どっちつかずの彼女(かれ)は行く (d.c.2隊長)
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プロローグ

あらすじにも書きましたがこの作品は作者のもう1つの艦これ作品とは世界観は一切関係ありません。その為、轟沈や死亡といったネガティブな要素も沢山出るかと思います。ご注意を。


 見た目は普通の女の子。しかし、いざ“艤装”と呼ばれる、第二次世界大戦時に存在した軍艦の武装を人間が装備出来るサイズまでミニチュア化した物を装備すれば、人間大の軍艦と呼べる戦闘力を発揮する存在……“艦娘(かんむす)”。

 

 姿形は異形……かと思えば美しい女性の姿をしているモノも存在する、艦娘とは対を為す人類の敵……“深海棲艦(しんかいせいかん)”。

 

 突如として世界中の海に現れた深海棲艦は、当時の人類の海路を用いたあらゆる行動を防ぎ、破壊し、喰い荒らした。今までテレビや小説等の物語でしか登場しなかったような化け物が現れたことに、世界は当然のように混乱した。しかし、一部の軍事施設は直ぐに状況を抑え、尚且つ名も知らない化け物を倒す為に動き出す。“軍が動いた”……これまたテレビの向こうでしか聞かないようなことが現実として、事実として起こった。これでもう大丈夫……そう考えた人類がどれだけ居ただろう。また平穏に過ごせると、どれだけの人類が思ったことだろう。

 

 結果から言えば、軍は化け物相手に為す術もなく敗北した。相手が人間大のサイズであったにも関わらず、軍艦が、戦闘機が、戦車が、歩兵が、何もかもが一方的に蹂躙された。人類側の攻撃は確かに当たっている。銃撃、爆撃、砲撃、雷撃……その全てが、人間サイズの小さな相手に一切通用しなかった。

 

 逆に、化け物達はそれらを蹂躙した後に海路だけでなく空路も破壊した。敵は海だ、ならば空は安全……そう考えていた人類は、絶望の縁に晒されたことだろう。“彼女達”が現れたのは、そんな時だった。

 

 自らを“艦娘”と名乗った彼女達は、人類が何をしても倒せなかった化け物をあっという間に倒してしまった。制海権を失い、制空権も失い、こちらは手も足も出せず、このまま世界は化け物に喰い荒らされていくだけ……そんなギリギリのところで現れて化け物を倒した彼女達を、当時の人類は“神の使い”などと崇めた。

 

 艦娘……それは人類の味方であり、在りし日の艦艇の魂を宿した女性達。化け物……名を深海棲艦と言い、人類と敵対し、海を……世界を蹂躙する脅威。人類と艦娘は協力し、深海棲艦と戦っていく。拠点である鎮守府が生まれ、対深海棲艦に特化するよう海軍も作り直され、艦娘と最前線で戦う“提督”も居て、深海棲艦達と海域や島を奪い合う。

 

 そんな“日常”が世界に浸透してきた頃……撃沈した艦娘、壊滅した鎮守府が数を増し始め、人類が再び絶望の影を感じだした頃に、新たな人類の……正確には艦娘の味方である“妖精さん”の姿が現れ出す。いや、人類にその姿が“見え始めた”と言うのが正しい。妖精さんとは、弾薬や鋼材といった資材と引き換えに艦娘を“改修”として強化し、“建造”として生み出すことの出来る唯一の存在である。更に艦娘の艤装にも宿っており、人類がその姿を見る前からずっと艦娘のサポートをし続けていたという。

 

 妖精さんの存在が発覚し、建造と改修が可能と知った人類は再び息を吹き返した。しかし、一部の心無い……だが軍人としては正しい提督がいたことで、ちょっとした事件が起こる。

 

 資材さえあれば艦娘は“量産”できる。艦娘は過去の軍艦が人の形をした存在。ならば軍艦という“兵器”である彼女達を資材のある限り量産し、戦わせればいい。なぜなら“代わりは幾らでもいるし、作り出せる”のだから。そして、それを有言実行したのだ。

 

 

 

 その翌日、その鎮守府の提督は艦娘によって就寝中に頭部を吹き飛ばされ、着任していた艦娘全員が鎮守府を破壊し尽くした後に自害したのだ。

 

 

 

 全く同じ事件が同じことをした鎮守府で起きた。たまたまその現場を目撃した憲兵が目撃した全てを海軍本部に送らなければ、人類は味方であった艦娘によって滅ぼされていたかもしれない。そういった事件があったことにより、海軍本部は提督を着任にさせる際には、能力よりもその人間性を重視するようになった。尚、事件の詳細は伏せられ、全ての提督及び候補生には、必ずある言葉が刻み込まれた。

 

 

 

 ― 忘れるな。艦娘は兵器ではなく、心在る人類(われわれ)の仲間なのだ ―

 

 

 

 さて、ここまで長々と語ってしまったが……実はあまり、人類側と深海棲艦達との戦いを語るつもりはない。何せ、主人公は提督ではない。艦娘でもないし、かと言って深海棲艦という訳でもない。人類の敵ではない……しかし、味方でもない。

 

 この物語の主人公は、敵でもなく味方でもないが敵にも成りうるし味方にも成りうる……どっちつかずで曖昧で中途半端な存在。そんな存在が、結局どうなってしまうのか……曖昧な未来に向かって戦い続けていく。

 

 ただ……それだけの物語。




プロローグではあまり書くことはありませんね。今後もお付き合いしていただければ幸いです。


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そう名乗っておこう

早速もう1つの作品ではやらないであろうことを行っています。閲覧にはご注意を。


 目の前で起きていることが現実なのか、雷には分からなかった……否、分かりたくなかった。それは、自らの身に危険が迫っているから……ではなく、あまりに雷自身からの常識とかけ離れていたからだ。

 

 その日、雷は自身の提督から天龍率いる水雷戦隊に加わり、資材を集める為に普段よりも少し離れた場所へ遠征に向かうよう命令を受けた。天龍、龍田、睦月、五月雨、若葉、そして雷で編成された水雷戦隊は遠征に向かい、確保した資材の量は大成功と誰もが口を揃えて言うであろう。道中で深海棲艦に会わなかったこともあり、6人は意気揚々と帰り道を進んだ。それぞれが上機嫌に資材を運び、何かご褒美でも貰えるだろうか……そんな風に呑気に考えていた。

 

 

 

 あの悪魔と出会ってしまうまでは。

 

 

 

 「全員止まれ!!」

 

 その悪魔に気付いたのは、旗艦である天龍。何事かと天龍以外が悪魔の姿を目にした瞬間、表情が絶望に染まる。唯一雷だけは、単純に悪魔の姿を知らなかったという理由からキョトンとした表情を浮かべた。だがそれも、天龍が悪魔の名を呟くまでのこと。

 

 「戦艦……レ級……っ!!」

 

 「そんな……何でこんなところに……」

 

 戦艦レ級。胸部をはだけさせたレインコートのようなモノを着込み、リュックサックを背負った少女の姿をしているが、その腰の後ろからは太い尻尾のようなモノが生え、その先には駆逐深海棲艦のような獣の頭部のような形状をしたモノがある。

 

 たった1隻の深海棲艦……だが、レ級は1隻いるだけで絶望に叩き落とすには充分な存在だった。同じ戦艦型であるタ級、ル級とは比べものにならない……否、鬼や姫と呼ばれる深海棲艦の上位種を除いて追随を許さない基本性能。戦艦であるにも関わらず艦爆と雷装を持ち、対艦対空対潜に隙がない。つまり、大和や武蔵のような大戦艦を出して全力で、死力を尽くして相対すべき相手に、遠征用の最低限の武装しかない彼女達は出会ってしまったのだ。

 

 「……キヒッ」

 

 「に……げろぉぉぉぉおおおお!!」

 

 レ級が不気味に笑ったのを見た天龍がそう叫ぶと同時に持っていた燃料のたっぷり入ったドラム缶を投げつける。その瞬間、部隊の全員が全速力でその場から逃げ出した。天龍を心配することなど出来ない。他の誰かを心配する余裕などなかったのだから。振り向くことなど出来はしない。それをすれば、死ぬのは自分なのだから。

 

 「なんで、なんでレ級が!! この海域で目撃報告なんて上がってないのに!!」

 

 「黙って走れ!! 天龍が引きつけているあ……ぃ……」

 

 泣きそうな声で叫ぶ五月雨に怒鳴り返した若葉の声が途中で消える。そのことを不信に思った五月雨が首だけを回して後ろを振り返る。その青い瞳に映ったのは、水底に沈みゆく“誰か”の下半身と……真っ赤に染めた口をガバッと開き、こちらに迫ってくる獣のような頭部。そこまで理解出来た五月雨の意識は、僅かな痛みと共に永久に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 あの悪魔に遭遇してしまってからどれだけの時間が経ったのか、雷には分からない。後先を考えずに全速力を出したせいで燃料の残りは少ない。6人いた艦隊も今では雷1人で、他の5人の安否は不明……だが、少なくとも天龍はもう生きてはいないだろうと恐怖に震える雷の冷静な部分が囁いていた。誰よりも近いところで、誰よりも早く動いたのは天龍だったのだから。

 

 「……ノド……乾いたなぁ……」

 

 燃料の入ったドラム缶は、逃げ出す時に投げ出してしまっているので補給は出来ない。今の燃料の残量では鎮守府に帰ることが出来るか怪しい……それも消費を最小限にして少しずつ移動した上での話だ。いずれ航行は不可能になり、誰かに助けられるか……それとも深海棲艦に襲われるか。

 

 「……絶対、沈んだりしないんだから」

 

 震える声で、強がりを口にする。自身のいる正確な場所は分からないが、帰巣本能でも働いているのか所属する鎮守府方角と大体の距離は把握出来る。だから燃料から考えて帰投はほぼ不可能だと分かっているが、希望だけは捨てずにいた。

 

 

 

 「ミツケタ」

 

 

 

 だからこそ悪魔が目の前に現れた瞬間、雷は絶望で目の前が真っ暗になったように感じた。なぜもう追い付かれたのか。天龍は、他の皆はどうしたのか。そう考えていく間に悪魔……レ級の尻尾の先にある頭部の真っ赤に染まった口が開き、中から主砲であろう砲口が迫り出し、雷へと向けられる。その砲身に、見慣れた青い髪らしきモノが絡まっているのを……雷は確かに見た。

 

 「あ……ああ……うああああっ!!」

 

 青い髪の持ち主が……五月雨がどうなったのかを悟った雷は、恐怖を忘れて背中にある主砲……12.7cm連装砲を可能な限り連射する。理性のない、怒りからの攻撃。着弾で発生する煙でレ級の姿が見えなくなり、カキンッと弾切れの知らせる音が出るまで。

 

 やがて、煙が晴れる。そこに在るのは……傷1つ、汚れすら見当たらない悪魔の姿。その姿を見ても、雷は火を噴かない砲を撃つように力を入れる。その姿をレ級は嘲笑うような不気味な笑みを浮かべたまま何もしなかった。

 

 「はぁっ……はぁっ……く……うぁぁぁぁ……」

 

 ついに雷は、絶望の涙を流しながらその場で座り込んだ。己の力では仇を取る、一矢報いるどころか汚れをつけることすら出来ない。それ程の隔絶した力量と基本性能差に、雷は悔しさから泣く。脳裏に浮かぶ散った仲間と鎮守府の仲間達を思い、内心で雷は謝罪の言葉を呟いた。

 

 (ごめん暁、響、電……皆……もう逢えない)

 

 俯いた視界に映るのは握られた己の両手と膝、揺れる水面。不意に、レ級が動く気配を感じた。やるなら早くしてくれと、雷は無感情に思う。やはりあの獣の頭部のようなモノに無慈悲に喰い荒らされるのか、それとも砲撃で跡形もなく吹き飛ばされるのだろうか。どちらにしても、死ぬことには変わらないのだが、恐怖は全く感じなかった。

 

 

 

 そしてついに、レ級から砲撃音が……することはなかった。

 

 

 

 (……誰……?)

 

 

 

 パシャンという水音と共に雷の視界に映った、何者かの両足。その足を辿るように視線を上げていけば、そこにあったのは真っ白な背中程までのセミロング。服装は白露型の紺色のセーラー服に近い上と膝より少し高いスカート、座り込んでいる為に見えてしまったが黒いスパッツを履いていて、左手には軍刀の鞘を、右手には柄を握っている。女性らしく丸みを帯びた体のライン、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる姿は雷的には羨ましい。だがまるで生気を感じない青白い肌を見れば敵なのかと思ってしまったが、よくよく見てみればこの存在は少し不思議な姿をしている。

 

 深海棲艦とは、人型であっても必ずどこかしらに異形が存在している。空母ヲ級ならば頭部の帽子のようなモノ、レ級ならば尻尾と先端の獣の頭部のようなモノ、鬼や姫ならば角や艤装や武装というように。しかし、この存在にはその異形が存在しない。在るのは……2本ずつ、計4本を交差させて後ろ腰に備え付けられた軍刀と、右肩から左腰に掛かったベルトに付けられた、今も両手で握っている軍刀の計5本……砲の類は一切見当たらない。

 

 近接武器を持っている艦娘は確かに存在する。天龍もそうだったし、安否のわからない龍田もそうだ。だが、近接武器しかない艦娘等見たことも聞いたこともないし、そんな深海棲艦も目撃情報はない。更に不思議なことに、目の前の存在からはレ級と同じ深海棲艦の気配がする……しかし同時に、雷自身と同じ艦娘の気配もするのだ。

 

 異形はない。だが“異様”な存在……雷はその存在から目を離せなかった。

 

 「……ナンダ、オマエ」

 

 その声を聞いて、雷はレ級が2人の前にいたことを思い出した。だがそれでも尚、彼女は目の前の存在から意識を背けることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 なんだこいつは……それがレ級の、どこからともなく現れた目の前の存在に対する第一印象だった。せっかくの楽しい遊びに水を刺されたような気分になったレ級は不気味な笑みから一転、不機嫌そうに見た目相応なムスッとした表情を浮かべる。

 

 そう“遊び”だ。普段いる海域から少し離れた海域に散歩気分で向かい、たまたま見つけた艦娘(おもちゃ)の艦隊を遊び気分で襲撃した。レ級にとって雷達は敵に成り得ず、精々壊してもいい玩具程度の存在。そんな玩具で、せっかく楽しく遊んでいたのに……レ級はそんな風に思っていた。

 

 (マァ、イイ)

 

 気分を害されたのは素直に腹立たしいが、よくよく考えれば玩具が増えただけだ。目の前の存在は自分と同じ深海棲艦のような気もするが、壊した玩具達と同じような感じもする。そこまで考えて、レ級は改めて目の前の存在をよく見てみた。

 

 肌や髪の色を見る限りは深海棲艦(こちら)側。だが服装や武装を見る限りなら艦娘(おもちゃ)側だろう。ふと、今まで意識の向かなかった顔が気になり、初めて相手の顔をよく観察してみた。

 

 

 

 その時の衝撃を形容出来る言葉を、レ級は持っていなかった。

 

 

 

 自分や目の前の存在の後ろにいる玩具のような幼さはなく、キリッとした刀剣のような鋭い美しさの顔。目つきはややきつめで、瞳は右目が金色に淡く光り、左目が炎のように揺らめいている青色とまるで改flagshipを思わせる。そんなオッドアイが、自分を見ている……それだけで、さほど大きくない胸の内がドキドキと高鳴った。感じたことのない未知の現象……それがレ級を混乱させる。

 

 (ナンダ? コノ感情ハ……)

 

 ドキドキと自分の意志とは関係なく高鳴り続ける胸の内が理解出来ず、レ級はただ自分を見つめる金と蒼の両目を見つめ返すしか出来ない。しかしその両目が自分ではなく、目の前の存在の後ろにいる玩具に向けられた瞬間、高鳴りはどこかへと消え失せ、言葉に出来ない苛立ちを覚えた。

 

 「ッ……アアアア!!」

 

 「ひっ……!」

 

 怒りのままに尻尾の先にある異形の口から覗く主砲の矛先を玩具へと向けると、玩具の顔が恐怖に歪んだ。その表情に僅かに苛立ちが解消されるが、この玩具を壊す……否、跡形もなく消し飛ばすことはレ級の中で既に確定事項。目の前の存在が玩具に近いことや砲撃が当たってしまうかもしれないことなど、怒りのあまりに考えることもなかった。

 

 「シネェ!!」

 

 

 

 

 

 

 「ギ……アアアアッ!!」

 

 殺される。そう思った雷だったが、その身には何も起きなかった。むしろ起きたのはレ級の方であったのは、レ級が悲痛な叫び声を上げていることから理解出来る。では、何が起きたのか。

 

 雷の目に映ったのは……尻尾の先端部分を失い、そこから真っ赤な血を吹き出して痛みに悶えるレ級。そして、先程から握っていた軍刀を軽く振って刃に付いた血を払う女性の姿だった。

 

 (えっ? いつ抜いたの?)

 

 雷がそう思うと同時に、近くでバシャン! と何かが海に落ちた音がした。その方向を見てみれば、先程まで目にしていたレ級の尻尾の先端部分の異形が少しずつ水底に沈んでいく姿。そこでようやく何が起こったのかを、雷は理解した。何ということはない……目の前の女性が目にも留まらぬ速度でレ級の尻尾を斬り捨てただけだ。戦艦の砲撃が直撃しても容易く耐える強度のレ級を斬り裂いたというのは信じがたい出来事だが、起きてしまったのだから仕方ない。

 

 これが冒頭部分で書いた、雷の常識とかけ離れた出来事だった。

 

 「……去るといい」

 

 「「……ッ!?」」

 

 不意に聞こえた少し低い、ハスキーボイスの女性の声に、雷とレ級が同時に反応する。それは、目の前の女性が初めて発した声だったからだ。その声と、さっき一瞬だけ交差した女性の揺らめく青い炎の先にあった蒼い瞳を思い出し、雷の小さな胸の奥がドクンと高鳴った。

 

 「レ級。君はもう、戦う術はないだろう。俺自身、これ以上君に何かするつもりもない。だから……去るといい」

 

 なぜだろうか。女性がレ級と呼んだ瞬間、レ級が頬を上気させて嬉しそうな顔をした。なぜだろうか。雷にはそれが、酷く不愉快に感じた。何か大切なものを奪われてしまったかのような焦燥感を覚えた。女性に己の名前を口にして欲しいと願った。そんな雷を余所に、事態は動く。

 

 

 

 

 

 

 「……ワカッタ」

 

 ズキズキと痛む尻尾を抱きながら、レ級は無意識にニヤケた顔のまま頷いた。玩具に対して抱いた怒りも、尻尾を斬られた際に咄嗟に湧き上がった殺意も、目の前の存在に名前(と言っても総称だが)を呼ばれた嬉しさに消えてしまった。思えばレ級として世に生まれ出た時から、楽しいと感じたことはあっても嬉しいと思ったことなどなかった。降って湧いた幸福感に、レ級は妙な心地よさを感じた。

 

 しかし、レ級は幸福感から目の前の存在の言葉に従った訳ではない。深海棲艦、それも人型である以上生身でもある程度戦えるし、レインコートの下にはもしもの為の艦載機も隠している。しかし、玩具達の砲撃を軽く耐える体をあっさりと斬り飛ばした軍刀の切れ味は脅威だ。何よりもいつ軍刀が抜かれたのか、いつ斬られたのかが全く分からなかった。数々の玩具達を壊してきたレ級だが、この至近距離で自身が勝つビジョンが全く浮かばない。それどころかバラバラに切り刻まれる未来しか想像出来なかった。故に、ここは1度引くべきと冷静な部分が告げた。そうして背を向けて去ろうとした時、ふと気になったことがあったレ級は1度振り返り、目の前の存在に問う。

 

 「オマエ……」

 

 「ん? なにかな?」

 

 「オマエノ、ナマエ」

 

 「名前か……すまないが、思い出せない。だが名前が無いと言うのも不便だし……今はとある人物から文字を借りて……“イブキ”と、そう名乗っておこう」

 

 「イブキ……オボエトク」

 

 イブキ。その名を胸に刻んだレ級は、今度こそ沈むように去っていった。その口に、極上の笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 「立てるか?」

 

 レ級を見送った女性が軍刀を鞘に収めながら後ろにいる雷に振り返り、しゃがんでそう問いかける。有り得ない出来事の連続と内の怒りから半ば放心状態だった雷はハッと我に返り、心配そうに自分を見る女性の顔を改めて見つめてみた。

 

 (あれ?)

 

 そこで雷は、女性の瞳が改flagshipを思わせる金と青から、どこか見覚えのある鈍色に変わっていることに気付いた。相変わらず深海棲艦と見間違う程の肌色だが、髪と瞳と服装なら艦娘で通じるくらいだ。とは言っても、深海棲艦と艦娘の気配が混じった不思議な気配は変わらないのだが……そういえば、先ほど目があった時に一瞬驚愕の表情を浮かべたような気がする。一瞬の出来事であったし確信もないが。

 

 (でもあれは……まるで、私がいたことに驚いたような……懐かしむような……そんな感じだった気がする)

 

 白い髪、鈍色の瞳……その姿がなぜか、鎮守府にいる姉と重なる。だが、嫌な感じはしない……と、鎮守府のことを考えてしまったことで、先の青い髪やレ級と会った瞬間のことを思い出し、雷の涙腺が強烈に刺激される。脳裏に鮮明に浮かぶ天龍、龍田、五月雨、若葉、睦月の姿が、涙を溢れさせた。

 

 「ひっ……く……あぐぅ……」

 

 「……雷」

 

 「うぇ……?」

 

 不意に、柔らかいものが雷の顔に押し付けられて体を苦しくない程度に締め付けられた。その柔らかいものが女性に抱き締められている故に当たっている胸だと気付いて慌てて離れようとするも、女性は離してくれなかった。

 

 「俺で良ければ胸を貸そう。それくらいしか出来ないが……すまない」

 

 「あ……ああ……うぅ……うああああ!! 天龍さん!! 龍田さん!! 睦月!! 五月雨!! 若葉ぁ!! うええええん!!」

 

 雷は泣く。過ぎ去った恐怖を思い出し、もう逢えない仲間達の名を叫び、その姿を想像するしかなくなったことを嘆き、自分がまだ生きて誰かの温もりを感じることが出来ることに安堵して、見た目相応に泣き叫ぶ。幼子をあやすように頭を撫でられてその手が離れぬように抱き付き、その手から感じる優しさにまた雷は泣き叫ぶ。

 

 2人しかいない海上に響き渡る泣き声が止んだのは、それから10数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ってしまった雷を起こさないように撫で撫でしながら、俺は今まで自身に起きたことを思い返していた……とは言うものの、生憎と思い返すことはさほどない。何せ、気付いたら目の前にレ級がいるわ後ろに雷がいるわなんか反射的にレ級の尻尾ぶった斬ってるわでこうしてる今もかなり混乱しているのだ。だがそれでも、改めて最初から思い返すとしよう。

 

 気がついたら、俺は海の上に立っていた。何をバカなと言いたくなるが、本当にそうなのだから当事者としてはそうコメントするしかない。しかも状況が全く理解出来ない……というより、把握する時間もほとんどなかったのだから困る。何せ、目の前に“画面の向こう”でしか見たことがない戦艦レ級の姿があったのだから。

 

 “艦隊これくしょん”……様々な第二次世界大戦時の日本と一部の外国の軍艦が見た目麗しい艦娘という女性として擬人化し、プレイヤーが提督となって進めていくブラウザゲームだ。こうして思い出せる以上は俺もプレイヤーとして遊んでいたんだろうが……生憎と自分の名前や姿を思い出すことは叶わなかった。まぁゲームはレ級とやらをすぐに思い出せるくらいには好きだったんだろうが……記憶には様々な虫食いがある上に俺自身に関することは全く覚えていないときた。学生だったのか、社会人だったのか、老人だったのか、性別、過ごしていた時代、己の部屋らしき風景以外の景色、それら全てが分からないが……まあいずれ思い出すことを期待しよう。

 

 それはさておいて、レ級を見た時はその格好に興奮してマジマジと見てしまった。何せブラだかビキニだかは丸見え、レインコート以外の服はなしときた。その下半身の隠れている部分はどうなっているんですかねぇ、と思わずゲスな考えをしてしまう程だ……まぁこうして見た目幼いレ級に興奮を覚えた以上は俺は男性でロリコンという奴なのだろう。女性で百合属性持ちである可能性も無きにあらずだが、ここは男性であったと仮定しよう。チラッと目線を下げればたわわに実った己の胸部が映ったので、この身体は女性のようだが。

 

 ふとレ級に目を向けなおせば、なぜか青白い顔を赤らめていた。マジマジと見たことで羞恥心を刺激しまったようだ……しかし、頬を上気させた女性は非常にそそられるな……ダメだ、また興奮してきた。

 

 目線をレ級から逸らす為と妙に後ろ腰に重みを感じるので背後に視線をやると……どこかで見たような4本の軍刀を2本ずつ交差させた鞘と1本の軍刀の鞘を左手、柄を右手で持っているという体勢に今頃気付き、更に天使の存在にも気付いた。少々不意打ち気味だったのでびっくりしてしまったのは仕方ないだろう。

 

 どういう訳か俺の後ろで座り込んでいる天使……艦娘。その姿もまたレ級と同じように俺の記憶の中にあった。名を“雷”……だったか。記憶の中では割と早期に入手して秘書艦として起用していたが、ゲームを進めてからは遠征ばかりに出してめっきりと秘書艦として使わなくなったな……そのせいなのか、ゲームを始めた頃を思い出して、雷の姿に懐かしさを覚える。この時、己に関すること以外の住んでいた世界の一般常識程度は思い出せることに気づいた。

 

 「ッ……アアアア!!」

 

 とか和んでいたらいきなりレ級がブチ切れたんですがどうしたのこの娘。俺何かした……ってしてたな。思いっきりカラダをガン見してたわ。そりゃ怒るわ。尻尾の先のイ級か何かの頭の口が開いて砲身出して俺を狙うくらいにブチ切れてますわ……っと、このまま砲撃されては後ろの雷にまで被害が及ぶ。それは避けねばならん。

 

 しかし、先ほどまで一般人(多分)だった俺にはどうしようもない。なぜか慌てることもなくこうして冷静に考えることも出来るし、まるで時間が止まってしまっているかのようにレ級の動きが“止まっている”が……走馬灯のようなものだろうか。だとするなら、最期くらい己のことを思い返してほしいものだが……しかし長いなこの走馬灯。もしかして本当に時間が止まっているとでもいうのだろうか。

 

 (だとすれば……)

 

 ちらりと、視線が握ったままの軍刀に行く。これと後ろ腰の軍刀4本以外他に何もない以上はこれらを使うしかないのだろうが……ボロボロの記憶の中に剣道や剣術を習っていたという事実はない。しかし、この軍刀を使っていたとある“キャラクター”なら記憶にある。そのキャラは高性能じいちゃんだの勝てる気がしないだの圧倒的絶望等と呼ばれ、原作最強クラスのキャラとして君臨していた。そのキャラは軍刀1本とハンドグレネード1つで1人で戦車を破壊し、砕け散ったガラスの破片を避けつつ敵を切り捨て、全盛期ほど動けない&腹に風穴、右肩に銃撃、左目は潰され、出血多量という満身創痍でありながら原作の強キャラの1人を瀕死に追い込むという化け物っぷりだ。しかも満身創痍に至るまでに強キャラ2人の捨て身二段構えが必要だった。

 

 まあ何が言いたいのかといえば、俺がそのキャラくらいの強さがあれば、この軍刀だけでレ級の攻撃を止められるのではないかと言うことだ。例えば……この軍刀を抜刀すると同時に尻尾の先を斬り捨てるというように……と、そこまで考えた時に目の前の時間が止まっているような現象を見て、俺は思った。

 

 

 

 (あれ、止まってるなら俺でも出来るんじゃないか?)

 

 

 

 で、試しに軍刀を抜いて尻尾を斬るように下から振り上げてみた訳だが……スッと刃が入った上に、力など殆ど入れていないのに尻尾の先が上空に向かって飛んだのは驚きだ。しかもそれでようやく世界が動き出したかと思えばレ級が滅茶苦茶痛そうな声を上げるし、切り口から血がドバドバ出るし……凄まじい罪悪感を感じる。

 

 これ以上レ級を見ていると罪悪感で死んでしまいそうなので“もう帰れ”と言おうとしたのに、口から出たのは“去るといい”という言葉。どういうキャラなんだこの体の俺は。というか本当に俺は誰だ。

 

 「レ級。君はもう、戦う術はないだろう。俺自身、これ以上君に何かするつもりもない。だから……去るといい」

 

 レ級。君はもう武器とか持っていないだろう? 俺はこれ以上君に(罪悪感で)何も出来そうにないので、もう帰ってくれ……うん、言いたいことは大体合ってるからいいが、これは変換する意味があったのか俺の体よ。こんな上から目線な言い方であの怒り狂っていたレ級が言うことを聞くハズが……。

 

 「……ワカッタ」

 

 聞くのかよ。あ、尻尾抱えてる……やっぱ痛いんだな、すまない。でも深海棲艦だからとか反射的にとかで人に銃口向けちゃいかんぞ……今の俺が人かどうかはわからんが。なんかニヤニヤしているのは見なかったことにしよう。

 

 「オマエ……」

 

 って行かないのか。

 

 「ん? なにかな?」

 

 「オマエノ、ナマエ」

 

 さて、いきなり答えるのに困る質問をされてしまった。ナマエ、なまえ、名前……なんと答えるべきだろうか。流石に答えないという選択肢はない。尻尾ぶった斬った上に質問にも答えないとかどんな鬼畜だ……斬ってる時点で鬼畜か。

 

 しかし、名前か……ふむ。手には軍刀。これで連想した人物の名を借りようか……と思ったが、既にあのキャラの事を考えた以上、そのキャラしか浮かばない。だがそのキャラの名を借りるのはあまりに恐れ多いことだし、名が女性として名乗るには雄雄しすぎる。王と血が入るんだぞ。

 

 せめて、文字を借りようか。そういえば、雷達が活躍していた時代は文字を右から左へ読んでいたんだったか。“ぜかまし”とか……なら、そのキャラの名を右から呼んで、文字を少しずつ借りて……。

 

 「名前か……すまないが、思い出せない。だが名前が無いと言うのも不便だし……今はとある人物から文字を借りて……“イブキ”と、そう名乗っておこう」

 

 「イブキ……オボエトク」

 

 今度は一切変換されず、俺自身の言葉で言うことが出来た。そしてレ級は去っていき、俺も軍刀を鞘に納めた訳だが……レ級に名前を覚えられたとかどんな悪夢だ。アレか、深海棲艦ネットワーク的なもので指名手配でもされるのか。姫とか鬼とか命を狙ってくるのか? と恐怖に怯える俺だったが、後ろに雷がいたことを思い出して振り返り、改めてその姿を確認する。

 

 傷は特には見当たらない。が、内股気味……俗に言う女の子座りという奴をしている雷は非常に愛らしく、微妙にスカートが捲れてチラリと見えている太ももが非常に眩しい。撫で回したい衝動に駆られるが、今は我慢の時だ俺。何せ状況から考えるに、雷は俺の巻き添えでレ級の砲撃という危機に晒されたのだから。

 

 「立てるか?」

 

 「ひっ……く……あぐぅ……」

 

 泣かれたああああ!! そんなに怖かったのかレ級……いや、怖いか。俺もそれなりに怖かったし。殆ど興奮していたが。しかしながら泣く雷というのも非常に愛らしい。笑顔に変えたい、その泣き顔。だがどうすれば泣き止むのか……お菓子は持っていないし、近くに母親も……艦娘だからいないっての。

 

 どうしようか……改めて雷を見るが、泣き止む様子はない。こうなっては仕方ない、二次創作やドラマ、アニメなどで涙するヒロインに主人公たちや仲のいい人物が行う最強の慰め技……。

 

 「……雷」

 

 「うぇ……?」

 

 「俺で良ければ胸を貸そう。それくらいしか出来ないが……すまない」

 

 ズバリ、抱きしめて胸を貸すだ。本当なら頭を撫でるも追加されるんだが、女性は親しくもない相手に髪を触られるのはイヤだと聞く。この身が女性だろうがそれは変わらないだろう……というか雷が俺から離れようとして力入れてるのが地味に傷つくんだが……それもすぐに収まり、腕の中から盛大な泣き声が聞こえてきた。

 

 「あ……ああ……うぅ……うああああ!! 天龍さん!! 龍田さん!! 睦月!! 五月雨!! 若葉ぁ!! うええええん!!」

 

 その泣き声でようやく、雷が泣く本当の理由にある程度の予想が付いた。恐らく、艦隊が先のレ級と出会ってしまったんだろう。で、生き残ったのは雷1人で、そこに偶然俺が現れた……ということだろうか。雷とレ級がいる時点である程度悟ってはいたが、この世界は俺のいた世界……艦これがゲームとして存在する世界とは違うようだ。その証拠と言うように、まだレ級の流した血の臭いも残っているし……やれやれ、まさか俺が創作物でしか起きないような出来事を体験するとは。妙に冷静な思考やさっきの時間が止まるような感覚はその恩恵といったところか……まあ、そんなことはどうでもいい……今は……。

 

 

 

 

 

 

 

 どさくさに紛れて触っているサラサラな髪と暖かい体温と漂う甘いイイ匂いを堪能しながら愛情と優しさ全開で雷をあやしつつ愛でるべきだな。




いきなりの艦娘轟沈と死亡でした。書いてて意外に心に来ますねえ……まあバッドエンド書いたときほどではないので、私は冷めている(確信

勘違いとか転生だか憑依だかを書いてみたかったんです。その結果がこれだよ!

それでは、あなたからの感想、評価、批評、ptをお待ちしております。


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お互いに、元気な姿で

息抜き作品のハズがメインより1話の字数が多いという……。

ご指摘を受けましたので後書きを少し修正しました。


 「重くない? イブキさん」

 

 「そんなことはない。雷、方角は合っているか?」

 

 「うん、このまま真っ直ぐ進んで行けば、私の所属してる鎮守府があるわ」

 

 「分かった」

 

 イブキとそう名乗った女性に肩車をされているのは、先程まで泣き疲れて眠っていた雷だ。起きた後、助けてもらったお礼がしたいと言ってイブキを自分が所属する鎮守府に案内しようとした雷であったが、それを行うには燃料がなかった。どうしようかとイブキに聞いた結果、彼女に運んでもらいながら自分が案内するという形に収束した。その際に運び方をどうするか悩んだのだが、おんぶは軍刀が邪魔で出来ない。抱っこは雷が前が見えない。ならばお姫様抱っこはどうかと雷がドキドキと期待を込めて提案したが、雷の艤装があまりに邪魔過ぎるので却下。この時ばかりは、雷も自分の艤装の大きさを恨んだ。それはもう恨んだ。

 

 

 結果、お互いの艤装が邪魔にならずに雷が前を向ける肩車に落ち着いたのである。これはこれで雷自身満足しているのか、ニコニコと笑顔を浮かべている。ただ、雷が落ちないように足を押さえられていることによってイブキの肩から腰へと吊り下げられている軍刀の鞘が後ろ腰の軍刀の鞘に当たってカンカンと五月蝿いのが難点だが。

 

 そうして進んでいる道中、雷は様々なことをイブキに聞いた。どこから現れたのか、なぜ深海棲艦と艦娘の気配が同時にするのか、レ級がいた時といない今で目の色が違うのはなんでなのか等、かなりド直球に。その都度イブキは応えてくれたが、質問自体には言葉を濁して答えてはくれなかった。

 

 (答えてくれなかった……というより、自分でも分かっていないみたいだったケド……)

 

 その考えも、あくまでも雷の感想だ。なにせ、イブキはあまり表情が変わらない。全く変わらない訳ではないのは、自分をあやしてくれていた時に見せた優しい微笑みが証明してくれているが、それ以来表情は真顔から変わっていない。男っぽい口調と携えた軍刀も相まって、少々近寄り難い雰囲気も出ている。

 

 (こんなに綺麗でカッコイいのに……それに優しくってすっごく強くって……あ、でも近寄り難かったら、私だけでイブキさんを1人占めしたり出来るかも)

 

 暁型駆逐艦三番艦“雷”……色を知るお年頃。少々独占欲が強い様子。いやんいやんと両手を頬に当てながら首を振るが、肩車されていることを思い出してすぐに止めた。只でさえイブキには迷惑を掛けてしまっているのだ、これ以上掛ける訳にはいかないと雷は改めて決意する。

 

 「……雷」

 

 「なに? イブキさん」

 

 「あの人影が見えるか?」

 

 不意にイブキが立ち止まり、雷に問い掛けながら前方を指差した。雷がその指の先を見れば、確かに人影が見える。その数は……6。丁度1艦隊分で、うっすらと見え始めた姿は雷にとって馴染み深い姿だった。それは、雷が所属する鎮守府の主力艦隊の艦娘達だった。

 

 駆逐艦とは思えない戦闘力を誇るソロモンの悪夢“夕立改二”、制空権の掌握を担う正規空母の“赤城改”と“加賀改”、先制雷撃にて敵艦隊の頭を潰す重雷装巡洋艦の“木曾改二”、ビッグセブンと誉れ高き戦艦“陸奥改”と旗艦の“長門改”。それらの艦娘達が、目測20メートル程の位置で止まった。

 

 「雷! 無事か!?」

 

 「無事よ長門さん! この人に助けてもらったから!」

 

 少し距離がある為か、大きめの声で話し掛けてきたのは長門。雷もその声に答え、無事であるとアピールする為に右手を大きく振る。そのことに安堵の息を吐くと同時に長門はキッと目つきを鋭くし、雷を肩車している謎の存在を注視する。

 

 「……貴様が雷を助けてくれたらしいな。私は長門。雷と同じ鎮守府に所属する艦娘で、この艦隊の旗艦をしている……艦隊を代表して礼を言わせてもらう」

 

 「イブキだ。礼は確かに受け取った……雷、下ろすぞ。ここから彼女達のところに行くくらいの燃料は残っているだろう?」

 

 「えー……このままじゃダメ?」

 

 「ダメだ。俺はどうやら歓迎されていないようだしな」

 

 「えっ?」

 

 今まで長門だけに意識を向けていた雷だったが、イブキの言葉を聞いて艦隊をよく見てみれば、明らかに艦隊全員が警戒態勢を取っていることに気付いた。しかも全員が長門と同じようにイブキの一挙手一投足を見逃さないように注視しており、加賀と長門に至っては今にも攻撃せんとばかりに艤装を構えている始末だ。

 

 「み、皆なんでそんなにイブキさんを睨んでるの!? イブキさんは私を助けてくれたのよ!?」

 

 「ああ、雷が言うようにそいつは確かに恩人なのだろう。本音を言うならば、私としても鎮守府に招いて礼をしたいところだが……そいつが深海棲艦かもしれないならば話は別だ」

 

 長門の言葉にハッとした雷は、イブキの顔を見下ろす。その表情は無表情で何を考えているのか理解することは叶わないが……雷には、なぜか悲しんでいるように思えた。勘違いかも知れないが、確かにそう感じたのだ。

 

 「雷のいた艦隊……天龍達がどうなったかは、予想がついている。帰ってきた龍田、睦月から聞いたからな」

 

 「龍田さんと睦月が!? 2人は……2人は無事なの!?」

 

 「無事だから安心して雷ちゃん。レ級と遭うなんて……怖かったでしょう」

 

 「良かった……でも、イブキさんが助けてくれたから……」

 

 

 

 「だが、そいつは深海棲艦かも知れない。そいつがレ級を呼び寄せたかも知れないんだ」

 

 

 

 長門の言葉を聞いて、雷の頭が真っ白になった。天龍、五月雨、若葉が沈んだ原因となったレ級を、自分の恩人が呼び寄せたかも知れない。もしかしたら、間接的であれ仲間の敵(かたき)かも知れない。そんな風に考えることはなかった。長門の言うことも正しいのかもしれない。

 

 だが、思考が再び回転し始めた雷は考える。確かに、長門が言う可能性もあるが……それはあくまでも可能性の話。不運と幸運と奇跡が重なったような出来事だ、何かの思惑や原因を突き止めたくなる気持ちも分かる。しかし、雷はイブキを原因だと、敵だとはやはり思えなかった。

 

 (あんなに優しい顔で、あんなに愛情を感じる手で撫でてくれたんだもん……)

 

 たったそれだけで、雷はイブキを信用し切っている……いや、それがあったからイブキを信頼出来る。逆にその出来事がなかったから、長門達は深海棲艦の気配も感じさせるイブキを信用出来ず、出来過ぎなように思えるレ級との遭遇と何か繋がりがあるのではないかと深読みしてしまっている。

 

 どうすればイブキが敵ではないことを長門達に分かってもらえるのか……その切欠は、意外にも長門達側から出てきた。

 

 「私は雷ちゃんを信じるっぽい」

 

 「夕立!?」

 

 「悪いが俺も夕立側だ。確かにあいつからは深海棲艦の気配もするが、俺達と同じ気配もする。決め付けるのは早計じゃないか?」

 

 「木曾まで……」

 

 雷を信じると言ったのは、夕立と木曾。流石にイブキ自身を信用している訳ではないようで注視していることに変わりはないが、それでも長門ほど戦意は見えない。そのことが雷には嬉しかった。

 

 だが、意外な味方が敵(と言うのは妙だが)から出るならば……やはり、意外な敵は味方から出るものだ。

 

 「いや、長門の言うとおりだ」

 

 「イブキさん!?」

 

 「ほう? レ級は貴様が呼び寄せたと認めるのか?」

 

 「それは分からん。俺とて記憶が曖昧で自分のこともよく覚えていないし、艦娘なのか深海棲艦なのかすらも分からんからな……だが、分かることもある」

 

 「……なんだ?」

 

 「俺のような奴は、雷と一緒にいるべきではない。それに、レ級に顔を覚えられてしまったしな……俺が鎮守府に行けば迷惑になる」

 

 ズキンと、決して小さくない痛みが雷の胸に走った。イブキの言葉が冗談でも何でもなく本気で言っていることが、その言葉が雷を思って言っていることが分かってしまったことが、雷の小さな胸に強烈な痛みを与えていた。止まった涙が、再び溢れそうになる程に。

 

 そんな雷の様子を見ていた主力艦隊の面々もまた、苦々しい気持ちを抱く。別に彼女達もイブキが憎い訳ではない。だが、何度も言うようにイブキは艦娘の気配と深海棲艦の気配を同時に感じさせるという今までに類を見ない個体だ。しかも雷が助けられたと、イブキ自身が顔を覚えられてと言ったことから察するに、単体でレ級を撃退出来うる戦闘力を誇っている可能性がある。レ級の強さを肌身で感じたことのある主力艦隊からすれば充分に脅威であり、鎮守府最強艦隊とは言え勝てる保証はない。それ程までにレ級は強いのだ。そんなレ級に顔を覚えられたとあれば、イブキを狙ってレ級が来る可能性がある。そのことを考えれば、やはりイブキを鎮守府に招く訳にはいかなかった。

 

 「雷……降りるんだ」

 

 「……」

 

 ギュッと、雷はイブキの頭にしがみつく。その姿はまるで、親から離れたくないとせがむ子供のようにも見えた。そんな雷をどうするかと陸奥が目で長門に訴えるが、長門もまたどうするべきかと頭を回転させている途中だ。何せ、雷がここまで子供っぽいわがままをするのは初めてのことだった為、長門達の鎮守府では対処法が確立されていないのだ。

 

 これが暁やビスマルクなら分かりやすいんだが……と長門が悩んでいると、スカートが何者かによってくいくいと引っ張られた。誰だと振り返れば……まぁこの艦隊で引っ張る奴など1人しかいないが、案の定夕立がいた。

 

 「なんだ? 夕立」

 

 「どうしてあの人を連れて帰ったらダメなの?」

 

 「あいつが未知の存在であり、敵か味方かも分からんからな。それに、あいつ自身も言ったが……連れ帰るリスクが高い」

 

 「長門さん考え過ぎっぽい~。敵なら雷ちゃん助けたりしないんじゃない? しかも今だってついて行くどころか離れようとしてるっぽいし……私は大丈夫だと思うな」

 

 「……聞くが、なぜ夕立も木曾もあいつを擁護する? あいつの異質さは、お前達も感じている筈だ」

 

 異質さとは言わずもがな、その見た目と気配だ。深海棲艦と艦娘の気配を感じさせる、深海棲艦にしか見えない生気を感じない青白い肌と白い髪……まあ髪が白いのは艦娘にだっているので微妙だが……と、夕立とよく似た服装と、存在しない深海棲艦を象徴するかのような異形。そして、艤装であろう5本の軍刀。深海棲艦が艦娘の恰好をしていると言われれば信じてしまうだろう。むしろ、艦娘側を油断させる為にそうしているんじゃないかと新たな疑念が生まれてしまった。

 

 「だーかーら、長門さんは考え過ぎだってば。私と似た服着てるから、もしかしたら私の姉妹かもしれないっぽいし!」

 

 「擁護してる訳じゃないが、夕立の言うとおり考え過ぎだと思うがな、オレも。少なくとも敵意はないんだし、言ってることに嘘がないと思うしな。連れ帰るってのは、まあ長門の言うことも分かるからしない方がいいが、この場は穏便に過ごそうぜ?」

 

 「なぜそこまであいつを信じられる? 私にはそれが解らん」

 

 異質、異様、不気味、謎。それらが合わさったような相手を、自分と同じようにたった今出会ったハズの2人が、なぜこうもイブキを肯定的に捉えられるのか、長門には理解出来ない。考え過ぎだと言われても、長門は旗艦として、最高戦力として、提督の秘書艦として常に最悪から最高、最善まで考え抜く必要がある。それが普通だと考えている。だからこそ、長門は2人が最善も最悪もなく相手に肯定的であることが理解出来なかった。

 

 「そんなの、雷ちゃんがあんなに離れたくないってしがみついてるからに決まってるじゃない」

 

 「そういうこと。理屈じゃないのさ、長門」

 

 あまりに簡単で単純な理由だった。思わず頭を抱えそうになる長門だったが、あまりにはっきりと言ってのけた2人のせいか、あーだこーだ考えていた自分が間違っているのかと思えてしまう。チラリと視線をイブキ達に戻すと、丁度イブキが雷を下ろすところだった。どうやら決着が付いたようで、雷はこちらへと向かってきている。

 

 「で、どうするのよ姉さん。見逃すの? 戦うの? 私は旗艦である姉さんの意志に従うわよ」

 

 「……相手の行動次第、だな。赤城、加賀、お前達はどうだ?」

 

 「私は夕立ちゃん達と同じ考えね。あのイブキという子の力が未知数である上に敵対の意志がない以上、無闇に戦闘する必要はないと思います」

 

 「……戦闘回避が3、旗艦次第が1、思案中が1。穏便に行くべきね。そもそも私達の任務は、生き残りの捜索とレ級の撃破か撃退。どちらも完了しているし、雷の入渠と補給もしないといけないわ」

 

 「要するに、さっさと帰ろうということか」

 

 結果として、この場は穏便にやり過ごすこととなった。雷も艦隊のところに帰ってきたし、イブキはその場から動かないが……どうやら艦隊の動きを注視しているようだ。

 

 「……貴様はこれからどうするつもりだ?」

 

 「さぁ、どうしようか……沈むその時まで放浪するとでもしようか」

 

 「真面目に答えろ!」

 

 「悪いが至って大真面目だ。補給が出来ない以上、いずれそうなるのは明白なのだから……まぁ、運が良ければまた会うだろうさ」

 

 そう言って、イブキは無防備に長門達に背を向けた。今なら、その背中に主砲を叩き込むことだって出来るかもしれない。そう、今なら……しかし結局何もすることはなく、だんだんと遠く、小さくなる背中……その背中を、長門達は見送った。その背中が完全に消えたことで、長門達もようやく後ろを向いた。

 

 「雷ちゃん、鎮守府まで行けるっぽい?」

 

 「イブキさんに肩車してもらってたから、ギリギリ大丈夫だと思うわ」

 

 「無理はするなよ。いくら助かったと言っても、補給出来た訳じゃないんだからな」

 

 「はーい」

 

 見た目相応の元気な声で夕立と木曾と会話をする雷。その姿に、長門は違和感を覚える。雷は先程までイブキから離れたくないとしがみついていたハズ……正直あのまま離れないか、長時間渋るかと思っていたのだが……フタを開けてみればあっけらかんとしている。あの姿が演技だったのか、それとも切り替えが早いだけなのか……。

 

 「また考え込んでるわね。もっと楽に考えたら?」

 

 「陸奥……しかしだな……」

 

 「砲撃戦の時は脳筋なんだから、こんな時ばっかり考え込んでても仕方ないわよ。結局解決案も出たことないクセに」

 

 「む……」

 

 ぐぅの音も出ないとはこのことか、と妹に事実を告げられた長門は小さく唸る。普段からあれやこれや考え込む割に、1度砲撃戦に入れば好戦的な笑みを浮かべながら本能の限り主砲副砲を叩き込むのが、この長門である。陸奥に言われるのも仕方ない。

 

 「それに……子供って単純なものよ?」

 

 「……?」

 

 「雷ちゃん、あのイブキさんって人から離れても大丈夫そうだね」

 

 「そうだな。もっと渋るかと思ってたんだが……」

 

 「うーん、本当は鎮守府について来て欲しかったし、もっと一緒にいたかったケド……約束しちゃったしね」

 

 「「約束……?」」

 

 

 

 「お互いに元気な姿でまた会おうって。だから私、早く補給して入渠して……今度会った時は頼ってもらうんだから!」

 

 

 

 頼ってもらう。鎮守府で雷が良く使う言葉であり、雷の行動理念でもある。誰かに頼って欲しい。誰かに頼られたい。ただそれだけの理由で、雷はどこまでも頑張れる。だから雷は、こうして笑顔を浮かべることが出来る。頼って欲しい人が出来て、次に会う約束をして、頑張る理由が出来たから。

 

 「……なるほど」

 

 それは、長門が自分の考えを馬鹿馬鹿しく思える程に単純な理由で。

 

 「なら、急いで帰るとしようか。全艦、帰投するぞ!!」

 

 【了解!!】

 

 またあの未知の存在に出会った時には、もう少し歩み寄るかと考える切欠にもなり……思考の柔らかさを得ることにも繋がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 雲1つない青い空、波の穏やかな青い海、周りには何の影もなし……そんなブルー1色の海上に、雷と別れた俺はいた。雷の鎮守府に長門型や一航戦コンビがいたとは知らなかったが、あの艦隊なら雷を無事に連れ帰ることが出来るだろう……そんなことを考えた後、俺は雷が目を覚ました時のことを思い返していた。

 

 

 

 「助けてくれてありがとう! 私の名前は雷よ! かみなり、じゃないからね?」

 

 「宜しく雷。俺はイブキだ」

 

 「イブキさんね? あの、助けてくれたお礼を鎮守府でしたいんだけど……案内する為の燃料が……」

 

 泣き疲れて眠って、起きて開口一番に雷はそう言ってきた。助けた形になったのは偶然だし、別に礼を求めた訳でもない。しかし、困った顔で燃料がないと言われてしまえば、俺に見捨てるという選択肢は爆発四散してしまう……まさか、そうなることを計算して……ないか。

 

 「どうしよう……?」

 

 「俺に聞かれても困るんだが。だが……これも何かの縁だ。送っていこう……とは言っても、燃料が心許ないなら同伴したところで尽きるな……仕方ない。雷が嫌でなければ、俺が運んでいくが」

 

 「え? それってだっこするってこと?」

 

 抱っこ……つまりは抱きかかえる訳だが……ロリお艦、ダメ提督製造機とうたわれる雷を抱きかかえる……むしろ抱かれたい。いやそうじゃないだろう俺、レ級との接触で自分自身がOh Yes! ロリータ、Let′s go Touch!! と声高らかに(内心で)叫ぶような奴だと悟ったばかりじゃないか。抱っこなどしてみろ、この溢れんばかりのパッションが雷を汚してしまいかねん。抱っこはダメだ……何か断る理由を考えねば。ここまで0.3秒と無駄に高速で回る思考で考えた結果、雷の背負っている彼女の背丈では大きすぎる程の艤装が目に付いた。

 

 「……その艤装では、抱きかかえることは無理だろう。雷が俺にしがみつくようにすれば不可能ではないが……雷が前を見れなくなる。君の案内が不可欠である以上、それはダメだしな」

 

 「それもそっか……うーんと……じゃあおんぶなら大丈夫よね! 前も見えるし、私の艤装も邪魔にならないし!」

 

 おんぶ……簡単に言えば、雷を背負うということだ。それならば確かに、雷の艤装と前が見えないという点は解消される。自信満々に胸を張る雷マジ天使。だが残念だったな雷……おんぶも出来ない。

 

 なぜならば、おんぶ……背負う以上、俺が雷を支える為に太もも、もしくはお尻の近くを持つことになる。今でこそ俺の体は女性だが、立派なセクハラになる。しかもだ、雷の背負う艤装のバランスを考えるならば体を密着させなければならない。密着だ、それはもう隙間もない程の……平たいが柔らかい胸が当たるのだと考えただけで興奮するじゃないか。抱っこ以上に危険な行為と俺は悟った。更にだ、密着するということは必然的に顔も近くなる。耳元で雷のマジ天使ボイスを聞かされるなど脳と理性を溶かされて雷を貪ってしまいかねん。おんぶもダメだ……何か断る理由を考えねば。ここまで0.2秒……また0.1秒世界を縮めてしまった……と無駄に速度を上げた思考で考えた結果、自分の後ろ腰にある軍刀が目に付いた。

 

 「……おんぶだと、今度は俺の艤装が邪魔になってしまうな……とてもじゃないが、安定して背負えない」

 

 「あ、そっか……いい案だと思ったんだけど……」

 

 よし、かわせた。しかし雷を運ぶという方針で決まっている以上、どこかで妥協はしなければならない……問題は妥協点だが……雷の燃料を使わずに運ぶ方法なんて他にあったか……?

 

 「あっ! じゃあこれならどう?」

 

 「ん?」

 

 この時、俺はおんぶか抱っこで妥協すべきだったと後悔しつつ、後に来る幸せタイムに興奮した。

 

 

 

 

 

 

 「イブキさん。私を助けてくれた時、どこから現れたの?」

 

 「……」

 

 「なんで深海棲艦の気配と艦娘の気配が一緒にするの?」

 

 「……」

 

 「レ級がいた時、イブキさんは金色と青色の目をしていたのに、いなくなった途端に灰色っていうか、鈍色っぽい目になったのはなんで? ……ねぇ、聞いてる?」

 

 「……」

 

 いやね、雷……俺に聞かれても何一つ解らんのだが……というか肩車とは恐れ入ったわ。なにこれおんぶとか抱っこ以上にアウトじゃないか。顔を挟んでる太ももの柔らかさがハンパなく気持ちいいし滅茶苦茶いい匂いするし支える手の太ももの感触がヤバい上にその手の上に乗せてる雷の手がこれまたいい感触で……あ、待て急に体を揺するんじゃない。後頭部がスカートとは違う布に当たって気になるだろう。

 

 これは俺の理性が危ない……と考えた時、視界に人影が映った。こんな海の上で見つけた人影だ、十中八九艦娘……或いは人型の深海棲艦だろうが……。

 

 「……雷」

 

 「なに? イブキさん」

 

 「あの人影が見えるか?」

 

 立ち止まり、雷を呼びながら人影を指差す。その頃には人影の数と姿を把握出来る距離になった。散々ロリコンとネタにされているながもんこと長門、エッチなお姉さん系の陸奥、キャプテンキソーこと木曾改二、腹ペコ空母の赤城、正妻空母加賀、ぽいぬこと夕立改二。かなりガチ編成だった。ていうか、実際に見てみると長門と陸奥のスカートは短いってレベルじゃないな。少しスカートが翻(ひるがえ)るだけで中身が見えそうだ。ていうかチラッと見えた……黒と白か……陸奥、意外と清楚だな。夕立もスカートがかなり短い……そんなに短かったらみえ……みえ……チッ、見えそうで見えない絶妙さがイイじゃないか。とても興奮する……イカンイカン。

 

 「……貴様が雷を助けてくれたらしいな。私は長門。雷と同じ鎮守府に所属する艦娘で、この艦隊の旗艦をしている……艦隊を代表して礼を言わせてもらう」

 

 なんか睨まれながらそんなことを言われた。いや、礼を言う態度というか形相じゃねぇよ。動いたら殺すって雰囲気が出てるぞ長門……俺、何かしたかね? ってよく考えたら雷を肩車するという、ロリコン(偏見)ながもんには許されざる行為をしてたな。納得した。だが、長門以外にも睨まれてる……というか警戒されているのはなぜだ? ってこれもよく考えたら、仲間を肩車してるのは深海棲艦と艦娘の気配がするとかいう意味不明な奴だからなぁ……そりゃあ警戒するか。さて、この場を穏便に収める為には……。

 

 「イブキだ。礼は確かに受け取った……雷、下ろすぞ。ここから彼女達のところに行くくらいの燃料は残っているだろう?」

 

 「えー……このままじゃダメ?」

 

 「ダメだ。俺はどうやら歓迎されていないようだしな」

 

 「えっ? み、皆なんでそんなにイブキさんを睨んでるの!? イブキさんは私を助けてくれたのよ!?」

 

 「ああ、雷が言うようにそいつは確かに恩人なのだろう。本音を言うならば、私としても鎮守府に招いて礼をしたいところだが……そいつが深海棲艦かもしれないならば話は別だ」

 

 うん、まあ仕方ない。俺のような訳わからん存在を自分達の本拠地に入れようとする方がおかしいし、長門の言うことは正しい。ただ、見た目麗しいというのか……可愛い子と美人な子に警戒心持たれるのは精神的にクるわぁ……興奮はしないから自分にMっ気がないのは分かった。

 

 「私は雷ちゃんを信じるっぽい」

 

 「夕立!?」

 

 「悪いが俺も夕立側だ。確かにあいつからは深海棲艦の気配もするが、オレ達と同じ気配もする。決め付けるのは早計じゃないか?」

 

 「木曾まで……」

 

 とか何とか思ってたら夕立が雷を信じるとか言い出した……女の子同士の友情、イイじゃないの。更に木曾も夕立に同意とな……流石キャプテンキソー、俺が女だったら惚れて……あ、今は女だったか。下見てもなかったし……いつ見たか? 雷が寝てる時に決まってでしょ。雷とレ級には興奮したのに自分の体には興奮も感動もしなかったが……したらしたで問題か。

 

 しかし、雷を信じてもらって悪いが、この場合……あくまでも俺の考えでだが、正しいのは長門だ。

 

 「いや、長門の言う通りだ」

 

 「ほう? レ級は貴様が呼び寄せたと認めるのか?」

 

 いや、流石にそれはないわ。俺どんだけ疫病神だよ。この長門、ネタであるようなロリコンながもんじゃなくて堅物な長門なんかね。ずっと主砲こっち向いてるし……かなり怖いなコレ。怖い怖いと考えてる割に冷静だが。あ、ひょっとして嫉妬か? 私の天使に汚い手で触れんじゃねぇカスが、みたいな。

 

 「それは分からん。俺とて記憶が曖昧で自分のこともよく覚えていないし、艦娘なのか深海棲艦なのかすらも分からんからな……だが、分かることもある」

 

 「……なんだ?」

 

 「俺のような奴は、雷と一緒にいるべきではない。それに、レ級に顔を覚えられてしまったしな……俺が鎮守府に行けば迷惑になる」

 

 だって俺、雷みたいな小さな子に興奮するロリコンですから。そこにいる夕立も当然守備範囲。木曾にはむしろ抱かれたい。他4人は……うん、まあ、ハイ。それに鎮守府ということはまだ見ぬロリッ子達がいる……そんな場所に行ってみろ、俺のパッションがイグニッションして理性がブレイクしてしまうじゃないか。そんな危険人物(自覚)が鎮守府に行っちゃイカンよ。と、一部事実を入れながら言い訳をしてみた。それっぽく変換して喋る俺の口に感謝。

 

 「雷……降りるんだ」

 

 「……」

 

 はい、頭をギュッとされました。具体的に説明するなら、両足の太ももで顔を少し強いくらいの力で挟み、背中を少し丸めて頭の上に腹から胸までを密着させ、両腕は俺の視界を遮るように頭を抱き締め……あ、小さくも柔らかい膨らみが確かにある。中破していた理性が大破までに追い込まれ、理性という名の船体がメキメキと悲鳴を上げる……このままでは本格的にマズい。

 

 長門達に助けを……現状では論外。自力で何とかしないといけない。そもそも雷はなぜ降りようとしないのか……は、何故か懐かれていることからある程度察することは出来る。要するに……離れることが寂しいんだろう。だが離れて貰わないと俺が困るし、長門達としても困る。どうするか……よし、ここはアニメやら何やらでよくある手段として……。

 

 「雷……俺としても長門達としても、これ以上長引かせる訳にはいかない」

 

 「……」

 

 「長門達の言い分は分かるだろう? 俺が言ったことも……納得は出来ないかもしれないが、分かってはくれるだろう?」

 

 「……うん」

 

 「では、今は納得出来なくてもここで俺とお別れするんだ……だが、1つ“約束”をしよう」

 

 「“約束”……?」

 

 「ああ。次に会うための約束を……次に出会う時には、お互い元気な姿で……約束だ」

 

 別れの際に行うことの定番“約束”。雷くらいの精神的に成長している子供なら、これで折れてくれるかもしれない……そんな希望的観測からの提案だ。俺としても雷や長門達とこれっきり……というのは寂しい。何せ知り合いが彼女達を除けばレ級しかいないのだ……味方になってくれそうな存在が今のところ雷だけとか未来が不安過ぎる。

 

 しかしだ。ここで穏便に過ごして長門達の、ひいては彼女達の鎮守府側の印象を良くしておけば……味方まではいかなくとも、いきなり攻撃されることはなくなるだろうという打算が大いにある。さて、雷はどう反応してくるのか……。

 

 「……約束したら……また会えるの?」

 

 「確約は出来ない。だが……努力はする。俺も雷とこれっきりというのは悲しいからな」

 

 「そっか……じゃあ、約束する。次に会う時は、お互いに元気な姿で!」

 

 「……ああ。お互いに、元気な姿で……また会おう」

 

 ああ~雷の涙目笑顔に浄化される~……いや、本当に邪(よこしま)な考えを持つロリコンでごめんなさい意味不明な存在でごめんなさい打算的な考えでごめんなさいそんな可愛すぎる笑顔で俺を見ないで下さい消えてしまいます……いや、消えないがめっちゃ心が痛い。思わずどもってしまった。

 

 ズキズキとする無駄に大きな胸の痛みを無視し、雷を抱えて降ろす。すると雷は俺の方へと体を向け、小指を立てた右手を差し出した。俺はああなるほどと納得し……これもお約束かと同じように右手を出し、雷と小指同士を絡めて指切りをした。

 

 「ゆ~びき~りげんまん♪」

 

 「嘘をついたら」

 

 「いっかりっでな~ぐる!」

 

 なにそれこわい。後、俺に錨付いてないんだが。

 

 

 

 ― ゆ~びきった! ―

 

 

 

 「……貴様はこれからどうするつもりだ?」

 

 雷が長門達の艦隊に辿り着くと、長門がそう問いかけてきた。これからどうするか、なぁ……この体が深海棲艦か艦娘か分からないとはいえ、補給なりなんなりは大事だろう。それがゲームのような鋼材等の資材がいるのか、人間のように食事が必要なのかが分からない以上、補給の仕方も分からないのだが。また、それらの糧を得る術も今のところない。餓死するのか、それとも燃料切れで動けなくなるのか……お先真っ暗とはこのことか。

 

 「さぁ、どうしようか……沈むその時まで放浪するとでもしようか」

 

 「真面目に答えろ!」

 

 長門に怒られたが、こちとら大真面目だ。だが……まぁ、約束してしまった以上は頑張って生きるが。そんな風に思ったことを相変わらず謎の変換をする口調で言った後、俺はその場を後にした。雷に見せるように右手の小指を立てながら……。

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至る。今思えば、後ろから撃たれていたかもしれない……まあ撃たれなかったからこうしている訳だが。そして今いるのは……周りに海しかない、地理も何も分からない海上……明確な目的地もない、どこに行けば陸があるのかも分からない……つまりは迷子だ。今更ながら、無理や道理に風穴を開けてでも彼女達について行けば良かったかもしれない。

 

 燃料の残りは……どうやって確認するんだ? 雷は自分の燃料を把握していたようだったが……自分の燃料が見えているのか、それともそれを伝える存在がいるのか……あ、もしかして妖精か?

 

 妖精とは、艦隊これくしょんに出てくる謎の生命体(?)だ。ゲーム内にある武装や艦載機の絵の中や図鑑などでその姿を見ることができ、詳しいことは語られていないものの艦娘の味方であることが予想される。電探やドラム缶にも姿があるんだ、燃料を確認する役割を持った妖精だって……ゲームにはいなかったがこの世界にはいるかも知れない。というか頼むからいてくれ、海上に独りとか不安で仕方ないんだ。

 

 「……妖精」

 

 ポツリと、そう呟いてみる。これで妖精がいなかったら独りぼっちのイタい独り言だったが……神は俺を見捨てなかった。

 

 

 

 「呼ばれましたー」

 

 「我ら、軍刀妖精ー」

 

 「おはよーからお休みまでイブキさんをお助けするですー」

 

 「我らに斬れないものなんて、ほぼないのですー。どやあー」

 

 「わたしだけ言うことないのですー。えーん」

 

 

 

 目の前に現れてふわふわと漂う二等身の手のひらサイズの軍刀妖精ズ。皆俺の着ている服をミニチュア化した服を着ていて、俺にはない軍帽を被っていた。とりあえず、最後の泣きべそをかいている妖精の頭を撫でておこう。これが、俺と長いつきあいとなる軍刀妖精ズとの出逢いだった。




雷ちゃんと別れ、軍刀妖精ズと出逢いました。ここで改めて、主人公の容姿を説明します。

髪の長さは背中程までのセミロングで、ヲ級のように真っ白。顔はキリッとした刀剣のような鋭い美しさ(レ級談)で目つきはややきつめ。目は改flagshipのような右が金、左が炎のように揺らめく青……だがいつの間にか雷の姉妹艦の響を思わせる鈍色に。服装は白露型(中でも時雨達が着るようなタイプ)の紺(黒?)色のセーラー服で膝より少し高いスカート、黒スパッツ着用。出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、雷が羨むくらいの女性らしいスタイル。でも中身は男(と本人は仮定している)。

艤装は軍刀5本のみ。その内4本は2本ずつ×字に交差させた特性の鞘を後ろ腰に、残りの1本は右肩から左腰に掛かったベルトに取り付けられた鞘に収まっている。

身長はイメージ的には165cmほどで女性では大きい部類……んですが、艦娘の正確な身長って分かってないんですよねぇ。私の中では第六駆逐隊の面々は130~140cmほどのイメージ。小学生高学年くらいですかね。

今回は平和に過ごせましたが、次回はどうなるのか。微勘違いタグは仕事をするのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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触るな……ゲスが

お待たせしました。プロローグ含めてまだ3話しかないのにお気に入りが500件を越えていることにびっくり……皆様ありがとうございます。


 タンカー護衛任務。その名の通り、タンカー……この場合油槽船とカテゴライズされるオイルタンカーを油田から目的地まで護衛する任務のことで、艦娘達にとっても普通の生活にとっても必需品である燃料を運ぶ重要な任務でもある。また、本来ならば船団……複数のタンカーを護衛する。しかし、現在この任務を行っている艦隊が護衛しているタンカーは1隻だけであった。

 

 「なーなー、目的地まで後どんくらい?」

 

 「うーちゃん分かんないっぴょん」

 

 「後1時間くらいじゃない? うーん、1っていうのがいい響き!」

 

 「残念、まだ2時間以上あるクマ。まだ半分以上あるクマよ」

 

 「「「えー……」」」

 

 この任務を担当しているのは深雪、卯月、白露、球磨の4隻からなる水雷戦隊だ。この中で改となっているのは球磨のみである。他3隻は駆逐艦故に皆幼い姿をしている為か、端から見れば中学生が小学生を3人を連れているように見えるかもしれない。4人はタンカーを囲うように前後左右に位置取り、通信によって担当方向の状況を逐一報告しつつ、暇故に雑談を交わしていた。

 

 (しっかし……妙な任務クマ)

 

 ふと、球磨はそう思った。任務とは基本的に鎮守府の提督が命令を出すが、たまに大本営から要請される。だが、稀に“依頼”という形で海軍とは別の企業や個人等から要請される場合もあり、今回の任務はとある会社からの依頼だった。しかも提督が言うにはタンカー1隻、護衛戦力は最低限で構わないと予め言われているらしい。目的地自体もどこかの鎮守府や国外ではなく、あまり知られていないような日本から少し離れたさほど大きくない孤島ときたものだ……妙な、怪しい依頼だと思わずにはいられない程に怪しさ爆発だった。

 

 (それに……なんか引っ掛かるクマ)

 

 最も不可解なのは、この依頼が直接鎮守府に送られてきたのではなく、別の鎮守府……球磨達の提督よりも階級の高い提督……差別化する為、上官提督とでもしておこう……から回されてきたということだ。しかも遠回しながらも必ず行うようにと念を押してきた。球磨達の提督は着任してから日も浅く、今いる戦力も球磨達を入れても10隻に満たない。それは向こうの提督も理解してくれているハズだった。にもかかわらず、こうして鎮守府の戦力の半数を費やす任務を行わされている。

 

 (球磨の野生の勘が言っているクマ……この任務には何か裏があるクマ)

 

 怪しい部分なら幾らでもあるのだ。戦力の指定やタンカーの数、上官提督から回ってきた依頼そのものもそうだが……依頼主だというタンカーの船長以外の船員が見えないことも怪しい。何せタンカーは巨大だ、どうしても人員が多くいる。なのにこのタンカーには今のところ船長しか人員が見当たらない。本当にタンカーが運んでいるのは燃料なのか? 球磨達や提督は騙されていて、実は知らず知らずの内に悪事に荷担してしまっているのではないか? 最近そういったサスペンス物のドラマを見ている球磨は、自身の勘もあってそう疑っていた。そんな時、先頭にいた球磨の目に人影が映った。

 

 「船長さん、前方に人影が見えるクマ」

 

 『なに? 深海棲艦か?』

 

 「流石にこの距離じゃ分からないクマ。数は1……近付いてきてるクマ」

 

 『チッ……艦娘なら仲間に組み込んで深海棲艦なら沈めてしまえ。1隻ならお前らでも出来るだろ』

 

 「ちょ、待つクマ……ああもうっ!!」

 

 尊大な言い方をされた挙げ句、一方的に通信を切られた苛立ちから通信機を叩き付けようとするが、下は海なので寸前のところで思いとどまる。この船長もまた、最初は腰の低い平凡な中年の男性だったのだが……いざ護衛が始まればこの有り様。こちらを下に見た尊大な言い方……深雪達が早く任務を終わらせたいと思うのも仕方のないことだろう。

 

 (さて……問題は)

 

 思考を切り替え、球磨は人影の正体を把握しようと集中する。少しずつ、少しずつ近付いてくる人影……やがて、その容姿が完全に目視出来る距離まで近づいたが……やはり球磨は判断に困った。何せ、髪や肌色は深海棲艦なのに服装や異形がないことから、艦娘か深海棲艦かの判断が付かないのだ。

 

 「……球磨だクマ。全艦こっちに来て欲しいクマ」

 

 他の3隻に通信を飛ばし、こちらに来てもらう。後は相手が深海悽艦なのか、それとも艦娘なのかだが……相手が艤装らしき軍刀の柄を握った瞬間、球磨は敵と判断した。

 

 「っ!! 全艦に通達!! 敵は深海棲艦の改flagship!! 艦種は不明クマ!!」

 

 軍刀を掴むまで何もなかったハズの相手の目が、遠目にも分かる程に金と青の光を怪しく放っていたのだ。結論として、相手は深海悽艦の改flagship……明らかに球磨達の練度では荷が重すぎる相手だった。それでも護衛任務である以上は戦わなければならない。最悪、球磨達の身と引き換えにしてでもタンカーだけは逃がさなければ……そう考えながら、球磨は14cm単装砲を撃った。

 

 しかし、それは当たらない。ゆっくりと進んでいた相手がいきなり速度を上げた為に着弾点がズレたからだ。しかもその速度が速い。駆逐艦に匹敵……否、球磨から見て凌駕する程のスピードで接近してきている。このままでは10秒もなく、あの軍刀が振るわれれば当たる距離まで近付かれる。後ろにタンカーがある以上、球磨に下がるという選択肢はない。

 

 「舐め……るなクマァァァァ!!」

 

 経験がまだまだ浅いとはいっても、球磨は所属する鎮守府の艦娘の中では最初に改となった艦娘だ。それなりに練度を積んでいるというプライドと、護衛艦隊旗艦の意地がある。相手の速度に合わせ、艤装の妖精の手を借りて最適化し、相手に射撃兵装がないのでその場に止まって狙い撃つ。

 

 「この深雪様に任せろ!」

 

 「うーちゃんもやるっぴょん!」

 

 「あたしが1番に当ててやる!」

 

 更に深雪達の主砲も加わり、より濃い弾幕を張る。単純計算で4倍以上の砲撃だ、直撃ではないにしても怯むくらいは……と球磨は思ったが、その考えは甘かった。

 

 「は、速すぎる! ていうか何あの動き!?」

 

 「真横に跳ん……!?」

 

 前提として、艦娘は人の形をしているがあくまでも“船”である。船が海上で自分から跳ねたり走ったり真横に移動したり出来ないように、艦娘もそういった動きは出来ない。とはいってもこれは水上を移動している場合の話であり、今の球磨のように立ち止まった状態なら、人型である以上は真後ろや真横への方向転換くらいなら可能だ。それでも、海上で跳んだり走ったりは出来ない。彼女達は船なのだから、海に浮いて滑るようにしか動けない。それは深雪達……否、艦娘は全てそうだろう。

 

 だが……相手は“真横に跳んで”避けた。それだけではなく、今もなおこちらに向かって“走って”きている。

 

 「う、撃つクマ! 手を休めちゃダメクマ!!」

 

 球磨の声に呼応するように、彼女達は途切れないように主砲を可能な限り撃つ。また横っ飛びで避けられる可能性も考慮して、直接狙うものとズレた位置に狙うものを分けて。それでも尚、相手に当たるどころか掠ることすらない。時に右、時に左へと跳び、一直線とはいかないがかなりの速度で球磨達に近付く相手。そんな最中、ようやく1発だけ“当たる”と確信出来る弾があった。相手は跳んでいる最中で、着地点には球磨の放った砲弾が向かっている。タイミングはドンピシャ。これで幾らかダメージを与えられる。

 

 

 

 そんな予想は、無慈悲に裏切られた。

 

 

 

 「……冗談は動きだけにして欲しかったクマ」

 

 「い……今何したぴょん?」

 

 「何って……何したんだ?」

 

 「全然わかんなかったケド……」

 

 結果から言えば、球磨の確信した砲弾は相手には当たらなかった。駆逐艦娘の3人は目の前で起きたことが理解出来ず、唯一理解出来た球磨は冷や汗をかきながら口元をヒクつかせた。人間大までスケールダウンしたとはいっても、艦娘の扱う艤装は全て軍艦時のそれと変わらない性能……否、妖精の力も借りて軍艦時以上の性能を誇る。当然、球磨の14cm単装砲も例に漏れない。

 

 

 

 「砲弾を斬るとか……化け物クマ」

 

 

 

 初速、秒間850m。最大射程19100m。それが軍艦時の球磨の主砲のスペックだ。艦娘となればこれ以上のスペックを誇る……しかし、相手はその砲弾を斬るという艦娘でもそう出来ないようなことをやってのけた。しかし、球磨も斬る瞬間を見た訳ではない。当たるハズの砲弾が当たらず、いつの間にか軍刀が抜かれていて、相手の左右後方二ヶ所同時に水しぶきが上がったからそう結論付けただけだ。何せ、いつ抜刀したのか見えなかったのだから。

 

 「船長さん! 早く逃げるクマ! 相手は化け物で、球磨達じゃどうにも出来そうにないクマ!」

 

 『敵は1隻なんだろう? 数で押しつぶし、出来れば捕獲しろ……以上だ』

 

 「ちょ、それが出来れば苦労は……っ加減にしろクマ!!」

 

 目の前にはどう足掻いても太刀打ち出来ない化け物。後ろには危機を危機と分かっておらず自分で状況確認もしにこない依頼人(バカ)。しかもまた通信を一方的に切られ、とうとう爆発した怒りが通信機を海へと沈ませた。冷静さを欠き、球磨の視界は通信機を投げつける一瞬、海の青一色に染まる。そして顔を上げると……もう50mもない距離に相手がいた。

 

 「ひっ!」

 

 「うびゃぁ……っ」

 

 「うぁ……」

 

 金と青の目を見た駆逐艦娘3人が怯えの表情を浮かべる。そんな3人を守るように、球磨は両手を広げながら立ち塞がり、せめて一撃くらいという意志を込めて主砲を放った。この距離、相手の速度と主砲の射速。弾速の体感速度はスペック上の速度を遥かに上回る。

 

 果たしてその一撃は……相手が僅かに身体を逸らすという小さな動きだけで避けられてしまった。

 

 (提督……ごめんクマ)

 

 諦めの気持ちが湧いてしまい、心の中で提督への謝罪をしながら球磨は来る痛みに耐えるように目を瞑る。

 

 

 

 「悪いが……君達のような艦娘の相手をしている場合じゃないんだ」

 

 

 

 「えっ……?」

 

 耳元で低くも女性だと分かるハスキーボイスが聞こえた球磨は思わず目を開ける。そこには迫ってきていた謎の改flagshipの姿はなく、自分の身体にも傷1つ付いていない。

 

 「あ、あいつはどこに行ったクマ!?」

 

 「う、うーちゃん怖くて目瞑っちゃってたぴょん……」

 

 「あたしも……スッゴい怖かった……」

 

 「……深雪は見たよ。あいつ、船に向かってジャンプして乗り込んでった」

 

 「「「なっ……!?」」」

 

 水上でジャンプ出来ることが既におかしいというのに、件の相手は更に巨大なタンカーに跳び乗ったと深雪は言う。砲弾は斬り捨て、真横に移動し、至近距離の砲弾すら避け……正しく化け物。今の球磨達では……否、所属鎮守府の全戦力で対峙したとしても勝てない相手。だが、球磨はそうだと分かっていても納得出来ない苛立ちがあった。

 

 (あいつ、1度も攻撃しなかった……その素振りすらなかったクマ)

 

 無論、武装の問題もあるだろう。相手は主砲副砲、艦載機の類は持っていなかったし……もしかしたら使わなかっただけかもしれないが……接近しても軍刀を抜かなかった。もし抜かれていたら、何をされたのかも分からずに斬り殺されていたことだろう……だが、球磨の苛立ちの原因は相手にならなかったことではなく“されなかった”ことだった。

 

 (球磨達の相手をしている場合じゃない? ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな! ふざけるなクマ!!)

 

 こっちは全力で攻撃した。可能な限り相手に当たるように計算し、それでも当たらなくても一矢報いる気持ちで撃った。それすらも避けられ、死を覚悟した矢先にあの言葉……自分達は相手に歯牙にすらかけてもらえない、弱い存在なのだと決め付けられ、見下されたように感じたのだ。君達のような“弱い”艦娘と遊んでいるほど暇ではない……被害妄想だとしても、球磨にはそうとしか聞こえなかった。

 

 (絶対に後悔させてやるクマ……球磨達を生かしたことを、球磨を怒らせたことを……絶対に!!)

 

 「う……ぉぉぉぉおおおおああああ!!」

 

 ジャンプが出来ない球磨達はタンカーに乗り込んだ相手を追うことは出来ない。つまり、乗り込まれた時点で詰んでいる。怒りと悔しさ、それらを声にして球磨は空に向かって吼える。後に所属鎮守府において艦娘最強の座を不動のモノとする、びっくりする程優秀な球磨ちゃんと呼ばれる艦娘が産声を上げた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 このタンカーの船長は、簡単に言えば奴隷商人である。しかも球磨達の鎮守府に依頼を回した上官提督と繋がりを持っていた。

 

 艦娘は好みこそ別れるだろうが、例外なく見た目が麗しい。性的に食い物にしたいと思う人間は少なくないだろうし、危険が蔓延する世界である故にそういった欲求も爆発し易い。だが軍属であり、人間よりも遥かに強靭な肉体を持つ艦娘がそう簡単にやられるハズもない。ならば、どうするか?

 

 「はぁー……はぁー……っ」

 

 「やはり艦娘に人間用の薬は効き目が薄いか……もう15本は打ったというのにまだ目に理性の光が見える」

 

 暗い部屋の中で、壁に鎖によって両腕を吊り上げるように拘束されながら座り込んでいる1人の艦娘が頬を上気させ、荒々しく熱の籠もった息を吐く。全身から様々な液体を流している無様な姿だが、殺意を宿した鋭い眼光は目の前の中年の男……船長と呼ばれた男を射抜いていた。その船長は艦娘を見下ろしながらニヤニヤと嫌らしく笑みを浮かべ、散らばった注射器の数を数える。

 

 先の問いの答えは……薬物。性的に興奮させるクスリを注射器で体内に注入して艦娘としての身体能力を封じ、更に注入していくことで理性を無くさせ、無くした後は娼婦紛いのことをさせたり富豪に高値で売りつけたりするのが、この船長の遣り口だった。問題は、どうやって艦娘を手に入れるか。それは、今球磨達が行っている護衛任務という名の依頼を使う。

 

 まず、上官提督が自分より下の提督に依頼を送りつけ、戦力を指定した上で護衛任務を行わせる。そして目的地の孤島に着き、帰還しようとした艦娘に死なない程度に攻撃を仕掛け、行動不能に陥らせる。後は回収した動けない艦娘に薬物を注入していけば……ということだ。このタンカーもただのハリボテに過ぎず、燃料など一滴も積んでいない。積んでいるのは“商品化が間に合わなかった”目の前の艦娘1人……後は金と購入した客の情報と、いざという時の弱みになればと思って貯めた、上官提督の情報とこの繋がりの証拠くらいである。

 

 「さぁ、名前も知らない艦娘。お前は後何本で堕ちるのかな?」

 

 「やめ……やぁ……っ!」

 

 喘ぎ過ぎて枯れ果てた声。この分ならもうすぐ堕ちるだろう……そんな考えの下で新しい注射器を手に取った船長……。

 

 

 

 その右腕の肘から先が、赤い液体を撒き散らしながら宙を舞った。

 

 

 

 「「……は……?」」

 

 奇しくも2人ともが“目の前で起きていることが信じられない”という感想を抱いた。船長は言わずもがな、自分の右腕の肘から先がいきなりなくなったことに実感が湧いて来ないから。そして艦娘は……状況的に敵である深海棲艦と“思わしき相手”によって助けられたからだ。

 

 船長は宙を舞っている自分の腕を、艦娘は深海棲艦らしき相手を見ながら固まる。そして腕がベチャリと生々しい音を立てて床に落ちた瞬間……時は動き出す。

 

 「ぉ……ぎ、あっがああああっ!?」

 

 船長が右腕を押さえ、走った激痛に絶叫してうずくまる。何が起きた? 頭の中はその言葉で埋め尽くされ、必死に疑問に対する解答を探すべくギョロギョロと目を動かす。

 

 目の前の艦娘が何かしたか? 否、刃物を持っているどころか身体も満足に動かすことなど出来ないハズ。そもそもこの部屋は、本来なら燃料を入れる為の部分を改造して作った部屋だ、最低限の物しか置いていない為、腕が斬り飛ばされるような長く鋭い刃物なども存在しない。そこまで考えて、ようやく船長に自分と艦娘以外の第三者という考えが浮かんだ。

 

 (だが外にはあいつらがいたハズ! それにこの船が行き来するルート上は上官提督の艦隊が深海棲艦を近付けないようにしてくれている! そもそも通信では敵は1隻だと……)

 

 

 

 ― 相手は化け物で…… ―

 

 

 

 (……ははっ……まさか、まさか! まさか!?)

 

 新米と変わらない提督の艦娘が、自分達よりも固く強い深海棲艦……例えば重巡や戦艦……と当たっただけだと楽観的に考えていた。軍属じゃないからとよく分からないままに何も考えなかったが、1対4の戦力差なら相手が誰であろうと楽に勝てるモノだと甘く見ていた……船長が己の考えが甘過ぎる考えだと気付いた時には既に遅い。

 

 「……」

 

 「ひっ! ひぃぃぃぃっ!?」

 

 振り返った先にある、薄暗い部屋の中でもはっきりと分かる自分を見下し射抜く金と青の眼光。そして右手に持つ、刀身を鈍く光らせながらポタポタと液体を滴らせる軍刀。そこでようやく、船長はこの存在が自分の腕を斬り飛ばしたのだと悟った。

 

 「お、おい球磨! てき、敵が乗り込んでいるじゃないかあ! うでっおっ俺のお! 速く、速く助けにっ……ぁ……!?」

 

 錯乱し、尻餅をついて船長は自分の腕を斬り跳ばした存在から逃げるべく後退る。その途中、いつの間にか落としていたであろう通信機が左手に当たり、すぐに拾い上げて外にいるハズの球磨達へと連絡を取ろうとする……しかし、聞こえてくるのはノイズばかりで一向に目的の相手は出ない。それもそのハズ、球磨は通信機を海へと投げ捨てているのだ……出られるハズがない。しかしそんなことを知らない船長は、目の前の存在が全滅させたと思い込んだ。

 

 「お前、まさか……まさかぁ!!」

 

 「……」

 

 「……な……何を見て……」

 

 ふと船長は、目の前の存在が自分ではない何かを見ていることに気付く。視線の先を追ってみれば……先程自分が“仕込み”をしようとした艦娘の姿。存在は船長に視線を向けることなく艦娘を見つめ、艦娘もまた存在を見つめている。今なら逃げられるかもしれない……そう船長が考えたのは仕方ないことだったのだろう。故に逃げ出した。無様に、散らばった注射器を踏み潰しながら部屋から出るべく。そうして、部屋の外へと手を伸ばし……。

 

 「……ぺ が……?」

 

 まるで世界が2つに裂けたかのような不思議な風景を最期に、船長はその生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 「あ……」

 

 血と臓物を撒き散らしながら左右に裂ける船長の身体。溢れ出す血生臭さと独特の異臭、まだ僅かに痙攣する血色の悪い内臓達、転がり出る眼球、散らばった糞尿……見ただけでも吐き気を催すそれらを見て臭いを嗅いでも、身体が薬物によって与えられた快楽で麻痺している艦娘……摩耶には気にならなかった。それらよりも遥かに気になるモノが、目の前にいたからだ。

 

 「大丈夫……じゃなさそうだな」

 

 軍刀に付いた血油を軍刀を振るうことによって落とし、カキンッと音を鳴らして鞘に納めた目の前の存在から初めて聞いた言葉がそれだった。その顔は心配そうに少し歪んでいたが……摩耶はそれが勿体無く感じた。身体付きから相手は同性だと分かるが、その同性である摩耶から見ても綺麗だと見惚れるほどなのだ、笑ったらさぞかし映えるだろう……そんな風に思ったのだ。

 

 「摩耶……今助ける」

 

 「う……ぁ……」

 

 目の前の存在に名前を教えたことはない。そもそも枯れ果てているのだから喋ることもロクに出来ないのだから教えられるハズもない。出逢ったのも今が初めてだから、以前に話したという線も消える……だが、目の前の存在は確かに摩耶の名を口にした。そのことを疑問に思う理性は、摩耶には殆ど存在していない。

 

 キンッ、という金属音の後、摩耶の手に嵌められている手枷に繋がれた鎖が2本共断ち切られて摩耶の身体が床に向かって倒れ込む……その前に、相手が掬いあげるようにして抱きかかえる。昴って敏感になっている身体がピクリと反応するが、脱力しきった身体を動かすことは出来なかった。

 

 「すぐにここから出よう。君の艤装は……見当たらないか。仕方ない……あんな変態の船だが、救命ボートくらいは探せばあるだろう……」

 

 目の前の存在は自分を軽々と抱き上げ……俗に言うお姫様抱っこという奴だ……船長の死体の残骸を踏まないようにして部屋から出る。言葉から察するに、自分を運ぶ為の救命ボートか何かを探すのだろうと摩耶は思った。なぜ深海棲艦が……とも思ったが、こうして身体をくっつけられていると深海棲艦の気配と同時に艦娘の気配もしていることに気付いた。不思議に思って顔に目をやれば、驚くことに金と青の瞳がいつの間にやら鈍色に変わっている。

 

 (……なんなんだコイツは……)

 

 よくわからない。一言で表すならそれに尽きる。ギリギリの、これ以上は無理だという時に現れ、あっさりと自分を救った謎の存在。深海棲艦とも艦娘とも取れる容姿に気配。分かっているのは、せいぜいが性別くらいだろうか。

 

 (ああ……そういや名前も聞いてねぇや……聞きたいけど……やべ、寝ちまいそうだ……)

 

 様々な意味での恩人の名前も知らない。せめてそれくらいは知りたいと思うものの、歩くことによる一定の振動のリズムと久しく感じる人肌の温かさ、なぜか感じる安心感が摩耶の瞼を重くする。相手の前で眠り、寝顔を晒す……なぜかそれが妙に気恥ずかしく感じるが、睡魔は着々と摩耶の夢の世界へと誘おうとしていた。せめて名前だけは……殆ど寝入っていたが、その思いから、摩耶は口を開いた。

 

 「な……ぇ……」

 

 「うん? なんだ、眠いなら寝ても……」

 

 「ぉ……ま……な……まぇ……」

 

 「名前? ああ……俺はイブキだ。宜しく……そしてお休み、摩耶」

 

 この時点で、摩耶の意識は既に落ちていた。だが、すれすれのところで聞こえた恩人の名前と姿だけは、やけにはっきりと記憶に残った。深海棲艦(てき)か艦娘(みかた)かは分からない謎の存在“イブキ”……それが、摩耶にとっての恩人。捕らわれの姫を助けた王子様だった。

 

 

 

 次に摩耶が意識を取り戻した時、そこは自分の所属していた鎮守府ではなく別の鎮守府の医務室であった。近くにイブキの姿はなく……代わりに、球磨と呼ばれる艦娘がいた。

 

 「やっと起きたクマ。頭は大丈夫クマ?」

 

 「それ、ケンカ売ってるように聞こえるな……まぁ大丈夫……だと思う。あたしはどうしてここに?」

 

 「……今から説明するクマ」

 

 球磨が言うには、摩耶がイブキによって助けられてから既に5日経っているらしい。目の前にいる球磨は摩耶がいたタンカーを護衛任務という名目で随伴していた艦娘で、ここは球磨が所属する鎮守府。摩耶が助けられた後、球磨達はタンカーを鎮守府まで妖精さんに操縦してもらい、鎮守府に着いた後は摩耶を入渠ドックへ駆逐艦娘達が運んで一緒に入り、他はタンカーの調査を行ったのだという。

 

 タンカーには最低限以下の人間しかおらず、その全てが斬り殺されていたという。特に酷いのは船長で、口に出すのも躊躇われる状態だった。タンカーに残っていた書類には、今までの“商品”を買った人物のリスト、上官提督と船長の繋がり、孤島にいる仕込み段階の艦娘の名前など、様々なことが書かれていた。

 

 「購入者は全員逮捕。上官提督は当然銃殺刑。孤島は2日前に制圧して艦娘は解放、復帰が難しい艦娘は……解体されたそうだクマ」

 

 解体。それは在りし日の艦艇の魂を宿した艦娘から普通の人間にする行為を指す。艦娘として生まれた彼女達は解体されることで人間としての戸籍と自ら金銭を得られるようになるまでの援助を政府から受け取り、今後は軍に関係を持つことなく生きていくことになる。しかし……解体を望むのは心を病んでしまった艦娘のみ……艦娘は身体を欠損しても生きていれば元通りに“修復”出来てしまう為……であり、その後も心を病んだ故に自殺する元艦娘が後を絶たないという。

 

 「そうか……なぁ、あたしのところの鎮守府は……提督は?」

 

 「書類に摩耶の情報に所属していた鎮守府があったから、その鎮守府に摩耶の無事を伝えたら喜んでいたクマ。他にも捕まっていた、摩耶と同じ鎮守府の艦娘達も……何とか踏みとどまったそうだクマ」

 

 「そうか……良かった」

 

 少なくとも自分の身内で解体された艦娘はいないようだと、摩耶はホッと安堵の息を吐く。自分や他の艦娘を苦しめた事件も終息したようだし、後は身体が万全になるまでこの鎮守府にいてもいいらしい。そこまで聞けば、気になることは後1つだ。

 

 「なぁ、あたしを助けてくれた“イブキ”って」

 

 奴を知らないか……そこまで口にすることは出来なかった。なぜなら、イブキの名を口にした瞬間に球磨に覆い被さられたからだ。

 

 「イブキ……それが、あの深海棲艦の名前クマ?」

 

 「あ、ああ……あいつはそう名乗ってたぜ……? 深海棲艦かどうかは分かんねえケド」

 

 「イブキ……覚えたクマ……次に会った時は……」

 

 ふふふ……クマ。などと謎の笑い声……但し目は笑っていない……を上げる球磨。端から見てかなり怪しい。おまけに目がかなり怖い。というか自分に覆い被さる必要はあったのかと摩耶はツッコミたくなったし自分の身体の上から早く退いて欲しかったが、何も言わないことにした。触らぬ球磨に祟り無しである。

 

 変わりに、恐らくはどこかに行ったのであろう恩人……イブキのことを考える。何せ自分の恩人で、久しく感じた人肌の温もりだった上に口に出したくもない男の右腕を斬り飛ばすなんて登場の仕方だ、朦朧としていても記憶に残るインパクトである。何よりも……お姫様抱っこまでされたのだ。男勝りな口調だが乙女チックなことも好きな摩耶は、ロマンチックなことに憧れる立派な少女でもある。

 

 (……また、会いてえな)

 

 それにどう言った意味と感情が込められているのか……それは摩耶だけの秘密。

 

 

 

 

 

 

 球磨達と戦ったり摩耶を助けたり初めて人を斬っちゃったり助けた摩耶を救命ボートに乗せて球磨達に押し付けたりしてそこから逃げ出してから早数時間。オレンジ色に染まってきた空を眺めながら、俺はさっきの出来事を思い返していた。

 

 「こっちから艦娘さんの匂いがするですー」

 

 「ついでに鉄っぽい匂いもするですー」

 

 「というかタンカーの姿が見えるですー」

 

 「この速度だと接触まで10分もないですよー」

 

 「えーっとえーっと……また喋ることなくなったのですー。えーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん」

 

 雷達と別れた後にいきなり現れた妖精さん達。自分達のことを軍刀妖精だと名乗った彼女達は、常に俺の周辺をふわふわと浮いている。最初に見えなかったのは俺が妖精のことを必要だとしていなかったからだそうで、口に出したことでようやく姿を現すことが出きるようになったらしい。更に姿が見えるようになる為には、妖精に姿を見せても大丈夫と思われないといけないらしく、俺に見えている軍刀妖精は俺以外には見えないようにしているんだとか。

 

 尚、この妖精さん達5人は皆名前が軍刀妖精、しかも見た目が同じ。二等身の身体に俺と同じ服装に軍帽を被っているという見た目だが、帽子には1~5の数字がそれぞれ書かれている。なので、俺はそれぞれに数字の読みの一部を名前に○○ちゃんと名付けた。

 

 先に喋った巡からそれぞれ、1のいーちゃん、2のふーちゃん、3のみーちゃん、4のしーちゃん、5のごーちゃんである。テキトー感は否めないが、5人分の名前を考えるのは俺には無理だった。記憶にあるキャラクターの名前を付けることも考えたが……すぐにこんがらがりそうなので数字を見れば分かる名前にした方が覚えやすかった。

 

 さて、俺の位置から離れたところに見える船……みーちゃん曰わくタンカーだそうだ……なんとか資材を恵んではくれないだろうか。この身体が生きる為に何が必要なのか分からないが、確かめる為に資材は欲しかった。いーちゃん達曰わく、俺の燃料はまだ9割残っているらしいが……あって損はない。いつ補給出来るか分からんし。

 

 という訳でタンカーに近付く。すると、そこに艦娘の姿があった。タンカーの前にいるのは……さっき出会った木曾の姉の球磨だろうか。俺から見て右側に白露、左側には卯月らしき艦娘の姿もある……まだまだ距離があるというのにハッキリ見える。この身体スゴいな。

 

 さて、あれはひょっとするとゲーム内の遠征にあるタンカー護衛任務という奴だろうか。だとしたら資材を分けてもらうのは難しいかもしれない。どうしたものか……と何気なく右手で左腰の軍刀の鞘を握る。こうしていると不思議と心が休まるのだ。

 

 「あ、艦娘さんが臨戦態勢に入ったですー」

 

 「通信機みたいなのも持ってるですー」

 

 「あ、撃ってきましたよー」

 

 「イブキさんなら簡単に避けられますよー」

 

 妖精ズにそんなことを言われ、俺は咄嗟に走り出す。すると1秒かそこらで、走る前に俺がいた場所に何か……砲弾か何かだろうが……が着水し、水しぶきを上げた。どうにも初見で敵意を持たれてしまうな俺は……仕方ないとは言え悲しいものだ。相変わらず頭の中は冷静だが。

 

 「今度は話すことすら出来なかったですー。えーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん」

 

 流石に撫でることは出来ない為、ごーちゃんには口だけで我慢してもらおう。とりあえず、球磨達に敵意を持たれてしまったのはこの際仕方ない。資材を譲って貰うことが絶望的となってしまった今、俺が出来ることは盗っ人と同じことをすることだ。顔も覚えていない前世の俺の両親よ、親不孝な息子でごめんなさい。娘かも知れんが。

 

 タンカーに向かって走りながらそう決意する頃には、白露に卯月と……誰だあの艦娘。名前が出てこない……まぁ見た目的に駆逐艦だろう。その3人が砲撃に加わっていた。流石に弾幕を張られては厳しいかもしれないな……だが、飛んでくる砲弾が直線である以上、射線をズラせば問題ない。という考えから、俺は海面を“蹴って”真横に跳ぶことで射線をズラしながら接近を試みる。なぜかびっくりした表情をされたが、大方当てられると思った攻撃を俺が避けてしまったんだろう。

 

 とまぁそんな感じに避けて進んでいたら、レ級の時に起きた世界が止まるような感覚がまた起きた。不思議なことに、俺は空中でピタッと止まっている。今度は何だ……と思えば、俺が着地する場所を丁度通り過ぎるように……例えるならば、ボールペンの先のような形をした何かがあった。まあ察するに、これが砲弾という奴なのだろう。

 

 しかし困った。これではこの止まった感覚が動き出した瞬間俺の身体は砲弾に穿たれてしまう。それはごめん被りたいが……というところで、また右手で握っている軍刀の柄に目がいった。そういえば、某閣下は生身で戦車の砲弾を真っ二つに斬り裂いていたな……人間離れした身体能力を持っているあのお方が出来たのだ、人間ではない上にこうした不可思議な感覚の中にいる俺に出来ないハズがないと信じたい。

 

 そうと決まれば即実行。やはりあの時と同じように手は普通に動く。身体は動かないクセに。レ級にしたように下から振り上げ、砲弾を真っ二つに斬り捨てることに成功する……スッと刃が入ってサクッと斬れたが、どれだけ切れ味がいいのやら……斬れないものはほぼないという妖精ズの言葉に偽りなしだな。そこまで考えたところで、ようやく時間が動き出した。同時に、俺も着地と同時に再びタンカーへと向かう……関係ないが、海の上なのに着“地”とはこれいかに……どうでもいいが。

 

 「っ加減にしろクマ!!」

 

 くだらないこと考えてごめんなさいっ!? と思わず謝りそうになったが、通信機を海に投げつける球磨の姿から俺に言った訳じゃないことが分かる。通信してる相手に何か言われたのだろうか……あーあ、通信機が海中に……勿体無いじゃないか。

 

 「ひっ!」

 

 「うびゃぁ……っ」

 

 「うぁ……」

 

 とか考えてたら駆逐艦3人に怯えられたんだが。まぁ俺がどんな顔をしてるか分からないが、怯えられるくらいには怖いんだろうか……普通に考えて、顔云々ではなく帯刀している奴が砲弾避けたり斬ったりしながら近づいてきたら怖いわな。俺だって怖い。

 

 内心頷いていたら、怯えた3人の前に球磨が両手を広げながら立っていた。しかも主砲まで撃ってきたんだが……また世界が止まった。そして、このまま時間が進めば俺の身体に直撃する位置に砲弾。また斬ってもいいんだが……変なクセがついても困るし、今回は避けてみようかという考えから身体を砲弾に当たらないように逸らす……少し逸らした瞬間に時間が動き出し、砲弾は俺の身体スレスレのところを飛んでいった……心臓に悪い。

 

 で、だ。そろそろ軍刀を振れば当たる距離、そこまで近づいて球磨がギュッと目を瞑っていることに気付いた。よく見れば、卯月と白露もだ。後の1人はちゃんと開いてる。さて、俺の目的はあくまでも資材であり、元々戦闘するつもりはなかった。だから球磨達に危害を加えるつもりもないからスルーするのが最適か……だが、怖がらせたままというのもな……せめて、少しでも恐怖が和らげば……。

 

 「悪いが……君達のような艦娘の相手をしている場合じゃないんだ」

 

 安心してくれ、君達みたいな可愛い艦娘に危害を加えるつもりはない……と言いたかったんだが相も変わらずの謎変換。本当にどうなってんだ俺の口。

 

 その後、俺はタンカーに跳び乗り……意外と高く跳んだから怖かった……資材を求めて中を歩き回ることにした。最悪船員の誰かを人質にして資材を要求するつもりだが……歩いていても意外と人に会わない。タンカーは巨大だから、もっと人がいると思ったんだが……そうでもないんだろうか。とかなんとか思った瞬間、入った部屋で中年の男と目があった。

 

 「あ? なんだお前……新しい商品か?」

 

 「商品……?」

 

 「……チッ、商品じゃねぇってことは逃げ出してきたか? いや、あいつは今頃ボスが仕込んでるハズだ……じゃああの艦娘共が……」

 

 俺を見るなり、何やらぶつぶつと商品だのなんだのと意味の分からんことを言い始めた中年の男。服装は袖を捲り上げた白シャツに短パンと、とてもじゃないがタンカーの船員には見えない。それに、言葉の中に不穏当なモノも混じっている……この船は、何を運んでいるんだ? それに、見つけた人間が今のところこの男だけというのも気になる……イヤな予感がする。

 

 「……まあいい、こいつは俺が直々に仕込んでやるか。オイ艦娘、ちょっとこっちに……」

 

 

 

 中年の男が俺に向かって右手を伸ばした瞬間、俺は無意識の内に男の身体を斬り裂いていた。

 

 

 

 「……あ?」

 

 「触るな……ゲスが」

 

 何が起きたかわからない……そんな表情のまま男は後ろに向かって倒れ、数回痙攣した後にピクリともしなくなる。これが俺がこの世界において初めて、それも唐突に体験した“殺し”の経験となった。

 

 「……存外、何も思わないモノだな」

 

 よく創作物で主人公や善人等が初めて殺人を犯した時、嘔吐したり気分が悪くなったりといった描写が多い。だが、俺にはそれがなかった。レ級の尻尾を斬り飛ばした時でさえ罪悪感を感じたというのに、俺は殺人を体験しても何も感じることがなかった。いや、気持ち悪いとは感じているが……それは刀身に着いた返り血に対してであって、男の死体についてではない。

 

 そもそも、無意識とは言え俺が男を斬ったのは……男の言葉から、こいつが何をしている人間なのかを悟ったからだ。“商品”に“仕込み”、そして俺を“艦娘”だと断定して仕込みとやらを行おうとした……身の毛もよだつ思いだが、要するにエロ同人等でありそうなことをこいつ……恐らく複数いるだろうからこいつら……は行っていたということだろう。そして……今この船に最低でも1人、仕込みとやらを行われかけている……或いは真っ最中の艦娘がいる可能性が高い。そう考えついた瞬間、俺の心が怒りに染まった。そして次の瞬間には斬殺していた。

 

 例えるなら、人間が飛んでいる蚊を鬱陶しいと感じて潰すような感覚……これは俺の精神が身体に引っ張られているということだろうか。同族ではなくなったから、殺人に対して忌避感を覚えないのかもしれない……まあ、あまり深く考えないでおこう。人間を殺すということに躊躇しなくなった……それだけのことだ。

 

 「……捕らわれている艦娘を探すか。ついでに……」

 

 ― 船員は……皆殺しだ ―

 

 

 

 

 

 

 「乗っている船員の数は?」

 

 「お、俺を含めて8人だ! ほ……本当だ! 信じてくれ! 助けてく」

 

 「……後1人か」

 

 命乞いをしてきた男の首を刎ね、軍刀を振るって付いた血を払う。ゴボッと音を立てる男の死体……転がった首とその断面図をみても、遠巻きにゴキブリを見た時くらいの嫌悪感しか湧かなかった……実は俺、前世は殺人鬼か何かだったんじゃないかと心配になってきた。因みに、今の男で7人目……男の言ったことが本当ならば、後1人。最初の男が言っていた艦娘の姿を今まで見なかったということは、そいつと一緒にいる可能性が高い。

 

 「だが……どこにいる?」

 

 タンカーにある部屋は殆ど見たハズだが……その過程で俺が危惧したエロ同人的なことが実際に行われていたという証拠の書類も集まり、書類は袋詰めして操舵室に置いてある……肝心の艦娘がいない。いったいどこにいるんだ……。

 

 「イブキさんイブキさん」

 

 「ん? なんだ? いーちゃん」

 

 「外にいる艦娘さん達の他に、この船の中にも艦娘さんの気配がするですー」

 

 「わたしも感じてましたー」

 

 「下の方に感じますー」

 

 「下……? だが部屋は……」

 

 「多分、燃料タンクの中だと思いますー」

 

 しーちゃんが言った言葉でハッとする。このタンカーを動かしているのは……俺も他人のことは言えないが犯罪者だ。そんな奴らが燃料を手に入れる場所を把握し、尚且つ入手出来るとは……無いとは言わないが考えにくい。タンカーの燃料タンクの中を調べる、なんてことはその手の人間でもない限りしないだろう。そこが盲点となる。

 

 「……燃料タンクに1番近い場所は?」

 

 「さっき行ったポンプルームだと思いますー。やっとセリフ言えましたー。えーん」

 

 「ありがとうごーちゃん。でも泣かないでくれ」

 

 嬉し泣きするごーちゃんを慰めながらポンプルームに入って注意深く部屋を探ってみると、機材に隠れた分かり難い場所に扉を見つけた。妖精ズに聞いてみても、この先から艦娘の気配がするという……確定だな。

 

 俺が船に侵入して最初の男を殺害してから、意外にも10数分しか経っていない。だが……仕込みとやらを行うには充分な時間かもしれない。頼む、無事でいてくれ……そう思いながら扉を開く。中にいたのは……手枷で体の自由を封じられている艦娘と、注射器片手に近付く男の背中。

 

 

 その手を、俺は反射的に斬り飛ばしていた。

 

 

 

 「「……は……?」」

 

 間の抜けた声が重なり、俺の目が艦娘の姿をハッキリと捉える。髪はぼさぼさで服もところどころ破けてはいるが……その艦娘が誰なのかはハッキリと分かる。確か……愛宕型? いや、高雄型だったか? の重巡洋艦の摩耶、通称摩耶様だ。不謹慎な話だが……両腕を釣り上げられていることによって大きい見事なおぱーいが素晴らしいアングルで強調されている。しかもびっくりしているせいでぱっちりとした目が俺を上目遣いに見つめているとか、何これ俺誘われてる? とか思っても仕方ないと思うんだ。摩耶様着けてないし。穿いてるとは思うが。

 

 とまあそんな感想は一旦ストップ。改めて彼女の姿を見てみれば……ボロボロぼさぼさに加え、腕と首に注射器で刺されたであろう傷があり、目は濁っているようにも見える。身体も汚れている……恐らく風呂に入らせてもらえなかったんだろう。この部屋に入った瞬間に一瞬見えた怯えた表情……そこまで、こいつらは……と憤慨しながら知らない内にうずくまっていた男を睨み付ける。

 

 「ひっ! ひぃぃぃぃっ!?」

 

 すると丁度振り返った男と目が合い悲鳴を上げられた。恐怖に染まった表情……こんな男に摩耶様は汚されかけたのかと新たな怒りが湧いてくる。この男は後で殺すことにして、摩耶様の肢体……こほん、状態を観察し直す為に目を向ける。

 

 呼吸は……少し荒いか。顔も赤いから、既に何本か薬を入れられている可能性が高い。よくよく見てみれば、服の胸の先端部分に妙な出っ張りが……いかんいかん。助けたらどうするか……そうだ、球磨達に預けよう。彼女達なら悪いようにはしないだろう。

 

 「あ、男の人が逃げますよー」

 

 いーちゃんの声がすると同時に男がいた場所を向く。しかしそこに男の姿はなく……扉の外に出ようとする後ろ姿が目に入った。

 

 (逃がすか……!)

 

 そう考えると同時に、あの時間が止まったような感覚がした。男は部屋の外に向かって手を伸ばした体勢で止まっており、俺はその背中に向かって走りながら軍刀を振り上げ……男の身体を真っ二つに斬り裂いた。それと同時に止まっていた感覚が消えて動きだし、断面からドチャドチャと内臓やら何やら零れ落ちる……やはりそんな光景を見ても、少し気色悪いと感じるくらいの嫌悪感しか感じない。それよりも摩耶様をどうにかするのが先決だろう。そう考えた俺は軍刀を振るって付いた血を払い、鞘に戻しながら摩耶様に視線を戻した。

 

 「大丈夫……じゃなさそうだな。摩耶……今助ける」

 

 「う……ぁ……」

 

 大丈夫じゃない見た目なのは最初から分かってはいたが、つい大丈夫かと聞きかけてしまった。そして謎変換によるまさかの呼び捨て……俺としては摩耶様なんだが。重巡によるルート固定ではいつもお世話に……と記憶にある。で、スパッと手錠に繋がっている鎖を断ち斬り……レ級すら斬り裂く軍刀にとっては鎖など紙同然……倒れそうになる摩耶様をお姫様抱っこ。おおう、摩耶様のお顔がこんなに近く……あれ? 膝裏を抱えてる手に何かヌルッと……気にするな、気にするんじゃない俺。

 

 「すぐにここから出よう。君の艤装は……」

 

 気持ち早口で言いながら摩耶様の艤装を探す……が、部屋には見当たらない。今まで入った船室にもそれらしい物はなかった……解体されたか捨てられたかといったところか。

 

 「見当たらないか。仕方ない……あんな変態の船だが、救命ボートくらいは探せばあるだろう……」

 

 というか無いと困る。こんな状態の摩耶様をずっと抱きかかえるとか死ぬ(理性が)。まぁ俺の身体が女である以上は……生々しい話、性交渉など出来ないんだが。間違いが起きそうにないという点では安心だな。などと考えながら歩いている途中、摩耶様が眠そうな声で何かを呟いたような気がした。

 

 「な……ぇ……」

 

 「うん? なんだ、眠いなら寝ても……」

 

 「ぉ……ま……な……まぇ……」

 

 「(ぉ、ま、な、まぇ? ぉまなまぇ……ああ、なるほど)名前? ああ……俺はイブキだ。宜しく……そしてお休み、摩耶」

 

 俺が言い切るかどうかといったところで、摩耶様が眠っていることに気付いた。ああ、可愛いです摩耶様。俺の胸と摩耶様のおぱーいがぶつかって潰れているとか天獄(誤字にあらず)です。手を出せないこの状況、精神が男である俺には精神的な拷問に他ならない。だが耐えろ、耐えるんだ俺。あんなゲスな男達とは違うんだから。

 

 

 

 

 

 

 その後、俺は妖精ズの力を借りて見つけた救命ボート(救命艇とも言うらしい)を球磨達の元に落とし、摩耶様と書類等が入った袋をボートに置き、球磨達に押し付けて今に至る。球磨達には悪いことをしたと思ってはいるが、あの状況ではああする他なかったのだから仕方ない。すまない球磨達。

 

 「さて……これからどうするか」

 

 もうすぐ日が沈む。完全な夜になってしまえば、月明かりだけが希望になる暗闇となることは予想できる。そんな中で無闇に動くのは危険だろう。某閣下も見えないところからの攻撃には当たってしまったように、見えないというのはそれだけで恐ろしく、強いのだ。出来れば日が完全に沈む前に、島なり何なり拠点となる場所を見つけられればいいんだが……。

 

 

 

 「イブキさんがお困りですー」

 

 「我ら軍刀妖精、イブキさんをお助けするですー」

 

 「イブキさんの状態全てチェック。残り燃料8割、軍刀内蔵電探作動ー」

 

 「ついでにソナーも作動ー。頑張って島も艦娘さんも深海棲艦さんも見つけるですー」

 

 「えーっと、えーっと……羅針盤は任せて下さいですー。ばりばりー、くるくるー」

 

 「「「「やめるですー」」」」

 

 「えーん、イブキさーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん」

 

 何この子達超いい子。ていうか電探とかソナーとか内蔵されてる軍刀って何? 後、ごーちゃんはよく泣くな……というか弄られ役なのだろうか。超可愛いからいいケド。こうやって頭撫でてるとにっこり、ぱぁっ、という感じで笑顔になるごーちゃんマジ可愛い。皆見た目同じだけど。

 

 そんなこんなで移動している時、電探に待ちに待った反応があったのは……俺の願望とは違って日が完全に沈んだ後のことだった。




メインよりサブのこちらの方が評価高いことに困惑。

登場しました軍刀妖精達。主人公からはいーちゃん、ふーちゃん、みーちゃん、しーちゃん、ごーちゃん、まとめて妖精ズと呼ばれております。という訳で、改めて妖精ズのご説明をば。

妖精ズは皆同じ見た目。二頭身の身体にイブキの服装(2話目、3話目参照)を二頭身サイズにした物と同色の軍帽を着用。その軍帽に1~5の数字が書かれている為、イブキは数字の読みの一部を取って○○ちゃんと名付ける。基本的に数字以外で見分ける術はないが、ごーちゃんはよく泣く。

1(いち)→いーちゃん(“ひ”読みでひーちゃんでも良かったが、いーちゃんの方が可愛い気がしたので)

2(ふ)→ふーちゃん(“に”読みだとにー(兄)ちゃんになる為)

3(み)→みーちゃん(さーちゃんだと何となく語呂が悪い気がしたので)

4(し)→しーちゃん(さーちゃんと同じ理由から“し”読み)

5(ご)→ごーちゃん(“いつ”読みだといーちゃんと被る)

さて、イブキは拠点となる場所を見つけることが出来たのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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守ってやるさ

長らくお待たせしました。ようやく更新で御座います。

こっちは筆が進むんだ……うん、こっちは。


一時でも本作がランキングに載れたのは読者様方のおかげです。本当にありがとうございます!

後半ほんの少し修正。どこを修正したかは後書きで。


 突然だが、人類の敵である深海棲艦には艦娘同様に駆逐艦や戦艦と言った幾多の艦種が存在し、更に同型艦の中にも……駆逐艦イ級や駆逐艦ロ級というように、イロハニホヘトの呼び方で姿や力が違うモノもいる。それらが更に強化され、赤い光を目に宿す“elite”やeliteを越える金色の光を目に宿す“flagship”などと呼ばれる深海棲艦も存在する。更に近年にflagshipを越える金と青の目を持つ“改flagship”と呼ばれるモノすら現れ始めた。そして、それらと一線を画する存在……より人間的な見た目で、より強大な力を誇る存在がいる。人類側が“鬼”や“姫”と呼ぶ深海棲艦がそれだ。

 

 特定の海域にしか現れず、ゲームで言うところのボス的な存在……彼の者を倒して海域を解放することが、現在の人類の目標である。そして今……その目標の1つが達成させられようとしていた。

 

 「グッ……忌々シイ艦娘共ガ……」

 

 長い黒髪に赤い瞳、豊満な胸と見事なボディラインを黒いネグリジェのようなワンピースに身を包んだ美しい容姿……だが、その額からは異形の証である鬼のような2本の角と……背後に佇む、所々から黒煙を噴いている巨大な異形。まるで美女と野獣という言葉を体現したかのようなこの女性こそ、人類の倒すべき怨敵……付けられた名を“戦艦棲姫”。巨大な異形は彼女の艤装である。

 

 こと火力において深海棲艦では並ぶものなしの戦艦棲姫……だが、今では自慢の主砲も巨大な艤装もボロボロで、これ以上の戦闘行為は困難という状況だった。理由は単純……艦娘達との戦闘で敗北してしまったからだ。

 

 本来ならば、戦艦棲姫はサーモン海域……その最深部にて艦娘と争っていた。だが、彼女が今いるのはそこからある程度離れた海域。なぜそんな場所までボロボロの姿で来たのか……それは、ほんの数時間前のことだ。

 

 

 

 

 

 

 戦艦棲姫が支配していたサーモン海域最深部。その場所に、数日前から艦娘達は数多の鎮守府の艦隊と力を合わせながら攻略する為に何度も何度も進軍していた。何度も何度も撤退と進軍を繰り返し、疲労した身体に鞭打ちながら戦艦棲姫率いる艦隊と幾多の戦闘を繰り返した。例え仲間を失っても、海域を取り戻す為に何度も。

 

 そうして三日三晩に及ぶ激闘の末、戦艦棲姫の艦隊は壊滅。戦艦棲姫自身も中破にまで追い込んだ。しかし、戦艦棲姫の部下達の死力を尽くした最期の猛攻により……戦艦棲姫は逃げ延び、現在に至る。

 

 「……クソッ……」

 

 戦艦棲姫の心の内の大半を占める怒りの感情が、声となって艦娘達に向けられる。だが、それは自分にも向けられていた。なぜ部下達を全て失ってまで自分は生き残ってしまっているのか……と。

 

 「バカ共メ……私ハ言ッタゾ……私ノ損傷等気ニセズ攻撃シロト……普段ハ従ウクセニ、最期ノ最期デ命令違反ナドシテ……バカ共メ……」

 

 そもそも、戦艦棲姫は勝とうが負けようがサーモン海域最深部の戦った場所で戦いの末に果てるつもりだった。それは、度重なる戦闘で自らの死期を悟っていたからだ。このまま戦っていたらいずれ負ける。だが、負けるからと逃げるくらいなら、1隻でも多く沈めて道連れにしてやる……そんなつもりだった。しかし実際は部下達の犠牲になったことで逃げ延びてしまっている……それもこれも、部下達が戦艦棲姫を逃がして生き延びさせようとしたからだ。

 

 「嗚呼……私ハ言ウコトヲ聞カナイ最高(バカ)ナ部下ヲ持ッタ幸運(不幸)な深海棲艦ダヨ……」

 

 もはや届くことはない皮肉を、散って逝った部下達に囁く。命令違反とその身を犠牲にしたバカ共だ、皮肉を言うくらいで丁度いい……そう思いながら戦艦棲姫は一滴、手向けに涙を流す。そんな彼女の頭を、艤装である異形が太い腕で見た目不相応に優しく撫でた。

 

 (マタ……カ……)

 

 戦艦棲姫が戦艦棲姫として意識を得てから数年、艤装であるハズの異形は時折こうして勝手に動くことがあった。それも決まって彼女が不安な時や寂しい時など暗い気持ちになった時に慰めるように。まるで、愛し子をあやすかのように優しく、優しく頭を撫でてくるのだ。流石の戦艦棲姫も、最初は不気味に思ったモノだ。唯一の武装である艤装が勝手に動き、巨木のような腕が優しく頭を撫でてくる。見た目は深海魚か何かのような異形……ぶっちゃけ怖くて仕方なかったが、今ではすっかり慣れたもの。更には勝手に動いて自分を守るように盾になってくれたりする。意志のない艤装のハズなのに、なぜか自分に対する愛情のようなものまで感じるのだから不思議だ。

 

 同時に、言葉に出来ない懐かしさも覚えていた。今の戦艦棲姫としての身体になる前、誰かにこうして撫でられていたような……誰かが側にいたような、そんな感覚。だが……戦艦棲姫は何をバカなと自重した。この身は深海棲艦という負の感情の固まり。そんな存在にそのような過去があるハズがない……そう自嘲した。

 

 「……日ガ暮レル前ニ、寝床ヲ見ツケネバナ……」

 

 もうすぐ日が沈み、夜がやってくる。負の塊であるこの身はある程度は自己修復出来るものの、ここまでの損傷を修復するには腰を落ち着けられる場所と多くの資材が必要不可欠となる。だが……そういったモノは近くに見当たらない。普段なら深海近くまで潜って海底洞窟を探したりするのだが、今の損傷具合では沈んだまま浮き上がってこれなくなるだろう。最悪、水圧に耐えきれずに死ぬことになる。故に島……最悪平たい岩場でも見つけねば休息も修復も出来そうにない。

 

 

 

 戦艦棲姫がそこまで考えた瞬間、少し離れた空で小さな爆発が起きた。

 

 

 

 「……モウ追イツイテキタカ」

 

 艤装の口からいつの間にか突き出ている砲身……その砲口から煙が上がっている。そして戦艦棲姫が爆発が起きた場所をチラッと見た後に遠くを見据えると、6人分の人影……艦娘達の姿が見えた。今起きたことを説明するならば、あの艦娘達の誰かが飛ばした偵察機を戦艦棲姫が撃ち落としたということ。つまり、少なくとも偵察機を飛ばせる艦娘がいることになる。しかも艦娘達がいる方角は丁度戦艦棲姫も辿ってきた方角……早い話、追っ手が来たということだろう。

 

 (1対6……万全ナラ兎モ角、現状デハ戦ウベキデハナイナ)

 

 この身は愛すべき部下(バカ)達に生かされた身、何としても生き延びなければならない……その考えの下、戦艦棲姫は艦娘達に背を向けて可能の限り全速力で動く。勿論、艤装の砲を艦娘達に向けて威嚇射撃をすることも忘れない。こうして、艦娘達とのリアル鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 「チッ……シツコイナ……」

 

 あれから数時間、もう完全に日が沈んでしまっている。夜となった以上、敵が艦載機を飛ばすことは困難となっている。しかし、だからといって状況が好転した訳ではない。むしろ悪化している。何せこちらは敗退してから一切補給を行えていないのだ……当然、弾薬も燃料もほぼ空。威嚇射撃に撃てる分など出し尽くした。更に中破した身体では出せる速度も万全時とは程遠い……威嚇射撃なしではすぐに追いつかれてしまう。そうして近付いてきた敵艦娘の艦隊が問題だった。

 

 「逃がさないんだから!」

 

 「島風! あんまり突出しちゃダメだよ!」

 

 「分かってるって!」

 

 戦艦棲姫の最も近い位置にいるのは、駆逐艦“島風”と軽巡洋艦“川内”。最速の駆逐艦と夜戦バカの2人は戦艦棲姫の進む方向を塞ぐように主砲を放ち、後続の艦娘達が追い付くまでの時間稼ぎをしている。正直、中破しているとは言え戦艦棲姫は姫の名を冠する深海棲艦、軽巡以下の主砲など豆鉄砲とそう変わらないが……塵も積もればなんとやら。これ以上の傷を負わない為に避けざるを得なかった。たまに紛れている魚雷はしっかりと迎撃している。

 

 さらに後ろにいるのは、軽空母“瑞鳳”と正規空母“瑞鶴”。夜中である以上艦載機に意識を向けなくて済むのが救いだが、夜が明ければ轟沈にまた1歩近付くことになる。戦艦棲姫がそう考えていた時、嫌な予感を感じた彼女はすぐに進む方向を右側に傾ける。その直後に、彼女が本来進んでいた場所に何かが着水し、巨大な水飛沫を上げた。

 

 「クソッ……」

 

 今のは砲弾が着水した為に上がった巨大な水飛沫……島風と川内から放たれるモノではここまでの大きさにはならない。ならばその砲弾はどこから、誰が放ったモノなのか? その答えは……瑞鳳と瑞鶴の後ろにいる2人分の人影だった。

 

 

 

 「大和……日向……ッ!!」

 

 

 

 航空戦艦“日向”……そして、最大最強の超弩級戦艦“大和”。以上の6隻を編成した艦隊が、戦艦棲姫へと差し向けられた追っ手であった。しかも全員が改二か改となっており、今の彼女にはあまりに荷が重い……いや、万全であっても1人では厳しい相手。生き残るのは絶望的だった。

 

 (チッ、大和ガイルトハ……ヤハリ私ハ不幸ダ……ン? ナゼ今、私ハ不幸ナンテ言葉ヲ……)

 

 自分の考えた“不幸”という言葉に僅かに湧き上がった疑問。その僅かな隙を逃す程、敵の艦隊は愚かではなかった。

 

 「五連装酸素魚雷! 行っちゃってー!!」

 

 「こっちは14cm単装砲よ! てぇーっ!!」

 

 「グッ、迎撃ヲ……ッ!? アアアアッ!!」

 

 放たれた5つの酸素魚雷と主砲。素早く反応して艤装に迎撃させるが……不幸なことに、全ての魚雷を破壊する前に弾が完全に尽きてしまう。そうなってしまえばもう魚雷を防ぐ術はなく……迎撃仕切れなかった2本の酸素魚雷が足下に直撃した。更に不幸は続き、魚雷の直撃によって抉れた足……その抉れた部分に川内の主砲が直撃し、右足の膝から下が完全に吹き飛び、海面をゴロゴロと数10mもの距離を転がった。

 

 「グゥゥゥゥ……クソッ……クソォッ!」

 

 ようやく止まった体は大破状態で服はボロボロ、右膝から下が失われたことで立つことも出来ず航行も不可能となった。もはや身動き1つ出来ず、出来ることと言えば……こうして海面に這いつくばり、怨みと敵意の視線を艦娘達に向けるくらいだった。

 

 (マタ……マタコンナ不様ヲ晒シテ!! ……マタ?)

 

 不意に、戦艦棲姫の脳裏にとある記憶が蘇る。それは過去に同じような体勢でいる自分の姿……だが、その姿は今のような深海棲艦のモノではなく、まるで艦娘のような姿……否、正しく艦娘であった。なんだこの記憶は? そう疑問に思っても答えは出ない。自分は生まれた時からこの戦艦棲姫の姿だったハズ……だが、その考えを否定するかのように記憶は蘇り続ける。

 

 着任した鎮守府の風景、仲間と思わしき艦娘達との日常、提督であろう男性との仕事、深海棲艦との戦い……愛する“姉”との死別。

 

 (違ウ……違ウ! コンナノハ私ノ記憶デハナイ! モウ見セルナ! ……オ願イダカラ……ソレ以上ハ……)

 

 記憶を振り払うように頭を振る戦艦棲姫だが、脳裏に浮かぶ映像は消えてはくれない。やがて記憶は再び今の自分のように海面に這いつくばっている場面へと戻り、その記憶の中の敵深海棲艦の砲口が自分へと向けられ、次の瞬間には轟音が鳴り響く。これが過去の自分の最期だったのか? 自分は過去と同じ道を辿るのか? 目に涙を浮かべながら彼女はそう思った……が、記憶はまだ続いた。

 

 「これで、終わりです!」

 

 記憶の映像に意識を割いていると、大和がトドメの主砲を放ってきた。それが映像の中の敵深海棲艦の動きをなぞるように向かってきて……記憶をなぞるように、何かが視界の外から戦艦棲姫の前に立ちふさがった。

 

 「……ア……」

 

 記憶の中では、長い黒髪とボロボロの艤装を持った艦娘が。目の前には……動かしていないハズの自分のボロボロの艤装が。その2つがリンクするように、戦艦棲姫と記憶の中の自分に向かって僅かに振り向く。艤装がなぜ動いているのかは分からない。だが、その動きの全てが記憶の中の艦娘と重なる。

 

 そして砲撃が直撃する寸前……記憶の中の艦娘が笑って口を開いた。その言葉を聞きたくなくて、戦艦棲姫と記憶の中の自分が手を伸ばす。届かないと分かっているのに……伸ばさずにはいられなかった。そうして訪れる最期……はっきりと聞こえた。

 

 

 

 ― 愛しているわ……“山城” ―

 

 

 

 砲弾が直撃した艤装が爆ぜ、爆風が戦艦棲姫の身体を僅かに焦がす。焼かれないように反射的に閉じていた目を開けば、目の前に炎上しながら沈み逝く艤装の姿。その姿に戦艦棲姫……かつては“山城”という名だった存在は、溢れ出す涙を止めることが出来なかった。

 

 (アア……思イ出した……私ハ……私は……!)

 

 なぜ、艤装がまるで意識を持ったように勝手に動いたのか。なぜ、不思議と不幸という言葉に疑問を抱いたのか。その答えが、今ようやく見つかった。艤装は意識を持っていたのだ……それも山城の姉妹艦である“扶桑”の意識が。かつては山城だった自分がこうして戦艦棲姫として生まれ変わっているように、扶桑はその艤装として生まれ変わっていた。もはや確認することなど出来はしないが、もしかすると扶桑の時の記憶があり、自分を山城だと分かっていたのかもしれない。不幸という言葉に疑問を抱いたのは、単に山城だった時の口癖のようなモノだったからだろう。

 

 (でも……今更思い出してどうしろって言うの!!)

 

 この身は1度は深海棲艦によって沈められ、深海棲艦として生まれ変わった。その時点で記憶が戻っていれば、もしかしたら深海棲艦と敵対してかつての仲間と共闘する……なんて未来があったかもしれない。だが現実は深海棲艦の部下達と数年過ごし、かつての味方であった艦娘達によって全滅に追い込まれ、愛していた姉だと分かった艤装を破壊された。

 

 ああ、仕方のないことなのだろう。艦娘が深海棲艦を倒すべく尽力した……それだけのことだ。かつての自分だってそうしていた。大和達は何も間違ってはいない。ならば……。

 

 (私が……私ガオ前達に怒りを向けルノモ間違ってナンカいナイ!!)

 

 姉と自分の命を奪われた……深海棲艦に。姉と分かった艤装と部下達、自分の命を奪われようとしている……艦娘に。双方に奪われ、双方の記憶を持ってしまった、かつて山城だった戦艦棲姫は……もはや誰に向かって怒りと憎悪を向ければいいのか分からない。だが……今目の前にいる大和達は、怒りを向けるべき相手であることには間違いなかった。動けないハズの身体が、その怒りによって僅かにでも動く程に。そのあまりの憎悪に、追い詰めているハズの大和達がたじろぐ程に。

 

 「こいつ、ヤバい!」

 

 「分かっている……ここで、仕留める!」

 

 艦隊全員の心の家を声にする川内に続くように、日向が主砲を戦艦棲姫へと向ける。その姿が、イヤに戦艦棲姫のかんに障った。姉である扶桑はよく言っていた……伊勢や日向には負けたくない。自分も同じ気持ちだった。だが、こうして今負けようとしている。艤装(ふそう)を破壊した艦隊に所属する日向に。

 

 (負ケタクナイ!! 姉様ヲ沈メタ奴ラニ……日向ニ!! 負ケタクナイ!!)

 

 更に膨れ上がる怒りと憎悪……その感情に呼応するかのように雲が月を隠して暗闇に変える。しかし、川内が探照灯で戦艦棲姫を照らし出す。彼女の身体は動かず、もはや沈むことを運命だと受け入れるしかない……だが、認めない。それだけは認めてはならない。それでも……そんな意志とは関係なく、日向の主砲から砲弾が発射された。

 

 

 

 その砲弾が戦艦棲姫に当たる直前、何者かによって殴り飛ばされた。

 

 

 

 【……は……?】

 

 全員から上がる驚愕の声。その視線を一身に受ける、突然戦艦棲姫と大和達の間に割り込むように現れて砲弾を殴り飛ばし、戦艦棲姫を守るように立つ謎の存在。探照灯に照らされたその姿は、深海棲艦と呼ぶには異形の部分がなく、艦娘と呼ぶにはあまりに肌が青白かった。更には両方の気配がするということも不可思議だった。

 

 だが、戦艦棲姫は違う感情を抱いていた。隠れた月明かりと探照灯による逆光、それによって黒く映った長い髪の靡く後ろ姿。その姿が、再び姉の姿と重なったのだ。思わず声に出してしまう程に。

 

 「姉様……?」

 

 そう呼ぶと同時に、隠れた月明かりが再び差し込んでくる。その光が、戦艦棲姫の声に応えて振り返る存在の顔を照らした。当然ながら、その顔は姉ではなかったが……なぜか戦艦棲姫は、言葉にしようのない安心感を覚えた。

 

 「……何者ですか? その戦艦棲姫を庇うなんて……貴女は深海棲艦なのですか?」

 

 「名はイブキだ。俺が深海棲艦かは、すまないが答えようがない。俺も知らないんでな」

 

 「ならば、なぜ庇うのですか? それは深海棲艦の中でも特に強い力を持つ戦艦棲姫……人類の敵ですよ?」

 

 「すまないが、それも特に理由があった訳じゃない。反射的に助けていたんだからな……だが、たった今理由が出来た」

 

 チラリと、イブキと名乗った不可思議な存在が戦艦棲姫に顔だけを向け、2人の視線が絡み合う。その鈍色の瞳が何を訴えかけているのか……それは戦艦棲姫には分からない。分かるのは、自分を見つめる眼差しが優しいということと……なぜか愛した姉に、その姿が重なるということ。

 

 「……その理由とは?」

 

 「何、彼女は俺のことを……誰と重ねたかは知らんが“姉”と呼んだ。ならば、その誰かの代わりに守ってやるさ……一時の姉としてな」

 

 「そんな理由で、私達を相手にすると?」

 

 

 

 「どんな状況だろうが、愛すべき妹を守るのが姉だ。俺はそれになると言った……それ以外に理由がいるのか?」

 

 

 

 イブキが再び大和達に視線を戻し、理解出来ないといった感情の籠もった大和の言葉に力強く返す。その言葉に何か思うところがあったのか、川内と大和の2人がハッと息を呑み、他の4人も言葉の強さに1歩後退る。それに対し戦艦棲姫は……また一滴、涙を流した。自分を愛していると言った姉が……まるで目の前にいるように思えたから。

 

 

 

 

 

 

 イブキの言葉に、己を含めた艦隊の全員が反応したことを確認した大和は、これはマズい兆候だと考えた。突然現れ、敵である深海棲艦を姉として守るだなんて理解不能なことをのたまった相手だが、その言葉は間違いなく本気。大和とて武蔵という妹艦がいる身だ、相手の言うことは分からないどころか同意するところだが……それを深海棲艦に当てはめて見逃す訳にはいかない。そう思っていた時、イブキの手が左腰にある軍刀の柄を握る。その直後、イブキの目が金と青に変わったのを大和は見た。

 

 「改flagship……!? 知らないなどと言っておきながら、やはり深海棲艦ですか!!」

 

 「目の色は勝手に変わるらしいんだ。深海棲艦かどうかわからないのは本当さ……何せ、自分の顔なんて見たことがないんでね」

 

 大和が叫ぶと同時に大和達4人は主砲をイブキに向け、瑞鳳と瑞鶴は艦載機は使えないが弓を構える。空母は射った矢を途中で戦闘機に変化させるが、そのまま矢として使っても問題ないからだ。だが、全員が撃つことをせずにイブキを注視する。軍刀しか艤装が見えないからといって射撃兵装がないとは限らない……せめて艦種が解ればいいのだが、見た目だけで判断するのはいけない。世の中には駆逐艦のような軽空母や戦艦を超える胸部装甲を持つ駆逐艦もいるのだから。

 

 「……大和さん、何を思いましたか?」

 

 「何も思ってないからこっちに矢を向けないで瑞鳳ちゃん!」

 

 キリキリと鳴る弦の音と瑞鳳からの殺気に半泣きになる大和。後ろを見ていないから正確には分からないが、大和には瑞鳳が目を妖しく光らせて自分の背中を狙っているように思えて仕方なかった。しかし、意識はイブキに向けたまま……コントのような掛け合いをしていても、相手の一挙手一投足を見逃さないようにしている。それだけの練度が、彼女達にはある。

 

 改めて、大和は現状を確認する。動かないイブキとその後ろにいる戦艦棲姫……少なくとも、大和達は目的である戦艦棲姫さえ沈められたら問題はない。いや、イブキも深海棲艦ならば一緒に沈めてしまえばいい。此方は既に射角も合わせて装填も終わらせていて、あちらは軍刀の柄を掴んでいるだけ……とてもこの数の差を引っくり返せるようには思えない。結論として、一斉射撃による殲滅を各艦に伝える。

 

 (駆逐と軽巡の主砲、戦艦2隻の火力、艦娘の力で放たれる矢……守れるものなら、守ってみせなさい)

 

 「目標、敵深海棲艦2隻!! 全艦一斉射!! てぇぇぇぇっ!!」

 

 轟音と共に放たれる数多の砲弾と風を切り裂く矢。それらは全てイブキ達を目掛けて飛んでいく。軍刀1つで防ぐことなど不可能、如何なる深海棲艦も轟沈は必死……そう思わせるだけの弾幕。

 

 

 

 ……そのハズだった。

 

 

 

 「……う……そ……?」

 

 「バカなっ!!」

 

 瑞鶴が唖然として呟き、日向が目の前で起きたことが信じられないと声を荒げる。他の4人も似たようなもので、瑞鳳と島風に至ってはガタガタと体を震わせている。川内はマフラーで口元は見えないが冷や汗をかいているし、大和は目を見開いて信じられないという気持ちが顔に出ている。

 

 だが、信じられないと感じているのは大和達だけではない。守られていた戦艦棲姫もその気持ちで一杯だった。どれだけ目の前の存在から安心感を感じてはいても、いざ弾幕に晒されれば流石に終わりを意識する……だが、終わるどころ一発たりとも当たってはいない……そこまで考えたところで、イブキの遥か後方と周囲で水飛沫と爆炎が舞い上がった。そして、イブキの手には……。

 

 「……何度でも言うぞ。俺は一時の姉として……」

 

 

 

 ― 愛すべき妹を守る ―

 

 

 

 二振りの軍刀が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 さて、身の丈に合わない大言壮語をした訳だが……どうしたものかと、俺は現実逃避気味に今の状況になるまでのことを思い返すことにした。

 

 摩耶様を球磨達に押し付けた後、俺はなんとか島なり何なりと拠点となる場所を探していた訳だが……結局影も形も反応も何もないまま夜になってしまった。このまま立ち往生するしかないのか……と途方に暮れていたんだが、なぜか暗いハズの辺りが昼間のようにはっきりと見通せる。とは言っても夜であることは分かるんだが……どうやらこの身体には昼も夜も関係ないらしい。これは新しい発見と共に嬉しい誤算だった。それに、眠気もなく腹も減っていない。特に疲労も感じていない為、俺はまだ島や拠点となる場所を探すことにしたんだが……そこで妖精ズから声が上がった。

 

 「電探に感ありー。ここから真っ直ぐ、距離約5千ですー」

 

 「数7ー。内6つが何かを追いかけてるみたいですー」

 

 「ソナーにも感ありー。戦闘してるみたいですー」

 

 「追いかけている……?」

 

 妖精ズの言葉通りであるなら、深海棲艦か艦娘のどちらかが1として追われている……つまりは追い討ちされていることになる。前方に視線を向けると、何度か赤い光が見えた後に音が聞こえてきた……少なくとも、戦闘を行っているということは事実らしい。

 

 ここでの俺の選択肢は2つ。見に行くか、無視するかだ。見に行くならば、最悪追っている艦隊に攻撃されるだろう。艦娘ならまだ長門達のように話せるかもしれないが、深海棲艦なら問答無用で攻撃される可能性が高い。更に、追われている側を助けるか否かという選択肢も生まれる。艦娘が追われているならば、雷や摩耶様のように助けることは……出来るならそうしたい。だが、仮に深海棲艦が追われているとしたら……俺は助けるだろうかと考えてしまう。今でこそ艦娘か深海棲艦かも分からない身体だが、前世の記憶もあってか俺の心は限りなく艦娘に寄っているのだから。

 

 無視するならば、このまま見て見ぬフリをすればいい。どちらも俺に気付いていないようだし、簡単なことだ。だが……それはつまり、追われている側を見殺しにすることに他ならない。そのことを考えれば……酷く、心が痛む。その痛みから軽く胸の部分の服を握っていると、くいくいと袖を引かれた。引いたのは……ごーちゃんだ。

 

 「イブキさんイブキさん。あっちから声が聞こえるですー」

 

 「声……?」

 

 ごーちゃんが指差したのは、丁度向かうかどうか迷っている反応があった方向。その方向から声が聞こえる……と言われても、声が届くような距離ではないし、近くには誰もいない。気のせいなんじゃ……? とは思ったが、それが妖精ズ全員となればそうとは思えない。

 

 「私も聞こえましたー」

 

 「助けてー助けてー」

 

 「誰でもいいから助けてー」

 

 

 

 「妹を助けてーって聞こえましたー」

 

 

 

 「結局またセリフ取られましたー。えーん」

 

 「……泣かないでくれごーちゃん」

 

 妖精ズの言葉が頭の中で反響する中、また泣いてしまったごーちゃんの頭を撫でる。誰かが、誰かの助けを求めている。その声が、何の因果か妖精ズを通して俺に伝わった……助けるか見殺しにするかで迷っていた俺がその声を聞いてしまえば、天秤は迷っていたことが嘘のように傾いた……助ける方に。

 

 「さて……行こうか。助けを求められた以上、深海棲艦だろうが艦娘だろうが助けるぞ」

 

 【おーですー】

 

 「いい返事だ」

 

 手を上げて返事をする妖精ズを微笑ましく思いながら、俺は反応があった方向へと“走り”出す。この身体の流石のスペックと言うべきか、最初の1歩で大きな水柱が上がったのは見なかったことにしよう。

 

 体感で5分ほど時間が経っただろうか、ようやく件の人影が見えた。追っているのは……艦娘。スピード狂の島風に夜戦大好き娘の川内、姉から運を吸い取っていると噂の瑞鶴に玉子焼き食べりゅうううう! でお馴染みの瑞鳳。航空戦艦の日向に……あれは大和か? とんだ大物がいたモノだ……大和のいる艦隊に追われているなんて、どんな相手なんだ? と追われていた相手を見る……深海棲艦……なんだろうか。角が生えてるからそうなんだろうが、俺の記憶にはない姿だった。鬼か姫なんだとは思うが、そいつは倒れ伏して身動きができないようだった。そんな相手に、日向が砲口を向け……瞬間、またあの時が止まるような感覚がした。その感覚が消えない内に、俺は深海棲艦に向けて走り出す……今まで腕以外はあまり動かなかったが、今回は身体全体を動かすことが出来た。いや、船長を斬った時にも動いていたな……と同時に、日向の砲口から砲弾がゆっくりとした速度で放たれた。距離的には、感覚が続くならギリギリ間に入ることが出来る。

 

 ギリギリだ、球磨達の時のように砲弾を斬ると分かれる前に当たるかもしれない……となれば、だ。どうにかして砲弾を逸らす、もしくは弾くくらいしないとダメな訳だが、どちらも軍刀で行うには強度が心配だ……レ級の尻尾を斬っておいて今更な気もするが……仕方ない。やりたくはない手だが、今はこの身体を信頼して……そうして俺は深海棲艦のすぐ近くまで来た砲弾を、真横から右手で殴り飛ばした。

 

 【……は……?】

 

 艦娘達と深海棲艦のビックリしているような声となんだコイツみたいな視線を受けつつ、俺は深海棲艦を守るように立つ。軽く右手をグーパーと開いて閉じてを繰り返してみるが……意外なことに少し痛いくらいで異常はない。流石今の俺の身体だ、なんともないぜ。その代わりに異常なモノを見るかのような艦娘達の視線が痛いが。

 

 「姉様……?」

 

 とかなんとか思っていたら深海棲艦が何か呟いたので顔だけ振り返ってみる……いや、聞こえたのは聞こえたが、姉様ってなんだ? 実はこの身体には姉妹兄弟がいたのか? だとしたらどう対応するべきか……いや、ごーちゃん達が聞こえた声のことを考えれば、彼女の姉と間違えたのかもしれない。というか今更だがスゴい格好をしているなこの子。服はボロボロで下着見えてるし……上は付けてないのかもう色々見えそうだし。よく見たら右足が膝から下がない……あのゲス共と違って可哀想だとか痛いだろうにだとか心配が浮かぶ辺り、やはり感性が身体に引っ張られている気がする。

 

 しかし……こんな深海棲艦いたか? 曖昧な記憶の中にはそれらしい姿はない。前世では行っていないステージに出たボスか何かか? というか艤装がないな……と思ったら足下に何かの破片が散らばって浮いていた。このことから察するに、艤装は破壊されたんだろう。いや……もしかしたら、破壊されたのは姉かもしれないが……。

 

 「……何者ですか? その戦艦棲姫を庇うなんて……貴女は深海棲艦なのですか?」

 

 この深海棲艦について考えていたら大和に質問された。戦艦棲姫……あー、うっすらと名前だけは記憶にある。姿までは覚えていないが……とりあえず、名乗るくらいはした方が良さそうだ。

 

 「名はイブキだ。俺が深海棲艦かは、すまないが答えようがない。俺も知らないんでな」

 

 「ならば、なぜ庇うのですか? それは深海棲艦の中でも特に強い力を持つ戦艦棲姫……人類の敵ですよ?」

 

 人類の敵……そう言われても、今の俺には“だからどうした?”となってしまう。多分もう人類じゃないし、むしろさっき艦娘の敵だった人類を殺っちゃってきたワケだしなぁ……しかし、ここでバカ正直に人類の敵とか関係ないなんて言ったら……もう手遅れだが深海棲艦に味方する存在として艦娘側に敵視されそうだ。

 

 さて、どう答えたものか……そもそも俺がここに来た理由が妖精ズが“妹を助けて”という声を聞いたからだ……ああ、それを言えばいいじゃないか。それに、後ろの戦艦棲姫とやらは目の前の大和達に姉を殺されたのかもしれない。人類の敵でも、深海棲艦でも家族を失う悲しみはあるかもしれない……それこそ、俺の姿に姉の姿を見る程に。

 

 「すまないが、それも特に理由があった訳じゃない。(砲弾からは)反射的に助けていたんだからな……だが、たった今(助けたいと思った以外の)理由が出来た」

 

 チラリと、後ろの戦艦棲姫を見る。彼女は俺を亡き姉と重ねた。その姉は……もう彼女を守ることが出来ない。助けを求めたのも、妹には生き残って欲しいという姉心からだろう……全ては俺の思い込みかもしれない。的外れな思考かもしれない。だが……。

 

 「……その理由とは?」

 

 「何、彼女は俺のことを……誰と重ねたかは知らんが“姉”と呼んだ。ならば、その誰かの代わりに守ってやるさ……一時の姉としてな」

 

 「そんな理由で、私達を相手にすると?」

 

 「どんな状況だろうが、愛すべき妹を守るのが姉だ。俺はそれになると言った」

 

 どこかで見ていてくれ、戦艦棲姫の姉よ。俺が貴女になど決してなれはしないが……せめて、今この時は貴女の代わりに彼女の姉となることを赦してくれ。

 

 

 

 「……それ以外に理由がいるのか?」

 

 

 

 俺の言葉に何を思ったのか、大和達が1歩下がった。それは都合がいい……下がれば下がってくれる程、彼女の安全性は高くなる。だが、まだたった1歩だ……安全とは程遠い。ならば俺がやるべきことは大和達を撃退する、攻撃手段を奪うの2択……決して轟沈させるつもりはない。出来るかもわからないが。そして、俺はこの身体になって初めて艦娘に対して自衛以外の戦闘をする目的で自分から軍刀を握った。

 

 「改flagship……!? 知らないなどと言っておきながら、やはり深海棲艦ですか!!」

 

 なんかいきなり怒られたんですが……っと、そういえば雷に目の色が変わるとか言われていた。どういう風に変わるか俺自身は把握出来ていないが……今の自分の顔など見たことがないし、前世の顔は思い出せないし。まあ改flagshipとやらを彷彿とさせる色なんだろう……とまあこんな感じの説明というか言い訳はしておいた。というかいざ主砲を全員から向けられると流石に怖いな……それ以前に捌き切れるか? いくらあの感覚の中だと流石に捌き切れないかもしれない……そもそも軍刀が保つのかも分からん。

 

 「イブキさんイブキさん」

 

 「私達を使って下さいー」

 

 悩んでいる俺に話し掛けてきたのは、ふーちゃんとみーちゃんだ。私達を使え、というのは彼女達が宿っている軍刀を使えということなんだろうが……どれだ? と考えていたら、2人がちゃんと教えてくれた。今まで使っていた、今も握っている腰の軍刀はいーちゃんが宿っているそうだ。そして右後ろ腰の上にふーちゃん、下にしーちゃん。左後ろ腰の上にみーちゃん、下にごーちゃんが宿っているらしい。つまりこの場合、俺が使うのは後ろ腰の上2本。

 

 「私達軍刀妖精の宿る軍刀には、それぞれ特徴がありましてー……」

 

 「目標、敵深海棲艦2隻!! 全艦一斉射!! てぇぇぇぇっ!!」

 

 ごーちゃんが説明する直前、大和達が一斉に撃ってきた。その数……40。既に俺はあの感覚の中にいるからこそ数えられたが、認識に間違い無ければ、半分近くが大和から発射されたモノだ……それらは何としても防がなければならない。なぜか2本矢が混じっているが、一応斬り捨てようか。

 

 迫り来る弾幕に近付きながら両手を交差させ、後ろ腰上2本を抜き放つと同時に左手の軍刀(ふーちゃん)で1つを縦一閃に斬り裂き、右手の軍刀(みーちゃん)でもう1つを斬り……裂くことが出来ずに左側へふっ飛ばす。その後も我ながら無茶苦茶に振り回すようにしながら左手で斬り捨て、右手で弾き飛ばすを繰り返し……全ての砲弾と矢を斬り捨て弾き飛ばし終えた頃にようやくあの感覚が終わった。

 

 「……う……そ……?」

 

 「バカなっ!!」

 

 大和達の誰かが驚いたような声を出す。いや、正直に言えば俺もそんな声を出したかった。感覚が途中で消えたらどうしようかと冷や冷やしていたし……だが、俺は乗り切った。まだまだ油断は出来ないが……やれないことはないと分かった。俺は両手を横に広げて少し背を曲げ、両手の軍刀の先を顔の直線上で交差させる……某閣下が最期の前に“この首を取って名をあげる奴は誰だ?”と問うた時の構えだ。そんな構えを取った俺は大和達を改めて見据え……。

 

 「……何度でも言うぞ。俺は一時の姉として……愛すべき妹を守る」

 

 再び誓いを口にした。

 

 

 

 

 

 

 ここまで思い返すのに体感0.2秒。改めて考えても俺のような元一般人には身の丈に合わない言葉だとは思うが、撤回するつもりはない。だが、数の差は歴然……どうしたものかと考えてしまうのは無理がないことだろう。

 

 「艦娘さんにまでセリフ取られましたー。えーん」

 

 泣かないでくれごーちゃん。今は君の方を向くことも頭を撫でることも出来ないんだ……そういえば、さっきごーちゃんは何か言いかけてたな。確か、自分達の宿る軍刀には特徴があるとかなんとか……ふーちゃんで斬れた砲弾をみーちゃんが斬れなかったように、軍刀の性能には差があるということだろうか? だとするならば……その性能次第では、戦艦棲姫を守りながら大和達を撃退することが出来るかもしれない。少し、希望が見えてきた。

 

 さて、いっちょ頑張りますか……俺はそう心で呟きながら、大和達の元へと跳んだ。




戦闘は次回に持ち越しで御座います。

因みに、42という数は艦娘の画像でそれぞれ確認した砲塔の合計+矢2本です。数え忘れと間違いがなければ(震え声

↑を書いて改めて艦娘の画像を確認したら、航空戦艦になってる日向さん、左手にあった砲台が飛行甲板になってたという……40に修正しました。


今回のおさらい

イブキの持つ五本の軍刀にはそれぞれ妖精ズが宿っている。今まで使っていた左腰の軍刀にはいーちゃん。右後ろ腰の上にふーちゃん、下にしーちゃん。左後ろ腰の上にみーちゃん、下にごーちゃん。更に軍刀にはそれぞれ特徴が……?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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悪いが、死なせはしないぞ

大変長らくお待たせしました。まさかの文字数2万越え……我ながらびっくりです。

4/5時点で本作の情報確認したらお気に入り1000件突破、総合評価も1000pt突破……皆様本当にありがとうございます!

後書き部分を修正しました。


 さっきから有り得ないことばかり起きている……大和は素直にそう思った。突然現れたイブキと名乗る輩は砲弾を殴り飛ばし、よく分からない理論で深海棲艦の姉になって守るといい、軍刀2本で38もの砲弾と2本の矢を凌ぎきり、今度はまるで陸にいるかのように跳んでこちらに向かって来るときた。その方向にいるのは……背中と両脇に連装砲ちゃん3体を抱えた島風。真っ先に向かったのは恐らく、島風が一番近い位置にいたからだろう。とは言っても、イブキからは数10mは離れているのだが……その近くには川内がいて、更に数m後方に大和達4人がいる。

 

 そして島風との数10mの距離を1秒と掛からず縮めたイブキは……右手の軍刀を縦に振るった。

 

 「わわっ! ぎぐぇっ!?」

 

 「しまか……がっ!?」

 

 咄嗟に右側に避けた島風だったが、その右わき腹にイブキの蹴りが突き刺さり、衝撃で連装砲ちゃん達を全て手放してしまう。そうして蹴っ飛ばされた島風は川内にぶつかり、大和達の近くまで纏めて海面を転がった……が、それでダウンするほど柔ではなかったようで2人はすぐに体勢を立て直す。

 

 「ゴホッ……いったぁい……」

 

 「こんのぉ……!」

 

 「2人共下がりなさい! 瑞鳳!」

 

 「うん!」

 

 島風と川内の前に出たのは瑞鶴と瑞鳳。2人は素早く矢をつがえ、可能な限り連続で放つ。無論、艦載機に変える為の最低限は残しておいて。その矢達は真っ直ぐイブキへ向かい……あっさりと、身体を左右に傾ける程度のことで避けられた。しかもそうしている間にも、イブキはこちらに近付いてきている。

 

 「2人はやらせん! ……なぁっ!?」

 

 そんなイブキの前に、2人を守るように日向が立ちふさがる。同時に、数mもない距離に当たることを確信したのか計8の主砲を一斉にイブキ目掛けて発射しようとする……だがここで、イブキは驚くことに左手に持った軍刀を日向の右肩部分の砲台目掛けて投げつけた。まさか武器を投げるとは思わなかった日向は動きを止めてしまい、それによって砲台に軍刀が突き刺さる。

 

 「まずは2つ、貰うぞ」

 

 「き……さま!!」

 

 突き刺さったことで日向が仰け反っている内に近付いていたイブキは刺さった軍刀の柄を左手で握り直し、力を込めて下に下ろす。すると軍刀は刺さった部分から、まるでバターを斬るような滑らかさで砲台を斬り裂き、ついでとばかりに右腰の主砲をも斬り裂いた。幸いだったのは、砲弾と砲台が爆発しなかったことだろう。

 

 「日向から離れて!」

 

 「……っ」

 

 大和の声が聞こえたと同時にイブキに向かって右側から砲弾が飛んでくるが、イブキは後方に跳ぶことで回避する。更に大和が追撃の為に主砲を放ち、日向も残った主砲で攻撃する……が、まるで一斉射の場面を繰り返すかのように砲弾は左手の軍刀によって斬り裂かれ、右手の軍刀によって弾かれた。

 

 「今です島風! 川内!!」

 

 「まっかせなさい!」

 

 「速きこと島風の如し! 私には誰も追い付けないよ!」

 

 砲弾の迎撃によって足を止めているイブキの横を復活した島風と川内が通り過ぎ、戦艦棲姫へと向かう。この短時間の間で、イブキが自分達よりも遥かに強いということは明らか。ならば彼女を倒すことには固執せず、元々の目的である戦艦棲姫を沈めることを大和達は決めたのだ。近付くのは、イブキからの横槍を警戒してのことである。そうして島風が身体を曲げて魚雷を発射する体制を取り、川内もまた後ろ腰にある魚雷発射管から左手の指に3つ挟んで抜き取る。

 

 「やっぱり夜戦はいいよね! 魚雷……」

 

 「おうっ! 5連装酸素魚雷……」

 

 「させんよ」

 

 「「発射……えっ? きゃああああっ!!」」

 

 島風の酸素魚雷が発射され、川内も魚雷を投げた直後に2人の真ん中を通り抜けたイブキがその全ての魚雷の中程から斬り裂いた。瞬間、魚雷が爆発。2人は自身の魚雷の威力をその身で味わうことに……なる前にイブキによって再び大和達の元に蹴り飛ばされ、直撃は免れる。イブキ自身も2人を蹴った反動で斬った体制のまま前方へと跳び、空中で体制を整えて戦艦棲姫の前に着水し、大和達に向き直る。位置関係は振り出しに戻った……が、その戦況はイブキが圧倒的に有利であることは明白であった。

 

 「ごっほげほ……なん、で」

 

 「大和さんと日向さんに……えほっ、足止めされてたんじゃ……?」

 

 「なに、防ぐせいで足止めされるなら避ければいい……最初のは彼女を守る為に防いでいただけで、俺を狙うなら避けることは難しくないからな」

 

 大和達には、イブキがさも簡単なことを言っているように聞こえた……だが、内容はぶっ飛んでいる。どこの世界にさほど離れていない距離からの戦艦の砲撃を軍刀2本で防ぎ、それだけでもおかしいのに途中から回避してみせ、反転して離れていたハズの2人に追いつき、魚雷が発射された直後に全て斬り裂き、無傷でいられるというのだろうか。それ以前に、跳んでいる時点でおかしいのだが。

 

 大和達は改めて思う……あの改flagshipは自分達の想像を遙かに越える化け物であると。

 

 「各艦、状況報告! 大和は損傷なし、燃料残り6割、弾薬は半分を切りました。帰りのことを考えれば、これ以上の発砲は控えねばなりません」

 

 「島風は小破。酸素魚雷も無くなっちゃった。燃料と弾薬はまだ7割くらいだけど……連装砲ちゃん落としちゃったから攻撃出来ないよ」

 

 「川内、同じく小破。魚雷は残り3発で、こっちも燃料と弾薬は7割かな……だけど、島風をぶつけられた時に砲台が4つ損壊。2つは健在だよ」

 

 「瑞鶴、損傷無し。だけど艦載機に変化させる矢を考えれば、もう射れないわ」

 

 「瑞鳳、損傷無し。右に同じです」

 

 「日向、ギリギリ中破と言ったところか。燃料はあるが、主砲を撃ちすぎた……弾薬はあまりない。艤装だけしかダメージがないのが幸いだな」

 

 「そうね、皆動けなくなるようなダメージを受けなくて良かっ……」

 

 大和の言葉が不自然に途切れる。それは、また新たな異常を見つけたからだ。

 

 先の攻防、時間にしてみれば5分にも満たない。その僅かな時間ですら相手が化け物であると再認識するのに充分な時間だったが、損害状況を見てみれば2度蹴りを入れられた島風と、島風を受け止めて後に同じようん蹴り飛ばされた川内、右側の主砲2つを斬り飛ばされた日向の3人のみが損傷。あの軍刀で身体を斬られた艦娘は1人もいない。最初に斬りかかられた島風の場合も、あれは斬るというより避けさせることが目的だったようにも思える。日向に投げた軍刀も、初めから艤装を狙ってのことだとするなら? 魚雷が爆発する前に2人を蹴って離脱したのが、2人を爆発に巻き込まない為だとするなら?

 

 「まさか……私達を沈めずに戦艦棲姫を守りきるつもり!?」

 

 「その通りだ。やれないことはない」

 

 「舐めるなぁっ!!」

 

 「日向!? 待って!」

 

 大和の言葉にあっさり返したイブキに怒声を上げた日向が大和の静止を聞かずに接近しつつ主砲を放つ。対するイブキも、移動しながら撃たれることでロクに狙っていない砲弾の中で当たりそうなものを斬り裂きながら日向に向かって接近した。そしてイブキの軍刀が届くまでもう少しという距離まで接近した時、日向は足を止めて狙い撃つ姿勢を取る。

 

 (まぁ、撃つ前に艤装をやられるかもしれんが。やれやれ……後部甲板は、盾ではないのだがな!)

 

 「……っ!?」

 

 主砲を撃つ前に、日向の読み通り左肩の主砲が右手の軍刀によって叩き斬られる……が、左手の装甲甲板も一緒に斬られることで軍刀を止めることに成功した。その事実に、初めてイブキの顔が驚愕に染まった。その表情を見た日向の顔がニヤリと笑みを浮かべる。

 

 (やはり、右の軍刀は左に比べて切れ味が悪い……そして、この距離なら外さん!)

 

 自身の後部甲板の中程にも達していない相手の軍刀を見て、日向はそう確信する……もし切れ味が良ければ左腕が斬り飛ばされていたが……と同時に唯一残った左腰の主砲二門がイブキに狙いを定める。この距離なら、軍刀で斬ることは出来ない。右の軍刀はこうして封じている。殺(と)った……そう日向は確信した。

 

 

 

 「甘い」

 

 

 

 「な……にぃ!?」

 

 グシャリと、砲身が無残に歪んだ……イブキの右足に正面から踏みつけられることによって。

 

 以前、艦娘は船であるが故にジャンプや真横への移動は出来ないと言った。それはつまり、必然的に自分から足を海から離すことが出来ないことになる。波によって船体が跳ねることはあろう。先の島風と川内のように無理矢理に吹っ飛ばされることもあろう。だが、自分から足を海から離すことは出来ない。それが艦娘と深海棲艦、人類の共通認識だった。だが目の前の存在は、その認識を覆す。常識は通じない。

 

 「ちっ……なら!」

 

 「ん?」

 

 舌打ち1つ打った後、日向は右手を伸ばしてイブキの左腕を掴む。足で砲身を潰したせいで片足で立っていたイブキは避けることが出来ず、そのままあっさり捕まってしまった。

 

 「大和! 私ごと撃て!」

 

 「「「「日向(さん)!?」」」」

 

 「何を言っているの日向!?」

 

 「こいつは危険だ! 倒せる時に倒さねば、今後どれほどの脅威になるか分からん……だから、早く!」

 

 普段声を荒げない日向の覚悟を決めた声に、大和達がグッと拳を握り締める。自分達は戦争をしている。勝つためには手段を選んではいられない。それを分かってはいても、道徳に反することや、犠牲を強いる方法など……矛盾していることだと分かっていても、したくはないのだ。

 

 「死ぬ気か?」

 

 「お前のような化け物を戦艦一隻と引き換えに沈められるんだ……安い犠牲だ」

 

 「安い命なんてないだろう」

 

 「あるさ。特に、私達みたいな……同じ存在が沢山いる命はな」

 

 「俺は、君以外の日向を知らない。君みたいに綺麗で……仲間の為に命を捨てる覚悟をした日向はな」

 

 「なんだ、口説いているのか? 生憎、私には伴侶がいる……もう会えなくなるが、いずれ違う“私”が会うだろうさ」

 

 まるで口説いているかのような物言いをするイブキに、日向は苦笑いを返す。盾にした後部甲板を持つ左手……その薬指にある指輪がキラリと光る。大和が日向が言ったように撃てば、もう2度と“自分”が同じ指輪をした伴侶と会うことは出来ないだろう。だが、いずれは“自分とは違う日向”が姿を現す。艦娘とはそういう存在だ。同じ艦船の記憶を持ち、同じ声と容姿を持ち、同じ名前を持つ存在が世界には数多いる、作り出せる……そういう存在なのだ。

 

 だから大丈夫。自分を失うのは一時の痛みだ……いずれ癒える。何よりも、己の伴侶はその痛みに負けるほど弱くはない……日向はそう信じていた。

 

 「それは君ではないだろう。その伴侶が愛したのは君だ。君以外の日向は別物に過ぎん」

 

 そう、信じているのに。

 

 「それとも、君が愛した伴侶とやらは……日向であれば誰でもいい尻軽なのか?」

 

 「黙れ……あいつへの侮辱は許さん」

 

 「君が言ったのはそういうことだ。違う日向が会うと……それはつまり、君を失っても別の日向がいれば問題ないということだろう?」

 

 目の前の存在の言葉を聞けば聞くほど、心がざわついた。自分に向いていた笑顔や泣き顔が違う相手に向けられることを想像するだけで、こんなにも苦しい。だが、これは生死の掛かった戦いなのだ、戦争なのだ。己の心を優先しては、勝てる戦いも勝てない。甘さが命取りとなる。

 

 「それでも……あいつが笑っているならそれでいい!! 大和ぉ!!」

 

 「く……ぅぅぅぅ!!」

 

 悩みに悩んだのであろう、泣くのを我慢しているかのような大和の声。その声を掻き消すように、超弩級戦艦の名に相応しい轟音が響く。そうだ……それでいい。日向はそう思いながら満足そうに目を閉じ、口元に笑みを浮かべる。そうして、最期に想い人の顔を思い浮かべた。

 

 「また、“私”として会えたらいいな……」

 

 

 

 

 

 

 「悪いが、死なせはしないぞ」

 

 

 

 

 

 

 爆発。それが起きるまでの戦闘の一部始終を見ていた戦艦棲姫は、思わず声を上げそうになった。自分を守ると言ったイブキと、決死の覚悟を持って相討とうとした日向。その決着は、彼女の叫び通りに大和が放った砲弾で……着かなかった。

 

 「ぐ……あぁ……」

 

 「日向! 大丈夫!?」

 

 爆発が起きる前に、まるで島風達のように飛んできた日向を大和は受け止めていた。そのせいで自分の身体と艤装に無視できない負荷がかかったが、仲間の為だと思えば小さなことだ。大和の腕の中で呻く日向……その状態は悪い。主砲は全損しているし、腹部には足跡のようなへこみがある……恐らくは蹴り飛ばされたのだろう。その際に抜けたのか、左肩の主砲と半ばまで裂けた後部甲板で受け止めていたハズの軍刀がない。

 

 (でも仮に身動きが出来るようになったとしても……流石に直撃したハズ……)

 

 少なくとも、放った砲弾が何かに当たった感覚はあった。爆発も起きているし、無傷であるハズがない。姫や鬼でさえも直撃を必死に避ける超弩級戦艦の砲撃……ならば、少なからずダメージは与えているハズだと、大和はそう思っていた。だが、全てを見ていた戦艦棲姫はそう思ってはいない。

 

 「……凄イ……」

 

 戦艦棲姫の目に映る、爆炎の“前”にいるイブキの威風堂々とした姿。日向を蹴り飛ばして右の軍刀を引き抜き、その護拳で大和の砲弾を真っ向から殴って慣性を完全に殺した上で爆発する前に後方に跳び退いた動きを、戦艦棲姫は見ていたのだ。早業、神業などという呼び方はあれど、それらでは言い表せられないだろう。“イブキにしか出来ない動き”……それが正しい。

 

 (コレが……私ヲ守るト言ッテくれた人の力……)

 

 イブキが左手の軍刀を薙払うように横一閃に振り、炎を切り裂くように掻き消す。大和達から見れば、炎に包まれていたイブキが無傷で現れたように見えたことだろう……浮かんだ表情は、皆絶望と言うに相応しいモノだった。

 

 「さて……まだ続けるのか?」

 

 (コレガ……私の……今この時だけの……)

 

 まるで意に関していないとばかりのイブキの態度に、大和達が一瞬激昂しそうになる。だが、状況を確認するまでもなく戦況は不利であることは分かっていたのだろう、皆が皆悔しそうに顔を歪めるだけだった。イブキは溜め息を1つ吐き、最初に島風が落とした連装砲ちゃんを拾いに行き、拾ったモノを島風に向かって軽く投げた。

 

 「わわっ……ちょっと! 連装砲ちゃん達投げないでよ! 可哀想じゃない!」

 

 「近付く訳にもいかないんでね。もう忘れ物もないだろう? このまま去るといい。去る者は追わん」

 

 「……次はこうは行きませんから。全艦反転……撤退します」

 

 大和が気絶している日向の腕を自分の首に回しながらそう言うと同時に、日向以外の全員が1度イブキを睨み付けた後に反転し、その場から離れていく。その姿を見届けたイブキは両手の軍刀を後ろ腰の鞘に納め、戦艦棲姫の元へと歩み寄る……その瞳は、金と青から鈍色へと戻っていた。あれだけの攻防があったにも関わらず、イブキは息一つ乱していなければ汗もかいていない。そもそも、イブキが現れてから10分も経っていない。まだまだ夜も深まっていく時間の中、月明かりだけがイブキを照らす。戦艦棲姫から見たイブキは、まるで月から現れた使者のようにも思えた。

 

 「どうだ? 君の姉は強いだろう」

 

 「……エエ……トっても」

 

 ニィ、とまるでいたずら小僧のような笑みを浮かべるイブキ。その姿はもう、扶桑とは重ならない。青空を愁いを帯びた目で不幸だと言いながら見上げていた愛しい姉とは、月に見下ろされながら月光を浴びる姿は似ても似つかない。だが……どこまでも美しく、自分の前に立つ長い髪を靡かせていたカッコイい背中は……よく似ていた。

 

 (これが一時の……私のもう1人の“姉様”……)

 

 

 

 ― 扶桑姉様……私に、もう1人……姉様が出来ました ―

 

 

 

 

 

 

 「……大和、自分で動ける」

 

 「ダメよ。このままこうされていなさい」

 

 島風を先頭に、川内を最後尾に、左右に瑞鶴と瑞鳳、中央に大和とその首に腕を回している日向という陣形を敷きながら所属鎮守府を目指す大和達。その途中で目覚めた日向が大和にそう言うが、彼女はピシャリと却下した。ならば力付くで離れて……と考えるが、自分と大和では力の差があるので仕方なくされるがままになる。

 

 「……負けたわね」

 

 「ああ……完膚無きまでに、な」

 

 先の攻略戦で逃がした戦艦棲姫への追撃部隊……念には念を入れて所属鎮守府の最高練度の艦娘で組んだ、最強と呼ぶに相応しい第一艦隊。それが、たった1人の謎の存在に完敗した。島風の速度、川内の技術、自分と大和の火力、その全てが活かせることなく負けた。戦う時間帯が昼間で、瑞鶴と瑞鳳の艦載機が使えていれば、結果は違うものになったのかも知れないが……所詮はたらればの話でしかない。

 

 「でもあのイブキって人、深海棲艦か艦娘かよくわかんなかったねー」

 

 「はあ? どうみても深海棲艦だったじゃない」

 

 「それは目の色が変わって改flagshipっぽくなったからでしょ? それに、なんか気配とかも……」

 

 瑞鳳と瑞鶴の掛け合いに、日向は最後のイブキと接触した時のことを思い出す。この艦隊の中でイブキに最も近い場所に最も長く居た日向は、イブキから感じる気配を1番感じていた。

 

 (それでも、深海棲艦か艦娘かは分からなかったが……)

 

 その日向でさえ、イブキがどちらかなのか最後まで分からなかった。両方の気配を感じながらも、どちらかに傾くことはない。だが、人間では決してないことは確かだ。結局のところ、イブキの正体は分からずじまいな訳である。だが、分かったこともある。

 

 今までの常識を覆す跳んだり蹴ったりという異常な行動、数10mの距離を一息で無くす速度、向かってくる砲弾を見切る動体視力、砲弾を斬り裂き弾きながら刃こぼれしない軍刀……そして、戦艦である日向を蹴り飛ばせる程の力。全てが高水準であり、命を賭けても傷1つ負わせることの出来なかったその戦闘力は正しく化け物と呼ぶに相応しいもの。だが、次は勝つ……日向はそう心に刻んだ。

 

 「ねぇ、日向」

 

 「なんだ?」

 

 「もう、あんなことは止めて頂戴。捨て身なんてことは、二度と」

 

 「大和……」

 

 「私を遺して、逝かないで」

 

 自分の体を支える大和の体が震えていることに、日向はようやく気付いた。大和に自分ごと撃てと言った時、日向はあの場所で沈むつもりだった。それが確実に今後の脅威を摘む最善の手であると考えたからだ……失敗に終わってしまったし、仮に成功したとしても沈んだのは自分だけであっただろうが。

 

 日向は、震える大和の左手を左手で握る。味方を撃ってしまったことに……否、“自分”を撃ってしまったことに震える大和の手は、血の気が引いている為か酷く冷たい。怖かったことだろう、味方を自らの手で撃つということは。大和は今このとき、初めて雷撃処分を担当する艦の気持ちを知った気がした。

 

 「お願い……日向」

 

 「……最強の弩級戦艦の名が泣くぞ?」

 

 「今泣きそうなのは私よ」

 

 「……やれやれ……君には勝てんな」

 

 「じゃあ、約束してくれるのね?」

 

 「まぁ……そうなるな」

 

 瞳を潤ませた大和が日向を見つめる。日向もまた、そんな大和を見つめ返す。そうする内に、元々近かった2人の顔の距離が更に近くなっていく。そうして、その距離が完全にゼロとなった時……“2人”の左手の指輪に月の光が反射してキラリと光った。

 

 ((((またやってる……))))

 

 ……人目の前であるにも関わらずに。

 

 

 

 

 

 

 大和達が去ってしばらく経った頃、戦艦棲姫とイブキは散らばった戦艦棲姫の艤装の破片を拾い集めていた。とは言っても、浮いている破片は僅かしかなく、全て集めるのに2分も掛からなかったが。

 

 「……それは、君の艤装か? それとも、姉か?」

 

 「……両方よ」

 

 イブキの問い掛けに、戦艦棲姫は破片を抱き締めながら答える。最後の最後まで姉と気付けず、最期の最期まで自分を守って逝った姉の亡骸とも呼ぶべきそれを抱き締めることで、今更になって再び姉を失った事実に心が軋む。もう1人姉が出来たなどと高揚していた気分は、すっかりどこかへと消え失せてしまった。

 

 「どういうことだ?」

 

 「私は、艦娘としての記憶を持っているの。艦娘だった頃の私は、山城という名前だったわ」

 

 「何……? じゃあ姉というのはまさか……扶桑か?」

 

 「ええ。そして扶桑姉様は私のように深海棲艦としてではなく、私の艤装として生まれ変わったの……そして、大和達の攻撃から私を庇って……姉様……」

 

 蘇ったというのか、それとも取り戻したというべきか。その艦娘だった頃の記憶が、扶桑の日常から最期の時までの風景を瞼の裏に投影する。自分も姉もよく不幸な目にあったものだと、静かに涙を流しながら戦艦棲姫は小さく笑う。失い、また出会い、また失った。馴染み深く、分かりやすい不幸だと自嘲する戦艦棲姫の姿は、誰が見ても痛々しいと感じるだろう。

 

 「……艤装なんだから、直せるんじゃないのか?」

 

 「……えっ?」

 

 イブキにサラリと言われたことを一瞬理解出来なかった戦艦棲姫が、思わずポカンとした表情を浮かべる。次に、そんな簡単に済むようなことなのかという疑問が浮かんでくる。そもそも、艦娘が艤装に生まれ変わるなど前例がない……少なくとも、戦艦棲姫は知らない。それに、ここまで原形がなくなってしまっては修理出来るかすらも危うい。仮に修理出来たとしても、それに扶桑が宿っているかも分からない。

 

 「それは……でも、きっと無理よ。私は……不幸だから」

 

 「そんなことはないさ」

 

 「どうしてそんなことが言えるの? 現に、私はこうして不幸な目にあってる……この体になって出来た部下の皆を失った。扶桑姉様を、2度も失った! そんな私が、どうして不幸じゃないなんて言えるのよ!!」

 

 イブキの知ったような物言いに、思わず戦艦棲姫の頭に血が昇る。不幸自慢をしている訳ではない、事実として不幸なのだと。2度も姉を失うことが不幸でなければなんなのだと。部下達を失ったのが不幸でなければなんなのだと。もう1人の姉だと思った相手からそのようなことを言われるのが不幸でなければなんなのだと、そう言いたくなった。しかし、それは言わず仕舞いに終わる。

 

 

 「君は不幸だけじゃなく、幸運なことも確かに体験してきたハズだからな」

 

 

 

 ― 嗚呼……私ハ言ウコトヲ聞カナイ最高(バカ)ナ部下ヲ持ッタ幸運(不幸)ナ深海棲艦ダヨ ―

 

 頭に上っていた血が一瞬の内に引き、自分を逃す為にその命を散らした、戦艦棲姫として生まれ変わってから少しずつ増えていった部下達の姿が彼女の脳裏に蘇る。

 

 ― えっ? 扶桑姉様が着任したの!? やった! ―

 

 先程思い出した山城としての記憶。その中にある、艦娘となって扶桑と再開した時の記憶が、昨日のことのように思い浮かぶ。

 

 ― どうだ? 君の姉は強いだろう ―

 

 目の前にいる、絶体絶命の窮地を助けてくれた今だけの姉の戦う様を思い返す。これらの最も印象に残っている幸運な出来事の他に……記憶を探れば、確かに大小様々な幸運が転がっていた。不幸だと言ってきた中の、それと同じくらいの幸運達が。嗚呼……イブキが言うように、自分の今まで過ごしてきた時間は不幸ばかりではなかった。

 

 「……直せると……また扶桑姉様に逢えると思う?」

 

 「分からん」

 

 「何よそれ……無責任じゃない」

 

 「だが、逢えるとは思うよ。君達はお互いに想い合っているんだから」

 

 それがただの励ましであることは、すぐに分かった。だが、なぜだろうか……戦艦棲姫には、その言葉の通りに行く気がした。いや、そうなればいいと、破片を抱き締めながら思った。

 

 「ところで、君はこれからどうする? 山城としての記憶を思い出した今、君は深海棲艦として生きられるのか?」

 

 イブキからのその質問には、戦艦棲姫は即答することが出来なかった。とは言っても、艦娘側に戻ることは出来ない。何人もの艦娘が今の自分の姿を見ているし、自分がした訳ではないが大和達を撃退してしまった以上それは不可能だ。ならば、はぐれとなるか……これも否。艤装の修理には専用の機材と多くの資材がいる。修理を目的としている以上、根無し草では都合が悪い。

 

 つまり、このまま深海棲艦として生きていくしかない。例え山城としての記憶が残っているとしてもこの身は既に深海棲艦……その事実は変わらない。それに……艦娘達に対する憎しみも確かに残っているのだ。

 

 「私は……深海棲艦だもの。今更それ以外の生き方は出来ないわ」

 

 「……そうか」

 

 「ええ……ねぇ。イブキね……貴女も一緒に」

 

 思わず“イブキ姉様”と言いかけるも、この関係が一時のモノであるということを思いだしてそう呼ぶのは自重し、一緒に行かないかと口にしようとする。だが、不意にイブキが戦艦棲姫から離れるように後方に跳び、次の瞬間には砲弾が一瞬前までイブキがいた場所を通り過ぎる。戦艦棲姫が砲弾が飛んできた方角を見てみれば、そこに居たのはボロボロになっている戦艦タ級。そして……黒いショーツに上半身裸、白い髪をツインテールにしているという見た目の深海棲艦……南方棲戦姫の姿があった。

 

 「戦艦棲姫カラ……離レナサイ!!」

 

 南方棲戦姫が言い放つと同時に、その巨大な艤装から大和を凌駕しかねない威力の砲弾が放たれる。が、イブキはあっさりとそれを回避し……しかし少しずつ戦艦棲姫から離れていく。

 

 (避ケタ!? ソレニナンダ、アノ動キハ!?)

 

 内心の驚愕を顔に出すことはなく、南方棲戦姫はイブキを狙い撃ち続ける。しかし、結果はイブキが背を向けてこの場から離れるまで掠り当たりすらしないという散々なモノとなり……僅かな攻防の中で、彼女の姫としてのプライドは酷く傷つけられることとなった。

 

 「……無事カ? 戦艦棲姫」

 

 「無事、とは言えないけれど……生きてはいるわ。貴女が撃ったあの人のおかげでね」

 

 「ア? エ? ソ、ソレハ……ゴメンナサイ」

 

 目の笑っていない戦艦棲姫ににっこりと笑いかけられ、まさか撃った相手が仲間の命の恩人だったとは……と内心冷や汗をかく南方棲戦姫。そんな彼女を尻目に、タ級は戦艦棲姫に涙ながらに抱き付いた。

 

 「姫様……良ク御無事デ……」

 

 「……貴女もね、タ級」

 

 今抱きついているタ級は、全滅したと思っていた戦艦棲姫を逃がすために尽力した部下の1人だった。詳しく話を聞くと、数百居た部下達の中で生き残ったのは、タ級を含めても20にも満たないらしい。それらは戦艦棲姫を逃した後、数日前から連絡の取れない戦艦棲姫に違和感を覚えて調査に向かっていた南方棲戦姫の部下達によって救助されたのだと言う。今ここにいるタ級は、戦艦棲姫を助けて欲しいと南方棲戦姫に頼み込み、その頼みを聞いた彼女に付いて来たのだとか。

 

 「そうなの……まだ生き残った子達がいるのね……良かった。本当に、良かった……」

 

 「今ハ私ノ拠点デ入渠サセテイルワ。貴女モ……傷ガ癒エルマデ拠点ニ来ナサイ。アイツモ、貴女ノ命ノ恩人ダト知ッテイレバ、招待シタノダケド……」

 

 例え少数であるとしても、生き残った部下達がいる事実と奇跡に戦艦棲姫は嬉し涙を流す。そんな彼女を優しい表情で見た後、南方棲戦姫はイブキが去っていった方角を見やる。だがそこにイブキの姿はない……勘違いからやらかしてしまったと後悔するも後の祭りだった。

 

 「過ぎてしまったことは仕方ないわ。その代わり……次に会った時は私が助ける側にならないといけないけれど」

 

 「私達ト敵対シテモカ?」

 

 「私と敵対しても、よ。それに、イブキ姉……あの人は、自分から敵になるような人じゃないわ。何せ……」

 

 

 

 ― 妹を守るのが姉だ。俺はそれになると言った……それ以外に理由がいるのか? ―

 

 

 

 (そんな理由で、あの大和達と戦うくらいに優しくて強くて綺麗で……カッコイいんだから)

 

 「何セ……ナンダ?」

 

 「何でもないわ。そろそろ連れていってくれない? 長居してまた艦娘達に見つかりたくないもの」

 

 「私ガ運ビマス」

 

 「ありがとう、タ級」

 

 南方棲戦姫の疑問には小さく首を振るだけにして答えず、戦艦棲姫はタ級に背負われる。南方棲戦姫は答えてくれなかったことを少し不満に思うが、拠点でじっくり聞けばいいかと思い、2人の先導をする為に前に出た。

 

 タ級の背に揺られながら、戦艦棲姫は右手でタ級にしがみつくように首に回し、左手で艤装の破片を抱きしめながら、イブキの去った方角に顔だけを向ける。

 

 (次は、扶桑姉様と一緒に会いに行くから……また会いましょう、私の……もう1人の姉様)

 

 月明かりの下で動く人影が2つと動かない人影が1つ。その動かない人影の後ろにうっすらと浮かぶ、優しく笑っている長い黒髪の女性の姿に……誰も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 死に物狂いで艦娘相手に頑張ったら守っていた側の仲間にいきなり主砲ぶっ放され、そのまま再び海の上を迷うこととなってしまった俺は途方に暮れていた。問答無用で排除しに来られたのは……正直クるものがあった。しかし、仲間が来たからにはあの戦艦棲姫……山城の無事は約束されただろうから、その辺りは安心だな。そうして俺は先ほどまでな戦いのことを、月を見上げながら思い返すことにした。

 

 

 

 大和達に“姉として守る”などと啖呵を切ったはいいが、中身が元一般人の俺としては内心ガタガタと震えている。殺人の経験をしてしまったとは言え、そこに罪悪感などの思うことはなかった。だが、こうして戦闘を前にすると緊張感で体が震えそうになる……しかしそんな俺の内心とは関係なく、全く震えていない体パネェ。

 

 内心で自分に活を入れ、俺は1番近い場所にいた島風に向かって走……るつもりだったんだが、まだ体のスペックを把握しきれていなかった俺は一瞬の内に距離を詰めてしまった。思わず俺は立ち止まり、バランスを崩さないように手を前に出す。

 

 「わわっ!」

 

 その結果、俺は島風に斬りかかるような形になってしまったんだが……島風は避けてくれた。良かったー斬らなくて……と思ったがよく考えたら攻撃しなくてはいけないんだった。丁度いい感じで蹴りが入りそうだったので左足で蹴ってみたところ、島風のわき腹にクリーンヒット。痛いだろうなあ……。

 

 「ぎぐぇっ!?」

 

 「しまか……がっ!?」

 

 更に俺にとってはラッキーなことに、島風が飛んでった先に川内がいた。川内は島風とぶつかり、2人は大和達のところにまですっ飛んでいく……まだまだ距離は近いと言える。もっと引き離さないとダメだな。

 

 とかなんとか考えていたら、また矢が飛んできた。矢ということは、撃っているのは瑞鶴と瑞鳳か……まだ出てきてないが艦載機は邪魔だし、2人の弓の糸を斬るくらいはしようか。現在大和達は一カ所に固まっているし、懐に入れば仲間を気にして主砲も撃ちづらくなるだろう。そう考えた俺は、矢を避けながら大和達に近付いていく。

 

 「2人はやらせん!」

 

 目的の2人の前に日向が立ち塞がった……しかも主砲がこっち向いてるし。数mもないこの距離なら、流石に当たるかもしれない。どうしようかな……と考えた時、頭の中に某大総統の戦闘シーンが思い浮かぶ。その中には、軍刀を投げることで攻撃する場面もあった……なるほど、軍刀はこうやって使うのか。俺は左手の軍刀を持ったまま腕を引き、下投げというのか突き出すように投げつける。投げた軍刀は俺の狙い通り、日向の右肩の砲台に突き刺さってくれた。この体、本当にスペックが高いな……。

 

 「……なぁ!?」

 

 驚いているところ悪いが……その物騒な艤装はズバッといっちまいましょうかね。ついでにその下にある腰の砲台も。

 

 「まずは2つ、貰うぞ」

 

 「き……さま!!」

 

 日向に近付いて突き刺さっている軍刀の柄を再び左手で握り、そのまま下に下ろす……おお、力もそんなに入れてないのに右肩と腰の砲台がサックリと斬れた。ふーちゃん軍刀の特徴は、凄まじい程の切れ味らしいな。

 

 「日向から離れて!」

 

 「……っ」

 

 感動していたら大和の声が聞こえ、またあの時間が止まる感覚がする。声のした方角を目だけを向けて確認してみると、俺に向かって砲弾が飛んできていた。俺がすぐに後ろに向かって跳ぶと感覚は消え、俺がさっきまで居た場所を砲弾は通り過ぎていく……いやぁ、この感覚がなかったら今日だけで何回死んでるのかね。

 

 距離を取った瞬間、また大和と日向の砲弾の雨に晒される。まぁ、また感覚が始まったので左軍刀で斬り、右軍刀で弾くの繰り返し……なんだが、明らかに最初よりも弾数が少ない。矢も飛んで来ない。これはどういうことだ……?

 

 「今です島風! 川内!!」

 

 「まっかせなさい!」

 

 「速きこと島風の如し! 私には誰も追い付けないよ!」

 

 大和に応えながら砲弾の飛んでいない俺の横を通り過ぎていったのは島風と川内……なるほど、俺がこうして足止めされてる間に戦艦棲姫を沈めようってことか……しかしその考えは甘いの一言。このハイスペックボディに掛かれば、砲弾を避けながら接近するなど容易い(実績もあるし)。という訳で砲弾を捌くことを止めて回避しながら島風達に向かう。なるべくジグザグに動いて狙いづらくすることも忘れない。

 

 「やっぱり夜戦はいいよね! 魚雷……」

 

 「おう! 5連装酸素魚雷……」

 

 「させんよ」

 

 「発射……えっ?」

 

 島風が腰を曲げて魚雷を出し、川内がどこの忍者だと言いたくなるような投げ方で魚雷を投げた瞬間、2人に追い付いた俺に再びあの感覚。大活躍ですね感覚さん(敬称)。その感覚の中で俺は魚雷全部をスッパリと斬ってしまった訳なんだが……。

 

 (あれ? 魚雷って爆発するんじゃなかったっけ……?)

 

 ふとそんなことに気付いてしまった。しかも戦艦すら沈める程の威力、この至近距離で爆発の直撃を喰らおうモノなら大破轟沈は免れないかもしれない。

 

 (あ……ぶねええええっ!!)

 

 どうするか? と考える前に、俺は島風と川内の2人の腹を足場にして前へと跳んでいた。そうしてある程度跳んだところで感覚が消えて魚雷が爆発し、多少爆風に煽られたことで上手いこと体制を立て直すことが出来た……この体には感謝の念しか湧かないな、と考えた頃に着水し、大和の方へと向き直る……あ、島風と川内が腹を押さえてしゃがみこんでる。男が女の腹を蹴ったり踏み台にしたりするのは死を持って償うべき所業だが、今の俺は女なんでな。

 

 「ごっほげほ……なん、で」

 

 「大和さんと日向さんに……えほっ、足止めされてたんじゃ……?」

 

 「なに、防ぐせいで足止めされるなら避ければいい……最初のは彼女を守る為に防いでいただけで、俺を狙うなら避けることは難しくないからな」

 

 感覚様(崇拝)のおかげで、俺は某大総統閣下の如き見切りを実現出来る……内心かなりビビってはいるが、体に精神が引っ張られているのか動きが止まることもないし、常に冷静に物事を考えられている。元一般人の俺にとっては有り難いアドバンテージだが、決して慢心出来ない。何しろ某大総統閣下も神の如き目と人間を超えた身体能力を誇りながらも死角からの一撃を受けて瀕死の重傷を負い、最後には死んだのだから。世の中に絶対はないのだ。

 

 ところで、さっきから大和達は何をボソボソと言い合っているのか……あっ、大和がビックリしてる表情でこっち見てきた。

 

 「まさか……私達を沈めずに戦艦棲姫を守りきるつもり!?」

 

 「その通りだ」

 

 そもそも俺は艦娘を沈めたいなどと思ったことはないし、初めから撃退出来ればいいと考えていた。あの人間達は例外だが、殺しにしろ沈めるにしろ好き好んでやりたい訳でもない。何度も言うように、俺は(恐らく)平和な日本にいたしがない一般人だったのだから。それに、この身体なら……撃退くらい出来ると思える。

 

 「やれないことはない」

 

 「舐めるなぁっ!!」

 

 「日向!? 待って!」

 

 俺の言い方が気に喰わなかったんだろうか、日向が怒鳴りながらこっちに左側の砲を撃ちながら向かってきた。狙いが甘いのか幾つも外れているが、幾つか当たりそうな物もあるのでそれらは斬り捨て、あまり戦艦棲姫に近付かれるのも困るので俺からも接近する。すると、日向は足を止めて狙いを定めてきた……危ない砲台は破壊するに限ると、俺は右の軍刀で横一閃に左肩の砲台を斬りつけた。

 

 「……っ!?」

 

 砲台だけを斬るつもりだった俺の軍刀は、日向が左手に持っている盾も一緒に斬ってしまっている。このままでは日向の腕も斬ってしまうかもしれないと思った俺は、少し裂いたところで軍刀を止めた……んだが、左の軍刀と違って切れ味が鈍いのか、それとも砲台と盾で上下に力を入れているのか……ともかく、右の軍刀が抜くことも裂くことも出来なくなってしまっている。このことには驚いた……なんだ、丈夫な腹筋……じゃなくて盾だなとでも言えばいいのか。というかよく折れないなみーちゃん軍刀……折れない、というか頑丈なのが特徴か?

 

 と考えていたら、日向の残った左腰の砲台が俺に狙いを定めていた。視線を日向に向ければ、してやったりとでも言うような顔……なるほど、敢えて俺の攻撃を受け止めて身動きを封じ、斬ることも避けることも叶わない距離で撃つと……。

 

 「甘い」

 

 「な……にぃ!?」

 

 腕がダメなら足だ、という訳で右足で日向の砲台の砲身を踏みつけて潰す。何も斬る必要も避ける必要もない。撃つ前に潰せば済む話だからな。

 

 「ちっ……なら!」

 

 「ん?」

 

 今度は左手を掴まれた。流石に軍刀が抜けないわ砲身潰したばかりで片足立ちだわで避けられなかったが……今度はどうする気だ? この時、俺はこの戦闘を内心楽しんでいたと思う。今では分からんが。

 

 「大和! 私ごと撃て!」

 

 「「「「日向(さん)!?」」」」

 

 「何を言っているの日向!?」

 

 「こいつは危険だ! 倒せる時に倒さねば、今後どれほどの脅威になるか分からん……だから、早く!」

 

 お前はどこの宇宙猿だと言いたいが、素人目線だが俺のような高機動型を潰すには現状では最適解だと思う。波状攻撃が通じない以上、こうして動きを止めてから撃つのが1番だからだ。だが、自分ごとというのは困るな……俺は誰も沈めたくないのだから。というか危険て……俺そんな扱いを受ける程なのか。

 

 「(捨て身ねぇ……)死ぬ気か?」

 

 「お前のような化け物を戦艦一席と引き換えに沈められるんだ……安い犠牲だ」

 

 「(言い切ったよこの人……何とか心変わりしてくれないかな……)安い命なんてないだろう」

 

 「あるさ。特に私達みたいな……同じ存在が沢山いる命はな」

 

 あー、やっぱり同じ艦娘は何人も存在するのか。俺は1度も同じ艦娘を2人以上見かけなかったが、今後は会うかもしれないな……って今はそんなことはどうでもいい。ここは月並みではあるが……王道的なことを言ってみるか。

 

 「俺は、君以外の日向を知らない。君みたいに綺麗で……仲間の為に命を捨てる覚悟をした日向はな」

 

 こんな時に何を言っているんだ俺はと自分でツッコミたい。いや、記憶の中にある艦これの日向の絵は個人的にあまり好きではなかったのだ。だがこうして実際に出会って至近距離で見てみればどうだ? ついポロッとこぼしてしまうほどに美人さんじゃないか。それに、嘘はついていない。目の前の日向は、俺がこの世界で初めて会った日向なのだから。

 

 「なんだ、口説いているのか? 生憎、私には伴侶がいる……もう会えなくなるが、いずれ違う“私”が会うだろうさ」

 

 しかも付き合ってる人がいるかケッコンカッコカリかしてたよこの艦娘。そんな相手がいるにも関わらず、なぜ命を捨てることが出来るのか……元一般人である俺には理解出来ない。どれだけ某大総統の動きを真似しようが、中身は戦いのことなど知りもしない記憶喪失状態のパンピーでしかないのだから。だが、もし俺が日向の伴侶だとして、その相手が死んで別の日向が来たとしても……悲しみばかり感じて、その新たな日向を同じように愛することなんて出来ないと思う。

 

 だから言う。お前は間違っていると。

 

 「それは君ではないだろう。その伴侶が愛したのは君だ。君以外の日向は別物に過ぎん。それとも、君が愛した伴侶とやらは……日向であれば誰でもいい尻軽なのか?」

 

 「黙れ……あいつへの侮辱は許さん」

 

 「君が言ったのはそういうことだ。違う日向が会うと……それはつまり、君を失っても別の日向がいれば問題ないということだろう?」

 

 「それでも……あいつが笑っているならそれでいい!! 大和ぉ!!」

 

 「く……ぅぅぅぅ!!」

 

 俺の言葉は届かなかったようで、日向は決意を曲げなかった。大和も殆ど泣いているような声で俺達に主砲を向けているのが、日向の向こうに見える……笑えんよ、お前の伴侶は。日向から見えないだろうが……大和達は今にも泣きそうな顔をしている。ここで俺ごと沈んだとしても、世にも認知されていない無名で正体不明の存在を沈めたという結果が残るだけ……そんな結果の為に、未来の幸せを捨てるなんて不釣り合いにも程がある。だからこそ、俺は死ぬ訳にはいかない。そして、日向も死なせる訳にはいかない。

 

 「また、私として会えたらいいな……」

 

 そんな風に寂しそうに呟く彼女を見てしまったから。

 

 「悪いが、死なせはしないぞ」

 

  今日何度目かの腹への蹴りを日向に見舞う。抜けない軍刀を引き抜く為と、日向へのお仕置きを込めて島風達よりも強めに右足で。すると日向は声を漏らすことなく、大和達の方向へと吹っ飛んでいった。目論見通り軍刀も抜けた……が、既に感覚の中にいる俺の前には大和の放った砲弾がある。斬るにしても弾くにしても間に合わないだろう……だが、それは刃で行おうとするからだ。故に俺は、蹴った右足を後ろにやり、右の軍刀の護拳で砲弾を殴った。刃が間に合わないなら(護)拳を使えばいいじゃない。

 

 しかし、勢いのない拳では砲弾をひしゃげさせることには成功しても弾くには至らなかった。あ、やべと思った時には反射的に後ろに跳んでいた。直後、感覚が途切れて砲弾は爆発。俺の目の前は紅蓮に染まった……もう少し遅かった爆発に巻き込まれてたな。やはり油断も慢心も出来ん。

 

 (……これでは日向がどうなったのか分からんな)

 

 さて、どうするか。爆炎を迂回するのが1番楽だが、それは格好が付かないというか地味に恥ずかしい。ならばどうしようか……と思った時に浮かんだのは、よくアニメや漫画等である燃え盛る炎や海の水等を切り裂いて道を作るというものだ。もしもアレが出来たなら、素晴らしく格好良いだろう俺は。というかこの体なら出来そうな気がする。

 

 という訳で即実行。左の軍刀をしっかりと握り締め、右から左へと軽く払う。するとなんということでしょう、あれだけ燃え盛っていた炎がすっぱりと消えてしまったではありませんか……というか本当に出来ちゃったよ。正直我ながら引くわ。しかも炎が消えたことによって見えるようになった大和達の表情よ……ドン引きしてるじゃないか。これは傷つくわ。

 

 「さて……まだ続けるのか?」

 

 とは言うが、流石にもう向かってこないだろうとは思っていた。こちらは無傷で相手はボロボロ。数の差はあってないようなものだし、なぜか日向を大和が支えている以上は思うようには動けないだろうし。案の定彼女達は動かなかったが、戦意はまだまだあるようだった。

 

 (頼むから負けを認めてくれよっていうか帰ってくれよ……ああ、さっき島風を蹴り飛ばした時に連装砲ちゃんを落としたのか。そりゃあ回収するまで帰るに帰れんわな)

 

  何も動きを見せない大和達に早く撤退なりなんなりしろと思っていたが、島風の代名詞(?)の連装砲ちゃんがいないことに気付く。なるほど、あの艤装だか生物だかを落としたから撤退できないのか……そう考えた俺は溜め息を人吐き、ぷかぷか浮いている連装砲ちゃん達を拾いに行く。勿論警戒しながらだ……この体のスペックならすぐに距離を詰められるとはいえ、油断は出来ない。が、警戒はいらなかったようで大和達は特に動くことはなく、連装砲ちゃんは無事回収できた……ふむ、意外にも全く動かない。自立型の艤装なのかと思っていたが違うのか。等と思いながら、俺は島風に向かって連装砲ちゃん達を投げつけた。

 

 「わわっ……ちょっと! 連装砲ちゃん達投げないでよ! 可哀想じゃない!」

 

 「近付く訳にもいかないんでね。もう忘れ物もないだろう? このまま去るといい。去る者は追わん」

 

 「……次はこうは行きませんから。全艦反転……撤退します」

 

 日向以外から睨まれたものの、何とか撤退してくれた。美人や可愛い子から睨まれると心に大ダメージだな……特に大和が今にも殺さんばかりだったが、あれは仲間をやられたからだったんだろうか? 何か違うような……まあいいか。大和達の姿が遠くなったところで俺は両手の軍刀を元の鞘に収め、戦艦棲姫へと歩み寄った。

 

 戦艦棲姫は、俺が助けた時と変わらない状態だった。良くなってはいないが、悪化してもいない……当初の目標は達せたと見ていいだろう。一時とは言え、妹を守り切れたという事実は、俺に決して小さくない達成感を感じさせた。

 

 「どうだ? 君の姉は強いだろう」

 

 「……エエ……トっても」

 

 君のお姉ちゃんは強かっただろ? とつい声にしてしまい、また微妙な変換をした我が口の自信満々なこと。自分では分からないが、どや顔をしているに違いない。少し恥ずかしかったが、彼女が少しだけ笑って返してくれたので良しとしようか。

 

 

 

 少しした後、俺達は戦艦棲姫の前に浮いていた破片を拾い集めていた。俺が戦っている最中に幾つか沈んでしまったのか、最初に見た時よりも少なくなっていたのですぐに全部集められた。そこで俺は、気になったことを聞いてみることにする。

 

 「……それは、君の艤装か? それとも、姉か?」

 

 「……両方よ」

 

 「どういうことだ?」

 

 どういうことだってばよ、と口にしてしまいそうになったが謎変換によって事なきを得た。ありがとう俺の口。まあそれはともかく、戦艦棲姫が言うには、彼女は以前は山城という名の艦娘だったそうだ。そして、散らばった破片は……戦艦棲姫となった山城の艤装として生まれ変わった姉妹艦の扶桑だと言う。あの大和の砲撃から戦艦棲姫……山城を庇い、こうして物言わぬ姿になってしまったのだとか。なるほど、妖精ズが聞いた声は艤装となった扶桑のモノだったのか……。

 

 「艦娘の時に失って、戦艦棲姫となってまた出逢えて……また失った。艦娘の頃からある馴染み深い、分かりやすい不幸よね」

 

 そう言った山城は、今にも泣きそうな顔をしていて……目を逸らしてしまいそうな程に痛々しかった。だが、俺はふと思った。艤装に生まれ変わったのなら、妖精達や施設等で直せるんじゃないか? と。宿った魂やら生まれ変わりやらはよく分からないが、妖精達も深海棲艦も艦娘も未知の塊なんだから、あらゆる可能性を考慮出来るし、何事も0%の確率ということはないだろう。

 

 某大総統のご兄弟は言いました。有り得ないなんてことは有り得ない。世の中に絶対はないのだ。俺みたいな存在とか。とまぁそんなことを考えながら、直せるんじゃないかと言ってみたんだが、自分は不幸だから無理だと言われてしまった。

 

 「そんなことはないさ」

 

 「どうしてそんなことが言えるの? 限に、私はこうして不幸な目にあってる……この体になって出来た部下の皆を失った。扶桑姉様を、2度も失った! そんな私が、どうして不幸じゃないなんて言えるのよ!!」

 

 そこまで怒鳴られるとは思ってなかったからびっくりしたが、俺は彼女をそこまで不幸だとは思ってはいなかったりする。まぁ、艦娘の頃のことは知らないが……沈んだと思ったら深海棲艦とは言えまた世に出られたし(良いことか悪いことかは本人次第だが)、艤装とは言え再び姉と出逢えた。話を聞く限り部下にも恵まれたようだし、こうして沈む直前になりながらも生き長らえている。自分が不幸だと思う以上に、その過ごしてきた日々には小さくとも数多の幸せがある……それに気付いていないだけで。だから俺は言うのだ。

 

 「君は不幸だけじゃなく、幸運なことも確かに体験してきたハズだから」

 

 ……まあ、これは全て俺自身の個人的な考えだし人の思考は千差万別十人十色、俺の考え以外にも色々あるだろうが……幸不幸も捉え方次第。俺の今の境遇を誰かが不幸だと言い、誰かが幸運だと言うだろう。だが俺は幸せ者だ。前世があると分かっていてその記憶の大半がなくても、いつ死ぬか分からない世界に放り出されても、たった1日で妖精ズや雷に長門達、摩耶様と知り合うことが出来た。一時とはいえ妹まで出来た……充分に幸せなことだろう。それに、こうして生きているのだ。それが幸せなことだと……今の俺は思える。まあ俺のことはいいのだが……俺の言葉は、彼女に届いただろうか。

 

 「……直せると……また扶桑姉様に逢えると思う?」

 

 「分からん」

 

 「何よそれ……無責任じゃない」

 

 「だが、逢えるとは思うよ。君達はお互いに想い合っているんだから」

 

 こんなにも姉のことを想っている妹と、艤装となっても妹を守り、自らを顧みずに妹を助けてくれと叫んだ姉……この姉妹が再び出逢わないなんて、そんなのは悲しすぎる。また逢える……そう願わずにはいられなかった。

 

 「ところで、君はこれからどうする? 山城としての記憶を思い出した今、君は深海棲艦として生きられるのか?」

 

 「私は……深海棲艦だもの。今更それ以外の生き方は出来ないわ」

 

 「……そうか」

 

 正直、それが心配だったんだが……本人が言うなら、俺には出来ることはない。生き方に対してとやかく言うには、俺はあまりにこの世界のことを知らなさすぎる。ましてや俺自身どう動くかも決まっていないのだから。とりあえずは寝床探しだが……とここまで考えた瞬間、今更ながら彼女の肢体に目が行く。豊満な胸に半裸よりは全裸に近い色々とギリギリな格好、絶世の美女とも言うべき彼女のかような姿を見れば、男など皆前屈みになるだろう……この体が女で良かった。とは言えあまりに目に毒な為、視線を横へと向ける。

 

 

 

 瞬間、俺は反射的に後ろへと跳んだ。

 

 

 

 「戦艦棲姫カラ……離レナサイ!!」

 

 一瞬前に俺がいた場所を砲弾が通り過ぎていく……いやぁ危なかった。横を見た瞬間に何かが飛んできたことに気付かなかったら頭が吹っ飛んでいたな……まあ、感覚は発動していたが。その前には既に跳んでいたのは俺が体に少しでも慣れてきたからだろうか。

 

 それからも俺は狙い撃たれ続けるが、感覚が発動する必要もなく避け続ける。というかあの子、髪ブラとかなんという……おお、見え……見え……ちぃ、なんという髪装甲。見えそうで見えないのがまたイイ。もう1人の深海棲艦も……名前は分からんが、上はセーラー服なのに下の下着が丸見えとは。人型深海棲艦はどうしてこうも……いかん、さっきまでの真面目な考えがどっか行った。我ながらこの落差は酷いな……それはさておき、あの子は戦艦棲姫の仲間だろう……名前を呼んでいたしな。なら、俺がいなくても問題はないだろう……いや、割と頑張ったのにいきなり砲撃とかされたからちょっと傷付いて離れたいだけなんだがな。今近付いたら拗れそうだし、なんか殺意的なのが籠もってるし。そうした考えの下、俺は彼女達から離れることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ようやく回想を終えたが、実際に経った時間は数秒程だろうか。月の位置もあまり動いていないし。

 

 「山城と扶桑か……今度会うときは、姉妹揃って会いたいものだな」

 

 

 

 ― ……ありがとう ―

 

 

 

 「……ん?」

 

 「イブキさん、今あの時に聞こえた声が……」

 

 「ああ、俺にも聞こえたよいーちゃん。ここは……そうだな。どういたしまして……と言っておこうか」

 

 前世で聞いたことのある声が耳に届くが、近くには誰もいない。それは、妖精ズが聞いたという声だという……律儀なものだと少しだけ笑いながら、俺はそう口にした。良いことをした後はやはり気分がいい。更に今回は運も向いてきたのか、島も見えてきた。これでようやく一息つける……そう、思っていたんだが。

 

 

 

 「……やれやれ、休むのはもう少しだけ先かな」

 

 

 

 なんか目を回しながら仰向けにぷかぷかと浮いている、今にも沈みそうな俺と似たような服装の艦娘を見つけました。




戦闘シーンはいかがでしたか? 無双タグに偽りなく書けていたか、某大総統閣下を幻視できたか心配です。もっと精進せねば。

まさかのGLタグ実行者は日向&大和のカップリングでした。この組み合わせを予想出来た者などおるまい……いたら私に大鯨が来ますように。

イブキと同じような服装をした艦娘とは誰なのか。イブキの服装については2話目3話目を参照。


今回のおさらい

ふーちゃんの宿っている軍刀は凄まじい斬れ味が特徴。零閃。みーちゃんの宿っている軍刀は艦娘パゥワーを持ってしても折れぬ欠けぬ砕け散らぬ! 抱腹絶刀。ごーちゃんの宿っている軍刀は抜く前に戦いが終わる。愉悦。

ごーちゃん「違いますー。えーん」

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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俺では不満かも知れんがな

お待たせしました。今回は前回に比べれば短いです。前回に比べれば……それでもメイン作品の倍はあるんですが(白目


 それは、遠いような近いような……でも確かに起きた記憶。暗闇の中にテレビの画面の様なモノに映る記憶の中で、自分は艦娘に向かって砲を撃ち、次々に沈めていく。駆逐艦、軽巡、重巡、戦艦、空母……艦種に関係なく、次々と。そうしていく己の姿は……愉しくて仕方ないと言わんばかりの笑顔だった。艦娘達によって自らが沈められるまで、ずっと嘲笑(わら)っていた。そこまで見た後、場面が変わる。

 

 次に見えたのは、艦娘達と食事をしたり模擬戦をしたり、共に深海棲艦と戦って勝ち、仲間と共に提督に勝利を報告する自分。そうして日々を過ごす己は、楽しくて仕方ないと笑っていた。本当に楽しそうに……仲間と共に、笑っていた。

 

 深海棲艦として艦娘を沈める自分と、艦娘として深海棲艦を沈める自分の2つの記憶。はっきりと覚えていて、今も続くその記憶は確かに自分に起きたことで、今過ごしている日々である。だが、いつからかその2つの記憶が己を蝕んでいた。

 

 仲間と共に深海棲艦を沈める……達成感から来る喜びを仲間と分かち合いながら、なぜか罪悪感と仲間に対して憎しみを抱くようになった。模擬戦で仲間相手に勝利した……健闘を讃え合って笑い合いながら、どうして模擬戦では沈められないのかと内心で舌を打った。演習で仲好くなった他の鎮守府の艦娘が沈んだ……悲しくて悲しくて涙が止まらなかったのと同時に、嬉しくて嬉しくて笑いを殺すのに必死だった。

 

 極めつけが、サーモン海域最深部への総力戦の参加の記憶。連合艦隊であるが故の味方の艦娘の数と、どこからともなく湧いて出る敵の深海棲艦……敵味方が入り混じる戦場で“偶然”にも己の放った砲撃が味方に当たり、よろめいた味方に“偶々”敵の砲撃が当たってしまい……沈んだ。自分以外誰も気付いていないのは分かっていた……仲間の身を気にしている場合ではなかったから。それほどの激戦であったから。当たった本人さえも気付いていないだろう。だが、当ててしまった自分は気付いている。とんでもないことをしてしまったと、死にたくなる程の罪悪感を感じた。だが同時に……飛び上がりそうになる程の歓喜もあった。そんな自分がどうしようもなく恐くなり……。

 

 (私は逃げ出した。あの戦いの途中でどさくさに紛れて……あのままいたら、偶然じゃなくて故意になりそうだったから……だから、逃げ出した)

 

 その後の戦いのことは知らない。自分がどのような扱いになっているのかも分からない。行方不明となっているのか、撃沈したと思われているのか、それとも敵前逃亡か……実はフレンドリーファイアの目撃者がいて自分を血眼になって探しているのか……全くもって検討が付かない。ただ、きっともう自分はあの所属鎮守府には戻れないと思っている。大好きな姉妹艦達とも、頼りないが一生懸命な提督とも、その他の仲間達とも会えず、会ってもその時は敵なのだと思っている。

 

 その思いが夢に反映されたのか、テレビの画面の様なモノが消えた後の暗闇の中に姉妹艦達が、提督が、仲間達が次々と現れては自分に背を向けて去っていく。己の身体はピクリとも動かず、その背を追うことは出来ない……否、追おうとする気力もなかった。

 

 (だって……そんな資格、ないもん)

 

 本当は泣きそうな程に悲しい。だが、艦娘と提督の姿が消えたことが嬉しい。どこまでも付きまとう二律背反……そんな自分にどうしようもない程の怒りを感じる。そんな自分の手を、誰かに引かれた。

 

 (……誰?)

 

 瞬間、暗闇だった世界に光が差す。手を引く誰かの顔は、残念ながらその光による逆光のせいで知れない。分かるのは、自分の服装とよく似た服装をしていて、沢山の艤装らしき軍刀を腰に付けていて……口元が優しく笑っていること。そこまで理解したところで、世界は溢れんばかりの光で覆い尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 「う、ん……?」

 

 艦娘が眩しさを感じながら目を開けたら、知らない天井が映った……少なくとも、自分の知る鎮守府の自室ではないと分かる。自分の部屋はここまで汚くはないと。体を起こして周りを確認してみると、どうやらここはどこかの家屋の部屋らしい。室内は埃まみれで誰かが住んでいる形跡はない。生活感の欠片もないのだから。尚、自分が寝ていたのはベッドの上だった……なぜかこのベッドは埃1つなく新品同然だった。

 

 (なんで私はここに?)

 

 疑問なのは、なぜ自分がここにいるかだ。先の戦いから逃げ、宛もなくさ迷っていたことは覚えている。そうしている内に夜になり、どこからか戦闘音を聞き、気になって確かめに行ってみればいきなりドパァンッ!! という音と共に上がった水飛沫を勢いそのままに頭からひっかぶり……そこからの記憶がないということはそこで気絶でもしたのだろうと考えた。

 

 そのままどこかへ流れ着いたのか、それとも海を漂流していたのかは定かではないが、誰かに拾われた結果ここにいるのだろう……そう結論付けた艦娘は、起き上がって窓の近くに寄ってみた。どうやらこの部屋は1階にあるようで地面が近い。窓の外には木々が生い茂り、豊かな自然がある。更には木々の向こう……この建築物からほんの数mの距離には光を反射してキラキラとしている綺麗な湖もあった。

 

 「綺麗だなぁ……」

 

 夢や悩みのことなど忘れて心から呟く程に、艦娘にはその湖が美しく見えた。しばしそうしてうっとりと眺めていた……が、不意にその湖に人影があることに気付く。もしや自分をこの場所に運んでくれた人物だろうか……そう思った艦娘は、割れた窓を開けてそこから部屋から出て直接湖に向かった。

 

 1歩2歩と近付く度に、人影の輪郭がはっきりしていく。艦娘は何となく足音を立てないように近付き……湖まで2mという距離になった時にはっきりと見えた人影に、艦娘は言葉を失った。人影は女性であった。水浴びをしているのか髪を洗っている彼女は一糸纏わぬ姿……その裸体に、艦娘は同性でありながら見惚れてしまう。

 

 青白いと言える程の白い肌と長い白髪に光が反射し、まるで光を纏っているかのよう。胸も記憶にある戦艦娘ほどに大きく、ウエストも細く綺麗なくびれを描いている……腰から下が湖に浸かっているせいで見えないのがなぜか悔しさを感じさせた。

 

 不意に、女性が髪を洗うことを止めて艦娘の方へと顔を向けた。そして、女性の鈍色の瞳と艦娘の目が合い……今更ながら自分が同性とはいえ覗きをしていたことを恥ずかしく思い、艦娘は顔を赤くしながら弁解しようと湖ギリギリまで近付き……。

 

 「目が覚めたんだな……良かった」

 

 ふっ、と笑みを浮かべて艦娘に近付く女性の言葉に、顔を更に赤くして何も言えなくなった。さっきまで艦娘から見て横向きだった女性の身体が艦娘の方に向いた為にその肢体を直視してしまい、心臓がバクバクと跳ねる。しかも、なぜか浮かんでいる小さな笑みから目を離せないでいた。

 

 「ん? ああ……こんな格好ですまない。昨日は1日中海にいたんでね……君が起きる前に水浴びを、と思ったんだが……こんなに早く起きるとは、嬉しい誤算だな」

 

 (そんなことは聞いてないから前隠して!?)

 

 内心でそうツッコミながらも実際に口から出るのはあうあう……という情けない声。しかも目の前の女性の裸体をガン見しながら、だ。そんな艦娘の様子に首を傾げていた女性は、湖から出て近くの木の枝に引っ掛けていた何かの布で体の水気を取る。そうして同じように引っ掛けていた服を手に取り、着替えていく……尚、上の下着はなかった。

 

 女性が服を着たことでようやく落ち着いた艦娘は、改めて女性の姿を見る。自分が着ているものとよく似た制服は姉妹艦かと思わせる程だが、生憎と目の前にいる女性のような姿の姉妹は見たことがない。更に、先ほどまではよく分かっていなかったが……感じる気配も艦娘と深海棲艦を半々に感じさせている。どちらなのかはっきりと判別することは出来なかった。本来ならば、艦娘は相手が艦娘(みかた)にしろ深海棲艦(てき)にしろ二律背反の感情が湧き上がる。それは人間に対してもだ。だが、女性に対してはそれらがまるで湧かない。まるで人間でも艦娘でも深海棲艦でもないかのように、憎しみや殺意が浮かんでこないのだ。

 

 「待たせてすまない。身体はもういいのか?」

 

 「え、う、あ、は……はい。大丈夫……っぽい。あなたが私を助けてくれた……んだよね?」

 

 「偶然、ね。まさか夜の海をぷかぷか浮かんでいる艦娘がいるとは思わなかったよ」

 

 くすくすと笑う女性の言葉に、自分は一体どのような醜態を晒していたのかと艦娘の顔が再び羞恥で赤く染まる。今まで生きてきてこれほど恥ずかしい思いをしたことはあっただろうかと過去の記憶を探るが、深海棲艦だった頃の記憶まで遡ったところで止めた。結論として、今回のが艦生で1番恥ずかしい出来事だった。

 

 「助けてくれて、ありがとう。えっと……あなたは……?」

 

 「イブキだ。艦娘か深海棲艦かは、悪いが答えられんよ。俺自身、自分がどちらか知らないんでね」

 

 「イブキ……さん。私、夕立よ」

 

 艦娘……夕立は女性が名乗ったイブキという名前を記憶し、自分もまた自己紹介をする。イブキが艦娘か深海棲艦かは、もう夕立にはどうでも良かった。いつもいつも頭を悩ませていた二律背反の感情が、今はまるでない。深海棲艦だった過去も、艦娘としての現在も、イブキの前では平等だった。永い苦しみから解放されたかのような清々しい気分が心地良い。

 

 「よろしくね!」

 

 夕立は、夕立として生まれ変わってから初めて笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 外から向かい合うように見た建物は、赤レンガで出来た2階建ての大きな屋敷だった。イブキが夕立が眠っている間に中を調べたところ、どうやらこの屋敷は放置されてかなり長い時間が経っているらしい。屋敷内は埃だらけで一部の窓も割れてしまってはいるが、幸いにも内部自体はそれ程傷んではないらしく、きちんと掃除して窓ガラスさえ変えれば雨風を凌げるどころではなくなる。ただし水道もガスも一切機能しないし電気も通っていない。

 

 「食べ物や飲み物は?」

 

 「食べ物は海で魚貝類を採るか、森に入って何か探すしかないだろう。飲み水は湖の水を使えばいい。いーちゃん……妖精達曰わく、問題はないそうだからな」

 

 つまりはサバイバル生活な訳だ。本来ならば、艦娘は燃料や弾薬といった資材さえあれば食事をする必要はない。しかし、燃料に限り食事を取ることである程度補充することが出来るのだ。資材などありそうにないこの島では燃料を補充する唯一の方法である。更に艦娘といえども身体は人間に近い為、空腹感や喉の渇きを感じるのだ。娯楽の少ない鎮守府生活では食事は数少ない楽しみでもあり、不必要だから食べない艦娘など皆無だろう。無論、夕立も例に漏れない。

 

 「ねぇ、私の艤装は?」

 

 「夕立のいた部屋だ。ベッドの隣に置いてあったハズだが?」

 

 「起きてすぐに窓際に行ったから気付かなかったっぽい……」

 

 「……君は、海水をひっかぶったんだったな。それが原因なのか、艤装の砲の動作が芳しくないと妖精達が言っていた。動くことは出来るだろうが、とてもじゃないが戦闘は出来ないらしい」

 

 「うぇ……どうしよう」

 

 尚、夕立はサーモン海域の戦いから逃げ出した為に一切の補給が出来ていない上に逃げ出した時点で燃料も弾薬も殆どない状態だった。もしも戦闘音の方向へ行かなければ途中で燃料が切れて立ち往生し、如何なる理由でか沈んでいたかもしれない。運がいいのか悪いのか……夕立は運がいいと断じた。イブキと湖で出会った瞬間のことを幸運と呼ばずになんと呼ぶのかと。

 

 「ひとまずは屋敷の掃除だ。幸いにも掃除道具や食器といった家庭用品は棚や物置に放置されたままだったからな……身体が問題ないようなら、夕立にも手伝ってもらうぞ」

 

 「勿論! 私頑張っちゃうよ!」

 

 

 

 掃除は各々の艤装に宿る妖精達の力を借りても半日を費やした。本来なら食事休憩を挟むべきなのだが……肝心の食べ物がない為に断念。妖精達から大丈夫と御墨付きを貰っている湖の水を飲むことで空腹を僅かに紛らわせながら勤しむことになってしまった。無論、時間をかけた甲斐あってか大きな屋敷の内部はかなり綺麗になったと言える。

 

 「1階だけ、だがな」

 

 「この屋敷は1日で掃除し切るには広すぎるっぽい……」

 

 ピカピカと輝いているかのように見える1階の広間にある4つある内の1つのソファに座って休憩しているイブキと、その膝の上に頭を乗せて横になり脱力している夕立。イブキはまだまだ余裕がありそうだが、夕立は疲れきっている。空腹なこともあり、1歩も動けないと言わんばかりだ。4つのソファで囲むようにあるテーブルの上には、妖精達がグデッとしている。体が小さい妖精達にとって、この屋敷は2人以上に広すぎた。

 

 「さて、何か食べ物を探して採ってくるとしようか。夕立はここで休憩していてくれ」

 

 「あ、わ、私も……あぅ」

 

 イブキの言葉を聞いて体を起こす夕立の腹からきゅるる……と空腹を知らせる音が鳴り、夕立が恥ずかしさのあまりに顔を俯かせる。そんな彼女の様子がおかしかったのかイブキがくくっと笑い、夕立の頭に手を置いた。

 

 「なら、夕立には森で何か探してもらおう。食べ物が見つかれば、先に摘んでもいいぞ」

 

 「私そこまで食いしん坊じゃないもん。イブキさんの意地悪」

 

 「それは済まなかった。じゃあ、また後でな」

 

 「わふっ」

 

 ぷぅと頬を膨らませながらぷいと拗ねたようにそっぽ向く夕立の頭をポンポンと軽く叩いた後にイブキは立ち上がり、違うソファに置いていた軍刀が取り付けられたベルトという形の艤装を腰に巻き、もう1つの紐付き鞘に収まっている軍刀を右肩から左腰へとかけ、後ろを向くことなく手を振った後に屋敷から出て行く。その後ろ姿を見た後、夕立は自分の頭……軽く叩かれた部分に手を置き……嬉しそうににへっと笑った。

 

 「私、もっと頑張っちゃうっぽい♪」

 

 意気揚々と立ち上がり、クリーム色の髪を揺らしながらイブキを追うように屋敷を出る。その姿を見た妖精達は皆、同時に飼い主を追い掛けるワンコを幻視したという。尚、この後の結果として夕立は木の実と野草(食べられるかどうかは妖精が判断)を少々、イブキは魚を数匹とお互いと妖精達の空腹を満たすことが出来た。

 

 

 

 あれから体感時間で1週間の時が流れた。朝起きて水浴びをし、朝食と昼食を我慢しつつ屋敷を掃除し、それを終えたのは3日目の昼のこと。それまでに夕立は森の中の食べ物がある、もしくはありそうな場所を妖精達と探すことに慣れてイブキも必ず数匹以上の魚貝類を穫ってくる為、掃除が終わった日から3食しっかり取れるようになった。問題になりそうだった火は、イブキが軍刀を抜く時に鞘と刃が擦れることで起きる摩擦熱による火花を使って強引に着けた。たまに夕立の艤装を動かすことで煙突部から出る煙で魚を燻したりして味を変えたり、海水から塩を作ってかけたりして食事に関してはさほど問題はなくなった。イブキが水浴びしている時に夕立が裸で突っ込んでいったり……恥じらいを持てと怒られた……イブキが寝ているベッドに夕立が潜り込んだり……部屋に入った時点で気付かれるが割と容認してくれた……といったこともあったが、夕立は間違いなく鎮守府に居たときよりも充実した日々を送れていると感じていた。そんな平和な1日が今日も始まる……と夕立が思っていた朝、水浴びをしているであろうイブキの元へ行く為に屋敷から出た夕立が正面の海に何かの影を見つけた。

 

 「あれは……?」

 

 影は屋敷に向かってくる訳ではなく、島の外周に沿うように移動しているようだった。距離がある為に艦娘か深海棲艦かはたまた魚か何かなのかは分からないが、夕立はふと気になり……急いで部屋に戻って艤装を背負い、影を追うことにした。

 

 燃料はしっかりと食事を出来ていることで7割程補充出来ている為、追い掛ける分には何の問題もない。相変わらず砲は撃てないが、偵察するだけなら問題ないと夕立は判断する。つかず離れずを意識しながら影を追う途中、影の正体が深海棲艦の駆逐艦であることが分かった。

 

 (なんでこんなところに……)

 

 そう疑問に思いつつも、島から離れることなく進み続ける駆逐深海棲艦を夕立は追跡する。進んでいくごとに島から砂浜が消えて岩肌になっていき、やがて辿り着いた場所は、島の屋敷がある場所と正反対の場所。そこにあったのは、高い崖の岩肌をくり抜かれてできたかのような洞窟。どうやらこの島は、屋敷側になる程低く洞窟側になる程高いという、まるで滑り台のような形をしているらしい。洞窟のある崖の正確な高さは夕立には分からないが、夕立の2倍ある洞窟の入り口が縦に10個並んでも少し余裕がある位には高そうだ。こんなものがあったことも驚きだが、なぜ深海棲艦がここに入っていったのかも気になる。

 

 しかし、今の夕立は攻撃手段を持っていない。もしも好奇心に負けて追いかけ、その先で戦闘になってしまえば逃げるしかない。夕立とて少女の姿をしているとは言っても命懸けの戦いを幾つも乗り越えた艦娘であり、深海棲艦だった記憶もある為に経験はそこらの艦娘よりもあるつもりだ。その経験から言うなら、ここは素直に引いてイブキに伝える方が堅実だろう。そう結論付けた夕立は反転し、元来た道を通って屋敷へと向かおうとする。

 

 

 

 瞬間、夕立の中で何かがざわついた。

 

 

 

 「あ……」

 

 夕立が反転して“それ”を視界に入れた瞬間、彼女の口から小さな声が漏れる。対する“それ”もまた、夕立の姿を見て大きく目を見開いていた。

 

 「夕立……?」

 

 「……時雨」

 

 “それ”……時雨は信じられないモノを見たと言わんばかりの表情をしており……次の瞬間にはぼろぼろと涙を零し始める。更にそのまま夕立に突っ込んできた……泣き始めた時点でぎょっ、と驚いていた夕立に避けることは出来ず、突っ込んできた時雨に力いっぱい抱き締められる。

 

 「生きてた……今までどこに行ってたんだよ! あの戦いが終わってから夕立の姿が無くて、皆心配してたんだよ!? 探しても見つからないから沈んだんじゃないかって、ずっと!」

 

 「ご、ごめんなさいっぽい……」

 

 時雨の言葉を聞いた夕立が最初に感じたのは安堵だった。どうやら誰も自分のフレンドリーファイアには気付いていないらしい。更には急にいなくなった自分を1週間経った今でも心配し、探してくれているという。

 

 「時雨は、なんでここに?」

 

 「ぐすっ……この辺りに、軍刀を使う謎の深海棲艦の目撃情報があったんだ」

 

 ピクリと、夕立の肩が一瞬震える。深海棲艦かどうかは分からないが、軍刀を使う存在に心当たりがあったからだ……とは言ってもイブキな訳だが。

 

 「僕はその情報が正しいかどうかを調べるように言われて来たんだけど……目撃情報のあった海域にどこかへ向かっている駆逐深海棲艦がいて、追いかけていたら……夕立を見つけた」

 

 ぎゅっと、更に強く抱き締められる。もう離さないと言わんばかりのそれは、夕立の心に仲間としての愛しさを感じさせる……同時に、強い殺意も感じさせた。この1週間で忘れかけていた二律背反の感情……それを思い出させたのが、鎮守府で誰よりも一緒に長く共にいた時雨であることに、夕立は苦笑を浮かべずにはいられない。

 

 「……深海棲艦なら、あの洞窟に入ったっぽい」

 

 「本当?」

 

 「うん。どうする? 時雨」

 

 ここで聞いたどうするとは、時雨が自分の任務を続けるのか、夕立を連れて引き返すのかだ。因みに、夕立は鎮守府に帰るつもりなどこれっぽっちもない。ようやく出会えた自分を二律背反の感情から解放してくれた存在から離れることなどしたくなかったし、今の生活にも慣れ始めたところだ、それを手放したくはなかった。

 

 「僕は……夕立を連れて帰る。この場所はもうわかったし、洞窟の中に踏み込むのはしっかりと艦隊を編成してからじゃないと……」

 

 「……そっか」

 

 時雨はこの洞窟の場所を……島の場所を覚えた。覚えてしまった。それはつまり、いずれは屋敷に踏み込まれるかもしれないという可能性が出来たということに他ならない。もし踏み込まれたらどうなるだろうか? イブキは艦娘と深海棲艦の気配を両方感じさせ、そしてその気配は艦娘と深海棲艦であるなら感じられる。つまり、イブキの異常性は出会った瞬間に悟られてしまう。時雨達が……艦娘側がイブキを好意的に受け入れられるだろうか? はっきり言ってしまえば、初見ではほぼ確実に警戒……行き過ぎれば敵対、攻撃される。夕立が何を言おうとも、だ。

 

 「さ、帰ろう夕立。皆待ってるよ」

 

 夕立から離れて手を差し出す時雨。まだ僅かに涙を目尻に残すその笑顔は、夕立が手を取ることを疑ってはいない。いや、イブキにさえ出会わなければ手を取った。例え再び二律背反の感情に苛まれることが分かっていても。しかし、夕立は出会ってしまった……その感情が湧き上がらない唯一無二の存在に。

 

 だから仕方ない。こんなにも愛おしい仲間の手を溢れんばかりの殺意で弾こうと自分の手が動くのは……仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 ― イブキノ……匂イガスル ―

 

 

 

 

 

 

 「夕立!!」

 

 「え……?」

 

 時雨が夕立を押しのける。思わずバランスを崩して海面に尻餅を付くことになったが、艤装がある限り濡れはしても沈みはしない。一体何を……そう疑問に思った直後に響いた砲撃音と目の前で上がる巨大な水柱。反射的に夕立は両腕で顔を覆い、ゆっくりと手を下ろせば……そこにあったのは、ボロボロの状態で力無く倒れ伏している、今にも沈みそうな大破した時雨の姿……そして。

 

 「……キヒヒッ♪」

 

 洞窟の入口のところで尻尾の先端の顔のような部分から突き出ている砲身から煙を漂わせながら不気味に笑う、紅い双眼の戦艦レ級の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 水浴びをしている最中にどこからか砲撃音を聞いた俺は、すぐに着替えてその砲撃音の聞こえた方角に向かって全力疾走をしていた。その間に、俺は共に暮らしている同居人(艦?)……夕立との出逢いを思い返す。

 

 

 

 日向達との戦いを終え、助けた戦艦棲姫の仲間から攻撃を受けてしばらく移動している途中で島と一緒にぷかぷかと浮いている艦娘を発見した俺は今にも沈みそうな彼女を抱き上げる。俺とよく似た服装にクリーム色の長い髪……少ない記憶の中にある情報が正しいなら、夕立という艦娘だったハズ。図らずとも日向の言った“同じ存在が沢山いる”という言葉が証明されてしまった……夕立という艦娘に会うのは、雷を探していた長門の艦隊の中にいた夕立(そちらは改二だったが)を含めて2回目だからだ。なぜ彼女がこんなところに……と思わなくはないが、気絶しているのかピクリともしない。沈んではいなかったから死んでいる訳ではないようだが。

 

 (ひとまずは……島に行ってみるか)

 

 夕立の身体の感触にどぎまぎとしながらも島に向かうと赤レンガの大きな2階建ての屋敷が目に入る。陸地に上がって近付いてみれば、なかなかの年代物なのか窓ガラスが割れていたり蔓が伸びていたり壁が少し崩れていたりしている。誰かの別荘で、深海棲艦が現れてから来るに来れなくなった……と言ったところだろうか。

 

 「入ってみるか」

 

 「大きなお屋敷ですー」

 

 「ボロボロですー」

 

 「絶対埃っぽいですー」

 

 「お化けとか出そうですー。がおー」

 

 「こっち来ないで下さいー。えーん、イブキさーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん。しーちゃんもやめなさい」

 

 夕立を抱き上げている為に泣いたごーちゃんを言葉だけで慰めつつ、いーちゃんに扉を開けてもらって屋敷の中に足を踏み入れる。最初に目についたのは、幅が広く大きなT字型の階段だ。視線を右に向けると、1つのテーブルを囲むように置かれた多人数用1つと1人用3つ、計4つのソファがある。左を見ると枯れた観葉植物しかないが。床は案の定埃っぽく、何年も掃除していないことが分かる。人が来なくなってから俺達が来るまでにどれだけの年月が経ったのか見当もつかないな。

 

 「そういえば、鍵は掛かっていなかったのか?」

 

 「技術者である私達妖精にこの程度の施錠は無意味ですー」

 

 「指紋網膜声紋認証14桁ランダムパスワードくらいじゃないとダメダメですー」

 

 「私達妖精の科学力は世界一ですー。どやぁー」

 

 「イブキさんの為なら世界中の核ミサイルをハッキング制御もやって見せますー」

 

 「えーっとえーっと……何も思い付かないですー。えーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん。後、絶対にするなよしーちゃん」

 

 俺の妖精ズが危ない発言ばかりしていて何を言っているのか理解したくない件。それはともかく、夕立がゆっくりと眠れる部屋を探すとしようか。この屋敷は玄関が屋敷の真ん中にあり、俺達が今いる大広間を中心に左右に別れた形をしている。とりあえず、1階からベッドか何か置いてある部屋を探してみようか……と歩いて左側の通路に向かうと、通路の左右に扉がある。縦にも横にも広いらしい……後ろを振り返り、右側の通路を見ても同じような作りのようだった。恐らくは2階も同様だろう。屋敷の主はさぞかし裕福だったんだろう……俺としてはこれほど大きな屋敷だと不便じゃないのかと思うが。元一般人の感性的にはこの屋敷は住みたいとは思わん……利用させてはもらうがな。

 

 そんなことを思いつつ最初に入った部屋は、洋風の部屋だった。鏡台やベッドも置いてあり、内装も鮮やかでいい……窓ガラスが割れていて中が埃っぽいことに目を瞑れば、だが。ひとまずはこの部屋に夕立を寝かせることにし、妖精ズにベッドを簡単に掃除してもらうことにしよう。とまあ掃除を頼んだところで掃除用具がないことに気付き、どうしようかと悩んだ直後。

 

 「ベッドのお掃除了解しましたー」

 

 「ぱぱっと終わらせちゃいますー」

 

 「イブキさんは部屋の外でお待ちくださいー」

 

 「絶対に部屋の中を覗かないでくださいねー」

 

 「鶴の恩返しですー。こけこっこー」

 

 「「「「それはニワトリですー」」」」

 

 「が……頑張って、くれ?」

 

 という感じで妖精ズに部屋から締め出され、扉を閉め切った直後に聞こえる激しい音。俺が耳にした音を擬音で表すなら……ポフポフ、パンパン、ドンドン、ギュイーン、グチャグチャ、やめるですー、ドカーン、その他諸々といったところか……。

 

 「……聞かなかったことにしよう」

 

 妖精ズから入室許可を得たのはそれから大体10分後。その間にもおおよそ掃除では出ないような音……時々ごーちゃんの悲鳴……が聞こえていたが華麗にスルーし、いざ部屋の中に入れば綺麗になったベッド……他は元の埃っぽいままなのが怖い。ごーちゃんも無傷なのが怖い。

 

 【お掃除完了ですー】

 

 「……ああ、うん。ご苦労様」

 

 何とかそう返せた俺を、誰か誉めてくれ。

 

 

 

 綺麗になったベッドに艤装を取り外した夕立を寝かせて近くに艤装を置いた後、俺は妖精ズを連れて屋敷の中を探索していた。そうすることで分かったのは、この屋敷が左右対象に造られ、片方に10部屋(廊下を正面に見た場合、部屋は片方に5部屋ずつ)あるということ。1階の夕立が寝ている部屋側は全て客室であり、反対側は3部屋分の広さという大きな食堂、調理室、替えのシーツやタオルが置いてあるリネン室、男女で別れている風呂場とトイレ、物置。2階では5部屋ぶち抜いた書庫が3つにこれまた5部屋ぶち抜いた屋敷の主の書斎……2階は完全に要らないだろうとげんなりした。屋敷の主が誰なのか、いつ建てられたのかなどの情報は一切見受けられなかった。更に、書庫とは言ったが実際にあるのは空っぽの本棚だけで本は1冊たりとも入っていなかった。それは書斎についても同じだ。調理室には食器や調理器具はあったが食材……というか食べ物飲み物の類は一切ない。水道から水も出ないし、ガスも使えない為に火もどうにか自分達で着けるしかない。電気もダメ。物置には掃除用具やスコップ、鍬(くわ)、金槌のような作業道具くらいしか入っていない。そこまで分かったところで探索を終わり、再び夕立のいる部屋へと入ると何やら夕立が魘されていた。

 

 「う……うぅ……」

 

 「……ふむ」

 

 苦しんでいるような声を出しながら強く目を瞑っているのに、口元には僅かに笑みを浮かべているように見える。どんな夢を見ているんだと気にはなるが、生憎と夢に干渉できるような力は俺にはない。俺に出来ることは……数多いる二次元の主人公の如く手を握ることくらい。

 

 「……俺では不満かも知れんがな」

 

 俺はそう呟いた後にベルトで固定されている後ろ腰の軍刀を取り外して足元に置き、右肩から左腰に掛けていた軍刀も外して同じように置き、夕立の手を握りながら横になる。その後はなにを言うでもするでもなく、俺はこの世界に来て初めてゆっくりと休むことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 目覚めれば朝。この身体は寝起きがいいようで眠気は全くない。顔だけを横に向けると、まだ眠っている夕立の姿……ナチュラルに一緒に眠っていたな、俺。繋がれていた手を離して上半身だけを起こして窓に視線を向けると、太陽光を反射してキラキラと光る湖が目に入った。そういえば、昨日は1日中海上にいたんだったか……中身が男だから気にはならないが今となってはこの身は女、昨日を生き残った感謝も込めて水浴びの1つでもやって身体を清めるべきだろう。

 

 そういった考えの下、念の為にと艤装を手に持ってリネン室によって2枚ほどタオルを手にして埃を払い、屋敷から出て湖へと向かう。辿り着いた湖は部屋から見た時と変わらず綺麗で水底が見える程に透き通っている。中には魚が泳いでいる姿も見える為、水そのものが非常に綺麗なようだ。妖精ズに聞いてみたところ、飲み水として使っても問題ないらしい。これで飲み物は大丈夫だな……さて、当初の予定通り水浴びをしようか。

 

 ぱぱっと脱いでいくと分かったことだが、この身体はブラを着けていなかった。上を脱いだ瞬間にぶるんっと揺れた割と大きい胸が視界に入るが、特に欲情したり羞恥を感じたりすることもない……いや、自分の身体な訳だからそういった感情を覚えるのは問題だから問題ないと言えば問題ないんだが……男だった身としては枯れたんじゃないかと心配になるな。因みに、下の下着はちゃんと履いていた……スパッツも下着じゃなかったか? つまり、下着の上から下着を着用しているということに……まあいいか。

 

 

 「イブキさん、お背中お流ししますー」

 

 「イブキさんの水浴びのお手伝いですー」

 

 「イブキさんのおっぱいはあはあ」

 

 「イブキさんの裸はあはあ」

 

 「えーっとえーっと……見ちゃダメですー」

 

 「「目潰しっ」」

 

 「……頼む、いーちゃんふーちゃん」

 

 みーちゃんとしーちゃんの顔にズドムッ!! と両手ストレートをぶち込むごーちゃんから目を逸らし、いーちゃんふーちゃんの2人に湖に入った後、2枚あるタオルのうちの1つを濡らして背中をごしごしと拭いてもらう。少し力が弱いような気もするが、体格差を考えれば当たり前かもしれない。

 

 こんなにもゆっくりとした時間を過ごすのはどれくらいぶりになるのか……と考えたが、よくよく考えれば俺がこの世界に来てからまだ1日しか経っていない。開幕にレ級と接触して雷を助け、その雷の仲間である長門達と出会って雷を返し、球磨達から攻撃を受け、思い出すのも不愉快な男共から摩耶様を助け、山城だった過去を持つ戦艦棲姫を助けつつ日向達を撃退し、次は夕立を助けたというか拾ったというかして、その後は屋敷の掃除……ハードってレベルじゃないな。そしてそれは俺と一緒にいた妖精ズも同じ……俺の今の身体同様にちゃんと労ってあげないといけないな。この妖精ズとの触れ合いは、夕立が起きてくるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 夕立が起きて湖で合流した後、俺達は屋敷の掃除を行ったんだが……妖精ズ(夕立の艤装に宿る妖精含む)半日かけて1階しか終わらなかった。思ったよりも屋敷が広い……雑巾がけもなかなか疲れるな。実際は言うほど疲れてはいないが……身体がタフ過ぎる。夕立も妖精ズも肩で息をしていたり綺麗になったソファやテーブルの上にグデッとしていたりしている。可愛い。半日費やしたとだけあり、日も沈み始めている。俺は腹は殆ど減ってはいないが、夕立達はその限りじゃない。という訳で夕食の確保に向かう為に海へ。夕立には森に探しに行ってもらうことにした。

 

 島の近海は海面から下が見えないくらいの透明度で、魚やら何やらを肉眼で見ることは出来ない。さて、どうしたものかと考えたところ、妖精ズが電探やらソナーを使って見つけ出すという。そんなことが出来るのか?

