潮田渚は二重人格である (Mr,嶺上開花)
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1時間目 贖罪の時間

やっちゃった


3年E組。それは椚ヶ丘中学校において成績不良、素行不良などの様々な理由から問題があると教師に判断された生徒が流れ着く、通称落ちこぼれクラス。そこに落ちたら人生詰むとさえ言われることもある。

 

 

そんなクラスに僕は入る予定だ。

 

 

と言ってもその理由はシンプルだ。この偏差値71の進学校の授業についていけなくなっただけ、そんな誰にでも分かる理由。

しかしこの学校ではそれすらも許されない。

 

このE組は学校全体で蔑まれる対象として存在している。自分もああなりたくはない、と他のクラスの人間の学習意欲を促させるためにあるようなものなのだ。

 

 

 

 

『…おい、聞いてるのか?聞いていたら良い聞いてなかったら一発殴る』

 

目の前の英語の問題を僕の左手で指差しながら、彼は言う。

 

「ご、ごめん。少しぼうっとしてブグッ⁉︎」

 

殴られた。自分の左手に。これ程シュールな絵面はないだろう。

 

『よし、じゃあ続きをやるぞ』

 

「…う、うん」

 

 

 

 

…そしてE組行きが決定して春休みに入ったある日、何もやる気が湧かずその代わりに無限に心の底から湧いてくる自分への失意と絶望に耐えきれなくなり、遂には僕は自殺するため近くの断崖絶壁の岩場がある海岸へと身投げすることを決意した。

その時の僕はきっと狂気に呑まれていたんだと今は思う。

 

財布一つで家を飛び出した僕は、海岸への最寄駅へ行くため電車を利用した。あの時のガタンゴトンと揺れる電車での心情は今でも覚えている。恐怖と絶望と狂気と…そんなカオスな感情が入り混ざって頭では何を考えているのかさっぱり分からなかった。

でも僕の周りは全て真っ黒で、闇に包まれていて、ただ僕のすべきは死ぬ事なんだ、という義務感のようなものは何も見えない暗闇を見るたび何回でも再認識できた。

 

 

そして、事が起きたのは目的の駅の一つ前のことだった。

電車が最もスピード出していた直線部分で脱線、そのままカーブに差し掛かって曲がり切れずに電車が横倒れに転がり始めたのだ。

 

その時僕はこれで死ねるんだ、と思いながら脱線して傾いた車内で乾いた笑いを漏らしていたと思う。

でも、車体が横倒れに数回転しても僕は死ななかった。いいや、死ねなかった。守られたんだ。

 

 

横倒れになる直前、僕の隣に座っていた見ず知らずの大学生くらいの男の人が僕を抱き締めたんだ。黒い髪で、スーツを着込んでいて、厳格そうな雰囲気を醸し出していたけれど、整った顔つきの中に幼さのようなものが残っていたから僕はそう感じた。そして、僕が彼に質問をする前に車体は倒れ、勢いよく車内はさながら洗濯機の中のように回り始めたんだ。

その時の車内には人は多くはなかったけどそれでも20人くらいは居たし、つまりその分の荷物もこの車内には存在していた。中には旅人のような人もいて、大きなハードケースカバンを持っていた。

 

僕が何が言いたいかというと、僕を抱き締めて庇ってくれた人の頭や胴体に旅行鞄を始めとする色々なものが降りかかってきた。

それを彼は耐え、それでも僕を守ったんだ。

 

 

回転が収まると、僕は一番に僕を庇ってくれた人の脈を調べ、瞳孔を調べ、呼吸を調べた。死んでいた。そしてしばらく僕はそこから動けなかった。

 

それからと言えば直ぐに救急隊が駆けつけて僕を庇ってくれた人を含め、車内に乗っていた重症者を次々と救急車に運び出して、僕のような軽症者は横転した電車の直ぐそばに作られたテントで事故について隊員の人に質問されたり身元を確認されたりしながらも怪我を診てもらった。

 

家へ帰えると、両親はテレビを見ていた。どうやら僕が事故に遭ったことには気付いてなかったようだった。

そのまま部屋に戻ると、ある程度抑えられていた絶望感がまた噴き出してきた。冷たい床にそのまま倒れて、死にたい、死ななきゃ、生きてはダメだ、そんな事ばかりが脳裏に浮かんでいた。でも死ねなかった。多分この時の僕は僕を庇ってくれた人に大して無意識のうちに罪悪感が沸いていたのだと思う。

 

そして次の日、僕の家へと電話が来た。

 

 

「あの、もしもし…」

 

『君が渚くん?』

 

「そ、そうですけど…あなたは?」

 

『私はね、神田友美って言うの。…君を庇ったバカ息子の母親よ』

 

その時、正直言ってしまえば恐怖した。僕が庇われなければ彼は死んでいないかったかも知れない。その事を追及されて糾弾されると思ったからだ。

 

でも、友美さんはそんな自己保全しか考えていなかった僕に優しくこう言った。

 

『…私は渚くん、貴方のことは恨んでないわ。あの息子の突拍子の無い行動は何時もの事だもの。口を開けば偉そうな発言と厳しい言葉しか出ないけど、根はとても優しい良い子だったの…』

 

そうして僕の方から頼んで友美さんの息子、誠也さんのお葬式へ行く事になった。それに驚いたことに、誠也さんはあの大人びた風貌なのにやだ高校生らしい。来月には高校2年になるらしかった。

 

 

数日後、誠也さんのお葬式が行われた。両親にも事情を話し、泣かれながらも礼服を借りることができた。両親は本当に僕が事故に遭ったことをずっと知らなかったのだ。

 

葬式会場では多くの人が来ている中、友美さんと会えた。今年で54歳と自分では言っていたが、見た目だけだとまだ30代前半でも通じそうな美貌を兼ね備えていた。来てくれてありがとう、友美さんはそう言ってくれたが僕の内心では未だ深く根付く自殺願望に申し訳無ささを感じていた。

誠也さんへの手向けを終え、その日は僕は帰宅した。このまま火葬場で誠也さんの体を燃やして、遺骨をお墓に埋めるらしい。なので誠也さんの家族ではない僕は立ち入る事が出来ないのだ。その代わりに、二日後友美さんを含めた誠也さんの両親と話すことになった。

 

時間はすぐに過ぎ、春休みの2日は簡単に流れ去った。

覚悟を決めて高そうな喫茶店へと制服を着て入ると、入り口の近くの席で手招きしてこちらを誘っている友美さんと、もう一人の男の人の姿があった。この男の人は友美の夫の神田和一さんと友美さんに紹介された。あまり話さない事からどうやら無口のようだった。

 

 

何でも、2人は当時の状況を知りたいらしい。救急隊員から話を聞いてある程度は把握しているけど詳細はあまり知らず、そこで救急隊員が誠也さんに庇ってもらった僕のことを話して僕の事を知ったらしい。確かに、だから僕の家の電話番号を知っていたのかとあまり深く考えられなかった当時の僕は合点がいった。

 

そして僕は2対1で当時の状況を詳しく全て話した。そこには僕が自殺しようとしたことも含まれていた。

 

僕はこれで恨まれると思った。まさか死のうとしていた相手を守って死ぬとは友美さんも和一さんも思わなかったはずだ。だからそんな、生きる価値のない僕を守って死んでしまった誠也さんを嘆いて僕は非難されると思った。

しかし、現実は違った。

 

 

 

「…気に病むな。

渚君、君の視界は確かに今もまだ濁っているのかもしれない。しかし、君には死の色は見えない」

 

「…そうね。渚くん、確かに貴方は未だその事に絶望しているのかもしれない。でもそれが死んでいい理由にはならないわ。それだったら私たちも手伝ってあげるから……」

 

 

…慰められた。しかも間接的にとは言え、殺してしまった息子の親に。

 

僕は混乱しつつも失礼しますとだけ言い、席を立って泣きながら走った。僕は世界で一番情けない、意気地なしなんだと思いながら。

 

家へと帰り、心配して声を掛けてきた母さんの声も無視して部屋へと閉じこもり、鍵を掛けた。もはや死ぬことも許されない僕は何を為して、何を果たせばいいのか分からなくなっていた。

 

 

そんな時だった、僕の中でもう一つの声が聞こえたのは。

 

 

 

 

『おい、聞こえるか?』

 

「……………誰?」

 

『端的に言うならな、俺が神田誠也だ』

 

神田誠也、そう言われて思い出すのはまず事故の起きたあの日のこと。咄嗟に僕を庇う彼の表情と、死んだ時の安らかな表情を思い出す。

次にお葬式の時、彼は真顔で写真に写っていた。その後に友美さんからも個人的に写真を見せてもらい、まだ生きたかったのに死んでしまったのだと友美さん曰く誠也さんの珍しい笑う顔の写真を見て改めてそう思った。

 

そんな彼が、僕の中にいる?

