TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~ (四季の夢)
しおりを挟む

プロローグ

テイルズが書きたくなり、投稿する事にしました。
ペルソナも同じように書いているので、此方を投稿する時はペルソナの方も投稿しますので宜しくお願い致します。


『オールドラント』

 それは惑星の名であり、有機物・無機物等を構成する元素【音素】と共に生きる地。 

 周りを【音譜帯】と呼ばれる第一から第六の音素を豊富に含む巨大な領域に包まれ、オールドラントに生きるモノにその恩恵を与える世界。

 形あるモノは全て、音素と共に始まり音素と共に終わるのがオールドラントにとっての自然の摂理。

 闇、地、風、水、火、光の属性を持つ音素。

 普段は目に見えぬそれを、オールドラントに生きる者達は時には生きる為に、時には娯楽に……そして、時には”争い”に利用して繁栄と衰退を繰り返し生きていった。

 資源であり、自分達の命とも言って過言ではない音素によって数多くの命が失った。

 だが同時に、失う命もあれば新たに生まれる命も確かに存在する。

 

 ▼▼▼

 

『キムラスカ・ランバルディア王国』

 嘗ては力なき小国であったが、今やオールドラントの中で最大の力を持つ国家の一角となった国である。

 譜業と音機関の発展によって力を得たキムラスカ。

 その首都である『要塞都市バチカル』にて、今まさに新たな生命が誕生しようとしていた。

 

 

 現在、首都バチカル【貴族住居区・ファブレ邸】

 

 ND1993年・五月(イフリートデーカン)火曜日(イフリート)・48の日。

 

 ファブレ公爵の治める屋敷、まるで宮殿の様にも見え、潤う水を流し花々に命の息吹を与える美しき庭園を備え、風や水の流れる音が心地よく聞こえる程に静かな場所。

 だが、この日に限ってはその静けさは失われていた。

 屋敷内をメイド達は忙しく走り回り、警備の兵たちもいつも以上に身を引き締めているが何処かソワソワしている仕草までは隠せないでいる。

 そして、とある一室の前では二人の男が心配と不安の感情を抱きながら佇んでいた。

 特徴ある赤き髪と見ただけで分かってしまう貫禄を持つこの男達は、何を隠そうキムラスカの現国王”インゴベルト六世”とファブレ家当主にし、キムラスカ国元帥である”クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ”公爵その人達であった。

 屋敷の主であるファブレ公爵がいる事は何ら問題はないが、国王であるインゴベルト六世がこの場所にいるには大きな理由がある。

 それは、インゴベルト六世の実妹にしファブレ公爵の妻である”シュザンヌ”の出産だ。

 ファブレ家の長男として生まれ、王位継承権も与えられる重要な子供であり、シュザンヌが身体の弱い事も手伝い、二人は心配と不安を抱えていた。

 妹と妻の無事、そして新たに生まれる生命に二人だけではなく、屋敷内の全ての使用人達も思わず息を呑んでしまっている。

 だが、インゴベルトとクリムゾンの中の不安の原因、その本当の真意を知る者はまだ誰もいなかった。

 そして、暫く時が経った時、その時は訪れる。

 

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

 

「ッ!?」

 

 扉の向こうから聞こえる世界に新たな命の誕生を伝える叫び。

 気付けば二人とも立ってしまい、そのまま扉をジッと見つめてしまっていた。

 口をポカンと開けており、国王と公爵とは思えないマヌケな顔をしているが、新たな命の誕生を前にしてそんな事を言う様な者はいない。

 そして、扉から医者の助手がインゴベルトとクリムゾンを招き入れ、漸く二人は部屋の中へ入った。

 

「あぁ……あなた……陛下……」

 

「おお、シュザンヌ……!」

 

 声のする方へ二人が視線を向けると、そこにはベッドに横たわるシュザンヌと専用に用意された衣類に包まれている赤ん坊の姿があった。

 汗によってシュザンヌの美しい赤い髪は濡れ果てていたが、その表情には疲れよりも嬉しさの方が多く読み取れ、母性溢れる表情で生まれた我が子を見つめている。

 

「母子共に安定しておりますが、疲労しているには変わりませんので予言(スコア)を詠み上げるならば御早く」

 

「我々は外に待機しておりますので……」

 

「うむ。そなたらもご苦労であった」

 

 部屋を出て行く医者達にクリムゾンは労いの言葉を掛けると、医者達は一礼しその場を後にした。

 そして、その場に今回の関係者と呼べる者だけが残り、クリムゾンはシュザンヌと我が子へと近づいた。

 

「シュザンヌ……」

 

「あなた……産まれました……やっと……私達の子が……」

 

 涙を流しながら夫に伝えるシュザンヌ。

 身体が弱く、今日までの間でも子供が危なくなった事もあり、預言士からも無事に産まれると予言を詠んでもらってはいたがやはり心配だった。

 ずっと夢見ており、漸くできた跡取りなのだから。

 

「あなた……抱いてあげて下さい」

 

「う、うむ……」

 

 日頃は表情などは見せず、ぶすっとしているクリムゾンだったが今だけは緊張し、息を呑みながら我が子を抱き上げた。

 先程は不安等はあったが、目の前の幼い命を前にしてはそんな事は言えなかった。

 

「……」

 

