熱が出来ない時と同じように、マズマは麻酔の効果をも上回る防衛本能から体を大きく仰け反らせているのだ。

 そして、彼が暴れ回っている間にジェンキンスはマズマの回復具合、そして彼の体に繋がれたコードから読み取った観測値の変化に対して驚愕を示していた。その変化の対象は子供でも分かる、彼女が呑ませた血液にあると結論を出したジェンキンスは、機器の観測結果を見落とさないように記録し始めた。

 

「む、傷の修復が倍、いや十倍には跳ね上がっている…ナフェ君、何を飲ませたのかね?」

「あたしの旅仲間であるアイツの血液だよ。多分、ネブレイドできる種族がアイツの一部をこうして取ったら、ストック共の努力を真正面から否定する位に色々と強くなるヤツだね。精神面は除いて、の話しだけどね」

「其れは興味深いが…君達のようにネブレイド出来なければ意味はない、と?」

「さぁ? その辺は知らない。あたし色々作ってるけど、別に科学者じゃないもん」

 

 ナフェとて、ネブレイドの情報としては此方の世界の人間の知識を多く得ている。だが、彼と言う存在はネブレイドしても分からない事が多く存在するのは確かだ。例え遺伝子情報や血液の構成される物質、彼が過ごしてきた「前の世界」での記憶などが手に入っても、彼の持つ血液や体の部位を移植された「人間」がどうなるかなど、実証結果が一つたりともないのが、その原因のウェイトを大きく占めているだろう。

 その辺りもジェンキンス本人が追々確かめて行くことにしたのか、とりあえず今は新たな研究課題に取り組むべきだなと言った。話の最中に落ちついていたマズマの記録を最後に保存すると、初めて彼は疲れたような表情で額に浮き出た汗を拭った。

 

「これで一段落、と言ったところか」

「さっきの新たな研究課題って、アンタそれ以上掛け持つの?」

「少々、先ほどの血液提供者からマズマ君を引き渡された時に頼まれていてな。人体の神秘を冒涜した存在、神をも恐れぬ所業の産物を救う業を見出してほしいとは…フフフッ、私の欲を引き出す術を心得ている訳でもないと言うに!」

 

 フハハハハハハハッ! と高笑いするジェンキンスの姿は、まるで物語の中の悪役みたいだなぁとナフェは呆れた目で彼を見る。だが、そのまま笑わせていても話が弾まないと思った彼女はまばらにシーツを纏わせただけのマズマを引っ掴むと、手術室の扉に手を掛けながら振り返った。

 

「あーうん。その辺でいい加減終わってくれないかな」

「おっと、これは失礼してしまったようだ」

 

 コホンとわざとらしい咳払いで調子を整えると、ジェンキンスはまた来てくれたまえ。と言って去っていくナフェへ無邪気に手を振った。手術室の扉が閉まる度にその薄く紫がかった黒髪が見えなくなっていき、ナフェは再びクリーンルームの三関門が待ち受ける道へと歩みを進める。

 腹の辺りが血だらけのマズマもそのクリーンルームの効果でまっさらな体になると、気絶したまま再びナフェに申し訳程度のシーツを巻き直してもらって脱衣所まで辿り着いた。

 そこに積まれていたUEFでのマズマ専用の赤地に黒い稲妻の描かれたTシャツ、そして黒っぽいデニムの入れられた籠を前にして、ナフェはペチペチと彼の頬を叩いた。

 

「ほら、何時までも寝てんじゃないの。さっさと起きなってば」

「……ナフェ?」

「ショックなのは分かるけど、今はさっさと着替える! 見苦しいもんぶら下げてんじゃないっての」

 

 仕方ないなぁ、と微笑みながら衣服を手渡す。

 少なからず人間をネブレイドした事でマズマにも生まれている羞恥心がゲージを振り切り、彼の頬を羞恥の感情で赤く染め上げ始めた様子を見て、今度は子供っぽく笑ってやった。これこれ、他の奴が慌てた姿ってすっごく楽しいんだよね。

 

 

 

 

「…それで、私の凍結はどうなるのかしら?」

「スリープシステムにエラー。お前用のポッドは現在修復中でございます、だとよ」

「……そう。また無駄に記憶を蝕む日々が始まるのね」

「そう言うなって。眠ってたおかげでまだ五年位は持つんだろ?」

「たったの五年、よ。既に14年分の歳を取った私。そしてコールドスリープでその内の5年を無碍に過ごしてきた私。…どっちにしろ、私にとっては破滅までの足踏みでしかない。たたらを踏む事さえ、私にとっては私という自我を削る行為なのよ」

 

 自らに嘲りを向けて、ナナは厭味ったらしく彼へ言葉を投げかけた。

 それに何のアクションも見せずそうか、と返した彼は、そのまま黙りこむかと思いきやそうではなかった。むんずと彼女の腕を掴むと、万力の様な力、それでも彼女の手を傷つけないような上手い力加減でナナの手を引き始めたのである。

 

「ちょっとついて来い」

「あ…ちょっと、放しな―――外れないっ!?」

「俺の戦闘力は53万です」

「何わけのわからない事っ…きゃっ!」

 

 面倒だと思ったのか、彼はナナの腕を力任せに引っ張った。そのまま空に投げ出された彼女の落下地点にどっしりと構えると、すっぽりとお姫様抱っこの形に彼女を腕の中に収めてしまう。最早、彼に恥ずかしがり屋の現代日本人の面影は一切なかった。それもこれも、ナフェの精神状態を戻す際に所構わず抱きしめた事で、彼の持つ羞恥心のメーターが振り切れてしまっただけとも言うが。

 羞恥心は慣れるものではない。麻痺するものだと誰かが言っていた。

 

 そうして彼が抱きかかえて走り、衝撃波を出さない程度にアスリート以上の速度で廊下を駆け抜ける。道行く人々は彼と言う規格外を前々から知っていたので、剛速球のように自分達の間を駆け抜けて行く彼を、まるで転がってきたボールのようにひらりと避けて道を空ける。

 ようやく彼の足が止まった時には、普段彼が仕事をしている厨房の前にナナは連れてこられていた。鼻孔をくすぐる厨房の匂いがグレイの欠如した空腹と言う感覚を身に付けさせることはなかったが、ナナの食べてみたい、という三大欲求は呼び起こせているようだった。

 

「おーおー、色男。今日の彼女はまた見ない顔だね」

「誰が色男か。それよか、賄い残ってるか?」

 

 彼と同じ職場で働くおばちゃんは、やれやれと盛大に首を振った後に厨房の真ん中のテーブルを指差した。其方に従うまま視線を移してみれば、そびえ立つ大ホール数万人分の山の様なサンドイッチがブロックのように積み上げられている。

 

「朝食前に来といてな~にが賄いだっての。まぁ今日の分のハムサンドがそっちに置いてあるさ、好きなだけ取っていきなよ」

「ダンケ、おばちゃん」

「感謝はエイリアンぶった押して、あまつさえは仲間にしちゃったアンタにだよ。見たとこ、その子腹空かしてる小鳥ちゃんでしょ? ジャポンでは“腹が空いては戦も出来ぬ”って言うし、昨日の功労者に対する正当な報酬だよぉ、そこの小鳥ちゃん含めてね。ほら、あんたもぽわっと突っ立ってないで」

「…え?」

「あぁっと、グレイは空腹を感じないんだっけ? でも、時間的にも食事の管理としては科学班から連絡貰ってるから心配しなくていいわ、普通の人と同じ物でいいんでしょ? とにかくこれ、アンタ用に作っといたから持って行きなさいな」

 

 笑顔の似合う食糧班のおばちゃんは、テーブルの上に積まれているサンドイッチの山から五枚ほど抜き取ると、近くにあった紙皿に乗せてナナへと突きつけるように渡す。突然の事で驚いた様子のナナだったが、現状を再確認すると落としてしまわないようにしっかりと手に持った。

 

「いよっし、そんじゃあっちの方に朝連終わったPSSいるみたいだし、行って来い。俺は今から仕事の時間だ」

「彼氏さんと離しちゃうけど、この子もガンガンこき使うからあっちの馬鹿どもと一緒に食べといでよ」

「誰が彼氏か」

 

 彼がおばちゃんに呆れたような視線を向けると、おばちゃんは判ってるよ、と豪快に笑ってナナをポンと厨房の外に出した。その際にPSS達のテーブルを指示されたが、どうにも彼女はそんな気分になれそうにはない。

 ここのノリが分からない。そんな様子で人気の少なそうな席に向かうと、ホールの隅の方で一人物静かにドリンクバーを汲み、小さな口でサンドイッチの角に齧り付いた。UEFで大々的な収穫が行われるようになった小麦の生地がふんわりとした触感をもたらし、少しばかり尖っていた心を和らげてくれたような気がする。

 

「…美味しい」

 

 思わず出て来た自分の言葉に気付いて、頬に少し熱が集まった。

 

 

 

「いやぁ、あんな顔してくれるとは作ったこっちも張り切るってもんだねぇ。最近の難民たちは食のありがたみって奴を忘れてるから、嬉しいもんだよホント」

「だから日本(Japan)の食事形式を食堂前の看板に? なんつーか、おばちゃんも物好きな…」

「おはよー。今日は朝ご飯なにー?」

「サンドイッチ、またはライスとミソスープだよ。というかナフェちゃん、メニュー表見て無かったのかい」

「従業員通路から直通~」

 

 ぶかぶかの白衣を纏ったままの彼女は、捲り上げて長さを整えた裾から覗く手を振る。彼女のチャームポイントとも言えるウサ耳型アンテナフードは付けたままであるが、良く見れば布地は白い。それもその筈であり、彼女が今着ているのはフード付き白衣という珍しい物だったからである。

 

「それは外さないのか」

「チビ達呼べるってわけじゃないし、中古だけど…私の母星の思い出だからね」

「納得、エイリアンにとって原初の姿は大切ってか」

 

 二人の脳裏に思い浮かぶのは、ゴミだらけの星でナフェが「チビすけ」の原型である小型ユニットに囲まれて暮らしていた時の姿。だが、そこにあったのはゴミだけでは無い。その時の総督が手を伸ばした理由は彼の知るものとは多少の違いがあったが、そこでエイリアン・ナフェが始まった事には変わらない。

 しかし、ここでいつまでも感傷に浸っている場合ではない。懐かしいと言葉を交わしながら、彼女は自分の分を盛りつけて紙皿に乗せて行く。彼もまたパンを焼き上げる行動を再開し始めていた。

 

「相変わらず仲がいいねぇ。あんた達」

「すっご~く不本意だけど、一時は運命共同体だったし?」

「冗談かどうか判別しにくいなぁ……そういや、マズマはどうしたよ。俺の血液絞り出していったからには当然飲ませたんだろ?」

「アイツなら司令官が面倒みてるよ。ああ見えてメンタルケアが得意なんだってさ」

「あー……やっぱ戦力向上にしてはアレは劇物か」

「表現が生温いって」

「どんだけー」

 

 そうして言葉を交わすと、ナフェもまた厨房を離れて席を探す。日も昇りかけて来たころ、UEFに収容された人間の数が6000万人を超えたと言うだけあって、PSSの朝連メンバー以外にも朝早くから活動を開始する人たちの姿がちらほらと見受けられるようになってきた。

 そんな中、丁度妙な形で席が空いている場所があると思って其方に向かおうと思ったナフェは、その人が避ける原因となった人物を発見した。昨日は無線越しで言葉を交わすだけにとどまっていたが、暑苦しい炎の妖精とやらの言葉を使って激励してやったグレイの一体が視界に入ったのだ。

 ここらで接触しておくのも悪くないと思った彼女は、持参した朝食を持って彼女の元に寄っていく。ナナも近寄ってくる彼女に気付いたのか、冷やかな視線を浴びせかけて来た。

 

「隣の席もらうよっ」

「え、何で来るのよ……」

「嫌がらせ」

「……でしょうね」

 

 せっかく久しぶりの固形物を口にしたのに…とぼやく彼女を見て、ナフェはその中身を鑑定し始める。例外なく総督のクローンとしてネブレイド機能は伝承されていないようだが、元となった体(あのお方)のスペックに及ばずも、近づく事はできる細胞の動きは人間と言うよりは自分達エイリアンに近い。

 今まではグレイを見た事はあっても、それは彼と出会う十数年前の出来事である。その時の事は確かに思いだせるが、こんなに近くでグレイの固体を観察した事は無かった。そもそも繁殖と言う概念が薄いネブレイドによって一個体を優先する自分達の種族――更にナフェは誕生さえも自覚していない――は、自我や自己と言った意識が強くクローンを作る事を是としなかった。

 彼女達の総督が「自分自身のネブレイド」という思いつきをしなければ地球を攻める事は無かっただろうし、クローンと言う発想そのものを頭の片隅に浮かべることすらなかっただろう。だからこそ、そんな自分自身を目指すクローンにネブレイドをさせない処置を施した理由が分からない。ネブレイド含めての自分、と言う事ではないのだろうか。

 

「何、見てるのよ」

「不思議だと思っただけ。ワケわかんない事であたし達も振りまわされてたんだなぁと思ってね」

「そっちの話の方が分からないわね」

「言えてるかも」

 

 無意味な会話を繰り広げ、互いに探り合うように視線をぶつけ合った。

 しかし、それも双方の疲れたように吐かれた息と共に霧散。探り合いなどこの場でしても飯が冷めるだけであるし、何よりさほど好きでも無い者同士が見つめ合っていても気分のいいものでは無いのだから。

 

「で? 改めて聞くけど何の用かしら」

「んー。それじゃぁ一つ聞きたい事思いついたかな」

「即興なのね…」

 

 呆れるナナを前に、好奇心を瞳に宿らせたナフェは口を開く。

 

「何で、そんなに生きようとしてんの」

「なんでって……私は普通に生きたいからよ。パパとの記憶も忘れたくない、そして皆の事をちゃんと覚えながら、ね。別に戦っても構わないけど、そうして忘れる事がない生活を―――」

「じゃあ、本当にそうなったら何で生きるの? グレイは失敗作。クローン。不完全な命。確かに此処のストック共は受け入れるかもしれないけど、アンタ自身は此処で過ごすうちにどうなるのかなぁ?」

 

 ナフェは耳元まで避けるような、そんな引き伸ばされた三日月の笑みを浮かべる。

 生存理由、たった一つのその意味を問うたままに。

 

「…何よ、普通に老衰して、人類の為にいくらかクローンとしての力を使って生きる。それで、終わりじゃない」

「うわっ、つまんな~い。アンタはもっと何かしようって思わない訳?」

「貴女ね、冷やかすつもりなら…」

 

 違う、と彼女は首を横に振る。

 

「ホントに詰まらないって言ってるだけだよ。だって、その望みは今の貴方と変わらないから。変化の無い、目標すらないただ無意味な生。アンタ達がエイリアンと呼ぶあたしにとって、それは命の終わりと同義。延々と続く不変の日々は―――」

 

 思い返すのは、変化もないくせにただ不法投棄されていくゴミの山。その他星々のゴミ捨て場となった星でただ一人の生き残りとしての自覚もなく、ゴミの中に含まれる死体をネブレイドして虚ろな本能のままに、自分以外のナニカが欲しくてチビ共を作り過ごしていた毎日。

 そんな日々の中に訪れた、あの心が芽生えた瞬間。過去のナフェの内側に波紋が鳴り響いた感覚が、ゆっくりと蘇って来ていた。

 

「ゴミだね。ストックらしい失敗作だってことが良く分かったよ」

「……エイリアン、やっぱり」

「そんな理由で自分を正当化するの? そんなことする前に自分で考えなよ。アンタが幼少期を正しい人間としてのプロセスで歩めなかったのは知ってる。でも、どうせ“始まり”までは八カ月も時間があるから、それまで自問自答でもしてなよ」

「八ヶ月…? 何の話よ」

 

 ちょっと話し過ぎたかな、と自分の口をふさぐ。

 だが、この位なら教えておいた方がいいだろうと、ナフェはくすっと笑った。

 

「この地球の運命を左右するハナシ。……あ、そろそろマズマを見に行かなきゃヤバいじゃん。じゃ、しっかり考えときなさいよねー!」

 

 そう言いながら、呆然とその場に座るナナを置いてホールの入口へと足早に向かう。途中のゴミ箱に紙皿を投げ入れると、足はそのままPSS管制室へと向けられた。道行く人々と挨拶を交わしながら、人がいなくなった場所で足を止めた。マズマの事は単なるその場から離れるための口実だったのだろう。そして横を見れば、居住区と防衛区を繋ぐ通路から通じる中庭への道が見えた。

 

 その太陽の光に吸い寄せられるように、体はゆらゆらと中庭の方へと歩いて行く。そのまま三つの区域の中心に広がる果樹園が見えて来た。その場所も綺麗に区域分けされており、二月に近い現在はイチゴ類が甘くなるのだったか。そのほとんどが研究棟の連中が開発した全自動で世話をされているにも拘らず、人の手で世話をした時と同等に実っているようにも見えた。

 その成っているイチゴの一つを手でちぎると、口に運んで一口齧る。フルーツサンドイッチとは違った、そのまま食べたからこその程良い甘味が口の中に広がってきた。その甘みから生じる糖分が即刻ネブレイドされ、頭の中をすっきりさせる。肌寒さも気にせず近くの草原に寝転がると、自分の「作品」である腕を太陽に掲げて見せた。

 

「自分でも分からないのに、心を教える真似をするなんてあたしらしくなかったなぁ。アイツに毒されすぎって訳なんだろうけど……あーもうっ! な、ん、か、もやもやする~!」

 

 うがーっとばたつく様に暴れても、態々寒い外に出て見ている人もいない。

 しばらくして満足したのだろう。ふぃ、と息をついてゴロゴロと転がっていた体を制止させた。

 

「マズマも無駄に冷静だし、自分の人生も劇場だと思ってそうなヤツだから……ホントにそろそろ目覚めるかも。にしても、エイリアン中でもカーリー凌いでかなり早いマズマがアレをネブレイドしたんだから、アイツに匹敵するかもね」

 

 そうして脳裏に浮かぶのは、忘れたくても忘れられない「彼」の姿。

 ずっと抱きしめられたのはちょっと気に喰わないが、そのおかげで自分は「ナフェ」であり。何時までもストックを見下ろす存在だと言う事を忘れないようになったので、その辺りだけはほんの少しだけ感謝。でも、その間も速度を緩めることなくあたしを振りまわしたのは減点。総合すると、傍に居させてやってもいいヤツってところ。

 

「……昼から、ジェンキンスが呼んでたっけ。あー…面倒」

 

 とはいいつつも、結局自分でも興味深い物を見つけたから一緒に研究するために向かうんだろうなぁと自己分析。とある日の朝も、自分のやりたい事をただひたに見つけてやりぬきました。

 

 今日から日記でもつけようかな。

 そしたら、ナナとか言ったあのグレイにも書かせてみる。

 記憶や心についての観測が出来るかも、なんて。

 




無駄に遅れました。
どうにも最近スランプがやばい。
書く気が中々起きないというのと、納得できる展開が……思いつかない。

それでも、頑張らせていただきます。
明日から免許取りに行かなきゃ…


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魚が突いた浮のよう

すみません。
近頃免許取得やスランプ、プロットの見直しで書けませんでした。


「よ、全部知った気分はどうだ?」

「……お前か。ああ、そうだな最悪だよ。まるでこれから見に行こうとしたオペラの結末を話された気分だ。…なんてな、本当は清々しい気分さ」

「そんだけ口が達者なら問題ないか。…っと、差し入れ持ってきたが、何喰いたい?」

 

 彼の血を飲んでから、これまでずっと気絶していたマズマ専用の病室。別名を隔離病棟とも言うそこで、マズマが倒れた原因の一つを担っている彼は、一切悪びれた様子もなくバスケットの中身をマズマに見せて笑っていた。そんな真剣さも何もない彼を見ていると、次に来たときどんな文句を言ってやろうかと考えていたのも馬鹿馬鹿しくなり、マズマは溜息と共に選択肢を手に取った。

 

「リンゴ」

「あいよ。知恵の実じゃないが我慢してくれや」

「例えるなら、お前が知恵の実だろうな」

「アダムにさえなれないっての」

 

 マズマとしては皮肉交じりに返したつもりだったが、対する彼はそれすら笑ってはいはいと頷いていた。能天気ともまた違う、何が言いたいかを理解しているからこそ見せる余裕に、今度こそ残っていた毒気の全てを抜かれてしまう。

 脱力したようにベッドの背にもたれかかったマズマは、そこで此処の人間達が如何に不用心な信用を自分に置いているのかが分かる光景を目にした。それは、申し訳程度の鎖で縛られた自分の剣。一本しか巻かれていない鎖は、むしろ剣の装飾の一つとも見れそうな程に存在感が無かった。

 

「俺の武器を取り上げておかないのか?」

「病み上がりが“力”に慣れたナフェに勝てると? それに、俺の情報をネブレイドしても、力自体は結構な暴れ馬だろうに」

「ハッ、そうかもしれん。だが、情報や能力しか取り込めないネブレイドが、俺達の身体能力を直接引き上げているとなると……」

「多分、俺も何らかの人間を超えた能力があるんだろうな」

「…ほう、中々に意外な反応だ。ストック共は異物を嫌うと言う風潮があると思ったんだが、お前はどうにも自分を異端だと認めているように見える」

 

 マズマはギザギザとした歯を見せ、さぞ愉快そうに彼を見つめた。

 

「まぁ、ネブレイドで知っての通り俺はこの世界の異端だ。厳密にはここの地球人とは言い難いし、そもそもナフェの言う観測上位世界、だったか? そこから来た事でこの力が目覚めたんだとも言われてる。おかげでこのバカみたいな身体能力はそっちの総督殿に匹敵する程になった」

「だが、それはお前の仮説にしか過ぎん。真実は闇の中だろう」

「ネブレイドしたお前らでさえ分かってねえんだもんな」

「分からんさ。力は力でしかない。それに名前を付ける事は、よほどの事が無ければな」

「そーかい。ほら、リンゴ」

 

 彼がリアルなウサギ型に切ったリンゴを皿にドンと置くと、一体どこから食べればいいんだと呆れるマズマ。耳の細部から毛の一本一本の表現まで、彫刻家にでもなった方がいいんじゃないかと思うほどに精巧な作りだった。

 ともかく、大口を開けてマズマは兎林檎の半分を一気に口の中に入れる。噛み砕いて染み出る酸味が彼の舌を刺激し、程良い味わい深さを引き出していた。

 

「ん、ごくっ。…しかし、よくこんな物が作れたな? ストックはそこまで記憶力が良くないと思っていたんだが」

「これだけ人間以外の動物がアーマメントに喰われてると、久しぶりに見た野生動物の姿がこれで見納めかと思って強く脳裏に焼き付いててなぁ。あ、ついでにソレのモデルはナフェと一緒にいただいた。南無」

「身も蓋も無い…まぁ、兎の繁殖能力は高いから問題は無いかもしれないが」

「ふぅん、じゃあナフェはどうなんだ?」

「ぶっ!」

 

 噴き出した彼に汚いなぁと呟くと、再起動したマズマは彼の胸倉に掴みかかった。

 

「…げほっ……お、お前!? 幾らなんでもアイツは女性型だぞ! せ、セクハラって奴じゃないのか! というか、兎の耳が似てるからってアイツを引き合いに出す必要はあるのかっ」

「おーおー、純情だねぇマズマぁ」

「そうそう」

 

 キシシ、と悪戯っ気の溢れる笑みを浮かべる彼。その横には、いつの間にか病室に入って考えに賛同しているナフェの姿もあった。

 

「う、煩いな! リリオの馬鹿よりはマシ…って、ナフェ!?」

「隔離病棟で感謝しなさいよねー。アンタの演劇で養った妄想が他の人に被害を出さないようにしてあげたんだから」

「オペラや洋楽の何処が悪い……それより、お前はそんな目で俺を見てたのか」

 

 もはや突っ込む気力も失せたのか、疲れたように彼は項垂れた。これほどの感情表現が可能となると、流石にナフェよりはずっと丈夫な精神力を持っていると言えるだろう。

 そうしてベッドに突っ伏した彼を見やって、ナフェは残った兎の上半身を口の中に放り投げた。ジャクジャクと豪快に噛み砕かれていく林檎の食べ方に、もはや女らしさとかそう言った者は欠片たりとも見えない。

 その辺りもナフェっぽいなぁと呑気に見守っていた彼だったが、次に彼女が興味を示したのは彼らしい。ふっふ~ん、と陽気な鼻歌と得意そうな顔でこちらを見上げて来ている。

 

「…どうした?」

「いや、さっきの話。詳しく聞きたいなぁって。私の繁殖能力が、どうだって?」

 

 あ、これ詰んだ。

 笑顔の額に青筋を浮かばせる小さな修羅を見つめて、彼は悟ったかのように全ての思考を放棄した。彼のネブレイドを行った以上、彼女にも総督と数秒程度は打ち合える程の身体能力が芽生えている。つまり、彼を逃がさないように拘束するのは容易いと言う事である。

 一応最期の抵抗として体を動かそうとはしてみたものの、がっしりと腕を掴まれていては逃げることなど出来はしない。詰め寄って来る姿は傍から見れば親に甘える子供のようにも見えるのだろうが、当人にとっては絶望街道まっしぐらだ。

 

「実はだな―――」

「弁明の余地ナシ」

 

 こうして、この病棟には新たな伝説が出来た。

 夕暮れ時に響き渡る悲鳴。七不思議の七つ目が完成した瞬間である。

 

 

 

 

「というわけだね」

「どう言う訳よ」

 

 目覚めてから呆れと言う感情をよく発露するようになったグレイの少女、ナナは目の前にいる説明を省きに省いた科学者の言葉に、心底訳が分からないと言いたげな目でにらみつけた。そんな視線も彼にとっては慣れ親しんだ物であるからか、彼女の訴えを無視するかのように流してモニターへと視線を移した。

 

「モニターを見ればウチの班は皆理解すると言うのに…まったく、流石は完成品には程遠いと言われるグレイ。記憶野の浸食だけでなく理解力も乏しい物だったとは……」

「こんな記号だらけのモニター見せられても理解できないわよっ! それに貴方達科学者と一般教養に軍事用語位しか分からないグレイを変人どもとひと括りにしないで!」

「ふむ、それもそうか。いやぁすまなかったね欠陥品」

「貴女ねぇ…! 謝る気なんて微塵も無いじゃない」

「HAHAHAHA!!」

 

 高笑いを上げたジェンキンスにラボのメンバーが視線を向けるが、また主任の悪い癖が出たなと分かるや否や、他の研究員は自分の研究課題に取り組み始めた。どうやらジェンキンスの可笑しな言動はいつものことであるらしい。

 だが、弄られる当人のナナはたまったものではない。せっかくエイリアンと親しくする変人一号の彼から、「記憶野問題に関して進展があった」と聞かされていたのに、やってきた第一声がモニターを見せられて「というわけだ」では、納得のいきようも無い。

 

「とにかく本題に戻してほしいのだけど」

「わかった、では面倒な所から説明して行こうか。ああ、脳の記憶力は実に不思議な物で、それを解明した学者は偉大だと私は思っているよ。その偉大なる先人の書いた論文の一節を抜粋しながら検証を行い、君達エイリアンのクローンであるグレイへの脳技術の転用には最初期にある記憶野が運動野に浸食されるというシステムから理解するために紆余曲折があって――――」

 

 そのまま、ジェンキンスは自分の世界に入って行った。

 先ほどの暴走具合からまた長くなるだろうなと思って待ち続けたナナだったが、実にそれから2時間後、ようやく本題である「結果」について彼は話し始めた。外をちらりと見てみれば、既に夕焼けである。

 

「…と言った観点から、君たち第二世代クローンの二号から二十四号には後にロールアウトされた第三世代クローンと何ら変わりない問題が組み込まれている。そもそも君達は実年齢に不相応な肉体を持つため、最も身体能力に優れ、オリジナルの外見年齢に似通った10代後半~20代前まで急成長を培養液の中で行われたのが問題の一つ。もう一つは我々で言う“常識”を刻みつけるために理論だけで組まれた記憶開発術を施された事も、出来たての繊細な脳を酷使する結果に繋がっている。しかし、此処までの結果を出すだけでも、アフリカのストリートチルドレンが残っていれば、ギブソン博士も脳の研究が捗っただろうに」

「パパの事は今は良いでしょ。で、ここまで付き合ってあげたんだからさっさと結果を言いなさい。“結果”を!」

「やれやれ、科学者の話でもトリビア程度に覚えてくれれば良い物を…まぁいい。論理の説明が無いのは性に合わないのだが、結論から言って君の記憶野の浸食を止めるには脳部分の取り換えが最も簡単な方法と出た。私はジャポンの漫画に出るブラックジャックではないのだがね」

「ブラックジャック? いえ、それよりも脳の取り換え? それって……」

「残念だが、君の懸念は当たっているよ。君が最も防ぎたいのは運動野の浸食によって植物状態になる事じゃない。本命としては“記憶の消去”を防ぎたいのだろう? こんな本末転倒な結果しか出ていない現状だが、確かに研究については進んでいるには違いない。“彼”も中々お人好しだったようだが焦っていたようだね。よほど君に対してお熱らしい」

「…そう。聞きたい事は聞いたわ」

 

 すっと立ち上がると、ナナはそのまま研究所の出入り口に向かって歩き出した。明らかに見てとれる不機嫌なオーラに他の研究員達が道を空け、モーゼの奇跡のように人の波が割れている。その光景に苦笑しながらも、ジェンキンスは忍び笑いをしながら、起動するまでは無名(ナナ)だった人物に呼びかけた。

 

「グレイ七号…いや、ナナ君。これを持って行きたまえ」

 

 近くに置いてあったオレンジ色の装飾がなされたグレイ専用の銃。それをナナに放り投げると、彼女はしっかりと掴んで腰のホルスターに収めた。

 

「君専用にチューニングしておいた。クローン用対エイリアンライフル“G1スナイプ”との接続によって連射性が増しているだろう。そこのファンイル君が調整してくれた物だから、礼くらいは言ったらどうかね?」

「……そう」

 

 だが、ジェンキンスの問いかけにも碌に応じず、彼女はドアの向こうに姿を消してしまた。不機嫌さの混じったオーラに、少なからず落胆の感情が覗いていたのは此処に居る研究員全員が分かっている。己の欲や探究心を満たす為にこの地に勤めている物ばかりだが、人類の生き残りとして他人を思う心がある一同にはナナの姿が肩を落とした小動物のようにも見えていた。

 半分お通夜ムードのラボに、お礼を言ってもらえなかった研究員のファンイルは、たははと頬を指で掻いて苦笑いをするしかなかった。

 

「どうにもならん物ですな、主任」

「前にも言ったかもしれないが、凡俗の君達と違って私のように全ての学を修めている者は極僅か。加えて生物学を修める者は私を含めて三人しかいない。ナフェ君も加わって四人になるが、この人員の少なさもナナ君の研究を遅らせる原因なのは分かっているかな? まったく、友好的なエイリアンは歓迎だが知能の欠片も無いアーマメントに世界有数の頭脳が襲われているこの世の中、本当にもったいないよ」

「しゅにーん、文句いってる暇があったらコンソール叩いて下さいよー。こっちも本部の自衛兵装強化の仕事残ってんすからー。まだ問題点洗い直しの途中でしたよねー? あと元“最後の希望”に作戦外の記憶…じゃなかった、記録打ち込むんでしょー?」

「最後の希望か…ああ、彼や協力してくれるエイリアンがいる限り、確かに“元”がついてもおかしくは無いか」

 

 そう言って、彼が目を移したのは厳重な幾重にも重なる装甲で守られ、極太のパイプや生命維持装置、そして中に入っている「彼女」を時期が来るまで目覚めないようにするための調整機器が取りつけられた物々しい棺桶。その大きさは、8トントラック程の物と言えば想像しやすいだろうか。

 この機械仕掛けの棺こそ、この世界最後の希望でもある「ステラ」。ブラック★ロックシューターが眠っているギブソン博士の形見の娘である。他のクローンと違って、無理な成長を施さず知識も詰め込まず、ただただ時が来るまでギブソンのマニュアルに従った調整が続けられる彼女は、きっと記憶野の圧迫や記憶領域の心配がない「人間」に最も近く、その能力は最もエイリアンに近い最強の兵器として目覚める事だろう。

 

「しかし、彼が持っていたこの世界の知識によれば…目覚めるのは今年中。知らされている計画より一年早い目覚めになると言う事かな。知った事じゃないけども」

「主任、あくまで真実はアイツとナフェ嬢の中にしかない。訳のわからん未来の暦ばかりに振りまわされるのは趣味ではないだろう」

「君の言うとおり、だね。では早速作業の続きに取り掛かろうか」

 

 振り返って、ジェンキンスは片手間程度の気のりでキーボードをたたき始めた。正確に、彼のイメージと寸分の違いも無く打ち込まれていく常人には理解できないであろう記号やプログラムの構成を打ち込むモニターの太いパイプは、やはり「最後の希望」が眠る機械仕掛けの棺へと繋がれている。

 

「完成形のグレイ…いや、ホワイトと言うべきか。彼女の脳の仕組みを完全に理解できれば、他のクローンもあるいは―――」

 

 憶測を口に出しながら、頭で別の事を考える。動かす手はそのどちらもを反映した動き。

 奇怪科学者の異名を持つアダム・ジェンキンスと言う男もまた、正史に記される事の無かった埋もれた鬼才の一人。彼に魅せられ、彼に見出され、このラボの研究員となった者は多い。

 

 

 

 

 廊下には硬い靴が地面となる音が響いていた。

 そうして見るからに不機嫌な人物の名はナナと言った。とはいえ、本来なら戦闘用として作られた彼女は、敵から見つからないようにするため無闇と大きな音を立てながら歩く事は無い。しかし戦士としての立ち振る舞いを忘れるほどに怒りと不機嫌さを隠そうともしないのは、縋るべき希望を目の前で崩されてしまったこと。また、もう一度もどかしい「待ち」の日々に舞い戻ってしまった事が重なったからである。

 彼女とてクローン、その程度の感情を押し殺す事は出来るのだが、同時に彼女は自由意志を持った人間。ひとたび唸りを上げた感情が収められるには、相当の時間がかかるだろう。

 

「……このっ!」

 

 突如として立ち止まったナナは、無造作に自分の隣にあった壁を殴りつけた。コンクリートと鉄筋で補強される頑丈な筈の壁は、戦闘用クローンとして成熟したナナの拳の前にその一部を揺るがせ粉となって地面に落ちる。拳の形をした跡を残し、更に彼女は殴りつけた事について込み上がる右手の痛みに更なる自己嫌悪を抱いた。

 そうして顔を真っ赤にしながら痛みと不甲斐なさを噛みしめ、ナナの足は中庭へ向かう。中庭で管理・栽培されている果樹園は旬による味の違いはあっても、年中ほとんどの果実が成り続けるという、正に夢の様なフルーツ天国だ。当然UEFの一般人を含めた全員がその果樹園を自由に利用する事が出来、ナフェも入り浸る。正に全会一致でお気に入りの場所であり、UEFが誇れる人類最後の楽園と言える所以だ。

 

 だが、そこに成っているものの、まだ青々とした林檎を見つけたナナは、まるでその身を己のように思えて一つの実をちぎり取った。そして感情の赴くままに噛み締めると、歯の奥底に染みわたる酸味が口の中に広がっていく。

 空腹を感じないこの体は、それでも生物であるから食糧を口にしなければ死に至る。そのつまみ程度にもならない青リンゴを喰らった彼女は、所詮自分もこうして管理しなければ生きられない果実と同等だと自嘲して、いつぞやのナフェのようにその場に仰向けに倒れ込んだ。

 

 ゆっくりと目を閉じ、これまでの行為で荒々しくなった息を整える。ようやく落ち着いた彼女は、その頭の奥底で昔の思い…「パパ」の居た楽しかったころの記憶に浸り始めた。

 まずは生まれてから、即座に戦場にロールアウトされる予定だった自分は持ちうるはずの無い知識が頭にあると無理に覚えさせられた「常識」によって自意識を混乱させ、培養液から出た数秒後にはパパ…ギブソンに抱きしめられていた。あの温かな感触は忘れない、忘れたくない。そう思えるほどに暖かく、自分の父親に縋る様な安心感を抱いた。

 だが―――顔。どうしても、ギブソンという父親の「顔が思い出せない」。

 

「くそっ、くそぉっ…! く、うっ…ぅぅ…………」

 

 情けない。

 一体、自分と言う命が何をしたと言うんだ。

 生まれたころから短命を宿命づけられて、誰とも知らない物の為に戦えと言われる。

 そんなに自意識が欲しいなら、戦力として使えるのがクローンであると言うのなら、何故エイリアンに有効だが見られた「クローンが扱う武器」の無人兵装化を進めなかったのか。

 ……いや、本当は分かっている。ただの道具より、命と言う存在を傀儡にした方が費用はかからない。その意思を命令として、互いにクローンとしての質を高め合う切磋琢磨を高い所から見ていた方が、勝手に自軍は強化されるのだ。自己成長する兵器であり、使い捨ての利く兵士としての階級さえ与えられない。

 そうして死んでいった姉や妹は葬儀すらされず、遺体の回収も行われない。もとより人として存在していなかったモノだ。残りの残骸は、残らず戦闘部隊が去った後の野良アーマメントが掃除する。

 

 作業。

 たったそれだけの言葉で、クローンの存在価値は表される。

 今も目覚めた理由は赤の他人を助けるための捨て駒。その際に「あの男」という不可思議な奴もいたが、あれも自分の事はどうしてか知っていて、自分に何度もぬか喜びしか与えない害悪に過ぎない。

 どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。

 

 ナナの嘆きは、今となっては各地に散らばった第三世代のグレイにしか知る事は出来ない。その三世代目もUEFには一人としておらず、敵エイリアン総督のクローンという存在は「最後の希望」を覗けば彼女一人しか存在しない。それ以外は、全て眠っていた数年の間に使い潰されてしまっていた。

 彼女は、どこからか取り出したジェンキンスから渡された銃を胸に抱く。それは、彼女の「姉」の形見でもあった。あの科学者はそれを知っていたのかは知らないが、外見はそのまま返ってきたのは、少しばかり安堵する。同時に、失くした物にしか縋る事が出来ない自分が―――どうしようもなく嫌いだった。

 

 

 

「んじゃ、このバカ連れてくから」

「随分とその人間に熱を上げているんだな、ナフェ」

「そりゃ当然。だって、あたしのパパだもんね」

「…まぁ、そう言う事だ。マズマも自分の発言には責任持てよおおおぉぉぉぉ……」

 

 去っていく際のドップラー効果を残しながら、ボロボロの彼を引きずってナフェは窓の外へ消えて行った。恐らくUEFの天井伝いに出かけ、今日はロシアの反対側辺りまで競争するつもりだろう。彼に匹敵する身体能力の確認と言っているが、やっている事が最早規格外である。だが、そうして生き生きとしたナフェの姿を見るのも悪くないとマズマは思っていた。

 

 実際、あのお方の傍で破滅を見る事が出来れば良いと思っていいたが、周囲のじめじめとした陰鬱な雰囲気を好きになる事は出来なかった。ストックは自分たちをエイリアンとひとくくりにしているようだが、実際の所全員が総督と言う手綱を握る相手が同じであるだけで、各々が自分の欲のついでに総督の野望に手を貸していたに過ぎない。ナフェやシズ達のような反逆者が現れるのが良い証拠だ。

 だが、そんな中でこの地球に存在していたストックは実に自分の欲しかった欠片(ピース)を当てはめてくれた。自分の故郷を含め、他の星はネブレイドという個人完結の力があるために娯楽ではなく、血と肉を貪り合う闘争ばかりが続いている。時折見せる平穏もあったが、それは次の戦いに備えるための準備期間でしかなかった。

 そう言った自分達との決定的な違いは、地球のストックも戦争は続けていたが、その合間で必ず「娯楽」の発展を行ってきた点だろう。それに「唄」という形で総督も組みこまれる事になり、自分は出会えなかった「空想の世界」という物に興味を惹かれた。

 

 その空想の世界、映像として残す為に出演したストックを喰らったり、自分も荒野のガンマンとしての能力を身に付けるためにモーションアクター等を喰らったが、それもどこか違うと思い始め、何時しか自分の心はどうやって美しい作品を自分で作り上げるか、と言う事に傾倒していた。

 そこが、ストックの影響だと気付くのに時間はいらない。同時に、それに流される事を悪いと思う事も無くなっていた。

 

「そんな中に与えられた、この世界が物語として観測している世界がある真実。……俺は二番目の強敵に過ぎなかったが、それでも良い散り様じゃないか…美しい」

 

 そう、自分は既に立派な「役者」だったのだ。

 それがどれだけ嬉しかったか。どれだけ満たされたか!

 ナフェは自意識の狭間に揺れていたようだが、自分は違う。この先ストックの味方をして、総督にたてついたA級エイリアンの二体は、新たに訪れた規格外の物から力をもらって立ちあがる。

 その希望の黒き星として、「人類最後の希望」が隣に立つ。

 

「考えただけでも心が躍る。自分の人生、その二つの可能性を見る事が出来る……。単純な滅びよりもずっと、楽しい」

 

 マズマは快楽主義者。同時に、刹那的主義者でもある。

 それは自他共に認める認識だった。

 それゆえに、人類を裏切るなんて気はさらさら無い。この新たな可能性を見て、生き残る事が出来れば自分も英雄の一人として名を残す事が出来る。それからも生き続ける事が出来るなら、人類復興と言う歴史をこの目で垣間見る事も可能であると言うのだ。

 そうして人間が生きる糧とするため、きっと傑作と言える「映画」や「物語」を作っていくだろう。もし、出来る事ならそれに出演する事も可能かもしれない。

 

「は、ははははははっ!」

 

 興奮して、立てかけてあった自分の武器を取る。

 すると彼の着ていた医療用の白衣は弾け飛び、即座にマズマが「マズマ」としての服装に着替えられていた。その彼の瞳に映る物は、「彼女」の支配下にあると言う喜びでは無く、自分で描いた脚本通りに動く事が出来ると言う個人の悦び。

 

 ぶぅん、と巨剣が振るわれる。確認するように振ったそれは、奇妙なあの人間とグレイに捕えられたとき以上に軽く感じた。つまり、自分も彼と同じく不可思議な身体能力を得たと言う事。

 だが……

 

「…力加減が難しい、か。実にいいかもしれない……仲間との修行と言う物も」

 

 薙いだ場所から不規則に破壊された自分の病室を見て、熱に浮かれた様な様子で彼は言った。

 だが、この時はただの脚本の一環としてしか思っていなかったマズマは知らなかった。いつしかその自分勝手な感情が、本当の高みを目指す喜びと、思いもよらなかった新たな楽しみを作りだすことになるとは。

 

 その時が訪れるのも…案外、早いのかもしれない。

 




マズマ君、生き生きしてると嬉しいな。
そんな感じで書きなぐりました。まぁナナはネガティブスパイラルですけど。

Qこの物語に、救いは無いんですかっ!?

Aあります。ゴミに埋まって取りづらいだけで。


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日常激進へ

申し訳ありません。
非常に遅れました。


「構え! 射ェ―――!」

 

 仮司令官の号令で一糸乱れぬ動きで全体が武器を構える。

 「的」の居る場所へしっかり照準を合わせた事を確認すると、各々の判断で一気に引き金を引きしぼった。そして吐き出される実弾が的へと一直線に向かうが、どれもこれも的に当たる事は無かった。

 これはPSS全体のエイム能力が低いと言う訳ではなく、的が動いてしまう事が原因だった。その鉛玉の雨に晒されながらも決して流れ弾でさえ一発も被弾しない的。その名を―――マズマ、と言った。

 

「くそっ、オマエら手加減も無しか!?」

「的はキリキリ動いてろってば~。一発ぐらい当たってやったらいいじゃん」

「オマエは気楽でいいよなぁ…ナフェェエエエエッ!」

「オラオラてめぇらぁっ!コイツに当てた奴は今晩好きな物一品作ってやるって言ってんのにその程度か!?やれる、まだまだやれるぞPSSは!!もっと、もっと熱くなれよォォォォォオオオオオッ!!」

『おらぁぁああああああああああッ!!』

「そこの料理人、オマエも煽るなぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 必死の表情で叫びながら、常人では黙視できない程のスピードで動きまわるマズマ。

 だが、研究棟の連中が暇を持て余して作った「エイムゴーグル」のおかげでPSS部隊の訓練兵は全員動きを追うことには成功している。後は長年のアーマメントとの戦いで養われた直感と実力でマズマを仕留めに掛かっているのだ。その中でも純粋な食欲の為に動いているメンバーはマズマの動きを全力を出して追っていた。彼らの頭の中ではアドレナリンがドバドバ分泌されているだろう。

 こうしたどちらもが無茶にも近いエイリアンとの対戦を想定した訓練では、PSSメンバーが主力の「彼」や味方になったエイリアン達に注意をやっている間に後方支援として銃撃を加える、という事が重点に置かれている。現在はどこぞの馬鹿が煽ったせいで正に鉄の雨状態になっているが、実際の想定訓練ではアサルトライフルではなくスナイパーとしての技量が問われる事になっている。

 

「やっとるようだな、感心感心」

「はっマリオン司令官、現在PSSはマズマを仮想敵とした訓練を行っております」

「ふむ、ではナフェ君は何をしているのかね」

「マズマの見っともなく逃げ回る様を見ていたい、とのことでありますっ!」

「それは感心できんな。後でギリアン殿から説教を頼んでおこう」

「うげっ!?」

「女の子がそう言うのはイメージ崩れるぞー」

「平和だなチクショォオオオオオ!」

 

 ほのぼのとした会話を送るマリオン司令官と彼、そしてどうにも頭の上がらないギリアンの説教が待ち受けると知ったナフェの様子が聞こえているマズマは、不遇すぎる自分の扱いに胸いっぱいの悲哀を込めて叫びを上げた。

 あの時、病室で自分が感じた高揚感は自分が新たな主人公になるためであり、決してこう言ったピエロもといギャグキャラとしての役回りでは無いのだ。だがそう思っている間にも当たったらただでは済まない鉄の雨が襲ってくる。いよいよ濃くなってきた弾幕に耐えきれなくなったマズマは、虚空から自分の武器を取り出して思いっきり前方を薙ぎ払った。

 

『おわぁああああああ!?』

 

 その際に生じたソニックムーブと風圧でPSSの訓練兵は吹き飛ばされていく。

 中に混じっていたフォボスなどの先輩はマズマが剣を取り出した瞬間に遮蔽物に身を隠してやり過ごしていたが、まだ徴兵してから1年とたっていない新平達は恐ろしいスピードで動くマズマを見えていたという慢心から突如として起こった事態に対処しきれていない。

 これは基礎訓練をやり直しだな、と零した声がマリオンから聞こえた彼は、基礎と言う名の鬼訓練に放り込まれるであろう未熟者達に合掌を送る。とはいえ、それだけで別にかわいそうだとも何とも思っていないのだが。

 

「痛っ」

「っしゃぁ、当てたぁ!」

「ふ、ふざけるなストック如きが!!」

「おぉおおおおお!?」

「む、ロスコルも基礎追加…っと」

 

 いつの間にかロスコルが当てていたようだが、結局グルメレースに勝って嬉しかったのか立ち上がり、マズマの反撃を喰らってしまう。そんな感情的な行動をしてしまったばっかりに、彼もまたマリオンの生贄に捧げられる命運を辿ってしまったようだ。どちらにせよ当てていたので夕食分は好きな注文を聞いておくが。

 

「まったく、頼みがあるからついて来いと言われてみれば…酷い目に合わされたぞ……」

「お疲れぃ。まぁそう言いなさんな、お前にも好きなもん作っちゃるけんのぉ」

「何処の訛りだ。……マカロニグラタン」

「ご注文承り。司令官、んじゃ他の含めて仕込み入るんで後は任せました」

「うむ、今日も上手い夕飯を頼んだぞ」

 

 では、と敬礼をして文字通り姿を消した彼は、一秒遅れて空気を押し流しながら厨房側の棟へ向かった。マズマの襲来以降、もはや隠す事も無くなった超人的な力を使っている彼の様子を見ると、彼なりに肩の荷が下りたのかもしれないなとマリオンが苦笑する。彼も何とか人間側の役に立つ為にも気を張りつめ過ぎているような印象を受けていたので、こう言った変化は嬉しい物だとも思っていたのだが。

 

「今度は少しばかり元気すぎるのではないかな」

「…アンタも苦労してるのか?」

「オラ新入り、司令官に向かってアンタは頂けねえぞ」

「どぉっ!? ックソ、何しやがる」

「ハンッ」

 

 引っぱたかれた箇所を抑えながらマズマがフォボスに吼えるが、知った事かと言わんばかりに鼻を鳴らされる。実力的にも何時でもフォボスは死の危険にさらされている筈だと言うのに、どうしてこう自分に逆らえるような態度をとれるのかを心底不思議に思っていると、クスクスという笑い声が屋根の上から聞こえて来た。

 

「けっこーあんたも染まってるじゃん。何、もう絆されちゃってんの?」

「黙れナフェ。いのいちに敵対したお前が良く言えた物だな…」

「あたしは元々そう執着も無かったからね。生きてられるなら儲けもんでしょ」

「…どこまでも生に執着しているくせにな」

 

 マズマが吐き捨てた言葉に反応したのか、屋根の上からダンッという音が響く。それっきり、ナフェが乗っていた屋根の影も無くなっていた辺り、的確にマズマは彼女の琴線に触れてしまったらしい。

 何とも言えない雰囲気になったこの場には重苦しい空気ばかりが流れるのだった。

 

「……さぁて我らが人類の敵に立ち向かうPSSの諸君! 今回の訓練は一旦中断としよう。小休憩の後に六番グラウンドに集合、細かい指示は中隊長から受け取ってくれ。では、解散!」

 

 マリオンの号令と共に、先ほどまで固まっていた兵士たちが命を吹き込まれた人形のようにぎこちなく動き始めた。その誰もが余りマズマと目を合わせようとはせず、時折顔を見ては労わりの視線を向けるばかり。そんな生温かい雰囲気に包まれてしまった彼は、結局その場から全員の姿が無くなるまで、動けるようにはならなかったとか。

 

 

 

「ったく、アイツらっ!」

 

 ドンッ、とビールの入ったジョッキが荒々しくテーブルを叩いた。それでも頭のどこかは冷静になって手加減はしていたのか、エイリアンの力でもジョッキやテーブルに傷は見当たらない。そんな荒々しいマズマの様子を近くの一般女性はあらあら、とでも言いたげに眺めているようだが。

 マズマは視線をものともせずジョッキを煽る。流石と言おうか、中身は見る見るうちに無くなって行き、その原料であった麦芽の記憶が流れ込み、体の中で葉緑体にも似た物質が生成されていく。その慣れ親しんだ奇妙な感覚に体を預けていると、聞き覚えのある声で会話をやり取りする集団が近付いてきていた。

 

「マズマ君、今日の訓練はもういいのか?」

「あれを訓練と言うならな。何のために引っ張り出されたのかもわからん…まったく、此処までストックは訳のわからない奴だとは思わなかったさ。ネッド・トランシーのような素晴らしい生きざまばかりではないと、分かっているつもりだったがな」

「くだらない人間がいてこそ調律がとれるのだよ。私の様に頭脳が特化した者や今は亡きスポーツ選手と言った存在の様に、何かしらの才に溢れる者ばかりでは今頃この世界は壊滅しているだろう。君達も分かっている筈だ」

「…進化の行きつく先は死に他ならん。それを避けるため、俺達はネブレイドを使える進化をした。その細胞に他の進化の情報を取り込むことで生物としての本能を損なわないまま……」

「それは興味深い話だ」

 

 言葉の通り、正に興味津々と言った様子でこの人類最後の砦の頭脳、ジェンキンスはお子様ランチを抱えながらマズマの隣に座った。ケチャップで赤くなった炒飯が盛りつけられ、登頂にささっている妙にリアルな質感の旗が何とも場違いの空気を醸し出している。

 だが、スッとスプーンでその山の一角を削り、旗を倒さないよう器用な食べ方をしながらジェンキンスはマズマへの質問を続けて行った。

 

「ネブレイドは我々生身の生物には無く、そして君達の体は生体アーマメントと言う機械の交じった生命体。此れも何か関係しているのかね?」

「…まぁ昔を思い出すのも悪くない。そうだな、当然ながら俺達の居た銀河では元々は普通の生物、ましてや体に鉱物や機械を付けているヤツなんて誰も居なかった。だが、分明ばかりが発達し、生体アーマメントの技術が確立された頃、ようやく窮地に追い立たされている事に気付いたんだよ」

 

 不思議な事に倒れない炒飯の旗を見ながら、マズマは人間にも憶えがあるだろう? との問いかけを含んだ視線を投げかけた。

 

「ふぅむ…資源の枯渇、だね」

「そうだ。宇宙進出が可能になり、幸いにも近くには複数の知的生命体が惑星に住んでいた俺達の銀河では、技術の確立と競争が当たり前の世界だった。そのせいで普通の奴らも量子変換や独自の法則にもある程度は精通していたんだが…その競争が激し過ぎ、新たな論文が確立する度に何億の検証を行った辺りから、資源の問題は見えていたようだがな」

「まるで見て来たような言い様、つまり君達の代で―――」

「生体アーマメントの技術が使われ始めた。何億の実証・失敗・成功を繰り返してな。俺はその中でも奇跡的(・・・)に生き残った実験体。試されたのは視神経に関する部分だ。そこを、俺はあの方に…総督に拾われた」

 

 ―――来い。

 なんの飾り気も無い一言。たったそれだけで、当時マズマの心は魅せられた。

 だが、その熱も今となっては冷めている。この地球に来るまでの百数年前、彼女がどうにかして自らを食す方法を確立しようと思案し始めた辺りから、彼女の手によって新たに生まれる世界の、マズマが望む真っ白な世界を見ることが出来ないと直感的に感じていたからかもしれない。

 彼女の為に殉職、そこまでの考えはあれど、本当に命を掛けるのかどうかは常に精神の奥底でストッパーを掛けられていた。だが、今となってはその引っ掛かりはない。引っ掛かるモノそのものが無くなっている。

 最早、他人の手による新世界に興味はない。

 己の世界は己が掴み取る物。

 他人が作り出した物に、真に己が理解することなど出来ないのだ。

 

「なあ、ジェンキンス(・・・・・・)。俺は此処に居るのか? 俺は何かを作り出せているか? 俺の世界は、この手に存在しているのか? …決して、埋め込まれた物ではないと言い切れるんだよな?」

「……生憎、私は科学者だ。精神論はお門違いの理屈と理論を並びたてる、不確定的なものには確立すると言う意志が無い限りは手を出さない主義さ。だけど、君の投げた問いに関して言えることは――――」

 

 片眼鏡を押し上げ、その(ひかり)はマズマの目を射抜く。

 

「“迷っているなら、君もその程度”。たったそれだけの事さ」

「そうか……すまな、……いや、感謝する」

 

 その言葉に何の関心も持たないかのようにふるまい、彼は点滅する光を放つ端末を取り出した。

 

「……さて、リトル・レディからのデートのお誘いらしい。手術室に向かうとするよ」

 

 白衣をはためかせ、颯爽と立ち去るジェンキンス。

 マズマはただ、一言も発さずにその背中を眺めていた。

 

 他人から見ればこの情景が、映画のワンシーンの様に思えると言えばそれまでかもしれない。実際、マズマもこの様に他人から少ない言葉で意志を伝えられたのは「彼女」以来の事であるし、現状に関して此れまでの様な劇的な感傷を感じていなかったと言えば嘘になる。

 しかしそれ以上に、彼の心には一つの波紋が生じていた。

 一つの投石だ。そこから生じた波紋。以前に「彼女」から投げ込まれた巨大な石の起こした波紋が、一つの小さな、ストック如きの投げた石の波紋に中和されている。

 しかし、それはジェンキンスの物だけでは無い。此処に来てから出会ってきた全ての人物。最初に接触した「彼」の仲間と言う言葉。此処で初めて見たナフェの感情をむき出しにした表情。ギリアンという老いた女性から受け取った親しき愛情。マリオンから感じ取れた父性。それら全てジェンキンスの「言葉」と共に一斉に投げ込まれたかのような錯覚に陥っていたのだ。

 無論、それは感動と言う類ではなく、正しく心を掻きまわす様な所業。暴力的と言っても差し支えのない感触に、しかし初めて感じたこの奇妙な波紋は、マズマという自我をも振るわせた。

 

 此れまで下げていた顔をゆっくりと上げ、騒然たる雰囲気となってきた研究棟員が愛用する第2番大広間の光景を目の動きだけで見渡す。約180度にも満たない景色の中には、それでも人々の活気と言うものが感じられた。

 

 これだ。これかもしれない。

 いや、

 「此れ」に違いない。

 

 ようやく掴んだのだろう。知らずマズマの手はぐっと握られていた。

 そこで、マズマは新たな事実に気付く。過去を他人にぶちまける事で新たな世界を見出すことが出来たと、そう言ったシーンは在り来たりながらもほとんどの映画に盛り込まれている感動的なワン・シーンだ。

 では、何故そのようなシーンを入れる? 主人公やキャラクターの成長や、そこに至る心理の変化を描く事で、視聴者にもそれを知らせるためではないか?

