境界の彼方-ゴジラを継ぐ者- 短編&番外編集 (フォレス・ノースウッド)
しおりを挟む

⊡主な登場人物――長月市立高校文芸部部員たち

・黒宮澤海――ゴジラ

身長:178cm 血液型:不明 誕生日:不明

趣味:特撮作品(特に怪獣&モンスター系、ゴジラシリーズ込み)鑑賞、秋人を弄ること、美月とお互い健全に罵り合うこと、文芸部内での下らない雑談、迷走戦隊マヨウンジャー。

好きな食べ物:元々雑食性なゴジラザウルスであった故に、具だくさんな料理を特に好む。

概要:主人公の一人。長月市立高校に通う高校二年生で、学園生活の傍ら妖夢を狩る異界士。

その正体は、人に転生しながら前世の姿と力を受け継いでしまったVSシリーズでの怪獣王ゴジラその人(?)である。彼のような前世の記憶と特性が継承した存在は〝前世返り〟と呼ばれる。

普段は寡黙かつ愛想なく振る舞っているが、自らが〝気に入った〟存在に対しては義理堅くも気さくかつ面倒見が良い面を見せ、二代目ゴジラに負けず劣らずユーモアがあり、ゴジラザウルスだった頃の気質がある程度戻っていると言え、何だかんだ人の生活を満喫している。

珍妙なフェティシズムを持つ者が多い文芸部男子部員の中では一番の常識人。

現在でも種族としての〝人間〟はほとんど信じてはいないが、他者を深く吟味するよう日頃から心がけ、本当に信頼できると見なしたなら種族は問わず、秋人ら同じ文芸部員たちは信頼するに値する〝仲間〟であり、半妖夢な秋人や、内心コンプレックスに悩まされている美月に対しては彼なりに案じている。

反面、敵と見なした相手への容赦なさも健在で、特に仲間たちに対し確たる悪意を以て牙を向いた者には徹底して無慈悲であり、ひとたびゴジラの本能が目覚めた彼の殺気は、並の人間になら直接手を下さずともその者の精神を〝破壊〟してしまう。

相対する者の〝本質〟次第で、心強い味方にも最も敵となりたくない最悪な敵にも、人情味ある兄貴分にも最高の友にも、怒れる鬼神にも常識すらも破壊する死神にも、ヒーローにもダークヒーローにもなる存在。

目覚ましのアラームはギャレゴジの鳴き声、電話の着信音はVSスペゴジ劇伴の『ゴジラ・テーマ1994』、メールの着信音『ギャオス逃げ去る』。

学生生活している現在は節制しているが、イタリアンシガーを嗜むスモーカーである。

 

・神原秋人

身長:171cm 血液型:A型 誕生日:10月7日

趣味;眼鏡収集と鑑賞と手入れ、読書。

好きな食べ物:甘いもの全般、オムライス。

概要:本作でも澤海と並んで主人公。前向きでノリの良い性格なお人よし。

高校二年な文芸部副部長(実質体の良い使いっ走り)。

自らを眼鏡愛好家(メガネスト)と称するほど、眼鏡と眼鏡女子(女性)をこよなく愛する重度の眼鏡フェチで常時多種多様な眼鏡を複数持参

相手に悟られず一瞬で眼鏡を掛けさせると言う、凄いのかしょぼいのかよく分からない特技と、澤海曰く神がかったツッコミセンスを持ち、基本的に文芸部では他の部員たちのボケに全力で応じるツッコミポジションだが、こと眼鏡関係になれば澤海たちをもドン引きさせるまでの眼鏡愛に溢れた持論を展開し、シスコンな博臣とはフェティシズムの違いで反目する時もあれば時に同調もし、しばし彼にとって理想のメガネッ子な後輩の未来からは「不愉快です」と一蹴されている。

その正体は異界士で人間な母と妖夢の父との間に生まれたハーフな〝半妖夢〟、その出自ゆえ本編より三年前に澤海たちと会うまでは妖夢と異界士双方に狙われ、追われながら各地を転々とする放浪生活を送っていた。両親は逃亡生活を送っているが、母は不定期ながら手紙を送ってくる。