「はっはっ! 中々、凛々しい顔をしているじゃないか」

 

 僅かに眼を開けながら口を開け閉めする赤子を見て、自分の子供の様に喜ぶインゴベルト。

 クリムゾンも本当はそのぐらい喜びたかったが、本人の内心では既にそれは出来ないものとなっていた。

 そして、クリムゾンの想いを形にしたかの様に部屋の扉が開かれ、予言士と思われる男が入って来た。

 

「失礼致します」

 

「おお、もう来てくれたのか」

 

 夫と予言士の会話するのを見て、シュザンヌは目の前の現状を察した。

 子供が産まれれば、その子の予言を詠んでもらうのが一種の常識となっている。

 その為、クリムゾンが呼んでいたのだと思ったのだ。

 

「あら……もう、予言を詠んで頂くのですか? 少し早い気も……」

 

「シュザンヌよ……事態はそう言う訳にはゆかぬのだ」

 

「えっ……?」

 

 先程とは変わり、クリムゾンもインゴベルトも険しく、そして真剣な表情をし予言士へ視線を送ると、予言士は一つの岩片を取り出した。

 一体、何が起こるのか分からないシュザンヌだが、インゴベルトとクリムゾンは物事を進めて行く。

 

「シュザンヌ、これはユリアが詠んだ【譜石】の欠片だ」

 

 譜石、それは創世暦時代に第七音素の意識集合体【ローレライ】と契約し「惑星預言」を世界に残した偉大な譜術士である【ユリア・ジュエ】が詠んだ予言が記されている物。

 その内容は世界規模から個人の事まで詠まれていたとも言われている。

 そんな譜石も嘗ては巨大な七つの譜石が存在していたが、今では破片となりオールドラント各地に散らばっていると言われ、その全ては未だに発見されていない。

 そんな譜石の欠片が今、目の前に存在し、真剣な表情の兄と夫を前にシュザンヌは嫌な予感を感じた。

 

「詠んでくれ」

 

 クリムゾンの言葉に予言士は頷くと、静かに手を翳し詠みはじめた。

 

【ND1993【イフリート】の力を継ぐ者、キムラスカに誕生す】

 

【其は王家に連なる赤い髪の男児なり】

 

【名を『猛りの焔』と称す】

 

 予言士が詠み上げるその内容にシュザンヌは事態を把握し始めた。

 出産の直後であるにも関わらず、インゴベルトとクリムゾンが予言を詠ませた事、そしてその表情。

 二人は知っていたのだろう、予言の内容、産まれて来る子供の予言を。

 そうでもなければ譜石など、そう簡単に準備など出来る筈もない。

 

「”猛りの焔”……古代イスパニア語で『フレア』と言ったな」

 

「フレア……この子の名前……」

 

 静かに我が子の詠まれている名を呼ぶシュザンヌ。

 それに答えるかの様に欠伸をする我が子に再び笑みを浮かべるが、クリムゾン達の表情は一向に晴れない。

 

「問題はこの次なのだ……」

 

「……?」

 

 インゴベルトの言葉の真意は分からないが、予言士は再び予言を詠み上げた。

 そして、シュザンヌは言葉を失う事になる。

 

 その夜、我が子を抱きながら彼女の泣く姿を使用人たちが見たと言う。

 

 

 ▼▼▼

 

 それから、二十数年後……。

 

 ▼▼▼

 

 現在、首都バチカル【貴族住居区】

 

 晴天の空、奏でる鳥、心地よき風が首都バチカルを駆け抜ける。

 そんな外をある屋敷の一室の窓から眺める青年がいた。

 腰近くまである赤い髪、宝石の様な緑の瞳や高価な生地で作られたであろう服装。

 キムラスカの王族特有の物を持ちし青年の名は『フレア・フォン・ファブレ』と言う。

 ファブレ家の長子にし王位継承権第三位を与えられた男。

 フレアが外を眺めていると、不意に部屋の扉が叩かれた。

 

「入ってくれ」

 

 フレアがそう言うと、入って来たのはメイドであった。

 メイドはフレアに一礼すると要件を伝える。

 

「失礼致しますフレア様。間もなく御時間となりますので、そのお知らせに参りました」

 

「ああ、もうそんな時間か……」

 

 メイドの言葉にフレアは頷くと、近くに置いていた鞘に入れられた一本の剣を手に持った。

 だが、腰に掛ける訳でもなく、まるで土産を持ってゆくかの様に剣を手に持つフレアはもう一度だけ窓から外を眺め呟いた。

 

「良い天気だな」

 

「はい。今日は譜石や衛星ルナがよく見えます」

 

 フレアの言葉を拾い、メイドは笑顔でフレアへ答えるとフレアは笑みを浮かべながら部屋を出ると、そこには屋敷の入口までを兵とメイドが左右に並び、フレアの見送りをする。

 

「「「いってらっしゃいませ! フレア様!」」」

 

 メイド達が一斉に頭を下げ、フレアを見送る。

 そんな中、一人の近衛がフレアへ近付いてきた。

 

「フレア様。護衛を付けず、本当に宜しいのですか?」

 

「別に遠出をする訳ではない。少し、父上達の屋敷に行くだけに護衛は付けれんよ」

 

「で、ですが……」

 

