ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 (甲斐太郎)
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資質よりも記憶を選んだ転生者

自室にある二人掛けソファに寝転がりながら本を読んでいる最中、携帯のコール音が鳴り響いた。ズボンのポケットに入れていた携帯を開いてディスプレイを確認すると『鳴上 優(なるかみ ゆう)』という文字が浮かび上がっている。

 

時刻は23時を過ぎた辺りだ。健康に気を使う彼女にしては珍しいこともあるものだと思いながらも通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。するといつもとは打って変わっての遠慮がちな小さな声が聞こえてきた。

 

『こんな夜更けにごめんね、兄さん。でも今すぐにでも聞いてほしいことがあって』

 

「別に気にしていないよ、優。で、どうしたの?」

 

『うん、その……。もし1日が24時間じゃないって兄さんが聞いたらどう思う?』

 

僕は質問の内容云々よりも、その質問が彼女になされた事実を噛みしめつつ思ったことをゆっくりと告げていく。

 

「……ないとは断言できないよね。一般人には知覚できない狭間の時間があっても不思議じゃないしさ。最近、噂になっている無気力症とか、その狭間の時間に何かされてああなっているとも考えられるし」

 

『…………』

 

息遣いは聞こえるが、返事がない。変だったかな。そう思って妹の名前を口にする。

 

「優?」

 

『ありがと、兄さん。私、決めたから。じゃ、おやすみなさい』

 

「え、ちょっと待っ……切れた」

 

僕は通話時間と書かれているディスプレイが消えるまで眺め、その物言わなくなった携帯をベッドの上へ無造作に放り投げる。おもむろにソファへ寝転がった僕は、部屋の片隅へと視線を向ける。

 

そこに鎮座しているのは、クレーンゲームの景品として手に入れた『フロスト人形』と『ガネーシャ貯金箱』。

 

「やっぱり、ここはペルソナの世界か。……けど、僕ってペルソナ関連の知識はあっても“資質ゼロ”なんだよね」

僕は深くため息をつき、読んでいた本を顔の上に置き目を閉じた。

 

 

■■■

 

 

4月23日(木)

 

ゲームの進行上では、男女どちらの主人公も『魔術師』コミュがスタートする日である。

 

この日を皮切りに男主人公は学園内のコミュを中心に、女主人公は仲間のコミュを中心に絆を育んでいくことになるのだけれど、早速綻び発生。

 

先日、というか昨日僕に電話して意思を固めた優が今まで過ごしてきた一般の学生寮から巌戸台分寮に引っ越しすることになり、それを“先輩方”が手伝ってくれるというのだ。

 

僕は出張で家を空けている両親に代わって、これから妹の優がお世話になる先輩方に挨拶をするために、そこそこの値段がした菓子折りを持って巌戸台分寮へやってきていた。

 

ゲームのファンの1人として現地に立てていることに感動していると背後から声を掛けられた。

 

「君、ここに何の用?」

 

振り向いた先にいたのは後日談編で叩かれまくったヒロイン(笑)、『恋愛』コミュの岳羽ゆかり先輩がいた。失礼にならないように一張羅で来たのが仇となったようで、明らかに不審人物を見るような目つきになっている。綺麗系の美少女に睨まれると肝が冷えます。美人枠は他がいるので。

 

「あの、ここに僕の妹。鳴上優が引っ越しすると聞いて挨拶に来たのですけれど、責任者の方に取り次いでいただけますか?」

 

「えっと、……ちょっと待っていて。確認してくるから」

 

僕が告げた言葉に視線を泳がせた岳羽先輩はそう言うと僕の横を通り過ぎ、扉を開け中へ入って行った。あの様子だとしばらく時間がかかると踏んで、僕は寮の真向かいのガードレールに腰かけ寮全体を見上げる。

 

『巌戸台分寮』

 

表向きは月光館学園が所有する、親元を離れて暮らす生徒のための学生寮のひとつだが、実際には特別課外活動部の拠点であり、ペルソナ使いの資質を持つ適応者のみが選別され、入寮を許可される。つまり、優はお眼鏡に適ったのだ。誰のとは言わないが。

 

「待たせてすまなかったな。責任者が不在なので、私が対応することになるが構わないだろうか」

 

「ええ、問題ありません。まさか妹の引っ越し先に高等科の生徒会長がいるとは思っていませんでしたけど、幾分か安心しました」

 

放課後とはいえ学園の理事長である幾月氏が学生寮に来ているとは最初から思っていなかったので、彼女が来ることは想定の範囲内。

 

『女帝』コミュの桐条美鶴先輩。個人的に好きなキャラクターであるのだが、後日談編にて主人公を過去の存在として扱うその姿に憤りを覚えた。

 

「そうか、君は私のことを知っているようだが、改めて自己紹介をしよう。月光館学園高等科3年、桐条美鶴だ」

 

「僕は月光館学園中等科3年、鳴上総司です。本日より妹がお世話になります」

 

その後、桐条先輩に寮内へ案内されラウンジにて、引っ越しの疲れからか幾分かくたびれていた優と幾分か話した後、僕は帰路についた。

 

ちなみに主人公は女性だった。名前は聞いていない。

 

 

 

4月25日(土)

 

今日は確か『法王』コミュの古本屋の老夫婦の店が開く日である。学園でもそんな話がちらほらと聞こえてきていたので、間違いなくあの主人公さんは行くだろう。

 

ちなみに僕は食材を持って巌戸台分寮の前に立っている。今日は制服姿なので、岳羽先輩から睨まれることはないはず。僕はズボンのポケットから携帯を取り出して優を呼び出した。

 

私服姿の優に案内されたキッチンは綺麗に掃除されているものの、使われた形跡がほぼなかった。冷蔵庫は調味料がいくつかとプロテインが鎮座しているだけで、食材が見当たらない。そもそもプロテインは冷蔵庫に入れる必要がない、出しておこうかと迷ったがタルンダ肉彦先輩に目をつけられたら(プロテイン的に)厄介なことになるのでそっとしておこう。

 

「引っ越しした一昨日と昨日はどうしたのさ」

 

買い出ししてきた食材を調理台に置いた僕は振り返って優に尋ねる。

 

肝心の優は僕の傍まで来ており、上目遣いに見つめながら告げてくる。

 

「外食で済ませた。けど、兄さんの料理がどうしても食べたくなったの」

 

「はぁ……。さすがに毎日は来れないからね。作るとしても土曜日の昼と夜だけだから」

 

「ありがとう。兄さん、愛してる」

 

「はいはい」

 

僕は適当にあしらった後、制服の上着を脱いで優に預け自前のエプロンを身につけ調理を開始した。

 

 

・うーん、何を作ろうか……

・買ってきた材料で作れそうなのは……

・『ミルフィーユとんかつ』が作れそうだ。

・計算されたような慣れた手つきで調理を進めていく。

・シソと梅肉を使ったものと、チーズをふんだんに使ったものの2種類を作ることにした。

・視線を背中に感じる。振り向くと妹の他に出来上がりを待つ人が増えている。

・買ってきた食材を全部使うことにした。

 

 

後日、妹から聞いた話なのだが。

 

僕が作った料理を食べた女主人公さんこと結城先輩と岳羽先輩と発起人の優の3人はその夜とても絶好調だったらしく、武器で戦えばどんな相手だろうとクリティカル。スキルを使えばダウン連発。テレッテ先輩が疲労でクタクタになっても3人はケロリとして探索を続けることができたとのこと。

 

意気揚々と話し終え、冷静になったところで僕が一般人であったことを思い出したらしい優はゲームの話だよと焦ったように説明してきた。僕はそれに相槌を打ち、規則正しい生活をしないと後々苦労するぞと脅すような話をして電話を切った。

 




勘違いものに発展できればいいな。
女主人公視点と妹の視点で。
たぶん彼の視点では書かない。


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岩戸台分寮に出張する転生者

「兄さんのゴールデンウィークの予定を教えて」

 

自室にてペルソナシリーズの小物整理をしていた時にかかってきた電話に出ると妹の優からこんなことを聞かれた。例年通りであれば、叔父夫婦が暮らすとある田舎町に1泊2日あたりで旅行も兼ねて行くのだが、今年は優がペルソナ3のメンバーとして参加しているので、ちょっとくらいフォローに回りたいと思っていたこともあり予定は組んでいなかった。

 

「今年は何も予定を立てていないよ。ま、今の所立てている予定は海釣りか古本屋巡りか、ゲームセンターを荒らすくらいかな」

 

「そっか。……なら兄さんも巌戸台分寮に来ない?空き部屋があるからゴールデンウィーク中くらいなら許可が出るかもって、先輩たちも言っていたし」

 

「本音は?」

 

「兄さんの手料理食べたい」

 

「……いいよ。許可が下りるなら行っても」

 

「やった!『ガンッ』………………」

 

携帯電話を耳に当てていたため、衝撃音で目の前がちかちかする。僕は携帯電話の通話を切って机の上に置くとベランダに出る。時刻は23時30分。

 

「今日も優たちは異形の塔へ登りに行くのかな」

 

ペルソナ遣いの資質がないので参加しようにも参加できない僕にはどうしようもすることはできないけれど。

 

 

5月2日(土)

 

ボストンバックに必要最低限の荷物を詰め、はるばるやってきた巌戸台分寮の扉の前に女主人公さんが立っていた。状況的に優にお願いされて僕を待っていたっぽい。

 

その証拠に僕の姿を見つけた彼女は大きく手を振りながら僕の名前を呼んでくる。

 

「いらっしゃい、総司くんでいいんだよね」

 

「はい。妹の優がお世話になっています」

 

「どうってことはないよ。優ちゃん、いい子だしね。ささ、入って」

 

彼女に誘導され巌戸台分寮に踏み入れた僕を待っていたのは、結局逢わず終いだった月光館学園の理事長である幾月氏。彼はラウンジのソファに座り、新聞を眺めていたが僕の存在に気づき笑顔の仮面を張り付けたような感じで近づいてくる。

 

優は優秀なペルソナ遣いであるから彼の計画には必要不可欠な存在と認識されているので家族である僕の機嫌伺か、それとも別の目的があるのか。ちょっと気を引き締めないといけない。と思っていた時期もありました。

 

何のことはなく、巌戸台分寮での過ごし方を説明されて、料理を楽しみにしていると言われただけであった。

 

「予想はしていましたけど、今日の夕食は何人が食べる予定なんですか?」

 

「えっとね、総司くんも含めて8人だよ♪」

 

笑顔でそう告げる女主人公……結城先輩。年下の男の子になんだか悪いなーと思っているのか、先ほどから僕と目線を合わせようとしない。僕は小さくため息をついた後台所へ向かう。

 

冷蔵庫を開けると彩り鮮やかな食材が敷き詰められ、プロテインは隅へ追いやられていた。買い出しには行かなくてよさそうだけれど、この分だとこのゴールデンウィークの食事全般を僕が作ることになりそうだなーと若干諦めつつ、メニューを考える。

 

今回に限り男女比は1:1なので、多少のことは目を瞑ってくれるだろう。そう思いつつ、僕は鳥もも肉に手を伸ばした。

 

 

5月3日(日)

 

憲法記念日の今日は通販番組があるだけで特にイベントがある訳でなく、女性陣はラウンジでまったりと過ごしている。僕はせっせと洗い物を済ませた後、昼食の下ごしらえをしているのだが、先ほどから妙に視線を感じる。

 

視線を感じた瞬間に顔を上げるも談笑している女性陣しかおらず、僕は何度も首をかしげる。まさか、食後のデザートを求めているのだろうか。家なら調理器具も色々あって何とかなるのだが、ここにはそういったお菓子を作る上で必要な器具は最低限度しか揃ってなく急に求められても困るのだ。

 

しかたがない伝家の宝刀、『宝石メロン』を切り分けて提供しよう。

 

僕はボストンバックに入れていた風呂敷から市場で手に入れようと思えば数万円は出さないと手に入れることが叶わない最上級の果物を取りだした。これは僕がマンションの屋上でやらせてもらっている家庭菜園の結果のひとつ。家族にも滅多に振舞わない逸品。

 

何気なく口に入れた女性陣がマハンマオンを喰らって昇天したかのようにしばらく身動きしなかったけれど、昼食前には起動しなおして活動されていたので問題ないだろう。

 

 

5月4日(月)

 

みどりの日で学校は休み。結城先輩や岳羽先輩など、部活に所属しているメンバーは朝から出発し寮にいるのはテレッテ侍こと伊織先輩と幾月氏の2人。

 

部活で体を動かすと聞いていたので、朝食は結構がっつり系にしたが概ね好評だった。

 

最初は遠慮がちに食べていた岳羽先輩も結城先輩とか優がリスのようにむしゃむしゃと食べるのを見て、自分の中で区切りをつけ一心不乱に口に食べ物を詰め込んでいた。勿論口止めされている。

 

「お前スゲーな。中学生なのに、こんな大人数の飯を作るってよ」

 

食器の洗浄が済み、冷蔵庫に残った材料を見ながら作る上で足りないものをリストアップしていると伊織先輩から話しかけられた。後頭部を掻きながらだったので、年下に申し訳ないという気持ちがあるのだろうか。

 

「両親が仕事忙しかったので代わりに家事をやってきただけですよ。料理に関しては美味しい物を作れば優が喜んで笑顔をくれるからハマっただけです」

 

「へー。優ちゃんのこと、大切にしているんだな」

 

「血を分けた双子の妹ですし。ああ見えて結構、甘えん坊なんですよ。一昨年まで『添い寝してくれないとやだ』って我儘を言うくらいでしたし」

 

「マジでっ!?」

 

「嘘です」

 

「って、嘘かよ!」

 

ノリツッコミがいい感じである。今まで抱いていたイメージとは全く違う感じだ。本編ではデスを内包していた主人公にやっかむ場面や嫉妬する場面が描かれていただけに。後輩に関してはこういった扱いになるのかと、彼の新たな一面を見た感じだ。

 

「最近になっても偶に言われます。優が1人だけ学生寮にいたのは兄離れさせる目的があったって母さんから聞いたことがありますし」

 

「はぁはぁ。お前狙ってやっていただろ。つーか、ブラコンってやつか。お前も色々と大変なんだな。よしっ!今日は伊織先輩が遊びに連れていってやるぜ!どこに行きたい?」

 

「いいんですか?」

 

「遠慮すんなって」

 

「じゃあ……」

 

僕はこの後ポロニアンモールのゲームセンターを指定し、伊織先輩と一緒に格闘ゲームやらレースゲーム等で遊んだ後、ほぼ習慣となっているクレーンゲーム荒らしを敢行。段ボール一杯になった景品を宅急便でマンションに送った後、食材の買い出しをして巌戸台分寮に帰った。

 

 

5月5日(火)

 

こどもの日で今日も学校は休み。

 

ゴールデンウィークも本日で終了になるので、僕のご飯当番も昼食までとなる。

 

朝ごはんを作りに一階に降りるとラウンジにいたのは桐条先輩ただ1人。優雅に新聞を読んでいるが心なしかくたびれている感じだ。恐らく、昨夜はタルタロスに行ってきたのだろう。

 

僕は台所に入り、ボストンバックの中にある風呂敷の中から『金色ブレンド紅茶缶』を取りだした。一時期、家庭菜園にてハーブ系統を作るのにハマった時期があり、その時に出来たハーブを色々と組み合わせて作った完全オリジナルの紅茶である。

 

以前、仕事人間で休みも滅多に取らない母さんに飲ませた時は「休む、今日は会社休む~」と父さんに引っ張り出されて行くまでに堕落させてしまうくらいの破壊力を持つ。

 

さぁ、桐条先輩、御覚悟を!

 

 

 

カップに口をつけたまま固まってしまった桐条先輩。

 

そんな彼女を視界に入れようにしながら朝ごはんを和食テイストで仕上げた僕は帰宅の準備をしに2階へ上がる。その際に降りてきた結城先輩たちに挨拶し、昼食の準備を終えたら帰ることを伝える。残念がる結城先輩だったが、1階から聞こえてきた真田先輩の慌てた声に気づき階段を素早く駆け下りていく。僕は乾いた声で笑いつつ、仮住まいへと足を向けた。

 

ボストンバックに持ってきた荷物を詰め込んだ後、1階に行くとラウンジには未だにカップに口をつけたまま固まった桐条先輩とおろおろする真田先輩たちの姿があった。唖然としてその様子を眺めている岳羽先輩に声かけすると「起きてきたらああなってた」とのこと。ばれないように「そうなんですか」と相槌をうつ。

 

優はすでに部活に出ているようで、姿はなく。台所の椅子に座ってことの成行きを見ている伊織先輩に近づく。

 

「おはようございます」

 

「おはようさん、総司」

 

「昨日はありがとうございました」

 

「いや、ああゆうのいつもやっている訳?」

 

「偶々です」

 

伊織先輩は疑いの眼差しを向けてくる。僕は笑みを浮かべ対応する。すると岳羽先輩が近くに寄ってきて、何の話か聞いてきた。そして納得したかのように頷く。

 

「友達から聞いたことある。どんな難易度の高いクレーンゲームでも軽々とクリアしちゃう凄い中学生ってキミのことだったんだ」

 

「釣りもすごいですよ。叔父夫婦が住んでいる田舎の川でヤマメとか“川ヌシ様”とか釣りますし」

 

「「うわぁ……」」

 

伊織先輩と岳羽先輩はひそひそと何かを話し始め、僕の顔を見てため息をついた。

 

「ああ、そうだ。先輩たちって、優と一緒にゲームをしているんですよね?」

 

「「ゲーム?」」

 

「タルタロスっていう魔物ひしめくダンジョンをクリアしていく、桐条グループが開発している、世に出回っていないRPGゲームって聞いていますけど、違うんですか?」

 

「ちょっ!?」

 

「ああ……、ブラコンの優ちゃんじゃ仕方ねーなー。そうだけど、その話、他言無用だぜ」

 

「ええ、分かっています。発売されるのを楽しみに待っていますね」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「ゆかりっち、ここは俺っちに任せとけって」

 

「で、優から聞いた魔物のデータと階層ごとに落ちていたアイテムの取得率を書いてまとめたものがこちらになります」

 

僕は紙の束を伊織先輩に渡す。ただ単に暗記している攻略本を書き起こしただけのものなのだが、内容を一瞥した伊織先輩と岳羽先輩は驚愕で顔を引き攣らせている。

 

「世に出回っていないっていうことは攻略本も発売されないわけで。かといって頭にメモしていてもいざという時に大変だろうし、こうやってまとめてみました。優は感覚的にやっちゃう部分があって、効率が悪かったりするかもだけれど、フォローはお願いしますね」

 

「……ああ」

 

「さてと、何をつくろっかなー」

 

僕は呑気な声でそんなことを呟きながら冷蔵庫を開ける。

 

これからどんなことが起きるのかは、神のみぞ知るってね。

 



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P3Pin女番長 プロローグ

5月4日(月) タルタロス14F

 

鳴上優は手に握る特別仕様の武器を構え、考えていた。

 

(相手はヒトじゃない。最初の一撃で相手との戦力差を見極める)

 

優の前にいるのは異形の存在。白銀に輝く体に馬のような強靭な足があるバスタードライブという名のシャドウ。共に戦う先輩たちの攻撃を受けてもびくともしない防御力を持つ強敵だ。

 

優は正眼に構えていた武器「長脇差」を剣先が地面と平行になるように構えなおし、踏み込む。

 

「やぁっ!」

 

攻撃し終え無防備状態となっている仲間の1人である伊織順平の横を通り、バスタードライブが振り下ろしてきた槍のような腕と優が下段から切り上げた武器が交差し火花を散らす。力負けしたのは優の方であり彼女は吹き飛ばされた挙句たたら踏んだが、バスタードライブはよろけることもなく無傷。

 

『そいつに物理攻撃が効かないようだ。各々魔法攻撃をするんだ』

 

「「はい!」」

 

共に戦っている仲間たちが返事をして、各々ホルダーにいれていた銃を取り出した。武器同様で特別な仕様が施された【召喚銃】。優にも渡されているが、彼女はそれに目もくれずバスタードライブに向き合うように立つ。

 

「優ちゃん!?」

 

後方から優の身を心配するような声が上がるものの、優はそれを無視して肩から下げていたショルダーバックに手を入れ目的の物をつかみ、おもむろにそれを投げた。放物線を描きバスタードライブに投げられたのは風車だった。

 

後方で優の心配をしていた仲間たちの目が点になる。バスタードライブも正面から飛んでくる物体が何なのか分からないといったように憮然と佇んだままだ。だが次の瞬間、風車が光ったと思ったら周囲を切り刻むような突風がバスタードライブを中心に吹き荒れる。突風が過ぎ去った後、バスタードライブは思っていたよりもダメージを受けたようで膝をついた。

 

「嘘っ!イオのガルと同等の威力」

 

岳羽ゆかりは両手で構えていた銃を下ろし驚愕の表情を浮かべ叫ぶ。

 

「はぁ!?そんなのアリかよ」

 

伊織順平は傷ついた体を癒そうと傷薬を飲もうとしているところだったが、それを床にこぼしながら慌てたように言う。

 

「あ。でも、優ちゃんも驚いているっぽいよ」

 

苦笑いを浮かべながら状況を冷静に解析するリーダーを任されている結城湊は、優を指差した。

 

指摘された本人も放り投げたものが風車と分かった瞬間に「どうしてこんな玩具が」と思って失望した。だが結果は、己の力ではよろめかせることもできなかった相手にダメージを与えた上に膝までつかせている。ショルダーバックに入っている道具をくれた人は太鼓判を押すように自信満々だったので何かの役に立つだろうとしか思っていなかった。そう、こうなるとまでは予想できていなかった。というか出来るはずがなかった。

 

これをくれたのは双子の兄であり、ただの一般人であるはずの鳴上総司その人なのだから。

 

 

 

4月6日(月)

 

私はコンビニエンスストアの袋を片手に下げ、反対側の方の竹刀袋を肩にかけ直し、真夜中の道を歩いていた。明日は中等科の始業式があり、早く家に帰って休みたいものだが、後ろを歩く少年がそれをさせてくれそうにない。

 

少年は手に持った巨大なぬいぐるみを掲げ、あらゆる角度からそれを眺め嬉しそうに頷いている。

 

「兄さんがこんな時間まで夜遊びするなんて、珍しいね」

 

時計を見れば23時30分を過ぎた辺り。普段であればこの時間の兄さんは風呂か自室で勉強をしているかの2択しかない。この時間にこんなところにいること自体が不自然かつ、異常でしかない。

 

「いやぁ、学校で難易度が高すぎて誰も獲得者のいないクレーンゲームがあると聞いて、『月中のクレーン達人』としての血が騒いじゃった。僕が1500円もつぎ込んじゃったよ」

 

と苦笑いしながらぬいぐるみを抱えなおした兄さん。

 

そのクレーンゲームは1回500円だから実質3回しかやっていないじゃないというツッコミは無駄。兄さんは基本見ただけでどこにどう動かせば取れるというのが判るらしく、兄さんが店の前に現れただけでシャッターを閉めるゲームセンターもあるらしい。

 

「巌戸台は盲点だったなー。ゲームセンターの景品もそうだけど、古本屋とか、タコの入っていないタコ焼き屋とか面白いものが一杯あって楽しいし。今度の休みはここの探索をしようかな」

 

「私、怒っているんだけど」

 

ごめんごめんと笑いながら謝罪をしてくる兄さんを横目に私は大きくため息をついた。

 

運動神経抜群で運動部からの勧誘はひっきりなし。学力はどの学校でも20番以内には入る実力と雑学知識。社会的で明るい性格で、絶妙な所でリーダーシップを発揮することから友好関係は広く、下は幼稚園児から上はお爺ちゃんお婆ちゃん世代まで網羅する交友関係。

 

ただし、異様なほどの収集癖がある。

 

これさえなければと思う反面、これがあるから兄さんも普通の人間なんだと思えるのだから不思議なもの。兄さんが収集する主なものは本とぬいぐるみとプラモデルと様々な小物。

 

ショーケースにぎゅうぎゅう詰めにされたフロスト人形の無機質で円らな瞳たちはトラウマである。

 

「というか優、どこに向かっているのさ」

 

「え、駅だけど?」

 

「タクシー拾った方が早かったんじゃないの」

 

「……あ」

 

時計を見れば0時近くバスもだけれど、電車もないかもしれない。

 

タクシーなんか使わない生活をしているので頭にその選択肢はなかった。兄さんは近くにあったバスの運行表を確認して首を横に振った。

 

もうここまできたら駅に行くしかないじゃない。

 

この時の私は忘れていた。この世界には普通の人では知覚することが出来ない不思議な時間があるのだということを。

 

収集癖以外は完ぺきな兄さんもまた“普通の人”であることを。

 

その不思議な時間に出会った高等科の先輩と会話してしまったことで、私の学生生活は瞬く間に変わってしまうなんて、この時の私は予想だにしていなかったのだ。

 

 



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P3Pin女番長 4月ー①

4月6日(月)

 

「こんばんは」

 

棺桶のようなオブジェとなってしまった兄さんに凭れかかりながら夜空に浮かび異様に輝く月をぼんやり眺めていると声をかけられた。普通の人は棺桶のようなオブジェとなり知覚できない不思議な時間の中。

 

私は“声をかけられた”。

 

「え?」

 

声がした方を見れば月光館学園高等科の制服を着た女の人が立っていた。髪型は茶髪でアップにローマ数字を模した特徴的なヘアピンをつけていて、全体的に明るい雰囲気を持たせている。瞳の色は赤茶色。

 

「何をしているの?」

 

「……別に。兄さんに会うのを待っているだけです」

 

私はそう答えて、左肩にかけていた竹刀袋を下ろした。何の目的があるのか知らないが、初対面の人を警戒するのは人として当然のこと。

 

私のこの動作を見て女の人は頬を引き攣らせた。そして手をばたばたさせながら、女の人は自分が転校してきた者であること、私に声をかけてきたのは地図にある巌戸台分寮の場所を聞こうと思ったからだと話してきた。

 

「電車降りて改札くぐったらいきなり人がいなくなっちゃうし、街は緑掛って不気味だし、月は異様に明るくて大きいし、不気味だなぁって思っていたら私以外にも人がいると思って思わず声をかけちゃったんだよ」

 

「確かに初見でこれだと驚きますよね」

 

私は女の人を連れだって彼女の目的地である巌戸台分寮に向かって歩いていた。彼女はこの時間のことは知らないようで私にいくつか質問してきたが、そんなの私だって知らない。むしろ私が教えてほしいくらいだと呟いた。

 

しばらく歩くと目的地が見えてきたのであそこです。と彼女に告げ私は来た道を帰ろうとすると声をかけられた。

 

「遅くなっちゃったけれど、私の名前は結城湊(ゆうきみなと)っていうの。キミは?」

 

「私は鳴上優(なるかみゆう)です、結城先輩。ではまた機会があれば」

 

私は彼女の返事も聞かず駅に向かって駆けだす。結城先輩との道中には絡んでこなかったけど、この不思議な時間には私以外にも活動する化け物が存在している。普通の武器じゃ効果ないけれど、ポロニアンモールで拾ったこの【無名の脇差】なら倒すまで行かないけれど怯ませることくらいはできる。

 

自分の身は自分で守る。そして私の手の届く範囲内で守れる人は守る。

 

私の脳裏に浮かぶのは、血を分けた兄さんの顔だった。

 

 

 

 

4月21日(火)

 

学校の教室でクラスメイトたちと兄さん特製のお弁当に舌鼓をうっていると校内放送で名前を呼ばれた。生徒会室に来るようにとのことだったが、何のようだろうか。

 

これが兄さんだったら生徒会の手伝いにということになるのだが、生憎私には心当たりがない。首をかしげながら弁当箱をなおし、クラスメイトに断って生徒会室に向かう。

 

途中クラスメイトたちと談笑する兄さんを見かけた。兄さんは私を見つけると寄ってきて声をかけてくれる。

 

「優、さっきの放送は?」

 

「兄さん、今から行く所だよ」

 

「そっか。何か困ったことになったら僕に相談してくれよ。必ず力になるから」

 

「うん、ありがと」

 

私は心の底から感謝のことばを告げる。すると兄さんに後ろにいた男子生徒たちが騒ぎたて初めた。兄さんはその収拾に乗り出したため、私はその場を後にして生徒会室へ向かう。

 

「え、えっと……」

 

「うむ、君が鳴上優だな。私は桐条美鶴だ、よろしく頼む」

 

生徒会室に入ったら高等科の生徒会長が待っていた。予想外にもほどがある。帰りたい。

 

「よろしくおねがいします。でも高等科の桐条先輩が私に何の用ですか」

 

「まどろっこしいのは苦手なので単刀直入に言うが、君は1日が24時間じゃないと言われ信じるか?」

 

「…………」

 

私の脳裏に浮かぶのは、毎晩訪れるあの不思議な時間のこと。立ち並ぶオブジェ、あらゆる機械が動きを止め、街全体が緑掛って不気味な感じになるあの時間のこと。

 

「その様子だと“影時間”のことを知っているようだな。いや、武器を持っていたということは“シャドウ”とも相対しているのか」

 

「影時間……、シャドウ……」

 

「詳しい話をしたい。放課後、巌戸台分寮まで来てほしい。場所は」

 

「分かります。結城先輩を送っていきましたから」

 

「……そうか。部活の先生にはこちらから一報を入れておく。気をつけてくるんだぞ」

 

そういった桐条先輩は澱みない動作で優雅に立ち上がるとその足取りのまま、生徒会室の外へ出て行き、私だけが取り残された。

 

 

放課後、私は巌戸台分寮の前に立っていた。

 

私が知りたかった謎の答えを知っている人たちがいる場所に私は足を踏み入れた。

 

「あ、優ちゃん。いらっしゃい、待っていたよ」

 

と、笑みを浮かべ近くに寄ってきたのはあの夜に別れた結城先輩だった。他にもピンクのカーディガンを着た女の人と野球帽を被った男の人。ボクシング部の真田さんがいた。そして、桐条先輩が私の前に来た。

 

「鳴上、よく来てくれた。さぁ、話をしよう」

 

 

 

 

■■■

 

桐条先輩は今来たばかりの優ちゃんと順平と真田先輩を連れだって作戦室に上がっていった。ラウンジに残るのは私とゆかりの2人だけ。作戦室にはすでに幾月さんが待っている。

 

「彼女、月光館学園中等科3年女子剣道部のエースなんだって。なんか貫禄っていうのかな、動きもだけれど目つきも鋭かったよね」

 

「知らない場所で知らない年上の人間ばっかりなんだから仕方がないって。私が最初に声をかけた時も竹刀袋を向けられそうになったんだから」

 

「警戒されて当たり前…か。うわ、先が思いやられるなぁ」

 

そうだねとゆかりの言葉に相槌を打ちつつ、私は皆が降りてくるのを待った。

 

 

 

 

影時間。

 

全ての人が棺桶の中に眠る隠された時間。

 

そしてこの時間だけにだけ現れる奇妙な塔タルタロスを前にして私たちは茫然と見上げる。順平は「学校はどうなった」とか叫んでいるけど、そんなことは問題じゃないと思う。

 

私は斜め後ろにいる少女を見る。彼女もまた塔を見上げて茫然としているが両手で握っている竹刀袋から彼女の覚悟が伝わってくる。中学生の彼女が覚悟を決めているのだから、お姉さんである私がビビっていちゃいけないと両手で両頬をパチンと叩き気合いを入れ、足を踏み出した。

 

今日はゲームでいうチュートリアルといった所だろうか。自分にあった武器を選び、ペルソナを問題なく呼び出す訓練も兼ねているとのこと。

 

ゆかりは弓道部に入っていることもあり弓、順平は野球のバッターのフォームで大太刀を振り回すが危ないからと桐条先輩に注意され平謝りしている。

 

そして優ちゃんは竹刀袋から取り出した脇差っぽいものを床に置いて、それと似た感じの武器を捜している。彼女が床に置いた脇差っぽいものを手に取ると不思議な感じがする。

 

というか、これ武器じゃない。武器の原型となる素材のようだ。

 

桐条先輩にも意見を求めたら、

 

「彼女はこんな物でシャドウと戦っていたのか」

 

と声を震わせながら呟いた。これに武器としての機能はなく、彼女は彼女自身の力のみでこれまでシャドウと戦ってきていたらしい。桐条先輩は心なしか優ちゃんに愁いの視線を向けた。

 

武器を選び終えた私たちは階段を上がり、タルタロスの2Fへと足を踏み入れる。

 

先輩たちの話ではタルタロスの階層は毎回構造が変わる迷宮らしく、マッピングが出来ないとのこと。見上げるほど高い塔であるタルタロスを階段で登っていくしかないとはどういう修行なのだろうか。

 

『この先にシャドウがいる。数は1体だ』

 

タルタロスでの初戦闘。ここで戦っていく上で必要不可欠なペルソナの召喚。しっかりと身につけないといけない。そう思っていたのだが、

 

「はぁっ!」

 

優ちゃんの振り下ろした一撃で消滅するシャドウ。召喚器を構えていた私たちが呆然としていると、優ちゃんが振り向いて一言。

 

「何をしているんですか、先輩方」

 

この娘、先輩たちの話を聞いていなかったな!

 

 

 

 



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P3Pin女番長 4月ー②

4月22日(水)

 

桐条先輩率いる特別課外活動部に参加するに辺り、私は一般の学生寮から巌戸台分寮に引っ越すことになった。桐条先輩は家族の方には連絡を入れておくと言っていたが、両親は現在どこに出張しているのか分からない。

 

そのため、挨拶には兄さんが来ることになった。

 

「父さんも母さんもやり手だから仕方がない。……とはいえ、うぅ私のペルソナ、物理オンリーかぁ」

 

昨夜のタルタロス探索の中で四苦八苦してやっと呼び出すことが出来た、もう1人の私の名前は【ウシワカマル】。漢字表記すると牛若丸、源平合戦で有名な源義経の幼名である。

 

アルカナは塔で、斬・打・貫に耐性があり、火・氷・風・雷・闇・光には耐性もなければ弱点もない。

 

覚えているスキルは【スラッシュ】と【二連牙】といった物理攻撃スキルと自分の攻撃力と速さを上げる自動スキルの【タルカジャオート】と【スクカジャオート】の4つのみ。

 

「切り込み隊長か。ふふ、私にはお似合いかもね。ふふふふふ……」

 

昨夜の探索で少なからず疲労し、学園生活と引っ越しのダブルパンチで疲労のピークに達していた私はラウンジのソファに背凭れた後、自嘲するように笑う。だがその笑みは駄目だとすぐに結城先輩に諭され止める。

 

「別に優ちゃんだけで昇る訳じゃないんだし、心配しなくてもだいじょーぶ!むしろ、敵を見つけてからの先手の速さは目を見張るものがあるよ。これからよろしくね」

 

「……結城先輩」

 

ペルソナにまで『貴女は脳筋です』と断言されて落ち込み気味だった私を救ってくれるなんて、……お姉さまと呼んでもいいですか?

 

慰めるように微笑みを向けてくれる結城先輩に私の胸は高鳴る。まさか、これが噂の……。

 

「なんでアンタら百合百合しい雰囲気なの?」

 

声がした方を見れば岳羽先輩は腕をさすりながらこちらを見ている。

 

結城先輩は何事もなかったように立ち上がり返答する。

 

「あ、ゆかり。おかえりー」

 

「まぁ、いいけど。幾月さんか桐条先輩いる?外に“紋付き袴”を着た高校生が責任者と会いたいって言っているんだけど」

 

「ぶはっ……」

 

私はその場で項垂れ、両手で頭を抱える。

 

「それはまた珍妙なってどうしたの、優ちゃん」

 

「聞かないでください、結城先輩。……なんでそれをチョイスしちゃうかな。普通の私服でいいじゃない」

 

「えっと、知り合い?」

 

「そういえば、その高校生。僕の妹がって言っていたけど」

 

「うわぁああああん。結城先輩、岳羽先輩がいじめるぅううう」

 

「ちょっ、違うしっ!」

 

その後、騒ぎを聞きつけた桐条先輩が2階から降りてきて、現状を見て首を傾げていたが兄さんが来ていることを岳羽先輩から聞き、外へ出て行った。数分後、桐条先輩は兄さんを連れだって巌戸台分寮内に入ってきたが、岳羽先輩が言ったように兄さんは紋付き袴を着ていた。

 

「着こなしているけど、なんでそれなの兄さん」

 

「え、一張羅なんだけど」

 

「もう、それ着るの禁止だからね」

 

「何故にっ!?」

 

兄さんは私の様子を見に来ただけだからと言って、先輩たちには頭を下げるだけにとどめて帰路についた。私は探索と引っ越しと兄さんの対応で疲れきって、晩御飯をすませたらすぐに新たな部屋に向かい床についた。兄さんのあの服のセンスだけは高校生にあがるまでにはどうにかしないと拙い気がする。

 

 

 

4月25日(土)

 

今まで私がお世話になっていた学生寮には寮母と呼ばれるおばちゃんたちがいて、食事面はカバーしてくれていた。昼食は学食か購買で買うか、自分で弁当を作るかしないといけなかったが朝ご飯と晩ご飯は気にしなくてよかったのだ。誰もが兄さんみたいに自炊出来るわけではないのだから。

 

問題なのは私が引っ越しした先の巌戸台分寮。立派なキッチンや調理器具、大容量の冷蔵庫があるにも関わらず、寮母さんもいなければ毎日自炊する人もいない。結城先輩と岳羽先輩は自炊できるらしいが滅多にすることはない。伊織先輩はカップ麺かジャンクフードが常で、真田先輩などプロテインか牛丼しか食べていない。桐条先輩は謎のベールに包まれているが育ち故にやはり自炊するとは思えない。

 

何が言いたいのかといえば、育ち盛りの中学生な私は部活やタルタロスの探索をするに辺りがっつりとしたものを食べたいのだ。欲を言えば3食きっちりご飯が食べたい。

 

けれど、自分自身にそのようなスキルはないし、部活から帰ってきて自分で自分が食べるご飯を作る気にはなれない。朝食も同じだ。タルタロスの探索に行った翌日の朝なんて時間ぎりぎりまで寝ていたい。だから朝食を抜く。学校でお腹がすいて悲惨なことになる。悪循環でしかない。

 

それとなく桐条先輩に相談したのだが、巌戸台分寮自体が特殊な環境下に置かれ、あまり関係者を増やしたくないという理由があり、寮母を置く訳にはいかないという返事をもらった。

 

近くには外食店もあるのだから大丈夫だろう、って庶民のお小遣いなめんな!

 

という訳で、学校の休憩時間に兄さんの所まで行って頼み込んで、今日の晩ご飯を作りに来てもらうことにした。服装は学校の制服のままでいいからと言いくるめて。

 

夕方、寮のラウンジで今か今かと待ち続け、その時が来た。

 

携帯電話のコールが鳴った瞬間に出て、兄さんを迎えに扉をあける。片手に食材がたくさん入ったビニール袋を2つ持ち、空いた方の手で携帯をズボンに入れている兄さんが立っていた。

 

「いらっしゃい、兄さん」

 

「お邪魔します」

 

私に言われたように月光館学園の中等科の制服で来た兄さんは引っ越ししてからの私の食事事情を聴くと呆れたようにため息をついた。そして上着を脱ぐと中に来ていたワイシャツの袖を捲りあげる。

 

「肉と魚、どっちがいい?」

 

「お肉で!」

 

「りょーかい」

 

そう言った兄さんはビニール袋から豚肉と野菜、米などを取り出し手早く晩ご飯の支度を整えていく。

 

私が料理しようとするとどうしても一品一品仕上げてから次の料理を作るといったことしかできないが、兄さんは違う。同時工程で様々な料理をすすめることができ、次々と仕上がっていく料理によだれが止まらない。

 

「いい匂いがすると思ったら、優ちゃんのお兄さんが料理を作っていた件」

 

「うわぁ、反則よ、こんなの。ただのサラダなのに、見ているだけでお腹が」

 

兄さんの料理する後ろ姿を見ながら悦に浸っていた私は気づかなかったが、いつのまにか結城先輩と部活帰りの岳羽先輩が隣にいた。

 

私たちの視線に気づいた兄さんは頬を掻いた後、ビニール袋から追加の食材を取りだした。

 

ああもう、頼りになる兄さんだなぁ。

 

他の先輩方は帰ってきておらず、私たち3人と兄さんでちょっと早い晩ご飯になった訳ですが、

 

「うまーっ!」

 

「分かっていたよ。うん、分かってた……」

 

結城先輩は外聞を捨てリスのように頬張り、岳羽先輩も遠い目をしながら次々と料理を口に運ぶ。私も久しぶりな兄さんの料理に舌鼓をうち、余韻に浸る。あふれ出る肉汁を余すことなく楽しめる工夫が施されたトンカツ、野菜本来の味を引き出すために改良による改良が施された兄さん特製ドレッシングがかかったサラダ、奥行きがあるコクを感じさせながらものど越しさっぱりで飲みやすいスープ。

 

食べ終わった後のこの満足感。

 

私たちはふにゃふにゃと垂れつつ、兄さんにラウンジのソファへと移動させられる。そして、私たちの前に置かれたのは食後のデザート。

 

「ウチで育ててるバリアモロコシが丁度熟れていたので、今日はそれを使ったコーンプディングを作ってみたんだ。良かったら、感想をよろしくおねがいします」

 

結城先輩と岳羽先輩が兄さんの料理のファンになったのは言うまでもない。

 

その日のタルタロス探索は今までになく絶好調だった。これは兄さんの料理のおかげだと思うのはきっと私だけではないはず。

 

 

 

 

 

後日、結城先輩と岳羽先輩と連盟で再度桐条先輩に食事の重要性を訴えかけた。

 

最初は渋っていたものの、25日の件を引き合いに出し力説したところ、仕方がないと桐条先輩は折れた。ゴールデンウィークの間、兄さんに料理を担当してもらいタルタロスで成果を上げることができれば、一考すると確約を得たのだ。

 

私は嬉々として兄さんに連絡を入れ、別に作りに行ってもかまわないという返事を得、結城先輩たちと喜びを分かち合ったのだった。

 



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P3Pin女番長 5月ー①

5月1日(金)

 

ホームルームが終わった教室で背伸びしていると順平が話しかけてきた。

 

「そう言や、知ってた?真田サン、今日、検査入院でさ。さっき連絡あって、病院に届けモノ頼まれちゃったんだよネ。オレって、結構頼られてる?」

 

帽子のつばを触りながら上機嫌に言う彼には悪いけれど、後ろからゆかりがため息つきながら寄ってくるのが見える。案の定ゆかりは順平に対し、鋭い口調で切り込んだ。

 

「そんなの、帰宅部でヒマだろうって、頼んだんでしょ」

 

「そ、そんなことねーだろ」

 

順平はゆかりの鋭いツッコミにたじたじになりながら答えるが、先ほどに比べ声のトーンが落ちている。本人にも少なからず自覚があったようだ。

 

「ハハ、冗談だって。で、何を持って来いって?」

 

「隣のE組の、“クラス名簿”だってさ」

 

「名簿…?どうすんだろ、そんなの」

 

真田先輩が態々持って来いということは何か考えがあってのことだろうとは思うけど、その考えはここにいるメンバーでは見当もつきそうもない。今日は特に予定もないし、順平と一緒に真田さんの所へついていくのもありかも。と、思っていたら

 

「て言うか、今日、たまたま部活休みだし、付き合おっかな、それ。ね、一緒に行くよね?」

 

「行く行く!」

 

「決まりだね」

 

ゆかりが私に向かってウインクしてくる横で、順平が情けない声をあげた。オレが頼まれたのに…としょぼくれている。ゆかりはそんな順平を肘でぐりぐりしているけれど、それ逆効果なんじゃないかなぁ。

 

「優ちゃんはどうしよう?」

 

「あー、彼女部活があるだろうしいいんじゃない。寮に戻った後にこんなことがあったよって伝えれば」

 

「うーん。一応、メールしとく。……なんか除け者にしたみたいだし」

 

学年が違うだけならクラスに行って声をかければいい話なのだけれど、高等科と中等科は校舎が違う上に距離が離れていて容易には行けない。結局こうやって連絡を取るしかない。

 

メールの返事はこないけれど、ゆかりたちはすぐに行こうと誘ってくるので携帯電話を胸ポケットに入れ私は彼女たちを追った。

 

心なしか順平の肩が落ち込んでいるように見える。

 

「これじゃあ、オレっちの方がおまけじゃん」

 

ハハハ、そんなことないって。

 

 

 

辰巳記念病院についた私たちは受付で真田先輩の部屋を聞き来た訳なのだが、ベッドにいたのは真田先輩ではなく見知らぬ少年だった。

 

「……」

 

部屋に入ってきた私たちを一瞥した彼は面倒くさそうな仕草を見せた後、視線を逸らした。順平が一歩前に出て尋ねる。

 

「ここって真田サンの病室……じゃなかったりします?」

 

少年の眼光にビビったのか尻つぼみになる声に私とゆかりは目を交わし、大きくため息をついた。聞くのなら最後まで格好つけなさいよ、と2人して順平の後頭部を見る。

すると背後から誰かが近づいてくるような靴音が聞こえ声をかけられた。

 

「お前たち。どうした、大勢で?」

 

振り向くと学園の制服を片手で持って肩にひっかけた、いつものスタイルの真田先輩が不思議そうに首を傾げつつ私たちを見ていた。

 

「お見舞いに来ました」

 

「たかが検査入院と言ったろ」

 

そう告げる真田先輩だったが、心なしか口元が緩んでいるように見える。

 

「アキ、もういいか?」

 

部屋のベッドに座っていたはずの見知らぬ少年が入り口まで来ていて、真田先輩に告げる。私と同じく入り口に立っていたはずのゆかりと順平は少年に道を開けたらしく、私だけが真田先輩と少年の間に取り残されるように立っていた。

 

思わず「裏切り者!」とゆかりたちに視線を送る。ゆかりは片目をつぶって胸の前で両手を合わせている。

 

「ああ、参考になった」

 

「ったく……。いちいちテメェの遊びに付き合ってられるか。……お前」

 

私の横を通り過ぎようとした少年は立ち止まって私を見下ろしてくる。鋭い眼光にひるみそうになったが、なけなしの勇気で踏みとどまった。

 

「いや、なんでもねぇ」

 

そう言うと少年は部屋から出て行った。思わぬハプニングに唖然とする私たちを横に真田先輩はあてがわれた自分のベッドに向かい、自分の荷物の整理を始める。

 

「だ…誰っスか、今の?」

 

順平が入り口を指差しながら真田先輩に尋ねると、真田先輩は何も気に留める訳でもなく淡々と答える。

 

「一応、同じ学園の生徒だ。先月から増え出した“謎の無気力症”。お前たちも知っているだろ。アイツたまたま、患者の何人かを知っていてな。話が聞きたくて呼んだ」

 

荷物をまとめ終わった真田先輩はベッドに腰掛け、順平に視線を向ける。

 

「それより順平、頼んでいた物は?」

 

「モチ、持ってきたッス」

 

順平は鞄の中から紙の束を取り出し真田先輩に渡すため近づいていく。隣のクラスの名簿を何に使うのかを聞くためについてきたのだけれど、私の興味はすでにそのことではなく、私を探るような眼で見てきたあの見知らぬ少年に移っていた。

 

「彼、一体私を見て何て言おうとしていたんだろう」

 

 

 

 

 

真田先輩らと巌戸台分寮に帰ってくると妙に機嫌の良い優ちゃんとくたびれた感じの桐条先輩がラウンジにいた。桐条先輩は真田先輩の傍に行き検査結果の詳しい話を聞いている。

 

優ちゃんは私たちの方へ近づいてきて満面の笑みで告げてくる。

 

「先輩たち、おかえりなさい」

 

「うん、ただいま優ちゃん」

 

ゆかりや順平もそれぞれ返事をして自室に荷物を置いてくると言って階段を上がっていく。

 

「結城先輩、今日はどうされるんですか?」

 

「えっと、今日はタルタロスには行かないから自由にしてていいよ。行くなら明日以降だよね」

 

「ですよね。私、帰ってきてから2階の一番奥の部屋の掃除をしていたんですよ」

 

どうやら優ちゃんは明日からここで寝泊まりする総司くんの仮住まいの片づけをしていたらしい。

 

鳴上兄妹はほんとに似た者同士だ。総司くんは優ちゃんのことを大切に思っており、優ちゃんは総司くんのことを大切に思っている。ちょっとだけ羨ましい。

 

私は10年前のこの地で両親を事故で失った。

 

その時の記憶はないけれど、大切な何かを失ったのはすぐに分かった。

 

親戚の人たちは私を邪魔者扱いし、たらい回しにした。

 

私の居場所なんてこの10年間どこにもなかった。

 

優ちゃんを見ていると心のどこかで「どうして私がこんな目に」「どうしてこの子は幸せなの」と思ってしまう醜い自分がいることに気づく。こんな感情、この子に知られる訳にはいかない。

 

私は笑顔という名の仮面を張りつけて彼女に接する。

 

「それにしても楽しみだよね、総司くんの料理」

 

「はい!」

 

その時頭の中で声が響き渡る。

 

【我は汝……汝は我……汝、新たなる絆を見出したり……此処に《塔》のアルカナが紡がれん】

 

順平とすでにコミュが築かれているのもあって、もしかしたらって思っていたけれど、まさか優ちゃんともコミュが生まれるとは。

 

私のことを慕ってくれているし、悪い気はしないかなってこの時はまだ軽く考えていた。

 

優ちゃんが抱えている問題は想像していたよりも根深く、厄介な問題だったのだ。

 



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P3Pin女番長 5月ー②

5月2日(土)

 

優ちゃんは朝から部活があるということでお昼前に来る予定の総司くんのことを任されてしまった。料理の感想くらいでしか会話したことないけれど、たぶん大丈夫なはず。

 

「ふむ、鳴上くんのお兄さんが来るということだったね。僕も挨拶をしておこうかな」

 

月光館学園の理事長で特別課外活動部の顧問である幾月さんが眼鏡を輝かせながら言う。短い付き合いだけれど、きっとくだらないダジャレを披露する心算なのだろうなと乾いた笑いをこぼすしか出来なかった。

 

11時を過ぎたころ巌戸台駅方面からボストンバックを肩に下げた灰色の髪の少年が歩いてくるのが見える。私に気づいたようなので手を振って名前を呼ぶと彼も笑顔で返してくれる。

 

「おはようございます。結城先輩……であっていますよね」

 

「うん。いらっしゃい、総司くんでいいんだよね」

 

「はい。妹の優がお世話になっています」

 

「どうってことはないよ。優ちゃん、いい子だしね。ささ、入って」

 

総司くんを先導するように寮の扉を開き中へ招く。総司くんは「お邪魔します」と小さく呟いて中へ入ってくる。彼の来訪に気づいた幾月さんは新聞を机に置き、近づいてきた。

 

「君が鳴上君のお兄さんでいいのかな、挨拶が遅れたね。ボクは月光館学園の理事長でここの責任者の」

 

「幾月修司氏ですよね。さすがに学園の理事長の名前くらい分かりますよ。修司(しゅうじ)だけに周知(しゅうち)されているって……すみません」

 

「いやいや、ボクの駄洒落好きなことまで知っているなんてありがたいよ。ここに住んでいる子たちは相手にしてくれないしさ。まさに胃も無視の芋虫……なんてね」

 

唐突の駄洒落の応酬に私の体感温度は急激に冷えだした。もう5月に入って外は陽気でぽかぽかなのに。加え総司くんの方も割とノリノリに返答するし。

 

「虫シリーズの駄洒落ですね。僕もいくつかレパートリーありますよ。油染みかと思ったらアブラゼミとかコガネムシは小金無視とかですね」

 

幾月さんと総司くんは間を置いた後、熱く握手を交わした。

 

あの薄ら寒くなる幾月さんの駄洒落に合わせるとか総司くんも同類かと思ったが、たぶん違う。あれは総司くんが幾月さんに合わせているんだと感じる。空気を読んだともいえる。

 

気分を良くした幾月さんは総司くんをソファに招き入れ、巌戸台分寮での過ごし方とか寮の3階に立ち寄る時は私たちに一言入れておかないとひどい目に会うとかアドバイスしている。

 

大体10分くらいして幾月さんは総司くんに引きとめて悪かったねと言いながら立ち上がった。

 

「いやぁ、有意義な時間だった。桐条君や君の妹から聞いているけれど、ボクも君の料理は食べるのを楽しみにしているよ」

 

「ご期待に添えるか分かりませんけど、自信はありますよ」

 

ちらっと私を見る総司くん。

 

「娘んちで蒸すメンチ」

 

「おお、なるほど!」

 

私にはちょっと理解できそうにない世界観がそこに広がっていた。

 

 

 

台所に移動した総司くんは早速冷蔵庫の中身を確認している。小さく「9人分か……いや多目に作った方がいいかな。明日は鉄板のカレーでいいとして、……」呟きながらてきぱきと食材を整理していっている。

 

「総司くん、とりあえず料理をするまえに荷物を置いてきたらどうかな。2階の奥の部屋がそうだから」

 

「ありがとうございます。けど、このバックはその“位置”でいいんですよ。着替えも入っていますけど、半分は調理に使うように厳選してきた僕オリジナルの調味料だったり、家庭菜園で作った果実だったり、色々入っているんです。情報漏洩を危惧しお見せできませんが」

 

「ちょっ、私はそんなことしないよー」

 

「いや、ここって桐条グループの傘下ですよね。……そういうことです」

 

総司くんはそう言葉を濁した。

 

え、何?桐条先輩の実家が絡んでいるからやめとくって何?

 

「そんな隠しカメラがある訳じゃないんだし……あれ?総司くん、なんで視線を逸らすの?もしかして本当にそんなものあるの、ねぇ答えて!」

 

「……ノーコメントで」

 

もうその答えが物語っているよ。あるんだね、隠しカメラ。一度、大捜索しないといけない。総司くんが言うには時折部屋の隅や物が置いてある場所から視線を感じるのだそうだ。

 

「とりあえず後で優の部屋に入らせてもらって、カメラの前に物を置くとかしようと思います。こうやってキングフロスト人形を持参してきたので」

 

「ちょっと待って、その人形どこに入っていたの?」

 

「詰め方にちょっとした工夫があるんです」

 

ボストンバックの直径より大きなキングフロスト人形。ちらっと見えたボストンバックには着替えと風呂敷のようなものが入っているだけで、先ほど彼が言っていた調味料や果実は見当たらなかった。それを告げたところで誤魔化されるのが見え見えだったので口を噤んだが、総司くんも大概なようだ。

 

「さてと今日は男女比が1:1なので、鶏肉を使ってガッツリかつヘルシーな料理を作ろうと思います」

 

そう言って総司くんは昼食作りに取り掛かる。先ほどまでとは打って変わって真剣な表情になり、動作ひとつひとつが丁寧かつ大胆に下ごしらえを行っていく。手伝いを申し出たがお客さん扱いでくつろぎながら待っていてほしいとのこと。

 

やり取りがもはやプロの領域である。

 

恐らく彼は自分1人で調理を仕上げるタイプなのだろう。他人が自分の領域にいると力が半減するとか、そんな感じの。男の人が料理すると完璧にしようとするあまりこういう人が多いって雑誌にも書いてあったものなぁ。

 

「はぅっ!?」

 

鳥もも肉の皮をカリカリに焼いている音が、ご飯の炊きあがる瞬間の甘くていい匂いが、新鮮な野菜の鮮やかな色彩の全てが私の空腹を加速させる。

 

『くぅ~』

 

私は咄嗟にお腹を抱えた。

 

聞かれていない?聞かれていないよね。

 

私のそんなささやかな抵抗は、穏やかな目をした総司くんにすぐに見破られ、しくしくと涙を流しながら出来上がるまでの繋ぎとして出されたクッキーをついばむことになるのだった。

 

 

 

 

その日の夜のタルタロスにて

 

『敵はマジックハンド2体とトランスツインズ2体だ。……って、もう終わりか』

 

桐条先輩のしょんぼりとした雰囲気の声が頭に響き渡る。

 

ゆかりや優ちゃんも苦笑いを浮かべるが仕方がないことである。

 

昼ご飯と晩ご飯で出された料理によって疲労感はなく調子は絶好調。

 

料理に使われていた食材の恩恵なのか、ペルソナ本来の能力では弱点になっている所が耐性になっており、タルタロスに踏み入れてから私たちがダウンすることはない。

 

宝物の手と呼ばれる、私たちの姿を見つけたら一目散に逃げ出すシャドウも優ちゃんの見敵必殺(サーチアンドデストロイ)の前には無力だ。

 

「心なしかオレっちのヘルメスの魔力も上がってんのかな。いつもより威力があるかもしれねぇ」

 

順平のアルカナは魔術師。魔力が高いはずの彼のペルソナは物理攻撃が主体の能力値で魔力は低く、本来は牽制程度の威力しかない。しかし、今夜の『ヘルメス』の炎はシャドウを一撃で焼き尽くす。

 

「ああ、それは感じるよね。一段階上のスキルっていうのかな。ほんと、総司くんって何者なのかな」

 

もともと高い魔力を持つゆかりのペルソナ『イオ』。彼女が放つ風のスキルのガルは体を引き裂く突風を吹かすレベルであるが、今夜は切り刻んだうえに対象シャドウの破片を周囲に散らかし余剰威力で近くにいるシャドウに致命的なダメージを負わせる。

 

「私の自慢の兄さんです!」

 

「はいはい、それは分かっているから」

 

「岳羽先輩、私には少し厳しくないですか?」

 

そういった優ちゃんは力を増したペルソナの恩恵なのか、喜びをぴょんぴょん跳ねながら体現している。跳ねていると表現したが、タルタロスの通路の天井に手を軽く触れるくらいだと言っておく。この瞬発力と跳躍力のおかげで私たちが桐条先輩に告げられた敵シャドウと対峙するころには、すでに数が減っている。

 

「この分だと、番人シャドウに挑んでも問題ないか。よし、10Fに行ってただの手袋にしてやろう!」

 

「「「おお!」」」

 

 

 

5月3日(日)

 

一晩置いたカレーに手を出すことを禁止された面々がそれぞれ洋風テイストに仕上げられた朝食を取る。

 

外はカリカリ、中はフワフワでありつつジューシーなフレンチトーストを食べた桐条先輩が

 

「エクセレントっ!」

 

と立ち上がった時は何事かと思ったが、一口食べれば賛同できる。付け合わせに出された温野菜とお好みでどうぞと置かれたハーブ入りの塩、これもまた絶品で普段は絶対に野菜に手を出しそうもない順平が我先にと食べていたのが印象的だ。スープを飲めば、体中に広がっていく何とも言えない温かさに力んでいた肉体が安らいでいくのを実感する。

 

朝食を終えた私たちはラウンジのソファに座り、まったりと過ごす。タルタロス探索の翌日とは思えない満ち足りた雰囲気に、私たちの思いは桐条先輩に何を言うでもなく伝わった。

 

「まいった。君たちの意見を認めよう」

 

それは巌戸台分寮に寮母さんを置いて、食事面をカバーしてもらうということ。第一候補は勿論、朝から食べるのを断固阻止させていたカレーの仕上げに入っている総司くんだ。

 

「昨日の昼食と夕食も素晴らしかった。我々の要望を満たしつつ、完璧に調理を仕上げるあの心構え。タルタロスでの君たちの戦果。目を見張るものがある」

 

桐条先輩と優ちゃんは頷きあって総司くんの方へ視線を向けた。彼は視線に気づき顔を上げたがそのころには2人はこちらに顔を向けていた。

 

「エクセレントって、桐条先輩も言っていましたしね」

 

私がちらっと総司くんを見るとカレーとは別に何かを茹でている。ポテトサラダかな。

 

「総司くんのオリジナル調味料もまた凄いよ。ジャンクフードばっか食べてる順平に、美味い美味い言わせて野菜を食べさすんだよ」

 

「地中海の塩とハーブの何種類かを混ぜたものだとは思うが、詳しいことは分からない」

 

「桐条先輩でも判別できない代物を中学生の彼がねぇ」

 

ゆかりもソファに背凭れながら総司くんの様子をのぞき見る。

 

肝心の総司くんはまな板の上で何かを切り分けた後、私たちの前にお皿を置いた。

 

見ただけで完熟し、食べごろだと分かる果肉が盛りつけられていた。

 

4人全員がその果肉に目を奪われ、生唾をごくりと飲み込む。こ、これがお預けをくらっているわんちゃんの気持ちか!

 

総司くんはそんな私たちの心の変異に気づかず、さも当然と言わんばかりにフォークの準備をした後、台所に戻っていって作業を再開した。

 

「食べて……いいんですかね」

 

「私たちの前に置かれたということはいいんだろうな」

 

「お皿に盛りつけられているだけなのに、どうしてこんなに神々しいの!?」

 

「よし皆の者、実食じゃ!」

 

上から優ちゃん、桐条先輩、ゆかり、私の発言である。

 

フォークで突き刺しただけで滴り落ちて行く果汁、それがもったいなくて放り込んだ口の中でその果実は甘い余韻を残し消えた。

 

「「「「あぁっ!?飲み込んじゃった(でしまった)!!」」」」

 

味合わなければと思うが中々、思うようにいかず。あっという間に残り1つずつになってしまった。

 

「どうしてこのレベルのものを何の説明もなしに出すんだ」

 

桐条先輩は恨むような目つきで総司くんを見る。

 

「美味しいって分かっているのに、味わえていないよ」

 

さめざめと涙を流す優ちゃんはツンツンと最後の一個をつついている。

 

「いやなんなの、なんなのこれ。ありえないでしょ、ありえないよ、こんなの」

 

ゆかりのそのセリフは時期早々なのではなかろうか。

 

私も最後に残った一欠けらを見て、決意を固める。みんな同時に最後の一個を食べ飲み込まないようにしながら、味わい…………。

 

【死は、ふいに来る狩人にあらず もとより誰もが知る……】

 

「違う違う。これは死んだ時のってあれ?」

 

気づいた時には昼前になっており、真田先輩と順平が昼ご飯の準備を手伝っている奇妙な光景を目の当たりにした。

 

「やっと起きたのか、湊っち」

 

ポテトサラダの盛り付けをしていた順平に話しかけられる。その不自然さに首を傾げていると

 

「美鶴が起きた瞬間に鳴上兄に詰め寄ってな。現在、追いかけっこの最中だ。だから、準備を万全にし、戦いに備えておく」

 

そういう真田先輩は大皿を持って炊飯ジャーの前を陣取っているが、確かに気持ちはわかる。カレーの匂いは食欲をおおいに掻き立てるうえに、作ったのは総司くんだ。拙いはずがない。

 

ゆかりや優ちゃんたちも再起動しはじめ、周囲の状況を確かめている。

 

よし、私も総司くんを捕まえに行くか!

 



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P3Pin女番長 5月ー③

5月5日(火)

 

ゴールデンウィークの最終日、真田先輩の慌てる声に導かれて1階のラウンジに向かうとティーカップに口をつけたまま、朝日を浴びながら彫刻のように時を止めた桐条先輩の姿があった。なんかデジャブを感じる。

 

正確にいえば一昨日の朝食後に出されたデザート。結局総司くんに問い詰めても何の果物だったのか教えてくれなかった。

 

その総司くんはすでに朝食を作り終え、帰宅の準備を整えて来たらしく、ここに来た時の服装をしていた。肩には件のボストンバックを掛けている。

 

今は桐条先輩を起動させる方が先だと思い、狼狽えている真田さんを押しのけて彼女の鼻をつまんだ。

 

 

 

その日の夜の巌戸台分寮4F作戦室

 

机の上に無造作に置かれた紙の束。

 

それを囲むようにして座る私たち。最初に口を開いたのは頭に包帯を巻いた桐条先輩だった。

 

「“これ”を妹から話を聞いて作成した……と言っていたんだな、伊織」

 

「その通りっス。総司自体は桐条グループが開発しているゲームのβ版をオレたちがモニターしていると勘違いしているみたいっスけど」

 

私は机の上に置かれている紙の束を手元に引き寄せ、表紙を捲る。

 

そこには【世俗の庭 テベル】2F~16F の『フロア別シャドウ分布』、『シャドウ詳細データ』、『宝箱データ』が項目別に手書きだが見やすく整理され書かれていた。

 

私はその中でも聞き覚えのないシャドウの名前があることに気づき、隣に座っていたゆかりに問いかける。

 

「ねぇ、ゆかり。【死甲虫】ってどんなシャドウだったっけ?」

 

「えっと、……順平パス」

 

「は?何々、死甲虫。……戦ったことあったか?」

 

ゆかりに突然話を振られた順平は帽子を脱いで頭を掻き、思案するように眉を顰めたが思い浮かばないらしく諸手を上げる。私は桐条先輩に視線を向ける。

 

「鳴上、どんな奴だった?」

 

「ええっと……覚えていません」

 

優ちゃんの気落ちしたような声が作戦室に木霊する。優ちゃんはこの緊急会議が始まってからずっと体を縮み込ませている。一般人である総司くんにシャドウのことやタルタロスのことを相談という形で話を聞いてもらっていたのだ。

 

「いくら何でもお前たちが戦ったことのないシャドウを、一般人である鳴上兄が知る訳ないだろう。それよりも美鶴、他のシャドウのデータの信憑性はどうなんだ」

 

壁に凭れかかりながら様子を窺っていた真田先輩が、私の手に収まっていたタルタロス攻略本(仮)を取り上げ、桐条先輩につきつける。

 

桐条先輩はそんな行為に目くじら立てることもなく、冷静に返答していく。

 

「ほぼ間違いないだろう。私も全てのシャドウのデータを覚えている訳ではないが、弱点くらいは分かる。しかし、このように書き出したものが手元にあると何かが起こった時に困らずに済むというメリットを考えると今後も書き出していってもらった方がいいのではないだろうか」

 

「つまり、優ちゃんは無罪放免ですか?」

 

ゆかりが桐条先輩と優ちゃんを見ながら告げる。

 

被告人の優ちゃんは体をガクガクと震わせながら、桐条先輩を見つめている。

 

「影時間やシャドウのことを世間に伏せているのは、影時間に適正を持たない者にいらない心配をさせないためだ。今後は気掛けて行動するようにしてくれ、以上だ」

 

「はい。……すみませんでした」

 

優ちゃんが私たちに向かってぺこりと頭を下げる。

 

今回は総司くんがうまいように勘違いしてくれたから助かった。がしかし、こういう風になったのは私たちが優ちゃんの心のケアを怠った故のことではないだろうか。タルタロスにおいて前線で勇敢に戦っているけれど、彼女は中等科の3年生で15歳だ。

 

仲間としての信頼関係を築けたと自信を持って言えないくらい短い付き合いだ。

 

それよりも生まれた時からずっと一緒で、今まで頼りにしてきた双子の兄を頼ろうと思うのは当然のことなのではないだろうか。

 

そう思いながら顔を上げる、と今度は桐条先輩が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。何事かと思って、声を掛けよとしたが先に桐条先輩が話し始め、

 

「話は変わるが、寮母の件。……すまない、断られてしまった」

 

「「「「なにぃっ!?」」」」

 

私たちは絶叫した。

 

 

 

『もしもし、優?どうしたのさ』

 

携帯電話の通話をスピーカーモードにして皆に聞こえる様にして、優ちゃんが総司くんと話すのを私たちは静かに見守る。私たちとしては総司くんにはぜひ巌戸台分寮に引っ越してきて欲しい。

 

その理由は総司くんが巌戸台分寮にて料理をふるまってくれた、このゴールデンウィークの内にタルタロスの探索は行ける所まで行くことが出来たからだ。ここまでやれたのは彼の料理の恩恵であることは確実。

 

「うん、あのね。巌戸台分寮に引っ越して料理をふるまってくれないかって桐条先輩から打診されなかった?」

 

『されたけど、断ったよ。以前、優に言った通り土曜の昼食と夕食は作りに行かせてもらうけど』

 

「……なんで?」

 

『なんでって、……逆に聞くけど、どうしてそこまでしないといけないの?』

 

優ちゃんはどうして総司くんがこんなことを言うのか理解できない様子であるけれど、私はピンとくるものがあった。肝心なことを忘れていたのだ。優ちゃんが15歳なら双子の兄である総司くんもまた15歳の男の子だっていうことを。

 

運動部の助っ人、生徒会の手伝い、住んでいるマンション内でのご近所付き合いなどの理由をあげる総司くん。毎日が忙しい訳ではないが、自分の時間も欲しいし“監視されるのは好みじゃない”と一方的に告げ彼は電話切ったのだった。

 

優ちゃんは「……監視?」と首を傾げている。私は周囲の様子を見渡して、隣に座るゆかりに声をかけた。

 

「桐条先輩たちは分かるとして、なんでゆかりは隠しカメラのことを知っているのかな?」

 

「あ、いや、あのね。その……色々とあるんだよ」

 

ゆかりは冷や汗をかきながら後ずさっていく。

 

後で桐条先輩に言って、この寮に仕掛けられている隠しカメラを全廃してもらわないといけない。隠しカメラの存在は百害あって一利なしみたいだし。

 

 

 

タルタロス攻略本(仮)から始まった緊急会議はこれにて終了という流れになり解散となった。攻略本(仮)の検証は後日行うことになり、各々自室に帰っていく。私も皆の後を追って作戦室から出る。すると私を待っていたかのように順平が小さな声で話しかけてきた。

 

「結局、総司の奴。本音を語らなかったなー。あいつ明らかに真田サンがカレーにプロテイン掛けた時と、桐条先輩が食べ方の作法を尋ねた時に目を細めていたから、気に障ったんじゃねぇかなって思ったんだけど」

 

「……それ本当?」

 

「おう。ゲーセンに行った時にそれとなく聞き出す予定だったんだけど、うまくいかなくてさ。それと真田サンが言っていたシンジっていう人の名前も気にしている様子だったぜ。一応、リーダーの耳には入れておこうと思ってな」

 

それだけ言って順平は階段を降りて行った。

 

総司くんの本音か……。

 

彼が空気を読むのが得意で本当によかった。

 



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P3Pin女番長 プリーテス戦ー①

5月9日(土)

 

今日は満月で、影時間の中で出会った不思議な少年から“試練が来る”と予告された日。

 

あの言葉が気になり、私はどこにも寄り道をせずに寮へ帰る。幸い今日は土曜日で、総司くんがご飯を作りに来てくれる日である。足取りは幾分か軽かった。だから…

 

「こんなのあんまりだよ……」

 

期待が大きかった分、落ち込む反動も大きかった。

 

出張から帰ってきた両親と一緒に食事をするということで桐条先輩に外泊届を出し家に帰ってしまった優ちゃん。優ちゃんが寮にいないということは総司くんがご飯を作りに来る必要もないので、本日の昼食と夕食は自前で準備しなくちゃならない。

 

今夜の影時間はいつもと違うことが起きる可能性が高いのに、優ちゃんいない&総司くんのご飯の恩恵がないのはもの凄く痛い。

 

順平はこれから出かけるらしい。私もどこかで食べてこないと……。

 

 

夕食はゆかりと待ち合わせて、定食わかつ巌戸台店で食べる。

 

出されたものを食事しているとゆかりが箸を置いて話しかけてきた。

 

「ねぇ、湊もある程度作れるんだよね」

 

「うん、勿論。自炊しないといけない時期もあったし」

 

「……優ちゃんも作れるらしいからさ、私たちで平日は当番制にして作らない?材料費は桐条先輩に言ったら出してもらえるだろうし」

 

私も魚のフライをしっかり咀嚼して飲み込み、頷いた。

 

何もかもを総司くんに任せようとするからいけないのだ。せっかく土曜日は来てくれるって言ってくれているんだから、日曜日まで食べられるようにカレーやビーフシチューなどのものを作ってくれるように頼めばいいんだし。

 

「ゆかりは火曜と金曜が部活だったよね。そして優ちゃんは月曜、水曜、金曜が部活。……私が火曜と金曜を担当して、ゆかりが月曜と水曜、優ちゃんが木曜で、1回してみようか」

 

「とりあえず3人分でね。順平たちも後から食べたいって言ってきたらその時に考えよっか」

 

「そうだね」

 

その後も私とゆかりはご飯を食べつつ談笑して時間をつぶし、寮へと帰るのだった。

 

 

 

そして、深夜。巌戸台分寮内に緊急招集の警報が鳴り響いた。

 

作戦室に駆けつける私たち。

 

「何スか!?敵スか!?」

 

「タルタロスの外で、シャドウの反応が見つかった。詳しい状況は解らないが、先月出たような“大物”の可能性が高い」

 

順平の質問に桐条先輩は私たちに状況の説明を続ける。

 

影時間は知覚できない一般の人にとって“無い”もののため、その間に街を壊されたりなどすれば矛盾が生じてしまう。桐条先輩としてはそれだけは絶対に阻止したいようだ。

 

「ま、要は倒しゃいいんでしょ?やってやるっスよ!」

 

桐条先輩の説明に順平は軽く答える。

 

豪胆なのか、それとも考えなしなのか、ゆかりが呆れたように抗議の声をかける。

 

「また、あんたは……」

 

順平とゆかりのやり取りを一瞥した桐条先輩は、拳を鳴らしてやる気を見せている真田先輩に向き直り一言、釘をさす。

 

「明彦はここで理事長を待て」

 

「なっ……冗談じゃない!?俺も出る!」

 

「まずは身体を治す方が先だ。足手まといになる」

 

「なんだと!」

 

桐条先輩の指示に真田先輩は大声をあげて抗議するが、完全に怪我が治っていない真田先輩を戦闘に参加させるつもりは桐条先輩になさそうだ。

 

「明彦……もっと彼女たちを信用してやれ。皆、もうタルタロスを探索し実戦をこなしているんだ」

 

「……くそ」

 

桐条先輩の説得に納得がいかないのか真田先輩は悔しそうに表情を歪ませている。

 

「まかして下さい!オレ、マジやりますからっ!」

 

そんな真田先輩を見て順平は自信を込めて宣言する。それを見ていた桐条先輩は思案するように眉を顰めさせた後、私に向き直った。

 

「仕方ないな……結城。現場の指揮を頼む」

 

「やっぱりそう来るんスね……」

 

その言葉を聞き、順平はあからさまに落胆する。

 

「鳴上がいないから戦力は落ちるが頼むぞ……できるな?」

 

「了解です」

 

桐条先輩の確認に私は短く答え、ゆかりと順平に目配せした。ゆかりは頷いてくれたが

 

「つーか、もうこのまま、リーダー固定っぽいよな」

 

と、順平は小さな声で呟き私を見ることはなかった。

 

「美鶴は外でのバックアップに準備がいるだろう。他の3人は先行して出発しろ」

 

「駅前で待っていてくれ、すぐに追いつく」

 

真田先輩の言葉を引き継ぎ、桐条先輩が指示を出す。私たちは指示に従い作戦室から出て階段を降りた。

 

 

 

 

「まだかな……」

 

「すぐ来んだろう」

 

指定された巌戸台駅前で、桐条先輩を待つゆかりの呟きに順平が何気なく答える。

 

ゆかりはその言葉に答えることなく、何気なく夜空を見上げている。

 

「今夜は満月か……なんか、影時間に見ると不気味ね」

 

「確かに、もの凄く大きい上に明るいしね」

 

私たちの言葉を聞いて順平も夜空に浮かぶ月を眺める。すると遠くからエンジン音が聞こえてくる。

 

「……ん?なんだぁ!?」

 

その音に最初に気づいた順平が立ち上がって音の発生源を探っていると、タルタロスで支援機材を搭載していたバイクに乗った桐条先輩が到着した。私たちの前でバイクを止めエンジンを切った桐条先輩は颯爽と降り立ち、ヘルメットを外す。

 

「遅れてすまない。いいか、要点だけ言うぞ。情報のバックアップを今日はここから行う。君たちはタルタロスのように動け」

 

色々と聞きたいことがある私たちのことは放っておいて、桐条先輩は説明を続ける。

 

「シャドウの位置は、駅から少し行った辺りにある列車の中だ。そこまでは線路上を歩くことになる」

 

「え、線路を歩くって、それ、危険なんじゃ」

 

順平は桐条先輩が乗ってきたバイクを見ながら言う。

 

「心配ない。影時間には機械は止まる。無論列車も、動くはずがない。このバイクは“特別製”だから例外だがな」

 

桐条先輩は順平を含め私たちに向かって微笑む。

 

「それに状況に変化があったら私が逐一伝える。よし、では作戦開始だ!」

 

桐条先輩の指示に従って私たちは駅構内に入り線路に降り立った。

 

『そこから200メートル前方に停車しているモノレールがあるはずだ。乗客に被害が出るとマズイ。急行して……いや、待て』

 

「どうしたんスか、桐条先輩」

 

急に言い淀んだ桐条先輩の声。順平は何か変わったことがあったのかを尋ねる。

 

『この反応は戦闘をしているのか?戦っているのは鳴上と、……荒垣っ!?』

 

荒垣っていう名前に私は聞き覚えはないけれど、桐条先輩にとっては意外な人だったようだ。それに、優ちゃんがすでに戦っているなんて

 

「2人とも急ごう。何が起こっているのかわからないけれど、私たちならきっと大丈夫だよ」

 

「うん」

 

「おう!さっさと行こうぜ、リーダー!」

 

私たちはそれぞれ武器を握りしめ、モノレールへと走るのだった。

 



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P3Pin女番長 プリーテス戦ー②

5月9日(土)

 

私は電灯の下で兄さんが持ってきた小さな折り畳み椅子に座り、兄さん一押しの小説のひとつである弱虫先生シリーズの前身である『弱虫大学生 最後の教育実習』を読んで時間を潰している。暇つぶしにと借りたものだったが、読んでいるとなんだか寛容さが上がった気がするのは何故だろうか。

 

携帯電話で時間を確認すると22時を過ぎ、辺りには冷たい風が吹き5月といえ肌寒くなっている。防寒を意識した服装をしてきたつもりだったが私は現在、兄さんから借りた“爆釣ベスト”を着ている。腕の可動域が広く動きやすくて保温性にも優れていて、釣りをする人に大人気なのがよく分かるような気がする。

 

肝心の兄さんは持参したクーラーボックスからはみ出るくらい大漁にメバルや黒鯛などを釣り上げていた。

 

海のヌシと呼ばれる巨大な白いシーラカンスみたいなものを釣り上げた時には周りの釣り人たちが一斉に押し寄せ、その場は一時お祭り状態となったのだが、周囲が色々と騒ぎ立てている横で兄さんは釣り上げた海のヌシを、

 

「今度は簡単に釣られるなよー」

 

と、何の躊躇いもなくリリースした。私たちの周囲に集まっていた釣り人たちの目が点になった。兄さんはそんな周囲の目を気にすることなく、釣りを再開。そして、この大漁である。

 

私も竿を借りてやってみたが兄さんのようにうまくいくはずもなく、現在は大人しく小説を読んで彼が釣りを止めるのを待っている状況だ。

 

そもそも私が兄さんの趣味のひとつである釣りに付き合って、真夜中の外港にいるのは単に放っておいたら影時間を外で過ごすことになる兄さんを心配してのことだ。父さんたちが予定通り家に帰っていたらこんなことにはならなかったはずなのに。

 

「まったく、父さんたちも飲みの誘いくらい断って、帰ってきてくれてもいいじゃない」

 

私は本を閉じて夜空に浮かぶ満月に向かって愚痴をこぼした。

 

 

 

 

長期出張で海外に出ていたらしい両親が帰ってくると兄さんから話しを聞き、桐条先輩に外泊届を出し家に向かったのは11時過ぎ。

 

家に帰り着いた私に兄さんは「汗を流してくるといいよ」と言って台所に向かった。

 

私はシャワーを浴びて汗を流した後、ラフな私服を着てリビングに行き兄さんが作った昼食をテレビで録画していた恋愛ドラマを見ながら食べる。食後のデザートもついて、気分はセレブそのもの。

 

私はそのままソファに座ってドラマの続きを見る。

 

兄さんは忙しく家の掃除をしたり、夕食の下ごしらえをしたりとせっせと動き回っている。前に手伝うといって兄さんの手伝いをしたことがあるのだが、いくら双子いえどもテレパシーとか使えるわけではないので、ただただ足を引っ張っただけという結果になってしまった。兄さんは気にしなくていいと言ってくれたが、私のなけなしのプライドはそこで一度バラバラに砕け散った。

 

今ではちゃんと掃除や料理を兄さんの邪魔にならない程度ですることができるようになったが、今日の兄さんのスピードはMAXモード。とてもついていけそうなレベルではない。私は大人しくソファの上で体育座りになり、録画していたアクション物の映画を再生した。

 

そして、日もだいぶ落ちて来たころ、兄さんの携帯が鳴った。

 

どうやら父さんからのようだ。最初は嬉しそうな表情だった兄さんが、微妙に目を泳がせた時点で私は諦めた。

 

どうやら本社に寄った際に上役の人たちに飲みに誘われたらしく、朝帰りになりそうだということらしい。そう申し訳なさそうに告げた兄さんに私は

 

「……そっか」

 

と素気なく答え、ソファに寝そべった。そして天井を仰ぎ見ながら

 

「仕事人間であるあの両親に何を期待しているんだろ……。私のバカ……」

 

呟いて、顔を隠すようにして私は両手で顔を覆った。

 

兄さんと夕食を食べた後、ぼーっとテレビを眺めていると兄さんがキッチンでクーラーボックスと釣り竿の準備をしているのが目に止まった。

 

時計を見れば20時30分を過ぎている。

 

「……何をしているの、兄さん?」

 

「んー。今日は外港の方でメバルがよく釣れるって釣り仲間のおじさんから連絡が来てたんだ。父さんたちが帰ってくるということで釣りに行くのは諦めていたんだけど、飲みで朝帰りでしょ?なら、ちょっと行って釣ってこようと思って」

 

ちょっとそこのコンビニに行ってくると言うような軽いノリで答える兄さん。

 

「え、今から?」

 

「うん、そうだよ。メバルの煮つけ、好きでしょ?」

 

うん、兄さんが作る料理は全部好きだよ。和食・洋食・中華、何でも。ではなくて、

 

「今から行くの?」

 

「父さんたち朝帰りでしょ。それまでに家へ帰りつけば問題ないしね。あ、でも優は危ないからお留守番お願い」

 

意気揚々と準備する兄さん。彼は夜通し魚を釣る気なのだろうか。

 

確かに明日は日曜日で休みだけれど、

 

父さんたちは朝帰りかもしれないけれど、

 

剣道以外で私が勝てる所のない兄さんだけれど……。

 

影時間の中において兄さんは一般人のソレと変わりない。無気力症と兄さんは何の関係もなさそうだけれど、双子の私に適正があるのだ。兄さんがいつ覚醒するかも分からない。それで兄さんがシャドウに襲われでもしたら、きっと鳴上家はすぐに崩壊してしまうだろう。兄さんという緩衝材がないと、私はあの両親とやっていける自信がないし。

 

「……私も行く!」

 

「え?どこに?」

 

きょとんとした表情を浮かべる兄さんに詰め寄る私。

 

「兄さんと一緒に釣りに行く!」

 

「前、誘った時は興味ないって言ってt……分かった、分かったからそんなに睨まないで」

 

兄さんは私についてくるなら、夜は寒くなるから厚手の衣服を着る様に指示してきた。

半袖でもいいくらいなのに何故と首を傾げたが、家から出て移動する中で兄さんの指示は的確だったことを思い知る。外港の堤防付近は海から吹きつける風で肌寒いというレベルではなかったのだ。

 

 

 

 

ビチビチとクーラーボックスの中で躍動する新鮮そのものの魚たち。ただ量が半端ない。

 

「これ全部持って帰るの?」

 

「うーん。やっぱり釣りすぎたかな。小さいのは逃がしたんだけれど、釣った魚を食べきれないから逃がすっていうのもなぁ」

 

「食べきれないから捨てちゃうのはもっと酷いと思うけど?」

 

「……師匠にお裾分けして、明日優が巌戸台分寮に戻るのについて行って、煮つけにしちゃうのがいいか。今日のお詫びにさ」

 

お詫びか。確かに今日は土曜日だ。

 

先週のゴールデンウィークからお預けになっている兄さんの料理、きっと結城先輩や岳羽先輩は楽しみにしていそうだったし、兄さんは釣りすぎた魚を無駄にすることなく消費できるしいいんじゃないのかな。

 

「……って、聞き捨てならない単語があったよ、兄さん?」

 

私が振り向くと兄さんは携帯で誰かと会話していた。なんだか兄さんが一方的に話を進めているように見えるけれど、電話相手はいったい誰なのだろうか。

 

「じゃあ、巌戸台駅のホームで待ち合わせるということで。えっとここからだと大体1時間くらいか……。では23時40分ごろにお願いします、師匠」

 

『おいこら、待』

 

兄さんは相手の返事も聞かずに通話を切り、流れるような手つきで携帯の電源を落とした。これで師匠と呼ばれた相手は兄さんにかけ直すことが出来ず、文句を言うには待ち合わせ場所に来るしかない。

 

「え、えげつない」

 

「大丈夫!師匠はなんだかんだ言って、後輩のお願いを“断らない漢(おとこ)”な先輩だから」

 

「魚をお裾分けする時点で予想付くけど、……何の師匠?」

 

「もちろん料理さ」

 

親指を立ててサムズアップする兄さん。

 

先日のゴールデンウィークにて巌戸台分寮にてその料理の腕を満遍なく振るった兄さんだったが、カレーライスにプロテインをぶっかけるという無礼を働いた真田先輩に、それとなく野菜を食べるように手回ししていた際に告げられた幼馴染の名前が気になったらしい。

 

で、学校が終わった後に聞き込みをして、真田先輩と同学年でシンジと呼ばれていた先輩が休学していることを調べ上げた兄さん。彼がよく出没するという店を張り込み、なんやかんやあって弟子入りしたとのこと。

 

兄さんが迷わず弟子入りするくらいの料理の腕を持つ男の先輩がいるとは世間は狭くて、その道の世界は広いなぁ。

 

嬉しそうにその師匠のことを語る兄さんが子供っぽくて、微笑ましいと思ったのは秘密だ。

 

他愛ない話をしながら私たちは最寄りの駅に向かって歩き、乗る予定であった電車を見送るという事態に陥ったのはもはやお約束であった。

 

 

 

 

兄さんの師匠と呼ばれる先輩と待ち合わせした巌戸台駅のホームについたのは23時50分を少し過ぎたころ。ドアが開くと同時にホームへ飛び出た兄さんはホームに人影がないことに焦って、乗ってきたのとは反対側の列車に飛び乗った。

 

後輩の頼みを断らない先輩ならホームにいると思うけど……とホームを捜すと長袖のいかついコートを着て黒いニット帽を被った背の高い男の人が柱に凭れかかるように立っていた。足元には律儀にクーラーボックスが置かれている。

 

「なるほど……。後輩の頼みを断らない男の先輩」

 

私はその男の人に近づき声を掛けた。

 

「こんばんは。兄さんの師匠さんですか?」

 

「ああ?」

 

頭ひとつ分くらい小さな私を見下ろす師匠さん。

 

「……そういや双子の妹がいるとか言っていたか。……ちっ、アイツは?」

 

「その電車の中です」

 

私が指差すと同時にホームに放送が流れる。

 

『間もなく1番ホームの列車が発車いたします。御乗りの方はお急ぎ下さい』

 

「「…………」」

 

『1番ホームの列車が発車いたします。ホームにいるお客様は白線の後ろまでお下がりください』

 

放送の後、閉まるドア。列車に飛び乗った私とクーラーボックスを持った師匠さん。

 

「あの馬鹿が。待ち合わせ場所を指定したのはテメェだろうが」

 

「……あの」

 

「ん、……何だ?」

 

「真田先輩のお知り合いってことは、あの時間のことはご存じなんですよね?」

 

「……知らないと言ったら?」

 

「あと5秒ですけど」

 

師匠さんはクーラーボックスを床に置き、コートのポケットから特別課外活動部の面々がそれぞれ持っている召喚器を取り出した。

 

「……ちぃ、油断すんなよ」

 

「はい、勿論です」

 

私は護身のためと兄さんに言って持ってきた竹刀袋を床に置き、その中から武器を取り出し、その時を待った。

 



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P3Pin女番長 プリーテス戦ー③

5月9日(土) モノレール内

 

兄さんの料理の師匠こと、荒垣真次郎先輩と共に影時間の為に停車している列車の中を先頭車両に向かって歩く。荒垣先輩は武器を持ってきていないため、左手に召喚器しか持っていないが、私や兄さんとは別ベクトルでの戦い方を熟知しているようだ。

 

「おい、気ィつけろよ。くるぜ」

 

「っ!?シャドウ、何で!?」

 

私は武器を正眼に構える。

 

荒垣先輩はごきりと首を鳴らすと同時に、自分のこめかみに召喚器をつけた。そして、シャドウを睨みつけつつ、ペルソナを召喚する。

 

「来い、カストール!」

 

荒垣先輩が呼び出したペルソナ『カストール』は長髪で胸の所に折れた槍のようなものを突き刺したまま馬に跨る男ような姿をしていた。その姿から頼もしさと一緒に、なんだか別の負のイメージが頭をよぎる。が、

 

「デッドエンド!」

 

荒垣先輩が呼び出したカストールは強力な斬撃系のスキルを放ち、正面にいたシャドウを消滅させる。他にもいたシャドウもカストールの強さに怯えているようにも見える。

 

チャンスだと思い私も召喚器を使ってペルソナを呼び出す。

 

「行くよ、ウシワカマル!電光石火」

 

物理特化型である私のペルソナのウシワカマルが覚えた新しいスキルは全体攻撃技だった。ダメージは少ないけれど、先制で全体攻撃が出来るとその後の戦闘が楽になるって結城先輩も言っていた。それに荒垣先輩のカストールにシャドウたちが恐怖していたおかげで、ウシワカマルの攻撃を受けたシャドウは1体も残らず消滅した。

 

安堵のため息をついていると荒垣先輩から窘められた。

 

「勝ったからって浮かれんなよ、足すくわれるぞ。……って、なんだこれは」

 

私はショルダーバックから取り出した瓶を荒垣先輩に差し出す。

 

「荒垣先輩、さっきの体力消費系のスキルですよね。傷薬です、飲んでください」

 

「俺には必要ねぇ、カストールは治癒能力があるからな。それはテメェが飲め、鳴上妹」

 

ペルソナの可能性は無限大のようだ。結城先輩のように次々とペルソナを入れ替えたり、タルタロスで怪我をしたら軽ければ全快させる回復を使ったりする岳羽先輩。かと思えば治癒能力を持っているものもいるなんて。

 

私は荒垣先輩に差し出していた傷薬を自分で飲み干す。荒垣先輩も行った通り、私も少なからず体力を消費していたからだ。

 

「次、行くか」

 

「はい、準備は大丈夫です」

 

「……さっきから思っていたんだが、出てくるシャドウの弱点。分かるんだな」

 

「はい。暗記していますから」

 

「暗記だと?」

 

「赤と青の十字架っぽい奴と、囁くティアラの色違い版と、ニヤけたテーブルっぽいのは初見だったので道具で調べましたけれど、他は全部タルタロスの16Fまでに出てくる奴ばっかりだったので余裕でした」

 

兄さんが作成したタルタロス攻略本(仮)は現在とても役立っている。桐条先輩のサポートがない状態で人数的にもいつもの半分しかいないにも関わらず、戦っていられるのは単に荒垣先輩が思っていた以上に強いことと、兄さんの攻略本のおかげである。

 

「まあいい。背中は任せr」

 

『荒垣、鳴上、無事か!!』

 

「うわっ、桐条先輩!?」

 

荒垣先輩が先頭車両に行くためのドアに手を掛けた所で、桐条先輩の声が頭に響き渡った。荒垣先輩もまた聞こえているようで眉を顰めている。

 

「なんでテメェが出てくる」

 

『話は後だ!その列車内には大型シャドウと思われる反応がある。そいつと戦っていないのであれば、結城たちの到着を待て!』

 

桐条先輩の焦った声色にこれは本当のことなのだなぁと思っていたら、先導するように私の前を歩いていた荒垣先輩が足を止めていた。どうしたのだろうと彼を避けて、先頭車両を見ると……。

 

「桐条先輩、一足遅かったみたいです。今、私たちの前にその大型シャドウっぽいのがいます」

 

『くっ……。2分、持ちこたえろ。結城たちを急がせる』

 

「待って下さい、桐条先輩。初見のシャドウ3体の弱点を結城先輩たちに!」

 

『助かる、鳴上。荒垣、頼むぞ』

 

「ああ、任せろ。つか、デカけりゃいいってモンでもねえだろ」

 

荒垣先輩は大型シャドウを睨みつけながら告げ……んん?

 

彼の視線の先にあるのは……。

 

「荒垣先輩、……セクハラです」

 

「どこ見て言っていやがる!」

 

え、それを荒垣先輩が言いますか?

 

大型シャドウの胸をガン見していたじゃないですか。

 

 

 

■■■

 

モノレールの傍にたどり着いた私たちは桐条先輩に確認するが返事がない。通信の具合からして、別のだれかと通信しているようだ。

 

「繋がらない以上、私たちで判断するしかないね。優ちゃんと荒垣っていう人が先にいて戦っているらしいし、状況は刻一刻と変化している。2人とも油断しないで」

 

「うん、解った」

 

「へへっ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」

 

順平が嬉しそうに気合いを入れている。それが空回りしないように今は祈るしかない。

 

「じゃ、乗り込みますか!」

 

そう言って、一番前にいたゆかりがてすりに手を掛けようとしたので、待ったを掛ける。

 

「ゆかり、ちょっと待った」

 

「え、何なの、湊?」

 

「順平、先に行って、安全を確保してくれない」

 

私はそう順平に向き直って言いつつ、ゆかりに見えないようにスカートを指差す。順平は私の意図に気づき、ゆかりにキシドーブレードを預けた上で乗り込んだ。そして、ゆかりに手を差し出す。

 

「この車両にはシャドウはいねえようだぜ。拍子抜けしちまう」

 

「順平、桐条先輩が言っていたでしょ。優ちゃんと荒垣っていう人は戦闘しているって」

 

「そうだったな。わりぃ」

 

そう言って順平は車両内で武器を構え、いつでも戦闘できるようにしている。

 

「ゆかり、行こう」

 

私たちはモノレールの最後尾車両に乗り込んだ。

 

その直後だった。開いていたドアが全て閉まり、閉じ込められたのは。私たちは各々武器を構え背中合わせに立ち、どこからの襲撃にも耐えられるようにする。しかし、一向にシャドウは出現しない。

 

「なんだよ、結局でねぇのかよ」

 

順平が強がるような発言をして武器を取り下げた瞬間、頭の中に桐条先輩の声が響いた。

 

『鳴上と荒垣が大型シャドウに遭遇した。急ぎ、先頭車両に向かってくれ!出現するシャドウはタルタロスの16Fまでに出てくるものに加えて新顔が3体。詳しいことを説明している暇がないので、姿と弱点だけ伝える。十字架が雷と風、囁くティアラの色違いが氷と風、テーブルが炎だ。覚えたな』

 

総司くんの攻略本(仮)がいきなり役立ったー!?

 

ゴールデンウィークが終わってからタルタロスに行った時は検証作業をしてきたから、姿を確認した瞬間に弱点が解るし、弱点属性スキルを持っていないゆかりや順平も“道具”を使うことで効率的に戦えるようになっている。

 

「それじゃあ、急いで先頭車両にって、うわわわわ」

 

「何、なんなの!?」

 

「おわっ……、なんだよ。動かないんじゃなかったのかよ!?」

 

私は2人に行こうと声を掛けようとしたのだが、突如起きた衝撃で思わず尻もちをついてしまった。ゆかりや順平もたたら踏んで吊革に掴まったり、座席に倒れ込むようにして怪我はなさそうだが、それよりも厄介な状況が起こった。

 

モノレールが動き始めたのだ。

 

『どうやら、列車全体がシャドウに支配されているらしいな。それにその本体は現在、鳴上や荒垣と戦闘中で……鳴上!?おい、しっかりしろ!―――――』

 

桐条先輩の通信は途切れた。不安の一言を残して……。

 

「え、これってマジ?」

 

順平は狼狽するように隣にいるゆかりに声を掛ける。

 

「急ぐよ、順平、湊!こんなところでしゃべっている暇なんてない!」

 

「正面に立ちふさがるシャドウだけ倒して、他は全部無視する。先頭車両までノンストップで行くよ。順平、お願い!」

 

「任せろ!行くぜ、ヘルメス!」

 

私たちは全力で駆けだす。

 

順平が道を切り開き、ゆかりがその道を広げ時に回復も担当する。

 

私はそんな2人のフォローに回る。桐条先輩からもたらされた新顔のシャドウに対しても優位に戦いをすすめることが出来、私たちは2分もかからずに先頭車両に飛び込んだ。

 

「いた……!うっわ……すっげー事になってんな」

 

先頭車両で私たちを待ちうけていたのは、左右が白と黒で塗り分けられた上半身裸の巨大な女性の姿をしたシャドウだった。シャドウは官能的に身体をくねらせ、頭部から伸びた帯状の髪がモノレール内部とつながっていように見える。

 

「お前ら、こいつを頼む」

 

声がした方を見れば、頭から血を流しぐったりとした様子の優ちゃんといつかの病院であった少年がいた。

 

「っ!?優ちゃん!」

 

「ゆかり、回復をお願い。順平、“荒垣さん”と一緒に前に行って!私がサポートに回るから!」

 

「おうよ、任せとけ」

 

「遠慮はいらねぇ、どんどん指示しろ。……コイツは桐条と同じ属性スキルを使う。『ブフ』系統の全体攻撃だ。鳴上妹はコイツが呼び出したシャドウに背後から攻撃を受け、昏倒した」

 

荒垣さんが戦いを進める上で必要な情報を出してくれる。

 

私は回復に勤しんでいるゆかりに声を掛けようとしたけど、

 

「大丈夫だよ、聞いてた。優ちゃんの回復が済んだら、援護に回る。後ろは気にしないで」

 

「ありがとう。2人とも行こう!」

 

私は氷結属性に耐性のあるジャックフロストを降魔し、武器のなぎなたを構えて大型シャドウに斬りかかった。

 



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己が選択した結果を悔いる転生者

5月16日(土)

 

妹の優が横たわるベッドに腰掛け、彼女の寝顔を眺める。

 

すぅすぅと寝息を立てて眠る優の手を僕は握りしめた。

 

優はあの日から眠り続けている。

 

無気力症のように生きる屍になっている訳ではなく、時折寝言を言ったり、身じろぎをしたりすることから深い睡眠状態にあると診断が出ているが、結局のところ無気力症と同じく原因は不明だ。医療では手の出しようもないとのこと。

 

桐条先輩は僕に優は「ドアが閉まる寸前の列車に乗ろうとした際に転び、不幸なことに打ち所が悪かった」と説明をしたが、僕は優と荒垣先輩が列車に乗り込むのをこの目で確認している。だから、優が意識を失うほどの衝撃を受けると考えられる相手は大型シャドウしかありえない。

 

優と荒垣先輩をうまいように誘導して、列車を支配しているプリーテスと戦わせ、あわよくば結城先輩たちがたどり着く前に倒してくれればと画策した結果、家族を……妹を……優を傷つけることになってしまった。

 

彫像のように動かない優の手をより強く握った。柔らかい手には、確かに体温があった。

 

僕は寝返りで乱れてしまっている優の髪を梳くと、優の手を両手で包みこむようにして握りしめる。

 

「……ごめんな、優。あとは僕の方でどうにかするよ。今後はイロイロと条件が厳しくなるけど、優は先輩たちと一緒に強くなって。僕のエゴにつき合わせて本当にごめんね」

 

僕はそう呟き優の頭を一撫でし、病室をあとにした。

 

 

 

 

ペルソナ3のエンディングは大まかに分けて2通り。

 

ひとつは世界滅亡の瞬間を誰も知覚することなく世界が終るもの。

 

もうひとつは主人公が命を燃やし人柱になって世界は救われるハッピーエンドである。

 

無印で終わっていれば、その後のことはユーザーが勝手に脳内で補完し、恋人とイチャラブしたとか、大学に進学したとか、明るい未来を想像できたかもしれないのに。後日談できっちりトドメをさしてくれた。

 

キャラ設定が完全に崩壊していたり、主人公を過去のモノとして流そうとするキャラがいたり等、まぁいろいろあって正に蛇足的な内容となった。

 

よってペルソナ3において、主人公を助けようと思うのならまずは【デス】を完全体にしないことが肝となる。

 

デスは存在するはずのない13番目のアルカナを持つシャドウの上位存在。

 

これが主人公より表に出てしまうと【死の宣告者】にジョブチェンジし、ラスボス到来が確定してしまう。ラスボスが降りてくるのが決まってしまったら、どうしようもなくなるのだ。

 

だからペルソナ3において主人公を生存させる方へ持っていこうと思ったら、まずデスの復活を阻止しなければならない。

 

デスの復活を阻止するには、満月の晩にやってくる各々のアルカナを持つ大型シャドウを主人公抜きで倒す必要がある。

 

だから5月9日のプリーテスはまさに千載一遇のチャンスだった。

 

ポートアイランド駅の裏路地のゴロツキから肉体言語で荒垣先輩の行きそうな場所を聞き出し、ほぼ一方的に話しかけ無理やり料理の師弟関係となった。荒垣先輩は暇な時だけだと言っていたが。天田くんの一件があるから年下の頼みは断れないだろうと踏んでいた。

 

優に関しては一般人である僕が影時間を外で過ごすことを由としない。必ずついてくると確信していた。優は僕のことを本気で心配してついてきてくれていたのに、僕は彼女の好意を踏みにじってしまった。

 

しかも、最悪の形で。

 

このまま優が目覚めない可能性もある。その時は全てを擲って優のためだけに生きて行こう。それが償いの方法だ。

 

でも今は、世界を存続させ結城先輩を助ける方法を考えなくてはならない。

 

なにせ今後の大型シャドウ戦の介入は非常に難易度が高くなる。

 

特別課外活動部の方には、支援特化型のペルソナ『ルキア』を有する山岸風花の参入。

 

桐条先輩の前線復帰。対シャドウ非常制圧兵装アイギスといった面々による戦力増強。

 

敵として相対することになる【ストレガ】の暗躍。メンバーは指導者的立場にあるタカヤ、参謀役のジン、索敵と撹乱を受け持つチドリの3人のペルソナ使いからなる。

 

それと同時に特別課外活動部メンバーの関係がこじれ、不協和音を奏で始める。そちらのフォローを担当する年上組は当てにならない。桐条先輩も真田先輩も過去に負い目があり、大人たちなど論外である。

 

「いっそのことあきらめてしまったら楽になるのに……。でも僕はあの結末を変えるために、ペルソナの資質よりも知識を持つ記憶を選んだんだ。……千里さんは救えたんだ、きっと結城先輩だって救える。僕が根を上げるわけにはいかない」

 

ペルソナの資質のない僕にはできることは限られる。

 

料理で戦力にブーストをかけてタルタロス探索を楽にできるようにすること。

 

メンバー内での関係のこじれをどうにかする。もしくは溝が深くならないようにフォローを入れる。一般人だから話せることもあるだろうし、相談相手になるのもいいかもしれない。

 

「桐条先輩にはああ言って断ったけど、巌戸台分寮の寮母の件を受けようかな。でも確実に監視はつくだろうし、動きにくくなるだろうな。けど……」

 

僕は月光館学園がある方向を見る。僕には見ることの叶わない異形の塔タルタロス。僕には攻略することは出来ないけれど、知識は思う存分に使わせてもらうよ。

 

「まずは父さんたちに事後報告か。……気が思いやられるなぁ。あの人たち、手のかからない僕より優のことが大好きだもんなぁ。そんなに好きなら仕事休んででも応援にいけばいいのに。避けられている気がするから行きにくいって、それでも親なの?」

 

僕は携帯電話を取り出し、連絡先から父さんを選択し掛ける。

 

「あ、もしもし父さん?」

 

 



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P3Pin女番長 5月ー④

辰巳病院の優ちゃんの病室の扉に凭れかかるようにして私は立ち尽くしていた

 

先ほどまで総司くんがお見舞いに来ていたのだ。彼は一般人で影時間のことやシャドウのことは順平からゲームの設定として話を聞いているだけのはずだった。

 

しかし、その前提条件が違うということになると話は根本から変わってくる。彼は眠り続ける優ちゃんに対し、『自分のエゴに巻き込ませてごめん』と謝っていた。

 

それはどういう意味?彼の言うエゴって何のこと?