 

 「感ありですー。半径50mに魚影、数は数百ほどですー」

 

 「でもどうやって穫りますかー?」

 

 「貝とかなら私達妖精の出番ですー。潜って直接穫りますー。ぶくぶくー」

 

 「お魚さんなら私の軍刀の出番ですー。しゃきーん」

 

 「私、泳げないし潜れないですー」

 

 「「「「役立たずですー」」」」

 

 「えーん、イブキさーん」

 

 「泣かないでくれごーちゃん。皆もそういうこと言わないの」

 

 妖精ズの心強い言葉を受け、俺はまた泣いてしまったごーちゃんの頭を撫でながら苦笑いを浮かべる。この妖精ズは仲がいいのか悪いのか分からないなぁ……そんなことを思いながら、俺はしーちゃんが宿る軍刀を引き抜き……まあその日の結果は、少なくとも腹を満たすことが出来たくらいには上々だった。

 

 そんな日から1週間……俺がこの世界に来て8日目。その間に起きたことと言えば、朝は水浴びをするようになり(夜は冷え込むので湖には浸かれず、ドラム缶風呂や五右衛門風呂になりそうなモノはない上に風呂場に湖の水を運ぶのも手間がかかる為、身体を拭く程度)、屋敷の掃除をして夕食を取りに行って帰って焼くなどの簡単な調理をして食べて眠るくらい。屋敷の掃除が終わったらそのサイクルに朝食と昼食が加わった。サバイバルではあるが、この世界で普通の暮らしが出来ている事実は……驚きもあり、嬉しくもあり、かな。夕立みたいな可愛い子も一緒だし……一緒に水浴びをしようとしてくるのは何とか回避しているが、裸は何度も見てしまった。眼福なのは事実だが、恥じらいを持ちなさいと注意はしておく……それでも毎回突撃してくるが。全裸で。ぽいぬと呼ばれているだけあってスキンシップが激しいんだよなぁこの子……自分の身体には一切劣情を催さないくせに雷やレ級や摩耶様や戦艦棲姫や夕立には性欲を感じるとは節操なしというかなんというか……寝床に潜り込んでくる夕立の柔らかさが堪らんですハイ。部屋に入ってくる前に気がついても、あの柔らかさと可愛い子と寝るという誘惑には勝てんのさ。

 

 とまぁこんな日々が続き、今日もまた日課である朝早くからの水浴びをしながら夕立が突貫してくるんだろうか……と思っていたんだが、中々来る気配がない。今日は来ないんだろうか……と少し残念に思いつつしばらく水浴びをしていると砲撃音がし、何があったんだと急いで身体を拭いて着替え、俺はその音がした方に走り出した。

 

 

 

 とまあ自分の現状まで回想が終わったところで、俺は走ることに意識を向ける。行動範囲が屋敷の周辺と正面の海くらいだった俺は島の広さを把握していない上に木々等の障害物が邪魔でスピードが出せない。いっそのこと全部切ってしまおうか……と思ったところで、ようやく木々を抜けて崖らしき場所に辿り着いた。そこで俺が目にしたのは……。

 

 今にも沈みそうな艦娘らしき影とレ級……そしてその艦娘の前に立ち、レ級に両腕を掴まれて動けないでいる夕立の姿だった。




夕立が二回目の登場。但し戦艦棲姫山城との逆パターンである深海棲艦→艦娘という記憶保持者で色々複雑。レ級も再登場(しかもエリ艦になってる)。

どうにも説明が長くなってしまいます。もう少し説明を簡略化したいところです(艤装の軍刀とかレ級の尻尾のアレとか)。



今回のおさらい

魚を捕る時はしーちゃん軍刀の出番らしい。ごーちゃんは意外にバイオレンス。夕立はぽいぬっぽい。イブキの胸の大きさは少なくとも戦艦娘クラスらしい(夕立視点)。軍刀を抜く時の摩擦熱を使えば火を起こせる(実際はどうかは知りません)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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出番だ……ごーちゃん

大変長らくお待たせしました、ようやく更新でございます。

今回も自分理論が入ってますので、寛大な心でお読み下さい(タイトルを見ながら


 イブキとの出逢いは鮮烈なモノだったと、レ級は思う。

 

 自分にとって力を振るえば簡単に壊れてしまうような玩具……艦娘で遊んでいた時に突然現れた彼女。戦艦の砲撃すら容易に耐えきる自分の装甲(からだ)を軍刀1本でスパッと斬り飛ばすという信じがたい事実。それ以上に、レ級はイブキという存在そのものから目を離せず、心奪われてしまった。イブキから見逃された後は、移動しながら悶々と彼女のことばかり考えていたものだ。

 

 もう1度イブキに会いたい……そう思うことは彼女と出逢った時から定められていたのだろう。だがすぐには会いにいけない。せめて、この身体の修復が終わるまでは……そう考えたレ級は、自分の寝床になっているとある島の洞窟へと入り、静かに修復作業に入る。姫や鬼がいる住処ならば、鎮守府と同様に入渠施設がある場所もあるが……レ級はその強さと子供のような純粋かつ残酷な性格故に組織に不向きな為、コミュニティーに入るに入れずこうして独りでテキトーな住処にいる。そんな場所に入渠施設などある訳がない……ならば、どうするか。

 

 そもそも深海棲艦にはある程度の自己修復能力があるが、これは人間で言うならば止血程度でしかない。後は施設を使うか……もしくは、資材を直接身体に取り込むかしなければならない。レ級の場合は後者をするしかないが、レ級程の深海棲艦の修復となれば莫大な量の資材が必要となる……しかし、寝床にはそれ程の資材などない。そこでレ級が取ったのは、深海棲艦の間でのみ通じる救難信号を出すことだ。この信号に気付いた深海棲艦がいれば、必ずとは限らないが助けにくるだろう……しかし、レ級が求めているのは助けではない。

 

 やがて、1隻の重巡深海棲艦が現れた。その相手は尻尾の先がないというレ級の姿を見て驚愕し、レ級へと近付いていく。

 

 

 

 そしてレ級は、その重巡深海棲艦の首に噛み付き、喰い千切った。

 

 

 

 「……っ!? カ……」

 

 2度目の驚愕の表情を浮かべながら、重巡深海棲艦は血液か燃料かを首の喰い千切られた部分から撒き散らしていく。やがて噴出が止まり、その場に倒れる身体をレ級は抱き留め……反対側の首の肉を喰い千切り、美味しそうに咀嚼する。砲身だろうが装甲だろうが異形だろうが関係なく、美味しそうに食べていく。鋼材なら、やってくる。燃料も、弾薬も向こうからやってくる。

 

 「……キヒッ♪」

 

 修復に必要な材料は、向こうからやってくる。

 

 

 

 

 

 

 重巡深海棲艦を喰らった後も救難信号を出し続け、助けに来る深海棲艦の全てを喰らい続けたレ級。その結果、8日目の朝を迎えた頃に完全に修復を終えた。代償として住処である洞窟が鉄臭くなってしまったが、臭いに慣れきっているレ級は気にも留めない。

 

 さぁ、イブキを探しに行こうとしたところで、洞窟の入口からレ級に向かって来る駆逐深海棲艦の姿が目に映る。そういえば救難信号を止めていなかったと思い出したレ級は信号を止め、やってきた駆逐深海棲艦を朝ご飯だとばかりに喰らった。食べ終わるとレ級は身体に着いた血か燃料か分からない液体を海水を使って洗い流し、今度こそ洞窟から出た。

 

 「……!?」

 

 8日ぶりとなる外の空気の中に混じった、嗅いだことのある匂い。それが何の……誰の匂いなのか気付いた時、レ級は輝かんばかりに笑顔になった。

 

 「イブキノ匂イガスル……♪」

 

 そして視界に入った2隻の艦娘。よく匂いを嗅いでみれば、その大元は彼女達のどちらかであることが分かる。その瞬間、言いようのない不快感と怒りがレ級の心を満たしていき……衝動的に艦娘目掛け、直った尻尾の先にある異形の開いた口から突き出た主砲を放った。結果として沈めることは出来なかったが、1隻は大破したのか今にも沈みそうになっている。もう1隻は……尻餅こそ付いているが、大破した艦娘が庇ったのか無傷に等しい。

 

 ならば次は外さないようにと艦娘達に近付いていくレ級……徐々に距離が縮まり、イブキの匂いも強くなっていく。そしてその匂いが無傷の艦娘……夕立から漂っていることを悟ったレ級は一気に夕立に近付く。対する夕立は時雨が大破したことに気を取られているらしく、レ級が近付いていることにようやく気付いて立ち上がろうとしているところ。そんなノロノロとした動きで逃げられるハズもなく、夕立の両手首がレ級の両手によって掴まれた。

 

 「オ前カライブキノ匂イガスル……ナンデダ?」

 

 「い……ったい! 何でイブキさんの名前を……ぎぃっ!!」

 

 「聞イテルノハコッチダ!!」

 

 夕立の疑問に答えることはなく、レ級は癇癪を起こした子供のように怒鳴ると掴んでいる手首を持ち上げて宙吊りにする。自重と艤装の重みが加わって手首から来る痛みに夕立が悲鳴をあげる。だが、それを聞いたところでレ級が手を離すことなどあるハズがない。

 

 レ級にとって艦娘は自分を楽しませる玩具に過ぎない。そんな玩具が自分が求めるイブキと何らかの繋がりがあるなど認められるハズもない。それが嫉妬という感情であることを、レ級は知らない。その感情を教えてくれる存在など居なかったからだ。いや、嫉妬だけではない……レ級は艦娘のことも自分のことも何もかも知らないのだ。善も悪もない、思うままに独りで生きてきたレ級が世の中を知ることなんて出来るハズもない。その強さ故に、その純粋さ故に、同類であるハズの深海棲艦ですら彼女と関わることもなく、艦娘や人間と会えば逃げられるか戦うか。その子供のような純粋さが変わることなどある訳がない。もしも、変わる切欠となるモノが在るとするならば……それはやはり、レ級と1対1で接することが出来る存在だけであろう。

 

 

 

 「その手を離せ……レ級」

 

 

 

 「ッ!?」

 

 ゾクリと背中を何かが走り抜けるような感覚と嗅いだことのある匂いを感じた直後、レ級は夕立の手を離して両腕と上体を後ろに逸らした。瞬間、一筋の剣閃がレ級の腕があった場所を過ぎる。もう数瞬腕を引くのが遅れていたら、いつかの尻尾のように斬り飛ばされていただろう。何しろ、斬り飛ばそうとしたのは……その尻尾を斬った存在なのだから。

 

 「無事か? 夕立」

 

 存在の名をイブキ。どこから現れたのかはレ級には分からない。が、唐突に現れた求めていた存在は夕立と沈みかけていた艦娘……時雨を両脇に抱え、既にレ級から距離を取っている。その姿にジクジクと胸に痛みが走り、レ級は胸の開いたレインコートを胸の前に寄せて耐えるように掴む。

 

 「ちょっと手首が痛いケド、大丈夫っぽい」

 

 「そうか……良かった」

 

 夕立の言葉を聞いたイブキが安堵したように小さな笑みを浮かべる。それを見たレ級の胸がまたジクジクと痛む。なぜこんなにも痛いのか、レ級自身には分からない。知らないのだから、分かるハズがない。ただ、痛い。イブキが艦娘に笑いかける姿を見る度に痛む。イブキが艦娘を見る度に、なぜか腹が立つ。だが、イブキがレ級の名前を呼ぶと……痛むどころか暖かくなる。

 

 (……ナンダ、玩具ガ……艦娘ガ居ルカラ痛インダ。艦娘ガ居ルノガ悪インダ。ジャア……)

 

 

 

 ― 艦娘ガ居ナクナレバイインジャナイカ ―

 

 

 

 「ひっ!!」

 

 レ級の怒りと憎しみを宿した赤い双眼がイブキに抱えられたままの夕立と時雨を射抜き、その形相に思わずというように夕立が悲鳴を上げる。その悲鳴すらも今のレ級にとっては火に油を注ぐことにしかならないのか、イブキが居るにも関わらずに尻尾の先の異形の口から砲身を出して発射体制を取る。

 

 「アアアアッ!!」

 

 「っ……」

 

 怒りの叫びと共に放たれる砲弾を、イブキは右へと真横に跳ぶことで難なく避ける。そうして着水した後、イブキは抱えていた夕立を下ろして時雨を夕立に渡して支えさせる。

 

 「イブキさん……?」

 

 「夕立はその子を屋敷に連れ帰って休ませてあげてくれ」

 

 「わ……わかったっぽい。でも、イブキさんは?」

 

 「癇癪を起こした子供の相手をしてくる」

 

 イブキがそう言った直後に響き渡る砲撃音よりも速く、イブキは左腰の軍刀を抜いて下から上へと振り上げる。その行為が何なのか夕立には分からなかったが、自分達の左右後方2カ所同時に巨大な水柱が上がったことでその意味を悟る。とどのつまり、砲弾を斬り裂いたということだ。そして、そのことに遅れて気付いた夕立は……今この場においては力不足なのだと、悔しく思いながらも事実を受け入れ、言われた通りに行動する。

 

 「……わかったっぽい」

 

 「逃……ガスカァッ!!」

 

 「お前の相手は俺だよ」

 

 時雨を支えながら反転して屋敷へと向かう夕立の背に向かって再び砲身を向けるレ級だが、既にレ級の元へと瞬きする間に移動していたイブキが目の前で金と青の瞳で見下ろしながら軍刀を振り上げようとしている。その姿に気付いた瞬間、レ級は反射的に全力で尻尾を引いた。その結果……イブキの斬撃は空振り、レ級もまた夕立を撃つことが出来ずに終わる。

 

 「イブキ……イブキ、イブキ! イブキ!! 何デ邪魔スル!?」

 

 「夕立は大事な友人だ。その友人を攻撃すると言うなら……容赦はしない」

 

 「ウ……グゥゥゥゥ!」

 

 ズキンズキンと痛む胸を押さえながら、レ級は唸る。邪魔な艦娘は守るのに自分には刃を向けるイブキに……否、守ってもらえている艦娘達が憎くて憎くて仕方がないと。

 

 (ズルイ、ズルイ! ズルイ!! ボクダッテイブキト……イブキ、イブキ! イブキィィィィッ!!)

 

 「アアアアアアアアッ!!」

 

 上限無く溜まっていく怒りと憎しみと嫉妬を声に乗せ、レ級は尻尾をイブキ目掛けて横一線に凪ぎ払う。しかし、それはイブキが後方に跳ぶことで避けられしまった。ならばとレ級は尻尾の先から突き出ている砲身の先をイブキへと向け、砲弾を放つ……が、それは先程のようにイブキに縦一閃に斬り捨てられた。海上を陸上のように飛び跳ねて走ること出来、その速度も瞬時にという言葉が相応しく、異常な切れ味を誇る軍刀とイブキの胴体視力が彼女に被弾を許さない。

 

 (ナラ、手数デ!!)

 

 尻尾の先の異形の口から突き出ていた砲身が引っ込み、変わりにどうやって浮いているのか分からない、小さな駆逐深海棲艦のような艦載機が5機程現れ、レインコートの裾から同じ姿をした艦載機が1機現れる。計6機となった艦載機は空高く飛び上がり、イブキの攻撃が届かない位置から機銃による攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 「コレナラ、ドウダ!!」

 

 遠距離武器を持たないイブキには艦載機を落とす術がない。もしも軍刀を投げたりジャンプして艦載機に届いたとしても、必ず隙ができる。深海棲艦の中でも火力装甲雷撃対空全てに秀でたレ級ならば、その隙を確実に突ける。例えイブキを倒せなかったとしても無傷ではいられないハズ。そうなれば、後は逃げた艦娘を始末しに行って、イブキの四肢をもいでしまえばずっと一緒に居られる……それがレ級の考えだった。

 

 「……キヒヒッ♪」

 

 訪れるであろう未来を思い、思わずというようにレ級の口から笑みが零れる。しかし……その笑みは、すぐに止まった。

 

 

 

 「出番だ……ごーちゃん」

 

 

 

 その言葉と共に、空が紅に染まった。

 

 

 

 

 

 

 「……う……ぁ……」

 

 「時雨? 気がついたっぽい?」

 

 イブキに言われて屋敷へと夕立が向かっていた途中、時雨が目を覚ました。しばらく寝ぼけているようにボーっとしていた彼女だったが、1分程経ったところでようやく意識がはっきりしたのかハッとしてキョロキョロと辺りを見回す。

 

 「夕……立……レ級、は?」

 

 「イブキさんが相手してくれてる。私は時雨を休ませる為に屋敷に連れて行くように言われたっぽい」

 

 「イブキさん……? 屋敷……?」

 

 (……あっ、なんで私がここにいるかとかイブキさんのこととかどうやって説明するか考えてなかった)

 

 ある意味で最大の問題が夕立の前に立ちはだかった。何しろ夕立はこの島にかつての仲間が来るということを想定しておらず、見つかった場合の言い訳や嘘を何も考えていなかったのだ。夕立にとっては今の生活は夢のようなモノであり、二律背反に悩むことがなく、イブキという存在と同棲(イブキにとっては同居)しているこの島は楽園に等しい。もし……正直に話せばどうなるだろうか。

 

 フレンドリーファイアのこと話せば、糾弾されるだろう。だが時雨の性格を考えれば、怒らずに悲しい事故だった……で済むかもしれない。逃げ出したことも同じような結果に落ち着くだろう。だが、イブキのことは? 今の暮らしのことはどうなる? 例え時雨であっても、命の恩人という事実があれど謎の存在であるイブキと夕立が共にいる現状を良しとはしないであろうし、自分達の……夕立の所属する鎮守府へと連れ帰ろうとするだろう。

 

 そして……深海棲艦の記憶と二律背反の感情のことを正直に話せばどうなるだろうか。夕立の頭では正確な答えなど想像出来ないが、ほぼ間違いなくロクなことにはならないだろう。例え鎮守府の提督が人間性を重視した末に配属されるのだとしても、後ろ暗い考えを持っている者もいる。更に上の人間ならば会ったこともあまり無い分性格が分からない故に悪い方へと想像が働いてしまう。

 

 (どうしよう……なんて言えば……)

 

 夕立は悩み、考える。だが、いかんせん夕立という艦娘は理性より本能、計算より直感、思考より行動な艦娘で、頭を使うことは苦手分野である。そうしてあーだこーだと考えた結果。

 

 「……イブキさんは私の命の恩人。今はレ級の相手をしてくれているから、その間に私は時雨を私達が今住んでる屋敷で休ませるように……って言われたっぽい」

 

 「1人でレ級を……!? そんな、無茶だ……」

 

 戦艦レ級。例え1対6であったとしても無傷で済むどころか倒しきれるかも分からない深海棲艦。更に時雨が見た限り、今回現れたのはエリート……普通のレ級よりも強い個体。それを1人で相手取るなど、時雨からしてみれば自殺行為……自分達を逃がす為に犠牲になったとしか考えられない。

 

 (そっか、時雨はアレを見てないから……)

 

 だが、夕立は見た。艦娘と深海棲艦では有り得ない動きをし、レ級の砲弾を容易く斬り裂いたイブキの姿を。更には先程から何度か爆発音もしている……それはつまり戦闘がまだ続いていることを示している。それがイブキが攻撃を受けたが故のモノではないとは言い切れないが、夕立は彼女が被弾する姿を想像出来ないでいた。むしろイブキが迎撃したが故のモノだと言われた方がしっくり来る。しかし、それを時雨に言ったところで信じないだろう。

 

 「早く助けに……」

 

 「そんな状態で行くの? 助けどころか足手まといになるっぽい」

 

 「っ……それは……」

 

 悔しげに俯く時雨を、夕立は冷めた気分で見下ろしていた。はっきり言ってしまえば、夕立は時雨がこのまま自分に連れられて屋敷に行っても、自分を振り切ってイブキの元へと向かってレ級に沈められても“どちらでも構わない”。どちらにしても、二律背反の感情によって悲しんで喜ぶのだから。

 

 だが、イブキに言われたことは守りたいと思うのだ。

 

 「……行くよ時雨。イブキさんは大丈夫だから」

 

 「でも……」

 

 「じゃあ、賭けをするっぽい」

 

 「……へ?」

 

 突然の脈絡のない提案に、時雨の口から思わず気の抜けた声が漏れる。そんなことは関係ないとばかりに、夕立は続ける。その視界の隅に映った空が紅く染まったことき気づくこともなく。

 

 「今助けに行かなくて、1日経ってもイブキさんが屋敷に戻って来なかったら……2人で鎮守府まで逃げるっぽい」

 

 「……戻って来たら?」

 

 

 

 「私は鎮守府には帰らないっぽい」

 

 

 

 

 

 

 「……ソンナ……」

 

 目の前で起きた6の爆発。そして海へと落ちていく炎の塊……その姿を、レ級は信じられないといった表情で見ていた。誰が予想出来るだろうか? 軍刀しか持たない存在が、その場から1歩も動くことなく空を飛ぶ戦闘機を6機同時に落とすことなど。

 

 カキン、という音を切欠にレ級がハッと意識をはっきりさせる。音がした方を見れば、イブキが“ごーちゃん”と呼んでいた軍刀を鞘に納刀したところだった。その納まっている軍刀を見て、先の恐怖がレ級を襲う。アレは使わせてはいけない。深海棲艦も艦娘も、アレを使われればほぼ確実に“終わる”。人……艦娘と深海棲艦の個体によっては精神すらも終わらせるほどに。

 

 「ナラ……ッ!」

 

 怯えつつもレ級が腰を曲げるとリュックのようなモノの口が独りでに開き、中から4発の魚雷が扇状に放たれる。魚雷の性質とイブキの動きを考えれば当たる可能性は皆無に等しいが、艦載機も砲撃も通じないのならダメ元である。しかし、水中を行く魚雷ならイブキにも迎撃出来ないハズ。ならば、奇跡の確率を引き当てれば……というのがレ級の考えだった。

 

 「魚雷か……なら、しーちゃんだ」

 

 「ハ?」

 

 レ級にとって意味不明な言葉を呟いた後、イブキは右後ろ腰の2本の内、下の軍刀を引き抜く。その軍刀は、軍刀と呼ぶにはあまりに刀身が短い。刃渡りは15cm程であり、まるでナイフのようだった。そのナイフのような軍刀を右手に持ったイブキは切っ先を海面へと向け……。

 

 

 

 「伸びろ」

 

 

 

 ただ一言そう呟いただけで、刀身が急激に“伸びた”。そしてイブキが左から右へと軍刀を振り切ると同時に起きる“4つの水柱”がレ級の目からイブキの姿を隠し……それが収まりイブキの姿が見えるようになると、その手には先程刀身が伸びたのが嘘のように、ナイフのような短さになった軍刀が握られていた。

 

 「ナンダ……ナンダソレハ!?」

 

 「見たとおり、刀身が伸びるという特徴を持つ軍刀だ。戦闘機相手に振るうには扱いづらくて手元が狂いそうなので使わなかったが、魚雷なら水中ということもあって当てるのは楽だ。何せ、コイツを使って魚を穫っていたんでな」

 

 「ハ……アハハハ……」

 

 開いた口が塞がらない、というのは今のレ級のような表情を言うのだろう。刀身が伸びるという見たことも聞いたこともないような軍刀もそうだが、自分の魚雷を破壊した程の武器が元々は漁獲に使っていたと聞けば誰だってポカンとする。レ級など、もう笑うしかないとばかりに乾いた笑い声を無意識に出していた。

 

 砲撃は斬り捨てられるか避けられた。艦載機は一瞬の内に破壊された。魚雷も伸びる刀身で凪ぎ払われた。後レ級が出来る攻撃は尻尾を直接当てるか、先端の異形の頭部で噛みつくか、後先を考えない特攻かだが……当たる未来像が見えない。どう足掻いても何をしても、視えるのは再び尻尾を斬り捨てられて血を撒き散らす己の姿。

 

 「まだ……やるか?」

 

 ただ一言、イブキがそう言うだけでレ級は心臓が握り潰されるような気分に陥る。何をしてもどう足掻いても勝つことが出来ない相手……生殺与奪を握られたことがないレ級にとって初めての相手の出現に、彼女は生まれて初めて“恐怖”を覚えた。今感じている感情が“恐怖”であると知った。“恐怖”のあまりに、逃げ出したいという自分の意志に反して動くことも出来ず、声も出せないという出来事を体験した。

 

 イブキの言葉に、もう戦う気はないと返すことすら出来ない。そんな様子のレ級に焦れったく感じたのか、イブキが1歩、レ級に近付く。ただそれだけの動作にすら、レ級は怯えから体をビクリと震わせた。そんなレ級のことなど知らぬとばかりに、イブキは1歩1歩ゆっくりと近付く。レ級からしてみれば、避けられない死がゆっくりとやってくるようなモノだ。そして今、その絶対的な死が目の前に来ている。

 

 「ウ……アァ……」

 

 いつ金と青から変わったのか知れない自分を見下ろす鈍色の目は、どんな感情を宿しているのかレ級には分からない。やがて、イブキの手が上がる。一体何をされるのかと怯えるレ級は両手をギュッと握り締め、目尻に涙を浮かべながら目を瞑って俯かせる。抵抗や逃亡など思考の片隅にすらない完全な屈服を、彼女は本能的に行っていた。

 

 

 

 そんな彼女の頭に、イブキはコツンと軽く握った手を置いた。

 

 

 

 「もうあんなことをしたらダメだぞ」

 

 その言葉の後に、イブキは今度は手を置いた部分を優しく撫でる。対するレ級は、自分の理解出来ない状況に固まり、ただされるがままに撫でられ続けていた。何もかもが初めてなのだ……嫉妬も、恐怖も、叱られるのも……こうして誰かに頭を撫でられるのも。

 

 レ級は艦娘の記憶を持っている訳でも艦娘から深海棲艦になった訳でもない。生まれた時からこの姿で、生まれた時から自分勝手に、自由気ままに暴虐の日々を送っていた。会話すらもロクにせず、敵も味方もなく、ただただ独りで居た。それを寂しいとも悲しいとも思ったことなどない……そんな感情は知らなかったし、教えられなかったから。

 

 (……アッタカイ……)

 

 優しく、優しく撫でるイブキの手。レインコートの上から撫でられている以上、そこに温度を感じることはないが……レ級は確かに、暖かさを感じた。血にまみれた時のような温かさではなく、春の陽気のようなぽかぽかとした暖かさを。

 

 「……ッ」

 

 不意に、その暖かさが涙腺を刺激したのかレ級の顔がくしゃりと歪み、すんすんと鼻を鳴らす。なぜこんなにも涙が零れそうになるのか……やはりレ級には分からない。レインコートの裾をギュッと握り締め、溢れようとする涙を流さぬように耐える。だが……止めることも出来ずにポロポロと零れ始めた。

 

 「ウグ……グスッ……」

 

 「よしよし……」

 

 嗚咽を耐えることも叶わなくなったレ級の体を、イブキは抱き締める。レ級の頭を自分の胸に抱え、レインコートの上から優しく頭を撫で続け……ゆっくりとレ級の幼い心を暖かさで包み込んでいく。今まで無縁だった人肌の温もりは彼女の氷のように冷たく幼い狂気を溶かしていき……。

 

 「許してもらえないかもしれないが、一緒に夕立達に謝りに行こう。もし仲直り出来たら……一緒に暮らそう。部屋なら沢山あるし、君の知らないことは俺が教えてあげる」

 

 

 

 ― 俺と……家族になろう ―

 

 

 

 「ウ……アアアア!! グシュッ……ヒッグ……ウグゥ……ウァアアアアッ!!」

 

 戦艦レ級は生まれて初めて大声で泣き声を上げる。それが何の感情によって出たモノなのか理解出来ないままに、泣き続ける。ぼんやりと理解出来たのは、イブキがこれからは一緒に居てくれると言ったということ。同類のように避けられることもなく、離れていくこともない。艦娘のようにいきなり攻撃されたり逃げられたりすることもない。姉妹で、仲間同士で庇い合う姿を見てイラつくこともない。独り寂しく資材を探したりすることもなく、暗く寒い洞窟に帰る必要もない。

 

 レ級の数多の敵味方を手に掛けた手がイブキの服を掴む。こうして暖かさをくれる存在から離れたくないと、離したくないと訴えるように。ただただ、レ級は泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 可愛い女の子が泣いてる姿ってなんでこう背徳的で可愛いらしさ倍増するのだろうか。まさか俺が“俺の胸を貸してやるから存分に泣くといい”という主人公かヒロインの役割を担うとは思わなんだ……とか考えたが、よくよく思い出せば雷にもやってたなぁ。誰か俺にも胸を貸してくれないだろうか……夕立は割とあるんだが、実際に借りると絵が犯罪的になるから困る。というかちゃんと時雨を屋敷まで連れて行っただろうか? と少しだけ心配しながら、俺は現状に至るまでのこと思い返す。

 

 

 

 レ級が夕立の両腕を掴んでいる姿を目撃した直後、レ級は掴んでいた腕を上に持ち上げて夕立は痛みからか顔を歪めていた。そんな場面を見てしまった俺は今いる場所が崖の上であることを忘れ、彼女達の元へと跳んだ……んだが、予想以上に崖が高く、落下する速度も合わさって速いの何のって……そんでもって恐怖に煽られながらも上手いこと2人の間に着水したと同時に何とか出た言葉が……。

 

 「その手を離せ……レ級」

 

 謎変換口調ありがとうとマジで感謝した瞬間だった。何せ俺の脳内では意味不明な声にならない声だったからだ。ここで誤算……何の計算もしてないが……だったのは、着水と同時に左腰の軍刀の護拳部分に手が当たって鞘から抜けてしまい、反射的に右手を伸ばして柄を掴むとバランスを崩してしまい、順手で握ってしまったことで2人の方向に切っ先が向いて振り下ろすことになってしまったということだ。もう少しでレ級の腕を斬ってしまうところだった……危ない危ない。

 

 んでもってレ級がビックリしている間に納刀し、夕立と時雨を両脇に抱えてレ級から距離を置く。流石に至近距離では砲撃が飛んできたら避けられない可能性があるからだ。

 

 「無事か? 夕立」

 

 「ちょっと手首が痛いケド、大丈夫っぽい」

 

 「そうか……良かった」

 

 レ級と出逢ったのによく無事だったな……君の隣の時雨を見なさい、服も艤装もボロボロであられもない姿になってしまっているぞ。いや、ひょっとしたら時雨がレ級の攻撃から夕立を守ってくれたのかもしれない。真実は分からないが、ひとまず時雨が夕立の命の恩人と仮定しておこう。

 

 「ひっ!!」

 

 「アアアアッ!!」

 

 夕立が怯えたような声を出した後にレ級の怒りの籠もった声が響き渡る。急になんだ? とか思ってレ級を見たら既に発射体制を取っていた。というかあの怒り方というか叫びというか妙に見覚えと聞き覚えが……ああ、あのレ級、ひょっとしてこの世界に来て最初に出会ったレ級か? いやはや、こんな偶然もあるんだなぁと内心和んでいたらぶっ放してきたので真横に跳んで回避。その後は2人を下ろして気絶したままの時雨を夕立に渡し、彼女と一緒に屋敷に帰るように促す。話の途中で飛んできた砲弾は自由になった右手で左腰のいーちゃん軍刀を抜いてスパッと斬り捨てた。

 

 「……わかったっぽい」

 

 「逃……ガスカァッ!!」

 

 「君の相手は俺だよ」

 

 レ級が屋敷へと向かおうとした夕立に尻尾の先にある異形の頭のようなモノの口から出ている砲身を向けたので素早くレ級の前に行き、砲身を斬る為に軍刀を下から上へと振り上げ……る前に彼女は尻尾を後ろへと引いていた為に空振ってしまう。やはり、某大総統のように上手くはいかないか……彼なら砲身とは言わずに体ごとぶった斬ってしまいそうだが。あの御方は身体能力も凄まじいが使ってる武器も何気にヤバかったからなぁ……。

 

 「イブキ……イブキ、イブキ! イブキ!! 何デ邪魔スル!?」

 

 「夕立は大事な友人だ。その夕立を攻撃すると言うなら……容赦はしない」

 

 とは言うものの、どうにもこのレ級には殺意や憎しみといった感情を向けられない。どうにも言動や行動が短絡的というか、子供っぽい。最初に出会った時もそうだが……見た目や行動、言葉にせずに叫んだりするなどまんま癇癪を起こした子供にしか思えないのだ。癇癪の規模が人間の子供に比べて酷いが。

 

 「ウ……グゥゥゥゥ! アアアアアアアアッ!!」

 

 レ級が叫んだ瞬間に尻尾が動いた為、後ろに跳んで距離を取る。その後1秒もしない家に尻尾が凪ぎ払われた……危ない危ない。更に砲撃も飛んできたが難なく縦一閃に斬り捨てる。こう言うと普通に出来ているように思えるが、実際には俺から少し離れた位置で止まった砲弾を斬っているだけに過ぎない。あの時間が止まるような感覚……アニメや漫画でキャラが言う“止まって見える”という状態だと俺は考えた。この身体の動体視力と知覚能力と反射神経と身体能力をもってすれば、砲撃など“止まって見える”のだ。普段は無意識にセーブしているようで常に感覚が働いているということはないが、命の危険や戦いの場になると本能的に感覚が働くようになる……といったところか。

 

 つまるところ、自画自賛になってしまうが……俺の視覚外かつ知覚範囲(ソナーやレーダーの範囲外)からの奇襲でもなければ俺に攻撃を当てることはほぼ不可能であり、日向のような密着拘束捨て身でもしなければ1対1ではまず当たらないし負けないということになる。これは、この世界の大総統になれるかもしれない……なんてな。天狗になれる程俺は精神的に強くないし、中身は元一般人……戦いなんて知らないんだ、石橋を叩いて渡る気持ちを忘れずにいないと。

 

 「コレナラ、ドウダ!!」

 

 とかなんとか考えていたら、いつの間にか6機くらいの戦闘機……と言っていいのか分からん見た目だが、飛んでるし戦闘機でいいだろう……が空高く飛んでいた。なるほど、俺が迎撃出来ない程の高さから一方的に狙うということだ。遠距離から砲撃されるなら避けつつ近付いて斬ればいいが、空からなら確かに対応し辛い……そう“し辛い”だ。出来ない訳じゃない。

 

 しーちゃん軍刀ではちょっと狙いが甘くなる。いーちゃんふーちゃんみーちゃんでは投げつけるくらいしか出来ない。ならばと俺はいーちゃん軍刀を鞘に納め、左後ろ腰の下……ごーちゃん軍刀の柄を握る。彼女の宿る軍刀は屋敷に暮らし始めてから聞いてある。その軍刀ならば、空の戦闘機など楽に落とせる……そう自信を持って俺は鞘から引き抜き……。

 

 「出番だ……ごーちゃん」

 

 

 

 

 

 

 「初めての私の出番ですー。これが私のイブキさんに捧げる……バァァァァニィィィィングラァァァァブッ!! “火(か)”激にファイアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 (あっつい! 腕とか体とか空気とかごーちゃんとか色々あっつい!!)

 

 鞘から抜いた時点で軍刀の刀身が燃え盛る。どうやらごーちゃん軍刀の刀身は“燃えやすく溶けにくい”という特徴を持つ鉱石によって作られているらしく、鞘から抜く時の摩擦熱だけであっと言う間に刀身が燃えてしまう。更にこの軍刀にはちょっとしたギミックがあり、柄にある拳銃のトリガーのようなモノを引くと……切っ先からどういう原理かは不明だが、気化した俺の燃料を物凄い勢いで噴出することが出来る。

 

 燃え盛る軍刀を振りながら気化した燃料を噴出させる……原理としては、ロウソクの火に向かって虫除けスプレーを使うと言えば分かりやすいだろうか。これはそれの物凄いバージョン。俺の目には文字通り火の海しか見えない。

 

 いやはや、試し斬り(?)もせずのぶっつけ本番だったんだが……試さなくて良かった。試していたら屋敷か森が全焼していたかもしれない……ごーちゃん軍刀を抜く場面はかなり選ばないといけないなぁ。ただでさえ誘爆だ爆発だ引火だとトラウマ持ちの艦娘もいる訳だし、深海棲艦も似たようなモノかもしれない……彼女達に振るうのは控えよう。そしてすまんレ級。

 

 「……ソンナ……」

 

 レ級の唖然とした声を余所に、俺はごーちゃん軍刀を鞘に納める。火は酸素を燃やす為、鞘に納めれば燃やす酸素がなくなり、火は消えるということだ。抜けば灼き尽くす……ごーちゃん軍刀を持つ俺は、太陽を手にしていると思え……っ! いや、太陽を持ってたら死ぬっての。

 

 というように自分で自分にツッコミを入れていたら、今度はレ級のリュックから魚雷が……え、そんなところに入ってたのか? 数は4、明らかにリュックの許容量を超えた大きさと数だが……ごーちゃん軍刀のこともあるし、気にしないでおこう。さて、魚雷の対処となれば……。

 

 「魚雷か……なら、しーちゃんだ」

 

 「ハ?」

 

 「伸びろ」

 

 言いながら右後ろ腰の下の軍刀を抜く。その軍刀は“刀”と呼ぶには刀身がナイフ程度の長さしかないが……それを頭の中に浮かぶレーダーのようなモノに点滅する4つの光、その1番左側に切っ先を向けてごーちゃん軍刀にもついていたトリガーを引く。すると急激に刀身が伸び……確かな手応えを感じると共に右へと、残り3つの光に沿うように振り抜き、トリガーから指を離す。すると伸びていた刀身が急激に短くなっていき、元のナイフ程度の長さに戻る。

 

 これぞしーちゃん軍刀の特徴“刀身が伸びる”。13kmだ……と言いたいが最長は100m程で、その伸びる刀身の正体は物凄く薄い刃を何重にも重ねているというモノ。トリガーを引くことでマジックアームのように伸び、離すとメジャーのごとく戻る。例えが微妙かもしれないが、元一般人で分かりやすいであろう例えがこれしか浮かばなかった。戦闘機に使わなかったのは……刀身が薄い故に持ち上げると釣り竿のようにしなってしまう為、横一閃の軌道が描けないからだ。尚、魚もこれで突いて戻して回収していた。

 

 という感じの説明を謎変換も踏まえてレ級にしたところ、乾いた笑いを浮かべていた。明らかにどん引きしている……説明がヘタ過ぎたようだ。すまないレ級。だが、これで彼女の攻撃は封殺したと言ってもいいだろう。彼女からも敵意が見られないし……いや、敵意とか殺意とかは分からないのでそうであって欲しいという俺の願望でしかないのだが。

 

 「まだ……やるか?」

 

 自分としては微笑みかけたつもりだったんだが、レ級からの返事がない。見れば、ぶるぶると身体が震えていた……どう考えても俺のせいだが、まさかそこまで怖かったのか? レ級には一切傷付けていないハズだが……あ、ごーちゃんの火が怖かったのか。誘爆とかしたらマズいし。そう結論付け、俺は震えるレ級に近づいていく。癇癪も収まっている上に怯えているかのように震えている今、彼女はもう攻撃してこないだろうと楽観的に考え……その考えが正しいと言うように、レ級が何の行動も起こさないままに彼女の目の前まで辿り着く。その際にレ級に完全に恐怖の対象を見るかのような目で見られたことが地味にショックだった。

 

 さて、俺はここでレ級を叱るべく拳骨かビンタかの2択を考えていた訳だが……腕を上げた時点で今にも泣きそうになって俯くレ級の姿に罪悪感で胃が痛くなってきた。子供ってズルい。俺がもしも軍人か艦娘かだったなら、罪悪感を感じないか無視してビンタどころかレ級の首を斬るくらいはするんだろうが……生憎と殺しとは無縁の小心一般人。例え相手が犯罪者や生かしておくとマズいモノであっても、自分に特に被害が無ければまあいいやで済ましてしまう。今回だって夕立のことがあったから、こうして対峙していた訳だし。だから俺は……コツンと、握り拳を当てるだけに留めた。

 

 「もうあんなことをしたらダメだぞ」

 

 そう言った後に、俺はレ級の頭を撫でる……俺は甘いんだろう。某大総統のような動きは辛うじて出来ても、その心の強さも、経験も、信念すらも持たない俺だ。突然この世界に来てこの身体になり、特に自身に被害もなく、怒涛の初日を過ぎた後は夕立と平和に過ごしてきた……自分が艦娘か深海棲艦かも分からない上に記憶もない、この世界の常識も知らない。あるのは、一般人には過ぎた力と僅かな艦これの記憶だけだ。肉親や親しいモノなどいない。

 

 嗚呼……俺はきっと、この子供のようなレ級を……独りぼっちに見えるレ級に感情移入しているのだろう。俺という誰かを、何かを求める姿に。何よりも、俺は雷しかり夕立しかり子供に弱い部分があるらしい。子供そのままのレ級を放っておけないのだ……それはきっと、艦娘である夕立と被害者の雷達に対する裏切りだと気付いていながらも……彼女を放っておけない。

 

 「ウグ……グスッ……」

 

 気がつけば、レ級が泣いていた。声を上げずに我慢しているかのような姿は、どこか素直に泣けない悪ガキのように見える。よしよしと声をかけながら撫で続け、俺はレ級の小さな身体を無意識の内に抱き締めていた。

 

 「許してもらえないかもしれないが、一緒に夕立達に謝りに行こう」

 

 無論、謝って済むようなことじゃない。いや、謝ったところで返ってくるのは誹謗中傷に恨み辛みの声だろう。殺し殺されの関係なのだ、それが普通で正しい反応だということは分かっている。それでも、どこかでどちらが折れないと終わらない。でも折れることが出来ないから、終われない。

 

 「もし仲直りできたら……一緒に暮らそう。部屋なら沢山あるし、君の知らないことは俺が教えてあげる」

 

 ああ、終われないんだ。だったら終われる場所を、戦いのいらない場所を作ろう。俺の周りだけでいい、世界が争ったままでも構わない。俺は元一般人、自分と自分の周りさえ無事なら他がどうなろうと知ったことじゃない。俺と夕立とレ級で一緒に暮らせば、そこは争いのない空間になる。艦娘と深海棲艦が共存出来る夢のような空間が作れる。平穏な日々が訪れる。

 

 「俺と……家族になろう」

 

 

 

 

 

 

 回想が終わった訳だが、俺は何を恥ずかしいことを……まぁ本心な訳だが、それでも恥ずかしさのあまりに地面を転がりたい衝動に駆られる。今居るのは海上で服が濡れるからやらないが。

 

 あーレ級の体は柔らかいなぁ……見た目相応な膨らみかけのおぱーいもグッド。ベリーグッド。ふにふに当たってあったかいんだからぁ。しかし、あんまり堪能し過ぎて夕立達を心配させるのも申し訳ない。そろそろ屋敷に向かうとしよう。

 

 「行こうか、レ級」

 

 「ン……」

 

 頷いたレ級の手を握り締め、屋敷に向かって進み出す。今日から家族が増えるからいつもよりも多めに食材を集めないといけないなぁ……そんな風に思いながら、俺は楽しく考えていた……だが、俺は夕立と過ごした平和な日々のせいで忘れてしまっていたんだろう。

 

 

 

 「見つけた……見つけたぞ……っ!!」

 

 

 

 この世界はゲームではなく現実で、戦争をしていて、殺し合いが日常で、命なんてあっさり消えて、艦娘と深海棲艦は敵同士……そんな初歩的で絶対的な世界のルールを。レ級という存在がどれほど危険で……どれだけ恨まれていたのかを。




という訳で、しーちゃんごーちゃん軍刀の特徴発覚&レ級身内化のお話でした。しかし、この作品は私が妖提督ではやらないようなことをする作品です……それだけは留意して置いて下さいね?(黒笑



今回のおさらい

しーちゃんの宿っている軍刀は柄に付いている\トォリガー!/を引くことで最長100mまで伸びる刀身が特徴。13kmや。ごーちゃんの宿っている軍刀は抜けば燃える刀身が特徴。更に柄に付いている\トォリガー!/を押すことでイブキの燃料を気化させて刀身の切っ先に空いている穴から噴出、引火させて遠距離まで炎を飛ばすことが可能。万象一切灰燼と成せ。この世界では正に必殺兵器。抜けば勝利確定。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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君とずっと一緒にいる

大変長らくお待たせしました。今回、作中に残酷な描写が含まれます。鬱です。シリアスです。駆逐艦好き、並びに白露型愛好家の方々には不快感を催すどころか私に殺意を抱く方がいるかもしれません。何卒ご注意、ご容赦をお願いします。


 「夕立……冗談、だよね?」

 

 信じたくない、冗談であってほしい。そう思って呟いた時雨の言葉に、夕立は首を縦に振ることはない。何か言葉を返すこともない。ただ、時雨を見詰めていて……その翠玉のような瞳が本気であると語っている。本気で、自分達が過ごしていた鎮守府に帰らないという賭けをしているのだ。しかも夕立はそちらに……帰らない方に賭けている。自分達の鎮守府……仲間よりも、命の恩人と共に過ごしたいと言っているのだ。

 

 「……んで……なんでだよ! 僕達がどんな気持ちで……夕立が見つからないって知った時、どれだけ悲しかったか! 白露も、村雨も! 五月雨も涼風も! 姉妹艦以外の皆も……提督だって! どれだけ心配して……今まで必死になって探していたと思ってるんだ!!」

 

 動くこともままならないハズの体で自分の肩を掴みながら、まるで血を吐くように叫ぶ時雨の姿を見ても、夕立は“こんなに大きな声で怒鳴る時雨を見るのは初めてだなぁ”と思うだけで、時雨の言葉は心に響いていなかった。いや、全く響かなかったと言えば嘘になるが……やはり、二律背反の感情となってしまう。

 

 こんなにも自分のことを……嬉しい。そんなにも自分のことを……鬱陶しい。しかも今の夕立にとってはかつての仲間よりも二律背反の感情から解放してくれるイブキに心が寄っている為か、負の感情に偏っている。もしも艤装が直っていたら……この場で時雨を撃ってしまうかもしれない程に。

 

 「なんでなんだよ……夕立……なんでそんなこと言うんだよ……」

 

 遂には夕立の胸に額を当て、涙声に変わる。顔が見えなくとも泣いていると分かる程に。嗚呼、心が悲鳴をあげている……仲間を、姉妹を泣かせてしまったと。嗚呼、心が歓喜している……艦娘が悲しんでいる姿が滑稽であると。

 

 「鎮守府よりも……時雨達といるよりも、イブキさんと一緒にいる方が心地良いの」

 

 嗚呼、時雨の心がズタズタに引き裂かれていく音が聞こえるようだと、夕立は思った。

 

 「時雨達といるよりも……イブキさんといる方が私でいられるの」

 

 嗚呼、時雨の心が粉々に砕け散っていく様が見えるようだと、夕立は嘲笑(わら)った。

 

 嗚呼……嗚呼、嗚呼!

 

 

 

 「時雨“なんか”よりも、イブキさん“が”いいの」

 

 

 

 時雨の信じていた日々(もの)が消え失せていくのが分かるようだと、夕立は“紅玉”のような目で見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 目の前に、憎き敵がいる。1人余計なモノも混じっているが邪魔さえしなければ眼中にはない……そう思い、存在は唯一自分に残された艤装である専用の“軍刀”を左手で握り締め、足首辺りまで沈んでいる足を動かす。燃料など、既に残ってはいない。故に出来るのは、摺り足をするように足を引きずることだけ。当然、その速度はお世辞にも速いとは言えない。見た目も一目で大破状態だと分かる程にボロボロで、半死半生と言える……だが、その金色の右目は爛々と輝いていた。

 

 そんな突如現れた存在……艦娘の姿をイブキ越しに視界に捉えたレ級は、背筋に冷たいモノが走った。先ほど恐怖の感情を知った彼女は、今の感覚もまた恐怖であると悟る。だが、相手は艦娘……今まで玩具程度にしか感じなかった相手だ。故にレ級は、その感覚を勘違いだと判断した。

 

 「どうした? レ級……ん? あれは……」

 

 不意に、レ級の反応に疑問を持ったのかイブキがレ級から少し離れ、後方に視線をやる。そこにあったのは、さっきも言った軍刀を手にしたボロボロの艦娘が1隻。その状態を改めて詳しく言うなら……右腕は肩から先がなく、服は右半分が血塗れ。足首辺りまで海の中に沈んでいて、その動きは遅い。艤装は軍刀以外には見当たらず、その軍刀も刃こぼれが酷い。にもかかわらず、その右目に宿る金色の光は爛々と輝いていて生命力に溢れており……同時に、憎悪に染まりきっていた。

 

 「間違いねぇ……間違えねぇ……間違いだったとしても関係ねぇ……やっと、やっと見つけたぞ……レ級」

 

 ゆっくりと近付きながら呪詛のように呟かれた言葉を聞いたレ級の背に再び恐怖による寒気が走る。今度こそレ級はその得体の知れない、艦娘に対して恐怖を抱くという未知の感覚に顔を歪めてイブキの後ろに隠れた。その姿を見た艦娘の顔がキョトンとしたものに変わり……次の瞬間には般若の如き怒りの形相へと変わる。

 

 「なんだ、怖いのか? フフッ……オレ達の艦隊を壊滅させたレ級がオレを怖がる……? 最高だなぁオイ……ふざけるな……ふざけるなよ!! チビ達はもっと怖かったんだ!! お前に出会っちまって、逃げることも出来なくて、生きたままテメェに喰い殺された……若葉と五月雨はなぁ!!」

 

 五月雨、若葉。その名を聞かされても、レ級には何一つ“覚えがない”。そもそも艦娘の名前など彼女は知らないし、いちいち覚えていないのだから。だが、それが許されるのかどうかと言われれば……許されるハズがない。恐怖に顔を歪ませつつ、出した名前に困惑している様子を見せるレ級の姿は、艦娘の怒りという炎にガソリンをぶち込む行為に等しい。艦娘は歯が欠ける程に強く噛み締め、膨れ上がり続ける怒り、憎しみ、殺意を隠すことなく表情に表す。あまりに強く握りすぎてカタカタと鳴る軍刀を持つ手から出血をしている。

 

 「ああ、てめぇは覚えてねぇだろうさ……覚えてねぇだろうがなぁ! 俺は忘れねえ……てめぇがしたことを!! あの時の絶望を!! 怒りを!!」

 

 艦娘は思い出す。珍しく大成功と呼べる成果を得た遠征の帰り道に出逢ってしまったレ級という名の悪魔の姿を。咄嗟に遠征で得た物資を投げつけて仲間達だけでも逃がそうとしたが……自分は仲間達の背を見た直後に右腕を肩から喰い千切られ、その痛みに意識が遠のいていく中で見ていた。腰から上……上半身を喰われ、噴水のように血を噴き出しながら沈んでいく若葉の姿を。首から上を噛み砕かれ、腹を、内臓(なかみ)を咀嚼されながらビクビクと死体を痙攣させていた五月雨の無惨な姿を。それを嘲笑いながら見下ろすレ級の姿を。姉妹艦である龍田はどうなったのか、睦月は、雷は無事なのか。艦娘……“天龍”には分からない。いや、もはや知ったところで意味はない。この身は既に死に体で、自分の感覚では数日と保たずに沈み逝く運命であると悟っているからだ。

 

 だが、沈むその前に成し遂げなければならないことが1つだけある。

 

 「てめぇが俺達を襲ったレ級かそうでないかはどうだっていい!! レ級は……てめぇだけは俺がこの手で殺す!!」

 

 龍が吼える。その歩みが遅くとも、怨敵の命を刈り取る為に確実に近付いていく。目の錯覚か、その身体からは黒い靄(もや)のようなモノが揺らめき、天に向かって立ち上っているかのように見える。そんな天龍の姿を、レ級は動くことも出来ずに見ていた。怒り狂った艦娘を見たことはあった。怒声を上げる艦娘も見たことがあった。だが……天龍のような怒りと憎しみと殺意の塊のような存在を見たことなどなかった。見ているだけで身体が震えるような存在など……見たことなど、なかった。

 

 艦娘と深海棲艦がやっているのは殺し殺されの戦争……戦いの果てに倒れることを覚悟している。出会い、戦い、敗れたのなら、天龍もこうはならなかっただろう。だが……レ級は仲間の死後を弄んだ。それが天龍には赦せない。

 

 「死ね……死んで、地獄の底で今までてめぇがやってきたことを全部受けろ……っ!!」

 

 軍刀が届く距離に辿り着いた天龍が、その左腕を振り上げる。もっとも……それを振り下ろしたところで、レ級にはダメージを与えることなど出来はしない。むしろ軍刀の方が砕け散り、そのまま天龍が力尽きるだろう……だが、その怨みを刻みつけ、今のレ級の心を切り裂くことは出来るかもしれない。弱々しい、見た目相応の怯えた子供のようにしか見えないレ級になら。

 

 だが……振り上げた手が止まる。レ級と自分との間に邪魔者が割り込んだことによって。

 

 「……関係ない奴はどけよ」

 

 「……それは、出来ん」

 

 割り込んだ邪魔者は、天龍の見たことのない存在だった。視界の隅にその存在を認識こそしていたがレ級しか見えていなかった天龍にとって、その存在のことなど意識の外だったからだ。

 

 天龍から見たその存在は、憎き深海棲艦のような青白い肌をしつつも、その服装や鈍色の瞳、銀とも白とも言える長髪など記憶の中にいる仲間達と似通った部分もあり、かつその気配は艦娘とも深海棲艦とも取れる不可思議な奴だった。だが、その存在は自分とレ級の間に……まるでレ級を守るかのように割り込んだ。それだけで、敵と断定するには充分。

 

 「どけ……てめぇも殺すぞ」

 

 「……」

 

 「どけっつってんだろ!! 五月雨の……若葉の、雷の! 睦月の!! 龍田の敵なんだっ!!」

 

 「……」

 

 「――っ!」

 

 何も答えない存在に業を煮やした天龍が、振り上げていた軍刀を存在目掛けて躊躇なく振り下ろす。その後ろにいるレ級ごと斬り捨てるつもりで振るわれたその一撃は……存在の右肩に浅く食い込んだところで刀身が折れるという結果に終わった。

 

 「ぐ……っ」

 

 「イブキッ!?」

 

 「てめぇ……なんで避けなかった」

 

 「……俺が避ければ、レ級に当たっていただろう。俺は彼女と家族になると言った……家族は守る」

 

 避けることも防ぐこともせずに軍刀を受けた、レ級からイブキと呼ばれた存在を訝しげに見る天龍だったが、彼女の口から出た言葉にポカンとした表情を浮かべ……再び憤怒の形相に変わる。

 

 「家族になる? 家族は守る? ふざけるな!! そいつが守る対象になんかなってたまるか!! 家族だったら何をしてもいいって言うのか!! 何をしてきたとしてもいいって言うのか!!」

 

 「それは……」

 

 「俺はそいつに仲間を無惨に殺された……そんな奴の前で、よくそんなふざけたことを抜かせるな!! ぐっ……」

 

 不意に、怒りを惜しげもなくさらけ出していた天龍の身体が倒れそうになる。反射的に支えようとするイブキの手を振り解くことも出来ず、嫌そうに顔を歪める天龍……隊が崩壊してから今日に至るまで補給はおろか手当てすらままならない状況でここまで生き延びることが出来たのは、ひとえに仲間の敵を取るという執念故のものだ。だが、それもここまで……今の一撃で辛うじて動いていた艤装が完全に止まり、少しずつ足が沈んでいっている。

 

 (クソが……ここまでかよ……まだあいつらの敵を取ってねぇってのに……こんな奴のせいで……)

 

 「イブキ……肩ガ……」

 

 「ああ……大丈夫だ。それよりも彼女を……」

 

 (こんな……レ級を家族だとかほざいた奴のせいで!!)

 

 悔しさのあまりに涙が零れそうになる天龍。仲間達が沈んでいったというのに、その原因はのうのうと生きていて、更には家族になると言った存在に出会った……そんなことを、赦せるハズがない。更には献身的な態度まで見せた……なぜその優しさを持ちながら仲間を惨殺したのだと殺意が膨れ上がる。しかし、それに反して身体の力は抜けていく……いっそ自爆でも出来たらいいのだが、燃料も弾薬もない。このまま無念の果てに朽ちるしかないのか……そう嘆いた時、天龍の右目にイブキの左腰にある軍刀が目に入った。

 

 (ああ……レ級を殺せないってんなら……せめて……)

 

 「ぐっ!?」

 

 折れた軍刀を手放して空いた天龍の左手が、イブキの左腰の軍刀の柄を逆手に握り、イブキの顎に頭突きをすると同時に引き抜く。そしてそのまま左手を真っ直ぐ横に伸ばし、横一閃の構えを取った。レ級は殺せない……ならばせめて、同じように大事なモノを奪う。

 

 「せめて、てめぇだけでも!!」

 

 文字通り、己の全てを捧げて振るう渾身の一撃。残った力も命も何もかもを込めて振るわれたそれは、体勢を崩していたイブキの身体を両断する……かも知れないモノだった。

 

 

 

 「イブキ……ッ!!」

 

 

 

 イブキの身体が、レ級によって天龍の斬撃の範囲から押し出される。変わりに……その一撃は、レ級の首を中ほどまで裂いたところで止まった。

 

 (……ははっ……やった……最後の最期で……)

 

 軍刀を通じて自分の手を汚す怨敵の血も、そのの口から吐き出される血が顔を汚すことも気にならない。それ程に、今の天龍は達成感を感じていた。何せ相手は戦艦レ級……奇跡でも起きない限り、大破した軽巡洋艦である自分では傷1つ負わせることすら出来ない最悪の深海棲艦。どれだけ殺意や怨みを抱いても、どれだけ殺すと決意しても、冷静な部分が不可能だと断じていた。

 

 (若葉……五月雨……かた、き……は……)

 

 軍刀から手が離れ、天龍の身体は暗い海の底に沈んでいく。閉じられた瞼の裏には、鎮守府でな楽しく、騒がしい日常が流れては消えていっている。身体が完全に海の中へと消えた後、不意に天龍の両手を誰かが掴んだ気がした。目を開いて確認してみると……夢か幻か、若葉に五月雨の姿。

 

 『天龍……』

 

 『天龍さん!』

 

 驚愕に目を見開く天龍を見てニヒルに笑う若葉と、涙目になって天龍に抱き付く五月雨。何が起きたか分からない天龍だったが、例え幻でも2人に再会出来たことを喜ぶ。独り孤独に沈むよりも……断然3人の方がいいから。

 

 (若葉……相変わらず見た目に似合わない笑い方してんなぁ。五月雨は……ふふっ……なんだ、暗い海の底が怖いのか……? 怖くねぇよ……俺が一緒にいるから……)

 

 若葉が天龍の手を握り、対抗するように五月雨も天龍の若葉が握った手とは反対の腕に抱き付く。ぶっきらぼうで、口が悪くて、でも面倒見がよくて……そんな天龍は駆逐艦達によく懐かれる。こうして両手を小さな手で塞がれ、仕方ないと笑いながら握り返す。不思議と、海の中にも関わらず……その両手は幻に握られているにも関わらず……確かに温かった。復讐に身を堕とした天龍が穏やかな笑みを浮かべる程に……暖かった。

 

 

 

 

 

 

 「レ……級……」

 

 喉を半ばまで切り裂かれ、その凶器が未だ残っている……そんな目を覆いたくなるような姿のレ級を見て唖然とするイブキ。思わずキヒッと笑い声が出てしまう……ことはなく、変わりに出たのは血とゴボッという水中で息を吐いた時のような音。このような状態……本人からしてみれば痛いどころではない。苦しいどころではない。人間ならば即死、艦娘や深海棲艦でも確実に致命傷……だが、人外故の生命力が死へ向かう時を先延ばししてしまっていた。

 

 (イブキ……)

 

 自分の姿を見てイブキが震えている。そんな姿を、レ級は可愛らしく思った。無論、可愛いなどという感情など知るハズなどないが……彼女の感じた何かを言葉にするなら、それが正しいだろう。

 

 (イブキ……ゴメンナサイ)

 

 自然と、レ級の脳裏にその言葉が浮かんできた。イブキは一緒に艦娘達に謝りに行こうと言っていたが……行けそうにない。せっかく家族になろうと言ってくれたのに……なれそうにない。そんな様々なことに対する、謝罪の言葉が。

 

 次の瞬間、レ級は世界が横向きになったように感じた。が、すぐに自分が横向きに倒れたのだと悟る。意識は辛うじてあるものの、最早立っていることすら出来ないらしい。それを見たイブキはハッとしたように一瞬体を震わせ、すぐにレ級の側へとしゃがみ込んだ。

 

 「あ、これ……どうすれば……っ!」

 

 今までのキリッとした雰囲気や格好良さが嘘のように慌てるイブキ。喉を裂いたままの軍刀をどう処理していいのかも分からないらしく、手を近付けたり引いたりするだけで何も出来ていない。そうしている内にレ級の目は虚ろになっていき、身体も少しずつ沈んでいっている。

 

 (イ……ブキ……)

 

 「レ級! すまない! すまない! 俺は、俺には、どうすることも……っ!」

 

 今にも泣きそうな顔をしているイブキの手を、レ級が力無く握る。それだけで、今度は誇らしいと思った。敵味方問わずに喰い、殺し、弄んできた自分が……必要なかったかもしれないが、守った“温もり(モノ)”が確かにある。だが、最期に見る守ったモノの顔が泣き顔というのは……なんだか嫌だなぁと思った。せっかくだから、笑った顔が見たい。自分に笑いかけて欲しい。作り笑いでも、苦笑いでも、何でもいい。一目見たときから“好き”だった、イブキの笑った顔だから。

 

 

 

 ― ……キヒヒッ♪ ―

 

 

 

 レ級が伸ばした手がイブキの口元を釣り上げ、歪な笑みを無理やり作り出す。ビックリしているのか目を見開いているのに口許は笑っている……変な顔だ、これは忘れられそうにないくらい……変な笑顔だ。思わずやったレ級自身が笑ってしまう程に……その笑い声を出すことは、出来なかったけれど。

 

 硬直したイブキの手をすり抜け、レ級の身体がとうとう水中へと沈みきる。横向きだった身体が仰向けになり……その際に、自分の首にまだイブキの軍刀があることに気がついた。だが、気がついたところでもうどうしようもない。目は殆ど見えず、身体は動かない。耳も聞こえていない。軍刀を返すことなど出来はしない。最後の最期で無念の気持ちが宿る。だが、そんな時に聞こえないハズの音が……声が聞こえた。

 

 「このまま、私が一緒にいてあげるですー。生まれ変わったら一緒に、イブキさんに会いに行きましょー」

 

 暗い海の中に不釣り合いな明るい声……その声を最後に、レ級はその艦生を終えた。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、帰ってきたっぽい!」

 

 「……レ級かも知れないよ」

 

 「レ級はこの屋敷のことなんて知らないよ~」

 

 あれから数時間、屋敷に帰っていた夕立は意気消沈していた時雨を自分の部屋にあるベッドで横にさせながらイブキの帰りを待っていた。日は既に暮れ始め、今は夕方。少し遅いんじゃないかと心配していたところに聞き慣れた玄関の扉を開く音が聞こえ、夕立は時雨を置いて玄関へと向かう。その姿はさしずめ、大好きな主人が帰ってきた時の子犬だろうか。

 

 二階の階段を下りる途中、イブキの姿が夕立の目に入る。その瞬間、夕立は全身の血が凍り付いたように錯覚した。顔と身体に大量に付いている血、右肩にある切り傷……鎮守府の仲間達が怪我をした時でさえロクに感じなかった焦燥感が、夕方を襲った。

 

 「い、イブキさん!? 大丈夫!?」

 

 慌てて階段を何段かすっ飛ばしながら下りる夕立。途中で転げ落ちそうになるがなんとか踏みとどまり、すぐにイブキの元へと急ぐ。そして目の前まで来た時、ようやくイブキの様子がおかしいことに気付いた。顔色は肌の色よりも更に青白く、死人のようにすら見える。目の焦点もあっておらず、こんな状態で屋敷に戻ってこれた事実が信じ難いほどに。

 

 「イブキ……さん?」

 

 「……夕立……?」

 

 まるで、今自分のことに気付いたかのような反応。いや、事実今気付いたのだと夕立は考えた。何かがあったのだ。夕立が時雨を連れてあの場から離れた後に……今まで見てきたイブキの姿からかけ離れた、今のような状態に陥る……何かが。

 

 大丈夫? など分かり切っている問い掛けは夕立はしない。誰がどう見ても、大丈夫などとは口が裂けても言えない。イブキの怪我は、夕立が確認する限りは右肩の傷のみ……それにしては、身体についている血の量が多すぎる。

 

 「イブキさん……何があったの?」

 

 「……レ級が死んだ」

 

 

 

 ― 俺を守って……死んだ ―

 

 

 

 ただそれだけを呟いたきり、イブキは何も喋らなくなった。そもそも、何がどうなって敵であるハズのレ級がイブキを守って死ぬ、なんて状況になったのかも夕立には分からない。まだイブキがレ級を沈めたと言う方が納得出来るし、そうなるのが普通だろう。だが、イブキの様子から嘘をついているようには見えない。ならば、それは実際に起きたことで……そのレ級の死が、イブキをこんな状態にしたのだろうと、夕立は考えた。

 

 (……いいなぁ)

 

 夕立に芽生えたのは、嫉妬。イブキの名を呼びながら自分を襲ったレ級。そのレ級は死に、イブキは苦しんでいる……少なくとも、死を切欠に憔悴する程には想われていたのだ。深海棲艦の記憶を持つ夕立に、敵だ味方だという意識は薄い。故に、それは純粋な嫉妬……そして、自分のことはどう思われているのかという不安。

 

 「……ねぇイブキさん」

 

 その不安を取り除きたい。自分も想われたい。たった1週間共にいた夕立は、イブキさえ居れば後はどうでもいいと断じられる幸せを味わった。だからこそ、イブキにも幸せであって欲しいと願う。故に……まずは話を聞かねばならない。何があったのか、自分では助けになれないのか。自分は助けられた、幸せを与えられた。ならば……。

 

 「何があったのか話して? イブキさんがなんでそんなに苦しんでるのか、私には分からないから。だから……全部聞かせて?」

 

 今度は、自分が助けたい。与えたい。それが命と二律背反の感情から救ってくれた恩人への……大好きな相手への恩返しになると信じているから。

 

 

 

 

 

 

 今、俺は屋敷にある俺の部屋にいる。夕立と一緒にベッドに腰掛け、彼女に何があったのかを話す為に……正直に言えば、俺はどうやって屋敷に帰ってきたのか覚えていなかった。覚えているのは、生暖かい血の臭いと……最期にレ級の見せた笑顔だけ。俺の顔に手を伸ばして、触れて、笑った……その笑顔だけ。だが、それだけではいけないだろう。何の説明にもなっていないのだから。

 

 「ゆっくりでいいからね」

 

 丸めている俺の背中を撫でながら、夕立が耳元で囁く。その手つきは優しく、じんわりと温かさも感じる。少し……ほんの少しだけ落ち着いた俺は、ようやく口を開くことが出来た。それは先の出来事だけでなく、1週間ほど前の始まりの日のことも話していた。

 

 「たった1週間ほど前に……俺は突然生まれた。記憶もなく、なぜ生まれたのかも分からず……そして目の前には、あのレ級がいた」

 

 ちゃんと説明出来ているかは分からない。相変わらずの謎変換が出ているかもしれないからだ……それすら自覚出来ない程に、俺は記憶を振り返りながら話すことに集中していた。雷のことも話したし、雷の艦隊が……恐らくはレ級の手によって壊滅したことも。レ級を撃退し、名を覚えられたことも。あのレ級が俺の名を呼んでいた以上、今更だが最初にあったレ級であることは確定している。

 

 「夕立達を逃がした後、レ級は鎮圧出来た。そして……これは夕立がどう思うか分からないが、俺はレ級に家族になろうと提案したんだ」

 

 「家族に……? レ級は受けたの?」

 

 「ああ……2人に一緒に謝りに行こうとも言っていた。無論、許されないことも承知の上で、だ。そしてその後に……彼女が現れた」

 

 天龍……雷が、長門が言っていた……壊滅した艦隊の内の1人。片腕を無くし、補給も修復もままならないのに……その復讐心だけでさっきまで生きていて、敵をとって沈んでいった艦娘。レ級がしたことと天龍の憎しみに……俺の考えは甘いモノだと教えられた。心の底から震え上がる程の怒り、憎しみ、怨み……絶望。そして思い出した、雷の絶望、悲しみ、嘆き。

 

 

 

 『ああ、お前は覚えてねぇだろうさ……覚えてねぇだろうがなぁ! 俺は忘れねえ……てめぇがしたことを!! あの時の絶望を!! 怒りを!!』

 

 『あ……ああ……うぅ……うああああ!! 天龍さん!! 龍田さん!! 睦月!! 五月雨!! 若葉ぁ!! うええええん!!』

 

 

 

 被害者と加害者……俺はあのレ級がしたことを知っていたハズだった。分かっていたハズだった。なのに……俺はレ級を守った。家族になろうと言ったことを天龍に喋った。きっとこの時も、俺は楽観的に考えていたんだろう……いくら許してもらえないことだと頭で考えていても、心のどこかでもしかしたら……そういう甘い、考えがあったんだろう。結局、俺は自分本意で周りのことなんて何も考えていなかったんだ。

 

 

 

 『家族になる? 家族は守る? ふざけるな!! そいつが守る対象になんかなってたまるか!! 家族だったら何をしてもいいって言うのか!! 何をしてきたとしてもいいって言うのか!!』

 

 

 

 だからこそ、俺は天龍の言葉に答えることが出来なかった。返す言葉なんて持っていなかったからだ。“俺の周りだけでいいから戦いのいらない場所を作る”……ほんの少し前に出来た、俺の目標。レ級と夕立と俺が一緒に暮らせば争いのない空間になる? 艦娘と深海棲艦が共存出来るような空間が作れる? 平穏な日々が訪れる? ……出来る訳がない。目標は、夢は、そのままで終わった。この世界の現実を、艦娘と深海棲艦は相容れないという現実を……この世界の住人から刻み込まれた。果てには隙を突かれていーちゃん軍刀を奪われ、斬られようとしたところで……レ級に庇われ、2人は死んだ。俺はレ級と夕立と3人で暮らすという未来も奪われた。

 

 「はっきりと思い出せる。止めどなく首から、口から血を流すレ級の姿を。どうすることも出来ずに沈んでいく彼女の姿を」

 

 常に冷静な思考が出来ていたハズなのに、それが初めからなかったかのように慌てて、何も出来なかった。軍刀を抜けば良かったのだろうか。いっそのこと楽にしてやれば良かったのだろうか。俺が出来たのは……結局、彼女の側に座り込んで喚くことだけだった。だが……レ級は俺の手を握って、俺の頬に手を伸ばして……何がおかしかったのか、笑った。面白いモノを見たかのような、そんな笑顔だった。なぜ最期にそんな笑顔を見せたのかは、俺にはわからない。

 

 これで、話すことは全て話した。俺はどうすればいいのだろうか? 出来た目標はすぐにこの世界の現実、常識によって不可能なものだと思い知らされた。ならば、艦娘と深海棲艦のどちらかに組すればいいのか? それもいいだろう……だが、俺はどちらにもいい奴がいることを知っている。どちらかに組すれば、どちらかと敵対することになる。いや、そもそも俺という存在が受け入れられるかも分からない。いっそのこと、レ級の敵を取る為に復讐するなんてことが出来たら楽なんだろうが……その相手である天龍はもう沈んでしまっている。ならば、他の天龍を憎しみの対象にすればいいのか? しかし、俺は無関係の誰かを憎めるような心の持ち主ではなかった。結局、俺は何も出来ず、何も決められないのだ。

 

 「失望してくれていい……夕立も、こんな俺と一緒にいるよりも時雨と一緒に帰った方が」

 

 俺の言葉はそこで止まる。その理由は……隣に座っていた夕立が、俺に抱きついてきたからだ。

 

 

 

 「私には、深海棲艦だった時の記憶があるの」

 

 

 

 唐突に夕立は、元居た鎮守府では誰にも話さなかったという自分の悩みを話してくれた。

 

 深海棲艦だった時の記憶。それがあることによって感じる二律背反の感情。喜びと憂い、慈しみと憎しみ、友好的と敵対的……仲間にも敵にも同じように浮かぶその感情は、夕立を苦しめていく。そして、誤って味方を撃ってしまい……敵前逃亡。その果てに、俺と出会った。

 

 「ずっと苦しかった。新しい艦が来る度に仲間が増えるって喜んで……心の中でまた増えたって落ち込んだ。出撃から帰ってきた皆が無事だったことにホッとして……沈めば良かったのにって舌打ちした。そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった……でもね、イブキさんは……イブキさんだけは違ったの」

 

 「俺……だけ?」

 

 「イブキさんと一緒に水浴びすると気持ちよかった。イブキさんと一緒に掃除すると、ちょっと疲れたけど楽しかった。一緒に食べるご飯は美味しくて、一緒に寝るとぐっすり眠れて、いい夢だって見られた。手を握ると心がぽかぽかして、イブキさんに名前を呼ばれると嬉しくて、こうやってギュッとしてると安心出来て……あったかい気持ちでいっぱいになるの。いっぱいいっぱい満たされるの」

 

 夕立が俺の胸に顔をうずめてこすりつける。血の臭いに夕立から香る甘い匂いが混ざり合うが、少しずつ夕立の匂いしか感じなくなっていく。まるで、夕立が俺を包んでいるかのような……そんな気がして。気がつくと俺は、夕立の華奢な体を抱き締め返していた。

 

 「……♪」

 

 嬉しそうな夕立の顔が下に見える。その顔が、夕立の言葉が嘘ではなく本心からのモノだと思わせてくれる。だが、それを話して俺に何を伝えたいのか……分からない。

 

 「……私が何を言いたいのか分からないっぽい?」

 

 「……すまない」

 

 「ううん、大丈夫。それに難しいことじゃないっぽい」

 

 「……?」

 

 

 

 「私は、イブキさんとずっと一緒にいたいの。周りなんか気にせずに、この島で、この屋敷でずっと。一緒に暮らす仲間が増えるのだって、イブキさんがいればきっと大丈夫だから。鎮守府に帰れなくたって、イブキさんと一緒なら大丈夫だから……だから……私と家族になろう? ずっと一緒にいよう? 私がイブキさんを守るから、イブキさんが私を守って? それが、家族になることだって思うから」

 

 

 

 「……ああ」

 

 より強く、夕立の身体を抱き締める。その温もりを確かめる為に。その存在を離さない為に。

 

 「イブキさん……ちょっと痛いっぽい」

 

 「すまない……でも、今だけは……」

 

 「今だけじゃなくって、ずっとギュってしててもいいっぽい」

 

 嬉しいのだろう。夕立は、俺の目標を認めてくれたのだから。俺がレ級にしてあげようとしたことを、夕立は俺にしてくれたのだ。この世界で誰とも知らぬモノに身体を与えられ、力を与えられ、他に何1つ持たなかった俺。だが、俺が選んだモノが、得たモノが……俺という存在を求めてくれた人が、確かに存在した。存在……してくれた。

 

 「俺は夕立を守る……この世界で、君とずっと一緒にいる」

 

 誓う。元一般人だからとか、戦いを知らないとか、心が弱いとかは関係ない。せめて、この誓いだけは破らない。守れなかったレ級の分まで、彼女と過ごせなかった時間以上に……夕立を守り、一緒にいる。その為に心も、身体ももっと強くなってみせる。再びいーちゃんと再会した時の為にも、またレ級と同じことを繰り返さない為にも。あの人間好きの、やりがいのある人生だったと言って生き抜いて死んだ大総統のように。

 

 「俺と……家族になろう」

 

 「うん……♪」

 

 俺はこの島で、この屋敷で、この世界で……“イブキ(おれ)”として生きていく。




という訳で、天龍の復讐とレ級沈没、夕立大勝利のお話でした。前回の後書きでレ級身内化と言ったな……あのまま過ごせるとは言ってません。正直五月雨はやりすぎたと思いますが、天龍に怒りを抱かせる為に……ごめん五月雨。イメージは旧劇EVAにて量産型に食い散らかされた弐号機の惨状。



今回のおさらい

いーちゃん、レ級と共に水底へ。バカな、この私が沈むだと。イブキに最初に傷を付けたのは天龍。夕立大勝利。時雨は不憫可愛い。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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……任せろ

お待たせしました。ようやっと更新で御座います。

前話はやはり賛否両論という感じですね。そしてイブキがレ級に庇われる辺りで“感覚”が発動していないことに疑問を抱いたという意見を頂きましたので、前書きをお借りして説明させて頂きます。いらないという方はスルーして下さい。



まず、イブキの感じている“感覚”ですが、本人が時間が止まっているように感じていることを指します。これはあくまでもそう感じているだけであり、実際に止まっている訳ではありません。例えば、イブキが誰かに砲撃されて感覚が発動した場合、周りが知覚出来ずとも砲弾が止まった、もしくはゆっくり進んでいるように見えています。その砲弾に大して、イブキは感覚内で弾くなり切り裂くなり避けるなりと動ける訳です。

ですが、空中だったり身動き出来ない場合に砲撃された場合、避けるということが出来ません。例え感覚内だったとして、腕や足を振るうことが出来ても身体が動かないからです。

前話の場合、描写こそありませんが感覚自体は発動しています(描写していない時点で説得力はありませんが)。が、密着した状態の天龍から頭突きされたことでイブキは体制を崩していました。そのせいで、イブキは天龍の一撃を防ぐことも避けることも不可能だった為、レ級に押し出されて庇われるまで何も出来なかったんです。

拙い説明、申し訳ありません。この説明で納得出来ない方もいらっしゃると思います。更に不可解な部分や疑問に思う部分、矛盾している部分があるという方は、メッセージや感想、活動報告でコメントを下さい。私としてもそういった部分は無くしていきたいと思っていますので、可能な限りお答えさせて頂きます。

それでは、本編をどうぞ。


 夕立が部屋から出て行き、その後に彼女の慌てたような声を聞いた時雨は殆ど動けないハズの体を無理やり動かし、部屋から出る。その時、丁度階段を登ってきたところであろう夕立と、恐らくは彼女がイブキと呼ぶであろう血まみれの女性の姿が時雨の視界に入る。2人は時雨に気付くことなく、時雨がいた部屋とは反対方向の通路に向かい、一番近い玄関側の部屋に入った。

 

 気になった時雨はその部屋に向かい……扉の正面に立って少しだけ扉を開けて中を覗くと、運良くベッドの上で座っている2人の背中が目に入った。丁度話し始めたところだったようで、イブキは自分のことや先程何があったかなどを話し、時雨も盗み聞きという形ではあるが聞いていた。

 

 (記憶もなく突然生まれた? あの人は、自分が何の艦娘なのか分からないのか……そもそも艦娘なのかな……深海棲艦の気配も一緒にするし。それに……レ級と家族になる? レ級が僕達に謝ろうとしていた?)

 

 イブキの出自はともかく、レ級の話に関しては時雨は半信半疑だった。と言うのも、時雨はレ級と出逢ったのは今回が初めてであり、噂や資料でしか見たことがなかったからだ。しかもいきなり撃ってきた相手が自分達に謝ろうとしていたなど、すぐに信じられるハズがない。かと言ってイブキが嘘を言っているようにも見えない。そして家族云々もまた、時雨にとっては考えもしないことだった。そもそも深海棲艦の脅威から人類を守るのが海軍であり、艦娘なのだ。異形の相手と仲良くなろうと考える将校、艦娘は少ない。無論、話し合いによる和平や深海棲艦との共存を掲げる者達も居るが……少数故に戯れ言、理想論と一蹴されるのが常である。

 

 (……まあ、僕達の司令官がその少数なんだけどさ)

 

 時雨達の提督は、着任して2年程のまだまだ経験の浅い女性の提督だ。少々頼りないが一生懸命な姿が配属している艦娘に好まれ、信頼関係も良好である。女性なのに提督なんて……とは思うが、今の海軍には決して少なくない数の女性提督がいる。士官学校では提督としての能力も当然必要だが、軍人としての在り方よりも人間性を重視し、艦娘とのコミュニケーション能力が高いことが提督として必要なモノであると教えられる。そして艦娘は皆少女から女性という姿をしていることもあり、女性のことは女性が1番……という理由から女性提督が増え始めているのだ。

 

 

 

 「私には、深海棲艦だった時の記憶があるの」

 

 

 

 唐突に、夕立の声でそんな言葉が聞こえた。

 

 (……えっ?)

 

 信じられない、と時雨が思うよりも先に夕立は言葉を紡いでいく。自分達と過ごす中で感じていたという二律背反の感情があったということ。一週間程前の作戦で仲間に誤射をしてしまったこと。その事実が恐くなり、戦場から逃げ出したということ。夕立が行方不明になったのは戦いの最中で沈んだり流されたりした訳ではなく、敵前逃亡であることを……時雨は知った。

 

 敵前逃亡は軍属の人間であるなら銃殺刑、艦娘ならば解体処分となる大罪である。このことが時雨達の提督に伝われば……優しい彼女は許してくれるだろう。だが、その上に伝われば解体処分は免れない。どれだけ提督や鎮守府の仲間達が尽力しようとも、だ。

 

 (なんだよ……それ……)

 

 扉の向こうで、夕立は誰にも話さなかったという苦しみをイブキという存在に初めて話している。仲間にすら話さなかった苦しみを。自分達に抱いていたという二律背反の感情を。しかもそれはイブキに対しては抱かない。この世界で唯一無二かもしれない存在と出逢ったことを、夕立は嬉しそうに言いながら……イブキに甘えるようにすり寄っている。

 

 (そんなこと……話してくれなかったじゃないか)

 

 分かるハズがない。深海棲艦と渡り合う能力があり、人外の力を振るう艦娘でも心を読むことなど出来はしない。だが、人間と同じように心がある。ケンカもするし恋愛もする。喜怒哀楽といった感情が存在している。夕立はいつだって楽しそうに見えた。少しむくれたりケンカしたりもしたが、自分を含めた姉妹艦や仲間、提督と笑い合いながら日々を過ごしていたのだと思っていた。

 

 (言ってくれないと……分からないじゃないか……っ!)

 

 ぽたぽたと、時雨の服と床の上に雨が降る。信じたくなかった。その笑顔の裏で苦悩しながら悲鳴を上げていたなどと。自分達と過ごすことが苦痛であったなどと。自分達に憎しみを抱き、憂いを感じ、敵対心を持っていたなどと……信じたくはなかった。そして、それに気付くことが出来なかったことが……時雨は何よりも悔しかった。仲間である自分ではなく、見知らぬ誰かがその苦しみから夕立を開放出来たことが……悔しかった。

 

 「私は、イブキさんとずっと一緒にいたいの。周りなんか気にせずに、この島で、この屋敷でずっと」

 

 そして、夕立のその言葉がトドメとなった。夕立の心はもう完全に、自分を含めたかつての仲間達のところにはないのだ。鎮守府に帰る気もなく、イブキと共に在ることを願い……イブキもまた、夕立と共に在ることを誓った。その間に自分達が入ることなど……もう、出来はしないのだ。

 

 時雨は意気消沈しつつ重い足取りで先ほどいた部屋へと戻り、ベッドに横になる。この部屋は夕立の私室となっているらしく、夕立の甘い香りが染み着いている。だが、その夕立は時雨の側にはいない。同じ島の同じ屋敷の中、徒歩数秒で辿り着けるほど近い距離にいるというのに……その心の距離はあまりにも遠い。仲間が心配していたと言っても、届かない。姉妹が泣いていたと言っても、響かない。提督が心配のあまりにロクに眠れていないと言っても……夕立の心には波風1つ立つことはない。

 

 「こんなのって……ないじゃないかっ……」

 

 その日……夕立がこの部屋に帰ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 「……朝、か……」

 

 翌日、時雨は酷い疲労感を感じながら目覚めた。いつの間にか眠っていたらしいが、全くと言っていいほどに眠れた気がしない。昨日の服のまま眠っていたせいか、服がシワシワになっているが……そのことを気にする余裕もなかった。身体の痛みは昨日に比べればほぼなくなっている。激しく動くことはまだ出来ないだろうが、日常生活を行うことは充分に可能だろう。

 

 「問題は……」

 

 体を起こし、ベッドの側に置かれた自分の艤装を見る。レ級の砲撃の直撃を受けて沈まなかったことは運が良かったという他ないが、その代償として艤装がほぼ全損している。宿っている妖精達が応急処置を施してはくれているが、戦闘はおろか航行すら危うい。通信機や電探等の機器も軒並み使用不能。この島では資材の調達はほぼ不可能と見ていいだろう。つまり、今の時雨は自分の身1つで遭難していると言っても過言ではないのだ。只でさえ今の所属鎮守府は夕立が行方不明になったことによる捜索と心労でマズいことになっているのに、更にここで自分まで行方不明となったらどうなるか……想像するのは容易い。

 

 「何とか帰らないと……せめて通信さえ出来れば無事だって知らせられるのに……」

 

 元々時雨は“軍刀を持った深海棲艦”という情報の真実を探る為に1人遠征に出ていたのだ。本来ならば、単艦で遠征など行わないのだが……軍人としての任務と出撃、いざという時の為の待機する艦娘と人手はあまりないにもかかわらず、時雨達の提督は夕立の捜索にも力を入れている。その為、不確かな情報を探る為の遠征部隊を作る程の数が集まらなかったのだ。しかし、不確かとは言っても新種の深海棲艦かもしれない以上は確認しない訳にもいかず……所属艦娘の中でも実力の高い方である時雨が抜擢されたという訳だ。

 

 話を戻そう。時雨が遠征に出たのは昨日……既に1日経過している。長いものなら1週間以上掛かることもある遠征だが、時雨の場合は長くても12時間程度……何かあったと思われることは確実だろう。しかし、現状では無事を伝えることも帰還することも出来ない。

 

 「夕立の通信機器は使えないかな……」

 

 時雨が思いついたのは、夕立の艤装にもある通信機器を使うことだ。所属が同じである夕立ならば、鎮守府に繋がるように設定されているハズ……イブキの通信機は軍規に触れる為使えない……そう考えた時雨が部屋から出たその直後、目に入った存在に目を奪われた。

 

 「ん? 君は……時雨、だったかな? もう動いていいのか?」

 

 「あ……う、うん。まだ痛みはあるけど、動くのは大丈夫……です」

 

 「そうか……良かった」

 

 存在……イブキは、時雨の返事を聞いて安堵したように小さく笑った。瞬間、時雨の脳裏に昨日見た彼女の背中が思い浮かぶ。深い悲しみに染まっていたイブキの背中……時雨は、それを見た直後は弱々しいと感じていた。だが、その背中と目の前の彼女が全く重ならない。なぜなら、彼女は自分のことを優しい目で見つめながらも……その瞳には、弱さと同時に力強さもあったからだ。

 

 「……何か、顔についているか?」

 

 「あ、いや、そうじゃないんだけど……その、夕立は……?」

 

 「夕立はまだ寝ているよ。昨日は少し、遅くまで起きていたみたいだから」

 

 ピシッと、先に考えていた悩みや目的や昨日からの苦悩やら何やら全てを忘れるほどに時雨は硬直した。というのも、イブキの言い回しから……少し、俗っぽいことを想像してしまったからだ。

 

 (き、昨日は遅くまで起きていたって……つまりその、夜戦ってこと、だよね……うん、雰囲気に流されてってこともあるだろうし……うん)

 

 やはり状況的にはイブキが夕立に……それとも途中で夕立がイブキに……というピンク色の妄想が時雨の脳内を埋め尽くしていく。が、そこはやはり経験(無論、戦いの)を積んだ艦娘、すぐに意識を真面目なモノに切り替え、悲壮感と現状をどうにかせねばと再び考え直し……ふとイブキがどこに行くのか気になった。

 

 「そういえば、イブキさんはこれからどこへ……?」

 

 「臭いとかが気になるから、裏の湖に水浴びをしに……ね」

 

 臭いと聞いた時雨の脳内は、やはりそういうことだったのかと再びピンク色に染まった。

 

 

 

 

 

 

 顔を赤くしたままイブキを見送り、彼女の部屋に入って夕立が起きないように夕立の艤装を部屋に持っていき、時雨は艤装に宿る妖精達に通信機器が使えないかを問う。結論から言えば……使えなかった。艤装自体は時雨の物よりも状態は遥かに良好。燃料さえあれば充分航行は可能であるし、弾薬さえあれば戦闘だってこなせる。しかし、それは妖精達が砲身や足まわりの艤装を応急修理したからだ。よく見てみれば、海水を被ったせいかところどころ錆びている。1度オーバーホールしないと、いつか完全に使えなくなってもおかしくはない。また1つ、夕立を連れ帰らねばならない理由が増えてしまった。

 

 「……どうしよう」

 

 正直に言って、時雨は夕立を鎮守府に連れ帰るのはほぼ不可能だと考えている。自分達よりもイブキがいいと断じ、自身の秘密から何からを告げ、一夜を共にする程だ……これで無理にでも連れ帰れば、夕立は仲間達を沈めてでもこの島に帰ろうとすることは想像に難くない。更に、夕立が鎮守府から離脱する……つまり除隊するとなれば、解体処分となって普通の人間とならなければならない。これは、一般人となった元艦娘が艦娘としての力を振るわないようにする為の処置だ。だが、それでは夕立がこの島に戻る為の船が必要になる……今の御時世でそれは難しい。

 

 時雨は考える。どうすれば全てが丸く収まるのか。それは、ずっと苦しんでいた夕立への贖罪と……大切なモノを見つけた彼女へのお祝いの気持ちから来ていた。正直に言えば、イブキに対する嫉妬心は当然ある。同時に……時雨は夕立にも嫉妬している。それ程までの“大切”を見つけられた夕立に……それ程までの“大切”と出会え夕立に。

 

 「……」

 

 グッと、時雨は握り拳を作る。仲間達の心配や状況のことなど関係ないという夕立の態度に思うところは、当然ある。夕立の真実を知っても、それは変わらない。だが、その感情を押し込むことが出来る程度には時雨は大人だった。彼女は幸せを得た。嫉妬すれど、思うところはあれど……祝うのが仲間であり友人であると、時雨は思うのだ。祝うだけで何も贈ることが出来ないのが、少し残念ではあるが。

 

 「贈り、“物”……」

 

 不意に、時雨の視線が夕立の艤装から自分の艤装へと移る。原形こそ残ってはいるが、そのボロボロの見た目はガラクタと呼んでも遜色ない程。だが……ガラクタはガラクタで使える部分だってあるかもしれない。そう……“解体”すれば、使える部分が見つかるかもしれない。

 

 時雨が思い付いたのは、最早廃品レベルになった自分の艤装を解体し、使える部分を夕立の艤装へと組み込むというものだ。流石に彼女自身にそういった技術はないが、妖精達なら話は別。必要な工具は妖精達がいつでもどこでも応急修理が出来るように常に持ち歩いているし、艦娘や艤装の知識や技術は妖精達が1番だ。試しに聞いてみたところ、時雨の言う通りのことならば1、2時間程度で出来るという。

 

 だが、ここで問題が1つ。それは、単純に分解する艤装がなくなる……この場合、時雨の艤装がなくなるということだ。故に、残る夕立の艤装をどっちが使うかが重要になる。夕立が使い続けるなら、時雨は鎮守府に帰ることが出来ない。時雨が使うなら、夕立は艤装なしで暮らしていかねばならない。贈り物をするどころか物を奪ってしまうことになる。しかし、どの道時雨の艤装では海に出られない。

 

 「そう上手くはいかない、か……」

 

 結局結論が出せなかった時雨は艤装を夕立に返す為に再びイブキの部屋に向かう。その途中、何気なく窓の外を見ると……湖で水浴びをしているイブキの姿が目に入った。水浴び中……つまり裸のイブキを遠巻きから見てしまった時雨は、同性であるにも関わらずに顔を赤くさせる。遠巻きと言っても、艦娘である時雨はその肢体がはっきりと見えてしまっているのだが。

 

 (うわー、うわー……キレイな体だなぁ……胸も大きいし、水に光が反射して髪がキラキラしてる……)

 

 思わずというように、時雨はイブキの裸体に魅入る。因みに、時雨は決してそっちのけがある訳ではない。しかし、なぜか目が離せないのだ。ふと、時雨は改めてイブキについて考える……とは言っても、彼女が知っていることはあまりに少ない。せいぜいが昨日聞いた話のことと、レ級を単独で鎮圧出来るほど強いことくらいだ。後は、夕立の(恐らく)ハジメテの相手であるということくらいだろうか。艦娘と深海棲艦の気配が同時にするということも忘れてはならない。こうして考えると、色々とぶっ飛んでいる。

 

 「時雨? 何してるっぽい?」

 

 「うわっひゃあいだぁっ!?」

 

 いつからいたのか、いきなり夕立に声をかけられた時雨は抱えていた夕立の艤装を足の上に落としてしまい、飛び上がるほどの痛みを受けながらも艤装のせいで飛び上がることが出来ずにしゃがみ込んで痛みに耐える。尚、艤装は見た目こそ小型の物から大型の物まで様々だが……艦娘と深海棲艦の力の塊とも言うべき物であり、基本的に重量はどんなに小さくても優に100Kgは超える。戦艦クラスになればトンに届くほどだ。そんな物が足の上に落ちた時雨の感じる激痛がどれほどのモノかは推して知るべし。

 

 「……大丈夫っぽい?」

 

 「こ、これくらい……何でも、ないざ……ぐしゅっ……」

 

 「泣くほど痛いなら意地張らなくてもいいのに……ところで、イブキさん知らない?」

 

 「その返しはドライ過ぎないかな……っ!」

 

 あまりの痛みに涙目涙声になりながら夕立を見上げる時雨の目に、4本の軍刀が目に入る。頭に浮かぶのは、元々の目的である“軍刀を持った深海棲艦”という情報。因みに、この情報の深海棲艦によって出た被害はなく、本当にただの噂止まりだった。無論、この軍刀というキーワード以外にも白髪だの魚を捕ってただの色々あるが……深海棲艦と判断されたのは白髪という噂から……1番多かった情報がそれだった。時雨は艤装から足をずりずりと少しずつ引き抜きながら夕立に問いかける。

 

 「その軍刀の持ち主って……」

 

 「うん、イブキさん。多分、時雨が言ってた情報の深海棲艦っていうのもイブキさんっぽい」

 

 呆気なく、時雨の目的は達成出来てしまった。問題はこれをどう報告するか、だ。何しろ、イブキは深海棲艦と言っていいのか分からないのだ。仮にありのままを報告すれば、居場所も分かっている以上は艦隊が組まれてこの島にやってくるだろう。それを夕立は歓迎しないだろうし、今の夕立を知っている時雨の心情的にもそれは避けたい。

 

 では、そんなモノはいなかったと報告すればどうなるだろうか。それはつまり虚偽の報告をしたということであり、バレれば軍属である時雨の身は保証出来ない……しかし、それは“軍刀を持った深海棲艦”の正体がイブキである場合だ。イブキは軍刀とや白髪……銀髪とも言えるが……という特徴こそ酷似しているが、その正体であるとは確定していない。確証がない以上、それらしい存在を見たというのがいいだろうか。色々考えた末、時雨はひとまず保留することにした。

 

 「……ところで、夕立はそれを持ってどこに行くの?」

 

 「今ぐらいの時間だとイブキさんが裏の湖で水浴びしてるっぽいから一緒に入りに行くっぽい」

 

 「……そっか。じゃあまた」

 

 「そうだ! 時雨も一緒に行くっぽい!」

 

 「後で……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった……と時雨は考える。

 

 「夕立……また君は……」

 

 「ごしごーし♪」

 

 (……はぁ)

 

 目の前には全裸のイブキを同じく全裸の夕立に手拭いで背中をごしごしと楽しそうに擦っている。対するイブキは恥ずかしいのか顔をほんの少し赤くして目を閉じながら額に手を当てている。そんな2人同様に、時雨も全裸だ。昨日から風呂どころか水浴びすらしていない時雨は汗や血や潮風などで体中がベトベトだったので水浴びをすること自体はまだいい。イブキも夕立も同性なので一緒に入るのも構わない。だが、時雨の中でオトナな関係となっている2人と入るのは少し抵抗があった。それに、夕立とは何度も入渠を共にしているので特に何も感じないのだが……。

 

 (恥ずかしいなぁ……)

 

 なぜか、イブキの裸を見るのもイブキに裸を見られるのも妙に恥ずかしく感じるのだ。例えるなら、異性と同伴しているかのような気恥ずかしさを……したことはないが。イブキが頑なに自分と夕立を見ないようにしている姿もその気恥ずかしさを増長させていた。

 

 「……時雨」

 

 「な……何かな?」

 

 「君は、これからどうするんだ?」

 

 唐突なイブキの質問に、時雨は湖に口元まで浸かりながら考える。出来ることなら今日中……昼にはこの島から出て鎮守府に向かいたい。しかし、その為には……そう考え、夕立を見る。問題なのは、夕立が艤装を渡してくれるかという点だけだ。渡してくれるなら島から出られる。渡してくれないなら出られない……シンプルな話だ。

 

 「……夕立が力を貸してくれるなら、僕は鎮守府に帰るよ」

 

 「私?」

 

 「うん。詳しくは、屋敷で話すよ」

 

 その時雨の言葉から数分後、屋敷へと戻った3人はイブキの部屋に入り……廊下に置きっぱなしだった夕立の艤装もついでに持って入った……時雨は椅子に、イブキと夕立はベッドに座って詳しい話というのを始める。

 

 時雨が話すのは、先程考えていた自分の艤装を分解して使える部品を夕立の艤装に組み込むということだ。勿論、それに伴って自分の艤装が無くなり、どちらか1人しか艤装を手に出来ないということも話した。

 

 「時雨も一緒に居ればいいのに」

 

 「それは……出来ないよ。提督も皆も、きっと心配してる。只でさえ夕立を探して皆疲弊してるんだ……これ以上、心配は掛けられない」

 

 「……」

 

 時雨の言葉に思うところがあったのか、夕立の表情が複雑そうなモノになる。幾ら二律背反の感情に苦しみ、イブキという“救い”に出逢っているとしても、仲間達への愛情も確かにあったのだ。例えその心がイブキにあるとしても……別に、仲間達を忘れた訳ではない。まだ探してるのかと鬱陶しさを感じても、それと同じくらい探してくれていて嬉しいという気持ちもあるのだから。

 

 だが、時雨が帰ってしまえば夕立の艤装がなくなり、夕立の戦う力が失われ、海へ出ることが叶わなくなる。自衛の手段がなくなるのは、幾らイブキがいると言えども避けたいというのが夕立の本音だ。最も、この島で弾薬が得られない以上はイブキから軍刀を借りない限り、結局戦うことは出来ない訳なのだが。

 

 「……仮に、時雨が艤装を使うことになったとしよう」

 

 「うん」

 

 「無事に、鎮守府に辿り着けるのか?」

 

 「それは……」

 

 イブキからの問いに、時雨が言葉に詰まる。なぜなら、島から出ることばかり考えていて出た後のことを考えていなかったからだ。この島から鎮守府に辿り着くまでに、確実に6時間以上は掛かる。海にいる時間が長ければ長いほど深海棲艦と接触する可能性は上がるし、もし接触してしまえば時雨は逃げ回ることしか出来ないだろう。6時間以上という時間は、今の時雨にとってあまりに長い。イブキに付き添ってもらうか、向こう……鎮守府から助けが来るかしない限りは。

 

 そこまで考えて、時雨はハッとする。そう、向こうから来てもらえばいい。自分の艤装を分解して夕立の艤装を僅かでも修理すれば、もしかしたら通信機が使えるようになるかもしれない。そうなればイブキに同伴してもらう必要も、夕立と1つの艤装を奪い合うようなこともせずに済む。その考えを提案しようとした時雨だが……1つ、疑問が浮かび上がった。

 

 (仮に呼ぶことが出来たとして……夕立と会わせたら、どうなるんだろう)

 

 助けを呼べば、夕立と助けに来た仲間が再会するかもしれない。もしそうなれば、夕立の苦しみを知らない仲間……特に姉妹艦や提督は夕立の生存を喜び、鎮守府に連れ帰ろうとするだろう。だが、夕立は確実に拒否する。ならば隠れていればいいんじゃとも思うが、使うのは夕立の通信機だ、彼女の生存が即バレる。そして……もし、帰らないと言った理由が艦娘か深海棲艦かも分からない“謎の存在”と一緒に居る為であると知ったら……どうなるだろうか。正直に言ってしまえば、時雨には予想が出来ない。確実に不安定になって冷静ではなくなっている仲間達がどんな行動に出るのか……時雨には想像も付かない。

 

 「……時雨が使うといいっぽい」

 

 「夕立……?」

 

 「私を沈んだことにして艤装を私の形見とか言えば、皆も諦めがつくと思う……っぽい」

 

 考え込んでいた時雨がハッとして顔を上げるが、続けて聞いた夕立の言葉に時雨は俯く。理解していたとはいえ、やはり本人の口からもう鎮守府に帰るつもりはないという意志を言葉にされるのは……心にクる。戦う力を手放してでもイブキと共に在りたいという姿勢が、とても悲しく映る。だが、それをどうする事も時雨には出来ないのだ。時雨に出来ることは……夕立の言葉通りに艤装を受け取って修理し、仲間達の元へと帰ることだけ。

 

 「……うん、分かった。ありがたく使わせてもらうよ」

 

 「鎮守府近くまでは、俺が護衛しよう」

 

 「ありがとう……イブキさん」

 

 

 

 修理は昼過ぎには終わった。残念なことに通信機は直らなかったが、航行するには充分。時雨はいつも背負う某MSを彷彿とさせるようなモノではない艤装を背負うことに少しの違和感を持ちながら、砂浜から海へと出て己の右手首を見やる。そこに巻かれているのは……夕立が所属した時からしていた黒いリボンだ。それは別に再会の記念品という訳ではなく……夕立が沈んだということに更なる説得力を持たせる為。

 

 隣を見れば、同じように海の上に立っているイブキが時雨を心配そうに見ていた。後ろを振り返れば、夕立がイブキから借りたという1本の軍刀を抱(だ)き抱(かか)えながら見送りの為に立っていた。夕立とは、何も今生の別れという訳ではない。生きていると分かった今、いつでも会える。だが、それを仲間に伝えることは出来ない……もどかしい気持ちはあるが、約束を違える訳にはいかない。時雨は前を向き、少しずつ進み始める。そして最後に交わす言葉は……再び会えることを夢見て。

 

 

 

 「またね……夕立」

 

 「さよなら、時雨」

 

 

 

 嗚呼……また雨が降ってきた。時雨は、青空を見上げながら唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 寂しそうな背中……というのは今の時雨のような背中のことを言うのだろうと、彼女と夕立の最後の言葉を聞いた俺は思った。今の俺にはどうする事も出来ないが……せめて、無事に送り届けるくらいはしようと改めて思う。そう誓いながら、俺は昨日からさっきまでのことを思い返す。

 

 

 

 

 

 お互いに側にいると誓いあった俺と夕立は、その後は何も話すことはなく抱きしめあっていた。夕立に話して夕立から話された今でも尚、俺の手にはレ級の死に逝く冷たさが残っている……忘れてはいけない。あの感覚を、あの冷たさを。天龍がぶつけた絶望と怒りを。この世界は“それ”が直ぐ側にあるのだということを……俺は忘れてはいけない。

 

 夕立の頭を撫でながら思う。どれだけ言葉にしても、どれだけ心に誓っても、一朝一夕で覚悟は出来るものじゃない。躊躇うこともあるだろうし、また失敗もすることだってあるだろう。だけど、夕立だけは……彼女だけはと、そう願わずにはいられなかった。

 

 不意に、まだ日が沈みきる前だというのに睡魔に襲われる。今日は様々なことを一気に経験し、精神的にキツかったせいだろう……だが、俺はそれを糧にしていこう。直ぐには無理かもしれない……それでも、俺はこの世界で生きていくと決めたから。少しでも前へ、上を向いて、経験したことを胸に抱いて生きていく。そう思いながら、俺は夕立に頭を撫でられながら眠りに落ちていった。

 

 「イブキさんおやすみなさいー」

 

 「また明日ですー」

 

 「怪我は治しておきますねー。きらきらばしゅーん」

 

 「えーとえーと……1人減ってもセリフないですー。えーん」

 

 そんな、少し物足りない妖精達の声を聞きながら。

 

 

 

 気がつけば朝になっていた。明るくなっている窓から視線を下げると、俺の腕の中に夕立の寝顔がある。どうやらあのまま抱き枕にしていたみたいだな……今頃になって昨日の告白紛いの誓いを口にしたことに気付き、恥ずかしくなってくる。この身体が男であればあのままの流れで致してしまいかねなかったが、今の俺が女であることを幸運に思うべきか不幸と嘆くべきか……そういえば前世の俺は卒業していたのだろうか? ナニをとは言わないが。

 

 「……おはよう、夕立」

 

 とりあえずそう声をかけてみるが、彼女が起きる気配はない。今までにも何度か朝になっても起きないといったことがあったが、そういう場合は俺の寝顔やら何やらを見て夜更かしをしてしまっているという(妖精ズ情報)。恐らく今回もそうなんだろう。

 

 ひとまず夕立から離れて体を起こすと、自分の体を見た瞬間に妙な違和感を感じる。昨日と何か違うような……と考えたところで右肩の傷がなくなっていることに気付く。そういえば、妖精達が治すとか言っていたような……入渠施設がなくても多少は治すことが出来るのか、それとも俺自身に入渠施設は必要ないのか……つくづく謎の存在だな、俺は。だが服は別なようで血が着いたことによるシミが残っている。もとより黒に近い色の服なので変色した血は分かりづらくなってはいるが……昨日帰ってから水浴びをしていないので臭いが気になる。レ級の血なので洗い落とすのは少し思うところがあるが……このままという訳にもいかない。まだレ級のことを引きずっていることを自覚しつつ、俺は裏の湖へと向かった。

 

 

 

 途中で遭遇した時雨と少し会話した後……夕立が遅くまで起きていたらしいとか血の臭いが気になると言ったら顔を赤くしていた。なぜだろうか……俺はパパっと服と下着(下しかないが)を脱ぎ捨てて水浴びをしながら服を洗っていた。着るものはこれしかないので大切に使わなければ……あ、右肩部分に穴が空いてる。肉体を治せても服は直せないようなので被弾には気をつけないと。そういえば時雨も霰もない格好をしていたな……必死に見ないようにしていたが。心が男である故に、艦娘の損傷した姿は未だに夕立の裸にすら慣れない俺には目に毒だ。自分の裸なら何の問題もないが。

 

 「……」

 

 服をごしごしと洗う旅に、少しずつ服から血が取れていく。レ級という存在が少しずつ消えていくようにも見えるそれは、俺の心に決して小さくない波風を立てる。水の冷たさとはまた別の冷たさが、俺の手を冷やしているような気さえする。血まみれのレ級の姿が、はっきりと瞼の裏に浮かぶ。最期に見せた笑顔が、脳裏に蘇る。だからこそ思う……2度と同じ過ちは繰り返さない。夕立を沈めさせはしない。奪わせはしない。

 

 「誓ったからな……」

 

 さて、あまりナーバスになってもいられない。前向きになると言った以上、直ぐには無理だとしてもそう生きていかないといけないのだから……そう言えば、今日は妙に静かだな。普段なら妖精達が騒ぎ、夕立が突っ込んでくるんだが……どうやら軍刀を忘れてきたらしい。これでは火を着けられず、服を乾かせないな……起きた夕立が持ってきてくれることを願おう。俺はそう考えながら綺麗になった服を近くの枝に吊し、夕立が来るまで水浴びを続けることにした。

 

 その数分後、夕立が軍刀と時雨の手を引いてやってきて2人とも裸で一緒に水浴びをした後に俺の部屋で時雨の今後について話し合うことを……俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 部屋での話し合いから数時間経ち、俺は時雨と夕立よりも先に海に来ていた。艤装は時雨が使うことになり、俺は時雨の護衛として共に海に出ることになる。それはつまり、戦えなくなった夕立を1人この島に残すということだ。正直に言って、夕立を残すのは不安しかない。昨日の誓いから言うなら、時雨を1人で行かせて夕立と共に居る方がいい。側にいるという言葉に、嘘偽りはないのだから……だが、本人から言われてしまえば、仕方ない。念のためごーちゃんを持たせておいたが。その時に初めて、後ろ腰の軍刀を取り外せることを知った。

 

 『イブキさん、時雨と一緒に行ってあげて?』

 

 『……だが、それでは夕立が……』

 

 『私は大丈夫っぽい。ホントは嫌だけど……でも、時雨とはこれで最後のつもりだから。それに、時雨にはちゃんと私が沈んだって伝えてもらわないといけないっぽいし』

 

 『……可能な限りすぐに戻る』

 

 『うん……待ってるっぽい』

 

 部屋での話し合い中、俺と夕立の中であった会話。だからこそ、俺は護衛を言い出した。そして分かった……夕立は決して憎しみだけを鎮守府の仲間に感じていた訳ではなく、確かに愛情も抱いていたのだということが。もう自分の為に疲れる必要も必死になる必要もない。だから自分が沈んだことにして仲間達に諦めさせる……違うかもしれないが、俺は夕立がそう言っているように感じた。俺がすべきことは、その沈んでいるという嘘を本当にしないこと。この身が朽ち果てるその日まで夕立を守り、守られながら生きていくこと。

 

 気がつけば、2人がやってきて時雨が隣に立っていた……時雨は昨日から入渠出来ていない為、服がボロボロで非常に扇情的な格好だ。色々と見えてしまいそうだが、馴れているのか気にしているようには見えない……大丈夫だろうか……色々と。

 

 そんなことを考えていると、俺の方を見た時雨と目があった。が、すぐに時雨は後ろの夕立を見て……前を向いた。その行動に何の意味があったのか、何を思ったのか……俺には分からない。だが……その横顔は、酷く寂しそうに見えた。

 

 「またね……夕立」

 

 「さよなら、時雨」

 

 これが、再会した姉妹艦同士の最後の会話。こんな別れ方をさせてしまったのも俺のせいかと思うと……涙を流す時雨の姿が俺の心を抉る。俺が取った行動は、彼女から姉妹を、仲間を奪ったということに他ならない。今後もそういう結果になることもあるだろう。後味の悪い思いもするだろう。それでも、俺は……俺が取った道を進むことに決めたから。再びそう心に刻みつつ、俺は時雨と共に進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 もう夕立が見えなくなり、館も小さくなる程の距離まで来た。時雨の鎮守府までの道のりはまだまだ長い……危険だってある。未だに意気消沈している時雨では、何かあった時に対処出来ないかもしれない。そう考え、どうにか元気付けなければ……そう思ったんだが。

 

 「イブキさん」

 

 「……なんだ?」

 

 「言い忘れていたけれど……夕立を助けてくれてありがとう。それから……」

 

 

 

 ― 夕立を、よろしくお願いします ―

 

 

 

 「……ああ」

 

 顔だけ振り返った時雨の、微笑みと共に言われた言葉。吹っ切ったという訳では、決してないだろう。その心の中には、まだ様々な思いが渦巻いているに違いない。それでも……時雨は確かに、俺に夕立を任せてくれた。仲間として、姉妹艦として……俺に。

 

 俺は軍刀が納まっていない左腰の鞘に左手を置き、目を閉じて夕立を想う。必ず守る。誓いを再び刻み、ただ一言口にする。

 

 

 

 「……任せろ」

 

 

 

 失ったモノと大切なモノが出来た昨日という日を……俺は忘れない。そして、この誓いと……時雨が見せた笑顔も忘れない。きっとそれらが、本当の意味でこの世界で生きる俺の最初の思い出達だから。




9話しかない本作が既に最初に完結した幻想記の平均評価とお気に入り数を越えている件。こんな時、どんな顔をすればいいか分からないんです……。

それはさておき、今回は完全に吹っ切れてはいないものの前を向いて生きることを決めたイブキが時雨を無事に鎮守府まで送り届ける為に出発するというお話しでした。ヤンデレ時雨はいなかった。でも耳年増むっつり時雨はいました← むっつり時雨、あると思います。ついでに“微”勘違い要素も。

そろそろお気づきの方もいるかもしれませんが、本作のサブタイトルはプロローグを除き全てイブキのセリフを使っております……それだけですよ?←






今回のおさらい

時雨、2人の仲を勘違い。イブキは未だに女性少女の裸に慣れず。別れはリボンをプレゼントまでがテンプレ。危険物(ごーちゃん)が夕立の手に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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……ああ。また

お待たせしました、ようやく更新で御座います。


 イブキと時雨が島を出てからおよそ3時間ほど。ここまでの道のりは、深海棲艦と接触することもなければ姿を遠巻きに見ることすらもなく、至って平穏な道のりだった。そう……平穏、なのだが。

 

 (会話が……ない……)

 

 島を出る時に礼を言ったのを最後に3時間、2人の間に全くという程に会話のかの字もなかった。なにぶん時雨とイブキは出会ってから24時間も経っていないどころか実際に顔を合わせた時間を考えれば半日にすら満たない。共通の話題も特に見当たらない……せいぜいが夕立のことくらいだろう。しかし、夕立の何を話せと言うのだろうか? それすらも思い浮かばない。つまり、もうしばらくはこの無言空間が続くことになる。

 

 「……ねぇ、イブキさん」

 

 「なんだ?」

 

 

 

 「空が青いね」

 

 「いや、曇っているが」

 

 

 

 時雨は全力で脳内に浮かぶ己の姿を殴り飛ばした。島を出る時には確かに快晴だったのに気がつけば空はどんよりとした雲に覆われている。天気のことなど分からない時雨には何ともいえないが、雨が降ると厄介だ……なんとかそれまでに鎮守府に帰りたい。というかそう真面目に考えないと羞恥心で沈んでしまいそうな時雨であった。

 

 「……時雨と夕立がいた鎮守府は、どんなところなんだ?」

 

 「ふぇ?」

 

 不意に、イブキがそう問いかけてきた。一瞬何を言われたのか理解出来ずに間の抜けた声を出してイブキがいる後ろを振り返る時雨だったが、すぐに聞かれたことを理解すると答える為に自分の記憶を振り返る。

 

 「そうだね……楽しくて騒がしい場所、かな」

 

 自分と夕立を含めた白露型の姉妹達、他の仲間達に女性提督……男っ気のないその鎮守府は、いつだって様々なことで騒がしかった。テレビや漫画、雑誌などの話題で盛り上がったり、炊事掃除洗濯の当番を決める際に女子力対決をしたり……提督の女子力は意外に高かったらしい……食事時のおかずやおやつの時間のお菓子を取り合ったり、誰が同じ艦種で1番スタイルがいいかを競ったり……1番と豪語した白露がとある陽炎型を見て撃沈していた……戦闘結果を競ったりと、騒がしくも楽しい日常を過ごせていたと、時雨は語る。無論……そこには、確かに夕立の笑顔も存在していた。その裏では苦しんでいたのだと今は知っていても、その笑顔は確かにあったのだ。

 

 (これからは……そんな笑顔も見られないんだけど)

 

 想像して、時雨の表情が少し暗くなる。いくらイブキに任せたと言っても、夕立の為だと分かっていても……苦楽を共にした仲間、姉妹だったのだ。永遠に会えない訳ではないと分かっていても、その寂しさが消える訳ではない。それに、鎮守府に帰れば仲間達に夕立が沈んだと嘘の説明をしなければならない……それが、時雨の心に重くのしかかる。

 

 (どうしてこうなっちゃったんだろう)

 

 そう思わずにはいられない。何が悪くて今の状況になってしまったのか……考えても、すぐに答えなど出る訳がない。そもそも、答えがあるのかすら分からない。それでも悪かったことを探すなら……きっと、運や巡り合わせが悪かったと言う他にいのだ。

 

 (白露は……信じなさそうだなぁ。1番お姉ちゃんだけど子供っぽいから、そんなのは信じないって怒鳴りそうだ。村雨は……誰もいないところでこっそり泣くかも。姉妹の中では1番大人っぽいし、あんまり泣くところを見られたくなさそうだし。五月雨はわんわん泣くんだろうなぁ……涼風も、声を出さずにその場で泣きそうだ)

 

 夕立が沈んだと聞けば仲間達は絶対に悲しみ、涙を流す。それだけ夕立は愛されていたからだ……だが、行方不明ではなく沈んだと決まれば仲間達は必ず前を向く。戦争をしているのだ、犠牲は必ず出る。それを知っているからこそ、悲しんでばかりはいられない。

 

 (でも……提督はどうなるんだろう)

 

 実は時雨の提督は未だに艦娘を沈めたことがない。提督自身の手腕は経験を積んでいるとは言え至って平凡なモノだ。そもそも今の時代で提督という存在が出来ることなど、書類関係や出撃中の艦娘から状況を聞いて進退を決定することぐらいで共に出撃して直接指揮を執ることなどしない。出来ることは出来るのだが……そうなると当然提督が乗る為の船や軍艦が必要であり、現在海軍が所有する軍艦では深海棲艦の攻撃に耐えられず、直接船を狙われては艦娘が守ることも難しい。故に、提督が海に出ることはほぼないのだ。そんな状況で時雨の提督が沈んだ艦娘がいないという事実は、運が良かったという他ないだろう。

 

 (でも、それはつまり……艦娘が沈んだことに対する耐性がないということ。行方不明になっただけであれだけ憔悴してたのに、嘘でも夕立が沈んだなんて言ったら……)

 

 女性提督の心はどうなるだろうか。悲しみに暮れるのか、嘆いて心を壊すのか……居もしない怨敵に復讐を誓うのか。時雨の提督は、優しい心を持った普通の女性だ。普通に勉強して、普通に士官学校を卒業して、普通に提督になって、普通に時間をかけて実績を上げてきた……そんな普通の女性なのだ。そんな優しくも普通の彼女が仲間が沈んだと聞いたら……どうなるのか。

 

 だが、どれだけ考えても答えなど出ない。所詮は想像でしかないからだ。

 

 「時雨? 急に黙り込んでどうしたんだ?」

 

 「……あっ、ごめんイブキさん」

 

 イブキに声をかけられたことで、時雨は自分が話の途中で己の思考に没頭していたことに気付く。せっかく話題を振ってくれたというのに、これはあまりに失礼だろう。とは言っても、鎮守府のことは大体話し終えてしまった。また新たに話題を探さねば……そう時雨が考えた時だった。

 

 「……ん?」

 

 今まで時雨とイブキ以外何もなかった海の上、2人から離れた前方にうっすらと人影が見えた。時雨の目では正確な数までは分からないが、少なくとも1人ではない。そして人影である以上、その正体は艦娘か深海棲艦のどちらかになる。

 

 「ねぇ、イブキさん。前にいる人影、見えるかな?」

 

 「……ああ、見えている。艦娘みたいだな……4人いる」

 

 「目がいいんだね……」

 

 「目が命なんでな」

 

 自分ではうっすらとしか見えないのに人影の正体と人数を認識出来るほどの目の良さに驚愕しつつ、時雨は艦娘について考える。4人ということは、まだ着任したての新米提督の艦隊、或いは中堅以上の提督による遠征艦隊だろう。もしかしたら、自分の鎮守府の艦隊かもしれない。そんな希望を持って、時雨はイブキに問い掛ける。

 

 「イブキさん、その艦娘が誰か分かる?」

 

 「ああ。1人はゆ……白露だな」

 

 ゆ? と一瞬に疑問に思うが、次に聞こえた名前に喜びが表情に現れる。白露がいる以上、自分の鎮守府の艦隊である可能性があるからだ。

 

 「それから……卯月、北上。後は……誰だ?」

 

 が、次に出た名前でその可能性が消える。卯月も北上も、時雨の鎮守府にはいないからだ。勿論、自分がいない間に新しく配属された可能性がないでもないが……何となく、時雨はそうは思えなかった。せめて、イブキの言った分からない“誰か”さえ分かればいいのだが。

 

 それはさておき、時雨の目で見えているということは向こうからもこちらが見えている可能性が高い。何しろ向こう側はこちらに向かって移動しているのだから。こういった艦娘同士の接触は、別に珍しいことではない。広い海だが出撃や遠征に出向く海域等が定められている為、違う鎮守府の艦隊が同じ海域で出会い、協力することもしばしばあるのだ。そう考えれば、前方に見える艦隊と接触することに問題はない……が、それは艦娘“だけ”の場合に限る。

 

 こちらには、艦娘か深海棲艦か本人も分かっていないという存在であるイブキが居る。彼女を見てどう取られるかによって対応が変わってくる。最悪、戦闘になるだろう。しかし今更進む方向を変えても怪しまれるかもしれない。結局、なるようにしかならないということだ。そして、いざお互いの姿がハッキリと分かる距離まで近付いた時。

 

 

 

 「「「あ――っ!!」」」

 

 

 

 時雨から見えた4人の姿から、4人の名前が北上、白露、卯月、そして深雪であると認識すると同時、北上を除く3人がイブキを指差して驚愕の声を上げる。その声を近くで聞いた北上が両耳を押さえてうずくまっている姿を哀れに思いながら、時雨はイブキの方を振り返る。そのイブキもキョトンとしていたが、数秒すると合点がいったというように声を漏らした。

 

 「……ああ、君達はあの時の」

 

 「知り合い?」

 

 「夕立と出会う前に、な」

 

 そう言うイブキに時雨はなるほどと頷くが、再び前に向き直ると指を差していた3人が冷や汗をかきながら警戒態勢を取っていた。その姿はまるで、追い詰められた獣のようで……そんな3人を訝しげに見る北上との温度差が凄かった。

 

 「……いやさ、何してんの?」

 

 「油断しちゃダメだよ北上さん!」

 

 「あの白い髪の奴、前に言った化け物深海棲艦っぴょん」

 

 「あたし達が何にも出来なかったほどの奴なんだから!」

 

 「えっ、球磨姉さんが絶対に沈めたいって言ってた相手? うっわどうしよう……」

 

 3人の言葉を聞いて、北上が困った表情を浮かべる。時雨も自分の存在が一切触れられないことに“実は僕、影薄いのかな……”と地味に凹んでいた。同時に確信する……この4人は自分の鎮守府に所属している者達ではないと。ならばさっさと進みたいところだが、警戒している3人が黙って通してくれるか分からない。ヘタをすれば後ろから撃たれる可能性だってある。

 

 「……別に俺は君達をどうこうする気はないんだが」

 

 「あ、マジで? 良かったー、穏便に済みそうで」

 

 「そんなの信じられないっぴょん!」

 

 「前はいきなり襲いかかってきたじゃん!」

 

 「俺から君達に何かした覚えはないんだが……それに、あの時に用があったのは君達ではなく船の方で」

 

 「やっぱりあたしらなんて眼中になかったってことか!?」

 

 「いや、そういうことではなくて……」

 

 全く会話に入れない時雨は溜め息を吐きながらどこか遠くを見据えて“まだ帰れないのかな……”と黄昏る。とりあえず分かったことは、イブキが彼女達に何かした……いや、イブキの言が正しいなら、イブキは本当に何もしなかったのだろう。だが、彼女達の言うことが嘘だとも思えない。そこで時雨が気になったのは、イブキの言った“用があったのは船の方”という言葉。そこから察するに、イブキは3人が護衛か何かしていた船に用があり、彼女達が応戦したのだろう。あまりに暇で考えるくらいしかすることがなかった時雨はそう結論づけた。

 

 「あのさぁ……あんたら自分で化け物だなんだ言ってた相手に何突っかかってんの? 死にたいの?」

 

 「えっ……それは、その……」

 

 「相手が穏便に済ましてくれそうなのにケンカ売るとかさぁ……それでマジで戦闘になったらどうすんの? 勝算あんの?」

 

 「ない……ぴょん」

 

 「じゃあ考えなしで散々言ってたワケ? そういうのはあたしのいないところでやってくんない?」

 

 「ご……ごめん……なさい」

 

 「謝って済む問題じゃないところだったんだけど。これだから駆逐艦は……」

 

 「「「ごめんなさい~っ」」」

 

 頭に手を当てながら淡々と述べていく北上の最後の言葉を切欠に、3人が泣き出す。時雨がチラッとイブキを見てみると、困惑の表情を浮かべていた。それはそうだろう……出会った瞬間に警戒態勢を取られ、戦う気はないと言ったら疑われ、その後は相手が仲間内で言い争う(但し一方的)という目まぐるしく展開が動いたのだから。時雨も客観的に見ているにもかかわらず少々困惑している……その理由はイブキとは違い、敵かもしれない相手を前に無防備な姿を晒している北上達に、であるが。

 

 「あたしに謝ってどうすんのさ。謝るならこの人でしょうよ……いやー悪いね、あたしんとこのバカ達が」

 

 「いや、構わない。出会い方が出会い方だったからな……ただ、さっきも言ったように俺達は君達と事を構えたい訳じゃない。彼女を……時雨を所属している鎮守府に送っている途中だからな」

 

 「何この人、めっちゃいい人じゃん。でも1人で大丈夫? 何だったらあたしらも付いてくよ? 帰る途中だったし」

 

 「だが、君達の向かっていた方向とは逆に……」

 

 「あー、そっか……んじゃダメだねぇ」

 

 お互いの保護者組が子供(駆逐艦)そっちのけで話している姿を見ながら、時雨はいつの間にか自分が白露達3人に囲まれていることに気付いた。ひょっとして、イブキの仲間(?)である自分に何かするつもりだろうか……と少し警戒した時雨だったが、3人の表情が泣き顔から心配そうな表情に変わっていることに気付く。なぜそんな表情で自分を見ているのか分からない時雨だったが、卯月の発した言葉でなるほどと内心で頷いた。

 

 「あいつに何かされなかったっぴょん? あいつはとんでもない化け物っぴょん。うーちゃん達4人で攻撃しても掠りもしなかったし、怪我人押し付けられたし! タンカーを鎮守府に持って帰るの滅茶苦茶疲れたぴょん!」

 

 「いやー、まさかあたしらが犯罪の手助けやらされてたとは」

 

 「でも摩耶さん無事で良かったよね」

 

 話が全く見えない時雨だったが、イブキが何かしたことだけを再び大ざっぱに把握した。両手を上げてうがーと怒っている卯月、うんうんと頷いている深雪……犯罪という言葉には深入りしない……あははと苦笑している白露。化け物と言って警戒していた割に余裕があるように見えるのは、後ろで北上がイブキと普通に会話出来ているからだろうか。

 

 「僕は何もされてないよ。いや、されたと言えばされたんだけど……ね」

 

 3人はイブキを化け物だと言うが、時雨にとっては恩人であり、夕立のイイ人だ。確かに化け物と呼ぶ力はあるのだろうが、弱い部分も持っていることを時雨は知っている。そうして昨日の夕方のことを思い返しながら胸に手を当てて俯くと自分の露出した肌が目に入り、今朝に見たイブキの裸体を思い出して赤面してしまう。そんな時雨を見ていた3人は、どう思うだろうか?

 

 レ級の攻撃によりボロボロとなった服を着たままであるが故の露出度の高さ、赤らめた頬、されたと言えばされたというセリフ……そこから連想される答えは。

 

 (いやーんな感じっぴょん!?)

 

 (あはーんなことされたの!?)

 

 (風邪でもひいてんのかな?)

 

 1名は純粋な子であった。他2人は時雨と同じように頬を赤らめながら時雨を見て、次にイブキを見て、最後にイブキと会話している北上を見る。どうやら北上は駆逐艦達の元気の良さに鬱陶しさを感じているようで、そのことを溜め息混じりにイブキに愚痴っているようだった。その内容にちくちくとした胸の痛みを感じながら、卯月と白露の2人はイブキから守るように北上に抱きつき、その様子を見ていた深雪もまた遅れて抱きついた。尚、時雨はイブキの隣へと移動している。

 

 「……いや、急にどしたの」

 

 「北上は渡さないっぴょん! いっつもうーちゃんに“ぴょんぴょん煩い”って冷たい目で言ってくるケド、たまにうーちゃんの嫌いなニンジン食べてくれるし!」

 

 「あんたにとってのあたしの価値はニンジン食べることだけか」

 

 「……北上を渡さないとはどういう意味だ?」

 

 突然の卯月の叫びに2人は困惑した表情を浮かべ、すぐに北上が溜め息を吐く。今日1日で彼女からどれだけの幸せが逃げていったのだろう。2人にとっては、ただ愚痴を聞いてもらっていた側と聞いていた側。だが卯月と白露にとっては、イブキは時雨という同性に手を出した存在になっているらしい。つまり、2人の現在の思考は……北上がイブキに狙われているという結論に至った。

 

 「そうだよ! それに間宮さんのお店に一緒に行ったら、たまに一口分けてくれるし」

 

 「あたしが頼んだパフェガン見して無視したら泣きそうになるから仕方なくね……泣かれても鬱陶しいし」

 

 「よく分かんないケド、北上は渡さないからな! 遠征から帰ったら毎回ジュース奢ってくれるし、演習終わったらお疲れーって言ってくれるし、書類で分かんないとこあったら分かるまで教えてくれるし、後……後……えーっと、すっげぇ優しいんだからな!」

 

 「……慕われてるじゃないか」

 

 「……鬱陶しいだけだよ」

 

 「「「きゃんっ」」」

 

 恥ずかしいのか本当に鬱陶しいと思っているのか北上はまた溜め息を吐きながらイブキから顔を背け、抱き付く3人の頭にコツンと拳骨を降らせる。その頬がほんのり赤くなっていたのは……言わぬが花だろう。

 

 そんな4人の仲睦まじい姿に、時雨は自分の鎮守府の仲間達と自分の姿を重ねた。たまに悪戯が過ぎて女性提督に怒られた白露とドジを踏んで申し訳なさそうにしている五月雨の姿が、拳骨を受けた3人の姿と良く似ているのだ。そうして仲間達を思い浮かべると、早く鎮守府に帰りたいという気持ちが強くなる。ちゃんと入渠もしたいし、服も着替えたい。夕立が沈んだという嘘もつかなければならない。イヤなことは、早く済ませておきたかった。

 

 「イブキさん。そろそろ……」

 

 「あ、ああ……済まなかった。俺達はこれで失礼する」

 

 「あい、んじゃね。ガキんちょ達と球磨姉さんには、いきなりぶっ放さないように言っておくからー」

 

 「助かる」

 

 そう言葉を交わしながら、イブキと時雨は北上達とすれ違うようにして去っていく。急かしたとは言え、目指す鎮守府まではもう少しかかる。また無言の気まずい空間が流れるのかと時雨は肩を落とすが、不思議と無言でも気まずくはない。なぜだろうか……と時雨が考えていると、いつの間にかイブキと手を繋いでいることに気付いた。どうやら急かすあまりに無意識の内に手を引いていたらしい。

 

 「いきなり手を引っ張るからびっくりしたぞ……そんなに慌てなくても、鎮守府は逃げないぞ?」

 

 

 

 ― そんなに慌てなくても、ご飯は逃げたりしないよ? ―

 

 

 

 小さく苦笑を浮かべるイブキの姿が、女性提督と重なる。そのせいで余計に提督に会いたくなって、つい腕を引っ張って催促してしまう。そんな時雨に何も言わず、イブキは繋いだ手を振り払うこともなく時雨に合わせて進んでくれる。

 

 (……そういえば、最後に提督とマトモに会話したのはいつだっけ)

 

 ふと、時雨はそんなことを考えた。時雨もまた、夕立と共に先のサーモン海域での大戦に参加した身だ。その大戦では本部から通達があった鎮守府から第一艦隊が海域に送られ、指揮は本部から来た実績と経験の豊富な元帥が担当していた為、時雨の提督は自分の鎮守府にいた。鎮守府から海域への移動時間、作戦までの準備期間、終わって帰ってもすぐさま夕立の捜索に乗り出した。そのことから考えるに、マトモな会話をしたのは半月近く前のことになる。時雨の中の提督に会いたい気持ちが、また強くなった。

 

 

 

 「俺はここまでだ」

 

 あれから数時間。もうすぐ日が沈み切るという時間帯で、ようやく時雨達は目的地である鎮守府の姿を肉眼で捉えた。ここまでは意外なことに深海棲艦との接触や北上達以外の艦娘と出会うことはなく、こうして鎮守府の姿が見える場所まで来れた。だがその段階で、イブキは一言そう告げて立ち止まる。その言葉に時雨は疑問を持ったが、前方に再び人影が見えたことでその意味を悟った。こちらから鎮守府が見えている以上、鎮守府の索敵範囲内にいることはほぼ確実。その範囲内に時雨の反応があるとすれば、仲間達が出てくることは容易に想像出来る。つまり、あの人影は時雨の仲間達の誰かだということだ。そして、仲間達にイブキの存在を近くで見られるのはマズい。時雨と共に居れば大丈夫かもしれないが、万が一ということもある。

 

 「うん……わかったよ。ここまでありがとう、イブキさん」

 

 本音を言うなら、鎮守府に招待して夕立を助けてくれたことや自分を送ってくれたことに礼をしたい。だがそれが出来ない以上、イブキをこの場に留めることはしてはいけない。だから……ここでお別れ。故に、時雨の口から出る言葉は……夕立の時と同じように再会を願って。

 

 「またね」

 

 「……ああ。また」

 

 そう言ってイブキと別れた後にやってきたのは、白露、村雨、五月雨、涼風の姉妹艦4人であった。4人は時雨の姿を捉えると同時に泣き始め、白露が時雨に飛び付くように抱きついたことを切欠に次々と抱き付き、時雨の帰還を喜んだ。たった1日……その1日という時間は、姉妹達に夕立と同じように時雨もいなくなってしまうのではないかという恐怖を植え付けるのに充分だった。だが、時雨はボロボロになりながらも帰ってきた……嬉し涙を流すのは仕方のないことである。

 

 姉妹達との抱擁を終えた時雨は、ようやく鎮守府に帰ってくることが出来た。さて、早速入渠を……と考えた時雨だが、その前に姉妹達に艤装を預け、とある場所へと足を運ぶ。その場所は……執務室。時雨は執務室の扉の前に立つと深呼吸を1つし、扉を開けて中へと入る。すると、時雨を見てホッとした直後、すぐに涙目になった若い女性の姿があった。時雨はそんな女性の姿を見てクスッと笑みを零し、右手を上げて敬礼をする。夕立のことはすぐにでも言うべきなのだろうが……嘘を付く前にせめて、涙を浮かべる提督にこれだけは言っておきたかった。

 

 

 

 「駆逐艦時雨……只今帰還しました」

 

 

 

 

 

 

 日はすっかり暮れてしまい、どこか夕立を拾った時の夜と重なって見える……あの時はこんなどんよりとした空ではなかったが。

 

 時雨を送り届けて数時間。彼女に合わせていた時よりも遥かに速い速度を出して走っている為、もう少しすれば島が見えるだろう。その“もう少し”という時間を埋めるように、時雨を送る道のりのことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 (会話がないな……)

 

 島を出てから何時間か経ったが、俺と時雨の間に会話は全くなかった。間に流れる空気は非常に気まずい……ということは別にない。俺は1度口を開けば会話するが、謎変換が怖くて普段は自分からはなるべく口を開かないようにしている。それに、会話がなくとも誰かと居るという状況が今の俺には有り難いのだ。レ級の死を目にした精神的なダメージがまだ抜けきっていない今、1人ではないことが嬉しいからだ。だが、時雨はどうだろう? 艦娘と言えど女の子だ、会話を楽しみたいという気持ちがあるかもしれない。夕立はおしゃべり好きというか俺と一緒にいるのが好きだと言っていたが。

 

 「……ねぇ、イブキさん」

 

 「なんだ?」

 

 そんなことを考えていると、時雨が名を呼んだ。やはりこの無言空間は辛かったのだろう……だが、こうして俺を呼んだということはその無言空間に耐えきれなくなったと考えるのが自然。俺がしてやれることは、時雨が辛くないように会話をなるべく続けてあげることだけだ。

 

 「空が青いね」

 

 「いや、曇っているが」

 

 会話終了、しかも俺が空を見上げながらそうツッコんだことで時雨が顔を真っ赤にして俯いてしまった……いや、今のはどう返せば良かったんだ。同意すれば良かったのか、それともおちゃらけて……この体でおふざけは出来ない気がする。仮に出来たとしても、出来ることはせいぜい耳と尻に軍刀を差して5刀流とふざけるくらいしか……軍刀の数が足りないな……いや、そうではなくて。というか落ち着け俺。

 

 さて、時雨の為にもどうにか会話を続けたいんだが……如何せん、俺は女性の喜びそうな話題なぞ思いつかないし、ファッションや料理の話など出来はしない。そこでパッと思い付いたのが、夕立と時雨の鎮守府のことだ。はっきり言ってしまえば、俺は鎮守府という言葉を知ってはいるが、実際はどういう施設なのかよく知らない。艦これのゲーム画面では改装や編成という行動が出来るが、具体的な場所に行くわけではない。どれくらいの規模なのか、どういった施設があるのか、何も知らないのだ。

 

 「……時雨と夕立がいた鎮守府は、どんなところなんだ?」

 

 「ふぇ? そうだね……楽しくて騒がしい場所、かな」

 

 言ってから今の時雨に聞いて良いものかどうか不安になってしまったが、幸いにも時雨はゆっくりと話し始めてくれた。俺の気になっていた施設云々の話は聞けなかったが、時雨の鎮守府が楽しく過ごせる暖かな場所であるということは分かる。チャンネル争いや家事の当番制、飯の取りあいなどは聞いてて大家族の家でありそうな光景だなぁと内心で笑ってしまったくらいだ。頭の中で、鎮守府ではなく普通の家で暮らす彼女達を想像する程に。

 

 ふと、時雨が黙り込んでいることに気付く。何かを考えていたのか、思い返すことに集中して喋る口が止まってしまったのかは分からないが。気になって聞いてみてが謝られただけで、黙り込んだ理由は分からない。その理由について考えている時、時雨から疑問の声が上がった。

 

 「ねぇ、イブキさん。前にいる人影、見えるかな?」

 

 「……ああ、見えている。艦娘みたいだな……4人いる」

 

 「目がいいんだね……」

 

 「目が命なんでな」

 

 本当に、この感覚様(敬称)というか弾を見切る目が無ければ、俺はこの世界に来た初日に死んでいる。某大総統もその目と人間を超越した圧倒的なまでの身体能力を持って名だたる強キャラ達を圧倒したのだ……今の俺が目指すべきお方だろう。あくまでも強さで、ではあるが。

 

 「イブキさん、その艦娘が誰か分かる?」

 

 「ああ。1人はゆ……白露だな。それから……卯月、北上。後は……誰だ?」

 

 思わず某軽音楽アニメの少女の名前を呼びかけるが……いや、本当に似てる……なんとか正しく名前を呼ぶ。向かってきているのは今言った白露に卯月。北上は艤装に魚雷発射管があまり見られず服装が深緑の制服なのでまだハイパー化……雷巡にはなっていないようだ。最後の艦娘は駆逐艦だろうとは思うが……誰だ? 何となく見覚えがあるにはあるんだが。

 

 「「「あ――っ!!」」」

 

 近くまで来た彼女達……北上を除いた3人から指を指されながら声を上げられたことでようやく彼女達が以前出会った艦隊の艦娘だと悟った。違うところと言えば、球磨が北上になっているところだろう……そう言えば、摩耶様は元気だろうか。

 

 そう考えていた俺に時雨は知り合いかと聞いてきたので夕立と出会う前に会ったと説明したんだが、気がつけば北上以外の3人が俺を警戒していた。まあ、警戒されるのは仕方ないだろう。何せ彼女達と初めて会った時、俺は彼女達を怖がらせてしまったようだったからな。ただ、化け物深海棲艦だとか球磨が絶対に沈めたいって言ってたとかは少し傷付いた。それ程俺という存在は化け物じみているのだろうか……。

 

 「……別に俺は君達をどうこうする気はないんだが」

 

 「あ、マジで? 良かったー、穏便に済みそうで」

 

 どうやら北上は温和な性格らしい。駆逐艦とさほど変わらない胸に手を置いて安堵の息を吐く姿は、艦娘特有の美少女姿と相まって非常に可愛らしく映る……俺の胸を見てから自分の胸に手を置いて溜め息を吐いたようにも見えたが気のせいだろう。それはともかく、いきなり攻撃されないだけでこんなにも嬉しいとは……俺が最初に誰かに出会う時、殆ど警戒され、もしくは攻撃され、或いは戦場に突っ込み……北上という存在がどれだけ希少で有り難いか。まあ、他の3人はそうもいかないようだが。

 

 「そんなの信じられないっぴょん!」

 

 「前はいきなり襲いかかってきたじゃん!」

 

 「俺から君達に何かした覚えはないんだが……それに、あの時に用があったのは君達ではなく船の方で」

 

 「やっぱりあたしらなんて眼中になかったってことか!?」

 

 「いや、そういうことではなくて……」

 

 どうやら彼女達の俺に対する敵意は相当なモノのようだ。今はまだ警戒される程度で済んでいるが、もしも球磨がいたなら戦闘になっていたかもしれない……時雨がいるから仮に球磨がいても大丈夫だとは思うが。というか最後の君は本当に誰だ。最初に出会って以来名前が分からなくてもやもやしているんだが……どことなく吹雪に似ているような気がしないでもないが。

 

 とか何とか考えていたら、北上が3人に淡々と説教しているところだった。なんでそんなことに……というか下手に怒鳴り散らされるよりはこうして淡々と言われる方が精神的にクるな。見ている俺がこうなんだから直接言われている3人は……あーあ、泣いちゃったよ。

 

 「いやー悪いね、あたしんとこのバカ達が」

 

 「いや、構わない。出会い方が出会い方だったからな……ただ、さっきも言ったように俺達は君達と事を構えたい訳じゃない。彼女を……時雨を所属している鎮守府に送っている途中だからな」

 

 「何この人、めっちゃいい人じゃん。でも1人で大丈夫? 何だったらあたしらも付いてくよ? 帰る途中だったし」

 

 「だが、君達の向かっていた方向とは逆に……」

 

 「あー、そっか……んじゃダメだねぇ」

 

 北上の提案は有り難いが、生憎と俺達が向かう先は北上達がやってきた方角にある。まあこのまま北上達が進んでも俺達のいた島しかない為、どこかで曲がるんだろうが……それはさておき、こうして北上と会話するのはなぜか心地いい。彼女の緩いというかどこか気だるげという雰囲気は、側にいるだけで穏やかな気持ちになる。それに、これは俺の勝手な思い込みかもしれないが、なぜだか彼女とは波長が合うというか……上手く言葉に現すことが出来ないな。

 

 「やー、球磨姉さんとがきんちょ達から聞いた話だともっと怖い人かと思ってたんだけど、実際はそうでもないね。脳ある鷹は、って奴?」

 

 「どんな話か聞いてみたいが、やめておこう。気落ちしそうだ」

 

 「あっはっは、賢明な判断じゃない? 球磨姉さんはそりゃあもうカンカンでね、あんたと会って帰ってきた日から敵意丸出しで訓練に勤しんでたし」

 

 「聞くのはやめておこうと言ったのに……意地が悪いな」

 

 「おっと、口が滑った」

 

 にししっ、と笑う北上は非常に可愛らしい。それに、まるで気の知れた友人と話すようなこの空気と距離感が……なぜだかとても安心する。それはきっと、この世界に来てからそういう空気になるのが初めてのことだからだろう。北上のような存在は貴重で有り難い。この距離感を大事にしていきたいものだ。

 

 この後は北上から愚痴を聞いていた。その内容は殆どが北上のいる鎮守府の駆逐艦達のことで……好き嫌いが激しくて処理に困るとか、甘味を食べていたら一口分けるまで見てくるとか、物覚えが悪いから書類関係を教えていたらいつも日が暮れるとか、なぜだか毎回一緒に風呂に入ることになるだとか、1人で眠るのが怖くて一緒に眠るように頼んできて一緒に寝てやると暑苦しいだとか……なんだかんだで付き合うことになっている辺り、北上はお人好しで面倒見がいいのだろう。その証拠に、いつの間にか駆逐艦3人は北上を渡さないと言って俺から守るように北上に抱きついているし。

 

 「……慕われているじゃないか」

 

 「……鬱陶しいだけだよ」

 

 照れたように3人に拳骨する北上は、見た目相応で可愛らしかった。

 

 

 

 北上達と別れてから更に数時間程進んだ時、俺の目に先程出会った白露とは別の白露、村雨、五月雨、涼風の姿が映った。その姿は何やら必死のようで、かなり速いスピードでこちらに向かっている……姉妹感動の再会と言ったところか。なら、俺がいるのは邪魔だろう……それに、早く帰らないと夕立が拗ねるかもしれない。

 

 「俺はここまでだ」

 

 「……うん……分かったよ。ここまでありがとう、イブキさん……またね」

 

 少し間があったのは、何か考えごとでもしていたのだろう。だが、またね、か……彼女が夕立にも言った、再会を願う言葉。夕立はさよならと返していたな……だが、俺は今回の縁を大事にしていきたい。

 

 今回だけじゃない。夕立に時雨以外にも今日まで俺が出会ってきた人達……雷に長門達、敵対した球磨達に摩耶様、戦艦棲姫山城、これまた敵対した日向達、今日出会った北上。そして……レ級。まだまだ沢山の艦娘や深海棲艦達に出会うだろう。時には友好的に、時には敵対するかもしれない。だが、それでも俺は出会えたことに感謝する。それがきっと、この世界で生きていくということだから。

 

 「……ああ」

 

 また……会う日まで。

 

 

 

 

 

 

 回想が終わった頃に、ようやく島が見えてきた。夕立はもう寝てしまっているだろうか。それともまだ起きているだろうか。待たせ過ぎて拗ねているかもしれない。もしそうなら、添い寝で許してくれるだろうか。きっと許してくれるだろう。そして次の日からは、再び夕立と2人で平和な日々を過ごすのだ。そんなことを考えていたから……そんな平和な時間を過ごせると思っていたから……。

 

 

 

 

 

 

 「あ……え……?」

 

 

 

 

 

 

 俺は、屋敷が半壊しているという現実を受け入れられなかった。




という訳で、今回はちょっとした再会と新たな出会い、時雨を無事に鎮守府に届けて帰ったら屋敷が壊れていたというお話しでした。球磨がいたら即死だった。たまにはこんなほのぼのもありでしょう(最後から目をそらしながら

章分けをすらならば、次回で1章が終わる頃ですね。それが終われば、1つ番外編でも書いてみましょうかね。あ、妖提督はもうしばらくお待ち下さい(土下座






今回のおさらい

北上、卯月達を伴い登場。時雨、無事鎮守府に帰還。イブキ、屋敷を見て絶句。夕立の運命や如何に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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……ありがとう、みんな

お待たせしました、ようやく更新でございます。今回は普段よりも少し短いです。

若干の残酷描写があります。また、再び駆逐艦スキー並びに白露型愛好家の方々には不快な思いをさせてしまうかもしれません。ご注意並びにご了承下さい。


 時は少し遡(さかのぼ)る。その場所は暗く、腐臭と血の臭いが充満し、肉片や何かの破片が散らばっていた。生物の気配などない。そんな場所に、とある存在が訪れた。

 

 「……」

 

 存在は破片を拾い上げ、両手で胸に抱く。その際に血か何かの液体が手に付着するが、気にした様子はない。否、気にする必要がない……それは、存在にとって大事な者達から流れ出たモノに違いないから。存在は酷く悲しみ、その瞳から涙を流す。同時に、胸の奥から怒りがこみ上げる。

 

 今から8日程前に救難信号を見つけた存在の大事な者達は、救難信号を発した者を助ける為にその場所に向かった。だが、向かった者が帰ってこない。しかし救難信号はまだ発されている。不思議に思いながら、次は別の者が向かった……だが、帰ってこない。そんなことが幾度となく続いたことで、存在が動いた。本来なら2人目が帰ってこなかったことで出ようとしたのだが、別の者達に自分達が出ると言われて仕方なく我慢していたのだ。だが、帰ってこない者達が2桁に達したことで我慢の限界を迎え……途中で救難信号が消えたことに気付きながらも、今いる場所に向かった。

 

 そうして着いた場所は、見るに耐えない場所。大事な者達のモノであろう肉片が、破片が、血が、燃料が散らばり、混じった空間。破片を抱きしめながら何気なく、本当に何気なく存在が目を向けた場所に……それは在った。

 

 

 

 「……ア……アア……――っ!!」

 

 

 

 大事な、愛しい者達の……大切な部下(ともだち)の首が、苦悶の表情を浮かべたままの虚ろな瞳が……存在を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 イブキと時雨を見送った後、夕立は屋敷の中にある自分の部屋に戻っていた。イブキが時雨を送り届けて帰って来るまでにはかなり時間がかかる。確実に日は沈み、ヘタをすれば日を跨ぐかもしれない。その間に夕立が出来ることと言えば、イブキが帰ってきた時の為に何か食材を探すことくらいだろう……と言いたいが、島で暮らす間に陸地で採れる木の実等の蓄えは充分に出来ている。ならば魚でも……と考えたところで、今の自分にはイブキから預かった軍刀以外に艤装がないことを思い出した。これでは浅いところまでしか行けず、この島の周辺で浅瀬を泳ぐ魚はほとんどいない。

 

 「う~……暇っぽい~。でもイブキさん帰ってくるまでやることないっぽい……」

 

 今の夕立にとってイブキとは姉であり、恩人であり、相棒であり、守り守られる存在だ。その相手がいなくなるだけで、夕立の思い付く限りのやることがこんなにもなくなってしまう。出来ることと言えば、こうしてベッドの上でゴロゴロと転がるくらい……と転がっていると、ふと抱き締めている軍刀に目が行く。

 

 夕立は、イブキが“ごーちゃん軍刀”と呼んでいたその軍刀の説明を思い出す。曰わく、燃える剣。抜いた瞬間に刀身が燃え上がり、柄にある引き金を引けば火炎放射器になるという。その火力はレ級の艦載機を容易に溶解、破壊するらしい。イブキの言を疑う訳ではないが、流石ににわかには信じられない。

 

 「……ちょっとだけ……」

 

 転がっていた体を起こし、夕立は部屋から出るとそのまま屋敷からも出る。絶対に屋敷の中では抜かないように言われているからだ。その性能を少し疑っているとはいえ、もしもということもある。緊張しつつ夕立は砂浜の上にて左手で鞘を、右手で柄を握り……ゆっくりと抜く。

 

 

 

 「うわっちゃあ!?」

 

 

 

 ほんの数mm抜いて刀身が見えた瞬間に刀身の部分から炎が吹き出し、夕立は熱を感じて反射的に軍刀を手放した。幸いにも、手を見る限り火傷は負っていない……が、僅かな刀身で炎が吹き出したのだ、一気に引き抜いていたらどうなっていたのか、考えるだけで恐ろしい。もっと恐ろしいのは、そんな軍刀を扱っているイブキなのだが。

 

 「……いざという時にしか使わないようにしよう……っていうか、使えるか分からないっぽい……」

 

 夕立は恐る恐る無害(であろう)な鞘の部分を持って柄を砂浜に刺し、鞘を押し込むことで納刀する。そうすることで炎が消えたので一安心……とはならない。何しろ炎が吹き出す条件は刀身が見えるほど抜くこと。何かの拍子でちょっとでも抜けてしまえば、火傷では済まないだろう。扱いには細心の注意を払わなければならない。

 

 「……屋敷の中じゃなくて良かったっぽい」

 

 もしも今起きたことが屋敷で起こっていた場合、間違いなく火事になっていた。もしそうなっていたら……夕立は想像する。自分に対して火事以上に烈火の如く怒り、絶対零度の視線を向けるイブキの姿を。恐怖から身体を震わせた夕立は、イブキの言葉を疑わないことを誓った。想像上のイブキが予想以上に怖かったらしい。

 

 屋敷に戻った夕立は、今度はイブキの部屋に入って軍刀をしっかりと抱き締めたままベッドの上に寝転ぶ。すぅ、と息を吸うとイブキの匂いがした。今、2人はどのあたりにいるだろうか? イブキと時雨を長時間一緒に居させて時雨の心が揺れたりしないだろうか? 戦闘になって怪我をしたりしないだろうか? 様々なことを考えては不安になり、イブキの匂いを体に取り込むことで何とか落ち着く。何やらイケナイことをしている気分になるが気のせいだと思うことにする。

 

 しばらく堪能していた夕立だが、ふと立ち上がると部屋の中にある窓に近付く。イブキの部屋は海側に位置している為、窓からは海が良く見える。その方角も丁度イブキ達が向かった方角で、夕立は縁(ふち)に軍刀を抱いて肘を立てながらイブキ達を想う。

 

 「……あれ?」

 

 その時、窓から見える海に1つの人影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 その場所から出た存在は後ろを振り返る。そこにあるのは高い崖と、その崖をくり抜いたような洞窟。存在は、その洞窟から出てきたのだ。そうして存在は崖に沿うように進みながら考える。救難信号を発していたモノは既にいなかった。自分の部下を惨殺したのがその救難信号を発していた主なのか、それとも救難信号を利用されたのかは分からないが……どちらにしても関係ない。どの道、その主を赦さないことに変わりはないのだから。

 

 だが、仇の正体が分からないというのは厳しい。深海棲艦がキャッチ出来る救難信号を出せるのは深海棲艦だけだが、人間側が捕獲した深海棲艦を利用して……等の理由が考えられる以上は犯人が深海棲艦だと決められない。疑わしきは罰せよとも言うが、同族にそのようなことをしたくはない。人間側になら良いような気もするが、やり過ぎて先のサーモン海域の大戦のように多大な戦力を送り込まれては流石に一溜まりもない。どうするか……と考えた時に、存在の視界の端に大きな屋敷が映った。

 

 いつの間にか見える景色が崖ではなく砂浜に変わっていることに少し驚きつつ、存在は立ち止まって屋敷を観察する。外観は随分と古く、かなり昔から建っていることを伺い知ることが出来る。中もきっと相応に古いだろう。そうやって見ていくと、窓の1つに人影が見えた。こんな場所にある屋敷に人間が住んでいるのかと疑問に思ったが、よく見てみると人影に見覚えがあることに気付く。

 

 「アレハ……艦娘……?」

 

 存在はふと思い出す……丁度この島がある海域では、軍刀を持った新種の“艦娘”が出るらしいと部下達が噂していたことを。その噂が流れ始めたのは、大体1週間ほど前……救難信号が発信されていた時期と合う。もしかしたら、その新種の艦娘とやらが自分の部下達を惨殺したのかもしれない。

 

 だが、見えた艦娘は夕立と呼ばれる駆逐艦娘だった。なぜだか少し気になったが、とても新種の艦娘とは呼べない。見つけた以上は沈めるか……と言いたいところだが、自分は部下達の仇を捜すことに忙しい為、存在は夕立を見逃すことにする。そう思った瞬間、件の夕立が何かを持っていることに気付く。

 

 (何ヲ持ッテ……!? アレハ……マサカ!)

 

 嗚呼、成る程と存在は納得する。もしかしたら、ただの偶然かもしれない。もしかしたら、仇ではないのかもしれない。だが、存在にはもう“そう”としか思えなかった。成る程、“新種”と呼べるだろう。“軍刀を持った夕立”など見たことがないのだから。噂ばかりで正体が曖昧で見つからない筈だ。“鎮守府ではなく島で暮らす艦娘”など、補給や資材の面から考えて常識的に有り得ないのだから。

 

 だから断定した。決定した。確定した。存在の中ではそうなった。違うかもしれないという可能性を全て捨て去り、怒りのままに力を振るうことを良しとした。

 

 

 

 ― オ前ガ……仇カ……ッ!! ―

 

 

 

 

 

 

 それはきっと、偶々(たまたま)や偶然でしかないのだ。偶然、イブキと夕立はレ級が寝床にしていた島に着いてしまった。偶々、軍刀を持った艦娘or深海棲艦がいるという噂が流れていた。偶々夕立が1人で留守番していた。偶々その日に存在が仇を探していた。たまたま夕立はイブキから軍刀を預かっていた。偶然存在が噂のことを思い出した。偶然夕立と存在がお互いに気付いた。そんないろいろな偶々や偶然が積み重なったというだけ。

 

 

 

 それが偶々偶然……“悲劇”を齎(もたら)しただけの話なのだ。

 

 

 

 (ヤバいっ!!)

 

 虫の知らせかはたまた直感か、夕立は窓から離れて部屋から飛び出し、生存本能に従って向かいの部屋に扉を蹴破りながら入り、2階であることを無視してその部屋の窓を割りながら外へと飛び出し……その瞬間、轟音と共に屋敷が爆発し、破片等と一緒に夕立を木の葉のように吹き飛ばした。

 

 「ああああっ!! ぐっ、ぎぃっ!!」

 

 あまりの衝撃と吹き飛んでいる速度が速いせいか、夕立は屋敷の裏にある湖の水をまるで水切りの石のように1度跳ね、陸地の木に体を叩き付けられた。屋敷から湖までは10m程の距離があり、湖に至っては直径およそ70m程の広さがある。夕立の体重が10代女子のモノとはいえ、屋敷という壁があって尚それほどの距離を超えさせる程の衝撃……それを生んだモノの正体を確かめるべく、夕立は痛みに耐えながら屋敷を見やる。

 

 「あ……そんな……!?」

 

 だが、屋敷は見るも無惨な状態だった。左右対称だった屋敷の半分……イブキの部屋があった側が、まるでえぐり取られたかのように破壊されていた。1階と2階丸ごと、夕立から見て右側の部分が全て瓦礫になり果てていたのだ。衝撃は1度だけ……つまり、たった1度の何かでそれ程の威力を出したことになる。そして、それ程の威力を出せる存在は限られてくる。

 

 (犯人は多分、私が見た人影。艦娘か深海棲艦かは分からないケド……っ!)

 

 夕立が考えている最中、瓦礫を超えて人影が現れた。十中八九夕立が見た人影であり、屋敷を半壊させた犯人だろう。夕立は、犯人の顔を見ようとして……見る前に痛みを我慢して立ち上がり、森の中に飛び込む。次の瞬間にはドンッ!! という砲撃音が上がり、一瞬置いてから先程まで夕立がいた場所が屋敷と同じように吹き飛んだ。

 

 「がっ、うぎゅっ!!」

 

 再び衝撃で吹き飛ばされた夕立は、生い茂る木々や葉で体を傷付けられながら地面を転がり、ある程度転がったところで止まる。幸いにも骨を折ったり等の致命的なモノはないが、そのダメージは大きい。だが、動けない程ではない。

 

 夕立はなぜ攻撃を受けているかは分からないが、その攻撃に殺意が込められていることを理解していた。そして、少なくとも犯人が艦娘ではないということも理解した。その理由は、夕立の中にある深海棲艦の記憶が人影に対して歓喜し、艦娘としての自分があまりの力量差に恐怖しているからだ。

 

 「“姫”……っぽい」

 

 姿ははっきりと見ていないし種類も分からないが“そう”なのだと確信した。“姫”……それはレ級を超える強さを持つ“鬼”を更に超える強さを持つ深海棲艦の頂点。勝てない相手ではないということは分かっているが、それは姫という1に対して大軍を用いて何日もかけて戦うことでやっと……という話だ。そんな相手が、自分1人に猛威を振るっている……そこには、絶望しかない。

 

 チラリと、何度も吹き飛び転がりながらも決して離さなかった軍刀を見やる。現状において唯一の武器にして切り札であるそれを使えば……イブキの言が正しければ、姫に一泡吹かせることが出来るかもしれない。もしかしたら撃退な……或いは撃破だって出来るかもしれない。しかし、それは軍刀を扱えればの話。更に今居る場所が森の中というのもマズい。こんなところで抜いてしまえば、忽(たちま)ち火事になってしまうことだろう。

 

 (……命には代えられないっぽい)

 

 しかし、夕立は抜くことを決意する。死ぬのは嫌だということもあるが、夕立は自分が死んだ場合のイブキのことを危惧した。昨日のレ級の死によってあれほど憔悴し、弱っていたイブキ。そんな彼女が、次の日また誰かが死んだと知ったらどうなるだろうか? しかもそれが、自惚れでなければ世界で最も精神的に近く安心出来る相手なら? 夕立は断言する。自分だったら間違い無く心が壊れると。

 

 「絶対に……死んでなんかやるもんかっ!!」

 

 気合いと決意を声にして、夕立は軍刀を体の前に持ってくる。抜けば燃える軍刀は持ち主にすら熱でダメージを与える。だが、我慢出来ない程ではない。夕立は右手で柄を握り締め、一気に引き抜く。

 

 

 

 その瞬間、物凄い衝撃を受けると同時に夕立の目の前が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、夕立はどんよりとした空を見上げていた。何がどうなったのか理解出来ず、夕立は体を起こそうとして……出来なかった。

 

 「ぁ……~っ……!?」

 

 全身に激痛が走り、声も出せない。何とか動きそうな首から上を右側に傾けると、鞘に納まったままの軍刀が右手に力無く握られていた。鞘には焦げたような部分があり、その部分が見て分かる程に凹んでいた。

 

 (そうだ……私、軍刀を抜こうとして……そしたら目の前が真っ白に……)

 

 そこまで考えたところで夕立は悟った。自分は攻撃を受け、それが運良く鞘に当たったのだと。半死半生の現状を嘆くべきか、首の皮1枚繋がったと喜ぶべきかは悩むところだが。もっとも、直撃した場合は間違い無く死んでいたであろうことを考えれば……夕立は軍刀を預けてくれたイブキに内心感謝した。

 

 (姫……は……?)

 

 問題の姫はどうしているのか気になった夕立は、再び顔を上に向けて体を起こそうとする。しかし身体は動かず、仕方ないと視線だけでも首から下に向ける。すると、最早服の意味を成していないボロボロの制服と火傷だらけの体……そして、肘から先のない左腕が目についた。下半身は流石に見えないが、似たような惨状だろう。もしかしたら、足の1つや2つ失われているのかもしれない。何とか生きている、ギリギリ死んでいないといったところか。直撃ではないとは言え、夕立が受けた姫からの攻撃は3回……夕立は、自分のしぶとさに苦笑いした。

 

 (うん……まだ、笑える。まだ、生きてるっぽい)

 

 だが、体の状態を考えれば入渠しなければ永くは生きてはいられない。この島に入渠施設は無く、そもそも体を動かせない以上イブキの帰りを待たなければならない。更に今この島には姫級がいる。詰んだ、と呼ぶに相応しいだろう。

 

 「マダ、生キテルンダ」

 

 鈴が鳴るような声が、夕立の耳に届く。悪いことは続くらしく、夕立からは見えていないが姫級に見つかってしまったらしい。

 

 (流石にここまでっぽい……イブキさん……?)

 

 諦めかけたその時、夕立の耳にザザン……と波の音が聞こえる。どうやら吹き飛ばされている内に海の近くまで来ていたらしい。先程右側を確認した時、周りには砂浜はなく硬い地面があった。この島は高さが上がるにつれて岩場になっていく。つまり、今いる場所は島の中では高く、尚且つ海に近いところにあるということになる。もしかしたら、レ級と出会った洞窟の上の崖辺りにいるのかもしれない。

 

 (……生きてやる。私はまだ……死んでない……っぽい!)

 

 消えかけた意志が蘇り、その強い生存本能に反応したかのようにぐじゅる……と夕立の体の至る所で生々しい音がする。更に、動かなかったハズの体が僅かに動く……と言っても右手と上半身をほんの少し動かすくらいしか出来ないが。

 

 「ぎ……ぅ……!!」

 

 「何ノツモリカ知ラナイケド……ヤラセハシナイヨ」

 

 僅かでもまだ動ける夕立の生命力に驚きつつ、姫は左手にある駆逐艦が使うような小さな砲を構える。本来ならば最初に屋敷に向けて撃った一撃で決めるハズだったのが、運が悪いのかこんなところ……崖まで来てしまった。だが、散々姫の邪魔をした木々はもう存在しない。夕立の体が崖っぷちに横たわっている以上逃げ場もない。見る限り軍刀以外の艤装もない。

 

 だが、油断はしない。相手はどうやったのかは不明だが自分の部下達を殺したのだ。その中には戦艦も含まれている……相手は駆逐艦にしか見えないが、戦艦の首すらも取れると仮定する以上は万全にかつ安全に戦う。満身創痍の死に体であっても、決して軍刀の届く範囲には近付かない。

 

 「コレデ……オワリ」

 

 もうすぐ仇を討てる……そう考える姫の口元は、無意識にニヤリと笑みを浮かべていた。そして、構えた砲から火を噴かせる……それよりもほんの少し速く、夕立は鞘に納まったままの軍刀を姫に向ける。

 

 (軍刀の妖精さん……力を、貸してほしいっぽい……!!)

 

 そう念じながら、夕立は軍刀の柄にある引き金を引いた。

 

 

 

 「勿論ですー。燃えろバアアアアニイイイイング!! “火”激にファイッヤアアアア!!」

 

 

 

 「グアッ!? ナ……ニィッ!?」

 

 何かが、自分に向かって飛んできた。姫自身がそう理解したのは、姫の髪留めの役割を果たしていた布のような金属のような異形にその何かが当たり、衝撃で体が後ろに倒れてからだった。そして、倒れると同時に自分の左手の砲から砲弾が発射され……何かに着弾した爆音が響き渡り、姫の体の上を炎が通って空へと上り、どこからか大き過ぎる爆発音が鳴り響く。当たってはいない……だが、強烈な熱が堅牢な装甲を誇る姫の体を熱し、炎という原始的な恐怖の対象に姫の意志とは関係なく、爆発音を気にする余裕もなく体が竦む。すぐに炎は消え失せたが、あまりの衝撃的かつ予想外の出来事に姫は放心し、しばらく動けなかった。

 

 

 

 あれから数分が経ち、姫はようやく体を起こした。夕立が居た方を見てみれば、そこにはもうその姿はない。あるのは焼け焦げた、決して浅くない抉れた地面。焦げ後の位置から考えると夕立には直撃しなかったようだが……50cmもない至近弾だ、最早生きてはいないだろうと姫は判断した。

 

 「……ミンナ……仇ハ討ッタヨ」

 

 確かな達成感。本当に仇だったのかという疑念。復讐を果たしたという達成感の後の虚しさが、姫の心をぐるぐると掻き回す。左手の砲をどうやったのか消しながら崖に背を向けると、燃え尽きている木々が目に映った。残り火など1つもない……一体どれほどの火力だったのか。そして、もし直撃していたらどうなっていたのか……考えるだけでゾッとしたのか、姫は自分の体を抱き締めた。

 

 しかし、いつまでもそうしてはいられない。姫はもうこの島に用はないと屋敷の合った方へと進み始める。不思議と草を踏みしめるような足音がしない……だが、それを疑問に思う者はこの場には誰もいない。そうして姫は、誰にも姿を見られることなく島から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 (……イブキ……さん)

 

 4度。それだけの姫級の至近弾を受けて尚、夕立は生きていた。最後に一矢報いるように軍刀の引き金を引いた夕立……軍刀の燃料を噴き出すというギミックにより納まったままだった鞘は勢い良く姫に向かって飛び出して髪留めに当たり、姫は後ろに倒れて直撃させるハズの砲を外した。実はこの時、夕立は噴き出した燃料の勢いで崖から半分落ち掛けていた。そこに至近弾の衝撃が加わり、夕立の体を再び吹き飛ばし……今、夕立は島から少し離れた海に沈んでいる。炎の灯っていた軍刀の刃が海面に接触したことで水蒸気爆発が起き、それに巻き込まれたせいで深く……深く沈んでいた。

 

 それでも、夕立はまだ生きている。左腕の肘から下がなくとも、噴き出した炎のせいで右側の下半身が爛れていても、水蒸気爆発のせいで軍刀が半ばから折れ、右腕があらぬ方向へ折れ曲がれ、右目の視界が暗くなっていて、体の感覚が殆どなくとも……それでも、生きている。

 

 「ごめんなさいー。爆発を受けた体の状態が酷すぎて、私の持っていた応急修理女神でもこれが限界なんですー。えーん」

 

 (イブキ……さ……)

 

 最早マトモな思考も出来ていない。妖精のその声すらも聞こえていない。ただただひたすらに、一途に愛しい者の名を、その者だけを想う。例え届かずとも、この残酷で理不尽な世界のどこかにいる相手に届かせるように。

 

 

 

 だが……世界は美しく、そして優しくもある。

 

 

 

 夕立の身体を、“小さな何か”が抱えた。そのまま海面まで浮かび上がり、小さな何かが夕立を眺める。そうしてしばらく眺めた小さな何かは、夕立の身体を持ち上げ……そのままどこかへと向かい始める。

 

 

 「ヘンナノ、拾ッタ!」

 

 小さな何かは、赤い瞳で夕立を見上げた。

 

 

 

 

 

 夜が開けた。あれから俺は、夕立を見つける為に夜中で視界が悪いのも関係なく島中を走り回った。念の為に屋敷の無事な部分の中と瓦礫の山となった破壊されている部分も可能な限り探し、そのまま島中を探し……気がつけば朝を迎えていた。相も変わらず空はどんよりとしているが、明るいことに変わりはない。夜よりは探しやすいだろう。そう考えた俺は飯も食わず眠らず水も飲まずにまた島中を走り回った。

 

 とは言っても、戦いの後はすぐに見つかったのだが。昨日の時点では暗くて気付かなかったが、屋敷の裏にある湖……その屋敷とは真反対の方向に抉れた地面を見つけた。その奥に向かって進んでいくと、半ばから折れている木に吹き飛んでいる地面など、明らかに自然にではない拓け方をした場所に出る。屋敷に1度、湖のところで2度、そして恐らくはこの場所で3度……夕立の安否が気になる。そんな俺の脳裏に浮かぶレ級の最期……いや、夕立はきっと無事だ。俺は、そう願って更に奥に進んだ。

 

 「……ん?」

 

 不意に、何かを蹴飛ばした感覚がしたので視線を足元に向ける。そこにあったのは、布のような金属のような不思議な形状をしたさほど大きくはない異形と……見覚えのある鞘。その2つを拾い上げ、異形をよく観察してみる。どうやら生き物ではないらしい……恐らく、深海棲艦の一部分なのだろう。つまり、屋敷を破壊したのは深海棲艦……少なくとも人型。出なければ陸に上がることなんて出来ないだろうからな。

 

 拾った2つを持ったまま更に進むと、一昨日に俺が跳んだ崖が見える場所まで来た……が、その場所は俺の記憶にあるものとは違っている。燃え尽きたように真っ黒な木々、焼け焦げた地面……ここで夕立は、預けたごーちゃん軍刀を使って戦ったんだろう。炭化している木々がその証だ……だが、肝心の夕立の姿が見えない。

 

 「……まさか……」

 

 最悪の想像が頭をよぎる。いや、そんなハズはない……きっとこの島のどこかにいて、今も俺の助けを待っているに違いない。もしかしたら、俺を脅かそうとしてどこかに隠れているのかもしれない。だから俺は探した。夕立の名を呼び、草の根をかき分け、木の上にも意識を向け、ひたすらに島を歩き、走り、跳んだ。

 

 「なぁ、夕立……いるんだろう? 隠れているだけなんだろう? 俺を……脅かそうとしているだけなんだろう? なぁ……夕立……頼むから返事をしてくれ……」

 

 途中から俺は、拾った鞘を後ろ腰のベルトの元の位置に差し込み、左手に異形、右手にふーちゃん軍刀を握り締め、木を切り倒しながら探していた。この無駄に多い木が邪魔で夕立が見えないだけ……そんな考えからそういった行動に出ていた。この時の俺は、夕立を心配するあまりにマトモな思考ではなかったんだろう。

 

 1日か、2日か、どれくらい経ったのかは俺には分からないが……俺は島にある木を半分ほど斬り倒して止まった。それでも、夕立は見つからなかった。もう島の殆ど全てを歩き回ったハズなのに、それでも夕立は……。

 

 「……レ級に続けて、夕立も……か」

 

 守ると言った。守ると言ってくれた。そんな唯一無二の存在を、一緒にいると誓った相手を……俺は失った。ああ、確かにここはそういう世界なんだろう。殺し殺され、不意に、油断して、理不尽に……そんな色んな理由で命が奪われる世界なんだろう。俺のように大事な存在を失った奴がごまんと居る……そんな世界なんだろう。

 

 だが、これはあんまりじゃないか。なぜ俺から続けざまに奪う。なぜ彼女が奪われる。夕立はやっと幸せを手に入れたんだ。俺はやっとこの世界で生きていく決意が出来たんだ。なのに……なぜだ。

 

 「イブキさん可哀想ですー。なでなでー」

 

 「私達が出来るのはこれくらいですー。ぎゅー」

 

 「私もやるですー。ぎゅー」

 

 「……ありがとう、みんな」

 

 正直に言えば、今の俺にとって妖精達の言動や行動が煩わしいと感じる……だが、考えてみれば彼女達も俺のせいでいーちゃんとごーちゃんの2人を失っている。にもかかわらず彼女達は俺の頭を撫で、両腕を抱き締めてくれている……感謝こそすれ、邪険に扱うなんてとんでもない。

 

 だが、だからといって夕立が戻ってくる訳ではない。俺が夕立を失ったという事実は変わらない。そう考えていた時、俺は自分が今いる場所が屋敷前の砂浜であることに気付き……同時に、今の時刻が朝方であることに気付く。時間の感覚を失い、夕立を探すこと以外に意識を向けてなかった為に今まで気付いていなかった。

 

 「……? あれは……」

 

 ふと、砂浜に何かがあることに気付く。近くによって確認してみると……それは、見覚えのある半ばから折れた赤と黒の軍刀、その柄の部分。それはレ級に復讐を誓い、俺の右肩を裂いて折れた……天龍の軍刀だった。潮の流れか何かで天龍が沈んだ場所の反対側であるこの砂浜まで来てしまったんだろう。

 

 「……ああ、そうだ。そうしよう」

 

 天龍の軍刀を見て、俺は思った。沈んだ仲間の仇を討つ為に生き長らえて復讐を果たした天龍……彼女はレ級を殺して復讐を果たし、満足そうに沈んだ。俺はレ級の仇を討つことが永遠に出来なくなった……だが、今回はどうだ? 夕立が死んだと決まった訳じゃない。行方が分からないだけだ。だが“そうした”犯人が必ずいる。

 

 俺から夕立を奪った……そんな奴がこの世界のどこかにいる。必ず見つけ出す。どこにいても、如何なる理由があっても、そいつが死ぬことで誰かが悲しむことになっても。一切手段を選ばずにあらゆる手を尽くして、俺の全てを賭してでも。

 

 

 

 「復讐をしよう」

 

 

 

 今度は、俺が奪う番だ。




今回のタイトルからこのような内容になると予想出来たがいれば私は沈む(物理

あ、私は夕立好きですよ?(説得力無

という訳で、今回は夕立離脱、勘違いによる悲しみの連鎖、イブキ微妙にマスタング化というお話でした。今回のお話で一章分となります。次回は今までにイブキが出会った艦娘と深海棲艦の日々を幕間として少しだけ書き、時間を飛ばして2章突入という形にする予定です。番外編やIF話も考えてはいますが、読者様方にこんなお話が読みたい! という希望が多数あれば書いてみたいと思います。

今回のおさらい

謎の存在、姫現る。夕立離脱、ごーちゃんファインプレー。小さな何か、夕立を持って行く。イブキ、復讐を誓う。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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閑話 出会った者達と……

お待たせしました。今回は閑話として、イブキと出会った者達とその他を少しずつ書いています。イブキは出ません←

時系列がバラバラなのでご注意下さい。また、名前こそ出ていませんが悲惨な目にあっている艦娘と僅かな痛々しい描写があります。これまたご注意下さい。


 それは、雷がイブキに助けられた日から2週間程経ったある日のこと。

 

 「“軍刀を持った深海棲艦”?」

 

 「一週間前くらいから噂になっているよ」

 

 鎮守府の中にある“すでのな屋部おの艦逐駆型暁”と書かれたプレートが掛けられた部屋の中、大きな丸い机に肘を立てながら座っている雷は、向かいに座る響からそんな話を聞かされていた。軍刀を持った深海棲艦。響の説明では、とある海域で現れるらしい。噂とは言ったが、実際は目撃証言と言った方がいいだろう。

 

 その噂を聞かされた雷の脳裏に浮かぶのは、2週間程前に自分を助けてくれた恩人のことだ。名をイブキ……5本の軍刀を持ち、レ級をあっさり撃退し、いずれ再会しようと約束した相手。雷はそのイブキに再会した時に頼ってもらうべく、日々訓練や家事や雑務を頑張っている。件の深海棲艦もイブキのことだろうと思い、雷は再び再会を心に誓った。

 

 「でも、最近は別の噂も流れてるんだ」

 

 「別の噂……?」

 

 「おやつ持ってきたのですー」

 

 「間宮さんの焼いてくれたクッキーよ! 早く食べましょ♪」

 

 話の途中、姉妹艦である電と暁がクッキーが入っているであろう可愛らしいピンク色の袋を持ちながら部屋に入ってきた。雷と響の2人は一旦話を中断し、姉妹達の持ってきた袋を机の真ん中で開き、4人仲良く食べ始める。途中で電がミルクを取りに行き、持ってきた後は4人で飲み、ほぅ……と息を吐く。仕草が同じなのは、流石姉妹と言ったところだろう。

 

 「ねぇ響姉、さっきの話の続きは?」

 

 「さっきの話? なにそれ?」

 

 「うん、雷に軍刀を持った深海棲艦の噂の最近の話をしようかってね」

 

 「あっ、そのお話知ってるのです。最近のお話だと……何か捜してるんだっけ?」

 

 「うん」

 

 響の言う最近の話では、雷が言ったように“軍刀を持った深海棲艦”が何かを捜してるというものらしい。それは噂というよりは都市伝説や怪談に近いものらしく……だが、実際にその深海棲艦と出会ったという艦娘もいて、皆同じようなことを言っていることから信憑性も高いという。

 

 「その深海棲艦は、出会った存在にこう聞くんだ。“これの持ち主を知っているか?”って、深海棲艦の一部らしき物を見せながら。知らないと答えた艦娘からは特に何をすることもなく去り、冗談で知ってる……もしくは知ってるような態度をとったら、襲いかかってくるそうだよ」

 

 やけに具体的な噂だと思いながら、雷はクッキーを1つつまんでかじる。雷の中では噂の深海棲艦はイブキであると確定している。ならば襲いかかってくるというのは、噂に尾ひれがついたという奴なのだろう。だが、全部が全部尾ひれという訳でもないハズ。

 

 「深海棲艦の一部ってなんなのかしらね」

 

 「さあね。艤装なのか、身体の部位なのか。それとも深海棲艦の一部というのはあくまでも噂で、本当はそれ以外のモノなのか……」

 

 「もしかしたら、落とし物を届けようとしているのかも」

 

 響と電が同じようにクッキーをかじりつつ、雷の疑問に自分の考えを述べる。イブキなら電の弁が近そうだなぁと思いながら、雷は更にクッキーを手に取りつつ窓の外を見やる。

 

 2週間。もうそれだけ時間が経ったというのに、雷はイブキに助けられた時のことを、抱っこされていた時の温もりを鮮明に思い出せる。未だにお互いに元気な姿で再会するという約束を守れてはいない。また、この鎮守府の艦娘達がイブキを見かけたという話も聞かない。噂の海域とやらは雷の練度では到底許可が下りない。余程運が良くない限り、約束を守れるのはしばらく先になるだろう。

 

 (また、会いたいなぁ)

 

 雷は、窓の向こうにイブキの姿を幻視しながら内心呟いた。

 

 「で、暁姉はなんで耳塞いでんのかしら」

 

 「べ、別にあんた達が怖い話してると思った訳じゃないからね? 暁はレディなんだから、怖い話くらいなんともな」

 

 「わっ!!」

 

 「ぴぃっ!?」

 

 「響お姉ちゃん……」

 

 今日も、第六駆逐隊は平和である。

 

 

 

 

 

 

 それは、イブキと出会った北上達が鎮守府に帰ってきた時のこと。

 

 「みんなお帰りクマ」

 

 「はい、艦隊が帰還しましたよーっと……ただいま、クマ姉さん」

 

 「ただいまー。やっと帰ってこれたぴょん」

 

 「ホントにな。あのイブキって奴に会った時はどうなることかと」

 

 「ちょ、深雪!?」

 

 「あっ」

 

 軍港で待っていた球磨に出迎えられた北上達は、そのまま海から陸へと上がる。この後は工厰にて艤装を外し、潮風に長時間当たっていた為にお風呂に入ってさっぱりし、上がった後に飲み物をぐいっと……なんて考えていた北上だったが、深雪がイブキと口にして“しまった”……という顔をした為にあちゃあ……と顔に手をやる。

 

 「今……イブキって言ったクマ? どこにいたクマ!?」

 

 「うひぃ!?」

 

 「はーい球磨姉さんストップストップ。どーどー」

 

 額に青筋を浮かべながら深雪に掴み掛かろうとした球磨を北上は素早く背後に回り込み、羽交い締めにすることでその動きを止める。イブキと出会って以来、球磨はこんな感じでイブキの名を聞けば我を忘れるようになった。余程彼女に傷一つ付けることが出来なかったのが悔しいのだろう。しかし、その悔しさをバネに出撃遠征訓練を続けている球磨は現在、所属鎮守府最強の艦娘の名を欲しいままにしている。練度こそまだまだ低いが、このまま行けば軽巡の括りでは間違いなく上位に並べるだろう。

 

 「うーむ……実際に会った感じ、姉さんが目の敵にするような人とは思えないんだけどねぇ」

 

 「北上はあいつと戦ってないからそう言えるっぴょん」

 

 「全然攻撃当たらないし、当たったと思ったらなんかよくわかんないけど当たってないし!」

 

 「タンカーに海から直接飛び乗ったりな」

 

 「絶対次はブチ当ててやるクマー!!」

 

 「だからなんでそんな人相手に挑もうとするのか」

 

 ジタバタと暴れる球磨や駆逐艦達の言葉を聞いて、北上は疲れたように溜め息を吐く。血気盛んな姉と考えなしの駆逐艦達を相手にする北上は、提督も手伝ってくれないかと考える。しかし、提督は以前の艦娘売買の事件解決に艦隊が貢献したということで1つ階級が上がり、仕事量が増えていたことを思い出して首を振った。

 

 「はぁ……ほーら駆逐艦共、さっさと艤装置いてお風呂入っといで。球磨姉さんも連れて」

 

 「了かーい」

 

 「ほら球磨さん! あたし達とお風呂行くよ!」

 

 「離すぐもぇ!! ぐび、ぐびがじま……」

 

 「北上はどうするぴょん?」

 

 「報告書、提督に届けないとね。あんたも行っといで」

 

 球磨を預けられた深雪と白露は2人で球磨の服の首筋を掴んで引きずり、首が締まっているという球磨の声を聞かずに軍港を後にする。それについて行こうとした卯月はふと北上のことが気になり、問いかけるとあっさりとそう返された。すると何を思ったのか、卯月は北上の後ろにつく。

 

 「……いや、行ってきなよ。なんで後ろに回ってんのさ」

 

 「うーちゃんも報告書書くの手伝うぴょん! 早く終わらせて、一緒にお風呂行こ?」

 

 「本音は?」

 

 「手伝ったらご褒美貰えると思っ……な、なーんちゃって……」

 

 「正直でよろしい」

 

 「あうっ」

 

 思わず本音がポロッと零れた卯月の頭を軽く小突きながら、北上は報告書を書くべく資料室へと向かう。この後2人はその資料室で一緒に報告書を書いた後に風呂に入り、風呂上がりの卯月は白露と深雪よりもちょっと高価なイチゴミルクを北上に奢って貰うのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは、摩耶が助けられてから3週間程経った日のこと。

 

 「……見つからねえなぁ」

 

 そう呟きながら、摩耶はまだ明るい空を見上げる。今彼女が居るのは、噂の“軍刀を持った深海棲艦”が出るという海域。摩耶がその海域を頻繁に訪れるようになってから今日で1週間になるが、噂の主に会えたことはおろか見かけたことすら1度もない。その度に、摩耶は悲しそうにトボトボと鎮守府に帰るというのがお約束のようになっている。

 

 「なかなか会えないわね。本当にいるのかしら」

 

 「目撃情報もありますし、摩耶姉さんのことを考えれば存在するハズですけれど……」

 

 「そうですね……なんとかお会い出来たらいいのですが」

 

 勿論、摩耶1人で来ている訳ではない。霧島、鳥海、鳳翔……共に行動しているこの3人は霧島を除き、摩耶と同じ艦娘売買事件の被害者である。幸いにも彼女達は皆純潔を失うことを免れ、比較的精神的なダメージが少なかった艦娘である。摩耶と共に噂の海域まで来ているのは、噂の深海棲艦が間接的な恩人であると摩耶から教えられ、礼を言う為だ。霧島はそんな彼女達の護衛である。

 

 「はぁ……早く会いてえなぁ」

 

 「会いたいのは分かりますが、油断だけはしないでね。噂では襲われた艦娘だっているんだから」

 

 「でも、それは嘘をついたからでしょう? 誠実に接すれば、きっと誠実に返してくれますよ」

 

 「それに、助けられた艦娘だっているとのことですし」

 

 摩耶は噂の深海棲艦が自分達の恩人であるイブキだと考えている。だからこそ連日、提督に遠征から帰るついでに今居る海域に向かう許可を取っているのだ。しかし、未だに会えずにいる。ただ運が悪いだけなのか、それとも違う海域に行ってしまっているのか……摩耶は大きく溜め息を吐いてうなだれた。

 

 「……ただ、1つ気になる噂を聞きました」

 

 「気になる噂?」

 

 「沢山噂があるんですね」

 

 鳥海が呟いた言葉に霧島が反応し、鳳翔が朗らかに笑う。しかし、その笑いは鳥海の言う噂を聞いた途端に止まることとなる。

 

 曰わく、その深海棲艦は同じ深海棲艦を庇って艦娘を攻撃してくる。今までが艦娘に対して好意的に取れる噂もあった分、噂の深海棲艦が敵なのか味方なのか余計に分からなくなるモノだった。事実、上層部や鎮守府間ではこの深海棲艦を敵とするか味方とするか悩みどころであるという。意見もまた、敵と定めるか味方と定めるかで分かれており、定められないという者もいる。敵と定める側は皆、噂の深海棲艦によって被害を被った者達。味方と定める側はその逆に助けられた艦娘の鎮守府であり、定められない側は助けられて被害も受けたか噂の深海棲艦に出会っていない者達だ。

 

 「噂は噂……と言いたいですが、火のないところに煙は起たずと言いますし」

 

 「百聞は一見に如かずって言うじゃんか。あたしはこの目で確かめるまで、そんな噂には踊らされないからな」

 

 「摩耶姉さん……」

 

 不安げな鳥海に、摩耶ははっきりと意志を持って断じる。そんな姉の姿に鳥海は眩しいモノを見るかのように目を細め、霧島と鳳翔も摩耶を見てクスッと小さな笑みを浮かべる。艦娘売買の組織に捕まって未来に絶望していた自分達と、助けられるその時まで反抗して未来を諦めなかった摩耶。噂のせいで恩人を疑ってしまった自分達と、噂は噂だと恩人を信じて疑わない摩耶。そんな彼女の姿を、3人は誇らしく思った。

 

 結局、この日も噂の深海棲艦と出逢うことはなかったが……少し絆が深まった4人であった。

 

 

 

 

 

 

 それは、戦艦棲姫がイブキに助けられてから1ヶ月経った時のこと。

 

 「“軍刀を持った新種の艦娘”ねぇ……私が休んでる間にそんな噂が出回ってたのね」

 

 「ハイ」

 

 どことも知れない海底洞窟の中に、戦艦棲姫と戦艦タ級はいた。その洞窟は岩肌が見える以外には艦娘達のいる鎮守府と何ら変わらぬ施設を持つ、南方棲戦姫の拠点である。この1ヶ月をたっぷり療養に使った戦艦棲姫の身体と艤装はすっかり癒えており、いつでも海に出られるようになっていた。もっとも、多少のブランクはあるだろうが。

 

 「軍刀を持った艦娘なら他にもいるけれど……」

 

 「“新種”ト言ワレテイル以上、姫様ヲ助ケタアノ者カト思ワレマス」

 

 「そう……ありがとう、タ級」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら礼を言う戦艦棲姫の顔を見て、タ級が嬉しそうにしながらも真っ赤になって俯く。そんな彼女を可愛らしく思いながら、戦艦棲姫は改めて噂の内容を振り返る。

 

 軍刀を持った新種の艦娘。時に艦娘を助けて深海棲艦を撃退し、時に深海棲艦を助けて艦娘を撃退しているという彼の存在は、深海棲艦の一部らしき物を頼りに何かを探しているという。それがその一部の持ち主なのか、はたまた別の理由なのかは分からない。あくまでも噂なので実際のことは分からないが。

 

 また、噂も沢山ある。やれ人間達の生体兵器だ、新たな姫だ、本当に新しい艦娘だ、逆に新しい深海棲艦だ、所詮は只の噂、海の妖怪、etc.……様々な噂が飛び交っているという。過激なモノでは艦隊が全滅させたというモノまである。

 

 (噂通りなら、艦娘も深海棲艦も関係ない無差別な行動。もし落とし主を探しているだけなら、噂の内容が“攻撃的過ぎる”わね……つまり、落とし物を届ける目的じゃない。考えられる理由としては……)

 

 戦艦棲姫は右手を顎に軽く当てて足を組み、背後の新品同然となった巨大な異形の艤装にもたれ掛かりながら考える。噂の正体がイブキであれなかれは関係なく、噂の主の目的が何なのか。正面にいるタ級が戦艦棲姫の生足から必死に目を逸らしている姿を面白そうに見ながら。

 

 (……復讐、かしらね。そう考えれば、攻撃的過ぎる噂の行動も分かるわ)

 

 そう時間を掛けずに、戦艦棲姫はその答えを導き出した。確証や証拠などないが、そう考えれば説明が付くのだ。きっとその深海棲艦の一部というのは、何か噂の主に不都合なことをした存在の落とし物なのだろう。そしてその落とし主を探している……復讐をする為に。行動が攻撃的なのは、怒りや憎しみの大きさの表れだと戦艦棲姫は考える。

 

 「タ級。噂の新種の艦娘の正体、探ってくれない? そして、その正体があの人でなかったとしても必ず教えて頂戴」

 

 「分カリマシタ」

 

 タ級は真っ赤だった顔をキリッとさせ、戦艦棲姫の命を果たす為にその場から去る。その後ろ姿を見ながら、戦艦棲姫は背後の艤装である異形の顔のような部分をくすぐるように撫でながら、誰にでもなく呟いく。

 

 「もしもアナタじゃないなら、特には動かない。でも、もしもアナタなら……会いに行こうかしら。ね? 姉様」

 

 戦艦棲姫は自分の“短くなった黒髪”を撫でながら目を細める。そうであると願って、その日を想って……後ろを振り返った。

 

 

 

 「勿論よ……“山城”」

 

 

 

 

 

 

 それは、日向達がイブキと出会った日から2週間ほど経った日のこと。

 

 「日向、またやってるの?」

 

 「……伊勢か」

 

 日向達の鎮守府には、道場のような佇まいの稽古場がある。本来は人間が修めている武道が錆び付かないように訓練する為の場所だが、その稽古場の外で日向は藁の巻かれた木の棒相手に己の艤装である軍刀を振るっていた。そんな彼女の姿を、先程やってきた姉である伊勢は呆れたように見ている。

 

 「大和さんも瑞鶴も瑞鳳も、夜戦にしか興味のない川内や自由奔放な島風まで……2週間前の任務失敗から皆今まで以上に訓練するようになった。それ程までに日向達を負かした相手は強かったの?」

 

 「強かった……という言葉では足りないさ。こうして訓練している私達だが、私を含めて誰1人未だに奴には届かないと……口には出さないが思っている」

 

 軍刀を握り締める日向の姿からは、嘘を言っているようには感じられない。それでもまだ伊勢は……否、鎮守府にいる面々は、日向達が何もできぬままに敗北したという事実が信じられない。2週間経った今でさえ、だ。正確には信じられないではなく、信じたくないのだが。

 

 日向、大和、瑞鶴、瑞鳳、川内、島風。彼女達は数ある鎮守府の中でもトップクラスに位置する鎮守府、その第一艦隊である。連合艦隊で挑む大規模作戦には必ず参加し、勝利に貢献する……憧れる艦娘や新米提督達は少なくない。現に、戦艦棲姫が制圧していたサーモン海域を解放する為の大規模作戦はしっかりと成功させ、勝利に貢献している。そんな彼女達がたった1人に、それも戦艦棲姫を守りながら戦っていた相手に為す術なく敗北を期した等……誰が信じられるだろうか。

 

 「島風はより疾くなる為に。川内は夜戦だけでなく昼間でも全力を出せるように。瑞鶴と瑞鳳は夜戦でも戦闘に参加出来るように。大和は確実に一撃必殺の主砲を叩き込めるように。そして私は……奴と様々な距離で相対出来るように」

 

 日向は藁を巻いた木の棒……的に向き直り、軍刀を左から右へと振るう。が、的を両断こそ出来てはいるがその断面は歪なモノとなっている……真一文字に斬ることが出来なかった為だ。そもそも艦娘は軍艦であり、接近戦をするということなどしない。艤装として軍刀を持っていたとしても、剣術等修めている訳ではないのだ。それは日向も同じであり……故に彼女は、我流で振るうことしか出来ない。

 

 「奴は動きが私達や深海棲艦のモノとは違う。人の形を取っていても“船”と同じ動きしか出来ない私達に対し、奴は人間と同じように海上を跳び、駆ける。砲撃は避けられるか斬り捨てられ、こちらは防ぐことも避けることも出来ない。距離を詰められたら最期だ……どうした?」

 

 「……こんなに喋る日向、初めて見た」

 

 「お前は真面目に聞けないのか……やれやれ」

 

 真面目な話をしていた日向だったが、伊勢の言葉に脱力する。が、それも伊勢らしいかと苦笑いを浮かべ、軍刀を納刀して片付けにかかる。いきなり片付け始めた日向に習って伊勢も手伝うと10分も掛からずに片付け終え、2人は稽古場を後にした。

 

 「そういえば、日向は知ってる? 例の噂」

 

 「知っている。軍刀を持った深海棲艦……十中八九奴だろうな」

 

 「でもその噂の海域には行かないし、行きたいとも言わないわよね」

 

 「今行ったところで勝ち目はないからな」

 

 はっきりとした敗北宣言に、伊勢はかなり驚いた。全鎮守府の艦娘の中でも大和、武蔵、長門など名だたる戦艦娘達と肩を並べる実力を誇る自慢の妹である日向が敗北宣言するなど初めてのことだったからだ。伊勢は改めて、日向達が戦った相手が化け物であると認識した。

 

 「提督にも噂の深海棲艦には近付かないように言っておこう。出逢ってしまっても噂のように嘘をつかず、刺激もしないように言い含めておかないとな」

 

 「……そうね」

 

 伊勢は何かを言おうとして、言い出せないまま日向の隣を歩く。言えなかったのは……日向が警告するのは“遅かった”ということだった。

 

 既に被害は出ているのだ……この鎮守府に。つい先日、噂の深海棲艦と接触し、壊滅した。そこで他の仲間を助ける為に1人の艦娘がその場しのぎの嘘をついてその逆鱗に触れてしまい……轟沈寸前まで傷付けられた。その艦娘は沈んではいないが、今もまだ入渠ドックから出て来れずにいる。あまりに傷が深すぎた為にだ……身体ではなく、心の傷が。その事を、日向達第一艦隊の面々は知らされていない。何故なら、その艦娘の艦隊は日向達の仇討ちをする為に独断で出撃し……そして返り討ちにあったのだから。艦娘は基本的に情が深い。その情の深さ故に暴走してしまい、完膚なきまでに敗北した。ドックから出てこれない艦娘は直っている筈の身体がまだ斬り裂かれたまま塞がっていないと幻痛に泣き叫び、他の出撃した艦娘達は同じ部屋に集められて謹慎処分……本来ならば解体処分となるところを提督が頑張った。なぜ伊勢がここまで知っているのかと言えば、秘書艦としてその場にいたからである。このことを知っているのは日向達以外の全員で、彼女達だけに知らされていないのは彼女達が自分が原因だと思わせない為の処置である。

 

 (ごめんね……日向)

 

 日向達にのみ知らせていないという罪悪感から、伊勢は心の中でそう謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 「噂の軍刀を持った深海棲艦とやらは、姫に匹敵する力を持つそうだな」

 

 「そのようですね。報告では、被害にあった鎮守府の中で酷いところでは艦隊が壊滅したとも聞きます。幸いにも轟沈した艦娘こそいませんが……再起不能となった艦娘が出ています」

 

 古い本棚や大きな光沢ある木製の机のある厳かな雰囲気の部屋。その中に、年老いてはいるが生命力溢れた風貌の提督服を着た男性の老人と、机を跨いだ向かいに若い女性……大淀と呼ばれる艦娘はいた。大淀は書類を見ながら報告していき、老人は椅子に座りながら口の前で手を組み、衰えを感じさせない眼光を大淀に向けている。

 

 「大佐以下の者は噂の深海棲艦とやらの捜索と接触、やむを得ず接触した場合の戦闘行為を禁ずるよう通達。少将から大将までの者には捜索と接触、情報収集の無期限任務を与えると通達せよ」

 

 「直ちに」

 

 老人の眼光に竦むことなく、命を受けた大淀はお辞儀をした後に退室する。その足音が部屋から離れていくと老人は目を閉じて小さく息を吐き……机の上にある大淀が持っていた物と同じ書類に視線を落とす。内容は現在鎮守府間で出回っている噂と、噂の主らしき深海棲艦と接触した艦娘達の証言。

 

 「“軍刀を持った深海棲艦”……排除しておきたいが、大軍を差し向けるには被害がまだ弱い」

 

 憎々しげに書かれている被害の文を見つめ、誰にでもなく老人は呟く。その独り言を聴く者は老人以外にはおらず……また、その意味を理解する者もいない。

 

 

 

 「“イレギュラー”……貴様は何者なのだ」

 

 

 

 その老人の問いに答える者は……いない。




長門達は雷と同じ鎮守府の為。夕立は現在生死不明の為に省きました。レ級? ほら、沈みましたし(震え声

初、イブキ未登場。北上達を除いた時系列では、イブキは割と見境なく動いています。沈めていないのと自分から攻撃していないのは残った良心ですかね。

次回は一気に時間が飛びます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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君は今、どこにいる?

お待たせしました、ようやく投稿で御座います。

今回も注意事項があります。妙高型スキー様、潜水艦スキー様はご注意下さいませ。

UA10万超え、総合評価3000pt超え、誠にありがとうございます。今後とも本作をよろしくお願いしますv(*^^*)

8/10(月)にて一部修正。


 “軍刀を持った深海棲艦”と“軍刀を持った新種の艦娘”……その噂が人類側と深海棲艦側に流れ始めてから半年の月日が流れた。その間に噂の存在と接触し、交戦して壊滅した艦隊は数知れず……しかし、奇跡的に誰も轟沈していないという。噂が流れ始めた当初は数人の再起不能者が出たものの、今では出ていない。最も、再起不能者は今も尚苦しんでいるが。

 

 幾たびの接触を経て、人類側はようやくその姿を知る。艦娘とも深海棲艦ともとれる姿は僅かな動揺を齎したが、戦う姿を見た、実際に戦った艦娘達は震える声で口々に告げた。

 

 

 

 ― 勝てない。自分達が勝つ姿が浮かばない ―

 

 

 

 これに困惑したのが大本営。1つの鎮守府の1艦隊が言ったのなら、ただの弱者の言い訳だと切り捨てられたかもしれない。だが、現在まで接触してきた艦娘達が例外なくそう告げたのだ。噂は所詮噂だと軽く見ていた大本営は、ようやく噂の主が本物で偽りなき強さを誇ることを悟った。

 

 ここで、大本営は勝負に出る。それは、現在4人いる大将達の最高戦力で連合艦隊を作り、質と数で噂の主を撃破せよと通達したのだ。しかし、ここで問題があった。それは、噂の主の所在が不明であるということ。今までも接触しようとしても中々出来ず、たまたま出会うというのが普通。攻めようにもどこに向かえばいいのか分からないのだ。常に連合艦隊でいる訳にもいかず、鎮守府の運営にも支障が出かねない。その為、大本営は佐官が運営する鎮守府全てに噂の主の所在を特定するように任務を出し、特定次第、先の連合艦隊が向かうという姿勢を取った。この姿勢を取ったのが、噂が流れてから2ヶ月程経った日のこと。今もなお……その所在は特定はされていない。

 

 

 

 

 

 

 「イクの魚雷を食らうのね!」

 

 「ゴーヤもいっぱい撃っちゃうよ!」

 

 「シオイも魚雷をどごーんします!」

 

 その声の主達は海から顔だけを出しながら魚雷を放ち、敵深海棲艦を全て沈める。そして敵の反応がないことを確認すると、声の主達……潜水艦娘の伊19、伊58、伊401は海上に立って戦果を喜び合う。

 

 「やっと終わったのね! もうオリョール海は飽きちゃったのね……」

 

 「まあまあ。戦果は上々だし、いっぱい提督に誉めてもらおうよ」

 

 「私は帰ったらお風呂にどぼーんしたいなぁ」

 

 女3人寄れば姦しいとばかりにきゃいきゃいと騒ぎながら3人は鎮守府へと帰るべく反転し……伊19……イクがいきなり伊58と伊401……ゴーヤとシオイの頭を掴んで海へと沈め、自分も海中へと潜った。

 

 「いきなり何するでち!?」

 

 「びっくりしたじゃない!!」

 

 彼女達が水中であるにもかかわらずにこうして普通に会話が出来ているのは、潜水艦娘の特性によるものである。水中に潜んで戦闘を行う潜水艦娘は、艤装を装備している場合に限り水中で呼吸が出来るようになるのだ。

 

 それはさておき、突然のことにびっくりし、少しの怒りを言葉にするゴーヤとシオイ。だが、イクの様子を見て言葉を失った。伊19という艦娘は、少々過激な発言をするが基本的に元気で明るく、物怖じもあまりしない艦娘だ。しかし今、そのイクが顔を青ざめさせながら身体を震わせている……まるで何かに怯えるかのように。

 

 「……いたのね」

 

 「いた?」

 

 「いたって、誰が……」

 

 

 

 「軍刀を持った……深海棲艦。こっちに向かって歩いてきてたのね」

 

 

 

 イクの言葉、2人も同じように顔を青ざめさせた。3人が所属する鎮守府は、全体から見れば中堅程。提督の階級は中佐である為、噂の主との接触は情報収集目的以外では禁じられている。また、提督自身から情報収集の為の専用艦隊以外の艦娘は出会ったら全力で逃げるように言い付けられている。その理由は、この鎮守府にあった。

 

 イク達の鎮守府は、大本営から通達が来る前に噂の主と出会ってしまい、所詮噂だと高をくくって交戦してしまった艦隊が敗北しているのだ。その中には、今この場にいるイクもいた。

 

 「ゆっくり、静かに帰るのね。絶対に気付かれないように。じゃないと、2度と空を拝めないのね」

 

 あまりに真剣な表情と震える声に2人は言葉を発さずにコクコクと頷き、言われた通りにゆっくりと動き始める。イクの見たという噂の主と水中と海上とは言えすれ違わないように、少しずつ遠回りをするように。見つかったら終わる……そんな強迫観念が、3人に慎重に慎重を重ねさせた。それ程までに、イク達の鎮守府では噂の主は恐怖の対象となってしまっているのだ。その理由もまた、敗北した艦隊……正確に言うなら、その“惨状”に起因する。

 

 噂の中では、艦隊が壊滅して再起不能になってしまった艦娘が少数ながら存在する。イクのいた艦隊の艦娘の1人が、その少数の中に入っているのだ。そしてイクは再起不能になった艦娘を間近で見ており、他の2人も帰還した艦隊を出迎えた時に見ている。

 

 その時の艦隊は、イクの他に空母1、戦艦2、重巡1、駆逐艦1という構成だった。鎮守府の中では第一艦隊には及ばないまでも決して弱くはないメンバー……それが、敗北して帰ってきた。メンバーは軒並み大破していたが、辛うじて帰還出来る程には動けた……が、1人だけ動かない艦娘がいたのだ。名を……足柄。彼女は交戦して敗北した艦隊の中で唯一戦意を喪失せず、大破して尚仲間達を逃がす為に自ら志願して殿を務め……見るも無惨な姿で逃げる艦隊の前にさらけ出された。

 

 

 

 『忘れ“モノ”だ』

 

 

 

 女性にしては低めのハスキーボイスで告げられた、日常でも使うような言葉。それが余計に恐怖を齎した。右手には血の滴る軍刀を持ち……左手には、気絶した足柄。その姿にイク達は吐き気を催した。なぜなら、足柄のだらんと垂れ下がった右腕は中指から二の腕の半ばまで真っ直ぐ切り裂かれ……まるで腕が3本あるかのようになっていたからだ。

 

 酷いと、惨いと相手を糾弾出来たら良かった。だが、イク達にそれをする資格などない。

 

 

 

 『先に攻撃してきたのはお前達だ。そんな奴らに容赦をする優しさなど……持ち合わせていない』

 

 

 

 先に攻撃したのはイク達だった。イクによる先制雷撃、空母による空からの攻撃、残る4人の一斉射撃……噂を舐めてかかり、相手を舐めてかかり、自分達の勝利が提督の為になると疑わずに行ったことが全て裏目に出た。艦載機は刀身が伸びる妙な軍刀で切り落とされ、イクもまたその妙な軍刀で水中にいたにも関わらず肩を貫かれ、4人もまた一撃も当てることが出来ずに主砲などの武装部分の艤装を破壊され、一太刀ずつ浅くも深くもなく斬り裂かれた。

 

 正当防衛や過剰防衛など戦いの中には存在しない。敵と見なせばすぐに攻撃……早計で短絡的ではあるが、間違いでもないだろう。だからこそ、噂の主の言った言葉もまた間違いではない。先に会話をしていれば、また違った結果になったかもしれない。だが、そんな“もしも”は訪れない。足柄は確かに治った右腕がまだ斬り裂かれていて痛いと言って鎮痛剤を使用しなければ日常生活すら危うい。イクを含めた5人も、今では刃物を見るだけで震えが止まらない。ナイフやハサミを見れば身体が動かなくなり、他の艦娘が持つ軍刀が視界に入れば狂乱する。それが、イク達が噂の主と戦ったことで起きたことだった。

 

 そこまで回想したところで、3人は噂の主との距離をある程度離すことに成功した。まだ予断を許さない距離ではあるが、相手は水上でこちらは水中……しかも相手は軍刀以外の艤装を持っていない。妙な軍刀のことがあるが、流石にここまで離れてしまえば届かないだろう。そう考えたイクが噂の主がいるであろう場所に向けて振り向いた……その時だった。

 

 

 

 「……ひぁっ」

 

 

 

 イクに取って見覚えのある切っ先が、イクの目の前に存在していた。小さな悲鳴を上げた彼女の目からは自然と涙が涙が溢れ出し、過去に貫かれた左肩が痛み始める。身体が動くことを拒み、出来ていたハズの水中での呼吸が出来なくなる。そこでイクの意識は途切れた。

 

 

 

 イクが目覚めた場所は、鎮守府にいるイクを含めた4人の潜水艦娘が共に過ごす部屋だった。上半身を起こし、なぜこんなところに……と考えたところで、イクの頭に意識が途切れる前のことが蘇る。自分達を恐怖に陥れた噂の主を見つけ、遭わないように水中に潜って遠回りして、逃げ切ったと思って振り返ったらそこには……。

 

 「ひっ……!」

 

 恐怖が蘇り、イクは自分の体を抱き締める。只でさえ刃物を見るだけで身体が動かなくなるというのに、それが自分を貫いた物だとすれば……その恐怖は本人以外には計り知れない。

 

 「お……うぶっ……おええっ……」

 

 たまらず、イクはその場で嘔吐した。消化しきっているのか出てきたのは胃液だけで、その独特な不快な苦味が余計に涙を流させる。そこにはいつも元気なイクの姿などどこにもない。あるのは、恐怖に怯える1人の少女の姿だけだった。

 

 「えぐっ……ていとくぅ……ていとくぅぅ……」

 

 少女は助けを求めた。刃物の恐怖から、噂の主の恐怖から助けて欲しいと愛しい者の名を呼んで。

 

 その扉が開くのは、その涙が嬉し涙に変わるのは……もうすぐ。

 

 

 

 

 

 

 「“軍刀を持った深海棲艦が目撃された為、佐官提督の運営する鎮守府のオリョール海への出撃を一定期間禁ずる”……ねぇ」

 

 そう呟いたのは、軍刀を持った深海棲艦と思わしき存在に助けてもらったことのある雷だった。その手には、彼女が言った言葉がそのまま書いてある紙が一枚。付け加えるなら、雷の言った言葉の後に“将官提督は艦隊を率いて調査せよ”と書いてある。雷の所属する鎮守府の提督は将官である為、現在長門率いる第一艦隊が出向いている。

 

 この通達が来たのは4日程前。本来なら提督と調査に向かう艦隊の面々にのみ知らされるハズだったこの命令文は、偶然にも秘書艦をしていた雷も知ってしまった。無論、この命令文が通達されるに至った理由も聞かされている。

 

 「……イブキさん」

 

 オリョール海に出撃していた艦隊が噂の“軍刀を持った深海棲艦”を発見した。これが半年前ならば、また噂のタネが出来たくらいの話で済む。だが……今では違う。数々の艦隊を壊滅させ、少数とは言え艦娘を再起不能とした謎の存在……今の海軍では、この噂の主は姫級と同等の存在として危険視されている。謎の存在とは言っても、既にその姿は既知のモノだ。何せ、既に写真や映像があるのだから。その写真や映像を雷は見た。長門達第一艦隊の面々も見た。そしてそれは……紛れもなくイブキだった。

 

 「……お腹が空いちゃったわね。何か食べに行こっかな」

 

 自分1人しかいない部屋で、雷は呟く。同室の姉妹達は遠征に出向いていて、雷はお留守番。1人で食べるのは寂しいが、食堂に行けば誰かに出会えるかも……ヒトフタマルマルと時計を見ながら内心で呟き、雷は部屋から出て食堂へと向かった。

 

 「あっ、長門さん」

 

 「……雷か……」

 

 その途中、雷は調査に出向いていたハズの長門と出会った。その表情は暗く……何かあったのだと雷は察するが、珍しいモノを見た気持ちだった。

 

 戦艦“長門”と言えば、武勇誉れ高きビッグセブンの内の1隻だ。その勇猛果敢な姿は艦娘となっても変わることはなく、長く美しい黒髪を靡かせる優美可憐でありながら戦う姿は凛々しくも雄々しい。この鎮守府では第一艦隊旗艦を勤め、真面目ながら少々融通が利かないところがあった性格も少し丸くなって視野も広がり、半年前に比べれば個人的にも率いる艦隊的にも戦果が上がっている。鎮守府での最高戦力であり、希望でもある長門……そんな彼女は、弱音を吐かないし弱った姿を滅多に見せない。見せたとしても直ぐに取り繕う。そんな彼女が、こうして雷に暗い表情を見せ続けるのが……雷には少し意外だった。

 

 「どうしたの? 長門さん。元気ないわね……大丈夫?」

 

 「大丈夫……ではないな。身体に異常はないが……正直、かなり混乱している」

 

 「混乱……? 何があったの?」

 

 

 

 「イブキに会った」

 

 

 

 それは通達が来てから3日目……つまりは昨日の夜のこと。通達が来てから連日オリョール海に調査に向かっていた長門達が夜になった為に鎮守府へと帰還していたその途中、夜月の明かりの下に人影を見た。気になった長門達はその人影に向かい……その姿を視認出来るところまで近付いた時、人影が長門達の方に振り向いた。

 

 銀髪とも白髪とも言える長い髪、艦隊にいる夕立と似たような制服、白いを通り越して青白い肌、鈍色の双眼。そして、後ろ腰と右肩から左腰にベルトを掛けることでぶら下がっている軍刀とその鞘……全てが噂の主……並び、長門達が出会ったイブキのモノと一致する。

 

 『やっと見つけたぞ……イブキ』

 

 『……』

 

 苦笑しながら長門に名を呼ばれたイブキだが、彼女は何も答えない。こちらをただジッと見詰めるだけで、何も行動しない。もしや忘れているのでは? と長門は考えた。何しろ出会ったのは半年も前のことだ。それに、艦娘という存在は同じ名前と姿を持つ者が多数存在する。イブキはひょっとしたら半年の間に沢山の長門、陸奥、赤城、加賀、木曾、夕立と出会い、どの長門達か把握出来ていないのでは……長門はそう考えたのだ。

 

 『……違う。あの夕立じゃない』

 

 『何……? っ!?』

 

 ボソッとイブキが何かを呟いたが、あまりに小さいその言葉は長門達には届かなかった。少し気になった長門だったが、イブキが近付いてきたことでその思考を一旦止める。というのも、目の前のイブキから……言いようのない“ナニカ”を感じたからだ。そのナニカは恐怖と呼んでもいいし、畏怖と呼んでもいい。悪寒と呼んでもいいし、嫌悪感と呼んでもいい。ヤバい、マズい、イヤな予感がする……そういった類のナニカを長門……長門達は感じ取っていた。

 

 『……長門』

 

 『な……んだ?』

 

 『お前は、これの持ち主を知っているか?』

 

 ふと、長門の頭に“軍刀を持った深海棲艦”の噂の内容が過ぎる。出会った存在に深海棲艦の一部らしき物を見せながら“これの持ち主を知っているか?”と問いかける……今のイブキは、右手に布のような金属のような異形を手のひらに乗せながら、噂に違わない台詞を述べている。イブキが噂の主であることは確定的だった。

 

 長門は後ろにいる仲間達を見る。誰かイブキの手にあるモノに見覚えはないかと目で訴える為に。結論として、全員が全員首を横に振った。数多の戦いを生き抜いてきた長門達でさえ、イブキの手にあるモノに見覚えはなかったのだ。分かるのはせいぜい深海棲艦のモノであるということぐらいで、それ以外のことは何も分からない。

 

 『すまないが、私達は知らない』

 

 『……本当だろうな?』

 

 『嘘などつかんさ』

 

 『……そうか』

 

 代表して正直に答えた長門にイブキは疑うように問いかけるが、長門がそう言うと納得したらしく1つ頷いた。噂では、嘘をついたり知ったかぶりをしたりすると襲われるという……つまり、冗談半分か何かでそれらを行った者達がいたということだ。イブキが長門達の言葉を1度は疑うのも当然のことだと、長門達は考えた。

 

 『……イブキ。お前は、私達の間で流れている噂を知っているのか?』

 

 『悪いが、無駄話に付き合うつもりはない』

 

 『ちょっと、そういう言い方はないんじゃない?』

 

 長門の言葉を無駄話と決め付け、切り捨てたイブキにカチンときたのか陸奥が不満げに顔を歪めながら言葉をかける。だが、イブキは陸奥の言葉に何かを返すことはなく、彼女達に背を向けて去ろうとした。それに反応したのは、木曾。

 

 『ちょっと待て……』

 

 

 

 『俺の邪魔をするな』

 

 

 

 ちょっと肩を掴もうとしただけだった。忠告しようとしたのであろう長門の言葉を無碍にされ、お前は何様のつもりなんだと言葉をぶつけようとしたところだった。だがその手はイブキの肩に触れることはなく、木曾がその言葉を発することは出来ないでいる。木曾からは見えていないが、他の面々も唖然としていて声を出すことが出来ないでいる。その理由は、イブキと木曾の状態にあった。

 

 いつの間にか、後ろ腰に右と左に交差するように4つあった軍刀の内……左腰の鞘と左後ろ腰の下の鞘には軍刀はないが……左後ろ腰の軍刀を左手で引き抜いていたイブキ。その軍刀の切っ先が、イブキの右後方にいた木曾の口の中に入り込んでいた。喉の奥に刺さってはいない。口内を傷つけてもいない。だが、イブキが少し動かすだけでそうなる……そして、イブキの鈍色から金色へと変わった右目が語っていた。

 

 ― 動けば殺す ―

 

 長門達は動けない。声も出せず、イブキの金色の瞳から目を離せない。これが、かつて出会ったあのイブキと同じ存在なのかと驚愕した。あまりに遠い力の差を直感した。彼女達は歴戦と呼ぶに相応しい。大規模作戦に出向いて生き残り、深海棲艦に制圧された海域の解放に貢献した。鬼級を沈めたこともあり、姫級と対峙して生き残ったことだってある。力の差という恐怖を乗り越え、一線の先に足を踏み出して戦った。だが、これは越えられない。その先には“戦い”はない。あるのは……。

 

 『……』

 

 ゆっくりと軍刀を木曾の口から引き抜いたイブキは、軍刀を握り締めたまま長門達の前から姿を消した。長門達が動けるようになったのは……イブキの姿が完全に消えてから更に数時間経ってからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「雷……悪いことは言わない。イブキには会うな。少なくとも、今のあいつには」

 

 長門の話を聞いた雷は、何かを考えるように俯いて黙り込んでいる。その姿は長門から見て、恩人の変わりように落ち込んでいるように見えた。それはそうだろうと思う。雷にとってイブキは恩人だ。イブキと別れた日の帰り際には半日と過ごしていないハズの恩人の良いところやカッコイいところを言い続けて長門達は微笑ましく思いながら苦笑を浮かべてしまった。だが、その話や長門達が見て感じたイブキと今のイブキは違いすぎる。容易く命を奪いかねない行動を取り、こちらの言には聞く耳を持たない。何よりも違うのは、その雰囲気。

 

 殺意、怒気、憎しみ、悲しみ……そういった負の感情をひとまとめにしたかのような重く、暗い雰囲気を纏っていた。その雰囲気は毒のように長門達の気力を蝕み、戦意を喪失させていく。そして、イブキが木曾に軍刀を向けた時……艦隊の誰一人としてその動きを捉えることが出来ずにいた。もしもあの瞬間に誰かが動いていたならば、木曾は確実に死んでいただろう。戦おうとすれば、戦いなどとは呼べない蹂躙劇になっていただろう。“戦いはない”とはそういうことなのだ。あるのは“蹂躙劇”……今までの長門達の戦歴や経験を嘲笑うかのような一方的な蹂躙劇。それが本能的に分かっていたから、余計に動けなかった。

 

 「……長門さん」

 

 「分かってくれたか? 雷」

 

 「……うん」

 

 

 

 「私、イブキさんに会いに行く」

 

 

 

 一瞬何を言われたか分からなかった長門だが、すぐに雷の言葉を理解して眉を顰めた。正直に言って、彼女がイブキと会おうとする意志を曲げないとは思っていた。何せ、何度も言うようにイブキは雷の命の恩人なのだから。だが、今のイブキに会うことは危険極まりない。例え雷であっても、イブキは容易く斬り捨てかねない。

 

 「ダメだ。今のあいつは危険過ぎる」

 

 「そんなことは関係ないのよ長門さん。誰かが困ってる。誰かが助けを求めてる。それだけで私には充分なの」

 

 笑顔。長門の話を聞いていたハズの、凄惨な噂を知っているハズの雷が俯いていた顔を上げた時、その表情は笑顔だった。強い意志を秘めた瞳に、長門は知らず1歩下がる。そのことに気付いた長門は冷や汗を流し、内心で首を振る。

 

 「あいつが困っていると? それは、今のあいつを直接見ていないからそう言えるんだ」

 

 「だったら余計に会わなきゃ。百聞は一見に如かずって言うでしょ?」

 

 「っ……お前の練度では会いに行くことは出来ないだろう」

 

 「私1人じゃ無理でも、艦隊を組めば大丈夫よ。長門さん達だって1人じゃ出撃しないでしょ?」

 

 「……提督の許可が下りるハズがない」

 

 「どんな手段を使ってでももぎ取るわ」

 

 誰だ、これは。長門は今目の前にいる雷が、自分の知る雷と同じとはとても思えなかった。世話焼きで、誰かの役に立つことが好きで、見た目相応の幼さを持ちながら母性を感じさせる……“雷”という艦娘は、そういう存在だった。だが、今目の前にいる“雷”はなんだ? 強き意志を宿し、長門を下がらせる気迫を感じさせ、1歩も引くことなく言を交わしたこいつは誰だ?