どんな冗談なのだろうかそれは。

 

 

『それはこっちのセリフだ。庇った相手が自殺願望者で、況してやその精神の中に俺は何故か居るときたもんだ。こっちだって訳が判らん』

 

そんな彼に、僕が言えることは一つだけだった。

 

「あの………」

 

『何だ?』

 

「本当に、巻き込んで殺してしまって本当にごめんなさい!」

 

僕はそう言いながら頭を下げた。もし僕の精神内に彼が居るのだとしたらこの僕の行動は把握できるだろう、そんな思いが僕にはあった。

 

そして、彼からこう返事が返ってきた。

 

 

『そうだな、許さない』

 

「………はい」

 

予想はできていた。自殺願望を持った相手を庇って死ぬ、それは幾ら何でも死に方としてはあんまりだ。ここで呪い殺されても彼にはその権利があるとも僕は思った。

 

しかし、彼はこう言葉を続けた。

 

『ああ、許さない。だから俺の名を背負え』

 

「………え?」

 

『如何なる時も俺の名を忘れるな。もしお前が何かミスをしでかした時、それは俺の面汚しになると思え。それが唯一お前のできる俺に対する贖罪の方法、いや言い方が悪いな。

…こうしよう。それがお前の俺にできる感謝の仕方だ。だから死ぬな。納得いったか?』

 

 

今思えばその言葉にとても救われたと思う。何時の間にか死にたい、と思う気持ちも無くなっていた。庇われたのにも関わらず更に助けられてしまったのだ。

 

 

「……はい!」

 

そんな自身を情けなく思いながら、そう力強く僕は答えた。必ずこの恩は返そう、そう思いながら。

誠也さんはそれにそうか、と答えるのみだった。

 

 

 

 

『後一つ、お前に聞きたい事があるんだが』

 

「はい、何ですか誠也さん?」

 

『そうだ、俺に対しては敬語は要らん。さん付けも結構だ。あまり慣れてないからな』

 

「はい…うん。じゃあ誠也、どうかしたの?」

 

『ああ、…俺は何時までお前の中に居れば良いんだ?』

 

 

 

そうして、唐突に僕と誠也との奇妙な同居生活が始まったのだった。

 

 

 

 

『おい!聞いてるのか渚!』

 

「あ、ごめん誠也。誠也と会ってから色んなことがあったなって考えてて…」

 

それから一週間と半分が経った。友美さんと和一さんには再び電話して直接あの時勝手に飛び出した事を謝った。二人とも特に気にしたことはなく、簡単に許してもらえた。そして何故か2人と電話帳を交換した。友美さん曰く僕を気に入ったとのこと。少し微妙な表情になってしまったのは致し方ないと思う。

 

 

「にしても本当にいつから僕の体を動かせるようになったの?」

 

『覚えてないな。ただその時やろうと思ったらできたというのだけは覚えている。』

 

 

そして誠也は何故か僕の体をある程度自由に動かせるようになっていた。と言っても手や腕、足などの極一部分だけど。

少し前、というか昨日に全身を乗っ取ることができるかとうかも誠也に聞いてみた。だがどうやらそれは絶対にできないらしい。何でも僕の心が邪魔で入ることができないとのことだ。だけど、もしも僕自身が無防備、あるいは乗っ取られることを許容する体制に成っていたらもしかしたら…とのことだった。

まあ腕を動かせるだけでも脅威ではあるけど。さっきも左手を勝手に使って殴られたし。

 

 

「あと、この勉強何時まで続けるの?」

 

『そうだな、この単元が完全に理解できるまでだ。安心しろ渚、俺がいる限りはこのくらい教えてやれる』

 

「だけどこれ後40ページ以上はあるよ⁉︎」

 

『そんな些細なこと気にするな』

 

 

全然些細じゃないよ…。

そう心の中で愚痴りながら問題を解いていく。

このような過酷な勉強をするようになったのは誠也が来てからだった。誠也は高校でも常に学年トップだったらしく、彼自身大学手前の内容まで既に既習済みと豪語している。

しかもどうやらそれは虚言ではないらしく、どんな内容の問題でもすぐに解いてしまう。これはいわゆる天才脳というやつなのだろう。

 

僕が勉強に追いつけなくなった事を彼は知ると、直ぐにそのそれを挽回させようと幾つもの問題集を僕は買わされた。それらは当然自腹、今月はもう何も買えない…。

そして、誠也は現れた日から直ぐに僕へ勉強を叩き込んできた。何か用がない限り1日10時間、かなりハードな内容で、それを今のところは11日間持続できている。慣れとは恐ろしいものだと思った瞬間だ。

 

そのおかげか既に僕は復習は終わり、予習段階へと入っていた。誠也は天才だが教えるのも恐ろしいまでに上手く、解法のプロセスを一から順に説明して、分からないところは理路整然と説明してくれるのだ。こんな授業をできるのなら大手予備校で人気教師として教鞭を振るうことも出来るのではないだろうか。

そう言ったら興味ないと一蹴されてしまった。確かに誠也はそんな性格じゃないだろう。

 

 

また、勉強の他にも現在僕は朝のジョギングも強制でやらされている。

当然走り慣れてない僕は3km程走っただけで息が切れてくる。そこに喝を入れてくる存在が誠也だ。正直やめて欲しい。

現在は毎朝5kmで走ってはいるが、こればかりは慣れるのに時間がかかりそうだ。

 

 

 

「…ふぅ、これで良いよね誠也?」

 

『そうだな、取り敢えず合格点はくれてやろう』

 

「よし…!」

 

英語の演習問題を丸つけし終わり、何とか誠也に言われていた目標である9割を超えることができた。因みに9割取れなかったらまた次の分野へ進むと脅かされていたために本気で頑張った。それが功を奏したようだった。

 

 

『だがこのスペルミスは正直無い。この点を白紙に戻してもいいくらいだ』

 

勝手にシャーペンを握ってない左手が動き出し、僕の回答のある部分を指す。そこには[poor]を[pool]と間違えて書いてしまった英訳問題があった。

 

『まあ、次やったらスペル書き取り100回な』

 

「…絶対ミスッちゃダメだ……!」

 

書き取り100回、それはきっと誠也のことだ、少なくなった唯一の休み時間にやらされるのだろう。それだけは何が何でも勘弁してほしい。

 

「それはそうと誠也」

 

『何だ急に』

 

「…これから、期間は分からないけど宜しく」

 

『…ああ、面倒はきっちり見てやる』

 

 

そう言う誠也の声は穏やかだった。

 

 




お次はダーツの時間となりそうです。
では次回。


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2時間目 ダーツの時間

次で原作入りです、はい


 

 

今日は4月2日、入学式まで後2日に差し迫ったその日、僕は誠也が作った入学前の最終試験を受けていた。

この問題は誠也が僕の体を使い、パソコンで書いたものをプリントアウトしたものなので当然僕は内容を把握していない。

 

 

最後の科目である社会の最後の見直しをしていると、時間切れを知らせるタイマーが僕の横で鳴り始めた。

 

『じゃあ丸付けするから少し体借りるぞ』

 

「うん」

 