 その問いは、自らに投げかけて一秒とたたないうちに理解した。

 

「……在るんだな。ここに」

 

 在る。

 そこに在るだけ。

 実在の事象。現実の事。

 本当に、そう言った成長は誰でもできるからだ。成長は人間だけじゃない。自らの過去に気付くことが出来れば、エイリアンであってもその先に何かを見つけることが可能だと、無意識の中で全員が理解していて、誰もが見つけたいと思っているからだ。

 例えそれが、映画と言う創作の中でも、例え自分の事では無くても、そう言った「何かを掴む」という光景を目にしたいからだ。誰もかれも、己が良い方向へ変わっていきたいと願っているから。

 

「ありがとう、ジェンキンス。ありがとう、ストック……。まさしく、お前らはストックだ。……こんな所に留めておくのは、勿体ないほどだがな」

 

 ニィ、と彼のサメの様な歯が引き裂かれる。しかしどこまでも邪悪で、どこまでも純粋な笑みを浮かべながら、マズマはこの世の全てに感謝をささげる。最早その瞳が見る先は、スコープに見えた先の光景では無い。

 彼が掴んだ、「未来」。

 

 

 

 

 ぴちゃ。

 粘り気を帯びた赤い液体がパックの中を滴り落ちる。

 ゆっくりと、しかし確実に中身が満たされていく輸血パックの中身は、新鮮すぎる黒みを帯びた血液が供給される先から延々と絞り出されていて、その吸い続けられている人物はと言うと、何事も無いかのように、地面に足を空で遊ばせながら台座に座っていた。

 しかし、しかしである。

 彼女には二点…いや、この光景には三点ほどおかしな点がある。

 その一つは、彼女は裸でそこに座っていると言う事。未発達な体系をした裸体が晒されている光景は異様と表現するしかなく、しかし彼女はそれさえ何ともないかのようにふるまっている。

 もう一つは、彼女の腹。普段肌色が存在するべきその腹は赤く染まっており…いいや、表現を変えた方がいいだろうか。彼女の腹は「裂かれていた」。切り裂かれ、臓物が露出した状態だったのだ。だと言うのに、彼女は呑気にも鼻歌を歌っている始末。

 最後に、異様と評すべき点は彼女のその腹の中に医療器具を突っ込んでいる男。怪しく光る眼鏡と彼女の体の中身をそのメスで切り裂いていく行為に悦楽を感じているらしく、新鮮な臓物が一つ、また一つと斬りだされていく度にその臓器を宝石でも見るかのように大事に扱っていた。

 

 そんな異様な光景だが、実はこのUEFでは日常茶飯事の出来事となってしまっている。それは前回のマズマもそうであったように、また彼女…ナフェも同じく提供をしているのである。己の臓器というものを。

 そしてソレを取り出す男の名はお馴染み狂気の科学者(っぽい)ジェンキンス。だが嬉しそうな表情をしているのは内臓を取り出した事に悦びを感じているのではなく、純粋にナフェの臓器が運び込まれてきた難民の少女に合う大きさだったという喜び。また一つ、この手で命を救う事が出来る達成感から来るものだ。

 

「で、だいじょーぶなの?」

「君の協力のおかげだよ。後はこれを移植しておけば問題は無いだろうとも」

「しっかし、ストックも脆い作りよね。一度壊れたら二度と生えてこないんだしさ」

「普通の生物は高速再生などと寿命を縮める能力は持っていない。君とて分かっている事だろう?」

「まぁね」

 

 まるでソーセージを手に取るかのように軽い手つきでデロデロとはみ出ている腸を自分で詰め直すと、ナフェは腹の大穴を無理やり手で閉じて数秒ほど蹲ったまま沈黙を保ち始めた。それからゆっくりと瞼を開けて大きく背伸びをすると、彼女の裂かれていた筈の腹は血糊こそ残っていた物の、跡すら残さず綺麗に癒えていた。

 その光景を見たジェンキンスは、まったく羨ましい物だと苦笑い。持っていた医療器具を清潔な水の入ったトレイに投げ込むと、アナウンスで後片付けを依頼していた。

 

「…これでよし。後は使える人員を集めるとしよう」

「はふぅ……さむっ」

「血も拭き取ったのなら早く服を着たまえ。私は童女の裸体を見て興奮するような異常性癖の持ち主と疑われる」

「えーなにそのぞんざいな扱い。臓器提供者に労わる言葉は無いって言うの?」

「生憎と君はエイリアン。人類の敵に軽々しく頭は下げないよ」

「おーおー、あたしの存在も最近は軽く見られるし、命知らずが多いねー」

「ボタンひとつで原子分解を引き起こせる装置があるからこその強みだよ」

「えっ」

「おや、聞いて無かったかな」

 

 悪戯が成功した時の少年の様に笑うと、ジェンキンスは新たな白衣に着替えて手術室の扉を出ようとする。そこで振り返ると、思い出したように、ああ、とナフェに語りかけた。

 

「そう言えば……此処の所、ラボにも研究棟にも来ていないから見ていなくてね。“彼”が何処に居るか知ってるかい?」

「ありゃ、知らないの?」

「私には私的な時間が少ないのだよ。睡眠時間さえ誤魔化さなければならない程にはね」

「その割にはヨユーそうに見えるけど。ま、アイツなら朝の5時から第三大広間の食堂で仕込み始めてるよ。昼からは土日以外、ずっとPSSで筋トレやってるっぽい。暑苦しくて見てらんないけど」

 

 その時の光景を思い出したのか、鼻をつまむような動作をするナフェ。自分の汗の匂いは気にならない物だが、他人の汗などの匂いは鼻づまりの人間でも多少は臭いと思えるほどに空気を汚している。ここで例を上げるならば、彼の血をネブレイドしたことで様々な能力が発展したナフェ達にとって。わたあめが得意の犬が某臭い足の父親の靴下を嗅いだ時の感覚に等しい。

 

「そうかね。まぁ明日の朝食辺りに行ってみるとしよう」

「それも良いけどさー」

「ああ、そろそろあの内蔵移植手術を準備しなければならないのでね。用件があるなら手短に――」

「アンタ、マズマに何か言った?」

 

 不意打ちに等しい疑問に、ジェンキンスの体はピタリと止まった。

 

「さっき侮辱してきた事謝らせようとして立ち寄ったんだけどね、アイツ、なんか妙に目の奥が輝いてたみたいでさ。どうにも話しかけづらかったんだ。聞けばアンタと話してからぶつぶつ呟いてたって言うし」

「なら、どうすると?」

「べっつにぃ~? あたし達の種族をああも変える“人間”はアイツ以外にも居たのかな、ってだけ。ちょっとした興味本位に過ぎないかな。ま、それだけ」

 

 ナフェは近くに置いてあった病院の患者が着るような服を裸の上から羽織ると、そのまま帯を締めて棚の影に向かって行く。

 

「何言ってるか分からなきゃそれでいいよ。でも、そこまで色々蓄えてんのならさ、あたしでもアイツでも、とりあえず何か言ってみたら? アイツは異世界人。あたしは宇宙人。此処の奴らと話しのそりが合わないって思ってるんなら、そう言った違う視点から言葉はいくらでもあげるから……うん。今度こそそれだけ。じゃあね」

 

 ぶかぶかの病院服の袖を振りながら、彼女は影に溶け込んでいくように消えて行った。恐らくはエイリアン特有の技術で転移でもしたのだろうと新たな興味が湧いたが、ジェンキンスはそれらの全てを呑み込んだ。

 

「鬱憤をさらけ出す…確かに魅力的だけど、私にはやらねばならんことがある。かつてナフェ君、君が殺した師の代わりを務めるため。そして君達エイリアンが喰らい尽した幾多の技術者の代わりをこなす為にもね」

 

 眼鏡を押し上げ、らしくない一人ごとをしてしまったと少しだけ自分を恥じる。そして意識を切り替えると、ナフェから摘出した十六人分(・・・・)の必要な臓器が入った箱を台車に乗せて歩き始めた。

 ただの科学者も、医学に通じている以上は戦わなくてはならない。そして、その戦場こそが、ジェンキンスにとってのストレス発散の地でもある。こう言っては不謹慎かもしれないが、彼は成功を収めることが何よりも至上としている人種だ。それゆえに、彼が築いた道には、幾多の命を救われた人間が彼の背中を見つめている。そして、彼はそうして人類の希望の光の一端として君臨しているのだ。

 その人々の希望たりえる存在として在り続けるため、この男もまた――――

 

 

 

 

「…………」

「よ、星空見上げて黄昏てるな。どしたよ」

「んー、此処の奴らって必死だなぁ。そう思ってただけ」

「そっちも十分必死だろうに。…ああ、夕飯食わずに中身取られ続けてたって聞いたから、あり合わせだけど作って来たぞ」

「ありがと、ってこの匂い……炊き込みじゃん」

「チョイと奮発した。ロスコルがフライドチキン食いたいって言うから、鶏肉余ってな。後は色々ブチ込んで俺らの晩飯として作った残り」

「人によってはこっちの方がご馳走だったりして。いただきまーす」

 

 ぱく、と美味しそうに食べ始めた様子を見て、らしくない事をした恥じらいは吹っ切ったんだろうなと彼はナフェに気付かれないよう小さく笑った。彼も半年の間は寝食を共にしただけあって、彼女の感情や心情はある程度は読めるようになっていた。咥えて、ナフェの精神状態を何とか癒した経験も幸いして、彼女が何を求めているかは手に取るように理解できる。

 食事中だと言う事は分かっているが、彼はナフェの頭にポンと手を乗せた。

 

「んー…なに?」

「いやまあ、やっておこうかと思ってな」

「暖かいから続けて」

「はいよ」

 

 ちょっとした言葉のやり取りで、二人は少しずつ温まる。

 目を細めたナフェは、食べ終わった器に手を合わせ、合掌を送るのだった。

 




というわけで日常パート?
ここのところ通学に2時間かかるようになって、学校から帰ったら時間が無くなった物で……
休息が大事で小説書く暇もなかったんですが、ようやく投稿できました。
結構いいキャラしてると思うんだけど、やっぱりナフェが埋もれるのはB★RSがマイナーゲームだからなのかしら。


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命短し足掻けよ乙女

私の足は長くは無い。
一歩は短いけど、確かに進んでいるように見えた。

―――でも、それは背景が後ろに流れていただけだったんだ。

だから、だから。


………この先は、読むことができない


 静寂が支配する夜の廊下。定期的に警備員が巡回するその合間を縫って、人影がその間を駆け抜けていく。足音も立てないその妙技はすぐ隣で歩いている警備員の耳に届くこともなく、彼女にとって人類最後の砦UEFは取るに足らない存在だと示しているかのようだった。

 そんな彼女は別に人類をバカにしに来たというわけではない。むしろ与えられた筈のものを取り返すために行動しているのであり、そのためには民間区画を抜けて唯一の通路である研究棟・居住区間の渡り廊下を通過する必要があったというだけだった。

 ほとんど間一髪、普通の人間ならとっくに気づかれているであろう距離でも彼女の足音を警備のPSS兵が耳にすることはなく、最後の扉の前まであっさりと到達されてしまう。

 その部屋の上には「Dr.Jenkinse lab」というメタリックなプレートが貼られており、どの博士がいる部屋であるのか、というのが一目瞭然。だが、この真夜中の侵入者などにとっては自ら首を差し出しているのと同義であり、そのプレートを一瞥した彼女は堂々と正面からドアを開け放った。

 

「…………」

 

 無言で辺りを見回し、どこに何があるのかを慎重に把握する。

 さすがの天才科学者といえど一週間にわたる不眠は耐えきれないらしく、ちょうど眠る日である彼の研究室はいつもと違って消灯されている。だが彼女の目を覆っている、PSSにも支給された赤外線スコープは暗闇を視界に緑の光として照らし出し、暗闇が彼女にとってはどれほど好都合であるかを如実に証明してしまっていた。

 その人間の臓器から放たれる独特の汚臭に包まれた研究室は、今日の昼までマズマかナフェのどちらかが恒例の臓器提供を行っていた証明であるが、その汚臭に耐えながらも侵入者の足は真っ直ぐ、資料などが整頓されて置かれたデスクへと向けられている。

 不用心なことにもここまで侵入する者などいないという自信のためか、この部屋には目立って罠のようなものは一つもなく、センサー光線の一本さえ見当たらない。ゆえに、彼女の進行を妨げるものは何もなく、易々と目当ての場所までたどり着かせてしまった。

 だが、彼女は目的の場所まで来ると、先ほどの冷静な様子とは打って変わって必死な様子で資料の山を探り始めたのだ。鬼気迫る、といった表現が似合うほど余裕はなくなり、見ていて痛々しいほどの形相は、たとえ誰が見ていたとしても止めることなどできはしないだろう。

 

「やぁ、こんな夜遅くに何の用かな?」

 

 だが、それに話しかけることができなければジェンキンスはジェンキンス足りえない。

 いつの間にかドアのそばに立っていた白衣の男は、まるで久しぶりに会った友達に語りかけるような軽さで資料の山をあさっていた彼女―――ナナの手をぴたりと止めてしまった。

 

「…あら、寝ていると思ったのだけれど」

「二時間も寝れば睡眠は十分だ。一応ナノマシンにも手は出しているのでね、そうはいっても、まだまだ臨床実験をクリアできないレベルだが」

 

 彼の人体実験は、完全に理論で納得させてから自らの体に施すことで検証を行う。

 まだまだ未完成とはいえ、そのナノマシンの自己制御のおかげで彼は一週間、ほとんど寝る必要のないオーバーワークにも耐えられる体になっていたということだろう。

 だが、それはどうでもいいと彼は続ける。本題は、なぜナナがこのラボにまで態々足を運んだかということであるのだから。

 

「どうやら君の運動野浸食を止める術が見つからない。だから自分でできる範囲で進行を少しでも遅らせたかった、というべきかね?」

「お察しの通り。あんまり鋭い人は嫌いよ」

「これはこれは。患者に嫌われてしまうとは、医者失格かな」

「科学者が医者を気取るの?」

「医師免許は持っているとも。まぁ、こんな世界でどの程度役に立つかはわからないがね」

 

 演技臭く手を広げて見せれば、ナナがうんざりとした表情で自分を見ている事に気付く。それまでのおどけた空気は一変させ、改めてジェンキンスは彼女に尋ねた。

 

「まぁ今のところは手がかりさえつかめていない。君の苦労は無駄だったと事実を告げておこう」

「……そう」

「おっと、そう気を落とすものでは無いよ。確かに私達は君の記憶に関して何とかする手段は見つけていない。だが、目途さえ立っていなかった前とは違い、現在は明確な手段を論じたばかりなのだよ。当然、紙媒体にするほど古い情報では無いがね」

「ほ、本当に!? 貴方がもし嘘を言っていたのなら、脅してでも―――」

「まぁまぁ? そう血気盛んにならなくていい。この部屋で腹を開いて血液を撒き散らすのは提供者のエイリアンだけで十分なのだからね。ナナ君、少し此方のパネルにまで来なさい」

 

 彼女を呼び寄せながら、彼は凄まじい速度でコンソールのキーを叩いて行く。現在のOSとは比べ物にならない程発達したコンピュータの膨大な処理が行われると、暗号化された状態でパスワードを打ち込みメインデータへの道を繋ぐ。そして画面に「New.P」と書かれたタイトルが張り出されると、そこにはツインテールの第二次成長期辺りの少女のデータが映し出され始めて行った。

 

「…これは」

「お察しの通り。ドクターギブソンの最後の置き土産、そして上手く行ったかも見届けられないまま此方におさめられた最終実験体。君と同じく、博士直々に与えられた個体名称はステラ。そして――――“ホワイト”だよ」

 

 もっとも、彼から教えてもらった未来の姿である。という事実はジェンキンスの胸の内に隠したままだ。安易に教えては、素晴らしいエイリアンの生体を連れ帰った「彼」に対して失礼であろうし、彼自身もナナからの言われの無い口撃を受けると言うのはご勘弁だろう。他人の事も思いやることが出来なければ共同開発など足の引っ張り合い。そして他人の為に働く医者としての仕事もこなすことが出来ない。

 少し話しがそれてしまったが、その感性体のデータを見たナナは「ホワイト」という雲の上の存在がすぐ近くにある事に驚愕したと同時、彼らの使用としている事に気付いてハッという声を上げる。

 

「君はやはり聡明だ。お察しの通り、この完成体(ステラ)の脳の仕組みを理解できれば君達クローン(グレイ)の記憶野浸食も止めることが出来ないかと思った次第のデータ採取だ。今のところは良好で新鮮な新しい発見、そして瞳に灯る炎…確か、敵総督の右目に灯る赤い炎と対照的な、“左目の青き炎”の能力も発現しているらしい。いやぁ! 実に興味深い! これが敵総督に近づいたが故の能力なのか、それとも君達の記憶野の浸食に関連するようなグレイシリーズとしての最終地点なのかは今は亡きギブソン君しか知らない事実だが、それをこの手で、私の元に居るメンバーで解析できるというではないか!」

 

 語るように、彼は全ての「知識欲」を体全体で表現する。

 ぐるぐると回りながら宙を見つめた彼の眼は、最早ナナでもなく、ステラでもなく、その調べた先の「知識」へと向けられている。ソレを探求するためには自分の全てを差し出すと言った、そんな狂気までが感じられるほどに。

 

「人の手で成しえなかった、人間の創造! それは今や一技術として立案され、多少の欠陥を抱えながらも、それが今! 今だよ!? 私達の手で解明できると言うのだ! その神に対する最も冒涜的な行為を、この手で命を作りだせる論を証明する事を! なんと言った喜びで表現すればいい!? そしてナナ君、キミと言う積極的な被験者がいる事が何よりも私は嬉しいよ! 君の願いがかなう時、私の願いもまた叶えられると言うのだから! ああ、楽しみだ。楽しみだなぁッ!!」

 

 全ての事などお構いなしに、興奮した笑い声を上げる男の姿は、女を犯す下衆な愚人なんかよりもずっと恐ろしい。狂気。嗚呼、正に狂気と表現するほかはない。

 彼の眼は深海よりも濃く、鈍く淀んでおり、見つめる先は電子の世界を越えたデータの先。さらに先を行ったこの世に逆らう真実に向かっている。ソレを手にするだけの技量が彼にはあり、ナナという(遠回しながらも)自ら実験体になりたいと言う存在がいる。

 誰にも邪魔はされない。誰にも文句は言われない。それどころか、自分の研究は皆が望んでいるとさえ言っている。

 ならば遠慮する事は無い。

 ならば止まる事も無い。

 この時、彼のかつての信仰は完全に神への侵攻へと相成ったのである。

 

「ナナ君ぅぅん? そう言う訳だ……君は何の心配もなく私達に任せてみると良い。必ずや君達グレイシリーズの脳を人間と変わらぬ正常な物へと“治療”し、私達も目指すべき到達点に達すると誓おうじゃないか。―――さあ、少々昂ぶってしまったが、これで私の言いたい事は全て言い終えた。やはり言葉は良い。口にすればそれだけ行動力が湧いてくる。君も、この波に任せて気軽にサーフィンでもしていたまえ。君を押し上げ、次のステージへと移動させる波は私達が作り上げるのだからね」

「……戻って来たのね。貴方は前々から可笑しいと思っていたけど――」

 

 言葉を濁そうとして、やはり告げた方が良いだろうと彼の瞳を見る。

 言葉づかいこそ正常な物だが、やはりその瞳は依然として遠い場所を見たまま。

 言葉を口にするため、彼女は臆さず、自らの意志を表明した。

 

「とんだ科学者ね。知り過ぎて殺されない事を祈るわ」

「地球や真理に意志が存在するなら、喜んで受け入れよう。私の身で以って証明する事項が増えるだけだよ」

「そう、飛んだ大馬鹿者。でも……任せても、いいのね?」

「もちろんさ。私達が求める“得”は、君達への“利”になるだろう」

 

 それが聞きたかった。

 幾ら狂気に染まっていようとも、最終的にそこに行きつくことが出来ると言うのなら、最早ナナはジェンキンス達、科学者に任せるしか元より道は無い。そして確約できると此処で証明された以上、ずっとこの地に留まる必要も無い。

 

 それから、数時間たったころ。太陽が昇り始めたころに、警備員は身を震わせながら上司に語った。“Dr.ジェンキンスのラボでは、狂ったような男の笑い声だけが響くようになっていた”と。

 

 

 

 

「ホワイト……」

 

 ティーカップを手に取ると、唯一の「赤茶色」を己の口の中に流しこむ。舌の上でゆっくりとソレの「味」を感じて喉を通すと、小さくこくん、と。彼女の細い喉は鳴らされた。

 そうして「彼女」がゆったりとした時間を楽しんでいると、長き階段の遥か向こう側から一人の老いた男が歩いてくる。筋骨隆々とした逞しい、鍛え上げ荒れた体には無数の傷が存在し、片目も一閃の傷にて閉じられている様子。だが、そこから発せられる重圧は生半可な実力を持つ者なら、それだけでエイリアンであってもひれ伏せてしまう程。

 そんなカリスマと貫録に満ち溢れた老人は、「彼女」の前で立ち止まると、驚く事に、どう見ても彼よりも見た目は弱そうな彼女に向かって頭を垂れた。

 

「総督、オーストラリアにグレイの一体が隠れ住んでおったようです。既に記憶野が埋め尽くされる寸前ではありますが、献上させていただきます」

「ほう、それはご苦労だったなザハ」

「はっ」

 

 そう言って応えると、ザハ。そう呼ばれた老いた男の後方から、棺桶が下半身のような機械仕掛けの死神が浮遊して近づいてきた。その下半身はただの飾りではないようで、エイリアンの総督である「彼女」の前で下半身の棺を開くと、中からぼうっとした様子の長い灰色をした髪の少女が転がり出てくる。

 グレイシリーズで言えば第三世代目に属するのであるが、連れてこられた彼女はよほど使い勝手のいい道具として扱われてきたのか、はたまた彼女の正義感から限界を越えてまで戦い続けて来たのか、最早自らの事さえ認識する事は叶わず、「敵」であるエイリアンを駆逐しようと無力で弱々しい手を伸ばすことしかできていなかった。

 

「極上の品だな。まだまだ()には程遠いが、コレの積んできた経験はさぞや甘美な事だろうか」

「…これにて、私は下がらせて頂きます」

「ご苦労。ああ、残った奴らには“来るべき時”まで動かないように釘を指しておけ。マズマの様に勝手に飛び出されてしまっては、私自ら斬り捨てる他なくなってしまうからな」

「承りました」

 

 ザハは背を向け、一瞬のうちに空間を歪ませて彼女の鎮座する「間」から姿を消した。そこに残されたのは、満足そうにネブレイドの欲を醸し出している彼女と、小さく呻くことしか考える事の出来ないグレイの少女のみ。

 とん、とん、とん、とん、とん。

 一歩一歩で鑑賞しながらグレイの少女に近づくと、彼女は動かすことさえ億劫になっているらしいその手をとって、姫に跪く皇子の様にキスを落とす。

 

「美しい。この手のタコは一体どれほどの間武器を握り続けた? 目の下にある小さな線は、どれほどの涙を流してきたのだ? 血に濡れたその服は、どれだけの救えないストックから飛び跳ねた返り血なのだ? 嗚呼、嗚呼、実に甘美なその全てを―――頂こう」

 

 栗も入らないような小さな口を開けると、涙線を舐め取るように舌を這わせる。その異物感に反応するだけの思考能力は残っているのか、不快そうにグレイの少女が体を引いた――瞬間。

 

 ガブッ、ぶちぶちぶちぃ。

 ぐちゃ。ぐちゃ。どっ、ざば。ボタタタタタタタ………

 

 飛び散る。

 彼女を構成していた肉が。

 グレイとして戦ってきた肉体が。

 その脳が壊れてなお、彼女の中に存在していた精神が。

 

 総督。エイリアンの長。彼女。それら全ての名称の中に、彼女の名と言う物は無かった。だが、それこそが真理。彼女はただ、ネブレイドにて己を喰らおうとした絶対者。気まぐれに人間達に「ホワイト」を願ったただの少女。

 それは何よりも無垢であり、何よりも罪とは程遠い。

 無邪気であるのだ。全の物事をただ、好奇心と子供心でこなしているだけ。

 

 びちゃびちゃ。

 ぐっ……ごくん。がぶ。ぶちっ、ごぎ、ぼぎり。ボギャ、ぐちゅ…ぐちゅ……。

 

 肉片が飛び散る度に、その血液が地面に滴り落ちる度に。

 グレイの少女と言う要素は取り込まれ、「彼女」という不特定の物の一つとして蘇る。彼女は永遠。彼女に喰らわれた物は、永久として彼女の中で生き続ける。だがソレを知らず、ただ彼女は極上の経験と知識と、そして窮地の中でも最後まで貫いた意志をその口へ運び、何一つ逃さないように体の中へと変換する。

 エイリアン達にとってただの食事行為であり、最も神聖な儀式。それが、ネブレイド。相手を喰らう事で固体情報を高め、より高い次元の生物へと、より強き生物の頂点へと上り詰めるために編み出された、文明人が手にした「牙」。

 

「美味であった……」

 

 その血の全てまでもが喰らわれ、残る衣服や装備と言った無機質な物しか残っていない。骸も見当たらぬ静寂の中、彼女は一言つぶやいた。誰に聞かせる訳でもなく、単に自分の満足を己に教えるためだけに。

 彼女の見る世界、聞く世界、触る世界、味の世界、匂いの世界、予感の世界。それらは全て、彼女を中心として回っている。ソレを信じ、それが当たり前だと分かっているからこそ、彼女は常に平静と静寂と、圧倒的な「白」であり続ける。

 誰からも望まれない、誰にも染まらない、誰からも染められない「白」。それは逆に、相手の染まった心の色を削ぎ落していく。その先に在るのは―――静寂のみ。

 

 再び純白の椅子にすわりなおし、時が訪れるまでゆっくりと目を閉じる。

 彼女の座は、ただ静かに時が過ぎて行くのみ。訪れた僅かな衝撃は……即座に収まり、白に塗り潰されるのだった。

 




とある白と、灰色にしかなれなかった少女達のお話。
ピンクや赤なんて、派手な色はまだまだいらない。

だとしたら、黒であり続ける「彼ら」は何を示すのだろう?
ホワイトを穢れ無き完成であるというのなら、

愚者、とでも言えばいいのだろうか。


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ホワイトアウト

「へい、親子丼お待ち!」

 

 どんっ、と厨房の奥からドンブリが手渡され、美味そうな匂いを放つそれをトレイに乗っけた子供は心待ちにしていたと言わんばかりに母の元へと走って行った。熱いから気をつけろ、と彼が忠告すると律儀にも子供は振り向いてはーいと手を振ってくれる。その後すぐ、落としそうになったどんぶりを母親に支えられて怒られていたのだが。

 

「さて、次は―――」

「私だ。先ほどの子と同じのを頼む」

「…あいよ!」

 

 不意に聞こえて来た声に少々戸惑いを感じたものの、次いで注文が来る時の為に取っておいた分をさっさと鍋に放り入れ、先ほどの子供の数倍はあろうかと言う量をギッチリ詰め込んで行く。そのため、米の入っている器もどんぶりどころかボウルだったのだが、彼女のならその程度は気にしないだろうと思い、次々と材料を投げ込んで行った。

 

「ちょっと鶏肉追加ぁ! そっちに処分前の一昨日のがあっただろー!」

「あ、あれを出すって…いいんすか?」

「そう言うのまったく大丈夫な奴らしいから問題ないない。つか、そっちもタワー作ってんだから早く動いとけ!」

「了解っす、料理長!」

 

 とやかく言う後輩を黙らせ、普通の料理人なら絶対にしないであろう、食材を投げて渡すように言う。全ての人類が此処に集結していると言うだけあって、ここは調理の時間を少しでも減らす為にそうしてぞんざいに食材を扱ってしまう方法が容認されてしまっているのだ。

 放物線を描いて飛んできた鶏肉の袋を空中で引っぺがしてまな板に乗せると、人間一人分の口ギリギリの大きさまでズバズバと適当に切って行く。抵抗するであろう感触は一切見受けられず、彼は特有の超人的な筋力でそれら全てを一刀のもとに斬り伏せた。

 まるで仇を切るかのような所業を終えた後、数分ほど肉を焼き、十数個分の溶き卵を加えて蓋をして数分。そして残りの卵を入れてまた十秒ほど煮る。最後にその中身をボウルの中の白米に乗せてボウルを握ると、厨房に振り返った。

 

「すまん、ちょっと古い友人と話してくるから厨房任せた!」

「はぁああああ!? ちょ、まだまだ力仕事残ってるっすよ! どうするんすか!!」

「お前らでも十分できるだろー? なぁに、PSS部隊全員分の大鍋なら十人で協力すれば持てるって」

「そんなに人割けないの分かってて何言ってんだ!?」

「んじゃ、後はシクヨロ」

 

 英語的にby goodとでも言っておいたのだが、また変な言動を言い始めたかと自由奔放ぶりに頭を悩ませるコックたち。見習いの後輩は力仕事を全て自分に押し付けようと思っていたのか、絶望(ムンク)の叫びをあげている。

 さて、そんなある意味濃い面子が揃っている厨房を抜けて、白いコックコートのままに彼は注文の品を持って注文した人物を探した。半径500メートルもある広場の辺りを見回せば、そのど真ん中のテーブルに自分こそが優雅だと言わんばかりに座っている目標の人物の姿。あいも変わらず馬鹿じゃないのかと思わずには居られない彼女の元へ、彼は歩いていった。

 

「ご注文の品は、親子丼スペシャル(腐肉寸前)でよろしかったでしょうか?」

「間が気になるが、それでよい。さぁ、早くおけ」

 

 彼女の尊大な言葉に従い、ドンッ、と大地を揺るがすかのように巨大な質量を持ったソレをおく。途轍もない卵の匂いと、鶏肉の香りはまさしく親子丼。ただ、そのボリュームは他と比べるべくもない。

 それは、どんぶりと言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、只管に大きく、重く、そして材料が大雑把過ぎた。それは、正に親子丼だった―――

 

「デカいな」

「そりゃデカいさ。ありったけ色々ブチ込んだからな」

 

 給仕の口調もどこへやら。旧知の友人に話しかけるように巣にもどった彼は、彼女にさっさと食えと言わんばかりに肩をすくめて見せた。

 

「では、いただこう」

 

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 

「ところで、何でまた突然?」

「なに、私が来たくなっただけだ。ソレの何が悪い?」

 

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 

「にしても、誰もお前に気付いて無いな。しかも俺まで無視されてる? おーい、ナフェ~! マズマ~!」

「聞こえないだろう。私の力の及ぶ域を感じ取れる者などいない」

 

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 

「作った側としては明利に尽きるが……よく食えるな」

「ストック一人分の体積よりは少ないだろう?」

「あー、ソレモソウデスネー」

「私が話してやっていると言うのに、つまらない男だ」

 

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 がつがつがつがつがつがつがつがつ。

 がつがつがつがつがつがつがつがつ……ごくん。

 

「ふむ、中々だった」

「自分以外が興味無いくせに喜んでもらえて恐悦至極。なんてな」

「虫唾が走る。お前が下手に出る姿を見せるな」

「評価が酷すぎる」

 

 ボウル(大)を置いた彼女は、改めて此方に振り返った。

 腰まで届く、長さの違うツインテール。どこまでも白い衣装に、瞳の色が合わさった様な赤いライン。肌も髪も靴も服も、白く染め上げることでこそ己であると主張するかのような存在そのもの。他の誰もが彼を含めて彼女が此処に居るとは気付いていなかったが、UEFも杜撰な警備だと言わざるを得ない。

 敵の総大将が、部屋のド真ん中で飯を食っていたのだから。

 

「で、何が目的でまた?」

「マズマの単独行動、ホワイトの発見、ホワイトの起動待ち……他に述べようか?」

「いや、目的が無いってのが十分伝わった」

「それでいい。中々に私を理解しているようだな」

 

 我こそが頂きであると言わんばかりに目を細め、彼を見据える彼女。

 一年もの間共に旅をし、時には星を共に見つめ、時には殺し合い、時には追い掛けあった輝かしい…かがやかしい……かが………嫌な思い出が彼の脳裏をよぎったが、その度に喰わせろ喰わせろと腹をすかせた子犬の様な目で見てくるのがどうにも罪悪感を沸き立たせ、同時にあまりにも演技だと分からせる目の奥に在るドス白い光にどうしようもなくめんどくささが湧き上がってくる。

 いっそ、ナフェの様に最初が馬乗りから始まる捕食があってもいいのだが。そこまで考えた時、何でこんなのに劣情のイメージを持ったんだと自分の無駄な男らしさ(オヤジ臭さ)が嫌になった。

 

「そうだな…ホワイトの調子でも見ておくとしよう」

「案内しろと?」

「そうだ。ザハ達にはホワイトの場所を探させていたが、どちらにせよ見つけた以上は部下に言わず私だけが楽しむことが第一。名誉なことだぞ、お前が案内を仰せつかる事はな」

「今度は岩じゃなくてこの手でぶん殴ってやろうか」

 

 既にナフェも人殴りしたことがあるため、女の顔面に拳をブチ込むことに最早躊躇は無い。例えその先に顔面が物理的に粉砕される未来が待っていようとも。

 だが、対する彼女はそれさえも余興の一つであるかのように高笑いすると、相も変わらず誰にも認識されないまま堂々と広場の出口を通って行った。彼の手を引きながら、どこまでも、愉しそうに。

 

 

 

 研究棟は密集し、高められた技術力が生み出した危険な兵器や、ナフェやマズマなどが協力関係を結んだことで新設された「エイリアン対策用捕獲サンプルエイリアン解剖実験生体アーマメント研究室(愛称募集)」、メンバーが二人しかいないのに成り立っている「ネブレイド研究愛好会(メンバー討ち取ったり!)」などの怪しげな、いや怪しすぎる部門の研究室がまだ数十も乱立していると言うだけあって、一般人やマリオン司令官でさえ命令で無い限りは入り込まない魔界であり、腐界だ。

 そこに入り浸るジェンキンスは人類最高クラスの貢献者でありながら、同時に一般の人間からは「マッドサイエンティスト」「ガラス製品破壊者(フルブレイカー)」「人体解剖中毒者」など、ありもしない噂で恐れられており、避けられてさえいる。あながちその全てが嘘では無い辺りが何とも言えないのだが。

 

 そんな人外魔境を塗りつぶすが如く、圧倒的な存在感を発しながら歩く白がいた。逆に傍らに居るしがないとも言い切れない阿呆の様な力を持つコックはどんよりと肩を下ろしながら彼女に手を引かれて付き添って行く。

 その様子を見ることが出来る者がいるなら微笑ましい物として見るかもしれないが、事実、彼女に握られている箇所は青紫になるほど変色しており、今にも引き千切られんほどの激痛が常に彼の手を襲っていた。此れを代われと言う者がいるなら今すぐに変わろう、だが、自分の手どころか上半身と下半身が物理的に泣き別れてもいいのなら、という文句がつくだろう。

 

「ジェンキンスの研究室はあと右の部屋を二十六個先。人類最後の希望が収められている希望の棺(the hope coffin)はもう一個先に在るらしい」

「そうか。ふっ、顔を見るのが楽しみ―――」

「チョイ待て。棺開けたら調整前のホワイトは死ぬぞ? 冗談抜きで」

「……なんと」

「なんと、じゃなくて。まだまだお前になる前の、製造中のクローンと同じ扱いだってこと分かって無かったのか?」

 

 その言葉を聞いて、彼女はふむと左手を顎に当てた。

 

「管か何かを体の至る穴と言う穴に差し込まれ、口からは無意味な喘ぎ声を洩らしながら体の中をいじくられているのかと思っていたが」

「うわー聞く人によっては誤解を招きかねない内容ですねー」

「なんだ、反応は無いか」

「俺がメインターゲット!?」

 

 などという茶番が続く中、本当に目の前にいた警備員にすら、数多の科学的センサーにも引っ掛かる事は無く、棺の部屋の前までやって来てしまった。中に入ろうとして何処にも取っ手らしき物がない事に気付いた彼女が辺りを見回すと、壁の横によ~~~く見なければ認識できない程浅くほっそりとした線が入っていることに気付いた。

 

「これか」

 

 おもむろに手をかざすと、それは不思議な力の前にひれ伏してあっさりと防壁を開け、壁に埋め込まれた操作パネルを露出させる。指紋と眼球の人物認証システムが鍵となっていたが、彼女の小さな投げキッス一つで未了に掛かったように契機は「CLEAR」の緑文字を浮かび上がらせ、門外不出の天岩戸を開け放つ。

 二十四時間稼働している機械の熱を下げるための冷気がふわりと流れ込み、常人ならそれだけで体を震わせるものをモノともせず、二人は――一人は無理やりだが――部屋の中へ入って行った。一か月前まではナナや他の地域で生き残っているグレイシリーズの記憶野浸食を解決するため、ジェンキンス主導の元データを睡眠もとらずに取り続けていた。だが、今はそれらも検証段階に入っており、このホワイトの事を気に掛けている人物はいない。それを見計らって、彼女はこの時期に尋ねて来たのだろうか。

 

「……ほう、顔立ちは私と似ている。体つきに髪質も瓜二つだが」

「黒い髪と瞳の色。そして肌と経験?」

「そうだ。まだまだ足りない。前にネブレイドしたグレイにも劣る」

 

 ふ、と笑った彼女は満足気な表情を浮かべていた。旅の時でさえこんな顔をほとんど見せなかった彼女にとって、この途中経過は必然であり、我が子を見守るが如き嬉しさだったのだろう。

 彼はじゃあさっさと出て行け、と心から言いたい衝動をぐっとこらえると、その代わりの言葉を告げる。

 

「ナフェに会って行くか?」

「いいや、必要ない」

「なら」

 

 そこまで言って、彼の口は繊細な指に防がれた。

 

「それを言うのは私の甲斐性だ。少し、散歩にでも付き合え」

「…お前は男らし過ぎだ。せっかくのガタイの良い男が型無しだ」

「知っているぞ、貴様らのサブカルチャーでこう言うのであろう? 漢女、と」

「嫌な事言うんじゃない。…ま、最後までお付き合いさせていただきますよ、お嬢様」

 

 げっそりと頬をヒクつかせた彼は、心機一転彼女に握られた手を恭しく掲げた。

 その行動に彼女は先ほど言った通りだとそれだけ告げると、彼の手を握りつぶす様な握力ではなく、普通に触れ合う程度の力にまで落とす。

 

「エスコートしてみろ。貴様が男だと言うのならな」

 

 微笑と共に言って見せた彼女は、やはり美しい。

 どこまでも完成された彼女の笑顔を受け、挑戦的に彼は笑い返した。

 

「それじゃ、ちょいと荒々しいお空の旅へご招待」

 

 言うや否や、彼は彼女をぐっと引っ張り、俗に言うお姫様抱っこの形で持ち上げる。新しい趣に興味深げな彼女の姿は、次の瞬間には件の部屋から消え去っていた。否、消えたのではなく超人的な速度で即座に移動していたのだ。

 さながら、敵国の王子に駆け落ちした王女の如く。敵はいないが、疾走する突風をそよ風のように感じる彼女を抱きかかえたまま、彼は時には壁を、時には天井を走り抜けて研究棟と別の棟を結ぶ連絡路にまで駆け抜ける。光が棚引き一本の線となり、視覚効果を越えて作りだされた誤認識のアートは未来へ続くタイムトンネルを通っているかのようだった。

 駆け抜けた先、光が差す出口へと飛び出すと、最も遠くまで届く光の色で染め上げられた夕焼けの中庭が出迎えた。彼の手に包まれたまま手ごろな果実をもぎり取った彼女は、次の瞬間には誰かに支えられた浮遊感を感じる。

 

「じっくりと見つめれば…また、よい」

 

 彼女の言葉は空気に切り裂かれて他の耳に届く事は無かったが、彼だけはそれをしっかりと聞きとっていた。

 離れていく大地。どんどんとズームアウトして行くUEFの広大で巨大な建物と敷地。全世界に届くように作られた巨大なPSSの電波塔以外は、平坦で屈強な一階建ての核シェルターとして作られた建築物。それら全てが一度遠くなり、落下の様子でまた近くなる。

 彼はもう一度地面に足をつけると、落下の力と自分の足の力。そして大地そのものに流れている絶大なエネルギーを足の裏に感じ取り、地球そのものから放り投げてもらう。すると、先ほどよりもずっと高く、それこそ宙に手が届くほどに高く二人は放り投げられた。

 

「そら」

「お、気がきくな」

 

 彼女が手をさっと振ると、その先に会った彼の手に林檎が納められる。同時に、彼の足元には見えない足場が出現したようで、最高の高さにまで昇った時に足に硬質な感触を感じた。

 白いコックコートに包まれた彼は、どこまでも白い彼女と共に宙空に座り、足を投げ出して林檎を齧る。

 

「促成栽培でも、美味いもんは美味いな」

「そうか? 前世紀の林檎の方がまだ果汁が染みていたぞ」

「もう忘れちまったよ。覚えてるのはお前らぐらいだ」

 

 他愛のない言葉を交わしながら、しゃくりと林檎を齧って行く。

 そのうち、月のある場所が分かった彼は其方に対面するように向きを変え、彼女のそれに従って月を向く。

 

「はたして、二人の強者に視線を向けられた月の心境は如何に。なんてな」

「星そのものが意志を持つか。それもまた、一興」

「興味が尽きない、自分の興味を満たすべく。そんな生き方が羨ましいもんだよ」

「ならば貴様も求めればいい」

 

 なんてことは無いかのように、彼女が言葉を押しつける。

 それは蠱惑。淫らで優美で、どこまでも抗いがたい魔の蜜の匂い。

 だが、彼は首を振った。

 

「生憎とそうはできない。俺はまだまだ人間でな、他に同じ人間がいないと生きられない」

「群れる生き物の本能、と言う奴か。枠組みにとらわれたばかりでは自由に生きられんぞ?」

「それでいいんだよ。ある程度の縛りが無ければ、どんな生き物でも先に進む事は出来ない。魚が水を必要としなくなったら? ヒレは無くなり、泳ぐ尻尾も必要じゃなくなる。そんな寂しい、無駄がない世界なんてつまらないさ」

「完全を求める事の何が悪い? 私は私を喰らいたい。私は、完全である私を喰らう事で更なる上を目指せると確信しているぞ? ただの興味から出た結果ではあるがな」

「…そんなお前に、一つの言葉を送ってやるよ」

「ほう」

 

 言ってみろ、と視線で語る彼女に彼は応えた。

 

「人の不幸は蜜の味」

「……成程。確かにそれは、無ければ詰まらんな」

「お、天下の総督様にしては諭されるのが速くないか?」

「私は正しいと思わなければ何時でも自分を変えていく。代わりが無いのがネックだが」

「その代わりにホワイトを据える、とでも?」

「まさか。ネブレイドを持たず、それで私に近いホワイトにそんな重圧を背負わせるつもりは無い。私は自分自身をネブレイドするとは言っているが、それは本当の私で無ければいけない理由は無い。…ふむ? この考えを持っている時点で、完全では無かったか」

「どうにも、自分のこととなると気付けないのが生物なんだな。それはどこの惑星でも同じってか」

「違いない」

 

 最後の林檎を齧り、芯だけになったソレを地上へ捨てる。

 一直線に落下して行く二つは、風にあおられ別々の箇所へ落ちて行った。

 

「…じゃ、俺もそろそろ仕事の続きだ」

「私も久しぶりに話ができた。満足な時間だったぞ」

 

 二人もまた、林檎の様に別々の場所へ帰って行く。

 一人は地上へ、一人は月へ。

 見上げる先と見下ろす先。決して交わる事は無いと言うかのように。

 

 彼は、ぽつりと呟いた。

 

「――――」

 

 彼女に届いたのか?

 ……それは、彼らだけの秘密である。

 

 

 

 

 

「料理長! も、戻ってきたんなら早く手伝って……!」

「おいおい三人で持ち上げようとするなんて自殺願望でもあるのか?」

「人手が無いのは知ってるでしょう!?」

 

 癇癪を起したように叫ぶ新人に悪い悪いと頭を下げる。また平穏な毎日が始まるのだなと思う傍らで、自分には時が近づいてきているのが分かっていた。運命の日が来るまで後、2ヶ月を切っていたのだから。

 

 

 未来は白紙。

 その色を塗るのは、新たな白か?

 視界に見えるのは、限りなく続く―――意識が暗転する。




ちょっと変わった二人の関係。
敵であり、殺されかけて殺し合って、それでも普通に会話が可能。
不思議な二人を見る人はいない。
世界は、その二人だけを切り取ってしまっているのだから。


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願いの先に

半月ぶり……というのに三分の一が茶番。

この作品の更新、これからも遅くなりますがご了承ください。


 8月の中盤、食事の席に来ていたマリオンは手に幾つかの紙束を抱えて厨房で働いていた彼を呼びだした。どうやら近々大きな作戦があるらしく、その作戦の同行者として此方に着いたエイリアン達の協力を借りたいらしい。それなら直接言えばいいのではないかと思ったが、その作戦自体には少々難点があったとか。

 

「サンフランシスコ移動作戦?」

「元アメリカ大陸のPSS支部が全滅したようでな。生き残った数十人の民間人を回収するために我々PSSの本隊から精鋭千人を選出し、同時に激戦区と名高いサンフランシスコ周辺で人類最後の希望、第三世代クローン発展型“BRS”の覚醒プロジェクトを兼ねた体の言い実験だと言い渡されたよ。やれやれ、科学者共は実験成果を見るためなら我々が死んでも構わないらしいな」

「…とにかく計画書を」

「ああ、そう言えばこれも君の“予定”の範囲内だったか。ともかく頼みたい重要な事はこの辺りに書かれているから目を通しておいてくれ」

 

 受け取った一枚の紙に目を通してみれば、マリオンの言いたいことが十分に分かる。

 

「“BRSの覚醒後、被験体No.MZMA-439を戦闘指南者として任ずる。尚、その介添えとしてPSS隊員ロスコル・シェパードを任命。及びに被験体の制御役として■■を同行させよ”。……ジェンキンスの奴は正気で?」

「あの嬉々として人体解剖をする輩に正気が残っていればいいのだがな。それにしてもマズマ君を戦闘の指南役にするとは……分かっているのか、分かっていないのか…」

「恐らくマズマのサブカルチャー好きは分かって無いと思いますがね。確実にステラちゃんの教育に悪いってのに……それにしても、制御役が俺って辺りがもう、なぁ。結局こうなるのかって感じっすよ」

「相も変わらず私と話すと君は言葉遣いが混乱するな。それはともかく、結局君が一番この本部の様々な事柄に関して第一人者をしているのだから仕方ないだろうな。もしやすると、ジェンキンスの良心から来た休暇の案内かも知れんぞ?」

 

 肩をすくめ、そうなら良かったんですがねと返して見せると、マリオンもつられて固い笑顔を見せる。しかし、この計画書をそのままに受け取るならサンフランシスコ侵攻の際にはナフェを本部に残して行くことになる。

 別に彼女の安否は気がかりになることはないが、最近はジェンキンス達の居る研究室でワケの分からない事をしているらしく、その辺りがこの計画の発端かもしれないと辺りをつけた。当然、マリオンもそれは分かっているらしく、ナフェのナの字が出た辺りで彼は首を振る。

 

「…ところで、選出する千人は決まってるんで?」

「うむ、新人や熟練問わず、日ごろの訓練の成果で上位の者を300名。残りの700名は戦線から帰って来て、まだエイリアン達にひと泡吹かせてやろうと言う強靭な意志を持った者たちだよ。いやはや、人類の集結地と言うだけあって逆に絞り込む方が難しかった。ともかく、マズマ君とキミには頑張ってもらいたいものだ」

「やっぱ、そうなりますか」

 

 前線で戦うメンバーというのは決定事項らしい。その事に関してとやかく言うつもりはないが、この事前段階で既にこの世界の人類はあの「正史」とは全く別の心構え、そして起こりうる事がらに関しての覚悟があるというのが何よりも心強い。

 もしモスクワの襲来が始まった時、この地に集結した全ての人はシェルターなどには縮こまらず、寧ろ全員が決死の覚悟で散開してアーマメントやエイリアンの対策に当たるつもりらしい。先ほどナフェが研究室に籠っていると言ったが、そのための対策兵装を作っている事は一応耳にはしている。現段階で試運転や最終チェックに入っていると言うから、正に万全を期すと言ったところか。

 その分、このUEF本部は外側の隔壁がごつごつとしたアニメにでも出てきそうな敵要塞の様相を晒すことになった。内側も手動・自動切り替え可能の識別機能が付いた防衛装置があると言うし、かつてマズマが襲撃してきた時の反省点から長距離高射砲、及びにスナイパーの高台も新設してある。真新しい出来の地面は、ここ数カ月の訓練ですっかり薄汚れてしまっているが、それだけ汚れがあると言うのはしっかりと訓練を積み、守ってくれると言う信頼感も醸し出す。

 

 だから、かもしれない。

 人類はそう言った共通の敵がいることで生き残ることに全力を挙げている。生きて歩く事を最大の目標とし、ほとんど全員が団結しているのだ。ほとんど、と言った様に当然離反者や謀反を企てる者もいたが、それらはしっかりと上の者と話し合いをし、利己的な考えしかしない輩は「えいりあんのきょーせーるーむ」でナフェと話し合いを行った結果、全員が改心をしてくれた。何故か全員の目の輝きが死んでいたが、それは些細な事だろう。

 

 そうした協力と、同じ人としての団結感が強まった結果これほどまでに心強いなにかが出来上がっている。それは空気となってUEFの中を漂い、その範囲内にいる老若男女全ての人々を鼓舞させるのだ。

 

 厨房に戻った彼は、その沸き立つオーラの様な物を料理をしながらもひしひしと感じ取っていた。そんな現代日本では感じたことの無い妙な感覚は、くすぐったい物があるかもしれないなんて考えながら。

 そうしていると、研究者連中とその巨大な機械の腕を振って別れたナフェの姿が目に入った。彼女は此方をちょいちょいと手招きしており、自分を呼んでいるようだが。

 

「そこのお前、このフライパン任せた」

「え? ……ああ、ナフェちゃんですか。パパともなると大変っすねぇ」

「今回がそんな生易しい話だったらいいんだけどな」

 

 恐らく長話になるだろうと踏んで、エプロンと帽子を片付けてから彼女の元に向かう。忙しい時では無く、タイミング良く昼過ぎに訪ねて来てくれた辺り彼女も随分と空気が読めるようになったのだなぁ、などと思いながら。

 

「三日ぶりか、最近籠りっきりだが大丈夫か?」

「全然平気~。ていうかアンタの方が働き詰めなの知ってるからね? ここんトコ二週間くらい寝て無いでしょ」

「お見通しとは思わなかったな、随分と観察眼が鍛えられたか?」

「はぁ…アンタ、覚られたくないならその目の隈を完全に隠してからにしてよ。シール(・・・)がずれてる」

「……ああ、さっき額に手を当てた時か。ばれちゃ仕方ないな」

 

 彼の眼の下からべりっとはがされた肌色のシールの下より出てきたのは、濃すぎて一つの模様みたいになってしまっている隈だった。幾らエイリアンの総督と張り合えるほどの肉体を持つとはいえ、彼の身体構造は人間そのものから全く逸脱していない。故に睡眠は必要不可欠な欲求の一つとして根強く残っていると言うのに、あろうことかこの男は二週間も眠っていないとほざいたのだ。

 現実にも言える例でこんなものがある。昔、人間がどれだけ眠らずに行けるかと言う課題でとあるラジオのDJが試したことがあったが、そのDJは一週間と少しで挑戦を断念。だが、寝ようとしても眠ることが出来なくなっており、最終的には幻覚症状に悩まされた揚句苦しみの中で死んでしまったと言う話があった。

 彼の場合は幻覚こそ見ていないものの、余りに近づきすぎた運命の時にノイローゼ気味になってしまっている。その気を紛らわせるための手段として働き詰めていたのだが、ナフェはそれを見事に看破したのである。彼女は当然ながら彼に眠れ、とは言ったものの、やはり彼も眠ることが難しいと首を振って答えた。

 

「しょーがない。ジェンキンスの新しい睡眠薬貰ってきてあげるからしっかり一日は眠んなさいよ?」

「助かる。…それよか、どんな用事で呼び出したんだ」

「あ、忘れてた」

「おいおい……」

 

 本題を思い出した所で、彼女は付いてきて、とアーマメントの鋭い腕で手招きしながら彼を歩かせた。彼女が示した進行方向は研究棟に向かっており、その途中で説明の為だろう、ナフェが話し始めた。

 

「あの記憶がヤバいって泣きついてたうるっさいグレイがいたじゃん?」

「ナナか。つーか名前で呼んでやれよ」

「断る。んで、ソイツの記憶野を何とかするため…まぁホントはジェンキンスが“グレイシリーズを作り出した故ギブソン博士にひと泡吹かせてあげようではないか”なんて死んだ奴へ一杯くわせるために頑張ってたんだけどね。昨日ようやくホワイトの状態を洗い直すことが出来て、アタシ達の技術提供の末に治療策が見つかったんだ。その最終段階に付き合わされたこっちとしてはメーワクな話だけど」

「へーぇ、そんじゃあアイツも喜ぶだろうな」

「今、喜んで第一被験者になってくれてるよ。ッと、着いた着いた。そんじゃ、ここのクリーンルームで洗浄終わったらこの白衣着て部屋に入ってて」

「…? りょーかい」

 

 ナフェの言葉に色々な突っかかりを覚えたが、とりあえずは言葉に従ってクリーンルームに入って行った。その様子を見届けたナフェが隣にあった部屋の扉をくぐると、そこは彼が入って行った部屋を上から見下ろせる位置にある管制室。既に配置が完了しているスタッフがナフェを歓迎し、白衣を纏った彼女は高めのイスにちょこんと座った。

 

「さて、と」

 

 あのアーマメントの腕ながらも、目の前のコンソールを器用にたたいてプログラムを起動する。すると、彼が入って行ったクリーンルームの先に在る部屋がライトアップされ、白衣姿でマスクと頭全体を覆う手術用の帽子をかぶった姿が目に入った。

 そして、その部屋の中心には目を閉じ、静かに体を横たえるグレイシリーズ製造ロットGRAY-07被験者名称ナナ・グレイの姿が。彼女の服装は最低限の局部を隠す程度に着替えさせられており、何よりも特筆すべきは―――彼女の頭。

 

≪……おい、ナフェ≫

「オッケー、手術室へようこそ」

≪待てや、どう言う事かって聞いてるんだが?≫

「何って? 目の前の光景その物だけど」

≪…はぁ、んで? 俺はこの脳が露出した(・・・・・・)ナナをどうすればいいんだ?≫

「流っ石、話が早いね」

 

 ナナの頭は綺麗にくりぬかれたように、頭蓋骨をかぱっと開かれその下にある綺麗な赤色だか黄色だか、とにかくとてもじゃないが直視はしたくない色をした脳味噌が顔をのぞかせている。

 そして、彼女の寝ている寝台の横に在るのは仰々しくも先端が非常に鋭く尖ったレーザーの照射装置と、その針の先と一体化した良く分からない薬品を押し出すチューブ。人体実験でもやろうかと言う装備が目には居るのだが、事実、彼女達はナナを使って人体事件を始めようとしていたのだ。他の誰でも無い、彼の力を借りて。

 

「ああ、そいつはほっといても死なないようにこっちで調整してあるから幾らでも脳味噌見せてても問題ないよ。後遺症も、アンタ次第ではまったく無いから」

≪オーケーオーケー、テメェが俺をトンでも無い事に巻き込んだってのはよく分かった。この、器具の隣に浮いてる脳味噌もその一つだな?≫

正解(ピンポーン)♪ あ、それはあたしの趣味じゃないから勘違いしないでよね」

≪趣味で脳味噌浮かべる奴は頭の逝かれた奴ぐらいだろうに≫

 

 

 

「っくし、……? どうしたのだ、私がくしゃみをするとは」

「総督、どうなされた? アーマメントに命じて集めて来た脳の欠片でも鼻に…」

「いいや。そうではない…まぁ、ネブレイドを始めよう」

 

 

 

「…うん、今の幻覚(ビジョン)は無かった事にしよう」

≪オイコラ、こんな状況下でトリップするな≫

 

 彼からの叱責で我を取り戻すと、ナフェはごめんごめんと感情のこもっていない謝罪を述べる。それに仕方なく無いな、と納得した天の邪鬼な二人は本題に戻って目の前のナナに集中した。

 

「さっき言った治療法なんだけど、結果的には新しい脳味噌に直接データを書き込むしかなかったんだよね。ただ、普通の人間の物だとグレイシリーズの身体能力や戦闘用の体に絶対に馴染めない。だから、ホワイトの脳を一から億まで解析して、新しい記憶の野浸食が無い脳の仕組みをとある細胞で再現するしかなかったんだって。あ、勿論提供は私らね」

≪聞きたくなかった新事実……いや、だが話は分かったぞ。この水槽の脳味噌と、ナナのを取り換えればいいってことか?≫

「そう言う事。で、問題点はソイツの記憶やらなんやらが思い出せないのに運動野の方にはしっかり情報として刻まれてたってこと。電気信号の履歴も残ってたしね。それで信号に置き換えた方で何とか記憶を装置で転写しようとしたんだけど、その負荷に耐えきれず脳味噌一号は失敗。んで、その二号にはアンタの手作業で皺とか電気信号とか色々な者を転写してほしいってこと」

≪いや、重大作業どころの話じゃない―――≫

「そんじゃ、さっそくLESSON1!」

≪おぃぃぃ……≫

 

 こう言った経験がゼロである彼の言い分もまったく聞かずに彼女が手術をさせたのは理由があった。実はこの作業、電気信号の記憶を与えるだけなら全て機械の方が与えてくれるからずぶの素人でも可能なのだが、問題はこの時代の機械設備であっても適切な位置に刺激を与えることが不可能な点だったのだ。

 更にはまだまだ脳の仕組みは理解されても残り少ない人類で実行に移すことは出来ず、UEFの犯罪者などを人体実験に細々と使っていたのだが、それでも実行による経験はまったくデータが取れていない。だからこそ、1マクロのズレも許されないこの作業に対応しうる精密性を備えた装置は開発されなかった。

 その点、エイリアンをも薙ぎ払う力を持ち、数億光年先の星をも見通す視力を持ち、なおかつ食堂の料理長として腕を振るっている彼は、どう言う訳か全ての物事を適切にかつ完璧な状態でこなすことが可能な不思議な能力を持っている事は皆が知る事実である(彼自身最初から持っていた訳ではないが)。そして、その能力は機械さえ超える精密性をも生み出していた。

 ここまでくれば話は簡単。言われただけの仕事であれば必ずこなすことが出来る彼に、この記憶と人格の転写作業を任せればいいだけの話だ。実際に失敗したとしても、もう寿命が近いグレイシリーズが一体稼働を停止するだけであって、ホワイトと言う切り札や二体ものエイリアンがいるUEFの戦力としては労力の掛かる砲台と同じ価値しかないナナ・グレイという口うるさい研究課題の提唱者が居なくなるだけのこと。

 失敗してもグレイシリーズの脳の仕組みが理解できるし、成功すれば彼女は万々歳。ともなれば、科学者たちはナフェを伴ってこの使い捨てが可能な実験に嬉々として取り組み始めた。その過程があって、この光景が繰り広げられているのだ。

 彼はナフェの指示通りに彼女の脳を取り出すと、水槽の中に浸っていた新しい脳をナナの頭の中に嵌めこんだ。この時点でナナという人格は消え去っているので彼女の事をそう呼ぶのが正しいかは分からないが、とにかくナナはまっさらな新しい「ホワイトの脳」を手に入れることになる。

 そこからが正念場。ナフェは細かい指示を出して、彼はそれに寸分違わず応えてくれる。脳とつながる神経の箇所は新しい技術で生み出された補肉剤によって補われて繋がる。そしてまっさらな赤子のような脳には次々と生々しい皺と脳波と電気信号が加えられて行った。

 

「そこ、2ポイントずらして深く3ミリと8ナノメートル。補肉剤を注入」

≪……≫

 

 応答は無いが、余りに細かすぎる単位に恐れる事も無く彼の手は動かされる。元々ナナのモノだった脳とまったく同じ外観に出来上がって行く脳の様子は、短時間でありながら人間の一生を確かに過ごしている様な奇妙な時の流れを感じさせる。

 

 長くも短く感じた「作業」も遂に終わりを告げた。

 その作業にかかった時間、実に7時間だったが、彼は全ての作業が終わってナナの脳味噌が頭髪の生えた表皮と頭蓋骨の下に隠されて行く工程を終えて、一滴も掻かない汗をぬぐうような仕草で集中を解いた。

 これで、ようやくナナは清浄な形をした人間の姿となる。自分の脳もあんなにグロテスクなのだろうか、と感性だけは一般人らしい発想を思い浮かべていると、管制室から降りてきたナフェがクリーンルームを出た彼の前に立っていた。

 

「お疲れー。正直失敗すると思ってたんだけど…つくづくあたし達より卑怯な身体してるね。あーあ、失敗した所も見てみたかったなあ!」

「十六徹の俺にあんな作業させるなよ……。こちとら一人分の命を背負うなんてアホみたいなプレッシャーに悩まされ続けたぞ」

「そんくらいが丁度いいんじゃない。スリルに溢れた日々も刺激的だし?」

「寧ろ刺激が強すぎて頭が弾け飛ぶっての」

 

 そう言った瞬間、彼の体は足元から崩れ落ちて動かなくなった。

 

「…あれ? なんだ、意外と、あんたも無理してたんだ。やっぱりね」

 

 こうなることが分かっていたように、寝息を立てる彼の顔を見てナフェは笑う。

 実はあの手術、本当に失敗も成功もどうでもよく、肝心なのは「彼に全ての神経を集結させる様な疲労を感じさせる」という事だった。目に余り過ぎる労働は見ているナフェとしても面白くは無いし、本当に人間の素体そのものが変わる事は無いのだから、こんな些細なことで彼が死んでしまうかもしれないと言う危惧もあった。

 

 そこで気付いたのだ。己が誰かを心配したのは。

 ナフェがこんな可能を抱いたのは初めてだった。だから、他人を幾らでも犠牲にするやり方で何とか彼を休養に「追い込み」たいと思った。多大な労力を掛けてまでのナフェの一大プロジェクトは、こうして功を成す結果となって彼女の目の前に崩れ落ちている。

 そして、彼が自分の思い通りに動いたことに少なからず優越感と嗜虐心が湧き上がり、同時に体の奥底からふつふつと茹だってきた熱い感情にも身を預けたくなる。だが、いけないのだ。全てが終わった後なら、ホワイトが目覚めた後では無いと、自分が自分のままであり続けないと。そんな意味を伴わない言葉の羅列が頭を駆けまわったりもする。

 本当にわけの分からない感情の渦がナフェを蝕み、その最終的な幻像として彼女の頭の中に浮かび上がったのは総督の姿―――のすぐあとにずっと彼の姿が焼き付いて離れない。

 あの時、血を飲ませて貰ったから。一緒に旅をしたから。こうしてストックと共同して、友達も何人か作れるようにお膳立てしてくれたから。様々な思い当たる光景が集結して、何故か、彼の為に何かしなくてはならないのではないかという結論を導く。

 

「あーあ、あたしもおかしくなっちゃったなぁ」

「ナフェさん、どうしました? 彼は我々で近くの寝室に運んでおきましょうか」

「ううん。それよりも被験者の意識が戻った後のデータを取っといて。後はまとめて新しい理論でも何でも考えてればいいよ」

「……分かりました。ではそのように」

 

 近くに来た研究者を適当にあしらうと、彼女はぐったりと眠る彼の体をその腕で持ち上げた。いつしか、暴走していたとはいえ彼と真正面からぶつかった時の事を思い出してもらえれば、彼女が軽々と大人に近い外見の男性を運ぶ光景は想像しやすいだろう。

 そして、同時にまた衝動が湧き上がってきた。持った時に彼の頭からハラリと抜け落ちた数本の髪の毛を口にくわえると、咀嚼して飲み込む。味としてはたまったものではないが、それと同時に流れ込んでくる情報や彼自身も知らない様々な万象事象は恐ろしく質が高い。

 総督が目指すものとは違う「最高のネブレイド」。そう言ってしまえば一言で済むのだが、ならば僅かながらも、彼の肉体の一部を体に宿したことで込み上がる安心感は一体何なのだろう。彼から情報を喰らう度、その大きな安息は親の腕に包まれるような錯覚さえある。ナフェには、明確な親と呼べる存在がない筈なのに。

 

「ふんふ♪ふんふー♪」

 

 だからこそ、あの歌でも口ずさんで己の心を平静に。別の事に気を回しておかなければならない。いつまでもこの様なスパイラルに陥っている場合では無いのだから。

 彼の「情報」を当てにするなら、総督が正式にホワイト探索の指令を出すまでは残り1ヶ月。これまでジェンキンスやマリオンに協力して日々を過ごしてきたこの身としては非常に短い期間だが、例の作戦とやらが準備されている現状、このUEFのストック達を逃がす為に自分の能力を総動員させなければならない。他のエイリアン程度なら同じく彼の一部をネブレイドしたマズマ以外は簡単に下ろせるだろうが、問題は総督。

 

 問題が山積みだな、と独りごちた。

 

「愛の歌、なんて偽名名乗っちゃってさ。あの方は何を願ってたんだろ」

 

 彼女の疑問は、ただ虚空へ消えていった。

 





ということで、ナナがまさかのホワイト化?
まだまだ疑問は尽きないお話でした。
次回に最後の導入を終えて、ようやくB★RS The GAMEの本編に入っていきたいと思います。

動き出すホワイト(ステラ)。まったく旗色の変わった未来に待つものとは―――?