 

私はふと優ちゃんに出会った時のことを思い出した。

 

確かにあの時、優ちゃんは言った。「兄さんになるのを待っている」って。象徴化していて気づかなかったけれど、あの場所に総司くんはいたのだ。

 

私があの日、あの時間に、巌戸台駅に来ることを総司くんは“知っていた”。背筋に一滴の冷たい汗が流れる。

 

そんなことがありえるはずがない。あの日は人身事故があって、たまたまあの時間につくことになってしまっただけ。本来ならもっと早い時間についているはずだった。

 

「……事故が起こることも知っていたの?私が影時間ぎりぎりに到着するのを解っていた上で、私と優ちゃんを出会わせるためにあそこにいたって言うの?」

 

そんなことありえない。未来予知なんてオカルトある訳がない。

 

何よりシャドウが危険であることが解っているなら、どうして優ちゃんを特別課外活動部に入れる様に動いた?あの優ちゃんのことを思って行動する総司くんが。

 

「そうしなければならない理由があるっていうこと?私たちより先に大型シャドウに優ちゃんと荒垣さんを戦わせた理由が」

 

私はその場で考え続けた。優ちゃんが起きて自力で押したナースコールによって来たお医者さんたちが来るまでの間、ずっと。

 

 

 

 

5月15日(金)

 

ベルベットルームの住人であるテオドアに頼まれていた依頼の品を届けにポロニアンモールの路地裏から青い扉をくぐった先にいたのは、アッシュブロンドの髪を揺らしながら焦点の合わない瞳をただ前に向ける10歳くらいの少女。イゴールの隣にポツンと座り、まるでヨーロッパのお人形さんのようだった。

 

「これは結城様、ようこそいらっしゃいました」

 

エレベーターボーイの格好をしているテオドアが私に気づき話しかけてくる。イゴールも私に気づき一礼をした後、少女に向かってタロットカードを向け浮かべた。すると2枚のタロットカード以外が床に散らばった。

 

「ふむ、塔と愚者のアルカナ。本来、この子のアルカナは塔でありますが、奇跡的に愚者のアルカナも有している。いや、これは本来の持ち主から委託されたものと考える方が自然ですかな」

 

イゴールはそんなことを呟きながらタロットカードを消した。そして少女の瞳をのぞき見る。

 

「本来、この場所はなんらかの契約を結んだもののみが訪れる。そして、ここで起こることは全て必然。この子がいる時にあなた様が訪れたのも何か意味があるのでしょう。私はしばし席を空けることとします。テオドア、あとは任せますよ」

 

そう言ってイゴールは姿を消した。残ったのは無表情で前を見る少女、オロオロ狼狽するテオドア、何が何だか分からない私という3人だけだった。

 

とりあえず少女の隣に座る。テオドアが美少女と美幼女、絵になりますねと言っていたが邪魔なので氷漬けにして少女に話しかけた。

 

「お名前はなんていうのかな?」

 

「……ゆう」

 

まさか、その名前が出るとは思っていなかった。1週間前のあの日、大型シャドウが呼び出したシャドウから不意の一撃を浴びて昏倒した優ちゃん。大型シャドウを倒し、モノレールの暴走を止めた後に駆け寄ったが、意識は回復することなく影時間が終わるのを待って病院へ運んだ。それから1週間、今も眠り続けている。

 

私の目の前にいる少女が優ちゃんの精神だとしたら、この子がここにいる限り彼女は目覚めないと言っても過言ではない。私は少女に語りかける。はじめて会った時のこと、一緒に戦うことになった時のこと、頼りにしていると話した時のこと、そして総司くんの話をした。やはり双子ということで別枠なのだろうか、すぐに反応があった。

 

「……兄さん?」

 

まだまだ適いそうにないなぁと苦笑いを浮かべていると、優ちゃん(幼)はぷるぷると震えだした。先ほどまでとは打って変わり、色々な感情が織り交ざったような表情を浮かべている。

 

「……何でも出来る兄さん。……きっと兄さんだったら、もっとうまく出来てた」

 

私はこの時、特大の地雷を踏みつけたのだと遅ればせながら悟った。

 

「どうして、私と兄さんが双子なの!兄さんが1歳でも離れた兄さんだったら、こんなに苦しまなくていいのに!比べられる、大好きな父さんや母さんに。友達から、誰からも何でもできる兄さんと何もできない私は比べられる!苦しいの、私は、私はっ!!」

 

大粒の涙を流し膝を抱え込むようにして蹲る優ちゃん。そしてわんわんと泣きだした。

 

これまでずっとひた隠しにしてきた己のコンプレックスと対峙して、制御が効かなくなっているようだ。

 

「あのお方は……貴女さまと違い精神体。おそらくこのベルベットルームの異常性も加味され、不安定になっているものと思われます」

 

ジャックフロストのブフーラの呪縛から解かれたテオドアが私の近くまで来て告げた。

 

ガクガクと身体を震わせているが、私は無視して優ちゃんを見る。ひっくひっくと嗚咽を上げる彼女を見て、これはどうやって慰めたものかと思っていたらテオドアが「ひぃっ」と何か恐ろしい物を見たかのような悲鳴を上げ後ずさった。

 

扉の方を見るとテオドアと似たような青色の衣服を着た女性が2人立っていた。

 

2人はそれぞれ、テオドアと優ちゃんの前まで来る。

 

テオドアはともかく優ちゃんに何をするつもりなのかと思えば、脇に抱えていた図鑑のような本を、未だに泣き続けている優ちゃんの頭に振り下ろした。

 

「ふぎゃあっ!?」

 

猫が尻尾を踏んずけられたような悲鳴を上げ消える優ちゃんの精神体。

 

「って、ああっ!!消えちゃった。ちょっ、大丈夫なんですか!?」

 

「大丈夫、問題ないわ」

 

「いやいやいや」

 

私が女性に詰め寄ろうとした瞬間、腕を引かれた。視線を背後に向けるとぼろぼろになったテオドアが首を全力で横に振っている。まるでこのまま行かせた方がいいと言っているようで。

 

「賢明ね、テオドア。では、失礼いたしますわ。迷惑をかけたわね、エリザベス」

 

「いいえ、お姉さま。タイムパラドックス、過去への介入それは、いわば禁断の果実。私、この体験を忘れることはないでしょう」

 

そんな会話をしつつ消えゆく2人。

 

残されたのは私とボロボロになったテオドラのみ。

 

「いったい誰なの?」

 

「私の姉たちにございます」

 

「というか、優ちゃんは大丈夫なの?」

 

「恐らくあの少女も現実の世界で目を覚ます頃かと思われます。当然のことですが、ここで起きたことは覚えていらっしゃらないでしょうが」

 

「そっか。あ、テオドアこれ」

 

私はテオドアに目的である依頼の品を渡した後、その足で優ちゃんが入院している辰巳病院へ向かった。そして、その病室に入ろうとして聞いてしまった。

 

『……ごめんな、優。あとは僕の方でどうにかするよ。今後はイロイロと条件が厳しくなるけど、優は先輩たちと一緒に強くなって。僕のエゴにつき合わせて本当にごめんね』

 

 

 

 

優ちゃんは検査が必要ということで退院は明日になるということを桐条先輩に連絡を入れた。そして、私は優ちゃんと話をした後、街をぶらぶらしながら帰路についた。

 

その帰り道の中で私は総司くんの言葉を思い返し、ひとつの結論に至る。

 

「ここは単刀直入に。総司くんに真意を聞こう」

 

私がうだうだ考えてもそれは私が納得したいように考えるだけで無意味なものだと思った。

 

総司くん自身に聞くことで得られる何かがあるかもしれないしね。

 

その機会は思っていたよりもはやく得られたのだけれど。

 



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P3Pin女番長 5月ー⑤

5月16日(土)

 

「皆さん、ご迷惑おかけしました!」

 

1週間前に倒れて以降、眠り続けていた優ちゃんが巌戸台分寮に戻ってきた直後、そう言って頭を下げる。律儀な優ちゃんにゆかりたちは苦笑いを浮かべ、各々労いの言葉をかける。桐条先輩はナビゲーターとしてサポートをしていて、優ちゃんが攻撃を受けた瞬間のことを見ていることもあって人一倍心配そうにしている。

 

「お前は行かないのか?」

 

優ちゃんを労ってきた真田先輩が傍に来て尋ねてきた。

 

「私は優ちゃんが起きたタイミングで見舞っていたので、いっぱいお話ししましたよ」

 

「……そうか」

 

真田先輩はそう言って背を向ける。一応、高等科のテストが近づいていることや優ちゃんの入院も重なって、タルタロスへの探索は見送ってきた。それに連なって真田先輩の探索メンバー復帰も延期されている。私はふと思い当ることがあり、声を掛けた。

 

「先輩。ひとつ確認しておきたいんですけど、……総司くんって確実に“象徴化”していましたよね?」

 

「ん、ああ。ゴールデンウィークの期間、ここで過ごした3日間は確実に象徴化していた。間違いない。……待て。そういえば岳羽がお前は隠しカメラの件を怒っていると言って」

 

「ゆかりと一緒に待ってて下さいね。それ相応の罰はすでに考えてありますから」

 

「……藪蛇だったか」

 

真田先輩は天を仰ぎ見る様にして立ち尽くす。ゆかりも何かを感じ取ったらしく、私を凝視している。私はにっこりと笑って手を振ると、優ちゃんの傍にいた彼女がダッシュでこちらに駆け寄ってきた。

 

「今の笑みって何?なんなの?」

 

「そんな腹黒いことなんて考えていないよ。ただ、隠しカメラの件でちょっと真田先輩に聞きたいことがあったんだ」

 

「……ああ。私、完全にとばっちりじゃん」

 

ゆかりはがっくりと女の子座りで項垂れた。でもゆかりって、隠しカメラで私を監視していたんでしょ。桐条先輩から根掘り葉掘り聞いているんだよ。

 

「安心して2人とも、罰は桐条先輩が前線に復帰した時にまとめてするから」

 

それぞれの方法で落ち込んでいた2人が私に顔を向けた。

 

「美鶴が前線に復帰?誰か、当てがあるのか、結城」

 

「いえ、特には。ただ2人は巻き込まれただけなのに罰を受け、当事者がナビゲートして罰を受けないっていうのは理不尽なのではないかなって」

 

「「ちょっとまて!タルタロスでやるつもりなのか!!」」

 

真田先輩とゆかりがハモりながら声を上げた。いやだなぁ、そんなに反応することもないでしょ。今の階層だったら弱点や行動パターンも解っていて怖いことないじゃない。私はにんまりとした笑みを2人に向ける。

 

「うわわわ、湊。その笑い方は完全にアウトだよ」

 

「子供が見たら失禁するレベルだ」

 

さてお二人が何か言っているようだが、私の決意は変わらない。

 

ネタ衣装はちゃんと別枠で収拾しているんだよ。見られないようにしてね。ふふふ。

 

「結城先輩、何の話をされているんですか?」

 

と、そんなやりとりをしていたら優ちゃんが寄って来た。私は彼女の頭を撫でながら何か用があるのかを尋ねる。

 

「ううん。ただの世間話。で、どうかしたの?」

 

「はい。ぐっすりと休んできたので、私タルタロス行けます!」

 

優ちゃんはやる気を見せている。それに合わせて順平が調子に乗っているのが見えるが、桐条先輩に睨まれてしょぼんと小さくなった。その桐条先輩ははりきっている優ちゃんに無情の一言を告げた。

 

「鳴上、残念ながら明後日から中間テストだ。それが終わるまでタルタロス行きはない。退院した直後のキミには酷だと思うが」

 

「テ…ス…ト……。明後日から?」

 

わなわなと震える足取りで優ちゃんはラウンジに貼ってあるカレンダーを確認して、その場に崩れ落ちた。小さく、「……終わった」といった声が聞こえてくる。なんとも居た堪れない。どうやら順平よりも深刻のようだ……って、私はその理由を知っている。

 

優ちゃんは表向き総司くんを頼りにしているけれど、心の奥底にあるのは総司くんに頼られたい、勝ちたいって気持ちなのではないかと思う。

 

けどそれは生半可な気持ちじゃどうしようもない。総司くんは天才ではなく、何度も試行錯誤を繰り返し、何度も反復し身につける努力をしてきた秀才。その努力が実を結んで今の総司くんがある。優ちゃんのコンプレックスの解消は中々骨の折れる作業になりそうだ。

 

「こんにちはー。ご飯作りに来ましたー」

 

って、件の当人来ちゃったー!!

 

絶望の淵にいた優ちゃんが顔を上げ、玄関にいる人影を見て歓喜の声を上げた。

 

「兄さん!」

 

「優、大変だったね。困っていると思って持って来たよ」

 

総司くんは優ちゃんにノートを手渡した。蕾が開いた花のように、ぱぁっと表情を明るくする優ちゃん。ゆかりと桐条先輩が優ちゃんに断って、ノートを確認すると面食らったようにふらついた。

 

教科別にまとめられたソレはどこかの編集社が出版したような完成度であったのだ。

 

「月中の先生たちって普通の学校では考えられない問題を出すことがあるんだよって、これは分かってるか。とりあえず、僕のクラスで聞いた先生毎の雑学は、ノートの上の方に小さくまとめてあるから、それも一回目を通しておくといいよ」

 

総司くんが言うようにノートには所々、その教科と関係ない話が書かれているところがある。そういえば、高等科でもそういった話がちょいちょいあったような気がする。

 

「ねぇ、順平。グッドラックの類義語ってなんだっけ?」

 

「は?えっと、分かんね。先輩たちに聞いた方がはや」

 

「ああ、それなら『ブレイク・ア・レッグ』ですよ。ちなみに類義語じゃなくて『グッドラックの意味にも使われる言葉』ですけど」

 

私以外のメンバーは博識な総司くんの答えに感嘆の声を上げる。順平なんか肘で小突いて茶化しているけど、これは覚えていた方がいいよ。順平。きっとテストで出るんだ、この問題。

 

「どうかしましたか、結城先輩。顔色が悪いですけれど」

 

「ううん。気にしないで、それよりもたくさん買い込んできたんだね」

 

私は話を逸らすために総司くんが玄関脇に置いた大量のビニール袋に目を向けた。

 

「はい。買い物に行っている時間も惜しいので」

 

そう告げた総司くんの笑顔は妙に清々しい。私の後ろの方にいた真田先輩は、気を遠くやったのか蹈鞴踏んでいる。

 

優ちゃんは身体をびくっとさせ、僅かずつであるが徐々に総司くんから離れて行っている。

 

「これは月中の編入試験を受ける以来だよね、優。……スパルタで行くよ」

 

「あわわわわ、岳羽先輩へるぷ『ガシッ!』みぎゃあ!!」

 

ゆかりの足に縋りつこうとした優ちゃんだったが総司くんに首根っこを捕まえられ、奇声を上げる。ジタバタと手足を動かし何とか逃げようとしているようにも見える。

 

「どうせ、今まで通り部活一辺倒でやってきてないんでしょ。大丈夫、50番内は堅いから」

 

「やだぁああ、あの地獄はもうやだぁああ。入院なんかしてなきゃ、ちゃんと出来てたもん」

 

「はいはい、現実見ようね」

 

「うわぁあああああん」

 

総司くんに引き摺られて階段を上がっていく優ちゃん。

 

私たちは彼女の幸福を願い、十字を切った。

 

「……伊織にもああいったことが必要なのか。この中間テストで見極めさせてもらおう」

 

「ええっ!?」

 

桐条先輩の呟きに順平は驚き顔色が青白くなる。彼にも危機が迫っているようだ。

 

 

 

数時間後、ご飯を食べに来た優ちゃんはこの短い期間に何があったのか見る影もないほど煤けていた。話しかけても出てくるのは英単語や年表ばかり。

 

これには私たちもドン引きである。

 

まぁ、総司くんが作るご飯はとてもおいしかったけれど、これは明らかに優ちゃんに精をつけさせようとする狙いが透けて見えて、肝心の優ちゃんは目が死んでいた。

 

その日の夜はタルタロスじゃないのに、若い女の子の猫のような奇声がよく響き渡る夜だった。

 

 

 

5月19日(火)

 

中間テスト2日目、英語のテスト。

 

試験問題が配られ、問題を何気なく上から目を通すと予想通り、あの問題があった。

 

『“グッドラック”の意味にも使われる言葉をチューズしなさい。

ファイヤー、アテンション・プリーズ、キャッチ・ア・コールド、ブレイク・ア・レッグ』

 

私は答えに丸をつけ、問題を最初から解き始めるのだった。

 



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P3Pin女番長 5月ー⑥

5月23日(土)

 

中間テスト最終日。

 

ロングホームルームが終わった瞬間、クラスメイトたちは各々、身体をほぐしたり伸びをしたりするなどして思い思い過ごしている。かくいう私も冷たい机を枕にして項垂れる。うぅ……思いのほか激戦だった。

 

桐条先輩からいい点数を取れば褒美を出すという話を聞いているけれど、正直な話……50番内に入れればいいなぁ、そう思いながら私は鞄を机に置き立ち上がった。

 

 

 

巌戸台分寮に帰ってくるとラウンジにて真田先輩がシャドーボクシングをしながら、私をちらちらと視認してくる。それは正しく散歩に行きたい犬を幻想してしまう仕草であった。

 

「……分かりました。本日はタルタロスの探索に行きますから。もう、そんな目で見ないでください」

 

「ハハハ、悪いな。では、順平たちが帰ってきたら『作戦会議』と洒落込もうじゃないか」

 

軽快な笑みを浮かべる真田先輩を余所に私はため息をついた。

 

『作戦会議』

 

これは5月9日の大型シャドウ戦を経た後に順平が言いだしたことである。つまりシャドウと戦う上で必要な暗号やフォーメーションを決めておこうと。ゆかりはそのことを言いだした順平に対し、疑惑の視線を向けていたけれど、彼は本気だった。

 

あの日、優ちゃんが病院に運ばれるのを見送った後に順平から尋ねられたのだ。

 

「怖いとか思わなかったのか?」と。

 

 

 

5月10日(日)

 

病院へと搬送される優ちゃんを見送った私たちは巌戸台分寮へ帰ってきた。

 

幾月さんと桐条先輩は手続きと医者への状況説明もあり、搬送先である辰巳病院へ行っている。真田先輩は大型シャドウとの戦いに巻き込まれた形となった荒垣先輩の下へ話しを聞きに飛び出していき、残っているのは私たち2年生組の3人だけ。

 

ラウンジのソファに座り、桐条先輩からの連絡を待つだけで、誰も口を開こうとしなかった。ゆかりは携帯をいじり、順平は眉を顰めて何かを考えるように云々唸って。私は、ただ単純に優ちゃんの無事を祈る。

 

「なぁ、湊っち……ひとつ聞いていいか」

 

そんな中、順平がふと声を掛けてきた。その表情は思いつめており、普段の彼からは想像できないくらい真剣さが伝わってくる。ゆかりも雰囲気が違う順平が何を言うのか、興味があるようで携帯をいじりながらも聞き耳を立てているのが分かる。

 

「どうしたの?」

 

「先頭車両に突っこんだ時、湊っちはどうしてあんなに冷静に戦えたんだ?優ちゃんが倒れていたの見えていたろ」

 

私の脳裏にあの瞬間の光景がフラッシュバックする。列車を乗っ取る大型シャドウ、コートをボロボロにしながらも戦い守り続けてくれた荒垣さんの背中、そして血を流しぐったり倒れ伏せる優ちゃん。

 

「うん」

 

「怖いとか思わなかったのか?」

 

彼が言う“怖い”という言葉の意味は何だろうか。

 

自分自身がシャドウと戦う上で対価となる自身の命か、それともリーダーとして預かる仲間の命か。順平の場合、どちらもである可能性が高い。順平は今まで、ゲームの主人公や漫画のヒーローのような感覚で戦っているように見えていた。人をまとめるリーダーという地位を欲しがるような一面も見た。

 

「怖いよ。だからこそ、私に出来ることを精一杯するの」

 

私は俯いたり悩んだりするような仕草は見せず、順平をまっすぐ見て答える。順平は茫然とした表情を見せた後、納得するように頷いた。

 

「はは…、敵わねぇな。……先輩たちはきっと“そういったトコロ”含めて、湊っちをリーダーに選んだんだろうな」

 

順平はそういって天井を仰ぎ見る様にしてソファに凭れる。ゆかりはじぃっと順平を見た後、私の隣に座りなおして話しかけてきた。

 

「順平、何かあったの?」

 

「イロイロあったんじゃないかな。男の子だしさ」

 

私はそう言ってほほ笑んだ。

 

 

 

 

5月23日(土)

 

影時間と呼ばれる一般人には知覚できない時間にのみ現れる異形の塔タルタロスの1Fのエントランスにて、

 

身体の奥底から湧き上がるような力に高揚し拳を鳴らす者が1人と、

 

立ち位置を細かく決め連携を重視しようと誓う3人と、

 

困り顔で眼下を見下ろす者が1人と、

 

「すぅすぅ……むにゃむにゃ」と寝言を言いながら寝こける者が1人いた。

 

 

「鳴上兄の料理がここまでのモノとはな」

 

鼻息を荒くする真田先輩が昼間とは比べ物にならない風を切るような速さでパンチを繰り出している。『キュキュッ』と靴がタルタロスの床を踏みしめる音が響く。

 

「真田サン、張り切るのはいいッスけど、優ちゃんはこのまま寝かしておいてやりましょうよ」

 

そう言った順平の指差す先にはだらしない顔で寝息を漏らす優ちゃんの姿があった。彼女は連日のテストと総司くんのスパルタで心身ともに疲労し、タルタロスのエントランスで私がベルベットルームで準備する間に眠ってしまっていた。

 

最初は床で寝かせるのは忍びないと桐条先輩の肩に凭れかかるようにして眠っていたのだが、いつの間にか膝枕状態に。

 

身動きが取れなくなった桐条先輩の慌てぶりは中々くるものがあったとだけ言っておく。

 

「じゃあ、今日は真田先輩のリハビリも兼ねて10Fから行こうか」

 

「異議なし。オレ等も9日以降は戦ってねーから、勘を取りもどさねぇとな」

 

「アンタのキャラじゃない」

 

「ゆかりっち、ひどい!」

 

「そんなやり取りはいいから、さっさと行くぞ」

 

真田先輩を先頭に、ゆかりと順平がどつき漫才をしながらポータルへ向かっていく。

 

タルタロスにはエレベーターはなく、階層を一気に移動する装置がポータルと呼ばれる機械である。しかし、これは手動でスイッチを入れる必要があり、番人シャドウがいる所以外はすべてがここ、エントランスへの一方通行だ。

 

何階あるか分からないタルタロス。それを攻略するためには、階層もそうだが毎回構造が変わる迷宮を進んでいかなくてはならない。

 

「……結城」

 

ふと名前を呼ばれ振り返ると桐条先輩が愁いを帯びた瞳で私を見つめていた。

 

「ちょっ「じゃあ、行ってきます!」あ。いや、待て鳴上を」

 

私は懇願するように手を伸ばす桐条先輩を無視してポータルを起動した。

 

光に包まれたと思ったら視界が変わる。

 

「お、来た来た」

 

「なんかあった、湊?」

 

「ううん、何でもない」

 

順平とゆかりが武器を準備して待っていた。

 

真田先輩は階段に足を掛けて、早く来いと言っている。

 

「さて、今日もがんばろう!」

 

「「おおっ!!」」

 

 



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P3Pin女番長 5月ー⑦

5月25日(月)

 

中間テストの結果は32位だった。過去最高の出来であったけれど、兄さんのスパルタによってだからあまり素直に喜べない。肝心の兄さんは安定の15位。私に勉強を教え、寮での晩ご飯を作ってこの順位なのだから、純粋に自分の勉強だけに集中していれば1位も狙えたのではないかと思う。

 

私はそんなことを考えながら午後の授業を受け、久しぶりの部活に勤しむ。

 

身体をちゃんとほぐして、ストレッチをしている私以外の女子部員の黄色い歓声が上がった。

 

歓声が上がったのは私がいる剣道場の反対側。男子剣道部員が練習している場所を見ると、月中男子剣道部の主将である斎藤くんが試合をしていた。

 

竹刀を正眼に構える斎藤くんと、右手に普通の竹刀を持ち左手に短い竹刀を持つ相手。一見、邪道に見える構えだが中々強い。

 

突きでの攻撃を得意とする斎藤くんの攻撃を避けたり、竹刀で凌いだりしている。

 

体重移動がうまく、不利な体勢になることもない。だから、突きでの攻撃をいなされ体勢を崩してしまった斎藤くんの面に相手の竹刀が直撃し、勝負がついた。

 

斎藤くんはすぐに面を脱ぎ、汗を手拭いでふき取った。その後、面を取って観覧していた後輩に防具を渡している相手へと手を伸ばす。

 

「やっぱり、強いな。どうだ、“兄妹”で全国を狙うっていうのは?」

 

「止めとく。今回は『テストでフラストレーションの溜まった主将の相手はしたくないから頼む』っていう友達の依頼で来たんだよ、肇(はじめ)」

 

その相手は試合を脇で見ていた少年たちを見る。見られた少年たちは頭を掻いたり、横を向いたり、口笛を吹いたりしている。斎藤くんは苦笑いして手を引っ込める。

 

「むぅ。残念だな、ここまでの腕があるのに勿体ない」

 

「なんだったら、優に相手してもらったら?ま、動きを先読みして攻撃してくる優に勝てるとは思わないけれど」

 

「最近、強さに磨きが掛ってきていて、部員はおろか先生も試合から逃げている状況なのだが……」

 

兄さんは私をちらっと見て確認すると手を振ってきた。

 

私が小さく頷いて答えると、兄さんはさっさと残っていた防具を外し後輩へ渡すと剣道場から出て行った。斎藤くんも防具を外して伸びをした後、先ほどとは打って変わって後輩たちの指導を始める。

 

「優ちゃんのお兄さんってすごいよね」

 

「うん、何でも出来るからね」

 

友人から話しかけられ、私は当たり前のように返す。そう何でも出来るのだ、兄さんは。家事だって、勉強だって、スポーツだって。

 

私が出来て、兄さんが出来ないのは、ペルソナ能力を使って戦うことだけ。

 

それだけに一昨日の失態は痛い。

 

まさか、前は通れなかった場所が通れるようになっていて、先に進むことが出来たって巌戸台分寮に帰ってから聞かされた時は思わず地団駄踏んでしまった。そりゃあ、テストの疲れで寝てしまったのは自分自身の責任であるが、結城先輩たちも起こしてくれてもいいのに。桐条先輩へのお仕置きの一環って一体なんなのだろう。

 

私は大きくため息をついて、防具をつける。斎藤くんが言っていたように、ここに私の相手となる相手はいない。だから自分1人でってことになるのだが、今日は退屈せずに済みそうだ。斎藤くんと戦う兄さんの動き、模擬戦するのにはちょうどいい材料があるのだから。

 

 

 

部活を終え寮へ帰る途中のポロニアンモールにて真田先輩と一緒にいる結城先輩を発見した。声をかけるのも変かなと思い、物陰に隠れてスニーキングしていると声を掛けられた。

 

「やっほ、優。お疲れ」

 

「兄さん?こんな所で何を……」

 

あれからすぐに家に帰ったのか兄さんは私服であった。

 

青色のジーパンに黒のジャンパー……ふむ、及第点。けど、

 

「兄さん、自分の衣替えはちゃんとしているの?そのジャンパー、……冬物じゃない?」

 

「え……。あ、いや、ははは。じゃあ、用事あるから」

 

そう言って兄さんはそそくさと広場に出て青ひげファーマシーという店に入っていく。

 

私は頭の中で結城先輩と兄さんを天秤にかけた。元々結城先輩の邪魔をするのも悪いかと思っていたこともあり、私は兄さんの後を追って青ひげファーマシーという店へ入った。

 

兄さんはドッグフードと傷薬をレジに置き、店主と何やら親しげに会話している。何の話をしているのだろうと耳を傾けると餌がどうのとか、大きさがどうのと言っている。

 

私は何かヒントはないかと店内を見渡す。

 

「……って、魚拓?」

 

「そうだよ、優。この店主さんが釣り仲間のおじさんなんだ」

 

「おう、嬢ちゃんが坊主の妹さんかい?こりゃまた別嬪さんじゃねぇか」

 

豪快に笑う店主さんのテンションに苦笑いになる私を見て兄さんは笑いながら言う。

 

「そんな取って食おうっていう訳じゃないんだから、怖がることはないよ」

 

「もう、そんなんじゃないのに。……というかドッグフード?」

 

私は頬を膨らませる。話題を変えようと周囲を見回し、レジに置かれたドッグフードに目を付けた。家では犬は飼っていない。

 

私がドッグフードを見ていることに気付いた兄さんは財布を取り出しながら説明してくる。

 

「師匠が出没するスポットのひとつに『長嶋神社』ってのがあってね。そこに『コロマル』っていう柴犬が棲んでいるんだよ。初めて見た時は何も持っていなかったから、あそこに行く時はこうやってここで買ってから行くようにしているんだ」

 

「その口ぶりからすると、もう何度も通っているの?」

 

「優も一回会ったら、夢中になると思うよ」

 

そう言った兄さんに導かれ、件の長嶋神社にやってきた私の前にコロマルと呼ばれる白い柴犬が鎮座している。モフモフでありながらきちんとケアされた毛並み、くりくりっとした赤い瞳、頭を撫でたら気持ちよさそうな声で鳴いた時には私は思わず抱きしめていた。

 

私の腕の中でコロマルは「……きゅーん」と小さく鳴いた。ああんもう、かわいい。

 

「優、ほどほどにね」

 

兄さんはそう言いながらドッグフードを開け、紙皿に移してコロマルの前に置いた。コロマルはじぃっと兄さんの顔を見ていて、兄さんが笑うと同時に食べ始めた。

 

しっかり躾けられている。

 

「コロマルの飼い主さんって?」

 

「この神社の神主さんだった人。数ヶ月前に事故で亡くなっているんだ」

 

「……そうなんだ」

 

私はドッグフードを食べるコロマルの頭を撫でる。コロマルを引き取ろうとした人が何人かいたけれど、コロマルは元の飼い主さんとの思い出の場所である境内を守っていたり、飼い主さんと散歩した道を毎日歩いたりしていることを兄さんから聞き涙腺が崩壊しかけた。

 

「忠犬って、そういう意味だったんだね。偉いね、コロマル」

 

私はまたコロマルの頭を撫でる。

 

成すがままになっているコロマルには悪いけれど、もうちょっとだけ。

 

「けど、その事故ってちょっと奇妙なんだよね。真夜中に暴漢に襲われたっていう話なんだけど、その暴漢の目撃者が誰もいないんだ。『神主さんが犬と一緒にいると思ったら、血だらけで倒れていた』っていう奇妙な目撃証言があったのにね」

 

「よしよし……え?」

 

私はコロマルの頭を撫でるのに夢中で兄さんの話の意図に気付くのが遅れた。

 

「警察も捜査したらしいけど目ぼしい情報は出てこず、今もその暴漢は捕まっていない。事件は迷宮入り仕掛けているっていう訳だ。もしかしたらコロマルは犯人を知っているのかも知れないけれど、しゃべれないからね」

 

兄さんはそう言ってコロマルの頭を一撫ですると立ち上がった。

 

「さて、もうそろそろいい時間だけど、帰らなくて大丈夫かな?高等科の生徒会長がいることだし、門限には厳しいんじゃないの?」

 

「そんなことはないよ。けど、今日岳羽先輩がご飯作ってくれる日だから機嫌を損ねない内に帰るよ。兄さんも気をつけて帰ってよ」

 

「優には劣るけれど、僕もそれなりの腕はあるから大丈夫だよ」

 

兄さんはそう言いながら神社の方へ上がっていく。私は兄さんの背中とコロマルを見た後、後ろ髪を引かれる気持であったけれど、帰路につく。

 

そして、すぐに兄さんから得た情報を口に出して考える。

 

「……真夜中、姿なき暴漢、立っていた神主さんが一瞬の間に血だらけで倒れていた」

 

影時間の間に起こったことは人に知覚されず、矛盾が生じる。桐条先輩が言っていたことだ。

 

私は気絶してしまっていたので事の顛末は聞いた話だけれど、モノレールの件は一時期噂になった。『真夜中の大暴走』って。

 

巌戸台分寮に帰ったら、ちょっと先輩たちに相談してみようかな。私はそう思いながら、神社の方を振り向いた。

 

主亡き後も境内を守る忠犬のことを思いながら。

 

 



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P3Pin女番長 5月ー⑧

5月25日(月)

 

一学期中間テストの結果は見事8位で、皆から一目置かれている気がする。

 

そういえば桐条先輩から『良い点数を取れればご褒美がある』という話であったことを思い出し、放課後にでも話しかけてみようと思った。

 

午後の授業でゆかりや友達と点数の見せ合いをしつつ情報を集める。

 

ふむふむ、ゆかりは『ワリと上位』で、順平は『平均より下』のようだ。掲示板で見た限り、桐条先輩は安定の1位で、真田先輩も10位以内だった。順平はテストの答え合わせと解説を聞きもしないで居眠りをしている。私もちょっと眠たかったけれど、しっかりと聞いた。

 

そして放課後、桐条先輩を捜して学校内を歩き回ったが見つからず、代わりに真田先輩に声を掛けられた。でも、女子相手に飯を食いに行くぞってどうなの……。

 

周囲から視線を感じ、その方向を見ると女子生徒が数人私を睨んでいるような気がする。先輩のファンなのだろうか?

 

この視線はちょっと拙いなと察し断ろうと思ったが、真田先輩は私の首根っこを掴んで歩き出した。さすがボクシング部の部長、腕力すごいですねって……引き摺らないで欲しい。結局校舎から出るまで、睨むような視線は続いた。

 

明日、変な噂が立っていないといいけど……。

 

そして、つれて来られたのは巌戸台商店街にある『海牛』という牛肉専門店。真田先輩は私の隣で牛丼大盛りを食べている。私の前にも牛丼並が置かれている。真田先輩の奢りということなので、私も食べることにしたのだが、

 

「シンジから聞いた話なんだが……」

 

丼ぶりを置いた真田先輩がおもむろに話し始め、食べるタイミングを逸してしまう。

 

「鳴上は気をつけた方がいい……らしいぞ」

 

「優ちゃんのことですか?」

 

確かに優ちゃんは病み上がりだ。テスト後のタルタロス探索も結局眠ったままで、起きたのは寮に帰った後だった。どうして起こしてくれなかったのかと、かなり悔しそうにしていたけれど、熟睡していた彼女を起こすことなんて出来なかったし、桐条先輩はどうしたらいいか分からないって顔をしていたので、お仕置きの一環だーって言って誤魔化したけど。

 

「いや、兄の方だ。あいつ、シンジの行きそうな場所を知るために、ゴロツキを数人“狩った”らしい。本当のことかどうかは分からんが」

 

「……あの総司くんがですか?」

 

「俺も眉唾ものだと思うが、シンジが嘘を言うようにも思えなくてな」

 

真田先輩は丼ぶりに残っていた牛丼を食べる。私も視線を前に向けて、箸を取り食べようとした。が、

 

「そういえば、先日の鳴上兄の飯は旨かったな。何故か順平の物より俺の物は野菜が多かった気がするが……」

 

と、真田先輩が再度話しかけてきたのでそちらを向く。

 

彼は総司くんが作った料理というか配膳された内容に不満があるようだが、私は知っている。総司くんが料理にプロテインぶっかけるという邪道を行っている真田先輩を目の敵にしていることを。

 

以前、順平が教えてくれたように丹精込めて作ったものを穢されるのが癪に触ったようで、総司くんは地味な嫌がらせを敢行している。ある意味で真田先輩の自業自得だと思うので黙っているけど。

 

「というか、お店の人が嫌そうにしているので牛丼にプロテインかけるのやめませんか?」

 

「ん、何故だ」

 

心底、不思議そうな表情を浮かべる真田先輩を見て、これは駄目だと諦める私。目の間にはすっかり冷たくなってしまった牛丼が一杯。私は気落ちしながら食べ始めるのだった。

 

寮に帰ると優ちゃんと桐条先輩が何かを話しあっていた。すっかり気が滅入っていた私は台所に直行して、ゆかりが料理する後ろ姿を見ながら一眠りするのであった。

 

 

 

5月26日(火)

 

委員会での仕事を済ませ、寮に帰る途中のポロニアンモールにて、灰色の髪をオールバックにして黒を基調とした喫茶店の制服を着た総司くんを見かけた。

 

着た者のスタイルが一目瞭然となるシュッとした制服を着こなした上に銀色のフレームの伊達眼鏡をかけており、ぱっと見たら絶対に判別が付かなかったと思う。

 

一応私もシャガールでウエイトレスとしてバイトしているけれど、そこの制服とは少し違うデザインなので別の所なのだろうが、総司くんは中学生である。そこらの高校生よりも落ち着いているので、大人っぽく見られるのかもしれないけれど。私は心配になって、彼の後をつける。

 

そしてついたのはポロニアンモールから路地に入って少しした所にある落ち着いた感じの喫茶店。名前は『一期一会』。店内を覗くと初老のマスターがコーヒーを淹れ、その横で総司くんが店内を掃除している。すると総司くんは初老のマスターに何かを言って店内の奥に入って行った。私がどうしようかと迷っていると、

 

「結城先輩、入るなら入る。帰るなら帰ってください」

 

「ひゃぁっ!?」

 

背後から声を掛けられた私はびっくりして飛び上がった。振り向くと総司くんは嫌そうな表情を浮かべている。やはり年齢を偽って……。

 

「ここのマスターに美味しいコーヒーの淹れ方を習う代わりに手伝いをしているんです。バイトじゃありませんよ」

 

私が何を考えていたのか分かっていたように総司くんは説明する。金銭が絡まないので問題にはならないということだろうか。

 

ともかく、私はほっと一息ついたのだが、総司くんの目が物語っている。私はなんでここにいるのかと。

 

「え?……ああ、うん。ワカッテタヨ、ソウシクンガソンナコトスルハズナイッテ」

 

「結城先輩、バレバレです。マスターには僕から言っておきますので、コーヒーを一杯いかがですか?シャガールとは違った感じで美味しいですよ」

 

総司くんはそう言って店のドアを開け、私を誘う。開かれたドアの先に見える趣のあるアンティーク雑貨や小物、それに店内に漂う温かな雰囲気に負け、私はドアをくぐった。

 

そして窓側の席に総司くんと向かい合って座る。

 

一期一会のマスターが淹れたコーヒーは柔らかく酸味があって、静かな香りを楽しむものであって美味しい。シャガールのコーヒーは魅力があがるが、一期一会のコーヒーは寛容さが上がりそうだ。

 

「それで、僕に何か用でもあるんですか?昨日は真田先輩と帰っていたみたいですけれど」

 

「あれ?何で知っているの?」

 

「優がスニーキングしていたんで、何かなと思って覗いた先に先輩たちがいたんです。でも、ポロニアンモールから先は知りませんよ。僕と優は長鳴神社にコロマルに会いに行っていましたので」

 

そう言った総司くんはコーヒーに口をつける。そして眉を顰めて悩みだした。

 

総司くんはマスターを見た後、カウンターに置かれたコーヒー豆を凝視している。しばらくして諦めた総司くんを見て、マスターがとあるコーヒー豆が入った瓶を指差した。それを見て総司くんは「まだまだだな…」と呟く。

 

「やるからには徹底的になんだね、総司くんって」

 

私がそういうと総司くんは不思議そうに首を傾げた。

 

「それは当然ですよ。飲むなら美味しいものがいいじゃないですか。料理だって同じです。美味しい物が食べたいなら、材料にこだわる。作り方にこだわる。調理器具にこだわる。当然じゃないですか」

 

「ははは、それもそうだね」

 

総司くんのプロ根性って、こういうところからきているのだろうか。美味しい物が食べたいなら徹底的にこだわる……か。ふむ、なるほどね。

 

私はコーヒーを最後まで飲み干してしまうと、総司くんを見ながら聞こうと思っていたことを切りだした。

 

「ねぇ、総司くん。君って、私やタルタロス、シャドウのことをどこまで知っているの?」

 

総司くんが持つコーヒーカップが揺れる。そして、総司くんは驚いたような表情を浮かべつつ、私を見ている。

 

「私が気になっていることは2つ。私が巌戸台に来ることを知っていたのかと、どうして危険だと分かっていて優ちゃんを巻き込むように動いたのか」

 

総司くんはコーヒーカップを机に置き、俯いた後、勢いよく顔を上げた。

 

そして、口を開く。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■」

 

総司くんの口から出た言葉はひどいノイズに掻き消され私の耳に届かない。

 

総司くんはその後も何かを私に伝えようと口を開くも何も聞こえてこない。

 

それどころか急に視界が暗くなって…き……て………。

 

 

 

 

 

 

気付くと巌戸台分寮のラウンジのソファの上に寝かされていた。

 

周囲を見渡すと台所で何やら奮闘していた優ちゃんが私に気づいて駆け寄ってくる。

 

「結城先輩、大丈夫ですか?」

 

「優ちゃん、私どうしてここに?」

 

学校で桐条先輩から中間テストのご褒美をもらって、委員会で沙織と会話したところまでは覚えているんだけれど、それ以降のことが思い出せない。

 

「結城先輩、辰巳東交番横の裏路地の奥で寝ちゃっていたんですよ。黒沢巡査から連絡を受けた桐条先輩に頼まれて私が迎えに行ったんです。結城先輩、本当に熟睡していたので私1人じゃどうしようもなくてタクシーで帰って来たんです。……結城先輩、本当に大丈夫ですか?」

 

「うん、よく寝て体調はばっちりだよ。ありがとね、優ちゃん」

 

心配するように私を見ていた優ちゃんがほっと一息つくのを見て、本当に心配をかけたんだなぁと思い反省する。けど、どうして私はそんなところで寝てしまっていたのだろう。

 

「……ベルベットルームに入ったんだっけ?」

 

胸に妙なしこりがあるのを感じながらも私は特に気にすることなく立ち上がった。

 



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神に『言葉』を縛られし転生者

5月27日(火)

 

糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった結城先輩を視界にいれつつ、僕はゆっくりと椅子に凭れかかる。その後、カウンターにいるはずのマスターを見た。

 

普通、連れの相手が急に倒れ込んだら驚きそうなものだが、一期一会のマスターは微笑みを携えながらカップにコーヒーを注ぐ姿でこちらを見ている。

 

しかし、その姿のまま時を止めているけれど。

 

マスターから視線を外しそのまま窓から外を眺めれば、鳥が空中で羽ばたいた状態で制止している。

 

「……久しぶりだなぁ。この“全てが止まった世界”も」

 

確か最後に“止まった”のは去年の冬だったと思う。

 

注意喚起程度なら見逃されるが、それ以上だと時が止まり、なかったことにされてしまう。

 

僕は机に凭れかかるようにして気を失った結城先輩を眺めながら呟く。

 

「さすがに時期尚早だったかな。『大型シャドウは倒してはいけない』って。注意喚起に含まれると思ったけど、初っ端から聞こえていなかったみたいだし」

 

僕は席から立ち上がり結城先輩の身体を抱える。結城先輩が気を失っていてもおかしくなくて、変ないたずらをされることもない場所を考え、ベルベットルームの扉がある裏路地のことが思い浮かんだ。

 

「あそこなら勝手に勘違いしてくれるかな。それに黒沢巡査に一言、告げていけばいいだけだし」

 

僕は結城先輩を抱えたまま一期一会から出る。時を止めた人や物に触れないように歩き、目的の場所まで行く。そして、裏路地の壁に凭れかからせるように結城先輩を寝かせた後、裏路地から出てポロニアンモールの広場まで行く。

 

すると急に喧騒が戻り人も動物も動き始める。

 

急にそこに沸いたはずの僕を見ても誰も何も言わない。最初から僕はここにいたように見られる。

 

そういった補正がされることに気付いたのは最近のことだけど。

 

 

 

 

 

僕がこの世界に転生する際に神さまに提示された能力は2つ。

 

① 主人公補正付きのペルソナ能力の資質

 

② 自分の記憶を含めた知識

 

どちらかを選択しろと言われた。

 

①を選べば、僕という個は消えペルソナ世界に1人のオリキャラが増えるだけで意味がないような気がして②を選んだ。

 

だが、選択した後に神さまから制約を課せられた。

 

課せられた制約は下記の2通り。

 

・ひとつ、【物語の核心に迫る言葉は告げるコトを許さない】

 

これはペルソナ3でいう『ラスボスはニュクスであること』や『キャラクターが死ぬ日』のことである。勿論、結城先輩の中で眠る【デス】のことも言えないし、伝える相手がその情報に連なるものを持っていないといけない。

 

つまり、荒垣先輩が死ぬ可能性がある10月4日のことを結城先輩に伝えようと思ったら、結城先輩が荒垣先輩や天田くんの過去のこと、ストレガのことをある程度把握しておかなければならない。相手にそれ相応の情報があれば、問題なく伝わるのだ。ただ注意喚起程度しか伝えられないので、結城先輩が自力で答えを導き出すように仕向けないといけないけれど。

 

 

・ひとつ、【相手の行動を縛るような言葉は告げるコトを許さない】

 

これは結城先輩を例に出すと分かりやすいかもしれない。つまり攻略本で知っている知識を使い、「この日はこのコミュを進めるように」と促したり、学校での過ごし方に口を出したりしてはならないってことだ。この世界はゲームとは違い1人1人に人生があり未来があるのだから。

 

 

課せられた制約を聞き、悩んだ僕であったけれど神さまは言った。

 

死ぬ運命にある者を僕が救うことは止めない。出来るものならやってのけろと。

 

ただ無暗に情報を垂れ流しにされては困るから、制約を課したのだと。

 

 

 

 

 

僕は辰巳東交番に顔を出し、女の人が裏路地の奥で倒れていると告げ、一期一会に駆け足で戻った。後ろから黒沢巡査に声を掛けられたが無視して走る。僕は彼のことを知っていても、彼には僕という情報がないので若い男くらいにしか思わないはず。

 

僕は一期一会に入り、マスターに用事が出来たと断って早引きさせてもらった。更衣室で着替えた後、帰路につき、その道中で考える。

 

どこで結城先輩が僕の異常性を知り、問いかけるまでに至ったのか分からないけれど、今回のことで補正が掛って当分の間、彼女は僕の異常性に気付きにくくなった。

 

まぁ、気付きにくくなっただけで、また何かあれば疑念はさらに膨らむのだろうけれど。

 

「女の子を1人救いたいってだけなのに、なんでこんなに大変なんだろう」

 

僕は大きくため息をついた。

 

 

 

 

6月13日(土)

 

先日の大型シャドウ戦では特に何事もなく討伐を終えたらしく、今日巌戸台分寮に行くと山岸風花先輩の姿があった。

 

山岸先輩の加入により、今までバックアップに回っていた桐条先輩が前線に復帰することになる。そのためなのか、桐条先輩の視線が妙に背中に突き刺さるような気がする。それに加え、キッチンに立った僕の姿を壁に隠れつつ凝視する山岸先輩。

 

僕は態と縄張り争いに敏感な雄猫のように、山岸先輩が近づこうとしたらキッと睨んで進入を阻止しつつ、料理を仕上げていく。その内、山岸先輩は諦めて他のメンバーのところへ行ってしまったが今後は彼女の動向も見ながら作らないといけない。

 

正直に言うと、ものすごく面倒だなぁと思った。

 

結城先輩にはさっさと山岸先輩が作る料理同好会に入ってもらい、彼女の料理スキル上達のために犠牲になってもらいたい。間違えた。身代りになってもらいたい。

 

「あれ、でもムドオン料理に比べれば、まだマシなのかな?」

 

ペルソナ4におけるメシマズは生命に支障を齎す威力だったが、山岸先輩の料理はまずいってだけでまだ大丈夫であったような気がする。

 

かといって僕が彼女を指導するまでもなく、ここには結城先輩や岳羽先輩、後々には荒垣先輩という頼りになる方々がいる訳なので僕の出番はないだろう。

 

 

 

そう思っていたのだが、……その数日後。

 

 

6月18日(木)

 

ラウンジのソファには桐条先輩と結城先輩、岳羽先輩の姿がある。そして、視界の端にちょこんと申し訳なさそうに立つ山岸先輩。その4人の前で僕は頭を下げる。

 

「本日からお世話になります、鳴上総司です。この寮での役割は世間体で言う『寮母』になります。基本的に食事メニューは僕が組み立てますが、食べたいものがあれば1階のホワイトボードに書いておいてください。作れれば作りますので。それと山岸先輩は僕がそばにいない場合は台所への侵入は断固禁止です。いいですね?」

 

山岸先輩はしょんぼりしながら頷く。というか頷いてもらわないといけない。なにせ、

 

「優と順平さんと真田先輩を病院送りにするなんて、何をやってくれちゃっているんですかねぇ(怒)」

 

僕は部屋の隅で小さくなっている山岸先輩を睨みつけながら告げる。結城先輩や桐条先輩は山岸先輩に同情するような視線を向けているが、岳羽先輩はそれが当然の判断だと頷いている。

 

「僕は3人の症状は軽い食中毒だって聞いたんですけど。実際には『動揺』『混乱』『恐怖』『ヤケクソ』『毒』『痺れ(感電)』『失神(気絶)』の症状がほとんどで食中毒が少々って、一体何を食べさせたらなるんですか」

 

おかげで3人とも1週間の入院である。

 

「いや、あの……ちょっとね。最初は普通のものを作っていたんだけど、私の個性のようなものが欲しいなって」

 

「アレンジするのは、一人前の料理が作れるようになってからにしてください。それまでは、自分が作ったものは自分で食べるように」

 

「……はい」

 

気落ちするように項垂れる山岸先輩。

 

 

巌戸台分寮に入るのも手の一つとは考えていたけれど、まさかこんな形で入ることになろうとは……。

 

本当につく尽くゲームの世界の巌戸台分寮の食事はどうしていたのだろうか。

 

今になっては知る由はないけれども、謎だ……。

 



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P3Pin女番長 6月ー①

どこの学校にも七不思議といった怪談は存在する。

 

深夜になると増える階段であったり、真夜中に響き渡るピアノの音であったり、走る人体模型など。

 

私たちが通う月光館学園にもそういった類のものは存在している。それこそ数え切れないくらいに。その数多くあるうちの一つに酷似した怪事件が起これば、瞬く間に校内を駆け巡るのは当然のことかもしれない。

 

だからとはいえ……

 

「これは私が図書館に本を借りに行った時の話なんですけれど。壁際の棚に面白そうな小説のコーナーが設けられていたんです。その中でも気になったタイトルの本を手にとって、パラパラ読んでいたら、本を抜き取った隙間から向こう側にいた人と目が合ったんです。私はそこのコーナーで本を3冊、借りて帰ったんですけど、その途中でもう1冊借りておけばよかったって後悔したんですよね」

 

やれやれと肩をすくめる優ちゃん。周囲の様子を見ると首を傾げている人がちらほらと。その中でも優ちゃんの話した内容の矛盾点に気付かなかった順平が帽子を被りなおして尋ねる。

 

「優ちゃん、それのどこが怖い訳?」

 

「順平。壁際のコーナーで、棚の向こう側には何が見えると思う?」

 

「そりゃあ、壁だな……あ」

 

「いやぁあああ!!湊も解説しなくていいからー」

 

絶叫するゆかり。

 

何気に解説する私。

 

話のネタになりそうだと頷く順平。

 

ゆかりの反応を見て眼を輝かせる優ちゃん。

 

「じゃあ、次はですね。オーソドックスに心霊写真を元に」

 

「もうそれはいいから!!」

 

涙目で訴えかけるゆかりを余所に優ちゃんは語り始める。友達と幽霊が出ると噂の墓地に肝試しに行った時のことを。そしてゆかりの眼前に突き出された優ちゃんの携帯電話のディスプレイに移る青白い女性の顔を見て、甲高い悲鳴が寮内に響き渡る。

 

優ちゃんが持つ携帯電話の画面を見まいと逃げ回るゆかり。それを嬉々として追う優ちゃん。まるで逃げるネズミと追いかけるネコの様。

 

その光景を見ていた、順平がぼそりと呟く。

 

「ゆかりっち、優ちゃんにはちょっと厳しく当たっていたからなー。たぶんそれの仕返しだな」

 

「ゆかりがここまで怪談がダメとはね」

 

ソファを挟んで対峙する2人を見ながら私も呟く。

 

というか、なんで私たちは怪談話をすることになったんだっけ?

 

 

 

 

6月1日(月)

 

「そう言や、ゆかりっちさ。学生用のネット板とか、見てる?先週、E組の子が校門で倒れてんの見つかったっしょ?あれ、怪談に出てくる“怨霊”の仕業じゃねーかってさ」

 

ラウンジにて思い思いに過ごしている中、順平が話し始めた。

 

会話の対象となったゆかりは露骨に嫌そうな表情を浮かべつつ順平に向き直る。それとは対照的に目をキラキラさせながら近づいてくる娘がいるが2人は気付いていない。

 

「怨霊とか、マジやめてよ……。ウソくさい!」

 

このやり取りから見てゆかりは怪談話が苦手そうだ。実を言うと私もあまり得意な方ではないけれども、今ここでそういったリアクションを取ってしまうと嫌な予感しかしないので無表情を貫く。

 

すると、順平たちの会話の内容に引っ掛かったのか桐条先輩が会話に混ざってきた。

 

「その怪談っていうのは、どんな話だ?」

 

「ちょっ!?」

 

ゆかりは桐条先輩が会話に入ってくるとは心底思っていなかったようで、ひどく驚いた表情を見せたがすぐに持ち直す。

 

「どうせ、作り話に決まっているし……。き、聞かなくてもいいと思いますが!」

 

だから、ゆかり。そんなあからさまな態度を取るのは拙いよ。

 

あなた達の後ろで着々とアップしている娘に気付いた方がいいって。私はゆかりを助けるために話題を変えようと声を掛けようとしたのだが、その前に話しに割り込む者がいた。

 

「興味ある。話してみろ」

 

真田先輩である。彼の場合、本当に気になっているのか甚だ疑問だが、そういった流れになってしまっては仕方がない。

 

覚悟を決めるとしよう。

 

なにせ、準備万端な優ちゃんがチャンスは今か今かと待ち構えているのだから。

 

先輩達に促される形で身を乗り出した順平による怪談話。

 

準備周到で懐中電灯の光を顔の下から当てて演出しているが、あまり怖くはない。

 

訂正しよう。私は順平の後ろでにんまりと笑っている優ちゃんの方が怖い。皆は気付いていないようだが。

 

ちなみに順平の話を要約すると、『死んだ生徒』に、『校門前で倒れていた女子生徒』が、『食われていた』。しかも、話のオチは順平の推測という何にもならない話でゆかりが憤慨するのも分かる。

 

だが、先輩たちは違ったようで桐条先輩と真田先輩は2人で確認するように話しあっている。順平は自分の熱演がスル―されて、ちょっとショックを受けているようで両手で顔を覆って……

 

「って、順平!懐中電灯は?」

 

「今までしゃべんなかった湊っち、オレっちの熱演どうだった?結構イケてたっしょ」

 

「懐中電灯なら、さっき順平がテーブルの上に置いt」

 

ふっとラウンジの電灯が消え、ラウンジは暗黒の世界となる。窓から外の光が入るものの薄暗い。

 

突然の事態にラウンジにいたメンバーの顔が強張ったが、テレビ付近で懐中電灯の光が灯る。自然と皆の視線がそこに集中する。そこにいたのは……

 

「どうもこんばんは。鳴上優アワーのお時間です♪」

 

順平が怪談話をゆかりに持ちかけた時から着々と準備を進めていた優ちゃんの姿があった。

 

 

 

 

その後、怪談話を話し終えた優ちゃんは満足したのか、懐中電灯を順平に返しソファに座ってまったりとしている。対してゆかりは息も絶え絶えに肩を激しく動かしている。

 

そんな姿を見た順平が一言余計なことを言ってしまう。

 

「結局のところ、ゆかりっちさ。お化けがニガテとはちょい情けないよな」

 

「な!?情けないって言った!?」

 

確かに優ちゃんの怪談話や心霊写真から逃げ回っていたので、そのような印象を持たれても仕方がないこととは思うが、言い方っていうのもあると思う。

 

からかわれていると認識したゆかりは順平に食ってかかるが、そこを桐条先輩たちに利用され、あれよあれよという内にその噂の元凶を調べることになってしまった。

 

勿論、私や順平も協力はするけれど。

 

優ちゃん、君はしなくていいから。そんな「ネタを仕入れて来なきゃ」なんて物騒なことは言わないでお願い。

 

 

 

 

6月5日(金)

 

「それじゃ、報告会を始めます」

 

優ちゃんと一緒に中等科からそのまま巌戸台分寮に来た総司くんが作った晩ご飯を食べた後、私たちはゆかりにラウンジに集められた。ちなみに集められたメンバーは3年生の2人を覗く私、順平、ゆかり、優ちゃん、総司くんの5人だ。

 

総司くんはオブサーバーとして参加だが、何故だろう。

 

ここにいる誰よりも情報を持っていそうな気がする。その総司くんは優ちゃんに何の報告会なのかを尋ねている。

 

「例の怪談騒ぎなんだけど、やっぱりあれは怨霊の仕業なんかじゃないよ」

 

「あ、そこ重要なんだ」

 

「そもそもこんな騒ぎになったのは似たような事件が3回も続いて起きたからなんだけど……被害者の3人はクラスも違えば部活も違う。でも1つだけ共通点があったのよね。なんだがわかる?」

 

順平のツッコミを華麗にスル―するゆかりは私たちに問いかける。

 

「うん。3人ともよく出家していた」

 

「結城先輩、“家出”ですよ。ちなみに出家は何度もできません」

 

私が適当にボケた答えはあろうことか総司くんにツッコまれた。ゆかりは頭が痛いと言いたそうな表情を浮かべているが、総司くんを見てその表情が心なしか安らいでいる。

 

「総司くんの言うとおり、3人ともよく家出まがいのことをしていたの。不良の溜まり場みたいなところで路上オールとかしてたみたい」

 

「はあ、家出ねぇ……。でもそれがなんで学校前で倒れることになるんだ?さすがに酔いつぶれたって訳じゃないだろ」

 

興味なさそうな顔で疑問点を告げる順平だったが、

 

「岳羽先輩、話しの途中で恐縮なんですけれど、倒れていた3人の人たちを街中で見たことがあるんですけれど、その人たちは“4人組のグループ”で“1人の女の人”を“いじめ”ていたんですけど、これは何か関係ないですか?」

 

総司くんの以外な一言でその場は硬直した。ゆかりは何かを考え込むように俯いた後、私たちに向かって目配せをしてくる。

 

「……湊、順平。今、総司くんが言ったこと関係の情報は何かない?」

 

「えっと、確かE組の子が『クラスの子が1人、病欠で休み始めて一週間になるね』って言っていたような」

 

「E組って、真田さんが調べていたアレか!」

 

確かに真田先輩が検査入院の際にE組の名簿を持ってくるように言っていた。そして、真田先輩はそれを元に何かを調べていた。その何かが分かれば……。

 

「ゆかり、真田先輩を呼ぼう」

 

「……そうだね。順平、呼んできて」

 

「ええっ!?なんでオレっちが……」

 

順平はそうぼやきながらも階段を上がっていく。さて、問題は総司くんである。たぶん、ここから先はペルソナや影時間、タルタロスのことが関係してくるはず。

 

「……タルタロス」

 

「ん、湊?」

 

ゆかりが顔を覗き込んでくるが、私の頭の中は得た情報を整理するので手いっぱいで構えない。

 

まず、4人組のグループがいじめをしていた人が、真田先輩が調べていた影時間に適正を持つ人物と仮定する。

 

そして4人組のグループの内の3人が学校前で倒れていた。よく家出まがいのことをして路上オールをしていた彼女らが、何故学校に来ていたのか。それは、いじめの対象者を学校のどこかに閉じ込めていたから。様子を見に行ったのではないか。

 

いじめの対象者は影時間に適正を持っているが、いじめをしていた彼女らは一般人。今も意識不明なのはシャドウに襲われ、無気力症になっているからではないか。

 

「どうしよう、ゆかり。これって、かなり拙い状況かもしれない」

 

「え、何が?」

 

「私の考えだけど、恐らくいじめられていた女の子、今もタルタロスに囚われているんだよ」

 

「あの……タルタロスって、ゲームの話じゃないんですか?」

 

「「あ」」

 

不思議そうな表情で私たちを見る総司くん。

 

やばい、彼がここにいることをすっかり忘れていた。

 

「いじめられていた人が囚われているって、それじゃあ本当にタルタロスってダンジョンが現実に存在しているって言っていr「兄さん、ごめん」え?」

 

空気を斬るような鋭利な角度で振るわれた手刀は総司くんの首筋に綺麗に決まり、彼はそのままソファに倒れ込んだ。下手人は青くなっているが、ここは褒めなければならない。

 

「ありがとう、優ちゃん。ゆかり、総司くんは2階の奥の部屋に運ぼう。って、丁度いいところに」

 

「順平、真田先輩。総司くんを運ぶので手伝ってください!」

 

「一体何が起こっているんだ?」

 

真田先輩は目を白黒させながらも私たちの提案を聞き入れ、総司くんを抱える。

 

「こいつ結構身体を鍛えているな。俺ひとりじゃ階段を上がれん、順平手伝え」

 

「了解っす」

 

私たちは3人を見送り、桐条先輩にも連絡を入れる。私の考えが間違っているなら、それで構わない。だけど、もしも考えが当たっている場合、時間を悠長に掛けている場合であはない。

 

順平と優ちゃんの怪談話から始まった事件は佳境を迎えていた。

 



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P3Pin女番長 6月ー②

6月6日(土)

 

行方不明になっているのはE組の山岸風花という女子生徒であるということが分かったのだが、事実確認のために時間を要するとのことにて学校が終わった後、私は巌戸台分寮に帰った。

 

すると首に湿布を張り付けた総司くんがラウンジのソファに座って、何やら作成していた。後ろから覗き見るとタルタロス攻略本(仮)であった。

 

「おかえりなさい、結城先輩。うぅ、……イタタタ」

 

私の方へ振り向こうとした総司くんは首を押さえて苦痛で表情を歪める。思いのほか昨夜の手刀が効いたらしく、彼は本日学校を欠席した。

 

その原因を作った優ちゃんは朝からテンション最悪な状態で学校に向かっていったが、その罪は私たち全員のもの。あとでフォローを入れておこうと思う。

 

なにせ彼女の咄嗟の機転のおかげで、総司くんはタルタロスが現実に存在しているという事実を忘れてしまったようで、昨日は何があったのかを順平や真田先輩に聞いていたし。

 

「先輩たちや優から聞いた情報をまとめたんですけど、とりあえず見てもらっていいですか」

 

そう言った総司くんは私に攻略本(仮)を手渡し、立ちあがって台所へ向かったが本調子でないのは見てとれる。それでも食事を作ろうとしてくれるので、私は邪魔しないようにしようと彼が残していった攻略本(仮)に目を落とす。前回の分と同じように手書きだが綺麗で見やすい仕上がりに、彼の性格が窺える。が、

 

「……まただ。私たちが戦ったことがないシャドウのデータがある。それに“ハイレグアーマー”を手に入れたことは誰にも言っていないのに」

 

【ハイレグアーマー】それはゆかりや桐条先輩たちのお仕置きに使おうと思っているネタ装備。

 

自分の部屋で一応着て見たけれど、あれは人前で着たら女として大事なものを失ってしまいそうなほどの破壊力がある。

 

もしもゆかりや順平が手に入れていたら、きっと一騒動があっているはずだから、私以外で手に入れた人はいないはず。なのに総司くんの攻略本(仮)には書かれている。

 

「総司くん、ちょっと相談があるんだけど?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「アイテム欄のハイレグアーマーの所を消しといて」

 

「へ?」

 

きょとんとした表情を浮かべる総司くんがちょっと可愛いと思ったのは私だけの秘密だ。

 

 

 

夜、総司くんが寝てしまったのを確認した私たちはタルタロスを訪れていた。

 

もしかしたら私たちが探索できる階層にいるかもしれないと1階からタルタロスを昇りなおして捜したが、やはり山岸風花の姿はない。ガラクタで通行止めされた上の階層にいることが考えられる。

 

「でも、これ以上の階層だと桐条先輩のバックアップはほぼ絶望的ですよね」

 

「そうだな。元々美鶴のペルソナはバランスが良いとはいえ戦闘型だ。今までバックアップに回れていたこと自体が凄いんだ」

 

真田先輩がガラクタをどうにか動かせないか引っ張ったり、押したりするが何かの力が働いているのかびくともしない。

 

「桐条先輩ってペルソナも優等生なんだ」

 

ゆかりがぼそっと呟く。それを聞いていた優ちゃんが何やら考えるように腕を組む。

 

「どうしたんだ、優ちゃん?」

 

「伊織先輩。……もしも兄さんがペルソナ使いだったら、桐条先輩みたいなタイプだったのかなって」

 

優ちゃんの何気ない一言を聞き、そこにいたメンバーはくすりと笑う。

 

「鳴上兄がペルソナ使いだったらか。おもしろい発想だ」

 

先ほどまで難しい表情を作っていた真田先輩だったが、幾分か気を紛らわせたようで笑みを浮かべている。ゆかりも「呑気だね……」と言いつつ笑っていて、順平はいくつか例をあげている。

 

「優ちゃんがウシワカマルだから、それ繋がりでヨリトモとかベンケイとかじゃねぇかな」

 

「ヨリトモだとヨシツネを裏切るから、総司くんの性格的にベンケイじゃない?」

 

順平とゆかりがああでもないこうでもないと意見を交わしているけれど、どちらにしても武道派であることには変わりなさそうだ。

 

「もうここにいても埒が明かないし、エントランスに戻ろうか」

 

私の声かけに面々が頷き、ターミナルに向かって行く。次々と粒子に包まれていく中、優ちゃんだけがこの場に残ったまま、窓の外から見える景色を眺めている。

 

「優ちゃん、行こうか」

 

「……結城先輩。あの……いえ、なんでもありません」

 

そう言って優ちゃんは小走りで私の横を通り抜け、ターミナルでエントランスへ降りた。悩み事だろうか、月曜日にならないと物事は進展しなさそうだし、明日は優ちゃんと過ごそうか。

 

そんなことを考えつつ、私もターミナルを使ってエントランスに降りるのだった。

 

 

 

6月7日(日)

 

首の痛みも大分回復した様子の総司くんが作った朝食は焼き魚定食だった。

 

まるで炭火でじっくり焼かれたような仕上がりに、私たちは大満足だったのだが、桐条先輩は終始、首を傾げていた。勿論、先輩の舌を唸らせる一品ではあったのだけれど。

 

私は一度自室に戻り通販にてタルカジャオートと樹液ゼリーのセットを頼んだ後、優ちゃんを誘ってポロニアンモールまで来た。そして、私はおぼろげな記憶を頼りに路地を進む。

 

「結城先輩、どこに向かっているんですか?」

 

「もうっちょっとだから。……っと、ここだ」

 

私が見上げると、それにつられた優ちゃんも視線を上にあげる。喫茶店『一期一会』、初老のマスターが淹れるコーヒーが絶品なお店である。

 

「シャガールとは違った温かい雰囲気で、ここのマスターが淹れるコーヒーもお勧めなんだよ」

 

「へぇ。こんなところにもお店あるんだ」

 

私は優ちゃんの手を引いてお店に足を踏み入れる。あのときは誰かの後を追って、この店まで来たはずなのだが、追っていた相手は誰であったのかを思い出せない。しかし、ここで飲んだコーヒーの味が忘れられず、こうやって探した次第であった。

 

優ちゃんと向かい合って座り、頼んだコーヒーが来るまで他愛ない会話で盛り上がる。

そしてマスター自ら運んでくれたコーヒーを啜る。

 

「美味しい……」

 

優ちゃんは、ほぅと安堵の息をつきながらコーヒーを飲みすすめる。

 

「ねぇ、優ちゃん。何か悩み事があるんじゃないかな」

 

「…………」

 

優ちゃんはコーヒーカップを机に置き俯く。残っているコーヒーに映った優ちゃんは唇を噛み締めていた。優ちゃん自身は何を悩んでいるのかを分かっているが口に出せないようだ。代わりに私が気にしているであろうことを告げる。

 

「……総司くんのことでしょ」

 

優ちゃんはゆっくりだが、しっかりと頷いた。

 

先日の報告会にて、私が【山岸風花がタルタロス内に囚われている】という可能性に辿りつけたのは、元はと言えば総司くんの発言からだ。私たちが知りえなかった事実を、彼は知っていたのだ。ほぼ同環境にいたはずの優ちゃんが知らないことを。

 

「優ちゃんは総司くんとは違うよ。優ちゃんが部活をしている間、総司くんは色んなところにいける訳だからね」

 

「……はい。兄さんは私と違って、交友関係が広いですし。たぶん、それも関係しているんでしょうね」

 

優ちゃんは残っていたコーヒーを飲む。

 

「結局、優ちゃんはどうなりたいのかが問題だと思うよ。優ちゃんは総司くんみたいになりたいの?それとも」

 

「私は…。私は兄さんに頼られたいです。いつも私ばっかりが頼ってしまって、兄さんが私を頼りにしてくれることなんてないから」

 

優ちゃんは思いの奥底を吐露する。しかし、その困難さをきっと優ちゃんは理解しているのだろう。だから悩むのだ。高すぎる壁をどう越えていけば、攻略していけばいいのか分からないから。

 

「私は優ちゃんの味方だよ、協力する。だから、1人で悩まなくていいんだよ」

 

「結城先輩……。ありがとうございます」

 

優ちゃんの瞳から雫がこぼれ落ちる。

 

私はポケットから取り出したハンカチを彼女に手渡し、泣き止むまで頭を撫でてあげたのだった。

 



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P3Pin女番長 エンプレス&エンペラー戦―①

6月8日(月)

 

教室で授業の準備をしていると桐条先輩からメールが届いた。

 

差出人が桐条先輩であったため見間違いかと思って二度見してしまったけれど、内容は『放課後に兄さんを寮に連れてきて欲しい』ということだった。

 

結城先輩たちの話では山岸さんという女子生徒のことを担任に聞きに行くという話であったけれど、どうしてそこで兄さんが必要になるのかが分からない。一応、『分かりました』と返事はしたけれど私は授業が始まるまで首を傾げるのだった。

 

授業が終わった後の休み時間に私が兄さんのクラスに行ったのだが、肝心の兄さんは見当たらなかった。どこに行ったのかをクラスにいた女子に聞こうとすると教室の後ろ側で歓声が上がった。そこに男子たちが集まって何かをしている。

 

様子を眺めていると称賛する声と慰める声の2つが聞こえてきた。称賛されている人は男子たちが壁になって見えないけれど、男子の数人が肩をがっくりと落としてその集団から抜け出して項垂れている。

 

「ねぇ、彼らは何をしているの?」

 

私は近くにいた女子に声を掛けると、その子は肩をすくめながら答えてくれた。

 

「ただのカードゲームよ。あんなのにお金をかけるなんて、男子ってほんと子供よね」

 

「ふーん」

 

しばらくすると男子たちは解散して、それぞれのクラスや席に帰っていく。

 

まぁ、予想通りというか、予定調和というか、私の目的であった兄さんはその集団の中心にいたようで、ホクホクとした感じでカードデッキを鞄になおしている。

 

私は休み時間の終わりが近付いていることもあるので、急いで近寄り、桐条先輩から来たメールのことを伝える。

 

「今日の放課後に寮に来てって、なんで?」

 

兄さんは心底分からないようで困った表情を浮かべている。

 

兄さんにしては珍しいこともあるものだなと思いつつ、用件は伝えたからと告げ私は駆け足で自分のクラスに戻る。次の授業に遅れると先生に当てられる可能性が高くなるからだ。

 

廊下を走って戻っていたので生徒会の人に注意されたが見逃してもらい、授業に遅れるようなことにはならなかった。

 

 

 

放課後、巌戸台分寮に兄さんを連れて帰ると桐条先輩に迎えられた。

 

そして、兄さんの前で桐条先輩は手を合わせ、懇願する。

 

「鳴上、今日の晩ご飯を作ってくれ!」

 

「はい?」

 

兄さんは目を丸くしその場で立ち止まり、私は状況が飲み込めずラウンジにて様子を見ている先輩たちの所へ行く。

 

「どういうことですか?」

 

「今晩、山岸風花の救出作戦を決行することになったのだが、結城が嫌な予感がするから準備は万端にした方がいいという意見を出してな」

 

「オレっちたちがタルタロスに挑む上で準備万端にするには、道具や武器だけじゃなく、パラメーター上昇効果のある総司の料理は欠かせない訳よ」

 

真田先輩と伊織先輩が言って説明してくれるが、結城先輩の嫌な予感ってなんだろうか。そう思いながら結城先輩に視線を向けると

 

「うん。もしかしたら何だけれど、大型シャドウが現れるかもしれないと思うんだ。4月の時も、5月のモノレールの時も、奴らが来たのは満月の日だったし」

 

今日もだしねと窓の外を眺める結城先輩につられ、私も窓に目を向ける。淡い光を放ちながら上へと昇って行く途中の満月が見える。

 

「もしものことがあった時に後悔したくないからね。それで桐条先輩に頼んだんだけど、山岸さんのこともあってか“肝心の理由を書かずにメールをしてしまった”ってテンパっちゃってさ」

 

「私、ここ最近の桐条先輩の行動を見てて、完全無敵の優等生なイメージがガラガラと崩れてきているんだけど」

 

岳羽先輩はこめかみを指で押さえながら呟く。

 

「確かに。優ちゃんを膝枕した時に焦って艶っぽい声を上げたり、用件を書かずにメールをしてしまって訂正のメールを打てなかったりとかね。今もああやって、総司くんに一生懸命頼み込んでいるけど、肝心の総司くんはうまく状況を呑みこめていないものね」

 

「そろそろ助け舟を出してやらないか?」

 

そう言った真田先輩の合わせる様にして結城先輩が玄関で話をしている2人に近づいて、状況説明を行う。つまり、兄さんには特別課外活動部全員分の晩ご飯を作り、とある事件に関与し憔悴している女子生徒の相手をこの寮でしてもらいたいとのこと。

 

引き合わされたのはガングロの女子生徒。見るからに不良っぽいがもしかすると。

 

「山岸をいじめていた4人組の1人だ。自分以外の3人が校門前で倒れていたのを見て、かなり怯えている」

 

キリッとした表情で私に説明をする桐条先輩だが、兄さんに説明するのにテンパって空回りしていた姿が脳裏をよぎり、私は小さく噴出してしまう。すると、桐条先輩は唇を一文字にして唸り、しょんぼりと肩を落とした。岳羽先輩の言うとおり、桐条先輩は意外と可愛いのかもしれない。

 

「私は完全無敵の生徒会長な桐条先輩よりも、今のようにドジをして落ち込んだり、空回りしてテンパったりするような人間性のある桐条先輩の方が好きですよ」

 

「む、……そうか?……いや、待て。褒められた気がしないのは何故だ」

 

「何故でしょうね」

 

私はにっこりと桐条先輩にほほ笑んだ。その桐条先輩は片手で額を押さえ、何かを考える様にああでもない、こうでもないと混乱しているかのようにラウンジを歩き回るのだった。

 

 

 

■■■

 

優ちゃんと桐条先輩が良い雰囲気になっている。

 

優ちゃんは特別課外活動部のメンバーで唯一の中学生で歳が離れているのもあって、私以外のメンバーとはあまり仲が良いとは言い切れない。

 

私の場合は“塔コミュ”が4になっているから相談相手にもなっているし、リーダーだから。

 

こうやって、メンバー同士の関係も築いていけるようにフォローするのも必要なことだと思う。現在のメンバーで一番厄介な関係は、ずばり『ゆかりと桐条先輩』だと思う。

 

『私と順平』の関係も先月の大型シャドウ戦で、優ちゃんが怪我して倒れていなかったら、“リーダーに選ばれペルソナを幾つも使い分けることが出来る私”を順平が目の敵にしていたかもしれないけれど、今の私たちは背中を預けられる仲間のような関係になっている。正に優ちゃん様々だ。怪我をしてくれてよかったという訳にはいかないけれどね。

 

「桐条先輩も目的が料理なら言ってくれればいいのに、冷蔵庫の在庫を考えると野菜炒めくらいしか作れないじゃないか。マンションに取りに行く時間はないし……かといってこれじゃあ手を抜いているようなものだし……」

 

私の横で冷蔵庫の中身を見て項垂れている総司くん。せめて調味料があればと頭を掻いているが、私たちは別に気にしないのだけれど。

 

「仕方ない。非常事態ということで、納得しよう。優、君の部屋に置いてあるキングフロスト人形を持ってきて」

 

「「え?」」

 

ラウンジ内を歩き回る桐条先輩のあとをカルガモの雛のようについて回っていた優ちゃんと私の声が重なった。

 

そして、台所の机の上に置かれたキングフロスト人形と、ハサミを持って対峙する総司くん。

 

何事かと目を丸くする私たちの前で、総司くんはキングフロスト人形の背中側を切り開いた。

 

綿と一緒に出てきたのは真空パックに入れられたお米のようなもの。

 

「使うつもりはなかったけれど、他の材料が乏しい今、これを。『究極黄金米』を使う他に方法はない!」

 

総司くんは両手で高々と持ち上げる。

 

私たちが呆然としていると、桐条先輩が蹈鞴踏みながら後ずさった。何事かと私たちが振り向くとわなわなと震える桐条先輩が声を荒げながら言う。

 

「『究極黄金米』……数年前に一度だけ流通した幻の特A級受賞品種。5kg5000円で売られ、富裕層の人間に『米というものはここまで美味しくなるのか』と衝撃を与えて姿を消した幻の米、それを何故君が持っている!いやそれだけじゃない、以前ここで出された果実もだ。あれは市場にも数十年に1個という割合でしか流通しない幻の品種『宝石メロン』だった。君はいったい何者なんだ!!」

 

背景に雷を降らしていそうなほどの声量で告げる桐条先輩には悪いが、肝心の総司くんは説明を無視して、その凄い米を炊き始めている。

 

「話を聞けー」と大声を上げる桐条先輩を真田先輩がなだめる。

 

「兄さんが家庭菜園で色々作っているのは知っていたけれど、あれって凄いんだ」

 

「今もマンションの屋上で作っているんでしょ?」

 

「その通りです、岳羽先輩。最近は養蜂の真似ごとも始めたようで」

 

「総司くんは将来、牧場主にでもなるつもりなの?」

 

野菜作って、米を作って、養蜂もする。確かに数年後にはもの凄い牧場を経営している姿が思い浮かぶよ。私は晩ご飯を作る総司くんの背中を眺めながら、そう思った。

 

 

 

本日のメニュー

・究極黄金米

・旬野菜の炒め物

・手作り野菜スムージー

 

【メンバー全員の防御力が上昇した】ようだ。

 



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P3Pin女番長 エンプレス&エンペラー戦―②

6月8日(月) 

 

「な?すんなり入れたっしょ?なんつーかオレ天才?」

 

「自慢するほどのこと?」

 

得意げに話す順平に冷ややかな目をむけるゆかり。場所は月光館学園高等科の廊下だが、私たちの他に人影はない。ただし時間が夜遅く、という点を除いてだが。

 

「昼間のうちに鍵を……ブリリアント!!」

 

「ブリリアントっ!」

 

「時間が惜しい。行くぞ」

 

高笑いする桐条先輩と、彼女の真似をする優ちゃん。

 

その意味不明な発言を気にも留めない真田先輩。順平が夜の学校に偲び込む上で準備があると言っていたが、それは校舎の鍵をひとつあけとく、とうことだったらしい。

 

理事長が捕まらず学校に入る方法を悩みかけたが、順平が仕掛けたことによって事なきを得た。得たのだが……

 

「あの人、なんなの?」

 

「えっと、ブリ……なんだっけか?日本人は日本語使って欲しいよなナ」

 

何事もなかったかのように歩いて行く先輩2人と優ちゃんの背中を見ながら、ゆかりと順平はため息をついた。寮にて晩ご飯を食べた後、学校に入る方法を考えている時、すでに仕込みを済ませたという順平に対し

 

「仕込み……爆弾か?」

 

と、ぶっとんだことを聞いていた。この発言に私たちは一瞬だけ頭の中がまっしろになったが例によって、真田先輩もこの発言を気にした様子はなかった。

 

「先輩達ってホントに天然さんなんだね」

 

「はぁ、これからが思いやられるわ」

 

私たちはため息をつきながら、3人の後を追って歩き出した。

 

 

 

「うぅ……電気つけましょうよ」

 

「ゆかりっち、すっかり怖がっちゃって」

 

「怖がってないっつの!!……アホか」

 

「ア、 アホはないっしょ!!」

 

「騒ぐな。この時間だ、暗い方が何かと都合がいい」

 

学校への侵入を成功させた私たちは、とりあえず近くにあった2-Fの教室に入って今後の行動を確認するが、ゆかりと順平が騒いでいる。

 

「とりあえず体育館と体育館倉庫の鍵が必要だな。確か校務員室と職員室にそれぞれあるはず。明彦、私とこい。鳴上もだ……って、鳴上は?」

 

桐条先輩の問いかけに返事をしない優ちゃん。よくよく見回すと教室内に彼女の姿がない。もしかしてはぐれた?と私が思って声を出そうとした瞬間、

 

『あなたはだぁれ?』

 

と、桐条先輩の横に長い黒髪で顔を隠した女の顔が浮かび上がった。

 

「「きゃあああ!?」」

 

「く、くるなぁあああ!?」

 

それを直視してしまった私とゆかりは抱き合って絶叫し、桐条先輩はレイピアを振り回しながら、こちらに後ずさってくる。

 

真田先輩と順平は女が登場した時こそ身体を強張らせたがすぐに緊張を解いた。それを見た女もすぐに舌うちをして、その“変装”を解く。

 

「ちぇー。絶好のタイミングだと思ったのに」

 

「さすがに服を着替える時間はなかったな、優ちゃん。残念侍」

 

女が黒髪のウィッグを外す。すると右手にウィッグ左手に懐中電灯を持ったあどけない顔で舌をちょっと出した優ちゃんがいた。

 

ドッキリ大成功と書かれたプラカードも見える。

 

「……。鳴上―!!」

 

桐条先輩も呆然としていたが現状を理解した後は早かった。優ちゃんに拳骨を落とし、正座させて説教を始める。しかし、優ちゃんにばかり構っている訳にもいかず、すぐに解放する。勿論優ちゃんに反省の色はなく、似たようなことが起きたらまたやりそうな気がする。

 

ゆかりも「獅子身中の虫か……」とがっくりと肩を落としている。

 

「……結城、岳羽と鳴上を連れて職員室を頼む。伊織、君は私たちと一緒に校務員室だ」

 

「断固拒否します!」

 

桐条先輩の指示にゆかりが難色を示す。

 

当然だろう、桐条先輩が組み分けを告げた瞬間、優ちゃんが目を光らせたのを私たちは見てしまった。

 

「だが、それでは……」

 

言い淀む桐条先輩。あんなドッキリの後で犯人の優ちゃんと一緒にはいたくない。そんな心理が働き、いい案が思い浮かばない。

 

そんな中、順平が話に割り込んできた。

 

「話が進まないんで、オレっちと優ちゃんは先に集合場所の1階ホールに行っとくってのはどうっスか?」

 

「「「それだっ!」」」

 

私たち3人の声が揃う。その手は思いつかなかった。

 

問題児同士を先に集合場所へ行かせる。なんという灯台もと暗し。

 

「ええー。私は岳羽先輩たちと行きたいなー。……え?ふむふむ、分かりました!私、伊織先輩と行きます!」

 

そう言って嬉々として教室から出ていく優ちゃんと鼻歌交じりでその後を追う順平の後ろ姿に判断を間違ったのではないかと今更ながら思い悩む私たちであった。

 

 

 

 

廊下でゆかりの携帯が鳴り響き、取り乱すというちょっとした事件があったものの、鍵はすぐに見つかりホールへ向かう。すると、すでに真田先輩たちが順平たちと会話していた。

 

「鍵はあったか?」

 

「ゲットしています」

 

桐条先輩の問いに答えるゆかり。

 

だが、その視線は鍵になく、真田先輩の横で小さく欠伸をしている優ちゃんに向けられている。

 

「……何もなかったですか、桐条先輩」

 

「ああ。……不気味なほど、何もない」

 

「もしかして、教室出る時の演技で私たちに疑心暗鬼を植え付けただけなのかなぁ。ゆかりはもうびびりまくりだったし、あの2人の計算通りだったのかも」

 

「もうやだぁ……」

 

両手で顔を覆うゆかりの頭を桐条先輩が優しく撫でる。

 

「安心しろ、岳羽。あの2人は救出組で、私たちとは一緒にいない。だから不意打ちを受けることもないはずだ」

 

「それはそうですけど……。けど、大型シャドウが来たら、私たちで戦わないといけないんですよ。私はともかく、桐条先輩はブランクがあって大変なんじゃ?」

 

「ふふふ。ありがとう岳羽。心配してくれるのだな」

 

「なっ!?そんなの当たり前じゃないですか」

 

私はそんな2人のやり取りを見ながら、寮で考えた関係の問題は気優だったかなと思いなおした。きっかけが優ちゃんのドッキリだったことは、残念だったけど結果オーライということで納得することにする。

 

「よし、これで必要なものは揃った。明彦と伊織、結城と鳴上は体育館倉庫に向かってくれ。岳羽と私は一旦外に出る」

 

「分かった。順平、結城、鳴上行くぞ。打ち合わせの内容、忘れるなよ」

 

「了解っす」

 

「行こうか、優ちゃん」

 

「はい!」

 

そして、時刻は0時=影時間を迎える。

 

 

 

 

 

「……っと、やっぱり皆、別々なところに飛ばされちゃったみたいだね」

 

私が身体を起こすと周囲には誰もいなかった。通路も私がいる所で行き止まりになっていることから、私は前に進むしかない。私は装備を確認し、2つの属性攻撃スキルを持っていてなおかつ速さのあるフォルトゥナをセットする。

 

通信機を使い、桐条先輩と連絡を取ろうとしたがノイズがひどくコンタクトがとれない。

 

「仕方ないか、行こう」

 

私は歩み始める。出来るだけシャドウと当たらないように歩を進めていくと、時折桐条先輩とは違う儚げな声が響く。周囲を見渡しても誰もいない。

 

私は首を傾げながらも進む。途中、倒さなければ進めないシャドウもいて戦ったけれど、いつもは集団で戦うために気にしていなかったが、シャドウと戦うのは1人だと結構厳しい。

 

はやく、皆に合流しないといけないと思っていたら、声が聞こえてきた。

 

「あーうー……。なんでライオンさんばっかりが来るのー!!」

 

右の通路に曲がると行き止まりに追い込まれた優ちゃんの姿があった。

 

相手にしているシャドウは【リングフォート】という車輪にライオンの頭がついたシャドウで、斬属性と貫属性に耐性を持つ、云わば優ちゃんの天敵のシャドウであった。

 

私は召喚器をこめかみに当て、ペルソナを召喚する。

 

「フォルトゥナ!マハガル!!」

 

優ちゃんを取り囲んでいたシャドウの群れ全体に風が襲いかかる。風が吹き去った後に残ったシャドウたちは1匹残らず、ダウンしている。

 

「優ちゃん!」

 

「結城先輩!」

 

私たちは武器を持ち直し、体勢を崩したシャドウの群れに総攻撃を仕掛ける。なんとかシャドウを倒しきれた私たちは周囲を警戒しつつ、傷薬を飲んだりして回復した後、探索を進める。

 

「助かりました、結城先輩」

 

「どういたしまして。攻撃系の道具は全部使っちゃったんだね」

 

「何故か、ライオンさんばっかり来るので、ジオジェムとガルジェムはすぐになくなっちゃったんです」

 

「間に合ってよかった。ところで優ちゃんも聞いた?不思議な声は」

 

優ちゃんは私の顔を見ながらこくりと頷いた。桐条先輩との通信は相変わらず繋がらないのに、謎の女の子の声はしっかりと聞こえる。これってもしかすると。

 

「結城先輩、階段がありますよ」

 

「この階層には誰もいなかったし、上がろう。きっと順平たちもいるはず」

 

「はい!」

 

階段をのぼりきり、通路の向こうを見やると真田先輩と順平の2人の他に1人の少女がいた。水色のショートヘアーに、どこか儚げな雰囲気を携えている。

 

「先輩、もしかして」

 

「ああ、山岸風花だ。しかも、美鶴以上の力の持ち主かもしれん」

 

「この10日間、タルタロスにいたっていうのにシャドウと一回も遭遇していないんだってよ」

 

真田先輩と順平は興奮した感じで告げるが、山岸さん幾分か消耗しているように見える。それに気付いた優ちゃんは彼女の前に膝をついて労わる様に声をかけている。

 

「もうここにいる必要はない、戻るぞ」

 

そう真田先輩が話をたたんだ時、ノイズがひどくで繋がらなかった通信機から声が発せられた。

 

『明ひ……拙い、岳……ぐぅっ……』

 

「美鶴!?おい!返事をしろ!!」

 

「どうしたんスか!?」

 

「わからんが、急ぐぞ!!」

 

急いでターミナルを探した私たちは、見つけたターミナルをすぐに起動させエントランスに戻る。そこで見たのは、

 

「み、美鶴っ!?」

 

真田先輩の顔が青ざめる。巨大なシャドウ2体の姿、その片方の腕に囚われた桐条先輩は額から血を流し、気を失っているのかぐったりとしている。

 

ゆかりもまた弓を杖代わりにして立とうとしているが気を失っているのか眼の焦点が定まっていない。

 

私たちがどう動けばいいか迷ったその数瞬という短い時間だが、動いた者がいた。

 

「ウシワカマル!電光石火!」

 

優ちゃんは自分が召喚したペルソナとほぼ同時に攻撃を叩き込む。バランスを崩した大型シャドウの腕から桐条先輩が放りだされる。

 

床に直撃するというぎりぎりのタイミングで滑り込んだ真田先輩が桐条先輩を抱きとめる。

 

その前に2人を守る様にして武器を構える優ちゃん。

 

「無茶をしやがって。だが、助かったぞ、鳴上。美鶴は無事だ」

 

「よかった。けど、戦いはこれからですよ、真田先輩」

 

「心配するな、こっちには複数のペルソナを扱うリーダーと、攻撃力の高い順平がいるんだ。そうそうには負けないさ。そうだろう?」

 

「そうっスよ」

 

「準備オッケーです!」

 

私たちは桐条先輩とゆかりを守る様に布陣する。

 

その直後に、戦いの火ぶたが切って落とされるのだった。

 

 

 

 

 

「……気をつけ……ろ。そい……つらは……」

 

後ろで意識を朦朧とさせながらも桐条先輩が何かを伝えようとした言葉に気付く者はいなかった。

 



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P3Pin女番長 エンプレス&エンペラー戦―③

6月8日(月) タルタロスエントランス

 

大型シャドウの一体であるエンペラーの巨大な腕を使った一撃が優ちゃんを襲う。

 

咄嗟に武器と鞘を前にしてガードの体勢を取った彼女だったが、勢いを殺しきれずピンポン玉のように弾き飛ばされエントランスの壁に叩きつけられた。

 

土煙を上げながら叩きつけられた壁からずり落ちた優ちゃんの手から武器である刀がこぼれ落ちる。

 

「鳴上!?岳羽、回復を」

 

「でもそれじゃ、真田先輩が……」

 

「俺はまだ大丈夫だ。ポリデュークス、タルンダ」

 

ペルソナのスキルで相手の攻撃力を下げ防御の姿勢を取った真田先輩だったが、攻撃力の下げられたエンプレスではなく、私と順平が相手をしていたエンペラーが狙いを真田先輩にさだめ攻撃。

 

思いもよらない所からの攻撃に腕を十字に組んで防御し耐えた真田先輩だったが、斜め上からの力に押され徐々につぶされていく。

 

「順平合わせて!ラクシャーサ、月影!」

 

「おう!ヘルメス、アサルトダイブ!」

 

真田先輩を力で押しつぶさんと力を籠めるエンペラーの背中に私と順平が攻撃を叩き込もうとするが、それは割り込んできたエンプレスによって無効化された。

 

「なんなんだよ、コイツら!」

 

「おかしいよ、さっき効いた攻撃が完全に効かなくなるなんて」

 

現在の私たちの戦力は、私と順平だけ。

 

桐条先輩と優ちゃんは完全に気を失い、ゆかりはその回復のために動けない。

 

真田先輩は歯を食いしばり、エンペラーからの攻撃に耐えるがその均衡が崩れるのも時間の問題。

 

せめて、大型シャドウ2体の弱点さえ分かれば……。

 

「がっ!?」

 

「真田サン!!」

 

苦悶の表情を浮かべる真田先輩が膝をついてしまっている。助けに行きたいが、そうするにはエンプレスをどうにかしないといけない。しかし、

 

「こいつは今、物理が効かない。順平、精神力はあとどのくらいある?」

 

「へへ、まだ大丈夫って言いたいが、ちと厳しい……なっ!!」

 

エンプレスが振り下ろしてきた杖を順平が受け止める。咄嗟のことだったため、野太刀の刃が順平の左手に食い込み血が噴き出す。

 

順平が一瞬だけ辛そうな表情を浮かべたが、すぐに笑って私の方を向いた。

 

「湊っち、こいつはオレっちが押さえるから、真田サンを頼む」

 

「順平、それじゃあ……」

 

「オレっちは大丈夫。総司のメシを食って防御力上がってんだ。任せとけって」

 

順平は歯を食いしばりながらも笑って、私を送り出そうとする。視線の先にいる真田先輩はまるで神に祈るように両膝をついた状態でエンペラーからの攻撃に耐えているけど、もはやそれも限界だ。

 

「早く行けよ!リーダーはお前なんだぞ、湊っち!!」

 

「う、うわぁあああ!!」

 

私は順平とエンプレスの横を駆け抜け、召喚器をこめかみに宛がう。

 

「ラクシャーサ、月影!」

 

力を籠め、真田先輩を押しつぶさんとするエンペラーの背中に私のペルソナであるラクシャーサの双刀が当ったがビクともしない。エンペラーも物理を無効化していたなんて。

 

私は目の前がまっくらになったように感じた。もうどうしていいか、分からない。

 

そう私が立ちすくんだ、その瞬間に頼もしい声がエントランス内に響き渡った。

 

「ペンテシレア、ブフ!」

 

「お願い!イオ、マハガル!」

 

氷の飛礫が追い風によって勢いを増し、エンペラーとエンプレスの動きを封じる。その瞬間に私の横を別の風が駆け抜け、動きを止めたエンペラーから真田先輩を救いだした。

 

「桐条先輩、ゆかり、優ちゃん!」

 

桐条先輩はゆかりに肩を借りて立ち上がりレイピアを2体の大型シャドウに向ける。

 

ゆかりは攻撃手段である弓を捨て、桐条先輩を右手で支え左手には召喚器を持って対峙し、優ちゃんはエンペラーを挟んだ向こう側で真田先輩に傷薬を飲ませている。

 

「ははは、満身創痍ってこのことか?」

 

順平が軽口を叩きながら寄ってきたが、ゆかりがその頬を叩いた。

 

そして、今だに出血したままの左手を出させ、ディアをかける。

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ。アンタが欠けたら、勝てる物も勝てなくなるじゃない」

 

「サンキュ、ゆかりっち。けど、どーしたものかね」

 

弱点を次々変えていく厄介な敵を前に、倒す方法が思いつかない私たち。今の桐条先輩とゆかりの攻撃も大して効いたような感じではない。私は桐条先輩を見るが、

 

「分析中は完全に私が無防備になる。2体を相手にしながらそれを行うのは無理だ」

 

かといって、闇雲に攻撃していたのではこちらの体力と精神力が切れるのが先になってしまう。

 

「げほっ……。美鶴、復帰戦がコレとはついていないな」

 

「フフ……。明彦こそ、大丈夫か?」

 

「正直、左はもう使い物にならん。だが、まだ戦えるぞ」

 

真田先輩は左手をだらんと伸ばしたままであるが、右手だけでファイティングポーズを取り、大型シャドウ2体に向き直る。桐条先輩とゆかりの攻撃で動きを止めていたエンペラーとエンプレスは動きだし、こちらを見下ろすように立っている。

 

「完全に消耗戦になるけれど、仕方がない。こうなったら、まずはエンペラーを集中して攻撃します。優ちゃんは攻撃スキルで、あとの皆はそれぞれ魔法スキルで攻撃を。私が回復を担います」

 

私はペルソナをつけかけ、全体回復魔法が使えるプリンシパリティをセットする。

 

そして、攻撃開始を指示しようとしたその時、エントランスに入るための扉が開く音がした。

 

「お、おいなんであんなところに?」

 

順平の言葉に視線が一斉に入口へ向く。

 

そこにはふらふらとした足取りでこちらのほうへ歩いてくる女子生徒の姿があった。

 

「も、森山さん!?」

 

そう、山岸さんをいじめていたメンバーの1人で、今頃総司くんと寮にいるはずの少女。その姿を見てターミナル付近で怯えていた山岸さんが走り出した。

 

「無茶だ!戻れっ……ぐぅっ!!」

 

「真田さん、無茶っス」

 

真田先輩の声を無視し、目の前の大型シャドウさえも無視して、山岸さんは女子生徒と向き合う。

 

「ふ、風花。あたし、あ、あ、あんたに謝らなきゃって。ここにくれば、風花に会える気がして、あの子を突き飛ばしてここに……」

 

「逃げて、森山さん!ここは危ないから!!」

 

が、すでにエンペラーは目の前に現れた少女たちに照準をつけ、その大きな腕を振り上げている。私たちは何とか攻撃を防ごうと攻撃をしかけるがエンプレスが邪魔をして、助けに行くことが出来ない。

 

エンペラーが攻撃を仕掛けようとしたその時、山岸さんは少女を守る様にして立ち上がった。その手には召喚器が握られている。

 

躊躇なく銃口を己の頭に向け、一呼吸し引き金を引いた。

 

優しく温かな風が私たちの頬を撫でる。山岸さんを起点にして結界ような空間が形成されている。どうもそれは彼女のペルソナの力みたいだ。

 

「ルキア!」

 

その結界はエンペラーの振り下ろした攻撃を跳ね返すまではいかないけれど、耐えきった。

 

その空間の中で目を開いた山岸さんは、小さく呟く。

 

「……私、あれの弱いところ、分かります」

 

「ハハハ、やはり美鶴と同じ力か!しかも、探査用の機械もなしで……。美鶴、バックアップは彼女が代わる、体勢を整えろ」

 

全員が全員負傷している現在、このラストチャンスをものにしなければ、私たちに勝ちは転がってこないのだろう。私は精神を落ちつかせ、山岸さんの声に耳をすませる。

 

「今は、エンペラーは雷属性が弱点でその他全ての属性が無効化されます。対してエンプレスは貫属性が弱点でその他は全て無効化されています」

 

私は内心で舌打ちをする。魔法属性は気にしていたが、物理属性もそんなに細かく分離されているとは思っていなかったのだ。だが、こうやって弱点が分かる今なら

 

「真田先輩はエンペラーに、エンプレスはゆかりが」

 

「ごめん、私は今……」

 

そうだ。ゆかりは今、桐条先輩を支えて、武器である弓を持っていなかったのだ。ならば、私がフォローに回らないといけない。と考えた所で

 

「鳴上、俺に続け!ポリデュークス、ジオ!」

 

「ウシワカマル、二連牙!」

 

真田先輩の掛け声に合わせ、優ちゃんが飛び出した。

 

優ちゃんのペルソナは物理特化型で魔法スキルを持たない代わりに、斬・打・貫属性の攻撃スキルを持っている。それぞれの弱点攻撃を受けた大型シャドウは膝をついたり、仰向けに倒れダウンする。

 

「っ、総攻撃!」

 

「岳羽、私は行けない。頼む」

 

桐条先輩はゆかりにレイピアを持たせて送り出し、その場に倒れ込む。ゆかりは一瞬だけ迷ったがチャンスをものにすべく、大型シャドウの元へ駆けだす。

 

私も行こうとしたが、今になってダメージが来たのか、その場にうずくまる。

 

「湊っち、ここで回復に専念しとけ。攻撃はオレたちに任せとけって」

 

そういって順平も駆けていくが、エンペラーの目が光った。

 

「皆さん、攻撃が来ます。下がってください」

 

真田先輩と優ちゃんはすぐに距離を取ったが、慣れないレイピアという武器を使っていたゆかりの反応が遅れてしまう。ゆかりが気付いた時にはエンペラーの腕が目の前まで迫っていた。

 

目を瞑るゆかりだったが、

 

「させるか!ヘルメス、アサルトダイブ!!」

 

ゆかりとエンペラーの間に順平が割って入る。そしてエンペラーの巨大な腕と順平のペルソナであるヘルメスが真っ向勝負する。力は拮抗していて、ゆかりはその隙にその場から離れることに成功する。

 

エンプレスはエンペラーの援護をするためなのか順平に狙いを定めて移動している。

 

これはある意味チャンスなのではないか?

 

「山岸さん、今のあいつらの弱点は?」

 

「エ、エンペラーが風属性、エンプレスは打属性が弱点です!」

 

それを聞いて私が思いついたのは、エンプレスの撃破による順平の援護だった。

 

「エンペラーは順平に任せて!ゆかりは攻撃じゃなくて、順平の回復に専念。真田先輩と優ちゃん、今出せる最高の攻撃をエンプレスに叩きこんで!ゾウチョウテン、タルカジャ!」

 

私は真田先輩と優ちゃんに攻撃力アップスキルをかける。そして自身にもかけて、2人が攻撃するタイミングを待つ。

 

「行くぞ、鳴上!」

 

「はい!」

 

真田先輩と優ちゃんがエンプレスに向かって駆けだし、ほぼ同時に召喚器の引き金を引く。

 

「ポリデュークス、ソニックパンチ!」

 

「ウシワカマル、アサルトダイブ!」

 

「ゾウチョウテン、アサルトダイブ!」

 

無防備なエンプレスの背に弱点である打属性、しかもタルカジャによって攻撃力が増しているものが3連続同時に叩き込まれる。

 

苦悶の悲鳴のようなものを上げて、消えていくエンプレスを見て勝利が見えた私たちであったが、今まで攻撃に救助にと獅子奮迅の活躍を見せていた優ちゃんの体力が尽き、その場で崩れ落ちてしまった。

 

彼女はうつ伏せに倒れたまま、眼をぱちぱちさせ手足を動かそうともがいている。立とうとしているのに立てない様子だ。

 

よくよく考えれば、優ちゃんの攻撃は全て体力を消耗するスキルばかりだ。むしろ、よくぞこれまで戦ってくれたと思う。

 

「後輩が、ここまでやったんだ。年長である私がこんなところで寝ている訳にはいかない」

 

そう言って唇を噛みしめながら立ち上がる桐条先輩。ゆかりもそんな彼女の横に立ち、レイピアを桐条先輩に返し、己は召喚器を握り締めてエンペラーを睨む。

 

「皆さん、エンペラーの弱点は風属性のままです。いけますよ!」

 

私はゆかりと目を交わす。そして頷きあって、召喚器を各々構える。

 

そして、同時にペルソナを召喚する。

 

「フォルトゥナ、ガル!」

 

「お願い!イオ、ガル!」

 

2人分の魔法攻撃を受け蹈鞴踏むエンペラー。恐らく、私たちの体力的に最後の攻撃となるだろう。

 

「皆、総攻撃だよ!」

 

「「「「おおっ!!」」」」

 

そして断末魔を上げ、消えるエンペラーを見届けた私たちはその場に崩れ落ちた。

 

体力の残っている者はここにはいない。

 

文字通り身を削る激戦だった。

 

 

 

 

 

「風花、ごめんね。ごめんね……」

 

少女は山岸さんにすがるように泣きじゃくっている。

 

山岸さんはそんな少女を抱きしめ、震えるその背中を撫でる。

 

「いいの」

 

「風花……」

 

しかし、気が抜けたように山岸さんが気を失った。

 

「風花っ!?」

 

「恐らく、初めてのペルソナ召喚に加え10日間分の影時間での疲労が出たのだろうな」

 

「正直、私たちも今倒れこんだら立てなくなりそうですね」

 

桐条先輩の説明にゆかりが返答している。彼女たちは戦闘時と同じようにお互いが支えあう状態で山岸さんと少女を見守っている。

 

私は順平と一緒に優ちゃんを両脇から支えている状態だ。優ちゃんは生まれたての小鹿のように足をプルプルさせ、1人ではまともに歩ける状態ではなかった。

 

真田先輩は壊れた桐条先輩の探索用の機械と全員分の武器をひとまとめにしたものを背負っている。本人も左手が動かない状況なのに、無理をしているとしかいいようがない。

 

気を失ってしまった山岸さんに縋りついて泣く少女を見ながら順平が呟く。

 

「でも彼女一般人なのに影時間なんか経験しちゃって、これからどう生活すれば……?」

 

「影時間の記憶は適正のない者には残らない。そして、今後このように巻き込まれることもないだろう」

 

順平の疑問には桐条先輩が答えた。

 

「え、それって助けられた記憶もなくなっちゃうってことですよね」

 

「ああ。だが……彼女は大丈夫、そんな気がするよ」

 

そう桐条先輩は微笑んだ。その視線の先には、山岸さんに縋りながら謝罪の言葉を重ねる少女の姿があったのだった。

 



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P3Pin女番長 6月ー③

6月9日(火)

 

瞼が重い……。

 

そう思いながら私はアラームをセットしておいた携帯電話に手を伸ばした。

 

ベッドの上で座り窓の外を見ると朝日が差し込んでいるのがぼんやりと分かる。私はベッドに座った状態で部屋に備え付けてある鏡を見る、髪はあっちこっちに跳ねてしまっていて、セットするのに時間を要することが見て取れる。

 

しかし、今日の私にそのような作業は出来そうにない。

 

それほどまでに身体の疲労感がハンパない。

 

「学校に、行かなきゃ……。……でも、無理」

 

私はそう呟いてベッドに横になる。そしてアラームを止めるために手で握った携帯電話の電話帳から担任の鳥海先生の番号を探し出し電話を掛ける。

 

学校を休む旨を伝えるために。

 

 

 

それからしばらくの間、まどろみつつベッドでごろごろ転がりながら過ごしていたが、空腹に負け起きあがった。起きあがったものの疲労感は今朝とあまり変わっておらず、身体の調子は絶不調。

 

私は以前、通販で頼んだツカレトレールを服用して、しばらく待つ。

 

すると少し身体が軽くなった気がして、ベッドから足を下ろす。

 

「……あ、割と効いたかも」

 

そんなことを呟きながら私は立ち上がり、壁を伝いながら部屋の外に出る。廊下は静まり返っていて人の気配はない。私は手すりを使い、階段を一段一段ゆっくりと降りた。

 

想像していた通り、ラウンジに人影はなく、電気も消されており昼間とはいえ薄暗かった。いつもの調子であれば電気をつけにいくが、今日の私にそんな元気はなく台所へ足を向ける。

 

自分で調理する気力もないので、果物でもあればいいなぁと思いながら冷蔵庫を開ける。

 

すると、ちょっと深めの皿が寮にいる人数分用意されラップが掛けられていた。

 

その内のひとつを手に取って、手近の台に置いて冷蔵庫を閉じると、扉にメモ用紙が貼られていることに今更ながら気付く。

 

『リンゴのリゾットです。冷蔵庫に入っている粉チーズと用意してある黒コショウをお好みに合わせて乗せ、電子レンジでチンして食べてください。総司』

 

私の疲れでぼやけていた視界が、涙でさらにぼやけた。

 

 

 

しばらくの間、ラウンジにてテレビを見ながら過ごしていると、ゆかりや順平、優ちゃんが降りてきた。皆、学校に行っていた訳ではなく死んだように眠りについていただけのようだ。

 

「湊っち、タフだなー」

 

「まだ寝ていたかったんだけど、空腹には負けたわ。湊、何か食べる物ある?」

 

順平とゆかりがそれぞれ口にしながら私の向かいのソファに座る。

 

優ちゃんはふらふらとした足取りで私の隣まで来るとソファに倒れ込んだ。耳を澄ますと『きゅるきゅる』と可愛らしいお腹の虫が大合唱している。

 

「総司くんが作っていったリゾットが冷蔵庫に入っているよ。味は言わなくてもいいよね?」

 

 

大分、日が傾きかけた頃。寮の扉が開く音がしたためラウンジで思い思いに過ごしていた私たちが玄関を見ると、桐条先輩と真田先輩が立っていた。

 

「どうした?鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」

 

「明彦、彼らは私たちが学校に行っていたことを驚いているんだ」

 

桐条先輩の言うとおり、私たちは昨夜の激戦で心身ボロボロだったはず。

 

特に3年生の2人は寮に着いた途端、動けなくなった私たちをそれぞれの部屋まで運んでベッドに寝かすところまでしてくれたのだ。疲労度で言えば、私たちよりも辛いはずなのに。

 

「昨夜、お前たちを部屋に運び入れた後、鳴上兄が降りてきて、疲労回復に良いからと料理を作ってくれたんだ。出された料理に美鶴は終始、首を傾げていたが、これを見ろ」

 

そう言って真田先輩は鞄を床に置いて、その場でシャドーボクシングをして見せる。両手から繰り出されるパンチは空気を切るようなキレのあるパンチで……。

 

「って、真田サン!左手はもう大丈夫なんスか!?」

 

順平が驚愕の表情で立ち上がって叫ぶ。エンペラーの攻撃を受け、完全に使い物にならなくなっていたはずの真田先輩の左手。そんな事実はなかったかのように、真田先輩は元気な姿を私たちに見せつける。

 

「ああ、すこぶる快調だ。……とはいっても完全ではないがな」

 

「そうなんスか」

 

そう言って真田先輩は鞄を拾った後、階段を2段飛ばしで軽快に上がっていく。桐条先輩は玄関傍の受付台に鞄を置いた後、近くに来ていたゆかりの質問に答えていた。

 

「桐条先輩は、どうして首を傾げたんですか?」

 

「いや、何。大したことではないんだ。……ただ鳴上はどこからあの食材を持ってきたのかと思って」

 

「何かおかしなことでもあるんですか?」

 

「寮の冷蔵庫の中にはカニや豚肉は無かったはずなんだ。あれば、昨夜の夕食の際に使われているはずだから、それ以降に買いに行ったことになる。だが、それはありえないだろう?」

 

何もない所から食材が出てくることなどありえない。だから、先日の焼き魚定食の時も桐条先輩は首を傾げていたのか。私も2人と一緒に悩み始めたのだが、隣で話を聞いていた優ちゃんが意外な答えを出した。

 

「たぶん、兄さんがヘルプを出したんだと思いますよ。『食材がないので、何かありませんか』って」

 

「どういうこと?」

 

玄関近くで話し合っていた2人と、興味なさそうに耳を傾けていた順平も身を乗り出して優ちゃんの話しの続きを待つ。

 

「先輩方が思っている数倍、兄さんの交友関係は凄いってことです。漁業関係者に知り合いがいてもおかしくないんですよ、兄さんの場合。前聞いた時は、とある市議会議員秘書の人とこの国の未来について熱く語ったって言っていたし」

 

「その話、マジ?」

 

順平は驚きからか口を半開きにして、頬を引き攣らせている。

 

ゆかりは考えるのを放棄したようで、別の話題を桐条先輩に振っている。

 

桐条先輩も優ちゃんの説明で落とし所を見つけたのか、ゆかりから振られた話題について答え、また首を傾げている。ゆかりはファッション系のことを話しているようだが、桐条先輩の頭の上にクエスチョンマークが飛んでいるのを幻視できるくらい、彼女は困惑しているようだ。

 

視線を優ちゃんに戻すと順平と総司くんの知り合いについて盛り上がっている。

 

従妹の幼稚園児はともかく、アートと称して武器を作る鍛冶職人、神社に棲みついているキツネ、世捨て人の僧侶、二十代ながら会社を起業した額に十字の傷がある社長、こだわりの一杯を作る元不良のラーメン屋とか、バラエティに富んでいますなぁ。

 

「あとは……魚を上げると喜ぶ白い着物の幽霊さんかな。……えっと、この写真の」

 

そう言って優ちゃんが見せて来たのは、いつかの怪談話でゆかりを追い詰めた心霊写真だった。

 

「優ちゃん、生きている人の写真を『心霊写真』って偽ったら駄目じゃない」

 

「え、魚を上げると消えちゃうんですよ。人であるはずないじゃないですか」

 

「「え?」」

 

私と順平は顔を見合わせて、再度優ちゃんに顔を向けた。

 

「だから、この写真の人は正真正銘の幽霊さんなんですって。小さい頃に叔父さんの家へ遊びに行った時に兄さんに連れられて行った先の神社でこの幽霊さんと会って以降、その町で出来た友達を肝試しと称して紹介に行ったら、景気よく驚かせてくれるくらい仲いいですけど」

 

「いやいやいやいや!!普通はありえないっしょ!!」

 

「というか、その肝試しやめなさい!」

 

「そんなこと言ったって、兄さんと私の影響で知らない人はいないくらい、町の人に認知された幽霊さんってことで有名なんですよ」

 

胸を張って言うことじゃないとツッコミたかったけれど、私は踏みとどまった。

 

下手に追及したら、会いに行かせられるかもしれないと私の中の誰かが必死に警鐘を鳴らしているような気がしたから。

 

 

 

 

まさか、これがフラグだったなんて、思いもよらなかったけれど。

 



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P3Pin女番長 6月ー④

6月11日(木)

 

「改めて紹介しよう、山岸風花だ」

 

大型シャドウの討伐を終えて3日後、巌戸台分寮には1人の来客があった。

 

桐条先輩に紹介された山岸先輩は慌てて立ち上がってぺこりと頭を下げる。山岸先輩は大型シャドウ討伐後、すぐに気を失いそのまま病院へ運ばれた。

 

その後もしばらくの間、眼を覚まさず気付いたのは昨日のことだったらしい。無理もない10日近くタルタロスの中で過ごしていたのだから。

 

「ははっ、気楽にしてくれ。緊張すること無いよ」

 

幾月さんが優しい口調で宥める。

 

最近はめっきり巌戸台分寮を訪れることが少なくなっていたけれど、こういったことには顔を出すのだなぁとぼんやりと眺めていると、結城先輩や岳羽先輩たちも思ったようで何やら眉を顰めてヒソヒソと話をしている。

 

普段は月光館学園の理事長としての仕事をこなし、私たち特別課外活動部の裏方の仕事をこなすダンディーで優しい男性なのだが、彼の言うおやじギャグはちょっと理解できない。

 

「まずは山岸、君にあの特殊な経験について説明しておこうと思う」

 

桐条先輩が話を切り出すと、山岸先輩は椅子に座りなおして真剣な眼差しを向けている。

 

山岸先輩に順々に説明していく。

 

影時間の存在。

 

シャドウの存在。

 

タルタロスの存在。

 

そして、それらに対する特別課外活動部の活動。

 

山岸先輩は驚きながらも、一つ一つ噛みしめる様に受け入れていく。

 

 

桐条先輩から話される内容を私なりに考える。

 

タルタロスを昇る中で私たちが手に入れた「人工島計画文書」。

 

ナンバリングでは01と02しか手に入れていないけれど、丁寧な文章で見た者に何かを伝えようとしているのが分かる。ただ書かれている文章が難しすぎて私にはちょっと何の意図があるのか読みとれていない。

 

あれによればシャドウとは、来訪者ではなく「人間から取り出すことの出来るなにか」であるらしい。シャドウがヒトの形をしているのは、人間の精神を形にしたものなのかも。

 

私は周囲を見渡す。リーダーの結城先輩、ツッコミ役の岳羽先輩、私と同じ前線に立つ伊織先輩……はどうかな?