そう言って誠也は僕の全身を使い始める。丸付けくらいは僕がしてもいいとは思うけど、彼はやりたくてやっていると言っていることからただこの事を口上に外に出たかっただけかもしれない。

確かに目や耳などの五感は殆ど共有できているものの、この空間にいるとどうしようもなく閉塞感を感じてしまう。今は彼と入れ替わって僕が僕の中に居るという少し良く分からない事態になっているが、確かにこの場所はずっと居て気分のいい場所ではない。

 

 

『終わったぞ』

 

その言葉と共に僕に体の支配権が返ってくる。解答用紙を見ると、何と国語と数学で100点を取っていることが判明した。社会と理科は87点89点とそこそこ悪くはない点で、英語は最も惜しくスペルミスで1点減点されて満点を逃していた。一番こういうのが悔しくなるんだよね…。

 

 

『平均点は95点か。まあ今までの学校での成績表を鑑みれば上出来だ』

 

「うん、ありがどう…」

 

 

何か褒められているような貶されているような微妙な気分だ。

 

今までの成績表、それは僕にとって黒歴史同然だ。この学校に入学式したときはまだ良かった、だけど中学二年に上がってからというものの中々点数が取れなくなるようになり、結果的に中二最後の期末で全科目の平均50点台というあまりにも悲惨な点の数々になってしまった。

そしてその結末がE組漂流というわけだ。

 

 

 

「そういや誠也は中学校の時どのくらい成績取ってたの?」

 

『まあ大体いつもは満点だったな。偶に一問ミスる事はあったが、90点以下は取ったことは無いぞ』

 

やっぱり神田誠也は天才だった。

 

 

 

 

 

 

「…おはよう誠也」

 

『ああ、早く起きろ渚』

 

朝の一幕、僕は誠也に朝の挨拶をすると、ベッドから直ぐに起きる。これは以前眠くてベッドで少しうとうとしていたら誠也に殴られたからだ。誠也曰く目覚めの覚醒は10秒以内らしい。…流石にそれは無理だけど。

 

『ほら、ささっと着替えて外へ行け』

 

「分かってるって」

 

ここ最近続けている、と言うか続けさせられている習慣、それがランニングだった。今は大体毎朝5kmを目標に走っている。これも誠也が身体を作らなければ何にもできない出来損ないになる、という少々過激すぎることを言いながら僕に指示したことだった。おかげで始める前より多少は体力がついたような気もする。3km走ったくらいじゃバテなくもなったし。

 

 

ランニングが終わると、家へ帰ってシャワーを浴びる。この時まだ6時半、普段の僕からは考えられないような行動だろう。

そして部屋に戻ると今度は勉強、軽く英単語帳を読む。なんか最早高校受験を控えた中学生のルーチンワークになっている気もするが、そこは誠也クオリティなのかもしれない。実際誠也は外部へ受験することも勧めてきているし、これを機にE組から抜け出せなかったら外部でここ以上の高校を受けてみるのもいいかもしれない。誠也が聞いていたら「自惚れるな」とか言いそうだけど。

 

 

 

「にしても明日は学校かー…」

 

そう、遂に明日E組へ行かなければならないのだ。ENDのE組、その由縁は二学期までにこのクラスから抜け出せないと付属の高校へ上がれない他にもう一つ、隔離校舎にある。

 

『そうだ。どうやら校舎は山の上らしいから今までのジョギングの成果が出るかもしれんな』

 

「うん、まあその点は良かったの…かな?」

 

『何で疑問系なんだ…』

 

E組の教室は本校舎から離れた山の中層部に位置している…、らしい。一回も下見へは行った事はないから分からないけど、先輩が昨年E組だった同級生から話を聞くとどうやらそこは地獄だそうだ。

木造校舎にエアコンはなく、クラスの雰囲気は常に死んでいて、その先輩は抜け出すために猛烈な勉強を繰り返して何とか二学期までにE組を抜けられたとのことだった。

 

 

『まあともかく、今日1日は休みでいいんじゃないか?昨日の俺のテストでもそれなりに取れていたからな、これは恩赦だ。自由にしろ』

 

「恩赦って…、まあ良いけどさ」

 

自由にしていいと言われてから僕は何をしようかと悩む。実際今年の春休みは誠也と会うまでは絶望感で何をする気力も起きず、会ってからも勉強ばかりで大した休息はなかった気がする。休みとは一体何だったのだろう…。

だけどこうして、逆に自由にしろと言われても何をして良いか分からない。思えば僕にはそんな多趣味じゃなければ、気軽に誘えるような友達もいないのだ。だけど明日から学校が始まるこの貴重な休日である1日を無駄にしたくはない。

 

 

僕がウンウンと唸っていると、誠也はこんな提案をしてきた。

 

『…何も思いつかなければダーツなんてどうだ?ここから2駅ほど先にゲームセンターがあったはずだ』

 

「…それ、誠也がやりたいだけじゃないの?」

 

『まあ否定はしないがな、結構面白いぞダーツは』

 

 

そんな力強い誠也の言葉につい釣られて、朝ごはんを食べ終えると開店時間を待ってゲームセンターへと足を運んだ。

 

ゲームセンターはまだ朝の開いたばかりとあって、人は全然入っていなかった。案内板を見ればダーツのある場所は4階で、同じエリアにビリヤードなどのあまり僕には馴染みの無い種類のものもそこには置いてあるらしかった。

 

 

「…ねえ誠也、ここ本当に中学生が来ても大丈夫なの?」

 

『当たり前だろう、ダーツは全年齢対象だぞ?それに幾ら渚みたいな童顏で女みたいだからといって入店を拒否られるほどご立派な遊びでもない』

 

酷い言われようだ。

 

 

4階に上がるとやはり人はガラガラで、今この階にいる全員が一人で来ているのが見て取れることから趣味でやっているのであろう。そんな大人の人が数人いるくらいだった。

 

ダーツコーナーにはダーツをする為の機械が30台ほど鎮座しているが、ダーツの矢はどこにもない。

 

「…誠也、僕はどうすれば良いの?」

 

『馬鹿か。カウンターがあるだろう、そこで矢を借りろ』

 

 

言われてみれば確かに、カウンターにも[ダーツの矢をお貸しいたします]と書かれている張り紙が貼られている。

 

 

「すみません」

 

「はい、ダーツの矢で御座いますか?」

 

「あ、そうです」

 

カウンターの店員の人に声を掛けると手慣れた対応と手つきでダーツの矢が数本入った箱をカウンターから取り出して、僕に渡す。

 

「では、5番でお願いいたします」

 

「…分かりました」

 

5番…。あのダーツの機械って番号が振られてたんだな……。

当然場所も知らない僕はしどろもどろになりながら探し、1分してやっと見つけることができた。

 

ダーツの機械には100円を入れるところがあったので取り敢えず入れてみる。そうすると上に設置されている液晶にメニュー画面のようなものが表示される。どうやら機械にある4つのボタンで操作するらしい。

 

 

「…ていうか説明してよ誠也。何もわかんないんだけど……」

 

『そういやそうだったな、まあ気にするな』

 

気にしてるのは僕なんだけど…と言いたい気持ちを抑えて誠也の説明を聞く。

 

『まず右から二個目のボタンを押せ』

 

「…これ?」

 

指示通りそのボタンを押すと、今度は画面に[301][501][701][901]の4つの選択肢が表示された。

 

『次は好きなもの選べ…と言いたいところだが渚にはどうせ何も分からんだろう、取り敢えず[301]のボタンを押せ』

 

「あまり納得はいかないけど、分かった」

 

ボタンを押すと、画面に301と大きく数字が表示され、ブザーのような効果音が鳴る。…これはつまりスタート、ということだろうか?