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スカイハイ

急いでいたので誤字多いかもしれません……


 雲が流れ、青く染まる空の中を駆け抜けていく。何処か他人事のようにも思えるその風景は、勝手に動く足場によってもたらされる効果である事は、彼自身が此処に来たことで十分に理解していた。

 通信機を取り出すと、手で風から守る壁を作って通信機のスイッチを入れる。紡ぎだされる言葉は、彼の職務を表す定時連絡であった。

 

「こちら真上の死角監視役、敵の姿どころかこの先数百キロ先まで気配すら感じられない。どうぞ」

≪こちらマリオン、巡航に支障は無い。何もないなら君も戻って来てくれ、温かいココアを用意しておこう≫

「どうも、それでは戻らせていただきます」

 

 そう言って、彼は人類の作りだした全翼型の大型輸送機「ドラコ」の中へと戻って行った。目一杯の武装と人類が期待を寄せる最後のクローン。それを含めた搭乗人数1000人ぴったりを乗せたB-2爆撃機にも似た形状のドラコは、その爆撃機とは比べ物にならない程の巨大さの中に生活空間すらも収めることに成功したアーマメントにとってのモンスターマシンとも言えるだろう。

 このドラコ自体に攻撃能力はほとんど備わっていないものの、いざとなればオートパイロットでAIに機体制御の全てを任せることも可能で、その間に侵入したアーマメント等がいた場合にはPSSが迅速な対応を行えば、鉄屑製の蜂の巣を量産する事になるだろう。万が一戦力が足りなかったとしても、そこには人類側が信頼を寄せる「例の二人」が乗せられているので、全く問題は無い。

 

 その例の二人の内、一人がハッチを開いたドラコの上から下りてくると、下に待ち構えていたマリオン司令官と固い握手を交わし、ココアを受け取っていた

 

「いつもいつも無茶な役目ばかりですまないな」

「いや、俺は頑丈なのが取り柄ですから、役に立てて光栄です」

「そう言ってもらえると此方としても気が楽なものだ。何にせよ、あちらから酒は存分に取り寄せている。君ならフォボスや馬鹿どもの様に酒におぼれる事も無いだろうから、好きなだけ飲むといい」

「ご厚意に感謝します。では司令官、これにて」

「うむ、休んでいてくれたまえ」

 

 両者敬礼を交わし、操縦室で絶えず部下達の前に立ち続けるマリオン司令官から離れた彼は、少し狭いが十分にくつろぐことが出来る居住空間の一角に向かって歩き始めた。

 PSSの中でもそれなり以上の階級や待遇を認められている者は数少ない個室を与えられており、彼もまたその特別待遇を授かっている中の一人であるのだが、居住空間さえも抜けて行った彼はその先にあるハンガーへと歩を進める。

 セキュリティを抜け、緊急時の水密性も高い固く閉ざされた扉を抜けると、そこには巨大なトレーラーがハンガーの一角を我が物顔で占有している。その近くにいた赤い色が特徴的な人物に、彼は片手を上げて声を掛けた。

 

「よう、マズマ」

「なんだお前か」

「これ、貰ってきたが飲むか?」

「頂くさ」

 

 ニィ、と人間では有り得ないサメの様なギザギザの歯を覗かせながら、近づいてきた人物が分かったマズマは笑みを見せて歓迎した。彼もPSSの人間では無い――そもそも人間でさえ無い――のだが、その保有戦力は人類の作りだした最新鋭の砲台一セット分に相当する実力の持ち主。そして人類側を決して裏切らないという信頼もあって、例の彼同様に特別待遇を受けている者であった。

 ちなみに、マズマと彼は同室を与えられている。

 

「コイツの事、気になってるのか」

「まぁ、そうさ。あの方を模したクローンの中でも、ホワイトともなれば身体スペックはあの方と同等だ。更に成長機能や知覚障害の阻害まで無くなっているなら、俺達を遥かにしのぐ実力を身に付けることになるだろうからな」

「だがそれも、これからの成長次第ってか」

「ああ。だがこの俺を指南役にしたマッドも中々目がある奴だな。その期待に応えて、きっちりと闘い方を教え込んでやろう。あの方に近しいのならネブレイド愛好会のナンバー3として迎え入れるのもいいかもしれないな」

 

 自信満々にそう言った彼は、誰かを師事するというのに憧れていたのか、はたまた映画の様な展開を期待していたのか。どちらにせよ、この最終兵器でもある「ステラ」の指南役という立ち位置に不満は無いようだ。

 しかし、以外とマズマが彼女の師匠としては嵌り役であるのも確かだ。

 

「おいおい、そりゃ無理だ。結局アイツも人間ベースのクローンだ」

「そうか。少し残念だよ」

 

 この人類最後の希望、ステラは、大量にストックされている巨大な弾丸を量子変換技術の応用でほぼ無限に打ち出し、時には左手に持った刀で接近を挑み、腰のあたりに付けられたブースターで己の体そのものを弾丸のようにして戦うオールレンジの高軌道型である。しかし、その一撃一撃がアーマメントの破壊に余りあるヒット&デスの攻撃力も持ち合せている。

 マズマの大剣は銃撃機能が一体化した銃剣であるものの、戦況に応じて銃と剣を切り替えて戦うと言った点では共通点が多く、銃剣を切り替える瞬間のアンバランスさや特殊なタイミングと言うのは実際にそのような得物を扱うマズマならではの感覚で教えることが出来るだろう。

 ジェンキンスがマズマに目をつけたのも、良質な戦闘データを採り、この最終兵器である彼女に見合った武器の作成や調整を行うからに他ならない。余談ではあるが、お目付役として彼を抜擢したのは、単にエイリアンを抑えられる人間が彼以外にいないから、と言う理由もあった。

 

 なんにせよ、意気込んでいるマズマの姿は命令に従っていた時よりも生き生きとしているように見える。「彼」の血の一部だけでもネブレイドした事でナフェと同じく他のエイリアンとは一線を凌駕する力を手にしているマズマが、これからどのように生きていくのかも彼にとっては中々に気になるところだった。

 

「…だがまぁ、指導に関しては期待させてもらうか」

「ハッ、言ってろ。今は高い所から見下そうとお前も倒してやる。そうだな、筋書きは“ストックに力を貸す師弟が協力し、強大な敵を激戦の末に打ち破る! そして師弟はこの星を喰らい尽す城の跡を継ぎ、永遠の支配者として暮らしましたとさ。”…とまあ、台本としては在り来たりの王道展開(テンプレート)だが、娯楽にかまける暇も無くなったストック共にとっては心打ち震える作品になるだろうな」

「それじゃ、“結局師弟は強大な力の前に敗れ、敗北の中で新たな高みを掴み取ろうと決意する。その地に伏した視点から仇敵の背中を見つめ、知らず拳を握りしめるのだった。”と言うバージョンに格上げしてやってもいいぞ? まぁ、お前の物語の結末だと読み聞かせる人類も残ってそうに無いがな」

「どうとでも言えばいいさ。すぐさま追いついてやる」

「どうぞ? ただ、俺も自分の実力上昇の条件を知らないんだがな」

 

 闘志を燃やし、視線をぶつけ合ってはいるが、両者は挑戦的な笑みを浮かべながら顔の間で手差し出し、力強く握り合った。がっしりと交わされた握手にはそれぞれの男の体温と覚悟が伝わり、いよいよ持って人類側の動きも本格的なものに移行を始めているという様子が見て取れる。

 まったく別の世界の地球から来た不可思議で圧倒的な肉体を持つ男と、エイリアン側を裏切って人類側の紡ぐ物語をキャストの一人として演じて記憶にとどめたいと願った男。どちらも本当の人類側の出身では無かったが、過程はどうあれ結果的に人間を助けたいという思いは同じ。

 激戦が予想されるサンフランシスコの作戦を前に、決意を新たにした彼らは他のメンバーよりも早めに覚悟を決めることが出来たようだ。

 

「―――にしても、このココア中々に美味かった。水の加減が絶妙、と言いたいところだが、甘味がパウダーだけのものじゃ無かったような気もするんだが……」

「牛乳と混ぜた奴だよ。食糧自給班のおやっさん達が牛乳持っていけって」

「へえ? 確か今となっては生産数も少ない貴重品と言っていた気がするぞ?」

「ナフェに夜な夜な飲まれるより全部持って行った方がよっぽどいい使い方だとさ」

「……アイツ、俺達の所にいた時とテンションが違いすぎるだろう」

 

 片手で頭を抱えたマズマに、その我儘姫を助長させる様な生活をさせてきた彼としては苦みを携えた笑みを浮かべる他なかった。まだUEFで本格的に過ごし始める前、彼女の要求した物は彼が見つけ出すことでほとんどの物を献上していたし、血を飲ませて以来極上のネブレイドと称して厚かましい態度で何度か血液を貰いに来る頻度も増えて来ている。

 その要求全てに彼が答え続け、そして別の場所では彼女の驚異的な頭脳で新たな研究成果が作り出され続ける。こう言ったナフェにとっての良いことが積み重なった結果、彼女は絶頂期と言っても過言ではない程に欲望に対して忠実な行動を繰り広げ始めている。その中で狙われたターゲットの一つが、クローン技術を使って再生させた牛の乳。絞った後に冷蔵されている新鮮で嗜好品と格上げされた牛乳だったのだ。

 どちらにせよ、見た目相応のイタズラともとれる行為である。その一部始終を見て見ぬふりしていた「UEFのグレートマザー」と呼ばれるギリアン婆さんは、ナフェを見る度に温かい目で迎え入れていたとか。

 

「アイツも見た目相応の年齢じゃ無いのにな」

「まったくだ。最近の暴走っぷりには目も当てられん。元々ガラクタからモノを作るのが趣味だった見たいだが、ここで機材が揃ってからは溜めこんでいた計画書の全てを吐きだす勢いだ」

「そのおかげで人類側としても助かってるんだがな。アーマメント技術で有機物と無機物を融合させたバイオテクノロジーについては、やっぱエイリアン側に一朝の差があるか」

「早々に追いつかれてはこっちとしても面目丸つぶれだ」

「違いない」

 

 そこでふと、マズマは思い出した。

 こんなにこの得体のしれない力を持ったこのストックと長らく腰を落ち着けて会話をした事は無かったな、と。それがどうしたという話ではあるのだが、マズマとしても中々どうして、すらすらと話が進んで行く。これまではPSSの部隊訓練に参加していて食堂を切り盛りする彼とは会話を交わすことも稀で、最初期の接触以来は配膳を行う際や注文の時にちらりと言葉を交わす程度だった。

 

 それからも取り留めのない会話が続いて行くが、長らく別々の仕事を任されていた事もあって片方が知らない話や片方に自慢する話などで時間がどんどん過ぎ去って行く。幸いにもこの日は既に両者の仕事も終わっているので、時間を気にする必要も無い。

 

「そう言えば、この間そっちの総督さんがお前らの目の前で飯食ってたぞ。しかも食堂広場のド真ん中でな」

「オイオイ、いくらなんでも俺に付く嘘にしてはチープ過ぎる。もう少しマシなのは無いのかよ」

「残念ながら本当の話だよ。あちらさんも悩み事とかあったらしくてな、少しばかり話をしてから空の上でデートと洒落こんできた」

「は、ハハハハハッ! ……マジか」

「マジでだ」

「しかしあの方とのデートか…想像すらつかんな」

「コース巡りは音速の2倍だ。想像する前にデートは終わってたよ」

 

 馬鹿馬鹿しいもんだろ? と彼の言葉に大笑いをし始めたマズマは、その裏でやはりとんでもない胆の持ち主であると、彼に対して畏敬の念を抱いた。彼の血をもらってからも、やはりあの総督と面と向かって相対する事になれば逆らう事すらおこがましいと硬直してしまう自信がある。前までとは比べ物にならない程地力の底上げがなされた今でもそうなのに、どうしてこの男は何でも無かったことの様にあの方と話をし、あの方と戦い、日常の一つとしてカウントできるのだろうか。

 どこまでも規格外。どこまでも異物感。そして、この上なく極上のネブレイドを持つ「観測世界」からの来訪者。上位の世界から観測されている世界に落っこちた事で、余りにも大きすぎる格上の存在がこの世界にマッチするためにこのワケの分からない身体能力を彼に授けたのだろうとマズマは思っているが―――

 

≪ブリーフィングを行います。地上への派遣部隊はブリッジに集合してください≫

「おっと、お呼ばれが掛かったか」

「ストックも事前に何度も確認作業をするあたり面倒な奴らだ」

「そう言わずに付き合ってやれ。お前もPSSの一人だしな」

「仕方ないな、だが次からは主演用のレッドカーペットを用意させておこう」

「無駄な仕事増やすなっつの」

 

 軽口を交わしながら、マズマはPSSの紋章が入った左肩のワッペンを叩く。浮かべていた笑みは、実に楽しそうなモノだったと、後に彼は思ったのだとか。

 

 

 

 

「―――と言う訳だ。目標地点まであと1時間で到着する。各自装備を点検し待機位置に付け! 先鋒、次鋒の二名は先行してアーマメントの排除を率先して囮に。地上部隊は安全地帯に着陸後、最終兵器のトレーラーを囲いながら救難信号地点まで急ぐのだ。皆、健闘を祈っているぞ。“作戦開始(タリー・ホウ)”!」

「「「タリー・ホウ!!」」」

 

 慌ただしく、しかし統率された動きで戦闘準備を整えるPSSの兵士たちの間を、二人の先遣部隊がゆったりとした足取りで歩いて行く。モーゼの奇跡の如く人波を掻き分けた二人は下口が空けられたハンガーに辿り着くと、待ち受けていたサポート要員と敬礼を交わして合図を行った。

 

「排斥部隊のお二方ですね。通信機器をお渡しします」

「どうかご無事で。我々は必ずや救出作業を成し遂げます! お二人はお二人の仕事を」

「仕事熱心なのはいいが、死ぬなよ。ドラコだって完璧じゃないんだからな」

「エクストラにしては上出来だ。再演できそうな顔ぶれで安心したよ」

「マズマ? 素直にお前らも生きて戻れって言えっての」

「ハン、誰がそんな事を言った?」

「ったく……」

 

 言いながらも、マイクの装備を着々とこなしていく辺りはあちら側でも敵の将として君臨していただけはある。勝手の違う場所もあるだろうに、マズマはすっかり此方に馴染んでしまったようだ。人類にとっては嬉しい話には違いないのだが。

 

「降下準備オーケー。マズマ、武器は持ったな?」

「お前も長物位は持っていた方が効率はいいと思うが」

「スニーキングミッションだ。資源も乏しいこの世界で、現地調達は基本だろ」

「死にたがりめ。そう言う奴に限って敵と相討つハメになるぞ」

「だったら上等だ。腹の中から腸引き千切ってでも生還してやる――よッ!」

「やれやれ、さぁて―――オンステージだ!」

 

 着の身着のまま、二人はこれから大規模戦闘を繰り広げるとは思えない程の軽装で高度一万フィートの高さから飛び降りた。上を飛ぶドラコが段々と背中側に遠ざかって行くことを確認して、笑った二人は空中でそれぞれの手を手繰り寄せる。そして、マズマが彼の左手を握った途端に、その有り得ない戦闘の始まりは告げられた。

 

「さぁて、どうする?」

「作戦地はニューヨークのXX摩天楼の一角だったな……。ああ、ちょうど落下地点がここなんだ。一つ、キングコングでも気取っておこうかね」

「ハハッ、化け物より化け物らしい体をもつお前にはお似合い…だなぁッ!!」

「YEEAAAAHHHHHHHH!! Fooooooo!」

 

 マズマは空中で体を捻ると、雲を通り抜けて見えてきたエンパイア・ステート・ビルディングに彼の体をブン投げた。落下の速度と重力の引き寄せる力、そしてマズマの地力に遠心力を利用した相乗効果が重なって、彼は音を置き去りにする程の速度でかつて世界一巨大なビルと呼ばれたそこへの到達はそう時間のかかる物でもない。

 しかし、人類が世界最大の都市を放棄してから早数十年。劣化を重ねたビルは栄光に溢れた当時の姿とは違って、崩れかけたただの廃墟の一つである。こういったたった一人のチャーターは全盛期にやってみたかったもんだと心の中で一区切りをつけると、彼はESB(略称)の特徴的な針の様な天頂に手を掛けた。無論、この勢いそのままではこの細っこい針は折れてしまうだろうが彼は普通に重力に甘んじる男でも無かった。

 

 鉄棒の「蹴上がり」というのを知っている人は多いだろう。体をあまり降らず、ぶら下がった状態で自分の前方向の上段を蹴る事で、その反動を利用して体を持ち上げ鉄棒の上に上がると言った、シンプルながらも鉄棒にのめり込み始める小学生たちには難しい技だ。新体操などではプロが難なくこなしているように見えるが、実際にやってみると中高生でも苦戦は必須。

 さて、では横の状態からソレを行う事が出来るだろうか? というのが今回持ちあげるべき議題である。勿論答えは不可能であり、維持するために必要な自分の両手という二点に掛かる自分の体重を支えきる握力、筋力その他は並大抵のトレーニングで培えるものではない。ましてや、彼の音速を超えた速度で突っ込むという行動をとられれば、支えるべき棒そのものが根を上げることになるだろう。

 

 だが、彼は常識はずれにもそれを成し遂げた。

 蹴上がりの要領で空気を蹴りだすと、余りの速度で固められた空気が彼の足にしっかりとした硬質感を与える。この時点でありえないのだが、彼は器用にもその状態から身を捻り、何度か空気を蹴り飛ばすことで此方に落下してきた時の衝撃を拡散して行ったのだ。しかも、その時に生じる遠心力なども緩和するという馬鹿らしさ。

 

 それから十秒もしない間に回転を止め、ESBの頭頂部に掴まって壊滅したニューヨークを眺めた彼は、数ヶ月前にナフェとあの辺りで魚を取っていたんだったか、と懐かしさを頭に思い浮かべる。しかし今は作戦行動中。懐かしさに浸る時間は無いと頭を振って雑念を追い払い、左手の握る力を強めて力強く咆哮を放った。

 

「こっちだ! 鉄屑共おおおおおお!!」

 

 隣の国にまで迷惑をかけそうなほどの騒音。恐るべき肺活量を以って打ちだされた音の衝撃波は、囮となるべくに相応しい役割を果たしながらも周囲の無機物にビリビリとした振動を与えて破壊行動を残していく。

 遥か雲の向こう側で、着陸準備をしているドラコ内部のPSSは、彼の事をつくづく規格外だと再確認して苦笑を浮かべていた。

 

「あ~、喉痛い」

 

 ガラガラになった自分の声にうへぇ、と声を洩らしながらも、彼は先ほどの声を聞いて集まってきた嘗てのニューヨーク人口よりも多いアーマメント達を眺めて口笛を鳴らした。余りにも高い場所から見下ろすアーマメントの密集地帯は、食べ物に群がる蟻の様だと、その気持ち悪さを称賛したのである。

 

 なんにせよ、彼が仕事を始めるには都合のいい密集具合だ。

 エンパイア・ステート・ビルディングのてっぺんの針をボキリと折り取ると、それを巨大なレイピアの様に構えて彼は笑う。かつての笑みは威嚇行動であったと証明するように。

 

 

 

 

「……あのバカでかい声はアイツか。自重を知らんやつだ」

 

 自分が言える立場でもない癖に、マズマはそう言って一足遅く上空一万フィートの旅の終着点に降り立った。そして地面に落ちた瞬間、予想を裏切らない力の組み合わせによって巨大なクレーターと衝撃波を作り出す。見た目の派手さではESB周辺で挑発を仕掛けた彼に勝るとも劣らぬ未曾有の大災害である。

 もし、このクレーターの中心部に宇宙船が二つ転がっていたらさぞや地球は大惨事どころではないのだろうが、生憎とそこで平然と立ちあがった影はマズマのシルエット。巨大な身の丈以上の銃が一体化した剣を携え、面倒臭そうに彼は首を鳴らした。

 

「埃っぽいな…あの伝説の傭兵みたいに、HALO降下をしっかり学んでおけばこんな美しくも無い破壊は無かっただろうか? …いや、どちらにせよ無理だな」

 

 あっさりと現実を認めた彼は、一先ずそのクレーターから這い出ることにした。すると、彼は自分の周囲にも恐ろしい数のアーマメント反応が近付いてきているのを感知。裏切った相手なのだから当たり前だな、とストックに与する己の身の内を嘲笑いながら、少なくとも自分視点では敵に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥った勇者だろうか。などと夢見がちな事を言っている。

 しかし、歴戦を制してきたA級エイリアンのマズマ。彼の瞳から伝わる覇気には一切の加減や慢心と言った様子が見受けられない。それは「彼」のネブレイドした記憶の片隅にスナイプ中の自分が半身を無き別れさせて死んだ情景があり、そんな愚かな死にざまは己としても願い下げだと誓ったから。

 

「死ぬ時はあの方の道を見届けるか―――」

 

 大剣を振り上げ、トリガーを引きしぼりながらアーマメントの密集地を薙ぐ。大量に打ち出されたエネルギーの弾丸が結びつき、帯状のレーザーとなって木端アーマメントを散らしていく。その様子を満足そうに見届けながら、彼は剣を構えて群れの中に突っ込んで行った。

 

「俺の脚本を作り上げ、神聖なる映像芸術の原典(ハリウッド)を再建するまでだ!」

 

 踏み込み、切り裂く。

 巨大な中堅のアーマメント(ジャガーノート)さえ一刀のもとに叩き斬り、その爆発の余波で周囲の敵を巻き込んで行く。的確に敵の燃料区画に引火させる攻撃を加え、連鎖爆発によって自滅と自壊を誘っていく彼の戦い方は、他に味方がいないからこそ可能な無駄のないもの。

 しかし、そうまで的確に狙うべき場所を特定することができるのは、単にアーマメントを率いていた経験があるからというものでは無い。彼の特徴的な赤い髪と生体アーマメントパーツの下に隠された左目は、その手に持つ銃剣のスコープと直結させる事で数キロ先の敵をも的確に仕留めることが出来る魔眼である。その目が魔眼たる所以として、敵のエネルギーの流れを見ることが可能と言う効果があり、それによってマズマは近接スナイピングという出鱈目な戦闘法をとることが出来るのだ。

 

 一体、また一体と確実に仕留めて行くマズマは決して後ろを振り返る事は無かった。それが己の新たな生き様であると主張するかのように、ただ孤独で演劇的な進撃をつづけるのみ。後ろを振り向くという事が己の負けであるとでも言うのだろうか。

 しかし、そうならば必ず後方から爆発の中を抜けて襲ってくるアーマメントに背後を採られるという事になってしまう。事実その危機に陥っている彼は、背後に迫っている敵の影に気付く事も無い―――かと思われた。

 

「影が見えているぞ、爆発の炎が作り出した影がな」

 

 振り向かず、肩に担ぐようにした銃剣の砲門を飛びついて来たアーマメントの鼻っ面に照準、何の遺憾も無く発砲。果たして、狙い違わず顔面から尻尾まで直径数十センチの大穴を開けたアーマメントは爆発四散。鉄屑めいた骸となった。

