ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story バレンタイン&ホワイトデー特別編 (フォレス・ノースウッド)
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バレンタイン特別編 - ビタースィート
2月14日――バレンタインデー。
元々は同名のとあるキリスト教徒であった人物を祝う日、と言われても、欧州はともかく、日本人にはピンと来ない人の方が多い。
簡単に説明すると(ただしこの話には実は創作かもという説がある)、三世紀のローマ帝国では、当時の皇帝が『兵士の士気を下げない』などというお題目で兵士たちに〝結婚禁止令〟なるものを出していた。
初耳な方にはなんと無茶苦茶な法令と思うだろう。だがこんな昔から権力を施行する側が奇をてらったとしか言いようがない珍妙な法が公布され、無論それを破れば厳罰が待っていた。
バレンタインデーの起源となったセントバレンタインは、そんな悪法に反意を示してカップルたちに結婚式を挙げ、それが発覚し皇帝に捕らえられて改宗を強要されてもブレずに2月14日その日に殉教した聖人である。
それから二世紀後にその日はバレンタインデーとなり、さらにローマの若人たちは好きな人相手に一種の恋文とも言えるカードを渡すという習慣を生み出した。
まあ、当時のローマ人たちもまさかこの風習が世界中に広まり、日本に於いては女性が好きな男性にチョコを送り、男性はそんなシチュを夢見ては現実となって歓喜するか、夢のまま叶わずに絶望し『リア充爆発しろ』と心に呪いを宿す日に変化するとは思いもしなかっただろう。
前置きは長くなったが、海鳴市の私立聖祥大付属小学校の生徒たちもまた、この日は意中の異性からチョコをもらえるかもらえないか、またはチョコを渡して思いを伝えられるか伝えないか、伝えられても成就できずに終わるか、と一喜一憂する日であった。
バレンタインデー当日、朝のホームルーム前の時間帯にて。
「はいこれ」
「え? 俺にくれるの?」
「うん」
「うっはぁ! ありがとうフェイト」
恐らく、というかもう確実と言えるが聖祥大付属小の5年B組の男子たちには今年のバレンタインは天国な日。
なぜなら、二か月前に突然このクラスに転校してきた金髪紅眼な美少女。
フェイト・テスタロッサ。
彼女がこの日、クラスの男子一同にチョコをプレゼントしていたからだ。
それも一人ずつ、玄関の靴箱や机にこっそり入れずご丁寧に面と向かって直接手渡すというもの。
おまけにフェイトは、思わず見惚れる男子が多数出ること間違いなしな眉目麗しいルックスをした美少女、さらに彼女は比較的歳の離れた大人はともかくとして、基本誰に対しても名前、すなわちファーストネームで呼ぶ為、下の名で呼ばれることに慣れてない日本人な男の子には〝ひょっとして気があるのでは?〟と思わせてしまう効果を当人の自覚なしに起こしてしまう。
よってクラスには彼女に負けじと美少女な彼女の親友たちがいるが、それでももらえるならフェイトが良いと考えている男子は少なくなかった。
「げ、お前もフェイトからチョコもらったのか?」
「うん、クラスの男子全員に手渡ししてたよ」
「誰が本命なんだろう? 聞いてもあのちょっとか細い声で〝ひ、秘密だよ〟としか言わなかったし」
「俺だったらいいな」
「僕たちにも希望ぐらいみさせてよ」
「そうだぜ」
「ジョークだよジョーク」
男子諸君には言わないでおくが、この物語の奔流を最初からちゃんと見ている人たちから見れば、本命はこのクラス内……どころか学校内すらいないというある意味残酷な事実があったりする。
その日の放課後。