 近衛はそれでも心配してしまう。

 自分達の役目はフレアを守る事にあり、万が一等があっては許されない。

 そんな近衛の心配をフレアも察してはいたが、やはり遠くない距離で護衛は寧ろ邪魔になる。

 

「俺は大丈夫だ。お前たちは私の帰る場所を守っていてくれ」

 

「……分かりました。ですが、何かあればすぐに御呼び下さい。我等『光焰(こうえん)騎士団』はフレア様の剣であり盾です! ご命令とあれば、何処へなりと馳せ参じる所存でございます!」

 

 光焔騎士団はファブレ公爵の私兵の白光騎士団とは違い、フレアの私兵である。

 白光騎士団同様にバチカルを警備しているが、それ故なのか白光騎士団とはライバル関係にある。

 ファブレ公爵とフレアの仲が別に悪い訳ではないのだが、騎士としての誇りなのか他の騎士には負けたくないと言う気持ちが強い。

 そして、そんな自分の騎士からの言葉にフレアも頷いて応える。

 

「ああ、頼りにしている。我が騎士達よ」

 

 そう言ってフレアは皆に背を向け、屋敷を出て行く。

 後ろから騎士達が自分に礼をしているのが分かり、皆に背を向けながら両親と弟の待つファブレ公爵邸へと足を進めて行った。

 だが、この時フレアは気付く事は出来なかった。

 これから先、弟と己の生き方を変える旅の始まりになる事態になろうとは。

 そして、己の胸に存在する”計画”についても……。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話:幕開けと侵入者

【キムラスカ・ランバルディア王国】

 

 現在、王都バチカル【貴族住居区】

 

 巨大な譜石の落下により発生したクレーターを利用し作られた王都、要塞都市バチカル。

 クレーターを利用している為、山の様な高低差のある都市であり、頂上に王宮が存在している。

 一般の者が住む城下町から見れば、王宮は霞む程の高低差のある為に人々は天空客車や昇降機を利用しこの都市を行ききしている。

 一件、不便な都市と思う者もいるが天空客車や昇降機、娯楽施設である闘技場等も手伝い観光客が後を絶たないが、この都市の最大の首都防衛にうってつけだと言う事。

 視界は広く、敵が来るであろう場所も限られており、周囲には新型の譜業砲が首都防衛の為、いつでも発射可能な状態で佇んでいる。

 それ故の要塞都市であり、その中でも安全な場所である上層部は貴族や王族の住居区である。

 そして、上層部の中で最も王宮に近い場所にその屋敷は存在していた。

 私兵の白光騎士団が門を守り、見上げなければ全体を見る事が叶わない程に巨大な屋敷こそがファブレ公爵邸である。

 

「……」

 

 そんなファブレ公爵邸、己の実家でもある場所の門の前でフレアは静かに見上げていた。

 実家に帰って来た事で感傷に浸ってる訳でもなく、その瞳は何処か冷たいモノ。

 まるで、軽蔑の様にも見えるその瞳。

 フレアが暫く屋敷を見上げていると、門番の白光騎士がフレアに気付いた。

 

「これはフレア様! 門の前で如何なされました?」

 

「ん? ああ、すまない。少し、感傷に浸っていた様だ。……父上達は?」

 

「応接室にてお待ちですよ」

 

 白光騎士は道を開け、フレアはファブレ公爵邸へ足を踏み入れた。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、ファブレ公爵邸内。

 

 屋敷内に入ったフレアを出迎えたのは執事のラムダスとメイド達、そしてフレアの父であるファブレ公爵のコレクションの様になっている戦利品等の武器や防具の数々。

 メイド達はフレアへ一礼すると再び己の仕事へと戻り、執事のラムダスだけが残り、フレアへ近付く。

 

「フレア様、旦那様がお待ちでございます」

 

「ああ、応接室にいるのだろ。すぐに向かう」

 

 ラムダスにそれだけを伝え、フレアは応接室へ向かおうと足を進めようとする中、ラムダスがフレアを呼び止める。

 

「フレア様、少し宜しいですか? おぼっちゃま……ルーク様の事なのですが……」

 

「ルーク? ルークがまた何かしたのか?」

 

 ルーク・フォン・ファブレ。

 ファブレ家の次男にし、王位継承権第四位を与えられし少年。

 フレアの弟だが、十歳の頃に敵国に誘拐された事があり、その時のストレスが原因で記憶喪失になってしまった経緯を持ち、それが原因で軟禁生活を余儀なくされている。

 その事が原因で昔はブウサギを逃がす、父親の服を全て新品のメイド服にする等の悪戯を画作し、屋敷から抜け出そうとするも全て失敗。

 因みに、現在は十七歳になっている。

 そんなルークがまた何かやらかしたのかと思い、フレアはそうラムダスへ聞いたがラムダスは首を横へと振った。

 

「いえ、そうではないのですが……ルーク様は何度ご注意致しても、庭師のペールに御言葉を掛けるのです。あの者とは身分が違うと伝えているのですが……」

 