 

真田先輩と桐条先輩は私たちが仲間になるまでずっとシャドウと向き合ってきたのだから、たぶん私が考えていることもきっと承知の上なのだろうなぁ。

 

「先日の大型シャドウは、君がいなければ倒せなかったかもしれない。心から礼を言わせてもらう。そして、出来ることなら今後も部員として活動してくれないか?」

 

「別に、すぐに決めなくてもいいのよ。じっくり考えてからで」

 

桐条先輩の言葉を遮る様にして、岳羽先輩が山岸先輩を案じる様に言う。だけど、山岸先輩の返答は予想以上に早かった。

 

「やらせてください、お願いします」

 

「そうか、助かる。ではこの寮に入る手続きをしておこう。明日にでも引っ越しの準備を済ませておいてくれ」

 

少々強引にも思えるくらい矢継ぎ早に桐条先輩は話を進めていく。

 

その様子を見ていた岳羽先輩の表情が一瞬、曇る様に見えたけれど声を掛けると普段通りの顔をしていた。

 

こうして第7のペルソナ使い、後方支援特化型の山岸風花先輩の特別課外活動部の入部が決まったのだった。

 

 

 

■■■

 

「な~んか、納得いかないなぁ」

 

風花が帰宅し真田先輩と桐条先輩と優ちゃんが自室に戻った後、2年生3人はそのままリビングにてくつろいでいた。そんな中でゆかりがボソッと不満げに呟いた。

 

「ん、何か気になることでもあんの?」

 

手にしていた雑誌を置き座りなおした順平を見て、私も姿勢を正す。

 

それを見てゆかりの頬が引き攣る。

 

「そんな真剣な話じゃないから。……ちょっと私の愚痴に付き合ってもらいたいだけだから」

 

それを聞いた私と順平は顔を見合わせ、肩をすくめる。

 

「で、何が気になんの、ゆかりっち?」

 

「うぅ、最近の順平。順平じゃないみたいでやりにくいなぁ。……桐条先輩、ちょっと強引すぎない?風花の気が変わらないうちに寮に入れてしまおう、みたいなさ」

 

「確か優ちゃんの時も結構、強引にというよりも必死に頼み込んでいたんだよね、順平?」

 

「まぁ、あの時は部活とかしていない一般人なオレっちよりも、中学生とはいえ剣道部のエースな優ちゃんの方が戦力としては魅力的だったんだろうよ。それにあの時のオレっちは正直、ペルソナ能力という“特別”に夢中で浮ついていたからさ」

 

順平はここ2カ月で随分と心構えが変わったと思う。きっかけがあれだったのが残念だけれど。

 

「本当に、それだけなのかなぁ……」

 

ゆかりはそう言って、背伸びをしながら天井を眺めるのだった。

 

 

 

 

6月13日(土)

 

「あの結城先輩、今日は何かあるんですか?桐条先輩からの視線が背中に突き刺さるんですけれど……」

 

「ははは、今日も美味しいごはんをヨロシク」

 

台所で晩ご飯を作る総司くん。普段は月光館学園の制服姿か優ちゃんコーディネートの私服で作っていたので、タルタロスで取得した機能性エプロン(黒)を進呈した。

 

総司くんの料理の腕は、もはや主夫の領域を越しているのでいつか本物のコックの服を上げようと思う。

 

「…………(じ~)」

 

そんな総司くんの背中に熱い眼差しを向けているのは、なにも桐条先輩だけではない。

 

先日、私たちの仲間になった風花も彼を見ている。彼女は総司くんの料理の手つきを見て、そわそわしていることから手伝いたいと思っているようだ。しかし、

 

『すすっ』

 

『ギロリ』

 

縄張り争いする動物のように風花の台所への侵入を許さない総司くんの姿に私は笑いをこぼしてしまう。まさかあそこまでかたくなに拒否するとは。

 

分かっているよ、今日の台所は総司くんのテリトリーだからさ。

 

 

 

その日の影時間のタルタロス

 

前線復帰した桐条先輩と、機材の補正なしで万全な後方支援を行える風花のおかげでタルタロスの探索は思っていたよりもスムーズに進んでいく。

 

ただ全員でタルタロス内で戦うのは厳しいものになりつつある。

 

ペルソナを使えるので厳密ではないが、前衛5人に後衛1人というアンバランスな編成もまた問題ではあると思う。

 

しばらく探索を続けた所で真田先輩と優ちゃんが疲労を訴えたため、一度エントランスに戻った。

 

「どうした明彦。私はまだまだいけるぞ!」

 

「……先月の俺もあんな感じだったか?」

 

高笑いを続ける桐条先輩にちょっと気後れしている真田先輩という珍しい物をみることが出来た訳だが、ふむ丁度いいかもしれない。

 

「真田先輩、申し訳ないんですけれど、もう少し付き合ってもらっていいですか?」

 

「ああ。だが、今まで通りにはいかないと思うが」

 

「問題ありません!“お仕置き”を実行しようと思っただけです!」

 

「「「なにぃっ!?」」」

 

高笑いしながら今か今かと待ち続けていた桐条先輩。階段に腰掛けていたゆかり。私の近くでストレッチをしていた真田先輩。その3人が悲鳴のような叫びをあげる。

 

「ほら、前に言ったじゃないですか。桐条先輩が前線に復帰した時にするって」

 

私は持ってきていた荷物から袋を3つ取り出して、それぞれを桐条先輩たちに渡していく。もらった袋を抱えた3人の表情は青褪めている。

 

「結城先輩、顔が怖いです。その笑顔はまずいです」

 

優ちゃん。このお仕置きは執行しないといけないことなんだよ。

 

 

 

さて、この後何があったのかは皆さんの想像にお任せするが、

 

女として大事なものを失った2人とプライドをかなぐり捨てた男が1人、

 

タルタロス内を疾走する姿が月光館学園の高等科男子と中等科女子に目撃されたとだけ言っておこう。

 



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P3Pin女番長 6月ー⑤

6月16日(火)

 

窓から、日の光が差し込んでくる。

 

その眩しい光を閉じた瞼に浴び、私は薄く眼を開ける。

 

「んー……。いい朝だね」

 

私はベッドから降りると伸びをして、鏡の前に立った。鏡に映る自分の髪は予想通り、あちらこちらに跳ねてしまっている。私は蛇口をひねって水を出し、タンスの中からタオルを取り出し浸す。

 

早くしないと遅刻しちゃうなぁ。そう思いながら頑固な寝癖を梳いて行くのだった。

 

学校へ行く準備をして廊下に出ると丁度ゆかりも出てくるところだった。

 

「おはよう、ゆかり」

 

「うん、湊。おはよう。ねぇ、1時間目ってなんだったっけ?」

 

私とゆかりは他愛ない話をしながら階段を下りていく。

 

1階につくと順平がラウンジのソファに座り机に凭れかかって寝ている。台所を見ると真田先輩と優ちゃんが席についていた。

 

ゆかりは親切心からか寝ている順平を起こしに行き、私は椅子に座ったまま微動だしない2人に声を掛ける。

 

「おはようございます。真田先輩、優ちゃん」

 

「「…………」」

 

しっかりと聞こえる様に言ったのに、2人は挨拶を返してくれなかった。

 

私は思わず頬を膨らませて、2人に近づく。そして、その異常性に気付いた。

 

真田先輩は椅子に凭れかかった状態で背景も巻き込んで真っ白に燃え尽きている。

 

優ちゃんは机に倒れ込んだ状態で、時折『ビクンビクンッ』と身体を痙攣させている。

 

2人の共通点は、それぞれの前にお皿が残されていること。

 

「湊!順平、泡を吹いて気絶しているんだけど!?」

 

「うん、こっちの2人もだよ」

 

「いったい誰がこんなことを……」

 

「いや、ゆかり。犯人は分かっているから」

 

「えっ?」

 

私は裏口に向かって歩いて行く。すると物陰におたまを持って隠れる様に身を縮み込ませていた風花を発見する。私はおもむろに彼女の肩に手を置き告げる。

 

「ギルティ(有罪)」

 

「はぅぅ……」

 

昨日、散々風花の料理の腕は殺人級だと思い知って、料理同好会に入ったのは早とちりだったのではないかと後悔している所だったのに、まさかその翌日にバイオテロ起こすとか。風花、君って恐ろしい娘。

 

すでに月光館学園に向かっていた桐条先輩を呼び戻し、3人の入院の手配をすませた私たちが学校についたのはお昼を過ぎた頃だった。

 

 

6月18日(木)

 

学校から帰ると巌戸台分寮の前に引っ越しトラックが止まっていた。

 

業者の人たちが帰るところだったので、彼の引っ越しは無事に済んだようだ。

 

扉を開けて中に入ると見慣れた背中があった。

 

「こんにちは、総司くん」

 

「あ、どうも。結城先輩」

 

鳴上総司くん。

 

優ちゃんの双子のお兄さんで、優ちゃんが目標にして、それでいて頼られたいと思っている男の子である。彼の料理の腕はプロと相違なく、むしろ独創性豊かな料理は私たちがタルタロスを攻略する上で欠かすことが出来ない重要なファクターのひとつとなっている。

 

今回、風花が起こしたバイオテロによって優ちゃんが入院したという話を聞いた彼は重い腰を上げて、巌戸台分寮の寮母になることを承諾した。その条件として、この寮の屋上を家庭菜園のために使わせてもらうという約束を桐条先輩と交わしている。

 

先ほどの引っ越し業者は総司くんの荷物を持ってきたというよりも、鳴上家のあるマンションの屋上に作られた彼が手造りした家庭菜園キットを運んできたものと思われる。

 

「はぁ……。山岸先輩を台所に入れちゃったんですね」

 

「その様子だと、総司くんは“やっぱり”分かっていたんだ」

 

「ただの勘ですけど」

 

総司くんは床に降ろしていたボストンバックを肩にかけ直すと台所に向かっていく。私もその後をついて行く。台所に立った彼は台の上にボストンバックを置き、チャックを開く。

 

そして取り出すのは色々な種類の包丁、自家製だと見てすぐに分かる調味料各種、そして見たこともない調理器具だった。

 

「うわぁ……」

 

あっという間に総司くん専用の台所空間が出来上がり、今までの彼の料理はここにあるもので妥協していたものだと思い知る。料理人にとって、道具はまさに手足の延長線。

 

総司くんの料理はまだ美味しくなるのかと思うと、崩れかけながらもなんとか残っていた女のプライドが音を立てて崩れきった気がした。

 

総司くんは壁に掛けられていたエプロンをつけると私の方へ振り向き尋ねて来た。

 

「さて、お客様。今日のディナーは何をお求めですか?」

 

いや、ちょっと。私、マナーとかあまり詳しくないんだけどなぁ……。

 

 

 

総司くんの本気を堪能した私たちの前で総司くんは一礼する。

 

「本日からお世話になります、鳴上総司です。この寮での役割は世間体で言う『寮母』になります。基本的に食事メニューは僕が組み立てますが、食べたいものがあれば1階のホワイトボードに書いておいてください。作れれば作りますので。それと山岸先輩は僕がそばにいない場合は台所への侵入は断固禁止です。いいですね?」

 

にこやかに風花にむけて告げるが目が笑っていなくて、風花は怯える様にして頷いた。

 

総司くんは風花の前に行き、何やら説教を始めている。ちょっとかわいそうだなぁと思うけれど、優ちゃんたちはあと5日は安全を考慮して入院という形になっている。

 

「でも、これで色々と安心ですね」

 

「そうだな。鳴上、山岸への話はそれくらいでいいだろうか」

 

「……分かりました。それで何ですか?」

 

「君も妹から聞いていると思うが、私たちが何をもって活動しているのかを説明しようと思う。その上で協力をするかどうか判断してほしい」

 

総司くんは桐条先輩の雰囲気を察し、無言の状態で頷く。

 

そして、桐条先輩に向かい合うように座る。そして語られた影時間やシャドウのこと、ペルソナ能力のことを聞き、一つ一つ自分なりに納得しながら、分からない所は聞いて、整理しながら受け入れていく。

 

「正直、僕は感じることのない時間でどう答えていいか分かりませんが、僕が料理を作ることで手助けになるのなら、僕が協力しないってことはありません。その代わり、もう隠し事はナシでお願いしますね。物理的に記憶喪失は勘弁ですから」

 

「あ、やっぱり記憶を無くした振りをしていたんだ」

 

ゆかりがそのことを指摘すると総司くんは首を擦りながら答える。

 

「そんな風に言うなら岳羽先輩も一回、優の手刀受けてみたらどうです。ガチで痛いんですから」

 

「あははは。遠慮しとく」

 

こうして私たち特別課外活動部に新たな仲間が加わることになった。

 

影時間への適正を持たないけれど、タルタロスや大型シャドウ戦の出来を左右するほどの支援を行ってくれる頼もしい味方。鳴上総司くん。

 

時々、彼が何を考えているのか分からなくて疑うこともあるけれど、きっと彼の方から話をしてくれるときが来るって信じている。

 

だって、あの優ちゃんのお兄さんなんだから。

 

 

 

「ところで、デザートも用意しておりますが、お嬢様方。いただかれますか?」

 

「「「「勿論!」」」」

 

出されたのはガラスの容器に盛りつけられたメロンのデザート。

 

少量だがお酒が使われており、桐条先輩が渋い表情を作ったが私たちが美味しそうに食べているのを見て指摘するのをやめたようだ。

 

ゴールデンウィークの時に出された『宝石メロン』ではなかったけれども、大人のデザートって感じで私たちは大満足。

 

風花がしきりに弟子入り志願していたけど、私たちにその役目を振らないで欲しいよ、総司くん。

 

何なら師匠を連れてくるから、そっちにって……。一体、誰のことを言っているのだろうか。

 

「というか、総司くんレベルの料理を作る人がまだ他にもいるっていうこと?」

 

「なにそれこわい」

 

女子力的な意味合いで。

 



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P3Pin女番長 6月ー⑥

6月20日(土)

 

1週間の入院となっていた優ちゃんたち3人だったが、体力もほぼ回復したとのことにて1日早く退院することになり、それに合わせ理事長の幾月さんも寮に来ると言うことで早めに帰ることにしたのだが、その途中でスーパーの買い物袋を両手に持った総司くんが白い毛並みのワンちゃんと並んで歩いているのを見かけた。

 

「総司くん、そのワンちゃんは?」

 

「ん、コロマルのことですか?」

 

総司くんとワンちゃんは立ち止まって、私の方へ振り向く。

 

「わんわんっ」

 

コロマルと呼ばれたワンちゃんは私の足元まで来るとお座りして、見上げる様に見つめてくる。うわぁ……こんなことされたら。

 

「優にも言っているんですけれど、程々にしてくださいね。それにもうちょっと行ったら寮に着くんですから、そこまで行きましょうよ」

 

コロマルを抱きかかえ頬ずりする私を引き摺る様にして総司くんが寮に向かって歩き出したのは、その5分後のことであった。

 

コロマルはゆかりや風花にも大人気だった。なんというか、人に可愛がられるにはどうすればいいのかを分かっているような気がしないでもないけれど、まぁ可愛いから許す!

 

今だってゆかりが戯れているが

 

「コロちゃーん、お手」

 

「わん」

 

お客(ゆかり)のニーズ(要望)に答えるお店の人(コロマル)という図式が出来上がっているように見える。

 

幾月さんが来るまで、まだ時間があるようなのでもうしばらく一緒に戯れていようと思ったら、コロマルに何かが飛びついてダイビング頬ずりをかました。

 

「うわぁーい。コロマル久しぶりだねー」

 

「く、くぅーん……」

 

その正体は病院帰りの優ちゃんだった。6日間の入院後ということで、ちょっと覇気がかけているよな気がするけれど、元気そうで何より。というかコロマルが苦しそうだからもうそろそろ解放してあげなさい。

 

 

日が傾き、ちょっと肌寒いなと感じ始めた頃、理事長である幾月さんが寮に来た。

 

彼は早速、用件に移ろうとしたのだが、総司くんが待ったをかける。

 

首を傾げた幾月さんだったが、テーブルを彩る食事を見て眼を輝かせた。

 

「今日は優や順平さんたちの退院祝いも兼ねて、ちょっと腕を奮ってみました。大事なお話があるっていうことは分かっていますけれど、まずは食事をどうぞ。というか、幾月氏が来るまで“お預け”だったので皆、眼が血走っていますけれど」

 

幾月さんから、「もうすぐ着く」という電話で連絡が来たのは30分前。

 

この30分、長かった。ホントに長かったよー。

 

ご馳走を前に手を出すことが出来ない、この辛さ。病院食を食べていた3人には拷問のように感じられたようで、途中からぶつぶつと独り言を呟くまでに追い込まれていた。

 

「ははは、それは悪いことをしたねぇ。それじゃあ、僕も席に着いたことだしいただこうかな」

 

そう幾月さんが話すと同時に枷を解かれた獣たちが一斉に料理を口にする。中でも順平は「うめぇよぉ。うめぇ……」と味を噛みしめる様に食べ、優ちゃんはもぐもぐとリスが頬袋にため込むように次々と料理を口に含み、真田先輩は豪快に肉に齧り付いて引きちぎる。

 

彼らが入院する原因となった風花はテーブルの端っこの方で、申し訳なさそうにスープを啜っていた。

 

「これは凄い。鳴上くんのお兄さんが作る料理は以前食べさせてもらったが、今回のモノはその時の料理の味を遥かに超えている。うん、“賄い料理は美味かない”」

 

「……」私

 

「……」ゆかり

 

「……」桐条先輩

 

「……」順平

 

「……」優ちゃん

 

「……」真田先輩

 

「げほっげほっ」風花

 

6人分の無言と運悪くスープを飲んでいて誤嚥してしまった風花がせき込む。クッ、美味しい料理が台無しだよ。なんでこの瞬間に駄洒落を言っちゃうかな。

 

と、幾月さんに恨みを籠めた視線を向けると、彼の隣に立つ総司くんがにこやかに笑っていて……

 

「幾月氏、それは出汁の“魚の差かな”と」

 

「おお、なるほど」

 

相槌を打つ幾月さんとは対照的に机に突っ伏する優ちゃん。ゆかりと桐条先輩は、幾月さんの駄洒落に対し普通に返答するように駄洒落を言う総司くんに驚愕している。順平と真田先輩は聞かなかった振りをして、一心不乱になって料理を貪る。

 

私は、天井を仰ぎ見る。この駄洒落の応酬はしばらく終わらないなぁと諦めの境地で。

 

 

 

 

「いやぁ、総司くんの料理は素晴らしいねぇ。君たちは毎日、あのレベルの料理を食べることができるんだろう?羨ましいね」

 

「理事長、今回私たちが集められた用件は何なのでしょうか」

 

4Fの作戦室へ移動した私たちと幾月さんはそれぞれ思い思いの席についている。幾月さんが話題に上げた総司くんは料理の後片付けをしていて不在であるが、今回のことも後で優ちゃんか順平が伝える予定である。

 

そんな中、幾月さんにもう駄洒落を言わせる訳にいかないと桐条先輩が話を切り出した。幾月さんも神妙な表情を浮かべ、腕を組んで話し始める。

 

「調べ物に答えが出そうなんで、いち早く伝えようと思ってね。例の満月に出るシャドウのことさ。ちょっと面倒だがしっかりと聞いてほしい」

 

「モノレールの時と山岸先輩救出の際にタルタロスに出た大型シャドウですよね」

 

優ちゃんが確認するような質問をすると、幾月さんはその通りだと頷く。

 

「実はそのシャドウは、その性質によって“12のカテゴリ”に分けられる。このことは大分前から分かっててね。生物学の“何科”や“何目”みたいなものさ」

 

幾月さんは眼鏡を指で押し上げた後、間をおいて話す。私たちはその話し方に引き込まれる。

 

「……で、これまで出現したシャドウを、これに分類してみると……実に興味深い!これまでのシャドウ4体は、現れた順にカテゴリのⅠからⅣだと分かったんだよ!」

 

優ちゃんと風花が4体?と首を傾げていたので、近くにいた真田先輩が4月に起きたことを小声で説明している。そうなんだと納得した2人は当事者である私とゆかりを見る。

 

「見た目はたいそう特別であったが、連中にもこの分類は当てはまるらしい」

 

「それって、なんか凄いことなんスか?」

 

順平が今までの幾月さんの話を聞いて首を傾げつつ質問する。そうか、普通の人はタロットカードの数や種類は知らないよね。私もペルソナ能力に目覚めなければ、きっと順平と同じくらいの知識しか持ち合わせなかったと思うし。

 

順平の疑問を解消することになったのは幾月さんではなく、私たちと一緒に話を聞いていた風花だった。

 

「そうか…つまり、“大きなシャドウは、全部で12体”いて、“残りが、あと8体”ってことですね」

 

風花が改めて言葉にしたことで理解できたのか順平が驚きで身体を奮わせつつ、椅子に座り直す。作戦室にいる面々も言葉には出していないが、表情が生き生きし出した。

 

「さすが、山岸君!飲み込みがはやいんだから」

 

幾月さんもそういいながらも嬉しそうに頷いている。

 

そんな中、順平が疑問を浮かべたような表情をして、素朴な疑問を打ち明ける。

 

「そもそも、シャドウの目的ってなんなんすかね?」

 

「いい質問だね。実は、目的についてはよく分かっていないんだよ。連中は獲物を殺さずに精神を喰らう。捕食には違いないが、生き物のように繁殖を目的としたものではない。シャドウは総体として何を目指す存在なのか……その辺は研究中なんだ」

 

幾月さんはそう締めくくると共に肩をすくめたが、今まで聞くことに徹していた真田先輩が身を乗り出す。

 

「……面白いですね。ただ、シャドウが何であっても、残りも全部倒すだけのことです」

 

「……そうだな。連中の目的が何であれ、全て倒すしか、今は対処のしようが無い」

 

「あと8体か……。相当だな、それ……」

 

桐条先輩もシャドウが何を考え、人を襲うのか気になるようだが、今は出来るコトするのだという意思がうかがえる。

 

それとは反対にゆかりは、これから訪れるシャドウとの戦いに不安を覚えているようだ。

 

それも仕方がないと思う。エンペラーとエンプレスに対し、最初はゆかりと桐条先輩は2人だけで挑んで、手も足も出なかったのだから。

 

そんなゆかりの不安を分かっているのかいないのか、風花が気になることを告げる。

 

「データでは、来るたびに強くなっています。こちらも力をつけないと……」

 

「なんとかするさ。……時間は充分にある」

 

そう真田先輩が締めくくると同時に優ちゃんが呟く。

 

「私たちが力をつけるといえば、タルタロスですけれど。何なんですかね、あれって」

 

優ちゃんの呟きにゆかりが同意するように頷く。すると、桐条先輩の表情に一瞬だけ陰りが出た。その様子を見たゆかりも首を傾げたが、深く追求することはなかった。

 

シャドウが何のために人を襲うのか、まだ謎が多いけど大型シャドウが残り8体ということを知り得たのは大きな前進だと思う。

 

まだ多いように感じるけれど、すでに3分の1は倒してしまっていると思えば気が楽になった気がする。

 

とは言っても風花の言うとおり相手はどんどん強くなっていく訳だから、私たちも力をつけていかないといけないなと気合いを入れ直したところで、

 

「失礼しまーす。デザートのティラミスをお持ちしました~。切り分けますので、食べられる方はどうぞ」

 

総司くんのその満面の笑顔が憎い!

 

彼が引っ越してきて2日しか経っていないけれど、君は私たちをどうするつもりなの!?

 

まさか毎晩、デザートを持ってくるつもりじゃないよね?

 

最近、体重計に乗るのが恐怖になってきているんだよ!?

 

「おお、旨そうじゃん。オレっちにもくれ、総司」

 

「どうぞ」

 

切り分けられたティラミスを食べ、合う飲み物として出された深入りのコーヒーを飲んだ順平や幾月さんたちが感嘆の声を上げる。黙りこくっている女性陣を見て、首を傾げた真田先輩が言う。「食べたければ食べればいいじゃないか」と。

 

「湊、タルタロス!今日にでもタルタロスに行こう!」

 

「そうです、それで万事解決ですよ!」

 

「うん!総司くん、大き目に切り分けたのを私にもちょうだい!」

 

「はーい」

 

ええい、だからそんな風に“にこやか”に笑うのはやめい!!

 



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P3Pin女番長 6月ー⑦

6月22日(月)

 

午後の授業は流暢な英語を話す寺内先生の授業。

 

この寺内先生、外国人の旦那さんがいて、隙を見ては私たちに惚気話をしようとするのが玉に瑕。そんな彼女が教科書を読み進めながら、私たちに語りかけて来た。

 

「この挿絵のタコ、バッドガイな顔をしているでしょう?欧米では、タコは“デビルフィッシュ”と呼んで、食べない国が多いのです」

 

そう言った寺内先生は教壇に教科書を置くと、両手を頬に添えていやんいやんとラブ臭を振りまきながら惚気話を語る。

 

「もちろん、私のダーリンも絶対に食べないの。この間も私が作ったパスタをね……」

 

彼女は一瞬だけ苦虫を噛んだような表情を見せたがすぐに惚気話を再開させ、ダーリンとやらに作ってあげているタコ料理に関して話す。クラスの皆が惚気話を聞き流していると、寺内先生は計ったように話題を変え、問題を出してきた。

 

「タコ以外にも“デビルフィッシュ”と呼ばれる生物は多いのです。では、アトランダム・チョイス……イオーリ?」

 

後ろの席の男子と会話していた順平に。

 

指名された順平は眼を白黒させながら立ち上がって寺内先生を見る。

 

「エイ、イカ、クラゲ……。“デビルフィッシュ”に含まれない生物を、ウィッチワン!」

 

普段の順平ならば分からずに周囲の人に助けを求めるのだが、今日は生憎その限りではない様子だ。何せ、昨日の晩ご飯にて話題に上がっている“デビルフィッシュ”を使った料理が出されたばっかりだから。

 

「えっと……。って、昨日総司が言ってた奴じゃん。はいはいはーい!クラゲっスよね!」

 

「グッジョブ、ジュンペ!クラゲは“ゼリーフィッシュ”!その名の通り、食後のデザートにするの」

 

「それも知っているっスよ。梨とかクコの実を使って甘いデザートにしたりして食べるんすよね?確か美肌にイイとか」

 

「エクセレント!その通りです。ふふ、私はジョークのつもりだったのですが、中々やりますね、ジュンペ」

 

寺内先生は上機嫌な様子で黒板の方へ向き直り、教壇に置いていた教科書を取って授業を再開する。順平は席に座り、小さくガッツポーズを取った。

 

彼は周囲の男子から凄く褒め称えられて緩んだ表情を見せているが、

 

「はぁ……順平。それ全部、昨日総司くんが教えてくれたこと、そのまんまじゃない」

 

ゆかりが大きなため息をついている。私も苦笑いを浮かべながら同意するように肩をすくめたのだった。

 

 

今日は部活をして過ごそうとテニスコートに向かうも、いたのは理緒だけで、他の部員は見当たらない。どうしたものかと悩んでいると、中等科の子たちがぞろぞろとコートに入ってくる。

 

「そういえば、中等科のコートで陥没している箇所があって、工事をするからしばらくの間、高等科のコートを使うって言っていたっけ」

 

と、理緒が今思い出したと言わんばかりに話す。

 

いつもは真面目な彼女がこんな風になるとは、先日のことが結構響いている様子。よし、ここは私が一肌脱ぎますか!

 

「岩崎先輩!今日からお世話になります」

 

中等科のテニス部の部長らしい女の子が理緒に近寄ってきて頭を下げる。その彼女の後ろできっちり整列した部員達も一斉に頭を下げて、それぞれ『お願いしまーす!』と言っていく。その光景を目の当たりにして私が思ったことはただひとつ。

 

「……理緒。来年からはきっと大丈夫だよ」

 

「そうね。……よしっ!湊、私たちも練習しよう」

 

「うん!」

 

「あれ、結城先輩ってテニス部だったんですね?」

 

「ふぇ?……って、総司くん!?」

 

不意に声を掛けられて振り向くと、中等科のジャージを着た総司くんが立っていた。手にプラスチックの容器を持って。

 

何が入っているのか気になったが、その容器は中等科の部長に手渡される。

 

「ありがとう、鳴上くん。いつも助かるよ」

 

部長の子は総司くんを見て、咲いたばかりの花のような笑顔を向け謝辞を述べると部員たちに見える様に容器を掲げる。

 

「みんなー、『月中で嫁にしたい人ランキング』3期連続1位の鳴上くんが作った『はちみつレモン』が食べたいかー!!」

 

「「「たべたーい!!」」」

 

「ストレッチ後、いつも通り試合形式で対戦して勝った人だけが食べる権利があるからね。負けても文句を言わないように」

 

「「「はーい!!」」」

 

部長の号令?で部員達はテキパキとストレッチをしたり、コートを準備したり、バックから道具を取りだしたりする子に別れていく。

 

私と理緒は唖然としながらその光景を眺める。

 

総司くんは甚だ遺憾だと言いたげに、不満げな表情を浮かべているけれど……。

 

「僕は男なんだから、そこは“夫”じゃないの?」

 

「ツッコムべきところはそこじゃないよ、総司くん」

 

本当に何をやらせても、ある意味で完璧にこなすんだなぁ。総司くんって。

 

 

 

寮に帰る途中、ポートアイランド駅にて珍しい組み合わせの2人を見つけた。

 

優ちゃんと荒垣さんである。

 

2人はポートアイランド駅のベンチに座って何やら会話しているけれど、あれはどういう状態なのだろうか?

 

「あれって、真田先輩の知り合いの荒垣先輩よね?」

 

「……ゆかりも今、帰りなの?」

 

「うん。湊に気付いたのはさっきだけれど、ほほぅ……。優ちゃんは年上好きなのかな?」

 

荒垣真次郎先輩。

 

真田先輩や桐条先輩の同期で、学校は現在休学中。優ちゃんとは5月の大型シャドウがモノレールを乗っ取った際に即席パーティを組んで戦った仲。それ以外の接点はないと思っていたけれど……。うーん?

 

「優ちゃんが荒垣さんに恋しているって感じじゃないね」

 

「うん、そうだね。なんというか、荒垣先輩に教えを請う感じ?」

 

確かにゆかりの言うとおりのような気がする。荒垣さんは何だか面倒くさそうにしながらも優ちゃんの質問に丁寧に答え、優ちゃんは言われたことを一生懸命、メモか何かに記しているようだ。

 

「もしかして、ペルソナの扱い方とか?」

 

「うーん、分かんないなぁ……」

 

私とゆかりはそうやって茂みに身体を隠しながら2人の動向を観察し続け、優ちゃんが荒垣さんと別れ、駅のホームに入ったのを見計らって彼女の後を追った。

 

そして、優ちゃんが乗った電車の別車両から乗り込んで、彼女の元へ近づいて行く。

 

すると、席に座った優ちゃんが先ほどのメモを集中して読んでいた。タイミングを見て、私たちは声を掛ける。

 

「優ちゃんも同じ電車だったんだね?」

 

「あ、結城先輩に岳羽先輩」

 

優ちゃんは声を掛けられて初めて私たちに気付いたようで、少し驚いた表情を見せる。

 

肝心のメモだが、優ちゃんは隠すような素振りを見せたりすることはせずに膝の上に置いたままだ。ゆかりの視線に気付いた優ちゃんは、私たちにそのメモを差し出す。

 

「これ、兄さんの師匠である荒垣先輩から学んだ鍋の作り方なんですけれど、見ますか?」

 

おっと……まさかの単語が出て来たよ。

 

総司くんの師匠で、習ったのが鍋の作り方っていうことは……。

 

「湊……。私、泣いていいかなぁ」

 

ゆかりはひとつの吊革に両手をかけて俯いている。気持ちはすごく分かるから、ゆかり諦めちゃダメ。

 

優ちゃんは私たちの様子を見て首を傾げていたけれど、特に何か言及するようなことはせずに再度メモに視線を落とす。優ちゃんは総司くんに追いつこうと必死な様子だ。

 

「ねぇ、優ちゃん。その鍋を作る時、私も手伝っていいかな?」

 

「はい、勿論!……岳羽先輩も手伝ってくれますか?」

 

優ちゃんは、ちょっとだけ間を置いてゆかりに尋ねる。その“間”が現在のゆかりと優ちゃんの関係を物語っているような気がする。

 

ゆかりもまた私と同様、幼いころに父親を亡くしている。母親との関係は冷え切っているらしく、優ちゃんにとっての総司くんのような存在がゆかりにはいない。

 

そういうこともあってか、ゆかりは優ちゃんに対して少し冷たいというか、棘のある言葉を使う。そんな風に壁を作る相手に態々自分から踏み出す必要もないので、優ちゃんも積極的にはゆかりと関わろうとしなかった。

 

そう今までは。

 

こうやって今、優ちゃんはゆかりと向き合おうとしている。総司くんに頼られるという高い目標を持ったことによって、色んな事に目を向け向き合う勇気をつけつつあるのだと私は思う。

 

「……別にいいけど」

 

「はい!お願いします」

 

ゆかりはまっすぐに自分を見てくる優ちゃんの視線に根負けしたように、渋々了承する。その答えを聞いた優ちゃんは笑顔で答えた。

 

「そんなに大げさに言わなくていいよ。……って、湊!何、にやにやしてんの!」

 

「えへへ、何でもないよ。何でもね」

 

ゆかりは私に突っかかってくる。優ちゃんは席に座ったまま、私たちのやりとりを見つめつつ、安堵のため息をついた。うん、今のままだとゆかりの方が子供っぽいかもと思っていたら、

 

「ひにゃいよ、ゆふぁり~」

 

「うるさい!さっきは何で笑っていたの?そして、今何を思ったの?さぁ、きりきり吐きなさい」

 

そういうところが子供っぽいんだよ、ゆかり。

 

「はにゃにゃにゃ、いふぁいいふぁい~」

 

「このっ、このっ、このー」

 

私たちのやり取りは巌戸台駅に着くまで続くのだった。

 

 

 

 

 

6月28日(日)

 

今日は学校が休みだ。

 

朝ごはんを食べた後、私は部屋に戻ってテレビをつけた。時価ネットたなかでチャンピオングラブが出されていたので注文を入れる。これで真田先輩の戦力を強化出来る。

 

あとは何をしようかを迷っていると風花からメールが来た。なになに……

 

『件名:たすけてリーダー(>人<;)

総司くんにある質問されているんだけれど、私だけじゃどうにも出来ないの。

お願い、ラウンジに来て』

 

外出するにしても結局はラウンジを通らないといけないんだから、その時にでも声を掛けてくれればいいのに。と、私はそんなことを思いながら外行き用の準備を終え、部屋を出て階段を降りる。

 

するとラウンジのソファの所に顔を赤くして『あわあわ』と慌てている風花と、『キリッ』とした表情の総司くんが向かい合って座っていた。何だろう、この状況。

 

「あ、湊ちゃん」

 

私に気付いた風花が立ち上がって手招きする。私は何の話だろうかと首を傾げながら風花の隣に座る。妙に真面目な顔をしている総司くんに視線を向けると、彼はすぐに口を開いた。

 

「結城先輩。『同性愛』ってどう思います?」

 

うん、なんぞこれ?

 

 

 

その後、私は風花を連れてポロニアンモールを通り過ぎ、喫茶店『一期一会』に来ていた。

 

マスターの淹れるコーヒーを飲んで心を落ち着ける。

 

結局、総司くんの質問には「愛は、人それぞれ」ということで納得してもらったが、朝からひどく疲れてしまった。

 

「へぇ~。シャガールとは違って、なんだか落ち着く良い雰囲気のお店だね。コーヒーも丁度いい苦さで、結構好きかも」

 

風花は目を細めて堪能してくれている。気に行ってくれたようだ。

 

これで私がこのお店を紹介したのは風花で2人目。

 

ここに来るとなんだか落ち着くんだよね……。

 

「所で、どうしてああいう質問をされる展開になったの?風花」

 

「うぅ……。別に大したことじゃないよ。ただ単に総司くんと話をしている内に、最近の影人間が出ているところの話題になって」

 

風花はコーヒーにミルクを入れ、スプーンでかき混ぜつつ事情を説明していく。

 

 

・友達の家に行くために近道をしようとしたら、如何わしいホテルの前の道だった

 

・急いで通り抜けようとしたら、丁度ホテルから出て来た人たちとぶつかってしまった

 

・ぶつかった相手は、ボディビルダーのように鍛え上げられた肉体を持つマッチョな男性と線が細く可憐な雰囲気を持つ男性の同性カップル

 

・すぐに謝ったためお咎めなしだったが、その後に出てきたカップルたちに目を離せなくなり、観察することにした

 

・青いツナギを着た中年男性と可愛い系の月光館学園の制服ではない男子制服を着た男の子のカップル、クールビューティなお姉さま系の女性と甘えん坊な妹系の女性のカップル、劇団で男装して同性に夢を見せていそうな女性とどこかのお嬢様を思わせる服装の女性のカップル、とにかく同性ばかりのお客で賑わうホテル

 

・を中心に影人間になる人が増加しているらしい

 

 

 

「ねぇ、風花。総司くんは何で、そこで観察しちゃうかなぁ?」

 

私はマッチョと線の細い男性同士のカップルと聞いた瞬間、口に含んでいたコーヒーを噴出していた。マスターが貸してくれた雑巾で汚れた所は拭いてしまったが、総司くんが何の目的があってそんなことを話したのか全然理解出来ない。

 

「私も分からないよ。話を聞いて唖然としていたら、いきなり『山岸先輩は同性愛ってどう思いますか?』だよ!ゆかりちゃんや順平くんにメールしたら2人揃って『ガンバレ』って返事が来て、もう泣きそうだったんだから」

 

私も質問の内容を知っていたらきっとそう書いて返事をしていたと思う。それを言ってしまうと風花の中の私の株が下がってしまうので言わないけれど。

 

「風花、今日はいやなことは全部忘れて遊ぼう。ね?」

 

「湊ちゃん。……うん」

 

私と風花はレジに向かう。そして会計を済ませるとポロニアンモールに向かう。

 

私はゲームセンターに入るのは初めてだという風花に、遊び方をレクチャーしながら私自身も楽しむ。

 

寮に帰る頃には、総司くんからなされた質問など頭の隅に追いやられ、思い返すこともなかった。

 



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P3Pin女番長 ハイエロファント&ラヴァーズ戦ー①

6月30日(火)

 

自室で休んでいると、何かの気配を感じベッドで横になったまま目を開ける。

 

「やぁ」

 

感じた気配の持ち主はやはりファルロスくんだった。彼はベッドに腰掛けながら私を見て微笑む。

 

「……何を伝えに来たのか分かる?」

 

彼の言う試練である大型シャドウが来る満月の夜は来週だ。私は分かっていると返答するように大きく頷く。するとファルロスも頷き返してくる。

 

「フフ、そろそろ慣れて来たのかな。準備は出来ているかい?今回の試練は今までにない方法で君たちを攻め立てるよ。……“強く生きてね”」

 

ファルロスはそう告げると、最初からいなかったように突然姿を消した。私はゆっくりと瞼を閉じる。それにしても……

 

「強く生きて……って、なんで慰められたんだろう」

 

 

 

 

7月1日(水)

 

学校へ行く準備を終えて部屋から出ると、丁度総司くんが屋上へ向かっていく所を見かける。タラップから階段の上の方を見ると同時に、屋上へと続くドアがしまる音が聞こえた。

 

屋上に行って一声掛けようかと迷っていると準備を終えたゆかりや風花が顔を出す。私は2人と一緒に階段を降り朝食を食べた後、学校へ向かうのだった。

 

 

通学路にて、車から降りる桐条先輩と会った。挨拶すると彼女も返してくれる。どうやら朝からグループの方へ顔を出してきたらしい。色々と話をしたが結局話題は自然とあのことに。

 

「次の満月はそろそろだな……。準備は万端か?」

 

「バッチリです!道具類は問題ありません。あとは各々の調整とレベルアップするだけです」

 

「そうか、頼もしいな」

 

桐条先輩は感心するように頷く。私たちはその後も2人並んで歩いて行く。

 

 

 

月光館学園玄関前。

 

朝の学校ということで初夏の眩しい日差しに照らされ、活発な雰囲気と生徒の気だるさが妙に調和している。そんな中、気になる言葉が雑踏から聞こえてくる。

 

「ねぇ、聞いた?例の無気力症、最近増えているらしいよ」

 

「知ってる知ってる!最近のはカップルで見つかるって」

 

そんな噂話を私たちは立ち止まって聞いていた。

 

「カップル……ということは2人組でか」

 

「一応、私も情報を集めてみます」

 

「そうしてくれ。岳羽たちも何か知っているかもしれん。満月の前に情報交換を行い、作戦会議を開こう」

 

「りょーかいです」

 

私たちは学園内に入るため玄関に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「……噂にならないはずだよ。場所が場所すぎる」

 

私は学校が終わった後、ここ最近の影人間の情報を聞き込みして集めていたのだが、中々目的に関する情報を得られず苦労した。

 

やっとのことで有力な情報を得た私は現場に急行したのだが、その場所は白河通り。そう簡単には足を踏み入れることを躊躇う場所だった。何せ、白河通りといえば、巌戸台にあるラブホ街。

 

つまり影人間になるカップルが多いのも頷ける。

 

大型シャドウの出現場所は、影人間が見つかる場所と深い関係にある。4月の時は分からないが、5月の時は駅周辺に、6月の時は学園の生徒が数人、影人間となった。

 

「幾月さんのカテゴリ順で大型シャドウが出るとすると、4月魔術師、5月女教皇、6月皇帝と女帝だったから。次にくるのは法王、恋愛、戦車……。場所を鑑みるに恋愛まで来そうな気がする」

 

私はそう呟いて、げんなりと肩を落とす。

 

正直な話、先月の様な戦いは命がいくつあっても足りない。できれば遠慮したいのだが、人間の都合なんてシャドウには関係ないしなぁ。

 

私はそんなことを考えながら、トボトボと寮に向け歩き出して、すぐに立ち止まった。

 

「今日は水曜日。よし!この嫌な気持ちを吹き飛ばすために、神社に行って舞子ちゃんと遊ぼう!」

 

私は長鳴神社を目指して走り出した。

 

 

 

 

7月3日(金)

 

机の上に置かれたカップラーメン。

 

人数分置かれたソレを見ていた桐条先輩が一言。

 

「このまま食べるのか?」

 

私たちが驚愕した表情を浮かべ、桐条先輩を見ているのに気付いた彼女は取り繕ってカップラーメンに手を伸ばした。

 

「ほう、沸騰させた湯を入れて5分待てば出来るのか」

 

「いや、そーじゃなくて。なんでカップラーメン?」

 

「兄さん、帰ってきてすぐに屋上で何やらやっているらしくて、あの調子だと明日いっぱいだめですね。さっき冷蔵庫見たんですけれど何も入っていなかったんです」

 

そう言って優ちゃんは山積みされたカップラーメンの中のひとつ、容量1.7倍のスーパーカップを手に取った。

 

「うわぁ、ガッツリ行くんだ」

 

「外が雨じゃなかったら、食べに行こうと思ったんですけれど、今晩はこれで我慢します。作戦会議するんですよね?」

 

その場にいたメンバーはそれぞれ顔を見合わせた後、思い思いのカップラーメンを手にとって準備していく。

 

 

 

「「「……ずるずる」」」

 

いつも総司くんが作る美味しい料理を食べている所為もあるのか、たまにこういうものを食べるのも悪くないかもしれない。

 

桐条先輩は初体験の味に、何やら面白い物を見つけたと言わんばかりに目を輝かせているが、桐条先輩はこういった庶民のものに興味を抱かないでいてほしい。

 

 

 

 

4Fの作戦室に集まった面々は順平の部屋から拝借してきたスナック菓子を肴にくつろぐ。

 

「で、今回はどこに影人間が出てんの?」

 

順平がどんどん消費されるポテチを眺めながら、気落ちしたように言う。

 

「巌戸台の白河通りだよ。で、今回影人間になるのは2人組のカップル」

 

「それはそれは、リア充なこって……」

 

順平は一気にやる気をなくした様子でソファに凭れかかった。風花は何か気になったような感じだったが、話題にあげるまでもないと判断した様子で、どう戦うかを提案する。

 

「先月は大型シャドウが皇帝と女帝の2体が現れました。今回はどうでしょうか?」

 

「……場所が場所だもんね。これで法王だけってことはない……よね」

 

ゆかりはうんざりした様子でこめかみに指をあてる。

 

桐条先輩も思うことがあるのか腕を組んでいる。

 

「下手に分散すると、先月の二の舞になる。戦いにくいのは承知の上で、全員で行くしかあるまい」

 

「でもその間の山岸先輩の安全はどうするんですか?」

 

真田先輩がゆかりと桐条先輩の様子を窺いながら告げると、優ちゃんが風花を見ながら疑問点を上げる。確かにバックアップの風花のペルソナ、ルキアには戦闘能力が備わっていない。そこをシャドウに襲われると……。

 

「たぶん、大丈夫だと思うよ。シャドウが寄ってこないセーフティーポイントみたいなのがあると思うし」

 

風花がそう言うと優ちゃんは目を丸くして、そうなんだぁと納得するように感嘆の声を上げた。それは私たちも知らなかった。風花のペルソナ能力の高さが窺えるエピソードだ。

 

「結局の所は行ってみないと分からないということか」

 

そう真田先輩が締めくくると同時に、順平の非常食も全部なくなった。

 

もう何もすることはないので解散することになったのだが、作戦室から出るとびしょ濡れになった総司くんと遭遇した。

 

「あれ、皆さん。こんな夜遅くまで作戦会議ですか?」

 

「総司、その言葉そっくりそのまま返すぜ。お前、何をやっているんだよ」

 

「ああ、知り合いから珍しいというか新種のナスの苗を貰ったので、色々と試しているんですよ。『キョウカナスビ』と『ジョウショウナスビ』っていうんですけれど……くしゅんっ」

 

「ああもう、そんな格好で作業すっから。湊っち、風呂沸かしてやってくれ。総司の着替えはオレっちが準備すっから」

 

「うん、分かった。総司くんは身体を冷やさないように待っててね」

 

「え、あ……はい」

 

総司くんは私たちの一連の動きを見て、困惑したように右往左往していたが、優ちゃんに引き摺られ階下に降りていく。私も2段飛ばしで階段を下りて風呂場に直行しお湯をためる。

 

「風邪なんかひかないでよ、総司くん」

 

私はそう呟いた。

 

 



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P3Pin女番長 ハイエロファント&ラヴァーズ戦ー②

7月7日(火)

 

「どうだ、山岸?」

 

「……もう少し待って下さい」

 

4Fの作戦室で風花のペルソナのルキアが発動し、大型シャドウの反応を探す。

 

彼女の周りには幾月さんを含めた特別課外活動部のメンバーが揃っている。皆の顔からは緊張が読み取れる。

 

「わかりました。場所は白河通りです!」

 

「……ビンゴだ」

 

「「「はぁ……」」」

 

「ふむ、どうやら結城の推測通り……って、どうしたんだ?」

 

桐条先輩は感心したように称賛しようとしたが、私たちとしてはその推測が外れていてほしかった。

 

場所が確定してしまった以上は腹を括っていくしかないと思い、気合いを入れる為に両手で頬をパチンと叩く。

 

「じゃあ、行きましょうか!」

 

 

 

風花がペルソナで調べた大型シャドウがいるとされるホテルに近づくにつれて、普通のシャドウも増えて来た。戦闘を避けられないことも多くなって、メンバーの中には露骨に舌打ちをする者もいる。

 

本当であれば大型シャドウと戦闘するまで、出来るだけ消耗はしたくないのだが、安全を確保するためだと思えば苦にならない。こちらには戦えるメンバーが6人いるのだから、戦闘の疲労が1人に集中しないようにローテーションを組む。

 

「山岸先輩、大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがとう。優ちゃん」

 

「気にすることはないぞ、山岸。君のおかげでこうやって、大型シャドウがいる所までの最短距離をいくことができるのだからな」

 

そんな会話をしつつ、目的地であるホテルの前についた。その時、風花が小さく呟いた。

 

「あれ?このホテルの名前、どこかで聞いたことがあるような気が……」

 

 

 

 

「うぅ……入りたくないなぁ」

 

「そうですか?私はちょっと興味ありますけど。回るベッドとかおっきいお風呂とかあるんですよね?」

 

「優ちゃん、何でソレをオレっちに聞いちゃうの?知らないよ!?入ったことねーし!!」

 

ゆかりは露骨に嫌そうな表情を浮かべたが、対照的に明るいのは優ちゃんだ。興味津津といったところか。

 

確かに彼女の言うとおり、一種のアミューズメントパークだと思えば……いや、やっぱり今のナシで。

 

「しゃべっていないでいくぞ!先月の二の舞にならないように、全員で行くのだろう?」

 

「真田サンは、いつでも真田サンすね」

 

「ん、どういう意味だ?」

 

順平の呟きに首を傾げる真田先輩。そのやり取りを見ていた桐条先輩は大きくため息をついた後、控えていた風花に注意喚起する。

 

「山岸、君は安全な所から指示を。明彦、伊織、いい加減にしろ!ここはすでにシャドウのテリトリーだ。油断するな!」

 

風花が頷き、順平と真田先輩がばつが悪そうにした所で私たちはホテル内に足を踏み入れる。

 

 

 

 

目指すのは最上階の法王の間と呼ばれる場所。

 

行く手を阻むシャドウを蹴散らしつつ、目的地への最短ルートを突き進む。

 

『階段を上がって右に行くとシャドウの群れがいますが、その奥の部屋が目的地です!』

 

風花のナビゲートを聞いた優ちゃんがギアを上げた先頭に躍り出る。

 

「一番体力がありそうなシャドウに“連鎖の雷刃”を当てておきます!」

 

そう言って優ちゃんは、ペルソナによって大幅に上昇している身体能力を駆使して、階段を使わずに壁を蹴って、メンバーの誰よりも早く最上階に辿りつくと同時に召喚器を使ってペルソナを呼び出す。

 

連鎖の雷刃

 

これは優ちゃんの今夜だけのスペシャルスキル。

 

総司くんが最近ハマって作っていた新種のナスを使った『対大型シャドウ戦スペシャル料理』と名付けられた豪勢な料理を食べた私たちであったが、いつものようなステータスの恩恵が感じられず首を傾げた。が、喜びの声をあげて立ち上がった優ちゃんによって、その謎が瓦解。

 

私たちが最上階につくと、敵シャドウの群れの内の一体である金剛虫の身体に、紫色の電撃がまとわりついていた。

 

残りのシャドウの群れの構成は疾風属性が弱点のファントムメイジが3体と風属性を無効化するが氷結属性が弱点な嫉妬のクピド1体。

 

「ゆかり!」

 

「うん、イオ!“マハガルーラ”!!」

 

私の指示でゆかりが風属性の全体攻撃スキル「マハガル」の上位スキルを放った。

 

元々風属性を無効化する嫉妬のクピドはびくともしないが、風属性を弱点とするファントムメイジたちは抵抗する間もなく消滅。風属性に耐性を持つ金剛虫も耐え切ったが、身体にまとわりついていた電撃が活性化し金剛虫にダメージを与える。シャドウはダウンするように崩れ落ち、その衝撃で消滅する。

 

「よしっ!」

 

優ちゃんがガッツポーズを取る。

 

彼女は今まで物理攻撃スキルしかなく、相手をダウンさせるにはクリティカルを取るか道具を使う他に方法がなかった。

 

「嫉妬のクピドは任せてもらおう。ペンテシレア、“ブフダイン”!!」

 

嫉妬のクピドの周囲が急激に冷やされたと思ったら、氷の棺が形成される。その棺に閉じ込められることになった嫉妬のクピドは指一本動かすことなく、棺の中で消滅した。

 

「うはぁ、ゆかりっちも桐条先輩もぱねぇ」

 

元々、魔力の高い2人のペルソナに、上位スキルは私も反則クラスだと思う。

 

「そういうな順平。大型シャドウは体力が多い。その時こそ、俺たちの出番だろ?」

 

真田先輩は拳を鳴らして、口の端を釣り上げる。それを見た順平も帽子を被りなおし、武器を構える。

 

「皆、準備はいい?」

 

私が法王の間に続く扉の取っ手を握って確認するように声を掛けると、

 

「当然!」

 

「いつでも大丈夫」

 

「行きましょう、先輩!」

 

「力を見せてやる」

 

私は頷いて、扉を開け放って部屋に踏み入れる。すると風花の見立て通り、一体の大型シャドウの姿があった。

 

「風花、アナライズをお願い」

 

「はい……。名前はハイエロファント、アルカナは法王。電撃の技が得意のようです。詳しい分析はもう少しかかります」

 

「電撃か……。岳羽、敵の射程距離には極力はいらないようにするんだ。明彦、分かっているな」

 

桐条先輩が言い終わらない内に、真田先輩はゆかりの前に移動し終えた。

 

「すみません、真田先輩」

 

「フッ、気にするな」

 

私はそれを見届けた後、ペルソナを入れ替える。電撃無効の能力を持つタケミカヅチへと。そして、私の斜め後ろにいた順平に目配せする。

 

「行くよ、順平!」

 

「おうよ、ヘルメス!“ミリオンシュート”」

 

順平のペルソナであるヘルメスの姿が一瞬ぶれる。そして攻撃する瞬間、3体に分身したヘルメスが、ハイエロファントに3連続でダメージを与えた。

 

「ちぇっ、“今回”は3回か」

 

順平が舌打ちした理由は、このミリオンシュートというスキルは敵単体に2~4回のダメージを与えるというスキルなのだ。

 

「順平にばかりイイ格好はさせん!ポリデュークス、ギガンフィスト!」

 

「あっ……」

 

真田先輩が召喚したペルソナがもの凄い勢いでハイエロファントに突撃していき、大きく振りかぶった拳が当る。その瞬間に大型シャドウは大きくはね飛ばされ、壁にめり込むことで止まる。

 

それと同時に真田先輩が膝をついた。

 

目の前に誰かがいると思って、彼が顔を上げると頭を叩かれる。叩いたのは桐条先輩で、見下ろす形で真田先輩に向かって冷笑していた。

 

「何をしている、明彦。それは使うなと言っただろう?岳羽、回復を」

 

「真田先輩ダメですよ。ディアラマ」

 

「す、すまん。つい……」

 

ギガンフィストというスキルは敵単体に大ダメージを与える代わりに、ものすごく体力を奪う諸刃の剣のようなスキルだ。

 

順平は順当なスキルを得たのに、どうして真田先輩はあんなリスキーなスキルが出たんだろう。

 

謎だ……。

 

 

 

 

その後、ハイエロファントは終末の予言というスキルを使って、皆を恐怖状態にして全体攻撃をする戦法を取ってきたが、それ以外に特筆するようなことはなく。私たちは勝利することが出来た。

 

「なんか、呆気なかったよね」

 

ゆかりが桐条先輩たちと話をしていると優ちゃんが首を傾げていた。近づいて声を掛けると

 

「結城先輩、これって何かおかしくないですか?」

 

そう言われ私がそれを見ようとした瞬間、目の前が真っ白になって気を失ってしまった。

 

 



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P3Pin女番長 ハイエロファント&ラヴァーズ戦ー③

7月7日(火)

 

「……気持ちいい。う、うーん……」

 

私は丁度いい温度の湯船の中で伸びをしながらそう思った。私が思い切り足を延ばしても当らない大きなお風呂。ジャグジーもいい感じで身体を刺激してくれるし、いいなぁこれ。

 

視線を洗い場に向けると念入りにボディソープで身体を洗う優ちゃんの姿があった。華奢でありながらも、筋肉質で引き締まった肉体。胸はまだまだ成長途中であり控え目な感じだが気にしなくても大丈夫。まだまだ、これからこれから。

 

だからそんなにも気にしなくていいのと、私は彼女を手招きする。

 

「優ちゃん」

 

私に呼ばれ控え目な胸に両手を当てていた優ちゃんが振り向く。虚ろな瞳で私を捉えた彼女は、ボディソープを洗い流すと立ち上がって私がいるところへゆっくりと歩いてくる。

 

そして、湯船に肩まで浸かった後、私の方へ身体の向きを変える。

 

「ゆうき……せんぱぁい」

 

親に甘える子供のように私に抱きついて、その身を委ねてくる。

 

私は優ちゃんの細い腰に右手を回し、左手で彼女の頭を撫でてあげる。すると撫でられていた優ちゃんがゆっくりと顔を上げる。絡み合う視線。

 

私たちはそうするのが当然と言わんばかりに唇を重ねる。浴室内に舌を絡める音が響いてなんか卑猥だ。

 

『享楽せよ……』

 

その時、私は自分の脳に声が繰り返し響いていることに気付く。

 

『我、汝の声なり、自らの声に耳を傾け、今を享楽せよ……』

 

――自分の声?

 

私の唇から自分の唇を離した優ちゃんが不思議そうな表情で私を見上げる。

 

「どうかしたんですか?ゆうきせんぱい」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

私が何でもないように微笑むと、優ちゃんは安心したようにまた抱きついてきた。そして、優ちゃんは赤ちゃんが母性を求める様に私の胸に触れてくる。

 

『汝、真に求めるは快楽……。本心に耳を傾けよ……。今を享楽せよ……』

 

―――ちょっと待って。違う、私が求めているのは……。

 

「優ちゃん、ストーップ!!」

 

「ほぇ?」

 

彼女の手が私の大事なところに触れる前に止める。止められてホントに良かった……。

 

そして、優ちゃんの肩に両肩を置いて前後に揺さぶった後、しっかりと目を見つめる。

 

正気を失って虚ろな瞳であった優ちゃんの目に光が戻る。

 

「え、あれ……結城先輩?」

 

元に戻ったみたいでよかったと私は一瞬だけ思った。なぜなら私たちは現在、裸で向かい合っている。ちなみに優ちゃんの右手は私の左胸を触ったままである。

 

状況を見て正しいかどうかなんて一目瞭然。結論は駄目、一択である。

 

「うわわわわっ!?なにが、どーなって、きゃあっ!?」

 

『ザパーンッ!!』と現状を理解した優ちゃんは勢いよく立ちあがったが、その勢いのまま後ろ向きに倒れこんで、盛大な水しぶきをあげて湯船に沈んだ。

 

浮き上がってきた彼女はわたわたと慌て、何度も転びながら浴室から脱衣所に逃げていく。

 

私はもう力なく笑うことしかできない。

 

『湊ちゃん、無事ですか!?すみません、新たなシャドウの反応が突然現れて、その上で皆との通信が妨害されていたんです。今も、湊ちゃんたち以外の人たちと連絡がつかないんです』

 

「それは……まずいなぁ」

 

皆の貞操が。

 

とりあえず、私は転ばないように浴槽から上がって、洗い場のタイルの上に立つ。

 

「風花、ちょっと待ってて」

 

『え、湊ちゃんどうしたんですか?』

 

「今なら、そのシャドウを一撃で葬れる自信があるよ。フフフフフフフフ……」

 

『!?』

 

さて、ガラスの向こう側でわたわたしている優ちゃんと合流して、着替えた後にさっさと倒しに行こう。

 

こんなフザケタ真似をしちゃって、もう総司くんと違って空気が読めないんだからっ♪

 

『湊ちゃん、ディスプルトかプルトディ……。状態異常回復を使ってください!今すぐに!!』

 

風花、君が何を言っているのか理解できないよ。

 

 

 

 

私たちは着替えた後、部屋に出る。大きなキングサイズのベッドを見て、純情な優ちゃんが顔を真っ赤に染めて目をぐるぐるまわしつつ、私から距離を取った。

 

私は部屋の中を確認し、不自然なものを見つけその前に立つ。そういえば法王の間にも同じものがあったなと思いつつ、現在私が保有しているペルソナの中でも力が最も高いティターンを降魔する。

 

そして、右手に思い切り力を籠めて腕を引く。

 

「やられたら、百倍返し!キルラッシュ!!」

 

私の中にあった怒りとかもろもろ含め殴りつける。

 

私たちの姿を映さない鏡は粉々に砕け散ると同時に、シャドウに支配されたホテルそのものも揺れる。

 

『わわわ、今の揺れってもしかして湊ちゃん?……あ、皆さん、通信が聞こえますか?よかっ……え、取り込み中?今はやめてくれ?え、ええええええええ!?』

 

風花の困惑するような声が響く。皆、似たような状況のようだ。

 

両手で顔を隠しながらチラチラと私を見てくる優ちゃんに目を向ける。

 

「あ……ああ……はぅううう」

 

優ちゃんは勢いよく顔を背けその場に蹲る。

 

この様子だと、もうまともに戦える状態ではない。他のメンバーに頼るしかないなと冷静に分析した私は、蹲ったまま動かない優ちゃんの首根っこを掴んで引き摺り部屋から出る。

 

「この恨みはらさでおくべきか……」

 

私はそう呟いて、目の前を睨みつける。私たちを見つけたシャドウたちが襲いかかろうと前まで来ていたが、私の眼光にビビったのか逃げて行った。

 

私は周囲を見渡し、階段がある方へ進む。

 

 

 

最上階へ向かう途中、皆と合流して法王の間に戻ってきたのだが、ここで現在の戦力を確認する。

 

 

私…ヤケクソ

 

ゆかり…ヤケクソ

 

桐条先輩…ヤケクソ

 

順平…動揺、混乱

 

真田先輩…動揺、混乱

 

優ちゃん…(私への)悩殺

 

 

このような状態異常がついているのは部屋に閉じ込められた組み合わせが関係している。

 

私はてっきり仲の良い男女のペアを作っていき、あぶれたので優ちゃんと一緒になっていたと思っていたのだが、

 

そうではなく。最初から同性同士で放り込まれていたのだ。

 

「今なら、殺れる。きっと……」

 

「フフフフフ、処刑の時間だ」

 

ゆかりと桐条先輩からは味方も戦慄するような殺気が漏れ出している。

 

対して、順平と真田先輩は心に大きな傷を負ったようで影人間とまでは言わないが、立ち直るまで時間を要するようだ。

 

「じゃあ、優ちゃん。立ち直りそうにない男2人をお願いね」

 

「ふぁ…ひゃい!?おまかしぇくだちゃい!!」

 

そう言いつつ私から距離を置く優ちゃん。

 

 

 

 

思うことはただひとつ。

 

「大型シャドウ、ぶっ殺す!!」

 

「「ぶっ殺す!!」」

 

私とゆかりと桐条先輩は怒りを胸に、武器を手に、法王の間に突撃するのだった。

 

 

 

 

 

 

『ああ、総司くんの話をちゃんと聞いておくんだった。このホテルの名前って、総司くんから聞いた同性のカップルが利用するところの名前だよ……。ということは順平くんと真田先輩って、……あううううう』

 



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P3Pin女番長 ハイエロファント&ラヴァーズ戦ー④

7月7日(火)

 

恋愛のアルカナの大型シャドウの精神攻撃を受け、私は結城先輩と一緒の部屋に閉じ込められた。

 

そして、シャドウに洗脳されていたとはいえ、私は結城先輩の唇を奪った上に身体を弄るという暴挙まで犯した。

 

それにしても…

 

「先輩の胸、柔らかかったなぁ……はっ!?」

 

私は自身の控え目の胸を両手で揉みながら、結城先輩の張りがあって手に吸いつくような感触を思い返し、何を考えているんだと頭を抱える。

 

私はノーマルなはずなのに!

 

兄さんのように頭が良くて、運動も出来て、家事も完璧な男の人と結婚するのが夢な普通の女の子のはずなのに、結城先輩という憧れの女性とはいえ、こんなにドキドキするのはおかしいよ!!

 

「きっとシャドウの所為に決まっている。シャドウが支配している空間にいるからこんなことを考えるんだ。……そうだ、シャドウを消滅させれば、私は元に戻れるんだ」

 

私は法王の間を睨みつけ、武器である刀を手にする。

 

しかし、すぐに私は武器を手放した。

 

法王の間に結城先輩がいると思ったら、勝手に頬へ体中の熱が集まってくるような錯覚を覚えたから。

 

「あうううう……。無理だよ、今の状態で結城先輩に会ったら、確実に茹でダコになっちゃうよ……」

 

結城先輩の戦う後ろ姿を思い返しただけでこれなのだ。

 

本物を直視したら足腰が立たなくなる可能性がある。

 

むしろ、確実に立たなくなって足手まといになる。

 

私が駄目なら伊織先輩や真田先輩はどうなのかを考え、2人の様子を見る。

 

伊織先輩は胡坐を掻いて両手で顔を覆ってぶつぶつと念仏を唱える様に蹲っている。

 

真田先輩は四つ這いで落ち込んでいる。時折お尻を気にする素振りを見せている。

 

「……山岸先輩。現在の戦況はどうなんですか?」

 

『え、優ちゃん?正気に戻ったんだね。えっと、相手の名前はラヴァーズで火炎攻撃と状態異常攻撃で悩殺にしてくるんだけれど、3人ともヤケクソ状態だから悩殺にはかかっていなんだ。けれど、ラヴァーズには弱点がないから地道に体力を削る他にないんだけれど、3人とも頭に血が上っててペルソナを使用できないの』

 

「つまり、今から参戦しようと思ったら火炎属性と悩殺攻撃の2つに対して気をつけろってことですね」

 

私が確認するように山岸先輩に問うと、彼女は力なく笑ったような気がした。

 

『優ちゃん、気持ちだけもらっておくね。まだ相手シャドウの精神攻撃の後遺症から抜け出せてい何でしょう?無理はしないで』

 

「でも……。伊織先輩と真田先輩が使い物にならない以上、私が行くしか」

 

『優ちゃん、自分でも分かっているんでしょう?湊ちゃんを今、視界に入れてしまったら自分がどうなるのか』

 

山岸先輩の諭すような声かけに口を噤むことしか出来ない私。

 

確かに今の状態の私じゃ、結城先輩の顔を見た瞬間に記憶が跳んだみたいに動けなくなる可能性が高い。

 

むしろ、こんな不都合な記憶、無くなればいいのに……。

 

って、なるほどっ!

 

「山岸先輩、私は無理ですけれど伊織先輩と真田先輩を正気に戻す方法を思いつきました!」

 

『え!?本当なの、優ちゃん』

 

「はい!お任せ下さい!」

 

私は立ち上がるとぶつぶつと念仏を唱え続けている伊織先輩の背後に立つ。

 

そして、左手で彼の左肩を掴んで首筋をロックオン。

 

右手はシュッと伸ばし、さっと振り上げる。

 

振り下ろす角度はきっちり45度!

 

一撃で仕留める!!

 

『優ちゃん?え、ちょっ、正気に戻す方法って、まさか!?』

 

月光館学園中等科3年剣道部所属、特別課外活動部メンバーの鳴上優、いっきまーす!!

 

『優ちゃん、らめぇえええええええ!!』

 

法王の間前の廊下に男2名のくぐもった声と何かを叩くような打撃音が数回響き渡るのだった。

 

 

■■■

 

 

法王の間に再び突入して2体目の大型シャドウと戦い始めて、どのくらいの時間が過ぎただろうか。

 

風花のアナライズで相手に弱点らしい弱点がないので、地道に削るしかないと言われたため、怒りに身を任せて戦ってきたがそれも限界に近い。

 

ゆかりにも桐条先輩にも開戦当初ほどの怒りのボルテージはなく、幾分か冷静になってきているようだ。

 

ただ、こいつエンジェルアローと呼ばれる攻撃を受けた相手を悩殺する能力を持っている。

 

私たちをあんな目に合わせた奴に、悩殺されるなんて誰が認めるか!

 

その気持ちが強く、私たちはその攻撃が来ると撃ち落としたり、払いと落としたりしているが、結構ジリ貧になりつつある。さすがにアタッカーが欲しくなってきた。

 

けれど、その肝心のアタッカー2人は動揺と混乱で動けなかった。無理もない。

 

貫いた順平と貫かれた真田先輩、女の私が言うのもなんだけれど、ご愁傷様である。

 

正直、自分がした行為、された行為を受け入れるまで相当な時間を要するはずだ。

 

ここ2~3日でどうにかできる問題じゃない。

 

「優ちゃんも私がいる限り入ってこれなさそうだしなぁ…」

 

本当に許すまじ大型シャドウ。

 

アンタの所為で、私は何もしていないのに塔コミュがリバース状態になっているんだよ!

 

普通は怒り状態なのに、今回は悩殺状態でリバースってなんなの!!

 

ふざけんなっ!!

 

「くっ、正直、厳しいな」

 

私の隣まで下がってきた桐条先輩が呟く。

 

いくら総司くんの料理で上位スキルを得たからと云って、スキルを乱発できるほど今の私たちにそんな精神力は備わっていない。

 

それにコイツは桐条先輩が苦手な火炎攻撃を全体に向けて使ってくる。

 

彼女の損傷は見ない振りができないほど、ひどくなりつつある。

 

「はぁはぁ。どうする、湊?本格的に厳しくなってきたけど」

 

「ゆかりもちょっとは落ち着いた?」

 

「まぁね。本当は私たちだけでぶっ殺したかったけど、無理っぽい」

 

いまだに弱る兆しのない相手にちょっと苛立ちを見せるゆかりだが、背に腹は代えられない。ここは一旦引いて体勢を立て直s

 

「「待たせたな!!」」

 

派手な音を立てて扉が開け放たれる。

 

そこにいたのはニヒルな笑みを浮かべる真田先輩と、太刀を肩に載せて帽子のつばを握る順平の姿。2人はそれぞれ召喚器を構えると、すぐにペルソナを召喚する。

 

「ポリデュークス、ラクンダ!」

 

「ヘルメス、ミリオンシュート!」

 

真田先輩のペルソナのスキルによって防御力が下げられたラヴァーズに4体に分身したヘルメスの攻撃が決まる。不意をついた攻撃で思わずダウンした相手を見て、私たちの瞳に再度殺る気が満ちる。誤字じゃない。

 

「ゆかり、桐条先輩。総攻撃、行きます!」

 

「「おおっ!!」」

 

総攻撃を受けてもなお健在だった大型シャドウであったが、今までの戦いで相手の行動パターンを知り尽くした私たちと、今までの遅れを取り戻すように精力的に戦う男2人の活躍もあって、最大の能力を封じられたに等しい大型シャドウは、もはや為す術がなかった。

 

結局シャドウに止めを刺すことになったのは、鬼気迫るゆかりと桐条先輩、そして私。

 

それぞれの最大火力が同時に放たれ、巨大シャドウに止めを刺した。

 

『シャドウ反応、消滅。皆さん、お疲れさまでした』

 

風花のアナウンスが、夜空に響き渡り、今回も無事に試練を乗り越えることが出来たのだと確信した。

 

 

 

けれど試練を乗り越えても解決しない問題があった。

 

「あうぅ……」

 

ホテルから出ると先に出ていた風花と、彼女の背に隠れるようにして立つ優ちゃんの姿がった。

 

桐条先輩や真田先輩が近づいて声を掛けると顔を向けて返事をしているようだが、私が声を掛けると風花の顔が目の前に。

 

「あはは、湊ちゃん。怖い顔しないで、優ちゃんは恥ずかしがっているだけだよ」

 

「くっ……」

 

「あうあうあう……」

 

その後も何とか優ちゃんと話をしようと試みるが全て不発に終わり、巌戸台分寮につくと彼女は一目散に自室へ逃げ込んでいった。

 

私のこの怒りや憎しみは一体、誰にぶつければいいのだろうか……。

 

 

 

 

7月8日(水)

 

「ふわぁ……」

 

台所で朝ごはんを作る総司くんが不意に欠伸をする。夜更かしなど滅多にしない彼にしては珍しいこともあるものだと思い声をかける。

 

「総司くん、珍しいね?昨夜は何かやっていたの?」

 

「えーと……。3時くらいにですね、お泊まりセットを持ったパジャマ姿の優が突入してきまして、朝まで添い寝していたんですよ」

 

総司くんはまた大きな欠伸をひとつする。彼の様子を見るに、優ちゃんが突撃して以降は眠れていないようだ。するとラウンジの方にいた順平が話に混ざってきた。

 

「確かそういう行為をさせないために、優ちゃんは学生寮に入っていたんじゃなかったか、総司?」

 

「僕も最初は追い返そうとしたんですけれど」

 

「けれど?」

 

順平が総司くんの隣に行って、作っているものを覗き込みつつ尋ねる。総司くんはフライパンの蓋を取って、焼いているものの正体を見せつつ答えた。

 

「『このままじゃ女好きになっちゃう』なんて言われたら……ですね」

 

「……なんつーか、ドンマイ」

 

「本当ですよ。昨日、いったい何があったんだか。そこに関しては何度聞いても教えてくれないし。結城先輩は何か知りませんか?優がこんな行動を取る様になった理由」

 

「ワタシハナニモシラナイヨ。ウン、シラナイ」

 

「どうして片言なんですか!?」

 

私は昨日のことを思い出し、総司くんから視線を逸らす。

 

その行為に何か疑問に思ったのか、彼は順平にフライ返しとお玉を持たせると私の近くに来て真相を聞き出そうとしてくる。

 

答える訳にはいかないので耳を塞いで逃げ回る私と、何があったのかをしつこく聞いてくる総司くん。

 

私たちのやりとりは他の人たちが降りてくるまで続き……

 

「……なんだ、この炭は?」

 

「味噌汁、煮立っちゃって味濃い……」

 

「この浅漬けはうまいな。美鶴、岳羽、そちらは諦めて漬物で白飯を食え。中々イケるぞ」

 

「珍しいね、総司くんが料理を失敗するなんて……え?順平くんがやったの?」

 

桐条先輩が“焼き魚だったもの”を箸で掴みマジマジと見る。

 

ゆかりが啜った味噌汁は風味が消し飛ぶくらい煮られてしまい濃い味噌の味がする汁物になっている。

 

キャベツを塩昆布で浅漬け風にした漬物は上記の2つが駄目になってしまったので、急遽総司くんが即席で作ったもの。

 

順平は自分が仕出かしたことに責任を感じ、朝食を食べずに学校へ行った。

 

ちなみに優ちゃんは剣道部の朝練があるとのことにて、私が起きてくる前に出発してまったらしい。

 

本当のところはどうなのか分からないけれど。

 

「塔コミュニティ……ブロークン状態って何でさ」

 

私は人目憚らずに思い切り肩を落とすのだった。

 



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P3Pin女番長 7月ー①

7月8日(水)

 

朝から鳴上兄妹とのやり取りでげんなりした状態で学校へ行くと、来週の火曜日から期末テストがあることを告げられる。夏休み前で、今回は試験休みがあるとはいえ何も準備してきていない。

 

ゆかりや風花と要相談だなぁと思いつつ、疲労で瞼を閉じないようにしながら授業を聞く。目を閉じそうになる度、私に当ててくるんだよね鳥海先生って。

 

放課後は節制コミュであるベベくんと過ごした。

 

日本留学自体に否定的な叔父さんを納得させるために日本の文化である着物を作成すると意気込む彼を応援しつつ、私はマフラーを編む。カタチになれば、誰か知り合いに渡そうと思うけれど、不格好なものになったら部屋に飾っておこうと思う。

 

 

寮に帰るとラウンジにいたゆかりや風花に話しかけられる。何か調べものがあるらしい。

 

私も混ざろうとしたが、その調べ物自体が不確定なものであるらしく詳しいことが分かったら私も混ぜてくれるとのこと。

 

2人は期末テストに向けてちゃんと勉強しているのだろうか。となると、前回の成績に胡坐を掻いていた私だけがピンチなのかな……と台所の椅子に座っていた順平と目が合う。

 

テスト勉強について話そうと近づいたのだが、私が口を開こうとした瞬間、順平は耳を塞いで現実逃避をはじめる。要は話しかけるなってことか。

 

「どうしたんですか、結城先輩?……あ、またやってる。順平さん、僕はもう怒っていませんよ」

 

「…………」

 

順平は今朝の朝ごはんを駄目にしたことを気にしていたらしく、帰ってきて早々に総司くんに謝りにきたとのこと。目を離したのは自分だし、説明もせずに頼んでしまったこともあるし気にしていないと伝えたのだが、ゆかりや桐条先輩から向けられる視線に耐えられなかったとのこと。

 

何よりも風花から「私と一緒に…」って料理の練習を誘われたらしい。

 

「それにしても来週は期末テストですね。結城先輩はちゃんと勉強していますか?」

 

「うっ……。まさか総司くんから言われるとはね」

 

「僕はタルタロスとかシャドウの討伐とか関係ないので、皆さんがいない時は勉強しているか、読書していますから」

 

総司くんはそう告げると向き直って、鍋をお玉でひと混ぜする。今日の晩ご飯はビーフシチューのようだ。私は総司くんの隣に立ち、鍋の中をのぞき見る。

 

複雑なスープの中で煮込まれた、深い深いコクを持つ、肉と野菜のスープ。肉は圧力鍋で調理した後に加えられていることもあって、お玉でスープの中から持ち上げるとホロホロと今にも崩れてしまいそうだ。私は無意識の内に唾液を呑みこむ。相変わらず、人の胃袋をがっちりと掴んで離さない料理を作る男の子だと、私は感心し直す。

 

「結城先輩、鍋つかみをつけてオーブンの中を確認してもらっていいですか?ちょっと自家製の食パンを焼いてみたんですけれど」

 

「パンって、家庭でも作れるんだ」

 

私は彼から注意されたよう火傷しないように鍋つかみをきちんとつけて、オーブンを開ける。焼き立てのパン特有のいい匂いが寮の1階に広がり、ラウンジで思い思いに過ごしていたメンバーも台所に寄ってくる。その姿を見た総司くんは苦笑いを浮かべながら言う。

 

「真田先輩がまだ帰ってきていませんが、先に食べますか?」

 

晩ご飯の後、ゆかりと風花は言っていたように調べ物があるからと上がっていった。

 

順平は総司くんと一緒にバラエティ番組を見て笑っているが、本気では楽しめていないようだ。そう思うなら勉強すればいいのに。そんな風に彼らを見ていると総司くんの携帯電話が鳴った。メールだったらしく、それを見た総司くんはため息をつくと立ちあがって、台所へ向かう。そして、1人前の晩ご飯を用意するとお盆に載せて階段を上がっていく。

 

「たぶん、優ちゃんの所に持って行くんだな……」

 

「え?優ちゃん、もう帰ってきていたの?」

 

てっきり、部活か何かで遅れているのだと思っていたのに。

 

「いやいやテスト前だし、部活は休みだっつーの。……ちぇ、せっかく忘れていたのに」

 

「順平はしないの?ゆかりや風花は準備しているみたいだよ」

 

「げっ!?マジか……次、悲惨な点数だと“家庭教師”がつけられちまうんだよな。桐条先輩に」

 

そういえば中間テストの時にそんな話もあったかな。順平は中間テストでは『平均より下』ということもあってぎりぎりセーフだったのだと勝手に思っていたが、今回の成績も見て判断するつもりなのかとラウンジで紅茶を飲む桐条先輩を見る。

 

「桐条先輩と真田先輩はいつも通り勉強もそつなくこなしているだろうし、総司くんと優ちゃんは今回もセットで勉強するだろうしね。……順平、この1週間私と一緒のメニューで勉強してみる?」

 

「……いいのか?」

 

順平はばつが悪そうに私を見ている。中間テスト8位だった私は胸を張って言う。

 

「私は別に構わないよ。ただし、文句は言わないことが条件」

 

「なら頼むわ。藁にも縋る思いでやんねーと、マジやべーんだ」

 

順平が雨の中、段ボールに入れられ新たな飼い主を求める犬の様な瞳で私を見てくる。

 

「それじゃあ、早速。ポロニアンモールのゲームセンターに行こうか♪」

 

「って、いきなりゲーセンかよ!?」

 

順平が被っていた帽子を床にたたきつけた。

 

失敬な。

 

ポロニアンモールのゲームセンターにあるクイズゲームが目的なの!全国の猛者たちと競い合うことで頭の回転が速くなり、その後に長鳴神社でお参りして学業成就祈願して勉強すると効率がいいんだからね。ついでにコロマルの頭を撫でるとご利益アップ!

 

「さぁ、行くぞ!いざ決戦の地へ」

 

「湊っちに任せて、オレっちは本当に大丈夫なのか……」

 

順平が何かぼやいているが気にせず、私は駅に向かって歩き出した。

 

 

 

7月9日(木)

 

「ぶはっ……ナニアレ?」

 

学校へ行く準備を終えて、廊下でばったり会ったゆかりと一緒になって階段を降りると、台所にオペラ座の怪人(女)がトーストを頬張っていた。月光館学園中等科女子の制服を着ている所を見ると昨日は1日、姿を見ることが出来なかった優ちゃんのようだが、彼女は私の姿を視認すると駅の改札口のようにトーストを飲み込むように食べ、牛乳を一気に飲み干すと鞄を持って風のように出て行った。

 

その後ろ姿を見送った私は呟く。

 

「……そこまでいやか」

 

「うわっ、湊。落ち着いてよ、風花も言っていたじゃん。恥ずかしがっているだけって」

 

「それにしては、酷いと思わない」

 

「いや思わなくもないけれど、分からないこともないでしょ。私だって桐条先輩と……うがー!!あのエロシャドウめ、もっとぎったんぎったんにしてやるんだった!!」

 

ゆかりはあの夜のことを思い出したのか、その場で地団駄を踏む。私たちがいくら怒りや憎しみを滾らせようが、その原因となった大型シャドウはこの世から消滅しておりどうすることも出来ない。

 

「お前たち、階段で何をしているんだ?」

 

「あ、真田先輩」

 

トレーニング用のTシャツとズボンを着た真田先輩が下から見上げてくる。シャワーで汗を流してきた所なのか、所々がまだ濡れている。

 

「真田先輩、プロテインここに置いておきますね」

 

「ああ。すまんな、鳴上兄」

 

そう言った真田先輩は総司くんが用意した飲み物を右手に持ち、左手は腰に当てて一気に飲み干す。飲み干してしまった容器を総司くんに手渡すと、真田先輩は学校へ行く準備をするために上の階へ上がっていく。

 

私たちはそれを見届けて、総司くんが用意してくれた席へと向かう。今日の朝ごはんはトーストとハムエッグ、オニオンスープに牛乳という洋風テイストのメニューだ。

 

「ねえ、総司くん。さっきのは何?」

 

「僕が作った料理にプロテインを掛けさせないために、妥協案を真田先輩に提示したんです。プロテインの効果的な飲み方とかをちゃんと調べたりして。詳しいことは省きますが、『朝食後』『運動後45分以内』『就寝前』に真田先輩のプロテインを使ったスペシャルドリンクを作って提供するということで手を打ちました」

 

そうぶっきらぼうに答える総司くんに私とゆかりは顔を見合わせ、苦笑いする。

 

『そんなに嫌なのか』と。

 

「あと、結城先輩」

 

「ん、どうかしたの総司くん?」

 

私がフォークで目玉焼きの黄身をつつこうとした時に総司くんが話しかけて来た。彼はちぎったトーストをオニオンスープに浸したものを食べつつ告げる。

 

「優から伝言です。『あと2~3日、時間をください』だそうです。……優に何をしたんですか、結城先輩?」

 

「ちょっ、誤解だよ!?私は何もしていないからね」

 

「……そういうことにしておきますけれど、優を泣かせたりしたら絶対に許しませんよ」

 

そう言う総司くんの目は据わっていた。ペルソナの恩恵で身体能力とか色々と上昇はしているけれど、彼に本気で来られたら果たして私に勝ち目はあるのか……。

 

「ちなみにどういったことするの?」

 

ゆかりがトーストを口に含みつつ、質問すると総司くんは腕を組んで自信満々に告げる。

 

「他の皆さんは豪華なディナーの中、結城先輩だけメザシとご飯のみです」

 

やり方は微妙だったけど、効果的だった。皆が美味しそうなお肉を頬張る中、私だけしっかり味がしみ込んでいるとはいえ貧相な肉つきの魚を頬張る絵が脳裏に思い浮かぶ。やばい泣きそう。

 

「……結構、えげつないね。大丈夫、そんなことにはならないよ。ね、湊」

 

「ウン、ソンナコトシナイヨ。ゼッタイ、ヤクソクスルヨ」

 

「だから、なんで片言になるんですか?……冗談ですよ、世界を救うために戦っている人たちにそんな酷いことはしませんって」

 

総司くんは残っていたごはんを飲み込んでしまうと洗い場で、食器の後片付けを始める。その後ろ姿を見ながら私とゆかりは小声で話す。

 

「優ちゃんを泣かせたら絶対するよね」

 

「うん、総司くん。優ちゃんのこと大切にしているから、……するよ、確実に」

 

 

 

ん、あれ?総司くんって、今。何か重要なことを言わなかった?

 

気のせいかなぁ……。

 



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P3Pin女番長 7月ー②

7月11日(土)

 

学校から帰る途中、ゆかりと風花がポロニアンモールにある『古美術眞宵堂』に入っていくのを見かける。店の外から様子を窺うと店長さんに何やら話を聞いている2人の姿を確認する。これも調べ物の一環なのだろうか。私にはまだ何も情報を伝えられていないので、2人が何を調べているのか見当がつかないこともあり、その場を離れることにする。私の力が必要になったら、ゆかりたちから話してくれるだろうし。

 

 

巌戸台分寮に近づくと私服姿の鳴上兄妹が腕を組んで出てくるところであった。総司くんの方はげんなりしていることから腕を組むように要求してきたのは優ちゃんの方みたいだが、どこに行くのだろうか。

 

私は気になって、鞄を受付台に置くと財布だけ持って2人の後を追跡する。

 

2人は巌戸台商店街で食べ歩きをしながら何かを話している。私もタコの入っていないタコ焼きを頬張りつつ、様子を眺めていると話しかけられた。

 

「何をしているの、湊」

 

「あ、理緒」

 

制服姿の彼女はスポーツ用品店のビニール袋を提げていた。中身を見るとシューズが入っている。私の視線に気付いた理緒は頬を掻きつつ、自主練で履き潰してしまったと照れつつ答えた。

 

「他のみんなも少しずつ戻ってきてくれているしさ。湊も暇な時にでも顔を出してね、じゃあね」

 

「うん、また今度ねー」

 

理緒と別れた後、鳴上兄妹の行方を探そうと振り向くと総司くんと目が合った。

 

彼はお辞儀すると優ちゃんの手を引っ張って私の所へ連れてくる。彼女はグリーンのチュニックとスカートという女の子らしい格好をしていたが、私の前に来ると頬を紅く染めて総司くんの後ろに隠れてしまう。

 

「いつまでもそうしていたら駄目じゃないか、優。結城先輩からしてみたら、『保育園で友達と遊ぶという楽しみを覚えてしまった我が子を送り出す母親のような心境』だと思うよ」

 

「やけに生々しいコメントだね、総司くん」

 

「叔母から娘がそんな状態になって寂しいって相談がきているんです。僕にどうしろっていうんでしょうね。慰めたりはするんですけれど……」

 

総司くんは遠い目をしながら呟きつつ、優ちゃんを私に対面させる。

 

先ほどに比べると優ちゃんの顔の赤みは大分引いている気がするが、

 

「あう……あう……あうぅ~」

 

会話はまだ無理っぽい。

 

 

 

ワイルドダック・バーガーの店内にあるボックス席に向かい合う形で座る私と優ちゃん。総司くんは受付でセットを頼んでいる。

 

週末でテスト前ということもあり、学生が勉強する姿もちらほら確認できる。私は優ちゃんに他愛ない話を切りだして様子を窺うことにした。

 

「テスト勉強はちゃんとしてる?」

 

「……うん。してる」

 

優ちゃんは私と目を合わせないように俯きつつ、返事をしてくれる。ここ最近の姿に比べてたら随分な進歩だ。姿を見かけるだけで逃げられていたものなぁ。

 

「ご飯はちゃんと食べてる?って、総司くんが作ってくれたものを残す訳ないよね」

 

優ちゃんは大きく頷くと少し顔をあげて、私の顔を覗き見る。その表情には不安が見てとれる。何に対して不安を抱いているのかを考えると、もしかしたらという考えがあった。

 

「優ちゃん、満月の日のことなんだけれど」

 

私が話を切り出すと同時に『びくっ』と身体を震わせる優ちゃん。

 

やっぱり彼女は私に対して恥ずかしがるということもあったのかもしれないけれど、それよりも負い目を感じていたんだ。私は、優ちゃんを安心させるように微笑むと身を乗り出して彼女の手を握り告げる。

 

「大丈夫、私は優ちゃんのこと嫌いになったりしないよ」

 

「……あっ。……だって、私。先輩にひどいこと」

 

私は小さく首を横に振って、優ちゃんの目をしっかり見て話す。

 

「気にしていないよ、私は。まぁ、あれはスキンシップが行き過ぎだったかもしれないけれど、シャドウの所為だしね。それに、今度一緒にお風呂に入って流しっこでもしよう。それでチャラでいいじゃない、ね?」

 

優ちゃんは目尻に涙を浮かべ、何度も何度も頷く。良かった、優ちゃんと仲直り出来て。これは総司くんさまさまだね。

 

と思いながら視線を感じ、そちらを向くと両手にハンバーガーのセットが乗ったプレートを持った総司くんが満面の笑みを浮かべつつ、私を見下ろしながら告げる。

 

「じゃあ、今日の晩ご飯はメザシと白ご飯だけでいいですね?」

 

「ふぁっ、総司くん!?」

 

いや……そんなことしないって言ったじゃない!

 

え?優ちゃんが泣いているのはどう説明するのかって……はい、すみません。

 

私はワイルドダック・バーガー名物、湿ったポテトフライを食べつつ項垂れるのであった。

 

 

 

 

 

「以上が、先日の作戦の報告です。やはり個体によっては一筋縄ではいかないようです」

 

「ふむ。敵も徐々に手強くなってきてるね」

 

寮には珍しく幾月さんが来ていた。満月時の作戦の詳細を聞きにきたらしい。

 

総司くんはいつも通り、台所でデザートの準備をしている。今日はいい卵をもらったとプリンアラモードを作ると言って、ボールに入れた材料をリズムよくかき混ぜる音が聞こえる。

 

「ちょっといいですか?」

 

そんな中、ゆかりが桐条先輩と幾月さんの話しを遮って立ち上がる。

 

「どうしたんだい?岳羽くん」

 

幾月さんが首を傾げ、急に立ち上がったゆかりの顔を見る。桐条先輩も腕を組んで彼女が何を言うのかを待っているように見える。

 

「……正直、今まで驚きの連続で、私少し流されてきた気がするし。はっきりさせたいんです」

 

「あの、ゆかりちゃん……」

 

風花がゆかりを諌めようと声を掛けるが、ゆかりの剣幕に押され、ばつの悪い表情を浮かべながら口を噤んで黙り込む。

 

「……桐条先輩に聞きたいことがあります」

 

「私に?」

 

突然、話の矛先を向けられた桐条先輩はゆかりを見つめ返す。順平や真田先輩といった面々は顔を見合わせるだけで何も言わず、ことの成行きを見守っている。

 

「先輩はまだ、私たちに大事なことを言っていないんじゃないですか?」

 

「ゆかり!」

 

彼女の言葉には明らかに非難の色が見え、私は咄嗟に声を掛けて口を挟もうとしたけれど、ゆかりは気にすることなく続ける。

 

「タルタロス、満月に現れる巨大シャドウ。……先輩はわからないみたいに言っていましたけど、本当は知っているんじゃないですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「今のこの状況、引き金は10年前の事故だったんじゃないですか?」

 

強い口調でゆかりが桐条先輩に巻き立てる。

 

「10年前の、……事故?」

 

話を聞いていた順平が素っ頓狂な声を上げる。優ちゃんも首を傾げているが、デザートを作るのをやめて近くに来ていた総司くんは無表情でゆかりを見ている。それ以外のメンバーは沈黙を保った。

 

「10年前に月光館学園で起きた爆発事故、桐条先輩は当然ご存じですよね?」

 

「……ああ」

 

「この事故には色々と不審な点がある。大事故だったのに、当時の資料はほとんど残っていないし、あったとしても内容の薄い物ばかり」

 

そして何より、とゆかりは続ける。

 

「過去の記録によると、この時期を境に不登校になった人が増えている。でも話を聞く限り、それは不登校じゃなかった」

 

「…………」

 

「本当は原因不明の『病気』で入院していた。……似てると思いませんか?風花がタルタロスに閉じ込められていたときの状況と」

 

桐条先輩の様子を窺うと何かをこらえる様に、苦痛に表情を歪ませていた。

 

「ちゃんと説明してください!」

 

いきり立ったゆかりがテーブルを叩く。すると、桐条先輩が口を開いた。

 

「……隠す気などなかった。だが筋道を通すことよりも、君たちを仲間に入れることが、私には重要に思えた」

 

桐条先輩は消沈した様子で語った。その様子に憤りを募らせるゆかり。彼女が何かを言う前に話を聞くだけだった幾月さんが口を挟む。

 

「仕方ないさ、君の所為じゃない」

 

幾月さんはそう桐条先輩を宥める。

 

その声かけに平静を取り戻した桐条先輩は一呼吸を置いて、語り始めた。

 

「わかった。全てを話そう」

 

辺りが静まり返る。順平や真田先輩、優ちゃんや風花が真剣な眼差しを桐条先輩に向ける。勿論、私も。しかし、先ほどまでゆかりを見ていた総司くんは興味をなくしたと言わんばかりに台所での作業に戻っていた。

 

 

桐条先輩から話されたのは、常人じゃ絶対に考えもしないようなことだった。

 

シャドウを危険な存在と捉えず、便利な道具として使うことを思いついた人がいた。それが桐条先輩のお祖父さんであり、シャドウを使って実験に明け暮れ、10年前の事故を引き起こしたとのこと。

 

その時の実験によって生まれたシャドウが12体に分裂し、消失したと記録にはあり、満月の度に現れる大型シャドウはそのときのシャドウだという。

 

この事実を知ったゆかりは桐条先輩や幾月さんに向けて、容赦ない弾劾を行うが、その言葉の内容は全然あたまに入ってこない。

 

だって、10年前の爆発事故で私は両親を失った。それがいったい何の事故だったのか、誰も知らなかったのに、まさかこれに繋がるなんて。しかも、それが人為的に引き起こされたものだったなんて聞かされたら……。

 

「結城先輩、大丈夫ですか?」

 

いつの間にか隣に来ていた優ちゃんが心配そうに見てくる。私はふっと体中の力を抜くとほほ笑む。色んなことを考えるのは後にすると決め、桐条先輩や幾月さんが話すのを待つ。

 

「消失したはずのシャドウが、何故今になって現れたのかは本当に分からない」

 

周囲の状況を見ていた幾月さんが話をすると視線が集まる。

 

「だが現れた、ということは見つけて倒せる、ということでもある。そしてこの十二体のシャドウこそが、全ての始まりなんだ。この意味がわかるかい?」

 

「……奴らを倒せば、影時間も消える?」

 

今まで沈黙していた真田先輩の答えに、メンバーは目を見開いた。

 

「その通り!ここ最近の調査でそれが分かったんだ。裏付けとなるデータもある」

 

幾月さんは私たち全員の顔を見ながら、そう告げる。皆が、それぞれ考えを巡らせる中で、最初に言葉を発したのは桐条先輩だった。

 

「君たちに、そもそもの原因が桐条にあるということを告げなかったのは私の意思だ。それをどう捉えてもらっても構わない。だが、シャドウと戦えるのはペルソナ使いだけだ。そのことだけは忘れないでほしい」

 

「いまさら……っ!!」

 

ゆかりが苦い表情をしながら桐条先輩を睨む。その辛く当るような視線を桐条先輩は甘んじて受け入れるように見えた。

 

「私が恨まれるのは仕方がない。だが……」

 

「美鶴、もういい」

 

真田先輩が桐条先輩を制するような言葉かけをする。短い言葉であったが、桐条先輩を気遣うような心情が窺えるが、彼はゆかりに対しても、色々と感情を含んだ視線を向けている。

 

「岳羽くん」

 

幾月さんがゆかりに声をかけると、彼女はむすっとした表情で彼を見た。

 

「罪は過去の大人たちにある。そして彼らは全員、自らの死をもって裁かれた。謂れのない後始末であるのは誰にとっても同じなんだ。……わかってほしい」

 

「…………」

 

ゆかりの表情を窺うと、理屈では正しいということを分かっていても、そこで納得できるほど簡単な問題ではないというのがありありと伝わってくる。結局、その場はその微妙な空気のまま解散することになった。

 

 

 

 

一度自室に戻ったものの眠れそうになかったので、屋上に来て風に当たる。

 

「お父さん……。お母さん……」

 

フェンスを握って、瞼を閉じる。思い返すのは幼いころの幸せで温かい記憶。もう両親の顔も思い出せないほど、擦り切れてしまった思い出だが、私はそれでいいと思っている。

 

「お父さんとお母さんを喪った、あの忌々しい事故が、桐条先輩のお祖父さんが引き起こしたものだった。あの時、私はお父さんが運転する車でムーンライトブリッジを渡っていたはず」

 

凄い衝撃で車が倒れて、気付いたらお父さんとお母さんは……動かなくなってて。

 

私が気を失う直前のぼやける目で最後に見たのは……。

 

「黒い死神と蒼瞳の女の人……」

 

駄目だ。それ以上は思いだすことができない。

 

「はぁ……。これからどうなるんだろ」

 

「僕としては寝巻きだからと言って、そんな薄着で歩き回る結城先輩の方が問題だと思いますよ」

 

「……総司くん?いつからそこにいたの」

 

声がする方を見れば、剪定鋏を使って作業をしていたらしい総司くんが顔を背けた状態でそこにいた。

 

「僕は結城先輩が来る前からずっとここで作業をしていましたよ。それよりも前を隠したりしたらどうです。正直、目のやり場に困るんです、……優と違って山脈だし」

 

私は咄嗟に両手で胸を隠す。確かに寝る時はブラを着けない派なので、男の子には目に毒な光景だったかもしれない。うぅ……きっと、自慰行為のオカズにされちゃうんだぁ。

 

「さっきの話し、あまり鵜のみにしないほうが身のためですよ」

 

「えっ……さっきのって、10年前の事故のこと?」

 

総司くんは頷くと立ちあがって伸びをして、見事に赤く熟したトマトを2個収穫すると、その内の1個を私に渡してきた。

 

「岳羽先輩は自分が調べて手に入れた情報が間違っていないと確信して、桐条先輩たちを弾劾していましたけれど、それが真実なんてまだ分からないじゃないですか。それに幾月氏はこう言っていましたよね?『罪は過去の大人たちにある。そして彼らは全員、自らの死をもって裁かれた』って」

 

「うん。そんなことも言っていたね」

 

「あれ、嘘だと思いますよ。それに桐条先輩のあの献身ぶりもおかしいと思いませんか?身内の仕出かしたことに責任を感じてという雰囲気じゃなかった。きっと、桐条先輩は自分が大事に思っている人のためになることが、この特別課外活動部としての行動だったんじゃないですかね?」

 

「……総司くん、あの会話からそこまで」

 

「ま、ただの勘ですけど」

 

総司くんはそう言って、トマトに齧り付いた。滴り落ちていくトマトの果汁をふき取りながら豪快に食べていく総司くん。

 

私も服の裾で拭いた後、齧り付く。トマト特有の酸味と甘みのコラボレーション。

 

「美味しい……」

 

「それはよかった。明日は、これを使った料理を振る舞いますね」

 

情報と真実。

 

言葉の裏にある本当の真意。

 

難しいなぁ、本当に……。

 



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P3Pin女番長 7月ー③

7月12日(日)

 

いつもよりも遅めに起きて1階に降りると優ちゃんが1人ラウンジにいるだけで、他に人の影はない。昨日の今日だし仕方がないかと思って、優ちゃんに近づくと彼女はテスト勉強をしていた。前回同様、総司くんの参考書と見間違うようなノートを見ながら。

 

「あ、おはようございます。結城先輩」

 

「うん、おはよう。テスト勉強中だった?邪魔してごめんね」

 

「いえ、部屋にいると昨日のことが頭をよぎって集中できないので降りて来たんですけど……」

 

彼女の様子を鑑みるにあまりうまくいっていないようだ。確かに昨日の話は中々ショッキングで、当事者には見過ごせない問題であるが、私は総司くんの言葉を思い出す。齎された情報がすべて真実と限らないこと、言葉の裏にあるその人の心意を察することを。

 

「……ま、それは置いといて。お腹すいちゃった。優ちゃん、今日の朝は何かな?」

 

「朝ごはんのことでしたら、冷蔵庫の中にアジの開きが入っているので『身の方を5分焼いて、皮の方を3分焼いて食べてください』って兄さんが言っていました」

 

アジか……。確かに今が旬の魚だよね。

 

台所に移動するとホウレンソウの和え物とか味噌汁も用意してあった。それと底が深く大きなフライパンもあった。蓋を開けて覗き込むとひき肉と野菜がゴロゴロ入ったドライカレーが作り置きされていた。

 

私は自分の分の朝食を作り終えるとお盆に載せて優ちゃんの傍まで持っていく。アジの開きの匂いに気付いた優ちゃんが顔を上げる。

 

「結城先輩はうまくいったみたいですね。実は私、失敗しちゃったんです。もう身がぱさぱさになっちゃって、せっかくのアジの味が最悪に……はっ!?違いますよ、狙った訳じゃないです。本当ですよ」

 

私は何も言っていないよ、優ちゃん。可愛らしく慌てる姿を見せる優ちゃんを見ながら私はソファに腰を下ろすと両手を合唱させ、朝ごはんを食べ始める。

 

「うぅ……そんなつもりはなかったのに」

 

「ねぇ、優ちゃん。ドライカレーの作り置きがあるってことは、総司くんはどこかにでかけているの?」

 

「はい。青ひげファーマーシーの店長さんに誘われて、釣り船に乗って東京湾で旬の魚を釣りに行くそうです。というか4時過ぎには出発したみたいですよ」

 

「えぇ~……。総司くんは大丈夫なの?」

 

「兄さんは好きなことをしていると体力と気力が減らない体質らしくて、1日釣り竿を握って離さなかった時もあるらしいですよ」

 

私は視線を落としてアジの開きを見る。もしかしてこれも彼が釣ってきた魚なのではなかろうかと。私の視線に気付いた優ちゃんは、それはさすがにスーパーで買ってきたものだという。この寮が海の近くにあったならばやりかねなかっただろうなぁと遠い目で話す優ちゃんを見て、魚を干物にするスキルも持っている彼の実力に脱帽するしかない。

 

「ちなみに昼ご飯は『ドライカレー』じゃなくて、『タコスライス風』にして食べてくださいとのことです」

 

「蛸…スライス?」

 

「蛸は入っていないですよ、結城先輩。……兄さんの指摘通りのことを皆、言うんだなぁ」

 

優ちゃんが持つ総司くんのメモによると、タコスライスっていうのはメキシコ料理のタコスの具であるひき肉・チーズ・レタス・トマトをご飯に載せて食べる沖縄料理らしい。総司くんはアレンジしてひき肉の代わりにドライカレーを載せるとのこと。

 

そんな料理もあるんだと感心していると、階段を降りてくる音が聞こえて来た。優ちゃんと階段を見ていると桐条先輩が姿を現す。

 

「「おはようございます」」

 

「ん……ああ。おはよう」

 

桐条先輩は悩ましげに眉を寄せており、見るからに疲れているような雰囲気だった。

 

私は優ちゃんと顔を見合わせる。私の意図に気付いてくれた優ちゃんは立ちあがって桐条先輩の所へ。私は食べ終えた食器を洗い場に置くと、桐条先輩の分の朝食を準備する。振り返って様子を窺えば、優ちゃんが数学で分からないところを桐条先輩に質問して教えてもらっている。たぶん桐条先輩は昨日のことで気分が沈んでいるだろうから、優ちゃんの行動は正解だ。彼女の気分転換の一手となるだろう。

 

アジの開きを焼き終えて、用意しておいたごはんや味噌汁と一緒に彼女の元へ持っていくと、降りてきたよりも随分と表情を和らげた桐条先輩の姿があった。

 

 

 

朝食を終えた桐条先輩も交えて話す。

 

「すまなかったな、2人とも。心配をかけさせてしまって。特に結城はご両親のこともあるのに」

 

「いえ。私はあの後、総司くんに教えてもらいましたから」

 

「あ!結城先輩。その話は聞いていませんよ」

 

私は昨日の夜、屋上で総司くんと話をしたことを2人に告げた。桐条先輩は特に気にする様子はなかったけれど、総司くんが大好きな優ちゃんは食いついてきた。

 

「昨日の桐条先輩の話で、両親のことを思い出して屋上で風に当たっていたら先客がいたんだ。それが総司くんだったの。そしたらね、いきなり「胸を隠せ」って言うんだよ」

 

「えっと?」

 

状況がうまく飲み込めないのか優ちゃんと桐条先輩は首を傾げる。

 

「私は寝る時、ブラ着けない派だから」

 

「結城先輩、部屋の中はまだいいですけれど、寮内を動き回る時はちゃんとした方がいいですよ」

 

優ちゃんは私の後ろをちらっと確認すると今までよりもちょっと大きな声で語り始めた。

 

「相手がたまたま紳士な兄さんだったからよかったものの、肉食獣な真田先輩や伊織先輩だったらその場で押し倒されていてもおかしくな」

 

「そこまで節操なくないわ!!」

 

優ちゃんの態とらしい話し方にはやはり裏があった。起きぬけにこんな話をされて一気に目が覚めたらしい順平は台所から急いで戻ってきて優ちゃんの発言にツッコミを入れる。

 

「で、その後に何があったんですか?」

 

「ちょっ!?まさかのスルー!?今のツッコミだけでオレっちの役目は終わりなの!?」

 

順平が優ちゃんや私たちを見て目を白黒させる。優ちゃん、中々あくどいね。

 

「総司くんはこう言ったの。『得た情報が全て真実とは限らない。人の言葉の裏に隠された真意を知れ』って」

 

「中々、哲学的なことを言うんだな、総司」

 

順平は朝食を食べずにソファに手を置いて、私の話を聞くことに徹するようだ。

 

「昨日の桐条先輩の様子は普段とかけ離れていました。私は話を聞いていて、お祖父さんの罪滅ぼしのためなのかなって思って聞いていましたけれど、それは違うんですよね。桐条先輩が特別課外活動部を作り、日夜シャドウと戦っているのは、桐条先輩が大切に思っている人がそれを望んでいるから。例えば……お父さんのためとか?」

 

私が桐条先輩に視線を向けると優ちゃんや順平も彼女を見る。桐条先輩は呆然とした表情を浮かべた後、力なく笑って話し始める。

 

「まさか、あの会話でそこまで見抜かれるとは……。その通りだよ、結城。私はお父様のために戦っているようなものだ」

 

自分の弱い部分をさらけ出すように、力のない淡々とした口調で話す桐条先輩。

 

「祖父が起こした事故によって作り出された影時間。それを消すためにお父様は苦悩し続けている。桐条グループの膨大な日々の業務に加えて、影時間を消すために精力的に動かれ、心休まる時などない。私はそんな苦悩からお父様を解放させてあげたいんだ」

 

そう自らの気持ちを吐きだした桐条先輩の瞳には強い意志を感じた。

 

「……へへっ、桐条先輩も人の子だったってことですよね」

 

「伊織先輩、不謹慎です。割とおっちょこちょいな所がある桐条先輩のどこを見て、そんなこと言うんですか」

 

順平と優ちゃんの会話を聞いて苦笑いを浮かべる桐条先輩。朝、降りて来た時の様な危うさは感じられなくなっていた。その姿を見て、私は自然とほほ笑む。

 

総司くんのアドバイスで、ここまで暗い雰囲気を変えられるなんて思っていなかったから。

 

「というか、桐条先輩ってファザコンだったんですね。私が兄さんを大好きで周囲の人からブラコンって呼ばれているのと一緒ですね」

 

「優ちゃん、自覚あったんだ」

 

「ファザ……、なんだ?」

 

順平が呆れ、桐条先輩が何を言っているのか分からないと頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「桐条先輩の戦う意味って、そんなに難しくないんじゃないですか?先輩の話を聞いていると、こんな風に感じました。『事故が起きる前のお父さんに戻ってほしい。お父さんの安らいだ顔、いや笑顔が見たい』って」

 

「……結城」

 

桐条先輩は今まで胸に刺さっていた針が抜け落ちてしまったような、安心するような安堵の息をついた。そして天井を見上げ、私が告げた言葉を口の中でころがす。

 

「お父様の笑顔……。そうか、私はお父様に笑っていて欲しいから戦っているのか」

 

穏やかな表情を浮かべる桐条先輩の姿に思わず見惚れてしまった私たち。

 

「ありがとう、結城、鳴上、伊織。私は今まで、ずっと忘れていたよ。私がペルソナ能力に目覚めた頃に抱いた最初の、シャドウと戦うと決めた頃の気持ちを。再認識させてくれて、本当にありがとう」

 

そう言って頭を下げる桐条先輩を起こして私たちは顔を見合わせて言う。

 

「当たり前じゃないっすか、仲間ですよね。オレたち」

 

「桐条先輩がいたから、私たちはここに集ったんです」

 

「私たちはまだ何も失っていないんですから、そんな顔しないでください。解かないといけない謎はまだまだありますけれど、皆が力を合わせたらきっと立ち向かっていけます」

 

「……そう、だな。ふふっ、まさか君たちに慰められるとはな……。いや、これでいいのか。私ひとりで背負わずとも」

 

「私たちがいますよ、桐条先輩」

 

私がそう告げると優ちゃんや順平も力強く頷く。桐条先輩はそれを見て、静かに涙をこぼしたのだった。

 

その時、私の頭に響き渡る声が聞こえた。女帝コミュが開始されたようだ。

 

 

 

お昼時、さすがに部屋に閉じ籠もっていたゆかりや風花たちも降りて来た。昨日の今日のこともあって、彼女たちは桐条先輩の方へは視線を向けようとせず、タコスライスを口に含んでは美味しいのに美味しくないと言いたげな表情を浮かべていた。

 

皆が昼ごはんを食べ終え、それぞれ行動に移ろうとした頃合いを見計らうようにして幾月さんが寮にやってきた。メンバーを全員、ラウンジに集め話し始めた。

 

「昨日はすまなかったね。今日は詫びも兼ねて一つ提案をしにきたんだ」

 

桐条先輩とゆかりの間に微妙に重い空気が流れていて、間に座ることになった風花と優ちゃんが居心地悪そうにしている。

 

「明後日から期末試験だが、それが終わったら試験休みも合わせて4連休になる。そこでだ」

 

期末試験という単語が聞こえたとたん、忘れてたと表情を歪ませたのは順平ではなく、ゆかりと風花の2人だった。あれ、2人とも準備オッケーじゃなかったの?