「フェイトちゃん、早く行こう」
「ごめんなのは、すずか、アリサ、先に帰っててくれないかな?」
いつもなら4人は、学校を出る時は必ず一緒。
なのに今日に限って、フェイトはなのはたちに断りを入れた。
「何か用事でもあるの?」
「用事ってほどでもないんだけど……」
すずかからの問いにもはっきり答えないフェイトに、頭の横に?を漂わせるなのはたち。
ただ、その中に例外がいた。
「分かったわ、暗くなる前には帰りなさいよ」
「うん」
「あ、アリサちゃん?」
アリサだけはその理由を先んじて察したらしく、なのはとすずかは彼女のアイコンタクトでようやくその訳を理解し、三人はフェイトを教室に残し、先に帰路につくのであった。
「また明日ねフェイトちゃん」
「うん、また明日」
親友三人を見送った後、フェイトはある場所に向かった。
行き先は校舎の屋上。
フェンスの手前で歩を止め、ささやかな寒風で揺れる髪をよそに、彼女が燃え上がるような朱色に染められていく空を静かに見上げていた。
昔から飛行魔法でよく空を駆けていた甲斐があってか、彼女の空を眺めるのは好きな方だ。
高所から地上を眺めるのも同様。
しかし、この瞬間だけは高見からの風景を鑑賞する為に屋上に立っているわけではない。
一旦空を見るのをやめ、聖祥付属小用のランドセルとも言える通学カバンから、あるものを取り出した。
彼女の瞳と同等に鮮やかな赤の包装紙と淡いピンクのリボンにくるまれた正方形の箱。
中には、いわゆる〝本命〟として自作した少し大きめのチョコクッキーが入っている。
チョコのバレンタイン限定CMでもよく見る市販のチョコを溶かして云々なんてことはせず、ネットで拝見したレシピを参考に手間をかけて作った一品だ
誰に渡すものかって?
それは勿論。
「ゼロ……」
たった今フェイトが口にした人物。
M78星雲、光の国のウルトラ戦士で彼女にとって想い人な少年。
ウルトラマン―――ゼロ。
この地球でのバレンタインの習慣を知ってから、どうしてもフェイトはこの日に手渡したかった。
好きな人だから……というのもあるが、クローンという地球でも魔法世界でも倫理的に問題がある形で生まれた歪な子な自分を救ってくれた恩を、少しでも彼に返したかったからだ。
でも、今この世界に彼はいない。二月に入り立ての頃に、ゼロは宇宙警備隊隊長直々の指令を受けて、別次元の宇宙に旅立ったからだ。
その指令というのは、様々な次元に現れては怪獣等の生命体を連れ去る正体不明の円盤型宇宙船の調査。
単体で次元航行を可能とする術を持つ以上、彼にお役が回るのは当然。
そのことについて、指令を出したウルトラ戦士にも、了承したゼロにも、とやかく言うつもりはない。
自分にとって彼はヒーローだが、〝自分だけのヒーロー〟ではないのだから。
だけど、それでも一抹の期待をしてしまう。
こうして屋上にいれば、丁度調査から帰ってきたゼロが自分に目を止めて、ここに降りてくるかもしれない。それが高望みならせめて、空にゼロのウルトラサインが上がって、これからこの世界の地球に帰ると連絡は来るかも………などと夢見てしまうが、どうやらそれすらも叶いそうになかった。
もうこれ以上未練を残すのはよそう。
このチョコだって、このままにしてたのでは痛ませてしまう。
せめて……自分の口に入れてあげよう。
フェイトは丁寧にリボンと包装紙を解き、ケースを開け、ちょっとベタなデザインなハート型のチョコクッキーを取り出して口にした。
「にがい…」
ブラックコーヒーを余裕で飲める彼の舌に合わせて、甘味は控えめに作ってはいたが、昨日味見した以上にビターだった。
微かに胸の奥が引き締められるのを感じながら、クッキーを食べ終えるフェイト。