 そう言ってラムダスは溜め息を吐いた。

 ファブレ公爵の息子であり、王位継承権も与えられていると言うだけでも他の貴族よりも地位は高い。

 将来的にはキムラスカを背負う事になる。

 しかし、軟禁し大事に守られてきたルークにはそんな自覚はなく、身分関係なく誰にでも話し掛ける。

 それがルークの優しさなのはラムダスも分かっているが、己の立場を分かって貰いたい。

 誰彼構わず考え無し話していれば、身分の低い者から嘗められる可能性もある。

 そして、そうなれば必ずルーク、強いてはファブレに悪影響を与えるのは目に見えている。

 ラムダスはそれを心配し、兄であるフレアに直接言って貰いたいのだ。

 しかし、ラムダスの考えとは裏腹にその話を聞いたフレアは、顔を険しくする処か楽しそうに笑いだした。

 

「ハハハ! ルークらしいな。それが、あの子の優しさだ」

 

「フ、フレア様……しかし、いくらなんでもルーク様はご自分の立場を……」

 

 笑うフレアにラムダスは言葉を詰まらせてながらも、少しでもルークに何か言って貰おうと説得しようとするが、フレアはゆっくりとラムダスに背を向ける。

 

「分かった。俺からも少し言っておく事にしよう……」

 

 そう言ってフレアは応接室へと向かう、真剣ながらも黒い表情を浮かべながら。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、ファブレ公爵邸【応接室】

 

 応接室の前に付いたフレアは扉をノックすると中から、入りなさい、と言う父親であるファブレ公爵の声を聞くとフレアは応接室の中へ入る。

 応接室には豪華な装飾が施されたテーブル、そしてフレアから見て左側にフレアとルークの母親であるシュザンヌが、そして真正面の席に堂々と椅子に腰かける父であるファブレ公爵がいた。

 

「遅くなり申し訳ありません、父上」

 

「いや、構わん。まずは座りなさいフレア」

 

 父の言葉にフレアは黙って頷くと、母に向かい合う形で腰を掛けると早速、ファブレ公爵が口を開いた。

 

「まずは長旅、ご苦労であった。……で、カイツールの周辺はどうであった?」

 

「はい。国境周辺及び、マルクト側も可能な範囲で見てきましたが、今の処は情報にあった様な不穏な動きはマルクト軍には見られません。国境警備の兵からも最近の状況を聞き、これと言った変化もないとの事……」

 

 つい先日、フレアは休戦状態となっているマルクト帝国と繋ぐ国境の砦、カイツールへと派遣されていた。

 理由は最近、マルクト側に不穏な動きがあると聞いた為にある。

 最近のインゴベルト六世はダアトの大詠師モースの言葉に流されている所があり、今回もモースの言葉があっての派遣なのだとクリムソンもフレアも分かっていた。

 

「うむ、アルマンダインからも特に報告もない。やはりお前を派遣したのは早計であったか……」

 

「場合によってはマルクトを刺激しかねないので、予定よりも早めに撤収したのですが……」

 

 偽りの情報を鵜呑みし、何も起こっていない所でわざわざ問題を起こす様な事をする理由はない。

 ましてや、休戦中とはいえ何かの拍子で開戦してしまう程に緊迫しているマルクトが相手では尚の事。

 そんなフレアの考えを察してか、クリムゾンも静かに頷く。

 

「いや、その事は特に責める事ではない。寧ろ、最善の行動だ。……だが、陛下には伝えねばならんな。フレア、お前も後で共に城へ来なさい」

 

 クリムゾンの言葉にフレアも頷こうとするが、そんなフレアの言葉を遮る形で先に口を開く者がいた。

 フレアの母、シュザンヌであった。

 シュザンヌは夫であるクリムゾンの方を見て、非難めいた口調で言った。

 

「まあ! あなた……フレアは長旅で疲れているのですよ? 少しは休ませてあげなければこの子は倒れてしまいます!」

 

「母上。俺も、もう二十五です。そんな子供ではなく、自分で体調管理もすれば、受けた任務の報告もする義務があります」

 

 フレアはシュザンヌの言葉に対し、苦笑しながらも母が傷付かない様に返答する。

 我が子を大事にするがあまり、親馬鹿の部類に入る言動や行動してしまうシュザンヌ。

 フレアが剣を持ち、戦う職に就く事になった時も夜が明けるまで説得された事もあった。

 しかし、誘拐され記憶も失ったルークにはそれ以上に心配し、ルークが剣の稽古をするのも反対な程。

 

「何を言ってるのです、フレア。幾つになっても貴方は私達の子に変わりはないのですよ? やはり、屋敷を出ずに此処に残ってくれていれば……」

 

「その辺にしなさい、シュザンヌ。お前は少し甘すぎる、フレアは陛下から爵位も与えられているのだ。受けた期待の分、フレアは応えなければならんのだ」

 

「ですが……」

 

 夫の言葉に納得できないのか、シュザンヌはまだ何かを言おうとする。

 そんな両親の光景にフレアはやれやれ、と肩の力を抜いた時であった。

 

「失礼致します」

 

 応接室に一人の男が入って来た。

 身の丈は高く、顎鬚に凛々しい顔。

 髪は長髪だが、後ろで一纏めにし腰には剣を指している。

 

(ヴァン謡将……?)