 

「その4日間を利用して、屋久島に行かないかい?次の満月まで時間もあることだし、息抜きも必要だろう?」

 

「屋久島ですか!……えっと、どこですっけ?」

 

優ちゃんの発言に何人かが『がくっ』と体勢を崩す。順平は帽子のつばを触りながら、中々のボケだぜと感心しているがそうじゃなくて。

 

「“優”、屋久島は鹿児島からフェリーに乗って4時間行った所にある島だ。その屋久島には桐条の別荘がある。そして、私の父。桐条武治が休暇をそこで過ごすことになっているんだ」

 

「え、それじゃあ私たちお邪魔じゃ……?」

 

桐条武治とは、朝から“美鶴”先輩からも話にあったように、現桐条グループの総帥である。きっと貴重であろう家族団欒の時間を余計な人間でかき乱すのは気が引けることもあってか、ゆかりは遠慮の声をあげる。

 

「構わない。皆でお父様に会うことには、意味があるんだ」

 

「意味?」

 

「ああ、理事長は昨日、私に気を使って当時の関係者は全て死亡した、とおっしゃったが、1人だけ例外がいる。……私のお父様だ」

 

また一つ事実が明らかになった。そして、総司くんの『全員死亡したっていうのは嘘かもしれない』っていう推測もまた当り。

 

「総帥がいらっしゃるのは20日だそうだ。私の予定では滞在は3日、ということになるね。他の日はしっかりと羽を伸ばしてほしい」

 

「ということは常夏の海でバカンスが出来るってことッスね?いやっほーーい!!」

 

順平のモチベーションが天元突破する。その姿を見て女性陣は一様に引き気味である。

 

「順平、アンタ騒ぎ過ぎ」

 

「なんだよう。だって南国だぜ!青い海!輝くビーチ!はじける水着!楽しみになるってもんだろ」

 

「まあ、そうだけど」

 

確かに、屋久島を高校生の身分で堪能できる機会はそうそうに訪れない。期待してしまうのも道理だと思う。風花も似たようなことを考えたのか、小さく呟く。

 

「せっかくだから、私新しい水着買おうかな…」

 

「じゃあ、オレが選んで……」

 

「アホか!このエロ魔人!!」

 

「ぐはっ!?」

 

「ふむ、海か……。普段とは違う訓練メニューが組めるかもしれん」

 

「真田先輩、あくまで遊びに行くんですよ」

 

思い思いに騒ぐメンバー。その輪の中に美鶴先輩とゆかりもいる。それを見て満足そうに頷く幾月さんは話をまとめに掛る。

 

「まだ日にちはあるから、ゆっくり準備してくれ。総司くんにも伝えておいてくれよ、彼はタルタロス探索の肝なのだから、もしも置いて行ったら恐ろしい事態になってしまうかもしれないしね。それと、勉強は怠らないように」

 

「は~い!……って、なんでみんなそこでオレを見るのっ!?大丈夫だって、今回のオレっちには頼もしい先生がついているんだからな!」

 

そう言った順平が縋るような視線を私に向けてくる。

 

「じゃあ、今すぐ勉強道具持って来い!ここでやるぞー」

 

「あ、“湊”先輩。私もここで勉強していいですか?」

 

「いいよいいよ。ゆかりたちはどうする?」

 

2人は顔を見合わせると頷きあって合同勉強会に参加すると言ってくる。順平はすぐに道具を取りに上がっていて、調子がいいんだからとゆかりは苦笑いを浮かべる。

 

幾月さんは美鶴先輩と真田先輩に見送られ、寮から出ようとしたのだが、

 

「ただいま、戻りました!今日の晩ご飯は『ハモの天ぷら』です!!」

 

「それじゃあ、桐条君。僕はもう少し、ここにいさせてもらうよ。晩ご飯までご馳走になろうかな」

 

「……分かりました。鳴上、そのガタゴト揺れるクーラーボックスの中身はもしかして、生きているのか?」

 

「はい、今から捌きますけど?」

 

「「「…………」」」

 

ハモが美味しいのは知っているけれど、あまり生きた状態の物は見たくない。ということで勉強会の会場を2階のタラップに変更することに異論は出なかった。

 

もちろん、晩ご飯で出された今が旬のハモの天ぷらは大変美味でした。

 



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P3Pin女番長 7月ー④

7月13日(月)

 

ホームルーム後、帰ろうとしている順平とゆかりを捕まえて、隣のクラスで風花を回収し皆でポロニアンモールのゲームセンターにやってきた。

 

そして、『渋々ついてきたんだ』って言わんばかりに不機嫌な様子だったゆかりをクイズゲームの解答席に座らせゲームを開始する。すると最初はやる気なかった彼女も、全国のライバルたちに刺激されたのかどんどんテンションが上がっていく。その姿を見ながら思う。

 

「ゆかりは言葉で言うよりも、こっちの方が気分転換になるかなって思ったんだけど……」

 

「モニターを叩いちゃ駄目だよ、ゆかりちゃん」

 

「ありゃあ、普通のゲームやっていたらコントローラーを投げるタイプだな」

 

若干ヒートアップしすぎたゆかりを見守りながら、私たちは周囲から向けられる奇異の視線に耐えるのであった。

 

寮に帰ってからも4人での勉強会は続く。優ちゃんは自室で追い込みをやっているらしく、晩ご飯は自室で取るとのこと。私たちは1階のラウンジにて行うことにする。総司くんが補充する和菓子を食べながら。

 

「あ、このおまんじゅう美味しい」

 

「いや、うまいんだけどさ。なんで和菓子?」

 

総司くんは台所で晩ご飯を作り終え、夜食の調理を行っている。材料を見るにサンドイッチのようだ。

 

「つか、総司は勉強しなくtいてて!?」

 

「はーい、順平は余所見しないの。総司くんは普段から、優ちゃんのためにテスト用のノートを作ったりするのと一緒に復習しているから、問題ないの」

 

私は余所見をしたり、話を逸らして勉強に集中しようとしない順平の耳を引っ張って無理やり問題に向き合わせる。数学なんて公式さえ覚えてしまえば、あとは数をこなして度胸をつければオーケーだ。順平はやる前から諦めている節があるので、徹底的に叩き込んでいく。

 

「ねぇ、湊。鳥海先生の授業でさ、夏目漱石の話題あったじゃない?」

 

「うん、確か読み方だったよね。ニューヨークはどんな漢字で書くでしょうって奴」

 

「“紐育”の書き方を覚えていればいいのかなぁ……」

 

「うーん、どうだろ。風花のクラスではどんなだった?」

 

「ニューヨークの話題は出なかったよ。普通に夏目漱石の作品の中のひとつを紹介されただけ」

 

そう言った風花は現代国語のノートを開き、『倫敦塔』と書かれているページを私たちに見せた。そういえばニューヨークはどんな漢字で書くのかっていう質問も、ロンドンを『倫敦』って書くことから派生して当てられたんだった。

 

月光館学園の先生たちは結構、授業中に話した雑学の中から問題を出すことが多い。しかも、素直に雑学で披露した通りのことを問題にする先生もいれば、雑学をするネタとなったものを問題にする天の邪鬼な先生もいるのだ。これは見直す必要があるかもしれない。

 

私は順平に勉強を教えながら、自分のノートを見返して今まで気にも留めていなかった雑学のところを見直すのだった。

 

 

7月14日(火) 期末テスト1日目

 

保健の問題:水脈探しとして発達した、探し物の自然魔術は?……ダウジング

 

 

7月15日(水) 期末テスト2日目

 

英語の問題:欧米でデビルフィッシュと呼ばれ、あまり食べる習慣のない生物は?……イカ

 

 

7月16日(木) 期末テスト3日目

 

歴史の問題:鎌倉幕府を創設した人物は?……源頼朝

 

 

7月17日(金) 期末テスト4日目

 

現国の問題:夏目漱石の作品の題名を選びなさい。……倫敦塔

 

 

7月18日(土) 期末テスト最終日

 

走り出したペンは止まらない♪

 

優ちゃんに中学生の問題を教えることで基礎を復習し、順平に勉強を教えることでテスト範囲の復習もして、その上ゆかりや風花たちと合同勉強会を実施した甲斐もあり、今回の期末テストはかなり手応えのあるものだった。ホームルームが終わると連休に入ることもあってか、クラスメイトの何名かはすぐに教室を飛び出していった。

 

「あーあ、やっと終わったね」

 

同意を求めるような声かけをしてきたのはゆかりであった。順平は机に座ったまま、何か自問自答を繰り返しているが、すぐにいつもの調子に戻ることだろう。私はゆかりの質問に同意するように頷きつつ、これからの予定を尋ねる。

 

「ゆかりはこれからどうするの?私は風花と一緒に旅行用の買い物に行くけど?」

 

「え、マジ!?聞いてないよ、私」

 

「今日の朝ごはんの時に約束したからね。ゆかり、テスト勉強するのに早めに学校に行ったじゃない」

 

「うっ……それはそうだけど」

 

「意地悪言っちゃったけど、問題ないよ。校門前で優ちゃんも待ち合わせしているし4人で行こっ♪」

 

私が鞄を持って立ち上がるとゆかりも机に置いていた鞄を持って追いかけてくる。廊下で待っていた風花と合流し、玄関に向かって歩く。

 

「湊ちゃん、今日の科学のテストで『カルシウムとマグネシウムの含有量の多い水は何ていう?』って問題あったでしょ。あれは何にした?」

 

「え、軟水じゃないの?」

 

風花の問いにゆかりが目を丸くして答える。こういうところがあるんだよね、ここの先生たちって。

 

「ゆかり、それは少ない方。多いのは硬水だよ」

 

「ええっ!?」

 

「やっぱりひっかけ問題だったんだね」

 

ゆかりは私と風花のやり取りを見て項垂れる。

 

「中間テストでは触れもしなかったのに、期末テストの問題にするあたり捻くれているよね、ウチの先生たちって」

 

「鳥海先生の現代国語の問題もね。ほら、ゆかりちゃん。勉強会の時に話題に上がったじゃない?」

 

「私、倫敦塔にしたけれど、何か問題があった?」

 

「たぶん正解だと思うけれど、あれはずるいよね、風花?」

 

「うん。本当は『夏目漱石の作品の題名“の正しい物”を選びなさい』って書かないといけないのにね」

 

あの問題で正解と思われる倫敦塔の他に書かれていた選択肢は次の物だ。

 

・ぼっちゃん……正しくは『“坊”っちゃん』

 

・虚美人草……正しくは『“虞”美人草』

 

・三四朗……正しくは『三四“郎”』

 

にわか仕込みでの解答はかなり引っ掛かる問題であったと思う。特に『ぼっちゃん』は卑怯だ。夏目漱石の著書で有名なのはやはり「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」だろう。そこを平仮名で攻めてくるとは。

 

「あーもう、やめやめ!やっとテストが終わったんだし、旅行のことを考えようよ。湊は何を買う予定なの?」

 

「んーとね、まず水着でしょ。ウェットティッシュとか日焼け止めクリームとか……かな?」

 

私は指を折りながら確認しつつ風花を見る。実を言うと私、遊びで海に行くのは初めてなので、そのことを風花に相談したら一緒に買いに行こうという流れになったのだ。だから、詳しいことはキミに任せたって感じのアイコンタクトを行う。

 

「湊ちゃんみたいに髪が長い娘はひとつにまとめた方が楽だから、ヘアゴムは必須かな。それとビーチサンダル。桐条グループのプライベートビーチだとあまり必要ないかもしれないけれど、普通の海岸だと貝殻とかゴミとかあって危ないから履いていた方が安全なんだよ」

 

風花は苦笑いしながら私の意図に気付いてくれたようで、私の後を引き継いで説明してくれた。ゆかりは納得してくれたのか頷いている。

 

「湊先輩!岳羽先輩、山岸先輩!こっちですー!」

 

月光館学園高等科の校門前に優ちゃんがすでに待っていて、私たちに向かって大きく手を振っている。

 

「……そういえばさ、湊」

 

「うん?」

 

「湊と優ちゃんと桐条先輩に何かあった?呼び方、変わったでしょ」

 

「あ、それすごく気になりました。桐条先輩が優ちゃんのことを呼び捨てした時は本当に驚きましたもの」

 

「あははは……。えっと、それは追々話すよ。桐条先輩の戦う理由が絡んでるし……」

 

「「戦う理由?」」

 

2人から不穏な空気が発せられる。やばい、と私の脳内で誰かが警鐘を鳴らしている。このままだと根掘り葉掘り聞かれることになると。私は2人の不意をついて駆けだす。そして、優ちゃんの手を取ってポロニアンモール方面へ逃げる。

 

「あ、待て。こらぁ!」

 

「ずるいですよ、湊ちゃん!」

 

後方から何か文句を言う2人の声が聞こえてくるが気にせず走る。いきなり手を引かれ、引き摺られるように走っていた優ちゃんは事態を把握したようで、今は私と並走している。

 

「湊先輩、いきなりはヒドイですよ。言ってくれれば、すぐに走ったのに……」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

私は肩にかけていた鞄を掛け直しつつ、前を向いて走るのだった。

 



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P3Pin女番長 7月ー⑤

7月19日(日)

 

朝ご飯を食べ終えた私たちに総司くんから言伝があった。

 

晩ご飯後、明日からの旅行についての確認と持っていく荷物のチェックをしたいとのこと。一応、了承はしたけれど、チェックする必要性ってあるのかな。と、私たちは全然、気にもしていなかった。

 

 

 

ラウンジに集められた私たちの前に資料を持った総司くんと桐条先輩が立っている。

 

「では、まず明日の日程だが、羽田発鹿児島行きの飛行機が6時15分に出る。これに間に合うように朝の5時にはここを発つことになるので各自ちゃんと起きること」

 

「「「5時……だと!?」」」

 

私と順平とゆかりが悲鳴に近い声を上げる。風花といつも早起きをしている真田先輩と優ちゃんはさして問題はないのか平然としている。

 

「屋久島行きのフェリーは1日1便しか出ていないので仕方ないんですよ。何、飛行機に乗るまでの我慢です。飛行機の中とフェリーの中で目的地につくまでは寝られますから」

 

そう言った総司くんは役目を終えた桐条先輩に目配せをする。彼女は頷いて、優ちゃんの隣に座った。

 

「では持ち物チェックを行います。とは言っても、僕が気にしているのは飛行機に乗る上での確認ですので、下着や水着を出さないといけないのかと眉を顰めている岳羽先輩、睨むのやめてもらえませんか?」

 

「ちょっ、何で名指しなの!?」

 

「いえ、なんとなく」

 

理不尽だと言わんばかりに顔を真っ赤にして総司くんを睨むゆかり。その当人はどこ吹く風と歯牙にもかけず、話を進める。

 

「2001年のアメリカ同時多発テロ以降、飛行機の中に持ち込めるものが色々と制限されました。例えば、高圧ガスであったり引火性の液体であったり、危険物は全面的に禁止されています」

 

総司くんは私たちが座っているソファの間に置かれている机に、自分が用意したハンドバックとボストンバックを置き、その隣に巻き取り式のメジャーを置いた。

 

「ボストンバックの方は別にいいんですが、自分の手で持っていくバックも大きさが制限されています。今回は大きさに関しては問題ないようなので、飛ばしますが気になる方は調べてください。で、問題は『手荷物ではNG、預け荷物OKの品物』『ほぼNGな品物』ですね」

 

そういった総司くんはハンドバックの中から色々なものを取り出す。中には私自身が入れているものもあり、彼の動向に皆が注目する。

 

「では、順平さん。トップバッターです」

 

総司くんに指名された順平は机の上に並べられた色々なものを視界に入れた後、彼を見る。

 

「この中には手荷物で持って行ってはいけないものがあります。順平さんがセーフだと思う物を取ってください」

 

順平は一瞬だけ迷う素振りを見せたが、すぐに炭酸飲料の入ったペットボトルを取った。

 

「さすがに飲み物は問題ねーだろ、総司。島は物価が高いからな、オレも荷物の中には何本か入れているんだぜ」

 

そっか、順平の言うとおりかもしれない。総司くんも言っていた通り、フェリーが1日に1便だと物資の行き来もそれなりということだ。よし、私も今の内に買って、

 

「いえ、残念ながらペットボトルや缶飲料は手荷物にも預け荷物にも入れることはできません」

 

「「「なにぃっ!?」」」

 

荷物の中に入れていると言っていた順平と、順平の話しを聞いて買ってこようと考えた人間が声を上げた。総司くんはそのまま真田先輩を見て告げる。

 

「真田先輩のプロテインも日本製のメーカーのものは問題ありませんけれど、海外語表記のものは控えた方がいいかもしれませんよ。今回は国内線なので問題ないと思いますけれど、中国なんかではプロテインの缶を持って行って麻薬密輸の冤罪で日本人が処刑されているらしいですから。あ、桐条先輩の言う処刑じゃなくて、マジものの処刑ですよ」

 

「……分かった。あとで部屋に戻してくる」

 

真田先輩は『桐条先輩の処刑』という単語を聞いた当りで大人しくなったが、総司くんの雑学の知識には舌を巻くなぁ。というか、まだ1品目なんだけれど。

 

「じゃあ、次は山岸先輩ですね。どれでもいいので選んでください」

 

次に指名された風花はじっくり見て選んだ。女子の必需品、ウェットティッシュを。

 

「山岸先輩が選んだものはセーフです。ウェットティッシュやメイク落としシートなんかは制限対象外なので、制限なく持ち込むことが可能です。ちなみに口紅やリップクリームも大丈夫です。ただ、ジェル状の物は制限対象になるので注意が必要です。……優が愛用している整髪料のアレはジェルだから預け荷物に入れるように」

 

「うん、分かったよ。兄さん」

 

桐条先輩の横に座っていた優ちゃんがハンドバックから容器をいくつか取り出して、そのまま、ボンレスハムのようにパンパンに膨れたボストンバックの小物入れに無理やり詰め込む。それを見た総司くんは頬を掻いた後、視線を机の上に戻した。

 

「では、次……結城先輩お願いします」

 

指名された私は机の上に残っているものを見る。

 

虫よけスプレーや制汗スプレーなどのスプレー缶。

 

花火やライターといった火を扱う物。

 

そして、総司くん愛用の包丁セット。

 

「もしかして、これ全部だめなんじゃ?」

 

「はい、正解です。包丁セットはややこしいことになるので置いて行きます。それに桐条先輩の実家のお膝元なんだから、僕が厨房に立つことなんてある訳ないし。スプレー缶に関しては化粧品であろうと医薬品であろうと日用品であろうと、特別な理由がない限りは預け荷物の方に入れておいた方がいいです。花火やライターは、一番初めにいった理由ですね」

 

総司くんはそう言って机の上に並べられていた物品を片づけた。

 

「先ほど、桐条先輩が話されたように明日は5時に出発になります。出発時にごたごたするのを避けるために、荷物はラウンジに一纏めにしておこうと思いますので解散した後、各々準備を終えたらここに持ってきてください。優はこれから僕と一緒にそのパンパンに膨らんだボストンバックの中身を選別し直すよ」

 

「……はーい」

 

優ちゃんはがっくりと肩を落とし、総司くんの後について階段を上がっていく。

 

「本当に総司の奴、物知りだよな……」

 

「ま、ややこしい目に遭う前に指摘してもらってよかったじゃん、順平」

 

「確かに……」

 

そんなことを話しながら、私たちは総司くんに言われた通り、荷物を準備し直したのだった。

 

 

 

 

7月20日(月)

 

ついに屋久島旅行当日を迎えた……のだが。

 

ガタイの良い黒服の男に担がれて強制的に移動させられていた順平が、寮の前に止まっていた2台の車の内の片方の後部座席に放り込まれる。真田先輩はその様子を見ながら苦笑いを浮かべつつ、反対側のドアを開けて乗り込む。総司くんは、顔を羞恥心で真っ赤になって落ち込んでいる優ちゃんを引き摺ってきて、順平たちとは別の車の中に押し込んだ後、順平や真田先輩が乗っている車の方へ歩いて行った。

「優ちゃん、今回の旅行をとても楽しみしていたみたいで中々寝付けなかったんだって」

 

「子供か!」

 

「それにしても血の繋がった兄とはいえ、歯磨きから着替えまでしてもらったらショックよね、普通」

 

「起きなかった優ちゃんが悪いということで……」

 

私はそんなことになったら引き籠る自信がある。

 

そんなハプニングもありながらだが、予定通りの時間には出発することが出来、飛行機の搭乗手続きも何のトラブルも発生せずに乗り込めて、私たちは安心して空の旅を夢の中で味わうのだった。

 

ま、快適な飛行機の後はフェリーで4時間過ごさないといけないんだけれど……。



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P3Pin女番長 屋久島旅行ー①

7月20日(月)

 

窓から見える海原は太陽の日差しを反射して宝石のようにキラキラと輝く。そんな風景を見ていると、いつもの街から遠く離れた土地に来ていることが実感できる。

 

「とは言っても、4時間は長いよ~……」

 

ちなみにまだフェリーに乗って2時間しか経っていない。あと残り半分の時間を過ごさなければならないのだけれど、携帯電話をいじるのも飽きたし、持ってきた雑誌も穴があくほど見てしまったし、かといって船の中を探検するほど幼くもない。

 

「あーあ。つまんないなー……」

 

何か面白いことはないかなと思っていたら、一喜一憂する順平やゆかりたちの笑い声が聞こえて来た。声がする方へ歩いて行くと、総司くんを中心にしてゆかり・順平・風花・優ちゃんの5人がしゃべっている。

 

「あ、湊先輩」

 

「ちょっと、湊も混ざりなさいよ。これ、すっごく納得いかないんだから」

 

「えーと、何が?」

 

「いやな、総司が暇つぶしに持ってきた心理ゲームの本を皆でやっているんだが、ゆかりっちが納得いかないって喚いてんのよ」

 

「私は当っていると思うけどね。……違うよ、ゆかりちゃんの結果じゃなくて私自身のだよ」

 

ジト目で睨むゆかりの視線に苦笑いして弁解する風花。それにしても心理ゲームか、面白そうだ。私は順平と優ちゃんの間に割り込むと、心理ゲームの本を開いて準備している総司くんに向かって言う。

 

「私も混ぜて」

 

「いいですよー」

 

彼ならそう言うって、答えは分かり切っていたけれどね。

 

「じゃあ、まずは岳羽先輩や山岸先輩にしたものと同じものを言いますね。皆さんはネタばれしないように口を閉じていてください」

 

総司くんが皆に言って聞かせると私以外の全員が頷く。特にゆかりからの期待の籠った視線が気になる。彼女はどんな墓穴を掘ったのだろうか。

 

「では『次の色から連想できる知り合いの名前をあげてください。あ、お父さんもOKですよ』」

 

『ふしゃー!!』と猫が怒った時のように髪を逆立てたゆかりが総司くんに襲いかかる。彼は華麗にその攻撃を避け、「ちっちっと」指を横に振って余裕を見せる。ゆかりぇ……。

 

(1)赤……優ちゃん

 

(2)青……ファルロス

 

(3)白……美鶴先輩

 

(4)桃……ゆかり

 

(5)紫……総司くん

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

私が質問に答えると場が鎮まった。さっきまで追いかけっこをしていた総司くんとゆかりも元の位置に座り、本のページをめくる。あれ!?私の結果は?

 

「まあ、心理ゲームは当るも八卦、当らぬも八卦って言いますから気にしないでいいと思いますよ。岳羽先輩……僕は一体どうすればいいんでしょうか」

 

明らかに動揺している総司くんをゆかりが背中をさすって慰めている。状況が飲み込めないので、他のメンバーを見回すと優ちゃんは嬉しさ半分、嫉妬半分といった表情を浮かべている。順平と風花は私を見て、ヒソヒソと話しているだけだし気分が悪い。

 

私は総司くんが持っていた本を奪い取り、さっきの結果を読む。えっとなになに……。

 

「関係性が分かるもの。赤は兄弟姉妹、青は恋人?白は理想の人で桃は友人。……紫はSEXフレンド……はにゃあっ!?」

 

他の皆の反応の仕方が良く分かった。確かに赤色で選んだ優ちゃんは正直に言えば妹のように思っているし、桃色のゆかりは友人枠だ。青と白は微妙だけれど、問題は紫。なんで総司くんって言っちゃうかなぁ、私!

 

「結城先輩、落ち着いてください!当るも八卦、当らぬも八卦です」

 

「そ、そうだね。次、次に行こう!」

 

頬に紅が差している総司くんもまんざらじゃなさそうにしていることだけが救いか。

 

えっと、……まんざらじゃないの?

 

「次は数字を使った心理ゲームをしますね」

 

そう言った総司くんはハンドバックからメモ帳と人数分のペンを取り出し、それぞれに配っていく。ちなみに私には優ちゃん経由で渡される。

 

「メモは縦向きで使ってください。それではメモの左端に上から順に1から7までの数字を書き込んでください。こんな風にお願いします。空いているスペースに文字を書いて行くので…」

 

総司くんは私たち全員の手元を確認し、準備が出来たみたいと頷く。

 

「では、問題を言います。他の人に相談したり、見せ合ったりしないようにお願いします。『まず、1と2の横に数字を書いてください。3と7の横には誰でもいいので異性の名前を書いてください。4と5と6の横には自分が知っている人の名前を書いてください、ここには家族の名前を書いてもOKです』」

 

そう言った総司くんも書く作業に没頭する。周囲を見れば床にメモ紙を置いて書いたり、自分の膝の上で書いたりしている。私は壁にメモ紙を当てて書く。

 

1.21

 

2.22

 

3.総司くん

 

4.優ちゃん

 

5.ゆかり

 

6.風花

 

7.順平

 

私はゆかりみたいな墓穴を掘らないように、この場にいるメンバーの名前を書く。一番に書き終えた私は皆の様子を見る。ちょっと待つと皆、書けたみたい。

 

「では結果発表といきましょう。ちなみに僕のはこんな感じになりました」

 

1.いっぱい

 

2.たくさん

 

3.結城先輩

 

4.優

 

5.父さん

 

6.順平さん

 

7.マリー

 

 

「……いっぱい、たくさんって、ありなの?それに一番下のって誰?」

 

「私への当てつけかこの野郎。普通に書いているし……」

 

優ちゃんとゆかりがそれぞれ不満を口にするが総司くんは笑っている。

でもその中に私の名前があるんでけれど、しかも総司くんと同じ場所。

 

「じゃあ、結果発表です。『1はあなたを幸せにしてくれる人の数。2はあなたが幸せにしてあげる人の数。3はあなたが愛する人……げふっ!(吐血)。4はあなたが大切に思う人……。5はあなたをとても理解してくれる人……。6はあなたに幸せをもたらしてくれる人……。7は好きだけど叶わない人です。』……うわぁあああああああん、心理ゲームなんて大嫌いだぁあああああああ」

 

総司くんはメモを回収して立ち上がると、おもむろに心理ゲームの本を置いて走り去った。私は彼が置いて行った本を取り上げると鞄の底に封印する。そして皆を見据えて告げる。

 

「とりあえず、……忘れようか」

 

「「「「異議なし」」」」

 

暇つぶしにと始めた心理ゲームはこうして闇の中に葬られることになったのだった。

 

 

 

 

それからしばらく船の中で過ごしていると順平が騒ぐ声が聞こえ、船の正面を見るといかにもリゾートって感じの島があった。船の先端でハイテンションに騒ぐ順平を余所に、船は港に入っていく。

 

メンバーはそれぞれ荷物を持って、屋久島の地へと足を踏み入れる。船の上で騒ぎ立てていた順平だったが、大人しくしているので何事かと思ったら出迎えがあった。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。そちらがご学友の方々ですね。ようこそいらっしゃいました」

 

ただし、普通の出迎えではなく、大勢の本職メイドさんたちによってだけれど。

 

「オジョウサマ……ゴガクユウ……」

 

「メイドって実在したんだ……」

 

「岳羽先輩が着たら似合いそう……」

 

それぞれに驚きの表情を浮かべるメンバーたち、の中に1人だけ場違いな感想を述べる物もいたけれど、分からないこともない。勝気なツンデレメイド、どこかの漫画かアニメに出ていそうだ。

 

美鶴先輩と真田先輩は驚く私たちを置いて先に向かう。私たちはそれぞれ荷物を持って追いかける。すると目の前に大きな洋館が現れた。

 

「で、でけぇ……」

 

「うわぁ、ここだけ外国にきたみたいですね」

 

順平と優ちゃんの感想を聞きつつ、美鶴先輩の動向を見るとメイドに何やら指示を出している。

 

「部屋はすでに準備してある。案内させるので、明彦と伊織、鳴上は彼女についていけ。湊、岳羽、山岸、優は私についてこい」

 

私たちは玄関ホールで分かれる。呆然としている順平の背を総司くんが押しているのが印象に残る。私たちは豪華絢爛でありながら、綺麗に掃除が行き届いた廊下を通り用意された部屋に案内されて息を飲んだ。

 

「わぁ……綺麗ですよ、先輩!」

 

優ちゃんはバルコニーに出て、一面に広がるオーシャンビューを見てテンションが上がっている。荷物を置いたゆかりや風花もバルコニーに出て、ここが私たちが来たことのない場所であることを再認識しているようだ。

 

「さて、これからどうするんだ?」

 

「たぶん、正気に戻った順平はビーチに行くでしょうから、私たちもその準備をしましょう。私もあの白い砂浜で泳ぎたいですし」

 

「それもそうだな」

 

桐条先輩は柔らかい微笑みを浮かべながら頷き、廊下に出て待機していたメイドに何かを告げる。そして、戻ってきた美鶴先輩はゆかりたちに向かって言う。

 

「さぁ、泳ぎに行こうか」と。

 

 

 

 

水着に着替える際、優ちゃんが私たちの山を見て落ち込むことがあったが、それ以外は特に問題なくビーチへ。私がいまだに落ち込み気味な優ちゃんを連れて行くと、美鶴先輩たちの水着を見て、頬を染めていた順平たちが安堵するようなため息をついた。

 

もの凄くむかついたので、私は優ちゃんに目配せをして頷きあう。

 

一呼吸後、私たちはビーチを駆け抜け、飛び上がる。

 

「「ペルソナダブルキーックッ!!」」

 

いい訳などさせぬと言わんばかりに問答無用で叩き込んだ。水柱を立てて海に沈む順平と真田先輩を見届けた私と優ちゃんが振り向くと、ゆかりと風花がよくやったと言わんばかりにサムズアップしている。

 

「あれ?そういえば兄さんは……」

 

きょろきょろと辺りを見回す優ちゃんだったが、目的の人は見当たらない。まさか総司くんが泳げないってことはなさそうだし、準備に手間取っているのか。

 

「あ、総司くんなら順平が言っていたよ。『磯が僕を呼んでいる』って言って、釣り竿とクーラーボックス片手に釣りに行ったって」

 

「ここでも釣りなの!?兄さーん!!」

 

優ちゃんがそう海に向かって吼える。『花より団子』ならぬ『海より磯釣り』って、思春期の男子としてはどうなのかな。

 

「むしろ、総司くんは湊ちゃんから離れたかっただけじゃないかな。船の中のこともあるし……」

 

「風花、それは無かったことなんだ。掘り返しちゃ駄目」

 

じゃないと私も赤面しちゃうから。

 

私は火照って来た身体を冷やすように海の中に飛び込んだ。それに続くようにゆかりや風花たちも入ってくる。

 

「あれ、順平たちは……あ」

 

いつもであれば騒ぎ立てているはずの順平は私たちの攻撃で気絶し、真田先輩と一緒にどざえもんと化していた。私たちは浜辺に2人を引き挙げると、悪戯心から首だけ出して他の部分は砂で埋める。胸の部分にはお約束通りのエベレストのような山脈を作り、私たちは引いては寄せる波に「きゃっきゃ」言いながら遊ぶのだった。

 

 



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P3Pin女番長 屋久島旅行ー②

美鶴先輩のお父さんに招かれ、私たちは10年前に桐条鴻悦氏が何を考え、何を行おうとしたのかを聞かされる。そして、事故の様子を話す科学者が残したメッセージは色んな意味で衝撃を与えるものだった。

 

きっと今までの私だったら、何の疑問も抱かずにその事実を受け入れていたかもしれない。けれど、今の私は違う。

 

だって、人から齎される情報が真実のみとは限らないことを知っている。語られる言葉の裏に隠された真意を察しなければならないんだ。だから言うよ、ゆかり。

 

「私はこの人が言っていることが真実とは思えない。桐条総帥、この動画を詳しく調べたことはあるんですか?」

 

私が問題提起をした時、その場にいた人間の一人が能面のような無機質な表情で視線を向けていたことなんて知らなかった。

 

 

 

7月20日(月)

 

海で散々遊びまわって、桐条の別荘に戻るとそこにいるだけで存在感がひしひしと伝わってくる男性の姿があった。美鶴先輩は身体を震わせた後、その男性に近づき話をするが事務的なもので、家族の会話と思える内容ではなかった。私たちが美鶴先輩にそのことを言うと、力なく笑い仕方がないことだと頭を垂れる。

 

部屋に戻った私たちは何か出来ることはないかと4人で頭を悩ませるが、いい案は思い浮かばない。というより、美鶴先輩が戦う理由を知っている私と優ちゃん、知らないゆかりと風花っていうメンバーじゃ、この問題に対するモチベーションが違う。前者は何とかしてあげたいっていう気持ちが強いけれど、後者は……。

 

いっそのこと話してしまうかと考えたが、やめておく。美鶴先輩のことだから知られても問題ないと言うだろうが、やはりそう言ったことは本人の口から伝えられる方がいいに決まっている。人から聞かされるのと、本人が話すのでは印象ががらりと変わるから。

 

「ん?なんか外が騒がしいね」

 

「本当だ。……玄関の方に人だかりが出来ているみたい」

 

ゆかりと風花がバルコニーに出て、喧騒の原因を見つける。集まっているのはこの洋館にいるメイドさんや執事、コックの人たちらしい。

 

「あ、なんか嫌な予感が……」

 

すると私の隣にいた優ちゃんが腕をさすりながら身体を震わせる。

 

「とりあえず玄関に行ってみようか」

 

私はそう提案して皆をつれて玄関に向かう。順平と真田先輩も気になったようで廊下に出ていた。2人と合流して玄関に行くと人だかりが出来ている。それを掻きわけて向かった先にはトラックが1台止まっていた。

 

どういう状況なのかを尋ねようと、先に来ていた美鶴先輩を見つけ声をかける。

 

「美鶴先輩……。これはいったい?」

 

「ああ、湊か。鳴上が釣りに行ったという話はビーチで聞いたな。これが釣果だそうだ」

 

美鶴先輩は桐条が総司くんに貸し出したクーラーボックスとトラックの荷台を指差した。クーラーボックスの中には色んな種類の魚が入っている。私はあまり魚に詳しくないので皆に確認したけれど、返事は色良い物ではなかった。それを見た美鶴先輩は白髭を蓄えたコックを呼んだ。

 

「鈴木料理長、このクーラーボックスに入っている魚を説明してくれないか?」

 

「分かりました。お嬢様」

 

一礼をした初老の料理長は丁寧に説明してくれた。クーラーボックスに入れられていた魚は全て屋久島近海で獲れるもので、中には高級魚であるスジアラと呼ばれるものもあるらしい。

 

「こうやって様々な魚を釣り竿一本で釣り上げることも凄いのですが、本日一番の衝撃はやはり“トラックの荷台に載せないと運べなかった”コレでしょうね」

 

そう言って初老の料理長は自身の髭を整えるようにして撫でながらトラックの荷台に視線を向ける。私たちも自然とそれに目が向く。

 

「まさか、カジキマグロを磯で一本釣りするとは、中々やりますなぁ。お嬢様が連れて来られた少年は」

 

磯で、カジキマグロを、一本釣り?しかも、少年ってことは……。

 

「さすが……兄さん。私たちがやれないことを平然とやってのける……」

 

優ちゃんがショックを受けてふらついたが美鶴先輩が支えたことによって倒れずにすんだ。

 

「ちなみに大きさはどれくらいなんですか?」

 

「漁師から聞いた話によれば、270kgは降らないそうです」

 

現在桐条の洋館に努めているスタッフ全員で食べても数日は持つ量だと笑って言われてもいまいち分かんないけれど、とても大きなものを釣ってきたのだと分かる。

 

「では、お嬢様。これよりカジキマグロを切り分けて、ディナーの準備に取り掛かりますのでご学友を連れて部屋にお戻りください。それと魚を釣り上げてきた少年ですが、我々の仕事に興味があるということなので現在厨房におりますのでご安心を」

 

そう言った初老の料理長は玄関をあとにして洋館の中へ入っていく。その後ろ姿を見ながら私は美鶴先輩に言葉を発する。

 

「どこを安心すればいいんでしょうね?」

 

「ああ……。確実に桐条のコックたちは衝撃を受けることになるだろう。鳴上の料理の腕と発想を目の当たりにすれば……。くっ、グループに勧誘しろという訴えが確実に来る」

 

美鶴先輩は額を手で押さえ、近い未来に訪れる難題に頭を悩ませる。その隣で優ちゃんが申し訳なさそうに彼女を見上げている。

 

「こりゃあ、総司バーサス桐条のコックさんの料理合戦っていうところか?」

 

「どんなものが出てくるのか予想付かないけれど、きっと全部美味しいよね。……(ぐにっ)」

 

順平は洋館の裏口に移動していくトラックを見ながら、あふれ出るよだれを拭う仕草を見せながら呟いた。ゆかりは最近の悩みであるお腹のお肉が気になるのか俯いている。

 

というか屋久島に降り立ってから総司くんの顔をまともに見れていないんだけれど。こういうところは優ちゃんとそっくりなんだから。双子だから当然と言えば当然なんだけど。

 

まぁ、皆の予想通り、本日のディナーは凄いことになった。美鶴先輩曰く、桐条のコックたちの料理に対する情熱や飽くなき探究心を感じさせる料理だったとのこと。美鶴先輩のお父さんも絶賛されたらしく、桐条グループが総司くんを獲得する日も近いのかもしれない。

 

 

 

 

そして、その夜。私たちは美鶴先輩のお父さんに招かれて応接間にきた。先に来ていた男組が会話している。

 

「で、包丁を見せてもらったんですよ。さすが桐条グループの料理人ですよね。大阪の堺の職人により一丁ずつ手作りされる『幸之祐』を普通に使っているんですよ!」

 

「分かった。何を言っているのか分からないけれど、分かったから総司。とりあえず落ちつけ」

 

「これでも料理人の端くれです。いつかはそういった包丁も扱ってみたいんですよね。……あ、お先しています」

 

「やっときたか、お前たち。鳴上兄がいたく興奮していて手がつけられなかったんだ、助かる」

 

総司くんの話し相手だった順平は私たちの姿を見て安堵のため息をつき、真田先輩は立ち上がって私とゆかりの背を押して、総司くんの隣に座らせた。その瞬間、総司くんは顔を真っ赤に染めて立ち上がり優ちゃんの隣に移動する。その行動を見た真田先輩と美鶴先輩は首を傾げる。

 

「鳴上、何かあったのか?」

 

「いえっ!?今日は半日、海風に吹かれていたので女性の隣にいるのは問題あるかと思いまして!!いや、ちゃんとシャワーは浴びたよ!?火照っているのはソレの所為だよ」

 

海風に吹かれてって、私たちはその海で泳いできたんだけれど……。

 

わたわたと手を大げさに振って弁解する総司くんを見て、順平とゆかりがニヤニヤとした表情を浮かべながら彼と私を交互に見る。ちぃ……ここで私が何かを言うとそれが槍玉にあがってしまう。ここは我慢、我慢よ私。

 

そう思っていると、応接間に入るための扉が開かれて、美鶴先輩のお父さんと幾月さんが入ってきた。私たちは佇まいを正して、話を聞く態勢を整える。

 

「美鶴から、大体は聞いているな」

 

「あ、はい」

 

ゆかりが答え、美鶴先輩のお父さんは皆の顔を確認する。

 

「左様、全ては大人の…我らの罪だ。私の命ひとつで贖えるのなら、とうにそうしていたところだが…今や、君らを頼る他はない。父鴻悦が怪物の力を利用してまで造り出そうとしたもの。それは時を操る神器だ」

 

「時を操る……?」

 

「言葉の通りさ。時の流れを操作し、障害も、例外も、全て起こる前に取り除く。未来も意のままにする道具と言ってもいい」

 

風花の疑問に答えるのは幾月さんだった。科学者らしい言葉で説明していく。それを聞いた順平は驚愕の表情を浮かべる。

 

「す、すげえ……。野望のサイズがデカい……」

 

「だが研究は、父の指示によっておかしな方向へ進んでいった。……晩年の父は、なにかとても深い虚無感を胸の奥に持っていたようだ。今にして思えば、父の乱心は、それを打ち破るために始まったのかもしれん。君らが全て知りたいと望むのは当然のことだ。私にも伝える義務がある」

 

美鶴先輩や幾月さんの話を聞いた時からずっと思っていたけれど、美鶴先輩のお父さんは直接研究に携わっていたわけではなさそうだ。多少は聞かされていたのかもしれないけれど、深くは知らないみたい。だとしたら、こんなにも責任を負うようなことは言わなくてもいいのにと思う。

 

私がそう考えていると天井からスクリーンが降りてきて、部屋の照明が落とされる。そして、そのスクリーンに映像が映し出された。

 

「これは……?」

 

「現場にいた科学者によって残された、事故の様子を伝える唯一の映像だ」

 

「……映像?」

 

燃え盛る火の手や、辺りから立ち込める黒煙。何かが崩れ落ちる音やノイズ音が頭に響く。

 

『この記録が……心ある人の目に触れる事を……願います』

 

「この声…!?」

 

ゆかりが驚愕の声を上げて立ち上がり、スクリーンに映し出された映像に釘付けになる。

 

『ご当主は忌まわしい思想に魅入られ、変わってしまった。この実験は…行われるべきじゃなかった!もう未曾有の被害が残るのは避けられないだろう……。でもこうしなければ世界の全てが破滅したかもしれない』

 

「世界の……破滅?」

 

あれ?どこかで私たちは“世界のために戦っている”って言われなかったっけ?

 

『この記録を、見ている者よ、誰でもいい、よく聞いてほしい!集めたシャドウは大半が爆発と共に近隣へ飛び散った。悪夢を終わらせるには、それらを全て消し去るしかない』

 

私は先ほどの言葉がひっかかって映像から目を逸らして応接間にいる皆の顔を見る。

 

大半が映像に凝視しているが、1人だけ違ったところを見る存在がいた。彼は唇を噛みしめ、まるで親の敵を見るような目で誰かを見ている。私がその視線の先を見ると、その人は映像を見ながら嗤っていた。くだらないジョークを言って笑っている姿とは、一線を隔した恐ろしいと思える姿に私はすぐに目を逸らし映像を見る。

 

映像に映っていた男性が申し訳なさそうに告げる。

 

『全て……僕の責任だ。全てを知っていたのに、成功に目が眩み、結局はご当主に従う道を選んでしまった……』

 

さっき見てしまった彼の嗤う姿の所為で、この映像は都合よく作られた偽物なんじゃないかって気持ちが強くなっちゃったよ。それに、今のフレーズも使い方がおかしいし。

 

『全て、僕の…責任だ…』

 

「……っ!?」

 

今まで話していた科学者の顔が映し出されるとゆかりは口元を手で押さえた。込みだしてくる何かを押し留める様にして。そこで映像が終わり、部屋の照明が灯る。明るさを取り戻した部屋でゆかりが呟いた。

 

「お父さん……」

 

映像に映し出された男性の科学者はゆかりの父親だったようだ。皆の視線がゆかりに集まる。先ほど映像を見ながら嗤っていた彼も心配そうにしながら、ゆかりを見ているが、私には演技をしているようにしか見えず、警戒心ばかりが高まっていく。

 

「お父さんって、……今のひとが?」

 

「…………」

 

風花がゆかりに尋ねるが、彼女は俯いて肩を震わせるだけで何も言わない。

 

「お父様、これは…」

 

美鶴先輩が眉を寄せながら椅子に座るお父さんに話しかける。美鶴先輩のお父さんはゆかりを視界に収めると首を小さく振ってから話し始める。

 

「彼は岳羽詠一郎…当時の主任研究員だ。実に有能な人物だった。その彼を見出して利用し、こんな事件まで追いやってしまったのは、我々グループだ。詠一郎は…桐条に取り殺されたのも同然だ」

 

「ま、まさか……」

 

「つまり…私のお父さんが、やったって事……?影時間も…タルタロスも…たくさんの人が犠牲になったのも…みんな…父さんの所為ってこと?」

 

ゆかりが俯いたまま淡々と胸の内をさらけ出す。それは自身の心を言葉のナイフで傷つけるようで痛々しく見ていられない。

 

「お…おい」

 

「じゃ…色々、隠してたのって、ホントはこれが理由?私に気遣って、隠してたってこと?そういうことなのっ!?」

 

ゆかりは涙目で思いのふちを大声で吐き出す。信じ続けていたものに裏切られたような、絶望を体現したような表情を浮かべている。泣きたいのに泣けない。叫びたいのに叫べない。そんな辛そうな表情を…。

 

「岳羽、そ「待ってください!美鶴先輩もゆかりもおちついて!」っ、湊……」

 

「……。何、湊?可哀想とかやめてよ」

 

ゆかりは押してしまえば倒れてしまいそうな姿で私を見る。引き留めたからにはゆかりの心を助けないといけない。

 

「ゆかりは今の映像を見て、何も思わなかったの?私は思ったよ、何かがおかしいって」

 

「…………」

 

ゆかりは人形のように光を失った瞳で私を見てくる。見て分かる様にゆかりの心は今、自分自身で放った鋭利な言葉によってボロボロに傷ついてしまっている。

 

言葉選びは重要だ。

 

「私がおかしいって思ったのは、言葉の内容じゃない。“言葉を無理やり継ぎ直したような不自然な間があること”だよ」

 

「……え?」

 

ゆかりの瞳に一筋の光が灯る。私はゆかりの正面に立って肩を掴んで、まっすぐ見据える。

 

「ゆかり、まだ決めつけるのは早いよ。私はゆかりが話してくれたお父さんの話をよく覚えているし気持ちも分かる。ゆかり、お父さんのことをもう少し信じ続けてみようよ」

 

「……湊。……うぅ、うわぁあああああああ」

 

ゆかりの心のダムが決壊し、彼女の瞳から大粒の涙があふれ出す。私はゆかりの身体を引きつけると優しく抱きしめ、背中を撫でる。ひっくひっくと嗚咽を漏らす彼女を安心させるように撫で続ける。

 

しばらくして落ちついたゆかりだったが、TPOを考えずにやったため気まずさがハンパない。順平や総司くんは申し訳なさそうにしており、優ちゃんと風花は顔を真っ赤にして私たちを見つめ、美鶴先輩と真田先輩は眉を顰め何かを考える様にしている。

 

ゆかりは私から距離を置くと椅子に座って顔を両手で覆い、身悶える。人生最大の失敗をしてしまったと言わんばかりに、この場所から逃げ出したそうにしている。

 

「話は済んだようだな」

 

「はい。改めて聞きますけれど、桐条総帥。この動画を詳しく調べたことはあるんですか?」

 

「いや、今まで彼の言う言葉の解釈のみを調べさせてきたが、映像自体を調べるということはしていない。本部の方へ連絡を入れ、近いうちに結果を君たちに届けることを約束する。それでいいか?」

 

美鶴先輩のお父さんはゆかりに向けて言葉を紡ぐ。ゆかりはばつが悪そうな表情を浮かべていたが、大きく頷いた。

 

「しっかし、湊っちもやるねー。オレっちなんか全然、気付かなかったぜ」

 

「そうですね。確かに湊ちゃんの言うとおり、言葉を話す時に不自然に言葉を切っていたのでどうしてなんだろうとは思ったんですけれど」

 

順平と風花が思っていたことを話し始めたので、私は“総司くんが幾月さんを睨みつけ、幾月さんは映像を見ながら嗤っていた”ところをぼかすために、以前寮の屋上で総司くんに聞かされたことを話す。

 

「情報と真実。言葉の裏にある真意か……。鳴上総司…くんといったか。君は本当に15歳の少年か?」

 

美鶴先輩のお父さんが言う、その疑問は皆が思っているものだった。言い方が悪くなるけれど、総司くんは落ち着きすぎなのである。下手すれば私たちよりも落ちついているので、たまに実は私たちよりも年上なんじゃないかって思うこともあるし。

 

「みんなしてヒドイし。僕の味方は優だけだ……って、何で優もそっち側なのさ!?理不尽だよ、……うぅ、旅行から戻ったら寮母の仕事をボイコットし―――――――」

 

頬を膨らませていじけ始めた総司くんをどうなだめようかと皆で苦笑いした瞬間、総司くんがいた場所に角ばった棺が現れた。旅行で巌戸台から離れても一度認識してしまった影時間からは逃れられないっていうことか。

 

「おおう……知り合いが象徴化するところ、初めて見たぜ」

 

「いきなりでびっくりしましたね。そっか、総司くんは本当に影時間の適正がないんだ」

 

「えっと、どうしますか?」

 

優ちゃんが象徴化した総司くんの棺桶に触れながら言う。彼女が言うのは勿論、臍を曲げてしまった総司くんの説得方法だ。

 

「物で釣る方が簡単だ。美鶴、鳴上兄と俺たちの会話を聞いていただろう?料理道具は料理人にとって生命線だ」

 

「分かった。今までの分と、これからの分の礼も兼ねて、堺の包丁を用意しよう」

 

「ありがとうございます、美鶴先輩。兄さんも喜ぶと思います。……もしかしたら、気分がよくなって寮に戻った時に『宝石メロン』か『黄金スイカ』を振る舞ってもらえるかもしれないですね」

 

「「なんだとっ!?」」

 

美鶴先輩はいつもの調子だが、もう1人驚きの声を上げた人がいた。美鶴先輩のお父さんである桐条総帥だ。彼は美鶴先輩を呼んで、どういうことなのかを聞き出している。

 

所々、彼らの会話が聞こえてくるけれど、月給が100万単位ってどれだけ総司くんは凄いのだろうか。ふと私はあることを思う。

 

「……学力は問題なし。運動神経も十分。性格は温厚で人付き合いもよくて、家事も完璧。就職先も引く手数多……。あれ、総司くんって結婚相手には超優良物件なんじゃ?」

 

恋人ではなく結婚相手っていうのがミソである。

 

「本気で狙いに云ってみようかな。幸い、優ちゃんの好感度は高い方だし……」

 

私は象徴化した総司くんを労わる優ちゃんを見ながらそう思うのだった。

 



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P3Pin女番長 屋久島旅行ー③

7月21日(火)

 

衝撃的な事実が明かされてから一夜が明けた。

 

ゆかりも幾分か調子を取り戻していたので、今日の日程について話す。私たちは風花が提案した縄文杉を見に行くことにしたことを告げると男性陣、特に順平から不満の声が上がる。

 

「南の島に来たら海に行くもんだろ、フツー!」

 

「昨日も泳いだし、私たちはいいのよ。どうせ、明日もあるんだしね」

 

「クソー!真田サン、俺たちは行きましょう。燦々と降り注ぐ太陽の日差しの下へ!!」

 

そんな魂の叫びを発しながら順平は走り去っていった。真田先輩も海に行くみたいだけど、順平とは意味合いが違いそう。遊びじゃなくて、特訓的な意味でビーチを堪能しそうだ。

 

「そういえば、優ちゃんと総司くんは?」

 

「ああ。鳴上兄妹は白谷雲水峡に行くといって、朝早く出発したらしい。なんでもアニメ映画のモデルとなった森を見るんだと言ってな」

 

昨日も思ったけれど総司くんは本当に思春期の男の子なのだろうか。

 

まぁ、他の女性に見向きもしないっていう点においては安心なのだけれど。それにしても、落ち着きすぎではなかろうか。そんなことを思いながら、私たちは散策の準備を終え、縄文杉を見る為に出発するのだった。

 

 

 

■■■

 

「そこ滑るから気をつけて、優」

 

「うん、ありがと。兄さん」

 

白谷雲水峡は昔、政府により選定された白谷川流域の自然休養林。幻想的な森の雰囲気がとあるアニメ映画のモデルとなったことで知られる。美しい渓流と、何百種類の苔に覆われた深い森をゆっくりと見ながら巡る。湿潤な森の濃密な生命の息吹を感じ、深呼吸すれば私の中に新たなナニカが入ってくるような感覚に身を震わせる。私はそんな風に思いながら、先を行く兄さんの背中を見る。

 

昨夜、皆にからかわれて臍を曲げた兄さんだったが、欲しいといっていた包丁をもらえると聞き、年相応に喜んでいた。兄さんも子供だなぁと思ったのは嘘じゃない。

 

「優。こっちに来てごらん。……あそこ」

 

兄さんが私を呼び寄せた。口の前に指を立てて、静かにする様にジェスチャーをしているので、忍び足で兄さんの近くに行く。すると兄さんはとある一点を指差した。指差された先にいたのは、首のところが青緑色になっている見たことのない鳥だった。私が何の鳥なのかを聞こうとする前に兄さんは説明する。

 

「あれはカラスバトっていってね、国の天然記念物に指定されているんだ。主につがいで行動し、警戒心が強いから、間近で見られるのは奇跡に近いんだ!」

 

「兄さん、声が大きくなってるよ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

私たちはカラスバトを刺激しないようにして、その場から離れる。

 

その後も見かける野生動物たちを兄さんは私に色々と教えてくれる。そして、目的のひとつであったアニメ映画のモデルとなった森で休憩することになった。

 

兄さんが目をキラキラさせて周囲を見るのを眺めながら、私はくすりと笑う。結局、兄さんがこんな風な子供っぽい姿を見せるのは私の前だけだ。普段の兄さんは周りから求められる兄さんを演じているに過ぎない。

 

最近は湊先輩の前だと、その仮面が剥がれかけているっぽいけれど、今しばらくの間は大丈夫だろう。

 

「どうしたの、優。さっきから僕を見て笑っているけれど?」

 

「ううん、何でもないよ。それにしても空気がおいしいね」

 

「マイナスイオンとか、色々と出ているんじゃないかな」

 

そう言った兄さんは水源の方へ近づき、両手で水を掬った。そのまま口をつける。

 

「そういうのって日本じゃないと怖くてできないよね」

 

私もそう言いながら兄さんの隣にしゃがみ込んで手で掬った水を飲む。すっきりしていておいしい。横を見ると兄さんは私にほほ笑みかけていた。

 

「どうする?もう少し、ここにいる?」

 

「うーんと、兄さんはどうす」

 

るの?と聞こうとした私は言葉に詰まる。

 

『ばしゃーん!!』と水しぶきをあげて水源の中にダイブすることになった兄さん。それを目で追った後、私は目を丸くしながら振り向いた。

 

そこにいたのはワンピースを着た金髪で蒼い瞳の女の人。両手を突き出していることから、この人が兄さんを突き飛ばした犯人で間違いがない。文句を言おうと立ち上がった私だったが、その女の人に正面から抱きしめられた。

 

何事なのか分からない私は目を白黒させて慌てたのだが、耳元で聞こえた声に不安が一気に高まる。

 

「あなたは……似ている……。けれど、あなたではありません」

 

そう言った女の人は、水源の中で体勢を立て直して浮きあがろうとしている兄さんの方へ私を押しやった。

 

「ぷはっ!?いったい、何がって優!?『ばしゃーん!!』…………」

 

私の身体は浮き上がってきた兄さんの顔に直撃。おかげで私は下半身だけが濡れるだけにとどまったが、兄さんは私の下敷きとなり衝撃もあってか気絶してしまった。

 

こんな目に合わせた張本人に文句を言おうとしたが、そこにはもう姿はなかった。

 

「……あ、あの女っ!!次、会ったらギッタンギッタンにしてやるー!!」

 

私は兄さんを川から引き摺り出した後、そう雄叫びをあげるのだった。

 

 

■■■

 

私とゆかりと風花と美鶴先輩は4人で縄文杉の観光に向かっていた。一応、観光目的だが。昨日のこともあるのでゆかりの気分転換が目的に近い。美鶴先輩はゆかりとの距離感に四苦八苦しているので、ゆかりと美鶴先輩の間に私か風花が入ることによってその問題を解消している。

 

そんな時、美鶴先輩の携帯に連絡が入る。幾月…さんからのようで、彼女は皆に聞こえる様にスピーカホンに切り替えた。

 

『今、島の研究所にいるんだが……』

 

屋久島にまで桐条は研究所を持っているんだと私は美鶴先輩を見る。

 

『廃棄されて、動かないはずだった機械が、勝手に出て行ってしまったんだ』

 

切羽詰まるような彼の言葉に不安を抱いたゆかりと風花がそれぞれ尋ねる。

 

「機械?」

 

「ええと……どういったものなんですか?シャドウ以外だと、勝手が違うんですけれど」

 

ゆかりの言うとおり、シャドウ関係ならともかく、ペルソナのない私たちは普通の女子高生でしかない。

 

『戦闘車両の一種でね……実は対シャドウ兵器なんだよ』

 

シャドウ絡みであったみたい。それにしても実験の失敗といい、戦闘車両の行方不明といい、桐条の研究は暴走する運命でもあるのだろうか。

 

「対シャドウ兵器で、戦闘車両ってことは要するに戦車ってこと!?そんなのこんなところで暴れられたら、いくらなんでも桐条でもヤバいじゃない!!」

 

「ちょ、みんなに連絡しないと!えーと、携帯……」

 

しかし、携帯は誰にも通じなかった。海で泳いでいるらしい順平と真田先輩、屋久島の森の探索に出かけてしまっている優ちゃんと総司くん。仕方がないので私たちは装備を取りに戻った後、戦車の捜索を行うことにするのだった。

 

そして、装備を整えて戦車の捜索をしていた私たちであったが、現在拉致されました。違うか、私だけがビーチの方からやってきた金髪で蒼い瞳の女の子に拉致された。

 

「目標を視認。本物である確証を得るためには、より精密な調査が必要と判断。調査に適切と思われる場所へ移動を開始する」

 

とか言って、私をお姫様抱っこした女の子は急いでこの場を離れようと走り出す。後方で呆気にとられていた美鶴先輩たちの慌てるような声が聞こえてくる。何が、いったいどうなっているの……。足場の悪い森の中でも、そのスピードは落ちず私を抱く女の子も普通ではないということが窺える。

 

「……ここなら問題ないのであります」

 

森の中腹ほどで、女の子は私を地面に降ろした。ただし、ここまで私を運んできた女の子が私に覆いかぶさり、傍から見れば組み伏せられるような格好で。拘束を解こうにも、梃子でも動かない感じでビクともしない。

 

女の子はそのまま私をくまなく凝視してくる。

 

私は現実逃避して、最近このパターンが多いなぁと諦めの境地に入っていた。

 

「データ照合、適合率99.8%。差異の程度は誤差に含まれると判断。よって本人と断定」

 

「あの……」

 

何を言っているのか理解できないけれど、とりあえずこの状況からは脱したい。しかし、このままでは動けない。どうにかならないかと首を動かすと、走ってきたのか息切れを起こしているゆかりと美鶴先輩の姿が映った。

 

「大丈夫、湊……はぁっ!?何、その状況!?」

 

「…………」

 

笑ってください。状況をうまく飲み込めていないのは一緒ですから、そんな無言で私を見ないで。

 

「今、こっちから声がしたっすよね?」

 

「ああ、しかしこうやって森の中を走るのもいいな」

 

「いや、何の話すか真田サン」

 

逆側から水着姿の順平と真田先輩が来た。そして、私の状況を見ると口を大きく開けて、呆然とした表情を浮かべる。

 

そんな殺伐とした状況でも、女の子は表情ひとつ崩すことなく、告げた。

 

「やっと見つけました。私の大切は、あなたの傍にいることであります」

 

しっかりと私を見据えながら言う女の子の瞳。その色は否応なしに10年前のあの日のことを呼び起こす。黒い死神と、蒼い瞳の女の子のことを。

 

「やれやれ、ここにいたのか。探したよ、アイギス。勝手に出て行っちゃダメだって言っただろう?」

 

硬直した空気を破ったのは、森の奥の方から現れた幾月…さんだった。

 

「理事長!この人のことをご存じなのですか?」

 

「人、かどうかは別にして、知っているよ」

 

真田先輩の問いに、幾月…さんは含みを持たせて答える。そして彼は、ゆかりたちの方を向いて言い放った。

 

「ご苦労様。彼女が対シャドウ用の戦闘兵器、アイギスだよ」

 

メンバー全員の驚きの絶叫が、屋久島の森に響くのだった。

 

 

 

 

桐条の別荘に戻ると毛布にくるまってストーブの前にて温まる総司くんと優ちゃんの2人がいた。確かに暗くなって薄着でいるとちょっと肌寒いけれど、毛布は必要ないだろうと首を傾げていたら優ちゃんがぽつぽつと語り始めた。

 

・兄さんと話をしながら森の中を散歩

 

・おいしい空気と水を堪能していたら、兄さんが突き飛ばされて水の中へダイブ

 

・振り向いたらワンピースを着た金髪の女がいて抱きつかれた

 

・直後、人違いといわれ私も突き飛ばされ水の中へ

 

・浮き上がってきていた兄さんとぶつかり、私は下半身だけが濡れるだけですんだ

 

・ぶつかった兄さんは水の中で気絶。人工呼吸を要する

 

・私たちを突き飛ばした女はすでにいなくなっていて、気を失ったままの兄さんをつれて麓まで辿り着いたのはお昼すぎ

 

・別荘に戻ってきたのはさっきのこと

 

優ちゃんから話される内容を理解した私たちは嫌な汗を掻いていた。時系列的に優ちゃんたちが最初の被害者なのだろう。その後、ビーチで順平たちの自信を粉々に砕き、私を拉致ったと。

 

「次、会うことがあったら、ウシワカマルの刀の錆にしてやる……」

 

召喚器を拭きながら黒い笑みを浮かべ、精神的に暗黒面に堕ちかけている優ちゃんに声をかけ、なんとか正気に戻そうとするが、総司くんが乾いた声で笑っていることに気付いた。

 

「総司、どうかしたのか?」

 

「いや、この手のパターンだと、僕たちを突き飛ばした原因が来るんじゃないかなーと思って……」

 

私と順平以外の全員が息を飲んだ。

 

「優、ゆっくりでいい。召喚器をこちらに渡せ」

 

「これから飯なんだ。刀はいらないだろう、鳴上」

 

美鶴先輩と真田先輩が優ちゃんにそう言いながら詰め寄る。普段とかけ離れた行為をする2人に不信感を抱いたのか、優ちゃんは距離を取りつつ首を振って拒否する。

 

「ゆかり、もし怪我人が出たらお願い……」

 

「いや、まぁ……うん、分かった」

 

丁度、その時扉を開けて入ってくる人影があった。

 

「いやはや、心配をかけてすまなかったね。もう大丈夫だ」

 

そう言う幾月…さんに風花が尋ねる。

 

「あの…戦車を追うという作戦はどうなったんですか?」

 

「あ、それもう完了だから」

 

彼はそう言うと扉の方へ向き直り声をかける。私は咄嗟に順平に目配せをする。

 

最悪、力づくで取り押さえる気持でいかないと拙い!

 

「アイギス、こっちへ来なさい」

 

「はい」

 

予想通り騒動を引き起こした張本人の女の子、アイギスが入ってきた。

 

「あーーーー!!」

 

優ちゃんが羽織っていた毛布を振り払って、持っていた刀の柄を握る。い、いきなりですか!?しかし、優ちゃんが刀を抜くことはなかった。総司くんが彼女の肩に手を置いたからだ。

 

「優。とりあえず、刀は置こう。それに見るからに物理攻撃が通じそうな相手じゃない」

 

「くぅっ……」

 

総司くんに諌められ、唇を噛みしめる優ちゃん。というか総司くんも微妙に怒っている?それってアイギスが機械の乙女じゃなかったら止めてなかったんじゃ?

 

「えっと、何があったのかは知らないけれど、彼女の名はアイギス。見ての通り機械の乙女だ」

 

「……初めまして、アイギスです。シャドウ掃討を目的に活動中です。今日付けで、皆さんと共に活動するであります」

 

そう自己紹介をするアイギスを前にして私たちはこの異様な光景が現実のものであることを、やっと理解していく。まさか人間のように見えるロボットだなんて。

 

「あなた方は鳴上総司さん、優さんですね。今朝は申し訳ありませんでした」

 

「ふんっ」

 

アイギスの謝罪を受ける気はないと言わんばかりにそっぽを向く優ちゃん。これはまた骨が折れそうだ。出会い方が最悪すぎる……片や加害者、片や被害者だ。

 

「10年前、シャドウが暴走した時の保険としてシャドウ兵器というものが計画されてね。アイギスはその中でも最後に作られた1体……そして唯一の生き残りなんだ」

 

「対シャドウ兵器……ということはまさかペルソナを?」

 

「はい、ペルソナ呼称『パラディオン』を扱える仕様であります」

 

「彼女は、10年前の実戦で大怪我を負って、ここの研究所に管理されていたんだ。なぜ今朝になって急に再起動したのか、いまいち、ハッキリしないんだけどね。……まぁ、これから仲良くしてやってくれ」

 

「精神が備わった、対シャドウ兵器。……すごい、すごいです」

 

機械に興味のある風花らしいコメントだ。確かに心のあるロボット、女性型なのは製作者の趣味かな。少なくてもごついおっさん型だったら、近くによるのも嫌だしね。

 

「そういえば、さっき湊に抱きついていたけど、知り合いか何かなの?」

 

「はい、わたしにとって、彼女の傍にいることはとても大切であります」

 

「フム……。人物認識が完全じゃないのかもね」

 

さすがに機械専門の知識は持ち合わせていなけれど、アイギスはちゃんと人物認識は出来ていると思う。

 

「あ、それとも寝ぼけているって事かな?んー、そいつは興味深いぞ……」

 

そう言って笑う幾月…さんから目を逸らし、冷めた目でアイギスを睨む優ちゃんと頬を掻きながら宥める総司くんを見て、何だか違和感が……。

 

「湊、とりあえず食堂に行こう。お腹へっちゃったよ」

 

「あ、うん。2人も行こう」

 

「はい」「……はい」

 

納得がいかないと言わんばかりにアイギスの横を通る時にガンつけて行く優ちゃんは別にいいとして。問題は総司くんだ。彼はアイギスの横を通る際に、小さく何かを呟き優ちゃんの後を追った。

 

彼がアイギスに何を言ったのかを気になり、アイギスに聞くと

 

「?……何も言われていないであります」

 

と答える。

 

 

……あれ?

 



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P3Pin女番長 屋久島旅行ー④

7月22日(水)

 

順平の強い希望により今日は一日海で遊ぶことになった。初日と2日目を皆と別行動をとっていた総司くんと、昨日特別課外活動部に参加することになったアイギスを加え、総勢9名の大所帯である。

 

私が着替えを済ませた後、皆より早くビーチに向かうと順平が1人取り残されているだけで、他2人の姿が無かった。順平の視線の先には沖合に浮かぶブイが浮いており、その手前に2つほど水しぶきが上がっている……まさか。

 

「おおう、湊っち。見ての通り、真田サンと総司は遠泳しに行っちまってるぜ」

 

美鶴先輩に頼んで真田先輩にはくれぐれも遊びだからと言い聞かせたはずだったが、無駄だったか。そう思っていたが、どうやら順平の様子を見る限り違うみたい。

 

「総司の肉体が結構アスリートみたいにがっちりしていて、真田サンが勝負を吹っ掛けたんだよ。それで、より勝負に身が入るようにオレっちが言った訳よ。負けた方がメンバーの誰かを本気で口説くということで」

 

「ほほー、それは面白いことを聞いちゃったなぁ」

 

私は沖合を眺める。2人はブイで折り返して戻ってきているところだ。ちなみにゴールは順平に早くタッチした方が勝ちというルールらしい。

 

「たぶん、真田サンは桐条先輩だけど、総司は湊っちかもな……。あれ、もしかして期待してる?」

 

「そんな罰ゲームみたいなので口説かれても嬉しくありませんよーだ」

 

「またまた~、ホントは嬉しい癖に。白状し「「負けるかー!!」」あべしっ!?」

 

順平の顔に2人分の拳がめり込んだ。彼は2人分の拳を顔面だけで受け止めた所為でその場で一回転半すると、顔面からビーチの砂浜に突き刺さる。これぞリアル犬神家。

 

「ぜーはーぜーはー……どっちの勝ちだ?」

 

「はー…はー…。いいんじゃないですか。……悪は滅びましたよ」

 

全力で遠泳してきたことで息を切らす真田先輩と総司くんは大きく深呼吸して、息を整えると逆さまな順平を見る。頭をビーチに突き刺して絶賛気絶中の順平に、怒り心頭な2人が近づいてくる。

 

「どうします、真田先輩?」

 

「そうだな。調子に乗った罰を与えるとしよう。鳴上兄……いや総司。大小様々なカニを取ってくるぞ。この際、ヤドカリだろうがウミムシだろうが構わん」

 

「りょーかいです」

 

黒い笑みを浮かべた2人は遠泳から戻ってきた時とは比べ物にならないくらいの速さで岩場に向かってダッシュしていく。絶賛気絶中の順平と、黒い笑みを浮かべた2人、そして罰という言葉とカニ。

 

私はこれから順平に訪れる試練の恐ろしさを察し、彼の無事を願い十字を切った。そして、白々しく忘れ物をしたと言い訳し、一度更衣室に戻るため来た道を引き返す。

 

他の皆と合流した頃合いに、順平の断末魔のような切ない叫びが聞こえて来た。

 

「……え、今の声ってもしかして順平?」

 

「まさか、ビーチで何かあったのか!?」

 

ゆかりや美鶴先輩は最低限の荷物だけ持ってビーチへ駆けて行く。風花はおろおろしているだけであったので、声をかけてゆっくり行っても大丈夫と太鼓判を押す。風花は首を傾げていたが、優ちゃんが着替えたのを確認した後で、3人でビーチに行く。

 

「「…………」」

 

『犯人はカニ』と浜辺に書き残した順平の死体が波打ち際に打ち捨てられていた。下手人は見当たらない。ゆかりや美鶴先輩は何と言ったらいいのか分からずに立ち尽くしているだけである。

 

「大丈夫ですよ、順平は自業自得なので。私たちは私たちで楽しみましょう」

 

私はそう言って荷物をビーチパラソルの下に置くと2人の手を引いて海に入る。しばらく私たちだけで遊んでいると総司くんと真田先輩が戻ってきた。その手に氷を持って。

2人に気付き、手に持っている氷の用途を察した美鶴先輩が声をかける。

 

「明彦、鳴上。すまない、伊織が何故こんなことになっているのか、私には理解できていなくてな。その氷を見るからに、伊織は熱中症か?」

 

真田先輩と総司くんは顔を見合わせると、同時に首を横に振った。その様子を見ていた私は、優ちゃんを近くに呼び寄せて沖合を向かせた後、彼女の耳を塞ぐ。

 

「ええっ?湊先輩、なんなんですか!?」

 

「湊ちゃん、えっと何が起こるの?」

 

「風花、ゆかり。武士の情けだよ。せめて見ないであげて」

 

私の言葉に首を傾げたゆかりと風花はこれから起こる惨劇を見に、美鶴先輩がいるところに向かっていく。ごめんね、順平。私は無力だよ……。

 

「「「ちょっ、何を!?」」」

 

女性陣の悲鳴に近い叫びが聞こえた後、順平に残されていた意識を完全に奪い去る一撃(ブフーラ)が彼の大事なところに放たれた。

 

「アッーーーーーー」

 

 

 

 

「酷い目にあったぜ」

 

昼食後、そう言う順平と私はあの惨劇を知らない優ちゃんと一緒にお土産を買いに街に来ていた。勿論、桐条の車に送迎してもらって。

 

「結局、順平の自業自得だったんでしょ。カニはカニでも小型のものだけにしておいてくれた2人に感謝しないと。総司くんだったら、ちょんぎっちゃうくらいのものは簡単に獲れただろうしね」

 

「……おう。今度から人をからかう時は気をつける」

 

順平は一応無事であった半身を見ながら、大きく頷く。優ちゃんは私たちのやり取りに首を傾げてばかりであったが、お土産屋さんの店先に並んだグッズを見ると目を輝かせて突撃していく。ああ、和む。

 

「試食コーナーもあるみたい……。うーん、キーホルダーとお菓子を何個か見繕うかな」

 

「湊っちは誰に渡すんだ?」

 

「んー。テニス部の皆にはお菓子、理緒にはキーホルダー。古本屋の文吉さんと光子さんにもお菓子。委員会の皆にもお菓子でいいかな。沙織にもキーホルダーでしょ。舞子ちゃんにもキーホルダー、べべくんはお菓子の方がいいかも。まぁこのくらいかな」

 

「うへぇ……、オレは友近と宮本含めたクラスメイト分ってところか。狙い目は一番安くて数がいっぱい入っている奴だな」

 

そう言うと順平は店の奥に入っていく。優ちゃんはキーホルダーが掛けられている棚の前から動こうとせずに、手にとって眺めている。私は渡す人のことを思い浮かべながら、選んで行ってカゴに入れる。そして会計をすませようと床に置いていたはずのカゴに手を伸ばすと、そこに目的の物はなかった。代わりに、

 

「これは私が持つであります」

 

アイギスがそこにいた。彼女の姿を視界に入れた優ちゃんがあからさまに顔を逸らすのを見て、私は深々とため息をつく。購入したお土産を桐条の人に預かってもらった後、私たちは街を散策することになったのだが、優ちゃんは1人でずんずんと前に行ってしまう。私は隣にいるアイギスをちらっと見て、今は何もしないほうがいいと判断し、順平に優ちゃんのことを頼む。

 

「ごめん、順平。優ちゃんのことをお願い」

 

「オッケー。出会い方がなー、もう少しマシだったら、こんな風にはならなかっただろうに」

 

そう言い残し順平は優ちゃんの後を追った。私はそれを目で追うと木陰に入って立ち止まる。当然、私の隣にいたアイギスも木陰に入ってくる。

 

「ねぇ、アイギス。昨日のことなんだけれど……」

 

「鳴上優さんたちにしたことであれば、あなたに似た感じがしたので確認がしたかっただけであります。結果違ったため、あのような行動を取ってしまいました」

 

「その行為が悪いことだったっていうのは理解しているんだね」

 

「はい。あの時の私の状態は万全ではありませんでした。人間でいう『焦る』、そのような感じであります」

 

淡々と述べる彼女の姿を見て、私は再度ため息をついた。ペルソナが使え、心のあるロボットといっても人間のように感情がある訳じゃない。今後、私たちと生活していけば得ることが出来るのかもしれないけれど、今はまだ持ち合わせていない。これなら、まだ美鶴先輩とゆかりを仲直りさせる方が楽かも。

 

優ちゃんとアイギスに出来た溝を埋めるには、それ相応のイベントもしくは出来事がないと不可能かもしれない。あの子は結構、好き嫌いが極端だからなぁ。

 

その後、戻ってきた順平たちと合流した私たちは気まずい空気の中、別荘に戻り明日の帰りの準備を行う。色々な事があったけれど、結構楽しめたような気がする。

 

 

 

 

7月23日(木)

 

巌戸台分寮に私たちが帰ってきたのは夕方だった。

 

4時間のフェリーと飛行機の約2時間の移動で私たちはくたくただった。

 

それぞれ荷物を置きに自室に向かう。アイギスにも3階に部屋が与えられ、これから寮で一緒に過ごす訳なる。ベッドに寝転がりながら思うのは、晩ご飯はいったいどうすればいいのだろう。ということだった。仕方ないじゃない!腹が減っては、戦は出来ぬっていうし。

 

私は外行きの服を脱いで、ラフな私服に着替えると1階に降りる。そして、台所を見るとすでに調理に取り掛かっている総司くんの姿があった。彼の手には美鶴先輩が渡すと約束していた真新しい包丁が握られている。

 

鼻歌交じりで手際よく調理を進めて行くが、ひとつ謎がある。

 

確か、旅行に行く前に冷蔵庫の中の冷凍食品以外は平らげてしまったはず。総司くんの家庭菜園も水やりや世話ができないことを考慮してできるだけ収穫できるものはしてしまったはず。つまり、材料はなかったはずなのだ。

 

そう思いながら、台所を覗き込むと発泡スチロールの箱がいくつかあるのに気付く。その箱の蓋を見ると宅急便の紙が貼ったままであったので確認すると、美鶴先輩の別荘から総司くんの名前で巌戸台分寮の総司くん宛てに送られてきたものだと分かった。しかも、ご丁寧に時間指定で。私たちがここに帰り着く時間を考慮して、宅配便を利用するという離れ業をやってのけていたのだ。

 

「どうかしましたか、結城先輩?」

 

「あ、総司くん。えっと……今日の晩ご飯は何かな?」

 

「昨日、僕が釣った屋久島の魚を使った和食料理です。スジアラの煮つけを始めとした色んな物を出すので、晩ご飯を食べる人の点呼をお願いしてもいいですか?」

 

「あははは、アイギスを除く全員が食べると思うけれど、一応行ってくるね」

 

「お願いします。……アイギスさんも一応、服を着せて席に座ってもらうようにしてください。彼女はロボットで食べることはできないだろうけれど、そこにいるだけでも違うと思うので」

 

「……うん、分かった。ありがと、総司くん」

 

「いえ、何のことはありませんよ」

 

総司くんはそう言うと鍋を取り出してお湯を沸かす。私は台所から離れると階段を上がっていく。

 

台所から聞こえるリズム良い包丁の音を聞きながら、いつもの生活の場に戻ってきたのだと実感するのだった。

 



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P3Pin女番長 7月ー⑥

7月24日(金)

 

「朝です!起きて頂きたいであります」

 

屋久島旅行から帰ってきた翌日の朝。起きたら枕元にアイギスが立っていた。あれ、私はちゃんと鍵はして寝たつもりだったけれど、開いていたかな。私が寝惚け瞼をこすりながらそんなことを考えているとアイギスは小さく頷いた。

 

「無事に起床しましたね。任務完了であります」

 

「……えっと、目覚まし鳴った?」

 

「いえ、目覚ましは起動前です」

 

私は机の上に置いてある目覚ましを取ってアラームのスイッチをoffにするとアイギスに向きなった。彼女の後ろにある鏡には物の見事に跳ねてしまっている私の髪が映り込んでいる。

 

「5分前行動!……と標語が貼ってありましたので、5分前に起こしてみました」

 

そんなものどこに貼ってあったっけと、起きぬけであまり起動していない頭をフル回転させる。すると、遅刻を頻回にする順平に頭に角を生やした美鶴先輩が「5分前に行動するように心掛けろ!」って注意してコルクボードを叩いていた気がする。その後、習字道具を持ってきた総司くんが「5分前行動!」って筆で書いて貼っていたと思う。無駄に達筆だったので覚えている。

 

アイギスに視線を向けると相変わらず無機質な瞳と表情を浮かべている。ペルソナを扱えるということは心があると思うのだけれど、コミュを築くにはもう少し人間性が必要になると思われる。そんなことを私が考えていると、不意に扉がノックされ、少し困っているようなゆかりの声が聞こえてくる。

 

「ごめん、起きてる?実は“あの子”がどこ探してもいなくて、ちょっと手伝って欲しいんだけど……。屋久島の時みたいに、勝手に出てったかもしれなくて……」

 

彼女の言葉から心配するような気持があることが察せられる。しかし、それはアイギスに向けられたものではなく、彼女が暴走することによって被ることになる自分たちのことを考えてのもの。そんな感じがする。

 

「わたしの名前は“アノコ”ではありません。アイギスなら、ここにおります」

 

「え……?アイギス!?あなた、いつの間に」

 

ドアを開けて入ってきたゆかりはベッドに身を起こした状態の私とその傍らに立つアイギスを交互に見た後、アイギスに質問する。アイギスはゆかりの質問に淡々と答える。

 

「この方は就寝中でした。ドアの開錠には2分かかりました」

 

「モロ“不法侵入”じゃん!」

 

ゆかりのツッコミがビシッと決まる。私は思わず拍手をするがスルーされる。ゆかりはアイギスの正面に立って注意している。

 

「夜は部屋に大人しくいてって言ったでしょ!?総司くんが作戦室に“1人”でいるのは寂しいだろうからって、無理やり部屋を用意したんだから」

 

「いや、部屋の掃除と準備も全部総司くんがしたんだけど……」

 

「湊は黙ってて」

 

ぴしゃりとゆかりに言われた私はしょぼんと縮こまり、ベッドから降りる。ゆかりは再度、アイギスに注意を再開させたが、アイギスは私の傍にいると言って意見を変えない。ゆかりは何とかアイギスを説得しようと踏ん張るが、とりあえず……。

 

「私は着替えてもいいかな?」

 

「一応、湊の問題でもあるんだよ……」

 

ゆかりは疲れたように肩をすくめる。打って変わってアイギスはハンガーにかけてあった私の制服を回収し手渡してくれる。

 

「ありがと、アイギス」

 

「問題ないであります。……なるほど、皆さん本来は朝になると“学校”へ行く訳ですね。なるほどなー……」

 

ゆかりは目を伏せたまま首を小さく横に振ると「あと、任せた」と言い残し部屋から出て行った。残される私とアイギスだったが、やんわりと退室を願うと彼女は頷き外へ出る。

 

「せっかく早起きしたんだから、いつもよりも早めに学校に行こう。アイギスのことは帰ってから、美鶴先輩たちも交えて話し合えばいいし」

 

私は寝巻きのTシャツを脱いで、朝の心地よい空気にその肌を晒すのだった。

 

 

 

教室につくと実にクラスメイトの半分が顔を手で覆っていた。何事かを仲の良い女子に聞くと、期末テストの結果が貼りだされることを恐れてのことらしい。屋久島旅行で買ってきたお土産を渡さなきゃと、そればかり考えていてすっかり発表があることを忘れていた。

 

ま、朝からこんなお通夜ムードなのは勘弁して欲しいので、お土産袋から順平とゆかりと私の3人でお金を出し合って買ったお菓子を持って教卓の所に立つ。数人は私に注目しているがまだだ。

 

私は黒板を右手でバンッと叩いて、注目度をさらに上げる。そして声を張り上げた。

 

「月光館学園のアイドル、岳羽ゆかりが選んだお菓子が食べたい人、この指とーまれ♪」

 

「なにやっとるかー!!」

 

私がそんなお茶目な行動を取った瞬間、ダッシュで教室に入ってきたゆかりが怒りの形相で詰め寄ってきたのだが、

 

「岳羽さーん、俺たちに御慈悲を~」

 

「お菓子、お菓子ちょうだい」

 

「美少女が選んだお菓子……イケル!」

 

言った私ではなく、入ってきたゆかりに殺到するクラスメイト。その人波に飲まれ身動きが出来なくなったゆかり。ちっ、これが『校内のアイドル』と『人とは違う』の魅力の差か。まだまだ自分を磨かないと。私はそんなことを考えつつ、開封したお菓子を教卓の上に置くと自分の席に戻る。

 

教室の後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえるけれど、もうじきホームルームが始まるので優等生な私は席について待つのだ。(`・ω・)キリッ

 

「みーなーとー!!」

 

聞こえないったら聞こえないよー。

 

 

 

 

放課後、校内にいる友達にお土産を配り終えた私は軽い足取りで古本屋本の虫に来ていた。お茶を出してくれる光子お婆ちゃんと一緒に屋久島土産を食べつつ、文吉お爺ちゃんの話を聞いて盛り上がっていると、お店にお客さんが入ってきた。私は光子お婆ちゃんと一緒に店の奥にいるので文吉お爺ちゃんが対応している。

 

「おお、ソウちゃんじゃないか。元気にしておったかの、ほれクリームパンをあげよう」

 

「ありがとうございます。あ、先日旅行に行った時のお土産なんですけれど、たぶんお菓子なんかだと先輩と被っちゃうんで、体験教室で削って作った木彫りのマスコットです。光子ばあちゃんにもどうぞ」

 

「ありがとうな……ソウちゃん。そういえば、以前言っておった漢シリーズを仕入れておいたがどうする」

 

「あ、全部いただきます。いくらですか?」

 

「全部中古品じゃからな、1冊100円じゃ」

 

「じゃあ、500円。いつもお世話になります、文吉じいちゃん」

 

「ほっほっほ、気にせんでええよ。ありがとうな……で、このマスコットはなんじゃ?」

 

「ジャックフロストとジャックランタンです!」

 

『がくっ……』と私は思わず体勢を崩した。そしてすぐに立ちあがって店内に向かうもソウちゃんと呼ばれたお客さんはすでに出て行った後だった。にこにことほほ笑んでいる文吉お爺ちゃんの手には“見慣れた”ものが握られていた。

 

「湊ちゃん、婆さんや見てくれ。ソウちゃんが手作りしてくれたキーホルダーじゃ。どこに飾ろうかのう」

 

「あらあら、可愛らしいではありませんか。レジの横においてここにくるお客さんにも見てもらいましょう。お爺さん」

 

「婆さん、それは名案じゃ」

 

文吉お爺ちゃんと光子お婆ちゃんは嬉しそうに協力してレジの横にスペースを作り、ジャックフロストとジャックランタンのキーホルダーを並べて置く。それはさながら漫才をする“ジャックブラザーズ”を見ているようで頭痛が……。

 

私はその後、2人に別れを告げ巌戸台分寮に向かって歩き始めたのだが、今度は優ちゃんを見かける。優ちゃんもお土産の袋を持っており、誰かを待っている様子だ。まさか逢引き?

 

私は身を隠すと優ちゃんの様子を見る。するとしばらくして、青色のジャージを着た肌黒の男が優ちゃんに声をかけた。優ちゃんも知らない仲ではないみたいで話が盛り上がっている。

 

「あいつは亞都羅栖学園の早瀬だな。剣道で全国大会の常連者だ。女子中学生とはいえ、ここら辺の大会を総なめにしている鳴上妹と知り合いでもおかしくはないな」

 

「そうなんですか……って、真田先輩。いつからそこに?」

 

「久しぶりに海牛の牛丼が食いたくなってな。食い終えて出てきたらお前が垣根に隠れて何かやっているのが見えた。まさか後輩を覗き見しているとは思わなかったが」

 

真田先輩はそう言って立ち上がると優ちゃんとその早瀬って人が話している現場に行く。私も慌てて後を追い、優ちゃんに変な誤解を与えずに済んだ。

 

真田先輩が言っていたように早瀬さんは剣道の全国大会の常連者であるが、母子家庭で苦労しているとのこと。自分が好きなことを続けるために、大会で成績を残すことばかりに目が行って、部活では孤立してしまっていたという話を聞いた。過去形なのは、優ちゃんと過ごすことで意識の変化が現れ、今では部活の仲間たちと一緒に団体戦で全国を獲ろうと頑張っているらしい。そのこともあって、優ちゃんが早瀬さんに渡すお土産は皆で食べられるようにたくさん入ったお菓子であった。早瀬さんは優ちゃんに礼を言うとお土産を片手に走り去っていく。

 

もしも優ちゃんが私と同じワイルドの力を持っていたら、今のでコミュレベルマックスになったんだろうなと思える青春の1ページを見た気がした。

 

 

 

7月24日(金) 深夜 タルタロスエントランス

 

「……えっと、確認してもいいかな?」

 

白河通りの作戦以降、挑んでいなかったタルタロスへ新しく参入したアイギスも連れて訪れたのだが、困った事態に遭遇している。

 

まずエントランスに踏み入れた瞬間、順平と真田先輩が同時に距離を取った。2人に何故離れたのかを尋ねると、無意識だという。風花の話によれば、彼らの記憶は優ちゃんの手刀によって一時的に封じられているだけで、何がきっかけで思い出すか分からないとのこと。今後のことを考えると今の内にさっさとばらしてしまった方がいい気がする。が、今日は保留。

 

次にゆかりと美鶴先輩。彼女たちは何も言わず、お互いに見もせずに自然と離れた位置に佇んでいる。ゆかりは美鶴先輩を弾劾したけれど屋久島で見せられた映像によって自分が行った行為に対し負い目を感じている。美鶴先輩はゆかりに対し事情を隠し戦わせていた過去がある。映像のことは美鶴先輩も知らなかったようだけれど、自身に悪意が向くように仕向けてきただけあって、人の気持ちを知り言葉をかけるっていう経験が少ないのか、もうしばらくこのギクシャクした感じは続くだろう。

 

で、最後の問題はアイギスと優ちゃんだ。出会い方さえもう少しマシだったら、こんなことにはならなかった関係である。苦手とか嫌いとかそんなレベルではなく、もはや優ちゃんのアイギスに対する行動は無関心だ。『好きの反対は嫌いではなく、無関心』という言葉聞いたことがあるけれど、ここまでなの……。

 

 

メンバーの関係も考慮した結果、

 

チーム年上:美鶴先輩(斬・氷)・真田先輩(打・電)・アイギス(貫・物)

 

チーム年下:ゆかり(貫・風)・順平(斬・火)・優ちゃん(斬・物)

 

の2チームに私が加わることで探索に行くことになった。

 

私がいないチームでも探索出来ないわけではないが、複数のシャドウが出た時に弱点がつけないとどうしても倒すまで時間が要することになり、更なる危険を呼び込むことになるかもしれない。安全だと思えるまで調べつくした階層ならいいけれど、今から進むのは未知の領域だ。安全を考慮して、1チームずつ挑むことにする。

 

「湊ちゃん、大丈夫?」

 

風花が心配して声をかけてくれるが、彼らの関係の問題は彼らが解決しないと意味がない。かといって仲たがいしている状態で戦いとなると危険だから、関係の再構築はタルタロス以外の場所でって事になるけれど、どうしたものかな……。

 

「ところで風花。その資料は何?」

 

「総司くんがくれたタルタロス攻略本です。法王と恋愛のシャドウが現れる前まで登れることが出来たところまでの階層はこれで完璧です。白紙ももらってきたので、ここに残った人たちに協力してもらって得ることが出来た情報は書き起こそうと思います」

 

「で、清書は総司くんにしてもらうってことか……」

 

風花は頷く。確かに総司くんは綺麗にきっちりとまとめるから見やすいものね。

 

私は振り向くと準備万端と言いたげな真田先輩たちのグループを見て、アイギスがどんな動きをするのかみたいと適当な言葉を告げ、年上チームと共にトランスポーターを使い階層を上がる。

 

「さ、気を引き締めていきましょう」

 

私は武器である薙刀を握りしめて、一歩前へ踏み出した。

 



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P3Pin女番長 7月ー⑦

7月25日(土)

 

終業式の後、兄さんと一緒に買い物を済ませ寮に帰宅すると、ラウンジにてコルクボードに貼られている掲示物を眺めていた彼女が私たちに気付いて話しかけてきた。私はそれを無視して、自分の部屋に向かおうとしたが、

 

「まあまあ、優。紅茶でも淹れるから座りなよ」

 

兄さんに首根っこ掴まれ椅子に無理やり座らされる。そして、私の向かいの席には兄さんに手引きされ誘導された彼女が座らされる。

 

「こんにちは」

 

「…………(ぷい)」

 

彼女から話しかけてくるが私はそっぽを向く。何が悲しくて、彼女と向き合わなければいけないのか。彼女だって、こっちが無視するんだから無視し返せばいいのに。

 

「優、僕が死にかけたことを気にしているのは分かっているからさ。とりあえず落ち着こうよ。そりゃあ、僕だって人命救助もせずに結城先輩を探しに行ったアイギスさんに思うところがない訳じゃないけれど、優にとっては背中を預ける仲間なんでしょ」

 

「…………(ぷう)」

 

私はそっぽを向いたまま頬を膨らませる。当事者である兄さんがそんなだから、代わりに私が怒っているんじゃない。普通、兄さんが拒絶するところじゃないの?

 

「はぁ……。アイギスさん、改めて自己紹介をするね。僕は鳴上総司、そっちで頬を膨らませているのが双子の妹の優。僕は影時間の適正がないので、食事を作ったり寮内の掃除をしたりして特別課外活動部の皆さんを支えているよ」

 

「はい。幾月さんよりその旨を聞いているであります」

 

「うん。趣味は釣りと本を集めて読書するのと料理と家庭菜園だね。ここの寮母になる時に桐条先輩に許可をもらって屋上を家庭菜園に使わせてもらっているよ。昼間することがないなら、アイギスさんにも手伝ってもらいたいな」

 

兄さんはころころと笑いながら彼女と話をしている。彼女は兄さんの話を聞き、小さく頷いたり、首を傾げたりしている。

 

「手伝いとは一体どんなことでしょうか?」

 

「簡単にいえば、水撒きと間引きだね。今年の夏は暑くなりそうだし、こまめに水を上げなきゃいけないんだ。まぁ、家庭菜園自体が僕の我侭でやらせてもらっていることだから、文句は言えないんだけれど……」

 

「……文句、でありますか?」

 

「うん。結構手間暇かけないと美味しくならないんだけれど、1人でするのも限界があってね。いくつか枯らせちゃったのもあるんだよ」

 

「なるほどなー……」

 

私は兄さんの今の言葉を聞いて、暗に「私たちは食べるばっかりで手伝わない」と言われた気がした。兄さんの様子をちらっと覗き見るがいつも通りにこやかな笑みを浮かべているだけで、怒っているようには見えない。けれど、言葉の端々に棘を感じる。

 

「アイギスさんは物を食べることは出来なくても、“水”は飲めるんですよね?」

 

「はい。飲用水であれば飲むことが可能です」

 

「なら、先輩たちがデザートを食べる時に、コーヒーや紅茶も一緒に出すんだけれど、その時にアイギスさんの分も出していいね?」

 

「……私には必要ありませんが?」

 

兄さんはアイギスさんの問いに首を横に振る。そして、優しく子供に諭すように話す。

 

「それじゃあ、駄目なんだ。確かに食べる機能はないのかもしれないけれど、一緒にその時間を過ごすっていうのはとても大切なことなんだよ。今は先輩たちの食べる姿や話す姿を見ているだけでもいい。後々はアイギスさんも先輩たちの輪に入って自己主張していってもらえたらいいなとは思うけれど」

 

「……総司さんの話は難しいであります」

 

「そうかな……。でも結城先輩の真後ろに立っているよりも目線を同じにして話を聞いている方がきっと楽しいよ」

 

「楽しい……」

 

“アイギス”は会ってから今までに見たことがないくらい困惑した表情を浮かべ悩むように俯いた。すると今までアイギスを見ていた兄さんと視線が合った。兄さんは小さく口を動かす。ア・ト・ハ・オ・ネ・ガ・イ……あとはお願い!?

 

「それじゃあ、僕は昼ご飯を作らないといけないから、台所に行くよ。アイギスさんは優と話をしていて。あとでどんな話をしたのか聞くからね」

 

そうアイギスさんに向けて言った兄さんは私に向かってウィンクした後で台所に向かう。今日は湊先輩のリクエストで豚肉を使った料理を頼まれている兄さん。何でも昨日のタルタロスの探索で『気疲れ』したって湊先輩が朝からタレていたらしく、彼女の好物を使ったデザートを作って励ます予定らしい。

 

「……あの」

 

「…………」

 

話しかけ辛そうにアイギスが私に声をかけてくる。あんな態度を取り続けてきた私に、まっすぐな視線を向けてくる。

 

私がアイギスと仲良くするのが嫌だったのは、水の中で気絶したことによって大量の水を飲み、人工呼吸と心臓マッサージが必要なくらいの事態に陥った兄さんを放って自分の大切な人である湊先輩を探しに行ってしまった彼女といるのが苦痛だったから。

 

今でもアイギスにとっての重要度は『湊先輩>その他』なんだろうけれど。いや、私が積極的にアイギスに関わらなかったら、いつまで経っても『湊先輩=兄さん=私>その他』にはならないんだろう。

 

「…………。鳴上優、兄さんの双子の妹。武器は刀で、ペルソナはウシワカマル」

 

「あっ……。アイギスであります。桐条エルゴノミクス研究所製対シャドウ特別制圧兵装シリーズNO.Ⅶ。ペルソナはパラディオン。2000年2月に完成し、同9月10日初起動しました」

 

「……初起動?つまり誕生日は9月10日ってこと?」

 

「人のいう誕生日と違う気がするでありますが、そうであります」

 

アイギスと正面から話をして分かったのは、彼女は感情のない機械ではないということ。ペルソナが使える時点で心はあるっていうことは分かっていたはずなのにね。こうやって私と他愛ない話をしている間も、ちょいちょい笑ったり困った表情を浮かべたりしている。ほんと、出会い方があんなじゃなければ、最初から仲良くなれたのになー。

 

「お、アイギスと優ちゃんじゃん。こうやって会話が出来ているということは、仲直りしたってことか?」

 

「伊織先輩」

 

振り向くと荷物をたくさん抱えた伊織先輩と、澄まし顔の真田先輩の姿があった。2人は台所で昼ご飯の用意をしている兄さんを見た後、荷物をラウンジのソファに置くと私たちの近くに寄ってきた。

 

「いやー良かった。ああいったドロドロというかギスギスというか雰囲気、オレっち苦手なんだよね」

 

「そうだな。下手につつくと何が返ってくるか分からないからな」

 

真田先輩はそういった経験があるのか、腕を組んで苦虫を噛んだような表情をしている。問題は伊織先輩だ。彼はアイギスに私とどんな話をしたのかを聞いている。アイギスは素直だから、そっくりそのまま話をしてしまう。

 

「うーん、素気ないじゃん優ちゃん。ここは面白くいかなきゃな。例えば……『私、兄さんに添い寝してもらわないと眠れないの』とかな」

 

『ぷちっ(怒)』

 

私の中で何かが切れる音がした……。

 

 

 

■■■

 

終業式後、同じテニス部の理緒から他校との練習試合のことを聞かされ、来週は1週間特訓して備えることになった。ただでさえメンバー内の不協和音で頭が痛いのに。

 

昨日のタルタロスの探索も散々だった。まずブランクが長すぎて、戦いの勘を取り戻すまで時間が掛ったこと。次に敵シャドウの強さに戸惑った。弱点がないものもいれば、反射属性を持っている厄介なシャドウもいて中々骨が折れることになった。一応、番人がいる72Fまで行ったので試しに戦ったのだが、プロレスラーみたいな番人シャドウ強すぎ。体力が低いゆかりなんかは一撃でノックアウトだったし。それも3体同時とか鬼か。

何にしてもレベル上げは必須だし、ペルソナも強いのを合成しないといけないし、メンバー内の関係も修復しないといけないし、部活の特訓と練習試合もしないといけないし、やること多すぎて泣きそうだ。

 

幸い今日は、総司くんが私のリクエストを全部聞いてくれるので、お昼は冷しゃぶ。晩ご飯はすき焼きである。疲れている時はやっぱりお肉を食べなきゃだよね♪

 

私は気分を入れ替えて、寮の扉を開いた。

 

「たっだいまー……って、何?このカオス」

 

寮の扉を開けて中に入るとまず目に飛び込んできたのは壁に向かって延々とパンチを打ち付ける真田先輩と、床に手を付き慟哭を上げる順平の姿。優ちゃんは何故か、あれほど嫌っていたはずのアイギスの胸に顔を埋めて泣いているし、アイギスは困惑して頭から湯気が出ている。そんな環境下においても涼しい顔で着々と昼食の料理の準備をする総司くんが異常に見えてならない。

 

「どうしたの、湊?って、うわぁっ!?」

 

「あわわ、どうしたんですか!?真田先輩、順平くん!?」

 

丁度帰ってきたゆかりと風花も現状を見て驚きの声を上げる。誰か、この状況を説明して……。

 

 

 

 

夕方、以前に幾月…さんから説明を受けていた小学生の天田くんがやってきた。夏休みの間は、ここで過ごすことになる。この寮には総司くんがいるので、育ち盛りの天田くんにも満足してもらえるだろう。

 

2階に用意された部屋に荷物をおいた天田くんは早速、総司くんの隣に行って晩ご飯の用意の手伝いをしている。ちなみに今日は風花も一緒だ。ラウンジで過ごす皆は不安なのか、ちらっちらっと台所を見ている。私もゆかりと並んでテレビを見ているが、内容はまったく入ってこない。

 

「総司くん、何かあったの?」

 

「分からないよ。でも晩ご飯は私のリクエスト通りだから、材料を切るだけのはずなんだよね」

 

「何をリクエストしたの?」

 

「すき焼き」

 

「さすがに割り下は総司くんが作るだろうし、材料を切るだけなら風花も大丈夫……なのかなぁ?」

 

思い返すのは総司くんが寮母になるきっかけを作ったバイオテロ。白い灰となった真田先輩、陸に上がった魚のようにビクンビクンと跳ねる優ちゃん、泡を吹いて気絶する順平。思い出すだけで鳥肌が立つ。

 

すると天田くんが私たちの前にやってきた。

 

「ゆかりさん、総司さんからの質問なんですが。フルーツは何がお好きですか?」

 

「え?……フルーツ。うーんと、イチゴかな」

 

「分かりました。ありがとうございます。えっと、桐条さん。質問なんですけど……」

 

え、私には聞いてくれないの?そんな風に思いつつ、天田くんを目で負っていると私の視線に気付いた彼は言う。

 

「湊さんはバナナでいいんですよね?」

 

「あれ?私、言ったっけ?」

 

「総司さんが知っていましたけど。風花さんからそういった話を聞いたって。『晩ご飯の後のデザート楽しみにしていてください』だそうです」

 

天田くんはそう言うと質問の結果を報告しに総司くんの元へ。総司くんは天田くんにお礼を言うと、小さな包丁を持たせて何かを切るようにお願いしている。私たちは危ないんじゃないかと心配したが、総司くんは天田くんの隣に立って丁寧に包丁の扱い方や切り方をレクチャーしている。

 

「天田くんって、子供扱いされるのが嫌みたいですよ。だから、兄さんのあの接し方が一番いいんじゃないですかね」

 

「あれ、もう大丈夫なの。優ちゃん」

 

「はい……ご心配おかけしました。そして、先輩たちを再起不能にしてごめんなさい」

 

「いや、もう仕方ないんじゃないの。順平がまた余計な事を言ったんでしょ。大丈夫、私たちは優ちゃんの味方だから」

 

ゆかりがそう慰めると消え入りそうな声で「ありがとうございます」と言った優ちゃんが、今度はゆかりに抱きついた。そして胸に顔を埋めてぐりぐりと動かす。

 

「なっ、ちょっ、ストーップ!!」

 

顔を真っ赤にしてゆかりが制止をかけるが優ちゃんはぐりぐりするのをやめない。完全に精神が不安定になっているじゃない。順平、あんた優ちゃんに何を言ったのよー。

 

「ほほー……。何か悲しいことがあったら、ああやって慰めてもらうんですね。なるほどなー……」

 

「そこっ!変なことを学習しないっ!って、優ちゃん、もうやめてぇ……」

 

最近、優ちゃんがマズイ方向に目覚めて行っている気がしてならないのはなんでだろう。やはり、今月初めのあの戦いが原因か。何か、いい方法はなかろうか。

 

「総司くんの所で添い寝をさせたら、ブラコン率が上昇して、私たちが慰めたら百合化が進む。かといって、順平や真田先輩に任せる訳にもいかないし。どうすればいいんだろう」

 

私はゆかりの表情が蕩ける前に優ちゃんを引き離し、美鶴先輩に押しつける。新聞を読んでいた美鶴先輩は突然の優ちゃん襲来に何事なのか困惑し、隙を見せ、優ちゃんに難なく抱きつかれた。艶っぽい声が聞こえてくるがこの際、置いておく。

 

順平たちの心の傷の修復もそうだが、優ちゃんの精神安定化も何か考えないとマズイ。そんなことを考える私とゆかりであったが、

 

「ん?」

 

「どうしたの、ゆかり?」

 

ゆかりの視線の先では総司くんたちが揉めていた。頭を抱える総司くんに、困惑する風花。事情が分からない天田くんが右往左往している。いったい、何が起きたの?

 

 

 

 

夕食を食べ終えた私たちは総司くんに促され、作戦室に集められた。

 

そして、机の上に置かれたフルーツ大福を前にしてテンションが上がる女性陣に反比例して、げんなりとした表情を浮かべる総司くん。

 

総司くんが用意した大福は1人2個ずつ食べると計算して作られた18個。

 

「えっと、1・2・3……20個あるけど?」

 

数をかぞえたゆかりが総司くんに尋ねると、彼はすっと風花を指差した。風花は可愛く『てへっ』と小さく舌を出していて……じゃなくて、まさか!?

 

「18個は僕が作って天田くんが包んだフルーツ大福で、残り2個は山岸先輩が作った中身が謎な大福です」

 

「これってもしかしてロシアン大福ってこと!?」

 

それを知った面々は先月の事件のことを思い出し、作戦室から去ろうと立ち上がろうとしたが、風花が泣きそうな顔を浮かべたため、順平と真田先輩は椅子に座りなおした。

 

「ちなみに中に入れた果物は全部希少価値が高いものばかりなんです。宝石メロン、黄金スイカ、ルビーストロベリー、サファイヤマンゴー……」

 

「アイギス、鍵を閉めろ!岳羽、湊、優、座るんだ。食べるぞ!」

 

「「「な、なにぃ!?」」」

 

美鶴先輩のまさかの裏切りに遭う私たち。非難の目を向けようとした私たちであったが、彼女の真剣な眼差しを見て思った。総司くんが自ら希少価値が高いと言った以上、美鶴先輩クラスの家でも滅多に食べられないものなのだと。ここで食べる機会を逃したらきっと後悔する代物なのだろうと。

 

「ち、ちなみにどういう順番で食べるつもりなの?」

 

「天田くんもいることですし、親睦も深める意味合いでババ抜きをしようと思います。一抜けした人から順に食べるということで」

 

総司くんは用意しておいたトランプをシャッフルする。ゆかりはちょっと考えた後、とあることに気付き告げる。

 

「それって、本当に順番決めるだけなんじゃ」

 

20個というのは、負けた人が罰ゲームで食べるような数ではない。むしろ20分の18は当りだし。

 

「そして、特別ルールです。アイギスさんが上がると彼女が選んだ物を指定された人が食べないといけません」

 

その新ルールを総司くんが告げた瞬間、皆の視線が私に集まった。やばい、アイギスはきっと私に食べる様に告げてくるに違いない。うまく行けば絶品フルーツ大福4個だが、その分リスクは大きい。

 

「では時間も押しているのでさっさと行きましょう」

 

そうやってカードが配られる。10人なので1人あたり5枚か6枚からのスタートだ。

私は運よく?ペアがひとつできてスタートは3枚だ。

 

「あ、じょ……ごほん」

 

総司くんがカードを確認する中で重要な情報を漏らした。

 

ちなみに席順だが、

 

■美■

真□総

順□天

優□風

ゆ□ア

■湊■

 

こんな感じで、私はアイギスからカードを引いて、ゆかりに引かれることになる。

 

総司くんがジョーカーを持っているという情報を得たので、彼の所から回ってくるのは3人を経由しないといけない。

 

とはいっても、これは早く上がればいいものでもないし、最後まで残るのもなんか癪だし。匙加減が難しい……。

 

「あなたの番です。引いてくださいであります」

 

私の前にカードが1枚ある。……って、嘘っ!?

 

「アイギス、もう上がりなんだ。……ご愁傷さま、湊」

 

隣に座るゆかりから慰めの言葉がかけられる。泣く泣く私はアイギスの一枚を引いて、備える。すると小さく『キュイーン』という音が聞こえ、アイギスのアイカメラが動いているのが分かる。

 

「わたしは、これを選ぶであります。そして、順平さんにあげるであります」

 

「……って、オレぇええええええ!?」

 

アイギスはお皿の中央付近にある大福をおもむろに掴むと立ち上がり、順平の傍に行く。そして、選んだ大福を順平の口に思い切りねじ込んだ。

 

「…………(モグモグ)」

 

バタン     ガタガタガタガタ     …………

 

順平は豪快に顔から倒れ、小刻みに震えた後、その動きを止めた。

 

「順平、しっかりしろー!!」

 

隣に座っていた真田先輩が必死に抱き起こそうとするも、彼はとある理由から動くことが出来ず。そのまま順平が動かなくなるのを見守るだけだった。

 

「残りは1個だな」

 

美鶴先輩は虎視眈々とフルーツ大福を見定めている。この人、ぶれないな。そして、もう1人、総司くんは順平のカードをシャッフルして真田先輩から時計回りに5人にカードを分配する。それによって美鶴先輩と天田くん、風花のカード所持数が減る。

 

「湊、引いていい?」

 

私はシャッフルした後、扇状にカードを持ち引くのを待った。そして、ゲームが進み……。

 

 

 

ジョーカーを持つ私と真田先輩の一騎打ちになっていた。そして、私の数字のカードが引き抜かれドベは私に決定。

 

真田先輩は勝利の余韻に浸りながら手を伸ばす。

 

「あ、真田先輩」

 

「ん、どうした総司?」

 

その時、アイギスが動いた。皿を回し真田先輩が取ろうとしていた大福を入れ替える。それを目撃した他の皆は思わず口を押さえた。

 

「就寝前のプロテインドリンク、冷蔵庫の中に用意してありますので」

 

「ふ、いつもすまんな。さて男は度胸、俺が選ぶのはこれだ!…………(もぐもぐ)」

 

バタン    ガシャンガシャン    ガタガタガタガタ   …………

 

ボクシング部主将にして16試合無敗の王者は、風花のポイズンクッキングの前にあえなく敗北した。というか!