「(フェーーーイト、こっちこっち)」
念話による声が彼女の脳裏に直接響く。
声の主はアルフだ。
地上に目を向け見下ろすと、校門前に狼の耳と尾を隠しつつ、買い物袋を手に持った彼女が手を振っている姿が視界に入った。
数分後、二人は横に並んで帰宅の途についていた。
ちなみにアルフの外出理由はリンディから頼まれての買い物で、帰る途中に聖祥に一時寄ったのは、その前に偶然なのはたちをばったり会ったことと。
「何か胸の奥がちょっと、絞められた感じがしてさ」
使い魔の精神リンクで彼女の心境が伝わってきたことによるもの。
共有した感情そのものは漠然としたものだが、今日が何の日であることと、フェイトが好意寄せる人物、そして今彼が何をしているかを照らし合わせたことで、大体の事情は理解していたので、敢えて話題にはしなかった。
できれば彼には早いとこ帰って来てほしいとは思うが、例の誘拐犯な正体不明の宇宙人相手では手こずるのは無理ないし、愚痴零したところでどうにもならない。
何より、どこかの世界の危機に立ち向かってる彼を悪く言う気になどなれなかった。
「あ…」
フェイトが空を見上げながら立ち止まった。
「フェイト?」
どうしたのか? とアルフが尋ねると。
「ゼロのウルトラサインが」
と彼女が答えた。
「え? どこどこ?」
アルフは空を見渡すが目に入るのはまだ青味がかった夜空と星いくつかだけで、フェイトが目にしているであろう光でなぞられたサインは見えなかった。
どうやら彼女にしか見えない仕様であるらしい。
「ゼロは何て言ってた?」
ふっと浮かんだフェイトの笑顔で吉報であることは分かったが一応聞いてみた。
「もう数日したら戻れるって」
「よかったじゃん、まあ今年は……何というか、残念ではあったけどさ、来年はきっと渡せるって」
「うん//////」
「いっそ来月のホワイトデーにでもリベンジしようよ」
「でも……その日は男の子が女の子にお返しをする日だよ」
「固いことは気にしない、要は気持ちだよ気持ち」
「……………………………そう、だね」
心に伝わるフェイトの喜びを感知しながら、エールの言葉を掛けるアルフであった。
ホワイトデー特別編に続く。
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ゼロとフェイトののど自慢inホワイトデー
ほろ苦い結果に終わったフェイトのバレンタインのアフターストーリーです。
甘甘な展開なので、ブラックコーヒーを用意しといて下さい(苦笑
今日は三月十四日、日本ではホワイトデーと呼ばれるイベントのある日です。
二月十四日の、女の人が男の人にチョコをプレゼントする日本独特かつ独自のバレンタインデーのアフターイベントと言える日で、男の人がチョコのお返しのプレゼントをするのですが……実は私、今日そのホワイトデーに、勇夜――ウルトラマンゼロにチョコレートをプレゼントすることになってまして。
どうしてかと言うと、先月のバレンタイン当日、勇夜は光の国からの調査任務に出ている最中で、なけなしの希望で手作りのチョコを持って帰って来るのを待ってたのですが、結局その日には渡せませんでした。
アルフからの助言と後押しもあって、本来の意味とはちょっと違いますが、分かりやすく言うと、今日は〝リベンジ〟ってやつなのです……だったのですが。
〝どうして、こうなってるのだろう?〟
今現在の私の気持ちを一言で表すなら、こんな言葉になります。
こうなっている経緯は、一応理解はしているのですけど、それでも状況が〝どうして〟と言いたくもなるものでして。
ここは海鳴市民ホールって建物の中、演劇だったりコンサートだったりと言ったイベントに使われる海鳴市(このまち)の多目的ホールです。