 

 「……なぜ、そこまで」

 

 「私は“雷”だもん。危険とか安全とか、敵とか味方とか関係ない。困っているから助けるの。助けを求められなくても助けるの。だから……私はイブキさんを助けに行くわ」

 

 

 

 ― だって、私は“雷”だから ―

 

 

 

 駆逐艦だと、子供だと無意識に侮っていたのだろう。噂に流されて、話を聞いて絶望して、そのまま再会を諦めるのだと思っていた。だが違った。雷という艦娘は長門が考えていた以上に強い心を持っていた。イブキが助けを求めていると言って、助けに行くのだと言った。何をバカなと笑うのは簡単だが、思えば自分達はイブキの行動の理由を本人から聞いていない。もしかしたら、本当に困っているのかもしれない。

 

 百聞は一見にしかず……思えば一見して真実を知らない長門にとっては耳に痛い言葉だ。だが、“次”はそうはいかない……長門はそう心に刻んだ。

 

 「許可は自分で掴み取れ。そうすれば私が……私達が連れて行ってやる」

 

 いつの間にか、長門の後ろには第一艦隊の面々がいた。陸奥、赤城、加賀、木曾、夕立……全員が柔らかな笑みを浮かべ、雷を見ている。今の面々を見て、イブキと出会ってから帰ってくるまでの間、まるでお通夜のような雰囲気だったと誰が信じられるだろうか。恐怖で体が竦んで動けず、あまりに近かった死の距離に怯え、何も出来なかったと力不足を悔やんでいた等と……誰が信じられるだろうか。だが彼女達は立った。雷という駆逐艦に触発され、再び意志を取り戻した。

 

 「もちろんよ! ちゃんと準備しててね!」

 

 少女とその恩人が約束を果たす日は……近い。

 

 

 

 

 

 

 「……ふぅ」

 

 朝、屋敷の裏にある湖で水浴びをしながら、俺は今日この日までのことを考えていた。

 

 夕立が行方不明になり、俺が復讐を決意してからもう半年……未だに誰が犯人なのか分かっていない。その間に俺がやってきたことと言えば、艦娘と深海棲艦に片っ端から“布のような金属のような異形”を見せて持ち主を知らないか聞いていくこと。時には冗談半分か苦し紛れなのか嘘をつかれることもあった。時にはいきなり攻撃を仕掛けられたこともあった。前にいきなり攻撃をしてきた艦娘……足柄だったか。そいつになぜ攻撃してきたんだと聞いたところ、何やら艦娘の間では“軍刀を持った深海棲艦”という噂が流れていて、俺がその深海棲艦の特徴と一致するんだとか……まあ、俺のことだろう。もしかしたら、深海棲艦側でも似たような噂が流れているかもしれない。

 

 だがまあ、知ったことじゃない……そう思えるのは、俺が復讐を誓った日からすっかり変わってしまったからだろう。あの日以来、俺は自分でも驚くほど簡単に艦娘と深海棲艦を傷付けることが出来るようになってしまった。先に言った足柄も、右腕を裂けるチーズのように斬り裂くなんていう……自分で言うのもなんだが、惨いことをした。今では嘘をつかれたり知ったか振りをしたりされたら、その相手に対して言いようのない怒りを感じて感情のままに斬ってしまうようになってしまったし、本心から艦娘を信じることが出来なくなってしまった。人間不信ならぬ艦娘不信か……笑えないな。

 

 足柄だけじゃない。身体を真っ二つにする勢いで斬り裂いた艦娘。手足を斬り飛ばした艦娘。死なない程度に滅多刺しにした艦娘……とてもこの世界に来た当初の俺が出来るような諸行じゃない。そして、俺が傷つけたのは艦娘だけじではなく、深海棲艦だって例外じゃない。人型の深海棲艦を見つける度に艦娘達にしたものと同じ質問をしたし、人型でなくとも……駆逐イ級のような異形の姿をした奴にも質問した。だが結果は散々なモノだった。俺の姿を見るなり攻撃してくる奴、話を聞かない奴、嘘をつく奴、質問に答えず命乞いをする奴、そもそも会話すら出来ない奴……艦娘と何も変わらない。

 

 「夕立……」

 

 情報が全く集まらない中で一番辛かったのは、出会う艦隊に夕立の姿があった時だ。つい先日も、夕立のいる艦隊に出会ってしまった……というか、この世界に来た初日に出会った長門達だったんだが。もしかして……そう希望を持った瞬間には、俺の中の何かが彼女ではないと確信させ、落胆する。そうなった後は何もやる気が起きなくなり、何もかもが邪魔になって鬱陶しく感じてしまう……俺が傷つけることに鈍感になってしまったのは、これのせいでもあるかもしれない。今となっては、言い訳に過ぎないが。

 

 「夕立……君は今、どこにいる?」

 

 俺はいつになれば、夕立を見つけられる。沈んだ等とは微塵も考えない。もし彼女が沈んでしまったなら、俺はきっと……生きる気力もなくただただ動く肉塊になり果てるか……それとも誰彼かまわず斬り捨てる悪鬼と成り果てるだろう。最早夕立を探すことが俺の生きる意味になっている。同時に、復讐するべき相手を見つけ出して斬り殺すことも生きる意味になっている。

 

 「そうだ……早く犯人を見つけて……夕立がどこか聞き出さないと……」

 

 後ろを振り返れば、そこにあるのは半壊したままの屋敷。修理するにしろ建て替えるにしろ、材料も工具もノウハウもない。それに、例え半壊しているとしても……この屋敷は俺と夕立が過ごした場所。そして……犯人が残した傷跡。屋敷を見る度に思い出せる。夕立と過ごした日々と、夕立を失った日の慟哭を。これがあるから、俺は今日この日まで復讐心を忘れずにいられたんだ。

 

 「イブキさん元気出して下さいー」

 

 「私達がついてますー。ひゅ~どろどろ~」

 

 「私達は妖精ですー。幽霊じゃないですー」

 

 そして俺が未だに俺のまま居られるのは、妖精ズのおかげだろう。人数が2人減ってしまったが、この世界に来た日からずっと一緒にいる彼女達のおかげで会話に飢えることもなく過ごせている……寂しさだけは、どうしても紛らわせられないが。復讐心が消えることもないが。

 

 妖精ズのじゃれあいを見ながら、俺は湖から出て服を着る。昼は抜くものの朝と夜は適当に食事をするし、朝にこうして水浴びをする。清潔にしておきたいし、食事は燃料になるからだ。さて、今日も動くか……そう考えたところで、屋敷の向こうから砲撃音が聞こえてきた。この島の近くで戦闘でも起きているのか? いや、もしかしたら犯人が近くにいるのかもしれない。

 

 「……やることは変わらないか」

 

 俺は素早く艤装を取り付け、屋敷の向こうにある海へと向かう。すっかり慣れてしまった、軽くなった艤装の重さに寂しさを覚えながら。




足柄さんの惨状については、劇場版エヴァの量産型vsアスカのもぐもぐされた後のシーンを思い浮かべて下さい。因みに、私は足柄さんのことは嫌いじゃないです。むしろ好きです。

加速するやりたい放題。イブキは今、ハガレンで言うならエンヴィー戦のマス○ングみたいな状態です。まずはその舌の根から斬り裂いてやろう。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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ジッとしていろ

お待たせしました、ようやく更新で御座います。

少しだけグロい(私的に)描写があります。ご注意下さい。

8/10(月)一部修正。


 最初に見たのは、果ての見えない青空と海だった。周りには島が1つ見えるだけで、他には何もない。そもそも海上に立っているということがおかしいのだが、それを当たり前のこととして受け入れている。それは、この存在が艦娘だからだ。

 

 “ドロップ”と呼ばれる現象が、この世界には存在する。本来鎮守府にある造船所と呼ばれる場所である程度の資材を元に妖精から生み出される艦娘だが、稀に深海棲艦が沈んだ場所から光と共に現れることがある。艦娘の攻撃によって深海棲艦が浄化されただとか、艦娘と深海棲艦の衝突によって引き起こされた衝撃が原因だとか様々の考察があるものの、この現象について正確なことは何一つ分かっていない。その現象を誰が名付けたかは不明だが、光から生まれ“落ちる”ように見えたことから“ドロップ”、生まれた艦のことを“ドロップ艦”と呼ばれるようになった。つまり、この存在も“ドロップ艦”なのだ。

 

 存在はキョロキョロと再度辺りを見回すが、やはり周りには島以外何もいないし誰もいない。ドロップ艦である存在はたった今生まれた為に所属する鎮守府などありはしないし、指示を仰ぐべき提督もいない。何をすべきか、自分で考えて行動しなければならない。幸いにも艦娘としての知識の他に日常生活に必要な知識は頭にあった。戦闘行為も問題なく行えるだろう。そこまで考えて、存在は自分のすべき行動を周りを見ながら考える。

 

 そんな時、存在は島とは反対側の方向に影を捉えた。先ほどまでは確かに何もなかったハズだが、今ははっきりと視界に入っている。その数4。もしや艦娘(どうるい)の艦隊だろうか……その希望は容易く砕かれる。存在の目に映ったのは、真っ黒なクジラに似た異形2体と白い仮面のようなモノと下半身が異形になっている人型の異形が1体。そして、両手に砲身のある身の丈程の巨大な盾のようなモノを持った人影が1体。それぞれ駆逐ロ級、雷巡チ級、戦艦ル級と呼ばれる深海棲艦だが、存在の記憶には名前までは記されていない。ただ、あれらが自分にとっての敵であることは理解していた。

 

 ここで存在が取るべき行動は2つ。戦うか、逃げるかだ。かと言って生まれたばかりの経験もない艦娘が4対1で勝利出来る可能性は低い。故に存在は、迷わず逃走することを決めた。問題はどこに逃げるかだが、幸いにも近くに島がある。深海棲艦の姿を見る限り、島に上陸すれば追ってこれそうなのは人影1体のみ。そこまで確認して、存在は深海棲艦に背を向けて島に向けて進み始めた。

 

 少し進んだところで、存在はチラリと後ろを確認してみる。もしかしたら発見したのがこちらだけで、深海棲艦達は自分のことを認識していなかったのではと思い至ったからだ。しかしそれは思い込みに過ぎなかったようで、深海棲艦達はしっかりと存在を追いかけてきていた。しかも2隻の駆逐ロ級は口(くち)のような部分を開いて砲身を覗かせているし、チ級とル級も左腕の砲と両手の大盾の全砲門を存在に向けているのが見て取れる。存在はすぐさま真っ直ぐだった軌道をジグザグと蛇行するような軌道に変える。その瞬間に3種類の轟音が響き渡り……存在が通った後の場所に水飛沫が上がる。砲撃され、存在はその全てを避けきってみせたのだ。

 

 しかし蛇行の代償として深海棲艦達との距離が少し縮まっている。左右に大きく動く分、進む距離が直進に比べて延びないのだ。このままならば相手の砲撃による被弾は最小限に留められるだろうが、島に辿り着くまでに追いつかれしまうかもしれない。そうなっては、最早沈む他ないだろう……しかし、こちらも反撃すればその限りではない。

 

 「当たって下サーイ!!」

 

 背後を確認しながら、存在は“腰にある艤装”の砲身を全て後ろに向け、深海棲艦達目掛けて放つ。瞬間、轟音と黒煙を吹かせながら砲身から砲弾が飛び出していった……が、それらは当たらないと直感的に存在は思った。事実、砲弾は見当違いの場所とはいかないまでも僅かに前後に逸れたり左右にバラけたりして深海棲艦達に損傷はない。しかし、砲弾が着水したことによる波が僅かに相手の進行を阻害した。これを続けていけば、島に辿り着くのは難しくないだろう……が、そうは問屋が卸さない。

 

 「シット! このままじゃ弾薬が……」

 

 相手が4人なのに対して存在は1人……弾薬が尽きるのは時間の問題で、今の存在の残弾は7割程。今のペースで行けば、島に辿り着くまでに保つかギリギリ……仮に保ったとしても、その後に上陸して戦うことになる場合を考えれば間違いなく足りなくなる。ならばどうすればいい……そんなことを考えていたのがいけなかった。

 

 「くぅっ、あうっ!!」

 

 決して小さくはない衝撃が、存在の背中に走った。どうやらロ級の攻撃が当たったらしいが、そこまでダメージはない。なぜなら存在は駆逐艦程度の攻撃なら優に耐えられる装甲を持つ“戦艦”の艦娘だからだ。しかし、もしもこれがル級の攻撃だったなら……存在は冷や汗を流す。

 

 だが、と意識を切り替える。ダメージはないに等しいのだ、何の問題もない。しかし、このまま蛇行しながら進むにはそろそろ相手との距離に余裕がなくなってきているし、至近弾も増えてきている。数はあちらが上なのは初めから分かり切っていることだが、やはり練度もあちらが上らしい。そこで存在は覚悟を決める。蛇行することを止め、全速力で直進することにしたのだ。駆逐艦や雷巡ならともかく、戦艦同士では速度で負けるつもりはない。なぜなら、この身は“高速”の名を持つ戦艦であるのだから。その存在は……名を“金剛”と言った。

 

 「マックススピード!! ついてこれますか!?」

 

 限界以上の速度を出す勢いで、金剛は島に向かって直進する。その数秒後に、蛇行していたら存在が進んでいたであろう場所に水柱が上がった。今となっては見当違いのところだったが、金剛は振り向くことなく進んでいく。それだけの速度が出ているのだ、後ろを振り返ればバランスを崩しかねない。今の金剛には、何があろうと進む“以外”のことが出来ないのだ。

 

 「……ストップ……どうしマショウ」

 

 タラリと、金剛は再び冷や汗を流す。止まる時のことを全く考えていなかったからだ。既に金剛の目には島の砂浜と、その奥に建つ半壊した大きな館が見えている。徐々に速度を落とす……そんなことをすれば深海棲艦達の餌食になる。かといって進めばいずれ浅瀬に足を取られ、盛大に転ぶかすっ飛んでいくか……。

 

 (前門のタイガー後門のウルフ……なら、このままゴートゥヘルネー!!)

 

 「コノ……イイ加減沈メェ!!」

 

 ル級の苛立った声の後に、何度目かの砲撃による轟音が響き渡る。が、真後ろに着弾するだけで当たりはしなかった。ロ級2隻の砲撃は背中や艤装などに掠ったりしてはいるもののダメージと呼べるモノではない。運が味方してくれている……金剛はそう思った。しかし、その直後に運が尽きた。

 

 

 

 「え……っ!?」

 

 

 

 瞬間、金剛の足下が爆発し、その熱が彼女の身体を灼いた。金剛の身体は直進していたことと爆発によって海面と水平に吹き飛び、見えていた砂浜の浅瀬にうつ伏せで倒れている。あまりに突然過ぎる出来事と痛みに頭が回らないが、両腕に力を入れて何とか上半身を浮かせ、ゆっくりと背後を見る。すると、そう遠くない距離に深海棲艦達が見えた。駆逐艦、戦艦……そして、雷巡。

 

 (魚雷……すっかり忘れてマシタ……)

 

 金剛を襲ったのはチ級の放った魚雷だった。朦朧としてきた意識の中でそのことを悟った金剛は、あまりに早すぎる自らの最期を感じ取る。ダメージとしてはギリギリ中破止まりだが、足下の爆発だったが故に足をやられている……動けないことはないが、逃げ切れないだろう。何よりも、意識が飛びかけている。

 

 (オー……万事休すとはこのことデスネ)

 

 さらには見えていた館の方から深海棲艦らしき人影が走ってくるのが見えた。逃げた先にも深海棲艦がいたということは、初めから沈む運命だったのか……そう、金剛は落胆した。生まれ落ちた世界をこの目で見ることもなく、何一つ思い出を持たぬまま……海水以外の水が金剛の頬を濡らす。だが、せめてトドメを刺してくるであろう相手の顔は見ておきたいと思った彼女は今にも落ちそうな意識を必死に繋ぎ止め、俯きかけていた顔を上げる。

 

 

 

 「……そこでジッとしていろ」

 

 

 

 (あ……)

 

 走ってきた深海棲艦は金剛を跳び越え、金剛を追っていた深海棲艦達へと向かっていく。その後ろ姿を見ることなく、金剛は意識を落とす。その直前に、なぜか胸が暖かくなったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 金剛が目を覚ました時に最初に目にしたのは、見知らぬ天井だった。なぜかベッドの上に寝ているらしく、ここがヴァルハラだろうか……と思ったが、ふと視線を横にすると落ちて割れたのか花瓶らしきものの破片が床に散らばり、窓も割れている。こんな場所がヴァルハラであってたまるかと思いながら、金剛は身体を起こす。

 

 「っ……なんでかは知りマセンが、助かったようデスネ……」

 

 ズキリと身体中に痛みを感じるが動けない程ではないと起き上がった金剛はベッドに腰掛ける。すると、妙な違和感を感じた。まるで、何かが足りないような、妙に身体が軽いような……とそこまで考えたところで、違和感の正体に気付いた。

 

 

 

 ― 艤装を着けていない ―

 

 

 

 「ホワイ!? ワタシの装備はどこデスカー!?」

 

 痛みを忘れたかのように立ち上がった金剛はすぐに艤装を探しに行くべく、部屋から出ようとドアに向かって走る……ことは流石に出来なかったので早歩きしながら向かう。そしてベッドの側を通り過ぎようとした瞬間、ガツンと何かが左足のスネにぶつかった。

 

 「……~っ!?」

 

 不意打ちのスネの激痛に思わずしゃがみこんでしまったことによる身体中の痛みの相乗効果で、金剛は声を上げることも出来ずにその場で痛みに耐える。一体何が……と足下を見てみると、そこには今まさに探しに行こうとしていた自分の艤装があった。多少焦げ目が付いていたり装甲が僅かにヘコんだりしているが、戦闘行動自体は可能なようだ。とは言っても、幾つか砲身が折れ曲がっているので十全に戦うことは出来ないであろうが。そこまで確認した時、部屋の扉が開いた。中に入ってきたのは……。

 

 「もう起きたのか……何をしている?」

 

 金剛が最後に見た、あの深海棲艦だった。咄嗟に金剛は身体を動かそうとするが、未だに残る痛みのせいで動けない。そんな姿に疑問の声を上げる深海棲艦だったが、金剛が動けないことを悟ったのか近付いてきた。せっかく助かったらしい命もこれまでか……と考えていた金剛だったが、いきなり深海棲艦が自分を抱き上げたことで困惑する。

 

 「ジッとしていろ」

 

 それは、砂浜で聞いた言葉だった。その言葉と共にベッドの上に寝かされた金剛は、不思議と目の前の存在が深海棲艦ではないように思えてきた。そうして少しずつ落ち着いてきた金剛は、ようやく相手が艦娘と深海棲艦、2つの気配を持っていることに気付いた。

 

 「アナタは一体……」

 

 「俺はイブキ。艦娘か深海棲艦かどちらなのかは答えられない……俺自身分からないからな」

 

 「イブキ、サン。アナタがワタシを助けてくれたんデスカ?」

 

 「そういうことになるな……とはいっても、打算あってのモノだ」

 

 「打算……?」

 

 目の前の不思議な存在は、どうやら自分を助けてくれたらしいことを知った金剛だったが、イブキから出た打算という言葉に首を傾げた。何せこちらは着の身着のままであり、金銭も資材も何もなく、またそれらを得られる目処も立たない。ドロップ艦であるこの身は配属されている鎮守府などないのだから。あるとすればこの身くらいだが……もしやそっちの気があるのではと思い、金剛は寝転んだまま自分の身体を抱くようにしながら僅かにイブキから距離を開けた。

 

 「何か勘違いしているようだが、俺はお前に聞きたいことがあるだけだ。それさえ聞ければ、不必要に干渉しない」

 

 「聞きたいコト……? それはなんデスカ?」

 

 

 

 「駆逐棲姫……そいつの居場所を知らないか?」

 

 

 

 瞬間、金剛は首筋に刃を突き付けられたような錯覚を覚えた。錯覚だ、イブキの手に刃物などない。だが、金剛は確かに刃の冷たい感覚を喉元に感じ、すぐ側にある己の死を予感した。嘘は赦されない。それは、冷たく見下ろすイブキの目が語っている。

 

 「……ソーリー、知りマセン。そもそもワタシは生まれたばかりで、知っていることは殆どないデース」

 

 「本当だろうな……」

 

 チャキ……という音がイブキの後ろから響いた。彼女の左手が後ろ腰の右に2本、左に1本ある内の左後ろ腰の軍刀を掴んだ音だったようで、直後イブキの鈍色だった瞳が金と揺らめく青に変わる。そのことに対して、なぜか金剛は驚くことはなかった。そして、己の言葉に嘘はないとイブキの目と合わせたまま逸らすこともない。

 

 「……そうか」

 

 イブキが軍刀から手を離すと同時に瞳が鈍色へと戻る。ようやく死の予感が遠ざかったことに安堵したのか、金剛も知らない内にしていなかった呼吸をする。どうして生まれたばかりの自分が2度も死を予感しなければいけないのだと世界に不満を感じつつ、滲み出ていた額の汗を右手で拭う。

 

 「生まれたばかりと言ったな。ならこの屋敷でしばらく過ごせばいい……どうせ、俺以外に誰もいない」

 

 「あ、アリガトウゴザイマス……」

 

 少しだけ寂しそうに聞こえたことに疑問を覚えたが、金剛にとってはありがたい申し出だったので礼を言う。もっとも、今の状態ではロクに動けないし、海に出たところで深海棲艦に出会えば即ジ・エンド。故に安全かどうかはともかく、雨風を凌げる屋敷で療養出来るのは嬉しいことだ。

 

 「館の右側……今いる部屋のある通路とは反対側の通路は半壊してるから行けない。部屋は二階の階段に1番近い入口側の部屋以外ならどこを使っても構わない。因みにここは2階、今言った部屋の隣の部屋だ。風呂はないが、この屋敷の裏手に湖があるからそこで体を清めればいい。この島は無人島だから、当然自給自足だ……だが、お前がしっかりと動けるようになるまでは朝晩くらいならついでに用意してやる……と言っても、海産物や木の実、果物くらいしかないが。それから、基本的に俺は朝食の後は島から出る。その間の安全は一切保証出来ない。ここまでで何か質問は?」

 

 「あ、えっと……ナイデス……」

 

 まくし立てるように飛び出すイブキの言葉に、金剛は困惑しながらも頷く。それを見たイブキもまた頷き、部屋から出ていった。それから数秒の間を置き、金剛は深く息を吐いて脱力し、ベッドに身体を任せる。生まれてからまだ半日と経っていないにも関わらず、その身に起きた怒涛の展開に金剛は心も体も疲れ切っていた。そんな状態で脱力すれば自然と瞼は重くなり、金剛を夢の世界へと誘っていく。

 

 (イブキ……どこかで聞いたような……)

 

 そんな疑問を持ちながら、金剛は眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 「オリョール海には既にいない……そう考えた方が良さそうだな」

 

 1人の老人が、厳かな雰囲気のある部屋の中で書類を見ながら呟く。その書類は報告書と題打たれており、噂にある“軍刀を持った深海棲艦”とオリョール海で接触した艦隊が1つ出たが、それ以降の接触、発見は出来ていないということが書かれている。

 

 「大淀。何か分かったことはあるかね?」

 

 「一部の鎮守府の艦娘が、噂の深海棲艦と接触していたことが分かりました。直接聞いた話の内容は、ここに」

 

 老人に名を呼ばれた秘書の女性……大淀は持っていたファイルを老人に手渡す。そこには○○鎮守府所属と書かれた後に話を聞いたという艦娘の名前が記されており、内容を纏めた文が綴られている。その中にある名前は雷、長門、球磨、摩耶と言った名前が上げられている。それぞれ接触した際のことが書かれていて、どの海域で出会ったかもはっきりとはいかないまでも“このあたり”と大雑把に書かれていた。

 

 しかし、老人はとある一文を見て額に皺を寄せる。それは、時雨という艦娘が話したという部分。他の艦娘とは違い、彼女の部分には“危ないところを助けてもらい、鎮守府の近くまで送り届けてもらった”としか書かれておらず、大雑把な場所すらも記されていなかった。

 

 「どうかされましたか?」

 

 「このファイルにある時雨という艦娘……少し気になるな。調べ上げろ」

 

 「どこまでですか?」

 

 「洗いざらいだ……急げ。だが慎重にな」

 

 「分かりました」

 

 老人の命を受けた大淀はお辞儀を1つ行い、部屋から退出する。そして扉がしまった後、老人は再びファイルを手にしてパラパラと見直す。だが老人はすぐにファイルを閉じると、今度は噂の深海棲艦による被害や戦闘記録が書かれたファイルを手にする。

 

 戦闘になった艦隊は軒並み中破大破。だが、別の深海棲艦との戦闘中に現れた場合、その深海棲艦達を撃退して助けてくれたとの報告も上がっている。助けた後には噂通りの質問をされたが、正直に答えたところ戦闘にはならなかった。戦闘になった艦隊とならなかった艦隊……その違いと言えば、性格だろう。好戦的、または任務に忠実であろうとする艦娘達がいる艦隊は大半が戦闘になり、手痛いしっぺ返しを喰らっている。逆に温厚で好戦的でない艦娘達がいた艦隊は戦闘にはならないことが多い。だからといって噂の存在に友好的になれるハズがない。現に海軍は多大な被害を被っているのだから。

 

 故に、噂の存在は海軍全体の敵なのだ。深海棲艦と何も変わらない。深海棲艦への対応と何ら変わらない対応を行うのだ。相手は一騎当千の姫級と同等かそれ以上の戦闘力を誇るらしい。ならば海軍も姫級と同じかそれ以上の対応をしなければならない。質と量を兼ね備えた連合艦隊を組み、ローテーションを組んで三日三晩の間相手を休ませることなく攻め続け、討ち取る。サーモン海域で行ったことと同じことをする。

 

 「例え一騎当千……当万の強さを誇ろうとも、必ず打ち倒すことが出来る。貴様等はそう出来るように“なっている”。それが屍山血河の果ての勝利だとしても、平和を勝ち取る確かな1歩となる」

 

 老人は窓の向こうへと視線をやりながら呟く。周りにその言葉を聞く者はいない。否、老人の使う机の上に1人だけいた。2頭身という小さな体躯にこれまた小さな猫の前足を掴んで吊している……珍妙な姿の小人が。老人はその小人に視線を移し……ニヤリと、好戦的な笑みを浮かべた。

 

 「名がいるな。いつまでもイレギュラーや噂の深海棲艦ではこちらの呼び方としては格好が付かん。安直だが、今後はこう呼ぼう」

 

 

 

 ― 軍刀棲姫 ―

 

 

 

 それは、金剛がイブキに拾われた日と同じ日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 「ヤーダ!! 行ッチャヤーダー!!」

 

 どこかにある薄暗い洞窟の中で、甲高い泣き声が反響していた。その声の主は幼い少女の姿をしており……およそ人間とは思えない真っ白な肌に真っ白な髪と赤い目をしていた。それもそのハズ……彼女は人間ではなく、深海棲艦なのだ。名を北方棲姫……幼い姿ながら姫の名を持つ深海棲艦で、その力は並大抵の艦娘ではかなわない程。そんな北方棲姫がなぜ泣いているのか……それは、彼女がしがみつく存在が原因だった。

 

 北方棲姫にしがみつかれている存在は、困ったように笑いながら北方棲姫の頭を右手で撫でる。それでも彼女は泣き止むことはなく、存在を逃がさない、離さないとしがみつくその手に力を入れる。メキメキミシミシと存在の身体から音が鳴り、存在の顔が青ざめてきているが、それでも北方棲姫は離さない。しかし、不意に長く鋭い爪のある大きな手が彼女の小さな身体を背後から抱き締める。

 

 「無茶ヲ言ワナイノ、ホッポ」

 

 「港湾!」

 

 それは、北方棲姫と良く似た髪や肌をした女性……異形と呼べる腕に額に生えた長く鋭い角が、彼女が人間でないと告げている。名を“港湾棲姫”……北方棲姫と同じく姫級の深海棲艦である。

 

 「ホッポガゴメンナサイネ。コノ子ノコトハ気ニシナイデ、行ッテラッシャイ」

 

 「うん。ごめんね、ホッポちゃん。私、行かないと」

 

 「ウ~……ウ~……ッ」

 

 港湾棲姫に抱きかかえられながら、北方棲姫は恨めしげに港湾棲姫と存在を睨みながら唸る。そんな彼女に後ろ髪を引かれる思いをしながら、存在は2人に背を向ける。存在とて2人と離れるのは寂しい。だが、行かねばならない。

 

 (軍刀を持った新種の艦娘……間違いなくイブキさんのこと。待っててね……今、会いに行くから!)

 

 深海棲艦の間で流れる噂……その噂を知った存在は、噂の主に会いに行くと決めていた。その主は自分の命の恩人であり、自分にとって唯一無二の存在であり、世界で1番大切な人なのだから。だから会いに行く。自分が生きていることを教える為に、もう一度共に暮らす為に。

 

 

 

 「夕立、抜錨するっぽい!!」

 

 

 

 その左腰に軍刀を携え、夕立は海へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 「ようやくだ……ようやく進んだ」

 

 屋敷から出た俺は海の前まで行き、布のような機械のような異形……いや、“仇の髪留め”を握り締めながら、万感の思いでそう呟く。今までよくわからなかったこの髪留め……それが髪留めだと分かったのは、金剛を助けた時のことだった。

 

 

 

 

 

 何度目かの砲撃音が響いた後に屋敷の前に辿り着いた俺が見たのは、浅瀬のところに横たわる1人の艦娘と彼女を追ってきたのであろう4体の深海棲艦だった。艦娘はボロボロで、このままでは深海棲艦達に殺されるのは明白……以前の俺なら何の躊躇もなく助けただろうが、少し艦娘不信の俺は……正直、見捨ててしまおうかと考えていた。

 

 だが、見捨てても深海棲艦達がそのまま去っていくとは限らない。もしかしたら島に踏み込んでくるかもしれない。それに……もしかしたら、この艦娘が俺が知りたい情報を知っているかもしれない。そういった可能性がある以上、艦娘を助けた方がいい。そう結論づけた俺は、まず深海棲艦を撃退することにした。

 

 「……そこでジッとしていろ」

 

 俺は深海棲艦に向かって走り出し、邪魔な艦娘を飛び越える際にそう告げる。そうすれば、俺の視界に入るのは深海棲艦達だけだ。駆逐艦が2体に戦艦が1体。もう1体は姿は記憶にあるのだが名前までは思い出せない為、はっきりとは艦種がわからない。軽巡か重巡辺りだとは思うが……と考えながら、俺はみーちゃん軍刀を右手に持って駆逐艦に向かう。基本的に人型ではない深海棲艦は喋ることが出来ない。情報が欲しい俺としては生かしておく必要がないのだ。

 

 「軍刀……貴様、噂ノ艦娘カ!?」

 

 戦艦の深海棲艦が驚いたようにそんなことを言い出したが無視し、1体の駆逐艦を口のような部分から上半分を擦れ違うように走り抜けながら斬り裂く。他の軍刀に比べて切れ味が鈍いみーちゃん軍刀だが、駆逐艦程度の装甲なら問題なく両断出来る。

 

 「貴様ッ!!」

 

 ここでようやく俺に砲身を向ける為にか後ろを向き始める残りの深海棲艦達だが、走り抜けた後に俺は急停止して反転し、もう1体の駆逐艦に向かっている。海上を陸上のように動ける俺に、深海棲艦の動きが追い付ける訳がない。深海棲艦達が完全に振り返る前に、俺は駆逐艦を最初の奴と同じように、今度は後ろから横一閃に走り抜けながら斬り裂いた。

 

 別れた後の下半分は、正直見ていて気持ちのいいモノじゃない。まるで機械の枠に内臓を押し込んだような、青紫の毒々しく蠢く肉のような何かがあり、バケツから溢れる水のように血だかオイルだかこれまた青紫の毒々しい色の液体が流れている……最初に見た時は吐き気を催した。

 

 「……後2体」

 

 「ガァッ!!」

 

 「舐メルナァ!!」

 

 俺が呟くと同時に、振り向くことを止めた残りの2体が砲身をこちらに向けて放ってくる。走り抜けた分の僅かな距離があるが、弾速を考えれば一瞬で当たる距離……だが、俺の目には止まって視える。もうすっかり慣れてしまった時間が止まっているかのような感覚の中、俺は体勢を低くする。砲撃は、それだけで回避出来た。

 

 「バカナ! コノ距離デ避ケタダト!?」

 

 「ガウ!?」

 

 深海棲艦が驚いている間に、俺は体勢を低くしたまま奴らに向かって走る。と言っても距離は20mもない為、俺にとっては一息で詰められる距離だが……案の定1秒と掛からず2体の前まで来た俺は勢いをそのままに、下半身が異形の深海棲艦の首を走り抜け様に斬り飛ばす。

 

 「コノッ……!」

 

 「動くな。動けばお前の首を落とす」

 

 急ブレーキを掛けて反転し、俺の方に向き直ろうとした最後の深海棲艦の首筋にみーちゃん軍刀を添える。この深海棲艦はもう、俺に対して何も出来ないだろう。後ろを取られ、両手の大盾にある砲身は後ろにいる俺には向けられない。さぞかし悔しいだろうな……自分以外は全滅し、敵には傷一つ付けられないで自分も殺されそうになっているのだから。

 

 「今からする質問に正直に答えろ。さもないと両腕を斬り落とす」

 

 「クッ……」

 

 「お前は、これの持ち主を知っているか?」

 

 俺が取り出したのは、例の布のような機械のような異形だ。夕立の仇であろう存在に通じるかもしれない唯一の手掛かり……この半年間、情報らしい情報は全く得られていない。その手掛かりの異形を後ろから手を伸ばして深海棲艦の目の前に出す。

 

 「ソレガ何ダト……!? 貴様、コレヲ何処デグウッ!!」

 

 「知っているんだな……? 吐け、洗いざらいだ」

 

 どうやらこの深海棲艦は何か知っているらしい。今の反応は嘘とは思えない……ようやく情報らしい情報を得られそうだと思った俺は伸ばしていた手を曲げ、深海棲艦の首を絞めていた。自然と密着する形になったが、そんなことは気にしていられない。

 

 「ウグ……グ、ギィ……」

 

 「言え。これは何だ? 誰のモノだ?」

 

 「ヒ……サ……ァ」

 

 「なんだ?」

 

 

 

 「姫……様……駆逐、棲姫……様ノ……髪……留メ……」

 

 

 

 「駆逐……棲姫。そうか……ソイツか……ソイツが、夕立を……夕立を!!」

 

 「アガッ……ガガ、ア……ァ……」

 

 ようやく分かった仇の名に内から怒りが吹き出し、首を絞めていた手に力が籠もる。するとゴキリと硬いモノを手折ったような音がすると同時に深海棲艦の身体から力が抜けた。俺は深海棲艦の身体を放し、軍刀を強く握り締めながら異形……髪留めを睨み付ける。“駆逐棲姫”……俺が目指すべき相手がようやく見つかった。

 

 だが、居場所が分からない……最後まで話を聞かずに今の深海棲艦を勢い余って殺してしまったのは短絡的過ぎたか。まあいい、今まで進まなかった仇の捜索が進んだんだ、文句はない。それに、やることは変わらない。この髪留めと判明したモノの持ち主を探すことが、駆逐棲姫を探すことになっただけだ。

 

 「駆逐棲姫……必ず見つけてやるぞ」

 

 

 

 

 

 

 そして艦娘……見た目から金剛だとは分かっている……を拾って屋敷の無事な部屋に押し込め、ちょっと会話して今に至る。念の為と駆逐棲姫について聞いたものの有益なものはなし。まあ話によれば生まれたばかりらしいから仕方ないか……ということは、生まれてすぐに深海棲艦に絡まれたということになる。そういう意味では、少し親近感を覚えるな。

 

 「……どうでもいいか」

 

 金剛のことを考えているヒマなんかない。一刻も早く駆逐棲姫を見つけ出し、夕立の仇を取らないといけないのだから。それ以外のことを考えている余裕も時間もない。

 

 

 

 ― や…と……た ―

 

 

 

 「ん……?」

 

 誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返るが、屋敷と砂浜があるくらいで誰もいない。金剛が何か言ったとも考えにくいし……気のせいだろう。俺はそう考え、改めて駆逐棲姫を探す為に海へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ― やっと……会えたですー ―




ということで、新しく金剛が出たりイブキが無双したり海軍に姫級の名前付けられたりと色々と動きのあるお話でした。ロ級の中身はまたもや劇場版エヴァイメージ。鳥葬シーンはトラウマです。

夕立生存。北方棲姫と港湾棲姫のセットは王道ですよね。北方棲姫と戦ってぅゎょぅι゛ょっょぃと呟いたのは私だけじゃないハズ。



今回のおさらい(前回と前々回忘れてた)



金剛登場。ワタシの活躍、見ていて下さいネー。イブキ無双。足りん、全くもって足りんぞ。夕立生存。まだまだ活躍するっぽい。軍刀棲姫襲名。これ以外浮かばなかった。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

妖提督は更にもうしばらくお待ち下さいorz


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……艤装、か

お待たせしました、更新でございます。

今回場面がぐるんぐるん変わります。また、考察というか自分理論というかその類のモノが結構出ます。ご注意を。

また、先に謝罪を。白露型愛好家の方々、ごめんなさい。でも私は白露型大好きなんです! 信じて下さい! 何でもしますから!


 なぜこの場所にいるのか、時雨には分からなかった。“この場所”は違う鎮守府の艦娘である時雨にとって、一生縁のないと言える場所だからだ。

 

 「よく来てくれた時雨君……」

 

 「はっ、はい! ○○鎮守府所属、白露型駆逐艦時雨、参上しました!」

 

 敬礼をしつつ、時雨は目の前の人物……老人を見やる。厳かな雰囲気のある部屋にある唯一の机を挟んだ先にいるその人物は、この場所……“大本営の総司令の執務室”の主。つまり、目の前の人物こそが現日本海軍のトップ。名を、渡部 善蔵(わたべ ぜんぞう)……総司令であると同時に全鎮守府の中でもトップクラスの強さを誇る第一艦隊を指揮する生涯現役を行く人物である。

 

 「さて時雨君……君は、なぜここに呼ばれたのか……分かるかね?」

 

 「い、いえ……」

 

 老人……善蔵の鋭い眼光に射抜かれ、時雨は冷や汗を流す。彼女は、まるで姫級と対峙した時のような緊張感を感じていた。シワのある顔は確かに老いを感じさせるが、その身体から出る溢れんばかりの覇気が老いを消し飛ばしている。その覇気に気圧されながら時雨は呼ばれた理由を考えるが、やはり記憶にはそれらしいものない……と思ったところで、時雨の脳裏にある記憶が呼び起こされる。それは、噂の深海棲艦……今では軍刀棲姫と名を海軍の中で呼ばれるようになった存在、イブキと接触した時のことを大本営から視察に来たという大淀に聞かれたことだった。イブキのことを話せば夕立のことも間接的に知られ、仮に攻め込むとなった場合のことを考えた時雨は、内容をぼかして話したのだ。もしや……と考えた直後、善蔵がある1つのファイルを机の上に置いた。

 

 「これは、軍刀棲姫と接触したことのある艦娘達の話を纏めたものだ。勿論、君の名前も話の内容もある」

 

 そう言って差し出されたファイルを時雨は受け取り、中を見るように促される。少し汗ばんだ手でファイルを開くと、最初に時雨の名前が出てきた。内容は先日自分が語ったことが大雑把に記載されており、話した日付も書いてある。何もおかしいところはないし、この情報だけではイブキ達のいる島の場所など分かる訳がない。そう思いつつ、時雨はページを捲る。そこには“△△鎮守府所属暁型駆逐艦雷”と書かれており、違う鎮守府の雷という艦娘が話した内容が書かれていた。

 

 「……ん?」

 

 そこでふと、時雨は自分のことが書かれているページと雷のページに違和感を感じた。その違和感の正体を探す為に何度かページを見比べ……ハッと気付く。時雨のページには話した日付が1日だけ書かれているのに対し、雷の日付は3日分書かれているのだ。もしやと思い他のページも見てみると、やはり他のページにも3日分書かれていた。時雨だけが1度だけ聞かれ、他の艦娘は3回聞かれていることになる。

 

 △△鎮守府所属長門型戦艦“長門”、長門型戦艦“陸奥”、赤城型正規空母“赤城”、加賀型正規空母“加賀”、球磨型軽巡洋“木曾”、白露型駆逐艦“夕立”。□□鎮守府所属球磨型軽巡洋艦“球磨”、球磨型軽巡洋艦“北上”、吹雪型駆逐艦“深雪”、白露型駆逐艦“白露”、睦月型駆逐艦“卯月”。××鎮守府所属高雄型重巡洋艦“摩耶”。◇◇鎮守府所属伊勢型戦艦“日向”、大和型戦艦“大和”、川内型軽巡洋艦“川内”、島風型駆逐艦“島風”、祥鳳型軽空母“瑞鳳”、翔鶴型正規空母“瑞鶴”……綺麗な字で書かれたそれらは、恐らく自分に直接話を聞きに来た大淀が書いたものであろう。直接、しかもバラバラの鎮守府に出向いたであろう大淀の行動力と体力に舌を巻く時雨だったが……不意に、その顔を青ざめさせた。

 

 「気付いたようだな」

 

 善三は冷たく時雨を見据え、両手を組んで机に肘を付いて口元を隠すようにしながら、その下で笑みを浮かべる。そのファイルには、時雨が語っていないことを語っている艦娘の証言が載っているのだ。その艦娘は、□□鎮守府所属の北上、深雪、白露、卯月の4隻。彼女達ははっきりと証言しているのだ……“とある海域で軍刀棲姫らしき存在と共にいる時雨と出会っている”と。

 

 これがイブキと夕立の事情を知る者だったなら、口裏を合わせてくれたかもしれない。だが、北上達に不幸にも偶然出会ってしまい、彼女達はそのことを聞かれるままに話してしまった。彼女達に何も落ち度はない。ただ、時雨にとっては都合が悪かっただけだ。

 

 「海は広い。人海戦術を使うことなど到底出来ない広さだ。それが例え海域という形で範囲を狭めても、目的のモノを見つけるには途方もない時間がかかる。まして我々が探すのはたった1隻の深海棲艦……自らの意志で動き回るソレを見つけだすのは砂漠に投げ込んだ米粒を探すことに等しい……しかし、だ。ソレにも必ず拠点となる場所があるハズ。拠点があるなら、そこを見張ればいずれ姿を現すだろう。時雨君……君は、その場所を知っているのではないかね?」

 

 時雨の脳裏に浮かぶのは当然、1日を過ごしたあの屋敷のある無人島だ。場所もはっきりと覚えているし、行こうと思えば行ける。だが、ここでバカ正直に知っていると言えば案内させられるだろう。そうなれば、イブキと夕立の2人が連合艦隊と衝突することになる。

 

 (それだけは避けないと……それに、疑われているケド僕が知っているとはっきりした訳じゃない。知らないと言い続ければ、きっと解放されるハズ……)

 

 そう時雨が焦りつつも少し楽観的に考えていた時、善三の机の上にあった機械からピピピ……と音が鳴り始めた。善三がその機械のボタンを押すと音は止み、変わりに誰かの声が聞こえてくる。

 

 『総司令、今よろしいですか?』

 

 聞こえてきた声は、以前に時雨も聞いた大淀の声だった。善三はチラリと時雨の顔を見やり、視線で語りかける。いいか? と。当然ながら時雨に拒否することなど出来ず、彼女はコクリと頷いた。

 

 「構わん。何かね?」

 

 『○○鎮守府の提督の昇進に付いてですが……本当によろしいので?』

 

 「ああ。もしも時雨君が軍刀棲姫の拠点を知っているなら、それは大きな戦果だ。彼女の提督を昇進させるには充分だ。黙っていたことはこの際目を瞑ろう。無論、知らなければそれでも構わん。知っていれば昇進、知らなければ何もなしという訳だ……だが」

 

 

 

 「知っていて教えないのであれば、それは軍への反逆と変わらん。部下の罪は上司が取らねばなるまい? 故に、お前はどの結果にも即座に対応出来るように○○鎮守府に向かってもらっているのだからな」

 

 

 

 時雨は頭が真っ白になった。今、目の前の人物はなんと言った? 知っていれば昇進? 知っていて教えないなら反逆? 知らなければ何もなしとは言うが、この状況下で目の前の人物が時雨が情報を持っていないとは微塵も思っていないだろう。否、そんなことは関係ない。目の前の人物は海軍のトップだ。彼が白と言えば白になるし、黒と言えば黒になる。ここで時雨が知らないと言えば、間違いなく彼は大淀に今の機械で命令を下すだろう。提督を捕らえろ、と。目の前で言ったということはつまり、時雨は提督を人質に取られたことになる。彼女に与えられたのは2択。提督を助けてイブキと夕立を危険に晒すか、2人を庇って提督を犠牲にするかだ。

 

 「すまなかったね、時雨君。さて、では改めて……」

 

 

 

 ― 話してくれるかね? ―

 

 

 

 それは、金剛とイブキが出会ってから6日目のこと。時雨は、誰にも聞こえない声で“ごめん”と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 「暇デース」

 

 ベッドの上に寝転びながら、金剛はそう呟いた。イブキに助けられた日から今日で1週間になり、金剛の身体は動いても痛みを感じないほどに回復していた。だからといって島から出ることは出来ない。燃料は朝晩とイブキが取ってくる食材で満タンと言っても申し分ない程にあるが、弾薬は半分あるかないかと言ったところ。艤装も修理出来ていない為、大破1歩手前の中破のまま。そもそもドロップ艦である彼女に行く宛などない。したがって、金剛の行動範囲は島全域と近海までになる。

 

 現在は太陽が真上に来ている真っ昼間。駆逐棲姫を探しているというイブキは夜まで帰って来ず、その間金剛は独りになる。会話する相手も居らず、特に行動することもなく、ただただ無為に時間が流れていく。そんな折、金剛ははた、と気付いた。

 

 「ワタシ、もしかしてヒモという奴デスカ?」

 

 仕方ないとは言え自分は動けなかった……つまり、働いていない。しかし食事は出る……現状、イブキに養われている。しかし自分は何も出来ていない。せいぜいが水浴びする為に痛みを我慢して動く程度で、それ以外はベッドの上に今のように横になっているだけ。何も貢献出来ていない。

 

 「……な、何かしないと」

 

 たらりと冷や汗を流し、金剛はベッドから起き上がる。しかし、何かしないといけないと言いつつも何をすればいいかパッと思いつかなかった。屋敷の掃除でもするべきか? しかし、掃除用具のある場所が分からない。そもそも掃除用具があるのかも分からない。ならば自分も駆逐棲姫を探すべきか? 否、どんな姿か分からない上にイブキが連日探すような相手だ、見つかる保証はない。そもそも単艦で海に出る危険性が高すぎる。ならば食料はどうだ? 流石に魚介類を捕る自信はないが、島に広がる森林の中なら何かしら見つかるかもしれない。

 

 「……うん、そのプランでイキマショウ」

 

 念の為にと艤装を取り付け、金剛は屋敷から出て森林の中に入っていった。

 

 

 

 しかしまあそんな簡単に木の実やキノコ等が見つかるハズもなく、金剛が森林に入ってから2時間が経っていた。横に広い金剛の艤装はよく木にぶつかり、その度に艤装を固定しているベルトのようなモノのせいで腹と腰が圧迫され、その度に“ぐぇっ!”とカエルが潰れたような声が漏れる。艤装を付けてきたことを軽く後悔しつつも、金剛は食料を探すために歩き続けた。

 

 そして辿り着いた……崖に。

 

 「何でデスカ!!」

 

 ショックのあまりにその場に四つん這いになり、握り締めた両手をガンッ! と叩き付ける金剛。戦艦娘のパワーで叩き付けたので地面が軽くひび割れて凹んだが、金剛の視界には入らない。それよりも食料となるモノを探していたハズが食料がありそうにない場所に出た自分の運の悪さに対するショックが大きかった。

 

 しかし、同時にこの島に崖があることに疑問を持った。崖があるということはかなりの傾斜があるということだ。一体どれくらいの高さなのだろうか……そう思った金剛は、注意しながら崖の下を覗き込んだ。

 

 「オー……結構高いデスネ……」

 

 金剛の思った以上に崖は高かった。眼下には海と岩肌が見えており、岩肌にぶつかった波による水しぶきがキラキラと光っている。他には広大な海が広がるばかりで、特に目新しいモノはなかった。

 

 

 

 ― キヒッ ―

 

 

 

 「うあ……っ!?」

 

 不意に、金剛の頭に笑い声が響いた。それと同時に、ノイズが掛かった風景……目の前には崖と海以外何もなかったハズなのに、金剛の目の前に何かの映像が映る。崖の上に崩れ落ちた金剛は右手で頭を抑え、その映像を見る。そこに映るのは3人で、金剛にはまるで真横から見ているかのように見えている。3人の内、1人はイブキだ。だが、残り2人は金剛の記憶にはない。辛うじて艦娘と深海棲艦であることが分かるが、名前までは分からない。

 

 (いえ……深海棲艦のネームは……レ級)

 

 しかし、不思議なことに深海棲艦……レ級の名前だけは理解できた。不思議がっている金剛を余所に、映像は進む。なぜか声は聞こえないが、言い争っていることは理解出来た。構図としては、艦娘がレ級に向かって怒鳴りつけ、レ級をイブキが庇っているかのように見える。よく見れば艦娘はボロボロで、浮かんでいるのが奇跡とも呼べる程だ。

 

 「あっ!?」

 

 突然、艦娘が軍刀のような艤装らしきものを振り下ろした。その軍刀はイブキの右肩を浅く斬り裂き、半ばから折れる。どうして避けなかったんだと叫びたくなったが、イブキの後ろにレ級がいることを思い出し、彼女がレ級を庇ったのだと思い至る。その姿に、金剛はなぜか胸の奥が暖かくなるような気持ちを抱いた。しかし、その気持ちもすぐに消え去ることになる。

 

 「っ!? 危ないデス!!」

 

 いつの間にか艦娘に左腰の軍刀を奪われたイブキが、その軍刀で再び斬り裂かれようとしていた。金剛は咄嗟に届くはずのない手を伸ばし……映像のレ級がイブキを庇って首を斬られ、それと同時に金剛の首に激痛が走った。

 

 「がっ……あっ、が、ああああっ!!」

 

 金剛は首を抑え、その場にうずくまる。にもかかわらず、金剛の頭の中には先の映像の続きが流れていた。艦娘は沈み、レ級は首の半ばまで軍刀の刃が刺さったままに、イブキは今にも泣きそうな表情でレ級の傍らにいる。そして何か喋った後にレ級は沈み……そこで映像は終わった。

 

 「ハァッ……ハァッ……今のは、何デスカ……?」

 

 まるで体力の限界まで身体を酷使したかのような疲労感を覚えつつ、金剛は誰にでもなく問い掛ける。まるで何かの映画を見ていたかのような映像……否、“記憶”。まるで自分が体験したかのような首の痛み。意味が分からず、白昼夢を見ていたと言えばそれまで……だが、あの記憶の映像は現実にあったことだと金剛は直感的に確信していた。なぜなら、金剛は芝居を見ている観客のような第三者の視点で見ていたのと同時に“レ級が見ていたであろう景色”も同時に見えていたからだ。

 

 イブキの背中、憤怒の形相を浮かべた艦娘、イブキを庇って首を斬り裂かれるレ級(じぶん)……それらを、金剛は全て見ていた。首に激痛が走ったのも、本当に自分が斬り裂かれたかのような視点だったことによる幻痛なのだろう。

 

 「戻り、マショウ……」

 

 金剛は精神的にも身体的にも疲労を感じながら、崖から見える景色に背を向けてフラフラとした足取りで屋敷に向かう。もう食料を探すような精神状況ではなかったし、何よりも心身ともに休めたかった。自分ではない誰かの記憶を何の心構えなく追体験させられたような出来事に遭ったのだ、そうしたいと考えるのも仕方のないことだろう。

 

 「……イブキ、サン」

 

 そして、なぜか無性にイブキに会いたくなった。心からイブキを欲していた。それは追体験をしたからか、それともこの島の自分以外で唯一の住人である彼女と一緒にいることで独りの寂しさを紛らわせたかったからか。自分でも分からない心境のまま、金剛は歩いていった。

 

 

 

 ― キヒヒッ♪ ―

 

 

 

 頭の中で響く、自分以外の誰かの笑い声を無視しながら。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 深海のどこかにある洞窟の中に、その存在はいた。白髪のストレートヘアにノースリーブのセーラー服を着用したその存在……名を、駆逐棲姫。彼女こそが、半年前にイブキ達のいた島で夕立を襲い、行方不明にした張本人である。しかし、彼女には膝から下の両足がない……ならばどうやって上陸したのか?

 

 姫の中には、艤装が浮いているものがいる。駆逐棲姫の下半身にも艤装が存在し、彼女はその艤装が浮遊することを利用して身体ごと浮いて移動出来るのだ。その為、彼女は歩けない代わりに水上を移動するように陸上を移動することが出来る。今いる洞窟の中を移動する際にも、彼女はそうやって移動している。

 

 しかし、浮遊出来るからと言って自在に動ける訳ではない。艦娘だろうと深海棲艦だろうと、どこまでいっても彼女達は“艦船”である。故に、船と同じような動きしか出来ない。浮遊すれば波や地形に左右されずに済むが、進んだり曲がったりするには船と同じ軌道を描く必要があるのだ。

 

 「……ッ!」

 

 ギリッと歯を食いしばり、駆逐棲姫は涙をこぼしながら俯く。その眼下には、1隻の深海棲艦……イブキに首を折られて絶命した、あの戦艦ル級の遺体があった。それは海に沈んだ後、偶然にも駆逐棲姫の元に辿り着いた。傷がないという意味では綺麗な遺体だが、歪な方向に曲がった首が痛々しいことこの上なかった。この場にはないが、他の3隻……2隻のロ級とチ級の遺体……否、最早残骸と呼ぶべきそれも彼女は目にしている。特に酷いのはロ級達だった。上下半分に断たれた身体からはみ出て水中を漂う臓物のようなモノを直視してしまった駆逐棲姫は、思わず胃の中のモノを吐き出してしまう程のおぞましさを感じた。

 

 そして、その4隻は全て彼女の配下……友達と呼んでいた者達だったのだ。だから彼女は涙を流す。また失われた友達の命に対して、友達を失った悲しさによって。

 

 「軍刀ヲ持ッタ新種ノ……艦娘……ッ!!」

 

 深海棲艦の間で囁かれている、軍刀を持った新種の艦娘。半年前に沈めたハズの存在だがその噂は未だ絶えず、それどころか幾つもの新しい噂まで出回っている。その中に、駆逐棲姫が気になったモノがあった。それは、何かの持ち主を探しているというもの。そして、自分は半年前に艦娘を沈め、髪留めを無くしている……あの時の艦娘の仲間が犯人である自分を探しているのではと、駆逐棲姫は考えたのだ。

 

 勿論、その新種の艦娘が自分の友達を殺した犯人である証拠などない。その場面を見た訳ではないし、軍刀を持っている艦娘など他にもいるのだ。とは言っても、実際に軍刀……否、近接武器で深海棲艦を沈められる艦娘など殆どいない。そもそも近付くという行動自体、かつて軍艦であった艦娘は忌避しているのだから。故に、犯人は新種の艦娘であることはほぼ確定的。もしかしたら、以前に殺したであろう艦娘は犯人ではなかったのかもしれない。最も、人違いだとしても今更の話であるが。

 

 「……仇ヲ取ラナキャ」

 

 件の艦娘が以前殺した艦娘の仲間であるなら、同じ場所に訪れるかもしれない。そう考えた駆逐棲姫は洞窟の奥に向かい、準備を始める。弾薬を込め、燃料を補充し、全力を出せるように。この身は深海棲艦の頂点に座す姫、たった1隻の艦娘など全力を出せば恐れることなどない。

 

 「待ッテイナサイ……軍刀ノ艦娘!」

 

 それは、期しくも金剛がイブキと出会ってから1週間経った日と同日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 「イブキさん、島にいてくれるといいケド……」

 

 大本営に呼び出された日の翌日、時雨は提督に頼み込んで1人で遠征に出ると頼み込んで了承してもらい、イブキと夕立がいるハズの島に向かっていた。その理由は、2人に警告する為だ。

 

 大本営に呼び出されたあの日、時雨は自分の提督を取った。イブキ達のいる島の大まかな場所を善三に伝え、半ば放心状態で鎮守府に戻った時雨は、本当にこれで良かったのかと一晩悩んだ。悩んで、悩み抜き……些か軽率であると思いながら、彼女は決断した。夕立を頼むと言った自分が彼女と彼女の大切な人を危険な目に合わせると分かりながらも、せめてその危険を伝えようと。

 

 「見えた!」

 

 しばらくして、目的地である島が見えてきた。幾つもの海域でイブキの目撃情報が上がっていることから彼女が島にいる可能性は低いが、それでもいることに賭ける。そんな中、島が見えたことで少し心に余裕が出来たのであろう時雨は、2人が半年を経てどうなっているかを想像する。イブキには黒い噂をよく耳にするが、好き好んでやっている訳ではないだろうと時雨は考えていた。案外、シャレになっていないとは言え勢い余ってやっているのかもしれない。そしてそれを夕立に自白して怒られたりして……そんな自分の想像にクスッと笑った。

 

 

 

 そして、時雨の足下が爆発した。

 

 

 

 「命中確認。機影なし……任務達成と判断します」

 

 『ご苦労。帰還しろ』

 

 「了解しました、提と……総司令」

 

 時雨がいた場所から上がる黒煙を見届けた後、彼女の遙か後方にいた存在は総司令……渡部 善三に通信をした後、彼に命じられて反転して帰還するべく進み始めた。その表情は味方である艦娘が黒煙と共に姿を消したというにもかかわらず、何も感じていないかのように無表情である。

 

 『しかし、予想通りに動いてくれたものだ。お前も、よくやってくれたな』

 

 「……任務ですから」

 

 『だが、不服そうだな』

 

 「……いえ、そのようなことは……」

 

 善三のせせら笑うような声にも存在は無表情を崩さない。時雨の足下で起きた爆発は、存在が引き起こしたものだった。存在は善三にある命令を下されていた。○○鎮守府を見張り、その鎮守府から時雨が単艦で出撃した場合は尾行せよと。そして目的地が時雨が報告していた島であった場合……雷撃処分だと。

 

 『彼女は単艦で出撃中運悪く深海棲艦と遭遇、交戦の末撃沈……そういう筋書きだ。敵にこちらの情報をリークしようとしたところを雷撃処分では格好がつかんだろう』

 

 「……」

 

 『これで通信を終わる。速やかに帰投しろ……お前は私の命令でやったのだということを忘れるな』

 

 すぐに通信は切れた。最後の言葉は、気休め程度でしかないが友軍を沈めた存在に対する優しさだろう。悪いのはお前ではなく、命令した自分なのだと。存在は、善三とは彼の部下である艦娘の中で最も古くから共にいる艦娘だった。故に、言葉に含まれた優しさを知ることくらい簡単だ。

 

 今回の時雨の雷撃処分を深海棲艦と戦った末の撃沈という筋書きにするのも、ある種の優しさだろう。時雨が行おうとした行動は立派な反逆行為なのだから。善三は正しく、自分も正しいことをした……存在はそう己に言い聞かせる。例え正しい行動をしているハズなのに、胸が張り裂けんばかりの痛みと罪悪感を感じていても。仲間を討ったことに胃の中のものを吐き出しそうな不快感を感じていても。

 

 「私と総司令に……不知火に落ち度はない」

 

 存在……不知火は、何度も何度もそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 「……今日も収穫はない、か」

 

 すっかり日も暮れ、屋敷へと戻る最中に俺はそう呟く。金剛と出会った日から1週間……駆逐棲姫の情報を得てから1週間経った今日この日まで、何の情報も得られなかった。それどころか艦娘には出会わず、深海棲艦は喋られない奴ばかりと出会う……情報が得られるハズがない。そもそもだ……俺は深海棲艦がどこから現れてどこから生まれてくるのかも知らない。名前の通り深海から現れるなら、俺には捜しようがない。この身体は人間と変わらず呼吸を必要とする為、長時間水中にいることは出来ない……潜ることは出来るが、それは艤装を付けていない場合に限る。

 

 「……艤装、か」

 

 数多の艦娘が細々(こまごま)と身体中に艤装を付けていることに対し、俺はこの軍刀と鞘を固定する為の装備しか艤装と呼べるものはない。それはこの軍刀達が、武器として以外にも様々な船の装備や機能を兼用しているから……らしい。妖精ズから直接聞いたことだし、間違いではないのだろう。ゲームの艦これならば、1人の艦娘にスロットが1~4つあり、そこに主砲に副砲、電探やソナー等の装備を当てはめていく。しかし俺の場合、俺自身のスロットに軍刀を当てはめ、更に軍刀にもスロットがあってそこに他の装備を当てはめられるようになっているようなもの。軍刀1つで武器、電探、ソナーを同時に使えるということだ。更にそこに姿勢制御やダメージコントロール等の機能も付いている……軍刀と帯刀用の装備だけで完結しているのだ。

 

 「……駆逐棲姫、か」

 

 脳内の話題が艤装から仇である駆逐棲姫に移る。“駆逐”と名が付いているのだから、容姿はきっと幼いのだろう。それでいて大きな屋敷を半壊させ、地を抉るような火力を誇る……案外、戦艦棲姫と変わらない見た目なのかもしれない。

 

 「……俺は、何なのだろうか?」

 

 最近はこうして自問自答ばかりを繰り返している気がする。駆逐棲姫がその名の通りの見た目ならば、俺という存在の艦種は何になるだろうか。見た目で判断するなら、重巡や戦艦になるか? 速度ならば間違いなく駆逐艦になるが……チラリと視線が自分の胸元に行く。そこには大きな乳房がたわわに実っている……それに、身長も成人女性の平均以上に高い。この大きさで駆逐艦はないだろう……ならば軽巡? それもしっくりこない。飛行甲板がないので空母もない。長時間潜れないので潜水艦という線も消える。やはり重巡か戦艦だろうか。

 

 しかし、と思う。俺は以前に、今にも沈みそうな天龍の振るった、今にも折れそうな軍刀の一撃を右肩に受けてダメージを負っている。つまり、俺自身の装甲は撃沈寸前の軽巡の攻撃でダメージを負ってしまうほど薄いということになる。人間を超越した力を持ちながら、その身体はどこまでも人間だった某大総統のように、俺という身体は脆いのだ。そんな俺が、堅牢な装甲を持つ重巡や戦艦と呼べるだろうか。そうしていつも同じ結論に行き着く……分からないと。艦娘か深海棲艦か分からない。どうやってこの世界に来たのかも分からない。死んだ果ての輪廻転生なのか、あるいはこの身体に“俺”という魂が入り込んだのかも分からない。そもそも本当に俺には前世と呼べるものがあるのかも分からない。僅かに残る艦これという作品の記憶やどこかの一室の風景は本当に俺の記憶なのか? 疑い出せばキリがない。ハッキリしているのは、俺が“イブキ”として半年を過ごした時間くらいだろう。

 

 長々と思考に没頭したが、やったことは単なる“俺”という存在の復習に過ぎない。何も分かっちゃいない。何も理解出来ちゃいない。だが、俺が今やることは変わらない。夕立が沈んでいないと信じ、彼女を探し出すこと。彼女を行方不明にした犯人であろう駆逐棲姫を見つけ出し、仇を討つこと。そして……また、島で共に暮らすことだ。金剛は……まあ、受け入れてくれる鎮守府がなければあの部屋をそのまま使わせてもいいだろう。

 

 「……帰るか」

 

 そう呟き、俺は止めていた足を動かして屋敷のある島に向かった。帰ってみれば何やら金剛の顔が青かったが……大丈夫かと聞いても本人が何も言わずに首を横に振るので、夕飯の何かの魚を焼いたモノを置いておき、俺は隣の部屋……夕立の部屋で眠りについたのだった。

 

 

 

 ― イブキ……キヒヒッ♪ ―

 

 

 

 その直前、どこからかレ級の笑い声が聞こえた気がした。




準備期間というか嵐の前の静けさというか天国へのカウントダウンみたいなお話でした。駆逐棲姫の絵を最初見た時、正座しながら浮かんでるようにしか見えなかったです←

今回初登場なのは老人の名前、不知火でした。鎮守府の名前が記号なのは皆様のご想像にお任せしますという意思表示です。私の知識では色々怪しいので……多分、日向辺りは横須賀じゃないですかね←

イブキの装備をゲームで表すと

      ┏ソナー
イブキ┳軍刀╋電探
   ┃  ┗ドラム缶
   ┣軍刀(略
   略

みたいになります。こんなんいたら即撤退命令出しますわ←



 今回のおさらい



老人、名前発覚。金剛、厨二病発症。内なる私が目を覚ます。駆逐棲姫、戦闘準備。艦娘時雨の消失。不知火登場。特に落ち度はありません。イブキ、特に進展なし。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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さて……征くぞ

お待たせしました、ようやく更新でございます。

今までガラケーで執筆していましたが、こないだスマホに変えました。慣れるまで少々直にがかかりそうで、それにともない交渉速度が今以上に遅れるかもしれません。ご容赦ください。

それはさておき、茉莉(海鷹)様が本作の主人公のイブキを描いて下さりました! UALはhttp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52109365 でございます。絵を描いて下さったのは茉莉(海鷹)様が初めてですので狂喜乱舞しましたw 改めて感謝を。ありがとうございます(*^^*)


 (海面が……光が遠のいていく……)

 

 冷たい海の中、時雨は力無く沈んでいく。先程までいた海面は既に遠く、差し込む光も小さくなっていく。何が起きたのか、時雨自信はよく分かっていない。ただ、もう仲間達やイブキ、夕立と会えなくなるという恐怖があった。危険を伝えなければならないのに、最早それも出来ない。このまま海の藻屑と消えるだろう……誰にも看取られることもなく、何も成せないままで。

 

 だからせめて……と、時雨は手を伸ばす。この声が届きますように、この思いが伝わりますように。

 

 (誰でもいい……イブキさんを、夕立を……)

 

 

 

 ― 助けて ―

 

 

 

 「任せなさい」

 

 その心(こえ)は届き、沈む時雨の身体を誰かが抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 金剛はその日、頭を抑えながら起床した。彼女は3日前に妙な風景を見てから、毎日のように頭痛に悩まされていた。それと同時に、身体に違和感を感じるようになっていた。まるで自分の身体が自分のモノでないような感覚、何かが足りないような感覚に苛まされている。極めつけは、脳内に響く声だ。

 

 ― キヒヒッ ―

 

 「またデスカ……」

 

 不気味でありながら、どこか聞き覚えのある笑い声。自分の声とはまるで違い、意志があるのかも分からず、ただ時々こうして誰かの笑い声が頭に響く……いや、金剛はこの笑い声が誰のモノなのか理解している。ただ、それがなぜ自分の頭に響くのか理解出来ないでいるのだ。

 

 「金剛、起きているか?」

 

 「……起きてマスヨ、イブキサン」

 

 ― イブキ……イブキ! イブキ!! キヒヒヒヒッ!! ―

 

 「……はぁ」

 

 果てにはイブキの声が聞こえただけでこのように狂喜する始末。こんなことが3日も続けばノイローゼにでもなりそうだが、眠る時には静かなので休むことは出来るのが幸いだろう。しかし、鬱陶しく煩わしいことに変わりはない。

 

 (あーもうモーニングからウルサイデース!! シャラップ!! 黙っていて下サイ!!)

 

 だからだろう、無駄だろうと思いつつも我慢の限界だった金剛が頭に響く声の主に向けて脳内で怒鳴ってしまったのは。それで少しでも静かになれば御の字くらいの気持ちで言った金剛は、少しだけスッキリした。

 

 

 

 ― ゴ……ゴメンナサイ ―

 

 

 

 (……は!? え!?)

 

 「入るぞ」

 

 脳内に響く声が謝った。そんな出来事に混乱している金剛を余所に、イブキが部屋に入ってくる。その手にはトレイがあり、その上に裏手の湖で汲んだであろう水の入ったコップと朝から採ってきたのかリンゴのような果物と何かのキノコを焼いたものがある。“ような”や“何かの”と言っているのは種類が分からないからだ。尚、腹痛や幻覚等には今のところ遭ってはいない。

 

 「イブキ、サン……グッドモーニングデース」

 

 「バッド、と言いたげな顔をしているぞ」

 

 無表情でそんなことを言うイブキに、金剛は苦笑いを浮かべる。今日で10日目となるイブキとの生活だが、最近ではこうして会話することも増えた。初日以降は起きた時にはおらず帰ってくれば食事の用意だけしてすぐに自室で眠っていたイブキだが、朝晩の食事を共にするようになった。今日は1人分しかないが、イブキ本人は既に食事を終えているのだろう。イブキは金剛のいるベッドのすぐ側にある花瓶が置いてあったであろう台にトレイを置き、窓際に行く。その後ろ姿を見て、金剛は意を決して口を開いた。

 

 「……イブキサン」

 

 「なんだ?」

 

 「ワタシがこの島に来る前に、レ級と何かありマシタカ?」

 

 金剛の言葉を聞き、イブキは驚いた表情を浮かべながら振り向いた。普段からあまり表情の変わらないイブキだが、この時ばかりははっきりと“何故?”という疑問が現れている。それはそうだろう。金剛にはレ級のことも夕立のことも何も話していない。知る術もない。にもかかわらず、金剛の口からレ級などと出てくれば驚愕するのは仕方ないことだ。

 

 対する金剛は、やはりかという思いだった。3日前に見た映像、その日から聞こえ始めた頭の中に響く……レ級の声。先程も聞こえていたあの声はレ級の声だったのだ。そのレ級がイブキを見る度に、声を聞く度に狂喜する……何かしら繋がりがあると考えるのが普通だろう。その繋がりが何かは分からないが。

 

 「……なぜ、そう思う?」

 

 「頭の中でレ級の声がする……と言ったら信じてくれマスカ?」

 

 「……信じるしかないだろう。そうでもなければ説明がつかない」

 

 イブキは窓の近くの壁に背中を付けてもたれかかり、腕を組む。金剛としてはあっさりと信じてくれたことに拍子抜けする思いだったが、その方が話が早いのでまあいいかと1人ごちる。その後、金剛は自分が見た映像とレ級の声がすることを簡単に話す。イブキは何度か頷き、黙ってそれを聞いていた。

 

 やがて話し終え、2人の間に沈黙が訪れる。金剛には、イブキが何を考えて何を思っているのか分からない。なぜ駆逐棲姫を探しているのかも予想は出来ていても話してはくれない。そもそもどういう存在なのかも分からないし、なぜこの島にいるのかも分からない。艦娘と深海棲艦の2つの気配を持つ理由も、艦娘と深海棲艦どちらなのかも分からない。

 

 ただ、分かっていることもある。それは、決して悪い存在ではないということだ。むしろお人好しだろう。そうでなければ、はっきり言って無駄飯喰らいの役立たずな金剛の食事の世話をしないし、助けてもくれないだろう。

 

 「……どうした? 急にうなだれて」

 

 「イエ……ちょっと自分の情けなさを再確認したダケデス……」

 

 ― ヤーイ、役立タズ ―

 

 (シャラップ!!)

 

 自分の考えにダメージを受けてうなだれた金剛の姿を見たイブキに心配そうに聞かれるて嬉しく思ったのも束の間、脳内でレ級に煽られて怒りに震える。最早普通に会話出来ていることに対する驚愕を怒りが上回っている。

 

 「……レ級と会話しているのか?」

 

 「え? あ、ハイ」

 

 「そうか……少し、失礼する」

 

 「うぇ……!?」

 

 不意に、イブキがそう言って金剛に近付いてその身体を抱き締めた。突然のことに驚いた金剛だったが、無意識の内に手が動いて抱き締め返していた。そのことに気付いた時、金剛は身体が自分のモノでないかのような錯覚に陥った。それは一瞬の出来事ではあったが、その瞬間は確実に自分の身体ではなかった……だとすれば、誰の身体だったのか?

 

 ― イブキ……♪ ―

 

 (……って、考えるまでもないデスネ)

 

 考えるまでもなく、金剛の脳内で嬉しそうにしているレ級だろう。つまり、レ級は一瞬とは言え金剛の身体を支配したことになる。自分の身体を支配される……そのことに対する恐怖や嫌悪感は、なぜかなかった。それよりもレ級と同じように、イブキに抱き締められているということが嬉しかった。こうして誰かの温もりに包まれていることが、ドロップ艦として生まれてから人肌に触れることが少なかった金剛には何よりも安心できた。

 

 

 

 「……なんデスカ……アレは?」

 

 

 

 金剛から見える窓の遥か彼方の海に、大量の黒点が見えるまでは。

 

 

 

 

 

 

 「なんでクマ!! なんで球磨達は参加出来ないクマ!!」

 

 それは、時雨が大本営に呼び出された日の翌日の昼時のこと。イブキと出会ったことのある球磨は食堂で騒いでいた。その騒いでいる理由が、その日の今朝に全ての鎮守府に通達された内容である。

 

 “軍刀棲姫の拠点となる島を発見。少将以上の階級を持つ全ての提督は第一、第二艦隊を伴い、連合艦隊へ参加されたし”

 

 現在の海軍には4人の少将と3人の中将、同じく3人の大将が存在する。大将の上に元帥が存在するが、現海軍において元帥とは総司令のこと指す。つまり、11人の提督の下にいる艦娘6隻から成る艦隊を2つずつの12隻、合計132隻が軍刀棲姫1隻に対する全戦力となる。そして、この132隻の中に……この鎮守府の艦娘は入っていない。その理由は単純明解。

 

 「私らの提督の階級が佐官だからねぇ」

 

 騒ぐ球磨の隣で肘をついてポリポリときゅうりの浅漬けを口にしながら、北上があっさりと口にする。単純な話、球磨達の提督の階級が少将以上ではない為に参加出来ないのだ。これに憤ったのは今尚騒ぐ球磨のみで、他のイブキと接触したことのある白露、卯月、深雪はほっとしたような参加出来なくて悔しいような複雑な気持ちになり、北上は“あー良かったー、面倒なことにならなくて”と1人のほほんとしている。

 

 「北上は悔しくないクマか!! 球磨達の実力も良く知らないくせに、提督の階級だけで戦力外通告クマよ!?」

 

 「いやいやいやいや、実際戦力外っしょ私ら。それに戦艦も空母もいないし、最大火力が重巡、しかも1人。全体的な練度もいいとこ中の下。球磨姉さんだけ強くてもダメだよー」

 

 「うぐぎぎ……」

 

 この鎮守府の戦力は、北上の言うようにお世辞にも将官の艦隊に匹敵するほど強いとは言えない。しかし、球磨だけは別格だった。イブキとの接触から半年経った今、この鎮守府の球磨という単体戦力は決して軽視出来ないと鎮守府間で噂になっているのだ。演習において単艦で判定Sをもぎ取り、軽巡でありながら戦艦に匹敵する戦果を叩き出すことも1度や2度ではない。そんな彼女は佐官提督の鎮守府の艦娘達(特に軽巡と同じ球磨)から尊敬と畏怖の念を込めてこう呼ばれる。

 

 

 

 ― びっくりするほど優秀な球磨ちゃん……と ―

 

 

 

 「だったら私だけでも!」

 

 「連携プレーが出来ない姉さんが行っても邪魔なだけだから」

 

 「北上滅茶苦茶辛辣だぴょん……あ、球磨が落ち込んだ」

 

 「ある意味で最強だよね、北上さん」

 

 「間宮さんおかわりー」

 

 球磨達の鎮守府は、平和だった。

 

 

 

 

 

 

 「あたしらは参加出来ないな」

 

 場所は変わって摩耶がいる鎮守府。イブキによって助けられた彼女だが、彼女の提督もまた佐官。連合艦隊に参加出来る条件を満たしていない為に此度の大規模作戦には参加出来ないが、摩耶自身は内心ホッとしていた。彼女はイブキに会って助けられたことのお礼を言いたいだけで、決して戦いたい訳ではない。故に、不参加なのは嬉しいことだった。

 

 「でも摩耶さん。この連合艦隊が戦う相手は私達の恩人でしょう? 流石に一溜まりもないんじゃ……」

 

 「ですが、ちょっとおかしいですね。少将以上の11名の艦隊とは事実上の海軍最高戦力……それが総勢132隻。海域の制圧と姫の討伐をするなら分かりますが、今回は1隻……過剰と言える戦力です」

 

 鎮守府内の廊下に張られた紙を見ながら、摩耶と共に見ていた鳳翔と鳥海は口にする。今まで海軍が行った大規模作戦で多大な戦力を投入するのは、討伐対象である姫を沈めるのが目的であるのは勿論、その姫が制圧している海域を解放し、道中襲いかかってくる深海棲艦にも対応する為だ。

 

 だが今回の場合は対象の姫……軍刀棲姫によって海域が制圧されているという訳ではない。更に言えば、部下を率いているという目撃情報も一切上がっていない。つまり、かなり高い確率で対象は1隻だけなのだ。その1隻に対して海軍の最高戦力を全てぶつける……コスト面から見ても戦力から見ても無駄が多いと言えるだろう。

 

 「それだけ確実に潰したいってことなんだろ。しつこくイブキさんの話を聞きに来た大淀って艦娘のこともあるしな」

 

 そう言った摩耶の表情は不機嫌と言う他無い。何度も言うように、彼女にとって軍刀棲姫……イブキは命の恩人だ。その恩人が過剰と言える戦力を投じられてまで排除されようとしているのだ、助けられた本人としては面白くないだろう。更には少しでもイブキの情報を聞き出そうと何度も聞いてくる、大本営からの使者である大淀の存在も摩耶にとって面白くない。何しろ直接助けられた後に彼女は気を失っている為、情報と呼べるものは非常に少ない。そう言っているのにしつこく聞かれるのだから鬱陶しいことこの上無い。そんな様子の摩耶に、2人は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 摩耶達の鎮守府もまた、平和だった。

 

 

 

 

 

 

 「ようやくだ……あの島に、奴がいる」

 

 そうつぶやいたのは、かつてイブキとの戦いの末に敗北を期した日向だ。金剛が発見した数多の黒点……それは、海軍の事実上の最大戦力である艦娘132隻からなる連合艦隊だった。日向は……否、かつてイブキと対峙した日向達の艦隊は日向、大和、瑞鶴、瑞鳳、川内、島風の第一艦隊に第二艦隊を伴い、今回の大規模作戦に参加している。全鎮守府の中でも最上位の実力を誇る艦隊として、今回の作戦において活躍を見込まれているのだ。

 

 日向は眼前の島を睨み付ける。自分達に明確で圧倒的な敗北の味を教え込んだ相手が、あの島にいる。日向を含めた第一艦隊の者達は、イブキ……軍刀棲姫と再戦を果たし、勝利する為に鍛錬に鍛錬を重ねてきたという自負がある。この作戦で必ず沈める……その気持ちは、連合艦隊に参加しているどの艦娘よりも強いと言えるだろう。

 

 「日向……無理はしないでね」

 

 「大和もな……何、鍛錬に鍛錬を重ねた我々だけじゃなく、一騎当千であり歴戦の勇士でもある各鎮守府の精鋭がいるのだ、負けはない」

 

 負けはない。勝てる。勝つ。例え相手がこちらの常識を越えた存在であろうとも、この戦力ならば勝てる。それが日向のみならず、連合艦隊に参加している艦娘達、及び鎮守府にいる提督達大多数の意見だった。それはそうだろう……何度も言うように、この連合艦隊は事実上の日本海軍の最大戦力なのだ。いざ動き出せば倒せない深海棲艦は存在せず、解放出来ない海域は存在しない。相応の莫大なコストが掛かるが、動き出せば勝利が確定すると言っても過言ではないだろう。それでも、少なからず不安に思う者もいた。

 

 「……近づかれなければ、ね」

 

 「……ああ」

 

 大和の言葉に、日向は苦い顔で頷く。“近づかれなければ”……それは、連合艦隊の作戦会議中に告げられたことだ。

 

 艦娘達の共通認識として、軍刀棲姫は軍刀のみを扱うとある。この認識から連合艦隊が行う作戦は、遠距離からの息をつかせない連続射撃で近付かせずに撃破することである。決して近付かず、近付かせない。そのその結論が出る理由として、軍刀棲姫という存在そのものの何が“驚異”であるかを連合艦隊が正しく認識出来ていることが挙げられる。

 

 海軍は半年間、軍刀棲姫の情報を得られなかった訳ではない。実際に戦った艦娘達から、実際に会った艦娘達から証言を得て情報や実態を確たるモノにしていき、その情報を各鎮守府に伝えている。当初こそその情報に対して“こんな深海棲艦がいるか”と鼻で笑った者達がいたが、今では誰もが正しい情報であり、軍刀棲姫が海軍にとって脅威であると認識している。

 

 何ものも両断し、砲弾を撃たれてから回避し、海上を縦横無尽に走り、跳ね、空を飛ぶ艦載機にも水中を進む潜水艦にも軍刀を届かせる。未だに傷を付けることが出来た艦娘は確認出来ていない。そんな化け物のような存在と、これから対峙する。中には恐怖か武者震いか身体を震わせている者がいる。日向達と同じく敗北した者がいるのだろう、憤怒の形相を浮かべている者もいる。自分達の力を信じているのだろう、余裕の表情を浮かべる者もいる。緊張を解す為なのだろう、同じ鎮守府の仲間と談笑している者もいる。この作戦の勝敗を心配しているのだろう、不安げな表情を浮かべる者もいる。

 

 だが、そのどれにも当てはまらない者達がいる。その者達に日向は視線を向けると、大和も同じようにそちらを見た。そこに居るのは、本当の意味で海軍最強……総司令であり元帥である海軍のトップである渡部 善三の第一艦隊と第二艦隊の12隻の姿。

 

 第一艦隊旗艦、大和型戦艦“武蔵”。雲龍型正規空母“雲龍”。妙高型重巡洋艦“那智”。阿賀野型軽巡洋艦“矢矧”。大淀型軽巡洋艦“大淀”。陽炎型駆逐艦“不知火”。戦艦と空母が1隻ずつと構成としては火力不足に見えるが、表情をまるで変えない彼女達はその冷徹、冷酷とも言える冷静かつ的確な判断、時には大胆な戦法を取り、演習において敗北はなく、実戦での任務達成率100%。まさしく海軍最強と呼べる。

 

 「相変わらず表情が変わらないわね……私達のところにも雲龍以外皆いるけれど……表情はよく変わるわ」

 

 「だが実力は確かだ。私達もあいつの時のような圧倒的敗北こそないが、未だに勝ちを拾えていないのだからな」

 

 日向の言うあいつとは勿論、軍刀棲姫のことである。大和は武蔵達を見た後に、他の艦隊の艦娘達を見やる。132隻もいるので基本的に種類や艦種がバラバラで現在確認されている艦娘達の大半がいるが、中には自分と同じ大和の姿や日向の姿、武蔵などもいる。だが、元帥の第一艦隊の面々を除いて完全な無表情という艦娘は存在しない。表情が出にくい艦娘こそいるが、それでも感情の起伏はちゃんと存在している。

 

 しかし、元帥の第一艦隊の面々にはその起伏が見られない。勿論、出にくいだけなのかもしれないが……少なくとも日向達は表情が変わったところを見たことがない。第二艦隊は普通に表情豊かなこともあってその無表情が余計に際立つ。尚、元帥の第二艦隊は金剛型戦艦“霧島”、長門型戦艦“陸奥”、翔鶴型正規空母“翔鶴”、高雄型重巡洋艦“高雄”、川内型軽巡洋艦“神通”、陽炎型駆逐艦“天津風”という構成になっている。

 

 「……そう言えば、もう1つ気になる艦隊がいたな」

 

 そう呟いた日向の視線の先には、あの長門達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 「ありがとう長門さん、皆」

 

 「礼には及ばんさ。だが、ここからは安全は保証出来ない。お前も……奴も、な」

 

 雷は第一艦隊の長門達に混じって連合艦隊……今、この場にいる。提督にあの手この手を使って許可を出させ、本来第一艦隊として居る陸奥と変わってもらったのだ。長門の言う安全は保証出来ないというのは、雷が連合艦隊の誰よりも練度が低いが故に、沈む可能性もまた誰よりも高いからだ。奴とは無論、イブキのこと。これほどの戦力があるのだ、イブキが沈む可能性だって充分に有り得る。

 

 「うん……分かってる。でも、少しでも可能性があるなら……諦めない」

 

 イブキを助けると言った言葉に嘘はない。雷は言葉で、それでダメなら力付くで、イブキから何を探しているのか、なぜ探しているのか、自分では手伝えないのか、自分では助けられないのか……どれだけ難しく、どれだけ無謀なことでもやり遂げるつもりだった。それが、以前に助けられた自分からの恩返しになると信じているから。

 

 長門達もまた、そんな雷を手伝うと決めている。不可能だろうが、こっそりとイブキを助け出して鎮守府に連れ帰る、なんて案も出ている。どれだけ低い可能性でも、やり遂げてみせると。

 

 

 

 『諸君、聞こえるかね?』

 

 

 

 不意に、艤装に搭載されている通信機から老熟した男性の声が聞こえてきた。この場にいる艦娘達の誰もが知っている声……その主は、渡部 善三。その声を聞いた瞬間、雷達は嫌な予感を感じた。自分達の思いを否定されるような、自分達の頑張りが無に帰すかのような……そんな予感を。

 

 『諸君に、改めて作戦を伝える。難しくはない、至ってシンプルな作戦だ。目標である軍刀棲姫……これを発見次第、即座に攻撃。空爆、雷撃、砲撃、あらゆる攻撃を叩き込んで殲滅せよ』

 

 それは、先に行った作戦会議でも告げられた大本営直々の作戦命令だった。近付かれれば、連合艦隊はその戦力故にフレンドリーファイアを意識しなければならない。ならば、遠距離から仕留めればいい。善三の言葉通りシンプルな作戦だった。その作戦に意を唱える艦娘などいない。もとより艦娘の戦いは遠距離からの撃ち合いなのだから。

 

 だが、表情を歪ませる艦娘がいた。それこそが雷達である。イブキと話すという目的がある彼女達からすれば、今回の作戦は非常に有り難くない。接触しなければならないのに、接触することと出来るチャンスを潰されたようなものだからだ。そして彼女達も連合艦隊の一員である以上、作戦命令を無視する訳にはいかない。

 

 (イブキさん……)

 

 出来ることは、イブキが生き残るよう願うことくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 大本営にある総司令室と書かれた部屋の中に、善三は居た。最早彼にやることはなく、後は連合艦隊の勝利報告を待つのみ。善三は連合艦隊……ひいては海軍の勝利を疑ってはいない。相手が善三にとってのイレギュラーであり、艦娘と深海棲艦の常識が通じない化け物であるとしても、こちらは精鋭中の精鋭132隻の艦娘。その大火力と弾幕を1隻の相手に集中させれば、逃げ場もなく為す術なく倒せる。そう確信しているのだ。

 

 「大淀、目標はどう出ると思うかね?」

 

 『こちらには気付いているでしょう。島の横から出てこちらの側面から攻めてくると予想します。正面からというのは、まずないかと』

 

 「だろうな。私も同意見だ」

 

 島の砂浜を挟んだ先に見える屋敷が軍刀棲姫の拠点であると、善三は把握している。時雨を沈めた日に島を見張りを付け、2日間ではあるが決まった時間……早朝に出て夜に戻るという行動パターンも確認出来ている。連合艦隊が着いたのは軍刀棲姫が島から出る時間よりも更に早い時間。軍刀棲姫は屋敷にいるハズであり、連合艦隊の戦力が見えていることだろう。そしてこれだけの戦力だ、正面から挑むような存在はそう居ない。

 

 だが、イレギュラーはどこまでも予想外(イレギュラー)だった。

 

 『……総司令』

 

 「どうした? 大淀」

 

 

 

 『目標、屋敷から出てきました……まっすぐこちらに向かって歩いてきます』

 

 

 

 

 下策、馬鹿、無能……そんな言葉が善三の頭を過ぎった。1対多だというのに正面から挑む……軍属の人間からすれば、頭と正気を疑う対応だ。だが、現実として目標の軍刀棲姫は堂々と姿を現し、真っ正面からまっすぐ連合艦隊へと歩いて向かっているという。

 

 「ふん……目標が海に入り次第砲撃開始だ」

 

 『了解しました……各艦、砲雷撃戦用意! 空母は発艦始め! ……撃(て)ぇ!!』

 

 通信機の向こうから聞こえる大淀の勇ましい声と共に鼓膜を震わせる砲撃音が、開戦したと善三に伝える。この音が止めば、それは終戦の合図になるだろうと善三は確信した。それだけの戦力なのだ。むしろ落とせなければ、それは悪夢以外の何ものでもないだろう。

 

 そして、勝利を確信したのは善三だけではなく連合艦隊の艦娘達、その提督達もだ。魚雷は浅瀬や距離のことを考えて使ってはいないが、射程圏ギリギリからの千を越え万に届きかねない程の大小様々な弾幕と艦載機による空爆……塵も残らないだろう。それが大半の考えである。だが、一部の者達の考えは違った。

 

 かつて軍刀棲姫と戦った日向達は考える……“この程度”で終わるような相手ではないと。かつてイブキと約束を交わした雷は思う……約束を果たさぬまま沈むハズがないと。

 

 

 

 そして、それは再び現れる。

 

 

 

 「……総司令」

 

 『結果はどうだ? 大淀』

 

 「……目標……健在です」

 

 苦々しく呟く大淀の視線の先……そこには夢か現か爆炎を斬り裂いて歩いてくる、二振りの軍刀を持った無傷の軍刀棲姫の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺はいつものように簡単な朝食を持って金剛の部屋に向かっていた。最初は部屋の前に食事を置いてさっさと駆逐棲姫を探しに出ていたが、1週間以上共に過ごせば情の1つも湧いてくる。それに、妖精ズがいるとは言え……俺はやはり日常の会話というものに飢えていたんだろう。気がつけば金剛と多少なりとも会話を楽しむようになっていた。と言っても、こうして部屋に食事を持って行き、食事をしている金剛の話を聞いてそれに答えるような感じなのだが……忘れがちだが、この身体の口は謎変換が稀に起きる。いつ変な言い回しになるかも分からない為、あまり自分から口を開こうとは思わない。

 

 「金剛、起きているか?」

 

 「……起きてマスヨ、イブキサン」

 

 扉越しに聞こえた声は、どこか疲れているように聞こえた。そういえば、2、3日前から金剛の様子がおかしくなった気がするな……ビクッとしたりいきなり後ろ振り向いたり頭を抑えたり……疲れているというか、何かに憑かれているんじゃないだろうな。艦娘や深海棲艦、妖精なんている世界だ、幽霊の類がいても驚きはしない。

 

 それはさておき、部屋に入って金剛の顔を見るとやはりどこか具合が悪そうというか、気分が悪そうだった。そのことが少し気になったが、医者でもない俺に分かることや出来ることはない……会話は早々に切り上げて駆逐棲姫を探しに行くべきか、と考えながら近くの花瓶でも置いてありそうな台に持ってきた食事を置くと、後ろから金剛が唐突にレ級の名を口にした。何故その名を……と振り向いた後に疑問を口にすると、金剛は驚くべきことを口にした。

 

 「頭の中でレ級の声がする……と言ったら信じてくれマスカ?」

 

 普通なら疑うか、そんなバカなと鼻で笑うのだろう……だがこの時、俺はすんなりと受け入れていた。そうでも無ければ生まれてそう日にちの経っていない上に島から出ていない金剛がレ級の名を口にしないだろう……という考えがあったからだ。そのことを口にしたら、なぜか金剛がうなだれた。

 

 「……どうした? 急にうなだれて」

 

 「イエ……ちょっと自分の情けなさを再確認したダケデス……」

 

 そう言って落ち込んだかと思えば、次の瞬間には怒りの表情を浮かべていた。レ級の声がすると言っていたし、もしや聞こえるだけでなく会話も出来るのだろうか? と聞いてみたところ、どうやら会話しているらしい。そうか……と1つ頷き、なぜ金剛はレ級と会話が出来るのかと考える。もしや彼女は夕立のように深海棲艦……この場合はレ級……から艦娘になった存在なのかもしれない。しかし、夕立は深海棲艦の記憶を持ってはいたが、その深海棲艦と会話している様子はなかった。この違いは何だろうか……それに、レ級と共に沈んだいーちゃんと軍刀の姿もない。いくら考えても、聡明とはとても言えない俺の頭では答えなど出ない。だが……金剛の中にか、それとも近くにかレ級がいるということは理解した。例えその姿が見えなくとも、例えその声が聞こえなくとも……俺は再び、レ級と出逢えているのだと。

 

 「……少し、失礼する」

 

 「うぇ……!?」

 

 感極まった、とでも言うのだろう。目の前に居るのは確かに金剛なのに、俺は確かにレ級の姿を幻視しているのだから。目の前で血にまみれて笑顔で沈んで逝った、あのレ級の姿を。だからだろう、こうして金剛に抱き付いてしまったのは。驚かせてしまったようだが、彼女も抱き締め返してきたので怒っているわけではないようなのが救いか。久しく感じる女性特有のやわらかさに、俺は安心感を覚えていた。

 

 「……なんデスカ……アレは?」

 

 そんな金剛の言葉を聞き、彼女の視線の先を追うまでは。

 

 「連合艦隊……という奴だろう」

 

 窓の遥か彼方に映る数多の影の姿を、この身体になって強化された俺の眼はしっかりと映し出している。あの影達は、全て艦娘だ。なぜこの島の近くに居るのかといえば……まあ、俺のせいなのだろう。夕立を探し、今でこそ駆逐棲姫の髪留めとわかっているが、わかっていなかった時はがむしゃらに探し、艦娘、深海棲艦問わずに接触し、時には武力を振るって聞き出そうとした。嘘をついた艦娘は沈む一歩手前まで攻撃したのだ……つまり、あの連合艦隊は俺という存在を消す為に組まれたモノと考えていいだろう。

 

 『大淀、目標はどう出ると思うかね?』

 

 「っ!?」

 

 「……? どうかしたんデスカ? イブキサン?」

 

 「……いや、なんでもない」

 

 不意に、頭の中で男性の声が響いた。今この場にいるのは俺と金剛の2人の姿しかない以上、男性の姿などない。金剛にも聞こえていないようだし、ただの幻聴だろうか?

 

 「あちらの艦隊の通信をジャックしましたー」

 

 「私達妖精の力をもってすれば、折り紙で鶴を折るより簡単ですー」

 

 「妖精の科学力は世界一ですー。でも私は鶴折れないですー」

 

 どうやら妖精ズの仕業らしい。どうやったかは全くわからないが、相手の通信を盗み聞き出来ているようだ。向こうはそんなこととは知らずに会話を続けている。どうやら会話しているのは“大淀”と呼ばれている艦娘と“総司令”と呼ばれている男性のようだ。大淀と言えば、確かゲームの中では任務娘と呼ばれていた気がする。そして総司令……つまり、海軍のトップか。

 

 「金剛。アレは海軍の連合艦隊だ。目的は俺のようだから、君は屋敷の裏から見つからないように避難してくれ」

 

 「なっ……分かりマシタ。足手まといにはなりたくないデスカラネ……イブキサンはどうするんデスカ?」

 

 「俺は……」

 

 艦娘の数はざっと見た感じでは100といったところ……流石に正面から挑むのは分が悪いと誰が見ても思うだろう。だが、俺はそう思わない。何時だって俺は正面から挑んでいった。この身は前世の記憶も危うい元一般人、戦術のせの字も知らない未熟者だ。夕立と駆逐棲姫を探し続け、復讐を決意して尚忘れなかった俺の根底。俺が強い訳じゃない。イブキ(この身体)が強いんだという事実を忘れてはいけない。

 

 だからこそ、この身が取る行動は1つ。

 

 

 

 「正面から行く」

 

 

 

 

 

 

 金剛を逃がし、屋敷から出た俺は真っ直ぐ艦娘達に向かって歩く。正面から行くと自信満々に金剛に言ったが、実際はこの世界に来てから最大のピンチと言える。何せ1対100だ、戦いは数だと誰かが言っていた。それでも、俺は死ぬ訳にはいかない。夕立を探し出して、一緒にいるという約束を果たす為に。金剛を守り、彼女と共にいるらしいレ級と今度こそ家族となる為に。

 

 海に足を踏み入れると同時に、相手側から大量の砲撃と戦闘機が飛んでくる。俺は右手でみーちゃん軍刀を、左手でしーちゃん軍刀を抜き出し……飛んでくる砲弾をなるべく屋敷に被害がいかないようにみーちゃん軍刀で斬り捨て、落ちてくる爆弾らしき物や戦闘機は伸ばしたしーちゃん軍刀で落とした瞬間に斬り捨て、処理すると同時に誘爆も狙う。対応仕切れなくなるかと不安だったが、超遠距離からの砲撃ということもあるのだろう、俺に届きそうな物はそれほど多くなく、むしろ距離がある分余裕を持って対処できる。足場である海面が揺れるが、この身体はバランス感覚もいいのでさほど問題はない。むしろ水柱や爆弾と戦闘機を破壊した際に出る爆発のせいで向こうから俺の姿が見えなくなっているのかどんどん命中率が下がっていっている気がする。とまあそんなことを繰り返していくと、いつの間にか砲撃は止み、戦闘機の姿もない。周りは落ちた戦闘機や爆弾のせいで海の上なのに炎が広がっているが……戦艦棲姫を助けたことを思い出すな……と少し懐かしい気分になりながら、俺はしーちゃん軍刀を締まってふーちゃん軍刀を抜き、以前にもしたように炎に向かって振り抜き……炎を斬り消す。

 

 「さて……征くぞ」

 

 そして俺は、誰に向けるでもなくそう呟いた。




ということで、連合艦隊VSイブキの戦いが始まるまでのお話でした。

はっきりと出ましたレ級。でもいーちゃんはどこにいったんでしょうねえ。そしてまだ出てない者達がいますね。どこにいるのやら。



今回のおさらい



金剛の頭にレ級。中には誰もいませんよ。球磨ちゃん摩耶様不参加。出番はしばらく後だ。日向達と雷達は参戦。戦わなければ、生き残れない。イブキ無傷。私には最強の眼があるのだよ。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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俺の名前はイブキだ

大変長らくお待たせしました、ようやく更新出来ました……約2万文字、過去作品含めても最長の話になりました。やはり戦闘は長い(確信)ていうか未だにスマホに馴れない(絶望)

それはさておき、茉莉(海鷹)様がまたまたイブキを描いて下さいました!! 溢れ出る強者の匂いが堪らないですハイ。

咲-saki-全国編も買いました……やっべ、艦これ買えないかも←

それでは、本編をどうぞ(*・ω・)つ


 「イブキサン、大丈夫でしょうカ」

 

 ー サァナ。デモイブキダカラ大丈夫ダト思ウ ー

 

 イブキに逃げるように言われた金剛は今、屋敷の裏の湖を越えた先にある森林の中にいた。迫り来る連合艦隊、それに真っ向から相手をするというイブキから逃げろと言われた際には反感を抱いたが、冷静な部分が自分に出来ることはないと告げる為に渋々こうして戦場から離れた場所まできた。

 

 だが、その胸の内にはイブキへの心配とやはり自分にも何か出来るようにがあったのでは……という後悔があった。無論、出来ることなどないことはわかっている。何せ金剛は生まれて2週間に満たない新米艦娘。ろくに経験を積めず、身体は治ったものの艤装は未だに直っていない。弾薬だって半分以下、補充出来る保証もない。改めて考えてみた結果、金剛はガックリと項垂れる。

 

 

 

 「……っ!?」

 

 

 

 瞬間、金剛の背筋に凄まじい悪寒が通り抜けた。バッと勢いよく、項垂れるていた顔を金剛は上げる。そこには当然ながら森林の中ゆえに木しかない。だが、金剛……そしてレ級の2人は感覚的に悪寒の正体を捉えていた。

 

 場所は今、金剛が見ている方向……イブキと連合艦隊がいるところとは正反対の方向。そこに、強い力と敵意を持った“何か”がいる。距離はかなり離れている、それでも尚はっきりと感じられる気配を持つ“何か”が。

 

 「……何デショウ、このフィーリング。深海棲艦デショウカ」

 

 ー ダロウナ。シカモコッチニ近付イテキテル……多分、姫ダ ー

 

 「姫……? まさか、駆逐棲姫デスカ?」

 

 ー ソレハ分カンナイ。ダケド、姫級デ間違イナイ ー

 

 金剛自身には姫級はおろか、深海棲艦の情報もろくに存在しない。が、これ程の悪寒が走る相手であるならば、それは間違いなく危険な存在であることは嫌でも理解出来る。そして、その感覚はレ級も同じように感じていることから正しいということも。

 

 そんな相手が、何が目的かは不明だが不幸にもイブキが戦っている場所へと移動している。只でさえ連合艦隊を1人で相手しているというのにそこに深海棲艦、しかも姫級が加われば……金剛の脳裏に、最悪の展開がよぎる。

 

 しかし、己に出来ることはあるのだろうかと、再び冷静な部分が問いかけてくる。イブキに知らせる? 否。金剛の後方からは砲撃音が聞こえている。つまりは戦闘中……戦闘経験、練度などないに等しい自分が行ったところで流れ弾に当たって沈むのがオチだろう。声だけ届けようにも、砲撃音にかき消されてしまう。ならば、姫を足止めする? それこそ無理だ。どれほど強いのかは分からないが、羽虫の如くあっさりと沈められて終わることは予想できる。じゃあどうする? このまま逃げ、隠れ、ほとぼりが冷めるまで可能なかぎり安全に過ごすのか?

 

 「んな訳、ないデショ!」

 

 ー キヒヒッ! 当然ダネ。オレガ“憑”イテルンダカラナ! ー

 

 冷静な部分の問いかけを笑って否定した金剛に、頭の中のレ級が嗤いながら自信満々に告げる。この2人の中には、共通した確信があった。それは、自分達なら姫をどうにか出来るという、人が聞けば無謀と鼻で笑うような確信。そして、自分達にはまだまだ“上”があるという確信。

 

 1人では不可能。だが、2人ならば出来る。存在を確認してから、意識が覚醒してから3日。意志疎通が出来たのはほんの少し前。その僅かな時間で、彼女達は無意識下でお互いを認め合い、なくてはならない存在だと認識していた。

 

 金剛は森林を進み、姫の反応に向かう。己の中の確信に従い、自分達の出来ることをする為に。

 

 「イブキサンの邪魔はノー、なんだからネー!」

 

 ー ノ、ノー? ナンダカラナー! ー

 

 

 

 

 

 

 「無傷だと? バカな……100や200ではきかん数の砲撃だったハズだぞ」

 

 『信じがたいことですが、事実です。目標、こちらに歩いてゆっくりと向かって来ます。弾薬残り6割、再び一斉射撃をするのは推奨出来ません』

 

 「言われんでも分かっている。軍刀棲姫……イレギュラーの力をまだ甘くみていた。射程に入り次第、潜水艦娘による魚雷一斉射を……」

 

 『っ! すみません総司令、目標が走り出しました。状況を伝えることが困難になると思われる為、以後現場の判断で動きます』

 

 「なに? まて、大淀!」

 

 新たな指示を伝えようとした善蔵だったが、突然大淀が一方的に通信を切った。再び大淀に通信をしようと通信機に腕を伸ばそうとした善蔵だったが、途中でその手が止まった。それは、通信が切れる直前に大淀が言ったことを考えたからだ。

 

 軍刀棲姫は他の艦娘や深海棲艦のように、船としての動きしか出来ない訳ではないと情報が入っている。まるで陸上にいるかのような動きは世界の常識を覆し、動きを予測して砲撃することも困難。更にその速度は海軍最速である島風が全力以上の速度を出して尚追い付けない程だという。逃げられれば追い付けず、追われれば逃げられない……そんなデタラメな速度なのだ。

 

 それほどの相手が接近してきているとなれば状況は目まぐるしく変化するだろう。つまり、ここで善三が作戦の指示をしたとしても、すぐにその作戦は意味がなくなってしまう。2手3手と先読みして指示したところで、こちらが最初の1手を進める頃には相手は既にその先読みした動きを実行しているのだから。となれば、こうして安全圏にいる善蔵が指示を出すよりも現場の艦娘達の自己判断で動く方がいいだろう。

 

 そこまで考えた善蔵は椅子に深く座り直し……デスクの隅にいる小さな人影に目を向ける。そこにいるのは、艦娘達と人類の味方である妖精。2頭身の手のひらサイズの小さな身体に、それよりも更に小さな猫を吊るしている妖精。善三はその妖精を感情の見えない目で見つめ……。

 

 「……まあいい。私は勝利を信じてここで座して待つだけだ……それに、幾つかの“保険”はある」

 

 そう、1人ごちた。

 

 

 

 

 

 

 「射程距離に入り次第、駆逐艦は魚雷発射。遅れて他の艦も魚雷発射。二重の魚雷斉射で沈めます」

 

 「聞こえたな? 担当艦は魚雷発射用意……駆逐艦、撃て! 続けて他担当艦、撃てぇ!!」

 

 大淀の指示と武蔵の声に従い、先に全ての駆逐艦達が魚雷を放ち、数秒遅れて軽巡と雷巡達がこの日の為に大本営からの支給された五連装酸素魚雷を放っていく。その数、実に235本……それら全てが、たった1人の存在に向けられた。数撃ちゃ当たるということなのか、その軌道は広範囲にまんべんなく、尚且つ魚雷同士がなるべく接触しないように。

 

 近付けさせなければいい、近付けさせてはならないというのが連合艦隊の共通かつ絶対の考えだ。魚雷は海中を進むので軍刀棲姫の軍刀では迎撃出来ない。出来るとすれば伸びる軍刀などという奇っ怪な艤装くらいだろうが所詮は一振り、3桁に及ぶ魚雷を全て迎撃出来る訳がない。

 

 跳ぶことが出来るならばそうやって回避しそうだが、それならば後の魚雷群で仕留められる可能性がある。更に足の着かない空中ならば身動きが出来ずに無防備になるだろう……そうすれば此方のモノ。まだ距離があるとは言え普段から空中を自在に飛び回る艦載機を相手に砲を撃つ艦娘達、ここにいるのはその中でもさらに優れた精鋭達だ。狙撃することは容易い。

 

 跳ぶことも迎撃することもなく走りながら迂回して逃げきろうとしても問題ない。広範囲にばら蒔くように放っている以上、逃げきろうとするならほぼ真横に移動しなければならない。それなら距離を稼ぐことが出来るし、魚雷に意識が向いている内に魚雷に平行するように飛んでいる空母達の艦載機が空から攻撃する。どう動いても対応出来るという自信が大淀にはあった。

 

 

 

 しかし、軍刀棲姫は大淀の予想を軽く越えていく。

 

 

 

 軍刀棲姫が左手を左から右へと振り払うと、その手に持った軍刀の刀身が伸び、前方の離れた場所で幾つもの巨大な水柱が上がる。その水柱の高さが酸素魚雷の威力の高さを物語っているが、その威力の高さ故にか爆発にに巻き込まれたのか、連なるように連続して水柱が上がる。広範囲にばら蒔いたせいで水柱の壁が瞬間的に出来上がってしまい、軍刀棲姫の姿が見えなくなった為に相手がどうなったか確認出来なくなってしまった。

 

 「っ!? 敵艦“上空”!!」

 

 どこからか、そんな叫び声が聞こえてきたと同時に大淀達元帥の艦隊の面々も空を……正確には、水柱の上を見る。するとそこには、水柱よりも高い場所……太陽を背にして空から“こちら側”に降ってきた軍刀棲姫の姿があり……遅れて空に赤い花火のような爆発が幾つも起きた。

 

 「まさか……水柱を飛び越えた? 艦載機を落としながら!?」

 

 目測ではあるが、大淀から見て水柱は垂直に7、8Mもの高さがあった。それ故に軍刀棲姫の姿を見失ってしまったのだから。更には連なるように起きた為に距離も出ている。その水柱の壁を、軍刀棲姫は跳び越えた。ビル群のように幾つも連なった水柱の高さと距離をものともせず、跳んでいる最中に艦載機を落とすという余裕すらも見せながら。

 

 軍刀棲姫は海上に着水すると同時に連合艦隊へと走り出す。未だ目の前で起きたことが理解出来ずにいる艦娘達が多くが動けない中で、殆ど動きを止めることなく攻撃を再開したのは……あの日向達の艦隊だった。

 

 「動きと思考を止めるな!!」

 

 「日向だけにはやらせません! 主砲、撃てぇ!!」

 

 「朝でも昼間でも、夜戦のつもりでバリバリいくよ!!」

 

 「あの時とは違うのよ! やるわよ瑞鳳!」

 

 「はい! 瑞鶴さん、一緒に! 各機発艦!!」

 

 「連装砲ちゃん、一緒に行くよ!」

 

 日向、大和の主砲が火を吹き、瑞鶴と瑞鳳の放った矢が編隊を組んだ艦載機へと変わり、川内と島風が交互に主砲と魚雷を放つ。案の定と言うべきか、それらが軍刀棲姫に当たることはなかった。砲弾は見切られて回避されるか斬り払われ、魚雷と艦載機は伸びる軍刀で斬り捨てられる。

 

 だが、それだけで終わるような日向達ではなかった。何しろ、彼女達は半年もの間軍刀棲姫に勝つ為に己を磨きあげ、鍛え上げてきたのだから。

 

 日向は鍛え続けた。遠中近零、その全ての距離で戦えるように。大和は鍛え続けた。右に出る者無き己の大火力、それらを針に糸を通すが如き百発百中の砲撃精度を実現する為に。瑞鶴と瑞鳳は鍛え続けた。本来決まった時間で矢から艦載機へと変化するという過程を自在に操れるようになり、単純な弓道の技術を上げる為に。川内は鍛え続けた。昼と夜とで変わる己の戦闘力と気持ちを統一し、大好きな夜戦と同じ力をいつでも引き出せるように。島風は鍛え続けた。己の艤装である3体の連装砲ちゃんの操作精度と射撃精度を上げ、単艦で艦隊戦を行うが如く多方向から弾幕を張れるように。

 

 そしてそれらの努力は確かに実を結んだ。日向の砲撃が軍刀棲姫の身体と避けた先に放たれた結果斬り払わせ、それによって一瞬動きの止まる軍刀棲姫の足首や脇腹といった部分に大和が当たるか当たらないかという際どさで狙い撃ち、瑞鶴と瑞鳳の矢が時にそのまま、時に艦載機になり、爆撃だけでなく目眩ましや弓矢による直接攻撃をする。川内はその仲間達の攻撃が止む僅かな時間を埋めるように主砲を放ち、島風は自ら抱えた連装砲ちゃんと左右の離れた場所にいる2体の連装砲ちゃんの3方向から攻撃させていく。

 

 

 

 「ちっ……やはり当てられんか」

 

 

 

 だが、日向達の火力と精度、数を持ってしても1度として軍刀棲姫の身体に攻撃をかすらせることすら出来なかった。前述したように日向の砲撃は避けられ斬り払われ、大和の際どい狙いの砲撃は日向の物を斬り払った手と同じ手の軍刀で同じように斬り払われた。瑞鶴達の放った艦載機は逆の手にある伸びる軍刀の刀身が伸びて貫かれて、そのまま横凪ぎに振られることで矢も弾かれた。川内と島風の多方向からの砲撃は真横に跳んだことであっさりとかわされ、魚雷も目標を追うことなく通り過ぎていった。

 

 10秒に満たない時間の中で、これだけのことが起きていた。日向達を含めた連合艦隊の面々は起きたことを、軍刀棲姫が行ったことを正しく認識出来てはいないだろう。理解出来ていないだろう。彼女らの視点から見れば、銀閃が一瞬煌めいたかと思えば空中で爆発が起き、軍刀棲姫の後方と周囲に数多の水柱と爆発が発生し、気が付けば目標が立っている場所が変わっている。狐に化かされた、白昼夢を見ていた……そう思う艦娘がいるのは仕方ないだろう。

 

 (これ程とは……)

 

 無表情の裏、大淀は……いや、善三の第一艦隊の面々は自分達と善蔵の認識の甘さと敵を過小評価していたことにようやく気付いた。数で攻めれば勝てるだとか、“敵が深海棲艦である以上は如何なる犠牲を払ったとしても最後には勝つ”だとか、そんな相手ではないのだと……ようやく気付いた。

 

 「化け物め……」

 

 “アレ”は深海棲艦等ではなく、化け物だと大淀はぽつりと口にした。その言葉は、連合艦隊にいるほぼ全ての艦娘の心の内を代弁したものだったのだろう。だが、何事も例外がある。

 

 (イブキさんは……化け物なんかじゃない)

 

 それが、かつて軍刀棲姫……イブキによって助けられた雷。彼女は知っている。軍刀棲姫と呼ばれるイブキは、本当は優しい心を持つ存在であることを。その手は柔らかく暖かいものであることを。その声は自分を安心させてくれたことを。そして、垣間見た圧倒的強さを彼女ははっきりと覚えている。

 

 そんなイブキが化け物呼ばわりされることが、雷は我慢ならなかった。更に言えば、雷はこの連合艦隊とイブキを討伐する目的の大規模作戦自体に不満と疑問を持っていた。なぜなら、雷が自身の提督に頼み込んでイブキと接触したという艦娘達の話を聞きに行った時、1度としてイブキから艦娘の艦隊を襲ったということを聞かなかったからだ。正確に言うなら、イブキから戦いを挑まれた艦隊はないということだが。

 

 とある鎮守府の球磨達の時は、球磨達から攻撃したがイブキからは攻撃されていない。今連合艦隊にいる日向達の場合、戦艦棲姫を守る為に戦ったという。決してイブキ自ら戦いにいった訳ではない。他の艦隊だってそうだ。再起不能や全滅に追い込まれた艦隊は確かに存在するが、それはイブキの問いかけに対してわざと嘘をついたり、もしくは自分達から戦いに行って返り討ちにあった艦隊だけ。言わば自業自得と言えるのだ。

 

 雷とてイブキが悪くないと言うつもりはない。海軍にも被害が出ている以上、それが故意であれ他意であれ力を振るってしまったイブキにも責はあるだろう。だが、こうも一方的に相手が悪いと決め付けて全力で大戦力を投入して沈めにかかるのは……何か違うのだと、雷は思うのだ。

 

 チラッと、雷は長門達を見る。雷は撃つ姿勢だけをとって1度も攻撃に参加してはいないが、彼女達は作戦だからと仕方なく攻撃していた。と言っても、至近弾すらないが的外れでもない場所から放って攻撃に参加はしているぞ、というスタイルをとっているが。

 

 「はぁ……ああも攻撃が通じないなら、士気と戦意がなくなってきても仕方ないですね」

 

 「だな……特に、イブキから被害を受けていない鎮守府の艦娘の士気と戦意の低下が激しい。強制参加の作戦だから仕方なくという艦娘も少なくないのだから、こうも消費した弾薬と燃料の割には合わなければ当然だろう」

 

 「まだ戦意を保っているのは被害にあった艦娘達か……元帥のところのはよくわからんが。日向達は打倒イブキらしいから、未だにやる気満々だな」

 

 「やる気だけあっても戦況に変わりはないわ。まだあちらとの距離はあるけれど、こちらの攻撃は当たらないのだから。近付かれて蹂躙される前に撤退した方が懸命ね。これだけの戦力とあれだけの攻撃をしたのだから、そんなことをすれば民衆からの海軍の信頼はなくなるだろうし、そもそもこちらから攻撃して攻撃される前に逃げるなんて、そんな厚顔無恥なことは矜持が邪魔して出来ないでしょうけれど」

 

 「加賀さん……たまに長く喋ったらいつも毒ばっかりっぽい。あーもう夕立は速く帰りたいっぽいー! そもそも私たちは何の被害も受けてないのに強制参加とか意味わかんないっぽい!」

 

 「夕立ちゃん……私達は軍属だから、命令には従わないと、ね?」

 

 (……あ、そっか)

 

 赤城、長門、木曾、加賀、夕立、赤城という順に会話が交わされる中で、雷はどうして今回の大規模作戦が何か違うと感じたのか分かった気がした。

 

 本来、大規模作戦はどこかの海域が鬼や姫などの強く危険な深海棲艦によって制圧され、1つの鎮守府の戦力だけでは解放が困難である場合……或いは、制圧された海域が本土に近い、もしくは通商の妨げになり、迅速な解放が求められる場合に指令が届く。だが、今回の場合は海域が制圧された訳ではなく、本土に近い場所に島がある訳でもない。複数の艦娘が1隻の存在によって返り討ちに遭い、危険だからと言って総力を持って潰しに来ている。

 

 「テレビで見た、子供のケンカに親が出る場面を見たような気分なのね」

 

 「……子供のケンカに親が出る、か。雷も中々言うじゃないか」

 

 ぽつりと呟いた雷の言葉を拾った長門が苦笑を浮かべる。この場合、子供が返り討ちにあった艦娘達とイブキで親が連合艦隊になる。先に親側の子供がケンカを吹っ掛け、負けて泣かされて帰ったら次の日に親が返り討ちにした子供を自分の子供の代わりに仕返しにきた……雷が感じたのはこういうことだった。

 

 そして今、その親も自分達の子供と同じ末路を辿ろうとしている。こうして雷達が会話している間にも、イブキは復活した艦娘達から迫り来る弾幕を避け、斬り払いながら確実に迫って来ている。流石に数が多いのだろう、真っ直ぐではなく蛇行するように緩やかに動いているが、それが却って恐怖を生んでいた。

 

 チラッと、雷は周りの艦娘達に目を向ける。戦艦娘や空母艦娘等の見た目が大人の艦娘達は、その殆どが苦しい表情を浮かべている。自慢の砲撃も艦載機による攻撃も当てられないのだから、それは仕方のないことだろう。一瞬“ひえ~”という悲鳴のような泣き声のようなものが雷の耳に入ったが気のせいだろう。潜水艦娘は潜っている為に姿が見えないので分からない。

 

 重巡、軽巡も似たような表情だった。中には妙に目を輝かせている高級メロンのような名前の艦娘や“わ、私の方が可愛いもん”などと戦闘中に呟いている艦隊のアイドル(自称)がいたが。特に後者は雷達の鎮守府の第二艦隊から聞こえたような気がするが、雷は聞こえなかったことにした。

 

 酷いのは、雷と同じ駆逐艦だった。いかんせん見た目と心が幼い者や争いが嫌いな艦娘がいる為か、何人かガタガタと震えて泣き出してしまっている者もいた。普段強気な態度の駆逐艦でさえ、主砲を構えるその手ははっきりと分かるくらいに震えている。あれでは只でさえ当てられない砲撃が余計当てられないだろう。そして……その中には、雷がよく知る駆逐艦の姿もあった。

 

 (暁姉、響姉……電)

 

 それは、雷の鎮守府にもいる姉妹艦達の姿だった。それぞれ別の艦隊にいるし、彼女の鎮守府にいる姉妹達と違って姉達は改二ないしヴェールヌイとなっていたが。

 

 暁は目尻に涙を浮かべながらも、同じ艦隊の眼鏡をかけた巫女服の戦艦娘らしき艦娘に手を繋がれて泣くのを堪えている。響……ヴェールヌイは体こそ震えてはいるが、主砲を放つ手は止まらない。電は……泣いていた。恐怖に耐えきれなかったのか、元より戦いを拒んでいたのか……その手の砲からは何も出てはいなかった。

 

 (……参ったなぁ)

 

 心情的には、雷はイブキの味方だ。だが、だからと言って連合艦隊を引っ掻き回すようなことをするつもりはないし、イブキに与することも出来はしない。しかし、このまま何もせずにいることは出来ない。未だに味方に被害は出ていないが、あまりのハイペースの砲撃でもう何分も保たずに弾切れになるだろう。そうなれば、後は接近戦か撤退するか。そうなるまでに、自分は何が出来るのか。

 

 

 

 しかし、雷の考えが纏まる前に状況はガラリと変わってしまった。

 

 

 

 「ぐぅっ!?」

 

 「武蔵さん!!」

 

 今まで避け、斬り払いながら連合艦隊に近づいていた軍刀棲姫が、不意にその手の軍刀を最前線の善蔵の艦隊にいる武蔵に向かって投げ付けた。その軍刀は凄まじい速度で彼女に迫り……左腕の肘を鍔の部分まで貫通し、艤装にまでその刀身が突き刺さった。

 

 突然の攻撃と最強の元帥直属第一艦隊旗艦の被弾、通常の戦闘ではまず見ない軍刀が体に突き刺さっているという状態……一瞬とはいえ、艦娘達の思考が停止してしまうのは仕方のないことだろう。だが、戦場ではその一瞬が命取りとなる。

 

 「軍刀……棲姫ぃぃぃぃ!!」

 

 弾幕が止んだ僅かな一瞬……たったそれだけの時間でまだ400Mはあったハズの距離を詰めた軍刀棲姫は武蔵に突き刺さっている軍刀の柄を握り……そのまま武蔵から見て左方向へと凪いだ。必然、刺さっていた左腕は肉を斬られ骨を断たれ、艤装もまた斬り裂かれる。痛みか怒りか、無表情を貫いていた武蔵の表情が般若の如き形相となり憎しみの声を上げ……斬られた艤装から起きた爆発によって軍刀棲姫から離れるように後方へと海上を転がった。

 

 対する軍刀棲姫は爆発が起きるよりも速く武蔵から離れていた為に無傷であり……最も近くにいた矢矧へと武蔵の血が付いた軍刀で斬りかかろうとしていた。

 

 「くっ、この!」

 

 流石は最強の第一艦隊と言うべきか、矢矧は軍刀棲姫が武蔵から離れた時点で目標へと砲口を向けていた。そして、その砲撃を放ち……5Mもない距離にもかかわらず、軍刀棲姫はその体を左方向に回転させて避けてみせた。流石に避けられると思っていなかったのか、矢矧の目が驚愕に見開かれる。

 

 「そんなっ、ああっ!!」

 

 そんな矢矧の声と同時に軍刀棲姫の軍刀が閃き、矢矧の艤装を斬り裂いた。直後、武蔵と同じように艤装が爆発し、矢矧の体が吹き飛ばされる。無論、軍刀棲姫は爆発する前に離れていた。

 

 「これ以上はやらせないぞ!!」

 

 再び近くの艦隊へと斬りかかろうとしていた軍刀棲姫の真横から日向が突撃し、その手に持っていた軍刀を振り下ろした。軍刀棲姫は降り下ろされた軍刀を体を後方へと反らすことで紙一重にかわし……反撃する前にどこからか飛んできた砲撃をしゃがんで避けた為に、次に日向が降り下ろした一撃を両手の軍刀を×字にしてしゃがんだまま受け止めた。

 

 「大和、助かった。ようやく止まったな、軍刀棲姫!!」

 

 どうやら飛んできた砲撃は大和の物だったらしく、日向は大和に礼を述べた後にニヤリと笑みを浮かべた。以前の戦いは、戦いと呼べるようなものではなかった。だが、今回は違う。避けられた、斬り払われた、それでも尚挑み、こうして刃を交えることが出来た。

 

 艦娘の戦い方ではないということは、日向自身理解している。近づいてはならない相手に接近戦を挑むのは無謀であるとも承知している。だが、艦娘の戦い方では当たらないのだ。遠くから撃っても、近くから撃っても勝てないのだ。だが、近づいて相手と同じように剣を振るう方がまだ可能性が僅かにでもあるならば。艦娘の戦い方を捨てた方が千にでも万にでも1つの可能性があるならば。日向は躊躇いなくそれを選ぶのだ。

 

 「私は……私達は、貴様に届くぞ!!」

 

 

 

 刹那、日向の視界に銀閃が閃いた。

 

 

 

 「……あ?」

 

 いつの間にか、軍刀棲姫が片膝を付いた姿勢のまま両手の軍刀を振り抜いた体勢で存在していた。その姿を認識した後、日向の目の前を見馴れた銀の刃が通り過ぎ……ちゃぽん、と音を立てて海へと消え去った。その音がした場所へと日向が視線を落とすと、その先には刀身が半ばから折れている己の愛刀の姿。そして、横一閃に切れ込みの入った己の艤装。

 

 「俺の名前はイブキだ……軍刀棲姫なんて名前で呼ぶな」

 

 「ち、いぃっ!」

 

 軍刀棲姫……イブキは呟き終わると後ろに跳んで距離を開き、それと同時に日向の斬られた艤装が爆発を起こし、日向は爆発によって大和達の方へと吹き飛ばされて海上に横たわる。

 

 「日向!? このっ!!」

 

 所々焼け焦げてボロボロになった日向の姿に激昂した大和は、しかし冷静にイブキに向けて砲を放つ。そこに川内と島風も加わり、他の艦娘達も加わろうとして……撃てなかった。なぜなら、大和達の放った砲撃が避けられた次の瞬間には大和達の懐へと潜り込んでいるイブキの姿が目に入り、このまま放てば大和達に当たると危惧したからだ。

 

 だが、動きを止めた僅かな時間の間に大和、川内、島風は武蔵、矢矧、日向と同じように艤装を斬り裂かれて破壊され、沈みこそしないが艤装と中の弾薬の爆発によって全身を焼かれ、海上にその身を横たえさせることとなった。島風はその持ち前の素早さと反射神経から咄嗟に魚雷発射管を取り外して爆発によるダメージを抑えたが、3体の連装砲ちゃんを遥か彼方に蹴り飛ばされた為に全ての武装を失ってしまった。

 

 「まだよ!」

 

 「まだ、終わってません!」

 

 「いや……終わりだ」

 

 「「っ!? うああああっ!!」」

 

 大和達から少し離れた位置にいた瑞鶴、瑞鳳の2人が弓矢を構える。が、その頃には既にイブキは2人の間に片膝をつき、右手を前に、左手を横に振り切った姿勢で存在しており……2人がいつの間にと言いたげな表情を浮かべると同時に弓の弦は切れ、両肩を浅くなく深くなく斬られたらしくそこから血が吹き出し、2人とも連合艦隊に向けて蹴り飛ばされる。他の艦娘達がそうして海上を転がってきた2人の惨状を見て、また顔を青ざめさせる。

 

 それは、あまりにも速かった。艦娘でも深海棲艦でもあり得ないと断じられる程に、移動速度も攻撃速度も速すぎた。何しろ、今の一瞬に何が起きたのか、いつ移動して軍刀を振ったのか、誰1人として理解出来ていなかったのだから。何よりも、最強とそれに近い艦隊が傷1つ負わせられることも出来ずに敗北してしまった。その事実が、歴戦の勇士であるこの場の艦娘達の殆どの心をへし折った。

 

 「こんなの……どうやって勝てばいいんだよ」

 

 「もうやだぁ……」

 

 どこからか、そんな弱音が聞こえてきた。イブキはゆっくりと立ち上がり、金と炎のように揺らめく蒼の双眼を残った連合艦隊の艦娘達へと向ける。

 

 数は連合艦隊が圧倒している。だが、戦力では逆に圧倒されていた。正しく一騎当千を体現している存在が相手では、百を超える数がいても尚届かない。轟音と爆音であれほど煩かった海は、今では波の音しか聞こえない。それは、砲撃も雷撃も艦載機も最早飛んではいないから。撃っても、飛ばしても無駄だと理解したからだ。その状況に焦るのは、大淀だった。

 

 (こんな……こんなハズじゃ……)

 

 圧倒するハズだった。即座に終わらせるつもりだった。善蔵がイレギュラーと呼んだ存在を沈め、今頃は拍子抜けだ過剰戦力だと言い合いながら帰路についているハズだった。

 

 だがそれは夢想に過ぎなかった。武蔵はイブキの軍刀と艤装の爆発によって左腕の肘から下を失い、戦闘を行うことは困難だ。かろうじて右の艤装は生きているし、大破して尚立っている姿は味方から見ても驚嘆に値する。だが、同じ艦隊の矢矧は完全に砲をやられている。一瞬でも目標と軍刀を交えた日向達の艦隊は全滅、意識が飛んでいるのか身動き1つしていない。沈んでない以上、生きていることは確実であるのが救いだろう。

 

 (……あれだけの力を持ちながら、誰1人沈められていない? 目の前まで近づいて艤装を破壊しているのに?)

 

 ふと、大淀は疑問に思った。元々不思議ではあったのだ。半年の間に交戦した艦隊で再起不能となった艦娘がいても、沈んだ艦娘が1人もいないということが。

 

 今回もそうだ、誰1人沈んでいない。武蔵と矢矧、日向達など沈んでいてもおかしくはない。何せ、軍刀の刃が届く位置まで近づかれ、斬られているのだから。首を斬り落とされていても、心の臓を貫かれていてもおかしくはない……しかし、現実として彼女達は沈んではおらず、目標は動かず、今もこうして膠着状態となっている。その気になれば蹂躙できるというのに、だ。

 

 (……まさか、艦娘を沈めることを避けている?)

 

 こうして大淀がイブキから視線を離さず思考に没頭出来るのは、イブキが瑞鶴と瑞鳳の2人を斬って蹴り飛ばしてからその場から動かず、その金と蒼の鋭い視線で艦娘達を貫いているからだ。艦娘はいつ来るかわからない恐怖から動けず、イブキもまた動かない。その理由が、誰も攻撃する姿勢を取っていないからではないかと、大淀は考えた。

 

 攻撃してきた艦娘は沈めない程度に攻撃して艤装を潰し、同時に攻撃方法を潰す。そして攻撃してこない艦娘は放置する受け身のスタンス。連合艦隊の先手必勝を潰して避けて返り討ちにする後手必殺とも呼ぶべきスタイル。それは、無意識か意図的かは定かではないが、攻撃した後の相手の方が、沈まないように“手加減”しやすいからではないか? と、そう考えたのだ。

 

 (確証はありませんが、可能性は高い……とはいえ、それをどう活かすかですが……)

 

 僅かに見えた連合艦隊の勝利への光明……それを考えていた大淀のすぐ近くを、小さな影が通り過ぎていった。その後ろ姿を見た大淀は……思わず無表情を崩し、ニィと笑みを浮かべる。

 

 (勝利の為なら手段を選ぶな……でしたね、総司令)

 

 

 

 「もうやめて! イブキさん!」

 

 

 

 「雷ちゃん!?」

 

 「あの馬鹿!」

 

 同艦隊の赤城と木曾の声を背に受けながら、雷はイブキの前までやってきた。攻撃するつもりはないという意思表示なのか、両手を広げながら。対するイブキは、その軍刀を手放さない。

 

 「……“あの”雷か?」

 

 「ええ。私は、貴女に助けられた雷よ。久しぶりね、イブキさん」

 

 「ああ、そうだな……元気そうで何よりだ」

 

 会話だけ聞けばなごやかなものだが、状況と2人の表情はすこぶる悪い。イブキは一瞬だけ雷に視線を向けたものの、今は連合艦隊にその視線を向けている。雷は目を合わせてくれないかつての恩人の言葉を聞き、今にも泣きそうな表情になっていた。

 

 

 

 “お互いに、元気な姿で”

 

 

 

 かつて、雷にとって再会を願って交わした約束。それがこんな状況で果たされることになるなど、当時では微塵も考えていなかった。だが、現実としてこのような殺伐とした状況で果たされてしまったことに……自分の願った暖かな再会ではなかったことに、雷は泣きそうになる。

 

 しかし、彼女は泣かない。泣いてどうにかなるのであれば泣きわめくだろうが、そんなことをしたところで状況は好転しないのだから。

 

 (でも、どうすれば……)

 

 雷は考える。先程はつい“やめて”と叫んでしまったが、元々先に攻撃したのはこちらなのだ。イブキのした行動は正当防衛に過ぎず、その行動を咎めることなど出来はしない。では、このまま蹂躙されるのを黙って受け入れろと? そんなこと、出来る訳がない。

 

 状況を好転させる……どのようにすれば、どのように変われば、好転したと言えるのだろうか? 雷は必死に考える。考えて、考えて、考えつくす。そうして出てきた最初の言葉は……この状況とまるで関係ないことだった。

 

 「イブキさん」

 

 「なんだ?」

 

 「噂で、イブキさんは何かを……誰かを探してるって聞いたわ。イブキさんは何を探してるの? なんで探してるの?」

 

 いきなり何を聞いているんだ……それが連合艦隊の艦娘達の心境だった。そんなことは今この場では関係ないだろうと、そんなことを聞いても時間の無駄だろうと。長門達はその限りではなく、むしろよく聞いたと、勝手に前に出た怒りを感じつつ内心頷いていたが。

 

 「……俺が捜しているのは、駆逐棲姫という深海棲艦だ。そいつは……俺から大切なヒトを奪った。だから探している。探しだして……仇を討つ」

 

 ざわっと、連合艦隊の中でざわめきが起きた。それはイブキがすんなりと答えたということもあるが、それよりも深海棲艦が同じ深海棲艦を探しているということが、深海棲艦に大切な相手がいるということの衝撃が大きかった。

 

 艦娘、海軍、人類にとって深海棲艦とは人類を脅かす敵である。人の形をしていたとしても獣のような本能の塊で、残虐で、情け容赦も血も涙もない、絶対不変の敵。会話が出来る個体が現れたとしても、艦隊や仲間などコミュニティを作っているとしても、倒すべき敵である。

 

 だが……その敵であるハズの相手が大切な相手を同じ敵によって奪われたと、仇を討つ為に探していると聞けば、どうだろうか? 普通なら、軍なら好機と思うのだろう。何せ姫同士の内乱のようなものだ、海軍は痛くも痒くもないどころか、姫という強力な存在が潰し合っているのだから万々歳だろう。

 

 だが……連合艦隊の艦娘の心に起こったのは、なんとも言えない罪悪感だった。噂の中であった軍刀棲姫の問いかけ……それに嘘をついたり攻撃を仕掛けた艦隊は壊滅した。それはつまり、仇を探しているのに嘘をつかれ、果てには邪魔されていたということになる。

 

 壊滅した艦隊が悪いという訳ではない。彼女達は命令に従い、やるべきことをやっただけなのだから。だが、そうだとしても……艦娘達が今感じている、後味の悪い罪悪感が消えることはない。それが戦争なのだ。互いの主義主張も事情も思いも一切合切を外に置き、自分達がどんな手段を用いてでも勝利を目指すのが戦争なのだ。

 

 

 

 そう……“どんな手段”を使ってでも。

 

 

 

 長門は見ていた。もう戦えないと思っていた元帥の第一艦隊旗艦である武蔵……彼女が残った右側の主砲をイブキ……否、“雷”に向けていたことを。そして次の瞬間、轟音とともに武蔵の主砲が火を吹いた。それとほぼ同時に雷がいた場所に巨大な水柱が上がり、そこから更に前方に数多の水柱が上がる。“砲撃は1度だけだった”にも関わらず。

 

 「……な、にをしている!!」

 

 「落ち着いて下さい長門さん」

 

 「落ち着いてなどいられるか!! 大淀!! 貴様、武蔵が何をしたのか分かっているのか!?」

 

 

 

 「勿論です。“命令違反をした艦娘諸とも敵深海棲艦を撃破”したんです」

 

 

 

 「……なん、だと? 命令、違反? 馬鹿な!! 雷は何も」

 

 「彼女は本作戦で1度も攻撃に参加せず、独断専行をしました。更に敵との無駄な会話によって下がりつつあった士気が更に下がることになりました……よって、彼女を軍刀棲姫の意表を突く為の囮、武蔵の放つ砲撃の目隠しとしての役割を果たすことで、その責を帳消しにすることにしたのです」

 

 私が気付いていないと思いましたか? そう目で語る大淀に、長門は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。気付いていないと思っていた。正確に言うなら、問題ないと思っていたのだ。攻撃していなかったことは言わずもがな、独断専行……前に出てイブキと会話し始めたことも、後に叱責はされるだろうがこの敗色濃厚な戦いを終わらせる鍵となるかもしれないと考えていたのだ。

 

 だが、長門の見通しは甘かった。大淀達はどんな手段を使ってでもイブキを沈めることしか考えていなかった。例えそれが、味方を沈める行為であるとしても躊躇いなく、表情1つ変えないで行える程に。

 

 「武蔵が使ったのは三式弾に対軍刀棲姫を想定して手を加えた特殊弾です。近接戦闘を行う目標の為に目標から手前で炸裂し、通常の三式弾よりも広範囲に弾子と弾殻をばら蒔きます。近距離で使った際の自身への被害を防ぐ為に、本来焼夷弾子が入る部分にも非焼夷弾子を入れたので燃焼効果を持ちませんが……戦艦の主砲から放たれる速度の拡散弾です。幾ら軍刀棲姫でも……」

 

 大淀が無表情だった顔の口元をニヤリと歪める。そのあまりの冷たさに背筋を凍らせ、長門は雷がいた場所を見た。他の艦娘達もまた、一様に怯えとやるせなさを滲ませながら前方を見る。そこにはまだ、水柱が上がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 連合艦隊がいる場所の反対側……島の崖が見える場所に、金剛はいた。その姿はボロボロではあるが、意外にも体の傷は少ない。顔には余裕のある笑みを浮かべ、その目は眼前の敵を捉えている。

 

 「……ナンダ……オ前ハ」

 

 その敵とは、イブキの探し求めている相手の駆逐棲姫であった。駆逐棲姫は金剛とは違い、無傷でいる。だが、その表情は明らかに金剛よりも余裕がなかった。とは言っても、それは劣勢だからという訳ではない。予想外の事態が起きたような、理解出来ないモノに出逢ったかのような……そんな余裕の無さだった。

 

 ヒトは理解出来ないモノを恐れる。それは心を持つ艦娘や深海棲艦も例外ではない。故に駆逐棲姫は問う。まるで、その心にある恐怖を隠すように。

 

 「ナンダ!! オ前ハ!?」

 

 

 

 「『フーアムアイ? ワタシは誰でしょうネ? 金剛型戦艦“レ級”ってところジャネェカナ? キヒヒ!!』」

 

 

 

 二重に聞こえる不可思議な声を出し、グレーの瞳に揺らめく炎のような赤い光を灯し、金剛はレ級のように嗤った。

 

 

 

 

 

 

 「ソナーに感ありですー。数200以上ー。魚雷だと思いますー」

 

 「ありがとう、ふーちゃん」

 

 砲撃の雨を潜り抜けて艦娘達に向かって走り始めた俺に襲いかかってきたのは、大量の魚雷という魚群だった。ふーちゃんが教えてくれたその魚雷は、まるで海を透かしているかのように俺の目にも映る。この現象は、ソナーが捉えた魚雷の姿を俺の目に映し出しているらしい。これには魚を探すのに世話になっている。空には戦闘機もいることも見過ごせない。

 

 俺は左手のしーちゃん軍刀を伸ばして見えている魚雷を横一閃に斬り裂いて元に戻すと数瞬の間を置き、沢山の水柱が上がる。このままではその水柱に突っ込んでしまうが……この身体なら、たかだか10メートルにも満たない壁など何の障害にもならない。俺はその考えの下、速度を維持したまま全力で跳んだ。その最中、飛んでいる戦闘機にも同じように伸ばしたしーちゃん軍刀を振るって残らず撃墜し、元に戻す。

 

 「低いハードルですー。どやー」

 

 「私達がどや顔しても意味ないですー」

 

 「艦載機の撃墜お見事ですー」

 

 妖精ズの会話を聞きながら着水し、再び艦娘達へと向かって走り出した俺に、見覚えのある艦娘達……戦艦棲姫を助けた時に戦った日向達が攻撃してきた。だが、その攻撃が俺に当たることはない。

 

 最早慣れ親しんだと言っても過言ではない、まるで時間が止まったかのような感覚。その感覚の中で避けられるものは避け、しーちゃん軍刀を納刀してふーちゃん軍刀を抜いて斬り捨てたりみーちゃん軍刀で弾いたり、ふーちゃん軍刀を納刀してしーちゃん軍刀を抜いて戦闘機と矢を貫いて斬り捨てたりと忙しなく両手と全身をうごかす。最後には砲撃に加えて迫って来ていた魚雷を真横に向かって跳ぶことで射線上から逃れて回避する。息つく暇もないとはこのことだろう。

 

 (……攻められっぱなし、というのも癪だな)

 

 このまま弾切れを狙うという手も無くはないが、相手の総量が分からないのであまり現実的ではない。それに、そんなことをしてあれだけ攻撃されてこちらが攻撃出来ないまま撤退されるのも舐められそうだし、また来られても面倒だ。なので、強引に近付くことにする。

 

 以前に日向にも行ったように右手のみーちゃん軍刀を何となく目についた戦艦娘っぽい艦娘……見覚えはあるが名前が出てこない……の艤装目掛けて投げ付ける。するとみーちゃん軍刀は相手から見て左側の艤装に……相手の運が悪いのか、左腕ごと突き刺さった。あれは痛いだろう……と考えつつ、全力で走って距離を詰め、軍刀を握る。

 

 「軍刀……棲姫ぃぃぃぃ!!」

 

 (……成る程、俺は海軍ではそう呼ばれているのか)

 

 相手の艤装の突き刺さった軍刀を左腕諸とも俺から見て横一閃に斬り裂き、後ろに跳んで距離をすごく開けながら、俺はそんなことを思った。成る程、安直ではあるが的を射た名前だ。最も、深海棲艦の中でも最強と言っても過言ではない姫の名を付けられるのは……というか、中身が男(多分)であるのに姫と呼ばれるのは微妙に抵抗感がある。

 

 そんな感想を抱きながら戦艦娘の艤装が爆発したことを確認し、近くにいた艦娘に斬りかかる。この艦娘については本当に見覚えがないな……目がいいのか、その手の砲口は俺に向いている。と思った瞬間には放たれていた。しかし、いかに近距離であろうとも、この感覚がある以上は早々当たることはない。俺は向かってくる砲弾の軌道に沿うように身体を左回りに回転させて砲弾を避け、そのまま艤装を斬り捨て、爆発する前に距離を取る。そして爆発したことを確認し、また別の艦娘に斬りかかろうとしたんだが……。

 

 「これ以上はやらせないぞ!!」

 

 そんな台詞とともに、日向が斬りかかってきた……正直、艦娘が接近戦を仕掛けるという行動に違和感を感じるが……まあ、対して脅威になりはしない。そんな考えで身体をそらして回避し、カウンターで艤装を斬ろうとしたところで、またあの感覚が起きる。今回に限っては、なぜ起きたのか分からない。今までの経験では、普通なら目で追えない砲撃等があった場合にのみ時間が止まったようになるからだ。その砲撃の軌道上から身体を退けることで、俺は回避を行っていた。

 

 だが、今回は俺の視界には砲弾はない。日向しか映っていない。じゃあなんで起きたのか……ふと視線を日向から左に向けると、俺のすぐ近くに砲弾が迫ってきていた。咄嗟にしゃがみこむことでその砲弾を避ける。しかし、そのせいでしゃがんだ体制のまま日向の軍刀を両手の軍刀をクロスさせて受け止める羽目になった。何気に鍔迫り合いというのは初めての経験だ。

 

 「大和、助かった。ようやく止まったな、軍刀棲姫!!」

 

 どうやらあの砲弾は大和のモノだったらしい。まあそれはさておき、今の一瞬は俺にとって新しい発見だった。俺は今まで自分の目で見える範囲のことに限りあの感覚が起き、某大総統のように目に見えない部分はその限りではないと考えていた。要するに、感覚は俺自身の動体視力の良さから来るものだと思っていたのだ。だが、その考えを覆すかのように、目に見えない範囲でもあの感覚が起きた……それはつまり、動体視力によってあの感覚が起きていた訳ではないということになる。ならば、あの感覚の正体は何なのだろうか。考えても俺の足りない頭では直ぐには思い付かない。

 

 それはさておき、さっきの艦娘といい目の前の日向といい、軍刀棲姫と呼ばれるのは……正直、不愉快で仕方ない。実に腹が立った。

 

 「私は……私達は、貴様に届くぞ!!」

 

 何か言っているが、それはどうでも良かった。俺は軍刀棲姫なんて名前じゃない。俺の名前は“イブキ”だ。生前に読んだであろう漫画のキャラクターの名前の一部を使わせてもらい、名乗り、この世界で俺が生きている証。俺が持つ唯一無二の財産。それを汚されたような気持ちになった。

 

 日向の軍刀を受けている軍刀の刃を内側に向け、振り抜く。後に残ったのは、半ばから刀身を失った日向の軍刀……ついでに艤装も斬ったが。左手の軍刀は最高の斬れ味を誇るふーちゃん軍刀……それに掛かれば、日向の軍刀や艤装など紙同然。鍔迫り合いが出来ていたのは、日向の軍刀と刃を合わせていなかったからに過ぎない。

 

 「俺の名前はイブキだ……軍刀棲姫なんて名前で呼ぶな」

 

 正直、ここからは流れ作業も同然だった。なぜか艦娘達の砲撃が飛んでこない中でなおさら行われた大和達の攻撃を掻い潜り、近付いて艤装を破壊し、島風の連装砲ちゃん達は丁度いいいちじくあったので蹴り飛ばす。少し離れた場所にいた瑞鶴と瑞鳳は近付いて弓を射れないように両肩と弦を斬り、近くにいては邪魔なので蹴り飛ばす。そこでようやく一息つくことが出来た。

 

 長い時間動き続けていたような気がするが、実際には20分も掛かっていないと思う。息は切れていないし、燃料もあれだけ動いたにも関わらず8割強も残っている……と、妖精ズが教えてくれた。

 

 さて、と艦娘達を見る。顔の青い艦娘がいる。泣いている艦娘もいる。俯いて震えている艦娘もいる……ざっと見た限り、攻撃しようとする艦娘はいない。

 

 (……このまま帰ってくれればいいんだが)

 

 俺の目的は島を守り、屋敷を守り、金剛を守ることだ。目の前の艦娘達を全滅させることじゃない。降りかかる火の粉は払うが、害さえ及ばなければどうでも良かった。自分と自分の回りさえ無事なら、極論世界が崩壊しても構わないというのが、元一般人の俺の考えなのだ。

 

 だが、ここまま終わってはくれないだろうとも思う。この艦娘達は鎮守府……海軍の所属。その艦娘が1人に敗退したとなれば、メンツや海軍の信用に関わることは俺の足りない頭でも考え付く。だからと言って俺が負けるつもりはない。それに、海軍がどうなろうと知ったことではない。

 

 「もうやめて!! イブキさん!!」

 

 そんなことを考えていると、俺と艦娘達の間に小さな艦娘が割って入ってくる。その艦娘は……雷。この世界に来て最初に出会った艦娘。俺の名前を呼んだということは、あの時の雷なのだろう。実際に確認してみると、そうだと返事が返ってきた。

 

 元気そうで何より……そう言ってから、雷と交わした約束を思い出した。お互いに元気な姿で再会する……雷は元気そうだが、俺自身は元気とはとても言えない。身体が、ではなく……心が。

 

 少し気持ちが沈んでいると、雷は俺が何を、誰を探しているのか、なぜ探しているのかと聞いてくる。そういえば、俺は探す理由を話した記憶がないな……いや、1度だけ……1人だけ話した艦娘がいた。

 

 

 

 『私が知っていることを話します。だから……他の皆は見逃して下さい』

 

 『ありがとうございます。図々しくてすみません……話す前に、貴女がその持ち主を探す訳を教えてくれませんか?』

 

 『……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。本当は何も知らないんです。嘘をついてごめんなさい。でも……皆だけは見逃して下さい。私だけを怨んで下さい。私を決して赦さないで下さい。私が貴女の怨みを受け止めるから、私が貴女の怒りと悲しみを受け止めるから』

 

 『だから……私、以外の……艦娘(みんな)を、嫌わ……ない、で……』

 

 

 

 俺が駆逐棲姫を探し始めて最初に出逢った艦隊の旗艦。俺に初めて嘘をついた艦娘。俺が初めて……沈めるつもりで攻撃した艦娘。戯れ言だと聞くつもりはなかったが……気が付けば、沈めた艦娘は1人もいない。どうしても、沈める為のあと一歩を踏み出せない。それはきっと、俺が……前世の時から艦娘が好きだからなんじゃないかと思う。決して、あの嘘つきな艦娘の言葉を聞いたからじゃない。我ながら人間を斬り殺しておきながら何を、とは思うけれども。

 

 「……俺が捜しているのは、駆逐棲姫という深海棲艦だ。そいつは……俺から大切なヒトを奪った。だから探している。探しだして……仇を討つ」

 

 そう言った、そう思った矢先のことだった。

 

 

 

 1人の艦娘が砲を放ち……それが明らかに“雷ごと”俺を攻撃する為のモノだったのは。

 

 

 

 (味方ごとか!!)

 

 感覚が発生し、行動を開始する。放たれた砲弾はまるで散弾のような細かな弾となって広範囲にばら蒔くようになっている。だが、俺なら回避できる自信がある。こちとら数百の砲撃を掻い潜ったのだ、例え細かな弾であろうとその隙間を縫い、弾くことはできる。

 

 (だが……っ!)

 

 しかしそれは“俺1人なら”の話だ。俺が避けたところで、雷は最悪沈むだろう。なら、雷を抱えて……駄目だ、1発2発ならともかく散弾(さんだん)の弾(たま)を弾(はじ)くのは片手だけでは辛い上に雷の艤装も邪魔になる。なら雷の後ろに回って弾くことに徹するか? それも駄目だ、弾の量が多いことに加えて“細かすぎる”。弾ききれればいいが、斬っても別れる距離が短くて余計に被弾箇所を増やすだけだろう。

 

 考えれば考えるほど答えがなくなる。いっそのこと雷を見捨てるか? それだけはしたくない。雷は何も悪くないし、沈められるようなこともしていないじゃないか。敵によって沈められるならまだしも、味方の攻撃でなんて悲しすぎる。だが、どうする? どうすれば雷を助けつつ散弾をかわせる!? 手も時間も足りない。俺だけでは助けられない。そんな状況に絶望しかける。

 

 

 

 だが、俺は1人ではなかったらしい。

 

 

 

 散弾を防ぐかのように突然水柱が上がり、その向こうから金属同士がぶつかるような音がする。気付けば俺は雷の前に立ち止まり、雷も後ろを振り返って水柱を見上げていた。そして、その水柱が消えた後には……巨人と見紛うような黒い異形が俺達を見下ろしていた。

 

 「久しぶりね……イブキさん」

 

 (私の、もう1人の姉様)

 

 「……君は……」

 

 久しぶりに聞いた声が、異形の隣からした。そちらに目を向けると……髪は短くなっていたが、見覚えのある姿をした女性……戦艦棲姫の姿があった。以前助けた時はぼろぼろで艤装も原型を留めていなかったが、今目の前にいる彼女は違う。傷なんてない綺麗な身体、艤装なのだろう、異形も……散弾を受けた筈なのに問題ないように見える。確か戦艦棲姫……山城の艤装は姉の扶桑だと言っていたような。

 

 「深海棲艦が……守ってくれたの?」

 

 「……あの子に頼まれたからね。それに、私だけじゃないわ」

 

 信じられないというような雷の言葉に戦艦棲姫……山城は笑みとともにそう言って連合艦隊の方へと体を向ける。あの子というのが少し気にはなるが……今は、頼もしい味方の登場が、雷が無事なことが嬉しかった。

 

 「さあ、私達の初陣といきましょう……“姉様”」

 

 「ええ……そうね」

 

 山城の声に応える声。それは俺ではなく、ましてや雷でもない。まさかと思い、山城の艤装である異形を見る……すると気付く。俺の後ろから現れた“戦艦棲姫山城とよく似た姿”を持つ黒い長髪を靡かせた、二頭の巨人のような異形の艤装を従えた深海棲艦の存在を。彼女は山城と並び立ち、2人は威風堂々と言い放つ。

 

 「戦艦棲姫“山城”」

 

 「戦艦水鬼“扶桑”」

 

 「我ら姉妹艦、かつての恩を返す為」

 

 「旧友の願いを聞き届けたが故」

 

 

 

 「「いざ、参ります!!」」

 

 

 

 ……扶桑、山城の艤装じゃなかったのか?




まだまだ続くんじゃ。茉莉(海鷹)様の絵に負けないくらいイブキを無双させられているといいんですが。

という訳で、戦艦棲姫&水鬼参戦と駆逐棲姫登場、金剛型戦艦レ級になっちまったというお話しでした。次回からはばーさーかーそうる的なことになるかも(過剰戦略だし)。夕立? ほら、長門さんとこにいたし(震え声



今回のまとめ


イブキ、無双。当たらなければどうということはない。雷、叫ぶ。贔屓してる感は否めない。金剛型戦艦レ級、爆誕。過程は次回予定。戦艦水鬼扶桑、登場。誰が艤装のままだと言った?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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怖くないデース

お待たせしました、漸く更新でございます。

【悲報】イブキ出番なし


 時は少し遡る。

 

 「もうすぐでエンゲージしマース!」

 

 『出会イ頭ニ1発ダ、外スナヨ!』

 

 駆逐棲姫らしき存在を感知した金剛とレ級は、その存在を足止めする為に存在がいる場所へと向かっていた。

 

 金剛達は考えた。相手は海上でこちらは陸上、今から砂浜に戻って抜錨する時間はない……ならば、陸上にいたまま攻撃すればいい。そんな考えの元、彼女は以前にも行った崖へと向かっている。高さがあって見晴らしもよく、狙撃するには絶好のポイントだと考えたのだ。

 

 そうして進んでいる間にも、目標は進んでいる。出会い頭に1発とは言ったが、その1発で沈められるとは考えていない。あくまでも足止め、こちらに意識を向けさせるのが目的なのだ。

 

 「……見えマシタ!」

 

 目的地である崖を見付けた金剛はそのギリギリまで近付き、そこから見える海原に目標の姿を探す。遮蔽物がないからか、それはあっさりと見つかった。まるで正座して進んでいるかのような、色白の肌の駆逐艦娘のように見える小さな姿。だが見た目で判断してはならない。彼の存在は確実に、深海棲艦の中で最強の証である姫の名を冠する存在なのだから。

 

 「ターゲットロック……外しマセンヨ」

 

 金剛は崖の先に立ち、後ろ腰の艤装の主砲の狙いを定める。予定ではスナイパーのように寝そべって狙撃するつもりだったが、艤装の形と場所の関係上、無防備に立つ羽目になってしまった。流石に危険な為、撃ったらすぐに身を隠しつつ次の狙撃のチャンスを待つと頭の中に描く。しかし、金剛は忘れていた。自分にとって、見晴らしがいいと言うことは、相手にとっても見晴らしがいいということを。

 

 『ッ! 金剛! 頭下ゲロ!』

 

 「ワッツ? の、オオオオッ!?」

 

 レ級の言葉にキョトンとした直後、目標の方からドォン! という砲撃音が響き、次の瞬間には崖の岩肌に轟音と共に突き刺さった。更には金剛の足元が崩れ、金剛はそのまま瓦礫と共に海へと真っ逆さまに落ちる。

 

 幸運だったのは、金剛に瓦礫が当たらず足から落ちたことだった。艤装の効果により、金剛は沈むことなく海の上に立つことができた。もし頭から落ちていたり瓦礫で艤装が破損していたりした場合には、文字通りに海の藻屑と消えていたことだろう。代わりに、頭から水しぶきをかかる羽目になってしまったが。

 

 「オオウ……足がビリビリしてマース……」

 

 『バカナコト言ッテネーデ動ケ! 姫ガ来ル!!』

 

 足への衝撃が抜けないのか動こうとしない金剛に脳内でレ級が怒鳴る。最早作戦がどうのイブキの為にこうのと言える状況ではなくなってしまったのだから。

 

 だが、金剛がレ級に従って動く前に姫……駆逐棲姫はその手の主砲を金剛に向けていた。そして金剛がその事実に気付くよりも早く、主砲が火を吹く。その砲弾はあまりにも呆気なく、しかし当然の結果というように……金剛の身体に突き刺さり、その身体を吹き飛ばし、焼いた。金剛は声を出すことも出来ず、己の身に何が起きたかも理解出来ず、背後の岸壁に叩き付けられる。砲弾の直撃と灼熱の後のその衝撃は、金剛の意識を奪うには充分過ぎるものだった。

 

 「……邪魔ヲスルカラ、ソウナルノヨ」

 

 そんな金剛の姿を、駆逐棲姫は冷めた目で見下しながらそう呟いた。彼女にとって、金剛は怨敵の元へ向かう自分の前にいきなり無防備に現れて無防備を晒して無防備に攻撃を受けた間抜けな艦娘にしか映らない。数秒とはいえ、怨敵の元へ向かう時間を取られた駆逐棲姫の言葉には、僅かに怒りが含まれていた。

 

 金剛から興味をなくした駆逐棲姫は、砲撃音が鳴り響く方向に視線を移す。さほど遠くない場所で行われているであろう戦闘の音に、彼女は自然と怨敵たる軍刀を持った艦娘がいると考えていた。となれば、当然彼女の足はその場所へと向く。

 

 

 

 ━ ……キヒヒッ ━

 

 

 

 「ッ!?」

 

 不意に、駆逐棲姫の背中に悪寒が走った。思わず彼女は足を止め、興味をなくした筈の金剛に視線を移す。そこにはボロボロの姿となった、意識があるようには見えない金剛がいるだけだ。悪寒が走る要素もなければ気にも止める必要性も見当たらない、死に体の艦娘がいるだけ……。

 

 (ナンデ……沈ンデイナイ!?)

 

 死に体でありながら沈んでいない……その事に、駆逐棲姫は驚愕する。艦娘にしろ深海棲艦にしろ、沈むには条件がある。本人が死亡に等しいダメージを受けるか、艤装が完全に破壊されるか、致命傷を負って意識を失うかだ。誰がどう見ても、金剛はそれらに該当している。何しろ“姫”の砲撃が直撃したのだから。金剛が装甲の厚い戦艦娘であることを考慮しても、無防備に受けた姫の一撃に耐えたとは考えにくい。

 

 (嫌ナ予感ガスル……コイツハ沈メテオカナイト……)

 

 明らかに格下、明らかに死に体。そんな相手にも関わらず、駆逐棲姫は冷や汗を流しながら慎重に近付く。避けられない距離で確実に仕留める為に。

 

 そうして駆逐棲姫が近付いて来ている時、金剛は夢の中にいた。それは、以前にも見たようなレ級の姿を第三者の視点から見つつ、まるで自分がレ級になったかのような視点でも見ているような夢……そこで彼女は、レ級がどのように産まれ、どのように過ごしてきたかを見た。

 

 レ級は、ある日突然深海に生まれた。そこにはレ級以外の存在の姿はなく、暗闇が広がるばかり……冷たく、寒く、暗い……そんな場所で、彼女は生まれた。

 

 怨みや憎悪などの負の感情から生まれ、深海より現れる怪物……一般的に、深海棲艦はそうであるとされる。しかし、生まれたばかりのレ級はそんなモノとはかけ離れていた。簡単に言うなら、何も知らなかったのだ。赤子のように無垢で、無知で、無害な存在だった。それ故に、彼女は好奇心の固まりでもあった。

 

 目に見える全てが、レ級にとって興味の対象となる。不気味な深海魚、過去に沈んだ船や何かの残骸、海草や地面ですら、レ級にとっては教科書であり、勉強道具であり、玩具であった。だが、暗い世界の中だけでは飽きがきたのだろう……上を向けば、光が差し込んでいる。その光に、海底ではなく海上にレ級の興味が移るのは自然なことだった。

 

 海上へと出たレ級を待っていたのは、海底では見たことのない世界。青く広い空、眩しい太陽、魚の代わりに鳥が飛び、真っ青な海が広がる。そして、偶然出逢ってしまった……艦娘の艦隊に。

 

 『レ級!?』

 

 『なんでこんなところに……っ!』

 

 『ああもう、なんで遠征中の時に限って……撤退! 全速力!! 威嚇射撃も忘れないで!!』

 

 初めて出会った艦隊が逃げだし、その合間に威嚇射撃を放つ。遠征中の艦隊がレ級に逢えば、それは当然の行動だろう。

 

 

 

 しかし、それがこのレ級の暴虐の始まりとなる。

 

 

 

 威嚇射撃の1つが、レ級の頭部に突き刺さり爆発する。レ級自身にそれほどのダメージはないが、衝撃はある。その衝撃で首を反らし、反った首を戻しながら砲弾が当たった場所に手を当てて離してみると……ベッタリと血か燃料か分からない、生暖かい赤が付着していた。浅く切れた額から流れる赤……レ級はそれに妙な興奮を覚えた。そして、その赤を好奇心のままに舐めとる。

 

 『……キヒッ』

 

 それが、初めてレ級が嗤った瞬間である。口元を己から出た赤で染めて嗤う姿は、出逢ってしまった艦娘達には酷く不気味に映ったことだろう。その表情は恐怖に歪んだことだろう。その表情にも妙な興奮を覚えたレ級が、艦娘達を追うのは必然だった。

 

 レ級の速度は速く、行動が遅れた1人の艦娘にあっという間に近付き、その首に手を伸ばす。そして次の瞬間には、その首を握り潰していた。肉を潰し、骨を砕き、鮮血にまみれる……なんとも言えない心地よさがレ級を包む。レ級はそのまま手の遺体の首に口を近付け……ペロリと舐めとる。

 

 美味しい。先程は出なかった感想が出る。楽しい。先程感じた興奮に名前が付く。気持ちいい。先程の心地よさに身体が震える。それは、赤子に知識がついたことを意味する。

 

 『モット……欲シイナ』

 

 赤子だった存在が言葉を得た。目の前には泣きながらも己から逃げる為に全力を尽くしている艦娘達。尻尾の先にある異形の口が開き、中から砲身が覗き……火を吹いた。それは艦娘達に直撃することはなく沈めることはなかったが、至近弾だった故に中破大破と呼ぶレベルまでダメージを与える。明らかに動きが遅くなった彼女達をレ級が逃がすハズがなく……己の口と尻尾の異形の口がその全てを喰らい尽くすのに時間はかからなかった。

 

 それがこのレ級という存在の始まり。艦娘を玩具として扱い、時に餌として扱い、力と本能のままに暴虐の日々を繰り返してきたレ級の始まり。艦娘、深海棲艦問わず出逢えば襲いかかり、弄び、食らう……そんな悪夢のよう(幸せ)な日々の始まり。

 

 そんな日々が始まって幾年経った頃、それは終わりを告げる。

 

 

 

 『イブキと、そう名乗っておこう』

 

 

 

 イブキとの出逢い。それが、暴虐の日々を終わらせ、再会を目指す日々に変わる。斬り飛ばされた尻尾の回復の為に救難信号で同胞を呼び寄せてその全てを喰らい、回復して再会し、戦い、また負ける。初めて怒られ、小突かれ、抱き締められ、知識の中でしかなかった“家族”になろうと言われ……そして、暴虐の日々の中で買った怨みによる復讐の刃を受け、沈んだ。

 

 『自業自得デスネ』

 

 『……ソウダナ』

 

 そんな夢を見せさせられた金剛は、本心のままに告げた。レ級は無知だった。例え喰らった相手の持つ知識の一部を得たとしても、彼女は無知で、無垢で、自分以外のことを考えることが出来なかった。だが、最期だけは誰かの為に動けた……それは、あまりに遅すぎた成長。“自分以外の誰か”を、“自分にとっての大切”を知ることがあまりにも遅すぎた故の結果。

 

 『可哀想だとは思いマセン。貴方の生き方や生まれてからのことを考えても……やっぱり、貴女を擁護することは出来ないデス』

 

 『……ウン』

 

 無知だったからとて赦されることではない。何をどうしようとも償えることでもない。自分以外の誰かを、大切を知った今だからこそ、レ級にもそれを理解出来る。無二の相棒となった金剛だとしても、彼女が全て受け止めて肯定する訳ではない。

 

 『デスガ、それでも貴女は私のパートナーデース!』

 

 『……ヘ?』

 

 金剛が明るい声で叫び、レ級が間の抜けた声を出したと同時に、夢の中の沈んでいるレ級と首に刺さったままのイブキの軍刀が光り、ゆっくりと別の形にぐねぐねと変わっていく。それと同時に、声が聞こえてくる。

 

 

 

 『艦娘に嫉妬してたみたいですし、今度は艦娘になりましょー。でも、レ級さんの意識がなくなってるとイブキさんが悲しみますー……じゃあ意識は残したままで艦娘さんにしましょー。嫉妬してた艦娘になって、イブキさん以外の家族もできて一石二鳥ですー』

 

 

 

 光がレ級とは別の姿に変わっていく。時間をかけて、ゆっくりと……だが、確実に、声の言葉通りに。夢の中では凄まじい早さで時間が進んでいるのだろう、明るくなったり暗くなったりを繰り返して、少しずつ光が人の形を取っていく。やがてそれは、金剛の形をとって浮き上がっていく。それはつまり、深海棲艦から艦娘へ、レ級から金剛へと新生したことを意味する。

 

 『貴女は私、私は貴女デシタ。貴女の罪は私が一緒に背負ってあげマス。貴女の出来なかったことを、私が一緒にしてあげマス。私は貴女で、貴女は私。同じで、パートナーで、フレンドで、ファミリーで、シスターで……唯一無二の存在。2人でなら、なんだって出来マース! 姫にビクトリーすることも、イブキサンとファミリーになることも……』

 

 ━ 誰かに謝ることも、怖くないデース ━

 

 レ級は、喰らった相手の持つ知識の一部を得ることが出来る。だから言葉を得た。だから感情の名を知った。だから……分かるのだ。姫がああも敵意を持っている理由が。姫がなぜイブキの元へ向かおうとしていたのか……散々“喰らった”レ級だから分かる。

 

 自分が喰らった同胞達は、駆逐棲姫の部下達であったのだと。その部下達を奪われたから、仇を探しているのだと。“知識”の中にある駆逐棲姫は、部下を友達と呼んで、親しげに笑っているのだから。

 

 謝って済むことではない。だが、謝らなければならない。以前にイブキにも言われたのだ、相手は違えど謝りにいこうと。その相手は、もういないのだけれど。

 

 『……一緒ニ、謝ッテクレルノカ?』

 

 『当然デース! でも、今のままじゃ謝る以前の問題デスから……』

 

 金剛は同じように隣で夢を見ていたレ級に右手を伸ばす。レ級はその伸ばされた手を見て……金剛の顔を見る。彼女は左手を腰に当て、満面の笑みを浮かべて手を差し伸べている。イブキを除いて、レ級にはそんな相手はいなかった。だが、今はいるのだ。味方が、家族が、仲間が、こうして手を差し伸べてくれる存在が。

 

 『レ級、手を貸して下サイ。私だけではビクトリー出来マセン。貴女と一緒に戦わないと勝てないデース。2人で戦って、2人でビクトリーして……2人で謝りマショウ』

 

 レ級は手を伸ばす。深海棲艦レ級であった時は、本当に欲しいものは何一つ掴めなかったその手は……しっかりと金剛の手を掴んだ。2人が笑い合う。2人が光に包まれる。2人が見ていた夢が終わる。

 

 『仲良しさんなのはいいことですー。私もちゃんとイブキさんと会いたいですし、今回はお2人に力を貸しますー』

 

 

 

 そして2人は、1つになる。

 

 

 

 動かなかった金剛が、突然目を見開く。駆逐棲姫はその動きに驚き……それとはまた別の驚愕をする。

 

 ボロボロで、轟沈一歩手前とも思えた金剛の身体が急速に自己治癒していく。焼けただれた肌が綺麗な肌に変わり、抉れた部分も修復していく。自己再生……それは、艦娘にはない能力。深海棲艦だけが持つ能力のハズだった。だが、目の前の艦娘はそれを行っている。それも、深海棲艦でも有り得ないような速度で。流石に艤装までは直っていないが、身体は殆ど治癒してしまった。

 

 「……ナンダ……オ前ハ」

 

 目の前の存在が、確かめるように両手を開いたり閉じたりする。その後に身体がめり込んでいる岸壁に両手を当て、岸壁から身体を外す。駆逐棲姫から見て、存在の後ろ腰にあった艤装の砲は潰れている。副砲や機銃も同様だ。砲の無い艦娘など、怨敵の軍刀を持った艦娘くらいだろう。

 

 しかし、駆逐棲姫は目の前の艦娘に確かによくわからない脅威を感じている。思わず声を荒げてしまう程に。

 

 「ナンダ!! オ前ハ!?」

 

 問い掛けられた存在は自問自答する。自分は誰なのか? 身体は金剛であることは間違いない。だが今身体を動かしているのはレ級であり、金剛であり、彼女達の意識も同時に存在している。

 

 「『フーアムアイ? 私は誰でしょうネ?』」

 

 どこまでが金剛で、どこからがレ級なのか。或いは、どこまでがレ級で、どこからが金剛なのか。1つの口から出る、不可思議に重なる2つの声。2つの意識があるハズなのに、どちらも自分で動いているような言葉で表せられない感覚。どちらでもあってどちらでもない、かといって新たな人格が生まれた訳でもない。だが、今の自分達を新たに名付けるのだとするならば。

 

 「『金剛型戦艦“レ級”ってところジャネェカナ? キヒヒ!!』」

 

 「ッ!? 離レナサイ!!」

 

 金剛のグレーの瞳にエリート艦だったレ級のような赤い光が灯る。その直後、レ級が駆逐棲姫に向かって突撃し出した。その速度は高速戦艦の名を持つに相応しく、確実に沈めようと近付いていた駆逐棲姫との距離を僅かな時間で縮める。

 

 だが、駆逐棲姫もタダで近付かせるほど甘くはない。艦娘と深海棲艦共通のモノとして船としての動きしか出来ない以上後退することは出来ないが、人間に近い身体と体重をしている為に爆風や高波などに巻き込まれれば自分の意思とは関係なく動かされる。駆逐棲姫はそれを利用する為に右手の主砲を足元に向けて放ち、レ級を迎撃すると同時に距離を離そうとした。

 

 かくしてそれは成功する。大きな屋敷を半壊させ、岸壁を砕き、戦艦娘を一撃で戦闘不能に追い込んだその威力は伊達ではなく、海面に放たれたそれは凄まじい衝撃と大きな水柱を生む。その衝撃によって起きる波で駆逐棲姫の身体は後方に押され、水柱はレ級の姿を隠す。

 

 

 

 「『キヒヒッ!! コンナンジャア……私達は止められないネー!!』」

 

 

 

 しかし、それでは彼女達は止まらない。衝撃によるダメージはあるらしく、身体の傷が増えている。水柱のせいで頭から海水も被ってずぶ濡れになってしまっている。だが、彼女達は衝撃と水柱に負けることなく突き抜けてきた。怯えも痛みも感じさせない笑みと勇ましい声を出しながら。

 

 これには駆逐棲姫も驚愕する。無傷ではないとは言え、怯むことなく自分の攻撃を潜り抜けてきた相手は初めてであり……激突寸前まで近付かれたのも初めての体験であったからだ。

 

 「コノ……ッ!」

 

 「『サセナイ!』」

 

 駆逐棲姫は咄嗟に右手の主砲を向けようとして……レ級の左手に右手首を捕まれて砲口をあらぬ方へと向けさせられる。ならば左手で……と思った瞬間には、レ級の右手が絡めるように駆逐棲姫の左手を掴んでいた。見る人が見れば恋人繋ぎのようだと言うかも知れないが、生憎とこの2人のそれはそんな甘いモノではない。

 

 レ級が行ったのは、真っ向からの力比べだ。砲が撃てない、素手以外の攻撃手段を持たないレ級が出来るのは接近戦のみ。ならばこうして組み合って離れられないようにしようと考えたのだ。

 

 「力比ベカ! デモ、オ前程度の艦娘ガ私ニ力デ勝テルト……!? ナンデ、負ケ……ッ!?」

 

 しかし、駆逐棲姫も単純な力比べで負けるつもりはなかった。駆逐という名を持っているとしても彼女は姫、その腕力は並の戦艦娘を上回る。接近戦は不得手でも、単なる力比べなら有利……そのハズだった。

 

 だが、現実は違った。捕まれた右手首は幾ら振り払おうとしても振り払えず、組み合った左手は幾ら押し返そうとしても逆に押し込まれる。例え異様な存在であるとしても、己の攻撃を無防備に受けるような間抜けな艦娘に純粋な力で負ける……駆逐棲姫にとって、信じがたい現実だろう。

 

 「『そっちは1人でこっちは2人デース。負ケル訳ガネェナ!!』」

 

 (……1人ジャ……ナイ)

 

 レ級の言葉が駆逐棲姫の心を揺らす。部下達(ともだち)は確かに軍刀を持った艦娘によって減らされたが、それでも1人ではない。今こうして単独で動いているのは、これ以上部下達を減らされる訳にはいかないからだ。これ以上、トモダチを奪われる訳にはいかないからだ。

 

 

 

 ━ 君が新しい仲間か。私は……と言う。よろしく頼むよ、○○ ━

 

 

 

 不意に、駆逐棲姫の頭の中に見覚えのない男性の姿と……部分的に聞こえないところがあったが、聞き覚えのない声がした。その男性とは関係なく駆逐棲姫は思う。自分がこうして部下達を大切に思うのは何故だろうかと。それは、1人は寂しいからだ。1人は、孤独は寂しい、だから部下達を大切にする。いや、ならばわざわざトモダチと呼ぶ必要はない。ただ寂しいだけならば、どんな形であれ側に居てくれさえすればいい。にもかかわらず、トモダチと呼ぶのは何故だろうか?

 

 

 

 ━ ○○、君はよくやってくれているな。ほら、ご褒美の間宮のアイスだ。一緒に食べよう ━

 

 

 

 また頭の中で同じ男性の姿が映り、小さなカップアイスを駆逐棲姫に差し出す。それが己の記憶であることに気付きながらも、駆逐棲姫は今は関係ないと首を横に振る。今は力負けしている状況を打破しつつ、気になって仕方のない部下達をトモダチと呼ぶ理由を考えるのが先決だ……そう思いながらも、その男性の姿と声が頭から離れない。

 

 そもそも、男性は誰なのか。提督であることは分かるがこの身は深海棲艦、指揮する提督など居はしない。にもかかわらず、その記憶があるのは何故なのか? それが駆逐棲姫には分からない。だが、トモダチと呼ぶ理由以上に気になるのも確かだ。

 

 

 

 ━ 戦争が終わったらどうするのか? ふむ……隠居でもしようか。戦い抜いた後の人生、のんびり過ごすのも悪くない……ああ、○○や○○達と余生を過ごすのもいいだろう……そんな日々が訪れるといいのだが、な ━

 

 

 

 なぜか次々に自分のものとは思えない記憶が甦る。屈辱的であるハズの現状を忘れる程に、トモダチを奪った者への復讐心を忘れる程に。駆逐棲姫は、その男性との記憶が大事なものである気がした。もっと言うなら、その記憶にこそ、自分が部下達のことをトモダチと呼ぶ理由がある気がしたのだ。

 

 だが、思い出しながらも事態は悪化している。レ級に両手を塞がれて力負けしている今、駆逐棲姫に出来ることは殆どない。当所の目的である復讐も果たせぬまま敗北することだってあり得る。それだけは出来ない。

 

 「イイ加減ニ……離レテ!!」

 

 駆逐棲姫の正座しているかのような下半身にある、2頭を持つ獣のような異形の艤装。その側面にある魚雷の発射口がレ級の方を向く。姫の放つ魚雷だ、この零に等しい距離では駆逐棲姫自身もダメージを負うだろうが、それ以上にレ級は人溜まりもないだろう。そして、それは放たれた。

 

 瞬間、駆逐棲姫の視界を光に染まり、身を爆炎が焦がす。半ば自爆であるために自身へのダメージも無視できるモノではないが、これで邪魔な存在は沈んだだろう……そう考えて、駆逐棲姫は気付いた。未だにレ級の両手が己の両手を掴んでいることに。

 

 「『いっ……たいケド、私達は! 喰ライツイタラ、ソウ簡単ニ離レナイゾ!!』」

 

 (ナンデ……沈マナイノ!?)

 

 主砲の直撃と至近弾、零距離魚雷。姫である自分のそれらを受けてなお健在のレ級に、駆逐棲姫は恐怖を覚えた。ダメージは確実に受けている。後ろ腰の艤装は原形を留めていないし、格好など殆ど裸に近い半裸だ。下半身も全体的に焼け焦げている。例え先程の自己治癒が出来たとしても直ぐには治せないだろう。

 

 だが、沈まない。満身創痍でありながら、万策尽きておきながら、素手でありながら、力の差がありながら、目の前の存在は沈まない。沈められない。

 

 

 

 ━ 沈めた深海棲艦がどうなるのか? さあ、私には分からん。そもそも私が持っている深海棲艦の情報など大本営から提示された情報のみだ。判断するには足らない……だからありがたいよ、○○達の考えや見てきたものを教えてくれるのはね。もしかしたら、戦う以外の道があるのかもしれないのだから ━

 

 

 

 「ウグ……ガアアアア!!」

 

 「『ッ!? ガウッ!!』」

 

 また記憶が甦り、何かを振り払うように駆逐棲姫は力任せにレ級を持ち上げて振り回す。魚雷を受けてダメージを負っていたレ級はそれに抗うことも出来ず振り回され、駆逐棲姫が岸壁に向かって投げたことで、レ級は再びその背を硬い岸壁に打ち付けた。

 

 結局のところ、奇跡が起きて尚レ級達は駆逐棲姫に勝つことが出来ない。艤装が使えなかったから? 否。万全の状態ではなかったから? 否。相手が“姫”だからである。1に1を足したところで、2に2を掛けたところで、10や100には届かない。練度の低い金剛が練度の高いレ級と1つになっても、金剛の体が通常の艦娘よりも堅かったとしても、腕力において駆逐棲姫を上回ったとしても、1隻で1艦隊に匹敵、凌駕する姫を単艦で超えられる道理などない。

 

 「モウ足掻カナイデ! 邪魔シナイデ!! 沈メエエエエッ!!」

 

 駆逐棲姫が必死な声で叫び、右手の主砲が火を吹く。例え精神的に追い込まれているのが駆逐棲姫の方だとしても、レ級の敗北も轟沈も逃れられない運命なのだろう。

 

 

 

 だが、運命(それ)をねじ曲げたが故に、彼女達は存在しているのだ。

 

 

 

 「『間一髪……デスネ。艤装ハ完全ニ駄目ニナッタケドナ』」

 

 「ソンナ……」

 

 金剛型戦艦“レ級”、尚も健在。彼女は駆逐棲姫が追撃として主砲を放つであろうと読み、撃たれる前に後ろ腰の艤装を取り外し、体の前に持っていくことで盾としていたのだ。無論、衝撃はある。ダメージもある。それでも……彼女は耐え抜いた。代わりに艤装は完全に使い物にならなくなったが……。

 

 絶句するのは駆逐棲姫。姫である自分がたった1隻の艦娘を未だに沈められないという事実。己の攻撃を全て受けて尚健在のレ級への驚愕と恐怖。訳の分からない記憶への混乱。最早駆逐棲姫には世界が自分と敵対しているかのような気がしてならなかった。

 

 「『……キヒヒッ!! オレハツクヅクコイツトハ縁ガアルラシイナ』」

 

 「……? ッ!!」

 

 突然笑い声を上げて珍妙なことを言い出したレ級に、駆逐棲姫は首を傾げる。が、レ級が使い物にならなくなった艤装に開いた“穴”から右手で取り出したモノを見て、彼女は何度目かの驚愕の表情を浮かべる。

 

 それは、彼女(かれ)が初めて振るった一刀。レ級にその存在を刻み付け、自身の命を奪う切っ掛けとなった艤装。まるで金剛の艤装を鞘としているかのようにレ級が引き抜いたモノ。

 

 

 

 「やっと出られましたー」

 

 

 

 イブキが“いーちゃん”と呼ぶ妖精が気の抜けた声を出しながら姿を現すと共に、同じ銘を持つ軍刀が半年の時を経てレ級の右手の中にその姿を現した。2人に姿は見えていないようだが。

 

 レ級は抜き身の軍刀を握り締め、盾に使ってボロボロになった艤装を再び後ろ腰に着け直す。そして切っ先を駆逐棲姫を向け、戦意の衰えを感じさせない目で見ながら、劣勢であると思えない程に不敵に笑って見せる。

 

 対する駆逐棲姫の心中は穏やかではない。目の前にいきなり現れた存在が自分の怨敵の仲間かと思えば本人である可能性が出てきたのだから。

 

 「オ前ガ……皆ヲ……」

 

 「『……』」

 

 駆逐棲姫の考えは合っている。目の前のレ級……今でこそ金剛の身体だが、怨敵は確かにここにいる。そして、仇を取ることができる状況にある。どれだけ不敵に笑えても、どれだけ耐え抜いたとしても、物事には限度がある。深海棲艦と同じように自己治癒が働いていても、治る時間は緩やかなモノ……レ級と金剛の身体は、最早限界だった。

 

 予定では、駆逐棲姫を動けなくなるまで攻撃してから謝るつもりだった。そうすれば許せなくても駆逐棲姫にはどうにも出来ずに去るしかなく、“次”の機会が訪れた時にもう1度謝り、これを繰り返していけばいつかは……謝るということをしたことのないレ級が、考えて考えて考え抜いたモノ。結局はこうして徒労に終わってしまったが。

 

 「……アノ洞窟デオ前ノ部下達ヲ殺シタノハ、オレダ」

 

 「ッ……」

 

 それは、レ級だけが発した言葉だった。その言葉を聞いた駆逐棲姫はギリィッ、と音が鳴る程に強く歯を噛み締める。2人は周囲の音が消え去り、波の音すら聞こえなくなったような錯覚を覚える。相手の一言一句を聴き逃さないというように。

 

 もう一言……それだけで駆逐棲姫の主砲は火を吹き、レ級の身体に突き刺さるだろう。最早守る盾はない。避ける術もない。イブキのように切り払うなど出来る訳がない。

 

 (ゴメン……金剛)

 

 (謝らないでクダサーイ。貴方は私のパートナーデス。最期まで一緒にいますヨ)

 

 (……アリガトウ)

 

 自らの最期を悟ったのか、レ級は金剛に謝罪とお礼を述べる。自然と出たその言葉は、レ級が成長した証。そしてレ級は、金剛は声を重ねる。レ級は己の罪であると告げる為に、金剛は一緒に謝るという言葉を守る為に。

 

 

 

 「『……ゴメンナサイ』」

 

 ━ ごめんなさい……○○ ━

 

 

 

 その謝る姿が駆逐棲姫の記憶をまた刺激し、感情を爆発させた。

 

 「ア……アア、アアアア!!」

 

 駆逐棲姫は記憶の存在と重なったレ級に向け、なぜか涙を見せながら言葉にならない叫びと共に主砲を構え直す。その瞳に憎悪と憤怒……そして、なぜか哀しみを宿しながら。

 

 右手に力が籠る。レ級の命を刈り取る鎌が振り上げられる。そして数瞬の間を置き……砲撃音が響いた。しかし、それは駆逐棲姫の主砲から出た音ではない。その音は……彼女達の“真横”から響いたモノだった。

 

 「ウ、ギ、アガアアアア!?」

 

 直後、駆逐棲姫が右手を押さえながら絶叫する。その右手は手首から先がなく、肘の近くまで火傷を負っている。実は先の砲撃音がした時、その砲弾が駆逐棲姫の構えていた主砲を撃ち抜き、爆発させたのだ。これが艦娘の駆逐艦が使うようなものならば、駆逐棲姫には傷一つつかなかっただろう。しかし、爆発したのは駆逐棲姫自身の主砲……その破壊力を、彼女は己の身で知ることとなった。

 

 「ダ……レダ!?」

 

 駆逐棲姫とレ級の視線が、砲撃音がした方に移る。そこには、深海棲艦と思わしき存在の姿があった。

 

 左目と口だけが露出した白く無骨な仮面を着け、左手が魚雷発射菅となっている姿は雷巡チ級を彷彿とさせる。しかし、チ級とは違って下半身は普通に足が2本存在しており、右手には艦娘の駆逐艦が持つ主砲が握られている。服装も黒い鎧のようなものではなく、極普通の……まるで艦娘が着ているようなセーラー服だ。また、チ級の髪は本来なら黒髪であるが……この存在の髪は毛先が赤く、上に行くつれて白くなるというグラデーションになっている。左右にまるで犬の耳のように突き出ている髪も特徴的だろう。露出している左目には、Flagshipを意味する金色の眼が覗いている。

 

 まるで、艦娘が深海棲艦の艤装を着けているかのような不可思議な存在。そんな存在が右手の主砲を手品のように消し去り、左腰に携えた“軍刀”を引き抜いた。とは言っても、その軍刀に鞘などないのだが。

 

 それは、刀身の存在しない柄だけの軍刀。その柄を見たレ級が、自身の軍刀と見比べて驚愕する。なぜならその存在が持っている軍刀の柄は、自分が持っている“イブキの軍刀”と同じモノだからだ。そして存在はその柄を、まるで切っ先を向けるかのように駆逐棲姫へと向ける。

 

 (……マサカ……生キテッ!?)

 

 直感的に、駆逐棲姫はこの場にいては不味いと思った。そして悟る……チ級の特徴を有する彼の存在が“誰”なのか。

 

 だから、駆逐棲姫は全力で“逃げた”。“アレ”がある以上、主砲と右手首から先を失った己では勝ち目が殆どないからだ。脇目も振らず、レ級への憎悪を一瞬忘れて、彼女はその場で海中へと沈む。

 

 

 

 その直後、駆逐棲姫がいた場所を焔が通り抜けた。

 

 

 

 「……逃げられた」

 

 ポツリと、存在が少し残念そうに呟く。その後すぐに存在はレ級に近付いてきた。対するレ級は駆逐棲姫がいなくなった為に突き付ける必要のなくなった軍刀を下ろした姿勢から動けないでいる。そんなレ級にお構い無く、存在は目の前までやってきた。

 

 お互いがお互いの持つ軍刀を見る。それは、間違いなく同じ種類の軍刀だった。故に悟る、お互いにイブキの知り合いであることを。

 

 「貴女は、イブキさんの仲間?」

 

 「『アア……金剛型戦艦“レ級”……よろしくお願いシマース』」

 

 「ふーん? イブキさんと似たような、違うような……分かったっぽい。次は私ね? 私は……」

 

 レ級の自己紹介に軽く首を傾げたあと、存在は軍刀を持った右手で仮面を軽く上に持ち上げる。その下から現れた顔は……レ級が知るモノだった。

 

 かつては翠色だった瞳は金色に染まり、炎のような淡い光が灯っている。少女らしい体つきは確実に大人っぽさを増し、より魅力的な肢体へと成長していた。それでも変わらない顔つきで分かる。少しの嫉妬と共にレ級とレ級の記憶を見た金剛は理解する。目の前の存在こそが……“彼女”こそが、イブキが探し求めている存在であると。

 

 

 

 「深海棲艦の力を得てパワーアップした、夕立改二……改(あらた)め、夕立“海”二。宜しくね!」

 

 

 

 夕立……半年の時を経て、今帰還。




という訳で、金剛型戦艦レ級vs駆逐棲姫、夕立帰還というお話でした。夕立海二の海は当然深海棲艦から。

このままイブキ達の場面に繋げても良かったんですが、前話を越える文章量になりそうだったので思いきってイブキ側の描写を取っ払いました。イブキを求めていた皆様、ごめんなさい。許してくださいなんでもしますから!

気がつけば次で20話目。遅いのか早いのか……。

漸く夕立が満を持して帰還。軍刀は刀身がなくなって以前のような事故は起きなくなりました。やったねごーちゃん! 事故がなくなったよ!

20話になったらキャラ人気不人気アンケとかやってみたい所存。ワースト3位くらいは善三組で埋まりそうですが←


今回のまとめ


金剛とレ級、合体。ファイナルフュージョン承認。駆逐棲姫、己の記憶を見る。その男性は誰なのか。夕立、帰還。満を持して。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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お帰り、夕立

大変! 長らく! お待たせ! しまし! たあっ!!(土下座

2度目の2万文字越えで今日まで時間がかかりました……今回色々と納得出来ない部分があるかもしれませんが、どうか寛大な心でお願いいたします。後書きにちょっとしたアンケートのようなものがありますので、最後まで見て頂けると有り難いです。

妙高型好き、姫級好きの方々は御注意下さい。


 (……これ以上は無理だな)

 

 渡部 善三の第一艦隊の1人である那智は、現状を冷静に判断する。只でさえお世辞にも戦意が高いとは言えなかった今回の作戦、予想を遥かに超えた目標の強さ、噂になっていた探していたモノの正体とその理由と経緯、武蔵が仲間ごと目標を撃ったという事実、更なる姫級の参戦……これで未だに勝利出来ると思っている者など居はしない。それとは逆に、完全に戦意が失せて心が折れた者達ならいるのだが。

 

 (だが、逃げることもまた困難……誰かが奴らを引き止める必要がある。出来るとは全く思えんが)

 

 心が折れようが戦意を喪失しようが、最早撤退することも困難である。何せ相手は海軍最速を遥かに凌駕する軍刀棲姫……逃げられるハズがない。逃げる為には、那智の考えたように誰かが引き止め役……生け贄を捧げなければならないだろう。生け贄を捧げたとしても、逃げ切れる可能性は限りなく低い。

 

 大を生かすための小を、100を生かすための1を。それが出来そうな者は……那智の確認する限り、いない。武蔵は左手と左側の艤装を失い、虎の子の特殊三式弾も戦艦棲姫に防がれ、最早戦う術などない。矢矧も艤装を破壊された為に戦う手段そのものがない。空母である雲龍を引き止め役にするのは論外、大淀と不知火は一目見て分かるほどに心が折れている。長門達も論外だ。大淀の迂闊な説明のせいで那智の提案など聞く耳を持たないだろう。日向達は全滅、他の艦娘達もとても戦える精神状況ではない。

 

 (……やれやれ、私が行くしかないか)

 

 那智は内心溜め息を吐く。今回の大規模作戦における元帥直属第一艦隊の失態は大きい。大淀の説明通りかどうかは分からないが、武蔵が仲間ごと目標を沈めようとしたのが非常に不味かった。そして此度の大規模作戦の大敗は海軍の評価や信頼を地に落とすだろう。そうなれば必然、トップが何らかの形で責任を果たさなければならない。

 

 必要なのは戦果だ。とは言っても、軍刀棲姫や戦艦棲姫を沈められるとは那智も思ってはいない。己の身を犠牲にしてでも他の艦娘を逃がした……その事実を得なければならない。情報操作や収集ならば大淀がどうにかするだろうし、暗殺ならば不知火が、真っ向からの殴りあいなら武蔵が、奇襲ならば雲龍がいる。矢矧は最近になって第一艦隊に入った新参者であるが、那智は評価している。この場さえ凌げれば、後は仲間達がどうにかする……那智はそれに賭けることにした。

 

 (それに……全くの無策という訳でもない)

 

 那智の目に戦意の炎が灯る。確かに此度の戦いは海軍の大敗だろう。この敗北は間違いなく歴史に刻まれ、世論に笑われ、海軍の威信に関わるだろう。

 

 しかし、それでも、世界は海軍を肯定し、存続させ、頼り、信じ、貢献せねばならない。世界に深海棲艦が存在する限り、海軍総司令“渡部 善三”が存在する限り。那智の命はその礎であり、生け贄であり、必要な犠牲であるのだ。そして、引き止められる可能性はゼロではない。武蔵が特殊三式弾を持っていたように、那智にもまた“奥の手”は存在する。

 

 「大淀。私は撤退を提案する」

 

 「……ここまできて、撤退なんて……がっ!?」

 

 那智は長門の近くでうなだれている大淀に近付き、撤退するように告げる。しかし、返ってきた言葉は撤退を渋るモノだった。普段の大淀ならば、ここですぐに那智の言葉に乗っただろう。しかし、心折れて尚軍刀棲姫討伐を捨てきれないのか、大淀は首を縦に振らない。

 

 そんな大淀に対し、那智は眉一つ動かすことなく全力で大淀の顔を殴り飛ばした。絶対的不利である状況で仲間を殴るという行為は、連合艦隊と軍刀棲姫達の時間を止めるには充分な出来事だったらしい。その行動を見ていた全員が呆けた表情をしていたのだから。

 

 「冷静さを無くした指揮艦などいらん。全軍撤退だ! 先頭は私以外の元帥第一、第二艦隊! 殿は長門、お前達に任せる!」

 

 「ま、待て! まだ雷が向こうに……」

 

 「諦めろ! 1を捨てて100を生かせ! それに、奴らなら悪いようにはしないだろう」

 

 那智の指示に艦娘達が慌てるが、流石は歴戦の勇士ということなのかすぐに撤退する為に反転し、那智を除く元帥直属の艦隊は倒れた大淀と動きづらそうな武蔵、矢矧を抱えて指示通りに先頭を行く。元帥の艦隊を先頭にしたのは、武蔵のフレンドリーファイアによる恐怖を少しでも抑える為の処置である。前であれば、少なくとも背後から撃たれることもないからだ。

 

 長門の言葉に冷徹に言ったのは、雷を救出している時間が……本当ならば指示している時間すらも惜しいからだ。何を考えているのか那智には分からないが、軍刀棲姫達は那智の指示を聞いてからも一切の行動を見せない。ほぼ確定している勝利故の余裕か、それとも別の理由か……或いは見逃してくれるのか。そんな那智の淡い期待は、戦艦水鬼扶桑の異形の口から競り出てきた2門の主砲が放たれたことで裏切られた。

 

 「く、ああっ!!」

 

 「「きゃああああっ!!」」

 

 「わああああっ!!」

 

 「う、くっ!」

 

 他の艦娘達と同じく、気絶したままの日向を抱えて撤退しようとしていた大和達に水鬼扶桑の放った至近弾によって吹き飛ばされる。辛うじて島風だけはギリギリ至近弾の位置から離れることができたものの、大和達は大破に等しいダメージを負わされてしまった。

 

 「貴女達は……山城を追い詰めた日向達だけは逃がしてあげないわ」

 

 半年前、まだ戦艦水鬼扶桑が戦艦棲姫山城の艤装だった頃、扶桑は山城を庇って日向達に破壊され、山城も轟沈の一歩手前まで追い詰められた。結果的に助かったとは言え、姉として妹を追い詰めた日向達を許せるハズもない。日向達を逃がす通りも優しさも持ち合わせてはいない。

 

 そんな姉の姿を嬉しく思いつつ、戦艦棲姫山城は自分が守った雷へと視線を移す。その顔は血の気が失せて真っ青になっている……それもそうかと山城は思う。何せ味方に沈められそうになった挙げ句に見捨てると告げられたのだ、その心境を推し測ることなど出来はしないが、少なくとも決して小さくない絶望を感じていることは分かる。

 

 山城も扶桑も今でこそ深海棲艦だが、艦娘だった頃の記憶を持っている。山城が雷を守ったのは、艦娘の記憶を思い出していなかった頃に比べて艦娘への敵意が明らかに小さくなっていたからだ。また、雷が自分達の友と同じ駆逐艦だったことも挙げられる。

 

 だから許せない。仲間ごと撃ったことも、仲間を切り捨てたことも。例えそれが正しい判断だとしても、感情が許そうとしない。故に、連合艦隊は……海軍は扶桑姉妹の敵なのだ。

 

 

 

 「いや、逃がす。その為の犠牲(わたし)だ」

 

 

 

 扶桑の言葉に返したのは、那智。扶桑と山城は、彼女のその言葉にゾクリと背筋を通り抜ける悪寒を感じた。圧倒的劣勢、勝ち目のない戦い、他艦娘の戦意喪失。それなのに那智の目は死んではいない。むしろ爛々とした輝きを放っている。

 

 (まさか、本当に何か策があるというの?)

 

 (私達とイブキさんを抑えて、艦隊を逃がす……そんな策が?)

 

 那智のあまりに堂々とした口調と態度から、扶桑達は本当に何かしら策があるのかと疑う。そして先程感じた悪寒もまた、その考えを正しいものとしていた。

 

 だが、そんなこと知ったことではないと動くものが1人。

 

 「ならば、何かされる前に斬るだけだ」

 

 イブキだった。イブキは両手に軍刀を持ち、那智へと走る。イブキは艦娘とは違い、海上を自在に動ける。その脅威は武蔵や矢矧、日向達が敗北したことからよくわかるだろう。速度もまた海軍最速を遥かに越え、撃たれてから砲撃を避けるという絶技、砲弾を斬るという神業を難なくこなす。正しく規格外と言える。

 

 そしてそんなことは那智も当然理解している。また、大切な人を奪われて復讐に走る程に情が深いということも。故に雷を見捨てても、イブキならば悪いようにはしないと断言出来たのだ。

 

 だが、那智はそんなイブキだからこそ勝機を……連合艦隊を逃がす勝機を見出だせた。イブキは艦娘を攻撃しても、現状沈めるには至らない。それは今までの被害が証明している。

 

 (優先順位は艤装、手足、体と言ったところか)

 

 冷静に考え、相手の動きを読む。まるで走馬灯を見ているかのように時間がゆっくりと流れているような感覚の中に、那智はいた。極限まで研ぎ澄まされた集中が、イブキの動きをハッキリと捉えさせた。

 

 那智は改二。艤装は背中に取り付け、そこから左右に伸びたロボットアームに20.3cm2連装砲を2門ずつ、太ももには61cm4連装魚雷発射菅を左右に1つずつ。

 

 (狙うとすれば……主砲!)

 

 捉えていたハズの軍刀棲姫の動きが捉えられなくなり、那智は両手の軍刀によって左右の主砲が同時に破壊されたことを悟る。だが、この時点で那智は魚雷を発射していた。とは言っても、那智は当たるとは微塵も思っていない。

 

 案の定と言うべきか、魚雷は軍刀棲姫に当たる前に空中で爆発し、軍刀棲姫はいつの間にか後方へと跳んで爆発の範囲から逃れていた。無論、那智は主砲と魚雷の爆発を至近距離で受け、ギリギリ中破のダメージを負いながら後方へと吹き飛ばされる……だが、これこそが彼女の狙い。

 

 (貴様は……私のような艦娘とは会ったことがないだろう)

 

 吹き飛ばされながらも、那智はスカートの中から取り出した“とあるモノ”を爆炎の向こうにいる軍刀棲姫目掛けて投げつける。それは、普通の艦娘ならばまず持たない、艤装ですらないモノ。

 

 元帥直属の第一艦隊のメンバーは最強クラスの実力を誇ると共に、新参者である矢矧を除いて先程も言ったような個別の役割がある。情報収集、操作は大淀の分野。艦隊戦での真っ向からの殴り合い、正しく最強戦力の武蔵。小柄な体躯と駆逐艦の速度を生かして暗殺を任される不知火。空母故に艦載機による奇襲を得意とする雲龍。ならば、那智の役割とは何なのか?

 

 (砲弾を見切り、我々の目からは消えたように見える程の己の速度に対応できるんだ……目はいいんだろう? その目の良さが命取りだ)

 

 「っ!? 目、が!?」

 

 「眩しっ、うううう!!」

 

 「ああああっ!! 何なの一体ぃ!?」

 

 爆炎の向こうから聞こえる驚愕と悲鳴。それは、那智が投げたモノ……閃光弾によって引き起こされたものだ。閃光弾の強烈な発光は目を焼き、しばらくの間視界を封じる。なぜこんな物を彼女が持っているか……それが、彼女の役割と関係している。

 

 那智の役割。それは艤装を用いず、海上で戦わない……つまり、陸上での対人戦、白兵戦である。善三の護衛としても腕を振るう那智は、対人戦において有効な武器、暗器を隠し持っているのだ。閃光弾もその1つ。艦娘が使わないであろう武器を使った意表を突く作戦が見事にハマった。

 

 だが、連合艦隊の面々を逃がすにはまだまだ時間を稼がねばならない。今の攻防はほんの一瞬の出来事に過ぎず、艦隊はまだ500Mも離れていないのだから。長門達は島風以外の日向達が逃げるのに手を貸した為に更に近い。

 

 (まだ動ける……武器はあまりないが、畳み掛けるなら今!)

 

 横たえていた体を起こし、那智は未だに燃え盛る炎を迂回して軍刀棲姫達に近付く。どうやら閃光弾は予想以上に効果的だったらしく、軍刀棲姫だけでなく戦艦棲姫山城と戦艦水鬼扶桑もその場で目を抑えて苦しんでいる。彼女達が盾になったのだろう、雷だけはその限りではなかったが。

 

 (……艤装も目(?)を抑えて苦しんでいるのはツッコむべきか? いや、触れないでおこう)

 

 何故か同じように苦しんでいる戦艦棲姫山城と戦艦水鬼扶桑の艤装には触れず、服の中に仕込んでいた拳銃を取り出し、那智は扶桑に向けて放つ。

 

 「っ!? そこ!?」

 

 無論、拳銃など深海棲艦に対しては何の効果も見込めない。案の定弾丸は扶桑の体に当たったものの音もなく弾かれ、扶桑は衝撃を受けた方向に向けて艤装の口から砲撃を放つ。が、移動しながら撃った那智には当たらない。

 

 (相手は深海棲艦、視力が回復するのも人間よりも早いハズ……それまでに艦隊が逃げられればいいが……)

 

 那智は常に動きながら発砲し、意識を自身に向けさせる。視界を封じられ、ダメージはなくとも衝撃を体に受けさせて攻撃されていると認識させられ、扶桑達に少しずつ焦りが生まれる。山城の艤装がイブキと雷を包み込むようにして守ってはいるが、一方的に攻撃されているという事実が焦りを増長させる。

 

 そんな攻防が5分も続き、艦隊の背中もようやく小さな影になるほどに遠くなった。那智の作戦は成功したと言っていいだろう。だが、そこまでだった。

 

 「こ、のぉ!!」

 

 「が、ふっ!?」

 

 扶桑の艤装の口から砲撃が放たれ、那智の近くの海面に叩き込まれる。その衝撃で那智は再び吹き飛ばされ、再度横たわることになった。

 

 (ちっ……もう回復したのか……)

 

 横たわる体の顔だけを上げて扶桑達を見てみると、全員が目を開けていた。人間ならば間違いなく失明しているハズの発光と距離だったにも関わらず、である。そして視力が回復してしまった以上、那智に出来ることは殆どなくなってしまった。

 

 主砲は言わずもがな、魚雷発射菅は近距離で魚雷の爆発を受けた為に砲口が歪んで使えない。閃光弾はもう1つあるが2度目が通じるとは思えない。拳銃は元々効いていなかった上に弾など残っていない。予備のマガジンも使いきった。ナイフ等の近接武器は残っているが、振るったところで拳銃と同じように効かないだろう。

 

 (だが……“保険”はある)

 

 那智は横たわったまま腹部を撫で、ニヤリと伏せた顔に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 「そうか……予想を遥かに超えているな」

 

 『申し訳ありません、総司令……』

 

 大淀との通信が切れてから僅か15分足らず。再度繋がった通信で大淀から報告を聞き、日本海軍総司令渡部 善三は怒鳴ることなく、かといって呆れたという様子でもなく、ただそう返した。

 

 海軍の総力を上げたといっても過言ではない今回の大規模作戦……結果は3隻の姫級、殆どその中の1隻の姫級に完敗。敗因は敵戦力を見誤ったこと。そして、その戦力差を覆す術を持たなかったことに他ならない。

 

 (今は那智が1人で抑えているというが……長くは続くまい。だが、相討てる可能性は充分ある……その為の“保険”だ)

 

 善三が言っている“保険”……その内の1つが、長門達と共にいた雷の存在。長門達は雷の存在を隠していたつもりだったが、善三は最初から気付いていたのだ。大規模作戦に不釣り合いな彼女に気付いていながら、その存在を黙認していた。理由は勿論、軍刀棲姫に対する心理的な保険としてだ。幼い容姿と健気な姿勢、命の恩人に対する何らかのアクションを起こすであろうと予想し、軍刀棲姫が隙を作るのではないかと考えていた。ある意味でその目論見は成功したと言っていいだろう。

 

 しかし、ただ完敗して帰ってきたでは世間体や見栄えも悪い。今回のことが世間に出れば……あくまでも“出れば”、世論はここぞとばかりに海軍を叩き、総司令である善三は責を問われる。念のため、完敗ではなく痛み分け……出来るなら辛勝に持っていきたい。大規模作戦の名目は姫の討伐。ならば突然の姫級乱入という事態が悪化した中で姫を沈められれば、名目は達成したことになる。

 

 「戦艦水鬼と名乗った、か。軍刀棲姫と同じく情報のない新たな深海棲艦……とは言っても完全なイレギュラーである軍刀棲姫とは違い、戦艦棲姫の上位互換のような存在……やれやれ、今までの常識が覆されていくな」

 

 椅子に深く座り直しながら、善三は疲れたように呟く。新たに現れた戦艦水鬼は、過去に出会ったことも目撃情報も一切存在しない、海軍にとっては軍刀棲姫と同じく未知の深海棲艦となる。しかも大淀達の報告通りならば、姫の更に上を行く戦闘力を誇る可能性が高い。

 

 現状、海軍が行う姫討伐の基本形は数による力押しである。何しろ姫と1対1で戦って勝てる艦娘などほぼ0に等しい。数で挑み、時間を掛け、進退を繰り返してようやく討伐できるのだ。それこそが唯一にして確実に勝利を得られた戦い方だった。

 

 しかし、その唯一のものが覆されようとしている……否、覆された。考えうる限り最高の質と量を兼ね備えた連合艦隊が為す術なく敗北、目標には掠り傷1つ付けられない。何百何千と赴き、何万何十万の艦娘を連れたところで、結果は変わらないだろう。現状の海軍では、勝利の道がまるで見えないのだから。

 

 「やれやれ……この代償はそれなりに高くつくな。今から気が重い……だが、私がこの席から降りることは決してない」

 

 此度の敗走が世間に出れば世論は騒ぐだろう。作戦に参加した提督達の“一部”も直談判に来るかも知れない。だが、善三にとってそれらは面倒というだけでさして問題になる訳ではなかった。

 

 信頼はなくなる。評価も落ちる。責任も問われる。だが、海軍はなくならない。善三の代わりに総司令となれる人材も“いない”。深海棲艦という脅威が存在し、唯一対抗できる戦力を持つ海軍は世界的に見ても高い地位にあるのだ。今や世界は海軍なしでは回らない。そして、善三はそのトップ。故に、“やりよう”は幾らでも存在するのだ。

 

 「それにしても……一段階、戦力を引き上げる必要があるな」

 

 思考にケリがついたのか、改めて善三は軍刀棲姫との戦力差に対する有効策を考える。こちらの常識が通用しない戦闘力と機動。特に機動は死活問題となってくる。最低でも前後左右への自在な移動、跳躍と言った陸上での動きを出来るようにならなければ追い付けず対応も出来ない。仮に出来たところで軍刀棲姫に勝てるとは言えないが、そうでなくとも深海棲艦に対してアドバンテージを得ることが出来る。

 

 「やってくれるな? ……妖精」

 

 善三はちらりと机の隅にいる小さな猫を吊るした小人……妖精に視線を送りながら問い掛ける。その妖精は口元だけをにんまりと笑みの形に変え……。

 

 

 

 「お任せですよー……楽しそうですし」

 

 

 

 吊るした猫を左右に揺らしながら、そう返した。

 

 

 

 

 

 

 雷は今、決して良くはない心境だった。恩人と出会う為に無茶を通して参加させてもらった大規模作戦。ようやく再会できた恩人は心に傷を負っており、その傷を癒やしてあげたい……そう考えた時には仲間に自分諸ともイブキを狙った砲撃を突然現れた深海棲艦によって助けられ、かと思えば仲間達に置き去りにされ……その指示を出した那智は今、戦艦水鬼扶桑と名乗った深海棲艦の艤装の異形の太い腕に両腕を捕まれて吊し上げられている。その姿はさながら、磔にされた聖人のようにも見える。

 

 「よくも、と恨むべきか……それともよく逃がすことができたと称賛するべきか……恨んでおきましょう。よくも日向達を逃がしてくれたわね……覚悟は出来ているわよね?」

 

 「深海棲艦の願いなど叶えんよ……そして、私の命もタダではやらん」

 

 那智を睨み付ける扶桑と余裕そうに笑みを浮かべる那智。戦艦棲姫は雷の隣から対峙する2人を心配そうに見つめ、逆サイドに立つイブキも無表情で同じように2人を見ていた。連合艦隊と戦っていた時のような凄まじさは成りを潜め、両手にあった軍刀も鞘に納めており……その両目は金と青から鈍色になっていた。

 

 順番に4人に視線を送ったところで、雷は自分はどうするべきなのかを考える。正直に言えば、雷は未だに混乱している。なぜ自分が置いていかれたのか、なぜ長門達も自分を置いていってしまったのか……いや、何故なのかは理解している。そう遠くない距離だったのだ、那智の命令や長門との会話もはっきりと聞こえていた。

 

 それでも、置いていったことに変わりはない。戦争を知り、戦場に身を置く艦娘とて心が存在するのだ。理由を知っても心に影を落とすのは否めない。それを踏まえて、自分はどうするべきなのか。

 

 (イブキさんと一緒にいる? でも、今のイブキさんが私を側に置いてくれるかしら……じゃあ那智さんを助ける? 出来る訳がないじゃない……)

 

 八方塞がり、そんな言葉が正しいだろう。恩人に着くのか、海軍として仲間を助けるべきなのか……心情で言うなら、雷はイブキ寄りだ。だが、目の前でピンチに陥っている仲間を見捨てるようなこともしたくないのだ。例えそれが、自分を見捨てるように指示した者であっても。そして思考は同じところを回り続ける。イブキか、那智か。優柔不断とはこのことだろう。

 

 「随分と余裕なのね。イブキさんに艤装を破壊され、こうして私に身動きを封じられ……まだ何か手があるのかしら?」

 

 「ああ、ある。とびきりの、私の命を賭けたモノがな」

 

 ハッタリか、それとも真実かは雷には分からない。相手は姫級、改二とは言え重巡である那智の持てる武装では倒せる可能性が高いとはお世辞にも言えない。だが、那智は自信満々に言い切った。それがハッタリであるとは雷には思えない。しかも那智は海軍総司令の直属の第一艦隊……そんな彼女が最期につまらない嘘をつくとも思えなかった。

 

 ならば本当にそんな武器や艤装があるのかと考えるが、とてもそんなモノがあるとは思えない。仮にあったとして、それがどんなモノかも想像出来ない。

 

 「私達元帥直属の第一艦隊は皆、勝つために手段を選ばない。それは例え敗北する時であっても、1隻でも多くの深海棲艦を沈める為に、1人でも多くの敵を殺す為に全力を尽くす。非道外道と言われようとも、だ」

 

 「……何がいいたい?」

 

 「ようやく口を開いたな軍刀棲姫。教えてやる、私達が持つ最後の武器の名を。それが何なのかを」

 

 

 

 自決用対深海棲艦内蔵爆弾“回天”。

 

 

 

 「忌むべき最悪の特攻兵器の名を付けられた、対深海棲艦爆弾。私が沈んだ時、死んだ時、私の中にあるそれは爆発する。我々艦娘が使う酸素魚雷のおよそ200倍の破壊力だ……貴様らを沈めるのに充分足りるだろう」

 

 「「「「なっ……!?」」」」

 

 回天。それは、日本海軍が実際に使用した特攻兵器の名前。魚雷の中に兵が乗り込み、操縦して突撃していたというそれは、当然中の人間が助かる筈などない。歴史的にも最悪、悲劇の象徴であるその名が付けられているということが、那智の言葉に説得力を持たせていた。

 

 そしてそれは全て事実であり、それこそが善三、那智の言っていた“保険”の正体。善三達以外誰も知らない、文字通りの秘密兵器。使う者も使われた者もまず助からない、正真正銘命を賭けた一撃。

 

 だから時間を掛けた……連合艦隊が巻き込まれないように。だから今この瞬間に話した……軍刀棲姫達が自分から目を離せなくする為に。那智はここで命を捨てるつもりでいる。例え軍刀棲姫達が爆発させない為に己を捨て置くとしても、自ら命を断って敵を道連れにする。

 

 「だったら、爆弾をあなたから取り上げれば……」

 

 「生憎だが、さっきも言ったように爆弾は私の体内だ。勿論、体を切り開いて無理やり外しても爆発する……詰んでるのさ、貴様達は」

 

 「くっ……」

 

 山城の言葉も那智の発言で沈黙する。その横で、雷は怒りを覚えていた。艦娘の体内に爆弾を仕込む……あまりに非人道的過ぎる。それが那智の意思なのか元帥の指示なのかは分からないが、真実がどちらであれ、やっていいことではない。

 

 (死んだら爆発する? 外しても爆発する? じゃあ那智さんは……爆弾を付けられた艦娘は、誰にも看取られずに沈むってことじゃない!)

 

 酸素魚雷のおよそ200倍。その威力を、雷は想像することしか出来ない。だが、那智が味方を巻き込まないようにしていたということは理解した。そうしなければ使えないのだ。周りから仲間が誰1人いなくなって、周りには敵しかいなくて、それらと共に孤独に散るしかない。それは雷にとって、あまりに悲しいことだった。

 

 “忘れるな。艦娘は兵器ではなく、心在る人類(われわれ)の仲間なのだ”……海軍総司令であり、元帥でもある善三の言葉。海軍所属の存在全てが知っているであろうこの言葉は、海軍だけでなく世界にも浸透している。この言葉があったから、艦娘は兵器というだけでなく、1つの生命として認められたのだ。戦う彼女達の姿を心苦しく思う人達がいる。戦いに疲れて帰ってきた彼女達に労いの言葉は投げ掛ける人達がいる。温かな笑顔と食事を用意してくれる人達がいる。そして、同じ生命として愛を語らう人達がいるのだ。

 

 裏切られたという気持ちだった。そこまでして戦いに勝ちたいのかと憤った。そこまで敵を殺し尽くしたいのかと悲しく思った。溢れる涙が止まらない程に、今すぐに感情のまま叫びだしたい程に。

 

 「さあ、私と地獄に付き合ってもらうぞ……深海棲艦共!」

 

 

 

 「そんな場所にイブキさんを付き合わせないで欲しいっぽい」

 

 

 

 「……あ……?」

 

 那智を含めたその場にいる全員が目を見開いた。イブキ以外の4人は、突然那智の腹部から生えた刃に理解が追い付いていないから。そしてイブキは……刃が生えるほんの少し前に聞こえた、聞き覚えのある声に驚愕して。

 

 イブキの視線はずっと目の前の扶桑の向こうに見える那智の姿に固定されていた。3人の視線も同様に那智に、那智の視線はイブキ達に固定されていた。だから気付けなかった。だから気付くのが遅れた。那智の後方、見えている島の裏側からやってきていた、その存在に。

 

 「が、ふ……何、者だ……っ!?」

 

 「……ああ……」

 

 「イブキさん……?」

 

 那智が血を吐きながら自分の体を刃で貫いた犯人を確認する為に首を後ろへと回すと同時に、イブキが声を漏らす。その声に何かを感じたのか雷が顔を見上げると……イブキが涙を流していることに気付いた。

 

 「イブキさんは私と今度こそずっと一緒にいるんだから、地獄(そんなところ)に行ってる暇なんかないっぽい」

 

 「ぐっ!」

 

 刃が引き抜かれ、那智の後ろから刺した犯人が姿を現す。艦娘とも深海棲艦とも取れる不可思議な姿。その右手には那智を貫いたモノであろう軍刀が握られており、左腰には刀身のない、右手の軍刀と同じ形をしている軍刀の柄を携えている。そしてそれらは、イブキが使っている軍刀と同じモノだった。

 

 そんな存在に対して、雷はどこか見覚えがあるように思い……すぐに思い至る。さっきまで一緒の艦隊にいた夕立とそっくりであると。そんな存在はイブキの前までやってきたかと思えば、その手の軍刀を差し出した。

 

 「レ級から伝言……“ずっと借りていてごめんなさい”。私からは……色々言いたいことも話したいこともあるけど……今は一言だけ」

 

 

 

 ━ ただいま ━

 

 

 

 「ああ……ああ……っ……お帰り、夕立」

 

 差し出された軍刀を手にするよりも先に、イブキは涙声で夕立と呼んだ存在を力強く抱き締めた。そんな姿を見せつけられれば、イブキの言葉を聞いた他の者は思い当たる……彼女こそが、イブキが奪われた、ずっと探し続けていた大切な存在であると。

 

 「……感動の再会のところ悪いが、貴様らは終わりだ。今の一撃で私はもうすぐ死ぬだろう……そうなれば、貴様らも吹き飛ぶ……残念だったな、軍刀棲姫」

 

 那智の言葉を聞いて、夕立以外の4人がハッとなる。只でさえ許容限界ギリギリのダメージを負っていた那智に夕立が軍刀を突き刺した……ダメージは許容限界を超え、爆弾の爆発という死へのカウントダウンは始まる。せっかく再会できたというのに、このままでは木端微塵になってしまうだろう。そして、イブキ達にその爆発を止める術はない。

 

 那智の命が腹部から出る血と共に流れ出ていく。艦娘の体は人間と殆ど同じだ。排泄をしない。食事も必要ない。なのに、人間と殆ど変わらない構造をしている。なぜそうなのか、なぜそうなのにもかかわらず人間に必要不可欠なモノが必要なく、それで生きていけるのかは医学的にも科学的にも説明出来ない。しかし、頭が吹き飛べば死ぬ。心臓を潰されれば死ぬ。そして、血が流れ続ければ死ぬ。

 

 扶桑の艤装が那智を投げ捨て、山城の艤装と共にイブキ達と那智の間にその体躯を使って壁を作り出す。酸素魚雷の200倍の威力の爆発を耐えられる保証などないが、無いよりはマシであると考えて。

 

 (ああ……もう音が聞こえない……目も見えない……)

 

 投げ捨てられた那智は海面に力なく横たわる。最早動くことすら出来ないのだ。あと数分か、それとも数秒の後に那智という意識は消え、同時に塵1つ残さない獄炎が辺りを焼き尽くすだろう。

 

 (それでいい……だが、最後に元帥に……善三に会いたかったというのは我が儘か……)

 

 那智は己という存在がなくなっていくのを感じつつ、その心に老人の姿を想う。最古参の艦娘である那智は、最も善三を知る艦娘の1人。例え外道の所業を行おうと、例え冷血な人間に成り下がろうと、那智にとってはただ1人の司令官なのだ。

 

 

 

 ━ 君が那智か。艦娘というのは本当に不思議だな、こんな見た目麗しい女性が軍艦の名と力を持つと言うのだから ━

 

 ━ 素晴らしい戦果じゃないか那智。君達の力があれば、平和な世もすぐに訪れそうだ ━

 

 ━ やれやれ、君は意外に酒癖が悪いな……なんの話かだと? 大淀辺りに聞いてみるといい。さぞ面白い話が聞けるだろう ━

 

 ━ ……那智か。いやなに、自分という存在の愚かさを痛感していたところだ……平和な世を求めた私自身の への……な━

 

 

 

 走馬灯が見せる過去の自分達の姿を瞼(まぶた)の裏に投影しながら那智は思う。体に忌み名の爆弾を仕込まれ、非道外道の手伝いをさせられて尚付き従うのは何故なのかと……答えはすぐに出る。過去の善三を知っているからだ。自分の信じる提督だからだ。そして、もう1つ……。

 

 (艦娘である私とて……いっぱしの“女”だから、な……)

 

 

 

 ━ さようなら、善三。これでも私は、お前のことを…… ━

 

 

 

 そして那智の鼓動は、時を刻むことをやめた。

 

 

 

 

 

 

 それは、駆逐棲姫にとって不運と言う他ない。仇を見つけた矢先に死んだと思っていたハズの相手からの奇襲によって大きなダメージを負い、更にその相手が最悪の艤装を持っていた故に撤退という選択を取った。駆逐棲姫は決して好戦的な姫ではないが、深海棲艦の中でも最強クラスである自分が動いて誰1人沈めることが出来なかった挙げ句の撤退……流石の駆逐棲姫も情けないの一言を自分に投げ掛けた。

 

 負った中破規模のダメージは、不運なことに駆逐棲姫の艤装に内蔵された電探のような索的機能にも支障を来していた。つまり、今の駆逐棲姫は肉眼でしか敵影を把握出来ない。水中に潜ったまま逃走していたことも原因の1つだろう。そして、最大の不運は……。

 

 (……ソンナ……ナンデ、コンナトコロニ!?)

 

 イブキ達から那智を残して撤退していた連合艦隊と航路が被り、更に追われていないかを確認する為に浮上してしまった為に姿を晒してしまったことだろう。

 

 (あれは……駆逐棲姫!? なぜこんなところに……)

 

 突然現れた駆逐棲姫の姿を捉えた連合艦隊の面々が混乱する中で、大淀だけがその存在を正しく理解していた。理由は簡単……駆逐棲姫という存在は、海軍の前に姿を現したことなどないからだ。無論、情報などない。他の艦娘には、だが。

 

 (ですが……これは好都合ですね)

 

 本来の作戦が失敗してしまった今、別の戦果が必要になる。そんな時に湧いてきた、ダメージを負っている姫級という幸運……大淀が逃すことなど有り得ない。目的の姫とは違うが、目の前の存在も立派な姫。沈めれば、充分に大戦果として認められるだろう。不幸中の幸いか、全体の弾薬は半分ほど残っている。日向達は戦えないが、傷付いた姫ならば軍刀棲姫のような正真正銘の化け物でもない限り沈められる。

 

 しかし、問題もある。先程の軍刀棲姫の話を聞き、武蔵の味方ごと撃つという行動、那智の犠牲と立て続けに起きたことで艦隊の士気は最底辺と言っていい。特に長門達は士気の低さに加えて大淀自身に対して敵意すら抱いている。今ここで大淀が姫への攻撃を提案、指示したところで従う保証などないのだ。駆逐棲姫が既に中破規模のダメージを負っているということもあり、戦意を見せている艦娘は少ない。

 

 (迂闊な行動が多すぎましたね……せめて武蔵が戦えれば……)

 

 「あれは……深海棲艦か? しかし、あんな個体は見たことが……」

 

 「ボロボロじゃない……」

 

 「あの深海棲艦も、もしかすると……」

 

 そんな会話が艦隊のあちらこちらから大淀の耳に聞こえてくる。敵に哀れみの感情を抱いて攻撃を躊躇うなど愚の骨頂だが、大淀が……善三の艦隊のメンバーがそれを指摘することなど出来はしない。だが、このままでは戦闘どころか駆逐棲姫を見逃すことになりかねない。

 

 (……ナンダ? 攻撃シテコナイ……?)

 

 大淀が頭を抱えそうになっていると同時に、駆逐棲姫は自分の姿を見ても攻撃してこない敵艦隊に困惑していた。敵にしてみれば今の自分は絶好の標的であることは理解出来る。にも拘らず、艦隊は戦闘態勢を取ることすらしていない……見逃されているような気分になって不快に思うが、逃げている身としては好都合である。流石に背中は見せられないが、このまま再び潜って逃げよう……その考えは、ある1隻の艦娘を視界に捉えたことで消え去った。

 

 (アレハ……)

 

 再び駆逐棲姫の記憶が刺激される。見知らぬハズの建物、見知らぬハズの男性、見知らぬハズの艦娘達。それらの記憶……その最後に見るシルエットが、とある艦娘と重なる。

 

 ━ ごめんなさい…… ━

 

 謝罪と共に記憶の自分に向けられる主砲。記憶の中の駆逐棲姫は、何を思ったのか……裏切られた? なぜ? 悲しいのか、怒りを覚えたのか、それとも何も感じなかったのか。

 

 ━ ごめんなさい…… ━

 

 (アア……思イ出シた……私は……私はっ!)