 

「「「初めからこの2人に食べさせるつもりだったのなら、最初からそう言ってよ!!」」」

 

「え、そんな先輩方。白々しいこと言わないで下さいよ。優を泣かせた奴を僕が許す訳ないじゃないですか」

 

清々しいほどの笑みを浮かべた総司くんが魔王に見えたのは、私だけではなかったはず。私たちは男2人を犠牲にして、おいしいフルーツ大福にありつくことが出来た。

 

 

 

 

翌日、2人は嫌な記憶を完全に抹消できていて、ぎくしゃくしていた2グループの問題はこうして解決したのだった。

 



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P3Pin女番長 7月ー⑧

7月29日(水)

 

部活のテニス部の特訓は予想していたよりもハードだった。顧問は滅多にこないからいいのだけれど、2年生ながら主将を務めている理緒の“やる気スイッチ”が常時ON状態で、熱血属性になってしまっている。これには堪らず私以外からの部員からもブーイングが出たが、今の彼女には火に油だった。おかげでいつもの練習の3倍メニューをこなす羽目に。

 

寮に帰ってきた私はそのままラウンジのソファにダイブ。靴を脱ぎ捨て、楽な姿勢になろうとソファの上でもぞもぞ動く。すると冷蔵庫を閉める音が聞こえ、私に近づいてくる影があった。

 

「おかえりなさい。総司さんからあなたが帰ってきたら渡すように言われていた疲労回復ドリンク牛乳バージョンです」

 

「ありがとー、アイギス。いただきます」

 

机に置かれたコップを手に取り、ごくごくと喉を鳴らして飲む。冷たい上にはちみつの甘さが丁度いい。総司くんが言うには、はちみつには疲労回復と体脂肪を燃焼する効果があるらしく、部活動の特訓初日から作ってくれている。

 

「ぷはぁ……。もう1杯!」

 

「用意してくるであります」

 

アイギスは私が飲み終えたコップを回収すると台所に向かい冷蔵庫の扉を開ける。私はソファの上で体育座りをしながら待つ。あと2日も続くのか……、せめて理緒の熱血属性だけはどうにかならないかな。そんなことを思いながら、私はアイギスが戻ってくるのを待つのだった。

 

 

 

今日は先輩たちが2人とも用事があるということでタルタロスの探索はなしであったので、私は夕食後部屋に戻ってベッドで転がりながら読書した後、早めに床についた。部活の疲労もあり、すぐに夢の世界に旅立った私だったのだが、その眠りは風花によって妨げられた。シャドウの反応があったらしいけれど……。

 

「ふわぁ……。寝よ」

 

『ちょっと湊ちゃん。疲れているのは分かっているけれど、起きてください』

 

「無理。明日も練習ハードだし……」

 

『ああもう……アイちゃん。お願い』

 

「開錠完了であります。前回より62秒短縮したであります」

 

私はアイギスに起こされ、ブラを装着後、作戦室に屋久島の時のように御姫様抱っこで作戦室へ運ばれる。別にいいけれど、運んでくれるのがアイギスでなくて年下の男の子だったらなぁと思ったのは内緒である。ま、影時間内だとその願いは叶わないんだけれど。

 

「やっときた……って、本当に疲れてんのね、湊」

 

「うん……。風花、どこに出たって?」

 

「その格好で進めんのね」

 

順平が呆れたように呟く。風花やゆかりも苦笑いを浮かべているけれど、君たちは熱血理緒を知らないからそんな風に言えるんだよ。あのエネルギーはいったいどこから発せられているんだろう。

 

「市街地にシャドウの反応だ。さっき山岸が偶然見つけた」

 

偶然って、風花……。もしかして、タルタロスに探索に行っていない日はこうやってペルソナ使って周囲を探っている訳じゃないよね。そうでもないと今日みたいな偶然は起きえないはずだし……。

 

「えっ……なんで?満月ってまだ先じゃ……」

 

ゆかりが首を傾げながら言う。タルタロスではない“外”に現れるシャドウと聞き、アルカナを持つ大型シャドウのことを思い浮かべたらしい。そんなゆかりの質問に風花がすぐに返答する。

 

「違うの。反応はごく普通のシャドウだから。でもシャドウは普通、タルタロスの外ではこんな風に暴れないんですが……」

 

風花は後方支援特化型のペルソナ使い。それの影響もあってか、ここに入って一番日が浅いにも拘らず、私たちの誰よりもシャドウに詳しくなっている。それがいいことなのか、悪いことなのか分からないけれど。

 

「シャドウの反応があったのは長鳴神社の辺りだ。近くにいた明彦、話を聞いた優がすでに先に行っている」

 

優ちゃんはともかく、真田先輩は特訓だろうなぁ。どうせ、影時間内では“時間”という概念が曖昧になるから特訓にはもってこいだと言いそうだし。

 

「あいつ1人でも十分だと思うが念のため準備してくれ」

 

美鶴先輩がそう言うと同時に作戦室に集まっていた面々が頷き立ち上がる。それを見た美鶴先輩は私に視線を向けため息をついた後、諭すように告げる。

 

「湊はいい加減にアイギスから降りろ」

 

「はーい。ごめんね、アイギス」

 

「問題ないであります」

 

その時、作戦室に連絡が入る。どうやら真田先輩からのようだ。

 

『いま現場にいる。悪いが、すぐに来てくれ』

 

真田先輩から告げられる援軍要請に緊張が走る。美鶴先輩はマイクを握って、何があったのか、起きているのかを尋ねるが、

 

『シャドウは片付いた。強いのは1体だけで、その他は雑魚だったからな。俺と鳴上妹ではオーバーキル気味だった』

 

援軍要請でないことを知って、安堵の息をつく面々だったが謎が残る。どうして、真田先輩は私たちに来るように言っているのか。

 

「何があった?」

 

『強いシャドウは俺たちが片づけたのではなく、俺が着いた時には片づけられていたんだ。俺たちの代わりにシャドウを倒したそいつは怪我を負い、周囲に集まってきた雑魚シャドウに群がられ、瀕死の状態だ。出来れば助けたい』

 

それだけ言って真田先輩からの通信は切れた。

 

現場に向かったのは真田先輩と優ちゃんだ。確かに2人のペルソナは回復スキルを覚えていない。いつもであれば探索用のアイテムを詰め込んだポーチなり、鞄なり持って行っているけれど、今夜のはイレギュラーと言っても過言ではない。彼らはそんな準備をして行っていないのだ。

 

「代わりにってどういうこと?」

 

「つまりオレたち以外にもペルソナ使いがいたってことか!こうしちゃいらんねーな、湊っち」

 

「うん、美鶴先輩!」

 

「ああ!とにかく行くぞ」

 

私たちは美鶴先輩を先頭に、シャドウの反応があったっていう長鳴神社へ急ぐ。

 

 

 

神社につくと階段の脇に白い犬が血まみれで横たわっている。

 

「岳羽先輩!はやく……」

 

白い犬の前で手をついて声をかけ続けていた優ちゃんが必死の形相でゆかりを呼び寄せる。よくよく見れば、その犬はコロマルだった。ゆかりはイオを召喚し回復スキルをかける。

 

「ちっ……。以前、飼い主の件で相談を受けていたのに……」

 

美鶴先輩が何か呟いた気がしたが聞こえなかった。何を言ったのか聞き直そうとしたが、回復の手が足りないと私も呼ばれる。私はリャナンシーを召喚しディアラマをかける。しかし、ペルソナの魔法は応急処置的なものだ。重傷だと通じない。しかし、その点は大丈夫だ。優ちゃんが、風花が持ってきた道具を使って止血をしたり、包帯を巻いたりして手当てを施していく。

 

「まったく大した奴だ。何しろ犬がシャドウに立ち向かって、しかも一番強い奴を倒したんだからな」

 

「え……、っていうことは真田サンが言ってた奴って、この犬コロってことっすか!?」

 

順平がコロマルを指差しながら驚く。手当をしていた優ちゃんもゆかりも目を丸くして、コロマルを見ている。

 

「守った……と言っております。ここは安息の場所だそうです。あそこに花束が」

 

アイギスが指差した場所には確かに花束が飾ってある。という事はコロマルはずっと神主さんが亡くなった場所を守ってきたんだね。

 

「つかアイギス、オマエ……犬語翻訳機能付き?」

 

「犬に言語はないであります。でも言語だけが意思伝達じゃないであります」

 

「つまり目や声音から感情を、言っていることをなんとなく感じ取るという訳か」

 

美鶴先輩の解釈に頷きをもって返答するアイギス。コロマルは私たちのスキルと優ちゃんの手当てのおかげで身体を起こすことまでは出来るようになっていた。美鶴先輩は影時間が明けるのを待って、獣医に連絡を入れ入院の手続きを行う。

 

あとは任せろということであったので私たちはその場で解散となり、寮に戻るのだった。

 

 

 

 

後日談なのだが、天田くんと買い物に行った総司くんがしょんぼりして帰ってきた時があったらしい。訳を聞いたゆかりによるとコロマルに餌を与えに行ったら、一向に現れなかったとのこと。天田くんのことを紹介しようと思っていたのに……と肩を落としていたらしい。

 

コロマルは影時間に適正し、シャドウを倒した実績もあるので私たちの仲間になる可能性が高い。言葉が通じるアイギスがいる訳だし。となると現在、動物病院に入院している事実は総司くんには伏せておいた方がいいのではないかという結論に達し、神主さんの家族の人たちが一時的に連れ帰っているという情報を彼に伝える。

 

総司くんは目を丸くしていたが、納得したようでそれ以上は言わず、携帯のカメラで撮っていたコロマルの画像を天田くんに見せたものの、

 

「僕、知っていますよ。コロマルなら一緒に遊んだこともありますし。……すみません」

 

申し訳なさそうに謝る天田くんの前に、がっくりと肩を落とし項垂れる総司くんという珍しい図が出来上がるのだった。

 



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P3Pin女番長 8月ー①

8月1日(土)

 

朝早く月光館学園に集合した私たちは他の部の皆と共に学園所有のバスに乗り込み、駅へと向かう。交流会が行われる八十稲羽という街にある八十稲羽高校へ向けて電車に乗って出発する。

 

私は総司くんの疲労回復ドリンクに加えてツカレトレールを服用してきたので、心地良い間隔で揺れて眠気を誘う電車の中でも活動できているが、テニス部の他の皆は目的地に着くまでの間で体力回復するためなのかすっかり寝入っている。

 

「湊、起きてて大丈夫なの?」

 

「そういう理緒こそ。私は寮に頼もしい後輩がいるからね」

 

「ふーん。……もしかして、中等科の子たちに差し入れしてた、あの彼?」

 

「うん。そうだよ♪」

 

「そっか。……うん、がんばってね」

 

理緒はそう言うと鞄からテニスラケットを取り出してグリップの所のテープを巻きなおしたり、ガットの張り具合を見たりし始める。

 

「ねえ、なんで“がんばって”?」

 

「ん、何でって……。そりゃあ……、友近と違って格好いいし、気遣い完璧だし、中等科ではイケメン四天王の一角なんでしょ?」

 

「!?」

 

何なの、イケメン四天王って!?初耳なんですけれど。私は目を見開いて、理緒を凝視する。私の態度に首を傾げた理緒は、ぽんっと手を打つと話し出す。

 

「あ、そっか。湊は転校生だから知らないのか。月光館学園にはそういった部門においてランキングがあったり、本人未公認の称号があったりするのよ。イケメン然り、お嫁さんにしたい人然り、お姉さまになって欲しい人ランキングでは桐条先輩が独走状態だけれど」

 

寮での美鶴先輩の様子を見ていたら、小説や漫画に出てくるお姉さまには程遠い存在だと分かってもらえると思うけれど、皆が知る彼女は完全無敵の生徒会長な美鶴先輩だから仕方がない。……というか総司くんって学校ではモテているんだ。言われてみれば、そうだよねー。

 

「ライバルが多いってことは理解してもらえた?」

 

「うぅ……。寮での総司くんしか知らないから、学校ではどんな風に見られているのか、気にもしていなかったよ」

 

「あはは。仕方ないんじゃない?湊は高校生で彼は中学生。歳の差もあるしね」

 

理緒はそう言ってくすりと笑うと、目尻にたまった涙を指の背でふき取る。出会った頃の理緒であったら、恋愛話など興味を抱かなかったと思うと灌漑深いものがあるが、まさか私のこれで盛り上がることになろうとは……。

 

「陸上部の女子マネの西脇も来ているみたいだし、これは夜の女子バナが楽しみだね。まあ、その前に交流会で試合もある訳だから、特訓の成果を見せないと」

 

理緒の背後にメラメラと炎が立ち上るのが見えた気がした。やばっ、今日の理緒のやる気スイッチは私が押してしまったようだ。

 

 

 

交流会がある学校最寄りの駅からはまたバスに乗っての移動で、目的地についたのはお昼前だった。一緒に来た生徒たちの波に紛れ、バスから八十稲羽高校前に降り立つ。見上げた学校は月光館学園とは違って普通の校舎だった。周囲を見渡せば、自然のままの緑が心に安らぎを与えてくれる気がする。

 

今日明日と、この学校の生徒らと合同練習をすることになる。その練習の中には、模擬戦も含まれるので、理緒はいつになく燃えていた訳だが……。

 

「ひなびてる学校よねぇ」

 

と、バスや電車の中でマナーを無視して化粧をしていたテニス部顧問の叶先生が言う。

 

「コンビニとかすぐ近くに無いし、クラブとかも無いし……あっ、みんな、失礼のないようにねぇ?」

 

その場にいた生徒の心はひとつになった。

 

『あんたが言うな!』と。

 

 

 

グラウンドに移動した私たちは八十稲羽高校のテニス部の人たちと一緒に基礎練習から行う。やる気スイッチがON状態の理緒がランニングで山まで行こうかと笑顔で言った瞬間、月光館学園女子テニス部の仲間たちのこころはひとつとなり、協力し全力で説得を行う。八十稲羽のテニス部の部員たちはそんな私たちの行動を苦笑いしながら見ている。

 

「月光館学園と違って高低差があった練習のし甲斐が……」

 

「いやいや、……交流会って、練習内容を交流するものじゃなくて、人同士が交流する物じゃない」

 

「そうよ、岩崎さん。私たちは彼女たちに勝つために特訓してきたんでしょ」

 

「山なんかにランニングに行ったら勝てる物も勝てなくなっちゃうなー(棒読み)」

 

「みんな、そこまで……」

 

理緒は部員の仲間たちの説得?に感極まり、涙を目に浮かべている。

 

部員の仲間たちはちょっと言い過ぎちゃったかなと明らかに狼狽しているが、発言してしまった物を今更取り消す訳にも行かず、ダラダラと冷や汗を流している。そして理緒に聞こえないようにひそひそと話す。

 

「誰よ、温泉で極楽って言ったの……」

 

「基礎練習って何……」

 

「だまされた……」

 

一部の仲間からダウナーな空気が漏れ出しているが、大丈夫だよ。温泉は本当にそんじょそこらのものと違い八十稲羽の温泉は別格らしいから、この練習さえ切り抜けてしまえば文字通り天国が待っているって。鳴上兄妹のお墨付きだ。

 

「じゃあ、いつも通りの練習を何セットかした後に早速模擬戦だね」

 

気を良くした理緒がそういうと近くで様子を見ていた女子が近づいてきて告げる。

 

「どっちもやる気があるみたいだし、ここはひとつ。負けた方は片付けと清掃……で、どう?」

 

「うわ、西脇!どしたの?」

 

「ごめんごめん。まー、ちょっとね」

 

西脇さんの存在に気付いていなかった理緒がその場で蹈鞴踏む。驚かしちゃったことを謝る様に、西脇さんは頭を掻きつつ寄ってくる。

 

「それはともかく、せっかく試合するんだから賭ける物があったほうがホンキにならない?」

 

西脇さんは私や理緒の後ろにいる部員の仲間たちに目を向けながら言う。私は同意するように頷く。

 

「確かにね」

 

幸い彼女たちは先ほどの自分たちの発言で、理緒にやる気があるところを見せないといけない状態なので、西脇さんの発言に一瞬だけ面食らったようにしていたが、もうヤケクソよと言わんばかりにやる気を見せている。その様子を見た西脇さんは理緒に向けてウィンクしながら言葉を続ける。

 

「私たちって勝ちにこだわる機会って、あんまないじゃん?」

 

「……特にウチの部は、って言いたいの?」

 

普段のテニス部の状態を見ていれば、誰もがそう思うだろう。きっと理緒も何もしてこなかったら、ここで西脇さんに指摘された瞬間に表情を歪ませて反論していたかもしれない。だが、何が幸いしたのか理緒の無茶ぶりを止める為にやる気を見せたようにした部員たちのおかげで、心にゆとりが持てている理緒は西脇さんの発言にニヤリと口端を吊り上げながら言ってのける。

 

「ま、そう言いたかったんだけど、杞憂だったかな……」

 

「皆がやる気をみせてくれていることだし、片づけと清掃と……ダッシュ10本賭けて勝負!」

 

「「「ちょっ、マジでっ!?」」」

 

「「「試合後に10本ダッシュとか鬼なの!?」

 

私の後ろから悲鳴のような心の叫びが聞こえる。話の成行きを見守っていた八十稲羽の部員たちも頬を引き攣らせながらもやる気を見せる。

 

『これは負けられない…!』

 

そんなこんなで練習後、試合をすることになったのだが……。

 

 

 

 

「ふえぇええ……片づけ終わったよー……」

 

試合をすることによって荒れてしまったテニスコートをトンボ掛けし終わった私たちは一箇所に集合して、思い思いに楽な体勢で座りこんだのだが、部員が使った分のトンボを片づけしてきた理緒が満面の笑みを浮かべ告げる。

 

「じゃー、ダッシュ行くか!」

 

「「「「「ふぁっ!?」」」」」

 

これには堪らず部員達は泣きそうな顔で理緒を見る。げんなりした様子でトンボ掛けを手伝った言いだしっぺの西脇さんはすでに諦めた表情を浮かべ、理緒に質問する。

 

「えっと……私も?」

 

「当然でしょ。言いだしっぺだし♪」

 

西脇さんは口を出すんじゃなかったとがっくりと肩を落とす。私はそんな彼女と項垂れている部員たちの肩を叩いて行き、先頭に立って言う。

 

「これが終われば旅館で豪華な食事!温泉でゆっくり!部屋で恋バナ!が待っている。皆の者、私に続けー!!」

 

私は1人、率先して走り出す。その後を理緒や西脇さんが追ってくる。座りこんでいた部員たちは顔を見合わせた後、大きな声で叫びつつ走り出した。

 

「「「「こうなったらヤケクソよー!!(泣)」」」」

 

こうして私たちは1日目の交流会を無事に終えるのだった……。

 

 

 

 

宿泊のために用意された旅館に向かうため、私たちはバスに乗り込む。案内役として旅館から来たのは中学生の女の子。艶やかな黒髪で、澄ました顔はまるでお雛様のようで、これからが楽しみな女の子だった。

 

彼女の名前は天城雪子ちゃん。私たちがお世話になる天城旅館の女将の娘さんで、今はまだお手伝いをしている身らしい。『将来、旅館を継ぐのか』と西脇さんが尋ねたが曖昧な返事だけをするところを見ると、何か悩みがあるようだ。しかし外部の人間があまり踏み込んでもいけない問題のようだし、西脇さんを窘めて他の話題を探す。

 

その際に仲居さんらしき人が車の鍵を持っていないか雪子ちゃんに聞く場面があった。料理に使う物の買い物に仲居さんが行くらしい。代わりに行こうとする雪子ちゃんを全力で仲居さんが止めていたところを見るに……、雪子ちゃんから風花と同じ臭いが漂ってくるのを感じた私はそっと視線を逸らす。私には風花1人で十分だから……というか許容量オーバー気味だから。最近になってやっと私と総司くんの指導が実を結んで、ちょっと不味いレベルの腕まで向上してきた。少なくてもオリジナリティ溢れる材料を入れなくなっただけマシである。そんなことを天城旅館につくまでの間、バスの中で考える私であった。

 

 

 

案内された天城旅館の一室は凄く豪華でただ座っているだけでも遠慮してしまうようなお部屋であった。私と理緒は荷物を隅においた後、その場で体育座りをして部屋の中を眺める。すると、西脇さんがノックした後、部屋に入ってきて一言。

 

「うっわ……ひっろーい。って、なんでそんな所に座っているの?」

 

「だって、場違いすぎるし……」

 

理緒が気落ちした声で返事をする。彼女のやる気スイッチはテニス部の練習でしか効果を発揮しないようで、天城旅館について以降の彼女はこんな感じであった。

 

「確かに……。いいのかな、ウチらが泊まったりして。怒られない?」

 

「誰から?」

 

西脇さんの疑問に私が質問すると、彼女は腕を組んで悩んだ後、こんなことを言った。

 

「え?えーと……政府とか?」

 

西脇さんの切り返しに場に沈黙が過ぎった。が……

 

「「「…………。ぷっ」」」

 

「あははは、何言ってんの?くくくっ」

 

「政府って、政府って……」

 

「うわぁあああ、やめて。忘れて、忘れてよー」

 

手をばたばたさせながら私たちに迫ってくる西脇さんの相手をしながら私たちは、変な緊張を解きほぐし、部屋の中央に移動してくつろぐ。西脇さんも私たちの傍で女の子座りする。

 

「……って、西脇はこの部屋じゃないでしょ?」

 

理緒がそう告げると、西脇さんはそうだったと言わんばかりに頬を膨らませながら文句を言う。どうやら、叶先生の適当な采配によって男子の宮本くんと同じ部屋にされてしまったようだ。宮本くんは陸上部のエースだったが負傷してしまい、今年の明王杯には出られず、怪我の療養のために湯治するためにここへ一緒に来ているらしい。ちなみにその宮本君の付き添いとして西脇さんはこっちに来たようだ。

 

「もー、こうなったら、お肌ツヤツヤになって元取ってやる!」

 

そんな風に意気込む西脇さんだったが、話題が宮本くんの話になるとお節介なところが浮き彫りになる。私と理緒の質問に快く答えて行く彼女。で、話をまとめてしまうと……。

 

「西脇と宮本くんって、いいコンビだよね?」

 

という理緒の一言に集約されるのである。

 

「はあ?冗談じゃ……あ、今何時?」

 

西脇さんは携帯の画面を見ると表情を曇らせる。

 

「ミヤの薬の時間だった。じゃあ、また後でね!!」

 

そう言うと西脇さんは走り去った。私と理緒はそんな彼女の背を見ながら話す。

 

「……何だかんだ言って、面倒見いいよね。なんだか西脇って、お母さんって感じ。本人は嫌がるだろうけれどね」

 

「ホント、そうだね」

 

その後、みんなでお風呂に入った後、部屋で話をしていたのだが……。

 

 

 

 

「ここをまっすぐ行くと神社があります。鳥居をくぐってすぐの所に御供え物を置く場所がありますので、この〆た稲羽マスをお供えしてきてください」

 

雪子ちゃんがにっこりと笑って差し出してきた稲羽マスが入った袋を持つ。

 

私の隣には照明がいくつかついていない商店街の様子を窺う理緒と、無理やり引っ張ってきた宮本くんに縋りついている西脇さんの姿がある。

 

「魚をお供えしたらすぐに戻ってきてください。誰かに声を掛けられても、必ず。もしも声がした方へ振り向いてしまったら……」

 

雪子ちゃんはそう言って口を噤んだ。西脇さんが青くなり宮本くんに縋りついていた腕にさらに力を入れる。宮本くんは男としてのプライドからか、表情を苦痛に歪めても声には出さないでいる。

 

「へー。八十稲羽って、こういうことに力を入れているんだ。うわぁっ、結構楽しみかも」

 

怯える西脇さんの横で理緒は頬を紅く染めて、これから起こることに胸を躍らせているようだ。だったら、この魚が入っている袋を持ってくれてもいいのに。

 

私たちは雪子ちゃんに見送られながら、神社に向かって歩き始めた。点いたり消えたりする電灯の音にビクビク震える西脇さん。四六商店と書かれた看板を見て、私は足を止める。そういえば月に一回、寮にこのお店と同じ所から宅急便が送られてくる。受取人は総司くんだが、まさかここじゃないよね。

 

そして少し歩くと、赤い鳥居が見えて来た。首を必死に横に振る西脇さんの腕を引っ張っていく理緒に苦笑いを浮かべながら、私も鳥居をくぐる。すると雪子ちゃんが言っていたように、お供え物を載せる台のようなものが境内に置いてあった。その隣には注意書きが。

 

「えっと何々……『このお供え物に魚を載せる前に、お賽銭を入れたら大丈夫です』だって」

 

「ミヤ!10円!」

 

「って、俺が出すのかよ!」

 

「いいよ、湊。載せちゃって」

 

西脇さんと宮本くんが夫婦漫才している横で、何が起きるのか楽しみで堪らないと言った感じの理緒がそう促してくる。私も“ネタ”を知っているので、迷いなく魚を載せる。後方で「「あ゛―――!!」と悲鳴を上げるカップルがあった。

 

私と理緒はすぐに振り向いて、お供えもの台に背を向ける。すると、西脇さんと宮本くんがその場で硬直した。

 

【もし……お嬢さん方、これはいただいてしまってもよろしいのでしょうか……】

 

理緒が私の手を握る。私はそれに了承するようにして力強く握り返し、タイミングを見計らって振り返った……。そこにいたのは〆た稲羽マスを大事そうに抱えた白襦袢の女性。

 

優ちゃんの携帯で見せてもらった通りの女性が立っていた。

 

【えっと……私が、怖くないのですか?お連れの方々は気をやってしまっているようですけれど?】

 

私は理緒を見る。彼女は首を傾げているため、私から理由を述べる。

 

「こんばんは。えっと、私はこの肝試しのことを知っていたので驚きませんでした。鳴上総司、鳴上優の兄妹をお知りですか?」

 

【ああ、毎年お世話になっています。あの世にいる子供たちも大層喜んでいることをお伝え下さいまし】

 

まさか幽霊に伝言を頼まれることになろうとは……。

 

「ねえ、湊?」

 

「ん、どうしたの、理緒?」

 

「この人、浮いているね。どんなトリックを使っているの?」

 

「理緒、この幽霊さんは本物なんだよ」

 

理緒は私と幽霊さんを交互に見た後、そんなまさかといった感じで幽霊さんに触れようとしたが、魚には触れたけれど、目の前にいる幽霊さんに触れないことにようやく気付き、距離を取った。

 

「遅く……なったけど……、叫んでも……いいかな……(ちらっ)」

 

「ああ、うん。うるさくなるから、幽霊さん。もういいですよ」

 

【はい……。では、また会う機会がございましたら、お会いしましょう】

 

そう言うと幽霊さんは最初からいなかったかのように消えてしまった。しかし、しっかりとお供え物として持ってきた魚は無くなっていることから、本当に人間慣れしてしまった幽霊なんだと実感する。

 

その後、私は両手で耳を塞いだ。

 

 

 

 

八十稲羽の商店街に今宵もまた、若い女性の悲鳴が響き渡るのだった――。

 



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P3Pin女番長 8月ー②

大幅に書き直しました


8月2日(日)

 

やる気スイッチの入った理緒や部活仲間たちと共になんとか八十稲羽高校との交流会は無事に終わり、巌戸台へ帰る電車の発車時刻まで私たちは商店街で買い物をすることにした。

 

昨夜、肝試しで訪れた時と違い、普通に人々の往来があるものの、活気が感じられない。行きかう人々の話しに耳を傾けると郊外の方に大型ショッピングモールが建設されるらしい。それによって八十稲羽の街以外から買い物客を呼び込むのだそうだが、それが商店街のために本当になるのか、もしかしたら煽りを受けるのではないか。そんな不安の声が聞かれた。

 

それはさておき、私がまず訪れたお店は四六商店である。

 

四六商店の名前は毎月総司くん宛てに送られてくる宅急便の送り先ということしか知らないけれど、結構な重量で送られてくるのでナニカがぎっしり詰められているのだろう。一歩足を踏み入れるとそこは昭和の古き良き駄菓子屋さんっていう感じのお店だった。商品のひとつであるお菓子を手にとって眺め見ると、幼少の頃に見かけたそれと全く同じ物。

 

「うわぁ……、懐かしいなぁ」

 

私は商品を棚に戻すと周囲を見渡す。すると店の隅の方に玩具置き場があり、そこにはタルタロスで何度か見ることになったものと同じデザインの風車や花火といったアイテムが並んでいた。手に取ってみると若干だが、何か思念の様なものが感じられる。もしかしたら、作り手が名だたるひとなのかもしれないけれど、店主のおばさんに聞いても分からないということだった。

 

とりあえず情報集めと思って総司くんの名前を出すと店主さんの目がきらりと光った。

 

「あの坊やは小さい頃からの常連さんだよ。いつも他の客が買わない物を買うから気になっていたんだけどねぇ。一度、“夜”の店に来た時は『大人になってから来なさい』って言ったんだけれど、今では夜の方も常連さんになっちまったねぇ」

 

そう言った店主さんはレジの裏手のカーテンをずらした。そこには大きなガラスケースが置かれており、中には大小様々な虫ががががが……。

 

「“アキヒコ”もすっかりあの坊やの持ってくるご飯に夢中になっていて、パン屑なんかはもう食べてくれないのよ。それに中々取ることのできない珍しい虫もいるようだし、ただでもらうのもなんだから毎月、新商品を入荷した時はあの坊やに送ってあげているのよ」

 

虫やパン屑を食べる“アキヒコ”。食事形態からして魚か何かだと思うが、やばい……。寮に戻ったら笑ってしまいそうだ。私が肩を震わせながら笑いをこらえていると店主さんは思いだしたようにバックヤードに入っていき、古めかしい竹刀を持って戻ってきた。

 

「これは、かの有名な剣豪武蔵が使っていたという竹刀なんだけれど、坊やの妹さんが剣道やっているらしいから、会う事があったら渡して上げてちょうだい。……あっても邪魔なのよね」

 

最後の一言を聞かなかったことにして、私は竹刀をもらい店を後にした。

 

 

 

まだ時間もあるしブラブラしようかなと思ったら美味しそうな匂いが……。私はフラフラと匂いの発生源に向かう。惣菜大学というお惣菜のお店で一押しの一品としてビフテキ串が売られていた。私は一本購入して店先で頬張る。ジューシーなお肉と香ばしいソースのハーモニー……。

 

「「たまりませんなー……あれ?」」

 

同じ言葉を発した声の持ち主は、緑色のジャージを着た短髪の少女。彼女もまた私を見上げながら、ビフテキ串を豪快に頬張っている。彼女……できる!

 

「はむはむ……ごくっ。月光館学園……って、雪子が言っていた都会の学校の人だ!」

 

私が着ているジャージの胸元に書かれているロゴを読んだ少女はビフテキ串を持ってない方の手で指差しながらそう言った。行きかう人々から何事かと見られているが、そんなことなどお構いなしだと言わんばかりに尋ねてくる。

 

「都会の人だ、本物だ~。あのっ、都会には美味しい肉料理ってありますか?」

 

え、そこ一択なの?

 

 

 

緑色のジャージを着た少女、名前を里中千枝ちゃんっていうらしいけれど、昨夜泊った天城旅館の女将さんの娘である天城雪子ちゃんの親友らしく、私たちが来たことを聞いていたらしい。本当は夏休みの宿題を教えてもらう予定だったが、昨日は諦めたようだ。

 

ビフテキ串を食べながら意気投合した私たちは色々話す。そして、その中でも一番気になったのは雪子ちゃんが天城旅館に泊まるお客さん、特に若い女性たちにはおすすめスポットとして夜の神社を薦めていることだ。どうやら彼女自身も幼少の頃、男女2人の兄妹に嵌められたらしい。それ以来、旅館を訪れるお客さんに何かおすすめスポットがないかを尋ねられると夜の神社をお勧めするようになったとのこと。私は男女2人の兄妹と聞いた瞬間、視線を逸らして乾いた笑みをこぼした。

 

千枝ちゃんは遠い目をしながら、「私、洩らしちゃった上に失神しちゃったんですよね~」と語っていたので慰めておいた。私もきっと初見だったら腰を抜かしていたと思うし。

 

「あー、ちえおねえちゃんだ。こんにちはー」

 

千枝ちゃんの前でぺこりと頭を下げる少女。ビフテキ串を食べ終えた千枝ちゃんは声の主に心当たりがあるのか、満面の笑みを浮かべて答える。

 

「やっほー、菜々子ちゃん。こんにちは。もしかして千里さんと買い物?」

 

「あい!おかしかってもらった」

 

菜々子ちゃんと呼ばれた少女は、持っていた袋の中からチョコレート菓子を取り出して、千枝ちゃんに見せる。そっかそっかと千枝ちゃんは菜々子ちゃんの頭を撫でている。

 

「先に行っちゃダメでしょう、菜々子。って、あら?里中さんと……もしかして結城湊さん?」

 

千枝ちゃんはともかく、まさか私の名前を言われると思っていなかったので面食らってしまった。声がした方へ振り向くと二十歳前後くらいの大人の女性を感じさせる穏やかな笑みを湛えた女性が立っていた。菜々子ちゃんが彼女の足元に行って抱きつくところを見るに、母親なんだろうけれど……。

 

「お若いですね……」

 

「ええ、菜々子を産んだのが20歳の時ですから。私は堂島千里です、総ちゃんや優ちゃんの叔母でもあります」

 

青と白を基調にしたゆったりめのワンピースを着ており、髪と瞳は娘の菜々子ちゃんとお揃いのダークブラウン。髪は腰の辺りまで伸ばしている。やや垂れ目なところがおっとりした雰囲気を醸し出している。

 

「千里さんは結城さんとお知り合いなんですか?」

 

「私は総ちゃんや優ちゃんから話を聞いただけ。もしかしたら会う事があるかもしれないってことで、優ちゃんから……」

 

ごそごそと肩にかけていたバックの中から携帯電話を取り出した女性は操作した後、私たちにとある画像を見せて来た。映し出された画面にはデザートを食べながら、幸せを噛みしめる様に悶える私が映っていた。

 

「って、ちょっと待って!?なんでこれ!?っていうか、いつ撮ったの!?」

 

私はこれ以上、見られてはたまらんと携帯電話を閉じようとしたけれど、千里さんはすばやく携帯電話をバックの中になおしてしまう。

 

「話しに聞いていた通り、可愛らしい“先輩”ね。結城さん、まだ時間はあるかしら?ちょっとお話がしたいんだけれど」

 

「えっと……。はい、まだ大丈夫です。けれど、一緒に住んでいる寮の皆にお土産を買っていきたいんです」

 

「そう。……菜々子、ちょっと千枝ちゃんと一緒に丸久のお豆腐を買ってきてくれる?」

 

「あい。ちえおねーちゃん、いこっ♪」

 

「え。……うん、分かった」

 

千枝ちゃんは菜々子ちゃんと手をつないで、商店街の南側に向かって歩いて行く。彼女は何度か心配そうに振り向いていた。

 

「じゃあ、一個だけ。総ちゃんに、『もう大丈夫だから』って伝えておいてくれないかな」

 

そう言った千里さんはバックの中からボロボロになったお守りらしきものを取り出して私に手渡す。手渡されたお守りからは、作成者の強い意志が感じとれる。『何としても助けたい』というそんな願いが。

 

「今年の初め、私は交通事故にあったの。横断歩道を渡っていたら、信号無視した乗用車に撥ねられてね。その日は丁度、雪も降って積もっていたしブレーキもかけられなかった。普通なら即死よね」

 

千里さんは当時のことを思い返すように目を閉じる。そして手を後ろでに組んで語り始める。

 

「撥ねられた時の衝撃、アスファルトを転がって回る視界、意識を容赦なく奪い取ろうとする寒さ。どれも明確に覚えている。けれど、不思議なことに痛みは無かった。痛覚が麻痺しているものと思っていたけれど、当然よね。私は怪我ひとつしていなかったんだから」

 

目をしっかりと明けた千里さんは、私が持つお守りを見ながら告げる。

 

「私を撥ねたはずの乗用車はベコベコに凹んで廃車寸前のスクラップ状態。通報で駆け付けた警察はその事故を自損事故として片づけたわ。何せ、轢かれたはずの私が無傷であったし、運転手も必死に否定していたからね。まぁ、私の旦那には事故を体験したことを言ったんだけれど、布団の上で“身体の隅々まで調べて”何もなかったから信じていなさそうだけれど……」

 

ちょっと惚気を入れた辺りで頬を染めていた千里さんだったが、すぐに元の顔色に戻る。

 

「で、事故にあった翌日。バックを整理していたら、見覚えのないお守りが入っていたの。ボロボロになっていたし、取り出して置いていたら、菜々子がそのお守りを大事そうに抱えて菜々子のお気に入りの缶箱の中に入れたの。菜々子が寝静まってから中身を見たら、同じようにボロボロになったお守りが何個かと、新品のお守りが何個かあったの。後日、菜々子が私がいつも持ち歩いているバックにお守りを入れようとしているのを見て、尋ねたら『そうしおにいちゃんがくれた』って答えてね」

 

千里さんは私が持つボロボロのお守りを一撫でした後、微笑む。

 

「菜々子の大事な人を守るように心を籠めて作ったものだから、お父さんやお母さんの鞄や服に入れてあげてって、総ちゃんから頼まれたんですって。そう言えば、遼太郎さんも菜々子が産まれてすぐのころ『犯人ともみ合いになって腹を刺されたと思ったが、使われたものが古かったのか砕けた』っていう話しを聞いたことがあったのを思い返したわ」

 

私は総司くんにひとつの疑念を抱いている。それはこれから起こりえることを彼は知っているのではないかというもの。私が巌戸台に来ることや、5月の女教皇のアルカナを持つ大型シャドウがモノレールに現れることを知っていたのではないか。最近だと屋久島旅行に行く前に、現在のアイギス部屋の片づけをしていたのも気になる。まるでアイギスが現れることを知っていたかのように。

 

「総ちゃんはね、昔から自分のことを蔑ろにして他人の為に力を貸してくれる。料理の苦手な私でも美味しく作れるようにとレシピ本を何冊か自作しておいてくれているし、優ちゃんがいじめられないように、態とおかしな服装をしたり、色んな変な物を蒐集したりしてね」

 

どうして総司くんの回りには料理が苦手な人が集まるのかなと思っていたら、予想外の情報を得た。優ちゃんがいじめられていたって初耳だ。けれど、容易に予想が出来る。昔から何でも出来た総司くんと、比べられる対象の優ちゃん。きっと幼い頃の優ちゃんには抗うことは出来なかったんだろう。子供は残酷だから……。

 

総司くんの奇抜な服のセンスと、15歳の少年としては微妙なチョイスの多趣味は優ちゃんを守るためのものだったのか。となると、本当の総司くんはいったい、どんな素顔なのだろうか。

 

「『もう大丈夫だから』……、この言葉の意味、分かってくれたようね。私たち家族も優ちゃんも大丈夫だから、総ちゃんには彼自身の幸せのためにその有り余る力を使ってもらいたいの。後悔のないようにね」

 

そう言った千里さんは戻ってきた菜々子ちゃんの手をしっかりと握って歩き去っていく。最後に私に向けてしたウィンクは何だかお茶目だったけれど、思いは通じている。

千枝ちゃんもこれから雪子ちゃんと一緒に夏休みの宿題をするとのことにて、笑顔で去っていった。私は千枝ちゃんと千里さんからもらったお土産を買うのにおすすめなお店を教えてもらったので、電車の発車時刻ギリギリまで買い物を行い帰路につく。

 

 

私のポケットの中には、千里さんから預かったボロボロになったお守りが入っている。

 



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P3Pin女番長 8月ー③

大幅に書き直しました


8月2日(日)

 

私が交流会から巌戸台分寮に帰ってくると総司くんが天田くんやアイギスに協力してもらって、1階のラウンジの飾り付けをしているところだった。傍観している順平に話を聞くと、真田先輩が明王杯で優勝したらしい。

 

私が感心するようにその場で拍手していると、美鶴先輩が階段を降りて来た。その手には救急箱が握られており、さすがにボクシングで無敗の真田先輩でも無傷で勝利とはいかなかったらしい。

 

「てか、湊っち。行く前よりも荷物がかなり増えてねーか?」

 

「勿論、お土産だよ。全員分買ってきてあるからね、ご飯の後はお楽しみに!」

 

私はそう言って荷物を持ったまま自室へ向かう。部屋でラフな私服に着替えた後、その足で屋上へ向かう。総司くんは1階でお祝いの準備をしていたので、今は屋上には誰もいないはず。私は階段を駆け上がって、門扉を勢いよく開いた。

 

『ゴンッ!!ずべしゃっ……』

 

「あれ……?」

 

私がゆっくりと屋上を覗き見ると目をぱちくりとさせている優ちゃんと、じょうろを持った状態でうつ伏せ姿で倒れるゆかりの姿があった。勢いよく前のめりに倒れたのか、彼女のミニスカートは物の見事にめくれてしまって、可愛らしいピンクのフリルがついた下着が丸見え。

 

私は事情を察し、ゆっくりと振り返ってこの場を立ち去ろうとしたのだが、ゆかりはぷるぷると肩を震わせながら、幽鬼のようにふらりと立ち上がった。そして振り向きざまに、私の顔をアイアンクローする。

 

「イダダダダ、ごめん!態とじゃなんだって、痛い痛い痛い!」

 

「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ」

 

レイプ目でそう告げてくるゆかりは弓道で鍛え上げた握力を遺憾なく発揮。歪む、顔が歪んじゃう!!私はじたばたと手足を動かしてアピールするが、ゆかりは真顔でアイアンクローするのをやめない。

 

「湊先輩、おかえりなさい。で、大丈夫ですか?」

 

「だいじょばない!!助けてー」

 

その後、ゆかりは優ちゃんと汚れてもいい服に着替えて来た風花の説得により私をようやく解放してくれた。ゆかりたちが屋上にいたのは、今日のお祝いの席で使う野菜や果物の収穫を総司くんに頼まれたかららしい。

 

「うぅ……いたいよー」

 

私が顔を手でさすりながら言うと、ゆかりが睨んで来る。風花と優ちゃんは苦笑いしながら見ていたが、ふと気になることがあったのか、優ちゃんが話しかけてくる。

 

「ところで、湊先輩は何をしに屋上に来られたんですか?もしかして湊先輩も兄さんに頼まれたとか」

 

「ううん。ちょっと水撒きでもして、総司くんの好感度を上げようと思って」

 

あまりに露骨な言い様にゆかりと風花はそろって呆れたような視線を向けてくる。優ちゃんは思う事があるのか、大きくため息をついた。

 

「手伝うなら、ちゃんとガーデニングとか家庭菜園の本を読んでからの方がいいですよ。兄さん、料理と同じくらい野菜や果物作りにうるさいですし、水撒きにも夏場はこの時間にどれくらいっていうこだわりがありますし」

 

あれ、迂闊に水撒きも出来ないってどういうこと?じょうろを持っていたゆかりはそっと足元に置いた。たぶん一回目は許してくれるだろう、素人がやったから仕方ないと。だが2回目以降が怖い。

 

私とゆかりがどんよりとした空気を出し始めたのを見て、風花が話題を変えようと言わんばかりに、動物病院に入院しているコロマルのことを話す。

 

「この前、コロちゃんのお見舞いに幾月さんと一緒に行って来たんだけれど、割と元気よさそうだったんだ。来週には退院できるっていう話だよ」

 

「へー……。そうなんだ」

 

「動物病院を退院したら、コロマルはどうするんですかね。いくら影時間に適正があるとはいえ、アイギスさんと違ってペルソナ召喚は難しいんじゃないですか?」

 

確かに、私たちの誰かがコロマルに向かって召喚器を撃つ。傍から見れば動物虐待の当事者にもなりかねない。アイギスのように自分の意思でペルソナを召喚できないと一緒に戦うっていうのは難しいかもしれない。

 

「アイギスさんっていう前例もあるし、実は問題ないのかな。……ま、それは置いといて先輩方。兄さんのビニール南国ハウスからバナナを採ってきました!」

 

そう言った優ちゃんの手には立派に実った一房のバナナが。スーパーで市販されている外国産のバナナと違い小ぶりだが、あの総司くんが育てたバナナが普通であるはずがない。私たちは優ちゃんの所に集まって、一本ずつ手にとって皮をむいた。せーのっと、4人全員で一口食べると、濃厚な甘みと芳醇な香りが口いっぱいに広がる。

 

「「うまーっ!!」」

 

「だから、何でただの果物がここまで美味しいの!」

 

「もはや、『作ったの兄さんですから』で全てが通ってしまいそう……」

 

私たちはそれぞれの感想を呟きながら、頼まれていた野菜や果物の収穫を終え1階に降りて、祝勝会の準備を手伝うのだった。

 

 

 

 

総司くんが腕を遺憾なくその腕を奮った料理に舌鼓を打ちながら、真田先輩の明王杯優勝の祝勝会を終え、私は交流会で訪れた八十稲羽の街で買ってきたお土産をひとりひとつずつ手渡していく。

 

まずは、優ちゃんから。

 

「四六商店でもらった、かの有名な剣豪武蔵の竹刀だよ。これで優ちゃんも剣道を頑張ってね」

 

「……あ、ありがとうございます。えっと……」

 

使いこまれた風の竹刀を手にして固まる優ちゃん。他の皆も微妙な視線を向けている。

 

「じゃあ、次は順平ね。じゃじゃーん、『伝説風ソード』!」

 

「“風”って何なんだよ!明らかに狙ってんだろ、湊っち!!」

 

そんな文句を言いつつ、伝説風ソードを受け取った順平は、自分が今タルタロスで装備しているものよりもずっと性能の良いそれに頬を引き攣らせた。何だか文句を言いたいが、言ったら負けのような表情を浮かべ……諦めて座った。

 

「えっと、風花と美鶴先輩にはスカーフをそれぞれ。着物と同じ素材で作られていて、上品かつ綺麗だったのでよかったら使ってください」

 

私はそう言って2人に巽屋で買って来たスカーフを風花には緑色、美鶴先輩には赤色のものをそれぞれ渡す。2人は手触りを確認すると満足そうに頷く。

 

「天田くんには何がいいかなって迷ったんだけれど、最近総司くんの手伝いで台所に立つ姿を良く見るので、鍛冶屋のおっちゃんに無理行って作ってもらいました。じゃーん、『天田くん専用オーダーメイド庖丁セット』です。がんばって、総司くんみたいな料理人になってね」

 

「ありがとうございます。……総司さん、改めてよろしくお願いします!」

 

「料理人って……。僕の料理は趣味の範囲内なんだけれど……。まぁ、これからも手伝いは頼むよ」

 

総司くんは困ったような表情を浮かべながらも天田くんのお願いに頷く。私たちはそんな姿を見ながらウンウンと見守る。

 

さて、残りは真田先輩、アイギス、総司くん、そして大トリのゆかりである。

 

「ゆかりのは最後にとっておくとして、アイギスから行こうかな」

 

「なんで私が最後っ!?湊、あんたさっきの恨んで」

 

ゆかりが猛抗議してくるが、私は無視して一着の黒を基調としたゴシックドレス風ワンピースを取り出した。せっかく女型なんだし、アイギスもお洒落しないとね。という訳で、アイギスを呼んで皆から離れた場所でお着替えし、お披露目となった。

 

「おお!腕や脚の関節部分が隠されて、普通の女の子っぽいじゃん!」

 

順平が嬉々とした声を上げると、それを皮切りにして皆がアイギスの周りに集まる。アイギスはどう対応すればいいのかわからないのか、右往左往している。

 

人間性はまだまだのようだ。

 

「ちなみに総司くんには大理石のまな板を進呈します。今度これでピザ作って」

 

「色んなプレゼントをもらってきたけれど、これは初めてのケースだなぁ……」

 

総司くんは両手で抱えた大理石のまな板を持って台所へ向かう。その後ろを、包丁セットを持った天田くんが追って行った。年下の男の子たちに台所を任せるのは世間一般的にはどうなのと思われるかもしれないが、これも所謂適材適所というもの。さて、事情を知らない天田くんは総司くんと一緒に台所にいるので今の内に真田先輩にお土産を渡すとしよう。

 

「真田先輩にはタルタロス探索に使ってもらおうと買ってきた『ドランクパンチ』を進呈します!これにはなんと殴った相手のステータスを下げる効果があるので真田先輩には持ってこいだとティンっと来ました!」

 

「ほう……爪付きなのが気になるが使えそうだな。そう言えば満月も近いし、タルタロスに行ってレベル上げもしないといけない。……丁度いいな」

 

不敵に笑う真田先輩だが、美鶴先輩が脇腹をつつくとその場で崩れ落ちた。何でも決勝戦で戦った相手は真田先輩と同じインファイターかつ高いタフネスとパワーを兼ね揃える強敵だったらしく、ボディにクリティカルを連発して入れられたそうだ。そんな相手によく勝てましたね、真田先輩。

 

「さてと、大トリだよ。ゆかり!」

 

「私を最後にしたのはアンタでしょうが!!」

 

ゆかりの心の叫びをBGMにして私は袋の中のそれを引きぬく。

 

それはまさに侍従の心を物質化した衣服。黒や濃紺のワンピースに白くフリルのついたエプロンを組み合わせた、クラシカルな印象を与えるデザイン。その名もメイドドレス!

 

順平がおおっ!と興奮した様子で立ち上がる。それに反比例して羞恥心で顔を真っ赤に染めたゆかりは断固拒否しようといきり立つが、

 

「おっと、これは私が着る分だった」

 

と私が袋の中にそれを直すと『ぷしゅー』といった感じで気が抜けるゆかりと、立ち上がったまま固まる順平。彼は「湊っちもありだな……」なんてことを言っているが、皆の前で着る予定は私もない。

 

「色々とネタになりそうなものがあったんだけれど、それをお土産にしちゃうとゆかりが臍曲げそうだったんで、無難にタルタロスの探索に使えそうなアクセサリーを2つ買って来たんだ。ゆかりが苦手な雷攻撃を少しカットする『雷のブローチ』と風魔法スキルの威力を上げる『風の誓願』っていうアイテムだよ」

 

「あ、ありがと。って、これって桐条先輩や風花と同じスカーフ?さっき渡してくれたらよかったのに……もう」

 

桃色のスカーフに包まれたアイテムを受け取ったゆかりは、ぷいっと視線を逸らしたが、その頬は紅く染められていることからお土産は気にいってくれたようだ。

 

「さっき、真田先輩がタルタロスに行くとか言っていましたけれど、今日は勘弁してください。今日はゆっくりと布団で休みたいので……」

 

私がげんなりしながら言うと美鶴先輩が頷き、皆に目配りする。皆も私が交流会から戻ったばかりのことや真田先輩の体調のことを考え、その案に了承するように頷く。

 

それからは皆、思い思いに過ごす。私も皆と話をした後、一旦自室に戻ってベッドでごろごろする。そして、時計が23時を指した頃を見計らって自室から出て屋上に向かった。

 



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P3Pin女番長 番外編『審判』①

『審判』はタロットカードの20番目の大アルカナ。

 

構図はラッパを吹く天使と甦る死者たちが描かれる。

 

このラッパを吹く天使はガブリエルをモチーフとされており、そのため審判のカードは『最後の審判』をイメージしていると思われる。永遠の命を与えられる者と地獄に落ちる者に分ける場面と言える。

 

 

 

なんで、こんなことを考えたのかと言うと、八十稲羽で総司くんや優ちゃんの叔母さんである堂島千里さんからもらった『ボロボロのお守り』を彼に渡して、『もう大丈夫だから』という伝言をつたえ終わると、総司くんがぽつりぽつりと話し始めたのだ。

そして、話し終えた彼に優ちゃんに言っているように協力することを伝えると頭に響いたのだ。

 

―我は汝、汝は我

 

―汝は隠されし絆を見つけたり。

 

―此処に《審判》のアルカナ紡がれん

 

と。

 

 

 

 

8月2日(日)

 

あと1時間くらいで日をまたごうとしている巌戸台分寮の屋上にて、月明かりの下で野菜や果物の手入れをしていた総司くんに声をかけたところまでは良かったのだけれど、いざ何を話せばいいのか分からなくなり、混乱することになってしまった。

 

総司くんは声をかけられた側なので、私が話すのをずっと待っている状態だ。私はタルタロスやシャドウのことや、これから起こることを知っているのではないかという本当に聞きたいことは置いておいて、まずは八十稲羽で会った堂島千里さんから預かっているものを彼に渡すことにした。

 

「総司くん、これ……」

 

「はい?……あ、これってもしかして僕が作ったお守り?」

 

「うん。千里さんに会ってね、預かってきたんだ。『私たちはもう大丈夫だから、総司くんは自分のために時間や能力を使っていいんだよ』って伝言ももらったよ」

 

「そうですか。……まだ死亡フラグは消せていないんだけれど」

 

総司くんは手渡されたお守りを見ながら小さく何かを呟いたが聞き取れなかった。総司くんはお守りをポケットに入れると立ち上がって、伸びをして振り向いた。

 

「あれ、もしかしてまだ何かあるんですか?」

 

「えっとね、もうちょっとお話がしたいんだけれど」

 

私が上目遣いでお願いすると、総司くんは照れるのを隠すようにしながら頬を掻きつつ、私の隣に座る。そこで、私はちゃんと千里さんからの伝言の意味は分かったのかを尋ねる。

 

「千里さんの伝言はちゃんと分かった?」

 

「とは言ってもですね、結城先輩。分かんないですよ、そんなことを言われたって。叔母さんたちにお守りを送っているのだって、皆さんに料理を振る舞っているのだって、僕が好きでやっていることなんだし」

 

総司くんは腕を組んで悩むように首を傾げ始める。

 

そこで私は千里さんから聞いた優ちゃんがいじめられていたこと。そのいじめから優ちゃんを助ける為に、総司くんが奇抜な格好をしたり、変なものを蒐集し始めたりしたっていうことを伝えてみた。

 

「……そんなこともあったっけ。……覚えていないや。■■■■■いる僕なんかよりもずっと、優の事の方が、この世界で生きている皆の方が大事だから」

 

一瞬だけ耳にノイズが走り、彼が言ったことを聞き逃してしまったが、千里さんが言っていたように総司くんは何らかの理由により自身を蔑ろにしていることは間違いがない。

 

かと言って何が彼の幸福なのか、不幸なのかを知らないのでとやかく言うのは憚られる。

 

「総司くんは夢とかあるの?」

 

「夢……。とりあえず大学行って、どこかの会社で働いて、結婚して……。こういうのは結城先輩の言う夢じゃないですよね。すみません、考えたこともなかったです」

 

総司くんは15歳の中学生だ。将来が定まっていなくてもおかしくはないけれど、やっぱり何か違和感がある。

 

それが何なのか分からないけれど、総司くんをこのまま放っておいたらきっと取り返しのつかないことになりそうで怖い。ある日、突然いなくなってしまいそうな、そんな不安が過ぎる。

 

「夢を探すのに早いことはないんだし、ちょっと考えてみたらどうかな?」

 

「そういう結城先輩は夢ってあるんですか?」

 

総司くんは私を見つめながら聞いてくる。私はにっこりと笑って言ってみる。

 

「それはあるよ。素敵な旦那様を見つけて結婚してあったかい家庭を築くの。第一候補は総司くんだけれどね」

 

「冗談もほどほどにしておいてくださいね」

 

くっ……。切り返しが思ったよりも冷たかった。

 

意識はしているだろうけれど、まだそういった対象には見られていないってことか。思ったよりもダメージがおっきいなー……。

 

「でも、心配してくれてありがとうございます。結城先輩が言うように、将来のことをちょっと考えてみようと思います。もしかしたら相談することがあるかもしれないですけれど、その時は協力してもらえますか?」

 

「それは勿論だよ、総司くん。ばんばん相談してね」

 

私がそう言うと総司くんは、はにかむような笑みを浮かべ頷くのだった。

 

 

 

 

 

総司くんに「おやすみ」と言って自室に戻った後、私は心に宿った新たな力を目の当たりにすることになった。

 

私が保有出来るペルソナの上限は12体。それ以上になると、いずれかのペルソナを消さないといけなくなるのだが、今回総司くんと話すことによって得た【審判】のアルカナを持つペルソナの名は【クジャタ】。

 

大きな牡牛の姿をしている。レベルは40レベルと私が持っている他のペルソナと比べても高いものだが経験値が得られない。成長しないペルソナのようだ。

 

しかも、私が保有するペルソナとは別枠の様子。

 

「……明日にでもイゴールに話しを聞きに行こう。こればっかりは私には判断が付きそうにないし」

 

私はベッドにダイブすると寝転がりながら天井を見上げる。

 

 

総司くんの謎がまた増えてしまったと。

 

タルタロスやシャドウのこと、これから起こりえることを知っているのかどうか、自身を蔑ろにして周囲の人のために生きるのは何故か。そして、放っておいたら突然いなくなってしまうような漠然とした不安を抱いてしまったのは何故なのか。

 

すべてが繋がっているような気がしないでもないけれど、こればっかりは本人が話してくれるのを待つしかない。下手に聞いて、関係が壊れてしまうのは避けたいところだしね。

 

私はそのまま布団にもぐり込むと抱き枕を抱きしめつつ眠るのだった。

 

 

 




■■■■■=やり直して


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自分を見つめ直す転生者

エタってすみません


いつも通り巌戸台分寮に住んでいる人数分の朝ごはんを作り終えた僕は書き置きだけを残し、財布だけを持って外に出ていた。夏休みなので学校も休みだし、行先は特に決めておらず、一応日の暮れるまでに寮には帰ろうとは思っている。

 

駅員に定期を見せ、ホームに入ると通勤のためかスーツ姿のサラリーマンやOLのお姉さんたちが並ぶ姿が見られる。前世でも見慣れた光景だ。僕はその列に並ばず、ホームに設置されているベンチに腰を下ろした。壁に背凭れ、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して時間を見れば7時を少し過ぎている。僕は携帯電話をズボンのポケットに入れ直し、視線を空へと向ける。

 

「……夢、か」

 

僕は昨夜、結城先輩に言われたことを思い返し、自問するように小さく呟いた。

 

 

 

 

現在の僕の目的は【誰も死なせない】ことだ。

 

これはペルソナ3の主人公である結城先輩や、コミュの進行状態によっては死んでしまう荒垣先輩、幾月氏と相討ちになる桐条先輩の父親だけでなく、ペルソナ4にて犠牲となってしまう3人の被害者や叔母である堂島千里さんも含まれている。

 

千里さんにはアイテムの効果が重複するように作ったお守りを渡し、事故には気をつける様に忠告しているので、今の所大惨事にはなっていないけれど、ペルソナ4が開始されるまでは気掛けていかないといけないけど、たぶん大丈夫だと思う。

 

犠牲となる3人の方も死ぬ原因となる生田目さんや久保と知り合って悩み相談も受けている現在、あのようなことにはなるまい。足立さんには今の所会えていないが叔父さんの相棒にはまだ定年間近なベテラン刑事がついているので交代したら会わせてもらおうと思っている。

 

桐条先輩の父親である桐条武治には叔母に渡しているお守りと同じものを幾月氏と相対する前に渡しておけば大丈夫だろうけれど、いかに信頼を得るかが問題だ。ぶっちゃけ彼と接してきた時間が違いすぎる。屋久島の一件で一目は置かれているかもしれないけれど、僕が幾月氏は危険だと告げたところで子供の戯言で片づけられる可能性が高い。やっぱり桐条先輩経由で渡してもらうしかないか……。

 

荒垣先輩に関しても同様だ。致命傷となるのはタカヤから放たれた銃弾から乾くんを守るためにその身を盾にするのだから、僕が作ったお守りさえ持ってってもらえれば問題なくなる。ただそれを身につけていてくれるかどうかだ。これは結城先輩に期待するしかないかな。

 

「最大の問題は結城先輩なんだよな……」

 

期限まで残り5カ月になろうとしているのにも関わらず、救う手立てがまったく思いつかない。一番手っ取り早いのは結城先輩の中にいるファルロスを望月綾時【死の宣告者】にしないことだけれど、満月にやってくるアルカナの大型シャドウを彼女抜きで倒すことはできない。僕自身にそんな力はないし、現在の特別課外活動部の中心は間違いなく結城先輩だ。戦いのリーダーとしての才覚は本物だし、ペルソナ能力からして外れることはない。

 

「アイギスさんがメンバーに加わったことで、10年前と同じように誰かにアルカナを持つ大型シャドウを“誰か”に封印するっていう手もあるけれど、……そうはいかないよなぁ」

 

通勤ラッシュが終わったのかホームの人だかりも収まり、数人がちらほらといるだけだ。次に来た電車に乗ろうと思って時刻表を眺めていると肩を叩かれる。振り向いた先にいたのは順平さんだった。

 

「おっす、総司」

 

「おはようございます、順平さん」

 

「こんなとこで何をしているんだ?」

 

「そこのベンチでぼーっとしていたら、何本か乗り逃がしました」

 

僕は頬を掻きながら告げる。すると順平さんは顎髭を触りながら珍しいこともあるもんだなと笑って、ベンチに座って手招きする。

 

「ま、座れよ。女にゃ言えない相談事でも、この伊織先輩なら聞いてやれるぜ」

 

ニカッと笑う順平さんの隣に座った僕はおもむろに、昨夜結城先輩に尋ねられた『将来のこと』について尋ねてみた。彼は乾いた声で苦笑いしながら、僕には『色々な才能があるんだし自分で道を狭めなくてもいいのではないか』という助言をくれた。ちなみに順平さんの将来の夢を尋ねるとやや強引に話を変えられた。触れられたくない話題であったようだ。

 

そういえば、時期的には今くらいだったっけ。順平さんがストレガのメンバーの1人であるチドリに会うのって……。

 

 

 

 

ポロニアンモールに来た僕はお店を転々としながら時間を潰していた。青髭ファーマシーの店長と次の釣りはどこに行くかで盛り上がったけれど、しっくりとこなくて、コーヒーを飲んだりカラオケをしたり、ゲーセンに入ろうとしたらスタッフに止められたりして、結局噴水前のベンチに座って行き交う人たちをただ眺めるということに落ち着いた。中学生の休みの過ごし方としてはどうなのかという考えはとりあえず捨てておく。

 

「僕がやりたいこと。……夢、将来のことか。……はぁ」

 

結局のところ、僕自身の将来のこともこの世界が続いて行くことが前提な訳なので、やっぱり結城先輩のユニバースを、ペルソナ3をどうにか攻略するしかない。

 

人として限界を大きく超える力であるユニバースを“1人”で使ったことによって、ペルソナ3の主人公は死んでしまうのだから、2次創作ものにおいてはオリ主がそのユニバースの力を持っていて、2人で負担することによって2人とも生き残るとか、2週目のキタローもしくはハム子の介入によって何とかなるっていうのをちらほら見かけるけれど、僕の手札は【前世の知識】と【優の戦闘能力】のみだからなぁ。

 

妹の優がワールドの力に目覚めるのは、少なくても2年後。下手したらこの世界では目覚めないかもしれないけれど、今の彼女は1人のペルソナ使いでしかない。アルカナは『塔』でペルソナは同じくアルカナが『塔』のウシワカマル。

 

……あれ?

 

「本人のアルカナが塔なのはいいけれど、ペルソナも“塔”のアルカナって良かったっけ?」

 

思いだせない。僕の前世の知識も完璧じゃないし、今はそこが問題じゃないしね。

 

 

 

 

結局、納得できる答えを見つけることも出来ないまま、巌戸台分寮に帰ってくることになった僕。肩を落としつつ寮の扉を開けると何かが凄い勢いで僕の胸へ飛び込んできた。その勢いを殺しきれずに押し倒された僕は、涙目で飛び込んできた何かを見る。

 

「よかったぁぁ。帰ってきてくれた……」

 

案の定、それは妹の優であった。どうやら僕が書き置きしていった内容を深く考えすぎて、今日1日テンパっていたらしい。確かに『自分探しに行ってきます』はまずかったかもしれない。思春期男子が書き置きして家出する常套文句だし。

 

唯一、僕がこんなものを書き置きして外出するようなことをする理由に心当たりのあった結城先輩は、すぐにその様子を看過した桐条先輩とブラコンな優からの尋問にぐったりとしており、晩ご飯が出来上がるまでアイギスさんの膝枕から脱することが出来なかった。

 

 

 

 

深夜、日課となっている家庭菜園の手入れをしていると昨日と同じように結城先輩がやってきた。これはまさか、僕と結城先輩の間にコミュが発生しているのではなかろうか。もしそうであるとするならば、僕の担当アルカナは一体何だろう、と考えていると結城先輩が隣にしゃがみこんで尋ねてくる。

 

「今日は何をしてきたの?」

 

「えっと、昨日先輩に言われたことを自分なりに考えてみました。……答えは見つからなかったけれど」

 

「そっか……。見つからなかったかー」

 

僕が雑草を根っこごと引き抜く作業をする様子を結城先輩はじっと見ている。僕は作業をする手を止めて、結城先輩の顔を見る。

 

「ん、どうかした?」

 

きょとんとした表情で首を傾げるその仕草は可愛らしいとは思うけれど、正直困る。作業に集中できないし、人がいる空間での沈黙は苦手だ。まだ五月蠅い方がいい。

 

「何か聞きたいことでもあるんですか?」

 

「ひとつだけアドバイス。夢や将来っていうのは、「好き」や「何になりたい、何がしたい」っていう気持ちを素直に求めることだと思うから、まずは総司くん自身が好きなことやしたいことを書き出して見るといいよ。こういった農作業を手広くやってみたいもいいと思うし、料理の腕を極めたいでもいいしね」

 

そのためには結城先輩、貴女がハッピーエンドを迎えてもらわないと困るんですが。少なくてもデッドエンドは認めない。影時間やタルタロスが後世に残ることになったとしても結城先輩、貴女を救う。その目的を達成するために、僕はこれからもあらゆる方法を模索する。

 

「あ……」

 

「どうしたの、総司くん。何か思い当ることがあった?」

 

結城先輩が微笑みながら僕を見つめてくる。僕はそれにたじろぎながら、首を横に振り立ち上がる。僕は結城先輩に助言の礼を言って道具を片づけた後、屋上を後にする。

 

そして部屋に入って鍵を閉めると同時に携帯電話を取り出し、電話を掛けようとしたが時間が時間であることを思い出し止める。

 

「そうだよ。何もシャドウを封印する“器”は人じゃなくていいんだ。このペルソナ世界には『ホムンクルス』っていうアイテムもあるんだから。……となると、シャドウを封印できるアイギスさんの協力が必要不可欠。けれど、それにはどうしても幾月氏が邪魔になる」

 

僕は部屋を歩き回りながら思考する。僕だけでは幾月氏をどうにかすることはできない。幾月氏の悪事、もしくは彼が考えている終末思考のことを明らかにして、桐条先輩の父親に直訴する必要がある。その前に僕の考えが幾月氏にばれると消されるだろうけれど。

 

同じ立場だし、そこは仕方が無いよね。『やっていいのは、やられる覚悟がある奴だけだ』って名言もあるし。

 

「幾月氏を追い詰める糸口はやっぱり、岳羽先輩のお父さんの映像か。たぶん、そろそろ解析も終わるだろうし、幾月氏がしらばっくれるようであれば、作戦室横の秘密の部屋に突入することも視野にいれないといけない」

 

秘密の部屋自体はアイギスさんの力を借りればすぐに見つけられるだろうし、幾月氏のパソコンも山岸先輩のハッキング能力でどうとでもなるだろう。ここまで来ると原作ブレイクどころの話じゃないな。

 

「ペルソナの世界で資質がないのって、こんなに不便なんだなぁ」

 

僕の呟きは誰に聞かれるでもなく虚空に消えて行くのだった。

 

 



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P3Pin女番長 8月―④

8月4日(火)

 

昨日は酷い目にあった。

 

起きて朝ごはんを食べに行くと泣き喚く優ちゃんの姿があった。理由を尋ねると総司くんが出て行ったとのこと。確かに台所の机の上に置かれていたメモには『自分探しに行ってきます』という言葉が記されてあり、聞こえによっては家出とも取れなくはなかった。

 

結局、夕方には総司くんは帰って来たので大事にならずには済んだのだけれど。美鶴先輩と優ちゃんと2人を補佐するアイギスによる一日かけての尋問は辛かった。危うくコミュのことまで話しそうになっちゃったし、危ない危ない。

 

コミュといえば総司くんとの間に出来た『審判コミュ』だが、ここ2日でレベル2に達した。私としては彼の悩みを解決させる一助を担えたとはどうしても思えないのだけれど、レベルが上がっている以上、私の言葉が彼の役に立っていることには変わりない訳で。

 

「うーん……。やっぱり納得いかないなぁ……」

 

私は電車の中から流れ行く景色を見つつ、そんなことを口にするのだった。

 

 

 

 

 

「ようこそ……我がベルベットルームへ」

 

ポロニアンモールの辰巳東交番横にある路地裏からいけるベルベットルームに足を踏み入れた私に声を掛けてくるイゴールさん。彼の横に立つテオドアも私に向かって一礼する。

 

「ほう、また新たな絆を育まれた様子。……しかし、まさか『審判』とは」

 

イゴールさんは私の顔をじっと見て、意味深に何度も頷くとタロットカードを取り出し机に広げ並べる。そして、その中からカードを一枚だけ選び、絵柄が見える様にひっくり返すと、件の審判のカードが表向きになった。

 

「そのコミュニティによって育まれる“力”はいずれ貴女さまを“繋ぎとめる”役割を果たすことになるでしょう。……さて、本日のご用件は何ですかな?」

 

イゴールさんは机の上に並べていたタロットカードを全て消し去った。イゴールさんにしては歯切れの悪い話の切り方に違和感を覚えた私は尋ねる。

 

「何か問題でも?」

 

「いえ、この問題は私が助言する訳にはいきません。貴女様が築き、育み、立ちはだかる問題を共に解決する。それは今までも貴女様がやってきたことです。ただ、この審判というコミュニティが他の絆とは一線を画したものですから」

 

イゴールさんは私に告げていいものなのか悩むように目を閉じる。その姿に不安を覚えた私は思いきって尋ねてみる。

 

「具体的に言うとどういうことなんですか?」

 

「ふむ……テオドア」

 

イゴールさんは隣に立っているテオドアに視線を向ける。視線を投げかけられたテオドアは頷き、持っていたペルソナ全書から審判のカードを取り出し、全書を閉じて虚空に消しさると審判のカードを持って話し始めた。

 

「はっ。まことに申し訳にくいのですが、この審判というコミュニティは結城さまが今まで築いてきたコミュニティと違い制限がございます」

 

「あ、もしかしてペルソナのレベルが上がらないこと?」

 

「いえ、夜長月(よながつき)に入るまでに達しなければ、コミュニティが消滅するだけです」

 

「……へ?」

 

私が首を傾げると、テオドアは持っていた審判のカードを破り捨てて、ゆっくりと告げる。

 

「今回の審判のコミュニティは9月に入るまでに達しなければ消滅します」

 

「…………。えぇええ!?」

 

ベルベットルームに私の叫びが木霊する。私はテオドアに向けていた視線をイゴールさんに戻し、説明を要求する。コミュニティの消滅なんてただ事ではない。リバースでも、ブロークンでもなく、消滅なんてありえない。

 

「本来であれば、この審判のコミュニティは貴女様の意識の覚醒が周囲の者たちに伝わることによって築きあげるものなのです。個人との間に築かれるものではありません。しかも、コミュニティを築くことで貴女様の心に直接ペルソナが生まれることなど……」

 

どうやらイゴールさんたちにとって総司くんとの間に出来た審判コミュに関しては異常、イレギュラーであるらしい。彼らが分からない以上、私に出来るのは総司くんとのコミュが無くならない内にマックスにしなければならないということだ。

 

「今回に審判のコミュニティに関しては、私共がお手伝いすることは適いません。しかし、最初に申し上げました通り、このコミュニティを育めば貴女様を繋ぎとめる一助になることは確実にございます。どうか大切にコミュニティを育まれますように……」

 

イゴールさんはそれ以降、この話題に触れようとしなかった。

 

 

 

 

 

8月6日(木)

 

満月を明日に控えたこの日、私たち特別課外活動部はタルタロスに籠もって戦力の底上げをしていた。よくよく考えてみれば、屋久島から帰ってきて仲間関係がギスギスしていたのもあって、タルタロスの番人を倒せずに帰って以降、タルタロスに来ていなかった。

 

先月よりも強くなっていると思われる大型シャドウ相手に戦力に不安を抱え込んだままだと拙いと思い、強行策に至った訳なのだが今日はゆかりがすこぶる調子が良い。

 

「やった!またクリティカル♪」

 

彼女が放つ弓矢が敵シャドウの態勢を簡単に崩す。態勢の崩れたシャドウに優ちゃんとアイギスの物理特化型ペルソナ使いが襲いかかれば、消滅するのは当たり前の話。

 

美鶴先輩と真田先輩は背中合わせになって死角をなくし戦っている。順平も活躍はするけれど、なんというかキレがない。戦闘後、小休止することになったので私は順平に近づいて話しかける。

 

「順平、何か悩み事でもあるの?」

 

「ん、湊っちか。……いやさ、総司に偉そうにアドバイスしたけど、オレっちって将来何をすればいいんだろうって、柄にもなく悩んじまっている訳よ」

 

恐らく総司くんが書き置きを残して外出した日のことなんだろう。

 

順平も今はペルソナ使いとしてこうやって戦うことで気を紛らわせることが出来るのかもしれないけれど、もし全ての大型シャドウを倒し、シャドウや影時間を無くした後は……。っていうことなのかな。

 

「総司は努力して今の自分を作り上げたっていうのは知っているけれど、正直うらやましいんだよ。勉強もスポーツも家事も出来るって、すげーじゃん。それで性格までいいとか、神さまは不公平だよなー」

 

順平はそんなことを口にしながら、立ち上がると伝説風ソードを肩に担ぎ、真田先輩たちの近くへ歩いて行く。どうやら小休止をやめて先に進むようだ。私も春秋大刀を構えると皆がいるところに足を進める。

 

「湊、順平と何を話していたの?」

 

近くに行くとゆかりが話しかけて来た。私は順平の悩みは話さずに、将来は何になりたいのかをゆかりにも尋ねる。私は『お嫁さんだけど』って言ったら、呆れた様子で苦笑いされた。

 

解せぬ……。

 

 

 

 

特別課外活動部の仲間関係問題もゆかりと美鶴先輩のものだけを残しているだけになっていたこともあって、行き止まりがある所まで進める事が出来た。アイギスのオルギアモードは完全に切り札になり得る力で頼りになる。

 

「という訳で、作戦会議をしようと思います」

 

私たちはエントランスに戻り風花を交えて、明日の満月戦の打ち合わせをすることにした。

 

これまでの満月の大型シャドウの強さを考えると、今回も全員で挑んだ方が良いという判断に反対意見は出ず、配置と役割分担の話になる。

 

「優ちゃんとアイギス、順平は前衛というか攻撃役よね」

 

「明彦は相手を弱体化させつつ、遊撃といったところだろうな」

 

「湊さんは状況を見て行動する方がいいと思うであります」

 

特別課外活動部の面々で円を作る様に座り意見を言い合う。前回私たちが倒した大型シャドウのアルカナは『法王』と『恋愛』であった。後者は精神攻撃で私たちを操り、全員の心に深い傷を負わせた。ゆかりなんかは時折思い返しては地団駄することがあるくらいだ。

 

ただ順平と真田先輩は総司くん発案、風花作成、アイギス実行犯によるロシアン大福によって振り返りたくない掘って掘られての記憶を強制的に削除されている。

 

「今回の大型シャドウのアルカナは順番的に言うと『正義』『戦車』の2つが濃厚です。もしかしたら『隠者』も含めた3体になることも考えられますが、その可能性は低いでしょう」

 

風花の分析を聞き、私は自身が持っている正義と戦車のペルソナ能力を見てみる。どちらも物理攻撃が主体となりそうだ。となると回復系のアイテムの他に耐久性や相手の攻撃を跳ね返したりするアイテムがあると楽が出来るかもしれない。

 

「あれ、そういえば……」

 

私は総司くんとの間に出来たコミュニティによって得られたペルソナ。クジャタの能力を見てみる。

 

レベルは40でステータスは耐が群を抜いて一番高く、『斬・打・貫に耐性』があって、『光属性を無効化』、覚えているスキルは物理攻撃スキルと『恐怖無効』と『混乱無効』。

 

まるで、今回の大型シャドウとの戦いに使えと言わんばかりの能力だ。それに一番気になるのは『ボディバリア』というスキル。これは味方全員の攻撃を肩代わりできるというスキルだ。何かに役立てることが出来るかもしれない。覚えておこう。

 



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P3Pin女番長 チャリオッツ&ジャスティス戦―①

8月6日(木)

 

今晩は満月。戦いに備えて、午前中はともかく午後は寮で過ごそうと思いながら1階に降りるとラウンジで総司くんが裁縫をしていた。そんな彼の姿を物珍しそうに見ている面々に話しかける。

 

「おはよ、ゆかり」

 

「ん。おはよう、湊」

 

私は彼女の隣に立ちつつ、総司くんの手元を覗き込む。そこにあったのは茶色の棒状の物や、何か文字が書かれた札のようなもの。私たちの視線に目もくれず総司くんは作業に没頭しており、何だか話しかけて邪魔するのも引けたこともあり、私はそのまま台所に向かい朝食を摂る。総司くんの裁縫姿を見飽きた他の面々もそれぞれの用事を済ませる為に寮から出て行ったり自分の部屋に戻ったりしていく。

 

私は何をしようかと掲示板を眺めていると声を掛けられた。

 

「おはようございます、湊先輩。今日は何か、予定とかありますか?」

 

「ううん。特にないよ」

 

私は振り返る。そこにいたのは私服姿の優ちゃん。

 

「聞いてもらいたいというか、相談したいことがあるんですけど。あまり人に聞かれたくなくて……」

 

「じゃあ、一期一会に行こうか。あそこならいい大丈夫じゃないかな」

 

私が提案すると優ちゃんは頷き返す。私はちらりと作業に没頭する総司くんを見た後、優ちゃんの手を引いて歩き出す。巌戸台駅に向かう途中、彼が何をしているのか心当たりがあるかを尋ねるとたぶん『お守り』ではないかという答えが返される。

 

事故の衝撃から完全に対象者を守り切る最強アイテム、『総司くんお手製お守り』か。あれがひとつあると、きっと今晩の大型シャドウ戦も安心して戦えるんだろうけれどなぁ。私はそんなことを考えながら優ちゃんと一緒に駅のホームで電車が来るのを待つ。ふと空を見上げるとホームの屋根に留まっていたカラスが私たちを見ながら一鳴きして飛び立った。

 

 

 

喫茶店『一期一会』とはポロニアンモールのメインストリートから細い路地裏を通った先にひっそりと佇むようにある初老のマスターの淹れるコーヒーが絶品な隠れた名店である。私がここを知るきっかけとなったのは春先であったと思うけれど、その時のことを思いだそうとすると霧が掛ったように思考が曖昧になるのであの時のことはあまり思いださないようにしている。

 

私はここのことを知ってから結構通っている。少なくてもマスターに顔を覚えられるくらいには。私は出されたコーヒーを飲みつつ、正面に座る優ちゃんに視線を向ける。

 

「それで話って何なのかな?」

 

「えっと……。湊先輩、これどうぞ」

 

優ちゃんから渡されたのは小さな箱。可愛いリボンでラッピングされてある。私は優ちゃんを見た後に渡された箱に視線を落とす。そしてリボンを解いて箱を開ける。中から出て来たのはシュークリームだった。

 

「湊先輩って、バナナが好きでしたよね?兄さんに頼らず、1人で初めて作ったバナナシュークリームです。最初に湊先輩に食べてもらいたくて」

 

優ちゃんは胸の前で手をツンツンさせながら私を見てくる。どうやら早く食べてもらいたいようだ。酸味のあるコーヒーにはシュークリームやケーキなどが合うということらしいが、優ちゃんは私が相談を聞く場所を『一期一会』にするだろうと睨んで、このチョイスなのだろうか。総司くんも中々鋭い観察眼を持つけれど、優ちゃんもそれに引けを取らない気がする。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「……(じー)」

 

私は心配そうに眉を寄せながら見てくる優ちゃんに、心の中で苦笑いを浮かべつつシュークリームに齧りついた。外の生地はカリッと香ばしく焼け上がっていながら中はしっとりとしており絶妙な焼き加減であったことを物語っている。中のクリームは砂糖を使った甘さではなくバナナを使うことによってクドくないさっぱりとした味わいに仕上がっている。何が言いたいのかというと……。

 

「美味しい!」

 

「あ……ホントですか!?」

 

「うん、嘘じゃないよ。私の好みもバッチリで言うことなし!」

 

「ありがとうございます」

 

優ちゃんは満面の笑みを浮かべ、肩に下げていたショルダーバックから次々とラッピングされた小さな箱を取り出して、取り出して、取り出して……って、多いっ!?

 

「まだまだ兄さんには敵わないけれど、色んなことで兄さんと肩を並べられるように一歩ずつ努力していこうって思えたのは間違いなく湊先輩のおかげなんです。これはホンのお礼です。いっぱい食べてくださいね♪」

 

鈴振るような軽やかな声と、蕾が花開いたような満面の笑みを浮かべる優ちゃんを前にして、食べないという選択肢があるはずもなく、私はマスターにコーヒーのお代わりを頼みつつ、私の好物であるバナナをふんだんに使用したお菓子を延々と食べ続けるのであった。

 

当分、バナナは見たくない。そう思いつつ、ホクホク顔の優ちゃんと一緒に巌戸台分寮に帰るのだった。その道中……。

 

「湊先輩、これからもよろしくお願いしますね。兄さんの背中を追うの、私1人だと挫けちゃいそうだから」

 

優ちゃんの強い想いを感じた。私はぽっこりと膨れたお腹には目もくれず、優ちゃんに向き直って答える。

 

「勿論、優ちゃんがもういいですって言っても、ずっと私はアナタの味方であり続けるからね」

 

「はい、よろしくおねがいします。湊先輩」

 

そう言った優ちゃんは肩にかけていたショルダーバックをかけ直すと急に走り出す。どうしてなのかなって思っていると、彼女の視線の先には見慣れた後ろ姿があった。

 

「兄さーん!何を買ってきたのー?」

 

「うわっ、優!?こんな往来で抱きつかないでって、ちょっと、しがみつかないで!!」

 

「寮まであと少しなんだから、頑張れお兄ちゃん」

 

「はぁっ!?……優、何か雰囲気が変わった?」

 

「べっつにー。色んなことにちょっとだけ頑張ってみようと思っただけだよー」

 

「意味分からないんだけど、それとこれが何のつながりが……」

 

総司くんは優ちゃんに悪態をつきながらも、そのままの状態で歩みを進めて行く。優ちゃんは総司くんに対して、どこか憂いというか煩わしさを含んだ違和感のある笑みではなく、心の底から信頼する兄に向けての笑みを向けている。総司くんが違和感を覚えたのはそれが理由だろう。

 

「塔コミュ、レベル10達成。解禁されたペルソナはシュウか……。特別課外活動部のメンバーで一番にコミュMAXになったのが優ちゃんとはね……」

 

仲睦まじく寮に向かって歩みを進める男女の双子の背を見ながら、私も止めていた歩みを再開する。午後はしっかりと身体と心を休めて大型シャドウ戦に備えないといけない。けれど、今回も大丈夫だよね。きっと……。

 

 

 

 

昼食後、天田くんが外出したのを見計らって私たちは大型シャドウ戦に向けての最終ミーティングを行う。先月は白河通りのホテル付近で影人間が増えているという情報を得る事が出来ていたが、今回はそういった情報がまったくと言っていいほど入っていなかった。

 

「場所を探るのは山岸に頼らざるを得ない。負担をかけることになるが頼むぞ」

 

美鶴先輩はそう言って風花に依頼する。風花はそれに大きく頷き、周囲にいる私たちを見ながら内心を吐露する。

 

「皆さんが心身を削って戦っている中、私だけ安全な場所からナビゲートしています。だから、私が出来ることであるのなら任せてください。全力でサポートしますから!」

 

俯いて弱弱しく話し始めた風花であったが、思いが乗り始めたのか後半になるにつれて言葉が強くなり、最後の宣言をした時にはその瞳に明確な意思が表れていた。それを見た真田先輩はニヤリと口角を上げて頷き、順平は親指を立てて風花に向けてサムズアップした。

 

「夕食は総司くんと天田くんがスペシャルメニューを作ってくれるみたいだし、そこは問題ないよね。……っていうか総司くん、今朝は何を作っていたの?」

 

ゆかりが疑問を口にしながら、台所で洗いものをしている総司くんに目を向けると、彼はその手を止めて私たちに近づいてきた。

 

「優から頼まれて、部活で使っている胴着の補整とお守りの作成ですよ」

 

そう言った総司くんはポケットからお守りを一個取り出して机の上に置いた。置かれたお守りをゆかりが手にとって眺める。何の変哲もないお守りに首を傾げる彼女。順平や美鶴先輩たちも『なんでそんなものを?』といった感じで総司くんを見ている。

 

「ちなみに材料は何を使ったの、兄さん?」

 

「ん。僕が育てている『ミガワリナス』と、優がくれた『フィジカルミラー』だよ。“所持者が致命傷を受けると代わりにこのお守りが壊れて身代りになって、その上で周囲にいる全員に一度だけ物理攻撃を反射するバリアを張る”んだ。叔母さんに渡しているのは個人にのみ発動するものだから、今回のは“どうなるか分からない”のが問題だけど……」

 

優ちゃんの質問に淡々と当たり前のことであるかのように説明し終えた総司くんに、その場にいた全員の視線が集中する。それに気付いた総司くんはその場で蹈鞴踏んで、後ろに下がった。

 

「総司、それマジな話?」

 

順平が頬を引き攣らせながら総司くんに尋ねる。総司くんは場の雰囲気にたじたじになりながらだが、簡潔に答える。

 

「一応、叔母に渡しているお守りは効果を発揮させています。叔母は車に轢かれてもピンピンしていて、逆に車の方がベコベコの廃車寸前になったという話を刑事の叔父からも確認が取れていますし」

 

誰かがごくりと喉を鳴らした。大型シャドウ戦は命がけといっても過言ではない。いやタルタロスでの探索中もそうだ。私たちの常識の斜め上を行くことも度々あり、悠長にアイテムを使っている暇もないことが日常茶飯事だ。

 

特に、今回総司くんが作ったお守りは“所持者が致命傷を受けた時”に、“オートで効果を発揮する”という何が起こるか分からないという戦闘をしている私たちにとって、あったらいいなと思っていた物だ。確かにアイテムを先に使っておくというのもひとつの手だが、こういうのがひとつあると嬉しい。

 

「総司、他には無いのか?例えば……攻撃力や素早さを補助したりするものとか」

 

「えっと、それは辰巳東交番で売ってあるパワーバンドやスピードバンドではなくてですか?」

 

「確かにあるけどよ。そういうのって、ひとつの能力しか上がらないだろ。真田サンが言いたいのは、複数の能力が上がるものはないかってことだ」

 

「ゲームでいうアイテム作成・合成、アイテムクリエイションっていったところですか……。結城先輩、僕が今言ったアクセサリーありますか?」

 

鼻息を荒くした真田先輩から尋ねられた内容に首を傾げ、順平からどういったものが欲されているのかを理解した総司くんが、私を見てそう告げた。私は待っていてと言って自分の部屋に行き使わなくなったものを閉まっている段ボールを開け、しばし考えた後、それごと持って皆がいる場所に戻った。そして、総司くんの前に段ボールを置き開けて、件のアクセサリーを手渡した。パワーバンドとスピードバンドの2つを見比べ、手触りや形状を調べていた総司くんが大きく頷いた。そして、見守る私たちに自信満々に言い放つ。

 

「たぶん、このくらいだったら2つを1つにすることは可能です。じゃあ、早速取り掛かり「ストーップ!!」って、ええー……」

 

2つのアクセサリーを持って立ち上がろうとした総司くんを呼びとめて、私は皆の方に向きを変える。そして、段ボールの中身を全てテーブルの上にぶちまけた。

 

「せっかく合成してくれるのに、今更攻撃力と素早さがちょっと上げるのを作ってもらっても味気ないよ。作ってもらうなら、即戦力になるものじゃないと……」

 

「時間的に1個が限界だな。くっ……鳴上にそんな技能があったとは」

 

私が提案すると美鶴先輩は時計を見てため息をついた後、小さく嘆いた。その言葉に順平やゆかりが同意するようにウンウンと頷いている。優ちゃんはアイギスにどのアクセサリーがどんな効果があるのを説明しながら、どんな組み合わせがいいかを語り合っている。真田先輩と風花は独自のセンスで奇抜な組み合わせを考えているがしっくりと来ていない様子だ。

 

「あのー……、晩ご飯の仕込みもあるので早く決めてもらえませんか?」

 

「ごめん、あともうちょっとだけ待っていて!」

 

総司くんは手に持っていた2つのアクセサリーをテーブルの上において待ちぼうけの状態だ。しかし、今から彼に作ってもらうアイテムが今晩の戦いに何か新風を起こすのではないかと思うと気が抜けない。その後、候補をいくつか見繕いメンバーで多数決を行い、総司くんにアイテム合成を頼んだのはそれから30分後のことであった。

 

 

 

●鳴上アイテム工房……『激魔脈の指輪』+『ウィンドバンクル』=『激魔脈の腕輪』効果:SPが最大値の20%増加し、風属性魔法の威力が上がる。

 

今回作ってもらったアクセサリーは特別課外活動部のメンバーで最も魔力値が高く、回復役を担うゆかりが装備することになった。

 

総司くんがこの技能を皆に見せると決めたきっかけは恐らく、私が八十稲羽で彼らの叔母である千里さんから預かった『ボロボロのお守り』と『伝言』が効いているんだと思う。私が総司くんとコミュを築いたのも、無駄ではなかったと思いたい。

 

 



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P3Pin女番長 チャリオッツ&ジャスティス戦―②

8月6日(木) 深夜

 

影時間が始まると同時に寮にて控えていたメンバーが続々と集まってくる。私は割と早めに来た方で、最後に作戦室に来たのはウォーミングアップしてきたのか、少し汗ばんだ状態の真田先輩であった。

 

美鶴先輩は全員が揃ったのを確認して風花に目配せした。彼女はすぐに召喚器を用いて自身のペルソナを呼び出すと巨大シャドウの居場所を探す。目を閉じて、自身のペルソナの力を自分の手足のように使って見せる彼女の動向を見ていると、何かを発見したような動きを見せた。

 

「山岸、……どうだ?」

 

「はい、確認できました。場所は巌戸台の北の外れにある、廃屋が並んでいる一帯です。ただ反応は十メートル以上の地下からで……」

 

風花が自身のペルソナであるルキアを用いて発見した大型シャドウの居場所を聞いて私たちは顔を見合わせる。順平は地下と聞いて、「もぐら?」と呟きを漏らし、その発言を聞いた美鶴先輩と優ちゃんが噴き出した。

 

「単に建物に地下があるってことじゃないの?」

 

「港湾部北側には、建築時に地下10メートルを申請している建物はありません。ですが、ずっと以前には陸軍が地下施設を置いていたという記録があります」

 

「陸軍?……そうなの?」

 

ゆかりが風花に難しく考える必要はないのではないかと投げかけると、話を聞く側に回っていたアイギスが言葉を発した。今日の満月に出てくると思われるアルカナを持つシャドウは戦車、正義、隠者である。アイギスの話が本当なら、戦車のアルカナを持つシャドウは相当にゴツイものが出てきそうだ。

 

「で、結局はどうなんだ山岸?」

 

「詳しいことは、実際に行ってみないことには何とも……」

 

風花はそう言ってしゅんぼりとしている。作戦会議にてあれだけ意気込んでいたのに、蓋を開けてみると本人も微妙と思うほどの貢献しか出来ないことに意気消沈している様子だ。美鶴先輩がそんな風花の肩に手を置いて話し始めると、作戦室にいたメンバーの視線が彼女に集まる。

 

「戦争の遺物か……。今回は状況が未透明なことが多い。現場での状況に合わせた戦い方が求められるだろう。皆、気を引き締めて行こう」

 

「「はい!」」

 

「了解だ」

 

「了解であります」

 

「みんな、頑張ろうね!」

 

 

 

 

巌戸台港湾部北、地下施設の入り口まで風花のナビゲートでやって来た。入り口は立ち並ぶ廃屋の影に巧妙に隠されていたが、風花のペルソナであるルキアとここのことをデータとして知っていたアイギスの前にしては無意味だった。

 

中は案の定薄暗かったが、懐中電灯が必要になるほど暗くはなかった。完全に地下施設の上、電灯は意味をなさないのに問題なく進めるほど明るいってどういうことなのだろうと首を傾げていると、地下数十メートルほどの地点に分厚い鋼鉄製の隔壁があった。それは私たちを招き入れる様に開かれていて無気味であったが、この先にシャドウの反応があるということで敷居をまたいで先に進もうとする。その直後だった。

 

「お見事です」

 

「え、誰!?私のルキアには、今の今まで何の反応も……!」

 

私たちが一斉に振り返ると隔壁の外に上半身裸の不気味な瞳を持つ男と、眼鏡をかけ緑色の服を着た男が立っていた。

 

「何者だ!この時間に動けるとは……」

 

美鶴先輩が問い質すが、上半身裸の不気味な男は私たち1人1人を観察するようにして見た後に「ククッ」と笑いをこぼした。その上で、誰にともなく口を開いた。

 

「お目にかかるのは初めてですね……。私の名はタカヤ。こちらはジン。ストレガと呼ぶものもいます」

 

タカヤと自分を称した男は笑みを浮かべている。ジンと呼ばれた男は面倒くさそうにしながらも、私たちの一挙一動を見逃さないと言わんばかりに警戒している。

 

「さて……今日までの皆さんのご活躍、陰ながら見せて頂きました。聞けば人々を守るための“善なる戦い”だとか。ですが、今夜はそれをやめて頂きに来ました」

 

「なんだと!?」

 

タカヤの言い分に噛みつく真田先輩。勿論、特別課外活動部のメンバーは最初、タカヤが何を言っているのか理解できなかった。私たちが大型シャドウを倒さなければ、シャドウに精神を食われる人が際限なしに増えることを意味している。そんなの認めるわけにはいかない。

 

「お仲間が随分と急に増えたようですね。きっと、ここが罪深い土地だからでしょう。タルタロスは今宵も美しくそびえたっている」

 

タカヤはまるでオペラでも歌っているかのように両手を大きく広げ、私たちが体験している影時間や、異形の証であるタルタロスを尊いものと言わんばかりにしている。だけど、そんな考え認めるわけにはいかない。

 

「どうして、私たちの邪魔を?」

 

「あんたたち……」

 

「それと、戦いをやめろってのと、何のカンケーがあんだよ?」

 

私やゆかり、順平の問いに答えたのはジンと呼ばれた男の方だった。

 

「簡単なこっちゃ。シャドウや影時間が消えたら、“この力”かて、消えるかも知れん。そんなん、許されへん」

 

「“この力”……?まさか……ペルソナ使いなのか!?」

 

美鶴先輩がジンの語った言葉から気になる部分を声に出し追求する。しかし、その問いに返事はなく代わりにタカヤが問うてきた。

 

「ふっ……貴女がたはもっと気付くべきです。この影時間に、充実を感じている事にね。貴女がたは影時間とタルタロスを消そうとして、満月の戦いに挑まれている。それは構いません。力の使い道は人ぞれぞれです。お好きにされればよろしい。ですが、ご自分の本心くらいは自覚なさるべきですよ」

 

「何だと……?」

 

「影時間はペルソナ使いだけに開かれた特別な時間です。誰にも出来る事ではない。望んで得たその特別な力を、思う存分に振るえる。……法も責任も何もない。この完全なる自由の時間を、楽しんでいませんでしたか?」

 

美鶴先輩は目を見開き、優ちゃんが拳をぎゅっと握りしめるのを見た。

 

「ふざけた事を!」

 

「寝言は寝て言いなさい!この変態!」

 

美鶴先輩は父親のために戦っているということを聞いているし、優ちゃんは影時間の適正を持たない総司くんを守ってきた。そこに楽しむ余地はあるはずがない。だが、私を含めた真田先輩や順平はどうだろうか。

 

「私たちは……!タルタロスと影時間を消すことに、命を賭けてきた!それを楽しむなどあるものか!」

 

「貴方たちには守るべき人がいないから、自分のことだけを考えていけるから、そんな無責任なことが言えるんだ!」

 

美鶴先輩と優ちゃんの言葉が悉く胸に突き刺さる。

 

守るべき人がいないのは私も同じ。いや、私にはコミュを築いた大切な友達や仲間がいる。だけど、それは影時間やタルタロスがあって私がペルソナ使いとして目覚めたから得る事が出来たもの。

 

そもそもシャドウがいなければ、私の家族が事故に合うこともなかった訳で……。あうう、堂々巡りだよ。これじゃあ、『卵が先か鶏が先か』と同じだ。答え何てでるはずがない。この世界には『もし』や『たられば』はないんだから。

 

「もうええでしょう」

 

私が1人で悩んでいる間に話は進んでいたようで、今まで黙っていたジンが口を開いた。

 

「そうですね。今日はこれで失礼しましょう」

 

その台詞を合図とする様に、鋼鉄製の隔壁が音を立てて動き始めた。姿を現わしてから一歩も動いていなかった2人は、敷居の向こう側にいるままなので、ここを閉じられると私たちは閉じ込められることになる。

 

「ほんなら頑張ってや。応援したるさかい」

 

「願わくば、これ以上の暴挙はしないでいただけるとありがたいのですがね」

 

「待て!」

 

「美鶴、落ちつけ!今はシャドウの方が先決だ!」

 

2人を追い掛けようとした美鶴先輩を真田先輩が引きとめる。それから数秒後、隔壁は完全に閉まってしまい、私たちはシャドウと同じ空間に閉じ込められてしまったのだった。

 

 

 

地下へと続く通路を私たちはシャドウを蹴散らしながら進んでいく。風花には念のために隔壁のある部屋に残ってもらい、私たちは逸る気持ちを押さえて先へ先へと向かう。

 

その途中、乾燥しきった白骨死体を見て悲鳴を上げるゆかりと優ちゃん。居た堪れない表情を浮かべ、白骨死体に黙とうをささげる真田先輩と美鶴先輩といった姿を見つつ、奥へと進み、私たちはとうとうお目当ての大型シャドウとはち合わせたのだった。

 



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P3Pin女番長 チャリオッツ&ジャスティス戦―③

8月6日(木)

 

旧日本帝国陸軍の地下施設跡にて相対することとなった大型シャドウの姿を視認した瞬間、古いけれど確かな情報を持つアイギスと、剣士としての直感から目の前の相手がヤバイ存在と認識した優ちゃんが声を張り上げた。

 

「敵シャドウの射線上に入ったら駄目であります!」

 

「こいつが攻撃行動時は本気で逃げないとまずいです!」

 

2人は私たちに向かって警告を発すると、敵シャドウの両側に移動して攻撃を引きつけるように息を合わせて動く。パーティーの前衛を務めるはずであった2人の行動に緊張が走るメンバーの前に、敵シャドウの全貌が露わになった。

 

キャタピラを動物の手足のように使って4本足で立つ、一昔前の主力兵器。恐らくここに来るまでに見て来た手記の主が作った旧日本陸軍の兵器、それを乗っ取ったものだろう。

 

『これが……ここに来るまでにあったキャタピラの正体!?敵タイプは正義……じゃなくて、戦車?あ、あれ?』

 

風花の戸惑った声が頭に響く。風花のペルソナであるルキアは後方支援専門。これまでも私たちをずっとサポートしてきた信頼のおける仲間の能力。それでも識別できないなんて……。

 

「あれ、じゃなくて!もろ戦車じゃん!こんなの、どうしろっての!?」

 

「岳羽落ちつけ。5月のモノレールの時と同じだ。こいつはあくまでシャドウだ。我々の攻撃は通じる」

 

動揺するゆかりを宥めたのは美鶴先輩であった。普段は壁を感じる2人であるが、戦いの最中にそんな2人の関係は邪魔でしかないので、ゆかりもそこは割り切っているのか、特に反論することなく深呼吸して武器を構える。

 

それを確認した美鶴先輩もレイピアを構え、シャドウを見据えようと視線を前に向けた瞬間、敵シャドウが私たちに向けて砲口をこちらに向けて発射態勢を取った。

 

「は?」

 

順平の惚けた声が空間内に響く。現在私たちは坂を下り終えたばかりの言わば通路内に固まった状態だ。部屋に入り切っておらず、左右には壁があって身動きが取れない。そんな私たちにアイギスと優ちゃんが『絶対に逃げろ』と警告した敵シャドウの攻撃が放たれようとしている……。

 

「っ!?みんな、早くここから離れて」

 

「もう駄目、間に合わない!?」

 

ギシギシと錆びた歯車が回る音が止まった瞬間、敵シャドウと私たちの間に入り込んだ影が放たれた砲撃をその身で受け、私たちを守った。着弾の衝撃で煙が充満していたが、それが晴れるとそこにいたのは左腕を失い全身がボロボロ状態のアイギスがふらふらと身体を揺らしつつもその場に立っている姿があった。

 

「皆……さん、大丈……夫です……か……」

 

「アイギス、あなた……」

 

アイギスは顔をこちらに向けて私たちが無事であることを確認するとその場に崩れ落ちた。鋼鉄の肉体を持つ彼女でこうなるなら、ペルソナの恩恵を受けているとはいえ生身の肉体しか持たない私たちが受ければどうなるかなんて言わなくても分かる。

 

私は沈み込みそうになった心に喝を入れて奮い立たせ皆に指示を飛ばす。

 

「真田先輩、優ちゃんと一緒にあいつの注意を引きつけてください!順平はアイギスを安全な場所に移動させた後は砲口の向きに注意して皆のサポートをお願い!ゆかりも砲口の向きに注意を払いつつ、遠距離からの魔法攻撃と回復を!美鶴先輩も敵シャドウには極力近づかないようにして魔法攻撃をお願いします。私は敵シャドウの正面に立って、注意を引きつけつつ攻撃します!」

 

「ちょっと待ってよ、湊!それって危険すぎるじゃない!」

 

「大丈夫だよ、ゆかり。私には、こいつを相手にするのに持って来いのペルソナがあるから!」

 

私は心配するメンバーを余所に心を落ち着け、目的のペルソナを呼び出す準備をする。そして、召喚器を用いて呼び出した。

 

「来て!『クジャタ』」

 

私の背後に大きな山のような巨体を持つ牛のようなペルソナが顕現する。総司くんとのコミュである審判のアルカナを持つペルソナ。私が持っている他のペルソナと違い、成長しないというハンデがあるにも関わらず、有り余るステータスと耐性、そしてスキルを持つ頼もしい力。

 

「順平、相手がこんな奴である以上、アイテムは惜しみなく使ってサポートして!」

 

「ああ。任せとけっての!」

 

順平はトレードマークである野球帽をアイギスの頭に被せると道具を入れているバックをぽんっと叩いて了承するように私に向かって親指を立ててサムズアップする。私もそれを見て頷くと敵シャドウに目を向ける。すると、車体の両脇につけられた機関銃が火花を散らしつつ、自分の横で牽制してくる優ちゃんと真田先輩に発砲をするところであった。

 

優ちゃんは持ち前の直感と鋭い動きで、真田先輩は今までの戦いの経験を元にした軽いフットワークで攻撃を掻い潜り反撃に転じた。

 

「ポリデュークス、ソニックパンチ!」

 

「ウシワカマル、五月雨斬り!」

 

両サイドからの攻撃に敵シャドウは苦悶の声をあげてその身を捩った。戦車の身体を持つからと言って防御力がそのまま外見通りという訳でないと言うことが証明された瞬間でもあった。私は攻撃のタイミングを見計らっていた美鶴先輩とゆかりに指示を飛ばす。

 

「2人とも今がチャンス!」

 

「ああ。ペンテシレア、ブフーラ!」

 

「来て、イオ!ガルーラ!」

 

大きな氷の飛礫と、対象を斬り裂く突風が吹き荒れ敵シャドウのその身を刻む。

 

砲口での攻撃にさえ注意を払っていれば問題ないと思っていたら、敵シャドウから奇妙な駆動音が聞こえて来た。様子を窺う私たちの前で、敵シャドウの砲口が浮かび上がった。

 

「「はぁっ!?」」

 

車体も四つ這いの姿から起きあがって2足歩行となると、車体の底となる部分に顔があることに気付き、風花がナビで戸惑った理由が分かった。つまり、

 

『砲塔部分が正義のアルカナを持つシャドウ、車体部分が戦車のアルカナを持つシャドウ。2体が合体していたから、ルキアでも分からなかったんだ……』

 

正義のアルカナを持つシャドウ『ジャスティス』は物理法則を無視して空間内を飛び回り、凶悪な攻撃力を持つ砲口を前後左右に加え上から攻撃が放てるようになった。戦車のアルカナを持つシャドウ『チャリオッツ』は攻撃手段が機関銃だけに制限されると思ったが、前足にあたる部分を手のように使って近くにいた優ちゃんと真田先輩を攻撃している。5月にタルタロスで戦ったエンペラーたちとは比べ物にならない攻撃力だとのこと。

 

「優ちゃん!避けろ!!」

 

順平の焦った声を聞き、視野を広げるとジャスティスの砲口が優ちゃんに向いており、なおかつチャリオッツの攻撃もそれを補佐するようになっていた。優ちゃんもそれに気付き回避行動を取ろうとしたが、チャリオッツに阻まれうまく行動できず、ジャスティスから放たれた砲弾をその細い体躯で受けることとなってしまった。

 

「「「優ちゃん!!」」」

 

彼女の身の無事を確かめようとした私たちの前で不可思議な現象が起こる。直撃したはずの優ちゃんに怪我はなく、ジャスティスから放たれた砲弾は彼女の前に現れた白い壁のようなものに進行を邪魔されている。そして、次の瞬間。白い壁に阻まれていた砲弾が向きを変えて空中に佇んでいたジャスティスに直撃したのだ。ジャスティスは思いもよらなかった攻撃を受け、絶叫を上げつつ消滅する。私たちにとって一撃必殺な攻撃は相手にとっても一撃必殺であったようだ。

 

「それはともかく、残りは耐久力の高いコイツだけって……なんだぁ!?」

 

順平の慌てた声に何事かとチャリオッツを見ると、その横には今消滅したはずのジャスティスの姿があった。私たちは確実にジャスティスが消滅するのを見届けたのにも関わらず、悠然とチャリオッツの横に浮かんでいるその姿に戦慄する。

 

「風花、何が起こったの?」

 

『間違いありません。チャリオッツが、サマリカーム……完全蘇生魔法を使用しました。恐らくジャスティスも同様の攻撃が使えると思われます』

 

「ということは……」

 

「2体同時に倒す必要があるということか……」

 

風花の分析を聞いた美鶴先輩が、こいつらの倒し方を提案した。確かに相方が倒された瞬間、攻撃の手を止めすぐに蘇生させるということは同じタイミングで倒さなければ、同様の行為を繰り返すことに他ならない。

 

『気をつけてください、皆さん!復活したジャスティスは先ほどよりも素早さが高くなっています』

 

能力を強化された状態で復活とか、厄介なことこの上ないなぁ。

 

 

 

 

「くそ、またしくじった!」

 

「もうこれで何度目なの……」

 

真田先輩とゆかりの嘆くような声が空間内に響く。私たちが失意に沈む中、空間内を自由自在に動き回っていたジャスティスが動きを止め魔法スキルを発動し、装甲に傷一つないチャリオッツが復活する。風花のアナライズによれば攻撃力と防御力、そして素早さと命中率を上がった状態らしい。

 

「総司の飯と道具が無かったらとっくの昔に全滅していたな、湊っち」

 

「うん。でも正直、総司くんの道具はもっと他にバリエーションが欲しかったよ」

 

優ちゃんが持っていた『総司くん特製お守り』は開戦当初に使用され効果も残っていないし、ゆかりの魔力とスキル強化のアクセサリーも役立ってはいるけれど、切り札になりえていない。それは壁役となっている私の分まで特別課外活動部の皆の回復を一手に担っているからだけれど、どう考えてもジリ貧になりつつある。

 

2体同時に倒す。言葉にすれば簡単だが、命がけで戦っている中ではそんな悠長なことは言っていられない。このままでは私たちの回復アイテムが切れる方が先に来てしまう。

 

分離時に狙っても体力の残り方がまばらになってしまうので、合体時のみに攻撃を集中するようにしているが、分離すると同時にジャスティスは空間内を縦横無尽に動き回り、こちらは攻撃を当てる事が出来ない。そしてチャリオッツが私たちに攻撃をしかけてきて、こちらが思わず反撃して倒してしまい、無傷の状態で復活するという悪い流れが出来上がってしまっている。なにか手はないか……私は周囲を見渡す。

 

「チッ、ダメージを受けすぎたみたいだな……。くっ、せめてジャスティスの動きさえ封じることが出来ればいいのだが……」

 

美鶴先輩が逃げに徹しているジャスティスを睨みつけながら悔しそうに呟いた。ジャスティスが動きを止めるのは2つの行動をするときだけだ。1つは大きな砲口から砲弾を発射し私たちを攻撃する時、そしてチャリオッツを復活させようとする時だ。後者は私たちから離れ、攻撃の射程圏外で行うため攻撃のしようが無い。つまりジャスティスを攻撃するには、相手が攻撃するその瞬間を狙わなければならないってことだ。

 

そういえば、クジャタのスキルにボディバリアっていうのがあった。確かあれは、皆が受けるダメージを私が代わりに受けるっていうものだ。どう“受ける”のだろうか。ダメージのみなのか、それともシャドウの攻撃対象が私に移るのか。後者であれば、私に攻撃を集中する2体のシャドウを皆で集中攻撃できるかもしれない。

 

ただし、それは私が2体のシャドウの攻撃の集中砲火を受けるっていうことに直結している。正直、ものすんごく怖い。けれど、このままいったら全滅という最悪のシナリオがある以上、贅沢は言っていられない。私が考えている通りになるとは限らない。でも、試す価値はある。

 

私は大きく息を吸って、皆に聞こえるように大きな声で指示を出す。

 

「次の合体形態でダメージを与えたら皆は一旦、距離を取って。私に考えがある!」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「確かにもう体力も魔力も限界だ。次がラストチャンスだぞ」

 

戦闘開始時と変わらず前衛で攻撃と撹乱を担当していた優ちゃんと真田先輩が確認するような声を上げる。私の近くにいた美鶴先輩や順平も訝しげに私を見ているが、他に代案がないので渋々と行った様子だが従ってくれるようだ。

 

「分離形態になったらジャスティスは逃げ回ると思うから、皆は攻撃から避けるのに集中して!そして、2体が近付いた瞬間に自身の最大火力をぶつけて!もうこれしか方法はないから!」

 

私がそう言い切ると優ちゃんや真田先輩の動きにまたキレが戻る。私はバクバクと鳴る心臓を押さえる様にして胸を押さえる。すると、後方からゆかりが声を掛けて来た。

 

「湊、その作戦大丈夫なの?」

 

「うん。たぶんだけど、きっとうまくいくよ」

 

私はゆかりの方へは振り向かずに背中越しに告げる。ゆかりが近づいて来る気配を感じたけれど、私は合体形態のシャドウが分離しようとしているのを見て駆けだした。そして皆が距離を取ったその空間に飛び込み、召喚器をこめかみにつけて引き金を引く。

 

「クジャタ!ボディバリア!」

 

一目散に距離を取ろうとしたジャスティスは急に方向転換し、私の方へ砲口を向けて戻ってくる。そして、目の前のチャリオッツはキャタピラに覆われた前足を私に向かって振り下ろしてくる。迫りくる大きなその腕はまるで私の命を奪う死神の鎌のよう。

 

迫りくる衝撃の恐怖から目を閉じる私。

 

脳裏に浮かんだのは笑顔の総司くんの姿だった。

 

それと同時に頭に直接、どこか懐かしい気がする優しい声が聞こえた気がする。

 