 

 フレアは男の名を内心で呟く。

 ヴァン・グランツ、ローレライ教団の導師を守護する騎士団である神託の盾(オラクル)騎士団の首席総長である。

 若くして総長になっただけに、その剣の腕前も高く、ルークに剣の稽古も伝授している。

 その為、ファブレ公爵邸にいても何ら問題もない人物なのだが、今日は稽古の日ではない。

 

「突然の来訪、失礼致します……公爵、公爵夫人、フレア様」

 

「ヴァンか……今日はどうした? ルークの稽古の日ではない筈だが?」

 

 単刀直入にヴァンに聞くクリムゾンだが、ルークの稽古の話も出た事でシュザンヌの表情は少し暗くなる。

 どうやら、ルークの稽古についての話だけでも嫌な様だ。

 

「はい。実は先程、ダアトから火急の知らせが私の下に届きました」

 

「火急?……詳しく聞こう。まずは腰を掛けなさい」

 

 クリムゾンの言葉にヴァンは一礼し、フレアの隣の席に腰を掛けるとダアトからの知らせを説明し始めた。

 

「……導師イオンが行方不明との知らせが届きました」

 

「っ!? なんと……!」

 

「まあ……!」

 

 突然の事にクリムゾンもシュザンヌも驚きを隠せない。

 ローレライ教団のトップでもあり、今の世界にとって平和の象徴とも言われている導師が行方不明は余程の事態と言っても過言ではない。

 誤報の可能性も考えられるが、首席総長であるヴァンに知らせが来た時点で真実と思ってよいだろう。

 驚く両親の反応をよそに、フレアは特に何も言わずに現状を静観する。

 

「その為、私は捜索の任に就くためダアトに帰国しなければなりませんので、ルークの稽古が出来なくなりました。今日はその報告に……」

 

「……そうか」

 

 ヴァンの話に何か考え込むクリムゾンだが、シュザンヌはルークの稽古が出来なくなると言う言葉を聞き少し嬉しそうだ。

 そんな中、フレアは隣に座っているヴァンへ視線を向けた。

 

「……どうかなされましたか?」

 

 視線に気付いたヴァンがフレアへ問いかけるが、フレアは瞳を冷めた風にしながら顔を逸らした。

 瞳もいつもの綺麗なものに戻っている。

 

「いや、なんでもない」

 

 それだけ言ってフレアは口を閉じるが、ヴァンは何か言いたそうだったが同じ様に口を閉じる。

 そして、そんなやり取りが起こった事にも気付かず、暫く考えていたクリムゾンが口を開いた。

 

「まずはルークも呼ばねばな」

 

 そう言うとクリムゾンは使用人を呼ぶ鈴を鳴らしラムダスを呼ぶと、ルークへ応接室に来る様に伝える。

 ラムダスもそれに頷き応接室を出ていった。

 そして、ラムダスが部屋を出て少し経った後、部屋にノックが響く。

 

「失礼しま~す。只今、参りました父上」

 

 ノックの返事も待たず、怠そうな口調で応接室に入って来たのは、腰まである赤い髪と緑の瞳が目立ち、腹だしファッションと言う貴族とは思えない程にラフな格好の少年ルーク・フォン・ファブレだ。

 公爵とはいえ、実の父に対して口調がなっていない態度にフレアは小さく楽しそうな笑みを浮かべた。

 そんな息子の態度に小さく溜息を吐くクリムゾンだが、話を進める為、特には何も言わなかった。

 

「……うむ。座りなさいルーク」

 

 父の言葉に怠そうにヴァンの隣に座ろうとするルークだが、目線にヴァンとフレアが入った瞬間、目の色を変える。

 

「ヴァン師匠! 兄上!」

 

 座りながら、ヴァンとフレアに目を輝かせるルーク。

 父親の反応とは違う物に、どれだけ二人がルークに信頼されているのかが分かる。

 

「師匠、今日は稽古の日じゃないすよね? 兄上も、当分は帰れないって……」

 

「任務が速く終わってな。それで、今日は父上達に報告を兼ねて寄ったのだ」

 

 嬉しそうな表情の弟に事情を説明する。

 ルークにとって兄フレアとの関わりは、この軟禁生活の中でも数少ない楽しみの一つ。

 その為、フレアがバチカルを離れている時は残念な思いの反面、土産話やお土産が楽しみだったりしている。

 だからなのか、ルークはフレアがクリムゾンへの報告については興味なさそうにしている。

 

「ふ~ん……それよりも、兄上! 外の世界について聞かせてくれよ! 今回は凄い魔物とか倒した? お土産は!?」

 

「ハハ、少し落ち着きなさい。後で聞かせてやるが、今はヴァン謡将の話が優先だ」

 

「あっ……そう言えば、師匠はなんで今日来たんですか? 今日は稽古の日じゃあ……」

 

 フレアの言葉に今度はヴァンの方へ顔を向けるルークに、ヴァンは頷いた。

 

「稽古ならば後で見てやろう。だが、その前に教えとかねばならん事がある」

 

「教えとかねばならない事……?」

 

 呟くルークにヴァンは再び頷くと、視線をクリムゾンへ送るとクリムゾンは頷き説明を始めた。

 

「ルークよ。実はヴァン謡将は近々ダアトに戻らねばならん事になった……」

 

 クリムゾンは先程の話をルークへ話した。

 導師イオンが行方不明な事。

 それによって信託の盾騎士団の総長であるヴァンに捜索の命が届き、ダアトに帰国しなければならない事をルークへ包み隠さず話した。

 だが、ただでさえ兄フレアや仲の良い使用人のガイが屋敷や街を離れるだけで文句を言うルークである。

 案の定、話が終わると同時にルークは抗議し始めた。

 

