【完結】IS――その拳は天を掴む【投稿中】 (久保田)
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山田真耶

インフィニットストラトス、通称ISの登場は世界を変え た。 戦闘機を超える機動性、戦車を超える火力、歩兵を超える 制圧力。 既存の全ての兵器を鉄クズへと変えてしまった。 単騎で千を超えるミサイルを迎撃し、やる気になれば単騎 でホワイトハウスを落とせるであろう兵器に如何なる相手 が立ちふさがれると言うのだ。

 

かのドレッドノート級戦艦の登場を超える軍事バランス変 動は国家を変え、地方を変え、町を変え、男女間のバラン スを変えた。 つまりは絶対的な女尊男卑。 男が腕力で女を従える時代は終わり、女がISで男を従え る時代が始まったのだ。 ISは潜在的に全ての女性が使えると言われているが、男 はISを使えない。 もし、男女間で戦争が起きようものなら、三日どころか三 時間で制圧される事だろう。

 

しかし、絶対的な女尊男卑を超える一人の男。……いや、 漢が現れる事になる。 ISを史上初めて起動させた男、という特異性により彼の 名は初めて歴史に記される事となるが、彼の特異性は単純 にISを動かせるなどというくだらない事ではなかった。 その証拠に織斑一夏を知る強敵 とも である五反田弾は何の動揺も見せずに言った。

 

「奴がIS程度を動かせぬはずがあるまい」

 

後の世に覇王と呼ばれる漢、織斑一夏の天下取りはIS学 園より始まる事となる。

 

それはまるで岩だった。 山田真耶から見る織斑一夏はまさに硬い岩。 教卓の正面に鎮座する織斑一夏は立っているはずの真耶と 目線の高さが等しい。 これがせめて見下ろされていれば、まだマシだっただろう に……と真耶は思った。

 

明らかに特注である制服ですら織斑一夏の身体をしっかり と包み隠す事は出来ていない。 太ももの過剰に発達した筋肉は布地に多大な負担をかけ、 はちきれんばかり。 並みの女のウエスト五人分はありそうな太い胴は真耶が必 死に両手を回したとしても、手は届くまい。 両の腕を包み込むはずだった制服は織斑一夏の筋肉の前に 屈服し、無残にも破れてしまっている。

 

「お、織斑くん……そ、その制服はどうしたのかなー?」

 

必死に笑顔を作ったつもりだったが、それが成功している かどうかは真耶には自信がなかった。

 

「……………………………………………………」

 

織斑一夏の返答は黙殺。 しかし、丸太のような首に乗っている顔は、目は真耶を貫 いている。 その視線はもはや物理的な圧力となり、真耶の心を打ち砕 く。 私だって頑張って先生やってるのに!このままじゃ初めて のショートホームルームが!という憤りも。 歴戦のIS乗りとしてのプライドも。 男より強い女としての優越感も。 ありとあらゆるプライドを砕き、ただ一人の女としての真 耶を露わにする。 それは単純な、ひどく単純な本能。

 

強い雄に従いたいという原始的な雌の本能。

 

それに気付いてしまえば、その筋肉の塊のような体躯はひ どく好ましく見えて来るし、野性的に刈り上げられた髪を 優しくなでてやりたくなってしまうから困ったものだ。

 

しかし、山田真耶は教師だ。 教師山田真耶はぴしっと生徒を叱らねばならない。 それが織斑一夏の巨大な、人の頭より巨大な拳を振るわれ る事になったとしても、山田真耶にはやらなければいけな い義務なのだから。

 

「お、織斑くん!」

 

ありったけの勇気を振り絞り、この雄に従えと叫ぶ本能を ねじ伏せ、真耶は叫んだ。 しかし、

 

「気にいった」

 

織斑一夏の声を聞いた瞬間、真耶の子宮が動き出した。 雄を受け入れるために活動を開始したのだ。 ただ織斑一夏の声を聞いただけで、未だ男を受け入れた事 のない真耶の身体は雌になったのだ。

 