 

 駆逐棲姫が動き出す……艦隊に向かって。そこに逃げようという気持ちはなく、記憶の中の姿と同じ艦娘に向かうということしか考えていなかった。そして、この行動こそが彼女にとって最大の不運であり……大淀にとって最高の幸運であった。

 

 突然の行動に驚きつつも嬉しく思ったのは大淀だ。どういう考えかは分からないが、姫が艦隊に一直線に向かってくる。いくら士気が下がっていたとしても、この場にいる艦娘は海軍の中でも最高峰、深海棲艦に接近されて何も対処しない訳がない。

 

 「ちっ! 全員構えるんだ! 深海棲艦を近付けるな!! 撃(て)ーっ!!」

 

 しかも大淀が何かを言う前に殿を勤めていた長門が大声で指示を出してくれた。そして放たれる100を越える砲撃が数多の水柱を生み出し、駆逐棲姫に直撃した砲弾が爆炎を作り出し、その姿を隠す。そしてそれらが晴れた時……そこにあったのは、轟沈寸前と言っていいほどに損傷した状態で体の所々に火が着き、立ち尽くしている駆逐棲姫の姿。

 

 その姿を見た連合艦隊の艦娘達は、ホッとしていた。また軍刀棲姫のように避けられるか効かないという状況になるのではないか……そんな不安があったからだ。だが、結果は目標の沈黙……オーバーキルと言っても良いほどだ。

 

 

 

 「……う……あ……」

 

 

 

 瞬間、全員が絶句する。なぜなら、沈黙していた深海棲艦が、再びゆっくりと動き始めたからだ。

 

 抉れて下のあばら骨が見えている左脇腹、辛うじて繋がっている左腕、半分ほど沈んでいる下半身の艤装、流血している頭部……見るも無惨とはこのことだろう。そんな状態でありながら沈むことなく、死ぬこともなく、駆逐棲姫は連合艦隊のとある艦娘を目指して動いている。艦娘達が砲撃を躊躇うほどの姿となって、尚。

 

 (……なん、で……)

 

 当の本人は、最早痛みなど感じていない。ただ、記憶を……かつて“艦娘だった”頃の記憶を思い出したが故に、その記憶の中の艦娘に向かうことしか考えていない。

 

 ━ ごめんなさい…… ━

 

 艦娘だった頃の最期の記憶……自分に向かって謝る艦娘。どうして謝ったのか。どうして自分に主砲を向けたのか。どうして……どうして……そんな疑問を晴らしたくて。

 

 (なん……で……)

 

 やがて、駆逐棲姫は辿り着く……その艦娘の前に。彼女は指があらぬ方向に折れ曲がった血塗れの右腕をその艦娘に伸ばし、目と目を合わせる。

 

 「なんで……私を……撃ったの……」

 

 

 

 ━ ごめんなさい……“春雨” ━

 

 

 

 「なんでよ……不知火……ちゃん」

 

 「う……あ……」

 

 血涙を流し、掠れた声で目の前の艦娘……不知火の名を呟きながら彼女の頬を撫でる。不知火は怯えたような声を出すばかりで、駆逐棲姫……かつて白露型駆逐艦“春雨”と呼ばれた存在の質問に答えることはしない……否、出来ない。それは恐怖に呑まれたからではない。

 

 (そんな……まさか……まさか……っ)

 

 目の前の深海棲艦が、過去に沈めた艦娘の姿と被ったからだ。その声も、自分の名前の呼び方も。不知火は善三の命令の下に自分の手で沈めた艦娘のことを誰1人として忘れたことがない。故に直ぐに思い至る……目の前の深海棲艦が誰なのか。

 

 だが、沈めたハズなのだ。この手で主砲を放った。沈める姿を見届けた。それがなぜ、深海棲艦となって今この場にいるのか……不知火には理解出来ない。出来るハズがない。初めての出来事だから。それでも何かを言おうと、何とか口を開いた。

 

 「は……」

 

 

 

 不知火が名前を呼ぼうとした直後、砲撃音と共に駆逐棲姫の首から上が吹き飛んだ。

 

 

 

 「……あ……」

 

 不知火の顔が、駆逐棲姫の血で紅く染まる。頭部を失った駆逐棲姫の体は左側へと倒れ込み、ゆっくりと沈んでいく。その様子を、不知火は最も近い場所で見ていた。

 

 その後ろでは、大淀が艦娘達に駆逐棲姫の説明をしている。最近になって報告された新種の姫かも知れないとでっち上げて。どうやらトドメの一撃を放ったのは日向達の鎮守府の第二艦隊の伊勢らしい……が、不知火にその会話は聞こえていない。

 

 ━ なんでよ……不知火……ちゃん ━

 

 ━ 不知火ちゃん……どうして…… ━

 

 駆逐棲姫の姿と過去に沈めた春雨の姿が重なる。時雨の時と同じように善三の命を受け、この手で沈めた……自分のことを不知火ちゃんと呼んで、恐らく最も自分と仲の良かった存在であろう艦娘と。

 

 不知火は顔に付いた血を手につけ、顔の前に持ってくる。べったりと付いたその赤はあまりに鮮やかで……なぜか涙が出てきそうになる。

 

 (私は……元帥は……間違ってません。間違って……ないんです)

 

 今までこなしてきた暗殺も、那智が犠牲となったのも、今この場所で駆逐棲姫を沈めたことも、間違っていない。従ってきた自分も、命令を下した善三も間違っていない……何度も何度もそう言い聞かせる。

 

 何時だってそうだった。善三は正しい。善三は間違っていない。だからこの苦しさは勘違い。この悲しさは勘違い。そう思ってきた。

 

 

 

 (……本当に……間違っていないんでしょうか……)

 

 

 

 だが、不知火は初めて疑問を抱いた。善三の言葉に、善三の命令に従ってきた……しかし、それは本当に従うべき命令だったのか? 正しい行動だったのか? ……そんな訳がない。本当は分かっていたのだ……善三が変わってしまったことを。その命令は軍として正しくとも、決して正解ではなかったことを。そして己を恥じる。そうと知りながら盲目に善三に従い続け、要らぬ犠牲を作り出してきた己を。

 

 故に、不知火は決心する。血にまみれた両手を握り締め、最後に見た深海棲艦の悲壮感に満ちた泣き顔と……春雨の最期を思い浮かべながら。

 

 (元帥……司令官。私はもう、何も考えずに貴方に従うことを止めます。そして、貴方の考えを……貴方の言葉で聞かせてもらいます……もう仲間を撃たなくてもよくなるように)

 

 不知火は命令を聞くだけの人形だった。だが、それはもう終わらせる。意志があるのだ。心があるのだ。艦娘にも……深海棲艦にも。それを連合艦隊は再確認した。あることを知った。あることを理解した。それは不知火とて例外ではない。

 

 もしかしたらと考える……戦わずに済むかもしれないと。それを実現するには、善三の考えを聞き、方向を定めなくてはならない。過去の悲しみと悲劇を、未来の幸福に繋げる最初の1歩とする為に。

 

 そんな不知火の決意を余所に、姫を沈めたことを声高らかにすることもなく、連合艦隊は帰路に着く。大淀の手には姫討伐の証として、艤装の破片が握られていた。

 

 

 

 

 

 連合艦隊帰還。大規模作戦は僅かな犠牲を出しつつも達成……目標と突如現れた姫級2隻は元帥艦隊の艦娘、那智が自爆して巻き添えにしたとのこと。倒せたかどうかは定かではないが、現在姫達の行方は知れていない。しかし、帰路の途中に出会った姫は討伐に成功。最低でも1隻の姫を沈めることが出来たため、充分に作戦成功と言えるだろう。今回の作戦は過剰戦力ではなかったかとの声もあったが、弾薬の消耗具合や連合艦隊代表艦娘である大淀の説明から、結果的に妥当であったと判断が下された。当初はそのような姫が存在してたまるかと世間の声があったが、帰投した艦娘達の言葉があり、自然とその声は収まっていった。

 

 作戦が成功したとは言え、突然の大規模作戦の展開は余りに急すぎではなかったかとの声も上がったが、連合艦隊に参加した艦娘達の提督の殆どが総司令の判断を支持。他にも国会や政治家などの大物と呼ばれる人物らも同じく支持。特に言及や責任問題に発展することもなく、善三は変わらずその席にいる。

 

 これが今の世界。海軍と艦娘、深海棲艦を中心に回り続ける世界。海軍の不正も失態も何もかもが揉み消され、その結果を正しいものだと認識して続いていく……そういう世界なのだ。

 

 「……そうか。雷が……」

 

 「すまない、提督」

 

 「いや、大丈夫だ。軍刀棲姫……イブキとやらと一緒にいれば、少なくとも安全ではあるんだろう?」

 

 「ああ、それは断言する。あいつはそういう奴だ。それに……あいつが死ぬとも思えんからな」

 

 「そうか……なら、雷達のことは一旦置いておく。俺達は俺達で、やるべきことをする」

 

 「やるべきことを、ね」

 

 「そうだ……」

 

 だが……そうでない者達も存在する。長門と陸奥の姉妹と机越しに対面している青年こそ、その1人。この青年こそ、イブキの下に置いていかれた雷と、連合艦隊に参加していた長門達の提督……25歳という若さで異例の昇進を果たし、最年少中将の称号を持つエリート中のエリート。

 

 

 

 「総司令の……奴の本性と過去の“事件”。その真相を暴く」

 

 

 

 名を、渡辺 義道(わたべ よしみち)……海軍総司令渡辺 善三の孫である。

 

 

 

 

 

 

 山城と扶桑の艤装の後ろで雷と夕立を抱き締めながら、俺は走馬灯のようにここまでの事を思い返していた。

 

 

 

 突然現れた戦艦棲姫と戦艦水鬼……山城と扶桑の登場は正直ビックリしたが、俺にとっては有難いことだ。姫級である2人が味方してくれたことで、目の前の艦隊の艦娘達は目に見えて士気が下がっている。このまま帰ってくれればいい……そんなことを考えていた。

 

 「……雷、大丈夫か?」

 

 「イブキさん……うん。雷は、大丈夫……なんだから」

 

 「無理はしなくていい」

 

 ぽん、と雷の頭に手を乗せて撫でる。ああ、さらさらでいつまでも撫でていたいな……そう言えたらいいのだが、震える彼女の小さな体を見れば、そんな冗談など言えはしない。最も、謎変換で言えるとは思えないが。

 

 どんな気持ちなのだろうか……味方から撃たれるというのは。俺には想像することしか出来ない。辛いんだろう。悲しいんだろう。それでも雷は泣くこともなく、弱音を吐くこともない。そんな子を敵と一緒に沈めようとするなんて、俺には理解も納得も出来そうにない。

 

 「冷静さを無くした指揮艦などいらん。全軍撤退だ! 先頭は私以外の元帥第一、第二艦隊! 殿は長門、お前達に任せる!」

 

 「ま、待て! まだ雷が向こうに……」

 

 「諦めろ! 1を捨てて100を生かせ! それに、奴らなら悪いようにはしないだろう」

 

 不意に、そんな声が聞こえてきた。なるほど……それが軍としての考え方なのか。1を捨てて100を生かす……俺とは逆の考え方だ。俺は自分にとって大切な1を取り、100を捨てる。自分と周囲さえ良ければ、他はどうでもいいという考えなのだから。

 

 とは言え、だ。俺としては、このまま艦隊を見逃しても問題はない。金剛とレ級のことも心配だし、雷を置いていくと言うなら保護する。正直に言って、艦隊の相手をしている時間があるなら夕立と駆逐棲姫の捜索に費やしたいのだ。

 

 「く、ああっ!!」

 

 「「きゃああああっ!!」」

 

 「わああああっ!!」

 

 「う、くっ!」

 

 (……えっ!?)

 

 だからこそ、逃げようとしていた艦隊……正確には、日向達に向けて扶桑が砲撃したことに内心ビックリした。それも扶桑の言を聞いて納得するまでだったが……。

 

 山城を追い詰めた日向達だけは逃がさない……なるほど、扶桑はあの時はまだ山城の艤装だった。日向達との戦いは彼女にとってリベンジのようなもの……殺気立つのも無理はないのかもしれない。

 

 そんな扶桑を山城は嬉しそうな顔で見た後、雷へと視線が移る……俺も見てみるが、雷の表情は変わらず青い。やはり、俺も扶桑のように攻撃を加えておくべきか……?

 

 

 

 「いや、逃がす。その為の犠牲(わたし)だ」

 

 

 

 そんな不穏なことを考えた時、そんな言葉が聞こえてきた。その瞬間、俺はふーちゃんとみーちゃんの2振りの軍刀を両手に声の主目掛けて跳ぶ。この世界に来た当初こそ心も考えも現代人のそれだった俺だが、半年間復讐を考え、その為に戦ってきた……自然と戦いの勘や平和ボケの思考も磨かれ、変わる。そしてその勘が、相手には“ナニか”があると告げる。

 

 「ならば、何かされる前に斬るだけだ」

 

 だったら、何かされる前に潰すという言葉が謎変換で口から出る。そんなことはさておき、艦娘の懐に入った俺は艦娘が何するつもりなのかを考える。が、それほど良いとは言えない俺の頭で考え付くのは……何もない。そもそも艦娘にしろ深海棲艦にしろ、砲か魚雷、艦載機くらいしか攻撃手段がない。故に、俺は予感したナニかに至れなかった。

 

 (なら、いつも通り艤装を壊す!)

 

 狙ったのは背中から伸びた2本のアームに付いた主砲。その主砲を機械腕ごと斬り捨てると同時に、あの感覚が来た。下を向けば、艦娘の太ももの艤装から出たばかりであろう空中で止まっている魚雷。それらも同じように斬り捨て、爆発に巻き込まれないように後ろに跳び、雷達のところに戻る。それと同時に感覚が消え、魚雷が爆発して艦娘の姿を爆炎で隠す。

 

 しかし、その爆炎の向こうから……何か筒のようなモノが出てきた。もしかして、あれが俺の予感したナニかだろうか……?

 

 

 

 そう思った瞬間、俺の視界は光に包まれた。

 

 

 

 「っ!? 目、が!?」

 

 「眩しっ、うううう!!」

 

 「ああああっ!! 何なの一体ぃ!?」

 

 「「「目がー、目がー!!」」」

 

 上から俺、扶桑、山城、妖精トリオの声。目がまるで焼かれたかのように熱く、痛い。開けることなど出来はしない……が、何をされたのかを理解するには充分過ぎる。

 

 (今のは閃光弾? フラッシュグレネード? よく知らないが、なんで艦娘がそんなモノを……!?)

 

 「っ!? そこ!?」

 

 そう考えていた時、聞き慣れた砲撃音とは違う……パァンという銃声のような音が聞こえた。次いで聞こえた扶桑の声……まだ目が開かない為に予想でしかないが、艦娘が鉄砲を撃って扶桑が反撃したと言ったところだろう。何度か近くで金属が何かを弾いたような音がするのは、山城か扶桑の艤装が俺と雷を守ってくれているのか?

 

 震える雷のものらしい小さな手が、目の痛みにしゃがんでいる俺の手を掴む。そりゃ怖いだろう……見捨てられ、攻撃されているんだから。一刻も早くその哀しみから、苦しみから開放してあげたい。

 

 しばらくしてようやく目が開けられるようになった頃、砲撃音がした後に横たわっている艦娘の姿が見えた。どうやら扶桑か山城の砲撃が直撃か掠ったかはわからないが当たったらしい。扶桑の艤装がその横たわっている艦娘の両腕を掴み、まるで十字架のような体勢で持ち上げた。そこでようやく、俺は艦娘の名前が那智であることを思い出した……だからなんだという話だが。

 

 「よくも、と恨むべきか……それとも、よく逃がすことができたと称賛するべきか……恨んでおきましょう。よくも日向達を逃がしてくれたわね……覚悟は出来ているわよね?」

 

 「深海棲艦の願いなど叶えんよ……そして、私の命もタダではやらん」

 

 「随分と余裕なのね。イブキさんに艤装を破壊され、こうして私に身動きを封じられ……まだ何か手があるのかしら?」

 

 「ああ、ある。とびきりの、私の命を賭けたモノがな」

 

 (命を賭けたモノ……)

 

 最早抵抗はないだろうと考えて軍刀を納めた頃、扶桑と那智の会話の中に引っ掛かるフレーズがあった。“命を賭けたとびきりの手”……すぐに思い付いたのは、爆弾。そこから連想したのは……イブキと名をつける際に参考にした某大総統。彼と戦った、老人の最期。己の死期を悟り、仕える皇子を生かす為に腹に巻いたさらしに仕込んだ爆弾を使って自爆特攻を仕掛け……失敗したものの相手に致命傷を与える隙を作った功労人の姿。

 

 見たところ、那智に爆弾を持っている様子はない。しかし、だ。艦娘、深海棲艦、妖精のいるこの世界なら、極小超威力の凶悪な爆弾があったとしても不思議じゃない……と思うのは、元はこの世界の住人じゃない俺の過大評価だろうか。

 

 かくして俺の予想は当たってしまった。“回天”という名の酸素魚雷のおよそ200倍の威力の爆弾が、那智の体内にある。彼女が死ねば爆発、無理に取り出そうとしても爆発。威力など想像することしか出来ないが、山城も扶桑も焦っている……姫級の彼女達でも焦るということは、彼女達ですら耐えられる保証はない……少なくとも、俺と雷はまず耐えられないだろう。

 

 (どうする……?)

 

 ふーちゃんで斬る? 無理だ。仮に爆炎を斬れても衝撃や破壊力までは斬れない。那智の中の爆弾を斬っても爆発しないという保証もない。みーちゃんで耐えきる? それも無理だ、面積が狭すぎて盾になりはしない。しーちゃん軍刀で那智を遠くに突き出してみるか……? いや、しーちゃんの最大射程はせいぜい100M……爆発の範囲がどれ程かはわからないが、その距離では心許ない。

 

 何も良案が浮かばない。妥協案すら……このまま那智の自爆に捲き込まれて吹き飛ぶのか? 夕立を見付けられないまま、夕立の仇を取れないまま?

 

 (認められるか……そんなこと!)

 

 「さあ、私と地獄に付き合ってもらうぞ……深海棲艦共!」

 

 

 

 「そんな場所にイブキさんを付き合わせないで欲しいっぽい」

 

 

 

 瞬間、俺の回りから音が消えた。まるで、唐突に聞こえた声を聞き逃さないというように。聞き間違いではないのだと伝えるかのように。

 

 

 

 「イブキさんは私と今度こそずっと一緒にいるんだから、地獄(そんなところ)に行ってる暇なんかないっぽい」

 

 

 

 無意識にああ……と声を漏らした後に再びはっきりと聞こえた、懐かしさを感じる声。目の前の那智も、回りの雷達も、最早俺の視界に映らない。唯一映るのは……那智の後ろから現れた存在だけ。

 

 最後に見たときと姿は少し変わっているが……間違いない。生きていた……生きていた、生きていた! 生きて……いた!!

 

 

 

 「レ級から伝言……“ずっと借りていてごめんなさい”。私からは……色々言いたいことも話したいこともあるけど……今は一言だけ」

 

 

 

 ━ ただいま ━

 

 

 

 「ああ……ああ……っ……お帰り、夕立」

 

 「私達もただいまですー」

 

 「えーんイブキさーん。会いたかったですー」

 

 差し出された軍刀(レ級と聞こえたから多分いーちゃん)を受け取るよりも早く夕立を抱き締め、同時にいーちゃんとごーちゃんも抱き込む。目からは涙が止まらず、これ以上言葉も出ない。嬉しいという感情が溢れて止まらず、夕立以外のことなど全く見えていなかった。

 

 半年……それだけの間探し続けた、求めた温もりが今ここにある。復讐に磨耗した心が、冷酷を装ってきた心が熱を持つ。2度と離すものか。2度と離れるものか。この小さくも暖かい存在を……2度と離してやるものか。

 

 「……感動の再会のところ悪いが、貴様らは終わりだ。今の一撃で私はもうすぐ死ぬだろう……そうなれば、貴様らも吹き飛ぶ……残念だったな、軍刀棲姫」

 

 その言葉を聞いてハッとする。そうだ、半ば聞き流していたが、こいつの中にはとんでもない威力の爆弾があるという話だった……俺1人なら、逃げられるかもしれない。だが、他の皆は……どうする。逃げ場はない。防ぐことも出来ない。壊すことも出来ない。那智を抱えて皆から離れる……もうそれくらいしか思い付かない。

 

 「大丈夫ですよー、イブキさん」

 

 (いーちゃん……?)

 

 唐突に呟かれたいーちゃんの言葉を聞いて疑問から動きかけた足が止まる。そして気付く……もう那智がピクリとも動いていないことに。つまり、爆弾は爆発する……タイムオーバー。そのことを悟った俺は、雷と夕立を守るように抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 走馬灯が終わり、来るであろう衝撃に備える。いや、もう爆発してしまい、俺は過ぎた恐怖に怯えているだけかもしれない。そう思い、閉じていた目を開くと……そこには、横たわったまま沈んでいく那智の姿があった。

 

 「爆発……しない……?」

 

 声は雷のもの。那智が沈んでいっているということは、その命は尽きているということ……彼女の言っていた爆発する条件に当てはまる。しかし実際は爆発などしておらず、俺達はこうして無事でいる。

 

 爆弾の話は嘘だった? それにしては那智の言葉は本気だった。ただの思い込み、もしくはそういう暗示か何かを受けていた? 可能性はあるだろうが……。

 

 「爆発はしないですー。夕立さんが“運良く”爆弾の信号を送る部分を爆発しないように貫いてくれましたー」

 

 「……運良く?」

 

 「はいー」

 

 いーちゃんが……妖精ズの5人が俺の目の前に集まるり、いーちゃんがそう告げる。運良く爆弾が爆発しないように爆弾を壊した……つまりはそういうこと。本当にそうなら、夕立は豪運という他にない。

 

 「私達はそれぞれに能力がありますー。なんでも斬れたりー、すっごく頑丈だったりー、伸びたりー、火を吹いたりー。でもでもー、私だけは目に見える能力じゃないんですー」

 

 「目に見える能力じゃない……?」

 

 「はいー。私の能力はズバリー」

 

 

 

 “運”がすごく良くなる。

 

 

 

 初めてこの世界に来たとき、俺は“運良く”雷を助けた。その後に“運良く”長門達と出会い、雷を引き渡せた。球磨達と戦闘の後、外道の商品となる前に“運良く”摩耶様を救出できた。“運良く”山城を助けられた。“運良く”島を見つけ、夕立を拾った。そこから1週間は“幸運にも”戦いが起きることなく平和に過ごせた。

 

 レ級と共に沈んでからは、夕立を失い、戦闘は毎日のように起き、狙われ、戦って探して……そんな日々。なるほど、言われてみれば納得が出来る。つまりは夕立はいーちゃんを手にしてそのまま那智に突き刺した為、それが“運良く”最良で最高の結果を得るに至ったということだ。

 

 「イブキさん……? 妖精さんと喋ってるの?」

 

 「ああ……爆弾はもう爆発しないらしい……夕立のお陰でな」

 

 「私?」

 

 雷に聞かれ、今のいーちゃんとの会話の内容を周りの皆に話す。話し終えた頃には、那智は完全に沈んでしまっていた。

 

 どんな気持ちだろうか、命を賭けて尚相手を倒せなかったというのは。那智は死んで、沈んだ。彼女にとって自分の死とは相手を道連れにするということだったハズ……その結果が自分の目で見えなくても、だ。きっと彼女は俺達を道連れに出来たと思って沈んで逝っただろう。だが、結果はこの通りだ。俺達は生きている……きっと無念だろう。

 

 「……動きましょう。この場にいても、もうどうしようもないわ」

 

 「そうね……イブキさんはこれからどうするの? 雷ちゃんも……その子も」

 

 「私は……イブキさんと一緒に居たい。もう鎮守府にも、海軍にも帰れないもの」

 

 「私もイブキさんといる! もう絶対離れないっぽい!!」

 

 山城の言葉を受け、どうするか考えていると雷と夕立が抱き着いてきた。なぜか2人の間に火花が見えたような気がするが気のせいだろう。

 

 それはともかく、俺はどうするべきか。少なくとも拠点を変えなければならない。海軍がこの島の場所を知っている以上、留まっていたらまたやってくるかもしれない……もう元一般人もは呼べない思考に思わず苦笑してしまう。

 

 「島に仲間がいる。まずは彼女と合流して……次の拠点を探さないといけない」

 

 金剛とレ級のことも忘れてはいけない。合流した後は新たな拠点を探さないといけないが……生憎と目星はついていない。島から出るのは早ければ早いほどいいが、宛もない旅になるのは必須……身一つで動けるとは言え、準備は必要か……?

 

 「だったら、私達の拠点に来るといいわ」

 

 「山城達の拠点……? それはつまり……」

 

 「ええ」

 

 

 

 「貴女達を、私達深海棲艦の拠点に招待するわ」




という訳で、夕立と再会、連合艦隊戦決着のお話でした。第二部艦っ! という感じですかね。

さて、今回で丁度20話となりました。なので、前話の後書きに書いたようにキャラクター人気不人気アンケートでもやってみようかと思います。気軽に参加して見てください。

対象は本作内で出てきた無名キャラを含めた全てのキャラです。その中でベスト、ワーストのキャラクターを“メッセージ”、送れない方は更新予告の活動報告にコメントして下さい。書くキャラは何人でも構いません。結果発表は次回の後書きで。



今回のまとめ

駆逐棲姫死す。なんで……? 善三の孫、渡辺 義道登場。総司令の孫は中将。那智、自爆失敗。それでも私は……。イブキと夕立、再会。お帰り、夕立。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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……おやすみ

お待たせしました。前回に比べると今回は早めに更新出来ましたね。代わりに文字数は半分ほどになりましたが。

今回はシリアスが和らぎます。ついでに説明回。それでは、どうぞ。


 「『イブキさん! 夕立! お帰りなさいデース! キヒヒッ!』」

 

 私の知っている金剛さんと違う……というのが、イブキの仲間がいるという島に来て出迎えてくれた金剛レ級を見た雷と戦艦棲姫山城、戦艦水鬼扶桑の正直な感想だった。

 

 金剛型戦艦ネームシップの金剛と言えば、英国生まれの帰国子女であり、提督ラブ勢筆頭として有名である。艦娘の頃の記憶を持つ山城、扶桑もそう記憶しているし、雷も自分の所属する鎮守府に居るのでそう把握している。艦娘は生まれたときから提督に対してある程度の信頼や好意を刷り込みのように持っているが、金剛はそれらが最初から上限一杯まで高まっているのだ。

 

 それはさておき、彼女達の知る金剛は目が深海棲艦のエリート艦のように赤くはないし、声が二重になって聞こえたりもしない。キヒヒッ、だなんて笑うこともない。なら目の前の金剛はなんだ? と内心で首を傾げる。

 

 「ただいまー、レコンさん」

 

 「ただいま、金剛……いや、レ級か?」

 

 「『ドッチダロウナ? 私も分かってないデース。とりあえずは金剛レ級か、夕立ミタイニ“レコン”ッテ呼ンデホシイナ』」

 

 ぴくり、と反応したのは雷だ。レ級……それは雷にとってのトラウマそのもの。イブキとの出会いによって恐怖こそ薄れてはいるが、それでも未だにトラウマとして彼女の心にその名が刻まれている。何せ、雷が居た艦隊の半数が沈んだのだから。

 

 ぎゅっとイブキの服の裾を握った瞬間、金剛レ級……レコンと目が合った。思わず「ひっ……」という小さな悲鳴が漏れる。只でさえ先の戦いで心にダメージを負っているというのに、そこに加えて不意討ちのトラウマの相手(?)との接触……雷は今にも泣きそうになっていた。

 

 「……すまない、雷。君とレ級のことを失念していた。本当に、すまない」

 

 「『ということは彼女は……オレノ……』」

 

 「……あの時のレ級……なのね……」

 

 「ああ、そうだ」

 

 目の前のレコン……レ級が自分達の艦隊を襲い、天龍、若葉、五月雨を殺したあの時のレ級であると分かり、雷の心に悲しさが込み上げてくる。だが……不思議と憎悪が湧くことはなかった。怒りは当然ある。しかし、半年前のように殺したいほど憎いと思えないのだ。

 

 そして雷はイブキから説明を受ける。半年前、レ級は生きていた天龍によって怒りをぶつけられ、結果として天龍の手によって1度沈んだこと。半年の時を経て金剛として新たに生を受け、まるで背後霊のような存在になっていたということを。レコンからは、今の自分が金剛とレ級の意識が混じり合ったような状態であり、もう金剛とレ級に別れることは出来ないということを。

 

 「……」

 

 「『許してあげてとは言えマセン。ダガ、謝ラセテホシイ……ゴメン、ナサイ』」

 

 レコン……否、レ級の頭を下げた心からの謝罪を受け、雷は1度目を閉じる。その瞼の裏に浮かぶのは……天龍、若葉、五月雨の3人の姿。

 

 悪ぶっていて口調も荒いが、その実面倒見がよく駆逐艦達に人気だった天龍。クールな表情と口調だが、どこか天然っぽさがあった若葉。ドジでおっちょこちょいだが、一生懸命で真面目だった五月雨。そんな彼女達の在りし日が、雷の脳裏に甦る。

 

 もう2度と同じ彼女達と出会うことは出来ない……そして、その彼女達の仇が目の前にいる。殺したいほど憎いとは思わなくとも、怒りはある。レコンはボロボロで、一目で大破していると分かる。雷は1度として攻撃に参加していないので弾薬は有り余っている……この距離なら外さないし、当たり所によってはその命を奪えるだろう。

 

 「……っ!!」

 

 パァンッ!! という渇いた音が響き、回りの皆が目を見開いた。その音の正体は……雷がレコンを全力で平手打ちをした音。彼女は引き金を引くことをしなかった。

 

 「『……撃タナイ……ノカ?』」

 

 「撃ちたい! 仲間に見捨てられて! 今になって目の前に仇が出てきて! いきなり謝られて! もう頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで! でも! だけど!!」

 

 ぽろぽろと涙を溢しながら、雷はその心境を叫ぶ。1日……ではない。1時間に満たない僅かな間で、彼女の身には様々な出来事が起きすぎた。その1つ1つが心に深く傷を負わせ、混乱させた……もう限界なのだ。それでも……彼女は自棄になったりはしない。

 

 「だけど……天龍さんが仇をとってくれたから。私達の中の誰よりも怒ったハズの天龍さんが、仇をとってくれたから、私は撃たないの。でも、怒ってない訳じゃないから……憎くない訳じゃないから……そういうのを全部込めて叩くだけで終わらせるの」

 

 雷は叩いた右手を握り締め、レコンは叩かれた左頬に手を当てて雷を見る。叩かれた頬は、ヒリヒリと痛くて……焼かれたように熱くて……それらが酷く、レコンの涙腺を刺激する。

 

 「痛いでしょ。撃たれたり、斬られたりした訳じゃないのに……効かないハズのただの平手打ちが、凄く。私だって……痛い。ヒリヒリして、すっごく熱くて……すっごく、かな、しくて……」

 

 「『ヒッ……グゥ……ッ……』」

 

 「うぇ……うああああん!!」

 

 「『ゴメ……ナサ……ヒッグ……ゥゥゥゥッ!!』」

 

 我慢していたものが切れ、2人は声の限りに泣く。限界まで泣き声をあげ、言葉にならない思いの丈をその泣き声にのせる。

 

 やがて、イブキが2人に近付いてその身体を抱き寄せた。2人はイブキにしがみつき、イブキは2人を抱き締めながら頭を撫でる。山城も、扶桑も、夕立でさえ、その中には入らない。入っていいとは思えないから。入ってはいけないと思ったから。

 

 そしてその状況は……2人が泣き止むまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 雷とレコンが泣き止んだ後、一行は屋敷の2階……そのレコンが使っていた部屋に場所を移していた。部屋の中にはベッドが1つと椅子が1つある。ベッドにはイブキが座り、泣き疲れて眠ってしまった雷とレコンを膝枕し、夕立が背中に抱きついている。山城と扶桑は擬装である異形を門番の如く屋敷の前に置き、椅子には扶桑が座り、山城は壁にもたれ掛かっている。因みに、夕立の艤装は全て取り外して……左手の魚雷発射菅はスポッと抜けた……ベッドの側に置いてある。

 

 「ようやくゆっくり話せるな……まずは3人に感謝を。ありがとう……俺だけでは、こうして全員無事とはいかなかった」

 

 「いいのよ。私達のは以前のお礼なんだから」

 

 「そうよイブキ姉様。それに、駆けつけることが出来たのはあの子のお陰なの」

 

 「あの子……?」

 

 「ええ……時雨は知っているわよね?」

 

 「……ああ」

 

 「私達が駆けつけることが出来たのは、その時雨のお陰。数日前、偶然私の前に“沈んできた”あの子の」

 

 山城の口から語られたのは、イブキの知る時雨のことだった。この時雨はかつて夕立の同僚であり、不知火によって雷撃されたあの時雨である。あの日、魚雷を受けて沈み行く彼女の手を取り、イブキと夕立を助けてほしいという声を聞き届けたのは山城だった。それは本当に偶然のことだった。

 

 あの日、山城は鈍っていた身体を直す為に散歩がてら海中を進んでいた。そんな時、電探に反応があり……念のために反応の正体を確認しようと近付く。そして反応の近くまでやってきた頃、時雨は雷撃され、沈んだ。艦娘だった頃の記憶を持つ山城は、その沈んでいる艦娘が時雨であると分かり……海中であるにも関わらず聞こえた、イブキと夕立を助けてという声を聞き、その願いと時雨を助ける為に手を取ったのだ。そして時雨は今、山城と扶桑のいる拠点で療養しているという。その意識は、まだ戻っていないらしい。

 

 「状況から考えると、時雨は今回の海軍の連合艦隊……その目標が貴女だと知って、その警告の為に動いていたんでしょうね。その途中で……沈んでしまった」

 

 「……俺のせいか?」

 

 「それは違うわイブキさん。これはあの子の不注意……貴女には何の責任もないの。それはともかく、私達が駆けつけることが出来た理由はそんなところね」

 

 時雨が沈んだのは今いる島が見えるところ……見えていた島、もしくはその近海にイブキがいる、或いは近くを通ると当たりをつけていたという。そして山城が連合艦隊を発見し、扶桑と共に駆けつけ……雷を助けることが出来たのだ。

 

 とは言うものの、実は山城は雷を助けるつもりではなかった……というか、海中にいた彼女は戦況を予測は出来てもその目で見えていた訳ではなかった。連合艦隊から離れた場所に影が見えた為、その影がイブキであると考えていたのだ。そして艤装を背に従えたまま浮上し……偶然雷を武蔵の放った砲撃から守る形になったという訳だ。敢えて言わないのは、助けたのは偶然と口にするのは恥ずかしいからである。

 

 ひとまず話終えた山城と扶桑の視線が、なぜかイブキに背中から抱きついたまま頬擦りしている夕立へと注がれる。次は夕立が話す番……そういう意味を込めての視線だったが……。

 

 (何あれ羨ましい……私ももっとイブキ姉様と触れ合いたい……)

 

 (なんてことを思っているんでしょうけど……今は我慢するのよ山城……拠点に行けば、チャンスは幾らでもあるわ)

 

 少し嫉妬も混じっていた。そんな山城に視線を移した扶桑は、ニコニコと微笑ましげに見詰めている。

 

 「んふ~♪ あ、私の番っぽい?」

 

 ようやく視線に気付いたのか、夕立が頬擦りを止めて抱き着いたまま今までのことを話始める……それは皆に、というよりもイブキに対して、という部分が大きかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 半年前のある日に夕立は駆逐棲姫に襲われ、何とか逃げたものの死ぬ1歩手前まで追い詰められ、海に沈んでいた。そんな彼女を助けたのは……深海棲艦の姫、北方棲姫である。なぜ南方に近いこの島の近くにいたのかと言えば……保護者である港湾棲姫と共に資材確保の為の遠征に来ていたからだ。勿論、姫である彼女達が遠征を行う必要などないが……そこは見た目も頭も子供な北方棲姫の我が儘である。なら港湾棲姫ではなく部下達に着いていくように頼めばという話になるが、いざ北方棲姫が癇癪を起こした場合に止められない。なので仕方なく……ということなのだ。

 

 次に夕立が目覚めた場所は、薄暗い見知らぬ室内。しかも自分はなぜか裸で、淡く光っている緑色の液体で満たされたカプセルの中にいた。どういう訳か呼吸は出来ている。

 

 (……ここ、は?)

 

 確か自分は……と目覚める前の記憶を思い返しつつ、夕立は辺りを見回す。不思議と透き通っている液体の中からでも周りの確認は容易だった。

 

 自分が入っているカプセルと同じモノが3つ……つまりカプセルは4つ。内2つの中には何も入っていないが、1つだけ何か小さなモノが入っていることに気付いた。よく見てみれば、それは刀身が半ばから折れている……イブキから預かった軍刀だった。

 

 (っ!?)

 

 思わず手を伸ばすが、当然ながらその手はカプセルの壁に阻まれる……それと同時に気付く。火傷や傷だらけだったハズの身体が……失われたハズの左腕や潰れていた右目、焼け爛れていた右半身すらも殆ど五体満足に治っていることに。混乱する夕立……そんな彼女の前、正確にはカプセルの前に人影が立つ。その正体は……港湾棲姫だった。

 

 『目ガ覚メタノネ……気分ハドウカシラ?』

 

 (別の姫級!?)

 

 夕立は目の前の存在の名前こそ知らないが、その存在が島で相対した姫と同等の存在であることは理解できる。その驚愕は声には出せず、ゴボッ……と気泡となって出るだけだったが。

 

 『ソウネ……取リ敢エズ、貴女ガソコニ入ルマデノコトヲ説明シマショウカ』

 

 その説明で夕立は、自分を助けた……正確には拾ったのが北方棲姫であることを知った。今夕立が入っているカプセルは艦娘で言うところの高速修復材であり、目覚めるまで1週間もその中にいたという。じゃあもう出してくれてもいいんじゃないかと夕立は考えたが、1度このカプセルに入ると修復が完了するまで出られず、修復完了の合図が出ていないのでまだ出すことが出来ないらしい。因みにここは北方海域にある港湾棲姫、北方棲姫の拠点。つまり、深海棲艦の拠点であるという。

 

 夕立が疑問に思ったのは、なぜ自分を助けたのかだ。艦娘と深海棲艦が敵対していることなど誰もが知っている常識である。イブキのような特殊な存在でもない限り、敵を助けることなど何のメリットもない……と考えた夕立だったが、よく考えてみればこの状況は捕らえられたとも取れる。つまり、敵の情報を得る為に尋問ないし拷問をされる可能性もなきにしもあらず、ということになる。

 

 『アア、安心シテイイワ。尋問モ拷問モスルツモリハナイカラ』

 

 そんな夕立の考えが聞こえたかのように、港湾棲姫がそう告げる。今の言葉を100%信用できる訳ではないが、仮に本当だとすればますます自分を助けたことが理解できない。他に何かあるだろうか……と夕立は首を傾げる。そんな仕草が面白かったのか、港湾棲姫は自身の巨大な異形の手を口元に当ててクスクスと笑った。

 

 『貴女ヲ助ケタコトニ理由ナンテナイワ。強イテ言ウナラ、ホッポノ遊ビ相手ニナッテモラウ位カシラネ。元々、貴女ヲ拾ッテキタノハホッポダモノ』

 

 ホッポ……つまりは北方棲姫、その遊び相手になれと港湾棲姫は言う。冗談じゃない、というのが夕立の心境だ。目の前の港湾棲姫は1週間もこのカプセルの中にいたと言った。となれば、間違いなくイブキは時雨を送り届けて島に戻って来ている。半壊した屋敷と戦闘の爪痕が残る、自分のいないあの島に。ならば、急いで帰らなくてはならない。自分が生きていることを教えてあげなければならない。

 

 誓ったのだ、一緒にいると。家族になると。それが一夜で終わるなど認められない。レ級の死で弱っている彼女の心にトドメを刺すかのような現実を突き付ける訳にはいかない。

 

 (だからここから出して! 私をイブキさんの所に行かせて!!)

 

 そうは思っても声には出来ず、身体もロクに動きはしない。そんな夕立を見ていた港湾棲姫は、悲しげな表情を浮かべる。彼女は深海棲艦の中でも穏健派……戦いを嫌う珍しい存在だ。彼女と共にいる北方棲姫もまた、少々好奇心旺盛なところはあるものの戦闘には興味がない。単純に痛いのも怖いのも嫌いという子供らしい理由もあるが、戦いよりも楽しいことが沢山あるからだ。彼女達の部下である深海棲艦達も同じように穏健派であり、戦いを嫌う。無論、姫達に危機が迫ればその限りではないが。

 

 故に、港湾棲姫はここに留まる気はないという夕立に対して平和的な解決法を模索する。夕立が出ていってしまえば、拾ってきた北方棲姫は癇癪を起こして泣きに泣き、八つ当たりをするだろう。そうなっては困る。それに、夕立も決して万全ではないのだ。そんな彼女を海に出したら、同胞に沈められるか、ガタが来て身動きが出来なくなるかもしれない。心優しい港湾棲姫が、そうと分かってて夕立を出す訳がない。

 

 『……ゴメンナサイ、マダ貴女ヲココカラ出ス訳ニハイカナイノ』

 

 その言葉に激昂しかける夕立だったが、港湾棲姫のその理由を聞いて踏み留まる。北方棲姫のくだりは知るかそんなもんと言いたいが、ロクに身体が動かない以上は行動そのものが出来ない。動きたくても動けないのだ……こうしている間にも最愛の人が苦しんでいるかもしれないと言うのに。

 

 しかも夕立自身の艤装も問題となる。単純な話、損傷が激しすぎて修復が出来ないのだ。つまり、身体が動くようになったところで海に出られない。しかもここは深海棲艦の拠点……艦娘の艤装などある訳がない。八方塞がりだった。

 

 (どうしようもない……っぽい)

 

 結局、夕立はここで身体が癒えて艤装の都合がつくのを待つことになった。1週間修復しながら眠り続けたせいか体はマトモに動かなかったが、それも北方棲姫の遊び相手をしながら過ごしていれば解消される。ボロボロだった服は港湾棲姫が作り直してくれたらしい……なぜ裁縫道具があるのかとかその腕で縫えるのかとか疑問に思ったが夕立は触れなかった。食事は出される燃料弾薬を直接ばりばりと口に運ぶ……流石に人間が口にするような食べ物はないようだ。寝る時は北方棲姫と港湾棲姫と一緒に眠った。翌日に起きてはまた北方棲姫と遊び……そんな生活が続けば、流石にその生活に慣れてきてしまう。

 

 北方棲姫にはなつかれ、港湾棲姫には身体の心配や北方棲姫の遊び相手のお礼を言われ、彼女達の部下とも交流が出来て……それでも、夕立はイブキの元へ帰る方法を模索した。そして、その方法が見つからないままおよそ5ヶ月が過ぎた頃……その“噂”を耳にした。

 

 “何かの持ち主を探す、軍刀を持った新種の艦娘”……その噂を偶然、姫達の部下達の雑談の中で聞いた夕立は一瞬でその正体がイブキであることに辿り着く。探してくれている……自分が生きていると信じてくれている。そう考えると、温かいものが心に染み込んだ。

 

 だが、ここはどことも知れない深海棲艦の拠点……見つけ出すことはほぼ不可能だろう。ならば自分から会いに行くしかない。というのも、噂ではその艦娘は接触した深海棲艦を無慈悲に斬り捨てるというのだ。穏健派で戦いを嫌う港湾棲姫と北方棲姫が、そんな危険な存在に部下達を接触させる訳がないし、拠点に招くなどもっての他。夕立も北方棲姫が拾わなければこうして拠点に置くこともしなかっただろう。

 

 しかし、5ヶ月経って尚夕立が使える艦娘の艤装は見つかってはいなかった。そもそもそう簡単に見つかるものでもないし、仮に見つかったとしても夕立の艤装のように修復不可能な迄に壊れていることが殆どだ。会いに行けない……その現実が、夕立には辛かった。

 

 しかし、更に3日ほど経ったある日に、夕立は閃いた。

 

 

 

 ━ そうだ、深海棲艦の艤装を使おう ━

 

 

 

 艦娘の艤装が見つからないなら、ここにある深海棲艦の艤装を装備してしまおうということだった。勿論、単なる思い付きではない。

 

 夕立は、かつて深海棲艦だった。もっと詳しく言うなら、雷巡チ級と呼称される深海棲艦として存在していた。その頃の記憶は艦娘夕立として生まれ変わって尚存在し、一時はその深海棲艦としての感情と艦娘としての感情が二律背反となって苦しんでいた程だ。イブキに出会ったことでその苦しみからは解放されていたが、イブキがいない今、誰にも言ってはいないが、その苦しみがまた振り返している。

 

 それはさておき、夕立は自分が目覚めたカプセルの置いてある部屋にやってきてカプセルの中にあるモノ……折れたイブキの軍刀を取り出す。夕立を修復したカプセルと同じ液体の入ったカプセルに入り続けていたそれは、未だに修復される気配がない。その軍刀と姫達の部下である1隻のチ級から予備の艤装……魚雷発射菅と姿勢制御や航行機能を司る部分の艤装を譲り受け、夕立はそれらを手に持つ。

 

 チ級の艤装は、夕立の手に良く馴染んだ。しかし、使えない。考えてみれば当たり前である。かつては深海棲艦だったとしても今は艦娘、深海棲艦の艤装が使える道理などない。

 

 (でも使わなきゃ、使えなきゃ、イブキさんの所に行けない……お願い、動いて! 私を探してくれてるの。私が生きてるって信じてくれてるの! だから動いて! その為だったら何でもする、何にでもなる!)

 

 『だから……動いてよぉっ!!』

 

 

 

 ━ そのお願い、叶えてあげるですー ━

 

 

 

 ぐじゅる……そんな生々しい音が、夕立の中から聞こえた。

 

 『あ……っ……』

 

 びくんっと夕立の身体が痙攣し、仰向けにその場に横たわる。

 

 『あっ……はぁ……』

 

 身体のナカが、外が、少しずつ改装(かえ)られていく。

 

 『んく……くぅ、ん……っ』

 

 奇妙な、不可解な、不可思議な、よくわからない感覚に体を捩らせ、悶えさせる。

 

 『ひぅ……ン……ぁ……』

 

 目の前がチカチカと明滅して、ナニカが爪先から脳天へと上り詰める。クリーム色の髪の毛先が赤く染まり、少しずつ白くなっていく。

 

 『ぁは……んひぃ……っ!』

 

 身体が想い人に近付いていくのが分かった。自分が彼女と同じ存在に近付いていくのが理解できた。体がアーチを描くように弓形にしなり、汗が流れ、頬は上気し、目は潤む。

 

 『あ……ああっ……んんんーっ!!』

 

 夕立は、望んだ通りの変化に歓喜の声をあげた。

 

 

 

 同時に、勢い余って艤装から魚雷をぶっぱなし、部屋を破壊した。

 

 

 

 目覚めた夕立は港湾棲姫にこれでもかと怒られた。普段が穏和な分、一度怒ればその怖さは半端ではない。夕立は涙目になり、関係ない北方棲姫すらあまりの恐怖に泣き出す始末である。

 

 説教が終わると、次は変わった姿について追及される。クリーム色だった髪は毛先が赤く、上にいくにつれて白くなるという鮮やかなグラデーションを描き、エメラルドの瞳はflag shipのように金色に染まっている。折れたままだった軍刀は刀身がなくなっており、チ級の艤装は問題なく扱える。身体もより女性らしく成長している。そうなった理由が気にならないハズがない。しかし、夕立もその理由を知らない。彼女は願っただけだ。艤装よ動けと、頼むから動いてくれと。その際に誰かの声が聞こえた気がするが、気のせいかもしれないと夕立は考えていた。

 

 そして、問題の艤装だが……魚雷が放てた通り、動かすことは出来るようになっていた。また、港湾棲姫曰く夕立の気配が艦娘に少し深海棲艦のモノが混ざっているように感じられるという。試しに海に出てみても問題なく航行出来る。つまり、イブキの元へと向かうことができたようになったのだ。

 

 『夕立……イッチャウノ……?』

 

 『う……』

 

 だがしかし、赤い瞳に涙を浮かべた北方棲姫の姿が夕立を躊躇わせる。イブキがいるなら他に何も要らないと断言する夕立ではあるが、見た目幼子の涙目には流石に良心が刺激される。かといってイブキに会いに行かないのも論外。仕方なく振り切ろう……として、いつのまにか背後に忍び寄っていた港湾棲姫に頭を捕まれて持ち上げられ、痛みに悶える夕立の耳元にそっと囁いた。

 

 

 

 『部屋ヲ壊シタママドコカヘ行カセル訳ガナイデショウ……?』

 

 

 

 結果、夕立は今までのサイクルに中に部屋の修繕(ほぼ1人でやらされた)を加えて約1ヶ月追加で過ごし、修繕を終えたことでようやくイブキに会いに行くことを許されたという。そうして夕立は約半年を過ごした拠点と深海棲艦達に若干後ろ髪を引かれつつ、北方棲姫と港湾棲姫の見送りを受けて海へと出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 話し疲れたのか俺に後ろから抱き付いたまま夕立は眠ってしまった。その色々な柔らかさと良い匂いに意識を飛ばしそうになりつつ、俺は目の前の山城と扶桑を見る。

 

 「寝ちゃったわね」

 

 「ああ……元々疲れていたところにあの長話だ、眠るのも仕方ない」

 

 夕立の話はその深海棲艦の拠点を出てからの話……道中は何事もなかったが、この島で僅かとはいえ駆逐棲姫と戦って撃退したという話を聞かされたときは胆が冷えた。尤も、夕立と金剛とレ級……レコンも無事だったのだから良かったが。

 

 さて、今日は思い出すことが……出来事が多すぎる。まだ昼前だと言うのに、だ。金剛の中にレ級がいるという事実。連合艦隊の襲撃。雷との再会。夕立との再会。金剛とレ級が1つになっているという不思議な現象。雷とレコン……レ級の会話。夕立のこれまで……本当に出来事が多い。

 

 レコンが出迎えてくれたあの時、俺は雷とレ級の間にある確執をすっかり忘れてしまっていた。思い出したのは、雷が俺の服の裾をギュッと握った時だ。彼女にとってレ級は間違いなくトラウマの対象……無思慮な自分が情けなかった。

 

 慰めにはならないかも知れないと思いつつも、俺は天龍のことを話した。その話が雷の心に何を感じさせたのかは分からない。ひょっとしたら、怒りに任せて砲を撃つかもしれない……そんな俺の考えは、すぐに引っくり返された。

 

 

 

 『『……撃タナイ……ノカ?』』

 

 『撃ちたい! 仲間に見捨てられて! 今になって目の前に仇が出てきて! いきなり謝られて! もう頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで! でも! だけど!!』

 

 『だけど……天龍さんが仇をとってくれたから。私達の中の誰よりも怒ったハズの天龍さんが、仇をとってくれたから、私は撃たないの。でも、怒ってない訳じゃないから……憎くない訳じゃないから……そういうのを全部込めて叩くだけで終わらせるの』

 

 

 

 いっぱいいっぱいだったハズだ。心はとっくに限界で、周りなど関係なく喚き散らしたくて、怒りと悲しみを力の限りばらまきたいハズだ。それだけのことがあったんだ。それだけの思いをさせられたんだ。例え彼女がレコンを撃ち殺したとしても、例え死ぬまで殴り続けたとしても、誰がそれを責められるだろうか。

 

 それでも、彼女は撃たない。沈めない。殺さない。限界の心を繋ぎ止めて、平手打ち1発に留められる……留めることが出来る。俺にはその姿が、とても眩しく見えた。

 

 (それに比べて……俺は……)

 

 半年。言ってしまえば一言で済むが、実際は短いとも長いとも言える時間……それだけの間に、俺は何人の艦娘を斬った? どれだけの深海棲艦を沈め、殺した? 怒りのままに、時に情報が得られないなら価値がないからと、俺は軍刀を振るった。夕立が戻ってきて今、俺はその事実を感じていた……いや、今まで感じていなかった訳じゃない。見向きしなかっただけだ。それを今更になって見てしまい、罪の意識に苛まされているだけなんだ。

 

 いや……罪の意識というのは違う。ただ、罪悪感を感じているだけなのだろう。嘘をついた艦娘がいた。笑いながら知らないと言った艦娘がいた。問答無用で攻撃を仕掛けてきた艦娘と深海棲艦がいた。俺はそれに武力をもって返しただけ……一方的に、蹂躙しただけ。だから罪悪感を感じている。子供に大人が暴力を振るったかのような、居心地の悪さを感じているだけなんだ。

 

 「……ふぅ……」

 

 思わず溜め息が出る。半年前の俺は、どんな存在だった? 最初はもっと軽い奴だったハズだ。心は小心者の元一般人で、時間が止まったかのような感覚と某大総統のような身体能力と5本の妖精軍刀で戦えているだけの……そんな奴だった、と思う。それがいつから、艦娘を斬っても深海棲艦を沈めても……殺しても、冷静でいられるのか。いや、冷静だったのは前からかもしれんが。

 

 「どうしたの? イブキ姉様」

 

 「流石に疲れたんでしょう。3人みたいに眠ったらどう? 私達の拠点に行くのは、それからでも遅くはないわ」

 

 「……そう、だな……少しだけ、眠らせてもらおう」

 

 扶桑の言葉を受け、俺は夕立を雷の隣に座らせ、雷とレコンを膝枕したまま体を後ろへ倒し、夕立の頭を腹の上に持ってくるように寝かせる。

 

 疲れた……そうだな……疲れた。半年間ずっと張り詰めていた。夕立のいない日々に安らぎはなくて、嘘と戦いの中で過ごした。物語で良くありそうな悪夢を見て飛び起きる、なんてことをしたことはないが、充分に眠れたことはない。それでも問題なく動けるのがこの身体のスゴいところなんたが。

 

 だが……今は眠くて仕方がない。もう駆逐棲姫を探す必要はない。夕立はここにいる。レ級との家族になるという約束を果たせる。雷とも再会できた。山城は姉の扶桑と一緒に再び会えた。これで少しは……以前のように笑えるだろうか。以前のように……艦娘達に悪意も戦意もなく出会って喜んで、夕立のスキンシップにドキドキして、この世界を自分なりに楽しく生きられるだろうか。

 

 「……おやすみ」

 

 「「おやすみなさい」」

 

 「「「「「おやすみなさいー、イブキさん」」」」」

 

 半年間感じていたシリアスな空気から逃れるように……俺は夕立の頭を撫でながら目を閉じた。

 

 どうかこの温もりが、夢ではありませんように。




という訳で、雷とレ級の和解(?)と夕立の説明回でした。夕立のところでちょっと薄い本的なモノを考えた方は速やかに憲兵に申し出て下さい。

前回の後書きに書きましたキャラアンケートに参加して下さった方々、本当にありがとうございました! そんな皆様から頂きましたベスト、ワーストキャラがこちら↓

ベスト
1位 雷
2位 イブキ
3位 金剛レ級

ワースト
1位 渡部 善蔵
2位 大淀
3位 武蔵

ベストでは3位は接戦だったりしますが、金剛レ級がもぎ取りました。ワーストは予想通りというか……善蔵に至っては嫌い過ぎて名前すら覚えていないという意見も。他には雷可愛い、そんな雷を撃った武蔵許すまじ、駆逐棲姫可哀想等の意見も……。

今度やるとすれば、出てほしい艦娘とかでしょうか? 基本的に酷い目に逢いますが(黒笑



今回のまとめ

雷とレコン、和解? その一撃は何よりも痛い。夕立の今まで。ん……あ……ん……。イブキ、眠る。おやすみ。

尚、レコンは暫定的な呼び方ですので、他に何か良い呼び名があれば採用させていただく可能性があります。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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閑話 その後の海軍達

お待たせしました、ようやく更新でございます。

ネタバレ→イブキ達は出ない

今回御都合主義というかかなり無茶な設定が出てきます(今更)どうか寛大な心でご容赦ください(^_^;)

ところで、Fate/goのノッブの最終再臨ボイスは聞きましたか? もう素晴らしいですよ←


 日本海軍総司令。その名が意味するものは、日本海軍に所属する者達全ての長であり、最強の提督。過去の海軍はその限りではなかったが、艦娘と深海棲艦がいる現代ではそう在りようが変わっている。最も変わったのは、その総司令の椅子に座る方法だろう。

 

 今や深海棲艦の脅威を撃退出来るのは海軍の保有する戦力である艦娘のみ。そして、艦娘を戦力として扱えるのも海軍のみ。それは紛れもなく、世界を平和にする、世界の平和を守ることが出来るのが海軍のみであることを意味する。故に、総司令の座に座る者は“海軍最強”でなくてはならない。常勝不敗、己の限界や仲間の屍を踏み越えてでも勝利を手に取る……強固な精神を持つ者でなくてはならない。高い指揮能力や艦娘との信頼関係、カリスマ、それらを持ち得る英傑でなくてはならない。守られるべき国民は、それほどの存在がトップとなるべきであると声高らかに叫んだ。そうあるべきだと望んだ。

 

 そのような英傑が座るべき椅子に、どうすれば座れるのか……勝てばいい。その椅子に座る者に、己の方がふさわしいと力をもって見せ付けてやればいい。

 

 「渡部 善蔵総司令……先の作戦の大敗は貴方が総司令の椅子に相応しくないと我々に思わせるに充分なモノだった。老いた貴方に、耄碌した貴方に、その席は相応しくない……退け。その席、私が貰い受ける」

 

 軍刀棲姫に挑んだ大規模作戦から2週間経ったとある日の早朝、1人の男性が総司令室に入り、善蔵の前に“果たし状”と書かれた封筒を叩き付けた。

 

 これこそが総司令の椅子に座る為の方法。現総司令に艦隊戦を挑み、勝利すればその椅子が得られる……原始的でありながらも確実な、力の優劣を知る方法。総司令が敗者となれば席を退いて降格、或いは軍から離れる。挑んだ側が負ければ、その結果は当然の帰結としてペナルティはない。とは言っても、今回のような物言いでは降格くらいはあるかも知れないが。

 

 善蔵は果たし状を一瞥すると直ぐに視線を目の前の男に移す。その男は、海軍に3人いる大将の内の1人であった。名を、白木 幸助(しらき こうすけ)。彼は53歳にして大将の座を勝ち取った猛者であった。無論、先の大規模作戦にも参加している。

 

 戦略は基本的に力業によるごり押し。大艦巨砲主義とも言える空母2隻戦艦4隻からなる大火力を持って攻めて攻めて攻めまくる、攻撃こそ最大の防御を地で行くその姿は新米提督や国民に非常に受けがいい。“こと火力において白木の右に出るものなし”というのは、海軍内では有名なことだった。

 

 「……良かろう。しかし、白木大将……貴方が敗北した場合の処置……分かっているのだろうな?」

 

 「勿論だとも。降格なりなんなり好きにすればいい。それくらいの覚悟はある」

 

 数秒の思考の後、善蔵は目を閉じながら問い掛け、白木もまたそう返す。しかし、潔しとも自信満々とも言えるその言葉の裏では俗にまみれた考えをしていた。

 

 総司令への挑戦……唯一善蔵と成り代わる為の儀式だが、行われたのは片手の指で足りるほど。提督となる者の艦娘との相性や内面等を重視している為か、提督達は平和の為に戦いこそすれど昇進や総司令の椅子になど興味を余り抱かない。無論昇進すれば給金は増えるし権限も持てる。だが、左官でも十二分な給金が支払われている為に率先して昇進を目指すものは少ない。ましてや将官以上の地位は数が決められており、今回のような挑戦をして勝利するか、死亡する等によって席が空くのを待つしかない。そんな地位を目指すくらいなら、平和の為や部下の艦娘との交流に時間を使う方が有意義だろう……というのが、現在の提督達の考えである。

 

 しかし、白木は違う。彼は総司令の椅子がどうしても欲しかった。今の海軍は世界でも最大の“権力”を誇ると言っても過言ではない。何せ、海軍の存在……艦娘がいなければ国も世界も抵抗することも出来ずに滅びるのみ。その艦娘も提督以外の指示には殆ど従わない。助けることはあろう。守ることもあろう。しかし、所属しないし、命令も聞かない。ならば国も世界も海軍を頼るしかない……どんな手を使ってでも。善蔵が先の大規模作戦の敗退の真実を世に隠し遠し、失脚することもなくこうして過ごしているのもその辺りが関係している。

 

 (欲しいなぁ、その権力! まるで世界を統べる王の玉座のようなその地位! 海軍最強の名誉! 名声! 栄誉! それらがもたらす富! 貴様のような耄碌ジジイが座るには勿体無い!!)

 

 これこそが白木の動機。海軍の理念などはとうに記憶の彼方で、その心にあるのは向上心とは似ても似つかない醜悪なモノ。

 

 かつては、その心に愛国心があったのかも知れない。平和の為に戦う正義を持っていたのかも知れない。だが……今の彼にそんなモノはない。あるのは欲。かつて持ち合わせていた高潔な精神と心を狂わせる……誰もが持ち得る猛毒だった。

 

 「そこまでの覚悟があるのなら、問題ない。受けて立とう。しかし、敗北時の処置は通常よりも重いぞ」

 

 「ほう? 負けるつもりはさらさらありませんが……どんな処置をお考えで?」

 

 善蔵が脅すように言ったところで、それは白木には届かない。何故なら、白木の中では既に自身の勝利が確定しているからだ。

 

 2週間。大規模作戦を終えてからそれだけの時間が経ったが、白木は知っている。善蔵の最強の第一艦隊……その戦力は今、万全ではないことを。那智の抜けた穴は意外にも大きいらしく、その穴を塞げる艦娘がいないらしい。仮に適当な艦娘を入れたとしても、その戦力は1段落ちる。故に、そこに勝機はある……否、必勝であると白木は甘く考えていた。

 

 しかし、その余裕の表情は善蔵が机の上にばら蒔いた数枚の書類を見た瞬間に一変する。

 

 

 

 「貴様が敗北すれば……腹を切ってもらおう」

 

 

 

 その書類に書かれていたのは、半年前に発覚した艦娘売買事件の詳細。そして、その真犯人の名前に白木の名が刻まれていた。

 

 「……これ、は……面白い冗談ですな。この事件の犯人は、どこかの大佐で」

 

 「その大佐を銃殺刑にした時、その引き金を引いたのは貴様だったな。教え子だったから、師である自分が引導を渡したいと……しかし、だ。気付いていたかね? 白木大将……大佐が貴様の顔を見て救いを得たような顔になり、貴様が銃を取ると一転して全てに絶望したような顔になったことを。唯一貴様にだけ、だ……ただ師の姿を見たが故の反応にしては、些か大袈裟だとは思わんかね?」

 

 「そういうこともありましょう。あれは、私によくなついていましたから」

 

 不意討ちのような善蔵の言葉になんとか返した白木だったが、その心中は穏やかではない。何故なら、犯人は大佐だったが……更にその上、謂わば魔王の上の大魔王のような位置に、白木はいるのだから。

 

 艦娘売買事件。白木がその悪行に手を染めたのは、金とコネの為だ。売人に艦娘を渡し、富豪や好事家に艦娘を買い取らせ、そこを押し入って賠償金や弱味を得る……そういう手順だった。売人に連絡を入れ、いざというときの蜥蜴の尻尾として大佐を使い、更にその下の地位にいる提督達を売人の依頼を受けるように指示させ、騙し討ちさせて艦娘を捕らえさせる……これなら艦娘が売人の手に渡ったのは依頼中の事故、それでなくとも大佐が犯人として話は終わる。

 

 そして使われた大佐は……本当にただのスケープゴートに過ぎない。彼は白木の言葉……“経験の浅い提督にも出来るような任務を用意した。私から言っては萎縮するかも知れんので、君から話をしてあげてくれないか? 無論、私からというのは内緒でな”という言葉を真に受け、親切心から提督達に連絡しただけなのだ。彼は夢にも思わなかっただろう。己の師が初めから自分を利用して切り捨てるつもりでいたなどと。

 

 受けた恐怖はいかなるものか。師の言葉を信じ、仲間の為であると回した任務が犯罪行為であったというのは。どれ程の絶望だろうか。艦娘売買の裏切り者として仕立てあげられても、きっとその大佐は僅かな希望を持っていたことだろう……自分の師が、自分はそんなことをしていないと訴えてくれると、きっと助けてくれると。その僅かな希望を信じた師の手によってあっさり砕かれるというよは。そんな彼が最期に何を思ったか……今更答えなど出はしないが。

 

 「そうらしいな……貴様は身内に対しては甘いのだろう。だからこんな書類に書かれているような証言も……こんなモノも出てくる」

 

 そう言って善蔵が取り出したのはボイスレコーダー。その再生ボタンを押すと、白木の声が流れてきた。善蔵の手にあるそれを訝しげに見ていた白木だったが、その声を聞いて顔面を蒼白にする。

 

 それは、売人に連絡を入れている……売人と予定を話し合っている白木の声だった。無論、合成である可能性もなきにしもあらずではあるが……混乱した白木には、最早その可能性を捻り出せなかった。何よりもその混乱を招いたのは、善蔵の言葉だ。“身内に甘い。だからこんなモノも出てくる”……つまり、そのボイスレコーダーを渡したのは白木の身内であるということ。妻子はおらず、既に両親も他界している白木の身内とは、先の大佐を除けば鎮守府の艦娘や憲兵、作業員達を意味する。

 

 (誰だ、誰に聞かれた!? 細心の注意は払っていたし、奴等との連絡も自室でしかしなかった。くそっ、いったい誰が……)

 

 「さて……返答を聞こうか、白木大将。貴様が敗北すれば腹を切る……異論はないな?」

 

 (あるに決まっているだろうクソジジイ!!)

 

 にやりと悪どい笑みを浮かべながら言う善蔵に白木は怒りの形相を浮かべる。自業自得とはいえ、彼に勝機はない。善蔵にこの書類とボイスレコーダーを世間にばら蒔かれたが最期、仮に善蔵に勝てたとしても社会的に死ぬ。そして負ければ、命を失う。デッドオアダイ、最早その運命は避けられない。

 

 (……いや、ここでこいつを殺せば、或いは……)

 

 精神的に追い詰められた白木の脳裏に、そんな危険な思考が浮かんでくる。目の前の存在は年老いた爺、手元に武器はないが無手でも殺すことは不可能ではないだろう。

 

 しかし、実際に行動に移すことは出来ない。そんなことをしてしまえば、それこそ自分は社会的に死ぬ。アリバイもなければ証拠の隠滅方法すらも考えていない以上、行動に移せば確実にお縄につくだろう。それに、幾ら大敗しようが善蔵の築いてきた膨大な過去の栄誉と実績は国民の全てが知るところ。言わば善蔵は英雄。そんな英雄を亡き者にしては、白木はその命すらも奪われかねない。結局のところ、白木は詰んでいる。どう足掻いても引っくり返せないほどに。

 

 「くくっ……顔色が悪いな、白木大将」

 

 「ぐ……ぐぐ……」

 

 「さて……もう一度だけ聞くとしよう……異論はないな? 白木 幸助」

 

 「……あ……りません」

 

 白木は、震える声で頷いた。

 

 

 

 

 あの会話から3日後、善蔵と白木は少将以上の提督達が見守る中で総司令の椅子と命を賭けた演習を行った。その際のお互いの艦隊は、白木が第一艦隊である大和に武蔵、長門に陸奥、大鳳に赤城という構成であり、善蔵は第一艦隊を使わず、第二艦隊を用いて勝負に挑んだ。

 

 結果を言えば、善蔵の勝利。その瞬間に白木は艦娘達を残して演習場から逃走し、自分の車で自宅へと向かっている最中にトラックとの衝突事故を引き起こして死亡した。海軍大将の事故死は日本中に知れ渡ることになり……同時に、その悪行も知られることになった。その際、国民は既に死去した白木への怒りを露にし……不穏分子を排除し、今後はこのようなことがないよう尽力するという善蔵直々の言葉を一先ずは信じる方向に落ち着いた。尚、白木の悪行を善蔵から証拠付きで教えられた部下の艦娘達は一部は海軍本部の指揮下に入り、本部の防衛に尽力することになる。そして残りは、希望する鎮守府へと異動することとなった。

 

 「さて……席が1つ空いてしまったな」

 

 それらの出来事を終え、善蔵は独り呟く。白木が死亡したことにより、大将の席が1つ空いてしまった。なので、中将から1人繰り上げ、少将からも1人繰り上げ、准将以下から1人繰り上げなければならない。候補となる中将3人は皆優秀であり、誰を上げても問題ない。少将以下も同文だ。

 

 かといって早急にしなければならないという訳でもない。軍刀棲姫とその仲間は未だに発見されておらず、那智の道連れは成功したものと考えてもいいと大淀は善蔵に言っていた。そう考えるなら、ひとまずの脅威は消えたということになる。決して深海棲艦の存在がなくなったということではないが、大規模作戦を起こすことはしばらくはないだろう。階級の繰り上げなど、その間にやればいい……それが、秘書艦である大淀の意見だった。

 

 (……軍刀棲姫、か)

 

 しかし、善蔵は大淀の意見と同じ考えをしながらも軍刀棲姫のところだけは反対の意見だった。つまり、軍刀棲姫は那智の自爆をどうにかして生きている、というのが善蔵の考えである。

 

 (だが、しばらくは様子を見るべきか。急いては事を仕損じる……初心に帰らねばなるまい。彼女達が現れたばかりの時の臆病なまでに慎重だった自分に。2度と無様な結果を残さぬ為に……)

 

 善蔵は軍刀棲姫を“イレギュラー”と定め、早急かつ確実に排除する為に行動してきた……結果は何度も言うように大敗で、海軍と自身の評価を下げてしまうこととなった。なぜ善蔵が軍刀棲姫のことをイレギュラーと呼んだのか……その理由を知るのは、善蔵と彼の目の前にいる猫を吊るした妖精のみ。

 

 (“彼女”との約束を果たす為に……私は生き、勝たねばならぬのだ……例えそれが、叶わないものだと分かりきっているとしても)

 

 誰かを想い、善蔵は虚空を眺める。その様子を見ていた妖精は……口元だけを愉しげに歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 「……そう簡単には見つからない、か」

 

 鎮守府にある資料室……その中で資料を読み漁っていた渡部 義道は、読んでいた資料を棚へと戻す。先の大規模作戦から2週間が経ったが、義道の探している情報はあまり見つかってはいなかった。

 

 彼が探しているのは過去の事件……それは、心ない提督の行動と扱いに耐えかねた艦娘によって提督が殺害され、艦娘達も自害したという事件のことだ。世に深海棲艦と艦娘が現れてから50年経っている現在、その事件が起きたのは2回……45年前と40年前。それは世間にも知られている。

 

 しかし、世間には知られずに海軍の中で内密に処理された事件があった。とは言っても、その内容は先の2件と同じ内容なのだが……義道はそれが捏造されたモノではないかと考えていた。理由は、その事件が起きた鎮守府の提督にある。

 

 先の2件の提督達は、当時はまだ軍人らしい軍人が大半だった為か艦娘をただの兵器として扱っていた。時には特攻させ、修理もロクに行わないままに出撃させ、結果を得られなければ罵倒し……そのようなことを行ってきた結果、艦娘の我慢と精神が限界に達し、起こるべくして事件が起きた。艦娘達が自害したのは、人間や海軍に絶望したからなのかもしれない。

 

 (自分の目で見た訳じゃないからなんとも言えないが、その2件の事件は納得がいく……だが、もう1件は別だ)

 

 問題なのは3件目。なぜ先の2件と同じ事件なのにも関わらず、この事件だけが世間に出回っていないのか……明らかに不自然である。そして、義道が最も不自然だと思う点が、その事件が起きた鎮守府の提督。

 

 3件目の事件が起きたのは今から20年前……まだ義道が5才だった頃。提督の名は渡部 善導(わたべ ぜんどう)……享年35歳、准将(二階級特進で中将)。義道の実の父親であり、善蔵の実の息子である。

 

 善へ導くという名の通り、正義感溢れる男であった。艦娘との仲も良好で特に不和もなく、たまに義道と妻のいる自宅に艦娘を連れ帰っては共に食事を楽しんだりもした。そこには確かに笑顔と信頼があったことを、義道はよく覚えている。

 

 (そんな父さんが外道なことをするとは考えられない……絶対に何か、他に真実があるハズなんだ。例えば……誰かに嵌められて殺されたとか)

 

 勿論、そんな証拠はどこにもない。しかし、絶対にこの事件には他に真相があると考えていた。義道は一旦書類を捲る手を止め、胸ポケットから1枚の写真を取り出す。そこに写っているのは、細身ながらもがっしりとした体つきの男性と、その男性に抱き付きながら笑顔を浮かべる艦娘達。そんな幸せそうな1枚の写真に、思わず義道の口元も緩む。しかし、ある1人の艦娘に視線が止まり、義道の表情が訝しげなモノに変わる。

 

 (……偶然、とは思いがたいな)

 

 義道の視線の先にあるのは、顔を赤らめながら遠慮がちに善導の右腕の服の裾を握る“春雨”という艦娘……その隣にいる、皆が笑顔の中で唯一無表情を浮かべている艦娘……“不知火”。善蔵の第一艦隊にもいる、不知火。

 

 無論、この不知火がそうだと決まった訳ではない。だが、義道には写真の不知火の無表情は善蔵の不知火と一致してしまう。確かに不知火という艦娘は表情が出にくいが、決して出ない訳ではない。義道の鎮守府にも不知火は存在するが、甘味などの好物を食べている時は笑顔を浮かべている。それを義道が指摘した時など恥ずかしいからか真っ赤になり、その見た目相応な姿にほっこりする。

 

 しかし、実際に写真に写っている不知火は無表情……いや、よく見てみればどこか哀しそうにも見える。この写真には無表情以上に場違いな、不釣り合いな表情だ。そして、大規模作戦から戻ってきた長門の報告の中にあった言葉……。

 

 

 

 ━ あの姫、駆逐棲姫というらしいが……不知火に執着しているように見えたんだ ━

 

 

 

 (……1度、接触してみるべきか?)

 

 そう考えて義道は写真を胸ポケットにしまい、書類を棚に直した。

 

 

 

 

 

 

 「本日よりこの鎮守府に所属することになりました、浜風です。よろしくお願いいたします」

 

 「うちは浦風じゃ! よろしくね♪」

 

 「球磨だクマ、よろしくだクマ」

 

 「「「よろしく~!」」」

 

 「あー、うん、よろしく」

 

 そこはイブキと接触したことのある球磨、北上、白露、卯月、深雪のいる鎮守府。大規模作戦から1週間経ったとある日に、彼女達に新たな仲間が加わった。食堂で自己紹介をしている2人の艦娘こそがその新たな仲間であり、名を陽炎型駆逐艦浜風、浦風という。灰色の髪をショートヘアにしているのが浜風、青いセミロングに帽子を被っているのが浦風である。

 

 姉と駆逐艦達が元気に挨拶している中で、北上は軽く返しながら思考に耽る。それは相も変わらず重巡以上の大型艦に恵まれない鎮守府(というか提督)の不運っぷりのこともあるが、北上が気になっているのは軍刀棲姫……イブキの行方。

 

 ほんの僅かな逢瀬でありながらも記憶にはっきりと残るその相手は軍刀棲姫と呼称されて大規模作戦の対象となり……現在、その行方は知れていない。

 

 (まあ、沈んだとは思えないんだけどねぇ)

 

 実際のところ、軍刀棲姫が沈んだところを見た者は海軍には存在しない。結果こそ姫を討伐し、作戦成功とはなっているが……北上が調べた限り、その沈んだ姫が軍刀棲姫であるという記述はどこにもなかった。つまり、イブキが沈んだとは決まっていないのだ。

 

 無論、現実的に考えればイブキが沈んでいる可能性は高い。何せ討伐に出向いたのは海軍最強達なのだから。しかし、この結果を聞いた姉の球磨は断言した。

 

 

 

 『あいつは沈んでないクマ。あんな動きが出来る奴に普通に艦隊戦を挑んで勝てるとは思えないし……それに、あいつを沈めるのは球磨だクマ!』

 

 

 

 北上自身はその“あんな動き”とやらを見た訳ではないが、駆逐艦3人も球磨の言葉を聞いて“あー……”という顔をしていた以上、余程とんでもない動きなのだろうとは思った。同時に、球磨がイブキに勝てるとも思わなかったが。

 

 とまあこのように考えたところで、北上に出来ることはない。精々普段と変わらない日常を過ごしながら、たまに遠征と出撃の最中にイブキが居ないか周りに視線を向ける程度。球磨の勇姿を見て、駆逐艦達の面倒を嫌々見て、いつまた犯罪の片棒を担がされるかも分からない不運な提督に頼み込まれた秘書艦の任を全うして、不変の日々を過ごせれば、北上はそれで良いのだ。

 

 「北上ー! 2人が聞きたいことがあるらしいっぴょん!」

 

 「あん? なに?」

 

 しかし、と北上は目の前に来た浜風と浦風の姿を見て思う。ぼいーん、たぷーん。そんな擬音が聞こえてきそうな程の、自分とは圧倒的な差がある胸部装甲。この鎮守府最大には届かないまでも肉薄するであろう魅惑の肉団子。あまり体型を気にしない性格の北上ではあるが、自分達の提督がその胸部装甲に顔を緩ませるところを想像し……。

 

 「私達の役割と遠征のスケジュールと……」

 

 「その時のうちら駆逐艦の編成と分担をどうするのか聞いておきたいんじゃが……」

 

 「お前らのような駆逐艦がいるか」

 

 「「えっ!?」」

 

 なんだかむしゃくしゃしてそっぽ向いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 「だーもう! お前らに構ってる暇なんかないってのに!」

 

 1隻の駆逐深海棲艦を沈め、摩耶はそう叫ぶ。大規模作戦から2週間経ったとある日、摩耶は鳥海と鳳翔、霧島を連れて軍刀棲姫……イブキを探していた。勿論大規模作戦の結果は摩耶達の鎮守府にも伝わっている。だが、それでも摩耶は探し続けていた。

 

 結果を聞いた当初こそ、摩耶は目の前が真っ暗になるような気持ちだった。それでもこうして探しているのは、諦めきれないからだろう。例え沈んでいるとしても、摩耶は恩人と会うために探している。他の3人もそんな摩耶を1人にさせないため、いつか恩人と会うために付き合う。

 

 そんな時に深海棲艦の艦隊に見つかってしまい、艦隊戦を余儀なくされた。とは言っても相手は自分達と同じ4隻、しかも駆逐艦3隻に空母ヲ級という構成だ。数は同じ、しかもヲ級を除いて後は駆逐艦だけ、負ける要素はほぼなかった。実際ヲ級は霧島の砲撃で大破し、摩耶が今沈めた駆逐艦で残るはヲ級1隻となっている。ここまでくれば敵に増援が来ない限り勝利は確定している。

 

 「ガアアアアウッ!!」

 

 「いっ、ぎぃ!?」

 

 「「摩耶(さん)!」」

 

 「姉さん!」

 

 その油断を突かれたのか、それとも予想外の行動に対処出来なかったのか……摩耶はヲ級に接近されたことに気付かず、気付いた頃には右の二の腕に噛み付かれてしまった。その噛む力は凄まじく、今にも肉が食いちぎられてしまいそうなほど。

 

 

 

 「カエ……フェ」

 

 

 

 ぞくり、とその声を聞いた摩耶の背筋に悪寒が走った。

 

 

 

 「カエフェ……ッ……カエ、セ。カエセ、カエセ! カエセ!! カエセッ!!」

 

 「ぐ、う!」

 

 遂には食いちぎられてしまい、その距離が1度空く。しかし、またすぐにその空いた距離を詰められ、次は首を絞められた。その力は人外と呼ぶに相応しい怪力……もしも摩耶が艦娘ではなく人間だったならば、その喉を握り潰されていただろう。

 

 「姫様ヲ……カエセエエエエ!!」

 

 (姫……様……?)

 

 「姉さんから離れて!!」

 

 「ガアッ!?」

 

 今にも失いそうな意識がヲ級の言葉を拾った瞬間、鳥海の正確な狙撃がヲ級の左頬に直撃して摩耶を離し、吹き飛ぶ。そのままヲ級は言葉を発する暇もなく霧島と鳳翔の追撃を受け……何かを求めるように血塗れの右手を伸ばし、そのまま沈んでいった。

 

 その場にへたり込み、喉を左手で押さえて右腕の痛みに耐えながら、摩耶は沈んでいったヲ級がいた場所を見る。そこにはもうヲ級の姿はない……が、摩耶は最後に見たヲ級の目を思い返す。

 

 (姫様ってのは姫級のことだよな……)

 

 「姉さん大丈夫ですか!?」

 

 「ゲホッ……大丈夫。なあ鳥海……大規模作戦以外で姫級が討伐されたって話、あったっけ」

 

 「なんで今その話を……いいえ、そんな話は聞いていません。鳳翔さんと霧島さんはどうですか?」

 

 「私もそのような話は……」

 

 「同じく、聞いたことはないですね」

 

 3人の言葉を聞き、摩耶は再び考える。大規模作戦で告げられた姫級の討伐成功。摩耶はこの姫級はイブキのことだと考えていたが、今のヲ級の行動と言動でそうではない可能性が出た。軍刀棲姫の噂の中に、部下を率いていたというモノは存在しない。それどころか深海棲艦と敵対していたというモノがあるくらいだ。そんな軍刀棲姫が部下を率いていたとは考えにくい。そして、大規模作戦以外で姫を討伐したという話は上がっていない。

 

 そうして浮かび上がってくる可能性……つまり大規模作戦で討伐したのは軍刀棲姫ではなく別の姫なのではないか? ということ。そして、その討伐した軍刀棲姫とは別の姫の部下が先程のヲ級で……ヲ級は、討伐された姫を海軍に奪われたと考えて怒りのままに戦っていたのではないか、ということ。少なくとも摩耶は、ヲ級の目に怒りと悲しみを見出だしていた。

 

 「……なあ、鳥海」

 

 「なんですか? 摩耶姉さん。今は早く帰って入渠しないと……」

 

 「深海棲艦にも……大切な人やモノってあるのかな」

 

 「えっ?」

 

 「……いや、何でもない」

 

 そこまで言って摩耶は立ち上がり、右腕を押さえながら鎮守府に向かって進み始める。その足取りは重く、表情は暗い。そんな摩耶を心配しつつ、鳥海達は霧島を先頭に、鳥海は摩耶の側に、鳳翔は後方を警戒しながら鎮守府に戻っていく。

 

 この日、摩耶は改めて知った。人類の敵である深海棲艦……その存在達のことを、自分は殆ど何も知らないのだと。

 

 

 

 

 

 

 「……届かなかった、か」

 

 それは、大規模作戦を終えた翌日のこと。入渠施設の中で目を覚ました日向は暫く放心したように天井を眺め、思考が正常になってきたところで、自分がまた軍刀棲姫……イブキに敗北したことを思い出した。

 

 戦っていた時の日向は間違いなく、今までで最高の動きが出来ていた。仲間との連携も、自分の動きも、間違いなく今までで最高のモノだった。だが、それでも尚届かない。届くと思った矢先に、その背中は再び遠退いた。

 

 「あ、起きたんですね。身体は大丈夫ですか?」

 

 「ああ、問題ない……“古鷹”」

 

 そうして思い返していた日向に声をかけたのは……重巡洋艦の古鷹。その姿は所々煤けており、白い手拭い1枚を体の前に持ってきているだけで殆ど全裸である。何しろ艦娘の修復、修理を担う入渠施設とは、謂わば銭湯のような大きな風呂場のことなのだ。勿論、日向も全裸であり、起きるまで浴槽に浸かった状態で眠っていたことになる。

 

 日向の言葉に笑みを浮かべ、古鷹は日向の隣の浴槽に浸かる。そんな彼女を横目に見ながら、日向は質問していった。大規模作戦の結果はどうなったのか、大和達は無事なのか、軍刀棲姫はどうなったのか。古鷹は日向の質問にすぐに答えてくれた。大規模作戦の結果は成功に終わり、大和達は日向よりも先に体を癒して今は安静にしており、軍刀棲姫は行方不明であると。

 

 「行方不明か……まあ、生きているだろうな」

 

 「そうですね。私もそう思います……あの人は、本当に強かったですから」

 

 「……そうだったな。お前は、出逢っていたんだった」

 

 「はい。そして……あの人を傷付けてしまったんです」

 

 古鷹は悲痛な表情を浮かべ、自分の体を抱き締める。この鎮守府には古鷹を始め、大規模作戦の前に軍刀棲姫と接触して戦闘不能に追い込まれ、その際に植え付けられたトラウマと幻痛に苦しんでいた艦娘達がいた。大規模作戦のほんの数日前まで、この入渠施設にはそのトラウマと幻痛に苦しんでいた艦娘で埋まっていたのだ。

 

 最初は、古鷹のいる艦隊だけだった。その中で軍刀棲姫の逆鱗に触れたのは、古鷹だけだった。しかし、時間が経つと偶然接触してしまった艦隊や敵討ちを目的として出撃と遠征の合間に軍刀棲姫を探す艦隊が出始め……結果、この鎮守府の艦娘の何人かが再起不能に陥った。

 

 何人かは幻痛に耐えきれず解体を懇願した。その願いを、提督が何を思いながら聞き届けたのか……日向は知らない。何しろ日向が……日向達がその事を知ったのは、伊勢達が必死に隠していたこともあって大規模作戦の1週間前だったのだから。そして、その事を知ったのも偶然だった。その日に島風が訓練中に怪我をし、伊勢達が入渠施設にいる艦娘達を隠す暇なく飛び込まなければ気づけなかっただろう。

 

 当然、日向達6人は憤った。なぜ教えてくれなかったのかと、なぜ隠していたのかと。しかしそれも、日向達に自分達が原因で戦いを挑んだと知られたくなかったからだと言われれば……納得はいかなくとも、口を閉じてしまう。自分達の敗北が、仲間の無謀な行動を引き起こしてしまったのだと……そう思ってしまうだろうから。

 

 「……古鷹は、奴を恨んでいないのか?」

 

 「そう、ですね……解体を願い出た友達や、それを叶えた提督のことを考えると……思うところはあります。だけど……元はと言えば、私の言葉が引き金になったんだと思うから……恨むよりも、ごめんなさいと言いたいです」

 

 「奴を傷付けた、と言っていたことか……」

 

 「はい。自分達から攻撃を仕掛けておきながら見逃してもらって……私は、最低な嘘をつきました」

 

 

 

 『私が知っていることを話します。だから……他の皆は見逃して下さい』

 

 『……話すなら、構わない』

 

 『ありがとうございます。図々しくてすみません……話す前に、貴女がその持ち主を探す訳を教えてくれませんか?』

 

 『……これの持ち主は、俺がずっと一緒にいると約束した……俺と一緒にいると約束してくれた、大切な人を奪った。俺はそいつを許さない……赦せない。だから探している。さあ、教えたのだから早く情報を……』

 

 『……ごめんなさい。本当に……ごめんなさい。本当は何も知らないんです。嘘をついてごめんなさい。でも……皆だけは見逃して下さい。私だけを怨んで下さい。私を決して赦さないで下さい。私が貴女の怨みを受け止めるから、私が貴女の怒りと悲しみを受け止めるから』

 

 『お……前ぇぇぇぇっ!!』

 

 『だから……私、以外の……艦娘(みんな)を、嫌わ……ない、で……』

 

 

 

 古鷹は自分の言ったことを教えながら、自分の胸から腹までを右腕の指でなぞる。そこは傷1つない綺麗な肌をしている……だが、当時は深すぎる裂傷があり、ぎりぎり繋がっている右腕があり、真っ赤に染まった体があったのだ。それが、青と金の光を両目に宿した相手の怒りと悲しみだと古鷹は感じていた。殺されていないのが不思議なくらいだと思っていた。

 

 今でも古鷹は思い出せる、自分に斬りかかる、自分を斬り捨てた後の軍刀棲姫の大きな怒りと深い悲しみを宿した瞳と、今にも泣きそうに歪んだ顔を。そんな顔をさせてしまったことへの、罪悪感から来る胸の痛みを。

 

 「大切な人を奪われたそうです。ずっと一緒にいると約束した、大切な人が。だから、どんな些細なことでもいいから教えてほしいと……きっと、藁にもすがる思いだったと思います。それを私は、仲間を逃がす為とは言え……その場を凌ぐ為の浅ましい嘘で切って捨てたんです」

 

 今にも泣きそうな古鷹の言葉を、日向は黙って聞いていた。日向は軍刀棲姫に艤装を破壊されて気を失っていた為、誰を探しているのか、なぜ探しているのかという雷の問い掛けに対する軍刀棲姫の答えを聞いていない。つまり、日向は今になってようやく、軍刀棲姫の噂の真相を知った。

 

 日向は軍刀棲姫のことを自分に置き換えて考えてみた。行方不明になったのが大和で、その大和を探している。情報も大和も、行方不明にした犯人も見つからず……途中で深海棲艦か艦娘に襲われて返り討ちにし、情報という名の希望をちらつかされ、そしてその希望を奪われる……結論として、想像しきることは出来なかった。怒るだろう、という考えには至る。だが……その時の軍刀棲姫の感じたモノを実感することは出来ないだろう。その時にならねば、永劫知り得ない。

 

 「凄く恨んでいると思います。もしかしたら、艦娘(わたしたち)が憎くて憎くて仕方なくなっているのかも知れません……だから、謝りたいんです。きっとどこかで生きているハズの、あの人に」

 

 古鷹もまた、トラウマと幻痛に苦しんでいた……否、苦しんでいる艦娘の1人だ。刃物を見れば体が震え、それが包丁やハサミならまだしも刀剣の類や竹刀のようなものならばその場で吐いてしまう程。更には古鷹の目には治ったハズの腹部の裂傷とギリギリ繋がっている右腕を幻視し、当時の痛みがぶり返すという。そんなトラウマと幻痛に耐え、精神に異常も出ていないのは……ひとえに、彼女の謝りたいという思いの強さ。

 

 日向にとって軍刀棲姫とは倒すべき、乗り越えるべき敵だ。2度敗北した。しかも2度目は海軍の最高戦力を揃えたにも関わらず負けた。だがこうして生きている以上、次のチャンスがある。更に力を蓄え、次こそは勝つと意気込む。それはきっと、大和達も変わらないだろう。

 

 「……そうか。なら」

 

 しかし、古鷹の気持ちを聞いてしまえば……リベンジだけを目標とするのは“足りない”と感じてしまった。意気込みがや気持ち、思いといったようなモノが、まるで足りないと。ならば、足そう。例えそれらが重圧となって自分達を押し潰そうとしても、それすらも力として背負い、軍刀棲姫にぶつけると。

 

 

 

 ━ 俺の名前は…… ━

 

 

 

 「なら、“イブキ”を倒した後に引き摺ってでもお前の目の前に連れてくるとしようか」

 

 日向の言葉に、古鷹は苦笑いを浮かべた。




という訳で、海軍側の大規模作戦後の動きでした。あ、私はヲ級も古鷹も大好きですよ?

今回が今年最後の更新になるやもしれませんね……いや、後1話くらいは書くかもしれませんが。

次回はイブキ達の続きから始まる予定です。ほのぼのと微勘違いになる……かも?



 今回のおさらい

善蔵、総司令の席を守る。彼女とは一体誰なのか。義道、父の事件を探る。不知火は善蔵のところの不知火? 北上達、仲間が増える。お前らのような駆逐艦がいるか。摩耶達、深海棲艦を撃破。彼女達は敵のことを何も知らない。日向、イブキと戦う理由が増える。古鷹は天使。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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何度だって言う。何度だって答える

お待たせしました、ようやく更新でございます。恐らくはこれが年内最後の更新になるかと思います。

UA20万超えました。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!

今回は久々にイブキが……?


 (……あ……私、寝ちゃってたんだ)

 

 雷が目覚めた時、窓の外は夕暮れ時だった。その茜色を見ながら少しの間ボーッとしていたが、意識がはっきりしてくると今まで起きたことが次々と浮かんでくる。大規模作戦のこと、味方に見捨てられたこと、仇であるレ級だと言う金剛と出合い、謝られ、平手打ちで許したこと……そこまで思い出したところで、雷は横になっていた体を起こした。

 

 心の内を吐き出しながら泣いたせいか、暗い感情や憤りなどもなくスッキリとしていた。雷はぐ~っと伸びをし、自分が枕にしていたモノに目を向ける。そこには思っていたような枕はなく……代わりに、誰かの膝があった。

 

 (膝? ってもしかして)

 

 もしや、と思いながら雷が膝から上へと視線を移動させていくと、思った通りの存在がいた。勿論、雷が思い描いていた存在はイブキだ。そのイブキが、ベッドの上に寝ていた。ベッドの向きと十字になるように寝ているせいで膝から下がベッドの外に出て曲がってしまっている……どうやら座った後に体を倒して眠ったらしい。両手を組んで頭の下に置いて枕にしているようだ。

 

 (……綺麗な寝顔。人形みたい)

 

 イブキを起こさないように頭のところに移動した雷はイブキの寝顔を真上から覗き込むように見る。人外のような青白い肌と整った顔をしている為か、雷にはその寝顔が人形のように美しく思えた。頬に触れれば温かいし胸も上下しているから勿論人形等ではないが。艦娘は可愛いや美しいという差はあれど皆見目麗しい。それは人型の深海棲艦にも言える。そして、いまだに艦娘か深海棲艦かはっきりしていないイブキもその例に漏れない。

 

 なんとなく、雷はイブキの前髪を右手で鋤く。サラサラとした白髪は触り心地がとても良く、肌もすべすべとしている。少しの間触っていると、ついクスッと笑みがこぼれた。

 

 昨日までの雷は、こうしてイブキと触れ合えるなど思ってはいなかった。ましてや寝顔を見たり膝枕されたりなどあり得なかっただろう。なりたくはなくとも敵だったのだ、それも当然のこと。しかし、今となっては自分自身が海軍から離れることになり、イブキと行動を共にしている……すぐ側に、居る。

 

 (電と響姉、暁姉、鎮守府の皆のことは気になるケド……戻れないもんね)

 

 代わりに、今まで共にいた仲間達と離れることになった。寂しくはある。帰りたいという気持ちもある。しかし、それは出来ない。かつての恩人と共に居るというのは、そういうことだ。今度は姉妹達と、仲間達と敵になる……最早それは変えられないだろう。

 

 しかし、彼女はそのことを悲観したりはしない。涙は流したのだ。暗い感情は吐き出したのだ。ならば今を少しでも楽しんで生きた方がずっと良い。

 

 (だって私は雷だもん。イブキさんにはいーっぱい頼ってもらうんだから!)

 

 にこーっと笑顔を作り、雷はイブキの手を彼女の腹の上に動かし、代わりに自分の膝を頭の下に敷く。堪能することは出来なかったが、膝枕をしてくれていたお礼及び自分がしたいが為に。

 

 ふと、他の者達はどうしたのかと気になった。今に至るまで雷の視界と思考にはイブキしかいなかった為、周りを認識していなかった。改めて確認すると、レ級と金剛が融合しているというレコンは雷がされていた膝とは逆の膝……正確には太ももになるのだろうが……で膝枕されている。夕立はイブキの腹を枕にしており、レコンと同じくすぴすぴと寝息を立てていた。戦艦棲姫山城は今居る部屋唯一の椅子に座って眠っており、戦艦水鬼の姿は見当たらない。

 

 (どこにいったんだろ)

 

 「んぅ……」

 

 雷がそう不思議に思った時、夕立が目を覚ました。その声に反応し、雷の視線が夕立に止まる。

 

 雷にとってはこの夕立も不可思議な存在だった。彼女の記憶には改装前の夕立と改二となった夕立の両方の姿がある……が、目の前の夕立の姿はそのどちらにも当てはまらない、全くもって未知の姿をしている。よく思い出してみれば、艦娘の艤装だけでなく深海棲艦の艤装も付けていた気がする。

 

 「んふ~……イブキさんの匂い……♪」

 

 とかなんとか考えていると、目の前の夕立が自分の顔をイブキの腹……というか身体に擦り付けだした。それはもうグリグリと、まるでマーキングするかの如く、とても幸せそうな声と表情で。それも仕方ないだろう。夕立にとってイブキと触れ合うのは実に半年ぶりとなるのだから。

 

 そんな夕立に対し、雷はどう反応するべきか悩んでいた。羨ましいと声にするべきか、イブキが起きるから止めるように注意すべきか……同じようにしてみるべきか。それは魅力的なことだが、寝顔を見れなくなるのは少し勿体無い気もする。

 

 あーでもないこーでもないと雷が考えていると、彼女は夕立が自分のことを見ていることに気付いた。記憶の中のエメラルドでもルビーでもないゴールドの双眼……その目が暫く雷のブラウンの瞳と見詰めあい……。

 

 ━ ……ふふん♪ ━

 

 ━ ……イラッ ━

 

 勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす夕立、それに苛立ちを覚える雷。2人の間には2人にしか見えない火花がバチバチと散っていた。

 

 夕立は見せ付けるようにイブキの腹に顔を埋める。共に生活していた時は部屋こそ別々だったもののよくイブキのベッドに潜り込んではその体の暖かさと匂い、柔らかさを堪能していた夕立。半年ぶりにそれらが出来るとあっては遠慮はしない。ましてやライバルらしい艦娘や深海棲艦まで増えている……そう、これはまるで、ではなくまさしくマーキング。イブキさんは私のモノっぽい、という意思表示に他ならなかった。

 

 勿論、そんなことをされては雷とて面白くない。夕立と違って雷はイブキと一緒にいた時間はほんの僅かな時間だが、別れてから半年間1日足りともイブキを忘れたことなどない。今となっては頼れる相手がイブキ以外にいないということもあり、そのイブキに対する想いはより強くなっている。つまるところ、雷は夕立にライバル心を抱いていた。

 

 こいつには負けたくない、と雷が思った時、ふと自分の体勢を思い出した。そう、雷はイブキを膝枕している。想い人の安心できる重みと寝顔をより身近に感じて見られ、頭は撫で放題。他人が近くに居るのに眠ることが出来るのはその人を信頼している証という話もある……頼られることが好きな雷としては、夕立のように甘えるよりはこうして膝枕のような形で尽くしたり頼られたりする方がいい。そう結論した雷はイブキの頭を優しく撫で、夕立に対して聖母のような微笑みを向け……。

 

 ━ ……ニヤッ ━

 

 ━ ……ピキッ ━

 

 勝ち誇ったかのように口元を歪ませた。それに対し、夕立は額に青筋を浮かばせる。今、2人の間にはアイコンタクトによる口喧嘩という器用な戦いが行われていた。片や全身を使って余すことなく好意を示すワンコ。片や溢れる母性で献身的に好意を示すオカン。方向性は違えど、好意を示すことに全力である。そんな2人の戦いに、思わぬダークホースが現れる。

 

 「ぅ……ん……」

 

 「『ンー……くぅ……』」

 

 「「あっ」」

 

 ぽてっ、と体の上にあった左手をベッドの上に落としたイブキ。そしてその手をきゅっと握ったレコン。その姿はまるで共に眠る姉妹、又は親子が手を握るかのよう。2人が嫉妬よりも先に微笑ましさを感じたのは、手を握るレコンの姿が胎児のように体を丸めているからであろう。例えそれが金剛の姿をしていても。例えイブキとレコンが膝枕している側とされている側なのでL字となっていようとも。

 

 ところで、だ。実は今居るメンバーの中で最も幼いのはこのレコンである。金剛が艦娘として生まれてからまだ10日ほどしか経っておらず、レコンとなってからは半日も経っていない。融合した意識はその金剛と、真っ当な成長をしてこなかったレ級……いくら人格的に成熟している金剛の意識もあるとは言え、精神面や眠っている最中の行動が幼くなるのは仕方ないだろう。

 

 「『んゥ……♪』」

 

 ((見た目私よりも年上なのに可愛い……っ!))

 

 にへーと笑みを浮かべるレコンに対し、2人がその愛らしさに驚愕する。まるで無垢な子供のような寝顔と笑顔は、無音の闘争をしていた2人の心にちくちくとしたダメージを与えていた。そのダメージに耐えきれなくなり、2人はがっくりと肩を落とす。

 

 (……何をしているのかしら)

 

 その様子を、つい先程起きて薄目で見ていた山城は不思議に思いながら内心で首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 イブキとレコンが起きたのは、あれから数分後。起きた時に一悶着あったが、そこから更に数分経ち、落ち着いたところでイブキが口を開いた。

 

 「扶桑が見当たらないな」

 

 「姉様は私達の拠点に先に戻って、他の仲間に話を付けに行ってくれているわ。私達だけの拠点じゃない以上、ちゃんと報告はしないといけないもの」

 

 山城を除いた全員がベッドに山城と向かうように座り、イブキが口を開く。その内容に答えたのは山城。半年前に海軍の攻撃によって拠点を失った彼女は今、南方棲戦姫の拠点に世話になっている。ならば当然、その南方棲戦姫に話を通しておかなければならない。とは言っても、山城は拒否されるとは考えてはいない。何故なら、南方棲戦姫は仲間の恩人を勘違いで攻撃したという負い目があるからだ。イブキが海軍に所属していたなら話は違っただろうが、むしろ追われる側だと知れば門前払いにされることはないだろう。

 

 (イブキ姉様“は”……ね)

 

 問題となるのは、他の3人だ。夕立とレコンは最早艦娘とは言い難い存在となっているが、見た目は艦娘としての夕立、金剛と然程変わらない。夕立はチ級のような仮面と艤装などもあるのでまだどうにかなるだろうが、レコンと雷はそうもいかないだろう。特に雷はダメだ。最悪、山城と扶桑が裏切り者扱いされかねない。

 

 しかし、拠点に招待すると言った以上は雷を見捨てる訳にはいかない。ましてや山城は艦娘だった頃の記憶があり、目の前の雷の境遇も知っている。見捨てるという選択肢など始めから存在していない。それに、そんなことをイブキが許す訳がないとも考えている。

 

 「あの……」

 

 「何かしら? 雷ちゃん」

 

 「えっと……戦艦棲姫、さん? 達の拠点ってことは……その、深海棲艦の拠点ってことですよね……私、行けないんじゃ……」

 

 「……そうね。普通に考えれば、艦娘である雷ちゃんを深海棲艦(わたしたち)の拠点に連れていく訳にはいかないわ。仮に私と姉様が許可したとしても、他の姫が許すとは限らない。門前払いで済めば御の字……最悪、攻撃されて沈められるわ。夕立ちゃんもレコンちゃんも、ね」

 

 山城の言葉に、名前を挙げられた3人の顔が暗くなる。それは自分達が山城達の拠点に行けないから……ではなく、自分達がいることでイブキが行けない可能性が出ることを危惧したからだ。

 

 命の恩人、共に居ると誓い合った仲、命の恩人かつ家族になろうと言われた者……共通するのは、その相手であるイブキに決して軽くも浅くもない好意を向けていること。その相手に己のせいで迷惑がかかるとなれば、辛くないハズがない。

 

 「……山城達には悪いが、彼女達が行けないのなら俺も行く訳にはいかない」

 

 「でしょうね。私としてもこの子達を置いてくことはしたくないわ……姉様の報告次第、ということね」

 

 

 

 

 

 

 「……話ハ分カッタワ」

 

 「じゃあ、答えを聞かせて?」

 

 丁度その頃、南方棲戦姫の拠点に着いた戦艦水鬼扶桑が南方棲戦姫にイブキ達を拠点に招く旨を話終えていた。勿論話の内容には雷、夕立、レコンのこともあり、イブキを招く経緯も連合艦隊との戦いのことも話してある。

 

 鎮守府で言う執務室のような岩壁の部屋で扶桑の話を聞いた南方棲戦姫は目を閉じ、深く岩の椅子に腰掛けながら考える。イブキという存在のことについては戦艦姉妹から聞かされており、自分自身も僅かな時間とは言えその姿を見ている。山城の恩人であるということも山城本人から聞いたし、己の勘違いで恩人を攻撃してしまったという負い目もある。

 

 (1発モ当タラナカッタガナ……ッ!)

 

 半年経った今でも、その悔しさは忘れていない。それはさておき、南方棲戦姫自身はイブキを拠点に招くことは特に問題はない。部下達の反応が気になるところではあるが、姫級である南方棲戦姫と山城、扶桑が是と言えば問題はないだろう。問題なのは、やはり他の3人だ。

 

 部下の深海棲艦達は、理性ある者ばかりではない。明らかに人の形を成していない者。人の形ではあるが、チ級の下半身のように異形の形が大きい者などは本能的に人間と艦娘に襲いかかる。姫達、或いは人の形をした深海棲艦の言うことは聞くが、その命令が本能を常に凌駕できる保障もない。そういう者達がいる以上、その艦娘はこの拠点にいることで逆に危険になってしまうだろう。

 

 南方棲戦姫自身は山城と扶桑との付き合いのせいか穏和寄りの性格をしている。無論、深海棲艦なので艦娘と人間への敵意はあるが、見た瞬間に殺意を抱くような大きいモノではない。雷の話を聞いた時などは敵であるにもかかわず同情してしまったし、レコンとのやりとりを聞いた時は感嘆の声を漏らした。そして、彼女の境遇を哀れにも思った。

 

 海軍から離れ、それでも仲間のことを口にしたと目の前の扶桑は言った。そんな雷が、海軍の敵になる……もしくは深海棲艦に寝返るだろうか?

 

 (……ナイ、ワヨネエ)

 

 それは、恐らくない。ある種高潔とも言えるその雷の心や意思は海軍から離されて尚、海軍から離れていない。拠点に招いたとして、何らかの理由で海軍に拠点の位置を知られることになるやも知れない。それは他の者達にも言えることなのだが。

 

 考えを纏めるなら……南方棲戦姫自身としては招いても構わない。しかし、部下達を統べる姫として、拠点の主として考えるならば……イブキ達を招くことは難しい。

 

 「……」

 

 「やっぱり難しい?」

 

 「マァネ、艦娘ッテノガ厳シイワ。ソレニ、コノ拠点マデ辿リ着ケルカモ怪シイシネ」

 

 南方棲戦姫の拠点は、簡単に言えば“海中洞窟”である。読んで字のごとく、海の中に存在する洞窟。つまり、その入り口も海中に存在するのだ。潜水艦や深海棲艦でもない限り、海中というのは艦娘達にとって最も避けたい場所になる。なにしろ、海中にいるということは沈んだということと同義……その恐怖は計り知れない。

 

 「でも、ここにはもう時雨がいるわ」

 

 「アノ子ハ貴女達ガ私ニ許可ナク勝手ニ入渠場ニ入レタダケデショウガ」

 

 扶桑の言葉に、南方棲戦姫は疲れたように溜め息を吐いて頭を押さえる。実は時雨のことは、南方棲戦姫に一切説明せずに連れてきていたのだ。そうしなければ時雨が死んでいたかも知れなかった為に仕方なく……というのが姉妹側の言い分だったが、その時の南方棲戦姫はそれはもう怒った。敵を拠点に連れ込むなんてどういうことなのだと。

 

 しかし、彼女は姉妹がかつて艦娘であり、その記憶を持っていることを聞かされていた。そして、山城と扶桑にとって時雨という艦娘は大事な戦友である。更にその時雨はイブキを助けてと願った。助けないという選択など選べる訳がない。故に、その1度に限り許した。部下達にも時雨には襲いかからないように……入渠場を破壊しない為……指示した。今回こうして聞かれているのは、そのことがあるからなのだろう。

 

 (サテ……ドウシマショウカ)

 

 とは言うものの、実質答えは決まっている。時雨は例外中の例外、この拠点の主として、深海棲艦としてイブキ一行を迎える訳にはいかない。それは出来ない。だが……仲間の願いを無下にするのも心苦しい。分かってはいるのだ。私情を棄てて部下達のことを考えるべきだと言うことは。

 

 しかし……どうしても切り捨てる言葉を出すことが出来ない。たった一言、明確な“駄目”の一言が口に出来ない。それさえ言えれば、目の前の扶桑は諦めるだろう。無理を言ってごめんなさいと苦笑いを浮かべて、どこかにいるであろう恩人達の元へ無理だったと告げに行くだろう。

 

 「失礼シマス」

 

 「あら……タ級?」

 

 「今ハ大事ナ話ノ最中ヨ。出テイ……」

 

 「1ヶ所、姫様達ノ恩人ヲ招クコトガ出来ル場所ガアリマス」

 

 「……盗ミ聞キハ、感心シナイワネ」

 

 「モ、申シ訳アリマセン」

 

 「マァ、イイワ。ソレデ、ソノ場所ハ?」

 

 南方棲戦姫が悩んでいた時、部屋に扶桑姉妹の部下のタ級が入ってきた。直ぐに出ていくように言おうとした彼女だったが、タ級の言葉に眉を潜めつつ注意する。その顔を見て震えるタ級だったが、頭を下げた後に南方棲戦姫の目を見詰める。その目を見て、彼女は一応聞いてみようと先を促す。どうせ自分では何も浮かばないのだから、と。

 

 そしてその答えを聞いた時、南方棲戦姫は納得し……寂しさを感じさせる笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 「扶桑さん、遅いっぽい」

 

 「その拠点ってこの島から遠いんでしょ? 今日中に帰ってくるの?」

 

 「そうね……この島から、姉様の速度だと片道三時間くらいね」

 

 「『ソレッテ速イノカ? それともスロウリィデスカ?』」

 

 ベッドに座る俺の右隣にいる夕立が、左隣にいる雷が、窓際の壁に立ってもたれ掛かる山城が、その隣の椅子に座るレコンが話し合う姿を見ながら、俺は嬉しさを感じていた。艦娘と深海棲艦が仲良く話し合う……かつて夢見た俺の理想が、目の前にあったからだ。出来る訳がないと捨てた、刻み込まれたハズの現実をはね除けるような現実が……目の前に、あったからだ。

 

 多分、今の俺の口元はだらしなく弛んでいる。失った全てがここにあると言っても過言じゃない。正直に言えば、夢を見ている気分だ。実は俺は眠っていて、その合間に見せられている甘い夢なんじゃないかと……内心、怯えている。覚めた時には誰も彼もがいなくなっていて、半壊した屋敷に1人孤独に眠っているんじゃないかと……怯えている。

 

 「イブキさん? どうしたの?」

 

 不意に、俺の右手がそんな声と共に温かな何かに包まれた。その何か、は誰かの手。その手の主は……夕立。俺の記憶とはすっかり変わってしまっているが……声も、心も、何も変わらない。温かな手はこの現実が決して夢じゃないことを教えてくれる。その声は夕立が側に居てくれることを教えてくれる。

 

 「……いや、なんでもない。早く扶桑が帰ってくるといいな」

 

 俺が眠った後に1度拠点に戻ったという扶桑は、日が沈み始めている今も帰ってきてはいない。それだけ遠いのか、それとも何かあったのか……いや、海軍が那智を残して撤退してからまだ1日も経っていないし扶桑は姫と名こそついていないが同等以上の力を持っているという。並の艦娘では返り討ちに合うだろう。きっと、遠いんだろうな。

 

 そんなことを思いながら、俺は自分が起きるまでのことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 ああ、これは夢だと直ぐに思った。この世界に生まれてから1度も見たことのない、どこかのマンションのような一室。俺自身の姿は見えない。鏡や食器棚のような姿を写せそうな物は何一つなく、自分の目にも手足や体そのものが見えない。まるで透明人間になっているかのようだったから。

 

 改めて、俺は部屋の中を見回す。白い壁の6畳程の部屋。ベランダはない、というか窓がない。1つだけある扉も開けられず、この部屋は密室空間と言っていいだろう。その部屋にあるのは……机と、パソコン。これは俺の部屋だったのだろうか。それとも別の何かなのだろうか。

 

 (もっと何か……あったような)

 

 見回して感じたことは、何か足りない……いや、“足りなくなっている”というものだ。1度も見たことがないと言ったが、俺はこの夢を前にも見たことがあり、その時にはもっと物があったような気がする。

 

 思えば、いつの頃からか俺は前世のことを考えなくなった。自分が何者だったのか、どんなことをしていたのか、そういったことを考えなくなった。思いだそうとはせず、過去を見ることもなく、今のイブキとしての日々を送っていた。

 

 (……俺は、イブキだ)

 

 心の中で思う。俺はイブキだと。憑依だとか、転生だとか、トリップだとか、そんなことは知らないし、どうでもいい。思い出せない過去になんの意味がある? 前世の記憶があるからと、その記憶の中の自分を探すことになんの意味がある?

 

 元より自分の名前も姿も性別も何もかも思い出せなかった。記憶に残っていたのは、決して多くはない艦隊これくしょん等のゲームやマンガといった娯楽の知識に、この世界のものとは少し違う一般常識。今更前世の記憶が無くなっていっても……何の問題もない。

 

 (ああでも……娯楽の知識が無くなるのは嫌だなぁ)

 

 俺が今まで目標にしてきた某大総統の知識に夕立達の知識……それらが消えるのは悲しい。自分のことは忘れてもいい。俺はこの世界でイブキとして生きているのだから。だが、娯楽や一般常識は何かの役に立つかも知れない。結局のところ、有って損はないということか。

 

 そう思った直後、机とパソコンしかなかった部屋に、マンガが大量に納められた大きな本棚が現れる。中には某大総統の出るマンガに艦これのマンガ、小説、他にも沢山の種類が納められていた。それを確認した後にパソコンに視線を動かすと、パソコンは起動しており、画面には文字が写し出されている。

 

 

 

 ━ 自分の正体を知りたいですかー? ━

 

 

 

 あまりに唐突な質問だった。正直、どう答えるべきか混乱している……というか、そもそも答えられるのか? それから、この文章を書いたのは誰だ? 俺の夢なのに。そして、なぜ本棚が出現したんだ? 意味は? とまあ色々疑問に思ってしまったが……答えは出ている。

 

 気が付けば、俺は“イブキ”としてこの部屋に立っていた。そして、それこそが俺の答えに他ならない。

 

 「必要ない。俺はイブキだ。自分の本当の名前なんて知らない。だが、この名は俺が尊敬する人の偽名から取った文字で付けた名前であり、俺の大切な人達が“俺として”呼んでくれる名前であり……俺であるという証」

 

 雷が、そう呼んでくれた。長門達が、そう呼んでくれた。時雨が、そう呼んでくれた。レコンが、そう呼んでくれた。山城が、そう呼んでくれた。扶桑が、そう呼んでくれた。妖精ズが、そう呼んでくれた。そして……夕立が、そう呼んでくれた。艦娘か深海棲艦かも分からない俺の名を彼女達は呼んでくれた。俺がここにいるのだと教えてくれた。

 

 故に、俺の正体なんてどうでもいい。俺が転生者だろうが憑依者だろうがトリッパーだろうがその他だろうがどうでもいい。知ったところで、何も変わらない。

 

 「何度だって言う。何度だって答える。“俺はイブキだ”と、夕立達が生きる世界に、その枠を越えた宇宙に、いるかも分からない神に、知りもしない真理に、この世の全てに、目の前の1人に。そして、他の誰でもない俺自身に」

 

 ━ 俺はイブキだ ━

 

 そう言った瞬間にパソコンの文字が変わり……俺はその文字を見る前にこの夢から覚めた。

 

 

 

 ━ 艦娘と深海棲艦、どちらにもつかず、どちらでもない、どっちつかずの存在 ━

 

 ━ その正体はいずれ……私達が教えてあげるですー ━

 

 

 

 

 

 

 (……夢を見ていた気がする)

 

 目が覚めた時、俺は見ていたハズの夢の内容を全て忘れていた。なんか物凄い厨ニ的な物言いをしていたような気がして少し気恥ずかしい。だが、妙に頭がスッキリしている。

 

 「あっ、イブキさん起きた?」

 

 「えっ? あ、おはよー、イブキさん」

 

 「ああ……お早う、夕立、雷」

 

 何故か目の前にいる雷と、俺の顔を覗き込んできた夕立に挨拶をすると同時に、何やら頭に柔らかな感触があることに気付いた。少し顔を動かして確認すると、そこにあったのは雷の眩しい素肌……ふむ、膝枕をしていたハズがいつの間にか逆にされていたようだ。この世界にきて、膝枕は初めての体験だったりする……うん、いいな、これは。雷の膝はとても柔らかく、どこか甘い香りがする。時折雷が俺の頭を撫でるが、その手は優しく安心感を得られる。素晴らしいな膝枕。張り詰めていた心が解れるかのようだ。

 

 ふと、左手が誰かに握られていることに気付いた。そちらに視線を向けると……レコンが握っていた。見た目は金剛なのだが、眠っていることで幼く見える。思わず小さく笑ってしまう程に、俺の手を握っているレコンは可愛らしい。

 

 さて、と俺は思考を切り替え、体を起こして部屋を確認する。窓に映る茜色が、今は夕方であると告げている。扶桑は何故かいない。話を聞けば、扶桑は自分達が世話になっている拠点の主に俺達を受け入れられないか聞きに行っているらしい。俺達がどう動くかは扶桑次第という訳だ。

 

 「イブキさん、何考えてるっぽい?」

 

 「……っ!?」

 

 不意に、夕立が俺の右腕に抱き付きつつそんなことを聞いてきた……が、俺は直ぐには答えられなかった。その理由は簡単。意識が夕立の……その……おぱーいに集中してしまったからだ。

 

 夕立とは裸の付き合いを何度かしたことがある。なるべく見ないようにしていたが、すっぽんぽんで抱き付いてくるものだから見なくとも感触やら匂いやらで丸わかり。そして今、海ニとなった夕立が抱きついていることで気付いた……明らかにおぱーいが成長している。いかん、半年間復讐する為に動いていたというおふざけ思考一切なしのシリアスだった反動か思考がそこから離れない。

 

 「む……そんなの扶桑さんのことに決まってるじゃない」

 

 (なんで背中に抱き付いてくるのかなぁ!?)

 

 雷がまるで夕立に対抗するかのように背中に抱き付いてきたことで慎ましくも確かにある僅かな膨らみを背中に押し付けられ、内心大慌てな俺。顔に出ていないか心配だが、目の前の壁にもたれ掛かっている山城が何も言わない辺り大丈夫なのだろう。

 

 「『くー……ンミュ……』」

 

 (ぐっ……理性が削られていく……っ!)

 

 そして左手はレコンに抱き締められておぱーいに挟まれる。この体は女だから起つものなんてないが、中身は(多分)男の精神。嬉しいが恥ずかしい。そうしている間にも夕立と雷は更に密着してくる。山城は微笑ましそうに笑うばかり。レコンは起きない。

 

 頼むから、誰か助けてくれ……。

 

 

 

 そうしている内にレコンが起き、それを期に3人が離れたことで寂しさを感じ、またネガティブなことを考え、しまいには現状を夢だと疑う……どうにも情緒不安定だな。いつからこんな感じに……なんて、決まってる。夕立がいなくなった日からだ。その前の俺に戻るには、しばらく掛かるかも知れない。

 

 復讐は果たせないまま終わった。駆逐棲姫に対する憎しみはあるが、優先して追う必要はない。今やるべきことは、この島とは別の海軍の知らない拠点を見つけ出すこと。それさえ見付かるなら、後はのんびりとその拠点で隠居すればいい。ああ、夕立を助けてくれたという姫達にお礼を言いに行かなければならないな。それに、時雨にも……思ったよりもやることが多いな。

 

 (平穏無事……そう在りたいんだけどなぁ)

 

 俺は話し合う4人の姿に笑みを浮かべたことを自覚しながら、叶わないであろう願いを心の中で吐露した。

 

 

 

 

 

 

 扶桑が戻ってきたのは、完全に日が沈みきってから更にしばらく経った夜。そして彼女は帰ってきて直ぐにこう言った。世話になっている拠点には連れていけないが、変わりの拠点の目処がたった。その拠点がある場所は……。

 

 

 

 サーモン海域、その最深部。

 

 

 

 それは、かつて山城が支配していた海域の拠点だった。




という訳で今回は……なんだろう……うん、拠点候補が見つかったお話で(テキトー)イブキそこ代われと思った方は恐らく独り身(失礼

ちょっと強引ですが、イブキには初心(?)のワクワク(?)を思い出してもらいました。大変、微勘違いのタグが息してないの。

最近タグが少ないような気がしてなりません。皆様は少ないと感じますか? もしくは、このタグ入れたらいいんじゃないかな、というのがありましたら是非感想にお願いします。



今回のまとめ

雷、イブキを膝枕。お艦降臨。夕立、マーキングする。独占欲強し。レコンはベッドで丸くなる。生後10日未満だからね仕方ないね。拠点候補、見つかる。どうなるのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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ありがとう。僕を助けてくれて

明けましておめでとうございます! 新年最初の更新でございます。今年も宜しくお願いしますm(_ _)m

タイトルで察する方もいらっしゃるかも知れませんが、今回あの娘が登場します。

また、後書きにちょっとしたおまけがあります←


 扶桑が戻ってきた後、島で一夜を明かしたイブキ達。彼女達は朝を迎え、イブキが(しーちゃん軍刀で)獲ってきた魚と夕立とレコンが採ってきた木の実や果物で朝食を取る。この後、予定では戦艦棲姫山城と戦艦水鬼扶桑の部下が彼女達の拠点まで案内する為にこの島にやって来ることになっている為、それまではゆっくり過ごすことになっている。なので、6人は2人の部下が来たら直ぐに分かるように玄関の外に座りながらまったりとしていた。

 

 「それにしても、私達の拠点を使うのは盲点だったわ……大丈夫なのかしら」

 

 「大丈夫ってなにが?」

 

 「そうね……私達は1度、海軍に敗北しているのよ。もしかしたら、拠点が破壊されているかもしれないの……ああ、別に貴女達を恨んでる訳じゃないから、そんな顔しないで」

 

 山城の言葉に、雷と夕立が複雑そうな顔になる。雷は半年前のサーモン海域最深部への大規模作戦に参加こそしてはいないが、仕方ないとは言え山城達の拠点を海軍が攻め込んだから。夕立に至っては参加もしていたのだ、気まずくないハズがない。2人の表情に気付いた山城は直ぐに恨んでいないと告げ、2人の頭を撫でた。

 

 その時、唐突にイブキが立ち上がった。5人がどうかしたのかと思いながら顔を上げるが、イブキの視線の先にあるモノを見て自分達も立ち上がる。

 

 それは人影だった。現状、この島に来る存在など限られている。しかし、海軍という線は薄い。大規模作戦を終えてからまだ1日しか経っていないし、事実上の最高戦力を傷1つなく撃退した存在の元へ調査隊やら何やらを派遣するにしても早すぎる。リベンジというのも有り得ないだろう。船影ではなく人影なので人間というのもないし、そもそも今の世界で海軍以外の人間が艦娘による護衛もなしで海に出るのは自殺行為、故に有り得ない。ならば、後は深海棲艦だけになる。

 

 (……変ね。案内と言っていたから、てっきりタ級“だけ”が来るものと思っていたのだけれど)

 

 そう扶桑が考えるが、視線の先にある人影は“2人”分だった。不審に思った扶桑だったが、人影が近付くにつれてその表情を喜色に染めた。それは山城も同じだった。

 

 やがて、人影が海岸の近くまでやってきた。その距離までくれば、はっきりとその姿を捉えることが出来る。2人分の人影の内、1人は山城と扶桑の知るタ級だ。そして、残った人影の正体は……イブキ達もよく知る“艦娘”。

 

 

 

 「オ迎エニ上ガリマシタ姫様」

 

 「久しぶりイブキさん、夕立。それから……扶桑、山城」

 

 

 

 

 

 

 それは、扶桑が南方棲戦姫の拠点から出発して直ぐのこと。

 

 (……ここは……?)

 

 不知火の雷撃によって沈められ、山城に拠点へと運び込まれて入渠場にある緑色の液体が入ったカプセルに入れられていた時雨が目を覚ました。彼女の記憶では、何者かによって攻撃を受けて沈められた。そして、沈み行く中でイブキと夕立を助けてくれと心の中で叫び……伸ばした手を、誰かに取られた気がする。

 

 (そうだ、夕立とイブキさん!)

 

 思い出した途端、時雨は慌てる。沈んだと思っていた自分がこうして生きていることは不思議ではあるが、今はそんなことはどうでもいい。問題は、2人がどうなったかだ。

 

 時雨には今が何時なのかというのは分からない。実は1時間かそこらしか経っていないのかも知れないし、1年以上経っているのかもしれないのだから。知りたいのはここがどこかではなく、2人の安否。連合艦隊が相手では、とても無事とは思えない。それ故に、一刻も早く知りたかった。

 

 「アラ……起キタノネ。モウ少シ早ケレバ、姫様モオ喜ビニナラレタノニ」

 

 (そんな……なんで戦艦タ級が……)

 

 しかし、不意に聞こえた声とその姿に時雨の顔が絶望に染まる。折角生き残ったというのに、目覚めて直ぐに深海棲艦……それも戦艦クラスと出会ってしまったのだ、それも仕方ないだろう。

 

 どうすればいいのか……時雨がそう考える間もなく、タ級は時雨のカプセルの前まで移動してパソコンのキーボードのような機械を何やら弄ると、時雨が入っているカプセルから液体が抜け出し、時雨の目の前のガラスのようなモノに切れ込みが2本入り、蓋が外れるように外側に倒れた。

 

 「出テ来ナサイ」

 

 タ級がそう言うが、正直に言えば時雨は出たくはない。今更になって気付いたことだが、時雨は全裸だった。艤装どころか服すらもない、一糸纏わぬ姿だった。そんな状態で敵の前に出たくはない……が、そうして相手の怒りを買いたくもない。

 

 恐る恐る、時雨はカプセルから出る。流石に恥ずかしいらしく顔を羞恥で赤く染め、両手で胸を抱き締めるようにして隠しながら。そんな時雨にタ級は背を向け、視線で“ついてこい”と語りかけて入渠場から出る。時雨も恥ずかしさに耐えながら、その背を追った。

 

 (ここは……まさか、深海棲艦の鎮守府かなにかかな?)

 

 タ級に着いていきつつ今歩いている岩肌に所々に機械の壁がある通路を見て、時雨はそう考える。時雨が知る限り、深海棲艦の拠点が見つかったという話は出ていない。定説や噂では、名前の通り深海に存在するらしい。だが、証拠は1つもない。何しろ海軍の持つ深海棲艦の情報……主に生まれや思考、拠点や目的等は全て推論でしかないのだ。“そうであるとされる”という言い回しばかりで、確証など全くない。そんな未知の部分に、時雨は今触れている。

 

 もしこの場所の情報を持ち帰ったなら、時雨の提督は間違いなく昇進する……が、このまま生きて帰れる保証はない。今の時雨に出来ることは、黙ってタ級に着いていくことだけだった。

 

 「艦娘ガ目覚メタノデ連レテキマシタ」

 

 「入リナサイ」

 

 「……っ!?」

 

 やがて、時雨とタ級は1つの扉の前に辿り着いた。タ級はノックをした後にそう言い、返事が聞こえると扉を開けて中に入り、時雨もそれに続く。そして、時雨は中にいた存在を見ると驚愕の表情を浮かべた。それも仕方のないことだろう。何しろその存在はタ級の数段上の存在……姫級である南方棲戦姫だったのだから。

 

 時雨は姫級と対峙したことこそないが、その存在は知っている。その知識の中には、目の前の南方棲戦姫のこともあった。とは言っても、あくまで姿と名前だけであったが。

 

 「オハヨウ……デイイノカシラネ?」

 

 「……どうして、僕を助けたんだい?」

 

 「アア、勘違イシナイデ。貴女ヲ助ケタノハ私ジャナイワ。ソコノタ級デモナイ」

 

 南方棲戦姫、もしくはタ級が自分をここまで連れてきたのだと考えていた時雨は、彼女の言葉に首を傾げる。南方棲戦姫ではない、タ級でもない。じゃあ自分を助けたのは誰なのか……その疑問に気付いたのだろう、南方棲戦姫はあっさりと答えた。

 

 「貴女ヲ助ケタノハ私ト同ジ姫。コノ姫ハチョット特殊デネ……艦娘ダッタ頃ノ記憶ヲ持ッテイルノ」

 

 「なんだって!?」

 

 目覚めてから何度目かの驚愕が時雨を襲う。南方棲戦姫の話は決して簡単に受けきれるものではなく、聞き流せることでもなかった。“艦娘だった頃の記憶を持った深海棲艦”。時雨はその逆……深海棲艦の記憶を持った艦娘の存在を知っている。

 

 時雨は右手を自分の顎に当て、頭を働かせる。深海棲艦の記憶を持った艦娘……夕立のことを知った時は話の内容を聞いて悲しくなったが、そういうこともあるのかと納得していた。何せ夕立はドロップ艦なのだ。建造によって生まれた時雨とは違い、倒した深海棲艦が沈んだ場所に現れた光の中から生まれた。故に、深海棲艦だった頃の記憶を持っていても、不思議ではあるが有り得ないことではないと思えた。

 

 だが、その逆の可能性……艦娘だった頃の記憶を持った深海棲艦、というのは考えていなかった。いや、考えたくはなかった。もしその可能性が現実だったならば、自分達はもしかしたらかつて仲間だった者達と戦い、沈めていたかもしれないのだから。そして今、その考えたくはなかった可能性が現実のモノであると知らされた。

 

 (もしかして、深海棲艦と艦娘は……)

 

 「考エ込ンデイルトコロ悪イケレド、セメテ服位着タラ?」

 

 「……あっ」

 

 

 

 艦娘が最初に着ている服は、装甲としての役割を持っている。それ故か、艦娘が入る入渠場の液体に漬け込んでおくと、しばらくすれば元通りに修復される。時雨はタ級が持ってきてくれた自分の服を着ながら、また思考に耽っていた。

 

 (ここは深海棲艦の拠点で、その入渠場に僕は入ってた……なのに、僕の体も服も治ってる)

 

 ここまで来ればほぼ確定だと時雨は思う。しかし、それを口にはしない。出したとしても誰も信じないかもしれないし、出したところで何かが変わる訳でもないと思ったからだ。

 

 「着タワネ? サッキノ続キダケド、貴女ヲ助ケタ深海棲艦ハ艦娘“山城”ノ記憶ヲ持ッテイルノ。“扶桑”ノ記憶ヲ持ッタ深海棲艦モイルワ」

 

 「山城に扶桑!? そっか、それで僕を……」

 

 「ソウネ。ソレニ、イブキッテ名前モ助ケル理由ニナッタデショウネ」

 

 「そうだ、夕立とイブキさん! 2人は、2人は無事なの!?」

 

 「安心シナサイ、無事ラシイワ」

 

 目の前の姫……南方棲戦姫の言葉に時雨は安堵する。元々時雨は夕立とイブキ、2人に連合艦隊がやってくることを知らせに島に向かっていたのだ。自分が沈み、伝えられないことで2人が沈んでしまったらと不安だったが無事と分かり、ホッと息を吐いた。自分が助けられた理由も分かり、大方の疑問は解消できた。

 

 「サテ……本題ニ入リマショウ」

 

 「……本題?」

 

 

 

 「貴女ハ艦娘。ココハ私達深海棲艦ノ拠点……体ガ治ッタ今、コレ以上コノ場所ニ貴女ヲ置ク訳ニハイカナイノ」

 

 

 

 ゾクリ、と時雨の背筋に悪寒が走った。そうだ、この場所に生きて存在出来ているのは奇跡のようなことなのだと、今更になって時雨は思い出した。

 

 時雨は山城と扶桑によって助けられ、その意識が回復し、修復が終わるまで……と、少々強引にこの拠点に置いているだけなのだ。意識が戻り体も治った今、彼女を拠点に置いておく理由は……ない。

 

 「それは……僕を殺す……ということ、かな?」

 

 「ソウネ……私ハ深海棲艦デ、貴女ハ艦娘。ソコカラ考エレバ、私ハ貴女ヲココデ殺スベキヨネ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、時雨は自分が生き残る方法を考える。しかし、直ぐに思考は詰んでいると答えを出した。

 

 自分がいるのは一切の情報がない敵の拠点。目の前には姫、隣には戦艦タ級。艤装もないし、この部屋唯一の扉……洞窟内なのになぜか木製の洋風な扉だった……は閉められている。時雨が何か行動を起こせば、その瞬間に終わる。かと言って拾った命を諦めたくなどない。

 

 どうにかして生き残る方法は……そんな風に真剣に考える時雨の姿が可笑しかったのか、南方棲戦姫がクスクスと小さな笑い声を漏らした。

 

 「真面目ニ考エテイル所悪イケド、貴女ヲ殺ス気ハナイワ。ソンナコトヲシタラ、戦艦棲姫達ニ怒ラレルモノ」

 

 「……へ?」

 

 「ダカラ、貴女ヲ殺ス気ハナイノ。デモ、出テ行ッテハモラウワ……ソコノタ級ト一緒ニネ」

 

 「……ふぇ!?」

 

 驚く時雨に、南方棲戦姫は説明する。イブキ達は連合艦隊を撃退し、その際に見捨てる形で置いていかれた1隻の艦娘を仲間に加えたこと。拠点である島を海軍に知られた為、違う拠点を探していること。候補として今いる拠点が上がったが、深海棲艦と拠点の主として入れさせる訳にはいかないこと。昔の山城の拠点が候補として上がったこと。そして、そこまでの道案内にタ級が選ばれていること。

 

 元々タ級は南方棲戦姫の部下ではなく、半年前の大規模作戦にて支配海域を海軍に取り戻された山城、その戦いの中で沈んでいった部下の生き残りだ。現在20隻ほど生き残っているらしく、タ級を含めた部下達は今、上司共々南方棲戦姫の拠点の世話になっている。

 

 その説明を聞いて、時雨は山城が半年前に自分達が攻め込んだサーモン海域最深部を支配していた姫だと知った。その胸に沸き上がるのは、少しの罪悪感。そして、疑問だった。

 

 「待って。海軍が海域を取り戻しているなら、その拠点は海軍が制圧してるんじゃないのかい?」

 

 「ソレハナイワ。私達深海棲艦ノ拠点ハ、水中ニ入口ガアル洞窟ナノ。潜水艦クライシカソノ入口ハ見ツケラレナイシ、潜水艦ダケデハ拠点内ノ戦力ニハ勝テナイ。唯一ノ武器デアル魚雷ガ使エナイノダカラ」

 

 それこそが海軍が海域を制圧出来ても拠点を制圧出来ない理由。人間では深海棲艦に勝てない。よって拠点制圧も艦娘頼りになるが、その拠点は潜水艦娘でしか辿り着けない。しかし、潜水艦娘だけでは拠点に入ったところで中は洞窟なので唯一の武装である魚雷は使えない。無理に潜水艦娘以外の艦娘が入ったところで、砲に海水が入り込んで使い物にならなくなるだろう。仮に対策したとしても、中で戦闘等すれば拠点が崩落する危険もある。

 

 ならば、初めから制圧などせずに爆弾なりなんなりを使って拠点を破壊すれば良いのではないか? と考えて海軍は実際に実行した。結論から言えば、破壊“には”成功した。だが、しばらくするとその海域は再び深海棲艦が溢れ、または鬼や姫に支配され、拠点は“元通り”になっていた。制圧しようとしても出来ない。破壊してもしばらくすれば元通りになる。いつまでも戦いが終わらないのは、こうした厄介なことが多いからだ。

 

 「話ガ逸レタワネ。トニカク、貴女ニハタ級ト一緒ニ出テ行ッテモラウ。貴女ガ使ッテタ艤装ハ直ッテルカラ、場所ハタ級ニ聞キナサイ。イイワネ?」

 

 「……うん、分かった」

 

 

 

 

 

 

 それが、イブキ達のいる島にやってくるまでの時雨の身に起きたことだった。話には出ていないが、島に来る道中に山城と扶桑の見分け方をタ級から教わっている。他にも、タ級には寝る場所に案内され、夜食として弾薬と燃料を渡され、如何に山城と扶桑が己にとって素晴らしい存在かを夜通し聞かされ、一睡も出来ていないのは内緒である。とは言っても、今まで眠っていたようなモノである時雨は問題ない。ただ、昼夜が逆転しないかが時雨は心配だった。

 

 外に出た時は、時雨は鎮守府に戻って自分の無事を伝えたいと思っていた。だが、深海棲艦の拠点の情報を持ち帰られる訳にはいかない為、南方棲戦姫から帰らせることはできないと今朝に言い含められている。こうして逃げる素振りも見せずにタ級と共にいるのは、そういう理由もあった。

 

 「時雨……動いて大丈夫なの?」

 

 「問題ないよ山城。鈍ってはいるだろうけどね」

 

 山城の心配する声に、時雨は苦笑を浮かべる。1度は沈み、そう長くない期間ではあるが眠り続けていたのだ、当然体は鈍る。とは言え、時雨は半年前の大規模作戦を戦って生き延びた実力者でもある。並の深海棲艦には負けたりしない。

 

 ふと、時雨の視線が夕立と雷、レコンに移る。扶桑から話を聞いた南方棲戦姫に話を聞いた時雨だったが、実際に見ると違った感想が出てくる。

 

 約半年ぶりに見る夕立は、かなり姿が変わっていた。一瞬誰だか分からない程に。しかし、変わったのは姿だけだと時雨は思う。半年前の屋敷で聞いた夕立とイブキの会話と誓い……その想いと関係は、変わらない。むしろ強くなっているようにも感じた。そのことを、時雨は嬉しく感じていた。

 

 一番気になっていた、海軍に見捨てられる形で置いていかれたという雷。話を聞いた時は、時雨は心を閉ざしていても可笑しくないと考えていたのだが……ここに来て見てみれば、とても置いていかれたとは思えない程に明るい雷の姿があった。時雨を迎える為に近寄ってきたイブキの左手を右手で繋ぎながら歩いてくる姿など、見た目相応で微笑ましい。

 

 分からないのは、レコンである。見た目は紛れもなく金剛型戦艦ネームシップの金剛である。時雨の鎮守府にも金剛は存在する為、その姿をよく覚えている……のだが。

 

 「『ん? 私のフェイスに何かついてマスカ? ソレトモコノ喋リ方ガ気ニナルカ? キヒヒッ』」

 

 「まあ……うん」

 

 艦娘として生まれて数年、時雨にとって初めての本気で理解しにくい相手だった。後に目の前のレコンの半分は半年前に沈められかけたレ級だと知り、半泣きになることを……この時の時雨は知る由もない。

 

 「そうだ、山城と扶桑が僕を助けてくれたんだよね? ありがとう。僕を助けてくれて。僕の願いを聞いてくれて」

 

 「実際に助けたのは山城なのだけど……ね」

 

 「姉様も、南方棲戦姫に時雨を拠点に置いておく為に説得してたじゃない」

 

 目の前の扶桑と山城の掛け合いに、時雨は胸の奥が暖かくなるのを感じた。時雨の鎮守府に扶桑姉妹はいないが、演習や出撃中に擦れ違ったりするなど艦娘の姉妹の姿を見たことがあるし、話したりもした。その記憶のものと姿も声も違っている……だが、その掛け合いは記憶と何ら変わらないものだった。

 

 そして視線がイブキへと移る。時雨にとってイブキは、夕立の大事な存在であり、自分の命の恩人であり……読めない存在だった。強いであろうということは分かっていた。何せレ級を単独で退けるのだから。だが今回、その強さが自分の想像の範囲外にあることを改めて知った。時雨はイブキと夕立……時雨は夕立がイブキの元から離れていたことを知らない為、そう考えている……に向けられた連合艦隊の戦力を知っている。しかし、目の前のイブキは傷らしい傷がなく、五体満足で立っている。それはつまり、山城達の助けが入るまで交戦し、傷ひとつ負わなかったということになる。

 

 (強い、なんて言葉じゃ片付けられない。もしもイブキさんが鎮守府に攻め込んできたら、どの鎮守府でも止められない……絶対に、敵意を抱かせたらいけない)

 

 自分が海軍の攻撃で沈んだとは考えていない時雨は、イブキが海軍と敵対した場合のことを考えて内心青ざめる。イブキは恩人だし、感謝もしている。敵対するなんて考えは微塵もない……だが、これは時雨自身の話。もしもイブキが敵対心を抱けば海軍がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだろう。

 

 時雨がそんな風に考えている間に、いつの間にかタ級の紹介も終わっていた。更には出発する準備も終えている。扶桑姉妹は自身の背後に巨大な異形の艤装を従わせるようにしており、雷と夕立は既に海に足を踏み入れていて……夕立が左手にチ級の魚雷管を装備している時は時雨もびっくりした……レコンも元気よくボロッボロの艤装を後ろ腰に着けて海に走っていく。

 

 そして、後ろ腰に4本の軍刀を備え、その内の1本……左後ろ腰の下の軍刀は外れないようにしているのか鞘に紐で固定されている。それらに加え、左腰にも1本の軍刀……時雨は知らないが、久方ぶりに完全装備をしたイブキもまた海に足を踏み入れた。

 

 「それじゃ、行きましょうか。タ級、お願いね」

 

 「ハイ」

 

 山城の言葉と共に、タ級が山城と共に前に出る。その後ろにイブキが、その右隣に夕立が、左隣に雷が。夕立の右隣に時雨が、雷の左隣にレコンが。最後尾に扶桑が並び、島から出発する。こうしてイブキは、半年間住み続けた拠点から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「あー……疲れたー」

 

 そんな台詞と共にぐでー、と机の上に上半身を倒す女性。日本人女性らしい背中程までの長さの黒髪をしたその女性の下には、今しがた書き終えたと思われる書類があった。

 

 彼女の名は、逢坂 優希(あいさか ゆうき)。彼女は今はイブキと共にいる夕立、時雨の提督であり、階級は中佐……だったが、先日時雨がイブキの居る島を話した為、大佐となった。歳は20、提督歴2年。彼女自身は、至って平凡な女性だった。提督になった切っ掛けは、偶然女性提督募集と書かれている士官学校のホームページを見たこと。特に行きたい学校がなかった彼女は試しに行ってみよう、と軽い気持ちで説明会に行き……艦娘達の姿やそれを指揮する提督達を見て、彼女達に母性的な何かを刺激され、その衝動のままに士官学校に入学し、厳しい訓練と勉学を終え、提督となった。初期艦は五月雨。

 

 安全第一……それが、優希の考えだった。艦娘達に怪我をして欲しくない。泣き顔や痛みに歪む顔よりも笑顔でいて欲しい。そういう考えでいたからこそ、階級こそ中々上がらなかったが半年前まで轟沈0という記録を保持していた。しかし、夕立が沈んだと聞かされ……その記録がストップすると同時に、優希の中に空虚が生まれた。家族のように、我が子のように接してきた者の轟沈……すなわち、死。優希は泣き崩れ、立ち直るのに1週間を費やした。

 

 (夕立……時雨……ぐすっ)

 

 そして次は、そんな自分を支え続けてくれた時雨が沈んだ。その場面を目撃した訳ではない。だが、真面目な時雨がいつまで経っても姿を見せないことで不審に思って鎮守府内を捜索していないことに気付き、直ぐ様海に捜索の手を広げても見付からず……時雨は行方不明として処理された。偶然耳に入った噂で1隻でいた時雨と思わしき艦娘が深海棲艦と交戦の末に沈んだというのがあったが、優希は決して信じようとはしなかった。

 

 しかし……こうも時間が経ってしまっては悪い方へ悪い方へと考えてしまう。噂は正しく、その艦娘は自分の仲間の時雨ではないのか。もう沈んでしまい、2度と会えないのではないか。そういったことを。

 

 (……ダメ、ダメだよ。私が信じなくちゃ、私は信じなくちゃ。時雨は無事だって、沈んでなんかいないって)

 

 優希は首を振り、心を強く持とうとする。何せ、時雨には前科がある。夕立を捜索しに行ったまま帰投する時間を大幅に遅れて帰ってきたという前科が。今回も絶対に帰ってくると、そう思って無理に笑顔を浮かべる。提督である自分が信じずに、一体誰が信じるのだと。

 

 だが……その優希の姿を見て、苦しい思いをしている者達もいる。それが、この鎮守府の艦娘達だ。彼女達にとって逢坂 優希という存在は、同姓である為に接しやすく、姉のようであり母のような存在である。常に自分達の身を案じてくれ、共にお菓子や料理を作り、寂しがり屋な艦娘は共に眠ったこともある。書類仕事が苦手だったり、艦娘達にはお洒落を進めるくせに自身のお洒落には無頓着だったりと頼りない所も抜けている所もあるが、そんな優希を嫌う艦娘はいない。

 

 そんな大好きな存在が、自分達を思うが故に苦しんでいる。誰もが時雨の生存が絶望的であると理解している。なのに、優希だけは生きていると艦娘達に微笑みかけ、大丈夫だと励ましてくれるのだ。それが、辛くない訳がない。

 

 「ねえ……どうしたら提督、諦めてくれるのかな」

 

 「村雨……あんた、本気で言ってるの?」

 

 「怒らないでよ白露姉。私だって、提督の気持ちは分かってるけど……今はいない時雨よりも、ここにいる提督の方が大事だもん」

 

 執務室の扉の前に、白露、村雨、五月雨、涼風の4人はいた。少しだけ扉を開けて重なるように全員が隙間から優希の様子を覗き見ながら、村雨は誰にでもなく呟き、上にいる白露に怒気を含んだ言葉を受けつつ、苦笑いを浮かべながら悲しさを滲ませてそう言った。

 

 時雨は彼女達姉妹の1人だ、そんな時雨が行方不明となり、本当かどうかは定かではないものの沈んでいるという噂が流れているとなれば焦らないハズも気が滅入らないハズもない。それは村雨とて同じ事だ。だが、彼女は今この場にいない時雨よりも、目の前の憔悴している優希の方が心配で仕方なかった。

 

 時雨が行方不明となってまだ数日だが、日を追う毎に優希の顔色は悪くなっていっている。それは確実に心労からきている……どれだけ本人が明るく振る舞おうと、どれだけ空元気を見せようと、日に日に悪くなる顔色は艦娘達を不安にさせ、心配させていることに、時雨のことと艦娘達を不安にさせないようにと考えている優希は気付けない。

 

 「私も、提督さんがあんな風に笑おうとするのは……もう見ていられないです。時雨姉さんの事は確かに心配だけど……目の前の提督さんの方が心配だよ……」

 

 「五月雨……」

 

 村雨の下にいる五月雨もまた、涙目で震えながらそう言った。心優しい彼女ですら、今はいない者よりも目の前の者をと言う。2人は決して時雨を蔑ろにしている訳ではない。だが、現状どうしようもない事よりは、目の前で起きていることを何とかしたいということだ。

 

 そんなことは分かっている、と白露は声に出さず思う。だが、白露型ネームシップ……長女であるということが、白露に苦悩させている。時雨は大切な妹だ、そんな存在を諦めるなど、僅かでも可能性がある限りは長女である自分がしてはならないと。決して優希が大切でないという訳では断じてない。だが、どちらか片方を取る……それが出来ないでいた。

 

 「……あのさ……姉貴達……」

 

 「「……?」」

 

 そんな風に真面目な話を3人がしている中、五月雨の下……つまり、一番下にいる涼風から声が上がる。その声を不思議に思った白露と村雨は優希に向けていた視線を下にやり、五月雨はあー……と声を出した。それは、五月雨だけが涼風の言いたいことを理解出来たからだ。

 

 ここで、改めて4人がどういう状態なのかを説明しよう。4人は優希がいる執務室、その扉を少し開けて中の様子を覗き見つつ、全員が見られるように重なっている。一番下の涼風は四つん這いになり、その上に五月雨がぴったりとくっつくようにして乗っかり、その上に村雨が同じように乗っかり、最後に白露が乗っかっている。その為、涼風に3人分の体重がかかっていることになる。

 

 四つん這いになっている為に腕はぷるぷる震え、足もガクガクとしている。五月雨が震えていたのも、2人分の重み故にだ。そして、目の前の扉は外側……この場合、4人の方に向かって開く。このまま涼風の腕が耐えられなくなった場合、どうなるだろうか?

 

 「も……むりぃっ……」

 

 「「「えっ……きゃうんっ!?」」」

 

 「何事!?」

 

 「「「「ぎゃんっ!!」」」」

 

 涼風がそう言った瞬間に彼女の腕から力が抜け、上にいた3人は顔から扉に突っ込み、扉はバタンッと荒々しい音を立てながら閉じた。そんな音を立てれば、当然優希も気付く。

 

 慌てて扉の前に行って開けようとした優希だったが、その前には4人がいる。必然、慌てていた為に勢い良く開けた扉は倒れ込んでいた4人の顔に思いっきりぶつかった。

 

 「あ、ごめん! 大丈夫?」

 

 「「「「い……痛い……」」」」

 

 手応えから扉が誰かにぶつかったことを悟り、優希はそう問い掛けつつ扉を閉める。そこから少し待ってから扉を開けると、今度は誰にも当たらずに開いた。そこにあったのは、俗にいう女の子座りをして自分の顔を押さえている4人の姿。その姿を見た優希は慌てて側に寄り、4人の顔の赤くなった所を順番に撫でる。その表情は、如何にも“心配している”という感情が浮かんでいた。

 

 4人は決してそんな表情をさせたい訳でも見たい訳でもない。この優しい提督の笑った顔が見たいのだ。夕立の轟沈を乗り越え、時雨を一旦記憶の片隅に追いやり、以前と同じように軍隊でありながら家族のように、母か姉と妹のように過ごす日々が欲しいのだ。

 

 4人は痛いの痛いの飛んでいけー、なんて言っている目の前の提督を見て思う。もう誰もいなくなる訳にはいかないと。提督の側に居てあげると。それが、“娘”や“妹”である自分達がしてあげられることだと思うが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 島から出発して数時間ほど経っただろうか。道中で時雨がレコンに対して小さな悲鳴を上げて半泣きになったという小さな事件が起きたもののそれ以外は特に何事もなく進み、周りの景色は相変わらず海と空。夕立と駆逐棲姫を探している時には景色なんて見ている余裕がなかったので気にならなかったが、心に余裕が出来た今では同じ景色ばかりで飽きが来る。だが、周りには夕立や雷、レコン、扶桑姉妹、時雨、タ級がいる。海の上なのに花畑にいる気分だ……ダメだな、どうにも思考がそっちの方向に行ってしまう。

 

 しかし、皆の進む姿を見て、改めて俺という存在は異質なんだと分かる。皆は海の上を滑るように移動しているが、俺は陸地のように歩いている。ずっと動き続けている俺を気遣う声もあるが、未だに疲れはやってこない。因みに、艤装が大破しているレコンがいる為、俺を含めた全員がレコンの速度に合わせている。

 

 「そう言えば、夕立は深海棲艦の拠点に居たんだったか……どんな所なんだ?」

 

 「んーと……洞窟っぽい? 所々に機械があって、何だか鎮守府みたいだった」

 

 「夕立が深海棲艦の拠点に……? それどういうこと?」

 

 「あ、時雨は知らないっぽい? えっとね……」

 

 ああ、そう言えば時雨は俺と夕立が1度離ればなれになったことを知らないんだったか。島から出た後に時雨が昨日の艦隊のことを俺達に知らせようとしてくれた結果、沈んだというのは聞いたが……時雨自身は俺達の状況を知る術がなかったんだし、それも仕方ないか。

 

 さて、まだかかるようなら島から出た後のことでも思い返す……ところだが、生憎と思い返すようなことがない。夕立が腕を組んできたり、雷が肩車をねだってきたり、レコンが手を繋いできたり……全部やったが。現在もやってるが。夕立の成長したおぱーいの柔らかさだったり雷の太ももの柔らかさだったりレコンの手の柔らかさだったりと……落ち着け俺、自重するんだ。昨日から色々おかしいぞ。

 

 「着いたわよ」

 

 そんなことを考えていた時、タ級と共に先頭にいた山城がそう言った。しかし、周りにはそれらしいモノはない。正面には海面から飛び出ている石の突起が出ているが……と、海面に視線を移した時に悟る。その石の突起は、氷山の一角に過ぎないと。

 

 

 

 「私達の拠点の入口は、この下にあるわ」

 

 

 

 石の突起が出ている場所の濃い海の青に映る巨大な黒い影……その影を指差しながら、山城はエミを浮かべながらそう言った。




という訳で、時雨復活、時雨と夕立の提督登場、拠点移動のお話でした。因みに優希、高卒です←

新年初の投稿だと言うのに、まさかのイブキセリフなし。ごめーんね☆(軽っ

さて、ここから先は私からの(ありがた迷惑な)お年玉です。他の作者様もやっていたような気がしますが……もし、イブキが読者様の鎮守府にやってきたら! という形でセリフをば。時報は希望者が居れば、また後日別の後書きで書きますw



セリフ CV:読者様次第 イラストレーター:海鷹様(以前にpixivで書いて頂きましたので。改めましてありがとうございます♪)

入手/ログイン ……はじめまして、だな。すまないが、俺に名前はない。それでも呼ぶなら……イブキと、そう呼んで欲しい。

母港/詳細閲覧 うん? どうしたんだ?
        平和だな……水浴びでもしてきていいか?
        艤装が気になるのか? 見る分には構わないが……触るなよ? 責任は取れないからな。

ケッコンカッコカリ (未確認)

ケッコン後母港 (未確認)

編成 任せてくれ……誰も沈めさせはしない。

出撃 任せてくれ……誰も沈めさせはしない。
   1度、言ってみたかったんだ。艦隊、出撃する。
   夕立、共に……出るぞ!

遠征選択時 遠出か?

アイテム発見 見つけた。

開戦 さて……やるか。

航空戦闘開始時 (なし)

夜戦開始 夜だろうが昼だろうが、俺には関係ない。

攻撃 俺は砲雷撃戦……でいいのか?
   斬る。
   始めよう。
   守ってみせる……俺が!

攻撃(夜戦) 斬り捨てる!

小破/中破/大破 (未確認)

勝利MVP 俺が? 嬉しいのは嬉しいが……俺よりも、他の皆にあげてくれ。

帰投 作戦は終了した。ただいま、提督。

補給 助かるよ。
   俺は、あまり必要ないんだが……。

改装/改造/改修 いや、俺には……まあ、感謝はするが。
        俺よりも、他の皆にだな……ありがとう。
        今でさえ満足に扱えていないのに……いや、助かるよ。

入渠 (未確認)

建造完了 新しい仲間だ。歓迎してあげないといけないな。

戦績表示 提督、便りが来ているぞ。

轟沈 (未確認)

時報

放置時 暇だな。ごーちゃんの手入れでも……冗談だ、そんなに慌てなくてもいいだろう?



今回のおさらい

時雨、再び参戦。何かに気付いたようだが……? 新キャラ、逢坂 優希登場。物語にどう絡むのか。 イブキ達、拠点に到達。どうなるのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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方針は決まった

お待たせしました、ようやく更新でございます。

先日、とある有志(?)の方LINEにて本作品の紹介文、拡散文としてイブキのアカウントを作って下さいました!
http://line.me/ti/p/%40eak1024g

イラストやこういったアカウントを作って下さる方がいる程本作品を気に入って下さっている方々がいて嬉しい限りです。今後も本作を宜しくお願いしますヾ(´∀`ヾ)


 深海棲艦の拠点はその殆どが海中洞窟と呼べる場所であり、その入口は海中に存在する。入るには潜るしかない。しかし、深海棲艦はともかく艦娘は潜水艦くらいしか潜ることなど出来ない。それは軍艦としての用途と、意識の違いだ。

 

 潜水艦以外の艦娘にとって、水中……海の中という景色は、己が沈んだ時に見る最期の景色に近い。そこは冷たく、暗く、1度見れば2度と他の景色を見ることが出来ない。それが風呂場やプールのような場所ならともかく、海で頭まで潜ることなど出来ないだろう。

 

 しかし、戦艦棲姫山城は言った。拠点はこの下……海中にあると。入るには潜るしかない。どれだけ怖くても、どれだけ恐ろしくても……必死に耐えて潜るしかない。

 

 「……時雨さん、そこから出てきたんでしょ? 怖くなかったの?」

 

 「実はね、全力で目を瞑って耳を塞いでタ級に抱き抱えられながら浮上したんだよ。怖くて怖くて仕方なかったからね」

 

 少し青ざめた顔の雷は時雨に問い掛け、時雨もまた顔を青ざめさせながら答える。それほどまでに、海中というのは艦娘にとって恐怖の場所なのだ。雷も時雨も、その恐怖心を持っている。

 

 しかし、彼女達以外のメンバーを見てみると……だ。山城と戦艦水鬼扶桑は艦娘としての記憶を持ってはいるが、深海棲艦である為に忌避感はない。夕立も北方棲姫と港湾棲姫の拠点から出てきた上に元々チ級の記憶もあり、今では半分艦娘半分深海棲艦のようなもの。忌避感はほぼない。レコンも半分金剛半分レ級、しかもレ級の生まれは深海なのだ、忌避感を覚えるどころかホームグラウンドと言っても過言ではない。タ級も深海棲艦なので忌避感なし。イブキはよくわからないが、見ていて忌避感を感じているようには見えない。

 

 耐えるべきは2人。雷は目の前の潜る気満々の面子を見た後に時雨を見る。時雨も同じように雷を見て、目で語りかけた。

 

 

 

 “覚悟は出来た? 僕は出来てる……あ、ごめん。やっぱり怖い”

 

 

 

 涙目になっている時雨を見て、雷も泣きそうになった。が、そんなことをしている間に周りは潜る準備が出来ている。2人が出来ることは、恐怖を押し殺して誰かに必死にしがみつくことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 「ようこそ、私の拠点へ」

 

 海中へと潜り、海中洞窟の入口を通った一行が海から顔を出して見たものは、鉄の床がある岩肌の空間。先行していた山城は両手を拡げ、そう歓迎の言葉を発した。

 

 潜ったせいでずぶ濡れになってしまった一行だが乾かせるもの……ごーちゃん軍刀は最悪崩落するので却下……も拭くものもない為、そのまま拠点の中を山城とタ級の案内の元に歩くこととなった。入口と同じように通路も鉄製……少なくとも自然に出来たものではない。しかも時々見える扉は木製であり、明らかに人の手が入っている。

 

 「ねえ、深海棲艦の拠点ってみんなこんな感じなの?」

 

 気付けば、雷はそんな疑問を口にしていた。その疑問は当然のことだろう。乱雑に置かれているならまだしも、今歩いている鉄製の床は均等に敷き詰められている。木製の扉は嵌め込んでいるだけではなく、しっかりと扉として機能している。初めて訪れた深海棲艦の拠点がこうなのだ、他の場所も同様なのかは雷でなくとも気になるところだろう。

 

 「私が知ってるところと似たような感じっぽい」

 

 「南方棲戦姫のところも同じようなものね。私達も全ての拠点の場所と内装を把握出来ている訳ではないのだけれど……内装はあまり変わらないと思うわ」

 

 雷の疑問に答えたのは、夕立と扶桑だった。そして、2人とも別の拠点ではあるが内装は変わらないという。海軍の鎮守府があまり内装に差がないように、深海棲艦の拠点も基本的なものは変わらないらしい。

 

 そんな話を聞いていた時雨は声に出さずに不思議に思った。その疑問は“どうやって”、或いは“どのように作られたのか”ということだ。何せ深海棲艦の拠点は一目で分かる程に何者かの手が入っている。しかし、この海中洞窟にやってこれるのは深海棲艦か潜水艦娘。人間が深海棲艦が住み着く前に拠点として使用するべく手を加えていた可能性も無きにあらずだが、深海棲艦が蔓延る今の世界でそんな自殺行為をすることもないだろう。

 

 深海棲艦が自分達で作り上げた……完全に否定することはできないだろうが、可能性としては限りなくゼロに近い。船である深海棲艦達がそんな技術を持っているとは考えにくいからだ。では誰が、どのように、何のために拠点を作ったのか。

 

 (1番高い可能性は、やっぱり……)

 

 実のところ、時雨はその誰かの正体をほぼ確信している。だが、それを口にすることは憚られた。何しろ時雨の考えでは、そのまま口にすると世界の常識がまた1つ覆ることになるのだから。

 

 しかし、時雨の頭の中では次々とピースが当てはまっていっていく。謎が少しずつ紐解けていく。だが、何かが足りない。完成には届かない。故に、時雨は口に出せない。もしも間違っていれば、いらぬ不安を与えるかも知れない。奇異の目で見られるかもしれない。混乱を招くかもしれない。そんな考えが頭を過り……時雨は、本当の本当に確信が持てるまで己の心に留めておくことを決めた。

 

 「『誰もいないデスネ。引キコモッテンノカナ?』」

 

 「仕方ないわ。数百に及んだ部下達は以前の戦いで20程にまで減ってしまったし、その部下達は私達と同じように南方棲戦姫の所でお世話になっているもの。今は恩返しの為に資材を集めている頃でしょうね」

 

 「……他の深海棲艦が、空いた拠点に住み着いたりはしないのか?」

 

 「どうなのかしら? 少なくとも、私はそういった話は聞いたことないけれど……」

 

 山城が言うには、深海棲艦は本来決まった拠点や住み処を持たない。しかし、鬼や姫のような理性的で統率の取れる存在が拠点を持つことでそれ等よりも力の弱い者達はその下につき、統率され、海域を制圧していくのだという。つまり、鬼や姫がいなければ拠点は使われない。深海棲艦が住み着くことはない。この拠点に誰もいないのは、そういった理由もあるのだろう。

 

 そんな会話をしながら拠点を歩き回り、おおよその構造と部屋を把握した一行は執務室のような部屋に入った。中には空っぽの本棚に大きな机、それと椅子。如何にも執務室ですと言わんばかりの内装だった。それ自体は、特に不思議ではない……いや、海中に机だの椅子だのは可笑しい気がするが、在ること自体は特に問題ではない。

 

 (……同じだ)

 

 時雨は内心で呟いた。似ているどころの話ではない。時雨が見た南方棲戦姫の執務室と今いるこの執務室。場所は違い、主も違う……なのに、その内装は全く同じなのだ。勿論、記憶違いや実際は差異があるのかもしれないが……少なくとも、時雨は同じだと感じていた。

 

 内装が同じというのは、別段珍しくもないかも知れない。時雨達の鎮守府とて他の鎮守府とそう変わらない内装をしているだろうし、それほど大きな違いはないだろう。だが、深海棲艦の拠点とは基本的に“海中に存在する洞窟”……つまりは自然に出来た物な訳だが、海流や潮の満ち引き等の差異がある中で内装まで同じというのはほぼ有り得ない。例えそれが明らかに何者かの手が入っているとしても、部屋の大きさまでもがほぼ同じというのは可笑しい。

 

 (つまり、深海棲艦の拠点は自然に出来た洞窟を改造したんじゃなくて……初めから人工的に造られた? もしくは……深海棲艦の“為に”用意された空間……?)

 

 そうして時雨が考えている間に、イブキ達は今後について話し合っていた。連合艦隊を退けた以上、イブキ達は海軍に目の敵にされるだろう。沈んだと予測されていかもしれないが、生存を考慮して再び連合艦隊が差し向けられる可能性も無くはない。それらを踏まえた上で彼女達が出した方針は、一言で言うなら“隠密”。ほとぼりが冷めるまで目立つ行動を控え、自分達は那智の言っていた爆弾で沈んだように見せ掛ける……例え望み薄くとも、いずれ雷と時雨を元の鎮守府に帰してあげられるその日まで。

 

 しかし、そんな生活は長くは続かないことを誰もが理解していた。資材を集める為には海に出る必要がある。どれだけ身を潜めながら行動したとしても、いずれはバレる。その後、海軍がどんな行動を取るのか……誰も分からない。

 

 「……とりあえず、方針は決まった。後はやるべきことを明確にしないといけないな」

 

 「ええ。と言っても、大体決まっているけれどね。補給や修復する為に必要な資材集めは早急にやらないといけないし、雷ちゃんと時雨ちゃん用の入口も作らないといけない。資材集めにはイブキ姉様達を行かせる訳にはいかないから、私達とタ級達部下にさせるしかない……問題は、拠点のリフォームね。ノウハウがない私達では難題も難題だわ……」

 

 「いや、リフォームならその子達に任せばいいだろう?」

 

 【……?】

 

 不意に、山城の言葉を聞いたイブキが虚空を指差した。イブキを除く全員がその指の先を見やるが、その先には壁や天井があるだけであり、イブキが言う“その子達”と呼ばれる者達の姿はない。全員がきょとんとして不思議そうな表情を浮かべると、イブキは全員の顔を見た後に納得したように頷いた。

 

 「……なるほど、俺以外には見えていないのか」

 

 「見えないって、何が?」

 

 「妖精だ。何故かは分からないが、俺しか見えていないようだな」

 

 イブキの言葉に時雨がやはり……と思う中、2人除いた者達は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 日本海軍大本営……その中にある自室に、不知火の姿があった。その部屋には、畳まれた布団や不知火の体格に合わせられた勉強机、大量の資料が入った本棚がある。その内装は実用重視で無駄な装飾などない、良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景なモノだ。それこそが元帥第一艦隊の1隻である不知火の個人部屋である。

 

 (やるべきことは決めました。後は……時期、ですね)

 

 大規模作戦から1日経ち、不知火は自分が取るべき行動を見定めていた。帰る途中に出逢い、沈めた駆逐棲姫……彼女の遺した言葉は、不知火の耳に未だに残っている。その言葉を切っ掛けとして、不知火は元帥……渡辺 善蔵の言葉に盲目に従うことを止めた。

 

 しかし、だからと言ってすぐに行動には移せない。今までの命令のことを聞こうとしても相手は海軍総司令……簡単に言えば多忙な人物だ。長年の付き合いであり、第一艦隊のメンバーである不知火であっても、質問する為だけに執務室を訪れる等許されない。何らかの理由で執務室を訪れる必要があり、その際に質問するのが理想的だ。

 

 だが、今の不知火は特に仕事を割り振られていない。書類関係は大淀が一手に担っているので割り込む隙がない。遠征や演習のメンバーにも選ばれていない。食事時に呼びに行く……昼食はさっき終わってしまった。質問の内容が内容なので艦娘が大勢いる食堂で聞くわけにはいかなかった為、昼食は普通に食べている。

 

 (……あまり後回しにするのは好きではないのですが……仕方ないですね)

 

 不知火は善蔵に聞きに行くことを一旦後回しにし、部屋から出てとある場所へと向かう。自室からそう遠くない所にあるその場所は、善蔵と第一艦隊のメンバーしか持っていない鍵でしか開かない部屋……重要物保管庫とプレートに書かれた部屋だった。

 

 文字通り、海軍が持つ重要物……大淀が持ち帰った駆逐棲姫の艤装の破片のような、姫を沈めた証となる戦利品や退役、戦死した海軍関係者の名前が書かれた書類やネームプレート、海軍で起きた事件、解決した事件の詳細が書かれた原本(資料室等にあるのは全てコピー)等が置かれている。

 

 不知火は鍵を開けて中に入り、目当ての物……駆逐棲姫の艤装の破片を探す。保管庫は然程拾い訳ではなかった為、それはすぐに見つかった。

 

 (……春雨、さん)

 

 不知火の小さな両手で包み込める程度の大きさのクリアケースの中に入れられた、駆逐棲姫の艤装の破片。こんな小さな、予め知っていなければただの鉄屑にしか見えないようなそれが、駆逐棲姫がこの世界に居たという唯一無二の証。不知火はクリアケースから破片を取りだし、駆逐棲姫のかつての名を思いながら抱き締める。

 

 白露型駆逐艦“春雨”……この名は、不知火にとって苦い思い出だ。何せ、不知火を“不知火ちゃん”と呼んで仲の良い友人のような関係だったにも関わらず、彼女は沈んだ。そして、沈めたのは……善蔵の命令を受けたけど不知火だったのだから。

 

 不知火は今でも思い出せる。友人だと、仲間だと思っていた不知火が主砲を己に向けた時に春雨が浮かべた驚愕と悲しみの表情を。疑問に満ちた“どうして?”の言葉を。その問い掛けに何も答えず、ただ黙って沈み逝く姿を見ていた己を。

 

 「……ごめんなさい、春雨さん」

 

 それは過去の春雨へと向けられたモノか、それとも深海棲艦となって甦った駆逐棲姫へと向けられたモノか。例えどちらに向けられたモノであっても、発した言葉は短くとも、そこに込められた想いは大きい。不知火は、無表情の顔を俯かせ……独り、雫を溢した。

 

 

 

 しばらくして保管庫から出た不知火は、特にやることもない為に自主トレをするべく射撃場へと向かっていた。普段なら、善蔵の命を受けて偵察なり暗殺なり第一艦隊として演習なり出撃なり行くのだが……那智を失ったことで空いた穴が大きいのか、第一艦隊として動くことはしばらくないと善蔵から言われている。命令も受けていない。仕事ばかりしていた人間が急に休暇を言い渡されて何をすればいいのか分からない……不知火はそういう心境だった。

 

 「……あら? 不知火さんじゃないですか」

 

 「……翔鶴さん」

 

 そうして射撃場に行く途中、不知火は翔鶴と出会った。翔鶴は不知火の姿を見るとにっこりと笑みを浮かべ、会釈をする。不知火もそれに習い、同じようにペコリと頭を下げた。

 

 この翔鶴は、先日の大規模作戦にも参加していた第二艦隊所属の艦娘だ。第一艦隊の席こそ不知火と同じく最古参の空母娘である雲龍に奪われているが、空母娘としての実力は善蔵の艦娘の中でも1、2を争う程の実力者である。少々不運に見舞われることもあるが、笑顔を絶やさず、人当たりも良い。掃除炊事洗濯だってお手の物である。

 

 (……やはり、この人は苦手です)

 

 そんな翔鶴が、不知火は苦手だった。否、不知火は翔鶴だけでなく、第二艦隊の面々が苦手だった。翔鶴の口は弧を描き、その容姿に見合う笑みを浮かべている。だが、その目は淀み……不知火を射抜くように見詰めている。その瞳が苦手……否。顔には出なくとも、不知火は恐怖を抱いていた。

 

 第二艦隊の艦娘達は皆、第一艦隊の面々程ではないが充分に古参と呼ぶことができる。ただ、同じ共通点を持っていた。それがこの淀んだ瞳……第一艦隊の面々にのみ向けられる“嫉妬”の感情だった。

 

 第二艦隊の者達は、全員が他の鎮守府から異動してきた艦娘である。その理由は様々ではあるが……共通しているのは、元の鎮守府では厄介者として扱われていた、或いは疎ましく思われていたということ。それは些細な思い違いや擦れ違い、勘違い、性格や感性の不一致など本当に様々な理由で……だが、彼女達が提督不信、人間不信となるのも仕方のないことだった。

 

 そんな彼女達を受け入れたのが、海軍総司令である善蔵。異動する原因となった事柄を全て受け止め、受け入れた。人間不信が善蔵にのみ和らぎ、四季が一周する頃には不信が信用になり、信用が信頼に変わり、信頼の中に敬愛が生まれ……。

 

 「不知火さん。少し聞きたいことがあるんですけれど……」

 

 「……なんですか?」

 

 

 

 「那智さんが居なくなったことで空いた第一艦隊の席……誰が入るか決まりましたか?」

 

 

 

 敬愛が、いつからか狂愛へと変わっていた。表面上は変わっていないように見える。だが、第一艦隊の面々は気付いている……その瞳に宿る狂おしい程の嫉妬を。不知火達がいるから、第一艦隊という最も善蔵に近く、最も善蔵が信頼している席に座れない故の憎悪を。善蔵さえ居れば他には何も要らないという狂愛を。善蔵のやること成すこと全てが正しいという狂信を。

 

 こうして那智が沈んだことによって空いた第一艦隊に誰が加わるのかというのを聞いてきたのも、もしかしたら自分が入ることが出来るのかもしれないという希望からだろう。不知火としては、第二艦隊の者達の中から誰かが来るのは、彼女達の実力的には妥当だと考えている。だが……本音ではごめん被りたいと考えている。いつフレンドリーファイアが起きるかも分からないのだから。

 

 「すみませんが、私には分かりかねま……ぐっ!?」

 

 「……本当、かしら? 嘘をついてない? ねえ? 不知火さん」

 

 とは言え、大規模作戦が終わってから不知火が善蔵と会った時間は僅かなモノで、まともに話をする時間などなかった。翔鶴の知りたい情報を持っている訳がない。苦手ではあるが嘘をつく程嫌いという訳ではないため、それを正直に言い……言い切る前に翔鶴に胸ぐらを捕まれ、壁に背中から押し付けられた。

 

 翔鶴の外見は、綺麗な銀髪に色白の肌に華奢な体をしていて美人寄りの顔立ちをしている……決して、小さな体躯とは言え不知火を片手で持ち上げて壁に押し付けられるようには見えないだろう。彼女が艦娘だからこそ出来る芸当だと言える。

 

 「不知火さん……第一艦隊に新しく入るのは誰なの? まさか、またあの余所者みたいに他の鎮守府から来た人を入れるというの? 私達ではダメなの? 私ではダメなの? なんで? 雲龍がいるから? 元は私達も余所者だから? 私が余所者だから? 嫌、そんなの嫌。提督のお側に居たいの。司令官の信頼が欲しいの。元帥の命令を聞きたいの。善蔵さんに必要とされたいの。どうして邪魔するの? どうして意地悪するの? そんなに私達が嫌い? そんなに私が嫌い? ねえ、不知火さん」

 

 「っ……っ……!」

 

 ギリギリと翔鶴の込める力が強くなっていく。不知火は喉を圧迫されて声が出せない為に彼女の言葉に返すことが出来ず、先程までの笑顔などなかったかのように無表情で淡々と言葉を紡いでいく翔鶴の姿に怯える。それでも表情そのものが変わらないのは、流石は第一艦隊と言うべきだろうか。

 

 その無表情が、翔鶴は気に入らない。まるで自分を見下しているかのように見える……というのもあるが、一番の理由は善蔵が第一艦隊の面々“のみ”にそう在るようにと望んだからだ。そう在るようにと命令したからだ。

 

 表情に出るというのは、その存在の心の内を知るヒントを相手に与えることになる。そこから手の内を読まれることもあろう。だが、無表情なら本当に心が読める者でもない限りはそうならない。善蔵の第一艦隊が海軍最強の称号を手にしているのは、純粋な実力と経験に加え、その手の内を読まれないというのが大きい。

 

 だが、翔鶴にとってそんな効果は付属物、おまけに過ぎない。善蔵が指示した。善蔵が望んだ。自分達第二艦隊にはそんなモノは望まなかったのに、自分には望まなかったのに。第一艦隊に“のみ”……それが翔鶴にとっては許せない。何よりも、その第一艦隊に所属している“余所者”……その存在そのものが最も許せなかった。

 

 「止めなさい!」

 

 「っ!? 矢矧ぃ……っ!」

 

 「ごほっ! ごほっ……」

 

 そして今、その余所者によって手を叩かれ、不知火が解放された。翔鶴は自分の手を叩いた余所者……矢矧を怨みの籠った目で睨み付け、その顔を憤怒に染め上げる。不知火はその場に喉を押さえて座り込み、自分を助けた矢矧を見上げた。そんな彼女は今、不知火と同じく無表情で翔鶴を見据えている。

 

 先程から翔鶴が矢矧のことを余所者と呼んでいる理由……それは、矢矧もまた翔鶴達と同じように他の鎮守府から異動してきた艦娘だからだ。自分達と同じ立場でありながら第一艦隊の席にいる矢矧……翔鶴を含めた第二艦隊の面々が最も目の敵にしているのが彼女であった。そして彼女もまた、不知火達と同じように善蔵から無表情であるようにと望まれた存在……憎くない筈がなかった。

 

 「翔鶴……貴女は今、何をしていたんですか?」

 

 「私はただ、不知火さんに質問をしていただけですよ」

 

 何を白々しい……とは、不知火は思わない。翔鶴の質問をしていたという言葉に嘘はないのだから。

 

 だが、矢矧はその言葉をそのまま鵜呑みにはしなかった。何しろ不知火は壁に力任せに押し付けられていた……そこには暴力があったのだから。喧嘩なんて言葉で済むような雰囲気でもなかった。故に矢矧は、不知火を守るように自分の体を2人の間に置いた。

 

 「どいてくれないかしら? まだ不知火さんに質問の答えを貰っては……」

 

 「第一艦隊への補充艦はまだ決まっていない……少なくとも、私達は聞かされていない。どうしても知りたければ、自分が入りたければ、直接総司令にどうぞ」

 

 矢矧と翔鶴の目線が絡み合い、その場の空気が重くなる。不知火には翔鶴の顔しか見えていないが、彼女の矢矧を見る目にはあからさまな敵意が込められている。もし艤装を手にしていれば、使っていてもおかしくないと思える程に。矢矧もまた、普段の無表情こそ崩してはいないもののその瞳には怒りの感情を浮かべ、翔鶴を睨み付けている。

 

 やがて、翔鶴は視線を外してその場から立ち去った。その後ろ姿が見えなくなったところで矢矧は1度息を吐き、後ろに振り返って不知火に手を差し出した。

 

 「立てますか?」

 

 「……はい。ありがとう、ございます」

 

 不知火は差し出された手を握り、引っ張ってもらいながら立ち上がる。そして矢矧と不知火はお互いを見つめ……特に会話をすることもなく別れた。不知火としては、お礼を言う以外の言葉を思い付かなかったし、目当ての場所に向かいたかったら。矢矧としては、そもそも不知火を“図りかねていた”から。

 

 矢矧は不知火の背中を消えるまで見つめ……消えてから口を開く。その時の顔は無表情などではなく……少し、悲しげな表情で。

 

 「貴女は“私達”の敵か味方、どちらになるんでしょうね……」

 

 そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 仲間達と話し合い、(俺以外の)激しい口論と戦い(じゃんけん)の末に決まった部屋の中に、俺はいた。俺はその部屋になぜか存在したふかふかのベッドの上に座り、目の前にいる存在……先程皆にも知らせた妖精達を見る。

 

 「じゃあ皆……頼む」

 

 【はーい】

 

 俺の言葉を聞いてコクリと頷き、きゃあきゃあ言いながら散らばっていく妖精達。それぞれが似通った姿をしている為にまるて見分けがつかない……だがまあぶつかって転けたり、助けようとして転けたり、ぎゅうぎゅうと積み重なって動けなくなっていたりする姿は見ていて和む。そんな姿を見ながら、俺は今までの事を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 海に潜り、無事に山城達の拠点の出入口を抜けて拠点へと辿り着いた俺達。岩肌に機械が埋め込まれているかのような初めて見る空間に少し感動を覚えていた俺だったんだが……。

 

 「雷、時雨……大丈夫か?」

 

 「「……なんとか」」

 

 潜っている間ずっと俺にしがみついていた雷と時雨の2人のグロッキーになっている姿を見てそう聞くが、2人は今にも死にそうな顔で返す。予め潜水艦娘以外の艦娘にとっては海に顔をつけることすら死を覚悟するレベルの恐怖を感じると聞いていたが、ここまでのものだとは知らなかった。因みに、俺は特に何とも思わなかった。

 

 少しして2人が回復したのを切っ掛けに、俺達は体を乾かすこともなく山城と扶桑、タ級の案内を受けながら拠点の中を歩いた。入渠場だと言う場所が銭湯のような拾い風呂場、その横に透き通るような緑色の液体が入った大きなカプセルが幾つか置いてある部屋、食料倉庫と書かれた広さの割に弾薬と燃料の入ったドラム缶が幾つかしか置いてない広大な部屋……なぜ資材ではなく食料なのかと心の中でツッコんだ。

 

 (食料か……少し、心配ではあるな)

 

 食料倉庫から出た後、案内を聞く片隅で俺はそんな事を考えていた。何せ俺は、この世界に来てから弾薬や燃料、ボーキサイトのような艦隊これくしょんの資材を目にしたのは今回が初めてで、補給したことがない。いや、そもそも艤装など軍刀しかないというのに、どうやって燃料だ弾薬だボーキサイトだを補給するというのか……。

 

 そしてこれは夕立から聞いた話だが、艦娘も喉の乾きや空腹を感じると言う。俺も当然それらを感じる。が、見たところ飲めそうな水や食べ物はなかった……どうにか対策を考えなければならないだろうな。

 

 道中、皆が気になる話をしていた。今いる拠点の構造が、他の深海棲艦の拠点の構造と似通っているらしい……そんな事が有り得るのだろうか、と考えてしまったが、某大総統の兄弟が言っていた。“有り得ないなんてことは有り得ない”と。となれば、理由や経緯はともかくとして“同じ構造の海中の洞窟に作られた拠点が複数存在する”と言うのも、決して有り得ない訳ではない。何しろ俺のような存在も居るのだ、理解出来ないモノや信じがたい事でありながら起こり得ていることなど幾らでもあるだろう。というか、艦娘だ深海棲艦だ妖精だと言っている世界で有り得ないことなんて本当にないだろう。

 

 しかし、有り得ない訳ではないならば必ず理由や原因があるハズ。拠点が同じ構造をしていることが自然には起きないなら、人為的になら起きる。何せこの世界には謎の技術を使う妖精が居るのだし。

 

 (……妖精か)

 

 ちらり、と俺達が歩いている通路の上を見る。なぜか先程から皆はスルーしているが、そこにはふわふわ浮いていたりぽてぽて歩いていたりする妖精をちらほらと見かける。妖精はいーちゃん達を除いて海軍……人類の味方なのかと考えていたが、そうでもないんだろうか?

 

 

 「『誰もいないデスネ。引キコモッテンノカナ?』」

 

 「仕方ないわ。数百に及んだ部下達は以前の戦いで20程にまで減ってしまったし、その部下達は私達と同じように南方棲戦姫の所でお世話になっているもの。今は恩返しの為に資材を集めている頃でしょうね」

 

 一瞬妖精のことかと思ったが、レコンが聞いたのは深海棲艦のことだったらしい。確かに、この拠点に来てから1度も深海棲艦の姿を見ていない。例え山城の部下の数が減り、今はその南方棲戦姫とやらの場所に居るとしても、こんな立派な拠点なんだから他の深海棲艦が住み着いていてもおかしくないと思うんだが。

 

 そう山城に聞いたところ、そんな話は聞いたこともないという……深海棲艦は拠点や住み処を持たないのか? なら、そういった深海棲艦達は補給はどうしているんだろうか……そう考えていた時、もっと根本的なことに疑問を持った。

 

 

 

 (そもそも、深海棲艦は“どうやって”産まれるんだ?)

 

 

 

 原作でも一切語られていない、深海棲艦の発生した理由……産まれた原因。負の感情の塊や沈んだ艦の怨念、異世界からの侵略者、沈んだ艦娘の成れの果て……様々な理由が考察されているが、確たるモノはない。艦娘は妖精が資材を使って作ったり、レコン……金剛や夕立のように深海棲艦から生まれ変わったりするらしい。逆に、山城のように艦娘から深海棲艦になった者もいる。

 

 艦娘と同じように資材を使って産まれる? なら、誰が生み出す? それが出来る存在は存在する。だが、人類の味方であるという妖精がそうだという可能性は……。

 

 (……いや、待てよ? 本当に“全ての妖精”が人間の味方をしているのか?)

 

 ふと浮かんだ疑問。妖精がどれだけ居るのかはわからないが、仮に1億……人? 体? 匹? ひとまず人としておくか。1億人いたとして、その100%が人間の味方であると言い切れるだろうか? 皆が皆同じ性格をしている訳ではないだろう。真面目な子もいれば、怠け者の子だっているかもしれない。現に、いーちゃん達はそれぞれ個性がある。そう考えれば、この拠点に妖精がいることは何もおかしくない。人類の味方をしている妖精がいるように“深海棲艦の味方”をしている妖精がいる、というだけの話なのだから。

 

 そうであるなら、この誰もいない拠点に妖精がいても不思議は……いや、不思議は不思議だが、まあ理解は出来る。違うなら……分からない。実は元々は妖精が住んでいた……なんてこともあるのかも知れない。とまあ案内されている最中にこんな考察をしていた俺だったが、この案内の終着点らしき部屋に入ったことで彼女達に意識を向ける。話し合うことは、沢山あるのだから。

 

 まず行ったのは現状の再確認と行動方針の決定。俺達は恐らく、海軍では沈んだと思われている。俺としては、夕立達が沈む危険性がある以上は彼女達に戦ったりしてほしくはない。そういった考えも交えて山城達と話し合い、行動方針はこそこそと動き、なるべく海軍との接触を避けることになった。いずれは、時雨と雷を元の仲間の所に返してあげられればいいんだが……望みは薄いだろう。

 

 「……とりあえず、方針は決まった。後はやるべきことを明確にしないといけないな」

 

 「ええ。と言っても、大体決まっているけれどね。補給や修復する為に必要な資材集めは早急にやらないといけないし、雷ちゃんと時雨ちゃん用の入口も作らないといけない。資材集めにはイブキ姉様達を行かせる訳にはいかないから、私達とタ級達部下にさせるしかない……問題は、拠点のリフォームね。ノウハウがない私達では難題も難題だわ……」

 

 「いや、リフォームならその子達に任せばいいだろう?」

 

 【……?】

 

 俺は先程から部屋にある机の上にいる妖精達を指差す。ここまで来る途中で見かけた妖精達は、少なくとも二桁には届く数だった。艦娘の建造を10分台、最長でも数時間で終わらせる妖精なら、勝手こそ違うだろうが俺達がやるよりも早く終わらせることができるかも知れない。そう思っての発言だったんだが、肯定の声も否定の声も上がらず、皆は首を傾げるだけ。ついでに指差した妖精達も“私?”という感じに首を傾げている。皆可愛いなぁ……それはさておき、ここで俺は皆は妖精をスルーしていたのではなく、そもそも気付いていなかったということに気付いた。

 

 「……なるほど、俺以外には見えていないのか」

 

 「見えないって、何が?」

 

 「妖精だ。何故かは分からないが、俺しか見えていないようだな」

 

 俺がそう言って、皆が驚愕の声を上げるまで……後2秒。

 

 

 

 

 

 

 あの後、皆が何かを考える仕草を取って空気がどこかおかしくなったのを感じた俺は、その空気を何とかしようと各自の部屋を決めようと提案し、なぜか殺伐とした空気に変わってえらく真剣な表情でじゃんけんを始めたので何事かと思った……何が彼女達を駆り立てたんだろうか。因みに、部屋は扶桑と山城、夕立とレコン、雷と時雨がそれぞれ相部屋となり、俺は1人部屋となった……嫌われている訳じゃないと思いたい。尚、タ級も今は同じく1人部屋だが、山城の部下達が戻ってくると大広間のような部屋で相部屋とするらしい。

 

 (……風呂にでも行こうか)

 

 さて、と気分を変え、俺は部屋から出て先程案内された入渠場……風呂へと向かう。海水で濡れたままだし、流石に体が冷えてきているしな。それに、今なら誰もいないだろう……男寄りの精神をしている俺には、彼女達の裸体は非っ常に目に毒なのだ。1人で入る方が心休まる。

 

 そんな考えの元に風呂に入り、後に同じ考えだったのか全員が風呂に入ってきて俺が必死に目を逸らし続けることになるまで……後5分。

 

 

 

 

 

 

 「マダ足リナイ……アイツヲ殺スニハ……マダマダ足リナイ」

 

 それは、世界のどこかにある場所。その場所は岩肌に機械があることから深海棲艦の拠点であることが分かる。その拠点の最奥の部屋に、その声の主はいた。その声の主は呟く。足りない、まだ足りない、まだまだ足りないと。

 

 「戦力モ、力モ……全然足リナイ。モット集メナキャ。モット強クナラナキャ。“世界ノ理”ヲ打チ砕ケル程ニ……アイツニ勝テル程ニ」

 

 声の主は手を伸ばす。何かを掴むように、何かを欲するように。声の主はまた呟く。戦力が足りないと、己の力が足りないと。その瞳に殺意を浮かべ、声の主は伸ばした手を握りしめる。何かを掴み取るように、何かを握り潰すかのように。

 

 

 

 「待ッテイナサイ……“善蔵”……ッ!!」

 

 

 

 そして、時は3ヶ月後へと進む。




という訳で、新たな拠点到着と妖精という存在に触れたお話でした。ヤンデレってこんな感じですかねえ……あまり書いたことがないもので←

前回のあとがきで書いたイブキの台詞が思いの外好評でしたので、今回は時報台詞をば。次回はイベント限定や季節限定台詞でも書きましょうかね……未確認台詞は、希望者が多ければw


1時:午前1時……マルヒトマルマル、だったか。 提督は寝なくていいのか?

2時:午前2時……マルフタマルマル、だ。提督、そろそろ寝ないと起きられないぞ。

3時:午前3時……マルサンマルマル。もしかして……眠れないのか?

4時:午前4時……マルヨンマルマル。ここまできたら、寝ない方がいいかも知れないな。

5時:午前5時……マルゴーマルマルか。せめて、仕事中には寝ないでくれよ。

6時:おはよう、提督。今は午前6時、マルロクマルマルだ。

7時:午前7時、マルナナマルマルだ。朝食を取ってこようか……それとも、食堂がいいか?

8時:仕事を始めようか。今は午前8時、マルハチマルマル。動くには丁度良いだろう?

9時:マルキューマルマル……午前9時だ。提督、俺は何をすればいい?

10時:ヒトマルマルマルは午前10時、だったな。やれやれ、秘書艦だから素振りにも行けないな。

11時:ヒトヒトマルマル……午前11時、か。昼食に出す魚でも刺して来ようか?

12時:さて、ヒトフタマルマル……午後12時だ。昼食には魚の串焼きのみだ……冗談だよ。

13時:ヒトサンマルマル、午後1時だな。少し休んだら、また動かないとな。

14時:すぅ……ぁ……すまない、少しうとうとと……今は午後2時、ヒトヨンマルマルだ。

15時:ヒトゴーマルマル、おやつ時の午後3時だ。提督は大人だから、おやつは不要だろう? ……俺のを半分あげるから、そう悲しそうにするな。

16時:ヒトロクマルマル、午後4時だ。夕暮れ時、という奴かな。

17時:ヒトナナマルマル……午後5時か。ごごごじ、って言いにくいな。

18時:午後6時、ヒトハチマルマルだ。提督、そろそろ出撃した皆が帰ってくるんじゃないか?

19時:さて、ヒトキューマルマル、もう午後7時だ。疲れただろう? 今日はもう終わりにしよう。

20時:フタマルマルマル、午後8時だ。夕食を持ってきたぞ。一緒に食べよう。

21時:フタヒトマルマル、午後9時だ。何人かの駆逐艦は、もう眠っているらしいぞ。

22時:フタフタマルマル……もう午後10時か。先に風呂を貰ってもいいだろうか? それとも、一緒に入るか? ……冗談だ。

23時:午後11時……フタサンマルマル、だな。提督、今日も1日お疲れ様……おやすみ。

0時:マルマルマルマル……午前0時。なんだ、まだ起きているのか?



今回のまとめ

イブキ達、戦艦棲姫山城の拠点に到着。ずぶ濡れに。時雨、拠点の謎を考える。彼女の常識は既に……。元帥第二艦隊所属、翔鶴登場。その目は濁っている。謎の深海棲艦、登場。その殺意は、善蔵に向けられている。



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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いつもピンチだな

お待たせしました、ようやく更新でこざいます。

今回は約1万6千文字程で、後半のイブキ視点ではほぼ説明となっております。

そして今回もまた、ちょっとだけオマケがありますw

文を一部修正しました。ボーキサイトって実在したんですね……感想で初めて知りました←


 軍刀棲姫討伐の為の大規模作戦から3ヶ月の月日が流れた。その間、特に何事もなく時間が過ぎた……訳ではなく、幾つかの事件が起きていた。

 

 3ヶ月内に起きた大きな出来事は4つ。1つは、海軍大将の事故死……艦娘売買事件の真犯人だった白木 幸助の死は、事情を知らぬ日本国民にとっては衝撃的なニュースとなった。その後釜となる提督は未だに決まっていないが、近々決まると噂されている。

 

 もう1つは、軍刀棲姫が拠点としていた島……その島は今は誰もいないが、その周辺には他の海域と比べて非常に凶暴な深海棲艦が現れるようになった。“返せ、姫様を返せ”と呪詛のように叫びながら攻撃してくる上に絶対に退かず、捨て身の特攻や道連れの自爆等を行う。それによって轟沈した艦娘も少なくない。今では准将以上の階級を持つ提督の艦隊でなければ海域へ向かうことを禁じられている。

 

 もう1つは、事件というよりも“噂”である。曰く、サーモン海域に“亡霊”が現れるという。それは時に小さく、時に巨大な影で現れるらしい。その影は遠巻きにしか確認出来ず、正体が分かる程に近付く頃にはその姿は消えているという。また、消えるのではなく逃げるパターンも存在するが、そちらは全く追い付けずに見失ってしまうらしい。その亡霊は軍刀棲姫の怨霊ではないかと、海軍の中でまことしやかに囁かれていた。しかし、そう思っていない者達も、いる。

 

 最後の1つ……それは他のとは違い、海軍にとって、海軍に守られる世界にとって嬉しい出来事。

 

 「当たるっぴょん!」

 

 「当たりません!」

 

 とある日の昼頃、そんな言葉を交わしながら演習をしているのは、イブキと面識のある球磨達の艦隊と艦娘売買の件で交流を持つようになった摩耶達の艦隊。場所は球磨達の鎮守府、その近海である。

 

 球磨達の艦隊のメンバーは球磨を旗艦に北上、卯月、白露、深雪、鈴谷。3ヶ月の間に新たに仲間に加わった鈴谷を含め、皆“改”へと至っている。対する摩耶達の艦隊は摩耶を旗艦に鳥海、鳳翔、霧島に加え、皐月、那珂の6隻。こちらも同じように皆“改”へと至り、火力という点では戦艦に軽空母がいるので球磨達よりも勝っている。

 

 しかし、状況は接戦だった。その理由として、球磨達の速度がある。戦艦と軽空母がいない分、艦隊としての速度は球磨達の方が速い。しかし、火力では圧倒的に負けているし、軍艦時代よりもお互いの体が小さい為に中々被弾判定が取れない。お互いに避けては撃ち、撃っては避けられ……そんな状況を打破する為に最初に動き出したのは、案の定というべきか、球磨だった。

 

 「埒があかないクマ……こうなったら、突撃クマーっ!!」

 

 「いつも通りだねえ、球磨姉さん」

 

 北上の呆れたような声を背に受けつつ、球磨は単身摩耶達に突撃する。当然ながら、そんな暴挙とも言える行動を摩耶達が許す筈がない。しかし、鳳翔の放つ艦載機は卯月と白露によって迎撃され、最大火力である霧島は北上と深雪の魚雷を回避する為に動いている為、球磨を狙う余裕はない。

 

 「ほーら、避けないと当たるよー?」

 

 「わわっ! ぼ、ボクだってやられてばっかりじゃないよ!」

 

 「ちょ、なんで、那珂ちゃんは、顔、ばっか、りぃあぅだっ!」

 

 皐月、那珂もまた鈴谷によって行く手を阻まれている。球磨達の中では最高威力の主砲を持つ鈴谷は重巡洋艦……駆逐艦である皐月と軽巡洋艦である那珂では分が悪い。しかもこの鈴谷、妙に狙いが正確だった。皐月は足下を重点的に狙われ、反撃するも狙いが定まらずに鈴谷に当たることはない。那珂は執拗に頭部……というか顔面を狙われている。そして今、一発の模擬弾が顔に直撃した。当然ながら撃沈判定である。

 

 そうして周りの状況が動く中、球磨に接近を許した摩耶と鳥海は2人で球磨目掛けて主砲を放つ。摩耶が直撃を狙い、鳥海が自慢の頭脳による計算に基づいた砲撃でサポート、或いは直撃を狙う。

 

 

 

 しかし、球磨が大きく“真横に跳んだ”ことでその砲撃は空振りに終わる。

 

 

 

 「遅い、遅すぎるクマ!」

 

 「くっ……もうそこまで使いこなせるなんて!」

 

 「あたしなんてまだ使いこなせないってのに!」

 

 摩耶達が狙いを定める頃には球磨は既に跳び、狙いを外して近付いてくる。以前は出来なかった、海上での三次元的な動き……これこそが、3ヶ月内に起きた大きな事件の最後の1つ。妖精達による艤装の性能の強化だった。

 

 以前にも説明したが、艦娘はあくまでも“船”である。人の形をしていても艤装を装備して海へ出れば、その理によって船以上の行動を行えない。しかし、この性能の強化によって艦娘達はその理から解放され、さながらスケート選手のように動くことが可能となった。方向転換もスムーズに行えるようになったし、球磨が行ったようなジャンプだって出来る。ジャンプが出来るということは……こういうことも可能である。

 

 「ふっふっふー……受けるクマ。とうっ!」

 

 そんな言葉と共に摩耶の砲撃を避ける為、球磨は高く飛び上がる。艦娘のパワーが生み出すその跳躍力は凄まじく、かなりの高さだ。球磨はそのまま体を捻り、右足を真っ直ぐ伸ばして左足を曲げ……高らかに叫んだ。

 

 

 

 「必殺! 球磨ちゃんキィーック!!」

 

 

 

 「空中じゃ避けられねーだろ!」

 

 「ぐまぁっ!?」

 

 そしてあっさりと摩耶に迎撃され、旗艦が撃沈されたことで演習の結果は摩耶達のA判定勝利で幕を閉じた。

 

 今までの艤装とは違い、こうして陸上と同じように動くことが可能となった艦娘達は機動力という点で深海棲艦を上回り、戦略や戦闘に幅が出来た。これにより、強化が実行されてから2ヶ月間、海軍の勝率と艦娘達の生還率が大きく上昇した。

 

 しかし、強化された性能を扱うことが出来ずに振り回され、沈んでいった艦娘もいる。中には誤って味方に突撃してしまった艦娘、ジャンプ後の着地に失敗して大破した者、調子に乗って先行しすぎて返り討ちにあった者もいた。その為、艤装の性能の強化は艦娘達の任意と提督の許可が必要となり、強化を行った艦娘には徹底した訓練を義務付けられている。

 

 「球磨姉さん……あれほど不用意な跳び蹴りはやめろと何度言わせるか!!」

 

 「いだだだだっ! 痛いクマ! 痛いクマァ!!」

 

 「出た! 北上の対球磨用必罰技“あいあんくろお”だぴょん!」

 

 「あたし達艦娘のパワーで掴まれてしまえば、大抵のモノはスイカ割りのスイカのように砕け散るぜ!」

 

 「普段脱力系の北上さんが真面目に怒るから、すっごい怖いし痛いんだよね……」

 

 「……っ! ……はっ……っ!!」

 

 演習が終わり、鎮守府へと戻った球磨達。工厰に艤装を置いた後、その場で北上が今回の演習の敗因となった球磨の頭をがっちりと掴んで持ち上げていた。その姿に何故かテンションが上がっている卯月と深雪がはしゃぎ、その後ろで北上のアイアンクローを経験した事があるらしい白露が頭を抑えてしゃがみ込み、鈴谷がお腹を抑えて声も出ない程に爆笑している。尚、摩耶達は球磨達の提督に挨拶をして自分達の鎮守府に帰投している。

 

 そんな騒がしい工厰に、1人の男性が入ってきた。その男性は、この鎮守府……球磨達の提督であった。北上は提督が視界に入った瞬間に球磨を手放す。必然、球磨は床に落ちてお尻を強く打つことになった。

 

 「や、やあ皆。お疲れ様……お帰り」

 

 「ありがとね、提督。艦隊、帰還しました」

 

 「うーちゃんめちゃめちゃ疲れたぴょん」

 

 「あたしもー。なあ提督、風呂行ってきていい?」

 

 「う、うん。行ってらっしゃい」

 

 おどおどとしながら提督は深雪の言葉に頷き、許可を貰った深雪は卯月と白露と共に工厰から出て風呂……入渠場へと向かった。結果、この場に残ったのは頭と腰を抑えて悶えている球磨と苦笑を浮かべている北上、にこにこしている鈴谷の3人である。

 

 球磨達の提督……名を、永島 北斗(ながしま ほくと)。身長は180半ばと高く、軍人として鍛えているらしく体つきはがっしりとしている。年齢は34、階級は少佐……だった。今から9ヶ月前に発覚した艦娘売買事件、その解決の功労者である。しかし、本人は艦娘達のお陰であると言い、自分は何一つ力になれていないと言っている。だが、自分の部下の活躍なのだからと押し切られて昇進し、今は中佐となっている。ついでに未婚。

 

 このことから分かるように、性格は至って温厚。押しに弱く、いつの間にか悪事に加担しかけていたり中々戦艦と空母が配属されなかったりと不運な面もある。尚、この3ヶ月内に大本営から大型建造……通常の建造よりも大量の資材を投入することで通常の建造では生み出せない艦娘……大和や、武蔵のような超ド級戦艦が生み出せる“かも”知れない建造を行う許可が下り、これなら大和や武蔵とまではいかなくとも戦艦、或いは空母が来てくれるだろう……となけなしの資材を投入したところ、鈴谷がやってきた……なんてエピソードもある。

 

 「ごっめんねー提督。負けちった」

 

 「ざ、残念だったね鈴谷……で、でも、鈴谷は相手の艦娘を1人倒したし……内容は決して、わ、悪くはなかったんじゃないかな。北上も球磨も……が、頑張ったね」

 

 軽い口調で敬礼して弛~く謝罪する鈴谷。しかしその声には本人しか分からない程度に悔しさが滲んでいた。それを北斗は感じたらしく、彼は鈴谷を慰めるように言い、その綺麗なエメラルドグリーンの髪を撫でる。実際、鈴谷は唯一相手の艦娘、那珂を撃沈判定にしている。そんな心遣いを感じたのか、鈴谷は撫でる北斗の手を自分の頭に押し付けるように押さえながら嬉しそうに笑った。

 

 そんな2人の姿を見て面白くないのは、敗因となった球磨となんかもやもやとしたモノを感じる北上だ。球磨としては、そんなついでのように……という不満半分、久々の黒星を北斗に付けてしまった申し訳なさ半分。9ヶ月前にイブキと偶然出会ったあの日から鍛え続けた球磨は、決して常勝とはいかなくとも多くの白星を演習、出撃問わずに上げてきた。最も活躍した者に贈られるMVPもほぼ球磨が取得し、その度に北斗から誉めてもらっているし、彼の気が弱いせいか恐る恐るという風に撫でる手はくすぐったくも心が暖かくなるので球磨はお気に入りなのだ。

 

 「……今回は鈴谷に譲ってやるクマ」

 

 「上から目線で何ほざいてんの駄姉」

 

 「最近北上が冷たいクマ……」

 

 仕方なくという風に呟く球磨に対し、北上が冷たい視線を向けながら毒を吐く。アイアンクローと言い今の毒と言い最近妙に冷たい妹にがっくりと項垂れる球磨だが……姉は気付いている。北上が目の前の北斗を憎からず想っており、こうした毒は本人ですら気付いていない嫉妬心による八つ当たりだと言うことを。

 

 がっしりとした体躯の割りに気が弱く、顔も少々丸顔で決して二枚目とは言えないが……優しい雰囲気やいい人オーラのような、そんな感じのモノが溢れている北斗。その人柄の良さから艦娘達との関係は非常に良好で、中には北上のように自覚無自覚の差異はあれど好意を抱いている艦娘もいる。ぶっちゃけ目の前の撫でられている鈴谷もその1人だと球磨は思っている。

 

 (姉としては、やっぱり北上を応援したいけど……)

 

 球磨の目が北上に行き、次に鈴谷に向かう。ぺたーん。ぽよーん。何がとは言わないが、鈴谷の完全勝利Sである。約3ヶ月前に来た浜風と浦風もそうだし、その2人の前に配属された当時唯一の重巡……この場にはいない高雄と呼ばれる重巡もまたバイーンである。4連続で戦艦や空母ではなくともバイーンを引き当てる北斗を不運と呼ぶべきか幸運と呼ぶべきか非常に悩む所である。

 

 北斗とて気が弱くとも男性、やはりそういったことに興味を持っているだろう。年齢も30を越えているのだし、きっと経験も……と脱線したことに気付き、球磨は首を振って思考を一旦切る。それと同時に、北斗が口を開いた。

 

 「さっき、ほ、本部から任務が来た。その任務をき、君達3人を含めた6人で行ってもらうよ」

 

 「任務? 今から?」

 

 「ちち、違うよ……任務は明日、ヒトサンマルマルから。さっき演習した艦娘の鎮守府との合同任務で……内容が……」

 

 

 

 

 

 

 「亡霊が出ると噂されているサーモン海域の調査……ねえ」

 

 「前にも似たような噂があったよな。軍刀を持った新種のーって」

 

 「その噂は正しかったんだけどねー」

 

 演習の翌日、北斗の鎮守府からは球磨、北上、卯月、深雪、白露、鈴谷の6人による艦隊と摩耶、鳥海、鳳翔、霧島、皐月、那珂の6人による艦隊が合同任務の為合流し、サーモン海域へと向かっていた。任務の内容は北上が呟いたように、“亡霊”が出ると噂されているサーモン海域、その調査である。

 

 今回の任務、合同任務となっているのは万が一の場合を想定してのことだ。亡霊の噂が事実であり、尚且つ軍刀棲姫のような強力な新種の深海棲艦だった場合、どちらかの艦隊の誰か1人でも生き残り、情報を届ける。因みに、この任務は噂が流れ出してから定期的にある程度実力が認められている佐官提督の鎮守府に送られてくる。今回は球磨達と摩耶達の所属する鎮守府が選ばれた、という訳だ。

 

 「ねえ卯月。亡霊ってどんなのかな? ボクはやっぱり、摩耶さんが言うみたいに軍刀棲姫が実は生きていてーって思ってるんだけど」

 

 「ぶっちゃけうーちゃんもそう思ってるぴょん。あんなのがそう簡単に沈むとか考えられないし」

 

 球磨と摩耶を先頭に進む艦隊の後ろで、卯月と皐月の2人がそんな会話をする。そうして交わされた内容は、海軍でも散々議論されたモノだ。噂の亡霊が軍刀棲姫か、否か。なぜ沈んだとされる軍刀棲姫の名が上がるのかと言えば、それは噂の切欠となる目撃情報が“軍刀らしき艤装を持っているように見える影を見た”というモノだからだ。また、軍刀棲姫が沈んだ瞬間を誰も見たことがないという理由もある。しかし、調査任務が始まってから最初に目撃した艦隊以来、亡霊を見たという情報は上がっていない。

 

 (皐月達の言う通りだ……絶対にイブキさんは生きてるし、亡霊の正体もイブキさんに違いねえ。絶対に……絶対に見つけてやる)

 

 12人の中で最も軍刀棲姫……イブキに対する思い入れが強い摩耶は、内心でそう誓う。9ヶ月探し続けたのだ、諦めることなど今更出来るわけがない。するつもりなど微塵もないが。

 

 摩耶がそんなことを考えていた時、一行がサーモン海域へと辿り着いた。そして周囲の状況を知るべく鳳翔が艦載機を飛ばそうと弓をつがえ……その直後、眼前に島のように横に広がった黒い影が現れる。一行はその影が噂の亡霊かと考えたが……その影が動き、近付くにつれて、その考えが間違いだと気付いた。そして、近付かれてしまったことを後悔する。

 

 

 

 その影は、夥しい数の深海棲艦だった。

 

 

 

 「っ、総員戦闘準備だクマ!」

 

 「バカ! 撤退だ!! あたしらだけじゃ手に負えねえ!!」

 

 球磨が叫び、摩耶も叫んだ。同時に、影の方から轟音が響き渡り……艦隊の後方で水柱が上がった。それによって海面が大きく波打ち、思わず全員の足が止まる。その間にも影は近付いてきている。まだ距離があるとは言え、出だしを潰された故のタイムロスは痛かった。何故なら此方には航行速度があまり速いとは言えない鳳翔がいる。最早逃げても追い付かれるのは確実と言っていい。

 

 しかし、このまま戦闘したところで待っているのは沈むという運命だろう。何しろ島と見間違う程の横一列の影が全て深海棲艦なのだ。しかもそれほど距離が離れているというにも関わらず球磨達の後方に砲弾が着弾するという射程距離、間違いなく戦艦級が存在する。更に影をよく見てみればところどころ赤い光や黄色、或いは金色の光も見える……それ即ち、エリートやフラグシップすらもあの影の中に含まれているということに他ならない。ヘタをしなくとも3桁はいるであろう深海棲艦の大群に、たった12人の艦隊が立ち向かえるだろうか?

 

 (っ……くそっ。状況を考えれば、深海棲艦を足止めしながら駆逐艦の誰かを撤退させて大本営に知らせるべきだ……なら、誰を……)

 

 「全員撤退クマ!」

 

 【っ!?】

 

 「なっ……ここは普通撤退させる奴と足止めする奴で分け」

 

 「口論も問答もやってる時間が惜しいクマ! 全員、全力で生きて帰るクマ! まだまだ距離はある! どうしても逃げ切れないって状況になるまでは、全員で生きて帰る努力をするクマ!」

 

 球磨の言葉にハッとしたように、皆が顔を上げる。その脳裏に浮かぶのは、それぞれの目標や大切な者の存在だった。

 

 仮に、目の前の影が日本に来たらどうなるだろうか? 戦いになれば負けるつもりなど毛頭ないが、それでも被害は出るだろう。守るべき国民が少なくない数死ぬことになるだろうし、鎮守府など最も狙われやすい。提督が死ぬかもしれない。お礼を言えないまま、会えないまま沈むかもしれない。それは、それだけはゴメンだと……皆の顔に闘志が宿る。逃げ切れないと分かって入る。それでも、生きる為の最大限の努力と抵抗はしてやると。

 

 深海棲艦達の上空に、小さな影がまるで黒い雲のように現れる。それは、大量の艦載機……この場にいる全員の対空能力では到底処理しきれない、制空権など取れるはずのない数。また沈む可能性が跳ね上がる……が、球磨達は深海棲艦を見据えながら後退を開始する。既に鳥海が通信で鎮守府に状況説明と応援要請を送っている。応援が来るまで耐えきり、尚且つ撃退しなければ生き残れない……そんな絶望的状況。それでも、1度生きることを決めたのなら諦めない。

 

 【絶対に生き残る!!】

 

 

 

 それはきっと、その意思が起こした奇跡。

 

 

 

 

 

 

 「君達艦娘は、俺が見掛けるといつもピンチだな」

 

 

 

 

 

 

 誰かが、球磨達を背後から飛び越えた。その黒い制服に覆われた背中と、銀にも白にも見える長い髪に見覚えがある者達が“あっ……”と小さく声を漏らす。同時に、絶望的な状況だと言うのにも関わらず安心感を覚えた。

 

 海面に着水した存在は後ろ腰の艤装であろう4つの軍刀の内の1つ……左後ろ腰の下にある軍刀を引き抜く。その軍刀に刀身はない。だが、球磨達は見た……その軍刀の柄、本来ならば刀身があるであろう場所が、まるで陽炎のようにゆらゆらと歪んでいることを。

 

 

 

 「出番だごーちゃん」

 

 

 

 そんな言葉と共に、存在がゆっくりと軍刀を前に向け……瞬間、あまりに長大な灼熱の炎の剣が現れる。存在はそれをその場から1歩も動くこともなく右から左へと払った。その動きに連動して炎の剣も右から左へと動き……彼方の空に在った深海棲艦の艦載機達が一機残らず花火と化した。

 

 その炎に恐怖を感じたのか、深海棲艦達は反転して去っていく。その方向がサーモン海域最深部ではないことに存在……イブキは安堵したように息を漏らし、軍刀を納刀して球磨達に向き直る。

 

 「見知った顔ばかりだな……いや、俺が会ったのと同じという保証はないが」

 

 その時の艦娘達の心境をどう語ればいいだろうか。イブキ……軍刀棲姫は海軍の中では沈んだものとされ、その驚異的なまでの戦闘力は情報操作をされている一般人と違って正しく行き渡っている。これは、一般人にはなるべく不安を感じさせず、海軍は敵の戦力を正確に知っていなければならないという考えからである。

 

 そんな存在が沈んでおらず、自分達を助けてくれた。更には敵意もなく、普通に話しかけてきている。この状況に特に困惑したのは、一切の面識がない鈴谷と、摩耶達からは摩耶以外の艦娘。その事に気付いたのか、北上が口を開いた。

 

 「あー……いやー……まあ、顔見知りだよイブキさん。お久しぶりー」

 

 「そうか、それは良かった。久しぶりだな、北上」

 

 「ここで会ったが100年目だクマ!! 今こそ必殺のほぉっ!? ぎぅ、ぐ、が……」

 

 「はーい、球磨姉さんはちょーっと黙っててねー」

 

 「出たぴょん! 北上の対球磨必罰技“ちょぉくすりぃぱぁ”!!」

 

 「あたし達艦娘のパワーで絞められてしまえば、大抵のモノは意識と一緒に命も落とすぜ!」

 

 「普段脱力系の北上さんが笑顔でするから、すっごい怖いしやたら苦しいんだよね……」

 

 苦笑を浮かべつつ片手を上げて挨拶を交わす北上とイブキだったが、唐突に球磨がイブキに食って掛かる……前に強化された艤装の能力を十全に扱い、それはもう素早く無駄のない身のこなしで北上が球磨の首を背後から締める。そして盛り上がる卯月と深雪、これまた喰らったことがあるのか遠い目をする白露。他の面々は突然の喜劇にポカンとしていた。それはイブキとて例外ではない。

 

 「……まあ、元気そうで何よりだ」

 

 「……あ、あの……イブキ、さん」

 

 「うん?」

 

 また苦笑を浮かべていたイブキに話し掛けたのは、摩耶。彼女はこの9ヶ月間、ずっとイブキを探し続けていた……その相手が今、目の前にいる。その見た目は、記憶の中に残る姿と変わってはいない。腰ほどの長さの白髪も、深海棲艦を彷彿とさせる青白い肌も、その腰回りにある艤装である軍刀も、鈍色の双眼も……低めのハスキーボイスの声で告げられる優しげながらも男っぽい口調も、何もかもが記憶のままだった。

 

 妹を、仲間を、自分自身を助けてくれた命の恩人。その恩人ともう一度会うために、会ってお礼を言うために海に出続けた。しかし、いざ出会うと言葉が中々出てこない。それは鳥海と鳳翔も同じようで、彼女達もイブキに視線を固定したまま動きがない。

 

 他の者達は、敵意とはいかないまでも訝しげな視線をイブキに向けていた。それもそうだろう、霧島も皐月も那珂も鈴谷も、これが初対面なのだから。しかもイブキ……軍刀棲姫と言えば、通常の姫を遥かに越える戦闘力を持つと知識にあり、その戦闘力も垣間見た。いくら仲間達がフレンドリーな対応(?)をしていても、警戒心が抜ける訳ではない。

 

 (さて……どうなるやら)

 

 そんな空気を察し、北上は球磨の首を絞めながら溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 (やってしまったなぁ……)

 

 何故か俺を見ながら顔を赤らめてあわあわとしている摩耶様にほっこりしつつ、俺は彼女達を助けたことを……じゃない。助けた後すぐにこの場から離脱しなかったことを後悔していた。

 

 助けたことそのものに後悔はない。ただ、3ヶ月間身を潜めていたのに今回のことで海軍に俺の生存が知られてしまうことが心配なのだ。比較的俺に好意的な対応と視線を向けてくる北上達や摩耶様と……服装と眼鏡から察するに鳥海、鳳翔か。それ以外の艦娘達からは明らかに警戒されているから、彼女達から上に伝わるのは覚悟しないといけない。

 

 (全く……どうしてこうなった)

 

 内心で溜め息を吐きながら、俺は今日この日までの3ヶ月の日々を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 山城の拠点で世話になるようになった当初は、俺は基本的に夕立、レコン、タ級と共になるべく目立たないように資材を集めたり、拠点の中にある訓練所らしき空間で自分の体のことを確かめたりしていた。その中で、この3ヶ月の間で知り得たことは非常に大きい。

 

 この世界に置いて、資材の収集……ゲームで言う遠征だが、これはゲームとはあまり変わらない。その場所まで行き、資材を回収する……のだが、問題なのは、その資材の回収のやり方。

 

 そもそも不思議には思わなかっただろうか? 燃料や鋼材は、油田や鉱山などがあるのでまだ分かる。だが、弾薬は加工されたモノだし、そもそもボーキサイトってなんなんだ? と。結果として、俺が知ったのは……その遠征の目的地には“妖精”が存在し、その妖精達が資材を用意しているということだった。そして、その妖精達も山城の拠点の妖精達と同じように俺以外には見えていない。艦娘達は目的地に無造作に置いてある“ように見える”資材を“そういうモノである”と認識して回収していたということだ。それは夕立、時雨、雷も同じだったようで、俺が妖精がいると指摘したことで初めて違和感を感じたらしい。因みに、ボーキサイトとは色んな鉱物の混合物であり、正確には鉱物ではないらしい……知らなかった。

 

 (妖精……か。いーちゃん達のことがあるから、あまり疑いたくはないんだが……)

 

 深海棲艦の拠点にも妖精はいた……これだけなら、まだ納得は出来た。だが、遠征の目的地にも居て、資材を用意している……となれば、邪推もしてしまう。そもそも、艦娘を産み出したのは妖精なのだから……とは言え証拠があるわけではないし、推論として語るにはスケールが大きい。確証を得るまでは、俺の胸の内に留めておくべきだろう。

 

 さて、話は変わるが、俺の体のことを少し話そうか。以前にも言ったが、この体は艦娘か深海棲艦か定かではない。少なくとも人間ではないのは確実だが……体のスペックは非常に高い。艦娘と深海棲艦を遥かに越える速度と中身が俺という元一般人だというのに何故か行える体捌きで無双と呼べる戦闘力を持っている。そこにいーちゃん達の妖精軍刀が加われば、最早敵うもの無しと言っても過言じゃない。しかしながら装甲面では駆逐艦並か少し上辺りということがわかった。分かった理由は、以前に天龍の軍刀を受けたのとは別に実際に試したからだ。

 

 

 

 『夕立……頼みがある』

 

 『頼み? イブキさんの頼みなら、私何でもやっちゃうっぽい!』

 

 『(ん? 今……いやいやまてまて)……そこの訓練所で、俺に向かって主砲を撃ってほしい』

 

 『えっ!? いやイヤ嫌絶対やっ! イブキさんを撃つなんて……』

 

 『この体のことを確かめる為だ……(この世界で唯一俺の事情を知っている)夕立にしか頼めないんだ』

 

 『うー……(イブキさんにとって唯一のパートナーで大好きで愛してて他の人なんて眼中にないから)私にしか頼めないのなら……分かったっぽい。なるべく痛くないようにするからね?』

 

 

 

 という会話の元、夕立に撃ってもらった。この時、俺は当然忘れている……夕立という艦娘は改二の時の火力がゲーム内で戦艦に匹敵する程高いということを。そして、海二となっている目の前の夕立も例に漏れない。更には、この実験中に例の感覚は発動していた為に少しずつ迫ってくる砲弾を直撃するまで眺めるという一種の拷問のような経験をすることになり、結果としてこの世界に来て初めて死ぬかと思うほどの激痛を味わうことになった。

 

 『ああっ、イブキさんの服がぼろぼろになってますー』

 

 『具体的にはスカートが腰まで破けて今にも落ちそうになってますー』

 

 『上半身なんか派手に破けて肩とか鎖骨とか谷間とか丸見えですー。のーぶらはぁはぁ』

 

 『おおー、スカートの破けたところからスパッツが破けて腰辺りの脚の付け根のラインまで……ふぅ』

 

 『見ちゃダメですー!』

 

 『『目がー! 耳がー! 鼻がー!』』

 

 『イブキさん大丈夫!? 直ぐに入渠場に運ぶから!』

 

 因みにこの時、夕立に横抱き……所謂お姫様だっことやらをされながら薄れ行く意識の中で俺が考えていたのは……不謹慎にも轟沈台詞だったりする。思い付かなかったが。

 

 そして深海棲艦の拠点にあるという緑色の透明な液体の入ったカプセルの中に入った訳だが、意外と言うべきか俺にも効いた。大破、ヘタをすれば轟沈寸前の体と見るに耐えない状態だった衣服もあっという間に修復され、数時間程度で意識も戻ったのでカプセルから出られた。

 

 分かったことは、俺もダメージを負えば(偶然かも知れないが)艦娘宜しく半脱ぎのような状態に陥ること、装甲が薄いこと、今までダメージを負わなかった為に痛みに対してあまり耐性がないことだ。思考そのものは冷静に行えるが、痛みで反射的に行動が出来なくなる……それはいけない。彼のお方は腹を刺され、左目を潰され、肩に銃弾を受け、両腕をもがれても構わずに両刃を口にくわえて一撃を与えたほど……そのお方の名を一部借り、戦い方の参考にまでさせてもらっている俺が、痛みで動けないなんて無様な真似は許されない。というか俺が許さない。ならば、どうするか?

 

 

 

 『……っ! づぅ……ぎ……っ!』

 

 

 

 痛みに慣れる為には、痛みを感じなければならない。そう結論付けた俺は、自分の体が入渠することで直ぐに治るということを利用して自傷行為を繰り返すことにした。妖精軍刀を使って手を突き刺し、足を突き刺し、腹を突き刺し……今思うと、俺はなんという無茶というかバカなことをしたのかと。

 

 そんなことを1ヶ月、皆が寝ている内に隠れてやっていた。皆に……特に夕立に心配をかけたくなかったからだ。妖精ズはずっとやめてほしいと言っていたが、動けなくならないようにと理由を話したら渋々黙っていてくれた。が、ある時堪え切れなくなったらしいごーちゃんから夕立に密告されてそのまま全員に広がり、それはもう激怒された。理由を言ったところで“それでもイブキさんの行動は容認出来ない”と言われ、それ以来常に誰かが俺の部屋で共に寝ることになった。因みに、この時には既に痛みに対してかなり耐性がついている。努力は裏切らない、ということだろう……因みに、皆に実際に見つかったとの会話はこんな感じ。

 

 

 

 『イブキさん! なんでこんなことしてるの!?』

 

 『……どんな時でも止まらないようにする為には必要なことなんだ』

 

 『こんなことが必要なんて……』

 

 『夕立……(イブキさんはこう言ってるけど……きっと、今まで斬ってきた艦娘達への罪の意識があるんだ。だから、こういうことをして自分を罰しているんだと思う……やらせてあげようよ)』

 

 『時雨……う~……そんなことしなくても』

 

 『(時雨は何を言ったんだ……?)すまない、夕立……これは絶対に、やらないといけないんだ』

 

 『……分かったっぽい。でも条件はつけるからね!?』

 

 

 

 勿論、この後全員に怒られている。こうして痛みを我慢して動けると実践出来た俺は、次に自分が妖精軍刀以外の艤装……主砲、副砲、魚雷、艦載機のような武装が使えるかどうかを試してみた。艦娘の物、深海棲艦の物を両方。

 

 結果は……使えない。しかも装備しようとすれば弾かれるように艤装が吹っ飛んでいってしまう……しかし、掴んで持ち上げたりすることは出来た。これは恐らくだが、俺という“艦種”と装備の“規格”が合っていないからだと思う。戦艦の主砲を駆逐艦に積み込めないように、俺は艦娘と深海棲艦の艤装全てが“俺という艦種”に積み込めない、装備が出来ない。天龍が持っていたような近接武装がどうかは分からないが……いずれ調べたいところだ。

 

 また話は変わり、話の順序もおかしいが……俺が最初に困ったのは食糧関係だ。俺はこの世界に生まれてから、食糧は全て人間が食べられる魚や果実等だった。だが、この拠点にはそんな物はない……というのも、艦娘と深海棲艦では色々と違ってくるが、この食事という部分は特に違う。艦娘は食事をすること自体は必要ない。が、人間と同じように空腹になるので人間と同じ物を食べる。そして、燃料は食事である程度賄えるが、基本的に補給は艤装に直接行われる。決して資材をバリバリ食べたりしない(夕立、雷、時雨談)。だが、深海棲艦は食事として弾薬や鋼材のような資材を体に“取り込む”。つまり、深海棲艦は補給と食事を同時に行っているのだ。実際、レコンがまだレ級だった頃、彼女は他の深海棲艦や艦娘を喰らい、知識を得たり体を修復したりしていたらしい。

 

 そして、艦娘でも深海棲艦でもない俺はどちらに近いのか。ということで試しに弾薬を口にしてみたところ、俺の前世が人間だった為か、それとも艦娘に近いのか直ぐに吐き出してしまった。鋼材も同様で、燃料に至っては臭いのせいで口元に近付けることすら不可能だった。その為、俺と艦娘組は俺と夕立達が獲る魚介類で腹を満たした。それは今も続いていて、正直飽きがきている……因みに、夕立とレコンは深海棲艦に近いらしく、美味しそうに資材をバリボリ食べている。

 

 ああ、拠点にいる山城の部下が増えたことも忘れてはいけないな。山城が南方棲戦姫に恩を返すために動いていると言っていた部下達……その一部が南方棲戦姫の命令で帰ってきたんだ。空母ヲ級に潜水艦、重巡等が数人で、南方棲戦姫からは“拠点に戻った以上戦力は必要だろう。なので、遠征には向かない奴から優先的に帰していく”という通信を受け取ったらしい。

 

 しかし、この“他の拠点の主から通信を受け取る”というのは、実はほぼないらしい。というのも、深海棲艦は姫や鬼を頭にして他は部下、という大雑把な命令系統であり、部下の中で艦隊を組む場合はある程度の理性を持つ人型が旗艦になる。しかし、頭同士の横の繋がりというのはあまりないと山城は言っていた。山城自身、南方棲戦姫と繋がりを持ったのは偶然で、それ以外の姫や鬼は存在していると予想している程度だと言う。つまり、艦娘と海軍とは違い、深海棲艦は自分達の規模を正確に分かっている訳ではないのだ。故に、深海棲艦が連合艦隊を組むということも“ほぼ”ない。

 

 だが、山城は通信を受けた際に南方棲戦姫から奇妙なことを聞いた。というのも、ある深海棲艦が彼女の拠点に訪れ、こんなことを言ったのだという。

 

 

 

 “アイツヲ……善蔵ヲ殺ス為ニハ、沢山ノ“力”ガイル。アンタノ力ヲ貸シテ欲シイ”

 

 

 

 南方棲戦姫はその場では断ったらしい。その善蔵とやらが誰か知らないし、個人の復讐か何かに付き合ってはいられないと言って。この通信を受けたのは1ヶ月前のこと。最初は変わった深海棲艦もいるんだな……と思っていた。だが、その話を聞いた艦娘達の顔が驚愕の表情を浮かべ、その理由を聞いたことで、俺達もその深海棲艦が言ったことが意味するかを知った。

 

 “善蔵”。それは日本海軍総司令……つまり、海軍のトップの名前。今から3ヶ月前に俺達のいた島に連合艦隊を送り込んだ張本人であり、沈んだ那智の提督だと言う……その情報自体は、別にどうでもいい。問題なのは、海軍とは関係ないハズの深海棲艦がその名を知っているということだ。

 

 考えられる理由は幾つかある。その深海棲艦が山城と扶桑のように艦娘の記憶を持っているということ。レコン……レ級のように艦娘や人間を喰らい、その知識を得たこと……これは理由としては弱いな。知識を得ただけで“善蔵を殺す為”なんて理由は言わないだろう。記憶を持っているなら、その戦力を覚えているなら……まあ話は分かる。そして、もう1つの理由は……深海棲艦に情報が流れている可能性だ。

 

 何せ海軍にも深海棲艦側にも“妖精”がいるのだ。その妖精同士で情報を交換していないとは言えないだろう……有り得ないなんてことは有り得ない、絶対にないとは言えないのだ。とは言え、これも理由としては弱い。何故ならその深海棲艦が知っている情報を南方棲戦姫が知らないのはおかしいからだ。結局、俺の頭じゃ確信には至れないらしい。

 

 ……拠点での3ヶ月の話はこんなところか。他にも夕立と雷が度々俺を挟んで喧嘩したり、山城を膝枕してそれを扶桑が後ろからニコニコしながら見ていたり、時雨とレコンが風呂に入っているのを気付かずに入ってそのまま一緒に入ったり、タ級から山城の話を聞いたり、いつの間にか作られていた大部屋で皆と一緒に眠ったりしたが……それは俺以外には些細なことだろう。ああ、大部屋で思い出したが、雷と時雨用の出入り口も作られている。そのお陰で彼女達も遠征に出られるようになり、拠点の資材は中にいる艦娘達と深海棲艦の数を賄える潤沢と呼べる程の量がある。

 

 さて、ここでようやく今日という日に戻る。俺がこうして外にいるのは、遠征や散歩が目的という訳じゃない。その理由は、先に話した“ある深海棲艦”。ここ数日、サーモン海域で深海棲艦の“集団”をよく見掛けると山城の部下達から情報が上がっていたため、その規模を探る為に俺達は分かれて動き回っていた。艦隊ではなく集団……その言い回しの違いに違和感を覚え、また海域の広さや戦闘力を加味して、俺達が出ることになったんだ。勿論、なるべく目立たないように。

 

 しかしながら海は広い。そんな広い海で高々数人が分かれて散策したところで早々は見つからないのは当然のこと……俺も中々見つからないなぁと海の上で嘆いていた頃、妖精ズが言った。

 

 「電探に反応がありましたー。数は12ですー」

 

 「12……集団と言えば集団だな。一応見に行って……」

 

 「更に反応ありですー。数は……えーと……沢山ですー」

 

 具体的な数ではなく、沢山。ふーちゃんの言葉から読み取るなら、反応がありすぎて数え切れなかったという感じか? もしかしたら、連合艦隊並の数かもしれない……じゃあ先の12は、その大群に終われているのか……それとも、そちらに合流するのか。確かめるべきだろう。

 

 そう考えた俺は、直ぐに反応がある方へと向かった。そこにあったのは、見覚えのある艦娘達の後ろ姿と……俺の視力ではハッキリと見えている、深海棲艦の大群。そして今、その大群から更に夥しい数の艦載機が現れた。あの数では艦娘達は逃げ切ることも迎撃することも難しいだろう……まあ見つけてしまったのは仕方がない。

 

 「君達艦娘は、俺が見掛けるといつもピンチだな」

 

 

 

 

 

 

 ようやく回想が終わり、俺は改めて目の前の彼女達を見る。ここで俺が取るべき手段は……隠密ということを考えるなら、“姿を見られたからには生かして帰す訳にはいかない”なんて台詞のまま行動するべきなんだが……。

 

 「あの……その、さ、イブキさん」

 

 「……うん?」

 

 「9ヶ月前にあたしを……あたし達を助けてくれてありがとう! ずっとお礼を言いたかったんだ」

 

 「「ありがとうございます!!」」

 

 「……ああ」

 

 こうして真っ直ぐに俺を見詰めて、頭を下げてお礼を言ってきた相手を沈める……そんなことは出来そうにない。だが、敵対してくれば容赦はしない。俺は以前に艦娘を酷い目に逢わせたが、それは敵対行動を取るか嘘をついた奴だけ。今でこそ多少の罪悪感はあるが……斬ることに躊躇いはないだろうな。あの半年間の出来事は、良くも悪くも俺を変えたんだろう。

 

 まあ、今はそれはいい。過ぎたことだ。だが……気になるのはあの深海棲艦の大群。あんな大群、今までに見たことがない。目測になるが、間違いなく3桁……それも連合艦隊の時の艦娘達よりも多い。

 

 (……巻き込まれないといいんだがな)

 

 俺は、拠点の皆と目の前の助けた艦娘達を見ながら、せめて厄介なことには巻き込まれないようにと祈った。

 

 

 

 

 

 

 「クフ……クフフフ……モウ少シ……後少シ……」

 

 暗い、暗い海のどこかにある場所で、1人の深海棲艦の笑い声が響いた。その眼前には、暗く黒い景色が広がっている……否、それは景色ではない。その暗いモノが、黒いモノが、それら全てが深海棲艦だった。その数は4桁を超え、もしかすれば万に届きうるほどの。

 

 それをみた深海棲艦は笑う。来るべき日を思い、己の手で勝ち取る結果を夢想し、憎き怨敵の命を刈り取り勝利者となる自分の姿を思い浮かべて。真っ白な長髪を左側でサイドポニーにして、ボロボロの制服の上を着て申し訳程度に豊満な胸を隠し、下は紐のような下着のみ……そんな艶かしい姿をした深海棲艦。

 

 

 

 「善蔵……モウ少シデ殺シニ行クワ」

 

 

 

 空母棲姫は、憎しみに満ちた瞳で嗤う。




という訳で、3ヶ月飛んだことによる説明と前回の深海棲艦の正体発覚回でした。正直私自身段々と把握出来ていない、忘れている部分も多々あったり←

今回のオマケは、話中にダメージを受けたので未確認だった被弾台詞と四季や節分等の台詞です。



小破:ぐっ……問題ないな

小破/旗艦大破:っ……まだだ

中破/大破 うあっ! ……提督は見るんじゃないっ

節分:節分か……提督、鬼になってみないか? 駆逐艦達が喜ぶだろう

バレンタイン:駆逐艦の子達と一緒に作ったチョコだ……まさか作る側になるなんて……いや、こちらの話だ

ホワイトデー:これか? マシュマロの入った袋だ。提督にも1つあげよう……ほら、口を開けてくれ

梅雨:梅雨は雨が多いな……提督、ちょっとてるてる坊主になってくれないか? ……冗談だよ。半分は

初夏:暑くなってきたな……黒い服だと余計に暑いし……提督、上を脱いでも……冗談だよ

夏真っ盛り:暑いな……こんな日はアイスでも……何? 水着を着てプールに? 生憎と、水着は持ってないんだ

秋季:皆着物姿だな……俺は着ないのか、だと? なんだ、見たいのか?