 

 

『じゃあまず今選んだ[301]の基本ルールについて説明してやろう。これはダーツをダーツボード、つまりダーツを刺すところに投げて刺さったところの点数を301から引いていって0にするゲームだ』

 

「…まあ、それは分かるけど。例えば点数をつける基準はどうなの?」

 

 

そう聞くと誠也は僕の右手を操りダーツボードの中心を指差す。

 

『この一番中心の赤いところがあるだろ?これがダブルブル、あるいはインナーブルと呼ばれていて50点の場所だ。そしてその一個外側の円、これはシングルブル、またはアウターブルと言って今回の場合は25点だ。それでだ、次にダーツの外周に沿って細い枠があるだろう?あれがダブルと言ってその外側に書かれている点数の2倍になる、そしてあの内側のダブルと同じような細い円がトリプルだ。こちらも文字通り、外側に書かれた点数の3倍になる。つまりダーツにおいて最高得点はど真ん中ではなくて…』

 

「ごめん誠也、全く理解が追いつかない」

 

そんな知らないゲームの知識を延々と話されて直ぐに脳には入ってくる人間は極僅かだと思う。

 

『だろうな、流石の俺も思った』

 

「分かってるなら察してよ…」

 

誠也は僕の左手を動かして右手にダーツを持たせる。なんか最近突然操られても全く動じなくなってしまったのが少し心残りだったりする。

 

 

『じゃあ俺が手本を一回見せてやるから体借りるぞ』

 

「う、うん」

 

そう言うと僕の意識はどこか別の場所へと飛ばされる。身体を動かそうとしてもどこの部位も僕の命令に反応しない。ただ五感だけは共有しているのが伝わってくる。初めは正直少し気味が悪かったが、今じゃ不思議な空間程度で済ます事ができてしまう。これもやはり慣れなのだろう。

そうして代わりに誠也が表に出る。

 

誠也はダーツを右手に持ったダーツを軽く、紙飛行機を投げるかのように真っ直ぐ投擲する。

ダーツはそのまま弧を描いてダーツボードに刺さり、液晶に表示された得点が301から241へと減少する。

 

「今刺さったところがあるだろう、あれがトリプルだ」

 

ダーツが刺さったのは内側の細い円だった。外側に20点と書かれていて、あれがトリプルということは得点は三倍の60点となる。…なるほど、だから得点は301から241に変化したのか。

 

「じゃあ変わるからやってみろ」

 

『うん』

 

 

瞬間、現実感が戻ってくる。

僕は箱に入っているダーツを一本掴んで、ダーツボードに向かって構える。

そして、気持ち軽く投げる。

ダーツはダーツボードに向かって直線に飛んでいきーーー

 

 

『…これは0点だな』

 

ーーーダーツボードの上に設置された液晶部分にダーツが当たり、こちらに跳ね返ってきた。我ながらこれはないと思う。

 

『おい、もう一度変われ』

 

そう言って僕は再び誠也に体を貸す。誠也はダーツを一本取り、素早くそのまま投げる。素早いけど決して雑なわけではない、むしろ洗練されているといえる。

 

そして刺さった場所はど真ん中、確かダブルブル…だったはずだ。

 

『…本当、ダーツ上手いね』

 

「まあこれが唯一の趣味みたいなもんだったしな。ほれ、お前も早くやれ」

 

 

身体を返してもらった僕はダーツを取り、どう投げればどこに刺さるのか頭の中でシミュレーションする。あまり意味はないかもしれないけど、やらないようは多分ましだと思うからだ。多分。

 

そして狙いを決めて、投擲。

…何とか一番外側の大きな円の中にに当たる。

 

 

『やっと入ったか。これはシングルだな、点数的には4点だ』

 

4点…。全くパッとしない結果だね…。

 

 

「おい、そこの君」

 

誠也がバンバンと難しい位置を当てる中で、全くダーツの矢が上手く当たらず微妙な気分に浸っていると突然後ろから男の人に声を掛けられた。振り返るとスーツを着た、少し厳しい表情をしている男の人が居た。

…僕、何かしたっけ?

 

『…俺は少し格闘技やってたから分かるが、こいつ出来るぞ』

 

何でそんな突然ジャンプの決闘シーンみたいな発言してるのさ……。

そんな事を考えていると、男の人は自分のダーツを持ちながらこう言ってきた。

 

「君、中学生くらいだな?ダーツ初心者か?」

 

「は、はい。僕はそうです」

 

その言葉に少し怪訝な表情をする男の人。まあそれもそうか、それに僕の心の中にもう一人いると言っても信じてはくれないだろうし。

 

『俺は超上級者だこんなへっぽこナギ太朗と一緒にすんな堅物野郎』

 

そして誠也は煽らない煽らない、あとその言葉僕にしか聞こえてないから…!

 

 

「先ほどから少し気になって観察させてもらってはいたが、中々ムラがあるようだな。難しいところに当てたと思えば簡単なミスをする、投げるフォームもまるで別人のようだ」

 

「…は、はい…」

 

バレかけている…のか?

確かに僕が投げれば簡単な場所に当たるか外すかで誠也が投げると点の高い場所ばかり当たる。やっぱり側から見ているとその光景は落差が激しいのかもしれない。

 

しかしそんな僕の考えは杞憂のようで、何でもないように男の人は話を続ける。

 

「まあそれは別にいい。それでなんだが良かったらダーツについて教えてやろうか?」

 

 

突然の知らない人からの誘い。普段なら怪しさ十分で断るのだろう。

だけど僕はこの提案に何故か乗り気でいた。

 

『まあ俺以外の人間から教わるのもまた一考だろう。ただこいつが上手いかどうかによるが』

 

誠也も何だかんだで乗り気ではあるようだ。何よりの証拠に普段なら嫌なことは速攻で拒否する意見を放つのだが、今日はそれが全くない。

 

 

「…じゃあお願いします。あ、あと僕の名前は潮田渚です」

 

「俺は烏間唯臣だ。今日まで自衛隊所属だったが教師に転向する事になった」

 

どうやら男の人は教師らしい。だけど自衛隊から教師になるって言うことは相当な訳ありなのだろう。

 

 

そうして僕は烏間さんからダーツの投げ方をさらに詳しく教わった。また、烏間さんと様々な世間話をすることもできた。

どうやら烏間さんの次の職場は今までのそれと全く異色な場所になるらしく、そこに様々な思いがあったらしい。そんな中今日は久々に休暇を貰えたから偶にはと言うことでダーツをしに来たとのことだった。

 

僕自身も多少自分の事を話したが、椚ヶ丘中学生でE組に入ることになってしまった事を自重気味に言うと、そうか君が…と少し意味深な事を呟いていた。…もしかしたら勘違いかもしれないけど。

 

 

そうして烏間さんに基礎を教えてもらいゲームに挑んだのだが、烏間さんは誠也に劣らずかなりの上手さだ。五回に一回はダブルブルに当ててくる。僕は3回ほど301で挑んだのだが全く手も足も出なかった。それを待っていたとばかり気が抜けた僕の身体を乗っ取った誠也が勝負を仕掛けていたが、お互いが残り10以下になる接戦になりながらも最終的には烏間さんが勝っていた。誠也がその後すぐ引っ込んでしまったせいで急に上手くなった言い訳に少し苦労はしたが、結果的に楽しい時間を過ごすことができた。

 

そうして1時間半ほど投げ続け、10プレイくらいした後僕と誠也は帰ることに決めた。烏間さんはもう少し投げていくらしい。

 

 

「じゃあ、今日はありがとうございました」

 

「ああ、明日はちゃんと学校行けよな」

 

「それじゃまるで僕が不登校みたいじゃないですか…」

 

そんな軽い会話をし、特に電話帳も交換する事なくゲームセンターの自動ドアを開く。流れ込んできた春の風は、僕を外へ誘うが如く朗らかでどこか包容力があった。それに逆らわず、僕は風に身を任せて一歩、また一歩と足を上げる。明日はE組への登校日だ。E組には絶望しかない。

だけど、今の僕ならばE組だろうとどこだろうと望む場所どこにでも行けるような気がした。

 

 

 

 