気付けば織斑一夏は立ち上がっていた。 色に惚けていて気付かなかったのではない。 それなりに訓練を積んでいるはずの真耶すら反応が出来な いほどの武の極みを立ち上がるという誰にでも出来る動作 で真耶にまざまざと見せ付けた。 まだまだ未熟な学生には理解出来ないだろうが、織斑一夏 がその気になり、拳を振るえば真耶は死んでいただろう。 だが、織斑一夏は拳を振るう代わりに真耶をその胸に抱い た。

 

「我が女になれ」

 

見た目を裏切り、真耶に傷一つつけずに優しくすらある手 際で抱き締められ、荒ぶる所なく静かに放たれた声は真耶 の身体に、細胞に、魂に染み渡る。 熱いとすら思える雄の筋肉に抱き締められた真耶の心は暴 力的なまでに凶悪な力によって、奪われてしまう。 織斑一夏により、山田真耶の心は根こそぎ奪われてしまっ た。 真耶の返答はただひとつ。

 

「……はい!」

 

教師としての義務感、IS乗りとしてのプライドを忘れ、 ただ圧倒的なまでの女としての喜びだけが真耶の声にはあ った。

 

「……山田先生と織斑はどこだ?」

 

会議で遅れてやってきた織斑千冬は奇妙なまでに静まり返 った教室に困惑していた。

 

こうして織斑一夏のIS学園入学初SHRは終わった。 具体的に何をしているかは想像にお任せしたい。



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セシリア・オルコット1

「………ねえ、やっぱりさっきのってさ」

 

「………なのかなぁ?」

 

「織斑様……一夏様どっちもしっくり来ない………」

 

普通であれば三人、女が集まれば姦しい かしましい 所ではあるが、一時間目が終わり、休み時間を迎えた一組 には不思議な空気が漂っていた。 それはそうだろう。 今まで完全に女子しかいなかったIS学園に男、それも超 特級の規格外にも程がある雄が現れたのだから。 男性に接点の無かった彼女達が織斑一夏という存在を持て 余すのは仕方あるまい。 真後ろに座っていた子など前に座る分厚い背中で黒板は見 えないわ、雄の体臭に含まれるフェロモンにより、じゅん …としちゃうわで大変だった。 じゅん……とした部分がどこかという疑問には残念ながら 本人の名誉のために答えられない。

 

そして、SHRでの山田先生強奪事件だ。 次は誰が……ひょっとして私が!?という妄想をしてしまう 彼女達の脳内では「漢の求愛=いきなり攫ってベッドイン 」という公式すら出来上がっている。 織斑一夏が山田先生一人を愛し続けるような人格の持ち主 だとは、この場にいる誰も思ってはいない。 逆に織斑一夏の超絶倫……もとい織斑一夏の愛を一身で受 け止められる女がいたら見てみたいくらいだ。 実際に織斑一夏の下半身の事情は知らないが、想像の中で はえらい事になっている。

 

現実の織斑一夏は更にその上を遥かに超えているのである が。

 

……次の被害者は誰になるのだろう? この場にいる少女達の共通の疑問。 いや、被害者という言葉は相応しくないかもしれない。

 

――織斑一夏の寵愛を次に受けるのは誰だ。

 

そう考えた時にまず真っ先に名前が挙がる女が一人いる。

 

(それはわたくし、セシリア・オルコットですわね!)

 

イギリス代表候補生にして、入試主席。

 

(更には容姿端麗にして……その、なかなかのスタイルです わ。あのケダモノがわたくしに目をつけないはずがありま して?あり得ませんわ!)

 

胸は同年代の白人系女子には負けるが、それがまた全体的 なスタイルを整えるのに一役買っている。 そして、すらっと伸びた足は艶めかしい流線型を生み出す 。 セシリアの専用機『ブルーティアーズ』はそれがわかって いるのか胸よりも足と尻をアピールする作りになっている 。 この足と尻を手に入れたいと思わない雄はいないはずだと セシリアは自画自賛。

 

顔を赤らめ、いやんいやんと蠢くセシリアに周りの生徒が 引いている。 しかし、その視線に気付くようなヤワな神経をしているの であればイギリス代表候補生などやってはいられない。 縦ロールは伊達ではない。

 

縦ロールという手入れの難しい髪型はセシリア・オルコッ トのプライドだ。 決して被弾せずに、この優雅な髪型を維持するという誓い と、それを可能とする確かな実力の証。 セシリア・オルコットの縦ロールは伊達ではないのだ。