現在は名瀬家の監視下な〝飼い犬〟となることで学園生活含めた全うな人の暮らしをどうにか送れている。それでも時に〝孤独〟を感じてしまうことも少なくない。

人間と妖夢の間に存在する〝境界〟を彷徨うばかりの〝何者〟でもない、アイデンティティが不安定なその境遇ゆえ、時として未来の一件のように自分の身を顧みず他者を助けようとする傾向もあり、澤海たちからはその危うさを心底心配されている。

ゴジラに勝るとも劣らない自己再生能力を有するが、それが妖夢である父の遺伝なのか、それとも半妖夢独自の特性なのかは一切不明。

ひとたび……その身の奥に眠る〝妖夢〟の血が覚醒すると―――

 

・名瀬美月

身長:165cm 血液型:AB型 誕生日:11月1日

趣味:秋人を弄ること、澤海とお互い健全に罵り合うこと、迷走戦隊マヨウンジャー。

好きな食べ物:熱々ホクホクな焼き芋、お菓子

概要:代々異界士稼業を生業とする名家な名瀬家の次女で、文芸部部長な高校二年生、ついつい秋人も目が行ってしまう巨乳の持ち主。

名家の出ゆえの気品、大人の色香と何気ない仕草からも醸し出す艶めかしさ、少女のあどけなさが同居したお姉さんっぽい雰囲気(ただし血縁では末っ子な妹)な黒髪ロングの美少女……なのだが、文芸部では〝黙っていれば美人〟を地でゆくサディストで、遠慮の欠片もなく度々歯に衣着せぬドSかつ突拍子もない暴言を吐きまくり、まくし立てまくる毒舌家。空気は読める癖に敢えて変化球どころか故意に暴投しまくる捻くれ者な困ったちゃん。

秋人は毎日彼女の毒舌に困らされつつツッコミを余儀なくされ、反対に澤海からはその気性を気に入られている。

一方で人づきあいは決して上手い方では無く、名家のご令嬢の立場もあって文芸部の外では近寄りがたく浮いた身で友達はほとんとおらず、顧問兼異界士なのニノさんを除く教師からは「引っ込み思案な子」と思われている。

しかし根っこは情の深き優しさを持った割と乙女な女の子かつシャイな常識人で、サディストな発言の数々はいわば照れ隠し、時に度を越した秋人の傍からは犯罪者スレスレな眼鏡愛に本気で心配することも多々ある。

今でも自分を過剰に溺愛する兄の博臣に対しては澤海曰く〝ヘドロの海に浮かぶヘドラを見下ろす目〟で度々煙たがっているものの、何だかんだ信頼している。これでも幼少時は博臣にべったり甘えるお兄ちゃん子だった。

名瀬家固有の異能である〝檻〟こそマスターしているものの、中々実戦に出してもらえない現状と、優秀な兄と彼以上に規格外の猛者な姉の存在が目の上のタンコブとなって、それらのコンプレックスに悩まされている(原作準拠なので、この世界の彼女にはやきいものような相棒は今のところいない)。

そんな彼女が最も腹を割って対等に話せ、自身の〝弱さ〟を打ち明けられる存在こそ澤海――ゴジラである皮肉な構図が存在する。

そして何かと〝超常性〟の装飾を付けられがちなゴジラを、三枝未希と同じ〝命あるもの〟と見ている数少ない人間の一人。

スマホ率の高い文芸部内で、唯一ガラケーを使っている。

 

・栗山未来

身長:152cm 血液型:O型(自称) 誕生日:3月31日

趣味:盆栽、ブログとツイッターの更新、迷走戦隊マヨウンジャー

概要:ある〝依頼〟を受けて長月市に引っ越すと同時に市立高校に入学してきた高校一年生。

実年齢相応よりも小柄で幼く小動物を彷彿とさせる外見と少々跳ね気味なショートカット、血の色に似た赤縁メガネと〝妹っぽさ〟が特徴的な異界士の少女。冬場は制服の上にカーディガンを羽織り、夏場はノースリーブのセーターを夏服の上に着ている。

口癖は「不愉快です」、最近は専らメガネフェチの秋人に対して使われる。

見た目に違わず天然かつ間の抜けたドジっ子で、動揺したり図星を突かれると高速で眼鏡を拭く癖があり、誤魔化しや隠し事は苦手な性質(ただ本当に知られたくない事柄に対しては頑なに黙してしまう)。