私はその優しい声に言われた通りの言葉を口にした。

 

 

 

『アトラス』と……。

 

 

 



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現実に打ちひしがれる転生者

8月7日(金)

 

屋上の家庭菜園スペースにて作業をしながら優や先輩たちの帰りを待っていたが、一向に帰ってくる気配がなく、念のためにと思い桐条先輩に連絡を入れると全員で病院にいると言われた。

 

大型シャドウとの戦いで、優と真田先輩と順平さんが機関銃で撃たれ軽傷を負い、アイギスさんが砲弾から皆を守るためにその身を犠牲にして中破、結城先輩は大型シャドウを倒すために囮となり重傷を負ったとのこと。軽傷の3人は岳羽先輩の回復魔法によって傷口も塞がっているので、医師に念のため異常は無いかを診てもらっているが、結城先輩の方は意識が戻らずICUにて処置が行われているとのこと。アイギスさんは研究所の人間と連絡が取れ次第、修理するために研究所に移送されるらしい。幾月氏も病院に向かっている途中なので、戸締りだけはちゃんとしておくようにと桐条先輩に注意され、電話は切られた。

 

僕は通話が切れ真っ暗になった携帯のディスプレイを呆然と見詰めながら呟く。

 

「こんなの僕は知らない。ゲームでも映画でも、大型シャドウと戦った翌日であっても皆、何事もなかったかのように普通に生活を送れていたじゃないか。こんなことになるなんて……僕は……これっぽっちも……」

 

僕はその場に座り込んで頭を抱える。止め処なく溢れ出てくる涙で視界が滲む。これほどまでに自身の無力さに腹が立って、何も出来ないことが悔しくて堪らない。

 

どうして、僕は転生する時に知識ではなく資質を求めなかったのだろう。

 

どうして、大型シャドウの特性や行動パターンを知っているのに先輩たちに教えなかったのだろう。

 

「……ははっ。何考えているんだろう、僕は。結局、神さまに止められている所為で先のことを教える事は出来ないじゃないか。こうやって、結果を聞いて無力であることを再認識して嘆くことしか僕には出来ないのに……。うぅ……ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉ!!」

 

僕は拳を握りしめて地面を殴りつけた。自分の気が治まるまで、何度も、何度も……。

 

 

 

地面を殴りすぎて、皮が破れて血が出てしまった所を消毒し包帯を巻いた状態で乾くんの朝ごはんを用意していると、起きて来た本人にすごく心配された。拳の怪我は乾くんには昨日の夜に屋上で道具を運んでいる時に怪我をしたと偽り、一緒に朝ごはんを食べる。

 

「総司さん、他の皆さんはいらっしゃらないんですか?」

 

乾くんはそう言って周囲を見渡し、僕の顔を見てくる。彼は聡い子だから適当な嘘をついたところですぐに見破るだろう。僕は箸を置いて、乾くんを正面からまっすぐ見て告げる。

 

「先輩たちは病院にいる。僕の妹の優と真田先輩と順平さんは軽傷で様子見、アイギスさんは左腕がちぎれ全身がボロボロになって中破して今日にでも研究所に移送されて修理を受ける予定。結城先輩はICU……集中治療室に入っていて意識が戻るように処置を受けている状態なんだ」

 

「……総司さん。僕、貴方が何を言っているのか分からないんですけど」

 

「僕は乾くんに嘘を言いたくないから、本当のことを話している。先輩たちは昨日の夜にとある場所に行って、とある存在と戦闘となり大なり小なり怪我を負ったっていうことだよ」

 

乾くんがごくりと喉を鳴らした。彼は僕をまっすぐ見ている。その瞳には困惑がありありと映し出されており、僕が言っていることは信じられないけれど、嘘を言っているようには見えないといった感じだ。

 

「生憎、先輩たちがいる病院の名前は聞いていないから見舞いにいくことは出来ないけど、これは本当のことなんだ。乾くん、この巌戸台分寮はね、特別な場所なんだよ」

 

「特別な場所……ですか?」

 

僕は席を立って乾くんについてくるように促す。乾くんはすぐに立って、僕の後をついてくる。階段を上がって4階に行くと、僕は合い鍵を使って作戦室の扉を開け、乾くんを中に誘った。

 

秘密基地を思わせる大画面のモニターや機械の数々を見た乾くんは目を輝かせた。僕は山岸先輩や桐条先輩、幾月氏がまとめているシャドウとタルタロスの情報が書かれたファイルをすべて手に取り、僕が作成しているタルタロス攻略本と一緒に乾くんに手渡した。

 

ファイルに目を落とした乾くんは難しい漢字があちらこちらに書かれているのを見て、苦々しい表情を僕に向けてくる。僕は作戦室のソファに座って彼に隣に来るように促す。乾くんは僕から受け取ったファイルと攻略本をテーブルの上に置いて、隣に座る僕を見上げてくる。

 

「1階で言った『巌戸台分寮が特別な場所』だっていうのはね、ここがペルソナっていう特別な力を扱える資質を持った者だけが入寮できる場所だからなんだ。つまり、乾くんも選ばれた存在なんだ」

 

「選ばれた存在……。その『ペルソナ』ってなんですか?」

 

「それを説明するためにはまず、影時間やシャドウのことを話さないといけないね。えっと、ファイルのNo.1をめくってみて」

 

乾くんは僕に言われた通り、ファイルをめくり漢字だらけの文字の羅列に泣きそうな表情を浮かべる。ルビも譜ってないので、乾くん1人では読めそうにない。

 

「乾くん、とりあえず一日が24時間じゃないって言われて信じる?」

 

「えっと……」

 

「さっき言ったペルソナを扱う資質がある人だけが感じとれる、というか体験する時間。それが影時間と呼ばれるんだ。大体、人によって影時間の長さは変わるらしい。同じ時間を過ごしているのに、片方は短く感じたり、片方は途方もないほど長いと感じたりすることもあるそうだよ」

 

乾くんは僕の話を聞いて腕を組んで眉を顰め悩むような仕草を見せる。僕は彼が答えを出すまで待とうと思ったが、乾くんはすぐに疑問を口にした。

 

「さっきからずっと思っていたんですけれど、総司さんはまるでその影時間を体験していないように聞こえるんですけれど」

 

乾くんは申し訳なさそうに聞いてくる。僕は乾くんをまっすぐに見て頷いた。

 

「そうだよ、乾くん。僕はペルソナ使いじゃない。……ペルソナ使いとしての資質がゼロ。皆無なんだ。だけど、ペルソナが使えなくたって出来る事はあるよ」

 

そう言って僕は、乾くんに影時間の適正はないけれど、先輩たちに味方して協力している存在の黒沢巡査のことや眞宵堂の店主のことを例に挙げる。僕は彼らと同じで、戦闘には関われないけれど、巌戸台分寮での生活の面でサポートすることを選んだということを乾くんに説明した。乾くんは説明を受け、大きく頷いた。

 

「確かに、一緒に戦う人だけが仲間じゃないですもんね」

 

「ありがとう、乾くん。フォローしてくれて」

 

「いえ、そんな……」

 

僕は乾くんの頭に手を置いて撫でる。彼は目を細めて照れるようにしている。てっきり「子供扱いしないでください」って言われると思ったんだけれど、杞憂だったようだ。

 

「シャドウは基本的にタルタロスにしか現れない。けれど、絶対じゃない。長鳴神社のコロマルは知っているよね。コロマルの元の飼い主である神主さんを殺したのはシャドウだったらしい。先日、コロマルはその飼い主の敵を取り、その際に怪我をして入院しているらしいけれど」

 

「シャドウは人を襲うってことですか?」

 

「一応、シャドウは影時間に適正のある人間の精神を喰らって、影人間にしているってところまでは分かっているけれど、目的は分かっていないんだ。……って、大分話が逸れたけれど、乾くんが聞きたいのはペルソナのことだったよね」

 

「そうなんですけれど僕、もうそろそろ限界なんですけれど……」

 

「簡単に説明するから。えっと、ペルソナはね、所謂自分の心そのものなんだ。もう1人の自分っていう人もいるね。ペルソナは自分の心を映し出す鏡ともいえるもので、何か劇的にその人の心を揺さぶり成長させるような出来事があればペルソナもまた姿を変える。進化するって言えばいいのかな」

 

「ペルソナは、もう1人の自分。それに成長し進化する」

 

乾くんは自分の胸に手を置いて呟いている。彼が確認するように呟いて初めて気がついたけれど、“ペルソナが進化する”っていうのは言っちゃまずかったかもしれない。けれど、神さまによって阻害されなかったっていうことは、言っても問題ないことだったっていうことなのかな。

 

そう思いつつ乾くんの様子を見ると、新しい玩具を与えられた子供の様に笑っていたので、彼の脳天にチョップを振り下ろす。変な悲鳴を上げて、涙目で僕を見てくる乾くんに僕は釘を刺すつもりで告げる。

 

「先輩たちがペルソナ使いだっていうのは分かっている?乾くんと同じ特別な力を持つ存在だっていうことも。けれど、結局先輩たちも“ヒト”なんだ。先輩たちは昨夜の影時間内に現れたシャドウと戦って、実際に怪我を負い、結城先輩は意識不明の重体なんだ。……遊びじゃないんだよ。皆、命を賭けてシャドウと戦っている。いずれ乾くんにも誘いの声が掛ると思うけれど、そのことはしっかりと肝に銘じておいて」

 

僕がそう言うと乾くんは肩のところで涙を拭き頷く。

 

「総司さん……。説明してくれて、ありがとうございました。適当なことを言って僕を誤魔化すことも出来たのに」

 

乾くんは申し訳なさそうに見てくるが、僕は首を横に振って笑って答える。

 

「最初に言った通りだよ、乾くん。僕が君に嘘をつきたくなかった、それだけだから。たぶん桐条先輩や真田先輩たちは言葉を濁すだろうけれど、それは乾くんを心配してのことだから、あまり気にしないでね」

 

「分かりました。けど、このことって本当は秘密にしていないといけなかったんじゃないですか?」

 

「まあね。桐条先輩たちから説明を受ける時は大げさに驚くとかして演技してくれるとありがたいかなぁ……」

 

僕がそう言って苦笑いすると、乾くんはくすりと小さく笑みをこぼす。僕と乾くんは取り出したファイルと攻略本を、元あった場所に戻して作戦室を後にする。その後、僕は桐条先輩に連絡を入れ、結城先輩が意識を取り戻したことを聞き安堵の息をつく。怪我に関しては、数日様子を見るだけで後遺症は残らないということだった。

 

「乾くん、結城先輩も意識が戻ったって。だから、今晩には他の先輩方は戻ってくるらしいから、労いも兼ねて栄養がつくものを作ろうと思うけれど、何がいいかなぁ」

 

「うーんと……単純に皆さんの好物でいいんじゃないですか?」

 

「好物か……。優のは分かるけれど、他の先輩たちの好物ってなんだろ?」

 

「……。もう肉料理でよくないですか?」

 

僕と乾くんは顔を見合わせた後、大きな声で笑う。

 

僕たちまで暗い顔をしていたら、先輩たちもますます暗くなってしまうだろうし、僕の悩みはひとまず置いておこう。そして、来るべき日に備えて乾くんに知恵を吹き込もうと思う。

 

そういえば、今日は本来コロマルが仲間になる日だけれど、どうなるんだろう。アイギスさんは研究所で修理だから、翻訳ができないし。うーん、念のため、青髭ファーマーズに行って高級ドッグフードを買ってきて置いた方がいいんだろうか。

 



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P3Pin女番長 8月―⑤

目を覚ました私は窓から注ぎ込む陽光から顔を背けつつ、周囲の状況を探る。右手を動かし視界に入れると包帯が指の先までしっかりと巻かれていた。軽く握ったり開いたりして、自分の意思でしっかりと動くことを確認した私は、脱力しつつ大きく息を吐き出す。

 

「……私、ちゃんと生きている」

 

生を実感した私の頬を一筋の涙が伝う。すると窓から注ぎ込む陽光を反射しキラキラと光る何かがあることに気付き、そちらに顔を向ける。そこにあったのは私物が置ける簡素な床頭台が置かれていた。その床頭台の上にはチャリオッツの攻撃を受けフレームが歪んでしまった私の召喚器が無造作に置かれている。私は身を捩り動く右手で取ろうとしたが、身体の芯に棘が突き刺さるような痛みを感じて伸ばしていた手を引っ込める。そして、病室の白い天井を見上げながら、“あの時”のことをゆっくりと思い出す様に瞼を閉じた。

 

クジャタのスキルのひとつであるボディバリアを使い、ジャスティスとチャリオッツの攻撃対象となり、迫りくる2体の攻撃によって訪れるであろう明確な死のイメージが脳裏を過ぎった満月の夜のことを。

 

戦車のアルカナを持つ大型シャドウのチャリオッツが大きく振りかぶった前足を私に向けて振り下ろしたあの瞬間、私の脳裏に語りかける声があった。

 

優しい女性の声だった気がする。

 

頼もしい男性の声だった気がする。

 

何とも言い表すことの出来ない心地よい声だったことは覚えている。

 

私はその声に促され、チャリオッツの攻撃が当るあのギリギリの瞬間に召喚器をこめかみに当てて、再度ペルソナの召喚を試みていた。私が現在、最も気にしている総司くんを思い浮かべながら、召喚器の引き金を引くと私の背後に顕現していたクジャタの姿が掻き消え、代わりに“蒼い星を下方から支える青い髪の巨人”が現れた。名前は『アトラス』。

 

「……何か4月の時と似てる気がする。初めてペルソナを召喚したあの時と。……あの時は、実力に見合わないペルソナを呼び出したことによって、精神力が全部持っていかれて昏睡したんだっけ。……つまり……」

 

あのギリギリの瞬間に召喚したアトラスもまた、現在の私の実力では見合わない能力を持つペルソナってことなのだろうか。

 

「……はぁ。……もっと、強くなんなきゃなー」

 

「へぇ。そんな軽口が言えるくらいに回復したんだ?」

 

「はい?」

 

声のする方へ恐る恐る顔を向けると腕を組んで仁王立ちした状態で私を見下ろすゆかりがいた。表情は笑っているけれど、目が笑っていない。というか、かなり怒っている。

 

「あ、あはは……おはよ、ゆかり」

 

「ふふふ。もう15時過ぎているんだけれどね。……この馬鹿―!!」

 

ゆかりは私が寝かされているベッドに飛び乗ると馬乗りになって私の両頬を抓む。ぐにぃと引きのばされた頬はかなり痛い。抵抗しようにも私の手足の動きは未だに緩慢で、なんとか動くレベルの右手ではまともな反抗ができず、ゆかりにされるがまま。

 

「何が『きっとうまくいく』よ!全然、どこも大丈夫じゃないじゃない!!湊が倒れると同時に召喚したペルソナが2体の動きを完全に封じ込めて、止めをさせたのはいいけど、あんたが倒れたんじゃ意味ないでしょ!!」

 

ゆかりは私の頬から手を離し、唇をわななかせつつ襟首を引っ掴みながらそう捲し立てる。そして私の胸に額を押し付け、声を震わせ泣き始めた。

 

私はかろうじて動く右手をつかって、肩を震わせ泣いているゆかりの背中を優しく撫でる。私のことを心配してくれる彼女に感謝の意を込めながら。

 

「ありがとう、ゆかり。それと、心配をかけてごめんね」

 

「……馬鹿。……絶対、許さないんだから」

 

ゆかりはそう言うと、そろそろとベッドから降りて佇まいを整え、美鶴先輩に頭を叩かれた。ゆかりは何の文句も言わず叩かれた場所を擦っている。美鶴先輩はゆかりと私の顔を交互に見た後、小さくため息をついた。小言が来るかなと思っていたけれど、彼女よりも先に見舞いに来ていた順平や真田先輩が話しかけて来た。

 

「まぁ、オレらが言いたいことは全部ゆかりっちが言ってくれたから、とやかくは言わねーけど、あんなの二度とごめんだぜ」

 

「順平の意見には同感だが、結局のトコロ俺たち自身が結城を楽させるくらいに強くならないといけないだろ」

 

彼らの表情は真面目そのもので、いつもの緩い雰囲気ではない。彼らなりに私のことを心配し、これからもシャドウと戦っていく上で今までと一緒ではいけないと思っているらしい。そんな彼らの横を通って、優ちゃんと風花の2人が私の枕元まで来て掛け布団の上に置かれた右手に触れてくる。

 

「湊ちゃん」

 

「湊先輩……」

 

「大丈夫だよ。見た目と違って、それほどダメージは残っていないみたいだし」

 

私はそう言って2人に対して微笑む。風花と優ちゃんはそれを見て、安堵のため息をつき私が倒れた後のことを説明してくれる。そんな2人の話を聞きながら私は、ここに来てから一言もしゃべっていない美鶴先輩に視線を向けたが、彼女はそっと目を逸らしたのだった。

 

 

 

8月10日(月)

 

退院した私が寮に帰ると出迎えてくれたのは優ちゃんと総司くんと天田くんの中学生と小学生の3人だった。他の皆はどこに言っているのかを尋ねると、3人は苦笑いしながら今朝のことを話し始めた。

 

 

■■■

 

 

「こんな朝早くに制服着てラウンジに集合って、何ナンすか?」

 

「今日って何か、ありましたっけ?」

 

1階のソファにて、湊先輩から預かっているアクセサリーとアイテムの合成作業をしている兄さんの横に座って過ごしていると寝惚けた様子の伊織先輩とゆかり先輩が降りて来た。玄関先にはキリッとした佇まいの美鶴先輩と毎度おなじみの赤ベストを着た真田先輩がすでに立っている状態。

 

「言い忘れていたが、君たちには今日から5日間夏期講習に参加してもらう」

 

「「はぁっ!?」」

 

美鶴先輩の宣言に度肝を抜かれたような叫び声を上げる先輩たち。本来であればこういうことは前もって連絡すべきことなのだろうけれど、今回は皆の検査入院とか、ICUに入っていた湊先輩のことがあって言うタイミングもなかったし仕方がないことなんだろうけれど、ゆかり先輩はともかく寝耳に水な状態の伊織先輩は可哀想だなー。助けはしないけど。

 

「ちょっ、いきなりそんなこと言われたって、オレっちにも予定が……」

 

「ほう、学生の本分である勉学よりも優先すべき予定があるのか。それならば仕方が無い、今回の夏期講習に参加すれば見逃そうと思っていたが、早速来週から家庭教師をつ「伊織順平、心から夏期講習に参加させていただきます!!」ふふ、最初からそう言えばいいんだ」

 

イイ笑顔を浮かべた美鶴先輩の背後にペンテシレアが鞭を『ピンッ』と伸ばすシルエットが浮かんだ気がする。ゆかり先輩や真田先輩も身体をガクブルと震わせていることから、私だけに見えた幻想ではなかったようだ。伊織先輩から助けを求めるような視線を向けられているような気がするけれど、私はそっと視線を逸らすことしか出来なかった。

 

「優、昼過ぎには湊が帰ってくると思うので、出迎えを頼むぞ」

 

「あ、はい。分かりました!」

 

「今日は時間がないから桐条の迎えを寄越している。さっさと乗り込むんだ!」

 

美鶴先輩にぐいぐいと引っ張られて行く先輩たちの背中はなんだかどんよりとした影がのっかっていたような気がしたが、触らぬ神に祟りなしというしここはスル―の方向でいいかな。

 

「そういえば、優は夏休みの宿題はちゃんと進めている?」

 

「うん、ぼちぼちだけれど」

 

兄さんはドライバーやら瞬間接着剤やら、はんだごてやらを使って着々とアイテム合成を行っている。そんなことをやっている片手間で私に話しかけて来たようだ。

 

「そういう兄さんこそ、宿題はやっているの?」

 

「7月中に終わらせてある」

 

さらりと何でもないかのように告げた兄さんの横顔は、本当に憎たらしいほど微動だしなかった。今だって、手元に集中していて私に視線を向けようとしないし。

 

「面倒なのは理科の自由研究と読書感想文、社会の調べ物はどこかの古墳のことを書いておけば多分問題ないかな。順平さんたちは戦国時代の武将の誰かのことを調べればいいんだろうけれど」

 

「それって、先生の趣味に合わせた方がいいっていうアドバイス?」

 

「うん。月中の社会の小野先生は、月高の小野先生の弟らしいし、傾向はたぶん一緒だと思う。ちなみに僕は大仙陵古墳のことをパソコンで調べて印刷して、そのまま大学ノートに書き写しただけだけどね」

 

「それって、アリなの?」

 

兄さんはそれ以降、何も語らずに作業に集中し始める。確かに夏休みもあと20日くらいだし、終わらせることが出来るものはさっさと進めておいた方がいいかもしれない。というか、夏休み最終日までに宿題を終わらせていないと、美鶴先輩が女帝化しそうで怖いし……。

 

 

■■■

 

「ということがありまして……。湊先輩は夏期講習には参加せず、寮で安静にしておくようにと美鶴先輩が」

 

「うん、ありがとう。それで、天田くんは総司くんに宿題を手伝ってもらっているんだね」

 

「はい。書き取りに関しては言うことがないそうなので、自由研究を手伝っているみたいですよ。何でもビタミンCについて調べるとか」

 

道理で台所の机の上に色とりどりの野菜や果物が乗っている訳だ。そのほとんどが総司くんが丹精込めて育てたものであることから、予想外の結果を導き出しそうで怖いけれどそれをするって決めたのが天田くん自身なら私が言うことは何もない。

 

「ところで優ちゃんはどのくらい終わっているの?」

 

「私は書き取りがほぼ終わりで、自由研究とか読書感想文などがまだ手をつけてないです」

 

「ここで一緒にやらない?」

 

「別に構いませんけど……もしかして、湊先輩」

 

「てへっ」

 

合宿とかタルタロスとか仲間関係とか色々忙しくて、私はまだ宿題に手をつけていないのだ。これを機に進めて行こう。夏休みの終盤にきつい思いをしなくてすむように。

 



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P3Pin女番長 8月―⑥

銃の形をした召喚器が甲高い音を立てながら床に落ちた。

 

持ち主の顔色は青白く、下唇を噛みしめ涙を流しながら震えている。

 

兆しはあった。

 

寮のラウンジの机に置き去りにされた召喚器。それに気付いて部屋へ直接届けに行った兄さんに彼女はお礼を言いつつも中々受け取らなかった。

 

夏祭りに寮にいるメンバーで行き、それぞれ楽しむことになって訪れた射的の店にて、射的用の銃を手に取った瞬間、彼女は肩を震わせていた。

 

こうなることは容易に予想できたはずだ。彼女は満月の夜、あの陸軍の地下施設跡で戦った『チャリオッツ』と『ジャスティス』を倒すために自ら囮となって、2体の攻撃をその身に受けた。その衝撃と死の恐怖が湊先輩の心身に刻み込まれていると何故、考えなかった。

 

「病院でのことは偶然かと思っていたのだが、やはりか……。明彦、伊織!そいつらを倒したら、一旦エントランスへ戻るぞ!」

 

美鶴先輩が湊先輩の代わりに指示を出す。その後、ゆかり先輩と私に目配せしてきたので頷き、湊先輩の元へ駆け寄る。彼女はその場で蹲り、ただ懺悔するように『ごめんなさい』と繰り返し言い続けていた。

 

 

 

8月12日(水)

 

朝から部活で汗を流した後、寮に帰るとラウンジにて湊先輩と兄さんと天田くんがそれぞれ高校、中学、小学の夏休みの宿題をしているところであった。他の先輩方は夏期講習という名の補習授業に高校へ行っている。帰りは学校があっている時と同じ16時過ぎという過酷スケジュール。初日を無事に終えた先輩たち、特に伊織先輩は帰ってくると同時に玄関にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「こんなのが、土曜日まで続くのかよー……」

 

という嘆きの声が聞こえて来たが美鶴先輩と真田先輩はスル―して荷物を置きに階段を上がって行き、ゆかり先輩はラウンジのソファに座っていた湊先輩の隣に座って愚痴を聞いてもらっていて、彼の相手をすることになったのは必然的に兄さんと天田くんであった。

 

「お疲れさまです、順平さん。とりあえず栄養ドリンクをどうぞ」

 

「チョコレートはいかがですか?頭を使ったら糖分を摂った方がいいってテレビで言っていましたし」

 

「うぅ……2人ともサンキュな」

 

伊織先輩は男泣きしながら兄さんから栄養ドリンク、天田くんからチョコレートを受け取り、彼はその場で胡坐を組んで食べ始める。2人から貰ったものを全て平らげると右拳を天へと突き出し左手を腰に当てつつ立ち上がると、タルタロスで聞きなれた口上を述べる。

 

「テレッテッテー、順平は復活した~。よしっ、この調子で明日も頑張るぜ!」

 

「「おおー」」(パチパチ)

 

ポーズを決める伊織先輩の調子を上げようとしている兄さんと天田くんの心遣いを見て、湊先輩は苦笑いし、ゆかり先輩があからさまに大きなため息を吐いた。私も何かしらのアクションを取った方がいいかなと思ったら玄関に人影が見えた。湊先輩たちも気付いたらしく、皆揃って注視するとその人影は扉を開け入って来た。

 

「只今、帰ってきたであります」

 

「「アイギス!」」

 

人影の正体は6日の大型シャドウ戦にて先輩たちを守るために盾となって左腕を失くし中破して研究所にて修理を受けていたアイギスさんであった。彼女の後ろには、にこやかな笑みを携えた幾月理事長の姿もある。

 

「いやはや、今回は大変だったようだね。……っと、すまないけれど、今日は寮に泊まっていくので僕の分も用意してもらえるかな、鳴上くん」

 

「……分かりました。乾くん、手伝いをお願いしてもいいかな?」

 

「はい。で、晩ご飯は何を作るんですか、総司さん?」

 

「うーん。肉じゃが……かな」

 

兄さんは腕を組んで冷蔵庫の中身に首を傾げつつ、乾くんを連れて台所へ向かって歩いて行く。幾月さんが言葉を濁した瞬間、天田くんが何だか“苦笑い”したような気がしたけれど気のせいだろうか。彼は適正があるとはいえ、まだ私たちの事情は知らないはずだから、今の苦笑いは自分だけ仲間はずれにされていることへの苦笑い……なのだろうか。

 

「クゥーン……」

 

「優ちゃん、そろそろコロちゃんを放してあげなさい」

 

「え……はっ!?いつの間に!!」

 

私の腕の中で両耳をへたりと垂らしたコロマルがぐったりとしていた。私は慌てて床に降ろしたが、コロマルは床に降り立った瞬間、私から距離を取る。私は思わず、駆けて行くコロマルに向かって手を伸ばすが、彼?は振り返りもせずに晩ご飯を作る兄さんたちがいる台所へ駆けて行った。でもそのままの速度で料理している所に突っ込んだら……。

 

「うわっ、コロマル!?って、『バシャーン』あっつーーーー!!」

 

「総司さん!?コロマル何を、ってやめて今じゃがいもを切って、いったーーーー!!」

 

「きゃいん!きゅーん!!ぎゃいん!!!」

 

台所から聞こえてくる阿鼻叫喚から目を逸らそうとした私の両肩に『ぽんっ』と置かれる手。振り向くに振り向けない2人分のプレッシャーを後頭部に感じとった私は、がっくりと頭を垂れるのであった。

 

 

 

夕食後、作戦室へ移動した私たちの前に堂々と鎮座するコロマル。その傍らには修理を終えて巌戸台分寮に帰って来たばかりのアイギスさんの姿もある。

 

コロマルの首には昼間はつけていなかった首輪がある。しかも見慣れない変な機械がついたものだ。山岸先輩もそのことに気付いたのか、珍しそうに見ている。すると、その視線に気付いた美鶴先輩が口を開いた。

 

「その首輪は、ペルソナの制御を助ける物だ。言わば、犬用の召喚器といった所だな」

 

そう説明した美鶴先輩であったが、その表情は実に悩ましげであり彼女もまだ納得できていないところが多そうだ。というか桐条グループすごい。

 

「それ……コロマルも一緒に戦うってことですか?」

 

「正直、私もこうなるとは想像してなかったが、テストの結果、十分可能らしい。というか、理事長からの強い要望なんだ。……面倒もこの寮で見る事になる」

 

ゆかり先輩の質問に答えた美鶴先輩がジト目で睨む視線の先で、兄さんと天田くんが作った晩ご飯に舌鼓を打ちご機嫌だった幾月さんの肩がびくりと震える。

 

「いや僕個人のお願いではなくてだね。その……人間以外のペルソナ使いは“初”だから、研究用にデータが欲しいと桐条グループ系列の研究所からの依頼でもあるんだ。おっと、アイギスは別口だよ。彼女はそうなるように調整されて使えるのだからね」

 

幾月さんは私たちから向けられる視線にたじたじになりながらも話し終える。どう転んでも、コロマルが特別課外活動部に参加するのは覆らないということだろう。私は自然とコロマルへ視線を向ける、が凄い勢いで目を逸らされた。

 

「…………」

 

「『こっち見んな』と言っているであります」

 

アイギスさんが告げた言葉はまるで今のコロマルの心境を表しているようで、私はしょんぼりと肩を落とした。

 

その後、解散の流れになり湊先輩以外の先輩方は明日も夏期講習があるということで早めに自室へ帰っていく。私も部活の朝練があるので水分を摂ったら寝ようと思い1階に降りるとラウンジに兄さんとアイギスさんとコロマルがいた。何を話しているのかが気になり近づいて行くと私に気付いた兄さんが手招きしてくれたので、隣に座る。

 

「何を話していたの?」

 

「うん、コロマルがどんなペルソナを扱うのか気になってね。それに預かっていたアクセサリーの合成が大体済んだし、どれがどんな効果を持つのかをアイギスさんに説明していた所だよ」

 

「ワンッ!」

 

「大変参考になるであります。しかし、思い切ったことをしたものもあり、総司さんのその考え方は充分に感服するに値するであります」

 

「いやあ……ははは」

 

兄さんは照れるようにして頬を掻くと、コロマルのペルソナ能力と作成したアクセサリーの一覧を書いた紙を私に渡してきた。私は渡されたソレにゆっくりと目を通す。

 

コロマルのペルソナの名前は『ケルベロス』。使えるスキルは火と闇の即死魔法スキル。火と闇の無効耐性を持ち、弱点は光。武器は短剣を口に咥え、持ち前の素早さで敵を翻弄しつつ先制攻撃を仕掛ける。

 

「……うっ。コロマルのスタイルって、今まで私が担ってきた役目だ。つまり……私はリストラ?」

 

「何を言っているのさ、優?素早さはコロマルがダントツだろうけれど、優は力・耐・速の3つが特別課外活動部の中でも抜きんでているんだよ。それに物理攻撃に関しては全属性使えるんだから、考えるのをやめたらダメ!コロマルが戦線に加わった時に自分はどう動けばいいのかを考えなきゃ」

 

「……ちょっと弱気になっただけ。ちゃんとやるもん」

 

私がそう言うと兄さんは「ならいいけど」と言ってアイギスさんにアクセサリーの説明するのを再開させる。私はその兄さんの説明を聞きつつ、兄さんのコロマルの戦い方や能力についての考察を読み進める。

 

コロマルのペルソナ能力は目覚めたばかりで4月時点の私たちと同等らしいので、タルタロスでレベル上げもとい経験を積ませる必要があるとのこと。

 

この時、私たちがついていくと弱いシャドウが逃げ出してしまうので低階層を山岸先輩のサポートを受けながらコロマルだけで行かせるか、現在私たちが探索している階層に連れて行き実戦経験を積ませるかしなければならない。前者は単独での戦闘経験を段階的に積むことでペルソナ能力に慣れつつ力をつけることが出来るが時間がすごく掛り、後者は仲間がいる状態で戦うのがコロマルの基本になってしまい不測の事態に陥った時の不安が残ることになるという。

 

「ゲームでは経験値が多い最前線でレべリングすればいいけど、優たちは現実に戦っているからね。色んな経験を積んでいないと、いざという時にどうすればいいのか分かりませんじゃ話にならないでしょ」

 

「……兄さん、アイギスさんへの説明は終わったの?」

 

「うん、終わったよ。まだ身体のバランスの微調整もしないといけないから、部屋に戻っていったよ。先輩たちの夏期講習が終わらないことにはタルタロスは無理だろうから、明日はホームセンターについてきてもらう予定」

 

「ああ、コロマルの寝床を作ってあげるんだね」

 

「そういうこと。優は明日も朝練だよね、朝ごはん用にサンドイッチを用意しておくから適当に食べて行ってよ。僕はこれから青髭ファーマーズの店長さんと釣りだから」

 

「え……むぐ!?」

 

兄さんは私の口を左手で抑え声を出させないようにしつつ、右手の人差指だけを立てて口の前に持ってきて静かにするように告げてくる。現在夜の23時前だ。

 

「シッ……先輩たち、特に桐条先輩にばれたらどうするんだよ。コロマルには口止めとして、高級ドッグフードを晩ご飯に食べさしたから、何か聞かれても『朝早く出かけて行った』って証言してくれるんだ」

 

私はそっとコロマルを見てみる。すると尻尾を後ろ足で挟んでお腹の方へ入れている。確か犬がこうする時って、何かしら恐怖を抱いている時じゃなかったっけ?

 

「あ。そう言えば、たぶん結城先輩のだと思うんだけれどさ……」

 

兄さんが突然、思い出したように立ち上がり玄関すぐ横にある受付カウンターのところにいくと鈍色の光を放つ銃……召喚器を手に取った。

 

「結城先輩の座っていた席の下に落ちててさ、たぶん気付いて取りにくるだろうと思って分かりやすいところに置いていたんだけれど、一向にこなくて。明日でもいいけれど、結城先輩に渡しておいて。……じゃ、いってきまーす」

 

兄さんは召喚器をカウンターの上に置くと玄関脇に用意していた釣り道具を持って出かけて行った。その直後、寮の鍵が外側から掛けられる。私はカウンターに置かれた召喚器に一度、目を向ける。

 

「別に急がなくてもいいか。どうせ、土曜日まで夏期講習が続くし、それまでにはいくらなんでも気付くでしょ」

 

私は台所に向かってコップに麦茶を注ぐと腰に手を当て、喉を鳴らして一気に飲み干す。

 

「ぷはー」

 

麦茶をなおすために冷蔵庫をもう一度開け、兄さんの言っていたサンドイッチを見つけると、1個取り出して齧り付く。どうやらタマゴサンドだったらしく、外側のパンのふんわりとした食感をかんじつつ、しっとりとしたタマゴと一体となったマヨと塩コショウの絶妙な味加減に身悶えしつつ階段を上がろうとして、ラウンジに1匹取り残される形になったコロマルに声をかける。

 

「おやすみ、コロマル」

 

「ワンワンッ」

 

コロマルの返事を聞いた私は階段を駆け上がるのだった。

 



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弟分と師匠の間を取り持つ転生者

僕は深いため息と共に狭い室内を見回した。

 

きちんと整理された本棚、真新しい寝台やハンガーに掛けられた学生服が目に映る。

 

机の上には分解されたエアガンがある。元々自分自身の護身用にと作成するつもりであったリボルバータイプのそれであるが、完成はずっと先にするはずだった。けれど、急に必要になった。そもそもの原因は僕自身にあるのだけれど……。

 

発端は先輩方が夏期講習で疲れて帰ってきて、いつものようにラウンジで過ごすことなく自室へ戻って行った後、後片付けをしているときに乾くんが話しかけて来たこと。

 

「総司さん、これが済んだらちょっといいですか」

 

「構わないけれど、何かあったの」

 

「はい。総司さんじゃないといけないことなんです」

 

と、ショタ好きなお姉さんが見たら、鼻から愛情が流れ出そうな愛くるしい笑みを浮かべ言う乾くんの姿に一先ずの不安を覚えた僕の勘は正しいものだった。

 

「はぁ……。『念のために戦えるようになっておきたいんです。だから、力を貸して下さい』かぁ。乾くんにペルソナやタルタロスのことを教えたのは早計だったかなぁ……けど、結局のところ夏休みの最終日に仲間になるんだから、別に問題はないのか?」

 

僕は作業を進めつつ思案する。幸いと言っていいのか分からないけれど、特別課外活動部のメンバーは、優以外は夏期講習のことや、怪我のことがあって安静にしていなければならないこともあってタルタロスに向かうことはないだろう。夏期講習の無い優も部活で朝が早いし、アイギスさんは結城先輩につきっきりで問題なし。コロマルには黙っていてもらうのではなく、共犯者になってもらう方向でいいとして、問題は乾くんにペルソナの扱い方を教える講師の方だ。

 

「とは言っても、そんな相手は師匠くらいしか思い当る人はいないんだけれどね」

 

 

 

8月12日(水)

 

僕はクーラーボックスを肩に下げた状態でポートアイランド駅の裏手にある溜まり場に立っていた。僕の足元にはゴロツキが数人転がっていて、それぞれ足や腕、腹を押さえて蹲っている。僕がやられるのを肴にして笑おうとしていたギャラリーの不良たちも身を震わせて、僕の視界に入らない様にそそくさと逃げるように移動していく。そんな彼らを押しのけて、僕に近づいてくる影があった。

 

「ちっ……。またか」

 

「ははっ。いやだなぁ、師匠。正当防衛ですよ」

 

僕が満面の笑みを浮かべ相対すると、心底嫌そうな表情を浮かべる師匠。荒垣真次郎先輩がコートのポケットに両手を入れた状態で立ち僕を見下ろしていた。彼は僕よりも頭ひとつぶんは大きいので見下ろされるのは当然のこと。

 

「てめえに何で適正がないのかが不思議でならねえよ。……で、用件はなんだ。5月の時の様なやつじゃねぇだろ、……その中は空みてぇだしな」

 

「はい。師匠に相談があってきました。先日の満月の戦いの折、先輩方が重傷を負って病院に入院した話しはご存知ですか?」

 

「聞いている。ストレガの件もアキから聞いた」

 

「そうですか。僕はその“ストレガ”の件は聞いていないんですけれど、今回の用件とは関係ないので置いておきます。今日は、ペルソナの扱い方について実戦を踏まえて指導してもらいたいんですよ。新しく特別課外活動部に入ったコロマルと天田乾くんに」

 

「……っ!?なんだと!!」

 

師匠は目を見開き、僕の胸倉を掴みギリギリと首元を締めあげる。

 

彼の感情の振れ幅がここまで酷いのには理由がある。師匠が生きているのは贖罪のため。その相手は乾くんだからだ。師匠は過去にペルソナを暴走させ、乾くんの母親を殺している。故に罪を感じ、この場所から離れられないでいる。

 

だが、このことは当事者である師匠と、当時その場にいた真田先輩と桐条先輩、そして彼らの行動を見て来た幾月氏しか知らない。

 

“僕”は知らないのだ。だから、それとなく演技を混ぜる。

 

「げほっげほっ……。いきなりどうしたんですか、師匠。犬がペルソナ使うのがそんなにおかしいことなんですか?」

 

「っ……わりぃ」

 

師匠は苦しがる僕を見て胸倉を掴んでいた手を放す。咳き込む僕の姿を見てニット帽の上から頭をがしがしと掻いた師匠は、詳しい話を聞くため雑居ビルの中に入る様に促してくる。

 

「アキたちがその犬……コロマルやガキを見れないのは何でだ?」

 

「休学している師匠には関係ないですけれど、先輩方には夏期講習というものがあってですね」

 

「はっ……そうかよ」

 

 

 

 

8月13日(木)

 

コロマルの散歩に行くと言って外に出た僕と乾くんは、コロマルの散歩コースとは反対方向である巌戸台駅方面へ歩みを進める。そして、コロマルのリードを乾くんに持たせ、僕は忍び足で裏口へ回る。そして、予め用意しておいたボストンバックを背負うと乾くんたちがいるところに戻る。

 

「おまたせ、行こうか」

 

「はい、総司さん」

 

「きゅーん……」

 

目を輝かせて返事をする乾くんとは裏腹に、僕たちの都合によって強制的に共犯者とされているコロマルは両耳をペタリと垂らし尻尾を元気なく左右に揺らしている。

 

「ごめんね、コロマル。また高級ドッグフード用意するからさ」

 

「……ワフッ」

 

仕方が無いと言いたげなコロマルを連れて、僕と乾くんは歩いて行く。

 

「そうそう、乾くん。後で渡すけれど、頼まれていた物は完成したよ。そして、電車の中では攻略本をしっかりと読んで挑む階層の敵の情報はちゃんと暗記して」

 

「はい。寮では結局攻略本を見る事は出来ませんでしたし。やっぱり、知らない振りをしている以上、そういった行動はむずかしいですよね」

 

「保管場所が作戦室っていうのも、難易度を上げる要因だったね。コロマルには絵を描いて説明はしたんだけれど、本来は山岸先輩がアナライズしてバックアップをするから必要がないんだけれど、今回はそのバックアップがないからね」

 

巌戸台駅前についたけれど、夏休みかつ平日の夜ということもあって往来を行き来する人は少ない。本来、電車に乗る際にはペットは専用のゲージに入れなければならないが、そんなものは持ってきていないので僕はボストンバックを地面に降ろしてチャックを開けると、不思議そうに見ていたコロマルを素早く抱きかかえて、ボストンバックの中に入れる。

 

コロマルは吠えることすら出来ずに、ボストンバックの闇に呑まれた。

 

「……総司さん、それも貴方が作ったんですか?」

 

「……ソウダヨ」

 

「…………」

 

遠い目をしながら僕のボストンバックを見つめる乾くんの手を引いて駅のホームに向かう。その際、本当に大丈夫だよねと肩に下げているボストンバックに目を向ける僕であったが、海で釣った魚の鮮度を保つ機能があるのでコロマルも大丈夫だと高を括り、電車が来るのをひたすらに待つのであった。

 

 

 

師匠と待ち合わせをした月光館学園の正門前にて、乾くんに頼まれていた装備一式を手渡す。

 

・改造エアガン(リボルバータイプ)……弾丸を込める穴の4つにはそれぞれ火・氷・雷・風のジェムを圧縮して作った属性弾が込められ、1つは相手の動きを少しだけ止める拘束弾がセットされている。残っている空きの穴には、消費すればなくなる特殊弾を込めれるようにしている。

 

・特殊弾セット……力封じ効果を与える無力弾(ナイアーム)、魔封じ効果を与える沈黙弾(サイレンス)、速封じ効果を与える鈍重弾(スケアクロウ)。の3種類の特殊弾。当れば確実に敵の弱体化が望めるが出来たのは1発ずつで次も作れるかは不明。

 

・改造サバイバルシャツ……辰巳東交番で僕が買える防具に、アクセサリーであるガードバンドを組み込んで耐久性を上げたもの

 

・改造ラバーソール……辰巳東交番で僕が買える装備に、アクセサリーであるスピードバンドを組みこんで素早さを上げたもの。

 

「えっと、分かっていると思うけれど、絶対に無理はしないこと。『命を大事に』、これが一番だからね」

 

「分かっています。無理を言ってすみませんでした、総司さん。……あっ、もしかして総司さんが言っていた師匠さんですか」

 

乾くんが近づいてくる人影に気付き声をかける。師匠は面倒くさそうにしながらも、それに答える。コロマルも知り合いであったために特に興奮することはない。

 

「師匠、これが先日言っていたタルタロス攻略本です。くれぐれも無理だけはしないようにお願いします」

 

「分かってる。なによりもまずは、天田とコロマルを戦えるようにすることが大前提だろ。今日は『世俗の庭 テベル』だけにするさ」

 

師匠はそう言うと乾くんとコロマルを近くに呼んで自分のペルソナの能力について説明を始める。今回のレベル上げだが、乾くんは自身の召喚器を持っていないので師匠のを借りる他に方法がないが、無理にする必要はない。

 

テベルに出てくるシャドウであれば、乾くんに渡した改造エアガンの弱点で無い属性弾を使っても一撃で倒せる威力があるからだ。

 

僕は携帯電話を開いてディスプレイを確認する。もうそろそろ時間のようだ。

 

「師匠、乾くんとコロマルをお願いします。乾くんとコロマル、何度も言うけれど危なくなったら、ちゃんと師匠を頼るんだよ。じゃあ、いってらっしゃい!」

 

「はい、行ってきます!」

 

僕はそう言って背を向けた彼らを見送った。しかし、次の瞬間には……

 

「ただいま戻りました。総司さん!」

 

着ていた衣服が少しボロボロになっているものの元気ハツラツな乾くんと疲労気味でごろんと寝転がっているコロマル。そして、どこか遠い目をしながら哀愁漂わせる師匠が立っていた。

 

乾くんは僕が作った改造エアガンやタルタロス攻略本の正確性を声だかに語り、テンションが高いまま落ちないでいる。状況の説明を師匠にお願いしようと思ったが、「疲れたから帰る。明日も同じ時間でいいんだな」とだけ言い残し去って行った。

 

乾くんにコレを渡したのは早計だったかもしれない。

 



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P3Pin女番長 8月―⑦

8月15日(土)

 

1週間に及ぶ夏期講習から解放されたゆかり先輩たち高校2年生組は皆、ラウンジでだらけきっており美鶴先輩らに苦笑いされている。確かに夏休みに夏期講習と称して1週間も拘束されるのは私もちょっとパスしたい。

 

「ふわぁ……ねむ」

 

伊織先輩の横でテレビを見ていた兄さんが大きな欠伸をした。ここ最近、天田くんと一緒にコロマルの真夜中散歩に出かけているようだが、どういった意味があるのか分からない。確かに夏の日差しの真っただ中で散歩するよりはいいだろうけれどと、もう1人の当事者である天田くんを見れば、彼もまた兄さんの肩に凭れかかる様にして眠っている。

 

「…………」

 

まったく容姿は似てないのに、なんだか兄弟に見えるのは何でだろう。彼らから視線を逸らし、コロマルを見れば湊先輩が餌をあげていた。コロマルも何故だか、嬉しそうにしている。実際、アイギスさんがコロマルの心情を察し言葉に変換しているが、『裏が無くて安心する』ってどういうことなのだろう?

 

「そういや、明日は長鳴神社で夏祭りがあるんだっけか。ゆかりっちは行くのか?」

 

「うーん、どうしよう。風花―、それと湊は行くの?」

 

伊織先輩が振った話題を先輩らに振るゆかり先輩。山岸先輩はその問いに頷き、湊先輩は満面の笑みでサムズアップしている。どうやら2人とも行く気満々らしい。話を聞いているとアイギスさんも美鶴先輩と一緒にだが夏祭りに参加するそうだ。

 

「女性陣は全員参加か、華やかでいいねー。おっと、総司や天田少年はどうするって、……寝ちまっている」

 

先ほどまで手で目をこすりつつも起きていた兄さんも基礎体温の高い天田くんの体温が心地良かったのかソファでぐっすりと眠ってしまっている。

 

その様子を見に来た先輩たちはその微笑ましい光景にほっこりとしつつ、どうするべきか悩み始める。起こして部屋に行かせるべきか、それともタオルケットを持ってきて掛けておくか。多数決の結果、後者に決まり2人の膝の上に大きめのタオルケットが掛けられた。

 

「じゃあ、今日はこれくらいでお開きだな」

 

「そうだね。風花、明日の格好はどうする?」

 

「どうするって、私服じゃないの?」

 

そんな会話をしながら階段を上がって行く先輩らを見送った私は、今まで伊織先輩が座っていた兄さんの隣に座る。別にどうする訳でもないのだけれど、「私の定位置はここだよね」と兄さんのふとももを叩いて再確認しているとニマニマしながら様子を窺う湊先輩と視線が合った。私は見られていたことに気付いたと同時に、頬へ体中の熱が集まって行くのを感じとった。湊先輩は何も言わずに手を振ると階段を軽い足取りで上がって行く。

 

「もう、湊先輩ったら……」

 

「ふぁぁ……。結城先輩が何だって?」

 

「あれ、起きた?」

 

私が声を掛けると兄さんは慣れた手つきで天田くんをソファに横にするとお腹の上にタオルケットをかけ直し立ち上がった。そして、つけっぱなしになっていたテレビの音量を下げると周囲を見渡し、玄関横の受付に歩いて行く。そして、カウンターに置かれていたとあるものを手に取った。それは先日からずっと置き去りにされていた……

 

「あ、結城先輩の召喚器」

 

「渡しておいてって言ったじゃないか、優」

 

「てへへ……忘れてた」

 

「明日は夏祭りだろうから、タルタロスには行かないとは思うけれど、今の内に渡しに行っておくかな。優も来るでしょ?」

 

「うん。コロマル、天田くんのことをお願いね」

 

私がそういうとコロマルは耳をピンッと立たせ大きく頷く。私はそれを見た後、小さく欠伸をしつつ階段を上がって行く兄さんの後に続いて階段を上がって行く。2階を通り過ぎ3階の一番奥の部屋に向かって歩いて行く。そして、兄さんは控えめにドアをノックした。

 

「すいません、結城先輩。総司ですけど」

 

「はーい。ちょっと待ってね。ブラ着けるから」

 

「…………」

 

そういえば、湊先輩はつけない派でしたね。兄さんはどんなリアクションを取ればよかったのか分からないと言いたげに視線を右往左往させている。こんな風に狼狽する兄さんはすごく珍しい。そんなことを心の中で呟いていると施錠されていた鍵が開く音がしてすぐにドアが開かれる。

 

黄色のTシャツにジャージという色気も何もあったもんじゃない格好で現れた湊先輩の頬はちょっと紅く染まっている。そんな格好を見られたことに対する羞恥心かと思われたけれど、この様子だ違うみたい。するとやっぱりそういうことなのだろうか。実際問題、湊先輩なら兄さんを任せられるかなと思っているので、そっち方面には朴念仁な兄さんの尻を叩いた方がよいのかもしれない。

 

「結城先輩、貴女の召喚器ですよね。落ちていたので拾って受付に置いていたんですけど」

 

「え?……ああ、そっちか。総司くん、ありがと」

 

湊先輩はちょっとだけガッカリしたように俯く。兄さんは兄さんで差し出した召喚器を受け取らない湊先輩に首を傾げている。この女心が分からない奴め。私は無言で兄さんの横に移動して肘で小突き、小声で話しかけた。

 

「兄さん、明日は暇でしょ。夏祭りには行くよね」

 

「優、何故断言したし。そりゃあ、ちょっと様子を見に行くくらいは行こうと思っていたけれど」

 

「夏祭りの前日の夜、部屋に尋ねて来た異性。湊先輩が何を望んでいるか分かるでしょ」

 

「へ?……結城先輩が何を。……って、そういうこと?」

 

「そういうこと。じゃあ、私は部屋に戻るから後は兄さん1人でがんばって」

 

「ちょっ、待っ」

 

私は兄さんの呼び止める声を無視して自室に入った。これだけお膳立てすれば十分だろう。私はほくそ笑んで、ベッドにダイブする。結果は明日になってみないと分からないけれど、きっと明日のラウンジには蕾開いた花の様な笑顔を周囲に振りまく湊先輩がいるに違いない。

 

 

 

8月16日(日)

 

やっぱりと言うべきか、予定調和というべきか、ラウンジのソファに蕩け切っただらしない表情を浮かべた湊先輩が、両サイドに座ったゆかり先輩と山岸先輩から頬をぷにぷにつつかれている。しかし、そんな2人の攻撃などおかまいなしと云った感じで、湊先輩は声にならない歓声をあげている。

 

「えへへ~」

 

「何があったっていうのよ」

 

「完全に聞こえていないみたい」

 

2人が匙を投げるのも仕方が無いことだろう。きっと、私も昨日のあれを見ていなかったらきっと予想がつかなかったと思う。けれど、ああやって湊先輩が幸せの絶頂にいるっていうことは、兄さんはあの後にちゃんとやり遂げたっていうことであり、私としても満足のいく結果となり何よりである。

 

「さってと、ごはんごはん~」

 

踵を返しで台所に行こうとした私の肩に置かれる手。それは人の体温ではなく、そんなひんやりとした手を持つのはこの寮には1人しかいない。

 

「湊さんのあの状態について知っていることがあれば教えてほしいであります」

 

「アイギスさん、もう一目瞭然でしょ。意中の人に夏祭りの誘いを受けた、それだけよ」

 

「それは「ええっ!?あの後、そんなイベントがあったの!!」あう……」

 

蕩け切った湊先輩をいじっていたゆかり先輩が急に立ちあがって、私の所に素早く近寄ってきてアイギスさんを押しのけ迫ってくる。湊先輩の横に1人置き去りにされた山岸先輩も私の話に興味があるのか、少しずつ寄ってきている。

 

「元々兄さんは湊先輩の召喚器を部屋まで届けに行っただけだったんですけれど。ほら夏祭りの前日の夜、気になる異性が部屋を尋ねてくるシチュエーション。女として堪らないじゃないですか」

 

「「確かに!」」

 

うんうんと頷くゆかり先輩と山岸先輩。アイギスさんは私たちのやり取りを眺め、右手を顎に当て頷くと、「なるほどなー」と呟くのだった。

 

「というかゆかり先輩や山岸先輩は、同じ寮の男女が恋するのはオッケーなんですか?」

 

「うん、別に修羅場を起こさなければオールオッケーよ。というか優ちゃん、風花が泣きそうだからいい加減にしてあげなさい」

 

「え?」

 

ゆかり先輩に言われ山岸先輩を見ると、胸の前で両手の指先をつんつんとしながら私を見る彼女と目が合う。言われてみれば確かに、巌戸台分寮に住む女性の先輩で未だに名字で呼んでいるのは彼女だけだ。

 

「分かりました。次から風花先輩って呼びますね」

 

「うん、よかった。別に嫌われている訳じゃなかったんだね」

 

ほっと溜息をつく風花先輩を余所にゆかり先輩は湊先輩のところに戻って、兄さんからどんな言葉で誘われたのかを聞きだしていた。無論、垂れた湊先輩は夢心地で返事は期待できそうにないけれど。

 

 

その日の夕方、男性陣は天田くんとコロマルも含めて先に向かい、私たち女性陣は美鶴先輩の伝手で用意された浴衣に着替え長鳴神社に向かう。鼻歌交じりでスキップしながら先を行く湊先輩の後ろ姿を見ながら思うのはただひとつ。

 

「大丈夫かなぁ、兄さんはこういう時にヘタレるから。心配だ……」

 

私のこの懸念は当ることになる。

 

男性陣と合流し長鳴神社の夏祭りに参加することになったけれど、案の定兄さんの隣にはコロマルを連れた天田くんがいる。湊先輩が考えていた夏祭りデートではないこの事態に、すでに彼女の背後にダウナーな雰囲気が醸し出されている。

 

後で兄さんは〆ると誓いつつ私はその場から離れる。とりあえず約束していた剣道部の友達と合流して、湊先輩のフォローは後で考えようと思う。

 

夏祭りの終盤、剣道部の友人たちと別れた私は花火が見える所に移動してきた。すると特別課外活動部の先輩たちもその場所に来ており、私に気付いた彼らは私を呼んでくれる。

 

「おーい、優ちゃん。こっちこっち!」

 

「今、行きます。風花せんぱーい」

 

先輩たちに合流し花火が打ちあがるのを待つ間、周囲を見渡すと足りないメンバーがいるのに気付く。いないのは美鶴先輩とアイギスさん。それと湊先輩と兄さんだ。

 

「あの美鶴先輩たちは?」

 

「桐条先輩ならアイちゃんを連れて先に寮に戻ったよ。アイちゃんはもう少し居たかったみたいだけれどね。……優ちゃんが気になっているのは湊ちゃんたちでしょ」

 

風花先輩が私に身を寄せながら小声で話しかけてくる。私はすぐに頷き、状況の説明をお願いすると彼女は教えてくれた。私が剣道部の友人たちと過ごしている間のことを。

 

 

■■■

 

 

総司くんに「夏祭りを一緒に廻ろう」と誘ってもらったらしい湊ちゃんは本当に朝から嬉しそうにしていたけれど、現地について彼に話しかけた彼女に待ち受けていたのは残酷な現実。

 

総司くんは天田くんとコロマルを連れてさっさと出店の並ぶところへ走って行ってしまった。それを呆然とした様子で見送った湊ちゃんの姿に私とゆかりちゃんは思わず涙した。優ちゃんが言っていた“ヘタレ”の意味を理解せざるを得なかった。

 

シュンと項垂れた湊ちゃんを誘って私たちも夏祭りを楽しもうと盛り上がる。焼きそばや綿飴、リンゴ飴といったこういった時にしか食べられないものであったり、本当に当りくじはあるのか疑わしいくじ引き屋で遊んだりしていると、射的屋にて総司くんたちと合流した。その際、湊ちゃんの顔を真っ赤にした総司くんが全力で顔を逸らすという珍しい画を見て、私とゆかりちゃんは思わず噴き出し、湊ちゃんも目尻に涙を浮かべつつ苦笑いを浮かべた。

 

せっかく射的屋の前にいるのだからお金を払って挑戦してみるが、用意されたコルク銃の威力が絶妙に調整されていて的が倒れない。当ればぐらぐらと景品が揺れるので、射的屋の店主に文句も言えないので私とゆかりちゃんは諦めた。

 

天田くんはどうだろうと見てみると妙に堂々とした立ち振る舞いでしっかりと照準を合わせ、景品のお菓子をバシバシゲットしていた。

 

「これが特訓の成果です!」

 

と、大きな動作でガッツポーズを決めた天田くんの手には景品であるお菓子が山ほど入ったビニール袋があり、私はその姿に母性本能が刺激されいつのまにか彼を抱きしめ頭を撫でていた。私がはっと正気の戻った時には天田くんはコロマルをつれて遠くへ逃げ出していた。私が恐る恐る周囲を見渡すとゆかりちゃんが腕を組んで仁王立ちしていた。あ、デジャブ……。

 

「風花、ギルティ」

 

「あわわわ……。あれ?」

 

「ん、どうしたの風花?」

 

ゆかりちゃんの後ろ。射的屋の前には湊ちゃんと総司くんが残っていたのだが、様子がおかしかった。天田くんがゲットしたお菓子があった所にセットしなおされた景品に狙いを定めている湊ちゃんだけれど、息が荒く、両手で構えているコルク銃はガタガタと震え照準を定めるとかそういう問題じゃない。

 

隣にて挑戦していた総司くんは店の奥に並べられている景品であるゲームソフトを狙っていたがビクともしないので諦めコルク銃を置いた。そして、様子のおかしい湊ちゃんを見て首を傾げた後に声を掛ける。しかし、湊ちゃんはそれに気付かない。

 

「風花、何かおかしくない?」

 

「うん。湊ちゃ……あっ」

 

私は湊ちゃんに話し掛けようとしたのだが、その前に総司くんが湊ちゃんの背後に回り込んだ。そして、異常な程に震える彼女の手に添わせるように彼は自分の手を重ねた。湊ちゃんはキョトンとした表情で後ろにいる総司くんを見る。すると先ほどまでの震えは何だったのかと言いたくなるほど落ち着いた様子で狙っていた武者鎧を着たネコのぬいぐるみをコルク銃で倒しゲットしたのだった。

 

 

■■■

 

「結局、湊先輩は夏祭りを楽しめたってことでいいんですかね。けど、射的屋でそんなことがあったんだ」

 

風花先輩やゆかり先輩の2人から見ても異常なほど震えていたっていう湊先輩。兄さんが関わることで落ち着いたっていうのはいいけれど、これが何を意味するのか。

 

置き去りにされた召喚器。

 

兄さんが渡しに行った時、夏祭りのことがあったとはいえ中々受け取らなかった。

 

そして、銃を撃つ際に異常な震えが出る。

 

「まさか……」

 

「あ、2人のことには続きがあるの」

 

「え?」

 

風花先輩の声かけに私は考えを中断し、彼女の顔を見る。

 

「射的屋で得た景品を手に持ってご機嫌だった湊ちゃんがちょっとやばそうな不良さんたちにぶつかっちゃってね。いちゃもんをつけられそうになったんだけれど、その人たち総司くんを見て悲鳴を上げたの」

 

「……はい?」

 

「当然、周囲の視線が2人というか総司くんに集まろうとしたんだけれど、総司くんが機転を利かせて湊ちゃんの手を取って逃げ出したの。その場はそれで有耶無耶になったんだけれど、おかげで2人を見失っちゃった」

 

「ああ、それで湊先輩と兄さんもここにいないんですね」

 

「そういうこと。どうせ、花火はここじゃなくても見れるしいいんじゃない?事の顛末は寮に帰ってから聞けばいいしね」

 

私の言葉に返答したのは説明してくれていた風花先輩ではなく、リンゴ飴を食べながら夜空を眺めるゆかり先輩であった。彼女の手には携帯電話が握られており、時間を気にしている。彼女がその携帯電話を直した所を見て、花火を打ち上げる時間に近づいたらしい。

 

 

 

そして、しばらくすると夜空に鮮やかな光を放つ大輪の華が咲いたのだった。

 

 

 

「湊先輩の行動のいくつかがちょっとだけ気になるけれど、まあいっか」

 

 

 



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P3Pin女番長 8月―⑧

8月17日(月)

 

久しぶりに訪れたタルタロスは相変わらず、月光館学園の敷地内にそびえ立っている。ここにはかつて美鶴先輩のお爺さんが主となって時間操作を目的とした研究を行う施設があった。その材料となったのがシャドウであり、こんなものが作りだされる要因となったもの。幾月さんの話が本当であれば、残りの大型シャドウは4体。そいつらを全部倒してしまえば、この影時間は消えるはず。

 

「おーい、優ちゃん!行くぞー」

 

「あ、はーい。今行きまーす」

 

私は武器である刀の柄を握り締めながら先輩たちの後を追う。そしてタルタロスに足を踏み入れようとタルタロスへ入るための大きな扉のドアノブに手を掛け、勢いよく振り返った。そして、じっと目を凝らす。

 

「……。気のせいかな」

 

誰かの視線を感じたような気がしたけれど、そこに“人”はいなかった。そこにあったのは影時間があることを知ることが出来ない普通の人が眠る棺桶。象徴化したモニュメントがぽつんと立っているだけであった。そのモニュメントの周囲にも目を凝らすが人はいないようなので私は向き直って大きな扉を潜りタルタロスの中へ入るのだった。

 

 

 

私が先輩たちに遅れてエントランスに行くと彼らはすでに準備を整え終わっていた。美鶴先輩と真田先輩はトランスポーターの方を見ながら会話しているが、2年生組とアイギスさんは私に向かって、こっちに来るようにジェスチャーしている。

 

「すみません、ちょっと遅れました」

 

「何かあったの、優ちゃん?」

 

「いえ、ちょっと視線を感じたので見て来たんですけど、私の杞憂だったみたいです」

 

風花先輩に尋ねられたので、何をしていたのか率直に答えると彼女は目を瞬かせた。すぐに召喚器を構え、風花先輩は自身のペルソナであるルキアを召喚する。そして、神経を研ぎ澄ますために目を瞑り深呼吸した。たぶん、タルタロスの周辺を探っているのだろうけれど……。

 

「ふぅ……。タルタロスの周辺に怪しい気配は感じられないよ」

 

「ま、優ちゃんも杞憂だったって言っていたし、問題ねぇーんじゃね?」

 

風花先輩がルキアを消しながらそう言うと、伊織先輩がその意見を肯定するように頷きながら言った。けれど、ゆかり先輩は不安そうにしている。

 

「けど、あいつらは風花の索敵に引っかからなかった。優ちゃんのようにある程度、気掛けるのは必要なんじゃない」

 

「そうですね。ストレガの方にも風花さんと同じような能力を持つペルソナ使いがいるとみて間違いありません」

 

ゆかり先輩が吐露した不安にアイギスさんは頷く。大型シャドウだけでもやっかいなのに私たちと同じペルソナ使いが敵に回るなんて思いもしなかった。不確定要素が多すぎて気が滅入りそうだと思いながら周囲の様子を窺うと、湊先輩が手に持った召喚器を眺めていた。ただし、その召喚器を握る手は震え、持っていない側の手で必死に震えを止めようとしているようにも見える。

 

「あの……湊先輩」

 

「え?……な、何かな優ちゃん」

 

湊先輩は召喚器を後ろ手に隠すと笑みを浮かべながら私に向き直った。私は彼女の行為に違和感を覚え、声を掛けようとしたのだが、

 

「おい、さっさと行くぞ。恐らく、先に進むことが出来るはずだ!」

 

「コロマル、今回はここで山岸と留守番していてくれ。次にタルタロスを訪れた時にお前を鍛えて戦えるようにする手順にするから」

 

「……クゥーン」

 

「『指示には従う』とのことです」

 

真田先輩がトランスポーターの前で声を張り上げた。その声を聞き湊先輩はそちらに向かってしまう。彼の傍にいたはずの美鶴先輩はコロマルの頭を撫でながら、本日の行動指針を話している。先ほどの会話は先に進むか、コロマルを鍛えるかの話しあいだったようだ。

 

その結果、コロマルは風花先輩とエントランスで留守番することになった。兄さんの分析ではコロマルの身体能力はともかく、ペルソナ能力は私たちがペルソナに目覚めた時と同じくらいなので、いきなり前線に連れて行くのは危険という判断を先輩たちは下した。

 

さぞかしコロマルはしょんぼりとしているだろうなと様子を窺うも、彼は風花先輩の足元に行くとタルタロスと外を繋ぐ大きな扉の方を見ながらその場で伏せの状態になった。その姿はまるで主人を守護する騎士のよう。

 

「優ちゃん、置いていかれっぞ」

 

「えっ?あ、ちょっと待ってくださーい」

 

伊織先輩の指摘で気付いた私は急いでトランスポーターへ向かう。そして伊織先輩の後を追ってトランスポーターを起動させ、今いける最高地点まで跳んだ。

 

 

 

 

タルタロスの89Fで私たちの進行を邪魔していたモニュメントが消えてなくなる。新しいフロアに足を踏み入れるということもあり、私たちは慎重に先に進む。少しずつ周囲を警戒しながら足を進めるが、フロアを徘徊していたシャドウたちは、私たちを見つけるとすぐに距離を詰め襲いかかって来た。

 

現れたのは淡い青い光を放つカンテラを持った鴉、大剣を持った腕だけのシャドウが合計6体。美鶴先輩がすぐに風花先輩に指示を出して、鴉の方のアナライズがされる。

 

『名前はアイスレイブン。氷と風に強いですが、火が弱点です』

 

「よっしゃー!ここはオレっちに任せとけ。ヘルメス、アギラオ!」

 

伊織先輩が召喚した魔術師のアルカナを持つヘルメスはアイスレイブンをスキルで焼き地に落とすが、ダメージを与えたようには見えない。元々伊織先輩のパラメーターは物理特化型である私やアイギスさん寄りなのでスキルの威力は期待できない。しかし、相手の動きを封じるという点ではそれで十分だ。

 

『もう片方は正義の剣という名前で雷に耐性を持ちますが、風が弱点です。ですからゆかりちゃん!』

 

「おっけー!総司くん特製アクセもあるから一発で決める!イオ、マハガルーラ!」

 

ゆかり先輩が召喚した牛の頭に腰掛けた少女の姿をしたイオが両手で大きく天を仰ぐと私たちが戦闘を行っている場所を中心に風が吹き荒れる。かまいたちのようなもので身体を切り裂かれた正義の剣と呼ばれたシャドウたちは消滅していった。残りは風耐性を持っているアイスレイブンだけだが、多勢に無勢という文字通り、反抗らしい反抗も出来ずに消滅するのであった。

 

「階層が上がって敵の強さも上がってはいるが、特に問題になりそうにないな」

 

「いやいや真田サン。S.E.E.S.のメンバー全員で掛って勝てない相手って、大型シャドウ以外にいる訳ないっすよ」

 

「ふっ……それもそうか」

 

男2人が肩を組んで盛り上がっている。ゆかり先輩や美鶴先輩はそんな2人を見て大きなため息をついている。そして、アイギスさんは……

 

「先の戦闘、湊さんは動かなかったであります」

 

「うん。今までは率先して戦っていたのに」

 

私と一緒に後方で俯いている湊先輩について話をしていた。内緒話をするつもりはないけれど、いつもの彼女の様子ではないことに不安を拭いさることが出来ない。私が視線を先に進んでいる先輩たちに向けると様子を窺っていた何人かと視線が合った。

 

「どうやら皆さんも湊さんの不調に気付いていて、あのような行動を取られているようですね」

 

「うん、そうみたい」

 

その後も何度かシャドウと戦闘になったけれど、風花先輩がアナライズして弱点スキルで攻めるという行動を繰り返し、特に問題なく先に進むことが出来た。先に進む中で場の雰囲気に慣れて来たのか湊先輩も戦闘に参加できるようになり、皆も肩の荷が下りたと言いたげな雰囲気を醸し出している時に起きた。

 

『皆さん、気を付けてください!このフロアにいるシャドウは強敵ばかりです!』

 

風花先輩の焦ったような言葉にその身を緊張させる私たちであったが、自分以外のメンバーの様子を見て皆が同時に笑った。

 

「全員で協力して戦えば何の問題もない」

 

「そうっすね、真田サン」

 

「確かによっぽどな相手じゃないとね」

 

「ふっ、頼もしいな。お前たちは」

 

『皆さん……。そうですね、皆さんなら大丈夫ですね』

 

声に焦りが感じられた風花先輩も落ちついた様子。彼女の言葉を聞いて湊先輩が身体を震わせたが、今はすでにチームの先頭に行って真田先輩らと言葉を交わしている。何も問題ない、私たちはそう思っていた。この時までは……。

 

 

 

 

タルタロスの床をそのまま踏み砕きそうな、激烈な踏み込みを伴う斬撃が私の脳天を襲う。

 

「……っ!!」

 

咄嗟に頭上に構えた武器と相手が振り下ろした武器が火花を散らしている。私は半歩だけ脇に動いてその斬撃を流そうとしたけれど、その動きに合わせるようにして、斬撃は途中から斜めに軌道を変える。速度を変えることなく、そのまま振り下ろされれば材質不明なタルタロスの床でも切り裂いても有り余る威力だった。

 

しかし振り終えたはずの刀は、私やタルタロスの床を斬ることなく、敵の側面にあった。

 

私がなんとか攻撃をいなし反撃に移ろうと行動を移した瞬間に、だ。私は下唇を噛みしめ敵の攻撃に備えるようにして神経を研ぎ澄まさせる。

 

私が相対している敵の名は『白狼の武者』。光と闇が弱点のシャドウであるが、攻撃力や防御力、素早さまでもが桁違いな上、私の攻撃は全て見切られる。かと言ってこんな化け物をゆかり先輩や美鶴先輩のところに連れて行ったら、確実にやられるイメージしか浮かばない。だから、他の戦況が動くまで、私がこいつをここに留まらせる必要がある。

 

「ふっ!!」

 

私は短く息を吐くと自ら敵に斬り掛る。避けようと思えば簡単に避けられるはずの敵も何故か避けることなく、攻撃を見切ることなく、私と剣戟を結ぶ。刀と刀が幾度と重なり合い、乾いた音が辺りに響き渡る。

 

しかし、私が息切れを起こし態勢を崩したその瞬間、敵は自分の刀を流れるような動作で納刀し、身を屈ませる。

 

『抜刀術』

 

あれが抜かれたら、確実に私の上半身と下半身は斬り裂かれ離れ離れになって絶命してしまう。そんなイメージが直接身体に叩き込まれ、私の身体は硬直してしまう。

 

 

逃げなきゃ。逃げられない。

 

 

避けなきゃ。避けられない。

 

 

死にたくない。死ぬ。

 

 

私の視界に映るすべての動きがスローモーションになる。しかし、敵はそんな中でも普通の速さで動いて刀を抜刀していく。あれが完全に鞘から抜き身になった時、私は……。

 

涙も流すことも出来ず、抵抗らしい抵抗をすることも出来ず、私は……。

 

だけど、敵の刀は私の身に届かなかった。

 

「……え?」

 

私は腰を抜かした状態で、タルタロスの床にペタンと尻もちを付きながら見上げる。そこにいたのは、無数の棺桶を鎖で繋いだオブジェを背負った、飾り気のない一振りの刀を構える処刑人。顔には鳥か獣の頭蓋骨を模した仮面をつけていて表情は読み取れない。

 

その処刑人は私の身体を切り裂くはずであった敵の刀をその手で掴んでいる。そして、反対側の手で握った無骨な刀を振り下ろし、敵を頭頂部から股にかけて切り裂いた。私が一撃も与える事の叶わなかった相手を一瞬で殺したのだ。

 

「死神……」

 

私がそう言うとそいつは顔だけ振り向かせ私を棺桶越しに見下ろす。

 

その瞬間、まるで心臓を鷲掴みされたような恐怖と共に、生きている実感からか私の眼から涙がこぼれ落ちる。

 

その処刑人は私に何をするでもなく、唐突に消え去った。

 

そして、誰かが崩れ落ちるような音が聞こえた。私が振り向いた先には両手で顔を覆って泣き崩れる湊先輩の姿があった。

 



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P3Pin女番長 死神―①

何事もなかったかのようにバカ騒ぎする順平、それに溜息をつきながらも付き合うゆかり。苦笑いしながらも同じ時間を過ごせることに幸せを感じていた風花。そんな彼らを遠くから腕を組んで眺める美鶴先輩とマイペースに鍛錬している真田先輩。ふと視線を外せば、耳を垂らして周囲に助けを求めるコロマルを抱きしめながらぐりぐりと頬ずりする優ちゃん。そんな彼女をコロマルの心情を理解できるアイギスが窘めている。

 

私はその光景を眺めながら台所へと視線を向ける。すると持ち運びできる木の台に乗って一生懸命に料理の手伝いをしている天田くんの姿が映った。彼は隣にいる少年に何かを尋ねている。天田くんから尋ねられた少年、総司くんは嬉しそうに笑いながら彼の頭を優しく撫でる。

 

『―こんな変哲もない日々がずっと続けばいいのに―』

 

私は心の底からそう願った。

 

けれど現実はそう甘くなかった。

 

 

 

 

?月?日(?)

 

気づくと私は自分の部屋に立っていた。ぼんやりと状況を見ていると慌ただしくピンク色の服を着た女の子が部屋に駆け込んできた。彼女は何かを伝えようと身振り手振りを踏まえ説明するように口を開き、最後には私の手を引いて駆け出した。階段を降り、玄関に行くと赤いベストを着た青年と、キリッとした佇まいの女性がいた。青年の方は負傷しているが、状況が状況らしく彼らは外に出る。私は少女に手を引かれ、屋上へと向かった。

 

屋上に出ると、明らかに異質な空気が広がっていた。身の毛がよだつような寒気。それにあるはずのものがない違和感。そして、空から巨大なシャドウが舞い降りる。

私を庇いつつ召喚器を使おうとした少女だったが、一瞬だけ躊躇った。だが、その一瞬という時間はシャドウの攻撃が届くのには十分だった。

 

少女の悲鳴が響き、倒れた拍子に彼女が持っていた召喚器が私の足元に滑ってきた。その召喚器のグリップ部分には赤いナニカがついていた。

 

 

 

場面が変わる。

 

 

 

私たちは走っていた。影時間と呼ばれる一般人には知覚することができず、機械も止まってしまうはずの特別な時間の中。シャドウによって乗っ取られ、前を行っていた電車に衝突する間際の電車の中をただただ前へ。そして、先頭車両にたどり着いた私たちの前に広がっていたのは、電車と融合した巨大なシャドウとそいつから仲間を守ろうとしている大きな背中と、自身が流した赤いナニカに沈む後輩の女の子の姿。

 

 

 

また場面が変わった。

 

 

 

影時間の間だけ存在することになる異形の塔、タルタロス。そのエントランスには巨大なシャドウが2体いた。仲間たちは弱点がコロコロ変化するシャドウに翻弄されて、無傷な者はいなかった。お調子者の同級生の少年は左手から、キリッとした佇まいの女性の先輩は目元を腫らし口端から、赤いナニカを垂れ流す。

 

 

 

それは、血。

 

 

 

――私の視界の一面が、真っ赤に染まっていた。

 

ゆかりが、順平が、真田先輩が、美鶴先輩が、アイギスが、優ちゃんが。頭や腕、あるいは全身から血を流してそこかしこに転がっている。

 

腕や足が変な方向に折れ曲がっている者、上半身と下半身が切り裂かれた者、頭蓋をかち割られ目を見開いたまま絶命している者。

 

「……み……んな」

 

足元がぐらつく。自分の力だけでは立っていられなくてよろけて倒れこんだ。

 

震える手足で何とか体を支え立ち上がろうとした私に差し出された手。私がその手にすがろうと顔を上げるとそこにいたのは灰色の髪を持つ邪気のない笑顔を携えた少年だった。

 

「そう……し……くん」

 

私が彼の差し出した手を握ろうとした瞬間、彼の喉元から刃が突き出た。同時に私の顔に大量の生暖かい血が降り注ぐ。私は茫然としながら見ていると、明後日の方向を見て物言わぬ骸となった彼の体が縦に引き千切られた。代わりに私の眼前に現れたのは獣の骨のような仮面をつけ、棺桶をいくつも背負う死神であった。

 

私は両手で耳を塞ぎ目を閉じて、喉を枯らすほどの勢いで絶叫をあげる。そして、目の前にあったものを有無言わさずに引っ掴み抱え込んだ。

 

「やだ!やだよ!もう、嫌あぁぁっ!」

 

最初から怖かった。

 

誰かが傷つくのを見て恐怖していた。

 

いつ自分の番が来るのかずっと恐れてきた。

 

今までは何とか倒せてきていたから、ずっと目をそらし続けてきたけれど、戦うのが怖い。

 

怪我するのが怖い。

 

友達が傷つくのが怖い。

 

何より“誰にも知られず”に死んでしまうのが、恐ろしく怖い。

 

「助けて……。誰か助けて……」

 

全身に嫌な汗をかき、両目から涙を溢れさせ、私は抱え込んだものに必死でしがみつく。そのまま激しく嗚咽する私の背中を、誰かがそっと優しく撫でる。それが心地よくて私は今まで見ていた怖い夢のことをすべて忘れ、しがみついたものに頬をすりよせた。優しくて、安心する匂いに私の傷ついた心が癒されていく。

 

「大丈夫ですよ。ここに怖いものはありませんから……」

 

 

そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

目を覚ました私がまず見たのは、勉強机の上に置かれアラーム音を鳴らすジャックフロストを模った時計であった。私はそれに手を伸ばし時計の頭部を触るとアラーム音が消える。ベッドに端座位になると浴衣の前がはだけて下着以外の肌が露わになっている。

 

「…………」

 

私は無言で周囲を見渡す。クローゼット横に置かれた金物ラックにはクレーンゲームの景品の人形や車や船、ロボットを模ったプラモデルが思い思いの立ち位置で鎮座している。勉強机の上には先ほどのジャックフロストの時計の他に妙にお金が貯まることで有名なガネーシャ貯金箱が「1号」「2号」と付箋が貼られている。ちなみに一番手前にあるのは「6号」。

 

「もしかしなくても、ここって総司くんの部屋?」

 

気になる異性の部屋で浴衣とはいえ半裸な自分。鏡に映った自分の顔が真っ赤に染まった。勉強机の上にきちんと畳まれた帯を見て、ここで一夜を明かしたのは間違いないことを悟った私は夏祭りの後のことを思い出そうと頭を抱える。

 

「確か、ネコショウグンのぬいぐるみをゲットした後……」

 

気が緩んだ私がちょっとやばそうな人たちにぶつかって、いちゃもんをつけられそうになったけれど、総司くんが私の手を引いて逃げてくれたおかげで何も問題なくて。寮に帰る途中で下駄の鼻緒が切れて、総司くんにおんぶしてもらうことになって……。

 

「そのまま寝ちゃったのか、私……」

 

私は立ち上がってタオルケットをベッドからどかし、敷布団をすみずみまで調べる。そして、何の痕跡もないのを見て大きく溜息をついた。

 

「何をやっているんだろう、私。相手は15歳の少年なんだから、当然といえば当然じゃない」

 

私は浴衣の帯を締め直し、タオルケットを畳むと部屋を見回して名残惜しく思いながら部屋を出た。時間的にまだ早く誰も起きていないようなので、さっさと自室に向かう。そして、自室で私服に着替えた私はベッドに倒れこんで天井を見上げ、ほっと溜息をつきながら目を閉じた。

 

皆が起きたであろう時間を見計らって1Fに降りると早速ゆかりと風花と優ちゃんが駆け寄ってきた。彼女たちの狙いは総司くんに手を引かれて、長鳴神社を去った後のこと。

 

私はあの後、下駄の鼻緒が切れたので総司くんに背負われて寮に帰ったことだけを伝える。それから先のことは本当に身に覚えがないので、総司くんの部屋で一夜を明かしたことだけは伏せておくことにした。

 

「ふーん、『据え膳食わねば』っていう諺あるけれど、この場合はどっちだと思う風花?」

 

「ええと……。総司くんは紳士っていうことで」

 

「いや、その場合は兄さんがヘタレだったっていうだけじゃないですか」

 

「優ちゃん、それは言い過ぎ」

 

当事者である私をそっちのけに盛り上がるゆかりたちを見ながら、私は彼の姿を探す。しかし、ラウンジや台所に彼の姿はなかった。

 

「兄さんなら天田くんと一緒にコロマルの散歩に行きましたよ」

 

「そう……なんだ」

 

私は優ちゃんの言葉に相槌を打ちながら玄関に視線を向けたが、結局彼らが帰ってきたのは夕方であった。



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P3Pin女番長 死神―②

8月17日(月)

 

影時間の間のみ現れる異形の塔タルタロスのエントランスにて、美鶴先輩と真田先輩が何やら会話している。私は1週間ぶりに握る召喚器を利き手で構えようとしたが、先日のジャスティスとチャリオッツ戦の時の記憶がフラッシュバックして、手の中にあった召喚器を取りこぼそうとした。私の心に刻まれた恐怖を体現するようにがくがくと震える右手を左手で何とか抑えようとするけれど、抑え込もうとすればするほど、振れ幅が大きくなっていく。左手に力を込めた辺りで優ちゃんに話しかけられたけれど、その直後に先輩たちに呼ばれたので軽く返事だけして先輩らの所へ向かう。

 

トランスポーターで登れる限界までタルタロスを昇った私たちは、戦闘の勘を取り戻しながら先に進んでいく。初めの何戦かは震えて何も出来なかったけれど、しばらくすると震えが収まったので、ペルソナは召喚せずにだが戦えるようになっていた。

 

それからしばらくして、風花よりこの階層にいるシャドウは強敵ばかりであるというナビを聞いた。しかし、仲間たちは力を合わせれば大丈夫だと気楽に考え先に進む。彼らのそんな姿に私も幾ばくか安心して、慢心してしまった。

 

シャドウは、現実は、そんな甘くないって分かっていたはずなのに……。

 

 

 

相対することになったシャドウは3体。

 

白い鎧を着たシャドウ『白狼の武者』

 

大きな2本の角を持った巨体のシャドウ『ミノタウロス参号』

 

血の様に紅い装甲を持った戦車型のシャドウ『深紅の砲座』

 

姿を見ただけでそいつらが格上だと分かった。特に私は深紅の砲座を見た瞬間に腰が抜けてしまって武器である薙刀を手放してしまった。私の脳裏にはチャリオッツの攻撃によって軋む肉体、砕け散る精神のイメージが浮かびあがった。両目から涙が溢れでタルタロスの床に染みを作って行く。

 

「湊はそこで待機していろ!明彦、深紅の砲座を任せる。優は白狼の武者を頼む。他のメンバーはミノタウロス参号を片づけるぞ!」

 

美鶴先輩の号令でそれぞれの役割を果たすために動く皆。

 

しかし、相手のシャドウの力は皆の想像を超えていた。攻撃力、防御力、素早さ、魔力、すべての数値が劣っている。なんとか喰らいつけることができる力量の差ではなく、もはや話しにならないレベルだった。

 

3体の中で唯一弱点をつくことが出来る深紅の砲座も真田先輩の魔力ではダメージらしい威力が期待できず、美鶴先輩・ゆかり・順平・アイギスの4人で相手しているミノタウルス参号もまるで子供が玩具で遊ぶように4人を攻め立てている。優ちゃんが相手している白狼の武者はまさに彼女の実力の上位存在といっても過言ではない。

 

このままでは、皆が死んでしまう。けど、恐怖心から来る自身の震えを抑えられないでいる私が介入したとしても、彼らの状況が変わるとは到底思えない。けれど、私が行動しなきゃ皆が死んでしまう!

 

ガチガチと歯を鳴らし、震える右手を左手で抑えつけつつホルダーに入れっぱなしであった召喚器を手に取り、それを見つめる。鈍色の光を放っているはずなのだが、私の眼には召喚器は血に塗れて見えた。誰でもない自身の血で。

 

私は召喚器を下に降ろし、視線を上げて視界からそれを外す。今の私じゃペルソナを召喚することなんて出来るはずが無い、そう思った。

 

しかし、戦闘状態にあった特別課外活動部の皆の様子を見て血の気が引いた。

 

皆が相対していたそれぞれのシャドウによって止めを刺されそうになっていた。しかも、優ちゃんに限って言えば、シャドウが武器を抜いた瞬間に上半身と下半身が別れてしまう瀬戸際だった。

 

「っ!?うわぁあああああああ!!」

 

私は召喚器を両手で握り締め眉間に押し当て引き金を引いた。

 

 

 

具現化された私のペルソナは4月の時にオルフェウスを内側から食い破って現れた“死神タナトス”だった。

 

獣の頭蓋骨に似た仮面をかぶり、人型のレリーフが模られた8つの棺桶の蓋を首から下げた、黒い神。人を殺すことを力ではなく、権力で許された存在。

 

『オオオオッ!!』

 

死神は雄叫びをあげると棺桶を翼のように広げて空中に飛翔した。そして腰に刺した無骨な剣を目にも止まらぬ速度で抜くと深紅の砲座の砲身を切り刻み、剣を持たない手で文字通り叩き潰す。その反動でミノタウロス参号の下へ行くと剣を横薙ぎに一閃する。

 

それだけでミノタウロス参号は見る影もないほど細かく千切りにされる。そして、最後に白狼の武者の前に移動し剣を持ちかえて、シャドウが抜き放った刀を空いた方の手で握ると有無を言わさず脳天から股ぐらに掛けて斬り裂いた。

 

(あ、あああ……)

 

普通のペルソナであれば行動をひとつするだけで消えるが、死神は別物であるようだ。何故だか分からないが、連続して行動が出来るけれど、死神が行動するたびに私の心臓が早く脈打ち、意識が朦朧としていく。急激に体温が奪われて行くような感覚に身を震わせながら、私は召喚器を取りこぼす。すると、敵を屠って咆哮のような雄叫びをあげていた死神が消えて行った。私はそれを見届けた後、眠る様に気を失った。

 

 

 

 

「――と!」

 

頭の中がぐるぐると回っている。

右を見ても左を見ても、赤一色で私は辟易しながら目を閉じる。

 

「―――っち!」

 

目を閉じると今度は息苦しさを感じた。重苦しいだけの寂寞がそこを支配しており、気持ち悪い。まるで私の中に別の誰かがいるような気がして、自分自身の体なのに可笑しな感じがする。

 

「――き!」

 

病院で目覚めからずっと、こんな感じだった。唯一心が休まったのは昨夜、総司くんの部屋で一夜を明かした時だけ。他の夜はずっと寝ているのに休まれず、心が静まらなかった。

 

「――と!」

 

そういえばさっきからずっと、身体を揺さぶられている気がする。誰かが私を呼んでいる気がする。

 

「―――さん!」

 

ぐるぐると、頭が回る。私はふと自分の手を見つめる。何のことはない私自身の両手があった。顔を上げれば、さっきまで赤一色であった景色は緑掛った影時間特有の世界にもどっていた。

 

「湊先輩、しっかりしてください!」

 

「……優ちゃん?それに皆、どうしたの?」

 

目を覚ますと部の皆が私の顔を覗き込んでいた。態勢からするに私はアイギスに膝枕されている状態らしい。

 

「よかった、意識が戻ったんですね?脈が弱くなった時はどうなるかと思いましたよ」

 

そう言った優ちゃんは目に涙を溜めながら、笑顔を見せて何度も頷く。身体を起こすとゆかりと美鶴先輩がそれぞれ私の身体を抱きしめてくる。ゆかりの目は赤く腫れており、先ほどまで泣いていたようだ。

 

「病院でのことは偶然かと思っていた。すまない、湊。君がこんなにも傷ついているとは思っていなかったんだ」

 

そういって美鶴先輩は先ほどよりも若干強めに抱きしめてくる。

 

「今日はもうこれくらいにして寮に帰ろう。今はゆっくりと心身を休める方が先決だ。……ところで明彦、山岸とはまだ連絡が取れないか?」

 

「ああ、まったくだ。うんともすんとも返答が無い」

 

美鶴先輩と真田先輩のやり取りから察するにエントランスに残って私たちをナビゲートしている風花と連絡が取れなくなっているみたいだ。私はゆかりとアイギスの手を借りて立ち上がるが、眩暈がしてふらつく。それを支えてくれたのは優ちゃんだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがと」

 

そんなやり取りをしていると先に行って様子を見て来たらしい順平が息を切らして戻って来た。

 

「こっから先は一本道みたいっす。一応、気をつけて行ったんですけれど、シャドウが綺麗さっぱりいなくなっているみたいです」

 

「山岸は“このフロアにいる敵全てが強敵だ”ということを言っていたが、どういうことだ?」

 

「大方、湊が召喚したアイツの強さを感じとって逃げたのだろう。シャドウがいないのであれば、今の内にトランスポーターを探す。移動するぞ」

 

「「はい」」

 

まともに歩くことが出来ない私をアイギスとゆかりが協力することでゆっくりであるが先に進むことが出来る。先の戦闘でダメージが少なかった順平と真田先輩が前衛で、美鶴先輩と優ちゃんが後方を気にしながら前に進む。

 

「敵、いないっすね」

 

順平は曲がり角の先を壁に張り付きながら見て、安全を確認したのか私たちに前に来るように指示を出す。真田先輩もそれに続く。フロアの大きさから行って、もうそろそろ階段かトランスポーターがありそうだと、美鶴先輩に確認しようとしたその時、『ジャラン』と鎖が鳴る音が皆の耳に響いた。

 

「……え。なに、今の?」

 

「鎖か?」

 

優ちゃんと美鶴先輩が前後左右、どこから音が聞こえて来たのかを探る。私を支えているゆかりとアイギスもことの異常性に気付いたのか、気配を探っている。

 

「まさか……あれか!?急ぐぞ、あれが今出て来たら確実に全滅する!」

 

美鶴先輩がアイギスに目配せすると、彼女はすぐに頷いて屋久島でしたように私をお姫様抱っこする。そして、すぐに順平と真田先輩を追って駆けだす。私たちの後をゆかり、優ちゃん、美鶴先輩の順に追っかけてくる。

 

「桐条先輩、あれっていったい?」

 

「死神タイプのシャドウだ。あれは、もはやシャドウではない。別のナニカだ」

 

美鶴先輩の切羽詰まった説明を聞いたゆかりと優ちゃんの顔色が悪くなる。どうして、不運はこうも重なってしまうのだろうか。私がそんなことを考えていると、先に行っていたはずの順平と真田先輩が引き返して来ていた。何故?と思ったが、曲がり角から出て来たソレの姿を見て納得した。そして、絶体絶命のピンチに立たされてしまったということを悟った。

 

ソレは姿こそ人に似ているが、身長はゆうに3メートル以上ある。ライフルかと見紛うくらい大きくて長い銃身を備えた異形の拳銃を両手に1丁ずつ持っており、2本の鎖を十字の形で血濡れの上着に巻きつけている。そして、下半身に足は無く、その場に浮いている。

 

そして顔を覆う仮面は独自のもので、白の無地を基調とし、ひとつだけ空いた穴からは血走った目がぎょろりとした感じで覗いており、タルタロスに出現するどのアルカナのシャドウの仮面とも一致しない。

 

「駄目だ。……勝てる勝てないのレベルじゃない」

 

「ははは……。こんなの夢だろ、夢だって言ってくれよ。……ちくしょう!!」

 

順平の叫びはこの場にいる者の心の声そのものだった。

 

 

 

 

今の私たちに知るよしはなかったけれど、後に知ることになるこのシャドウの名は『刈り取る者』。

 

タナトスと同じ、死神のアルカナを持つタルタロス最強最悪のシャドウである。



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P3Pin女番長 死神―③

タルタロスから脱出するためにトランスポーターを探していた私たちの前に立ちはだかる死神は右手の銃を構えた。皆の表情に緊張が走るが、死神は銃口をこちらに向けず天井に向けた。重い金属的な衝撃音が響き渡ると順平・ゆかり・美鶴先輩・真田先輩の4人の身体をナニカが包んだ。

 

「なっ!?力が……抜ける!」

 

「なに……これぇ……」

 

私の目の前でゆかりがぺたんと座りこむ。順平と美鶴先輩は武器を杖代わりにして立っているが、思うように力が入らないのか足元がおぼつかない。真田先輩は歯を食いしばり、何故か影響を受けなかった優ちゃんとアイギスと共に武器を構え死神を牽制している。

 

しかし次の瞬間、死神は左手の銃を反対側の時と同じように天井に向け放った。本来アイギスの弱点であり、真田先輩にとっては耐性のあるはずの電撃属性の全体攻撃スキルを。

 

腹にある力を根こそぎさらって行くような威嚇的な音と共に目を開けていられないほど強力な発光によって何も見えず聞こえない恐怖の時間が訪れる。

 

こんな化け物を相手にしている時に、見る事も聞くことも出来ないなんて、悪夢以外の何物でもない。時間にしてそれは1秒か、10秒か分からないけれど発光が治まると同時に目をこすりながら私が見たのは、大きく手を広げ後ろにいる私たちを守る様に立つアイギスの背中だけ。

 

「明彦っ!?優、しっかりしろ!!」

 

美鶴先輩の悲鳴のような叫びを聞いて状況を認識する。アイギスの両脇にうつ伏せで倒れる2人の姿。優ちゃんはともかく耐性を持っているはずの真田先輩も地に伏せていた。耐性を持ってさえいえば耐えられない攻撃であったことは、総司くんの合成アクセサリーで弱点を打ち消していたアイギスを見れば一目瞭然だ。なのに、優ちゃんと一緒に倒れているってことは、

 

「初めの行動は、皆の耐性を打ち消すスキル」

 

物理攻撃に対しては耐性を持つが、属性攻撃に対しては無防備になってしまう優ちゃんと一緒に倒れてしまっているところを見ると間違いはなさそうだ。

 

順平と美鶴先輩が死神に対して攻撃し、ゆかりがアイギスや倒れた2人の回復を行っているが、どちらも焼け石に水だ。死神の方は攻撃を受けても身じろぎもしなければ、仰け反ることもなく平然と攻撃を受けている。その内、順平と美鶴先輩の方に限界が先に来た。スキルを乱発し、圧倒的な実力差のある死神と対峙し続けたことによって精神力が削られ、ついに召喚器の引き金をひいてもペルソナが召喚されなくなった。

 

ゆかりの方は最初から。死神に力を奪い取られたショックからかペルソナを召喚して回復させることが出来ず、恐怖心を抑えつけながらアイギスたちの間を行ったり来たりして、一向に目を覚まさない優ちゃんと真田先輩の状態に顔を青褪めさせている。

 

「やばっ!?」

 

順平の焦るような声を聞いて前を向くと、膨大な量の光が順平と美鶴先輩の近くで圧縮され、耳をつんざくような轟音と共に炸裂した。光の爆発をまともに受けた順平と美鶴先輩、アイギスたちの回復に奔走していたゆかりも余波を受け、私の近くまで転がって来た。身を起こしているのは、

 

……私だけになっていた。

 

壁に叩きつけられ武器を手放して微動だしなくなってしまった順平と美鶴先輩。身に余る電撃を受けショック状態から意識を取り戻さない優ちゃんと真田先輩。攻撃に耐えきったもののダメージから指一本動かせなかったアイギスも機能を停止して仰向けに倒れてしまっている。

 

不意に袖を引かれ視線を落とすと、額から夥しい量の血を流し荒い息をつくゆかりと視線があった。ゆかりは下唇を噛みしめた後、強い口調で私に告げる。

 

「逃げてっ!……湊だけでも、ここから……早く逃げて!」

 

彼女はそう言うと私の前に転がっていた召喚器を引っ掴み、私たちに狙いを定め寄ってきている死神の方へ向き直った。そして、召喚器の銃口を眉間に押し付け引き金をひく。

 

何度も、何度も……。

 

「来て!来て!来てよ!私の声に答えてよ!」

 

ゆかりの悲痛な叫び声も虚しく、死神が両手に持つそれぞれの銃口が私とゆかりに向けられる。撃鉄が起こされる音が無駄に大きく辺りに響き渡る。右斜め前で必死になって召喚器の引き金を引いてペルソナを召喚しようとしているゆかりを余所に、

 

私は生を諦めていた。

 

ぼんやりと拳銃を構える死神を見る。仮面にひとつだけ開けられた穴から見える目が細められるのを見て、「……これで終わり」と私が呟くと同時に、銃声が響いた。

 

前に本で見た覚えがあるのだが、自分を撃った銃声は聞こえないらしい。つまり、私たち以外の誰かが撃たれたってことになるのだが、生憎と知り合いに銃を持ち歩く人間は死神の後ろの方で転がっているアイギスくらいしか思いつかない。なので、撃たれていないことに呆然としていたゆかりと顔を見合わせ首を傾げる。

 

【……ッ!!??】

 

すると苦悶の声が目の前から聞こえて来た。視線を上げると死神の身体に青色の鎖が巻きついてその身を縛りあげている。死神は拳銃の引き金を焦ったように何度も引くが、何の攻撃もなされない。私とゆかりが唖然としていると、後ろの方から『タタッ』という軽い足音が近づいてきた。そして、

 

「総司さん特製【ナイアーム弾】おまけに【スケアスロウ弾】です!!」

 

つい先ほど聞かれた銃声と同じ音が2度響く。すると死神の身体に赤と緑の鎖が巻きつくように現れる。赤色と緑色の鎖はそれぞれ巻きつく所が違うけれど、ギチギチと音を立てて死神の肉体をきつく縛り上げる。

 

「合わせろよ!来い、カストール!!」

 

「ワオオォォォン!!」

 

三色の鎖によって行動を著しく制限されていた死神に黒い馬のような物に跨ったカストールと三つ首の黒い獣が襲いかかった。迎え撃つことも、防御することも、回避することも出来なかった死神は2体の攻撃をまともに喰らって身を仰け反らせ、弾き飛ばされるように床に押し倒された。私たちを全滅に追いやった死神を、「こんな風に無力化するなんて一体誰が……」、と思っているといきなり抱きかかえられた。

 

「「ひゃっ!?」」

 

ゆかりと同じタイミングであったので、驚く声まで被ってしまった。ゆかりの方がテンパって暴れている所為か、私は冷静に状況を様子見る。すると見覚えのある臙脂色のコートが視界に入った。それを見て、私がまず思ったのは……。

 

「……夏真っ盛りなのに、暑くないんだろ?」

 

「テメエ、割と余裕があるみたいだな」

 

私たちを助けてくれたのは5月の時の満月戦にて共闘する形となった荒垣真次郎先輩。それにコロマルだった。コロマルはペルソナで死神を攻撃した後、すぐに壁に凭れかかるようにして気絶していた順平の服を噛んで通路の奥へ引っ張って行った。そして、今は美鶴先輩を引き摺っている最中である。

 

「……どうして、……先輩がここにいるんですか?」

 

「その質問は、ここから出た後だ。……起きろ、アキ」

 

私とゆかりを抱えた荒垣先輩はうつ伏せで倒れたままの真田先輩の脇腹を容赦なく蹴る。すると咳き込みながらだが、真田先輩が意識を取り戻した。

 

「げほっげほっ……。っぁ……シ、シンジっ!?おま、何でここに!!」

 

「説明は後だ。お前はそこの金髪と鳴上妹を連れて行け。……天田!」

 

「【サイレンス弾】の効力が切れそうです。【スケアスロウ弾】の効力で命中率がさがっているので大丈夫だと思いますけれど」

 

荒垣先輩の声かけに返事をしたのは、声変わりしていない男の子の声だった。荒垣先輩に抱きかかえられたまま、じたばたと身体を動かしていたゆかりも動きをピタッと止めて、死神に対して警戒を払う天田くんの姿を見て目を大きく見開いた。当の天田くんは私たちの視線に気付いて、可愛らしく手を振ってくる。思わず私とゆかりはそれに手を振り返す。

 

「って、ちがーう!!なんで、どうして、そこに天田くんがいるの!!」

 

「コロマルも結構レベル上げているし、何が何やら……」

 

「……。アキ、後で話がある」

 

「奇遇だな、俺もお前に聞きたいことがある」

 

優ちゃんを背負い、アイギスの身体を引き摺ってきた真田先輩と、召喚器とは違う銃を持った天田くんと合流し、荒垣先輩に荷物の様に担がれて私たちはタルタロスを後にした。トランスポーターでエントランスに戻る間際、三色の鎖から解き放たれた死神が目を紅く染め、光となって消えゆく私たちに向かって最大火力の魔法スキルを撃ちこんできたが、何とか逃れる事が出来たのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ぐ、ああ……!ぎゃあああああ!」

 

「うるせえ、男なら黙ってろ」

 

自分たちよりも格上のシャドウ、そして満月の時の大型シャドウとも比べ物にならないほどの強さを持った死神から命からがら逃げ出すことに成功した私たちは、タルタロスのエントランスにて治療を受けていた。

 

皆の怪我は裂傷がほとんどで、骨折とか内臓破裂とか重傷を負った者がいなかったのが幸いして、所持しているアイテムでなんとかなりそうだった。ちなみに男子の方の治療は荒垣先輩が担当しており、順平が治療の痛みに暴れ、それを先輩が抑えつける事によって痛みが倍増という無限ループに陥っている。

 

治療を自分でし終えた真田先輩が急に立ち上がった。どこに向かうのかを見ていると、彼は美鶴先輩におもむろに話しかける。

 

「…………はぁ」

 

「そう落ち込むな、美鶴。今夜のことは誰にも予想できなかったさ」

 

「いや、しかしだな。湊の件は、薄々気づいていた。しかし、私はそれが偶然だと決めつけて、皆を……」

 

美鶴先輩は階段に腰掛けて頭を抱えている。普段のキリッとしている彼女の姿からすると、もの凄く憔悴しているように見える。その原因は私にあるのだけれど。

 

「湊さん、メディカルパウダーです。肘と膝を怪我していますよね、出して下さい」

 

「あ、……うん」

 

私は言われるがまま怪我している箇所をさらけ出す。怪我の程度を確認した天田くんは消毒液を浸したガーゼで汚れをふき取るとメディカルパウダーを塗って行く。ふと、彼の足もとに置かれた“銃”に視線がいった。私たちが持つ召喚器とは違う、銃弾が発射される普通の銃である。

 

「気になりますか?」

 

「うん。これは一体どこで手に入れたの?」

 

「総司さんに無理言って作ってもらったんです」

 

天田くんはそう言ってメディカルパウダーを塗って治療を終えた箇所に包帯を巻いて行く。手際がいいので気にしていなかったが、よくよく考えればこれもおかしい。私が訝しげに天田くんを見ていると、彼はにこっとどこかで見たことのある笑顔を見せ、治療の済んでいない優ちゃんの所へ駆けていったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

治療を終えた私たちは一箇所に集まって、話し合いを行うことになった。というよりも、あの絶妙なタイミングで応援に来てくれた荒垣先輩、コロマル、そして天田くんのことなのだけれど。当然、私たちの視線は本来、いてはいけない人物へと集中する。しかし、

 

「(にこっ)」

 

天田くんは清々しいまでの笑みを浮かべ何も語ろうとしない。それを見かねた荒垣先輩が口を開いた。

 

「桐条、これは確認なんだが……。お前たちは天田に事情を話していなかったのか?」

 

「ああ。寮で一緒に生活していただけだ」

 

美鶴先輩からの返答を聞いた荒垣先輩は苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべる。そんな彼の様子を見ていた真田先輩が私たちの顔を一通り見た後、大きなため息をついて告げた。

 

「シンジ。お前に天田のことを頼んだのは、総司か?」

 

「ああ、そうだ。『コロマルと天田が仲間になった。しかし、先輩らは夏期講習で疲れているから、その間講師としてペルソナの扱い方やシャドウとの戦い方を教えてやってほしい』とな」

 

荒垣先輩はニット帽の上からガシガシと頭を掻くと天田くんを見た。天田くんは周囲の状況を見て肩を竦める。

 

「僕がこのことを知ったのは、皆さんが満月の翌日に帰ってこなかった時です。総司さんに皆さんが帰ってこない理由を尋ねたら『乾くんに嘘はつきたくない』って全部教えてくれました」

 

天田くんの言葉を聞いて美鶴先輩の表情が曇り、真田先輩が遠い目をする。順平とアイギスは苦笑いし、ゆかりは納得するように頷いている。

 

「そ、そうか。……私たちの身から出た錆ではないか」

 

「これでは怒るに怒れないでありますね。そもそも寝る前までピンピンしていたのに、翌日には怪我で入院が必要など、適当な嘘など思いつくはずがないであります」

 

「これはフォローできそうにないなー」

 

皆が悩ましげな表情を浮かべているのにも関わらず、天田くんはニコニコと笑みを浮かべたままである。そのことを荒垣先輩に指摘されると彼はこう答えた。

 

「総司さんに出来ないことを、僕はやり遂げることが出来たんですよ。嬉しいに決まっているじゃないですか」

 

と。それは本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべ言うのだった。

 



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P3Pin女番長 8月―⑨

8月18日(火)

 

巌戸台学生寮に住んでいる特別課外活動部のメンバーの朝は早い。まぁ、約1名は遅くまで寝ているが、朝ごはんを食いっぱぐれないために9時までには起きてくる。

 

どうしてそこまで朝ごはんにこだわるのか、と思う人もいるかもしれないけれど、その理由は至極簡単だ。ごはんがおいしいから。それに尽きる。

 

6月中旬から巌戸台学生寮の台所事情を預かることになった鳴上総司くん。美味しい料理を作るために本格的な菜園を作り、野菜や果物を自分で育てる本格派。彼が作る作物のレベルは美鶴先輩が悶絶するレベルといえば凄さが分かっていただけると思う。総司くんはこの寮に住んでいるけれど影時間の適正は無く、ペルソナを扱うことが出来ない。

その代わりに何故かステータスアップの恩恵がある料理を作り、最近になってアイテムを合成する技術を持っていることが分かりタルタロスの探索に役立てることが出来るレベルのものだということが先日証明された。

 

そんな総司くんから英才教育を受け、メキメキとその料理の腕を一足飛びに向上させていく天田乾くんは夏休みに入ると同時に巌戸台学生寮で住むことになった。彼は一昨年、母親を事故で喪い夏休みに帰る場所がないということでこの寮に来た。この寮に“住める”ということはペルソナを扱う資質があるということの証明であったのだが、先輩たちの方針で裏事情は話さないようにしていた。けれど、とある一件から結局バレてしまい一緒に戦って行くことになった。

 

そんな2人が台所の流し台の前で何かを口に含み、身悶えしている。

 

「……うん、いい出来」

 

「ポリポリ。おいしいです」

 

そんな2人の頭の上に、こつん、と軽い衝撃が走った。

 

「たかが漬物で、何を格好付けている。そっちが出来たなら、さっさと飯をつげ」

 

拳を軽く握りつつ、呆れた口調でそう告げるのは荒垣真次郎先輩である。

 

「はーい。じゃあ乾くん、お茶碗をお願い」

 

「了解です。今日は荒垣さんのお手並み拝見ですね」

 

総司くんと天田くんはそんな会話をしながら食器棚の方へ歩いて行く。そんな2人の姿を面倒臭そうに見送った荒垣先輩はコンロの所に行っておもむろにしゃがみこんだ。彼の視線は稼働中のグリルに注がれる。そして、コンロの上には鍋がひとつ置かれている。

 

荒垣真次郎先輩は、美鶴先輩や真田先輩の同級生で本来であれば月光館学園に通っているはずなのだが、現在は休学状態で学校には来ていない。彼は昔、美鶴先輩たちと一緒に街に時折現れていたシャドウを討伐して廻っていたらしいが、何らかのことが起きて2人とは距離を置いていたらしい。彼と共闘した5月の時はその裏付けされた実力によって本当に助けられた。そんな彼だが、ペルソナ使いとしての実力者っていう顔の他に、料理人としての顔がある。総司くんが“師匠”と仰ぐその実力、見せてもらいます。

 

「「「…………」」」

 

「どうした」

 

お玉を右手に持って、いつもの服装にエプロンをつけた荒垣先輩が食卓の横に仁王立ちした状態で食事する私たちを見下ろしている状態である。“味”を知っているのか美鶴先輩と真田先輩は黙々と食べている。食卓に並べられたのは白飯、焼きシャケ、味噌汁、漬物盛り合わせという純和風の朝食。漬物に関しては総司くんのものなので対象外だが……。

 

炊きたての白米を口に放り込んで、小さくほぐしたシャケを食べる。塩気が丁度よくてご飯が進む。

 

「はぁ……。どうして」

 

「あははは……。はぁ……」

 

ゆかりと風花が2人揃ってため息をついた。何せこの巌戸台学生寮に住む男子5人の内の実に3人がメシウマな料理を作れるのである。そりゃあ、私たちも作れないことはないものの、彼らが作った料理に比べると少々……いや大分。

 

私がそんな小さなことを考えている間に総司くんと天田くんはご飯を食べ終えて流し台に食器を持っていく。2人並んで朝ごはんを作る上で使用した鍋やグリルを2人並んで洗っている。今までであれば「兄弟みたいに仲が良くていいな」で済ませられたのに、天田くんが影時間内で言ったことが頭を過ぎる。

 

「『総司くんに出来ないことをやり遂げる事が出来た』……か。優ちゃんに続いて、天田くんも総司くんにコンプレックス抱くなんて」

 

成績優秀、スポーツ万能、炊事洗濯掃除なんでもござれ。兄妹仲も良く、両親健在で仲も悪くない。あれ、よくよく考えれば総司くんってペルソナ使えないだけで、他は何でも出来る。私は彼が努力して今があるのを知っているけれど、知らない人からすれば羨ましい以外の感想が出て来ないよね。

 

「けど、昨日の総司くんはそんな風に見えなかったけどなぁ……」

 

それは影時間が明けた、すぐ後のことだった。

 

 

◇◇◇

 

 

もういろいろありすぎて心身ともに消耗していた私たちがタルタロスを出ると同時に影時間が終わり、私たちが通う月光館学園の様相を現した瞬間、キョトンとした感じで私たちを見る総司くんの姿があった。

 

「「「「え?」」」」

 

 

静寂。

 

 

私たちは総司くんが目の前にいる状況に。総司くんは私たちがここにいる状況に。それぞれが驚いて何も言えないでいる。そんな中、荒垣先輩と天田くんが総司くんに近づいて行った。そして、荒垣先輩は呆然としていた総司くんの頭を掴むと、

 

「テメエ、俺を騙しやがったな!」

 

「総司さんの道具のおかげで皆さんを助けられましたよ!」

 

「痛い痛い痛い!えっ、騙したって何ですか?乾くん、それはよかったけれど師匠をどうにかしてー!!」

 

総司くんは悲鳴を上げて荒垣先輩のアイアンクローから逃げ出そうとしているけれど、がっちりホールドされていて逃げ出すことも出来ない。というか総司くんが本気で逃げようと思えば逃げられると思うけれど、しないだけで何か思惑があるのかも。

 

「アキたちは天田のことを知らなかったぞ」

 

「それはそうですよ。先輩たちは乾くん自身には事情を話していませんでしたし、入院とか夏期講習とかで忙しくて僕らの行動なんか気にも留めていませんでしたから。師匠を頼ったのも独断でしたけれど、僕の思惑通り先輩たち同士の情報の互換性がなかったから今日までバレなかった」

 

総司くんの言い分を聞き、私は美鶴先輩に視線を向けると左手で額を押さえていた。シャドウと戦い続けている美鶴先輩たちと、かつては共に戦いつつも最前線から離れて久しい荒垣先輩たちの間にある溝を総司くんは利用したということなのだろう。

 

「確かに俺は桐条たちに協力的とは言えねえ。だが、今回の件はどういうつもりだ」

 

「結城先輩の様子がおかしかったから、では駄目ですか?」

 

「何?」

 

「退院した後の結城先輩を見ていましたが、ぼーっとしていることが多かった。話しかけても返答がなかったことも。何より、夜に眠れていないのか目の下にクマがあることもあったんですよ。体調どころか精神的に病んでいるかもしれないって思ったんです。夏祭りの後、僕の部屋にためらいなく入ってきて、浴衣の帯をほどいて『抱いて』って言われた時は『あ、これはまずい』って確信しました」

 

総司くんの爆弾発言によって、その場にいた全員の目が私に集まる。私自身は覚えていないけれど、あの日は総司くんの部屋のベッドで目覚めたのは事実。まさかそんな経緯があったなんて思いもよらなかった。

 

身なりを正した総司くんの下にポニーテールを揺らして近づく少女が1人。

 

「で、兄さんはそれに応えたの?」

 

優ちゃーーん!?それを聞いちゃうの、聞いちゃったの!?うわぁぁぁぁぁ……。

 

「うん。抱きしめながら、子供をあやすように背中を撫でながら寝たけど?うなされていたけど、落ち着いたから正解だったと僕としては思うんだけれど」

 

意味の分からなかった者以外が全員、力が抜けたようにその場に座り込んだ。立っているのは天田くんとアイギス、そしてコロマル。ゆかりと風花から何とも言えない視線が送られてくる。優ちゃんはそんな私たちの様子と、首を傾げている総司くんを見て呆れたような声色で告げる。

 

「……そうだね。兄さんだもんね」

 

「なっ!優、それはどういう意味なのさ!!」

 

総司くんがため息をついた優ちゃんに詰め寄り、睨みつけた。

 

「兄さんはヘタレっていう意味よ!そこまでお膳立てされたら食うのが男でしょ!!」

 

「弱っている女性に何をするっていうんだよ!!」

 

「何って、ナニに決まっているじゃない!!」

 

「ちょっと、待ったぁああああ!!総司も優ちゃんも落ちつけって!!」

 

私たちの中で初めに立ち直った順平が総司くんと優ちゃんの間に入って取り持つ。

 

「とりあえず、寮に帰ろうぜ。いつまでもこんな所にいたら補導されちまうし」

 

順平の発言を聞いてそれぞれが周囲を見渡し頷き合う。歩きづらい者がいれば手を貸し、肩を貸して歩く。その中で美鶴先輩が幾月さんに連絡し、迎えを寄越してもらうことになった。待ち合わせ場所に向かう際、振り向くと正門から月光館学園を見上げる総司くんの姿が目に映る。手を握り締め、悔しそうに身を振るわせる彼の姿に違和感を覚えた私だった。

 

 

◇◇◇

 

 

朝食を用意した3人に風花が加わって昼と晩ご飯に関して話し合っている。びくびくしながらだが、嬉しそうに頷いているところを見るに役割を与えられた様子な彼女の姿にほっと胸を撫で下ろす。

 

「ねぇ、湊。明日、何か予定ある?」

 

「えっと、特に予定はないけれど」

 

「ならパァーっと遊ばない?アイギスや風花、……桐条先輩も誘って」

 

「私や美鶴さんも、でありますか?」

 

「うん。息抜きも必要だと思うんだ。何より……今年の夏休み、夏休みらしいことひとつもしてないじゃん!!」

 

ゆかりの熱弁を聞き、一理あるなぁと頷いているとコロマルが期待を込めた目で見上げてくる。しかし、遊ぶって言ってもどこに、何をしに行くっていうんだろう。

 

「じゃあ、私は皆から意見を聞いてくるから。詳しいことが決まったら、メールするね」

 

そう言ってゆかりはまず美鶴先輩の下に向かって行くのだった。

 



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P3Pin女番長 8月―⑩

8月18日(火)

 

今日は日差しが強いので外に出かける気になれず、冷房の効いたラウンジにて優ちゃんや風花たちとしゃべりながら過ごしていると、困った表情の美鶴先輩が降りて来た。彼女は台所や私たちがいるラウンジの様子を見て肩を落とす。

 

「美鶴先輩、どうかされたんですか?」

 

優ちゃんがソファに座ったまま尋ねると、美鶴先輩は腕を組んだまま私たちがいるところに近づいてきて、空いていた椅子に腰を下ろした。

 

「ああ。明彦と荒垣を探しているんだが、2人とも連絡がつかなくてな」

 

「急ぎの用なんですか?」

 

「いや、そうではないんだが……」

 

そう言って私を見つめながら美鶴先輩は言葉を濁した。昨日の私の状態を考えれば普通のことだと思う。タナトスなんていう不確定要素を内包する私が、肉体的にも精神的にも消耗している現在、お荷物でしかない。しかも時限爆弾付きという考えるだけで身ぶるいしてしまいそうなもの。彼女が責任者であれば、間違いなく私をメンバーから外すだろう。

 

「でもおかしいですね。私たちは朝食の後からずっとここでおしゃべりしていましたけれど、今日は誰も出かけていないんです」

 

「天気予報によると、今日は最高気温を塗り替える勢いで気温が上昇するみたいで、真田先輩も玄関で引き返していったよね」

 

「そういえばコロマルもいなくなっているし」

 

「うーん、明彦も荒垣も部屋にはいなかったんだが……」

 

私たちが住む巌戸台学生寮を出入りする所は2か所ある。玄関と裏口である。でも、そのどちらも私たちがいるラウンジから見える場所にあり、何より彼らは階段を上がったまま1回も降りてきていない。つまり、真田先輩も荒垣先輩も他の誰かの部屋にいるということだ。でも先輩2人が行きそうな部屋ってどこだろう。

 

「とりあえず兄さんに連絡してみますね。たぶん、天田くんと一緒に部屋にいると思うけど……」

 

そう言って優ちゃんは携帯電話を取り出してかける。するとすぐにつながったようだ。

 

「もしもし」

 

『何か問題でもあったの、優?【僕がそんなに怖いんですか?】』

 

今、聞こえてきた声って天田くん?と周囲を見ると皆、眉を顰めながら優ちゃんを凝視している。

 

「えっと、とりあえずどこにいるの?」

 

『うーんと【落ちろ、アキィィ!】【来い、シンジィィ!】だよ』

 

「いやいやいや。聞こえない、聞こえないから」

 

美鶴先輩が探していた2人の声も聞こえて来た。相変わらずの感じで安心する。

 

『【ちょっ、オレっちだけじゃ天田少年は押さえ切れなっ、うわあぁっ!?】』

 

優ちゃんは携帯電話を耳から離して、どうしたものかと私たちの反応を窺っている。それほど携帯電話から聞こえてきた音声は色々とカオスだった。少なくても総司くんの他に天田くん・順平・真田先輩・荒垣先輩がいることは確定である。

 

『【総司さんはマリオですよね】【私はサムスで行くであります!】【このプリンって可愛いと思わない?】【ワンワン!】僕の番が来たから切るね』

 

総司くんのそんな言葉で切られた優ちゃんの携帯電話から予想外の人物たちの声も聞こえて来た。アイギス・ゆかり・コロマルも参入となると一部屋では入りきらないような気がする。それでも盛り上がっているっていうことは、それなりの広さがある場所で遊んでいるということ。そんなのこの学生寮には美鶴先輩の部屋以外には一部屋しかない。

 

「作戦室で何をやっているんだ、あいつらは……」

 

美鶴先輩は指でこめかみを押さえながら立ち上がって階段の方へと歩みを進める。私たちもそんな彼女の後をついていくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

巌戸台学生寮4階作戦室の大画面モニターに映し出された戦場で4体のキャラクターが入り乱れて戦いを繰り広げていた。いや、ピンク色の風船みたいなのと二足歩行の狐はあっちにウロウロ、こっちにウロウロしかしていない。激闘を繰り広げているのは、鼻の下のヒゲが特徴の赤い服を着たオジサンと、オレンジ色のアーマーを着こんでレーザーをぶっぱなしているロボっぽい奴の2体だ。

 

キャラクターをコントロールしている2人は微動だせず、目は完全にモニターへ向けられ手元のコントローラーは見向きもしない。あ、ロボっぽい方が放った溜め攻撃をヒゲのオジサンがマントで跳ね返した。けど、ロボっぽい奴は紙一重で避けて、そのまま脇の方で遊んでいたピンク色の風船が画面外に消えた。

 

「ああっ、私のプリンが!?」

 

ゆかりが席から立ち上がりながら絶叫する。

 

「さっきから邪魔であります」

 

「キャインッ!?」

 

案山子みたいに棒立ちしていた二足歩行の狐もロボっぽい奴に蹴り飛ばされて画面外に消える。邪魔者はいなくなったと言わんばかりに、武器のチャージしようとしたロボっぽい奴はヒゲのオジサンに身体を掴まれ下に投げられた。その反動で浮かび上がった所に流れるようにアッパー攻撃が当る。態勢を立て直そうとするロボの前に空中で攻撃する寸前のヒゲのオジサンがいて……。直後【K.O.】という試合終了を告げる声がモニター横のスピーカーから聞こえて来た。

 

「……ゆかりさんたちに目を取られ、負けてしまったであります」

 

「いやいや、初めてにしてはいい線いっていると思いますよ。今度は乾くんとやったらどうですか?」

 

そう言いながら総司くんとアイギスは固い握手を交わし、それぞれが良いところを褒め合っている。その光景はまるで好敵手に巡り合ったそれである。

 

「というか、お前たちは何をやっているんだ?」

 

美鶴先輩がそう尋ねると、作戦室でゲームをしていた全員が説明するのは面倒だと言いたげに渋い表情を浮かべる。確かにゲームは楽しめない人種には面白くもなんともない、遊戯でしかないので、見るからに興味のなさそうな美鶴先輩にどう言ったものかと頭を悩ませているようだ。

 

「えっと、口で説明するのは面倒なので、桐条さんも一回どーぞ」

 

「なんだと?」

 

コントローラーを持って待機していた天田くんが入り口近くで立ち止まっていた美鶴先輩の手を引いてモニター前の席に座らせた。そして簡単にゲームの説明を行いキャラクターを選ばせている。その様子を見ていた荒垣先輩と真田先輩は顔を見合わせる。

 

「初心者を相手にするのはちょっと気が引けるな」

 

「というか美鶴のキャラを倒したら後が怖い」

 

そう言ってキャラクターまで決めて準備していた荒垣先輩と真田先輩は席を立った。そして、流れるような動作でぼんやりとしていたゆかりを座らせる。空いている席はあとひとつ……。って、あれ?