 

(いえ、でもわたくしは山田先生のように売れ残りの安い 女ではなくてよ……! もし、わたくしを手に入れたいのであれば、きちんとデー トをして手順を踏んでからでないと…… まずは二人で街を歩いて……えへへ)

 

巨大な織斑一夏とセシリアのカップルが街を歩いていたら 、相当な画になるだろう。 むしろ、織斑一夏に相応しい景色など剣電弾雨が飛び交う 戦場くらいしか無い気がするが。

 

「はーい、皆さん席に着いてくださーい!」

 

織斑一夏が愛の言葉を囁き、セシリアを連れ、夜の街に消 えて行く所までセシリアが妄想した所で現実の山田真耶と 織斑一夏が戻って来る。 夜の街に消えた後はセシリアの知識不足という名の壁によ り、妄想すら不可能。

 

しかし、その壁を開通させた女がいた。 未通で「こちら側」だったはずの山田真耶はトンネルを開 通させ、「向こう側」へと旅立っていった。

 

(トンネルを抜けると、そこは何があるんですの!?)

 

川端先生に謝らなければならないような事をセシリアは考 えた。ごめんなさい。

 

イギリス代表候補生セシリア・オルコットの胸に、じりじ りと焼き付くような火が灯る。 セシリアはこの火の名前を知っている。

 

――これは嫉妬だ。

 

天才と呼ばれるセシリアではあるが、実際にそうでは無い 事を自身が一番知っている。 両親が亡くなった後、莫大な遺産を金の亡者から守るため に必死に勉強をした。 その一環で受けたIS適性テストでA+を叩き出し、IS 搭乗者となったが、第三世代装備ブルーティアーズを専用 機にするまでに紆余曲折があった。 セシリアが出来ない機動もあっさりとこなす他の搭乗者を 見た時に感じた嫉妬。 今の山田真耶から、いや、あの時以上の嫉妬をセシリアは 感じていた。

 

その身を縮こませ、怖い物から自分自身を守ろうとしてい た山田真耶はもういない。 人の顔色を窺うように他人を見上げる山田真耶はもういな い。

 

そこにいるのは正しい女としての在り方を見つけ出した山 田真耶だ。 小さくなるために猫背だった背筋はぴんと伸び、自信に満 ち溢れている彼女の視線は正面から相手を受け止める。 その顔は男を愛し、愛されているという実感に満ち溢れて いる。

 

完全に女として、セシリア・オルコットは山田真耶に敗北 していた。

 

「皆さん、教科書開いてくださいね」

 

おどおどと声をかけていた真耶を変えたのは、織斑一夏。 この嫉妬の炎を消すには、山田真耶から織斑一夏を奪わね ばならない。 セシリア・オルコットの生来の反骨心がめらめらと音を立 てて燃え上がり始めた。

 

(山田真耶……負けませんわよ!)

 

セシリア・オルコットの嫉妬はその身を激しく輝かせる炎 なのだ。 ブルーティアーズを手に入れ、目標を見失っていたセシリ アは再び越えるべき壁を見つけた。 セシリア・オルコットは確かに自らの炎で輝いていた。



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セシリア・オルコット2

セシリアにとって、じれったい二時間目の授業がやっと終 わった。 甘い雰囲気を醸し出す女子生徒の空気を押し返す山田真耶 の幸せ全開のパワーにセシリアのみならず、クラス全員が げっそりとしていた。 授業中の一幕でも、

 

「あ、あなた……じゃなくてお、織斑くん、わからない所 はありますか?」

 

「問題ない。続けよ」

 

「はい、わかりました!」

 

教師と生徒というよりも犬と飼い主にしか見えない。 山田真耶に尻尾が生えていれば、高速で左右に揺れていた 事だろう。 だが、セシリア・オルコットは違う。

 

(あのような羨ま……破廉恥な行いはこのイギリス代表候補 生セシリア・オルコットには相応しくありませんわ! 私が尻尾を振るのではありません。織斑一夏、貴方がわた くしに膝を屈し、忠誠と………そ、そのあああああ愛を誓 うのです!)