まあなんの面白みも無いですね…

あと一言、作者は原作を持っていないのでアニメのみでこの作品は構成されています。
なので原作と異なる設定があった場合、オリジナル設定としてご容赦下さい


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3時間目 渚の、時間。

テスト終わったので投稿

突然の急展開です。
あと数話で完結できると思うのでよろしくお願いします
(*注意:今更ですが作者はアニメのみなので現時点の放映で判明している点以外は把握しておりません。他に、端折ったりオリジナルを突っ込んだりしている点も有ります。これらの点は全て二次創作ということでご容赦ください)


3年E組。

そんな椚ヶ丘中学における落ちこぼれクラスに進級してから既に1週間が経過していた。

相変わらず誠也は僕の中にいるし、朝のジョギングも強制させてくる。まるでそれが日常と言うようにだ。

 

だけど僕の学校生活は日常の中にあるように見えて、本質は混沌とし始めていた。周りの面々の表情がこんなお払い箱のようなクラスなのに以前より明るいのもそうだが、その理由も全て1人、いや【1体】の出来事に集約される。

 

全ての冒頭は進級初日に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

進級初日、苦労しながら山中に存在する隔離校舎へと僕は歩いていた。

 

 

 

体力を多く消耗する厳しい道のりの中、僕はどうでもいい会話でこの苦しさから抜け出そうと思って最適な話題を思いつく。

 

 

「そういや一昨日月の7割方が無くなったんだよね?」

 

虚空にそう語りかける。当たり前だけどエアー友達とか独り言だとかそういうものではない。

 

『ああ、そうだな。…あれは少し俺にも理解ができないが』

 

そう、僕の中には人間が住んでいるのだ。…何かほんと、いくら中にいると分かっていても何もない所に話しかけるのは少し慣れないな…。

 

 

「…ちなみに何で?」

 

そう聞くと少し間を置いて誠也はこう断言した。

 

『そもそも月の7割方を爆発させるにはどのくらいのエネルギーがいる?そして仮にこの犯行は人間が行ったとしなくても何故月を壊す?

…まあこの通り、分からない事だらけだ』

 

「それは確かに…」

 

そしてこれがもし人間の手によるものだとしたらどんな技術を持っているのか想像だに得ない。

 

「…本当に、何なんだろうね」

 

『全くだ』

 

 

 

 

そうして迷いつつ登校した僕は木造校舎の教室に入り、早くも鬱になりかけていた。

それというのも、クラスの雰囲気が暗すぎるせいだ。

…いや分かってはいたんだけどさ、それでももう少し会話あってもいいと思う。何と言うか、ポジティブ思考でいる僕が間違っているみたいだ。

 

右を見ても左を見てもどの生徒も暗い面持ちをしていて、全員がうつ伏せになっていたり顔を下に向けていたりしている。エンドのE組、その言葉はこのボロい校舎にいるという現実のよって僕たちにその意味を再確認させたのだ。

 

 

そんなクラス中で負のオーラが放出されている中、僕はノートを書いていた。当然勉強しているわけではない。

その時誠也の声が頭の中で響く。

 

 

『にしても噂以上だな。酷すぎるの一言に尽きる。この校舎、何とか電気や水のライフラインは通っている事だけが唯一の救いみたいなものだ。どう見てもここは地震がきたら直ぐに下敷きになってもおかしくない、この学校は生徒の安全を何も考えてないのか?』

 

『ここは落第生の集まりだからね。多分学校もあんまりこの隔離校舎について考えてないのか、それとも意図していてその上で放置しているのかのどちらかだよ。

あんまり考えたくないけどね。』

 

僕は誠也に対する返答をシャーペンで書く。そう、これは筆談だ。誠也と会話するには口に出して言葉を発音しなければならないがそれをすれば当然不気味な生徒だと思われてしまう。初日からそんな称号をつけられるのは勿論嫌なので、それを避けるための筆談である。僕たちは思考は共有できないけど視覚は共有できるから、これだったらノートを他人に見らない限りは問題ない。誠也の声が僕の頭の中に響くのは未だ謎ではあるんだけどね。

 

 

『それで、担任はいつ入って来るんだ?もう開始時刻を10分過ぎているぞ』

 

『まあこんなクラスの担任だし、きっと意識も低いんだと思うよ』

 

そこまで書いたところで廊下から人の足音がする。僕はノートを閉じて、机の中に入れる。

 

…それにしても妙だ。足音は一人分じゃない、二人分以上は聞こえる。なぜなら足音が揃ってない、だからそのせいで音がバラついて聞こえてくるんだ。

さらにもう一つ、先ほどからヌチャヌチャっとした音も一緒に聞こえてくるけどこれは何だろうか?例えるなら使い古した雑巾を見で濡らして床に落としたような音だ。その音も足音と一緒にこの教室へと向かってくる。

 

 

そして、廊下の扉は開かれた。外には二人のスーツを着た男の人と、アカデミックドレスを着た何か訳のわからない黄色い何かが居た。

 

『…何だ、アレは…』

 

あの常時自信の塊のような誠也ですら驚きを露わにしている。それほどにこの黄色い何かは僕たち、クラス全体には訳が分からなかった。

 

そして片方の男の人は壇上の脇に立ち、黄色い何かはそれを追い越して壇上に立つ。というかだからそれは何なの…。

 

「…ってあれは烏間さん?」

 

ついつい小声で呟いてしまい、隣の人に見られてしまう。でも、あの厳しい表情、ピシリと決まったスーツ姿、昨日会ってダーツを一緒にした烏間さんに間違えない。

 

烏間さんも僕の存在に気づいたのか、視線が合うと軽く会釈をしてきた。お返しとばかりに僕も軽く会釈を返す。

 

そうしていたら、突然黄色い何かはこう言った。

 

 

 

「初めまして、私が月をやった犯人です」

 

 

 

「「「「「…は?」」」」」

 

『…何だ、こいつ』

 

思わず僕らクラス一同はそんな声を上げてしまう。誠也は聞いたまんまの率直な感想だった。

というか月をやった?三日月になった事件だよね?随分タイムリーな話題だな…じゃなくて、本当に今目の前の教壇に立っているこいつがやったの?

 

この場にいる全員がマッハ20くらいでやってきた訳の分からない情報に戸惑っていると、またもや目の前の黄色い何かはその言葉に続けて発言する。

 

 

「来年には地球も殺る予定です。君たちの担任になったので、どうぞヨロシク」

 

 

(((((………どうでもいいからまず5・6箇所突っ込ませろ!!)))))

 

クラス全員、そう思ったのは間違い無いと思う。

 

 

この僕たちの先生と名乗る何かが自己紹介を終えたと判断したのか、隣で立っていた烏間さんが重い口を開く。

 

「…あー、防衛省の烏間という者だ。まずは君たちにここからの話は国家機密だということを理解頂きたい」

 

そんなどこかのコメディーのような状況だったのが烏間さんの重みのある言葉によってクラス全員に少し緊張感が走る。

 

『国家機密か。初めて聞くがどのような物なのだろうな』

 

1人内心ウキウキしながら待っている完璧超人もいるが、まあ僕の中にいるから良いか。もしこの場にいたら場違い過ぎて居た堪れないと思うけど。

 

 

烏間さんはどこか緊張した面持ちで言うのを躊躇った様子になりながらも、一回呼吸するとハッキリとした口調でこう言った。

 

「単刀直入に言う。

ーーーこの怪物を、君たちに殺してほしい」

 

 

その言葉にまたもや僕は戸惑いを覚える。殺すことに対し、何で、どうしてと考えることは不思議となかった。

むしろ今感じていることは、どうして国家機密を僕たちのようなE組に依頼してくるのか、日常を壊してくるそんな国の処置のことだった。

意味が分からない。現実味がない。まるでタチの悪い三流SF小説のようだ。そんな思考が頭の界隈をぐるぐると回る。

 

 

『だが、なぜこの化け物はこの学校、そしてこのクラスに来たんだ?それに俺たちには地球の危機を救うのを差し引いてもこいつを殺す義理は無いはずだ。…何でこんな事になっている?』