「えぇッ!! 嫌だよ俺! 稽古はヴァン師匠じゃなきゃ嫌だ!」

 

「我慢してくれルーク。私の留守の間は部下を送る」

 

 ヴァンがルークを宥めようと最善の案を出すが、残念ながらルークは納得せずに抗議を続ける中、クリムゾンは呆れた様に溜息を吐いた。

 

「いい加減にしなさいルーク。辛抱する事も覚えなばならん」

 

 親らしいしつけの言葉がルークへ投げられる。

 しかし、それとほぼ同時にルークへの擁護の言葉も投げられた。

 

「まあ、あなた……ルークが可哀想だと思わないのですか! この子は誘拐され、怖い想いもして記憶も……うぅ」

 

 擁護の言葉を投げ掛けたのは予想通り、シュザンヌであった。

 危険な事は止めて欲しいが、息子の好きな事はやらせてあげたいと言う、なんとも複雑な親心。

 そして、昔の事を思い出したのかシュザンヌは涙まで流してしまう。

 

「は、母上……泣く事まではないのでは?」

 

「フレアの言う通りだ。シュザンヌよ……お前は少しルークに甘すぎるのではないか?」

 

 そうは言うものの身体の弱い妻にそんな強くは言えないクリムゾンは、それだけを言って妻を悲しませない様にするのに精一杯だった。

 そして、そんな両親の様子をつまらなさそうに見詰めるルークの頭に、ヴァンは手をポンッと置くと立ち上がった。

 

「そう言う事でありルークよ、今日はとことん稽古に付き合ってやるぞ? 私は先に中庭へ向かおう」

 

「ほう、ならば俺もルークがどれ程、腕を上げたか見させてもらうとしよう」

 

 そう言ってヴァンに続くようにフレアも立ち上げり、二人は応接室を出て行く。

 

「ああッ! 師匠……兄上……」

 

 哀しそうなルークの叫びは扉に阻まれ、ヴァンとフレアに届く事はなかった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、ファブレ邸【中庭】

 

 ファブレ邸でも自慢の中庭へヴァンとフレアが足を踏み入れると、中庭の中央には二人の先客が立っていた。

 髪が薄く年配の老人と金髪の青年、庭師のペールと使用人のガイだ。

 二人はヴァンとフレアに気付くと、頭を下げて一礼しペールは再び仕事に戻り、ガイは立ったままだ。

 

「お疲れ様です、フレア様、ヴァン様」

 

 目上の者に挨拶をするガイだったが、ヴァンとフレアは鼻で笑った。

 

「フッ……ガイ、今ここにいるのは俺達だけだ。その呼び方は皮肉にしか聞こえないぞ?」

 

「ええ、お戯れを……”ガイラルディア”様」

 

 そう言ってフレアとヴァンは、背を向けて庭の手入れをしているペールへ視線を向ける。

 今の話を聞こえているであろうペールだが、聞いていない、寧ろ何も起こっていないかと錯覚させる程に反応せず、黙々と手入れを続ける。

 そんなペールに笑みを浮かべる二人に、ガイは先程の言葉に首を横へ振った。

 

「……御二人とも、今の俺はファブレ家の使用人ですよ」

 

 おかしそうに笑みを浮かべながらそう言うガイだが、その瞳は使用人とは思えない程の眼力だ。

 そんなガイにフレアは、そうか……とだけ更に笑みを返すと、標的を背を向けているヴァンへ変えた。

 

「ヴァン。今回の一件も計画の内か?」

 

「……いえ、今回の事は此方とて予定外の事。時期が迫る中、全くレプリカと言う”物”は余計な事ばかりする」

 

 鬱陶しい様にそう言うヴァン。

 また、フレアとヴァンの会話にガイとペールは沈黙を貫いたまま距離を取る。

 これはフレアとヴァンの会話だと自覚しての事だからだ。

 そして、ヴァンの言葉にフレアは背を向けたまま意外そうに言った。

 

「ほう、レプリカ導師にそれ程までの自我と行動力があるとはな……」

 

 フレアは”今の”導師と顔を合わせた事が無い。

 しかし、それを含めたとしてもフレアの口調は何処か楽しそうにも見える為、その言葉の内容は実際は微塵もそう思っていないのが分かる。

 それはヴァンも同じ事であった。

 

「確かにあのレプリカはオリジナルとは似ても似つかない性格ですが、只でさえ体力面で”劣化”しております。導師守護役(フォンマスターガーディアン)の協力があっても、それ程までの行動力はあるとは思えません」

 

 導師守護役、女性のみで構成された文字通り導師を守る者達の事を指す。

 構成メンバーは三十人程だが、時期性で交代される為に導師の傍にいる者は基本的には一人だけ。

 体力面で劣化し、しかも今の”現状”の導師をダアトから連れ出せるとは思えない。

 しかし、現に導師はダアトから消えているのは事実。

 

「……軟禁していたと言う割に、こうも簡単に逃げられるとはモースも情けない事だ」

 