 

「あなた……わたくし幸せですわ」

 

「安心せい。これから我がうぬをもっと幸せにしてやろう ぞ」

 

結婚式は海の見える教会で……あ、ブルーティアーズのよ うな青いウエディングドレスはどうでしょうか?これから は千冬義姉様 おねえさま とお呼びするべきかしら?それに一夏さんと呼ぶのも違い ますわねあなたではあの泥棒猫と被ってしまいますわ!こ こは一つ御主人様というのはどうかしら?

 

「ちょっとよろしくて?」

 

そんな事を考えるセシリアだったが、いつの間にか織斑一 夏の前に立ち、声をかけていた。

 

(なん……ですって……!?)

 

本来の予定では、織斑一夏は一組最大の獲物であるセシリ ア・オルコットの魅力に我慢出来ずに、のこのことやって 来るはずだった。 そこでセシリアが散々に焦らしに焦らし、我慢が出来なく なり無様を晒す織斑一夏を優しく慰める事によりセシリア ・オルコットは織斑一夏の上に立つという計算をしていた 。 イギリス代表候補生セシリア・オルコットの輝かんばかり の美があれば、その計算が現実の物になる確率は高かった (とセシリアの脳内では確定事項になっている)。

 

(それが逆に声をかけてしまうとは迂闊ですわ!)

 

しかも、困った事に完全にノープランだ。 織斑一夏が声をかけてきたら、ああしようこうしよう、あ らあらいけない狼さんねとかわすプランは大量にあるとい うのに、セシリアから声をかけてしまうとは……

 

「セシリアさん、すごーい……」 「さすがはイギリス代表候補生ね……」 「なんて言うつもりなのかしら……」

 

そして、更に悪い事に周囲には大量のクラスメイト達がい た。 話しかけるには厳しい壁があるが、かと言って無視するに は大きすぎる存在感を発する織斑一夏を注目しない者はい ない。 無論、それは即座に色恋へと結び付く話ではないが、だか らと言って初めて彼に立ち向かった勇者セシリア・オルコ ットへと向けられる賞賛が変わる事はない。 ここで無様に逃げ出したとしても、セシリアを蔑む者はい ないだろう。 正直、織斑一夏の後ろの席の子は授業中、発せられるプレ ッシャーでちょっと漏らしたほどだ。しかし、席を変わる 気は一切ないのだから業が深い。 授業開始二時間にして色々な汁で彼女の下着はえらい事に なっている。

 

だが、そんなギャラリー達の暖かさに満ち溢れた思いはセ シリアには通じない。

 

七つの海を制覇したイギリス人には数多くの欠点と数多く の美点があった。 その中でも粘り強くいかなる苦難にも挫けないという性質 がある。 セシリアの中にも強く流れるイギリス人の血が今回は裏目 に出てしまった。

 

「わ、わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですか ら、それ相応の態度というものがあるんではないかしら!? 」

 

確かに織斑一夏の態度は悪かった。 一応、視線こそセシリアに向けてはいたが何の返答も返し はしない。 だが、

 

ISを使える。 ↓ それが国家の軍事力になる。 ↓ だからIS操縦者は偉い。 ↓ IS操縦者には原則女しかいないから女は偉い。

 

そんな論法を持ち出すかのような十把一絡げの男達に接す るような態度で、この織斑一夏に対するとは……!

 

「せせせセシリアさん!?」

 

周りから、そんな声が挙がるが彼女達はそれが精一杯。 もし、織斑一夏の鍛え抜かれた拳が振り下ろされてみろ。 貧弱な少女達の身体など何の障害にもならず砕かれるに違 いない。 少女達は己の無力に泣き、そしてセシリア・オルコットと いう名の一日だけのクラスメイトのために祈った。

 

「ふむ、我は気の強い女は嫌いではない」

 

だが、次の瞬間に彼女達は己の目を疑う事になる。 なんと織斑一夏がほんの僅かだが笑ったのだ。 木石ではない織斑一夏が笑う事があるのは確かに道理だ。 しかし、セシリアの愚かな振る舞いを快く許し、微笑むと いう器の大きさを見せつけるとは誰もが思わぬ大度(大き な度量)であろう。 織斑一夏は、ただ野蛮なだけの雄に非ず。愚か者を許す大 器の持ち主でもあったのだ。 その広い器に自ら飛び込みたいと思う織斑一夏の笑みを見 た名も無き少女がいる一方、

 

「このセシリア・オルコットを舐めてもらっては困ります わっ!」

 

何たる無礼! 何たる増上慢! この男はすでにセシリア・オルコットを、その身の下に組 み敷いたつもりだとでも言うつもりなのか!