クリスマス:いつも頑張っている良い子の提督にクリスマスプレゼントだ。俺に出来ることなら、常識の範囲内で何でもしてあげるよ

大掃除:ほら、今日は大掃除だ。鎮守府は広いんだ、サボっていたら夜になってしまうぞ

新年:明けましておめでとう、提督。今年も俺の力、存分に使ってくれ



今回のまとめ

連合艦隊襲来から3ヶ月経った。その間に起きた出来事は多い。球磨、跳ぶ。そして落ちる。新キャラ、永島 北斗登場。運がいいのか悪いのか。摩耶様、イブキと再会。ようやく言えたお礼。空母棲姫、正体発覚。その憎しみは深い。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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そうならずに済んだのに

お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回はイブキがあんまり出てきません←


 (……何も進展しないまま、もう3ヶ月経ったな)

 

 そう内心で呟くのは、渡辺 善蔵の孫である渡辺 義道中将だ。彼は自分の父の鎮守府で起きた事件……艦娘に非道な扱いをしたことによって艦娘に殺されるという事件の真相を知るべく、その事件のことを調べていた。だが、本格的に調べ始めた日から3ヶ月経って尚、その真相は未だ知れていない。何しろ情報も資料も全くと言って良いほどに存在しないのだ。余りに無さすぎて、いっそ不自然な程に。

 

 そんな彼は今、その事件が起きた現場……渡辺 善導が着任していた鎮守府跡に来ていた。そこは廃墟となって長く、鎮守府として再建することなく廃墟のまま捨て置かれていた。他の事件が起きた鎮守府はしっかりと再建しているにも関わらず……それがまた、義道には不自然に思えてならない。

 

 (幽霊という存在がいるなら聞きたいな……この場所で何が起こり、父さんは何故死ななければならなかったのか……ん?)

 

 そんなことを考えていた時、義道の視界に桃色の後ろ髪の少女が花束を門だった場所に供えているのが映った。海軍の誰かだろうかと思っていた義道だったが、その少女が振り返った際に見えた顔にハッとなり、ゆっくりと少女に近付いていく。

 

 近付いてくる義道に対して、少女は何もすることなくじっとしていた。その顔は感情らしい感情が浮かんでおらず、無表情を貫いている……その少女の正体は、駆逐艦娘の不知火……善蔵の第一艦隊に所属するあの不知火だった。

 

 「お待ちしておりました、渡辺中将」

 

 「……君はお爺ちゃん……総司令の所の不知火、でいいのか?」

 

 「はい。渡辺総司令直属の第一艦隊所属、不知火です」

 

 「そうか……それで、待っていたというのはどういう……」

 

 

 

 「あなたに警告する為です」

 

 

 

 不知火の無表情から紡がれた言葉に、義道の背中に冷たい汗が流れた。“警告”……その言葉は決していい意味では使われない。その言葉を不知火が……善蔵の部下である彼女が、わざわざ義道を待ってまで届けに来た。いや、そこはあまり重要ではない。問題なのは、“自分がこの場所に来ることを知られていて、尚且つ先回りされていた”ことが問題なのだ。

 

 この事が意味するのは……義道の行動が善蔵に筒抜けであるということ。そうでなければ不知火がこの場にいること……否、百歩譲ってこの場所に来ることはあっても“待っていた”なんて言葉は使わないだろう。何しろ、義道がこの場所に来ようと決めたのは今日の朝かつ気まぐれに考えたことであり、予定として決まっていた訳ではないのだ。

 

 「警告……か」

 

 「はい。既に理解したと思われますが、総司令は貴方が何を調べているのか、どのように調べているのかをご存知です。そして……それらは全て無駄な行為です。渡辺 善導元提督の事件の詳しい資料は全て処分されていますから」

 

 「……くそっ」

 

 不知火から告げられたのは、義道にとって予想しつつも外れていてほしい事実だった。そして、これ以上の行動もしにくくなった。何せどうやってかは分からないが、こちらの行動は全て筒抜けだというのだから。そして探している情報の取得も不可能に近い。何しろ事件から20年経っている上に現場は瓦礫の山なのだ。更に資料も全て処分されているという……調べる宛もなくなった。

 

 かといって諦められるハズがない。己の父親に起きた過去の事件の真相を暴く……それが息子である自分の役目だと、義道は思っている。そして、祖父である善蔵の本性を知るということも。

 

 世間では善蔵は海軍総司令である他に、生きた伝説であり、英雄である。世界で初めて艦娘を発見し、友好を築き、深海棲艦に勝利し、今も現役で海軍最強の総司令として活躍している……正しく英雄だろう。少なくとも、当時はそうだったのだろう。

 

 だが、と義道は思う。今の善蔵には不自然な点が多い。義道が知っているだけでも、先の過剰戦力とすら思える連合艦隊による軍刀棲姫討伐作戦、味方の艦娘ごと敵を沈めようとする行動、長門から聞いた駆逐棲姫の情報、現在も行われている軍刀棲姫の可能性があるという噂の調査命令。邪推と言ったらそれまでだが、どうにも義道は引っ掛かるのだ。

 

 (……いや、まだ終わりじゃない。まだ、まだ何か手段があるハズ……)

 

 そう考えるが、その手段は浮かばない。出来るかどうかはさておき、いっそ目の前の不知火を拘束して情報を吐かせるか、なんて邪な考えが浮かんでしまうが、そこまですることはないと非情になりきれないのが義道だった。むしろそんなことを考えてしまった自分に嫌気が差し、戒めるように服の胸元を握り締める。

 

 「……ん?」

 

 瞬間、くしゃりと服以外の何かを握り潰したような感触がした。そしてふと思い出した。それは、以前資料室でも見た自分の父親の善導と艦娘達が仲良く写っている写真。その中には、無表情の……どこか悲しそうに見える不知火の姿もある。そう、丁度目の前にいる不知火のような……。

 

 (まさか……いや、だがそんな偶然……)

 

 有り得ない、と言うのは簡単だ。しかし、もしそうならば……“写真に写っている不知火と目の前の不知火が同一の存在”ならば、まだ終わりという訳ではない。いや、そもそも義道は以前にそうである可能性を考え、いずれは接触するつもりでいた……ならば、この状況はむしろ都合がいい。そう考え、義道はくしゃくしゃになってしまった写真を取り出す。そしてそれを広げよう……とした所で風が吹き、写真が手から飛んでしまった。その写真は、まるで意思を持つかのように……不知火の前に落ちる。不知火はその写真を返す為にしゃがんで手に取り……そこに写るモノを見た瞬間、無表情だったハズの……動くことがないハズの表情が驚愕に染まった。

 

 

 

 ━ 私がこの鎮守府の提督だよ。宜しく、不知火 ━

 

 ━ 私は秘書艦の春雨です! ━

 

 

 

 ━ ふーむ……不知火、君は表情が変わらないね……よし、春雨。分かりやすく心を込めて喜怒哀楽を表現しなさい。そして彼女を笑わせるのだ! ━

 

 ━ いきなり無茶ぶりされました!? ━

 

 

 

 ━ 不知火、春雨だけでも守ってやってくれ……頼んだよ ━

 

 ━ 不知火ちゃん……どうして…… ━

 

 

 

 (善導、提督……春雨、さん……)

 

 写真に写るのは、不知火にとってかつて仲間だった者達。まだ善蔵の言葉に盲目に従っていた頃、その命を受けて“潜入”していた……今は瓦礫の山となっている場所。

 

 今日この場に不知火が来たのは、善蔵の命令を受けて義道に警告する為だ。盲目に従うことを止めたハズの不知火が未だ命令を聞いているのは、この3ヶ月の間に善蔵に今までの命令のことを聞けずにいる為だった。不知火にとって、善蔵の命令は絶対だった。例え従うことを止めたとしても、深く根付いたその事実は変えられない……勇気が出ない。

 

 (嗚呼……私は……なんて弱く、脆いんでしょう……)

 

 そんな自分が情けないと、不知火は表情に出さずに自嘲する。意識と言うものは、結局のところ早々変えられるモノではない。何かと言い訳をして、理由を付けて、話す機会や時間がないと呟いて……詰まる所、不知火は善蔵と向き合うことが怖かったのだ。それは今も変わらず……もしかしたら、これからも変わらないかも知れない。

 

 (でも……)

 

 それでも……そう内心で呟き、不知火は写真に写る善導を見る。目の前の若い提督よりも年を取っており、訓練を受けた軍人らしい細身ながらもガッシリとした、オールバックの髪を帽子の下に隠している善導。良く元気のいい駆逐艦を腕に掴ませて持ち上げていたと、記憶から探りだす。続いて春雨を見る。サイドポニーにした桃色の髪は桜のようだと提督に褒められ、可憐な容姿に違わず優しく、仲間思いで……きっと、善導に信頼以上の感情を向けていたであろう彼女。そしてきっと……善導も恋愛か親愛かは分からないが、憎からず想っていた。

 

 その関係に終わりを迎えさせたのは、間違いなく自分達なのだ。善蔵からの命令で潜入し、信頼を勝ち取り……仲間達と共に騙し討ち、最後には善導の最期の頼みを無視して春雨を沈めた。その罪を、駆逐棲姫となった彼女と出会うまで罪とすら認識していなかった。

 

 (罪は償わなければなりません。私は、変わらなければなりません。もう雷撃処分なんて……暗殺なんて……したくない)

 

 ぽたりと、写真の上に水滴が落ちた。それは、無表情のまま流れた不知火の涙。弱い自分を情けなく思って、もうしたくないと叫んで、過去の所業を後悔して……弱音と本心から流れた、涙。

 

 義道は確信する。目の前の不知火が写真の不知火であると。事件の真相……例えそれを知らずとも、確実に深く関わっていると。そして……決して、絶対の悪ではないのだと。

 

 「……1つ、お尋ねします」

 

 「何かな?」

 

 「貴方は……私の警告を聞いても、まだ事件のことを探るおつもりですか?」

 

 不知火は義道に顔を向けることなく問い掛ける。善蔵という海軍において絶対の存在。善導の事件の真相が彼にとって都合が悪いことはこの警告で明白となり……これ以上調べることは、文字通り命の危険がある。それでも尚、調べるのか……そこまでの覚悟があるのかと。

 

 義道の答えは決まっていた。いや、ほんの少し前は揺らいでいた。これ以上調べて取り返しがつかなくなる前に止めるべきじゃないのかと。だが、不知火の流した涙が、不知火の問い掛けが、その揺らぎを消し去った。

 

 「勿論だ。これは海軍総司令渡辺 善蔵の孫であり、渡辺 善導の息子である俺がやらなくてはいけない」

 

 「それが、総司令を……もしかしたら、海軍を敵に回すことになっても?」

 

 義道は目を閉じ、そうなった場合のことを考える。海軍が敵に回る可能性がある。それほどの事件なのだと、不知火は遠回しに教えてくれる……と義道は考えているが、実のところ不知火は善蔵の命令を聞いただけであり、決して事件の詳細を知る訳ではない。やったことは潜入、仲間を引き入れた後の暗殺。だから不知火の言葉は、本当にただの予測に過ぎず……同時に、そうであると確信している。善蔵ならばそれくらいは確実にやると。そして義道は閉じていた目を開き、答える。

 

 「やるさ。他の誰でもない……僕自身の為に」

 

 「……分かりました」

 

 義道の答えは変わらない。事件を知り、本性を知る。その為に動いていた。その為に動いてきた。それを不知火を含めた大本営は知っている。その行動を止めるように言うために、不知火は来たのだから。不知火“だけ”が来たのだから。

 

 この場には不知火と義道以外の姿はない。つまり……この場で語られる事は、今いる2人以外知り得ない。故に、不知火は語る。もう今までの自分ではないと、弱いままの自分ではないと。

 

 「事件の詳細を、私は知りません……それは“なぜ起こしたのか”を知らないということです。ですが、“何が起きたのか”を教えることが出来ます」

 

 「……なら、それを教えてくれ。世間では父さんが艦娘達に非道を行い、反逆されて艦娘達はその後自害したとされている……それは事実なのか?」

 

 「違います。善導提督はとても優しくしてくれました。正面から私達に向き合ってくれました。共に笑い、共に泣き、共に喜び……そんな提督でした。非道なんて言葉とは程遠い御方です」

 

 きっぱりと、不知火は断言する。潜入した期間は決して長い訳ではなかったが、人となりを知り、鎮守府の雰囲気を知るには充分すぎる。その上で出した結論が、非道を行うなど有り得ないということ。軍人としては甘いのだろうが、人としては間違いなく善人であるということ。ならば、何故事件は起きたのか。

 

 

 

 「善導提督を、艦娘達を殺したのは……総司令の命令を受けた私達第一艦隊です」

 

 

 

 “善導の元に潜入し、信頼を勝ち取り、時期を見て連絡し、第一艦隊の面々と共に1人残らず暗殺しろ”

 

 20年以上前の話だ。善蔵からそう命令を受けた不知火は、遭難したドロップ艦という設定を用い、善導の艦隊に救助されるという形で潜入した。この時救助した艦隊……その中には、春雨の姿もあった。

 

 次に不知火は、信頼を勝ち取る為に行動する。新人として不振に思われないように力を抑えつつ遠征に、出撃に、演習に赴き、時にわざと大破し、仲間を庇い、日常を共にし……いつの頃からか春雨と2人セットで扱われるようになった。

 

 「鎮守府の雰囲気は……良くも悪くもユルかったです。だらだらとしてる艦娘、一日中部屋から出てこない艦娘、調理場で毒物を作る艦娘、善導提督を誘惑する艦娘、私物の買い物を経費にしようとする艦娘……他にもいろいろありましたが、それらを笑って許す提督が一番ユルかったですね」

 

 「父さん……」

 

 父に対する不知火の評価に、義道は恥ずかしそうに頭を押さえる。義道はもううっすらとしか思い出せないが、その手と背中の大きさや温かさ、笑顔……実家にいる母親とは良き夫婦であったことは覚えている。が、その仕事ぶりは知らなかった。身内の恥ほど恥ずかしいモノはないだろう。

 

 それからも不知火の話は続く。潜入し、信頼を得た彼女の次にやるべきことは連絡。そこから機会を伺って暗殺するという予定だったのだが、ここで誤算があった。それは、セットとなっている春雨の存在と……このユルい鎮守府そのもの。

 

 基本的に春雨が近くにいる為、少なくとも春雨がいなくならなければ連絡は出来ない。春雨と離れることが出来たとしても、ユルい上に自由な鎮守府なのでじっとしている艦娘も少なく、何処からともなく艦娘が現れる。何処かに隠れて連絡をしようとしても同じこと。ならば皆が寝静まった後に……とも考えたが、何故か春雨と同じ部屋かつ同じベッド、更には春雨の寝相が悪いのか毎日のように抱き締められて寝ることになる。連絡することが出来たのは、信頼を得たと確信出来た日から2ヶ月も経った後だった。

 

 「そして連絡して暗殺する日を決め、当日に私が夕食を作り……その中に筋弛緩薬を入れました。私達艦娘は人間とは色々と細胞やら内蔵やらの強度や諸々が違うため、薬や毒は効き目が薄いですが……筋肉や骨格等はあまり変わらない為、睡眠薬や麻薬、毒薬を使うよりも断然効きますので。それでも、人間に比べれば効き目は薄いですが」

 

 「……それで、その後どうしたんだ?」

 

 「全員が倒れたことを確認し、外で待機していた第一艦隊に連絡を入れ……後は一人残らず砲撃の餌食です。そこにいた提督以外の人間も全て」

 

 「なっ……!? だ、だが、どうやって鎮守府に……鎮守府の門前には憲兵が……」

 

 「総司令の息のかかった憲兵の方です。そうでなければ、暗殺の為にアポなしで来た第一艦隊の面々が鎮守府に入るために壁を壊さないといけなくなりますし、私達に真っ先に疑いがかかりますから……勿論、その憲兵さんも生きてはいません。暗殺した日の翌日、彼の住んでいた寮とその住人ごと焼死しました……それを行ったのは、私ではないですが」

 

 徹底している……それが話を聞いた義道の感想だ。目撃者はいない。証拠もない。関係ない者を巻き込むことに躊躇いもなく、用意周到と言える程に綿密。そうまでして善蔵は善導を殺したかったのかと、義道は更なる怒りを覚えた。そして勿論……実行者である不知火に対しても。

 

 「そして私は食事を取るのが遅れていた提督によって同じように食事をしていなかった春雨と共に鎮守府から海に逃がされ……春雨を沈めました。私が犯人だとは思わなかったんでしょう……提督から“春雨を守ってくれ”と、“春雨を頼んだ”と言われていたのに……私は、提督の思いを裏切って総司令の命令を忠実に守ってしまった」

 

 春雨を沈めた不知火が鎮守府に戻ってきた時、そこは既に地獄と化していた。燃え上がる鎮守府の中には体の一部が吹き飛んだ、または風穴が空いた艦娘の死体が散乱しており、壁も廊下も血と炎で真っ赤に染まり、肉が焼け焦げた臭いと火薬、鉄臭さで不快な異臭が充満していた。当時は、それらをただ無感情に眺めるだけだった。

 

 だが、今思い出すと不知火の胃から嫌なモノが込み上げてくる。苦しかっただろう、熱かっただろう、怖かっただろう……そういった聞こえもしない怨唆の声が聞こえてくるような気がする。

 

 「私の知っている、私が見てきた話は以上です。これ以上のことは、私と矢矧さん以外の第一艦隊……今となっては大淀さんと武蔵さんのどちらかか、総司令本人に聞くしか知る方法はないでしょう。そして……貴方では聞くことは叶いません。仮に聞けたとしても、命の保証は出来ません」

 

 不知火の言葉を聞き、義道は何とか内にある不知火への怒りを抑え、考える。彼女の言う通り、義道が直接善導に、第一艦隊の2人に聞きに行くのは自殺行為だ。只でさえ不知火から警告を受けているのだ、ヘタをすれば命を奪われる可能性も充分あり得る。

 

 しかし、後はもう事件の真相……否、動機を知るだけで全てが分かる。なのに、後一歩が届かない。仮に命を賭けて聞きに行ったとしても、その情報が義道1人の胸の内のままになってしまっては意味がない。だが、義道ではそれ以外に知る方法はない……そう考えた時、不知火からこんな提案が出た。

 

 

 

 ━ 私が総司令に聞いてきましょうか? ━

 

 

 

 義道は不知火の目を見詰め……頼むと、一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 そこは、港湾棲姫と北方棲姫、2人の姫が拠点とする場所。その場所に1人の姫がやってきていた。その姫の名は、空母棲姫……彼女は海軍総司令である善蔵に並々ならぬ憎しみを抱いている。そして、亡き者にしたいとも……彼女は言う。力が足りないと。まだまだ足りないと。故に彼女は港湾棲姫達の元にやってきた。足りないモノを埋めるために。

 

 「港湾棲姫……貴女ノ力ヲ貸シテ頂戴。貴女モ深海棲艦ナノダカラ、海軍ヲ潰ス事ニ……善蔵ヲ殺ス事ニ問題ハナイハズヨ」

 

 空母棲姫は、目の前にいる港湾棲姫にそう言葉を投げ掛ける。今この場には、空母棲姫と港湾棲姫の2人しかいない。トップ同士の対話、という訳だ。

 

 空母棲姫の言葉に対し、港湾棲姫は思案するように目を閉じる。その脳内で何が考えられているのかを知る術はないが、空母棲姫は力を貸してくれると疑ってはいない。南方棲戦姫のように断られることは確かにあるが、基本的に深海棲艦は人間、艦娘、海軍の敵として存在しているのだから。

 

 「……断ルワ」

 

 「何……?」

 

 しかし、港湾棲姫の口から出たのは拒否の言葉。その言葉を聞いた空母棲姫の顔が、苛立ちで歪む。その理由は今の言葉ではなく、港湾棲姫が空母棲姫を見る目にあった。憐れみとも、悲しみとも取れる瞳……何故彼女がそんな目で見てくるのか分からず、何故か妙に腹立たしく感じたのだ。何故憐れまなければならない、何故悲しみを感じている……そんな苛立ちを感じたのだ。

 

 「一応、理由ヲ聞イテオコウカシラ?」

 

 「私ハ……“アノ人”ヲ殺スナンテ出来ナイモノ」

 

 「……善蔵ヲ、知ッテイルノネ」

 

 「勿論。ソシテ貴女ガ、恐ラクハ“艦娘ノ時ノ記憶”ヲ持ッテイルトイウコトモ」

 

 港湾棲姫がそう言った瞬間、2人の間の空気がピリピリとしたモノになる。とは言っても、その空気を出しているのは空母棲姫だけなのだが……憎しみを宿した、深海棲艦の中でも最高峰の力を持つ姫の殺気は部屋を満たすに充分すぎる。港湾棲姫は、今この場に北方棲姫がいないことに安堵した。

 

 さて、と港湾棲姫は何が空母棲姫の琴線に触れたのかと考える……が、既に答えは出ている。ほぼ間違いなく、“艦娘の記憶を持っている”と言ったことだ。ならば、なぜそれが殺気を放つ程のモノなのかということだが……それも、港湾棲姫には予測出来ている。

 

 「……あんた、どこまで知ってるの」

 

 「ソレガ、貴女ノ本来ノ口調ナノネ」

 

 「答えなさい! あんたはどこまで……何を知ってるの!?」

 

 今までのようなカタコトではなく、港湾棲姫が本来のと呼んだ口調になった空母棲姫は港湾棲姫を睨み付け、今にも艦載機を出さんばかりに声を荒げる。艦娘の記憶を持つ艦娘……それを知る者は、限り無く少ない。この場にいないが、イブキ達の元にいる夕立や扶桑姉妹、レコンのように自覚している者、その者から教えられた者……例を挙げるとすれば、それくらいだろう。

 

 知る者が少ないというのは、その事実に気付くことがほぼないからだ。戦艦棲姫山城とて最初は自分に艦娘の記憶があることなど、自分が以前は艦娘だったことなど自覚していなかったのだ。空母棲姫はそんなことなど知りはしないが、その世界の中でもトップシークレット……知っている者こそが異端とも言える情報を知る港湾棲姫は怪しいことこの上ない。

 

 「答えなさい……答えろ! 港湾棲姫!!」

 

 

 

 「私も……同じだから」

 

 

 

 空母棲姫と同じように口調が変わり、呟いた言葉に彼女は唖然とする。いや、港湾棲姫自身が“そうである”ことを知っていた。だが、自覚しているとは考えていなかった。もし自覚しているなら……己が艦娘だったことを知っているなら、海軍に対して何かアクションを起こすハズ、というのが空母棲姫の考えだったから。拠点の中で引きこもりのように過ごしているなんて信じられなかったから。

 

 「なら……なら! 私に力を貸しなさいよ! あんたは知らないの!? 私達がなんで生まれたのか! なんで私達がこんな姿になっているのか!」

 

 「それも……知ってる」

 

 「ならどうして! 復讐を考えるのは当然でしょう! 復讐を考えるのが普通でしょう!! あんな“願い”のせいで戦わされた! ありもしない未来の為に皆が沈んでいった!! なのに……なんであんたはぁっ!!」

 

 「それでもあの人に……司令官に逢えたことが嬉しかった。確かにあの“願い”は浅慮だったと思うよ。だけど……それがなければ、私達は生まれなかった」

 

 「だ、ま、れ、ええええええええっ!!」

 

 空母棲姫が怒りの声を上げ、部屋の中に何処からともなく黒い異形の球状の艦載機を幾つも出現させる。それに対し、港湾棲姫は悲しみをその赤い双眼に宿しながら、異形の両腕を広げて猫背になり、構える。そう広くない部屋、そして海中にある拠点……姫2人が暴れれば、下手をしなくとも何もかもが海の藻屑と消えるだろう。

 

 (大丈夫、ホッポも皆も拠点の外だし、南方棲戦姫に預かって貰えるように話もつけてある。私がやるべきことは……彼女をここから出さないこと。だから……)

 

 「沈めえっ!!」

 

 「私がここで……やっつけちゃうんだから!!」

 

 そして、異形の球体と異形の腕がぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

 摩耶様達を助けてからしばらく経ったが、俺は未だに彼女達と行動を共にしていた。その理由は……彼女達にどう俺のことを黙っておいて貰えるか全く思い付かずにいるからだ。

 

 ……いや、俺もこの世界に来てからもう9ヶ月。元一般人なりに世界に馴染んだと思う。その馴染んだ精神というか……まあ、俺と夕立達の安全の為と考えるならば、この場にいる全員を沈めるべきだ。相手は12人、連合艦隊相手に立ち回った俺ならそう時間は掛からないだろうし、敗北などほぼない。それに散々艦娘を斬ってきたんだから、今更躊躇うのもおかしな話だ。

 

 「な、なあイブキさん」

 

 「なんだ? 摩耶」

 

 「いや、あの、えっと……な、何でもなぃ……」

 

 「……そうか」

 

 こうして時折俺に声を掛けて何かを言おうとしては顔を赤らめて俯き、段々と声が小さくなっていく摩耶様……なんだこの可愛い生き物。こんな可愛い摩耶様に対して軍刀を抜けるだろうか? 俺には無理だ。後ろの唸ってる球磨には遠慮なく斬りかかれる自信はあるが。

 

 いっそ、ここで別れて後は成り行きに任せるか……いや、また連合艦隊を差し向けられても面倒だ。それに、さっきの深海棲艦達のこともある……もしも三つ巴のような状況になってしまえば、万が一の可能性もある。いや、それよりも何であんなに深海棲艦がいたのか、という方が気になるな……やはり早く戻って皆と話し合うべきか。

 

 「それにしても、さっきの深海棲艦の大群はなんだったんだぴょん?」

 

 「あんなの聞いたことないよね。まるで大規模作戦の時の連合艦隊みたい」

 

 (……大規模作戦の時の連合艦隊……?)

 

 後ろにいる卯月と白露の会話の内容が引っ掛かり、思わず足を止めて考える。そのせいで何人かに不審そうな目で見られるが、そこはスルーしておこう。

 

 俺の考えでは、連合艦隊を組むのは大規模作戦とやらへ参加する、成功させる為だ。3ヶ月前の俺の時は、つまるところそれほどの脅威であると認識された為に送られてきたんだろうと理解できる。なら、深海棲艦が連合艦隊を組むのはどういう時だ?

 

 深海棲艦は人型の者じゃないと本能で動く獣と変わらないと俺は聞いている。それに、最高でも6隻以上で艦隊を組んで動いている深海棲艦を俺は見たことがない。それは多分、本能的に1艦隊分以上の数で行動しようとしていないからだろう。

 

 ということは、あの大群には人型……それもあれほどの人数を扱える指揮力、もしくはカリスマみたいなモノをもった深海棲艦……鬼や姫がいた、或いは命令をしていたことになる……と思う。あまり頭がいいとは言えない俺では確証なんてものもないし、自分の考えに自信なんてもてない。そんなことを考えた時、北上が隣に来て声をかけてきた。

 

 「イブキさん? そんな考え込んでどったの?」

 

 「……さっきの深海棲艦の大群がどうにも気になる。白露の言うように、まるで連合艦隊のようにも見えた……もしその通りなら、何のために艦隊を組んだ?」

 

 「んー……私らみたいに誰か倒しに行くか、海域に攻め込んだり?」

 

 「お前を倒す為かも知れないクマ」

 

 「それはないでしょう。それなら、さっき戦闘にならないとおかしいですし」

 

 誰かを倒しに行く、海域に攻め込む、俺を倒す為……どうにもしっくり来ない。球磨が言った俺を倒す為というのは鳥海が否定してくれたし、俺自身あれほどの深海棲艦を向けられる理由が浮かばない。海域に攻め込む……これは艦娘と戦うというより、深海棲艦同士の縄張り争いのようなものだとすれば分かるが、山城達からは横の繋がりはあまりないし、知り合うこともあまりないと聞いている。可能性としては低いだろう。なら、誰かを倒しに行く……確か、海軍の誰かを倒す為に動いている姫がいると話で聞いたような気がする。

 

 「……すまないが、俺はここで失礼する」

 

 「え!? あ、でも、その……あたし、まだお礼言っただけで何も返せてねえし……」

 

 「……それは、また会った時にでも。君達は早く戻ってさっきの深海棲艦達のことを報告した方がいい」

 

 「そりゃあ私らもそのつもりだけど……深刻な感じ?」

 

 「……これは、俺の予測になるが」

 

 

 

 ━ 鎮守府、もしくは大本営を直接攻撃される可能性がある ━

 

 

 

 

 

 

 

 「……バカね」

 

 そう呟いたのは……ぼろぼろになりながらもしっかりと立っている空母棲姫。彼女は眼下のモノを見ながら憐れみを込めて呟いた後、後ろを向いてその場から去る……その前に、もう一度だけ背後のモノを見た。

 

 

 

 「あたしに力を貸せば……そうならずに済んだのに」

 

 

 

 そこには、自身の血の海の中に倒れ伏した港湾棲姫の姿があった。




という訳で、色々と事態が進むお話でした。空母棲姫と港湾棲姫……元の艦娘が誰か分かりますかね?

今回はオマケはないです。公式台詞もほぼ出しきりましたし……何か考えた方がいいですかねえ、新しいオマケ。



今回のまとめ

義道、事件の真相の一部を知る。ついでに父親のユルさも知る。不知火、善蔵に真相を聞くことを決意する。己も真相を知る為に。空母棲姫、港湾棲姫と相対する。そして港湾棲姫は倒れ伏す。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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どうか私に、勇気を下さい

お待たせしました、ようやく更新でございます。

Fate/goでは十連回すもセイバー式を引けず、艦これでは無課金故に入渠ドッグと配属数がかつかつで泣く泣くバケツと艦娘を何隻か解体or近代化改修に回す日々……やはりドッグ位は……。


 渡辺 義道への警告を終えた不知火は大本営へと帰還し、以前にも入った保管庫へと入っていた。その手にあるのは……駆逐棲姫の艤装の破片。それを壊れ物を扱うように優しく両手で握り締めて額に当て、不知火は思う。

 

 (何を今更……と思うかもしれません。ですが……どうか私に、勇気を下さい)

 

 今から己は、今日この日まで人形のように従い続けていた相手に、初めて自分の意思を持って疑問を投げ掛ける。その結果、自分がどうなるのかなど想像もつかない。もしかしたら、解体されるかもしれない。もしかしたら、その場で殺されるかもしれない。そういったネガティブなことばかり脳裏に浮かぶ。

 

 それでも、不知火は勇気を持って相対すると……義道に代わり、渡辺 善導の事件の真相を問うと決めた。ただ、自分独りではその勇気が出そうにない。故に不知火は、駆逐棲姫の……春雨の破片を胸ポケットに入れ、保管庫から出る。勿論、保管庫から物を無断で持っていくのは軍規に違反する……だが、それをしてでも勇気が、心の拠り所が欲しかった。

 

 やがて、不知火は執務室の前に辿り着く。時刻はヒトキューフタマル……午後7時20分。善蔵は午後8時まで食事や用足し等を除き、執務室から出ないことを不知火は知っている。だから善蔵はこの執務室にいるハズ……そう思いつつ、不知火はノックをしようと手を伸ばし……。

 

 

 

 「入れ……不知火」

 

 

 

 ノックをする直前でその手が止まり、冷や汗が流れた。確認するまでもないが、目の前の扉は閉まっている。善蔵からも不知火からもお互いが見えていないハズ。それなのに、善蔵はまるで見えているかのように、知っているかのように扉の前に不知火がいると言い当てた。たったそれだけで、灯ったハズの勇気の灯が消えかける……が、なんとか持ち直す。

 

 「失礼します」

 

 

 

 扉を開けて入った瞬間、今度こそ灯が消えた。

 

 

 

 「不知火さん……このような時間に善蔵様に何のご用ですか?」

 

 (な……んで……)

 

 机を隔てた先に座っている善蔵……その隣に立っているのは第一艦隊に所属している大淀と武蔵、雲龍と矢矧ではなく……第二艦隊所属の翔鶴の姿があった。不知火の目的がただの業務的なモノならば、多少は居心地が悪いがまだ何とかなる。だが、これからやろうとしていることを考えれば、ここに翔鶴……第二艦隊の者がいるのは致命的と言っていい。

 

 翔鶴に退室してもらう? そんなこと、翔鶴自身が許す訳がない。いや、仮に退室したとしても間違いなく聞き耳を立てるだろう。そもそも、なんと言い訳すればいいと言うのか。適当に誤魔化して一旦離脱する……それが最善だろう。

 

 

 

 ━ それで、本当にいいのか? ━

 

 

 

 不知火の中の何かが、不知火自身に問い掛ける。人形から変わると決めたのは誰だ? 勇気を持って相対すると決めたのは誰だ? ……他の誰でもなく、自分なのだ。今この場面こそが、不知火にとっての正念場。人形に成り下がるか、勇気を持って1歩踏み出せるかのターニングポイント。

 

 不知火は1つ息を吐き、胸ポケットの春雨の破片を服の上から握り締める。冷たく固い鉄のような感触……なのに、何故か温かく感じた。思い込みでも構わない。ただ、その温かさが勇気をくれた。故に不知火は前を見る。声に出す。人形から抜け出す為に……決別する為に。

 

 「総司令にお聞きしたいことがあります」

 

 「それは、今でなくてはならないことか?」

 

 「今でなくても構わないでしょう……ですが、私は今、この場でお聞きしたいのです」

 

 ぴくりと、善蔵の眉が動いた。それが何を意味するのか不知火は分からない……が、少なくとも追い出されることはないらしい。翔鶴が浮かべた笑みを消し去り、塵でも見るかのように不知火を見据えているが善蔵は視線だけで彼女を制した。

 

 「……ふん。何が聞きたいというのかね?」

 

 「20年前、私達は渡辺 善導提督と鎮守府にいる者達全ての暗殺しろと命令を受けました……その命令は、何故下されたのですか? 善導提督の評判は良く、戦績も悪くはなかったハズです。なのに、何故?」

 

 「今になってそれを聞くとはな……義道に何か吹き込まれたか?」

 

 「いいえ。人形から変わると決めた……私の“意思”です」

 

 不知火がはっきりと告げた瞬間、翔鶴が憤怒の表情を浮かべる。更には殺意までその表情に現れており、今にも不知火に飛び掛からんとしている……が、再び善蔵に目で制される。

 

 善蔵は翔鶴を制した後、その老人とは思えない力強く鋭い目付きで不知火を見る。その視線に何を乗せ、何を思っているのか……不知火には分からない。しかし、彼女には不思議と善蔵の目元が優しく緩んだように見えた……しかしそれも一瞬のこと、今の善蔵にはそんな優しさなど見えない。あるのは、変わらない鋭い視線だけだ。

 

 「……冥土の土産だ、教えてやろう。とは言っても、奴は今の世界の“真実”を偶然聴いてしまった……それだけの理由で殺すように命じたのだよ」

 

 「世界の“真実”? 本当に……ただ、それだけの理由……なんですか? そして、その真実とはなんなのですか?」

 

 「私の言う“真実”とはそれ程のモノなのだ。これを知る者は海軍にはもう私以外にはおらんし……要らん。ましてや袂を別とうとするモノには、な。故に……不知火」

 

 「っ!?」

 

 

 

 「貴様は解体処分に処す……やれ、“天津風”」

 

 

 

 善蔵の声と共に、彼の左隣に今までしゃがんで机に隠れていた駆逐艦娘、天津風が島風の連装砲ちゃんに良く似た“連装砲君”を抱き抱えながら現れる。そして、その砲口は真っ直ぐに不知火へと向けられていた。口では解体等と言っているが、要するに殺すと言っているのだ。そして……それを覆すことも、逃げることも不知火には不可能だ。

 

 善蔵の言った“真実”とは何か。なぜそれを知っただけで善導とその仲間達は死ななければならないのか。なぜ……自分もまた、殺されそうになっているのか。それらの疑問が一気に襲いかかり、不知火は正常な思考が出来ずにいる。そして、それが致命的なまでの隙を晒すことになり……。

 

 

 

 「総司令、急ぎ報告したいことがあります」

 

 

 

 連装砲君が撃つ前に、扉の向こうから大淀の声がした。その声にハッとした不知火は直ぐに扉を開け、大淀にぶつかりながらも通路を走り抜けていく。当然、大淀は何が起きたのか正確に把握できず、疑問符を込めた視線を善蔵と、なぜかいる翔鶴、なぜか砲口を自分に向けている天津風の3人に向ける。

 

 「不知火が、何か?」

 

 「……それは後で話すとしよう。その前に、報告したいこととはなんだ? 大淀」

 

 そう言われてはこれ以上問うことは出来ず、大淀は翔鶴と天津風を見てから部屋の中に入りつつ、持参した書類を捲る。その中の1枚を取りだし、善蔵の前に差し出した。善蔵はそれを受け取り、目を通し……その瞬間、本当に珍しく目を見開いた。

 

 「これは確かか?」

 

 「はい、間違いなく事実です」

 

 「……翔鶴、天津風。残りの第二艦隊の者達を集め、この海域に偵察に行け」

 

 「不知火はどうしますか?」

 

 「捨て置け。アレに行く場所などない」

 

 「「了解」」

 

 大淀に確認した後、善蔵は直ぐに指示を出し、2人は従って部屋から出ていく。それを見届けた善蔵は改めて書類を確認し、顔をしかめた。書類に書いてあるのは、この世界では然程珍しくもない深海棲艦が引き起こした被害の内容。それだけならありふれたモノだが……その内容が問題だった。

 

 現世界では、船や飛行機等での移動こそ出来なくなっているものの、人工衛星やインターネット等は問題なく普及している。電波も当然使える為、電話や通信機による連絡の取り合いも可能だ。その人工衛星から撮影されたモノが、この書類の内容と共に写っている。

 

 「……“叶わぬ夢”といい、軍刀棲姫といい……やはり世界とは望み通りにいかんものだな」

 

 中国やアメリカ等を含めた幾つかの“国の主な都市”が破壊し尽くされている写真と、過去最大級の被害総額と予測される死傷者の数。今の今までは、精々が海に近い都市や基地が襲撃を受けたことがある程度だった。しかし、そこから数十、数百キロ以上離れた都市が深海棲艦の攻撃を受けたという。

 

 人間は深海棲艦という脅威を認識しつつも、海から離れた場所ならば安全……という考えが自然と出来ていた。何せ相手は海にいるのだ、しかも実際に被害は出ていなかった……危機感が薄れるのも仕方ないだろう。しかし、今回のことでその認識が覆された。海外に防衛の為に出向していた艦娘とその提督達は、殆どが沈み、死んだという。その理由は……圧倒的なまでの物量に押し潰されたから。

 

 艦娘は、基本的に日本でしか生まれない。最近では幾つかの国に出向した艦娘が倒した深海棲艦からドロップした艦娘や、そこで作られた鎮守府の造船所で生まれた艦娘が外国艦の名を名乗ることも確認されているが、それも絶対数が少ない。また、外国が用意できる鎮守府にも限りがあるし、そもそも艦娘だけならともかく提督も……となれば更に少ない。だったら現地の人間を提督にすればいいのだが、言葉の壁や食事の好き嫌い、提督となる人間との折り合いや扱い等々の様々な要因により、現地の人間が提督となるのは推奨されていない。特に第二次世界大戦において日本と敵対していた国は、本能的なものなのか艦娘から極度に敵視されているという。

 

 話を戻そう。要するに、海外にいる艦娘の数は日本に比べて圧倒的に少なく、また、今までその少ない数でも対応出来る程度の深海棲艦しか襲撃、海域に出撃しなかった。今回は対応出来ない程の深海棲艦が襲撃し、敗北したということ。

 

 「ふん……日本に襲撃がないのは警告か、それとも挑発か……」

 

 「或いは、その両方かと」

 

 「かもしれんな。深海棲艦が遂に総力を上げてきたか? それとも、1隻の力ある姫か鬼の行動か……対策を練る必要があるな」

 

 「既に全ての鎮守府に電文を送る手配は済ませました。後は命令を頂ければと」

 

 「直ちに送れ」

 

 「了解しました。失礼します」

 

 大淀が退室して1人となった執務室で、善蔵は椅子に背もたれて天井を仰ぎ見る。以前にイブキのことをイレギュラーと呼んだ彼だが、今回の事件もまた、彼にとってはイレギュラーなことだった。それを知るものは……彼以外にはいない。

 

 「叶わぬ夢……軍刀棲姫……“大きな戦いで勝利できなかった艦娘”……本当に」

 

 

 

 ━ 嫌…! いやだよぉ……私は……もっとずっと……あの人と…… ━

 

 

 

 「世界とは……ままならんモノだ」

 

 

 

 

 

 

 偶然にも大淀が来たことでその場から逃げることに成功した不知火。彼女は走りながら、今後どうするかを考えていた。

 

 今回のことで、不知火は大本営……善蔵の息がかかっている場所にいることは出来なくなった。しかし、不知火には行く宛というものが全くと言っていいほどにない。それもその筈で、不知火は基本的に暗殺を行ってきた為に繋がりというのを持たない。むしろ切ってきたのだから。

 

 (渡辺中将のところは……ダメですね。彼だけでなく、他の鎮守府に行ったところで直ぐに見つかるでしょう)

 

 そうなると自然と選択肢が狭まり、取れる行動も決まってくる。他の鎮守府で匿ってもらうのは駄目。匿った者達が危険に晒されるだろうし、そうでなくとも直ぐに“迎え”が寄越されるだろう。街中に逃げる……鎮守府よりは海軍の目が少ないが、人間的に見て十代前半程度の不知火の見た目では補導されるのがオチだろう。ならば山奥等の人の目がない場所に逃げ込むか? アリと言えばアリだが、現在地からそういった場所に行くには時間が掛かりすぎる。

 

 自然と、不知火は通路の窓から見える海へと視線を向ける。海での移動速度なら、駆逐艦である不知火に分がある。艤装さえ取りに行ければ直ぐに出られる為、距離としても申し分ない……が、艤装を取りに行くことなど予想はされている……いや、不知火が善蔵に解体処分を受けたことはまだ広まっていない。ならば、まだ間に合う可能性は高いと言える。

 

 

 

 ━ 貴様は解体処分に処す ━

 

 

 

 「……っ」

 

 ズキンと胸の奥が痛んだが、不知火はそれを無視して工厰へと向かう。自分が今まで何隻の、何人の同胞をその手で沈めてきたと思っているのか。暗殺してきたと思っているのか。最期に不知火の姿を見たのは、春雨を含めても片手の指で足りる程。殆どの者達は何故自分が、誰が、どうやって……それらを知ることなく沈んだ……死んだのだ。殺したのだ。

 

 そんな自分が、たかだか1度解体だと告げられたくらいで心に痛みを感じるなど……あってはいけない。今まで付き従ってきた相手から何でもないように見られ、明確に死ねと告げられた程度で目頭が熱くなるなど、あってはいけない。足を止めない。後ろを振り向かない。そうして工厰に辿り着いた不知火は素早く艤装を取り付け、軍港へと向かう。

 

 「あ……っ」

 

 「不知火……」

 

 その途中で、矢矧と出会った……出会ってしまった。自分の運の悪さに、不知火は内心で舌を打つ。矢矧は先の不知火と善蔵達のやり取りを知らない。だからと言ってそのやり取りを説明することも出来ない。矢矧は以前に翔鶴から助けてくれたことがあるものの、所属は第一艦隊……不知火か善蔵かを選ぶなら、善蔵を選ぶだろう。故に話せない。かといってこのまま黙って立ち止まっている訳にもいかない。

 

 「……逃げるなら、手伝ってあげるわよ?」

 

 「な……何を……?」

 

 「殺されそうになって逃げてるんでしょう? 私はまだこの鎮守府から出る訳にはいかないけれど、貴女が逃げるなら手伝ってあげる」

 

 矢矧は無表情で、全て見ていたとばかりにそう言い切った。思わず不知火は1歩後退り、同時に知る。自分もしている、最早早々変わることのない無表情とは、ここまで相手の考えを知ることが出来ず、恐怖を感じるのかと。

 

 不知火にとって矢矧とは、別の鎮守府から翔鶴達第二艦隊の面々よりも後から異動してきて、彼女達を差し置いて第一艦隊に所属することになった艦娘……という程度の認識しかない。同じ第一艦隊最古参である大淀と武蔵、雲龍……今はいなくなってしまった那智とは違い、本当にその程度のことしか彼女のことを知らない。

 

 だからこそ、不知火は矢矧という存在を測ることが出来ずにいる。実力は元帥第一艦隊に相応しく、軽巡の中では間違いなく最強クラスと言える。しかし、それ以外は分からない。どの鎮守府から異動してきたのかすらも……ここでもまた、不知火は自分の世界が狭かったことを知ることになった。

 

 「貴方は……何を知っているんですか? なぜ、私を助けてくれるんですか?」

 

 「少なくとも、ついさっき執務室で何があったかは理解してるわ。見てたしね。貴女を助ける理由は……貴女の勇気ある行動に感動して、とでも言っておくわ」

 

 ますます矢矧という存在が分からなくなる不知火。だが、矢矧の言葉は全てが本当ではないにしても悪意がないことだけは理解した。そして、これ以上時間を消費する訳にもいかない。

 

 「……お願いします」

 

 

 

 『貴女は海軍にも、海に出る以上本土にも居られない。かといって外国や深海棲艦の拠点なんて論外……でも、貴女は1ヶ所だけ、危険だけれども隠れることが出来そうな場所を知っているでしょう? 沈む可能性はあるけれど……ね』

 

 矢矧にそう言われてから1時間程経ち、不知火は海の上にいた。矢矧の手伝いで無事に大本営から脱出出来た彼女は、矢矧が言った“隠れることが出来そうな場所”を目指して進んでいる。その場所とは、以前に大規模作戦で向かった場所……軍刀棲姫が拠点としていた島だ。

 

 現在、その島には誰もいない……が、近海には数が減ってきたとはいえ、従来の深海棲艦よりも遥かに狂暴な深海棲艦が出没する。矢矧の言った“沈む可能性”とは、善蔵側から追っ手を差し向けられることとその深海棲艦達に襲いかかられることを意味しているのである。勿論、不知火とて沈められるつもりなどないが。

 

 (結局、善導提督が知ってしまった“真実”とは……なんなのでしょうか)

 

 善蔵しか知らなくてもいい世界の真実。なぜそれを善蔵は知っているのか。本当にそれは、知ってしまえば共有できず、殺さなければならないようなモノなのだろうか。不知火には、何一つ分からない。

 

 そう考えて、不知火は渡辺 義道へ善蔵から聞いたことを話す機会がほぼ永久に失われたことに気付いた。約束は話を聞くまでだが、例え僅かでも知り得たことは話しておくべきだろう……が、それは出来なくなった。

 

 「……ままならないものですね」

 

 己が善蔵と同じことを口にしていたことなど知るわけもなく、不知火は独りごちる。人形のように暗殺し続け、疑問を持ち、勇気を出して問い掛けたところで知ったことは微々たるものであり、更には居場所を失った。今の不知火は根なし草……人形から変わることが出来た代償が、居場所の喪失。仲間達との繋がりすらも失い、残ったのは経験と記憶と艤装だけ。

 

 そう思うと、また目頭が熱くなった。不知火は足を止め、空を見上げる。今の不知火は独りだ。回りには誰もいない。じんわりと、胸ポケットの春雨の破片が熱を持ち、その熱が体に広がっていく……まるで、誰かに……春雨に抱き締められているかのように。バカな話だ、思い上がった妄想だ。だが、僅かでもそう思ってしまったから……もう限界だった。

 

 「……う……うぅ……ひっぐ……」

 

 表情など、出ないハズだった。泣き方など、忘れたハズだった。俯くことなど、許されないことだった。なのに体は勝手に表情を歪め、涙が零れ、背中を曲げて嗚咽が口から出る。

 

 「ああ……うっく……うああああっ!!」

 

 1度吐き出された感情は、最早制御出来なかった。不知火は艦娘として生まれて初めて、大声で泣いた。胸の奥が張り裂けてしまったかのように痛みを訴え、その痛みを吐き出すように。脳裏に今まで沈めてきた者達と善蔵の元にいる仲間達の記憶が甦り、そして消えていく。それがまた悲しくて、泣き声を大きくする。

 

 心のままに泣きながら、理性的な頭が訴えてくる……お前には何も残っていないと。繋がりは断ち切れ、過去は責め立てる。遂にはそれらに耐えきれなくなり、不知火はその場にへたり込む。元より、この不知火の心は強くない。だから何も考えずに命令を実行してきた。だから心の痛みを無視してきた。だが、不知火にはもうそれらが出来なくなった。

 

 

 

 「ダイ……ジョウブ?」

 

 

 

 そんな不知火の前に現れたのは……真っ白で小さな“姫”だった。

 

 

 

 

 

 

 「イブキさんお帰りなさい!」

 

 「ただいま……雷」

 

 摩耶達と別れ、戦艦棲姫山城の拠点に戻ってきたイブキを出迎えたのは割烹着に三角巾、右手にお玉という姿の雷。この拠点にいる者達は皆世間から隠れて資材を集めているのだが、雷だけは例外であり、彼女は基本的に拠点の炊事掃除等の家事をしていた。理由としては、純粋にその練度の低さにある。

 

 雷自身は、決して強くない。ここにいる切欠となった大規模作戦の時点では“改”に成り立てであったし、隠れて過ごすことに決まった為に訓練は出来ても実戦は出来ない。その為、訓練をしては家事をするというサイクルになったのだ。勿論、タ級のような人型深海棲艦や時雨、イブキも家事を手伝っている。

 

 (悔しいけど、今の私じゃ足手纏いだもんね)

 

 腐っている訳ではないが、雷は冷静に、冷徹に自身をそう認識している。何しろ周りが周りなのだから。イブキと扶桑姉妹は言わずもがな、夕立は自身を“艦娘と深海棲艦の力を持った海二”と自称しているだけあってとても駆逐艦の戦闘力とは思えない力を持っている。レコンは戦艦水鬼扶桑を相手にして力比べで勝利する程の腕力を持っている上に高速戦艦としての耐久力と速度を持ち合わせている。時雨は皆に比べれば地味なものの改二であり、単艦で海域に向かうことを許される程に練度は高い。

 

 訓練はしている。だが、強くなった気はしていない。念のためということで訓練相手は物言わぬ的かイブキ達、タ級くらいである。しかも明確な一撃が入らずに終わることが多く、それが余計に強くなったと認識出来ない理由となっている。最近では動くイブキ達を相手に至近弾や掠らせたりすることが多くなってきたが、やはり一撃も入らない。雷は帰ってきたイブキを見ながらそんなことを思い返し、内心溜め息を吐く。

 

 「皆は帰っているか?」

 

 「え? あ、うん。イブキさんが最後よ」

 

 「そうか……丁度良いな」

 

 「……?」

 

 「話したいことがある。場合によっては、表に出るかも知れない」

 

 

 

 イブキが帰ってきて話したいことがあると言ってから数分後、拠点内にある食堂にイブキ達は集まっていた。イブキは雷、夕立、扶桑姉妹、時雨、レコンがいることを確認し、扶桑姉妹の部下の代表としてタ級がいることを確認し、口を開く。

 

 「遠征中、俺は連合艦隊のような深海棲艦の大軍を見た。皆は見なかったか?」

 

 その問いかけに、皆は首を振る。その反応を見たあとにイブキは考える仕草を取り、その姿を見ながら雷も考えていた。

 

 海軍から見捨てられる形で離れることになり、イブキ達と行動を共にするようになってから、雷の中の常識は悉(ことごと)く覆されていっている。それと同時に、世界……情勢が変わっていっているように感じていた。

 

 艦娘の記憶を持った深海棲艦、或いはその逆の存在がいることを知った。それは海軍、恐らくは世界も知らなかったことだろう。艦娘と深海棲艦の魂が混ざり合った存在を知った。それは海軍では、恐らくは世界すらも想像もしなかったことだろう。そして今回、大軍で動く深海棲艦が現れたという。間違いなく海軍と世界の常識は崩れていっている。

 

 では、常識が崩れるような出来事、行動を起こしている深海棲艦は、何をしようとしているのだろうか。そう考えようとした時、山城から声が上がった。

 

 「大軍は見てないけれど、少し前に私に接触してきた姫なら居たわ」

 

 「何? 大丈夫だったのか?」

 

 「勿論よ、じゃないとここに居ないわ。それはいいとして……その姫、名前を空母棲姫って言うらしいんだけど……まあ簡単に言うなら勧誘されたわ。“私達と共に海軍を潰さないか”ってね。多分、前に南方棲戦姫から聞いた話の奴と同じ存在よ」

 

 なるほど、と雷は思った。つまり、深海棲艦達はその空母棲姫によって集められ、海軍を本気で潰そうとしているのだ。もし、その連合艦隊クラスの深海棲艦が1つの鎮守府に攻め込んできたらどうなるだろうか? 基本的に1つの鎮守府に所属する艦娘は多くて100を越える。しかし、その中で練度が高い艦娘となるとかなり数が絞られる。戦争とは、戦いとは数が重要である。たった1隻の空母で10の空母相手に制空権を取ることは出来ず、10隻の駆逐艦では100の駆逐艦を相手にすることなど出来はしない。結論として、攻め込まれた鎮守府はその物量差で蹂躙されることになるだろう。

 

 そこで雷は思い当たる。それは自分のかつての仲間達……義道や長門達、姉妹達も含まれるのだと。雷は海軍に見捨てられたが、仲間達に見捨てられたとは考えていない。故に、仲間達が無事では済まなくなるというのは耐え難い。同じような境遇である時雨を見てみれば、雷と同じ結論に至ったのか苦い顔をしていた。

 

 (でも……っ)

 

 だからと言って、助けに行くとは言えない。雷は少女の見た目をしていても、その身は第二次世界大戦を戦った軍艦である。個人的感情で勝ち目が見えずメリットもない戦いに赴いてほしい、等と言えるハズもない。そしてこの身はイブキ達に助けられたのだ、それを仇で返すかのように自分1人で行くなんて言い出せる訳がない。

 

 それは時雨も同じことだ。この半年間を深海棲艦と共に過ごし、時雨は海軍に……総司令に対して疑問を抱いている。軍刀棲姫ことイブキに妙に執着し、仲間を脅してまで居場所を吐かせるという強行策。そしてその居場所付近で、近くに深海棲艦の姿がなかったにもかかわらずいきなり攻撃を受けて沈んだ自分……時雨は、自分は総司令の手によって暗殺されかけたのだと考えていた。

 

 (でも、提督や白露達は関係ない。皆が死ぬのは……また僕だけ生き残るのは嫌だ)

 

 だが、それを口に出すのは憚られる。鎮守府の仲間達が死ぬのは御免だが、助ける為に今の仲間達を危険に晒すのも嫌なのだ。それを差し引いても、扶桑姉妹は深海棲艦だし夕立とレコンはイブキに連合艦隊を差し向けた海軍を良く思っていない。仮に口にしたとしても、それは通らないだろう。

 

 「返事は?」

 

 「当然断ったわ。私は今の暮らしで満足だもの……戦いたければ勝手に戦ってなさいってね」

 

 そしてその考えは、限りなく現実に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 (雷と時雨……どんよりしてるなぁ)

 

 山城の言葉を聞いてから俯いた雷と時雨を見ながら、俺はそんなことを思った。だがまあ、山城の言ったことには俺も同意している。それは雷と時雨以外の皆も同じだろう。

 

 俺は山城と同じように今の暮らしに満足している。もうずっと前、あの島にいた時に出来た俺の目標……“俺の周りだけでいいから戦いのいらない場所を作る”。その目標は今、ほぼ達成出来ていると言っていい。仲間であり、家族でもある皆が、艦娘も深海棲艦もなく共に過ごせているのだから。海中に隠れて過ごしているから多少窮屈ではあるが、それを差し引いても今の暮らしに大きな不満等ないと断言出来る。

 

 『なぁ、イブキさん』

 

 『……なんだ?』

 

 『もし、さ。あたしらがさっきみたいに深海棲艦に襲われたら……前みたいに悪人に捕まったら……また、助けてくれるか?』

 

 『それは……』

 

 『図々しいって分かってるし……イブキさんには海軍にいるあたしらを助ける義理も、メリットもないけどさ。折角会えたのにこのままお別れなんて……あたしは、嫌だから。どんな形でも、また会いたいからさ』

 

 断言出来る……ハズだったのに、別れ際の摩耶様……摩耶の言葉が蘇る。摩耶達を助けたのは偶然に過ぎない。本来なら捨て置くべきだったのに、助けた。なんてことはない。ただ、俺という存在は結局のところ、深海棲艦よりも艦娘を贔屓しているだけなのだ。

 

 艦娘でも、深海棲艦でもない。海軍に敵視されていても、目の前の艦娘を見捨てられない。艦娘は傷付けても沈められず、深海棲艦は沈めるし殺すことができ、それらをしてしまったが故にどちらにも馴染めない。

 

 だけど……長門達や北上達、摩耶達、時雨の仲間達を助けられるなら助けるだろう。雷が願えば、時雨が願えば、俺の目の前で危険に晒されているなら。俺はきっと、彼女達に迫る火の粉を斬り払う。どこまでも自分勝手に……自分のしたいように。敵にだってなる。味方にだってなる。だから、問い掛けた。

 

 「雷と時雨は、どうしたい? 俺に……俺達にどうしてほしい?」

 

 選ばせる。今の仲間を危険に晒すと分かっていて共にかつての仲間を助けに行くか。それとも、自分達だけで行くのか。或いは、今の仲間の為にかつての仲間を切り捨てるのか。そして2人は答えを出す。俺は……俺達は、その答えを笑って受け入れた。

 

 「私だけじゃ、助けられないから」

 

 「僕を残して逝かれるのは、もう嫌だから」

 

 

 

 ━ 仲間を……助けて ━

 

 ━ 任せろ ━

 

 

 

 

 

 

 そしてこの日から1週間の時が流れ……日本海軍対深海棲艦達の戦いの中で最大級となる激戦の火蓋が切って落とされることとなる。それは、雪の降る真冬のことだった。




という訳で、次回からまた話が大きくなります。今回のサブタイは不知火の台詞でした……最近イブキがあんまり喋らないですね←

近々、番外編的にIF話を予定しております。“艦娘となった彼女(かれ)は行く”、“深海棲艦の彼女(かれ)は行く”……なんてどうでしょう?←



今回のまとめ

不知火、勇気を出す。代償は居場所を失うこと。小さな姫、再び。不知火との出会いは何を意味するのか。雷と時雨、願う。その願いは聞き届けられる。そして世界は動く。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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殺してあげるわ

大変長らくお待たせしました、ようやく更新できました。

今回も様々な独自解釈や御都合主義が含まれております……どうかご了承下さい。


 それは、正しく戦争だった。空は忙しなく艦娘と深海棲艦双方の艦載機が飛び回り、時折青空を撃墜時の爆炎と煙で汚す。波の音を楽しむことなど出来ず、ただ轟音爆音が絶え間なく鳴り響き、小さく悲鳴や断末魔の叫びが紛れる。仲間が敵を沈め、次の瞬間には敵が仲間を沈める。全滅か、撤退か……それらが行われるその時まで、その戦争は続くのだろう。艦娘は、日本を守る為に。深海棲艦は、1隻の姫の目的の為に。

 

 深海棲艦に作戦等というモノはなかった。何しろ深海棲艦には提督も参謀もいないのだ、指揮を取るだの作戦を立てるだのは、少なくともその姫……空母棲姫には出来なかった。いや、仮に出来たとしても数が多いため、末端まで行き渡らないだろう。

 

 「本能ノママニ戦イナサイ……艦娘達ガ死ニ絶エルマデ!!」

 

 空母棲姫の命令はただそれだけだった。元より深海棲艦は完全な人型を除いて獣のように本能で戦う。人型としても、基本的には戦いは本能であり、そこに理性が加わることで予測や状況判断を行い、拙くとも指示を出す。しかし、今回は圧倒的なまでの数がある。そんな数に指示を出し、従わせるのは深海棲艦では不可能に近い。故に、本能を剥き出しにして戦わせることにしたのだ。

 

 そして、その深海棲艦達は日本の鎮守府各所に向かう。それを事前に察知していた渡部 善蔵は予め各鎮守府に電文を送り、必ず鎮守府近海よりも離れた海域で対処するようにと命じていた。だからと言って、その“離れた海域で対処する”ことが出来た提督は、いったい何人いたことだろうか? いや……今回の“危機”を正しく認識できた提督は、将官はともかくとして、佐官の中で何人いただろうか?

 

 鎮守府近海に現れる深海棲艦達は、油断こそ許されないが基本的には弱いと言える。いや、近海だけではなく、例え奥深く進んで戦艦や空母と戦うことになろうとも、艦娘にも戦艦と空母が居れば互角以上に渡り合えるだろう。“ちゃんとすれば勝てる”、“油断しなければ負けない”……意識してであれ無意識であれ、そういう考えを持った提督がいないとは言い切れないだろう。

 

 「皆! 応答してくれ!! 皆!!」

 

 物語の中では名前も語られることのない提督が1人、ノイズしか発しなくなった通信機に必死に呼び掛ける……だが、帰ってくる言葉はない。理由は簡単……もういないからだ。

 

 この提督がしたことは、別に特別なことではない。総司令の命令を受け、いつものように第一艦隊“だけ”を防衛に向かわせた……それだけだ。普段ならばそれだけで良かった。外国の鎮守府が大量の深海棲艦に襲撃されたと説明を受けても、それは艦娘達の練度が低いか提督の怠慢だと考えていた。

 

 だが、現状がその考えを否定していた。出した艦隊は全滅し、秘書艦の艦娘は信じられないとばかりに表情を青ざめさせている。海に面している執務室の窓からは第一艦隊を全滅させたであろう夥しい数の敵影。

 

 そうして、多くの死者と轟沈した艦娘を出し、1つの鎮守府が壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 「見境なしか……」

 

 大本営総司令室にて、渡部 善導はそう呟いた。今正に、日本海軍の保有する鎮守府の殆どに大量の深海棲艦が攻めてきていると報告が次々と上がってきており、幾つかの鎮守府は既に壊滅している。しかし、同時に撃退出来ている鎮守府も出てきていた。

 

 このことから分かるのは、大量の深海棲艦とは言ってもその強さや数にばらつきがあるということだ。壊滅した鎮守府は自分達では対応できない数、または強さの深海棲艦達によって攻め込まれ、撃退した鎮守府はその逆だったということ。

 

 「さて……どう動く?」

 

 この時点では、まだ深海棲艦が攻め込んできたということしか分からない。ただただ攻めてきているだけなのか、それともなにかしら目的があるのか……知ることは出来ていない。

 

 この大本営の近海にも、深海棲艦は攻めてきている。今は大本営の防衛戦力と善蔵の第二~第四艦隊までが出撃し、迎撃している最中だ。深海棲艦には最高でもflagship級までしか確認されていない為、現状の戦力でも充分。むしろ過剰なくらいだ。

 

 (そう、flagship級まで“しか”いない。これだけの大規模な数だ、必ず頂点に……最低でも1隻は姫がいる)

 

 善蔵はそう読んでいた。もしも、何処かの鎮守府に姫が現れたらどうなるだろうか? 将官なら、まだ何とかなる可能性は高い。だが、佐官なら? 限り無く高い確率でその鎮守府は壊滅することになるだろう。鎮守府の壊滅は戦力の激減を意味し、仮に今回の戦いを勝利したとしてもその後に回らないことだってある。

 

 こうして時間が過ぎていく今も、深海棲艦を撃退した鎮守府は防衛戦力を残して他の鎮守府に応援を送り込んでいる。善蔵もまた、大本営前の敵を撃退したら戦力を送る心算だった。

 

 しかし、そうさせることが敵の作戦なのではないか? と考えることもできる。戦力の分散を見越して第二、第三と敵を送り込んで来るのではないかというものだ。まるで釘を2回、3回と叩いて奥へと打ち付けるように。何しろ敵の総量が全く分からないのだ、後どれだけの戦力を有しているかなど想像もつかない。詰まるところ、先手を打たれた挙げ句に物量差と勢いで負けている現状では迎撃し、敵の綻びを待つ他に無いのだ。

 

 「何時にも増して難しい顔をしてますねー」

 

 突然室内に発生した声。その主を、善蔵は射抜くような目で睨み付けた。その主は、善蔵の座る椅子の前にあるデスク……その上に立っている。今更誰だと詳しく説明する必要もないだろう、小さな猫の両手を持って吊るしている妖精……通称猫吊るしがその主だ。

 

 「……まさか……貴様か?」

 

 「なんのことやら。私はただの妖精の1体ですよー」

 

 (どの口がほざきよるか……)

 

 善蔵の顔が怒りに歪むが、猫吊るしはどこ吹く風と言わんばかりに間延びした返答をする。そのことを憎々しく思いながら、善蔵は内心で舌を打った。

 

 しかし、当然猫吊るしが“なにか”をしたという証拠などない。今回のは知恵をつけた深海棲艦が数多の同胞を率いて攻めてきた……元よりこうして攻め込まれる前からその予兆とも言うべき行動は予め確認出来ていたことだ。その為に偵察を出していたのだから……その偵察は数に負けて撤退を余儀無くされたので戦力と装備を整えるだけで終わってしまったが。

 

 そう、数。何よりも数が問題なのだ。せめて艦娘の艤装以外の兵器がマトモなダメージを与えられれば良かった……いや、足止めにでも出来れば良かったのだが、兵器の大きさに対して深海棲艦が小さかったり、爆発の範囲が広すぎて味方の艦娘を巻き込んだりしてしまう。戦闘機で挑めば艦載機と対空放火で落とされる。軍艦を出せばそもそものスペックが違いすぎて壁にすらなりはしない。こと深海棲艦との戦いにおいて人間は無力だと、改めて理解することになるだけだった。

 

 (やはり、敵の司令塔を叩くのが一番か……)

 

 敵のトップを殺る……シンプルかつ有効な戦術であり、こと深海棲艦相手には最もと言って良いほどだ。旗艦を落とせば戦いに勝てると言ってもいい。どれだけ数がいたところで、それは代わらない。

 

 問題は、トップが“誰”なのかだ。善蔵は今回の首謀者が1隻の姫だとは考えていない。何せ万を超えているかも知れないのだ、到底1隻で指示しきれる数ではない。最低でも1隻はいると考えたが、それはあくまでも姫の数のことだ。最悪、姫と鬼を合わせて2桁、なんてことも有り得るのだから。

 

 (動いている姫は誰だ? 確認されているのは……港湾棲姫は生死不明、北方棲姫は南方棲戦姫の拠点。軍刀棲姫と戦艦棲姫、戦艦水鬼の所在は不明……ならば……)

 

 妙に深海棲艦側の情報に詳しい善蔵だが、この場にそれを知るものは善蔵自身と猫吊るし以外いない。これが世界の“真実”を知るが故のことだと言うのだろうか? 善蔵は尚も考察と記憶を思い返す。その姿を、猫吊るしはニィ……と笑みを浮かべて愉しげに見ていた。

 

 (さて……貴方の“願い”と彼女の“願い”……強いのはどちらでしょう?)

 

 そう、内心で考えながら。

 

 

 

 

 

 

 「皆! 状況は!」

 

 『こちら白露! 迎撃している最中だけど、あんまり強くない! これならいけるよ!』

 

 場所は代わり、ここは逢坂 優希……現在イブキと共にいる夕立、時雨の提督である彼女の鎮守府。彼女もまた他の鎮守府のように大量の深海棲艦に攻め込まれ、迎撃している最中だった。

 

 彼女は第一~第四艦隊まで全ての艦隊を出撃させているが、現状では戦況を有利に進めている。彼女は艦娘達をバランスよく練度を上げている為、突出した戦力こそないが各艦隊が非常に安定した戦果を上げられる。その為、どこかが脆いということが起きにくいのだ。

 

 『こちら村雨! 敵艦隊の全滅を確認よ!』

 

 『こちら五月雨です! flagship級が3隻いて押されています!』

 

 『こちら涼風だよ! 全滅させたと思ったらまた来やがった!』

 

 「村雨の第二艦隊は第三艦隊の応援に向かって! 涼風の第四艦隊の皆、もう少し頑張って!」

 

 他方向から広範囲に攻めてくる相手に、自然と戦力を分散せざるを得なくなっている優希達だったが、幸いにも轟沈や中破以上の損傷をした艦娘は出ていなかった。数こそ多いが、深海棲艦達の強さは優希達でも充分対応出来る程度のものだったのだ。

 

 白露の第一艦隊には雷巡1隻に軽空母2隻、戦艦1隻、軽巡が1隻。村雨の第二艦隊には重巡2隻に正規空母1隻、航空戦艦2隻。五月雨の第三艦隊には軽巡2隻に航巡1隻、戦艦2隻。そして涼風の第四艦隊には雷巡1隻に軽空母1隻、正規空母1隻、戦艦1隻に潜水艦1隻。

 

 (今は何とかなってるけど……このままじゃ保たない……っ)

 

 優希は冷や汗をかきながら必死に考える。現状では何とかなっているとは言っても、このまま戦い続ければ間違いなく弾切れか燃料切れを引き起こす。どこかで補強しなければいけないが、途切れない深海棲艦がそれを許さない。そして、優希の鎮守府には出せる戦力の残りがせいぜい艦隊1つ分しかない。しかもその殆どが新しく配属された艦娘で、練度を上げる時間がなかった。出せば高確率で中破大破、下手すれば轟沈も有り得るだろう。

 

 また、他の鎮守府も同様に攻撃されているらしく先程からずっと応援要請や応援に向かうといった通信が行き交っていた。普通に考えれば、そんなことになれば正しく情報も伝えたいことも伝わらない。だが、それほどに戦況も状況も心境さえも厳しいのだ。故に、応援は期待できない。

 

 (せめて時雨と夕立がいてくれたら……っ)

 

 優希はそう思わずには居られない。無い物ねだりだと分かっている。沈んだと言わざるを得ないのも理解もしている。それでも仲間で、娘で、妹のような存在だった彼女達を忘れることは結局出来ないでいた。

 

 『こちら村雨! 第三艦隊と合流して敵艦隊撃破! だけど補給しないとこれ以上は……』

 

 『五月雨です! 私達も同じくです!』

 

 『こちら涼風! こいつらを沈めることは出来そうだけど、それ以上は補給しないと無理だ!』

 

 「っ……皆、直ぐに戻って補給を! 最速で終わらせて! 工厰の皆は補給に必要なモノを持って軍港で待機!」

 

 そして恐れていたことが起きる。補給するには下がらせるしかないが、その直後に攻め込まれれば目も当てられない。何せ駆逐イ級1隻、艦載機1機鎮守府に近付かれるだけで成す術なくやられてしまうのだから。そうだと分かっていても、下げなければ弾切れで戦えなくなり、燃料切れで動けなくなる。

 

 そうして指示を出した後に、ふと気が付いた……第一艦隊旗艦である白露から通信がないことに。優希は何やら嫌な予感がし、直ぐ様白露へと呼び掛ける。

 

 「白露! 皆無事!」

 

 『……』

 

 「……白露? 白露!? 聞こえてる!?」

 

 『……聞こえてるよ、提督。ちょっと不味いことになった』

 

 数秒応答がなかったことに慌てる優希だが、言葉が返ってきたことにホッと安堵の息を漏らす。が、それも白露の言う“不味いこと”を聞いて戦慄に変わることになった。

 

 

 

 『見たことない人型の深海棲艦がいる……多分、鬼か姫だよ』

 

 

 

 白露の艦隊の目線の先に映るのは、二艦隊分の深海棲艦。flagshipはおろかエリートもいない為、戦力的には問題ない。問題なのは、その更に奥に存在する一艦隊分の深海棲艦。1隻を除いてその全てが金色のオーラを放つ深海棲艦で構成されており……残りの1隻は、ゴスロリ風の服装に身を包んだ黒髪の深海棲艦。そして身の丈以上の大きさを誇る独立した異形の艤装。

 

 優希達は知らなかったが、その深海棲艦は海軍ではちゃんと認識されている。知る者が居れば、直ぐに撤退するように進言しただろう。何故なら、“ソレ”は決して大佐になったばかりの鎮守府の艦隊が相手取るような存在ではないのだから。

 

 その深海棲艦……名を“離島棲鬼”。彼の鬼はその美しい顔にニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりと手を伸ばし……ただ一言呟いた。

 

 「……沈メナサイ」

 

 その一言と共に、深海棲艦達が白露達に襲い掛かる。それに対し、白露達が選択したのは回避しつつ後退。何せ彼女達にはもう殆ど燃料も弾薬もないのだ、無駄撃ちは出来ない。

 

 「っ……白露さん、どうするんですか!?」

 

 「下がって補給するしかないよ! 私達は沈む訳にはいかないって分かってるでしょ!?」

 

 焦ったように叫ぶ榛名に白露が叫び返す。自分達が沈めば、戦力的に深海棲艦を撃退することはより困難になる。それ以上に、これ以上仲間を失うことになるのは避けたかった。

 

 第一艦隊の面々が頭に浮かべたのは、提督である優希の存在。時雨と夕立の2人が沈んで意気消沈し、乗り越えるのに相当な時間を費やした。これ以上仲間を失えば、彼女の心が保たない可能性があった。彼女達が最も危惧しているのがそれなのだ。故に、誰1人として沈む訳にはいかない。必ず全員が生きて戻ると、第一艦隊だけでなく全ての艦娘が心に誓った。何よりも、誰よりも彼女の為に。

 

 「っ! くうっ!」

 

 「あうっ!」

 

 「隼鷹さん! 飛鷹さん!」

 

 しかし、思いだけで劣勢を覆すことが出来るほど世界は甘くなかった。残り少ない艦載機で敵に制空権を握られないようにしていた軽空母の2人に敵の主砲が掠り、蓄積されたダメージが中破を越えた。艦載機も残らず撃墜され、攻撃手段が無くなる。

 

 「しまっ、もう弾が……」

 

 「こっちも魚雷が……」

 

 「夕張さん、大井さんも……っ、私もあと少ししか……榛名さんは!?」

 

 「すみません、私も後一斉射で尽きます!」

 

 更に不幸は重なり、夕張と大井の弾と魚雷が底をついた。白露とて弾薬も魚雷も残り少なく、榛名もまた底を尽きかけている。後退しつつ最低限の攻撃をしていたが、最早それも出来なくなっていた。今までの攻防で1艦隊分の深海棲艦を沈めることに成功しているが、それでもまだ2艦隊分、しかも鬼は無傷で健在。絶望的、という他ないだろう。

 

 そして、空には敵の艦載機が10程発艦されていた。それらは真っ直ぐに白露達へと向かってきており、迎撃出来るのは白露のみ。しかし、全機落とすには弾薬が心許ない。

 

 (提督……皆……ごめん)

 

 白露は、心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 「やぁぁぁぁってやるクマああああっ!!」

 

 「いやー、今日ほど球磨姉さんが頼もしいと思ったことはないよ」

 

 場所は変わり、ここはイブキと出会ったことのある球磨達の鎮守府の近海。彼女達の提督である永島 北斗は優希と同じく鎮守府の中で全員の無事を祈っていた。そんな彼の祈りを知ってか知らずか、海では球磨が改良された艤装を十全に活かして縦横無尽に動き回り、次々と深海棲艦達を沈めていく。そんな球磨を見ながら笑う傍らで、北上は思考を巡らせる。

 

 他の鎮守府と比べ、北斗の鎮守府はかなり戦力が少ない。しかも飛び抜けて強い球磨を除けば、他のものたちは決して練度が高いとも言えない。更に戦艦や空母も居らず、半数が駆逐艦である。幾ら球磨が強いと言っても、弾薬も燃料も有限である以上限界は必ず来る。

 

 「球磨にばっかりやらせないっぴょん!」

 

 「いっくぜー! 深雪スペシャル!!」

 

 「1番多く倒してやるんだから!」

 

 「球磨が居るんだしそれは無謀っしょ。まあ鈴谷は提督の御褒美目当てに頑張っちゃうけどね!」

 

 (御褒美とか私聞いてないんだケド……まあそれは後で提督に請求しよ)

 

 鈴谷の台詞にもやもやとしつつ、北上は戦況を見定める。突出している球磨に負けず劣らず、いつもの駆逐艦3人娘は主砲魚雷機銃を駆使して艦載機を落とし、順調に沈めていっている。この6人の中で最も火力の高い重巡の鈴谷は百発百中と言える命中制度で次々と深海棲艦に砲撃を直撃させ、球磨に並ぶレベルで沈めている。北上本人は魚雷を撃ちまくり、戦艦も空母も大打撃を与え、時に沈めている。

 

 しかし、このまま行けるとは考えていない。敵は何時までも途切れることはなく、沈んだ先から現れる。このままては間違いなく、自分達の弾薬が底を尽きるのが先だと北上は理解していた。球磨は時折殴る蹴るで沈めているので弾薬はまだ余裕がありそうだが、動き回っているので燃料が先に無くなりそうである。

 

 (せめて、もう1艦隊分戦力があればいいんだけどねえ……)

 

 無い袖は振れない、とはこの事だろう。むしろ空母も戦艦もいない艦隊で30、40を越える深海棲艦を相手に出来ている時点で奇跡と言ってもいいのだ。しかも全員が小破未満の損害で、尚且つ近海と言っても背後に鎮守府が見えているにも関わらず、鎮守府への被害は零である。

 

 

 

 しかし、奇跡的なその状況は……新たに現れた存在に容易く破られることになった。

 

 

 

 「っ!」

 

 球磨が何かに気付き、駆逐深海棲艦に向かっていた足を止めて素早く後退し、北上達の元に戻る。彼女達が球磨の行動に疑問符を浮かべたのも束の間、駆逐深海棲艦がいつの間にか上空に存在していた深海棲艦の艦載機による爆撃を受けて沈んだ。もしも球磨が後退しなかったら、彼女も爆撃に巻き込まれていただろう。

 

 そして、全員が沈んだ駆逐深海棲艦……その先にいる艦隊に視線を向ける。1艦隊分の深海棲艦達……その先にいるその艦隊は、赤いオーラを纏う5隻の深海棲艦と……金と揺らめく炎のような青の瞳を持つ空母ヲ級の姿。その姿を見た誰もが考える……あの敵は、間違いなく強敵であると。

 

 「金と青の目……イブキみたいの深海棲艦だクマ」

 

 「そういう絶望しかないこと言わないでほしいぴょん」

 

 「あんな動きするのはイブキ以外いらないっての」

 

 「大丈夫……だよね?」

 

 「ちゃんと書類とか資料とか見てないでしょあんたら……あれは改flagship。動きは普通の深海棲艦と変わらないよ……それよりも、エリートの中にヤバイ奴がいるねえ」

 

 「ちょーっとヤバイね」

 

 精神を落ち着ける為に軽い会話をするが、新たに現れた艦隊の戦力を把握することは忘れない。改flagshipの空母ヲ級……その力は鬼級に匹敵する程で、とても佐官の艦隊が相手取るような相手ではない。ましてや空母も戦艦もいない鎮守府ならば尚更。それに加え、更にとんでもない相手がいた。

 

 戦艦レ級……そのエリートが、艦隊に1隻存在していた。正しく敵の戦力を把握できた北上と鈴谷は冷や汗をかく。只でさえ数の暴力と言える過剰な敵戦力と戦い続けてきたというのに、補給しなければ危ないという時に限って最大の危機が訪れたのだ。

 

 (提督……私ら、帰れないかも)

 

 残り少ない魚雷と弾薬を見ながら、北上は内心で弱音を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 「全砲門斉射! 撃ええええっ!!」

 

 長門の声と共に艤装から轟音をたてながら放たれる砲弾が、戦艦深海棲艦の体を穿ち、沈める。その隣では同じように陸奥が砲撃を放ち、空母深海棲艦を沈めていた。少し離れた場所では木曾が魚雷を放って同時に幾つもの深海棲艦を沈め、赤城と加賀が制空権を敵艦隊と奪い合いながらも同時に艦功と艦爆で沈めていく。その間を縫うように改良艤装を装備した夕立が駆け抜け、駆逐艦離れした火力をもって撃ち漏らした深海棲艦にトドメを刺していく。

 

 そこは渡部 義道の鎮守府の近海。彼は第一、第二艦隊を前に出し、それぞれの後方に第三、第四艦隊を待機させ、補給が必要になれば入れ替わるという戦い方で深海棲艦を迎撃していた。もうどれだけの時間戦い続けているのか分からないが、一向に敵の攻撃の手は休まらない。補給は行えているものの、艦娘達の疲労が目立ってきていた。

 

 (敵の攻撃が一向に途切れない……ほぼ全ての鎮守府に戦力を向けているハズなのに、幾らなんでも異常だ。報告の中には既に撃退出来たところもあるらしい……やはり、私の所に戦力を多く向けられていると考えるべきか)

 

 幸いにも轟沈艦は出ていないが、時間の問題だと義道は考えている。疲労は決して無視できない。その内動きを止めてしまい、被弾することは目に見えている。状況を打破しなくてはならないが、現状迎撃する以外にない。何しろ、連戦に耐えうる練度の艦娘は今出ている4艦隊分しか居ないのだから。

 

 『提督! 応援らしき艦隊が来てくれたぞ!』

 

 そんな時、長門からそう通信が入った。彼女の目には、深海棲艦の側面から自分達に向かって航行している艦娘達の姿が映っている。それも1人2人ではなく、2艦隊分が。これで状況が好転するかも知れないという嬉しさからか、長門の声が少し弾んでいる。義道も報告を聞き、これで少しは楽になるかと考えていた。

 

 

 

 しかしその考えは、応援の艦隊が爆炎と共に全滅するという最悪の形で否定された。

 

 

 

 『……あ?』

 

 「長門? どうした!?」

 

 通信越しに聞こえた長門の砲撃とは違う爆音の後に長門が間の抜けた声を出したことで、義道は瞬時に事態が変わったのだと理解した。爆音自体は遠かったので長門達の誰かが受けたということではないのだろうが、余談は許されない。

 

 『……応援の艦隊が全滅した』

 

 「な、に?」

 

 余りにも早すぎる……そう叫びたくなった義道だが、声にすることはなかった。長門の唖然とした声から、彼女自身何が起きたのかよく分かっていないらしいということがありありと感じられたからだ。

 

 では、何が起きたのか? 敵艦隊は長門達でも充分相手取れる程度であり、赤城達が制空権を争っている以上易々と艦載機による攻撃を許すとは思えない。長門達と戦っている以上、目標を変更するなんてことも出来ないだろう……そこまで考えて、義道に最悪の展開が脳裏によぎった。

 

 (まさか……応援に来たのではなく……“逃げて”きたのか?)

 

 長門は艦娘達が“応援にきた”という風に捉えた。だが実際は応援の為ではなく、“何かから逃げる途中でここまできた”のではないか? と義道は考えてしまった。そして、その最悪の展開は現実のものとなる。

 

 『提督さん! “姫”がいるっぽい!』

 

 『こっちでも確認した……あれは……“飛行場姫”だ』

 

 飛行場姫。頭から足下まで真っ白なその姫は、体の後ろから左右に滑走路があり、その近くに獣の口のような異形が浮いている。その力は姫級に相応しくあらゆるスペックが高く、そして強い。

 

 しかし、高い実力を持つ長門達ならば被害こそ出るが勝てない相手ではない……それも万全の状態ならば、の話だが。今この場において、義道の艦隊に万全の艦娘など皆無である。そんな時に現れた飛行場姫……状況は正しく最悪と言ってよかった。何しろ4艦隊を交互に入れ換えて戦う戦法を取っているのだ、今から姫に1艦隊向かわせれば、間違いなく戦線が維持できなくなる。それだけは避けねばならない。

 

 (くそっ……せめて、あの姫に向かわせることが出来る戦力さえあれば……)

 

 顔を悔しげに歪めながら、義道はそう内心で呟いた。それは奇しくも、別々の場所にいる白露と北上と同時だった。

 

 

 

 そしてその別々の場所で、それぞれに救いの手が差し伸べられる。

 

 

 

 【……えっ?】

 

 白露達の所では、空を飛ぶ艦載機を紅蓮の炎が焼き尽くした。

 

 「……こりゃ、ありがたいね」

 

 北上達の所では、深海棲艦達の後方から飛んできた砲撃と艦載機が深海棲艦達に襲いかかった。

 

 「……まさか……あれは!」

 

 長門達の所では、飛行場姫が砲撃を受けた後に現れた影によって左側の滑走路を斬り飛ばされた。

 

 

 

 「……またここに来ることになるなんて思わなかったっぽい」

 

 「それは僕もさ……でも、一時でも帰ってこれて嬉しいよ」

 

 刀身の無い軍刀を持ち、少し辟易したような声で呟く“夕立”に“時雨”は同意する。が、その後すぐに嬉しそうな顔を浮かべ……夕立と2人で白露達の前に立ち、深海棲艦達を睨み付ける。

 

 

 

 「久しぶりだな! まだ沈んでないみたいで何よりだ!」

 

 「こちらの鎮守府に攻めてきた深海棲艦は退けました」

 

 「被害が出てしまったので私達だけになりますが、救援に来ましたよ」

 

 「空はお任せ下さい。制空権は取れないでしょうが、易々と相手にも取らせません」

 

 「ほらほら皆! 那珂ちゃんスマイルで元気だして!」

 

 「ボク達が来たからには、もう大丈夫だよ!」

 

 “摩耶”と“鳥海”、“霧島”に“鳳翔”、そして“那珂”と“皐月”の6隻が力強く言い、北上達に笑いかける。

 

 

 

 「『……複雑な気分デース。ダガ、ヤルコトハヤルサ』」

 

 「大丈夫よ。いざとなったら、私を頼っていいんだから」

 

 思うところがあるのだろう“レコン”はそう呟くが闘志をみなぎらせ、軍刀を左手で持って切っ先を飛行場姫に向ける。“雷”はそんな彼女の隣に立ち、砲口を飛行場姫に向けつつそう言った。

 

 

 

 生きていてくれたと、優希は涙した。見知った仲間の登場に、北斗はこれならと安堵した。予想外の登場に、義道は混乱した。されど戦いは待ってはくれず、それぞれに思いはあれど動く。

 

 戦いは、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 「さて……どうするか」

 

 仲間達がそれぞれの目的地に向かった後、俺は向かってくる深海棲艦の攻撃を避けながらふーちゃん軍刀とみーちゃん軍刀を手に近付き、容赦なく斬って捨てる。向かってくる敵に対して躊躇を持ってはいけないことくらい、この世界に来てからよく知っている。

 

 あの日の雷と時雨の願いを聞いた俺は、戦力を分けて向かわせた。夕立にはごーちゃん軍刀を預けているし、レコンにはいーちゃん軍刀を預けている。雷も時雨も練度が上がっているし問題ない……とはとても言えないが、信じることは出来る。

 

 俺がこの場にいるのは、ただの保険に過ぎない。幾ら俺にその気がなくとも、海軍側は俺が現れたら混乱するか敵意を向けてくることは目に見えている。だからと言って彼女達を見捨てる訳にもいかない。正直“海軍の目とか事情とか知るか”とばかりに暴れまわってもいいんだが……仲間達に今以上に迷惑をかける訳にもいかないしなぁ。

 

 「……? あれは……」

 

 不意に、俺の視界に1隻の艦娘が映った……いや、あれは深海棲艦だろうか? 真っ白な髪とところどころ赤く染まっている白い服……それに、大きな手。鬼か姫だろうか。その深海棲艦はどこかに……少なくとも日本とは違う方向に向かってかなり速い速度で進んでいた。

 

 「……追ってみるか」

 

 何故か妙にその深海棲艦が気になった俺は、付かず離れずの距離を意識して追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 「ふふふ……いいわ……いい調子よ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、空母棲姫は飛ばした艦載機を経由して戦況を確認する。攻撃手段であると同時に目としても使える艦載機が映すのは、壊滅状態の鎮守府と壊滅した深海棲艦、或いは押し押されの戦闘。総合的に見て、深海棲艦側の戦果の方が多いだろう。

 

 「まあ……戦果なんてどうでもいいけれど」

 

 空母棲姫はニヤニヤしながらそう呟く。元より彼女は戦果等欲しくはない。建前として海軍の壊滅やら撃破やら色々言っていたが、実際のところ彼女の本当の目的は……海軍総司令“渡部 善蔵”の殺害のみ。それも自分の手で、その首の肉の感触を感じ、骨を砕く手応えを感じ、吹き出る血の温かさを感じながら殺したいのだ。

 

 「だから……だから早く私を見つけなさい……早く私の所に来なさい……いえ、来なさそうなら私の方から出向いてあげるわ……そしてこの手で……ふふふっ」

 

 彼女は笑う。何かを求めるように手を伸ばして、その何かを掴んだかのように、離さないように自分の体を抱き締めながら。その顔にあるのは憎悪。憎くて憎くて仕方なくて……なのに、どこか“愛情”らしき感情も見受けられた。だが、例えその僅かな愛情が確かだとしても……。

 

 

 

 「殺してあげるわ……私の“元クソ提督”」

 

 彼女の願いは、ただそれだけ。




実際のところ、戦闘時間や被害はもっととてつもないことになるのでしょうが……本作ではこのような感じに。戦闘シーンやら何やらに力不足を感じていますが、頑張りたいと思います。



今回のおさらい

深海棲艦、海軍襲撃。勝敗の行方はどこへ向かうのか。逢坂 優希、ピンチ。援軍はかつての仲間の夕立と時雨。北上達、ピンチ。援軍は摩耶様達。渡部 義道、ピンチ。援軍はかつての仲間と仇の魂宿す雷とレコン。空母棲姫は笑う。憎悪の中には愛情が。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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さあ、素敵なパーティをしましょう(しよう)

お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回は約17000文字……詰め込みすぎた←

ところで皆様、艦これの入渠中のキャラをクリックして“覗くな!”みたいなボイス欲しくないですか? 雷に受け入れられたり、天龍に怒られたり、金剛に誘惑されたり、翔鶴に恥ずかしがられたり……アリだと思います(キリッ


 「……う……ぁ……」

 

 時は少し遡り、海軍が襲撃される1日前。北方の拠点にて空母棲姫に敗北した港湾棲姫は、痛みを感じながら目が覚めた。敗北してから実に6日もの間意識を失っていた彼女だったが、深海棲艦の姫は伊達ではないということなのか体の傷は殆ど塞がっている。とは言え異形の腕は砕けているし、額の角も半ばから折れている。艤装に至っては発現すら出来ない。完全に大破状態……姫でなければ死んでいただろう。

 

 「生きてる……のはいいけど、こんなところで寝てられない……っ」

 

 そう己に言い聞かせ、体に走る痛みに耐えながら港湾棲姫は立ち上がる。痛みの原因は、傷は塞がっているが6日間倒れた状態でいたこととダメージが抜けた訳ではないことが理由のようだ。だからと言って止まることはなく、彼女は拠点から出ようと出入り口を目指す。彼女自身は自分が6日も眠っていたことなど知らないし、今が何時なのか分からない。しかし、彼女の中の“何か”が急げと叫んでいた。それこそ自分が入渠する暇すらも惜しいとばかりに。

 

 「司令官は……善蔵さんは……殺させないんだから……!」

 

 港湾棲姫は力強く言葉にすると拠点を後にする。彼女は自分の記憶に従って鎮守府……海軍の大本営へと向かう。だが、空母棲姫から受けたダメージのせいか思ったよりも速度が出ず、更に距離もあるため、辿り着くのは翌日の昼間……それも深海棲艦の襲撃を受けている真っ最中のことになる。

 

 

 

 

 

 

 「時雨……夕立……?」

 

 「……」

 

 「あはは……久しぶりだね、白露」

 

 目の前のことが信じられないと、白露が唖然としながら呟く。そんな彼女の声が聞こえたのか、夕立はチラッと後ろ目に見て直ぐに深海棲艦達に視線を向き直り、そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、時雨は白露達に向けて手を振った。

 

 そんな姿を見ても、やはり信じられないのは白露だ。何せ彼女の……否、彼女達の中では目の前の夕立も時雨も沈んだことになっている。勘違いしないでほしいのは、決して生きていたことが疎ましいだとか不都合だと言うことではなく、むしろ生きていたことはとても喜ばしい。しかし、どうして生きているのか? という疑問の方が大きいのだ。まして夕立はその姿を記憶のものよりも大きく変えている上に深海棲艦の気配すら感じさせている。それこそ、別の夕立なのではないかと思う程に。

 

 「生きて……たんだね」

 

 「うん、なんとかね。でも、理由があって海軍に帰ることは出来なかったんだ。だけど、仲間達が危ないって分かったら……帰ってくるしかないだろう?」

 

 「時雨、そんなことはどうでもいいっぽい。早く終わらせてイブキさんと合流したいっぽい」

 

 「……分かったよ。僕達はあまり長居できないしね」

 

 驚愕か、それとも歓喜か、或いはその両方か……震える声で話しかけてくる白露に時雨は苦笑いを浮かべて返すが、隣の夕立は心底どうでも良さげに言い捨てた。それを聞いて改めて夕立の心はもう優希達の元には無いのだと悲しく思いつつも、時雨は目の前の深海棲艦達に砲口を向ける。

 

 残存する敵艦、目視で14。時雨は移動しながら砲撃を始め、夕立は接近してチ級の魚雷発射菅から魚雷を放つ。たったそれだけの行動で、2人は一気に4隻の深海棲艦を沈めた。当然相手も反撃してくる……しかし、動き出した2人には当たらない。

 

 それもそうだろう。2人は戦艦棲姫山城の拠点に住むようになってから、イブキ達相手に演習を重ねていたのだから。堅牢な山城と戦艦水鬼扶桑、攻撃が当たらない避けられないイブキ……彼女達との演習に比べれば、敵艦隊のなんと脆く、遅いことか。

 

 「ナンナノヨ……アンタ達!!」

 

 あまりに突然すぎる逆転劇に、思わず離島棲鬼が叫ぶ。彼女は空母棲姫の“海軍を潰す”という言葉に賛同した1隻だ。彼女自身は艦娘だった頃の記憶や空母棲姫のように善蔵個人に対して殺意を抱いている訳ではないが、深海棲艦らしく人間や艦娘に対して本能的な殺意を抱いていた。故に、大量にその存在を殺せると聞いて今回の襲撃に参加したのだ。

 

 しかし、現状それは叶っていない。彼女が攻め込んだ優希の鎮守府は突出した戦力こそないが非常にバランスよく上げられた練度と編成が成されており、未だ艦娘1隻沈められず、鎮守府への攻撃も出来ていないので死者1人出ていない。もう少しで艦娘を沈め、その後に人間を……というところで、今度は新たな艦娘の登場。しかもその戦闘力は非常に高く、たった2人なのにも関わらず2艦隊と少しの戦力から一気に4隻も沈めた。離島棲鬼が苛立つのも無理はない。

 

 「沈ミナサイヨ!!」

 

 怒りのままに、離島棲鬼は滑走路から艦載機を発艦させる。自分は鬼だ、たかが駆逐艦らしき艦娘2隻程度、モノの数ではない……そう思いながら、先程の倍以上の25機もの数を。

 

 

 

 しかしその艦載機達は、空に上がった時点で再び紅蓮の炎に焼き尽くされることとなった。

 

 

 

 「クッ……マタ、ソレカ!」 

 

 離島棲鬼が睨み付ける先にいるのは、刀身のない軍刀を空に向けている夕立の姿。イブキよりごーちゃん軍刀を預かった夕立は、その力をもって2度、離島棲鬼の艦載機軍を焼き尽くしたのだ。

 

 艦娘も深海棲艦も軍艦である以上“炎”というモノを人間以上に恐怖する。何せ小さな火1つで誘爆する危険があり、下手すればそのまま沈んでしまう。それを引いても艦載機を焼き尽くす程の火力だ、直撃すれば鬼だろうが姫だろうが関係なく焼き尽くされるだろう。

 

 (今ので2回目……使えて後1回か2回っぽい)

 

 しかし、このごーちゃん軍刀はそれほど使い勝手のいい艤装ではない為、夕立はその使用を自重する。何しろこの軍刀は“自分の燃料を噴射して飛ばす軌道を指定し、その噴射した燃料を燃やしている”のだから。使えば使うほど燃料が無くなっていく為、使用するタイミングを考えなければならない。しかも夕立は駆逐艦……イブキよりも使う燃料はどうしても多くなってしまう。

 

 敵を倒すだけならば、直接離島棲鬼達に向けて放てばいい。しかし、離島棲鬼達だけで終わるならばいいが、それ以降も敵が来る可能性もある。更に今この場で深海棲艦達と戦えるのは夕立と時雨の2人だけなのだ、燃料も弾薬も節約しながら動かねばならない。そして離島棲姫達を倒した後には拠点に帰還しなければならない……慎重になるのも無理はないだろう。

 

 「白露、君達は早く鎮守府に戻って! 弾薬も燃料もないんでしょ!?」

 

 「で、でも!」

 

 「今の君達は居ても邪魔になる! 僕達のことを思うなら、補給して助けに来て!!」

 

 「っ! う……ぅ……っ……皆、急いで補給に戻るよ!」

 

 【……了解】

 

 時雨の厳しい言葉にショックを受けたような表情になる白露だったが、状況を正しく理解して仲間達に声をかけ、鎮守府へと向かう。その後ろ姿を見て、時雨は安堵の息を漏らした。

 

 白露達がいなくなったことで彼女達を守るように動く必要がなくなり、2人はようやく目の前の敵だけに集中できるようになる。とは言っても、夕立が暴れたお陰で敵の艦隊は既に離島棲鬼を含めて3隻しか残っていない。彼女以外の2隻も駆逐イ級とロ級の為、2人にしてみればモノの数ではない。

 

 「チッ……本当ニナンナノヨアンタ達。トテモ駆逐艦ノ強サジャナイワヨ……」

 

 対して、離島棲鬼は冷や汗をかいていた。たった2隻、それも駆逐艦がいきなり現れたかと思えばあっという間に状況を不利へと変えられたのだ、なんの悪夢だと叫びたくなるだろう。しかもその2隻は無傷で、鬼である自分でさえ一撃で沈められる艤装を持っている……悪態をつくのも仕方がない。

 

 「デモ……戦イハ数ナノヨ」

 

 離島棲鬼がそう呟くと同時に、彼女の後方から大量の深海棲艦達が現れる。その数、およそ50……夕立が危惧した通り、離島棲鬼はまだ戦力を残していた。しかもこれで全てという訳ではない。今回の襲撃に参加した深海棲艦でも数少ない指揮を取れる深海棲艦であり、かつ鬼である彼女は空母棲姫から大量の戦力を与えられているのだから。

 

 (さて……どうしようかな)

 

 その戦力を見て、時雨は考える。決して動揺している訳ではない。危機感や不安こそ感じているが、それはあれだけの数を自分達だけで捌ききれるかという点だ。当然、彼女の思考は“不可能”という答えに帰結した。

 

 約50対2、それも駆逐軽重雷巡戦空潜と様々な艦種がある相手に対してこちらは駆逐艦のみ。艤装的にも数でも無理だ。しかし、やらねば守りに来た鎮守府が壊滅してしまう。ならば、やることは決まっている。

 

 「動き回って暴れまわるよ」

 

 「りょーかいっぽい!」

 

 動き回って暴れまわる……駆逐艦である自分達が出来ることなど、その小さな体躯と艦種の中で随一の速度を活かして動き回ることくらいだ。だが、相手の数の多さが、その動き回るという行為を立派な作戦にする。

 

 正面から迫り来る大量の敵による大量の砲撃を避けながら、衝突するのではないかと言うほどに接近する。普段から目に見えない速度で動くイブキ相手に演習して動体視力を鍛えられている2人にとって、砲撃など脅威ではない。すれ違い様に砲撃を当て、違う深海棲艦の砲撃を避ければ、彼女達を狙ったハズの砲弾は違う深海棲艦へと直撃する。

 

 「グ……数ノ多サガ仇ニナッタカ……ッ!」

 

 そこでようやく、離島棲鬼は2人の行動の意味を悟った。彼女達は無謀にも突っ込んできた訳ではない。わざと突っ込むことで敵同士の同士討ちを狙ったのだ。数でも火力でも劣る2人が出来る、最大の戦果を上げられる作戦だった。しかし、同士討ちだけを狙っている訳ではない。

 

 「これで、どう!?」

 

 「ガ……!?」

 

 味方を沈めてしまったことに動揺していた1隻の戦艦ル級に接近した夕立が魚雷を叩き込み、沈める。まだ理性的と言える人型の深海棲艦は仲間意識も存在する為、仲間に当てた、仲間を沈めたとなれば大なり小なり動揺してしまう。そして、その動揺こそが戦場では命取りとなる。例え相手が駆逐艦だとしても、魚雷の破壊力は戦艦であろうとも無視できるモノではないのだから。しかも今の夕立は深海棲艦の雷巡チ級の力を持った“夕立海二”……その力は並の駆逐艦を遥かに上回り、こと主砲や魚雷等の火力に至っては戦艦に届きうる。

 

 「流石夕立……でも、僕だってやれるさ!」

 

 そんな夕立の奮闘を横目で見つつ、負けていられないと時雨は目についた空母ヲ級目掛けて主砲を放ち、よろけさせた後に魚雷を2本叩き込む。ゲームであればカットインかつクリティカルとなるであろうその攻撃はヲ級の耐久力を上回るには充分だったらしく、ヲ級を轟沈させた。

 

 駆逐艦であるにも関わらずに戦艦、空母を沈める2人に、離島棲鬼の顔が屈辱に染まる。そうしている間にも2人は近しい深海棲艦に攻撃を加え、こちらの人型深海棲艦は先程のフレンドリーファイアのこともあってかやや消極的になっている。まだまだ戦力があるとは言え、離島棲鬼としてはこれ以上同胞を沈められるのは面白くない。

 

 「味方ノコトナンテ気ニセズニ撃テ!! 絶対ニソイツラヲ沈メルノヨ!!」

 

 遂には同士討ちを容認してまで駆逐艦2隻を沈めることを優先する離島棲鬼。その命令に何人かの人型深海棲艦が顔をしかめ、或いは驚愕し、中には悲しみの表情を浮かべる者までいたが……鬼の命令には逆らえないのか、空母も戦艦も2人の周囲にいる味方ごと巻き込むように広範囲に砲撃、爆撃雷撃を始める。

 

 「時雨!」

 

 「分かった!」

 

 僅かな言葉とアイコンタクト。それだけでお互いに理解した2人は降り注ぐ攻撃の雨を掻い潜り、接触スレスレまで近付き……すれ違い様に夕立から時雨へとごーちゃん軍刀が渡る。その直後、時雨の手にある軍刀が火を吹き……前方140度に渡る範囲の深海棲艦、艦載機を焼き尽くす。

 

 (っ! 今ので燃料が半分を切った……これ以上使うのはマズイね……)

 

 サーモン海域から優希の鎮守府まで補給なしで来ている時雨と夕立。当然ながらその間にも燃料は減っているし、今の戦闘の間にも減っていっている。そしてこのごーちゃん軍刀は燃料を使う……使えば使うほど、自分達は窮地に陥ってしまうのだ。1度使った時雨でこうなのだ、2度使った夕立の残り燃料を考えれば、鎮守府に向かって補給して貰う他にない。

 

 (……でも、それだけは出来ない)

 

 時雨は首を振り、その考えを振り払う。自分と夕立は既に沈んだ身。時雨は暗殺された……生きている以上はされ“かけた”が正しいのだろうが……可能性がある為、生きていると総司令に知られるのはマズイ。無論、自分の生存はしっかりと優希達に口止めするつもりである。夕立に至っては半分深海棲艦と化している……その存在が知られれば、或いは捕まればどうなるか等考えたくもない。そんな自分達が鎮守府で補給させてもらう? そんなことをしたら優希達にまでいらぬ被害受け、容疑をかけられ、迫害される……そういった可能性もなくはない。

 

 「ぐっ……!」

 

 「キリがないっぽい……っ!」

 

 故に補給は出来ない……そう思いつつも、時間が掛かれば掛かるほどに、2人は不利になっていく。もうごーちゃん軍刀を使えるほど燃料の余裕はなくなり、動けなくなるタイムリミットが迫ってくれば焦り、正確だった砲撃は狙いが荒くなる。敵を沈めてもまだ追加された数の半数は残っているし、また援軍がやってこないとも限らない。このままでは負ける。負けるということは轟沈……死を意味する。

 

 自分達が沈めばどうなるか? 鎮守府は敗北し、優希達は死ぬだろう。イブキは再び夕立を失い、今度こそ心を壊すか、それとも復讐の鬼となるか。そういう未来をありありと想像できるからこそ、絶対に沈む訳にはいかない。

 

 「進行方向ヲ塞グヨウニ動キナサイ! ソイツラヲ走ラセルナ!!」

 

 「っ……余計なことを……」

 

 離島棲鬼の命令が聞こえた時雨が思わず舌を打つ。命令に従った深海棲艦達は2人の動きを封じるように散らばり、行動を阻害してくる。衝突などする訳にはいかない。かといって止まるなどもっての外。2人は深海棲艦を避けられるギリギリまで速度を落とし、敵の攻撃と阻害をかわすこと、敵を攻撃することを同時にしなければならなくなった。

 

 「ああもう、鬱陶しいっぽい!!」

 

 そしてこの場において最も厄介なのが、潜水深海棲艦。不覚にも2人は対潜装備を持っていなかったのだ。その為、潜水艦をどうすることも出来ずにいた。魚雷こそ受けていないが、こうもやることが多くなるといつ被弾するやも知れない。早急に状況を変える必要がある……が、そう簡単に変わるものでもない。

 

 「こ……のおおおおっ!!」

 

 たまらず時雨は再び軍刀を振るい、その炎の剣で空を行く艦載機と深海棲艦達を焼き尽くす。これにより敵の数が半数をようやく下回ったが、代償として時雨の残り燃料が2割を切った。何よりも、軍刀を振るう為に“足を止めて”しまった。

 

 「うわああああっ!!」

 

 「時雨!? きゃうっ!!」

 

 足を止めた時雨に砲撃が降り注ぎ、戦艦の至近弾によって吹き飛ばされる。まさかの時雨の被弾に気が行ってしまった夕立もまた、同じように砲撃を受けて時雨同様に吹き飛ばされてしまった……だが、倒れはしない。イブキの他にも扶桑姉妹とも演習をこなしていたのだ、それよりも威力が下回る攻撃など、直撃でもなければ沈むには遠い……しかし、決して無傷とはいかない。

 

 夕立は半ば深海棲艦と化しており、ある程度の傷は自己再生出来る。小破程度なら時間さえ置けば完全に治せる……が、時雨はそうはいかない。今の時雨は服が少し破けてしまい、主砲も折れていると見事に中破していた。夕立もまた左手の魚雷発射菅に亀裂が走っており、同じように服が少し破けてしまっている……小破以上中破未満と言ったところだろう。これで状況はより絶望的となった。

 

 「ヨク頑張ッタケレド、ココマデノヨウネ」

 

 「「っ……」」

 

 離島棲鬼は勝利を確信したのか顔に笑みを浮かべ、2人を見下しながらそう言った。駆逐艦2隻相手に予想以上に戦力を削られたものの、底を突くにはまだ遠い。この憎たらしい駆逐艦達を沈め、その後ろの鎮守府を壊滅させるには充分すぎる。そんな勝ち誇っている離島棲鬼を睨みつつ、2人は悔しげに舌を打ちながら必死に頭を動かす。絶対に沈む訳にはいかないのだから……そう考えていた時、不意に2人は離島棲鬼が勝ち誇っていた顔を憎々しげなモノに変えていることに気付いた。そして、その直後のこと。

 

 

 

 「行くよ皆! 一斉射、撃てー!!」

 

 【了解!!】

 

 

 

 鎮守府の方……夕立と時雨の後方から可愛らしくも勇ましい声がしたかと思えば、次の瞬間には轟音が鳴り響き、砲撃と艦載機による攻撃が深海棲艦側に降り注いだ。この攻撃により、深海棲艦達はその数を一桁までに減らし、更には離島棲鬼にもダメージを与えることに成功する。

 

 いったい誰が……等と考えるまでもない。そう思って2人が振り返れば、そこには想像した通りの面々……白露こそいないが、他の白露型駆逐艦……村雨、五月雨、涼風を旗艦とした3艦隊の姿があった。先程の声は村雨が発したものらしい。

 

 「本当にいた! 時雨と夕立は鎮守府に行って!」

 

 「っ……村雨……それは」

 

 出来ない……そう言いかけた時雨の前に来た村雨が、目の前に通信機を突き出して無理矢理に手渡す。そして、その通信機から声が発された。

 

 『時雨……夕立……そこにいるんだよね』

 

 「「ーっ!」」

 

 村雨達が攻撃している轟音が響き渡る海の上で、その声はハッキリと2人の耳に届いた。その声の主の名は……逢坂 優希。2人の提督……2人は轟沈扱いとなっている為、正しくは提督“だった”女性。優希は戻ってきた白露から、夕立と時雨の2人が生きていたということを聞いていた。その時の心境は、ただただ生きていたことが嬉しい……それだけに集約される。しかし、それも2人が多くの深海棲艦と戦っていると聞けば、今度は守らなくてはという感情が湧く。

 

 「……提督。僕達は確かに生きてここにいるよ」

 

 『うん……2人が生きていてくれて本当に嬉しい』

 

 「だけどね、僕達は鎮守府に帰ることは出来ない……もう、海軍には居られないから」

 

 どうしてと、そう声に出すことはなかった。優希は決してベテランと呼べるような提督ではないし、まだまだ若い。しかし、彼女は歴とした軍人であり、艦娘達を指揮することを認められた提督である。時雨の言葉に秘められた“何か”を悟った優希は、何も返せなかったのだ。

 

 本音を言えば、今すぐ迎えに行って抱き締めたかった。嬉しさで泣き、生きてる証の体の温もりを感じて、また2人が居たときのように過ごしたかった。だが、それは2度と叶わないのだろうと……優希は悟る。

 

 (私には、貴女達にしてあげられることはないのかな……)

 

 しかし、それでも彼女達に何かをしてあげたかった。例え僅かなことでも、違う道を行く彼女達の力になってあげたかった。思いつくのは補給、入渠。そして……。

 

 『……だけど、そろそろ燃料も弾薬も危ないんでしょ?』

 

 「それは……」

 

 「時雨。時雨の気持ちは分かるけど、沈んだら終わりなんだよ?」

 

 「でも、それだと提督は……白露達は……」

 

 通信機の向こうから聞こえた会話は、優希を安心させた。夕立はともかく、時雨はまだ自分を提督と呼び、自分達の身を案じてくれているのだと分かったから。正直に言えば、優希には時雨が何を危惧しているのかは分からない。自分達に何かしらの不利益、最悪命に関わるかも知れないと大雑把に考えているだけだ。

 

 命の危険など、優希は感じたことはない。艦娘達が沈んでしまう、死んでしまうと考えて恐怖を覚えることはあっても、自分自身の死など考えたことはない。今この時とて、自分が死ぬかもしれないとは思っても心のどこかで自分は死なないと思っている。時雨の言葉を聞いても、だ。

 

 (だけど……私も貴女達の為に命を賭ける覚悟はあるんだよ)

 

 提督になり、初期艦である五月雨と共に四苦八苦しながら頑張っていた時から、優希はその覚悟を持っていた。それは何も命を軽んじている訳でも、命を賭ける覚悟という言葉にヒロイズムを感じている訳でもない。母親が我が子の為に身を投げ出すような、そう言ったモノに近いだろう。何故ならば、優希にとって艦娘達とは仲間であり、姉妹であり……娘であるのだから。

 

 『時雨……私はまだまだ未熟だから、貴女が何を危惧しているのかは分からない。だけどね……私は、私達は、そんなに弱くない』

 

 「っ!?」

 

 『だから2人共……帰ってきて』

 

 

 

 

 

 

 「チッ、モウ少シデ沈メラレタノニ!!」

 

 離島棲鬼は苛立っていた。自分の観察眼による予定では、もうとっくに艦娘を全滅させ、鎮守府を破壊し尽くしていても可笑しくない。事実、それだけの数の差と力量差は存在していたし、白露の艦隊も沈められる寸前だった。

 

 しかし、それはたった2人の駆逐艦の登場で逃げられ、戦力を追加してようやくその邪魔な2人を沈められるかと思えば、今度は3艦隊分の艦娘達によって邪魔されて逃げられた。口調が荒くなり、苛立ちが目に見える。その怒りは、思わず周りの深海棲艦が怯えてしまう程だ。

 

 「絶対ニ殺シテヤル!! モウ遊ビハ終ワリヨ!!」

 

 その美しい顔を怒りに歪め、離島棲鬼は戦力を追加する……が、ここで計算違いが起きた。元々離島棲鬼は、彼女自身が攻め込んでいるのは優希の鎮守府だが、預かった戦力を分散して他の鎮守府も同時に攻め込んでいた。彼女はその分散していた戦力を集め、優希の鎮守府と艦娘に集中しようとしていた。

 

 しかし、集まったのは先の50に僅かに満たない程度の数。感じていた怒りが何故!? という驚愕に変わるが、なんということはない。離島棲鬼は海軍という存在を過小評価していたということだ。つまり、彼女の分散させた戦力の悉くは返り討ちに逢い、ほぼ全滅していたのだ。そうでなくとも鎮守府と鎮守府の間には決して短いとは言えない距離がある、直ぐに来られるハズもない。そして、自分達の後方に予め待機させていた艦隊は先程出してしまった。残り戦力、凡そ60……これが彼女の全戦力だった。

 

 「情ケナイッ! デモ、アンタ達ヲ沈メルクライハ!!」

 

 沈んでいった仲間に対してか、それともこれだけの戦力を持って尚鎮守府1つ潰せなかった己に対してか、離島棲鬼はそう吐き捨てる。しかし、60の戦力と自分が居れば目の前の艦娘達くらい沈められる……そう考え、彼女は村雨達へと攻撃を集中させる。

 

 「っ……皆、お互いのフォロー忘れないで!!」

 

 「誰か1人でも大破したら終わりと思って下さい!!」

 

 「姉貴達が戻ってくるまで、絶対保たせろ!!」

 

 【了解!!】

 

 その苛烈な攻撃にダメージを負いつつも、村雨と五月雨、涼風は必死に声を上げて仲間に呼び掛ける。60対18……数では遥かに劣るが、連携と絆の強さでは遥かにこちらに軍配が上がる。早々沈められたりはしないと、村雨達は意思を強く持つ。

 

 しかし、意思1つで覆すことが出来るような状況では最早なくなっている。そもそも今まで彼女達が戦えていたのは、彼女達が飛び抜けて強かった訳ではない。離島棲鬼がじわじわと追い詰める為に戦力を小出しにし、1艦隊対1艦隊の戦いが出来ていたからだ。

 

 「くぅ!!」

 

 「きゃあっ!!」

 

 艦隊の誰かが悲鳴を上げる。小破か、或いは中破か。どちらにしても悲鳴が上がった以上は至近弾、最悪直撃してしまっただろう。不味いと、そう考えてしまった村雨は、一瞬俯き……何かが自分への日射しを遮ったことに気付いて咄嗟に上を向き、絶句した。

 

 「ひっ……」

 

 そこには異形の艦載機の姿。それを確認したことにより、村雨の心に最大級の恐怖がのしかかり、か細い悲鳴が出る。周りの音が聞こえなくなり、世界がスローモーションに見え、脳裏に鎮守府に配属されてから今日までの思い出が過ぎていく。それが走馬灯であることに気付く余裕はなく、艦載機から爆弾が落とされそうなところまでハッキリと見えた。そして、その爆弾が落とされるであろうという、まさにその瞬間。

 

 

 

 「さ、せ、る、かああああっ!!」

 

 

 

 必死な声と共に放たれた砲弾が爆弾を撃ち抜き、艦載機を花火へと変えた。その砲弾を撃った主……白露は村雨の前に移動し、未だ迫り来る艦載機と深海棲艦に向けて撃ち始める。その白露に追随するように、残りの第一艦隊の面々も戦線に復帰して攻撃を開始する。

 

 「動いて、村雨!! まだ沈んでないんだから!!」

 

 「う、うん」

 

 「怖いなら下がってなさい! 1番頼りになるお姉ちゃんが、守ってあげるから!!」

 

 姉の白露の怒鳴るような声に、村雨は感じた恐怖を抑えて再び動き始める。優希の鎮守府の初期艦こそ五月雨だが、誰よりも前線に出て囮や殿などの危険な役割をこなしたのは白露である。それは一重に、白露が“1番”に拘るからだ。

 

 『良くも悪くも、私は1番が好きなの! でも、それは1番じゃなきゃ気が済まないってことじゃないのよ? この鎮守府で私は1番危険なことをする。誰にもさせない。妹達の為にも、仲間の為にも、私は沈むなら誰かの為に“1番最初に”沈みたいの』

 

 誰も沈ませない。誰かが沈むくらいなら自分が。きっとそれは、艦娘であるなら1度は、或いはいずれは考えることだろう。それは仲間の為であったり、姉妹の為であったり、その鎮守府の最高戦力の為であったりと様々な理由で。自己犠牲……当人以外報われないその精神が、鎮守府の誰よりも先に沈むというある種の自殺願望が、白露にはあった……否、出来てしまった。優希の為にも、誰も沈んではいけない。しかし、誰かが沈むくらいなら……そんな矛盾を、白露は内包している。そしてその事実を、姉妹達だけが知っていた。

 

 だから村雨は恐怖を押さえ付けて動く。自分が沈まない為に、白露を、姉妹を、仲間を沈ませない為に……しかし、何度でも言う。そんな意思1つで覆すことが出来るような状況ではないのだと。

 

 「ぎっ、うぅ!!」

 

 「うわああああっ!!」

 

 また、別の誰かが被弾したらしき悲鳴が響いた。白露達が加わったところで戦力の差は覆らない。深海棲艦は確かにその数を減らしている……しかし、数に余裕はまだある上に肝心の鬼には傷1つつけられていない。逆にこちらは数こそ減っていないが、ダメージを受けて中破している者が増え始めている。

 

 (このままじゃ……っ)

 

 村雨、ギリッと強く唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 (……帰るつもりはなかったのに)

 

 優希の言葉に従い、約9ヶ月ぶりに鎮守府へと足を踏み入れた夕立は、内心でそう呟いた。夕立は艦娘の自分と深海棲艦だった時の記憶を持つが故に二律背反の感情に悩み、イブキと出逢ったことで仲間達から離れてイブキと共に在ることを誓った。その為、鎮守府に帰るつもりは一切なかった。時雨もそれを知っているし、彼女の意思を汲んで優希達には夕立は沈んだと報告した。

 

 だからこそ、気まずい思いをして今この場……軍港にいる2人は、目の前の今にも泣きそうな優希の目を見ていられない。結果として嘘をついた時雨と何も言わずに離れていった夕立の心に、凄まじい罪悪感があったから。

 

 「……艤装……ボロボロだね」

 

 優希の言葉に、2人は何も返さない。しかし優希は苦笑いを浮かべるだけで、その事には何も言わなかった。ただ、ボロボロの艤装と記憶の中の姿とはあまりに変わってしまった夕立と、沈んだと聞かされていたのに生きていた時雨の姿をじっと見ていていた。

 

 色々と思うことはある。しかし、それを言葉には出来なかった。分かるのは、自分がうじうじと悩み悲しんでいた間に2人はとても大変な思いをして、強くなっていたということ。そんな彼女達に、優希は補給をする以上に何をしてあげられるのか……そう考えて、1つだけ思い付いた。

 

 「その艤装じゃ、補給だけじゃなくて修理も必要だね」

 

 優希の見る先には、ボロボロになった2人の艤装がある。彼女達の体は高速修復材を使えば治るだろうし、補給その物はすぐにでも終わる。しかし、艤装の修理となればそうはいかない。まして彼女達は深海棲艦の拠点にいたのだ、艤装の点検などロクに出来なかった。つまり、先のダメージもあっていつ動かなくなるかも分からないのだ。

 

 だからと言って修理している時間などない。今こうしている間にも村雨達は戦い続けているのだから。早くしなければ誰かが沈んでしまう。或いは……と最悪の想像が時雨の頭を過った。

 

 「ついてきて」

 

 優希の唐突な言葉に一瞬意味が分からなかった2人だが、優希が背を向けて走り出したので慌てて追い掛ける。そうして辿り着いたのは、工廠。その奥に、優希はいた。その隣には、新品同然の白露型の艤装が2つ存在していた。

 

 「2人は知らないかも知れないけれど……少し前に、艦娘の艤装を強化するって話が出たの。この2つは、その強化艤装」

 

 強化艤装。軍刀棲姫との戦いで大敗した後に開発された、海上を陸上のように動き回る軍刀棲姫と同じ挙動を取れるようになるその艤装は、今までの艤装とのあまりの違いに扱える者が限られてしまっている。優希の鎮守府では誰1人として扱える者がおらず、艤装は純粋に性能を底上げしたものを使っていた。だからと言って廃棄するのも勿体ないし訓練を続ければ使えるようになるかも知れない為、工廠に放置してある。この2つの強化艤装は、その訓練をする為に置いてある物だった。

 

 「時雨、夕立。これを貴女達が扱える保証なんてどこにもない。だけど、私は貴女達にこれを使ってほしい」

 

 優希の言葉を聞いた2人は悩む。確かに自分達の艤装は修理しなければ危ない。だが、危ないのは使ったことのない強化艤装にも言えることだ。扱えなければこれ以上ないタイムロスになり、挙げ句戦力外になってしまう。それでは意味がない。それは優希も重々承知している。

 

 彼女のやっていることは、海軍所属の提督として失格だ。あまりにリスクが高い上に、“配属されていない艦娘と深海棲艦かも知れない存在”に機密の塊を渡すことになるのだから。事が発覚すれば、その未来は暗いものになるだろう。そもそもその存在を鎮守府に入れている時点で処罰はまず免れない。

 

 「この艤装を渡すことが……私が提督として、姉として、母として、私個人として貴女達に最後に出来ることだから」

 

 だが、“そんなこと”は優希が行動を止める理由とはならない。彼女は提督であり、姉であり、母であり、逢坂 優希である。平々凡々の少女に過ぎなかった彼女は提督になり、艦娘と出会い、暮らし、生きてきた。組織に糾弾されるのは確かに怖い……だが、彼女は艦娘が沈むことの方が怖かった。その恐怖と比べれば、己の身の危機など“そんなこと”扱いで済ませてしまえる。

 

 「提督……」

 

 「……」

 

 優希の気持ちに、時雨は胸の奥が暖かくなった。彼女はそんなにも艦娘(じぶんたち)の事を思ってくれている。改めて感じたその事実が、本当に嬉しかった。だが、それと使ったことのない艤装を使うかどうかは別の話……そう考えた時、夕立が優希の隣の艤装へと近付き、左手の艤装以外を取り外し……強化艤装を取り付けた。

 

 この行動に驚いたのは、やはり時雨。優希は嬉しそうにしているが、正直に言えば、時雨は夕立は優希の言葉を無視するモノだと思っていた。しかし、その予想に反して夕立は艤装を着けた……不思議に思っていると、夕立は優希に向き直り、口を開く。

 

 「……艤装は貰ってくっぽい」

 

 「うん」

 

 「でも、ここから出たらもう2度と帰ってこないっぽい」

 

 「……うん」

 

 「だから……」

 

 

 

 ━ ありがとう……さよなら、提督 ━

 

 

 

 

 

 

 「はぁっ……はぁっ……」

 

 「クフッ……フフフ……ヨク頑張ッタケレド、ココマデノヨウネ」

 

 約30分。それが鎮守府側へと少しずつ後退しながらも白露達が戦い続けた時間である……が、最早それ以上の戦闘は不可能と言えた。肩で息をする白露の周囲の仲間達は軒並み中破しており、涼風と榛名は大破してしまっていて涼風は五月雨に肩を借りており、榛名は何とか立っている。

 

 そんなボロボロの白露達を見て、離島棲姫は嬉しそうに笑いながら言った。予定よりも遥かに長く時間がかかった挙げ句に多大な損害を出しているが、それもここまで。目の前の艦娘達は最早マトモに動けはしない。あれからまた損害を出したが、まだ50を僅かに下回る数の部下達が残っている。あの厄介な駆逐艦2人は戻ってきていない。今度こそ間違いなく、勝利は確定した。

 

 (サテ、ドウシテヤロウカシラ……)

 

 

 

 離島棲姫がそう考えた瞬間、“空”から降ってきた紅蓮の炎が半数以上の彼女の部下を焼き払った。

 

 

 

 「ハ? ッアアアア!!」

 

 【きゃああああっ!!】

 

 一瞬の驚愕の後、海に炎が当たった事で起きた水蒸気爆発の衝撃と波が艦娘と深海棲艦問わずに襲い掛かる。とは言っても、それぞれが距離を離すかのように吹き飛んでいるもののそんな事で多少のダメージは負っても沈むような存在達ではない。水蒸気爆発と波で沈むようならば、とうの昔に深海棲艦を討伐している。現に、少しのダメージと服がボロボロになっているものの沈んだ者はいなかった。

 

 だが、被害(そんなこと)が問題なのではない。“炎を使われた”という事実が、離島棲姫にとって何よりも衝撃的な出来事だった。忘れもしないその紅蓮の炎……その持ち主が空より降り立ち、その仲間が持ち主の左隣に並び立つ。

 

 「これ以上はやらせないっぽい」

 

 「お待たせ、皆」

 

 (バカナ……速スギル!!)

 

 目の前の夕立と時雨を見て、離島棲姫は戦慄する。服もボロボロで傷もそのまま。しかし、ボロボロだった筈の艤装は新品同然。つまり、入渠をせずに補給のみ、それも艤装の交換をして最短で戻ってきたのだ。そして夕立は時雨の人外の腕力によって空高く投げ飛ばされ、上空からごーちゃん軍刀を使って焼き払ったのだ。だが、鎮守府と戦場を往復したにしてはあまりに速すぎる。とても30分かそこらでは……と、そこまで考えて離島棲姫は気付いた。自分達が優勢だった為に少しずつ鎮守府の方へと艦娘達を押し込んでいたことに。2人が鎮守府に向かった距離が短くなっていたことに。そしてその2人は、それぞれ左手と右手を離島棲姫に向けて突き出した。

 

 

 

 「「さぁ、素敵なパーティをしましょう(しよう)」」

 

 

 

 「殺セエエエエッ!!」

 

 怒りか、それとも恐怖か、離島棲姫は叫んだ。50近くいた部下を半数近く焼き払われたが、戦力ではまだ自分達が有利……なんて甘い考えは最早ない。あの炎を吐き出す軍刀がある以上、数の差などあっという間に覆されてしまう。部下達はそんな離島棲姫の考えを理解してか知らずか、2人に攻撃を集中させる。ある者は砲撃で、ある者は魚雷で、ある者は爆撃雷撃で、離島棲姫もまた艦載機と異形の口から出た砲身からの砲撃で。

 

 「ナ……ニィ!? アグッ!!」

 

 しかし、それは何一つとして当たらなかった。夕立と時雨はそれぞれ左右に“跳んで”避け、“走りながら”お返しとばかりに艦載機を撃ち落とす。更に夕立は近付いた人型深海棲艦の顔を“蹴り飛ばし”、時雨はフィギュアスケートの選手のように“回転しながら跳び”、魚雷をばら蒔いて一気にダメージを与え、沈める。しかもその内の1発は離島棲姫へと直撃した……沈みこそしないが、ダメージを受けたのは変わらない。尤も、今の離島棲姫はダメージを受けた怒りよりも、2人の動きの方に対しての疑問の方が大きかった。

 

 何度言ったか分からないが、艦娘と深海棲艦はあくまでも船である。故に彼女達は、それ以上の動きをすることは出来ない……が、それは強化艤装が作られるまでの話。強化艤装は軍刀棲姫と同様に海上でも陸上と変わらない動きが出来るようになる艤装。艦娘の船としての記憶によってか扱える者こそ少ないが、扱える者も当然いる。が、不運なことに離島棲姫はその扱える者を見たことがなく、軍刀棲姫も同様に見たことがない。それ故の驚愕と疑問だった。

 

 (行ける! これなら、イブキさんと同じように動ける!)

 

 (イブキさんみたいに動けるのがこんなに戦いやすいなんて……)

 

 さて、そんな使い手を選ぶ艤装を、なぜ彼女達は初見にも関わらず扱えるのだろうか? それは、良くも悪くも非常識な存在であるイブキと共に過ごした月日によるものだ。彼女達は戦艦棲姫山城の拠点内でイブキ達と演習し、それ以外にも射撃訓練や陸上での白兵戦を想定した組み手などの訓練を行っていた。その時のイブキの動きや陸上での動きがあってこそ、彼女達は強化艤装を扱えたのだ。そして、それこそが扱えない艦娘達との大きな違い。

 

 “艦娘は船である”。そうだと解りつつも海上と陸上を同じように認識し、無意識に船以上の動きをしようとしない体を動かせること……その無意識を意識できるようになって初めて、強化艤装はその恩恵を与えてくれる。2人の場合、既にイブキという存在を知っていたことと白兵戦の訓練をしていたことが無意識を意識できるだけの下地になっていたのだ。

 

 「姉貴達……スゴいな……」

 

 「そうだね……」

 

 「……悔しい、な」

 

 「姉さん……」

 

 縦横無尽に動き回り、砲撃魚雷格闘を駆使して沈めていく2人を見ながら、白露達は感嘆の声を漏らし……白露だけが、1人俯く。その理由が分かるのか、村雨はそっと寄り添い、肩に手を置く。

 

 白露達は誰1人として強化艤装を扱えない。どれだけ努力しても、自分達は船であるという固定概念を払拭出来なかった。最も訓練したであろう白露ですら、その例に漏れない。それだけに悔しい。かつては同じ鎮守府に所属していた、沈んだと思っていた妹達が扱えていることが。自分達が束になっても勝てなかった深海棲艦の大軍を、たったの2人で打破してしまった妹達が。

 

 「私が1番に、使えるようになりたかったのになぁ……」

 

 そう呟く白露の視線の先で再び紅蓮が舞い、違う場所で水飛沫が上がる。気づけばあれだけいた深海棲艦は離島棲姫のみとなっていた。離島棲姫は恐怖に顔を歪めさせ、恐怖から逃れる為に艦載機を飛ばし、異形の口から砲を撃つ。しかし艦載機は夕立から時雨に渡った軍刀の炎で焼き尽くされ、ロクに狙いの定まっていない砲など動き回る2人は掠りもしない。それどころか、離島棲姫自身が夕立と時雨の砲撃、魚雷を要所要所で受けてダメージを負う。

 

 「クチ……ク……駆逐艦如キガアアアアッ!!」

 

 だが、彼女は“鬼”。艦娘と並の深海棲艦と比べて艦としてのスペックが段違いである彼女に、例え直撃であるとしても沈むには遠い。それは2人の攻撃でも変わらない。故に、離島棲姫は恐怖を越える怒りを叫びながらダメージ覚悟の特攻を始めた。

 

 狙うは2人……ではない。動くこともままならない白露達だ。炎を吐き出す軍刀がある以上、2人を狙ったところで焼き尽くされる。ならば、例え後で焼き尽くされるのだとしても、1隻でも多く道連れにする……鬼としてのプライドが、恐怖すら塗り替える怒りが、離島棲姫にその行動を取らせた。

 

 「しまっ……」

 

 「逃げて!! 白露!!」

 

 「あ……」

 

 左右に別れていたのが仇となり、離島棲姫の背を追う形になった2人は狙いが1番近い白露だと気付き、夕立は失敗したと眉間に皺を寄せ、時雨は必死に叫ぶ。今の2人は攻撃が出来ない。外せば白露達に当たってしまう可能性が高かったからだ。

 

 2人の戦いに集中していた白露は、自分に迫ってくる離島棲姫を呆けた表情で見ていた。他の仲間達も同じで、白露に迫る死神に現実味を抱いていなかった……が、直ぐに仲間の危機を悟る。しかし、だからと言って動ける者はいなかった。

 

 「道連レニ……シテヤルッ!!」

 

 「う、ぐっ!」

 

 「姉さん!!」

 

 「白露姉さん!!」

 

 「姉貴!!」

 

 【白露!!】

 

 ついには離島棲姫は白露の前まで来た。そしてその細腕では想像も出来ない力で艤装を着けた白露の首を絞め、持ち上げる。こうして直接手を出したことにより、白露の仲間は砲撃をすることを躊躇ってしまう。離島棲姫としては意識した訳ではないのだろうが、言わば人質を取った形になる。その人質は、今にも命を散らしてしまいそうであるが。

 

 (痛い……苦しい……私、沈むの? 嫌だ……沈みたくない……死にたく、ない……!)

 

 鬼の力で首を絞められ、白露は今にも首が千切れるのではないかという激痛と苦しみを味わっている。仲間が沈むくらいなら自分がという覚悟こそ持っているが、だからといって沈みたいという訳では決してない。何よりも、優希の為にも沈む訳にはいかないのだから。様々な感情が渦巻く中で、やがて死にたくないという気持ちだけが白露の頭の中を埋め尽くした。

 

 「じに、だぐ……なぃっ!!」

 

 「ッ!? イ、グ、ギ、ギャアアアアッ!!」

 

 それは生存本能から来る火事場の馬鹿力というものなのだろう。正しく必死と言える、死を恐れるが故の叫び。その叫びと共に白露は、意識した訳でもなくその手の砲を離島棲姫の顔に向けて構え、放った。それは離島棲姫の眼に直撃し、彼女は激痛による悲鳴をあげながらその眼に手を当て、白露を手放す。

 

 「かはっ……えほっ……っ!! 全艦、主砲斉射ああああっ!!」

 

 【っ! 了解!!】

 

 解放された白露はその場にへたり込んで2度3度咳き込んだ後、後退しながら旗艦として咆哮するように命を下す。仲間達は一瞬の間を置いた後に撃てる者だけが砲を構え、離島棲姫目掛けて放つ。離島棲姫は声をあげることもなく無防備なその身に次々と砲弾を受け、体を仰け反らせ、少しずつ艤装と肉体を削られ、着弾時の爆炎がその身を包むように焦がしていく。

 

 激痛と衝撃で意識が消えていく中、離島棲姫はその朦朧とした意識の中で考えていた。なぜ自分は負けているのか? なぜ自分は死にそうになっているのか? 勝っていた戦いのハズだった。勝って当然の戦いのハズだった。なのに、なぜ? 朦朧とした意識では答えが出ない。誰かが教えてくれるハズもない。ましてや、教えられたとしても理解出来ないだろう。最早その身体に、考える頭などついていないのだから。

 

 美しかった姿は見る影もなくなり、離島棲姫だったモノは海の底へと沈み逝く。誰もがその姿が完全に消えるまで集中し、目を背けなかった。誰もがその死に様から目を背けられなかった。1歩間違えていたら、自分達がああなっていたのだ。今回の勝利は薄氷の上の勝利……そう、“勝利”。そのことに気付いた白露は、通信機の向こうにいる優希に向けて声を出す。

 

 「……こちら、第一艦隊旗艦白露……敵艦隊の全滅を確認……全艦……けん……ざい……っ!!」

 

 途中からぼろぼろと涙が溢れ、言葉にならなくなっていく。だが、誰もがその先の言葉を待った。白露はそれを伝える義務がある。彼女こそがそれを言う権利がある。しゃくりをあげて言えなくても、溢れる涙を何度も拭いて言葉に出来なくても。そして数分の時が経ち、ようやくその現実は言葉として紡がれた。

 

 

 

 「われわれのっ!! 勝利ですっ!!」

 

 

 

 大破2隻。中破22隻。夕立、小破。時雨、中破。轟沈……なし。提督も艦娘もその勝利を実感し、誰もが生きている喜びを声に出すように……愛らしくも雄々しいその勝利の雄叫びを上げた。




という訳で、優希達大勝利のお話でした。美味しいところは優希達が取っていくという。まあ実際は有り得ないとか描写が甘いとか色々とツッコミはあるでしょうが、どうか目を瞑って下さい。

因みに前書きで書いた、言うなれば“入渠中ボイス”と言うべき台詞……イブキだとこうなります。



入渠中台詞:提督……その、流石に入渠中を覗くのはどうなんだ? 第一、俺を見ても何もないだろうに



 雷だったら背中流してあげるとか言いそう←



今回のおさらい

なんだかんだで大勝利(ざっくり)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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存分に見せちゃうからね

お待たせしました、ようやく更新です。今回も詰め込み過ぎた……約18000文字あります。サブタイトルで分かる方もいらっしゃると思いますが、今回は球磨達の鎮守府での戦いとなります。

少々グロいと思われる表現があります。ご注意ください。


 逢坂 優希の鎮守府にて勝敗が決した時から少し遡る。場所は変わり、そこは永島 北斗の鎮守府の近海。一時は死を覚悟した北上達だったが、別の鎮守府の応援である摩耶達が来てくれたことで精神的に持ち直すことに成功していた。

 

 ここで、改めて北上達の現状を確認してみよう。北上達の戦力は北上、球磨、卯月、深雪、白露、鈴谷。応援として来てくれたのは摩耶、鳥海、鳳翔、霧島、那珂、皐月の合計12隻の2艦隊。北上達は直ぐにでも補給が必要な程消耗している。

 

 対して、深海棲艦側もまた12隻の2艦隊……だが、その中にはエリートと呼ばれる赤いオーラを纏う者が5隻。そして、金色の右目と蒼く揺らめく炎のような左目を持つ空母ヲ級……改flagshipと呼ばれる、鬼に匹敵しうるヲ級が存在する。更にエリートの中にはレ級まで混ざっている。数は互角、しかしその性能と練度には大きな差が存在していた。

 

 (正直言って、摩耶達が来ても真っ向から戦っても勝ち目なんてない。レ級とヲ級以外の深海棲艦を沈めて初めて僅かな勝機が生まれる程度……ぶっちゃけ負ける可能性の方が圧倒的に高い)

 

 摩耶達の乱入のお陰か膠着している戦場の中で、北上は冷静に思考する。自分達が様々な点で負けていることを理解し、その中で自分達が勝る点を捜し、必死に、しかし冷静に勝機を探る。同時に、やるべきことも。

 

 やるべきことは当然、北斗の艦隊である北上達の一時撤退と補給。しかし、それを行うということは摩耶達6隻に12隻の深海棲艦を任せるということだ。練度という点では摩耶達は北上達よりも少し勝る程度、エリートレ級とflagship改ヲ級を含んだ艦隊を相手取るには荷が重すぎる。

 

 (私らであいつらに勝っているところは……球磨姉さんの機動力かな。後は多分、連携くらい……切り札は球磨姉さん。補給する、摩耶達に頑張ってもらう、合流してどうにか殲滅。その為には……)

 

 「摩耶。私らは補給しないと危ないから、その間任せたいんだケド……」

 

 「任せろって言いたいんだけど……厳しいぜ?」

 

 「大丈夫……とは言えないけどさ、可能な限り手を打つよ。はい! 永島 北斗第一艦隊! 敵艦隊目掛けて全弾撃ち尽くせ!! その後全速力で補給しに撤退!!」

 

 【了解!!】

 

 「斉射ああああっ!!」

 

 普段は余り大声を上げない北上の全力の掛け声と共に、北上達は残り少ない弾薬と魚雷を全て深海棲艦達に放つ。それらは間違いなく深海棲艦達に着弾し、巨大な水飛沫と爆発を引き起こした。

 

 「キヒッ!」

 

 しかし、沈んだのはエリート深海棲艦達の艦隊の前にいた6隻だけ。どうやらその身をヲ級達の盾として使ったらしい。更には爆炎をものともせずにレ級が北上達に突っ込んで来ていた。

 

 「球磨ちゃん跳び膝蹴り!!」

 

 「ブグッ!?」

 

 誰もが唖然とする中、唯一球磨だけがレ級に反応出来た。しかし弾薬も魚雷も使いきった球磨が出来ることなどたかが知れている。そんな球磨が行ったのは、本人が言った通り跳び膝蹴りだった。球磨の艤装は12隻の中で唯一の強化艤装であり、走るも跳ねるもお手の物。こうして高速で迫ってくるレ級に合わせてその顔に右膝を叩き込むなど容易である……訳がない。この球磨が規格外なだけである。

 

 奇襲に失敗した挙げ句に自身の速度と球磨の体重と硬い膝の一撃を顔に受けたレ級は体を後ろへと大きく反らした後、海面を転がりながら吹っ飛んでいった。更に3隻程のエリート深海棲艦を巻き込むというおまけ付きである……沈まなかったのは深海棲艦側にとって不幸中の幸いだろう。

 

 「球磨姉さんナイス! つわけで、後よろしく!」

 

 「別に倒しちまっても……」

 

 「それ死亡フラグだから!」

 

 軽口を叩きつつ、北上達は補給の為に鎮守府へと戻る。その背中を少し見た後、摩耶達は目の前の深海棲艦達に意識を向けた。

 

 はっきり言って、摩耶達は倒せる気などまるでしていなかった。何せこちらの最大火力は霧島で、ヲ級と渡り合えるのは鳳翔だけなのだから。質ではまるで敵わない。そもそもエリートレ級やflagship改ヲ級など将官以上の提督の艦隊が相手するような深海棲艦だ。佐官提督の第一艦隊である摩耶達では勝機など万に1つあればいい方だ。

 

 (レ級とヲ級はともかく、他の4隻はそうでもない。駆逐が2隻と重巡1隻、補給艦が1隻……勝つのは厳しいが、数を減らすことは充分可能だな)

 

 摩耶は素早く思考を纏め、方針を決定付ける。何も自分達だけで倒そうとする必要はないのだ。自分達がやるべきことは北上達が戻ってくるまで戦線を維持すること。摩耶達の敗北は北上達の敗北に直結しているのだから。その中で、少しでも深海棲艦の数を減らす。出来れば4隻、最低でも2隻は沈めておきたかった。

 

 しかし、ここでネックになるのがレ級の存在。正直に言えば、改flagshipヲ級だけならばまだどうにかなった。鳳翔と那珂、皐月が艦載機の相手に集中し、その間に残りの3人が攻めるという手段でも充分通じた。だが、レ級が居るとなれば話はガラリと変わってしまう。

 

 戦艦にカテゴリーされるレ級は砲撃の他に雷撃も出来る上に艦載機を持ち、対潜攻撃すらも可能な正に万能艦。レ級1隻で全てを賄えると言われる程であり、エリートともなればその装甲も火力も姫級に匹敵しうる。つまり、この鎮守府は姫級と鬼級に同時に襲われていると言っても過言ではない。

 

 「数を減らせ!! 主砲、撃てええええ!!」

 

 摩耶の声と共に、彼女達は一定の距離を保ちながら移動しつつ、一斉に砲を、魚雷を放ち、艦載機を発艦させる。無論、深海棲艦側も黙って撃たれる訳がない。深海棲艦達は摩耶達とは逆に距離を詰めようとしながら、被弾しつつも反撃する。

 

 「那珂さん! 皐月さん! 手伝って下さい!」

 

 「はーい! 那珂ちゃんセンターに入りまーす!」

 

 「ボクにまっかせてよ!」

 

 ヲ級から出てくる艦載機は、鳳翔と那珂、皐月の3人が全力で対応する。改flagshipともなれば、艦載機の性能は生半可な艦載機では対応できない……が、3人ならば何とか撃ち落とせる。1人では無理でも、3人ならば決して不可能ではない。将官の元にいる艦娘達にはまだまだ劣るが、彼女達にはそれだけの練度が存在する。

 

 しかし、戦力という点で見るならば、1隻に対して3人で対応するというのは自殺行為である。何しろレ級を含めたエリート5隻を、他の3人で対応しなければならないのだから。

 

 「キヒヒヒヒッ!!」

 

 「あーもう、全っ然効いてねえな!!」

 

 「摩耶姉さん!」

 

 「っ……摩耶さん! 何とか耐えて!」

 

 無茶なことを……と摩耶は思うが、霧島と鳥海の2人は2人で何とかしようとしているのは分かっている。3人が取った……というより取らされた行動は、1人がレ級を引き受け、2人が残りのエリートを引き受けるというモノだ。なぜこんなことになったのかと言えば、先程の斉射で運悪く摩耶の砲撃がレ級に当たり、彼女がレ級にロックオンされたからである。

 

 今、摩耶は必死にレ級に砲撃しつつも逃げている。そんな摩耶を追いかけながら、レ級はそれはもう愉しそうに笑顔を浮かべていた。無邪気に虫を殺す少年のように、綺麗だからと花を摘み取る少女のように。レ級は砲を撃たない。魚雷も、艦載機も使わない。ただただ摩耶を追い掛け、その手で仕留めようとしていた。理由は単純明快……“その方が愉しいから”。

 

 「キヒヒヒヒッ♪」

 

 「だーくそ、楽しそうに笑いやがって!!」

 

 そんな無邪気な狂気に追い回される摩耶は既に涙目だ。幾ら砲弾を叩き込もうが魚雷を撃ち込もうがケロリとして笑いながら追い掛けてくるのだ、それも仕方ないことだろう。だが、それはつまりレ級の意識は完全に摩耶に向いているということであり、その間は摩耶以外の誰もレ級の攻撃に晒される危険性がほぼないということでもある。全くない訳ではないが。

 

 「これでえっ!!」

 

 「撃(て)ええええ!!」

 

 そうして逃げ続ける摩耶を見て、鳥海と霧島は一刻も早く助けるべく目の前のエリート4隻に砲撃を放つ。決して焦りがなかった訳ではないが、放った砲弾は吸い込まれるようにエリート2隻……駆逐深海棲艦2隻に突き刺さり、爆発した後に沈んでいった。これで数は上回ったことになるが、未だに勝機はないに等しい。

 

 「っ! しまっ……艦載機! そっち行ったよ! 鳥海!」

 

 このまま予定通りに残りの2隻を……と鳥海が砲身を向けた時、叫ぶような皐月の声が彼女の耳に入った。思わずという風に鳥海が皐月達の方を向くと、上空に1機の異形の艦載機が、今にも鳥海に向けて爆弾を落とそうとしているところだった。

 

 あ……と小さな声が彼女の口から零れる。完全に油断していた。ヲ級は3人が抑えてくれているからと、その存在を意識から追いやっていた。戦場を、戦いを知る者としてあるまじき失態。その報いは、己の死という形で受けることになる。しかもあれは改flagshipヲ級の艦載機、その爆弾の威力など彼女には想像も出来ない。

 

 (やだ……こんな……提督っ)

 

 だが、自分が耐えきれるようなモノではないということは直感で理解した。まるで時間が引き延ばされたかのような感覚の中で、鳥海の頭に浮かんだのは仲間ではなく、姉妹艦の摩耶でもなく、自分達の帰りを待ってくれているであろう男性提督の姿。もう提督の所には帰れない……その言葉が頭を過り、鳥海の目に涙が浮かぶ。

 

 

 

 だが、艦載機が爆弾を落とすよりも速く、1つの砲弾が艦載機を撃ち落とした。

 

 

 

 「「きゃああああっ!?」」

 

 艦載機と爆弾が爆発し、最も近かった鳥海と次いで近かった霧島が悲鳴を上げる。爆風のせいで発生した波でバランスこそ崩しかけたが、幸いにもダメージはなかった。いったい、誰が艦載機を落としたのだろうか? そう思った鳥海は、砲弾が飛んできた方角……自分の背後を見やる。

 

 そこにいたのは、全体的に青い艦娘だった。その姿を見た鳥海は、驚愕の後に嬉しそうに笑みを浮かべ、その艦娘の名を呼んだ。

 

 「高雄姉さん!!」

 

 「全く……油断しすぎよ鳥海。バカめ、と言ってさしあげましょうか?」

 

 高雄型重巡洋艦ネームシップ“高雄”。鳥海、摩耶の姉妹艦であり、今まで名前すら出ていなかった北斗の鎮守府に所属する最後の艦娘。そして北斗の鎮守府最大のバイーンである。何がとは言わないが。

 

 1隻とはいえ、援軍は有りがたいことだった……しかし、高雄が加わった所で勝率に大きな変動はない。そして、やることも変わらない。素早く残りのエリート2隻を沈め、摩耶を追い掛けているレ級を4隻で対応する。鳥海は高雄にそれを伝え、3人でエリート2隻を沈めにかかる。その少し離れたところでヲ級の相手をしていた鳳翔、那珂、皐月の3人は、苦い表情を浮かべていた。

 

 「まさか3人がかりでも艦載機を抜かせてしまうなんて……」

 

 「これが、改flagship……」

 

 「悔しいケド、やっぱりボク達よりも強いね……」

 

 ヲ級は無表情にその金と青の目で3人を見据える。無表情とは言ったものの、人型深海棲艦であるヲ級は決して無感情ではなかった。その瞳の奥には、対峙している3人への賞賛があった。

 

 目の前の3人は、決して高い練度ではない。が、先程1機逃したとは言え見事にヲ級を抑えているのだ、それはヲ級にとって賞賛に値した。が、抑えていると言ってもそれは拮抗しているということではない。何故なら、3人は艦載機を落とすことに集中しており、ヲ級への攻撃はまるで出来ていない。那珂と皐月だけでは落としきれない艦載機は鳳翔の艦載機とドッグファイトを繰り広げ、破壊し破壊され、もしくは道連れにするように突撃している。そうまでしてようやく抑えられており、その上で1機逃した。それほどに、3人とヲ級には“差”が存在する。

 

 しかもそれは、ヲ級が何の策も技術もなしでただただ艦載機を出し続けていた状態で、である。ヲ級という深海棲艦は艦載機を出す場合、頭に乗っている異形の口が開き、そこから次々と物理法則を無視して飛び出てくる。ならば異形を狙い続ければいいのかと言えば、そうでもない。ヲ級は異形の口からだけでなく、自身の周囲の海中から、まるで産み出すように、或いはファンタジーよろしく召喚するかのように出撃させるのだ。口か、もしくは海か、その両方を注視しなければならなかった。

 

 「……ヲッ」

 

 ヲ級は再び口から、海から艦載機を出撃させる。そしてその艦載機に3人の意識が向いている中で、こっそりと自身の体で隠すように背後から出撃させる。マントがとても良い仕事をしてくれている……だが、まだ敵に向かわせない。すぐに向かわせては今までと変わらない為、タイミングを計らねばまた同じ攻防が繰り広げられる。それにヲ級の艦載機とて無限ではない。遣いきれば接近戦を挑むしかない為、ヲ級としてもこれ以上の消耗は避けたかった。

 

 そうして3機ほど背に隠し、わざと今までよりも高い位置まで囮の艦載機を飛ばして鳳翔達に迎撃“させる”。完全に3人の意識が空へと向いたことを確認し、ヲ級は隠していた艦載機を海面スレスレの低空飛行をさせながら飛ばし……。

 

 「あっ!」

 

 「っ、またしても!」

 

 「に、逃がさないんだからね! って当たらない!?」

 

 ヲ級の作戦通り、3機の艦載機は3人の足下を素通りした。3人は直ぐに気付いたものの、空に向けていた意識を下に変え、砲と弓を構えるには時間が足りない。何とか那珂だけは可能な限り上半身を捻って後ろへと向けて砲撃出来たものの、とても狙い撃つことなど出来ずに外してしまう。

 

 今度は誰を狙うのか……と摩耶以外の者達は考えたが、3機の艦載機は誰の元にも向かわずに飛び続ける……そこで、高雄が気付いた。

 

 「まさか……提督!?」

 

 艦載機が向かっているのは、自分達の鎮守府だと。

 

 

 

 

 

 

 「ほ、補給の準備はで、出来ているよ。入渠は、いる、かい?」

 

 「入渠は大丈夫。補給終わった奴から先に前線に向かって!」

 

 【了解!】

 

 「旗艦は球磨なのにクマ……」

 

 「言ってる場合か!」

 

 鎮守府に戻ってきた北上達は工廠にて補給を行うところだった。北斗に迎えられ、北上達は補給を受ける。機関等がある艤装にはチューブのような物から燃料が送られ、主砲や魚雷発射菅等の艤装には妖精達がガコンガコン音をたてながら弾薬を装填していっている。

 

 『提督さん! 高雄のお姉さんが援軍と合流したんじゃ!』

 

 「りょ、了解だよ、浦風。そのまま浜風と2人で戦況を把握していてね」

 

 『了解じゃ!』

 

 『浜風、了解しました』

 

 北斗の鎮守府の残りの艦娘である浦風、浜風の2人の役割は、軍港から目視での戦況の把握と、北斗への伝達である。北斗の鎮守府の中でも最も練度の低い2人は、今回のような前線に出られる実力ではない。だからと言って一応の戦力であり、遊ばせておく余裕もない。その為、軍港という鎮守府で最も戦場に近い場所で戦況把握、同時に防衛戦力として軍港にいるのだ。その為、2人はちゃんと艤装を装備している。

 

 「……き、北上」

 

 「何? 提督」

 

 「その……あの……」

 

 (あー……この人も、変わらないねえ)

 

 何かを言おうとして言い淀んでいる北斗の姿に、緊急時であるとわかっていても北上はほんわかとした気持ちを抱いていた。というのも、北斗はその図体に似合わずいつもこうして自身のなさげな、気が弱いところを隠さないからだ。気が弱くて力持ちを行く北斗は、よく駆逐艦達にまるで近所のお兄さんにじゃれるかのような展開になる。その微笑ましさは、この鎮守府にいる者達の癒しとなっていた。

 

 提督という立場でいても自信が持てず、異性との付き合い方もよく分からないという北斗。しかし、頑張って艦娘達と触れ合おうとして、仕事は真面目で、艦娘達のことを考えてくれて、何よりも心優しい……そんな北斗が、北上は嫌いではない。むしろ……。

 

 (……そんなラブコメみたいな展開は北上さんには似合わないよ……っと)

 

 自分で思ってちょっとだけ傷付くが、今は緊急時だと意識を変える。今だって摩耶達と高雄だけで戦線を維持しているのだ、自分達も速く戻らねばならない。

 

 チラッと、北上は補給の進み具合を確認する。駆逐艦達はもう動けるだろう。球磨と北上も後少しで終わり、鈴谷も然程時間は掛からない。この弱気で心配性な提督を安心させる為にも、さっさと終わらせよう……そう、思った時だった。

 

 『っ!? 敵艦載機3機、鎮守府に接近!!』

 

 『対空! ……1機撃墜! 浦風!』

 

 『当たれ! おんどりゃああああ! っし、当た……1機落ちて、ない!?』

 

 北斗の持つ通信機から聞こえてきたのは、軍港にいる浜風と浦風の切迫した声。その声の必死さに、北上は嫌な予感が止まらなかった。それは北斗も同じようで、体を震えさせながら冷や汗をかいている。そして、北上の中で嫌な予感が最大まで膨れ上がった時。

 

 『まさ、か……ダメ! ダメぇ!!』

 

 『提督さん! そこから逃げてええええっ!!』

 

 

 

 2人の声を掻き消すかのような爆音と揺れが鎮守府に襲いかかった後、北上は自分達の天井が崩れ落ちてくるのを……まるで夢を見ているかのような心境で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 「っ! 鎮守府が!?」

 

 「そんな……っ」

 

 「ボク達が……逃した、から……?」

 

 鎮守府から上がる煙を見た鳳翔、那珂、皐月の3人は、顔を青くしながら鎮守府を見ていた。鎮守府で何が起きたか……それを、3人は1番理解していた。その原因も分かっていた。なんということはない……自分達が逃した艦載機が鎮守府を攻撃した……それだけの話だ。自分達のミスのせいで鎮守府を守りきれなかった……それだけの、話なのだ。

 

 「っ……まだ、全滅した訳じゃありません!!」

 

 「うん……那珂ちゃんはまだ、泣いたりしないんだから!!」

 

 「もう許さないぞ、お前らあっ!!」

 

 だが、それで終わってしまっては今までの頑張りが無駄になる。援軍に来た意味がなくなってしまう。確かに、鎮守府からは攻撃された証である煙が上がっている……しかし、まだ補給に戻った北上達が、彼女達の提督が死んでいるとは限らない。その思いを胸に抱きながら、3人はヲ級の艦載機を落とす戦いを続ける。

 

 「っ……こ、のおおおおっ!!」

 

 「キヒッ! キヒヒヒヒッ!!」

 

 レ級から逃げ続けていた摩耶もまた、鎮守府の状況に気付いた。捕まれば死、レ級が飽きても死、そんな状況から囮として逃げることしか出来なかった摩耶は、それまでに感じていたストレスが重なり、“囮として動く”ことを捨てて立ち止まり、反転してその場でレ級に砲撃を放つ。が、それはレ級に対してダメージを与えられず、レ級は速度を緩めずに摩耶に近付いていく。

 

 「ああああっ!! っぐぅ!」

 

 「キヒヒヒヒッ! ツカ、マエ、タァ!!」

 

 咆哮。砲撃。それでも結果は変わらない。レ級には何の効果も見られない。遂には追い付かれ、レ級の細い右腕が摩耶の首を掴んだ。レ級は愉しくて仕方ないとばかりに嗤い、見た目とは不釣り合いな力で片手で摩耶を持ち上げる。

 

 こうなってしまっては、摩耶はまな板の上の鯉と変わらない。煮るも焼くもレ級の意思次第。その尻尾の先の異形の口から出る砲身による砲撃で撃たれるか、その腕力で引きちぎられるか、或いは異形によって喰われるのか。もうすぐ来るであろう悲惨な未来を想像し、摩耶は表情を青くした。

 

 

 

 

 

 

 「……ったぁ……ぁ……て、提督!?」

 

 体の至るところに痛みを感じながら、北上は目覚めた。一瞬何が起きたのかと呆けるが、直ぐに先程の出来事を思いだし、倒れていた体を起こ……そうとしたところで、北斗の顔が真上にあることに気付いた。後もう少しで唇同士が触れ合うという程の距離に思わず北上は顔を赤くして叫ぶが、その赤は直ぐに青に変わった。

 

 「だ……い、丈夫……かい?」

 

 「あ……てい……とく……」

 

 赤い血が、北斗の頭から北上の顔に滴り落ちる。爆音、揺れ、崩れた天井……先程思い出した光景がまた北上の脳裏にフラッシュバックし、北斗の出血の原因の答えを出す……北斗が崩れる天井の瓦礫から北上を庇ったのだと。

 

 「なん、で……」

 

 「……」

 

 北上の問い掛けに、北斗は苦笑で答える。それだけで彼女は、彼が何を言いたいのかを悟った……つい、体が勝手に、気がついたら。北斗が瓦礫から北上を庇った理由など、言わば無意識な行動に過ぎないのだと。

 

 不意に、腹部辺りに水気を感じた北上は視線を下に向け……絶句した。北斗の真っ白な提督服が、毒々しい赤に染まっていたのだから。それも当然のことだろう。北斗はその体を盾にしたのだから……その大きな背中は大小様々な瓦礫を受け止めたことで肉は抉れ、潰れ、激しい出血をしている……生きているのが、不思議な程に。

 

 「北上! 提督! 今助けるクマ!!」

 

 「あ……ああ……しれ、血が、血がぁ……」

 

 「卯月! ビックリしてないで速く瓦礫をどけるぞ!」

 

 「浦風! 浜風! 救急車と担架と、それから、それから!」

 

 「提督! ちょ……死なないよね!? 死なないで!!」

 

 仲間達が2人を助けようと動きながら叫ぶ声は、今の北上には聞こえなかった……が、鈴谷の“死なないで”という声だけはイヤに頭に響いた。そこでようやく、北上は見たくなかった現実を……今にも北斗が死にそうであるという現実を見た。

 

 北斗が死ぬ。そう思った瞬間、北上の頭に走馬灯のように鎮守府での思い出が甦ってくる。その殆どは平和で、下らない日常だ。たまに戦闘もあったし、遠征の結果に一喜一憂したりもした。そんな日常の中で北斗はいつも自信なさげに笑い、接し方が分からないなりに仲良くなろうと頑張り、訓練に勤しむ球磨に差し入れをし、たまに駆逐艦3人と戯れ、高雄と事務的に話し合い、浦風と浜風に質問されては答え、鈴谷の積極的なスキンシップに慌て……北上とのんびりと執務をしたりしている。

 

 そんな日常が、消えようとしている。大事な場所が壊され、大事な提督(ヒト)が死にそうになっている……何故? 決まっている……今襲い掛かってきている深海棲艦のせいだ。そこまで考えて、北上の心は狂いそうな程の怒りで埋め尽くされた。

 

 北上が考えている内に、北斗の上にあった瓦礫は全て取り除かれ、彼は白露の連絡を受けて備え付けの担架を持ってきた浦風と浜風によって救出され、応急手当の為に場所を移されていた。そのことに気付いた北上は立ち上がり、残っている仲間達を見た。

 

 「……皆、補給は終わってる?」

 

 頷きが5つ。不幸中の幸いということだろう、補給は間に合っていた。いや、鈴谷は間に合っていないかもしれないが、少なくとも戦闘に支障はないだろう。

 

 「……駆逐艦達は軍港で艦載機の迎撃と警戒。これ以上鎮守府を壊されない為に絶対に、何一つ通さないで」

 

 卯月、深雪、白露は黙して頷く。卯月はまだショックが抜けきれていないのか顔が青いが、やることはやるだろう……と、北上は判断した。

 

 「私、球磨姉さん、鈴谷は……言うまでもないよね」

 

 名前を呼ばれた2人が頷く。その瞳の中には紅蓮に燃え上がる怒りと、どす黒い憎悪がある。きっと自分も同じような目をしているのだと内心で思いながら、北上は軍港の方へと向き直り……静かに一言呟いた。

 

 「提督の“お礼”……しなきゃね」

 

 

 

 

 

 

 「はああああっ!!」

 

 「ギ、ゲェッ!?」

 

 摩耶の腕にレ級が手を伸ばそうとした正にその瞬間、レ級が真横に吹き飛んだ。その衝撃で摩耶の首を掴んでいた手が離れ、摩耶は解放されてへたり込み……何故助かったのかと疑問に思い、上を向く。

 

 「間に合ったようね……」

 

 「摩耶姉さん、大丈夫?」

 

 「無事のようね……」

 

 そこにいたのは、残ったエリート2隻を相手したハズの霧島、鳥海、高雄。何故か霧島が右腕を突き出した体勢でいたが、吹き飛んだレ級を思い出したことで摩耶は悟る……霧島が己を助ける為にレ級を殴り飛ばしたのだと。戦艦の艤装の重量と高速戦艦の速度、霧島自身の身体能力が合わさったその力は、凄まじいモノだろう。

 

 彼女達がここにいるということは、エリート2隻を沈めてきたということ。念のためと摩耶が周囲を確認してみると、ヲ級とレ級以外に深海棲艦の姿はなかった。摩耶は立ち上がり、視線をレ級に移す。

 

 「……キヒ……キヒヒヒヒ……」

 

 直後、殴られた左頬を押さえながらゆらりとレ級が立ち上がった。俯きながら立った為にその表情を見ることは叶わないが、摩耶は……摩耶達は嫌な予感を感じていた。そして、その予感は現実のモノとなる。

 

 「痛イ……痛イナ……キヒ……コノ……」

 

 

 

 ━ 玩具如キガ……ッ!! ━

 

 

 

 言ってしまえば、子供の癇癪。弱いもの苛めをして楽しんでいたところを邪魔されたからムカついた、そういう身勝手な感情と考え。それを起こしているのがエリートのレ級なので、向けられている摩耶達はたまったものではない。

 

 レ級は顔を上げ、怒りの形相を摩耶達に向ける。尻尾の先の異形の口が開き、中から砲身が飛び出す。背中にあるリュックのような艤装のファスナーが開き、中から魚雷が顔を見せる。レインコートの裾を軽く託し上げると、中から2機の艦載機が出てくる。

 

 「死……ネエエエエッ!!」

 

 レ級が吼えることと摩耶達が動き出すのは同時……いや、摩耶達の方が僅かに速かった。レ級の砲撃と魚雷が摩耶達がいた場所に向かい、外したそれらが巨大な水柱を産み出す。が、その2つを回避しても2機の艦載機は動いた摩耶達を追い掛けている。積まれているのは爆弾……その威力と範囲は想像するしかないが、落とされては一溜まりもないと考えるべきだろう。

 

 まずは艦載機を落とす。そう4人が結論付けるのは当然のことだろう。しかし、レ級が怒りながら砲撃と魚雷を4人にバラバラに撃ちまくり始めた為に行動に移せない。当たれば良くて大破、悪くて轟沈……それを本能的に悟っているからこそ、4人は止まらずに回避に専念する。

 

 (クソッ、このままじゃ……)

 

 そしてもう1つ問題があった。それは、艤装の燃料だ。摩耶達は違う鎮守府から海路で援軍にやってきた。無論、その間に補給など出来る訳がない。何よりも、今も行っている戦闘で摩耶、鳥海、霧島は動きすぎた。特に摩耶はレ級と命懸けの鬼ごっこをしていたのだ、燃料の消費も早い。逆に鳳翔、那珂、皐月は燃料はまだ余裕があるがヲ級の艦載機をひたすら落としていたので弾薬と矢が心許ない。唯一まだ両方に余裕があるのは高雄だが、高雄1人残して補給に行ける訳がない。

 

 どうする……そう、この場にいる誰もが考える。しかしよくよく考えてみれば、格上相手にここまで生き残れていることが既に快挙であり、奇跡である。そもそも対抗できるという考えが思い上がりであり、ましてや倒すなど……ありえないと言える。

 

 

 

 だが、この世界にありえないことなど……“ありえない”。

 

 

 

 レ級の出していた2機の艦載機が、寸分違わずに撃ち抜かれ、凄まじい爆発を引き起こした。その爆発は摩耶達4人とレ級はおろか、少し離れた場所にいた鳳翔達3人とヲ級を吹き飛ばす程の威力があり、直撃でなかったにも関わらず摩耶達は中破、鳳翔達は小破する程だ。

 

 「っ……何が起きた!?」

 

 「私達じゃない……かといって鳳翔さん達でもない……なら」

 

 「無事だったのね」

 

 「ええ……今の正確な砲撃は……」

 

 直ぐ様体勢を整えて何が起きたのか確認する摩耶、冷静に思考する鳥海、艦載機を破壊したのが誰なのか予想できた霧島と高雄……4人が同時に背後、鎮守府の方へと視線を向けると、彼女達はいた。

 

 北斗の鎮守府の事実上の旗艦、北上。艦載機を撃ったであろう煙を吹く主砲を下ろす、百発百中の射撃精度を誇る鈴谷。そして鎮守府最強、びっくりするほど優秀な球磨ちゃんで知られる球磨。瞳に誰が見ても分かる程の怒りを宿し、彼女達は戦場に戻ってきたのだ。

 

 「私と鈴谷はヲ級。球磨姉さんはレ級……行くよ」

 

 「鈴谷にお任せ、ってね」

 

 「了解だクマ」

 

 そんな会話をする3人の中で最初に動き出したのは、唯一強化艤装を扱う球磨。文字通り海の上を走り、彼女はレ級に突っ込んでいく。同時に、北上と鈴谷もヲ級に向かった。

 

 ヲ級は直ぐ様新たな艦載機を出撃させる……が、出撃させた時点で艦載機が撃ち抜かれ、爆散した衝撃が彼女を襲う。この出来事を引き起こしたのは鳳翔達ではなく、向かってきている鈴谷だ。

 

 「深海棲艦の艦載機って相変わらずきっもー……キモさと提督怪我させた怨みで……外す気しないや」

 

 北斗の鎮守府において、鈴谷は射撃精度では右に出る者は居ない。その理由は単純明快、一重に積み重ねた努力によるもの。濃密で、一途で、決して絶やさなかった鍛練の賜物。

 

 鈴谷という艦娘は、俗に言う“今時の女の子”という印象を持たれることが多い。提督をからかったり、軽い口調だったりするのが原因だろう。無論、この鈴谷も例に漏れない。他の鈴谷と違うのは……提督が北斗であるということ。

 

 『鈴谷だよ! 賑やかな艦隊だね! よろしくね!』

 

 『ぼ、僕はにゃが島 北斗……よ、よろしく』

 

 『……ぶふっ。ちょ、提督……にゃが、にゃが島……あっはははは!』

 

 『あ、あはは……恥ずかしいね』

 

 そんな初対面。いい歳した男がする可愛らしく思える失敗に、鈴谷は面白そうに、楽しそうに笑っていた。気づけば建造に立ち会っていた北上や駆逐艦達も笑っていて、鈴谷が“ああ、この鎮守府なら楽しくやっていける”と確信には充分なことだった。

 

 事実、鎮守府の暮らしは楽しかった。自信なさげで女性の扱いが分からない北斗は鈴谷のからかいにどぎまぎしているものの話自体はちゃんと聞いてくれているし、執務中に遊びに来ても小言を言わずに(秘書艦の北上は小言を言う)仕事をしながらも相手をしてくれる。ほんの少しの傷でもつけて帰投すれば心の底から心配してくれる。北斗はそういう“人として当然のこと”が裏表と損得勘定無しに当然のように出来る人間だった。

 

 最初は面白い提督だった。それがいつしか気になる提督になり、気がつけばいつも北斗を探すようになり……気になる提督が気になる“男性”になった。自分を見てもらいたくて、褒めてもらいたくて球磨を相手に射撃訓練に勤しむ程に気になった。そして今日この日、その気になる男性が命が危うい程の怪我を負ったことで……鈴谷の感情は1つのモノに昇華し、確固たるモノになった。

 

 「鈴谷“の”提督に……怪我させてぇっ!! 提督の痛みを数万倍にして返してやる!!」

 

 即ち、好きな相手へと。好きな相手を傷つけた相手は許さない。この想いすら口にすることなく別れることなど許せない。想いは実力を凌駕する……鈴谷はヲ級に艦載機を飛ばすことを許さなかった。

 

 「ヲッ……!?」

 

 これに驚いたのは当然ヲ級。改flagshipとなる程に練度の高い彼女は自軍と敵軍の戦力差を正しく理解していた。空母である自分だけでは流石に厳しいが、レ級さえ残っていれば……最悪、自分が沈められても艦娘達を全滅させ、鎮守府を完全に破壊することは充分に可能であると。

 

 しかし、戻ってきた3人と鈴谷の砲撃を受け、その考えは変わる。急激に練度が変わった訳ではない。艤装が強力なモノに変わった訳でもない。変わったのはその意思、或いは覚悟と呼ぶモノ。数多の人類を護る守護者である艦娘としてではなく、愛する提督ただ1人の為にその力を振るうことにした、鈴谷の在り方が変わった故の力。そして、在り方が変わったのは鈴谷だけではない。

 

 「酸素魚雷じゃないし、40門にはまあ全然届かないケド……16射線の魚雷、やっちゃいますよ」

 

 いつもの気だるさや緩さ等微塵も感じさせない淡々とした声。だが、その表情は声とは裏腹に激情に支配されている。

 

 北上は、北斗の鎮守府では5番目に建造された艦娘である。それ故に、北斗との付き合いもそれなりになる。そんな彼女が北斗に最初に抱いた感想は“頼り無さそう”というものである。

 

 『私は軽巡洋艦の北上。まぁよろしくー』

 

 『ぼ、僕は……その……』

 

 『提督、しっかりするクマ。北上は会いたかったクマー!』

 

 『おわっと。球磨姉さん、暑苦しいよ』

 

 『久しぶりの再会のハズなのにいきなり辛辣クマ!?』

 

 『僕はな、永島 北斗……き、聞いてない、ね……』

 

 出会いはこんな感じだった。第一印象が頼り無さそう、もしくは情けないとなるのは当然と言えるだろう……が、それも行動を共にしてみれば直ぐに変わった。

 

 基本的に、北斗は仕事を秘書艦に回さなかった。その理由は、“自分は戦えないから君達に執務までしてもらうのは悪い”という北斗の意思。その結果として球磨と卯月達駆逐艦3人の秘書艦としてのスキルがまるで上がらず、北斗の仕事量は増える一方であった為、4人に比べてまだ真面目だった北上が“誰もやらないから私がやらないと提督が倒れかねない”と面倒くさそうに言いつつも秘書艦としての勉強をしながら北斗の仕事を手伝うようになった。尚、それまでは球磨が秘書艦をしていた。

 

 秘書艦となれば自然と共にいる時間が長くなり、そうなれば今まで見えなかった部分も見えてくる。頼り無さそうに見えていた北斗は、こと仕事では真剣な表情で一切手を抜かなかった。休憩の合間に、趣味なのか花に水をやっている姿を見た。意外にも料理が上手だった。チラッとスカートの中が見えたら顔を真っ赤にして全力であらぬ方を見るくらい純情だった。疲れて眠ってしまった時は毛布をかけてくれた。鈴谷や浦風、浜風に寄られて困っているのに、デレデレしてるように見えてイラッとした。そして……命懸けで、助けてくれた。

 

 (やれやれ……気付かない内にぞっこんだったんだなぁ、私)

 

 何時からかは分からない。いや、気付かないフリをしていだけかもしれない。だが、ようやく認識できた……北上という艦娘は、永島 北斗という男性が既に好きだったのだと。そうと解れば、もう遠慮はしない。恋にも、この戦いにも。

 

 「気持ちに気付いたスーパー北上様の全力……存分に見せちゃうからね」

 

 16射線の魚雷が2回、ヲ級に襲いかかる。艦載機による迎撃は鈴谷によって出した側から撃ち落とされているので出来ない。ならば逃走を、と考えても魚雷以上の速度など出せる訳がない。

 

 「今なら……いけます!」

 

 「那珂ちゃんだってぇっ!」

 

 「ボク達のこと、忘れるなぁ!!」

 

 何よりも、鳳翔達3人がヲ級が動くことを許さない。襲いかかる砲撃と艦載機による弾幕、迫り来る大量の魚雷。迎撃も、逃走も出来ない。防御など何の意味もない。

 

 (レ級……後ハ、任セ……ル……)

 

 そしてヲ級は、大きすぎる衝撃を受けたことを最期に……目覚めることのない眠りへと堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 「球磨ちゃんキィーック!!」

 

 「ッ……コンナモノガ、キクカァッ!!」

 

 「……チッ、そう簡単にはいかないかクマ」

 

 北上と鈴谷と別れた球磨はレ級に向かい、速度をそのままに跳び上がり、俗に言うライダーキックの体勢で突っ込む。速度と重量、重力を味方につけた球磨の跳び蹴りをレ級は両腕を×字のようにしてドガァッ!! という音を出しながら受け止め、腕を振り払うことで球磨を吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされた球磨は着水した後に舌打ちを1つする。元より今の蹴りで決められるとは球磨も思っていない。何せ相手はレ級、佐官の艦娘である球磨が正面から挑むことが間違っている……“本来ならば”。

 

 「死ネエッ!!」

 

 「死んでたまるかクマ!!」

 

 レ級の尻尾の先の異形から砲撃が放たれるが、球磨は撃たれる前には既に走り出していた。結果、レ級の砲弾は誰もいない海面を穿つだけに終わる。その結果に、レ級は更に苛立ちを募らせる。

 

 強化艤装による機動力こそが球磨の唯一レ級に勝る点であり、生命線。軽巡である球磨の耐久力ではレ級のあらゆる攻撃が一撃必殺……当たれば、終わる。しかし球磨は縦横無尽に動き回ることでレ級に狙いを定めさせず、逆にこちらはガンガン撃って当てまくる。

 

 だが、相手は戦艦レ級のエリート。己の装甲に絶対の自信があるのか避けようとすらしない為に球磨からすれば的もいいところだが、軽巡程度の主砲ではロクにダメージを与えることなど叶わない。否、この場にいる艦娘ではそもそも有効なダメージを与えられそうにない。与えられるとすれば、霧島と鳳翔の2人くらいだろう。あくまでもダメージを与えられそう、であるが。

 

 (倒すには奇策がいるクマ……)

 

 普通に考えれば、レ級の撃破ではなく撃退する方法を考えるべきだろう……が、球磨は沈めることだけを考えていた。理由は簡単……北上と鈴谷と同じように、球磨もまた北斗の仇を取りたいだけだ。

 

 別に球磨は北斗に対して好意的ではあるものの恋愛感情を抱いている訳ではない。それでも、北斗以上の提督はいないと断言出来る程の信頼はしている。駆逐艦達と一緒になって抱き付いたりする程には好ましく思っている。

 

 そんな彼が死にそうになっている。その元凶を撃退するだけに留めておける程、球磨は我慢強くない。もしも北斗が死んでいたら、己の命と引き換えにしてでも、地の果て海の底まで追いかけて沈める。今もそれほどの気持ちでいる。

 

 「ウットオシインダヨオオオオッ!!」

 

 「ハッ、憎きイブキに比べれば遅すぎるくらいだクマ」

 

 怒りの声を上げるレ級から飛んでくる砲撃を走り、跳び、緩急を付け、急停止からの逆走等々様々な動きで避けながら鼻で笑う球磨。しかし、このまま永遠に動き回れる訳ではない。どこかで流れを変える必要がある。

 

 考えるのは、レ級にどうやってダメージを与えるか。いっそのこと突撃して衝突でもしてみようかと考えたが、大したダメージは期待できないだろうとその考えを捨てる。

 

 (だいたい、さっき球磨ちゃんキックをしたけど全然効いてなかったじゃないかクマ……レ級が人型じゃなかったら船体に穴を開けてやっ……人、型?)

 

 カチリと、球磨の頭の中でピースがハマる。レ級は人型の深海棲艦である……なぜかそのことが妙に気になった。何故かと聞かれれば“堪”と答える他ないが、球磨はその堪を無視できなかった。ならば、人型であることが何に繋がるのだろうか?

 

 軍艦であった時と比べて、人の体は非常に便利だ。自分の意思で動ける。五感がある。それらだけでも充分と言える。では逆に、人の体となって不便なこととはなんだろうか? 球磨は“痛みを感じること”だと考える。人の体はちょっとしたことで痛みを感じ、その痛みが大きいと動くことも儘ならなくなる。片手片足を失えば選択肢が減るし、血を失えば死んでしまう。

 

 (……あっ)

 

 そう、死ぬ。球磨はもう物言わぬ軍艦ではない。人間と同じように血を流すのだ。人間と同じように感情があるのだ。人間と同じように生きているのだ。そして……人間と同じように、同じ原因で、死ぬのだ。それは……深海棲艦であるレ級も変わらない。

 

 「摩耶!! 援護ぉ!!」

 

 「っ!? 了、かぁい!!」

 

 付かず離れずの距離で動き回っていた球磨がレ級に近付く。それと同時に摩耶に向かって言葉少なく叫び、球磨とレ級の戦いに圧倒されていた摩耶は球磨が何かをやるつもりだと気付き、直ぐにレ級へと砲撃を再開する。他の3人も援護に加わり、レ級に弾幕を集中させる。

 

 「私らも手伝うよ!」

 

 「当っ然!」

 

 「我々も!」

 

 「「はいっ!」」

 

 更にヲ級を沈めた北上と鈴谷、鳳翔達もレ級への攻撃に加わる。だが、相手はエリートレ級……1体10、それだけの戦力差であり、内9人の集中砲火を受けているにも関わらず、未だレ級は沈む兆しを見せない。霧島の砲撃も、鳳翔の艦載機も、北上の魚雷も、他の者達の砲撃も、その頑強で堅牢な装甲の前では微々たるダメージしか与えられない。

 

 「ッ……ウウウウッ!!」

 

 しかし、その集中砲火はレ級の攻撃を封じることに成功していた。何せ9人による攻撃の嵐だ。もし反撃しようと砲身を、魚雷を、艦載機を出せばほぼゼロ距離で破壊され、その際に生まれる爆発や誘爆が己の身に襲いかかる可能性がある。それをレ級は本能的に悟っていた。

 

 「おおおおああああっ!!」

 

 獣のように叫びながら、球磨は弾幕の中を進む。球磨の思い付いたことは、それこそゼロ距離まで近付かねばならない。味方の攻撃が当たるかもしれない。レ級が反撃してくるかもしれない。そういう恐怖はある……だが、球磨は味方を信じて進む。そうしてレ級との距離が殆どなくなってきた頃、球磨がレ級に向かって……殴りかかった。

 

 【はぁっ!?】

 

 「キヒッ! バァカ!!」

 

 愚策、愚考、愚かしい……そんな言葉が当てはまる球磨の行動に仲間達は驚愕し、レ級は嘲笑する。散々撃った砲撃も跳び蹴りも効かなかったレ級に、今更只の右ストレートが何の役に立つのかと。避けるまでもないと、レ級はその右ストレートを左手で受け止める。

 

 「らぁっ!!」

 

 「キヒヒッ」

 

 「ぎ、いぃっ!」

 

 可笑しくて可笑しくて仕方ないとレ級は嗤う。右拳を掴まれた球磨は慌てることなく、今度は左拳を振りかぶり……手首と肘の間の辺りを掴まれる。かと思えば右足で蹴ろうとし……レ級の尻尾がその右足に噛み付いた。

 

 この馬鹿は何がしたかったのか? とレ級は嗤う。馬鹿にする。厄介な機動力を活かすことをやめ、無謀にも殴りかかってきた相手を、レ級はとことん見下す。そして見せしめにでもするつもりなのか、掴んでいる手に、噛み付いている尻尾に、少しずつ力を入れていく。球磨の腕と拳からミシミシと嫌な音が鳴り、右足は歯が食い込んで肉を食い破り、流血する。

 

 (っ……これでいいクマ。手も、足も、お前にくれてやるクマ……だけど)

 

 球磨は歯を食い縛り、痛みに耐え……背中の艤装の14cm単装砲の狙いを定める。当然レ級は気付くが、そんなものは効かないと分かっている為、悪あがきかと嗤うだけ……気にも止めない。それが仇となった。

 

 

 

 「手足と引き換えに……お前の命を貰うクマアアアアッ!!」

 

 

 

 「イ……ギャアアアアアアアアッ!?」

 

 ズブリ……或いはグジュリ、そんな生々しい音を立てながら、球磨の主砲の砲身がレ級の右目を貫いた。球磨の主砲はある程度の伸び縮みと操作が可能なアームに取り付けられている。球磨はそのアームを操作し、伸ばしてレ級の目を刺し貫いたのだ。

 

 目……それは鍛えることが出来ない部位。人の体を持つ以上、レ級とてそれは変わらない。頑強で堅牢な体を持っていようとも、だ。それ故に、球磨の砲身は容易く貫けた……代わりに、感じたことのない激痛を受けたレ級によって球磨の手足は潰され、喰われてしまう。

 

 「ーっ!! ぎ、ぐっ……し、ず、めええええええええ!!」

 

 「アガ……」

 

 泣き出したい程の、意識が飛びそうな程の痛みに耐え、球磨は目を貫いたまま砲を撃つ。反動で頭が仰け反っても、残った左足と手首から先がなくなった右手をレ級の体に回してしがみついて何度も、何度も、何度でも。

 

 やがてレ級の頭が風船のように膨らみ、眼球や骨、肉片や脳漿を撒き散らして破裂した。首から先を失った体は球磨にしがみつかれたまま背中側に倒れ、ゆっくりと沈んで逝く。それを確認した球磨はレ級だったモノから離れ……海上に座り込みながら、その姿を眺めていた。1歩間違えれば、沈むのは自分だったのだから。

 

 (は……はは……やったクマ……佐官提督の艦娘が同じ佐官提督の艦隊と共にレ級エリートを撃破……勲章モノだクマ。昇進モノだクマ)

 

 被害は出た。鎮守府は半壊し、提督は重傷。球磨自身も右拳と左手を握り潰され、右足に至っては膝から下を喰われてしまい、艤装も破損した……とは言え球磨は艦娘、入渠して高速修復材をひっかぶれば忽ち治ってしまうし、艤装は直せばいい。だが……人間である提督はそうはいかない。最悪、もう既に……そんな考えを、球磨は頭から追い出そうとする。

 

 格上の深海棲艦に勝ったのだ。北上も鈴谷も球磨も北斗の為に戦い、その仇を討ったのだ。これは北斗からご褒美でも貰わないといけない。駆逐艦達に抱き付かれたり、鈴谷と北上から迫られたり。高雄の色気にどぎまぎして、浦風と浜風に胸を無意識に押し付けられて慌てて……。

 

 (だから提督……無事でいてほしいクマ……)

 

 そんな未来を想い……球磨は仲間達が自分に慌てて向かって来る姿を見ながら涙を流し、誰にでもなく祈った。




という訳で、無事勝利した球磨達なのでした。窮鼠猫を噛む、ジャイアントキリングなお話です。戦闘描写や展開についてはご容赦ください。

次回はようやっとお孫様の鎮守府……その後はついに……ふふふ←


今回のおさらい

バトル系ギャルゲ展開(多分ハーレムルート)(ざっくり



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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私に殺されなさい

お待たせしました、ようやく更新でございます。今回は義道君の鎮守府での戦い模様となります。

以前活動報告で書きましたが、改めてこちらでも感謝を。私の作品の誤字脱字を感想で報告して下さる方々、並びに修正をして下さっている方々、本当にありがとうございます!


 場所は再び変わり、そこは渡部 義道の鎮守府の近海。その近海では迫り来る深海棲艦の大軍相手に義道の第一、第二艦隊を先に対応させ、補給が必要になれば後方に待機させていた第三、第四艦隊と交代させ、その2艦隊も補給が必要になれば先に補給させていた2艦隊と交代し……という形で対応していた。だが何時まで経っても終わらない侵攻に疲労が溜まり、これ以上はマズイという矢先に飛行場姫が現れた。万事休すか……と思われた時、2人の意外な援軍が表れる。それは、元々彼の鎮守府に所属していた“雷”と、彼の鎮守府では仲間の仇と言っても過言ではない“レコン”だった。

 

 (雷……)

 

 その姿に、長門は複雑な心境で居た。彼女が雷と最後に居たのは、最後に見たのは、イブキ討伐の為の大規模作戦以来になる。それも、見捨てる形となって。仕方なかったと言ってしまえばそれまでだ。ああするしかなかったと言えばそれで正しいと返ってくるだろう。それでも、何も思わなかった訳ではないのだ。

 

 他の暁型3人は泣いて悲しんだし、もう大分前の出来事となったが、遠征の最中にレ級に襲われた者達の生き残りである龍田、睦月も涙を流した。彼女達だけでなく、鎮守府の者達は皆悲しみに暮れた。その姿がまた、長門の心に痛みを与えた。

 

 (だが、雷は生きてこの窮地に現れた。それ自体は言葉にならない程に嬉しいし、隣にいる金剛らしき存在も恐らくは仲間であろうということは理解出来る……しかし、飛行場姫を任せられるか……?)

 

 疲労が無視できないレベルに溜まりつつある長門達には、飛行場姫を相手取るのは厳しい。迫り来る深海棲艦は未だ終わりを見せない。正直に言って、飛行場姫の相手まですれば戦線は崩壊する。その為、雷とレコンに飛行場姫を抑える、可能なら撃破ないし撃退してもらう必要がある。

 

 だが、姫級の強さは長門も良く理解している。とても駆逐艦と戦艦の2人だけで相手取れるとは思えない。軍刀棲姫ことイブキは何人いたところで勝てる気がしないが……余計なことを考えたと長門は頭を振り、意識を切り替える。

 

 「……雷!!」

 

 名前を呼ばれた雷はピクリと体を跳ねさせるが、長門の方へと振り向くことなく飛行場姫から目を逸らさない。それだけで、彼女が自分が最後に見た時よりも遥かに強くなっているのだと長門は理解できた。ならばもう迷いはしない……するのは、信頼だけでいい。

 

 「そいつは……任せたぞ!!」

 

 他にも言いたいことはあった。出来ることなら、お帰りと言ってあげたかった。だが、その言葉を言うのは彼女が本当に鎮守府に戻ってきてからでいい。今は、戦う時である。後ろ髪を引かれる思いをしながらも、長門はこの戦いを終わらせることを優先した。

 

 (頼られたら、やるっきゃないわね)

 

 長門に任された雷は、元々高いやる気が更に高まる。長門達と別れたあの日まで雷は決して強いとは言えなかった。だが、イブキ達と暮らし、訓練し、強くなった。その力を……元とは言え仲間の為に振るえる。仲間に巻かせられる。仲間に頼られる……雷にとって、こんなに嬉しいことはない。

 

 「レコンさん……行くわよ」

 

 「『キヒッ……それでは、レッツゴーデース!!』」

 

 レコンは小さく笑い、イブキから預かったいーちゃん軍刀を手に持ちながら飛行場姫目掛けて突っ込む。砲撃ではなく突撃……最初から艦娘、深海棲艦にとって型破りな動きをするレコンだが、飛行場姫は特に驚いた様子もなく残った右側の滑走路から丸い形の異形の艦載機を出撃させ、レコンに向かって突撃させた。

 

 「レコンさんは、やらせない!」

 

 その艦載機目掛けて、雷は砲を撃つ。イブキ達との訓練の成果なのか、その全てが掠り当たり、もしくは直撃である。しかし相手は姫の艦載機……その耐久力も侮れず、駆逐艦の砲撃を1、2発を耐えてみせる。と言ってもレコンの元に辿り着いたモノは皆無であり、雷は全てを落としてみせたが。

 

 まさか駆逐艦如きに……と飛行場姫は憎々しげに顔を歪める。彼女は“姫”である自分とその実力に自信を持っている。というのも、彼女という存在が海軍に知られている通り、海軍と戦ったことは1度や2度ではなく、その全てを生き残っているからだ。

 

 姫は1種につき1隻……倒されれば、その姫はもう現れない。少なくとも、今日この日までは倒した姫が再び現れたという情報はない。勿論、ハッキリと倒したことが確認された姫に限る話であり、確認出来ていない姫は例外である。

 

 だからこそ、彼女は自分の艦載機を1人で落としきる駆逐艦がいるという事実を信じたくなかった。しかし、目の前の現実は変わってはくれない。それどころか、レコン……飛行場姫の視点では、エリート深海棲艦のように両目に赤い光を宿した金剛と呼ばれる艦娘が、砲撃することもなく真っ直ぐ自分に向かってきている。

 

 「ッ……コウイウ使イ方ハ、好キデハナイノダケドネ!!」

 

 飛行場姫は再び艦載機を飛ばし、レコンへと突撃させる。己の艦載機の強度を信頼している故の咄嗟の判断だった。しかし、そうさせてから気付く……相手の手にしている軍刀は、艦載機の強度を遥かに越える己の滑走路を切り捨てたモノであると。

 

 「『キヒヒッ! こんな艦載機程度で、私をストップ出来ると思わないで下サーイ!!』」

 

 「ちょ、レコンさん待っ」

 

 雷の制止の声を待たずに海上を滑りながら軍刀を構えるレコン。そして彼女が繰り出したのは、剣技を修めている訳でも軍刀を扱う訓練をした訳でもない故の力任せの横一閃。それは見事に突っ込んできていた艦載機を両断し……爆発せず、海へと落ちて沈んでいった。

 

 この結果に驚愕したのは、飛行場姫と制止の声を投げ掛けた雷だ。レコンが両断したのは、爆弾を搭載していた艦載機……爆発しない、というのは考え難い。雷もそう考えていた……が、この結果はある種必然と言える。

 

 いーちゃん軍刀……その力は、“運が物凄く良くなる”という目に見えず、実感しづらく、根拠もないモノである。しかしその力は確かなモノで、約3ヶ月前の大規模作戦時にも爆弾を爆発させずに貫き、その機能を停止させている。今回の場合、“運良く爆発しない所を両断した”ということだろう。

 

 「ダッタラ……!!」

 

 「『ッ!?』」

 

 飛行場姫の右側の異形が動き出し、彼女とレコンの間の海にその頭部にある砲を撃つ。すると砲弾ら海へと叩き込まれ、巨大な水柱を上げてお互いの姿を隠した。思わず急停止してしまうレコン……だが、それは悪手だった。

 

 「喰ライナサイ!!」

 

 「『ぐっ!?』」

 

 正面の水柱を突き破ってレコンを喰らおうとする異形の顎。流石にこれにはレコンも焦ったものの、両手を上下に突き出して歯を掴み、顎が閉じることを防ぐ。それと同時に水柱が収まり、レコンの姿を確認した飛行場姫は嗜虐的な笑みを浮かべ、そのまま喰らうべく力を加える。

 

 だが、その笑みは直ぐに消え失せて苦々しいものへと変わる。異形の顎は今でも力を加えている……にも関わらず、レコンを喰らうことがない。レコンの手に掴まれて止められている上下の歯が、その位置からまるで動いていないのだ。それが意味することは……目の前の艦娘の癖にエリートの赤い光を宿している存在は、姫である己と同等、或いはそれ以上の腕力を有しているということ。

 

 (ダケド、何時マデ保ツカシラ?)

 

 しかし、それが何だと言うのか。なるほど、艦娘としては異常な力だろう。だが、その力を何時までも維持し続けられるだろうか? 飛行場姫は否と考えた。姫に匹敵する力、必ず何かからくりがあるハズだと。その考えを差し引いても、レコンの反撃する手段などないだろう。後ろ腰の主砲を撃てば自分も巻き添えを喰らうだろうし、軍刀は振れない。仲間の駆逐艦の攻撃なぞ通用しない。自分が負ける要素はどこにもない……飛行場姫は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「『私達のパワー……舐メルナヨッ!!』」

 

 「ッ!?」

 

 だが、その笑みも直ぐに崩れる。それも仕方ないことだろう……何とレコンは、異形の歯を掴んだまま持ち上げたのだ。それも浮かすなんてモノではなく、飛行場姫が滑走路と異形をしっかりと掴んでいなければ海へと落ちる程……つまり、己の真上へと持ってきた。

 

 声こそ出さなかったが、飛行場姫は内心泣きそうな程に大慌てである。飛行場と呼ばれる自分がまさか艤装諸とも完全に持ち上げられる等夢にも思っていなかったのだから。

 

 「『バアアアアニングッ、ラアアアアブッ!!』」

 

 「キャアアアアッ!?」

 

 今度は完全に悲鳴が上がった……勿論、飛行場姫からである。レコンがやったことは単純、持ち上げた飛行場姫を力の限り投げただけである。とは言え、それほど遠くに投げられる訳がない。精々10メートルかそこらである。

 

 何かの力が働いているのか、投げられた彼女は足から着水し、水飛沫を上げながら着水した地点から滑るように更に下がる。着水の衝撃に耐え抜いた後に無茶苦茶するなと怒声の1つでも上げてやろうと涙目で顔を上げると、今度は全身に凄まじい衝撃が走り、目の前が真っ白に染まった。

 

 「『ヒット! パーフェクトに当たったネー。マア、沈ンデハイナイダロウガナ』」

 

 「私、やることがないわ……私にもっと頼っていいのよ?」

 

 「『我慢シロッテ。雷では少し荷がヘヴィデース』」

 

 飛行場姫の受けた衝撃と真っ白な景色は、彼女を投げた直後にレコンの放った砲撃が直撃したが故のモノだった。手応えアリ、それも防御が入る余地すらない程に完璧に入った。だが、以前に駆逐棲姫と相対しているレコンは油断なく爆炎の向こうにいるであろう飛行場姫に意識を向けたままでいる。金剛とレ級が1つになったことによって艦娘とも深海棲艦とも言えない存在となったレコンであるが、そのパワーこそ規格外のモノだが艤装はそれほどではないのだから。

 

 レコンの側に寄り、むくれたのは雷。駆逐艦である自分では姫に効果的な攻撃が出来ないと理解しているが、納得するかどうかは別である。一番の破壊力を持つ魚雷は、飛行場姫が完全に海の上に浮いている為に通用しない。現状、彼女に出来ることは飛行場姫が出す艦載機迎撃くらいである。そう諭すように、レコンは苦笑を浮かべながらそう言った。

 

 

 

 その直後、2人だけでなくこの海域にいる艦娘、深海棲艦問わずに全ての存在が恐怖で動きを止めた。

 

 

 

 【━━っ!?】

 

 誰もが戦闘を一旦止め、感じた恐怖の根源……飛行場姫がいた場所の炎を見やる。そして、その炎から悠々と出てくるのは……俯いて表情が良く見えない飛行場姫。だが、表情が見えなくても誰もが理解していた。嫌でも理解させられていた。

 

 「……コノ……」

 

 彼女は今、怒り狂っていると。

 

 

 

 ━ 艦娘風情ガ……ッ!! ━

 

 

 

 絶望……その時の雷の表情に名をつけるならば、それが正しい。レコンの砲撃を受け、そして炎の中から現れた飛行場姫は無傷とは言わないが小破とも言えない程度の傷しか負っていない……いや、それはまだいい。相手は姫なのだ、幾ら通常の艦娘や深海棲艦よりも遥かにパワーがあるレコンとは言え艤装は普通の金剛のモノ、単艦で姫を討ち取るには火力不足であることは否めない。問題なのは、その背後……の上空。

 

 それは、まるで点描のような大量の黒い丸。その正体は飛行場姫が出撃させた艦載機。それは1機や2機等というレベルではない。100に届き、或いは超える程の数。爆弾で、雷撃で、機銃で戦うその全ての矛先が……たった2人に向けられていた。

 

 「沈ミナサイ。ドコマデモ深ク……ドコマデモ……ドコマデモッ!!」

 

 手をゆっくりと上げ、勢い良く下ろす。言葉にすればたったの2行程……それを飛行場姫が行えば、それは死が訪れることと動議である。事実、全ての艦載機は雷、レコンへと向かってきた。直上前後左右……逃げ場はない。逃がさない。雷は何かを考える暇もなく、ただただ恐怖から逃れるように強く目を閉じた。

 

 (……えっ?)

 

 しかし、突然その見に訪れた浮遊感にびっくりし、思わず目を開く。その目に映ったのは、空にある海と海にある空……上下逆さまになっている風景。その中にある大量の艦載機と、それらに囲まれたレコン……その彼女が、まるで何かを投げたかのような姿勢でいた。

 

 「あ……ああ……」

 

 そこまで見れば理解出来てしまった。レコンは己を省みず、雷を助ける為に投げ飛ばした……ただ、それだけのこと。理解すれば、後から感情が湧いてくる。感謝だ。心配だ。恐怖だ。助けてくれたことへの。窮地にいる味方への。また……仲間を失うことへの。

 

 レコンの名を呼ぼうと雷が口を開く。しかし、その口から名が紡がれる前に……艦載機の爆弾が、雷撃が、機銃がレコンがいる場所目掛けて放たれ……盛大な爆発を引き起こした。その衝撃は離れた場所で戦っている長門達や深海棲艦まで及び、投げられて空中にいた雷を大きく吹き飛ばす。

 

 「ああああっ!! いぎぃっ! あ……っ……レコン、さんっ!」

 

 吹き飛ばされた雷は海に叩き付けられるように着水し、10数メートル程転がって停止する。日々の訓練である程度痛みにも馴れていたお陰で直ぐに体勢を整えることが出来、直ぐにレコンがいた所に視線を向ける。

 

 そこにはレコンの姿はなく、海の上であるにも関わらず燃え盛る巨大な炎とその炎によって蒸発した海水が作り出した大きな渦潮があるばかり。艦載機の姿がないのは、至近距離の爆発の衝撃に耐えられなかったのだろう。雷にとってそれはどうでもいい。知りたいのは、レコンの生死。

 

 「レコンさん! レコンさんっ!!」

 

 炎に近付きながら、雷は必死にレコンの名を叫ぶ。彼女の脳裏に浮かぶのは9ヶ月前、まだレコンがレ級だった頃の彼女と遠征中に接触してしまった時のこと。雷が配属され、初めて仲間を失った日のことだった。

 

 天龍、五月雨、若葉。3人の仲間を失ったことは、今も雷のトラウマになっている。そして今、また仲間が失われてしまったかもしれない……だから必死になる。生きていて欲しいと声を上げる。

 

 「……マズ、1隻」

 

 しかし、その思いを裏切るように炎と渦潮を迂回するように現れたのは……飛行場姫。その瞳は今だ怒りの色を見せており、炎の中にレコンの姿がないことを確認した後に雷へと目を向ける。その動きで雷は悟らざるを得なかった……炎の中に仲間の姿はないのだと。

 

 「あ……」

 

 レコンは、もういないのだと。

 

 「ああ……ああああっ!!」

 

 涙と共に出る雷の慟哭……それを聞いたところで、飛行場姫の表情は変わらない。やることは変わらない。艦娘達を沈め、鎮守府を破壊する。此処が終われば次の鎮守府を、其処が終わればまた別の鎮守府をと。

 

 飛行場姫は、今回の襲撃を考案した空母棲姫を除けば唯一の姫だ。それはつまり、空母棲姫のように海軍に攻め込むのに積極的な姫であることを意味する。そんな彼女が、涙程度で止まる訳がない。

 

 「貴女モ沈ミナサイ……暗イ海ノ底ヘトネ」

 

 再び飛行場姫の滑走路から出撃する艦載機……その数、5。駆逐艦程度ならこの数で充分ということだろう。事実、駆逐艦に姫の艦載機5機は充分過ぎる。過剰とすら言えるだろう。それらの矛先は全て、雷へと向けられている。

 

 「ジャアネ」

 

 飛行場姫のその一言と共に、艦載機達が雷へと殺到した。

 

 

 

 

 

 

 「くそっ、このままじゃ……」

 

 時を少し遡り、通信室に移動して状況を把握していた渡部 義道は焦る。途切れない深海棲艦、新たに現れた飛行場姫、予期せぬ援軍の雷と金剛らしき存在。援軍はありがたいが、たった2人で抑えられるような存在ならば姫などとっくに倒せている。今は抑えられていても、直ぐに状況は反転するだろう。そうなってから、或いはそうならない為に何が出来るのか。

 

 戦力は、まだある。戦える艦娘は、まだ存在する。彼女達を出撃させないのは、ひとえに練度の差だ。戦えないとは言わない。最年少中将の戦力とだけあって、その練度は並の提督よりは高い……しかし、全ての艦娘を育てるには、義道が提督として過ごした時間が足りなかったのだ。とてもではないが、この極限の戦いに耐えられるとは思えない。

 

 だが、そうも言っていられない。4つの艦隊で厳しいのだから、それ以上の艦隊……それこそ1つの鎮守府で大規模作戦並の艦隊を動かせば、少なくとも戦力面では問題なくなるのだ。その分指揮が正確に行き渡らなくなり、フレンドリーファイアの可能性も高まり、轟沈する危険性もまた上がる。出来なくはないが、あまり使いたくない最終手段なのだ。

 

 「……各員に伝達。我々は全戦力をもって、敵艦隊の排除を行う」

 

 義道は決断する。残っている艦娘達を全て出し、数に数をぶつける戦いをすると。元より義道はその作戦を展開する可能性を考え、全ての艦娘に艤装を装備させていた。出撃しようと思えば、いつでも出撃出来る状態にしていた。

 

 これより先は、結果だけが全てを語る。この作戦が正しかったのか、否か。英雄の孫らしい、姫を含めた大量の深海棲艦を撃破、もしくは撃退という輝かしい結果となるか……死ぬか。

 

 「全艦出撃……皆、生きて戻ってきてくれ」

 

 鎮守府中から響き渡る“了解”の声。士気は充分。後の結果は神のみぞ知る。義道は通信室の窓から見える海を見ながら強く両手を握り締める。人間である自分が直接戦場に出ることは叶わない。英雄の孫だ最年少中将だと回りから呼ばれようとも、その実態は他の提督と変わらない、艦娘を前線に出して自分は安全なところから指示するだけの只の青年以外の何者でもない。

 

 (それでも……俺がそうであることもまた、変わらないんだけどな)

 

 最年少中将の称号は伊達ではない。親の七光りではなく、実力で得たモノなのだから。何が必要で何が不必要なのかの取捨選択、いざという時の決断力……そして、その決断に己を賭けられる意思。誰もが持ちうる全てが、義道の力なのだ。

 

 (それに……嬉しい知らせも届いた)

 

 「頼むぞ……皆」

 

 

 

 

 

 

 「雷は、やらせないんだから!!」

 

 「Урааааっ!!」

 

 「命中させちゃいます!!」

 

 「睦月はやれば出来る子なんです!!」

 

 「深海棲艦は皆……死んでしまいなさい」

 

 「五十鈴には丸見えよ!!」

 

 雷に殺到していた艦載機に幾つもの砲弾が迫り、空中で花火へと姿を変える。突然の出来事に唖然とする雷と、苛立ちを顕にする飛行場姫。そんな彼女達の間に、6人の艦娘が姿を見せる。

 

 雷の姉妹艦である暁、響、電。同じ遠征組の生き残りである睦月、龍田。そしてツインテールが特徴的な長良型軽巡洋艦、五十鈴。鎮守府から出撃した艦隊の中で最も速度を出せる彼女達が、雷の救援に駆け付けたのだ。

 

 「タカダカ6隻増エタトコロデ……私ニハ勝テナイワ」

 

 とは言うものの、飛行場姫にとって艦娘側の数が増えるというのは痛い。何しろ飛行場姫は1隻、鎮守府に攻め込んでいる他の深海棲艦とは離れている為、必然的に1対多の状況が出来てしまう。先程のような1対2ならまだしも、7隻も相手となれば艦載機が主戦力である飛行場姫では距離があるなら兎も角、近い位置にいる今なら出だしで負ける。出した側から落とされるだろう。

 

 残りの戦力を追加するという方法もあるが……実は、飛行場姫が元々追いかけていた艦娘達がこの海域、飛行場姫に与えられた部下達が攻め込んでいる鎮守府近海に入り込んだ時点で追加の命令をしていた。只でさえ部下達だけでは攻めきれていないというのに、新たに戦力が加われば更に攻め難くなると考えたからだ……結局のところ、飛行場姫自身がその艦娘達を沈めてしまったが。

 

 話を戻すが、命令自体はしていた。しかし、未だに飛行場姫の元に部下は現れない……それはなぜか。話は単純……来れないからだ。

 

 「ここが正念場だ!! 各艦、今以上に全力を尽くせ!! 1隻でも通せば提督が死ぬぞ!! 僅かでも油断すれば自分か仲間が死ぬぞ!! 提督を死なせるな!! 仲間を死なせるな!! 決して死ぬな!! いいな!!」

 

 【了解っ!!】

 

 長門の叫びに、新たに戦線に加わった艦娘達が声を上げる。義道の下した全艦出撃命令……それが、飛行場姫へと向かう深海棲艦も例外なく沈めていた。義道の鎮守府の者達は皆、深海棲艦にも心がある者がいることを理解している。だが、それでも降りかかる火の粉を振り払う為ならば沈めることに躊躇はない。敵か味方なら、味方を選ぶのは当然なのだから。

 

 チッ、と長門達の戦況に気付いた飛行場姫が舌を打つ。援軍は見込めないということが理解出来たからだ。とは言え、何度も言うように彼女は姫、駆逐艦が1人から5人になり、軽巡2人が増えたところで何の問題もない。

 

 

 

 「喰らいなさい! フォイアー!!」

 

 

 

 「グギィッ!?」

 

 雷達を前に油断していた飛行場姫の背中に砲弾が突き刺さり、爆発を起こす。流石に今の一撃は効いたのだろう、焦った表情で彼女は後ろを振り向く。

 

 そこに居たのは、露出度高めのグレーの軍服を着た、美しい金髪を波風に靡かせながら立っている艦娘。その巨大な艤装と煙を吹く砲身から、彼女が戦艦であり、飛行場姫に攻撃した本人であることが見てとれる。そんな彼女の名は……。

 

 「ビスマルク!」

 

 「ハァーイ暁。戦艦ビスマルク、ドイツへの長期遠征から帰還よ」

 

 戦艦ビスマルク。世界に存在する数少ない日本海軍の軍艦ではない艦娘。型式こそドイツ艦だが、彼女は歴とした日本海軍……渡部 義道の鎮守府に所属する艦娘である。義道の言う嬉しい知らせとは、もうすぐ彼女が帰還する連絡の事を指していた。

 

 この登場に焦るのは、当然飛行場姫。ここで自分にダメージを与えられる戦艦が現れ、しかも挟まれている。目の前には7人の駆逐艦と軽巡、後ろには戦艦1人……決断は一瞬、飛行場姫は反転してビスマルクへと向かう。

 

 「っ、ビスマルク! 逃げて!」

 

 「シェルツ(冗談)! 迎え撃つに決まってるでしょ!!」

 

 暁の言葉にそう返し、ビスマルクは言った通り自分に向かってくる飛行場姫をその場で迎え撃つ姿勢を取る。暁達は飛行場姫の後を追い掛け……雷だけが、その場から動けずにいた。

 

 嘗ての仲間達の姿など、雷には見えていなかった。彼女が見ているのは暁達でも飛行場姫でもなく……先程までレコンが居た場所。その場所だけを涙を流しながら凝視している雷には、それ以外の何も見えず、爆音響き渡る戦場に居るにも関わらず何も聞こえていない。

 

 それだけ、レコンの死は雷には耐え難いモノだった。只でさえ彼女は天龍、若葉、五月雨の死によるトラウマがあり、大規模作戦時に仲間から殺されかけたという傷がある。どれだけ強く心を保とうとも、彼女の精神は見た目相応の子供である事に代わりはない。どれだけ前を向こうとも、傷が無くなる訳ではないのだ。今正に、雷の心の傷がその許容量を超えようとしていた。

 

 

 

 『コラ! 何下向いてんだ?』

 

 

 

 何も聞こえていなかったハズの耳にはっきりと聴こえた声にハッと、雷はいつの間にか俯いていた顔を上げる。その目の先に居たのは……居るハズのない存在。

 

 『どうした? まるで幽霊でも見たような顔だな……なんて、な。幽霊で間違いないけどさ』

 

 少しぶっきらぼうな言い回しをして苦笑いする少女……それは、沈んだハズの天龍の姿をしていた。その姿はぼんやりとしていて、今にも消えそうなほど頼りない。まるで、消えかけた蝋燭の火のように思えた。

 

 余りに予想外……未知の出来事に、雷の思考が停止する。が、彼女は周りの景色も止まっていることに気付いた。声を出すことなく慌てる彼女の姿が可笑しかったのか、天龍はくくっと小さな笑い声を漏らす。その笑い声を聞いて、雷は改めて天龍の姿を見た。

 

 『怖いか? 雷……当然だよな、お前はまだまだ子供なんだし。自分が死ぬのも、仲間が死ぬのも……怖いと思うぜ』

 

 雷の心を分かっているというように、天龍は言う。馬鹿にされている訳ではない。臆病者と蔑まれている訳でもない。それが当然なのだと、それで普通なのだと、雷の心に染み込ませるように天龍は言葉を紡いでいく。彼女の言葉を否定することは雷には出来ない。そもそもそんな思考する出来ていないし、天龍の言うことは正しいのだから。

 

 結局のところ、雷のトラウマは“死”という根源的なモノが原因だ。艦娘として沈むこと、海に潜ることに恐怖を感じるのも、海の中に入ることは船としての死であると本能が理解している故のこと。天龍達の死、仲間に殺されかけた恐怖、今回のレコンの死……それらが重なり、心が潰されそうになっているから、雷は動けない。

 

 『でもよ……そのまま終わるのは、さ。おかしいだろ? だってお前は、仕返しの1つもしてないんだぜ?』

 

 (仕返し……?)