盆栽作りが趣味の一つで、現在文芸部の窓際は実質彼女お手製な盆栽の展示場となっている。つい勢いで衝動的に書き込んでしまうので、もう一つの趣味たるブログとツイッターは更新の度に絶賛炎上中。

しかし、戦いの場になるとメガネの奥の瞳から幼さが消え失せ、冷静沈着に妖夢を狩る戦士となる一面もあり、異界士のキャリアも長い叩き上げ。

彼女の異能は自身の血を自在に操作、あらゆる武器(主に片刃の剣)に形成させることができるが、それは彼女の異能のほんの一端に過ぎず、リミッターである右手の指輪を外すとその血はあらゆる生命体の細胞組織を溶かして破壊し死に至らしめる〝凶器〟と化し、オキシジェン=デストロイヤーを連想させる脅威を有している(血を消費する性質上、長時間の戦闘には不向き)。

その特異な異能ゆえ、同じ異界士からの魔女狩り染みた迫害で、この能力を有した異界士は彼女一人だけ。

普通の女の子への憧憬を持ちながらも、自らの有用性を示すべく異界士を続けている。

二年前のある妖夢との戦いでトラウマと自殺願望、強い自己否定を抱えており、本心は人との繋がりを求めながらも〝その資格は無い〟と敢えて自分を孤立させる姿勢をとっていた。

だが妖夢と勘違いして一時は殺そうとしてしまった秋人や澤海たちの出会いをきっかけに、完全とまではいかずともそのトラウマに一定の折り合いを付けて現在に至る。

 

 

・名瀬博臣

身長:178cm 血液型:B型 誕生日:7月21日

趣味:妹観察、妹を愛でること、妹がメインキャラとして出てくる創作物とアイドルソング(歌声を美月に置き換えて)鑑賞。

概要:名瀬の長男で美月の兄な高校三年の異界士。その若さで既に名瀬家の幹部に上り詰めており、実戦での実力も折り紙付きだが、異能の代償で極度の冷え性を抱えており、夏場でも外では常にマフラーを巻いている。マフラーは檻の応用で鞭のように武器として使うことも可能。

後輩女子からは絶大な人気を得、外を歩いていても擦れ違った女性たちの注目を浴び、冬以外は季節錯誤なマフラー姿もプラスに転じる美貌の持ち主なのだが、本人は実妹の美月どころか〝妹〟と言う概念そのものを愛する度を越して重症なシスコン男。

幼少時代は四六時中お兄ちゃん子だった美月に甘えられたのを良いことに、今でも臆面もなく美月への妹愛を表明しては当人から酷くうざがられている。

秋人とはフェチの価値観の違いで口喧嘩することもあえば、澤海らからは気味悪さを感じるくらいのレベルで同調することも、また秋人の脇の下をやたら気に入っており、隙を突いては彼の背後から脇に手を突っ込んで暖をとっている。

一言で言い表すならば〝残念極まる残念なイケメン〟。

普段は軽薄かつ飄々として人を食った物腰だが、〝異界士〟の時は冷徹に振る舞い、溺愛している美月に対しても異界士絡みでは突き放した態度を取る、しかしそれもまた彼女への大き過ぎる愛情の裏返しでもある。

それでも妹と同様、本質的には情の熱い人物であり、澤海も時に仕返しをやらかすくらい日常での彼にはげんなりしつつも信頼を寄せている。

文芸部では幽霊部員として部活動をサボりまくっていたが、未来が入部してからは顔を出すことが多くなり、五月に入る頃には完全に卒業しつつある。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダンシングショック - 序文

 高校生でありながら、〝妖夢〟と呼ばれる怪物を退治する異界士でもある俺こと黒宮澤海、またの名をと言うか〝ゴジラ〟ってもう一つの名を持つ自分は、手にとっていた〝芝姫〟ってタイトルの書物を一通り読み終えて、あくびを大きく上げた。

 この本は俺も部員として所属している長月市立高校文芸部の季刊誌であり、今年の春号は過去の文芸部員たちが書いた小説たちの選りすぐりの傑作選な記念号として出す羽目になり、下宿先の新堂写真館に帰宅してからも一時持ち帰った文集たちをこうして読んでいる。

 さすがに活字ばかり相手にしていたのでは体力に自信ある自分とて疲れるので、気分転換に録画したテレビ番組を見ることにした。

 

〝迷走戦隊マヨウンジャ―〟

 