「はぁ……」
私は、緊張で体がガチガチな中、勇夜と一緒にホールの舞台袖にて、自分たちの出番が来るのを待っていました。
「あと二組で出番だな、あーあ、あーー」
反対に勇夜は至って自然体に、周りに迷惑かけない声量と、色んなトーンの声の音色で喉のコンディションを確認しています。
「大丈夫か? この間はやたら気合い入ってた癖に」
「そうなんだけど……いざね……あはは」
口では何だかんだ言ってもノリの良い性格なので、ノリノリに歌う気が満々です。
それは、今日から遡って二週間前のこと。
「ふぇ!?」
「はぁ?」
土曜日の休日を利用して午前中は裏山でなのはたちと一緒にトレーニングしてた私と、その日も次元パトロールに勤しんでいた勇夜が住まいのマンションに帰って来た際、母さんたちから……私たちからは思わぬことをカミングアウトされました。
毎年海鳴市では、市民たちが歌を競い合う〝海鳴のど自慢大会〟と言う、演奏も音響もライティングもライブさながらな本格仕様と言う地方発なのに本格的なイベントを開催しているのですが―――
「ごめんなさい、驚かそうと思って黙ってたの、ふふ」
「ダメ元で応募したら、見事に当たっちゃってね♪」
こっそり母さんたちが私たちの名前で応募してみたら、まさかまさかの参加権獲得に至ってしまいまして。
ルームシェアをしているこの部屋では〝一応〟年長組に当たる当事者たちは、おほほと微笑み合っていました。
「人の名前使って何やってんだか………あんたたちはよ」
これには勇夜も、苦笑いやら呆れやらが入り混じった苦笑いを浮かべるしかありません。
でも、この時の私に比べれば〝マシ〟な方でした。
「(勇夜と一緒に歌う?たくさんの人前で歌う? 勇夜と一緒に勇夜と一緒)」
私など、勇夜と二人で大勢の人たちに見守られる舞台上で歌う姿を想像するだけで、頭の中がオーバーヒート寸前に熱くなって、どうにか気絶しまいと踏ん張るのに手一杯。
「ここ最近、お前は任務にパトロールで仕事尽くめだっただろう、良い機会だから存分に楽しむといい」
「言われてみれば確かに忙しかったし…………師匠がそこまで言うんだったら、しゃあねえな」
師匠のおおとりさんことウルトラマンレオからのお勧めもあって、勇夜はその場で納得しました。
「フェイトはどうする?」
最初こそ色々テンパってた私でしたが、せっかくの母さんたちの計らいでもあるし、久しぶりに勇夜と二人っきりになれるチャンスでもあるんだから〝楽しんじゃえ〟と踏ん切りました。
そう――これはチャンスです。
二人で思いっきり歌いきった後、まだ高くなったテンションが続いている勢いから思い切ってプレゼントする―――バレンタインのリベンジには最高のシチュエーション。
それを思い浮かんだ時は、一転して舞い上がってしまいました。
「やる――やります! 勇夜! 私と一緒に歌って!」
「お……おう」
勇夜が、あのウルトラマンゼロがたじろいじゃうくらい気合いの入った声で、私は出場する意志を表明しました。
そこから前日までは〝かかってこ~い!〟の姿勢で待ち構えてたのですが、当日になり、舞台袖から覗いた観客席を目にした途端、押し寄せてきた緊張と気恥ずかしさを拭いきれないまま本番を迎えつつあります。
見れば……なのはに母さんに姉さんにリンディさんにみんな来てる。
しかも運の悪いことに、私たちの出番は最後のおおとり、おまけに他の大会出場者たちが上手い人ばかりで、なのはたちから太鼓判を押されて、自分でも上手い方と自信があっただけに、大きなプレッシャーと変わってのしかかり、当然ながら心臓はバクバク忙しく働いているのでした。