 

 ~~~♪

 

 中々に絵になる一枚が記憶に収まったな、とマズマは上機嫌に口笛で進撃を続けた。口ずさむのは総督が歌っていた地球全土に大ヒットを掛け巡らせたあの曲。何にも興味を示さず、何事にも全力と行楽を以って取り組む総督の歌声は魂を分け与えるかのように人々を歓喜させていた。

 あの時のストック達の溺れ様と言ったら、まったくもって面白い。そんな事を考えたマズマの脳裏に浮かぶのは、総督に心酔していた前までの自分の姿。あの時は己の本意で動いているようだったが、思い返せばザハや総督の指令があれば嬉々として取り組み始める従順な猟犬のような日々だった。

 それに比べて、この解放感と抑圧を繰り返すストック達との生活はどうだったか。

 

 好きな時に笑え、軽口をたたき合い、このネブレイドを持たない弱小種族だからこそ持ちうるイメージが生み出した、数々の娯楽作品の話題に乗る相手がいた。それに自分は機嫌を良くして、細かく語りだせば十人十色の反応を見せて話に乗ってくれる。

 常に己は独りであったことがない。訓練に付き合わされた時も、面倒だとは思いながらも確実に成長して行く新人たちにテンションが上がって彼らが考える「エイリアン像」を己に投影して追いかけまわしたものだ。

 

「そうだな、俺は楽しかった―――だが、戦場でそんな事に浸る暇も無い、か」

「そう言う事よ。ボン・ジョールノ、マズマ」

 

 妙に発音の良いイタリア語。つい数日前までヨーロッパ圏の近くにいた身としてはその言語を使う人物も多かったが、こうして久しぶりに面と向かって聞くと、意見したくなることがあった。

 

「お前が使うと違和感しかないな、魔女(ミー)

「ハァーイ! 裏切り者さん。酷い事言ってくれるじゃないの? ハートは深く傷ついたわ」

「傷つくだけの心を持っているとは―――いや、実に驚いた!」

 

 両手を外側に広げ、挑発したように笑みを浮かべる。大根役者を装ったわざとらしい反応を見たA級エイリアン――「ミー」は冷ややかな笑みを浮かべながらも額に浮き上がった血管を隠し切れてはいない。

 

「まぁ裏切りものは殺せって命令だし、アナタ相手じゃ手加減したら私がやられちゃうから本気で行くわよ。踊れ(Danza)、アナタの鮮血で死出の舞台の一張羅を作ってあげる」

「それは光栄だ。裁縫も苦手なお前に出来るとも思えんがな」

「チッ、馬鹿にして!!」

 

 舌打ちしたミーが手首にスナップを利かせると、虚空から出現した巨大な斧と鎌が一体化した様な機械的な武器が現れる。マズマに次いで重そうなその武器を振りまわす彼女は、その細腕からは想像もつかない程の怪力を持ち合せているようだ。

 彼女が持つ特有の技能、瞬間移動で廃ビルの上からマズマを見下す形で距離を取ったミーは、斧鎌を向けて言い放つ。

 

「死のワルツを一曲、アナタに捧げるわ」

「生憎だが、お前の為のレクイエムしか歌う事はできないな」

 

 かつての同僚を敵に回し、竜虎が唸りを上げるのであった。

 




というわけで、ようやく原作開始。
ちょっとはやめましたが、この異色の対決をお楽しみに。


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戦場の舞台劇

「じゃあ、始めようか」

 

 ははは、と笑みを浮かべながらマズマが言う。その態度はミーなど眼中にないかのような、いや彼女も雑兵の内の一つに過ぎないという認識から来るものであった。そんな侮辱が伝わったのか、ミーは歯ぎしりしながら第一撃を浴びせるため、立っていたビルから勢いよく飛び降りた。

 

「単調だな。だがシナリオに沿わない動きくらいはしてみろよ」

クソッタレ(stronzo)! そのスカした面を凹ませてあげるわ」

 

 そして、彼女は突然としてマズマの眼前から掻き消える。横に間延びした残像を残しながら消えていく様は透明になる能力とも思われがちだが、実際はそれよりもずっと上位の攻撃だ。彼女の「視界」に入る範囲までなら自由に転移が可能なのがミーというA級エイリアンの持つ能力。実際は高速移動の果てに手に入った能力でもあるのだが、その辺りの原理は割愛するとしよう。

 ともかく、それを以ってしてマズマのノーガードの場所を割り当てたミーは情け容赦のない斧鎌の切っ先を振り子のように唸らせる。完全に視界の外に入っていた振り上げはマズマの無防備な背中に襲いかかったが、彼はその場から予備動作の一つも無く、ただ巨大な剣を背中のほうに掲げるだけで防ぎきる。そう、防ぎきるのだ。手首一つの力で、ミーの持つ巨大な斧鎌の一撃を。

 

「なっ―――」

「やはりこんな物か。それにしても、カットだぞカット。分かっているのか?」

 

 イライラする、と彼女は思った。

 得意の空間転移を多用して視覚に潜り込む。そして一閃を放てば相手の首はごとりと落ちて裏切り者の粛清も完了する――と思っていたが、そんなことは夢のまた夢だと思い知らされることになったのだから。

 ミー、という女性は何かと油断も多く、最後の最後で本気を出そうとしてもギアの急速な変化に耐えきれずに結局負け越してしまうというそんな性格の持ち主だ。しかし、その実力は生き残ってきたエイリアンの中でも本物で、本気さえ出していれば決して起きたばかりのクローン・グレイに呆気なく倒されるようなことはない。むしろ終始を圧倒できるほどに戦局を左右することができ、その様子からも彼女の二つ名である「魔女」というこれが輝くのだ。

 それ故に、後ろの方で引きこもって狙撃を主体とするマズマにこうまで手こずる自分を許すことができなかった。この圧倒的な相手の強さは、恐らくネブレイドによって得られた副次的なものに過ぎないとは思っているが、それでもこうまで全身の「身体能力」を向上させるものとはいったい何をネブレイドしたのかと疑ってしまう。

 

「考えている暇があるのか? カットだ」

「この、黙っていれば…!」

 

 斧とも鎌ともつかない、その二つが合わさった二メートル以上の巨大な武器をマズマに振り下ろすが、その出どころのすべてを見透かされているかのように防がれる。硬質な武器同士の打ち合う音がむなしく響き渡り、ミーの望んでいた肉を切り裂くざっくりとした感覚は終ぞその手に伝わってくることはない。

 

「…カット」

 

 マズマがつぶやくと同時、空間転移でとった死角からの攻撃が防がれる。先ほどからも同じような攻撃が全く通じていないのだからあきらめればいいものを、しかし、死角というのはカバーしきれない認識の外にある攻撃だからこそ、いつかは光明が見えると信じてマズマの鉄壁の「不動」の陣を打ち崩してからがこちらの番だとミーは思っていた。

 あくまでそれは彼女の思い込みだが、有効な手だというのは事実だ。死角から来るとはわかっていても、そのタイミングや確実に攻撃を防ぐための手の位置についてはその攻撃を受ける当人が常に気を張り詰めなければ反応できない所業であり、長い時間それを続けられる高等知能を有す生命体などほとんどいない。例外として総督や本能任せになってしまったカーリーなどが挙げられるが、マズマは決してそのくくりに入ってはいないのだ。

 

 だが避けられる。ミーはそのことに歯噛みしていったん距離を取り、息が荒れ始めた自分のペースを整えるためにビルの上からマズマを見下ろす位置についた。決して息遣いが荒い様子は見せないよう、心臓や血流の動悸を抑えながらにマズマへ挑発と時間稼ぎの言葉を投げかけようとしたが、彼女が何かを言う前に、マズマはやれやれといった風に頭を振って言い放った。

 

「カット、カットだ」

 

 攻撃を防いでいるというわけでもないのに、これはどういうことか。

 それはミーに対する蔑みの感情が込められており、その荒々しくもしっかりと込められた「感情」はミーという人物の未熟な心に突き刺さる。貶されたのだと、彼女が自覚した瞬間を分かっているかのようにマズマは言葉を続けていく。

 

「まったくもって酷い出来栄えだ。カメラワークも見せ場も全く考慮しない、ただ自分の軌跡に沿って殴りかかるだけの大根役者。三流にも及ばないとはこのことか? 自称魔女のミー」

「な…なんですって!?」

「その反応もありふれているな。テンプレートの踏襲ならとっくの昔にブームは去っているさ。少しくらいは攻撃への工夫、たとえ威力はなくとも注意を引くような派手な技で見せるべきがこの舞台(ミッション)の要だっていうのにさ…正直、失望したぞ。魔女ともあろう者が観客に見せるための悪役にも、魔法も使わないとは落第点で済めばまだマシだろうに」

「何を言っているの? ストック共に弄繰り回されてとうとう頭でもイッちゃったのね」

「狂った、と? は、はははははははははは!! そりゃぁいい! 襲撃者、エイリアンの中でも暗殺を主とする狙撃手がいた。しかし彼は哀れにも敵に捕らえられ、洗脳の末にお仲間との戦いを繰り広げる。しかし、洗脳の際にあれこれと手ほどきされた結果、その実力は狂戦士の如く―――」

黙りなさい(sta' zitto)! そんな能書きや狂言なんかどうでもいい!」

 

 どこまでも演劇や夢物語の中に囚われたような発言に、相対するミーは己を現実と捉えられていないような気がして、激昂の衝動に身を任せた突撃を行った。落下する位置と運動、そして重力に質量といったエネルギーへエイリアンとしての筋力を追加し、我武者羅にマズマの脳天へと振り下ろす。対して、彼が行った行動はたった一つだった。

 

「ぶっ潰れなさいよ!!」

 

 気品も、優雅も、余裕もなくした怒りの込められた一撃。

 およそ彼女「らしさ」を損ねたその大地を割り、半径数十メートルに至る巨大なクレーターを爆心地から作るほどの攻撃が決まった瞬間、彼女はマズマの行動を見て内心ほくそ笑んでいた。だが、次の瞬間にその笑みは驚愕へと取って代わられることとなった。

 接触の瞬間まではよかった。相手が「掌で刃を受けようとした」までもよかった。だが、問題なのはこうした現在、クレーターができる衝撃を受けたはずのマズマが、どうして傷一つなく健在(・・・・・・・)なのかということ。

 

 その一瞬の気の迷いは、敵の目の前での停止という失態。硬直に陥ったミーの横っ腹にマズマが振り上げた大刀の峰が直撃し、体をくの字に折り曲げながら近くのビルへと衝突する。さらには運の悪いことに――いや、マズマが狙ったのだろう。突き出ていた鉄骨が彼女の右わき腹から左肩にかけて飛び出ていた。

 痛みと流血が襲うが、重ねて不幸なことに、この程度で生体アーマメント技術を配合されたA級エイリアンが死ぬことはない。たとえ手足がもがれようと、たとえ致死量の血が流れ出ようとも、アーマメント部位が足りない成分を瞬時に生成して生体部位の修復に充てる。だからこそエイリアンの致死率は非常に低いものなのだが、それはつまり、死にたくても死ねないということでもあった。

 

「なぁミー。雷を知っているだろう?」

「ぎ、がぁ……ぐ」

「そんなところで滅茶苦茶になっていないで聞いてくれよ。……そう、雷というのは電気を帯びており、その雷が落下した地点からこの星は火を生み出し、文明を発展させていった。わかるな?」

「は…ぁぅ……!」

「やれやれ、さっきの攻撃を防いだ原理を話してやっているのにな? お前は前からそうだった。俺の話を聞こうとするときは、すぐに別のことをやりだして無視し始める」

 

 言い聞かせるように語りかけるマズマの声も、今のミーにとっては近くにいる死神の宣告にしか聞こえない。その彼女も何とか鉄骨から自分の体を引き抜こうと痛みに耐えて歯を食いしばっていたが、これまた「不運」なことに、彼女の左肩から突き出た鉄骨は釣り針の返しがついたかのような形状をしており、これでは元となる場所を切り取ることでしか脱出は不可能であった。

 

「前置きはこれくらいでいいんだ。さて、さっきの攻撃だが派手で実に良かったさ。まるで新人のアドリブが思わぬ名シーンを生んだかのようだった。ここまで褒められたんだ、嬉しいだろう?」

「………」

「だんまりか。まぁ、先ほどの論に戻るとしよう」

 

 そうして余裕を見せている内がお前の最期だ、とミーは毒づいたが、体は意志に反して思うようには動いてくれない。味わったことのない異物感と痛みが脳に直接「気持ち悪い感覚」と言う物を伝え続けていて、体が脳からの命令を正常なままに伝えてくれないのだ。

 油断した吸血鬼が頭を押さえて頭痛や吐き気を訴えたが如く、彼女は一種の頭痛を患う事になってしまっていた。だというのに、それを助長するかのようにマズマは持論を展開させていくのである。

 

「雷と言うのは、高い木や塔に落ちる。それを利用して被害を一定の箇所に抑える“避雷針”というものが開発されたが、ストック共の技術ではその雷をアースというもので地面に逃がし、無効化する程度が関の山。…まぁ、早い話が先ほどのはそれだ。流石にアレはあいつの血をもらった俺でも重症は免れん。なら、後はその衝撃を手、足、そして体全体を使って地面に逃がしてやればいいだけ。クレーターだけやたらと大きかったのはお前の攻撃は俺を通して地面に直接当たっていたからに過ぎん」

「…………」

「やれやれ、よほど俺の話は聞きたくないみたいだな……ん?」

 

 仕方がないな、と言った風に彼が首を振っていると、あのキングコング気取りの人類を遥かに超えた男が遥か空の彼方から降ってきた。そのままでは複雑骨折も免れないであろう高度からの落下をしていた彼は、近くのビルを壁で蹴りながらゆっくりと衝撃を拡散させて地面に降りてくる。

 ようやくマズマの隣に到着すると、鉄骨が貫通して息も絶え絶えなミーを見たのか、これはまた珍しいもんだな、とあっけらかんと言い放つ。それこそ他人事でしかないとでも言うように。

 

「こっちはアーマメントしかいなかったのになぁ」

「ふっ、そうなるとスコアは俺の勝ちか?」

「いいや、A級一体で100だろ? 見たとこお前はこのミーしか会ってないみたいだし、撃墜242体の俺が勝ちだな」

「それは残念。これでお前の血はお預けか」

「いくら俺でも貧血くらい起こすっての」

 

 まるでゲームの中だと言わんばかりの戦場には不釣り合いな言葉を交わすと、マズマは目を切り替えて瀕死のミーを見下して言う。

 

「……それで、この三流役者にもなれない奴も連れていくか?」

「いんや、お前さんみたいに油断を見せかける奴ならともかく、本気で相手を前にして油断するような輩はいらんさ。足しになるかも分からんが、ネブレイドしてみたらどうだ?」

「ハン、どうせなら“復讐”という新たな台本もあるリリオにでも譲るさ」

「つくづく傍観者視線だな、第一人者」

「つくづく関わるのが好きだな、第三者」

 

 怪しげな押し笑いが辺りに響き渡る。普段ならその小さな音をも聞きつけたアーマメントが襲撃してネブレイド用の肉団子を作り上げる所なのだが、生憎と「彼」の手によってこの作戦区域に集まってきたアーマメントの全ては掃討されてしまっていた。更には罰当たりな事に武器として遣っていたエンパイアステートビルの頭頂部の棒はとっくの昔に折れてさえいる。

「まぁ、行くか」

「そうだな。さっさと合流してホワイトに教育をつけてやるか」

「目覚めてたらな」

 

 そんなわけで、意識を保っているが瀕死のA級エイリアンを目の前に、彼らは重要機密をベラベラと喋りながらミーを放って何処かに行ってしまった。取り残されたミーは数分の沈黙後、彼らから取得した情報を頭の中でリピートさせながらに思う。

 

「……いい、情報…もら、ちゃったぁ…♪」

 

 そして彼女の姿が横にぶれたかと思うと、後には露出した鉄骨とべったりと塗りたくられた異星人の血糊だけが残される。知的生命体の一つも居なくなった廃墟街には、スパークを散らしながらジャンクと化したアーマメントが残されるのみであった。

 

 

 

 

 一方、PSS部隊は多少のアーマメントから襲撃を受けながらも、「彼ら」に先行を任せた功を成して比較的安全に作戦を遂行していた。PSSの中でも爆弾の取り扱いに向いている隊員がC4を設置し、窓の向こう側に注意を促した後に爆破。四隅と脆い箇所に取り付けられた爆弾は望むとおりの結果を出し、PSSニューヨーク支部への侵入を可能とする。

 

「司令官、潜入成功しました。次の指示を」

≪救難信号をナフェ君のレーダーで付きとめ、最小限の動きで難民を誘導。正門のハッキング後、大手を振って脱出だ。なぁに心配はいらんよ。タリー・ホウ≫

「タリー・ホウ! おら、行くぞテメェら!」

「応っ!」

 

 力強い掛け声と共に、小隊長のフォボスが先行。侵入した窓からロスコルを含めた数人の隊員と共に真っ暗な支部の内部に入ってライトを灯す。これまたナフェ特性の最新式ライトはLEDよりもずっと未来も道も照らし出してくれていた。

 

「まったく頼もしいもんだな」

「アレクセイ、冗談言ってる暇があったらロスコルと正門のハッキング行ってきやがれ」

「はいっと。分かったよ小隊長殿」

「ったく…司令官じゃねぇとマトモに敬語もつかわねぇのか」

「今更だろうに」

「違ぇねえな」

 

 は、と笑ってフォボス達に別れを告げ、ロスコルは左腕に付けた通信機を繋いだ。

 

「おーいナフェちゃん、ナビ頼むよ」

≪お、やっと出番? こっちは襲撃とか来てないから安心してね~≫

「来てたらそこのマッド殿から緊急で知らされるだろうな。可愛いウサギ(リトル・ラビット)さんよ」

 

 その言い方に何か思う所が在ったのか、ホログラムとして投影された拳ほどの大きさしかないナフェの像はクスクスと笑っていた。

 

≪余裕だねぇ。そんじゃ、とにかくそこから北に移動ね。二つ先の曲がり角を右。その後は直進して階段を降りて真っ直ぐだから迷わないよーに気をつけといて≫

「二つ先ね……うん、むしろ右にしか行けないようだな」

≪あらら、バレちゃった。アレクセイもジョーク位は身に付けてよね≫

「分からいでか。つーかそんな暇もねぇっすよ」

 

 少し不安になりそうなナビゲートに従いながら、ほんのわずかな刺激で長時間発光する液体を垂らしていく。生体学に精通したジェンキンスが「夜光虫」と呼ばれるプランクトンを品種改良した暗所のマーカー的装備だったが、これを使うのが初めてだったのか、ロスコルもアレクセイと呼ばれる隊員も物珍しそうにこれは便利だと笑っている。

 それからしばらくして、彼らは重厚で爆弾程度ではびくともしなさそうな正門に辿り着いた。だが、そこに待っていたのは、

 

「くっせぇな」

「同感だよ。それにこの服…こっちのPSSか。あの女の子みたいなローブはグレイシリーズの子かな?」

「死して屍拾うもの無しだ。腐った匂いを服が拾いきる前にさっさと済ませちまおう」

「はいはい。それじゃあお前はそっちにコードつないで。ナフェちゃん、サポートよろしく」

≪この程度のプロテクトならもうほとんど解けてるよ。あとは仕上げやっといて≫

 

 そう告げられた事で、ロスコルはこっちの仕事が無くなっちゃうよ。と苦笑を洩らす。

 

「ノータイムか。なぁロスコル、エイリアンってのはこんなに優秀なのしかいないんだな」

「だからこそ俺達も終始押されてたんだよ。まったく、神話のヒーローがあちら側にいるなんてツイて無い話だな」

「まったくだ」

 

 何とも絶望的な状況に二人して同意しながらも、やるべき作業は直ぐに済ませて行く。ナフェの言うとおり後は此方側で直接パネルを弄るだけで良かったらしく、ロスコルとアレクセイは最後にキーを一つ押すだけで開門が可能なまでにプロテクトを丸裸に向いてしまっていた。最高権限もこちらのPCに移動してあるので、待機中にパスワードが変わる心配も無い。

 

「ナフェちゃん」

≪分かってる。お仲間でしょ? フォボスとかは弱り切ったストック共の介抱してるから、そろそろそっちに向かってくると思うよ≫

「そうなると、此処まで来るのに時間が在ったから暇になるな」

「時間つぶしでもするか、アレクセイ。お前、確か本部に子供がいるんだったか?」

「まぁな。女房はアーマメントに踏み潰されちまったが、可愛い反抗期の娘なら一人。最近は訓練とかであんまり構ってやれてないから、反抗期も進みそうで怖えもんさ」

 

 このPSS精鋭部隊に選ばれた人間の中でも、家族がUEF本部に残っている者は数多い。アレクセイもまたその一人だが、自分と違って家族が残っているのはまだ良い方だろうな、と不謹慎にもロスコルは思ってしまった。

 

「……羨ましいのか? 確か、姪っ子がやられたんだったよな」

「不幸自慢ってわけじゃないけど、な。だけどナフェちゃん見てるとどうにも鈍ってくるよ」

「ははっ、そりゃわかる。マズマとかはもう俺達の馬鹿やってる仲間の一人にしか思えないしよぉ、ただ…ほら、“アイツ”はどうなんだろうな」

「…ああ、“彼”だっけ。羨ましい程の力とか、知識とか持ってエイリアンを仲間にした前代未聞の人間かと思ったんだけどな」

「結局、アイツもこの俺達の世界に巻き込んじまった内の一人なんだよな。だがまぁ、エイリアンの侵略が無い世界が在るってのは嬉しいもんだ。そっちの俺は、きっと女房と幸せにアジアントリップでも楽しんでるといいんだが」

「寂しい事言うなよ。人類が滅びてもいないのに、むしろ生き残る確率の方が高いんだって、あのマッドは言ってたのにさ」

 

 ロスコルの言葉に、アレクセイはどう言う事だと眉をつり上げた。

 

「また不謹慎な話だけど、俺達人類が文明ごと大打撃を受けた事でほとんどの街とかが森に呑まれて雑草がアスファルトの下から伸びてるのは知ってるだろ?」

「ああ。以前に俺の故郷に行った時は、かつての家が大木に押し潰されててびっくりしたもんだが」

「そうか、お前もUEF出身じゃなくて難民だったのか。まぁ、そんな感じで数十年も放っておかれた地球の至る所が緑化して、更には長い間放っておいた植物や微生物の一部が進化を遂げて、通常では有り得ない物を分解して取り込む恐ろしいものも出来上がったって話だ」

「へぇ~? 俺達の死体を墓に入れるよか、そっちの方が楽に処理できそうだな」

「縁起の悪い事言うなって。ともかく、そのおかげでプラスチック製品とか袋とかも分解されて一分の小さな町は完全に自然に呑みこまれたらしいぞ? たとえばジャパンやロシアの小さな所がな」

「遂に人間様も植物に反抗されちまったか、笑えないねぇ。……ま、これで昔みたいにワインとかを作れるようになったってぇ訳だな?」

「はは、お前、ホントに欲に素直なことばっかり言うな」

「そうしないとやってらんねぇって」

 

 思いのほか進んだ雑談は、戦場ではよくタブーになり易い家族や恋人についてにまで発展して行く。それを止めるものはおらず、ナビゲーションのナフェはフォボス達のサポートに付いているため彼らの会話に耳を傾ける暇は無い。

 二人が無い酒でも煽ろうかと言う雰囲気にまで話し合ったところで、ようやくフォボスの小隊が彼らの元まで辿り着いた。

 

「オイおまえら、随分楽しそうに話してやがったな?」

「っと、ごくろうっす小隊長殿」

「今更かしこまっても遅えんだよ。ほら、さっさと門開けろ」

 

 フォボスは何処か疲れたようにそう言った。ふと、ロスコルが小隊全員が疲れている事に気がついて後ろを見てみると、驚いたことに彼らの背や肩には難民となってしまったらしい人間達が担がれたり、リアカーの一部に乗せられていたりする。

 

「フォボス、この人たちどうしたんだ」

「どうにも何も、こいつら食糧もギリギリで半狂乱だったんでな。俺達の姿を見た瞬間喚いてうるせえからちょっと眠らせただけだ」

「しれいかーん。何でフォボスに救出作戦の指揮執らせたんすかー」

「いいから開けろ」

 

 アレクセイがフォボスの余りにもあんまりな「救出措置」に対する抗議の声を上げたが、残念ながらマリオンは外に置いてきた別動隊の指揮を執っているため通信を此方から開かない限り出る事は無い。

 

「とにかく、さっさとこいつ等を輸送船に送ったらサンフランシスコで本番だ。帰りはあの二人が近くで護衛してくれるが、巻き込まれねぇようお前らも気をつけろ」

「「「うぃーっす」」」

「誰がしまらねえ掛け声出せっつった」

「「「うぃーっす!!」」」

「…それはどっちの意味だ?」

 

 などと、馬鹿な事をやっている間にPSS支部の正門が開け放たれた。向こう側には、待ち受けていたかのような別動隊と例の二人。圧倒的な戦力を持つエイリアンと異世界地球人の組み合わせが気楽に片手を上げて挨拶している。

 

「で、ここでも“彼女”は目覚めなかったのか?」

 

 彼らの移動手段でもある装甲トレーラーを見つめたロスコルが言うと、残念ながら、と首を振って「彼」が答える。一応目覚めるための解凍手続きは施されているのであとは彼女が目覚める気になったらドラコの中でも、移動中でも、作戦中でもいつでも出て来れる筈なのだが、一向にその蓋が開かれる事は無かったらしい。

 

「まさしく棺桶の噂どおりになるんじゃないのか?」

「いーや、絶対に目覚める。心臓の音が聞こえてくるんだから眠ってるだけさ」

「…なぁ、それって」

「当然聞こえてるが、何か? 俺が人間っぽくないのは今に始まった事じゃないだろ」

「オイオイ、こんな所で無駄話してる場合じゃねーよ。んで、司令官。ポイントアルファから回収を完了。これより帰還するぜ」

≪会話のログを聞いたが、フォボス、お前が敬語云々を言える立場で無い事は理解したぞ。さて諸君、今回は誰一人欠けることなく作戦成功だ。先遣隊の二人は良くやってくれた≫

「ちょっとエイリアンとマズマが交戦したらしいっすけど、難なく撃退できたから今のトコ問題は無いようです」

「は? 君達、A級エイリアンと会ってきたのか」

「俺が全力を出すにも値しないがな。まったく、コイツの血をネブレイドしてからは常識を二回りほど修正せねば碌にコーヒーも飲めないと来た。今回もその類だと思っておけ」

≪頼もしい言葉だ。ではフォボス、回収地点にスモークを焚いてくれ≫

「了解。よぉぉぉぉしオメーら! スモークにひかれて集まったアーマメントが湧いてきたら全力でぶちのめせ!」

「弾が尽きたら?」

「ぶん殴れ!」

「「「「応っ!」」」」

 

 合流した分、先ほどよりも増えた掛け声に頼もしさを無実つ、フォボスは面倒な任務もこれで終わりだな、とスモークの隙間から見える空の向こうを見据えた。幸いそれほど遠くにいなかったドラコはフォボス達の居場所に順調に迫っており、警戒は続けているものの、アーマメントの機械音どろこか気配一つ感じられない平穏な時が過ぎていく。

 

 そして、拍子抜けするほど順調に今回の任務は終わりを告げた。輸送船に乗せられた難民を連れた隊員がドラコのハンガーから姿を消し、残すは大々的な試験会場、サンフランシスコにて「最終兵器」の起動実験をするのみである。

 

「窓って案外狭いんだな」

「お前が太いだけだろうに。こないだ70キロ超えてたろ?」

「ばっか、筋肉だよ」

 

 休憩時間を割り当てられた隊員達が、そんな気の抜けるような日常会話を繰り広げながら居住スペースへと歩いて行く。「彼」さえもが先に戻っておくと言ってハンガーからいなくなれば、そこに残るのは赤いエイリアン・マズマだけとなってしまった。

 そして彼は、作戦前と同じように「ステラ」の眠っている棺桶にまったく読み取れない感情を乗せた視線を向ける。彼が考えている事は分からないが、それだけこの「ホワイト」に期待を寄せているのだろうか、はたまた。

 

「……動く分には支障がない。ただ、強すぎるパワーが難問だな」

 

 アーマメントパーツとして人よりもずっと大きな手を握っては開いて確認したマズマ。彼は、先ほどのミーとの戦闘と呼べるかどうかも分からない一方的な展開を思い出して、規格外にも程があるなと、何度目になるかも分からない同じ意味を持った溜息を吐きだして苦笑する。

 

「可愛い弟子の候補だろう? 次のフランシスコで俺にネブレイドされたくなければ、さっさと起きることだな」

 

 一人語りかけるように言い捨てた彼は、それっきりハンガーを振り替えることなく扉の向こうに消えていった。

 

 残された棺桶の様なトレーラの中で、彼女の鼓動が一つ、鳴った。

 




マズマがデレるのは仕様です。仕方ないね。
そして久しぶりのナフェ登場。懐かしのロスコルも登場。
アレクセイについては名前を覚えている人が一体どれだけいることやら。

というか、PSSって普通の映画とかみたいに「○○―――ッ!!」って感じの叫びが無いんですよね。漫画版でもゲーム原作でも。仲間が死んでもあーらら、と、一見軽そうに見えてその重さを受け止めた行動を始めるというクールさん達。マジCOOL! 最ッ高よアンタたち!

そんなわけで、死亡フラグを立てながらも何もないというあきれられるような展開を書いてしまいました。今では反省しています。ですが、キャラを引き立てることに関して後悔は無い。

はてさて、次回にお会いしませう。

それにしても、最初はミーもご退場願う予定だったのに何で生き残らせてしまったのか……


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侵略者と最後の希望

エイリアン――――直訳すると「外国の」


「―――ってなワケ。ホワイトはストック共が態々連れて歩いているわ。裏切りもののマズマも我が物顔でそこにいるけど」

 

 空けられた大穴が痛々しい。医療施設でその部分の肉の補充をしながら話すミーは、実質上の総督よりもまとめ役として相応しいであろう白き現役老兵ザハにそうした報告を告げていた。

 そんな部下の失態や惨状にも眉ひとつ動かさないザハは、物静かな不動の視線でミーを探るように射止めていた。彼は部下であろうと何一つ信用していない。ただ総督一人に忠誠を重ね、恐怖や圧倒的な力によってエイリアンをも従わせる。

 そんな彼が放つ眼光はそれだけで他のA級エイリアンを萎縮させるほどであったが、不思議とマズマと対峙した後のミーはそれを意に介す事すら無かった。

 

「……総督の探すホワイトが、そこに?」

そのとおり(エクサクタメンテ)。モスクワの本部襲撃でしらみつぶしにするのも面白そうだけど、ここはさっさと本懐を告げた方がいいんじゃないかと思うわ。悔しいけど、私はマズマに指一本でやられたようなもんだしねぇ。憂さ晴らしの代償が残ったストック程度じゃ割に合わないったら」

「そうか。治療後、すぐさまホワイト奪還に迎え」

「―――げ」

 

 言いたいだけ言い残して消え去ったホログラムごしのザハの眼光に畏怖しつつも、人使いが荒い事だと上司の事が嫌になる。だが、それでも総督に拾われたおかげで此処にいる事は間違いないのでマズマのように裏切るなどと言うつもりは一切無かったのだが。

 

「それに、あの方に付いて行った方がずっと血を見れそうだしね…♪」

 

 無事な手から伸びる爪をぺろりと舐めて胃の中に突っ込むと、食道や気管に詰まりかけていた血液纏めて掻きだしペッと吐きだした。すぐさま清掃担当のアーマメントがあくせくとその場所を綺麗に片づけ、医療施設の清潔感を保ち続ける。

 だが、それは自分が死ねばこのゴミと同じように片づけられ、何も無くなることではないのだろうか。あの全てを白という原初の色で塗りつぶす強大な力の持ち主の姿を思い出し、身震いした。欲と好奇にのみ従って動く総督が自分を助けたのは、まさか―――「ミー! やられたのは本当なのか!?」

 

「…リ~リ~オ~? Pasada(ウッザ~い)ッ! 怪我から汚い外の空気が入ったらどうしてくれるの。ただでさえ狩人なんてやってそこら中駆け回るんだから、その辺自覚してほしいわね!」

「あ、う、悪い…ミー」

 

 愛する彼女の言葉だからか、緑が特徴的な服に身を纏った快活そうな青年「リリオ」は一度身を引き、治療の様子を上から眺めることが出来る一からスピーカーを繋いだ。

 

「もう…でも心配してくれてうれしいわ。ありがとう(グラシアス)、私の愛しい人」

≪ミー……いや、それより君をやった奴はいま何処だ!? ぼくが必ず仇を取って来てやるから―――≫

「やめときなさい。何をネブレイドしたか知らないけど、あの化け物染みたマズマ相手じゃ単騎で行っても勝てないわ。ここは戦術練ってるだろうシズ辺りの返事を待ってからが一番でしょーよ」

≪クッ……だがマズマ? マズマだと!?≫

「落ちつきないわねぇ。でも安心なさい、どうせ明日には再帰できるから」

 

 痛みはあるが、エイリアンにとっては大したことは無いらしい。ひらひらと大手を振って己の無事を告げるミーの姿に、死に掛ける大けがをしたと聞いてすっ飛んできたリリオは安堵に胸をなでおろした。

 だが、ここまでミーを傷つけたマズマを許すつもりは毛頭ない。チャンスが来たのだとも思っている。マズマの事は前から狙撃と言う点で立ち位置が被っていた事も気にくわなかったが、裏切った今となっては合法的に痛めつけることが可能だ。

 

≪…まだ諦めつかない? じゃ、ログでも見てみなさい≫

 

 エイリアンの戦いは情報を餌とする彼らにとって、反省点を直ぐに直すことも出来る事も含めて非常に価値が高い。故に、マズマとナフェはもう取りつけられていないが、アーマメントパーツは一種の記録媒体としても使えるのである。

 それでリリオがミーの戦ったログを見てみると、その圧倒具合に実力の差どころでは無く、巨大で硬質な壁の存在を認識してしまった。

 マズマは戦闘中、あろうことか目を閉じたりよそ見をしている。同じエイリアン同士でもほとんどの差は無く、全力で戦えばザハと総督以外は戦術次第で勝ち負けが簡単に覆されるというのに、この映像のマズマは完全に異質であると感じた。

 

「……これは」

 

 管制室で驚きに目を見開いたリリオの呟きは、まだ切っていないスピーカーに乗せられてミーの耳へ届く。思ったのは、やっぱりリリオでも萎縮しちゃったか、という生物として当然の反応をとった相方への心配だった。何だかんだ言って、一度誓いを立てたからには心の中では想い合っているらしくどうにも互いの事を心の底まで嫌いになる事は無い。

 ストックの悲劇を好み、部下であったリリオに恋人の男性の方を、自分は女性の方をネブレイドし続けてきたからなのだろうか。ストックの知識で言う社内恋愛にも似たような雰囲気になり始めた頃には、互いが互いを意識し合っていた。

 

 悲劇の上で成り立つ喜劇とは、マズマの好きそうな内容だった。

 これもまた、寓話になり下がるのかもしれないが。

 

「ああ、ミー……ミー…!」

「泣かないでよ。私が悪いみたいじゃないの」

 

 スピーカー越しの距離すら超越する。

 彼と彼女はまさしく一つとあろうとしていた。

 

 

 

「……くだらんな」

 

 油断したミーが報告に虚偽をしたのか調べるため、リリオにミーの現状を伝えたザハは本当に渡した情報が全てであるとこの光景を見てようやく納得する。所詮、総督にとって自分も含めて「下級」の哨兵に過ぎないエイリアン共はネブレイドで精神を引っ張られるほどに弱かったが、ザハは植物を好んでネブレイドする事で、命の悠然とした在り方と流れゆく時は全ての付随する意味を無効にすると学んだ。

 その学びから生まれた虚無感は彼の精神の根幹となり、この地球に至るまで何をネブレイドしても一度たりとも変わった事はない。ただ大きな源流たる総督に尽くし、その総督が命じた事ならば死でさえも受け入れる。だが、その死は寿命で終えることと同義であると考えている。それは何故か、彼にとっての総督とは、どの惑星でも等しい絶対法則である「時の流れ」そのものであるからだ。

 

 故に、ザハは逆らわない。老いた姿をしているのも、その時によって成される自然なことだから、この老いて朽ち果てようとする姿であり続ける。その胸の内に虚無を抱いているからこそ、老いの先に行く事は無い。

 人類が求めてやまない不老不死を、彼は生物として当然の生き方をすることで身に付けていた。ただ、時に身を任せるだけで。

 

「その偉大なる法則の前にも恐れを成さず、新たな時を生む行為…それが、愛。…いや、生殖行為に移るための下準備と言っておこうか…無駄な事を」

 

 子を成すという事はつまり、己自身を諦めることと同意。

 子に己を託し、自我を手放すという事に等しい。永遠を生きる事も出来るエイリアンのアーマメント技術の前ではまったく無駄なことである。

 

「まぁ…よいか。総督、聞こえますかな」

≪ザハ、珍しいな≫

「ホワイトを…見つけました」

≪いいな。それは≫

 

 本懐を見つけたとしても、何事にも変わらぬ態度を取るのはいつもの事だった。香りを楽しみ紅茶を飲み続ける彼女に、ザハはホログラム越しに頭を下げつづけていた。

 

「“ホーネット”の映像によれば、サンフランシスコへ向かう道程にてまだ目覚めぬ様子。目覚めを待ちますか、それとも新たな刺客でも送りこみますかな」

≪アレはミーの領分だ。捨て置け≫

「分かりました」

 

 積極的に物事を勧める事も無いと分かっていたザハは、暗に己のやり方で献上でも何でもすると良い、と告げられる。何処までも白く、地球を見下ろすことのできる月の展望にて黄昏る総督の姿が映像から消え去ると、彼は近くのコンソールに何やらを打ち込んだ。

 

「出撃だ。北、南の大陸から全てのアーマメントを向かわせている。ストックの少数部隊はオードブル程度に使って構わんぞ。ホワイト以外は始末してこい」

≪……分かったわ。兄さん、行きましょうか≫

≪ゥガ≫

 

 黄色い兄妹は喪服の様な物に身を包み、その場から居なくなった。

 

「近衛騎兵隊長……さて、これで此方の戦力は四人か。アーマメントは物の数にも入らんようになってしまったようだからな……ネブレイドを持たない物は時間を持たない。故に、遺伝子に込められた進化の本能が知性を促し、新たな法則や強力な武器を生みだす…か」

 

 ザハが黄色の兄妹に告げたものとは別の場所に広げらたウィンドウには、現在襲撃に会っているUEFの本部があった。UEFへの難民だったのだろう、アジア系の顔をした人間がUEFに群がっている2億に近いアーマメントの大軍を見て悲鳴を上げている。そして、その家族の一人が上げた悲鳴を聞き付け、PSSが銃を構える前に転送された巨大なアーマメントが踏み潰した。

 飛び散る血肉がアーマメントのカメラアイに付着して映像が途切れる。だが、あのストック共はどうせ生き残るのだろうと、「灰色のローブ」を纏っていた「灰髪の少女」を見たザハは無表情にウィンドウを消した。

 

「さて……あちらの駒は将棋で。此方の駒はチェスと言ったところか。だが、異色の混合競技もそろそろ終わりだな」

 

 昔の話をしよう。

 一度、ザハはその手の棋士達を呼んで此方がチェス、あちらが将棋で挑んだことがある。その際に勝てば生き残らせてやると言って一局打たせたが、終始ザハが戦局を誘導していた。途中までは四分の一まで順調に駒を取らせた所を、巧妙なフェイクを挟んで一気に逆転。棋士の絶望した表情を無表情で眺めながら、ザハは勝利を収めた。当然その棋士は絶望した顔のままアーマメントに喰わせてやったが。

 

 ようはあの時と同じだ。希望をちらつかせれば、人間は簡単にそれに縋りつき、そして与えられたものであるからこそ此方が引っ張れば無くして絶望を見せる。それに何ら心の揺らぎを覚えずに手を下せば人類など一瞬で沈むのだ。

 ザハは裏切りという駒を与え、そして総督が蹂躙するであろう地球の未来を見据えた。

 

 次は新たな手駒を増やす為、ネブレイドの出来る同士を探しに行こう。ザハはそんな未来を想像して、総督の為にはどのような案があればいいのかを考え始めるのだった。

 

 

 

 所変わってドラコ内。照明に照らされた科学力の結晶を前に佇む人物がいた。どこかぼおっとした目でそれを見続ける彼は後ろから忍び寄る影に気付く事が出来ていない。一歩二歩と音を消して近づいてくるそれは手を上に振りかぶって―――

 

「また来てんのか」

「……お前か」

 

 マズマの肩に手を置いた。

 振り返ればもう片方の手を上げてよぅ、なんて言っている。

 

「ステラお嬢様はまだ眠り姫やってんのか」

「マッチの幻影を見ているかもしれないな」

「随分と油臭いマッチだな。下手すると爆発するぞ?」

「それで夢が覚めれば万々歳さ」

「アンデルセンさまさまだな」

「そうだな」

 

 ジョークを酒の代わりに酌み交わせば、マズマは微笑と共に口元を歪ませる。

 

「そういや、科学班から伝言だ」

「アイツら、何だって?」

「“現在UEFが襲撃されている。外に出れずに鬱憤が溜ったから、新型の航空兵器を此方に向かわせた”…だとよ」

「奴らも大概だな。自分達の護衛に向かわせればいいのに」

「ああ、そうだ。“P.S.その兵器はオートパイロットでドラコの反応を追ってきている。有人飛行が前提だからコクピットはあるが、無人の場合はAIが最小限だから飛び乗れ”…だとさ」

「……ハァ?」

 

 マズマが思わずそう聞き返した瞬間、ドラコ全体が凄まじい衝撃で揺れた。近くにいたステラのトレーラーを整備している隊員がスッ転び、垂れているハンガーの照明がゆらゆらと揺れる。衝撃の数秒後、音を置き去りにしていたのか轟く様なエンジン音が人間の鼓膜を揺さぶった。

 

「んぎぎぎぎ……!? うるさっ!」

「……ああ、成程。奴らが言っていたアレだ。ほら、お前が持っている未来の歴史とやらで語ったワルキューレが一柱。食堂にいたから知らないだろうが、科学班の奴ら……その存在を知って狂喜乱舞していたぞ」

「……それって、まさか」

 

 あっちゃー、と彼が額に手を当てているとまたもや衝撃がドラコを襲った。これしきの事で自動体位調整システム下にあるドラコが墜落する事は無いが、乗っている者たちはそうはいかない。そしてまた数秒後に、遠慮を知らないエンジンの騒音が鼓膜に槍を突き付けた。

 

「ブリュンヒルデ……完成していたのか!」

「奴ら、嬉々とした表情で言っていたぞ。“よし、改造だ”と」

「洒落にならねぇな…チクショウ…!」

 

 自分のせいでこんなことになるとは、と異世界から来た男は見るもむさ苦しい男泣きの涙を流す。こんな芸術性も無い奴の近くにいられるかと十歩ほど引いたマズマは、PSSの隊員に人間効果用の小ハッチを開けさせていた。

 

「とりあえず、乗ればいいんだな」

「……何だ、その、頑張れ」

「データ収集位は付き合ってやるさ。俺の好きそうな銃器がたっぷり仕込まれてるみたいだから―――なッ!」

 

 タイミングを見計らい、マズマが再び飛ぶ。

 だが地上に落ちる前に、音速の十倍(・・・・・)で飛ぶ黒い何かにブチ当たり、彼の姿はそれと共に消えて行ってしまった。

 

「……うわ、痛そうだな」

 

 人間には決して追えない速度でも、その恐るべき動体視力でマズマの動向を見守っていた彼は横腹に尖った部分が当たっていたのを目撃した。ああなっては痛いどころの話ではないだろうに、と思いつつもネブレイドで強化されているなら大丈夫か、と不思議な安心感もあった。寧ろ絶対的と言ってもいいのだが。

 

≪緊急事態! 緊急事態! 識別反応が味方ですが、謎の戦闘機がこのドラコ周辺で飛びまわっています。乗船している皆さんは何かに掴まってください! 恐ろしいソニックブームが機体を大きく揺らしています!≫

「対応遅ぇぞPSS」

≪じゃかぁしぃッ、人間モドキ! お前の様な人間がいるかァ―――ッ!≫

「しかもモニターされてるし。メリアちゃん、そんなに叫ぶと肌が荒れるぞ」

 

 だが通信係りの奴が言う事ももっともだと納得している彼は、苦笑交じりに頬をヒクつくせていた。彼とて人間扱いされてはいないだろうと思っていたが、まさかジョジョっぽくネタにされるとは思いもよらなかったからである。

 今度アイツに高度一万フィートでボラボラでも喰らわせようと心に固く誓っていると、彼の眼はハンガーの下を潜り抜けて行く黒い影を見かけていた。

 

「お、マズマの奴コクピットに乗り込めたか」

 

 あの一瞬を脳内で拡大スローモーション写真のように変換した彼は感心したように声を上げ、マズマがアレの中に乗りこんでいた事を聞いた管制室のマリオン含むPSSは、驚愕の声をドラコ中に広めたのであった。

 

 

 

「おぉぉぉぉぉ……ッ!?」

 

 一方、マズマが乗り込んだ本部からの最高傑作「ジャベリンスロウ・ブリュンヒルデ」は槍投げの名の通り、一度放たれたら敵を貫き続けるという馬鹿げたコンセプトの元に開発されたグレイ・エイリアン専用の超G負荷を「考えられず」に設計されたモンスターマシンだ。

 コクピットの機材がGに耐えられるだけであって、操縦者自身に掛かるGの軽減などは一切考えられていない。これはつまり、人間がまだ乗れた頃の原作の物と違い、完全に人外専用の物として開発されたという事である。

 

 さて、そんなモンスターマシンがコクピットのガラス越しに見せる光景はどのようなものだろうか? それはそれは、前の景色が後ろと繋がる様な奇妙で幻想的なピカソの絵画の様な世界になるだろう。だが、当の搭乗者はそんな物を見る暇すら無いのである。

 

「クソッ、説明書が紙媒体でどうする!?」

 

 説明書を何とか探し当てたマズマだったが、超Gの中で何度も振りまわされ、計器などの金属が立ち並ぶコクピット内で飛びまわったせいかは知らないが、紙でできたそれはぐしゃぐしゃのびりびりに破れていた。これでは断片から読み取ることすら難しいだろう。

 だが此処で幸運だったのは、止めに入ったのが「彼」ではなくマズマだという事。

 彼はエイリアンだ。つまり、コレが意味するのは「機械の扱いに長けている」そしても一つが―――

 

「くっそ、不味い! 白山羊黒山羊はよく手紙を片っ端から喰い尽せるなぁ!?」

 

 ネブレイド。

 情報媒体として入力されたそれだけを選び、マズマはネブレイドで吸収された「植物が紙に至るまでの一生」というデータを取り込まずに消化する。そして本来の目的で掻かれていた文字の記憶を喰らい、脳内に反映させる事で操縦方法から戦い方までを頭の中に入れることが出来た。

 

「……よし」

 

 彼のアーマメントの腕が握りこまれ、直後に操縦昆へと向けられる。様々な計器の設定を切り替えて手動操縦にする手順を一つ一つ焦らずに積んで行き、その傍らでドラコに近づきそうになる機体の方向を明後日へと向けて衝撃波が襲わないようにも配慮。

 並大抵の事では出来ないそれを、マズマは地道に少しずつこなしていった。その集中力は、普通のピンセットでマクロ単位の物を掴むに等しい行為であるにもかかわらず。

 

「…セミオート操作に切り替え。エンジン出力低下―――機体安定」

≪Program_change_start≫

「あとはチェンジレバーと……車輪が出しっぱなしじゃないか。これも収納しないとな……はぁ、やっと終わった」

≪Semiauto_good-ruck≫

 

 知っているか、科学班からは逃げられない。

 マズマもそんなアホらしい言葉を思い浮かべる程度には心が疲労し、もうストック側とか本気で滅びてしまえなどとエイリアン側の思考に陥りかけている。ぐったりとしたマズマは、これで無事だと回線を開く為のボタンを押した。

 

「俺だ。ようやっと戦乙女は踊るのを止めたぞ……? おい、返答は無いのか」

 

 ノイズが走ってばかりで誰もマズマの回線を拾う者はいない。周波数も管制室のものに合わせているのに、この馬鹿らしいお披露目で壊れたのか? と思った瞬間、彼は聞き覚えのない声を耳にした。

 

≪……た……?……夢…邪……ない……≫

「……総督様か? いや、違う。まさか科学班の奴ら―――」

≪…ちら…リオン。こちらマリオン、聞こえるか≫

「ああ、聞こえてるさ」

 

 直後に正常な回線に戻され、マズマは内心舌打ちする。あれはもしや、と思ったところで邪魔をされたのだ。良いアイディアが浮かんでいる時に無駄な刺激をアーティストたちや推理をする人間が好まないように、マズマもまた良い所で思考を中断させられることになっている。

 これで怒らない方がおかしいというものだ。

 

「司令官殿、一応ハンガーに着陸させるつもりだが…アレらはどかせるか?」

≪“彼”が既に手を打ってあるとも。ただ、トレーラーは動かしていないそうだから着艦には十分注意してくれたまえ≫

「ビッグ・スナイプの敵を連続ヘッドするよりは簡単だな」

 

 使い方の全てを体に覚えさせたマズマが暴れ馬の手綱を握り、従順に言う事を聞く競走馬へと仕立て上げる。そして何のトラブルも無くハンガーの中に入ったマズマは、本部から要請もしていないのに勝手に送られてきた新兵器「ジャベリンスロウ・ブリュンヒルデ」をPSSの戦力として正式に加える手伝いを終えることになった。

 

 そうしてマリオンの前に連れてこられたマズマは心なしかぐったりと肩を落としていた。それもまぁ、無理は無いだろう。いくら彼の一部をネブレイドした規格外のエイリアンとは言え、所詮は生物の粋を出ないのだから疲労というものが容赦なく襲ってくる。

 

「流石に高Gの機内は疲れたようだな」

「自分でやったことだが、もう頼まれたって暴走機の制御は任されたくない気分だ」

「ハッハッハ! 失敗から学ぶなんて良い教訓じゃないか。私達の領分に染まって来ているようでなによりだよ」

「それよりマズマ、あの機体って一体何なんだ? 作戦概要には知らされていないようだけどよ」

 

 ブリュンヒルデの轟音で安眠を妨害されたフォボスがイライラとした様子でたずねると、他の休憩組もプライベートを潰されて気が立っているのかそうだそうだと彼に同調し始める。仕方なしに後頭部に手をやったマズマが「彼」に目で合図を送ると、彼はその伝令を受け取った携帯端末をドラコのスクリーンに繋いで文書を表示した。

 

「…ああ、アイツらか」

「しょうがないな。うん」

「アイツらのおかげでこっちは生きてられるんだから、仕方ねぇよなぁ……」

 

 その直後、人類の砦が崩れたかの如き葬式ムードが辺りを覆う。

 UEFの本部にいた頃から研究班の製作物は残り少ない人類に快適な生活を提供していたが、その裏ではPSSが第一被験者になって安全なものや実際に使えるものを品定めしているという事実がある。

 その作業を繰り返した回数、実に四ケタに及ぼうかと言うほど。そうして犠牲になったPSS隊員は止めて行ったりするなどで多大な被害を被っているわけだが、こうした現実があってこそ表の一般人達は笑って過ごせているのだ。男たちの涙を足場にして。

 

「ん? 奴らの研究は俺達に匹敵する。そう悪い事でもないだろう?」

「……マズマ、その」

「どうした?」

 

 マズマはその事実を「覚えていない」。だからこそこうして純粋に首をかしげることが出来るのだ。そして、そんなマズマを見た女性隊員達は涙で頬を濡らす。あのイケメンが研究班の薬物実験に付き合わされ、その度に実験の記憶を消されていると知っているから。

 

「いや、何でも無い」

「「「おぉぉおぉおぉぉぉ……」」」

「クソ、こんな所にいられるか。俺はハンガーに抜けさせてもらうぞ」

 

 勇気を出して言おうとした彼の言葉が途切れ、女性陣の涙はミシシッピ川より長くなる。大統領でも死んだのかと言わんばかりの通夜ムードに移行した場所が居心地悪くなったマズマは、ついに耐えきれずに脱出してしまった。

 

「まったく、アイツらどこかおかしいんじゃないか? 確かギリアン婆さんがいいハーブティーを作れたんだったな…本部に戻った時にアイツらと、起きたらホワイトにも飲ませてやればいいかもしれないな」

 

 この任務が成功する前提で一人ごとを呟いていると、ハンガーの先に停まるトレーラーが見えてきた。この中には自分の弟子候補がまだ収まっており、ジェンキンスが就任する前の研究班では「ステラ」と言う名(「彼」から聞かされて正式決定)のホワイトは最強の最期のクローンとして神聖視されており、今は亡きギブソン博士が残した最高傑作だと信じて疑わなかったらしい。

 だが、マズマとしてはその時点で聖書の様な物語ではなく、詰まらない教典としての無意味な言葉の羅列でしかないと思っている。生物を信仰するという事は、つまりはその欠点がないと決めつけることである。敬虔な信徒たちはその事を疑わないが、生きている以上は不完全でしかなく、それは彼の元支配者である「あの方」とて当て嵌まる絶対的な法則だ。

 

「なあ、アンタもそう思わないか」

 

 トレーラーの外壁を撫で、まだ見ぬ愛しい弟子を直接ふれているかのように言葉を投げかける。あのノイズ交じりの通信。あの聞き覚えのない声は、それでも彼の耳にとある共通点を思い出させていた。

 それは記憶の奥底に染みつく「トラウマ」という忘れられない出来事。忘れる生物である人間でさえ克服できないもの。そう言った物と同質な雰囲気を持つ「あの方」が弱々しく喋れば、あんな声になるのかもしれない。

 

「早く目覚めてこいよ。この世界は今、最高のプレリュードを終わらせたんだ。これからは観客も待ち望む、最も輝きを放つ本章の時間。嗚呼、そこにストック共が用意した“主役”がいなくては物語すら始まらない」

 

 だろう? と問いかけ、覚醒のプログラムを今一度実行する。

 何故総督以上にここまで弟子候補に入れ込むのかが分からないが、自分の心の中に宿った「感情」はこうした方が目覚めやすいのだと、知性では持ちえない本能の声で語りかけている。

 本来は感情も心も持たないエイリアン。人類の敵。

 だからこそなのかもしれない。この世界に在るべき因果は既に崩壊し、その崩壊の因子たる一端が主軸になる筈だった人物と糸を絡めている。絡まった糸は外れにくく、なおかつ何処までも結びついて追ってくる。

 

 そんな運命に引っ張られる様な形で―――トレーラーの上板が弾きとんだ。

 

「……な」

 

 彼女を眠らせるために噴き出していた特殊な成分を含んだ煙が満ちる。その様子を見守っていたPSSの隊員が、あんぐりと馬鹿みたいに口を開けて目の前の光景を現実から否定する。しかし、これは実際に起きていることである。決して覆される事は無い。

 

「め、目覚めたぞ! 司令官を呼べ!」

「司令官! こちら整備班、こちら整備班! 人類最後の希望が目を覚ましました! 繰り返します、人類最後の希望が目を覚ましました!!」

「お、おい! 出てくるぞ!」

 

 整備班の言葉にハッと意識を取り戻したマズマが、トレーラーの中から起き上がる彼女の姿を見る。二つ結びの黒髪に、赤い月とは反対の意味を表す様な青い瞳。動きを阻害しないよう、最低限の衣服として与えられている露出が高めの少女。

 無垢で純粋な瞳を向けたまま、彼女はマズマを見下ろしていた。

 

「……夢を見ていたの。邪魔しないで」

「は、ははは…! ――――ホワイト」

「? 違う。私は白くない」

 

 ああ、違う。そう言う意味じゃないんだ。

 マズマが笑う。彼女――ステラが首をかしげてから、あ、と思い出す。

 

「夢の中、覚えてるかもしれない。あなたは、マズマ?」

「そうだ。俺がマズマだ。この人類が地球外の侵略者たる敵と戦わせるため。たったそれのために、造られた命を宿す少女よ」

「じゃああなたは、敵なの」

「いいや、俺は味方さ。お前なら全てを覚えていられるだろう? ―――ステラ」

「ステラ。……私の、名前?」

 

 首をかしげて飛び降りる。膝を曲げて衝撃を逃がし、音も無く着地。

 運動能力は良好。各部に異常は見られない。そして切り札も何時でも発動可能。

 

 眠りから覚めた姫の手を取るように、赤い機械の手が差しだされた。

 

「ようこそ、終わりの歴史へ。俺はお前を歓迎しよう」

「……?」

「ああ、こう言う時はな」

 

 目覚めた運命は動きだす。

 

「ありがとう、って言うんだよ」

 

 

 




起きる起きる詐欺はここで終了。ようやくステラちゃんが目を覚ましました。
やっぱり第一接触はマズマ。さぁ、物語を紡いでいきましょう―――


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夜を過ごす者

「見分け方は簡単だ。俺の様に生体アーマメントを体の一部としている奴らがA級エイリアン、敵だな。そしてカラフルで星型のマークをつけている奴らが敵性アーマメント。そして全てが生身のこいつらがストッ……人間だ。こいつらが味方だ」

「人間は味方、カラフルな星入りがアーマメント、あなたがエイリアン…つまり、敵?」

 

 目覚めたその時から手に付けられた巨大で無骨な砲身がマズマへ向けられる。引き金は見えないが、今にも引かれそうなその雰囲気を前にしてマズマは笑った。

 

「大体それでいいが…俺はマズマ。コイツらに味方しているエイリアン……まぁ、敵を裏切って味方になった奴と思ってくれ。それから、この映像のピンクのガキも味方。ナフェという名前だ」

「敵を裏切って敵の敵になったから味方。だからマズマ達は味方……攻撃しない方?」

「そうだ、それでいい。やはり出来そこないのグレイとは違う。ホワイトの記憶力も俺達側に近い性能の様だな」

「違う。私はホワイトじゃなくてステラ。あなたがそう言っていた」

「ほう…よく覚えている。偉いぞ」

「偉い…? 私は命令に逆らう権力は持っていないと思う」

「比喩表現と言うやつだ。まぁ、この辺りは追々教えて行くとしよう。じゃあ次に―――」

 

 ステラの記憶力は乾ききったスポンジの様な吸収力だった。ほんの少しでも水滴を垂らせば、絶対に逃がさないと言わんばかりに最後まで忘れる事は無い。記憶に靄が掛かるような事はあったかとマズマが質問してみれば、昔に白い服を着た人たちにあのトレーラーの「棺」に収められたような、と言う調整前の出来事しか欠損は無いようだった。

 

 しかし、そうなると「彼」は個室を完全に占拠された事になる。あの二人のやり取りを見ているのは微笑ましく、マズマも随分と乗り気になっていることから出来るなら邪魔はしないでおきたかったが、時間帯は既に深夜。手持ち無沙汰で寝床も無いとなれば、頬の片方が引き攣るのは仕方が無い事だろう。

 どちらにせよ、部屋にずかずかと乗り込むという選択肢を持ち合せてはいない。彼は管制室の方へ歩みを向けると、「知識」の整理をし始めた。

 

「……さて、“どっち”の史実がこっちに影響しているかが問題だな。シズとカーリー…アイツら次第でこっちは随分と楽になる。ミーに関してはリリオ共々敵に回ったのは確実だろうし、あえて聞かせた事でホワイト奪還に黄色か紫…はたまた緑が来るだろ。ザハだって裏切ると分かっている手駒は早々に切り離し、それでいて勝つ三段を整えているだろうからな……」

 

 実際、ザハは形だけの命令を与えてシズとカーリーを泳がせに掛かっているのだが、当然ながらその事実を彼が知る由は無い。ただ、自分の不思議パワーも上乗せされるらしいネブレイドを行っていないエイリアン一体だけでも、此方に引き込むことが出来れば人類側は非常に有利になる事は確かだ。

 彼にとって、特に「カーリー」という巨漢のA級エイリアンは戦術的にも非常に大きな役割を果たすことになる。その手綱を握る「シズ」共々、此方側に協力を申し立てればいいのだが、問題は彼らの考え方だ。

 

 あの二人のエイリアンは「人類を家畜として飼い殺すことで繁栄を許す」という考えの持ち主。原作では人類の総人数が10人程しかいない事でその提供を大半が受け入れられることになったのだが、生憎と人類はまだまだ8~9千万人は生き残っている。そこで「飼い殺す」などと言われれば、反対意見と共に科学班の頭が物理的な意味で痛くなる兵器の雨霰が飛び交う事になりかねない。

 その中でまだ希望があるのは、敵総督の意見に「反対する」という意識がある事。とりあえずその点において妥協し、なおかつマズマやナフェの様に人類側に馴染ませる、正式には「適応」させれば、あちらも条件は呑んでくれるだろう。

 

「問題は……交渉の機会に持って行けるかどうか」

 

 恐らくミーはホワイトの事だけを報告し、「彼女」は自分の事はプライベートなこととしてザハには伝えていないだろう。何故か確信の上でこの事は断言できる。

 だから、自分のような存在はエイリアン側にはほとんど知られていないと言っていい。しかしこの知名度の低さが今回の交渉事に持ち込むための障害となってしまう。自分の事が知られていなければ、他の人類が居ない場所での極秘の交渉を行う事が出来ないからだ。

 もし、シズ達の意見を人類が聞いてしまえば、必ずギャラリーの中からシズの事を口汚く罵り、交渉決裂に導いてしまう短気な人間がいるだろう。そうなってしまえば戦力向上は線香花火よりも儚く散ってしまう。

 

 難しい事ばかりだ、と彼は溜息を吐いてコーヒーメイカーの前で作業をする。

 淹れたてのコーヒーに砂糖を細長い袋一杯分流し込むと、考えるための糖分摂取だと一気に飲み込んだ。

 

「………美味い。ま、人類もエイリアンも何かを喰ってりゃやっていけるってことか」

≪それにはサンセーイ≫

「ナフェ? また唐突だな」

 

 管制室の投影式モニターの一つが乗っ取られ、彼の傍に小さな映像が移動してきていた。こうして二人っきりで話す機会も久しぶりだったか。彼はそう感慨にふけると、小さく笑みを浮かべた。

 

≪腹が減っては戦は出来ぬ、だっけ? アンタんトコの日本って、結構的を射た言葉が多いよね≫

「自慢の祖国だよ。ほとんど草木に呑まれちまって、生き残った日本人も千人にも満たないのはショックだったけどな」

≪……寂しいのは、辛いよね。アンタと旅に出てさ、しばらく馬鹿やってた時のことが懐かしいや。それまでのアタシは……≫

 

 感傷に浸るナフェを見ると、彼女も随分と人臭くなってきたんだと驚いた。残酷さやエイリアンとしてのネブレイドを躊躇わない心は残っているようだが、それでも人間の中で交じっていて違和感があるのは彼女の容姿くらいしかない。頭の良すぎるきらいはあるが、その点も含めて彼女は随分と馴染んできているように見えた。

 

「なんだ、寂しくなって俺と話したかったのか? 可愛い娘っこだな」

≪ふんっ! パパにいちいち言われるほどじゃないもーん≫

「ははは、拗ねるなって……にしても、この親子ごっこも冗談やその場しのぎだったのになぁ。いつの間にか俺は人類側への協力に必死になってて、ナフェは娘として演じていたのが普通に呼びあう位になっちまって。やっぱ、知性のある生物ってのは簡単に境遇で変わるもんだな」

≪言えてるかも。でも、変われたから楽しくなったのは本当だよ≫

 

 二人で笑顔を向き合わせた。静かな夜に、機械の駆動音だけがしばらく鳴り響く。

 

≪…でも、アタシもね。アンタの事本当にパパだったらいいなって思い始めたんだ。気付いたらゴミしかない星で、アタシはあの方に拾われていたけど…あの方は手を指し伸ばしただけだったから≫

「………オーケー。帰ったらすぐに撫でてやるよ」

≪~~~ッ!? な、何言ってんの!?≫

「はっ、はははははははは! 反抗期に入ったようで悲しいが、もっとナフェは人に甘えてこい。その容姿なら誰だって可愛がってくれるだろうよ」

≪そう言う意味じゃなくてさー……あ~もういいや。帰ってきたらいっぱい撫でてよね≫

「分かってるさ。寄り道はしたが、後はサンフランシスコの難民救出だけだ。ブリュンヒルデにでも乗ってそっちにすぐ向かう」

≪何ソレ。あれって人間用じゃないのに?≫

「否応にも人間越えたスペック持ちだ。超G程度じゃ潰されないさ」

≪そっか。うん、楽しみにしてる……こっちの方も色々片付いて無いから、対処できなくなる前に帰って来てよね。じゃ、お休み≫

「おう、お休み」

 

 通信が切れ、モニターの向こう側は真っ黒になった。彼は画面を閉じて席を立ち、もう一杯のコーヒーに砂糖を二袋分詰め込んで一気に煽る。喉を通ったコーヒーのカフェインと砂糖の糖分が脳に程良い刺激を与え、この夜も眠らずに過ごせそうだと彼にサインを送って来た。

 

「さて、もう一仕事だ」

 

 お土産はエイリアンの兄妹だな。彼はそう笑って、見張り台へ足を進めた。

 

 

 

 時は少しさかのぼり、PSS救出隊へとブリュンヒルデが送られた直後に戻る。

 モスクワ、UEFの本部でドラコ等のPSS部隊員が使う兵器を逐一チェックしている研究班とは別の場所で、一人の研究員が開発途中のレーダーを弄っている時にソレは起きた。しかし、彼もまだ試作段階だから誤作動に違いないなどとの答えを持つ程軟弱な精神を持ち合わせてはいない。自分の研究を絶対と信じ、胸を張って研究成果を見せる事が出来るからこそ、彼は冷静に周りに告げた。

 

「試作レーダーに反応が掛かりました。本部の周囲3キロ圏内に空間転移反応が多数出現。恐らくはアーマメントの襲撃だと思われます。主任、どうしますか」

「マリオンが居ない今、私が指揮を執る手筈になっているのだったね……まぁ当然だが、出撃させたまえ。あの“クローン”も正常起動するかデータを取る為にも丁度いい」

「了解です」

 

 通信系統の部隊員に発見した研究員が伝えると、すぐさまUEFの全域に警報と避難勧告が言い渡された。UEFの中で自由な時間を過ごしていた人たちは皆大広間に集まり、一般人用の自動要塞システムを発動。更には戦いも知らぬ一般人であるのに、その手には握られた事も無い筈の銃を手に、慣れた手つきで誘導が行われていく。

 実際に武器を持っているのは20代前半から40代までの大人。更に言えば、彼らは引退したPSS隊員であったり、ナフェ達が来た事で腕や足を取り戻したアーマメント手術を施された強化人間でもあった。いざという時の為に、彼らは特殊な訓練を受けていたという訳だ。

 

 警戒態勢が完全に整った姿を見て、ナフェはジェンキンスに向かって口笛を鳴らした。

 

「ストックもやるじゃん」

「その上、兵器開発局の馬鹿どもが作り出した対アーマメントEMPガンもある。これでやられれば人類もそれまでだと、私は見切りをつけるさ」

「そりゃねぇっすよ主任。まぁ、このUEFのハッカーや電子操作技術に長けたオタク共の半自動要塞を抜けられるアーマメントが居れば、の話ですがね」

「ビッグマウス型の一個小隊を確認。進路は正門です」

「ウォール型が階段状に積み重なってイーター型の足場となっている模様」

「そんな報告は必要あるのかね? 焼き払え」

Jawohl(ヤオール)

 

 ジェンキンスの躊躇無い判断で門の外に在る熱戦兵器が起動。持続的に光の帯を生みだし続けながら結合崩壊を起こして自然消滅するまでの区間に死の扇がつくられる。触れたアーマメントも金属とはいっても所詮は寄せ集めのクズ鉄から作られる無人兵器。空間転移など特殊な力を持つ者達がいたとしても、避ける暇すら与えずに爆発してその身を散らし、味方を巻き込んで二次被害を起こしていた。

 この熱線兵器の基礎はナフェが侍らせている遠隔操作型ビーム砲台アーマメント「ミニ・ラビット」を土台として作られ、大型ジェネレーター(自爆装置付き)から絶えず半永久的エネルギーを供給して起動し続ける、通称「触れられぬ盾」である。攻撃は絶対の防御と言う格言を再現した最高の兵器だ。

 

「んで、そろそろアイツも投下するの?」

「東南アジア辺りに派遣したPSSが帰還信号を出しているからね。其方にでも向かわせることにするさ。小回りが利いて自己判断のできる兵器とは…Dr.ギブソンも酷なモノを作ったものだよ。あまつさえ、それを娘と呼ぶとは―――」

≪パパの事を侮辱しないで。貴方も結局、私を殺したには違いないでしょうに≫

「君の要望にこたえただけさ。私は研究員だが、医者でもある。患者の要望にこたえるためならどんな手段でも用いる…それこそ、猫の手を借りる事に躊躇わない程にね」

≪モノは言いようね。失望したわ≫

「そんな事は言い。君の端末にも出撃命令を下したのだから、さっさと行きたまえ」

≪……No.7(ナナ)、出撃するわ≫

 

 突如として割り込んできた回線が断ち切られ、UEFの倉庫の入り口が一つ破壊された。そこから音を置き去りにして飛んで行った黒い影をギリギリでカメラが捉え、その影はPSSの難民救助小隊への救援に向かったことを確認する。

 ジェンキンスはやれやれ、と一つ大きな息を吐いて研究室の一角に戻って行った。

 

「まぁ、結局自我なんて脳を取りかえればそんなもんだよね。本人の認識では“更新”…つまりは失敗か」

 

 あーぁ。ピンクのウサギは、一つ学んだのだった。

 

 

 

「結局敵よ…! アイツも、研究者共も…エイリアンも!」

 

 グレイ用に調整された剛ブレードを振るい、アーマメントの隣を擦りぬける度にバターを切るかのようにして刃を通して行く。彼女が通った一瞬後にアーマメントは鉄屑へと朽ち果て、時には爆発を起こして同族を巻き込みながら数を減らして行った。

 

 そんな突如とした襲撃の中心を駆け抜けている少女の名は「ナナ・グレイ」。

 「彼」の手によってホワイトと同型に作られた脳へと挿げ替えられ、新たな脳に前のグレイの記憶を転写、そして元の性格へと馴染ませるために数週間の謹慎を甘んじて受ける他の無かったグレイの生き残りである。彼女はシリーズ名にちなんだ灰色のローブの下、復讐と憤怒の目を光らせてアーマメントを切り裂いていた。

 そもそも、その人格や人物の全てを司る脳を別のものへと移し換えた時点で、そこに出来上がるのはまったく同じ性格、記憶、見た目を持った魂の違う別人である。精神・肉体・魂。このうちのどれかが欠損した状態の人間は最早元に戻ってもそれは似たような別人であり、元の自我は失われた「ソレ」と共に消え去る。つまりは「死」を意味していた。

 ナナ・グレイに行われた治療と称された「実験」はそれを証明するための行為でしかなかった。だから、死の間際までこき使われた「前のナナ」の記憶を持った「彼女」は憎むのだ。彼女にこんな仕打ちをした全ての生命体を。

 しかし、その怒りをそのまま矛先に乗せる事は許されていなかった。「ナナ・グレイという前任者」が、新たなナナが「無名」として確立する寸前に、その魂の残骸が「無名」に対して語りかけたのだ。―――決して、憎んではいけない―――と。

 

「……あなたは、どうしてそこまで…人間を愛せていたの…!?」

 

 前任者に問いを投げても、ナナ・グレイからの返答は無い。無名(ナナ)は抑えきれない悲しみを発散させるように巨大な砲身へと武器を持ちかえ、弾丸を周囲にばら撒いた。爆散するアーマメントの爆発を足の裏で受け止め、空へと躍り出ては飛行型アーマメントのホーネットに一撃昇天の土産をお見舞いしてやる。

 決して、あの心優しいナナのいる天国にアーマメントひと欠片も行かないよう、その身に重い弾丸を括りつけて地獄へと引きずり落とすのだ。そもそもの、ナナが生まれる事になってしまった理由であるアーマメント達への復讐として。

 

 そうしていると、いつの間にか体は命令に従っていたのだろう。人よりも優れた視覚は数百メートル離れた地点で立ち往生している難民部隊を見つけ、耳は安堵の声の全てを聞きとっていた。

 

「あれがグレイ…! ようやく助かったと思ったのに、この大軍にPSSの奴らは頼りにならな―――うわぁぁぁあああ!?」

 

 難民の数少ない日本人が日本語でそう言った瞬間、彼もろとも家族が地面が陥没する。落ちてきたアーマメント・ビッグマウス型が突如として転送されたが故に、PSS隊員は反応すらできなかった。

 次いで人間が集まっている場所だったからか、これ幸いと暴れ始めようとした巨大なアーマメントはたったの一閃で動きを停止した。斬られた箇所からは火花とスパークが走り、爆発の暇すら与えずに全機能を停止させる。達人の所業を行ったナナは救助隊の前に降り立つと、たった今アーマメントを切り裂いたブレードを手にしたまま睨みつけた。

 

「ああ、君が本部のナナちゃんか。話には聞いていたよ」

「…同族が目の前で殺されたのに、何の感情も抱かないのね」

「ここに来るまで仲間と難民が死んで、元の数より2割は減ったよ。オレ達の精神もいよいよ穴があいちまったんじゃねぇかな」

「そう……後でネブレイド愛好会のメンバーに話しておけば? 性格矯正してくれるらしいわよ」

「そりゃ良かった。ようやく人間に戻れるんだな」

 

 そう言った小隊長の目は、最早輝きを失っていた。生きる意志や生き残る意志は垣間見えても、仲間を思う為の人間として必要不可欠である他人への思いやりが消え失せている。目前の何かにしか縋ることが出来ない、希薄なヒトへと成り下がっていた。

 

「…ぁ」

 

 ようやく助かるんだ、そう言いながら泣きわめくまともな感性を保った人間達の喜びの声にかき消されたが、無名(・・)は小さくその目を見て胸の内が苦しくなった。これは前任者のナナが残したメッセージを聞いた時と同じ思い。記憶を失わずに済んだ自分と言う新たな存在への戒めとなった痛み。

 この人間を前にして、「心」が痛んだのだ。彼女の心は、確かに目の前の「ヒト」に対して反応していた。哀れだと、力のある自分が救うべき弱者であるのだと。力を持つ者としての義務が、彼女の中に生まれようとしていた。だが無名は認められない。二律背反は広がり、遂には視界の焦点をぶらし始めていた。

 

「おい、大丈夫かよ兵器殿。どっか故障でもしたのか?」

「……武器扱いしないで。私は…」

「そりゃ悪かったなお嬢ちゃん、だがまぁ、言われてみりゃあ確かに兵器にしては可愛らしすぎるわな。そう思いませんか、小隊長?」

「このド低能が。俺に何か言える暇がありゃぁ見を呈してでも難民を守りきれ」

「へいへい。UEFには彼女がいるから、命は簡単に懸けられやしませんがね」

「懸けない、と断言するよりはマシな回答だ。帰ったらジュースを奢ってやろう」

「十杯でいいっすよ。お嬢ちゃんもどうだい?」

「……いらないわ」

 

 そうして、彼らに背を向ける。

 

「辿り着くまでの排斥はするから、貴方たちは自分で進んで。精々が前を切り開ける程度だから、死んでも文句は受け付けないわよ」

「こちとら人間サマがいつ勝つかで賭けててなぁ、俺らの結果は一ヶ月以内だ。そう簡単には死なんよ、ナナちゃん」

 

 今にも消えてしまいそうな儚げな瞳をしていて、そんな風に強がって見せるPSSの屈強な男達。それは恐らく、難民を不安にさせないための虚勢でしかなかったのだろうが、この絶望の中で必死に一つの命として足掻こうとするようにも聞こえた。

 無名は次第に、ナナの想いに気付いてくる。それでもまだ、彼女は無名としてナナを押し殺した。必死になってそんな事をする意味に気付いていなくても、そうせずには居られなかった。

 

「…………アグレッサーモード」

 

 そして、彼女は無名となってからその身に宿した炎を目に灯す。

 紫と灰色の混ざり合ったような炎が彼女の左目から燃え上がり、クローンとしての体が発熱を始める。生物として過剰な燃焼行為としての表れなのか、はたまた元の素体である「総督」の特性を受け継いだのかは分からない。ただ、一つ言えるのは―――もう彼女を止められるアーマメントは居ないという真実。

 

 地面を蹴って、生きた弾丸が戦場に躍り出る。右手にブレードを左手に銃を。

 近づく相手は一刀両断、遠くの相手は蜂の巣へ、快進撃と言うべきか、単に子供が癇癪を起した様な無骨で暴力的な蹂躙劇が展開される。彼女の炎は消える事は無く、見た目の違いはその左目の一点だけだというのに、先ほどまでとは動きが段違いとなっていた。

 