 某特撮チームヒーローのばったもん感漂うタイトルな深夜放送のアニメは、第一話が放送されるやいなや、巷では予想だにしない大ヒットをかましている。

 そういう俺も、異界士稼業の相棒で一緒に写真館に住まわせてもらっている妖夢な妖狐のマナから録画してほしいとせがまれ見たのを切欠に嵌ってしまった口だ。

 前半、子ども向け特撮の王道を行く作風でハッタリを掛け、後半でドンでん返しのカウンターと言う構成な第一話は、掴みとしての効力が抜群過ぎたのである。

 以来、毎週毎話欠かさず録画しては気分転換に見るのが日課の一つとなっていた。

 ちなみに今週で第七話、なのに未だに戦闘らしい戦闘はない。

 まあそこが面白さの一つとでも言っておこう。

 

 見る前にちょっと喉を潤しとくか。

 自室になっている部屋を出て、台所に行き、清涼飲料水のボトルをガラスコップに注いで一飲みしていると、人並み以上に鋭い自分の耳が二階から響いてくるメロディを捉えた。

 

「まだマナのやつ練習してんのかよ」

 

 確か……〝約束の絆〟ってタイトルのアイドル系ソングだった筈だ。

 今マナは、その曲の振りつけを一心不乱に練習している最中だった。

 

 

 

 いや……練習しているのはあいつだけじゃない。

 今頃、俺を除いた文芸部員全員が振り付けの練習に明け暮れている。

 なんでこんなことになったのかと言えば……とある〝妖夢〟が長月市立高校の屋上を占拠、もとい陣取ったことから始まってしまった。

 そこからてんやわんやあって、俺以外の部員は揃いも揃ってマナと一緒に歌にダンスに熱中して撃ちこむ日々を送っている。

 写真館の家主も、これは見物と手を貸しまくっている有様だ。

 お陰で、まともに選考作業しているのは俺だけと言う状態である……こんな調子で発行日まで間に合うのだろうか、と溜め息をついた。

 

 

 

 

 これからお話するのは、彼らの輝かしくもくだらない青春の一幕である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダンシングショック - 発端

久々に番外編の方ですが境界のゴジラも新作です。

定期的に京アニのサイトや作者さんのツイッター確認してるのですが……原作はいつ続きが出るのやら(汗

ちなみに最後の一文は、シンゴジラでもお馴染みの牧博士(の中の人)が監督した映画オマージュ


 全ての始まりは、ゴールデンウィークも残り半分を切った日曜日のことだった。

 休日ながらもその日は学校で選考作業をやろうってことになって、俺達文芸部員は校舎に足を運び、いつもながら文集ども睨めっこして、お昼休憩に入った頃。

 俺は肩に子狐形態なマナを乗せ、自前の弁当が入った手さげ袋をぶら下げて屋上にて昼飯にあり付けることにした。

 

「ん?」

 

 屋上に繋がる階段の前まで着いた時、俺は〝妖夢〟の気配を察した。

 特に殺気や敵意と言うものは感じなかったが………敏感な嗅覚が、独特の悪臭を察知して呻きを上げ、顔も偉くしかめさせられる。

 

「く~ん……」

 

 マナも同様で、一端鼻を抑えた後、自分と俺の周りに悪臭をシャットアウトする結界を貼った。

 

「助かったぜ」

「こーん♪」

 

 お礼にマナの頭を撫でると、一応の確認の為、階段を登って屋上の敷地内に入った。

 

「はは……やっぱりか」

 

 苦笑が浮かばざるを得ない。

 案の定……悪臭の〝元凶〟たる妖夢が、銀色のタンクの上にて滞空する形で佇んでいた。

 紫にピンクの斑点がいくつも付いた卵状の胴体に、下部からは根っこっぽい蔦、上部からはオレンジのぶつぶつと雪だるまみたいな小さい木の幹、そして中央には白眼の範囲が広くて瞳がやや小さめな癖にドデカい眼。

 一応俺たちは、この気色悪い妖夢の〝種〟のことを―――知っていた。

 

「ぴゅう?」

「〝どうする〟って……今は下手に手を出さねえ方が良い、お前もあいつの〝体液〟浴びたくないだろ?」

 