 フレアは今此処にいないある男を非難した。

 大詠師モースはローレライ教団所属の男であり、彼の肩書である大詠師は導師の次に権限が強い役職だ。

 しかし、現在は改革的な導師派と保守的な大詠師派と派閥争いを行っているローレライ教団にて導師派は圧倒的な劣勢に立たされており、事実上はモースが教団のトップだが、導師として必要な素質である第七音素をモースは扱えない事も原因で完全に導師派も教団も掌握しきれない原因となっている。

 そんなモースを非難するフレアにヴァンも頷く。

 

「それは私も同意見ですが、元々あの男を信じていた訳ではありますまい」

 

「当然だ」

 

 迷いなく即答するフレアに、ヴァンは少し苦笑するが自分も同じな為に特には何も言わなかった。

 そんな中、フレアはヴァンの方へ振り返った。

 

「まあ、導師達の事は計画に支障がないならば、お前のいない間は俺やガイに任せれば良い。それよりもヴァン、”アレ”はどうなった?」

 

 先程の話を終わらせ、フレアは目付きを険しくしヴァンへ問いかけると、ヴァンもその意味を理解しているらしくヴァンは静かに頷くと何処からともなく一本の剣を取り出し、フレアへと手渡した。

 持ち手の部分や柄の部分が炎をイメージしたかの様なデザインの剣だが、肝心の刃の部分は何やら青い文字が刻まれた布によって包まれている。

 その剣を受け取ったフレアは、その剣をまじまじと見つめた。

 

「これがそうか……」

 

「ええ、嘗て……創世暦時代に第五音素の意識集合体『イフリート』が作ったとされる魔剣”フランベルジュ”。言われました通り、ザレッホ火山にて発見致しました」

 

 オールドラント最大の火山地帯”ザレッホ火山”は未だに溶岩活動もあり、第五音素が多く存在し、それを好む魔物が数多く生息している場所だ。

 その場所へヴァンは部下を引き連れ、フレアとの契約を果たす為に火山へ行き、魔物と環境に苦戦しながらも魔剣を入手する事に成功した。

 そんなヴァンの話を聞きながらもフランベルジュを見つめるフレアに、ヴァンは声を掛けた。

 

「ご安心を、その剣は本物ーーー」

 

「本物だ」

 

 ヴァンの言葉を遮り、フレアはフランベルジュの刃を包む布へ触れる。

 青く光るフォニック文字が刻まれている布は厳重に刃を抑えているらしく、布そのものを引っ張ってもビクともしなかった。

 

「お気を付け下さい。騎士団の中で腕利きの譜術士十人に封印を施させましたが、それでも完全には力を抑えられてはおりません。気を抜けば、その剣の第五音素が暴走し持ち主すら焼き殺します……」

 

 ヴァンは冷静にフレアへ説明をした。

 引き連れ行った部下のオラクルナイトも無警戒でその剣に触れてしまい、溢れ出て来る第五音素を制御できずにそのまま死んでしまった。

 だが、そのオラクルナイトも決して未熟な訳ではなかった。

 寧ろ、音素の扱いには長けていた方であったがフランベルジュの持ち主に与える第五音素が桁違いな為、余程の熟練者でなければ扱いは難しい。

 フレアでも本当に扱えるのかどうか、ヴァンは疑問すら覚える程に。

 そして、ヴァンがそんな事を思っている事を知ってか知らずか、フレアはフランベルジュを横に向け、左手で刃に触れた時であった。

 封印を施していた布が一瞬にして燃え、抑えられていた刃がその姿を現した。

 

「これが魔剣と言う物か……」

 

 フレアは予想以上の力に思わず呟くが、その声は冷静そのものだ。

 まるで炎その物を刃にしたかの様なフランベルジュの刃。

 その刀身は見る者に息を呑ませる程の存在感を出し、炎の様に力強く、ルビーの様に美しい剣であった。

 だが、力を解放されたフランベルジュは刃が露出した事で膨大な第五音素が溢れだす。

 それは肉眼で直に見える程であり、その第五音素はそのままフレアの周りを包み、ヴァン達は思わず身構える。

 

「いかん! 第五音素が暴走する……!」

 

 手入れをしていたペールですら作業を中断し、目の前の現状の危険さを理解する程であり、ヴァンとガイも身構えたまま動けずにいた。

 

「マズイ! 屋敷内の者達に避難を!?」

 

「フレア様!!」

 

 辺りの空気の温度が上がっているのを直に感じ、この庭に第五音素が異常に集まっている事に二人はそのまま息を呑んだ。

 だが……。

 

「大丈夫だ」

 

 周りの声など気にせず、フレアは顔色一つ変えてはいなかった。

 それどころか、フランベルジュの力に笑みを洩らす程だ。

 すると、フレアの周りに集まっていた第五音素が弱まり始め、軈てフランベルジュの中へと消えて行った。

 最悪の事態の回避、そしてその回避させた力にフレアを除く三人は静かにフレアを見つめていた。

 

「悪くない……イフリートがこれを俺に使わせたがっていた訳も頷ける」

 

 そう言ってフランベルジュを見つめるフレアは、そのまま瞳を閉じると心の中で己の半身とも呼べる者の名を呼んだ。

 

(イフリート……)

 

 その名を心の中で口にすると、フレアは自分の中から熱い何かが込み上げて来るのに気付く。

 そして、頭の中に声が響いた。

 

『フレア……我ガ半身……!』

 