 

セシリアの反骨精神は枯れ草に火をつけたかのように一気 に燃え広がり、地獄の業火も生ぬるいと言わんばかりに燃 え上がった。 許すという行為は上の人間が、格下の人間に対して行うも のだ。 セシリア・オルコットをまだ何も知らない織斑一夏がやっ ていい事では絶対に有り得ない。 織斑一夏はセシリア・オルコットをきゃんきゃんと吠える 子犬のように扱った。 セシリア・オルコットを織斑一夏はナメた。 こんな屈辱を許せる程、セシリア・オルコットは枯れては いない!

 

「山田先生!」

 

「は、はいっ!?」

 

愛を知った山田真耶ですらたじろがせる力が、そこにはあ った。 擬音にするなら、ギロリと表現するのが相応しいセシリア の視線が真耶を貫く。

 

「クラス代表者を決める必要がありましたわよね。 そこでクラス代表者を選出するために、わたくしセシリア ・オルコットと織斑一夏さんの決闘で決めるのはいかがか しら!?」

 

何たる暴論か。 他のクラスメイトに適格者はいない。ただ自分と織斑一夏 のみがそれに相応しいと言っているに等しい。

 

だが、この暴論はクラスメイト達に好意を持って受け入れ られる。

 

「織斑様なら……それに織斑様に立ち向かえるセシリアさ んなら……」 「あそこまで無謀極まりないと逆に凄いわよね……」 「異議なーし!」

 

異議なし! 異議なし! 異議なし!

 

クラスにその声が広がる。 しかし、運悪く担任の織斑千冬がおらず、真耶はこのよう な事を独断で決めていいのか判断に迷う。 だが、すぐに絶対的な指針がある事を真耶は思い出した。

 

「真耶」

 

何を迷っていたのか自分でもわからなくなるくらいに、織 斑一夏にただ声をかけられた、その瞬間に真耶の迷いは晴 れる。 織斑一夏が誰かに従う道理があるというのか?こんな形で 一組の覇権を握るチャンスが飛び込んで来たのだ。 織斑一夏がこんなくだらない試練とすら言えない試練で躓 くはずはあるまい。

 

「わかりました。 それでは勝負は一週間後の月曜の放課後、第三アリーナで 行います! 織斑くんとオルコットさんはそれぞれ用意をしておいてく ださい!」

 

山田真耶の凛とした宣言が響き渡る。 そして、歓声。

 

「織斑一夏。あなたにこの!セシリア・オルコットとブル ーティアーズの名、刻み込んであげますわよ!」

 

セシリアは烈火の如く燃え上がり、

 

「よかろう。我が力、とくとその身で味わうがいい」

 

織斑一夏は淡々と――だがその目には一分の油断も無く――言った。



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セシリア・オルコット3

当時、自分が何を考えていたのかわかりません。


織斑一夏、初めての専用機を開発した研究者は後に語った 。

 

「ああ、Mr織斑の専用機ね…… ありゃあ僕の最高傑作って呼ばれてるらしいけど、僕にと っては駄作中の駄作だね。……え?なんでだって? あんた、兵器とそれを操る人間の関係を知ってるかい? そう、それだよ。あくまで人間は兵器の力を限界まで引き 出すためにいるんだ。

 

……Mr織斑の専用機を作れるって聞いた時は初め凄く喜ん だよ。 だって、そりゃそうだろう!今はFack'nな女共に独占され ている空をまた男が飛べるかもしれない。そう思ったらさ ……わくわくしちゃってね。 でもさ、Mr織斑を一目見た瞬間……ああ、僕みたいな存在 とこの人は器が違う。僕みたいな小物とは規格が違うって 思い知らされちゃってさ……

 

おっと、話がズレちまったね。 どこまで話したんだっけ? そう!兵器と人間の関係性だったね。 Mr織斑はまさにスペシャルさ。 兵器のために人がいるんじゃない。Mr織斑のために兵器 があるんだ。 いやぁ、本当に苦労したよ! 何せ当時の第三世代機を装着したMr織斑が何て言ったか わかるかい?