落ち着こうとしても、刻一刻とその時は近づく状況と、勇夜と〝デュエット〟するって事実に煽られて、中々上手く行かず、顔が火照るほど顔がどんどん俯いていきます。
あ~~きっと緊張に支配されるどころか景気よくノリに乗れる姉さんが羨ましい。
「フェイト」
私の名前を呼ぶ勇夜の声と、ドンと壁に何かが当たる音がして、上げてみると―――
「ふぇ……ふぇ!?」
―――右手を壁に打ち付けた勇夜の顔が、間近に。
「(ゆ……勇夜が、〝壁ドン〟を!?)」
最近は他のに取って変わりつつあるとのことですけど、それでもまだ巷で話題の……女の子向けの漫画では昔からあったと言う……〝壁ドン〟です。
「(壁ドン壁ドン壁ドン壁ドン壁ドン壁ドン壁ドン壁ドン)」
ただでさえ緊張で一杯一杯だったのに、勇夜に壁ドンされている状況は、ますます私の頭を混乱させます。
ほんとうに近いです、吐いた息など直ぐこっちに掛かる近さ、目尻は吊りあがって近寄りがたそうだけど整った凛々しい顔が文字通り眼と鼻の先に。
「は……はぁ……ふぅ……あ……はぁ……」
勿論、顔は真っ赤っかです、荒れる息を勇夜に掛けっ放しです。
「思い出してみろ、お前が初めて〝飛べた時〟のこと」
「初めて……飛べた……時?」
最初はどう言う意味かさっぱり分からず、オウム返しをしてしまう私。
とりあえず言われた通り、アルトセイムで暮らしていて、リニスから魔法の教えを受けていた頃、飛行魔法の特訓をしていた時のことを思い出します。
今では自由に飛べるけど、さすがにあの時はデバイスに頼らず自力で空を翔けるようになるまで失敗を繰り返して、リニスのサポートで怪我はしなかったけど、中々飛び続けられないことに何度も悔しがってたっけ。
けれどある日、日本人の子どもが、あんなに苦労してたのに突然自転車を補助リンの力に頼らず乗れるようになった………みたいに、体がコツを覚えて飛べるようになっちゃって。
ちょっとでも気を抜いたら落ちるかもしれない不安を抱えながらも、風に吹かれ、アルトセイムの自然を眺めながら飛びまわっていた時は………凄い解放感に包まれて、凄く……気持ちよかった。
あの感覚を思い出した時、段々と体も心も落ち着いてきました。
緊張感はまだほんの少し残っているけど、むしろそれすらどこか心地よさが感じられます。
そう言えば、前にテレビでスポーツ選手やアーティストは本番の緊張すらも楽しんでいるって話を聞いたのを思い出しました。
一緒に見ていた勇夜が、その感触を掴むのに丁度良いと咄嗟に判断して、〝初めて飛べた時〟を思い出せと、言ったのでしょう。
「でも、わざわざこんな近くなくても良いんじゃない? しかも〝壁ドン〟までして」
「あ……」
心に余裕ができた私は、ちょっと笑顔でからかってやりました。
すると今度は、ノリは良いのにシャイでもある勇夜の顔が恥ずかしさで赤くなり、慌てて距離を取ります。
「あ……あれはな、そそそその……何だ、集中力を高めさせようやったっつーか、一周回ればほぐれるかな……って期待して……て~の?」
「へ~~♪」
「何だよその〝へ~~〟って」
「〝へ~〟はへ~だよ、特に意味はないから安心して」
バツの悪そうに目を逸らす勇夜に、猫っぽいで目じーっと私は見つめます。
何度も戦っている時のキリッとして、凛としたカッコいい姿を拝んでいることもあって、おろおろしている姿はとてもキュートです。
うふふ―――やっぱり彼のそう言うギャップが、可愛い♪
「では、最後の一組をご紹介致しましょう」
そうこうしている内に、出番が差しかかっていました。
流石と言うべきか、司会者の声を聞いた勇夜の顔が一気に引き締まります。
そしてお互いアイコンタクトを交わし、意気揚々とステージ上に躍り出ました。
「17番、諸星勇夜と――」
「フェイト・テスタロッサです!」