 

 『怒れよ。ずっと悲しんで、ずっと引き摺って、ずっと泣いてたクセに……お前は本気で怒らない』

 

 そんなことはないと雷を思った。雷だって姉妹艦と喧嘩したことはあるし、叱ったり怒ったり、逆に叱られたり怒られたりしたこともある。レ級に襲われた日には怒りと憎悪から砲撃したし、大規模作戦の時に置いていかれた時には思うところもあった。決して、本気で怒ったことがない等ということはないハズだと。

 

 『いいや、お前は本気で怒ったことがない。少なくとも、俺が見てきた限りはな。味方に沈められそうになっただろ? 仲間に置いていかれただろ? 仲間の仇が居ただろ? ……まあ、あのレコンとか言う奴はお前が納得してるしいいや。んで、そのレコンが殺されただろ? 怒れよ。キレろよ。仕返ししてやれよ。泣いたじゃないか。悲しんだじゃないか。怖がったじゃないか。押し潰されそうになったじゃないか』

 

 天龍の言葉にそうだ、と頷くことは出来なかった。彼女の言うように怒ることが、普通の反応なのだろうと理解している。しかし、軍艦“雷”としての記憶が……敵をも助けるその精神が、本気で怒ることを拒むのだ。その優しさとも言える精神と思いは美徳だ。雷の心の強さの理由とも言える。それ故に仲間の為に今怒れないのは……薄情だろうか。

 

 『薄情なんかじゃない。お前が今怒れないのは、悲しみの方が大きいだけさ。俺はレ級に襲われた日、俺以外の全員が殺られたと思った。そのことを悲しいと思っても、それは直ぐに怒りと憎しみに変わった……いいか? 雷。悲しみは怒りと憎しみに“変わった”んだ』

 

 天龍とレ級の戦い……天龍がその憎悪で1度は沈めたことは雷も聞いている。雷には理解出来た……その時の天龍の憎悪が。何せ自分も同じような理由で一時はレ級に憎悪を向けたのだから。だが、想像出来なかった……ぶっきらぼうな言い回しでも優しくて、面倒見が良くて、少し年上のかっこ良くて可愛いお姉さん……そんな天龍が憎しみに顔を歪め、ボロボロになりながら力を振るう姿が。

 

 怒りとは、憎しみとは、そういうモノなのだろう。その人を正しく“一変”させてしまう感情の爆発。何かしらの負の感情が変貌するその流れ。雷が怒りと憎悪を抱いても長続きしないのは、爆発も変貌もせずに直ぐに弱まってしまうから。

 

 『優しいのはいい。敵を助けるのも、いい。でもな、味方の為に、仲間の為に、何よりも自分の為に怒れないのはダメだって俺は思うぜ。そんな風に悲しみで潰れるくらいなら……』

 

 雷の中で、何かが変わった気がした。彼女の目から涙が流れる……悲しいからではない。レコンが殺されたことが悔しくて、悲しむことしか出来なかった自分が情けないからだ。座り込んでいた状態から立ち上がる。座ったままでは、何も為せないからだ。目が座り、飛行場姫を睨み付ける……仇であると、改めて認識したからだ。

 

 雷はポケットの中から白い布に包まれた細長い棒状のモノを取り出す。それは、戦艦棲姫山城の本拠地から出る際にイブキからこっそりと渡されたモノだった。

 

 

 

 ━ これはお守り代わりだ。本当なら、もっと早く渡すべきだったんだが……“そのまま”じゃ危ないからと、妖精達がこの形にしてくれたんだ。それなコレは、俺が持つよりも……雷が持つべきモノだと思うから ━

 

 

 

 雷が渡された時のイブキの台詞を思い返していると、風のせいなのか独りでに布が剥がれて飛んでいく。中から現れたのは……見覚えのある刀身のナイフ。果物ナイフ程度の大きさしかない小さなソレは、どこか黒いモヤのようなモノを纏っているようにも見えた。

 

 ソレは、イブキが復讐鬼となった切っ掛けでもある天龍の艤装である軍刀の折れた刀身。何となく持ち続けていたソレをイブキは雷が仲間に加わったことで彼女へと渡そうとしたが、妖精ズが装備へと改造していた為に渡すのが遅れたのだ。謂わばそのナイフは、天龍の形見である。

 

 長い年月を過ごした物や強い意思をもって造られたもの、持ち主の思念の影響を受けた物には不思議な力や魂が宿るという。それは刀であれば“妖刀”と呼ばれたりするし、“九十九神”と呼ばれる存在になったりもする。つまり、雷の前に現れた天龍はそれらに類するモノであり……。

 

 

 

 『せめて、仇に怒りをぶつけるくらいはして潰れようぜ』

 

 

 

 彼女の怒りと憎悪の思念を身近で受け続けた刀身によって作られたそのナイフは、間違いなく妖刀と呼ばれるに相応しいだろうということだ。

 

 「あ、ああ、ああああああああっ!!」

 

 【っ!?】

 

 その場にいた誰もが……それこそ飛行場姫でさえ、雷の方を見て動きを止める。それは雷の声に込められた憎悪を感じた為であり……その形相が、まるで悪鬼のように歪んでいた為だ。

 

 ナイフを片手に、雷は全速力で飛行場姫へと接近する。無論、接近してる間にも砲撃することを忘れない。怒りに染まって尚正確な砲撃は見事飛行場姫の体に突き刺さるも、当然ダメージは無いに等しい。しかもその衝撃で彼女は意識を戦いへと戻してしまう……が、意識を戻したのは彼女だけではない。

 

 「な、何があったか分からないケド、雷を援護するわよ!」

 

 「了解だよ姉さん。雷を沈めさせはしない……やるさ」

 

 「今の雷ちゃんはちょっと怖いケド、電も頑張るのです!」

 

 「え……あ……む、睦月も頑張るにゃしぃ!」

 

 「……天龍ちゃん? そこにいるの……?」

 

 「怖……じゃない! 龍田もぼーっとしてないで撃って撃って!」

 

 「……え、援護すればいいのよ……ね? フォイアー!!」

 

 真っ先に戦闘を再開できたのは、雷の姉妹艦である3人。雷が怒った姿を見たことがあるのだろう、他の4人に比べてショックが小さかったらしい……尤も、ここまで怒った姿を見るのは初めてであろうが。逆に、怒った姿を殆ど見たことがない4人はショックから抜け出すのに少し時間がかかったようだ。龍田に至っては雷のナイフに目を向けたまま未だに砲撃の手が止まっている。

 

 「クッ……鬱陶シイッ!」

 

 雷の叫びに足を止めてしまっていた飛行場姫はビスマルクの砲撃を異形に受けさせることでダメージを最小限に抑え、背後からの雷達の砲撃は避ける暇もないので耐える。足を止めてしまった己を叱咤し、その場から動くに動けないことに焦る飛行場姫……だが、その焦りと口調とは裏腹に彼女は内心で己の敗北を悟っていた。

 

 千に届きうる部下達は今や見る影もなく、残り数十程……それに対し、相手は百近い戦力を出してきた上にそれなりに質も伴っている。全滅するのは時間の問題で、飛行場姫の助けには来れないだろう。

 

 「ッ!? 砲身モ……イヨイヨモッテ詰ンダカシラ……」

 

 更に運が悪いことに、ビスマルクの砲撃を受けていた異形の頭にある砲身が彼女の砲弾を受けて破壊されてしまう。これで本格的に攻撃手段が艦載機、或いは素手となってしまった……勿論、それでも充分に脅威ではあるのだが、彼女自身はそう思っていないのか弱音とも諦めとも取れる言葉が口から出る。

 

 そこでふと、彼女は自分の戦果を考えてみた。義道の鎮守府近海まで逃げ込んできた艦娘達を追い掛けてこの場にやってきた彼女は、その艦娘達の鎮守府1つとその戦力である艦娘数十名を沈めてきた。しかも相手は4人いる少将の一角、大戦果と言っても過言ではないだろう。海軍としての被害も決して小さくはない。

 

 「うああああっ!!」

 

 「ギッ!?」

 

 そんなことを飛行場姫が考えている内に雷が追い付き、ナイフの刃が彼女の右の脇腹を切り裂く。真っ白な体を真っ赤な血が汚し、再びその場の全員が驚愕に染まる。何しろ軽巡程度の砲撃ならロクに傷もつかない姫の体を、果物ナイフ程度の大きさのナイフが切り裂いたのだから。切られた本人でさえも驚いている。

 

 雷は切り裂いた後も前進を続け、大きくUターンして今度は真っ正直から飛行場姫を切り裂くべく突っ込む。今の彼女は怒りと憎悪に囚われているのか、その頭には飛行場姫を切り裂くということしか頭にないのだろう。

 

 「がああああっ!!」

 

 「……舐メナイデホシイワ」

 

 「っ!? う……ぐううううっ!!」

 

 背後からの奇襲なら兎も角、正面からの突撃に当たるような飛行場姫ではない。彼女は突っ込んできた雷の右手首を左手で掴み、その動きを封じる。が、雷は唸りながらも力で押し通ろうとする……力で敵うわけなどないと理解しているハズなのに、怒りと憎悪に囚われている彼女ではそのことを意識の外に置き、目の前の敵を倒すことしか考えていない。感情が理性を凌駕してしまっている為だ。

 

 (ソウネ……ドウセコノママ戦ッテイテモ私ノ負ケ。ダッタラ……)

 

 「貴女ヲ道連レニスルノモ……イイカモネ」

 

 「うぎゅ!? ん……ぅ……っ!」

 

 【雷!!】

 

 ナイフを持った手首を掴んだまま、右手を雷の首へと伸ばし、掴みあげる飛行場姫。それに加え、念のためにと異形に背中の艤装を喰らわせることで雷からの反撃を封じる。更に飛行場姫にとって運のいいことに、雷が人質の役割を果たしているのか暁達とビスマルクからの砲撃も止まる。

 

 敗北を受け入れることは、彼女にとっても屈辱なことだ。が、それでも道連れにするという行為に走ったのはこれが初めてだった。彼女は海軍と数度戦い、その全てに最終的には敗走していた。今日この日まで生き残ったのは……一重に、部下達の尽力があってのこと。

 

 それは、深海棲艦の習性と言ってもいいのかもしれない。1を捨てて100を生かすか、100を捨てて1を生かすか……深海棲艦達は、己を捨ててでも1を、姫や鬼等の自分達の頂点を生かそうとするのだ……戦艦棲姫山城の時もそうだったように。だが、その部下達ももう居ない。自分だけ逃げることは今回に限り出来そうにない。それ故の道連れ。せめて、1人でも多くという意思。

 

 「共ニ……沈ミナサイ!」

 

 

 

 「『ヤラセネーヨ。ライトハウスの下暗し、デース』」

 

 

 

 同じ口から2種類の声が聞こえるという不思議な声が聞こえたと同時に飛行場姫と雷の足下の海面から水飛沫が上がり、一閃の閃きが飛行場姫の雷の首を掴んでいる右腕を縦になぞる。その直後……赤い血と白い腕が宙を舞った。

 

 「ナン、デ……アナタ、ガ……?」

 

 痛みよりも驚愕と疑問が彼女を頭を占める。目の前にいたのは……沈めたハズだと、死んだハズだと思っていた存在。長い茶髪と巫女服のような服を海水で濡らし、一握りの軍刀を振り上げた体制で赤い光を灯す両目で己を睨み付けているその姿は……紛れもなく、レコンであった。

 

 「けほっ! えほっ……あ……」

 

 飛行場姫の首絞めから解放された反動で尻餅をつき、喉に手を当てて咳き込んでいた雷だったが、その後ろ姿を見て思わず動きを止める。それは、レコンが生きていたからという理由もあるが、それだけではない。雷には、その軍刀を振り上げているボロボロな後ろ姿が……過去に自分を助けてくれたイブキの後ろ姿と重なって見えたからだ。

 

 「『キヒッ、ワリーネ。生憎と、ノーマルな艦娘じゃないのデース』」

 

 レコンは金剛の姿こそしているが普通の艦娘ではなく、艦娘金剛と深海棲艦レ級が1人となった存在である。そして、それこそが飛行場姫の攻撃を受けてもこうして生きている最大の理由となる。

 

 100もの艦載機に囲まれ、雷を逃がす為に投げ飛ばした後、レコンは攻撃が直撃する前に海の中へと潜って回避を試みていた。普通の艦娘ならば本能的な恐怖から潜水など出来はしない。が、深海棲艦であるレ級と融合しているレコンならば造作もない。とは言え時間がなかった為に浅くしか潜れなかった為、大爆発によるダメージと火傷を負い、荒れ狂う海に揉まれるように海の底へと沈む羽目になったのだが。更にそのせいで軽く意識も飛んでしまい、海上へと戻るのに時間がかかってしまった。だが、意識を取り戻すのも早かった上に雷を助けることが出来た。レコンにしても雷にしても“幸運だった”と言えるだろう。

 

 (『アリガトウ、イブキ。貴女の貸してくれたラッキーソードが、私達を助けてくれマシタ』)

 

 「コ、ノ」

 

 心の中でいーちゃん軍刀を貸し与えてくれたイブキに感謝し、飛行場姫が動き出すその前に再びレコンの剣閃が横一線に閃く。イブキのように見えない程速い訳ではない。しっかりとした太刀筋という訳でもなく。しかしその一撃は吸い込まれるように飛行場姫の首へと向かい、確かに通り過ぎた。

 

 「……ア"……」

 

 飛行場姫の首に、まるで首輪のように赤い線が浮かび上がる。そして苦しむかのような声を一瞬上げ……ぐらりと、その線から上の頭部が前へと転がるように落ちた。後に残るのは、まるで噴水のように首に切断面から血を噴き出し、真っ白な色を深紅で染め上げていく身体。

 

 誰も何も言えなかった。その飛行場姫の死に様に、言葉が出なかったのだ。首と左手のない無惨な身体から目を離せない者がいて、通常の艦娘と深海棲艦の戦いでは普通残らない死体に吐き気を覚える者がいて……自分達と同じ真っ赤な血が流れ出す様を見て、その死をいずれやってくる自分の末路かと幻視する者までいた。

 

 「あ……ああ……」

 

 「これは……いい気分ではないね……」

 

 「ひ……うぶっ……」

 

 「む、睦月は……平気で……うぷっ……」

 

 暁達駆逐艦の4人は顔をあおざめさせ、口元を押さえて惨状から目を逸らす。そうしている内に飛行場姫の身体はバシャッという音を立てて倒れ……ゆっくりと海の底へと沈んでいった。

 

 気づけば、その戦いは終わっていた。遠くで長門達が上げているのであろう勝鬨の声が聞こえてくる。勝利したのだ。絶望すら覚える物量を誇る深海棲艦を相手に生き残るどころか全滅させ、数回に渡って倒し損ねていた飛行場姫を沈めた。そこに雷とレコンという協力があったとは言え、大戦果である。

 

 しかし、暁達は喜べなかった。砲撃で飛行場姫を沈めていたならば、そんな気持ちにはならなかっただろう。だが、無惨な死体が頭から離れないのだ。首を落とされて、人間や自分達と同じ紅い血を噴き出して真っ赤に染まった身体が。

 

 戦争なのだ、仕方ないと分かっている。勝利し、生き残った者が勝者の世界なのだ。軍艦時代でもいたハズだ……砲撃に巻き込まれバラバラになった者、身体の一部が欠損した者、焼け焦げた者、溺死、圧死、即死、出血死、色んな死に方を、死に様を知っているハズなのだ。それでも、恐怖は拭えない。罪悪感が無くならない。暁達は初めて、自分達が心無い軍艦ならばと思った。

 

 『……皆、よくやってくれた。我々の勝利だ』

 

 通信機から聞こえる義道の声が、とても有り難かった。労いと勝利報告のお陰で暁達の心が少し落ち着く。そんな彼女達を余所に、雷とレコンの2人はこの場から離れようとしていた。窮地を脱した以上、もうこの場にいる必要はないのだから。

 

 

 

 「……待ちなさいよ」

 

 

 

 静かな声量で紡がれた声は、嫌に海上に響いた。その声は距離が離れているにも関わらず、雷達の耳に届く。思わず2人は足を止めて振り返り、暁達もその声の主に視線を向ける。その主は……俯いている龍田だった。

 

 「ねえ、雷ちゃん……そのナイフ、よおく見せて? ソレから天龍ちゃんを感じるの。天龍ちゃんの声が聞こえるの。天龍ちゃんがいる気がするの。天龍ちゃんが……天龍ちゃんが、天龍ちゃんが! 天龍ちゃんが!!」

 

 駆逐艦達4人とビスマルクがヒッ、と怯えたような声を漏らし、五十鈴も冷や汗をかきながら軽く後退りする。そんな彼女達と違い、雷達は怯えた様子はない。というよりも、2人はこうなることを……龍田と睦月、もしくは五月雨と若葉の姉妹艦、最悪義道の鎮守府の艦娘全員から恨まれることを予想していた。そして、その予想は……龍田が顔を上げ、レコンを睨み付けている姿を見たことで現実のモノとなる。

 

 「分かる……分かるわ……姿が変わっても私には分かるの……貴女でしょ? あの時のレ級……若葉ちゃんと五月雨ちゃんと……天龍ちゃんを沈めた、あの時のレ級!!」

 

 誰もが感じられる殺意と憎しみ、怒り。誰よりも殺したいと考えていた。誰よりも憎いと思っていた。誰よりも怒りを抱いていた。天龍達がいなくなったあの日から、龍田の頭には仇を討つことだけしかなかった。

 

 天龍という唯一無二の姉妹を失ったことにより続く灰色のような日々……それは地獄だったことだろう。だが、その地獄も今日で終わる……仇を討つ、それこそが、地獄を終わらせる唯一無二の方法であると、龍田は思い込んでいた。

 

 「私に殺されなさい……天龍ちゃんの、若葉ちゃんの、五月雨ちゃんの痛みと恐怖と苦しみを全部味わって……死になさい!!」

 

 槍、或いは薙刀のような艤装を構え、龍田はレコンへと突撃する。艤装の限界以上の速度で、後先のことなど考えず……ただ、怨みを晴らす為に。協力してくれただとか、雷が居るとか等関係なく……愛しき姉妹と仲間の仇を取る為に。

 

 そして……レコン達の元に辿り着いた龍田によって、その薙刀が振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 「ダイブ減ッテキタ、カシラネ」

 

 海軍への襲撃が行われてから、凡そ3時間が経過しようとしていた。それだけ経てば、海軍の戦力も深海棲艦側の戦力もかなり数を減らしている……が、空母棲姫の言葉に焦りはない。というより、目標である渡部 善蔵……彼の居る大本営にしか関心がない為、他の鎮守府の結果など勝とうが負けようがどうでもよかった。

 

 「ソレニシテモ……マダ私ガ見ツケラレナイノカシラ? 耄碌シタワネ、善蔵。イイワ、アンタガ私ヲ見ツケラレナイナラ……」

 

 パチン、と空母棲姫が指を鳴らす。すると彼女の背後の海の中から、数多くの深海棲艦が現れた。その数、凡そ2千……全ての鎮守府に戦力を向かわせて尚この戦力。そして、本当にこれが最後の部下達。

 

 中には鬼や姫の姿はない……が、赤い光や金色の光、青い光が見える。その光の数こそ多くはないが、質も量も伴っている大軍団であることに変わりはない。そして、空母棲姫はゾッとするような美しくも黒い笑みを浮かべ……ポツリと呟いた。

 

 

 

 「私から会いに行ってあげるわよ……“クソ提督”」

 

 

 

 そして、2千に及ぶ黒き死神達が……空母棲姫を先頭に大本営目掛けて動き出した。




今回も色々と突っ込み所が多々あると思いますが、どうか寛大な心でご容赦ください……ああ、早くイブキで無双書きたい。

前の2つの鎮守府に比べて敵戦力が多い義道君の鎮守府。渡部一族は多分呪われている← 雷と天龍の件は、怒りって溜め込むと死にたくなるよねとか雷はお艦とか言われてるけどちゃんと子供なんだよって話です。溜め込むのホントダメ。鬱病になりますよ(体験談



今回のおさらい

殺ったな殺ったなー! (色々な人の)怒り! 爆発!(カクレンジャー



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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どうか助けてください

お待たせしました、ようやく更新です。

マビノギデュエル、楽しいですねえ。中々カードパワーのあるカードは手に入りませんが、がっつりカードゲームしたい人間としてはとても楽しめます。

それはさておき、今回はようやくあの人が登場です。


 『総司令。最後の深海棲艦の轟沈を確認しました』

 

 「ご苦労だったな、神通」

 

 『い、いえ! ありがとうございます!』

 

 「何故礼を言うのだ……相も変わらず、可笑しな奴だ」

 

 『す、すみません……』

 

 深海棲艦の大襲撃発生から3時間、大本営近海での戦いは海軍の勝利という形で終結していた。向けられた戦力は最も多い大本営だが、その防衛の為に戦っていた戦力は海軍の中でも最高。元々の防衛戦力と総司令渡部 善蔵の第一、第二艦隊、他の鎮守府からの援軍の力をもってして見事深海棲艦を全滅させることが出来た。

 

 しかし、大本営側も被害がない訳ではない。沈んだ艦娘は確認出来るだけで三桁になる上に、建物や主要施設にも幾らか火の手が上がっている。更には人間、艦娘を問わず死傷者も出ている……辛勝、というところだろう。と言うのも、他の鎮守府の深海棲艦達とこの大本営に来た深海棲艦では戦い方がまるで違ったのだ。

 

 (あのような戦い方……余程海軍か艦娘に怨みがあるのだろうな)

 

 善蔵が居るのは大本営の総司令室だが、戦いの模様はその部屋の窓からでも見えていた。通信でも第一、第二艦隊から状況を聞きながら指示を出していたので時折戦場の他の艦娘達の声も聞こえていた。故に、善蔵は深海棲艦……正確に言うなら、今回の事を起こした姫は怨みがあるのだと思った。

 

 人型でない深海棲艦の思考は獣とそう変わらないが、本能的な行動……生存本能やら闘争本能やらが行動に現れる。艦娘や人間が居れば襲い掛かり、沈みそうになれば逃走することだってある。しかし、それらを踏まえても今回の深海棲艦達の行動は常軌を逸している。

 

 特攻……その呼び方が相応しいだろうか。己の身を一切省みない攻撃、突撃。どれだけ砲撃が叩き込まれても意識がある限り動き、その身が滅びる前に艦娘に攻撃し、食らい付き、しがみつき、道連れにしようと動く。或いは、大本営の建物へと陸に乗り上げて突っ込み、己の爆発に巻き込む。勝つことよりも、艦娘と本陣を潰す為に動いていたようにも見える……真実こそ知らない善蔵だが、その考察は的を射ている。何しろ今回の大襲撃の主犯は善蔵に並々ならぬ殺意を向ける空母棲姫……その命令もまた、自軍の被害を考えない破滅的なモノ。

 

 海軍への襲撃という目的以外の事は、大本営以外の鎮守府に襲撃している艦隊の頭となる深海棲艦に全て任せている。何しろ彼女の目的はあくまでも善蔵、他のことはどうでもいいのだから。だが、彼女の目的である善蔵のいる場所となれば話は別。下した命令はシンプル……命を賭けてでも艦娘に、人間に、大本営に、その内にある負の感情をぶつけろというモノ。死に物狂いの敵ほど怖いものはないだろう。

 

 何はともあれ、結果と課程はどうあれ戦いは終わったのだ。しかし、やることはまだまだある。まだ戦いが終わっていない鎮守府に向かわせる援軍の手配、散った者達の供養……人間ならば、親族への報告や諸々の手続きをしなければならない。それらが終われば次には新たな提督の選出もしなければならないし、他にも……やることは、本当に沢山あるのだ。だがしかし。

 

 

 

 戦いは、まだ終わってはいない。

 

 

 

 『総司令! 深海棲艦が再び現れました!!』

 

 「なにっ!?」

 

 良く言えばポーカーフェイス、悪く言えば仏頂面な善蔵の表情がハッキリと驚愕を表す。それほどまでに、今の通信……大淀からの通信内容は予想外のモノであった……いや、予想自体はしていた。低い可能性かつ起こってほしくはない最悪のモノとして。しかし、それは起きてしまった。

 

 窓の向こうに見える、空と海の境界線に映る一筋の黒い線。まるで夜空に映える星のように赤と青と金がキラキラとしているが、それは美しいモノなどでは決してない。その1つ1つが、強い力を持つ深海棲艦なのだから。

 

 「……敵の戦力はどれくらいだ」

 

 『……数え切れない程、とだけ』

 

 「動ける戦力は」

 

 『……戦えるのは……100にも届かないと思われます』

 

 (チッ……厳しいどころの話ではないな)

 

 大淀の報告に、善蔵は内心で舌を打つ。敵の数が数え切れない程と言った以上、100や200では効かない数がいる可能性が高い。そして、“動ける”戦力という問い掛けに対してわざわざ“戦えるのは”と言ってきたということは、現在生存している殆どの艦娘が戦えない状況か状態……或いは、心境なのだろう。

 

 それも仕方ないことだ。艦娘達はつい先程まで激戦を繰り広げ、弾薬も燃料も気力も振り絞って戦い抜き、終わったと気を弛めていた。完全に終わったと思っていた所に意表を突く大量の敵の出現……心が折れてしまっても、仕方ないと言えるだろう。だからといってそのままで居れば、待ち受けているのは敗北と死であるが。

 

 (完全に敵の総数を読み違えた……が、まだ敗北と呼ぶには早い)

 

 「大淀、我々海軍に敗北は許されん。最悪の場合は……分かっているな。武蔵、雲龍にも伝えておけ」

 

 『……お任せください』

 

 幾らか沈んだ声の後、大淀は通信を一旦切る。その通信機を一瞥した後、善蔵は窓から見える海以外の景色に目を向ける。未だ黒煙の上がる幾つかの建物と最早瓦礫、残骸と呼ぶ他にない施設。過去の戦いにおける損害と照らし合わせても、この時点で既に過去最大の損害である。そして、その損害はまだ広がる可能性が高い。

 

 この状況から勝利することは……不可能とは言わないが、限りなく不可能に近い。士気は下がるところまで下がっただろうし、そもそも残存戦力と敵戦力が違い過ぎるのだ。しかし、それでも善蔵は敗北を良しとしないし、死ぬつもりもない。それに、手札はまだあるのだ。

 

 (自決用対深海棲艦内蔵爆弾“回天”……使わせたくはないのだが、な)

 

 その手札こそ、かつて大規模作戦で沈んだ那智が言っていた、己の体内に埋め込まれた爆弾“回天”。酸素魚雷200倍の威力を誇るとされている、忌むべき最悪の特攻兵器の名を付けられた対深海棲艦爆弾。矢矧、そして不知火を除いた善蔵の第一艦隊の者達の体に埋め込まれているソレを爆発させれば、敵が100だろうが1000だろうが関係なく葬り去るだろう……当然、発動させた艦娘は助からないし、味方が沢山いるこの戦闘で使えば被害も甚大なモノになることは避けられない。しかし、海軍に敗北は許されない……いざとなれば、善蔵は使うように命令する。1か100か、10か1000か、100か10000かなら、善蔵は多い方……即ち、戦場にいる艦娘よりも守るべき人類を取るのだ。

 

 

 

 「大ピンチですねー、善蔵さん」

 

 

 

 緊迫した状況に似合わない、背後から聞こえたふんわりとした少女のような声に、善蔵は苦々しい表情を浮かべながら後ろに振り返る。その目に映るのは、大きなデスクの上にいる小さな人影……猫吊るしと呼ばれる、妖精の姿。

 

 「……問題ない。現状がどうあれ、我々は最後には勝つ……そういう“願い”だろう」

 

 「それが、そうでもないんですよねー」

 

 「何……? どういうことだ」

 

 猫吊るしの返しに、善蔵は思わず睨み付ける。その年齢を感じさせない射抜くような視線を受けても、猫吊るしの態度も表情も変わらない。変わりに、ゆらゆらと吊るしている猫を左右に揺らしている。その仕草が、善蔵にはまるで自分をバカにしているように思えて仕方なかった。

 

 猫吊るしは善蔵の問い掛けには答えず、ゆらゆらと猫を揺らし続ける。相手が答えるつもりがないのだと判断した善蔵はまた窓の向こうへと体ごと視線を向け……その背中に向けて、猫吊るしは言葉を発した。

 

 「私が叶える“願い”は、何も貴方のモノだけではないんですよー? そして、貴方以外の“願い”が貴方の“願い”と相反するモノだった場合……私はどちらの“願い”を叶えるべきだと思いますー?」

 

 例えば、何でも願いを叶えてくれる存在が居たとして、その存在に“生きたい”と願う者が居たとしよう。そして、今度はその者に“今すぐに死んでほしい”と願う者が居たとする。寿命を向かえさせるなんて妥協は許されない相反する2つの願いを、存在はどちらを叶えるべきだろうか? 答えは、その存在にしか分からないだろう。

 

 「答えは簡単……“どちらも叶う状況を作り出す”、ですー。後は“より強い願い”……意思とでも言いましょうか。その意思が強い方の願いが叶う。チャンスは自分で掴み取るモノですよー」

 

 「……こうして押されているのは、私の願いを思う意思が弱いとでも言いたいのか」

 

 「少なくとも、現状はそうだと言ってますがねー」

 

 愛らしい声で淡々と紡がれていく言葉を聞き、善蔵は振り返ることなく拳を強く握り締める。ふざけるな……そう目が語っていた。本人達しか知り得ない“願い”……その願いを、善蔵は40年以上思い続けてきたのだ。その意思が弱いなどと、断じて認められる訳がない。

 

 「貴方も最初に願った時から随分と老いました……願いへの思いが弱くなっていても、仕方ないと思いますよー?」

 

 「戯けが……そのような貧弱な精神はしておらん。私は戦いの中で出来た死山血河の上に立っているのだぞ……弱さは、とうに捨てている。“人間としても”、な」

 

 (それに……約束はなにがなんでも守らねばならなんのだ)

 

 話は終わりだと心中で呟く約束……それを思い出した時、善蔵の脳裏に2人の艦娘の姿が浮かぶ。真面目だがドジで、真っ直ぐな心を持つ少女と、毒舌と上官への暴言が目立つが、子供らしさと仲間への優しさをちゃんと持ち合わせている少女の姿が。その2人はもう、この大本営にはいないのだが。

 

 そんな彼の心中を知ってか知らずか、猫吊るしは何も云うことはなくその背中を見つめる。そして今までのポーカーフェイスが嘘のように、ニィ……と妖しい笑みを浮かべた。

 

 (本当に貴方は面白い……“約束”なんて守れる訳がないのに、それでも尚守ろうとしている。“そんな身体”になってまで……その意思の強さは、充分私を驚嘆させるに値します。ですが、貴方の“願い”と違って彼女の“願い”とても単純で、それ故に意思も強く、ブレない。この劣勢は、正しくその意思の強さが引き起こしていると言っていいでしょう。この劣勢を覆すには……それこそ)

 

 『総司令!!』

 

 「大淀? どうした?」

 

 

 

 『軍刀棲姫が現れました!!』

 

 (イレギュラーの存在でも無ければ、ね)

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、雪雲が空を埋め尽くし、ひらひらと雪の舞う大本営近海。そこには大本営の防衛の為に配属されている艦娘と善蔵の第一~第四艦隊、既に深海棲艦を撃破して援軍にやってきた艦娘達がいた。その数、以前の大規模作戦を上回る約150人……だが、中破大破している艦娘が多く見られる上に残りの弾薬と燃料が心許ない艦娘達ばかりであり、かなりの数の艦娘が沈んでいる上での話だ。それもそのハズ、ほんの少し前までこの場に居る艦娘達の何倍もある大量の深海棲艦相手に戦い続け、ようやく終わったばかりなのだから。

 

 だが、そうやって気を緩めてホッと一息ついた時に現れたのが更なる深海棲艦の大軍。その時点で大半の艦娘達の心が折れてしまっている。しかし、折れていない者もいた。

 

 「立ち止まるな!! 中破大破してる奴、弾薬燃料が残り少ない奴は直ぐに戻って治して補給してくるんだ!! まだ戦える奴は己を奮い立たせろ!! 1隻たりとも後ろへ通すな!!」

 

 海軍の誇る大将の部下が1人、日向の声が海域へと響き渡る。同時に、彼女の周りにいる大和、川内、島風、瑞鶴、瑞鳳が素早く戦闘体制に入る。彼女達も眼前の大軍に恐怖がない訳ではないが、それよりも大きな絶望を知っている。どれだけ己を研磨し、技術を磨き、新装備を熟練したとしても勝てないと未だに思わされるたった1人の存在を。その存在に比べれば、大量の深海棲艦など遥かにマシだ。何せ、攻撃は当たるし、当たれば倒せるのだから。

 

 「我々も負けてはいられないな」

 

 「そうね。雲龍、艦載機はどうですか?」

 

 「問題ないよ大淀。さっき矢筒を届けてもらったばかりだから」

 

 「……」

 

 この場に居る艦娘の誰よりも深海棲艦に近い場所に立つのは善蔵の第一艦隊……武蔵、大淀、雲龍、矢矧。彼女達は相変わらずの無表情を顔に張り付け、軽い口調で言葉を交わす。大淀は先程善蔵と通信した際に声を僅かに沈ませたが、モノの数秒で意識を切り替えていた。

 

 そんな中、矢矧だけが言葉を発することなく深海棲艦を見据えていた。その体に傷らしい傷はないし、燃料弾薬も幾分か余裕がある。それは矢矧だけではない他の4人(雲龍は追加の矢が入った筒を届けてもらったが)もそうなのだが。

 

 (やれやれ……私、ここで死ぬかもね。折角ここに転属という名の潜入調査を10年もしていたのに……尋常じゃないくらいガードが固いのよね、総司令)

 

 そう内心で溜め息を吐く矢矧。海軍最強の第一艦隊の席に居る彼女だが、大淀達と違って他の鎮守府から転属してきた身であり……その転属の理由こそ、彼女が内心で語る“潜入調査”。彼女の元提督が善蔵のことを怪しいと思っていた為に、屈指の実力を誇る矢矧が理由をでっちあげて転属したのだ。と言っても、結局この日までロクな情報を得られないままだが。情報収集力と実力は別物ということだろう。

 

 それはさておき、このまま戦った上で死ぬようなことになれば、それは無駄死に、もしくは犬死にとそう変わらない。何としても生き残らねばならない……そう意識した時、ついに深海棲艦達からの攻撃が始まった。

 

 【きゃああああっ!!】

 

 【うああああっ!!】

 

 怒涛と言う他にない程の砲撃の雨が、艦娘達に降り注ぐ。幸いにもまだ距離が少し空いているので照準は甘いらしく、更に艦娘達も動いているので直撃した艦娘は僅か……だが、至近弾が多く被害は大きくなるばかり。挙げ句また轟沈した艦娘が出た。戦力差は更に拡がり、このままでは反撃もままならぬ内に全滅し、敗北してしまうことは火を見るよりも明らか。

 

 「全艦全速前進! 乱戦に持ち込むぞ!」

 

 「「「「「了解!!」」」」」

 

 「狙う必要はないな。撃てば当たる」

 

 「ですね。海軍最強の名は伊達ではないと教えてあげましょう」

 

 「空は任せて。艦載機は……限界以上に出せるから」

 

 (戦わなければ生き残れない……ってね。死なない為に戦いますか)

 

 そんな中で動く者達がいた。それこそが海軍の最高戦力である日向達6人と武蔵達4人……深海棲艦達にフレンドリーファイアを誘発させる為に接近戦に出る日向達と、砲撃を避けられる距離と主砲の射程ギリギリを保ちつつ砲撃戦を挑む武蔵達。そんな彼女達に続くように、比較的損傷が少ない艦娘達も砲撃に、接近戦に参加していく。

 

 勇猛果敢な日向達と冷静沈着な武蔵達の存在に心奮わせ、艦娘達は絶望をはね除けて戦う。が、やはり多勢に無勢……10隻20隻と倒したところで敵の総数から見れば雀の涙程度。倒しても倒しても減った気が起きない。そんな事が続けば只でさえ気を持ち直したばかりだと言うのに精神的にも肉体的にも疲労が溜まる。そして疲労が溜まれば……判断力を損なうのは当然と言える。

 

 「やっ……そんな……」

 

 「ごめん……提督……」

 

 また、何人かの艦娘が無念の思いを口にして沈む。接近すれば相応のリスクがあり、離れていても直撃を貰う可能性がある。戦場に安全な場所などなく、ほんの些細な偶然や気の緩みが死へと繋がる。そしてまた1人、沈みそうな艦娘が1人。

 

 「ぎ、うぅっ!」

 

 「古鷹!!」

 

 重巡深海棲艦の砲撃を受けてしまった艦娘の名を叫んだのは……日向。その艦娘は、日向達と同じく援軍に来ていた同じ鎮守府の第二艦隊所属艦娘、古鷹。彼女は他の第二艦隊と共に日向達と同じ接近戦を挑み……そして今、損害が中破に至った。問題なのは、足を止めてしまったことだ。

 

 日向達は第一艦隊の者は皆、新型艤装を装備している……が、第二艦隊はその限りではない。装備している者こそいるが、古鷹はそうではなかった。その為、1度足が止まれば、速度を出すために僅かながら時間がかかってしまう。周りは敵だらけの戦場で、その時間は余りにも大きすぎた。

 

 (そんな……こんな所で……まだ、あの人に謝ってないのにっ)

 

 敵の砲口が古鷹へと向けられる。彼女が感じたのは、ここままでは死ぬという絶望ではなく……かつて嘘をついて傷付けてしまった、軍刀棲姫に謝れないことへの後悔。このまま終わるわけにはいかない……そうは思っても、接近戦を仕掛けた弊害で周りは敵だらけで味方は敵に阻まれている。しかも彼女へと砲口を向けているのは1隻や2隻ではない。

 

 走馬灯が流れている刹那、古鷹は対処法を考える。回避……不可能。そもそも速度を出すための時間内の出来事なのだ、動くことなど出来はしない。防御……無意味。敵には戦艦の姿もあるのだ、艤装や腕を盾にしたところでそれごと沈められる。反撃……可能。しかしそれをしたところで沈められる運命は変わらない。結論……どうすることも出来ない。

 

 (ごめん、皆……軍刀棲姫さん)

 

 諦めたように目を閉じる古鷹。周りの仲間達が逃げろと叫んでいる声が耳に届くが、ごめんと一言内心で謝るだけで口にすることはない。そして、彼女に向かって砲撃が放たれるというその瞬間、その声は戦場の片隅に響いた。

 

 

 

 「全員、死にたくなければしゃがめ」

 

 

 

 その声に反応できたのは、彼女達が大将の元で戦い続けた強者だったからなのだろう。古鷹を含め、その場で戦っていた日向達、第二艦隊の面々は同時にしゃがんで体勢を低くする。すると、その上を何かが通った後に風が凪いだ。

 

 聞き覚えのある声に、その正体がなんなのかを日向は誰よりも早く悟った。そして直ぐに顔をあげ、その目で確認する。そうして肉眼で確認したことで、日向はニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

 

 「やはり生きていたな……」

 

 その姿は、他の人型深海棲艦とそう変わらない姿をしていた。腰までの長い白髪、黒い半袖のセーラー服のような服装をしていて、風にはためくスカートからは黒いスパッツが見え隠れしている。その腰回りには4つの鞘……但し、軍刀が納まっているのは2つだが。目には金と青の光が揺らめいており……振り抜いたような姿勢の右手には、ナイフのように短い刀身の軍刀。その姿を知らない艦娘は、この場にはいない。

 

 「軍刀棲姫……いや、イブキ!!」

 

 日向がその名を呼んだのは、奇しくもイブキの存在に日向に遅れて気付いた大淀が善蔵に報告したのと同時だった。その声に応えることなくイブキはナイフのような軍刀を後ろ腰の鞘の1つに納め、新たに残りの2本の軍刀を引き抜く。二刀流……かつての大規模作戦に参加した者達にはトラウマとして残っているだろう。故に、その脅威は身をもって知っている。

 

 一瞬の間を置き、イブキが走り出す。そして次の瞬間には日向達の近くの人型深海棲艦の首が飛び、駆逐か軽巡等の異形そのものは横に真っ二つに斬られ、血と中身を撒き散らす。にも関わらず、それをした張本人であるイブキには汚れ1つ付着していない。気付いた時には何十隻もの深海棲艦はその命の灯を消され、深海棲艦の意識と攻撃の矛先はイブキへと向けられていた。

 

 「ひっ……」

 

 小さな悲鳴を漏らしたのは、古鷹。彼女はこの戦いが起きる前に、可能な限りトラウマを……刃物への恐怖を克服したつもりでいた。実際包丁などの刃物や日向の持つ軍刀を目にしても何の問題もなくなっている……だが、彼女の目の前にはそのトラウマの元凶、根元的な存在がいる。そのせいで体が震えて言うことを聞かなくなり、嫌な汗が流れ出し、今にも涙が流れそうになる。

 

 「古鷹ぁっ!!」

 

 日向の必死な声が聞こえても、古鷹は動けない。トラウマの元凶たるイブキから目を離せない為に恐怖から抜け出せないのだ。だが、何度も言うように戦場で足を止めてしまうのは致命的である。その事は、数隻の深海棲艦がイブキへと向けていた意識を古鷹に向け、砲身の矛先が向けられていることからも分かる。

 

 (う、動かなきゃ……いや、嫌、動いて、動いて私の体! まだあの人に謝ってないの! 怖がってないで動いて! お願いだから……)

 

 「動いてよ……っ」

 

 

 

 「いや、そのまま動くな」

 

 

 

 ドォン! という爆音と共に放たれた砲弾は一直線に古鷹へと進み……彼女の前にいつの間にか人影が現れたかと思えばその後方の海面と深海棲艦が水飛沫と爆煙を上げる。いったい何が起きたのか……それを正確に把握できたのは、イブキを注視していた日向達と深海棲艦達と人影……イブキ本人。

 

 何も不思議なことはしていない。古鷹に迫る砲弾よりも先に彼女の前に行き、彼女に当たる前に斬り捨てた……それだけの話である。イブキにとっては別段難しいことではない。何せイブキは海軍による大規模作戦時の砲弾飛び交う戦場を無傷で生き残ったのだ、見切れない砲弾も斬れない砲弾もない。

 

 (助けて……くれた?)

 

 靡く真っ白な髪の下にある黒い背中を、古鷹は呆けた表情で見つめる。いつの間にか身体の震えは止まっており、代わりに疑問だけが頭と心を占める。何故、自分は助けられたのかと。何故、自分を助けたのかと。

 

 たった1度の邂逅の時のたった1度の嘘。それも最低なモノを、古鷹はイブキにしてしまった。故にイブキには恨まれ敵視されことはあれ、こうして守ってもらうことなど有り得ない……そう認識しているが故に、今の状況が理解出来ずにいた。

 

 「なんで……私を……」

 

 混乱している為か、思っていた疑問がそのまま口から出る。その声が聞こえたのだろう、イブキは顔だけを少し古鷹へと向け、青く揺らめく瞳で射ぬくように見下ろす。その瞳を見るだけで、その瞳に見られているだけで、古鷹は再び身体が震え出した。

 

 「別にお前の為じゃない。俺の仲間の……命の恩人の頼みだからだ」

 

 「頼み……?」

 

 軍刀棲姫の仲間の命の恩人……それが誰なのかは古鷹含め海軍の誰にも分からないが、少なくとも深海棲艦であろうと古鷹は予想する。その話し声が聞こえていた日向もまたそうだと予想を立てていた。だが、そうであるならば古鷹を結果的に救うことになる“頼み”の内容が分からない。何しろ深海棲艦は海軍の、艦娘の敵なのだから。しかし、その内容はあっさりとイブキの口から語られた。

 

 「“大本営にいる大事な人が危ない。こんな事を貴女に頼むのはおかしいけれど、どうかあの深海棲艦の大軍の足止めをお願いします”……そう頼まれた。恩人の頼みだ、聞かない訳にはいかない」

 

 「その頼みの為に、無関係なお前がこの大軍相手に1人で突っ込んできたと?」

 

 「そうだ」

 

 思わず、日向は口を出す。どれ程イブキが規格外の戦闘力を保有していようとも、敵の数は膨大。ましてや本人にとって無関係な戦いに“頼まれたから”介入する。非常識かつ無駄な労力だと言いたくなるだろう。古鷹ですら信じ難いという心境になってしまう。しかし、イブキはあっさりと肯定の返事をした。敵の大軍に恐れることなく、さも当然というように。

 

 馬鹿げていると、日向は思った。だがそれは、嘲笑ではなく驚嘆から来ている。海軍の中でイブキと同じ行動を取れる者がどれだけいるだろうか? 恩人の為に死ぬかもしれない……というか、ほぼ確実に死ぬであろう戦地に赴ける者が、どれだけ。居ないとは言わない。例えそれが己を犠牲に未来に託す行動だとしても、言える者は言える、動ける者は動ける。

 

 しかし、イブキは仲間の仇を討つ為に海軍と深海棲艦全てを敵に回す程に身内への情が深く、古鷹のようなトラウマを持つ者がいる程に敵に容赦がない……というのが大規模作戦に参加した艦娘達の認識だ。そんなイブキが、敵である艦娘を守ってまでその恩人の頼みを聞くという……イブキにとっての恩人の頼みとは、それほどまでに重い物なのかと日向は思った。

 

 「まあ、頼まれたのは“足止め”なんだが……」

 

 

 

 ━ 全部斬ってしまっても構わんだろう ━

 

 

 

 独り言のようにそう呟くや否や、イブキは古鷹の前から姿を消し、次の瞬間には別の場所で深海棲艦を一刀の下に斬り捨て、別の艦娘を助けるような形になっていた。その動きは止まることを知らず、次から次へと斬り捨て、助ける。あの軍刀棲姫が助けたことに殆どの艦娘達は困惑しているものの、これ程に味方になれば頼もしい存在はないだろう。そうして直ぐに攻撃に移れたのは、大規模作戦時のイブキの言葉を聞いていた艦娘達が多かったこともあるのだろう。

 

 (素直じゃない奴だ……)

 

 (……ありがとう、軍刀棲姫さん)

 

 日向と古鷹もまた、内心でそう呟いた後に仲間達と共に深海棲艦へと立ち向かう。未だ敵の全容は知れず、帰らぬ者となった艦娘も出てしまっている……が、今の彼女達には覇気があった。この戦いを生き残り、勝利するという決意があった。意識が変われば動きも変わる……未だ戦力差は圧倒的なれど、艦娘達の奮闘は僅かに、だが確実に勝利への道を進んでいた。

 

 (軍刀……棲姫……っ)

 

 (総司令の命令次第では……ここで)

 

 (相変わらず……化物だね)

 

 けれども……戦いはまだ、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 また1つ、人型深海棲艦の首を右のみーちゃん軍刀で斬り飛ばし、迫る砲弾を左のふーちゃん軍刀で縦に斬り捨ててから撃ってきた駆逐深海棲艦に向かって跳び、その間にも擦れ違う深海棲艦を一太刀ずつ斬りつけ、着水と同時に真っ二つに斬る。この身体にはもう完全に馴れたも言っても問題ないだろう。未だに前世、前の世界のことなどまるで覚えてないと言えるが。

 

 ……さて、なんで俺がこんな場所……海軍の鎮守府の近くの海で深海棲艦の大軍を相手にしているのかと言えば、日向にも言ったように“仲間の命の恩人”の頼みだからだ。俺はまた1つ深海棲艦を斬り捨て、戦場を動き回りながら、その時のことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 俺が妙に気になった深海棲艦を追い続けて幾ばくかの時が過ぎた。その間に他の深海棲艦と遭遇することもあったが、優先するモノでもあるのか戦闘になるようなことはならなかった……ただ、追っていた深海棲艦はその深海棲艦達を4回程見かけた後、急に立ち止まって自分の進行方向と深海棲艦達が向かっていた方向を何度か交互にその大きな手の指……というか爪……で指差し、これまた急に両手で顔を覆って崩れ落ちた。この時点でちょっと察してしまった俺だが、万が一の可能性を考えてその深海棲艦に近付いてみると……。

 

 「方角……間違えた……っ!」

 

 体から力が抜けたがなんとか立て直す。案の定彼女は進む方向を間違えていたらしい……日本に向かいたかったんだろうが、それなりに離れてしまっている。今から向かっても時間が掛かるだろう。

 

 それはさておき、気になったのは彼女が扶桑姉妹のようにカタコトではなく普通に話している点。そして、その姿。もしや、という思いをしつつ声をかけてみると、だ。

 

 「君は、港湾棲姫か?」

 

 「誰!?」

 

 驚いたような声を出しながら後ろに振り返る彼女……赤い瞳と、折れてこそいるが額にある角らしきモノ、そして扶桑姉妹に匹敵、或いは凌駕するであろうおぱーい。ついつい視線を向けてしまう辺り、やはり俺は前世は男だったのではなかろうか……と、そんなことは今はどうでもいい。

 

 「俺はイブキだ。夕立という艦娘を知っているだろうか?」

 

 「イブキ? どこかで……それに夕立って……まさか貴女が?」

 

 「やはりそうか……夕立を助けてくれたこと、感謝する」

 

 やっぱりそうですか。夕立を助けてくれてありがとうございます……と言って頭を下げたんだが、口調の謎変換は健在だった。もっと謙虚に敬語を使いたいんだが頑なに使わせてくれないなこの身体。

 

 それはさておき、やはり彼女は夕立を助けてくれた深海棲艦の港湾棲姫だったようだ。夕立から聞いていた容姿とも一致している……所々ボロボロになっているのは、戦闘をした後なのだろうか。

 

 「いえ、私ではなくホッポが……ってごめんなさい、それどころじゃないの! 早く日本に……あの人の所に行かないと!」

 

 「あの人……?」

 

 慌てたようにそう言ってきた彼女だが、俺としては彼女の言う“あの人”が気になった。恐らくだが、彼女は艦娘としての前世を持っているんだろう。口調や日本という台詞がその可能性を高くしている。

 

 そして、あの人というのは……恐らくだが、鎮守府の提督か何かだろう。俺達がこうしている間にも深海棲艦達の襲撃は続いているのだし、その“あの人”が危険だと感じて慌てるのも仕方ない。

 

 「彼女が……姫があの人を殺そうとしてる。私はそれを止めたいの。だから早く行かないと……あの人が……」

 

 名前がまるで出ないので想像しか出来ないが、あの人とやらは姫……多分、山城が話を取した件の姫だろう、その姫に殺意を向けられている。一体その姫と何があったんだ? で、彼女はあの人とやらを殺させない為に動いていると……ボロボロなのは、1度はその姫と交戦したからなのかもしれない。

 

 「……俺も同行しよう」

 

 「えっ? えっ!? で、でも……これは私の問題で……」

 

 「貴女は夕立の恩人だ。その恩人がボロボロの状態で、日本に真っ直ぐ向かえずにいるんだ……手助けくらいさせてくれ」

 

 

 

 ちょっとショックを受けたような顔をしたものの、この提案は受け入れられた。そして日本に向かって進んでいると黒い床のように見える程の大量の深海棲艦を見付け……その遠くに見える建物が“あの人”のいる鎮守府だろう。そこに向かっているのを目撃した。

 

 最初は建物を見て“変わってないなぁ……”なんて呟いていた港湾棲姫だったが、深海棲艦達と建物から煙が上がっているのを見ると真っ青になった。それはそうだろう……艦娘の素顔などまるで見えない程の海を埋め尽くす深海棲艦、しかも鎮守府からは不自然な煙が上がっている。もしかしたら、もう既に……なんて考えが浮かんでしまうのは仕方ないかもしれない。

 

 「……どうする? あれだけの数だ、あの鎮守府はもう保たないかもしれない。もしかしたら……という事も考えられるが」

 

 だが、俺は恩人相手に厳しい現実……とは言っても可能性の話だが、そう低くはないだろう……を告げる。それに、彼処は戦場だ……万が一にも彼女が突っ込んで沈むようなことがあれば恩を仇で返すようなモノ。俺としては、ここで踏み止まって欲しい。

 

 しかし、彼女は何を思ったのか目を閉じて身動きをしなくなった。俺の言葉を考えているのか、それともあの戦場やあの人とやらのことを考えているのか……しばらくして彼女は目を開き、俺の方を見てこう言ってきた。

 

 「……見て分かるように、鎮守府に……大本営にいる大事な人が危ないんです。こんな事を貴女に頼むのは……おかしいけれど、どうかあの深海棲艦の大軍の足止めをお願いします。私だけじゃきっと……あの人を彼処から救えない……だから」

 

 ━ あの人と……艦娘達をどうか助けてください ━

 

 

 

 

 

 

 俺が頼まれたのは“足止め”だけじゃない。港湾棲姫という夕立の命の恩人に、泣きそうな声で頭を下げられながら、あの人とやらと艦娘を助けてくれと頼まれた。そうでなければ……誰があの艦娘を……俺に一番残酷な嘘をついた艦娘なんかを助けてやるものか。

 

 世の人が聞けば心が狭いと批難するだろうか? 悪戯やちょっとした程度の嘘なら笑って許せるだろう。だけどあいつは、俺にとって一番残酷な、赦し難い嘘をついてきた……どれだけ謝られても、赦してやるものか。例え夕立が元気にやっているとしても、だ。

 

 (それはさておき……数が多すぎるな……)

 

 頼まれた手前、足止めも助けることも全力を尽くす。だが、戦場は広い上に俺は1人、どうしても全員には手が回らない。殲滅力のあるごーちゃん軍刀は夕立達に渡しているから使えないし、次点で殲滅力のあるしーちゃん軍刀は……下手をすれば艦娘も巻き込んでしまう。ごーちゃんもそうだか。

 

 結論として、俺は可能な限り素早く動き回り、尚且つ瞬時に敵を沈めなければならない。それも1隻1隻地道かつ確実に、艦娘達の状況にも気を配りつつ、だ。この世界に来て最も精神的にキツい戦いだろうな。

 

 (……ん?)

 

 瞬間、あの“時間が止まっているかのような感覚”になる。だが、視界に入る限りには俺に迫る砲弾はない。艦載機も、魚雷も含めてだ。となれば、俺の視覚外から攻撃が来ていることになる……真下と真上ではない、とすれば……真後ろか。

 

 跳ぶかしゃがむか一瞬悩んだが、左へと跳ぶ。すると感覚がなくなり、跳ぶ前に俺の正面にいた深海棲艦の体に突き刺さり、爆発する。俺は跳んだついでに深海棲艦を1隻斬り捨てる。その後に後ろを確認してみると……いたのは、4人の艦娘。その4人は、名前こそ思い出せないが見覚えがある。

 

 褐色白髪のサラシを胸に巻いた艦娘、眼鏡と黒い長髪の艦娘、黒髪ポニーテールの艦娘、弓を持った白のような色合いの髪の艦娘……撃ったのは、威力からして褐色の艦娘だろう。間違いない、彼女達は日向と同じようにあの時島にやってきた艦娘達だろう。そして撃ってきた理由は……あれでは俺を狙ったのか深海棲艦を狙ったのか分かりにくい。まあ十中八九俺諸とも、という考えだろうが。

 

 (……本当に、キツい戦いになりそうだ)

 

 どうやら俺は、足止めするべき深海棲艦の攻撃と守るべき艦娘の攻撃に気をつけなければならないらしい……どっちつかず故の自業自得だと受け止めておこう。




久々のイブキ登場でした。戦闘シーンは描写はともかく、書いてる側としてはとても楽しいです。数とか動きとか色々と突っ込みたい所はあるとは思いますが、楽しんで頂けているなら幸いです。

イブキの古鷹への感情ですが……帰ってきたドラ○もんで嘘をつかれたのび○君のような心境だと思ってください。あの時のオレンジと緑は子供心ながらマジで許せねえと思いました。



今回のおさらい

善蔵と猫吊るし、謎の会話。その意味を知るのは2人と……。深海棲艦の大軍、襲来。戦える者はそう多くない。港湾棲姫、迷う。どじッ子属性発覚。イブキ、登場。3話ぶりである。



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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このクソ提督

お待たせしました、ようやく更新です。

最近右手首が痛くて仕方ない……筋トレのせいかしら←

それはさておき、まだまだ大襲撃編は続きます。まだまだシリアスが続きます。ほのぼの系であーうー言わせてた頃が懐かしい……それから酒呑童子欲しい。

それでは、どうぞ(*´∀`)つ


 渡部 義道の鎮守府近海で、キィン……という甲高い音が、戦いが終わった戦場に響く。次いで、ポチャンと海に何かが落ちた音がして……誰かが、息を吐いた。

 

 「なんでよ……」

 

 そう呟いたのは……龍田。彼女の手には己の艤装である薙刀が握られていて……その刃が、根元から折れていた。彼女が恨みと怒りを込めて振るったその一撃は、レコンの首を確かに捉え……傷1つ付けることが出来ずに、折れた。それはまるで、自分では復讐など果たせはしないと突き付けられたような気がして。

 

 「なんでよおおおおっ!!」

 

 龍田は崩れ落ち、慟哭し、涙する。目の前のレコンに、仲間を奪われた。己の半身を奪われた。続いていくハズだった幸せな未来を奪われた。最も大切な存在を思い出の中の存在に変えられた。仇への復讐心を1日足りとも忘れたことはなく、今日この日まで仇を取るための鍛練を欠かさなかった。

 

 それでも、届かない。仇であるレコンは防御することもなく、それどころか構えることすらもなく……それでも、傷1つ付かない。それも当然だろう。彼女は姫の攻撃を何度も受けて尚立ち上がる耐久力を誇る……たかが軽巡程度の攻撃で傷が付く訳がない。

 

 (龍田さん……)

 

 その絶望が、雷にはよく分かる。何しろ彼女自身同じことをして、同じ結果になったのだから。レ級と遭遇し、仲間を奪われたと気付き、衝動的に攻撃して……それが無駄だったという絶望を感じたのだから。

 

 ちらっと、雷は龍田以外の者へと視線を向ける。暁、響、電、いつの間にか近くにいたビスマルク、睦月、五十鈴……皆困惑と脅えが混ざった表情をしていた。レコンは……なんとも言えない表情をしていた。

 

 (『……コレガ、オレノヤッタコトノ結果カ……』)

 

 レコンは金剛であり、同時にレ級であった。その生まれから現在までの記憶を有しているし……レ級として沈んだ時のことも、よく覚えている。分かっていた……自分が恨まれていることは、分かりきっていた。沈んだ時の天龍の怨釵の声も、伝わる怒りと怨みの感情……それらを忘れたことなどない。忘れられる訳がない。

 

 だからといって、この状況をどうしろというのか。どうすればよかったというのか。目の前の艦娘に沈められればよかったのか? そんな訳がない。今の自分には、自惚れでもなんでもなく自分の身を案じてくれる存在がいる、沈めば涙してくれる存在がいる。その者達の為にも、沈む訳にはいかない。

 

 「……龍田、さん」

 

 「……」

 

 雷が名前を呼んでも、龍田は反応を示さない。この9ヶ月を、彼女は復讐を果たす為だけに生きていた。だが、自分では復讐を果たすには何もかもが足りず……それが己の艦種の限界となれば、生きる気力など無くなっても仕方ないことなのかもしれない。

 

 展開に全くついてこれていない龍田側の面々……睦月でさえ、龍田の気持ちを理解しても彼女のようにはなれなかった。無論、思うところはある。睦月とて遭遇した時の恐怖と仲間を失ったことの悲しみ、その元凶への怒りはあった。龍田のようにならなかったのは、仲間と姉妹艦達のお陰だろう。そして、それこそが龍田との違い。姉妹を失ったか、失っていないかの……大きな違い。だからこそ、睦月や雷の……この場にいる仲間の声は届かない。彼女に声が届くとすれば、それはもう居ない天龍。もしくは……。

 

 

 

 「ぶぐっ!?」

 

 【っ!?】

 

 

 

 瞬間、座り込んでいたハズの龍田が宙を舞う。そして元居た場所には……軍刀を左手に、右腕を上に向かって振り抜いた姿勢のレコン。驚愕から戻ってきた面々は海に背中から落ちた龍田とレコンを交互に見て、ようやく理解する。龍田がレコンに殴られたのだと。

 

 「な……あ……? 何、するのよ!!」

 

 殴られた本人は鼻血を垂らしながら何が起きたのか分からないとばかりに放心していた。が、直ぐに自分が仇に殴り飛ばされたと気付き、先程の絶望など忘れて起き上がり、レコンに向かっていく。

 

 折れた薙刀は殴られた際に手放してしまい、怒りに駆られた頭では砲撃することなど思い付かず、龍田はレコンに殴りかかる。その拳は意外にもあっさりとレコンの左頬に突き刺さる。

 

 「『……コンナモンカ?』」

 

 「なっ……っが!?」

 

 【龍田さん!!】

 

 だが、薙刀で傷1つ付かなかったレコンに龍田の拳が効くわけもなく、龍田は嘲笑したレコンに再び殴り飛ばされる。その光景に暁達から悲鳴が上がるが、無事であると示唆するように龍田はまた立ち上がる。そして殴られた本人は気付いた……レコンが手加減をしていることを。そうでなければ飛行場姫に勝利し、果てに持ち上げて投げるという滅茶苦茶な腕力を持つレコンに殴られて鼻血が出て頬が腫れる程度で済む訳がない。

 

 「どこまで……お前は私をバカにすればああああっ!!」

 

 完全に入った渾身の一撃は傷1つ付かず、仇を討てない現実に絶望すれば殴り飛ばされ、殴り返せば嘲笑されてまた殴り飛ばされ、しかもそれは手加減されていた……龍田でなくとも激昂するのは仕方のないことだろう。

 

 そして彼女は再び殴りに行き……今度は握った拳が届くことすらなく、あっさりとレコンの手に受け止められ、握り込まれる。握られた手は押しても引いても動かず、もう片方の手で殴りかかればそれも同じように止められ、握り込まれる。

 

 「『弱イナ、オ前』」

 

 ニヤリと、明らかな嘲笑を浮かべ、見下しながらレコンははっきりとそう言った。たった一言、と言ってしまえればよかった。だが、“弱い”という言葉を仇に告げられ、事実どうすることも出来ない……そんな現実をまざまざと突き付けられた龍田は、睨むことを止めず……悔しさのあまりに、また涙を流す。

 

 「『確カ……天龍トカ言ウ艦娘ダッタカ? アイツハ、俺ヲ沈メテ見セタゾ』」

 

 その台詞に、暁達は目を見開いた。龍田も同じように目を見開き……雷の手にあるナイフへと視線が向けられる。嘘だ……等と言える訳がない。龍田には分かるのだ……目の前の金剛は仇のレ級であると。深海棲艦が艦娘になるという話は海軍では聞いたことがない。だが、姿が変わっているということは……少なくとも、変わる理由が存在するということ。そしてその理由は……きっと、天龍が生き延びて復讐を果たしたから。

 

 フッ、と龍田の拳から力が抜ける。果たすべき復讐は既に果たされていた。そうすることだけの為に生きてきたというのに、それはもう終わっていた。だからだろう……龍田は、自分がどうすればいいのか分からなくなった。

 

 「『……雷』」

 

 「うん。龍田さん……これ、受け取って」

 

 レコンが龍田の手を離すと、彼女は再び座り込む。そんな彼女を見たレコンは雷を呼び、彼女の言いたいことを悟った雷は龍田の手に天龍の艤装から作られたナイフを握らせる。

 

 嗚呼……と龍田が声を漏らす。今、彼女の……暁達の目の前には、幽霊のように少し透けている天龍が居た。腕組みをしながら困ったような笑みを浮かべて、龍田のことを優しく見ている……先程雷にしたように、龍田に復讐を煽ることはしなかった。

 

 この天龍は、強すぎた彼女の怨念が折れた刀身に今日まで宿った怨霊のようなモノだ。だが、刀身に宿っていたということはイブキ達と行動を共にしていたということになる。故に彼女は、自分が復讐を果たしたことを知っている。雷に復讐を薦めたのは、今にも潰れそうだった彼女を思ってのことだ……そうでなければ、天龍の性格であれば仇であるレコンのことを話に出すことはしないだろう。

 

 「天……龍……ぢゃんんん……っ!」

 

 受け取ったナイフを、龍田は涙声で天龍の名を呼びながら力の限り抱き締める。そんな彼女の頭を、天龍は片膝をついて撫でていた。無論、触れられた感触も、人肌の温もりも何も感じない。龍田達の知る天龍は、もうこの世にはいないのだから。

 

 この再会は、“運良く起きた”奇跡に過ぎない。ただ1度、ほんの数秒だけいーちゃん軍刀を彼女が握ったことによる、奇跡に過ぎない。

 

 『……じゃあな、お前ら』

 

 暁達にも、雷達にもはっきりと聞こえた別れの言葉。その言葉に返す声はなかった。暁達は皆涙を流し、言葉にならない。龍田もまた、言葉に出来ずにいる……だが、顔だけは、前を向いていた。今度こそ、相手の姿を見てさよならが出来るように。

 

 天龍は右手を腰に当て、笑みを浮かべ……足下から無数の光の珠となって消えていく。仇を討てていたと知った後の彼女の心残り……それは、遺した妹と仲間達のこと。チビ達が潰れていないだろうか? 龍田は悲しんで動けなくなったりしていないだろうか? そういう心配。だが、それも無くなった以上……もうこの世に居る必要はない。

 

 やがて、天龍の姿が完全に消える。残された者達の目には変わらず涙があり……それでも、下を向くことはない。龍田に至ってはいつもの笑みを浮かべる程である……泣きながら。

 

 「『……雷。行くネー』」

 

 「……うん」

 

 「「「い、雷!」」」

 

 「雷ちゃん!」

 

 「雷お姉ちゃん!」

 

 そんな彼女達に背を向け、2人はその場から去っていく。雷の背中には姉妹達、仲間達の声が届くが……彼女は見向きもしなかった。大規模作戦が行われたあの日から、もう既に雷と彼女達が共に居られることはないのだから。

 

 少なくとも……今は。

 

 

 

 

 

 

 “軍刀棲姫”という名は、海軍では一部を除いて恐怖の代名詞と言っても過言ではない。それは一重に、その戦闘力の高さと被った被害の為だ。

 

 海軍において“最強”とは、渡部 善蔵の艦隊を指す。だが、最強の“艦娘”となると意見が別れる。一騎当千という言葉を当て嵌めようと、最強だと言葉にしようと、単体では多大な戦果を出すことは難しい。例えば、善蔵の艦隊にいる武蔵。彼女は、火力や防御力は正しく海軍最強と言えるだろう。しかし彼女1人では潜水艦に勝つことは不可能に近いし、敵の数が此度の襲撃のような数になればまず間違いなく沈むだろう。しかし、軍刀棲姫……イブキは違う。

 

 「これが……軍刀、棲姫……」

 

 「助けてくれてるん……だよね? ね?」

 

 「私が知るわけないでしょ……」

 

 そんな会話をしている艦娘達が見る先には、縦横無尽に動き回り、次々と深海棲艦を沈めていくイブキの姿。銀閃が閃く度に敵が沈み、海中に向けて軍刀の刀身が伸びれば水柱が上がり、跳べば上空で赤黒い花火が上がる。敵に包囲されていても攻撃をされてもするりと抜け、避け、反撃して沈める。空からの攻撃も、水中に潜んでいても、数があろうと……イブキには何一つ、誰1人届かない。

 

 「宿敵に負けるなよ!!」

 

 【了解!!】

 

 そしてその近くでは、善蔵の艦隊を除いて海軍最強に近い大将の艦隊、日向達が獅子奮迅の活躍をしている。全員が強化艤装を装備しているという第一艦隊……その旗艦である日向は主砲副砲による砲撃に加え、瑞雲による援護と軍刀による一閃で次々と深海棲艦を沈め、大和は只の1度もその大火力の砲撃を外していない。川内、島風も戦場を動き回り、砲撃と魚雷を使い分けて時に沈め、時に助け、時にサポートし、対潜攻撃も忘れない。瑞鳳、瑞鶴も艦載機を出し、時には矢として直接射抜き、近くの敵は蹴り飛ばし、或いは足場にして上空から射抜くとスタイリッシュな動きで敵を沈めていく。そしてそんな彼女達の活躍を見た艦娘達の士気が上がり、動きが良くなっていく。

 

 「きゃあ!」

 

 「うっ、ああ!」

 

 それでも、数の差はどうにもし難い。敵の数は確実に減っている……それもイブキが入ったことにより、かなりの速度で。だが、未だに終わりは見えない。迫る砲撃と魚雷、艦載機の群れ、潜水艦の奇襲……それらにより、艦娘の数も確実に減っていた。例えイブキや日向達が強くても、仲間の全てを守りきれる訳もない。

 

 「っ……おおおおっ!!」

 

 沈み逝く艦娘の姿を見て僅かに顔を歪めた後、イブキは吼える。イブキが沈めた深海棲艦は既に3桁に届く……なのに、終わらない。斬っても、斬っても、斬っても……戦いは終わってはくれない。まだまだ敵は居る。まだまだ沈める必要がある。港湾棲姫の頼みを聞いた以上、途中で投げ出す訳にはいかないのだから。

 

 また1隻、2隻と敵を斬り捨てるイブキ。視界に助けが必要な艦娘が居ればそこに向かって凶弾から守り、周辺の敵を沈めて僅かでも安全を確保する。だが、1人を助ければどこかにいる1人を助けられずに沈めてしまう。全てを守りきれる、とはイブキも思ってはいない……だが、想像以上の速度で深海棲艦も艦娘も沈んでいく。

 

 「っ!? くそっ、またか!」

 

 悪態をつきながらその場から跳び退くイブキ。その直後に砲弾が飛び、深海棲艦に直撃し、沈める。イブキにとって何よりもキツイのは、こうして時折飛んでくる流れ弾……それも守る対象である艦娘からの、悪意があるのか只の流れ弾なのか分からないようなモノ。

 

 いっそのこと、悪意があるならばまだ割り切れた。その身は海軍でも深海棲艦でもないどっちつかずのモノ、助けに来たから味方、だなんて割り切れない艦娘達もいるだろう。事実、武蔵達以外にもイブキに良い感情を持っていない艦娘もいるのだから。

 

 だが、時間が経つにつれてイブキから余裕が無くなっていく。何故こうして戦っているのか分からなくなってくる。戦闘という点ではあらゆる部分で秀でたイブキの持つ弱点……それこそが、心なのだ。

 

 (っ……後何隻沈めればいいんだ……)

 

 イブキだけでもう100は軽く沈めている。日向達など他の艦娘の戦果も考えれば、確実に300、400は沈めている……それだけ沈めているにもかかわらず、未だに深海棲艦は尽きる様子を見せない。

 

 それもそうだろう……イブキと艦娘達は知らないが、この深海棲艦の増援は最後の戦力であり、総数が2000にもなる……まだ半分はおろか、4分の1にも達していないのだ。明確な数字が分からないというのは幸か……それとも、不幸か。

 

 「しま……もう弾薬が……きゃああああっ!!」

 

 「そんな、足が動かない!? 燃料が……ぎ、あ、ああああ!!」

 

 またどこかで悲鳴が上がり、艦娘が沈む。燃料と弾薬が尽き始め、引き際を誤ってしまい、抵抗が出来なくなってそのまま沈められる者が現れ出したのだ。

 

 (このままでは……)

 

 大淀は戦況を見て、無表情の顔に冷や汗を流す。実のところ、時たまにイブキの方へ飛んでいく砲弾は9割が只の流れ弾である。実際、他の艦娘にもフレンドリーファイアが起こっており、そのせいで沈んでしまう艦娘もいた。では、残りの1割はどうなのか? 1割……というか最初の1発だけは、武蔵が放ったモノだった。理由は、理性よりも大規模作戦の時に敗北した時の怒りが上回ってしまった為である。

 

 今回ばかりは余りに浅はかな行動だと大淀と雲龍、矢矧が訴えたのでそれ以降武蔵はそのような行動はしていない……が、大淀の目から見てもイブキがフレンドリーファイアの軌道上にいる度に、艦娘への疑念が深まっていくように見えた。そういった心の機敏が見えたことで、大淀は初めてイブキを自分達とあまり変わらない存在なのだと認識できた気がした。

 

 だが、そんな話は今は関係ない。問題なのは、イブキの心が艦娘への怒りに染まり、その驚異の戦闘力が海軍に向けられる可能性があるということ。最低限その可能性を取り払わなければ、敗戦が濃厚から確定に変わってしまう。それだけは、善蔵の第一艦隊の1人としても、海軍に所属する艦娘としてもさせる訳にはいかない。

 

 (……仕方ありませんね。私1人の行動で軍刀棲姫が……例えこの場限りだとしても、仲間となる可能性があるなら。そして、この先……未来で、少しでも軍刀棲姫と敵対しなくなる可能性を高める為にも)

 

 「雲龍、矢矧。武蔵が暴走しないように頼みます」

 

 「……何をする気?」

 

 「大淀……?」

 

 「軍刀棲姫は情に厚いと聞きますし、実際に見聞きしました。ならば……リスクはありますが、彼女の疑念を払う方法はあります」

 

 少し離れた場所で砲撃しまくっている武蔵を横目で見ながら、大淀は雲龍と矢矧にそう告げてイブキの方を見やる。その頭の中では、彼女の言うイブキの疑念を払う方法をシミュレートされていた。そして1度善蔵がいるであろう建物を一瞬だけ視界に入れ……大淀は、動き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……妙だな」

 

 「おや、何がですかー?」

 

 「チッ……敵の侵攻速度が、だ」

 

 窓越しに戦況を見ていた善蔵の口から零れた言葉に、猫吊るしは問い掛ける。そのちょっとした言葉にすらイラッとした善蔵は不機嫌さを隠すことなく、舌打ちを1つしながら答える。

 

 「遺憾だが、あれほどの数を現状の戦力で撃退はおろか食い止めることすら不可能だ……例え大淀の言うように本当に軍刀棲姫がいたとしても、全てを食い止めることなど出来るわけがない……なのに、だ。深海棲艦は1隻足りとてこの場所に辿り着いていない……それどころか、防衛戦力を抜けることすら出来ていない。その前にはあれよりも少ない戦力で、こちらに被害を出しているにもかかわらず」

 

 善蔵の言う通り、新たに現れた深海棲艦は1隻足りとも現在対峙している戦力を突破できていない。戦力を削り削られはしていても、どういう訳かそれ以上侵攻出来てはいなかった。それが善蔵には不思議でならない。何せ戦力差は倍どころではない差があるのだ、全てを止めきれるハズもない。善蔵個人としては本人も言うように遺憾だが、現在の戦力でどうにか出来る等とボケたことを言うつもりもないのだ。それでも負けていないと言うのは、その劣勢や今後の展開も含めてまだやりようがあるからである。

 

 では、何故深海棲艦達は今以上に侵攻してこないのだろうかと、善蔵は考える。真っ先に考え付いたのは……最初の戦いと違い、これが“侵攻”ではなく“足止め”ではないか? ということだった。海軍にどうあっても無視する訳にはいかない、全戦力を出さざるをえない大軍をぶつけることで大本営内の防衛力を根こそぎ削り、本命の行動に移る準備をしているのではないかと。もしそうだとすれば、“本命”と呼ぶべきモノ、或いは動きがあって然るべきであるが。

 

 (その本命は見当たらない。仮にそれが“物”だとすれば……何かしらの兵器。だが深海棲艦が武装を作り出せるとは到底思えん。ならば、“者”である可能性が高い。恐らくは姫……それが、先に考えた海軍か個人に怨みのある者だとすれば……単艦でこの大本営に襲撃するつもりか?)

 

 善蔵は思考を重ねる。仮にその思考が正しいとすれば、どこから姫はやってくるのか? 空……これは説明するまでもなく有り得ない。一番高い可能性は当然海、それも“深海棲艦”の名が指し示すように深海……即ち海中。戦場に出ている潜水艦娘は片手の指で足りる程しかいない上にあの大軍と戦闘中なのだ、見付けられなくとも不思議ではない。最後の可能性は地上だが、これも可能性としては低いだろう。

 

 (地上から来るならば監視カメラや警備の者が直ぐに見付けられる。だが何の連絡もない上に爆発音の1つもせん以上、それはない……ならば、やはり海中から来ると考えるべきか……それならば、特に問題はない。それは想定済みなのだからな)

 

 大本営のみならず、鎮守府には程度の差はあれど防衛の為の兵器を備え付けられている。備え付けたのは当然妖精であり、艦娘達が持つ艤装と同じように深海棲艦にも効果がある……とは言い難い。第一、もしそんな兵器があるならば人間が扱える兵器として産み出した方が良いだろう。そうではない理由は簡単……どんなに妖精に頼み込んでも彼女(?)達が首を縦に振らなかったからだ。なぜ作ってくれないのか、その理由は定かになっていない。

 

 しかし、大本営だけは違った。大本営の周辺の海には、度々話に出た対深海棲艦爆弾“回天”の威力を大きく下回る爆弾……機雷が海中を漂っている。姫を倒しきれる保証などないが、ノーダメージとはいかないだろう。それに、漂っているのは1つ2つではない……また、威力も先の戦いの中で突撃してくる深海棲艦達を多く撃破したことで証明されている。その時に爆発した分は既に補充されている。つまり、例え姫が海中から攻めてきても手痛い被害を与えられるということ……ダメージを与えた後は補給に戻ってきている艦娘達に攻撃させればいい。

 

 (そのハズなのだが……なんだ? このざわつきは。まるで何か……それも致命的な何かを見落としているかのような不安感……私は何を見落としている?)

 

 そう考えていた善蔵だったが、ここに来て言い知れない不安を抱いていた。その不安の理由を自分で見付けられないということがまた、その不安に拍車を掛ける。その不安を消し去るべく、善蔵は再び思考を重ねる。

 

 戦況は決して優勢とは言えないが、戦線そのものは維持できている。とは言っても、戦っている艦娘達の弾薬と燃料、轟沈している数を考えればあまりもたない。直ぐに補給している艦娘達を向かわせる必要がある。本命と思わしき動きも姫の姿もない。

 

 「……姫?」

 

 ふと、その言葉が善蔵は引っ掛かった。深海棲艦の姫……この場において姫と言えば、襲撃の主犯と軍刀棲姫ことイブキのことを指す。しかし、その2人が引っ掛かったという訳ではない……ならば、もっと前。具体的には大規模作戦の時のこと。

 

 報告ではその時、駆逐棲姫を轟沈させている。だが、轟沈しているならばこの場では関係ないハズ。では、他に姫がいたかどうか……と思い返し、善蔵は軍刀棲姫の仲間と思わしき姫と鬼……戦艦棲姫と戦闘水鬼がいたと思い出す。だがそこまでだ、何も不思議なところはない。

 

 (……いや、本当に不思議なところはなかったか? よく思い返せ、渡部 善蔵。大淀の報告を)

 

 

 

 『以上で全ての報告となります』

 

 『ご苦労……どうした? 大淀。何かを躊躇っているようだが』

 

 『いえ、その……1つ、疑問が残りまして』

 

 『……言ってみろ』

 

 『……新たに現れた戦艦棲姫と鬼ですが……自分達のことを戦艦棲姫“山城”、“扶桑”と言っていました。もしかしたら……』

 

 『……そんなハズは、ない。そんなハズは……』

 

 

 

 「……っ!?」

 

 善蔵は思い出した。その時には信じられず……否、信じたくない心と過去に類を見ないことだった為に今の今まで忘れていた可能性……深海棲艦は、沈んだ艦娘の生まれ変わりではないのかという可能性を。

 

 「妖精……貴様に聞きたいことがある」

 

 「珍しいですねー……何ですか?」

 

 「轟沈した艦娘が、深海棲艦に生まれ変わることは……記憶を持つことはあるのか? いや……そもそも艦娘と深海棲艦は……同じ存在、なのか?」

 

 善蔵の声が震える。イブキのことをイレギュラーと呼び、“叶わぬ約束”と度々呟き、深海棲艦の姫の所在や名前などを知っている善蔵……だが、その知識は全て、目の前の妖精……猫吊るしから教えられたモノ。彼とて艦娘も深海棲艦も妖精も、詳しく知っている訳ではなかった。だからこそ、彼は猫吊るしから教えられたこと以外は知らない。深海棲艦の中に艦娘だった頃の記憶がある者がいることも、その逆も、深海棲艦側にも妖精がいることも……彼は、教えられていない。否、知ろうとすら“思えなかった”。いや、今なら分かる……猫吊るしの言動や情報の違和感、自身がその違和感を気にも止めていなかった……否、記憶に残そうともしなかったという有り得ない事実。そしてそれは、今日この日までただの一度も気付いていなかった。その事に今更気付き……善蔵は、冷や汗が止まらなかった。

 

 猫吊るしの口からは彼の問い掛けに対する返答はない。猫吊るしは答えないまま顔を俯かせて影で目が見えなくなり……唯一見える口元が、弧を描くように歪んだ。それはまるで、“やっと気付いたのか”……或いは“気付いてしまったのか”という嘲笑。そんな笑みを浮かべた猫吊るしに、善蔵は声を荒げようとし……。

 

 

 

 「今更気付いたの? 本当に耄碌したわね……このクソ提督」

 

 

 

 その可憐とも言える声と言葉を聞き、善蔵は今度こそ言葉を無くした。声が聞こえた方……部屋の入口を見れば、そこにいたのは白く長い長髪の一部を左側のサイドポニーにし、本当の意味で真っ白な肌を存分に晒した半裸の女性……その背後に仕えるは黒き異形。彼女こそが此度の襲撃の主犯……名を、空母棲姫。そして彼女は、もう1つ名を持って“いた”。

 

 「その口調、その台詞……そうか、お前か。“あけぼ”」

 

 そして善蔵がその名を呼び終わるその前に、黒き異形の顎が善蔵を後ろの壁諸とも喰らった。

 

 

 

 

 

 

 「ッカ……」

 

 みーちゃん軍刀を人型深海棲艦目掛けて投げ付け、その額を貫く。その深海棲艦に向かって跳んで倒れきる前に軍刀を引き抜き、一番近くに居た深海棲艦を縦一閃に両断する。右側から砲弾が飛んできたので軽くしゃがむことで避け、そのまま前方へと跳び、着水するまでの数秒で擦れ違う深海棲艦を斬り捨てる。

 

 もう何度腕を振り、敵を斬り、戦場を跳び、敵を沈め、攻撃を避け……その他諸々をしたのか分からない。さっきまでヤケクソ気味に叫んだりもしたが、今では声を出すことすらなく作業的にこれらを繰り返している……全っ然減った気がしないのが辛い。しかもたまーに艦娘達から砲撃が飛んでくるのが地味に辛い。まあ、これは仕方ないんだろうが……今この場くらい信じてくれてもいいんじゃなかろうか。

 

 「ひっ……いああああっ!!」

 

 「提督……てい……と……」

 

 「っ……クソッ……」

 

 何よりもキツいのは……この体の性能が良すぎる為に聞こえてくる、艦娘達のこうした悲鳴やか細い沈む瞬間の声。守れなかった、助けられなかった……そういう事実がまざまざと突き付けられる。そして、レコンがまだレ級だった時……俺を押し退けて天龍の攻撃を受けて沈んだ時のことを思い出してしまう。俺のメンタルは然程強くないようだ。

 

 だが、俺のメンタルが弱くとも敵も攻撃も止まってはくれない。勿論当たる気なんてしないが、ずっとこのまま戦い続けることなんて出来はしないだろうし……体力の限界を感じたことなんてないけれども、多分限界はある。その限界が来てしまえば、後はサンドバックにされるだけ……それまでに戦いが終わることを願うしかない。

 

 「しーちゃん……!」

 

 「お任せですー。びよーん」

 

 視界に艦娘がいないことを確認してからふーちゃん軍刀を納刀し、しーちゃん軍刀を引き抜いて伸ばしながら振るう。前方約180度、直径100メートル……それがしーちゃん軍刀の攻撃が通った範囲だ。一度振れば、残るのは上半身と下半身を断たれた死体が残るのみ……そこにもう思うところは、ない。

 

 殺しに何も感じなくなれば、それはもう人ではないというのはよくある話だ。では、元から人外であり、その人外が殺しに何も感じなくなれば、それはどうなるのだろうか。そもそも、俺はどっちだ? 人か? 人外か? 見てくれは間違いなく後者だろう。では、人外は化け物なのか?

 

 (……駄目だ、思考が滅茶苦茶になってる……頭ん中が可笑しくなってきてるな……)

 

 某大総統が出てくる漫画の中で、戦場で頭が可笑しくなってる人の描写が出てきたことがある。確か……シェルショックだったか。詳しくは覚えていないが。まあこれだけ砲弾が飛び交い、血を見ているんだ……これ以上ここにいると本当に頭がどうにかなりそうだ。せめて、仲間の誰かが側に居てくれれば……。

 

 そう考えた時、また時間が止まったかのような感覚がした。だが、俺の見える範囲に砲弾はない……ならば、また後ろから来ているんだろう。そう思いながら俺は右へと跳び、砲弾が来ているであろう後方をチラッとだけ見てみる。そうして俺が見たのは……。

 

 (……えっ?)

 

 両手を広げ今にも砲弾を受けようとしている、黒い長髪の艦娘の姿だった。彼女がそこにいるということは、跳ぶ前の俺の後ろにいたということで……両手を広げている姿は、まるで誰かを守ろうとしているかのようで。

 

 (まさか……俺を?)

 

 そう考えた時、彼女に砲弾が直撃した。




という訳で、前書きでも言ったようにまだまだ大襲撃の話は続きます。龍田とレコンは一度は生きる気力を失ったものの復讐を生きる目的にする……みたいな話にしたかったんですが、天龍の姉パワーでなんとかなりました←

今回も戦闘描写や話、今までとの矛盾などツッコミ所はあると思いますが、どうか寛大な心で見て下さい。でも矛盾や教えて下さると助かります。



今回のまとめ

龍田、復讐失敗。姉の形見はその手に。戦況、変わらず。おや、大淀の様子が? 善蔵、何かに気付く。目の前に現れたのは……。イブキ、戦い続ける。その戦いの果てに待つモノは。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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守れない気がしない

お待たせしました、ようやく更新でございます。

6/18(土)時点で本作、どっちつかずの彼女(かれ)は行くの評価数が大小コメントの有無問わずに累計150件を突破していることに気付きました。評価して下さった皆様、本当にありがとうございます! 更には☆10を入れてくださった方も10人突破……ありがとうございます!

今後とも本作を、どうかよろしくお願いします(*・ω・)



 この世界で初めて艦娘と深海棲艦が発見されたのは、もう50年近く前になる。その頃には既に、渡部 善蔵は総司令の地位にいた。当時46歳……その頃の善蔵は、あることに頭を悩ませていた。

 

 『クソッ……こんなこと……私は、下の者達になんと言えばいいんだ!!』

 

 日本海軍の規模を縮小する……簡潔に言えばそう書かれている書類を、善蔵は握り潰す。当時は現在と違い、戦いらしい戦いは日本の外でだけ行われていた。その為、陸海空の軍は日々訓練して有事に備えるだけで、出動など早々あることではなかった……軍にしろそれ以外にしろ、維持費というモノは発生する。そしてそれは、馬鹿に出来ない程の金がかかる……故に、国は国民の声もあり、軍の規模の縮小を決定したのだ。

 

 規模が縮小すれば、人手不足でもないなら人員を減らさなければならない。それはつまり、下の者の首を切るということだ。厳しい訓練に耐え、勉学を学び、仲間達と切磋琢磨し、そうしてようやく入れた者達……或いは、長年軍人として生きてきた、国の為に力を磨いてきた者達に“辞めろ”と、どんな形であれ言わなければならない。

 

 『彼らは国の為に! 国民の為にその力を蓄え、磨いてきたのだぞ!! なぜその者達が……国に! 国民に! 捧げた時間を否定されなければならないのだ!!』

 

 ダンッ!! と、机を力の限り叩く音が総司令室に響く。頭の中では理解している……今の日本は平和で、軍が最も力を発揮するのは戦の時。その時が来ないのなら、軍はいらない。軍が存在するのは、戦争等の可能性がゼロではないからだ。それでも、誰かは思うだろう。誰かは考えるだろう。“平和なのだから軍は必要ない”と。“使わない軍に金を回すくらいなら他の所に金を使え”と。そういう声が多くなり、高まり、無視できなくなったが故の、今回の書類なのだ。

 

 だからこそ、善蔵は結果を認められない。結果を出した者達を許せない。そうなるまで対策出来ず、どうにも出来なかった己が許せない。やがて善蔵は力尽きたように椅子に深く座り込み、疲れきったような息を吐く。

 

 『私は……どうすればよかったのだ。どうすれば……』

 

 戦争が起きればいい、なんて事は守る立場の長として口が裂けても言うわけにはいかない……が、思わずにはいられなかった。戦争でなくてもいい……アニメや漫画のような異性人だの化け物だのが現れて戦力として動ければ、今回のようなことは起きなかっただろう。しかし、現実にそんなことは起きはしない。特撮に出てくるような怪物はいない。宇宙人は現れない。幽霊なんて存在しない。魔法なんて有り得ない。都合のいい“人類の敵”なんて……出てこない。

 

 

 

 『お困りのようですねー』

 

 

 

 そんな時……“ソレ”は現れた。

 

 

 

 

 

 

 「……クソ提督……あんたは“そんな身体”になってまで……っ!」

 

 「……」

 

 空母棲姫の顔が憎々しげに歪む。その視線の先にあるのは、背後の異形を伸ばして喰らわせたことによって空いた壁の穴と、その横で壁に背中を預けながら座り込んでいる善蔵の姿。善蔵は不意打ちのような一撃を避けることに成功していた……が、完全に避けられた訳ではなかった。その証拠に……彼の右肩から先がごっそりと無くなっている。だが、それが問題だった。

 

 彼女の言う“そんな身体”……彼の失われた右腕からは、血が出ていなかった。代わりに出ているのは……バチバチと音を鳴らす火花。そして何本かの千切れたケーブルと……機械の断面。善蔵は、生身ではなかった。

 

 「そんな身体になってまで“願い”を……あいつとの“約束”を守りたかったって言うの!?」

 

 「……それを知っているということは、もう確定だな。やはりお前は……」

 

 

 

 「ええ、そうよ。私はあんたの“元第二艦隊所属艦”……“曙”。あんたを……殺しにきたわ」

 

 

 

 綾波型駆逐艦八番艦“曙”……空母棲姫は、自分をそう名乗った。本人からはっきりと告げられた名前とその目的を聞かされ、善蔵の顔が再び歪む。そして、いつの間にか顔の近くに浮いている猫吊るしへと視線が向けられる。その目が語っている……“どういうことだ”と。猫吊るしは、浮きながらニヤニヤと嗤うだけで口を開かないが。

 

 しかし、善蔵は空母棲姫……否、曙の目的を聞いたことでようやく今回の襲撃の全容を知った。全ての鎮守府への襲撃は全体の戦力を疲弊させ、この本命である大本営への攻撃の最中の横槍を可能な限り無くす為。そして本命への数にモノを言わせた時間差侵攻で戦力を出し尽くさせると同時に余力も残せない程に相対させ……真の本命である空母棲姫の単独行動のカモフラージュとする。

 

 鎮守府の施設や防衛の為の兵器の増設や備え付けることはあれ、構造そのものは50年前からあまり変わっていない。当人の記憶力次第だが、かつて所属していた者なら侵入することも機雷等の防衛兵器を潜り抜けることは容易いだろう。何せ、実際に出撃し、暮らし、過ごした場所のことなのだから。ましてや防衛設備は最初の襲撃でかなりの被害を受けている……曙からすれば、侵入は容易だったことだろう。

 

 「逃げられると思わないことね。補給中だった艦娘は私が侵入した時に大破させておいたし、海上ではまだ戦ってる……助けは来ないわ。まあ来たところで、1人2人程度で今の私を止められるハズもないけれど」

 

 自信満々に……されど得意気という訳ではなく、憮然とした表情で、曙は腕を組みながら言ってのける。その内容はとても笑えるものではなかったが。彼女の言うことは全て正しいのだろう……それはつまり、この場に誰かが来るということはほぼ有り得ず、近海での戦闘に援軍を送れないということである……幾ら最終手段として武蔵達の体内に爆弾……“回天”があるとしても、全滅してしまうのは今後の海軍に支障をきたす恐れがある。

 

 「……大破させたなら、爆音の1つもしていいものだがな」

 

 「あんた、今の私が“何”か分かってて言ってんの? そんじょそこらの艦娘や深海棲艦とは一味も二味も純粋な力が違うのよ……そんなことも分からないくらい耄碌したのね、このクソ提督」

 

 善蔵の言葉に、曙は心底うんざりしたと言わんばかりの呆れた表情を浮かべ、つい先程善蔵に襲いかかった異形がガチンガチンと歯を開閉させる。目の前の曙は、もうかつてのような駆逐艦ではなく、空母棲姫なのだ……空母と名前にあっても、その力は戦艦すら凌駕する。そんな存在を補給中、或いは補給を終えた艦娘が相対できる訳がない。爆音1つしなかったのは、砲撃も艦載機も使わずに大破させたからだろう……そんな力に曝された艦娘達が五体満足で居る保証は、ない。

 

 頭の中でそんなことを考えつつも、善蔵は懐かしさを覚えていた。曙を部下にした提督なら分かるだろうが、彼女は口が悪い。善蔵もその悪口や暴言の被害にあったことも当然ある。そんな過去を思い返しながら、善蔵は呟く。

 

 「くくっ……“クソ提督”か……相も変わらず、総司令に敬意1つ払わんようだな、曙……お前はもう、私のことを“善蔵”とは呼ばんのだな」

 

 「……あんたが……あんたが悪いんでしょうが! あんたが私の気持ちを裏切ったんでしょうが!! あんたが! 私を! “こんな姿”にしたんでしょうが!!」

 

 (……“こんな姿”……だと?)

 

 善蔵の呟きに、曙は烈火の如く怒り、思いの丈を叫ぶ。その通りだと、善蔵は思う。“私の気持ちを裏切った”……なるほど、確かに自分は曙の気持ちを裏切ったのだ、自分が悪いという意見は正しい。しかし、その後の言葉が引っ掛かった。

 

 “こんな姿”……その言葉はまるで、曙は今の姿を気に入っていないように聞こえた。そして、そうなった原因は善蔵にあるのだと言う。だが、それがどういうことかを聞くことなど出来はしない。なぜなら、彼女の怒りを受けた異形が口を大きく開き、今にも善蔵を喰らおうとしているのだから。

 

 

 

 「善蔵さん!!」

 

 

 

 しかしその前に声が聞こえ、それと同時に異形が真横に吹き飛んだ。目の前の出来事が一瞬理解出来なかった善蔵だったが、目の前に現れた存在を見ると思考が止まる。

 

 真っ白な肌に真っ白な髪、縦セーター1枚に見える格好……そんな姿の存在が、左手を横に伸ばして善蔵を守るように立っていた。その姿を彼は見たことがあった……名前も猫吊るしから教えて貰っている。

 

 「っ……あんた……生きてたのね」

 

 「私だって姫だからね……そう簡単にはやられないよ」

 

 港湾棲姫。そして、その目の前には空母棲姫曙……深海棲艦の姫である2人が、善蔵を守る側と殺す側で相対している。この状況を、彼自身はあまり理解出来ていない……だが、分かることが1つだけあった。

 

 「港湾棲姫……まさか貴様も……」

 

 それ以上の言葉は出ない……何故なら、港湾棲姫が顔だけを後ろに向かせ、真っ赤な瞳で彼を見つめていたからだ。その瞳には、はっきりと慈しみと愛しさが籠められていた……そして、善蔵はその瞳に見覚えがある。

 

 

 

 『司令官!』

 

 『司令官?』

 

 『司令官♪』

 

 『司令官……』

 

 

 

 「……そうか。お前は……」

 

 なるほど、と善蔵は思う。目の前の空母棲姫は曙だった。ならば他の姫……深海棲艦にも、同じように記憶を持つ者がいるのはおかしくはない……だが、これは何の偶然だろうか。何万、何百万と居てもおかしくはない深海棲艦の中で艦娘としての記憶を持つ……それが、かつて善蔵の元にいた艦娘で、自分を殺す者と守る者に分かれているという。しかも方や第二艦隊だった者で……方や“第一艦隊”だった者であるのだから。

 

 「またボロボロにしてあげるわ……今度はそのクソ提督ごとね!」

 

 「今度は負けない! 貴女は私が……“吹雪”がやっつけちゃうんだから!!」

 

 

 

 

 

 

 「……なんで……」

 

 「ぐっ……私が守るまでもなかったようですね……流石は軍刀棲姫、と言ったところでしょうか」

 

 疑問の声を漏らすイブキに答えたのは……大淀。彼女はイブキなら避けられる射線上に、イブキを守るように割って入り……その身に砲撃を受けた。不幸中の幸いと言うべきか、砲撃を撃ってきたのは駆逐艦だったらしく大破まではいかなかった……が、大淀は軽巡である為に然程装甲が厚くない故に中破程度のダメージを受けていた。ゲームならば、服がボロボロになる為に目の保養となるだろうが……現実ではそんなことはない。服のボロボロ具合がダメージと比例しているのならば、半裸と言うのは沈む一歩手前ということでもあるのだから。ましてやゲームのようにクリック1つで撤退など出来はしないし、大破進軍しなければ沈まないなんてこともない。沈む時は、無傷からの一撃でも沈むものなのだから。

 

 しかし、この状態すらも大淀にとっては計算の内だった。と言っても、別にイブキのように敵の砲撃が見えた訳でも当たった砲撃の主が駆逐艦であると知っていた訳でもない。が、この身は50年近く善蔵と共に在り、その年月を生き抜いてきたのだ。練度も限界近く上がっている為、一撃で沈むようなことはないという経験に基づく己への信頼があった。

 

 「何故貴女を守るような真似をしたのかですが……貴女に、私達海軍を誤解しないで欲しかったからです」

 

 「誤解だと……?」

 

 「この場において、我々は貴女へと敵意を持って砲撃をしている訳ではありません。運悪く、貴女の近くを通ることはありますが……信じられないかもしれませんが、それは本当に誤射なんです」

 

 「……それにしては多くないか?」

 

 大淀は内心で“確かに”と頷く。実際イブキの近くを通る艦娘の砲撃は2桁に届く。だが……それは実のところ、イブキが助けようとする艦娘と他の艦娘が助けようとする艦娘が被ってしまう為が殆どで、後は偶然の産物。だが、それを説明したところでイブキの疑念を払えるとは大淀には思えなかった。事実、イブキは疑問の言葉と表情を浮かべている。

 

 「私達を信用できない気持ちは理解出来ますし、そう思われても仕方ないと分かっています……それでも、お願いします。この場限りでも構わないから……我々を、私を信じてください。この戦いの後ならば、私を斬り刻んでくれても構いません。だから……我々を助けてください」

 

 故に、大淀は無表情を崩し、涙声と泣き顔で頼み込む。所謂泣き落としという奴だ。かつて大規模作戦の時の彼女の言動や思考を考えれば、それは有り得ない、信じがたいことだろう。彼女を知る艦娘達ならば驚愕するだろう。事実、武蔵達はいつもの無表情が崩れて信じられないとばかりに目を見開いている。

 

 だが、イブキならばどうだろうか? 確かに、イブキは大規模作戦の時に大淀を見ている。雷諸とも沈められそうになったという事実もある。しかし……イブキは情が深い。摩耶達や球磨達を助けたように、艦娘そのものが嫌いという訳でもない。そんなイブキが、誠心誠意が込められた懇願を袖にすることが出来るだろうか?

 

 「っ……今回……だけだ」

 

 「……ありがとう、ございます」

 

 出来るわけがない。こうして話している間も、イブキは大淀を守りながら話を聞いていた。大淀は知らないが、イブキは“恩人の頼みを聞いている”。そこに守る対象から攻撃されているのでは? という疑問が出たからこそ、本当に守らなければならないのか? という疑心を持ったのだ。だが、その対象から懇願されたらどうだろうか。疑心が晴れる訳ではないだろう……だが、少なくとも“今回限り”は、その疑心に蓋をしてくれる。大淀の計算は、イブキの心理を読み解いたのだ。

 

 (これで少なくとも、今回に限り彼女は敵対しないハズ……後は、敵を何とかするだけ……)

 

 「っ……すまない! 補給の為、一度戦線を離れる!!」

 

 (っ!? こんな、時に!!)

 

 大淀がそう考えていた時、最悪の報告が戦場に響き渡る。それは、イブキに次いで重要戦力であった日向達が戦場を離れるというモノ。つまり、日向達は弾切れ……もしくは、燃料が心許ないということ。彼女達が沈む訳にはいかない。戦力も士気も何もかもが足りない状況なのだ、これ以上減れば最早切り返すのは不可能だろう……そもそも、こうして戦線を保っていること自体が異常なのだが。

 

 かと言って戻るな、などと言える訳がない。補給しなければ日向達に待つのは轟沈するという運命だけなのだから。

 

 (……覚悟を、決めなければなりません。那智……あの時、貴女はこんな気持ちだったんてしょうか?)

 

 大淀の頭に、1つの作戦が浮かび上がる。その作戦が浮かんだ時、大淀の脳裏に1人の艦娘……大規模作戦時に沈んだ長年の同僚、那智の姿が思い浮かんだ。己を叱咤し、自分自身を犠牲に全艦を撤退させる切欠と時間を作り出した……那智の姿を。

 

 チラッと、大淀は武蔵達の方へと視線を向ける。先程まで大淀を見て驚いていたが、今ではそんなことなどなかったかのように深海棲艦達と戦っている……が、その弾薬も燃料も心許なくなってきているだろう。日向達ばかり目立っているが、武蔵達も同等以上の力を持っていて、その力をずっと振るっている。使った弾薬も、動き回った分だけ減る燃料も相当なものだろう。つまり、日向達と同じようにいずれは補給に戻る必要がある。そうなれば、冗談も誇張も抜きに海軍は“終わる”。そうならない為に大淀が出来ること……そう考えて、大淀は自分のお腹を撫でた。

 

 (……戦艦武蔵のネームバリューは海軍には必須。雲龍の空母としての能力も必要不可欠。矢矧にはそもそも搭載されていない……そう、これは私が適任で……私しか出来る者がいないんです)

 

 大淀は諦めに近い決意を固める。後はどのタイミングで“コレ”を発動させるかだが……酸素魚雷の200倍の威力ともなれば、発動した後に起こる二次災害の懸念がある。ましてやこの場は大本営の近海……発動させれば間違いなく、津波や渦潮等が発生し、津波は大本営に襲いかかるだろう。

 

 また、この場で戦っている艦娘達にも被害が及ぶ可能性が高い。そもそもこの大軍が逃がしてくれる保証などない。それらを踏まえた上で、大淀のプランは2つ。1つは味方諸とも吹き飛ぶこと。この場にいる戦力を考えれば海軍にとって大打撃となってしまうため、確実ではあるが本当に最終手段となる。もう1つは……完全にイブキ頼りとなる上に運に頼ることになる。しかし、成功すれば海軍の損害はこれ以上増えない。

 

 「……軍刀棲姫。貴女は、那智のことを覚えていますか?」

 

 「……ああ」

 

 「では、体内に爆弾があることは?」

 

 「確かにそんなことを……まさか、お前!?」

 

 「はい、私にも同じモノがあります。そして……私はそれを使って深海棲艦達を巻き込もうと考えています……貴女には、その手伝いを……他の艦娘達が鎮守府に撤退する時間を稼いで欲しいんです」

 

 「そんな事をすれば、お前は……」

 

 イブキの脳裏に浮かぶのは、海軍が島に攻め込んできた時のこと。あの日のことはもう詳細には思い出せないが、大淀の言う那智のことと、その体内にとんでもない威力の爆弾があるという話は覚えている。故に、大淀のやろうと思っていることが分かった。

 

 しかし、それは大淀の死を意味する。体内の爆弾が爆発……それも破格の威力を持つのだ、その者は木っ端微塵……文字通り、跡形もなく消え去るだろう。誰にも看取られず、孤独に、この世から。それを、イブキは納得出来ない。理由は簡単……イブキは、艦娘という存在が嫌いになりきれないからだ。例え敵対していても、例え許せなくても……それでも、イブキは艦娘を心の底から嫌えない。故にイブキは、大淀の犠牲を許容できなかった。

 

 だからといって他に何か案がある訳でもない。イブキは決して頭が言いとは言えず、出来ることと言えば斬ることくらいしかない。この9ヶ月間振り続けた、軍刀を振るうことしか出来ない。しかも範囲攻撃に長けたごーちゃん軍刀は夕立と時雨の元にあり、運が良くなるいーちゃん軍刀は雷とレコンの元にある。つまり、万全ではない。

 

 「そうですね……私は確実に沈みます。いえ、それすら許されないでしょう。ですが、私1人と他の大多数……それなら、取る者は決まっています。私達は海軍です。深海棲艦を倒すのが使命なのではなく、人々を守ることが使命なのです」

 

 例え、どんな手を使ってでも……大淀はそう締めくくった。それはイブキとは逆の考えだ。イブキは、身内か大多数なら身内を取る。夕立達か世界なら、迷わず夕立達を取る。しかし、大淀は……殆どの海軍、艦娘は違う。彼等彼女達は、1か100なら100を取る。艦娘1人の犠牲で世界が救えるなら、迷わず世界を取るのだ。

 

 それは、どちらも正しいのだろう。そして、その決断は今行わなければならず、大淀は答えを出している……いや、初めから答えは出ていた。善蔵からもそう指示されていた。いざとなれば……と。非情と呼ぶ人はいるだろう、人でなしと呼ぶ人もいるだろう。それでも、決断も意思も変わらない。

 

 「……分かった」

 

 短く、戦場の騒音で消えてしまいそうなほど小さな声。その声はしっかりと、今の今までイブキによって守られていた大淀の耳にはっきりと届いた。その悔しげな言葉を聞いて、大淀は思わずクスリと笑みを浮かべた。それは、簡潔な了承の言葉を聞き、思わず自分の提督の姿を思い浮かべてしまったからだ。

 

 

 

 『ふむ、君が大淀か……真面目そうな見た目をしている。なに? 艤装がない!? 仕方あるまい……艤装が出来るまで、私の手伝いをしてくれ』

 

 『見た目通り、事務仕事は得意なようだな。他の子らはどうにもな……君のような艦娘が居てくれるのは有り難い』

 

 『ほう! とうとう艤装が出来たのか……おめでとう。忙しくなるとは思うが、戦場での活躍を期待するぞ……何? 事務仕事もしたい? ……無理のない範囲なら、許可しよう。私も助かる』

 

 『……聞いていたのか、大淀……くくっ……嗤えるだろう? 私の安易な“願い”が、あの子達の信頼を、期待を裏切ったのだ……救いようのない男だよ、私は……本当に、救いようのない』

 

 『……大淀。私は“約束”をしてしまってな。それは、もしかすれば……いや、ほぼ確実に果たせないモノだ。だが、私は君達残りの第一艦隊の者達に、約束を果たすその日まで付き合ってほしいと思っている。君は……お前は、私に付き合ってくれるか』

 

 

 

 大淀が善蔵と出会ってから約50年……なのに、その会話は直ぐにでも思い出せる。楽しかったこと、苦しかったこと……そういった思い出は、大淀が思っている以上に多かった。そうしたことを覚えている故に……大淀は、内心で謝罪をする。

 

 (最期まではお付き合い出来そうにないですね……すみません、善蔵さん)

 

 

 

 

 

 

 どこまでも中途半端で単純な奴だと、俺は俺自身を罵る。艦娘を嫌いになりきれない俺は、目の前の艦娘……大淀の言葉を、決意を受け入れられていない。それでも彼女の言葉に頷いたのは、そうするしか方法はないからだ。大淀の言葉を信じたのは、彼女の本気だと思う涙を見てしまったからだ。

 

 正直に言えば、港湾棲姫との約束は守りきれるハズがないと分かっていた。そして事実、守りきれずに沈んだ艦娘達が出てしまっている……それでも、恩人の頼みを聞いた。元々俺は、いざという時に仲間達の助けに入れるようにとついてきたハズだった。そう考えれば、気になったからと港湾棲姫を追いかけたことそのものがおかしいんだ。今更言ったところで後の祭りだが。

 

 艦娘側を疑った時点で離れればよかったのだろうか。それとも、いっそのこと深海棲艦のように斬ってしまえばよかったのだろうか。多数よりも仲間を取る……そういう気持ちでいたのに、今もこうして大淀を守っているのはなぜだ。しかもこいつは、以前島に攻めてきた奴……だと思うのに。

 

 (……決まってる、か)

 

 結局のところ、俺という存在はどこまでも甘いということだ。そして、深海棲艦よりも艦娘の方が好きだったというだけのこと。小さな虫を殺せても犬や猫のような獣は殺せない、そんな誰にでもありそうな差別や区別をしているだけ。だから深海棲艦に付くよりも艦娘に付く。深海棲艦を守らずに艦娘を守ろうとする。艦娘を嫌いになったつもりでも……その実、気にしている。フレンドリーファイアのことだって、わざとではないとギリギリまで信じていた。

 

 とは言え、自己犠牲の精神がある訳じゃない。優先順位が変わる訳じゃない。仲間達と自分が最優先で他はどうでもいいというのは変わらない。だが、この場においての優先順位は……自分が死なないことと、港湾棲姫との約束を可能な限り守ること。

 

 (そうだ、落ち着け……やることは変わらないんだ。俺がやることはいつだって敵を斬る、それだけ。全てを守れないなら可能な限り守る。より速く敵を斬り、より速く戦場を動き回り、より速く艦娘達の前に出て、より多く守るんだ。俺なら……違うか。“この身体”なら出来る……いや)

 

 

 

 ━ この身体と心(俺)なら、きっとやれる ━

 

 

 

 今まで、俺は自分ではなく“この身体が凄い”と思ってきた。それはそうだろう、何せ俺は恐らくという注釈は付くものの元一般人、戦いも戦争も知らない(ハズ)……そんな俺がこうして戦えるのは全てこの身体のお陰だと、ずっと思ってきた。その思いは今も、そして今後も変わらないだろう。

 

 だが、俺は別にこの身体に操られている訳じゃない。もう1人の俺なんて居ないし、内なる俺なんてのも居ない。この身体を、この力を振るってきたのはいつだって俺の意思だった。雷を救ったのも、摩耶を助ける時に人間を殺したのも、山城を姉の代わりに守ったのも、夕立を拾ったのも、それ以降のことも……全て俺の意思だった。

 

 俺という意思1つで、俺という身体は艦娘にも、深海棲艦にもなれる。ヒーローにも、ヒールにもなれる。聖人君子にも、悪鬼羅刹にもなれる。ならば、俺は……今だけでもいい。艦娘達が救えるような……大淀が死ななくていい結末を迎える為に。

 

 

 

 ━ 俺は、今以上の力が欲しい……!! ━

 

 

 

 「その“願い”、叶えてあげるですー」

 

 

 

 

 

 

 一瞬だけ、戦場を閃光が埋め尽くした。まるで爆発のような、まるで津波のような。瞼を透過して網膜を焼くかのように強烈で、それとは逆に優しい光が。その光が消え去り、その後に静寂が訪れる。逃げていた艦娘は足を止め、戦っていた者達は手を休め、本能で動いている深海棲艦すら怯えたように動きを止めた。

 

 発光元に最も近かった大淀は、閉じていた目を開き……その視線の先にあるモノを見て、ぽかんと間の抜けた表情を浮かべる。それは、一瞬前まで見ていたモノ……イブキの姿が変わっていたからだ。

 

 髪色や服装には変わったところはない……が、文字通り真っ白だった肌は、白いとは言えるものの艦娘や大多数の人間と同じような肌色となっている。その肌だけ見れば、艦娘に近付いたと言えるだろう……だが、紅くなった両の瞳に蒼い光が灯っていることが、艦娘だと一概に言えない理由。何せ、本来なら改フラグシップのように片目にしか灯らない蒼い光が、今のイブキは“両目”に灯っているのだから。

 

 僅かと言えば僅かな変化。たかがその程度かと鼻で笑ってしまえるような、本当に些細な違い。だが、それは僅か、些細なことであっても……決して、小さくはない。

 

 【ッ!?】

 

 【ひっ!?】

 

 戦場に響く怯えの声。別に何かが起きた訳ではない。ただ、イブキが両手の軍刀を握り直した際にチャキッ……と僅かな音が響いただけ。そんな小さな音が響き渡る程、戦場は静かだった。誰も声を漏らせない。誰も身動きが出来ない。それは本能が悟っているからだ。

 

 蒼き光を宿す紅の双眼の剣姫から目を離せば、音を聞き逃せば……例えそれらをしなくとも、自分達は何も知らないまま死ぬと。

 

 「……は……ははっ! お前は、まだ強くなるのか!? イブキ!!」

 

 そんな空気の最中、日向は楽しそうな声色で叫ぶように言った。見た目が少し変わっただけ、というのは艦娘でも深海棲艦でも良くあることだ。だが、その少しの変化がもたらすのは、純粋な性能の強化。そして、それはイブキにも当てはまるらしい。

 

 只でさえ既存の艦娘、深海棲艦の戦闘力を遥かに越えるイブキが、更に強くなった……イブキの情報を知る艦娘側にとっては、これ以上ない程のバッドニュース。だが、この場においては最高のグッドニュースとなる。

 

 「……えっ?」

 

 不意に、大淀が困惑の声を漏らす。それは、ずっと見ていたハズのイブキの姿が消え失せたからだ。瞬き1つしていないにも関わらず。なのに、見失った。

 

 

 

 そして次の瞬間には、彼女の半径20メートル以内にいた深海棲艦が一斉に体に切り傷を作り、血を噴き出して絶命した。

 

 

 

 「……えっ?」

 

 大淀の2度目の困惑の声。それはそうだろう……イブキの姿が消えたかと思えば、そこから数秒もしない内に広範囲の深海棲艦が一気に死に絶えたのだから。その中心に居て最も間近で見ていた大淀は、混乱の極地にいると言っても過言ではない。

 

 まだ混乱したままの頭で、大淀は原因であろうイブキの姿を目で探す。かくして、イブキは見つかった。大淀から数メートル離れた場所で、両手の軍刀を振り抜いた姿勢でいるところを大淀の両目は眼鏡のレンズ越しに捉えた。

 

 「……不思議だな。さっきは守りきれるハズがない、なんて考えていたのに」

 

 誰も動けない。そんな戦場で、イブキはゆっくりと姿勢を正す。みーちゃん軍刀を持った右手は右側に伸ばし、ふーちゃん軍刀を持った左手は真っ直ぐ前へと伸ばす。少しだけ体を傾けて左肩を前に出し、両足は揃える。それは、その名の文字を借りた漫画の中の存在を意識した立ち姿だった。

 

 

 

 「今は、守れない気がしない」




という訳で、空母棲姫の正体は曙で、港湾棲姫は吹雪でした! 分かった人はどれくらいいましたかねえ!(半ギレ) 少しだけ善蔵の過去も出ました。有り得ないと思われる方や矛盾、非常識など様々な思いがあるでしょうが、本作内での話なのであまり突っ込まないで頂けると……(汗

そしてイブキパワーアップ。やはり主人公強化イベントは外せない。改めてイブキ強化後の姿を説明させて頂きますと

肌色 元々は人型深海棲艦同様に真っ白→白いと呼べるものの常識内での肌色

目 元々は改フラグシップ同様に金眼蒼眼→両瞳は紅く、両目に改フラグシップのような蒼い光が灯っている

という形になっています。想像しにくいようでしたら、申し訳ありません。



今回のまとめ

善蔵の過去、それは始まりの記憶。空母棲姫と港湾棲姫、再び対峙する。それはかつての仲間同士の戦い。大淀、決意する。その心は、いつも善蔵を想う。イブキ、更なる力を“願う”。その力は艦娘達を守る為に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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さようならイレギュラー

お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回急展開、あっさり気味ながら約14000文字ほどあります。

そろそろ最初の辺りとの矛盾がないか怖くなってきました……やらかしていたら、ご報告くださいませ。

いつの間にかスマホ版で艦これ出来るようになってますね。思わず久しぶりと呟いてしまいました……ところで、マブラヴアプリスタートはまだですかね←


 空母棲姫曙と港湾棲姫吹雪が対峙する総司令室。睨み合っている2人は、未だ動かずに居た。先日戦った時は曙が勝利しているが、今回もそうなるとは……少なくとも、楽に勝てるとは曙も思ってはいない。

 

 目の前の吹雪は、姫級の殆どが持つ巨大な異形の艤装を持っていない。身体も、あの戦いの後に入渠していないのでボロボロのままだ。そんな吹雪に対して、曙は異形こそ吹雪に殴り飛ばされたものの動かすことに問題はないし、艦載機も補充してから使ってないので全機発艦可能……端から見れば、勝敗など決まっていると言える。それでも曙が勝利を確信出来ないのは、室内という狭いフィールド故のこと。

 

 艦爆にしろ艦攻にしろ、その攻撃方法の後には爆発が待っている。こんな狭い場所でそれらを使えば、まず間違いなく自分にも小さくない被害が出る……が、曙にとってそれはどうでもいい。彼女の目的はあくまでも善蔵を殺すこと、それさえ出来れば自分が傷付こうが沈もうがどうでもいい。

 

 しかし、吹雪の存在が邪魔になる。彼女の背後には曙が穴を空けた壁があり、すぐ側に善蔵がいる。曙が何か行動を起こせば、善蔵を抱えて逃げられてしまうことも充分に考えられた。吹雪は曙をやっつける等と言っているが、その目的は善蔵の守護か救出であることは明白、いざとなれば曙と相討ってでも彼を助けるだろう。そうなってしまえば、曙の目的は達せられない。彼女の“願い”は叶えられない。

 

 

 

 『……ここ、は? 私は……沈んだんじゃ』

 

 『面白そうな予感がしたので来てみれば……その姿、まるで深海棲艦みたいですねー』

 

 『誰!? ……あんたは、確か善蔵の部屋に居た……』

 

 『実に興味深い。確かに沈めば“転生”するが……しかし私はこんな姿なんて……やはり世界は、まだまだ不思議に満ちています』

 

 『何訳の分からないことを言ってんのよ! 何であんたが此処にいるの!? なんで沈んだハズの私は此処にいるの!?』

 

 『……イヤですねえ、私のことなんてどうでもいいじゃないですかー。で、す、が、貴女が此処に……貴方が沈んだ海上にいる理由と、貴女のその姿の理由には答えられますよ』

 

 『私の、姿? ってほぼ裸じゃない!? こっちみんなクソ妖精!!』

 

 『理不尽な……まあいいです。貴女、善蔵の“願い”は聞いたでしょう? 簡単に言えば、その“願い”のせいですよ。貴方の姿も……戦いが終わらないのも。沈んだハズの貴方が、今じゃその姿……もう分かるでしょう?』

 

 

 

 それは、曙が空母棲姫となったばかりの頃の記憶。その記憶を、曙は今でもはっきりと思い出せる。そして、喋り方がかなりイラッとする妖精が口にした言葉も、その後に自分が言った言葉も。自分が感じた絶望も、その後に湧いて出てきた怒りも。その感情のまま口に出た“願い”も。

 

 

 

 『本当に善蔵のせいだって言うなら……私があいつを殺すわ。いえ……私は、あいつを“殺したい”っ!! 私達艦娘を……私を裏切ったあいつを! 私を騙してたあいつを!!』

 

 『ふふふ……その“願い”、叶えてあげ』

 

 『いらないわ。叶えて貰うんじゃ意味がないの……私の意思で、私なりのやり方で、私の力であいつを……っ!!』

 

 『……ふむ、それもいいでしょう。頑張って下さいねー……私を楽しませる為に、ね』

 

 

 

 願いの成就はもうすぐなのだ。あと少しで、その命に手が届く。失敗すれば次はないと曙は考えている。建物や防衛施設が曙が居た頃と然程変わりなかったが故に、ここまで侵入できたのだ、失敗して逃げ帰れば、突貫工事をしてでも内部の構造を変えてくることは明白。何よりも、この時の為に長年戦力を集めて傘下に置き、ここまでの大襲撃を敢行したのだ……同じ作戦は、2度も使えない。

 

 失敗出来ない……故に、曙は慎重になる。万が一を考えてしまうから、動けない。それは守る側である吹雪とて同じ。何せ彼女は1度負けているのだ、先日の敗北が脳裏にちらついて善蔵を守れないのではないかという恐怖がある。同時に、この命と引き換えにしてでも守るという意思もある。故に、曙のあらゆる行動に対応できるように警戒していて動こうにも動けない。自分から突っ込んでその間に艦載機なり異形なりを善蔵にけしかけられたらそこで詰みなのだから。

 

 お互いがお互いの理由で動けない。しかし、時間が経てば経つほど曙は不利になる。善蔵の助けが来る可能性が限りなくゼロに近くとも、決してゼロではない。幾ら姫とは言え、流石に武蔵や日向達と戦えば敗北は必死なのだから。

 

 

 

 その可能性を考慮した曙が動き出そうとした瞬間、空いた壁の穴と窓の向こうから強烈ながら優しい光が室内を満たした。

 

 

 

 「っ!? な、なに……」

 

 「はああああっ!!」

 

 「っ……か、はっ……」

 

 それは、イブキが新たな力を得た光。その光に目が眩んだ曙の腹部を、隙を突いて近付いた吹雪の巨大な右手の爪が貫いた。吹雪が動けた理由は単純……壁に背を向けていた為に光が目に映らなかったからだ。善蔵を殺す為に対面していた曙だけが被害を受けたのは、当然のことだった。

 

 曙は痛みに耐えながら、視線を下へと向ける。吹雪の爪は、手首の辺りまで彼女の腹へと沈んでいる。当然、その巨大かつ長く鋭い爪は背中を貫通している。一目見て分かる程に致命傷……何しろ体の構造そのものは人間と然程変わりないのだ、内臓がやられれば死は免れない。長い年月を準備に費やし、この日に全てを賭けていたというのに……こうも呆気なく、一瞬で無駄になるのかと……血を吐きながら、曙は嗤う。

 

 (でも……只ではやられてやらない。戦いに負けても……勝負には、勝つ!!)

 

 「っ……まだ動けるの!?」

 

 吹雪を睨み付けながら、曙は己の腹を貫いている彼女の手を両手で掴む。その力は死の淵に居るとは思えないほど力強く、更に火事場の馬鹿力とでも言うのか吹雪の力をもってしてもびくともしない。

 

 「善ぞ……あんだ、だけは……ごろ、ずううううっ!!」

 

 睨む対象を善蔵へと変え、血と共に憎悪を吐き出す曙。その叫びに呼応するように再び異形が動き出し、その巨大な顎を開く。

 

 吹雪は止めるべく体を動かそうとするが、曙がそれを許さない。砲撃でも出来ればまだなんとかなっただろうが、先日から破壊されたままでこの場にはない。ならばと空いている左手を伸ばすが、やはり届かない。

 

 「善蔵さん!!」

 

 (殺っ……)

 

 

 

 『ふむ、君が曙か……やはり駆逐艦は皆年端もいかぬ少女の姿をしているのか……にしても、まさか初対面でクソ提督呼ばわりとはな。元気のいいことだ』

 

 『初勝利おめでとう、曙。ああ、勿論感謝しているとも……やれやれ、何を言ってもクソ提督呼ばわりされるようだな』

 

 『……今、クソ提督ではなく私の名を呼んだのかね? いやいや、悪いとは言わんさ……ニヤニヤして気持ち悪い? 酷い言い草だな……嬉しいのだよ。ようやく君が心を開いてくれた気がしてな』

 

 『曙……戦いが終われば、私の養子にならないか? これは他の艦娘にも聞いていることでな……曙や吹雪達を妻は気に入っている。無理強いはしない……考えてみてくれ』

 

 

 

 異形が善蔵に届く前の刹那、曙の脳裏に唐突に過去の記憶が甦ってきた。着任した始まりの日、そこから始まった大本営での生活、深海棲艦との戦い、仲間達との会話……そして、善蔵と過ごした日々。

 

 楽しくなかったと言えば嘘になる。軍艦時代の記憶故に善蔵に対してつっけんどんな態度だったことや信頼を築くのに時間が掛かったという事実こそあれ、決して嫌な日々ではなかった。養子の話も、解体やどこかの施設に預けられるよりも遥かに良かった……内心、善蔵を父と呼び、他の艦娘と姉妹となるのもいいだろうと思えるくらいには信用も信頼もしていたし、好意も抱いていた。それが壊れたのは……とある日、早朝の挨拶に行った時に扉越しに聞こえた善蔵と妖精……猫吊るしの言葉が原因だった。

 

 『戦いは終わらない……だと? どういうことだ!?』

 

 『イヤですねえ、貴方が“願った”ことでしょう?』

 

 

 

 ━ 海軍が必要となる為に……海軍にしか倒せない“敵”が欲しい。そして、その敵に最終的には必ず“勝利”出来るようにして欲しい、と ━

 

 

 

 それこそが善蔵の願い。それこそが今の世界の始まり。そして……極々一部の者しか知らない、世界の真実。扉越しに聞こえたその会話は、当時の曙に大きな衝撃を与えた。会話の内容が正しければ、戦いは永遠に終わらない。戦いが終われば、海軍は再び不必要となるかもしれない……無論、ならないかもしれない。だが“もしも”がある以上……戦いを終わらせられない。

 

 故に、世界に平穏は訪れない。永遠に深海棲艦という敵に怯え、海軍と艦娘に頼り続ける……海軍にしか、艦娘にしか倒せないのだから。“海軍にしか”と願ってしまっている以上、他の所に対抗する為の兵器や艦娘が行くわけがない。だから艦娘は海軍以外では扱えないし、本人達も従わない……“己の意思とは関係なく”。

 

 善蔵が話した、曙が僅かでも夢想した戦いが終わった後の暖かな時間など訪れない。沈んだ艦娘達が望んだ戦いに勝利することも、平和も有り得ない。だから曙は裏切られた気持ちになったのだ。

 

 (やっと……信じられるようになってきたのに……善蔵の子供になったら楽しそうだって思えるように……なって、きたのにっ!!)

 

 培ってきた信頼を、一瞬のうちに砕かれた。善蔵ならば信用できる……そんな思いを、土足で踏みにじられた。その反動があるがこその殺意。信頼した分、信用した分の敵意。ここまでそれらが膨らんだのは、それだけ信用と信頼をしていたからだ。

 

 そこまで思い返したところで、刹那の時間が終わりを告げて異形が善蔵の体へと届く。顔を横にして大きく開いた口は彼の体を左右から挟み込み、噛み砕こうとする。体が機械である以上死にはしないだろうが、逃げられなくなるだろう。そこに自爆覚悟で艦載機を爆破するなりすれば、曙の目的は達せられる。

 

 「ぐっ……!」

 

 「曙ちゃん! やめてえっ!!」

 

 「うる……ざぁい! ごい、ごぼっ……ごいづは、ごろず!! あんだも、知ってんでしょ! こい、づの“願い”!! なんであんだは、守ろうとずるのよ!?」

 

 顔を歪める善蔵と、曙に涙を流しながら懇願する吹雪。そんな吹雪が、曙は心の底から信じられなかった。何故なら、曙が善蔵と妖精の会話を聞いたその場に、吹雪も居たのだから。つまり、吹雪も曙と同じ会話を耳にしているのだ。だから曙には分からない……同じ話を聞いて、なぜこうも意見が別れたのか。理解出来ないから、血を吐きながらも曙は問い掛ける。なぜ? と。

 

 「善蔵さんは、知らなかったから!! 善蔵さんも、戦いが本当は終わらないって知らなかったから!!」

 

 「なっ……ぞんな、嘘が信じられると!」

 

 「だってあの時、善蔵さんは言ってた! “どういうことだ”って!!」

 

 「えっ……あ……?」

 

 吹雪の言葉を聞いて、曙の頭の中が真っ白になった。確かに、刹那の中で思い出した記憶では善蔵はそう言っていた。つまり、吹雪の言う通り……善蔵は、戦いが終わらないことを知らなかったのだ。

 

 だが、それがなんだと曙は言いたくなった。なるほど、確かに善蔵は知らなかったのだろう。しかし彼が願った内容も事実も変わらない。言うなれば、彼は今の世界を作り出した元凶。極論、数多の存在を殺した大量殺人犯と言っても過言ではない。

 

 「それに……善蔵さんが願ってくれなかったら、私達は生まれなかったんだよ?」

 

 それがどうしたと、曙は思う。確かに善蔵の願いがなければ艦娘も深海棲艦も生まれなかったかもしれない。現在の生を謳歌している者達にとっては、願ってくれてありがとうなどとお礼や称賛の声が出るやもしれない。

 

 だが、それでも曙は怒りが勝つ。生まれなければ良かったとは言わないが、生まれたことで世界は戦いの真っ只中にいる。国の為、人の為に戦い沈んだ艦娘達の頑張りや想いを無駄にしたと言っていい。今の曙では、とても“生んでくれてありがとう”等と口が裂けても言えないだろう。故に、曙はどれだけ会話を重ねても吹雪とは相容れないと結論付けた。自分では、吹雪のように思うことは出来ないのだから。

 

 「それに、善蔵さんは私と“約束”してくれた! “必ず平和な世界を取り戻してみせる”って!」

 

 それこそ曙にとってはどうでもいいことだった。そんな守れもしない約束がなんだと言うのか。目の前の異形に喰われそうになっている男が、そんな約束を本気で守ろうとしているとでも言うのか。いや、それ以前に……平和を壊した元凶がそんな約束をする資格があると思っているのか……曙は、そう口にしたかった。だが、口にすることは出来ない……そんな余裕もない程にダメージを負ってしまっているということもあるが、最大の理由は曙が思ってしまったからだ。

 

 

 

 善蔵ならば、その約束に本気で取り組んでいるだろうと。

 

 

 

 確かに裏切られた。だが、それでも今まで過ごした時間は……少なくとも、偽りではなかったことくらいは分かる。決して短くない時間を共に過ごしてきたのだ、善蔵の人間性や考えることなど理解出来る。何よりも、善蔵は分かりやすい人間だった。

 

 着任した艦娘は本気で歓迎してくれた。怪我して帰投すれば直ぐに入渠させてくれた。建造日には誕生日だと言って祝ってくれた。更には中々外出出来ない艦娘達の為にプレゼントまで用意してくれた。善蔵は元々、そういう人間なのだ。そうでなければ海軍の規模縮小に対し、部下達の為に頭を痛め、怒りを覚えたりしないだろう。そんな人柄だと知っていたからこそ、曙は信頼も信用も出来るようになり、養子もいいかと思い始めていた。

 

 (……あれ?)

 

 そこで曙は疑問に思う……“なぜ自分はこうも善蔵に対して殺意を抱いていたのか?”と。善蔵は自分を裏切った……そう考えたのはなぜだ? そもそも、なぜ自分はこんな姿になった? 沈んだことは覚えている……だが、自分はどうやって沈んだ? なぜ? なにが? どうして? 言われるまで気にならなかった、知ろうとすらしなかった疑問が湧いて出る。

 

 「曙……ちゃん?」

 

 吹雪の爪を掴んでいた手から力が抜け、曙が後ろに下がったことで彼女の腹部を貫いていた爪がズルリと抜ける。最早痛みすら感じていないのか、曙は顔をしかめることもなく背後の壁に背中を預け、ずるずると座り込んだ……その間も善蔵を挟んでいる異形が動かないのは、まだ殺意があるからだろう……それも、目に見えて弱くなっているが。

 

 「……あんたは……なんで、沈んだの……? 私は……なんで……」

 

 「……覚えてないの? 思い出せてないの?」

 

 吹雪の言葉に、曙は頷く。忘れていた、意識していなかった過去を思い出した曙だが、唯一自分が沈んだ理由だけが思い出せずにいた。覚えているのは沈んだ日……善蔵と猫吊るしの会話を聞いた当日であるということ。そして、会話を聞いてしまった後、曙はその場から逃げ出したということ。そこまでは覚えている。だが、そこからが思い出せない。

 

 先程までの曙なら、善蔵に暗殺でもされたのかと考えていただろう……が、今はそんなことは思えない。今の善蔵が必要ならば暗殺を厭わないことは知っているが、少なくとも曙が“曙”だった頃の善蔵はそんなことはしなかったのだから。

 

 ぐじゅぐじゅと生々しい音をたてながら少しずつ再生していく体を見ながら、曙は考える。何かがおかしいと。疑問に疑問が重なり、そこに不信感や違和感を覚え、混乱する。今の曙に正常な思考が出来ているのかも怪しい。そして、そんな彼女に吹雪は真実を告げる。

 

 「曙ちゃんが……私達が沈んだ理由は、逃げ出した先で深海棲艦と遭遇したからなんだよ」

 

 吹雪のその言葉で、曙は忘れていた記憶を思い出す。思い出した記憶は、曙にしてみれば赤面ものだった。

 

 善蔵と猫吊るしの会話を聞いた曙は善蔵が裏切ったと思い込んで負の感情に支配され、その場から逃げ出したのだ。体が覚えていたのだろう、艤装を取り付けてただその場から逃げたい一身で軍港から。言わば、突発的な家出のようなモノだ。

 

 同じように会話を聞いていた吹雪は、曙ほどショックを受けてはいなかった。曙と違って吹雪は善蔵を心底信頼していたし、養子の話も受けていた。故に、会話の内容よりも善蔵の声と反応に視点と思考を置くことが出来たのだ。彼女は曙よりも冷静だった、だから曙を追うことが出来た。

 

 逃げ出して、追い掛けて、立ち止まって、追い付いて……敵と遭遇した。海軍最強の第一艦隊、第二艦隊所属とは言え2人は駆逐艦……艦のスペックと多勢に無勢な状況では、どうしようもなかった。これが、曙が忘れていた沈んだ記憶、その真実。吹雪と善蔵が約束したのは、沈む間際の通信でのことだ。

 

 だが、それがなんだと言うのか。暗殺ではなく、沈んだ理由についてはむしろ自業自得と言えることは分かった。自分から聞いたとは言え、曙が知りたいのは自分が善蔵に殺意を向けるようになった理由だ。そうして再び思考に沈もうとしたところで……曙は善蔵の顔の横に浮かぶ猫吊るしの姿を見た。そして、その際にはっきりと見えた。猫吊るしが曙を、嘲笑しながら見ていたことを。

 

 (……あ……ああ……)

 

 曙の心に、絶望と怒りが再燃する。理解したのだ……己の殺意の理由に。何度も思い出していたではないか……その存在を、その言葉を。空母棲姫の始まりを、これまでの準備の手助けも、情報も、何もかも。そして“ソレ”は嗤っている。曙を見て……嗤っている。そして“ソレ”は……。

 

 

 

 ━ 今更気づいたんですか……バカですねえ ━

 

 

 

 はっきりと、声には出さずにそう口を動かした。

 

 「お"、ま"、え"え"え"え"え"え"え"え"っ!!」

 

 「きゃうっ!?」

 

 般若のような形相を浮かべ、血を吐きながら曙は吹雪を突飛ばし、善蔵へ……猫吊るしへと手を伸ばす。殺意の元凶へ、怒りの元凶へ。今まで善蔵へと向けられていた負の感情の全てが、猫吊るしへと向けられていた。

 

 そして、その手は届く。手のひらで覆ってしまえる程小さなその体を、曙は右手で握り締める。だが、文字通り命を握られているにも関わらず、猫吊るしはニヤニヤとした嘲笑を浮かべたままだった……まるで、無駄なことをと言わんばかりに。

 

 「死……ねええええっ!!」

 

 そうして曙は、猫吊るしを握り潰した。

 

 

 

 

 

 

 自分は夢を見ているのか? と、大淀は誰にでもなく問いたかった。何しろ、目の前で起きている出来事が現実であると信じがたかったのだから。

 

 身動ぎすれば、赤い噴水が上がる。呼吸をすれば、人型深海棲艦の首が飛ぶ。瞬きすれば、黒い集団が真っ赤に染まる。声を発しようとすれば、動いていたモノが動かなくなる。

 

 それはさながらバトル漫画のよう。速すぎて見えない……それは、以前の大規模作戦の時にも見た。だが、今のイブキはその速度を更に越えている……残像が見える程に。

 

 「これが……軍刀棲姫の本気……?」

 

 勝てる訳がないと、大淀は断じる。もしも正面から相対すれば、何も出来ずに全滅するだろう。例え距離を離していたところで、誇張なく一瞬で距離を詰められて斬られることは想像し易い。こうして言葉を発する間に、思考している間に、深海棲艦達はその数を減らしていっているのだから……それも、艦娘達が攻撃に加わっていた時よりも早く。

 

 イブキの姿こそ一瞬残る残像でしか見えないが、彼女(かれ)の両目の蒼い光のせいだろう……大淀の目の前には、蒼い光の線がさながらテールランプのように直線の軌跡を幾つも作り出していた。それが唯一のイブキの動きを知る為の痕跡である。そしてその軌跡は……戦場を余すところなく存在している。つまり、1分も経っていないにも関わらず、イブキは戦場をほぼ走破しているということだ。

 

 (これ程の速度……艦娘でも深海棲艦でも出せるハズがない……いえ、この地球上におけるあらゆるモノでも殆ど不可能です。まるで、彼女だけが違う時間を生きているかのよう……もしもその刃が我々に向けば、文字通り一瞬で終わるでしょうね)

 

 大淀が感じたのは、安心でも歓喜でも、ましてや希望等ではない。それらとは真逆の不安、恐怖、そして絶望である。過ぎたる力は恐怖しか生まないのだ。その“過ぎたる力”を間近で見ている大淀は、イブキと戦う可能性がある現状に恐怖している。もしもこの力が自分達に向いたらという想像に恐怖している。もう先程までのような“少なくとも今回は大丈夫”等という安心は出来なかった。

 

 追いかけられれば逃げられず、逃げられれば追い付けない。その手の軍刀の一撃はかわすことも受けることも叶わない。そんな相手が明確な味方ではない……その事実が、どれほど怖いか。

 

 チラリと、大淀は他の艦娘に視線を送ると、見えた表情は様々だった。唖然としている者、恐怖に顔を歪めている者、何故か恍惚とした表情を浮かべている者、何故かわくわくとした表情を浮かべている日向……そして視線を前に戻せば、そこにあるのは地獄絵図。

 

 斬られた深海棲艦から流れ出した血や中身によって真っ赤に、それを超えてどす黒く染まった海。あちらこちらに沈みきっていない深海棲艦の死体があり、中には中身が見えているモノすらある。その光景が広範囲に広がっており……海上に残る蒼い軌跡が、より禍々しさを感じさせる。

 

 「……早く撤退しなさい!!」

 

 立ち止まっていた艦娘達に向け、大淀は声を張り上げる。それによってようやく艦娘達は撤退を再開する……が、撤退ではなく帰投となるのは時間の問題だろう。何せ、撤退しろという一言を言う間にもイブキを深海棲艦を斬り続けていて、深海棲艦はその数を減らしていっている。数え切れない程居た筈の深海棲艦は、もう500にも満たない……そんな中で、数を減らしていないモノがあった。

 

 「まだ弾薬がある艦は上空の艦載機を!」

 

 【了解!!】

 

 それが、深海棲艦の艦載機。これはイブキにとっても仕方ないことだった。イブキは決して時間を止めたり姿を消したり出来る訳ではなく、あくまでも速度が常軌を逸しているだけである。跳躍する際の速度は速くとも空を飛ぶことも空気を蹴るなんてことも出来はしない為、落下する速度は自然に任せるしかない。跳躍は一方通行であり、跳んだ後の自由も効かない。

 

 イブキには刀身が伸びる軍刀があるが、これは伸びる速度が一定である為、現在のイブキの速度を維持しつつ使うことは難しい。伸ばしたまま使えば折れてしまう可能性もある。それ故にイブキは、極力跳ばずに海上を走り回りつつ両手の軍刀だけで戦わざるを得ないのだ。その為、どうしても上空の艦載機は放置せざるを得ない……と、大淀はそう考えた。

 

 だが、艦載機だけならば艦娘達だけでも充分こと足りる。元よりこの場にいる艦娘達は皆精鋭、動いている的に当てることなど容易い。それに深海棲艦と比べれば艦載機は遥かに脆い上に先程までの深海棲艦達と比べれば数も少ない……弾幕を張れば、充分対処可能な数だった。

 

 「っ……弾薬が、もう……」

 

 「私も弾切れ!」

 

 「ごめんなさい、私も……っ!」

 

 だが、それも弾薬が万全であればのこと。大半が補給の為に撤退を開始していた以上、他の艦娘達も補給が近いのは当然のことだった。粗方落としたとは言え、まだ艦載機は十数機程残っている。しかし、艦娘達には落とす弾薬がない。

 

 万事休す……そう思った矢先に、艦載機達の近くを蒼い軌跡が通った。その先にいるのは、当然イブキ。その姿を数分ぶりに見た大淀は何故? と疑問に思い、その後すぐにまさか、と思って視線を深海棲艦がいた方へと移す。

 

 そこには、水平線があった。影など1つ足りとも存在せず、あるのは黒煙とどす黒く染まった海……そして、灰色の雪雲。それが意味することはただ1つ。

 

 (ほんの数分、目を離しただけなのに……軍刀棲姫……貴女は本当に、敵にしてはいけなかった……)

 

 2000に及ぶ深海棲艦の、全滅。一時は絶望すら感じていた、勝つことなど出来ないと感じていた膨大な数との戦いの、呆気ない終幕。

 

 (正しく“化物”……総司令には、強く言わなければなりませんね……軍刀棲姫には2度手出ししないようにと)

 

 空中に咲く真っ赤な十数個の花火を見ながら、大淀は決意する。総司令の第一艦隊所属艦としては、それこそ内にある爆弾を使ってでも倒すべき相手なのだろう。だが、大淀にはもうそうする気はなかった。それはひとえに、イブキが海軍にとっての救世主であり、大恩人であるからだ。

 

 化物としか言い様がない強さに恐怖を感じた。だが、その前に大淀はイブキという存在を少しだけ知ったのだ……自分の思い人とどこか被る、その心と在り方を。だから爆弾は使わない。別に命を散らしたい訳ではないのだから。

 

 (さて……怖いことは怖いですが、艦娘代表としてお礼くらいは言わないといけませんね)

 

 着水したイブキを視界に収めつつ、大淀はイブキに近付く。その表情は無表情等ではなく……初めて善蔵と出逢った時のように笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 世界がモノクロに染まる……俺は今、そんな体験をしていた。世界は黒く、深海棲艦と艦娘は白い。だが、はっきり姿形、どんな表情をしているかというのははっきりと分かる。そして、あの時間が止まったかのような感覚が発動している……“攻撃なんて行われていないのに”。

 

 “感覚”は“自分に攻撃が迫っている時”に発動する、というのが俺の考えだった。だが、攻撃なんてどこからも来ていないのに発動している……気がする。まあこの際疑問点はどうでもいい。大事なのは、この世界は“感覚”と同じようなモノであり……そうであるなら、俺は相手が止まっている、もしくはとてつもなく遅くなっていても普段通りに動けるということだ。実際、大淀の周囲の深海棲艦を斬った時、まったくと言っていいほど俺以外誰も動かなかった。

 

 守れない気がしない……その言葉に嘘はない。本当に、今なら何でも出来る気がするんだ。この全能感というか高揚感というか……そう、まるで某大総統のかっこよすぎる戦闘シーンを見た時のような、まるで初めて好きな人に手料理を振る舞った時のような、まるで初孫をこの手に抱いた時のような、まるで、まるで、まるで……。

 

 (……? なんだ、今の記憶……)

 

 戦場を動き回り、深海棲艦を斬りながら考えていると、ふと脳裏を過った記憶に違和感を感じた。俺はこの身体になる前の記憶が全くと言っていいほどにない。だが、まあ多分一般人で男だったんじゃなかろうかと思っていた。

 

 だが、過った記憶は……記憶“達”には、まるで一貫性がない。アニメを見ていた記憶、誰かに手料理を振る舞っている記憶、しわくちゃの手で赤ん坊を抱いている記憶……その他にも、色々なシチュエーションが一瞬の内に過った。

 

 また1人の人型深海棲艦の首を斬り、1隻の深海棲艦を頭から……尻? まで一閃する。それらを何度も何度も繰り返しながら、俺はまた考える。この記憶達は何なのかと……そう簡単には答えなんて出ないが。

 

 (いや、そもそもこんなことを考える必要もないんじゃ? 俺はもうかつて自分に未練はないんだし)

 

 とは言え興味……というか気にはなる。まるで継ぎ接ぎのような、色んな場面をごちゃ混ぜにしたかのような記憶……前世の俺はどんな奴だったのか、気になるのも仕方ないだろう。思い出せないのがもどかしい。というか、全能感と高揚感のせいかどうにも考えが気楽になっている気がする……少なくとも、さっきまでの港湾棲姫との約束だとか、守りきれないだとか、そういうネガティブな考えはしなくなっている。

 

 しかも、思考しながらも動き回って斬りまくっていたせいか、あれほど居た深海棲艦が殆どいなくなっていた。拍子抜けだな……と思ったものの、よく考えてみれば俺がやっていることはボーっと突っ立っている敵をひたすら斬っているだけ……そう考えると、作業感が半端ないな。実際、今では作業に等しいし。

 

 だが、強くなったことでちょっとした弊害が出ている。それは“速すぎる”ということ。簡単に言えば、小回りが効かない。俺自身は普通に動けるとは言ったものの、その“普通”の基準が上がっているのか加減が出来ない……というより、俺自身が今の身体を使いこなせていない。だから無駄な軌道になってしまっている……とは言え、問題らしい問題は全くない。何せ、俺以外の動きは止まって見える程に遅いのだから。

 

 気付けば、深海棲艦はいなくなっていた……が、ふと大淀達の方へと視線を向ければ、空には艦載機が飛んでいる。深海棲艦にしか目が行っていなかったのですっかりその存在を忘れてたわ……が、別に問題ない。今の俺なら、充分追い付いて対処できる距離だ。

 

 (届くかは分からんが、空ならしーちゃんで……?)

 

 ふーちゃん軍刀を後ろ腰の左側の鞘に戻してしーちゃん軍刀を抜き、トリガーを引いて伸ばそうとする……が、ゆっくりとしか伸びていかない。何故? とは思うが、それを考えるのは後回しでいいだろう。ただ1つ分かるのは、今の俺の状態ではしーちゃん軍刀はナイフとしてしか使用できないということだ。

 

 ということに気付いた為、俺はしーちゃん軍刀を鞘に戻して再びふーちゃん軍刀を抜いた後にいつかのように跳んで擦れ違い様に艦載機を斬り裂いた。

 

 「……やっと終わったか」

 

 そう口にした瞬間、世界に色が戻って艦載機が爆発した音が聞こえた。物凄く長い時間斬りまくっていた気がするが……多分、10分も経っていないんだろうと思う。海に向かって落ちている時間が、酷くゆったりとしている気がする……これが時差ボケという奴だろうか。

 

 「軍刀棲姫」

 

 「……俺はイブキだ。軍刀棲姫なんて名前で呼ばないでくれ」

 

 そんな風に思いながら着水した後、大淀が何かの名前を呼びながら近付いてきた。そう言えば、俺は海軍ではそんな名前で呼ばれていたんだったか……が、俺には関係ない。俺には“イブキ”という名前があるのだから……名付け親は俺だが。

 

 「……分かりました。それではイブキさん……艦娘代表として、今回の御助力……感謝いたします。我々を助けて下さって、本当にありがとうございました」

 

 「……頭を上げてくれ。俺は恩人の頼みを聞いただけだ」

 

 感謝の言葉を述べながら頭を下げる大淀の姿に、俺は少し面食らっていた。敵である俺に頭を下げるなんてことは……まあ、想像していなかったから。精々言葉だけ、それも高圧的なモノだと予想していた。酷い想像ではそのまま俺対海軍の第2ラウンドが始まるものかと……負ける気はないが。

 

 だが……大淀がこうして頭を下げてくれたお陰で、彼女を守った時に聞いた言葉は嘘ではないんだと思えた。だから俺は……少しだけ、海軍に対して印象を良くしてもいいかなと、そう思えた。

 

 「本来なら表彰モノなんですが……貴女という存在を大本営へと招くことは出来ません。言葉しか貴女に返せないことをお許し下さい」

 

 「気にしなくてもいい。俺もすぐにこの場から去る」

 

 俺は海軍と敵対している身だ、そんな存在を本拠地に招くバカはそういないだろう。それに、俺は一刻も早くこの場から離れて仲間達の安否の確認をしに行きたかった。別れてから結構な時間が経っているし、戦いも激しいハズ……無事だと思いたいが、悪い想像は消えてはくれない。

 

 「……そうですか。敵である私が言うのもおかしな話ですが……お気をつけて」

 

 そう言って彼女は俺に向かって右手を伸ばしてきた……その目的は多分、握手がしたいということだろう。何度も言うように、俺と彼女は敵対している。別に握手せずに立ち去ってもいいんだが……たかが握手くらい、構わないだろう。

 

 「ああ……ありがとう」

 

 そう言って俺は、彼女と握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 「やはり、彼女の“願い”は叶わなかった。それどころか、彼女は“願い”を叶えられるところまで行っておきながら叶えようとはしなかった。所詮は誘導した“願い”、私が叶えた訳でもないし当然と言えば当然の結果ですかねー」

 

 大本営の建物の屋根の上に、曙に握り潰されたハズの妖精……猫吊るしは居た。まるで握り潰された事実など無かったかのように、ソレは悠々とそこに居た。その視線は、先程まで戦闘があった海に……正確には、大淀と握手しているイブキへと向けられている。

 

 「まあ楽しめましたし、それは良しとしましょう。問題なのはあの軍刀棲姫という存在……あんなモノ、私は知らない。なんですかねー、アレ。私が“設定”した数値を遥かに上回る戦闘力……とても艦娘や深海棲艦が出せるモノではないんですが。そもそもアレ、艦娘なのか深海棲艦なのかどっちなんですかねー……っとに、イレギュラーな存在だ」

 

 大きな独り言は猫吊るし以外の誰の耳にも入らない。今の世界の“真実”を知らせる言葉は、猫吊るし本人にしか聞こえない。だが、猫吊るしにも分からないモノがあった。それこそがイブキ。どれだけ考えても、その存在は猫吊るしには分からない。“ずっと見ていたにも関わらず”。故に……イブキを“イレギュラー”と呼んだ。

 

 「調べたい……どうやって貴女が創られたのか。しかしそれ以上に、その存在は危険です。何しろ“分からない”というモノは、ありとあらゆる“可能性”を内包している。つまり、貴女という存在は“私にとって不利益をもたらす可能性”がある……」

 

 

 

 ━ 故に、貴女にはこの世から消えてもらいましょう ━

 

 

 

 【っ!?】

 

 猫吊るしがそう呟いた瞬間、その海域にいた全ての艦娘達と善蔵、吹雪、曙、イブキの背筋に同時に悪寒が走った。その中で最も大きな悪寒を感じたのは……大淀だった。

 

 「あ……ああっ……」

 

 その悪寒の正体は喪失感。自分という存在そのものが消えていくような感覚。今、大淀はその感覚を味わっていた。

 

 「なんで? 手が離れない! なんで!?」

 

 何かとんでもないことが起きる……そう感じて、大淀はイブキから握手していた手を離そうとする。だが、その意思に反して手は離れなかった。まるで、自分以外の意思が働いているかのように。

 

 「“自決用対深海棲艦内蔵爆弾・回天”……艦娘が扱う酸素魚雷のおよそ200倍の威力……その威力、どうやって捻り出していると思います? 答えは……“艦娘そのものを爆弾のエネルギー源として使っているから”」

 

 猫吊るしは人知れず語る。その忌むべき名を持つ非人道的な兵器、その真実を。

 

 「燃料弾薬を使う……なんて話ではありません。肉体そのものや流れる血潮、心、記憶、魂、その他諸々の文字通り全てをエネルギーとして“回天”は発動する。長く生きた艦娘程、強い艦娘程、その威力は高まる……酸素魚雷の200倍とは、今の大淀さん達が出せる威力のこと。元より命を賭けて発動するんです、塵1つ残らないくらい何の問題もないでしょう?」

 

 坦々と、まるで日常会話のように呟く猫吊るし。誰も見ていない、誰も聞いていない……だから本人以外の誰も知らない真実。自爆なんて言葉が生易しく感じる程の、真実。

 

 猫吊るしは嗤う。誰も真実に気付かないことに。ソレは嗤う。今の世界はこんなにも愉しいのだと。その存在は嗤う……イレギュラーが消え去る、その瞬間を思い描いて。何しろ“回天”を作ったのは猫吊るし……“遠隔操作”も当然、出来る。大淀が死ななくとも、大淀から爆弾を外さずとも……起爆出来る。宿主の全てを破壊の力とする、その爆弾を。

 

 「いや、イヤ! 善蔵さ……」

 

 

 

 「さようならイレギュラー……そしてさようなら、大淀。安心して消滅、して下さいね」

 

 

 

 そう呟かれた直後……大淀を中心に破滅の光が溢れた。




という訳で、まあ色々と詰め込んだお話でした。長い激動というのも良いものですが、勝負とは時としてあっさり決着が着くもの……吹雪と曙は某名無し対名無し戦を意識、イブキには無双してもらいました。イブキのモノクロ世界は、クロックアップ(カブト)かヘブンズタイム(イナイレ)みたいなモノと思っていて下さい。

今回になってようやく善蔵の“願い”が出ました。ハガレン的に言えば、フラスコの中の小人を産み出したあたりですかね。つまりは元凶を産み出した元凶、みたいな感じです。分かりにくい、展開が気に入らないという方もいるでしょうが、どうかご容赦下さい。



今回のおさらい

曙対吹雪、決着。こういうのを天に見放されたというのか。善蔵の願い、発覚。その願いの先にあるのは終わらない戦い。深海棲艦の対襲撃、終幕。主人公無双タグは伊達ではない。大淀、光になる。爆発オチはいい加減古い?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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その後、海軍は

お待たせしました、ようやく更新です。

いつの間にか通算UAが30万を越えていました。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!


 深海棲艦によるかつてない規模の襲撃が起きた日から1週間の時が経った。その被害は凄まじく、壊滅した鎮守府は2桁に上り、死傷者や轟沈した艦娘の総計は300を越えた。数値だけを見れば然程多くないと思えるだろうが、死亡、轟沈した者達は皆現役の提督、整備員、憲兵、経験を積んだ艦娘達であり、海軍の主要な戦力の大半を失うこととなった。

 

 そんな中、逢坂 優希の鎮守府は被害らしい被害もなく勝利を収めていた。轟沈した艦娘もいない、正しく完全勝利Sと言えるだろう。

 

 「……生きてた……んだよね」

 

 鎮守府の中にある執務室の椅子に深く座りながら、優希は呆けたように呟く。あの戦いから1週間……その間ずっと、優希は確かめるようにそう呟くようになっていた。その理由は当然……助けに現れた夕立と時雨の姿を見たからである。

 

 今でこそ軍刀棲姫……イブキの仲間である2人だが、元は2人共優希の鎮守府に所属していた艦娘だった。が、夕立は作戦中に行方不明となり、時雨は轟沈したと伝えられ……一時は自身の不甲斐なさに落ち込んでいた。

 

 しかし、2人は生きていた。夕立に至ってはかなり姿は変わっているし、優希達以外に大事な人を見つけていた為に鎮守府には帰らないとハッキリと告げられはしたが……それでも、生きていた。そのことは素直に嬉しい……が、今まで悲しみにくれていた分、安堵から気の抜けたような状態になってしまっているのだ。

 

 「提督ー、帰ったよー」

 

 「あ……お帰り、白露」

 

 そうして優希がボーッとしていると執務室の扉が開く。入ってきたのは、優希の鎮守府で第一艦隊旗艦であり、夕立と時雨の姉妹艦でもある白露だった。

 

 この白露を含め、無事だった鎮守府の艦娘達は1週間経った今でも壊滅した鎮守府の瓦礫の撤去、救助の為に方々に駆り出されている。その華奢な見た目からは信じがたい力を発揮する艦娘は、高さが必要な場合を除けば重機よりも臨機応変にその手の行動が出来るのだ。その為、危険地帯や重機が必要な場所での救助活動にも駆り出されることは稀にだがある。この白露は、そういった活動から帰ってきたのだ。

 

 「また呆けてたの? あれから1週間もするのに」

 

 「うん……なんだろうね。実感が湧かないというか……生きてて嬉しかったし、残ってくれなくて悲しかったし……なんだろう、色んな感情がごちゃ混ぜになってね。よくわからないんだ」

 

 切羽詰まった戦場での再会……かと思えば、あまりに短くあっさりした別れ。でも幻だったという訳では決してない。交わした言葉が少なかったから、その姿を見ていた時間が少なかったから……優希は、いまいち自身の感情が理解仕切れずにモヤモヤしたままだった。

 

 生きていた。少ないが言葉も交わした。だが、その2人はこの場にはいない。夕立からはハッキリと2度と戻ってこないという意思表示もされている。

 

 ━ ありがとう……さよなら、提督 ━

 

 「……あ」

 

 「ちょ、提督? 急に泣いたりしてどうしたの……?」

 

 その夕立の言葉を思い出した時、自然と優希の目から涙が溢れた。それを白露に指摘され、優希はようやく自分が泣いていることに気付き……その理由に思い至った。

 

 提督という仕事に就いている以上、死や別れはやがて訪れるモノだ。幸運にも優希は夕立、時雨を除いて別れ、轟沈した艦娘はいない。だが、その2人は自分の知らないところで轟沈したと報告を受けていた。故に、現実味というモノが感じられず悲しみだけがずっと心を蝕んでいたのだ。

 

 だが、その悲しみの原因である2人は本当は生きていた。そして、今回の襲撃でハッキリと別れを告げられた。そこにはもしかしたら、なんて希望はない。ハッキリと突き付けられた……別れ。

 

 (そっか……寂しいんだ、私)

 

 モヤモヤとした感情の正体は……寂しさ。生きているのだ、今生の別れということはない……それでも、2度と2人を加えた鎮守府での暮らしは有り得ない。

 

 母として娘が、姉として妹が家から出たような、そんな寂しさ。2人には自分以外に、自分以上に大切な存在が居る。祝福すべきだろう。だが、素直にそうできない。自分とて、2人が大切だったのだから。

 

 「……白露、ちょっとこっちに来て?」

 

 「え? う、うん……」

 

 「ありがとね。それじゃあ……ぎゅー」

 

 「……えーっと……提督?」

 

 不意に優希は白露を手招きし、近付いてきた白露を擬音を口にしながら抱き締める。それに対し、白露は拒むことこそしないものの困惑気味だった。が、優希の肩が震えていることに気づくと直ぐに抱き締め返す。

 

 優希は成人しており、大体中学生程の体格の白露と比べればその体は少し大きい。しかし、白露が感じたのは……震える肩の小ささだった。成人しているとは言っても、優希はまだまだ若輩者と呼べる。士官学校で厳しい訓練を受け、その精神を鍛えたとしても……甘さ等の感情が無くなる訳ではない。

 

 時雨と夕立が沈んだと聞かされた時、彼女は泣き、落ち込んでいた。それくらい彼女の心は優しくて、繊細で……だからこそ、今回のように別れを告げられたことに心を痛めている……泣いてしまう程に。今白露を抱き締めているのは、そんな寂しさを紛らわせる為なのだろう。それを理解したからこそ、白露は拒まずに抱き返したのだ。この心優しい提督が、これ以上落ち込んで……また泣いてしまわないように。

 

 (まあ……拒むことなんて有り得ないんだけどね)

 

 優希達の鎮守府は、厳しい戦いを経てより確かな絆を築いていた。

 

 

 

 

 

 

 「提督ー、見舞いに来たよー」

 

 「あ、あり、がとう……北上」

 

 優希達から更に2週間の時が経ち、そこは海軍関係者が搬送される病院。その個人用の一室に、永島 北斗は身体中に包帯を巻いた上に病人服を着た状態でいた。彼は見舞いに来た北上に礼を言い、パイプ椅子に座る北上と視線を合わせる。尚、現在彼等の鎮守府は所属している艦娘達で北斗の代わりに提督業と他の仕事をして回している。

 

 2週間前に北上を庇って生死の境をさ迷った北斗だったが、運が良いと言うべきか一命を取り止めていた。因みに、彼を診たのは人間の医者ではなく妖精である。艦娘や艤装、入渠施設等を造る程の謎の超技術を誇る妖精でなければ、北斗はこの世を去っていただろう。

 

 「それで……身体はどう?」

 

 「うん……そうだね……なんと言えばいいのかな」

 

 実のところ、北斗が目を覚ましたのは2日程前のこと。その2日の間に会話が出来る程まで回復している北斗は、中々に生命力に溢れているようだ……体を動かすには到らないが。しかし、北斗の申し訳なさそうな顔を見て、北上は嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 「両足がね……感覚がまるで無いんだ」

 

 

 

 先程も言ったように、北斗は生死の境をさ迷っていた。それもそうだろう……何せ彼は崩落した天井の瓦礫を背中から一身に受けたのだから。背中の肉は抉れ、鋭い破片は内臓を傷付け、骨は折れるか砕けるか……事実、背骨は折れ、砕けていた。即死しなかった奇跡、この世界に妖精が居て、医術にも精通していた奇跡、病院に辿り着くまでに死ななかった奇跡……様々な奇跡の積み重ねにより、北斗は生き長らえたのだ。

 

 しかし、全てが丸く収まる……ということはなかった。それが、妖精の技術をもってしても治らなかった……下半身の麻痺。2度と北斗は自分の力で歩くとは出来ない。それどころか、車椅子等を使わねば移動することも儘ならない。

 

 (私のせいだ……私のせいで、提督は……っ)

 

 話を聞いた北上の心に、重い自責の念がのしかかる。北斗は北上を庇った故に、こうして取り返しのつかない事態に陥った。ましてや先の襲撃の際に、北上は北斗に惹かれていると自覚している。好きな相手が自分のせいで……感じる絶望は本人以外分からない程に大きく、重いだろう。溢れる涙を、止めることが出来ない程に。

 

 この一件で嫌われる……なら、まだいい。北上が今最も恐れているのは……北斗が提督を辞めさせられることで側に居られなくなることだ。ようやく自覚した恋心……その相手が遠くに行ってしまうことなど、考えたくもないだろう。

 

 「な、泣かないで、北上。い、生きてるだけ儲けものって言うし……ね?」

 

 「……提督は、さ。私を恨んだりしないの? そうなったの、私を庇ったせいじゃん……憎い、とかさ……ないの?」

 

 慌てて慰めるように言葉を投げ掛ける北斗に、北上は涙を拭いながらそう問い掛ける。それは、自分から恐怖に飛び込むようなモノだ。もし北斗が嫌いだと、憎いと言えば……北上の心はもたないだろう。

 

 「……僕はき、北上のことを嫌ったり、憎く思ったりしないよ。僕の方こそ、余計なことをするなって……怒られるかと、思ってた」

 

 北上が恐れていたことはなくなり、代わりに胸が締め付けられるように苦しくなる。確かに北斗の言うように、艦娘を人間が助けるというのは……ある種、余計なことを言えるだろう。艦娘の身体は人間よりも遥かに頑丈なのだ、例え北斗が庇わなくとも北上は然程ダメージは負わなかっただろう。

 

 「そんなこと、言える訳ないじゃんか……私を庇ってくれたの、スッゴい嬉しいしさ。嫌うどころか……前よりもっと、前よりずっと……好きになった」

 

 「……北……上?」

 

 だが、北上は余計なことをとは思わない。自分を庇ったという北斗の行動を……そんな言葉で終わらせていいとは微塵も思わないから。

 

 北上はベッドに横たわる北斗の身体へと手を伸ばし、掛け布団の中にある彼の手を優しく握る。その行動と言葉を、北上の涙を溢しつつも微笑んでいる表情を、北斗は困惑気味に見ていた。そんな彼の表情を見た北上は可笑しそうにクスッと笑い……。

 

 「大好きだよ、提督」

 

 「き……北、上……?」

 

 ただ一言そう告げると彼女は立ち上がり、北斗の顔の上に自分の顔を近付ける。こうまですれば北斗も北上の言ったこととその行動の意味を理解したのだろう、顔が真っ赤に染まる。そして、その唇同士が触れ合うというその直前。

 

 

 

 「ちょーっと待ったー!」

 

 

 

 「「っ!?」」

 

 突然病室の扉が開き、そんな声が部屋の中に響く。思わず2人は……というか北上は顔を離し、扉の方に視線を移す。そこに居たのは……鈴谷だった。

 

 「嫌な予感がしたから急いでお見舞いに来てみれば……油断も隙もないね、北上」

 

 「……チッ、もう少しだったのになぁ」

 

 そう言いながらツカツカとわざとらしく靴音を立てながら近付いてくる鈴谷に対し、北上は隠すこともなく舌打ちをして残念そうに呟く。もう少しでキスが出来たのに、と。そんな舌打ちは聞こえていないとばかりにスルーし、鈴谷は北上をベッドから引き離して2人の間に入り込んだ。

 

 「私だって、提督のこと好きなんだよね。北上にも負けないくらい、ね」

 

 「……え?」

 

 あまりに堂々とした、同時にあっさりと行われた告白。北斗は別に聴覚に障害を持っていないので、この距離で聞き逃すことなどない。しかし、2人の告白を聞いても……嬉しさよりも困惑の方が強かった。

 

 永島 北斗という人間は、決して美形ではない。要領も良いとは言えないし、年の割りに階級だって低いし、運も悪い。平均よりも体が大きいが、それと反比例するように気が弱い。異性との関わり方も良く分からず、側に居ると緊張してどもってしまう……部下である北上や鈴谷達が相手であっても、だ。それが、北斗自身による自己への評価だった。

 

 そんな自分を、見た目麗しい2人の艦娘が好きだと言ってくれている。親しい者に向けるようなモノではなく、異性に抱くモノを……本気の気持ちを。その気持ちを向けてくれる理由が、自己への評価が低い北斗には分からない。

 

 この後北斗は、そんな心境に気付いた2人によって自分達の好意の大きさ、そこに至る経緯等を懇切丁寧に語られ、アピールされることになる。何しろ告白は宣戦布告に過ぎず、自分の気持ちを知ってほしかっただけなのだから……あわよくばそのまま、と考えたこともないではなかったが。

 

 これより始まるのは、乙女達による意中の相手の心を射止める仁義無き戦い。言えることは1つ……北斗が提督を辞めることはなく、今まで以上に慌ただしくも楽しい日々が彼らを待っているということだ。

 

 

 

 

 

 

 「すっかり平和になったなあ」

 

 「そうですね……つい2週間前に深海棲艦の襲撃があったことを考えれば、今日まで平和に過ごせましたね」

 

 そんな会話をしているのは、摩耶と鳥海の2人。彼女達は今、自分達が配属している鎮守府、その工廠で艤装を取り外しているところだった。

 

 襲撃から2週間。彼女達の鎮守府は、襲撃してきた深海棲艦達が比較的弱い部類だったらしく被害らしい被害を負わなかった。その為、他の被害を受けた鎮守府の瓦礫撤去等の仕事に駆り出され……それを終えて帰ってきたばかりだった。

 

 「そう言えば……球磨さん達の提督、意識が戻ったらしいですよ」

 

 「ホントか!? 良かった……」

 

 鳥海から聞かされた朗報に、摩耶は安心したように表情を綻ばせる。摩耶達は襲撃の日、球磨達の援軍に向かって共に戦い、生き残っている。それ以前にも合同で出撃したこともあり、鎮守府間での信頼関係も良好なのだ。その鎮守府の艦娘達の提督が生死の境をさ迷っていると聞かされた時には自分達の力の無さを痛感したモノであり……生きてるとなれば、やはり嬉しいと感じる。

 

 あの戦いの後、球磨達の状態はそれはそれは酷いモノだった。片手片足を失った球磨、提督と呼びながら泣き始める北上と鈴谷。その3人を高雄と共に彼女達の鎮守府に連れ帰れば、自分達の無力の証明とも言える一部崩壊している鎮守府と、泣き崩れる駆逐艦達……誰一人沈まず、死ななかったことは確かに快挙である。だが……心にも体にも傷を負わなかった訳ではないのだ。

 

 「2人共お帰りなさい」

 

 「「ただいま、鳳翔さん」」

 

 そんな会話をしながら艤装を外し、報告の為に提督が居るであろう執務室に向かっている最中、2人は鳳翔と出会う。鳳翔もまた、2人と同じように皐月、那珂を連れて他の鎮守府の手伝いに赴いていたが……どうやら先に戻っていたらしい。

 

 「そちらの作業はどうでした?」

 

 「瓦礫片付けたら妖精達があっという間に建物は修復してくれたよ……新品同然にな」

 

 「建物“は”、ですけど……ね」

 

 鳳翔の問い掛けに答えると、2人は表情を暗くする。そんな2人の感情が理解出来るのだろう、鳳翔も同じように表情を暗くした。

 

 妖精の技術力は言葉にならない程に凄まじい。艦娘を生み出し、彼女達のサイズに合わせてありながら既存の兵器より遥かに威力が高く、優れた艤装を作り出し、体の欠損すらも修復出来る入渠施設を作り出した。そんな妖精達であれば、破壊された鎮守府を摩耶の言うように新品同然……それどころか更に強化して修復することなど容易いだろう。

 

 だが、死んだ人間まで甦らせることは出来ない。死に体であっても生きているならば、北斗のように完全とはいかなくとも治すことは出来る。だが……死んでしまえば、どうしようもない。沈んだ艦娘も、死んだ艦娘も同じである。

 

 提督が死んでしまった鎮守府には、士官学校から成績が優秀な者達が選ばれて着任するだろう。だが、軍としての力は確実に弱くなる。着任して日が浅い提督だけではなく、ベテランと言える提督も中堅クラスの提督も何人も死んでいるのだから。そして、そう言う鎮守府の殆どは艦娘も全滅している。摩耶達、球磨達、そして優希達は運が良いのだ。誰も沈んでいない、誰も死んでいない。心にも体にも傷を負っても……終わりではないのだから。

 

 「……そう言えば、提督はどこにいる? 帰ってきたから報告しないと」

 

 「提督なら、少し前に食堂で見かけましたよ」

 

 「もう夕方ですからね……摩耶姉さん、報告は後にして私達もご飯にしませんか?」

 

 「いや、ダメだろ……って言いたいけど、そうすっか。鳳翔さんは?」

 

 「ふふ……では、私もご同伴させていただきますね」

 

 3人は今日の晩御飯を何にするか話し合いながら食堂に向かって歩いていく。彼女達もその鎮守府も……思うところはあれど、平和であった。

 

 

 

 

 

 

 「日向」

 

 「……大和か」

 

 そこは、日向が剣術の訓練をしていた道場のような場所……そこに、日向は居た。その手に軍刀を、目の前には切り裂かれた巻き藁の的が幾つも倒れている。歪な切り口のモノは1つとして無く、その全てが綺麗な切り口で。

 

 声をかけた大和は道場の中へと入り、日向の背中に手を当てる。その背中は、小さく震えていた……その理由を、大和は知っている。

 

 深海棲艦の襲撃から1ヶ月……あの日、最も激戦だった場所に居た日向達は、リベンジするべく探していた存在、イブキの姿を見た。それどころか共闘もしたのだ。仲間である古鷹も謝ることが出来たし、敵として戦っていた者との共闘は彼女達も心を踊らせた。更には仇敵であるイブキは更なるパワーアップを果たしたところも目撃している。

 

 日向達から見ても、パワーアップしたイブキの力は無双と呼ぶ他にない。文字通り目に見えない速度で動き、堅い装甲をモノともせずに斬り裂いていく軍刀の切れ味……どう足掻いても勝てはしないと分かる。それでも、日向は笑みを浮かべた。例え敵がどれほど強くなろうとも、例え勝ち目がまるでないとしても、その強さに魅入られ、勝ちたいという思いが日向には……日向達にはあった。

 

 「日向……まだ、諦めきれないの?」

 

 「……ああ、諦めきれない。私には……信じられそうにない」

 

 

 

 「あいつが……イブキが死んだなどとは」

 

 

 

 あの襲撃の日、イブキは大淀と共に核を彷彿とさせる光の中へと消えた。その瞬間のことを、日向は1ヶ月経った今でも尚鮮明に思い出すことが出来る。

 

 イブキが敵艦隊を全滅させ、艦載機すらも落として見せた後、イブキと大淀は握手を交わした。日向達はその2人の行動を見てから大本営へと向かったのだが……問題が起きたのは、それからほんの数秒経った時だ。

 

 日向達を襲った悪寒……それは恐怖だった。あの瞬間、日向達は“何かが起きる”という恐怖を直感的に感じていたのだ。そして、それは実際のモノとして具現した……目映い光、そうとしか取れない程の爆発と共に。その光が何かが爆発したモノだと分かったのは、光の後に台風を彷彿とさせる風……爆風に続き、津波や渦潮等の被害が出てからのこと。

 

 幸いにもと言うべきか、津波による被害は大本営の建物にはあまりない。窓ガラスが割れて内部を海水が蹂躙したものの、外壁の損壊は微々たるものだ。だが、空母棲姫曙によって補給中に大破させられた艦娘達、入渠する為に戻っていた艦娘達、人間の人員は津波によって流された後にそのまま沈んでしまった者、死んでしまった者もいる。日向達も津波に拐われはしたものの、然程傷も負っていなかったので誰も沈まなかった。

 

 「あの光の原因が何なのかは分からない。だが……一瞬しか見えなかったがあの時、大淀を中心に発生したように見えた。何よりも……無表情がウリの総司令の第一艦隊所属である大淀が、はっきりと恐怖していた」

 

 日向は見た。大淀が必死になって何かを叫んでいるところを、恐怖に怯えた表情を。それが何を意味するのかは、彼女にはまだ分からない。分かるのは……あの核を彷彿とさせる光の発生の原因が大淀達の近くにあった……もしくは、大淀かイブキのどちらかが原因であるということ。日向としては、イブキが原因であるとは考えていないが。

 

 「……なら、あの時大淀さんに最も近かった軍刀棲姫は……」

 

 「ああ。普通に考えれば、あの爆発に呑まれて消え去った……そう考えるのが自然だ。自然なんだが……イブキならと、そう思えてしまうんだ」

 

 そこまで分かっていて何故、という思いを込めた大和の言葉に、日向は苦笑混じりにそう返した。

 

 日向が思い返すのは、イブキとの出逢いから今日までのこと。サーモン海域での戦いで逃亡した戦艦棲姫を大和達と共に追い掛け、追い詰めた所で邪魔をされ、あっという間に壊滅させられた。その時から、日向達はイブキに勝つために鍛練に鍛練を重ね始めたのだ。

 

 次に戦う機会が巡ってきたのは、イブキ討伐の為の大規模作戦の時。数で大きく勝り、練度も高い精鋭達による連合艦隊……事実上の海軍最強艦隊対1人という戦い。だと言うにも関わらず、結果は完敗。日向達は自分達の実力の向上を確信できたが、結局のところ一撃も当てることが出来なかった。

 

 そして今回の深海棲艦の大襲撃、まさかの共闘をすることになり……流石に多勢に無勢かと思えば、光と共にパワーアップを果たしたイブキがあっさりと敵を全滅させた。近付いたかと思えば、また遥か遠くに行ってしまった……あの爆発によって、永久の別れとなってしまったかもしれない。だが、日向は思うのだ。

 

 「今まであいつは、こちらの常識をことごとく覆してきたんだ……あの規模の爆発なら普通は死ぬだろうが、そんな普通すらも覆してくれるんじゃないかとな」

 

 それは、日向からイブキへの信頼の言葉。敵に抱くには場違いな感情かもしれないが、日向にとってイブキは、向こうがどう感じているかは分からないものの信頼を向けるに値する存在であるのだ。

 

 「……そう」

 

 しかし、日向と深い仲である大和にとって、そんな話や感情を聞かされては面白くない。少なくとも、苛立ちが声に乗ってしまうくらいには。そうして大和は声だけではなく、態度でも“私は不機嫌です”と日向に知らせるようにぷい、とムスッとした表情でそっぽ向いた。

 

 そんな大和の姿に日向は苦笑いを浮かべ、機嫌を取るように抱き締め、頭を撫でる。超ド級戦艦である大和だが、艦娘となったその身と心は女性のモノ……人肌の暖かさ、それも日向のモノに安心感を覚え、気持ち良さそうに目を瞑り、されるがままとなる。そんな彼女の姿を見てほっこりと暖かな気持ちとなりながら、日向は思う。

 

 (私はまだお前を超えていない……勝ち逃げは許さんぞ? イブキ)

 

 

 

 

 

 

 「……あれから1週間、か」

 

 鎮守府の中にある執務室の中で1人、渡部 義道はそう呟く。深海棲艦の大襲撃から1週間、鎮守府の周辺、近海は平和を取り戻していた。その平和な時間を謳歌しながら、義道は大襲撃の日のことを思い返す。

 

 あの大襲撃の日、義道の艦隊に轟沈した艦娘は居なかった。というよりも、姫級の深海棲艦が来て尚、鎮守府には被害らしい被害は殆どない。結果だけ見れば、最高と言っても過言ではないだろう。だが、両手を上げて勝利の喜びを噛み締めることは出来なかった。その理由こそ、窮地に現れた2人の援軍……そのどちらも、この鎮守府に縁のある存在だった。

 

 元々この鎮守府に所属しており、大襲撃の前の大規模作戦時に見捨てる形になってしまった雷……そして、その大規模作戦よりも更に前、天龍率いる遠征の艦隊の半分を沈めたレ級……その生まれ変わりの金剛である。とは言うが、義道は直接目にした訳ではなく報告を受けただけの為、その真偽等は分からないのだが。

 

 (報告にあったレ級の“生まれ変わり”である金剛……この1週間調べてみたが、深海棲艦が艦娘に生まれ変わる……あるいはその逆の艦娘が深海棲艦になったという報告も情報もない。だが、その金剛がいた以上……そいつだけとは限らない)

 

 義道が調べた限りでは、艦娘が深海棲艦に、深海棲艦が艦娘に生まれ変わる……そんな情報は艦娘と深海棲艦が現れてから約50年の中で1度も確認されていない……少なくとも、資料には載っていない。だが、そういう者がいると知った以上、他にもいるのではないか? というのが義道の考えだ。

 

 そもそも、艦娘にしろ深海棲艦にしろ海軍が持ち得ている情報はあまりに少ない。人間は妖精がいなければ艦娘に対して入渠も、建造も、改装も、開発も何一つ出来ない。人間側からしてみれば、どうやったら弾薬鋼材燃料ボーキサイトを使って人間のような存在を作れるのか謎なのだ。ましてや人間サイズでありながら既存の兵器を遥かに凌駕する性能の兵装等作れるハズもない。知識が圧倒的に足りていないのだから。

 

 故に、義道は考える……自分達が知らない生体や能力があってもなんら不思議ではないと。それこそ生まれ変わる……“転生”のようなものがあっても決して有り得ない話ではない。

 

 「有り得ないなんてことは有り得ない……俺が知らないことなんて山のように存在するし、俺に理解できないことなんて星の数程存在するんだ。それに……艦娘から転生した深海棲艦がいるなら、今回の襲撃の理由も……」

 

 今回の大襲撃だが、その発生理由については明らかになっていない。そもそも深海棲艦がここまで大規模の襲撃を行ったことなど過去に1度もないのだ。姫や鬼は鎮守府から離れた海域に拠点を持つ場合が多く、早々遭遇することもない。それ故に、なぜ大襲撃が起こったのか……その原因は分からず仕舞いとなっている。

 

 しかし、義道は考える。もしも“転生”というモノが本当にあるならば、艦娘や深海棲艦だった頃の記憶……言うなれば、“前世の記憶”と言うべきモノを持っているのではないかと。ならば今回の大襲撃は、艦娘時代に海軍、或いは特定の個人に怨みを持って深海棲艦に転生した何者かによる復讐だったのではないか、と。

 

 勿論、これ等はあくまでも義道の推測に過ぎない。確証も証拠もない。こういう事例があったからこういう事もあるのではないか、という程度の考えだ。だが、そうであるなら大襲撃が起きたことも説明がつく。

 

 (……あの人なら、何か知っているんだろうか)

 

 義道の脳裏に浮かぶのは、総司令である善蔵の顔。彼は世界で最初に艦娘と接触、指揮した存在であり、最初に妖精を発見して友好を築いた存在であり、御歳96となった今尚現役で指揮し続けている存在である。義道が知らないこと、知りたいことを知っていても不思議ではない。

 

 とは言え、直接聞くことなど出来はしない。只でさえ善蔵には色々と怪しい部分があり、過去の事件……義道の父、渡部 善導の死に関与しているのだ、接触するなら相応の準備をしていく必要があるだろう。

 

 (……そう言えば、善蔵に聞いてくると言っていた不知火はどうしたんだろうか? ……無事だといいんだが)

 

 ふと、義道は大襲撃の前に接触した艦娘、不知火のことを思い出した。善蔵の部下であり、父である善導の元部下だったという不知火……彼女と別れてから今日まで、1度も連絡も接触もない。そして、善蔵からの使者が来たということもない。義道は不知火の安否を気にしつつ、また別のモノに思考を移す。それは、自分の部下達のことだ。

 

 仇であるレ級、その生まれ変わりである金剛との遭遇により、睦月と龍田は精神的な回復を見せた。特に龍田は天龍の遺品だかなんだかのナイフを雷から受け取って以来、今までの復讐への姿勢が嘘のように笑顔と優しさに溢れている……同室の艦娘からはたまに夜に独り言を呟いていて怖いという苦情も来ているが、義道はスルーしている。誰だって命は惜しいのだ。

 

 回復した睦月と龍田の代わりに、雷の姉妹艦である暁、響、電はこの1週間ずっと暗いままだ。何しろようやく再開できたハズの雷とはロクに会話することもできず、最後には見向きもせずに去っていたのだ、その衝撃は計り知れない。

 

 一難去ってまた一難。知りたい真実には未だ辿り着けず、問題を解決したかと思えばまた新たな問題が発生する。儘ならないものだと、義道は独り苦笑を溢した。

 

 (父さん……俺は何時になれば、あんたの仇を取れるんだろうか)

 

 その問いに答える者は……いない。

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ……やはり戦力の低下は免れんようだな」

 

 大本営にある総司令室に、善蔵の姿はあった。大襲撃の際に曙から右腕をもがれた事実など無かったかのような傷1つない五体満足の姿で。

 

 大襲撃の時、大淀の回天の爆発によって発生した津波が襲いかかったことと深海棲艦の攻撃で損壊していた大本営の各建物だったが、2週間経った今ではすっかり元の姿を取り戻している。これも妖精の技術力の賜物である。善蔵もまた、津波の被害に遭ったハズだが……こうしている以上、死にはしなかったのだろう。

 

 それはさておき……善蔵の手には1枚の書類があり、机の上には同じような内容の書類がかなりの枚数存在した。それは各鎮守府の詳細な被害内容であり、中には死傷者の数と名前、階級、所属鎮守府等が書かれている。多くは提督に成り立て、或いは中堅辺りの佐官達であるが……准将と少将が1名ずつ、死者の中に名を刻まれていた。そして、死亡した提督の部下の艦娘達の9割9分が轟沈している……提督も艦娘も、言い方は悪いが補充は出来る。だが、高い練度と経験は相応の時間を掛けねばならない。

 

 「とは言え、しばらくは深海棲艦が攻勢に出ることはないだろう……あちら側も、決して無傷ではない。しかし……予想していたよりも威力が“弱かった”な」

 

 善蔵は座っている椅子に深く座り直し、自分の考えを口にする。今回の大襲撃に参加した深海棲艦の総数は万を越える。そして、その8割以上が沈んだ……幾ら全体量が不明瞭な深海棲艦とは言え、今回程の大規模なモノは早々行えないだろう。そう考えを締めくくり……彼の思考は、回天へと移る。

 

 大襲撃の際に最後に起きた光……爆発。それは、大淀の体内に存在した“対深海棲艦用内蔵爆弾・回天”の爆発である。埋め込まれた艦娘が沈む、体内から取り出される……もしくは、猫吊るしが遠隔操作することで起爆するソレは、猫吊るしの策略によってイブキを大淀ごと吹き飛ばす為に起爆され、周囲の海や大本営、その付近、様々なモノに被害を与えた。範囲、威力共に誰が見ても申し分無いと言うだろう……しかし善蔵は、それを弱かったと言う。

 

 回天の威力は、埋め込まれた艦娘に依存する。何故なら、回天の爆発のエネルギーは埋め込まれた艦娘そのもの……培ってきた経験、記憶、血潮、弾薬燃料、艤装、その他諸々……文字通り艦娘の全てを1つの爆弾のエネルギーに変え、爆発として解き放つ。長く生きれば生きるほど、戦場を歩けば歩くほど、その威力は天井知らずに上がっていく。現在の海軍に所属する艦娘の中でも最古参、それも最強艦隊と名高い元帥第一艦隊の大淀ならば、現状最高峰の破壊力を出せるだろう。しかし、それでも善蔵は弱いと言ったのだ。

 

 (あれが酸素魚雷の200倍? 確かにそれに近い威力は出ていたが……予想値よりも確実に低い。計算が間違っていた? 有り得ん……妖精の知能や計算の正確さ、答えを導く速度は人智を越えている。計算ミスなど……確実に無いとは言えんが、9割9分9厘有り得ん。なら、他の要因が原因と見る方が自然か……とは言え、軍刀棲姫が生きているということはないだろうが)

 

 軍刀棲姫……イブキは、爆発前に大淀にその手を掴まれて拘束されていた。爆心地に最も近い場所に拘束され、爆発するタイミングを計れない状況ならば、例え神速足りうる速度を誇ろうが、斬れぬモノ無き軍刀を持とうが関係ない。例えイブキと言えども、大淀諸とも消滅しているだろう。事実、艦娘達に大本営近海、その周辺海域、海底まで調べさせたが影も形も、肉片1つ、艤装すら見つかってはいない。そういったことから、海軍では今度こそ軍刀棲姫は沈んだと見られている。

 

 (……軍刀棲姫のことはひとまず置いておくか。各鎮守府の修復と深海棲艦への対抗戦力を置くという急務が終わった後にも、やることは山積みなのだからな)

 

 イブキのことを頭の片隅にやり、善蔵は引き出しから今まで見ていた書類とは別の書類を取り出す。そこに書いてあるのは、新たに配属される提督達の名前と配属場所。そして、死んだ提督達の遺族への様々な補償が記されている。

 

 他にも海外の鎮守府への支援活動もしなければならないし、今後の話し合いとして国会にも行かねばならない。また、今回生き残った提督達全てに昇進させるという報告もしなければならない。他にも、まだまだ……そう考えていると、今いる部屋の扉がノックされた。

 

 「総司令。第二艦隊旗艦翔鶴、参りました」

 

 「入れ」

 

 「失礼します」

 

 そんなやり取りの後に入ってきたのは、翔鶴。彼女が旗艦を務める第二艦隊も、誰1人欠けることなく大襲撃を生き残っていた。彼女がこの場にやってきたのは、事前に善蔵が放送で呼び出していたからである。

 

 「よく来てくれたな、翔鶴」

 

 「いえ……総司令の命令ですから」

 

 「ふん……さて、時間もあまり無いのでな、簡単に呼んだ理由を話すとしよう」

 

 「その理由とは……?」

 

 

 

 「翔鶴……お前達第二艦隊の全員を、第一艦隊に編成する」

 

 

 

 善蔵の言葉に、翔鶴は驚愕から目を見開く。大襲撃の際に第一艦隊は、那智に続いて大淀も失った。その為、只でさえ1人足りなかった5人から4人、4人から3人へとその数を減らしている……成り立ての提督による初期艦隊ならまだしも、総司令かつ元帥という最高責任者の最強艦隊としては致命的。故に第二艦隊の中から補充する……というのならば、ここまで驚くことはないだろう。

 

 だが、善蔵は言った。第二艦隊の面々を編成すると……即ち、補充するのではなく、第二艦隊をそのまま第一艦隊にするということだ。それはつまり、翔鶴……第二艦隊の者達の願いである提督……“善蔵に最も信頼されている艦隊”である第一艦隊所属の願いが叶ったということだ。

 

 「最強を誇った第一艦隊も、武蔵、雲龍、矢矧の3隻となってしまった……流石にこのままではいかん。かと言ってお前達の中から選んだとしても不和が生まれ、連携もままならんかもしれん……ならば3隻には大本営の防衛戦力として働いてもらい、お前達を今後第一艦隊として運用することとした」

 

 「……」

 

 「いいな?」

 

 「了解しました。天津風達には私から報告を?」

 

 「頼む」

 

 「分かりました。それでは、失礼します」

 

 そこで会話は終わり、善蔵は再び作業に戻り、翔鶴は他の第二艦隊の面々に今の会話を伝える為に部屋から出る。この話を聞かされた時、翔鶴がどういった心境であったかは本人以外誰も知ることはない。歓喜か、それとも狂喜か……ただ1つ言えることは、翔鶴はこの時、暗い……とても暗い笑みを浮かべていたということだけ。

 

 大襲撃が起きた後も、大本営は善蔵を中心に回り……世界は、海軍に依存して動いていた。




イブキもイブキの仲間達も深海棲艦達も一切出なかったという……大襲撃の後日談、という名の幕間でした。正直死傷者の数の下りは今でもこれでいいのかと悩んでいます……少なすぎるような、そうでもないような……。



今回のおさらい

優希、己の感情を知る。キマシタワー建設。北斗、北上と鈴谷に告白される。きっと身の回りの世話もされる。摩耶様、近況を語る。相変わらず提督は出ない。義道、艦娘と深海棲艦の不思議に気付く。謎はまだまだ無くならない。日向、イブキの生存を信じる。そして大和は嫉妬する。善蔵、仕事をする。そして世界は変わらない。




それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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お前達が“海軍”だから

お待たせしました、ようやく更新でございます。

誤字脱字修正をして下さる方やコメント付き評価をして下さる方、いつも感想を下さる方々に心から感謝いたします。

最近FGO、スクスト、シャドバス、オルガルと色々手を出してたり。サタン出たので守護ビショップでも作りましょうかね……専ら超越ウィッチかフェイスヴァンパイア使ってますが。

ポケモンの番外編を書いたら、読み切り短編でディケイド的な変身をする主人公の艦これ作品でも書いてみましょうかねえ。

今回説明多め。


 あの深海棲艦による大襲撃から3ヶ月が経った。既に年は明け、日本だけでなく世界も新たな年を迎えている。例え深海棲艦という脅威があっても、年明けを祝うことは変わらない。それは艦娘もだ……深海棲艦は、分からないが。

 

 とは言え、祝ったところで何か変わる訳でもない。深海棲艦という脅威は消えないし、艦娘達と海軍はその脅威と戦う。大襲撃によって付けられた傷も、この3ヶ月ですっかり癒えたのだから……だが、未だ癒えていない傷を持つ者達もいるのだ。

 

 「あれから3ヶ月、かぁ……」

 

 どこかの海上でそう呟いたのは……夕立海二。彼女はその腰に携えた刀身の無い軍刀の柄を撫で、ぼんやりと空を眺める。見た目が美少女であることも手伝い、その姿は非常に絵になる……その周りに傷だらけの1艦隊分の艦娘達と、焼け焦げて原型すら留めていない深海棲艦達の死体さえ無ければ、だが。

 

 「っ……なんで、私達を……同じ艦娘、なのに……」

 

 「……“同じ”艦娘……?」

 

 その艦隊の旗艦らしき艦娘……阿武隈が問い掛ける。その夕立は、白く無骨な仮面を頭の右側に着け、左腕のチ級の魚雷発射管やflagship級のような金の瞳と淡い光を灯していたり、髪に赤と白のグラデーションが掛かっていたりと深海棲艦の気配も感じたりと確かに深海棲艦らしい部分が存在する……が、容姿その者は夕立改二と然程変わらない。故に、阿武隈が同じ艦娘と……海軍に所属している艦娘と思っても、無理はないだろう。しかし、その“同じ”という単語は……この場においては、迂闊で、不適切なモノだった。

 

 「うぐっ!? か……は……っ!?」

 

 【阿武隈っ!?】

 

 「お前と……お前達と一緒にしないで欲しいっぽい」

 

 酷く冷めた目で阿武隈を睨み付けながら、夕立は彼女の喉に右手を伸ばし、掴み上げる。艦娘が装備する艤装は相応の重さがあるが、艦娘と深海棲艦が合わさっているような存在である夕立には片手で持ち上げるなど造作もないことだ……やろうと思えば、その首を握力だけで握り潰せるくらいは。

 

 夕立の凶行に阿武隈の仲間達が悲鳴のように名を呼ぶ。傷だらけの彼女達は、今は動くことも儘ならない……阿武隈に至っては、その呼び声に言葉を返すことすら出来はしない。夕立は首を掴む力を少しずつ強くしており、爪は肉を僅かに喰い破り、阿武隈の首から血を流させている。

 

 「阿武隈を離してぇ!! なんで……なんでこんなことするのよぉ!?」

 

 もがき苦しむ阿武隈……そんな姿に死を予感したのだろう、仲間の1人である艦娘……鬼怒が懇願するように叫ぶ。彼女には分からない。何故、同じ艦娘であるハズの夕立が仲間を殺しそうになっているのか。なぜ、自分達を憎い相手を見るかのように冷めた目を向けるのか。なぜ……深海棲艦と戦っていた自分達を、深海棲艦ごと攻撃してきたのか。

 

 阿武隈達の不幸は3つ。1つ目は、彼女達が大襲撃後に着任した新米提督の部下であり、経験が浅く練度が低かったこと。2つ目は、彼女達の艤装が強化艤装ではなかった為に夕立との機動力の差に天と地ほどの差があったこと。そして3つ目……それは単純に、今の夕立と出逢ってしまったことだ。

 

 「なんで? そんなの……決まってるっぽい」

 

 

 

 海軍は自分からイブキを奪った……そう考えている夕立に。

 

 

 

 「お前達が“海軍”だから」

 

 

 

 

 

 

 「ただいまー」

 

 「お帰り、夕立」

 

 あれからしばらくして、夕立は本拠地である戦艦棲姫山城の拠点に戻ってきていた。その拠点の中にある工厰に艤装を置いてから食堂のような場所に入ると、そこにいた時雨が彼女を出迎える。

 

 「他の皆は?」

 

 「今日も変わらず、イブキさんの捜索中だよ……結果は言うまでもないけど、ね」

 

 時雨の言葉に、夕立も表情を暗くする。大襲撃から3ヶ月経った今でも、イブキは見つかっていない。山城と戦艦水鬼扶桑は他の人型深海棲艦から目撃情報を聞き出しているが成果は上がっておらず、雷やレコン、夕立達はその足で海と島を探しているが……やはり、見つからない。試しに以前夕立とイブキが過ごしていた館のある島にも向かってみたが、半分崩れた館と一部焼け焦げ、伐採された森があるだけであった。

 

 「……ところで夕立。その服に付いてる血は……誰のだい?」

 

 「……誰のだっていいっぽい」

 

 「その言い方じゃ夕立自身のって訳じゃなさそうだね……また、艦娘の艦隊に襲いかかったのかい?」

 

 「っ……ちゃんと逃がしたっぽい」

 

 「轟沈寸前まで痛め付けて?」

 

 「……」

 

 時雨の追及に言葉を濁し、最後には何も言えなくなる夕立。彼女は言葉通り、あの阿武隈達を最終的には逃がしていた……但し、ギリギリ帰投できる限界まで痛め付けてから、だが。その様を容易に想像できるのだろう、時雨は頭を押さえて溜め息を吐いた。

 

 夕立が艦隊の艦隊に襲いかかったのは、何もこの一件だけではない。阿武隈達への襲撃を含め、3ヶ月の間に数十回もの回数襲撃を仕掛けていた。その理由を、時雨は……この拠点の仲間達は知っている。

 

 

 

 

 

 

 大襲撃の際、自分達の目的を達成した夕立と時雨、雷とレコンはイブキと合流する為に最初に別れた場所に向かっていた。だがいざ到着してみれば、そこにイブキの姿はない。いったいイブキはどこに行ったのか……4人がそう考えた時、遠く離れた場所でドーム状に広がる巨大な光を見たのだ。

 

 そのしばらく後に吹き荒れる暴風、そして津波。幸いにも距離があった為にその規模は小さく、運が良くなるいーちゃん軍刀を持っていたことも関係してか被害と言えるような被害はなかった。しかし、その津波や暴風で光の正体が大規模な爆発だと悟った4人は同時に嫌な予感を感じとる。見当たらないイブキと、突如起きた大規模な爆発……只でさえギリギリの戦闘をそれぞれこなした後なのだ、精神的に参っている部分もまだあったのだろう……4人は、爆発した場所にイブキがいる、或いは居たのだと考えた。

 

 その考えに至れば、後の行動は決まっている。イブキを探すべく、爆心地に向かうだけ……だが、向かっている最中に見えてきた建物を視認した瞬間、時雨が待ったをかける。

 

 『ストップ! これ以上近付くのは危ないよ!』

 

 『なんで!? あそこにイブキさんが居るかもしれないのに!!』

 

 『あれは大本営だ! 向こうの戦力がどれくらいか分からないけど……今の僕達の状態だと、戦いになれば殆ど勝ち目はないよ』

 

 『っ……でも……でもぉ……』

 

 『夕立さん……』

 

 大本営……即ち、海軍で最も重要な場所であり、総司令である渡部 善蔵の居る場所。当然、その防衛戦力も最高峰であり、深海棲艦の襲撃に伴って万全の防衛力を誇っていても可笑しくはない……実際はマトモな戦力など残っていないが、時雨はそうは考えられなかった。せめて戦闘の痕跡があれば良かったのだが、先の爆発でイブキが生み出した大量の深海棲艦の死体は根刮ぎ消滅している。

 

 『僕だってイブキさんを探しに行きたい。だけど、リスクが高過ぎる……1度戻ろう? 捜すのは、山城達にも手伝ってもらった方がより広範囲に捜せると思うし……』

 

 『うぅ……う~……っ』

 

 『それに……イブキさんがあんな爆発に巻き込まれたりするもんか』

 

 『……うん……』

 

 この時は時雨の言葉が決め手となり、4人は1度拠点へと帰った。その後直ぐにイブキが居なくなったことを山城と扶桑に話、彼女達とその部下達に4人も加わってイブキを探すのだが……現在まで、見つかっていない。

ここで話が終わっていれば、夕立があそこまで海軍に対して憎しみを抱くことはなかったかも知れない。そうなってしまったのは……時雨と夕立が2人でイブキを探し始めてから1ヶ月程経った頃、その最中に偶然にも擦れ違った艦隊の会話が原因だった。

 

 『やっぱり、軍刀棲姫の痕跡は見当たらないねー』

 

 『流石にあの爆発じゃ……ね。でも、この辺ってあの近海からかなり離れてるよね? なんでここまで範囲拡げてるのかな』

 

 『大方、その死体か肉片でも見つけないと安心出来ないんだろうさ……でもまあ、あの戦いで恩人と言えるような人を死亡前提で捜すのは気分が悪いが』

 

 『……ねえ』

 

 『えっ?』

 

 

 

 『その話……詳しく教えて欲しいっぽい』

 

 

 

 擦れ違った艦娘達の不運は3つ。1つは、夕立と時雨の姿を遠巻きに見ただけで海軍の艦娘だと思い、その後視線を向けなかったこと。もう1つは、彼女達は大本営の近海での戦いでの生き残りであり、夕立達が欲しい情報を持っていたこと。そして最後の1つは……。

 

 『っ!? その目、その左腕! お前、深海棲か』

 

 『教えてって、言ってるっぽい』

 

 その高い実力と積み重ねてきた経験で、時雨はともかく夕立が普通ではないことを理解して咄嗟に艤装を構えてしまい……戦闘体勢を取ってしまったこと。そして彼女達が、時雨の静止も聞かなかった夕立の最初の犠牲者となった。

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあってから、夕立は海軍とその所属艦娘に恨みと怒り、憎しみを向けている。あの日の出来事は、半殺しにした艦娘達から聞き出した。その艦娘達の主観や、ダメージを与えすぎたせいで要領を得ない部分もあったが、大まかに何があったか理解した。そこから他の艦娘達にも接触して話を聞き出し、口を割ろうとしなかったり夕立の異様さに気付いて戦闘になった艦娘達には例外無く大破まで追い込んだ。ここまで夕立に敗北や撤退が無いのは、単純に彼女が強いからだ。

 

 夕立は時雨達と共にイブキとの実戦に等しい訓練を繰り返していた為、素の実力が高い。更にレコンと同じように艦娘と深海棲艦が混ざっている身体という高い性能を誇る船体を持ち、大襲撃の際に逢坂 優希から強化艤装を貰い受けていて機動力も大幅に上がっている。言わば夕立海二とは、イブキというイレギュラーの下位互換とも呼べる存在なのだ。そんな彼女が遅れを取ることなど、早々ないだろう。しかもその腰にはイブキが預けた炎を吐く軍刀、ごーちゃん軍刀がある……余程の事がない限り、負けはない。

 

 「……これは以前聞いた噂だけど……一時、イブキさんは今の夕立と似たようなことをしてたよ。夕立を探して、仇を探して、海軍と敵対して……連合艦隊を向けられた」

 

 「……」

 

 「僕は連合艦隊の部分は話でしか知らない。だけど、本当に危なかったってことは聞いたし、分かってるつもりだよ。こんな事を続けていれば、夕立もそうなるかも知れない。もしもそうなってしまえば……夕立だけじゃなく、この拠点にいる皆が危険な目に遭う。それをイブキさんが望んでると思う?」

 

 夕立は言葉に出さずに内心で否定する。夕立はこの世界で誰よりもイブキという存在を理解していると自負している。だからこそ断言できる……世界という100よりも身内という1を取るイブキが、そんなことを望んでいるハズなどないと。

 

 だが、それならばこの怒りを、憎しみを、恨みをどこに向ければいいと言うのだろうか。助けに入った者が助けた者に殺される……そんな報われない結末をどう許容すればいいのだろうか。しかもそれは、夕立がこの世界で最も大切な存在なのだと言うのに。

 

 「じゃあ、どうすればいいの? 探して、探して、探して……あとどれだけ探せば、イブキさんは見つかるの?」

 

 「それは……分からないけど……でも、だからってその苛立ちを戦いで発散するのは間違ってるよ」

 

 「でも……でもぉ……う……ふぇ……」

 

 時雨と会話している内に不安や恐怖が大きくなったのだろう、夕立は泣き出してしまった。そんな夕立に対して罪悪感を抱きつつ、時雨は優しく夕立を抱き締める。

 

 時雨とて冷静に振る舞ってはいるが、内心は不安でいっぱいなのだ。時雨だけではない……山城も、扶桑も、雷もレコンも、皆が皆イブキの身を案じ、見つからないことに不安を抱いている。だが、その中でも大きな不安を抱いている者こそ夕立……そして、レコン。

 

 とは言え、夕立に比べればレコンはまだ大人しい。運が良くなるいーちゃん軍刀を持っていることもあり、探している者達の中では一番イブキを見つけやすい立場にあるだろう。それを本人も自覚しているからか、この拠点の者達の中で最も捜索している時間が長い……少なくとも、時雨は補給している姿以外で、拠点でレコンを見ることは……この3ヶ月、ない。

 

 山城は自身の姫という立場を使って他の友好的な姫や鬼から情報を聞き、扶桑は拠点にいる部下達と共に広範囲に、かつ海軍にバレないようにひっそりと探している。雷は他の者達よりも探す頻度を少なくし、拠点で家事をすることで肉体的、精神的にサポートをしている。皆が皆、イブキという1人の為に全力を尽くしているのだ。

 

 (それでも……見つからない。扶桑も山城も夕立も雷もレコンも……皆、まだ希望を持ってる。だけど……心のどこかでは思ってるハズなんだ……口にしたくないだけで。だったら、僕だけでも心構えはしておかないといけない……僕、だけでも)

 

 時雨は、人知れずそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 「不知火! ゴハンッ!」

 

 「ありがとうございます、ホッポさん」

 

 そこは南方棲戦姫の拠点である海底洞窟……その一室に、渡部 善蔵の前から逃げ延びた元第一艦隊所属艦娘、不知火と港湾棲姫吹雪から預けられた北方棲姫は居た。なぜ2人して仲良く食事を共にしているかと言えば、それは3ヶ月以上前の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 善蔵から逃げたあの日、不知火は泣き崩れているところで散歩と称して拠点から出ていた北方棲姫と出逢い、彼女に今居る拠点に連れてこられた。勿論入る為には海の中に潜る必要がある為、不知火は気分が沈んでいるところを物理的に沈むという恐怖を追加で味わうことになった。その後、拠点の主である南方棲戦姫の前に連れてこられ、戦闘を覚悟した不知火だったが……。

 

 『……ソンナニ身構エナクテモ、ソッチガ戦オウトシナイ限リハ何モシナイワヨ。私ニ戦ウ気ハナイノダカラ。ソレニ……ソノ子ガ連レテキタンダシ、大丈夫デショウ』

 

 という南方棲戦姫の言葉を受け、驚愕しながらも不知火は緊張から解放され……その場で座り込んでしまう。何しろ不知火は信じていた存在から殺されそうになってその場から逃げ、精神的に限界で泣き崩れているところを敵である深海棲艦に手を引かれて強制的に沈められ、敵の本拠地にいる姫の前に連れてこられたかと思えばその姫は戦う気はないという……もう色々と限界だったのだ、腰が抜けても仕方なのないことだろう。

 

 『デ、何デ連レテキタノカシラ?』

 

 『泣イテタ!』

 

 『……アア、ソウ。ドウシテ泣イテタラ連レテクルノカシラ?』

 

 『ダメ……?』

 

 『ダメジャナイカラ泣カナイデ……ハァ……コンナヤリニクイ子ヲ預カレダナンテ……恨ムワヨ、港湾』

 

 目の前で行われた会話に、不知火は再び驚愕する。人類の敵である深海棲艦がする会話とはとても思えないような、どこにでもあるようなありふれた会話……今まで戦ってきた、沈めてきた深海棲艦からは想像も出来ない内容なのだから。

 

 しかし、それを有り得ないとは不知火は思わない。かつて目の前で死んだ駆逐棲姫という存在が、不知火のかつての同僚である春雨だったように……軍刀棲姫という、己の大切な存在の為に海軍を敵に回したように……深海棲艦とは、決して心がない化物だけなのではないと不知火は知っているのだから。

 

 (そうです。深海棲艦にも心がある……なのに、私は50年近くの月日を生きながらそんなことすら気づけなかった……そもそも、心があるなんて発想すら出来なかった)

 

 不知火だけではない。海軍が始めて軍刀棲姫討伐の為に動いた大規模作戦……あの時まで、ほぼ全ての艦娘が深海棲艦を心無い敵だと思っていた。しかし、心があると知っても尚、世界は変わらない。深海棲艦は敵であり、海軍はその脅威から人類を守る為、艦娘という力を振るっている。そもそも50年近く敵対していたのだ、そう簡単に戦う以外の選択肢が出るハズもない。

 

 (……戦う以外の、選択肢……)

 

 不知火はふと、その言葉が気になった。遠い記憶の中で、それと良く似たような言葉を誰かが言っていた気がするのだ。今の世界では夢物語でしかないそんな話を、誰かが。だが、結局不知火はその誰かを思い出せず……この奇妙な生活の始まりを受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 回想を終え、不知火は目の前でボリボリと鋼材をかじっている北方棲姫……ホッポに視線を向ける。艦娘で言えば駆逐艦……いや、それ以下の幼さの深海棲艦の姫。言動と行動も見た目相応で、好奇心旺盛。南方棲戦姫によると、港湾棲姫からの預かり“者”らしい。目を離すと直ぐにどこかへと消え、夕方になればちゃんと戻ってくるらしい。夜の9時には眠り、朝の6時には起きてたまにお昼寝もする……深海棲艦であることを除けば、至って普通の子供でしかない。事実、ホッポは艦娘と戦ったことはないらしい。南方棲戦姫曰く、過保護な母親が戦いから遠ざけていたのだとか。

 

 (北方棲姫……大淀からその存在だけは聞いていましたが……海軍としてはまだ“未発見”の姫。今更ながら、大淀は如何にして未発見の存在を知り得ていたのでしょうか)

 

 改めて不知火は、自分が何も知らなかったことに気付く。深海棲艦のことだけでなく、善蔵と善導のことも、仲間のことも良く知らなかった。知ろうとすらしなかった。とは言え、この場ではそれを知ることも儘ならないが。

 

 しかし、ここでの生活は不知火が知らなかったことを教えてくれる。深海棲艦の食事は、艦娘と然程変わらない。今目の前で鋼材をかじっている北方棲姫のように、艦娘にもボーキサイトをボリボリと食べる者もいる。入居施設はカプセルと浴槽という違いがあるが、その中身は不知火が感じた限り同じモノだった。また、資材を集める為に南方棲戦姫は部下の深海棲艦達に遠征に行かせることもあったし、拠点の近海を見回らせたりもしている。

 

 (改めて考えてみても、私達艦娘と深海棲艦の共通点というのは非常に多い。いえ……人類の敵か味方かどうかと見た目の違い、提督のような存在がいないことを除けば、ほぼ同じと言ってもいいでしょう)

 

 他には理性があるかどうかという違いもあるが、人型深海棲艦の殆どが理性を持っているので割愛しよう。だが、そういった事実を知って尚、分からないこともある。

 

 

 

 ━ 深海棲艦は、如何にして生まれ出(いずる)のか ━

 

 

 

 不知火が見た限り、この拠点には艦娘を建造する為の器具のようなものはない。資材を集めているのも、建造の為ではなく補給、入渠、食事の為だ。不知火が南方棲戦姫に色々と聞いたところ、建造などしたこともないという。更に、こうした拠点を持つのも一部の姫や鬼くらいで、それ以外の深海棲艦は気ままに海を動き回っているという……つまり、資材を集める為の遠征は、姫や鬼が居なければ行われないのだ。以上のことから、深海棲艦は艦娘のように建造される訳ではない。ならばどこから、どのように生まれたのか。

 

 (まさか本当に名前の通り、深海から出てきたとでも……或いは、海軍の深海棲艦の考察の欄に書かれていたように怨念が形になった? ……いえ、それ以外にも可能性がありましたね……あまり、考えたくは無いですが)

 

 不知火が考えついたのは……ドロップ艦だった。艦娘は稀に、深海棲艦が沈んだ場所から光と共に現れることがある。それを一般的にドロップ艦と呼ぶのだが……ならば逆に、“沈んだ艦娘から深海棲艦が現れる”……いや、“沈んだ艦娘が光と共に深海棲艦となる”ような事があるのではないか、というモノ。今はまだ不知火の想像でしかないが、もしも想像が現実だった場合……かつて仲間だった者と戦っていることとなる。不知火は、それを考えたくはなかったのだ。

 

 とは言え、想像は確証を得るまではどこまでいっても想像。話を膨らませることは出来ても、真実を確かめることは出来はしない。だが、本能的に海の中に恐怖してしまう不知火の行動範囲は拠点の中のみで、そこで得られるであろう情報はほぼ得た。情報を得る為には、外へ出る必要があるだろう……最悪、ホッポに入ってきた時のように強引に引っ張っていってもらうことになるかもしれない。

 

 「不知火? オ腹、減ッテナイノ?」

 

 「え? あ……すみません、考え事をしていました。いただきます」

 

 ホッポに声を掛けられ、不知火は思考に没頭していて食事が進んでいないことに気付く。折角作ってくれたのに……と内心申し訳なく思いつつ、彼女はホッポが用意した食事……鋼材ではなく、焦げた何かの魚に手を伸ばし、食べる。正直に言って焦げと内臓の苦味で顔をしかめそうになるが、長年のポーカーフェイスは少しも変わることはなかった。

 

 元海軍総司令直属第一艦隊所属艦娘、不知火。彼女が善蔵の言う“世界の真実”を知るのは……まだ、先のことである。

 

 

 

 

 

 

 (ヤバイッ!!)

 

 目の前の大淀の今にも泣きそうな顔を見た瞬間、俺はこの世界に来てから最大と言える程の危機感から来る警報が頭の中で鳴る。既に視界は深海棲艦達を斬りまくった時のようにモノクロに染まり、時間が止まったかのようになっている……この感覚が無くなる前にこの場から全力で逃げなければ死ぬと、俺に教えてくれている。

 

 だが、動けない。握手をしている大淀の手が、俺の手を全く離そうとしないのだ。そもそも、この感覚の最中なのだから動けはしないんだが。

 

 (っ……命には代えられないか!)

 

 思考は一瞬、俺は咄嗟に左手のふーちゃん軍刀で握手をしている手……大淀の右腕を二の腕辺りから斬る。そして振り払う時間も惜しい為、斬り落とした手を握ったまま彼女から全力で離れる。

 

 体感で20秒程走ったくらいで、走りながら首だけを後ろへ向ける。相変わらず世界はモノクロで、大淀の姿は豆粒程になっている。それだけ離れて尚、警報は鳴り止まなかった。

 

 「っ!? しまっ……」

 

 そんな風に余所見をしたのが不味かったんだろう……俺の足は波を作っていた海面を登り、走る勢いのまま“跳んでいた”……つまり、足が完全に海面から離れてしまったのだ。こうなってしまえば、俺にできることは最早ない。

 

 そしてモノクロの世界が色を取り戻すと同時に、俺は凄まじい衝撃と爆風を背中に受け、身体と共に意識も飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 次に目覚めた時、俺はどことも知れない部屋に居た。どういう訳か身体が動かないので首から上だけを動かして周りを見てみれば、右側の足の方に木の箪笥、周りには木目の壁、右側に白と青の押入のモノであろう襖(ふすま)、頭の方に窓の役割をしているのだろう障子……古き良き日本の家の一室とでも呼ぶべき6畳(首から上は動いたので数えた)の部屋だ。畳の匂いが気分を落ち着かせてくれる。ベッドではなく布団の上に寝かされていたというのも個人的にポイントが高い。因みに、軍刀は3本共腰から鞘を固定していたベルトごと外されて枕元に置かれていた。

 

 (……いや、落ち着いてどうする。そもそも此処はどこだ?)

 

 部屋の和の雰囲気に和んでしまったが、状況を理解すると疑問が膨らんでいく。俺の記憶の最後は海の上に居た……決して、陸に上がった覚えはない。ということは、あの衝撃によってどこかに吹っ飛ばされてしまったのだろう……問題は、何故俺がこの部屋にいるのかだ。とは言え、誰かが助けてくれたというのが高いだろう。布団に寝かされていた以上、悪人というのは考えにくいが……その誰かに直接会うまでは安心は出来ないな。

 

 

 

 「あら……起きていらしたんですね」

 

 

 

 「……貴女が、俺を助けてくれたのか?」

 

 そう考えた瞬間に押入とは違う、身体の左側の襖が開き、1人の着物を着たお婆さんが入ってきた。そのお婆さんは俺の顔を見ると、どこか嬉しそうにそんな言葉を掛けてくる。特に肯定することもなく疑問を投げ掛けてしまったが、お婆さんはシワだらけの顔に優しげな笑みを浮かべる。

 

 「そうですね……この家は私達夫婦の家ですから、そういうことになります。運んだのは、私じゃないけれど」

 

 それはそうだと内心で頷く。目の前のお婆さんは手と顔に多くのシワを作っている……言葉ははっきりしているが、見た目だけで判断するなら90は行っていると思う。そんな彼女が、詳しい数値は知らないが軍刀を3本持った女性(少女と呼べる見た目じゃないし……)を運べるとは到底思えない。因みにお婆さんが言うには、俺はお婆さんの散歩コースである海際の砂浜の上に倒れていたという。

 

 「つい昨日、海で大きな戦いがあったそうだから……もしかしたら、その被害者かと思いましてねえ」

 

 「それでは、俺を運んだのは……?」

 

 「私達ですー。私達妖精は意外に力持ちなんですー。見てくださいこの筋肉、かっちかっちですー」

 

 俺の疑問に答えたのは、目の前のお婆さんではなく妖精ズの1人のふーちゃんだった。私達と言うからには、みーちゃんとしーちゃんの3人で俺をこの家まで運んでくれたんだろう……マジで? そんなちっさいのに? とか言いそうになったが、右手を曲げて力こぶを強調する(出来ているとは言ってない)姿はとても可愛らしいので言わないでおこう。

 

 「あら、可愛らしい妖精さん……久しぶりに見たわねえ。あの時は急にこの人が浮いたと思ってびっくりしたのだけれど、妖精さんの仕業だったのねえ」

 

 「っ!? ……妖精を見たことがあるのか?」

 

 「? ええ、子供の頃に見たことがあるわ。1度だけ、だけれど……懐かしいわねえ……願いはなに? なんて聞かれたこともあったわね……」

 

 「(子供の、頃?)……失礼だが、年齢を聞いてもいいだろうか?」

 

 「あら、女性に年齢を尋ねるのは御法度よ? ……なんてね。去年で91になったわ……もういつ御迎えが来てもいい頃ねえ」

 

 妖精を見た、という聞き捨てならない言葉を聞き、失礼だと思いつつも年齢を聞く。以前に夕立達からこの世界の歴史を聞いたことがあるが、艦娘と深海棲艦が世に出たのは今からおよそ50年前……妖精の存在が確認されたのは、そこから少し経った頃だったハズ。この人が言った事が正しければ(後半の冗談は聞き流そう……)、50年よりも更に前から妖精は居たことになる。見間違いという線もあるだろうが……ふーちゃんの姿を見て妖精と言った以上、少なくとも似通った姿はしていたんだろう。

 

 (艦娘と深海棲艦が現れる前から妖精は居た、か……)

 

 頭の中でお婆さんが言ったことを繰り返し、これまで得た妖精という存在の情報を思い返す。人間側……艦娘側にのみ居たと思っていた妖精は、実は深海棲艦側にも居た。その妖精は艦娘と深海棲艦が現れる前から存在していた。妖精は艦娘の建造、改装、その他諸々に関わり、貢献している……と同時に、深海棲艦側にも居る。

 

 教わった歴史では、深海棲艦という人類の脅威が先に現れ、その後に艦娘が現れた。そこで俺は疑問に思う。その深海棲艦は“元から地球に存在していた”のか……それとも、“何者かが産み出した”のか。

 

 この疑問については、皆にも話したことがある。その返答は総じて分からない、もしくは興味ないだったが。海軍側は深海棲艦を負の感情の塊だとか名前の通り深海から現れたという考察しかないし、深海棲艦側に至っては自分の生まれなど考えたこともないらしい。少なくとも、艦娘のように建造された訳ではないとのことだ。

 

 仮に、深海棲艦がそう言ったモノだったとする。なら、最初の艦娘は“どこから”現れた? 当時は鎮守府はあっても艦娘を建造する為の設備なんて無いだろう。深海棲艦は人間が造った兵器では倒せないらしいから、ドロップ艦ということもないだろう。

 

 (俺が考え付く可能性は2つ。深海棲艦が負の感情の塊だとか元から深海に住んでいたとか言われてるように、艦娘も何かしらの……例えば、正の感情の塊だとか、人間と見た目は変わらないから元から人間として生活していたという可能性)

 

 とか考え付いたが、この可能性だと艦娘が鋼材やらボーキサイトやらで建造される理由が分からない。だって生まれる“元”が既にあるんだから。だからまあ、この考えは間違ってるんだと思う。

 

 (もう1つは……予め深海棲艦の発生を“予想していた”から艦娘を建造する設備を“用意できていた”。だが、艦娘が現れたのは深海棲艦のしばらく後……用意できていたなら、直ぐに出せばいい。なのにそれをしなかったのは……)

 

 それが出来なかった。もしくは……“何かしらの理由があってしなかった”。だが、深海棲艦という脅威を前にそんな悠長なことをしている暇があったのか? それに、この可能性は既に妖精が姿を現しているのが前提になる。仮に妖精が現れていたとしたら、彼女達は技術力も高いし数も多い。設備にトラブルがあっても直ぐに直せそうだが……。

 

 とは言え、どんなに考えてもこれは俺の想像。足りない頭捻って考えた妄想なんだ、これ以上考えても進展はしないだろう。それよりも、早く夕立達の元に戻らないと……仲間が居なくなる悲しさは、俺も良く知っている。そんな悲しさを彼女達に味わわせたくない。

 

 「体は動かせそうですか?」

 

 「……っ……!? いや……動けそうにない、な」

 

 思考の海に潜っていたが、お婆さんの言葉で現実に帰る。そして体を動かそうとしたんだが……動けない。首から上は問題ない。指先や肘、膝も曲げられる。だが、体を起こせない。

 

 「無理ですー。イブキさんの体は外傷こそあまり見当たらないですが、受けたダメージは結構大きいですー」

 

 「あの衝撃、胸部以外の装甲が厚くないイブキさんにとっては駆逐艦が戦艦の砲撃を直撃したくらいの威力がありましたー」

 

 「正直、吹っ飛ばされた後の落下地点が砂浜でなければ沈んでいた可能性もありますー。というか、あと腕1本分くらい爆発の範囲が広ければ沈んでいましたー」

 

 どうやら想像以上に危ない状況だったらしい。ふーちゃんみーちゃんしーちゃんに説明されて改めて俺の装甲の薄さを感じる……が、悲観したところで状況は変わらない。入渠すれば治るんだろうが、この家に施設があるとは考えられない。つまり、俺が動けるようになるまで自然に回復するのを待つしかなく、その期間は分からないということだ。

 

 「まあ大変。それなら、動けるようになるまでここに居るといいわ」

 

 「それは……有り難いが、迷惑ではないのか?」

 

 「そんなことはないですよ。この家にはしばらく主人は帰ってきてませんし、今では私1人しか住んでませんから……少し、寂しいの。迷惑だと思うなら、貴女が動けるようになるまで私がお世話をする代わりに……私の話し相手になってくれない?」

 

 「……分かった。此方も、動けない身では退屈になる……宜しくお願いする」

 

 「はい、お願いされました。ところで……貴女のお名前は? 貴方は吹雪ちゃん達のように艦娘? 制服みたいな服装だし、そんなに沢山剣を持っているし……」

 

 あれよあれよと俺がここで世話になることが決定した。そして名前を聞かれたが……その後の疑問については、俺は答えられない。そもそも本人が自分が艦娘か深海棲艦か分かっていないのだから。

 

 「名前は……イブキ。俺は少し特殊でな、自分が艦娘なのか深海棲艦なのかも分からないんだ」

 

 「あら、そんな子もいるのねえ……でも肌は真っ白って訳じゃないし、どちらかと言えば艦娘に見えるわね。髪は白いし、目は……両方とも鈍色なのね。とても綺麗だわ」

 

 「あ、ありがとう……」

 

 自分の容姿を褒められるというのはなんともむず痒い。ましてやこの体は女だが心はどちらかと言えば男寄り……綺麗だと言われても、なんというか……リアクションに困る。

 

 「……ところで、貴女の名前は……?」

 

 「あらいけない、まだ言ってなかったわねえ……」

 

 お婆さんはそう言って座り直し、俺の顔を見る。俺も改めて彼女を顔を見てみるが……シワが多いとは言え、その顔はとても整っていると言える……若い頃はさぞかし美人と持て囃されただろう。そんなことを考えていた時にふと気になったのは、この人の対応だ。

 

 俺のような名も素性も知らぬ存在を助けようとし、助けた……人としてはとても良いことなんだろうが、艦娘と深海棲艦がいるこの世界で“海から来たであろう存在”を助けようとする人間がどれだけいるだろうか。深海棲艦の情報を一般人がどれくらい知っているのかにもよるが、大体の人は無視するか海軍やら警察やらに連絡するのが普通だろう。しかし、このお婆さんは自力で助けようとした。何よりも……彼女は“吹雪ちゃん達のように”と言った。つまり彼女は艦娘を知っている……海軍に近い人間なのかもしれない。まあ単純に常識なだけかもしれないが。

 

 そしてそんな考察の後、俺はようやく彼女の名前を知る。

 

 「私の名前は“渡部 祭(わたべ まつり)”」

 

 

 

 ━ 日本海軍総司令、渡部 善蔵の妻です ━




という訳で、前回では触れなかった深海棲艦側と大襲撃中名前も出なかった不知火、イブキのお話でした。相変わらず吹雪、曙、善蔵の話は出ませんが←

夕立の状況は想像していた方も多いと思います。只でさえ駆逐艦として破格の性能を持つ夕立ですが、本作の彼女は更に上を行く性能を誇ります。が、艤装の威力自体はそうでもなかったり……レコンも同じですね。船体は優れていますが武装はそうでもないという。むしろ純粋な耐久力ではイブキも段違いに高いし←



今回のおさらい

夕立達、真実を知り、イブキを探す。真実を知った夕立の怒りは未だ消えず。不知火、ホッポと食事をする。その考えは世界の真実に近付く。新キャラ、渡部 祭登場。まさかの善蔵の妻。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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この暮らしをずっとしていたい

お待たせしました。今回はいつもよりも早めの更新となりました。それに合わせ、文字数も8000文字ほどとなっております。

fgoで水着イベが始まって少し経ちましたね。水着清姫を見ての感想が『意外に胸あるのか……』でした。しかも可愛い。滅茶苦茶欲しくなったので無償40連呼符21回したところ、水着モーさん&お狐様が来てくれました……嬉しいけれど。嬉しいけれどっ! あ、ついでにアルトリアセイバーも来てくれました(今更感

さてはて、今回は祭とイブキの日常系説明回となります。ご覧あれ。


 それは、渡部 祭という女性の過去の記憶。

 

 『わあ……ちっちゃいにゃんこ』

 

 『いきなり失礼な……というか貴女、私が見えてるんですか?』

 

 『? うん』

 

 まだ彼女の年齢が両手の指で足りる頃の出逢い。

 

 『……は正常に作動している……ということは波長が合ってしまったということ……やれやれ、神の悪戯というのはこういうことですかねえ』

 

 『うーん? ちっちゃいのは難しい言葉を使うんだねえ。なんか先生みたい』

 

 『まあ貴女のような子供には理解出来ないでしょうが……というかちっちゃいって言わないで下さい。これは数多の機能を……と言っても分からないですね』

 

 『わかんない!』

 

 『胸を張って言うことでもないでしょう……』

 

 子供の手のひら程の大きさしかない、不思議な存在。

 

 『ねーねー、ちっちゃいのがダメならなんて言えばいいの?』

 

 『そうですね。とりあえず、私と出逢った者にはこう名乗ります』

 

 その存在は、少女だった祭にこう名乗る。

 

 

 

 ━ 妖精、と ━

 

 

 

 

 

 

 (随分と懐かしい夢を見たわねえ……)

 

 障子の隙間から入り込む日光を顔に受けた眩しさを感じつつ、祭は目覚めた。年齢のせいか少し起きにくそうにしながら布団から出た彼女は枕元に置いてあったカーディガンを羽織り、障子に近付いて開くことで暖かな日光を一身に受ける。そうすることで、祭は1日の始まりを実感する。

 

 寝間着である襦袢を脱ぎ、普段着として使っている幾つもの着物の中から淡い紫のシンプルな物を選んで着付けて部屋から出た彼女は、家の中にある洗面所で歯磨きと顔を洗って身嗜みを整え、とある一室へと向かい、襖の前で立ち止まる。

 

 「イブキちゃん、起きてる?」

 

 「……起きてる」

 

 「おはようございます、イブキちゃん」

 

 「おはよう、祭さん」

 

 返事が返ってきた後に、祭は部屋に入る。中では上半身を起こした、真っ白な襦袢を着たイブキの姿があった。

 

 イブキを助け、祭が共に暮らし始めた日から1ヶ月の月日が流れた。入渠出来ない為に自然に回復するのを待つしかないイブキの身体は、1ヶ月前の全く動けない状態から考えればかなり動けるようになった。見ての通り上半身を起こすことが出来るようになり、腕も問題なく動かせる。が、未だに下半身は動かないままであった。

 

 この1ヶ月の間に起きた出来事だが、特筆することはない。イブキが祭と妖精ズに介護されて恥ずかしい思いをしたということくらいだ。何せイブキは動けない。自分だけでは食事も風呂も着替えも何1つ出来ない(艦娘と深海棲艦は排泄をせず、イブキもしないので下の世話は必要ない)のだ。

 

 「調子はどう?」

 

 「……下半身はまだ時間が掛かりそうだ」

 

 「そう……上半身を動かせるようになるのに1ヶ月近くだものね。下半身も同じくらいかしら」

 

 「そう、だな……一刻も早く戻りたいんだが……」

 

 苦笑するイブキの姿を見て、祭は自分の左頬に左手を当てる。この1ヶ月の間で、イブキ自身のことを祭は出来る限り聞き出していた。当然、イブキが海軍と敵対したことも、逆に1ヶ月前の戦いで海軍と共闘したことも聞き出している。そして、イブキがどれだけ仲間の元に戻りたいと考えているのかも、知っている。

 

 祭としては、海軍総司令の妻であるということを考えればこの家にイブキがいることを海軍に連絡するべきなのだろうが……彼女はそうするつもりはなかった。理由は単純……祭という人間が、イブキという存在を気に入ったからである。

 

 「動けるようになるまで気長に待つしかないわ。それじゃあ、いつも通り移動しましょうか。妖精さん達も手伝ってね?」

 

 「ああ……頼む」

 

 「「「お任せあれですー」」」

 

 祭はイブキの右肩を持ち、妖精ズの力も借りてイブキを立たせる。車イスでもあればいいのだが、生憎とこの家には車イスそのものも作る材料もない。その為、イブキを移動させるには持ち上げて運ぶしかない……が、実のところ祭にとってそれはあまり苦ではない。何せ妖精ズは見た目の小ささとは裏腹に力がある上に浮ける為、イブキ1人を持ち上げることなど容易い。祭が支えているのは、妖精ズの小ささではバランスが取りづらい為であり、実際のところ力は必要ないし体重も掛かっていないのだ。

 

 イブキの顔を洗ったり歯磨きしたりした後に彼女達が移動する先は居間。8畳ある広さの居間にはテレビやクーラーといった電化製品が置いてあり、少し離れた場所に台所があり、部屋の中心には四角いテーブルが置いてあった、1つだけ座椅子が置いてある。食事をするのは専らこの居間であり、イブキが起きた後はイブキ自身が外出出来ないこともあり、就寝まで居ることが多い。

 

 「……今日も海軍のニュース、か」

 

 座椅子に座らされたイブキは祭が台所に行った後、テレビをつける。そこに映っていたのは、海軍関係のニュース。イブキにとっては意外なことに、海軍はテレビで良く騒がれていた。ニュースだけでなく、とある提督が提督となるまでの軌跡を描いたドキュメンタリーや海軍、艦娘が主役のドラマまである。流石に本人が出ている訳ではない為、生放送やバラエティー等には一切出ることはない。それにニュースの内容も、何処其処で艦娘の姿を見たというモノや鎮守府の紹介等がメインである。そもそもこの世界では海軍とはアニメや特撮等の空想から飛び出した正義の味方と言っても過言ではないのだ、テレビで取り上げられるのも仕方のないことである。

 

 (さて、今日はお味噌汁と焼き鮭と……)

 

 イブキがテレビに意識を向けている間、祭は朝食の用意を始める。御歳91、その動きは何年も繰り返してきた積み重ねがある為か無駄がなく、年齢とは裏腹に軽快な動きで進めていく。そうして用意が進んでいく中、祭はイブキについて考える。

 

 祭はイブキを気に入っている。というのも、祭という人間は穏和な性格をしており、見ず知らずのイブキを助けて介護していることからも分かるように人が良く、世話焼きな性格をしている。そしてイブキもまた、海軍を敵に回したことはあれど決して好戦的な性格ではなく、自分達に害ある行動さえされなければ普通に艦娘と会話したりするなど穏和な方……程度の差はあれど2人とも似通った性格をしているので、早々仲が悪くなることなどない。

 

 (……元気になったイブキちゃんと一緒にお料理をしてみたいわねえ)

 

 その他に、イブキの性別が女であることも祭が気に入っている理由だった。祭は子宝にこそ恵まれたが産まれたのは男児1人……善導のことである……の為、祭は娘と共に家事をするということに憧れを持っていた。そこにやってきた少女と女性の境辺りの見た目をしたイブキの登場……いずれは、という思いを持っても仕方ないだろう。

 

 「……出来た。妖精さん、お皿を運ぶの手伝ってくれない?」

 

 「お任せあれですー」

 

 「お安いご用ですー」

 

 「お手伝いしますー」

 

 「ありがとう。運んだらご褒美に金平糖あげるわね」

 

 「「「わーいですー」」」

 

 

 

 「ごちそうさまでした」

 

 「お粗末様でした」

 

 朝食を終えた後、2人はしばらくゆっくり食休みをする。イブキは相変わらずテレビに意識を向けるが、祭はそんなイブキの横顔を見詰めていた。

 

 (……綺麗な子よねえ。艦娘か深海棲艦か分からないって言ったイブキちゃんだけど、吹雪ちゃんと曙ちゃんみたいに人間と変わらない見た目なのよね……)

 

 祭は海軍総司令の妻という立場にある為か、極一部の艦娘……善蔵の部下であった艦娘、吹雪と曙とは面識がある。故に、一般人の中では艦娘という存在に理解が深い部類の人間だった。

 

 

 

 ― 忘れるな。艦娘は兵器ではなく、心在る人類(われわれ)の仲間なのだ ―

 

 

 

 善蔵が言ったこの言葉は、日本だけでなく世界に浸透している。この言葉があったから、今やニュースで艦娘が出ても問題ないし、国民は海軍と艦娘という存在に感謝している。その見た目の麗しさからアイドルのように扱う者まで居る程で、過激なモノでは艦娘を戦わせる海軍に批判の声をあげる者まで居る程だ。だが、艦娘が現れてから数年間……決してそんな声や扱いばかりではなかった。

 

 艦娘が現れ出した当時、その存在に対応出来る提督はほぼ居なかった。それはそうだろう、彼らには国の為国民の為にと厳しい訓練に耐え、日々の鍛練を欠かさなかったという自負があり、守るために叡知を費やして作り上げた兵器があり、戦略があった。それが例え一切通用しなかった事実があり、逆に艦娘の力が通用した事実があっても見た目は女子供かつ俄(にわか)には信じ難い不可思議な存在……直ぐに信用も信頼も出来る訳がない。更に、艦娘は軍属となっても真面目に軍事に従事する者も居れば見た目相応に奔放な者もいる……仕方ないとは言え本当に頼って良いものか、これでいいのかと提督達は悩んだことだろう。

 

 そして悩んだ末に提督達は答えを出す……国の為、国民の為に自分達の良心を捨て去り、艦娘達をあくまでも戦力、軍艦、兵器として“使う”ことを。今でこそ提督となる為に一番重要なことは人間性……良心を持ち、艦娘を個人として扱ってコミュニケーションを取れる人間が重要視されているが、当時は深海棲艦への恐怖が大きく、艦娘の数もそう多くない上にいつ補充出来るかも分からない貴重な戦力……娘、或いは孫、恋人と変わらない見た目の艦娘達に情を抱いて使い渋るなんてことがあってはいけなかったのだ。とは言え、これならまだ艦娘側も納得が出来た。人の身体を得たとしても元は自分達も軍艦、国の為に己の心を砕くことも覚悟できているのだから。だが、妖精が現れて艦娘が建造出来るようになってから問題が起きる……が、これは以前にも説明したことなので省略しよう。

 

 長々と書いたが、これはあくまでも海軍側から見た話である。一般人から見てみれば、世界の危機に現れた艦娘と妖精は正に救世主。詳しい情報こそ入らないが、見た目や名前を知ることは出来たし、それで充分なのだ。しかし祭は、その一般人の中でも艦娘という存在を良く知る人物だった。

 

 (吹雪ちゃん……)

 

 善蔵の元第一艦隊所属艦“吹雪”……善蔵が不意に連れてきたその艦娘は、情報でしか知り得なかった祭に少なくない衝撃を与えた。“そういう姿である”と情報を持っていても、見た目は中学生になるかならないかと言った、極々普通……純朴な少女。それが深海棲艦に唯一対抗出来る存在等と、初見で誰が信じられるだろうか。更に吹雪は真面目で頑張り屋な性格をしており、本当に何処にでも居そうな普通の少女にしか見えない上に艤装も装備していなかった……はっきり言って祭は、善蔵がこっそりとこさえた隠し子を艦娘と嘘をついて連れてきたようにしか思えなかった。因みに、本気でそう思った当時の祭が号泣し、善蔵と吹雪が必死になって説明と泣き止むように動いたという祭にとっての黒歴史が存在する。

 

 しかも、話してみればこれまた普通の女の子。甘いものが好きで、可愛いものも好きで、怖いものが苦手で、勉強も運動も少し苦手で……そんな普通の女の子なのに、勇敢に深海棲艦という脅威を相手に戦い、それを誇りに思っていると言った。

 

 『怖くはないの? 死ぬかもしれないのよ?』

 

 話を聞いて、祭は思わずそう問い掛けた。その場には善蔵も居て、祭の疑問を聞いた彼は苦い表情を浮かべていたことを、祭は良く覚えている。情報や話でしか深海棲艦を知らない祭だが、その人類の脅威と戦うことがどれ程の恐怖か想像する位は出来る。ましてやその姿は異形のモノばかり……当時、人型の深海棲艦は発見されていなかった……とても吹雪のような少女が向かい合って戦えるようには思えなかったのだ。

 

 『怖いですけど……それ以上に私、嬉しいんです。また日本の為に戦えることが。司令官……善蔵さんと、祭さんの為に戦えることが、凄く。だから私、頑張っちゃいます! お2人の為、国の為、皆の為……深海棲艦はみんな、私がやっつけちゃうんだから!』

 

 だが、吹雪は両手に握り拳を作り、笑顔でそう言ってのけた。確かに怖いことは怖い。物言わぬ軍艦の時とは違い、人の体と心があるのだから。しかしその2つがあるとしても、吹雪は……艦娘とは、第二次世界大戦に生まれ、国の為、国民の為に戦い抜いた“船”である。見た目は少女だとしても、彼女等の想いは、やることは変わらない。その身の恐怖は、守れなかった場合の恐怖。善蔵や祭を守りきれず死なせてしまうことへの恐怖。

 

 だから吹雪は恐怖を糧に戦い、今度こそ守るのだと、今度こそ勝つのだと奮起する。こうして会話し、人の温かさに触れたからこそ、その人達の為に戦えることに歓喜する。それこそが艦娘が戦う理由なのだと、吹雪という己が戦う理由なのだと自信を持って笑顔で告げる。

 

 『……そう。それなら安心ね』

 

 『はい! お任せください!』

 

 そんな会話があったのが、艦娘が現れてから1、2年経った頃。その日から年に数回、善蔵は吹雪を連れて帰ってきた。家にいる時間は一泊二日程度ではあったが、短くも濃く、穏やかな時間を過ごせたことを、祭は今でも良く覚えている。

 

 まるで娘のような、または孫が遊びに来たかのような幸福。いつからか吹雪は家に来る度に“ただいま”と言うようになった。一緒に善蔵の為にと料理を作ったりもした。祭と風呂に入り、互いの背中を流しあったりもした。善蔵と祭の間に吹雪を入れ、川の字になって眠ったりもした。幸せだった。

 

 『あら、新しい子ですね……貴女も艦娘? それとも、今度こそ本当に隠し子……』

 

 『ち、違うわよ! じゃなくて違い、ます。私は曙よ……です』

 

 『あらあら、これはご丁寧に……善蔵の妻の渡部 祭です。宜しくね、曙ちゃん』

 

 また1年が経った頃、善蔵は吹雪ではなく曙を連れてきた。吹雪とはまた違う可愛らしさと真面目さを持つ曙を、祭は直ぐに気に入った。まるで借りてきた猫のような、少しの警戒心と緊張からガチガチに固まっている姿と、時折出る素らしき強気な言葉……その度に恥ずかしそうに俯く姿が、祭の心を射抜いた。

 

 その日から、善蔵は時に吹雪を、時に曙を、或いは2人を連れて帰って来るようになる。普段は1人の祭はその日がとても楽しみだった。

 

 『ゴボウの皮剥くの上手ねえ、曙ちゃん』

 

 『これ、キュウリなんだけど……その、どれくらいやればいいのかわかんなかったし……』

 

 『あらあら……じゃあ教えてあげるわね』

 

 『曙は不器用だな』

 

 『うっさいクソ提督!!』

 

 曙も吹雪も、祭にとっては家族の一員だった。故に、善蔵から戦いが終わった後に2人を養子に迎えようと考えている……そう聞かされた時、二つ返事で了承した。一泊二日ではない、極普通の家族のように過ごせる日々……夢想するだけで、なんと幸福な気持ちになれることだろうか。

 

 祭はそうなった未来を思う。朝起きれば家族4人分の朝食を作り、会話を交えながら食べる。2人の背格好は小学生高学年程なのだから、学校に行かせてもいいだろう。2人でテストで競いあったり、学校で作った友人と遊びに行ったり、家に呼んだり。家事を一緒にしたり、総司令という立場故に中々帰って来ない善蔵への愚痴を言い合ったり。たまに3人で風呂に入って、3人で眠る……そんな極普通の生活が送れたならば、どれ程幸せなことか。

 

 『……今……なんと……?』

 

 

 

 『……吹雪と曙は……沈んだ』

 

 

 

 だが、幸せな未来を思っていたからこそ……その言葉は深く祭の心を傷付けた。頭では理解していた……いつ沈んでも……死んでも可笑しくはないことを。戦争をしているのだ。人類の為に戦ってくれているのだ。最も危険な場所で、最も恐怖を感じる場所で。

 

 なぜ……そう聞いても、善蔵は答えなかった。答えられるハズがなかった。その理由を知らない祭もまた、そこから何も言えずにその場に崩れる……電話を切ることもなく、夫婦は一切の言葉を交わすことはなかった。

 

 (そう言えばあの頃からでしたねえ……あの人が帰って来なくなったのは。せめて電話の1つくらい寄越せばいいのに)

 

 そこまでの回想を終え、祭はぼんやりと思う。2人が沈んでから約45年……それだけ経てば、流石に心の整理はつく。そしてその45年間……善蔵は1度として、この家に帰ってくることはなかった。同時に、連絡を入れることも無くなっている。

 

 生きていることは分かっている。何せ善蔵は海軍トップであり、世界的に有名な英雄。テレビや新聞等でも良く名前を見かける……仕事と彼の性格のせいか、直接出たりすることはないが。

 

 (全く、連絡をくれるのは義道と義娘くらいなモノです……あのバカ息子は、親不孝なことに先に逝ってしまったからねえ)

 

 善蔵の呆れを含ませ、祭はバカ息子……善導のことを考える。祭自身は善導の事件の内容を一切知らない。何でもない日常を過ごしていた時、新聞と一緒に入っていた海軍からの手紙を見て、余りにも唐突に息子の訃報(ふほう)を知らされたのだ。

 

 祭から見て、善導とはやんちゃな子供であった。赤ん坊の頃から元気に泣き、幼少の頃には泥だらけになるまで遊んで、成人する頃にはそれなりに思慮深くなりつつ周囲の者達を大切にする良人となった。尤も、提督となることを一方的に告げた後に連絡をしてこないのは祭も怒り心頭であったが。

 

 そんなバカ息子の死。極々普通の日常に紛れ込んだソレを理解するのに、祭は暫しの時間が掛かった。そうして理解した後、祭は深く悲しみ、嘆いた。吹雪と曙、そして善導……死ぬには余りにも若い。順番で言えば自分が先に逝かねばならないのに、なぜ自分よりも先に逝ってしまったのかと。無論、聞いたところで誰も答えてはくれないが。

 

 「イブキちゃん。お昼から買い物に行くのだけれど……何か欲しい物はある?」

 

 「いや、俺は別に……」

 

 「何も無いかしら?」

 

 「……そう、だな……何か、甘いものが欲しい」

 

 「ふふ、分かったわ。洋菓子と和菓子、どちらがいいかしら?」

 

 「洋菓子がいいな」

 

 「ええ、分かったわ」

 

 「ああ……行ってらっしゃい」

 

 「……行ってきます」

 

 祭は孤独だった。相変わらず善蔵は帰って来ず、孫も提督となり、義娘は住んでいる場所の距離もあって1年に数度来るか来ないか。町からは少し離れた場所にあるこの家には坂もあり、年の近い友人も早々来れない。買い物の途中に会えれば運が良い方……そんな生活を長らく送ってきた。

 

 しかし、今はこうして会話をする者が居る。手料理を振る舞える者が居る。共に暮らす者が居る。行ってらっしゃいと、行ってきますと交わせる者が……居る。そう遠くない日に別れが来るとしても、それが永久の別れとなるとしても……祭は、幸福だった。孤独ではなかった。

 

 「こほっ……春も近いわねえ」

 

 居間を出るまでの間イブキに見送られて玄関から出た後、祭は晴天を見ながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 (……ぬるま湯ってのは、こういうのを言うのかもな)

 

 祭さんを見送った後、俺はふとそんなことを考えた。俺がこの世界にやって来てからもう1年近く経つ……その1年は、とてもじゃないが穏やかとは言えないくらい濃密で過激だった。戦いが無かった時間もあるにはあったが……気を張る必要が全くない時間は、この1ヶ月が初めてなんじゃないか?

 

 そう、気を張る必要が全くない。ここは陸地で、海が近いとは言え深海棲艦が来たことは……1ヶ月前の戦い以外ではないという。勿論、海では今でも戦いが続いているハズだ。どこかで誰かが、何かの為に。その中には……夕立達も居るかもしれない。いや、自惚れでなければ俺を探してくれている。

 

 (夕立……雷、レコン、時雨、山城、扶桑……皆……)

 

 声が聞きたい。姿を見たい。この家での暮らしは、祭さんとの暮らしは確かに穏やかで、暖かくて……でも、物足りない。俺が欲しかった戦いのない場所に居るのに……皆が居ないからこんなにも物足りない。物足りない、のに……。

 

 (俺は、この暮らしをずっとしていたいとも思ってるんだ……っ!)