 

僕が混乱を露わにしている中でも僕の中で誠也はいつも通り、冷静に疑問点を纏めていく。その手際は流石としか言いようがない。

 

そのおかげで僕も幾分か落ち着いた。

 

確かに僕らは落ちこぼれで、そして今全人類のヒーローになる特急券を握りかけている。だけど僕らは、少なくとも僕はこんな訳の分からない殺しで謂れのない名誉を受け取るのは少し、心につっかえを覚える。

…そう、僕ら全員には未だ地球を壊すのが本当なのか半信半疑の中でこの生物を殺す動機はないし、道理にも合っていないというわけだ。

 

 

そんなことを考えていると、烏間さんはその思考を見透かしたようにこんな事を僕たちに言ってきた。

 

「あと、これは国からの正式な依頼だ。だから報酬も出る」

 

「報酬?因みにどんな感じですか?」

 

爽やか系の雰囲気を漂わせる男子生徒がそう聞き返す。僕らはかなり気軽に質問したけど、その返事は予想外のものだった。

 

「この暗殺が成功したら100億、国が支払う」

 

「ひゃ、100億…⁉︎」

 

「そうだ。この暗殺に成功すれば冗談抜きで地球は救われる、それを考えれば妥当な額だろう。」

 

 

淡々と烏間さんはそう言い切る。

 

『確かにな。端的に表すならば大金を出し惜しみして絶滅を避けれぬものにするか、或いは決算して地球が救われる可能性を少しでも上げるかということだ』

 

誠也はそう内容を纏める。

誠也の言う通り、このまま一年間何もせず手をこまねいていたらきっと、地球は消滅するのだろう。月を七割も破壊できる事が何よりあの先生は地球だって壊せることを裏付けしている。

 

それに、多分これに気づいているのは日本政府だけじゃないだろう。他の主要各国だって月の三日月化の原因を調査し、この自称先生にたどり着くことだって十分有り得る。いや、恐らく既に日本政府と提携、それどころか世界中で一丸となってその上層部が機密事項を把握し対策していもおかしくない。性別、人種、宗教、肌の色、この世界には沢山の人と人とを隔てる要素はあるけど、地球破壊を企む存在が出てきた以上そんな事は言ってられないだろう。

 

つまり、皮肉なことにこの地球を壊そうとする先生の行動はそのリスクを代償に世界を一つに束ねる潤滑油になっている、もしくはなりかけている。

そしてその最前線に僕たちは、今いる。

 

 

 

そこで、無言の教室に烏間さんの注意を促すような発言が響き渡る。

 

「だが簡単に暗殺できると思うな。例えばこのナイフ、これは刃物も実弾が一切効かないこいつの皮膚を研究して生まれた、こいつを殺すことのみに特化したナイフだ」

 

そう言ってスーツの内ポケットから取り出した青緑の色をしたナイフを烏間さんは、持ち手と刃先を持って軽く曲げたり、そのナイフでスーツの上から左腕をペチペチ叩いたりする。…どうやらそのナイフは金属製ではないみたいだ。

 

「まあ、こんな感じで俺たち人間にこのナイフは一切害は無い。これはある程度の強度はあるゴムのような物と思ってくれても構わない。

…そして、君たちにはこのナイフと、もう一つこの素材で作られた弾が込められた拳銃でこいつを殺してほしい!」

 

瞬間、烏間さんは突然先生に向けてナイフを投擲する。

しかし先生はナイフが投げられた場所には居なかった。…いや、アレは多分高速で少し移動しただけだ。その証拠に先生の位置が30cmはズレてる…やっぱりマッハ20は本当なのか…。

 

しかしそこは防衛省でもエリートの烏間さん、それを予想していたのか先生が避けた時には投擲には使っていない左手で銃を構え、撃った。

まるで無駄の無い動き、プロフェッショナルということが僕のような素人でも一見で分かる。

 

だが今度は、さっきの微妙な高速移動と違い僕にも分かるような移動を先生はした。本当に刹那にしか視界では捉えられなかったけど、確かに先生は烏間さんの真後ろへ移動した。爪切りを持って。

 

 

 

 

…え、何で?

 

 

「あなたは少し爪の切り方が甘いようですね。その証拠にヤスリを使っているのは分かりますがそれでもまだ角々しい所が残っている」

 

…はい?

 

「…この通り、こいつは素早い。狙いを付けて撃ったと思って、気付けば背後に回られ手入れをされる。要するに、決して油断はするなということだ…」

 

先生は烏間さんの爪を高速で磨き、そしていつの間にか終わった。その間、烏間さんはなぜか無抵抗でどこか遠い目をしていた。…何かこの二人、というか一人と一体にあったのだろうか?

 

クラス全員がこの流れに唖然としていると烏間さんは先生が移動したため空いた教卓の前に立った。

 

「では、後ほどこれらの武器を君たちに配布する。そして一つ、この隔離校舎外への持ち出しは原則として禁止する。繰り返すようで悪いがこれは国家でもトップレベルの機密だ、心してかかってくれ」

 

烏間さんはそう言うと、ずっと端にいたもう一人の男の人は教室から出て、烏間さんもそれに続いた。そして残されたのは僕たちと、この先生。

しかし放置したわけではなく、その後すぐ二人は大きなダンボールを抱えて戻り僕たちに武器を回した。まさか学校で課題プリントのようなノリで武器を回すなんて経験をするとはこれまでの僕は絶対思わなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーまあ、そんなこんながあり、僕たち3年E組は暗殺教室に変わり果てた。

 

 

 

 

例えば具体的に言えば今日の二限、英語の授業中。先生は関係代名詞に線を引きながら英文の解説をしていたところを金髪で少しギャルのような容貌をした中村さんが先生に向けて発砲した。当然銃弾は直ぐに止められた、だけどこんな光景このクラス以外では存在しないだろう。

 

 

 

他にも休み時間。

 

「そういやー、先生って何でこの学校のこのクラスで教師してるんですか?」

 

「…そうですね…先生は大切な人との約束を守る為ここに赴任しました」

 

「ふーん…そうなんだー」

 

和やかそうに先生の身の上話を聞く茅野さん。もし彼女の手に振りかざされたナイフさえなければ本当に和やかだっただろう。残念ながら先生の触手に止めれているけど。

 

 

 

まあ、そんな感じで僕たちはこの異常な学校生活にだんだん慣れ始めていた。

 

 

 

そうして今日も4限のチャイムが鳴る。

 

「お、昼休みですね」

 

触手で持っていたチョークを黒板に起き、先生はヌルヌルと教室の出口へ移動する。

 

「では先生は少し麻婆豆腐を食べるために中国まで行ってきます」

 

そう言われてすぐに僕が感じたのは圧倒的な風だった。突然の事で瞼を瞑ってしまい、目を開けば既に先生はそこにはいなかった。多分本当に中国へとマッハで飛んで行ったんだろう。

 

『…いつまで経っても俺はアレに慣れる気がしない。俺の中の常識が軒並み積んだドミノの上から10tハンマーを振り落とすかのように崩れていく…』

 

「それ潰すの間違いなんじゃ……」

 

「あれ?渚なんか言った?」

 

これも最近見慣れてきた誠也の弱気な面だ。どうやら誠也は自分の常識が壊れるのに弱いらしく、又聞きとかなら良いらしいがこのように常識外の存在が目の範囲にいるとダメらしい。ここ最近ずっとこんな感じだ。

そのせいか、このように僕が誠也の発言に突っ込みを入れてしまう回数も飛躍的に上がってしまった。

 

「うん、何でもないよ」

 

「そっかー。私の気のせいか」

 

隣の席に座る茅野さんはそう言って納得してくれる。もしかしたらまだ疑っているのかもしれないけど、それでも追求をあえてしてこないのだとしたらとても優しい女の子だと思う。

 

 

 

昼ご飯も食べ終わるとやる事もなくなり、自然に外の月を眺めてしまう。本当に三日月だ。やはりアレはあの先生がやったのだろうか。

 