 

「脆い」

 

ちょっと力を籠めたら、ISが弾け飛んじゃってさ。あれ は自分の目を疑ったね。 仕方ないから、頑丈さだけが取り柄の第一世代型を必死に 改造して、Mr織斑に合わせたよ。 あれは……技術者からしてみれば本当に屈辱だったね。 必死に作った研究成果を完全に否定されたようなものだっ たからね……あれは忘れられないや」

 

――つまり、あなたは織斑一夏を恨んでいるのですか?

 

「おいおい、君は今まで何を聞いてたんだい? 僕がMr織斑の『百式』を作ったのは僕の人生最大の誇り さ! 『白式』はMr織斑という力を加え、付け加える事の無い パーフェクトな百に生まれ変わったんだ。 それが僕の力じゃなくて、ちょっとばかり悔しかったけど ね」

 

民明書房「織斑一夏という漢」

 

そんな未来を現時点のセシリア・オルコットが知覚する術 はない。 だが、織斑一夏の規格外のパワーを感じられない者がいた としたら、すでに生物として当たり前のように持つ危険察 知能力が欠けている者だけだろう。 だからこそセシリアは自らを鍛える事に決めた。

 

たった一週間で何が出来ると言うのか?

 

そんな疑問は一日目ですでに投げ捨てた。 三日目を数えるセシリアの訓練は授業が終わり、すでに五 時間を超えたが休まない。

 

「497、498、499……!」

 

腕立て伏せは腕が太くなるから嫌だった。 もう、セシリアは誰が見ても限界だ。

 

しかし、ありとあらゆる方法で織斑一夏にセシリア・オル コットを理解させると決めたのだ。 ブルーティアーズ得意の中距離射撃戦のみで戦わせてくれ るような甘い相手ではないはずだ。 不得意な近接戦闘に備え、持久力をつける事は必要な事だ 。 銃口を横に向けエレガントさを追求した『スターライトm kⅢ』の展開イメージを常に相手に銃口に向けて、どんな 体勢でも展開する事が出来るように修正した。 近接用武装『インターセプター』の展開はまだ一秒近くか かってしまうが、それでも言葉にしなくても展開出来るよ うになった。

 

「もういいでしょう?ここまでやれば十分ですわ」

 

弱いセシリアが囁く。 確かに三日前のセシリアからすれば、長足の進歩だろう。 それにセシリアは織斑一夏に勝てるのだろうか?

 

「無理に決まってますわ。あんな規格外の男に負けてるの は仕方のない事ですわ。こんな無駄な事はもうやめなさい 。今の貴方は無様ですわ」

 

確かに仕方ない事なのかもしれない。 戦っている所を見た事はないが、あの織斑一夏が弱いはず がない。 セシリア・オルコットでは存在自体が違いすぎる。 最初から勝てるはずがない。 そんな事はすでに理解している。 だが、

 

「このくらいで負けてらんないのですわぁぁぁぁぁぁぁぁ !……500!!」

 

乳酸が溜まり、ぱんぱんになった腕でもセシリアは五百回 の腕立て伏せをやり遂げた。 必死に歯を食いしばり、乙女としては見せられない形相で 。 セシリアの肢体を包む青いスクール水着にも似たスーツは 汗ですでにドロドロ。

 

「織斑一夏……絶対、貴方にわたくしの存在を刻み込んで あげましてよ……!」

 

だが、織斑一夏に最高のセシリア・オルコットを魅せつけ てやるのだから。 こんな所でうずくまっている暇は無いのだ。 次は腹筋五百回。まだまだセシリア・オルコットは突き進 む。

 

残りは後四日。セシリアはその日が来て欲しくないような 、待ち遠しいような不思議な気分の中にいた。

 

一方、織斑一夏の後ろの席の子は、

 

「うん、明日はパンツ三枚持って行こう」

 

色々とダメになっていた。



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セシリア・オルコット4

女は男より強い。 それがこの世界のルールだ。 現在、存在する467個のISコアは女による世界征服を成 し遂げた。 その中でイギリス代表候補生セシリア・オルコットはどこ の場所にいるのだろうか? 専用機持ちとはいえ所詮は一介の学生。第一線で活躍する 連中には勝てはしまい。 学生を教える教師には? 世界最強の座を射止めた織斑千冬には?