 こっくりとマナは即答した。

 ちょっと癪だが、あの妖夢に刺激させない為にも、屋上で昼飯を食べるのは断念することにした。

 ここが人間社会のど真ん中じゃなかったら、さっさと本来の姿に変身して、向こうからの先手に構わずとっとと撃ち落とせるんだが、しょうがない。

 当然ながら、この時点では奴のせいで事態があそこまでエスカレートさせることになろうとは、考えても、思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 仕方なく、部室で食べることにして戻ると。

 

「あら澤海、屋上で黄昏ながら便所飯にありつくんじゃなかったのかしら?」

 

 この部の女王もとい、部長であり、黙っていれば美人を地で行く美月がいつもの毒舌を展開する。

 いつものことだし、むしろ互いに毒な言葉を投げ合うくらい彼女の気質を気に入っている身なので、特に気にしない。

 

「ある意味で一番性質の悪い〝妖夢〟が屋上に陣取ってたんだよ」

 

 各部員の昼飯であるサンドイッチやらおにぎりやら、コンビニ弁当やらが置かれた机に手さげ袋を置き、豚生姜焼きが主食な自作弁当を取り出して食し始める。

 

「まさかたっくん……その妖夢と言うのは〝果実型〟か?」

「そのまさかさ」

 

 その美月の兄貴で異界士、五月の初夏でも季節錯誤にマフラー巻いている博臣がずばりと、妖夢の種(タイプ)を言い当てる。

 度を越して実妹の美月と、妹と言う概念と愛し過ぎるシスコンと言う、この文芸部の残念な男ども二大巨頭の一人であるが、この辺の洞察力はさすがだ。

 

「果実型?」

 

 癖っ毛なショートカットと赤縁眼鏡が特徴的な、小動物の如き見てくれながら、これでも叩き上げの異界士でもあるこの部のもう一人の女子部員、栗山未来が、首を傾げ、頭に〝?〟が浮かびそうなきょとんとした表情を見せる。

 

「何だミライ君、知らないのか?」

「はい」

 

 こっくり未来は頷いた。

 意外と思ったが、彼女の、ゴジラである自分から見ても性質の悪い境遇と、果実型そのものの希少さを踏まえると、知らないのは無理ないかもしれない。

 

「俺もさっき実際に見るまでは知識としてしか知らなかったんだけどな、そんぐらい珍しい妖夢で――」

 

 まず果実型の外見的特徴を述べていく。

 

「いかにも気味悪そうだよね、その妖夢」

 

 おっと、言い忘れかけていた。

 淡い金髪と、その髪色に似つかわしくない〝お人よし〟な匂いを漂わせて、果実型の姿を想像して引いているこの野郎は、神原秋人。

 妖夢と、異界士である人間とのハーフと言う悲惨な出生の持ち主であるのだが、一方で未来のような眼鏡を掛けた女子女性と眼鏡をこよなく愛する自称〝メガネスト〟な、この部の変態男二大巨頭のもう片割れで、類希なツッコミセンスの主である(本人から不本意だと言われようが、この辺は譲れない)。

 

「まあその分の妖夢石の額も結構なもんでね、アヤカによりゃ安くても五十万はすると言ってた――」

「五十万……」

 

 ごくり。

 とまで説明すると、誰かが唾を呑み込んだ音がした。

 直後、完全に窓を閉め切った部室で、一筋の風が吹いた。

 

「栗山さん!」

 

 正確には、疾風の如くかつ脱兎の如きな素早さで、部室を出て行った未来っ―――て、不味い。

 

「アキ、最大全速でミライ君を追って止めろ!」

「え、なんで?」

「説明してる時間はねえんだ、彼女の眼鏡を破壊されたくなければ早く」

「よし分かった!」

 

 俺の〝眼鏡が破壊される〟発言に、事態の深刻さと切迫さを覚えたらしい秋人は、直ぐ様未来の後を追った。

 あれでも秋人は境遇上、足は健脚なので、間に合ってはほしいが。

 

「この腹黒超えた全黒ゴジラ」

「何のことやら」

 

 とりあえず、選考の続きをする前に中断していた昼飯を取ろうと椅子に腰かけた矢先―――屋上の方から地上に、大量の粘液が、振動と妖夢の奇声と一緒に流れ落ちて行った。

 

「遅かったか……」

 

 かくして、文芸部にはその長い一週間がやってきた。

 

つづく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。