『まあ、あれに関しては気にしても仕方ないだろう。正直俺でも一生理解は出来ん』

 

そう僕の中で言う誠也。確かに考えるだけ無駄かもしれない。あの先生は決して人類がものさしで測れる存在ではないのだから。

 

 

対先生用ナイフをぼんやり眺めていると、僕を呼ぶ声が後ろから聞こえる。

 

「おい渚!暗殺の計画練ろうぜ」

 

そこには寺坂、松村、吉田の三人組がいた。悪ガキ三人衆、中学二年の時からそう呼ばれていた連中だった。

 

 

僕たちは教室の外に出て、三人衆はその後すぐの階段に座る。僕は階段の下で立っていた。正直に言ってしまえば僕はこの三人は苦手だからだ。一緒にいるなんていうのはあまり考えられない。

 

そうして始めに口を開いたのは寺坂だった。

 

「あのタコ、機嫌によって顔の色が変わるだろう?それについて調べとけって言ったやつ、ちゃんとやったか?」

 

威圧的な口調。それだけ言ってしまえば誠也と同じだが、誠也と目の前の三人衆とでは大きく違うところがある。それを上手く言葉にすることは出来ないけど、だけどその差が天と地ほどにあることは分かる。

 

 

「…まあね。舐めてる時の顔は緑のシマシマなのは知ってるよね。生徒の答案が違えば紫、合ってれば赤色、他にも昼休みの後は…」

 

「俺は知らなくて良いんだよ」

 

自分から話すのを誘導しておいて、そして理不尽な物言いをする。まるで見た目通り、ガキ大将のような振る舞いだ。

寺坂は僕に近づき、こう言った。

 

 

「作戦がある

 

……あいつが一番油断している時、お前が殺りに行け」

 

 

 

 

その時、僕の中に混沌とした感情が濁流の如く溢れ出した。これは何なのだろう、まるで押さえつけられた物が一気に流れ出したようなーーー。

そんな事を考え、脳裏に微かに浮かんだのはあの日の映像。鮮明に覚えている、冷たい血が流れ出していて、僕の両手は朱に染まって…。

 

…あれ、誠也って血を流して死んだんだっけ?

それとも頭を強打?

はたまた脊髄を折ったのだろうか?

 

…分からない。全く分からない、思い出せない。

僕の頭の中は激しく悲鳴を上げている、その悲鳴は僕に頭が割れるような痛みを与えてくる。

考えてはいけない。思い出してはいけない。感じてはならない。そう僕に言っているようだ。

 

痛みは加速する、だけど誠也は一向に僕の意識上で一言も発する事はない。いや、誠也は死んだ。違う、だけど僕の中で生きている。意志を受け継いだのは紛れも無い僕自身だ。

 

二つの意思のような物は僕の中でぶつかり合い、攻めぎ合った。やがてそれらは一つの妥協点、或いは客観的事実へと注ぎ込まれ、僕はそれに対して反論できなかった。認めざる終えなかった。

 

 

ーーー神田誠也。生きている彼を殺したのは、間違いなく、今この場にいる僕だ。

 

 

 

 

 

「…オイ渚、なんとか言えよ」

 

寺坂はそう僕に発言を求めてくる。

それなら、僕は言うとしよう。

 

 

「ねえ、寺坂」

 

「…んだよ」

 

「化け物じゃなくて、正真正銘の人を殺したことって、有る?」

 

 

僕の、事実を。

 




渚のキャラが誠也に影響され大幅に変わりました。

3月1日 ピックアップ1にて偶然96位で発見しました!
沢山の閲覧ありがとうございます!

追記:すみません、どうやら渚の両親は既に別居しているらしいです。しかも渚と一緒に住む渚の母はとてもヒステリックかつエゴの塊らしいです。
そうなるとこの作品に大きく変化をもたらしてしまう可能性が極めて高いと思ったので、敢えてその点は変更はしません。
オリジナル設定のようなもの、としてご了承下さい。


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4時間目 睡眠の時間

今回は視点が変わる関係で話が長く見えますが、実際は何時もより短いです。

…なんか、最初より暗いし、原作よりコメディー成分薄いのは気にしないでください。後の方で明るくなる…はずなので。


Ps.皆さんのおかげで日間ランキング14位に入りました、本当にありがとうございます!


 

「…お前、何言ってるんだよ…」

 

少し顔を引きつながらこちらを見る寺坂。強気ではあるが、そこには明確な怯えが見てとれる。

…この程度で、殺すとか無理だよ寺坂。

 

「同じだよ。人を殺すのと、あの先生を殺すのは」

 

「どこがだよ!アレはどう見ても人じゃねぇだろうが」

 

「だけどちゃんと人間の社会に適応しかけてる。それは人間としての行動ができるって事だよね?」

 

そう言って僕と寺坂は睨み合う。前までは怖くてこんな事は出来なかったけど、今じゃ普通にできる。

…いや、できるようになったと言うべきなのかもしれない。

 

 

「…それで、殺るのか殺らねえのかどっちなんだよ」

 

「殺らないよ。僕はあの先生を殺さない」

 

「………チッ」

 

舌打ちをして去っていく寺坂。それを終始何も話さなかった2人が追いかける。

…何の意味もない、会話だった。それはまるで僕の今の生き方、そしてこれからの人生を暗示しているかのように、まるで意味がない。

 

 

E組堕落、その事実に一番僕への評価を改めたのは周囲だった。僕を貶し、見下し、哀れみ奮起する。それはこの格差社会において正しいのかもしれない。

だけど、やっぱり僕自身は納得できていない。何か、見返す方法が欲しい。

手っ取り早いのはテストの点数で上に上がることだ。だけれど、そうしてまたあの、一度僕を見捨てたクラスメイトのいる校舎へ帰りたいとは正直思わない。

次に何らかの大会での活躍、謂わば勉強外での成績提示。…だけどこれは多分無理だと思う。ここは勉強でしか人を測らない学校だから。幾らスポーツとかで頑張っても結局は成績が低ければ何も変わらない。

そうして最後に思いつくのは自殺。これは簡単なことだ、直ぐそばにある崖から足を踏み外して落っこちれば良い。事故を装えば、この学校だって公に問題にされるだろう。そもそも校舎が山間部にあるのもおかしいし、その近くに切り立った崖が存在するのもおかしい。少なくともひと泡吹かせるくらいはできるかもしれない。

 

 

 

…自殺、か。誠也が来てからもうやらないと思ってたんだけど、やっぱりこうなるんだね。誠也は寝ているのか全く話しかけてこないし、何よりまたあの時のように絶望感と、それに加えて無気力感が溢れ出しているを感じる。正直なことを言えばもうこの人生を誠也に譲っても良いくらいだ。

 

…僕は何で生きていて、そして誰なんだろう。

 

 

 

 

「これは渚くん、一人でどうしたんですか?」

 

突然背後から声をかけられる。この声は振り向かなくても分かる、先生だ。

背後を振り向けば中国から本当に帰ってきたのか、四川省土産の黒酢を手に持っていた。…料理にでも使うのか、というか先生は料理をするのだろうか…?