 ―――遅い。

 

 見る景色の全てが遅く感じる。刹那の一瞬で狙うチャンスは十秒以上に間延びして、自分だけが遅くなった時間の中を普通の速度で走ることが出来る。だが、この機能はホワイトも常用的に扱えるに過ぎないという。基本スペックからして違ったのね、ナナの残骸は、無名の胸の中で吐き捨てるように笑って、また薄れて行った。

 

 それからいかほどの時間が経ったのだろうか。

 本部のビーム兵器があらかた周囲のアーマメントを近づかせず、正確に敵にだけ照準を合わせて破壊を与えるおかげで難民はUEFの隠し通路に非難する事が出来た。ナナも任務はそれで終了し、後は帰ってアーマメントの掃討を人間側に任せるだけでいい。すっかり暗くなった、肌寒い夜空の下で、ビーム砲の熱で溶けた雪の水たまりを跳ねさせる。

 

「私は……無名。名無しの存在。ナナは忘れられてしまった、最後の遺産。私は全くの別人なんだから……」

 

 それなのに、どうして涙が出るのだろう。大きく見える月の光が、憎たらしいほどに自分を明るく照らし出す。七日が巡ってまた訪れる月曜日、それに繋がる月の周期は、「ナナ」が好きな事の一つだった。

 だけど、自分はそうは思わない。そう思いたくない。だって、自分は「ナナ」じゃない。ナナとして生きろと言われても、自分を失うなんて冗談じゃない。名無しの二人目として生きていくことが一番いいのに、この脳に刻まれた記憶はそれを揺るがし自分を前の自分(・・)と同調させていく。

 

≪もう任務は完了している。戻らないのかね≫

「…ジェンキンス」

≪虚無的に名を呼ばれたのは起動直後以来だね。私も指揮を執る程必要とはされなくなっているようだから、話ぐらいなら着き合わせていいのだが≫

「よく言うわ。私達を苦しめ続けている癖に、今更偽善ぶるつもり?」

≪…そうだね、心の問題については是非解明したいと思っていた所だ。後日改めて私の研究室に来たまえ。ゆっくりと君の口から聞く事がある≫

「私も貴方に言わなければならない事があるの。待っていなさい、外道め」

 

 強引に通信を断ちきり、彼女はもう一度月を見上げた。

 変わらずにあり続ける月に、グレイ達の母親でもあり、怨敵でもある「彼女」がいることなど知る由も無い。だが、確かにその月には雄大に包み込まれるような錯覚を感じて、彼女はUEFに戻って行った。

 

 

 

 

「―――そうだ。やはり呑みこみも早い…どこぞのPSSの阿呆共とは大違いだ」

「誰が阿呆だクソエイリアン。個人のスペックをお前らみたいな単体生物と比べるな」

「フォボスも落ちつけって……それで、お嬢さん。僕らのするべき事と、君がすることは分かったかな?」

「うん。ロスコルやマズマ、フォボス、アレクセイ、メリア、マリオン、ジョッシュ、それから……」

「キリがないから…そこまででいいよ」

「みんなを守って、私は戦う。エイリアンを倒して、人類を守る」

「よくできました。それじゃ、後は実戦だけだね」

 

 思いのほか、ステラの教育はマズマの熱心な指導(途中でサブカルチャーを挟まなければ)によってあっさりと終わった。彼女も何を判断して行けばいいのかくらいには自己認識できているし、戦う事には何の違和感も抱いていない。一部の良識的なメンバーはその事は平和になってから解決しなければ、と意気込んでいるが、その可愛げな容姿に戦わせるのはちょっと、と言う派閥も出来てきた。

 派閥については後にひと騒動起こるのだが、それは此処では省くとしよう。

 

 とにかく、ステラの敵味方の認識もばっちりだと判断したメンバーは各々の部屋に戻って睡眠を取りに戻って行った。一つの部屋にぎゅうぎゅうに詰まっていたむさ苦しさが無くなり、マズマはようやく安堵の息を吐く。

 

「……ようやく行ったか。ああ、奴の姿も見えんな」

「マズマ。奴って、もう一人のこの部屋の人?」

「そうだ。この世界とはまた違う、二つの歴史をその身に宿す異世界人だ。まぁ、話せば長くなるからこの事は後にさせてもらうさ」

「……名前、無いの?」

「名前…? そう言えば、気にした事も無かったな」

 

 それほどに気に掛けなければ薄い存在。異世界と言う異物として認識していたという事か。マズマはそう自己完結し、その体に流れるネブレイドの情報を今一度掘り起こしていく。その中には、彼がこの世界に来る前に笑っていた両親や友の顔が浮かび上がっては、また沈んで行く。

 膨大な記憶。その全てがマズマとナフェには知れ渡っている。彼もそのことを承知で、好きに見てもいいと言っていたのだったか。ならばその名は――?

 

「……ああ、なるほどな。あの方にだけ教えたのなら、俺はもう手は出せんな」

「それは、敵の総督に?」

「そうだ。こうなってしまえば俺も手は出せん。奴の誓いに傷をつけるような、無粋な真似になってしまうからな。…そうまでして名を語らないのは、やはりあちらの世界への未練かも知れんな」

「まだ…分からない」

「当たり前だろう。お前は目覚めたばかりだからな」

 

 そんな事も分からないのか、と。マズマはギザギザの歯を見せながら口の端を釣り上げた。それが「馬鹿にした仕草」と教えられたステラは、むぅと頬を膨らませて話題を擦りかえられたことに抗議する。

 

「何もかもを知る必要はない。知らないからこそ幸福な事や、知ってしまう事で精神を壊してしまう真実すら存在するのが全ての世界に共通して言えることだからな。お前はまだまだ何も知らない愚者……成長の可能性を秘めた、最初のカードだ」

愚者(フール)…タロットカード、なの?」

「全ての始まり…そして、お前はまだまだ何も知らない愚か者。ああ、ステラにぴったりだとは思わないか?」

「思わない。私は愚かとか、馬鹿じゃない」

「それならいいが……うん? もうこんな時間か」

 

 マズマが上を見上げると、壁に立てかけられた時計が長短共に零時を指していた。

 

「……そうだ、コレを持っておけ」

「…あ、ぬいぐるみ」

 

 ふと思い出したマズマが彼女に割り当てられた道具類の置かれた場所から取りだしたのは、白クマのぬいぐるみだった。記憶の片隅に在ったような、そんな不思議な感覚に包まれながら全身を触って行くと、鼻の頭に手が当たった所で電子音声が流れてくる。

 

≪パスワードを入力してください≫

「喋った」

「それには気に喰わんパスが収められているらしいな。ネブレイドして情報を取り出してやってもいいんだが……お前はそれを持っていたいと思ってな」

「…うん、何だか持っていると、安心する」

「ならばやめだ。戻ったら科学班の馬鹿どもにでも調べさせれば、そのまま戻ってくるだろう。それまでお前が持っているといい」

「マズマ」

「なんだ?」

 

 常に変わらなかった表情に、少しだけ力が働く。

 小さな、とても小さな笑みを浮かべて、彼女は言った。

 

「…ありがとう」

「―――ハッ……笑えるんだな、おまえ。それじゃあ、よい夢を」

「お休みなさい」

 

 部屋の電気が消され、「彼」が寝ていたベッドにぬいぐるみを抱えたステラが寝転ぶ。

 すぐに寝息を立ててしまった彼女に対し、マズマはまた科学班の奴らが改良でも加えたのか、と顔なじみの事ばかり思い出してしまう日々に、自然と嬉しげな感情が芽生えきた。温かな日常の中に、突如として加わったステラと言うホワイトの存在。

 遥か高みにあるべきソレが自分の手の中にいるというのは、とても不思議な感覚だった。

 




次の朝に目覚めると、いつの間にかステラがマズマにひっついたりしています。
それを「彼」と同じように、父性でも目覚めそうだなとマズマは笑いました。
始まるのは、新たな物語――――

 ブラック★ロックシューター THE GAME を原作にした日常連載
「お父さんは大変!?」
 お楽しみに!


いやまぁ、嘘ですけどね。
ちなみに娘役→「ナフェ、アレクセイの娘、生きていたロスコルの姪っ子、ステラ、ナナ」
近所の住人→「エイリアン一同」

……嘘ですよ?


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恒星の光

というわけでステラメイン


「あれが最終兵器か……」

「ナフェちゃんと似たような感じがあるな」

「あぁ~分かる分かる」

 

 目を覚まして、最初に出会ったのは夢の中で話したやつ。それからは、遠巻きで話しかけてくるPSSという所の人たちが増えた。私は最終兵器だとか、そう言う風に呼ばれている。でも、マズマやロスコル。それにあの「彼」という人やマリオン司令官は私を「ステラ」という名前で呼んでくる。こっちが、私のパパから貰った本当の名前なんだって、マズマが言ってた。でも、そのマズマは私の事を「ホワイト」って呼ぶ時もある。他のクローン達の中でも完成した個体の称号らしいけど、私以外のクローンはもう数えるほどしか居ないらしい。らしいばかりで、少し実感がない。

 

 だけど今は、このコクピットでするべき事をやらないといけない。後ろから聞こえてくる声に、集中を向ける。

 

「いいか、操縦桿を握ったら離すなよ。後部座席で面倒なプログラムは処理しておくから、お前はただ自由に空を駆けまわって、なおかつ完全な制止をモノにしろ」

「モノにする?」

「これも一種の言い回しだ。物事を成し遂げるという事もあるが、技術を自分で手にするという意味もあったか。…まぁ、今は細かい事はいいだろう」

「分かった」

「操作は頭に入ってるな?」

「うん」

 

 答えてから、ハンドルを握りしめた。これまでマズマがこれを操っていたんだと聞くと、後ろのマズマがどこからでも教えてくれるような気がする。なんだか良く分からない感覚。でも、嫌いじゃないな。

 

≪ハッチ開けます≫

≪エンジン出力上昇確認。30…57…60で固定。リミッターは正常に動作しているようです≫

≪ノズル角度確認≫

「はい」

 

 クルクルと操縦桿を回して、マニュアル通りに操作。うん、ちゃんと動くみたい。

 

≪ブリュンヒルデ、テイク・オフ≫

≪良い旅を≫

 

 黒き戦乙女はハンガーからゆっくりと進み、前輪がハッチの床から離れた途端に炎を吹きだした。凄まじい爆風がハンガーに吹き荒れ、整備班が帽子を抑えて離艦を見届ける。人間では無い二人の戦力を乗せたまま、ブリュンヒルデはサンフランシスコ上空へと躍り出るのであった。

 

 

 

 作戦概要はこうだ。

 サンフランシスコ上空にステラ、マズマを乗せたブリュンヒルデで駆けまわって貰って空のアーマメントを排斥。地上には「彼」を投下し、其方でも注意を引きつけて貰う。アーマメントのセンサーに引っ掛かり易いよう、強力な電波を出した壊れた無線機を背負っているので「彼」も十分囮としての役割は機能してくれるだろう。

 その後、タイミングを見計らってPSS部隊が突撃。ドラコからの間接的ハッキングでシステムロックを解除し、正門から難民の救出を図るというもの。ハンガーに緊急用の輸送機はもう無いが、そもそもの目的がサンフランシスコの難民救出だった為、搭乗スペースには何ら問題も無い。

 

 そうして上空を駆け回るブリュンヒルデ・封の中ではステラがこの暴れ馬の機体を己の手足であるかのように扱い始めていた。マズマもリミッターが外されていた状態で何とか操作できていたとは言え、やはりこの兵器はクローンシリーズ専用にチューニングされた兵器。搭乗席の僅かな調節などは、完全にステラの体格に合うよう設計されていた。車の運転でも言える事だが、姿勢一つでこう言う物は随分と変わってくるものだ。

 

「此方に問題はナシだな。飛行型アーマメントも結構集まって来てるぜ」

「操作にも慣れてきたと思う」

≪ふむ、では少しずつでいい。慣らしながら空の敵を頼んだ≫

「了解。さぁステラ、LESSON1だ」

「……分かった」

 

 操縦桿を握り直し、両手に力を入れて気分を落ち着かせる。モニターの景色には敵対アーマメントに合わせるマーカーが取りつけられ、いつでも発射した弾丸は中てる事が出来るようになっている。

 彼女はそのトリガーを引き、弾丸をばら撒いた。

 

≪ブリュンヒルデ、第一リミッター解除。最高速度マッハ1までクリア≫

≪了解。第一リミッター解除。マズマ、機体側部のブレード展開を≫

「分かってるさ」

 

 マズマの操作によって、ブリュンヒルデのクワガタの顎らしき部分へエネルギーが送られる。それと同時にステラの撃った弾丸がアーマメントの一隊を破壊させており、機体はそのまま爆風の中へと突っ込んで行った。

 

「前方に多数的反応確認」

≪了解。第二リミッター解除。最高速度マッハ3までクリア≫

 

 通常速度(・・・・)がマッハ1へと書き換えられ、機体に押し寄せるGがステラを押し潰そうとする。だが、一般人なら耐えるのも難しいだろう急速なGの変化を彼女はモノともせず、寧ろ速度が上がった事で旋回の角度が大きくなってしまったことに対して操作のしにくさに不満を上げそうになっていた。

 

「……ふぅん。慣れてきたんなら、そろそろ真面目なムードもお開きと行こうか」

「……?」

「司令官殿、大脱走という映画は見た事があるか?」

≪此方は潜入任務の最中なのだがな。…ああ、確か連合軍航空兵が互いに協力し、ドイツを大混乱に陥らせた愉快な奴らの話だったか≫

≪おーい、そりゃドイツ軍出身の俺に対するあてつけですかい≫

≪すまないなマクシミリアン≫

「第63回アカデミー賞をも取った傑作だ。生憎と俺達エイリアンには縁の無い協力と信念を描いた映画だと思ったが、一つ気になる事があってな」

≪ほう、どうしたのかね?≫

 

 マズマは思い出せないんだ、と言った。

 

「ネブレイドの際に、完全な知識を持っている奴がいなくてな。“トム”“ハリー”“ディック”のトンネルを掘ったのは分かるんだが、どれが脱出成功したのかが分からないのさ」

≪ふぅむ、私もよくは覚えていないのだが…トムではなかったかな?≫

≪おいおい司令官、そりゃ違う。ハリーだよ、ハリー≫

≪通信に割り込むなよフォボス。あぁっと、ジョージじゃ無かったか?≫

≪ロスコ~ル、そりゃ非常用のトンネルだ≫

「いや、流石にジョージは違うだろう。俺でさえ分かるぞ」

≪あぁーそうだっけ? おれはあんまり真剣に見て無いからなぁ。司令官に無理やり付き合わされただけだし≫

 

 その発言でロスコルが映画通共に総スカンを喰らっていたようだが、しばらくして通信が復活する。それと同時に、ステラの第一陣撃破も終了した。

 

「……何の話?」

≪お嬢さんには分からないかもね。いまから大体一世紀位前(1963年)の映画の話だよ≫

≪ああ、いいや。トムで間違いない。トムがソレの筈だ≫

≪司令官、だから違いますって。“ハリー”が成功した奴っすよ。俺は何度も見たから間違ってる筈がないと思っとりますがね≫

「と、フォボスは言ってるが? ハリーが正解のようだな」

≪……むぅ≫

≪司令官もそろそろ介護施設で認知症検査を……≫

≪馬鹿を言え。私はまだまだ現役だ≫

「でも、マリオンはお爺さんじゃないの?」

≪へ? はっはっはっはっはっは!! 流石は最終兵器だなぁ。鬼教官物怖じせずに言い切りやがったぜ≫

≪それでこそ我らが希望! おっしゃ、もう少しこの子にネタ仕込めばUEFは安泰だぜぇ? これは無事に帰らねぇとならなくなっちまったな≫

 

 無線越しに、マリオンが盛大に溜息を吐く音が聞こえてきた。

 

「……マズマ」

「なんだ」

「何で皆、笑ったの?」

「……無知と言うか、馬鹿と言うべきか…まぁお前のせいだな。まったく、大した奴だ」

≪確かにその通りだぁ!≫

≪馬鹿者。もう正門についたのだ、臨戦態勢を整えておけアレクセイ≫

≪そりゃねーよ司令官…ま、可愛い娘の為にも生き残らなけりゃな。ロスコル、こっちに演算装置忘れてるぜ≫

≪お、悪いね≫

「まったく愉快な奴らだ。まあ、こちらも中々に集まって来たようだがな」

 

 PSSが無事に救出作戦のファーストステップを終えた事を確認し、景気付けに語らった無線を切った。そして、言葉を聞いたステラがモニターを確認すると目の前には先ほどとは違って、膨大な数のアーマメントが集結している事が分かった。

 どうするのか。ちらりとステラがマズマにそんな視線をよこすと、彼は答えた。

 

「LESSON2に移る。そうだな……ああ、あそこがいい。ゴールデンゲートブリッジなら大体の敵も一方向に限られるだろう」

 

 マズマが指さした場所には、多少の錆はあっても特徴的な赤さを保ったサンフランシスコの大名所。その下を潜り抜けられない船はないと言われるほどに巨大な人工の橋だった。

 

「とりあえずはそこまで寄せろ。お前には地上戦を見せてもらうぞ」

「修行のデータ取り?」

「有り体に言えばそうだが…今の力量を測っておきたいのが本音だ。お前が、本当にあの方に追いすがれるだけの可能性を持っているのか…な」

 

 郷愁に浸るようで、更には可能性を楽しむようなマズマの顔は、ステラにはとても新鮮な表情だった。だがそれほど自分に期待がかけられているのだと、知識と経験を照合して理解を得る。

 そうして得られたのは理解だけではなく、胸の内に灯った温かな思い。心臓がチクリと痛むような感覚にも囚われており、これは何だと口に出して尋ねてみようとした。

 

「マズマ、作戦の前に聞かせて」

「ん? どうした」

「マズマに言われてから、ここが温かくなった。胸の間辺りがほんのりしてる。でも、実際の温度上昇は確認されて無いの。これは、何?」

「……ああ、なるほどね。それは嬉しいって奴じゃないか? 自分が褒められて、自信を持てるような思いを抱く感情だ。四つの基礎感情、喜怒哀楽の中の喜びと同じようなものさ。俺もよくは知らんが」

「そっか。これが喜び? この温かさ、ずっと持っていたいな」

 

 胸の内に、彼と一緒にいると灯る喜び。ステラを小突く様なそれは、とても温かで心を満たしてくれるように感じる事が出来た。

 

「行ってくる」

「ああ。見せてくれよ、お前の限界を」

 

 その期待に応えるべく、ステラはブリュンヒルデを飛び出して行った。

 その左手に巨大な大砲を携え、戦場へ。

 

 

 

 

「…………」

 

 地面に降り立つ。異常などはなく、寧ろ体は良好。マズマやPSSの皆が寄せる期待を思い出して、また胸を温かくさせる。その熱を大きく広げるように、私の左目に火を灯した。

 

「アグレッサーモード」

 

 感覚が鋭く、体が熱く、武器を持つ手が軽くなる。

 私がいる事に気付いたアーマメント達にしっかりと照準を合わせながら、左手のロックカノンの引き金を引いた。

 

「ロック……ファイア」

 

 吐き出された弾丸がアーマメントに直撃。マズマに比べると、びっくりするほどあっさりと落ちて行った。だけど「油断」はしてはいけないものと教えられたから、すぐさま周囲の索敵(スキャン)を再度行って辺りを見回した。

 やっぱりいた。橋の向こう側から、ゴロゴロと転がってくるのがいる。星形のマークが張り付いているからアレも敵。そう思って、右手を添えて武装を組み替えた。私の呼吸と意志に反応して、ロックカノンは別の形態へと移行。私の命中機能もそれに合わせて変更処理を施され、視界は狭くなり、より遠くを見通せるようになった。

 

 G・1スナイプ。マズマから手ほどきを受けた、一番使ってみたかった武装。

 それを彼の前で実践できるかは分からないけど、彼は狙撃はダイナミックさと滅びが基準だと言っていた。それも彼の好きな「ビッグ・スナイプ」と言う映画の話らしいけど、今度見てみようと思う。

 

「滅びはアーマメントに。ダイナミックさは――」

 

 マズマの為に。

 

「アンプリフィケート―――スナイプ!」

 

 スコープの先にいた三つの転がる何かに着弾し、爆風が隣のアーマメントを巻き込んでだ。スナイプの際に重要なのは、両目を開けてリラックスし、片目だけで見る事。目を瞑ってしまえば近場の敵に気付けなくなってしまうし、一石二鳥だとマズマは言っていた。

 本当に、彼は正しい事ばかり言うみたい。

 

 振り向きざまにイクサ・ブレードを展開。右腕に握ったブレードを振りぬけば、すぐ傍まで迫っていた片足が注射器の様なアーマメントが飛びかかって来た事態に対応できた。切り抜けた後、アーマメントが一瞬遅れて爆発する。もう一度索敵を行ってみたけど、近くにはもう何もいないようだった。

 

≪ブラボー。流石はホワイト…いや、人類最後の希望なだけはある≫

 

 いつの間にか、ブリュンヒルデが自分の隣で停滞飛行をしていた。拡声器越しだとしてもマズマが褒めてくれたことがとても嬉しい。座学の時は「お嬢さんは褒めて伸ばすタイプだな」とロスコルが言っていたけど、自分でもそうだと思う。こんな温かさが何度でも貰えるなら、そのために頑張っても苦しくないから。

 

「終わったよ。次は、どうしたらいい?」

≪また乗り込め。俺達の任務はこの辺りでいいだろうさ、大半のアーマメントは“アイツ”の所にいるようだからな≫

「分かった」

 

 武器を仕舞った後、勢いよく跳躍して、開いたハッチからコクピットに乗り移った。ぴったりと合った座席が包み込んでくれる。

 

「実戦データはこんな所だな。まだ使われていない技能や武器も残っているが、無理をする必要も無い。とにかくはお前の動きの癖を調べておいたからな、メニューにしておいてやろう」

「えっと、ありがとう…?」

「ふっ、感情表現もその調子だ。明日から忙しくなるぜ」

 

 私の事で忙しそうな彼は、いつも楽しそうな笑顔を浮かべている。まだ私はあんなふうに笑えないし、楽しさを本当に理解できる日はまだ遠いのかもしれないけど、マズマが笑ってくれるとこっちも嬉しくなる。だから、また明日頑張りたいって思った。

 

「……へぇ」

「?」

 

 あれ、マズマが面白そうに私の顔を見てたけど、どうしたんだろう?

 

 

 

 

「………ホの字と言うか、依存してるというか…科学班の奴ら、特にこの企画を唱えたのはオタク野郎だったか?」

「多分な。つぅか双眼鏡使わずにこの距離見えるのか」

「トコトン人間止めてんねぇ。敵の大将もそのまま討ちとってくれりゃ嬉しいんだが」

「まだ無理無理。奴にゃもっと強化しねぇと消されるって。……素手で長期の地震起こせるぐらいが最低ラインかね」

「馬鹿らしい基準だ。その辺りはエイリアン共やお嬢さんに任せる他ないようだな」

 

 遠巻きに二人の様子を眺めていた野次馬共(PSS+α)は、ニヤニヤとオヤジ臭い笑みを浮かべて二人の様子を見守っていた。

 

「青春だねぇ。若い若い」

「ステラちゃんはともかく、マズマは実年齢幾つだっけ」

「あぁ、こないだ俺が興味本位に聞いた時は■☯☮歳くらいだって聞いたが」

「……寿命問題とか大丈夫か?」

「ステラはクローンの中でも完成形らしいからな。食事さえ取れれば敵エイリアンの総督と同型の宇宙人ってことで上手く行くんじゃないか?」

「だがクローンは技術が進歩しても中々人工細胞の均衡が取れねぇって技術者が嘆いてたしよォ、難しい所だと思うぜ」

≪だったらネブレイドでもして永遠に想い人の中で生き続ける~とかは?≫

「ロマンチストだねぇ、ナフェちゃん」

 

 仮にも人類の敵だった者に対する恋路を応援する彼らは、最早様々なものをふっ切っているというようにも見えた。とはいえ、その意見に至る生き残りは少数派だ。PSSや研究者達の様な役職についていない一般人の中では、あまり人間側に付いたエイリアン達の評判はよろしく無い。

 しかしそれも無理も無い。エイリアンが襲わせたアーマメントによって、はたまたエイリアンが気まぐれに放った核攻撃によって、人類は衰退の一途を辿ることになり、同族や親しい人物を喰い殺して行ったのだから。

 

 だからこそ、情緒が理解できるようになったエイリアン達は最低限のふれあいしかしない。エイリアンを憎む人類側も、そのエイリアンによって助けられている形になった現状、憎しみを心の内にだけ秘めて不干渉を決めている。

 そんな中で特に仲間意識や馬鹿騒ぎが好きなPSSに、マズマやナフェが気にいって訪れる回数が多いのは必然だった。

 

「なぁフォボス。お前もナフェちゃんに再度アタック掛けてみろよ」

「バッカ言え! 俺はんな趣味持ってねぇっつってんだろうが…」

≪大体、酒の席の話だしぃ? ふふん、このナフェちゃんに欲情しちゃってもいいのよ≫

 

 フード付きで長袖を着ている癖に、普段から露出の多い服装のナフェが通信ホログラム越しに色気を漂わせる。その行動に反応したロリコンが7名。ドレッドヘアの頭をかきむしって喚くフォボスが一名と出来上がった。

 案外PSSにも変人奇人が多いようだ。

 

「ドアホゥ。パパがんな不純なお付き合い許すと思ってんのか」

≪人類の絶対数も少ない今、自由恋愛が時代の流れに決まってんじゃん! それとも何、パパを気取って条件でも出すつもり~?≫

「せめて俺より強い奴なら取らせてもいい。ただし、勝負は肉体・精神共に認める事が出来る競技でのみ行う」

「ハッハッハッハッ! これではナフェ君が人生の連れ合いを見つけるには、彼が寿命を迎えるまでと言う事になるらしいな! 君もすっかり父親っぷりが板についてきたではないか――――っと、ドラコからの通信だ」

 

 笑う事を止め、軍務モードに一瞬で切り変えたマリオンは通信機を手にした。

 

≪司令官。救出作戦お疲れ様です≫

「何、彼らが来てくれてから死傷者の数が極端に減り、我らの行動も容易になっただけだ。そのうちPSSに救助専用(レンジャー)部隊を作り、効率化を図るのもいいかも知れんな」

≪企画は通しておきましょう。まずは仮部隊の新設からですね。それはともかく、輸送船を其方に向かわせましたので其方で帰還を願います≫

「難民も例の如く気絶させてある。精神科を配備しておけ」

≪了解です≫

 

 通信が終わり、まだあの二人について馬鹿騒ぎしているPSSの者達に向き合う。すると、空気の変化を感じ取った部隊員全員がマリオンに向き直り、自然と隊列を組んでスピーチを聞く姿勢に整った。唯一であり、最大の軍部と言うのは伊達や酔狂では務まらないという事か。

 

「諸君、今回の旅路に死傷者も出さず、全員無事かつ作戦の成功を収めた事を私は非常にうれしく思う。だが! この成功にかまけずより高い精進と君達の成長を期待している! 本突入作戦参加者は階級を一つ昇格とするが、その階級に見合うだけの実力を身に付けておきたまえ!!」

「「「アイ・サー!」」」

「伝達は以上、帰還する!」

 

 言葉と同時、ドラコからの回収部隊が上空で手を振っている。その横にはステラとマズマが操るブリュンヒルデも付き添っており、対空戦も完備した心強い迎えが来たようだった。

 PSSの面々が顔を輝かせながら作戦成功と昇進の喜びをかみしめている中、唯一「彼」だけが深刻そうな表情でいた。彼はマリオンに歩み寄ると、こう言った。

 

「……すいません、司令官。此方側(・・・)の厄介事が出来たので、其方の対処に向かいます」

「…そうか。君は戻れるか?」

「いざとなればこの足があります。大西洋の一つや二つ、問題ありませんよ」

「君が言うならそうなのだろうな。では、任せた」

「ハイ」

 

 彼は一礼すると、その場から一気に飛びのいてビルの暗がりへと走って行った。隊員の何名かが彼の事を指さしていたが、マリオンのジェスチャーで納得して応援の表情を其方に向ける。そんな温かな部隊員の気持ちを受け取った彼は、親指を立てて目標の場所へと人知を超えた速度で向かうのであった。

 

 

 

 

「……っと。それで、俺を呼びだして何か用か」

「そもそも簡単に応じるあなたの方が非常識だと思うのだけれど?」

「違いない。っとと?」

 

 とある廃ビルの中腹で待っていたのは、首筋に鋭い剣を突きつけられるというものだった。だが、彼はおどけたように笑ってその剣を掴むと、半ばほどから握りつぶす。破片が手に刺さる事も無く、その普通のA級エイリアンすら圧倒する鋼の肉体には傷一つつく事は無かった。

 

「呆れた。ほとほと非常識なのね」

「あんたと話してるとナナの事思い出すよ。んで、そっちのカーリーさんは付き添い?」

「ガウ」

「何言ってんだか分からないな。流石に」

「……そんな事より、本題に入りましょうか」

 

 剣を仕舞った黄色いエイリアンの片割れ―――シズは眼鏡を直して言った。

 

「其方に下るわ。対応は相応のものを要求したいんだけど」

「なんつー高圧的な。流石は元近衛騎兵隊長さん。命令はマリオン司令官並みに慣れてるようだな」

「……ああ、やっぱり貴方がイレギュラーで合ってたのね。まぁ此処まで来るスピードも視力もおかしいけど。殺気に気付いたんだと思ったけど、随分とその目はよく見えてるのね」

「だがこちとら原因不明だ。魔法とかファンタジックな力が働いてるんじゃないか?」

「魔法ねぇ。あったらネブレイドしてみたいものだわ」

 

 話は平行線。彼が本題から話題を反らすせいで、シズは攻めあぐねていた。

 おおっぴらではないものの、ザハにも既に裏切りがばれている現状、交信を取り続けていたナフェからの話で「彼」を当てにして接触したはいいが、このままでは人類側でもなくなってしまう。少し焦って汗が出てきた所で、彼はカーリー(・・・・)との距離をゼロに詰めた。

 

「兄さん!?」

「大丈夫だって、警戒しなさんな。……さて、黄色の兄の方。アンタは実際どう思ってるんだ? シズが誰かの“下”って立場に在り続けるのと、腹の底で人類を家畜として飼おうとか言う俺らにとっちゃ理不尽極まりない計画持ってる辺りを」

「ウガ、ウガァゥゥウウガ!」

「……翻訳してくれ」

「………貴方は、本当に何ものなの」

「そりゃお前の感想だろ。カーリーの言葉を知りたいんだがな」

「だからって……あ」

 

 シズは気付いた。直接話せない相手を翻訳させる事で、これは「信頼」をテストしているのだ。別にライターの火を二十四時間つけ続ける程の苦行でも無い。単に、この場で兄の言葉を嘘偽りなく話させればそれでいい。

 だが、彼はその言葉が人類側に不利益なのを知っていて口に出させようとしている。

 

「随分と、疑り深いのね」

「染まり易いナフェやマズマはともかく、お前らは原初の意識を以って単独で動くタイプだろ? 生ぬるいネブレイドでの上書きとかは期待してないさ」

「ああ、そう。…兄さんはこう言ってるわ。“何故人間などに下らなければならないんだ。好きなものをネブレイドするのは、此方の権利でもある。抑圧されるいわれは無い”…ですって」

「ウガ」

「その通りってか。…まぁ、それならネブレイドで事足りるんだろ?」

 

 対するシズ達の返答は、イエス。

 その答えを聞いて、彼は安心したような笑みを浮かべた。

 

「オーケー、俺の独断だがようこそ、人類最後の砦UEFへ。ここでの力のある奴らのモットーは“働かざる者食うべからず”だから、ビシバシ働いてもらうがな」

 

 黄色い主従は此処に下った。

 その頃ドラコは既にサンフランシスコを離れ、大西洋近海の上空を飛んでいる状態であった。正に人知れずなされた条約は、果たして成立するのであろうか。

 

 エイリアンも人類も、まだまだ誰も死んでいない。

 





唐突ですが、タイミング的には丁度いいかな。
そう思ってシズとカーリー参入です。
エイリアン式の訓練でPSSがしごかれるのは確定的に明らか。


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輝きの火種

≪いよう衛生兵長殿ォ! またエイリアンの誑し込みは完了か!?≫

「じゃかぁしかっ!! そっだらゆーとっとエイリアン共が反逆仕掛けっでよ!?」

≪……おーい皆、今の何語だ?≫

≪多分日本語じゃねぇか? 文法も聞いたことねぇし、思わず出身地の母国語出ちまったんだろ≫

≪そういや日本だったか。最近、首都にエイリアンの仮拠点が見つかったって言う島国。独自の文化とかも今やこっちの生き残りぐらいしかいねぇんだったな≫

「……なんていうか、必死さがないわね」

「よし、平常運転で安心した」

「今のが!?」

≪へーい≫

「へーい」

 

 驚くシズをよそに、今からすぐに追いつくとだけ言って彼は通信機を切った。対してあまり此方の文化に興味は無いのか、余裕を見せているカーリーは近くの瓦礫をガリガリと喰っている有様だ。

 

「へぇ。やっぱネブレイドは経口摂取なんだな」

「基本的にはね。消化器官とネブレイド器官が繋がってるから、アーマメント手術をした際に器官の配置を変えたのよ。私達はネブレイド頻度はあまり高くないにしても、一度摂取する際には高エネルギーを蓄えるタイプだから」

「しっかり喰ってしっかり働くってか。まさに“兵”としての体だな」

「役割上仕方ないのよ」

「へえ、矯正義務って奴でもあるのかね」

 

 エイリアン社会も存外に社畜よりも雇用条件が厳しいらしい。ナフェから聞いた話では、元より絶対数が少ない上に、地球人と似たような形、つまり「純度の高い人型」のエイリアンはそう多くないようなのでそれも仕方ないのかもしれないが。

 それはともかく、今はドラコを追いかける事が先決である。ブリュンヒルデで回収に来てもらうという手もあるが、アレはあれでステラとマズマの休憩時間を引き裂いてしまうので使うつもりも全くないが。

 

 三人が海上横断の準備を整え終えた際、彼はふと気付いた事があって尋ねた。

 

「純度高いって言ったけど、ナフェやマズマが誤魔化せてる奴でも大丈夫なのか?」

「…この星の法則で合わせると、最低でも50年分の記録を溜めこんだ物を1キロ以上の摂取が必要ね。要らなくなった老人一人なら十分だけど?」

「んなモン却下だ。…しゃーない、何とか整えておくさ。それで? 摂取の期間はどのくらいのインターバルだ」

「ウガ」

「駄目よ兄さん、毎日なんて唯でさえ劣勢のストックに準備できる筈ないじゃない。……ともかく、一週間はもつわ。最低限私達の活動を阻害しない期間よ。それを過ぎたら、禁断症状にも近い状態になっちゃうけど」

「一週間、ねぇ……」

 

 あの二人がほとんど毎日「彼」の血を飲んでいる事に対し、一週間に1キロはそれなりにこなせない物でも無い。だが、最低でも五十年と言う質の高さが問題だ。いうなれば、こいつ等は一週間に一度、ディナーで松坂牛を1キロ以上喰っていると言えば、その大変さが分かるだろう。

 UEFでも「えいりあんのきょうせいるーむ」行きを免れない屑どもが居る事は確かだが、それが出現するのはある程度まとまって集団抗議するか、ロンリーウルフを気取って長い潜伏の後に蜂起するか。つまり、その出現頻度は偶然でしかない。かと言って、容赦なく「きょうせいるーむ」行きをこの二人に与える事も出来ない。

 

「難しいもんだ」

「此方は逆らうつもりは無いけど、面倒だって私達を消すつもりなら此方にも考えがあるわ。例え貴方が総督並みに強かったとしても…ね」

「ウガ、ウガガ!」

「そもそも二人いる時点でこちとら人員が人質みたいなもんだ。まぁ、襲うにしても今以外の状況を狙うだろうさ。…さて、行くか。付いて来い」

「ええ、行くわよ兄さん」

「ウゴァアッ…ァアアアアアア!!」

 

 カーリーに縛り付けた手綱を引き、シズは自動車を遥かに上回る速度で走りだした。彼もその足で後を追い、すぐさま彼女達の横に並走する。先に見えてきた海には、いつかナフェがやった様にアーマメントの群れが足場となって浮かんでいる。護岸工事された沿岸から飛び立つと、三人は勢いよく海へ向かって跳び上がるのだった。

 

 

 

 大西洋上空、ドラコ管制室にて。

 海で巻き起こしたしぶきにまみれ、潮っ気でべとべとになった体を洗った彼と新たな二人のエイリアンは、マリオン総司令の眼前で敬礼している。この場に相応しい軍人らしさのある固い空気はマリオンその人から発せられており、ちらりと彼を一瞥したマリオンはすぐさま新たな参入者であるエイリアンの二人に向き直った。

 

「君達が我ら人類側につくというエイリアンかね。…名を」

「シズ、と言います。此方は私の兄カーリー。エイリアン側総督の指揮の下、近衛兵長の任についておりましたが、この度亡命という形で其方のストック側…いえ人類側へと異動を決行しました」

「其方の親玉の指示と言う点は?」

「ありません。全て我らが独断で行った事。ナフェとの定期通信により現状の把握も出来ておりますので、何処へ配属しようと構いません。其方の益を重視させていただきましょう」

「ふむ……良い目をしている。だが、君達も我らの同胞をネブレイドしたのは事実。その点を踏まえ、存分にこき使わせて貰おう。では、下がりたまえ。我らUEFがPSSは君達を歓迎しよう」

「そのお言葉、有難く頂戴いたします」

 

 整ったお辞儀で返した彼女に満足気にうなづくと、マリオンは声を張り上げた。

 

「聞きたまえ! この度、新たな戦力が我々の物となった! これで我らの守りは盤石となり、少なくとも敵側の戦力は大きく削がれたこととなる! マズマ君やナフェ君の様に温かく迎え入れ、彼らを歓迎しよう……」

「………」

「………っ」

 

 総司令の後に続く言葉を待ち、兵士達はごくりと生唾を飲み込んだ。

 その視線の先に在るのは、シズとの話し合いの折に「彼」がせっせと作っていたあらん限りの豪勢な食事、酒、酒、酒! じっくりと焦らした所で、愉快そうにマリオンの唇が歪む。

 

「故に、今宵は無礼講だッ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ドラコの中が熱気に包まれた。作戦時よりもずっと熱く、気合のこもった雄たけびが周囲から聞こえてきたと思えば、女性隊員の甲高い喜色に染まった歓声がコーラスを作り出す。我先にと料理の数々を小皿に奪い取って行くPSS隊員の魔の手をかいくぐりながら、「彼」は更に食材を消費して肉汁滴るステーキの焼きあげに取り掛かっていた。

 

 そんな狂乱の宴から離れる影が四つ。ウチの一人がチョイチョイと手招きをして三人を連れ出し、二人が両腕いっぱいの御馳走を持ちだしてタラップを上がっていく。ドラコ上部に設置された巨大な情報監視用の監視台で先導――マズマが足を止めると、ここぞとばかりにステラとカーリーがご馳走をドサドサと置いて行った。

 

「これで晴れてアンタらもこっちに来たってワケだ。成程、ここの駒はチェスではなく将棋だったらしいな」

「あなた達がそっちにいる時点で将棋は確定だと思うけど? それに、アーマメント技術がこのドラコに使われてる時点でアーマメント達歩兵も取られてるわね」

「ハ―――確かに、違いない」

 

 乾杯、と各々が違う大きさの手でジュースのはいったコップを鳴らし合う。ステラも乾杯の方法は既に習っていたので、彼らに続いてコップを鳴らしていった。

 

「マズマ、やっぱりあの人が作ったの…凄く美味しい」

「満腹中枢は無いと思ったが、ホワイトは違うのか? いや、味覚程度は備わっているか」

「あら、合成じゃなくて天然の食糧なのね。兄さん、食べられる?」

「ウガー! ウガ、ウガガッ!」

「ご満悦…と言った所か」

「ネブレイドには足りないけど、まぁご明察。それにしても、これがホワイトねぇ…?」

 

 ふーん、と興味深げに全身を見て回るシズの視線に疑問符を掲げながらも、ステラはもきゅもきゅと食事を頬張っていた。その食いっぷりは昔にいた大食漢を彷彿とさせるほどで、カーリーも負けじと料理に手を伸ばしていく。

 せっかく静かな場所を選んだというのに、マズマはそう言って呆れるばかりである。

 

「騒がしいわね。あっちじゃ不敬を見せようものならザハの修行に付き合わされていた物だけど」

「下手をすれば、この星に来る前の奴みたいにあのお方自らが八つ裂きさ。そう思えば平和だと思うがな」

「それは同感ね。ただ、新鮮な感じよ」

 

 航行速度と同じく流れて行く雲の隙間から、一見動いていないようにも見える月を見上げる。あくまで不動の戒めの場所。シズとカーリーの脳裏には、そんなエイリアン側の光景が思い出されていた。

 

「それもすぐに騒がしくなる。ストック共から得た個性は俺達がネブレイドしなければ手に入らない。それを模倣して騒がしくなったのがナフェなら、オリジナル共は相当なものだ」

「でもね、PSSはみんな温かい。マズマは、どう思うの?」

 

 コテンと首をかしげる彼女に、マズマは苦笑を洩らした。

 

「ああ、奴らが何故映画なんて最高のフィクションを作れるのかが良く分かるほどさ。お前の言う温かさとやらなんだろうな」

「マズマも分かってないんだ」

「生憎と、な。どちらかと言えば、実際に経験したお前の方が理解は上かも知れん。俺達のは精々がネブレイドによって取り込んだ他人の感情に過ぎん」

「……あら、随分この子に執心なのね」

「自慢の弟子だ。まだまだひよっこだけどな」

 

 そう言って、ステラの頭にポンと手を置いた。ステラは少しびっくりしたようだったが、アーマメント部分にも生き物の温かさが通っていたためか、相手がマズマだったためか、彼の方へと倒れ込んで目を閉じてしまった。マズマの服の裾を掴み、気持ち良さそうに身を預けている。

 

「懐かれてるわね。……それで、あのお方にぶつけるつもり?」

「立ち向かう時は一緒のつもりだ。後は…お前も会ったアレだな。最悪アレを下せるようにならなければならない」

「ああ、アレ。ストックにしては異様よね。でも、兄さんはこの星のストックとはまた違った違和感があるって言っていたわ。私にはよく分からなかったけど」

「動物をネブレイドした事で身についた、“野生のカン”って奴だろう。まぁ、俺もアイツの化け物の様な能力については秘密を知りたいものだが、肝心の本人が把握していないんじゃあな。ストーリーの設定にすら書けやしない……更に力は強まってる辺り、もう手がつけられん」

「ウガッ!?」

「あれが…成長中って」

 

 二人は驚愕する。自分達が全力で走っていたというのに、あちらは余裕の表情で並走していたのだ。本気を出せば自分などあっという間に追い抜いてしまうというネブレイド型エイリアン個人のスペックを大きく上回っているというのに、まだ強くなる。まだ速くなる。

 興味深いが、同時に触れてはならない世界の理にさえ思えてくる。その謎を解明するにはやはり、その人物すら知らない自分自身の全ての情報を取り入れる事が出来るネブレイド。シズがそうしてたぶらかして喰ってしまえばいいとマズマに言うが、彼は首を振った。

 

「いや、俺達はアイツの血を貰っているが…精々がこの世界の知識、アイツの日常、そして過去や構成成分ぐらいしか分からん。普通のストックより鍛えている以外は何ら変わりないしな」

「マズマはそれで足りてるのね?」

「ネブレイドする度に力やエネルギーが更新されるからな。……ああ、だがお前のお眼鏡にかなうような量は無い。精々が血を数滴分が関の山だ。最低限の処置から18年分の情報量に匹敵するエネルギーが取れる程度だ」

「そっか、私達のはどうしようかしらね。兄さん」

「ウガ」

「あら駄目よ、UEFの老人じゃなくて古い瓦礫でも何でもいいじゃない」

「ウガォゥァァッ!」

「黙れ。コイツが起きるだろう」

「ゴゥッ!?」

 

 トンでも技術で取り出し、手に握った武器をカーリーの頭に落とす。酷く鈍い音がし、その痛みで黄色い大男は悶絶し始めていた。やれやれと気だるげに息を吐きながら、彼は武器をまた何処かへと仕舞う。以前よりも精度の上がったマズマの動作に、シズは前とは変っているのだなと感嘆の息をつくのであった。

 

 

 

 

 それから数日後、ドラコからPSSの800人が整列し、うち潜入部隊となった者達への新階級授与が行われる。UEFでアーマメント大襲撃を乗り切った残りの隊員達もその訓練状に集まり、心から進級した者達を祝福していた。

 

 PSS部隊員へ新人のシズとカーリーを紹介している最中、視点は研究棟のナフェ専用ラボへと移る。そこでは二人の人影がずっと見つめ合っており、一人が微笑を浮かべると、もう一人が辛抱たまらないと言った具合に動きだす。

 ジェット機の様な速度で接近した彼、その目の前にいる少女をがっしりと抱きしめた。

 

「寂しかったかー? 無事に帰って来れたぞ、ほらほらほら。よぉ~し、よしよし」

「ふにゃぁ」

 

 わっさわっさと派手に撫で始め、ナフェは安心したように体を預けて目を瞑った。

 

「やっぱりパパポジだよねぇ」

「何回言うんだっての。俺もまだ二十くらいなんだがなぁ……。それはともかく、UEFの襲撃は何が目的か分かるか? アーマメントだって無尽蔵とは言い切れん。だってのに、こんな時に襲撃かましてくる理由が分からん」

「ザハの事だから、本懐を見つけて余分な物は全て消そうと思ったのかも。そっちで情報渡す様な真似でもした?」

「ああ、敢えて瀕死のミーに情報渡しておいた。なるべく相手の作戦をシンプルにさせてよ、こっちが楽に対応できそうな状況に仕立て上げてみたんだが」

「数はあっちが上ってこと忘れないでよね。……それにしても、前に聞いた限りじゃあの方はもう知ってるんでしょ?」

「ああ。まだ眠ってる時に会わせてやった」

「となると……ザハに知らせて無いんだ」

 

 あの白き滅びの化身は何よりも刺激と享楽を求める好奇心が原動力だ。その一環として、今回の「自分自身をネブレイドさせるために人類にクローンを作らせた」という目的は既に果たされていると言ってもいい。マズマの手によって着々と現在のUEF在住エイリアンとタメ張れる程に成長してきているステラはもう少しで彼女の好みに熟す事となるだろう。

 だが、それを知らずにただUEFを襲撃したという事は、ザハはクローンを捕まえろとだけしか命令されていない可能性がある。ザハとて、結局は一人のエイリアン。言葉少なく格下の者に命を下す「総督」の言葉を十全に理解する事は不可能に近しい。

 

「あえて大規模な戦いを行わせる事でステラの経験値を溜めるつもりか、はたまた部下が独自に動く姿を哂って眺めるつもりか。何度も会ってる筈だけど、どうにも読めないな」

「あの方は寧ろ一度計画を作ったら後は傍観者に徹してると思うけどな。あたし達に細かい指示とか全然ないし」

「そりゃ言えてるよ。だからこそ、浅くしか読めないのが怖い」

 

 いつの間にか彼の膝の上に腰かける形になっているナフェも含め、重々しい息を吐きだした。ただ生きたいだけなのにどうにもこの世界は戦いだの危機だのに溢れている。実質的に「彼女」と接点があるのはこの二人がメインだと言っても過言ではないし、この二人であってもあのお気楽な白色の思考を予測する事すら難しい。

 

「とにもかくにも、明日っからまた仕事だな」

「そうだね。……ああ、そう言えばあのグレイだけど、一応中身的にはホワイトと同スペックになってたよ。その代わり、出来た自我は別の物に変質してた」

「やっぱりな。魂が云々で物事も言えるが、魂と肉体が同質でも第三要素のアストラル界は肉体に似て別物、魂と混同されるが全く違う。……何らかの拒絶反応とか、器の方の損傷とかはないんだな?」

「まぁね。一応命令には従ってくれるし、アグレッサーモードの切り替えの時には正に昔の無双ゲームみたいだったし。唯一つ不安を上げるなら、アイツ謀反とか起こしそうなんだよねー」

 

 「無名」がナフェやジェンキンスを見つめる時、普通の人間を見る時以上に殺意や憎しみと言った感情がありありと感じ取れた。ナフェも情緒豊かになって来た以前に、エイリアン側で数多の星を渡って来た経歴の中に負の側面を幾度となく向けられた事がある。

 時には己の命すら危うくなり、彼女の両腕や一部の内臓に施されたアーマメント手術はその名残である。一度死の淵に瀕し、そこで生きたいと願ったからこそ、ナフェは現ナナの向けてくる黒い感情をその身で受け続けていたのだ。

 だが、本当に刃を向ける時がきたなら…その時はナナの武器に使われているエネルギー源を暴発させる心づもりだった。要望にこたえて「忘れなくした」可愛い実験体であるのだが、それ故に恐れを抱く。自らの手で怪物を作り出した者など、ロクな仕打ちを受けないと相場が決まっている。ナフェも、ジェンキンスも研究者仲間も、それを承知でこの非人道的な実験に手を染め、「人類へ貢献」しているのである。

 

「そうだな…シズや、ステラ辺りをアイツと付き合わせてみるか。上手くいけば心開く位はしてくれるだろ、人類最後の希望に加えて、元敵側エイリアンだ。ダブルショックが働きかければ効果は間違いなしだな」

「そう上手く行けばいいけどね。ちょっと不安かな~♪」

「の割には楽しそうだな」

「当然っ! 研究成果の独自成長は初めてチビ達作った時と同じ感動だよ?」

「他人の研究成果にアレンジ加えただけだろうが」

「でもオリジナル…つまり捨てられてた失敗品を成功品にしたんだもん。私の作品だって言っても過言じゃないと思うけどなー」

 

 人道的にはともかく、エイリアンとしてナフェの言い分はとても正しい。言わば今のナナを作り出したのはナフェとジェンキンスの二人。ある意味で再度生み出した生みの親と言える存在になっているのだから。

 そうした人間やクローンの尊厳に対して喧嘩を売るような発言に、彼は何も言う事は無い。これは自分の問題では無く、ナフェ達の持っている問題。部外者でしかない自分が外から言葉を挟むのはこの関係を侮辱することになり、それと同時、解決せずとも時間がたてばナナの方からナフェ達に対して想う転機が訪れることになる。

 自然と回復するような問題を知っていて、それでも態々首を突っ込む輩は、強大すぎる力に溺れた「愚者」だ。ただし、タロットの様に未来が約束されている訳でも無い。

 

 ナフェは備えつけたドリンクバーの機械に歩み寄ると、コップを置いてUEFで取れた果汁100%のジュースを入れ、ごくごくと飲みほしていく。もう一杯、今度は天然水を入れると、彼の方へとコップを持って戻って来た。

 

「はい」

「りょーかい、吸血姫様」

 

 彼は一本だけ伸ばしていた自分の爪を摘まむと、一気に捲り上げて爪を丸々引き剥がした。血流は爪の在った場所から溢れだし、ボタボタと振り始めの雨の様な大きな血粒をコップの中に注いでいく。3秒もして赤く染まったコップから指を離し、彼は患部をもう一方の手で覆い隠しながらナフェに中身を飲むよう促した。

 

 小さな喉が小さな音を鳴らし、無音の部屋に軽快なリズムを響かせる。

 赤く染まった液体を両手に、目を瞑ってゆっくりと飲んで行く様子はとても艶めかしい。その小さな体から、何とも言えないミステリアスで、猟奇的な見る物の興味を引く様な妖艶さが醸し出されている。

 中身を飲みきったナフェは、ふぅと一息ついてコップを片付けた。

 

「んー……最近変化が減ってるね。でも、組みかえられてる感じかな?」

「効率的に、より馴染むようにって感じだろ?」

「アタリ。ねぇ、そっちの指見せてよ。どうせ――もう治ってる(・・・・・・)んでしょ?」

「まぁな…更には爪のおまけつきだ」

 

 爪を剥がした方の指には、ぅぞぞぞぞ……と蝸牛の様な歩みで爪が生え始めていた。その感覚に彼はくすぐったいという未知の感覚を覚えるが、これは人間として異常な事である。エイリアンにすら匹敵するこの再生力は、人間と呼ぶことすらおこがましい。

 蝸牛の如き速度と言っても、通常人間の爪が完全に剥がれるような事態になれば、怪我が治って元の長さになるまで数カ月はかかる。その際に爪は生えなくなってしまうかもしれないし、生えて来ても異常な程に曲がっていたり、伸ばした先に段が造られてしまったりと正常な生え方をする可能性は限りなく低い。

 されど、彼はそれらの常識をこの場で覆してしまっていた。プラナリア、という細胞を潰したりされなければ延々と再生と分裂を繰り返す生物がいるが、彼の状態は正にそれに近い。どのように再生するかは不明だが、例えプラナリアの様に100の肉片になったとしても、再生できるかもしれないという程に。

 

「……で、今のスキャニング結果は?」

「ん~と…ダメかも、何度分析しても人間と同じ構成要素、構成物質…変な細胞とか、変異した遺伝子情報も無いし、分裂回数も限度は同じ。なのに、その限界数を越えて細胞分裂が急速な勢いで行われてるんだよねぇ。流石のナフェちゃんでもお手上げ、でも、ネブレイドをすればその恩恵は受けられる…っと」

 

 ナフェがアーマメントの手についた爪で己の頸動脈を切り裂く。噴水の様に噴き出た血は、彼を真っ赤に染め上げると数秒後には収まってしまっていた。これは、同じくネブレイドをしたマズマにも当て嵌まっている事だろう。

 

「オイ、後で洗うの俺なんだぞ」

「育メンの練習になっていいじゃん。それより、そっちは気になる女とか居ないの?」

「さぁてね。色恋沙汰は憧れるが、お近づきになりたいって思う事は無いな。ああ、それから“洗濯板”での洗い方教えるから明日の朝は逃げるなよ」

「洗濯板!? そんな前時代的なもの使っても効率悪いし、服いたんじゃうし……それに、あたし達でも結構此処は寒いんだよ?」

「そうだな、アルプス山脈辺りにまで遠出するか。何、5分もあれば着く」

「あたし、終わった……燃え尽きたんだ。真っ白に」

「ほざけ、発情ピンクウサギ」

 

 むんずと彼女の襟首をつかみ上げると、ナフェはぶらーん…と力を失った子猫の様に動きを止める。内心で厳しい鬼の心を持たなければいけないと心の汗を流しながら、彼はナフェを部屋の外に放り投げるのだった。

 

 

 

「では、今回の救出作戦は成功したのだね?」

「うむ。難民救助数329名。その内人類貢献が可能な技術者たちは38名。残りの者達も風紀を乱す様な輩は見たところ見つからないとのことだ」

「ソレは良かった。…で、私達の所に来そうな技術者はいたのかい?」

「2人ほど、人体実験に飢えた輩がいたようだな」

「うんうん、僥倖だね。“きょうせいるーむ”のマズマ君…それに、新人のステラ君あたりに頼んでおけば優秀な人材となってくれるだろうね」

「程々にしておけ。私達は畜生になり下がる必要は無いのだ」

「文明人として鍛え上げるのが“きょうせいるーむ”の役割だろう? まぁ、あくまでエイリアン的な文明人になるだろうけど」

 

 カルボナーラとピッツァを食べながら、研究棟最高責任者の通称「普通の狂人」アダム・ジェンキンスと。PSS総司令官フランク・マリオンは一つのテーブルに向き合っている。報告も兼ねた朝食を取っているのだが、この荒みきった人類の生き残りたちの頂点に立つ物同士、常人とは一つ違った雰囲気が二人の場所から放たれているようにも思える。

 

「あのブリュンヒルデと言ったか、人外専用の馬鹿げた物を作らない限りは私も口は出さんよ。PSSや民間人に危害を加えるような物でなければ、な」

「とんでもない。寧ろ君達への憧れを強くするようなSFちっくな兵装でも作ってあげようか? 最近携行型のレーザー兵器の出力を完全に調整できるようになってね、グレイ以外の人間にも使えるようになったんだ」

「下手な憧れで入って来られてはただ死なせるだけだ」

「お固い事だ。流石は司令官殿……まぁ、今はナナ君のデータ採取が第一さ」

「ナナ君か……話では随分と変わったそうではないか」

「いうなれば失敗だよ。肉体だけは成功したって私の部下は言うがね、全てを想定通りに終わらせられなかったなら天才科学者は名乗れないさ。…ある意味初めて、味わった敗北だったよ」

「……程々にしておけ」

「こればっかりは、ね」

 

 ジェンキンスも狂人なりの意志を持っているという事だろう。PSSの隊長格として、マリオンはそれ以上なにかを言うつもりは無かった。ピッツァを豪快に口の中に放ると、初老の見た目からは想像できない程の速度で食事を済ませて席を立った。

 

「ジェンキンス。……今度PSSの有志を募ろう。新型兵器を期待している」

「マリオン。君の兵に使ってもらえるなら、性能も十二分に引き出されるだろうさ」

「120%か。らしくないな」

「細かいねぇ、らしくないよ」

 

 最後に一度だけ目を合わせ、マリオンは食堂を後にした。

 




次から状況は一気に変わっていくと思います。
突然コンビニに突っ込んできた酔っ払い車両を見るような気持ちで備えておくといいかもしれません。


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色彩豊かな黒い虹

「これより19年前、我々人類はエイリアンに悉くを利用され、今や1億人にも満たぬ僅か8400万人へと後退を余儀なくされた! 住処を出来の悪い機械人形に支配され、目の前で愛しいものを喰らわれ! その屈辱はこの場にいる誰もが知っているだろう……この場にいるどんな人間ですら、そのエイリアンの恐ろしさと力強さは染み着いている事だろう!」

 

 マリオンの大声量が、UEFの全モニターを通じて全土放映されている。

 PSSをはじめとした、彼の演説を直に聞き届けたいと願う1000万人までの人間が見上げる庭の高台の上で、現戦力最高責任者のフランク・マリオン総司令官は力強くこぶしを握って力説していた。

 

「だが蹂躙されるその時代も、今この時を以って終わりを告げる! 反逆だ! 反撃だ!! 我らの蓄えてきた精鋭と、科学班の比類なき兵器を手に、同法が道半ばで果てようとも全兵力を使って総攻撃を仕掛けることを決定した! 現存する敵の勢力はアーマメントとエイリアンが4体のみ。その他のエイリアンは、心強くも我ら人類への力添えを誓ってこの場で剣を取ってくれている……我らに恐れる事は無いッ! 今や人類は彼らの技術を吸収し、さらなる高みへ昇華された!!」

 

 PSSの群がその手に持つ黒く頑強なエネルギー兵器を手に、一糸乱れぬ動きで隊列を組む。全員が同じ糸で操られているような美しさを兼ね備えた屈強な男達は、再びの号令に手固く引き締まった表情でマリオンへ向き直った。

 エイリアンは自然体で戦闘準備を整え、マリオンの演説を聞き届けている。民の求心を追求したパフォーマンスはこれで十分。これはただ、人類が総力を挙げて戦争を起こすという野蛮な行為に及ぶ事を残った者達に伝えるための手段に過ぎない。一般人には近い様で遠すぎる最後の選択を否応にもさせるためのものであるのだ。

 

「そして、憎き敵総督は月の上に作った特殊な施設にて我らを見下しているという……その敵総督の名は諸君らも聞いた事があるだろう――――シング・ラブ。世界中の人間を心酔させた魔性の歌手は、我ら人間をその時点で弄んでいたのだ! これが許されるだろうか? いや、決して許されることではない。彼女の真の姿はエイリアンの敵総督であり、我らが打ち倒すべき敵! そして、我々の心さえも弄んだ敵は酷く強大ッ! だが臆する事は無い。我々は勝つべくして立ちあがった。その大きな相手でさえ打ち倒すことが出来る圧倒的なまでの自信を以ってして立ち向かうのだ! 我々PSSはこの砦を離れ、敵将を打ち取らんとするために突貫を仕掛けよう! 今度こそ、我々自身の手で自由と人類の未来を取り戻すのだッ!! PSS、出撃!!」

 

 隊列を組み直し、全ての兵士は飛行型要塞ドラコへ乗り込んだ。新たに開発されたドラコと同型の船に兵士が乗り込むと、爆風を撒き散らしながら離陸して空の彼方へと飛んで行く。

 アーマメントを恐れることなく、自由の空を人類の手にしたかの如く―――

 

 

 

 

 ドラコ01内、特殊兵士専用部屋。

 主に兵長以上の権限を持った者や、PSSの中でも強さや突出した技能を発揮させる者だけが乗ることを許される隊長機の一角には、その中でも飛び抜けてユニークな連中が集まっていた。

 赤い大剣を立て掛けて映画の話に勤しむ者や、その話を聞き流しながら端末を弄る幼い女子。これからの戦いや食事について話し合う兄弟に、何やら怪しげな会話を繰り広げる科学者。そしてこの部屋の中ではある意味異質な、どこまでも平凡そうな外見をした男。唯一名も知れぬ彼は、得意そうに語る科学者へと声を掛けた。

 

「アンタもついてくるんだな」

「勿論だとも。私の生み出した作品達を最後まで面倒みなければならないからね。それに、このドラコ01は他の機と違って十分なまでの拡張と改造、そして趣味をご多分に盛り込ませて貰ったんだ。私の自信を持ってUEFよりも安全な場所だと豪語させて貰うよ」

「それにしたって、話が急だとは思わないか? ホワイトの奴はまだ最後の調整も終わっていないんだがな……」

「それをこっちで片手間にしてるんじゃん。さっきからコマンドーだのシモ・ヘイヘだのうるさいっての」

「アレの最終調整が片手間って…ねぇ兄さん、一応私達の希望でもあるのにこんなんで大丈夫なのかしら?」

「ウガ」

「“ナナに任せたから平気”だって?」

「ふむ、実行は彼女に任せているのか。ならば安心だね」

「むしろ裏切る前兆がなけりゃいいけどなー」

「パパの心配ご無用! だって、アイツの中にナノマシン打ち込んでるから命令に逆らえないし逆らったら死ぬから。あ、でも効力は既成事実を犯した後だから下手するとホワイトも死んじゃうかな」

「昔から思ってたけど、やる事が酷いわよね。あなた」

 

 呆れたように言い放ったシズに、まったくだと人でなし代表と言っても良い狂気の科学者ジェンキンスが頷いた。まったくもって同調のできない面倒な空気に、マズマが深いため息をつく事で多少は場を和ませる。

 現在の日付は10月8日。今この場にいる彼らは、アメリカでの救難を済ませた後にほんの2週間にも満たない間隔で敵総督への開戦宣言を実行していた。曰く、ナフェやマズマはともかく、シズとカーリーが抜けた穴は戦闘部隊の指揮を執っていた事も含め、命令系統へ大きな打撃を与えているという事がエイリアン側(シズ&カーリー)の主張から判明している。今なら邪魔なアーマメントの大半が命令を受けずに手薄になっていると言うので、日本の東京に座礁しているシティ・イーターを目指してドラコの編隊はUEFを発ったという訳である。

 

「アイツが乗ってるのはドラコ02だっけ?」

「広さと頑丈さを追求し、輸送のみを目的として造った方だね。一応爆撃機としても使えるから戦力としての問題点も解決済みさ」

「そしてぇ、このナフェちゃんが光学銃器の設計をしたんで対空防衛もカンペキッ。ちょっとやそっとじゃ落ちない造りにしておいたもん」

「上下に並走飛行した場合には、物資と人員の行き気も出来る通路が掛けられるんだったか? 今から行く日本で生まれたナウシカというアニメーションだ。確かアレにも似たようなシーンがあったな。こっちは乗り上げて接艦したのは敵船だが」

「その機能自体、使う必要は今のところなさそうだがね。エイリアン諸君」

 

 話しあっている所にマリオンが顔を覗かせる。形式上はPSSの一員と言う事だからか、エイリアン達やPSS所属の彼も司令官に向かって綺麗な敬礼を送る。こうした人外魔境の者たちから向けられるのはむず痒い感覚だ、そう言ってマリオンは苦笑した。

 

「今のところレーダーの感知圏内には一つたりとも敵影は見えていなくてな。随分と高性能な物を科学班に作って貰ったおかげで音響、電磁波、その他諸々の機能がついているが……その全てにエイリアンやアーマメントの影すら映っておらん。…ああそうだジェンキンス、君もブリッジに来てくれると助かるのだが」

「点検も必要ないと思うがね?」

「君の拡張した機能にオペレーターがついていけておらんのだよ。少しばかり手を貸してやってくれ」

「ああ、そうかい。では人外諸君、今度は作戦開始時の通信で会おう」

「うむ、いつでも出撃可能とするため、コンディションは整えておいてくれたまえ。ああ、基本的に目的地までは自由行動で構わない。そえではまた、作戦時に」

 

 マリオンが締めくくり、鉄の扉がガチャンと閉められる。まるで帽子を巻き上げる風の様な襲来が去り、人間は生き急いでいるものだと、改めて価値観の違いを噛みしめた。

 

「俺はヤツの調子を見てくるとしよう。ナフェ、言伝を入れておけ」

「ウガガガー!」

「ん?」

「兄さん、ホワイトの事見ておきたいですって。手は出さないって言ってるから連れて行ってくれない?」

「分かった。カーリー、向こうのハッチを開けて上から飛び乗るぞ」

「ガゥァ」

「おっと、俺も行く。エイリアン反応は変わってないし、撃ち落とされたらたまらんだろ?」

 

 次いで、ぞろぞろと男所帯も仲良く退室した。

 ふわっと音も無く立体スクリーンを操作するナフェと、気だるそうに椅子にもたれかかるシズが残され、一気にエイリアン用の待機室は静かになる。しばらくの間はシズも前回のネブレイドの記憶をあさっていたが、しびれを切らしたのかナフェに話しかけ始めていた。

 

「そう言えばアナタ、友達出来たの?」

「余計なお世話」

「つれないわね。でも、あんまりムキにならないってことはちゃんと出来たんだ」

「うっさいよ。あんな程度の低いガキどもが友達なんてこっちから願い下げ。かと言ってストック共の男連中はこんな未成熟な肢体でも欲情するっぽいし、もうギリアンさんか通信係のメリア位しか心の安らぐ場所はないったら、ホントに」

「やけに饒舌じゃないの。そんなにストックが気にいった?」

「まだ家畜化計画諦めて無いどこぞの金色兄妹よりはね」

「ふぅん、気付いてたんだ」

 

 おかしそうに笑うシズ。しかし、先ほどのマリオンやジェンキンスを見ている目はカーリーと同じく冷めたものだった。そんなあからさまな視線に、人間側もまったく気付いていないという訳では無いが、あえて彼女の事は気に留めていない。

 その根底には、人間の得意の共存と言った考え方があるから。もう一つは、いざとなれば「彼の血」をネブレイドしていないエイリアン達が消してしまえるだけの実力を有しているからだ。現在、マズマとナフェは完全に総督に反旗を翻し、人間側――特にナフェは「彼」に、マズマは「創作品」に――裏切りを考える事も無い程に味方しており、二番目の理由を濃く裏付けている。

 

「やめといた方がいいかもよ~? 前の状態だって、ガチで()ったらアタシに軍配は上がってたし、今のアタシらは頑張ったら総督とやりあえるレベルになってるからさ」

「そんな冗談が通じると思ってるの? それに、こっちは2対1で兄さんと攻めれば流石のアナタでも負けると思うけど」

「で、今は居ないじゃん」

 

 その切り替えしにいらっときたのか、シズは武器を取りだしてナフェに向けた。

 彼女はその首に当てられた刃を何一つ気にすることなく、スクリーンの情報整理に勤しみながらに返事を返す。余りにあっさりとした態度は、いっそ彼女らしいふてぶてしさがにじみ出ていた。

 

「確かに剣先からのエネルギー刃はウチのチビどもには有効だけどさ、その前にアンタの首掻っ切って脊髄引きずり出せばこっちの勝ちじゃん。そう言う意味でやめとけって言ってんの」

「あら、そう?」

 

 まだナフェの持つ実力の疑いは捨てきれないのか、シズは曖昧に答えを返した。

 諦める気がさらさらない彼女に対し、まったくもってやりにくいお固い性格だな、とナフェは辟易とした表情を見せる。

 

「ミーとかみたいな下級と同じ油断持ってるとすぐに死ぬよ? 大体、このドラコだって改良に私の手が加わってるから、ボタン一つでアンタの足場が消えちゃうかもね。一回海面に叩きつけられてみる?」

 

 論より証拠。それでも真偽は分からないジャブを掛けてナフェは牽制を促した。

 

「……そう。確かに、この場で首を取るのはよした方がよさそうね」

「まぁ巻き込まれないように注意しとけば楽に暮らせるって。ん? ああ、シズ達はネブレイドの質が要求高すぎるんだっけ。不便だねー…流石(さっすが)、母星が古びた錆の星だけはあるよねぇ」

「あのゴミ溜めの話はしないで」

「はいはい、怖い怖い。これだから変に一片道にはいりこんだ奴は好きじゃないんだっての。もっと気楽で自由に生きれば延々とこの世を楽しめるのにさ」

 

 うししし、と噛み殺しきれない笑みを貼り付けながらに作業を続ける。

 ナフェの映しだしたスクリーンの中では、二人のグレイが戦い合っているようだった。

 

 

 

 

「おー、やってるやってる」

「ウゥゥゥゥ……」

「落ちつけ。ステラをネブレイドする気ならその首へし折ってハッチから投げ捨てるぞ。俺の弟子に早々手は出させん」

「俺に続いて保護者二号かい」

「一度決めたら最後まで役をこなすのが一流の役者だ」

「ま、この本筋を離れた世界もどっかが観測してるかも知れねぇな」

「ならばソイツらを楽しませるファクターとして頑張らせて貰うとも」

 

 ハッチを通り、PSSの巡回兵に敬礼をこなして通った先には、ドラコ02特有の広大な演習ルームが広がっていたが、現在はたった二人のクローン体によって貸切状態である。

 剣と剣を合わせながら、両人は片目に炎を宿して音を越えた戦いを繰り広げる。片や青き炎を宿し、黒い刀を操りながらゴムボールの様に跳ねまわっているステラ。片や灰紫色の炎を燃えたぎらせ、にっくき完成品(ホワイト)へ殺意を撒き散らし、愚直なまでに押しだす剣さばきを見せるナナ。今やナナと己が名乗っても構わないのか、それすら分からない継ぎ接ぎのクローン体は本当にステラを切り刻むつもりで戦っているようにも見えた。

 しかし、その実態は――――

 

「ナナ、もう休憩に入ろう? 無理を過ぎると、私達は問題があるって博士が言ってた」

「煩いッ! もう少し付き合いなさいよ…!」

「…うん、分かった。ナナも一緒に強くなろう」

 

 ステラは余裕を見せ、ナナの方は既に息を切らし始めている。ステラは別段、ナナよりも実力は上と言う訳ではなく、寧ろ単純な肉体的スペックで言うなら、ナナの体の方が上であると言えよう。

 であれば、ここまでの余裕の違いは一体何なのか? それは、マズマの教鞭を受けたことと、独力で訓練を積んできたことの違いである。マズマはこれまでの長い生の中、総督側につく前から戦いを繰り返し、老いる事は無くとも疲労は防ぎきれない体をも酷使する環境に置かれてきた。そんな中で、無駄な動きを避けて無駄な疲労を消す行動を見に付けたのは当たり前のことである。

 マズマはそうして身に付けた呼吸法や身の置き方、そして走る時のコツをステラに染み込ませたのである。染み込ませた、という表現は的を射ており、ステラはマズマから受け取った知恵を乾いたスポンジのように吸収して行った。その中でマズマは体格の違いなどからステラに合わせた再教育を行い、ステラは褒められる事で心に生まれる温かさを享受しながら技術を最適化して行ったのである。

 だが、ナナの方はそうはいかなかった。

 

「ナナ、射撃行くよ」

「ッ…! 来なさい―――!」

「アンプリフィケート、ロック…ファイア」

「ディフェンサーモード…アグレッサー同期……くっ!」

 

 ナナがこれまで戦ってきたのは、アーマメント等の大規模な集団戦闘。質の高いA級エイリアン達との戦いは未経験であり、アーマメント達の脆い装甲を吹き飛ばすには十分に手加減した一斉攻撃用の出力で必要十分だった。

 よって、格下との戦い――つまりは人間達との稽古――は得意になっても、格上や同じ階級に立つ者との駆け引きやスタミナの割り振りと言った技術が追いついていない。そしていざという時には状況判断を見誤り、正確な選択をとってもソレが意味を成さなくなるほどに反応に遅れてしまう事もある。

 現にシューティング形態に移行しているステラの攻撃の中に誘導弾が入っているが、ナナはそれらを冷静に撃ち落とす対処も出来ず弾幕の中をかいくぐりながら避けてしまっている。ジェンキンスの手によって出力向上が図られた短銃を持ち出せば戦況は変化するだろうが、中々避ける中でその考えに至るまでの余裕がないようにも見えた。

 

「いくよ……」

「…デッドフォージッ」

 

 ロックカノンからの弾幕を打ち止め、コンマ一秒でイクサ・ブレードに持ちかえたステラは腰だめに刀を据えながら一気にナナへ接近した。ナナは近づいてきた彼女と弾幕をもろとも消し去ろうとしたのか、武器を変換して巨大なアックスの様な物を下段から上段へ振りぬいた。武器本体との接触個所も含め、アックスから放たれた衝撃波とエネルギー攻撃はロックカノンの残弾を打ち消しながらステラへ迫る。

 接触の瞬間、ステラはほんの少しだけ足を上げて衝撃波につま先を触れさせると、潜りぬけて行くエネルギー派の反動に乗って更に加速した。攻撃を利用された事で武器の返還も間に合わなかったナナにステラの刀が迫り、ナナの首の直前で止められる。

 

「…私の、勝ちだね」

「………ええ、そうみたい」

 

 どちらもが剣を収め、一礼をして演習ルームから足を遠ざける。最後のデータは取れたと研究者のアナウンスが鳴り響き、PSSの下級部隊が頑丈につくられた筈の演習ルームについた所々を修理に集まってくる。そんな中、二階の踊り場でマズマを見つけたステラは跳び上がり、一直線にマズマの元へ向かって行った。先ほどまでの気迫に満ち溢れた表情は無く、一面の笑顔がステラの顔に在った。

 

「見てた?」

「ああ、見ていたとも。随分と腕を上げたじゃないか」

「本当に? ねぇマズマ」

「分かっているさ。オマエは変わらんな」

 

 マズマに抱きつきながら、頭を撫でられる感触にステラは気持ち良さそうに寄りかかった。あんまりにも見え見えな好意を受け止めるマズマと、好き好きオーラを放っているステラに思い当たる所があったのだろう。ああ、と言いながら「彼」は不思議そうに首をかしげるカーリーに説明した。

 

「実はな、目覚める前にマズマと精神がリンクしたらしい。しかも目覚めた時に最初に見た顔も奴だそうだ」

「ウガ…がぅ!?」

「ああ、そうとも。しかもステラちゃんの師匠やっててな、親身になって接してくれるからかあの子の高感度は多分MAX振り切ってるぞ。あとは、ここ数日調整とかで会えなかった反動が今のアレだろうな」

「ウガー……グ、ックフフフフ」

「だろ? 笑える話だろ?」

「おいこらそこの。聞こえているぞ」

 

 ズビシ、と言う擬音でも聞こえそうなほどの指摘だったが、生憎と胸元にあまえたがりモードのステラを抱えていては威厳もあったものではない。後はあの二人でゆっくりさせよう、と男二人が面白がってハッチの上に上って行き、演習場二階の踊り場には件の二人だけが残されることになった。

 

「ナナも強かったよ。剣を受けた時、手が痺れたの」

「奴はパワー型だからな。技術さえ覚えればさっきよりも良い勝負はすると思うが…まあ、奴の性格が変わらん限りは無いだろう」

「そうなの?」

「そう言うものだ。今頃あの二人が追い掛けている頃だろう」

「そっか。じゃあナナ、安心だね。ずっと怒ってるみたいで、胸の内側が痛かったの」

 

 ぎゅっと握りこんだ拳の下に、ステラは痛みを訴えた。頼られる師匠はまだまだ心の機敏は成長途中。自分と共に歩いて行こうと、人間が言えば告白まがいの台詞を吐きだす。

 彼らの背後に、二対の光が控えている事にも気付かずに………

 

「ねえ」

「ああ」

「「いいネタゲットだな」」

 

 PSSの内部に、暗雲が立ちこみ始めているのであった。

 

 

 

 所代わり、同じくドラコ02内部の武器庫。ナナはカードシステムで中に入ると、整備員と適当に挨拶を交わしながら今回使った武器の数々を台座へ戻して行った。その暗い雰囲気は言わずもがな、殺しにかかった本気の戦闘をステラにはただの練習だと最後まで思われていたこと。ステラが殺気と言うものに敏感では無かったのが救いか、はたまた。