 

「よーし、このメンバーだったら勝てるかも!」

 

見れば美鶴先輩とゆかりの間の席に優ちゃんが座って、先ほどコロマルが操作していた二足歩行の狐『フォックス』を選び待機している。残りの席には誰が座るのかと思っていたら、総司くんに手招きされた。

 

「とりあえず、乾くんの桐条先輩に対するレクチャーが終わるまで動かしておいてください。何も難しいことはないですよ。これはただ単なる遊びですから」

 

ふんわりと、はにかむような笑顔を私に向ける総司くん。私はぽけーっとしながら、彼の横顔を眺め続ける。そして、ゲームが開始された瞬間、私が選んだ何でも吸い込む『カービィ』というキャラクターは突っ込んできた緑色の剣士『リンク』に滅多切りにされ場外へと消えて行った。

 

 

◇◇◇

 

 

「以外だわー。結局、桐条先輩。あれから一度もコントローラーを手離さなかったし」

 

「負けても、負けても、強敵に突っ込んでいく姿勢は執念めいたものを感じたであります」

 

「中でも総司くんと天田くんはさすがっていうか、それだけやりこむんだったら他のこともすればいいのにとか思ったりしなかったり……」

 

夕暮れ時、昼食を挟んで行われた特別課外活動部対抗ゲーム大会は『大乱闘スマッシュブラザーズDX』という格闘技のゲームに始まり、レーシングゲームや人生ゲームなど多岐に渡って行った。その終始、コントローラーを握って離さなかったのが意外な人物、美鶴先輩であったのだ。

 

最初は作戦室を遊びに使うなど以ての外と怒りに行ったはずなのに、一番楽しんでしまったのだ。一番年下の天田くんでさえ、一回ゲームしたら交代していたのにである。

 

ちなみに今も、荒垣先輩と真田先輩は彼女に付き合わされて、ゲームしている最中である。私たちは適当な理由で、順平は「宿題やんねーといけねー」とか言って、総司くんと天田くんは晩ご飯の用意をと言って抜けだしてきた。しかし、ラウンジにその3人の姿はない。晩ご飯のための食材を買いに出かけているのだ。

 

「ふふふ……。順平くんも総司くんと天田くんの前だと、本当に頼れるお兄さんって感じだよね」

 

「本人は格好付けてていっぱいいっぱいだろーけどね」

 

風花がくすくすと笑いながら言うと、ゆかりがうんうんと頷いて同意する。順平は何だかんだ言って面倒見が良いので、買い物に行こうとした総司くんたちと一緒に出かけて行ったのである。

 

「ところでゆかりちゃん。朝、言っていたことはどうなったの?」

 

「ああ、それそれ。とりあえず、2パターン提案するよ」

 

 

① 桐条グループのレジャー施設で夏休みを満喫。ただし、男子も全員参加になる。

 

② 総司くんの好みを知るために、彼のお部屋を大捜査

 

 

「の2パターンかな。湊、どうする?」

 

 

 

 

① ⇒ 8月―⑪へ続く

 

② ⇒ 選択の結果―① Rルート



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P3Pin女番長 選択の結果―① Rルート

8月19日(水)

 

巌戸台学生寮の玄関には私服姿の3人の少年と、美鶴先輩が会話していた。

 

「伊織、鳴上、天田。今朝、お父様から連絡が来たんだが、どうやら理事長を探しているらしい。出かけた先で見かけることがあったら私に電話してくれ」

 

「了解っス。じゃあ、行こうぜ。総司、天田少年!」

 

「このゲーセン初めて行くところなんだよね」

 

「カラオケ2時間歌い放題の料金が95%offとか行かなきゃ損ですもんね」

 

そんなことを会話しながら外出していく彼らを見送った私たちは大きく安堵のため息をついた。

 

順平にゲームセンターやカラオケ店の割引チケットを渡して、総司くんと天田くんの2人を率いて遊びに行かせる。順平に誘われた2人は嬉々として何の疑いもなく出かけて行った。これで作戦の第一段階は終わった。

 

彼らをラウンジから見送った私たちは時間と周囲の状況を見て動き出す。

 

「ここ最近の総司くんの行動というか、言動というか。そういうの見ていて思ったの。彼って湊のこと、もしかしたら女として見ていないんじゃないかって」

 

「確かに。夏祭りの夜に女の子の方からあんな誘い文句を言っているのに、添い寝するだけって……。扱い方がもはや優ちゃんレベルだよ。……いや、妹のように扱っているっていう意味だからね」

 

階段を上がりながらゆかりと風花がそんなことを言う。確かにこの“気持ち”を自覚した屋久島旅行以降、結構アピールしてきたつもりだが未だに手応えがない。ここはひとつ、てこ入れが欲しいところなのだ。

 

「しかし、総司さんの部屋を捜索する理由はなんでありますか?」

 

「アイギスさんって、本屋やコンビニに男しか集まらない区画があるの知っているでしょ。女の人のいやらしい写真集とか、エッチな漫画とか。そういった如何わしいものを持っているのが普通なんだよ。……実物、見たことないけど」

 

「優さん、それでは貴女の方が耳年増であることを宣言しているだけであります」

 

「はぅあっ!?」

 

私の後ろでアイギスと優ちゃんが話ししている。アイギスには手伝ってほしいことがあると昨夜の内にお願いしていただけで、内容は知らせていなかった。そして家主が出かけて行った直後、先輩たちに知られないように気をつけながら伝えると微妙な表情をされた。「家主の許可なく部屋に侵入するのはいかがなものか」、と。直後、ゆかりの伝家の宝刀「あんたが言うな!」の言葉と共にチョップが彼女の頭に振り下ろされたのは言うまでもない。

 

巌戸台学生寮2階の奥。ここが総司くんに割り当てられた部屋である。アイギスのピッキングにより何の問題もなく部屋に入ることが出来た。夏祭りの翌日、目覚めた時と変わらずしっかりと整理整頓された部屋を見て、ゆかりと風花が面食らった。

 

「えぇ~……。男の子の部屋としては殺風景すぎるでしょ」

 

「ははは……。順平くんの部屋は魔境だもんね」

 

「私は兄さんの部屋くらいしか知らないんですけれど、“普通”はこうじゃないんですね?」

 

年頃の男子の部屋のイメージとしては、着た服を脱ぎ散らかして、壁には好きなアイドルのポスターが掛ってて、机の上は教科書やノートが乱雑に置かれている。そんなイメージだったのだが、総司くんの部屋はゆかりが言った通り殺風景すぎる。必要最低限のものしかないって感じだ。

 

「クローゼットの中も衣装ダンスとゲーム機とテレビ以外に、優さんが探しているものは無いようであります」

 

気付けばドアを開けて右側の方にあるクローゼットをアイギスが開いて物色していた。衣装ダンスの引きだしの中も衣服が綺麗に畳まれ、服の色がグラデーションになるように敷き詰められている。その様子を見て、私たちの中の何人かの身体がぐらっとなった。

 

「入り口の左手にはすぐ洗面台。奥にはベッドがあって、窓に向かって勉強机が置かれているっと。セオリーだとベッドの下と勉強机の中が怪しいですよね」

 

優ちゃんがまるで宝物さがしをする少年のようなキラキラとした瞳を私たちに向けながら言う。捜索対象はあなたのお兄さんなんだけどなー。

 

「湊、とりあえず探そう」

 

「うん」

 

私たちはそれぞれ気になる所を重点的に捜索していく。だが……。

 

「部屋中を探したけれど、そういったもの無かったね」

 

「無くてほっとしたけれど、思春期の男子としてはどうなの?何、女の身体に興味無いってどんだけ不毛なの。そんなのダメでしょ」

 

「まさか総司くんが天田くんに優しいのは、それが理由?」

 

風花の何気ない気持ちから発せられた言葉に立ちつくす私たち。とてつもない敗北感によってどんよりとした空気が生み出される。発言をしてしまった風花もどことなく居心地悪そうにしていることから、本当になんとなくで言ってしまったことなのだろう。

 

「皆さん、見てほしいであります」

 

「どうかしたの、アイギス」

 

クローゼットで探索を続けていたアイギスが床の上にテレビを置いた。何の変哲もないそれに首を傾げていると、アイギスがそれを持ちあげながら言う。

 

「一見、何の特徴もないありふれたモデルのテレビでありますが、持ちあげると分かります。普通のテレビと同じようにある程度の重さがあるのですが、持ち上げると重心がずれるんです。つまりこのテレビの中の物が動いている証拠であります」

 

「確かに普通のテレビだと中身が動くなんてことありえないよ。だって、そんなんじゃすぐに壊れちゃうし」

 

風花がそう言ってアイギスの考察を肯定する。するとアイギスはその気になるテレビを分解し始める。程なくしてカバーが取り外され、中にあった物が外気に晒される。だが、それは私たちが期待していたようなものではなかった。

 

「これって、ただの辞典じゃない。なんでこんなものが?」

 

「隠す意味が分からないであります」

 

テレビの中に隠されていたものは『現代国語辞典』や『全訳漢辞海』といった分厚い辞典で、総司くんの行動の意味を推し量れる者はここにいなかった。一番怪しそうなものでさえ、意味の分からないもので私たちのやる気はガタ落ち状態。

 

でもせめて、総司くんのホモ疑惑だけはどうにか払拭させて欲しい。好きになった人がホモショタ好きなんてやだぁー。

 

「ん。なんかはみ出てる。……んにゃあっ!?」

 

その時、優ちゃんが素っ頓狂な悲鳴を上げた。見ると顔を真っ赤にして一枚の写真を握ってワタワタしている。彼女の足元には英和辞典が転がっていることから、あれから何かが出て来たらしい。私はその英和辞典を手元に引き寄せるとパラパラとめくった。そして、気付いた。辞典のページの所々に写真が挟まっていることに。写真が挟まっているページを開き、その写真を見てみる。

 

それにはお尻の部分の水着を直す仕草をしている私とゆかりが映っていた。ちょっと後ろを振り向きながらの行為なので、ちょっとセクシー……?

 

「ちょっ、嘘でしょ!?」

 

「あわわわわわわわわ」

 

どう見てもエロ目線で見られていることに間違いない写真でした。他にも辞典の間から見つかった写真には、ビーチチェアに寝転がっている美鶴先輩の胸が強調されて撮られたものや、私たちを見ながら胸を押さえて落ち込んでいる優ちゃんの写真、四つん這いになって砂浜でお城を作っている私の写真など、バラエティに富んだ物が山ほどあった。

 

「こ、これで、総司くんも女体に興味があるって、分かって、良かったじゃない」

 

「気になるのは、これを撮った人物であります。ちょいちょい背景の方に総司さん本人が映っていることから、彼が撮ったものではありません」

 

「でも、こんなものが撮れる人物なんて。いったい誰が……」

 

「いや、アイギスさんしかいませんよね」

 

「「「はい?」」」

 

先ほどまで顔を真っ赤にして身悶えしていた優ちゃんが、一枚の写真を私たちに手渡してくる。そこに映っていたのは水着姿の私と手をつなぐ撮影者の手と青いワンピースの一部分。

 

「つまり、アイギスが見た動画を切り取って画像化したものを現像したってこと?」

 

「そんなことが出来るのは……」

 

私たちの脳裏に浮かんだのは、ダジャレ好きなおっさんの姿であった。

 

 

◇◇◇

 

 

私たちは現在、優ちゃんに連れられてとある住宅街を歩いていた。総司くんの部屋で見つけた私たちの水着姿の写真なのだが、あれにはほとんど指紋がついていなかった。あれを総司くんがおかずにしている可能性はかぎりなく低かったのだ。そこで提案されたのは、鳴上家にある総司くんの自室に行くことだった。優ちゃんでさえ、月光館学園に転校して学生寮に移って以降は足を踏み入れていないらしい。普段は鍵が掛っていて入れないが、アイギスがいるので問題なく入ることが出来るだろうとのこと。

 

玄関の鍵を優ちゃんが開けて入ると中は蒸し風呂状態だったらしく、冷房をつけてまわってくるから木陰で待っていて欲しいと言われたので自動販売機で冷たいジュースを購入し涼みながら待つことしばし。

 

「それにしても、あっついよねー」

 

「夏だし仕方ないよ」

 

「これが噂に聞く女子トークでありますか」

 

「いや、フツーにしゃべっているだけなんだけれど……」

 

私は会話しているゆかりたちから少し離れた所で、彼女たちの話を聞いていた。飲んでいた缶ジュースを飲みほしたこともあって、購入した自動販売機まで歩いて行く。目的は隣に置かれたゴミ箱に缶を入れる為。けど、自動販売機前に立っていた青い髪の男の子と目が合った。

 

「こんにちは」

 

「え?……こ、こんにちは」

 

どこかファルロスに似た雰囲気の少年から声を掛けられ、私は足を止める。炎天下の中、ミンミンと鳴き続けるセミの声が耳に残る。少年は月光館学園の冬服を着てるにも関わらず、汗ひとつかいていない。

 

「どこかで会ったことありました?」

 

「ううん。初対面だよ。ただひとつ、確認に来たんだ」

 

「確認……ですか?」

 

「そう。君は自分が交わした契約の内容を覚えているかい?自分の決めたことに責任を持つっていうあれのことだよ」

 

「ええ。まあ……」

 

「それはよかった。ほらお友達が呼んでいるよ、早く行った方がいいんじゃない?」

 

言われたまま振り向くとゆかりが大きく手を振りながら私を呼んでいた。どうやら部屋の準備が出来たらしい。右手に残る缶の感触に、ここに来た目的を思い出して自動販売機に目を向けると、会話していたはずの少年の姿はどこにもなかった。まるで最初から誰もいなかったように。

 

缶をゴミ箱に捨てて、ゆかりたちと合流し鳴上家に上がり込む。そして案内された総司くんの部屋の鍵をアイギスが開錠する。踏み入れた彼の部屋は寮の部屋と同じく殺風景で趣味のもの以外は最低限しかない。とはいってもその趣味のものが多すぎる訳ですが。

 

ジャックフロスト人形の山。ガネーシャ貯金箱が箱に入ったままピラミッドのように積み上げられている。本棚にはぎっしりと小説が置かれており、全部読もうと思ったら1カ月は掛りそうなほどある。金物ラックが2つ置かれ、大小様々なプラモデルがポーズを決め立っている。

 

「ここも目に付く場所にはないと考えた方が自然よね」

 

「とりあえず、探してみようよ」

 

そう言ってゆかりたちは寮の総司くんの部屋を探索した時と同じ要領で捜索していく。まぁ、寮の時と違ってガードが緩かったのか普通にグラビアアイドルの写真集だとか、目的が完全に袋とじだなと分かる週刊誌などが見つかった。傾向を見るに総司くんは胸よりもお尻の方が好きの様だ。

 

「なんか意気込んできた割にはあっさりと見つかったね」

 

「見つけたのは無難なものだけど、中学生だとこれくらいが限界かな」

 

見つかった雑誌類を前にしてゆかりと風花が話す。優ちゃんは本棚に置かれた本を眺め、アイギスはクローゼットから取り出した段ボールを開けて中身を見ている。私は風花の隣に座って見つかった雑誌を手に取る。

 

「雌豹のポーズか……。どこでしろっていうの」

 

「そりゃあ、総司くんのベッドの上でじゃない?」

 

「うわぁ、このグラビアアイドルがつけているのって、Tバック?湊ちゃん、今度一緒に買いに行ってあげようか?」

 

「興味あるの風花?」

 

「えっ!?ないよ、全然ないよ。けど、湊ちゃんには必要だと思うの!」

 

私はゆかりと視線を合わせて頷く。風花って意外と腹黒なのではなかろうかと。

 

「こんなん見つけたであります!!」

 

そう言ってアイギスが持ってきたのは1冊の大学ノート。表紙には【ネタ】【設定】の文字が書かれている。本棚を物色していた優ちゃんに、これは何なのかを尋ねると、小さい頃に時折総司くんが書いていたものらしい。双子の自分にさえ頑なに見せようとしなかったもの。

 

「ああ、総司くんの黒歴史が詰まっているってことね」

 

そう言いながらゆかりは大学ノートの表紙をめくった。優等生を絵に描いたような総司くんが小さな頃に書いたという、それの中身が気になった私たちは覗きこんで目を点にした。

 

「何これ?」

 

「えっと……」

 

総司くんが小さい頃に書いたというそれには、現状の私たちのことが書かれていた。未来予知とかそんなレベルではなく、この大学ノートに書かれている内容通りに進んで行っていることに私たちは全員言葉を失くしていた。

 

「何これ、気持ち悪いくらい的中しているんですけど」

 

「今まで戦ってきた大型シャドウのことだけでなく、これから戦うことになるハーミットやストレングス、フォーチュンにハングドマンのことが書かれてあるであります。それに10月4日と11月4日のこれは見過ごすことはできません」

 

10月4日は荒垣先輩が死んで、11月4日には理事長の裏切りと美鶴先輩のお父さんが死ぬって書かれている。こんな詳細なことまでも総司くんは最初から知っていたのに、どうしてあんな……。

 

「総司くんは、一体何者なの?」

 

「聞きに行きましょうよ。今なら間に合います。荒垣先輩のことも、美鶴先輩のお父さんのことも、大型シャドウだってこれ以降を倒さなければラスボスのニュクスも降りて来ないってことですよね?」

 

一番ショックを受けているはずの優ちゃんの提案に頷く面々。

 

「それは出来ないよ」

 

だが、立ち上がる前に声を掛けられた。聞き覚えのない声に困惑するゆかりたちであったが、私はすぐに声の主が分かった。

 

「さっきの……」

 

「僕の事はどうでもいい。耳を澄ましてごらん、聞こえてくるだろう?」

 

青い髪の少年が耳に手をかざすと、廊下の先から音が聞こえてくる。何やら重大な事故が起きた直後のような野次馬の声を含めた騒がしい音が。

 

「これも君が選択した結果さ。君の中に眠るデスは僕が貰って行くから安心して、……絶望するといいよ」

 

青い髪の少年が私の肩に触れる。身体の奥底に眠っていたナニカがごっそりと消えた感じがして、私はその場におもわず膝をついた。そして、知ることになる……。

 

 

この世から1人いなくなったことを……。

 

 

◆◆◆

 

 

『こちら人身事故のありましたポートアイランド駅です。帰宅ラッシュと重なり、混雑状態で動くことができません。目撃者によりますと被害者は13歳から15歳くらいの少年で、電車を待つために友人や弟らしき子どもとホームで待っていたところ、背中を押され構内に落下しそのまま急行の列車に轢かれたとのことです』

 

 

『加害者の40台後半の男はすぐに駅員に捕えられたとのことですが、【新しい世界には滅びが必要】【私は次の世界の皇になる】といった意味不明の言葉を発しており現在警察にて事情徴集が執り行われています』

 

 

『被害者の身元が判明しました。月光館学園中等科3年の――――』

 



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意識外の記憶混濁に困惑する転生者

駅のホームで巌戸台行きの電車を待っている時に、背後から強い力で背中を押され、前のめりに倒れこむ。右手は乾くんと手を繋いでいたので、構内に落ちる前に身体が時計回りに反回転しホームを見る事が出来た。勿論、乾くんを巻き込まないように繋いでいた手は離してある。

 

左手に僕がゲーセンのクレーンゲームで取った景品の入った紙袋を持った順平さんが目を見開いて手を伸ばそうとしてくれている。カラオケで歌いまくって喉の調子が悪いですと苦笑いしていた乾くんは呆然としながら、自分の左手と僕を交互に見て口を大きく開けて何か叫んでいる。

 

そして、僕が立っていた位置には薄ら笑いを浮かべた幾月理事長の姿があった。

 

 

◆◆◆

 

 

「っっっ!?」

 

咄嗟に口元を手で押さえる。口の中に唾液が溜まっていくのに飲みこめず、口の端から手で押さえているにも関わらずポタポタと床に落ちて行く。胃の中身が逆流してくるような不快感に我慢できず、その場に両膝をつく。そして、

 

「おぇぇ……ぐ、ふぅ………うげぇぇぇぇ!!」

 

四つん這いになりながら吐いた。

 

動悸が激しい。口の中が酸っぱい。背筋が寒くて、冷や汗が止まらない。

 

今までにあった“時間逆行”の中で断トツのワースト1位の状態に僕は自身の身体を抱きしめて、横になる様に蹲った。意識に微かに残る衝撃はトラックに轢かれた時と似ているけれど、こんな風に身体がバラバラに引き千切れるような感覚じゃなかった。僕は下唇を噛みしめ、これ以上吐かないように強く眼を瞑る。

 

しかし、僕の体は意思に反して、別世界の己の肉体が受けた衝撃を無かったことにさせまいとしているように精神を痛めつけてくる感覚に涙が止め処なく溢れ出る。

 

「アキ!足を持て。ラウンジのソファに運ぶぞ!」

 

「しっかりしろ、総司!アイギス、こいつの着替えとタオルを持ってこい!美鶴は風呂場から洗面器を!」

 

「了解しましたであります!」

 

「分かった!」

 

突然の浮遊感にうすく目を開くと師匠の横顔が見えた。冷たい床から柔らかい物の上に寝かされたことを肌で感じた僕は目を開ける。薄く霧が掛ったような視界に、心配そうに僕を覗き込む乾くんが映る。僕は彼に心配かけまいと笑みを浮かべながら意識を失った。

 

 

■■■

 

 

僕にはこの世界で生きる上でルールと言うか縛りがある。

 

ひとつは、【物語の核心に迫る言葉は告げる事は許さない】

 

ひとつは、【相手の行動を縛るような言葉は告げる事を許さない】

 

の2つであるが、これには抜け道がある。そう僕から告げずに伝える方法。つまり文字だ。

 

しかし、これも現実的ではない。伝えた情報に関して尋ねられると、結局のところ尋ねられる原因となったものを排除するまでの時間軸まで逆行してしまうのだ。しかも、この場合の逆行の仕方はただひとつ。【死に戻り】だ。

 

幼い頃、課せられた縛りの抜け道に気付いた僕は、優にその情報を書いたノートを見せた。その時は何とも無かったが、母親と一緒に買い物に出かけた際に車に轢かれた。気付くと、僕は部屋にいた。急いで周囲を見渡すときょとんとした顔で優が僕を見ていた。僕の手元には情報が書かれたノートがある。さっきのは夢だったのだと思って僕はまた優にそのノートを見せ、夢で見たとおり車に轢かれた。そして、気付くと僕は部屋にいて、時間が逆行していることに気付いた。夢だと思っていた事故が本当に起きたことだと頭で理解した瞬間、僕の幼い身体は敏感に反応した。簡単に言えば肉体と精神のバランスが崩れ、何日か寝込むことになったのだ。時間逆行を知ることになったノートは、あれ以来見ていない。

 

 

■■■

 

 

「『ノートを処分しろ』……か」

 

左手の甲に書かれた【書いた覚えのない自分の文字】を、唾を塗って右手の親指で擦り消す。ボールペンで書かれていた字は滲んで何と書いてあったのかは見えなくなった。

起きあがるとそこがラウンジのソファの上であったことに気付く。壁に掛けられた時計を見ると時刻は午前2時を過ぎた辺り。

 

「ノート……処分……」

 

僕は左手の甲に書かれていた内容を反復するように呟く。そして、壁に掛ったカレンダーで今日の日付を見ながら、時間逆行前の自分の行動を振り返る。

 

朝ごはんを食べた後、僕は順平さんと乾くんと一緒にポートアイランドに遊びに行った。確か順平さんが岳羽先輩たちからゲーセンとカラオケの割引チケットを貰ったからと言っていた。チケットを渡した彼女たちは用事があるから残念ながら行くことができないと。

 

「状況的に岳羽先輩たちが、僕が何らかの情報を書いたノートを見たとみて間違いない。時間は夕方の16時前後か」

 

それにしても処分しなければならないノートとなると、幼い頃にペルソナ関連のことを書いて優に見せたあの時の物くらいしか思い浮かばない。しかも、僕自身がどこになおしたのかを覚えていないくらいだ。部屋中を大捜索しないと見つからないだろう。

 

僕は寝かされていたソファの上に再び横になる。正面の机には市販の清涼飲料水やビニール袋が広げられた洗面器などが置かれている。その飲料水に手を伸ばすと同時に声を掛けられる。

 

「総司さん、大丈夫でありますか?」

 

「アイギスさん」

 

台所の方からコロマルを連れたアイギスさんが顔を出している。僕は横になったまま、手を振って答える。すると彼女は濡れタオルを持って僕の傍まで来る。

 

「表面温度及び脈拍、呼吸数ともに安定状態。気分はどうでありますか?」

 

「口の中が酸っぱいだけで問題ないです」

 

「そうですか。突然のことでしたが、近くに荒垣さんたちがいて助かったであります。あの場に私と天田さんとコロマルさんだけであったらと思うとぞっとします」

 

アイギスさんはそう言いながら濡れタオルを僕に手渡してくる。受け取ったタオルを使って顔を拭いた僕は、彼女に尋ねることにした。

 

「あのアイギスさん。僕、横になりながら何か行っていませんでしたか?」

 

「いえ、特には。ただ総司さん魘されているようだと知った湊さんと優さんが暴走し掛けましたが、ゆかりさんや順平さんに鎮圧されたであります」

 

遠い目をしながらそっぽを向いた彼女を見ながら、僕は心の中で思った。『いったい何をしようとしたんだろう、あの2人は……』と。

 

「総司さんが気を失っている間に、美鶴さんの掛かりつけのドクターが往診されましたが、特に病気等でなく嘔吐はストレスから来たものだろうという診断が出ているであります。……総司さんは私とは違い生身の人なのですから、無茶はいけないと思います」

 

アイギスさんは僕を正面から見て続ける。

 

「屋上の作物の世話や寮に住む皆さんの食事の準備、管内の掃除や洗濯なども一手に引き受ける。屋上の作物の世話はともかく、他の事は皆さんで分担すべきであります。総司さんは自分を蔑ろにしすぎであります。何がそこまで貴方を駆り立てるのですか?」

 

アイギスさんのまっすぐな問いかけに思わず黙り込んでしまう。なんと言えばいいのだろう。皆を助けたいから……。自分に出来ることを全力でやりたいから……。皆が笑って迎えられるハッピーエンドが見たいから……。

 

「【―――――――――、――――――たい】」

 

「えっ?」

 

「あれ?……どうかしましたか、アイギスさん?」

 

「今、総司さん。何か言いませんでしたか?」

 

「別に何も言っていませんけれど」

 

「そうですか。……メモリにもノイズだけで残っていないみたいですし、気のせいでしょうか」

 

首を傾げるアイギスさんの仕草があまりに人間っぽくて、ちょっとおかしくなった僕は笑った。そんな僕を見て彼女はさらに首を傾げる。

 

「そういえば、アイギスさん。明日、というか今日になるのかな。結城先輩たちにどこかに行こうとか誘われていませんか。例えば、優……鳴上家に遊びに行こうとか?」

 

「そういえば、そのことを伝えるのも任されていたであります」

 

「え、僕も行くんですか?」

 

「はい。チケットを取ってくるので待っていて欲しいであります」

 

そう言い残してアイギスさんは階段を上がって行った。コロマルを戯れながら待つと、一枚のチケットらしきものを持ってアイギスさんが戻って来た。

 

「明日、特別課外活動部に所属する皆さんで桐条グル―プが運営するレジャープールに遊びに行くことになったであります。総司さんが風邪であったのなら延期する手はずになっていましたが、ドクターの見解も問題ないということでしたので決行のようであります」

 

僕はアイギスさんからチケットを受け取って見てみる。

 

『ポロニアンロングビーチ』

 

9つのバリエーション豊かなプールが広がるポロニアンロングビーチは、全長150mのをウォータースライダーや、波のプール、最高10mのダイビングプールなど様々な楽しみ方が出来るプールリゾート。

 

「ゆかりさんたちによると『開園から閉園まで思いっきり遊ぶ』ということなのであります」

 

「そ、そうなんだ」

 

僕はアイギスさんにそんな返事をしながら、思考を巡らせていた。僕はまだノートを処分していない。なのにも関わらず、今日の出来事がすでに変化してしまっている。

 

僕が吐いたから?

 

それでゆかり先輩たちの行動の日程が変わったとでもいうのだろうか。

 

「総司さん、顔が悪くなっているであります。もうしばらく横になられた方が良いと思われます」

 

「うん、そうさせてもらうね。それとアイギスさん」

 

「なんでありましょうか?」

 

「顔じゃなくて、顔色だよ」

 

僕はそう言ってソファに横になると掛け布団を被って目を閉じた。

 

 



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P3Pin女番長 8月―⑪

私たちの誰もつけなかったはずの鳴上家のリビングに置かれたテレビが点いている。丁度、緊急速報でニュースの映像が流れているところだ。駅のホームには大勢の人がいて、前にも後ろにも行けないほどごった返している現在の様子が映し出されている。

 

『こちら人身事故のありましたポートアイランド駅です。帰宅ラッシュと重なり、混雑状態で動くことができません。目撃者によりますと被害者は13歳から15歳くらいの少年で、電車を待つために友人や弟らしき子どもとホームで待っていたところ、背中を押され構内に落下しそのまま急行の列車に轢かれたとのことです』

 

画面がポートアイランド駅を正面から撮ったものに変わる。制服を着た警察官数人に囲まれ、ジャンパーを頭に被せられた男がパトカーに乗せられていく様子が映し出された。

 

『加害者の40台後半の男はすぐに駅員に捕えられたとのことですが、【新しい世界には滅びが必要】【私は次の世界の皇になる】といった意味不明の言葉を発しており現在警察にて事情徴集が執り行われています』

 

また画面が変わり、ホームの映像が映し出される。しかし、今度の映像は有象無象の他人が入り乱れた光景ではなく、駅のどこかの壁を背にし憔悴した感じで自分の右手を眺める順平と膝を抱え蹲り嗚咽する天田くんの姿だった。

 

『被害者の身元が判明しました。月光館学園中等科3年の――――』

 

そして、ニュースキャスターから放たれた被害者の名前は私の大切な男の子の名前。

 

『「これも君が選択した結果さ。君の中に眠るデスは僕が貰って行くから安心して、……絶望するといいよ」』

 

今しがた告げられた青い髪の少年の言葉が脳裏をよぎる。それはまるで、彼が死ぬことになったのは私の所為だと言わんばかりのものであった。私はその場で蹲り頭を抱える。

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

「こんなのいやぁぁ……」

 

私が強く意識すると同時に世界は暗転した。

 

 

◆◆◆

 

 

「ねぇ、湊?聞いてるの?」

 

誰かに肩を揺すられていると思ったら、目の前にゆかりの顔があった。

 

「ほぇ?」

 

「ほんとに大丈夫なの?……って、湊が大丈夫じゃないから、遊ぶか総司くんの好みを探るんだった」

 

ゆかりは私の肩から手を離し、困ったように腕を組みながら俯く。周囲を見渡すと心配そうに私の様子を鑑みる風花と優ちゃんの姿があった。テレビの映像を見て取り乱した彼女たちの後の姿にはどう考えても見る事はできない。

 

「ねぇ、ゆかり。今日は何日だっけ?」

 

「8月18日よ。……って、どうしたの、湊?それ!」

 

「え?」

 

ゆかりに指摘されて気付いたが、両目から涙が後から後から溢れだして衣服を濡らしていた。風花がポケットからハンカチを取り出して、私の眼元に当ててくれる。

 

「え、何?プールか、他人の部屋を捜索するのに、何か抵抗あるの?なら、別の案を出すけど?」

 

風花からハンカチを貸してもらって、涙を拭き取っていると困惑した様子のゆかりがそう告げた。話を聞いていて思ったのは、時間が昨日の夜まで戻っているということだった。総司くんの寮と家の部屋を彼の好みを調べるために捜索し見てはならないものを見てしまったことで、彼が死ぬことになってしまった最悪の一日が無かったことになろうとしている。総司くんの部屋で見る事になったノートには重要なことが書かれていたみたいだが、その内容を私は覚えていない。だけど、それの所為であんな凄惨な光景を見るくらいなら、知らなくていい情報は知らないままでいい。

 

「プール……」

 

「え?」

 

「ゆかり!私は“プール”で総司くんを悩殺したい!だからみんな、力を貸して!!」

 

私は両拳を握り締めその場に立ち上がりながら力強く宣言した。周囲にいた風花や優ちゃん、提案者のゆかりまでもがポカーンとしながら私を見上げる。皆は勝算があるのかと言いたげに私を見てくる。なので、今まで座っていた椅子に手をかけて、オリジナル雌豹のポーズをする。

 

「どう?」

 

「いや、いきなりなんなの?」

 

「総司くんは胸(バスト)よりもお尻(ヒップ)が好きなんだよ!」

 

「「ぶふぅっ!?」」

 

私の突然のカミングアウトに風花と優ちゃんが同じタイミングで噴き出した。そんな中、ゆかりはすたすたと私の近くまで来て、ため息ひとつ吐いた後、『スパーンッ』といい音を鳴らしながら私の頭を叩いた。

 

「とりあえず、座んなさい」

 

「はい……」

 

雌豹のポーズをやめて粛々と椅子に座り直す私。ゆかりは元の席に戻ると、机の上にパンフレットを広げる。それはゆかりが提案した桐条グループが運営しているプールレジャー施設の全体の地図であった。

 

「湊の意思は分かったわね、風花、優。何が何でも湊と総司くんの仲を進展させる。それが今回の目的だからね」

 

「となると障害となるのは天田くんと順平くんだよね」

 

「いや、でもヘタレな兄さんが湊先輩をずっとエスコート出来るとは到底思えません。ここは兄さんの湊先輩のイメージを変える方向で行きませんか?」

 

風花と優ちゃんが真剣に提案をしてくれて、ゆかりはそんな2人の意見を紙に書いていく。風花の言うとおり、総司くんとこの寮で仲の良いのは歳の近い同性の順平と天田くんの2人である。いくら双子とはいえ、優ちゃんは異性であるから感性が違うだろう。

 

「兄さんの好みは一旦置いておきましょう。問題なのは、兄さんの湊先輩への扱い方が私と同レベルってことです。第三者である風花先輩の見立てでそう見える以上、何らかの対策を取って湊先輩が魅力的な女性であるっていうことを示さないと関係の発展はありえない」

 

「かといってあまり大っぴらにやっちゃうとマイナスのイメージがついちゃうから大変だよね。それに今回は屋久島の時の様な所じゃなくて、その他大勢がいっぱいいるところだから、総司くん以外にも影響がでちゃうし。……ナンパ男の対処は大変だよ?」

 

「それこそあまり考える必要はないでしょ。こっちにはクール系の真田先輩に、一匹狼系の荒垣先輩、王子様系の総司くんに、残念侍系の順平がいるから大丈夫でしょ」

 

前者3人は世間に出しても問題ないと思うけれど、どうしてそこで順平を混ぜたのか首を傾げていたら、息を切らして階段を上がって来た本人がツッコミを入れる。

 

「うおぉい!!ゆかりっち、俺をオチに使うんじゃねぇよ。悲しくなるだろ!!……な、何だよその目は。……見んなよ、そんな目で俺を見んなよ。って、こんなことをやっている場合じゃねーっ!!総司が倒れたんだ!!」

 

「「「「え?」」」」

 

 

□□□

 

 

ラウンジのソファに寝かされた総司くんの顔色は悪く、どこか魘されているようにも見える。彼は洗い物をしている最中、いきなり膝をついて吐き始めたらしい。あまりの当然のことで近くにいた面々は戸惑ったとのこと。その後、彼の身体は大量の冷や汗と高熱が出たらしいが、今は落ち着いているらしい。

 

美鶴先輩が連絡を入れた掛りつけ医がすぐに来て彼の具合を診たらしいが、肉体的にはどうということもなく、嘔吐したのは強いストレスからきているものだろうという診断が出たとのことだ。総司くんが倒れた時に先輩たちが揃っていて助かったとはアイギスの弁だ。

 

ただ私には気になることがひとつあった。私があの“最悪の明日”からこの時間軸に戻ったと自覚した時間と彼が倒れた時間がピッタリと重なっていること。私はニュース速報を聞いただけであったが、もし総司くんがあの事故を受けた直後に“戻った”のだとしたら、その瞬間まで何ともなかった彼が吐くのは当然なのではなかろうか。

 

そう思ったら私はなんだか居てもたってもいられなくなった。私がした選択の所為で総司くんは文字通り死ぬ思いをしてしまった。そして、今も苦しんでいる。なら、私の出来る事をしてあげたいと思うことは当然のこと。

 

私は総司くんが寝ているソファに近づく。そして、彼の頬に手を当てると酷く冷え切っていたので、私は自分が着ている上着の裾に手をやり、もの凄い勢いで振り下ろされたゆかりのチョップでその場で轟沈した。

 

「みぎゃあああ!?頭が、頭がーーー」

 

「総司くんのことになると見境なくなってきたわね、アンタ。アイギス、湊を部屋に……いや、今後のことを先輩たちとも話し合いたいから作戦室にぶち込んできて」

 

「了解であります!」

 

「優ちゃん、湊っちの行動見て感心するんじゃねーよ」

 

「はっ!?してませんよ、別に。添い寝する口実が出来たなんて思っていな……あっ」

 

アイギスに引き摺れていく私を余所に、ゆかりのチョップが再度火を噴いた。頭を押さえて崩れ落ちる優ちゃん。先輩方はそんな私たちを見て、苦笑いを浮かべている。そして、私たちのやり取りが見えていたのか総司くんの表情も幾分か和らいでいるようにも見えた。

 

 

□□□

 

 

「さて、総司くんが倒れるというハプニングもありましたが、今後のことについて話をしたいと思います」

 

ゆかりが告げると同時に風花が作戦室にいる皆にパンフレットを渡していく。ちなみに私と優ちゃんは床に正座している。

 

「知っての通り湊は現在、精神が非常に不安定な状態です。昨日、かろうじて戦えたのは総司くんのケアがあってこそだったと思われます。私は正直、湊はもう戦わなくてもいいんじゃないかって思うんですけれど、タルタロスで戦う上で今の私たちの戦力では楽に戦わせてもらえないという現状がある以上、これからも湊の力は必要となるでしょう」

 

ゆかりの言葉を聞いて美鶴先輩や真田先輩の表情が曇る。彼らはこれまでにもリーダーの役目は辛くないかと声を掛けて心配してくれていた。順平も5月の時に優ちゃんが致命傷を負った姿を見た以降は私たちのことを自分のこと以上に気にかけてくれていたし。私は随分と皆に支えられてきたんだ。

 

「だから、私は心を鬼にして提案します。総司くんとくっつけて、湊を元気にしてしまおうというプロジェクト。『ラブラブ!キューピッド大作戦』を!」

 

握りこぶしを作り、力説したゆかりであったが、先輩たちの反応は薄かった。

 

「「「…………」」」

 

皆が何かを言いたげであるが、私を一瞥した後ゆかりに続きを促している。

 

「作戦の第一段階では、総司くんに湊を女性として認識してもらうために色々なアプローチを行おうと思います。そこで舞台となるのが、桐条先輩に用意してもらったプールレジャー施設『ポロニアンロングビーチ』です」

 

真田先輩と荒垣先輩のジト目に眉を顰めた美鶴先輩であったが、私と視線が合うと何か諦めたようにため息をついて立ち上がった。

 

「この『ポロニアンロングビーチ』は元々傘下のグループが運営していたのだが、長年赤字が続いていてので桐条グループが買い取ってリニューアルしたレジャー施設だ。今回、行くことになったのは岳羽の要望が強いが、私にとっても渡りに船だった。何せ、一度行って施設の使い心地はどうであったのかを視察をしてこいと言われていたからな。今回、特別課外活動部全員分のチケットをもらっているが、出来ればでいい。感想や問題点があれば、私に言いにきてくれ。以上だ」

 

美鶴先輩は席に座ると後は知らないとでも言うようにパンフレットで顔を隠す。その様子をを見て荒垣先輩は頭をガシガシと掻きながらゆかりに質問する。

 

「行くことに変わりはねぇってことか。で、俺たちに何をさせようって言うんだ?」

 

「予定では明日だったんですが、総司くんの体調も考えて明日は1日休んで、明後日そこで遊ぶことにしようと思います。そこで湊と総司くんを2人にする時間をちょいちょい設け様と思ってます。その時にフォローしてくれたら、後は何をしててもオッケーです」

 

「……その心は?」

 

「兄さんはヘタレなので1日は持ちません」

 

「妹に断言される兄ってどうなんだ?」

 

順平の一言に男性陣の表情が微妙なものになったのは言うまでもない。

 

「ちなみに天田くんには、総司くんと湊の雰囲気が微妙になったら、総司くんを遊びに連れて行ってその場を有耶無耶にする任務を与えます!」

 

「え、僕がですか?」

 

「いや、ほら。優ちゃんや順平が行くと、周りから『うわっ、空気が読めない奴』ってなるけれど、天田くんなら問題ないっていうか」

 

「はぁ」

 

「明日、任務をやり遂げてくれたら、来月行われるネオフェザーマンのヒーローショーのチケットあげるから……ね」

 

「うわぁっ、ホントですか!?…………いや、あくまで話題作りに見に行くだけですから。別に僕は見たい訳ではないですよ」

 

しっかりとゆかりに買収された天田くんを見ながら、その場はお開きになるのだった。というか、ゆかりは彼の扱い方をしっかりと踏まえているなぁ。感心しながら見ているとゆかりが皆の顔を見据える。

 

「今日あんなことがあったけれど、きっと総司くんのことだから今まで通りの生活をすると思われます。それじゃあ、意味が無いので明日は一日、総司くんには寮での仕事をさせないように皆で動く必要があります。桐条先輩も慣れないことを要求されるかもしれませんが、協力をお願いします」

 

「ああ。分かっているよ、岳羽。この寮に住む者として、協力は惜しまないさ。明彦や荒垣も同じ気持ちだ」

 

と、いきなり話を振られた先輩2人も苦笑いを浮かべながらだが頷いたのだった。

 



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P3Pin女番長 番外編『審判』②

8月19日(水)

 

昨日、洗い物をしている最中に倒れてしまった総司くんであったが、私たちが起きて来た時にはすでに朝ごはんの用意を終え、エントランスのソファに座ってアイテムの品定めを行っていた。彼が見ているアイテムは、私たちがタルタロスに挑む上で使ってきたアクセサリーを中心としたものだが、中には使い古した武具も入っていたりする。

 

「カオスであります」

 

「うん。変なテンションでアイテム合成はするもんじゃないね」

 

総司くんは手に持っていたアイテムを机の上に置くと両手で頭を抱えた。彼の正面に座っていたアイギスも机の上に並べられた珍品に頭を悩ませているように見える。一緒に起きて来たゆかりたちは用意された朝ごはんを食べに台所に行ってしまったが、私は総司くんとアイギスの傍へ歩み寄る。

 

「どうかしたの?」

 

「自分でもどうやったのか覚えていないんですけれど、出来ちゃいました」

 

そう言って苦笑いする総司くんが私に手渡してきた黒い鞘に納まった刀を軽い気持ちで受け取った。が、私はその黒い刀を取りこぼした。ちなみに落ちた黒い刀は私の足に直撃した。

 

「ったぁぁぁい!!」

 

黒い刀が直撃した足を擦るためにその場に蹲る。涙目で惨劇を生み出した件の黒い刀をジト目で見ると、総司くんが不思議そうな表情をしながら“片手”で拾い上げた。

 

 

□□□

 

「右から『渦巻剣』『バットボウ』『重い大剣』『重い刀』『快眠グラブ』『ライトセーバー』『5連装メデューサ・4thエレメント』『ネムリダケン』『鬼に金棒』であります」

 

机の上に置かれた総司くんが制作した武器。まともそうなのはアイギスの正面に置かれたものだけで、他は完全にネタ武器にしか見えない。

 

「ぐぅぉおおお……。お、おもっ!?」

 

「湊先輩が取りこぼすのも当然です。……ぐぬぬ、重い!!」

 

順平と優ちゃんが刀身から柄まで真っ黒な大剣と刀を持って構えようとするが、想像以上の重量があるようでうまく出来そうにない。

 

「あれ?でも総司くんは軽々と持っていたような気が……」

 

風花がぽつりと零した言葉。その言葉を聞いてピンときたことは、ペルソナ使いとしての資質の有無。つまり、奪われる物がない総司くんと、奪われる物がある順平と優ちゃんで、感じる重さの違いがあるということ。けど、ペルソナ能力が奪われるだけでは総司くんと同じ条件になるだけだから、奪われたペルソナの能力分が黒い武器に吸い取られて重量に置き換わっている物と考えられる。奪われるだけなんて、デメリットでしかないけれど、実際はどうなのだろうか。

 

「その他の武器も凄いな。見た目と威力はアレだが、確実に相手の動きを阻害できる」

 

「先日のタルタロスや満月の大型シャドウのことも考えると、ただ強い武器を手にしていくだけではどうにもならない時が来てしまう。けど、状態異常を付加することによって相手の行動の幅を押さえれば格上と戦うことも可能になると思います」

 

「ただ戦うのではなく、考えながら戦うって奴だな」

 

「これまで以上に、作戦会議して緻密な連携が必要ってことだな。って、イッテェェェ!!なんで叩くんだよ、ゆかりっち!?」

 

「アンタのキャラじゃない……」

 

「ヒデェ……」

 

「「「あははははは」」」

 

順平とゆかりのやり取りを見て皆、笑い声をあげた。頭を擦る順平と、腰を手に当てやれやれとため息をつくゆかりも笑っている。すると優ちゃんが不思議そうな表情できょろきょろし始めた。

 

「あれ、天田くんと兄さんがいませんね」

 

言われてみて気付いた。周囲を見渡すと『キィ』という音が鳴った。皆が音の発生源を見ると大量の洗濯ものが入ったカゴを抱えた総司くんがいた。一番上に乗っかっているピンク色の女性物の下着は恐らくゆかりの……。

 

「っ!?いやああああああ!!」

 

「ゆ、ゆかりちゃん!?」

 

ゆかりは手に持っていたバッドボウを放り出して総司くんの下へ駆け寄った。そして、自分の下着が入った洗濯カゴを総司くんの手から奪い取るとその勢いのまま、階段を駆け上がって行った。風花はそんなゆかりを追って、階段を上がっていく。

 

で、ゆかりに洗濯カゴを取られ、手持ち沙汰になった総司くんは腕を組んで考え、ポンと手を打って振り返り、物置から業務用の大きな掃除機を取り出してきた。総司くんは自身が病み上がり?であることなど気にも留めていないように日々の日課を過ごそうとしている。

 

「岳羽の提案と結城のためだ。シンジ行くぞ」

 

「ああ。おい、それを寄越せ」

 

「え?師匠に真田先輩。別に気にしなくていいですよ。いつもやっていることですし」

 

「休めつってんだ。お前はソファで桐条のように踏ん反り返っていればいい」

 

「それはそれでダメージが来るのだが……」

 

荒垣先輩が言うとソファに腰掛けていた美鶴先輩が苦々しい表情で呟いた。総司くんが来る前は、それぞれが気になることを自主的にやっていただけであっただけに、総司くんが定期的に綺麗にしてくれているおかげで私たちは気持ちよく過ごすことが出来ていたのだ。

 

「じゃあ、各部屋のエアコンの掃除でもしてくるかな……」

 

「おーい、総司。それはオレっちとアイちゃんに任せろ」

 

「総司さんは明日のために英気を養っているであります」

 

総司くんが物置から取り出した雑巾とバケツを奪い取った順平は帽子を被りなおしながら階段を上がっていく。アイギスもまた、総司に対し一礼すると階段を上がっていく。

 

「明日って、ただプールで遊ぶだけですよね?……残っているのは優と湊先輩と桐条先輩か。これはまた聞き出し“易い”メンバーが残ってる」

 

ぎくり。私は思わず唾を飲み込んだ。美鶴先輩も視線を泳がせている。優ちゃんが動揺を表情に出す前に総司くんに切り返しを図る。

 

「そ、それは聞き捨てならないな、兄さんのくせに」

 

「じゃあ、優に聞くけど。プールに行くって決めたのは誰?」

 

「別に、誰だっていいじゃん」

 

総司くんの質問に曖昧な返事をした優ちゃんであったが、総司くんはそんな彼女の姿を冷静に観察し、言葉を紡いだ。

 

「ふむ。企画立案は岳羽先輩で、決定したのは結城先輩。提供者は言わずもがな桐条先輩だよね、優。違うかい?」

 

「……。うわぁああああん!!」

 

少しの静寂の後、優ちゃんは大きな声を上げながらその場から駆けだして玄関から出て行った。直後、何かがぶつかりあう音がした。

 

「うわっ、優さん!?どうしたんですか……って、僕たち今帰って来たところなのにぃぃぃぃぃ…………」

 

「ワンワン、キャイーーーン…………」

 

天田くんとコロマルの嘆きの声が遠ざかっていく。見かけないと思ったら、天田くんはコロマルの散歩に行っていたらしい。そして、暴走した優ちゃんに連れられ、強制的に散歩2週目に向かったようだ。

 

「湊、後は任せた」

 

「え?」

 

総司くんの意識が外へ向いたのを見て、計ったように美鶴先輩がすくっと立ち上がった。その後、音も立てずに移動していき階段の前で私に向かって微笑んだ後、優雅に階段を上って行った。

 

「「…………」」

 

エントランスで見つめ合うことになってしまった私と総司くん。

 

ちょっ、何でこんなことにっ!?

 

 

□□□

 

 

机の上に置かれたティーカップの中には総司くんが淹れてくれた紅茶があり、私はそれを手にとって啜るが味が分からない。たぶん、美味しいんだと思うのだけれど、緊張しすぎていて味覚が異常事態のようです。

 

私がテンパっていることなんか微塵も思っていなさそうな総司くんは、ソファに座りながら新聞を読んでいる。時折、時計を見る事から何か予定があるのかもしれない。せっかく皆が協力して作ってくれた機会なのだから、これを活かさないといけないと思うのだがいかんせん話題が思いつかない。緊張からか口の中がカラカラに乾いてくような気がして、私はまたティーカップに口をつけた。

 

「結城先輩」

 

「うひゃあっ!?」

 

丁度のタイミングで話しかけられ、私は慌てたが紅茶はこぼさずに済んだ。そのことに安堵していると、キョトンとした表情の総司くんと視線が合った。頬に全身の血が集まって熱を帯びていくような錯覚に陥る。うわぁ、私の顔真っ赤っかだろうなーなんてことを思いながら、何事もなかったかのように振る舞う。

 

「どうかしちゃ?」

 

「…………」

 

し、死にたい。

 

何でそこで噛んじゃったのわたしぃぃいいい!!総司くんが何だか微笑ましいものを見るような暖かい視線を向けてくるんですけれどぉおお!!私は残っていた紅茶を一気飲みすると、前のめりになりながら言葉を発する。

 

「どうかしたの、総司くん」

 

「あ、無かったことにした」

 

総司くんの言葉が私のハートにクリティカルヒット。ぐらりとなるがしっかりと受け止め、その場に踏みとどまる。こんなことやっているから、妹扱いなのかもしれないし。

 

「何か、気になることがあった?」

 

「いや、どうってことはないんですけれど。ほら、今月の初めくらいに『夢』の話をしたじゃないですか。一応、候補を考えてみたんですけれど」

 

そう言って総司くんはソファから立ち上がって寮の受付カウンターの横に置かれていた参考書みたいなものを持ってきた。その他に学校のパンフレットらしきものもある。

 

「色々考えたんですけれど、なるとしたら無難なのは料理人か教師。高望みするならパイロットとか医者ですかね。前者はともかく、後者は全然思い浮かばないけれど」

 

「そっか……」

 

お嫁さんになるんだったら、どれも魅力的ですが……とは思っていても口に出さないのが吉。実際、総司くんに偉そうなことを言っているが、高校を卒業したらどうするかなんて決めていないし。私のやりたいことってなんだろう。

 

「社会人の知り合いに尋ねると半数は自分の夢とは違う形で働いているらしいですし、好きな事を職にするのはこのご時世厳しいみたいです。それでも夢を実現する人は、それだけ夢にまっすぐなんですよね。僕も見習わないと」

 

「その通りだと思うよ」

 

そう言って意気込む総司くんを見て、私も大きく頷いた。すると総司くんも頷き返してくれたのだった。

 

 

□□□

 

昼食を食べた後、総司くんは昼寝するということで階段を上がって行った。他のみんなも慣れないことをした所為か、ぐったりとしながら身体を休めている。

 

さて、私はソファに座りながら心を静める。そして、私の心に居座っている死神タナトスを意識の外へ追いやり、姿を変えた審判のアルカナを持つペルソナの姿、そして能力を見る。

 

名前は【ネメアー】で、姿はなんだかごついライオンっぽい。レベルは50。

 

打と貫属性を無効、雷属性を吸収し、光と闇属性が弱点。

 

スキルは消費率が高いが威力が折り紙つきの物理攻撃系が『ブレイブザッパー』『ギガンフィスト』『イノセントタック』の3つと魔法系は『アギダイン』『ガルダイン』の2つ。残りの2つのスキルスロットには『毒防御』と『治癒促進・小』が入っている。

 

前回のクジャタが相対する大型シャドウに対抗できるペルソナだとすると、今回のネメアーもまた、今度の大型シャドウに対抗できるペルソナである可能性が高い。というか……。

 

「雷属性が吸収になっていて、毒防御が入っているってことは、敵はジオ系とポイズマ系を使ってくるってことだよね。ゆかりとアイギスにとっての鬼門じゃない」

 

私は目を瞑ったままソファに凭れかかる。明日は勝負のプールだと思いながら、まどろみの中に身を委ねるのだった。

 



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P3Pin女番長 8月―⑫

抜けるような青空に浮かぶ大きな入道雲。僅かに感じられるそよ風がその形を少しずつ変えて行く。プールで遊ぶには絶好のコンディションと言えるだろう。

 

「湊、現実逃避しちゃダメでしょ」

 

ゆかりに話しかけられた私は遠い目をしながら見上げていた視線を地上に下げる。予定ではナンパされるのは私たちで、打ち合わせした真田先輩たちに促され、総司くんが助けに来る手筈だったのに……。

 

『ねぇ、私たちと一緒に遊ばない?』

 

『均等に鍛え上げられた筋肉、はぁはぁ。一緒に写真撮ってもいいかな?』

 

『こ、困ります!』

 

『やーん可愛い!お持ち帰りしたいなー』

 

私たちが着替えを終えてプールに赴くと女子大生のグループに捕まって逆ナンされる総司くんがいた。彼は「連れがいるから」とか、「妹が待っているから」とその場から離れたそうにしているが飢えた野獣(♀)の魔の手から中々抜けだせずにいる。仕方がないので真田先輩たちに救助を求めようとしたが、肝心の男子は荒垣先輩と天田くん以外が現実に打ちのめされ四つ這いで悔し涙を飲んでいた。

 

「え?いったいどういう状況」

 

「雰囲気からして、話しかけられた時は皆いっしょにいたのでは?」

 

「会話している内に総司くん以外はいいってことになったんだ。真田先輩、黙っていればイケメンなのに」

 

ゆかりはそう評価するけれど、私の真田先輩の印象は『プロテイン中毒者の鍛えることしか頭にない脳筋』だから矯正は無理だと思う。数年後にはきっと一昔前の侍のように裸一貫で武者修行とかしていそうだし。

 

「これで私たちが行くと角が立ちそうだし、予定通り天田くんに行ってもらおう。となると、何かいい言い訳は……」

 

「ゆかりさん、あちらにアイスクリームのお店があるであります」

 

屋久島の時に来ていた空色のワンピースを着ているアイギスが指差した先には、長蛇の列が並ぶお店があった。確かにあれは使えるかも。

 

「うん。その手でいこう、おーい……」

 

ゆかりが手招きしているのに気づいた天田くんが駆けよってくる。私はその光景を見ながら、前途多難だと大きくため息をついた。

 

 

□□□

 

 

『ポロニアンロングビーチ』

 

桐条グループが運営するレジャー施設である。

 

全長1kmある広大な敷地に10個のプールが並んでおり、潮風香る海を目の前にテントやパラソルでくつろぎながら想いのままの一日を過ごせる。

 

そんなポロニアンロングビーチのプライベートエリアの一角に私たちはいた。無事野獣の群れから脱出できた総司くんは天田くんと優ちゃんと一緒にウォータースライダーで遊びに行っている。普段いくら大人びてはいても、彼は正真正銘15歳の中学生であり、子供だということだ。私たちくらいになると羞恥心がまず出てきて、純粋に楽しめなくなってしまうし。

 

「どうするの、ゆかりちゃん。予定とはまったく逆の展開になっちゃっているけれど」

 

「うん、ホントどうしよう……」

 

風花が頭を悩ませ、ゆかりがこめかみを押さえるのも当然だろう。プールに遊びに来ていてナンパされるのが男子だけってどういうことなのだろうか。私はストローでジュースを飲みながらプールで遊ぶ人たちを眺める。……って、あれ?

 

「家族連れはともかく、女性グループばっかり?」

 

その女性グループも美容に気を使っているお姉さん系とか、慎ましやかなお嬢様系とか、格好からして若干お金に余裕がある人たちに見えて他ならない。私は恐る恐る美鶴先輩を見る。彼女はビーチチェアに腰掛けながら優雅に紅茶を飲んでいたが、私の視線に気付き首を傾げた。

 

「どうしたんだ、湊。そんな不思議そうな顔をして」

 

「美鶴先輩。ここってもしかして……『会員制』ですか?」

 

「ん?そうだが……」

 

さも当然のようにしている美鶴先輩の横でゆかりが両手で顔を覆った。風花からも力なく乾いた笑いが漏れる。私たちの話に聞き耳を立てていた荒垣先輩も天を仰ぎ見る様にしながら大きくため息をついた。周囲の状況に目を白黒させる美鶴先輩が可愛く見えて他ならなかったが、私たちが立てていた作戦は意味をなさなくなってしまっているので、今すぐ修正しなければならない。

 

「そうだった……。桐条先輩は“お嬢様”っていうこと忘れてた。湊、こうなったら仕方ない。総司くんと一緒に遊んだ方がアピールできるチャンスは多いはずよ」

 

「うん、私もそう思う。けど、どうやって探そう?」

 

「これだけ広いとすれ違う可能性の方が高いし」

 

パラソルの下にあるテーブルにはポロニアンロングビーチのパンフレットが広げられ、簡易的だが地図が載っている。施設の右端に彼らの目的であるウォータースライダーがあるけれど、いつまでもそこにいる訳はなさそうだし、かといって彼らが帰ってくるまでここで待っているというのもナンセンスだ。そう考えていると、思わぬ所から助けの手が出された。

 

「面倒だが、お前らはどこで遊ぶかをいちいち俺等に言いに来い。あいつが此処に立ち寄ったら、お前らが居る場所を教えて迎えに行かせるからよ」

 

そうぶっきらぼうに言い放って、アイスに齧り付いた荒垣先輩は桐条先輩の横にビーチチェアを移動して腰掛ける。そして、持ってきていた荷物の中からレシピ本を取り出すと読み始めた。水着姿のワイルド系の青年がプールサイドでレシピ本を読むとか違和感ありまくりだけれど、それを指摘できる勇者はここにはいないんだろうなぁ。すぐ近くに美鶴先輩もいるから、くつろぐ彼女にどんなご飯を作ってやろうか悩む彼氏の姿にも見えるし。

 

「じゃあ、まずは流れるプールに行ってきますね」

 

私たちは荒垣先輩にそう言って頭を下げるとパンフレットを見ながら歩き出す。

 

 

□□□

 

 

全長500mの流れるプールについた私たちが見たのは、ゆらゆら浮かぶゴムボートに乗ってのんびりくつろぐ総司くんの姿だった。その周囲には優ちゃんと天田くんがいる。私たちに気付いた2人は総司くんが乗ったゴムボートをそのまま置いて上がって来た。彼が乗ったゴムボートはゆっくりと流れて行く。

 

「先輩たちもこっちに来たんですね」

 

「僕と総司さんはウォータースライダー全種類コンプリートしました!」

 

プールを満喫している様子の2人は笑顔で告げてくる。天田くんに至っては興奮冷めやらぬ様子でおすすめのウォータースライダーを紹介してくる。

 

「ちなみに兄さんはあれから2度逆ナンされました。一度目で懲りたのか、誘われてもさっと切ってますけれど」

 

「ああ、その件なんだけれどね」

 

このポロニアンモールで遊んでいる人たちの情報を優ちゃんに説明すると納得するように大きく頷く。「道理でチャラい男がいないと思いました」と言われ、私たちがナンパされないのはそれが理由かと納得する。

 

「そういえば真田先輩と伊織先輩なんですが、兄さんが逆ナンされるのを見て、叫び声をあげながらどっかに行っちゃったんですけれど、どうしましょうか?」

 

「どうもしないわよ。どうせ、墓穴掘ってんでしょ」

 

「あはは。屋久島の時と同じだね……きっと結果も」

 

「風花先輩が黒い……」

 

うん、肌じゃなくてお腹の中がね。

 

「あれ……あっちで何か騒ぎみたいですよ」

 

「「「「え?」」」」

 

天田くんの言葉を聞いて私たちは騒ぎが起こっている場所を見た。確かに野次馬が集まっている。私たちは顔を見合わせて、その現場へと向かった。その向かった先にいたのは、溺れて意識を失った少女に対し人工呼吸&心臓マッサージをする総司くんだった。

 

 

□□□

 

 

「人工呼吸はノーカン……ノーカン……」

 

プライベートエリアの隅の方で膝を抱えて自己暗示をかける総司くん。

 

総司くんが助けた女の子は駆けだしたばかりのアイドルであったらしく、マネージャーの人から凄く感謝されていたのだけれど、当の本人はあんな感じで固まっている。本音で言えば、私もショックでしかない。

 

「湊先輩、人命救助だから兄さん本人が言っているようにノーカンということにしておきましょうよ。あ、あった。兄さんが助けた女の子、『久慈川りせ』っていう名前のアイドルの卵みたいですね。……大丈夫ですって、彼女が兄さんに惚れるってことはないですよ、相手は助けてくれた兄さんを見ていない訳ですし」

 

優ちゃんが防水バックに入れていた携帯で仕入れた情報を見ながらフォローを入れてくれるが、私の心は晴れない。なんかモヤモヤがひどい。これは嫉妬なのだろうか。

 

「くっ、やること成す事が皆、裏目になる。これじゃあ、ここに遊びに来た意味がないじゃない……」

 

「何かいい方法は……」

 

ゆかりと風花が私の為に色々考えてくれている。私自身も何か考えなくちゃと思っていたら、アイギスが優ちゃんに疑問を投げかけていた。

 

「結局の所、皆さんは何がしたくてこのポロニアンロングビーチに来たのでしょうか?」

 

「湊先輩と兄さんをくっつけるため……かな。なんていうか、夏のアバンチュールな思い出を作るとか」

 

「具体的にはどんな作戦があったのでしょうか」

 

「えっとね……」

 

優ちゃんの主観でアイギスに今回の作戦の内容が伝えられていく。その都度アイギスは「ほほー」「なるほどなー」と相槌を打つが本当に分かっているか分からない。だからどうしてそんな答えに行きついたのか分からないけれど、彼女は私に向き直ってこんなことを言い放った。

 

「大人のキスで総司さんの記憶を上書きすればいいであります!!」

 

「「「!?」」」

 

私たちはその場でアイギスを凝視しながら固まる。優ちゃんは眉を寄せて、アイギスを見ている。彼女は自分の説明でどうしてそんな答えが導き出されたのか分からないと言いたげだが、アイギスの案は事の他いい考えかもしれない。

 

「総司くんが正気に戻る前に勝負を決めれば、まだ勝ち目があるかもしれない」

 

「いやいやいや、湊。ちょっと落ち着きなさいっての!」

 

「でもゆかりちゃん。これを機に総司くんがあのアイドルの子を好きになるかもしれないよ。ここでアイギスの案に乗るのもありなんじゃないかな?」

 

「ちょっと風花は賛成派なの!?」

 

信じられないと言いた気なゆかりえお余所に私の眼はすでに総司くんの唇しか映っていなかった。

 

「おいおい、お前ら何を言っているんだ」

 

その時、完全に蚊帳の外であった真田先輩が話し掛けてきた。ちょっと邪魔しないでもらいたかったが、一応意見を聞こうと耳を傾ける。そして、

 

「大人のキスって何だ?」

 

真田先輩の天然な発言に、天田くんや美鶴先輩も漏れることなく、その場にいた全員がずっこけた。

 

「このバカはほっといていい。しかし、結城、強引なキスをする奴ほど長続きしねぇ。それならありったけの気持ちを籠めて、ここにでもしてやれ」

 

荒垣先輩は自分の頬を指差しながらぶっきらぼうに言い放った。その直後、先ほどのバカ発言に怒った真田先輩と言い争いを始めてしまったので、詳しいアドバイスはもらえなかったが、確かに焦る必要は無い。人工呼吸とは違うキスを総司くんに。私はゆかりや順平たちの制止を振り切って、総司くんに近づき……。

 

 

□□□

 

 

大人な女性の対応をすることで『魅力』がすごく上がった♪

 

気がする。

 

 

□□□

 

 

湊は混乱している。

 

 

 



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P3Pin女番長 8月―⑬

「方天画戟」という武器がある。

 

これは中国の武器のひとつで、本来であれば両側につけられている三日月状の「月牙」と呼ばれる横刃が片方にだけつけられているのが特徴。歴史的に天下無双で有名な呂布が愛用したことで知られる。そんな武器をモチーフにしたであろう獲物を爛々とした笑顔で振り回し、向かってくるシャドウを片っ端から屠っているのは、昨日兄さんの唇を奪って以降、テンションが上がりっぱなしの湊先輩である。

 

「やぁっ!はぁっ!!せりゃあっ!!!」

 

今も手にした方天画戟をまるで木の小枝を振り回すように自在に扱い、3体で連携攻撃を仕掛けてきたシャドウたちを片手間に倒してしまった。ほんの5日前の湊先輩は武器の扱いもペルソナの制御もおぼつかなかったはずなのに、兄さんという犠牲を払うことでこんなにも見違えるなんて」

 

「優ちゃん、心の声が漏れてっぞー」

 

「実の兄を売ったのに、平然としているだと……」

 

「総司さん、僕じゃどうしようもないみたいです。せめて祈らせてもらいます」

 

伊織先輩たちが何やら戦慄しながら呟いているけれど、何か意見があるのならもっと大きな声で言って欲しい。私は湊先輩が取りこぼしたシャドウを屠る役目を与えられているので、割と前線にいるのだ。

 

「これで良かったのかなぁ」

 

「元気のない湊では、いつ大怪我しないかヒヤヒヤしたものだが、あの状態の彼女も別の意味で心配だな」

 

私のすぐ後ろでゆかり先輩と美鶴先輩の話す声が聞こえる。此度のプールのことを立案したのはゆかり先輩で、場所を提供したのは美鶴先輩だった。まぁ、こうなることは予想外だったとは思うけれど、やってしまったことにはちゃんと納得してこれからのことを考えてもらいたい。例え、寮に置いてきた中等科3年生の男子の口から出ちゃいけない何かが「ハロー(^o^)/」と出てきていたとしても。

 

「優ちゃん」

 

「はい!どうかしましたか、湊先輩?」

 

壁にもたれ掛って「燃え尽きた。まっしろにな……」とその区画ごと真っ白になった男子中学生のことを頭の中から放り出して、声を掛けてきた湊先輩の話に耳を傾ける。彼女の指差す先には階段があった。

 

「もうそろそろ敵の番人がいるフロアだからね、皆を集めて」

 

「了解しました!みなさーん」

 

私が大きく手を振って皆に合図するとぞろぞろと特別課外活動部の面々が集まってくる。そして、方天画戟を肩に担いだ湊先輩に自然と視線が集まった。

 

「皆、もうそろそろ番人がいるフロアだから気を引き締めて行こう。弱点の見極めと、相手がどんな攻撃手段を持っているのかを戦う中で調べて、情報は皆で共有すること!オッケー?」

 

皆が頷いたり、サムズアップしたりするのを見た湊先輩は満足そうに頷くと、スキップしながら階段を上がっていった。それを階下から眺めた幾人が階段とは逆の方向を向きながらビシッと敬礼した。その姿はまるで湊先輩を元気にするために犠牲となった者への感謝の意を込めるようであった。

 

 

タルタロス98Fの番人シャドウはマジカルマグスという名で、同時に3体現れた。

 

湊先輩は風花先輩にアナライズの指示を出すと同時に一番手前にいた敵に向かって、方天画戟を振り下ろす。しかし、その攻撃はマジカルマグスの人間の手のような形をした翼によって防がれてしまう。地面へと降り立った彼女はすぐに距離を空ける。その空いたスペースに攻撃魔法スキル火・氷・風・雷の順に殺到する。

 

「火属性が弱点だな」

 

「氷結属性は吸収されたか……」

 

「風と雷は普通。つまり」

 

「順平とアイギス、天田くんとコロマルは火属性の攻撃で相手の態勢を崩すのに集中!真田先輩は相手ステータスを下げて、美鶴先輩は攻撃を控え混乱させてください。ゆかりはアタッカーの私と優ちゃんと荒垣先輩のフォローを!」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばした湊先輩は私たちがいる位置から一番遠くにいるシャドウの所まで駆けていく。私もちょっと遅れてだが中間地点にいるシャドウの前へと移動し、宝箱から手に入れた鬼丸国綱を構える。荒垣先輩も所定の位置についた。

 

「じゃあ、攻撃開始っ!」

 

湊先輩の合図をもって戦闘が始まった。

 

 

□□□

 

 

タルタロスのエントランスに次々と降りてくるメンバーを余所に湊先輩は、とある一角に立ったままボーっとしている。彼女がああやっているのはちゃんと意味があるらしく、大体はペルソナが強化されていたり、新たなペルソナを宿したりしている。

 

「しっかし、110Fの番人シャドウはまいったぜ。弱点無しだもんな」

 

「クリティカルヒットも結局でませんでしたしね」

 

「きゅーん。わんわん」

 

「『それでいて相手は風スキルの全体攻撃と光属性の即死攻撃を仕掛けてくるから厄介だった』とコロマルさんも苦戦を物語っているであります」

 

エントランスの床に座って、今夜の戦いを振り返る伊織先輩たち。だが、すぐにその話は終わる。なんせ倒してしまったのだから、似たような奴が出てくることがあるかもしれないが、これ以上は考える必要はないからだ。彼らの話題は兄さんが作った武器についてへと移行していく。

 

「しっかし、天田少年とアイちゃんの武器はいいよな。与えるダメージは少ないとはいえ、4属性に弱点があるシャドウなら確実に態勢を崩せるし」

 

「あー、それは私も思った。けど、私たちのメンバーが使う武器でそれをやれるのは銃を使っている2人だけよね。間違っても両手で扱わないと戦えない武器を使っている私たちじゃ無理」

 

そう、天田くんが使っているリボルバータイプの拳銃と、アイギスさんの右腕に填められているショットガンタイプの銃は、兄さんが作ったものなのだ。他にもデザインと性能がアレな武器も作ったが、この2つに関しては大成功作といえる。

 

「とはいっても僕は、リーチを補うために槍を使おうと思っていたんですけれどね。総司さんにダメ元で頼んだらこれを作ってくれたんです」

 

天田くんはタルタロスの宝箱の中から手に入れた槍状の武器のひとつを手に取ると周囲に誰もいないのを確認して振り回す。確かに練習してきているのが窺えるほど洗練された動きではあるが、

 

「それは結局シャドウとの距離を詰めるってことだぞ?怖くねぇの」

 

「みなさんの戦いを見て、ちゃんと相手の攻撃パターンや弱点を見極めてやれば、大丈夫だと思ったんですよ。それにこの銃を捨てるわけじゃなくて、ちゃんと臨機……お……お……?」

 

「臨機応変であります」

 

「そうです、それです。ちゃんとその場に合わせて、戦うスタイルを変えていくつもりですから大丈夫です」

 

天田くんはやる気に満ち溢れている。彼は小学生なのにちゃんと考えていてすごいなぁと皆の目が物語っている。すると、彼は頭を掻きながら照れるようにして「実をいうと総司さんの受け売りなんですけれど」と呟いた。

 

 

□□□

 

乾くんを中心にして話が盛り上がっているのを見て私は3年生の先輩たちを呼ぶ。

 

「どうした、山岸?」

 

「実は相談したいことがあるんです。復讐代行サイトについて気になることが」

 

私が話題について言うと荒垣先輩が眉を顰めた。桐条先輩と真田先輩の雰囲気も少し固くなった。3年生の先輩方は私たちにまだ何かを隠している、そんな気がしたが話してくれるような雰囲気ではないので、そのことには触れないように気を付ける。

 

「相談したいことは2件あります。ひとつは寮のパソコンを使って、復讐代行サイトを見ている人物がいるということ。そして、復讐代行の対象者に総司くんの名前があることです」

 

「「「っ!?なにぃっ!!」」」

 

前者のことに関しては納得している雰囲気だった先輩たちであったが、後者に関しては完全に寝耳に水であったようで目を見開いて驚愕する声を上げた。それは当然だと思う。私も総司くんの名前が載っているのを見て、何度も見直したもの。

 

「……ちっ。たぶん、あいつらだな」

 

荒垣先輩が舌打ちすると同時に呟いたのは、総司くんを狙っている人物を知るかのような発言だった。桐条先輩と真田先輩の視線に気づいた彼は、米神を手で押さえた後、ぶっきらぼうに言葉を述べていく。その内容は4月の終わりと8月の初めに、総司くんが荒垣先輩に会い行った際にぶちのめすことになった不良たちのことだった。

 

「シンジ、あの話はマジだったのか?」

 

「普段のあいつの行動を見ていたら、信じられねぇのも分かる。だが、事実だ。正攻法でやり返せないなら、こういったことに頼るのも分からないでもない。それに……」

 

「それに?なんだ、シンジ」

 

真田先輩の質問に私たちの顔を見て悩むような仕草を見せた後、荒垣先輩は例え話と前提をして私たちに尋ねてきた。

 

「数で囲んだにも関わらず年下の中学生に手酷くやられてしまったことを他の奴らに話すのは奴らの面子が許さない、かといって一見狙いやすそうな妹は大会常連の剣道娘。襲ったら確実に反撃必須。結局は、こうやって回りくどくなるが他力本願な手を取っちまうのさ」

 

「このことはお父様に報告し対策を取ってもらう。山岸、復讐代行サイトに名前を書かれた人間がどうなったのかを知りたいのだが、わかるか?」

 

「それはちょっと私の方ではわからないです」

 

「そうか。なら、その件も含めて、尋ねてみよう。しかし、問題が次から次へと出てくるな。タルタロス、シャドウ、満月戦、ストレガ。そして、復讐代行サイトか」

 

桐条先輩が頭を悩ませるのも当然だと思うけれど、放ってはおけないことだし必要なことであると割り切ってもらわないと。何か、取り返しのつかない事態に陥るような気がして、私は自身の背中に冷たいものが流れるような感覚に身を震わせるのだった。

 

 



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P3Pin女番長 8月―⑭

タルタロスでの探索を終えた後にベルベットルームを訪れた私を出迎えたのは、ここの主であるイゴールさんでも、ちょっと的外れなことを言うテオドールでもなかった。

 

「やぁ、こんばんは。今宵もいい月だね」

 

イゴールさんがタロットカードを使って占いをするテーブルに腰かけ、入室した私に向かって斜に構えた状態で話しかけてくる黄色のすごく長いマフラーを首に巻いた同年代の少年。似た雰囲気の子供なら知っているけれど……。

 

「…………どちらさまですか?」

 

「あれ?僕が分からないの」

 

少なくても髪をオールバックにして、それでいてアホ毛まで立たせてキャラ作りしている人物に私は会ったことはない。というか仮にあの少年が成長したらこうなるとは思いたく

 

「僕だよ。ファルロス」てへぺろ(。・ω<)ゞ

 

「なんで、そっち系に進化しちゃったのよ!!」

 

「ええぇっ!?」

 

なかったけれど、まさか本人の口から真実が話されるとは思わなかったよ!

 

 

 

しばらくすると、イゴールさんやテオドアの姿もベルベットルームに現れる。彼らは私と違い珍客であるファルロスに目立った反応はしなかった。

 

「お久しぶりにございます、お客人。さて、本日のご用件は何ですかな?」

 

「イゴールさん、ファルロスのことは何もないの?」

 

「ふむ。ここベルベットルームにおきましては不必要なことは起こりません。すべての事柄が必然であります。彼がこの地に現れたことも何かの意味があるはずなのです」

 

私とイゴールさんが話す横で自分のアホ毛を指先でつまんだり、口で吹いたりしている無邪気な少年が視界に入る。その姿に若干、苛立ちを覚える私。大型シャドウのことを忠告しに来ていた子供の姿のファルロスだったら、こんな風には思わなかっただろうに。

 

「それにしてもお客人におかれましては、色々と我々が想定していた定めというものを尽く覆される。しかし、決められていた定めを崩すということは、我々でも想定していなかった事態が起こり得るということでもあります。テオドア」

 

「はい」

 

傍に控えていたテオドアは私に一礼すると、壁に向かって歩いていく。その先には扉があり、彼は取っ手を握り引くようにして開ける。すると、扉の中から2人の女性が現れる。テオドアは2人がベルベットルームに入ったのを確認した後、扉を閉めイゴールさんの後ろに立つ。扉から現れた2人の女性はそれぞれイゴールさんの左右に立った状態で私を見ている。

 

「貴女さまから見て左におりますのがマーガレット。右におりますのがエリザベスにございます。この2人もまた私を支える者たちにございますが、これから起こり得る事態に備え、“彼女”にも此処へ来ていただく必要がございます」

 

イゴールさんの紹介に合わせ、2人は妖艶な笑みを浮かべたまま一礼する。そして、イゴールさんが懐から取り出した青い鍵、ベルベットルームの鍵がマーガレットさんの手を経由して私へと渡される。

 

「一体、何が起ころうとしているんですか?」

 

私の縋る様な姿にイゴールさんは首を振るだけで何も答えてくれない。それどころかテオドアやマーガレットさん、エリザベスさんも何も言わない。何も言ってくれない。

 

「近いうちに環境がガラッと変わるんだ」

 

「ファルロス?」

 

「僕はここの住人じゃないし、君の“友達”だから出来るだけ協力したいしね。僕には詳しいことはわからないけれど、交わるはずのなかった物語が、とある『少年』を基点として交わってしまった。本来の物語が歪んでしまうほど関わってしまったがゆえに、しばらくその少年を消そうと世界が動くってことさ」

 

ファルロスの言葉はひどく曖昧なものだった。それに気に食わない表現もあったけれど、ファルロスは私の所に満月戦のことを告げに来る時からどこか浮世離れした言動があっていたし、この言い方も仕方のないことなのではないかと無理やり自分を納得させる。

 

「ファルロスが言いたいことはわかった。けど、これから一体何が起こるっていうの?」

 

「それは……えっと?」

 

ファルロスが何かを告げようとした瞬間、聞く姿勢を崩さなかったイゴールさんから制止のサインが出された。そして、私の視線が自分に向けられるのを確認した彼は告げた。

 

「お客人。……自己の識闙下に抑圧された『もう1人の自分』と向き合う覚悟はおありですかな?」

 

イゴールさんの言葉を聞き、私の心臓は早く脈打つ。言葉で言い表すことのできない恐怖が私に、いや私たちに迫っていることを予感したのだった。

 

 

□□□

 

 

ベルベットルームから出ると私の視界はテレビのチャンネルを切り替えた時と同じように一瞬にして、タルタロスのエントランスへと変わった。見れば階段の方で先輩たちと風花が、他の皆はエントランスの中央で雑談を交わしている。

 

私が今回、ベルベットルームを訪れたのは総司くんとのコミュニティである『審判』がどうなるのかだったけれど、イゴールさんのあの物言いだと消滅せずに済んだんじゃないだろうかと思う。けれど、代わりに厄介事がまたひとつ増えてしまった。

 

「敵は、もう1人の自分…か」

 

それに対抗するために、私とは別にベルベットルームを利用する必要のある女の子がいる。タルタロス内にいる女の子は4人。美鶴先輩、ゆかり、風花、優ちゃん。可能性が一番高いのは、精神体であるが以前にベルベットルームを訪れたことのある優ちゃんだ。その彼女はエントランス中央で漫才のような掛けあいをしているゆかりと順平を見て指差して笑っている。

 

「エリザベスさんとマーガレットさんは時が来たら、“彼女”もベルベットルームに自分の意思で訪れる事になるけれど、今はその時じゃないって言っていたし静観するしかないか」

 

私はそう小さく呟いた。

 

「なーにを静観するって?」

 

「うわっひゃあ!?」

 

私は飛び上がってその場を離れる。私が今まで立っていた場所には悪戯を成功させ、『ニシシ』と口元に手を当てて小さく笑うゆかりの姿があった。エントランスの中央では順平を中心としたバカ話へと雑談のテーマが代わっている。彼女は意識が戻った私に気付いていつの間にか移動してきていたのだ。

 

「用事が済んだんなら早く帰るわよ。夏休みも残り少ないんだしね。それにアンタも彼に会いたいでしょ?」

 

そう言われ私の脳裏に浮かぶのは、キスされたくらいで顔全体を真っ赤に染めた愛しい総司くんの姿。普段は理知的で何事にも動じないのに、あんなふうにアタフタしちゃって。

 

「湊、よだれ。よだれ」

 

「おっと」

 

ゆかりに指摘され手の甲で漏れ出た欲望をふき取った私は、深呼吸して皆に声を掛ける。そうして今夜のタルタロスの探索は終わりを迎えるのであった。

 

 

 

8月31日(月)

 

今日は夏休みの最終日。

 

全国のどこの小中高の生徒たちの幾人かが陥るであろう事態に陥っている哀れな人種が残念ながらここ巌戸台分寮にも存在している。その者の名は、伊織順平。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

「順平、うっさい!!」

 

「静かにやらんか!!」

 

「……はい」

 

シャープペンシルを握り、頭に鉢巻きを巻いた順平が眉を吊り上げた美鶴先輩とゆかりから冷めた視線をその背に受けつつ、残りに残った夏休みの宿題を真剣と適当を適度に混ぜ合わせながら片付けている。ちなみに私は順平やゆかりたちが補習に行っている間と、空いた時間を利用して終わらせていたので、台所に立つ個性豊かな男子たちの後ろ姿を肴に紅茶を飲んで優雅な朝を満喫している。

 

「おい、それは塩だぞ……」

 

「ちょっ、豆板醤はいりませんよ!?」

 

「…………鬱だ」

 

灰色の髪を持つ少年は、すごすごとコンロの前からシンクの方へ移動し、調理の際に出る洗い物を黙々と洗い始める。どうやら調子が悪いようだが、大丈夫だろうか。

 

「えー……、総司くんが調子悪いのは湊ちゃんの所為なのに」

 

「無駄だ、山岸。都合の悪いことは完全に聞こえなくなっているからな」

 

ヒソヒソと私を見ながら会話をする風花と真田先輩。私がそちらに視線を向けるとぎこちない笑みをこっちに向けてくる。

 

「カオスだねー」

 

「カオスであります」

 

「クーン……」

 

優ちゃんとアイギスは、作成総司くん、改修荒垣先輩のコロマルの犬小屋付近で、現在の巌戸台分寮の様子をコメントしている。そんなに心配しなくても、この雰囲気は午前中だけだよ。順平の宿題も厄介な物を後に後にと先に延ばした結果だし、他の物は総司くんや天田くんと一緒に地道にやっていたしね。

 

「あ、そういえば伊織先輩」

 

何かを思い出したように優ちゃんが声を出した。真剣に宿題へと向かっていた順平の視線が掲示板付近に立つ優ちゃんへと向けられる。丁度間が良かったのか、同じフロアにいた面々の視線もついでに彼女へと集まった。

 

「え、どうかしたか優ちゃん?」

 

「はい。あの赤い髪のゴシックロリータ風のファッションの女性とはどんな関係なんですか?彼女って、伊織先輩の人とは全く喋ろうとしないんですよ。ナンパしようとした男たちには何を言ったか知らないけれど、言葉のみで泣かせて退散させていたし」

 

「ちょっ!?優ちゃん、なんでそれを知って……。はっ!?」

 

「ほほう、伊織。お前、宿題を溜めこんでいながら女と逢引きする暇があったのか?」

 

「心配してあげた私が馬鹿みたいじゃない。つーか、アホでしょアンタ」

 

「罵声のレベルが上がったー!!優ちゃん、恨むぞって、いねぇええーー!?」

 

「優さんなら美鶴さんとゆかりさんの雰囲気が変わった瞬間に駆けだしていたであります。そして、順平さんには伝言が」

 

「いやな予感しかしねぇ……」

 

アイギスは順平に向かって親指を立ててサムズアップすると

 

「『Goto~uheru』(地獄に堕ちろ)」

 

「そこはグッドラックって言ってくれよ!!」

 

「伊織、そこになおれ!!」

 

「順平!!」

 

「いやぁああああああ…………」

 

巌戸台分寮は今日も騒がしいです、まる。



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P3Pin女番長 ハーミット戦 その頃、順平は……

9月5日(土)

 

ポロニアンモールのクラブエスカペイドに出現した大型シャドウは隠者のアルカナを持つハーミット1体であった。戦力差は実に9対1で歴然であったが、戦う環境そのものが私たちに襲いかかる。

 

「げほっげほっ……、ここの空気最悪です」

 

天田くんは左手に総司くんお手製の銃を持ち、空いた右手で口元を押さえてむせ込む。

 

「地下っていうのもあるが、あいつ自体が毒を発生させているみたいだな。息するたびに毒になるんじゃ、一々毒を回復する手間が惜しい。逐一体力の方を回復しながら戦うしかねぇな。それに……」

 

荒垣先輩も周囲を見渡し、部屋に入った直後に喰らってしまった攻撃に備え防御の姿勢を取る。それを見た他の面々が身構えた瞬間、身体の中を微弱であるが電流が駆け巡った。電撃を弱点とするペルソナを持つゆかりは耐える様にして身を固くしている。本来電撃を弱点とするアイギスであるが総司くんのアイテムによって、その弱点は消えているため大丈夫なようだ。

 

電撃と毒の攻撃を受け、ダメージを追った面々がそれぞれアイテムを使ったりスキルを使ったりして回復行動を取る。私は方天画戟を構えるとすっと前に出た。すると風花の声が頭に響いて来た。

 

『皆さん、態勢を整えてください。……って、どうして湊ちゃんだけ、何事もなかったかのようにピンピンしているの?』

 

メンバー全員が電撃と毒の攻撃によって苛まれている中、1人だけ何事もなかったかのようにケロリとしていれば、風花のような疑問は当然だろう。

 

『確かに、湊ちゃんが口を酸っぱくして言っていた展開にはなっているよ。総司くんに無理言って、電撃の耐性を上げるアイテムを作ってもらったのは功を奏したし、毒を治すアイテムを買いこんできたのは当りだったし』

 

私はハーミットに向かって立つと方天画戟をその場に突き刺して立たせた。そして、召喚器を眉間に押し付け、引き金を引く。すると、私の背後に巨大なごついライオンの姿をしたペルソナが顕現する。

 

「私が今、つけているペルソナは『審判』のアルカナを持つネメアー。電撃を吸収し、毒を無効化!物理攻撃も斬属性以外は無意味!つまり、ハーミットは私の敵じゃない!!」

 

ふんす、と腰を手に当て胸を張って言った私。すると、後方にいる仲間である皆と、私の眼の前にいたハーミットから怒号が上がった。

 

「「「「なんだ、そのチートスペックなペルソナはっ!!??」」」」

 

「■■■■■■■■■―――!!」

 

大型シャドウには今まで散々と手を焼かされてきたけれど、今宵は楽に倒させてもらおうか!!

 

 

 

 

 

「完全に湊先輩の独壇場でしたね」

 

「むしろシャドウの方が可哀想な程だったぞ。攻撃しても無効化されるか、減ってもいない体力を回復されるとか、何の悪夢だ」

 

「最後はシャドウもやけっぱちだったと思うであります」

 

「キューン……わふ(じー)……」

 

優ちゃんと真田先輩がお互いの傷の手当てをしながら、私を見て呟いた。他の皆も同様の思いなのか、私に対してのフォローが無い。アイギスもさっと視線を逸らし、コロマルに至っては私の目の前でごろんと仰向けになって腹を見せ、絶対服従のポーズまでする始末。

 

「むぅ……。今までの大型シャドウ戦を考えれば、今日はそれほどピンチな場面もなくて良かったじゃない。先月の入院レベルの怪我は誰もしてないよ、ゆかり」

 

「や、確かにそうだけれど、何ていうかなー……。命を掛けたギリギリの勝負っていうのかな、そんな感じはしなかったよね」

 

「ゆかりは先月みたいな落ちたら死んじゃう綱渡りのような戦いがしたいの?」

 

「そんな訳ないじゃない。今までと違って簡単すぎて、嫌な予感がするだけよ」

 

そう言われ私は他の面々の様子を見る。確かに戦いは終わったはずなのに、皆の表情は固いままだ。皆は何に対して恐れているっていうのだろう。

 

 

 

□□□

 

 

影時間の中、気持ち悪いほど鮮やかな光を放つ満月を背景に山羊の頭蓋骨のような仮面を被り細長い手足を持つペルソナが俺にとって出来の良すぎる弟分のような存在である少年を人質にするように抱きしめながら浮いている。抱きしめられている少年は普段と違い眉間を寄せ息遣いを荒くし顔は苦悶に歪んでいる。

 

「そいつは……。総司は関係ないだろっ!早く解放しろ、チドリ!!」

 

「…………」

 

総司を抱きしめたまま浮いているペルソナの横で斧と召喚器である銃を持ったまま微動だしないチドリに訴えかけるが、反応は無い。自身のペルソナであるヘルメスを使えば、この状況を打破できる可能性があるが、相手が夏休みの間ずっと言葉を交わしてきた少女であるため身体の自由は聞くものの行動に移せないでいる。

 

人質に取られている弟分か、守りたいと願った彼女か。俺は選択することが出来ず、唇を噛みしめた。

 

「今日の作戦の中止命令、出して。できるでしょ」

 

俺の心の迷いを知ってか知らずか、チドリは感情の窺えない顔で告げる。昼間に会って来た、同じ人物とは思えない冷ややかな言葉と表情に、俺はヒュッと息を呑む。そこで俺はチドリが総司を人質にとって俺をこの場に留まらせている理由をようやく悟った。

 

「君もストレガだったのか……?」

 

もっと早く気付くべきだった。

 

初めてチドリと会った時、腕にあった傷。あれはそう簡単に癒えるものではなかったはずだ。なのに、翌日会った時には傷は跡形もなく消え去って、真っ白な染み一つない綺麗な腕へと戻っていた。そんな話、ペルソナの能力くらいしか方法は考えられないのに、自身がペルソナを持つが故にそれが当然のことだと考えもしなかった。俺はチドリから目を逸らし俯く。しかし、

 

「メーディアは、毒を扱う」

 

淡々としたチドリの言葉に俺は、はっとして顔を上げる。見れば、総司の口元から黒い液体が溢れ出て、屋上に敷き詰められた家庭菜園用の土に落ちるところであった。自分が人質に取った総司の様子には目もくれずにチドリは告げる。

 

「時間が無いのは分かった?早く、作戦を中止させて」

 

「チドリ……お前っ!」

 

「命令しているのは私よ」

 

チドリの言葉に従うようにメーディアと呼ばれたペルソナは総司を抱きしめる力を強くする。それと同時に総司が目を瞑ったまま咳込み、黒い血の様なものが辺りに飛び散る。見えている肌の色が青白くなっているのが確認でき、俺の躊躇いが総司を殺すかもしれないと思った召喚器をホルダーから取り出し、遠くの方へ捨てた。

 

「……なんのつもり?」

 

「無理だ。あの時は見栄張ってリーダーみたいな立場って言っちまったけど、そんなんじゃない。作戦を中止させる権限なんか、俺は持ってねぇんだよ」

 

「……そう」

 

俺の言葉を聞いて計画が狂ったのか、チドリは一瞬考えるような仕草を見せる。そして、メーディアと呼ばれるペルソナに抱かれ黒い液体を口元から垂れ流す総司を一瞥すると、彼女は俺に向き直り促してくる。

 

「……中止命令は出せなくても、連絡は取れるでしょう?」

 

「……」

 

「貴方と彼が捕捉されていることを、仲間に伝えなさい」

 

「なぁ……全部、芝居だったのか?」

 

「……」

 

俺にとって辛いのは、チドリがストレガだったことじゃない。たった数日でも、彼女と過ごした楽しかった時間が嘘であるということが、何よりも耐えられない。

 

SEESのメンバーでも中途半端な実力と覚悟しか持たない自分は物語の主人公になれない脇役だった。湊のように仲間も誰ひとり喪わせず自分の出来る事を精一杯やるという覚悟を持つ訳でもない。ゆかりっちのように影時間の真相を解き明かそうという理由がある訳でもない。ただ普通の人と違ってペルソナを扱えるから、という理由で軽い気持ちで参加することを選んだ俺は。

 

それでも、初めて自分のやっていることは知られずとも世界を、目の前の少女を守っているんだってことを実感出来て、ようやく踏み出せたと思ったのに。

 

「こんな真実なら聞きたくなかった……」

 

「……」

 

 

『ナラバ、見タイ真実ダケヲ見ヨ。弱キ心ヲ持ツ人間ヨ』

 

 

「「え?」」

 

俺とチドリは同じタイミングで声を上げた。

 

ここには俺と彼女くらいしかいないはずなのに。

 

そう思って、視線を彷徨わせると、細長い手足を鞭のように撓らせて必死に抵抗するメーディアと呼ばれたペルソナがいた。メーディアの山羊の頭蓋骨のような仮面はもの凄い力で握り潰そうされているのか、ミシミシと嫌な音が響き渡る。そして乾いた木を叩き割るような鈍い音がしたと思うと、必死に抵抗していたメーディアがその手足を力なく放ってぐったりとする。

 

「っ……メーディア!?」

 

チドリが縋りつくように泣き叫ぶ。しかし、彼女の目の前でペルソナはそのまま消滅していき、その場に残ったのは中空に浮かんだままの総司だけ。しかし、総司の瞳は影時間の中、爛々と怪しい光を放ちながら浮かぶ月と同じ琥珀色。放たれる重圧は普段の彼なら放つはずもない嫌悪感が拭いきれない凶悪な物。左手の甲で口元から流れ出ていた黒い液体を拭き取った総司は、……いや総司に取り憑いた“ナニカ”は淡々とした声音で告げる。

 

『人間ハ尽クシャドウトナルノダ。ソウスレバ見タクモナイ真実モ現実モ見ナイデスム。心弱キ人間ヨ、迷イヲ持ツ人間ヨ。我ガ生ミ出ス霧ニ呑マレ、シャドウトナルノダ!!』

 

総司に取り憑いたナニカを中心に濃い霧が発生する。俺は咄嗟にチドリの下に駆け、彼女を抱きしめると自身を呑みこまんとする濃い霧をその身に受けるのだった。



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P3Pin女番長 SEESシャドウ戦―①

?月?日(?)