 

たった独り、男の看板を背負う織斑一夏には?

 

セシリア・オルコットは勝ち目がない。 ただのセシリア・オルコットでは勝てるはずがない。

 

だが、今日ここにいるセシリア・オルコットは違う。 一味も二味も違うセシリア・オルコットが織斑一夏に無惨 にも為す術無く敗北するというのか?

 

「そんなはずはありませんわ」

 

その身に纏うはブルーティアーズ。 天空ではなく、それは海の青。 海は時には人を優しく包む母なる存在。 時には荒れ狂い全てを飲み込む。

 

未だ開かぬゲートを前にセシリアは目を閉じる。 猛り狂う波濤の如き心を静め、己のテンションをコントロ ールする。

 

その心境はすでにZENで言う所のSATORIの境地へ と達していた。 SATORIを開いた者に捉えられぬ獲物無し。 古のSAMURAIが皆、ZENを学んだのはこういう理 由だったのか。そうセシリアは思った。 ならば今日のセシリア・オルコットは一人にして一軍。 たった一人で巨大な敵に立ち向かうというのに――その心 に高ぶりあれど、恐れなし。

 

「…………………………」

 

セシリアがすっと手を上げ、虚空を掴んだ。 ここに山田真耶か、織斑千冬クラスの者がいれば、その目 を驚愕に見開く事だろう。 人体を動かすのに力のロスが生じ、十の力が必要な所に十 一、十二の力を使ってしまう。 だが今のセシリアは十の力が必要な所に十をぴたりと持っ て来た。 つまり、それは動作の最適化。 銃で狙いを付けるという動作にしても余計な周り道をしな ければ、より早くなるのは幼子でも理解出来る事だろう。

 

そして、SATORIを開いたセシリアは殺気すら消して みせたのだ。 ただ虚空を掴んだだけど思われた手を開いてみれば、その 中から一匹の羽虫が慌てたように飛んで行く。 目から入った情報を脳に伝え、身体の筋肉に命令を下すの に0.2秒もの時間がかかる。 これは訓練ではどうにもならぬ人体の限界である。 しかし、剣豪が振り下ろす刃を避けるには0.2秒は長す ぎる。 一流と呼ばれる境地に至る者は必ず殺気を見る事により、 0.2秒の壁を超えるのだ。

 

だが見事、殺気を殺されれば、相手は一体どう対応すれば よいと言うのだ。 セシリア・オルコットの弾丸は決して外れぬ必中の魔弾と 化す。 もはや、セシリア・オルコットは人にして人に非ず。SA TORIを開いたHOTOKEへと生まれ変わった。 だが、敢えてHOTOKEへと至る道を捨て、SYURA として織斑一夏を射抜くのみ。 たった七日でセシリアの一念は武芸者の極みへと辿り着い てみせた。

 

神箭セシリア・オルコット。 それが今の彼女に相応しき名だ。

 

神箭セシリア・オルコットは目を開いた。 その透き通った青き瞳はうんともすんとも言わぬゲートを 見据える。

 

『ゲート解放まであと二・〇五七一八四二二秒』

 

ブルーティアーズが間の外れた報告をセシリアへと寄越す 。

 

「今だけは…………わたくしだけを見てくれますわよね」

 

セシリアの胸が一つ、大きく高鳴った。 その甘い感覚を勿体無いと思いながら、切り捨てた。

 

――何故ならそこに『敵』がいるのだから。



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篠ノ之箒1

「セシリア・オルコット……なんと見事な立ち振る舞いよ !」

 

ゲートから悠々と現れるセシリアを見て、観客席に座る篠 ノ之箒は叫んだ。

 

「え、いつものセシリアさんと違うの?篠ノ之さん」

 

その箒の横に座るのは、織斑一夏の後ろの席の少女だ。 すでにもう色々とぐちゃぐちゃで始まる前からトイレに行 きたい。

 