 色濃い思いを抱きながらも、沈んだ気分で出口のドアにカードを翳す。早めに部屋で不貞寝しようと思いながら扉を開いた先には、新入のエイリアンと己の先代を殺した張本人である人間が待ち受けていた。

 

「ウガガ、ウガー!」

「いよぅお嬢ちゃん、ちょっくらお茶しないか? なぁに損はさせないって」

「ウガウガウガガ」

「コイツの言うとおり。楽しいことするだけだからよォ…へっへっへ」

「……随分前時代的だこと。あなたそんなに過去から来たの?」

「くっ―――ナンパして一緒に飯食おうぜ作戦は失敗か」

「ウガー」

「あん? もっとホストクラブ風にしろって? …その手があったか」

「付き合いきれないわ……」

 

 目の前で始まった漫才に心底冷たい視線を向け、ナナはその場から離れようと右の道を進んだ。しかし例の男が前に立ちふさがる。ならばと左の路から回って行こうと足を進めようとするが、カーリーが腕を組んで彼女を見つめて通行を妨害する。

 右、左、右、左……ある程度の抵抗は試みたが、彼らが決して自分を逃がそうとはしないことに折れた彼女は、不機嫌さを隠そうともせずに言い放った。

 

「それで、何の用?」

「まあ詳しい話は食事の席だ。食堂まで一緒に来い」

「ウンガウンガ」

「だとよ」

「……何言ってるか分からないんだけど」

 

 いつの間にか意気投合したカーリーとの掛け合いを道中延々と聞かされながら、ナナはもう何度目かも分からない溜息をついて食堂へ向かうのであった。

 




カーリーちょっと活躍。
何気にエイリアン勢の中ではカーリーが一番好きです。


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自我上陸

2÷2=1
3÷4=2

果実>実=?

私の式はいつも滅茶苦茶


「久しぶりだな、ナナのお嬢」

「とってつけた様な話し方ね。浮ついてるったらありゃしないわ」

 

 呆れたように睨みつけるナナ。自分の「前任者」を殺した張本人であり、実行犯でもある「彼」に対して抱く憎悪は測り知れない。殺気すら隠し通せていない状態で、なお彼は平静を崩すことは無かった。その横で腕を組んでいるカーリーが強みと言えばそれまでだろうが、この男はそれだけでは無い何かを持っている。成り行き上であっても、UEFの一員としてその考えは共通にナナにも宿っていた。

 

「さっきの戦い、実にお見事。無様さと言ったら、完成品(ホワイト)には調整品(グレイ)じゃ勝てないってのを如実に表してくれていたなぁ」

「ふざけるなッ」

 

 無防備な彼の額に銃口は当てられる。普通なら、命を握っているナナに向かって命乞いをするか先ほどの発言を上手い事撤回するのが生き残るための方法である。しかし彼は、何をするでもなくテーブルで腕を組み直すばかりだった。

 

「ウガ」

「ほら、コイツも落ちつけってよ。新人に正される様じゃ―――」

「その口を閉じなさい。いいえ、閉じてやるっ……この体の持ち主が味わった屈辱を味あわせる事もしない。ただ、無慈悲に! ここで! 死ねっ!!」

 

 勢いよく引かれるトリガー。怒りに打ち震えながらも、決して銃口を逸らさない様子は戦闘用クローンの性能が感情に左右されていない事を如何ほどにも証明している。

 吐き出される弾丸。地面に埋まる弾丸。

 彼の姿は、残影すら残さず消え去っていた。

 

「まーまー落ちついて欲しいんだよ。俺達は敵じゃない、だろう?」

「なっ、がぁぁぁぁっ!?」

 

 後方に一瞬で移動していた彼は、足元に急ブレーキの黒い焦げを地面に残して後ろに回り込んでいた。突然聞こえた憎き相手へ照準を合わせ直そうとしたところで、ナナは首根っこから押され、前のめりに叩きつけられる。トンでも無い握力が加わった腕は首から動く事は無く、ナナの準ホワイト(コピー品)としての性能を引き出した腕力を使ったとしてもまったく意味を成していない。

 ぞっとする。ナナを疎める役だと事前に聞いていたカーリーは、数多に喰らった動物たちから得た本能が彼との力量差を感じ取った。あのホワイト・コピーでは、自分の実力では絶対に勝てないと。腕力だけで押さえつけられているナナと言った個体が、事実を裏付けている。

 

「ぐ……」

「懐かしいな。俺とお前が初めて会うときは…こうやって少なからず対立するのが絶対条件か? まぁ、俺だってこのまま強姦魔と間違われるのは嫌だし」

「がっは…げほ、ご、おぇ」

 

 握りつぶしてしまう程の力を持った手は、すんなりと彼女の細い首から離された。近くの壁に寄り掛かった彼は、チョイと荒すぎたかな。と訳の分からない反省を呟いている。カーリーに視線を移し、意味を受け取ったカーリーはプラカードをナナの前に置いた。

 

「…おちつけ、ですって?」

「ウガ」

「さっきの意志疎通はこの筆談で打ち合わせ通りにやっただけだ。カーリーだって無能な獣じゃねぇ。もしそうなら、コイツも前線に出た瞬間知恵を振り絞ってる人類に殺されてたはずだからな。だが、生き残ったと言う事は―――っと、何々? ……“パワーはあれど、頭はクールに。シズの事は忘れてはならない”。はっ、こりゃまた家族愛の強いことだな」

「ガー!」

「家族…あんたが、それを言うのね。天涯孤独の…PSSの“化け物”が……家族を引き離した、エイリアンのあんた達が…!」

 

 近くにあった金属製の取っ手を凹ませながら、無名はゆっくりと立ちあがった。

 復讐鬼となった彼女は正常の者とは程遠い狂気を備えている。ゆらりと立ちあがる片目の炎は、仄かに灰紫を携えて燃え上がり、成功体(ホワイト)の中でも解明されていない「昂ぶった証」が熱量を持つ。ジェンキンスの部下が唱えた一説には、「過剰なエネルギーを一点に集めた排熱作業」とも言われているが、もしそうであるなら彼女からほとばしっている過剰エネルギーと言うのは限りなく湧き上がる負の感情。

 まだまだ和平交渉には程遠いと感じた彼は、ファイティングスタイルを取ろうと拳を構える。そんな時、ナナを連れ込んだ一室の扉が開いた。

 

「……ナナ? どうして、そんなに怒ってるの?」

「ス、テラ…なんでも、な」

「違うよ。ナナ、苦しそう」

 

 ステラは何を感じたのだろうか。一歩ナナの元へと駆け寄ろうと歩みを進める。

 男衆はこの感じに任せようと、部屋の隅へと移動した。

 

「来ないでッ」

「待って!」

 

 ドアとステラの間をすり抜けようとした名無(ナナ)を、ステラが腕を捕えて引きとめる。網に巻き上げられた魚の様にステラの腕の中に転がり込んだ無名(ナナ)は、あの男と同じくらい憎い筈の彼女にも勝てないのかと、耐えきれなかった。

 

「……泣いてる、の?」

「そうよ。それが何? あんたみたいな成功体に…私の、調整品の苦労が分かってたまるものか! あんたは何もしないで幸せや家族を得て、温かさを持ってる。じゃあ、私は? 私は、前の私を消されて、喪失感しか与えられない! 以前の私から生まれた私じゃ、この体の空虚さは満たされないの……足りない、のよ。何もかもが……!」

 

 なな(ナナ)の涙は、灰紫の炎を消した。

 そこにあるのはナナの体。ナナと言う精神は、どこまでもそれに追いつく事ができない。その空虚を埋めるためか、温かさと言う物を知るためか、そこに在った人肌に抱きついてた。握りしめ、マントの様な服の裾をぎゅっと引っ張る。ステラの腹に顔をうずめ、耐えきれない「物足りなさ」にナナ(なな)は、

 

「大丈夫。私が居る。皆いるよ。ナナも、ここにいるよ」

 

 ―――最後の記憶は、薄いカプセルの中。満たされた薬品の間をすり抜ける泡を追って、手を伸ばしていたような気がする。

 

「ナナ、一緒に戦おう。もうすぐそこまで来てるから、そしたら、今度は戦わなくてよくなるの」

 

 ―――次に夢から覚めたのは、「姉さん」たちの形の無い亡骸。プチプチと潰して行く白い影に、私は恐怖し自閉した。

 

「一人じゃない。皆が違って、違いを埋めるために私達は一緒にいる」

 

 ―――最後の夢へ飛び立ったのは、失われる記憶を保てると知った希望への道。

 

 私は、ここにいる。ここにいるのは―――(ナナ)

 

「カーリー、どうだ?」

「ウガ」

 

 抱きしめ会う二人を見ながら、どこまでも冷静に彼は聞く。カーリーは何事かをカリカリと描くと、その中に在る内容を見せた。

 

「“収まった”……成程、な」

 

 自我とは、実に難しい。

 己と言う存在は、己の意識に依存している。そう考えることはできるが、他者からの自我の観測は不可能だ。些細な違いであっても、変化して行く自我と精神は多少の誤差がありながらも自分と同一。ならば、自分の精神が一度前に死に、己と言う新しい自我があると、精神が認識したらどうなるだろう?

 前まで持っていた、当たり前の感情や記憶が自分では無い過去の自分と言う名の他人の物だと認識するようになる。先ほどまでのナナは確かにそれだった。言わば、死んだもう一つの精神を眺める二重人格の様な者が先ほどまでの無名だった。

 だが、今では一つ。先ほどまでの自分と、納得した過去の自分が融合する。一人になる事で、誰かを憎む事で消滅を嫌っていたエゴの精神が過去の物と決めつけていた無意識(イド)を受け入れた。

 そうしてでき上がったのは、まぎれも無い自分自身。身と心を伴った己。過去のナナと今の無名が交じり合い、同時にどちらも己だと認識した状態での自分自身。ステラに泣きついている弱いイメージは、どちらもが持つ共通のイメージだからこそ過去を目覚めさせることができた。独り歩きした抜け落ちた精神が、元の穴に収まってくれたと言う事だ。

 

「ワイラー・ギブソン。1999年、11月7日に生誕」

「ウゥ…?」

「どうしたの?」

 

 二人の視線が突き刺さるが、構わずに彼は言葉を続けた。

 

「2034年・7月7日・7時。装置の不調で第二世代クローンの最後の一体が人工子宮から取りだされる。奇しくも、同列クローンの七番目の個体に位置するそれは、研究者たちには何事も無かったかのようにして他の第二世代ら22名と同時に引き取られた」

「……え」

「時は少しさかのぼり、ワイラー・ギブソン、2033年7月にシング・ラブと遭遇。後一ヶ月以内に持ちあがったクローン兵士計画の夢の足掛かりとして、シング・ラブが細胞を提供。この話が出る前の7月は、彼にとって忘れられない一月となっていた」

 

 彼は語る事を止めない。

 

「時は進み、2037年。第三世代クローン、ステラを連れて平和な日々を送りながらにクローン達への葛藤を抱き、何とか記憶に関する問題解決を模索する。ここまでが、クローン研究者の権威ワイラー・ギブソンと呼ばれた人物の体験した幸福な(なな)の歴史。彼はいたく、幸運の数字としても扱われる7を体験する。2034年にかの奇跡と遭遇した際には、奇跡の子としての意味合いを込めて東国にて使われる発音、ナナを使用。その後行方は知れずとも、2040年の12月24日。エイリアンを倒す為の研究者として重宝されていたギブソンは、食糧を求めた暴動達に殺されることを運命の皮肉と驚きながらも、クローン達の命を兵器として扱ったことに対する罰であると死を受け入れるその時まで―――生み出した娘たちの事を終ぞ忘れることはなかった」

「…………」

「だが、これは俺の視点から見た年表に過ぎない。彼の心の奥底や、ナナ、オマエに対する心境は本当のところはどうだったかも知らない。あの家族一人すら救う事の出来なかった馬鹿の大弁として唯一つ言えるのは、クローン全員の幸せを祈っていたぐらいだ」

「パパは……私達を見捨てたんじゃなかったの?」

「引き裂かれただけだ。必要に迫られただけだ。運命に縛り付けられただけだ。だが、決して心の底では誰よりも娘の味方でいたかったんだろうな。行くぞ、カーリー」

「ウガ」

「ナナ、ステラ。お前ら姉妹に隔たりがあるなら…今の内に取っ払っておけ。下手に壁にぶち当たってりゃ世話ねえや」

 

 かったるぃ話だと言って、どこぞの個室から出て行った。

 生まれた順序は逆なのに、精神構造はマズマに鍛えられた分ステラの方が勝っているのだろうかと、あの舌っ足らずな「母親役」に苦笑する。傷心したナナを抱きしめる彼女の姿は、誰が見ても聖母だと言って崇め祀ること請け負いなし。

 

「さってと…カーリー、オマエさんはいまどんな事を考えてる?」

「ガ、ガゥァ……グルルル…」

 

 頬を書きながら、恥ずかしそうに紅潮する。カーリーは前述した通り、ただの獣ではなく人間の感性や心を持つようになったエイリアン。その心は動物たちの様に純粋で、吐き出す言葉はあるがままを伝えるばかり。

 カーリーの生き方は、生涯の片割れであるシズと共に生き抜く事ばかりだった。先天的に持っていたネブレイド能力を使用し続け、総督と出会ってからも生きる内で身についた攻撃的な戦術を本能のままにシズと共に扱っていた。

 そんな生活も、この星に来てからは脆くも崩れ去った。

 

 愛を知った。

 家族を知った。

 シズとの繋がりを知った。

 兄妹は、支え合っているのが普通なのだと知った。

 

 この星の人間という生き物は、様々な情報を「ストック」している。本人は忘れているようでも、脳細胞には完全に記憶として全ての記録が残り続けている。そんな、どこまでも無駄しかない生き物をエイリアン達は知らなかった。知らずして、ネブレイドをしてしまった。

 その結果、生まれたのは心。感性。その他の情と言った生きるためには会っても仕方のない感情。それを思う自分たちの自意識と知恵。自覚してからは、これまでの自分を置いて行くのは早かった。人類のせいで、彼らは測らずとも進歩してしまったのである。

 

「ァ……ぁ、う……るぇ…が」

「ん? どうしたって?」

「き………れ…………………ぃ」

「綺麗。そうか、美しいと…オマエさんは感じたんだな」

 

 此処で初めて、カーリーはシズとの道を別つ。

 本能のままに動いてきたカーリーは、知恵と策略、理性の狭間で動いてきた利己的なシズとの歩みを少しばかり間違えた。いや、独立したと言っても良いのだろう。良くも悪くも、ネブレイドしたストックに毒されたのであろうか。

 カーリーのアーマメントパーツで遮られた目は見えない。何を考えているかは読めない。だが、何を感じているのかは、同じ人間であろうと動物であろうとしっかりと感じ取ることができる。カーリーの芽は啓かれているのだと。

 

「精々、そう言う感情は大事にしておけばいいと思うぞ。忘れて過ぎ去った過去に手を伸ばすのは恥ずかしいからな」

「ガッゥァ!?」

「おっと、悪い。ちょっと強かったか」

 

 バンバンと背中を叩きながら、彼はカーリーの心境改革が行われているのだと知って笑みを浮かべた。元より、策謀があろうとなかろうと、人類と共存を選べば歓迎を。対立を選べば惑星追放を行うだけだった。それが、共存になったところで彼の、ひいてはUEFに生き残った全人類の意志は揺らがない。

 人類は、全てを受け入れ、全てを排斥する形に入っている。有用な物を全てその手に収め、自分だけに収める事を良しとしない。群れて生きる生き物が、初めて一つになろうとしていた。それは、この先遣隊として赴いたPSSとて例外ではない。距離は離れていようと人類としての同族の心はどこまでも繋がっている。

 

 カーリーは、ソレの仲間入りを果たしただけ。

 

「お楽しみは目前か。マズマ、上手くやってくれよ」

 

 彼は導き、連れてくるための足。

 主役のスポットライトは、常に星を表す者たちに当てられているのだ。

 

「7月7日のお祈りに、幸運を捧げましょうってね」

 

 ナナの目覚める少し前、吊るした短冊は今もアフリカで揺れている事だろう。

 

 

 

 

 白き月。穢なく輝くそれは、太陽の光を受けなければ姿を現すことは無い。

 

「されどそれは、星とて同じだな」

 

 地上の星を見て、ホワイトゴーストはふわりと笑う。

 違った可能性に興味は尽きず、定められた未来ではなく違った結末に心は打ち震える。

 全ては彼と出会った時、彼の寝込みに左手にキスを落としたことから始まっていた。

 

≪総督、ストック共と裏切り者が全員あの船に乗っているようですが…どうなされますか? ご判断を≫

「捨て置け。その程度の事も分からなければならぬ程、不出来でもあるまい。私の蜜はどこまでも、甘く無ければならんのだ」

≪ではそのように≫

 

 風情を乱す輩は、どこまでも灰色だ。ザハ。彼の配下のアーマメントは白いペインティングを施され、まるで総督直属のように振舞っている事だろう。だが、それら全ては彼女に及ばない。アレを白と言うならば、「彼女」は間違いなく純白と言える。

 何一つとして白以外は見当たらないのが彼女。水滴が落ちようが、他の色が飛び散ろうが、足元で黒色が跳ねようが、彼女の白は全てを塗り潰す。己と言う空虚(満腹)の為だけに、彼女の興味のままに変えられる。

 

「ティーカップを一つ。紅茶は一杯。蜜は要らない」

 

 砂糖の粉が流れ込み、茶色の中に溶けていく。

 彼女がくっと、カップの中を覗きこむ。カップは太陽から当たる光に照らされ、水面を白く染め上げた。光の反射でしか見えない筈のそれは、何処から見ても真っ白になりながら彼女の口の中へ注ぎこまれる。

 味わいを楽しみ、紅い目が開かれた。

 

「良い香りだ。良いネブレイドとなりえる事が実に待ち遠しい。ああ、“  ”。ギブソンなどは比べようも無い。嗚呼、嗚呼―――“  ”。愛しいなぁ、この気持ちに抑えがつかん」

 

 ステラの星は、恐らく金平糖の様な甘さがあるのだろう。

 甘ったるくて、ドロドロで、製造工程を何度も挟んだ完成品。

 彼の命は、恐らく何事にも耐えがたい知恵の味がするのだろう。

 かつて人類の創始者たちは、そそのかされるも欲に負けて禁断の果実を食した。

 

 知恵の実。リンゴは様々な物を生みだしてしまった。

 だが彼は果実。じっくりと熟れた果実で、エイリアンや人間と、更にはクローン達の人型生命体の恐らく全ての心を見聞きしてきた。ネブレイドしようとも、決して知ることはできない心境の「理由」。その人物しか抱く事の出来ない心の意味が、彼を通して全て知る事が出来るのだ。

 

 待ち遠しい。誰もかれもを知り尽くした彼が来るのが。前菜としてはクローン達は丁度いい。熟れた頃だが―――それだけ。

 

 こい、こい、早く来い。

 恋心の様に待ち遠しくて、体験する事の出来なかった愛の意味を私は知る。私自信が何であるのか、偽ることなく知ることができる。私は白き好奇心。興味の赴くままに染められて、最後は自分の色に戻ってしまう。

 だが、「  」の様な―――キャンパスに描かれたネブレイド対象は見た事がない。

 

「はぁ……あ、ぁ」

 

 我慢も抑えも聞くだろうか。思わず唇に指が伸びる。

 口の端から首へと伝い、胸の間を通り抜け、私の指は消化器官の上へと動く。

 抑えきれない感情とは実にいつも通りのことではないか。ああ、ただの部下(ザハ)の呆れた目の奥の感情が思い浮かぶ。だが止めようも無い。私は、オマエに出会うためにこの星へ来たのだろう。

 オマエが来てくれるために、私の路は其処に敷かれた。

 

 だが―――小手調べといこうか。

 

「ミー、リリオ…出ろ」

≪了解≫

 

 守る者とはどんな味だ?

 その意思はどうしたら私の舌で転がってくれる?

 尽きぬ疑問は手の届く寸前にまで来ている。知識を持っているお前なら、楽に辿り着く事が出来るだろう。私は、アナタの前に立てるよう相応しい純白のドレスに着替えなければならない。ブーケの代わりに刃を当てて、幸福を得る者たちからは不幸を見舞って幸せをネブレイドしよう。

 式場は既に、整っているのだから。

 

 

 

 

≪警告、警告! アーマメント反応出現! 規模、A級エイリアンと思われます。目標地点である日本の港にて確認。拡大画像を表示します≫

「画像解析急げ! アルファは上陸体制へ移行、パラシュートの準備を忘れるな。ブラヴォーはドラコ02の格納庫にて待機。指示があるまでに搭乗機体のチェックを怠るなよ。デルタはドラコ01にて管制の指示があるまで待機。後に私と共に突撃する!」

≪アルファ了解。降下準備完了≫

≪ブラヴォー了解。機体チェックを開始します≫

≪デルタ了解。総員、いつでもいけます≫

「メリア管制員より、マリオン司令官。画像解析が終了しました」

 

 ドラコのデッキに大型の画像が表記される。

 

「これは…スペインで猛威を振るったA級のミーと、ロシア壊滅の引き金になったA級のリリオだね。敵総督、仮称シング・ラブの姿は無い様だ」

「ふむ。まあこの二人なら件のエイリアンに任せよう。誰が言ったか、餅は餅屋というらしいからな。全チームへ通達。敵エイリアンにはMZMA及びにBRS2035を出撃させる。研究班はデータの採取を怠るな」

≪アルファ隊隊長フォボスより、了解っ! あの二人には幸運を、だな≫

≪こちら管制員、ロスコル。フォボス、私語を慎め。繰り返す、私語を慎め≫

≪デルタチーム隊員アレクセイ。お固い事言いなさんな、出鼻挫かれたんで目立ちたいだけだよ≫

「こちらマリオン。ひよっこ隊員共が場を茶化すことを禁ずる。通信機は貴様らの玩具では無いのだぞ」

≪こちらナフェちゃんだよっ。データリンクはライブで直結ゥ! 本部とのサーバー通信系統も異常は見当たらないから楽にしてて。あ、それから―――≫

「ナフェ君。君はいつもいつも」

≪海中からアーマメント反応あるから。精鋭を一人送っといたけど、このままだとドラコ飛行隊は直撃コースね≫

「―――全機上昇! 繰り返す。全機急上昇だ!! 総員は何かに掴まれ!!」

 

 海中から、見た事も無い巨大なアーマメントが姿を現す。紫色と緑色の毒々しい姿をした巨大なクジラは、ドラコの真下から大口を開けて飛び上がっていた。

 




上の答えは2同士なので=1
3÷4は さん÷よん で、 んがん同士で1になり、残ったさとしがさし=サシ=1 →1+1=2

言葉遊びの変な計算。
彼女は皮をかぶっていました。

全ては己が色の為に。

色=食欲
色=色欲
色=依存


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タリー・ホウ

「なぁ知ってるか?」

「ん、どうしたよ」

 

 白い煙が立ち上る。彼の口にくわえられたタバコが有毒な物質を吐きだし続ける中、その兵士は笑って言った。

 

「クジラってよ、21世紀に入る前までは食われてたけど、なんか法律だのなんだので喰うのが制限されたらしいぜ? あんなにデカけりゃとっても困らないってのによ」

「そりゃ、俺達が必死にやってる種の保存って奴じゃねぇのか? 現に魚だのなんだのは見たことない種類が獲れると科学班の奴らがガラスケースに閉じ込めてたし」

「はっはっは! そんなことになってたのかあの動物共。まぁ、何だ。種の保存って奴の事を言うんだったらよォ」

 

 影が落ちる。無機質な光沢に海の飛沫を携えて。

 

「俺らはもう無理だな」

「だなぁ」

 

 タバコが空を舞い、波間と巨体に呑み込まれる。

 

≪ドラコ02! ドラコ02! 応答せよ!!≫

≪駄目です。機体大破! 半分以上が敵アーマメントに捕食されています…!≫

≪堕ちる堕ちる堕ち――――ガガガガgaowiheg;ohairo;≫

≪ドラコ02墜落! 搭乗員、誰か応答せよ!!≫

≪こちらブラヴォーチーム隊員ジョンソン。現在落下中! パラシュートは目視できるだけで総員20名! ドラコ搭乗員残り約1980名の姿は―――うぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?≫

≪ジョンソン、どうした!?≫

≪え、エイリアン―――≫

 

 ドラコ編隊の中でも兵器群を詰め込んでいた02が直接落とされ、悠々と海中から飛び出したクジラはまた母なる海へと潜って行った。見たことのない海中適応型アーマメントの遭遇、そして主力部隊であった先行チームのブラヴォーが落とされた事で、人類側の用意した戦力は既に8割を失ったと言っても良いだろう。

 開幕と同時に艦戦や艦爆で先制攻撃されたような衝撃はPSSの生き残りの大半に動揺を与える。対空性能で無類の性能を誇るブリュンヒルデは海中の敵に対しては効果は期待できない上に、海中など、生物が戦うにしては最悪の場だ。

 更にはPSSの戦闘記録を見る限り、新種のアーマメントはいつも予想外の攻撃をすることで必ず戦死者を叩きだしている。今回の超高度までのジャンプがソレに該当するのだろうが、それにしたって出鱈目に過ぎると人間達は戦慄した。

 

≪此方MZMA。先に地上で活路を切り開く≫

≪BRS2035、同じく出撃。皆、後に続いて≫

 

 その中で、冷静を保った通信が全域に響く。そうだ、戦いに来たと言うのにこんなところで足を止めていてはどうにもならない。死への恐怖は拭えないが、彼らはアーマメントと戦った経験者ばかりを集めたPSSの精鋭たちだ。すぐさま作戦状況の立て直しを上官に求め、総司令官であるマリオンは作戦の結構と細かな修正を言い渡した。

 

≪マズマ君、作戦変更だ。君たちはアルファ隊の着陸スペースの確保を≫

≪了解。敵アーマメント反応も増えて来ている。01からの支援砲撃を求む≫

≪アルファは順次降下開始。ステラ君、誘導を≫

≪分かった。みんな、こっち!≫

≪こちらフォボス、アルファは降下開始だ。遅れるな! 死ぬな! 続け!!≫

≪アルファの順次降下を確認。ブラヴォーチームに回線繋ぎます≫

 

 通信機に音声が途切れることなく混線し始め、オペレーターへマリオンの的確な指示が飛ぶ。確認したところ、破壊されたドラコ02の搭乗総員2000名の内400名は無事に降下中。回収する機会は現状まだ無いが、少なくとも命だけは無事なようである。残りの1600名は爆発や、下から出てきた巨大なクジラ型アーマメントに呑み込まれてしまったようであるが。

 迫る時間の現状、死者の追悼はこの場で行うべきではない。マリオンは握りしめた拳をほどいてマイクを口元に当てる。感情を押し殺した指揮官としての表情を崩すことなく次の命を下した。

 

≪ブラヴォーチーム、現存勢力を報告せよ≫

≪此方ブラヴォー。緊急パラシュートにて隊員87名が降下中。大半は呑み込まれましたが、我々は滑空の旅の途中です≫

≪了解。02には“彼”とカーリーが居た筈だが、この通信を聞いているな? ならばブラヴォーチームを上陸させ、エイリアンの猛撃を反らしつつ敵大型アーマメント仮称“ポセイドン”を撃破せよ≫

≪こちら衛生兵長とカーリー。任務了解、ブラヴォーチームは対エイリアン兵器を構えて風に乗れ。例の支給ゴーグルでエイリアン反応の特定も頼んだ≫

≪こちらブラヴォー了解。全隊員サーチ体勢に入りました≫

 

 バサバサと通信の合間に聞こえてくるパラシュートの音は頼りなさげだが、凛とした隊員の報告によって高度を上げたドラコ01の面々は集中を増して行く。まさか上陸その時から襲撃を受けるとは、などとは思っていなかったが、敵がレーダーを越えてくる事には流石に対応が不可能だった。

 先の攻撃でブラヴォーチームは隊長を失ってしまったが、元々ブラヴォーチームは先遣隊を意味合いを込めた独立散策部隊だったのでまだ痛手では無い。死んだ人間の事を頭の隅に叩き込み、決して忘れないようにした隊員たちはゴーグルに覆われた紅い視界の中で動く不可解な格好をした魔女の姿を捉え始めていた。

 

≪こちらブラヴォーチーム。敵A級エイリアン・ミーを補足しました。ポイント≫

≪はいは~い。ポイント成功、情報逆算から転移予測位置をゴーグルに表示するよ。ブラヴォーはそれに従って照準してね≫

≪ロック・ファイア!!≫

≪ファイア!≫

≪ファイア!!≫

 

 ほくそ笑むエイリアン、ミーの姿を完全に捉えながら、PSSの反撃が開始する。転移した先に攻撃が集中している事を視認したミーは、その表情を引き攣らせて絶望した。

 

 

 

「カーリー! 大地をやれっ!」

「ウォォォォォグゥゥァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 両手を組んだカーリーが雄たけびを上げて振り上げ、彼がカーリーの体を思いっきり海面に投げつける。海面と体が接触する瞬間にカーリーの両腕から放たれた衝撃が海を穿ち、海底まで到達した圧力が地下に眠るプレートを直撃。マグマが活性化し、地面が隆起する事で日本へ続く小島が次々と作りだされていった。

 カーリーは驚きを覚えると同時、喜びに体を震わせる。これほどの力を振るい、なおかつ制御が可能ならばシズを守りきることができる。彼の血をネブレイドしたのは、はっきりとした感情を得たのは決して間違いでは無かったのだと。

 

 この二人も乗っていたドラコ02が襲撃される直前、力を求めたカーリーは彼から血を提供してもらう事で更なる力を得ていた。その微々たるネブレイドは単純な身体能力と脳の処理速度を上げるに踏みとどまったが、日に日に力を増している彼の新鮮な血液は必要エネルギー量こそないものの、今までに見当たらなかった肉体の効率のいい使い方と加算されたパワーがこれほどまでの力を生みだしている。

 カーリーの伏せられた瞳の中で、涙が流れ始める。解放された様な、自分の内側にあった檻を粉々に破壊した気分は非常に晴れ晴れとしたものだったから。そして同時に理解した。カーリーの持つ野生のカンは死の匂いをハッキリとかぎわけることができるようになっていたのである。

 そう、たとえば―――このように。

 

「ガァァァッ!」

「ちっ、外したか」

 

 黄色の大男が弾き飛ばした矢は、光の粒子を散らして消滅する。

 カーリーと、上空から落下している彼は人間を遥かに超えた聴覚で聞きとった。若々しい男の殺気に満ちた声は、エイリアン側で戦力投入された内の一人、「リリオ」の忌々しげな声であると。

 海上に作り上げた隆起島と、リリオのいる港。彼我の距離は数キロメートルにも及ぶ筈だが、その近未来的なデザインの弓でリリオはエネルギー弾をこの二人の元へ放ち、直撃させる事は叶わずとも命中させたのである。成程、これほどまでに驚異的な能力を持ったエイリアンなら人類は次々と消されるのも分かる。対策として投入したクローン兵器群「グレイ」が易々と打破されるのも納得した。

 だが無意味だ。楽しげに話していたPSS隊員の命を奪ったリリオを、カーリーは許すことができない。初めて心の中に激しい怒りと言う感情を兼ね備えた獣は吼え、シズが騎乗する戦車としての役割を十全に発揮しながら突進を始める。

 

「カーリー、部隊員の方は任せておけ。リリオはそっちに任せる!」

「ゴォォォォォォォォ!!」

 

 「彼」もまた、カーリーの激しい怒りの感情に喜びの色を隠そうともせずにその背中を押した。その止まらない姿はもはや全ての遠慮が無用となった(カーリー)が、技量を持った狩人(リリオ)に無謀にも突っ込んで行くようにも見えるだろう。

 しかしカーリーには勝算がある。得たパワーは到底リリオに越えられるものではないし、彼の攻撃はより鋭敏になった感覚が察知して直撃を防ぐことが可能。万感の思いを抱えた黄金の獣が走り、その横で平穏を保っていた海は突如として荒れ狂う怒りを見せた。

 

≪カーリー君! 例の巨大アーマメントよ!!≫

 

 オペレーターの一人の勧告を受け、彼は丸太の様な腕を全力で横に振りかぶった。

 

 

 

「兄さん……」

「結局これがあたし達だよ。感情なんてものが力になって、それを原動力として久遠の中に満ちた時間を見出すの。今までのモノクロな世界に色をつけて、誰かの為に戦うお人好しになっちゃうってね~♪」

「じゃあ、兄さんも」

「多分ネブレイドしたんじゃない? ウチのパパに流れる変な物をさ」

 

 止めることなくキーを叩きながら、ナフェは並列した思考を使ってシズと会話を交わす。薄暗いエイリアン専用待機部屋の中、管制室ではなく静かなこの部屋を利用してナフェは居を構えている。その横にはシズがいるが、彼女の方は冷静にも熱く滾った戦いを進める人類側とは違い、酷く困惑に満ちたものだった。

 シズは、兄のあの様な姿を見るのは初めてである。たった二人の兄妹として、錆びた鉄の惑星の生き残りとして互いを補完し合っていた、依存し合っていた関係に、少しばかりの外へ通じる道を作った「総督」のおかげでシズとカーリーはあのエイリアングループの中でアーマメントを指揮する近衛騎兵隊長という地位すら獲得していたが、結局は物言わぬ鉄屑共の統制を行っていたに過ぎない。彼ら二人の関係には他人と言う存在は無かったとも言える。

 だからこそ、カーリーが他人の為に、自分と交わした計画の為では無く、人類を生き残らせるために全力を出す姿を見るのは初めて見る。荒々しくも勇猛に、愚かしくも愚直なまでにリリオへの突進を止めないカーリーは、これまで過ごしたどんな時よりも輝いているのが信じられない。

 

「む、マリオン指令(おじいちゃん)! ポセイドン級の反応増大。カーリーと着陸したブラヴォーチームの周囲に8体ほど来てるよ」

≪了解だ。マズマ君はそのまま進撃を。ブラヴォーチーム、敵エイリアンは仕留めたか≫

≪残念ながら逃げられましたが、腕は一本持って行きました。その際に武器も取り落としています。それから、航空型アーマメントの反応が旧東京方面より飛来中です≫

≪反応に注意しながらカーリー君の作った道を進み、マズマ君の後に続け。デルタチームは航空勢力への対応を準備完了次第、確固撃破に向かえ。後にシティ・イーター周囲へ着陸。ブラヴォーと合流し潜入を開始≫

≪デルタ了解。ブラボー、死ぬなよ≫

≪そっちこそ、蚊みてぇに落とされるんじゃねぇぞ≫

 

 なおも回線は途切れることなく続く中、ナフェは一時的に回線系統から離脱して何らかのプログラムの実行処理に移った。足掻き戦う人類は、ナフェにとっても恐ろしく見苦しいものであっただろう。だが、そんな彼らに手を貸しているのが自分だ。直接戦力ではなく、自分に最も適合した役割をこなしてこそ。そう言った思いを抱きながら実行するプログラムの完了待ちになった所で、ナフェはニヤリとした笑みをシズに向ける。

 

「行かなくていーの? クスクス、お兄さんは頑張ってるのにねぇ」

「だって、こんなの……こっちに向かっているアーマメント総数は3万体を超えている筈よ。もう、彼らを見捨てた方が早いわ。後はモスクワに戻るなり人心掌握を―――」

「無いない。だってあたしら勝てるもん。パパがいるし、マズマも、あのステラだってね。それにカーリーだって頑張ってくれる。ストックは、本当に今まで溜めこんだ物を全部使い始めてる。だから総督にだって届くよ、絶対に」

 

 不可解な表情を浮かべるシズに、ナフェは笑みを深めてマイクを取った。

 

「出来たよ。存分に暴れてきちゃいなさーいっ!」

≪こんな役ばかりなのね≫

「狂戦士なりに仕事で切るんだからいいじゃん」

≪まぁ、悪くは無いわ。散々貴方たちに弄られた前と今と昔の私の為にも―――ストレス発散と行きましょうか≫

 

 話が分かるね、とウサギが笑う。

 

 

 

「ブラヴォーチーム、生きてるかー」

「何とかな。降下中に3人食われたが、こんな所で止まってられねぇぜ」

「こっちから探知完了。外からの攻撃は対艦巨砲でもなけりゃ傷がつかねぇが口の中に奴らの動力源があるらしい。つっても、喉の奥の奥だ。人間技を越えねぇ限りは一瞬じゃ無理だな」

「とにかく急ぎましょう。カーリーさんが3体ほど倒してくれましたが、まだ5体残っています。我らの切り札である衛生兵長も囲まれれば分が悪いでしょうから」

 

 流石のPSS隊員も、「彼」の常識外の身体能力全てに頼り切ろうと言う考えは欠片も無い。自分達の力で未来を勝ち取ってこそ、戦いに立ち向かう意味がある。人類のために捨て駒となる事を選んだ自分たちの在り方なのだと雄たけびを上げて士気を上げた。

 「彼」は、どこか達観したようにPSSの殿を買って出ると、カーリーの爆走した後を追って進みだす。岸までは僅か2キロ。目と鼻の先で第一歩を踏みしめるために、PSSの逆襲撃が始まりを告げる。

 彼らの前には、巨大なクジラが二頭。その鎌首をもたげている。

 

「弾薬管理は?」

「上々です」

「心意気は?」

「十分だ!」

「どれだけ戦える?」

「死ぬまでに決まってるッ!!」

 

 オーケー、ならば戦争だ。

 

 

 

「くそっ…こんな馬鹿な!? カーリー程度がぼくに追いすがるなんて……」

「グゥァァァルォォォオオオオオッ!!」

「この……くそっくそっくそぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 空間丸ごと削り取る様な剛腕が振るわれて、リリオは瞬時に身を引いた。地面が丸ごと地震を引き起こし、エイリアンの中で誰よりも単体でのパワーを発揮するカーリーらしさが丸ごと強化されている事に気付いたリリオは、この黄色の兄弟が裏切る前はこんな実力の素ぶりも見せなかったことに不可解さを覚えていた。

 思えば、マズマも以前には実力が拮抗していた筈のミーを倒していた。数ヶ月の間に人間側で何らかの強化措置を受けたにしても、あからさまに有り得ない戦力上昇だ。だが、それはマズマに限った話であるとリリオは焦る内心どこかに冷静さを備えている。

 それは、カーリーの作戦も技術も無い荒削りな剛腕の軌道は十分に見切れるレベルである事と、この相手にも自分の培ってきた知識や経験は通用していると言う現実から来る自信。これで木端微塵にされていたなら、成程、リリオとて人類側には称賛の一つも送ったかもしれない。だが、この相手は自分が策を講じれば勝てる相手に過ぎないのだ。力や図体で圧倒的に勝る別の星の生命体には何度も遭遇し、その度に総督の気まぐれで戦場に駆り出された事がある。その際に、正面から戦う事を強要された事も少なくは無かった。故にリリオは、無論エイリアン全員に共通する事だが特有の戦闘技術と言うものが個人に備わっている。

 

「は、はははっ…どうしたデカブツ! ぼくを捉えきれていないぞ?」

「ルグゥァァァァッ!!」

「当たらない。当たらないぞ、ほら!」

 

 弓を引き、拡散された追尾エネルギー弾がカーリーの全方位から振り注ぐ。危険を感じ取った彼が全身に力を入れて防御する事でエネルギーの矢は弾かれたが、それは敵の目の前で隙を晒す愚かな行為。リリオがこれに目をつけない筈も無く、同時に単純すぎるカーリーの行動基準を嘲笑って彼の顔面を蹴り飛ばした。

 カーリーの目を覆うように付けられているアーマメント部品が弾け飛び、隠されていた目が露わになった。それでも体勢を持ちなおしたカーリーは足を天高く蹴り飛ばすように振るったが、動きを呼んでいたリリオは瞬時にその場から離脱しながら弓に弾丸を番え、放つ。再び襲い来るエネルギー弾は防ぎようも無く、ガードしきれないカーリーの背部や関節などに着弾し、皮膚を焼く様な高熱の爆発を巻き起こした。

 

「やはりシズがいなければ木偶の坊だな、オマエ。いろんなものでぼくに勝っているのに、何一つとして頭が出来ていない。野生のカン? そんなもの、知を使う生物には何も通用しないさ。だからやられるんだよ……裏切った事を後悔すると良いさ!!」

「ルィ……リィイ、オ、ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ひゃはははははははははっ!!」

 

 猛攻は続くが、寸での所で見切られ全てを交わされる。剛腕は地面を、空気を削り取って塵へと変えるが、副次的に生じる風の刃や衝撃波すら当たらなければリリオを倒すことなど出来はしない。

 ―――やれる、やれるんだぼくは!

 リリオの内心では既に勝利を掴んでいる気分だった。目の前にいる怪物は、今までのどれよりも強力なパワーを持っているかもしれない。だが、誰よりも愚鈍で生涯最高に倒しやすい相手であるとタカをくくった。余裕を見せつつも油断しない所がリリオの戦いのセンスを示しているのかもしれないが、明らかにこの態度は戦いに持ちこむ様なものではないだろう。

 それでもリリオの優勢が崩れないことに、カーリーは己の内に芽生えた悔しさという感情を噛み締める。シズとの連携があれば、このような相手など一分もかからずに始末できる。だが彼女との交信手段は持ち合わせていないし、こうして彼女の行動理念と班した行動をしている時点で愛しい(シズ)の援護は期待できない。もとより、援護がない事を分かっていた上での強行だ。

 悔しさと怒りが込み上げ、更にカーリーの攻撃は大雑把な物になっていく。まるで我儘で癇癪を起した子供のようだとネブレイドした人間達の記憶からカーリーの様子を当て嵌めて遊ぶリリオは、やはり優勢を変えることは無い。

 だからこそ、このカーリーと言う怪物に気を取られ続けて気付かなかった。

 僅か500メートル先で鳴り響いた発砲音に。

 

「…………え?」

 

 穴をあけられた腕が跳ねあげられる。

 着弾の衝撃で硬直した体は空中。指を動かそうにも、次に続いた二発の弾丸がそれを許さない。武器をも狙い打たれた彼がかろうじて見た光景は、PSSの平隊員がスナイパーライフルを構えている姿。

 次いで、黄色い影が目の前に迫って――――

 

「ぶ」

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ぎ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 カーリーの真っ直ぐに突き出した拳がリリオの顔面を捉え、地面と水平に彼の体を吹き飛ばす。港に点在する倉庫の壁を粉々に破壊しながら、リリオの体が瓦礫に呑み込まれていく。荒い息を吐きだし、拳を突き出した形でカーリーが息を荒げて硬直していた。

 

「よう、よくやってくれた」

「ウガ……」

「ありがとう。お前のおかげでブラヴォーチームは着地から誰一人リタイアを出していない。デカイクジラは悲劇のヒロインが倒してくれたし、あの狙撃手もエイリアンにひと泡吹かせてやれた」

「ガゥ……ガァア……」

「戻って休んでも構わんぞ。それとも、まだやるか?」

「ウガ!!」

 

 当然だ、そう言わんばかりにカーリーが声を張り上げる。

 

「ならばようこそ、PSSへ。そんじゃまずはアルファチームと合流だ」

 

 笑った「彼」の手を取り、カーリーはニカッと獣じみた笑みで返した。

 

 

 

 戦局は海上。大量のアーマメントが押し寄せ始めた港の海上に移る。

 そこでは数多の爆発が巻き起こり、PSSの精鋭が駆る戦闘機によって撃沈を余儀なくされるアーマメント群の憐れな姿があった。それの中でも特に不思議な光景と言えば、PSS所属の戦闘機が攻撃していない地点でアーマメントが突如として破壊されている点。

 だが、レーダーの反応を見ている管制官と、その爆発の原因を送りだしたナフェだけは分かっていた。

 

≪十二時の方向にポセイドン群が1個師団で出現。あれは前哨戦に過ぎなかったみたいだねー。まだやれる?≫

「燃料がいる戦闘機と違って、もう私の原動力は特別なものよ。問題ないわ」

≪了~解! それじゃデルタのB分隊は制空権を。A分隊はコイツのフォロー。装備を投下爆弾に切り替えて。当然だけど機銃と違って一発しかないから絶対に当てるように≫

≪デルタ8了解。ナナちゃん、この戦いが終わったら飯奢るぜ≫

≪デルタ11了解。大物はそっちかよ、02の奴らの仇が取れて羨ましいぜ。こりゃぁ、オレも生き残らないとな。打ち上げは中庭解放でどうだ?≫

「無駄口の代わりに弾丸を飛ばしなさい。あんたたちなんてその程度でしょうに」

≪こりゃ一本取られたな。デルタ3、残弾が無くなった。ドラコ01に帰投する≫

≪こちらロスコル。了解、整備班急いで準備してくれ……ナナちゃん、無理はするなよ≫

 

 ロスコルの心配する様な声に、「ナナ」は灰紫の炎を撒き散らしながらに溜息をついた。分かり切ったことだが、これだけは言っておかなければなるまい、と。

 

「……タリー・ホウ」

≪タリー・ホウ!!≫

 

 最後の一人は希望の炎を目に、剣を握る。

 





最終決戦。
ですがまだまだ東京湾の手前です。
本来なら30話くらいで完結予定でしたが、予定通りになりそうです。
最終回は35~40になるかな。


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飛び立つ鳥を見た

わからないの。
だって恋なんてしたこと無いから


「くそ…くそ、クソォォォォォォっ! 何だってんだ!? この僕が、あんなカーリー何かに……ストック如きが! あんな、この僕に…!」

 

 勢いよく瓦礫が巻き上げられる。

 緑色の暗色衣装はボロボロの絹になり果て、顔を覆う爪の様な生体アーマメントの部位は見る影も無くへし折れていた。カーリーの一撃がどれだけ常識から抜きん出ていたかを知らしめる犠牲者、リリオは忌々しいと吼えて睨みつけているが彼をこんな有様にした当人たちはどこ吹く風でカーリーの周りで何やら笑っている。

 

「馬鹿にしやがって…! クソがぁッ!!」

 

 まだ損傷も軽い方だったアーチェリーを引き絞り、エネルギーの矢を番える。この一帯を消滅させてしまいそうな不可思議なエネルギーが貯蔵して行く中、ようやく異常に気付いたPSSの一人がリリオの方向へ指を指していたがもう間に合わないとリリオは確信していた。

 消し飛べ、と。ただただ憎しみを宿して彼はアーチェリーの弦を離そうとして―――視界が大きくぶれた。

 

「え―――?」

 

 手は動く。首も動く。リリオが見たのは、遥かに百メートルは先にいた筈の男が何かを振りぬいた形で止まっている姿。彼が手に持った鉄の廃材についた赤い液体からは、生々しい温かさとついさっきまで流れていたような新鮮さが立ち上っている。

 それを見下ろす自分は…まさか?

 

「が、ふ」

「チェックメイトだ。ハンターさんよ」

 

 着地、と言うよりも地面に叩きつけられ、その男の横に自分の下半身(あし)が見えた。力が入らない手で腰のあたりを探ろうとして、何もないと空を切ったことに気がつく。(スカ)の感覚は自分の体がすっぱりと半分に断たれている事を自覚させ、急速にリリオの体に痛覚と言う五感を取り戻させた。

 声も出ず、ただ憎しみとこんなストック如きにやられたことでプライドが軋みを上げる。何かがひび割れて行く様な、脳内で血管が千切れて行く様な音を感じていたリリオは抵抗しなければならないと必死に動く部位で「彼」の喉笛を引きちぎろうと思い立つが、そんなリリオが次に見た光景は、自分に振り下ろされる武器と呼ぶにもおこがましい鉄柱。激しい痛みの一瞬後に、永久にリリオという自我が目覚める事は無くなった。目の前に広がる黒と一瞬の想像を絶する痛み。それがハンターとして鋭敏になった感覚を持っていた男の最期。

 

「チッ……胸糞悪ぃ。人間は残虐性から出来てるって? そうかもしれないな」

 

 元の世界にいた時にやっていた某サイバーパンクゲームの言葉を思い出し、リリオのへばりついた内臓器と血糊が滴る鉄柱を放り投げる。轟音と鉄特有の甲高い反響音を轟かせて地面に落ちるそれを見届けると、残ったリリオの下半身を蹴っ飛ばして海に隠す。こんなグロテスクな物を放置しておくのは士気にも関わるであろうし、何よりカーリー歓迎ムードへの妨げにもなる。敵将の首を打ち取って気分が高揚するのは戦国の時代だけだ。今となっては怪奇の目で見られる原因にしかならないのだから。

 

≪お疲れ。相も変わらず最前線の華役と後処理なんだね≫

「もう、この世界に住む奴らが輝く時だ。異邦者は汚れ役じゃないとな」

≪あーあ、ホント嫌な位に殊勝なことで。そんじゃ座標送るから、カーリー連れて合流ポイントにブラヴォーチームの誘導お願い。シズも参戦表明してくれるらしいよ≫

「そりゃまた珍しい。漁夫の利でも狙うと思ってたんだけどな」

≪ふふーん。だってさ? って、居ないし。とにかく作戦続行をお願いね≫

 

 ナフェからの突発的な通信が切られ、彼は溜息と共にリリオの忘れ形見でもあるアーチェリーを拾った。エイリアンでしか使えないのか、それとも彼専用の兵器であったかは分からないが、ナフェのミニ・ラビットにも劣らず特異な性能を持つアーチェリーは、リリオの真似をして弓を引く動作をしても何も反応しない。

 せめて使えたなら狙撃手に渡せたのだが。と、追加で来るだろうアーマメント群の掃討のために保存された限りある爆薬の量を思い浮かべ、彼はアーチェリーの持ち手の部分から握りつぶして二つ折りにする。まるでアルミ缶の様にぐしゃぐしゃの鉄塊に変えられていくリリオの忘れ形見は、もはやそこにエイリアンがいたと言う証拠すら残さないことの証明。

 ただの黒いいびつな鉄球になったそれを放り投げると、彼を目指してブラヴォーチームの面々とカーリーが走って来ていた。

 

「突然何処に行ったかと思えば…お見事。流石は衛生兵長ですね」

「役職と行動違うのは今更だけどな。これから合流地点に向かうぞ。カーリー、お前はシズが来たらそっちと行動を共にしていてくれ。ジェンキンス開発局長から直接指示が下りる筈だ」

「ウガ」

「ブラヴォーチームはアルファチームと合流後、二部隊に分かれて装備の補給と換装。片方は小休憩の後に敵要塞兼居住区制圧型アーマメント、シティ・イーターへの突入を開始。デルタチームは空と外の掃討に専念するらしいから撤退時は怯えることも無い。もう片方はデルタでは対応しきれない地上の小型・中型アーマメントからシティ・イーター突撃口の防衛戦線を張れ。エイリアンからはシズとカーリーが応援をよこす筈だ」

「あの可愛子ちゃんと気障男は?」

「現在先行中だ。月までの軌道エレベーターを確保した後、アルファ・ブラヴォー混合部隊はそこで防衛線を張ってステラとマズマの帰還を待つ。俺もそこで戦線に加わるから安心して突撃しろ。だが死ぬなよ。これは命令だ」

「ラジャー。それじゃあ作戦開始と行きましょうぜ、小隊長!」

『タリー・ホウ!』

 

 僅か一時間にも及ばない短時間で、PSSは約半数の人材を失い、敵は大量のアーマメントとエイリアン一体を失った。片腕を吹き飛ばされたと言うミーの動向は気になるが、深追いした所で敵は「魔女」の名を冠した相手。罠にかけられる可能性は少なくない。だからと言って、ああいう手合いは生かしておくには人類にとっては非常に害のある存在故、判断の難しい所である。

 しかし、ナフェの観測を元にミーにも引導を渡す時が来るのだと、「彼」はどこか予兆染みた焦燥感を胸に抱きながら、ブラヴォーチームを率いて突撃を始めた。目の前に広がる突入ルートには多少では済まされないアーマメント達がひしめいているが、此方は依然として優勢であると言えるだろう。戦死した者たちの覚悟を背に、自分達PSSは戦地へと飛び込む事を止めるわけにはいかないのだ。

 このまま、必ずこの世界にいる人たちを生き残らせて見せる。自分に宿った驚異的な肉体を信じ、彼は前を突き進む。その先に一体何が待ち受けているのか、自分が行った介入はどれほどに運命を歪ませたか。

 

 それすら知らず、ただ愚直に。

 

 

 

 

 戦火は収まる所を知らず、また敵のアーマメントがただの鉄塊へと変わっていく。すり抜ける剣、火を吹く砲、それらを扱う人ならぬ者たち。赤い残影と黒の軌跡を遺す人外筆頭の二人は、その留まる勢いすら感じさせぬ進撃を続けている。彼らの前に立ちふさがるエイリアンが居るとするなら、アーマメント部隊を率いて月から降りてくるザハの線が濃厚。しかしマズマは続く戦闘で多少の疲労を見せながらも、どこかこの中で自分の中でくすぶる違和感を感じ取っていた。

 

「……ホワ―――ステラ」

「何? マズマ」

「気をつけておけ、何があるか分かったものじゃない」

「…うん」

 

 どこか、何かがおかしい。アーマメント程度が障害にならないのは目に見えていて、総督は俺のことなど眼中にないのも分かる。だからこそ、俺の事はこのホワイトの案内役として見ていて決して自分の興味の対象には入っていない筈だ。

 だと言うのに、この焦りや変な感覚は一体なんだ!? 動悸が収まらない。軌道エレベーターどころか、シティ・イーターの仮拠点にすら到達していないのに焦燥が増すばかりだとは…。

 目の前を見る。少なくともストック共から見て堅牢な装甲をしているシティ・イーターは確かに壁かも知れんが、俺達にとってはそうでもない。

 

「マズマ、行くよ」

「っ、ああ……オマエに合わせるぞ」

「うん」

 

 いや…今は杞憂に過ぎないなら放っておくしかないだろう。

 この人類と共に歩む「役」を選んだからには、自分はそのために奔走する駒とならなければならない。自分の事であるのに、たった一度きりに決めた選択で過ごす時間を決定するなど狂っていると言われたこともあるが、そんな物はこの「心」とやらを知ってから全てのエイリアンに言える事だろうに。

 ともかく、今はこの可愛い弟子と共に人類側の道を作らなければなるまい。

 

「ロック―――」

「「ファイア」」

 

 砲塔を壁に向け、ステラの砲撃に合わせて威力を後押しする。爆音と煙が晴れた先には不出来な大穴が開けられていて、異星を旅する「船」と似たような懐かしい空気が流れてきた。……この匂いを感じるのも久方ぶりだな。奴らのいた場所ではコメディが繰り広げられているようで、だがリアリティに満ちた温かさがあった。しかし過去の居場所を見返して見ると、どうだ? この場所は酷いものだな。

 薄暗い、硬質なデザイン、冷たい空気。命の脈動など一切感じられない。あのジャパンの職人達が故郷の元首都にこんな物を置かれていると知ったらどう思うだろうか? あの魂が込められた様な精巧な作りをした物を初めて見た時は、何かが震えるようだった。だというのに、懐かしの仮拠点は―――

 

「俺はこんな所にいたのか……?」

「マズマ、何か言ったの?」

「…いや、何でも無い」

「……辛いのかな。私は、PSSのマズマしか分からない。でもマズマは、元は敵だったよね? だからもしかして―――」

「そんな筈は無いさ。俺は、俺は……奴らのいた場所の方が数倍マシだ、と思っている」

「そっか」

 

 一体、俺は何を言っているのか。

 今となっては敵地となった場所で足を止めて、役者には相応しくない私情を挟んだ台詞を吐く。今までナフェのように、人間の心に触れただけのエイリアンとして「己」を見失わないようにしてきたが…最近はどうにも感情がぶれているようにも思える。こんなことでは何時撃墜されるかも分かったものではないと言うのに、俺は…?

 

「クソ」

 

 こんなことではだめだ。俺はPSSの馬鹿どもを導き、ステラに総督を討たせて敵対するエイリアン共を薙ぎ払う役割。敵を裏切り、人間の為に前線で戦う兵士としての役を選んだ筈だ。やっている事には何の違和感も無いのに、ざわつく心臓の辺りが変に痛みを発する。

 奴らのいた場所でもそうだった。役を演じている時にはここが痛んでいたのに、自分でもクールだと思っている性格を崩す様な行動をしてしまった時には何故か晴れやかな気分になる。痛みも無くなる。これは一体何だって言うんだ? あの男から血液をネブレイドしてからはそれが顕著になっている気がするが、確信は無い。

 

「マズマ」

「……何でも無い。何でも無いんだ。早く行くぞ…マークで道を記しておこう」

「こっち見て、マズマ」

「…なんだ」

 

 奴に向き直ると、エイリアン共や総督にも見られない「何か」がある馬鹿弟子と目があった。青く澄み渡る空の様な瞳は、恐らく色が違ったとしても同じことを感じるだろう。何もかもが見透かされているようだ、と。

 

「戦う前に、PSSで教えてくれたよ? “戦いは迷わず、武器を握ればただ真っ直ぐになれ”って…そう言ったマズマが、今は一番不安に見える。この程度の敵なら私だけでも十分だから、ドラコに戻って休んでもいいから……無理しないで」

「無理、だって? この俺がそんなこと、有り得んさ」

「嘘」

「嘘なものか」

「分からないけど、絶対に嘘」

「……訳が分からんぞ」

 

 胸中に抱えるもやもやとした間隔はあるが、戦闘に支障をきたす程でも無い。だと言うのに、この馬鹿弟子は休めと言ってくる。心配しているつもりだろうが、生憎と自分はまだまだ―――

 

「もしかして…寂しい、の?」

「――――っ!?」

「マズマ、いつも皆と一緒にいても…何だか遠くにいる様な気がしたの。遠いところから見てるみたいな、あとちょっとで手が届かないような場所にいるって、そんな風に思えるくらいの場所。私にとっては初めて会って、初めてお話して、いろんな事を教えてくれたマズマはとても大切な人。だから、どうして寂しそうなのにそんな遠くにいるのか分からなくて」

「……寂しい、なんて。馬鹿馬鹿しいにも程がある」

「マズマはエイリアンだから? ナフェにはあの人がいて、自分には居なかったから? そんな違いが、マズマは触れられなかったからなの?」

「何の話だ」

「一緒にいてくれる人。マズマは、訓練が終わるといつも一人になろうとしてる。カーリー達が来た時も、少し話しただけですぐUEFの屋上に行ってた」

「一緒にいて、何になる? 俺は奴らと違って」

「違うから一緒に居られない? だったら、私が一緒にいる。ずっとマズマと一緒にいる!」

「~~~~ッ! お前はさっきから何を言っている!?」

 

 何を、訳の分からない。

 コイツは一体何がしたい? 俺は何を抱えている?

 分からん。これまでネブレイドした奴らは俺達と同じく理性や文化すら無い獣。だからこそここのストック共をネブレイドした時はこの感情に振り回されそうになって、何人もの情報を混ぜ合わせることで一つの情報の影響力を薄めた記憶がある。

 そこから形成した今の人格に、「あの男」の情報が影響を与えて来ていた。この世界が奴の世界で観測でき、この世界の結末はこのホワイトにエイリアン共が殺されることで終結する。だがそれは、あくまで奴らの観測した結果。奴らの創作に過ぎない。

 だからコイツは鍛え上げれば面白そうになると思った。「奴」の記憶では淡白で知らない事ばかりのこいつに知識を与えた。そうして様々な事を知ったコイツがどんな行動に出るかを観測するために。だからと言って……今は任務の途中だと言うのに、何故こんな事を言い始めるんだ…!

 

「今はストック共の道を開けて進むのが俺達の役割だろう! クソッ、なんでそんな事を言われる度に此処(・・)が痛むんだ? 人間どもはこんな痛みを抱えているとでも言うのか? どの情報にも載っていないこれは、一体何なんだ……!」

 

 PSSの奴らに対する「表現」は、情が湧いたと言う語法が正しい。そしてあの男に関して抱く感情は、憎たらしいが認めているという表現が正しい。そしてコイツには手間のかかるが傍から見て良い師弟という役職の筈だ。

 人間(ストック)はだれしもが己を演じ、社会の中で回っている。そう言う意味で俺はどんな同胞達よりも的確に人間らしかったはずだ。PSSとは友好な関係を築き、科学者どもへは実験協力者としてのパイプがある。顔の広い敵を裏切ったエイリアンで、PSSの中でも人気者のマズマ。それが俺に求められ、俺が演じるべき題目。

 

「……クソッ、クソッ! なぁステラ、お前は何だ…? お前は俺の弟子で、それだけじゃないのか? 最終兵器、コードネームBRS2035ステラ。面倒見のいいマズマから師事を受ける人類の希望の(ステラ)。それだけの筈だ…俺の見た役割は、求められた役は」

「役なんかじゃない!」

 

 

 

 初めてかもしれない。こんなに叫んだのは。

 

「違うよ。…マズマは、私の憧れる人。一緒にいると、心が温かくなる人。あなたの道を助けるために私がいて、“あの人”は人類は大人に任せていいからマズマの隣にいてやれって言ってくれた。だから私は人類の道具じゃないし、あなたの横にいるただの人間だよ。クローンとか、エイリアンとか生まれは関係ないの。マズマがつらそうにしてると私は悲しい。マズマが辛かったらそれを拭ってあげたいの」

 

 確か、PSSでも意外にロマンチストなフォボスが言ってた。

 私がマズマに抱く思いは「恋」って言うんだって。

 

「私じゃ足りないかもしれないけど、私がこの手でマズマを助けたい。一緒にいて、マズマが心から楽しいって思えるようになりたい…ううん、なるの」

 

 「恋」についてはマリオン指令が教えてくれた。

 その人が好きだって思えて、誰よりも好きだって思えて、その人と一生隣に居たいんだって、心から願う様な人に抱く感情。自分の全てを捧げて、相手の全てを受け止めるための覚悟から生まれるすてきなもの。

 

「マズマが話しかけてくれたから、私はこうして目覚める事が出来た。あなたが教えてくれたから、世界が今息を吹き返してきている事を感じられた。だけどそこにマズマが居ようとしないのは許せない。マズマだって此処にいなきゃならないから、だから」

 

 その先―――愛についてはナナが教えてくれた。

 

「一緒に居させて欲しいの。マズマの心を温めて、本当のあなたを見せてほしい」

 

 最高の好きを、ただ一人へ送る。

 

 

 

「……お前は馬鹿か。大馬鹿か。いやただの馬鹿じゃないな…阿呆だ」

「……え?」

「やっと分かったさ。このいじらしい感情が何か」

 

 馬鹿、馬鹿、馬鹿だ。本当に馬鹿としか言いようがない。

 コイツは、どうしてここまで純真なんだ?

 

「お前達の印象じゃなく、俺は心を知らなかった…らしいな。だから何かが感じられなかった。その空虚さが手に入れた。いや、与えられた空っぽの心に何も注がれず痛みを発していたのかもしれん。なんて出来の悪いストーリーだって? どこかで読んだような、チンケな筋書きがまさか自分自身に来ることでようやく理解できるとは思わなかったさ」

 

 ああ、ただ温かい。満たされている。

 初めて他人の感情を受け止めた。ステラが抱える想いを真正面から感じた。他人の心をネブレイドで内側から知るんじゃ無く、外側から無理に捻じ込まれる感覚を味わった。

 足りなかったのはこれだ。だが、埋まって初めてようやくコイツの言いたい事や周囲の人間達の変な視線の意味に気付くなんて思える筈がないだろう? 少なくとも、俺はそんな事を予測した事なんてない。

 

「しかもそれに気付くのが愛の告白だなんて、色々と足りないものが分かった途端に一番重い奴が来るとは、自分で想像どころか誰が予測できるんだ? ああそうか、傍から見れば俺はとんだ道化だったわけだな。誰が見ても恋する少女だったステラに気付かない鈍感男と言ったところか」

「……私は本気。誰もいないから、マズマだけだから言ったの」

「―――分かっている。分かっているさ」

 

 逆に、こんなもの誰が勘違いするというんだ。そんな風情のない言葉は呑み込んだ。

 

「整理のつける時間位は欲しい。…この戦いが終わったら、改めて考えるしかないな」

「駄目。今言って。こう言う戦時に戦後の事を言うと死んじゃうって、アレクセイが言ってたもの」

「ジンクスに過ぎ――」

「今、答えて欲しいの。我儘ばっかりだけど、マズマの心が今聞きたいの! もどかしさはもう感じたくない。マズマが心を受け取ってくれた今だから、感じた事をそのままに聞かせて欲しい」

 

 これは、何と言うか。思ったよりも強情な奴だったらしい。澄ました小娘かと思えば、案外溜めこむタイプとはこれまた新たな発見とでも言ったところか? いや、求められているからには答えるべき、だな……。

 

「そうだな、俺は――――」

 




前書き部分は書き手である私とステラの心境です。
いまいち好きになるってのが判らなくて、色んな作品様から胸が痛くなるような恋愛物を読み漁って恋する人の心境を自分なりに解釈した結果ですから、たぶん見てる人にとっては空虚な文章になりました。

皆さんは恋をしたことがありますか?
もしあるのなら、たぶん素敵なことなんだろうと、この話を書いてて思いました。


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名もなき戦士達の墓標

 マズマの体が横に飛んだ。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 ただ一つ分かったのは、彼が攻撃された事だけ。

 

「あ、マズ…マ?」

 

 愛しい彼の代わりに、老いた声だけが聞こえてきた。

 

「無駄な事を…共に来てもらうぞ、ホワイト」

 

 

 

 

 PSSのチームが合流し、シティ・イーターのある場所から数キロ程離れた地点。これから瓦礫の街を踏破するためのバギーや戦闘車両を壁に囲まれながら、ブラヴォーチームとアルファチームは再会できたことの喜びと、撃墜数の背比べ。そして散って行った仲間の名前を挙げながら、黙祷を送っている。

 そうした各々の小休憩も終わり、作戦概要の説明も簡単に済まされたときである。カーリーは、アルファチームの面々に交じって不機嫌そうな表情をしている妹、シズの姿を見つけた。

 

「ウゴァ!」

「あ、兄さん…」

 

 巨体が進む度に、PSSメンバーはその道を開ける。

 カーリーは小さく頭を下げながら、最愛の妹の元に辿り着いた。

 

「ウガガ」

「本当に協力するのかって? …ええ、まあ一応はね。例の衛生兵長が軌道エレベーターの防衛をするなら、私たちはシティ・イーターの横穴を防衛する事になるわ。モニターで見ていたけど、強化された兄さんなら逃げ出したミーが来ても問題ないと思う。そう言えば、マズマ達は何処に行ったの? アルファの着陸場所を確保してたはずだけど」

「ああ、それなら」

 

 アルファ隊隊長のフォボスが言った。

 

「俺らの歩みは亀にも劣る、だとよ。愛しの可愛子ちゃんを連れてさっさとランデブーに洒落こみやがった。まぁ、戦線を切り開いてくれたおかげで障害物もなく真っ直ぐ戦えたんだがな」

「ふぅん。よっぽど入れ込んでたのねぇ……今は――」

≪諸君、聞いてくれ≫

 

 シズの言葉を遮って、全部隊への同時通信が始まった。今は安全高度に居るドラコから発せられる通信を拾ったフォボスは、相互回線に切り替える。

 

「…総司令? どうしたんですかい」

「マリオン司令官、まさかとは思うがマズマ達がやられたってんじゃ」

≪そのまさかだ≫

「――――は?」

≪此処からはこの私、ジェンキンスが説明するよ。…たった今、マズマ君のバイタルサインが消えた。同時にステラ君の信号が敵拠点内部へ急速に先行したかと思えば、地球上から観測できなくなったんだ。恐らくはマズマ君がやられ、その心の隙を突かれて連れ浚われたんだろうね≫

「……オイ、冗談になってねぇぞ」

≪残念だが……全て事実だ。だが我々の切り札が完全に消えたわけではない。戦力が大きく減ったのは最悪だが、現存の勢力で敵総督を討つしかあるまい。…諸君、健闘を祈る≫

 

 マリオンの方も航空戦力が厄介なのか、慌てたように回線が断ち切られ、デルタチームへ指示する声が聞こえてきた。その断片的な内容を聞きとる限りは、敵巨大型アーマメント・ポセイドンの出現数が一気に増加し、ナナ一人では耐えきれなくなっているらしい。

 

≪ねえ、あんた達聞こえる?≫

「ナフェ。どうしたんだよ」

≪あの馬鹿クローンがそろそろ本気でヤバいんだって。一応空中戦は得意だし、私も前線に出るから、これからシティ・イーター内でのオペレートはできなくなるっぽい。あの場所は敵味方問わず中枢からしか通信できないから、何とか自分で頑張って。それじゃ≫

「おいっ! ナフェ!!」

 

 「彼」の呼びかけも言う前に切れたせいで、恐らく届いてはいない。

 PSSは、なにやら一気に戦況が怪しくなってきた現状に焦りを隠せずにいられない。まだ勝機はあると確信していても、あの主戦力である二人がやられたらしい情報は、士気を下げさせるには十分だった。

 それでも、抗わなければならないのが人間のすべきことなのであろう。

 

「くそっお前ら! 何勝手に墓場のゾンビみてぇな辛気臭ェことしてやがる! どうせゾンビになるならスリラーのゾンビで十分だろうが……さっさと進んで、この目で確認するぞ! 所詮は発信機程度の情報だろうッ!!」

「で、ですが隊長」

「ですがもよすがもあるか!? 引き金引いて、アンカーブッ刺すのがオレ達の仕事だ。腰引けた奴はさっさと空の旅に帰りやがれ!」

「…勇ましい事。鬱憤晴らしたいし、私もさっさと行こうっと。兄さん」

「ウガッ」

 

 一代のバギーを駆ってフォボスが先陣を切って走りだす。彼は一度も振り返ろうともせず、更にフォボスの背中をシズが追って行く。こうして先に行く者が居れば追従するのが人間の群れる特徴なのか、僅かに残っているであろうマズマ達の生存を願う者。くすぶっていたが、フォボスの言葉で吹っ切れた者と次々に列を成して面々が突撃し始めた。

 なんて単純な奴らだと、彼は笑って走りだすのであった。

 

 

 

「おらおらおらおらおら!! そこどけや鉄屑共ぉぉぉぉぉ!!」

「PSSの勝利の為に! PSS万歳!!」

「暑っ苦しいわね。兄さん、薙ぎ払うわよ」

「ウガァァァァァァァァァッ!!」

「あ、兄さんも熱血路線だったっけ」

 

 約一名程クールダウンした者を残しながら、瓦礫となった首都圏の道を走る部隊がいた。エンジン音と車両に取り付けられた置き型の武装から放たれる破壊力は、携行する機銃などの威力を大きく凌駕しておりアーマメントであれば小型は一撃、中型以上が現れても接近した頃にはシズ達人外筆頭が塵すら残さず爆散させると言った具合である。

 ステラとマズマの開いた道を背位置するかの如く信仰する彼らを例えるとするなら、むしろ此方が侵略者ではないのかと言わんばかりの進撃っぷり。しかし、それでも横側からの不意打ちや射程圏外から飛来する狙撃で部隊のバギーが横転、爆発して行く様は決して一方的な展開では無いと言う事を表していた。爆風に巻き込まれて即死するPSS隊員達や、道路に投げ出された者。そう言った者たちを一切振り返らず、フォボス率いる突入部隊は速度を緩めない。だが――――

 

「負傷者をビルに寄せろ! 十時の方角に敵を誘導、急げ!」

「了解!! そこのお前、補給装備は残ってるか!?」

「医療具はありませんが、弾薬なら」

「上出来だ。スナイパーはビルを上れ! 声上げて指示飛ばせ! 所詮奴らは俺達の言葉何ざ分かっちゃいないんだ!」

「ケツの青い新人はスナイパーの護衛にあたっとけよ! 体はって戦うのがPSSのレッスンワンだからなぁ!」

『Yes,sir!!』

 

 転げ落とされた者達も、年長の生き残りが自然と指示を飛ばし合ってアーマメントの後進を撃破して行く。正に寄せ集めの部隊で、弾薬や医療具の補給も期待できないアルファ・ブラヴォーもバラバラの顔も知らない者たちばかりだが、この場に来ているからには志と思いは一つ。

 地上に降りたことでアーマメントからの犠牲者も増える一方ではあるが、総力戦を仕掛けて来ているだけあって初期にマズマ達が撃破した分を含めると遥かに闘いやすい。長くPSSに身を置いた者たちが階級関係なく戦闘指南を実践して行くことで、生き残りの新兵もつられるように錬度は高められていく。

 一機撃墜。回転しながら飛びかかる小型アーマメント・イーターの口を狙って投げ込んだグレネードが炸裂。誘爆は周囲の敵を巻き込みながら、視界を奪って動きを止める。そうした相手には高所に上ったスナイパーが駆動系を撃ち抜き、歩兵隊が弾丸の雨を浴びせて行く。血糊が飛び散る量よりも、圧倒的に炸裂する爆風と鉄塊が多い戦場には硝煙の匂いと共に、屍を背にした勝利の道は確実に彼らの目に映っていた。

 

「……アイツら、やるな」

「若い奴には負けてらんねぇぜ! おい、屋根開けろ。一発ドでかいのブチ込んでやる!」

「前方に巨大な敵影確認。赤いシルエットは…ビッグマウス型!」

「あら、手間取るでしょうし私に任せて貰うわね」

 

 それに触発されるのは、無事にバギー他重武装車で目標ポイントを目指す混合本部隊。まるで体のいい試練の様に現れた大量のアーマメントと、巨大で小さな村なら数秒で滅ぼしてしまう火力を持つ巨大なビッグマウスという敵が展開するが、まるでサーフィンで大波に乗れたかのような陽気さで戦士たちは盛り上がる。

 何か思う所があるのか、名乗りを上げたシズがカーリーの手綱を握って速度を上げると、カーリーはジェット機もかくやという速度でビッグマウスに迫り――

 

「消し飛びなさい!」

 

 上のシズが、剣を振るう。

 一瞬の白き閃光。そしてエネルギーが浸透した事で、動力炉に異常をきたしたアーマメント達が次々に爆発して行く。シズの振り抜いた方向から、ドミノ倒しのように爆発の連鎖を起こして行くアーマメントの壁があった所を乗り越えると、最前線を走っていたバギーは爆炎に突っ込みながらその道を踏破。ライオンがサーカスでやる炎の輪潜りの様にしてフォボスがその地点をくぐりぬけると、彼も男として乗って来た所があったのだろう。こんな狂言を言い始めた。

 

「おい運転手…っと、ジョッシュだったか」

「ん? どうしたフォボス――っとぉ」

「うぉぉ、いきなり左折するんじゃねぇよ! …ったく、そりゃ何でもいい。確かステレオ付いてたよな。大音量でそれ流せ」

「はっ? オマエ、正気かよ」

「とっくに狂ってら。無双ゲームのお約束は、洒落たBGMに決まってるだろうが!」

「ヒュゥ、オーケー。おい他の車両の奴ら、聞いてたか。マリオン指令の趣味がフォボスにも移っちまったらしいぜぇ~? フォボスの決めた曲全員で流すが文句はあるかぁぁぁぁぁぁ!?」

≪ねぇに決まってんだろ!≫

≪やるなら早くしてくれ。こちとらリズムがなくて寂しかったんだからよォッ≫

≪YO!YO! Heyフォボス、選曲はノリノリで頼むぜYear,ahhhhhh!!≫

「任せろDJ。突っ込むCDは――――」

 

「NO SCARED」

 

≪イィィィイィイャァァァァアアハァァァッァッ!!≫

≪流石だぜ、分かってるじゃねぇかアルファ隊長!≫

≪シング・ラブみてぇなショボくれた歌なんか必要ねぇぜっ! 時代はロックンロールだァッ!≫

「んじゃ、スイッチ――」

『ON』

 

 ベースの特徴的な音が持続的に響き、恐れを忘れた勇者たちが笑みを備え始める。アーマメントの攻撃で車両が大破した奴らは死にながらに引き金を引いて前線を開き、取り残された生き残りは弾薬すら無い中小型のアーマメントを重武装の重さで踏み潰すッ! 全てはロックン・ロールの魂の元、暑苦しい雄たけびを上げて戦う自分を最高だと思ってのこと。

 相手はいつまでも弱いまま。だからオレに勝てないんだ。そんな思いのまま、死ぬ間際まで勝利を胸に逝くマリオン程の老兵もいた。老兵は死なず、ただ若者の道を切り開くのみと腕を天へと突き出して。

 

「彼ら、馬鹿なの?」

「馬鹿やってる奴らに乗るのが俺の仕事だ。嗚呼チクショウッ、奴ら楽しそうにしやがって……我慢何て出来るか!? できないに決まってるだろうがよ!!」

 