 

満月にやってくる大型シャドウの1体であるハーミットを倒し、クラブエスカペイドから外に出るとポロニアンモールは1m先も見通せない濃い霧に包まれていた。

 

「えっ?何、この霧……」

 

「うわぁ、こんなに深い霧はじめて見ました!」

 

ゆかりと天田くんがそれぞれの感想を述べる。私も同意するように頷いていると、店舗から出た先輩方が血相を変えて話し合いを始めた。

 

「なんなんだ、これは!?」

 

「数年近く、ここに住んでいるがこんな霧はみたことねぇな」

 

「それに、まだ“影時間”だろ」

 

真田先輩の一言でいつもの調子を取り戻した美鶴先輩が風花に周囲の状況を調べる様に指示を出す。だが、その成果は芳しくないようで私たちは手探りするような形で寮に向かって歩き出すこととなった。幸いアイギスのナビゲートもあり、どこか変なところに迷い込むようなことはなく、私たちはムーンライトブリッジまで歩いてこられた。

 

「全然、霧晴れないわね」

 

「いくら何でもおかしいです。ルキアの能力も阻害される霧なんて」

 

「前方にナニカいるであります」

 

私は咄嗟に武器である方天画戟を構える、ついでにペルソナもネメアーをセットして奇襲に備える。濃い霧が出ていて戦闘に支障を来たすとはいえ、条件は相手も同じだ。影時間の中で自由に動けるのはペルソナ使いだけ。今の所、確認されているのは私たち特別課外活動部の面々を除けばストレガの連中だけだ。皆も同じ考えなのか、武器を構えその時を待つ。

 

そして、濃い霧の向こうに人影が浮かび上がるのを確認した私は皆の顔を確認し、その人影に向かって話しかける。

 

「こんばんわー。どちらさまですか?」

 

後方で何人かがずっこけた音がした。ゆかりの冷たい視線が背中に突き刺さるが、もしかしたらストレガじゃない可能性もある訳で。けれど、聞こえて来た返事は私たちの誰もが予想していなかった陽気な声であった。

 

『オレオレ、皆ノヒーロー順平サンッスヨ!』

 

霧の向こう側でテレッテッテーのポーズを決める順平の姿に、戦闘態勢を整えていた先輩たちが明らかなため息を大きくついた。

 

「はぁっ!?順平、あんた今まで何をやっていたのよ。今日が何の日か分かっていたんでしょ!!」

 

私の謎の問いかけに尻もちついていたゆかりが緊張を感じさせない順平に文句を言おうと立ち上がって、霧の向こう側へ歩み出そうとしたが、その手をアイギスに引かれ立ち止まった。目を白黒させるゆかりを余所に、霧の向こう側をじっと見据えるアイギスが言葉を紡ぐ。

 

「そこにいるのは順平さんではありません。皆さんは何に見えているでありますか?」

 

その言葉を聞いた私たちは、順平だと思って下げていた武器を構えなおす。

 

『ッハハハハ!気付クノガ遅イゼ、ユカリッチ、アイチャンヨゥ!サァ、ハジメヨウゼェ!!』

 

霧の向こう側にいた順平、いや順平の姿をしたナニカがバットを空に向けて掲げると、4本の柱が降ってきて地面に突き刺さった。その直後、柱が不気味な光を放つ。

 

「ゆかり先輩、アイギスさん!」

 

柱の内側にいる2人の下へ行こうと優ちゃんが駆けだすが、

 

「ぷぎゅっ!?」

 

優ちゃんは私たちとゆかりたちを隔てる見えない壁にぶつかってノックダウン。その場に崩れ落ちた。それと同じタイミングで強風が吹き荒れ、ムーンライトブリッジ上のみであるが、霧が晴れる。橋のど真ん中に設けられたリング。ボクシングやプロレスなんかで使われるリングっぽいものの中に寄り添い合うゆかりとアイギス、そして水色の野球ユニフォームに袖を通した大人っぽくなった順平が佇んでいた。黄金色の瞳を爛々と輝かせ、バットを肩に乗せてニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべている。

 

『クハハハハ!『ぷぎゅっ』ダッテヨ、ダッセーナ。モウ少シ、考エテ行動シロヨナ。ツッテモ、俺モ人ノコトヲ言エル立場ニネェガナ』

 

優ちゃんの醜態を見て嗤っていた順平らしきナニカであったが、急に真面目な顔をして帽子のつばを握る。それが何故か、何かを後悔しているように見えた。

 

しかし、次の瞬間には先ほどと同じ軽薄な笑みを浮かべ、肩にかけていたバットをすっとゆかりとアイギスの2人へと向ける。

 

『マァ、コンナコトハ二度トネェダロウシ、タノシマナキャ損ダヨナァ。ケド2対1ハケッコウキツイ。ダカラ、頼ムゼ。“チドリ”』

 

順平らしきナニカがそう言うと、彼の隣に黒い泥の様なものが集まって形を為していく。まるで子供が粘土で遊んで人型を作っていく工程を見せつけられているような光景であったが、ある程度形が整うと霧がその人形を包み込んだ。そして霧が晴れるとそこには黒いゴシック調のドレスを着た赤い髪の少女が立っていた。

 

『……』

 

『コレデ2対2ダ。サァ、戦オウカ。遠慮ハイラネェゼ、見テイタダロ、俺タチハ作リダサレタニセモノダ』

 

順平らしきナニカはバットを、赤い髪の少女は斧を構える。対するゆかりとアイギスは躊躇いながらだが、それぞれの得物を構える。

 

『アアソウダ、見テイルダケジャツマラナイダロウカラヨゥ。ソイツラトデモ遊ンデオイテクレヤ』

 

順平らしきナニカがそう言うと、先ほどのチドリという少女を作った時のように黒い粘土のようなものが形を為していき、人型を模った。ただ、こちらに現れたのはリングにいる彼らとは違い不出来な物。

 

学ランを着た刀を持った者、

 

クナイを両手に持った者、

 

扇を持ち優雅な振る舞いをする者、

 

武器は何も持っていないが軽快なフットワークを刻む者、

 

ガタイの良い肉体を持った者、

 

小柄であるが銃を持った者、

 

丸いキグルミの様な物。

 

それがいくつも現れる。

 

「くっ!風花、アナライズをお願い!天田くんは優ちゃんを守って、真田先輩は」

 

「指示は必要ない、こういう奴らはただ殴ればいい」

 

そう言って真田先輩が近くにいたガタイの良い肉体を持った敵を殴る。しかし、そのまま黒い粘土に殴った拳がずぶずぶと呑みこまれてしまった。ぐっぐっ、と力任せに引き抜こうとするが微動だしない。

 

「な、なにぃっ!?」

 

「「このド阿呆!」」

 

慌てたような声を上げる真田先輩に対して、美鶴先輩と荒垣先輩が怒鳴るのも当然であった。その様子を見ていた他のメンバーは距離を取る。

 

「皆さん、アナライズは済ませました。このシャドウたちは攻撃を全て吸収します。物理攻撃も意味を為しません。よって、リングでの戦いが終わるまで回避するしか方法がありません」

 

「あくまで時間つぶしって、訳か。だが、それだけのためにこんな奴らを用意はしないよな。“普通”」

 

「ええ、何かあるって考えて行動した方がいいですね。まぁ、真田先輩のことは試金石だと思って諦めましょう」

 

こめかみを押さえてため息をつきつつ武器である斧を使ってシャドウを斬り飛ばす荒垣先輩と背中合わせになりつつ、向かってくるシャドウの対処を行う。ちらりとリングを見れば、ゆかりもアイギスと一緒に順平らしきナニカと戦っている。

 

「湊さん!」

 

「っ!!」

 

天田くんの声を聞き、リングに逸らしていた視線を戻し、方天画戟を振るい寄って来ていたシャドウを斬り払う。このシャドウたちはただ向かってくるだけなので、こうやって自分の傍には近づけさせない方法を取るしかない。今回は簡単に終わったと思ったのに……。

 

「……うぅ、大型シャドウ戦でズルしちゃったからかなぁ」

 

「それ、関係なくないか」

 

私の呟きに、荒垣先輩が小さくツッコミを入れるのであった。

 

 



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P3Pin女番長 SEESシャドウ戦―②

『単純度数AAA(トリプルエー)お気楽度数TTT(テレッテッテー)逆襲の全力空転スラッガー!伊織順平!!』

「よっしゃ、行くぜぇ!!」

『書く絵は前衛的!無気力攻撃は積極的!選んだ男はテレッテッテー!チドリ!!』

「……で?」




ムーンライトブリッジに現れた順平の姿をしたシャドウの合図によって生み出された人型のシャドウはただ向かってくるだけで避けたり、攻撃を受け流したりするだけで対処は楽だった。しかし、特設されたリングより先には優ちゃんがぶつかって気絶したのと同様の透明の壁が出現していて先に進むことが出来ない。

 

それ以前にリングに囚われているゆかりとアイギスを助けないといけないのだけれど。

 

「ん、こいつら」

 

「動きを、……止めた?」

 

荒垣先輩と天田くんが困惑の声を上げた。今までずっと私たちにただ向かってくるだけであった人型シャドウたちが足を止め、武器を持ったまま霧が立ち込めるムーンライトブリッジ上空を見上げている。奴らが現れた直後に拳を打ちこんで拘束されていた真田先輩も解放されたようで訝しがっている。

 

私たちは顔を見合わせた後、ゆかりとアイギスが囚われているリングに駆け寄った。透明の壁に阻まれた向こうには機能を停止したアイギスを抱きしめるゆかりの姿があった。

 

「ゆかり!アイギス!」

 

私は透明の壁に方天画戟を打ち付けるが、刃が当った箇所に波紋が出来るだけで壊すことは出来そうにない。

 

必死に2人へ声を掛ける私たちであったが、リング内はちょっと雰囲気が微妙であった。その理由は気まずそうに口笛を吹いている順平のシャドウと、頬を引き攣らせ唖然としているゆかりの姿のためだ。

 

「ゆかり……どういう状況なの?」

「湊……。それが、急に攻撃を止めちゃったのよ。アイギスがほぼ完封されちゃったから、身構えていたんだけれど」

 

困惑した様子でゆかりが視線を上げる。そこにいるのは水色の野球ユニフォームを身に纏った順平のシャドウと黒いゴシックロリータファッションの紅髪の少女のみ。今夜の満月のように不気味な黄金色の瞳が……って、あれ?

 

『へぇ、世界が変われば存在も変わるのか。やり取りからして、“お前”が俺っちの世界の“アイツ”みたいだな。ああ、安心しろよ。俺っちはもうゆかりっちたちを攻撃しない。が、このリングはもうしばらくこのままだから、暇つぶしに話でもしようや』

 

そこにいた順平のシャドウの瞳は本物の順平と同じ瞳をしており、敵意もなくなっていた。喋り方も私たちの知る順平のそれと変わりない。その様子と言葉に厳しい表情を浮かべていた美鶴先輩が尋ねかけた。

 

「目的はいったい何だったんだ?」

 

『おお、“若かりし頃”の桐条先輩じゃないっすか。ほほう、まだこの時は“普通”の格好だったんすね。……ええっと目的っすか。言葉通り、足どめっすよ』

 

順平のシャドウは苦笑いを浮かべながら言い切った。言葉の端々に気になる単語があったけれど、話が進まないので基本スルーする。尋ね返してこないのを見て、順平のシャドウは言葉を続ける。

 

『現状を確認すっけど、このメンバーがいて俺っちがいないところを見るとあの日だろ?9月5日のハーミット戦。俺っちが寮の屋上でストレガのメンバーであるチドリと相対する日だ。ちなみにチドリは俺っちの後ろにいる彼女だ』

 

順平のシャドウが親指を立てて、後ろに立つ少女をサムズアップする。順平のシャドウに指差されたチドリという名の少女の姿をしたシャドウはゆらゆらと身体を左右に揺らしてその場に佇んでいる。ただその手には荒垣先輩と同様の大きな斧を持っておりアンバランスさが際立っているが。

 

「今も私たちが知るお前は寮の屋上にいるのか?」

 

『いんや、寮からは追い出されているんじゃねーの。腐ってもペルソナ使いだしな。つか、さっき言った足どめの件なんだが、ぶっちゃけた話、桐条先輩や真田サンは関係ないんすよ。目的は、お前だ』

 

順平のシャドウはまっすぐ私を見つめながら、そう言い切った。ムーンライトブリッジにいる仲間全員の視線が私に集中するのが分かった。私は手に持っていた方天画戟の柄をぎゅっと握りしめる。

 

『さっきまでは全然、手も足も口まで操られていたけれど、今は何の拘束もない。つまり、俺たちが辿ったあの結末にはどうやっても辿りつかなくなったってことだ。だから、こんなことも言える。……あんたたちは全員、幾月のおっさんに騙されていたんだってこともな』

 

「「「はぁ?」」」

 

急に真面目な顔をした順平のシャドウが告げた言葉に美鶴先輩を始め、ゆかりや風花も疑問の声を上げた。天田くんはコロマルと一緒に首を傾げている。

 

『こんなこと、いきなり言われても信じられないかもだけれど、事実だ。実際に“俺たち”は裏切られた。そして、桐条先輩の親父さんは死んじまった』

 

「な、なんだと!?どういうことだっ!!」

 

美鶴先輩が声を荒げて、私たちと順平のシャドウやゆかりたちがいるリングを隔てている透明の壁に勢いよく殴りかかった。当然、ビクともしない訳だが、衝撃は伝わったらしくゆかりはアイギスを抱えたままビクビクしている。

 

『まぁ、アレっすよ。屋久島で見せられたビデオは幾月のおっさんが手を加えたものだったんすよ。アレも全部出鱈目でゆかりっちの親父さんは世界を守った側だったって訳』

 

「なぁっ!?ちょ、ちょっと待って!?」

 

次々と齎される情報にてんやわんやになるメンバーたち。特に身内のことを言われた美鶴先輩とゆかりの2人がテンパっているが、逆に落ちついているメンバーもいる。私と荒垣先輩である。

 

「どう思います、荒垣先輩」

 

「さぁな。さっきまで、俺たちを狙っていたあいつ等を見てみろよ。現れた時よりもディティールが良くなって、顔つきや服の細部まで分かる程じゃねぇか」

 

私は荒垣先輩に言われて初めて気付いた。確かに先ほどまで子供が作った泥人形のようだったシャドウたちは完全な人型となっていた。その人型のシャドウに共通するものは、キグルミの物以外が眼鏡をかけていることだろうか。

 

その内の扇を持ち優雅な振る舞いをする者と武器は何も持っていないが軽快なフットワークを刻む者の姿は夏休みに出会った少女たちを彷彿させる。けれども、それらはリングに釘つけになっている私たちには一瞥もくれずに上空を見上げたままだ。

 

『俺っちも人の事を言えないんだけれどよ、お前らも齎される情報を鵜呑みにしていちゃ駄目だぜ。間違ってもソイツに全部を押しつけんのは良くな……って、やべぇ!ここで俺っちにお前らを足止めさせていたのは、最後の大型シャドウが来るまでの時間稼ぎだったのか!!』

 

ヘラヘラと笑いながら美鶴先輩やゆかりの質問に答えていた順平のシャドウであったが、霧を吹き飛ばして上空に現れた十字架に吊られた大型シャドウを見て大声を上げた。

 

私たちは咄嗟に武器を構えたが、大型シャドウから発せられるプレッシャーに足が竦み上がる。あまりの戦力差に私の心は先日の死神との戦いがフラッシュバックし、普通の女の子らしい悲鳴を上げる。ゆかりは青褪め肩を震わし、真田先輩と美鶴先輩は距離を置こうとする。コロマルと天田くんは気絶したままの優ちゃんと風花を自分たちの背に隠そうとしている。

 

だが、順平のシャドウが言う“最後の大型シャドウ”に攻撃を仕掛ける者たちがいた。先ほどまで私たちを襲って来ていた元々は泥人形だった人型シャドウたちだ。戦法は変わらず手に持つ武器で延々と攻撃するだけだが。

 

「私たちの手伝いをしてくれているってこと?」

 

リングで怯えていたゆかりが放った言葉に順平のシャドウは大きく首を横に振った。

 

『さっきも言っただろ、ゆかりっち。幾月のおっさんが言っていた大型シャドウは倒したら拙いんだ。世界に終焉を齎す『ニュクス』っていう化け物を生み出すことにしかならねぇ。だが、このままアイツラに“取り込まれちまう”のも拙い。前者はまだ猶予があるが、今起きていることは完全なイレギュラーだ。出来るならばアイツラより先にあの大型シャドウを倒さ『ヒュッ』ないと……って、あれ?』

 

リングの中央にボトリと落ちた順平のシャドウの生首。

 

切られた個所から血が噴き出すようなことはなかったけれど、斬り落とされるのと頭が宙を舞って落ちるのを直視してしまったゆかりは順平のシャドウと目が合った瞬間に気絶し、風花が天田くんも目を手で覆いつつ甲高い悲鳴を上げた。それを聞いて何事かと先輩たちが振り向いたと同時に手に持った斧を勢いよく振り下ろし、順平のシャドウの首から下の身体を真っ二つに切り裂いた紅髪の少女のシャドウが口を開いた。

 

『シャベリスギダ』

 

その容貌からはまったく想像が出来ない、しわがれた低い男性の声。順平のシャドウは頭部だけの状態でカラカラと笑いながら言い返す。

 

『おいおい、急に俺っちを自由にしたのはそっちの不手際じゃねーか。俺っちはこれでもシャドウワーカーの1人なんだよ。あんまり舐めるんじゃねぇぞ』

 

『ククク、笑止。タダノ人数合ワセニ過ギナイ癖ニ』

 

順平のシャドウと謎の言い合いをしていた紅髪の少女のシャドウが、彼の生首に斧を振り下ろすと同時にガラスが割れるような音が鳴り響き、私たちの行動を制限していた透明の壁が消えて無くなった。順平のシャドウに止めを刺した紅髪の少女のシャドウもただの泥へと戻ってしまい最終的には何もいなくなってしまった。

 

当然、大型シャドウと戦っていた人型のシャドウも跡形もなく消えて無くなった。ただし、十字架に吊られた大型シャドウを、自らを構成していた黒く意思を持った泥で埋め尽くして取り込んだ後に。

 

ゆかりとアイギスを介抱し、意識が戻ったのを確認した私たちは話し合いを行う。順平のシャドウから齎された情報はあまりに多く、見逃すことの出来ない類の物だったからだ。

 

「美鶴、順平のシャドウが言っていたことは要するにどういうことだったんだ?」

 

「ちょっと待ってくれ、明彦。私も混乱しているんだ」

 

確かに美鶴先輩の言うように情報量が多すぎかつ内容が複雑すぎるため、うまくまとめるのは難しい。私自身に関係することだけをまとめても、内容が濃い。

 

今まで得て来た情報もまとめて考えてみる。

 

・10年前の事故は美鶴先輩のお祖父さんが引き起こした

 

・実験によって生み出された死神のアルカナを持つシャドウを倒すために、アイギスが戦いを挑み、ムーンライトブリッジにて死闘が繰り広げられる

 

・この戦いに一般人であった私や両親が巻き込まれる

 

・死神のアルカナを持つシャドウを弱らせることは出来たが倒しきれなかったアイギスは素質のあった子供(私)に封印することでその場を収めた

 

・月光館学園に私を呼び戻したのは幾月理事長

 

・理事長の言うとおりに全ての大型シャドウを倒してしまうと「死の宣告者」と呼ばれる者が現れる。

 

・世界に終焉を齎し、全ての生命に死を齎す「ニュクス」と呼ばれる人間では倒せないラスボスが現れる

 

・なんやかんやあって終焉は回避されるが、私は死ぬ

 

 

「うん。普通は信じないよね、こんなの。けれど、順平のシャドウは言っていた、自分の知る道筋には総司くんと優ちゃんはいなかったって。私たちの関係も、もっとギスギスしていたって」

 

鍵を握るのは総司くんと優ちゃんであることは間違いない。それにこんなところで立ち止まっていても先に進めない。結局の所、私たちだけでは何も解決しないのならば、前を向いて行かないといけない。

 

「行こう、皆!問題に直面するのは後でいいよ。今はただ前に進もう」

 

私は率先して歩み始める。その後を、困惑した様子の皆がついてくるのであった。



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P3Pin女番長 SEESシャドウ戦―③

『帰って来た力の狂信者!剛拳のプロテインジャンキー!真田明彦!!』

「うおぉおおおお!!」

『その指は機銃、その瞳は照準器!全身凶器の心なき天使!!アイギス』

「その煽り文句は全部嘘です」

『中二病、絶賛発症中!生意気盛りの皮肉屋新人(シニカルルーキー)天田乾&コロマル』

「僕はこれでも3年ほど戦っている“中堅”だと思うんですけど。あ、“忠犬”ならコロマルだね」

「わふっ」




ムーンライトブリッジを渡り終えた私たちは駆け足で寮に向かっていたのだが、途中で例の透明の壁に行き先を阻まれ、通れる道を進んで行くと巌戸台駅前の広場に誘導された。

 

そこにはすでに不気味な光を放つ4つの柱に囲まれた特設のリングが設置されており、2つの影があった。その影は私たちが到着するのを見計らっていたかのように動き始める。

 

2つの影の内、片方は男だった。

 

無精ひげをたくわえ、服装はボロボロのズボンとシューズ、グローブのみ装着し、申し訳程度にフード付きのコートを羽織ると云う非常にワイルドな格好をした男がニヒルな笑みを浮かべつつ腕を組み仁王立ちしている。格好の事をぶっちゃけると半裸であるが、胸にある大きな爪で抉られたかのような傷跡がワイルドさに磨きをかけている。しかし私がもしも警察官だったら問答無用でしょっ引くと思う格好だ。

 

もう片方は温和な笑みを浮かべる女性……を模した存在。

 

しかし、私の後ろで荒垣先輩に支えてもらって立っているアイギスと違い、表情は完全に人間のそれと大差無い。真田先輩っぽい方が好戦的なのを見て、やれやれといった感じで見ているのが気に掛る。

 

『力無き者は、存在する価値が無い。弱肉強食こそが世界の正しい姿なのだ。無様な姿を晒し絶望に沈め!』

 

『え、ちょっ……さっきまでと言っていることが違』

 

目を爛々と輝かせ、犬歯剥き出しで拳を鳴らす真田先輩のシャドウの言葉に驚愕するアイギスのシャドウ。なんとか思い留まらせようとしているが、なんか聞く耳持たなさそうだ。

 

『さぁ、俺の拳でリングを舐めたい者は、さっさとリングに上がれ!』

 

『人の話を聞いて下』

 

拳を私たちに向かって突き出す真田先輩のシャドウ。眉を寄せて、なんとかしてもらおうとしているアイギスのシャドウであったが、人の話を聞かない相方の様子に諦めたようだ。

 

『どの道、俺たちを倒さなければ先に進めないのは順平のシャドウを倒してきたのだから分かっているのだろう?俺としては、昔の“甘ちゃん”な俺か、人の気持ちを考えない“朴念仁”なシンジとやりたいものだが、お前はどうだ?』

 

『えっと、出来れば“彼”がよかったのですが、どうやら並行世界のようで“彼女”ですし、……“無難”に美鶴さんですね』

 

『つまり月光館学園特別課外活動部の3年生組、リングに上がれってことだ。3対2か、“ハンデには丁度いい”』

 

「「なんだと、コラ!!」」

 

相手の挑発に乗る真田先輩と荒垣先輩。気持ちは分からないでもない。

 

リングにて2人を煽っているのは順平のシャドウの姿と彼らの様子を踏まえて考えると高い確率で未来の真田先輩とアイギスの姿に間違いなさそうだ。つまり、真田先輩は未来の自分に、『甘ちゃん』と称され、荒垣先輩は『朴念仁』と言われたことになるのである。それは頭にくるよね。

 

「はぁ、湊。こちらは頼むぞ」

 

そう言って美鶴先輩もリング内に足を踏み入れる。それと同時にリングを作っていた柱が怪しい光を放った。どうやらリングを囲む透明な壁が出現したらしい。それと同時に真田先輩と荒垣先輩が真田先輩のシャドウに突っ込んで行った。

 

ほぼ同じタイミングで繰り出した攻撃であったが、真田先輩のシャドウは2人の攻撃を避けるようなことはせずにその身で受けた。仰け反ることもせずに、それぞれの身体へカウンターを決める。その攻撃を受けた真田先輩たちは威力を殺しきれずにその場で膝をついた。

 

なんでこんなにも冷静に話が出来るのかと言えば、アイギスのシャドウが私たちの目の前で美鶴先輩からの質疑に応対しているからである。

 

「お前たちはいったい何者なんだ?」

 

『この時間軸からすれば約2年……いえ3年後のアナタ方となります。とは言っても“別世界の”という言葉がつきますけれど』

 

「何故我々の邪魔をする?」

 

『私たちの意思ではないと思っていただければいいです。“私たち”を知っている人間が利用されて私たちが生み出されてしまっただけに過ぎませんから』

 

「貴女方を生み出した人間はいったい何者なんだ?」

 

『さぁ、それはアナタ方の方がよく知る人物だと思いますよ。何せ、私たちの時には、い「「ぐあっ」」ですから』

 

ちょっ!?真田先輩のシャドウに投げられた真田先輩と荒垣先輩の悲鳴の所為で肝心な箇所が聞けなかった。もう一度詳しくと思ったが、戦いの余波がアイギスのシャドウの頭に直撃したらしく、微笑んでいる彼女の目が据わっていた。それに気付かない真田先輩のシャドウ。

 

『くっくく……泣いて喜べ!俺が全部壊してやると言っている!って、うおっ!?な、何をする!!』

 

『もう話は終わったであります。彼女たちの為にも、戦いはこれで終わりに“さ”せます』

 

アイギスのシャドウはそう言うと自分の周りにガトリングやミサイルポッドといった重火器を次々と生み出していく。生み出される兵器の数々を見て、頬を引き攣らせる真田先輩シャドウであったが、途中で突然悟りを開いたかのように達観した表情になった。

 

それを見届けたアイギスのシャドウはそれら兵器を一斉掃射し真田先輩シャドウを有無言わさず消滅させると、現れた時のような温和な笑みを浮かべて私たちに一礼した後にミサイルらしきものを爆発させて自爆した。

 

煙が晴れるとそこには最初から誰もいなかったように、何者もいない空間があるだけであった。

 

 

 

 

本来であれば巌戸台駅から私たちの住む寮までは歩いて10分も掛らない。しかし、影時間の中では時間と言う概念が崩されているのか中々着かない。途中で休みを入れつつ、歩みを進める。

 

疲労からか、それとも色んな事が起きて頭が考えるのを放棄しかかっているためか皆、口数が少なくなっている。霧もポロニアンモールで見た時よりも濃くなっている印象を受ける。

 

「あとどのくらいかな」

 

「うーん。こればっかりはちょっと分かんないね」

 

そんなことをゆかりと言いながら歩いていると、急に霧の晴れた空間に躍り出た。先輩たちや天田くんたちも次々と急に霧が晴れた場所に出て戸惑う。どうやら私たちの目的地に着いたようなのだが、私たちは全員言葉を失った。そこにあったのは巌戸台学生分寮“のみ”で周囲の建物が消失してしまっていたからだ。

 

そして、寮も普段とはかけ離れた姿になっていた。まるで寮をひとつの積み木と見立て、それをただごちゃごちゃに積み重ねたような歪な形をしている。よくこんな建物で崩れないなと視線を下に向けると玄関のところに中学生くらいの男の子とパーカーを着た白い毛並みの犬の姿があったのだ。

 

順平、真田先輩、アイギスと来て、この組み合わせということは……。私は目を点にしている天田くんの様子を見た。

 

『予想はついていると思いますが、天田乾です。こっちはコロマル。とはいってもシャドウなんですけれどね。……もしかして、今までに出て来られなかった方々のシャドウが気になりますか?希望されるのであれば、ゆかりさんや美鶴さんのシャドウも出せますけれど、苦情は一切受けませんよ。真田さんのアレを見て来たのならば予想はつくでしょうし』

 

私は真田先輩のシャドウがしていた格好を思い浮かべ、あれがまかり通る世界の美鶴先輩とゆかりの姿も見てみたいとGOサインを出そうとしたのだが、2人にそれぞれ両肩を万力のように掴まれ、泣く泣く断念した。

 

『ここに来るまでに色々と事情を知ってこられたことと思いますが、僕とコロマルを倒さない限りここから先には進めません。リングは……不要ですね。コロマルの機動性を殺すことになりますし。どうせ僕らが消えないと扉は開かないようになっていますし。……それにしても、この世界の僕は銃を扱うんですね。なるほど、世界が違うっておもしろいです』

 

中学生の姿の天田くんは楽しそうに笑っている。しかし、彼の立ち振る舞いからして、弱い相手ではない事に皆が気づいているのか、表情は芳しくない。

 

『ところで“湊さん”……でしたっけ?』

 

「え、あ、うん。何かな?」

 

『ここに来るまでに“ずいぶん”と時間が掛かったようですけれど、ペルソナはあとどれくらい“残って”いますか?』

 

「え?」

 

私は天田くんのシャドウが何を言っているのか理解できなかった。

 

あとどれくらい、なんて考えたこともなかったのだ。そりゃあ、体力を消耗したり、精神が摩耗していたりすると、うまくペルソナが使えないなんてこともあったかもしれないけれど……。

 

そんなことを考えながら心を静めて私が今、使えるペルソナを見て驚愕した。魔術師、女教皇、女帝、皇帝、法王、恋愛、戦車、正義、隠者のアルカナを持つペルソナが消失してしまっていたからだ。奇しくも消えたアルカナは私たちが倒してきた大型シャドウのアルカナと一致する。そこでふと順平のシャドウが言っていた大型シャドウを取り込むという言葉が脳裏をかすめる。

 

私が今、使えるペルソナは愚者と塔と審判のアルカナを持つもののみ。

 

とっくの昔に合成材料に使ったはずの愚者のアルカナを持つオルフェウス、優ちゃんと築いたコミュニティによって強大な力を得られる塔のアルカナを持つクー・フーリン、そして今夜のハーミットとの戦いで大活躍だった審判のアルカナを持つネメアーの3体のみだった。

 

「ど、どうして……」

 

『貴女の所為じゃありませんよ。ただ単に僕たちを生み出す原因となった人間の願いを叶えるためには、それ相応の力が必要となっただけ。それが偶々、貴女の中に眠るデスを呼び起こすために集まった大アルカナを持つシャドウたちの力だっただけです』

 

「それってつまり、湊さんは死ななくて済むでありますか?」

 

アイギスが尋ねると、天田くんのシャドウは上を向いて目を閉じた。数瞬だけ考えた仕草を見せた後呟く。

 

『さて、どうでしょうね。このまま行けば、湊さんは確かに死なないでしょうけれど、影時間はきっと消えない。ニュクスを招きいれるための負の遺産であり、滅びの塔のタルタロスもきっと残り続けるでしょう。皆さんがそれで良しとするのであれば、それでいいんじゃないでしょうか?』

 

まぁ、と続けて天田くんのシャドウは私たちに告げる。

 

『『デス』を呼び覚まし、『死の宣告者』という存在を作りだし、あまつさえ月並みの大きさを誇る『ニュクス』という最悪を呼び寄せるような強大なエネルギーを“ただの人”である彼がその身で使えば、その先は死そのものですよ。まぁ、彼はそれでも構わないって“最初から”決めていたみたいですけれど』

 

そう言った天田くんのシャドウはその手に槍を出現させる。そして、腰を落として構える。彼の横にはいつの間にかクナイを咥えたコロマルのシャドウがおり、すぐにでも戦闘を始められそうな雰囲気を醸し出している。

 

『ふふっ、何人掛りでも構いませんよ。けど、アマリボクヲ失望サセナイデクダサイネ』

 

『ガルルル……』

 

私は塔のアルカナを持つクー・フーリンを降魔させると方天画戟を構える。全員が武器を構えたのを見た天田くんのシャドウはにやりと口端を吊り上げ、自らに最も近い場所にいた荒垣先輩へと斬りかかったのだった。



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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』―①

アイギスのマシンガンによる銃創。

 

剣や斧による裂傷。

 

拳を身に受けたことによる打撲痕。

 

他にも大小様々な傷がある天田くんのシャドウは息も絶え絶えに仰向けに倒れていた。彼と一緒に戦っていたコロマルのシャドウはすでに消滅している。

 

『いやぁ、やっぱり強かったなぁ……。どこかで手を抜こうと思ったけれど、こうやって負けたのはボクの方ですしいらない心配でしたね。たぶん、ボクが消えると同時にタルタロスみたいになった寮の玄関の扉は開錠すると思いますが、覚悟だけは忘れないでくださいね』

 

そう言った天田くんのシャドウは目を閉じた。すると彼を模っていた泥はぼろぼろと崩れて行き、タールのようなどろりとした黒い液体になったと思ったら、あっという間に黒い霧となって消え失せた。

 

気配が完全になくなったということを風花から聞いた私たちはその場で膝をついた。

 

「げほっげほっ……。やべぇ、血が止まらねぇ」

 

荒垣先輩が天田くんのシャドウが扱っていた槍の刃を受けた腹部を押さえて蹲る。ゆかりがすぐに近寄って回復スキルを使うが彼女の腕にも獰猛な犬にでも噛まれたような歯型がくっきりと残っている。

 

「コロちゃんのシャドウもあれは反則です。素早い上に、隙あらば闇スキルで気絶狙ってきますし」

 

風花も回復道具を両手にたくさん抱えて、負傷によって動けないメンバーの所へ行ったり来たりしている。美鶴先輩も焼き焦げた衣服を叩いて煤を落とし、火傷し爛れてしまっている足の治療を行っている。

 

「天田のシャドウもな。今から鍛えれば、うちの天田も強く……」

 

真田先輩はひどく腫れあがった右目を押さえながら天田くんを見てにやりと笑った。彼は天田くんのシャドウと戦った際に、槍の攻撃を受け流しカウンターを決めようとした瞬間、クロスカウンターを右目に喰らった。

 

シャドウとはいえ、中学生の天田くんのそんな成長の仕方に期待しようと思うのは分からないでもないですが、今の天田くんをそんな目で見ないでください。怖がってアイギスの後ろに隠れちゃっているじゃないですか。

 

そんなことを思いながら私も天田くんのシャドウと斬り合うなかで傷ついた左腕の治療を行う。痛みが無くなったのを見計らって寮の扉に手を掛けると同時に背後から声を掛けられた。私の後ろにいたのは優ちゃんであった。

 

「湊先輩。……兄さんは大丈夫ですよね?」

 

私の制服を掴んで離さない優ちゃんは不安そうに私を見上げてくる。私は微笑んで彼女の頭を撫でて微笑んだ。ただ「きっと大丈夫」とか「安心して」とか色んな慰める言葉が合ったのに、私はそれを彼女に告げることが出来なかった。だって、私自身がその不安に押しつぶされそうであったから。

 

 

□□□

 

「ようこそいらっしゃいました、お客人。今宵はこれからを決める上で大事な決断を迫られる日にございます」

 

気付いた時には私はベルベットルームを訪れていて椅子に座っていた。部屋には私とイゴールさん、そしてテオドアのみがいる。先日紹介されたマーガレットとエリザベスの両名の姿はない。

 

「今日はあの2人はいないんですね。てっきり優ちゃんも一緒につれてこられると思ったんですけれど」

 

「もう1人のお客人でしたら、別室にてマーガレットたちが説明をしておりますよ。今回、私たちが貴女様をお呼び立てしましたのは、今度挑むことになります迷宮についてでございます」

 

イゴールさんが迷宮と言った瞬間、私は変貌してしまった寮のことを思い浮かべた。まるでタルタロスの様に変わってしまった私たちの生活の場、そして巻き込まれただろう、総司くんの顔。

 

「…………」

 

「お客人が考えていらっしゃるように、今回の騒動の原因は貴女様と審判というコミュニティを築いた少年にあります。彼自身は、非業の最期を迎える貴女様を救いたい一心での想いだったのでしょうが、その想いと知識がよからぬものによって利用されてしまっている。もはや賽は投げられてしまった。残っているのは投げられた賽がどのような目を出すのか、それのみ」

 

私の心情を理解してか、それ以上は何も言わないイゴールさん。

 

彼は私の前に何も描かれていないタロットカードを12枚並べる。するとすぐに変化が合った。並べられたカードに次々と絵が描かれていく。

 

私は1枚ずつ手にとって、そのペルソナに込められた力を確認していく。

 

 

『愚者オルフェウス・改』

 

私が一番初めに召喚したペルソナの強化版のようだ。造形は同じであるが胴体の部分が鮮やかな赤色に変わり力強さを感じる。どうやら能力値は私のレベルと同じ値になるらしい。覚えているスキルは『勝利の雄叫び』と言われる戦闘後に体力と精神力を完全に癒す能力だけのようだが、属性耐性に優れているし、戦いがどのくらい続くのか予想できない今夜みたいな状況では頼りになるペルソナだ。

 

 

『愚者スサノオ』

 

日本神話にてヤマタノオロチを討ったとされる英雄がペルソナとなった姿らしい。屈強な赤銅の肉体を有しており、その瞳からは確固たる意志が伝わってくる。しかし、レベルは76。私の現在のレベルよりも30近く離れている。うまく扱える自信が無い。

 

 

『塔クー・フーリン』

 

優ちゃんと築いたコミュニティによって強化される塔のアルカナである。最速の槍者と呼ばれており、ステータスも速が高くなっている。レベルも40と私のレベルよりも少し下となっていて集団戦にはもってこいなペルソナと思われる。

 

 

『塔シュウ』

 

これも優ちゃんとの絆によって紡がれたものだと思うけれど、レベルは86と私のレベルの約2倍。カードに触れた瞬間、指が弾かれた感覚があった。「己を扱う資格はお前にはない」と言われたようでなんだかしょんぼりだ。

 

 

『死神アリス』

 

可愛らしい青いドレスを着た少女風のペルソナであるが、能力が凶悪仕様であった。敵全体に高確率で即死をもたらすスキル「死んでくれる?」なんて、こんなにも性根の悪いペルソナが出てくるなんて。そういえば、以前イゴールが生み出されるペルソナは私の性格の一面を表すって言っていたような……。このアリスというペルソナも私の一部なのだろうか。

 

 

『死神タナトス』

 

言わずと知れた私の中に眠る“死の象徴”。10年前の事故によって私の中に封印された“デスの欠片”。こいつがいなければと思う反面、こいつがいたから今の私がいるという何だか不思議な気持ちになる。出来れば、これからの戦いにおいて頼る場面が無いといいんだけれど、恐らくそれは無理だろうな。

 

 

『審判クジャタ』

 

悠然な山脈を思わせる巨体を持つ牡牛の姿をしたペルソナ。物理耐性に優れ、先日のチャリオッツ&ジャスティス戦では止めを刺すきっかけを作ることができたけれど、心身の平穏を考えるともう使いたくない。あの時のことを思い返しそうになるから。

 

 

『審判ネメアー』

 

本日のハーミット戦で好成績を修めたごついライオンの姿をしたペルソナ。斬と打攻撃、雷と毒を無効化するその能力はこれからの戦いでも使う場面はあると思う。

 

 

『審判フレースヴェルグ』

 

煌びやかな宝石を羽の随所に散りばめた鷲型のペルソナだ。血の様な紅い瞳からは知性というか、私の心を見透かすような感覚がある。レベルは60だが、塔や死神のアルカナをもつペルソナと違い、不思議とうまく扱える気がする。

 

 

『審判ゼルエル』

 

手に取った瞬間、「あれ、タナトスよりも死神っぽい!?」と思ってしまった。ずんぐりとした体躯、折り畳んだ帯状の腕部を持ち、タルタロスで出会った最強のシャドウと同様に空中を浮遊している。力と耐が上限に達しており、攻撃スキルの『次元殺法』など私の体力をほとんど削る代わりに、敵1体に対し極大ダメージを5連撃するらしい。どうしてこうも死神っぽい奴は……。審判のアルカナを持つって事は総司くんの心にもタナトスみたいのがいたのかな。

 

 

『審判メサイヤ』

 

造形はオルフェウスとタナトスを足して、身体全体を白くした感じのペルソナ。名前的には救世主なんだろうけれど、オルフェウス・改と比べても能力的に、ぱっとしない感じを受ける。敵の能力を全体的に大幅に下げるランダマイザという補助スキルを持っているので敵が強い時に試してみようと思う。

 

 

『審判アトラス』

 

私が最後に手に取ったのは、チャリオッツ&ジャスティス戦において意識を手放す前に召喚し、2体の大型シャドウの動きを止めたというペルソナである。レベルはEXという意味の分からないもの。能力も耐性もスキルも何も思い浮かばないけれど、青い惑星を下から支える青色の巨人の顔はなんだか総司くんにそっくりで親近感がある。

 

 

 

「それらが今夜、お客人が扱うことの出来るペルソナということになります。今夜突如として現れた塔の名は『黄泉転生坂(よみてんしょうさか)』。これはかの少年の記憶と知識を元に生み出されており、貴女方が想像も出来ない事象が試練として待ち構えているでしょう。その試練を乗り越えた先で、お客人がどんな答えを見出すのか。私共はここで見守らせていただきます」

 

そうイゴールさんが告げると私の視界はどんどんとぼやけていく。まるで霧が私の周囲を取り囲んで行くように、すぐに何も視界に映らなくなるのだった。

 

 

□□□

 

 

視界が晴れるとそこは巌戸台学生分寮のエントランスであった。普段と変わりない様子で、いつもの場所にソファやテレビ、コロマルの家が置かれている。そして、ソファの上にて紅い髪の少女を押し倒すようにして覆いかぶさる順平の姿があった。

 

「…………」

 

たぶん押し倒されている彼女はストレガのチドリっていう少女なのだろうなぁと思いながら、私は玄関で眺めていると美鶴先輩や天田くんたちが次々と寮の中に入って来た。普段と変わりない様子に胸を撫で下ろしているように見えたが、ゆかりがソファにいる2人を見てヒステリックな声を上げる。

 

「じゅ、じゅ、順平!あんた、なにしてんの!!」

 

「……うぅ?ゆかりっち……何を?って。チ、チドリ!?」

 

「順平、重い」

 

三者三様の言葉が口から出る。自分がチドリという少女を押し倒していたことに気付いた順平は飛び上がって、その場から離れたけれど、それは悪手だと思うよ。

 

だって、頬を引き攣らせ、拳を握り締め、下唇を今にも血が出そうなほど噛みしめている女帝がアップを終了させているんだもの。

 

「伊織、処刑だっ!!」

 

数瞬の迷いなくこめかみに召喚器をあてがい引き金を引いた美鶴先輩の背後にペンテシレアが降臨する。仮面の奥にある瞳が光り輝くと同時に順平の周囲だけが冷え込み、気付いた時には巨大な氷の棺が出来上がっていた。放っておくと情けない姿で動きを止めた順平は氷の棺の中で永遠の時を刻むのだろう。

 

だが、戦力が1人でも惜しいこの今夜の場合で、氷の中に留まらせる訳にはいかない。私は振り向いてコロマルに指示を出す。

 

「コロマル、順平にも話を聞かないといけないからアギラオで融かしておいてね」

 

「わんわん」

 

「『承った』ということであります」

 

タタッと私の指示を聞いて氷のモニュメントと化した順平の救出に向かうコロマル。ちなみに先輩やゆかりたちはすでにチドリの下で事情を聞いている。

 

玄関に留まっているのは私とアイギス、そして優ちゃんだ。優ちゃんの手には召喚器の銃だけでなく、銀色のフレームの眼鏡もある。

 

「優ちゃん、それ、どうしたの?」

 

「あ、えっと……。私、召喚器を使わなくてもペルソナを召喚できるようになったみたいです。ほら」

 

優ちゃんはそう言って召喚器をホルダーになおした後、眼鏡を着用し目を閉じた。すると、優ちゃんの背後に立派な赤装鎧を身に纏った美丈夫が現れる。雪の様な白い肌、両手に持った刀からして日本の武将のようだ。優ちゃんは眼鏡を掛けた状態で後ろに現れたペルソナを眺める。そして、私たちの方へ向き直り説明を始める。

 

「ヨシツネ。私のペルソナであるウシワカマルが進化した姿なんですが、どうも今までと違うんですよ。今まではウシワカマルだけしか召喚出来なかったのに、今夜は『愚者イザナギ』『魔術師ジャックランタン』『戦車アラミタマ』『剛毅ラクシャーサ』『刑死者マカミ』『皇帝キングフロスト』『女教皇ハイピクシー』『恋愛リャナンシー』『節制ゲンブ』『隠者アラハバキ』『塔ヨシツネ』って感じで、扱えるペルソナの12体の内の1体って感じなんです。どういうことなんでしょうか?」

 

眉を寄せて不安そうにしている優ちゃん。彼女が言ったペルソナはヨシツネと呼ばれるペルソナ以外は私も知っているものばかりであった。それも私が低レベル状態の時に得た物ばかり。戦力になり得るのか不安が残る。そんな私の心情を知らないアイギスが、優ちゃんに慰めの言葉を掛ける。

 

「まるで湊さんのように数多くのペルソナを扱えるようになったという訳ではないのでしょうか?」

 

アイギスがそう言うと、優ちゃんは私をじっと見て頷いた。

 

「それも、そうですね。私は今までウシワカマルだけであったから混乱しちゃったみたいです。うぅ、湊先輩のように器用にペルソナを変えて戦うなんて私に出来るのかな」

「慣れるまでは私たちが守るであります。それに湊さんもいるから、問題ないでありますよ」

 

「ありがと、アイギスさん。という訳で、湊先輩。ご鞭撻の方をよろしくお願いします」

 

優ちゃんからの期待の籠った瞳に苦笑いしながら私が頷いたのだった。



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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』―②

外見はタルタロスのような不気味な塔へと変貌を遂げた巌戸台学生分寮であったが、エントランスは普段と何ら変化がなく、日常的な雰囲気のままであった。ソファの隅には美鶴先輩の処刑によって氷の棺桶に閉じ込められた順平も解凍が済み、情報の共有を行っていた。

 

「へっくしょい!……俺が気を失っている間にそんなことが……ズズ……」

 

「…………」

 

鼻水をすすりつつも真剣に話を聞いている順平の隣にはストレガの一員であるチドリという紅髪の少女もいる。本来であれば出所不明の召喚器を取り上げて、リネン室にでも閉じ込めておくべきなのだろうが、巌戸台学生分寮が変貌してしまったのが、自分が人質として総司くんをペルソナに拘束させたことで起きた異常事態だということを理解していて、救助するまで力を貸すと私たちに訴えてきたのだ。

 

先月会ったストレガのタカヤとジンとはちょっと考え方が違うようであり、美鶴先輩たちは彼女に監視はするということだけを告げ、特別課外活動部と一緒に行動することを認めた。

 

「寮の1階で変貌しているのは階段だけみたいですね。タルタロスと同じように先が不明瞭になっています」

 

「ルキアで見てみましたが、やはり2階以上がどうなっているのかは分かりませんでした。ただ屋上にすごいエネルギーが集中しているのだけは感じとれます」

 

眼鏡を掛けた優ちゃんと今までルキアの張った結界の中にいた風花が状況を報告すると美鶴先輩が話し始めた。

 

「今夜の影時間内では幾人もの思惑が交差した結果、このような異常事態が起きる事になった。1人は間違いなく幾月理事長だ。ここに来るまでに出会った“未来の我々のシャドウ”の言うことを信じるならの話だが……」

 

「私は、彼らの話の信憑性は高いと思います。屋久島でのゆかりのお父さんのビデオメッセージの一件、そしてそのビデオメッセージの解析結果が未だに私たちに届いていない事実もありますし」

 

私がそう言うとゆかりも大きく頷いた。そもそも改修された形跡があるということで美鶴先輩のお父さんに解析をお願いしたのだ。アイギスのようなペルソナを扱えるロボを作れるような機関を持つ桐条グループが2ヶ月も解析に時間が掛るとは到底思えない。私たちに知られることなく、情報を留めておけるのは私たちの顧問となっている幾月理事長しかいない。

 

「1人はチドリってことだよな。けど、それは俺っちが見栄張ったからだしよ……」

 

「…………」

 

順平は帽子のつばを握って顔を伏せる。チドリはそんな順平を見ても平然としているものの、膝に置かれた彼女の手はぎゅっと握りしめられて白くなっている。その様子を見ていた荒垣先輩がガシガシと頭を掻きながら言葉を発した。

 

「この際、ストレガの思惑はどうでもいいだろ。問題は桐条が指摘する“幾人”の残りの1人である野郎のことだ。あいつにはペルソナを扱う資質はない。それが全員の共通の認識であったはずだ」

 

「ゴールデンウィーク、そして屋久島で総司が象徴化するのを俺たちは見て来た。あいつに影時間に適応する資質は無い。それが何故、今夜に限って……」

 

荒垣先輩の言葉に続くようにして話し始めた真田先輩は壁に凭れかかっていたが、その場でくるりと回って壁に向き合うと同時に拳を打ち付けた。『ぎりっ』と彼のやるせなさを表すような音が聞こえてくる。

 

「あの風花先輩を助けに行った時に、ガングロの人がタルタロスに来たじゃないですか。あれと同じ感じなんじゃないですか?」

 

「そっか、夏紀ちゃんも確かシャドウに呼ばれてタルタロスに来た事がありましたね」

 

優ちゃんの意見に風花が相槌を打った。けれど風花が今、言ったように“シャドウに呼ばれて来た”という条件が必要になるということを分かったのか優ちゃんがしょんぼりとソファに座りなおした。風花も自らの口から出た意見がそのまま、彼女の意見を潰したことに気付いたのか目を逸らしつつ座りなおした。

 

「……普通の人でも、ペルソナを扱える人間が強く意識すれば、影時間の中を動くことは出来る。けれど、その人間は影時間内に起きた事は全て忘れ、都合の良いように記憶が改竄される。……私たちは“そうやって”復讐代行をしてきた」

 

「……なるほど。復讐代行サイトに書かれ、実際に復讐された人間たちの言葉に一貫性がなかったのはそういうカラクリがあったか。となると、伊織を効果的に追い詰めるために鳴上を使ったということだな」

 

「そう。丁度いい具合に、屋上にいたし」

 

「「「…………」」」

 

総司くんが屋上にいた事情が頭を過ぎった数人が黙った。

 

彼は恐らく自分の家庭菜園で野菜か果物の収穫か、間引き。手入れをしていたんだろうと思うけれど、満月の夜くらい部屋で大人しくしていてよ、総司くん。

 

「ともかく、我々の目標は何者かに身体を乗っ取られた鳴上の救出である。我々のシャドウという常識では考えられないような奴らが出てくるくらいだ。学生寮の変貌以上のものが現れる可能性がある。心して掛るぞ」

 

エントランスに集まっていたメンバーが私を含め全員が頷く。すると風花が突然立ち上がった。何事かと彼女を見ると、表情は青褪め唇を震わせていた。

 

「今まで何の反応もなかったのに、上の階から強力なシャドウの反応が、……と、突然現れました!」

 

「おいおい、まさかこのまますんなり屋上へは行けないだろうと思っていたが、どのくらいヤバい?」

 

「ここに来るまでに戦ってきた皆さんのシャドウと同じくらい……いえ、ちょっと待って下さい」

 

風花は立ち上がり、私たちから少し離れた位置に移動すると召喚器をこめかみに宛がいルキアを召喚した。そして精神を集中させて、小さく言葉を紡ぎつつ2階の様子を探っている。次第に彼女の額には脂汗がにじみ出てきて、索敵が難しい事が窺える。

 

だが、誰も口を出さず、彼女の動向だけをただただ見つめる。そして、ルキアの結界が解けると同時に風花はその場に崩れ落ちた。私たちが駆け寄ると風花は肩で息をしており、見るからに疲労していた。ホンの数分という能力の行使だったのに、風花がこれだけ疲労するってことは敵にもまた索敵を妨害する奴がいるということだ。

 

「はっ……はっ……。敵の正体が分かりました。ムーンライトブリッジに現れた泥人形たちです。ただ、1体1体がここに来るまでに戦った皆さんのシャドウ並の力を保有しているのは間違いありません。他にもタルタロス同様に通路を徘徊するシャドウがいます」

 

「そうか、すまない山岸。無理をさせたな」

 

「いえ、そんなことはありません。……私には本当にこれしか出来ませんから」

 

風花はそう言って悔しそうに俯いてしまった。ゆかりや優ちゃんが彼女の手や肩に触れて慰めている。私は1人、階段のところへ移動し上の方を見上げる。先の方は真っ暗で何も見えないが、何かが蠢く音が耳につく。

 

「湊さん」

 

「どうしたの、天田くん」

 

不意に声を掛けられたので振り向くと天田くんとコロマルが私を見上げていた。その表情は不安そのものである。私は膝に手をついて屈むと、彼と同じ視線で話を聞く。

 

「すみません。変なことを聞くようですけれど、総司さんって“どんな顔をされていました”っけ?」

 

「え?」

 

「おかしいんです。夏休みの初め、年上の人ばっかりのこの寮に来た時、いちばんに優しい笑顔で迎い入れてくれたはずの総司さんの顔が思い浮かばないんです。夏休みの間も一番、一緒に遊んで、一緒に料理して、たくさん話をして、一番一緒に過ごしてきたはずなのに。もう……顔を思い出せない……んです」

 

いつのまにか天田くんは泣きじゃくっていた。普段から絶対に涙を見せることの無かった天田くんが泣いている。その異常性は痛いほど良く分かる。もしも私がそんな目に遭ったらと思うと心が悲鳴を上げるどころじゃすまないだろうし。私は優しく天田くんを抱きしめ背中をさする。そして、耳元で優しく囁く。

 

「大丈夫だよ。今はきっと、色んな事が続いて頭が混乱しているだけだから安心して。明日になれば、そんなこともあったんですよって笑い話になっているはずだからね!」

 

「湊さん。……そう……ですね!変な事を聞いてすみませんでした。武器や防具の点検をしてきますね」

 

天田くんはそう言って服の袖で涙を拭うと眼元を晴らした状態なのを見られるのを嫌ってエントランスの隅の方へ駆けて行った。私は天田くんを見送った後、イゴールから貰ったペルソナのカードの一枚を胸ポケットから取り出す。そこに描かれているのは青い惑星を下方から支える青い巨人。審判のアルカナを持つアトラスであった。

 

「……大丈夫。私は総司くんのことを絶対に忘れたりなんかしない。例え皆が彼の事を忘れるようなことがあっても絶対に忘れたりするもんか!だって、総司くんは私の大切な人なんだから」

 

私はアトラスの描かれたカードをしっかりと握りしめ、総司くんの事を思いながら誓った。

 

そして、再度階段の方へ向き直り、階上を睨みつける。永久の闇が広がる迷宮の先にいる囚われた状態の総司くんを必ず助け出すとしっかりと心に刻み込みながら。

 

 



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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』―③

装備やアイテムをしっかりと揃えた私たちは階段を上がって周囲を警戒しつつ見渡した。

 

窓の外から差し込む柔らかな陽光は眠気を誘う暖かな物。壁はコンクリートで作られた壁ではあるものの、廊下や天井には年季の入った木が使用されていて、なんだか月光館学園とは違う、日本の古き良き学校って感じだ。中でも周囲をきょろきょろと見渡していた優ちゃんが首を傾げながら呟いた。

 

「えっと、ここってもしかしたら八十神高校かもしれません。文化祭で入っただけで、はっきりとは言えませんけれど」

 

現実に存在している学校をモチーフとされていることを聞き、総司くんが何者かに操られ、彼の記憶や知識が利用されているという話に信憑性が出て来た。

 

後方にはエントランスに続く階段があるだけなので、私たちは廊下の先へ進もうとする。しかし、とある教室の前を通り掛ると同時に扉が開き何かが飛び出してきた。運悪く扉の前にいて、中から出て来た者に攻撃されたのは真田先輩と荒垣先輩の2人。完全に意識外からの攻撃で深くはないものの傷を負った。

 

教室から飛び出てきたのはムーンライトブリッジで戦った覚えのあるクナイを両手に持った者と丸いキグルミのような物であった。

 

『ハハハハハッ!お前らの寝首を掻けるの、待ってたんだぜ!なぁ、影時間を終わらせる英雄御一行さまよ?』

 

『愚鈍なお前たちに教えてやる。いくらあがこうとも、無意味であると』

 

ざっくばらんに切った茶色の髪、ヘッドホンを首に掛けた学生服を着た少年と、青い毛並みの丸いボディを持つキグルミは不気味な黄金色の瞳を私たちに向ける。そして、それぞれが真田先輩たちを傷つけ、帰り血を浴びた武器を舐め上げる。

 

元となった人物がどんな人たちか知らないけれど、シャドウであることには変わりない。私は方天画戟を構え手前にいた茶髪の少年に斬りかかる。

 

大上段から振り下ろした刃を、両手に持っていたクナイを器用に交差させて、変則的な真剣白刃取りを見せた。少年のシャドウは、にやりと私を見て嗤った。そして、攻撃を受け流すと同時に、隙を見せる形になった私の背中に回し蹴りを叩き込んできた。

 

攻撃を受け流されていたことと、背後からの攻撃によって勢いづいたこともあり、私はそのまま前のめりに倒れてしまった。咄嗟に立ち上がろうとしたが、それよりも先に

 

『痛えか?すぐにラクにしてやんぜ!ハハハッ、“ジライヤァ”!』

 

少年のシャドウが言うと同時に、彼の背後に手裏剣を両手に持った人型のナニカが現れる。それがペルソナだと気付いたのは彼がスキルを発した後だった。

 

『切り刻まれな!ガルダイン!!』

 

目の前で黒い突風が吹き荒れたと感じた瞬間、胸ポケットから1枚のペルソナカードが飛び出し私を淡い光で包み込んだ。

 

 

□□□

 

時は少し遡る――。

 

教室から飛び出してきた2体のシャドウの内、少年のシャドウと湊が戦い始めた瞬間、私たちは彼女と引き離された。暖かな陽光が差し込む廊下にいたはずなのに、いつのまにか私たちは黒い霧が立ち込め、周囲の様子を一切知ることの出来ない異様な空間へと移動させられていた。アイギスに確認を頼むと完全に別の場所に移動させられていることが分かった。そして、近くに湊がいないということも。

 

『我は影……真なる我。愚かだな。見て見ぬフリをしていれば、ラクだったものを』

 

どこか聞き覚えのある低い男の声が聞こえたと思うと同時に、辺りを黒く染めていた霧が晴れる。そこにいたのは、顔の半分が掛けたキグルミのシャドウであった。ただし、大きさが尋常ではない。

 

とはいえ、4月からずっと大型シャドウと戦ってきた私たちを動揺させるには至らない。岳羽の回復スキルを受け、傷の癒えた明彦と荒垣の2人のボルテージはすでに高まった状態だ。私は迅速にこいつを片づける必要があると確信し、レイピアをすっとキグルミのシャドウへと向けた。

 

「我々はどうやってでも屋上へ向かわなければならない。お前程度の相手に時間は掛けてはいられないのだ!行くぞ、お前たち!!」

 

「「「「おおっ!!」」」」

 

先手で明彦が『タルンダ』を使い攻撃力を下げる。それと同時に伊織が『マハラクカジャ』を使い全員の防御力を、コロマルが『マハスクカジャ』を使って命中と回避力を向上させた。その間にアタッカーである荒垣と優の2人がキグルミのシャドウに接近し、それぞれの武器を用いて攻撃を与える。私は左手で召喚器を構えると目配せした。

 

「続け!ブフーラ」

 

「お願い、イオ!ガルーラ」

 

「アギラオ弾です」

 

「ジオンガ弾であります!」

 

私、岳羽、天田、アイギスの順で、氷・風・火・雷属性のスキルと攻撃を与える。

 

タルタロスを探索していく上でどうしても戦わなければならない初見のシャドウの弱点を知るために行う第一段階攻撃である。その後、斬・打・貫属性も調べなければならないのだが、それはまた別とする。

 

『皆さん!そいつは氷属性を吸収するようです。そして他の属性にも弱点はないようです』

 

山岸の報告を聞いて、思考する。まるでもなにも、強さや弱点も含めて大型シャドウそのものでないかと。ならばやりようはある。私は空間内にいる全ての人間に聞こえるように声を張り上げた。

 

「相手を弱体化させつつ、こちらの戦力アップスキルを切らすな!私はスキル的に相性が悪い。だから、指揮に徹させてもらう!」

 

私はその場から一歩引いて、視野を広く持つ。

 

5月の時のモノレールに現れた女教皇のシャドウは戦いに集中する荒垣と優の背後に雑魚シャドウを召喚し不意を突いた。その攻撃を受け、優は命に別状はなかったとはいえ1週間もの間、ベッドの上で眠り続ける事になったのだ。あの時と同じ轍は二度と踏まん!

 

するとキグルミのシャドウに動きがあった。我々の中でも攻撃力が高いメンバーの猛攻を受けているにも関わらず、身じろぎひとつしなかった奴が両手を上げたのだ。身体を震わせ、何かをしている様子だった。

 

『皆さん、敵は『コンセントレイト』を使い精神を集中させています!気を付けてください』

 

「全員、防御だ!!」

 

私の指示と敵の攻撃はほぼ同時であった。敵のシャドウが放ったのは私のペンテシレアが使うスキル、『ブフーラ』の全体攻撃『マハブフーラ』であった。メンバーは皆、ギリギリで防御が間に合い大ダメージを受けた者はいなかったものの、氷結属性を弱点に持つ明彦が防御したにも関わらず膝をついてしまっている。『コンセントレイト』で精神力を高めた後の攻撃だったからだと、私は下唇噛みしめた。そのすぐ後に岳羽を救援に向かわせる。

 

キグルミのシャドウの傍で戦う荒垣と優をどうするか、悩んでいると空間内に彼女の声が響き渡った。

 

「ペルソナチェンジ、リャナンシー!」

 

声の主の方を見ると黒い衣も身に纏った銀髪の女の姿が映った。話には聞いていたが、まさか優まで湊と同じく、多数のペルソナを扱えるようになるとは、頼もしい限りだ。それに、彼女が召喚したペルソナは氷結属性を無効化する。すなわち、優はキグルミのシャドウに対し、今後ずっと優勢な状態であることが確定したのだ。ならば私は敵の動きを解析し、全員に指示を出すことに集中すれば良い。

 

「さぁ、気を引き締めて行くぞ。湊は1人で戦っているのだからな!さっさと倒して、彼女の援護に向かうぞ」

 

私はレイピアを鞘に納めると左手に召喚器を持ったまま、空間内を駆けるのだった。

 

 

□□□

 

『オイオイ、マジかよ。それは反則じゃね?』

 

少年のシャドウの困惑する声に導かれるようにして、私が目を開けるとそこには大きな鷲が羽を広げる後ろ姿があった。

 

その鷲は少年のシャドウに対し威嚇するように甲高い咆哮を上げる。その咆哮を聞いて、少年のシャドウの後ろにいたペルソナが消え去った。私は、私を守る様にして悠然しながら、ギリギリと歯が砕けんばかりに歯軋りをする少年のシャドウの前に佇むペルソナの名を呼ぶ。

 

「フレースヴェルグ……」

 

審判のアルカナを持つ鷲の姿をしたペルソナ。

 

少年のシャドウが呼び出したペルソナのスキルが発動した瞬間、私の意思とは関係なく胸ポケットから飛び出して守ってくれた。フレースヴェルグはタナトスと同様に質量を持った状態で存在しているようだが、タナトスと違い私の中から何かが奪われていくような感じはしない。

 

『クソがっ!こんなペルソナを持っているなんて聞いてネェぞ!』

 

そんな悪態をついた少年のシャドウはフレースヴェルグに対し持っていたクナイを投げつけて攻撃してくるが、フレースヴェルグが啼くと同時に発生する突風によって全てが弾かれる。

 

同じ風属性スキルを使うモノ同士の戦いで千日手かと思われたが、フレースヴェルグの羽の随所に散りばめられている宝石のひとつひとつが淡い光を放ちながら宙に浮かびあがっていく。そして、それは一箇所に集まり、徐々に大きな光を放つ物体となっていく。

 

その物体から放たれる光は前に見たことがある。“あの時”は私たちに向けられたもので、恐怖以外の何物でもなかったが、今から放たれようとしているのは私を救うための光。私は小さく、そのスキルを口にする。「メギドラオン」と。

 

 

□□□

 

キグルミのシャドウとの戦いを進めて行くと相手の攻撃には一定のパターンがあることに気付いた。大きな攻撃をする時には必ず前兆があり、それに気を付けていれば被害は最小限に抑える事が出来たのだ。致命傷を避けつつ攻撃を続けて行くと、キグルミのシャドウは形を保てなくなり歪んでくる。

 

形勢が不利になるとキグルミのシャドウはペルソナを封じる攻撃を仕掛けて来たが、ここまでくれば吸収し回復させてしまう氷結属性を除く、全員の最大火力の攻撃をぶち込めば倒せる段階まで来ていた。

 

「各員、自分が持つ最大威力のスキルを叩き込m」

 

私がそう指示しようとした瞬間、キグルミのシャドウが動きを止めて後ろに振り返った。その行為に全員の目が点になる。

 

敵の最大の隙に違いは無いのだが、どういうことなのかを山岸に尋ねようとしたその時、暗闇に包まれていた空間を切り裂くように煌々とした光が舞い込んできた。いや、その光は凄まじい攻撃力を孕んでおり、その光に焼かれたキグルミのシャドウは断末魔を上げつつ消滅していった。

 

唖然とする私たちの視線の先には大きな鷲を従えた湊が立っていて、当人もあまりな状況に困惑している様子であった。

 



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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』―④

茶髪の少年とキグルミのシャドウを退けた私たちはその場で傷の手当てを行う。幸い、私とは別行動となった特別課外活動部の面々に大きな怪我を負った者はおらず、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「ところで、湊さん。先ほどの鷲はなんだったでありますか?」

 

アイギスが周囲の索敵を終えて戻って来て早々に質問してきた。

 

私は胸ポケットからフレースヴェルグのカードを取り出すと彼女に見えるようにして差し出す。羽の随所に散りばめられた色とりどりの宝石は光り輝いている。そして一際眩い紅い光を放つのが、その瞳である。

 

「えっと、審判のアルカナを持つフレースヴェルグって言うんだけれど、アイギスは知っている?」

 

「データベース上には、北欧神話に登場する鷲の姿をした巨人とあるであります。ラグナロク……北欧神話における終末の日に死者を嘴で切り裂くのはフレースヴェルグだと言われているそうであります」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

私は取り出したカードに描かれているフレースヴェルグに視線を落とす。

 

ただ『終末の日』とか『死者を切り裂く』なんてワードは聞きたくなかったけれど、アイギスも悪気が合って言ったものではない。そう思いながらフレースヴェルグのカードを胸ポケットに入れ直すと美鶴先輩らに呼ばれた。傷も癒えたし先に進むようだ。

 

先ほどのこともあり、教室をひとつひとつ確認しながら先に進む私たちであったが、その心配を余所にシャドウは一向に現れない。廊下も一本道であり、難なく突き当りまで来れた。そこには普通の学校ではありえない場所へと向かう扉があった。

 

プレートに書かれているのはなんとサウナ室。

 

「なんでサウナ?」

 

「今どきの学校にはこんな所もあるのか?」

 

「いや、桐条先輩。さすがに、それはないわ」

 

美鶴先輩の天然発言にさすがの順平もツッコミを入れる。ここで立ち止まっていても仕方が無いので、私が率先してドアに手を掛けると学校のアナウンスを知らせるチャイムが鳴ったため、ドアを開けずに周囲を見渡していると、どこからともなく怪しげでムーディな音楽が鳴り響く。そして、

 

『僕の可愛い子猫ちゃん……』

 

『ああ、何て逞しい筋肉、そして【自主規制】なんだ』

 

『怖がることはないんだよ……さ、力を抜いて……』

 

怪しげでムーディな音楽に乗って聞こえてくるのは、ダンディな男の声と優男風の声。そのやり取りを聞いた真田先輩と順平が同時に顔を青褪めさせて後ずさった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。い、いやだ!行きたくねぇ、俺は絶対に行きたくねぇ!!」

 

「お、おかしいな……身体の震えが止まらん。まさか、俺が恐怖しているとでも言うのか!?」

 

2人のそんな姿にそれぞれに近しい者が首を傾げる。私たちはどうして彼らがこんな反応をするのか、理由までも何のことなのかを知っているため、リアクションはしないけれど。

 

「順平、何があったの?」

 

「チ、チドリ!?これだけは勘弁してくれ!」

 

「???」

 

ストレガのチドリに問われた順平は身体の前で大きく手で×の形になるように両手をクロスさせている。心底、意味が分からないと言った感じでチドリは首を傾げている。

 

「アキ、テメエ何をやっているんだ?」

 

「べ、べべべべべ別に震えてなどいないぞっ!!」

 

「いや、ガチでヤベェ震え方だぞ。風邪か?」

 

見当違いな心配をする荒垣先輩の姿に、そういった知識はないのだなぁとほっこりしながら、私は怯えた様子の順平と真田先輩を見つつ風花と連絡を取る。

 

風花は風花で、放送を聞いて“あわあわ”していたが、私が声を掛けるとすぐに冷静を取り戻した。

 

『皆さん、その部屋には反応がひとつだけあります。そして、その部屋の向こうに大きな部屋があって、そこに5つの反応があります』

 

「ふむ。それなら、入るしかないか」

 

そう言った美鶴先輩は尋常じゃない震え方をしている真田先輩の首根っこを捕まえると、男らしくドアを開けた。サウナ室とプレートに書かれているようにもの凄い熱気と湿気がドアの前に立っていた私たちに襲いかかる。

 

「チドリさん、順平を引っ張って連れて来て。皆、行くよ」

 

私は方天画戟をいつでも使えるように構えた状態でサウナ室へ入る。視界の端では、廊下に爪を立ててサウナ室に入るのを拒む順平の足を掴んで引き摺ってくるチドリの姿があった。

 

熱気を含んだ霧を掻き分けつつ進んで行くと、巨人が3体いた。

 

両サイドにいるのはゴリラのような彫りの深い顔、ボディビルダーのように鍛え上げられた肉体を持つオッサン型のシャドウで中央にいるのが、私たちが戦った茶髪の少年やキグルミと同等の存在なのだろう。だが、ふんどし一枚の格好はちょっとどころか大変怪しい訳で。

 

『ふふふっ、ようこそ“崇高な愛を求める施設”h』

 

「ポルデュークス、ジオンガァ!!」「ヘルメス、アギラオォ!!」

 

「「「あ」」」

 

雷属性の『ジオンガ』と火属性の『アギラオ』の攻撃スキルが台詞の途中であったふんどし一枚のシャドウに殺到した。両脇にて佇んでいたマッチョなシャドウも唖然としている。

 

完全に不意を突いた攻撃だったのだが、攻撃を受けた当人は頬を紅く染めて喜んでいるように見える。うん、これは実に良くない傾向である。私たちの精神汚染的な意味合いで。

 

私は女性陣に目配せすると、風花にアナライズを依頼する。そして、得た情報を元に担当を振り分ける。その間、シャドウの相手は真田先輩と順平、時々荒垣先輩がする。

 

『中々刺激的な一撃だったよ。どうせなら、ボクのここにぶち込んでみないかい?』

 

腰を振りながら言うふんどし一枚のシャドウ。

 

「ふっざけんじゃねーぞ、テメエ!!」

 

「何故だ、何故俺の攻撃が効かない!?」

 

「アキ、伊織。とりあえず落ちつけ」

 

『どうして、そんなムキになって拒絶するのさぁ?ホントはキョーミあるんじゃない?ふふ、あまのじゃくの照・れ・屋・さん』

 

「「うがあああああああっ!!」」

 

「だから闇雲に攻撃しても無駄だって言っているだろうが、この阿呆どもがっ!!」

 

荒垣先輩。貴方はずっとそのままでいてください。真田先輩と順平は汚れちゃっているから、もうノンケには戻れないんです。

 

私はくるりと振り返って、天田くんの耳を塞ぎつつ今行われている光景を見えないように自分の体を使って目隠ししているアイギスの様子を見た後、彼女に対してはそのままでいるように指示を出す。こんな汚れ展開は天田くんの情操教育に悪すぎる。

 

それに準備は整った。

 

次に、ふんどしのシャドウが何かを言って2人をキレさせたら攻撃開始とすると配置完了している皆に合図を送る。

 

『面倒な前書きは、もうお終いだよぅ!じゃあもう、そろそろ僕たちが見たことの無い新しい世界へ、イックゥ~!!』

 

「「死ねや、この野郎!!」」

 

真田先輩と順平がふんどしのシャドウに向かって武器を構えた状態で飛びかかった。ふんどしのシャドウは嬉しそうに両手を広げ、2人が攻撃してくるのを待ち構えている。

 

が、奴の思惑通りには行かせない。

 

だって、両脇に控えていたシャドウはすでに消滅させ、残っているのはふんどしのシャドウのみなんだもん。そして、私たちはあらゆる補助スキルやアイテムを使い、強化済み。

 

すなわち、ふんどしのシャドウに訪れるのは真田先輩と順平の熱い抱擁……ではなく、私たちの一撃必殺の威力を秘めたスキルの嵐だ。

 

「フレースヴェルグ、ガルダイン!」(疾風ハイブースト)

 

「ヨシツネ、ジオダイン!」(電撃ハイブースト)

 

「ペンテシレア、ブフーラ」(コンセントレイト・氷結ハイブースト)

 

「イオ、ガルーラ」(疾風ハイブースト)

 

「メーディア、アギダイン」(コンセントレイト)

 

「ワオォーン」『ケルベロス、アギダイン』

 

5人と1匹による大火力の攻撃スキルはふんどしのシャドウに直撃した。そのシャドウに攻撃をしかけていた真田先輩と順平も巻き込まれたようだが、これで少しは頭も冷えたことだろう。

 

「…………」

 

「ぷはっ……、いったい何だったんですか?」

 

「悪は滅びた……であります」

 

上から遠い目をしている荒垣先輩、拘束を解かれいろいろな意味で顔を真っ赤にしている天田くん、そして咄嗟の機転を利かせたアイギスの言葉である。

 

その後、風で切り刻まれ、炎で炙られ、氷結してしもやけ状態になっていた男2人の治療をすませた私たちはこの階層にある最後の部屋に突入する。

 

 

そこはどこかの王宮の玉座を思わせる作りをしていた。煌びやかな装飾を施された柱や壁、豪華絢爛を物語る大きなシャンデリア。床にはふかっふかな赤い絨毯が敷き詰められている。

 

「うわっ、こんなのテレビ以外で初めて見た」

 

「今どき、石油大国にでも行かない限り、こんな光景は見られないであります」

 

後ろからゆかりとアイギスが会話する声が聞こえてくる。私は部屋の中をじっくり見て、ちょっと高い位置に作られている玉座を見て、すぐに指示を飛ばした。

 

「アイギス!天田くんの目と耳を塞いで!!」

 

「了解したであります」

 

「って、“また”ですか!?湊さん!!わぷっ……」

 

後方で暴れる音が聞こえてくるけれど、天田くんには刺激の強い光景がそこにはあった。

 

大きな玉座に腰掛けているのは胸を大きくはだけさせ、学ランを羽織っている少年だった。

 

それだけなら天田くんにも見せられる光景であったのだが、そいつは水着姿の女の子を4人も侍らせていたのである。しかも、普通の水着ではない。女の子にとって異性には絶対に見られたくない箇所を申し訳程度にしか隠せていない、所謂マイクロという名のつくビキニであった。

 

こいつは間違いなく女の敵だ。……ある意味では男の敵かもしれないけど。

 

『ククク……どうした?かかってきな、返り討ちにしてやる。オレの女たちがな』

 

玉座に座る学ランのシャドウが言うと、彼が侍らせていた女の子たちが次々と異形の姿へと変貌していく。

 

幾人もの裸の女を積み木のように重ねたものに座るボンテージ姿の女王様。

 

赤い大きな翼を持つ鳥のようなものの頭の部分が女の子の顔となった怪物。

 

一昔前のストリッパーとよばれる踊り子のように身体のラインがはっきりしている女の巨人。

 

メカメカしい身体に羽根を生やし足からジェット噴射を行い玉座の間を自由に飛び回るロボ。

 

「「「……ちっ」」」

 

「そこの男3人、戦いが終わったら美鶴先輩に処刑してもらいますね」

 

「「「っ!?」」」

 

「ま、でもこいつらを倒さないことにはどうしようもないですし、行きますよ!」

 

私は念のために全ての属性に対して耐性を持つオルフェウス・改を装着し、方天画戟を構えて近くにいた敵へと斬りかかるのだった。



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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』-⑤

視点が湊⇒順平⇒湊に変わります。


玉座の間を模した空間に現れた4体の異形のシャドウ。

 

深紅の鳥の姿をしたシャドウと身体の左半分が機械となったシャドウが宙に佇みながら私たちに対して、炎系のスキルや手に持った光線銃を使って状態異常系のスキルを放ってくる。

 

その攻撃を掻い潜るとそれぞれを肩車で支える女たちを椅子のように扱う黄色のボンテージをまとったシャドウが鞭を撓らせ攻撃してくる。

 

空中にいる2体のシャドウと地面にいる1体のシャドウの攻撃は驚くほど緻密に連携しており、私たちは中々攻勢に移れないでいた。

 

「それもこれも、あの踊り子っぽいシャドウが指示している所為だよね!」

 

『どうやらその場にいる皆さんを逐一解析して、攻撃や回避行動を予測した上で指示しているようです。一筋縄ではいきません』

 

私の言葉に答える形で風花からの意見が返ってきた。3体のシャドウの連携を打ち崩すには、やはり踊り子のシャドウをどうにかする必要があるが、攻撃するには空中から攻撃してくるシャドウ2体と鞭を扱うボンテージのシャドウをどうにかする他に方法が無い。

 

「おい、シンジ。あの黄色い奴の鞭を掴み取った方が勝ちってのはどうだ?」

 

「一体、何を言っていやがる。鞭の先端部分は音速を超える。掴める訳がねーだろ、阿呆」

 

「そうか、ならこの勝負は俺の不戦勝ってことだな?」

 

「なんだと!?」

 

「臆病者はそこで指を咥えて見ていろ!」

 

そう言った真田先輩は両手を顔の高さまで上げると、炎と状態異常系のスキルが雨霰のように降る戦場へと駆け出す。ニット帽を深く被り直した荒垣さんもまた召喚器を片手に真田先輩の後を追った。

 

『キャハハ、ダサ、目がマジじゃん!けど……甘っちょろいわ』

 

真田先輩の行動に合わせ迎撃してくるかと思われたボンテージをまとったシャドウは、彼に対して何もせずに後ろに通し、後から追ってきた荒垣さんを攻撃した。来ると思われた攻撃が来ずに唖然とする真田先輩の前に、踊り子のシャドウが思い切り振りかぶって頂点まで達した拳を勢いよく振り下ろしてきていた。

 

『これで一匹目っ!!』

 

この戦闘が始まって以降、まったく喋っていなかった踊り子のシャドウの喜悦に満ちた笑い声が響き渡った。

 

「っ!?」

 

咄嗟にガードしようとする真田先輩であったが、腕を交差して構える前に踊り子のシャドウの拳が直撃、

 

「ペルソナチェンジ、ヨシツネ!ジオダイン!!」

 

する直前に彼に極大の雷が落ちた。その余波を受けて踊り子のシャドウが座り込む。意識外かつ極大の雷をその身に受けた真田先輩はペルソナの能力で耐性があるにも関らずその場でうつ伏せに倒れピクピクと痙攣している。

 

見れば優ちゃんがウシワカマルから進化したヨシツネと呼ばれるペルソナを召喚させていた。彼女を嗜めようと口を開きかけた直後、大きな衝突音が聞こえ、玉座の間の中央に深紅の鳥のシャドウと身体の左半分が機械化されたシャドウが一緒に落ちてきて、ボンテージ姿のシャドウを押しつぶした。

 

「踊り子のシャドウがダウンして、統制が取れなくなったようだな。各自、狙え!」

 

真田先輩の惨状を見て見ない振りした美鶴先輩の的確な指示が飛ぶ。まるで産まれたての小鹿のように足をプルプルさせつつ立ち上がる真田先輩と悪びれもせずに武器である刀を振り上げた優ちゃんは踊り子のシャドウに襲い掛かった。

 

他のメンバーも折り重なって身動きできない3体のシャドウを攻撃している。私はその攻撃には参加せず、玉座の間の一番高いところでふんぞり返っている男へと肉薄し、武器である方天画戟を振り下ろした。

 

直後、高い金属音が鳴り響く。私が両手かつ全力で振り下ろした一撃を、右手一本だけで握っている刀で受け止めた灰色の髪を持つ学ランの男は嫌悪感が沸き立つような笑みを浮かべた。

 

『ククク……、憐れに弄ばれるだけの姿。まるで玩具だな』

 

「意味解らないんだけどっ!」

 

私はその場から離れると同時に召喚器である銃をこめかみにつけ、即座に引き金を引いた。現れたのは先ほど力を借りたばかりのフレースヴェルグ。

 

「切り裂け、ガルダイン!」

 

『無駄だ。サラスヴァティ!』

 

フレースヴェルグの疾風属性攻撃が発動する間際、学ラン姿の男が声高々に叫ぶと同時に攻撃が無効化される。学ラン姿の男の背後には緑色の衣も身に纏い琵琶に似た弦楽器を持つ女神のような姿のペルソナが浮かんでいた。

 

「ちょっと待って!サラスヴァティって、疾風属性は普通に効くはずでしょ!?」

 

『お前が知る必要はない』

 

そう言うと学ラン姿の男は立ち上がって、左手でクイッと眼鏡を掛けなおす。そして、ペルソナを召喚しなおした。

 

『ククク……貧弱なお前がリーダーだと?笑止千万だなぁ!!来い、マガツイザナギ』

 

現れたのは優ちゃんに見せてもらったペルソナの中にいたイザナギだった。しかし、目の前の男が召喚したイザナギは血に塗れたような色をしていて気味が悪い姿をいている。

 

『そこで這いつくばっていればいい!お前には何も守ることは出来ない。大事な両親も、大切な仲間も、好きな男の命もなぁ!』

 

「好き勝手言うなっ!来て、ネメアー!!」

 

私がフレースヴェルグから召喚しなおしたのは、今夜のハーミット戦で大活躍であった筋肉隆々の雄ライオンの姿をしたネメアーだ。学ラン姿の男の武器が刀で、召喚されたペルソナがイザナギに似た何かということで、ネメアー以外に最適なペルソナが浮かび上がらなかったっていうのもあるけれど、今の私が安心して召喚できるペルソナでもあった。

 

『ははははっ!全部、全部壊してやるよ!!』

 

「お前の好き勝手にさせると思わないでよ!私は総司くんを助けてみせるんだからっ!!」

 

学ラン姿の男が召喚したマガツイザナギが振るった刃と私が召喚したネメアーの爪がぶつかりあったのはその直後であった。

 

□□□

 

湊っちが玉座に座っていた学ランの男に斬りかかる姿を視界に収めつつ、俺はゆかりっちたちと一緒に大型シャドウと対峙している。優ちゃんの攻撃スキルに驚いて尻餅をついていた踊り子のシャドウも体勢を立て直してはいるものの、先ほどまでのように脅威とはもう思えない。

 

何せ、優ちゃんが戦場となっている玉座の間をすばしっこく移動しており、踊り子シャドウもそんな彼女の姿を追わないといけないため、先ほどまでのように完璧な指示を他の大型シャドウたちに出せていない。つまり、緻密な連携をして圧倒的に俺たちを追い込んでいたシャドウたちの姿はもうなく、微妙に隙のある連携攻撃をしてくるようになったのだ。

 

「とは言ってもきっついことには変わりねーけどなっ!」

 

黄色のボンテージを着たシャドウが繰り出してきた鞭の攻撃をリンボーダンスの要領で避ける。隣にいたチドリは武器である斧を前にしてガードしようとしたが、シャドウの攻撃力が彼女の予想を遥かに超えていたのかどこかに弾き飛ばされてしまった。

 

「チドリっ!」

 

俺っちが弾き飛ばされたチドリの姿を追って振り返ると、彼女はアイギスに抱きかかえられていた。壁に叩きつけられる直前で、アイギスが今まで抱えていたものを放り出してチドリを助けてくれたらしい。

 

「アイちゃん、ナイス!」

 

俺がアイギスに感謝と労いを兼ねて声を掛ける、丁度その横を小さい影が駆け抜けた。急いで振り返ると、この玉座の間に入ってすぐに湊っちの指示を受けたアイギスによって強制的に視界を閉ざされていた天田少年が、彼が慕う少年お手製の銃を構えて引き金に指をかけていた。

 

「コロマル、僕に合わせて!」

 

そう言った天田少年は火属性以外の弾丸を黄色のボンテージを着たシャドウに向かって放った。態となのかどうか分からなかったが、シャドウは天田少年とコロマルの攻撃を避けもしなかった。コロマルのスキルを受けた時に少しその身を仰け反らせたが、天田少年が放った攻撃の脆弱さに高笑いし始める。

 

『ワンちゃんのはそれなりに痛かったけれど、あなたのソレは攻撃のつもりなのぉ~?それなら、わらっちゃうわねぇ!』

 

「当然です、これにそれほどの攻撃力はありません。けど、お前の本当の弱点が風属性だっていうのは分かった!」

 

天田少年の分析を聞き、黄色のボンテージを着たシャドウの挙動がピタッと止まる。天田少年は銃のシリンダーを手で回しながら説明を続ける。

 

「僕の身体は皆さんより小さいのは仕方のないことです。ペルソナ能力である程度は上がるとはいえ、総合的な攻撃力はどうしたって低くなってしまう。なら、僕は相手の体勢を崩させることに特化させればいい。そうアドバイスを受けたんですよ」

 

自信を以って宣言した天田少年の姿を見て、黄色のボンテージを着たシャドウは忌々しそうに俺たちを睨み付ける。中々言うようになったなと俺は天田少年を褒めようと声を掛けようとしたのだが、彼は俯いて小声で何かを漏らす。

 

「……って、あれ?僕は誰からそう言われたんでしたっけ……」

 

天田少年は困惑しながら武器である銃を眺めつつ、そう呟いた。

 

「おいおい、天田少年。冗談、キツイぜ。そんな助言をするのは。……総司だろ」

 

俺は、自分自身を疑う。一瞬だけであったが、俺にとって出来の良すぎる弟分である総司の名前が出てこずに焦ってしまった。天田少年は総司の名前を聞いて、何とか思い出せたような仕草を見せたが、時間を掛ければ掛けるほど状況がやばくなるっていうのを理解しちまった。このままじゃ、いずれ俺も総司のことを忘れてしまう。

 

「ゆかりっち、こいつは弱点が風スキルだ!メンバーチェンジしてくれ!!天田少年、次はあの赤い奴だ」

 

「わ、わかりました!」

 

俺は天田少年を先に行かせる。そして、ゆかりっちがこっちに移動してきたのを見計らって、利き手で刀の柄をぎゅっと握り締め、空いた左手で帽子のつばを弾く。

 

「てめえらみたいな中ボスに時間は掛けられねぇ。さっさとぶっ飛ばして先に行かせてもらうぜ!!」

 

俺は両手で刀を構えるとゆかりっちの制止の声を振り切ってシャドウに向かって駆けるのだった。

 

 

□□□

 

 

剣戟を結ぶ私たちの後方から断末魔が上がった。その声を聞いて、私の前で余裕の表情を崩さなかった学ラン姿の男が初めて顔を顰め、武器に篭められていた力が弱まる。私はそれを見逃さず、武器ごと男のシャドウを弾き飛ばした。

 

「目論見が外れたみたいね」

 

味方のシャドウが倒されて動揺したかと思ったが、それほどでもなかったようで男のシャドウは宙でくるりと一回転し着地した。そして、玉座の間で奮闘を続けるシャドウたちと特別課外活動部の面々を一瞥した後、どうでも良いと言わんばかりに私に向かって獰猛な笑みを向けてくる。

 

『はっ、この“程度”で俺の優位は揺るがん!来い、カグヤ!!』

 

「減らず口を!」

 

学ラン姿の男は再度ペルソナを召喚する。学ラン姿の男の背後に現れたペルソナは昆虫の蝶の触覚のような髪を生やした女性型だった。着ている着物っぽいものは蝶の羽を模していて鮮やかな印象を受けるけれど、私が知らないペルソナであることには変わりない。

 

相手は私のペルソナを周知しているのに、こちらは何も情報がないなんて不利すぎる。けれど、希望はある。総司くんとのコミュによって手に入れた審判のアルカナを持つペルソナたちならば、相手の意表をつけるはず!

 

「クジャタ、ネメアー、フレースヴェルグは一度見せてしまっている。それならば、来て!ゼルエル」

 

召喚器である銃の引き金を引くと、私の背後に新たなペルソナが浮かび上がる。名前はゼルエル。キリストの伝承に出てくる天使の1人。別名でゼルクと呼ばれ、『神の腕』という意味があり、力・戦を司っている。

 

まぁ、私が召喚したゼルエルは間違っても天使には見えないけれど。私はちらりと背後に浮遊する形で顕現することになったゼルエルを見る。ずんぐりとした体躯、折り畳んだ帯状の腕部、身体の中心には赤い核のようなものがある。

 

『なんなんだっ、そのペルソナはぁああ!?』

 

私と対峙して、仲間のシャドウが倒されても獰猛な笑みを絶やさなかった学ラン姿の男が驚愕の声を上げ蹈鞴踏んだ。その気持ちは分からないでもない。

 

なにせ今回、私が召喚したゼルエルはタナトス同様に質量を持ったペルソナである。ゼルエルから放たれるプレッシャーは相当なものなのだろうと狼狽する学ラン姿の男の様子を見ていて思った。

 

『どんなペルソナか知らないが、カグヤ!燃やし尽くせっ!!』

 

学ラン姿の男がペルソナに命令すると、カグヤと呼ばれたペルソナの目が赤く光り、蝶の羽を燃した着物を翻す。すると私の視界が真っ赤に染まった。だが、その赤が私の身を焼くことはなかった。

 

ゼルエルが私と学ラン姿の男の間に出した障壁は、焔をまったく通さない。それどころか、学ラン姿の男が命じてカグヤと呼ばれるペルソナが撃ちだすあらゆる攻撃を無力化してしまった。

 

挙句、学ラン姿の男自身が突っ込んできて、ゼルエルの強さに唖然としていた私に対して攻撃してきたが、それも障壁で受け止めてしまったのだ。

 

『こんな馬鹿なことが、あってたまるかぁああああ!!』

 

学ラン姿の男はゼルエルの出した障壁を破ろうと力を更に篭める。するとゼルエルの出した障壁にピシリと亀裂が入った。それを見て、にやりと口角を吊り上げた学ラン姿の男の両肩に幅広の刃のようなものが突き刺さった。

 

「へ?」

 

『は?』

 

同じタイミングで呆けた声を上げる私と学ラン姿の男。幅広の刃のようなものの正体は、ゼルエルの腕部であった。その腕部も一瞬の内に元の折り畳まれた状態へと戻り、残ったのは両腕を切断され呆然とする学ラン姿の男のみ。

 

その学ラン姿の男の首もまたゼルエルの腕部の攻撃によって、刎ね飛ばされた。

 

頭部と腕部を失った学ラン姿の男だったものは、黒いタールのような泥となり気泡をあげつつ消滅していく。呆然としながら私は、召喚したゼルエルを見上げる。するとゼルエルもまた役目は終わったといわんばかりに消えていったのだが、その直後、強い立ち眩みがしてその場に蹲ることになってしまった。

 

よく分からないけれど、体力をごっそり奪われた気分だ。ゼルエルは技らしい技を使用していなかったけれど、召喚した時点で体力を奪われることは確定していたのかもしれない。

 

体力を奪われすぎて眩暈と吐き気がすごいことになっているけれど、こうやって立ち止まっている時間がもったいない。

 

「今はとりあえず、他のシャドウを倒すことに集中しよう」

 

私がそうやって顔を上げると真田先輩と荒垣さんが残っていた踊り子のシャドウに止めを刺すところであった。

 



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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』-⑥

玉座の間に現れた4人の少女が姿を変えた異形と学ラン姿のシャドウを倒すと、部屋の一番高い位置にあった玉座が倒れ、上の階に進むための階段が現れた。私は逸る気持ちを抑え、皆に体力の回復と怪我の治療を指示する。

 

回復スキルを使えるメンバーと、用意してきたアイテムを使って各々が行動を取る中、ぼーっとして瞳が虚ろになるメンバーがいた。

 

「……天田くん?」

 

私が声を掛けても反応がなく、異変に気付いた荒垣先輩を初めとしたメンバーが駆け寄ってくる。私たちが肩を揺さぶろうが、大きな声で話しかけようが何の反応もしない。風花に確認をとっても何の成果も得られず、私たちは一度エントランスに戻ることになった。シャドウの反応がまったくなくなった黄泉転生坂の一階層を通り、寮のエントランスで風花と合流した後でソファに横向きで天田くんを寝かせる。

 

その間、天田くんは虚ろな瞳のまま、何の動きも見せなかった。まるで無気力症を発症してしまったようで、一体どういうことなのかを皆で考えているとおもむろに順平が口を開く。

 

「ここにいる全員に尋ねるっすけど、正直に答えてもらっていいっすか?俺たちは今、誰を助けようとしているのかを」

 

順平の質問の意図が分からず、私が首を傾げていると隣にいたゆかりが少し怒気を含めたいらついた声で答えた。

 

「誰を助けるかって何を言っているのよ、順平。私たちは寮がこうなっちゃった原因を探さないといけないんじゃない!」

 

「おい、岳羽。そいつはマジで言っているのか?」

 

私はゆかりの言葉を聞いて、一瞬だけ呆けてしまった。彼女は今、何を言ったのかと頭が理解出来なかったのだ。荒垣先輩が反応していなかったら、私は素っ頓狂な声を上げていたに違いない。だけど、異常を来していたのはゆかりだけではなかった。

 

「お前こそ何を言っているのだ、荒垣。原因のシャドウを倒す、それのどこがおかしいというのだ?」

 

「美鶴、おまえもなのか!?」

 

真田先輩が信じられないものを見るかのように慄きながら狼狽する。荒垣先輩と真田先輩の反応がおかしいことに気付いた美鶴先輩とゆかりはお互いに顔を見合わせ、同時に目頭を押さえた。そして、頭を軽く振るうと自分が信じられないかのように自身の身体をギュッと抱きしめる。

 

「す、すまない。我々は鳴上を助けるのだったな」

 

「冗談でしょ……よく分かんないけど、記憶が書き換えられていっている感じがする」

 

ゆかりはペタンとその場に蹲って頭を抱えている。風花がそんなゆかりの傍に行って背中を撫でるが、彼女もまた共感する部分があるのか不安げな眼差しが見える。ゆかりの発言を聞いて、誰もが苦虫を噛み潰した苦々しい表情を浮かべている。そんな中、帽子のつばを握りしめ唇を噛み締めながら立つ順平の姿が映る。

 

「順平は大丈夫なの?」

 

私が尋ねると順平は首を横に振った。

 

「……大丈夫じゃねぇよ。ゆかりっちの言う記憶の書き換えられる感覚っていうの、たぶんここにいる誰よりも分かるのは俺のはずだ。もしも総司と優ちゃんが一緒にいなかったら、俺は『特別な力』を持つ湊っちに醜い嫉妬心を抱いてひどい態度を取っていた記憶がある状態なんだ」

 

順平はそう言って力なく俯いてしまった。私は特にそんな記憶の書き換えなんて恐ろしいことは感じられない。そんなことを思い浮かべながら他のメンバーの様子を見ようとするとアイギスと視線があった。彼女は機械の乙女。記憶の書き換えなんて関係がなさそうだけれど。彼女は小さく口元を動かし、納得するかのように大きく頷く。

 

「皆さん、聞いて欲しいであります」

 

提案をするように澄んだ声でアイギスは声を上げた。今まで沈黙し続けていた彼女の突然の発表にその場にいたメンバー全員の視線が集まる。アイギスはニコッと微笑むと告げた。

 

「このまま、総司さんのやりたいようにさせるであります」

 

「「「はぁ!?」」」

 

階段の前に移動し両手を大きく広げ、そんなことを言い放ったアイギスに苛立ったような声をぶつける面々。

 

「ちょっ、ふざけないでよアイギス!兄さんを見捨てるつもり!」

 

「いやいや、その理屈はおかしいだろうがっ!」

 

「記憶の混乱があって、先に進むのが滞ったことは認めるがこれとそれとは別問題だ。何を考えている、アイギス!」

 

優ちゃん、荒垣先輩、真田先輩が相手を視線だけで殺せそうなくらい鋭い眼差しをアイギスに向けている。アイギスはそんな彼らの視線にうろたえることなく、自身の考えを告げる。

 

「皆さんは屋久島にて、桐条総帥より話を聞いているはずであります。何故この地にシャドウが集められ、実験が行われたのか。その目的も」

 

美鶴先輩の表情が曇る。彼女の祖父が自身の野望を果たすためにシャドウは集められた。しかし、集められたシャドウの力を制御できなくなり、10年前の爆発事故は起こり……って、その口ぶりからすると。

 

「待って、アイギス。貴女、過去のことを……」

 

「湊さんの予想通り、全てを思い出したであります。10年前、私が死力を尽くして封印した、『生あるモノ全てに等しく死を与える存在』を、この世界に呼び寄せる『死を宣告する者』。死神のアルカナを持つシャドウが、あと少しで封印から目覚めるところでありましたが、今回の総司さんが中心となって起きた現象によって、それが回避されたであります」

 

アイギスはそう言いながら武装のチェックを行う。彼女の傍らには天田くんの武器である総司くんが作った銃や槍も。

 

「皆さんが満月の度に戦い倒してきた大型シャドウは、元々はひとつのシャドウでした。私が10年前に封印した死神のアルカナを持つシャドウとひとつになるために近づいて来たに過ぎない。もしも、それに気付かずに復活を許していたら、きっと私は悔やんでいたことでしょう。しかし、それが回避された。しかも懸念事項であった、『生あるモノ全てに等しく死を与える存在』もこのまま総司さんが願いを叶えれば、皆さんが生きているうちに表れることはない。戦い続けるのは私だけで十分であります」

 

アイギスは傍らにあった槍を手に持ち、刃を私たちに向ける。そして、今までのような無機質な瞳ではなく、意志の篭った強い瞳で私たちを見据える。そして、言葉を紡ぐ。

 

「私は、……私の意志で貴方たちを止める。もう二度と貴女方が傷つかなくていいように、痛い思いをして戦わなくていいようにする!総司さんの想いを無駄にしないために!」

 

アイギスの胸にある青い蝶の形をした動力部から淡い光が溢れ出る。

 

機械の身体にプログラムされた思考という自分で考え決めるという意思を持たなかったアイギスに心が芽生えた瞬間だったのだろう。彼女の背後に現れたペルソナである機械の乙女の姿をしたパラディオンが光に包まれ、人の顔を持った白を基調とした金色の鎧を身に纏う女性の姿へと変わる。

 

「この先に進みたいのであれば、私と……『アテナ』を倒してから行ってください。けれど、私は全力で戦います!」

 

私たちはアイギスが人のような意思を持つ事を切望していたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 

総司くんを救うには階段を上がって行かなければならないのに、その階段の前には強い意志を抱く仲間であるはずのアイギスが立ちふさがる。総司くんの想いって何なの?どうして、こんなことになっちゃうの?

 

その場にペタンと腰を落とす。私はただ総司くんを助けたいだけなのに、どうしてこんな風に仲間内で傷つけあわなければならないのか、自問していると声が聞こえた。見れば、台所に青い扉が見えた。その向こう側から黄色いマフラーを首に捲いたファルロスが手招きしている。

 

私は問答を繰り返す皆を置いて、ファルロスに導かれるまま青い扉を潜った。

 

 

 

 

青い扉の先はやはり、ベルベットルームだった。しかし、住人の姿は無く、いるのはファルロスだけ。

 

「えっと、……怒っている?」

 

「ううん。きっと、アイギスが言っていたのがファルロスのことなんだろうなっていうのは、ここ最近の出来事で分かっていたから。幾月理事長が私を月光館学園に招き入れた事から始まったんだよね」

 

「その通り、彼は『生あるモノ全てに等しく死を与える存在』によって作り変えられた世界の新たな皇子になるつもりだったんだ。そのために君を呼び戻した。君の先輩たちの活動に支援をしていたのも後々、自分にとって都合のいいように動かすための下準備だった。そしてストレガという敵の存在が君たちの活動を更に加速させることも分かっていた。けれど、彼にとって不確定要素が混ざりこんだ。自分が年月を掛けて準備を進めてきた計画に狂いを生じさせるかもしれない存在が」

 

「優ちゃんと、総司くん」

 

ファルロスは儚い笑みを浮かべて小さく頷いた。

 

「正確に言えば、後者。鳴上総司くんの方だね。彼は存在自体がおかしかった。年齢の割には達観した考えと落ち着いた判断力を持ち合わせ、君たちの活動をサポートする能力に長けていた。時に君たちの間に立って両者が納得するように話を持っていったりして。君は何度か、彼を疑い尋ねた。けれど、その都度、意識が混濁したはずだよ。彼に憑いている何者かの影響を受けて」

 

「…………」

 

「彼のアルカナは『逆位置の世界』。普通の人間であれば、ありえないアルカナだ。『避けられない運命を変える為に、自らの命を終わらせ、その人生を捧げても構わない』なんて聖職者でもこんなことは考えないよ。けど、分かったでしょう?彼の願いが」

 

「総司くんは私を助ける為に、こんな馬鹿げたことをしているの?」

 

「最初から君を助ける為だったかは分からない。けど、きっと君が“君”だったから彼は助けようと思ったんだと思う」

 

心の底から溢れ出てくる暖かいものによって、傷ついていた心や身体が癒されていくのを感じる。見れば、私に総司くんの気持ちを教えてくれたファルロスの身体は半透明になっていた。もうすぐで総司くんの願いが成就されてしまう間際のようだ。

 

「ねぇ、また君の中に戻ってもいいかな?この10年、色々とあったけれど居心地が良かったんだ」

 

「……うん。おいで、ファルロス」

 

私はそう言って両手を広げた。ファルロスは首に捲いていた黄色のマフラーと同じ色の光を放つ小さな球体となり、私の胸に入り込んだ。

 

ふと上を見上げると『オルフェウス・改』が私を見下ろしていた。私が彼女に向かって頷くと、無表情であったはずの仮面が少し微笑んだ形になった。すると、『オルフェウス・改』の胸からファルロスの光が飛び出てきて彼女の周りをくるくる回り始める。

 

変化は一瞬だった。

 

『オルフェウス・改』はまるでウエディングドレスを着たような真っ白な姿へと変わっていた。白銀の長い髪を揺らし、『タナトス』が背負っていた棺桶のような真っ白のオブジェに腰掛けている。胸にはファルロスの光を抱く、生ある全てのものへ慈しみと愛情を与える存在へと。

 

「【神の母】……『マリア』」

 

見れば上へと上へと上がっていくだけであったベルベットルームは動きを止めていて、閉じられていたシャッターが開けられるところであった。

 



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P3Pin女番長 エピローグ

私がペルソナ能力に目覚めた4月の初めの頃に手に入れ、今回の騒ぎで強くなって戻ってきた『オルフェウス・改』は純白の衣服を見に纏う【神の母】と呼ばれる『聖母マリア』へと姿を変えた。

 

ベルベットルームを囲んでいたシャッターは開かれ、光に包まれた私が目を覚ますと変貌した寮のエントランスではなく、枯れた野菜や果物の苗が散乱している屋上へと変わっていた。ひとつの意思を持つ人間らしさを手に入れたアイギスと、記憶の書き換えという超常現象に苦しんでいた特別課外活動部のメンバーもいきなり変わった風景に戸惑うように周囲を見渡す。

 

『気付カナケレバヨカッタノニ……』

 

男女両方が混ざったような声が辺りに響き渡る。

 

『何モ知ラヌママ、普通ノ生ヲ、僕トハ違ウ幸セナ人生ヲ。貴女ニト思ッタノニ』

 

私たちは声に導かれるように廃墟と化した巌戸台学生分寮の屋上から空を見上げる。

 

そこには妖しく金色に輝く月を背景に血のような赤い眼をした顔が2つある黒い身体の化け物の胴体に腰掛ける学生服を着た少年の姿があった。

 

玉座の間で戦ったあの金色の瞳をした男と全く同じ造形だが、浮かべている柔らかな笑みは見覚えのあるもの。

 

そうか、私も総司くんという存在を覚えていてもどんな顔でどんな姿だったのかを忘れてしまっているみたい。

 

黒い化け物に腰掛けていた灰色の髪を持ち学生服を着た“総司くん”が立ち上がる。それと同時に胴体を中心に上半身を2つ持った黒い化け物が重力に引かれるように落下を始め、私たちと同じく廃墟となった屋上に降り立ち、枯れた植物や残っていた土などを全て吹き飛ばした。

 

私たちに聞き取れない言語のような叫び声を上げる黒い化け物。先ほどまで戦っていた美鶴先輩や真田先輩らと一緒に武器を構えるアイギスの姿が見える。彼らの視線は黒い化け物に固定されていて、空に浮んだままの総司くんの姿は見えていないみたい。

 

『僕トイウ存在ヲ今モ忘レズニイル貴女ハ直接、僕ガ相手シマショウ』

 

私だけを見つめていた総司くんがパチンと指を鳴らす。すると、私だけが別の場所に移動して、どこか高い塔の頂上に立つ形になる。私の向かいには完全に消え去る前に光となって私の胸に飛び込んだファルロスのような儚い笑みを浮かべる総司くんの姿があった。彼の手には優ちゃんと同じ太刀が握られている。

 

「遠慮は必要ありません。もうじき、鳴上総司という存在は消え、結城先輩は何も知らない普通の人となる。高校生活を満喫し、華の女子大生ライフを送り、やりがいのある仕事を見つけ、いずれ恋に落ちて、愛する人と暖かな家族を作る。そんな当たり前の生活が待っているんです」

 

「私の幸せを……どうして他人である総司くんが願うの?」

 

「僕は転生者。結城先輩がこの世界でどんな人生を送ってきたのかは分かりません。けど、この学園生活の果てに死が待っていることだけは知っている。その他大勢を救うために、その命を捧げることも。生贄となって幾数年、数十年、数百年とも分からない年月を不意にすることも。そんなこと、結城先輩に味わって欲しくない」

 

総司くんは太刀を鞘から引き抜いて、私に向かって剣先を向ける。彼の目的は時間稼ぎだ。ファルロスはもうすぐ総司くんの願いが成就すると言っていた。私の体の中に眠っていた強大な力を持つペルソナの力を使って、私を助ける為に総司くんがその身を犠牲にしようとしている。彼の言う『転生者』というのが何なのかは分からないけれど……。

 

「私は、自分の人生に後悔したことなんてないよ。これまでも、そして……これからも」

 

私は手にしていた方天画戟を思い切り投げ捨てる。それは塔の縁部分を転がり、そして落下していった。

 

「何のつもりですか?」

 

「やり方があざと過ぎるよ、総司くん。君は私に斬りかかるつもりなんかないんでしょ?それ……竹刀の持ち方になっているし」

 

総司くんは自身が手に持っていた太刀の柄を見て苦笑いを浮かべた。そして、彼も武器である刀を私と同じように放り捨てた。床に落ちた瞬間に甲高い音が響き、その後も音を立てながら刀が転がる音がした。私は刀が転がるのを止めたのを見て、総司くんの近くに向かって歩き出す。総司くんはその場から動くことは無かった。

 

「さてと、総司くん。君が何を思ってこんなことを引き起こしたかは分かりました。では、これから何をするつもりなのかを教えてくれるかな。もう、私ではどうしようもないんでしょ?」

 

「そうですね。あの月が見えますか?」

 

総司くんは親指で背後にある月を指差す。影時間の象徴である大きな月。満月の度に訪れる大型シャドウには毎回、苦労させられた記憶しかない。

 

「あれが、ニュクスと呼ばれるシャドウの親玉、ラスボスなんですよね」

 

「さらっと、とんでもないこと言うよね!?」

 

「『生あるモノ全てに等しく死を与えるモノ』という概念で存在する敵ですから、普通では絶対に倒せません。ワイルドの力を持つ主人公が、学園生活で育んだコミュニティの力を結集させ、人類では到達できない高みの力を使い何とか封印をしなおすしか方法はありません。けど、そんな重荷、今を生きている結城先輩が背負うことはないです」

 

「それに『転生者』っていうのが関わってくるんだね」

 

総司くんは私の言葉に大きく頷いた。

 

彼が言うには『転生者』とは前世で何らかの原因で死んだ者の魂を神さまが摘み上げて、選ばれた漫画やゲームの世界に入れて、その世界がどう変わるのかを見るのだそうだ。総司くんの場合は前世で好きだったゲームの世界。ハッピーエンドでも主人公が死んでしまう世界。どうせなら、主人公の死を覆したいという願いを持って、前世の記憶とこの世界に関する知識を持ったまま転生したらしい。5月の女教皇の大型シャドウの時や、タルタロスの詳細なデータを持っていたのはそれが原因。だけど、大っぴらに干渉することは出来なかったらしい。今日のこの時までは。

 

「これから……どう変わるの?」

 

「最初に言った通り、鳴上総司という存在はなくなります。どうせ、神さまが都合のいいように作った偶像ですし、跡形も無くなると思います。けど、結城先輩たちの生活にどうこうという影響はないと思いますよ。けど、……最後に僕の我が儘を聴いてもらっていいですか?」

 

「……“最期”だし、……いいよ」

 

私は総司くんに背を向ける。背後から総司くんが近づいてきて、私をぎゅっと抱き締めた。

 

「僕は転生者で、神さまに作られた存在。2度目の人生を生きる者として、ずっと自分を卑下しながら生きてきました。結城先輩に出会って、話を聞いてもらって、自分の夢を、将来のことを考えてって言われた時、すごく嬉しかったんです。あの時、僕は結城先輩に恋をしたんだと思います。だからこそ尚のこと、貴女を助けなきゃっていう想いが強くなった」

 

総司くんと結んだ『審判』のコミュニティ。影時間の大型シャドウと戦う際に力になってくれた彼の強い思いを表すペルソナたちが思い浮かぶ。

 

「鳴上総司は、結城湊という女性を愛している。その気持ちは未来永劫変わらない。僕はその思いを抱いて、貴女の代わりにニュクスを封印し続ける。……さよなら、僕の“人生”で“唯一”愛した人――――――――――」

 

自分の身体に回された私に好意を向けてくれた男の子の腕を触れることはなかった。彼の腕が忽然と消えたことに気付いて私が振り返った時には、すでに姿はなくなっていた。影時間を象徴する大きな月も緑掛かった景色も何もかもがなくなり、私はいつの間にか住んでいる寮の屋上に立っていた。

 

零れ落ちる涙が何を意味するのかも分からないまま、私はただただ屋上に立ち続けた。

 

 

□□□

 

 

「へっくしゅっん!」

 

「うわっ、汚っ!?……もう、なんで屋上で寝てたの、湊?」

 

「ずずっ……わかんない」

 

私は鼻を擦りながら通っている月光館学園に向かって登校している。その傍らには同じクラスで同じ寮に住んでいるゆかりの姿がある。

 

「屋上に行ったら、湊さんが寝ていて驚きました。目を真っ赤に腫らした後があったので、野獣候補数人を襲撃してしまいましたよ」

 

「あはは……。それで順平くんたち白目を剥いて気絶していたんだね」

 

私たちの後ろをついて歩いているのは同じクラスに転入してきたアイギスさんと隣のクラスの風花の2人。話題に上がった順平も私とゆかりと同じクラスなのだが、何だか私の所為で強烈なとばっちりを受けたようだ。放課後に何かを奢ろうと思う。

 

「ところでアイちゃんは何で屋上に行ったの?今回はそれで湊を発見したからいいけれど、あそこ何も無いでしょ?」

 

「それが謎なのであります。プログラムに毎朝屋上に行って何かを作業していた記録はあるのですけれど、何もない屋上で私は毎朝何をしていたのでしょうか?」

 

「質問をしたのに、質問を返されるなんて。……えっと、ヨガとか?」

 

「機械の身体を持つ私に不要ではないですか」

 

「はいはい、無駄話はそれくらいにするよ!ただでさえ、湊の風邪の所為で遅刻気味なんだから」

 

ゆかりが切りのいいところを見極めて話を遮った。確かに時計を見れば、もうそろそろ厳しい時間になっている。私たちは駅に向かって走った。

 

その途中で、見覚えのある女の子が視界の端を過ぎった気がして、私は足を止める。そこにいたのは中学生の集団だった。月光館学園のブレザータイプではない赤いリボンが特徴の黒い制服を着た女子中学生たちが数人で集まって何かを話している。その中でも特に背が高くアッシュブロンドの髪が特徴の女の子に目が行った。

 

「修学旅行が東京って何か微妙だよね……」

 

「しかも、ここ渋谷じゃないし」

 

「って、優ちゃん。何それ?」

 

「え?可愛くないかな、巌戸台提灯」

 

「「「優ちゃんのセンスぱねぇ!?」」」

 

私の視線には気付かず、少女たちは騒がしく去って行った……。

 

「おーい、湊!そんなところで何をしているの?」

 

「今行くー!」

 

駅の前で大きく手を振るゆかりに向かって返事をした私は駆け足で向かう。

 

その時、背後から聞き覚えのある声で声を掛けられた気がして、私は振り返った。

 

しかし、そこに知り合いはおらず、私は首を傾げながらクラスメイトたちがいる下へ走るのだった。

 



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