「「曲は――」」
自己紹介すると同時にバックにいる演奏スタッフさんたちが前奏を奏で始めて。
「「フライハァァァァァァーーーーーーーーーイ!!」」
夕方、ところ変わってここは海鳴臨海公園、フェイトにとっては色々思い出深い場所である。
「箱○温泉の招待券とはな………まさかリンディたち、これを狙って俺達をだしに応募したんじゃ……ねえよな?」
「まあいいじゃない、確か五月の連休ってゴールデンウィークだった……よね?」
「ああ」
「家族三組までだそうだから、今度みんなで行こうよ」
「だな、折角もらったんだから活かさねえ手はねえ」
大会の結果は、司会者曰く相当審査は難航を極めたそうで、僅差で二人がまさかの優勝をしてしまった、
決め手になったのは、のびやかで力強くも完全に息ぴったり合ったハーモニーを奏でた二人のボーカルだった、とのことである。
「それでフェイト、渡したいものって何だ?」
「あ……そ、それはね」
フェイトはもじもじとした調子で両手を背後に回すと、バルディッシュの格納領域に保管していたものを手元に寄せた。
綺麗に包装され、リボンも結ばれた箱、勿論中身は意外に大人な勇夜の舌に合わせてビターを利かせた手作りのチョコレートサンドクッキーだ。
やっぱり、いざ渡すとなると、心臓は勝手にバクバク動いて頬も熱い、幸いにも夕陽のお陰で、顔の赤味は目立ちにくくなっている。
それでも、今日フェイトにとっては断崖絶壁にも等しい試練を乗り越えられたことで、緊張による逡巡以上に勇気が勝り。
「は……はいこれ!」
両腕を真っ直ぐ伸ばしてお手製チョコサンドクッキーを差し出した。
「え……まさか」
「ごめんね………来年のバレンタインまで、待てなくって」
ホワイトデーに女の子からチョコを貰うシチュエーションなど考えもしなかったようで、勇夜は数秒ほど戸惑い呆然と固まっていた。
やがて一時のフリーズから回復した彼は、整った容貌に〝照れ〟を表して、骨董品に触れるが如く丁重な手つきでありがたく受け取った。
「あ……ありがとう」
ぎこちなさと、ちょっと困った感じと、照れくささが混じり合いながらも、されど心からの喜びを隠しきれない、普段のつんけんとした雰囲気からは想像もできない穏やかかつにこやかな笑顔で、勇夜は感謝を述べると―――
「リンク」
『はい、マスター』
彼もリンクに保管させていたものを取り出して、差し出し返す。
「ふぇ?」
厚紙の入ったビニールに、黄色と黒色な二つのリボンが十字状に結ばれ仕様のラッピング。
その中には、バルディッシュの待機モードを模した黄色がかって果肉のつぶつぶが入ったのと、黒味がかった計二種のクッキーたちが綺麗に整列していた。
ちなみに黄色い方はレモンクッキー、黒っぽい方は砂糖の代わりに黒糖を使ったクッキーであり、見た目からでも分かる様に、勇夜はフェイトと所縁ある色を盛り込ませていた。
「ゆ……勇夜?」
大きく開いたフェイトの瞳から出る視線は、勇夜の顔と差し出されたプレゼントを行ったり来たりしていた。
まさかチョコをプレゼントしたその日に、お返しを受けるなど、思いもしなかったからである。
「まあ……二月の十四日に受け取れなかった、せめてものお詫びと………お礼ってやつだよ」
いちいち明言するまでもなく、根は律義で料理の腕も磨かれているウルトラ戦士のハンドメードな力作だ。
フェイトはゆっくりと、お返しのプレゼントをありがたく受け取り、それを優しく両腕で抱きしめ。
「へへ♪」
この瞬間自分らを照らす夕陽よりも眩しい、今日一番の満面の笑みを浮かばせ、勇夜も笑顔で応えるのであった。
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