 

 

「お帰り先生、…別に何もしてないですよ」

 

「…そうですか、ならそろそろ教室に入りましょう。5時間目が始まってしまいます」

 

僕ははい、とだけ返事をして先生と教室に戻る。後ろで寺坂がイラついた様子でこちらを見ていたけど、僕には関係ない。

 

 

…僕は、どうすればいいのだろうか。

 

 

そんな事を考えてたからか、僕は窓から入る心地よい春の風に揺られて、授業中なのにいつの間にか寝てしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、俺は外で昼食を摂っていると偶然喧嘩になりかけている四人の生徒を見つけた。

その内の一人は俺も良く知る、と言うほどではないが一緒にダーツをした事のある水色の髪をした生徒だった。

 

「いやーこんにちわ烏間さん。いえ、それとももう烏間先生とお呼びした方が良いでしょうか?」

 

「…別にどちらでも構わない」

 

「そうですか、じゃあ生徒にも親しまれやすいよう烏間先生とお呼びしますね」

 

俺の後ろに突如現れた言葉を話すこの生物、こいつが俺がお目付役にされたターゲットだ。

こいつは来年に地球を破壊すると言っているが、何故かこの学校での暗殺されながらの教師生活は受諾した。その理由は分からないが、とにかく複数の人間が同時にこいつを殺せる機会が1年も貰えるというのはとても大きい。そう考えた国は多額の金を払いこの学校のこのクラスへと先生としての編入を許可した。

 

…正直、まだ若く学ぶ事も多い中学生に暗殺なんて血生臭いことを依頼するなど大人としては失格だ。だが国には、それどころか世界中でもこの地球消滅を防ぐ手立てはこれ以外無い。

彼らにこいつを殺ってもらうしか…ないのだ。

 

 

「…アレを止めなくて良いのか?」

 

俺はそう言って視線を潮田のいる場所へ促す。

潮田渚は階段の下で、他の三人は階段で座って何かを話しあっている。

一見すれば潮田がパシリのように見えるが、彼らは何を話しているのだろうか。

 

「…彼なら、渚くんたちなら大丈夫でしょう。それに彼らは私を殺す計画を立てているだけです」

 

自身を殺そうとしているのにこの平然とした振る舞い、何もないかのように立っている。それが強者の余裕なのか、それとも教師としての余裕なのか、俺には全く分からなかった。

 

階段に座っていた1人の生徒が潮田に詰め寄る。何やら言い争いに発展したのだろうか、内容は距離的に聞き取れないが一方の詰め寄っている側の声は断片的にこちらまで届いてくる。

 

「仕方ない、お前が行かないつもりなら俺が止めに行く」

 

「いえ、烏間先生はそこで控えていてください。私もこれから5時間目の授業があるのでそのついでに行ってきます

それに…彼はとても不安定です」

 

 

そう言ってこいつは学校の校舎へと向かっていく。時計を見れば既に授業開始5分前になっていた。

 

…潮田渚、初めて会ったのは一週間と少し前のゲームセンターでだった。その時は一社会人のお節介で彼と少しの間ダーツを投げあった。だが、思えばその時にも彼は性格的にも身体的にもフラついていた。

一投すれば少し身体が震え、また一投すれば身体震える。その間隔はダーツをするごとに長くなってはいったが、今から考えてもやはりあの時のダーツの刺さりようと関連性があるように思える。

中心に当てたかと思えば的から大きく外し、また高得点の位置へ投げ込んだかと思えば何もないところへダーツを投げる。そのテクニックはまるで別人のようだった。それに最後の投げ合い、あの時の接戦は今でも俺の中では腑に落ちない。二回に一回は的から外していた彼がどうすればあそこまで綺麗に狙った場所へと放てる。

 

それに、潮田はどこか虚空を見つめていた。まるで空想と話すように。

 

 

…恐らく潮田渚には何かある。この学校で一番の最底辺に落ちたのにも関わらずああしてられるのは、どこが歪んでしまったのか。それとも誰かがそうしているのか、それも俺には分からないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あれ?」

 

目を覚ますと既に夕日が灯り、空は赤く染まりかけていた。…僕はそんなに寝ていたのか?

 

その間先生もクラスメイトも、またしては誠也も起こしてくれなかったのだろうか?…まあもしかしたら勉強に夢中で気付かなかったのかもしれないけど。

 

 

「…あれ、もう机の中にある荷物が鞄に入ってる」

 

少なくとも昼休みには入っていなかったはずなのに、誰かが入れてくれたのだろうか?…なら起こしてくれればいいのに。

 

 

鞄を持ってそのまま教室を出る。

校舎から出るとそこにはプールサイドにあるような椅子で寝転がりながら何かをノートに書き込む先生の姿があった。

 

「先生、まだいたんですか?」

 

すると先生は一瞬唸るような速さの触手を止め、僕の方へ顔を向けた。

 

「…はい、この場所は夕方になると光が綺麗なんですよ」

 

少し間を空けてそう言う先生。

確かに空を見上げるとそこにはいつも生活している時よりも夕日が近くにあった。春の昼間の日差しより眩しい物はないとは思ったけれど夕方の陽の光はそれと同じくらいか、それより眩しい。

ふと下を見てみると、陽に照らされた僕たちの影はより濃く、黒く映っていた。この中に、誠也がいるのだろうか?それとも既に影に溶けて、何処か行ってしまったのだろうか?

 

 

「…じゃあ、僕はこれで。先生、また明日」

 

「はい。帰り道は気をつけてくださいね、渚くん。」

 

 

 

そうすると先生はまた高速で採点を始める。それを見た僕は未だ慣れない登下校路へと入っていく。

…今日は色々、なんか疲れたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家へ入ると、ポストの中に一通の手紙が届いていた。しかもそれは珍しい事に僕宛だった。

部屋に戻ると僕はベッドに座りながらそのハガキに書かれた内容に目を通す。

 

 

「…神田…茉奈?」

 

そう表面に書かれていた差出人の名前に書かれている。神田、その苗字はとても見覚えがある。確か、いや確実に誠也の苗字だ。そしてその母の名前は友美さん、父の名前は和一さん。つまり僕に神田茉奈なんて名前の知り合いは居ない。

 

だけど、僕は裏面を見てその真相を知った。

 

 

【私は、神田誠也の妹です。明日の木曜日、放課後の午後4時30分に以前私の父と母が貴方と話した喫茶店で兄について話を聞かせてください】

 

 

妹。神田さんの一家は一人っ子じゃなかった。妹がいたのだ。

あの時のような恐怖感がまた湧いてくる。

責められる。非難される。見下げられる。全てを誠也のおかげで乗り越えられたと思ったのに、乗り越えていなかったのか。それとも世界は僕が気に入らなくて、この世の枠から外そうとしているのか。必死に努力したあの日々は本当は嘘で僕の妄想だったのか。

 

 

「…答えてよ誠也!僕は!何なの⁉︎」

 

 

叫ぶ。家には誰にもいないから、なんていうのはどうでも良い。ただ誠也と話したくて叫ぶ。

でも誠也は僕に語りかけてこなかった。寝ている…筈はない。良く良く考えてみれば彼は僕が起きている間はずっと僕の側にいた。僕に話しかけてくる時だって決まって起きている時だった。

 

つまり、何時の間にか誠也は、僕の中から消えてしまったのだ。

 

授業で寝ている僕に呆れて消えたのかもしれない、或いはあの時の夕日で影と一緒に外へと追い出されてしまったのかもしれない。全ては可能性、真実なんて分からない。

 

 

 

 

…そうだよ、どうでもいい。どうでも良いんだ。

真実も嘘も建前も現実も、空想だって結局は僕には確かめる方法はないじゃないか。

E組に落ちたことだって僕に何の影響を与えてるの?別にこれからの事を考えていなかった本校舎にいた頃と受験する違いはあっても状況は全く変わらないじゃないか。

勉強したってこの世の中は渡っていけない。文系だって理系だって、等しく人柄や才能の方向で全てが決まる。今までの勉学の多少は関係なしに。

 

 

ーーーそれに、誠也は最初からいなかったんじゃないの?

 

そんな事が僕の脳裏に浮かぶ。

 

誠也は空想、夢、妄想、幻覚。知らず知らずの内に見てしまった白昼夢。現実は、僕が殺してしまった1人の高校生。

 

 

「…誠也、…出てきてよ誠也…居るなら勉強教えてよ……」

 

 

ここまで僕は頭の中で全てを否定した、はずなのに僕の口から溢れ出るのは誠也の存在を信じる言葉。そこに居ると知った上で紡がれる言葉。

 

 

僕は、どこまでも情けなかった。

 




鬱病みたいになってしまった…。
後烏間さんの口調全然分からない…

次回も投稿日未定。
気分が乗っていて、かつ暇な時に書いているので遅くなると思います。
模試が近い…!(死)


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