 マズマが危険だと言うのに、ステラの所在がつかめないと言うのに、「彼」もまたPSSのロックンローラーと魂を同じくする(オトコ)であるのだ。曲調の激しくなったサビの部分に突入した事をきっかけに、泣く泣く力の温存のため仲間を見殺しにしていた異邦人は戦場へと生身を晒した。

 

「Let’s―――」

『PARTYyyyyyyyyyyyyy!!!』

 

 彼の呼びかけを皮切りに、金属の侵略者たちは出てきた傍から何もできずに沈んで行く。近くにあった「木製の建物」を「武器」にした彼は大型のアーマメントが居そうな場所、小型のアーマメントが侵入してくる小さな隙間めがけて建物や瓦礫を投げて行く。彼の登場で本隊に振りかかる攻撃の嵐は一気になりを潜め、戦死者は驚くほど少なくなっていく。……いや、全てが彼の活躍では無い。この場に居る全ての漢たちがロックンローラ―であり、魂のロックンロールを奏でる者たちであるから勝利と命を手にできるのだ。

 

 そうした中でのアドレナリン分泌と曲のリピートが始まったところで、彼らは遂に目的のシティ・イーターへと到達する。

 

「ブラヴォー1はアルファに続け! スナイパーは敵拠点の上によじ登って準備だ!!」

「ブラヴォー2、戦線配備完了しましたッ! ご武運を、フォボス隊長!」

「シズ、後は任せたぞ。カーリーは何とか留めてやってくれ。…あと、暇があればマズマの捜索を頼む」

「はいはい。…それに、もう馬鹿らしくてこんな種族支配する気にもなれないから、安心しときなさいよね。あ、別にこんな星の為なんかじゃないんだから」

「……お、おう」

 

 あれは天然か? と首をかしげながら「彼」はアルファ・ブラヴォー混合チームに続いてシティ・イーター内部に侵入。すぐさまチェス盤のような趣味の悪い内装に隠れ、姿が見えなくなった。

 

「…ねぇ兄さん」

「ウガ?」

「ツンデレって、あれがテンプレートでいいのよね?」

「…ウォ、ウォゥ」

 

 このタイミングで、妹の将来を心配するカーリーなのであった。

 

 

 

 

「……辛気臭ぇ所だ。エイリアン共が陰気なのも納得がいくぜ。ったくよォ」

「フォボス隊長、点呼終わりました。…突入予定部隊40名の内、18名がMIA。5名が死亡を確認されております」

「大半を入口の防衛に回したのがツケちまったか? いや、少数精鋭の方がかえって動きやすいか……チッ、いい感じにロック聞けてたのにこの静かさじゃ、滅入っちまうぜ」

「……隊長、僭越ながら一言よろしいでしょうか」

「ん? ああ」

 

 手を挙げたのは、ここまで残って来た6名の新兵の内の一人。本当に黒い肌は旧アメリカの特徴をはっきりと残しており、瞳の力強さは並みの物では無い。その視線を受け止めて、フォボスは面白そうにドレッドヘアーを掻きあげた。

 

「これより進む我ら新兵に、助言を…いえ、命令を下していただきたいのです」

「命令? んなもん作戦時に言われた事じゃ駄目なのかよ」

「いえ、私たちはフォボス隊長だからこそお言葉を頂きたい。あなたの一言で、意気消沈していた我ら全員は恐れを乗り越えました。その勇気を奮い立たせるお言葉を、今一度我らだけに与えてほしいのです」

「……面白いじゃねぇか」

「ちゃんといい言葉あげろよフォボスー」

「時間無いんだし、さっさと言ってさっさと進みますよ隊長」

「わーってる。……それじゃオマエら、“殺せ”“殺されるな”。これさえ守れば帰った時に合コンでも飯のオゴリでも何でもやってやる。セーフティは離しとけや、ルーキー」

「イエス、サー!!」

『イエス・サーッッ!!』

「よぉし、これで茶番も終了だ! 突撃、開始ィィィイイイイ!!」

『おおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 

 PSSではチャメシ=インシデントである鼓舞と士気の底上げも終わり、それに乗っかった男たちは中枢を目指して突っ走る。弾薬と疲労には若干の心配はあるものの、それを上回るガッツとロック魂を備えた男たちはステラ奪還、打倒総督を胸に勇ましい足音を響かせるのであった。

 

 

 

「…………」

 

 戦火からは少し離れた瓦礫の一角。

 そこには看板などの赤色とはまた少し違った赤色が、白い紙に落ちた絵具の点のように存在していた。

 

「う、うぅ……ここは――」

 

 それはピクリと指を震わせると何事かを呟いて、

 

「ああ、ステラ!?」

 

 周りのビルごと瓦礫を吹き飛ばす。

 赤い影は片手に背丈を越える大剣を持ちながら、自分に心を教えてくれた愛しい相手がどこに居るのかを探し始める。が、彼はそこまでやってようやく気絶する直前の事を思い出した。

 彼女に対する返答を渡そうとした瞬間、そこを狙う非道な輩が横入りして――?

 

「ザハ……アイツ、俺の邪魔をしたのか。よくも……ステラの我儘を聞いてやれるところだったのに…許せるか!? クソォッ」

 

 意味もなく地面を殴りつけ、アスファルトに巨大な地割れを発生させる。

 しかし、イライラした手がつけられない子供を彷彿とさせた彼は一気にクールダウンし、近くにあった瓦礫を口に運んで噛み砕き始めた。一見異常に見えるその行動はエイリアン達が持つ固有の技能―――ネブレイド。

 ただ情報を取り込むだけではなく、破損した肉体をも修復させる事が出来るのは体の半分がアーマメント化という現象を起こしている彼ら地球に侵攻してきたエイリアンの特権だろう。他のネブレイド種族であったなら、ただの生身でしかないのでこの様な真似は絶対にできない。

 彼はザハからの不意打ちで失ったエネルギーを補給し終え、すっと立ち上がった。

 

「ステラ……待ってろ、すぐ行く!」

 

 普段の気だるげな印象からは想像もつかない程、燃え盛る炎の様な激情を胸に彼は紅い軌跡を残してその場所を去った。己が選んだ道は、今度こそ間違いではないのだと。

 

 

 

 

「離せ、離せぇぇっ!」

「暴れるな。…貴様の戦闘、見せて貰ったが―――総督のクローンに相応しいポテンシャルを秘めているようだな。まだ実力は不足しているが、総督の前に立てば自ずと力も引き出されるであろう……恐れるな、激流に身をゆだねるがいい」

 

 老成…いや、覚ったかのような大言をはたく初老のエイリアンにステラは抵抗したが、棺桶の様なアーマメント「デッドマスター」に四肢の動きを抑えられて脱出する事は叶わなかった。

 そんな彼女たちが居るのは、驚くなかれ。なんと地球と言う舞台を離れ「月」へと到達しているのである。起動エレベーターを昇り切った先、バラバラに展開された拠点らしき場所は何故か空気があり、そして狂いに狂った重力が足場一つ一つに在ると言う不思議な空間。

 完全に宇宙空間から安全を保証するガラスも障壁もないのに、カエルですらしばらくの生息は可能な場所は正に神秘的と言えよう。―――アーマメントという敵さえいなければ。

 

「マズマもあれでは動けまい。今頃雑魚アーマメント共に喰われているだろうな」

「――――ッ! 貴様ぁぁぁぁぁっ!!」

「暴れるな、と言った筈だ」

「あ、がっ……」

 

 心臓の上に裏拳を打ち込まれ、ステラは言葉を詰まらせる。だが敵エイリアンの中でも桁違いの強さを誇るザハは薄く鼻で笑って、月よりもさらに上だと誇示せんばかりの長く白い階段をのぼりはじめた。

 

「さて、アーマメントよ…総督の元へ連れて行け。私はここで上ってくるゴミを掃除するとしよう」

 

 ザハの言葉は間違いでは無いかのように、鎮座していた巨大な人型の兵器に乗り込んだ彼は中央部に在る穴の中で浮かび上がった。もしこの場に人間が居れば空中浮遊の様に見える彼に驚く者がいるかもしれないが、それより特筆すべきは彼の乗り込んだ兵器。

 コクピット、と呼べる部分はなんの防壁もなく、中央の穴で浮かぶザハの指、腕、足、関節の動き全てに同調する動きはジェンキンスでさえ再現不可能なノータイムでの操縦伝達速度。それに加え、あの鍛えられたステラを一撃で悶絶させる威力をザハは己が肉体の身で成し得ることが可能なことを考慮した場合、人間はどれほどの武装を固めようとも敵わないと悟ってしまうだろう。

 

「さぁ……始まるぞ。総督のネブレイドが」

 

 希望の光に紛れ、絶望の闇は着実にその影を広げていた。

 





すみません。熱出てたので中々キーが打てず、考えまとめるのが遅くなりました。
明日から学校ですので風邪菌移してきたいと思います。風邪は移した方が早く治るとも言いますし、そうしたらすぐにこちらの完結目指して書けますからね。

あ、それからロックは至上です。異論は認めます。


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空と宙の境界線

我らは記憶によって喜怒哀楽を思い起こす。
我らは心に響いたものを、記憶として大事に仕舞い込む。

だから彼女は、心を知りたかったのかもしれない。
欲望が独り歩きするだけで、孤独な彼女は―――


≪アンノウン反応増加!≫

≪デルタ3、デルタ5は一旦補給に戻れ! ナナちゃん、まだ終わりは見えないのか!?≫

「終わりが見えてるなら…ッ! とっくにこいつら居なくなってるわよ!!」

≪デルタ2、敵にロックされているぞ。ブレイク、ブレイク!≫

≪ぐ、…ぁぁぁぁっぁああああああああ!?≫

≪デルタ2被弾…駄目です。コクピット炎上……バイタルサイン消失≫

≪ジェェェェェイッ!! 嘘だろ!? くそ……アイツらァァァッ!!≫

≪デルタ12も落ちつきなさい! こちらナフェ。これより戦線に参加します≫

 

 既に血まみれで、もう上と下の感覚も分からない程に瓦礫や敵の上を飛び回って来た。私はデルタの奴らとは違って弾丸の消費もないけど、その分使われるエネルギーが多くて疲労は更に蓄積してきている。既に3回程ドラコの格納庫で休憩をとって来ていたけど、それでも敵アーマメントが途切れる様子は一切見受けられない。

 此処は地獄だ。

 アーマメントと味方の区別がつかない。砂漠でおきた砂嵐の様に、ホーネット型のアーマメントが空を覆い尽している。こうまで密集してきたのもほんの数分前の出来事だけど、デルタ隊が今みたいに高度を上げる前は既に4機もの味方がバードストライクを起こして機体ごと敵で出来た竜巻の中に呑まれていった。あれではきっと、残骸すら残らないだろうに……。

 

「一気に焼き払っちゃって! ジェネレーターが焼きついた奴らから自爆特攻しろっ!」

 

 そんな時に、此方は持たない線の攻撃を出せる心強い味方の声が聞こえてきた。

 桃色にも見える高熱線が一条二条と光芒を増やし、味方機を避けて大量のアーマメントを吹き飛ばす。残存勢力の内、それですら一割も吹き飛ばせていないのは絶望的だったがほんの一瞬隙が出来ただけでも死に物狂いなPSS隊員はその隙を縫って安全地帯を確保することができた。

 戦闘機が風を切る音、そしてついに―――

 

「それからデルタ隊のお馬鹿さん達も聞いて! 所詮機体は消耗品…無事に戻ってきなさいよ! いい!?」

≪ったりめーよ。ウチの女房に合わせる顔ぐれー残しとかなきゃなぁ≫

≪オレ、基地に恋人がいるんすよ。戻ったら改めて…プロポーズしようかと。花束も買ってあったりして。そのためにも…デルタ3として生き残らなきゃなぁ≫

≪浮いた話ばっかりね。あたしは恋人いないし…うん。まずはこの戦いで生き残って、それから素敵な彼氏見つけちゃおっと≫

「……もう、馬鹿ばっかり」

「それがコイツらよ。アンタの方が分かってたんじゃないの?」

 

 呆れたように呟いたナフェに、ナナがチビ達を足場にして近づいてくる。

 そんな中、また新たな爆音が響き渡り―――それは味方の炎上する姿を煙の中から生み出していた。

 

≪デルタ14! ブレイク(急旋回)ブレェェェェェィクッ(避けてくれぇェェェェッ)!!≫

≪はっはっは! 若い若い…老兵はお前らの翼に風を送る役となるか…すまぬな皆の者。デルタ14、限界だ。日本人の誇りに掛けて――――カミカゼ特攻、参る!!≫

≪父さんッ!!≫

≪うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!≫

 

 炎上する一機がポセイドンに向かい、大口を開けた瞬間に入り込む。ほんの一秒にも満たない時間が過ぎた時には新たな火柱が海面に出来上がっていた。また一人、デルタ14というナフェ達には名も知れぬ仲間が倒れて行く。航空部隊として駆けまわっていた仲間は既に半数を下回り、現状の戦力がナフェ一人では補えない規模に在る事を示していた。

 そうした最悪の状況は、ドラコの航空圏内にすら魔の手を伸ばそうとしている。この空中拠点を落とされれば全ての希望を失うと言っても過言ではないPSSの者たちは、撃墜数を増やすと同時に守りに入るが…奈何せん、数が多すぎる。

 こちらは一人失う度に手痛いでは済まされない被害が広がっていくのに対し、血の代わりにオイルしか流れていない無血の獣は当たり前の様に自爆特攻、相撃ち、撃墜されてもまだその数を減らしているようには見えない。

 

 そんな時だった。機転が訪れたのは。

 

≪ナナくん、君専用に改修を完了した。…装備を渡すから、一度ドックに戻ってくれたまえ。なお、これは製作者としての命令だ。逆らう事は許されない≫

「……ジェンキンス?」

「ああそっか、やっと調整できたんだ……」

 

 長かったな、とナフェは一度にやりと笑って敵に突っ込んで行った。爆風と圧倒的な暴力を引き連れて敵の黒い渦に姿を消した彼女に疑問は残るが、ナナはこの命令に従えば現状を打破できる可能性があると思い立ってすぐにドラコへ戻ろうとする。

 だが―――敵の数が多すぎる。圧倒的物量は水の入ったバケツの中に大量のボールを詰め込んでいるようで、むしろ水の方がおまけに見える程の密度だと言えば分かり易いだろうか。ドラコまでの距離は僅か1キロ程。だが、そのウチ200メートルに渡り文字通りの「敵の壁」が立ちふさがっている。

 いつの間に、これだけ集まったんだ。最初よりも数を減らすどころか、更に増えているアーマメント共に物量の差を感じずにはいられないナナだったが、彼女はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだと、その手にステラと同じイクサブレードを握りしめる。自分の手にピッタリと収まるほどに馴染ませた剣は、ほんのちょっと前までにステラと模擬戦をしていた時よりも手に合っている様な気がした。

 

「こちらナナ。切り抜けます」

 

 誰に言うでもなく、ナナはブレードを水平に構えて目を閉じる。

 刀身に灰紫の炎が舞い起こった瞬間、彼女の進行方向には人一人が通れるだけの「穴」が開けられ、一瞬遅れて爆炎がアーマメント達を巻き込み爆発連鎖を発生させた。破壊を呼ぶ風となった彼女は、ただただジェンキンスの言葉を信じて、目の前の壁を打ち壊す。

 

 

 

「……此処、は」

「起きたようだな、ホワイト……いや、“ ”が呼ぶからには私もステラと呼ぼうか」

「…シング・ラブ!」

 

 跳ねあがり、ステラは臨戦態勢を整える。

 そこは月のテラスだった。戦いとは一見無縁そうな、純白のインテリアで飾られた憩いの場。全てを見下ろす様な雄大な景色はそこに居るだけで全ての頂点にいる事を錯覚させる魅力を放ち、並みの人間なら思わず見惚れてしまうだろう素晴らしい光景。

 しかしステラは違う。そんな調度品の価値は知らないし、目の前に居る敵の総大将を前にして油断を見せるほど愚かでも無い。一瞬で「彼女」の後ろに回り込んだステラは、優雅に紅茶を飲んで座っている敵に対して容赦のないひと突きを喰らわせた。

 ずぶずぶと「彼女」の肉に沈み込んで行く刃。総督の純白の肌に突き刺さった黒き刃は、確かに「彼女」の腹部を背中から腹まで貫通している。なのに、だというのに何故だ? 何故こうも彼女は……余裕を示している?

 

「中々に鍛えられた刃だな。そして私の後ろを取るまでの迷いの無さ、一瞬を把握し行動に移す脳内の処理能力……やはりおまえは完成品だ。少なくとも私の体を貫くだけの膂力もある」

「……なん、で?」

「だが―――無意味だ」

 

 「彼女」はゆっくりと立ち上がり、突き刺さっている刃を抜く様にステラとは反対の方向に歩み出す。その際に優雅な動作でティーカップをテーブルに戻すことは忘れず、二歩も歩く頃にはその腹から漆黒の刃は抜き取られていた。

 しかし、傷が見られないどころか「彼女」の体からは出血した様子も見られない。ダメージを我慢している、という予想がステラの中に立てられたが、それも有り得ないのはこの一片の隙も見られない動作から判明している。

 今までの敵とは何もかもが違う。

 驚愕と、底の見え無さだけがステラの心を染めて行って、

 

 そうして振り向いた「彼女」は、ただふわりと笑った。

 

「……あなたは、戦わないの?」

「何故? 私はずっと“彼”を待っている。そのための白化粧(ドレス)だ……どうだ、オマエから見て私は美しいと見えるか? “あ奴”の為にも張り切ってみたのだがな」

「分から、ない…」

「ふむぅ…詰まらんぞ。マズマに思いを伝える度胸は持っているらしいが、美の観点は鍛え上げられることも無かったと言う事か。私の記憶を流し込めば、多少はマシな生娘にはなったであろうに」

「………ッ!」

 

 剣が駄目なら、今度はこっちで。

 ステラはにべもなく彼女の語りを無視すると、ロックカノンを構えて砲口を彼女に向ける。そして吐き出される青い炎を纏った弾丸が一直線に彼女へと迫った。避けるそぶりすら見せようとしない彼女は、虚空で何かをつかむような仕草をした――少なくともステラにはそう見えた――瞬間、大気が空間ごとぶった切られた。

 放った岩のような弾丸が半ばから綺麗に断ち切られ、その衝撃波がステラの位置にまで襲ってきた。真空を走る刃を死の脅威として察知したステラはなんとか身を反らしたものの、彼女の特徴的なツインテールの端が1センチほど切り取られてしまう。同時に、ステラですら見切れなかった(・・・・・・・)分の真空刃が避けたと思っているステラを襲い、肩口と右ひざに浅い裂傷を作り出す。

 しかしそれに気付いたのも、視界に映るほどに噴き出した血液があったからこそ。ステラは別段弱いと言う訳でもないのに、認知外の攻撃を腕の一振りで作りだす「彼女」は本当に化け物と言っても過言ではない。自分の傷が認識できた直後、その痛みでステラは息を荒げさせることとなっていた。

 

「くっ…!? はぁ、はぁ、はぁ……!」

「ほう、4割程の力でも一撃は避けられるか。予想以上だ…マズマは随分と、おまえに入れ込んだようだな」

「当たり、前……だっ!」

 

 言葉と共に地面を蹴り、再びイクサブレードを手にしたステラが「彼女」に肉薄する。直前で立ち止まると同時、無理やりに高速移動をストップさせた運動エネルギーを乗せた刃を横一文字に振るって首を狙ったのだが、「彼女」は薄く笑って近未来的な白き大鎌の持ち手で凌いでいく。その場から一歩も引かない・動かない「彼女」に猛攻と連打を仕掛けたステラは、一刀を振り下ろす度にその速度を上げている筈なのだが、やはりそれすらも微笑と共に子供をあやす大人の様にいなされてしまう。

 剣戟の音が響き始めてから僅か10秒後、200合にも達しようかと言う時、ついに根負けしたステラが身を引く事で金属の接触音は消え、静寂の時が宙のテラスに訪れた。

 

「く……効かない、なんて…そんなっ、はずは…!」

「惜しい。惜しいぞステラ。私が彼をネブレイドする前なら…以前の私はここで苦戦を強いられていただろう。だが私もまた、マズマやナフェと同じ…いや、“彼”の唇を奪ったからには更に上を行っているのか?」

「私は……負けないっ!」

「その強情さもいいな、ホワイト(ステラ)。喜び、怒り、哀しみ、楽しさ…その全ての感情を刃に乗せろ。私は、その全てを遍く喰らおう。おまえの全てを見せて欲しいのだ。そして―――」

 

 この戦いの結末も。

 

 

 

「マズマぁっ! 聞こえてるか!?」

「駄目だ、向こうは持ってた機材全部潰れてるって」

「くそっ…無事でいてくれよ、あの鬼教官」

 

 シティ・イーターを突き進む彼らは、途中人間では進めない様な特異な作りをしたところも、フックショットのワイヤーで跳び移るか、もしくは「彼」に抱えて貰う事で難解な作りをしているこの敵拠点を突き進む事が出来ていた。

 今のところ、「彼」が持っているこの世界の元になる知識で道に迷わず起動エレベーターがあるだろう方向へと進んでいるが、此処の景色はうんざりするほどモノクロチェックに溢れた場所だ。無機質に垂らされた鎖の装飾や、黒い鋭角の多いオブジェなども物々しくも単調な風景に加わっているだけマシなのかもしれないが、こうも同じく平坦な物を見続けるとゲシュタルト崩壊という妙な現象を引き起こしてしまう。

 あまりに異常な光景に精神が参りそうになっている彼らの内、一人がぼそりと呟いた。

 

「……デルタチームは、大丈夫なのか? それに、俺達も」

「何言ってんだ?」

「ナフェちゃんの言ってた事はマジだっただろ? 通信もノイズしか聞こえないし、多分向こうからはこっちのバイタルも何もかもがモニターできない状況だ。それに此処に来るまでに入り口付近に設置する部隊は減ってるし」

「オマエなぁ、さっきケツの青臭ぇ事言ったばっかだろうが。このルーキーども見習えってんだ。なぁ?」

「はっ、光栄であります。フォボス隊長」

 

 敬礼を返す新人の彼は、憧れのフォボスに言葉を貰えて好調にも見える。

 だが、それでもと弱音を繰り返す隊員に、「彼」は自分の焦りを押し殺して言った。

 

「大丈夫だ。ステラが浚われたとしても総督は多分楽しみだと言って戦い始めるだろうさ。相手しても、20分は持つかもな。その間にマズマが復帰できれば……勝機はある」

「20分? あのお嬢ちゃんが20分だと!? オイオイ、そこまで総督はヤベーのかよ。マリオン司令どころか作戦概要からも聞いてねぇぜ」

「あれは規格外だよ。何度か会った事があるんだけどな、多分マズマやステラじゃ無理だ」

「……だったら、テメェが出るつもりか?」

「ああ。ナフェが居ないあたり不安だけど…最悪刺し違えてでも倒す」

 

 どうせ、この世界はコイツらの物だ。異邦人な俺は必要ない。

 死にたくねぇな。でも、仕方ない。

 

「……馬鹿野郎。テメェが居なくなったら誰が俺らの飯作るんだ?」

「ナフェに仕込んである」

「先輩、俺の体術訓練ってまだ終わって無かった筈っすよね?」

「後任見つけとけ。お前の都合なんか知るかよ」

「衛生兵長!! フォボス隊長の言葉は…此処に居る皆に対しての物でもあると、私は考えています! 無事に帰ることこそ、私たちの使命。人類の精鋭PSSは必ず、敵を倒して己も生き返る事を最重要とするべきであります!」

「……ありがとよ、新人君。だがまぁ、それはちゃんと自分の世界の奴らに言いな。たとえばさ――――マズマ、とか」

 

 彼がそう言った瞬間、紅い閃光がPSSの部隊員を追いぬいて行った。

 「彼」はハッキリと、マズマが焦った顔をしながら起動エレベーターへ向かっているのを確認して、PSSの面々にじゃあなと片手を上げて風になった。

 

「……あの、馬鹿野郎! さっさと続くぞ、あいつらの帰る道を守るのが俺達の任務だ!」

 

 フォボスの零した言葉に、異議を唱える者などいなかった。

 

 

 

「マズマ、落ちつけ」

「これが落ちついていられるか! 俺は、俺はようやく手にしたんだ……あの馬鹿の、本当の気持ちってやつを…! それを邪魔されて、俺は、俺はっ!!」

「……何を言っても、無駄か」

 

 すぐさまマズマに合流した彼は、呆れながらに軌道エレベーターを作動させてマズマと共に乗り込んだ。月に到着するまで高速を誇る光の柱は、すぐさま二人を量子変換させてワープロードを作り出す。

 未だエネルギー分野において発展を遂げた人類でも、辿り着けない座標を繋ぐ境地の技術。それを何の感慨も抱かずに使用した二人は、機械の壁に囲まれた風景から一瞬で小惑星と人工物の点在する宇宙空間の光景を網膜に映すことになった。

 

「………いるな、アイツ」

「言ってる場合か。行くぞ、化け物」

「誰が化け物だ、侵略者」

 

 軽口を叩き合いながらも、この場に満ちる「殺気」にようやくマズマの頭も冷えたのだろう。一転変わって正気の色を取り戻したマズマが、その手に巨大な銃剣を握りしめて重力条件の変更された足場足場に飛び移る。その後を追い、別ルートでこの場に張る膨大なエネルギーの結界を解くカギになるシステムの起動をさせようとして―――

 

「面倒だな。なぁマズマ、壊すか?」

「当たり前だ。雑魚に構っている余裕はないんだからな」

 

 軌道修正。一直線にザハが守る「彼女」へ通じる道への扉に辿り着く。

 彼は大きくこぶしを振りかぶり、自分の拳が砕ける勢いでEN障壁に拳を打ち込んだ。無論、これだけで壊れる筈もないのが通常なのだが、この障壁そのものに傷を付けるのではなく、彼の狙いは障壁を発生させている堅牢な装甲に包まれた装置にダメージを浸透させること。波となって発生しているエネルギーの流れを読んだ彼は、左拳での二撃目を流れの交差する地点に打ち込み、一部のエネルギーを逆流させる。

 続けざま、マズマの銃剣が火を噴いた。「彼」がすぐさまその場から身を引くと、紅い光弾がエネルギーの壁を伝って「彼」の作りだした逆流ルートに乗せられる。そして、発生装置にそれが接触した瞬間、小さな爆発が起こって障壁が取り除かれた。

 敵を倒さぬ無血開城。されど盲点をついた、小賢しくもスマートな突破である。

 

 だがそんなことに逐一喜びを覚える二人では無い。すぐさまそのゲートを通り抜けた先には、ザハの待ち受けるバトルフィールドが広がっていた。

 

「来たか。裏切り者とストックが」

「チッ、さっきのと同じのが後ろにあるな」

「……衛生兵長殿、ここは」

「分かってる」

「通さぬぞ。総督は今ホワイトと戯れておいでだ。総督の望むネブレイドが済むまでは―――」

「知らされてないのか。憐れな駒だな、オマエも」

 

 何を言っている? と、ザハが聞き返す前に二人は行動を開始していた。

 二人してザハを回り込むように反対方向に進むと、壁を蹴ってザハに向かって攻撃を繰り出した。追撃になる形になったそれを、ザハはその巨大な機動兵器ごとテレポートして直撃を避けて「彼」の背後に回る。恐らくはこの場にそぐわないストック風情から始末しようと言う気だったのだろうが、それは「彼」の正面から突っ込んでくるマズマの剣で止められた。ザハが操る兵器の腕部とマズマの剣が接触し、ギリギリと火花を散らして共に弾かれる。

 まさか、という驚きを見せるザハに「彼」がにやりと笑うと、空中でその向きを変えた。そう、いつかのサンフランシスコ救出作戦で見せた空気蹴りによる浮遊である。この宇宙空間には空気は存在しないが、常に漂っている小さな塵や埃、そう言ったものを踏み台として使った彼は、丁度真上に来たマズマの片足を両足で掬いあげた。

 

「そぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「行けぇぇぇぇっ!!」

 

 マズマは斜め上に飛ばされ、ザハの守っていた障壁のエネルギー波が届かない位置にまで上昇したのだ。そして難なく障壁の向こう側に侵入し、マズマは背を向けずにステラが戦う天空のテラスを目指して階段へ着地、疾走を開始。瞬く間にマズマの姿は見えなくなり、「彼」はその光景に満足気に笑みを浮かべる。

 

「っしゃ―――ガハァッ!?」

 

 その瞬間、油断であったと言えばそれまでなのだが、ザハの攻撃が背中を強かに打ち据え、体は地面に叩きつけられることになった。とんでもない衝撃が体の中を蛇の様にはいずり回ったが、まだこの程度なら「彼女」の攻撃を受け止めた時よりマシである。難なく立ち上がり、ファイティングスタイルを取って此方を見下ろすザハと対峙する。

 

「……今のを喰らって立ち上がるか…貴様ストックなのか?」

「さぁ? ただ、この世界にとっては毒でしかないのは自覚してる」

「フン、敵を味方に引き入れるばかりか、我らが悲願を邪魔しようとは…まずは貴様から死んでもらおう。あのマズマも、すぐさま引き取りに行かねばなるまい」

「…なぁ、確かお前って宇宙空手の武人だったよな? だったら……まずは実力を見極めてから物を言って貰いたいんだがね」

 

 ゆっくりと息を吐きだし、ザハを殺すという意思を込めて睨みつける。普段から使わない程の出力を肉体に反映させ、トントンと地面を足のつま先で叩けばそれだけでエイリアンの技術で作られた床が地割れを起こした。ザハは塵の一片すら残さず潰し、早く「彼女」と話をしなければならないのだと、腕を回して彼は宣言する。

 

「かかってこい、俺もさっさとお役御免になりたいもんでね」

「……いいだろう。お前はもうただのストックとは見ないことにしてやる」

 

 老歴を積んだ戦いの達人と、素人武術の人外染みているだけな人間風情。

 まるで何かに引き寄せられるような焦燥感を感じていた彼は、今まで世話になったPSSの事が脳裏に浮かべる。そして―――

 

「ありがとう、ナフェ。父親ってのも楽しかったさ」

 

 彼は挑むのだ。己の全てを賭けた戦いの序章に。

 




あと2,3話で最終回です。
今回更新遅れて申し訳ありません。
土日の休みの間には、完結させます。

ところで衛生兵って、敵を殴り倒すワンマンアーミーであってますよね?


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カウントダウン――3

全てが始まるまで、あと3

デルタチームのラストバトル


 混迷と犠牲と戦火しか見えないドラコ航空領域付近にて勃発しているデルタチームの戦闘は、ナフェの投下から役14分後、ようやく敵の数にも終わりが見えてきた。実質的にナフェが撃墜した敵アーマメントの数は総数で見ればデルタチームの戦績に及ばないものの、数値として見るならばその数なんと1億8000万弱。

 必死で戦っている者が知る由もないが、この地には地球上に存在する全てのアーマメントが集結しており、下でポセイドンと名付けられた巨大なクジラの様なアーマメントは、数100からなる小型が集結・融合して生成されたタイプだ。特にリリオとミーの配下が合成してつくられたものであるのだが、それはまた置いておくとしよう。

 

「……っ、通信。敵影は…まだ集まってる?」

≪こちらドラコ01管制室。海中・地上共に敵影は確認されていないわ。今見えてる敵でできた壁が最後の大波よ。……みんな、ここまで来たら必ず生きて戻って来て!≫

≪了ー解。デルタ1、最後の気力を振り絞るぜ≫

≪こちらデルタ8。そういえばナナちゃん帰って来ないな? そっちで何かやってるのか≫

≪管制室より、ジェンキンス博士がドックに向かったけど、それっきり何も音沙汰は無いわね。とにかくもう少し待って―――≫

 

 そんなあと少し、と言う時に限るものだ。来て欲しくないものが来る場面と言うのは。

 

「―――――ミーがいるよ! ドラコの背面、カメラの死角っ!!」

≪なにっ!? おい展望台、応答しろ!!≫

≪waoeihfa;ozzzz――――g;jroiahao≫

≪だめだ。誰かあのエイリアンを撃ち落としてくれ!≫

≪こちらデルタ5。俺が行く!!≫

「アレクセイ、焦らないでっ!!」

 

 突貫したデルタ5――アレクセイが、親友のロスコルが乗るドラコを守るためにエンジンをふかせて加速する。ターゲットの中に大きなハンマーの様な物を振り上げているエイリアンの姿を確認し、トリガーのスイッチを押した。そしてアレクセイが乗る戦闘機から機銃の弾丸がばら撒かれ、ミーを襲ったのだが……これが罠だと言う事に気付いた頃には、もう遅かった。

 

 ―――ハーイ、ブエナス・タルデス。こんにちは!

≪アレク……!≫

 

 突如機体の左翼に転移したミーが現れ、コクピットに彼女の武器が振り下ろされる。悲鳴を上げる間もなく音速を越えた一撃はコクピットのガラスを真っ赤に染め上げ、操縦者が死んだ事を証明した。

 途端、機体の制御者が居なくなったことで彼の戦闘機は螺旋を描き、損傷個所から火を噴きながら母なる海へと沈んで行く。その戦士を完全に殺したミーは復讐に染まった憎悪の瞳をナフェ達に向けると、再び転移で姿を消してしまう。こうなってしまえば、まだまだエイリアンの技術には及ばない人類側はミーの動向を追う事は不可能だ。

 

≪アレクセイ! お前娘が居たんだろ!? 頼む、応答してくれ……アレクセイッ!!≫

≪総員エンジンの出力を上げろ! エイリアンが機体に張りつかないよう振り落とすのだ。アーマメントの処理は一旦中止しても構わない! 逃げ切れ、逃げ切ってくれッ!≫

≪…了解!≫

 

 マリオンの指示に従い、残った数万のアーマメントを折っていた者たちはより上空に機体を持って行き、速度を上げて飛行する。それでも時折小銃を合わせる事が出来れば追従してきた飛行型アーマメントを撃っているのは彼らも逃げに徹しているだけではないと言う意思の表れだろう。

 そうしている間に、ナフェは己の「耳」を使ってレーダーを張り巡らせた。追従して動かすミニ・ラビットたちを更に呼び寄せ、己の周囲へと展開すると彼女はホログラムウィンドウを出現させて敵の位置を把握しにかかる。一刻も早く見つけなければ、こちらは淵になる一方。まだ数万も残っているアーマメントも全てを自分だけで相手することはできないのだ。自軍のスタミナ切れはいつ起こってもおかしくないのだから。

 

「…ナナ。アンタも早く来てよね」

 

 ジェンキンスの思惑に乗ったもう一人の希望(クローン)の名を呼ぶ。

 ナナはナフェすらも想定していなかった定着した魂と精神のずれを、蘇らせるどころか己の内で統合させる事ができた奇跡の子。その二つ名の奇跡を、今起こせなくてどうするのだと。多少の理不尽さを交えながらも訴えられずには居られなかった。

 

 

 

≪展望台の担当してる奴ら、頭潰されてやがる……≫

≪急いで整備兵を呼んでくれ。ここのガラスが割れてたら機体のバランスがとれなくなるぞ≫

≪ナフェちゃんから連絡。あと1分で敵の位置を再度割り出すことが可能。それまでにデルタチームは編隊を組み直して!≫

≪シティ・イーターの防衛線より。補給物資を送ってくれ。制空権が開けた今ならヘリは飛ばせるだろ? 一応シズさんとカーリーが壁になってくれてる…ただ長くは持たん≫

≪了解しました。これより送ります。後6分、なんとか持ちこたえてください≫

 

 ドラコの機内で、慌ただしい通信の飛び交う様子が聞こえてくる。どんな小さな情報も見逃さないよう、回線がフルオープンになったことで戦況がどれだけ不味い状況なのかが理解できる。ナナは早く戦線に戻らなければならないといらだった様子で、ずっと何かを弄っているジェンキンス相手にしびれを切らし始めていた。

 

「早くして。そもそも呼んだんだからその間に全部終わっている筈でしょうに」

「まぁ、ちょっと位は待ってくれたまえよ。今君のパーソナリティを同期している所だ。これが終わらなくては、これに乗った時に君自身が内側から赤いトマトになってしまうからね」

「…魔改造ブリュンヒルデね。噂には聞いてたけど、今更こんなのだしたって」

 

 時間を取られただけになるのではないか、とナナは目の前に鎮座する黒い航空兵器を見て思う。最高速度は音速の5倍に出力ダウンしたものの、数トンの追加装甲・武装をつけてなお超音速を誇る兵器など、扱いずらいことこの上ないだろう。

 

「果たしてそうなるのかな? さぁ、ようやくお披露目だよ」

「……乗るわね」

「是非そうしてくれ」

 

 開けられたコクピットにナナが乗り込み、操縦昆を握ってシートに背を預ける。そして開いたコクピットが仕舞った瞬間―――彼女はシートから出てきた無数のコードに絡みつかれた。

 

「…ジェンキンス」

≪まぁ、操縦性能向上のためにはインターフェースが一番だったんだ。そのコード類は機械と一体になるための機材だと思ってくれたまえ≫

「一体になるって…また私が実験台に―――」

≪コネクション≫

 

 ジェンキンスが言った瞬間、ナナの視界はコクピットの狭い景色からドックの風景を映し出していた。何が起こったのか、理解できずに右腕を動かそうとすると、慣れ親しんだ自分の体の代わりに、ブリュンヒルデの右翼の一部が作動する。

 

「実験は成功だ。さ、存分に戦ってきてくれ」

 

 また、自分は碌でもない事をされたのだと理解させられた瞬間、ナナは頭の中にこの体をどう動かせばいいかの知識が流れ込んでくる。マニュアルのような、体育の教本の様な体の動かし方を人通りに閲覧したナナは、高出力を誇るブースターに点火し、遥かなる空へと身を乗り出した。

 

 ふわっとした一瞬の浮遊感。次いで、音の壁が悲鳴を上げて道を譲る。ノーモーションからの初速1300km/hを誇るブリュンヒルデがナナの体と一体になり、ナナの精神と一体になり、人間の脳すら凌駕する処理能力、認識能力、識別能力。そう言った全ての高等な知的生物の生体的能力が機械兵器に携わったニアホワイト・ナナ(ブリュンヒルデ)が空を駆けた。

 音速の壁を突き破った物体が発するソニックブームは、発生しただけで周囲に居るアーマメントを薙ぎ払って葬り去る。エンジン出力二段階目。2000km/hの壁を突破。まだまだ上がる速度の世界ですらナナは自分の限界がまだまだ先である事を理解する。三段階目―――4000km/h突破!

 

『≪こちらナナ。航空部隊はすぐにドックに戻りなさい。これ以上速度が上がったら、あなた達の機体まで巻き込むかも≫』

≪は、ははは……おい皆、女神殿のご登場だ! レッドカーペットを敷いて道を譲れ! 戦乙女の演武をお手伝いってなぁ!!≫

≪もうちょっと早けりゃ良かったが…これだけ速けりゃ死んだ奴らも浮かんでくれるな≫

≪ナナ、算出完了したよ。データ送るから……私のトコ来て≫

『≪了解≫』

 

 味方の航空部隊が戻っていく様子をレーダーで確認し、ナナは数百メートルほどの閃会と共にナフェの元へ向かった。―――それはいつかの光景の焼き直し。ただ役者が「無人機とマズマ」だったのが、「ナナとナフェ」になっただけ。

 第四段階。時速6000キロ。音速の壁は既に職務放棄しており、ナフェはミニ・ラビットから大きく跳躍して後方から迫るブリュンヒルデに飛び移る。ほんの一瞬にすら満たない時間で通り過ぎる機体に生体アーマメントの鉤爪を引っ掛けて、その後部座席に侵入。従来の二人乗りとしての機能を復活させていたナナ専用チューニングのブリュンヒルデは、こうして「完成」するのである。

 

「ジェンキンス、こっちに乗ったけど好きにやればいいんだよね?」

≪もちろん。そろそろ我々人類の通信機は意味を成さなくなってくるからね……良い旅を、星の化身達よ≫

「七夕にエイリアンって? ひっどいセンスったら、もう!」

 

 ナフェは薄く笑って様々なモニターを表示させた。ほぼコードや機械と一体化しているナナの本体を一瞥し、先ほどまで観測していたミーの転移位置の予測算出結果をブリュンヒルデ=ナナに入力する。

 

≪成程ね。エネルギーと空間の僅かな歪みから結果を出したってワケ≫

「ホント厄介よ。リリオも似たような物だけど、あの転移は完全にミーの固有能力だもんね。今まで味方……っていうか駒としてしか使ってなかったから解析なんてしたことないしー。だから急ピッチで解析したら一番楽な予測機能が空間の歪みの観測だったの。逐一データ送るから、アンタは限界何て無視して突っ走っちゃってよ」

≪アーマメントは衝撃波だけで消えるものね。了解、オペレーターは任せたわ≫

 

 第五段階。音速の十倍に到達したブリュンヒルデには想像もできない程のGが掛かっている事になるが、ナナもナフェも、果てにはこの機体そのものも全く意に介していない。普通の人間なら潰れたトマト以下になるところを耐えられるのは、やはり人間では力不足と言うべきだろうか? いや、この機体そのものが人間の手だけで作りだされたのだ。つまり、この三種族は共に戦っている……そう考えるならば、中々にロマンチックだろう。

 機体メインブースターの出力は第六段階に到達し、機体の全身から火の手が上がり始める。まだミーを補足すらしていないのに自壊か? いや違う。これは―――灰紫の炎。

 

≪アグレッサーモード同期…アンプリフィケート、ロック完了≫

「ミーの予測位置でたよ。ドラコも同じく強固な素材で作りなおされてるし、接触しなければどれだけ近くても…そりゃストック達はヤバい揺れを体験するかもしれないけどさ、とにかく大丈夫。突っ込んじゃって」

≪りょーかい。ところでこの機体、武装は? こっちからは確認できないんだけど≫

「ゼロ。コンセプトは“頭から突っ込んで、奴の綺麗な顔をふっ飛ばす!”って目的で作られてるからね。強いて言えば機体前方の物理ブレードが武装……なのかな?」

≪真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。ストレートでぶっ飛ばすってことね……シンプルでいいじゃない。少なくとも私好みよ≫

 

 同期していても、感情は肉体から離れたわけではない。顔の上半分を機械に覆われたナナは口元を歪ませると、なおも反逆を続けようとするミーの出現予測位置をブリュンヒルデに演算させた。そして視界(カメラ)に映った幾つかのポイントの中で――もっとも揺らぎが強い部分に狙いを定めた。

 

 

 

 ミーは怒りに満ちていた。憎悪に支配されていた。

 「元々の時間軸」より、人間の感情をよく吟味していたミーは、リリオとの間に抱く男女の感情というものをようやく形にできて来ていた。こう言った関係も結局のところはストックから得た副次的な物でしかないと思っていたが、日に日に胸の内に抱く満足感と言うものは強くなっていく。ソレはリリオも同じで、二人は日を重ねるごとに惹かれていくロマンチックな関係を築けていたとも言えるだろう。

 だが、彼女達は結局人間を情報のストックとしてしか見なさない。つまりは人類の敵であり、あちら側についたマズマやナフェは下等なストックと同等に見ていた。だからこそリリオとミーの二人は、未だ総督という偉大な指導者の元で不自由のない毎日を過ごして人間をおやつ感覚でつまみ喰いするような日々を続ける。

 そんな中だった。ザハからミーへの出撃命令。そしてボロボロになって帰って来て、リリオはそんなミーを愛しく抱きしめた。埋まらない空虚な心に何かが満ちて行く感覚だけで、二人は自分たちだけの世界を構築していたと言ってもいい。そうしてようやく二人が完成されかけた所に―――リリオは失われた。

 

 あまりにもあっけなかった。リリオはカーリーに吹き飛ばされた後、「彼」の手に持った鉄柱に押し潰された。最後の姿は、上半身はただの肉塊ともつかぬ瓦礫と混ざった灰色と赤色。下半身はぞんざいに海の中へ投げ捨てられ、彼の尊厳もなにもかもを馬鹿にしていた。

 そしてミーはリリオの残った死体をネブレイドした。最後の記憶は、脳だけではなく体の細胞全てに記憶されている。そこから読み取った無念や、今まで愛し合う相手でも分からなかった感情。その全てはミーの為に捧げようとするもので、ミーは涙を流し、己を殺して復讐鬼となる。

 この場に来て、アーマメントの全てを呼び寄せ、人間を殺し始めたのは全て怒りに満ちたミーの行動。彼女はもはや、彼女と言える程の精神を持ち合わせていない。リリオとミーが混ざり合った、両方の意識が体の主導権を支配し合う関係。そして、その暴走からミーの肉体がありとあらゆる破壊を齎す存在になっていたのだ。

 

「リリオ……リリオ……リリオぉ…」

 

 怒りの表に、悲しみが張り付いていた。

 涙を流して、正常な意識すら保てず破壊を司る。ただの鬼と化した魔女は、その体に出せる百パーセントの力全てを解放していた。当然、そんな事をするタガの外れた生物は自分自身に耐えられなくなり自壊する。

 悲しいものだ。こうなってしまった時から、既にミーというエイリアンの死は確定している。いつかの名無(ナナ)と同じ、何かも分からぬ「ミー」となったそれに――ナナとナフェが早めの終止符を打ちに来たのだ。

 

 ミーが転移する。ほとんど万全の態勢で正面からナナ達を迎え撃つつもりだ。

 彼我の距離は10キロ。…いま2キロに縮まった。

 カウントダウンの時間だ。

 生物として限界以上の力を発揮する、ミーの力で巨大な斧が薙ぎ払われる。

 音速の壁を遥かに超える衝撃波が発生。ナナ達の乗るブリュンヒルデは翼の一部を吹き飛ばされながらも、決してぶれることなくミーへ突撃を続ける。ここまで来たら全ての小細工は不要。ミーの連続衝撃波、僅かながらも小破を繰り返す機体。根競べはほんのコンマの世界で行われ――――ブリュンヒルデが爆炎を上げて大破した。

 

 炎を巻き上げ、空中分解を繰り返し、パーツとパーツが細かな流星となって音の10倍の速度を保ったまま崩壊して行く。乗っていたナナ達のいたコクピットは見るも無残に爆発し、粉々で原型すら残っていない。

 この空で堕ちて行ったデルタチームと同じく破壊された機体を見る限り、生存は絶望的。そも音速を越えている状態で生身を晒すと言うのは、そのまま物理的にバラバラになっても構わないと言う事。しかしその話の全ても、人間であったのならば。

 

 

 その中から、二つの影が飛びだした。

 桃色の短い髪をはためかせながら、トレードマークのフードとアンテナがボロボロになったナフェが歯を食いしばって体を弓なりにしならせる。最大仰角まで開かれた彼女のアーマメントハンドが大気を切り裂きながらギチギチと音をたて、「彼」からネブレイドで得た力の全てを象徴させる。一気に振り抜かれた爪は、勝利を確信していた「ミー」の武器を腕ごと完全に切断。続けざまに刀を握っていたナナがミーの額に真っ黒なイクサブレードを突き立て、そのエッジを片手で一気に叩き落した。

 

「終わりよ! エイリアンッ!!」

 

 額から下にかけて、臓物一切全てを斬り落としながら刃が股から突き抜ける。空虚な箱となったソレは生命活動の全てを物理的に遮断され、物言わぬ屍となった。「ミー」はここでリリオと共に脱落。

 勝者であるナナとナフェは、そのままの勢いで海面に叩きつけられる。巨大な水しぶきが上がり……それが収まった頃には、廃材の上で大の字で倒れ伏す二人の姿。服装も、装備も、体も、何もかもが爆発の衝撃でボロボロになった彼女達は、疲れた様に笑っていた。

 

 アーマメントも全ていない。エイリアンも敵は全て死んだ。

 デルタチームとナナ達の戦いは、勝利を収めたのだ。

 

「あんた、ウサ耳なくなってるわよ」

「そう言う出来そこないこそ、あのヘアピンないじゃん」

「えっ……姉さんの遺品だったのに」

「あはは…あたしのもね、総督が見つけてくれる前からあった最初の“作品”なのよね」

「…何もかも、なくなっちゃったのね」

「そうでもないかもね。あたしの最後の作品は……まぁあたしの隣で愚痴垂れてるし」

「サイコーね。その冗談」

 

 二人は拳を、コツンとぶつけ合った。

 




ハイスピード自爆バトル。
来週中には完結予定。


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カウントダウン――2

何もかもが死に至り、絶対には何をしようとも届かない。


 振り抜いた拳が受け止められた。全てを貫通するのではないかと思われるほど、単調で真っ直ぐに繰り出された剛速を誇る右拳はザハの巨大な機械腕に何の損傷も与える事が出来ず、そればかりかまるで常に浮いているかのような動きでザハの機体が蹴りを繰り出してくる。型に嵌った上段蹴りは威力、遠心力との相乗効果で風を破壊しながら迫ってくる。苦し紛れに何とか耐えようと腕を交差させた瞬間、彼の体は勢いよく吹き飛ばされ、向かい側の壁に叩きつけられた。

 落ちて来た巨大な瓦礫を押しのけ、手も足もでない相手に彼は笑う。流血でふさがりかけた視界で自分の手を見ながら、呆れたように言い放った。

 

「……やっぱ、素人武術じゃ柔にゃ勝てんな」

「分かっているのなら、大人しく諦めろ。もはやマズマも、あのホワイトも助かる術は無い。総督の力に及ぶことなど、この世の全てを探したところで無いのだからな」

「ハッ、諦めろってんなら寝言だけにしとけやクソジジイ。生憎とこちとら急いでんだ。道をお譲りします人間サマ……ってのが常套だろうに」

「笑えぬな」

「オラッ!」

 

 血を拭い去って地面を蹴り、突貫した彼は再び型も何もないテレフォンパンチを繰り出した。ヤクザパンチ、と言えば分かり易いであろう無様なそれは、先ほどと同じくザハの巨大な兵器の腕で止められ、力を受け流され、硬直した隙を横合いに繰り出された相手の蹴りで吹き飛ばされる。今度は側頭部に当たってしまい、頭の中をぐるぐるのグチャグチャにしながら意識を朦朧とさせる。

 結論を言おう。このままでは、「彼」はザハに勝つ事は出来ない。

 ザハと彼の身体スペックを比べるならば、彼の方が数十倍も上であると断言できる。だが、それだけだ。純日本人として生まれ、今もそう過ごしている彼はその身に不相応なとてつもないパワーはあれど、それを活かし切れていない。彼には「技」がないのだ。自分の持つ力を十全に扱い、王道漫画の主人公が習得する様な「技がない」。だからこそ、彼は再び立ち上がったとしてもザハに一撃すら与えることができない。その全ての攻撃は一直線過ぎて、ザハの力を受け流す体術に全て流されてしまうのである。

 

 この事態は「彼」自身にもほとんど予測できていた。だが、彼はPSSの練習場で何もしていなかったわけではない。一般兵に混ざって戦闘訓練、そして演習にも参加してまでPSSの一員として努力を続けたこともあったのだが……マリオンにこう言われたのだ。

 ―――君には武道の才能は無い様だな。センスも絶望的…宝の持ち腐れだよ。

 マリオンは彼に対してそんな言葉を浴びせかけた。これを言ったのも、彼自身練習に参加していて身に染みていたのに、それでもなお本当に無意味な努力を続けようとして他の訓練兵の足を引っ張っていたからだ。それでようやく、彼は「衛生兵」として戦いとも呼べない殲滅戦にばかり参加し、時には裏で支える「料理長」として鍋と腕を振るってきた。

 そうした経緯を挟んで、結果がこれである。

 ザハに突貫。そして迎撃される。なんの実りもない単調な作業の繰り返しに、最初は訝し身を覚えていたザハも「彼」の特性を理解して落胆せずには居られなかった。どうして、このような力ばかりの生きる価値もない輩を総督は気にかけておられたのだろうか、と。

 

「おまえ、俺を見下したな? ああそうだろうさ……そんなこと嫌ってほど分かってるっての。……ッハァ! マジで面倒だよ。天は二物を与えないってのを、この世界じゃ俺だけに適応したのかってくらいに」

「……」

 

 ザハは答えない。もうこの人間に価値は無い。

 このような下等な言葉は、聞く意味すら無い。機動兵器に力を入れ直すと、ザハは先ほどと同じように、「彼が絶対に避けられない攻撃」を仕掛けた。円軌道を描きながら回し蹴りを繰り出し、ねじ込むことで防御すら撃ち抜く型だ。この短時間で、「彼」に対しては無類の強さを誇る蹴り技を放ち―――終わりを迎えようとした。

 そう、迎えようとしたのだ。

 

「……貴様」

「分かってる。俺には技も、才能も、戦うためのセンスもなーんにもない。一般人上がりにはこれが限界だったってワケだ。…ただな、俺っていじめられっ子だったんだよな」

 

 蹴りで打ち砕いた壁などの瓦礫が砂埃を舞い上げていた。その中に、一人の影があった。彼は吹き飛ばされておらず、ただギチギチと生物の手が出してはいけない音を立てながらも両手でしっかりとザハの兵器の足を掴み取っている。

 

「いじめられっ子で、先生に言ったらすぐにそれは収まったし、チクリ魔としていじめっ子どもにはもう手を出されなくなった。でもなぁ、そこに至るまでが長かったんだよ。……その間、殴る蹴るもあった中で耐え続けててな。痛いけど、別に泣く程でもなかったってのを思い出した。…走馬灯だっけ? 死にかけたことで、初めて自分が戦闘で役立てそうな事があったんだよ」

 

 彼は掴み取った機械の足の一部を掴み直すと、その装甲板に指を喰い込ませた。不味いと感じ取ったザハが足を引こうとする前に、エイリアンの反応速度を上回った「彼」は装甲板の一部を完全に引っぺがす。合金装甲が甲高い音を立てて割れ、砕かれていく様はこれまでの様子から見返せば圧巻の一言。

 その手に残った一握りの鉄スクラップを投げ捨てると、服で額の血を拭う。これまでのダメージは全部嘘だったかのように「治っている」彼の体は、もはや人間と呼ぶにもおぞましい化け物だと人は指を指すだろう。だが、いままでずっとザハの攻撃に「いじめられていた」彼は、それはそれで面白そうだと笑った。

 

「次は指を貰うか? それとも一気に動力部のパーツを握りつぶすか? …一気に壊せないなら、少しずつバラバラにしていけばいい。防げないなら、いっそ防がないで受け止める位に耐え続ければいい。根競べだ、武術の達人。素人のテレフォンパンチを顔面に沈める準備も与えないからな」

「……小癪な。だが私のダメージが全く入っていないと言う訳でもあるまい。貴様も所詮は人間なのだ……その血液が全て抜け切るまで、何度も打ちのめしてくれよう」

 

 最初に動いたのは、やはり「彼」だった。

 いつものように地面を蹴って、愚直なまでに一直線に飛んだ彼はザハの兵器の肩の辺りに飛び乗った。振り落とされる前にしっかりと両手で張り付いた彼は、あろうことか駆動系に歯を突き立てて食いちぎる。オイルのキツイ匂いと不味さが口の中に充満する不快感はあるが、次の瞬間振り落とされる前に彼は自ら地面に降り立った。口の中に残ったバイパスの一部を吐き捨て、今度は機能を半分停止させた左腕のある左側から回り込むように攻め込み始める。

 今更ながらに、彼は此処に来てゲームとは大違いだとこの戦闘の速度に関して思考を偏らせると、すぐさま切り替えて壁を蹴って正面に躍り出る。それを予測していたザハが押し潰すように両手を挟みこんでくるが、歯を食いしばってその両側からの衝撃を受け止めた彼は、ここぞとばかりに挟みこんできた指の関節に手を突っ込ませて握りつぶした。ザハの左中指と右人差し指を行動不能にさせたことで兵器自体にエラーが生じたのだろう。手首の関節部分から異常をきたして彼を抑えつけようとする力に一瞬の隙が造られる。その間に機能停止した手を踏み台にした彼は、本体のザハが浮かぶ巨大人型兵器のむき出しになった中心部分に向かって拳を振り上げていた。

 

 ここまで動けなくなれば当たる。そう考えて繰り出した右ストレートはギリギリのところで動きを読んだザハに避けられたのだが、ザハの顔面横をそのまますり抜けそうだった彼の右腕は突如関節を曲げてフックの様にザハの首に引っ掛けると、そのまま後ろに回り込んでへし折ってやろうと強い圧力をかけようとする。しかし寸での判断でザハだけが機械もろとも転移し、首に右手を掛けようとした体勢のまま彼が空中に取り残されることになった。

 そうして作った隙に対し、ザハが取った行動は武器の使用。背部から火を吹いて出現したミサイルの姿を見た彼は、急ぎその場から離脱すると再びザハ目指して突貫する。丁度いい武器だ、と言って笑った彼はミサイルを引っ掴むと――近接信管式でないことに感謝しながら――勢い殺さず衝撃を与えないようにザハへ向かって投げ直す。自分の武器として放ったミサイルが数十倍の速度で機動兵器の右腕に接触すると、その部分は大爆発を起こして接触個所から先を破壊して地面に落とす。

 

「こうなったら一気に四肢もげそうだな。おっと、もう右腕落ちたから三肢か? モット攻撃して来いよ、そうしたらお前のその面倒なパワードスーツ壊せるんだからな」

「戯言を。だが手も足も出なかった状況から好転させたのは認めてやろう。……不思議な物でな、貴様の価値は私の中で浮き沈みしておるようだ」

「それじゃあ最底辺ってことで一つ」

「それも日本人の謙虚さか? 厭みだな、ソレは」

 

 ザハが右腕部分を敢えて攻撃に使い、今度はザハの方が彼との距離を詰め込んだ。

 一歩引いたところで、丁度いい位置に右足部分が迫ってくる。

 先ほどと同じように足を掴もうとして、彼はその場から飛び退いた。

 

「いい判断だ」

 

 ザハの言葉と共に、彼のいた場所に複数のロケット弾薬が打ち込まれていた。

 爆発の熱波は彼の肌を焼き、黒ずんだ火傷を作って腕を鈍らせる。人間でしかない彼は流石に火傷と言う痛みには慣れておらず、少したじろいだところで隙を晒してしまった。

 踏み込み、溜めを行ったザハの左腕が砲弾のように撃ち放たれ、モロにその一撃を受けた彼が吹き飛ばされる。ごじゃっ、という耳にするにはおぞましい音が響いて、同時に彼の左腕が完全に使い物になっていない事が視認出来た。少なくともザハの目には、骨が突き出し肘から先の肉が半分ほど削げ落ちた彼の左腕が見えている。

 勝負ありか? いや違う。この程度で諦めていたら、「彼」は「彼女」に合うために此処まで来た意味がない。ステラを救うためでもなく、人類の為でもなく、ただ何となく、戦っている途中で無性に彼女に会いたいと思ってしまっていた。だからこそ、さっさとこのエイリアンを倒して「彼女」の元に馳せ参じなければならないと自分の中にある何かがさ囁いている。

 

「……いい加減、鬱陶しいんだけどな」

「それは此方も同じだ。総督の宿願を達成させるまでは、この身が朽ち果てようとも通すわけにはいかん。老いた身とは言え、あの方に尽くす心は衰えておらんのだからな」

「人間なんかにゃ見られない最高の従者気質だな。まぁ、だからと言って手加減は無ぇ」

「手加減など、この身に対する侮辱であろうに!」

「分かってるさッ!」

 

 それからは一方的な展開だった。

 此方の攻撃が通用するようになってからは、彼は五秒に一度のペースで少しずつ装甲を削り、時には兵装の爆薬を誘爆させて機動力を根こそぎ奪う。最終的にほんの数秒立つ間にトウモロコシが食べられるようにむしられていったザハの機体は、余すところなく装甲全てを解体され、動力などの重要なパーツが露出させられる結果になっていた。

 そして彼は、もはや鋭い動きも出来なくなったザハの機体を完全に上回る動きでザハ本体にかかと落としを叩きこむ。そのまま一緒に動力炉へとブチ落とした彼は、爆発の予兆を見せるザハの機動兵器から一目散に距離を取って着地した。

 

「ははは、総督…私は―――」

 

 あの老人は、最後まで言葉を語らず戦いの中で老いて行った。決して上昇も無かった、頂上決戦は、ゆるやかな老衰によってザハの敗北と言う形で決着が付けられる。直後、動力炉にザハという異物を投下されたエネルギー回路が暴走を起こし、周囲一帯を巻き込むような大爆発を巻き起こした。

 爆音と轟音が鳴りやまない中で、ザハの遺体も何もかもが燃えて無くなっていく。宇宙空間に出来た施設で吹き飛んだ物は、地球の重力に引き寄せられた揚句に大気圏で燃え尽きる運命を辿って行った。恐らくは、ザハの乗っていた機体の全てもあの中に突っ込んで行っているのだろう。

 

 ガラにもなく、感傷に浸ってしまったなと、彼は自分が進むべき道の先を見る。

 するとそこには、張られていたエネルギーの壁が先の爆発で動力を落としたか、何もなかったかのように天へと続く階段を譲っていた。瓦礫や大穴を乗り越えて、彼はその階段の一つ目に記念すべき第一歩を踏みしめ―――その場から消えて行くのだった。

 

 

 

 ザハの元で戦い始めた彼と別れてすぐ、マズマは頂上を目指して足を動かした。

 全てを見下ろす月の上で、元々の色より更に白く染められた広い場所に辿り着く。そこに居たのは、変わらず椅子に座って足を組む総督だった。

 ステラは、一体どこに居る? 彼の中ではそんな最悪の予想が渦巻き、激しい動機と不安を煽った。しかして、それはすぐさま安心と驚愕に変わる。総督には傷一つ見られないと言うのに、テーブルの近くに無様に転がされているステラの姿があったのだから。

 

「殺してはいない。もはやそれも……無意味」

「…総督。アンタが何を望んでいるのか分からないんだが」

「さぁな。私も何をすべきか…分からなくなってしまった。そこのホワイトを、私自身をネブレイドする事が目的だったのだが、何故だろうな?」

「っ、御託に付き合ってる暇は無いんでね」

 

 素早くステラの元に移動した彼は、すぐさま彼女に肩を貸して立ち上がった。

 

「おまえ、生きてるよな」

「…………うん、アイツ…強い」

「分かってる」

 

 このまま一旦逃げて、ステラを安全な場所に置いてから再び戦いを挑むという考えが頭に浮かんだが、この白い女は自分にすら匹敵する実力を持った筈のステラを、こうまで一方的に嬲る力を持っているのだ。もとから勝てる由も無かったというのに、まだこれだけの実力差があると知って歯がゆいばかりか、退路は断たれているも同然の状況。

 マズマはステラを支えていない方の手で大剣を握りしめ、いつでも振るえるように戦闘態勢を整えた。対して、あちらは新調したポットから紅茶を注ぎ、今にもティータイムを始めようとしている。この余裕の差は、一体何から来るのか。

 未知という最大の恐怖が込み上げてくる。強大な「敵」を前にして、マズマは緊張を解く事など一切できなかった。

 

「待ち人は……」

「…何?」

「おまえたちでは無い。私が待つのは、そう、愛しきあの男。そのための着替え、そのための十字架。発掘してくるのには、手間が掛かったがな」

「十字架……」

 

 ちらりと上を見ると、前にこの総督の部屋を訪れた時には無かった巨大な十字架が鎖を巻きつけられて吊るされていた。今にも落ちてきそうなアンバランスさで傾いた十字架はしかし奇跡のバランスを保ってそこに鎮座している。

 「アイツ」なら、十字架の一部を抉り取って鈍器として使いそうなものだと、マズマはふと思わずには居られなかった。

 

「逃げるならば行くがいい。追うこともしない」

「ストックに攻め入って、ホワイトを作らせて、その目的が来たら興味を無くす。アンタは本当に分からないお人だよ、総督」

「それで構わないさ。所詮個人が個人を理解することなど出来ないのだから。だが―――その不文律も、奴が来れば全ては変わる。私は他人の全てを知り、世界の条理の全てを知るのだ」

「……ネブレイドも、ここまで来たら病気かもしれないな?」

「ああ。だが私の体に起こった事は、全て自然なのだ。受け入れて動く事が我が未来」

 

 いつの間にか総督は、立ち上がってマズマを見つめていた。

 その時、彼の背中でもぞりとステラがみじろぎする。力を振り絞った彼女はマズマの背中から離れると、無理を重ねた様にしてその場に足を突き立てた。満身創痍を体現した彼女は酷く頼りなく見え、無理をするなとマズマが勧告する。

 

「…私もまだ……戦える。戦わないと、ダメ」

「まだ立つか、ステラ。貴様はもはや私では無くなった……求めるに値しないのは分かり切っている筈だ。幾度もそう言って、退く事を勧めた筈なのだがな」

「それでも、いつ皆を殺すか分からない……危険なオマエは、ここで倒す!」

「見事。実に見事な心意気。感服せざるを得ないな、おまえを此処まで育てた人間達、マズマやナフェ、そしておまえを作り出したワイラー・ギブソンには」

 

 「彼女」は感動したオーディエンスの様に、乾いた拍手を送る。

 ぱっぱっ、と鳴り響く空しさは空白の時間の中に溶け込んで行き、酷く場にそぐわない静寂を突き破った。それで不気味さすら感じ続ける彼女はどこまでも自分本位で、ちらりと戦闘装束の身だしなみを気にかける様子は恋する乙女の様でもある。

 彼女はいったい、何が真実で何が演技なのだろうか。目の前で見ていてそのちぐはぐさに、ステラはどこか自分と似たような感覚を覚えたが、直後にアレは自分の比ではないと思い知らされた。本質そのものがずれているのだ、彼女は。自分は生まれたばかりで、体格や年齢に見合わない知識の乏しさ、常識の欠落を自覚している。

 

 だけど「彼女」は一体何だ?

 膨大な歴史、情報、記録、記憶を詰め込んだ無機物(アカシックレコード)のようでありながら生物らしくて、成長期の少女の様な外見でありながらこの世のあらゆる生物より老練な雰囲気がある。

 恐ろしく凍りつく様な殺気の源は、どこまでも空虚な感情すら無い器だ。吐き出される言葉は虚偽しか言わず、しかしそれは相手に真実よりも重い現実としてのしかかる。存在と実体が何一つとして見合っていないのだ。まるで、彼女自体がこの世界から取り残されているように。

 

「さて、マズマの言い方では感動の拍手の後はスタッフロールと後日談で飾る…だったか。ここまで時間を合わせた甲斐があったと言うものだ」

「…あんた、何を言ってる?」

「なに、少し遊ぼうと言う事さ。新しい遊びを覚えて来たのだろう?」

「なっ――!」

 

 消えたと思った瞬間、すぐ目の前で立っていた彼女が鎌を振り上げてマズマの頭上から迫っていた。落下分、本来の速度よりずっと遅い彼女の動きを捉えたマズマはすぐさま剣をしたから振りかぶり、横殴りに彼女を吹き飛ばす。ごぎぃん、といった重い金属音が鳴り響いたかと思えば、再び彼女の姿は消える。

 ミーのような瞬間移動では無い。たんに彼女なりに「歩いた」だけでこの速度。マズマが徒歩で200キロを越えるバイクに追いつくのとはケタが違う。

 

「クソッ、いきなり始まったか!」

「マズマ、絶対に後で続きを聞かせて。今は―――援護をおねがい」

 

 ステラはボロボロな身体を引きずって、左目に青い炎を灯して地を蹴った。アグレッサーモードはグレイが死ぬその間際まで、身体能力を限界まで引き上げて戦闘持続能力を延々と開花させる。だがそれは重体を負っていれば悪手にしかならず、自らの寿命を縮めることと同義だ。

 しかしこうでもしなければ総督の動きを捉えることは不可能。ギロリと睨みつけたステラは、痛みをシャットアウトした状態でマズマの返答も聞かずに総督と正面からの切り合いを挑んだ。

 

「喰らえッ!!」

「連携か。どこまで鍛え上げられたか、見てみたいものだ」

 

 ステラの刃が奔り、それは幾重にも連なる切り合いへと発展する。最初にステラが挑んだ時と焼き直しの様な光景は、紅い光弾が総督に向かうことで変化を生みだした。後方から銃型の武器として扱うマズマが支援射撃を行う事で、総督の動ける範囲を少しずつ埋め始めたのだ。

 ステラを狙わず、敵の動きだけを阻害する狙撃の腕は見事としか言いようがない。いつもは前髪の下に隠れているもう片方の目には、スコープの模様にも似た物が張り付いており、それは狙撃専用の生体アーマメント技術が使われた証明でもある。

 人類最大の敵であるエイリアンにすら見極められない乱戦を、マズマはその目でしっかりと捉えて行動する。次第に、総督は腕や足の一部に彼が放つ銃撃を掠り始め、遂にはステラの攻撃をしのぐ事すら難しくなってきていた。

 

「いい調子。…マズマ!」

「分かっているさ。行くぞ」

 

 隙を晒した総督にステラが迫り、低い体勢から一気に武器を撃ちあげた所で高速接近したマズマが振りかぶった大剣が襲いかかる。「彼女」はそれにふっと笑みを浮かべ、鎌の先端から曲線を描く刃の峰の部分で攻撃を反らして薙ぎ払った。

 その直後、吹き飛ばされたマズマの右腕を掴んだステラが一回転して再び総督にマズマを投げつけると、吹き飛ばした際の威力に遠心力とステラの投げる力がプラスされ、メジャーリーガーの剛速球よりも恐ろしい砲弾が完成する。剣の切っ先を向けて総督に迫ったマズマは、勢いを利用したまま一気に横に切りはらった。

 

「流石だ」

 

 これには、流石の彼女と言えど防御する他に道は無かったらしい。鎌を盾の様に構えた上、左手で全ての衝撃を受け止めつつも接触個所からは激しい火花と熱が発生し、総督の右腕を少しばかり黒く焦がした。着ていた服に焦げ目ができあがり、彼女は少しばかり不満そうな表情になる。

 

「耐えられたか…!」

「危なかったぞ。私といえど、直撃なら肉の半分は切り裂かれていたかも知れん」

 

 末恐ろしいとはこの事だろう。あの全力の攻撃は、そこらの頑丈なエイリアンに放てば接触個所から肉体がミンチ以下になる程の威力を兼ね備えていた。更にそれにマズマが斬撃という指向性を持たせることで、どんなに固く頑強な物体であってもバターよりも軽く切り裂ける結果を導く筈だった。

 それを、ほんの僅かな防御を取っただけで耐えきったのだ。この白きエイリアンは。

 

「む」

 

 「彼女」がそうつぶやいた直後、階段の下の方で大きな爆発が起こる。直観的に「彼」がザハを打倒したことを感じ取ったのか、彼女はそれから一切の躊躇と慢心を投げ捨て、マズマ達の認知外の速度で後方に移動する。

 二人は一瞬遅れて総督の存在に気付いたが、既にその時には総督の足がマズマとステラを打ち据えている。別々の方向に吹き飛ばされ、横合いから柱に叩きつけられた二人は全身に走った衝撃でその場に血を吐きだしていた。

 

「そこで見ておけ。彼が、もうすぐ来てくれる」

 

 笑った彼女は、再び席に戻ってカップを手に取るのだった。

 




絶対からは逃げられない。
形あるもの、必ず崩れる。


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カウントダウン――1

愛し合って、勝ったのは
想いが弱くて浅い方


 白の庭園に、たった一人の美しい者がいた。

 触れる事すら躊躇われる純白は己がどれほどに穢れているかを自覚させるだけの清純さを持っていて、この手を伸ばそうものならそれこそが罪であると判決を下されてしまいそうな儚げな雰囲気すら兼ね備えていた。しかしその狂おしいほどの白は、究極的なまでに色を弾きだす力強い白でもあった。

 夏の日照りや夜の宵闇。その中ですら自己主張を止めることはない恐ろしいまでの我の強さに、手を伸ばそうとして躊躇いを見せた者たちは皆、その白の中に取り込まれ喰われていく運命を辿るばかり。肝心なのは決して白の前で隙を見せない事であると、「彼」は目の前に居るその存在を見据えていた。

 

「……ようやく、来たか」

「イエローモンキーのご登場だ、白人さん」

「白子、と言えばいいであろう。少なくとも紫外線如きに遮られるいわれは無いがな」

 

 彼女はカップをつぅ、と煽った。

 空になったそれを遥か宙の彼方へ投げ捨て、紅玉より妖しい光を発する瞳を向ける。

 

 少しだけ、目を閉じた。

 そう思ったら、真っ赤な真っ赤な―――火が灯っていた。

 

「アンタが、そもそもの源流だったってことか」

「これ次第で、グレイは随分と質が違っていた。だが全てはグレイに過ぎなかったの。……そう、そこのステラですら」

「…相も変わらず、尊大かと思えば女々しい口調だ。あんまりに純粋過ぎて、留まる事すらできなかったか?」

「違うな。私の中の全ては混沌だ。あまりに多すぎて――決められん」

 

 唇に手を持って行った彼女は、にっこりと笑顔を咲かせた。

 冷血で、慈悲すら無い好奇心の塊だった彼女からは想像もつかない感情の発露。誰しもが見惚れ、己の全てを捧げる事すら厭わないであろう華よりもなお美しき笑顔を見た彼ですら、目を閉じ、口の端を持ちあげてから……鼻で嘲笑った。

 

「演技臭ェ。吐き気がする。頭も痛いし…目眩もだ」

「私に見惚れた輩は皆、そう言って酔ったかのようだったぞ?」

「違ぇな。こりゃどうにも……出血多量だ。左腕の」

 

 ほれ、と彼が笑って見せたのは、未だ血流がとめどなく流れている骨と肉の混ざり合った無様で醜悪な肉塊。おおよそ彼女には何処までも似つかわしくなく、この場で持ちだす様なものでもないソレは、彼女の信者から言わせれば極刑物であろう。

 だがそんな無粋な事を言う輩もいない中で、やはり彼女はこれが一番己に相応しいのだと()欲を抱いた。一見美しい華に見える彼女の正体は、その姿で全てを喰らい尽す本性を隠し獲物を寄せ付けるためのダミー。結局のところ外見は外見でしかなく、本質を見抜ける観察眼の持ち主には何ら通用しない張りぼての美しさ。言うなれば、彼女の外見は「丹念に、丁寧に作られた彫像を撮った写真(・・)」でしかない。

 そのうちに秘める、獣を越えた本能と欲望への忠実な本質だけは誤魔化すことはできないのである。生きとし生ける者全てが持つルールに、彼女が適応されていないと言う事は無かった。

 

「ああ、何と痛ましい……そのような姿は似合わない。おまえは、完璧でなければ」

「俺の何処が完璧だって? 不完全にも程がある。不格好にも程がある。一般人にも程がある。完璧って言うのはな、戦いも睡眠も日常も特別も一般も心も外見も料理も性欲も、そんな相手に求められる全てに理想の形で必ず応えてやる事を言うんだ。まず見た目は凡々、器量も良く無けりゃあ人並みの情欲も生存競争の中で枯れ果てた俺だ。その何処が……完璧だって言うんだよ? 俺が完璧なら、今頃はお前の将兵も誰も殺さず、PSSで今も犠牲になってる奴らを誰も死なせず、アーマメントですら一機も破壊していないさ」

 

 馬鹿馬鹿しすぎる。そう言った彼は悲観も楽しさも、全ての感情をかなぐり捨てたように息を吐きだした。その息の中に呆れと言うたった一つの感情を上乗せして。

 

「なんにせよ、俺が此処に来た目的分かってるよな?」

「私にネブレイドされに来たのだろう? さぁ、全てを見せてほしい。お前の全てが――私は欲しいのだ」

「これまた熱烈なラブコールだ。もっと前に言っとけば俺はちゃんと答えたぞ?」

「ほう…。では、あの夜空を見上げた日ならどう言った?」

「決まってるさ―――“タイプじゃないんです”、って感じだ」

 

 めらめら、ごうごうと燃え上がる右目の炎を携えて、彼女は両目を大きく開いた。

 

「は、はははははははははははははははっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

「く、ははははは! 最高の冗句(ジョーク)だろ」

「ふ、ふふふふふ……では、おまえはどうすれば私を好いてくれる?」

「もっと胸が大きい方が好みだ。この貧乳(ヒンニュー)めっ」

「だったら、私の胸に一撃与えて……大きくしてみたらどうだ?」

 

 二人の姿が掻き消える。

 次にはほんの1ミリにも満たない距離を詰め合って、小さく唇を重ねていた。

 ソフトキスから、二人の濃密な殺し愛が始まるのであった。

 

 

 

 まったく、目の前で行われている戦闘が見えなかった。

 狙撃手としてだけではない。超高機動戦闘にすら耐えうる動体視力を持っている筈の自分や、それより高性能なマズマの目ですら戦いの行方を追えていないらしい。少なくとも、「彼」から飛び散る左腕の出血。それが辛うじて軌跡を残してくれるから何処を通ったかくらいは分かっても……たったそれだけ。他には、後から「音が纏まって」聞こえてくるしかない。

 

「……何だ、これは」

 

 マズマが呟いている。私も、そう言いたかったけど……生憎とこのダメージだと喋るだけでも体が言う事を聞いてくれない。総督から受け継がれたクローンとして、ネブレイドにも似た超速栄養吸収能力はあるけど、マズマの血だけじゃ回復には程遠かった。