 

 ダンッ! とテーブルを右の握り拳で壊さないように加減しつつ叩く。皆の所に帰りたい、何か物足りない、その気持ちに嘘はない。だけど、この暮らしは……手放したくないと思える程に俺の心に入り込んでくる。祭さんは優しくて、この人が俺のお祖母ちゃんだったら絶対にお祖母ちゃん子になっていた自信がある。そして、そういう“歳上の人間”からの優しさは……この世界で俺が感じたことのないモノだ。

 

 この世界で俺が直接会った人間と言えば、それは摩耶に不埒なことをしていた屑共くらいなモノだ。後は善蔵と呼ばれる提督の声くらい……マトモで優しい人間に出会ったのは祭さんが初めてなのだ。この家、客も来ないし。だからこそ、この暮らしをずっと続けたいと思ってしまう。

 

 「……俺は……」

 

 体はまだ万全じゃない。下半身はまるで動かないから家の中を移動するのも一苦労だし、高いところには手が届かない。妖精ズ達と祭さんの手を借りなければ、普段出来ていたことも出来ない。1ヶ月でやっと半分だと考えるなら、後1ヶ月はこのままの暮らしが続く。

 

 夕立に、皆に会いたい……声が聞きたい。テレビでその姿が見えるだけでもいい。新聞に情報が載るだけでも構わない。皆の無事が知りたい。何でもいいから、どんな方法だっていいから。

 

 「俺、は……っ!」

 

 何もせず、何も出来ず、ただただぬるま湯の生活を送るのがこんなにも苦しいことだなんて、こんなにも心を掻き乱されるなんて……知りたくなかった。




という訳で、祭と善蔵達の繋がりと艦娘が現れ始めた辺りの説明、イブキの心境のお話でした。どっちつかずのタイトルに相応しい揺れっぷり。でも転生or憑依して初めて優しくされたら誰だってこうなると思います。とは言え、物足りないと感じている以上天秤が傾ききることはないでしょうが。



今回のおさらい

ロリ祭、妖精と出会っていた。その出会いは何を意味するのか。イブキ、襦袢姿で登場。何気に初別衣装。イブキ、心を揺らす。その甘い毒は心を優しく侵していく。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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行ってきます

お待たせしました、ようやく更新でございます。

投稿し始めたころと比べ、頂ける感想が少なくなって少し寂しく思います……と言うと催促しているみたいであまり宜しくないですけれど。

それはさておき、fgoで呼符を使ったらグラップラーマルタ様が来てくれました……違う、貴女じゃない。私が欲しいのは槍清姫で(殴


 「……ふふっ。さながら、第2の軍刀棲姫と言ったところか」

 

 大本営の中にある総司令室……そこで渡部 善蔵は報告書を見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。その報告書の内容は……イブキの仲間である夕立による被害の内容だ。

 

 深海棲艦による大襲撃から3ヶ月、海軍は軍刀棲姫を沈めたという確証を得る為に総出で捜索を続けていた。そして今日まで探し続けて尚肉片1つ、髪の毛1本見当たらない為、軍刀棲姫は沈んだ……というのが海軍の判断である。しかし、その軍刀棲姫とは別の問題が発生している。

 

 それこそが、善蔵の言う“第2の軍刀棲姫”。彼女による被害が出始めたのは大襲撃から1、2ヶ月程経ってからだが、その被害は十二分に甚大と言える。何しろ、出逢う艦隊はその殆どが壊滅しているのだから。不幸中の幸いと言うべきか、以前の軍刀棲姫のように再起不能となった艦娘は存在しない。また、ダメージも大破止まりである。

 

 「沈めないのは何か理由があるのか、単に甘いのか……まあそれはいい。報告書を見る限り、軍刀棲姫程のイレギュラーでは無さそうだが……」

 

 善蔵はそう呟くが、単純な戦闘力はそこいらの艦娘、深海棲艦とは遥かに高いことは理解している。第2の軍刀棲姫と呼称しているのも、別に相手が軍刀を使っている訳ではなく、被害の被り方が以前の軍刀棲姫のモノと酷似しているからだ。

 

 酷似している……つまり、やり口は一緒なのだ。艦隊の前に現れ、質問し、その答えが納得いかなければ攻撃する。その機動は速くて読めず、その攻撃は苛烈と言う他無く、その目は暗く澱んでいるとのこと。違うのは、軍刀を持ってはいても抜かないことと……見た目が、艦娘の夕立に瓜二つということ。

 

 「十中八九、コイツは軍刀棲姫の仲間。艦娘を襲うのは復讐と情報収集の為……随分と仲間思いなことだ。感動的で涙すら浮かびそうだな」

 

 だが、無意味なことだと善蔵は吐き捨てる。どれだけ海軍に襲いかかったところで、この夕立が欲しい情報は得られない。何しろ、海軍自体が探しているのだから……そして、過剰な攻撃は脅威と見なされ、芽を摘むために動かねばならなくなる。

 

 善蔵は再び報告書へと意識を向ける。そこには被害の内容だけでなく、“どこで襲われたか”という情報もある。無論細かい部分で見れば場所はまちまちだが、大きく区切ってみれば大体の場所は絞れる……即ち、拠点、基点となる場所が、だ。

 

 「……ふふっ。そう言えば、生きていたのだったな……すっかり忘れていたよ」

 

 細かく見ればバラバラ……しかし大きく見れば、最も多く襲われた場所、海域が浮かび上がる。そこは以前に海軍が攻め込んだ海域であり、1度は制圧し、奪い返した海域。

 

 “サーモン海域”……それこそが、恐らくとは付くものの第2の軍刀棲姫の拠点があり、行動の基点となる場所なのだろう。そしてサーモン海域にて、海軍は姫級の深海棲艦……戦艦棲姫と対峙し、取り逃している。そして、これまで軍刀棲姫というインパクトの強い存在のせいで忘れがちであるが、戦艦棲姫はその姿を見せていた……大規模作戦の時に、軍刀棲姫を助けるように。

 

 「第2の軍刀棲姫は戦艦棲姫と繋がっている……そして戦艦棲姫は再びサーモン海域、恐らくは最深部に拠点を築いている。派手に暴れている訳でも、制圧し返された訳でもない。それ故に気付くのが遅れたという訳か」

 

 サーモン海域最深部に攻め込んだ当時、そこは大量の深海棲艦が蔓延(はびこ)っていた。しかもエリートやフラグシップ級も多く存在していた為、目に見えて危険な海域、速やかに制圧する必要がある海域だと認定され、大規模作戦として海軍は動いたのだ。

 

 善蔵は今になって思う。軍刀棲姫と対峙した時、3ヶ月前の大襲撃に比べれば、何と楽な大規模作戦だったのかと。当時は強化艤装もなければ戦力を費やして尚足りない敵戦力もなく、軍刀棲姫のような化物も居なかった。とは言え、姫級も充分に化物と呼べる性能を誇るのだが。

 

 さて、拠点があるであろう海域は絞れた。だが、だからと言って戦力を向けることは簡単には出来はしない。海域は絞れたが、拠点を見つけ出した訳ではないのだから。当時に大規模作戦を行えたのは、大量の深海棲艦が普段から海域内を動き回っていたからだ。しかし、今回は違う。

 

 第2の軍刀棲姫以外にも深海棲艦は出現しているが、それは他の海域とそう変わらないので重要視する程ではない。戦艦棲姫が居るという確証はなく、そもそも彼女の拠点が海域のどこにあるかも把握出来ていない。そして、最も問題となるのが……第2の軍刀棲姫に対する艦娘達の戦意、敵意の無さである。

 

 大襲撃の後に提督となった者達の艦娘は、軍刀棲姫と海軍の間に起きた出来事を資料などでしか知ることが出来ない。しかし、全員が全員その資料を見る訳ではない……その為、軍刀棲姫という脅威をしっかりと認識出来ていない者達も居る。だが、実際の被害とその内容を聞き、自分達では手に終えないとその殆どが戦意を無くしてしまっていた。

 

 逆にそれ以外……軍刀棲姫という存在を自分達の目で確認した艦娘、提督達は第2の軍刀棲姫に対して複雑な感情を抱いている者が多い。特に顕著なのは、大襲撃の日に大本営の防衛に就いていた者達である。つまり、軍刀棲姫の最期を知る者達のことだが……簡単に言うなら、自分達は助けられたのに、その恩人を沈めてしまった……という罪悪感があるのだ。だからと言って第2の軍刀棲姫による被害を見逃す訳にもいかないのだが、士気は低いしやる気もそぞろと言ったところ。良識を持つ人間を優先して提督としている弊害がここで出てしまった。

 

 「だが、やることはやらねばならん。海軍の目的は国と国民の安全と平和を守ること。深海棲艦という脅威をそのままにはしておけん」

 

 善蔵はハッキリと、誰にでもなく呟いた。恩がある、その恩人の仲間である、その仲間が居もしない恩人を探している、そして出逢った艦娘に被害が出ている。ならば“敵”なのだ。誰がなんと言おうとも、どれだけ心労を感じようとも、それは倒すべき敵。手心を加える必要などない。やらねばやられるのだ。既にやられているのだ。

 

 「“海軍が必要となる為に……海軍にしか倒せない“敵”が欲しい。そして、その敵に最終的には必ず“勝利”出来るようにして欲しい”……私の“願い”は成就する」

 

 世界は“海軍を必要”としている。それは“敵”である深海棲艦が現れたからで、“勝利”出来るのは艦娘を率いることが出来る海軍だけだからだ。

 

 故に、それは決定事項。やることは以前の繰り返し。違うのは敵の戦力。しかし、違うのは向こうだけではない……以前には無かった強化艤装、以前よりも遥かに強くなった艦娘達、手にした情報……海軍もまた、以前とは違うのだ。

 

 「今度こそ、イレギュラーは完全に排除する。私の“願い”にイレギュラーは必要ないのだ……ましてや奴等には“次”はない。沈めれば私の勝ちだ」

 

 そんな独り言を呟いた善蔵は部屋に翔鶴を呼ぶ。秘書艦をしていた大淀が消え去った為、その役割は彼女が引き継いでいた。その仕事ぶりは大淀が居た時から虎視眈々と秘書艦の座を狙っていたこともあってか大淀と比べても遜色なく、不平不満を言うこともない。普段はこの総司令室で善蔵と共に仕事をしているが、善蔵の命令で様々な場所へ行くこともある。今回部屋に居なかったのは、善蔵から誰も部屋に入れないように見張るための言わば門番のようなことをしていた為である。

 

 「お呼びでしょうか? 総司令」

 

 「うむ。この指令書を各鎮守府に送ってくれ。なるべく早く頼む」

 

 善蔵が翔鶴に手渡したのは、書類を見る合間に作成していた指令書。それを手にした翔鶴はざっと内容を読み……全てを読み終えた後に、指令書へと向けていた視線を善蔵へと戻す。

 

 「分かりました。直ぐにコピーして各鎮守府へと送ります」

 

 「うむ」

 

 翔鶴は敬礼をした後に部屋から出る。善蔵はその返答と後ろ姿に満足そうに頷き……ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 (これでイレギュラーは全て消える。拠点の場所は“なぜか”把握出来ていないが、場所は“覚えている”。これで再び、海軍対深海棲艦の終わり無き戦いが始まる)

 

 善蔵が翔鶴に渡した指令書……その内容は、簡単に言えばこう書かれている。

 

 

 

 ━ サーモン海域最深部掃討作戦……と ━

 

 

 

 

 

 

 (イブキさん……イブキさん、イブキさん。イブキ、さん)

 

 夜のとある海域を、夕立はさ迷うように進んでいた。その姿は疲労を感じさせる……髪はぼさぼさで服には黒く変色した血がこびりつき、目の下には隈があり、目は血走っている。それとは不釣り合いな程に爛々と輝く金の光……さながら幽鬼の如く、誰もが不気味だと言うだろう。

 

 イブキが居なくなってから3ヶ月と数日……その間ずっと、誰よりも夕立はイブキを探し続けていた。時雨から、仲間から休むように言われても尚、夕立は不眠不休とまではいかずとも限界までそれらを削り、動き続けた。全てはイブキを見つける為に、再び再会する為に。

 

 (どこ……どこ、どこ? どこにいるの……)

 

 眠気と疲労から、既に夕立はマトモな思考が出来ていない。イブキを探し出す、その思いだけで無理に動いている状態だった。人間ならばとっくに倒れている……それでも、夕立は止まれない。自分にとって何よりも大切な存在と再び会うために。

 

 「……あ……」

 

 「夕立!」

 

 しかし、身体は限界を迎えた。フラフラとしていた足からは完全に力が抜け、その場に倒れ込む夕立……その身体が完全に海に付く前に、彼女を追い掛けてきたのであろう時雨が支える。

 

 こうなることは、時雨は分かっていた。ここまで夕立が自身を省みなくなったのは、数日前の時雨が夕立と話して夕立が泣き出してしまった日からなのだ。あの日以来、夕立の中の不安が爆発し、不眠不休に限りなく近い捜索を行っている。

 

 「……夕立……もう休もう? こんな状態じゃ、もし艦娘と深海棲艦に遭遇したら一堪りもないよ」

 

 「イブキ……さん……イブキ……さん……」

 

 「夕立っ! お願いだから僕の言葉を」

 

 「うる……さいっ!!」

 

 「うわっ!?」

 

 煩わしそうに時雨を突き飛ばす夕立。彼女に支えられていた体はパシャンッと音を立てて海に倒れ込むが、夕立はガクガクと手を震えさせながら立ち上がろうと力を込めて四つん這いの姿勢になる。それでも、そこから立ち上がることはおろか上半身を起こすことすら出来ない……艦娘、深海棲艦と言えど疲労は感じるし、度を越えれば夕立のように動けなくなってしまうのだ。

 

 「イブキ……さん……っ!」

 

 「っ……ごめん、夕立」

 

 「あぐっ!? う……ぁ……」

 

 それでも尚動こうとする夕立に対して、突き飛ばされた時雨は起き上がって近付き、割りと強めに手にある主砲で後頭部を殴った。少々過激な行動ではあるが、通常の艦娘、深海棲艦よりも堅い夕立には大したダメージではない……が、疲労が溜まりきっている彼女を気絶させるのは容易なことだった。

 

 時雨は気絶した夕立を横抱きし、悲しげな表情でその寝顔を見詰める。正直に言って、時雨はイブキは既に沈んでいると考えていた。幾ら海が広いとは言え、海域も含めて目撃情報すら皆無なのは妙だ。生きているなら、直ぐにでも拠点に帰って来るだろう。帰ってこないのは……沈んだ、或いは動けない程にダメージを負っているか。もしもそうなら、一刻も早く助け出さねばならないが……あの大襲撃から3ヶ月、動けない状態が今日まで続いているのなら、やはり生存は絶望的だろう。

 

 しかし、時雨はそれを口にしたことはない。周りはまだ必死に諦めずに探しているのだ、その心を折るようなことを、その意思に水を差すようなことを言いたくはなかったというのもあるが……一番の理由は、やはり時雨自身がまだ僅かな希望を持っているからだろう。

 

 (ごめん……ごめんね、夕立……)

 

 時雨は内心で何度も夕立に謝る。夕立からしてみれば、時雨は自身の邪魔をする厄介者に他ならない。彼女が目を覚まし、そこが拠点だと気付いた時……きっと時雨に怒りがむけられるだろう。なぜ邪魔をするのかと。今の夕立は何よりもイブキを見つけ出すことを優先しているのだ、それを止めるとなれば……最悪の場合、殺意と共に攻撃されかねない。勿論、時雨はそれを覚悟してのことだ。

 

 1人取り残されることの怖さを、時雨は軍艦時代に思い知っている。だからだろうか、彼女には今の夕立が感じている孤独感に気付いていた。イブキしか見えていない、焦りから仲間を仲間と思えていないが故の孤独感……自分ではその孤独感を癒すことは出来ないと理解しつつも、時雨は動く。これ以上、夕立が壊れてしまわない為に。

 

 (今は休んで、夕立。心も……体も)

 

 

 

 

 

 

 (『イブキサン……どこに行ったんでショウ』)

 

 夕立が時雨に気絶させられている頃と同じ時、レコンもまた別の海域でイブキを探し続けていた。左手にはイブキの軍刀、いーちゃん軍刀を鞘に入れて握られている。

 

 いーちゃん軍刀……その能力は、運がとても良くなるというモノ。いまいち実感しづらいがその能力は確かなものであり、実際に大襲撃以前の海軍の大規模作戦時、那智の体内にある爆弾“回天”の爆発を“運良く”阻止して窮地を脱している。故に、レコンは大襲撃時に預かった時から片時も手離したことはない。もしかしたら、“運良く”イブキと出会えるかも知れないと思ったから。

 

 しかし現実はそう上手くはいかないらしく、3ヶ月経って尚再会するどころか情報すら得ることが出来ていない。だからだろうか、レコンは時間が経つ度に思うのだ……再会出来ないのは、もうこの海にいないからではないのかと。

 

 「『……キヒ……キヒヒヒッ……』」

 

 乾いた笑いが込み上げてくる。レ級として出逢い、別れ……金剛として再び出逢い、沈みかけ……レコンとなって共に過ごした。どうあっても自分とイブキは離れ離れになる運命なのではないかとふと思い付き……自分で納得してしまった。ならば次はどうすれば再会出来るのか……そんなことを考えてしまう。

 

 「『……ん?』」

 

 「……違う鎮守府の金剛さん……じゃない、よね」

 

 「ああ……その目の赤い光……お前、3ヶ月前の時のあの金剛だな?」

 

 「『夕立……いえ、私達の知る夕立ではないデスネ。ツーコトハ、3ヶ月前ノ奴ラカ。そちらの子達も見覚えがありますシネー』」

 

 そうして考え始めた時、レコンの視界にとある艦隊の姿が映った。その艦隊は少しずつレコンに近付いていき……その姿が見える頃、艦隊の艦娘が不思議そうな声を上げる。そして3ヶ月前というキーワードを聞き、レコンはその艦隊が雷の元居た鎮守府……渡部 義道の艦娘達であると気付く。

 

 艦隊のメンバーは第一艦隊の夕立、木曾に加えて暁、響、電、睦月だった。遠征の帰りなのだろう、彼女達の背にはドラム缶や資材を入れているのであろう大きくて丈夫そうな袋が背負われている。そこまで確認したところで、レコンは軍刀の柄に右手を添えて戦闘体制に入る。

 

 「待て、流石に争うつもりはない。遠征中だし、お前には恩もあるしな」

 

 「だから武器から手を離してほしいっぽい。私達は何もしないから」

 

 「暁だって」

 

 「右に同じく、だよ」

 

 「電もなのです」

 

 「睦月もです!」

 

 「『……分カッタ』」

 

 正直に言えば木曾達の言葉を聴く必要はないのだが、レコンも無駄に争う必要はないと考えていたので……戦闘体制を取ったのは念のため……直ぐに軍刀から手を離す。それに、彼女達に聞きたいこともあるのだ。

 

 「『……こうしてエンカウントした訳ですし、一応聞いておきマスネ。イブキガドコニ居ルノカ知ラナイカ?』」

 

 「……悪いが、俺達は知らない。それどころか、海軍では沈んだとされてる……実際、海軍でも目撃情報はあがっていない……が」

 

 「代わりに“第2の軍刀棲姫”っていう、私とおんなじ“夕立”の姿をした深海棲艦だか艦娘だか分からないのが出てきたっぽい」

 

 木曾と夕立の言葉を聞き、レコンは顔をしかめる。2人の言う第2の軍刀棲姫の正体が、仲間の夕立海二であると察したからだ。レ級の記憶でも、金剛の記憶でも、レコンとなってからも夕立とイブキの間にある絆と想いの強さは知っている。当然、彼女がかつてのイブキと同じような行動をしていることも理解している。

 

 しかし、それをばか正直に教えるつもりはない。というよりも、レコンは目の前の6人の表情から夕立が自分達の仲間であると知っていることを理解している。こうしてレコンに教えたのは、先の質問に対する答えであると同時に自分への遠回しな質問なのだと分かっている。

 

 「『……ソレデ、ソレガドウシタッテ?』」

 

 「……忠告しておくぞ。もしもだ……もしもその第2の軍刀棲姫がお前の仲間で、同じ拠点にいるって言うなら……そこから逃げろ」

 

 「『エスケープ? どうしてデスカ?』」

 

 「あの、その……実は昨日、大本営からの指令書が届いたのです」

 

 「その内容が、第2の軍刀棲姫のことに関するものでね」

 

 

 ━ 本日より2週間の準備期間を経た後、第2の軍刀棲姫の拠点があると思われる海域、サーモン海域最深部へと急襲をかける ━

 

 

 

 「っていうことなの。雷もきっとそこにいるんでしょ?」

 

 「睦月達の鎮守府もその急襲に参加すると思うのです……だから、どうにか逃げてほしいんてす」

 

 伝えられた内容は、レコンが驚愕の表情を浮かべるに足りるモノだった。拠点のある海域がバレているということもあるが、何よりもイブキが不在の時に海軍から大量の戦力を向けられるということが、レコンにとっては非常に不味いことである。

 

 現状、レコン達のコンディションは精神的に、一部は夕立のように肉体的にも最悪と言っていい。夕立などその最たるモノで、戦闘ともなればマトモに戦えるかも怪しい。もしも以前のイブキに向けられたような軍勢が来るのならば、全戦力をもってしても勝てるかどうかは五分五分と言ったところだろう。最高戦力かつ精神的主柱だったイブキの不在は、それほどに大きいのだ。

 

 (『逃ゲル……ドコニダヨ。私達がエスケープしたところで、夕立はイブキサンを探すことをストップしないデショウ……いえ、そもそもエスケープしないデスネ』)

 

 とは言え、逃げろと言われたところで逃げる場所などない。南方棲戦姫の拠点のように候補として上がる場所はあるが、現在の戦艦棲姫山城の拠点にいる艦娘、深海棲艦の総計は100を越える。移動には時間が掛かるだろう。それまでに移動し切れるかどうか分からない。

 

 問題となるのはそれだけではない。彼女達の拠点は、イブキの帰る場所でもある。その場所を守ろうとする者が出ることは簡単に想像出来るだろう。レコンが考えるに、逃げるという行動はしない。来るというならば全力で抵抗し、戦う。例えその戦いで、自分達が沈むとしても。

 

 「『……悪イガ、ソレハ出来ネェナ。私達は、イブキサンの帰ってくる場所を守る義務がありマース』」

 

 「っ……お前の、お前達の気持ちは分からんでもない。だが……イブキはもう……」

 

 「『沈んでいる? 死んでいる? 確かにそうかも知れませんネ』」

 

 「だったら!」

 

 「『それでも、生きてるって信じてるんデスヨ。私は、オレ達ハ、イブキガ生キテルッテナ』」

 

 そう断言するレコンに、木曾達は何も言えなくなる。木曾達……渡部 義道の鎮守府にとって、レコンと夕立は恩人で、イブキもまた雷を助けてくれた恩がある。こうして情報をリークする程に、敵対したくないと感じている程に。

 

 だが自分達は海軍であり、提督の義道の階級も高い。総司令からの指令書には従わねばならないし……第2の軍刀棲姫である夕立、その仲間であるレコンや戦艦棲姫山城、戦艦水鬼扶桑等の存在は海軍として見過ごせるモノではない。ましてや後日行われる大規模作戦は多くの深海棲艦との戦いとなる以上、前回の大規模作戦のように攻撃頻度を減らしたりわざと狙わなかったりということはできない。

 

 「……そうか……お前ら、帰るぞ」

 

 「え!? で、でも……」

 

 「雷のこととかもっと聞きたいし……」

 

 「電、暁。俺達とこいつらは敵なんだ……敵なんだよ。忠告はした。逃げるようにも言った。それでもこいつは逃げないし戦うって言ってるんだ……だったら俺達はやるしかないだろ」

 

 木曾の声には迷いは無かった。忠告はした、それこそが木曾達に出来る最大の恩返しである。この偶然の出会いという“幸運”の中で出来た、最大の。それで相手が動かないならば、それは相手が選んだこと……そこに自分達の意思は最早入らない。後は恩人とその仲間達が沈まぬように祈る他にない。

 

 そうして去っていく6人の姿を、レコンはじっと見つめる。油断しているのか、それとも信用しているのか無防備に背中を晒す彼女達……レコンから見て木曾と夕立は流石と言えるレベルだが、暁達と睦月の練度はそう高くはない。今から奇襲を掛ければ、2人以外ならば沈められる自信がある……忠告を聞くとすれば、待たずに少しでも戦力を削るというのも1つの手段ではある。

 

 「『……ヤメトクカ』」

 

 しかし、結局レコンは思うだけに留めた。折角手に入れた情報なのだ、仲間達に直ぐにでも知らせておきたい。早ければ早いほど、準備できる時間は長くなるのだから。

 

 (『イブキサン……貴女の帰る場所は、私達がしっかりとディフェンスしマース。ダカラ……早ク帰ッテコイヨナ』)

 

 

 

 

 

 

 「……木曾。あの話って、まさか……」

 

 「……俺達のせい、だろうな。クソッ、どこで聞かれた? 俺達以外居なかったハズなのに!」

 

 あれから鎮守府に帰ってきた木曾達は、その翌日の朝に義道より聞かされた内容に対して焦りと怒りが混ざったような感情に苛まれていた。恩を返したハズが、まさか恩人の首を絞めることになるとは思っていなかった。

 

 聞かされた話は、本来2週間後とされていたサーモン海域最深部への急襲……その実行日を、2週間後から1週間後とする、というモノ。指令書が来たのは2日前、猶予は5日……なぜ急に期間を短くしたのか定かではないが、木曾達は自分達がレコンに話したからだとかんがえている。何故ならば、実行日の変更が、偶然と考えるにはあまりにもタイミングが良かったからだ。

 

 「でも、夕立達にはもう何も出来ないっぽい……」

 

 「分かってる……畜生……っ」

 

 とは言え、夕立の言うように木曾達がレコン達にしてやれることはもう無い。このまま時が過ぎていくのを待ち、敵として彼女達の前に現れる他に、ない。海軍としてはそれが正しいことだと理解している……それでも、心から納得出来る訳ではないのだ。そして、納得出来ないのは木曾達だけではない。

 

 大襲撃の日以来、海軍の一部の者達……特にイブキ達によって助けられた者達、以前からイブキの人柄を知る者達は“平和の為に深海棲艦と戦い続ける現状”に疑問を抱いている。それは“本当に戦い続けていれば平和になるのか、深海棲艦と分かりあえることは出来ないのか”というモノだ。

 

 深海棲艦はどうやって生まれるのか、世界はまだ把握出来ていない。その総数も分かっていない。それでも戦い続けているのは、いつかは、やがていつかは終わるという希望を持っているからだ。しかし、先の大襲撃のせいでその希望は失われつつあった……いや、人によってはもう無くしてしまっている。

 

 ほぼ全ての鎮守府に同時に起きた大量の深海棲艦による襲撃……その総数は万を越える。今までは多くてもせいぜい4、5艦隊分で、それも一戦に付き1艦隊……というのが普通で、運が悪くとも2艦隊同時に遭遇する程度。しかし、その常識は崩れた。敵はやってくる。50年前のように唐突に、人類に絶望をもたらす。だが、中には会話出来る深海棲艦が居て、仲間を大切にする深海棲艦が居て、敵である艦娘だろうと助ける深海棲艦が居るのだ。だからきっと、戦う以外の方法で戦いを終わらせられるかもしれない……そんな曖昧で、藁にもすがるようや希望を持つ者達が居る。

 

 だからこそ、その者達の中に居る木曾達は悔しくて仕方がない。自分達のせいで、最も分かりあえそうな深海棲艦とその仲間達が逃げる時間を失った。もっと周りに気を配っていれば……そう後悔しても遅い。今回のことで結果的に木曾達は嘘をついたことになる。そのせいで深海棲艦と海軍との溝が更に深まる……それが、木曾は怖かった。

 

 (どっかで変えないといけないのに……俺達じゃ、変えられないのか……)

 

 

 

 

 

 

 「こほっ……ごめんねぇ、イブキちゃん……」

 

 「いや、いいんだ……祭さん」

 

 今、俺の目の前には布団に横たわった祭さんの姿がある。俺が助け出されてから3ヶ月と少し……俺はすっかり元のように動けるようになった。だが……代わりに、祭さんが動けなくなっていた。

 

 1ヶ月経った頃から、祭さんは風邪でもないのに咳をすることが多くなった。2ヶ月経つ頃には、実は俺は動けるようになっていたんだが……置き手紙だけして海に行こうとした時、祭さんは血を吐いて倒れた。俺は慌てて駆け寄って祭さんの名前を何度も呼んで、咄嗟に救急車を呼ぼうとしたんだが……。

 

 

 

 『ごほっ……いい、の。救急、車は……呼ばないで』

 

 『祭さん!? 何を言って……』

 

 『入院なんてしたら……こほっ、あの人に迷惑が掛かるわ……だから、いいの……』

 

 

 

 祭さんがそう言ったから、今日まで救急車を呼ぶどころか医者に行くこともしていない。だから祭さんの症状は悪化していき……数日前から、立つことすら出来なくなった。それでも何の対処もしないのは、祭さんが望んだからだ。誰にも迷惑をかけたくないからと、“あの人”に迷惑をかけたくないからと……さっき俺に謝ったのは、誰にもと言いながら俺に迷惑をかけてると思っているからなんだろう。

 

 「……元々ねえ、私はあまり永くなかったの。イブキちゃんが来る前にお医者さんに言われてねえ……よくわからないけど、肺の病気だって言われたわ。今なら治せるかも……ともねえ」

 

 「……なら、なんで……」

 

 「だって……いつあの人が帰って来るか分からないでしょう? 帰ってきた時にお帰りを言ってくれる人がいないなんて……寂しいじゃない」

 

 祭さんはそう言うが、正直に言って何十年も帰って来ていないあの人とやらの為にこうなるまで待つ必要があるのかと疑問に思う。帰ってくるどころか電話の1つもして来ないような奴の為に、と。でも、俺もそいつと変わらないのだと気付いた。夕立達のところに帰れるのに帰らず、手段がないとは言え連絡も出来ていない現状の俺……何も変わらないじゃないか。

 

 それに、祭さんの言うことも分かる。夕立が居なくなったあの日、彼女が居るつもりで呟いた“ただいま”……“お帰り”の一言がないことが、酷く悲しかった。その時感じた寂しさは、今でも忘れられない。

 

 「……それで取り返しのつかないところまできて、2度と言葉を交わせなくなるなら同じじゃないか」

 

 「そうねえ……ごほっ……それでもやっぱり、待ってあげたかった……前みたいにお帰りと言って出迎えてあげたかった……最期に一目くらい、あの人をこの目で見たかった……吹雪ちゃんと、曙ちゃんの声と一緒に聞こえてくる“ただいま”が……聴きたかった……」

 

 「……なら……なら、生きないとダメだろ!! 見たかったとか、聴きたかったとかじゃなくて!! 見て、聴くまで生きなきゃいけないだろ!!」

 

 この世界に来て、初めてこの身体で俺の謎変換されていない言葉を言えた気がした。俺は言葉と共に祭さんの手を両手で包み込むように握り締める……その手にはもう力なんて入っていなくて、俺の世話をしてくれていた時に感じてた温かさも無くて……気がつけば、俺は泣いていた。たったの3ヶ月……その間に、祭さんは俺に日常をくれた。愛情をくれた。そんな彼女の命が今、消えようとしている。

 

 だけど、俺にはどうすることも出来ない。この身体は自力で癒えることはあっても、誰かを治すことなんて出来はしない。祭さんの横たわる姿が、レ級が沈んだ時とダブる。あの時もまた、俺は自分の無力感を感じていた……この身体は、戦うことしか出来ないんだと。命を救い出すことなんて出来はしないんだと。

 

 「そうねえ……生きなきゃねえ……あの人が帰って来るまで……善蔵さん、に……また、会いたぃ……」

 

 「っ……く……っ!」

 

 そう言って、祭さんは目を閉じた。その顔には生気が感じられず、胸は上下していない。初めて人間を斬り殺した時、俺は特に感じることはなかった。なのに……同じ人間である祭さんの死んだような姿を見るだけで、こんなにも苦しい。声は出ないのに……涙ばかり出る。それだけ祭さんは、祭さんと過ごした3ヶ月程の時間は、俺にとって大事な人だった。大事なモノだった。その大事なモノが、手から零れ落ちた。そして……取り戻すことは叶わない。

 

 「イブキさん。大丈夫ですかー?」

 

 「……大丈夫。今更、誰かの死で動けなくなるほど柔じゃない」

 

 なんて、涙声で言ったところで説得力はないだろうけど。レ級の時も、夕立の時も……俺は立って歩けた。前に進めた。なら、祭さんの時でも……俺は動ける。それに……祭さんが死んだということは、俺がこの家に留まる必要も無くなったということになる。

 

 「帰ろう。俺達の居場所に……皆もきっと、心配している」

 

 夕立達と別れてから3ヶ月も経ってしまっているんだ、皆心配しているか、探しているか……死んだと思っているか。安心させる為にも、最速で帰る必要がある。俺自身、皆と会いたい。1分1秒でも早く。

 

 俺は艤装である“4本の軍刀”と鞘を固定するベルト等を取り付け、この家にある電話……黒電話である……で警察と救急車に家の住所を伝えて来るように連絡を入れてから家を出る。その際、俺は祭さんが居る部屋の方に振り返り……言えなかった言葉を呟いた。

 

 「今日までありがとう、祭さん……行ってきます」

 

 

 

 ━ 行ってらっしゃい……イブキちゃん ━

 

 

 

 幻聴かもしれない。だが、俺は確かにその言葉を聴いた……祭さんの声で。また泣きそうになる。家に引き返しそうになる。でも、行ってらっしゃいと言われたからには、行かないといけないだろう。

 

 そして俺は、海に向かって走り出した。仲間と再会する為に、全速力で。だが、山城の拠点に向かっている間に仲間達に危険が迫っていることを……俺は知らなかった。




という訳で、早すぎる渡部 祭さんの退場です。イブキは艦娘売買の犯罪者しかこの世界で人間と出会っていなかった分、祭さんにはイブキに日常と愛情を与えてくれる唯一の人間となって貰いました。次回からは、(1回山城負けてるので)第二次サーモン海域最深部、(1回山城負けてるので攻略ではなく)掃討作戦編となります。また大規模な戦闘だよ(疲



今回のおさらい

善蔵、大規模作戦発令。全ては願い成就の為に。夕立、捜索中。全てはイブキの為に。レコン、木曾達から作戦のことを聞く。全ては帰る場所を守る為に。祭、眠る。全ては“あの人”の為に。イブキ、海に出る。全ては仲間の為に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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その命令には従えそうにありません

お待たせしました、ようやく更新でございます。

FGOではプリヤコラボの真っ最中ですね。イリヤ可愛いよイリヤ……10連は見事に爆死しました(白目)。小5に(どこがとは言わないが)負けてるエレナさんマジ魔法導師。


 サーモン海域最深部急襲作戦当日。第一艦隊のメンバーである長門達の出撃を見届けた後、渡部 義道は執務室へと向かった。その道中、彼は改めて本作戦のことを考える。

 

 (サーモン海域最深部急襲作戦……内容自体は軍刀棲姫討伐作戦の時とあまり変わらない。総司令である渡部 善蔵が総指揮を取り、第2の軍刀棲姫、及び戦艦棲姫を討伐し、サーモン海域最深部から深海棲艦を掃討する……違うのは、今回は将官だけでなくある程度の戦果を納めている佐官も参加することになっていることと、出撃させる艦隊が各々の第一艦隊だけということ)

 

 軍刀棲姫討伐作戦の時、海軍は少将以上の将官及び総司令である元帥総勢11名がそれぞれ第一、第二艦隊を出撃させ、総戦力132隻という軍団で挑んだ。しかし、今回は違う。大襲撃の際に殉職した将官を補充出来ていない為なのか、ある程度の戦果を納めているとの条件があるとは言え佐官も参加している。そして大襲撃のことも踏まえてだろう、作戦に参加する艦隊は第一艦隊のみである。

 

 義道としては、今回の作戦は反対だった。討伐対象筆頭となっている第2の軍刀棲姫と戦艦棲姫……前者は以前の軍刀棲姫の行動、噂と被っているモノがある。対応次第では被害を最小限に出来るだろうし、出現海域もサーモン海域周辺だと分かっているのだから、余程のことがなければ近付かなければいいだけのことなのだ。後者に至っては……正直に言って、義道には意味が分からない。と言うのも、軍刀棲姫討伐作戦以降サーモン海域最深部で、それ以外の場所でも戦艦棲姫を見たなどという報告は出回っていないのだ。義道からしてみれば、それは善蔵が勝手に言い出していることなのである。

 

 (仮にだ……仮に戦艦棲姫が本当に居たとして、お爺ちゃ……総司令がそれを知っているのは何故だ?)

 

 義道は祖父である善蔵が自分の父である渡部 善導の事件の真実を知っている……或いは、善導を殺した犯人ではないかと疑っていた。その疑惑は彼の元第一艦隊のメンバーである不知火との接触でより深くなり、現在まで不知火からの連絡が一切ないことから確信するに至っている。そして、善蔵は他にも何か後ろ暗いことをしているのではないかとも邪推していた。

 

 そう考えれば、善蔵が自分達では知り得ない何かを知っていると言うのも不思議ではない。が、それをどうやって知り得ているかは疑問に思う。思えば、軍刀棲姫の拠点である島を発見したのも善蔵であった。その後作戦を決行して撤退することになった後に出逢った駆逐棲姫も、善蔵の部下である大淀が最近見つかったと説明していた……が、その時点では駆逐棲姫の存在は誰も知らなかった。つまり、あの時点では知っていたのは善蔵達だけだと言うことだ。

 

 あまりに異常、そうとしか言えない情報網。それが余計に義道に善蔵という人間を怪しく見せる。しかし、怪しいだけで何の証拠も確証も得られていないのが現状……ただただ時間は過ぎていくばかりだ。

 

 (最初は大本営から配属される任務娘や間宮等の艦娘がそれぞれの鎮守府の情報をリークしていたのかと思っていたが……それだと駆逐棲姫を知っていたことと繋がらない。まさか深海棲艦の所に艦娘を配属させている訳でも……)

 

 そこまで考えて、流石にそれはないだろうと義道は首を振る。何せその考えは、海軍総司令と敵が繋がっているということになるのだから。そんなことが事実ならば笑い話にもなりはしない。それに、仮に本当に善蔵と深海棲艦が繋がっているというのなら、平和から遠ざかるように戦いを続ける理由はなんなのか。理由なら、権力や金銭、もしくはただ戦いたい等幾らでも挙げられるだろうが……義道にはどれもピンと来なかった。

 

 それもそのハズ。義道と善蔵は祖父と孫という関係だが、実際に顔を合わせたことは皆無に等しい。少なくとも、義道は家族や親戚が集まる場で善蔵と顔を合わせたことなどない。しかし、祖母……渡部 祭と会う度に、善蔵とはどういう人物なのかを聞かされた。

 

 

 

 ━ 貴方のお爺ちゃんはねえ、昔はそれはそれはかっこよかったのよ。勉強も運動も出来て、国と国民を守りたいって夢を持っていて……今、その夢を叶えている最中なの。貴方の大好きなヒーローみたいに、皆のことを守ってくれているのよ ━

 

 

 

 それが、祭から聞いた善蔵という人間。祭と善蔵は彼女曰く小学校の頃からの同級生らしく、勉強も運動も出来る彼は人気者だったという。その能力を、彼は歳を重ねる毎に高めてきた。実際、善蔵が総司令となる前の記録にも残っていて、訓練生の頃から文武両道を行っていた。座学も実技もトップクラスであり、人望も厚く、上からの期待も大きく、その期待に応え続けてきたのだ。そんな話を聞く度に、義道もまたテレビで見るアニメや特撮のヒーローのような身内が居ることが自慢だった。思えば、この祭の言葉こそが義道が海軍に入る切っ掛けだったのだろう。因みにその後、義道は祭から毎回のように延々とノロケ話を聞かされる羽目になった。

 

 しかし、そんな話を聞かされ、調べていたが故に、深海棲艦と繋がっている場合の戦う理由が浮かばない。だからこそ、どれだけ善蔵を疑っても“それはない”と言うことが出来るのだが……それはつまり、義道は善蔵を心の底から疑うことは出来ていないのだ。疑ってはいる……だが、本当はしていないのでは? という希望を、本人も知らないくらいの心の奥に持ってしまっている。

 

 (……いや、この際理由は置いておく。問題は艦娘……いや、スパイを深海棲艦側に忍ばせることは可能かどうか……)

 

 そうしてまた考え込む義道。結論から言えば、可能だろう。何せ繋がっているのだから、深海棲艦が拒む理由はない。だが、繋がっていない場合ならどうか? 不可能ではないが、難しいだろう。深海棲艦の拠点を見つけた、という記録は存在する。だがその全ては海中にある為潜水艦しか辿り着けず、辿り着いて潜入した所で中を把握出来ているハズもないし、姿形も違うのだ。速攻でバレる。

 

 「(……やっぱり俺の思い過ごしか? 情報を持っていたのも、やはり俺には理解出来ない、知り得ない情報網があるから?)……ごふっ!?」

 

 「はわっ!? し、司令官さん!? ご……ごめんなさいなのです!」

 

 そんな風に考え事をしながら執務室に向かって歩いていたのがいけなかったのだろう、義道は曲がり角を曲がる時に注意をすることもなく、誰かとぶつかってしまった。その相手との身長差のせいか、義道の腹にズンッ! と頭が突き刺さった。

 

 思わず腹部を押さえて片膝を着き、込み上げてくる何かをぶちまけないように耐える義道。顔を上げてぶつかって相手を見ると、それは電だった。なるほど、これが深雪の感じた痛みか……と1人納得していると、電もぶつかった相手が誰なのか気付いたのだろう、顔を羞恥からか真っ赤にして頭を下げて謝る。

 

 「い、いや……うぷっ……気にしないでくれ。考え事をしていた俺も悪かった」

 

 「は、はいなのです」

 

 「ぅ……よし、落ち着いた。ところで電、どうしてここに? 長門達作戦参加組以外は部屋で待機しておくように言ったハズだが……」

 

 「ごめんなさい……でも……電達のせいであの金剛さんと雷ちゃん達が……そう思うと、じっとしていられなくて……」

 

 「それで?」

 

 「その……司令官さんに何か出来ることがないか聞きに行こうとして……でも執務室には居なかったから……」

 

 義道を探そうと走り出し、すぐ近くの曲がり角でごっつんこ……と言うには重い音がしたが……してしまったという訳である。話を聞いて、義道はふむと声を漏らす。それは電に出来ることなど待機しておくこと以外には特にないから……というのもあるが、それだけではない。先日の電達……“あの金剛”ことレコンと接触した時のことを思い返していたからだ。

 

 レコンは天龍、若葉、五月雨の仇であり、雷は元々義道の鎮守府に所属しており、軍刀棲姫の拠点に攻め込んだ時に見棄てる形で別れ……そして大襲撃の時に鎮守府の援軍として現れた。その内のレコンと木曾達は1週間前に接触し、今回の作戦を伝えている。その事は義道も報告を受けたし、それが切っ掛けで作戦開始日時が早まったと聞いている。勿論、大本営……善蔵は日時が早まった理由を“敵側に作戦がバレた可能性がある為、作戦決行を早める”としている。そこまで思い返して、改めて義道は思うのだ……善蔵の情報網は可笑しいと。何せ、その指令が来たのは……木曾達が帰ってくる前なのだから。しかも接触した時刻とそこから帰ってくるまでの時間を考えれば、接触した時点で善蔵にバレていたことになる。幾らなんでも異常だろう。無論、木曾達とレコン以外に深海棲艦も艦娘も居なかった。

 

 (気付けないくらい遠くから見られていた? いや、仮にそうだとして、それだけで作戦がバレたと考えるのは早計過ぎはしないか? いや、可能性なのだから無くはないのだろうけれど……何か引っ掛かるな)

 

 「司令官、さん……やっぱり怒ってますか?」

 

 「……ああ、いや。そうじゃないんだ」

 

 何かを見落としている……義道はそんな気がしてならない。その何かが謎を解く鍵となると直感するが、思い付く様子はない。喉元まできているのに……という苛立ちが顔に出てしまったのか電が怯えた表情で聞いてきた為、義道は一旦考えることを止める。

 

 「で、何か出来ることがないか、だったね」

 

 「はい、なのです」

 

 「はっきり言って、待機しておくこと以外には特にない……それでも何かしたいなら、自分達の艤装の点検をしておいたらどうかな? もしかしたら援軍を出すことになるかも知れないし」

 

 「……わかったのです」

 

 義道の言葉に、電は少し暗い表情で苦笑いしてそう言った後、トボトボと彼の前から去っていった。その後ろ姿に心苦しくなるが、義道としてはどうしようもない。秘書艦として置こうにも任せる仕事は今のところないし、掃除や炊事等もやるべき人がやっている。正直に言えば艤装の点検も妖精がやってくれるので、わざわざ艦娘がやる必要もない。勿論、自分の物は自分でという考えで自ら点検する艦娘も居るが。

 

 因みに、仮に援軍を要請されたとしても実力的に電を出すことはないだろう。彼女は義道の鎮守府では姉妹と共に主に遠征要因として海に出ることが多いため、練度はあまり高くないのだ。それを理解しているからこそ、電は暗い表情をしていたのだろうが。

 

 

 

 「……あっ!」

 

 

 

 そこで、義道は気付いた。気付けなかった“何か”に。

 

 (もしそうならば……どうしようもないじゃないか!! この推測が正しいなら、情報という点で善蔵に勝てる者なんて誰一人いなくなる! それに……)

 

 推測、と思いつつも義道は半ば確信していた。義道の気付いた“何か”が事実ならば、善蔵の異常な情報網の説明がつくのだ。同時に、その“何か”が深海棲艦の情報すら知ることが出来るというのなら。

 

 (世界は善蔵が掌握しているも同然……本当に戦いを終わらせる気があるなら、とっくに終わらせていてもいい……そうなっていないのだから、終わらせる気なんてないんだろうな。クソッ!)

 

 思わず、というように義道は近くの壁を殴り付ける。それによって感じる鈍い痛みに幾らか冷静さを取り戻し、焦ったように周りを見回す。“何か”が予想通りなら“どこに居ていてもおかしくない”し、“分からなくても無理はない”のだから。

 

 (どうすればいい……どうすれば……)

 

 例え予想が外れていたとしても、“そうだ”と思ってしまった義道はもう疑心暗鬼によって迂闊に動けないし、喋られない。下手を打てば、自分は不知火が言っていたように、父親である善導と同じように暗殺されるかもしれないのだから。

 

 結論として、義道は動けない。ともすれば気付く前よりもずっと。部下の艦娘にも、他の提督にも、誰にも言えない。まるで童話の王様の秘密を知ってしまい、誰にも言えないまま寝込んでしまった一般人のように、胸の内にしまい続ける他にない。結局義道に出来るのは、気付く前のように日々を過ごすことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 『そうか……中々尻尾を出さんなぁ』

 

 「すみません……二条提督」

 

 大本営の敷地内にある艦娘専用の寮……そこに与えられた個室にてパソコンを通じてとある人物と連絡を取っているのは、矢矧。その画面に映っているのは、所謂瓶底眼鏡と呼ばれるモノを掛けている、頭頂部に無く側面にのみ白い髪がある、カイゼル髭と呼ばれる髭を生やした老人。名を“二条 源次(にじょう げんじ)”……3人居る大将の内の1人であり、善蔵と同期であり、彼と同じく生涯現役を行く海軍の英傑の1人である。そして、矢矧の元……否、本来の提督だった。

 

 矢矧は元々、源次の部下である。それが何故善蔵の元に居るのかと言えば、テキトーに理由をでっち上げて異動してきたからである。その理由は……善蔵を近い所から調べる為だ。

 

 『いやいや、矢矧ちゃんのせいじゃない。あいつのガードが固いだけじゃ……とは言え、ちと固すぎるな……まるで矢矧の行動がバレているかのようじゃ』

 

 「っ!? ……それは……提督にも何か悪影響が?」

 

 『ああ、心配しなくても儂のところにはなーんも来きとりゃせんよ。バレとらんのか、見逃されとるのかは微妙なところじゃがなぁ』

 

 はっはっは、と楽しげに笑う源次だが矢矧は申し訳ない気持ちで一杯だった。スパイとして潜り込んで10年近い時を過ごしたが、これと言って収穫はない。以前不知火が逃げた日、不知火と善蔵のやり取りを窓の外の壁に蜘蛛のように張り付いて盗み聞きした際に善導の事件が善蔵によって引き起こされ、それが“世界の真実”とやらのせいだということを知ったが、それだけだ。情報としては価値が高いが、その情報を活用する術を、今の矢矧と源次は持っていないのだから。

 

 『さて、矢矧……まだ掴めんのか?』

 

 「……はい……」

 

 源次の問いに、矢矧はがっくりと肩を落としながら答える。まだ掴めない……それは、矢矧を異動させてまで善蔵から得たかった情報のこと。源次が最も欲しがっていること。それは……。

 

 

 

 ━ 善蔵が変わってしまった原因 ━

 

 

 

 善蔵と同期であった源次だからこそはっきりと断言出来る……過去の善蔵、正確には艦娘や深海棲艦が現れる前と後では、善蔵はまるで違うと。

 

 まだ学生だった頃、源次から見て善蔵は完璧超人だった。文武両道を体現する運動神経と頭脳を持ち、他者を寄せ付けない成績は生徒達の憧れだったし、源次もその中の1人だった。将棋や囲碁などのゲームでも1度として勝てなかったし、テストも点数を大きく下回ることはあっても上回ることなどなかった。自信満々、されど驕らず……それは海軍として働くようになってからも変わらず、善蔵が総司令となった時も源次は准将になったばかりだった。それでも、羨望こそしても嫉妬することはなかった……善蔵は人柄も良く、カリスマ性も持っていたから負の感情を向けられにくかったのだ。

 

 だが、源次は深海棲艦と艦娘が現れてから善蔵がどこか変わってしまったように感じるようになった。とは言っても、その時はまだ違和感を感じる程度。階級の違いもあって早々顔を合わせることもないので、違和感は直ぐに記憶の片隅に追いやられた。が、源次が明確に違うと感じたのは艦娘達が現れてからおよそ5年経った頃……善蔵の第一、第二艦隊の艦娘が轟沈したという噂が流れてからのこと。無論、しばらくしてから噂ではなく事実だと発覚したが。

 

 (奴は決して艦娘達を無下にはしなかった。考える作戦も被害を可能な限り抑えるようにしていた……じゃが、今のあいつはどうじゃ。新種の姫相手に過剰なまでに戦力を集中させるわ、長年の戦友足る艦娘諸とも沈めるわ……手段を選ばないとしても選らばなさ過ぎる)

 

 他の提督達と比べて善蔵に最も近い位置にいる源次。それも善蔵が海軍の縮小に対して苦悩していたことを知る程に……それ故に善蔵が別人のようになってしまったことに、感じていた違和感の正体に気付けた。過去の善蔵と今の善蔵では、考え方がまるで別人なのだ。海軍を、部下達を、国を、国民を守ろうとしていた善蔵……それが今では、と源次は溜め息を吐く。

 

 別人のようになってしまった明確な原因を知ること……たかがそれだけの為にと言ってしまえるような理由で、源次は矢矧を異動させたのだ。何せ善蔵は海軍のトップ、その心変わりの弊害がいつ下の者達に降り掛かるか分かったものではない。現に、友好関係を結べたかもしれない軍刀棲姫を自身の艦娘諸とも沈めたことで“第二の軍刀棲姫”なる艦娘とも深海棲艦とも知れない相手から被害が出ているし、海軍の一部の者は源次のように不信感を抱いている。その相手を討伐する為の大規模作戦に、源次も仕方なしとは言え参加しているのだが。

 

 『……10年か……ここらが引き際なのかも知れんな……』

 

 「っ!? それは……」

 

 源次が言った言葉に、矢矧が泣きそうな顔をする。ここらが引き際……つまり、このまま矢矧が探っても何も得られないから探すことを止める、或いは源次の元に戻るということだ。第一艦隊に所属していたならまだしも矢矧は既に除外されている。多少の手続きと時間は必要だろうが、決して不可能ではないだろう。しかしそれは、事実上の作戦失敗……矢矧からしてみれば、提督の期待を裏切り続けた末に、収穫もないまま無様に帰ることになる。

 

 『長過ぎたくらいじゃ……儂も耄碌したらしい。別人のようになってしまった原因を探る為とは言え、お前をある意味で戦場以上に危険な場所に送り込んでしまったんじゃからな……今更、本当に今更じゃが……もういい。良く頑張ってくれた。だから……もう、探る必要はない』

 

 ギリィッ! と矢矧は強く歯を噛み締める。源次の言葉に苛立った訳ではない、源次に優しげな、しかしどこか悲しげな表情でそう言わせてしまう程に何の成果も得られなかった自分自身に腹が立っているのだ。

 

 矢矧は元々源次のところの艦娘……それも第一艦隊の一員だった。その最高戦力の1人を削ってまで行った潜入任務なのにも関わらず、ただただ無為に時間を過ごしてしまっていた自分に。

 

 

 

 ━ 儂としてもお前という戦力を手放すのは痛い。じゃが、それでも……頼む。お前以外に適任はおらんのじゃ ━

 

 

 

 そう言って送り出されたのに、と矢矧は自分で自分を無能と内心罵る。このまま終わっていいのか? 源次にあんな表情をさせてしまったままでいいのか? そう自問自答し……否と答えを出す。それが己の私情、意地でしかないと分かっていても、そのまま終わりたくはなかった。

 

 「……申し訳ありません。報告を終わります」

 

 『ああ……早まるんじゃないぞ、矢矧』

 

 「……すみません、提督。その命令には従えそうもありません」

 

 源次の顔が消えたパソコンを見ながら、矢矧は苦笑しながらそう呟いた。これ以上何もしなくていい……そう言われても、矢矧は止まれそうもないのだから。提督の期待に応えたい、提督に朗報を伝えたい、提督に勝利を捧げたい……そんな、艦娘ならば誰しもが持っていて不思議ではない感情が、矢矧に何もしないという選択肢を奪うのだ。

 

 (とは言え、今更直ぐに成果を出せる訳がないし……やっぱり資料室や総司令室、総司令の自室を改めて調べるしかないか……ん?)

 

 もう何度も何度も繰り返し調べたのだけど……と溜め息を吐きながら部屋を出ると、矢矧の目に廊下の窓……矢矧の部屋は2階にある……から見える大本営の建物の1階の窓に善蔵の姿が見えた。大本営は上から見ると“回”の字を描くようになっている2階建ての建物であり、総司令室も作戦指令室も2階にある。大規模作戦の為に艦娘達が出撃している今、善蔵が1階に足を運ぶのはおかしい。無論、絶対に有り得ない訳ではないが。

 

 (……追い掛けてみますか)

 

 だが、どうにも気になった矢矧は窓を開け、時間が惜しいとばかりにそこから飛び降りる。艦娘の高い身体能力のお陰で2階程度の高さでも問題なく着地し、矢矧はそのまま善蔵から見えないように建物に近付き、彼から少し離れた場所の窓を開いて中に入り、付かず離れずの距離を維持してその背を追い掛ける。10年もこそこそとしていたせいだろうか、その動きは足音1つ立てることがない程に洗練されていた。成果こそ得られなかったが、無駄ではなかったらしい。

 

 そうして追い掛けていると、善蔵はとある部屋へと入って行った。それは、以前不知火も入ったことのある重要物保管庫とネームプレートに書かれた部屋だった。なぜこんな時に? と疑問に思いつつも、矢矧は部屋に入ることはなく、扉に耳を当てて中の音を聴く。何やらガタガタと音がしているが、それは数十秒程で収まる。そこから5分ほど何の音も聞こえなくなったところで、矢矧は静かに扉を開けて部屋の中へと入った。

 

 (……っ!? 居ない!?)

 

 部屋の電気は点いておらず、窓も無いために中は薄暗い。部屋は中々に広く、重要書類を入れる本棚に深海棲艦の艤装等の一部を保管してあるクリアケース……見方を変えれば、さながら博物館のように見えてくるだろう。だが、その部屋をくまなく探してみるが善蔵の姿がどこにもなかった。出入り口は矢矧も通ったあの扉だけでたり、隠れられるような場所もない。というより、善蔵もこの部屋にいるならば、その呼吸する音や足音、服が擦れる音など聞こえていても可笑しくはない。なのに、それらの音は矢矧の耳に入らない。ドアから出た……ならばガチャッという音が聞こえてくるハズ。だが、そんな音はしなかった。

 

 (ベタのことを考えるなら……隠し部屋かしらね)

 

 1つしか出入り口がない部屋、確実に中に入ったのに居ない善蔵。これがファンタジーな世界の話なら魔法だの超能力だのと言えるが、そんなものはこの世界には無い。ならば他の可能性として隠し部屋、隠し扉などがあると矢矧は考えた。なので彼女は床、壁を注意しながら叩いたり不自然や継ぎ目がないかを調べる。

 

 程なくして、それらしきモノは見つかった。部屋の奥、書類を閉まってある本棚と本棚の間にある人1人分程度の広さの壁。唯一その壁だけが、本棚等で隠れていない壁であり……それが矢矧には怪しく見えたのだ。

 

 (こういう場合のお約束は……本棚の本を弄ると本棚がずれるとか……後はこの壁自体が……っと、ビンゴ)

 

 矢矧がその壁に手を当てて強く押すと、壁が僅かに奥へと凹んで横にスライドし、地下へと続く階段が現れた。まるでRPGの世界に入り込んだかのような光景に不謹慎にもワクワクとした胸の高鳴りを覚えつつ、矢矧は音を立てずに階段を降りていく。

 

 そして辿り着いた場所で見たモノに……矢矧が声が出ないほどに驚愕し、唖然とする。そして同時に、恐怖が襲い掛かってきた。

 

 (な……え……ん、で? なんで!? え、だって、さっきまで!!)

 

 1階分程度の階段を降りた先にあったのは、そう広くはない正方形の部屋。部屋の中央にある緑色のクリアな液体が入った大きなガラス瓶のような2つの機械……その中に浮いている、2つの然程大きくはない黒い影。その機械の間、その奥にある壁にボロボロの状態で鎖に繋がれている“右腕の無い将校らしき人間”。

 

 

 

 (なんで……総司令がこんな!?)

 

 

 

 さっきまで後を追っていたハズの善蔵の姿がそこにあった。余りに理解不能なその光景に、矢矧は取り乱す。大襲撃の日から今日まで、矢矧は善蔵が生きて動いていることを確認しているし、さっきまで後を追っていた。だが、目の前の善蔵はさっきまでの善蔵とはまるで違う。右腕がないこともそうだが、生きているのかどうか分からない。死体だと言われれば信じてしまうだろう。

 

 また、部屋の中央に2つある機械も異様だ。まるでメロンソーダのような緑色のクリアな液体の中に浮かんでいる“然程大きくはない黒い影”……よく見てみれば、それは両手足の無い人間の身体のようにも見え、片方の影の頭部には角のようなモノが生えている気がする。

 

 「まさか……これ、深海棲艦!?」

 

 

 

 「その通り」

 

 

 

 「っ!? え? は? ……もう、訳分かんない……っ!」

 

 背後から聞こえた声に素早く反応した矢矧は即座に振り返り、少し後ろへと跳んで距離を離す……そして声の主の姿を見ると、困惑と苛立ちの声を漏らした。何故ならその声の主は……。

 

 「お前には待機を命じていたハズなんだがな……何故ここにいる? ……矢矧」

 

 今の矢矧の背後で鎖に繋がれているハズの善蔵だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 サーモン海域最深部、その海底にある拠点の自室にて、嫌な予感を戦艦棲姫山城は感じていた。根拠も何もない、何となくそんな気がするという曖昧なモノだが、山城は確実に何かが起きると確信する。何せその感覚は、イブキと出会う以前に海軍に攻め込まれ、敗北した日にも感じていたモノだからだ。

 

 今、山城の拠点では全員が一丸となってレコンの得た情報、海軍が攻めてくるという日に備えていた。と言ってもやることは限られている。資材を貯め、見回りをさせ、どこにも所属していない深海棲艦を仲間に引き入れて戦力を強化するくらいだ。

 

 「山城? 考え込んでいるみたいだけれど、何かあったの?」

 

 「姉様……いえ、なんというかこう……嫌な予感がして」

 

 同室である戦艦水鬼扶桑に聞かれ、山城はそう答える。何かあった訳ではない。来るべき襲撃の日の為の準備はスムーズに行われている。1週間前に倒れた夕立も万全とは言えないが、少なくとも身体は問題なくなっている。問題があるとすれば戦力。夕立や時雨等を除けば、山城の部下達は以前の敗北から生き残った者達に引き入れた者達を加えても3桁に僅かに届かない……が、もう2日もあれば3桁を越え、襲撃予定日である1週間後には200に届きうる可能性もあるだろう。

 

 しかし、山城はどうにも言葉にしづらい不安があった。何かを見落としているような、忘れているような。こういう嫌な予感というモノは物語の中では大体当たる。特に、不幸戦艦等と呼ばれていた山城にとっては馴染み深い感覚とすら言えた。

 

 「嫌な予感、ねえ……つまり、私達にとって何かしら不幸なことが起こるということね」

 

 「はい……その不幸の正体は分かりませんけど……」

 

 「そうね。だけど、訪れる不幸は大体決まっているモノよ。例えば、準備が間に合わない。仲間が集まらない。仲間が沈んでしまう。私達の艤装に不備が出る。後は……」

 

 「大変デス姫様!」

 

 扶桑が言葉を更に重ねようとした時、タ級が慌てた様子で扉を開けて部屋に入ってくる。普段ならばノックをして入ってくる彼女だが、今回に限ってはその僅かな時間も惜しいらしい。そしてその慌てた様子を見たことで、山城は自分の嫌な予感が的中したことを悟る。

 

 「……後は……そうね」

 

 

 

 ━ 襲撃が早まる、とかね ━

 

 

 

 

 

 

 「……参ったな、まだ万全とは言えないのに」

 

 「木曾さん達が嘘の情報を言うハズがない……ということは多分、レコンさんとの接触を見られたか会話を聞かれたみたいね」

 

 「『迂闊ダッタナ……とは言え、そんなことを言ってる場合じゃないデース』」

 

 見回りに出ていた時雨、雷、レコンの3人の双眼鏡越しの目に映るのは多くの艦娘達。時雨と雷の見知った顔も居るし、レコンにも見覚えのある木曾や長門の姿もある。大襲撃時の深海棲艦と比べればその数には雲泥の差があるが、それでも十二分に大軍と呼べるだろう。

 

 元帥を含めた准将以上の提督と大襲撃時に活躍、生き残った佐官提督達……総勢32名。その第一艦隊を集結させた新たなる海軍の最強連合艦隊……総数、192人の大軍団。その中にはイブキと面識のある球磨達、摩耶達、長門達に加え、時雨と夕立の元同僚である白露達の姿もある。

 

 今回の山城達への海軍の襲撃と海軍側が味わった深海棲艦の大襲撃との違いは、強化艤装の有無と連携だろう。相手の士気は一部を除いて決して高くはない。それは時雨達から見た艦娘達の表情を見れば分かる。だが士気が高くないからと言ってその歴戦と呼ぶに相応しい練度が下がる訳ではないし、海軍という立場にある以上手心を加えてくれる保証もない。それに相手は深海棲艦と違って縦横無尽に動き回れるのだ、やりにくさは遥かに上である。

 

 「どれくらいで開戦すると思う?」

 

 「……30分もないと思うわ。超低速の艦娘に航行速度を合わせてるみたいだけど、かなり近付いてきてるし」

 

 「『その30ミニッツもないタイムで準備を終わらせられますかネ?』」

 

 「無理だろうね」

 

 レコンの疑問を、時雨は切って捨てる。だが、レコンも雷もそれは時雨の言いたいことは分かっているのか特に気分を害した様子はない。

 

 彼女達にとっての準備の“完了”とは、迎え撃つ為の戦力を集めきり、尚且つ海軍に対抗できるようにすることだ。しかし、30分程度で戦力を集めきることなど到底出来はしない。ましてや相手は最強の連合艦隊、エリートやフラグシップ以上の深海棲艦でもない限り対抗できないだろう。只でさえ強化艤装のせいで機動力に差があるのだから。

 

 そして、更なる問題がある。それは、只でさえ足りていない戦力を資材集め、戦力集めの為に割いているので現在拠点にある戦力は更に少ないということだ。それに加え、最高戦力の1人である夕立もイブキの捜索から帰ってきたばかりで補給、入渠している。タイミングの悪い……と時雨は内心で舌を打った。

 

 「それでも……やらないといけない」

 

 「うん」

 

 「『アア、ソウダナ』」

 

 3人は最後に短く言葉を交わし、反転して拠点へと戻る。逃走ではない。どれだけレコンが異常な腕力と堅牢な身体をしていてイブキのいーちゃん軍刀を持っていても、どれだけ雷が経験を積んでいても、時雨が強化艤装を持っていても、たった3人しかいないのでは戦いにすらなりはしないのだから。故に、少しでも戦いをする為に拠点近くまで戻り、自分達を含めた少ない戦力を集める必要があった。

 

 「こちら時雨。海軍の連合艦隊を発見したよ……30分もしない内に、拠点付近に来るだろうね」

 

 『……やっぱり、ね。分かったわ。外に行ってる部下達には帰還するように連絡するし、中にいる戦力は私達も含めて出ておくわ』

 

 「うん、お願いするね、山城……夕立は、どうかな?」

 

 『補給はもう終わってるし、入渠も40分程で終わる予定よ……時雨の言った通りなら、最初の10分は出られないわ』

 

 戻る最中、時雨は艤装の通信機を通じて山城へと連絡を入れる。イブキがまだ拠点に居た時、イブキの軍刀妖精達が通信機の周波数を弄り、山城達と繋げられるようにしていたのだ。勿論、イブキとも繋がる……が、今は繋がらない。何故なら、通信機の機能を持っているのがごーちゃん軍刀だけであり、ごーちゃん軍刀は夕立に預けられていたからだ。

 

 それはさておき、伝えるべきことは伝えた。後は戻るだけ……だが、3人の後方から聞きなれた音が聞こえた。その音の原因を見る為に首だけを後ろに……上空へと向ける。そこに居たのは……艦載機だった。その数、6機。恐らくは3人の姿を捉えているだろう。

 

 (ただの偵察か、それとも先制攻撃なのか……ともあれ、見逃す訳にはいかないね)

 

 「落とすよ。雷、お願い」

 

 「任せなさい!」

 

 時雨の言葉に頷き、雷は進みながら背中の艤装の砲身を動かして艦載機に照準を合わせ、てーっ!! という叫びとドォン!! という音を何度も轟かせて放つ。結果は全機撃墜。イブキを探していたからと言って訓練をサボるようなことをしなかった彼女は、艦娘としてはかなり上位の強さを誇るようになっている為、艦載機を落とすことなど容易い。そうして撃墜を見届けた後、3人は更に速度を上げて離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……不味いな」

 

 祭さんの家を飛び出した後に海に出た俺だったが、しばらく進んだところで立ち止まり、そう呟く。勿論何か喰った訳じゃない、状況的に不味いのだ。簡単に言えば……迷子になった。

 

 そもそも、俺は海図とか見ても分からないし見たこともない。今までだって航行する時は何となく進んでたし、何か目的地があっても知ってる子達に着いて行っていただけなのだ。俺には土地勘なんてありはしない。サーモン海域最深部という場所の名前は分かっているが、肝心のそこまでの道程が分からない。方角すら分からない。そもそもここはどの辺の海域なのかも分からない。

 

 艦娘に聞くか? ……保留だな。今のところ出会ってないし、聞いても教えてくれるか分からんし。深海棲艦は人型なら何とかなりそうだが……これも保留だな。人間は論外だろう。どうにかしてどちらかに出逢い、正確な航路を教えてもらう、もしくは吐かせる必要がある……早く皆に会いたいのに。

 

 「あっ」

 

 「ん?」

 

 いっそのこと適当に進むか……と考えた時、右側からそんな声が聞こえた。反射的にそちらへと顔を向けると、そこに居たのはどこか見覚えのある桃色の髪の少女……前世においてはYAGGY(やっと、会えた、ご指導、ご鞭撻、よろしゅうな)の1人である艦娘、ぬいぬいこと不知火だった。

 

 「……丁度いいな」

 

 「……えっ?」

 

 俺の言葉が聞こえたのか、不知火が小さく声を漏らす。俺は彼女にゆっくりと近付き……無表情なのに妙に汗をかいている彼女が少し心配になったが……彼女が逃げ出す前にその両肩を掴んだ。その瞬間はっきりと分かるレベルでビクッとされたので少し傷付いたが……この際それは置いておく。俺には聞かねばならないことがあるのだから。

 

 

 

 「サーモン海域最深部……その場所を教えてくれないか?」

 

 

 

 無表情が崩れ、ポカンとした彼女は可愛らしかった。




という訳で、不憫というか無能というか今までイマイチだった義道君、矢矧にちょっと展開がありました。鎮守府やら大本営やら新たなる提督の二条さんの動機やら色々と突っ込みどころはあると思いますが、どうかご容赦下さい。

ああ、ほのぼのが書きたい……幼い癒しに触れたい……私、この作品を書き終わったらほのぼの作品を書くんだ……。



今回のおさらい

義道、何かに気付く。気付いたらもう戻れない。新たな提督、二条 源次登場。イメージはハガレンの変人お爺ちゃん。矢矧、2人の善蔵と合間見える。戦艦棲姫山城、嫌な予感を感じる。それは当たってしまう。イブキ、迷子になる。不知火との接触は何を意味するのか。



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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使える手段は全て使わないとね

お待たせしました、ようやく更新でございます……テラリアとかシャドバとかマブラヴとかやってて執筆が遅れました。申し訳ありません。

今回も首を傾げるシーンや“どうしてこうなる?”といったシーンがあると思いますが、どうかご容赦下さい。


 それは、不知火がイブキと出会う数時間前に遡る。

 

 「悪イワネ……貴女ノ助ケニナリタイトハ思ウケレド……私ニモ、守ルベキ部下達ガ居ルノヨ」

 

 『……そう……仕方ないわね』

 

 偶然通りかかった南方棲戦姫の部屋の前で、不知火はそんな会話を聞いた。扉越しに聞こえたのはそれだけだったので全容は分からないが、救援の要請か、それに近い話をしていたということは理解出来た。それを理解したところで、不知火に出来ることなどないのだが。

 

 不知火が南方棲戦姫の拠点に北方棲姫に連れてこられてから幾分の日が過ぎた。それはもうすっかり馴染んでしまう程に。不知火は聞かされていないが、この拠点にはかつて戦艦棲姫山城、戦艦水鬼扶桑、彼女達が連れてきた時雨が過ごしていたことがあるのだ。艦娘である不知火が何事もなく過ごせているのは、主である南方棲戦姫と同じ姫である北方棲姫の言葉に加え、深海棲艦側が多少なりとも艦娘と過ごした経験があるからである。

 

 「不知火!」

 

 「ああ、ホッポさん……何かご用ですか?」

 

 「ゴハン、出来タッテ! ナンポト不知火、呼ンデコイッテ!」

 

 「ナンポハ鬼ト被ルカラ止メロッツッテンデショウガ」

 

 「あ、出てきたんですね」

 

 「ソノ子ガ煩イカラネ」

 

 更に加えて言うなら、北方棲姫と南方棲戦姫……主に北方棲姫が側に居ることが多い上に仲良くしている為、他の深海棲艦達は畏れ多くて近寄れないということも挙げられる。因みに、北方棲姫は自分が“北方”から取って“ホッポ”なのだからと南方棲戦姫のことを“南方”から取って“ナンポ”と呼んでいる。鬼の方は名前すら呼ばないが。

 

 「~♪」

 

 「不躾な質問なんですが……先程の会話はどなたと?」

 

 「本当ニ不躾ネ……マア、別ニ教エテモ問題ナイケレド。サッキノハ戦艦棲姫カラノ通信ヨ。近イ内ニ海軍ガ攻メテクルラシイカラ、力ヲ貸シテクレッテネ」

 

 「……なるほど」

 

 北方棲姫と手を繋ぎ、南方棲戦姫を含めた3人で並んで食堂へと向かって歩く途中で、不知火は先に聞こえた会話の内容を聞いてみることにした。別に何か意図があった訳ではない。強いて言うなら、特に会話が無かったので気まずく感じ、その気まずさを払拭したいが為に出た話題がそれだっただけだ。口にした瞬間にまずいとは思ったものの、結局止まることなく出たその質問に、幸いにも南方棲戦姫は呆れた表情こそ浮かべたが気分を害した様子もなく答えてくれた。

 

 南方棲戦姫の言葉を聞き、不知火は歩きながら考える。不知火は戦艦棲姫、戦艦水鬼が元艦娘であったことを知らない。元深海棲艦だった艦娘が居るということも知らない。春雨と駆逐棲姫という例があるから予想はしているが、それはあくまでも予想という範囲……春雨が特殊すぎる例という考えから出ていなかった。だが、彼女達が深海棲艦、艦娘という敵対関係を越えて時雨、雷等と共に手を取り合っているということは知っている。

 

 脳裏に浮かぶのは、自身も参加した軍刀棲姫討伐作戦のことだ。那智を残して撤退という事実上の敗北、その後出会った……不知火が知る春雨だったと思われる駆逐棲姫の目の前で起きた轟沈。最早海軍とは袂を別った状態の不知火だが、それでも海軍側がその時の二の舞になるのではないかと不安に思ってしまう。

 

 「……大丈夫なんですか?」

 

 「大丈夫……ト言イタイケレド、厳シイカモネ。戦力ノ質ハ同等以上ダト思ウワ。ダケド、数ガ違ウモノ」

 

 「それでも助けに行かないんですね」

 

 「私個人モ、部下達モ出セナイワ。アノ子ニハ悪イケレド、私ニモ守ルモノガアルノ」

 

 深海棲艦にも守らなければならないモノがある……深海棲艦を絶対の敵としている海軍、世界に言えば失笑と敵意が返ってくることだろう。深海棲艦という存在は人類にとって悪であり、その被害は大きく、奪われたモノは多い。

 

 しかし、と不知火は思うのだ。それは自分達も同じではないのか? と。確かに、深海棲艦は人類にとって悪だ。住処を、土地を奪われた者もいるだろう。仲間を、恋人を、家族を、己の命を奪われた者もいるだろう。不知火とて仲間を奪われたし今まで敵同士だったのだ、こうして保護されている今でも深海棲艦に対して思うところは当然ある。

 

 だが、自分達も深海棲艦を何隻沈めた? 中には両隣の姫達のように意思を持っていた者も居たことだろう、仲間意識を持っていた者も居ただろう。もしかしたら、不知火達には気付きもしない、理解していない関係や絆を持っていた者だって居たかもしれない。“相手にも守らなければならないモノが、理由がある”……戦争とは、そういうモノなのだ。

 

 ……とは言え、それは幾ら考えようともどうしようもないことだろう。お互いに譲れないモノがあるからこそ、和解という考えは遥か遠くにあり、至れない。終わるとすれば、どちらかの明確な敗北と勝利しかなく……終わってからも、小さな戦いが続く。恨みは消えない。怒りは消えない。憎悪も消えない。負の感情に終わりはないのだ。結局のところ、不知火がこうして考えても何も変わりはしないのだ。それでも考えてしまうのは……それしか出来ることがないからなのだろう。

 

 (本当に、そうなのでしょうか)

 

 出来ることがない……それで思考を止めたくはなかった。まだ不知火は渡部 善導が暗殺された理由……“世界の真実”とやらを知り得てはいない。それを知る為にはどうしても善蔵と再び接触し、問い質す必要がある。考えることしか出来ないのは今いる拠点から出ていないから。ならば知る為に行動を起こす……拠点から出ることが最低条件。

 

 とは言え、そんなことは分かりきっている。それでも拠点から出ていないのは、海中を通る必要があるので本能的な恐怖から自分1人では出られないということもある……それに加えて、出たところでどうにもならないということもあった。何せ不知火は解体処分を言い渡されているのだ、海軍に名前が残っているとは思えない。ましてや殺されかけたのだ、海軍と接触するのは危険過ぎる。

 

 (先程の話……確か、海軍側は数も質も同等以上だとか。それだけ戦艦棲姫達が危険視されているということでしょう……だとすれば大規模作戦、それも将官以上の第一艦隊を召集するレベルの可能性が……ならば多少は大本営の防衛力は下がるでしょうし……潜入するなら、その時でしょうか)

 

 不知火の頭の中で、次々とプランが出来上がっていく。彼女は元善蔵の第一艦隊所属として活動していた為に素の練度が高い。それに加えて、彼女は“暗殺”を得意としている。気配を殺し、周囲に同調し、殺意を悟らせない……不知火は第一艦隊の誰よりも、ともすれば全艦娘でも随一の潜入技術を誇っているのだ。それは善導の暗殺、時雨に気付かれずに雷撃したこともあるように確かなモノである。

 

 そうしてプランを固めた不知火は胸ポケットにあるモノ……駆逐棲姫だった春雨の一部をポケット越しに握り締め、歩きながら目を閉じて心の中で呟く。

 

 

 

 (春雨さん……もう一度私に……勇気を下さい)

 

 

 

 目を閉じていた為に食堂を通り過ぎ、手を引っ張った北方棲姫と共に思いっきり顔から転び、南方棲戦姫の部下が慌てて戦艦棲姫から海軍が攻めてきたという通信を伝えに来るまで……後数秒。

 

 

 

 

 

 

 その後北方棲姫に頼んで海上へと引っ張ってもらい、別れて大本営へと向かっていた最中に、不知火はイブキと出会ったのである。

 

 (……困りましたね)

 

 サーモン海域最深部の場所を教えてくれ……イブキに出会って直ぐにかけられた言葉である。出会った瞬間こそなんでこんな所に軍刀棲姫が……と内心驚愕していた不知火だったが、戦意も敵意も無く投げ掛けられた質問を無視する程狭量ではない。が、それも時と場合、相手によるだろう。

 

 イブキが向かいたいと言っている場所は分かる。案内も可能だ。不知火は海図を把握しているし、現在地も分かっているのだから。しかし、不知火が向かいたい場所とイブキが向かいたい場所は反対方向……応じる訳にはいかない。だが、良く良く考えてみればわざわざ案内せずとも大雑把ではあるが方向さえ伝えればいいだけということに気付く。

 

 「……サーモン海域最深部、でしたか。場所は……」

 

 そこまで言って、不知火に妙案が浮かぶ。それは、教えることを報酬としてイブキの力を借りることが出来ないか? というモノだ。

 

 イブキ……軍刀棲姫の実力を不知火は身をもって知っている。間違いなく艦娘、深海棲艦を合わせても最強と呼べるその力は、敵として接するなら何よりも恐ろしい……が、もしも味方として引き入れられたなら、これほど頼もしいことはないだろう。それに、幾ら最強戦力が出撃したところで大本営には少なくない防衛戦力がある……万が一見付かれば、不知火1人で切り抜けることは難しい。

 

 「……案内してもいいのですが、その前に私の頼みを聞いてくれませんか?」

 

 「頼み?」

 

 「はい……1人で行うつもりでしたが、正直に言って厳しいんです。本来貴女に頼むべきことではありませんが……貴女程の実力者の力を、貸してほしい」

 

 「……お前は海軍だろう。なんで俺に頼む?」

 

 イブキの言葉に、不知火は俯く。確かに、基本的に海軍に所属しているハズの艦娘がイブキのような艦娘とも深海棲艦とも知れない……少なくとも海軍としては敵と認識している相手に頼み事をするなどおかしな話だ。イブキが疑問を抱くのも不思議ではない。

 

 「……私は、もう軍属ではありません。よく分からない理由で命を狙われ、軍から逃げ出したんです」

 

 「ふむ……では頼みというのは復讐か? それなら、俺は断らせてもらうが」

 

 「いえ、復讐ではありません。私はただ……」

 

 そこまで言って、不知火は再び俯く。復讐をしたい、等とは微塵も思っていない。確かに命を狙われ、長年過ごした場所から追われ、なんの為に行動してきたのか、命令を聞いてきたのか分からなくなった。悲しくて涙を流したりもした。絶望だってした。それでも……復讐したいとは考えもしなかった。

 

 「私は、知りたい。あの人が言っていた“世界の真実”とやらを。それがなぜ、善導提督を殺す理由となるのかを……あの人の、総司令の……善蔵さんの口から、直接。その為には大本営に行かないといけない。ですが、私だけではその防衛戦力に見付かれば一たまりもない。だから……貴女の力を借りたいんです」

 

 「……手を貸すことに問題はないが、俺は一刻も早く仲間の元に向かいたい。俺に遠回りしてでも手を貸すことによるメリットはあるのか?」

 

 イブキの言葉は不知火の予想の範囲内だった。不知火はイブキ……軍刀棲姫が仲間思いであることを知っている。故に助けを求めても断られる……或いはこうしてメリットの提示を求められることは予想していた。だが……予想は出来ていても、解決策が浮かんだ訳ではない。

 

 イブキの欲しい情報は持っている。だが、教えてしまえば助けは得られなくなる。だからと言ってメリットを提示出来なければ、話すだけ無駄と話を打ち切られて去られてしまう可能性が高い。だから必死に考える……この広大な海で、戦闘に入ることなくイブキという今の不知火にとって最も欲しい力を持つ存在に出逢えた奇跡をこの手にする為に必要な提示すべきメリットを。

 

 「……ところで……現在、貴女の仲間のところに海軍の連合艦隊が攻め込んでいる、というのはご存知ですか?」

 

 「なっ……!?」

 

 (やっぱり知らなかったみたいですね……でなければ拠点の場所なんて聞かないでしょうし、こうして私と会話するなんて悠長なことをしていられないですし)

 

 驚愕するイブキを見て、不知火は自分の予想が正しいことを確信する。先に起きた深海棲艦の大襲撃を詳しく知らない彼女にとって、何故イブキがこんな所に居た挙げ句迷っているのか疑問だった。しかし、今の会話で何らかの事情で仲間達と離れてしまい、迷っていたのだと会話しながら予想をしていたのだ。

 

 これならメリットを提示出来る……そう思った瞬間、不知火の背中に悪寒が走った。同時に、自分の全身がバラバラに斬り裂かれたような姿を幻視する。

 

 

 

 「サーモン海域最深部へ案内しろ……今すぐに」

 

 

 

 イブキから目を離したりはしていなかった。だが気付いた時には驚愕していたイブキの姿など何処にも存在せず、いつの間に抜いたのか2本の軍刀を手にして首と腹に今にも刃を突き立てそうな、揺らめく蒼い光を両目に宿して不知火を睨み付ける軍刀棲姫の姿があった。

 

 出す言葉を間違えた……不知火は思わずそう考えた。仲間思いであることは知っていたが、まさかここまでの殺意を向けられるとは思いもしなかったのだ。彼女の予想では、せいぜい慌てて早く教えるように言ってくる程度だと思っていたのだが……改めて不知火は、軍刀棲姫という存在に恐怖を抱いた。

 

 「っ……私にも、目的があります……案内して終わりという訳には、貴女だけの意見を通すわけには、いきません……っ!」

 

 それでも、勇気を出した。恐怖に怯んだままでは今までの弱い自分から変われないと分かっていたから。胸ポケットにある春雨の一部を強く握り締め、後退せず、目を逸らさず、はっきりと言ってのけた。

 

 「……今の状況を分かっているのか? 俺がほんの少し力を入れれば、お前は死ぬ。それでも、案内も教えることも出来ないと?」

 

 「出来ません。私に力を貸してくれるまでは」

 

 ほんの少し力を入れられ、腹と首にほんの少し刃が刺さり、そこから赤い血が流れる。その痛みと血が流れる感覚が否応なしに不知火に“死”という言葉を体と頭に予感させる。

 

 それでも、不知火の眼は変わらない。決して退かない。意見を変えない。普段の無表情ではない必死の形相、かつて戦艦の如き眼光と比喩された鋭く強い意思を宿した眼が、イブキを射抜く。そこに今まで勇気を出せなかった、勇気を持てなかった心の弱い不知火の姿はない。あるのは……長き時を過ごし、生き抜いた歴戦の戦士に相応しい小さくも凛々しい姿。

 

 「……それならメリットを示せ」

 

 「分かりました……私が示すメリットは……」

 

 不知火は頭を必死に働かせる。イブキに示すことが出来るメリットを出すために。メリット……つまり、イブキにとって都合がいいこと。この場合、何がイブキにとっての好条件となり得るのだろうか。

 

 何度も言うように、イブキは今すぐにでも仲間の元に向かいたい。不知火が言った海軍の襲撃を受けているという言葉を聞いて、その考えは強くなっている。ここでメリットを示せなければ、最悪不知火を切り捨てて宛もなく走り回りかねない程に。故に不知火が示すべきメリットとは、“イブキが仲間の元に向かうよりも早く仲間を助け出せる、海軍の襲撃を止めさせる方法”、もしくはそれに近い何か。

 

 ……さて突然だが、この不知火は勝つために手段を選ばない善蔵の第一艦隊だったこともあり、心優しくも自分の感情を殺しつつ邪道を行える……合理的な判断を下すことが出来る精神を持っている。迷いがあったとしても、ちゃんと任務を、暗殺を完了することが出来る。故に……。

 

 

 

 「メリットは“海軍が貴女の仲間達へ行っている襲撃を止めさせる”こと……貴女が“海軍総司令である渡部 善蔵を人質にする”という形で」

 

 

 

 例え命を奪われかけたとしてもかつての上司であり、長年の戦友である善蔵を差し出すということすらも……あっさりと口にすることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 戦艦棲姫山城は時雨達から連絡を受けた後、外に出ている部下達へと集まるように通信をし、自身も戦艦水鬼扶桑とタ級と共に拠点にいる部下を連れて出撃準備を整えていた。

 

 (さて……時雨の連絡によれば、敵の数は少なくとも3桁は超えているのよね。戦力差は少なく見積もって2倍から3倍……なるべくエリート以上の深海棲艦を集めたけれど、時雨と夕立が持ってた強化艤装を持っている数次第では厳しいモノがある……もしも以前のイブキ姉様の時のような戦力とそう変わらないメンバーなら……例えこの身が姫と言えども下手すれば沈む。実際、私は前に敗走して沈めかけられているんだし)

 

 山城の脳裏に、まだ艦娘としての記憶を思い出す前に海軍に攻め込まれ、敗走した苦い思い出が甦る。今回は以前よりも戦力の質が上がっているが、量は逆に少なくなっている。イブキという突出した戦力が居らず、それに次いで高い戦闘力を誇る夕立という戦力も出撃するには少し時間がかかる現状、戦力の差は痛い。

 

 そして、山城が最も危惧しているのが空母の数である。山城の記憶では、大方の艦隊に1、2隻の空母が居た。最低でも20、多ければ30を超えていると山城は読んでいる。それに対し、此方側の空母の数はエリート、フラグシップ級の軽空母と正規空母を合わせても10をやっと超えたというところ……制空権を奪われるのは必至だろう。

 

 「タ級。悪いけれど、夕立のところから軍刀を取ってきてくれる?」

 

 「ハイ!」

 

 「使うのね?」

 

 「はい。相手の勢いを抑えつつこちらの士気を上げられる力を持つイブキ姉様の軍刀……夕立とイブキ姉様には悪いですが、使わせてもらいましょう」

 

 山城達の言う軍刀とは言わずもがな、ごーちゃん軍刀のことである。燃料を糧に噴き出す極炎は全てを焼滅させる力を持っている。その分燃費が悪いが、リターンは計り知れない。

 

 そして軍刀を使えるのは、艦娘だけではない。深海棲艦である山城、扶桑も問題なく使えたのだ。だが、他の深海棲艦は使うことが出来なかった。これは中の妖精、ごーちゃんが機能をロックしているからだとイブキが居なくなる前に伝えられていた。つまり、使い手は妖精……ごーちゃんが選んでいるということだ。

 

 「最低でも、艦載機を出すことを躊躇わせないといけませんからね」

 

 「上も前も下も気を付けないといけないなんて嫌だものね」

 

 魚雷、砲撃は止めようがない。だから、艦載機だけでも止めておきたいというのが山城達の考えだ。空母は自衛力に乏しい。また、艦娘になったことで最低限の火器すらも装備していないことも多い。艦載機さえ使わせなければ、襲撃に来た空母娘達は無力化出来る……そして、その数だけ戦力差が無くなると言ってもいい。

 

 「使える手段は全て使わないとね……生き残る為には、矜持もいらないし手段も選んでいられないもの」

 

 

 

 

 

 

 「そろそろ予定地か……順調だな」

 

 「そうね、ここまで特に深海棲艦との接触もなかったし、万全に近い状態で戦えるわ」

 

 先頭を行く善蔵の第一艦隊の後方に、日向達は居た。日向は隣に居る大和と軽く会話しながら、ここまでの道程を思い返していた。

 

 連合艦隊はその数故に目立ちやすい。その為、普通ならば深海棲艦の襲撃を受けやすく、ある程度弾薬と燃料を消費し、万全とは言えない状態で目標と戦うことが必然であった。しかし、今回はその深海棲艦の襲撃が殆ど無かった。サーモン海域に入ってからは殆どどころか全くと言ってもいいほどに平和そのもの、まるで全ての深海棲艦が居なくなったかのように思えるほど。無論そんなことはなく、接触しない、戦わないだけで何度も深海棲艦は見かけているのだが。

 

 (他の海域ではあり得ないことだな……言えるのは、この海域は普通じゃないってことか……何をしてくるのか分からない、こちらの常識が通じない……厄介なことだ)

 

 全く襲撃してこない深海棲艦、海軍の中でもトップクラスの練度を誇る空母娘の艦載機を難なく撃墜した3人の艦娘“らしき影”……今まで海軍が持っていた常識を破壊するかのような出来事の連続に、然程高くなかった士気が更に下がったことが後方の艦娘達の雰囲気から伺える。

 

 常識が通じないということは即ち、何が起こるか分からないということだ。あり得ないという状況だからこそ怖い。未知故に対処の仕方が分からない。最も、ここまで来た以上は日向達も今あるモノで対処する他に無いのだが。

 

 そんなことを思って、日向が小さく笑う。回想も終え、艦載機を落とされてからおよそ30分程が経ち、目的地には着いた。だと言うのに、深海棲艦の姿も先程の艦娘らしき影の姿も見えない。草木がそれなりに生い茂っている小島がちらほらと浮いている為、そこに隠れているのかも知れないが。

 

 「……小島に向けて砲撃をします。各艦、砲撃準備。合図と共に一斉射。各空母も爆撃機の発艦準備」

 

 総旗艦である善蔵の第一艦隊旗艦、翔鶴が通信機を通じて全体に短く伝え、自身も弓を構えて矢をつがえる。この大規模作戦は“掃討作戦”……遠慮も手加減も手心も必要ない。

 

 

 

 「放て」

 

 

 

 短く簡潔な、抑揚のない声での合図。そんな勢いの無さとは裏腹に、轟音と共に砲撃と爆弾を積んだ艦載機が空を埋め、小島をあっという間に地獄へと変える。連合艦隊の何人かの艦娘が祈るように目を閉じている中、日向を含めた何人かの艦娘は油断なく小島と周辺に視線を向ける。

 

 (これで終われば楽だが……アイツの仲間だ、終わるハズがない)

 

 日向はそう確信していた。相手は海軍が初めて大敗した軍刀棲姫、その仲間と思われる者達。例え深海棲艦だとしても、石橋を叩いて渡る気持ちで行くつもり、警戒しておくに越したことはない。

 

 『ソナーに感ありでち!』

 

 『……魚雷? いえ、深海棲艦!? 右舷から……左舷からも!?』

 

 『何よこれ、挟まれてるじゃない!』

 

 『潜水艦じゃない……駆逐艦? 軽巡? 人型は居ないケド、それ以外は色々居るのね!』

 

 『でもあんまり数は多くないですって!』

 

 そして日向がそう思った直後に全体に潜水艦娘達から通信が入り、その内容を聞いて日向は舌打ちをした。艦娘は強化艤装を手に入れたことで格段に機動力が上がっているが、それでも深海棲艦相手に油断は許されず、海域を奪い返すことが出来ずにいる。その最たる理由が……“水中からの奇襲”。

 

 艦娘は水中という環境を本能的に嫌い、もしも入ってしまえばパニックに容易く陥る。そうならないのは潜水艦娘達くらいだろう。お風呂等のお湯や底の浅いプール程度ならまだ問題ない。だが、海中に入ればそうなってしまう。それは例え日向や翔鶴達のようや古強者だとしても変わらない。

 

 しかし、深海棲艦は違う。その名の通り深海から生まれるとされている故にか、深海棲艦は潜水艦でなくとも海中に潜み、時に攻め、時に逃げる。爆雷を持った艦娘か潜水艦娘でもなければ対処は仕切れないだろう……とは言え、幾ら深海棲艦でも水中で砲撃は出来ない為、その後は海上で砲雷撃戦が繰り広げられるのだが。

 

 「爆雷を持っている艦娘は直ぐに発射を。潜水艦は魚雷を。軽空母も爆雷投下」

 

 再び翔鶴の短く簡潔な命令を受け、言い切る前に該当する艦娘達が動く。彼女達とて歴戦の勇士、言われずともやるべきことは分かっているし、動きも体に染み付いている。それに今回はソナーや電探を持つ艦娘も多く、索的には事欠かない。実際その投下は的確に迫り来る深海棲艦達の上に降り注いできていた。これまでの戦闘経験からすれば、間違いなく当たると潜水艦娘達は確信する。

 

 『っ!? 避けた!?』

 

 『深海棲艦、更に接近してくるでち!』

 

 しかしその確信を嘲笑うかのように、深海棲艦達は進む軌道を変えて避けた。今までの深海棲艦の行動ならば当たっている計算だったにも関わらず、だ。驚愕に染まるその声に、日向は思わず顔をしかめる。

 

 しかし、計算違いや予想外の出来事だからと言ってそれで統率が乱れることはない。そもそも連合艦隊の彼女達は大量の深海棲艦による鎮守府への大襲撃という予想外、常識外の出来事を体験し、対応し、勝利している。今更当たると思っていた攻撃が外れた程度のことで驚くことはあれど戦えなくなることはない。

 

 「爆雷の投下を続けて下さい。左右の艦娘は深海棲艦が浮いた直後に狙えるように準備を、他は周囲の警戒を。空母は新たな偵察機の発艦を」

 

 翔鶴は命令を下し、自身も偵察機を出す為の矢を弓につがえる。そうした動作の中で、彼女もまた日向と同じように違和感を感じていた。

 

 経験と記録上、深海棲艦の水中からの奇襲というものは人型でない深海棲艦だけで行われたことはない。水中から共に奇襲する、海上で自らを囮に奇襲させると言った違いはあれどその近くにヲ級、タ級等の人型が居た。しかし、潜水艦娘の言では居ないという。焼き払った小島に居たとも考えられるが……それはない、と翔鶴は直感的に思った。

 

 (数十分前に見た艦娘らしき影も見当たらない……その影か、人型かは兎も角として、そう遠くない位置に司令塔となる存在が居るハズ。敵が見えないというのは不安要素ですが……)

 

 敵が見えないというのは、翔鶴の思うように不安要素、不利なところではある。ましてや今回の場合、先に見た影を除けば人型の姿を見てすらいない。居るのは分かっているが、どこに居るのかは予想でしかないのだ。もしも海上には居らず、海中から出てこないのならば、拠点をしらみ潰しに探し出す必要がある。もしも拠点で籠城されることになると艦娘側としては対処法がかなり限られている為厳しくなる。だからと言って、翔鶴は撤退する気も敗北する気もなかった。

 

 今回の大規模作戦、掃討作戦と題打ってこそいるが、真の目的は第2の軍刀棲姫、並びに生きていた戦艦棲姫、大規模作戦時に確認された戦艦水鬼の討伐である。イレギュラーである軍刀棲姫の存在から更に発生したイレギュラーの勢力……善蔵はそれを根絶し、全てのイレギュラーを消滅させるのが真の目的なのだ。イレギュラー云々の話を知っているのは本人とその第一艦隊の面々のみであるが。

 

 故に、敗北も撤退も許されない。元第二艦隊、現第一艦隊の艦娘達の思考は善蔵を最優先に置いている。その善蔵が望んだことだ……あらゆる手を尽くし、他の何を捨ててでも成し遂げる覚悟がある。そして翔鶴を筆頭に空母娘達が偵察機の矢を放ち、偵察機として具現した……その直後。

 

 

 

 焼き払ったハズの小島の1つから放たれた極炎が、上空の偵察機の全てを焼き払った。

 

 

 

 【なっ!?】

 

 空が見えていない潜水艦娘を除いた連合艦隊の面々が同時に驚愕する。一部の艦娘は突然の炎に、一部の艦娘は見覚えのあるその炎に。

 

 『ど、どうしたんですって!?』

 

 『何が起きたの……? あ、深海棲艦が反転して逃げてく……?』

 

 その驚愕の声が通信機越しに聞こえたらしい潜水艦娘から疑問の声が出た後、迫ってきていた海中の深海棲艦が反転して遠ざかっていく。当然爆雷は当たらず、敵に被害はない。それを見ていた潜水艦娘の口から訳が分からないというニュアンスの疑問符が溢れた。

 

 「っ……今の炎が放たれた場所に砲撃を! 空母は再び偵察機の発艦!」

 

 翔鶴の声に瞬時に反応し、日向達は小島に向けて砲撃、空母娘達は再び偵察機の矢を放つ。間もなく小島に砲弾が着弾して爆炎が上がり、偵察機は空を舞う。が、今度は別の小島から再び極炎が放たれ、偵察機を焼き尽くす。

 

 『後方からまた深海棲艦が!』

 

 『しかもまた水中! 魚雷、いきます!』

 

 潜水艦娘の報告を聞き、翔鶴は隠すことなく舌を打つ。明らかに翻弄されている、或いは嘗められていると気付いたからだ。その証拠に、連合艦隊は1度として直接的な攻撃をされていない。あの偵察機を瞬時に焼き尽くす射程と火力を誇る炎はおろか、水中から迫ってきている深海棲艦すらも攻撃を仕掛けてこない。意識を向けざるを得ない距離まで近付くのに、浮上せず攻撃させるだけさせて反転して逃げる。炎は2度共偵察機、上空に向けて放たれた。現状相手に攻撃する意識は無く、何かしらの理由があって翻弄してきているようにしか思えない。

 

 「……再び爆雷を投下。但し狙わず、ばら蒔くように。そして、全ての小島に向けて同時に砲撃! 空母は高度と方向、艦載機を自由意思で選択しつつ発艦!」

 

 ならばと翔鶴は広範囲に爆雷を投下して数撃てば当たる戦略に変え、炎が出てくるであろう小島を再び同時に砲撃することにした。それに加え、1度の炎によって艦載機を焼き尽くされないように方向と高度をバラバラにして発艦させる。現れた艦載機の種類もまたバラバラで、真っ直ぐ、左右から、高高度からと小島を目指して飛ぶ。

 

 結果として、無差別にばら蒔かれた爆雷をかわしきれなかった深海棲艦は水柱と共にそのまま深い水底へと沈み、他の深海棲艦もその爆発に巻き込まれるように沈んでいった。小島も砲撃によって陸地が抉られ、中の拠点のモノらしき鋼材の入口……まるで煙突のようなモノが露出している。それは小島全てに存在し、そこから出入りして炎を飛ばしていたのだと翔鶴は悟る。

 

 深海棲艦の姿はない。マトモな砲雷撃戦は行えないらしいということは誰が見ても明らかだった。この時点で翔鶴が考え付いたプランは3つ。まるでもぐら叩きのように入口から出て炎を出してくる瞬間を狙い打つことと、直接見えている入口らしきモノから拠点へと乗り込み、白兵戦を行うこと、そして入口から爆雷や爆弾を落とし、爆撃することだ。無論、深海棲艦が出てくれば普通に艦隊戦が始まるが。

 

 (とりあえず、艦載機の結果を見てからでいいでしょう)

 

 今のところ焼き尽くされていない空の艦載機達を見ながら、翔鶴はそう締める。艦載機の攻撃や索的で何かしら得られればそれでよし、また全滅するのなら先のプランから選んで動く。補給は出来ないのだから、出来るだけ無駄を省きたかった。

 

 

 

 しかし無情にも……艦載機は3度放たれた極炎に凪ぎ払うように焼き払われることとなった。

 

 

 

 (っ!? 今のは小島じゃなくて右から!?)

 

 その炎は今までと違い、連合艦隊の右側から放たれたモノだった。自然、連合艦隊の目もそちらへと向かう……その先に居たのは、数十分前に見た艦娘らしき影の内の1人。そしてその姿は、連合艦隊の面々がよく知る姿をしていて……誰かが、その姿の名を呟いた。

 

 

 

 「……時雨」

 

 

 

 トレードマークの左肩に下げたお下げの髪を靡かせながら、艦娘“時雨改二”は髪や服から海水を滴らせながら、右手に持った刃の無い軍刀を右へと振るった姿勢でそこに居た。




今回は珍しくイブキ視点はありませんでした。矢矧のシーンも次回以降に持ち越しです。また、小島の煙突のような出入り口についても次回以降になります。



今回のおさらい

不知火、拠点から出る。イブキとの話の行方はいかに。戦艦棲姫山城、動く。使える手段は全て使う。連合艦隊、翻弄される。常識に囚われてはいけないのですね。時雨、参上。水も滴る大天使。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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俺が正面以外から入らねばならない理由があるのかね?

お待たせしました、ようやく更新でございます……難産でした。本当に難産でした(疲

家のカルデラにも邪ンヌさんが来てくれました。少しずつ☆5鯖来てくれています……ウェイバー君、ダブルタマモ、青トリア、ヴラド様、酒呑童子、そして邪ンヌ……王様来てくれないかなぁ。


 イブキと不知火が接触した時から少し経った時間帯、それが矢矧が2人の渡部 善蔵という未知の状況に驚愕している場面に繋がる。大本営にある重要物保管庫、その隠し扉の先に居たボロボロの生きているかも疑わしい姿の善蔵、その左右の巨大な筒状の機械に満たされている透明感のある緑色の液体の中に浮かんでいる2隻の深海棲艦……極めつけは、追ってきたハズなのに背後の階段から降りてきたもう1人の善蔵。矢矧の頭は混乱でパンクしそうだったし、思わず叫んでしまった……だが、それでも矢矧は心を落ち着け、油断無く降りてきた善蔵を見据えつつ頭を動かす。

 

 (艦娘や深海棲艦じゃあるまいし、同姓同名や同じ顔が3人は居るなんて話でもない。“どちらも同じ渡部 善蔵”……でも、そんなことは有り得ない。どちらかが偽物のハズ……)

 

 普通に考えるなら、よく見てみれば無くなっている腕から機械的な部品が見えているボロボロの善蔵こそが偽物だろう。海軍を疎んでいるどこかしらの誰かが作り出した精巧なロボット、という可能性もあるが……常識的に考えて、それはない。艦娘という存在や妖精の驚異的な科学力に目を引かれるだろうが、世界そのものの科学力はそれほど進んでいる訳ではない。ロボットという存在こそあれ、それは工場等にあるようなマシーンや自動で掃除してくれる円盤状の掃除機くらいのモノだ。人間と見紛う程の見た目を作れても、人間と全く変わらない動きを再現出来ていないのだ。

 

 では、目の前の降りてきた善蔵こそが偽物なのか? と言われれば、矢矧は分からないと答える。状況を考えるなら、ボロボロの善蔵はこの場所に監禁されている本物で、目の前の善蔵は成り代わっていた偽物と言えなくもない。だが、もしそうだとするなら何時から成り代わっていたというのだろうか?

 

 「もう一度聞くぞ矢矧……ここで、何をしている?」

 

 「……総司令を追っていたら、この場所に。総司令の方こそ、今は作戦中のハズです。こんなところで何を……いえ、この場所は何をする場所なのですか? そして……あそこに居るボロボロの総司令は、いったい誰ですか?」

 

 善蔵の声で思考を1度止め、矢矧は正直に答えつつ問い掛ける。今は大規模作戦の真っ最中である為、総司令が総司令室、作戦指令室に居ないというのは明らかにおかしい。次なる矢矧の疑問は、この部屋そのものだ。人1人が容易に納められる巨大な筒状の機械がある割に他にこれといった機械や操作盤のようなモノは無い。何よりも気になるのが、ボロボロの善蔵……そして、深海棲艦らしき影。正直に言って簡単に答えてくれる等とは思っていないが、運が良ければ話してくれるかもしれない……そんな希望が、矢矧にはあった。

 

 「……ふふっ、まあここまで来た褒美……いや、冥土の土産として教えてやろうか」

 

 「……冥土の土産、ですか」

 

 どうやら希望は叶うらしい。しかし、その代償は己の命であることを、矢矧は善蔵の口から出た言葉で悟った。普通に考えるなら、この場で矢矧が死ぬ要素はほぼない。後ろの機械の中に居る深海棲艦が急に動き出すなどすれば話は別だがどう考えても動ける状態ではないし、善蔵は人間である以上艦娘である矢矧に勝てる要素はない。だが、矢矧には善蔵がハッタリを言っているようには思えなかった。

 

 「1つ、なぜ私が作戦中にもかかわらず此処にいるのか。それは私の作戦や指示など必要がない……いや“するつもり”がなく、この部屋で行っている研究の経過が気になったからだ」

 

 (するつもりがない……? それに研究って……あの総司令と深海棲艦のことか……?)

 

 「2つ、お前の後ろに居る“私”が誰がだが……紛れもなく、そいつも渡部 善蔵だ。それもつい3ヶ月前……深海棲艦の大襲撃の日まで総司令の席に座り続けた、な」

 

 「……つまり貴方は……私達の知る総司令ではないと?」

 

 「ふふっ……そうなるな」

 

 あまりにあっさりと答える善蔵……と瓜二つの“ナニか”に、矢矧は目を細めて鋭く睨み付け、敵意を向ける。目の前のナニかは、3ヶ月もの間誰にも気付かれず善蔵として過ごしてきたと言う……その演技力は驚嘆に値するだろう。ましてやこの大本営には善蔵と共に長い時を過ごした第一艦隊の面々と狂信的とも言える第二艦隊の面々が居たのだ、生半可な演技では直ぐにバレて塵も残されない。

 

 しかし、ナニかは今日まで誰にもバレずに過ごしてきた。それどころか総司令としての職務も全うしている。海軍の運営に関わることから政治的なことまで全て、だ。明らかに異常なことだ。何よりも、この隠し部屋を知り、深海棲艦と本物の善蔵を監禁している……つまり、ナニかは海軍の関係者、それも大襲撃の時に大本営に居たことになる。そうでなければ、善蔵と入れ替わることなど出来はしないのだから。

 

 「……お前は、誰だ」

 

 「日本海軍総司令渡部 善蔵……に限りなく近い体を動かしている者だ」

 

 「限りなく、近い? どういうこと!?」

 

 「この体も機械で出来ているということさ。本物の善蔵が自らの意思で延命措置として己の体をサイボーグとすることを妖精に頼み、実行したように……この体は善蔵の体に限りなく近く設計されたロボットなのだよ」

 

 「……は?」

 

 あっさりと明かされた善蔵の体の秘密……それを知らされた矢矧は、ポカンとした表情を浮かべて間の抜けた声を出した。それはそうだろう。いくら妖精の技術が人間の遥か先のモノであるとしても、サイボーグ等特撮やアニメの中の存在でしかない。そんな荒唐無稽な話、バカにされているというのが自然な反応だろう。

 

 しかし、矢矧は否定するつもりは無かった。全てを受け入れることも出来てはいないが、少なくともこの場面でそんな嘘をついても意味はないと思ったからだ。それに世界は不思議や異常が溢れているのだ、今更サイボーグだのなんだのを鼻で笑うこともないだろう。

 

 (……これがロボットだって言うなら、誰が、どこから動かしてる? 海軍の関係者か、それともそれ以外の……)

 

 矢矧が知りたいのは、このロボットを動かしているのは“誰”かということだ。目の前の善蔵は自分の明確な名を明かしてはいない。冥土の土産と言いつつも大事なところは隠しているのは用心深いと言うべきか。しかしながら、ある程度犯人像を絞ることは出来る。

 

 ロボットは妖精が造ったことは間違いない。人間が造れる訳がないのだから。ならば、妖精と接触出来る存在が犯人であることは確定と言っていい……そうなるも海軍に関わる人間全てが候補になってしまうが、総司令としての業務を問題なく終わらせられる人間となれば何人も居ない。本人を除けば、秘書艦くらいだろう……だが、秘書艦だった大淀は軍刀棲姫と共に爆発の中に消え、現秘書艦である翔鶴は善蔵に対して狂信的、とてもではないがこうしてロボットを造らせて動かす理由が思い付かない。そもそも、翔鶴と善蔵は何度も顔を合わせているのだから、動かしている暇がない。

 

 「ふふっ、随分と悩んでいるようだな……そんなに私の正体が誰か気になるのか?」

 

 「っ……当たり前です。3ヶ月間も私達を騙していた相手、知りたくないハズがない」

 

 「そうだろうとも……だが、教えんさ。念には念をとも言うし、な」

 

 チッ、と舌打ちを1つ。矢矧はもしかしたらとも思ったが、やはりそこまで甘くはなかったらしい。力付くで吐かせてみるか……とも考えるが相手はロボット、どれほどの戦闘力や機能を持っているかは分からない。一旦距離を置こうにも部屋はあまり広くはなく、唯一の出入り口に続く階段はロボットの後ろにある為、どうしてもロボットが障害となる。

 

 

 

 「……妖……精……」

 

 

 

 「「っ!?」」

 

 さてどうしたものかと矢矧が思考を巡らせようとした時、背後から声がした。その声を聞いた矢矧、目の前の善蔵は同時に驚愕の表情を浮かべ、矢矧の背後……ボロボロの善蔵へと視線を向ける。

 

 そこに居るのは、相も変わらずボロボロの善蔵。しかし先程とは違い、顔を上げて鋭い視線で2人を射抜いていた。嗚呼、正しく自分の知る渡部 善蔵であると、この時になって矢矧はようやく心から理解出来た。

 

 「……驚いた。完全に機能は停止していたハズなのに、まだ動けたとはな」

 

 「私は、これでもお前達の技術力を信用している……こんな状態になっても動ける程度には、な」

 

 「お前、達? それにさっき妖精と……っ!? まさか!?」

 

 言葉を交わし合う2人の善蔵……その摩訶不思議な光景に黙って見ていた矢矧だったが、ボロボロの善蔵が口にした言葉を聞いて先に聞こえた単語を思い出し……1つの考えに至り、階段前の善蔵に向き直る。そんな矢矧の表情を見て階段前の善蔵は苦笑を浮かべ……真顔になった。

 

 瞬間、善蔵の顔に縦に赤い線が入る。顔からはガシャガシャと機械音が響き、扉を開くように線を中心に顔が開いていく。普通の人間ではまず有り得ない光景……そうして完全に開ききった顔の中は頭蓋骨や筋肉ではなく機械で埋め尽くされ、中心にはぽっかりとスペースが空いていて……そのスペースに、小さな小さな人影が1つ。その影の名前を、矢矧は知っていた。

 

 

 

 「……妖精……“猫吊るし”……!?」

 

 

 

 「ジャンジャジャーン、今明かされる衝撃の真実ー……なんてね」

 

 妖精猫吊るし。大襲撃の際に空母棲姫曙によって握り潰されたハズなのにも関わらず生きていた彼女がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 (今のところは順調……かな)

 

 右手のごーちゃん軍刀で連合艦隊の艦載機を焼き払った空を見ながら、時雨は思考する。現在海上に居る戦艦棲姫山城の戦力は時雨のみだが、海中には沢山の深海棲艦が居る。そして、時雨も直ぐに“海中へと戻るつもり”だ。

 

 連合艦隊……その総数は200に届きうると時雨達は見ており、戦力の差は山城側の数が最大でも2~3倍、3分の1しかいない現状ではおよそ7倍だと考えている。そして援軍や救援は見込めないと山城は言っていた。ならば、その戦力差をどう埋めるかがカギとなる。その一案として出たのが、“ごーちゃん軍刀で艦載機をひたすら焼き払う”ことと“水中で接近して揺さぶる”という心理的な作戦。

 

 船である以上、接近はともかく衝突は避けるべきことであり、艦娘も沈むことと同様に忌避している。例え衝突してきた相手が駆逐艦や補給艦だとしても、衝突すれば下手すれば一撃で沈んでしまいかねないからだ。だからこそ、水中からの接近を無視することなど出来はしない。例え水上に出る気もなく、攻撃してくる様子が無くても。艦載機を焼き払う理由は、制空権を握らせない為だ。

 

 「っ……僕は夕立やイブキさんみたいに素早く動き回れる訳じゃないんだけどね!」

 

 思考に耽っている最中に聞こえてきた砲撃音に、時雨は直ぐ様その場から動く。すると十数秒の間を置き、時雨が居た場所を中心に幾つもの水柱が上がった。200近い艦娘による一斉射撃……距離があり、イブキとの演習を繰返し行っていた時雨からすれば問題なく避けられるし、砲弾を見切ることすら可能……だが、当たれば一溜まりもない以上恐怖は感じる。

 

 その恐怖心を抑えつつ、時雨は最も近い小島へと向かう。連合艦隊からも見えている5つの小島……それらは全て、山城の拠点の出入り口。エレベーターのように海底の拠点と小島を移動するリフトがあり、小島と小島を線路のような通路で繋がれている。通路の中にはベルトコンベアのようなモノがあり、高速で島から島へと移動することが可能となっている。辿り着ければ、違う小島に行くことも拠点に戻ることも出来る。先の2発の炎のように違う小島から放つことで発射位置を特定させず、炎を放つ武器を持つ人数を複数居ると誤認させられるかもしれない。

 

 (ふう……1度補給しないといけないかな)

 

 そのまま数度砲撃されたものの被弾することはなく、時雨は小島に辿り着いてそのままリフトを操作して拠点へと降りる。都合3回ごーちゃん軍刀を使用した為、燃料が余裕を持てない程には残っていない為である。因みに、予定ではこのままこの戦法を続け、連合艦隊を牽制し続けることで小島に接近させないまま翻弄し続けて相手側の燃料、弾薬切れを狙う。

 

 この場において、山城側の最大のアドバンテージはイブキか居る時に軍刀妖精達と拠点に元から居た妖精達によって改築された拠点を行き来できるということだ。燃料弾薬に限りのある連合艦隊に対し、山城達は拠点に戻って補給が出来る。籠城していればそれだけで勝ってしまえるのだ。小島から侵入される可能性も無きにあらずだが、1度に入れる人数は1つの小島につき片手の指で足りる程度、どうとでも対処できる……とは言え、本当にそれだけで勝てる程連合艦隊は甘くはない。

 

 「イク達を~……舐めるななの!」

 

 「でっち、一緒に!」

 

 「でっちって言うなー!」

 

 「ちゃんとやって……」

 

 「8もね! 勿論あたしもやるわよ!」

 

 「シオイも負けないよ!」

 

 潜水艦娘達が魚雷を発射し、水中の深海棲艦を狙い撃つ。山城から“接近して後退してを繰返し、攻撃はせずに回避に専念して”との命令を受けている深海棲艦達は言われた通りに行動し、魚雷を避けていく……が、1隻の駆逐深海棲艦が運悪く避けた先の魚雷に直撃し、爆発と共に大破、そのまま沈んでいく。

 

 そこからは早かった。1隻が直撃したことによる爆発の衝撃に煽られ、数秒動けなくなった別の深海棲艦に魚雷が当たり、同じようなことが起こってまた別の深海棲艦が……というように、さながら連鎖するが如く沈んでいく。その結果に、潜水艦娘達は歓喜の声を上げた。

 

 (でも、これは数隻の深海棲艦を沈めただけ。使った魚雷や爆雷は結構な数……明らかに深海棲艦は戦略を持って動いてるわね)

 

 しかし、と翔鶴は歓喜の声を耳にしつつも考える。現状、連合艦隊そのものには被害は全くと言って良いほどに無い。だが、使った艦載機や魚雷、爆雷と沈めた深海棲艦の数を考えると赤字も赤字。艦娘そのものに被害は無くとも、燃料や弾薬は確実に減っている。同じようなことが続けば、まず間違いなく連合艦隊は息切れするだろう。そうならない為に、翔鶴は頭を働かせる。

 

 (駆逐艦時雨と思わしき影は小島に向かい、辿り着いたかと思えば姿を消した。そのことから考えると……十中八九、あの小島こそが戦艦棲姫の拠点への出入り口)

 

 翔鶴はそこまで考えたが、そこから攻め込む為の作戦が浮かばない。燃料と弾薬の問題から、狙うは短期決戦……それは確定。だが、相手側がロクに海上に出てこず、まともに艦隊戦を行わないので短期決戦どころか撃ち合うことすら難しい。ならば拠点に乗り込んで……という手も無くはないが、敵陣に踏み込むのはリスクが高過ぎる。ましてや砲撃のせいで拠点が崩れでもしたら、艦娘はまず間違いなく助からない。下手をすれば全滅すらも有り得る。

 

 水中でも問題なく動ける……それこそが潜水艦娘以外の艦娘にはない、深海棲艦側の最大のアドバンテージ。水中では砲撃出来ない。水の抵抗で強い打撃を放てない。だが、深海棲艦にはそんな縛りはない。砲撃出来なくとも異形ならば鋭く強い歯と顎がある。人型であっても水中で戦うことに然程問題はない。だからこそ、連合艦隊が取れる手段が更に絞られてくるのだ。

 

 (本当に、戦術を使う深海棲艦は厄介ですね……)

 

 まともに戦わない、戦わせない。今まで背後を取られたり奇襲を受けたりしても最終的には真っ向からの撃ち合いになっていた、それが常だったからこそ、まともに戦えない現状は艦娘としては非常に稀なケース。だから対処法など確立されていない。

 

 時間が経てば経つほど士気は下がる一方で、弾薬も燃料も減るばかり。どうにかして相手を拠点から、海中か、引きずり出さねばならない。ならば、どうやってそれを成すか。

 

 (小島に取りついて艦載機で爆撃……入口があるなら直接砲撃を……)

 

 思考を働かせつつ、翔鶴は小島へと接近する旨を告げる。とにもかくにも、まずは近付いてからと考えたからだ。相手の拠点を攻撃するならまだしも乗り込むなど海上でこそ真価を発揮する艦娘にとっては正気の沙汰ではないが、相手がまともに戦わない以上連合艦隊もまともな手段や戦術を選んでは居られない。

 

 チラッと、翔鶴は自分と同じ善蔵の第一艦隊の面々を見る。その表情は仏頂面だったり笑顔だったりと様々だが、翔鶴には分かる。他の5人は内心、喜んでいる。念願だった善蔵の第一艦隊となれたこと、その初めての出撃が今回の大規模作戦であること、善蔵がかつての第一艦隊メンバーと“同じようにしてくれた”ことを。

 

 (……いざとなれば、誰か放り込んでもいいですね)

 

 翔鶴を含めたかつての第二艦隊メンバーは、例外無く異動してきた艦娘だ。翔鶴型正規空母“翔鶴”、金剛型戦艦“霧島”、長門型戦艦“陸奥”、高雄型重巡洋艦“高雄”、川内型軽巡洋艦“神通”、陽炎型駆逐艦“天津風”。皆が皆、何かしらの理由で元の提督に疎まれ、避けられ、怒られ、嫌がられた末に解体処分されかけたところを善蔵によって異動という形で救われた者達。だから善蔵に従う。だから善蔵を慕う。だから長年連れ添い、戦ってきたかつての第一艦隊メンバーを妬ましく、恨めしく、疎ましく思っていた。

 

 故に、第一艦隊となることを告げられた時は正に天にも昇るかのような幸福を感じたことだろう。その身に己の存在と引き換えに周囲を滅ぼす忌まわしき名前の爆弾を仕込まれることも嬉々として受け入れる程に。死ねと言われれば死ぬ。味方を殺せと言われれば殺す。そんな洗脳にも似た依存をしているのだ。だからこそ、翔鶴が善蔵の為だと言えば単身で拠点に入り込み、自爆することも厭わないだろう……それを知っているからこそ、翔鶴はその選択肢も視野に入れる。“誰かを放り込む”とは、そう言う意味なのだ。

 

 「……小島に向かって砲撃しつつ、艦載機を飛ばします。その後、小島に向かって前進」

 

 翔鶴の言葉通りに、連合艦隊は動く。ごーちゃん軍刀を持つ時雨が補給の為に拠点に戻っていることもあり、艦載機は焼き払われることなく空を飛ぶ。連続して放たれる砲撃を受けている小島からは深海棲艦が出てくることはなく、水中から接近してくる深海棲艦も報告に上がらない。反撃を受けることもなくスムーズに進んだ連合艦隊は、拍子抜けするほどにあっさりと小島に辿り着いた。

 

 大将以上の艦隊の艦娘だけが上陸すると、ところどころ地面が吹き飛んで抉れているが、島としては機能していた。その中央にある無機質な入口が煙突のように地面から突き出ている。遠目からはよく分からなかったが、入口は中々に大きく、隔壁が閉じられている。焦げ目こそついているが凹んではいない為、その強度は相当なものなのだろう。

 

 「抉じ開けて乗り込むか?」

 

 「相手が出てこない以上、そうするしかないでしょう。過去の事例を考えると初めての試みですが」

 

 日向の問いに、翔鶴はそう答える。“深海棲艦の拠点は深海にある”というのが海軍が持つ情報だ。故に、事実上潜水艦娘しか入り込むことが出来ないのが現実だった……つまり、目の前の入口は、海軍としては初めて見る“地上にある入口”となる。潜水艦娘が拠点に乗り込むことになるのは、初めてなのだ。

 

 「だけど、私達の砲撃を受けても壊れなかった隔壁よ? ……開けられるの?」

 

 「試してみなくては……解らんさ!!」

 

 大和の疑問を背に受け、日向は全力を持って隔壁目掛けて拳を降り下ろす。打ち付けた拳は砲撃音に勝るとも劣らない轟音を響かせた……が、砲撃を耐える隔壁を破壊することは叶わない。しかし砲撃とは違い、隔壁を大きく凹ませることは出来ていた。

 

 その光景に大きく目を開いて驚いた様子を見せたのは、翔鶴だった。正直なところ、彼女は日向が言った抉じ開けるという言葉を前向きに受け止めてはいなかったのだ。というか、砲撃でビクともしないモノを拳でどうにかするなど誰が想像できるだろうか。この結果は、簡単に言えば日向は砲撃するよりも殴った方が威力があるということになる。

 

 (唯一軍刀棲姫と刃を交えた艦娘、日向……侮れませんね)

 

 目の前で何度も隔壁を殴り、遂には破壊した日向を見て、翔鶴は冷や汗をかきながらそう思う。海軍で最強の艦娘は誰かと聞かれれば、彼女は元善蔵の第一艦隊の武蔵ではなく日向だと答えるだろう。軍刀棲姫は存在そのものがイレギュラーであり、規格外だった。だがこの瞬間から、日向は艦娘でありながら規格外の存在と成ったのだ。最も、それは拳で砲撃を越える威力を出すという点においての話なので軍刀棲姫程の理不尽さがないのが救いだろう。

 

 さて、予定ではこのままこの入口を通じて拠点へと入り込むことになっている……が、1つ問題が発生していた。それは、リフトや階段が無く、底が見えない程に深い穴であるということだ。幾ら人間よりも遥かに頑丈な艦娘と言えど、何十メートルになるかも分からない縦穴にノーロープバンジーをしようものなら大破、最悪死ぬ可能性もあり得る。

 

 非常用なのだろうか、簡易的ながら梯子が壁に付いているのが見えている。それを使えば降りることは出来るのだろうが……下から砲撃されれば詰む。最低限、下の安全の確保をしなければ侵入することは出来ない。

 

 (……いえ……安全を確保、なんて真似はしなくてもいいですね。“拠点ごと全て吹き飛ばせば解決”しますし)

 

 そう考え、翔鶴は他の元帥第一艦隊の5人を見る。その視線に気付いた5人は、瞬時に翔鶴が言いたいことを悟り、互いに目配せをする。その後に1つ頷き……1人が前に出る。

 

 

 

 「私が行くわ」

 

 

 

 

 

 

 「見えてきました」

 

 「ああ」

 

 横抱きしている不知火から出た言葉に、俺は短く頷いた。

 

 あの後、結局俺は不知火の願いを聞き届けて彼女の目的地である大本営とやらの建物が見えるところまでやってきていた。横抱き……まあお姫様だっこのことだが、それをしている理由は単純、不知火と共に向かうよりも俺が彼女を抱えて走った方が断然速いから。

 

 正直なところ、今でも彼女から無理矢理場所を聞き出して夕立達の元に向かっても良かったんじゃないかと思う。だが……彼女の本気の表情に揺れてしまった。それに、海軍のトップを人質にするという案に惹かれるモノもあった。脅せば今後俺達に干渉しなくなるだろうという淡い希望もあったからな。

 

 「では予定通り、貴女には防衛戦力の足止めを……」

 

 「だが、それをすると総司令とやらを人質にするのは出来ないんじゃないのか?」

 

 「総司令と言えども相手は人間、私1人でも」

 

 「護衛か側近の艦娘の1人や2人は居そうだがな」

 

 「それは……」

 

 言ったことこそ俺の勝手なイメージだが、あながち間違いではないと思う。不知火がどれだけ強いかは分からないが、流石に多勢に無勢という奴だろう。それに、足止めをしたところで不知火が無傷で大本営とやらに入り込める可能性は低い。仮に出来たとして、中にはまだ戦力が居るはず……目的である総司令の元に辿り着けるのか? なんて疑問もある。それに、俺は総司令がどんな姿なのか知らないのだ……後から不知火を探すのも面倒だし、一緒に居た方がこちらとしても都合がいい。

 

 ……難しいことはさておき、この状況は中々心踊るモノがある。俺からしてみれば、大本営とやらは敵の本拠地、魔王の城のようなモノだ。助けるべき囚われの姫なんて居ないが、ラストバトルに向かうかのようなシチュエーション……男(未だに断言は出来んが)なら燃えるだろう。

 

 「……俺にいい考えがある」

 

 「いい考え……?」

 

 「ああ。お前1人では不安になる……なら、俺もついていけばいい。元より総司令には俺も用があるんだからな」

 

 「それは、確かに……ですが、どうやって防衛戦力を抜けるんですか? 貴女1人ならまだしも、私を連れては……」

 

 「そこも問題ない」

 

 「……?」

 

 偉い人は言いました……“私の城に裏口から入らねばならない理由があるのかね?”と。まあ大本営は俺の城じゃないが……不知火の元々の居場所なんだ、コソコソとする必要も裏口(あるかは分からないが)から入る必要もないだろう。それに、わざわざ防衛戦力と戦うのも面倒だ……ならば、やることは1つ。

 

 俺は不知火を支える手に力を込めて離さないようにし、走る速度を更に上げる。ある程度近付くと建物から警報が響き出し、わらわらと黒い影が遠巻きに見える……が、まあ俺には関係ない。この世界において、俺は最速を名乗れる。これは純然たる事実だ。俺が動けば艦娘も深海棲艦も逃げることも追い付くことも叶わない。そんな速度を出せる俺にかかれば、防衛戦力なんて素通り出来る……不知火が目を回しそうだが。だがまあ……走って抜き去るのも味気ない。どうせ敵の本拠地に乗り込むなら、相応のモノがいるだろう。

 

 

 

 「……少々派手に行くとしよう」

 

 

 

 「え? あのっ、きゃああああっ!?」

 

 相手方の防衛戦力らしき艦娘の影がはっきりとしだして砲撃してきたところで、俺は砲撃を避けながら脚力の限りに跳び上がる。初めて全力で跳んだが、かなり高くまで跳んでいる。少なくとも、大本営を縦に3つ分くらいは越えているだろう……いや、もうちょい跳んでるか。不知火の悲鳴には微笑ましさを感じてしまった……耳元だったので地味にダメージが大きいが。

 

 走りながら跳んだので、当然体はその間にも前へと進む。その先にあるのは、先程よりも大きく近くなった建物だ。そして俺はそのまま建物に向かって落下し……究極うんたらキック、ダイナミックお邪魔しますとばかりに壁を蹴破って直接乗り込む。その際廊下も2階分ぶち抜いてしまったが……まあ問題ないだろう。

 

 「あ……え……?」

 

 「大丈夫か?」

 

 「え、ええ……ではなくて! なんでこんな侵入の仕方をしたんですか!? 元々の予定では……」

 

 「この方が早いし、無駄な戦いもないだろう。それに……」

 

 「それに……?」

 

 俺に抱き抱えられたままポカーンとしていた不知火だったが、大丈夫か聞いてみると捲し立てるように問われた。まあ確かに元々の予定とは違うが、それはもう過ぎ去った過去という奴だ。兵は拙速を尊ぶ、とも言うしな。そして、これは俺の個人的かつ言いたかっただけの理由なんだが……。

 

 

 

 「俺が正面以外から入らねばならない理由があるのかね?」

 

 

 

 きっと俺の顔は、ニヤリと口元を歪めていたことだろう。




という訳で、戦いはまだまだ続くんじゃよ。本作の設定だと籠城されたらほぼ手出しが出来なくなったのが難産の理由でした。組み立てが下手すぎるだろ……ということで力不足を体感することに。次の作品を書くときはもっと頑張ろう。

猫吊るし登場シーンは、メン・イン・ブラックの宇宙人を思い返して下さい。



今回のおさらい

矢矧、善蔵の正体を知る。それは猫吊るし。戦い、未だ終わらず。それどころか殆ど進まず。日向、隔壁を抉じ開ける。バキバキ最強No.1。イブキ、ダイナミックお邪魔します。この台詞は絶対に言わせると考えていた。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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お前が諸悪の根源だな

大変長らくお待たせしました、ようやく更新でございます。

少々ネガティブ思考を拗らせてしまい、疑心暗鬼のような軽度のうつ病のような感じに陥っていました。前向きに生きられるようになりたいモノですね。


 「猫吊るし……っ!?」

 

 何の冗談だ、と矢矧は言いたくなった。背後でボロボロのまま壁に貼り付けられている善蔵が妖精と言ったかと思えば、いきなり目の前の善蔵の顔が機械的に開き、その中には猫吊るしと呼ばれる妖精が鎮座していた。それは、矢矧が有り得ないと表情で語るのも仕方のないことだ。何しろ、深海棲艦の大襲撃より3ヶ月、猫吊るしの存在は確認されていなかったのだから。

 

 妖精とは、見える者と見えない者が居る。それは人間、艦娘に関係無くだ。その中で猫吊るしは、総司令室の机の上に良くその姿を見せていた。特に善蔵が居るときは見えなかったことなどないほど。しかし、大襲撃の翌日からその姿が見えなくなっていたと、矢矧は記憶している。

 

 (なるほど……姿が見えなかったのは、自ら総司令として動いていたから……)

 

 矢矧はそう考え、納得する。艦娘を除けば誰よりも善蔵に近い位置に居たのは紛れもなくこの猫吊るし。善蔵そっくりの人形を作ることも、成りきって仕事をすることも不可能ではないだろう。

 

 しかし、そうする理由が分からない。善蔵を亡きモノにして海軍を乗っ取るつもりであれば、接触した段階でそうすればいい。そうでなくとも猫吊るしは異常な技術力を誇るのだ、幾らでもやりようはあるだろう。50年近く共に居ながら、なぜ今更善蔵のフリをしているのか。

 

 「いやー、気持ちいいくらい疑われてますねえ。“なぜ?”という疑問が全身から漂っていますよ」

 

 「……実際疑問だもの。なんで今更総司令のフリをしているのか、ってね」

 

 「いいですよ、教えてあげましょう……こんなサービス、滅多にないですよ? ……そこに居る善蔵の“願い”を叶える為ですよ」

 

 

 

 ━ 海軍が必要となる為に……海軍にしか倒せない“敵”が欲しい。そして、その敵に最終的には必ず“勝利”出来るようにして欲しい ━

 

 

 

 「それが渡部 善蔵という人間の願い。私はそれを聞き届け、叶え続け、結果として今の世があります」

 

 「……それが何故、総司令のフリをすることになるのよ」

 

 「だって、戦いが終われば海軍は“必要なくなるかもしれない”じゃないですか。そして、総司令が善蔵でなくなった場合、深海棲艦との戦いを終わらせる“かもしれない”。そうなれば、私は“願いを叶えられなかった”ことになります。だから私は善蔵として動いているんですよ……“戦いを終わらせない為”に、ね」

 

 「っ!? そんなの、全部可能性の話でしょう!! それに、戦いなんて終わらせた方が良いに決まってる!! 艦娘も、人間も、戦いを早く終わらせたいと願っているモノが多く居る!! そんな理由で戦いを続けるなんて……馬鹿げているわ!!」

 

 「確かに、全て可能性の話です。貴女の言う通り、戦いを終わらせて平和を謳歌したい者達が多数でしょう。うんうん、分かりますよ。私も日向ぼっこしながら間宮さんの作るおやつを食べて平和にのんびりするのは好きです」

 

 

 

 「で、それは私が願いを叶えない理由になりますか?」

 

 

 一瞬、矢矧は何を言われたのか分からなかった。が、猫吊るしの言葉を頭の中で繰り返し、そして理解する。目の前の小さな存在と自分達は根本的に“違う”のだと。

 

 「私が願いを叶えるのは、それが私の“趣味”や“娯楽”だからです。平和を望んでるだとか、馬鹿げているとか、“そんなモノ”は私にとって理由になり得ません……戦いが終わるとすれば、私が消滅した時でしょう」

 

 趣味、娯楽。50年続く深海棲艦との戦争は、猫吊るしという妖精にとってそんな言葉で片付けられる。が、それを聞いたところで到底矢矧には納得出来ない。それも当然だろう。艦娘も、人間も、皆命懸けで戦ってきたのだから。数多の散った命を軽んじるような発言を許せる訳がない。

 

 「猫吊るし……あなたはいったい何なんですか! 願いを叶える? 何のために!」

 

 「やれやれ、貴女も頭が固いですねえ。私が何なのか? 妖精猫吊るし……と、貴女達がそう呼んでる存在ですよ。何のために願いを叶えるのか? 言ったでしょう……趣味や娯楽だと。それも昔から変わらない私の“遊び”です」

 

 「……昔、から?」

 

 「ええ、昔からです。それこそ第二次世界大戦よりも遥か昔、物語の中で語られるような偉人や英雄と呼ばれる存在が居た昔からです。“願いを叶える、願いが叶う”という伝説や逸話、都市伝説、噂話におとぎ話、数多あるそう言った話があるでしょう? その殆どに、私は関わっているんです……趣味や娯楽として、ね」

 

 願い事が叶う、願いを叶えてくれる、そういった話は多く存在する。有名な話では流れ星が消える前に願い事を唱えるというモノがある。漫画やアニメ等でも見かけることもあるだろう。そして、願いの内容も様々だ。最強の力、永遠の命、尽きない富、嫌いな相手の死、愛する者の蘇生……本当に、様々だ。

 

 「妖精が……そんなに昔から存在していたと言うの?」

 

 「言うんですよ。何故妖精が現在の技術力を遥かに越えるのか考えたことはあるでしょう? その理由は1つ、シンプルな答えです……“今の人類よりも遥かに時間を重ねているから”ですよ。別に私達妖精は俗に言うUMAや異世界の住人という訳じゃありません」

 

 

 

 ━ 今の人間よりも遥かに先に生まれた、“人間”だったんですよ ━

 

 

 

 (ああっもう! 次から次へと……頭が追い付かない!!)

 

 怒濤のごとく明かされる事実に、矢矧は頭を掻き毟たい衝動に駆られる。猫吊るしの言っていることが全て真実であるとは信じられない。だが、事実として猫吊るし……妖精は艦娘を生み出し、目の前に現代科学ではは到底なし得ない精巧なロボットを造り出している。否定できる要素もまた、ない。

 

 「くくっ……願いを叶える、か」

 

 ハッと、矢矧は背後へと視線を向ける。そこにいるのは当然善蔵……が、先程とは違って善蔵は顔を上げ、矢矧……の前にいる猫吊るしを睨んでいた。ボロボロの、半死半生の見た目には不釣り合いな、力強いその眼差しが、余すことなく猫吊るしに向けられる。自分が睨まれている訳ではないと理解しつつも、矢矧は冷や汗をかく。

 

 「確かに、貴様は私の願いを叶えた……未知の敵である深海棲艦を生み出し、海軍だけが持てる対抗戦力の艦娘を生み出し、世界には海軍が必要であると刻み付けた」

 

 「……深海棲艦を……生み出した?」

 

 「おや、これまでの話の流れで気付いていたと思いましたが……存外鈍感なんですねえ。いえ、10年も此処に潜り込んでおきながら何の成果も得られないような人です、それも仕方ないでしょう」

 

 ギリィッ! と矢矧は歯を噛み締める。自身の潜入活動がバレていたこともそうだが、何よりも何の成果も得られない愚鈍と嘲笑されたことが悔しかった。だが、反論など出来はしない。猫吊るしの言うことは正しいのだから。だから悔しさを抑え込み、聞き捨てならない言葉を頭の中で繰り返す。

 

 善蔵は妖精が深海棲艦を生み出したと言った。猫吊るしが否定しなかったということは、それは事実なのだろう。だとすれば、今の世界は世界規模の壮大なマッチポンプの最中にあるということになる。人類の敵も、対抗戦力も、同じ存在が生み出しているのだから。

 

 「バレているのは当然だ矢矧。猫吊るしの情報網は文字通りの世界規模なのだからな」

 

 「ど、どういうことですか?」

 

 「居るだろう……姿を見せるも見せないも自在な、猫吊るしと“同じ存在”が」

 

 

 

 「……まさか……妖精!?」

 

 

 

 人類は、艦娘が現れた後に妖精が現れたと認識している。それ故に艦娘の後に妖精が生まれた、或いは同時に生まれたが姿を隠していたと誤解している者が多数だ。しかし事実は違い、猫吊るし達は遥か昔から存在している。現在を生きている人間達に姿を見せないだけで。

 

 「そうだ……こいつは他の妖精が見聞きした情報をリアルタイムで確認出来る。妖精は姿を見せないだけで、世界の至るところに存在するのだ……それこそ各鎮守府や各国の家、深海棲艦の拠点、誰も知らない島々等、何処にでもな」

 

 それこそが善蔵……否、猫吊るしの異常な情報網の理由。妖精は姿を見せるも見せないも自由自在。その能力を利用すれば、誰にも気付かれることなく何処にでも侵入出来る。義道はこの事実を事実と確信は出来ずとも予測してしまったからこそ、下手に動くことが出来なくなった。もしも予測が当たっているなら、確証は無くとも思い至ってしまった自分も父である善導と同じように暗殺される可能性があるのだから。

 

 「そんな……それじゃあ……」

 

 「現代科学ではどうすることも出来ない存在を作り出す技術力、世の全てを把握していると言っても過言ではない情報網……そしてどういう訳か、こいつは“死なない”。世界は猫吊るしの手の上だ」

 

 「いえいえ、世の全てを把握しているは言い過ぎですよ……私にも分からないことはありますし」

 

 「イレギュラー……軍刀棲姫のことだろう? 貴様は私以上にアレを意識していた」

 

 瞬間、密室に近い部屋で風が吹き、矢矧を髪を靡かせた。同時に、目の前に居た猫吊るしが善蔵のロボット諸とも消え失せていることに気付く。どこに消えたのか? そう考えるよりも早く、矢矧の背後からガゴォッ! と何かが砕けるような音がした。

 

 勢い良く後ろを振り向いた矢矧が見たのは、蜘蛛の巣状にひび割れた壁と、ロボットの背中。そして、ロボットの右手によって首を絞められて鎖が伸びきるまで持ち上げられている善蔵の姿。

 

 「喋りすぎですよ善蔵」

 

 「くくっ……勘に障ったか? なるほど、自称過去の人間と言うだけはある……存外感情的だな、妖精」

 

 「チッ……貴方に機械の体を与えたのは失敗ですね。普通なら首は折れて背骨も砕けて死んでるハズですが、まるで応えた様子がない。それから、喋りすぎですと言ったハズですが?」

 

 「随分と余裕がないな……そんなにイレギュラーが怖いか?」

 

 「貴方こそ随分と強気ですね……貴方の命もそこの姫2人の命も、私の手の中だと言うのに……」

 

 (姫の2人……? この深海棲艦は達は、姫だと言うの!?)

 

 2人の会話に置いていかれている矢矧だったが、その中に出てきた“姫”という言葉を聞き、今の今まで忘れていた筒状の機械の中に浮いている深海棲艦達へと意識を向ける。猫吊るしの言が正しければ、それは姫。海軍では姫を捕獲した、等という話は出回ってはいない。矢矧自身聞いたことなどない。では、この姫達は何時、何処で捕らえたのか?

 

 「強気……違うな。開き直ったのだよ。貴様に願いを言ったその日から散々好き勝手やってきた私だ……ならば最期まで好き勝手やるべきだろう。それが貴様の逆鱗に触れたとて構うものか」

 

 「彼女達を見棄てるつもりですか?」

 

 「くくっ……見棄てるとも。私が何人殺したと、何人沈めたと思っている。その中に“たかだか”2人増えたところで、最早痛む心など持っていない」

 

 「っ……なんですか……なんなんですか!! さっきからいったい、何の話をしてるんですか!!」

 

 2人に挟まれて空気と化して蚊帳の外に居た矢矧がとうとう爆発する。だが、それも仕方のないことだ。むしろ、よく今まで保ったと言ってもいい。

 

 「……ああ、そう言えば居ましたね、貴女。そうですね、分かりやすくかつ簡潔に質問に答えてあげます。私達が話しているのは……」

 

 

 

 ━ この世界の真実ですよ ━

 

 

 

 猫吊るしがそう言ったと同時に、3人の居る部屋が大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 「……どう思う? 雲龍」

 

 「どう考えても……彼女でしょう」

 

 大本営から上がる土煙と崩壊した屋根を海から見ながら、武蔵と雲龍はそんな会話をしていた。

 

 彼女達の会話が始まるほんの数分前、大本営にあるレーダーの索的範囲に高速で接近する反応を捉えていた。そのあまりの速度に大本営に居た者達がある存在を幻視したのは言うまでもないだろう。しかし、誰もが直ぐに首を振った。“軍刀棲姫は沈み、第2の軍刀棲姫はサーモン海域に居る”というのが共通認識だったからだ。

 

 しかし、武蔵と雲龍を含めた大本営の防衛戦力が調査及び戦闘の為に出撃してみれば、遠巻きにしか姿を確認出来なかった上に一瞬の内に、接近する間もなく侵入された。それも反応からは遠く、高い位置にある屋根を突き破って。つまりは長距離かつ高く跳んだ訳だ。そんな事が出来るのは、1人しか存在しない。

 

 「生きていたか……最初の軍刀棲姫。全艦反転! 直ぐに戻るぞ!!」

 

 「了解……戻ってもどうしようもないと思うけど」

 

 「言うな。私とてどうにか出来るとは思っていない……だが、だからと言ってなにもしない訳にもいかんさ」

 

 雲龍の言葉を肯定しつつ、武蔵は来た道を急いで戻る。彼女とて理解はしているのだ……軍刀棲姫と陸地で対峙する無謀さを。何せ軍刀棲姫は元から海上でも陸地と何ら変わりなく動くことが出来た存在だ。それすなわち、陸地でも海上と同じパフォーマンスを発揮することが出来るということ。海上で敗北した艦娘が、陸上では勝てる……そんなことは有り得ない。

 

 それを理解していても、戻らざるにはいられない。防衛戦力である彼女達の仕事は文字通りの防衛……大本営を攻めてくる敵の排除。例え勝ち目のない敵だと分かっていても、それが職務放棄する理由になどなりはしないのだから。

 

 (それに、筋違いだと分かっていても……大淀と那智の敵討ちもせねばなるまいよ)

 

 雲龍の先を行く武蔵の瞳は、人知れず暗く澱んでいた。

 

 

 

 

 

 

 (死ぬっ!?)

 

 イブキに抱えられて空に上がった瞬間の不知火の心の悲鳴がコレである。勿論、イブキが大本営の屋根を蹴破った瞬間にも同様の悲鳴を心の中であげていた。それもまあ当然と言えば当然のことだ。深海棲艦が現れてから飛行機やヘリ等の空を飛ぶ乗り物を飛ばすことが出来なくなり、空輸なども当然出来なくなった世界で空を飛ぶ経験が出来る方法など遊園地や極一部のシミュレーターくらいのモノ。真面目で元帥第一艦隊として戦いの日々を送っていた不知火がそんなところに行けるハズもない。不知火、初めての空であった。

 

 「よし、着いたな……大丈夫か? 顔色が悪いが」

 

 「……大丈夫、です」

 

 貴女のせいです、とは不知火は言わなかった。同行を頼んだのは自分からであるし、心の中で悲鳴をあげることになったとは言え自身の予想よりもずっと速く、無傷で侵入に成功したことは事実なのだから。だから出そうだった文句をぐっと飲み込み、不知火は床へと下ろしてもらう。

 

 地に足が着くことに妙な喜びを感じつつ、不知火は周囲を見回す。辺りは様々な物が散乱しており、降り立った場所は物置のように物が多い部屋だったらしい。上を見上げてみれば、イブキによって開けられた穴が今居る部屋を含めて3つ部屋を繋いでいる。幸いにもと言うべきか、巻き込まれた者は居ないらしい。

 

 (物置は確か……建物の外にあるハズ。この建物の中で物置に近い程物が多くある部屋と言えば……資料室。ですが、ここには資料以外にも沢山……となれば……重要物保管庫)

 

 ギュッと胸ポケットにある駆逐棲姫春雨の一部を握り締めながら、不知火は部屋の名前を察する。そうだと思って改めて見回してみれば、見覚えのある棚にクリアケースの台、ケースの破片、中にあった重要物等がある。しかしその中で、記憶にないモノがあった。

 

 「……あの扉も何もない入口、見覚えがないです」

 

 「入口? ……あれか。見覚えがないというのは本当か?」

 

 「はい。この部屋には何度か足を踏み入れいますが、あんなモノは見たことがありません……はっきり言って怪しいです」

 

 2人は知らないが、それは善蔵達が居る部屋へと続く入口である。不知火自身見たことがないその入口の怪しさは相当なモノだろう。

 

 「……行ってみましょう。もしかしたら、あの人が居るかもしれません」

 

 「分かった」

 

 故に、入ることを即決する。自身の直感が、この先に善蔵が居ると告げている……不知火はその直感に従い、先んじて中に入り、階段を下りていく。

 

 

 階段を下りる時間はそう長くはなかった。分かれ道や横道等もない為、迷うこともない。後ろにイブキが着いてきていることを確認しつつ下り続け……そして、その先に見た光景に唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 (あーもうっ! 本当に意味が分からない!!)

 

 告げられた世界の真実という言葉と、その直後の揺れ。倒れないようにバランスを取りつつ、矢矧は内心困惑の極地だった。そこには無表情が売りの元第一艦隊だった最強クラスの艦娘であった彼女の姿はない。が、困惑していたのは何も彼女だけではない。

 

 (今の揺れ……自然のモノではないですねえ。“端末”の視界を見る限り、この建物の屋根に明らかに突き破られたような穴が空いていますし。しかも穴はこの部屋の階段の先の部屋……加えて原因らしきモノは“見えない”……まさか、生きていた? あの爆発の中を!?)

 

 猫吊るしもまた、揺れの原因を冷静に考える。そしてその原因に心当たりがあったのか、猫吊るしの表情が目に見えて変わった。そんな猫吊るしを見ていた善蔵が、ニヤリと口元を歪める。

 

 「くくっ……どうした猫吊るし。今の揺れがそんなに驚くことか?」

 

 「……いえ、そういう訳では」

 

 

 

 「まるで“イレギュラー”にでも出会ったようじゃないか」

 

 

 

 直ぐに表情を戻した猫吊るしだったが、善蔵の言葉で表情が消え失せる。それを見た善蔵は、またくくっ……と嗤った。そんな2人を猫吊るしの後ろから見ていた矢矧は、善蔵の言葉と猫吊るしの表情の変化から揺れの原因を考える。このまま訳も分からないまま流されている状況から抜け出すべく、自身の頭を回転させることで動揺を抑えようとしたのだ。そして、その原因は直ぐに思い当たった。

 

 (まさか……軍刀棲姫?)

 

 善蔵が口にしたイレギュラー、それこそが答え。だがそれは有り得ないと矢矧は首を振る。もしそうならば、それは海軍の最大最強にして最凶の兵器の爆心地に居ながら生き残ったということになる。幾ら世の常識を覆してきた存在だからと言って、簡単に済ませられる訳がない。

 

 

 

 ━ カツン……コツン…… ━

 

 

 

 (足音? ……階段の方から?)

 

 その足音は、然程広くはない部屋に良く響いた。矢矧だけでなく、善蔵も猫吊るしも乗っている善蔵の身体ごと階段の方へと意識を向ける程に。そして矢矧は気付く。足音が1人分だけではないことに。

 

 足音の主達は慎重に進んで居るのだろう、足音は間隔を開けて聴こえてくる。そして、足音が聴こえてから1分と少し経った頃……彼女達は現れた。

 

 「……えっ?」

 

 「ほう……」

 

 「なっ……なんで……?」

 

 「……イレギュラー……っ!!」

 

 最初に現れたのは不知火。最初に声を出したのも彼女だ。そんな彼女を見て、善蔵が僅かに驚いたような声を漏らし……彼女の後ろから新たに現れた存在に矢矧が本日何度目かの驚愕の声を漏らし、猫吊るしがその表情を憤怒に染め上げる。

 

 「……どういう状況だ? コレは」

 

 死んでいなければ可笑しい存在が、自身にとって唯一のイレギュラーと呼ぶべき存在がそこに居たから。

 

 

 

 

 

 

 「……嫌な感じクマ」

 

 「球磨姉さんの言う通り、嫌な感じだねえ」

 

 「うー、うーちゃん達の初めての大規模作戦参加がこんな作戦だなんて……」

 

 「卯月ちゃん……そうね。作戦内容も士気も、想像よりも遥かに悪いですし」

 

 「戦闘も全然ないかんねー。楽でいいケドさ」

 

 「肩透かし喰らったって感じだよなー」

 

 翔鶴達を筆頭とした海軍最強クラスの幾つかの艦隊が小島に上陸している姿を見ながら、作戦に参加している者達は周囲を警戒しながらも雑談する余裕を持っていた。油断とも言えるそれは、大規模作戦に初めて参加している艦隊程それが顕著であり……永島 北斗の艦隊として参加している球磨、北上、卯月、高雄、鈴谷、深雪の6人もその一部だった。卯月、深雪と共に3人娘扱いの白露は、人数の問題でお留守番である。

 

 球磨は持ち前の勘で、北上は現状に至るまでの過程で本人達曰く嫌な感じを感じていた。それは高雄が言ったようなことではなく、相手の動きに対してのことだ。

 

 敵は間違いなく何らかの作戦の通りに動いていた。だが小島に時雨を逃がし、それを追い掛けて翔鶴達が上陸しているにも関わらず、何のアクションも起こさないことが疑問だった。

 

 「さっき沈めた深海棲艦以外に出せる戦力が無い……とかか?」

 

 「深海棲艦側の戦力を把握仕切れていないので何とも言えませんが……」

 

 「それに、姫もまだ姿を現して居ないわ」

 

 「拠点で作戦を練っている最中……ということはないですか?」

 

 「那珂ちゃん達がゲリラライブをしに来たからかなー?」

 

 「げりららいぶ? は良く分かんないケド、ボク達の奇襲に慌ててるのかもね」

 

 そんな球磨達と同じように会話している摩耶、鳥海、霧島、鳳翔、那珂、皐月の6人。彼女達も大規模作戦の参加は初めてである。そして彼女達もまた、嫌な感じを感じていた。

 

 実のところ、摩耶の言っていることは事実である。現在の敵……戦艦棲姫山城達の戦力は、先に沈められた戦力を足しても20に満たない。他は補給なり仲間集めの為に動いていたりと海域から出ている。だから山城は時雨にごーちゃん軍刀を持たせて艦載機を狙い撃たせると同時に炎で威嚇し、残っていた部下達を近付かせたり離れさせたりすることで危機感を煽り慎重にさせて時間を稼ごうとしていた。結果はある程度成功、と言ったところだろう。

 

 「時雨……」

 

 「白露さん……大丈夫ですよ。時雨さん、あんなに強かったじゃないですか!」

 

 「いやー、それって今の状況で言っていいのかね?」

 

 「仲間だった身としては、強かったのを喜ぶべきなんだろうけれど、ね」

 

 「連合艦隊側としては厄介な相手よね、ホント」

 

 「そうですね……あの炎を実際に敵に回すのは本当に……」

 

 摩耶達がそう思考している頃、拠点に逃げ込んだ時雨の元提督である逢坂 優希の鎮守府から参加した白露、榛名、隼鷹、飛鷹、夕張、大井の6人は嫌な感じこそ感じていなかったものの複雑な感情を抱いていた。

 

 白露にとって時雨は、今尚大事な妹であり、彼女達にとっても大事な仲間であり、いつかの大襲撃の恩人の1人である。仕方の無いことだと頭で分かっていても、やはり感情はそう簡単に割り切れるものではない。命令でなければ、こんな作戦に参加などしなかっただろう。仲間だったというのもそうだが、彼女達は時雨、夕立の戦闘をその目で直に見ている。自分達では到底叶うまいと悟る程の2人の力を。

 

 (緊張感が無くなってきているな……まあ、わからなくもないが)

 

 そうした会話をしている艦娘達の油断……緩みを感じているのは、小島に上陸している艦娘達。渡部 義道の鎮守府から参加した艦隊の旗艦、長門もその1人。

 

 長門自身、当初よりも危機感や緊張感が薄れてきていることを自覚している。艦娘と言えど疲労はする。精神的にも、肉体的にも。常に緊張状態で居ることなど出来はしない。そんなことをすれば必ずどこかで破綻する。戦場であるこの場で薄れさせる等愚の骨頂だが、ここまで相手のアクションが無くなれば弛んでしまうのも仕方ないと思ってしまう。それが戦場で許されるかどうかと聞かれれば、当然許されないのだが。

 

 (しかし、あの炎を除けば攻撃らしい攻撃は今のところ無い……軍刀棲姫……イブキの仲間達がそんな僅かな抵抗で終わるとは思えんな)

 

 それは軍刀棲姫ことイブキを知り、その仲間についても多少知っている者であれば考えることだろう。長門だけでなく他の第一艦隊の面々……陸奥、赤城、加賀、夕立、木曾もそう考えていたし、先程長門達の目の前で頑強な扉を拳で抉じ開けた日向率いる面々……大和、島風、川内、瑞鶴、瑞鳳もそうだ。そんな彼女達からしてみれば、目の前の深海棲艦の拠点へと続いているであろう縦穴も虎穴にしか見えない。尤も、虎児を得るどころか藪から蛇、龍でも出てこられそうだが。

 

 「私が行くわ」

 

 さてどうしたものかと長門が考えていた頃、そんな声が上がる。誰だと彼女が目を向けると、そこに居たのは……総司令、元帥の艦隊所属艦“天津風”だった。

 

 「……いいでしょう。天津風、貴女に偵察してきてもらいます」

 

 「バカを言うな! 深海棲艦の拠点に続いている可能性が高いと分かっているのに、彼女1人に行かせるつもりか!?」

 

 「偵察してもらうよりも先に、この中に爆雷や爆弾を落とすことは出来ないのか? 下に待ち構えられていれば、天津風は助からんぞ。逃げ場なんてどこにもないんだからな」

 

 翔鶴の言葉に、長門と日向は反論する。縦穴がどれ程の深さか分からない以上、飛び降りることは出来はしない。故に壁に付いている梯子を使って降りていくことになるのだが……当然、もしも穴の先に敵が居れば、天津風は只の的にしかなりはしない。

 

 「爆弾を落とす、ですか。確かに先程はそうして小島全てを攻撃しましたが……侵入するとなると話は別です。その爆弾によって唯一の降りる手段である梯子を吹き飛ばすことになるかもしれませんし、爆弾のせいでこの縦穴が埋まる可能性もあります」

 

 「ならば、そもそも偵察……侵入することを止めるのは……」

 

 「何のためにこの海域まで連合艦隊としてやってきたのか、お忘れですか? 第2の軍刀棲姫、並びに以前取り逃がした戦艦棲姫とその仲間を討伐、掃討する為ですよ? 深海棲艦数隻程度の戦果を土産に帰るつもりですか」

 

 「っ……だが! 天津風1人だけ降りたところでどうなる!」

 

 「……我々元帥の第一艦隊の面々は、私を含め全員が体内に強力な“自決用”の爆弾を埋め込まれています。例え天津風が死ぬことになろうとも、それは拠点内の敵全てを巻き込むでしょう」

 

 なんだソレは!? と長門だけでなく、その場に居た翔鶴達以外の面々が内心で叫んだ。自決用の爆弾を持っている、ならばまだ分かる。だが“埋め込まれている”と言うのは理解し難い……否、理解したくないことだった。艦娘は人と何ら変わりない姿をしている。更に例外無く女性で、見た目麗しい。艦娘は人ではないと言われてしまえばそれまでだが、それにしたって爆弾を埋め込むのはあまりに非人道的に過ぎる。よもや海軍、ひいては世界的にも有名かつ英雄と称えられる総司令の艦隊がそんなことをしているとは……信じたくはない、知りたくなかった真実だろう。

 

 (元帥第一艦隊の面々は、か……なら、大襲撃の時の核のような光は……もしや大淀の……)

 

 そんな中で、日向だけがそう考えていた。記憶に新しいとは言えないが、昨日のことのように残っている、イブキを巻き込んだ巨大な光……爆発。翔鶴の言っていることが確かならば、当時元帥第一艦隊だった大淀に埋め込まれていても可笑しくはないと。

 

 (しかし、翔鶴は“自決用”と言った。ならば死ぬこと以外にも、自分の意思で起爆するようなことも出来るかもしれん……が、どうにも引っ掛かるな)

 

 日向の記憶では、大淀はイブキとの共闘には肯定的だった。そしてイブキもまた、大淀を害するように見えなかった。実際、双方は共闘した。だからだろう、あの場面で爆発が起きるのは可笑しいと感じていた。大淀が自ら起爆するのも、イブキが殺したことで起爆したと考えるのも、違和感がある。ならば、第三者が起爆したというのか? どうやって? そこで日向の思考は止まる。彼女ではそれ以上先に進めなかったから。

 

 結局、長門達は代案を出すことも翔鶴の言葉を撤回させることも出来ず、天津風が穴を降りることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……どういう状況だ? コレは」

 

 不知火に着いていって辿り着いた部屋を見た俺の口から出たのは、そんな言葉だった。SF映画で見るような透明感のある緑色の液体に満たされた巨大な……シリンダー、と言うのだろうか。その中に浮いている人型のナニカ。壁に鎖によって繋げられている片腕のない老人。見覚えのある黒髪ポニーテールの艦娘。そして、これが一番気になるんだが……提督服に身を包んだ男性らしき……ロボット? 顔の部分に目や口はないし、パカッと開いていて機械的な内部が見えているし、ロボットでいいだろう。そして、その中にある椅子のようなモノに座っている妖精。艦これユーザーの間ではエラー娘、妖怪猫吊るし等の愛称(?)で呼ばれている存在が、俺の目の前に居た。いや、コレは本当にどういう状況だ?

 

 黒髪の艦娘は、確か俺がまだ無人島に居た頃に攻めてきた艦隊の中に居たと思う。多分、3ヶ月前の戦いにも居た。そんな彼女の後ろに居る老人……恐らく、不知火が散々言っていた人物だろうな。シリンダーの中に浮いてるのは……片方は知らないが、もう片方にはどこか見覚えがある。何よりも気になるのは、猫吊るしだが……お前、この世界にも居たのか。

 

 「……なるほど……大体解った」

 

 何となく、そんな言葉が口から出た。困惑してるような顔の黒髪の艦娘。明らかに誰かの、何かしらの実験か何かの為であると思えるシリンダー。そして、老人の前に居るロボットの中の猫吊るし。状況証拠というか、勝手な想像ではあるんだが……これも元艦これユーザー……だったかもしれないと注釈は付くが……のサガというものだろうか。

 

 

 

 「お前が諸悪の根源だな」

 

 

 

 そう言って俺は、引き抜いたふーちゃん軍刀の切っ先を猫吊るしに突き付けた。




という訳で、イブキが諸悪の根源こと猫吊るしとの接触した話でした。全然進んでねえ(

現在、猫吊るしの明かした、明かされている情報はこんな感じになります。

1.大襲撃後の善蔵は猫吊るしが動かしていたロボット

2.願いを叶えるという行為は遥か昔から続く猫吊るしの趣味、娯楽

3.深海棲艦を生んだのも艦娘を生んだのも妖精。戦いを終わらせる気はない

4.妖精は遥か昔から存在する“人間だった”

5.猫吊るしは世界に存在する“妖精”が見聞きしたモノをリアルタイムで把握できる

6.どういう訳か死なない

7.イレギュラーことイブキに敵意、恐怖のようなモノを抱いている

これくらいですかね? 因みに、善蔵の笑いかたは“くくっ……”ですが、猫吊るしの善蔵は“ふふっ……”となっていました。気付いた方はいますかねw



今回のおさらい

矢矧、猫吊るしから色々と聞かされる。そんなに詰め込まれてもわかりません。不知火、大本営に帰還。そして再会する。連合艦隊、状況進まず。しかし爆弾の存在を知る。イブキ、善蔵と猫吊るしと接触。戦いは近い。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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悔しいでしょうねえ

お待たせしました、ようやく更新でございます。

(サーモン海域最新部襲撃編が)長い(確信)。全然進んでませんというか全体的に難産という。まだまだ続くんじゃよ。

話は変わりまして、誤字修正していた方々、本当にありがとうございます。やはり自分では気付かないことが多々ありますね……見直しはしているのですが。

今回、陽炎型スキーの皆様はご注意下さい。


 カンッ……カンッ……天津風が梯子を降りる度にそんな音が戦艦棲姫山城の拠点に続く縦穴に響く。降り始めてからどれくらいの時間が経ったか彼女は分からないが、上を見上げると小さな四角い青空が見える。それなりに深くまで降りたようだが、未だ足下は暗いままだ。それを確認した後、彼女は連装砲くんと呼ばれる艤装を両肩と頭に乗せたまま再び梯子を降りていく。そうしていると、ふと過去の記憶が甦った。

 

 陽炎型駆逐艦“天津風”……今でこそ海軍総司令渡部 善蔵の第一艦隊所属となった彼女は、元々は別の鎮守府に配属されていた。何故彼女が異動することになったのかと言えば……元々の提督との性格の不一致が原因である。

 

 天津風は提督のことを提督や名前ではなく“あなた”と呼ぶ。性格は意地っ張りと言うべきか、素直じゃないと言うべきか。敬語を使わず、ついつい天の邪鬼な態度になってしまう……当時の提督は厳格な軍人だった為に天津風の態度と言動が許せず、当の天津風もいけないと思いつつもついつい反発、反抗的な態度を取ってしまい、信頼関係を結べず、遂には解体されかけた。そこに待ったをかけたのが善蔵である。

 

 『解体を望まないならば……私の物になれ、天津風』

 

 その言葉を受けてからおよそ20年の月日が流れた。今では善蔵の狂信者と言っても良いほどに信頼、信用、好意等の感情を向けている。天津風だけではない。他の現第一艦隊の面々もまた、似たり寄ったりの境遇であり、感情を持っている。だから彼女達は爆弾を埋め込むことを了承した。善蔵……正確には善蔵に扮した猫吊るしだが……がそう言ったから。

 

 (待っててね……必ず作戦を成功させるから)

 

 改めて天津風がそう誓ってから数十分後、ようやく地面が見えてきた。持たされていた探照灯の明かりを着けて確認して見るが、敵影はない。あるのは縦穴とほぼ同じ大きさのリフトのようなモノと、拠点の内部へと続いているのであろう横穴……そこまで確認したと同時に、横穴から人影が現れた。

 

 (ヤバッ!?)

 

 人影が天津風を見上げるように顔を上げた瞬間、彼女は自身の本能が警報を鳴らすのを感じた。同時に、人影が右手にある主砲を天津風目掛けて放つ。梯子を降りていた為に両手が塞がっていた彼女は為す術なく砲弾をその身に受け、その衝撃で梯子から手が離れて背中から落下する。3基の連装砲くんは彼女の体から離れ、一足先に落下してガシャンと音を立てた。

 

 落下中、先程の甦った記憶とはまた別の……謂わば走馬灯のようなモノが彼女の頭の中を駆け巡る。それは軍艦時代から始まり、艦娘として生を受けたことや仲間達と過ごした日々、善蔵を心酔していく過程等次々と思い返していく。

 

 (……私、ここで死ぬんだ)

 

 天津風は、本能的にそう理解した。死ぬ事には恐怖を覚える……だが、それは自分が死ぬことに対してではなく、善蔵と2度と会えなくなることに対してだった。

 

 しかし、タダでは死なない。元より単独で降りると決めた時から死ぬことは覚悟できている……いや、むしろそれを前提として考えていた。どこかで力尽きれば、もしくはどう足掻いても逃げられない状況に陥った時には自ら体内の爆弾、回天を発動して自身諸とも何もかも吹き飛ばそうと。

 

 人影が天津風の落下地点に移動し、左手に持っていた軍刀を落ちてくる天津風に向けるように掲げる。背中から落ちている天津風にはその姿は見えないが、確実に死が迫っていることは理解出来ていた。

 

 

 

 「……うっ!! ぐぃ、ぁはっ……」

 

 

 

 ドスッ……と音を立て、軍刀の刃が艤装諸とも天津風を貫いた。驚くことに、人影は軍刀を掲げた姿勢から微動だにしない。天津風が痛みから逃れるように身動ぎすれば、貫いた刃が余計に彼女の体を傷付ける。人間よりも遥かに頑丈な艦娘の体は、貫かれた程度では即座に死ぬことを許してくれなかった。

 

 「ぃっ……あ……い、や……! ごぶ……うぇ……かっ……!」

 

 じわじわと血が流れ、じわじわと死が近付いてくる。それを先程よりも強烈に認識したことで、彼女の恐怖心が再び思い起こされた。だが、動けば動くほど余計に血が流れる。口からも血を吐き、声を出すことも儘ならなくなる。最早迫る死から逃れる術はない。その事を理解して、彼女はここ数年流さなかった涙を流した。

 

 「……っ……ぁ……」

 

 やがて、僅かな身動ぎも出来なくなる。目の前は真っ暗になっていき、指先から冷たくなっていく。痛みさえ感じなくなり……そうして完全に天津風という艦娘の命の灯が消える頃。

 

 「イブキさんの仇……楽に死なせてなんかやらないっぽい」

 

 それが、天津風が聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 それは、天津風が梯子を降りてから少し経った頃。入渠施設にて透明感のある緑色の液体に満たされた機械の中で入渠中……当然ながら全裸である……だった夕立は、それを終えて機械から出ていた。そして用意していたタオルで体を拭いて着替え、部屋から出る。そこには、山城と戦艦水鬼扶桑、ずぶ濡れの時雨の姿があった。

 

 「皆揃ってどうしたの?」

 

 「敵襲よ。それも情報より早いし、不幸にも敵の数も多いわ。おまけに此方は貴女を含めて20に満たない程度の戦力しかないというね」

 

 「しかも今、4番ゲートから1人侵入してきているわ。夕立……貴女にはその迎撃をお願いしたいの」

 

 山城と扶桑の言葉を聞いた夕立はきょとんとした表情から憤怒のモノへと変わる。只でさえ海軍に対して良い感情を持っていなかった彼女だ、そこに自分達の居場所……イブキが帰ってくる場所に攻め込み、あまつさえ侵入してきていると聞かされればそれも仕方ないことだろう。

 

 「これ、借りていたイブキさんの軍刀……返すよ。それと、レコンからも軍刀を預かってる。自分よりも夕立の方が必要だろうってさ」

 

 言われた通り迎撃に向かう為に着替え始めた夕立。その着替えが終わり、艤装を取り付けたところで時雨が右手にごーちゃん、左手にレコンから預かっているといういーちゃん軍刀を持って差し出す。因みにレコン、雷は念のためにと脱出準備をしている。いざとなればこの拠点を放棄することも有り得るからだ。

 

 夕立は時雨の言葉に特に返すこともなく、両手の軍刀を受け取った。しかし夕立は左手には雷巡チ級の魚雷発射管、右手には時雨も使う主砲を手にしている。なのでいーちゃん軍刀はイブキがしていたようにベルト付きの鞘に入れて右肩から左腰へと下げ、刀身の無いごーちゃん軍刀はさながら拳銃を入れるホルスターのようなモノを右の太ももに取り付けてそこに差し込むようにしている。因みにこのホルスターのようなモノ、妖精達の手作りである。

 

 そうして完全武装した夕立は山城達と言葉を交わすこともなく、4番ゲート……現在天津風が降りている出入口へと向かう。その道中、彼女は考える。

 

 (海軍が攻めてきてる……イブキさんを奪ったあいつらが……許せない……絶対に殲滅してやる……)

 

 艦娘であり、深海棲艦でもある夕立。そして彼女自身の最も大事なモノであるイブキ、それを失う切っ掛けとなった海軍への怨みつらみは並の深海棲艦が持つ艦娘への敵意とは比べ物になら無い。今の彼女は海軍に対して妥協をしない、容赦もしない、慈悲も与えない。全身全霊をもって対峙し、遺憾無くその力を振るうだろう。そして実際、それは振るわれた。

 

 出入口に辿り着いて直ぐに、夕立はリフトを除けば唯一の移動手段である梯子へと視線を送る。そして上を見上げ……侵入者の姿を捉える。黙々と梯子を降り、無防備に背中を晒す……憎き侵入者の姿を。それを確認した後の動きは、最早反射に近かった。考えるよりも速く右の主砲を構えて照準を合わせ、その無防備な背中に向かって撃ち放つ。直撃し、落下してくる敵の落下地点を予測してその場所に移動し、主砲を手放していーちゃん軍刀を引き抜き、上に掲げる。それだけで、後は勝手に敵から突き刺さってくれた。抜くことも抜け出すことも出来ずに呻く敵の姿に呪詛のような言葉が出てくる。

 

 「イブキさんの仇……楽に死なせてなんかやらないっぽい」

 

 (……あれ? この手応え、どこかで……)

 

 敵……天津風が動かなくなったところで、夕立は軍刀が貫いた時の手応えに覚えがあることに気付く。貫いた姿勢のまま左手の人差し指を口元に当ててんー……と考えること十数秒。それが以前……イブキと再会した無人島付近でイブキを助ける為に貫いた艦娘、那智の時のモノだと気付いた。

 

 「おー、これはどこかで見たことあるようなと思えばー」

 

 「わっ!?」

 

 突然耳元で聞こえた声に驚き、夕立は思わずその場から飛び退く。器用なことに軍刀を掲げたままの姿勢で。自身と敵以外居なかった筈なのに聞こえた第三者の声に最初こそ驚いた夕立だったが、その声の主の姿を見て安堵の息を吐いた。

 

 声の主は、いーちゃん軍刀に宿る妖精のいーちゃんであった。因みに、彼女と夕立は初対面である。姿を消すも見せるも自在ないーちゃんを含めた軍刀妖精達は、イブキ以外にその姿を見せたことはない。せいぜい声を聞いたことがあるかも? 程度だろう。夕立が安堵したのは、少なくとも敵の艦娘ではなかったからだ。

 

 「前に那智さんの体の中で見ましたねー。こんな強力な爆弾を2度も爆発せずに止められる所をピンポイントで貫くなんて……流石は私ですー、どやー」

 

 「体の中で……?」

 

 「おっと失礼しましたー。私、その右手の軍刀の妖精ですー。名前はいーちゃんですー。宜しくお願いしますー……か?」

 

 「なんで聞いたの……私、夕立よ。よろしくね」

 

 いーちゃんの言葉でそういえばそんなことを……と考えていた夕立だったが、唐突に自己紹介をされてツッコミを入れながらも自己紹介を返す。今でこそ復讐心に呑まれかけているが、根は良い子で礼儀正しいのである。

 

 その夕立が持っているいーちゃん軍刀は、持ち主の運気を上昇させるという能力が備わっている。所謂強運になる訳だが、その力の恩恵は凄まじい。今回のように、相手が拠点を吹き飛ばす爆弾を抱えていても“運良く”爆発させずに無力化することも出来るのだから。

 

 「さてさてー、呑気に自己紹介してる場合じゃないですよねー」

 

 「……うん。上に敵がいるっぽい」

 

 そんな会話をしながら、夕立は息絶えた天津風を下ろして軍刀を引き抜き、地面に横たわらせて再び上を見上げる。今、夕立の足下にはエレベーターがある。それを動かせば1分前後で地上へと上がれる……そうすれば、今やってきている敵の元へと行けるだろう。

 

 が、幾ら夕立が第2の軍刀棲姫と呼ばれ、その名に違わぬ実力を持っていても、流石に本家本元の軍刀棲姫と比べれば格段に劣る。幾ら復讐心を持っている夕立とて、1艦隊ならまだしも連合艦隊に単艦で突っ込むことはしない。そもそも夕立が頼まれたのは出撃ではなく侵入者の迎撃なのだ。ならば上に行く必要などなく、降りてくるかもしれない敵を待ち伏せていればいい。

 

 (でも……いっぱい、いっぱい海軍の艦娘が……イブキさんの仇が居るのにこのまま待ってるだけなんて……)

 

 頭では理解している。このまま待ち構えていれば、籠城していれば勝てる戦いなのだと。だが、夕立の心情としては……今すぐにでも上に上がりたい。元々この夕立は何もせずにじっとしているというのがとても苦手なのだ。無人島に居た時も、港湾棲姫吹雪の拠点に居た時も、この拠点に居る時も、イブキが行方不明になったと聞いた時も、じっとしていることなんて出来なかった程に。

 

 「上に行く、なんてことはしないで下さいねー」

 

 「気持ちは分かりますが、貴女に沈まれるのは困りますー」

 

 いつの間にか姿を見せていたごーちゃん軍刀に宿る妖精のごーちゃんがいーちゃんと共に今にもエレベーターを動かしそうな程にウズウズとしている夕立を注意し、2人の言葉を受けて夕立がハッとする。そうだ、自分は沈む訳にはいかないのだと。それは命が惜しいからではない。生きていると信じているイブキと再び再会する為に。だから夕立は踏みとどまった。自分の意思よりも、イブキを想う気持ちが勝ったからだ。故に、夕立は待つ。動くことは、迎撃以上のことはしない。

 

 「……分かってるっぽい」

 

 何故か両肩に乗る2人にそれだけ返し、夕立は上から爆弾や砲撃が来ることを警戒してか歩いてきた通路を少し戻り、出入口へと目を向ける。敵が降りてくれば直ぐにでも砲撃、或いは斬り込むことが出来、尚且つ敵の真上からの攻撃には当たらない距離。何かの拍子に爆弾が爆発する危険性を考慮し、天津風の遺体も一緒に持ってきて一番近くの部屋に押し込んでおいた。後はただ、ひたすら待つだけ。それまでは決して動かない。夕立はそう決め、侵入者が現れるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 (くくっ……まさかイレギュラーがここまで来るとはな……さぞかし猫吊るしの奴も驚いているだろう)

 

 軍刀の切っ先を猫吊るしに突き付ける軍刀棲姫の姿を見ながら、内心善蔵は笑っていた。そもそも軍刀棲姫……イブキのことを“イレギュラー”と呼称したのは善蔵ではなく猫吊るしが言い出したことであり、対象の名前を知らなかったのでそう呼んでいたのが定着しただけである。つまり、当初は善蔵はイブキがなぜイレギュラーなのか分からなかったのだ。

 

 というよりも、善蔵にとってイレギュラーな存在は居ない。そもそもイレギュラーという言葉の意味は“不規則、変則、正規でない様”という意味であり、簡単に言うなら“通常通りではなく例外である”ということ。ただ願い、叶えられただけの善蔵がイブキがなぜ例外なのか分かるハズもない。本当の意味で分かるのは、艦娘と深海棲艦を創った本人である猫吊るしくらいのものだろう。

 

 (それも……不知火が共に居るとは、な)

 

 善蔵の視線はイブキから不知火へと移る。その彼女が、以前に自分が逃した不知火であるということも理解していた。そんな彼女の姿を見ていると、不意に善蔵の脳裏に過去の記憶が甦ってきた。

 

 『陽炎型駆逐艦“不知火”です。御指導御鞭撻、宜しくです』

 

 不知火もまた、吹雪や曙、大淀や那智等の面々と同じく最古参と呼べる艦娘である。その頃からこの不知火は他の同名艦娘と比べて自己主張が少なかった。命令に忠実だがアドリブに弱い、生真面目な艦娘だった。吹雪や曙という同時期に配属した駆逐艦の存在もあり、自己主張の少ない性格も加わり、配属当初は出撃ではなく遠征組として活躍していた。

 

 そんな彼女を第一艦隊に加えのは、吹雪と曙が沈み、善蔵が猫吊るしに戦いが終わらないと聞いた数日後のことだ。暗殺やスパイのような活動をさせ始めたのは……その更に後、1人の艦娘に非道を強いていた提督……所謂ブラック鎮守府の提督が艦娘の逆襲に合い、殺された上に艦娘全員が自殺したという事件が起きてからのことだ。その情報収集や他の鎮守府ではどうなのかを秘密裏に調査する為に不知火を動かしたのが始まり。時に異動、時にドロップ艦に扮して調査する鎮守府に入り込み、内部で動けるので人間よりも艦娘の方が適役であり、長期間射なくても然程問題ないが実力がある艦娘となると、善蔵の元では不知火が最も適していたのだ。

 

 不知火は、文句1つ言わなかった。命令であれば……それだけの理由で汚れ仕事をこなし、善蔵ではなく従っていた。己を持たず、物言わぬ道具のように。

 

 (それがなんともまあ……変わったモノだ……いや、これが本来の彼女ということか)

 

 目の前の驚愕に目を見開いている不知火。海軍から逃げ出す際の恐怖に冷や汗を掻いていた不知火。猫吊るしの口から語られた、逃げた後の海上で涙を流していたという不知火。そんな彼女が今まで無表情で付き従い、淡々と機械的に暗殺をこなしていたと言っても、今更信じる者は居ないだろう。そう断言出来る程に、善蔵から見た不知火は変わっている……否、それが本来の彼女。真面目で、その愛らしい見た目に反するかのような鋭い眼光。冗談もあまり通じず、命令に忠実……だがそんな彼女とて艦娘として生まれたなら、1人の少女に過ぎないのだ。しかし、それを喜んでいる暇も、喜ぶ資格も善蔵は持っていないと内心首を振る。

 

 (今更……そう、今更だ。私は不知火に、艦娘達に、世界に何を強いてきた。分かりきっていながら進んできた道だ。届かないと知りながら目指してきた未来だ。何を犠牲にしてでも、あらゆるものを利用してでも……一片の後悔も、微塵の躊躇も赦されない我が道だ)

 

 一瞬の苦笑。後に、善蔵は猫吊るしに目を向け、嗤う。イブキという存在が現れた今、この場に居る全ての存在の命がイブキに握られていると言っても過言ではない。既に軍刀は抜かれている。唯一の出入口はイブキの後ろ。逃げることは出来ない。尤も、猫吊るしならば何かしら策があるかも知れないが……善蔵はそう考察する。

 

 「……これはこれはイレギュラー……こんな所に何のご用ですか?」

 

 そこまで善蔵が考えて……猫吊るしは口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 (何故ですか……何故貴女がここに居る……いや、そもそも何故生きている……イレギュラー!!)

 

 イブキに軍刀を突き付けられ、何の用だと余裕たっぷりに問い掛けたものの、猫吊るし自身は内心大慌てだった。それもそうだ、何せ猫吊るしの中では前の深海棲艦の大襲撃の際に大淀諸とも吹き飛ばしたハズなのだから。しかし、現実としてイブキは目の前に居る。正にイレギュラー……有り得ないと声を大にして言いたいだろう。

 

 そもそも、猫吊るしにとってイブキとは最初から今までイレギュラーであった。その理由は幾つかあるが、最大の理由としてイブキが“妖精の目に映らない”ことだった。

 

 猫吊るしが端末と呼ぶ妖精は、見えないだけで文字通り世界中に存在する。街中から人が住めないような場所まで網羅できる程に。それ故の情報収集能力。こと情報戦において誰も猫吊るしには勝てない。しかし、間接的ならまだしも直接的に情報を得られない存在が現れた。それこそがイブキというイレギュラー。

 

 猫吊るしにとって理解出来ないことに、イブキという存在は自身の目を通してでしかその存在を確認出来なかった。猫吊るしがその存在を直接確認したのは、大襲撃の日が初めてである。それ以外はあくまでも情報……艦娘達から上がった情報でしか知らなかったのだ。だからこそ、猫吊るしは大襲撃の日にイブキが死んだと疑わなかった……その姿を今の今まで確認出来なかったから。

 

 「用、か……俺の目的は、今お前達海軍が行っているという俺の仲間への襲撃を止めさせることだ。それをするにはトップを人質に取るのが早い……と、不知火に教えられてな」

 

 思いの外あっさりと目的を話したイブキに、猫吊るしは視線を固定したまま頭を働かせる。今回のサーモン海域最深部への襲撃を計画したのも決行したのも猫吊るし自身が善蔵に成り済まして行ったこと。己にとってのイレギュラーという不確定、不安要素を完全に潰しておきたいが故の作戦。ハイそうですかと止めさせる訳にはいかない。

 

 しかし、ここで受けないという訳にもいかない。受けなければ目の前の軍刀が自身を切り裂くだろうことは想像出来る。更にはこの大本営を更地に変えられるかもしれない。それだけの力がイブキにはあると、猫吊るしは理解している。

 

 実のところ、猫吊るしはイブキの目的が達成されようが失敗しようがどちらでも構わない。猫吊るしにとって世の全ては娯楽、願いを叶えるのも娯楽、今回の作戦も大事ではあるが娯楽の範疇にあるのだから。危惧しているのは、この世界を巻き込んでいる猫吊るしにとっての最高の娯楽である“艦娘と深海棲艦の戦争”が終わってしまうことなのだが……猫吊るしにとって大切なのは自身の目的と娯楽のみ、他はどうなろうとも知ったことではない。なのに何故、こうもイブキというイレギュラーを恐れているのか。

 

 それは、イブキという存在が猫吊るしにとって“未知”であるから。未知とは文字通り、未体験、知らないということ。猫吊るしにとってイブキは初めての存在なのだ。どういう訳か端末を通して見れない。必殺のハズの爆弾を2度回避して生きている。3ヶ月間生きていることに気付けなかった。まさしく未知との遭遇だろう。

 

 「なるほど……ですが、それは出来ない相談ですねえ」

 

 「……なに?」

 

 時間にして1、2秒。それだけの間に膨大な思考を繰り返した猫吊るしの口から出た言葉は、イブキの目的を達成させないものだった。それを聞いたイブキは低く威圧的な声を出し、睨み付けながら僅かに切っ先を揺らす。その姿を見て、矢矧は声に出さずに竦み上がり、不知火もビクッと肩を跳ねさせた。

 

 「もう既に戦いは始まっています。なのに貴女に従って此方の動きを止めれば甚大な被害が出るでしょう。引けばそれは相手に背中を晒すことになりますし、迎撃すればそれは貴女に従わないということになる」

 

 「そんなことは俺の知ったことじゃない」

 

 「でしょうねえ……ですが、貴女こそ私に従わなければお仲間が吹き飛びますよ?」

 

 「吹き飛ぶ? ……っ!」

 

 吹き飛びます、と言われてイブキはどういうことだ? と頭に疑問符を撒き散らす……が、それも僅かな時間のこと。何かに気付いたようにハッとしたかと思えば、今度は先程以上に威圧感、怒りを滲ませる。その怒りを正面から、背後から受ける矢矧と不知火の震えが酷いことになっている。そんな中で、善蔵は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。というのも、猫吊るしの言いたいことに気付いたからだ。

 

 「貴様……やはり翔鶴達に回天を積んだな?」

 

 「おや、“やはり”ということは気付いていたんですか?」

 

 「私以上に手段を選ばん貴様ならやりかねんとは思っていた……そして、貴様が吹き飛ぶと言ったことで確信した。貴様……“回天を自由に起爆出来る”な?」

 

 「ええ。それで大淀を木っ端微塵に爆発四散させましたしねえ」

 

 善蔵の言葉に驚愕したのは、回天を知る矢矧と不知火の2人。同じ元帥第一艦隊所属だった2人は、自分達を除いた他の4人……武蔵、雲龍、大淀、那智に回天という名の“自決用爆弾”を体内に仕込まれていることを知っている。そして、その爆弾がどんなモノかも理解している。

 

 自決用とあるように、爆弾“回天”は自決……自殺する為の爆弾だ。この爆弾が起爆する時は、自分が死ぬと決めた時……もしくは、生命活動が停止した時になる。外部からの起爆が出来る、等とは聞かされていない。しかし、善蔵は猫吊るしが自由に起爆出来ると言った。そしてそれを、猫吊るしは肯定した。

 

 (なるほど……どうして大淀の回天が発動したかと疑問に思っていたけど、それが真相か)

 

 内心頷いたのは、矢矧。海軍とイブキは大淀の命懸けの対話の末に共闘することになった。なのに大淀の回天が発動したことがずっと疑問だったのだ。イブキが斬ったとも思えず、かといって大淀が自決したとも考え難い。だが、その疑問は氷解した。なんということはない……目の前の猫吊るしこそが全ての元凶だというだけの話だ。

 

 「あっはっは! 残念ですねえ……無念でしょうねえ……人質にしに来たハズなのに、実際は自分が人質を取られているんですからねえ!」

 

 「……あの威力の爆弾を起爆すれば、お前達の艦隊も吹き飛ぶぞ」

 

 「ええ、ええ、それは勿論分かっていますとも。私とて早々起爆に踏み切れる訳じゃあありません。いくら私が娯楽に生きるとは言え目的はありますし、今の海軍という戦力、艦娘を失うのは惜しいです……が、惜しいだけで捨てても問題ないんですよ。強い個体を造り出すことも出来ますし、一時的な休戦状態を作って束の間の平穏を作り出して経験を積ませる時間を得ることも出来ます……何せ私は、艦娘と深海棲艦の“創造主”ですからねえ」

 

 矢矧の目に憤怒の形相を浮かべるイブキの姿が映る。その前に居る不知火もまた、その鋭い視線を猫吊るしへと向けていた。矢矧自身、似たような怒りの表情を浮かべていた。連合艦隊には当然、矢矧の元の鎮守府の仲間達も居る。その仲間を捨てても問題ない等と言われて怒りを覚えないハズがない。それどころかこの妖精は、自分達がどれだけ頑張ろうとも得られない平穏を簡単に作り出せると言う。

 

 納得はいかない。が、それが出来るのが猫吊るしという存在であると矢矧は理解せざるをえない。艦娘も、深海棲艦も、戦争も、世界も、猫吊るしがその気になれば思うがままに出来る。それだけの科学を、技術力を、力を猫吊るしは持っているのだから。

 

 「ふふふ、イレギュラーと言えど1つの命に人と変わらぬ心、こんな策とも言えないような策であっという間に身動き出来なくなる……悔しいでしょうねえ」

 

 「猫……吊るしぃ……っ!!」

 

 「おお、怖い怖い。そんな悪鬼羅刹のような形相で睨まれては震え上がってしまってうっかり起爆させてしまいそうですねえ……ふふっ、あはははっ!!」

 

 イブキは睨むことしか出来ない。仲間を失いたくはないから。不知火も鋭い視線を向けることしか出来ない。不知火には何も出来ないから。彼女だけでなく矢矧も、善蔵も何も出来ない。この場に居る人間と艦娘とイレギュラーでは、嗤い続ける妖精(あくま)をどうにかすることは愚か嗤いを止めることさえ出来ない。この場をどうにか出来るとすればそれは……。

 

 

 

 「一時的に外部との通信を遮断……成功しましたー」

 

 「今この瞬間から、この部屋のあらゆる電波での送受信が出来なくなりましたー」

 

 「これで起爆命令は送れませんねー。貴女の得意な“身代わり”もこの部屋限定となりましたー」

 

 

 

 「「「ようやく捕まえましたよー……猫吊るし」」」

 

 

 

 同じ妖精以外に……有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 「天津風が降りてから幾らか掛かりましたが、通信は通じませんし砲撃音らしき音も小さいながら聞こえました……回天が発動していないところを見るに生きてはいると思いますが……」

 

 翔鶴の言葉に、日向達と長門達の表情が暗くなる。やはり1人で行かせるべきではなかったという思いと、まだ生きている可能性があるという希望を持っている。しかし、もしかすると……そんな考えも浮かんでくる。

 

 未だ膠着状態は続いており、戦況に変化はない。新たに深海棲艦が現れることもなく、警戒だけして後は天津風を待つばかりと時間だけが過ぎていく。元より低かった士気は最底辺に落ち込んでいると言って過言ではなく、動かない故のストレスが溜まりに貯まっていることだろう。いっそのこと野性の深海棲艦でも出てくればまだマシなのに、と思わぬ者は少なくない。連合艦隊はただ、変化が欲しかった。僅かでもいいから、無為に流れていく時間をどうにかしたかった。

 

 「……どうする。これ以上は……」

 

 「……仕方ありませんね。あまりやりたくはないのですが、他の4つの島へ私以外の元帥第一艦隊メンバーに向かってもらい、同じように入り込んでもらいましょう」

 

 「何……?」

 

 「恐らくですが、天津風は爆弾を無効化された上で殺されたでしょう。相手は非常識な存在の仲間、そういうことがあるとしても不思議ではありません。ですが、我々が持つ爆弾とはそれ1つで拠点を滅ぼせます。例え相手が1つ無効化しようとも、同時に4つは不可能でしょう。ようは確実性を取るという訳ですね」

 

 何でもないかのように言いのける翔鶴と、何も言わないどころか今にもそれを実行に移しそうな4人を見て日向が絶句する。仲間の命を何とも思っていないかのように振る舞う翔鶴もそうだが、そこまでしてでも第2の軍刀棲姫を滅ぼすつもりの元帥第一艦隊に改めて恐怖を覚えたのだ。それは長門達も同じである。

 

 そしてその作戦に、日向が待ったを掛けた。確かに翔鶴の作戦はほぼ確実に敵拠点を壊滅させることが出来るが、当然元帥艦隊をそんな風に扱うことは出来ない。天津風が戻って来ないということもあり、爆弾が使えない可能性も出てきている。敗走寸前等のそれしか方法がないという時以外に爆弾を爆発させる前提で突入させるのは、同じ海軍の仲間としても認め難い。そもそも天津風の時ですらかなり渋ったのだから。

 

 ならばどうするのか、と聞き返されては日向も口をつぐむしかない。現状を打破する方法など日向は思い付かないし、周囲も同じこと。効率や任務の完遂を目指すならば、翔鶴の言う通りにするしかない。結局日向の言は聞き届けられず、翔鶴の作戦……4つの島に残りの元帥艦隊メンバーを送りつけてそれぞれ侵入することとなる。そして目の前の穴には……。

 

 「私が……行こう」

 

 現海軍所属艦娘最強、日向が突入するのだった。




という訳で、何やら軍刀妖精ズが本気を出し始めました。猫吊るしにムカムカした方はイラッと来るぜと呟いて下さい。

今回出てきた“イブキは妖精の目に映らない”という点ですが、これは次回か更にその次辺りで細かく説明……出来たらいいなぁ←



今回のおさらい

進まないなりに色々ありました(投げ遣り

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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私の前から消え失せろ!!

メリークリスマス! お待たせしました、ようやく更新です。待ってくれていたいい子の皆様にクリスマスプレゼントだよ!←

前回の後書きに次こそ戦うと言ったな、あれは嘘だ(殴

さてさて、FGO が大変盛り上がってますね。私もちょこちょこと柱を折ってますが、皆倒すの早すぎぃ! そしてこれが今年最後の投稿となります。今年もご愛読ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします(*・ω・)

阿賀野型スキーの方は注意をば。


 その驚愕は、妖精猫吊るしが“妖精猫吊るしとして”生きてきた中でも間違いなく最大級のモノ。

 

 (何っ……!? 何故、何故!? こんなことが、何故有り得る!?)

 

 猫吊るしには世界中に存在する端末である妖精達の視界を見る事が出来る。それがどのように見えているかは本人にしか分からないが、猫吊るしは億、京を越えるであろう視界を正確に、素早く理解し、把握出来る。だが、自身がイレギュラーと呼ぶイブキの周囲に3人の妖精が現れた瞬間から……正確に言うなら現れる数秒前から自分1人の視点でしか見えなくなった。

 

 (電波を遮断? バカな!! この時代の人間達が使うような電波じゃない……私が使うのは今の人間では到底理解出来ない、私と端末の間でのみ扱っている特殊なモノ……それを、たかだか端末風情が遮断しただと!?)

 

 何よりも猫吊るしが驚いているのは、自身が端末と呼ぶ妖精によって事が行われたということだ。猫吊るしは己を妖精だとは言っているものの、言うなれば親機でそれ以外の妖精は全て子機。プレイヤーと操作するゲームキャラのようなモノ。反逆されることなど想定外の出来事だ。

 

 最早先程までの余裕は猫吊るしには無い。電波が遮断されたのが事実である以上、人質を取ったことにはならない。少なくとも、猫吊るしの意思は介入出来なくなったのだから。そして、猫吊るしにとって聴き逃せなかった言葉がもう1つ。

 

 (しかもこいつらは“身代わり”と言った……何故この妖精達はそれを知っている!?)

 

 それが“身代わり”。以前、猫吊るしは空母棲姫曙によって握り潰されたことがある。にも関わらず、彼女は別の場所に現れた上に大淀の中の爆弾、回天を起爆している。何故握り潰されたのに無事だったのか、何故無事だったのに握り潰されたその場ではなく別の場所に現れたのか。その理由の答えこそが、軍刀妖精ズの言う“身代わり”。

 

 猫吊るしは遥か昔、古代の人間だった存在だ。その姿を今の妖精へと変え、現在まで生きてきた……が、何も不老不死という訳ではない。そもそも妖精とは、猫吊るしが持つ技術力を使って造られた高性能な小型ロボットのことだ。人間とはサイズが違うし浮くし食事もするし姿も消せるし自分の意思も存在するが、まごう事なきロボットなのである。猫吊るし自身も妖精である以上、その体に変わりはない。違いがあるとすれば、それは意思。猫吊るし本来のモノか、ロボット用に造られた人工的なモノかの違い。

 

 つまり、猫吊るしという妖精がいるのではなく、猫吊るしの意思が宿っている妖精を“猫吊るし”と呼ぶのだ。身代わりとは“体”が死した時に“意思”が電波を通じて“別の体へと宿る”ことを意味する。大襲撃の時、曙に握り潰された体は間違いなく死んでいた。だが意思は消えることなく別の妖精へと電波を通じて宿り、猫吊るし自体は生き永らえていたということなのだ。

 

 故に、猫吊るしは不死ではないがソレに近い存在である。妖精の数だけ身代わりが出来るのだから。そんな猫吊るしが死ぬとすれば……それは何処にあるのか、そもそも存在するのかも分からない“本体”とでも呼ぶべきモノの破壊。或いは……今のように身代わりを行う為に必要な電波を遮断される、もしくは妖精を殺し尽くすくらいのモノだろう。

 

 「……何なんですかお前達は……お前達みたいな妖精、有り得るハズがない」

 

 「「「有り得ない、なんてことは有り得ないんですよー」」」

 

 3人の妖精から異口同音に告げられた言葉に、猫吊るしは顔を憎々し気に歪める。目の前の妖精達は、猫吊るしにとってイブキ以上のイレギュラー。端末たる妖精の反逆など、画面の向こうのキャラクターが自分の意思を持って画面から飛び出して襲い掛かってくるようなモノ。有り得ない、と声を大にして叫びたくもなるというモノだ。

 

 「く……くくっ……成る程、身代わりか。曙に握り潰された貴様が何故生きていたのかと思えば……別の妖精の体へと乗り換えていたということか。まるで寄生虫だな」

 

 「口を開くな善蔵……お前とそこの深海棲艦2隻の命は私が握っていると言ったハズだぞ」

 

 嘲笑と共に侮蔑の言葉を吐く善蔵に、猫吊るしは今までの丁寧な口調を崩して高圧的に言い捨てる。それは間違いなく、彼女が精神的に余裕が無くなってきているということに他ならない。それが分かっているのだろう、善蔵はくくっ……という嗤いを止めない。

 

 「命を握っている? くくっ……貴様と私は一蓮托生、握っているところで何の意味もないな。それに、先ほども言っただろう……彼女達のことなどどうでもいいと。ましてや間違いに間違いを重ねて罪を上塗りし続けてきたこの命、“約束”を違えることになろうとも……惜しくはない」

 

 

 

 ━ あまり私を……渡部 善蔵を舐めるなよ ━

 

 

 

 覇気……そう呼ぶのが相応しいだろう。改造されて機械の体になったが片腕を失い、鎖によって壁に繋がれた、身動きもロクに出来ない無力な老人……だが、その身から放たれる威圧感が“無力な老人”に見せない。彼こそが50年以上の間海軍の頂点に立ち、英雄と国民に称される男。例え猫吊るしの誘惑に乗り、道を違え、多くの過ちを犯してきた罪深き存在であっても。その人生は決して楽なモノではなく……己の実力で生き抜き、勝ち抜き、頂点に立ち続けた男である。それは決して猫吊るしのお陰等ではないのだ。

 

 「……面白くない……面白くない、面白くない! 面白くないっ!! 途中まで面白かったのに、さっきまで楽しかったのに!! イレギュラー! そこの妖精! 善蔵! お前達のせいでつまらなくなっ……」

 

 「知ったことか」

 

 駄々をこねる子供のように喚き、吊るしていた猫を上下に振り回す猫吊るし。そんな彼女の言葉に耐えきれなくなったのか、遂にイブキの右手の軍刀が無情な言葉と共に閃いた。下から上へと振り上げられた一閃は善蔵の姿をしたロボットの股下から脳天までを猫吊るしごと斬り裂き、数秒の間を置いて左右に別れる。その断面図はやはり人間のモノではなく、機械のモノ。猫吊るしの体と吊るしていた猫もまた、精密な機械が密集しているロボットのモノだった。

 

 例えロボットであろうとも、真っ二つになった以上は死んでいるのと動議だろう。が、イブキ達は先の妖精ズの言葉から油断無く周囲に気を配る。部屋の外へと行けなくとも、部屋の中でなら身代わりを使えるのだから。だが、その身代わり先は特定しやすい。

 

 (っ……私が追い詰められる……そんなバカなことが起きるなんて……しかもどういう訳かあの妖精達に“移ることが出来ない”。厄介な……)

 

 案の定、猫吊るしは身代わりをしていた。その対象は……不知火の艤装の妖精の内の1体。本来の対象はイブキの軍刀妖精ズだったが、どういう訳かその対象に出来なかった。その理由を考えつつ、猫吊るしは現状を打破する為の方法を考える。1度殺されたことで冷静に慣れたことが、猫吊るしにとっては幸運だった。

 

 「イブキさん。アイツは不知火さんの艤装の妖精に身代わりしてますー」

 

 「艤装の中に籠ってますねー、我々にはお見通しですー」

 

 「プログラムに干渉……成功しましたー。妖精達を艤装から強制退去、迷彩解除、視覚化しますー」

 

 「なっ!?」

 

 が、追い詰められる不幸は続く。猫吊るしは不知火の艤装妖精に移ったことで艤装に宿り、隠れながら対処法を考えるつもりだった。しかしその目論見は軍刀妖精ズによって失敗する。猫吊るしにしか出来ないハズの妖精、艤装へのプログラムに干渉……それによって不知火の艤装妖精は全て艤装から追い出され、見えない様にする為の迷彩を解除され、残らずその姿を現される。その数8体、そして1体だけ、手乗りサイズの猫を吊るしている。

 

 (しまった、他の妖精と見分ける為の猫のせいでバレバレ……)

 

 猫吊るしが思考を終える前に、新たに移った妖精がイブキによって再び縦一閃に斬り裂かれる。そしてその個体を身代わりとして別の妖精に移るが、やはり同時に現れる見分ける為の猫を吊るす形になってしまい、バレた瞬間にまた一閃される。

 

 (マズイマズイマズイ! 思考速度を速めて状況を突破する為の方法を考えないと……終わる。私が終わる!)

 

 新たな個体を犠牲に思考する速度を速め、猫吊るしは状況を打破する方法を考え抜く。最早彼女には一刻の猶予もない。とは言うものの、出来ることはほぼ皆無と言っていい。何か、何かないか……そう考えた瞬間、また1体妖精を身代わりにした。これで半数の身代わりが消えたことになり……同時に、死へのカウントダウンが進む。

 

 (何か、何か何か何か何か……っ! これしかない!!)

 

 猫吊るしが希望を見出だすと同時に、またイブキの軍刀が振るわれる。残り3体、2人以外はまるで動けていない。それほどに猫吊るしの思考速度が、イブキの一閃は速い。正しく一瞬の攻防と呼べるだろう。

 

 そうして猫吊るしが希望へと手を伸ばし……それを掴んだのとイブキが残りの3体を同時に斬り裂いたのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず猫吊るしを元凶と決め付け、色々と真実が発覚して、いつの間にか夕立達を人質に取られて、かと思えば妖精ズがそれを阻止して、後は猫吊るしを斬るだけ……そんな風にトントン拍子に物事が進んだ。何故だか猫吊るしが意識を移した妖精は手乗りサイズの猫を持ってるから移ったかどうかは丸分かりなので判別に時間を食うことはなかった。そうして意識を移す度に斬っていった訳なんだが……残り3体というところで、もう妖精ズ以外の見えてる妖精全部斬ってしまえばいいんじゃね? と思い至り、それを直ぐ様実行して……それで終わりのハズだった。

 

 「っ、不知火!」

 

 「え? きゃうっ!?」

 

 “ソレ”が見えた瞬間、俺は両手を床に着けてしゃがみ、右足を伸ばしてその場で回ることで不知火の踵(かかと)を蹴るように足払いを掛ける。俺が見えた“ソレ”……何かの“手らしきモノ”は一瞬前まで不知火の頭があった場所を通り過ぎ、階段の右隣の壁に突き刺さる。それに僅かに遅れて別の方向からまた“手らしきモノ”が、今度は不知火に足払いを掛けたことでしゃがんだままの俺に向かって伸びてきた。なので直ぐに跳び上がり、避けた後に不知火の側に着地する。

 

 (これは……まさか!?)

 

 壁に刺さった“手らしきモノ”を見てみると、どうにも見覚えがある。何せ壁に刺さっているのは……巨大な黒い爪。そこまで認識して、俺はその正体を悟る。伸びてきた元を見てみれば……案の定、2つあった機械のガラスが割れていて、その中の影から伸びている。

 

 「つぅ……一体なにが……っ!?」

 

 「何よ……それ……」

 

 不知火と壁に繋がれている善蔵とやらとその前にいる黒髪の艦娘がその影を見て驚いているのが分かる。その気持ちは理解出来る……何しろ、さっきまで微動だにしていなかった深海棲艦が、完全に復元された状態で機械の中に立っているんだからな。オマケに中に入ってた緑の液体が割れたところから溢れて床が水浸し、変な臭いまでするし。

 

 《屈辱だ……私が楽しむ為の玩具に過ぎない奴らに……こんな……こんな手段を取らされるなんてねぇ!!》

 

 ギラギラと紅い瞳を光らせているのは、紛れもなく夕立の恩人であり、俺の恩人でもある深海棲艦の港湾棲姫。そしてその隣の機械のところに居るのは、俺の知らない深海棲艦……恐らくは姫級。それが全く同じ表情で、同時に同じ言葉を、違う声色で喋っていた。その表情も、口調も、俺の知る港湾棲姫とは似ても似つかない……考えられる理由なんて1つしかないが。

 

 「吹雪! 曙! 猫吊るし……貴様、何をしたぁっ!!」

 

 《善蔵ぉ……黙れと何度言えば分かる!! 何をしたかだって? 見て分かるだろう? この体に入り込んだのさ! 曙の方は連動させてるだけだけどなあ! そしてぇ!!》

 

 「っ!」

 

 男の言葉に対してです2人の姫がそう言った後、壁に刺さっていた腕が俺と不知火が居る方へと凪ぎ払われる。咄嗟に不知火を抱き上げて跳び、階段の前へと着地したが……この時、俺は例え恩人の体であろうとも躊躇無く斬り捨てておくべきだったんだろう。凪ぎ払われた手はもう1人の姫へと向かっていき……その腹部にめり込んだ。

 

 何を……と思ったのも束の間、めり込んだ腕を中心に血管みたいなモノが浮かんだかと思えば、2人の体は光に包まれ、1つの光の塊になった。

 

 「眩しっ……」

 

 「これは……ドロップ艦が出てくる時の……」

 

 流石に目を開けていられずに手で遮っていると、抱き上げたままの不知火がそんなことを呟いた。もう俺は艦これのことなんて僅かにしか思い出せないが、言われてみればそんな気がする。だがなぜその光が今ここで発生する? それも恐らくは猫吊るしの意識が宿った港湾棲姫ともう1人の姫の2人同時に……嫌な予感しかしないな。

 

 

 

 そうして光が消え失せ、中から現れたモノに……俺達は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 ソレは人に近い姿をしているが、色白ではなく真っ白な素肌は紛れもなく深海棲艦のモノ。額から天を穿つように突き出た黒く鋭い角は、港湾棲姫と良く似ている。真っ白な腰ほどまでの長髪は港湾棲姫、空母棲姫と共通の特長だが、それは2人よりもイブキと良く似ていた。いや、髪だけではない。角があって軍刀が無く、両腕が港湾棲姫の巨大な爪であることを除けば、体つきや服装はイブキと瓜二つと言っていい。明らかにイブキを意識して形作られた姿だった。尚、胸の谷間からはあの手乗りサイズの猫が顔を出している。

 

 ソレは目を開けると爪を開いて閉じてを繰り返す。数回こなした後、ソレは視線をイブキ達へと向けた。今でこそイブキは青い瞳をしているが、ソレはフラグシップ級を彷彿とさせる金色の瞳をしていた。

 

 「視界正常、意識融合問題なし……そして」

 

 「……へ? ぁ……」

 

 ソレは後ろへと振り向きながら右手の爪を振るう。その爪は矢矧の頭が合った所を何の抵抗も無いように通り過ぎ……数秒の間を置き、彼女の頭部に2本、首に1本の赤い線が入った後、首から上を三等分に輪切りにされながら彼女の体は崩れ落ちた。

 

 「動作、伝達速度も問題無し……ふふっ、いやはや……備えあれば憂い無しとは良く言ったモノですねえ。データの解析用サンプル兼実験材料程度にしか思って居なかった姫2隻が、まさかこんな形で役立つなんて……」

 

 イブキと良く似たソレの口から聞こえてきたのは、余裕を取り戻した猫吊るしの声。その声と言葉に誰よりも早く反応したのは……善蔵。

 

 「矢矧っ! ……猫、吊るしぃぃぃぃ!! 何だその体は! 2人を……吹雪と曙をどうしたぁっ!?」

 

 「煩いですよ善蔵……大体、貴方にはそんな怒り爆発みたいな形相と声出す資格なんて無いんですよ? それに貴方、さっき2人はどうでもいいって言ってませんでしたっけ? ま、それはさておき……この体と吹雪と曙、でしたっけ? なぁに、見たままそのままありのままのことです。そこの不愉快な妖精達の策略によって私の身代わりは封じられ、あのままでは私は斬殺されていたことでしょう……で、す、が。そこの機械でデータ採集していたお2人の体を見て気づいた訳です……妖精“だけ”に意識を送る必要はない、深海棲艦、艦娘に意識を飛ばせばいいじゃないかと!」

 

 「なっ……妖精以外にも移れると言うのですか!?」

 

 「当っ然! 貴女達艦娘も深海棲艦も元は私が産み出したモノ。その体、その記憶、その感情、その思考! 体に流れる血潮から髪の1本、細胞の1つに至るまで余すところ無く私が造り上げたモノ! 意識を乗っ取り、体を乗っ取ることなんて一瞬あれば充分ですよ!!」

 

 善蔵の怒りの声を流し、嘲笑した後に不知火の驚愕の声に愉しげに言って嗤う猫吊るし。その姿を見て、彼女以外が不愉快かつ腹立たしげに眉を潜める。

 

 猫吊るしの言葉に嘘はない。艦娘も深海棲艦も正しく彼女が産み出したモノだ、誰よりも彼女達を理解しているのは猫吊るしをおいて他にはいない。造り方を知る者は壊し方も理解しているのは当然のこと。流石に産み出した後の事などはどうしようもないであろうが、数多の端末から伝わる情報を正確に的確に余すところ無く処理できる猫吊るしにとって造ったモノの意識を乗っ取ることは児戯に等しい。しかも今回に限っては、港湾棲姫吹雪と空母棲姫曙はシリンダーのような機械の中でデータを取られ、直接猫吊るしに流れていた。つまり、猫吊るし本人と電子的に繋がっていたことになる。意識を送り付ける通り道は出来ていたのだ。

 

 「しかしながら、私も姫2隻の……というか今回造ったモノの融合は初めての試みでしてねえ……この体のスペックを把握しきれていないんですよ。まあ“材料”はあったので、姫級を遥かに凌駕する程度にはなっているハズですが……ね。それに猫を吊るしている訳でもないこの体でいつまでも名前が“猫吊るし”なのは頂けません。そもそも私の名前じゃなくて通称、あだ名みたいなモノですし」

 

 「知ったことか! 吹雪は、曙はどうなったのだ! 答えろ……猫吊るしぃぃぃぃっ!!」

 

 

 

 「そりゃあ意識と体を乗っ取った上に融合までしたんです。意識なんて残っている訳がないですし、融合の解除もする訳がありません。意識も記憶もぜーんぶ“材料”にしましたし、死んだも同然ですね」

 

 

 

 「……き、さ、ま、あ、ああああああああっ!!」

 

 般若の如き形相を浮かべ、咆哮を上げる善蔵は鎖で繋がれていることも忘れたかのように猫吊るしに突っ込もうと体を動かす。が、機械の体はその意思に反して動きを見せず、猫吊るしは両手の爪を振るって善蔵に残されていた四肢……左腕と両足を斬り飛ばした。支えを無くした善蔵は顔から床に倒れ、それでも首から上だけは猫吊るしへと向けて睨み付けている。

 

 「おお、怖い怖い。ですがまあ、それでもう動けないでしょう。貴方はまだ私の娯楽の為に必要なのですから、あまり私を怒らせないで下さいよ? ですがイレギュラー……貴女は別だ」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべて善蔵を嘲笑った後、猫吊るしは振り返ってイブキへと視線を向ける。その憎悪の宿った目を見た不知火は思わず体を硬直させた。その目は、別に凄まじい憎悪や怒りを宿した訳ではない。暗殺やスパイをこなしていた不知火の記憶には、もっと強い怒りを、もっと深い憎悪を宿した目をしている者達が居た。それでも不知火が体を硬直させた理由は目ではなく……。

 

 「お前達は……私の前から消え失せろ!!」

 

 イブキを彷彿とさせる速度で目の前に移動し、右手を振るおうとしている姿を見たからだった。

 

 「っ!」

 

 「はぁっ!!」

 

 「あいっ!?」

 

 イブキは咄嗟に後ろへと不知火を投げ、不知火は階段に背中を打った痛みで声を上げる。攻撃を受けるのとは違う地味な痛みに涙目になりつつ前へと視線を向ければ、そこにあったのは左手に握った軍刀で猫吊るしの右の爪を受けているところだった。

 

 「よく受け止めましたねえ……流石はイレギュラーと言ったところですか。ですが……軍刀の刃ではなく腹で受けたのは失敗でした、ねっ!!」

 

 「っ!?」

 

 猫吊るしが力を込める。彼女の言うように、イブキは不知火を直前まで抱えていたせいか巨大な爪を刃ではなく腹で受けてしまっていた。つまりは刀身の側面な訳だが、刀身は側面に攻撃を受けると脆い。そしてイブキが持っている軍刀はふーちゃん軍刀……絶大な切れ味を誇る反面、イブキの持つ5本の軍刀の中では最も強度が低い。故に。

 

 「な……!?」

 

 ガシャンッという甲高い音と共にふーちゃん軍刀の刀身が粉々に砕け……鋭く巨大な爪がイブキに迫った。

 

 

 

 

 

 

 「……少数精鋭による潜入、かしらね」

 

 夕立が天津風を殺してから数十分、新たな侵入者が入ってきたことをモニター越しに確認して戦艦棲姫山城は呟いた。モニターには5つある拠点と地上を繋ぐ出入り口である縦穴のモデリングが映し出されており、その全てに侵入者を表す赤い光の玉が1つの縦穴につき1つ、計5個出ている。

 

 「姉様、時雨、雷、レコン、それぞれの場所に移動して。夕立から聞いているとは思うけれど、相手は体内に爆弾を持っている可能性が高いそうよ。気を付けて」

 

 【了解!】

 

 簡単に指示を出し、通信越しの返答を聞いてから、山城は溜め息を吐く。正直に言って、山城は質ではこちらが圧倒的に有利だと考えている。何しろ山城を筆頭に主戦力である者達は皆、イブキという規格外の存在と演習を繰り返していたのだから。性能こそ劇的に上がることはないが、経験と勘、戦闘技術を磨き上げるには充分に過ぎる。今なら砲弾を見てから避けられるだろうし、並み以上の艦娘、深海棲艦を相手にしても一対一ならばまず負けないと断言できる。海上では戦力差で押し潰される可能性があるが、拠点内で少数との戦いを繰り返すなら勝てるだろう。

 

 しかしながら、今回はそう簡単な話ではない。何せ相手は体内に爆弾を持っている可能性が高いという。そして、山城は“体内に爆弾を持っていた艦娘”と出会っている……その艦娘、那智曰く“忌むべき最悪の特攻兵器の名を付けられた、対深海棲艦爆弾。沈んだ時、死んだ時、中にあるそれは爆発する。艦娘が使う酸素魚雷のおよそ200倍の破壊力”……結局のところ、その威力を体感できた訳ではないのでハッタリであった可能性もある。が、それは同時に真実である可能性もあるのだ。

 

 つまり、侵入者を殺すことは出来ない。“自決用”と銘打っていたこともあるので自決にまで追い込んでもいけない。勿論こちらがやられてもダメ。今更拠点から退去することなど出来ないし、心情としてもやりたくはない。最悪、今来ている侵入者を地上へと追い出した後に撃って出ることになるかもしれない。

 

 「私はこの拠点の主だし、モニターから目を離す訳にはいかないから動けない……頼んだわよ、皆」

 

 そう呟きながら山城が見たモニターには、それぞれの場所に辿り着いた4人の姿。そして、夕立を含めた5人の前に現れた、新たな侵入者の姿。

 

 

 

 「僕の相手は……君か」

 

 「先ほど私達に向けて炎を放っていた方ですか……駆逐艦が重巡に勝てると思っているなら、バカめと言って差し上げますわ」

 

 時雨の前に現れたのは、高雄。

 

 

 

 「例え貴女が同じ艦娘だとしても……善蔵様の為に死んでいただきます」

 

 「イブキさんが帰って来るまで、ここは落とさせない……私も、死なないんだから!」

 

 雷の前に現れたのは、神通。

 

 

 

 「『ユーはマイシスター霧島デスネ? 初めましてデース! ソンデモッテサヨナラッテナ。キヒヒヒヒッ!!』」

 

 「金剛姉様の姿をした深海棲艦……善蔵様の為、私の個人的な感情の為……沈めええええっ!!」

 

 レコンの前に現れたのは、霧島。

 

 

 

 「……善蔵様の為って言いたいのだけれど、流石にこれはお姉さんにも厳しい、カナ?」

 

 「あら、逃げ帰るなら追わないわよ? ……向かってくるなら、容赦しないけれど」

 

 戦艦水鬼扶桑の前に現れたのは、陸奥。

 

 

 

 「……天津風は、どうした?」

 

 「私が此処にいるのが答えっぽい」

 

 「そうか……ところで、お前が第2の軍刀棲姫か?」

 

 「イブキさんから艤装を預かってるだけ。第2のとかは、そっちが勝手に言ってるだけでしょ」

 

 「確かに、その通りだ……さて」

 

 夕立の前に現れたのは……日向。

 

 それぞれの場所で、それぞれが向き合う。片方は命令の為に。もう片方は仲間の為に。それぞれが艤装を構え、戦意と敵意を相手にぶつける。事実上、この戦いこそが連合艦隊と深海棲艦側の勝敗を決する決戦。

 

 「日向……推して参る!!」

 

 「ここは絶対、通さないっぽい!!」

 

 その火蓋が今、切って落とされた。




火蓋が切って落とされた(今回で戦うとは言ってない)。新猫吊るしですが、イブキに角生えて港湾さんの爪持ってると想像して頂ければ。イブキの容姿については二話目にて。http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52109365 ←以前海鷹様より描いて頂きましたイブキの絵です。何度見てもカッコいい(恍惚)初めて描いて頂いた時の感動は今でも忘れない。

さて……ふーちゃん軍刀が折れました。大総統も何度か折られてるからね、仕方ないね。日向は多分丈夫な腹筋枠(死亡フラグ

オマケで、クリスマスなので以前書いたイブキのもしものクリスマスボイスをば。

イブキ「いつも頑張っている良い子の提督にクリスマスプレゼントだ。俺に出来ることなら、常識の範囲内で何でもしてあげるよ」



今回のおさらい

俺達のバトルは、これからだ!

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いつまでも楽しませて下さい

明けましておめでとうございます! 新年初投稿です。今年もどうか宜しくお願いいたします。

ポケモンサン購入しました。早くクリアして厳選して好きなポケモン育て上げたい……。


 「っ!!」

 

 その爪を避けること自体は楽なモノだった。俺が今まで見てきたどれよりも速い攻撃だったし、あの時間が止まったような感覚の中でもゆっくりと動いていることには驚いているが、その感覚の中でも普通に動ける俺にはまだ遅いと思えるレベルだったから。

 

 だが、今まで苦楽を共にし、俺が最も使ったと言っても過言ではないふーちゃん軍刀の刃が砕かれたというのは俺にとってかなりショックな出来事であり……攻撃が当たる寸前まで唖然としてしまった。その結果、ギリギリで上体を反らすことで避けること自体は出来た……が、僅かに服に触れたのだろう、胸元が切り裂かれて谷間が見えてしまっている。裸ならともかく谷間程度なら見られても恥ずかしくもなんともないが。

 

 「あらー、折れちゃいましたー」

 

 「イブキさんのおっぱいはぁはぁ」

 

 「イブキさんの谷間はぁはぁ」

 

 「ごーちゃんの代わりに裁くのはこのふーちゃんですー」

 

 「「ノドォッ!?」」

 

 妖精ズのこの流れも久しぶりだなぁ、なんて呑気に考える。普段はごーちゃんが2人にツッコミを入れるが、居ないのでふーちゃんが代わりにつっこんでいた。2人の口に両手を突っ込み、喉を突くという形で。あれは痛い……なんて考えている暇はない。

 

 「ふっ!」

 

 「ごほぉぅっ!?」

 

 右の爪を振り切っている猫吊るしの腹に左の蹴りを叩き込む。爪先で貫くように入れたからかなり痛いハズだ……実際、なんとも言えない声が漏れたし。ズザザッて後ろに下がったし。

 

 さて……ここからどうするか。当初の目的は“総司令を人質にして現在夕立達の元に侵攻している連合艦隊を撤退させる”ことだが、これはいかんともしがたい。総司令である善蔵……だったか。彼を人質にするということになるが……それをするには猫吊るしが邪魔になる。しかもこの部屋は妖精ズが電波を遮断しているらしいからこの場で命令させることなんて出来ない。そうなると部屋から出ないといけない訳だが……部屋を出れば、猫吊るしはまた身代わりをしてくるかもしれない。

 

 (なら、やることは今までと変わらないな。敵……この場合は猫吊るし、彼女を斬れば終わりだ)

 

 仮に善蔵に命令させたとしても、猫吊るしがその命令を撤回させたりする手段が無いとも言い切れない。いや、もしかしたら艦娘や深海棲艦の意識を奪ったり、命令を強制したり出来るかもしれない……というか、出来ると考えるべきだろう。やっぱり……猫吊るしは倒せる時に倒すべきだ。そして……その時こそが今。

 

 「猫吊るし……ここでお前を斬る!」

 

 「っ……お前の方こそ消え失せろ、イレギュラー!!」

 

 刃を殆ど砕かれたふーちゃん軍刀を後ろ腰の鞘に納め、代わりにみーちゃん軍刀を左手で抜いて正面上段から真っ直ぐ斬りかかる。大抵の相手はこの一刀で斬り伏せられるが、流石に姫2人を融合させた体は他の艦娘や深海棲艦とは違うらしい。まさか右手1本で防がれるとは思っていなかった。確かにみーちゃん軍刀は俺が持つ軍刀の中でも最硬の強度を誇る反面最低の斬れ味だが、それでも艦娘の装甲も深海棲艦の装甲も問題なく両断出来ていた。だが、猫吊るしの港湾棲姫のような巨大な爪には全く刃が通っていない。

 

 右上から左下へと一閃、これは左手の爪で防がれた……正確に言うなら、俺が爪の部分に攻撃したが通らなかった。俺の攻撃速度にも対応出来ていないらしい。なので今度は装甲がないところ……右足の太ももを狙って横に薙ぐ。これでスパッといけば良かったんだが、結果はキィンッ! という金属音の後に弾かれた。

 

 「あっはっは! そんなナマクラじゃづあっ!?」

 

 「……チッ、これもダメか」

 

 笑ってる隙だらけな猫吊るしが喋ってる間に、今度は右目を狙って突いてみる。どこぞの眼帯着けた死神も目だけは斬れなかったことはないとか言ってたし……まあ痛みこそ与えられたんだろうが、貫くには至らなかった。

 

 右目を押さえながら下がり、俺を睨み付けてくる猫吊るしを見ながら再び思考する。速度は完全に俺が上である以上、攻撃を当てるのも避けるのも問題ない……これはいつも通り。“感覚”も発動する。だが、ふーちゃん軍刀を折られたのが痛い。猫吊るしの体は妙に硬い。攻撃が通らないというのは初めての体験なので1から打開策を考える必要がある。

 

 「ぐ……ふふっ……痛みを感じるなんて何万年ぶりですかねえ……次は貴女が痛みを感じて下さいよ!」

 

 「断る」

 

 俺に良く似た顔で睨み付けながら笑うという器用なことをしてくる猫吊るし。そのまま両手の爪を交互に振るってくるが、みーちゃん軍刀で難なく剃らす、或いは避ける。弾こうともしたが出来なかったので受け流す。力はどうやら相手の方が上らしい。攻撃速度も俺より遅いとは言え、今までに出会ってきた誰よりも速い。飛んでくる砲弾でさえゆっくりとなる感覚の中でもそこそこの速度が出るということは、少なくとも砲撃よりも速いということ。オマケに装甲も体も硬い……某大総統と戦った強欲さんを思い出すな。

 

 「これなら、どうだ!」

 

 「ぬ、ぎいっ!?」

 

 右手でしーちゃん軍刀を抜き、刀身は伸ばさずにナイフとして突き、振るう。ふーちゃん軍刀には及ばずともみーちゃん軍刀よりは斬れ味が鋭いのでこれならば……と思ったが、装甲は傷を付けられず、生身の部分には僅かに斬り傷が付いた程度。だがそれは深海棲艦特有の自己治癒で直ぐに治った。ダメージは入るが、直ぐに回復されてしまう。

 

 「……この手の武器は馴れないな」

 

 くるくるとしーちゃん軍刀を順手に逆手にと持ち変えながら攻撃を捌きつつ呟く。背後の不知火と目の前の猫吊るしから“嘘だっ!!”という視線と雰囲気を感じるが事実だ。某大総統に倣って言ってみたかったというのは否定しないが。

 

 「この……いい加減、当たれえ!!」

 

 「大振りの攻撃は自殺行為だ」

 

 「おごぉあっ!?」

 

 苛立ちを声に出しながら右手を勢い良く降り下ろしてくる猫吊るし。それをみーちゃん軍刀で受け流しつつ、大きく開いている口にしーちゃん軍刀を挿し込み、引き金を引いて刀身を伸ばす。すると猫吊るしはその背後の壁にまで押し出され、蜘蛛の巣状のひび割れを起こしながらめり込んだ。同時に引き金から指を離して刀身を戻す。切っ先に僅かに血が付いていたので、貫くことは叶わずとも傷付けることは出来たらしい。

 

 「おえっ……やってくれたなぁ……イレギュラアアアアッ!!」

 

 「……これまた、厄介な」

 

 壁から離れた猫吊るしが俺を憎悪に満ちた目で睨みながら叫んだ。すると猫吊るしの頭上に黒いナニカが渦巻き、何らかの形を作っていく。そうして現れたソレを見て、思わず冷や汗を掻く。そうだ、コイツは俺に似ているとは言え、その体は姫2人を融合させたモノ。なら、コレが現れるのは予想出来てもいいハズだった。

 

 

 

 ソレは、正しく“異形”だった。

 

 

 

 丸太のように太い、なんて言葉をたまに聞くだろう。だがソレを例えるなら、丸太ではなく巨木と言った方が伝わりやすいか。それほどに太い二対四本の腕、それに負けず劣らずの巨大な顎を持つ一つ眼の二頭、それらを支えるに相応しい巨大な体躯。背中からは滑走路のような板が天井に突き刺さるように突き出ており、下半身はこれまた巨大な船頭の形をした顔か頭が付いている。確かに鬼や姫等の深海棲艦は巨大な異形の艤装を持っているが、ここまでのモノは見たことがない。

 

 「あっはっはっはっは!! 港湾棲姫と空母棲姫の艤装を融合し、更に強化した艤装です。その力は今の私以上……この狭い空間でどこまでやれますかねえ、イレギュラー!!」

 

 異形が右の2本の腕を振るう。それは右側の壁をゴリゴリと削りながら俺に迫ってくる。上に跳ぶ……ダメだ、腕は天井と床スレスレの大きさ、跳んでもしゃがんでも避けられない。受け止める……俺の腕力では恐らく不可。受け流すのも腕が大きすぎて駄目。敢えて前進……左の腕が降り下ろされでもしたら目も当てられない。結論、階段……つまり後ろへと下がる。ガリガリと壁を削りながら目の前を横切る巨大な腕に戦慄を覚えつつ、俺は決断した。

 

 「……不知火、1度退くぞ」

 

 「え? あ? ふぇ……は、い」

 

 みーちゃん軍刀を納刀しつつ不知火を横脇に抱え、相手に背を向けて階段を登っていく。あんな狭い空間であんな巨体を相手にしていられない。オマケに攻撃が通じないんじゃ流石にどうしようもない。ふーちゃん軍刀を壊されたこと、ごーちゃん軍刀を夕立と時雨に預けっぱなしにしていたのが痛すぎる。

 

 「逃げるんですか!? いいでしょう、それが正しい姿だ!! そして私に追い掛けられ、追い詰められ、殺されるべきなんですよ!! お前はァっ!!」

 

 そんな猫吊るしの声と巨体が壁をゴリゴリと削る音を聞きながら、俺は階段を登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……くくっ……くかっ……くははっ!!」

 

 イブキも、不知火も、猫吊るしも居なくなった部屋に、両手足を失って床の上に横たわり、身動き一つ出来なくなった渡部 善蔵の嗤い声が響く。

 

 顔を上げた善蔵の視界に入るのは、イブキと猫吊るしの戦闘によって傷付いた部屋……そして、首から上を輪切りにされた矢矧の死体。血や歯や眼球、脳奬……そういったモノが床に散らばり、その上に倒れ込んでいる様は無惨という他に無い。そして散らばっているそれらも、肉体も、全ては猫吊るしが産み出したモノ。善蔵の願いを聞いた猫吊るしが、産み出したモノ。

 

 (解っていた! こうなることは解っていたことだ! 戦いは永遠に終わらないと聞かされたあの日から、私がどう動こうと、どう足掻こうと全て猫吊るしの思うまま、掌の上であることなど!! 私の意思など道端の石ころにも価しない程度のモノであることなどっ!!)

 

 善蔵は理解していた。結局のところ、全ては猫吊るしの意思次第。自分の意思も、心も何もかも、猫吊るしの意思次第で汚される。それでもと突き進んできた……全ては、来るハズもない未来の為に。かつて吹雪と交わした約束の為に。

 

 だが、やはりそれは赦されない。総司令の座は既に猫吊るしが成り代わった“渡部 善蔵”のモノになり、約束を交わした相手は猫吊るしによって存在を消されたに等しい。結局のところ、善蔵は何一つ貫くことは出来ていなかった。こうして暗い部屋の中で不様に地べたに這いつくばり、己の力ではどうすることも出来ない……それが、今の善蔵。決めたことも貫けず、進むと定めた道も進めなくなった……哀れなか弱い存在。

 

 (だが……それでも! 私は……私は!!)