「うむ、動いても体幹が全くブレていない。それがどうい う事かわかるか?」

 

「うーん……わかんないかな?篠ノ之さんは知ってるの!? 」

 

「箒でいい。……体幹がブレぬという事は飛行時に余計な 力が掛からず、スピードと安定性が増す。一夏の圧勝かと 思ったが、これは案外、セシリアが一矢報いるかもしれん ぞ……」

 

箒の目に映るセシリアの表情は何の感情も宿してはいない ように思える。 だが、それが己の眼が節穴だっただけだと箒は自分の不明 を恥じた。

 

セシリアの向かいのゲートがゆっくりと開く。 まるで観客を、セシリアを焦らすかのようにゆっくりと。 だが、それは極限まで集中する事により、一秒が万秒まで 引き延ばされただけに過ぎない。

 

奴が来た。

 

ごくり、と横に座る少女が唾を飲み込む音が箒の耳に聞こ えるほどの静寂が観客席を包む。 百を超える少女達がおしゃべり一つしない異常事態。 彼女達は理解しているのだ。 これから現れるは天に愛された漢。 最強という名を冠するに相応しき王が現れるのを。

 

その姿はまさに文字通りの天衣無縫。 はちきれんばかりの筋肉を覆い隠すは、ただのIS学園の 制服。 両の腕が破れているのは、筋肉の膨張を押さえ込めなかっ たからではない。両の腕の筋肉があまりに美しく、これを 隠すのが忍びないと制服が思い、自ら破れてみせたのだろ う。

 

「制服ながら、なんと天晴れな心意気よ!」

 

「箒さん、何を言ってるの!?……で、でも一夏様はどうし て制服のままで!? 専用機もらったはずですよね!」

 

少女の疑問は至極当然だろう。 生身で弾丸に当たれば、その身が砕けるのは人の理 ことわり 。 どう筋肉を鍛え抜こうとも、どこまで突き抜けたとしても 、ただのタンパク質の塊。弾丸が砕けぬ道理は無い。 だが、それは、

 

「あくまで人の理よ。一夏は天だ。天を弾丸で砕けぬわ」

 

そう言うと箒は完爾と笑った。 生身でISの前に出た幼なじみが、ISに勝てぬ理由がな いとばかりに笑ったのだ。 それを理解しているのは箒だけではない。 織斑一夏に相対するセシリアも、それを理解した。

 

――セシリア・オルコットではISを纏おうとも織斑一夏 には勝てぬ事を。

 

「だが見事なり、セシリア・オルコット。勝てぬと理解し ながら、なおも笑ってみせるか!」

 

勝てぬから、破れかぶれで突撃する。 これは簡単な事だ。ただ命を投げ捨てればいいだけの話。 覚悟の一つでも決めれば己の命など捨てられるのが武人の 心得だ。

 

だが、勝てぬと悟りながらも、まるで咲き誇る華のように 笑ってみせたセシリアは同性の箒から見ても美しく感じら れた。 先程まで表情を失ったかのように見えた彼女は黒の色だっ たのだろう。 数々の感情という名の色を混ぜてしまえば黒になる。だが 、そこから浮かび上がる色があった。 それは桜花の心意気。

 

アリーナステージの直径は僅か二〇〇メートル。 セシリアが纏うISブルーティアーズの持つ六七口径特集 レーザーライフル『スターライトMrⅢ』が発射から目標 到達までの予測時間〇・四秒。 織斑一夏がセシリア・オルコットへと直線で疾走し、捉え るまでに一秒と箒は見た。

 

「これは如何に一夏と言えども苦戦は免れまい……!」

 

「どうして箒さんは当たり前のようにISに乗ってるセシ リアさんが負けるって思ってるのかな!?」

 

当たり前の話ではあるが、ISには飛行能力がある。 空を自由に舞うセシリアが地を這う織斑一夏を一方的に撃 てる事を意味するのか?

 

「否、一夏ほどの使い手がたかだか空を飛ぶ程度で止めら れるはずがあるまい」

 

「どうも話が微妙に通じてない気がするよ……」

 

そんな箒と名はないがキャラだけは立ち始めている少女の 思惑を余所に主役達二人の気は高まりを見せていた。



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