 でも、彼の体の一部だけでも私の物になったのは……なんでか、ちょっと嬉しい。

 

「俺は半身不随、コイツは意識を保つ事が限界……引きずってコイツの傍に居てやれるのが限界だって? なんのために、此処に来たんだ―――」

 

 マズマが柱に背中を預け、動かない足の代わりに重心に据えた。私の頭は彼の膝に乗せられているらしくて、それが温かい。聞こえているって分かるんなら、せめてこの時に…答えを教えてほしかった。

 それを目で訴えようとするけど、私は顔を向ける事すらできない。ただ必死に、時折のぞきこんでくる彼に視線で訴えることしかできない。他にできる事って言ったら、

 

「……ぁ、…………ぅ」

「無理をするんじゃあない。体はもう限界なんだよ…内臓器がやられてる。声を出せないのも、力が入らないのも内側からやられてるからだ。そんな事で、死のうとするな」

 

 違う。そうじゃないの。

 見て、私の目。ようやく光を灯したあなたの目で。私を…見て!

 

「………ああ、分かった。こんな時にまで答えに拘るのか、オマエ。ホントに馬鹿だ、考えられないくらいに」

 

 やっと気づいてくれた。もう、私はずっと待ってた。

 だから教えて、あなたの気持ち。

 

「俺は…ステラ。オマエなんかはただの駒にしか見ていなかった」

 

 ……え?

 

「だがそれも昔の話だ。今となっては、そうだな……ああ、最高のパートナーだなんて思ってるな。だがそれも過去形に過ぎん。たった今、そうだ。たった今俺はオマエに対して言ってやりたい言葉がある」

 

「これから、オマエを愛させてくれ。ステラ」

「……ぅ、ん」

 

 ……とっても、嬉しい。

 嬉しくても涙は出るんだって、本当だった。マズマらしくて不器用な答えだったけど、本当に聞きたい事を聞けた。拒絶でも、受容でもどっちでもよかったんだ。私はマズマの本心が聞きたかった、それだけだったから。

 だけど想いを先に伝えていたのは、私の最初で最後の大きなズル。マズマに決心を急かさせるために悪い心が囁いた卑怯な真似。だったとしても、こんなに「好き」を受け入れてくれる事が嬉しいなんて知らなかった。

 

「マ……ズ、マ」

「おいッ! 喋るなよ……ダメだ、オマエは喋るだけでも…」

「戦える、よ…? 私たち、まだ……戦えるから」

 

 嬉しい思いが込み上げてくる。動かなかった体が言う事を聞いてくれて、声が思い通りに出てくれる。左目には涙と違う熱さが灯って、どんどん体が治って行くのを教えてくれている。

 マズマ、私たちはまだ立てるみたいだよ。マズマだって、ほら―――

 

「手をとって、掴んで欲しいの」

 

 差し出した手は冷たい空気に触れ続ける。

 見つめ続ける男はふっと笑って、この世界には馬鹿しか居ない事を悟った。

 その馬鹿の中に、自分と言う存在を含めて。

 

「……分かっているさ。俺は、何でも知っている」

「そうだよ。マズマは私の師匠(せんせー)だから」

「行くぞ馬鹿弟子。今ならアイツらにも―――絶対に届く」

「うん!」

 

 握った手は離さない。

 お互いに繋がれた場所から、温かい力が灯り始めた。

 私たちはこの手をとって、どこまでも進めるんだって。そう思えるくらいに。

 

 とても、とても強い力が込み上げてくるの。

 

 

 

 時は少し遡り、彼と彼女が撃ちあい始めた頃。

 彼は右手をスナップさせて、相手の防御の固さに苦戦する。使い物にならないかのように思えた左側も、痛みを抑えれば強靭な趣味の悪い骨のランスだ。こんな耐えきれる筈もない痛みに心の中ではみっともなく泣き叫んで、それでいて理不尽を嘆き続けている。だが彼がそれを表に出すことは無い。ここまで被り続けた繋ぐ者としての仮面は、最後の最期まで脱ぎ捨てる事は無いと誓ったから。

 あの去り際、PSSのフォボス達に弱みを見せたのは本当の自分を知ってほしかったからかもしれない。どこまでも女々しい自分の正確に苦笑を禁じ得ず、もう一度右拳を握りこんだ彼は左を軸足に、その場で回転する様な動きを見せ始めた。

 

「シッ! はっ、セイッ! ドラッ!!!」

「デンプシーロール…? ほぅ」

 

 お互いの声が、動作の完了後に響いてくるなんて奇怪な現象が起きている。それもそうだろう、今の彼らは音速を越えて動いているのだから。音を伝う速度よりも早い彼らの後に、音が遅れてやってくるなんて当たり前のことでしかない。

 左手のぐちゃぐちゃになった神経に無理やり彼は命令を送る。そして筋肉の繊維が弾きだした血の弾丸が見当違いの方向に飛んだように見せかけて、彼女が次に来る予測位置に弾きだしていた。しかし彼女はそれを迷いなく、かつ難なく口の中に入れて舌なめずりを見せることで余裕を見せた。

 ジリ貧なんてものじゃない。もっと厳しい何かがこの戦闘で彼に訪れていた。

 タイムリミットが近いその体。流石の彼と言えど、出血多量を瞬時に回復させる様な事は出来ない。此処に来てようやく空気の摩擦で左手の傷が火傷によって塞がってくれたのだが、それ以前に失った血液量は測り知れない。ザハとの戦闘は動きを見切られ続け、もっとも大きな損傷を刻まれた戦いだったのだから。

 

「ふふふ……。おまえはもう少しで私の物になる」

「タイプじゃないって言ったが?」

「それじゃあ惚れさせよう。まずは世界を心酔させた私の歌を聞いて欲しい」

「カラオケ0点だけは勘弁な」

 

 まるで恋人の様な会話の中で、彼は血に滾る拳をようやく彼女の右手に当てた。おおよそ人体では有り得ない様なゴギィッという音が響くとともに、彼女の手が少しだけ。ほんの少しだけ麻痺したが――それで時間は十分。隙を逃さず蹴りあげた左足で、彼女の武器である大鎌は吹き飛ばされた。それをキャッチして刃の部分をへし折ると、彼は折った部分をブーメランのようにして投擲する。

 

「やれやれ、壊してしまったか」

「悪ぃ。後でちゃんと直しとくよ。墓標としてな」

「墓なら…おまえと共に入りたいな」

「こだわるな、随分。それで歌は?」

「今からさ」

 

 一瞬で彼以上の速度を出し、後退した彼女は片手を胸のあたりに当てて「謳い」始めた。それは何処までも満たされぬ彼女の心と、求める者は彼に全て集約していると言う想いを込めたLOVE&EATINGソング。どこまでも肉食系な彼女の想いに、正面切って立ち向かった彼は心を彼女のマインドボイスでかき乱されそうになりながらも何とか辿り着く。

 そうして自分の唇で彼女の口を塞いで唄を止めると、その場で一回転し勢いをつけた右手を大きく開いて彼女の胸に押し当てる。掌の親指の辺りを使って放たれた中国武術「掌底」は大きく内側にダメージを浸透させて心臓の活動に阻害を与える。続けざまに上段回し蹴りを放ったが、次の瞬間には彼女の姿は彼の後方に瞬間移動していた。

 

「ほら、胸を触ってくれたお返しだ」

「くぉっ…!」

 

 背骨に一撃。膝からの重いヤツを喰らった。

 戦闘開始から僅か「13秒」。ここでようやく、彼らは距離をとって動きを止める。

 

「…急成長、と言ったところか。ザハにやられてからすこぶる調子がいい」

「才能も何もない筈だったが、まさか“人間は死の淵から生還すると脳の能力を解放する”という理想論でも適応されたか」

「そうかもな。答える者(アンサー・トーカー)くらいは欲しかったもんだ」

口数(トーク)なら負けることもなさそうだが?」

「おお、違いないな。確かに」

 

 彼はザハにボロボロにされていたのに、どうして本気の彼女とやりあえる事が出来ているのか。それはこの不可思議な能力が更に身体能力を増大させたことによるものであった。

 彼自身、把握できていないこの強大な身体能力が更に上がった所で技術も何もないドマゾ戦法をとった彼に正気など無いと言う人もいるだろう。確かにその通りであるが、これが意外と身体能力だけでも十分なのである。

 答えは単純―――相手の認知外の速度で、動作の隙を次の動作で埋めてしまえばいい。

 実際、普通の人間なら肉体への負荷は悲鳴を上げて内部断裂だのなんだのが起こってしまうだろうが、彼にははいだ爪がその場で生えてくるくらいの再生能力すら持ち合せている。彼は、いまこの場で彼女を介添え人として「筋トレ」をしていたのだ。筋トレの原理は、細胞を破壊して再生する事でより強靭な肉体に生まれ変わらせる破壊と創造の繰り返し。それをこの場でしていって、某竜玉漫画の仙豆と同じ効果を発揮させれば戦っている最中でのパワーアップも実に論理的で現実的に証明可能になる。

 

 彼は時と共に真の意味で生まれ変わっていく体で彼女と激しい打ち合いを続けた。時には目にもとまらぬ速度で、時には重機すら圧倒するフルパワーでぶつかり合って衝撃を拡散させる。それが1分程続いた頃になって、ついに片方に限界が訪れた。

 

「頃合いだ。さぁ、私と来い」

「……あー、目眩がヤバいな。おかげで差し出された手が見えないなぁ」

「もう、困った奴だよ。私は悲しいぞ?」

 

 出血多量。それは質量保存の法則を無視したエイリアンと言う存在でしか補えない損傷だった。いくら細胞分裂が早くても、それで寿命が減らなくても彼は人間でしか無くて、その場で使うエネルギーが即刻スタミナ切れを起こすのは必然であった。

 いつの間にか、再び直したのか、新調していたのか彼女の手の中にある鎌の柄から延びる刃が、まるで顎を指でつかんだ時のように彼の喉元に当てられている。彼女の興奮は冷めやらずか、彼に押し当てる刃に少しだけ力を加えれば髭剃りに失敗した時よりも大きな裂傷から血がしたたり落ちて刃に伝う。赤き命のきらめきは彼女が持つ自制心のすべてを破壊しているかのようにも見えた。

 

「絶体絶命、か」

「ようやく…手に入った。見ろ、このあつらえたドレスはボロボロにされた。せっかくの化粧も少し崩れてしまった。お前が乱暴に私の唇を二度も奪ったせいでな」

「一回目は双方同意の上だろ?」

「男は暴漢容疑にかけられやすいのが現実だと聞くが」

「それは参った。反論のしようがない」

 

 まさにお手上げだと、彼は笑う。

 笑って笑って、その眼は鷹よりも鋭く輝いた。

 

「お前さん、俺をネブレイドして何がしたい? 俺を本当に愛しいだなんて、そんなバカなことを言うんじゃあないんだろ」

「それもあるが――」

「あるんかい」

「――それよりもお前と、私以外の者が持つ感情。過去ではなく今に生きる者たちのすべての心理、そして決意と高貴な精神……それらはすべて、お前のすべてをネブレイドすることによって手に入る。そう思ったまでだ」

「自分自身のネブレイドが目的だった総督は、ついに己を喰らいはじめてきれいさっぱり消え去ったのでした。とはいかないのか?」

「そんな勿体ないことはできないさ。私は、()を喰らって己を手に入れる。私の中にあるすべてを知りたいだけなのだ。愛するお前が私をどう見ているのか―――さえも」

「ならまずは、好み(タイプ)な女になってから言ってほしいもんだね」

 

 そんな独白に、二人して笑みを浮かべた。

 ひとしきりに笑った彼は、鎌の刃の部分を強く握りしめるといつかのシズの剣にしたように握りつぶして難を逃れる。ぐしゃぐしゃになった鎌の刃のかけらを手に持った彼は、何よりも鋭いその武器で一気に彼女の身体を刺し貫いた。

 腹から屈折した形で、肩甲骨辺りまで突き抜ける刃。奇しくもステラの貫いた箇所から飛び出る刃は彼女の動きを一瞬止めるだけの衝撃を浸透させて、彼は思いっきり刃が刺さったままの彼女の体を強く抱きしめた。

 

「くっ―――」

「やっぱ小さいな、お前は」

 

 すると当たり前だが、体の中に残った刃が粉々のかけらになって体内のあちこちに突き刺さる。感動の再開の中で殺人を犯すといった猟奇的(ロマンチック)な攻撃方法に、ついに総督はその口の端から循環する生命の証を垂れ流し始めていた。

 

「やっとダメージ通ったか」

「ずるいな。こんな風に傷つけるなんて」

「男はいつでもずるい奴だよ。それに、一児の父に告白する奴があるか」

「ふっ、所詮は童貞の養父。堕ちるかと思ったのだが」

「だったらお前は妖婦だな」

 

 彼女の横っ腹を蹴り飛ばし、最後の抵抗を終えた彼は尚更にひどくなった眩暈を覚えてその場に倒れ伏す。もはや立つことすら難しい中で、彼はようやく次の手段につなげることができたのだと、己の頭上にかかった影を見て意識を落とし始めた。体の痛みと共に視界の端から闇に呑まれていく感覚は、慣れたもんじゃない苦しさを伴っているのかなんて、そんな事を思いながら。

 

「なぁ、後は任せた……救…世主さん……ょ」

 

 黒く染まった意識の中で、最後まで彼女を見据えた彼は眠る。しばしの眠りと休息の微睡の中に、堕ちて行った。

 

 

 

 倒れ伏した最高の人間を見て、マズマはその横で笑っていた。

 彼は、ほかでもない自分たちに託してくれたのだ。これを喜ばずして何をしていればいい? 踊るか、はたまた歌でも歌うか? いや違う。自分たちがやるべきことはたった一つ、目の前にたたずむ負傷した敵を完膚なきまでに撃破して、この本拠地の稼働を完全に止め、アーマメントのすべての制御権を自分たちのものにすることが使命だ。

 マズマは生体アーマメントの拳を握り締め、その手にある武器の感触を確かめる。もう片方の手に、彼女の暖かな体温を感じとっていた。

 ステラは片手に巨大な砲身を同化させ、人間では扱えない規格外の兵器から伝わる冷たい感覚を、もう片方の手から感じる暖かな感触で緩和する。愛しき相手を得た彼女たちと、どこまでも決別した彼と彼女の関係は何処か似通っていて、されど彼と彼女であった場合は「一体感」というものが欠落していたらしい。

 

「……ああ、やはり私は因果応報を辿るしかないのか?」

 

 「彼」の意識が落ちた以上、「彼女」はこの場所でたった一人の片翼でしかない。彼から送られたキツイ抱擁と言うプレゼントもまた、彼女の体の動き全てを鈍らせるほどの置き土産を残している。体の中でバラバラに散らばった刃の欠片は、「彼女」が体を動かすごとに体内のどこかを切り裂いているのだ。

 

「あの人が頑張ったのを横取りになるけど……もう、アナタは終わり。みんなの為に、私たちの未来の為に…倒させて貰うから」

「これが最後のチャンスだ。情けなんて与えないさ…あんたはそれを奪い続けてきたんだろ? だったら、受け取ってくれよ。アンタが持ってなかった物をさ」

 

 マズマとステラ。二人が彼女に向けた方針には青と赤のエネルギーが蓄積している。

 形の違う砲口をすり合わせて、その光は紫色へと…この場には居ない因縁の人物の色に変わる。三人の想いと、全てを終わらせるために集約された全人類の願いを受け取ったかのように、それはステラたちでは制御も難しい程のエネルギー体へ成っていく。

 ガタガタと震える砲身を、二人は互いの体で支え合う。ステラの燃え盛る左目と、鋭い眼光を放つマズマの右目が彼女を縫い止めていた。

 

「……ああ、あと少しだったか」

 

 届かないな、と。

 彼女は紫の光に呑みこまれていった。

 

 

 

 

「……行こう。マズマ」

「アイツはどうする?」

「…もう、ダメ」

「そうだな……」

 

 二人の男女が見下ろす先には、ピクリとも動かないある男性の体。

 気絶しているだけなら動いている筈の肺も、その鼓動も何も聞こえてこないただの肉塊へとなり果てたそれに二人はそれ以上かけるべき言葉を探さなかった。

 

「アーマメントの製造場は……ああ、もう破壊されてるな。まさか、あの方がこんな事をしていたとは…本当に何を考えているのか分からないお人だったよ。総督」

「もう、帰るだけなの?」

「ああ。もう終わったんだ。全部、終わっちまったのさ」

 

 ――幕引きだ。

 二人の男女は、どこまでも静寂に満ちた白の庭園を脱した。

 穢れすら知らない筈であった白の体と、不純で異物な男の体を残して。

 

 去って、誰も居なくなる。

 そうしてピクリと白の指が動き始めた。

 

「…………ぁ」

 

 ずる、ずる、ずる。引きずった体は壊れた瓦礫の欠片を擦って、汚い黒に穢れて行く。勝利と頂点にしか居座らなかった彼女は遂に、最底辺と底の下―――死への階段を降り始めていた。

 ようやく、彼女はもっとも想っていた者の体に辿り着く。ボロボロで、肘から先まで削れ切った左腕と、それ以外は比較的綺麗なままの男の体に縋りつく様に、彼女は歯を突き立てて喰らい始める。

 もっとも、そんな事をしても彼女の命が助かるわけではない。

 それすら分かっていても、喰らう事を、ネブレイドする事を止められなかった。

 

 それほどまでに想われていたんだ。

 

 彼を喰らう度に、その血を啜る度に、彼が「タイプじゃない」と嘯く裏で、どれほどの思慕を募らせていたのかを知る。自分以外の人間の事なんて、何一つ分かっていなかった事を知る。彼の一生、彼の想い、彼の欲望。その全てを知識として一つになっていくことは実感できても、思っていたような「全ての他人」を知ることはできなかった。

 それでも、だとしても、自分はこの世で一番の幸せ者だって。そう知ることができた。

 

「………ぅ、ぁ」

 

 涙が止まらない。初めて流した液体が、血と混ざりあって流れて行く。

 弱々しく命尽きようとした時、彼女は頭の上に温かな感触と、背中にまわされた愛しい思いを感じ取る。誰もかれもが触れる事が叶わなかった自分の体にこうまで容易く触れてくる存在。何処までも真っ直ぐで、躊躇いも迷いも振り切って挑んできた彼の手を。

 

「“ ”」

 

 名を、呼んだ。

 

「……お疲れ」

 

 ありがとう、共に―――

 




次回、最終回。


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A HAPPY NEW DAYS…?

これにて閉幕

あなたは、幸せがどんなものか考えたことがありますか?


≪UEFの皆さまに報告します≫

 

 その一言から放送が始まった。

 勝利を祈る者。家族が死んでいないように願う者。

 人間の分だけ僅かながらも違う欲を抱えた者たちは、その真実に対して最後の最期まで希望を抱き続ける。パンドラの箱は、次の瞬間には開かれてしまった。

 

≪エイリアンとの総力戦。こちらの編成は増援込み約4000人。総被害は死者2458名、行方不明者387人、重軽症者は残り全員。半数以上がこの戦いで倒れ、この世界でエイリアンを引きこんだ第一の後見人……名も知れぬ衛生兵長がお亡くなりになりました。そして突撃部隊長、作戦司令官他、ドラコ02に乗り込んだ者の大半も逝去しております≫

 

 その一言で、UEFという巨大なコロニーは絶望と悲観に包まれた。

 やはり死んだのか。そして、今や1億にも近い全ての人類はその数千人しか戦える物が居なかったのかと暴言を吐く者もいる。それでいて、放送は無感情に残りを読み上げる。

 

≪ですが、勝利しました。敵総督は死亡、我々人類を苦しめてきたエイリアンも敵対するものは全て葬られました。我々の日常を脅かしたアーマメントは製造すらできない状況に追い込みました。我々人類は――――この日、侵略者(エイリアン)から地球を取り戻したのです≫

 

 無言。

 それは久遠にも続く様に思えて、

 でもそれはほんの一瞬にも満たなかった。

 

 歓声が上がる。

 

 誰の物か、なんてことは分からない。ただ単に喜びと、自分達の命が理不尽に失われることも無くなったのだと嬉しさを隠しきれない者。感情を押し殺そうと天を仰いで、流れ落ちる涙に気付かない者。そして、PSSを信じていた人間達もまた喜びの叫びを上げる。

 この日、全ての人間が同じ感情を抱いていた。

 

 

 

≪…では、死亡者・行方不明者の名を読み上げます。心当たりのある方は第4大広間まで――――≫

「……終わったって? ああ、やっとか」

「得るもの何ざ何もなかったな。人類は失った物が大きすぎる癖に、得る物は少なすぎる」

「だがそれが真理であり、我々知恵の身を食べた人類の罪なのであろうよ。フォボス、君は腕をやられているのだから無理をしてフルーツに手を伸ばすのは諦めたらどうだ」

「へいへーい。……だがよぉ、死んじまったもんだな」

「……ああ」

 

 そんな時、一人の名前が呼ばれた。

 

≪…シウ・ダート。アレクセイ・デュラン―――≫

「……娘さん、泣いちまってるよ。馬鹿ヤロー」

 

 ロスコルは、PSSに帰って来てすぐにアレクセイの娘に父親の死を伝えた。

 それがどれだけ理不尽だったか。卑劣にも程があるやり方で殺された父親の最期を、包み隠さず語って聞かせた。その娘は、最初は反抗期らしく気丈に振舞っていたが、誰もが疲れた表情をして帰って来ているPSS隊員の中に見慣れた父が居ないと知ると、その場に泣き崩れて悪態をつき始めていた。

 それは、彼女だけでは無い。PSSの凱旋を知って、ドラコ01の着陸地点に集合していた者達の大半が悲しみと絶望を味わった。被害規模はこれでも歴代の中で「最小限」だったにも関わらず、歴代のどれとも変わらない喪失感を生き残った家族達に与えたのだ。

 

 そうして病棟に担ぎ込まれた前線部隊の者達の見舞いに、司令官としてドラコに留まり続けたおかげでほとんど無傷なマリオンが来ている。先の会話は、全てこうした悲しみと過去を踏みつけて来た上で成り立っていた。

 

「よぉジョッシュ。馬鹿やったもんだな」

「チョイとハンドル切ろうとしたらいつの間にか腕がなくてな。おかげで女房抱くのも難しくなっちまわぁ」

「こんな時にまで女房自慢かよ。そりゃ一人身の俺に対する厭味か、ああ?」

「落ちつけよフォボス。本当に一人身になった奴とか―――ナフェちゃん、とかも…」

「……あの馬鹿に関わった奴の話はするなッ!!!」

 

 フォボスが痛みを覚える体も無視して、病棟全てに響く様に叫んだ。

 

「…あ、ああいや。すまねぇ……だがな、約束守らなかったアイツが悪いんだよ!」

「……アイツ、討ち死にだったか?」

「おれは相撃ちって聞いたがな」

「全ての真相を知る二人は、仲良くマッド博士のところで調整中だからな」

 

 マリオンの言葉の通り、クローン体として生まれたステラやナナは人類にはほとんど時間も余裕も残されていなかった状態でロールアウト、同時に戦場に送られていた。故に、ある意味で不完全なまま長い期間を戦い続けていたのである。今はジェンキンス主導の下、ナフェと共同開発した細胞の劣化を抑える技術(ナナの記憶野問題の途中で偶発した)を適応している真っ只中だ。全てを本当に知るには、あと一週間ほどかかるだろう。

 そしてマズマやナフェも、調整中のステラに掛かりっきりで研究班の手伝いをしている。一刻でも早く戦いの傷跡を少しでも埋めようとする真理があるのかもしれないと、ナフェはマズマの必死さを見てマリオンに苦笑交じりで言っていた。ただ、ナフェ自身もその目はどんよりと曇っていたようだが―――理由は、言うに及ばずと言ったところだろう。

 

 そして現在、シズとカーリーという新参のエイリアンはまだエイリアンという敵が自陣を我が物顔で歩いている事に納得できない者たちの為に奉仕活動を命じられている。その代償と言っても何だが、彼女たちには世界各地に派遣されている回収部隊が見つけて来た年代物の人工物を献上しているので反逆を起こされる心配も今のところは無い。あったとしても、それはシズだけであって「彼」に絆されたカーリーが止めてくれるだろう。

 

「…あの戦いからもう二日…いや、まだ――二日か」

「聖戦と言えば聞こえはいいが……ありゃ悪夢だったな。俺達なんでまだ生きていられるんだか」

「運が良かったんだろうよ。空が埋め尽くされるほどにアーマメント飛来したってのに、ほとんど無傷で守り切られたマリオン総指令や管制官たちみてーによ」

「そういや、本部(ココ)に恋人がいるとか言ってたデルタ3は?」

「ここっすよ。いや~、なんか寧ろナナちゃんの機体の余波で死にそうだったのは良い思い出っすね」

「おまえ……神経ずぶといな。それで、プロポーズはどうだった?」

「バッチリ! おれ、来週には結婚式上げる予定なんで皆の分も招待状書いときますっ!」

「そりゃいいや。ウジウジしてやがるUEFのボンクラ共には丁度いいかもしれねぇな。盛大に祝ってやろうぜ」

「あ、そういやお前に貸してたCD返せよ。シング・ラブのラストアルバム」

「ああ? お前まだあんなの聞いてたのかよ。ロック魂はどうした、ロックは」

「うるせーなぁ。男がしんみりとラブソング聞いてちゃ悪いかよ」

 

 そうして、痛みに対する呻き声や鎮痛剤を打たれて寝息を立てる音の代わりに戦士達の喧騒が溢れて来た。その直後に響き渡った看護師たちの怒号と、UEFでも偉い立場の筈のマリオンが叱られている言葉を聞いたと言うのも……ここでは、蛇足に過ぎないだろう。

 

 

 

 

 決戦から一週間と数日の時が経った。

 戦死した者たちの葬儀が執り行われた日も過ぎ去り、UEFには人類の復興を目指す活気が灯って来ている。PSSの舞台は最近になって見つかったアーマメントの残党を狩ったり、平和の隙をついて犯罪に走る者たちを取り押さえる憲兵のような役職へと変化しつつも、人柄は一切変わることなく人類の貢献を続けている。

 科学班のジェンキンス率いる最悪・最狂と呼ばれるようになった一団はナフェから提供されたエイリアンの技術を用いて宇宙開拓への道を乗り出しており、その際には犯罪で捕まった者たちの牢からいつの間にか一人二人と消えて行くほどには元気な活動を始めているらしい。今でも研究棟の一室は最重要機密区域(立ち入り=死)と称され、愉しそうな笑い声の絶えない職場になっている。

 

 そして、エイリアン達は―――

 

「……お墓参りって言うんだね。この悲しいの」

「悲しいだけじゃない。死んだ奴らの幸福を祈るのが仕事だ」

 

 赤い男が黒い少女の頭に手を乗せ、冷たい瞳でその墓を見下ろした。

 

「…やっぱ、こうなるよねぇ。私たちなんかを引き込んだ挙句、好き勝手やらかしてきた馬鹿の最期はさ」

「私たちはこんな人間(奴ら)から生み出されたと思うと、自分の体が汚れて見えてくるわね。……でも、ここまでだといっそ何も感じなくなっちゃう」

 

 桃色の少女が呆れたように、それでも悲しみを隠せずに溜息を吐いた。それに見習うように、灰色の髪を持つ少女が新しい親友から貰った髪留めに手を当てる。その目は、此処には居ない誰かへの侮蔑の感情が込められている。

 

 この四人が訪れた墓標には個人を特定する物は記されていない。

 ただ、「(Man)」とだけ掘られた墓が四人の前にあった。

 

 しかし、それは酷いものだった。

 

 お供え物はぶちまけられ、花は散らされ墓石を踏みつけたように草の汁がこびりついている。墓石の一部を壊す程強く踏まれた靴跡は拭っても簡単には消えない程であり、紅い男の手にあるバケツや布もなんの意味も無さそうだと言う事を悟らせる。

 

 これらは全て、「彼」の死に向けられた感情だ。

 死んで当然。むしろ敵であるエイリアンと仲間として迎え入れるなんてありえない。気持ちの悪い人外の身体能力を持っていて、だからこそ化け物どもと一緒にいようとしたんだ。

 そうした人間達の強い負の感情が、この惨状から伝わってくる。人間は自分達と違うものをすぐに排除しようとしたり、異常であると見做して遠ざけようとする。自分達人間がどれほど高潔な生物であるかを誇示したいがためか、はたまた人間は罪深い生物だと言う事実から逃げ出したいがためか、それは当人にも言い表せぬ感情であろうが、なんにせよ醜さを浮き彫りにしている事は間違いないだろう。

 

 この地に訪れた、純粋な人間ではない四人。

 彼女たちの名は、知る人ぞ知るもの。マズマ、ステラは最近できた風変りな恋人として認知されてきているし、研究者として名を馳せ始めたナフェはジェンキンスと並んで悪名が高い。そしてナナは、過去幾度かこのUEF本部を防衛するために戦ったクローンとして元より有名だ。

 しかしその四人、全員がこの世には居ない「彼」のおかげでそんな関係になったと言っても過言では無い。彼がいなければナフェがUEFに来ることは無かったし、マズマが襲撃を決意した際にナナが目覚めることも無かった。そして、仲間になったマズマを経てステラが目覚めてくれる可能性も限りなくゼロに近かっただろう。

 

「とりあえずお掃除しよっか。お参りするのはそれからでもいいよ」

「うん、ナフェ。じゃあマズマ、バケツこっちに置いて」

「ああ、だけど俺が磨くさ」

「私、新しい花貰ってくるわね。ステラは散らかった物箒で掃いてちょうだい」

 

 やりきれない感情を残しながら、彼らは各々に出来る事をし始めた。

 

 こうして四人が「彼」の墓に訪れたのも、すでにPSSの戦死者の葬儀に参加した後であり、それぞれに空いた時間や調整から目覚める時を事前に打ち合わせていた予定からである。まさかここまで荒らされるとは思いもよらなかったに違いないが、それでもテキパキと役割を分担して彼を弔う準備に入ろうとする様子はある程度の予測も立てられたからか、随分と手際がいい。

 ようやく他の墓前と同じように美しく陽光を反射させるほどの輝きが見られた所で、ナナの持ってきた花と「彼」の自称する故郷と同じ日本の方法で線香やロウソクが建てられていく。四人が両手に数珠を手に嵌めると、しばらくの間黙祷が続けられたのであった。

 

「……んっ」

「あーあ、なんで死んじゃうかな。ほとんど不老だし、ずっとパパになるって思ってたのにさぁ………ホント、人間って脆いったら」

「人間…か。ナフェ、オマエ随分変わったようだな。ヤツ以外にもストックとは言わんばかりか、らしくもなく涙なんか流しているとはな」

「……は? 何言って…違うし、別に悲しくないもん」

 

 反論するナフェも、こればかりは嘘にはできなかった。

 鉤爪のような生体アーマメントである両手では顔を覆い隠すことも出来ず、彼女の意志に反して――本心には比例して――頬を伝う涙を抑えられる訳も無い。ボロボロと墓に伝って落ちて行く天気ハズレな雨が降り注ぎ、灰色の墓石をダークグレーに染めて行った。

 

「おい馬鹿弟子。オマエはもう戻っていろ……そこの出来そこないもな」

「………分かったわよ。存分に泣きなさい、このごーじょーっぱりさん」

「マズマ……待ってる、から」

 

 マズマも、それにつられてしまったのだろう。袖口で目を擦る。じんわりと湿った感触が服を通じて伝わって来て、自分の一新した感情がどれほどに豊かな物かを実感させられる。何のしがらみも無く生きている事が間違いではないのだと思い知らされる。

 二人のエイリアンは、形も大きさも違えど…同じ悲しみに包まれていた。

 

「……形見は、無いのか」

「ないよ。最後にアイツが着てたのはボロボロになった戦闘服だけだったんでしょ」

「だがそれでも…」

「無いってば!! アイツがッ……あんたはアイツが未練がましく何か遺す奴に見えるのっ!? だとしたら…ここで一緒に泣く権利なんてないでしょ……」

「先に戻っている、早めにオマエも戻ってこい。――今日は、雨が酷いからな」

 

 青空の広がる空を見て、マズマはその場所から去った。

 いつまでも縛られないように、敢えてふっきれた振りをするように、エイリアンの脚力を使って一瞬で掻き消えた。

 強い風が巻き起こって、供えた花を揺らしていった。

 

「……また色々作って欲しかったのになぁ」

「初めて、家族みたいな温かさがあったのに」

「パパが選んだのは結局…総督だったんだよね?」

「一緒に居た時間はこっちのが多かったのに、でも分かってて死ぬなんてさ」

 

「ホント、酷い話だよね」

 

 一匹のウサギは、寂しさのあまり死にそうでした。

 でも彼女は目を真っ赤にしながらも、決して生きる事を止めません。

 

 童話の中のおとぎ話はこれでお終い。

 ナフェというエイリアンだった…そんなただの一つの命は、これからはこの世界に生きる命の一つとして、様々な事を知っていかなければならない。

 別れはあるだろう。彼女は、人間らしい見た目をしながら今この地球に生きるどの人間よりも長い年月を生きている。それはどこまで続く命なのか、彼女すらそれを知ることはできない。

 ネブレイドと言うたった一つの命題を抱えて、ナフェは未来へ向かって歩き出した。

 「彼」の手を、背中に感じながら。

 

 

 

 

 青い星が目の前にあった。

 雲がかかった白さは非現実的な不規則さを見せていて、渦巻く中心点がその基準何だと教えてくれる。それは自然の法則を外側から見ることのできる者の特権で、宇宙と言う未知の領域に足を踏み入れた者たちが持つ最高の光景だ。

 

 ―――あの星に、自分は生きているんだ。

 

 そう思って、誰もが帰りたくなる。

 自分の居場所に、自分の生まれた場所に。

 

 彼もまた、そうだった。

 でも手を伸ばしたとして、彼は望郷に囚われる事は無かった。

 だってその地球は、自分の生きてきた世界とは違うもの。

 異邦の自分が地を踏む権利は、既に無いのかもしれないなんて。

 

 緑色の液体に包まれながら、どこか他人事のように思えてしまった。

 

「―――――ァ」

 

 声を出すことも難しい。

 自分はいったいどうなっている? いつもの軽口を叩こうとして出てきたのは、恐らくは肺の中まで緑色の液体で埋め尽くされていると言う事実。声に出そうとした震えは水を伝って口に響いて、でもそれだけで何も起きずに終わってしまう。

 

≪……か………っと…! ………ふ≫

 

 視界もひどく、この液体で満たされている場所の外には誰かが居ることぐらいしか分からない。聞こえて来た声はくぐもっていて、男か女かも判別の使用が無いほどに鈍重な反響が正体を探る事を邪魔してくれた。

 心の中で悪態をつく。同時に、自分の意識がはっきりしてきた事を悟る。

 

 悟ったからこそ、違和感に気付いた。

 左腕は骨までこそげ落ち、手首から先は見れたものじゃなくなっていた筈。だったら、どうして指を動かす感触があって、あまつさえはこの緑色の液体を触れているような感触が感じられないのだろう? なんて、そんな答えは一瞬で出た。硬質なイメージのある手には、一緒に居た娘の様な存在と、親友であるエイリアンの手がそうであったなぁと記憶と想像が重なった。

 

 だから、意識も体も精神も魂さえも―――覚醒させる。

 

 拳を握る。外に居る何者かが何かは知らないが、どちらにせよ自分の体はこの状況下で「緑の液体を必要とせず」かつ「生き返ったらしく体調もサイコー」という結果を弾きだしている。そして自分が何とも知れぬ研究に使われると言うのなら、願い下げ(ことわります)の一言である。

 そのまま右拳を振りかぶって、強靭な作りをしているらしい地球の数倍の硬度はあるかもしれない強化ガラスを、一枚こっきりの新聞紙よりも容易く殴り破った。

 

 割れたカプセルから、自分と一緒に緑の液体が流れ出る。光すら碌に透過しない液体のせいで一瞬目がくらんだが、その隙よりも外に居た「何か」の動揺は大きかったらしく、自分が状況判断の為に辺りを見回してもまだ何もしてこようとはしない。

 そして改めてみた「人影」の正体は―――異形だった。

 トカゲと豚と、それから人を合わせたらこんな風になるのだろうか? ともかくナフェ達とは大違いで、少なくとも人間の感性からしてみれば醜悪で汚らしい欲望の匂いがぷんぷん漂ってくる。すぐ近くには奴隷用の部屋(ろうごく)でもあるのか、売春の匂いが酷く鼻をついた。

 

「……地球外生命体ってところか?」

 

 場所は変わっていなかったらしい。自分が目覚めたのは、死んだと思っていたあの白の庭園。しかしそこは、美しさと言う感性も持ち合せてい無さそうな目の前の生物達の手によって機械のパイプや汚い染みが張り付いたゴミ捨て場へと変容している。

 

≪実験体、止まれ。そちらの言語で話している故、分かるはずだ≫

「……ああ。聞こえてますが」

≪大人しくカプセルに戻れ。これは命令だ。オマエと、ネブレイド民族の研究はまだ途中である。全てを解明した暁には実験体の星をネブレイド被験場へと―――≫

 

 そこまでで、こいつ等を敵だと判別した。

 言葉が終わらないうちに、暴れた。たんに手足をばたつかせるんじゃなくて、アーマメント技術で蘇った異形の左手も使って施設やこの侵略者どもをアーマメントのように薙ぎ払った。一つ違う点があるとしたら、アーマメントはオイルと鉄片を撒き散らしたのに対してコイツらは血肉を噴出させたと言ったところだろうか。

 そんな吐き気も覚える行為が終わったところで、増援で来たらしい兵士の格好をした奴らを、銃を構えるよりも早く殴りつけた。骨が折れる音がし、奴らの首ごと吹き飛んで行く。豚みたいな鼻から出てきた粘液が酷く不快だったが、次から次へと送られる奴らを全て殲滅して―――ようやく、静かになった。

 

「……弱っ。蘇生したのか? それとも俺はクローンか? …どっちか分からんが、蘇生に匹敵する医療技術持ってたのなら一匹ぐらい捕えておけば…いや、ナフェにネブレイドさせれば分かる事か」

 

 ふと、そこで彼は自分の他に「ネブレイド民族」の研究と言っていた事を思い出した。見れば、いくつか並ぶ緑色の液体に満ちたカプセルの中に一つだけ淡いライトグリーンになっている所がある。液体の色そのものではなく、中にいるものの色を反映して見えているのだとしたら……?

 気になったからには、それをぶち破ってみた。

 

「……やっぱり、か」

 

 死んだ時と同じように、まったく同じ服を着た「彼女」が流れてきた。

 まだ気を失っているようだが、自分の恰好と照らし合わせるとクローンという線は消える。どうやら、本当にあの豚蜥蜴どもは自分たちを蘇生させたようだ。目覚めて30分以内に増援の様子も見えない程壊滅させられるとは予想外だったであろうが。

 ともかく、生き返ったからには彼女にも目覚めておいてもらわなくては骨が折れる。彼女を優しく起こす為―――その顔面を強く殴りつけた。

 

「…………生きて、いたのか」

「…いや、泣くなよ」

「痛いな。生きている、証だ」

「どうせネブレイドしたんだろ? じゃなかったら、こんな締め付けるぐらいに抱きつかないよなぁ。…あと、本気で痛くなってきたんだが」

「それはすまなかった」

 

 ぱっと離した彼女だったが、恐らく今の行動は目覚まし方法が不満だったが故の報復だろう。そりゃあ気持ちよく寝ている時に叩き起こされれば誰でも不満になる。

 

「だがまぁ、生き残ったからにはどうする?」

「ふむ」

 

 彼女はその辺りにあった計器を弄って言う。

 

「まだ一年も経っていないらしいな。だが私があの星に帰るわけにもいかないだろう。おまえを手放す気も無い。一緒に来てもらうしかないな……さて、実におまえにとっては残念だ、そちらの星では葬儀も行われてしまっている事は間違いない筈だ。もう逃げ道は無いみたいだが……同情してやろう」

「満面の笑みで言われてもなー。あー、耳にへばりついた液体が邪魔でよく聞こえなかったみたいだー」

「よせ、可愛らしい」

「男に可愛いとか殺し文句だーっての」

 

 だがまぁ仕方ないと、彼は彼女の肩に手を回して座りこませた。彼女もそれに逆らうことなく身を預け、破壊された機材を背にもたれかかる。目の前にある地球をメインに、後方から遥か彼方まで広がる星の風景を二人で眺め始めた。

 

「……全部終わった。おまえの意志がアレじゃあな……人間側も、無意味に殺されたよ。ホントに…憎たらしいもんだって」

「そう思ってはいないのだろう? おまえをネブレイドした時、私に対する拒絶などどこにも見当たらなかったからな。……だが、ソレ故に嬉しいものだ」

「あーあ、ばれたなら仕方ない。それじゃあそろそろ―――夢を見るのも終わろうぜ」

 

 そう言った。

 

 彼らは、そんな夢景色から目を覚ます。

 血濡れで左手を失い、それでもなお一週間以上を死に体を持続したまま生き続ける無間地獄の中に引き戻された。たった二つの存在となった彼らは、まるで互いに補完し合うように身を寄せ合って倒れている。

 どくどくと流れる血流や、延々と痛みを発し続ける傷口の化膿した匂いに苛まれながらも、これからも誰かに見つけられない限り永遠を過ごしていくのだろうと、自嘲して彼女を傍に寄せる右腕に力を入れた。

 

「……ぅぁ…ぁ」

「まだ…喋れるよ………って、ない…か。は、は」

 

 とぎれとぎれに、それでも彼女に聞こえるように彼は言う。

 聞かせることしかできない今を恨みながら、この罪に対する罰のように続く日々を教授し始めていた彼は、初めて異邦人たる己の身を自殺しそうなほどに呪った。こんな仕打ちで、強がることしかできない自分の意志に対しても。

 

「い……しょ、だ」

「そう、か…もな」

 

 表情を形作ることも出来ない彼女が発した、初めての意味ある言葉に、力無く彼は笑って答えた。その笑みすらも形作ることなど出来ていないのに。

 

 

 こうして、物語は終焉を綴る。

 延々と命を続けさせられる二人と、これから繁栄を手にするだろう人類。このはっきりとした代償を支払って、栄えある未来は切り開かれようとしていた。

 

 どこまでも幸せに、無知という喜びを噛み締めて。

 

 私たちは、こうして犠牲になり続ける者全てから目を背けて行くのだろう。

 足の下で死んでいく人間の不幸を他人事にしながら、時にはその不幸の一端すら知ることなく十の絶望の上で自分と言う一の希望を当たり前のように受け取っていく。

 都合の悪い事を先延ばしにして、刹那的な快楽を求めながら。

 

 

 さぁ、ご唱和しましょう。

 

「A HAPPY NEW DAYS……」

 

 彼の祈りは、全ての幸ある者たちへ。

 




人類の敵は全て死に去り、人間が目をそむけたくなるほどの「異邦」はみなの望み通りに苦しみました。敵の親玉も同じく痛みの中で異邦の温かさだけを頼りに生きていくことしかできません。

「人間」は「救われました」。

人間に味方する者は、幸せを掴みました。
多くの家族や友達が死んでも、人類はこれ以上侵略者に殺されることはありません。

ああ、なんて素晴らしいのでしょう。
人間は、そうして歴史を作っていくのでした――――





後書き

完結です。
「彼と彼女」に救いは無いんですかと聞かれたら、一応作るつもりはありますが…時間の合間になると思います。名も知れぬ「人類全員」が幸せな日々を打ち壊して、彼と彼女が幸せを手にします。
人類は再び死の恐怖に怯え、拭うことなど何代重ねようともできない怒りを彼と彼女に向けるでしょう。それが、彼らが五体満足で生きているという「救い」そして「幸せ」です。

ナフェやマリオン。ナナとステラ。それからマズマやフォボス。PSSのみんな。
事情や寛容な人たちは歓迎するかもしれません。

この小説で書かれなかった「普通の人間たち」。
きっと、怒るなんてものじゃ済まないでしょう。


それでも、彼と彼女に救いが欲しいというのなら――――未来の話が、あるかもしれません。
どちらにしても、この「A HAPPY NEW DAYS…?」にて完結設定にはしておきます。


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蛇足
OVER THE DYSTOPIA


ここから蛇足回。
他の更新に行き詰ったら後日談をちまちま追加する予定。
どこまで続くかは未定。
主人公だった男がどうなるかは、我々ですらわからない。


 人がいた。

 人間がいた。

 そこには、エイリアンと呼ばれた異邦人が居た。

 かつての戦争は数十年に渡って続き、50年間の敗北から一転した人類はエイリアンを駆逐した。敵対するものは全て殺し、仲間になったエイリアンの技術や戦術の全てを取り入れ、時には人の命を救うためにエイリアンの体から人間に必要な物を搾取する。エイリアンは餌を与えられ続け、その境遇を享受していた。逃げる事すら無く、絶望を浮かべることすら無く、ただじっと、人類の為に力を振るい続けた。

 

 ―――やがて、人類は欲を出した者によって分裂する。

 

 金品や金目のものに関していたと言う訳では無かったのだが、それが巻き起こされたのはエイリアン侵略事変より五十数年後。エイリアンとの戦争が終わって実に1年の月日が経過した頃だった。

 かつて最前線で命を張ったPSSはエイリアン事変に使っていた武器を全て解体し、生き残った人類が使う資材として分解したものを提供する。科学班から発展した工業課・産業課といった生産を主とした者たちが生き残った数千万人の生活空間への技術提供をした。そうして、エイリアンと手を取り合って健やかに生き、戦争とは無縁の復興を続けて行こうとした―――その矢先のことである。

 一人の男――「彼」の墓を踏み荒らした提案者――が高らかに声を上げたのである。我ら人間の為にエイリアンをこれ以上に酷使し、完全に解析してしまえばエイリアンは不要なのではないか。家族を奪った憎しみを、この生ぬるい日常で忘れてしまってもいいのか、と。

 それはUEFの全体に一度大きな衝撃を与えたが、直後にその考えは笑い飛ばされた。

 

「破壊は破壊しか生まない」

「何を世迷言を」

「もう疲れたんだ。ゆっくりさせて欲しい」

「守られていただけのくせに、PSSにも志願しなかったくせに」

 

 人間は疲れ切っていた。

 神様すら見放したこの世界の中で、自分の力でようやく立ち上がる事が出来たのだ。勇みこんで走りだして、自ら転ぶ必要なんか何処にもない。転んだ時以上の骨が粉砕されたような痛みを思い知っていた人間は、そんな「暴れたいだけの男」を何とか諌めようとした。

 だがそれは、その暴れたいだけの男を暴れさせる一つ目の理由になってしまう。止めようとした者の首を圧し折り、レンチを凶器として振りまわし始めた男はすぐさま逃げ出した。その後を追ったPSS隊員は、今の職務である警備員としての立場から男を止めようとして―――絶句した。

 なぜなら、その男の手には凶器が、エイリアン事変以降は廃棄処分された筈のエネルギー兵器や振動刃を携えていたのである。すぐさまその牙をむいた男は、UEFの一角を壊滅させるまでに至った。

 

 この狂った人間一人による凶行が成された時間は、男の狂気が発覚してから僅か2時間の事。人類に協力するエイリアンが到着した頃には、この男の手によって何の罪も無い人間1000人以上が殺された。その中には、エイリアンと故意にしていたギリアンという老婆も含まれていた。止めようとしたのだろうか、死ぬまでの激痛の中、酷く残念そうな表情で事切れたギリアンという老婆の遺体を見たマズマというエイリアンが、一言も発さずに男の意識を刈り取った。

 その男の処分はPSSの上層部に一任され、性格上か、はたまた内に秘める狂気に誰しもが本能で感じ取っていたのか、身寄りも友好関係すら無かったその男は気絶している間にマリオン司令官の手によって銃殺刑とされた。その事実だけが残ったUEFは、再び混迷の中に陥る嵌めになってしまったのである。

 

 そして現在、男がマリオン司令官によって殺された日から一週間後。

 UEFにはその波紋の残響が残っていたのだった。

 

 

 

 PSS作戦指令室。マリオンが指揮を執っていたそこは、現在はラジオ番組の収録室として使われている。此処一年で人気を広げ始めた「ナフェのドキドキお便りコーナー(毎週木曜夜9時)」を筆頭としたラジオが普及され、元通信士官メリアやロスコルの手によってラジオの番組編成その他が完成されつつあるこの頃、そこには無視できないお便りがいくつか寄せられていた。

 

「……“第4地区壊滅。死者1000人以上の被害を出した男の実態は?”“私たちの生活が本当に保障されているのか。もっと警備員や対応策を増やしてほしい”………やっぱり、不安が煽られてるなぁ」

「こっちも似たようなものね。ナフェちゃんに読ませるにも同じような質問ばっかりで……まぁそれ以前にどうしてこの事件を防げなかったのか、って感じもするけど」

「死者千人以上か。まったく、そこまで暴れる元気があるならアーマメントの軍勢に突っ込むくらいの気兼ねが欲しかったもんだ」

 

 ロスコルがお便りの一枚を放り投げる。椅子にもたれかかった彼は、思いもよらない身内から発覚した手痛い事件の事を気にやまずにはいられない。これを始めとして、第二第三の破壊魔が現れないとも限らない。「彼」の墓を荒らしたのは靴跡を見るだけでも一人や二人では無かったし、不安を抱えて心に病を抱える人間が増えるのも避けられないだろう。

 ロスコルはこうして、ラジオのパーソナリティ兼プロデューサーの活動を続ける中でもっとも生き残った人類の負の声を聞き届ける役割に収まっていた。それは、隣に居るメリアや他のラジオスタッフたちにも言えることであるのだが、今回の事件は本当にやり切れない、やるせない気持ちになってしまう。

 どこにでも、狂った馬鹿はいるものだと。命をかけて戦って、まだ戦いが終わった実感のないPSS隊員はきっとこう思っているであろう。それはロスコルだけでは無い。この事件を聞いたフォボスや、死んだアレクセイにも言えることだ。

 

 訳の分からない馬鹿が起こした事件にUEF全員が心を痛めている。そんなムードになりかけたところで、ドアのぷしゅぅという開く音がロスコルの耳を打った。

 

「死体の処理、終わったわよ」

「シズさん、お疲れ様。それでどうだった?」

「最初は私たちエイリアンへの私怨が募っていたみたいだけど、無機質なアーマメントが映像の中で壊されていく中で何かが違うと自覚。そして自分は血が見たいだけだと再確認して、一年と言う期間がそれを限界まで助長したようね。“彼”の墓を踏み荒らしたのは戦争を終わらせた事で誰も死ななくなったのが嫌だったみたい。根っからのシリアルキラーだったようね」

「……おお、良かったよかった。犯人が死んでくれて」

「ロスコル、ちょっと過激じゃないの?」

「そう言うお前も心底ほっとした表情浮かべてるぞ。なぁメリア、そっちもそんな屑が死んだのなら良心が痛まないで済む。葛藤もしなくていいって思ったんじゃないのか?」

「……否定、できないかも」

「ふぅん? 人間って赤の他人の生き死にでも心が痛むのね。私はまだ親しい人にしか感情が揺れないけど……そんなものなのかしら?」

「それはそれで完成されてると思うぞ。それで、別に犯人のネブレイド結果を見たってだけじゃないんだろ? 何が起こった」

 

 ロスコルがシズに向き合った。お見通しね、と両手を広げたシズは首を振って言う。

 

「新しいプロジェクトが決定したみたい」

「それを伝えに?」

「ええ。“宇宙進出への第一歩~アームストロングの先へ~”というタイトルらしいわ」

「あ、名付け親はマズマでしょ? 一昔前のライトノベルみたいな感じがする」

「残念。フォボスと司令官の発案みたいよ…うん、それじゃ私は兄さんと木造建築の受講に行くから。日本の職人さん達に今度なにか用意してあげといて。私名義で」

「はいはい、それじゃ上司に掛け合ってみるよ。お疲れさーん」

「じゃあね」

 

 手を振って収録室を出て行ったシズはすぐに姿が見えなくなった。

 

「さぁロスコル? そろそろ番組編成を発表しないと。プリンター持って来て」

「プリントアウト作業面倒臭いなぁ。まあ、これでようやく一日一番組以上の目処が経ったし丁度いいか」

 

 ラジオ放送局のスタッフは僅か40人。

 7000万人程の生き残った人類へ、絶賛スタッフ募集中を掲げています。

 

 

 

≪ナフェちゃんのドキドキ☆お便りコーナーのお時間で~すっ! 今週もみんなから寄せられたお便りをペンネームで読みあげちゃうよ。本日のゲストは恐怖のマッドトゥスプラッタークリエイターのアダム・ジェンキンス博士をお呼びしております! それじゃジェンキンス、今日はよろしく≫

≪研究の片手間だがこの楽しい時間に参加させていただくとするよ。ああそれと、非才の者を天才に仕立て上げる薬の実験中だ。ここぞと言う者は廃人覚悟で被験者に応募してくれたまえ。お便りコーナーの意見書にTo.labと書けば此方に届く手筈になっているのでね≫

≪ハイッ! 最初っからイカレた発言ありがと。ここからメインパーソナリティのあたしが進めて行くから、ジェンキンスは随所でカンペ見ながら発言を慎んでよね。ダー?≫

≪ニェット≫

≪ラジオ舐めてんじゃないよド三流の初心者の癖にさぁ!? 今度そっちに行く予算減らすけど良いよね? 答えは聞いて無い!!≫

≪ハッハッハ、この調子ではラジオにもならないのではないかね?≫

 

 ラジオから喧騒が流れ始めた。

 そんな愉快なBGMを背にしながら、意味は変われど司令官と言う立場を離れなかったマリオンは、苦笑と共に計画書に手を掛ける。そこに記された図面の通りに、鉄板や資材が運ばれていく様子は圧巻の一言である。

 円状で囲うように造られたUEFの中心部。広大な農場・田園・果樹園・畑の役割を持った中庭の更に中心には、機械的な白銀の塔が聳え立っている。難民にも見えるようにと建てられたシンボルとしての希望の塔。それがエイリアン事変の最中での役割だったが、今はその中心部が削り取られ、外壁は補強されて広く回収されている。

 新しく造られたその施設となった当の名は「宇宙開発センター」。中央だけにセンターを引っ掛けたというのが製作主任の戯言だったが、そんなオヤジギャグを暴投した主任は立派に最前線でこのセンターが持つ多岐に渡る役割をこなしていた。彼もまた、どこにでもいそうなスキンヘッドのオヤジでありながらジェンキンスと同類の天才なのだ。

 

「主任殿、計画は進んでおりますかな?」

「絶好調さ! ブリュンヒルデに積み込んだ高速ブースターの技術あったろ? アレと同じで人間の強度を考えなくてすむってのは楽で済む。搭乗実験もエイリアンのデータを取って人間用に組み直せば俺たちが宇宙に進出するのも夢じゃないってえ寸法さ! どうだ? 人類復興、最初の有人飛行に司令官は言ってみねぇかい?」

「残念ながら、私も年でな……あと20年若ければ、宙を拝む気にもなったのだがな」

「ハッハッハ! そりゃあ残念無念また来年! まぁ、来年になるまでには完成してるだろうし、エイリアンの技術には頭が上がらねえぜ。こっちの人間の考えも含めると、技術統合ってのか? それで改善点や効率強化案もボンボン浮かんできやがるしよ。安心して、指揮をとってみてて下せえや司令官っ!!」

「期待しているとも。だが、最初に乗るのは決まっているだろう? あの会議で、反対するものも何人かいたが……“非公式”としては、彼女が適任だ」

「……ああ。俺らより年上たぁ言っても、あんな可愛い子を泣かせちまうなんてなぁ! 世界を救った英雄様は女心に疎いと見える! いやっ、みなまで言うまい。がっはっは!!」

 

 大きな笑い声を響かせながら、スキンヘッドに光を反射させた長伸の黒人が去っていく。既に下半分まで建設途中で、従来のものとは大きく形も原理も異なっている人類の夢と希望を宇宙に打ち上げる機械「ロケット」を見上げたマリオンは、タラップの上から希望の光を感じていた。

 

「月の裏側で戦闘は行われていた……我々の技術ではまだ観測できない場所に居たのだったか? あのシング・ラブは。だが今度こそ我々人類は君に届いて見せよう。私の戦いは、まだ終わってはいないのだから…!」

 

 老いて力も入り切らなくなった手で、歩行補助の杖頭を握りしめる。戦う意志は減益と何ら謙遜のない根っからの武人、フランク・マリオンは一年前の戦争終結を、人類の勝利ではなく「彼」個人の勝利であると捉えていた。古臭い思想の持ち主だと言えばそれまでだろう。だが、純粋に人類が作り出したチカラではなくエイリアンの手が入れられた兵器群は、マリオンにとって「真の勝利」から程遠く遠のいていくような気がしていたのだ。

 だが、今回はエイリアンの助言も少しはあれど、発掘した技術と最早オリジナルと言っても過言ではない人類の技術力を集結させた人間の知恵の結晶である。主任はエイリアンの技術と言っているが、コピーし、リアレンジした技術開発はアレンジという域を軽く超えている。

 そして宇宙進出は、エイリアンの襲来から一度も執行されることが無くなった人類の夢と可能性を秘めた道である。この技術を完成させる事は、もう既にいない「敵エイリアン」と競い合える最後の手段であるともマリオンは感じている。自ら感じ取る、短い寿命。だが、この命が続く限りは人類の宙へ掛ける夢を見て行きたい。

 これこそが元作戦司令官フランク・マリオン。そして現人類復興プロジェクトリーダー、マリオンが抱いた心境であった。

 




完全に繋ぎの話ですみません。
そして主任のキャラ。一度こういう豪快なキャラ書いてみたかっただけです。


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A HAPPY NEW DAYS!

正月あんまり関係ない


 時は流れて2054年12月。あの決戦より1年と3カ月の時が過ぎ、2日後には元旦を迎えようとしていた。未だ人類は一億程の人数しか居ないが、それでも確実に命を脅かされることも無くなって数を増やしてきていると言ってもいいだろう。

 現在UEFでは宇宙進出計画の主任が言っていた通り、最終チェックも兼ねて12月末には飛び立てる準備が完了していた。それでも飛ばなかったのは、ひとえにマリオンが「初日の出と共に行動してこそ人間らしいじゃないか」との発言を行ったがため。

 そのおかげで、点検を何度も行って宇宙へ行っても問題は無いと判断されたのだが、

 

「……ナフェ君、行ってくれたまえ」

「どうして今更」

「まだ彼は死んでいないかもしれない。いや、死んでいたとしても……我々は彼と総督を回収しなければならないのだ」

「二人一緒に? その後は()になるようにでも並べるんでしょ? もしくは向かい合わせる? どっちにしてもゼッタイに! イヤッ!」

 

 ナフェは忘れられなかった。彼女含め、エイリアンは地球の人間ほど便利な作りをしているわけではない。記憶の劣化は数十年ほど経ってようやく始まるのである。そればかりか、ナフェは「彼」に選ばれなかったことに強い恨みを抱いていた。彼自身は、本当の父親の様に思っている。それでも、「彼女」が一緒にあると言うのは納得できない。

 見た目通りの幼い思考。幼い判断。普段のナフェを、ナフェの実年齢を知っている物であってもナフェを笑う人間はいなかった。仕方が無かった事であって、本当にどうしようもなかったのだ。全てを任せてしまった人類としては、負い目と後悔しか無い。英雄として祀る事でしか、贖罪することができなかったのだから。

 

「…マリオン司令官」

「もう、司令官では無いよ。ロスコル君」

「あ、そうでした。その…少し時間を置きましょう。ナフェちゃん、できれば俺達もアイツの真実を見たいんだ。人間そのものの構成なのに、人間離れした力を持って老けたようにも見えなかったアイツ。聞けば最初20年は眠ってたらしいじゃないか。もしかしたら、俺達もアイツ見たいになれるかもしれない。そして、ナフェちゃん達と一緒に過ごし続けられるかも―――」

「パパは道具じゃない! ロスコル、あんた何言ってるか分かってんの? 不老不死を求める旧王朝の馬鹿と一緒のことしてるんだったら水銀でも飲んで死んじゃってよ。パパを、馬鹿にすんなっ!!」

「ナフェ君」

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

 彼女の逆鱗に触れてしまったのは、馬鹿でも分かる。

 ロスコルは自分の失言とナフェの琴線に触れてしまった事を心底後悔しながら、マリオンを連れて部屋を出ようとした。キィキィと鳴るのは車椅子のホイールが回る音。もう、車椅子に乗ってしか移動できなくなったかつての司令官はそれでも言葉を残そうとする。

 

「ナフェ君、心が決まったら言ってくれ」

 

 それはまるで、ナフェが決断する事を確信しているかのような物言い。

 ぱた、と閉められた扉。二人の姿が資質から消えて行った事を確認したナフェは流れ落ちてきた涙を拭おうともせずに大声で泣きわめいた。

 言葉はとても痛烈なものだった。大半が、「彼」を罵倒する物。いつだって傍に居てくれた筈の温もりを、ほんの何度かしか合わなかった総督に持って行かれた事の怒り。この世界の真実を知った時、彼の出身を知った時、そして―――彼の娘となろうと決めた時。こうした時を過ごすうちに、ナフェという少女は間違いなく親である彼を求めていた。求めて、離れていてもちゃんと戻って来て、遠くに行っても言葉を投げかけてくれた。

 

「依存してるなんて、知ってた。だから、一緒に居たいって……」

 

 鉤爪の様な手は震える体を冷たく包んだ。地球に来る前、こんな手になってしまったから、もしかしたらこの生体アーマメントの両手になる前から、自分は温かさと言うものを求めていたのかもしれない。

 そうして触れた「彼」の温かさは飄々と逃げ回ってくれるからこそ、手にした時は一段と温かかった。旅をしていた時、自分は寒くないと言っても最初は抱きしめてくれていた。セクハラだーなんてからかったりもしたけど、あんなに自分に触れてくる相手なんて絶対に居なかったから新鮮だった。

 思えば、その時から彼をずっと求めようとしていたのかもしれない。そして「真実」を知って絶望して、彼は自分の心に入り込んできた。何も聞かずに、こっちの事情なんて何も話さなくても抱きしめてくれた。受け止めてくれた。背負ってくれた。何もかもを、彼に押しつけてしまった。

 

「……」

 

 ピリリ、と鳴った情報端末。たった今送られてきた月への進出計画の内容全てが端末の中に送られている。マリオンは、何が何でも彼を「回収」したいのだけは、良く分かった。

 

 ナフェは時計を見た。

 新年まではあと2日程。ナフェは端末を新調したフードの耳型アンテナに接続した。

 

 

 

 深夜のUEFのロケット打ち上げ予定場。

 遺伝子的にも子供を授かることはできないと言われていたステラとマズマのカップルはある意味で繋げるための懸け橋と成ってくれた「彼」の回収用ロケットをしたから見つめていた。当然のごとく、この二名は連れ添うように腕を組みあっている。

 

「…ナフェ、大丈夫なのかな」

「どうだろうな。はてさて、マリー・アントワネットはエリザベスとなるか、エリザベートとなるか? どちらに転ぼうが奴の選択だ。俺たちは道を示しても、待つことしかできないさ」

「そっかぁ……うん、でもちょっと残念」

「なにがだ?」

「あなたと、本当に子供できなかった。一応私にも繁殖器官は付いているのに」

「……あー、まぁ。そうだな」

 

 お腹を撫でるステラは大人には程遠い少女の見た目である。しかし、彼女は一年前と比べてどこか煽情的な色気を醸し出すようになった。「女」をマズマに教えてもらったから、という確固たる理由があったのは数ヶ月前から。一度目はクローンとしての興味と、エイリアンとしての確認。二度目はステラから迫り、三度目以降はステラが月経を確認しながら迫り続けた。

 ステラ、此処に来てまさかの攻めであると元PSS隊員は戦慄していたりする。どうでも良い話ではあるのだが。

 

「そんな事はどうでもいいのさ。問題はウサギが月に上るかどうかだ。月見る因幡で終わるもいいだろうが奴はそうもいかんだろう」

「ナフェはそんなに、強かったの?」

「奴の腹黒さは皆が知るところである癖に、奴の考えは何一つとして俺たちは知る事は出来なかった。大方、今頃はとんでもない事でもやらかそうとしているんじゃないのか?」

「それなら楽しみ。ナフェの発明品、子供たちをみんな笑顔にしてたから」

 

 そうかもしれないな、と。マズマは続けられなかった。

 地面が大きく揺れた。

 

「なぁっ!?」

「ロケットが……みんな、今助ける!」

「まったく何が起こってるんだ…!」

 

 地震の直後に判断を下した二人は、すぐに噴射炎の範囲外に避難しようとする。職員達も気付いたのか、すぐさま断熱シャッターを下ろして緊急配備を警報と共に行っているらしい。黄色い光が施設内を照らす中、マズマとステラは逃げ遅れた職員を全員確保しながら発射場から離れた場所で今にも飛び出しそうなロケットを見守っていた。

 ざわざわと助けた職員や、この騒音に飛び出してきた人間がUEFの建物内から現れる。期せずして満員御礼の観客を得たロケットはエンジンを唸らせながら見せつけるように体を震わせていた。

 直後に、対応に当たる職員達の通信がステラ達の耳に装着された小型無線機に伝わり始めているようで、その焦りながらも冷静な状況分析には次の様な会話が繰り広げられていた。

 

≪エンジンを止めろ。発射シークエンス中止だ≫

≪駄目です。此方のプログラムを一切受け付けません……って、ああ!?≫

≪どうした管制塔≫

≪うさぎマークで画面が埋め尽くされています。あのエイリアン抜け駆けしやがった!≫

≪ハッハッハ、いいではないか。総員、持ち場を離れて中継へ切り替えろ。元総司令官フランク・マリオンのお願いを聞いてくれるかね≫

≪……ライブ映像、監視カメラの解像度を上げろ。ジェンキンス博士も笑ってないでさっさと仕事してください! 雑煮食べるのは元旦迎えてからでしょうが!≫

≪ひや、ほんなほほひまれへもへえ……んぐっ、美味しいんだから仕方ないじゃないか。再建の木造建築技術と言い、ジャパニーズも捨てたもんじゃあない≫

≪いいから仕事しろクソ野郎!≫

「ほら見た事か。そのまま月で餅でも突き続けなければいいんだがな」

 

 通信を聞き、呆れたようなマズマの声は彼の近くに居た者達を笑わせた。

 片手で口を抑えたステラも目じりを下げながらに思う。どうか、ナフェの願いが叶いますように、なんて。

 

 

 

「……あーあー、バッカみたい。アタシなにやってんだろ」

 

 コードを直接生体アーマメントを通じたプラグに繋ぎながら、思考とは別の脳内でプログラミング処理を行う。憂鬱気に息を吐きだす彼女は今、初めて「彼」と出会った時の様なファッションに身を包み、わざわざあのころの様な旧式の耳アンテナに換えたフードを被っていた。

 ロケットの振動はシャトルを揺らせど中身は揺らすまででは無い。あの時に乗ったナナのブリュンヒルデよりは快適かもしれないと愚痴をこぼすナフェは自分自身の馬鹿さ加減に心底呆れ果てていた。

 

 結局、単純だったのだ。自分は。

 それがなによりもいらただしく、自分と言う存在が持ちうる余分な感情を抑えきれていない事を証明している。冷静な自己分析を行った結果、やはり体は勝手に「彼」のいる方へと向いていた。ちゃんと目にするまで、自分の持つ肉体の感覚で確かめない限りは納得できないと言うのが自分の脳ではなく、この心が出した結論らしい。

 

 外部モニターに目を通して見れば、発射までのカウントダウンを行う民衆の姿が見えた。突然のサプライズとでも思っているのか、月まで到達する2日という時間を知っているが故に集まったのか、元旦と結びつけたお祝いだとでも思ったのか。そんな思惑なんて自分の知る所じゃないけども、誰もかれもが期待に満ち溢れた視線を送っているのが何とも面白くない。

 度肝を抜いてやる筈が、誰もかれもが生温かい視線を送るばかり。外見で人間は判断を下すと言うが、こればっかりは人間にまみれて生きる上でナフェが慣れなかった行動原理の筆頭でもあった。

 

「……3、2、1――発射」

 

 エンジンが爆音を轟かせ、UEFの中心に作られた発射台からロケットが打ち上がる。ジェンキンスがエイリアン技術を解析して新造した防壁は無駄な排煙や熱量を完全にカットし、領域外に居る観客には一切被害を与えていない。

 まるで傾けたコップの中身のように第一エンジンの燃料は尽きて行き、発射から数十分もした所でそのエンジンは切り離されることとなった。あとは、出発予定の航路を現在用に書き換えながら月の施設に突っ込むだけでいい。

 

「……やっぱり、アイツら馬鹿にしてる。はあ」

 

 ふと、振り返った座席の後方には二人までの乗組員が座る席。自分も含めてシャトルの中の座席は3つあり、その大きさも妙にフィットするサイズで作られていた。ナフェが単身乗り込むことなど人間側からはお見通しだったのだろう。忍びこんだときもこれと言ったロックはかかっておらず、寧ろナフェが搭乗する事を前提で人物認証システムが働いていたのだから。

 人間側はしてやったり、と笑っているに違いない。

 

 いいように扱われた悔しさを抱きながら、ナフェはこの短い様で長い航海を続けていく。当たり前のことながらも、自分が目指すはかつて支配していた地球を展望できる特等席だ。そして、「彼」の。

 

 

 

 

「本当に良いんですか? 戻って来ないかもしれませんよ」

「いいのだよロスコル。君には嫌われ役を頼んでしまったな」

「それくらいはお安い御用って奴です。なぁフォボス?」

「……行っちまったなぁ」

「フォボス? おい、オマエまさか」

「変態とでも罵ってろやロリコル。まあ、行ったからには新しい恋でも探して見ようと思ってるだけだよ、馬鹿野郎」

「ロリコンはテメェだクソ野郎。父親がいない間に手を出さなかったのはともかく見た目と寿命と年齢差を考えろ。……ん? いや、ナフェちゃんの場合どうなるんだ?」

「あはー。ありがとねフォボス。今度のラジオでいいネタできたわ」

「おいメリア、食堂のタダ券1週間で手を打て」

「了解。記憶から忘れます」

 

 元PSSだった者たちが集まり、わいのわいのと騒ぎ立てている。彼らだけではなく、ロケットの打ち上げ成功に対してもUEFの者たちは歓声を上げて喜びあっていた。とうとうここまで人類は持ちなおしたのだと言う声もあれば、技術者連中からは新しい素材採取の幅が広がりそうだなどと言った喜びの声も聞こえてくる。

 マリオンは、この新たな一歩に対して大きな喜びを覚えた。人類はエイリアンに喰われずとも、正しく一丸となったのだ。そして「彼女」との自分勝手な賭けにも勝って見せた。

 

「どうかねシング・ラブ。そしてワイラー・ギブソン。我々は君達に勝利したのだよ」

 

 ふ、ふ、ふ。

 天へと腕を伸ばし、マリオンは深い皺の刻まれた顔に微笑を形作る。

 何かを掴んだ。その感覚と同時に、彼の体からは命の鼓動が消えて行くのを感じた。

 

「ありがとう、みんな。私も今…そっちに逝こう……」

 

 フランク・マリオン。享年55歳。

 人類を最も戦わせた男は、人類の安寧を願って長い旅に出た。

 

 

 

 

 その二日後、ナフェの乗ったロケットは粉々に爆破されていた。

 月に降り立つその瞬間、不運にも「彼」とザハが戦っていた時の残骸がシャトルのバランスを壊し、月のデコボコした面に不時着させてしまっていたのだろう。しかし、バラバラになった残骸の中から傷一つ無いナフェが瓦礫を押しのけ這い出てきていた。

 

「あーもうサイアク。やっぱり来るんじゃなかった」

 

 空気は無い。だが、生体アーマメントと適応した体はそんな物を必要としない。彼女達エイリアンの器官は機能を残しているものの、それが無くとも生きていく事は十分可能なのだから。

 ナフェは目の前にある、階段だったものの瓦礫を次々とその両手で破壊していく。気だるげに進む彼女はいつも通りにも見えたが、その心象は穏やかなものでは無かった。誰も見ていないのに、早鐘を討つ心臓を抑えつけるように道を遮る物を破壊する。けたたましい音を立てて割れて行く鋼材の音が、自分の心臓の音を掻き消してくれるかもしれないから。

 

 そして、ついに彼女は辿り着いた。辿り着いて、しまった。

 

「……やっぱり、生きてんじゃん」

「ひ……し、だ」

 

 息をしていない。でも生きている。

 彼は彼女を抱きすくめるようにして倒れ、ぐしゃぐしゃに骨までむき出しになった左腕は血が固まって黒ずんだナニカに変容している。それでも、彼は瞳に生の光を灯しながら「彼女」を抱いて地球を見ていたのだ。

 その姿は痛々しく、しかし完成されているようにも見えた。ただ肌をすり合わせて倒れ込む二人の男女。欠けたものが余りにも多いくせに、それを相手で補おうとする見苦しささえもが完結しているようで、儚くもある。

 

 ―――気にいらない。

 ナフェは当たり前のように抱いたその感想を叩きつけるように、彼と彼女を引き離した。

 

「…っ、ぁに…す、んだ」

「ナ、ふェ? は、は」

「元気そうでなによりです、総督。だからコイツはあたしが貰って行くから」

「だメ……」

「―――この、なんでアンタが!」

 

 手を振り上げ、禍々しい爪を振りおろそうとするが―――止めた。これだけ弱っていれば流石の総督も簡単に殺せるだろう。でも、そうしたら仮にも「彼」が選んだ人物を殺すことになる。それは、嫌だった。

 ナフェは、自分の右手のアーマメントパーツを切り離して地球に放り投げた。フードを脱ぎ、引き離した二人の間にふさがる様にして寝転がる。むくれた表情は完全な嫉妬を形作っているみたいだ。

 

「懐、…い。こ、してみあげ…っけ」

「そうだよ。UEFの屋上に転がって、総督とパパに挟まってゆっくりしてた。そしたら、此処に連れてこられた」

「ふ、はねっかえりのつよいやつだとはおもっていたが……」

「声帯だけ再生させたんだ? さっさとやっておけば私にも見つからなかったかもよ」

「いいや、まっていたのだ。この、ときを」

「あっそ」

 

 かつて紅い炎を灯していた彼女の右目は永遠に閉じられている。

 彼女の現状と言えば、自分自身が作り上げた武器に自分自身が貫かれ、その欠片は今も彼女の体内で針山地獄を彷彿とさせる痛みを作り続けている。ナフェは良い気味だと思いながらに何か物足りなさを感じていた。それは総督への更なる痛みではなく、もっと別の何か。

 

「な、ぁ…いい……も、な」

「……つれて、いけ」

「…………」

 

 ナフェは無言で目を閉じた。

 二人は、安心して左手と右手を間の人物に繋ぐ。しばしの温かさを感じたナフェはしばしの睡魔に身を任せ、浅い眠りの世界へと旅立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 数日後、かつての白の聖域。

 人類が予備で作っていたロケットを飛ばして庁舎に来た頃には、二つの血だまりと見覚えのあるフードが落ちているだけだった。元PSS代表として来たフォボスは苦笑を零しながらも、エイリアンの遺された技術の回収作業を始めるのであった。

 

「新しい日々を幸せにな、馬鹿家族どもが」

「隊長…? どうしましたか」

「いいや、ちょっと最後まで馬鹿やってくれた奴らにヤジ飛ばしただけだ。オラ、必要な資材集めたらなるべく傷つけないよう気をつけろ。稼働しているアーマメントがいる可能性も忘れるんじゃねえぞ!」

「イエッサー」

「あいよ、フォボス隊長殿」

「んじゃ、サボるんじゃねえぞ―――」

 




これにて真の完結です。

3話以上続くとか言ったのは嘘ですごめんなさい。
それではみなさん、元旦のみならず、いついかなる時も幸せな日々を見つけられるようお祈りさせていただきます。

A HAPPY NEW DAYS!


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