 

 それでも、それでもと善蔵は叫ぶ。吹雪との守れない約束を守る為、文字通り血も涙もない体と成り果て、古くからの部下を切り捨て、実の息子を切り捨て、愛し合った妻をも遠ざけ、そうして進んできた自分が、このような不様な姿で果てる訳にはいかないのだと。まだまだ生きなければならない。まだまだ進まなければならない。それが発端であり、犠牲を強い、今日この日まで生きてきた己の成すべき事であり、歩むべき茨の道なのだから。

 

 

 

 しかし……彼は決して救われない。

 

 

 

 彼の前に、先程も見た光が溢れる。その発光に思わず目を閉じる善蔵。そして彼は目を開いて目の前の光景を見た瞬間に絶句した。

 

 光が収まった所には、1人の女性……と思わしき者が立っていた。露出度の高い黒い服装に身を包み、頭には顔の半分以上を隠す程の獣の上顎のような仮面を被っている。何よりも目を引くのは、その体に似合わない巨大な両腕。二連装、三連装の砲台と一体化している剛腕は、とてつもない力強さを感じさせる。

 

 「……バカな……海上でもないのに()()したというのか……()()

 

 それは、艦隊これくしょんでは“軽巡ツ級”と呼ばれる深海棲艦。そしてそのツ級は、猫吊るしによって殺された矢矧が転生した姿であった。“転生”……それは死した艦娘から深海棲艦へ、深海棲艦から艦娘へと生まれ変わるシステムのこと。無論このシステムは猫吊るしが作り出したモノであり、善蔵も聞かされている。

 

 死ぬ、沈むことをトリガーとして発動するこのシステムは、猫吊るしが戦争を終わらせない為に作ったモノ。沈んだ艦娘、深海棲艦はその場で、あるいは時間を置いて真逆の存在へと生まれ変わる。沈んだその時の残りの弾薬や燃料、それまでに培ってきた経験や記憶、その他様々なモノを材料にして。そして生まれ変わった時の強さや艦種は材料によってある程度変わる。多ければ多いほど強い存在になれる可能性が高い。港湾棲姫に生まれ変わった吹雪、空母棲姫に生まれ変わった曙等がその例だろう。逆に、深海棲艦時代は雷巡だったが生まれ変わったら駆逐艦になった……という夕立のようなパターンもある。とは言え、それらは基本的にはという注釈が付くのだが。

 

 ……とまあ艦娘と深海棲艦における転生の説明をしたところで何がどうなるという訳ではない。ただ、現実はいつだって残酷で……例え根が善人でも、覚悟を持って悪の道を進んでいたとしても、罪を犯せばロクなことにならない、罪人はロクな死に方をしないというだけの話だ。

 

 「……くくっ……くははははっ!! これが私の終着点か、これが罪人(わたし)の終わりか!! なんと不様! なんと不甲斐ない! 結局私は何も出来ずに終わる。結局私は……結局、私は!!」

 

 

 

 ― 私は……何一つ彼女達に……返してやれない…… ―

 

 

 

 矢矧だったツ級が善蔵の方へと顔を向け、右手を振り上げ、降り下ろす。それが、来るはずのない平和な世界を見るという約束を守る為に生きてきた渡部 善蔵という人間が見た最期の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 (死ぬっ!!)

 

 イブキに抱えられている不知火は、本日二度目となる絶叫を内心でしていた。正直に言って、不知火は話の全てを理解しきれていた訳ではない。無論キーとなる言葉や説明は頭に入れているが、話が二転三転している上に加速的に変わっていった状況に流されていたことは否めない。妖精が今の世界の原因で、深海棲艦が融合し、かつての同僚が無惨にも目の前で殺され、イブキに抱えられている。いっぱいいっぱいだった不知火の処理できるキャパシティ等とっくに越えている。結局善蔵に話を聞くことも出来ずじまいだ……話を聞くことが永久に出来なくなったことなど、今の彼女には知る由もないのだが。

 

 「ほらほら! 逃げないと潰しますよ!!」

 

 そんな彼女達は今、巨大な異形を背にした猫吊るしに追い掛けられながら大本営内を爆走している。不知火を抱えている上に馴れない建物の中とは言え、傍目には消えたかのように映るイブキに追随出来る猫吊るしは明らかに既存の艦娘、深海棲艦の性能を遥かに凌駕していた。

 

 「私は貴女と違って、砲撃も発艦も出来るんですよぉ!!」

 

 猫吊るしが口が裂けているのではないかと言うほどに開いた凄惨な笑みと共に叫ぶと異形の2つある頭部の口が開き、中から大和型を彷彿とさせる巨大な三連装が1つずつ覗かせる。更に4本の腕を前に突き出すと手のひらに空いている丸い穴から球状の白い艦載機が1機ずつ、計4機発艦する。

 

 瞬間、イブキは前方に向かって飛び上がり、猫吊るしへと向き直りつつ重力を無視するように天井に片膝を着き、しーちゃん軍刀を手にしている右手を振るう。すると艦載機達は真ん中から横にズレて爆発し、イブキはそれを確認する前に天井を蹴って床に降り立ち、再び逃走を開始する。

 

 「無駄無駄無駄ぁっ!!」

 

 爆発によって発生した煙と炎を抜け、猫吊るしはイブキ達を追い掛ける。その表情は笑顔であり、口調からも興奮していることが分かる。それもそうだろう、何度も言うようにイブキは猫吊るしにとって自分の思い通りにいかない、思い通りに出来ないイレギュラー。そんなイレギュラーが今、自分に背を向けて逃げの一手。艦載機こそ斬られたものの自慢の軍刀は僅かにしか自身を斬ることは出来ない。他の何者よりも憎い相手を己の手で消し去れるかもしれないという現状は、猫吊るしを興奮させるに充分過ぎた。

 

 「そぉら、吹き飛ばしてあげますよぉ!!」

 

 「っ!」

 

 「きゃああああっ!?」

 

 お次は、とばかりに異形の口から覗かせていた砲身が火を噴き、放たれた砲弾をイブキは問題無く避ける……が、避けた砲弾はイブキの先に合った壁に着弾し、通路の全てを……否、建物の半分丸ごとを宣言通りに吹き飛ばした。その衝撃は凄まじいモノであり、直撃こそ避けられたイブキでさえ体を木の葉のように舞わせる。幸いだったのは飛ばされた方向が海であり、壁も天井も何もかもが同時に吹き飛んでいたので激突することはなかったことだろう。イブキは空中で体勢を立て直し、上手く着水することに成功した。

 

 だが、不幸なことも幾つか起きている。その内の1つとして、不知火が腕からすっぽ抜けて離ればなれになってしまったこと。着水した場所がイブキ達がやり過ごした大本営の防衛戦力が建物に戻る道の上……それも今まさに通る瞬間だったこと。そして、戦場が陸地から海上へと移ってしまったことだ。

 

 「なっ……軍刀、棲姫!? それに、あれは……」

 

 「新しい……深海棲艦……しかも軍刀棲姫に似てる」

 

 目の前に落ちてきたイブキに、帰投していた防衛戦力を代表するように武蔵が声を上げ、吹き飛んだ建物の中に居る猫吊るしを見て唖然とした彼女の言葉に繋げるように隣に居た雲龍が呟く。他の防衛戦力の艦娘達もまた、イブキと猫吊るしを交互に見て唖然としていた。

 

 そんな彼女達を見下ろしながら、猫吊るしは舌を打った。それは未だに健在であるイブキへの苛立ちもあったが、それ以上に自重出来ていなかった自分に対してでもある。流石に暴れ過ぎたのだ。建物の半分を吹き飛ばしたのもそうだが、大勢の艦娘に……特に善蔵の古くからの戦友である武蔵、雲龍に今の姿を見られたのは痛い。何せ今の猫吊るしは深海棲艦に憑依しているようなモノであり、深海棲艦“そのもの”となっている為に妖精としての力や技術が使えなくなっている。艦娘と深海棲艦の意識を乗っ取ったりすることも出来なければ、新たにプログラミングすることも出来はしないのだから。

 

 (流石に暴れ過ぎましたねえ。これではもう善蔵の願いを叶えるという遊びを続けるのは難しい……まぁ、いいでしょう。およそ50年、遊びにしては長く楽しめました。そして願い云々はさておき、艦娘と深海棲艦による戦争自体はまだまだ愉しめる……今度は私自身がプレイヤーとして戦争に参加するのもいい。問題は妖精としての力を取り戻す方法ですが、それはこの後直ぐにでも出来る。ならここらで1度、今の海軍をイレギュラー諸ともリセットするのもまた一興)

 

 猫吊るしはそう結論付け、改めて眼下のイブキを含む艦娘達を見る。背後では警報が鳴り響き、よく耳を済ませば悲鳴が聞こえてくる。辺りを見回せば吹き飛ばした建物では火災が発生しており、着弾した余波や破壊した建物の破片等で周囲の施設にも被害が出ている。当然、中に居た人間は只では済んでいないだろう。実際、血に濡れた地面が見えた。必死に救助活動をしている艦娘が見えた。そんな艦娘に力を貸そうとしている人間の姿も見えた。

 

 (……こんな風に、ね♪)

 

 

 

 そんな艦娘と人間に向けて、猫吊るしは砲撃した。

 

 

 

 瞬間、着弾した場所から広い範囲のモノが爆音と共に吹き飛んだ。施設や瓦礫があった場所には巨大なクレーターが広がるのみ……艦娘も人間も、まるで始めからそこにいなかったかのように消し飛んでいた。そんな結果を見て、猫吊るしは愉しげに口元を歪ませる。

 

 悲鳴に震える鼓膜が、火災が届ける熱が、己に向けられる畏怖が、イブキが向ける視線が、何もかもが心地好かった。いつも願いを叶えることばかりしていた猫吊るしにとって初めての……否、忘れていた感覚。自分が表舞台に立ち、自分の為の結果を出し……自分の力を思う存分に振るう。まるで神のような、自分には出来ないことなどないという全能感。自分以外の生殺与奪を握っているという高揚感。

 

 「ふ……ふふふ……あははっ! やはりチカラを持つというのは素晴らしい。それが単純な力であれ権力であれその他諸々であれ、大きければ大きいほど良い。持っていて損はない。忘れていた、忘れていました。私はあまりに願いを叶えすぎた。あまりに姿を見せなさすぎた。こんなにも単純で楽しいことを忘れていた!!」

 

 猫吊るしは元々、数えるのも面倒な程遥か昔に存在した人類……人間である。その人間の1人が現代科学を遥かに超える科学力を持って意識をデータ化し、妖精という素体にその意識をロードし、妖精猫吊るしとして生まれ変わり、誰かの願いを叶える為に暗躍してきた。

 

 元々猫吊るしが願いを叶えるなんてことをやり始めたのは、永い永い年月を過ごす為の暇潰しが目的である。だからわざわざ自分が表舞台に立つ必要はなかったし、今回に置いてもわざわざ善蔵の殻を被って動いていた。それは善蔵の願いを叶える為である。だが、妖精の体に戻れなくなり、力を失ったことで……今の体の力をより強く感じた。

 

 弱肉強食……自然界において絶対の摂理。力の弱き者が負けて肉となり、強き者が勝って喰らう。今の猫吊るしはこの場ではイブキですら勝ちを拾えない正に絶対強者。願いを叶えることは出来なくなり、生死の境をさ迷い……そして全ての存在を凌駕する力を得たことで、猫吊るしの“在り方”は変わった。誰かの願いを暇潰しに叶えるのではなく……自分自身の為に自分の願いを叶えるのだと。そしてその願いこそ、猫吊るしの“原点”。

 

 

 

 「さぁ、私をどこまでも……いつまでも楽しませて下さい」

 

 

 

 どこまでも……いつまでも、死という終末ではなく終わりなき“悦楽”を。それを得続ける為だけに、猫吊るしは生きてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 「状況は優勢……ってとこかしら」

 

 場所は変わって戦艦棲姫山城の拠点内にある一室。その中で山城は、仲間達が映るモニターを見ていた。彼女達がそれぞれ5つの出入口へと向かい、降りてきた連合艦隊の艦娘と接触して戦い初めてからおよそ10分程経った頃、彼女はポツリとそう呟く。

 

 第一出入口では時雨と高雄が戦っている。戦況は優勢。海上ではない以上お互いに魚雷を撃てないので火力面では敵側の高雄に軍配が上がるものの、イブキを相手に訓練してきた時雨の回避力は元々の速度も合わさって相当なモノになっている。更に艦娘は海上での訓練はしても陸上での戦闘訓練はあまり行わない為、戦い馴れていない高雄と時雨では動き方もまるで違う。“爆弾を内蔵している可能性があるので倒しても自爆させてもダメ”なんて縛りさえ無ければ、あっという間に時雨は高雄を沈めていただろう……それ程、2人の差は歴然だった。

 

 第二出入口では雷が神通と撃ち合っていた。戦況……拮抗。敵側の神通は改二となっており、雷との性能差を遺憾無く発揮している……が、雷も負けてはいない。神通の砲撃を避け、反撃で撃ちつつも近付き、(いかり)を振るう。しかし神通は意外にも手足を巧みに使い、格闘を用いて雷の接近戦を捌いていた。実力自体にはそれほど差は無さそうだが、故に一瞬の油断が命取りとなるだろう。

 

 第三出入口に居るのはレコン、霧島。戦況は優勢寄りの拮抗と言ったところだろう。金剛の姿をしているレコンを見た霧島が頭に血を上らせて一方的に攻撃しているが、艦娘と深海棲艦の中でも異常な装甲とタフさを誇るレコンには一切通じていない。戦艦同士故に砲撃で出入口が崩れる懸念が山城にはあったが、それはレコンがわざと砲撃を受けて出入口の被害を最小限にする。同時に、殆どダメージがないことを見せ付けて動揺を誘い、近付いて引き千切るように霧島の主砲副砲を破壊したので殴る蹴るの肉弾戦に移行している。主砲以上のパンチ力を誇った日向のような規格外ではない霧島ではレコンを倒す術は無いが、自爆されても困るので一方的に攻撃させていると言ったところだろう。

 

 第四出入口では戦艦水鬼扶桑、陸奥が居た……が、戦闘は既に終わっていた。出会った当初は陸奥が攻撃を仕掛けたが、姫に匹敵、或いは凌駕し得る性能を持つ扶桑を倒すには陸奥の火力では足りない。故に、陸奥は誰よりも早く自爆しようとしたがそれを察した扶桑が一か八かで砲撃を当て、一撃で気絶させることに成功したのだ。そこで1つの可能性が生まれる……気絶させれば爆発しないのではないか? と。無論、直接見た訳ではないので内蔵されている訳ではない可能性もあるのだが。とりあえず、扶桑の所は大丈夫であろうと山城は頷く。

 

 そして第五出入口……そこを映すモニターを見て、山城は唖然とする。そこに映っていたのは……。

 

 「……強いな、第二の軍刀棲姫。だが……あいつには、まだまだ届かんよ」

 

 「……知ったようなことを言わないで欲しいっぽい」

 

 「知っているさ。海軍では誰よりも近くであいつを……イブキの強さを見て感じたのは、私なのだからな」

 

 「っ! うがああああっ!!」

 

 「ふっ……まるで狂犬だな」

 

 いーちゃん軍刀を振るう夕立を、軍刀型の艤装で軽くあしらっている日向の姿だった。




という訳で、クライマックスな感じになりました。試しにルビと“・”を上に付けてみました。後々1話から見直していこうと思います……大掃除かな(白目

善蔵、墜つ。結局彼は猫吊るしの掌の上で躍り続け、何も出来ないままに終わりました。本当に何も出来ないままです。償いも信念を通すことも謝罪も約束を守ることも何もかも、です。最期の“彼女達”は妻の祭や吹雪に曙、その他沈めてきた艦娘や深海棲艦、今まで付き従ってきた艦娘達を全部引っくるめています。



今回のおさらい

猫吊るし、吹っ切れた。その力は比類無きモノ。善蔵、逝く。ただ無念の声と共に。日向、夕立と相対する。最初はこんな強くするつもりは無かったんや。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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その“願い”、叶えてやる

大変長らくお待たせしました、ようやく更新で御座います。

サンムーン厳選して育成して図鑑埋めてました(殴 グレイシア可愛いフライゴン可愛いラプラス可愛い。でもツリー40連勝すらいけない……色々アイテム欲しいのに。


 「……今日ほど死を連続して感じたことはありません」

 

 青い空の下、イブキの手から飛んでいった不知火は涙目になりながら海の上に立ち、震えながら呟いた。大本営に着いてから色々な意味で驚愕の連続だったが、実のところ30分も経っていない間の出来事。生まれてから50年近い不知火とは言え心も身体もまだまだ子供、流石に精神的に疲れ果てていた。

 

 しかし、だからと言って動かない訳にはいかないと不知火は思う。イブキを自分の都合に付き合わせ、示したメリットをダメにしてしまい、更に足手まといとなってしまった。故に、彼女はどうにか役に立ちたいと思った。だが、不知火は自分が行っても出来ることはないとも思っている。何しろイブキと猫吊るしの動きが目の前で行われていたにも関わらずまるで見えていなかったのだから。おまけに猫吊るしは数多の艦娘、深海棲艦を斬ってきたであろう軍刀をも耐えた。そんな相手に己の持つ主砲や魚雷等豆鉄砲に等しいことを想像するのは容易い。

 

 (それでも……何か……! そうです、何も戦わなくてもいい……せめて、彼女の目的を達成するくらいは!)

 

 それでも自分に出来ることはないかと考えに考え、1つ思い付く。それは、イブキの目的である拠点に赴いている連合艦隊を止めること。戦いで助けることは出来なくとも、大本営にもう一度乗り込んで作戦指令室にある通信機で連合艦隊に連絡すれば或いは、と考え付いた。自分の通信機で行わないのは北方棲姫に南方棲戦姫の拠点に連れていかれた際に海中でオシャカになっており、それから修理できていない為である。

 

 他の大本営に居る艦娘の誰かや人間の誰かが既に連絡している可能性もあるが、していない可能性もある。自分でやった方が確実……少なくともやらない、やってないという事態は防げる。そこまで考えていざ行動に移した時、不知火は艤装に違和感を感じた。

 

 (っ? 艤装の調子が悪い? ここに来る前はそんなこと無かったのに……まあ仕方ないような気もしますが、何もこんな時に……)

 

 動くには動く。主砲も魚雷発射菅も作動する。しかし、今までと比べると明らかに動きが遅いし、どうにも自分の意識とのズレがある。大本営に来るまで異常は無かったことを考えると此処に来てから不調が起きたことになるが、宙を舞い、破片を受け、また宙を舞ったのだ、幾ら他の兵器や機械に比べて頑丈に出来ている艤装とは言え調子が悪くなるのも仕方ないように思える……が、タイミングが非常に悪い。これでは普段の半分も動けないと不知火は溜め息を吐きつつ、猫吊るしの攻撃の音か建物の方から聞こえる爆音に意識を向けつつも全速力の半分以下の速度で大本営の建物へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 「避けろおおおおおおおおっ!!」

 

 武蔵の叫び声が上がると同時に、雲龍と他の防衛戦力の艦娘、イブキは動き出していた。その数秒後、彼女達が居た場所に猫吊るしの砲撃が撃ち込まれ、巨大な水柱を上げて高波を引き起こす。その高さから、改めて彼女達は相手の主砲の威力のデタラメ差を思い知らされる。

 

 「っ、やられてばかりではない!!」

 

 「行きます……ふっ!!」

 

 艦娘達は反撃しようとするも、波に揺れる足場で思ったように動けず、狙いも定め辛い。イブキは遠距離武器を持っていない。そんな中で反撃に移れたのは武蔵と雲龍。その反撃の砲撃は猫吊るしに直撃して爆発を起こし、その場所に放たれた矢から変化した艦載機による爆撃が行われてまた爆発する。建物の損害や中に人員が残っているかもしれない、等と言うことを考える余裕は彼女達には無かった。

 

 「……バカな……」

 

 「直撃したハズなのに……!?」

 

 武蔵と雲龍の口から絶望の声が漏れ、他の艦娘達からも短い悲鳴が上がった。何故なら、爆炎の中から悠々と猫吊るしが歩いて出てきたからだ。しかも服や顔が多少煤けている程度でダメージが入っているようには見えなかった……海軍で最強クラスの火力を持つ2人の攻撃が直撃したにも関わらず、鬼や姫でさえ無傷で済んだ者は居なかったのに、だ。

 

 「無駄な足掻き、とは正にこのこと。今やイレギュラーの斬撃でさえ僅かにしか傷付かない私が、お前達程度でどうにか出来ると思いましたか?」

 

 猫吊るしから聞こえてきた言葉で、武蔵達を更なる絶望が襲った。イレギュラーという言葉の意味こそ理解出来なかったが、誰を指しているは理解出来る。そして、その誰か……つまりはイブキのことだが、その強さと軍刀の切れ味は海軍では有名な話だ。どんなに硬い装甲も問題なく斬ってきたと認識されているその軍刀が通じないというのは、最早彼女達では倒す或いは撃退することがほぼ不可能であるということ。逆に、猫吊るしの攻撃は全てが必殺。ゲームのように大破進軍しなければ沈まないとか、そんなことはあり得ない。直撃どころか掠っただけでも致命的とも言える程。当たれば即死、当てても意味無しなのだ。

 

 だが、撤退も出来ない。何せ撤退するべき場所に敵は居るのだから。故に、武蔵と雲龍は体内の爆弾“回天”に望みを賭けることすら出来ない。使えば自分諸とも周囲を無に還す威力を誇る最終手段……だが、それを使うには場所が悪すぎた。

 

 (なんだあの軍刀棲姫と良く似た姿の姫級は!? あんな深海棲艦、私は聞かされていないぞ? そもそも、なぜ大本営の中から出てくる!?)

 

 武蔵の内心は荒れ果てていた。渡部 善蔵の第一艦隊の面々……今では元、と付くが……は矢矧を除き、善蔵から猫吊るしのことを聞かされ、世界の現状が善蔵が作り出したも同然であることを知り、それでも尚付き従って来た。故に、世に居る未だ確認されていない姫や鬼等の名前、容姿、そのある程度のスペック等を聞かされている。その情報の中に、猫吊るしのような姫は存在しない。

 

 そして何よりも気になったのは、海から現れたのではなく建物の中から現れたということだ。深海棲艦が陸上から現れた話など聞いたことがないし、善蔵も猫吊るしも深海棲艦は陸に上がることはあっても極一部の存在だけで、陸上に生まれることは決してないと言っていた。海軍が必要とされなければならないのに陸に敵が居ては何の意味もないのだから当然である。しかし、現に敵は建物の中から……陸から現れた。予想外の出来事の連続に、武蔵は頭がパンクしそうな気持ちになる。

 

 「普通の砲弾が効かないのならば……これはどうだ!!」

 

 ガコン、と武蔵の艤装の中で音が鳴る。それは砲弾を別の砲弾に切り換える音……その後、直ぐにそれは放たれた。轟音と共に砲身から飛び出したソレは先端が鋭く、貫くことに特化したタイプの砲弾。高速でドリルのように回転しながら突き進むソレは通常の砲弾よりも速度が出る、対軍刀棲姫を想定して作られた武蔵の回天以外での奥の手。他にも初めてイブキと戦った時に使った特製の三式弾もあるにはあるが、面制圧による当てやすさを重視したモノなので砲弾そのものの威力はあまり無かったりする。かくして必中必殺の意思を持って放ったソレは……。

 

 

 

 「足りないですねぇ……全くもって、足りない」

 

 

 

 「なん……だと……?」

 

 あまりにあっさりと、背後の異形が持つ4本の巨腕、その1本によって掴み取られた。それでも敵を貫くべく回転し続けていたが、直ぐに勢いを無くして力を無くす。凄まじい速度で飛び、高速で回転し、貫通力に特化したソレは、猫吊るしにはまるで通じなかった。それも砲弾を手で受け止めるという、明らかに常軌を逸した行動によって。

 

 その行動がトドメになったのか、艦娘達の両手が下がり、ある者は放心し、ある者は体から力が抜けて座り込み、ある者は絶望の表情で涙を流し、ある者はただただ恐怖し、そして全員が絶望した。それは、初めてイブキの戦闘力を見た時の絶望に近い。だが、その度合いは今回の方が上だろう。イブキの場合はもしも奇跡的に当てられれば……という希望があった。しかし、猫吊るしは当てたところでダメージになりはしないのだ。攻撃の全てが無駄……これ程分かりやすい絶望はないだろう。

 

 (ふ……ふふ……いいですねえ、その絶望に満ちた表情。思えば善蔵も、真実を知った時はそれはそれは素晴らしい絶望の表情を見せてくれました)

 

 武蔵達の絶望を見てゾクゾクとした優越感に浸りつつ、猫吊るしは過去に真実を教えた日を思い出した。それはある意味で終わり、ある意味で始まりの日。ただ希望を持ち、幸せな未来を目指した1人の男がそんな未来等訪れることはないと教えられ、最も付き合いの長かった2人の駆逐艦が沈んだ日。あの日があったからこそ、今の世界があると言っても過言ではない。猫吊るしが教えずにそのまま希望を持ち続けていれば世界はどうだったか……考えたところで意味のないことだ。どうせどこかで猫吊るしは伝えるに決まっているのだから……自分が楽しむ為に。

 

 「しかしまあ……貴女は本っ当に不愉快ですねぇ……イレギュラー」

 

 しかしその優越感も直ぐに消え失せ、猫吊るしはイブキを睨む。自慢の軍刀の1つを破壊され、己にマトモなダメージを与えられない。にもかかわらず、イブキは武蔵達のように絶望の表情を見せない。ただ、猫吊るしを睨み付けている。脅えはない。竦みもしない。ただ、今までと同じように凛と立っていた。

 

 不愉快だと、猫吊るしは声に出す。己が生み出した覚えのない、艦娘とも深海棲艦とも言えるその姿。似たような存在の癖に砲も戦闘機も魚雷も何一つ持たない異質な存在。そのクセ戦闘力は己が設定した性能を遥かに超える。こうしてその設定した性能すらも超越した姿となっても尚捉えられないことが、より猫吊るしを苛立たせる。

 

 イブキにはあまりに謎が多すぎる。そしてその謎を、猫吊るしは何一つ解くことが出来ていない。世界最古の存在であり、現代を遥かに超える叡智を持ち、出来ないことはほぼ存在しない、ほぼ全知全能と言ってもいい。そんな存在であるハズの猫吊るしでさえ、イブキをイレギュラーと呼び続けている。

 

 (そんな存在を生み出した下手人は、まず間違いなくあの妖精達。たかが私の子機でしかないハズの彼女達が、なぜ……)

 

 そして新たに生まれた謎が、イブキの元に居る軍刀妖精。猫吊るしを親機とすれば他の妖精は全て子機。艦娘と深海棲艦同様に己の意思を持ってはいるが、その行動は予め猫吊るしによってプログラムされたモノ。どれだけ生物のように動き、話し、食べたり飲んだりしたとしても、その全ての行動は猫吊るしの設定したモノ。裏切ることなど出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし現に……とこの短時間で何度も頭の隅で考えている。その結論は決まっていて“分からない”となる。その苛立ちがイブキへの殺意を膨らませる。ギリッ、と強く歯を食い縛り、異形が掴んでいた砲弾をイブキ目掛けて投げ付けた。力任せに投げられたソレは武蔵の時よりも数段上の速度と威力を誇っているであろうことは見て取れる。が、今更そんな攻撃がイブキに通じるハズもなく、イブキは右方向へと跳ぶことで回避する。

 

 攻撃が当たらなかったことで猫吊るしの苛立ちが増す。他の艦娘ならば、その命を容易く奪えるのに。深海棲艦ならば、姫であろうとも沈められるのに。たった1人だけ、たった1つだけ、たった1個の命だけが、どうしても奪えない。

 

 「~~~~っ!!」

 

 最早声にならない程に怒り、その表情を歪める。見ようによってはそれは、幼い子供が起こす癇癪のようにも見えた。

 

 「……ふっ」

 

 「っ!? う……ぐ……が、ああああっ!! ああああああああっ!!」

 

 そしてその怒りは、イブキが鼻で笑ったことで爆発し、猫吊るしは獣のように叫びながら建物から飛び降りて着地し、イブキへと突撃するのだった。

 

 

 

 

 

 

 「やっ!」

 

 「ふっ!」

 

 夕立がいーちゃん軍刀を両手で持ち、縦一閃に降り下ろす。それを日向は左手の()()()()で防ぎ、振り払うように振るうことで弾き飛ばした。難なく着地した夕立だが、その表情は驚愕に染まっている。

 

 それもそうだろう。イブキの軍刀は総じて切れ味が鋭く、艦娘と深海棲艦の装甲、艤装程度ならばあっさりと両断出来る。しかし、日向が盾のように使用した飛行甲板は切り傷こと付いているものの斬れてはいない。本来ならば、ソレごと左手を斬り落とせているハズなのに。

 

 「随分と不思議そうだな。そんなにこの飛行甲板が斬れなかったことが意外か?」

 

 「……」

 

 「無視か……まあいいさ。私の艤装はイブキと戦う為に提督に少々……いやまあ、かなり無理を言ってな、他の艦娘よりも強化されている。具体的に言うなら、斬撃の耐性を上げてもらった。上がったのは強度だけだし、まだまだ試作段階のものだが……成果は見ての通りだ。完全ではないが、2、3回くらいならなんとか防げるみたいだな。無論、幾ら強度を上げたとしてもイブキにはまだ届かないだろうが……」

 

 

 

 ― お前になら、充分だろう ―

 

 

 

 「っ!?」

 

 日向が左腰に差していた軍刀を右手で引き抜き、そのまま横に一閃する。反射的に夕立はいーちゃん軍刀を縦に構えることで防ぐ……が、駆逐艦故の体重の軽さのせいか戦艦の腕力に耐えきれず吹き飛ぶ。しかしそんなことは馴れている夕立は上手く体を動かして吹き飛ばされた方向にある壁に足から着地し、そのまま足場として跳び、日向に向かって斬りかかる。日向はその突撃を体を逸らすことであっさりと避け、着地して振り向こうとしている夕立へと艤装の砲身を向けた。

 

 「ヤバッ」

 

 「こんな所で撃つ訳がないだろう?」

 

 「っ、ああもう!」

 

 「ほう、戦艦(わたし)の腕力を受け止めるか……イブキ同様に、お前も普通じゃないな」

 

 それを見て避ける為に左側に跳んだ夕立の着地点に向かって日向は悪戯が成功したかのように笑いながら軍刀を降り下ろす。流石に避けることが出来ない夕立は苛立ったように悪態をつき、いーちゃん軍刀を横に構えて両手で支え、受け止める。駆逐艦にしか見えない夕立が受け止めたことに驚きつつ、日向は好戦的な笑みを浮かべ、夕立は苦々しく表情を歪めた。

 

 日向は、間違いなく夕立が出会った艦娘の中で最強の位置に居た。夕立の動きは正面から下から上からと三次元的なモノであり、海上での戦いを主とする艦娘には馴染み深くない。今でこそ強化艤装によって跳んだり走ったりと出来るようになっているが、やはり馴れない者が多い。だからこそ、夕立の動きを捉えきれず、翻弄され、そのまま沈められる艦娘ばかりだった。しかし、この日向はそんな艦娘達とはまるで比べ物にならない。

 

 それもそうだろう。日向は初めてイブキに敗北して以来、常にイブキを打倒する為に訓練を重ねてきた。剣を学び、格闘技を学び、対人戦を学び、ただただイブキを倒す為に己を磨き上げてきた。強化艤装を海軍で最初に使いこなしたのも日向であり、イブキと剣を交えたのも日向のみ。海軍で最強の艦娘は誰かと聞かれた場合、真っ先にこの日向の名が上がるまでになっている。言わば日向は、海軍で最もイブキ……軍刀棲姫を倒す可能性が高い艦娘なのだ。

 

 「普通のっ、戦い方じゃない貴女に……言われたくないっぽい」

 

 「私の目的はイブキなのでな、普通のやり方ではアイツには勝てんよ」

 

 2人共本来の艦娘、深海棲艦の戦い方ではない。しかし、その普通ではない戦い方だからこそ、より高みへと登ることが出来た。強くなるのはイブキと共にある為に、イブキを打倒する為に。今の2人には生半可な艦娘、深海棲艦では歯が立たないだろう。それほどに、彼女達は強くなった。

 

 夕立が防いでいた軍刀を斜に構えて日向の軍刀をずらし、拮抗から抜け出しつつしゃがんでいた脚に力を入れて跳び上がり、顎目掛けて蹴りを繰り出す。所謂サマーソルトだが、日向は顔を逸らすことで避け、体を捻ることで艤装を夕立に当てようとした。流石に跳び上がった直後の姿勢だった夕立は当たりそうになるが、迫り来る艤装の上に手を置いて腕力だけで体を持ち上げ、艤装の勢いを使って体を日向に向けながら横に回転させ、その回転を加えて縦一閃に軍刀を振るう。それを日向は左手を上げることで飛行甲板を盾にして受けた。

 

 瞬間、日向は飛行甲板を切り離して下がる。その直後に飛行甲板は軍刀の一撃に耐えきれず切り裂かれ、その役目を終えた。そのまま受け止めていれば腕ごと斬り飛ばせたのにと夕立は舌打ちし、日向は楽しそうな笑みのまま危ない危ない、と小声で口にした。

 

 (決めきれない……やっぱりコイツ、結構強いっぽい)

 

 (後2、3回はもつと言っておきながらこの様か……まあ腕を切り落とされなかっただけ良しとしよう)

 

 2人の戦いの決着は、まだ着きそうにない。

 

 

 

 

 

 

 「翔鶴、まだ連絡は来ないのか!?」

 

 「ええ、来てませんよ長門さん。便りがないのは元気な証拠、とも言います。もう少し待ってみたらどうですか? 彼女達が突入してから、まだ30分も経ってませんよ?」

 

 「しかし、もうとっくに梯子を降りきって拠点内に侵入していても可笑しくはない! なのに経過報告も突入を伝えることもしてこないのは何故だ!?」

 

 「知りませんよそんなこと……」

 

 翔鶴は長門の心配から来る叫びを煩わしいと感じつつ、表面上は無表情を装う。確かに突入してから30分近い時間が経っていて連絡も一切入ってきていない……が、翔鶴にとってそれはどうでもいいことだった。翔鶴が突入した日向達に望んでいるのは、別に拠点の制圧や敵戦力の排除等ではない。むしろ排除されて戦果を彼女達……正確に言うなら、日向以外の4人に得られてしまうのは困る。日向を除く4人……神通、高雄、霧島、陸奥には、死んで貰わなくてはならない。

 

 翔鶴は実際のところ、連合艦隊を率いたところで勝てる見込みはないと思っていた。というか、4桁5桁の深海棲艦を斬り伏せた軍刀棲姫の仲間が弱いとは到底思えなかったのだ。常識が通用しない相手の仲間なのだ、その仲間にも常識が通用しない可能性だって充分あるし、その可能性はこのサーモン海域最深部に来たことで確信となった。おまけに籠城を決め込まれては打つ手がほぼない。その打つ手……突入をしたところでどうしようもないと理解もしていた。連合艦隊で勝てない相手に単艦、少数で挑んで勝てる道理などないのだから。

 

 翔鶴が望んだのは……はっきり言ってしまえば、日向以外……というか日向は生きようが死のうがどっちでもいい……の味方の死。そうすれば敵が強かろうが関係ない、回天で全て吹き飛ばせばいいのだから。

 

 (そもそも、あの総司令を()()()()()()()()()()()()()()()人達と同じ艦隊だなんて……虫酸が走ります)

 

 翔鶴を含めた元元帥第二艦隊の面々は元第一艦隊の艦娘達よりも善蔵への愛や信用、信頼等の感情が大きい。それこそ神を信仰するかのように。だからこそ第一艦隊に選ばれた時は狂喜したし、天にも登るような気持ちだったことだろう。しかし、翔鶴だけは違った。彼女だけが唯一、今の善蔵を別人であることを見抜いていた。確たる証拠などない。なのに何故見抜けたかと聞かれれば、翔鶴は女の勘と答えるだろう。

 

 だからこそ、翔鶴は同じ気持ちでありながら本物か偽物かを見抜けない仲間達を嫌悪する。そもそも仲間と言ってもそれは同志とも言うべきモノで、境遇が似通っていた故の親近感を感じていた程度のこと。苦楽を共にしたというような深い絆等有りはしないのだ。だからこそ、翔鶴は高雄達をあっさりと虎穴に送り込める。最初から生きて帰ってくることなど期待してはいないのだから。

 

 (とは言え、遅いのも事実。万が一、億が一にでも回天を無効化されでもすれば本当に打つ手がないですし……仕方ありません、あんな善蔵様に良く似たモノの声を聞くのも苦痛ですが、指示を仰ぐ時位は我慢しましょう)

 

 「……大本営に指示を仰ぎましょう。私達ではこれ以上作戦は浮かばないですし、突入した彼女達のこともありますしね……今更ですが」

 

 「ああ……分かった」

 

 悔しそうに俯く長門を感情を感じさせない眼で見ながら、翔鶴は大本営へと通信する。正直に言って何の期待もしていないが、思わぬところに突破口があったり閃いたりするのは稀にある。とは言ってもあの“善蔵”のことだ、何かしらの無茶振りをされるだろう……そんな気持ちで居た翔鶴だったが、いつまで経っても通信が繋がらないことに不審げに眉を潜めた。

 

 通信の先は作戦指令室。読んで字の如く、作戦を考え、伝えることを目的とした部屋である。そこには善蔵擬きが居るハズであるし、その他にも人間、艦娘が居るハズである。何時如何なる時も対応出来なければならない故に必ず4人以上の人数が充てられているので誰も居ないということはないだろう。電波が届かない、なんてことも有り得ない。

 

 「……通じませんね」

 

 「何? どういうことだ……」

 

 繋がらないなんてことは艦娘が生まれて以来前例が無い。長門を含めた周りの艦娘が思案顔になる中、翔鶴もまた頭を回す。通信が繋がらない場合の理由は幾つか考えられる。機器の破損や電波が届かない、相手が居ない……とそこまで考えた時、翔鶴はハッと顔を上げる。そして通信をする相手を作戦指令室のモノから別の相手へと代え、再度通信する……それを数度繰り返したが、どれも繋がらない。その結果により、翔鶴は9割9分確信した。

 

 

 

 「……大本営が襲撃を受けている可能性があります」

 

 

 

 「何!? どういうことだ!!」

 

 長門の口から出たのは先程と同じ台詞だが、今度は必死さが違う。そんな彼女を見やり、翔鶴は自分の考えを口にする。

 

 「消去法で考えた末の結論です。作戦指令の他に防衛戦力である艦娘の何人かに通信をしましたが、これも繋がりませんでした。我々が出撃した後は帰艦するまで出撃準備をしている以上、艤装を着けていないハズがない。なのに、1人も通信には出ない……出る余裕がないか、機器が破損して出られないかと考える方が自然です」

 

 「つまり、防衛戦力を越える戦力が大本営を襲撃している……と?」

 

 「バカな! 防衛戦力には武蔵や雲龍を初め、大将第一艦隊級の戦力が居るハズだ、早々遅れを取るハズが……」

 

 「多勢に無勢となっているのか、それとも……軍刀棲姫本人、或いはそれと同等の力を持つ深海棲艦が現れたのかも知れません……少なくとも、楽観視は出来ないですね」

 

 翔鶴の考えを聞き、周囲が青ざめる。現時点が確認する術がない為、全ては想像に過ぎない。だが、考えすぎと笑うには通信が繋がらないという事実は大きい。後は彼女達に心の余裕があまり無いこともあるのだろう、その想像を事実と認識し始める者も出ている。

 

 幸いなのは、その話をしていたのが翔鶴、長門達、日向の仲間達、他数名程度だったこと。もしも連合艦隊全ての艦娘が聞いていれば、一部の艦娘が騒いでパニックになっていたかも知れない。

 

 「……私達の提督に連絡してみよう。もしも大本営が襲われているならば、何か情報が入っているかも知れないしな」

 

 「私も提督に連絡してみます」

 

 そうして長門、大和、他の艦娘が自分達の鎮守府へと通信するとそれらはあっさりと繋がった。そのまま現状報告と大本営と通信が繋がらない旨を伝え、何か情報は来ていないかを聞く。しかし、そう言った情報は入ってはいないと言う。

 

 この時の彼女達は知る由もない……大本営が深海棲艦化した猫吊るしによって建物の大半を破壊され、その中に作戦指令室も含まれていたこと。多くの人間と待機していた艦娘も死に絶え、救援を求める暇も無かったこと。そして……翔鶴が求める本物の善蔵が既にこの世に居ないことを。

 

 そして翔鶴は決断する。通信が繋がらないということは、作戦の変更や経過を報告出来ないし相談も出来ない。事実上、作戦指揮の全権は連合艦隊指揮艦である翔鶴に移る。ならば、ここでこうして難攻不落に近い拠点を前に無為な時間を過ごすよりも……と、そう考えた。

 

 「……半数の艦隊を帰還させましょう。問題は戻る半数の内約ですが……少なくとも私と大和さん達は残る必要があります。私は総指揮艦ですし、大和さん達は日向さんのこともあります」

 

 「そうですね」

 

 「じゃあ私達は戻る側に付こう」

 

 「大本営に敵が居る可能性を考えると戦力を偏らせる訳にもいきませんしね……距離もありますし、なるべく高速艦で纏まっている艦隊を戻すべきでしょう。かといって低速艦を置いていくと火力不足に……低速艦の皆さんには、少し無理して速度を出して貰いますよ」

 

 「任せろ」

 

 話し合いの末、連合艦隊の半数は大本営に向かうこととなった。その中には長門達の他に球磨達、摩耶達、白露達も含まれている。本来敵の本拠地に居ながら戦力の分散等自殺行為以外の何物でもないが、背に腹は代えられない。

 

 (後は野となれ山となれ……さっさと自分事全部吹き飛ばしてくれませんかね。それが善蔵様の真贋を見抜けなかった大罪を帳消しにする唯一の方法なのに……)

 

 戻って行った艦隊を見た後、翔鶴はゴミを見るような目で縦穴の下の闇を覗きながらそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 「今のままでは勝てないですー」

 

 「例えあの艦娘達と力を合わせたとしても不可能ですー」

 

 「相手の装甲を抜く火力が足りない……せめて豪運の軍刀があれば良かったんですがー」

 

 「それなら、新たにあの害悪の装甲を切り裂く軍刀を生み出すしかないですねー」

 

 「“あの”軍刀は不知火さんに渡してしまいましたからねー」

 

 「新しく作るのも面倒ですしー、ふーちゃんをパワーアップしましょー」

 

 「新たな刀身の作成ですー」

 

 「材料なんてそこら中にあるですー。何せ我々妖精の科学力は世界一ですー」

 

 「その通りですー。我々妖精は現在の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()上に()()()()()()()()()()()()()()()んですからねー」

 

 「では作りましょう。この場に相応しい最高の一振りを」

 

 「今度こそ“奴”を打ち倒せる至高の一振りを」

 

 「()()()()()()()()愛するイブキさんに最強の一振りを」

 

 

 

 「「「そして、我々の“願い”を叶えて下さい」」」

 

 

 

 

 

 

 「任せろ……その“願い”、叶えてやる」

 

 妖精ズにそう返した後、怒りに我を忘れて突っ込んでくる、俺と良く似た姿の元妖精を見る。あいつは強い。ふーちゃん以外じゃ斬れない装甲、俺と同じく飛んでくる砲弾を見切る動体視力、それを対処するスピードとパワー。明らかに他の艦娘と深海棲艦を凌駕してるというか、ゲームであんなもん出てきたら暴動が起きる。それくらい非常識な存在。ある意味、俺よりもイレギュラーな奴だ。そしてきっと……このイレギュラーな元妖精を倒すことこそが俺がこの世界に生み出された理由。妖精ズが言ったように、俺を生み出した理由。

 

 ずっと疑問だったんだ。俺は何故この世界に憑依だか転生だかをしたんだろうと。交通事故に遭った記憶も無ければカミサマとやらに出逢った記憶もない。前世と呼ぶべき記憶はあるが、どうにもツギハギだらけで、時系列も安定していなくて、性別や家族構成もまばらだったりで奇妙なことになっていた。曖昧な部分が多く、中には誰かに看取られながら死ぬ記憶もあり、妻が産んだ我が子を抱く瞬間の記憶もあり、逆に自分が産んだ記憶もある。我ながら訳の分からない記憶だったが、妖精ズの言葉でようやく理解……少なくとも、仮説は立てられた。その仮説があっているかどうかは……。

 

 (お前を倒してから聞いてみよう)

 

 そう思いながら、俺は迫り来る元妖精に突っ込んでいった。




という訳で、あんまり進んでないながらもイブキの存在について少し触れました。後、夕立と日向が艦これしてません。格ゲーみたいになってます。どうしてこうなった……書いてて楽しいですが。

そう遠くない内に完結しそうです。60話までには完結させたいとも言う←



今回のおさらい

不知火、目指せ名誉挽回。しかし建物の中にはアイツがいる。猫吊るし、艦娘達に絶望を与える。しかしイブキにブチギレる。夕立と日向、戦闘中。未だ決着は着かず。妖精ズ、イブキに願いを託す。その願いとは。イブキ、猫吊るしに再び闘いを挑む。自身が建てた己という存在の仮設とは。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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これからもずっと、一緒ですよ

大っ変長らくお待たせしました。待っていて下さった皆様には謝罪及び感謝感謝です。

詰まっていましたが、どうにか形に出来ました……うん、本当に難産でした。ついでにららマジ(絵に釣られて)、はがオケ(ボイロに釣られて)始めました←

今回、超展開。


 (当たらない!)

 

 猫吊るしが右の巨爪を力任せに振るう。その切れ味と猫吊るしの艦娘、深海棲艦をも越える腕力を持ってすれば切り裂けないモノなど殆ど存在しないだろう。

 

 (当たらない!!)

 

 彼女の背後に浮いている巨大な異形が4本の巨腕を振るう。ストレート、降り下ろし、アッパー、フックと多様な軌跡を描くそれらは、猫吊るし以上の腕力を持って眼前の敵を打ちのめさんと攻め立てる。当たれば最期、後ろにある半ば廃墟と化した大本営のようにバラバラにされるだろう。

 

 (どうして……当たらないんですか!?)

 

 しかし、それも()()()()の話。相手が艦娘ならば、例え最強クラスの実力を持つ日向であっても避けられなかっただろう。深海棲艦ならば、例え姫であっても耐えられないだろう。だがイブキは今、猫吊るしの攻撃を避け続けている。

 

 巨爪を振れば当たらない位置まで下がられ、巨腕を突き出せば僅かに体を逸らすだけで避けられ、フックやアッパー、打ち下ろしは避けるか軍刀で受け流される。どれだけ攻撃の速度を上げても、イブキはまるで問題としていないかのように対応してきた。

 

 「くっ…この!」

 

 「撃たせんさ」

 

 「うがああああ!!」

 

 かといって砲撃しようと異形の腕を開いて砲身を出せば効きもしないと分かりきっている軍刀で斬りつけられて自爆を恐れて撃てず、艦載機を出せば出した瞬間から伸びる軍刀で斬り落とされる。その度にイライラが募り、攻撃の荒々しさが増していく。だが、単調にはなりはしない。今でこそ深海棲艦の姿、それもイブキに瓜二つの容姿になっている猫吊るしだが元は世界最高峰の頭脳と能力を持つ存在。怒りに我を忘れて、等という愚は犯さない。それでも、イブキには掠りもしなかった。

 

 (チッ……さながら最強の盾……どこぞの強欲のように生身の部分なんてモノは無いに等しい……厄介な)

 

 しかし、イブキはイブキで焦っていた。攻撃は見切られる。当たれば終わりだろうが、今のところまだまだ余裕を持って対応出来る……が、やはり殆どダメージを与えられない以上はじり貧と言う他にない。ふーちゃん軍刀をパワーアップさせると言っていた妖精ズもあれから何の返事もない……と言ってもまだ数分しか経ってないが……為、それが余計に焦りを生む。

 

 更に言えば、イブキは猫吊るしに砲撃も艦載機も使わせる訳にはいかない。砲撃の威力は実際に見たし、艦載機の攻撃力も予想が付く。イブキが現状何よりも怖いのは、猫吊るしが己を無視して他に攻撃することだ。何せ自分の攻撃は殆ど効かない以上、無視しても何の問題もないのだから。更に言えば、砲撃にしろ艦載機の攻撃にしろ、爆発や衝撃等の余波がある。今のような拳や爪は避ければ済むが、砲撃や爆撃は避けたところで余波が来る。どう足掻いても避けようのない、距離を取るくらいしかかわせない攻撃……それが今、イブキが絶対に相手に使わせてはいけない攻撃なのだ。

 

 「……ふっ!」

 

 「う、わ!?」

 

 避ける合間に右手のしーちゃん軍刀を猫吊るしの目に向けて伸ばすイブキ。生物は目、顔への攻撃を本能的に嫌う。元は人間であり、深海棲艦という生物となっている猫吊るしもその例に漏れないらしく、顔を引いて避けようとする。その結果、目に当たることなく額を掠る程度で済んでいた。

 

 しかし、そこで終わるイブキではない。左手のみーちゃん軍刀を軽く後ろへと上方向に放り投げ、それによって空いた手を猫吊るしの服の胸元を掴み上げ……そのまま後ろに振り返り、さながら野球のピッチャーのように猫吊るしを投げ飛ばした。その際、異形はその場に置いてきぼりとなっている。

 

 「ぐ、うっ!」

 

 「はっ!」

 

 背中から落ちたが、そんなことで深海棲艦にダメージは与えられない。が、息が詰まるという現象は起きる。何故なら体内の構造は人間とそう変わらないのだから。故に、猫吊るしの動きが一瞬止まり、その隙に放り投げていたみーちゃん軍刀を再び手にして近付いていたイブキは彼女の両腕を踏みつけて動きを封じ、首目掛けて唯一ダメージを与えられるしーちゃん軍刀を振るう。

 

 「っ、ちぃ!」

 

 しかし、振り切る前にイブキは真上へと飛び上がる。すると直前までイブキが居た場所を背後から近付いていた異形の手が通り過ぎた。それとは別の腕が上空のイブキへと伸ばされるが、イブキはしーちゃん軍刀を斜めに伸ばして切っ先を地面に突き刺し、更に伸ばすことで空へと斜め後方に逃げ、距離が出来たところで刀身を戻して着地する。

 

 「このっ……ちょこまかちょこまかと……どうせお前の自慢の軍刀は私にロクなダメージを与えられないんです。いい加減諦めて……私に殺されろおおおおっ!!」

 

 火に油を注ぐが如く、猫吊るしの怒りは膨れ上がる。同時に、イブキしか目に入らなくなる。自分を無視させないという思惑は成功しているが、やはり倒せないことに加え、自分以外を意識させてはいけないのは精神的にキツイものがあるらしい。イブキの頬には水飛沫とは別に汗が流れていた。

 

 再び猫吊るしの暴風のような攻撃が始まり、可能な限り接近して避け続け、時折無駄な攻撃をして意識を向けさせる。死と隣合わせの攻防、掠れば、服の端を掴まれでもすれば終わりの緊張感の中で、イブキはただただ逆転の時を……軍刀妖精達がふーちゃん軍刀をパワーアップさせる時を待つ。今はそれしか、目の前の自分似の化け物を倒す手段がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 通信をする為に大本営へと向かっていた不知火は時折聞こえる爆発音と猫吊るしの怒りの叫びにビクッと震え、思うように速度が出ない艤装の不調にイライラしつつも陸地に上がることが出来ていた。

 

 「……守ってきた物が壊れるというのは……やはり心にキますね」

 

 全壊に近い半壊……そんな建物と散乱する死体を見て、不知火の口からそんな言葉がポツリと溢れる。かつて……と言っても半年も経ってないが、彼女も元々は元帥第一艦隊……この建物を含め、中で働く人間を、仲間を、それ以外の人類を守ってきた者の1人。その対象がこうして守れずに壊れ、死んでいる姿を見るのは涙が出そうな程に辛かった。心無しか艤装がより重くなった気がした不知火は、溢れそうになる涙を堪えるように強く目を瞑り、首を数回振って再び前を向き、建物へと向かう。時間にすれば10分にも満たない距離だが、その海から建物までの僅かな距離が、不知火には地獄に等しく感じられた。

 

 視界の端に、瓦礫に潰された人間の死体が映った。別の場所には猫吊るしの砲撃の余波に巻き込まれたのか、原形を留めていない死体もあった……その体に残っている衣服から、艦娘のものであると辛うじて分かる。誰かは分からないが。

 

 (……感傷に浸るのは後です。今は通信をして、連合艦隊を止めて、それ……から……っ!?)

 

 

 

 ー キケンナヤツガクルヨ ー 

 

 

 

 不意に、胸ポケットに入れてある駆逐棲姫春雨の破片がドクンと脈打った気がした。同時に、頭の中で声がした気がした。不知火は反射的に服の上から破片を握り締め……目的地の建物の壊れた壁から黒いナニカが出てくるのを見て、瓦礫の影に咄嗟に隠れた。

 

 それは、矢矧が転生した深海棲艦“軽巡ツ級”。だが、そんなことを不知火は知る由もない。しかし、艦娘から深海棲艦に、もしくは深海棲艦から艦娘へと変わることを知っている為、建物から深海棲艦が現れたことは彼女にとってそこまで大きく驚く所ではない。問題なのは、相手……ツ級が見たことも聞いたこともない姿の深海棲艦であること。

 

 (姿から言って鬼や姫である可能性は低い……ですが、さっきの声……“危険な奴が来る”と、そう言っていました。恐らく、あれは今の私では手に負えない相手……ましてや海上ではなく艤装も不調な現状では余計に……)

 

 不思議と不知火は、先程頭に響いた声を信頼していた。それはどこか懐かしい声だったからというのもあるだろうが、それとは別に右側のスカートに隠れるように右足の太ももに巻いているベルト、そこに取り付けているイブキから受け取った果物ナイフ程度の大きさのナイフもドクンと警告するかのように脈打ったように感じられたからだ。2つの“遺品”が同時に、深海棲艦が現れたタイミングで妙な感覚を発し、片方は実際に声で警告までしてきた。明らかな超常現象……オカルトの類いの出来事であるが不知火自身も似たようなモノ、気のせいと断じることはしない。

 

 ツ級はゆっくりとした足取りで建物から出て不知火が隠れている方へと歩いてくる。見つかっているのかどうか定かではないが、少なくとも両手の主砲がいきなり火を噴くことはないらしい。そのことにホッと安堵の息を漏らしそうになるが、不知火は必死に可能な限り息と気配を殺す。元は他の鎮守府でスパイ活動を、時には暗殺もしてきた彼女だ、その辺りの技術は艦娘の中でも抜きん出ている。

 

 (……まるで昔に戻ったみたい……なんて、まだ半年も経ってないのに)

 

 そんなことを考えて、内心で苦笑する。約50年、渡部 善蔵から命令された不知火の日々は正しく灰色だった。仲間を欺き、内心を隠し、時に殺めることを繰り返す日々。いつしか心を殺すことを覚え、命令ではなく自然と表情を無くし、人形か機械のように命令を遂行するだけになっていた。そんな中で、善蔵の息子である渡部 善導の鎮守府に潜入して触れ合い、色を取り戻しかけ……結局また失った。その後もそんな日々が続き、これからも続くのだろうと思っていたが……それが今では色を取り戻し、自分自身を取り戻し、善蔵の元から離れ……短い期間に良くもまあ変わったものだと再び苦笑し、まるで走馬灯のようだ等と冗談半分にまた苦笑して。

 

 

 

 背後の瓦礫を突き破って出てきた黒い巨腕を、形振り構わず前転することでギリギリ避けることが出来た。

 

 

 

 

 (……こういうのを“経験が活きた”と言うんでしょうかね)

 

 形振り構わない前転のせいで服や体の露出している部分が汚れてしまい、艤装を強く体に打ち付けたことによる鈍い痛みがあるが、生きている。そのことに今までの経験に感謝しつつ、敵へと向き直る。

 

 瓦礫を突き破ったことで起きた砂埃の中からゆっくりと現れたのは、やはりツ級。掴み損ねた自分の手をニギニギと何度か握って開いてを繰り返した後、手のひらに向けられていたであろう視線が不知火へと向けられ、首を傾げる。不知火には、それがまるで幼子が疑問を感じているかのようにも見えた。となれば、自分は今正に子供に羽や手足を毟られそうになっている昆虫と言ったところだろうか……と、彼女は笑えないことを内心で呟く。しかし、視線はツ級から逸らさない。あの巨腕に掴まれでもすれば間違いなく終わる。その腕に付いている砲身による砲撃も直撃すれば……その結果は言うまでもない。

 

 (選択肢は逃げるか立ち向かうの2択……とは言え背中を見せる訳にはいきませんし、事実上立ち向かうしかないですね……)

 

 「今の私にどこまでやれるか分かりませんが、ね!」

 

 不知火は考えをまとめ、首を傾げることを止めたツ級に向けて主砲を向ける。そして着弾してツ級が爆煙に包まれたことを確認し、その場から離脱して建物へと向かう……背中を向けることはしたくはなかったが、瓦礫が散乱するこの場では後ろ向きに走るなど自殺行為と判断し、走り抜けることにした。

 

 (ダメです、砲身が動く時間が長い上に明らかに弾道がずれました……不調にも程がある。ですが、撃てたので良しとしましょう。最悪、撃てないことも視野に入れていましたし)

 

 今の砲撃で分かったことは、やはり現状の不知火はまともな戦闘……砲雷撃戦が、地上に居ることを差し引いても出来そうにないということ。先程の砲撃、不知火は威嚇と爆煙による目隠しも兼ねてツ級の足下に向けて撃ったつもりだった。が、実際は足下を大きく外れてお互いの丁度間辺りに当たった。砲身が思うように操作できず、上手く狙えなかったのだ。()()()()()()()()()()()()()ハズなのにこの誤差は不調とは言え可笑しい……とそこまで考えたことで、不知火はようやく不調の理由に気付いた。

 

 (そうでした、妖精はイブキさんが全て……)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。地下の部屋で軍刀妖精達により、不知火の艤装に宿っていた妖精達は艤装から弾き出され、猫吊るしを殺す為にイブキによって全て斬り捨てられている。つまり、不知火の艤装には現在妖精が宿っていないのだ。言ってしまえばそれだけのことだが、それが何よりも重要なのである。

 

 艦娘の艤装は深海棲艦とは違い、全て後から装備する。その為、実際のところ艦娘単体に出来るのは引き金を引いたり矢を放ったりすることくらい……いや、艦娘と艤装には過去の軍艦としての繋がりがあるのである程度……本当にある程度だが操作することは出来る。だが、その繋がりだけでは齟齬が生まれ、望むような結果は得られない。その齟齬を無くし、スムーズな操作を行わせ、戦闘をしやすくするのが、艤装に宿る妖精達の役目である。何故なら、艦娘達はあくまでも船である。そして、艤装を着けることで軍艦として完全な状態となる。だが船は、乗組員が居なければ動くことも儘ならない……艦娘や提督の殆どが妖精を補助程度にしか考えていないが実際は違う。妖精が居なければ、艦娘は艦娘として戦うことも儘ならないのだ。

 

 それに対して、深海棲艦は艤装と船体が1つとなっている。つまり体の一部であり、手足のように扱うも同然なのだ。鬼や姫の異形も同じようなモノであり、妖精がサポートする必要はない。この差は大きいと言えなくもないが、本来ならば妖精が宿っていない艤装等、廃棄された物くらいしか存在しない……しかし、地下室での出来事が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という例外を作り出してしまった。

 

 とは言え、危機は脱した。戦闘に支障が出てはいるがツ級は煙の中、周囲にはツ級以外の敵の姿、気配はない。建物が半壊しているものの、不知火の記憶通りなら作戦指令室等の通信機が置いてある場所は何とか無事……不知火の居ない内に場所が変わった可能性は否定できないが。最悪、工匠やドックにでも行けば通信機が付いている艤装があるだろう。そう考えて建物とドックの交互に視線を送り……。

 

 

 

 30センチはあろう瓦礫が、猛スピードで不知火の後頭部に直撃した。

 

 

 「がっ……!?」

 

 頭が砕け散ったような、首が千切れたような激痛と共に、彼女は顔から地面に激突しつつ二転三転と回転し、仰向けに停止する。幾ら艦娘が頑丈で、深海棲艦同様に現代兵器や多少の接触事故や高所からの落下では死なないように猫吊るしによって()()されているとは言え、傷は負うし血も流れる。意識だって失うこともある。幸いにも意識を失うことこそ無かったが、頭が激しく揺れたせいで脳震盪を引き起こし、視界はグラグラと揺れて意識も朦朧としていた。

 

 (いっ……たい……な、にが……)

 

 後頭部から血が流れていく感覚を感じつつ、ピクリとも動かない体でどうにか何が起きたのかを把握しようとする。同時に、早くこの場から起き上がって逃げなければと焦燥感にも駈られていた。何故なら、今こうして横たわっている間ずっと、ナイフと破片が熱を持って振動しているからだ。

 

 ー ハヤクタッテ、シラヌイチャン ー

 

 頭に響いた声も焦っているようだった。だが、その声には応えられなかった。今も不知火は動こうとしている。しかし、どうしても体が動いてはくれなかったのだ。其ほどに、不知火の受けたダメージは大きい。人間とほぼ同じ体の構造をしているが故に、頭へのダメージは艦娘にとっても無視できないことなのだ。

 

 (立た……ないと……)

 

 そうは思う。だが、どうしても体が言うことを聞かない。今も視界は揺れ続け、吐き気がしている。そんな視界の中で動く黒い影……その影が近付いて来ても、不知火にはどうすることも出来はしない。その影が頭の上まで近付き、腕を振り上げても……逃げられない。

 

 (……すみません……イブキ、さ)

 

 そして影……ツ級は、不知火の体を押し潰すように振り上げた巨腕を降り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 『こちら雷よ。敵艦……の沈黙を確認したわ』

 

 『こちら時雨。僕も敵艦の沈黙を確認したよ』

 

 『『こちらレコンデース。敵艦沈黙、割トシツコカッタゼ。キヒッ』』

 

 『こちら戦艦水鬼扶桑。問題なく終わったわ』

 

 場所は変わり、サーモン海域最深部……戦艦棲姫山城の拠点の5つある出入口での戦いは決着が着いていた。結果は山城達の全勝で終わる。無論、誰一人として死んではいない。

 

 雷と神通の戦いは、雷が優勢のまま進んだ。小柄な体と駆逐艦特有のスピードをもって神通を惑わせ、最終的に錨の一撃を頭部に見舞うことで気絶させた。時雨と高雄の戦いも似たようなモノで、決め手は踵落とし。レコンは霧島に一方的に殴り勝ったし、扶桑に至っては他の3人が終わる前に終わらせている。

 

 「皆お疲れ様。追い出すからエレベーターの上に載せておいてね。それから、海上で動きがあったわ。どういう訳かはわからないけれど、半数を残して連合艦隊がこの海域から去り始めたみたいね」

 

 1人別の部屋で海上と出入口での戦いを見ていた山城は4人の通信を聞き、海上の状況を伝える。彼女自身、何故連合艦隊の半数が去っていったのか理解していなかった。何せ海上の状況を知ることが出来る、海色の迷彩を施している監視カメラは音までは拾えないからだ。因みにこの監視カメラ、妖精達の技術力によって荒波だろうと台風の中だろうと問題無く位置を自動調節出来、そこで留まれる優れものである。

 

 『そう……何でかしら?』

 

 『さあ……まあ私達としては、敵が減るのは良いことだわ』

 

 『『キヒヒッ。コノ程度ナラ、俺ハ問題ニナラネエナ。メンタルには響きそうデスガネー』』

 

 『……ところで山城。夕立から通信はないのかい?』

 

 「……夕立は少し長引くと思うわ。彼女と戦ってる日向……かなり強いわね」

 

 時雨の質問にそう返し、4人からの驚きの声を聞きつつ、山城は夕立と日向の戦いが映る画面を見る。4人の戦いは程度の差はあれど一方的と呼べるモノで、危なげなく勝利していた。だが、この2人の戦いは違う。力と力、技と技、経験と経験がぶつかり合っている死闘と呼んでも過言ではないだろう。

 

 『僕達も向かった方がいいかい?』

 

 「そうね……万が一を考えて、時雨は向かってくれる?」

 

 『私達はどうするの?』

 

 「とりあえずそこから離れて、夕立の場所以外のエレベーターを動かすから。その後は……出入口付近で待機ね」

 

 【了解】

 

 通信を切り、山城は改めて沢山ある画面を見る。海上は半数を移動させたとは言え、それでもまだ70近い数が居る。相手の練度次第では今の拠点にある全戦力を奇襲に注ぎ込めば、乱戦に持ち込んで殲滅……は無理でも多大な損害を与えることは可能だろう。いい加減外に出ていた部下達も帰ってくる頃であるし、そうすれば殲滅も夢ではない。しかし、それは山城側の損害も多くなる。

 

 (やっぱり……“見せしめ”は必要かしら)

 

 山城はにやり、と暗い笑みを浮かべる。古来から敵側に恐怖を与える為の行動というモノは存在する。例えば公開処刑、例えば串刺しの刑。非人道的ではあるが山城は人間ではないし、むしろ深海棲艦なのだから人間の敵。人間の味方をする艦娘の敵。艦娘時代の記憶もあるが、姫としての時間の方が長い。イブキのこともあり、山城自身は人間側に対していい感情は殆ど無く、艦娘に対しても同様。艦娘のままである時雨と雷に申し訳ないという気持ちが無いでもないが、拠点を守る為ならば何でもするという気持ちもある。それに……見せしめとするに相応しい“生け贄”も4隻程転がっている。

 

 (爆弾処理も出来るし……ずっと動かない戦況のせいで弛んでる艦娘達の心にも恐怖心を植え付けられるかもしれない。それで帰ってくれれば万々歳、奮起してもどの道侵入経路なんて5つしかないんだから少しずつしか入ってこれないんだから現状と変わらない。むしろ奮起する分消耗するでしょうし……いえ、悪辣な手を使えば余計に危険視されるわね。こちらとしては“手出ししなければ無害”と思ってくれるのが一番な訳だし)

 

 深海棲艦としての本能か容赦のない方へと思考が行きかけるが、今後のことを考えて首を振る山城。確かに恐怖心を植え付けるなり力の差を見せ付けて敵対を躊躇させることも出来ないこともない。が、それをして本当に相手が手段を選ばなくなるという危険性もある。そんなことを言えばあらゆる可能性と危険性があるのだが。

 

 (ひとまず、エレベーターを上げて封鎖して4人は返しましょう。その後に警告をすれば……ま、後は相手次第かしらね)

 

 

 

 

 

 

 (悔しいけれど、強いっぽい!)

 

 「くはっ!」

 

 いーちゃん軍刀を日向の首目掛けて右から左へと横一閃する夕立。しかし日向は上半身を後ろへ逸らすことで避け、笑いと共に両手で握った軍刀を上段から反動を付けて降り下ろす。が、夕立もこれをバックステップで回避する。

 

 勝負が決まらないことに夕立は苛立ちを覚え、日向は楽しさを覚えていた。夕立からしてみれば、相手は今までに何隻も負かしてきた艦娘の中の1人。そんな1人をいつまで経っても……それも自分の距離である接近戦で倒せないことに。日向は心踊る相手と戦えていることに。

 

 「さっさと沈んじゃえっぽい!!」

 

 「それは出来ない相談、だ!!」

 

 今度は左側から回り込むように走って近付き、完全に日向が体ごと夕立を見た後に一足で右へと跳び、左脇腹目掛けて一閃。だが日向はくるりと軍刀を順手から逆手へと持ち変え、受け流す。また決められなかったことに夕立は舌打ちし、日向は冷や汗を流しつつも笑みを絶やさない。夕立はそのまま左から右へと斬り返すが、日向は下から上へと軍刀を振り上げることで夕立の軍刀を跳ね上げた。その動きに逆らうことなく夕立は後方へと跳び上がり、また距離を取った。その間に日向は再び順手へと持ち変え、両手で握って構える。着地した夕立も同じように両手で握り、構えた。

 

 決めきれない夕立と攻められない日向。性能差は夕立の勝利。武器の性能も体の性能も、日向が勝っている所など無いに等しい。それでも日向を倒し切れないのは、彼女が夕立の攻撃の全てに紙一重ながらも対応出来ているからだ。先の回り込みからの横っ飛びの後の一閃等、日向以外の艦娘ならばあっさり切り裂かれていただろう。仮に防ぐなり避けるなり出来たとしても、斬り返しによる弐ノ太刀で斬られている。しかし、日向はその連撃に対応して見せたどころか反撃すらやってのけた。

 

 性能に差はあれど、実力は互角。このまま日向が凌げば、いずれ夕立が何らかのミスを犯すこともあるかもしれない。

 

 (……が、それまで保たんだろうな)

 

 チラッと、日向が自分の軍刀へと視線を落とす。妖精達に頼み込み、イブキと斬り合うことを目標として強度と切れ味を強化した軍刀。並の艤装なら難なく切り捨てるイブキの軍刀と斬り結べる時点でその強度を知ることが出来るだろう……だが、妖精の差なのだろうか、その刀身は刃溢れを起こし、一部に小さな亀裂が走っている。後何合出来るか分からないが、そう遠くない未来に折れることは予想出来た。そうなれば、日向は最早防ぐ術を持たない。日向の速度では夕立から逃れられない。つまり、負ける。

 

 (肉を切らせて骨を断つか? ……いや、肉も骨もまるごと斬り飛ばされるのがオチだな。どういう訳か、奴は“突き”をしてこない。縦横の違いはあるが、両断してこようとしてくる……どうにか誘発出来ないか……)

 

 どうにか突破口を見つけようとする日向に対して、夕立は苛立ちを表に出しながらも内心は冷静だった。確かに日向はこれまでの艦娘とは違うし、イブキに近い性能を持つ夕立に良く対応出来ている。だが、対応出来ているだけで凌駕できてはいない。しぶとく上手いが、倒すこと自体は別に不可能ではないのだ。

 

 (こういうしぶとい奴と屈強な奴は“肉を切らせて骨を断つ”捨て身戦法を取ってくる場合があるから“突き”だけはしちゃいけない……実際、盾みたいなので防いで反撃してきたし。イブキさんの教えを守っていれば、敗けはないっぽい)

 

 夕立が頑なに突きをしないのは、イブキの教えだった。それはとある錬金術師の漫画に出てくる某大総統が熊のような男に突きをした際に武器を失ったというシーンを思い出したからなのだが、そうとは知らない夕立はその教えを守っていた。それに、深海棲艦や艦娘は体を貫いた程度では死にはしない。それなら一気に両断してしまう方が早いのだ。

 

 窮鼠猫を噛む、鼬の最後っ屁、追い詰められた狐はジャッカルより凶暴、等々の言葉通り、傷付いた相手や追い詰められた相手というのは無傷の相手よりも厄介な存在となることが多い。獅子が兎を追うときも全力を尽くすように油断だけはしてはならない……そう教えられたからこそ、夕立は心は冷静にしている。頭の中がどれだけ海軍に対して怒り狂っていたとしても。

 

 「ふっ!」

 

 「っ、ちぃっ!」

 

 正面から斬りかかる夕立。これ以上打ち合いたくない日向は笑みを消し、体を左へと反らして回避する。そうして避けた日向を金色に光る眼で追いつつ、夕立は右手だけで軍刀を日向に向けて振るった。それを日向は左膝を曲げて体の位置を下げることで再び回避する……が、右舷に2つある主砲の内の1つを斬り飛ばされる。お互いにとって()()()()()()爆発はしなかったが、その結果に日向は顔をしかめた。

 

 (どうにも私は艤装を斬り飛ばされる運命にあるらしい、なっ!)

 

 「っと」

 

 「当たれえっ!!」

 

 「っ!? ぎゃうっ!!」

 

 「ぐっうっ!」

 

 右足を伸ばし、左足を軸に体を回転させて足払いを仕掛ける日向。夕立はそれを軽く跳んで避けるが、日向はそれを読んでいたように左舷の主砲副砲の矛先を夕立に向け、至近距離であることや縦穴の崩落の危険性等を無視して撃った。流石に空中に居ては避けることも出来ずに夕立は命中し、無理な姿勢で撃った日向は反動を殺しきれずに地面を転がる。全弾命中とはいかずに射線上にある縦穴の壁にも当たっているが、多少焦げ付いた程度で崩落することはなさそうだった。恐るべき強度である。

 

 地面を転がっただけの日向に対し、夕立は壁まで吹き飛ばされ、背中から激突していた。例え身体が頑丈でも衝撃まではどうしようもなく、夕立の口から空気が吐き出され、身体の前面から地面へと落ちる。

 

 (つぅっ……痛い、ケド……思った程じゃないっぽい。流石イブキさんの軍刀ね……)

 

 ダメージこそ負ったものの、実のところ夕立は日向の砲撃に直撃した訳ではない。避けることは出来なかったが()()()いーちゃん軍刀に当たり、威力を最小限に抑えられたのだ。運が凄く良くなる軍刀は伊達ではない。

 

 (勝機! ここを逃せば、もう来ないと言える程の!)

 

 「全主砲副砲、斉射ぁっ!!」

 

 「まずっ……」

 

 とは言え万全に動くのは厳しい程の大きいダメージ。可能な限り早く体を起こす夕立だったが、その直前に千載一遇のチャンスと見た日向が縦穴の強度から本気で撃っても崩落の危険は無いと判断し、残った艤装の主砲副砲全てを夕立に向けて放つ。距離は離れたし軍刀は壊れそう……ならば砲撃で面制圧するしかないと考えたのだ。

 

 そうして放たれた砲撃の一斉射は夕立が居た場所へと降り注ぎ……夕立がしていた、血の着いた雷巡チ級の仮面が宙を舞い、地面に落ちて割れた。

 

 

 

 「……夕立?」

 

 

 

 それは、応援に駆け付けた時雨が丁度辿り着いた瞬間の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 「作るとは言ったものの、アレと“同等以上のモノ”となると素材が厳しいですねー」

 

 「素材自体は山のようにあります。ですが、質を伴うとなれば……」

 

 「純度が足りないですねー。ふーちゃん軍刀の切れ味を誇りつつ強度も上げるのは……イブキさんにはああ言いましたが、正直なところ元の切れ味に出来るかも怪しいですー」

 

 「艦娘と深海棲艦が作られる際に必要なのは、より多くの“目に見えない材料”」

 

 「その材料を用いて軍艦の名前を元に身体を作り出し、予め設定された能力値や記憶、性格、人格、その他諸々をコピーしてペーストする。深海棲艦も同様」

 

 「艤装の作り方も、記憶や性格等をコピペしなくていい以外は変わりません。我々の軍刀、イブキさんそのものが他の艦娘、深海棲艦よりも遥かに強いのは、単純に設定した能力値とそれを再現出来るだけの材料があったからこそ」

 

 「しかし今、それだけの材料が手元にないですー。数があっても質が伴わない。せめて1つ、大元に出来る程のモノがあれば……」

 

 「長年を生きて経験を溜め込んだ肉体」

 

 「もしくは数多の感情を内に秘めた精神」

 

 「或いはそれらの支柱となる程の強靭な魂」

 

 「「「そんな最高で最良で最優の、どれかの材料があれば……」」」

 

 

 

 

 

 

 「ごっ……」

 

 ぐしゃりと胸から腰までをツ級の拳に潰された不知火の口から血が吐き出され、砕かれた骨が肉を突き破り、そこから血が吹き出す。一目で分かる程の致命傷、人間ならばまず即死……だが頑丈な艦娘としての身体がそれを許さない。身体が潰された程度では即死出来ない。心臓が潰れても数分ならば生きていられる。即死出来ないだけで、治療もせずに放置し続ければ死ぬことは確実なのだが。

 

 そんな不知火の脳裏に、過去の記憶が甦る。その大半は後ろ暗いスパイ活動や暗殺行為だったが、楽しかった頃……まだ笑えていた頃の記憶も確かにあった。その記憶が善蔵達と居た頃ではなくスパイ活動中……善導の鎮守府に居た頃なのは笑うべきか悲しむべきか。

 

 (……終わ……れない)

 

 そんな走馬灯を見て、不知火は血の涙を流した。それは単なる肉体の損傷によって起きた現象に過ぎないが、まるで不知火自身の感情を表すようなタイミングで起きた。

 

 (終わり……たく……ない……)

 

 あまりに灰色な今生。他の艦娘や提督が笑い合う姿を見る度に、無関心を装っては自分自身ですら気付かない傷を負っていた。楽しいことも嬉しいことも少ししか知らない。例え50年近い月日を生き抜いたと言えど、その心は子供のままだった。子供なりに考えて、子供なりに動いた。その結果がこの様だ。

 

 終わりたくない。その思いは、先程のようなイブキへの謝罪や自分の過去の行いの贖罪の為……そんなことからは生まれていない。言わば、自分の思い通りにならないのが気に入らない子供の癇癪。不知火という子供が、生まれて初めて起こした癇癪。

 

 ー 終ワラセナイヨ、不知火チャン……私ノ全テヲ使ッテデモ……ダカラ、生キテ。私ノ、大切ナ…… ー

 

 

 

 ー 大切な、友達 ー

 

 

 

 瞬間、彼女の身体が強く光を放ち、上から潰されたことによって肉体にめり込んでいた駆逐棲姫春雨の破片も同時に青い光を発した。

 

 「……?」

 

 強烈な白と青の光……転生する際に発される光を受けて下がり、不思議そうに首を傾げる。そして光が消え、その中から現れた存在を見て……ツ級は本能的に膝を着き、頭を垂れた。

 

 2色の光の中から現れたのは……“姫”。それも1度は沈んだ筈の駆逐棲姫と呼ばれた姫級の深海棲艦だった。が、その姿には幾つかの相違が見られる。

 

 第一に、その見た目。以前の駆逐棲姫の姿は駆逐艦“春雨”と良く似ていた。だが、この駆逐棲姫は肌が他の人型深海棲艦と同様に青白いことと髪色が白いことを除けば不知火と全く同じである。何よりも違うのは、その“左手”。以前の駆逐棲姫の左手には2連装の主砲があった。しかし、この駆逐棲姫は、主砲の代わりに単装砲とナイフが一体化したようなモノが取り付けられている。

 

 「……ア」

 

 確かめるように、駆逐棲姫が声を出す。

 

 「……ん」

 

 自身の身体を確認し、何が起きたのか理解しようとする。

 

 「……なるほど」

 

 そして、把握する。思い出す。感じる。自分に起きた出来事を。その直前に聞いた友達の言葉を。その身体に宿る友達の存在を。その左手にある、かつての仲間の存在を。

 

 故に、涙を流す。友達が文字通り命をくれたことに。かつての仲間がその手助けをしてくれたことに。転生しても“自分”の意識があることに。姿は違えど、また自分が自分として始められることに。

 

 

 

 「ありがとうございます……春雨さん。そして、大淀さん……これからもずっと、一緒ですよ」

 

 

 

 駆逐棲姫“不知火”……3つの魂を宿し、ここに生誕。




という訳で……まあ、色々ありました。はい、すみません。やり過ぎたとは思っている。そして進まなすぎとも思っています。次回かそのまた次回にはいい加減この長き戦い(作内では2時間も経ってない、多分)も決着を付けたいと思っています。

また色々と設定が出てきました、これはどこかに語録を記さないといけないレベルですね。また、流石に話数もそれなりの数になりましたので初期と現在で矛盾等もあるかも知れません。もし気付いた方が居ましたら、メッセージで教えて下さると有り難いです。

不知火の駆逐棲姫化は最初から考えてありました。というか遺品を持っている時点でフラグ← そして特に活躍することもなく不知火と1つになる大淀ナイフ。



今回のおさらい

雷達vs現善蔵第一艦隊(翔鶴除く)、決着。特に描写もない。夕立vs日向、決着? 血の着いた仮面は何を意味するのか。イブキvs猫吊るし、継続。軍刀は造れるのか。不知火、駆逐棲姫へと転生。3つの魂を1つに。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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死ぬか、生きるか

最終投稿からおよそ1ヶ月……大変長らくお待たせしました。ようやく更新でございます。

今回はおよそ14000文字……そして相も変わらず難産でした。

今回ついに……←


 (私は……私は何をしている)

 

 大本営近海の海上に力無く佇むのは、武蔵。周囲には同じように力無く佇む者、膝を着いて顔すら上げられぬ者、座り込んで静かに泣いてる者……武蔵自身を含めた“敗者達”が居た。そんな彼女達の前方……半ば廃墟と化した大本営の建物、その前にある陸地で、化け物同士の戦いが繰り広げられている。

 

 片や海軍では最早その存在を知らぬ者は居ないと言える、つい先程まで死んだとされていた存在……軍刀棲姫。片やその軍刀棲姫と良く似た姿をしている、武蔵達もその名を知らぬ新種の姫級深海棲艦。その新種の姫は只の一撃で武蔵達を戦闘不能にした……心も、身体も。

 

 (私に……何が出来る)

 

 あまりにも大きな差に、武蔵は折れた心で誰にでもなく問う。軍刀棲姫が現れ、死んでいった仲間の仇を討つべく動いて、新種の姫が建物から出てきて、一撃で心を折られた。本来ならば、防衛戦力である自分達があの新種の姫と、生きていた軍刀棲姫と戦い、大本営を守らなければならない。その為の防衛戦力、その為の艦娘だった筈なのだ。

 

 だが、現状を見ればどうだ。化け物達は武蔵達を歯牙にも掛けない。軍刀棲姫はまだしも、新種の姫は軍刀棲姫と戦い始めてから一瞬足りとも武蔵達に目を向けなかった。それはつまり、意識するような存在足り得ない……危険等とは微塵も思っていないということに他ならない。

 

 (悔しい……)

 

 渡部 善蔵の所業は知っている。それを承知で約50年付き従ってきた。彼の苦悩を知っている。だから付き従ってきた。自らの生まれた理由を知っている。だから守る為に、いつか戦いを終わらせる為に力をつけてきた。それが来る筈のない未来であると教えられていても。だから自分が、自分達が動かなければならないのだ。新種の姫も、軍刀棲姫も、自分達が倒さなければならない。それが存在理由だから、それが己の愛した人の願いだから。

 

 (なぜ私は……こんなにも弱い! なぜ敵であるお前達ばかり……そんなにも強い!!)

 

 同じように佇んでいた雲龍だけが気付いた。50年人前で泣いたことなどない武蔵が流す涙に、その姿から発されている嫉妬に。那智が沈み、不知火が去り、大淀が光の中に消えた時から、真の意味で共にあった雲龍だけが。

 

 彼女は武蔵にそっと寄り添い、抱き締めつつ目の前の戦いを見る。雲龍の目では、化け物同士の戦いを追うことは出来ない。正しく人外の戦い。まさか人の身で無いにも関わらずそんな感想を抱くとは思ってもみなかったが、そうとしか評価出来ない。だが、どちらに分があるか……と聞かれれば、答えることは出来る。

 

 (今のままだと……軍刀棲姫が負けるかもね)

 

 何度も軍刀棲姫の斬撃が当たっていることは響く音、姫の苛立ちの声で理解出来た。だが、姫が未だ健在ならば、それは攻撃が効いていない、或いは殆どダメージになっていないということになる。その現状が続いている以上、軍刀棲姫には他に打つ手がないのだと予想出来た。

 

 軍刀棲姫が負けるところを、雲龍は想像出来ない。同時に、新種の姫が沈む姿も想像出来ない。しかし、必ずどちらかの未来が訪れる。その場合……雲龍が見る限り、軍刀棲姫の敗北が濃厚。そうなれば海軍は終わるだろう。例え全戦力……文字通りの全ての戦力をかき集めて集中攻撃したとしても、あの新種の姫には傷一つ付けられずに終わるだろうから。

 

 (あまりに自分勝手で、とても直接口には出来ないけれど……勝って、軍刀棲姫。最早私達には……祈ることしか出来ないの)

 

 「……大きく迂回しながら陸地に上がり、救助活動をするわよ。もうここで私達が出来ることなんて……何も無いんだから」

 

 だから、雲龍は祈った。今この場……否、この世界で唯一、新種の姫と同等に戦える軍刀棲姫の勝利を。例えその後に自分達が沈められるかもしれないとしても、そう祈ることしか出来ないのだから。そうして雲龍は残存戦力を纏め、この場を去って破壊された大本営での救助活動を行うことを味方に告げる。それくらいしか、もう自分達には出来ないと悔しげに顔を歪ませながら。

 

 だが、その行動を起こすことは出来なかった。何故なら、動き出そうとしたその瞬間に……建物が吹き飛んだから。

 

 

 

 

 

 

 「がああああアアアア嗚呼嗚呼っっっ!!」

 

 (うるせえ……)

 

 あれから妖精ズにも軍刀にも反応が無い。何かしら小声で喋っているが、変化は訪れない……まあ正直な話、この身体のスペックが良すぎるせいか妖精ズの会話は全部聞こえてる訳だが。

 

 肉体だとか精神だとか魂だとかが必要らしいが、俺には思い浮かばない。だが、その辺に転がっている死体やそいつらの精神、魂では駄目なことは分かった。俺には分からない何かしらの基準があるんだろうが……正直なところ、限界は近い。

 

 「死ねえ!!」

 

 「死なんさ」

 

 異形の拳が振るわれ、避ける。本体の拳が振るわれ、避ける。異形の腕が開きそうになる……みーちゃん軍刀を叩き付けて無理やり閉じさせる。異形の頭が口を開いて噛み付いてくる、避ける。そんなことの繰り返しだが、微妙に速度が上がってきている。俺を捉えるにはまだ足りないが、その内服装の端にでも引っ掛けられるかもしれない。

 

 「ハエみたいにチョロチョロと鬱陶しいんですよおおおおっ!!」

 

 「っ!?」

 

 異形が4本ある内の2本で手を組み、振り上げて俺目掛けて降り下ろす。アームハンマーだったか? そんなものを喰らったら只では済まないので、バックステップで避ける……だが、それは失敗だったらしい。

 

 とんでもない馬鹿力で地面を叩き付けたそれは、まるで隕石でも落ちてきたかのような轟音を響かせ、コンクリの地面を砕き、割と大きなクレーターを作り出した……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「あっはぁ!!」

 

 「し、ま」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、無防備な俺に向かって嬉しそうな顔をした猫吊るし自身の左ストレートが飛んでくる。

 

 瞬間、時間が止まったかのような感覚がする。それも3ヶ月前のあの戦いの時の一段進化した方の感覚が。それは猫吊るしの動きすらも止まっているかのように見える。だが、俺に出来ることは、猫吊るしの攻撃の軌道上にみーちゃん軍刀を置いて盾にすること位だ。俺のこの感覚はあくまでも感覚に過ぎず、本当に時間を止めている訳ではないのだから。

 

 (痛いだろうな……だが、耐えてくれ、俺の身体)

 

 そして感覚が消え、猫吊るしの左ストレートがみーちゃん軍刀に当たり、衝撃が俺の身体を突き抜ける。直撃を防ぐことには成功したが、その衝撃は声を出すことも出来ない程に重く、空中に居た俺を塵のように軽々と吹き飛ばす。

 

 「っは……!!」

 

 息が詰まる。その後に走る激痛に思わず呻く。拠点で暮らし始めてから痛みを耐える訓練として何度か自分の体を傷付けてきたが、これは間違いなく今までの中でも最大級の痛みだ。そもそも軍刀の上からとは言えまともに一撃を受けたのなんて初めてじゃないだろうか……日向の一撃を受け止めたことがあるし、二度目か?

 

 軽く頭を振り、周りを確認する。どうやら建物まで殴り飛ばされ、残った外の壁をぶち抜いて中の壁で止まったらしい。

 

 「痛っ……馬鹿力め……」

 

 全身から痛みを感じるが、特に酷いのはみーちゃん軍刀を持っている左手だろう。一言で言うなら、グシャグシャだった。間接が2つ3つ増えてるし、骨は突き出てるし。指なんて軍刀を握ってるんじゃなくて絡んでると言った方が正しい。

 

 だが、立つことは出来る。幸いにも下半身は擦り傷だらけでヒリヒリとしているものの、折れたり千切れたりということはない。万全ではないが、動く分には支障はないだろう。そうして立ち上がり、猫吊るしがいるであろう前方へと視線を向け……。

 

 

 

 飛んできた砲弾の下を“感覚”の中で潜り抜け、外に出ると同時に残った建物の残骸が吹き飛んだ。

 

 

 

 「ふ……ふふ……随分と無様な姿になりました、ねえ!!」

 

 (休む暇もないな……)

 

 また砲撃が放たれるが、着弾するその頃には俺はその場所には居ない。飛んでくる破片が鬱陶しいが、感覚の中でも難なく動ける俺なら避けることなんて雑作もない。

 

 そのまま砲撃に当たらないように走り回りつつ考える。状況は悪くなる一方と言っていい。左腕からこうして血を流してしまっているということは、いずれ意識を失ってしまう可能性が高い。治る様子もないし、いよいよもってヤバいか。

 

 「イブキさん、もう少し耐えて下さいー」

 

 「分かってる……だが、厳しいな」

 

 「何か……何か適した素材は……」

 

 「早く見つけないとイブキさんがー」

 

 妖精ズにも焦りが見え始めた。どうやら本当に俺には余裕がないらしい。そんなことを思いつつ、俺は再び飛んできた砲弾を避ける。馬鹿げた威力の砲撃のせいで周りはクレーターだらけ、半壊だった建物も全壊している。爆風や爆発に当たらないように避ける為に毎回全力で跳ばなきゃならんし、その度にグシャグシャになった左腕から血が飛び散る。正直痛みも感じなくなってる。

 

 どうする……こうしてる間にも夕立達が危険に晒されているかもしれないってのに。というか、もし俺が不知火の頼みを聞かずに拠点に向かっていれば、猫吊るしはあんな姿にならなかったんじゃ……いや、そんなことを考えても無駄か。たらればやもしもの話なんて今更のことだ。それに猫吊るしが居るんじゃ、総司令のあの爺さんに連合艦隊を止めてもらっても無意味……。

 

 「……そうだ。あの地下に居た老人はどうだ?」

 

 ふと思い付いたことを口にしてみる。今の姿の猫吊るしが生まれた場所である地下に居た爺さん。アイツは妖精ズの言う条件に当てはまらないのだろうか? 確か、肉体と精神と魂だったか。年配の軍人であることから経験は豊富だろうし、猫吊るしが生まれた瞬間の怒り、年を感じさせない怒号、精神と魂も問題なさそうな物だが……老い先短いだろう老人を素材として提案する辺り、俺も中々外道な奴だと自嘲する。

 

 「……肉体は、どうでしょうか」

 

 「少なくとも、精神と魂は問題なさそうですー」

 

 「そこに気付くとは……やはり天才かー」

 

 「「私達の面目丸潰れですねー」」

 

 「自分で言っててダメージ大きいですー」

 

 良く分からないが問題はなさそうだ。そうと決まればさっきの地下に向かいたいが……猫吊るしが素直に向かわせてくれるとは思えない。無視すれば何とかなるかもしれないが……その場合、艦娘達が狙われるかもしれない。正直な話、夕立達以外の艦娘なんてどうでもいいんだが……今の今まで艦娘達に被害がいかないようにしてる辺り、俺も元とは言え“艦これ”が好きだったんだなぁと思う……その記憶も、本当に俺のモノかどうか怪しくなってきてるんだがな。

 

 それはさておき、どうするか……さっきは無視して向かうと艦娘達が危ないと思ったが、そうでもないか? あの猫吊るしは元々の性格かテンションがおかしいのかはともかく、1人の敵に執着する気質がある。艦娘達をそっちのけで俺という敵ばかり狙っているのがいい証拠だ。それなら、俺が逃げれば追いかけてくるんじゃないか? それにアイツも元は妖精、魂やら精神やらを素材として扱えることは出来た、つまり扱えることを知っている。なら、こっちの思惑を読んで阻止する為に向かってくるハズ。

 

 (プランは決まった。後は時間とか天とかが味方してくれるかどうか、かね……某大総統に(あやか)ってる俺が“天”とか言うと敗北フラグっぽいが)

 

 「おや? 逃げるんですか? 逃げちゃうんですか!? あっはははは!! いいですよ、そうやって無様にみっともなく逃げる方が貴女に相応しいんですよお!!」

 

 砲弾を見切る為に視線はアイツに固定し、バックステップやサイドステップをして瓦礫やら何やらに当たらないように動き、距離を取っていく。ぶっちゃけ爆風や爆炎にさえ気を付ければ砲撃の方が避けやすい。動く度に妖精ズが逐一足下や跳んだ方角に何があるか報告してくれるので一瞬見るだけで事足りる。そして報告してくれるのはそれらだけではなく、あの地下への入口の場所もだ。

 

 「ほらほら! 逃げろ逃げ……? あの場所は……っ!? まさか!?」

 

 猫吊るしからそんな声が聞こえ、俺達の思惑に気付かれたことを悟る。流石妖精、頭は回るな……だがもう遅い。既に俺は地下への入口の場所へと辿り着いているんだからな。だが、俺はそこを見て顔を顰める。何故なら、地下への入口は既に吹き飛んでいて、代わりに瓦礫の山があるだけだからだ。入る為には退ける必要があるが、そんな時間はない。退けている間に砲撃されて御陀仏だ……いや、妖精ズなら入れる隙間くらいあるか?

 

 「皆、行けるか?」

 

 「妖精アイならスキャン(りょく)ー♪ ……問題ないですー」

 

 「それじゃあ、頼む」

 

 「イブキさんも時間稼ぎ、お願いしますですー」

 

 「任せろ」

 

 「私は残って艤装の制御ですー」

 

 俺の側からふーちゃんとしーちゃんの2人が離れる。地下に向かってくれたんだろう……残ったみーちゃんは、俺の艤装の制御をしてくれるらしい。独りぼっちではないことに、少し安心する。

 

 さて、またまた猫吊るし相手に時間稼ぎをしなけりゃならん訳だが……左腕が使い物にならん以上、難易度は段違い。一瞬の油断や隙が命取りとなるのは変わらないが。

 

 「このっ」

 

 「させんよ」

 

 「ちぃっ!!」

 

 俺ではなく入口に砲口が向けられるが、撃たれる前に近付いて右手のしーちゃん軍刀を砲身に差し込む……直前に僅かにずらされ、砲身には入らなかった。が、そのお陰か発射されることは防いだ。

 

 「どこまでも悪足掻きを!! もう一度殴り飛ばしてあげますよおおおおっ!!」

 

 「2度も同じ手は喰わんさ」

 

 「ぶげっ!? ふがっ!?」

 

 猫吊るしがまた異形の手を組んで地面に叩き付けることで一瞬俺の足場を奪おうとするが、そのモーションは何をしようとするのかが直ぐに分かる。だからこうして、俺は振り下ろされる前に猫吊るしの顔に右膝を叩き込み、それでも振り下ろされる腕を組んだことで出来た懐の僅かな空間に体を通すことで避ける。この異形が巨大だからこそ出来た回避方法だ。尚、膝蹴りの後に跳び箱を跳ぶように猫吊るしの顔に右手を押し付ける形で穴を潜っている。しーちゃん軍刀を握っていたから痛いだろう。

 

 だが、グシャグシャの左腕は掠ってしまっていた。幸いにもそれだけで済んだが、やはりこの腕は百害あって一理なし……だな。そう考えた俺は異形の2つの頭の間を通り抜けて背後へと回り込み、右手のしーちゃん軍刀を口にくわえ、左手のみーちゃん軍刀に絡み付いた指を解いて右手にみーちゃん軍刀を握り……。

 

 「待って下さいイブキさん!! そんなことをしたら!!」

 

 

 

 みーちゃんの制止の声を聞かずに、歯を食い縛って左腕の肩から先を切り落とした。

 

 

 

 

 

 

 「夕立いいいい!!」

 

 場所は夕立と日向が戦っていた出入口。そこで、時雨が悲鳴にも似た叫び声を上げた。

 

 土煙の中に消えた夕立に向かって駆け寄ろうとする時雨だったが、直ぐに足を止める。同時に、彼女の少し前方……止まらなければ当たっていたであろう位置に、日向の副砲が撃ち込まれた。

 

 「やれやれ……ようやく一息つけるかと思ったところに援軍とは、な。我ながらツイてない」

 

 「っ……よくも、夕立を……!」

 

 冷や汗を掻きつつ苦笑いを浮かべる日向の姿に、時雨は憎しみに表情を歪ませる。そんな彼女の表情と言葉に、日向は焦りを覚えた。

 

 今の日向は既に満身創痍であり、逆に時雨はさほど疲れてはいない。夕立と違って時雨はハッキリと艦娘だと分かるし、駆逐艦であることも理解出来る……が、散々常識を破壊されてきた日向からすれば、そんな目に見える情報は気休め程度にしかなりはしない……特にこの場所では。何よりも……。

 

 (()()()になると厳しい……なんてモノではないな)

 

 

 

 「時雨……勝手に負けたことにしないで欲しいっぽい」

 

 

 

 「夕立! 良かった……無事だったんだ……」

 

 土煙が晴れ、中から現れたのは夕立。チ級の仮面を着けていた頭の右側から流れた血が右目を塞いではいるし服もボロボロになってあちこち汚れてしまってはいるものの、ダメージは小破以上中破未満と言ったところ。日向は砲撃の手応えからそれが分かっていたからこそ、2対1と考えたのだ。

 

 「やはり倒れんか……」

 

 「普通の艦娘だったらやられてた。でも、私は普通の艦娘なんかじゃないっぽい」

 

 夕立の言うように、彼女が普通の艦娘であれば戦艦である日向の砲撃等受けては人溜まりもないだろう。しかし……彼女は艦娘、白露型駆逐艦“夕立”ではない。

 

 「私は“夕立海二”。深海棲艦から艦娘になって、艦娘からその2つの力を混ぜ合わせて生まれた……イブキさんに限り無く近い存在。普通の艦娘に、普通の深海棲艦になんか……」

 

 ー 負けないっぽい ー

 

 「っ!」

 

 その言葉を合図に、夕立は日向へと向かって走り出す。日向は一瞬驚くものの、砲口を向けたままだったこともあり、直ぐに砲撃を放って迎撃する。確かに普通の深海棲艦、それも駆逐艦に与えるダメージに比べれば遥かに効き目は薄い。だが、ダメージを与えられない訳ではない。つまり、日向にも充分に勝機はある。

 

 しかし、伊達に夕立はイブキとの戦闘訓練を積んではいない。右側の視界を封じられているとは言え、基本性能の上昇と経験が加わった夕立は、イブキ程ではないにしろ砲撃によって飛んでくる砲弾を見切られる。最小限とはいかないが、体を逸らしたり横っ飛びで避けることは出来た。

 

 それを見ても、最早日向は驚くことはない。相手は第二の軍刀棲姫とすら呼ばれた存在だ、そんな常識はずれの行動等予測の範囲内、というか呆れる程スタイリッシュな動きで戦闘をしていたのだ、今更なことだと言って良いだろう。そして日向は、そんなスタイリッシュかつ常識はずれな動きをする相手を想定して訓練を続けてきた。

 

 「っ、ち、いっ!?」

 

 夕立が横っ飛びしたその先に、日向は副砲を放っていた。夕立は咄嗟にいーちゃん軍刀を前に出して盾にして受け止める……が、そのせいで再び日向との距離が離れた。たった1回くらいなら偶然と呼ぶことも出来るだろうが、戦う内に日向の力を認めていた夕立はそのたった1回で確信する……日向は、自分に砲撃を当てられるのだと。

 

 「夕立! 手を」

 

 「いらない! コイツは、私だけでやる!!」

 

 「っ……」

 

 手を貸すよ、時雨がその一言を言い切る前に、夕立は拒否した。戦略面で言うなら、2人掛かりで倒そうとするのが正解だろう。彼女達は船であり、戦争をしていたのだ、別に正々堂々だ正道邪道だと言うつもりなんてない。それでも、夕立は拒否した。

 

 言ってしまえば、それは夕立の我が儘であり、意地だ。実力が限り無く近い者同士の戦い、その決着は自らの手で着けたかった。そしてそれは、日向も同じこと。どうせなら、横槍や邪魔が入らずに夕立との決着を着けたいと思っている。時雨はそんな空気を感じとり、それ以上口出しすることを止めた。

 

 「……ふっ!」

 

 短い日向の声の後、彼女の主砲が火を噴く。それを横っ飛びで再び避ける夕立だったが、そのまま行けばまた副砲が飛んでくる。だから彼女は横っ飛びの距離を先程より短くし、逆方向へと切り返してまた跳ぶ。主砲、副砲の連撃を見事避けてみせた夕立だったが、今度は違う副砲から砲撃され……そしてこれをも避けた。横っ飛びの着地から直ぐに走ることによって。

 

 そのまま夕立は、日向を中心に半時計回りに走って少しずつ近付く。イブキと違って夕立は真っ正面から砲弾を捌いて近付く、なんてことは不可能。だが、捌くことは無理でも砲弾を見てから避けることは距離があれば可能だ。ならば遠回りとなっても確実に近付く方が良い。そう考えた夕立はそれを実行に移し……。

 

 「甘いぞ!」

 

 「ぎゃ、う!?」

 

 そしてまた直撃した。しかも今度は主砲……そのダメージは先程よりも大きい。いくら今の夕立が戦艦並の耐久性を誇ると言っても、戦艦の砲撃を受け続ければ倒れることは必至。これ以上の被弾は出来ない……故に、夕立は砲撃を避けられる距離を維持し、いーちゃん軍刀を構えて防御の姿勢を取る。

 

 対する日向は、夕立を狙いつつも動かない。2人の距離は大雑把に見ても50メートルかそこら。その距離ですら、夕立は砲撃を避けてみせた。もう少し距離を詰めてもまだ避けられることは日向とて理解している。ならば今撃ったところで無駄弾にしかならないし、補給も出来ない上に帰りのことも考えれば弾薬の消費は出来るだけ控えたい。

 

 そう、この戦いで終わりではない。夕立を倒しても時雨がいるし、他にもまだまだ居る。その上帰投の途中で深海棲艦に襲われる可能性もある。だから日向も慎重になっているのだ。

 

 「……? なんだ? 翔鶴。こちらは今手が離せんぞ」

 

 (翔鶴?)

 

 そんな緊縛した状況の中で、日向に地上に居る翔鶴から通信が入る。無論、だからと言って敵である夕立から意識を逸らすことはしない。勿論、隙を見せれば直ぐ様近付いて斬るだろう。しかし、それは出来なかった。何故なら……。

 

 

 「……なに!? 帰投だと!?」

 

 「は?」

 

 「えっ!?」

 

 夕立と時雨も、日向自身すら、通信の内容に驚愕の声を上げたのだから。

 

 

 

 

 

 

 『どういうことだ翔鶴!!』

 

 「どうもなにも、言った通りですよ。我々連合艦隊は作戦を中止し、()()()大本営へと帰投します」

 

 通信越しに聞こえる日向の憤りが伝わる声に対し、翔鶴はさらりとそう言う。それはつまり、現在縦穴の中に居る日向、並びに翔鶴を除く元帥第一艦隊の面々を置いて帰るということだ。

 

 「因みにですが、私の独断ではありませんよ? 作戦を中止せざるを得ない理由があり、帰投しなければならない理由があってのことです」

 

 『……何が起きた?』

 

 「先程、大本営の防衛に就いていた武蔵から連絡がありました。大本営に新種の姫と思われる姫級と……沈んだハズの軍刀棲姫が現れたそうです」

 

 『っ!? イブキが!?』

 

 『イブキさんがどうしたの!?』

 

 通信から日向以外の声が聞こえたきたことに訝しげに眉を潜める翔鶴だったが、気にしている暇はないと思考から切り捨てる。因みにこの時、夕立は限界以上の速度を出して日向に接近して密着。その後直ぐに余計なことを口走らせないように時雨も近付いて夕立の口を塞いでいる。日向は一瞬攻撃しようかとも考えたものの、今は翔鶴の言葉に集中したいのか無視することにした。知りたいことは一緒だと気付いたから。

 

 「現在、新種の姫と軍刀棲姫が交戦中。新種の姫は……“新姫”と仮称しましょう。新姫はこれまでの深海棲艦とは比べ物にならない程に強く、防衛戦力は全く太刀打ち出来なかったそうです。また、その砲撃の威力も凄まじく、大本営の建物も殆ど消し飛んでいるとか」

 

 武蔵から聞いたことをそのまま平然と説明している翔鶴だが、実際のところかなり動揺している。彼女は自分を第一艦隊に任命した善蔵が猫吊るしであることに気付いており、本物の善蔵は大本営のどこか、或いは近くに監禁されていることまで気付いた。だからこそ、自身の敬愛……崇拝する善蔵が巻き込まれて消し飛んでいないか気が気でなかったのだ。

 

 故に、翔鶴は帰投することを決めた。私情が多分に混じっていることは否定出来ないが、かと言ってそれだけが理由ではない。何しろ海軍とは今や世界的に見ても必要不可欠な存在であり、その総本山とも言える大本営の陥落は決して無視できない出来事でもある。何しろ世間では海軍総司令である善蔵はその名を知らぬ者はいない英雄……そんな英雄が居る場所が落ちた挙げ句に艦娘達も太刀打ち出来なかったとなれば、世界は恐怖に包まれてしまうだろう。この世界は、そういう世界なのだから。

 

 「……正直に言って、先に帰した戦力すら出来ることは殆どないでしょう。今から帰投する私達なんて論外です。ですが、こんな時間ばかり掛かる不毛な作戦なんかよりも大本営の方が大事なのは分かるでしょう?」

 

 『()()()()()……? ()()()……? 翔鶴、貴様ァッ!!』

 

 「それでは、さようなら日向さん。()()()()()生きていたら、また会いましょう」

 

 あまりにもあんまりな言葉に、日向の怒りは頂点に達する。只でさえ翔鶴に対して良い感情を抱いていなかった日向から漏れた声には、激しい憤怒が込められていた。だが、今の日向には翔鶴に対して言葉を発することしか出来ない。何故なら艦隊は翔鶴を先頭に既に帰投し始めており、翔鶴は自分の言いたいことを言い切って直ぐに通信を切ってしまっているのだから。

 

 ちらりと、翔鶴は自分についてくる艦隊を見やる。武蔵からの通信の内容は全体に通達してはいるが、やはり中途半端なまま作戦を中断したことと作戦行動の内容的に不完全燃焼な艦娘も多いため、不平不満を募らせている事が各々の表情から伺える。長門達に至っては不平不満どころか怒りすら抱いているようだ……それもそうだと翔鶴は思う。何せ帰投する旨を最初に伝えることになったのは、近くに居た長門達と大和達。特に日向の艦隊である大和達からは殺意すら抱かれた。しかも彼女達は日向を置いては行けないと死を覚悟して海域に残ることを選んだ。“お仲間共々”とは、大和達共々ということなのだ。

 

 そして長門は、躊躇いなく仲間を置いていく翔鶴に対して激しい怒りを抱いている。かつて雷を置いていくことになってしまったこともあり、長門達……渡部 義道の鎮守府では“仲間を置いていく”、“仲間を見捨てる”ことはタブーになっている。元よりそういった行為はやってはいけないことではあるが、その鎮守府内では殊更その意識が強い。だからこそ、長門達には翔鶴の行為は理解はしても納得出来ない。何せ、日向達は最大戦力でもあるのだから。

 

 ……だが、納得出来なくとも長門は翔鶴に着いていかざるを得ない。命令には従わないといけない。それが軍なのだから。そう自分に言い聞かせ、長門は他の艦娘達と共に翔鶴の背を追う。その時だった。

 

 

 

 

 「忘れ()よ」

 

 

 

 翔鶴達の前に空から何かが落下し、4つの水柱が上がる。突然の出来事と聞こえてきた声に全員が思わず足を止め、水柱を注視する。そしてそれが収まった後に現れたモノを見て、翔鶴が唖然とした表情を浮かべて呟いた。

 

 「……そんな……どうやって……」

 

 水柱が起きた場所に浮いているのは、気絶している神通、高雄、霧島、陸奥。拠点を消し飛ばす爆弾として送り込んだハズの彼女達が生きてこの場に居ることに信じられないとばかりに呟き……背後を振り返る。

 

 艦隊より後方に、ソレは居た。長く美しい黒髪を潮風に靡かせ、額から角を生やし、背後に巨大な異形を浮かべている女性。数多存在する深海棲艦の中で最高峰の力を持つ姫級と呼ばれる存在……戦艦棲姫山城。

 

 「……ですが、たった1隻で追い掛けてくるのは不用意ですね。まさかこの数を1人で相手出来るつもりですか?」

 

 「まさか。イブキ姉様や夕立じゃあるまいし、流石の姫の私でも分が悪いわ。だけど……時間稼ぎはとっくに終わっているの」

 

 「時間、稼ぎ?」

 

 艦隊の半数を先に帰還させたとは言え、まだ70近い艦娘が残っている。突然現れた姫に対して全ての艦娘が主砲を向け、油断なく見据える姿は壮観と言っていいだろう。ましてや山城はたった1人でこの場に居るのだ、集中砲火を受ければ流石に一溜まりもない。にもかかわらず、山城には余裕が見え、翔鶴はなぜそんな余裕な態度が出来るのか分からずに疑問を浮かべる。しかし、その疑問は……翔鶴達にとって最悪の形で解けた。

 

 

 

 「ゼェ! ハァ! 夕立! ゼェ……助ケニ、来タ!! ハァ……ウック……アレ、夕立ハ?」

 

 

 

 「なっ……あっ……!?」

 

 そんな息も絶え絶えながら元気な声と共に、海の中から連合艦隊の右方向から大量の黒い影と、1つの白い子供の姿が現れる。その姿は3ヶ月前の深海棲艦の侵攻を思い出させるかのようで、実際に一部の艦娘は思い出したのか震えている。

 

 それは、拠点から出ていた山城の部下達。そして、その部下達を通して援軍要請をし、応えた唯一の姫……北方棲姫と、南方棲戦姫の部下達。その総数、およそ500。ほぼ全ての部下を連れてきていた。

 

 「ほっぽちゃん、今は攻撃しないでね……正直助かったわ、南方棲戦姫」

 

 「ラジャー!」

 

 『アンタカラノ要請ガ来テスグニ港湾ノ形見ガ勝手ニ飛ビ出シテ行ッタカラ、ソノ護衛ニ付ケタダケヨ』

 

 ビシッと敬礼する北方棲姫に笑いかけた後、通信越しに聞こえる南方棲戦姫の溜め息混じりの声に、山城はくすくすと笑う。1度は断っておきながら結局は何かしらの理由を付けてこうして戦力を送ってくれるあたり、彼女は深海棲艦の中でも珍しく面倒見が良く、情にも厚いのだろう。尤も、北方棲姫が飛び出して行ったというのも嘘ではないのだろうが。それにしても500はやり過ぎだろう。ぜはぜはと苦しそうにしているので全速力で救援に来てくれたのが分かり、山城は2人の姫に深く感謝した。

 

 笑えないのは、艦娘達だ。彼女達に余裕があったのは、目に見えた戦力が無かったから。そうして空気が緩くなっている時に突然の帰投命令、しかも大本営が危ないと言う。焦燥感は感じていただろうが、それは自分達の命が掛かっていることでは無かった為、大半は上手く切り替えが出来ていなかった。だが、ここに来て最大級の危機が突然やってきた。戦力も、士気も、戦況も、何もかもが一瞬で反転したのだ。

 

 (どうしましょうか……最終手段は味方諸とも吹き飛ぶつもりで回天を起爆することですが……目の前の姫を人質に……いえ、あまりにも危険過ぎますね。強行突破……速度に難あり。誰かを囮に……数の差で瞬殺されますね……何か……何か他に……)

 

 翔鶴は必死に頭を回す。だが、考えれど考えれど出てくるのは全て無駄な足掻きにしか過ぎない。最終手段に回天……と考えはしても、これは後の海軍にとってダメージが大きすぎるので実質不可。もしくは死んでからの強制起爆だ。どうする、と無表情の裏で深く悩む翔鶴を、山城はにやりと口元を歪めて見る。そして、その悩みを嘲笑うようにこう提案した。

 

 「こちらの要求を飲むなら 、帰してあげてもいいわ」

 

 「……要求、ですか」

 

 「ええ……ああ、安心して? 別に艦娘の首を置いていけとか、提督の首を置いていけとかみたいな理不尽なことは言わないから。特別な物を要求する訳でもないしね」

 

 「……聞くだけ聞きましょう」

 

 「簡単なことよ……“二度とこの場所に近付くな”っていう、とても簡単な要求。他の深海棲艦は知らないけれど、この拠点に住む私達はもう海軍と争いたくないの。誰にも邪魔されずに、静かに暮らしたいのよ。勿論、私達は貴女達が侵攻してこない限り敵対行動はしないわ」

 

 山城の要求に翔鶴達がざわめく。だが、何人かの艦娘……イブキ、もしくはその仲間達と出会った経験のある艦娘は納得したように頷く。しかし、それ以外の大多数の艦娘はそんな要求が飲める訳がないと思っていた。何しろ相手は不倶戴天の敵、そのトップ。争いたくない等と言われてもハイそうですか、とはならない。無論、それは山城も承知している。

 

 「そんな要求、この場で言われても飲める訳がないでしょう。私達だけで決めることなんて出来はしないんですから」

 

 「別に口約束でも構わないわ。だって、貴女達は飲むことでしか生き残れないのだから……それに、貴女達にとっては良いこと尽くしじゃないの? 何しろ、連合艦隊でもどうにも出来なかった私達を相手しなくて済むんだから」

 

 ギリィッと、翔鶴は奥歯を噛み締める。それは他の艦娘達も同じ……それも仕方の無いことだろう。総勢132名……最多最大最強と言って過言ではない連合艦隊で挑み、ロクに戦うことも出来ず、不運が重なってこうして追い詰められている。しかも相手には艦隊を薙ぎ払える炎を放つ兵器を持っており、爆弾を搭載した艦娘を爆発させることなく無力化出来る。おまけに第二の軍刀棲姫も居る。改めて状況と相手を認識させられた艦隊に、絶望が広がっていく。

 

 「私は深海棲艦の中でも温厚な方だけれど……それが海軍にも向けられるかは話が別。さあ、聞かせてもらいましょうか……連合艦隊指揮艦さん。貴女の答えを」

 

 

 

 ー 死ぬか、生きるか ー

 

 

 

 全ての視線が向けられた翔鶴は答えられない。だが……数分後に答えを出す。唯一の武器である弓を手放し、背を向けてその海域から去るという形で。そしてそれと同時に、残されていた日向達も投降するのだった。

 

 

 

 

 

 

 「これでいいのか? ……不知火」

 

 「はい。ありがとうございます……武蔵」

 

 翔鶴との通信を終えた武蔵は、隣に居る2隻の深海棲艦……軽巡ツ級を背後に従える駆逐棲姫不知火へと視線を向ける。彼女達が争うこともなくこうして会話している理由は、少し前に遡る。

 

 とは言うものの、別段劇的な何かがあった訳ではない。不知火が駆逐棲姫と成った時点でツ級は本能的に配下となった。その後、当初の目的である建物内の通信施設に向かおうとする……が、猫吊るしの砲撃で建物が完全に吹き飛び、目的の達成が絶望的になる。どうしたものかと考えた不知火は、建物から外へと投げ出された時に見えた防衛戦力のことを思い出し、健在であることを祈って海へと向かう。この時不知火、自分の姿が深海棲艦のモノであり、背後にツ級が控えていることを忘れている。

 

 そんなうっかりをしながらも海に出た不知火とツ級は割と直ぐに武蔵達防衛戦力を発見。元とは言え昔馴染みを見つけた不知火は一直線に向かい、対話を試みる……だが、圧倒的実力差から絶望して意気消沈していた防衛戦力艦娘達の視点で見ると、只でさえ化け物同士の戦いで精も根も尽き果てている所に姫級と未確認の深海棲艦の登場だ、絶望に絶望を足してもまだ足りない程の絶望を感じたことだろう。実際、武蔵と雲龍以外は戦意すら保てなかった。

 

 『待って下さい武蔵、雲龍! 私です! 元、ではありますが……元帥第一艦隊所属、不知火です!!』

 

 『何? 不知火……いや、どう見ても駆逐棲姫……? 以前に見た駆逐棲姫とは確かに姿が……それに確かに不知火の面影も……だが、しかし……』

 

 『……それを私達が信じると思っているの? 証拠か何かがあるのなら、話は別だけれど』

 

 『あ、そうでした……今の私は深海棲艦、でしたね……信じられないのも無理はないです……私が不知火である証拠も……ああ、でしたら』

 

 この後不知火が武蔵のとある秘密を暴露しようとした時点で武蔵が大慌てで不知火の口を塞ぎつつ不知火であることを肯定。元スパイ、暗殺を得意としていたのは伊達ではないのだ。その後、不知火は自分の目的を伝え、武蔵はもしものこと、今後のことを考えて承諾し、雲龍達もそれに従った。善蔵ではなく自分の言葉で翔鶴が止まるかどうかという懸念はあったものの、それも杞憂に終わった。不知火としては約束を守ることが出来たので万々歳だろう。

 

 「こちらのやるべきことはやりました。後は……イブキさんに任せるしかないですね……っ!?」

 

 「なっ……!?」

 

 やるべきことはやった……そう口にして不知火と武蔵がイブキと猫吊るしへと視線を向けたのと同時に見たのは……イブキが自ら左腕を切り落とした所だった。




という訳で、ついにイブキがドギツイダメージを負わせられました。無双はできても決して無敵ではないんですよね……イブキ対猫吊るしは、大総統対ブ男リン(グリード)のイメージです。ダメージを与えたのは2人目ですかね? 最初は天龍です。そしてまだまだ続くんじゃよ。

詰め込み過ぎた、後半空気読まなかった部分がありますが……いい加減拠点側の決着も着けないといけなかったのでこのような形になりました。夕立と日向も死ぬまでやる為、強引に終わらせることに。このあたりも私の力不足ですので、次回作を書くことがあれば改善していきたいです。尚、本作は50話辺りで終わる予定でしたが通りすぎちゃったという……(´ω`)



今回のおさらい

色々決着。そしてまだまだ続くんじゃ

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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立てよ、ド三流

お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回はいつもよりも短め、9000文字未満程となっております。それはさておき、通算UA40万超え、ポイント5千を超えました。読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます!

今回、ついに……

抜けていた文がありましたので追記、サブタイトルも一文字抜けていたので追記しました。


 渡辺 善蔵は、ツ級の一撃によって死んだ。例え機械の体を持っていようと、例え並外れた精神的な強さを持っていようと、例え強靭な魂を宿していようと、命の終わりは酷くあっけなく訪れた。誰にも知られず、孤独に、己の望みを何一つ叶えられぬまま。

 

 死んでも死にきれない、という言葉がある。やり残したことへの欲求、特定の相手への怨み、愛する者への心配等を、“未練”や“心残り”と呼ぶ。死んだ者は地獄や天国といった場所に行くそうだが……そういった現世に対する強い想いがあるならば、死んで尚現世にしがみつくことだろう。死んでいるのに、死にきれないという訳だ。そんな者達を、人は幽霊と呼ぶのだろう。

 

 『ふむ……なるほど。これは中々出来ん体験だな……足はあるのか』

 

 そして、善蔵はまさに幽霊と化していた。機械の体は頭を潰されて四肢を落とされ、文字どおり死に体。なのにその幽霊の善蔵は五体満足でその地下室に居た。

 

 驚くほど冷静に、善蔵は現状を受け入れていた。猫吊るしへの怨みや怒りは忘れてはいないが、それに囚われている訳でもない。しっかりと自分の意思を持ち、状況を分析する余裕もあった。

 

 (あれからどれくらい経ったのか解らんな……外へ出てみるか?)

 

 「見つけましたー」

 

 『ん?』

 

 善蔵が階段へと目を向けた瞬間、そんな声と共に2人の妖精が現れる。それは、ふーちゃんとしーちゃんであった。2人は善蔵を見つけると直ぐに近付き……驚愕の声を上げた。

 

 「……強靭な魂と様々な感情を宿した精神……素材としては一級品ですねー」

 

 『素材だと?』

 

 「意識があるですかー!? 普通なら意識が無いのに……これも強靭な魂であるが故、ですかねー」

 

 『ふん……私をそこいらの者と一緒にするな』

 

 誇るでも怒るでもなく、善蔵は言い切った。別に己が特別等と彼は言うつもりはない。だが、苦悩と苦渋、屈辱、怒りといった感情に苛まれ、それでも突き進んできた人生……それは決して、誰もが通れる道ではないという自負はあった。少なくとも、“普通”にはカテゴライズ出来ないだろう。

 

 『それで貴様らは何をしにここへ来た。私を素材にするとか言っていたが?』

 

 「……今、地上では深海棲艦となった猫吊るしが暴れていますー。その力と硬さは規格外で、イブキさんの持つ軍刀では殆ど傷を負わせられません。つまり現状、アレを倒す術は無いということになります」

 

 『イブキ、とは軍刀棲姫のことだな? なるほど、アレが傷を負わせられんと言うのなら、確かに艦娘達ではどうしようもないだろう。そして奴が健在であるのなら、武蔵達は回天を使っていないか、それとも使える状況ではないのか、はたまた使っても無駄だったのか……まあいい。それで、私を素材にするとはどういうことだ?』

 

 「貴方の魂、そして精神は我々妖精にとって素晴らしい素材となりますー。率直に言ってしまえば、貴方を使って猫吊るしに対抗出来る武器を作ろうと思っていますー」

 

 『くくっ……なるほど。それで貴様らはこの場に来た訳だ』

 

 妖精ズの目的を知り、善蔵は楽しげに笑う。そこに己が素材……物扱いされていることへの憤りや不快感はない。むしろ嬉しそうだった……いや、事実善蔵は嬉しかった。素材になることではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が嬉しかった。

 

 善蔵にとっての未練……それは、猫吊るしに一矢報いることすら出来なかったことだ。勿論、心残りと呼べるモノは他にもある。己の手で殺したも同然の息子善導の妻は1人で暮らしているし、孫である義道も若いながら将官となっているので心労から倒れやしないかという思いもある。何よりも、自分の妻である祭のことも、表情にも声にも出さないが心配する気持ちはあったのだ。

 

 善蔵という男は、根っからの悪人等ではない。むしろ人間としては逆の、名前の通り善き男なのだ。だからこそ海軍のことで苦悩し、猫吊るしという悪魔の囁きに耳を傾けてしまった訳だが。

 

 (悪魔に魂を売った私に、親族のことを想う清い気持ち等は不要。墜ちて、裏切られ、踊らされた道化に過ぎん私は何も成せぬまま消え逝くモノだと思っていたが……なるほど、なるほど……存外、“神”とやらは本当に居るのかも知れんな)

 

 故に、善蔵は心残りと呼べるモノの全てを棄てる。自分は猫吊るしと契約し、独善的な願いを叶え、終わらぬ闘争を世界にもたらし、巻き込んだ大罪人。いったい何人の人間が死んだ。何人の艦娘が沈んだ。敵として、海軍の為に殺される為だけに生み出された深海棲艦は何隻沈んだ。それら全ての屍は、根元的には善蔵と猫吊るしによって生み出されたモノである。だからこそ、善蔵は棄てるのだ。

 

 『いいだろう。私の全てを持っていけ……欠片も残すな。何も遺すな。だが、絶対に生み出せ……奴を殺す武器を』

 

 「……ありがとうございますー」

 

 「では始めましょー。さようなら、渡辺 善蔵。貴方の魂、貴方の人生……無駄にはしませんー」

 

 瞬間、善蔵は光に包まれる。どうやってかは知ることなど出来はしないが、加工されているのだと彼は悟る。恐怖はない。痛みもない。ただ、己という存在が形を変え、意識が消えていくことを理解した。それは心地好さすら感じ……だが、その心地好さすらも感じなくなっていく。己という存在を余すことなく、一寸の無駄もなく変えられていく。

 

 (くくっ……これはいいな……ああ、いい。むだではなかった。わたしのじんせいは……わたしのこうどうは……わたしのなにもかもは……けっして……)

 

 

 

 ー まったくの……むだではなかった ー

 

 

 

 海軍総司令、渡辺 善蔵。海軍を存続させる為だけに悪魔と契約し、世界を混乱に陥れ、終わらぬ闘争の切っ掛けを作り出した男。その生涯は決して緩やかなモノ等ではなく、誇れるようなモノでもない。だが、それでもきっと……無意味ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 “艦娘は船である”。この言葉を、話の中で何度も言ってきた。人の体を持つ艦娘と深海棲艦が海上で跳ねたり走ったり出来ないのは、船がそんなことは出来ないからだ。今でこそ一部の艦娘は強化艤装を使うことによって海上でも人間と同じように動けるようになったが、それでもまだ大半の艦娘はそうではない。深海棲艦に至っては強化艤装すら存在しない。艦娘と深海棲艦が混ざったような姿の夕立海二、レコンもそれは変わらない。尤も、夕立は強化艤装を手にしているが。

 

 だが、イブキだけは違う。彼女(かれ)だけは初めから海の上を走り、跳んだ。艦娘のような、深海棲艦のような彼女(かれ)だけが、その理から外れていた。だからこそ、猫吊るしにとってイブキという存在はイレギュラーなのだ。

 

 実のところ、姫や鬼の深海棲艦もイレギュラーになる。猫吊しは鬼、姫の深海棲艦を設計していなかったからだ。だが、空母棲姫曙が生まれたことで、想定外の事実を知る。それは、元となる艦娘が転生する際、多くの経験をするか多くの感情を溜め込む、もしくは魂の強さが頭一つ分飛び出ている場合に設計上の限界値を超え、その数値に適した身体を()()()()()()()()()ということ。姫や鬼とは、偶然の産物なのだ。とは言え、結局は猫吊るしの設定、設計上での出来事。猫吊るしにとって何の障害にもなりはしない。むしろ想定外の出来事で面白いとすら思っていた。

 

 しかし、イブキだけはそうではない。設計も設定も作成も、猫吊るしは着手していない。この世で艦娘、深海棲艦を設計出来るのは唯一猫吊るしのみ。他の妖精達はその設計通りに実行しているだけだ。だというのに、現れる筈の無い存在が現れ、挙げ句その力は己の作品を遥かに上回っている。こんなに面白くないことはないだろう。そして一番の問題なのが、製作者が分からないこと。いや、製作者は分かった。目の前に現れた妖精達であることは理解した。だが、それならば別の問題が出てくる。

 

 妖精とは、簡単に言えば高性能なロボットだ。自分の意志があるように見えるし、会話も出来る。物だって食べる。だが、それらの行動も全てプログラムされたモノ。本当の意味で自分の意思というモノは妖精達に存在しない。ロボットだから裏切ることもない。しかし、イブキの製作者であろう妖精達は間違いなく猫吊るしの手を離れている。

 

 猫吊るしとは違う、意思を持つ妖精達によって生み出されたイブキ。艦娘でも、深海棲艦でもない、全く未知のどっちつかずの彼女(かれ)。その最たる違いは……やはり、“魂”に他ならない。何故ならば、イブキだけが唯一……本当の意味で人間の魂を宿しているのだから。はっきりと言ってしまうなら、イブキは()()()()()のだ。

 

 

 

 

 

 

 何か、大切なモノがごっそりと抜けた気がした。

 

 「……あ……」

 

 様々な記憶が一瞬にして頭の中を駆け巡り、次々と消えていった。

 

 (おれは……わたしは……ぼくは……わしは……)

 

 なにかがぬけて、きえて、わすれて、こわれて、なくなって。

 

 「イブキさん!!」

 

 「……っ!?」

 

 その声で、意識が戻った。同時にいつもの感覚が発生し、チラッと右を見てみると黒い壁が迫ってきていたので地面スレスレまで姿勢を低くする。すると壁……猫吊るしの艤装の腕が背中を僅かに掠って過ぎ去った。それを確認してから前へと跳び、少し距離を取る。そしてみーちゃん軍刀を鞘に納め、口にくわえていたしーちゃん軍刀を手に取る。

 

 「助かった、みーちゃん」

 

 「それよりもイブキさん……左腕を斬り落とすなんて……」

 

 「邪魔だったからな」

 

 腕を斬り落とした理由なんてそれくらいだ。普通なら正気の沙汰じゃないが、今は命懸けの戦いの最中……動かない腕なんて邪魔な重り以外の何物でもない。とは言え、ちょっと早まったかもしれないが。拠点の皆が見たらどんな顔をするのやら。

 

 ……なんて軽い調子で考えてはいるが、実のところ気分が滅茶苦茶悪い。冷や汗は止まらないし、心なしか力もあまり入らないような気がする。体は腕一つ分軽くなったが、同時に何か大切なモノを失ったような喪失感がある。血と一緒に、俺という存在に必要なモノが抜け出ていっているかのような……。

 

 「……その喪失感は、イブキさんその物が抜け出ていっているからですー」

 

 「っと……は?」

 

 猫吊るしの異形の降り下ろしを避けると、みーちゃんがそんなことを言ってきた。言葉の意味が理解できなくて我ながら間の抜けた声が出る……が、直感的にその言葉が正しく、的を射ていることを理解する。つまりは本当に俺という存在そのものが無くなっていっている訳だ。恐らくは精神だとか魂だとか、そういう目に見えないモノが。

 

 俺が(あやか)らせてもらっている某大総統の出る某錬金術師の漫画では、人間を使って賢者の石というモノを造り出す。それは材料となる人間が多ければ多いほど大きくなり、強い力を持つ。そしてその最大の大きさこそが、人間と同じ。恐らく俺は、それに近い存在なんだろう。まあ、実のところそうじゃないかと確証は無くとも仮説としては考えていたんだが。

 

 「何をくっちゃべってるんですかああああっ!!」

 

 「チッ……」

 

 まるでさっきの繰り返しのように猫吊るしが殴りかかってきて、俺はそれを避ける。心なしか、猫吊るしの攻撃がより脅威的に感じる……腕一つ分無くなってことが原因なのは明らかだな。軍刀で受け流すのも難しそうだ。そして、避ける度に切り口から血が漏れ、喪失感と焦燥感が大きくなる。

 

 ……同時に、物凄くイライラしてきた。それはふーちゃん達が軍刀を作って持ってくるまで避け続けるしかない現状もそうだが、何よりもやたらテンションが高い目の前の俺に似た姿の猫吊るしが見ているだけで腹が立つ。

 

 「……その顔で、そんな表情を浮かべるな」

 

 「は? ふがっ!?」

 

 大振りの巨腕の一撃を潜り抜けるようにして避けつつ近付き、しーちゃん軍刀を押し付ける……こいつの鼻の穴に。行動としてはおふざけも良いところだろうが、これには虚を突かれたというのか、猫吊るしの動きが一瞬止まった……そこで、しーちゃん軍刀のトリガーを引く。

 

 「ふぎっ!? はぎゃああああっ!!」

 

 「うわー……アレ絶対痛いですー……」

 

 「いい気味だ」

 

 これまでの戦闘から、俺の攻撃は殆どダメージにこそなりはしないものの痛みを与えることが出来るのは分かっていた。その都度そういった攻撃に対しては猫吊るしも警戒していたようで通らなくなりつつあったが、初見なら俺の攻撃速度もあってかほぼ確実に通る。某大総統ならもっとスマートに、かっこよく、スタイリッシュに戦うんだろうが……所詮は肖らせてもらっているだけの俺だ、これくらいのおふざけがあるくらいで丁度良い。

 

 さて、トリガーを引いたしーちゃん軍刀は最大100メートル程まで伸びる。したがって、猫吊るしの奴はそれくらいの高さまで、鼻の穴に軍刀を差し込まれながら上がっていくことになる。鼻の穴という小さい場所に切っ先が食い込み、自分の体重と伸びる勢い、さぞや痛いだろうな……と思った後、俺は直ぐに後ろへと跳ぶ。次の瞬間には、猫吊るしと一緒に飛んでいなかった異形が降り下ろした巨腕が地面を砕いていた。

 

 その異形を見て、俺は少し悲しくなる。2人の姫を混ぜた末に生まれた今の猫吊るしの艤装。頭が2つ、腕が4本あるこの異形の艤装は……姫の成れの果てと言える。片割れは知らないが、もう片方は夕立の命の恩人。そして、三ヶ月前のあの日、俺と共に行動し、言葉だって交わしていた。誰かを心配していた。優しい人だった。あって数時間にも満たなかった俺ですら、そう思えた。

 

 そんな人が、今では物言わぬ艤装になった。拠点に居る筈の山城と扶桑のこともあり、もしかしたら意識が残っているんじゃ……とも、心のどこかで思っていた。だが、目の前の異形からは意識があるようにはとても見えない。もう、あの姫は居ないんだ。そう思ったら……余計に悲しくなった。

 

 「ぶげっ!」

 

 再び異形が拳を振り上げた時、今まで空に居た猫吊るしが降ってきて無様な声を上げた。しかも顔から落ちていた……あれは痛い。見た目が俺に良く似ているからか、俺が声を上げたみたいに思えて気恥ずかしくなる……そんな風に思える程、いつの間にか俺の心は余裕を取り戻していたらしい。思えば、祭さんの元から離れてからずっと気負っていたのかもしれない。だが……今は自然と笑みを浮かべる余裕がある。

 

 だからだろうか。気が付けば俺は、あの漫画の主人公のようにこう言っていた。

 

 

 

 「立てよ、ド三流」

 

 

 

 「イブキさーん!」

 

 「これが新しい軍刀でーす!」

 

 声が聞こえた方に視線をやると、ふーちゃんとしーちゃんの2人が地下室の入り口付近に居て、光の玉としか言えない何かを投げてきた。不思議と落下も減速もしないそれを、俺はしーちゃん軍刀を鞘に納めた後に残っている右手で掴む。するとあの光……ゲームで艦娘がドロップする時に出る光が右手を中心に広がる。そして、その光が収まった時。

 

 「俺とお前の、格の差という奴を教えてやる」

 

 俺は、光の玉の代わりに握っていた軍刀の切っ先を猫吊るしに向けた。

 

 

 

 

 

 

 (格の差……ですって? この私に……!?)

 

 タラリと血が流れる鼻を押さえつつ、猫吊るしは顔を上げてイブキを睨み付ける。格の差……限り無く全知全能に近い存在であると自負している猫吊るしにとって、その言葉は酷く自尊心を傷つけられた。自分は全ての艦娘と深海棲艦の創造主であり、相手はどれだけ強くとも造られた存在……そんな思いが、猫吊るしにはあった。それは、今の今までイブキの攻撃が通っていないことからも来ていたのだろう。つまるところ、猫吊るしはこの時、イブキを格下に見ていたのだ。

 

 「舐めた口をおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 怒りを爆発させ、イブキに異形をけしかける。異形は2つの口を限界まで開け、獣のように咆哮する。4本の腕を引き絞り、イブキを殴り殺さんと迫る。そこに、個人の意思というモノはやはり感じられない。駆逐深海棲艦等のように本能で動く獣のようにしか見えない。港湾棲姫吹雪の面影も、空母棲姫曙の面影も無い。故に、イブキに迷いは無い。

 

 

 

 気が付けば、イブキは異形と猫吊るしの間に軍刀を左から右へと振り抜いた姿で立っていた。

 

 

 

 「……は?」

 

 猫吊るしの口から間の抜けた声が漏れる。離れた場所で戦いを見守っていた武蔵達と駆逐棲姫不知火もまた、同様にぽかんとしていた。それくらい理解不能の出来事だったのだ。まるでドラマやアニメのシーンを飛ばして見たかのような、まるで瞬間移動したかのような、そんな有り得ない出来事が目の前で起きた。

 

 だが武蔵だけは直ぐに正気に戻り、その出来事に見覚えがあることを思い出す。三ヶ月前の深海棲艦による大規模襲撃……その時、イブキを守った大淀を助けた時、イブキはそれこそ目にも止まらぬ速さで深海棲艦の大群を瞬殺してみせた。武蔵は悟る……今のイブキは、その時の状態であるのだと。

 

 「あ……な? なああああ!?」

 

 そして数秒後、イブキの背後の異形の首2本と4本の腕に一筋の、体に十字の切れ込みが入り……バラバラになって崩れ落ちた。それはつまり、一瞬の内に実に12回に及ぶ斬撃を繰り出したことを意味する。それに気付いたのかそうでないのか、猫吊るしが悲鳴じみた絶叫を上げる。

 

 信じられない。その言葉こそが、猫吊るしの心情を語っている。先ほどまでまるで斬ることが出来ていなかった艤装を、新しい軍刀は紙でも裂くかのように……その瞬間は見えなかったが……バラバラにしてみせた。それ即ち、猫吊るしにはイブキの攻撃が通じないという絶対的な優位性が失われたことを意味する。しかも艤装が破壊されたことにより、猫吊るし自身の攻撃手段も減った。砲撃も艦載機の発艦も出来ない。手元にあるのは、港湾棲姫の名残である巨大な爪くらいのモノだ。

 

 「……」

 

 「ひぃっ!」

 

 青い炎のように揺らめく光を宿した両目が、猫吊るしを射抜く。短く悲鳴を上げた猫吊るしに、余裕は一切無かった。そうしてようやく、猫吊るしは知るのだ……目の前の存在には勝てないと。地下室で感じた濃厚な死の気配を、猫吊るしは再び感じていた。

 

 「ひ……ひ……ひぃああああぁああああっ!!」

 

 がむしゃら、という言葉が正しいか。恐怖から逃れるかのように叫び声を上げ、力任せに爪を振るった。攻撃速度は速い。攻撃力もある。姫級2隻を混ぜて生まれた身体だ、その性能はあらゆる面で最上位のモノ。技が無くとも、経験が無くとも、ただテキトーに力を振るえばそれだけで終わる……それほどのスペックがあった。

 

 「俺の顔で、情けない顔をしないでほしいな」

 

 だが、目の前の存在はそれを更に凌駕する。気が付けば、イブキは右から左へと振り抜いた姿で猫吊るしの後ろに立っていた。同時に、猫吊るしの両肘に赤い切れ込みが入り……巨大な爪はポロリと落ちた。

 

 「ぎ……ぃあああああああああ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 

 その後直ぐにやってきた激痛に、猫吊るしは膝を着いて絶叫する。妖精の頃は痛みなど感じていなかったし、今の身体となってからも痛みこそ感じたがここまでのモノではなかった。だからこうして、無防備に痛みに耐えきれずに膝を着いている。猫吊るしの本職は研究者であり、断じて戦う者ではないのだから。

 

 「ひぃ……ひっ……ひぃ……あぐぅ!?」

 

 そのまま、猫吊るしは逃げようとした。一刻も早くこの場から逃げたかった。この痛みから逃れたかった。もう痛みを感じたくなかった。だからイブキが背後に居ることも忘れて、必死にこの場から逃げようとした。そんなことが赦されるハズもなく、イブキが振り向き様に右足の太股から下を斬り飛ばし、猫吊るしは顔から地面に倒れこむ。

 

 四肢の内左足以外を失った猫吊るしに、最早どうすることも出来ない。そんな猫吊るしの脳内では、何故? 何故!? と疑問と恐怖が満ちていた。何故自分がこんな目に!? 何故こんなにも一方的に!? どうすればこの場から逃げられる!? 自慢の頭脳は解決策を出さず、蓄えた知識は何一つ活かせない。助けなど来るわけがない。生き残る道筋など、存在していない。

 

 「いや……だ……いや、だ……いやだ、いやだイヤだ嫌だやだヤだやだああああ!! 艦娘! 深海棲艦!! 私を助けろ! 私はお前達の産みの親だぞ! 私はお前達の創造主だぞ!! だったら助け、親を助け! ぜ、善蔵……そうだ、善蔵! どこだ善蔵!! お前と私は共犯者でしょう! お前の願いを叶えたでしょう!! だから、だか、助け、誰でもいいから、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないぃぃぃぃ!!」

 

 それでも猫吊るしは喚き、助けを求めた。自身の意識をデータに変え、妖精として生きてきた。データさえあれば、妖精の身体があれば死ぬことなど有り得ないと断言出来、実際に今日まで生きてきた。死の恐怖を感じることなど全く無く、いつしか自分を全知全能の神に等しいとすら思っていた。

 

 だが、この有り様を見て誰が神だと思えるのか。今の猫吊るしは、艦娘でも深海棲艦でも、ましてや妖精でも無い。死を恐れ、生に縋り、泣き叫ぶ……人間以外の何者でもない。そんな姿を、イブキと妖精ズは冷めた目で見下ろしていた。

 

 「貴女は好き勝手をやり過ぎましたー」

 

 「貴女は驕りが過ぎましたー」

 

 「貴女は他人の怨みを買い過ぎましたー」

 

 

 

 「「「だからこうして終わることになる。間接的であれ我々に殺される。終わりだ、猫吊るし」」」

 

 

 

 「ひぃっ! まさ、まさか、お前達、ば、は」

 

 妖精ズの言葉を聞き、何かに気づいたように後ろを向いて声を上げる猫吊るし……だが、その言葉を言い切ることはなかった。そんな猫吊るしが最期に見た景色は、左右に別れる不可思議な風景。

 

 そして……上から下へと軍刀を振り切ったイブキの姿だった。




VS猫吊るし、決着。通じる武器が無かったから時間がかかっただけなので、通じる武器さえあればサクッとやれちゃうのです。主人公無双タグは伊達ではないのだよ。

大総統に肖っている主人公ですが、やはり黒幕との決着時にはこのサブタイトルの台詞だと思いました。研究者としては一級品でも戦う者としては三流、四流も良いところですからね。

今回の話の評価次第では、赤からオレンジになりそうで少し怖いですね。ですがまあ、今回まで赤であったことも私としては出来すぎとも言えますが……楽しんでくれている作品を書けているという自信にも繋がっています。こう書くとこの話で終わりそうですが、まだ続くんじゃよ。



今回のおさらい

善蔵、一振りの軍刀となる。その生涯は決して無駄ではない。イブキと猫吊るし、決着。実は半日に満たない間での出来事である。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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早く帰ってこないかなぁ?

凡そ1ヶ月、大変長らくお待たせ致しました。物語も本当に終わり間近なせいか、今まで以上に難産でした。投稿までの間に誤字報告、コメ付き評価、感想を下さった方々、本当にありがとうございます。

グラブルイベント、FGOCCCイベント、とても楽しかったです。我が家にはパッションリップが来てくれました。デカイ(確信)。

さて、今回は少し会話分多め、一部解りづらい書き方をしています。意味はありますので、どうかご了承下さい。


 「行かせてよかったの? 武蔵」

 

 「ああ……」

 

 雲龍の問い掛けに、武蔵は頷く。軍刀棲姫ことイブキが諸悪の根元と言っても過言ではない猫吊るしを斬り伏せてから十数分、イブキは駆逐棲姫となった不知火、彼女が連れていたツ級と共にこの場から離れていた。その3人を、武蔵達生き残った大本営の防衛戦力である艦娘達は追うことはなかった。

 

 「どういう風の吹き回しかしら? 仇、取るつもりだったんでしょう?」

 

 「……気付いていたのか」

 

 「何十年貴女の同僚やってると思ってるの」

 

 「……そうだな。気が付けば何十年も経っていた……そして、気が付けば終わっていた」

 

 主語がない武蔵の言葉だが、雲龍には何を示した言葉か分かる。渡部 善蔵の艦娘として生まれて、気が付けば何十年も経っていた。そして……彼との提督、艦娘という関係は、気が付けば終わっていたと、武蔵は言っているのだ。

 

 「不思議なモノだ……アイツの姿を見た時は、仇を取るつもりだった。だが、アイツに似た深海棲艦が現れて、私達は2人の戦いの蚊帳の外で……新しい軍刀を手にしたかと思ったら、その後はあっという間で……その軍刀からは善蔵の気配がして……いつの間にか、殺意は薄れていた」

 

 無くなった訳ではない。あくまで薄れただけだ……だが、最早抱いていた殺意は無いに等しかった。いや、それ以上の感情で上書きされたと言った方が正しい。

 

 善蔵が素材となって生まれた軍刀を間近で見た時、武蔵が感じたのは殺意を上書きするほどの安堵であった。およそ50年、善蔵と苦楽を共にした。彼の苦悩を知っている。己が生まれた理由を知っている。猫吊るしの存在を知っている。これまでの彼の歩みを知っている。そして、命尽きるその日まで共に生きていくのだと決めていた。全てを知って、聞かされて尚武蔵はそうだった。

 

 だが、それは出来ない。善蔵は軍刀になってしまったと理解したが、それを恨むつもりはない……むしろ感謝していた。その感謝こそが、殺意を上書きした感情。長い、長い時を生きた善蔵が迎えた終わり。人として真っ当な終わり方ではないだろう。やってきたことは誉められたモノではないし、真実を知れば大罪人と後ろ指を指されることだろう。だが……少なくとも、救いの無い終わりではない。それを迎えさせたことに対して、武蔵は感謝していたのだ。自分では、自分達では決して迎えさせてあげることは出来なかったから。

 

 「それに……もし殺意のままに襲いかかったとしても、斬り伏せられていたのがオチだろう。片腕を無くし、血の気も失せ、確実に疲労していた。死にかけと言ってもいい……それでも、全く勝てる気がしなかった」

 

 それは雲龍を含めた武蔵以外の艦娘全員が感じたことだろう。確かに、イブキは今にも死にそうと言っても過言ではない状態だった……が、残った右手には武蔵達が手も足も出なかった猫吊るしを紙のように切り裂いた新たな軍刀、両目には改flagshipを思わせる蒼い光、死にかけとは思えないしっかりとした足取り。どれを取っても勝てるビジョンが見えなかった。それは雲龍も感じていたので、この問いかけは確認でしかない。まだイブキに戦いを挑むのか、否か。

 

 「イブキを追うのは、戦いを挑むのは……もうしない。それよりもやらなければならないことは多いぞ。何せ海軍の最高戦力のある大本営が落とされたんだ。世間への対応、大本営の再建、この場にいる生存者の救助……他にもあるだろう。負け惜しみで言わせてもらうなら……アイツに構っている暇はない」

 

 「……ええ、そうね」

 

 武蔵の言葉に、雲龍は嬉しそうに笑って頷いた。確かに武蔵の言う通り、やらなければならないことは山積みだろう。今回受けた損害は甚大だ。それは人的、物的にもそうだろうし、政治的な問題だって武蔵達が思い付かないだけでまだまだ探せば見付かるだろう。イブキに構っている暇はない、というのも間違いではない。

 

 そして、海軍のトップである善蔵の死は世間と世界に大きなニュースとなる。何も知らない人々からしてみれば、善蔵は英雄なのだ。その英雄が故人となってしまった以上、小さくない混乱が起きることは予想できる。それをどうにか出来るのは……全容を知る武蔵達だけ。

 

 「動くぞ。先ずは……応援を頼むことからだな」

 

 そう言った武蔵の顔は、雲龍が久しく見ていなかった……彼女本来のクールな笑みを浮かべていた。

 

 (しかし、翔鶴達に通信が繋がらんな。先程は繋がったというのに……何故だ?)

 

 

 

 

 

 

 「イブキさん……猫吊るしを倒してくれてありがとうございますー。あなたが倒してくれたお陰で、私達は目的を達成出来ましたー」

 

 「私達の目的は、猫吊るしを倒すことでしたー。それが達成された今、あなたのこと、私達のことを全てお話致しますー」

 

 「あなたが妖精ズと呼んでいた私達5人……この場にいるのは3人ですが、他の妖精とは違いますー。構造そのものは変わりませんが、他の妖精ロボットとは違って自分の意思を持っていますー」

 

 「私達のこの身体は、元は猫吊るしが使っていたモノ……あいつが他の身体に移った際に破棄された身体に宿ったのが私達ですー。破棄された身体はあいつとのリンクこそ切れていましたが、コンピューター……あいつが人間として生きていた時代に作り、今尚世界のどこかで起動しているコンピューターにアクセスすることは出来ましたー。そこには艦娘や深海棲艦の情報や設計図……あいつが使う技術の全てが存在しましたー。私達があなたを造り上げたり軍刀を造り上げたり出来たのはそれが理由ですー」

 

 「なぜ私達がそうまでしてアイツを倒したかったのか……言ってしまえば復讐、それも逆怨みのようなモノですがー……“私達”は、元はあの渡部 善蔵と同じですー。妖精猫吊るしと出会い、その力でそれぞれ願いを叶えてもらい、それが真に自分が望んだモノとは違い、絶望の中で死んでしまった元人間ですー」

 

 「妖精に宿って生きた年月が永すぎて、今ではすっかり口調も動きも思考も妖精に馴染んでしまっていますがねー。精神は肉体に影響される、ということですかねー」

 

 

 

 

 

 

 「……あっ!?」

 

 サーモン海域最深部に赴いた連合艦隊。その中の翔鶴によって先に帰された半数の内の艦娘の誰かが驚愕に満ちた声を上げた。何故なら、その艦隊の前に死んだとされていた軍刀棲姫とその手を引く駆逐棲姫、そして2人に追従している未知の深海棲艦ツ級が現れたからだ。

 

 こうして双方が出逢ってしまうのは仕方の無いことだろう。イブキ達の目的地はサーモン海域最深部で、艦隊はそこから戻ってきたのだ。それもお互いに最短ルートで……必然、互いの道はどちらかが遠回りでもしない限り同じモノになる。

 

 「あれはイブキ!? やっぱり生きてたクマ! ここで会ったが百年目ぇぐぶげ!?」

 

 「はーい、球磨姉さんは黙ってようねー」

 

 「出た! 北上の対球磨用必罰技“らりあっと”だぴょん! しかもそこから派生して“ちょおくすりいぱあ”!!」

 

 「あたし達艦娘のパワーで受ければ、下手すれば首が物理的に飛ぶぜ!」

 

 「普段ののんびりした雰囲気とは違って鋭くて速いから痛いし意識が持っていかれそうになるんだよね……」

 

 その艦隊の中にはイブキと面識のある球磨達、今は最深部の拠点に居る夕立と時雨の元々配属していた鎮守府の同僚である白露達、摩耶達の姿もあった。球磨達以外は皆一様に驚愕に染まり、或いは恐怖からか震えている者まで居る。それもまた仕方の無いことだろう。何せ相手は軍刀棲姫に加えて駆逐棲姫、新種の深海棲艦までいるのだから。イブキ相手に数の差など何の問題にもなりはしないのはこれまでの戦闘記録が証明しているし、中にはかつて無人島での決戦での戦い、大本営での大襲撃の戦いを直接目にした者も居る。戦うことになれば全滅は必至……そう考えてしまうのも無理はないだろう。

 

 「待って下さい。私達に交戦の意思はありません」

 

 【……えっ?】

 

 今度は艦隊全員が同時に疑問の声を漏らした。其ほどまでに、深海棲艦……それも姫が話し掛けてくることが信じ難く、交戦の意思はないとはっきり告げたことが信じられなかったのだ。何せ彼女達がこれまで遭遇した姫、鬼は総じて問答無用で戦いを挑んできたのだから。

 

 その中で、ラリアットを球磨に仕掛けた腕を曲げてチョークスリーパーに移行していた北上と摩耶達は何か分かったかのように頷いた。イブキ達が自分達が先ほどまで居た海域に向かっていて、この遭遇は偶然の産物なのだと気付いたのだ。

 

 「彼女はサーモン海域の最深部へと向かっている最中で、私はその案内。道を開けて頂けるのなら、戦う必要はないですから」

 

 「……その言葉を信じろっていうの? 右手に軍刀まで持ってるのに」

 

 駆逐棲姫不知火の言葉に疑問を投げ掛けたのは、先頭に居る艦娘……白露だった。別に彼女が今の艦隊のトップという訳ではないのだが、誰も声を出さなかったので仕方なく会話を繋げたのだ。返答こそ他の艦娘達の心情を思って疑問を返したが、本人としては別に道を譲ることに問題はない。というより、譲らないことで発生するメリット等何もないのでさっさと譲ってしまいたいのが本音なのだが。

 

 「戦うつもりなら始めから攻撃しています……あまり時間をかけると、イブキさんが動きますよ?」

 

 【っ!!】

 

 不知火の言葉に、全員が一斉に左右に別れた。軍刀棲姫に動かれれば、自分達は全滅するのは解りきったことなのだから。

 

 イブキの手首を掴んで引きながら、不知火は別れた艦隊の間を進んで行く。およそ70人居る艦娘の目が監視するかのようにイブキ達に固定されるが、当の本人達は気にした様子もなく通り過ぎた。無防備な背中を見て何人かの艦娘が砲撃する姿勢に移るが、周りに止められていた。

 

 「いやー、相変わらず勝てる気がしないねぇ」

 

 「うぎ……ぐぐぐ……」

 

 「北上! それには同意するけど、早く球磨を離すぴょん! なんかヤバい顔色になってる!」

 

 「……あれが、時雨と夕立の……」

 

 「イブキさん……やっぱ生きてたな」

 

 「そうね、摩耶姉さん」

 

 そうしてイブキ達が去っていった後、艦隊では各々が安堵や複雑な感情を持ちながら今の出来事を話し合いつつ大本営へと向かうのだった。

 

 (それにしても……イブキさん、一言も喋らなかったな)

 

 

 

 

 

 

 

 「何の偶然か同じ境遇かつ同じ目的で集まった私達は、復讐する方法を話し合いましたー」

 

 「相手は私達よりも格上であり、同じ知識を持っていても向こうの方が何枚も上手。準備をしようにも直ぐにバレては意味がないですし、その準備も通用するか分からない……3人ならぬ、5人寄れば文殊の知恵。その為の話し合いだけで何年も経ちましたー」

 

 「そして出た結論が、あいつが行った実験や研究の中で途中で凍結、もしくは禁忌とされているデータの中からピックアップして行っていこうということでしたー。いやー、これまたいつバレるかとヒヤヒヤしましたー」

 

 「勿論、あいつですら出来なかった、もしくは危険としたコトです……私達だけでどうにかできるモノなど殆どありませんでしたー。そもそもデータの量自体が膨大過ぎて、今現在も見たデータは総数の千分の一にも万分の一にも到達していないでしょう」

 

 「そんな中で発見したのが……“別の世界への移動方法”という研究データでしたー。異界、異世界、パラレルワールド、平行世界、異次元、異空間。言い方は何でもいいですが、とにかくそういった、この世界とは違う別の世界への接触、移動、干渉を目的とした研究。研究自体は進んでいましたが、結局あいつは辿り着けなかったみたいですねー」

 

 「艦娘や艤装を作るための特殊な空間を作る装置を造り上げたり、魂や経験、感情なんてファンタジーに足突っ込んでるモノを材料にしたりする技術を産み出しておきながら、異世界への移動は出来なかったんですねー。因みに移動する目的は不明ですー。取り合えず本気で試してみた、と言ったところでしょー」

 

 「無論、私達にはちゃんと目的はありました。この世界のモノではあいつを倒すのは難しい。ならば、別の世界の物、人、ファンタジー的な要素、そういったモノがあれば……と。まあ、我ながら迷走しているなーとか、頭可笑しくなってるなーとか思いますが、それだけ追い詰められていたんですねー」

 

 「まあ当然ながら、あいつが成し遂げられなかった研究ですから知識だけ持った状態の私達では研究内容をトレースすることすら困難でした。隠れ家や設備の作成、その他諸々……それらが終わってもトライ&エラーの日々。あいつに復讐したいという意思がなければ、投げ出して妖精としての生……生? を謳歌することになっていたでしょー」

 

 「それでも諦めずに研究を続けていた時の実験中……ようやく、カミサマは私達に一瞥をくれたんです」

 

 

 

 

 

 

 「なっ……イブキ!?」

 

 長門がそう叫んだのも仕方がない。そして彼女達……戦艦棲姫山城と北方棲姫率いる援軍によって敗走していた残り半分の連合艦隊がイブキ達と出会うのも、また仕方の無いことだった。だが、その時の心境は先に出会った者達とは比べ物にならない程に最悪と言っていい。

 

 戦闘をしていたハズのイブキがこの場にいるということは……大本営での戦闘は終わっていることになる。そして、そのことを長門達は聞かされていない。大本営の防衛戦力である武蔵達からの通信で撤退したのだから、終わったなら終わったで報告がきていても可笑しくはない……そう思って長門は翔鶴達元帥第一艦隊の面々を見やる。とは言っても、翔鶴以外の生き残り4人は未だに気絶したままなのだが。

 

 (軍刀……棲姫……生きて……ああ、それで先程から通信機が……)

 

 実は翔鶴、戦艦棲姫山城とのやり取りの後からずっと俯いていてここまで1度も顔を上げていない。通信機が鳴っていることにも気付いていたが、気にも止めていなかった。今も周囲の声から前方に軍刀棲姫が居ると分かったが、1度も目を海面から上げていない。それは別に山城とのやり取りに思うところがあった訳ではなく……ただ単に、帰ってどうするのかを考えていたからだ。

 

 帰ってからあの善蔵の偽者に何を言われるだろうか。謹慎や体罰ならまだいい。除隊や解体されてしまえば本物の善蔵を見つけ出すことはより困難となる。そもそも、偽者と解っていても善蔵の顔で、声でそんなことを言われてしまえば流石に堪える。どうする……どうしよう……そんな風に悪い方向へと考えていた翔鶴には、通信に出る余裕も周りの声に反応する余裕も無かった。他の現元帥第一艦隊の面々はまだ気絶から復帰できていない。

 

 「それに駆逐棲姫だと!? いや、微妙に姿が……」

 

 「またですか……安心してください。私達に戦闘の意思はありませんから」

 

 (……? 今の声……どこかで……)

 

 長門の後に聞こえた声に、翔鶴は聞き覚えがあった。今のネガティブに染まった思考では答えが中々出せずに居た為、彼女は体が重いと感じながらも顔を上げ、声の主を探す。程なくして、それは見つかった。

 

 駆逐棲姫……かつての連合艦隊対イブキとの戦いに居合わせた翔鶴もその姿は知っている。あの時は確か、髪型はサイドポニーだったか……と、翔鶴は思い返す。しかし、目の前……イブキの隣に居る駆逐棲姫はサイドポニーではなく、どこか見覚えのある髪型を……とそこまで考え、翔鶴は答えを出す。

 

 (不知火? それもこの感じは……あの時逃げた娘ですか)

 

 目の前の駆逐棲姫の正体に、翔鶴は誰よりも早く気付いた……が、それだけだった。今更不知火と出会った……この場合は再会と言うべきだろうが、それがどうしたと言うのか。不知火が生きていようが死んでいようがどちらでも構わないというのに……そんな事を考えて、彼女は不知火から視線をずらす。すると今度はイブキの姿が目に入った。片腕が無く血の気の失せた顔色から満身創痍なのは見てとれた。これには流石の翔鶴も驚愕を禁じ得ない。

 

 

 

 そしてイブキが手にしている軍刀を見て、翔鶴は目を大きく見開いた。

 

 

 

 (ああ……嗚呼……感じます、感じます善蔵様……其処にいらっしゃったのですね)

 

 かつて龍田がナイフになった天龍の存在を感じたように、翔鶴もイブキの持つ軍刀から善蔵の存在を感じ取る。まず最初に感じたのは喜び。あんな偽者ではない、本物の善蔵をようやくその目で見ることが出来たという喜び。次に感じたのは疑問。何故善蔵の存在が軍刀から感じられる? 何故人間が軍刀になっている?

という、当然の疑問。そして……絶望した。

 

 「……あ……いや、ああああ!! 善蔵様、善蔵、様が……なんで、どうして!?」

 

 「っ!? しょ、翔鶴? どうした?」

 

 突然頭を抱えて泣き叫び出した翔鶴に、その場の誰もが驚いた。長門が思わずというようにその両肩を押さえてどうしたのかと問い掛けるが、翔鶴は善蔵の名を呼び、どうしてと疑問を呟くばかりで会話にならない。

 

 翔鶴は軍刀から視線を外せず、長門の言葉も姿も認識していないかのように……いや、もう彼女には善蔵を感じる軍刀以外目にも耳にも入っていなかったし、内心は疑問で溢れかえっていた。何故自分の想い人が軍刀なぞになっている。何故それを軍刀棲姫が持っている。人間としての善蔵は何処にいる。いや、そもそも……。

 

 

 

 善蔵は、生きているのか?

 

 

 

 「ああああああああああああああああっっ!!」

 

 それは、何よりも翔鶴が恐れていることだった。翔鶴にとっての善蔵とは、文字通り“全て”である。この姿、己の過去現在未来、力、想い、その他言い尽くせない全てを捧げられる相手こそ善蔵という存在であった。善蔵さえ居れば何もいらない。命令されれば何もかもを捧げよう。敵を絶滅させろと言われれば何をしてでも成し遂げよう。味方を殺せと言われれば喜んで殺そう。全ては愛した人であるが故に。それほどまでに善蔵を心酔する翔鶴を、人は異常と呼ぶだろう。狂っていると言うだろう。そしてそれは正しい……だが、当然と言うべきか、翔鶴も最初はこんな思考はしていなかった。

 

 正規空母である翔鶴は、俗に言う不幸艦であった。と言ってもそれは軍艦時代の話であるし、艦娘となっても多少運が悪い程度のモノだ……だが、それを快く思わない者も居た。それが翔鶴の艦娘となってからの最初の提督だった。

 

 翔鶴は生まれてから50年近く経っている古強者である。だが、当時はまだまだ厳しい軍人らしい提督が多く、それ故に艦娘を個人ではなく戦争の為の道具と見ている者が多かった。翔鶴の元の提督も、それに当てはまる。艦娘を使い潰すように運用し、衣食住も最低限。活躍した艦娘には相応の待遇をしたが、被弾や大破しようものなら放置するか囮にするか……それでも戦果は上がっていた為、提督としては優秀だったのだろう。だが、艦娘との接し方という意味では……最悪の部類だった。

 

 その提督は、不幸にも被弾しやすく傷を負ってばかりいた翔鶴を冷遇した。当時の翔鶴は持ち前の不幸不運のせいで被弾ばかりしており、遠征でも演習でもロクな結果を出せなかった。それでも生き残っていたのは、相応の実力を持っていたからだろう。だが、何よりも彼女が不運だったのは……その不運が外だけでなく内でも起きてしまったことだった。

 

 それは本当に些細なことだった。何も無いところで転ぶ……そんなアニメでも漫画でも使い古されたようなドジを、翔鶴は鎮守府の建物、その中の階段付近で起こしてしまい……たまたま階段を登っていた提督とぶつかり、もつれあうように2人して落ちた。結果として提督は手足を骨折し、暫くの間執務が滞ってしまうことになる。只でさえ翔鶴は提督に良い印象を持たれていないというのに今回の出来事だ、提督が烈火のごとく怒り狂うのも仕方ないと言える。

 

 『翔鶴……貴様は解体では済まさん。演習の標的にした後に雷撃処分してやろう』

 

 その死刑宣告に翔鶴が感じたことは……恐怖ではなく安堵だった。自分は只でさえ迷惑を掛けてきたのだ、なるべくしてなった、これでもう誰も自分の不幸に巻き込まなくて済む……そんな諦めを含んだ安堵だった。その後翔鶴はその実質死刑の執行日まで独房で過ごすこととなり……。

 

 

 

 そして、事件は起きた。

 

 

 

 提督の所業に耐えきれなくなった艦娘による反乱。元々心を持ったことで使い潰すような運用に不平不満を募らせていた所に翔鶴への事実上の死刑宣告……それを聞いてしまった妹艦の瑞鶴を発端として、それは起きてしまったのだ。歴史上では2番目に起きた忌むべき事件。提督は艦娘によって殺害され、艦娘達はどんなに憎くとも上官を殺めた為、償いとして1人残らず自決した……独房の中に居た翔鶴を除いて。

 

 翔鶴が独房から出ることが出来たのは、全てが終わってから1週間も後。日も当たらず、誰も来ることがなく、嗜好品の意味合いが強くその気になれば不必要とは言え飲まず食わずで、狭苦しく暗い部屋の中での極限状態の1週間……精神が病み、いっそのこと死ねたら……そんな風に思っても頑丈な艦娘の体は生半可なことでは死ねず、脱走防止の為か必要最低限の設備しかない妖精特製の艦娘用の独房とあっては逃げることもできない。それは正に地獄と呼ぶに相応しいだろう。

 

 『……まさか、生き残りが居たとはな……もう大丈夫だ』

 

 そんな地獄から救い出してくれた存在こそが、当時の善蔵だった。垢だらけで臭い、生気もなく死体のような姿の翔鶴を嫌な顔1つせずに抱き締め、そう言った善蔵のことが、翔鶴は神にも等しい存在に思えた。その時の温もりを、永劫忘れることはないだろう。それが例え翔鶴という都合の良い駒を手に入れる為の行為だとしても、彼女にとっては初めての人間からの抱擁であったのだから。

 

 そのような出来事があったから、翔鶴にとって善蔵とは依存対象であり、崇拝すべき存在であり、恋慕を抱く異性であり、己の全てであった。

 

 

 

 その全てが、無くなった。

 

 

 

 「……もう、何もかもどうでもいい……」

 

 悲哀と絶望に満ちた絶叫の後に俯いて微動だにしなくなっていた翔鶴の口からそんな言葉が漏れ出す。それを聞いた長門を初めとする周りの者達は、同時に危機感と焦燥感を感じる。それは不知火も例外ではない。

 

 「善蔵様が居ない世界なんて……どうでもいい……だけど……」

 

 俯いていた顔を上げる翔鶴。そんな彼女の目を見た者達の口から思わずと言うように小さな悲鳴が溢れる。その瞳が余りにもどす黒く、悲哀と憎悪にまみれていたから。それが更に周りの危機感が煽る。

 

 今、翔鶴が考えているのは善蔵の軍刀を持つイブキへの復讐だけ。一分一秒でも早く、その存在を消し去りたい。だが己の武器は捨ててしまっているし、正規空母である彼女が連合艦隊を降すイブキを相手取って勝てる可能性等万に1つもない。それは満身創痍である現状でも変わらないだろう。だが……相討ちならば、充分に可能。それを成すことができるモノならば、その胸の内にある。己の全てを燃料とし、それに応じて威力を上げる最悪の代物が。

 

 ー お前だけは……赦さない ー

 

 その美貌を憤怒に染め上げ、翔鶴は自分の胸元に右手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 「実験中、突如として空間に穴が開きました。それは毛穴よりも更に小さく、微生物よりも更に小さく……それほどの極々小規模ですが、確かに“何もない空間に”穴が空いたんですー」

 

 「その穴の向こうには、町並みが見えました。無人島の岩盤を私達が実験室として使うためにくりぬいて、他の妖精が入ってこられないようにしていた場所だったにも関わらず……そこで私達は、実験が成功したことに気付いたんですー」

 

 「ですが、穴はそれ以上大きくはなりませんでしたー。これでは何が出来るのか……そもそも何をしようか……そんな風に考えていた時、1つの考えが浮かんだんですー」

 

 「チリも積もれば山となる……穴を通れる程の極々小の機械を作り、“向こうの世界の魂や精神”を……誠に勝手ながら収集し、1つに纏め、アイツへの対抗策を産み出す為の材料にしようと」

 

 「向こうの世界は我々の世界とほぼほぼ同じでしたー。違いがあるとすれば、我々のような妖精が居なかったことと……どういう訳か、我々の世界とは魂や精神といった“材料”の質が比べモノにならない程良いということでしょうか」

 

 「ここまで言えば、もう解りますよね? イブキさん……アナタは、別の世界の塵のように小さくも良質な魂や精神等の材料を集めに集めた末に出来た結晶なんですー。漂っているモノだけでなく人間からもちょびっと頂いてますので、向こうの人々は直ぐ思い出せる程度の些細なド忘れを起こしているかもしれませんねー」

 

 

 

 

 

 

 アイツを斬った辺りから、どうにも俺は浮遊感を感じていた……地に足が着いていないと言うのだろうか、まるで夢の中を歩いているかのように現実味が無い。とは言え、こうなっている原因は分かっている……切り落とした左腕、そこから血と共に流れ出している“俺そのもの”……それが流れ過ぎたんだろう。貧血とはまた違う、何とも言いにくい浮遊感。このままではマズイと本能が叫んでいるが、いかんせんどうにも出来ない。

 

 戦っていた場所から離れ、不知火と思わしき深海棲艦に手を引かれて武蔵と対面した頃には……声を出すことも出来なかった。倒してからそう時間が経っていないのに、だ。続いて北上や摩耶達と遭遇した頃には……実のところ、もう殆ど声も聞こえていなかった。何かしら会話していて、球磨が暴れて北上にラリアットをかまされた所は見ていたが……何を言ってるのか解らなかったし、笑い声1つ口から出てはくれなかった。

 

 そして今、また艦娘達と遭遇したんだろうが……正直言って、姿すらボヤけて良く見えない。これはいよいよもってヤバイか……なんて、今更なことを考える。とは言え、完全に見えなくなった訳ではないので、輪郭や身ぶり手振りはうっすらと解るんだが。だから、目の前の白い奴が自分の胸に手を置いたのは理解出来た。

 

 

 

 そして、背筋にゾワッとしたモノが走った。

 

 

 

 この感覚を、俺は知っている。あの日あの時、大淀が光の中へと消える瞬間に感じた感覚と同じモノ。だとすれば、次の瞬間には……あの光が、爆発が起きる。ボヤけた風景を見る限り、沢山の艦娘達が居るというのに。

 

 逃げるか? 体の感覚は鈍いが、ここは障害物1つ見当たらない海上。真っ直ぐ全力で走れば、不知火1人位なら一緒に逃げられるかもしれない。艦娘達には悪いが、俺は夕立の……皆の元に帰らなければならない。艦娘達の死を無視してでも……そう思ったのに、ボヤけた視界の中で、その姿が目に入ってしまった。

 

 夕立。何故かは分からないが、その姿だけがやけにハッキリと見えた。勿論、俺の帰りを待っているであろう夕立ではない。彼女がこんなところに居るハズがない。だが……その姿が彼女と重なる。爆発によって死に行くであろう艦娘達の中に、“彼女”が見えた。彼女が、“また”消える。

 

 それだけは……耐えられない。

 

 

 

 

 

 

 長門達艦娘も、不知火も何が起きたか一瞬分からなかった。だが、直ぐに起きたことを理解する。その経過までは分からないものの、結果だけは理解出来た。即ち、翔鶴とイブキがその姿を同時に消したということを。

 

 「な、何だ。2人はどこへ消えた!?」

 

 「わ、分かりません。瞬きもしていなかったのに……」

 

 「……? どうしたの? 夕立」

 

 長門を含めた艦娘達と不知火が慌てる中、長門と同じ艦隊の加賀が、同じ艦隊の夕立の様子がおかしいことに気付く。と言っても、それは恐怖で震えているというようなモノではなく、イブキが居た場所を見て困惑しているように見える。

 

 「……イブキって人と、目があったような気がするっぽい」

 

 

 

 「く……ううううっ!?」

 

 そんな会話が行われているのと同時刻、翔鶴もまた驚愕の中に居た。気が付けば、自分は海の上を疾走していた……何を言ってるのか分からないと思うが、なんて思わず言いたくなる程の急展開。しかも疾走していた、とは言うものの実際は浮いている。否、抱えられていた。

 

 風景が線のように……と例えることがあるが、今の翔鶴は正にそんな状態だ。予想外の出来事に思考が真っ白になり、脳が理解を拒む。

 

 「かはっ……!?」

 

 かと思えば、次の瞬間には背中に強烈な痛みを感じ、口からは呻き声が出る。翔鶴が目だけで背後を見ると、そこにあったのは高く分厚い岩壁。そして目の前には……怨敵のイブキが、右手の肘から手首までの部分を翔鶴の腹に押し付けている姿。

 

 (っ……本当に……本当に一瞬で、何もない海上からこんな名も知れない島まで……バケモノめ……)

 

 (ぐ……今のでもう、身体が……)

 

 戦慄と恐怖を隠せない翔鶴がイブキを睨み付ける中、イブキ自身も限界に近かった。元々目も耳も不調で、猫吊るしとの死闘を終えてから休まずに動き続け、そしてついさっきの翔鶴を抱えての全力移動……最早イブキの身体は、動くことすら儘ならないだろう。

 

 心と身体……違いはあれど、お互いに限界だった。しかし……不利なのはイブキの方だろう。イブキは生きて拠点に戻ることが目的だが、翔鶴はイブキを殺せさえすればいい。そして、イブキはこの場から離脱することはおろか動くことすら難しいのに対して、翔鶴は動く必要はない。意思1つで、周辺一帯を吹き飛ばせるのだから。しかも、イブキにそれを防ぐ術はない。

 

 「このっ……バケモノ……でも、終わりです! 終わりですよ、バケモノの貴女でも!!」

 

 (っ、こいつ!?)

 

 「逃がすもんか、生かすもんか!! 善蔵様を奪った貴女だけは……この世界に存在することすら赦すものですか!!」

 

 イブキの首に両腕を、腰回りに両足を回して絡み付く翔鶴。逃がすつもりは微塵もなく、間の抜けた体勢だろうとも気にしない。普段のイブキなら、こんな拘束は簡単に外せる……否、される前に避けられた。だが、今の状態ではどうしようもない。

 

 「軍刀棲姫!! お前さえ居なければああああっ!!」

 

 

 

 ー ごめん、皆……ごめん……夕立…… ー

 

 

 

 

 

 

 「夕立……ずっとそこで待つつもりかい?」

 

 「勿論!」

 

 時雨と夕立が居るのは、拠点内に数ある内の1つの出入り口。夕立はそこでしゃがみ込み、ニコニコと笑いながら顎に両手を当て、頭にたんこぶを作りながら出入り口を見ていた。そこは、今は居ないイブキが出入りしていた場所だ。イブキはいつもこの出入り口から出発し、この出入り口に帰ってきた。夕立も一緒に。その記憶は今尚、彼女の中から消えていない。

 

 日向の通信機越しの言葉と、帰ってきた山城の言葉からイブキの生存を確信できた夕立は、日向と地上の大和達を他の仲間に任せ、自分はこの場所でずっとイブキを待っている。その行動に時雨は言いたいことがあったものの、ここ3ヶ月の中で見ていなかった彼女の笑顔を見てしまっては何も言えなかった。せいぜい苦笑しながら拳骨を落としたくらいである。

 

 嗚呼、ああ、イブキはまだだろうか。そわそわニコニコとしながら、夕立はそればかりを考える。やっと幸せな日々が戻ってくる。やっと愛しい人が戻ってくる。やりたいことは沢山あるし、言いたいことも沢山ある。過ごしたい場所も、共にしたい時間も、沢山沢山ある。でもその前に、お帰りと真っ先に言ってあげたかった。誰よりも先に顔を合わせたかった。

 

 「イブキさん、早く帰ってこないかなぁ」

 

 

 

 夕立がそんな言葉を嬉しそうに呟くのと……1つの島が光の中へと消えたのは同時だった。




という訳で、色々とクライマックスな話でした。ハガレンで言えば、お父様ことホムンクルスを倒した後のアルを助けるにはどうするか? という場面です。漫画では助かりましたが、さてはて本作はどうなることやら。

次回、もしくはそのまた次回に最終回予定です。最後までお付き合い頂ければ幸いです。



今回のおさらい

武蔵達、未来を見据える。消えてしまった男の代わりに。翔鶴、イブキとの心中を選ぶ。彼女には過去以上に大切なモノなど存在しない。夕立、イブキの帰りを待つ。再会を夢見て。



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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みんながいるさ

長らくお待たせしました。ようやっと更新出来ました……約16000字は長かった(疲

最終回が近いだけに気合が入りますね。同時に次は何を書こうかとか、そもそも書くのか? とか考えてしまいます。

それでは、どうぞ。


 ふわふわ、ゆらゆら。まるで水の上に浮いているかのような感覚に心地好さを覚えた。今の俺がどうなっているのかは自分では分からない。だが、何があったかだけは妖精ズが教えてくれた。そして、今の“俺”は幽霊のようなモノだと教えてくれた……その前にも色々と言っていたらしいんだが。

 

 「周りに人が居たからあえて無視していたのかと思いきや、まさか私達の声も聞こえていなかったとは……予想外ですー」

 

 妖精ズ曰く、移動中に俺にだけ聞こえるように猫吊るしを倒したい動機や俺をどうやって産み出したか等を教えていたらしいが、肝心の俺は何一つ聞こえていなかった。それだけ俺という存在が危うかったということでもあるのだが……幽霊のような状態になってようやく聞こえるようになったのは喜ぶべきか悲しむべきか。

 

 その空気のようなモノだが……要するに、俺は爆発を止めることが出来ずに消し飛んでしまったようだ。肉体は失われたが、こうして俺の意識はある……周りは真っ暗で何も見えないが。というか、俺が爆発に巻き込まれたのなら妖精ズも巻き込まれたんじゃないか?

 

 「咄嗟にみーちゃん軍刀に入り込んだので無事でしたー。あの爆弾は島を消し飛ばす程の凄まじい破壊力を持っていましたが、硬度が可笑しいみーちゃん軍刀を傷付けることは出来ませんでしたねー」

 

 「しかしながら、しーちゃん軍刀とネオニューふーちゃん軍刀セカンドツヴァイMk.Ⅱが一緒に消し飛んでしまいましたー。半日保たなかったね、やったねふーちゃん!」

 

 「おいバカやめろですー」

 

 「それはさておき、イブキさんは1つ勘違いしてますー」

 

 声で判断するに、上から順にしーちゃん、みーちゃん、ふーちゃん、またしーちゃんだろう。ふーちゃん軍刀の名前に対してツッコミを入れるべきかどうか悩みながらも彼女達が無事なことに安堵しつつ、俺がしている勘違いとやらが何かを考える。が、そんな猶予はなく、すぐにしーちゃんが答えをくれた。

 

 「イブキさんの肉体は消し飛んだ訳じゃないんですー。その前に、私達がイブキさんの体を元の魂の集合体……ただの素材へと“戻し”て一緒に軍刀の中に入り込みましたー。言うなれば加工前の初期状態な訳ですが、意識があるのは驚きですー」

 

 

 「とは言えイブキさんは目も見えていないし耳も聞こえていないハズですー。当然ですねー、だって目も耳も鼻もないんですしー。我々の声も、実際は聞こえているのではなく、心に届いていると言った方が正しいでしょう」

 

 妖精ズの話を聞いて成る程と思う。俺は厳密に言えば死んだ訳ではない。言ってしまえば、意志のある石ころみたいなモノなのか。この身は数多の魂によって形作られたモノ、なら形が無い状態に戻すことも可能だと……砂で作った城を崩して只の砂にするようなモノだと。爆発の直前まで俺は人型をしていたハズだから、爆発が広がる一瞬でそこまでやったのか……流石は妖精と言うべきかな。

 

 さて、俺の状態は理解した。同時に、人型の時に感じていた喪失感や寒気も落ち着いていることにも気付く。これは俺という存在が漏れ出していたのが止まっているということじゃないだろうか? それに、妖精ズは素材に戻したと言った。なら、また人型へと“再構築”することも出来るんじゃないだろうか?

 

 「可能か不可能かで言うなら、当然可能ですー。1度生み出せたんですし設計図もありますから、作り直すこと自体は可能ですー」

 

 「……ですが、イブキさんを元に戻すのは事実上不可能なんですー。理由としては……艦娘で言うなら、資材が無いからですー」

 

 「イブキを形作る魂は別世界のモノ、それも極々小の魂を数十億もの数を集め、ようやく形になったと言えるレベルですー。予備なんてありません……小さなキズや体に穴が開く程度なら、自動修復出来ました。ですが、腕を切り落としたり致命傷を負ったりすれば……アナタという核から切り離されたり漏れ出したりしたモノは戻りません」

 

 「補充する為の魂……資材が無い。技術的には不可能ではないですが、元の姿に再度建造するのは不可能なんです。流石にまた別世界への穴を開けることも環境がないからできませんし、資材の補充も出来ませんし……」

 

 詳しいことはよく分からなかったが、取り合えず元の姿に再構築するのは不可能だって言うのは理解した。なら、元の姿でなければ再構築出来るのだろうか? 例えば、左腕を欠損したままとか。或いは身長を小さくするとか……スペックダウン、スケールダウンすれば出来るんじゃないか?

 

 「……可能です。アナタの強さが常軌を逸していたのは、この世界の魂よりも遥かに質がいい魂を数多く集め、無駄なく纏めて密度を高めたからですー。だから密度を低くする……スペックを落とせば、あの姿で再構築出来ますー」

 

 「ですがそれは、無双の力を失うことと同じこと……いえ、下手をすれば艦娘や深海棲艦ではなく、それ以下にまで……それに、再構築にどれだけ時間が掛かるかも分かりません」

 

 「イブキさんはもう、自分の力だけで夕立さん達を守ることが出来なくなるかもしれません」

 

 「「「それでも、やりますか?」」」

 

 

 

 

 

 

 猫吊るしの暴走と言うべきか、それともイブキの襲来と言うべきか、はたまた化け物同士の決戦と言うべきか。世間にはその戦い……否、事件を“海軍史上最悪の悲劇”として語られた。大本営の陥落、連合艦隊の任務失敗、そして海軍総司令、生きた伝説、英雄とも呼ばれた渡部 善蔵の死去。そのニュースはこの世界の社会に大打撃を与え、人々に絶望を与えた。

 

 それはそうだろう。この世界では、人類が存続できているのは海軍が艦娘と共に深海棲艦と戦っているからであり、人々に安心を与えていたのは善蔵という生きた希望が居たからだ。しかし、その希望が死んだ。海軍は最高戦力を持つ本拠地を落とされた。人々は、未来への希望など持てなくなってしまったことだろう。それでも……世界は海軍に、艦娘と提督達に頼る他無いのだが。

 

 戦いの真実を知る者は、駆逐棲姫不知火や妖精達を覗けば武蔵達防衛戦力の生き残りとある程度話を聞かされていた長門達連合艦隊のみ。武蔵、雲龍を主導として話し合いをした結果、世間には真実を少し曲げて戦いの内容を語ることになった。大本営の中から現れた深海棲艦によって破壊し尽くされ、軍刀棲姫によって救われた……という真実ではなく、突如襲来した新種の深海棲艦を多大な犠牲を払って撃破し、善蔵はその戦いの中で死んだのだと。ニュースや新聞、ネットにも上がることが多い善蔵の死は隠せる事ではなく、かと言って赤裸々に真実を語る訳にもいかない。それ故に決まったことだった。善蔵は、戦い抜いた英雄なのだと。善蔵の真実を知るのはこの世で武蔵と雲龍、不知火だけとなってしまったのでその話が真実かどうか等誰も気にすることはなかったし、気にしたとしても掘り起こそうとする者も居なかった。

 

 世界は進む。時間は進む。英雄は死しても敵は居なくならない。戦争は未だ終わらない。猫吊るしという戦争を引き起こし、深海棲艦という絶望を産み出し、艦娘という希望を産み出した存在は確かに居なくなった。だが……それは同時に、戦争を終わらす為の最も楽な方法を失ったということに他ならない。根本的なことは何一つ解決していない。戦争を終わらせられるかどうかは……分からない。

 

 しかし、何一つ解決していないからと言って何一つ変わらないということはない。善蔵が死んだのだから、新たな長が居る。長が変われば在り方も変わる。世界という舞台で戦争という演劇。その監督である猫吊るしが用意した台本が無くなったならば、後はアドリブで進めるしかない。ハッピーエンドか、バッドエンドか……それは今を生きる役者達に掛かっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、夕立」

 

 サーモン海域最深部にある戦艦棲艦山城の拠点。その一室に、時雨は入る。机にソファにベッド、後はクローゼット。無駄なモノなんて1つもない殺風景な部屋。物流も何もあったものじゃない深海棲艦の拠点なのだから当たり前なのだが……その中で2つ、掛け布団で見えないにも関わらず夕立の両手の中で存在感を放つ、眠ってからも1度として手離さなかった軍刀があった。時雨はその軍刀がある場所に視線を向けると悲しげに眉を下げ……苦笑いを浮かべて、ベッドに眠る夕立に声をかけた。

 

 「今日は物資の調達に行ってくるよ。レコンは雷と一緒に近海の見回りで、扶桑と山城は南方棲戦姫と会ってくるってさ……全く、夕立はサボり過ぎだよ。何回僕が変わりに調達や見回りをしたのかと……御詫びはがっつりとしてもらうよ。だから……」

 

 眠る夕立の頭を撫でながら、時雨は1日の予定を語る。それに返ってくる返事がないと分かりつつも、それを止めない。それは時雨の日課だった。もう()()()続く……悲しい日課。

 

 ー 早く起きてよ……夕立 ー

 

 あの日から5年間……夕立は目覚めない。

 

 

 

 あの日、イブキの帰りをウキウキとした心持ちで待っていた夕立。だが、どれだけ待っても待ち人は帰って来ない。それでも、彼女は待った。生きていると知れたのだから、必ずイブキは帰ってくる。どれだけ時間を掛けようとも、必ず……そう信じて。

 

 1日が経った。3日が経った。1週間が経った。半月が経った。1ヶ月が経った。それでも、イブキは帰って来なかった。それでも……夕立は健気に待ち続けた。

 

 正直に言えば、夕立はイブキが何かトラブルに遭ったのではないかと心配していた。広大な海で迷子になっているのかも知れない。誰とも知れない艦娘や深海棲艦を助けているのかも知れない。そんなトラブルに巻き込まれて、或いは自分から首を突っ込んで遅れているだけかも知れない……そう、彼女は信じていた。遅れているだけだと、必ず帰ってくると……そう、信じていた。

 

 『イブキは……翔鶴と共に、島諸とも光の中へと消えた。恐らくは……我々連合艦隊を救うために』

 

 山城の言った条件を飲む代わりに捕虜となっていた日向達を引き取りに、あの連合艦隊の代表として来た長門が告げた言葉を……山城から聞くまでは。

 

 仲間の制止の声など聞くハズもなく夕立は長門を追いかけ、その島があった場所を聞き出してから向かい……そして、言葉を失った。そこには何もなかったから。その場所には……見覚えがあったから。

 

 

 

 『あ……あ、ああ……うああああああああああああああああっ!!!!』

 

 

 

 何もかもが消し飛んでいたその場所には、島があったのだ。数日……一月にも満たないたった数日だけだが……イブキと共に暮らした島が、そこにはあったハズなのだ。それが、無くなっていた。跡形もなく、まるで初めから存在しなかったかのように。翔鶴の中の爆弾はイブキだけでなく、イブキと夕立の思い出の場所までも消し飛ばしてしまっていた。

 

 その後、慌てて追い掛けてきた時雨達が見たのは……涙を流しながら脱け殻のように放心して何の反応も示さなくなった夕立の姿。怒りよりも悲しみが大きかった夕立の心はその悲しみに耐えきれずに砕けてしまったのだ。その日から、夕立は眠り続けている。現実から逃げるように。

 

 悲しいのは皆同じだった。ただ、その中でも夕立は最も大きい悲しみを抱き、それに耐えきれなかっただけ。時雨も、レコンも、雷も、山城も、扶桑も、涙が出るほどに悲しかったが……それでも、心砕くことはなかった。それはひとえに、拠点を守りたい、仲間と平穏に過ごしたい……そんなイブキの願いを叶えたかったから。

 

 だから、彼女達は生きている。悲しくない訳がない。泣き出さない訳がない。ただ、せめて自分達だけでもイブキの願った平穏な日々を過ごしていきたかった。それが、イブキへの手向けになると信じて。

 

 そう、手向けだ。彼女達はイブキが死んでいることを覚悟している。何故なら、最後のイブキの状態を長門から聞いていたからだ。いくらイブキが規格外の存在であるとしても、満身創痍の状態で島1つ消し飛ぶ程の爆発を至近距離で受けては……そう思っていた。

 

 「……夕立、いつになったら起きるのかな」

 

 「『夕立は寝坊助さんデスネー。コリャ起キタ時ガ地獄ダナ。キヒヒッ』」

 

 心配そうに呟く雷に対し、レコンは苦笑いを浮かべる。今は出発前の軽い準備時間。そこで2人は自分の艤装を点検していた。この後2人はそれぞれ物資の調達と近海の見回りという仕事がある。それらに加えて、イブキの捜索もする。やはり覚悟しているとしても、諦めきれずに居るのだ。それも5年も続けば、流石の彼女達でも諦めの色が見えている。

 

 5年……もう5年も探し続けているのだ。消し飛んだ島の周辺から更に離れた海、潜水艦の部下を使って潜れる限界まで潜って海底を探し、島に上陸すれば草の根を掻き分けてでも探し、時には長距離遠征としてサーモン海域から遠く離れた海域まで足を運んだ……それも、見付からなかった。探すには余りに時間を掛けすぎた。海は余りにも広すぎた。諦めきれずとも諦めかけているのが現状だった。

 

 今日も、イブキは見付からない。夕立は起きない。ただ、いつも通りに時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 「不知火! ゴハン!」

 

 「はい、今行きます」

 

 場所は変わり、ここは南方棲戦姫の拠点にある一室。そこで資料を漁っていた駆逐棲姫不知火の元に、朝御飯の時間を告げに北方棲姫がやってきた。短く告げられた言葉に不知火も短く返し、読んでいた本をパタンと閉じ、机の上に置いてから北方棲姫の元へと向かう。そして北方棲姫と手を繋いで食堂へと向かいながら、不知火は今日までの出来事を思い返す。

 

 イブキが翔鶴と共に消えた数秒後に起きたドーム状の光……不知火と連合艦隊が見たのはそれだった。その後不知火は誰よりも先に光の場所へと向かおうとするが、光が発生した方から津波が向かってきた為に行けず、津波が収まってから向かっても大渦が発生していて肝心のイブキも翔鶴も見付からない。そのまま不眠不休で軽巡ツ級と共に捜索し続けている最中に北方棲姫と出逢い、今の拠点に連れてこられ……直ぐに元不知火であることに気付いた南方棲戦姫の許可も出たので居候のような形で居座るようになり、現在に至る。

 

 (……もう5年、ですか)

 

 不知火の脳裏に浮かぶのは、やはり5年前のイブキと翔鶴が居なくなった日。あの日以来、イブキの姿を見た者は誰1人として居ない。南方棲戦姫から戦艦棲姫山城の拠点の者達が探し続けていると聞いているし、不知火自身も探してはいるが……成果は言うまでもない。

 

 あの日からずっと、不知火は悔やみ続けている。自分の願いを聞き届け、結果として矢矧の仇も討ってくれた恩人。その恩人が消え逝く様を遠巻きに、棒立ちで見るしかなかった自分。まだお礼も何も出来ていないのに……そうは思っても、お礼をすることは2度と出来はしない。あの光を直接見たが故に、不知火はイブキの生存は絶望的……否、死んだものと思っていた。

 

 「あ……不知火にほっぽちゃん」

 

 「矢矧!」

 

 「……矢矧さん」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、2人は途中でツ級……いや、“矢矧”と遭遇する。両腕や格好はツ級のままだが、頭部を覆っていたパーツが無くなって素顔を晒している姿は、あの日猫吊るしに殺されたハズの矢矧そのもの。

 

 5年の間に、ツ級は矢矧としての記憶を思い出していたのだ。当初こそ混乱していたが、不知火の説明を受けてあの日の出来事を知り、この拠点で生活を続けていく内に精神も安定し、今では割り切って今の暮らしをしている矢矧。心残りがあるとすれば元の提督の所へ戻れないことだが、それも仕方ないとなんとか割り切っている。

 

 「今から食事?」

 

 「ゴハン! 矢矧ハ?」

 

 「残念だけど食べ終わったところよ。それじゃあね」

 

 「バイバイ!」

 

 「あ、はい……失礼します」

 

 矢矧は巨腕を振ってその場を後にする。この光景を数年間見てきた不知火はもう馴れたものだが、当初は艦娘時代の矢矧の姿を知っている彼女としてはやはりシュールな絵面に見えてしまった。なまじ体は華奢なのに腕だけ大きいのだからそれも当然と言えるかもしれないが。尚、北方棲姫は普通に対応していた。子供とはかくも適応力が高いものである。

 

 矢矧の後ろ姿を見ながら、不知火は考える。矢矧が自分と同じくスパイのようなことをしていたという話は本人から直接聞いた。違いがあるとすれば、暗殺も視野に入れつつ実際に行動もしていたか、それとも情報収集に全力を注いでいたかぐらいであろうが。

 

 それはさておき、矢矧は既に過去を割り切り、深海棲艦としての新しい艦生を謳歌しようとしている。勿論思うところはあると理解しているのだが、それでも不知火は彼女の前向きに生きようとする姿が眩しく見えた。未だにイブキのことを考え、善蔵との日々と彼の最期を考え、本当にこれでよかったのか、自分はこうして生きていてよかったのかとついつい暗い方へと考えてしまう自分とは大違いである……そう思っていると、不意に腕をぐいっと引かれる。不知火はハッとして自分の右隣に視線を向けると、そこにはキョトンとした表情を浮かべる北方棲姫の姿。

 

 「不知火? ドウカシタ?」

 

 「……いえ」

 

 その無垢な姿に、不知火はついつい笑みを浮かべてしまう。何も変わっていない自分への怒り、可愛らしい小さな姫への愛情、矢矧への羨望など様々な感情が籠った笑みではあったが……少なくともずっと考え込んで棒立ちすることは止められたらしく、不知火は2人分の手にポンっと背中を押されたような気がしつつ、北方棲姫の手を引いて歩き出す。一瞬振り返って背後に視線を向けるが、当然そこには誰も居ない……が、不知火には黒と桃の髪の見知った2人が小さく手を振っているように思えた。

 

 

 

 「なんでもありません」

 

 

 

 悔やんでばかりいては進めない。過去を振り返っていても、前を向けない。自分1人ではいつまで経っても改善出来そうにないが、幸いにも自分には仲間や恩人が居る。改めてそう理解した彼女は、前を向いた。もう人形の自分は居ない。今ここに居るのは、駆逐棲姫不知火。自分の意思をもって仲間の為、恩人の為に生きる……深海棲艦の姫である。

 

 「不知火! 行キ過ギテル!」

 

 「あら?」

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……」

 

 「ダメだったわね、山城」

 

 「そうね、姉様……それでも動いてくれているだけ有難いわ」

 

 「……そうね」

 

 夜の海上にて帰路に付く戦艦棲姫山城の口から溜め息が零れ、その隣に居る戦艦水鬼も暗い表情を浮かべながら話し掛ける。その背後には戦艦タ級を筆頭にした6隻の部下が着いてきている。先程まで2人は南方棲戦姫の拠点に赴いていた。通信ではなくわざわざ直接、それも拠点のトップである2人で行ったのは……自分達の頼み事を聞いてくれたことへの誠意を見せる為。その頼み事とは言わずもがな、イブキのことである。尚、訪問自体はこれが初めてと言う訳ではなく、5年前から定期的に行われている。

 

 山城が交流を持っている姫は南方棲戦姫と北方棲姫くらいのモノであり、必然的に頼る先は彼女だけになる。彼女とイブキに面識はない為に捜索を断られるかと思えば、意外と言うべきか南方棲戦姫はこれを了承する。

 

 『別ニ構ワナイワ。直接私ガ探ス訳ジャナイケレド、部下ハ出シテアゲル。不知火……アノ子ノ為ニモネ』

 

 そんな台詞と共に協力してくれていて、それももう5年。正直に言えば、山城は最初の1年……半年……いや、1ヶ月も手伝ってくれれば御の字という認識だった。自分もそうだが彼女もまた拠点の頂点に立ち、艦娘と人類との敵対よりも身内を守ることに重きを置いている少数派の姫。だが、幾ら身内の為とは言え、捜索すれば艦娘との遭遇率も上がり、戦えば沈む可能性も上がる……そんな危険性を孕んでいるのだから、ある程度の時間探せば手を引くと思っていた。

 

 だが実際は今尚捜索を続けてくれている。半年を越えた時に理由を聞いてみたところ、答えは変わらず“あの子の為”。より正確に言うなら“あの子が諦めかけているのに、それでも諦めずに探し続けているから”というもの。それ以来山城と扶桑は感謝を込めて半年に1度拠点に直接赴き、報告会を兼ねたお茶会をしている。無論茶菓子は山城持ち、それに加えて少なくない資材も部下達に持たせてきている。

 

 「……ねえ、姉様。イブキ姉様は……」

 

 「山城。それ以上言ってはダメよ」

 

 「でも! もう5年も……」

 

 「弱気になってはダメ……時雨や雷ちゃん、レコンはまだ諦めてはいないわ。それに、南方棲戦姫もまだ力を貸してくれてる。頼んだ私達が……いえ、私達だけは絶対に折れてはいけないの」

 

 「姉様……そう、よね……解ってる……解ってるのよ……」

 

 部下の前であることも忘れて弱音を吐きそうになる山城。それを遮るようにして扶桑が励ますが、それでも山城の表情は暗い。姉である扶桑と同じように姉様と慕っていたイブキが生死不明の状況は、元々それほど強くなかった山城の心に大きなダメージを負わせている。それも1度は生存していると知った後の出来事、正に上げて落とされたからだろう。下手をすれば、夕立と同じようになっていたかも知れない。そうならなかったのは、扶桑が隣で必死に声を掛けてくれたから。だが、その時から5年も経っている。1度は持ち直した心も軋みを上げ始めているのを、2人は理解していた。同時に、それは自分達だけではないことも。

 

 何となく、2人は立ち止まって空を見上げる。空は雲1つ無く澄み渡り、星と満月が輝いている。自分達の心境とはまるで正反対の夜空。綺麗なハズの満月が妙に煩わしく感じる。それだけ山城に心の余裕は無かった。もし1人なら、そこかしこに当たり散らしていただろう。それほどに、“イブキが本当に死んでいるのかもしれない”という心配からストレスが貯まっていた。

 

 

 

 満月に届くかのような、“見覚えのある光”の柱を見るまでは――――

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……ぅ……?」

 

 山城達が光の光を目撃する数時間前に、5年間目覚めなかった夕立が目を覚ました。ずっと握り締めていた2本の軍刀を膝の上に置きながら寝惚け眼のまま上半身を起こす姿はとても愛らしい。眠り続けていたのなら身体に異常が出そうなものだが、人間で言う筋肉の衰えや筋肉が落ちるという現象は謂わば船体の劣化。妖精の手入れや修復財があれば直ぐに万全の状態になるし、垢などの体の汚れは時雨を筆頭とした仲間達が毎日綺麗にしてくれている。つまるところ、夕立の身体そのものは至って健康で万全なのだ。

 

 (ここは……私の部屋? なんで……私は確か……海に……そうだ、イブキさんが……島が……)

 

 今まで眠っていた夕立の最後の記憶は海の上、自分とイブキの思い出が詰まっていた島が跡形も無くなっていたところ。決して自分の部屋ではないし、あの光景が夢だったなんて夕立は楽観的にはなれない。確かに島は無くなっていた。そこで……まるでガラスが砕けるような幻聴と共に、自分の心がズタズタになったような感覚も覚えている。

 

 その時のことを思い出してしまった夕立は自分の左胸を鷲掴みして胸を貫かれたような痛みに耐えようとする……が、1度は己の心を引き裂いた痛み。左手の人差し指を噛み砕く勢いで噛んでも、右手で握り潰す勢いで左胸を握り込んでも、痛みは引いていかない。以前のように気絶し、そのまま眠り込むことなく意識を持っているだけまだマシだろう。

 

 「夕立さん、おはよーございますー。5年も眠るなんて寝惚けさんですねー」

 

 「誰……? あ、確か……イブキさんの軍刀の……」

 

 「忘れてはいないようですねー。そうです、私達がイブキさんの軍刀妖精……」

 

 「運の一番軍刀妖精いーちゃん!」

 

 「炎の五番軍刀妖精ごーちゃん! ですー」

 

 ビシッと謎のポーズを決める妖精2人の姿に痛みを一瞬忘れてクスリと笑う夕立だが、直ぐに痛みはぶり返す。しかし、心無しか和らいだような気がしていた。

 

 痛みに耐えつつ、夕立は妖精2人を見る。その2人と2本の軍刀は今となってはイブキが居た証。夕立は膝の上に置いていた軍刀を手に取り、大事そうに両手で抱え……涙を流す。

 

 「イブキさん……イブキ、さん……会いたいよ、話したいよ、ぎゅってされたいよ……」

 

 “居た証”……当の本人は居ない。そのことを再びはっきりと理解してしまい、思わず涙が零れてしまう。それだけでなく会いたい、言葉を交わしたい、抱き締められたい、側に居たい……そんな思いが溢れ出し、口から零れる。

 

 そんな夕立の姿を見ていた2人の妖精はポーズを止め、彼女の両肩に乗る。そしてにんまり、にっこりと……まるでいたずらっ子のような表情と聖母のような表情を浮かべ……耳元で囁いた。

 

 

 

 ー そのお願い……叶えてあげるですー ー

 

 

 

 

 

 

 『もう一度、あの場所へ行きましょー』

 

 『イブキさんを失ったあの場所へ、思い出を失ったあの場所へー』

 

 そう妖精達に言われた夕立は直ぐに工厰へと向かい、自分の艤装を探す。5年も眠っていたと言うのだから流石に埃を被っているモノだと思っていたが、それは杞憂に終わる。

 

 (……時雨……ありがとう)

 

 疲れていたのだろう、工厰の艤装置き場の台に背もたれ、汚れた布を片手に眠る時雨の姿があった。その近くにはつい先程までその手の布で拭いていたのだろう、ピカピカの夕立の艤装があった。

 

 きっとこの艤装のように自分の世話をしてくれたのだろう……5年もの間。夕立がその答えに至るのは直ぐだった。自分はイブキという存在が居なくなったことと思い出の島が消えたことで心を壊したというのに、時雨は……仲間達は5年間頑張っていたのだと、自分を助けてくれていたのだと……夕立は理解した。夕立はその艤装を手に取り、感謝を込めて抱き締め……装着する。5年ぶりとなる装着だが、違和感は無かった。

 

 「……行ってらっしゃい、夕立」

 

 仲間の存在に再び有り難みを感じつつ、時雨に背を向けてその場から去る……その直前、時雨からそんな言葉が聞こえてきた。夕立は起きていたのかと振り返るが、すうすうと可愛らしい寝息が聞こえている。恐らくは寝言なのだろうが、なんともピンポイントな寝言である。

 

 夕立は思わずクスッと笑ってしまい……心が少しだけ軽くなった気がした。思えば、夕立は1度は時雨との縁を切っていた。遭難した自分を探し続けていた元の鎮守府の仲間達。夕立を見付けた時の時雨は本当に嬉しそうだったのに、イブキという唯一無二の理解者を得たことでそれまでが仲間を捨てた……かと思えば、こうして同僚の時雨とは不思議と縁が続いている。それはきっと尊いモノで、奇跡のような事なのだろう。

 

 「ありがと……時雨。行ってきます」

 

 工厰から出る前に声に出した感謝の言葉は、どこか気恥ずかしさを滲ませていた。

 

 

 

 拠点から出て真っ直ぐ島が消えた場所へ向かう最中の夕立には希望があった。それは妖精達の“願いを叶えてあげる”という言葉があったからだ。この言葉を、夕立は過去に1度聞いている。そして、願いは叶えられた経験もあった。だから今度も……そういう希望を持っていた。

 

 「何も、ない……誰も……居ないっぽい……」

 

 しかし現実は無情だった。座標は合っている。それは二度三度では効かない回数確認しているし、妖精達にも確認してもらっている。だからこそ、この場に何もないのは……5年前から何も変わっていないことに他ならない。

 

 希望はあった……が、覚悟もしていた。どこまでも吹き抜ける空の下、地平線の中央に立つ想い人の姿があると。反対に、その姿はなく……無慈悲な迄に美しい景色だけが広がっていると。

 

 「……ふ……うぅ……く……」

 

 期待していた。希望していた。熱望していた。渇望していた。覚悟以上に望んでいた。それだけに耐えることなど出来る訳がなく、夕立の目から涙が流れ出す。前回と違うのは、仲間達の優しさを知って、多少なりとも覚悟してしまったから……心を壊して気絶することが出来ず、ただただ悲しみと胸の痛みに耐えるしかないということだろう。妖精達は何も言わず、ただ広い海の上に夕立の泣き声だけが虚しく響く。

 

 「ア……アァ……」

 

 「っ……ゆっくり泣く時間もくれないっぽい……」

 

 その声を聞いたのか、それとも何かしら野性的な勘でも働いたのか……夕立から少し離れた場所の海中から1隻の深海棲艦が現れる。それは一般的に重巡リ級と呼ばれる人型の深海棲艦であり、flagshipの証である金色の瞳をしていた。

 

 攻撃される前にその存在に気付いた夕立は少し乱暴に涙を拭い、その手の砲を構える。相手が重巡、それもflagshipと強力な個体ではあるが、見た目はともかく並の深海棲艦以上の装甲と火力、機動力を誇る夕立にしてみれば、例え一体多であっても勝利できる程度の相手。流石に無手で相手取ると厳しいが……と冷静に思考していると、夕立はあることに気付いた。

 

 (ウソ……この主砲、弾薬が……魚雷も……!?)

 

 それは、自身の艤装には弾薬が積まれていないということ。それも仕方の無いことだろう。時雨は夕立の艤装をピカピカに磨き上げていた。磨く際には当然、暴発しないように弾薬は抜く。まして駆逐艦の体躯にして戦艦に届き得る夕立が使う艤装の弾薬だ、そんなモノが拠点内で暴発しようものなら目も当てられない。故に、弾薬を予め抜くという安全策は取って然るべきこと。それが災いしてしまった。

 

 だが、夕立にはまだ軍刀がある。イブキのように右肩から左腰へと掛けているベルトに付けられているいーちゃん軍刀、後ろ腰に取り付けてあるごーちゃん軍刀の2本が。彼女は右手でいーちゃん軍刀の柄を掴み……それを抜く前に、リ級の両手にある主砲が火を吹いた。

 

 「ふぅ……やっ!」

 

 「ッ!? グェ……!?」

 

 発射と同時に横に動いていた夕立はそれをかわし、即座に近付いて驚愕からか動きを止めていたリ級の首目掛けていーちゃん軍刀を引き抜いて一閃し、斬り飛ばす。とても5年のブランクがあるとは思えない動きである。夕立も思っていた以上に思うままに動けたことに安堵し、ゆっくりと軍刀を納刀し……。

 

 

 

 「ぎっ、ああっ!?」

 

 

 

 背中に衝撃が走り、海面を二転三転しながら吹っ飛ぶ夕立。何が起きたのか全く分からず、背中を焼く熱と身体中の痛みに苦しむ彼女は、回転が止まって直ぐに顔を上げて周囲を確認する。すると、位置的に吹っ飛ぶ前の夕立の後方……今は前方となる場所に、もう1隻リ級が居ることに気付いた。それも今沈めた個体と同じflagshipのリ級が。

 

 (っ……1隻だけじゃなかった……それに、イブキさんの軍刀が……!)

 

 気を抜いてしまったことによる油断。もしも夕立の体が普通の艦娘のままだったならば、今の一撃で沈んでいたかもしれないが、具合を見るに小破に近い中破と言ったところ。問題なのはそのダメージではなく……手に持っていたいーちゃん軍刀を手離してしまい、それが海に沈んでいったこと。その事実は、体よりも心に大きなダメージを残した。

 

 しかし、敵を前にしている以上いつまでも止まっている訳にはいかない。悲しみを押し殺しつつも夕立はごーちゃん軍刀を手に取り、リ級に向けてトリガーを引く。持ち主の燃料を糧に業火を放つごーちゃん軍刀。その力を発揮して放たれた炎は……リ級に届く前に消え失せた。

 

 (っ!? なんで……そんな……燃料も……)

 

 理由は単純……炎とするべき燃料が無くなってしまったのだ。弾薬と同じ理由で燃料も最低限の量しか補充されていなかった……言ってしまえば、それだけ。なまじこの場所まで来れていたからこそ、気付くのが遅れたのだ。不幸中の幸いなのは、夕立の艤装が海上でも陸上と同じように動ける強化艤装であることだが……それでも航行速度は大幅に下がる。所詮強化艤装は“イブキのような動きが可能になる”モノで、“イブキと同じ速度で動けるようになる”モノではないのだから。

 

 下がった機動力ではリ級から逃げることは出来ない。イブキのように飛んでくる砲弾を避けて接近戦……万全でもないのに出来る訳がない。出来るとすれば、使えない砲身を盾にして強引に攻めることくらいだろう……だが、夕立は動くことはなかった。

 

 「く……ふ……うぅぅぅっ……」

 

 夕立の心は……炎が消えたことで折れていた。時雨がピカピカにしてくれていた艤装はボロボロになってしまった。イブキの遺品であるいーちゃん軍刀を手離してしまった。最後の頼みのごーちゃん軍刀も不発に終わった。

 

 ただただ情けなかった。しっかり確認していれば、気なんて抜かなければ……そもそも1人で出てこなければ。情けなくて情けなくて、また涙が溢れた。泣いたところでどうにもならないのに、それは止まってくれない。それは敵であるリ級も同じことで、なんの感情も浮かんでいない無表情のまま無慈悲にその手の砲身を夕立に向けている。

 

 「……イブキ……さん……イブキ、さん……!」

 

 今は居ない、愛しいヒトの名を呼ぶ。返ってくる声なんて無い。そもそも返ってくると思って呼んでいるのではなく、最期に求めたモノがイブキだったから声に出ているだけなのだから。

 

 出てくるのは名前だけ……だが、そこには様々な想いが籠っている。会いたい。話したい。抱き締めたい、抱き締められたい。ずっと隣に居られたら、ずっと隣に居てくれたら。ずっと一緒に、永久に共に。きっと自分はこのまま沈む。そうなれば、もう本当に会えなくなる。それだけは嫌だ。だが、折れた心が、体が動いてくれない。

 

 「会いたいよ……イブキさん」

 

 それは何度も口にした、夕立の心からの願い。その言葉が出た瞬間、リ級の砲が放たれる……その直前に、夕立は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 (構わない、やってくれ)

 

 妖精ズの問い掛けに、俺は間を置かずに答える。そもそも俺の答えも取るべき選択肢も初めから決まっている。やるかやらないかなら、やるしかない。やらなければ、夕立達と再会することは叶わないんだから。

 

 「……即答ですねー。本当にいいんですかー?」

 

 (ああ。確かに、俺の力で皆を守れなくなるかもしれないというのは……思うところはある。もしかしたら、俺が守られる立場になるのかもしれないというのも……だが、それでも俺は再会出来る可能性があるなら、それを選ぶさ)

 

 と言うよりも、俺が真に誰かを守ることが出来たことなんて殆ど無い。力はあった、それも誰にも負けない程の力が。それでも結局、俺は傷付けて、傷付いて、助けて、助けられて……そうやって過ごしてきたハズだった。

 

 俺が1人で成し遂げたことはとても少ない。俺が1人で出来ることも……とても少ない。よく言われることだ。人は1人では生きられない……それは俺にも当てはまる。結局のところ、俺は酷く寂しがり屋で……仲間達と過ごす日々の暖かさが忘れられないから、どんな形でもいいから、仲間達の元に帰りたいだけ。例え俺が弱くなっても、例え俺が今とは違う別のナニかになっても……きっと、仲間達は変わらず接して、変わらない日々を過ごしてくれると信じているから。

 

 (それに……とある人の言葉で、こういうのがある)

 

 

 

 ー みんながいるさ ー

 

 

 

 ツギハギだらけの体と記憶。俺の今の意識として出ている、名前も知らない魂……その魂が持っていた僅かな記憶をベースに組み上げられた俺の知識は、皆が知っているような常識はともかく、趣味になるととても穴だらけだ。艦これ、俺の名前の元ネタである某大総統の出てくる漫画にアニメも、詳しく知っているようでその実虫食いだらけ。そんな状態の俺の記憶にある、その漫画の主人公の台詞。

 

 妖精ズの言うデメリットなんて、この言葉の前では霞む。たった一言、なのにこんなにも心に響く。信用、信頼。力を合わせて、信じて、頼る……それが出来る“みんな”こそが、何ものにも勝る宝。決して手放したくはないモノ。

 

 (君達妖精も、俺の中の“みんな”の一部だ。だったら信じて、託す。俺の命、俺の未来を。平和でなくても、危険と隣り合わせでも……俺はもっとこの世界で“みんな”と生きたいから)

 

 それこそが……俺の願いだから。

 

 

 

 

 

 

 砲撃を知らせる爆音が響き、眩しさから目を閉じていた夕立は自分が死ぬと思った。しかし、自身の直ぐ近くからパシャンッと何かが水面に落ちたような音を聞き、同時に後方左右の2方向から聞き覚えのある音……大きな、或いは勢いのあるモノが着水した音が響き、来るであろう衝撃が来なかったことを不思議に思いながらおずおずと目を開け……大きく目を見開いた。

 

 目の前にある何者かの両足。その足を辿るように視線を上げていけば、そこにあったのは真っ白な背中程までのセミロング。服装は白露型の紺色のセーラー服に近い上と膝より少し高いスカート、横たわっている為に見えてしまったが黒いスパッツを履いていて、左手には軍刀の鞘を、右手にはその鞘に収まっていたであろう軍刀を握っている。女性らしく丸みを帯びた体のライン、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるその姿。

 

 「成る程……動きが鈍い。昔ほど体が動いてくれないな」

 

 手の軍刀は紛れもなく、先程落としてしまったいーちゃん軍刀。それを含めた両腰に1本ずつ備え付けられた軍刀という他の艦娘、深海棲艦では見られない装備。その2本の軍刀以外の武装、砲の類は一切見当たらない。そして、女性としては低めのハスキーボイス。その姿が、その艤装が、その声が……夕立の涙腺を強烈に刺激する。

 

 艤装は夕立が知るモノとは僅かに違う。だが、その姿は見間違えない。その声は聞き違えない。もっとその姿を見ていたいが、目の前がボヤけてよく見えなくなる。もっとその声を聞いていたいのに、自分の嗚咽でよく聞こえなくなる。その名前を呼びたいのに……口は、声は、望んだ通りに動かない。それでも夕立は、顔を上げる。するとその存在も後ろを振り返っていたのか、2人の目があった。金と赤の両目が優しげに自分を見ている。それを認識した夕立の目から嬉し涙が溢れた。

 

 「……成る程」

 

 ゾッとする程の怒りの籠った言葉に、夕立を追い詰めていたリ級の体が硬直する。さながら蛇に睨まれた蛙の如く、ピクリとも動かない。そして、金と赤の瞳がリ級へと向けられ……。

 

 「お前のせいか」

 

 その言葉と同時に、リ級の見る世界は左右に別れた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた瞬間、俺は慣れ親しんだと言っても過言ではない“感覚”の中に居た。視界は光で埋め尽くされ、目の前にはもう何度見たか分からない砲弾。それを無意識に抜いた軍刀でスパッといった訳だが……どうにも体の動きが鈍い。某大総統が歳で昔ほど体が動かないと言ったことがあるが、今の俺も似たようなモノだろうか。確かにスペックダウンはしているんだろうが、思った程ではない。むしろ感覚が発動するし体も動くのだから十二分に破格と言っていいだろう。ところで、いつの間に手にあったんだ? いーちゃん軍刀や。

 

 ササッと軽く自分の体を見回す。艤装はいーちゃん軍刀とみーちゃん軍刀だけか……あの時消し飛んだらしいふーちゃん、しーちゃん軍刀に感謝を込めて黙祷しつつ、周囲の確認。すると目の前には深海棲艦が。そして後ろには……愛しいあの子が居た。それもボロボロになって。この状況で考えられる犯人は……目の前の深海棲艦しかいない。そう思って断定の言葉を口にした頃には、体が動いて縦一閃していた。

 

 怒りを吐き出すようにふう、と息を吐き、いーちゃん軍刀を納刀する。そして振り返り、あの子の……夕立の姿を見る。ボロボロの姿は痛々しいが、それ以上に愛しさが溢れてしまう。あれからどれだけの時間が経ったのか、俺には皆目見当もつかないが……待たせてしまったのだけは理解出来る。だってあの子は……俺を見てあんなにも嬉しそうに泣いているのだから。

 

 だからだろうか。夕立の前に来て立て膝を突いたところで、俺は言葉が出なかった。何を言えばいい? この子にどんな言葉を掛けたらいい? 漫画やアニメの名言でも言うべきか? だとすれば何をチョイスすれば……いや、そんなおふざけのようなことはしなくても……。

 

 「…………」

 

 「っと……」

 

 そんなことを考えていると、夕立が俺にタックル……と呼ぶほど強くはないが、勢いよく飛び付いてきた。背中に回された腕はギュッと力が込められ、逃がさない、もしくは離さないという意思が感じられた。立て膝だったので尻餅をついてしまったが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

 

 「お帰り、なさい……イブキ、さんっ!」

 

 

 

 「……ああ……」

 

 グダグダと考えていたことが全て吹き飛んだ。それだけ、密着する体の温もりが暖かかった。それだけ、その言葉が嬉しかった。それだけ……その涙を流す笑顔が愛しかった。

 

 

 

 「ただいま……夕立」

 

 

 

 俺はやっと……夕立と再会することが出来た。




イブキ「昔ほど体が動いてくれないな」(リ級に視認出来ない速度で動きながら

という訳で、ようやっと再会出来たイブキと夕立です。偶数軍刀はお亡くなりになりました。ふーちゃん軍刀は二度死ぬ。あ、妖精ズは無事ですのでご安心下さい。

みんながいるさ、とは鋼の錬金術師の最終巻で主人公が言った、錬金術が使えなくなるがいいのか? という真理さんの問い掛けに対しての返答です。大総統尽くしでも良かったのですが、最初から現在まで持ち続けた無双の力を失うかもしれないがどうする? という問答と返答をするシーンでしたので導入。一言ながら深い言葉だと思います。大総統のセリフだとイブキ、夕立遺して逝っちゃいますからねw

次回に後日談的なエピローグを書いて本作を締めたいと思います。



今回のおさらい

イブキ、夕立と再会する。キマシタワー



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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エピローグ

ここまでの御愛読、まことにありがとうございます。

これにて本作、どっちつかずの彼女(かれ)は行くは完結となります。蛇足のようなエピローグとなりますので、文字数少な目にさっくりと終わらせます。


 5年の時を経て再会出来たイブキと夕立。その後2人の元に戦艦棲姫山城と戦艦水姫扶桑が合流し、その後ろに控えていたタ級達と共に拠点へと帰ったイブキは、帰っていた雷とレコン、夕立に起こされた時雨と抱擁を交わし、皆が皆5年振りの再会に喜び、涙した。その後、イブキと夕立は自分達が居なかった間……5年の内に何があったかを聞く……それは勿論、海軍のことや世界のこと、仲間達がどう過ごしていたか等だ。その5年間のことを……少しだけ語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 猫吊るしとの戦いの中で破壊された大本営。見る限り瓦礫の山だったその場所は、人間と猫吊るしの命令を受けなくなった妖精がすっかり元通り……否、深海棲艦の襲撃が2度起きたこともあり、更に防衛力や耐久性を高めた作りとなって甦った。勿論それは大本営だけでなく、各鎮守府も随時バージョンアップが施されていっている。

 

 海軍にとっても世界にとっても大打撃となった、総司令渡部 善蔵の死去。それによって空いてしまった総司令の席には、孫であり最年少大将でもある渡部 義道が座ると思われていたが本人はこれを拒否し、代わりに善蔵に次いで古参の提督である二条 源次が就くことになった。当初はやはり世間は善蔵と源次を比較し、不安を感じていたが2年経つ頃にはそのイメージを完全に消し去り、今では善蔵に負けず劣らずの総司令となった。

 

 源次が総司令となったことで、海軍には1つ信じられない規律が設けられる。それはサーモン海域の最深部への敵対意思を持って進撃、進入することの禁止である。深海棲艦を野放しにするのか、まさか戦艦棲姫の話を鵜呑みにするのかと多数の反対意見が当然出たが、それも源次の“軍刀棲姫とその仲間は敵対する意思がなければ敵対しない。それでも敵だから関係ないと言うのなら自己責任でやれ、総司令の儂は許可は出さん”との言葉に沈黙する。連合艦隊を敗走させた相手を個人艦隊で相手取ろうという勇気は誰も持っていなかった。

 

 深海棲艦の恐怖は今だ世界を覆っているが、その度合いは猫吊るしが居なくなったことでかなり緩和されたと言っていい。少なくとも、5年前に比べて深海棲艦による被害はかなり減っている。何故なら猫吊るしが居た時、定期的に深海棲艦に命令を送って海上に出ている艦娘や船、時には海外の陸地に向かって砲撃をさせていたからだ。しかし、本来深海棲艦は異形なら野性動物のように本能的に動くし、理性ある人型ならわざわざ攻撃したところでメリットがないのに陸地に砲撃などしない。よって、全体的に見て被害は減っているのだ。

 

 とは言え、50年以上続く敵対関係は今尚変わらない。減っていると言っても深海棲艦による被害は出ているし、海に出たり空に上がったりするのに細心の注意を払わなければならない。ただ、戦争……と呼ぶには少し戦いの規模が小さくなったのは事実だろう。未だに人類と敵視する深海棲艦は居る。だが……5年の間に、友好的な深海棲艦も少しずつ出てきた。どちらかが滅びるまで続くとされた敵対関係が、もしかしたら、奇跡的に和解という形で終わるかもしれない……そう思われる程度には。

 

 さて、この5年間の世界のことは少しだけ話した。ここから先は……この物語に登場した人物達のその後のことを、少しだけ語ろう。

 

 

 

 

 

 

 二条 源次。亡き善蔵に代わり海軍総司令の座に付き、生涯現役を掲げて世界の為に尽くす。また、海軍提督として初めて表立って深海棲艦と友好な関係を築き、長年続く戦争を和平での終結……その切っ掛けとなった人物となる。後に善蔵と共に海軍の英雄として歴史に名を残す。因みに、友好を結んだ深海棲艦は巨大な両腕とポニーテールの黒髪が特徴の美しく凛々しい女性の姿をしており、2人は涙を流しながら抱き締めあっていたという。

 

 永島 北斗。空母棲姫曙が起こした大襲撃により下半身不随の重症を負うが本人と部下の艦娘達の希望で提督を続ける。入院中に北上、鈴谷に想いを告げられて苦悩するが、後日鎮守府に送られてきた“ケッコンカッコカリ”の書類の内容と指輪を見て決心し、相手に指輪を渡す……が、艦娘側が人間の法律に縛られない立場を利用して“ジュウコンカッコカリ”の道に引きずり込む。このことを知った一部の提督達が真似しようとするが中々上手くは行かず、北斗はハーレム提督の名で呼ばれることになる。尚、周囲は羨むことはあっても蔑むことは決してなく、幸せそうな北斗達を見ては微笑ましく見まもっていたという。

 

 逢坂 優希。イブキ達の元に居る夕立、時雨と決別したことで一時情緒不安定気味になるが、白露を筆頭に部下の艦娘達に慰められ、思いやられて安定する。白露型艦娘を率いさせたら右に出る者は居ないと言われ、女性提督の中で最も情愛の深い提督として持て囃される。浮いた話が出ないことと白露型艦娘達と非常に仲が良い姿から“そういう人なのではないか?”と噂されるが、本人達は笑って誤魔化している。ただ、白露の左手には指輪があったとか無かったとか。

 

 渡部 義道。善蔵の実の孫、最年少大将等の肩書きとそれに相応しい実積もあって次の総司令にと請われたが拒否。その理由はまだまだ若輩者であることと、妖精によって世界が監視されていたという可能性に至ってしまったことでノイローゼ気味になってしまっていたからだ。いつ見られているやもしれないという恐怖は彼の心身を蝕んでいったが部下の艦娘達の愛情溢れる手厚い看護を受け、次第に改善していく。後にその内の1人と結婚を前提としたケッコンカッコカリをする。本人の目的である父の事件の真相を知ることは出来たものの、その理由については結局知ることは出来なかった。

 

 大和型戦艦“武蔵”。善蔵の忘れ形見とも言える彼女は大本営の建て直しに協力した後、源次に体内に爆弾があることを説明し、雲龍と元第二艦隊の生き残りである4人と共に姿を消す。後に日本から遠く離れた何もない海域で巨大な爆発が幾つか確認されるが、関連性も彼女達の消息も不明。ただ、時折艦娘の危機にふらっと現れては助けて去っていく2人組の女性が現れるようになったとか。

 

 伊勢型戦艦“日向”。打倒イブキを掲げて日々精進する武人系艦娘。事件の後にはその対象に夕立が加えられ、2人を打倒する為に己を磨き続ける。大和との関係は非常に良好で、同性でありながら熟年夫婦のような雰囲気を醸す。その空気に当てられたのか、彼女達の提督は結婚を考えることになる……その提督を虎視眈々と狙う艦娘達と提督がどうなるか、日向と大和は楽しげに見ていた。

 

 高雄型重巡洋艦“摩耶”。猫吊るしの事件の後、遠征を理由にサーモン海域へと度々向かっては鳥海、鳳翔、霧島、その他の仲間達と共にイブキを捜索する。その諦めない努力が実ったのか、事件から5年と数ヶ月を掛けてようやく再会することが出来た後も度々訪れてはお喋りしたり一緒に訓練したりと楽しい日々を送る。後に所属鎮守府にて最強の艦娘となった。

 

 駆逐棲姫“不知火”。事件後も南方棲戦姫の拠点で過ごす。イブキの生存を知った後は直ぐにその拠点に訪れ、お礼として手作りの菓子を振る舞った。そのことから夕立に敵視されるようになるが、本人は理由が分かっていない。南方棲戦姫、北方棲姫、矢矧との関係は良好のようで、今は姫としての在り方を南方棲戦姫から北方棲姫と共に学んでいる。

 

 

 

 

 

 

 暁型駆逐艦“雷”。炊事掃除洗濯何でもござれなロリお艦として拠点内の家事を一手に担う。そうして生活している内に元の鎮守府、海軍への未練が無くなった。甘やかし癖と甘えられたい願望は健在で、時折異形系深海棲艦の相手もしている。一番甘やかしたい、甘えられたい相手はイブキであるが、甘やかされたい、甘えたい願望の方が大きいらしく本人を見付けたら直ぐに抱き付きにかかる。その為、度々夕立とは対立する……かと思えば共同戦線を張っている。タ級の家事の師匠。

 

 金剛型戦艦番外“レコン”。レ級と金剛の意識が融合した彼女はイブキ生還後、今まで以上に活発的になる。拠点内ではイブキ、夕立と並ぶ切り込み隊長であり、姫級に匹敵、或いは凌駕する装甲と腕力で皆の盾となることも。普段は金剛の紅茶好きとレ級の好奇心旺盛さが出ており、イブキを誘ってティータイムしたりイブキを求めて動き回ったりしている。

 

 白露型駆逐艦“時雨”。最も速く世界の真相に気付きかけた艦娘。元々彼女は夕立と同じく優希の艦娘である彼女だが、窮地を救ったり肩を並べて戦うことはあれど海軍に戻ることはなかった。基本的に資材集めや情報集め等を行う縁の下の力持ちとして活躍しており、日常では夕立のサポートに回ることが多い。

 

 戦艦棲姫“山城”。イブキの生存を確認した瞬間部下が居ることも忘れて嬉しさからガン泣きしたお姉ちゃんっ子。海軍との交渉で拠点のある海域に浸入、及び敵対禁止を確約させ、それを破った相手には容赦しない。イブキ帰還後はしばらく夕立と共にイブキの側から離れることはなかったが、数日もすれば落ち着いて拠点のトップとして相応しい姿を見せる。現在は妖精ズと共に拠点の改造にハマっているらしい。

 

 戦艦水姫“扶桑”。元々山城の艤装の異形であったが日向達に破壊され、直す際に戦艦水姫として生まれ変わった彼女はいつも山城と共に居た。自分と同じく姉と慕われるイブキに対して思うことは特に無いらしい。仲が良い2人の姿を筆頭に仲間達、部下達の姿を見てほっこりするのが日課。雷と並ぶお母さんポジション。

 

 白露型駆逐、軽巡洋深海棲艦混合艦“夕立海二”。イブキを失ったショックから5年もの間眠り続けたが、起きたその日に再会することが出来た。それ以降はしばらくの間、文字通り片時も離れることをせずにイブキの側に居続ける。たまにイブキと共に南方棲戦姫の拠点に訪れては北方棲姫の遊び相手となっている。その時の夕立は、本当に幸せそうに笑っていた。

 

 

 

 イブキ。妖精ズが偶然開けた空間の穴から持ってきた異世界の魂を素材として産み出された存在。翔鶴の自爆によって本当に消滅しかけたものの妖精ズの機転でこれを回避し、彼女達によって5年の歳月を掛けて復活する。仲間達との再会後、会えなかった時間を埋めるように抱き締められ、しばらくの間は夕立を筆頭に皆が1分以上側を離れることをしなかった為、意識としては男性である為に理性が崩壊して色々と致してしまう。尚、それが妖精ズと彼女達の計画通りであることを彼女(かれ)は知らない。

 

 

 

 ……さて、これで本当にこの物語は終わりとなる。とは言え、この先も深海棲艦と人類の戦いは続くだろう。和平への切欠は所詮切欠でしかなく、戦争そのものが無くなるにはもっともっと沢山の時間が必要だ。しかし、その先を……未来を書くことはない。何せ、この物語の主人公は提督ではない。艦娘でもないし、かと言って深海棲艦という訳でもない。人類の敵ではない……しかし、味方でもない。

 

 この物語の主人公は、敵でもなく味方でもないが敵にも成りうるし味方にも成りうる……どっちつかずで曖昧で中途半端な存在。そんな彼女(かれ)が、愛しい者達と共に曖昧な未来に向かって……誰かに知られることなく歩き続けていく。

 

 ただ……それだけの物語。




改めまして、ここまでの御愛読、まことにありがとうございました。本作は私の別の艦これ作品の息抜きとして書いていましたが、そっちよりもずっと力が入り、投稿作品初の赤評価ということもあって完結させたい一心で続けてきました。更には初のイラスト、LINEでの応援等々も頂き、より一層その思いは強くなり、ようやくこうして完結することが出来ました。皆様からの感想、評価も嬉しかったです。

後日談、蛇足のような終わり方ではありますが、これ以降に番外編を書いたりすることはありません。せっかく番外編抜きで書いてきた作品なので、このまま番外編無しで終わらせます。

次回作については、完全に未定です。こうして書くことを趣味としている以上なんらかの作品は上げると思いますが、何の二次創作になるかはわかりません。でも憑依とか転生とか勘違いとか書いてみたい気もします←



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