 どちらかと言えば男に近い低い声、だが、それは人の声ではないと言う圧倒的な威圧感も同時に放たれている。

 そんな声の主イフリートに、フレアは慣れているのかすぐに返答した。

 

(イフリート……フランベルジュは俺の手にある。この魔剣を収める為の鞘を)

 

『分カッタ……我ガ作りシ剣……ソレを収メル鞘を送ル……』

 

 イフリートの声に、フレアは左手を翳すと第五音素が左手に集中し、それは軈て一つの形となる。

 それは赤く、焔の様な色合いの鞘であった。

 フレアはフランベルジュをその鞘へ差すと、先程までフランベルジュから漏れていた第五音素が完全に遮断され、庭は何事もなかった様な静けさを取り戻す。

 そして、その光景にペールとガイはフレアの力を知っていても驚きを隠せず、ヴァンも先程の己の考えが阿保らしく思ってしまう。

 

(流石は……イフリートの同位体か。私とした事が今になって再度自覚させられるとはな)

 

 戦う事を生業としている者、特に軍属の者は皆が知っている。

 ファブレ家・長兄、フレアの音素振動数が第五音素の意識集合体のイフリートと同じ振動数である事を。

 本来ならば同じ音素振動数を持つ者は存在しないのだが、フレアはその例外の一人。

 音素力や譜術に用いられている第五音素だが、それは第七音素とは違い鍛錬すれば誰でも操れる一般的な音素の為、イフリートの同位体だからと言って何が出来るのかと言う疑問を持つ者も少なくない。

 ただ噂では、オールドラント中の第五音素を操れる、フレアの前では第五音素を用いた譜術は使えない、エネルギーである音素力、その中で第五音素を燃料にしている音機関を止められる等、諸説が存在する。

 だが、フレアは剣・武・譜術に長け第七音素の素質も持っており、この若さで数々の武功を上げているのは彼の才能とイフリートの存在が大きいのは間違いない。

 そして、その恐ろしさもヴァン自身も身を持って知っていた。

 

「その様な事が出来るのでしたら、フランベルジュをイフリートから受け取れば良かったのでは?」

 

 嘗ての恐怖を思い出したのか、少し額に汗を浮かばせながらヴァンはフレアへそう抗議するが、フレアは剣を腰に掛けながら首を横へ振った。

 

「嘗てユリアとその弟子たちは、幾つかの武器の力の大きさに危機感を覚えて封印を施したと言われている。その為なのか、イフリートですらこのフランベルジュに干渉は出来なかった」

 

 フレアはそう言うとヴァンへ振り向き、更に言葉を付け加えた。

 

「どの道、お前には貸しもあれば”先祖”の尻拭いを子孫がしたにすぎんだろう?」

 

「……」

 

 そのフレアの言葉にヴァンは何も言わなかったが、その眼光は鋭く光っており、フレアもヴァンへ同じ眼光で睨み、辺りに不穏な空気を生み出しながら二人が睨み合っていた時であった。

 

「師匠! 兄上!」

 

 中庭にルークが走りながら皆の下へと来たのだ。

 両親との会話が長くなってしまったのか、急いで来たルークだったが中庭の異変に少し首を傾げた。

 

「あれ? なんかこの庭、今日はやけに暑い様な……」

 

 先程の一件を露も知らないルークは気温の異変に気付いたが、その異変も収まり始めていたので首を傾げる程度しか分からない。

 

「走ってきたからじゃないのか、ルーク?」

 

 ガイの言葉に漸く彼にルークは気付いた。

 

「ん? なんだよ、ガイ。どうしてガイまでここにいるんだよ」

 

「いや……ただ、俺も御二人から色々と剣について聞きたくてな」

 

 ガイはルークへ先程の事を隠した。

 理由はただ単に話してはいけない事だからで他ならないからだ。

 

「ふ~ん……でも、ヴァン師匠は俺と稽古すんだぞ? 兄上にも稽古が終わった後に色々と土産話を聞くんだからな。ガイはまた今度にしろよな。なんなら、俺がガイに教えてやっても良いんだぜ?」

 

 親友の言葉に疑うと言う事をしないルークは案の定、ガイの言葉を鵜呑みにしていまい、ガイも親友の顔で笑いながら返答した。

 

「ははは。それは楽しみだが、ヴァン謡将から一本取れる様になってからにさせて貰おう」

 

 ガイの言う通り、ルークは今までの稽古の中でヴァンに一本も取れた事がない。

 別にルークが弱いと言う訳ではないが、ヴァンとはスキルの差があり過ぎており、ハッキリ言えば掠りもした事がないのだ。

 それをルークも気にしているらしく、地団駄しながらガイに抗議する。

 

「う、うるせぇな! 俺はまだ修行中なんだよ……それに今日は凄い調子が良いんだ。今日だったらヴァン師匠にだって勝てるかも知れないぜ!」

 

「ほう、それは私も楽しみだな。それならば早速、稽古に取り掛かろう……まずは準備として素振り開始!」

 

「はい!」

 

 ヴァンの指示に木刀を抜き、ルークは兄や使用人達が見守る中で稽古を始めるのだった。

 屋敷内に招かねざる客が来ている事も知らずに……。

 

 

 ▼▼▼

 

 屋敷内ではある異常事態がおこっていた。

 白光騎士団は疎か、メイドや執事のラムダスですら横たわったり壁や柱に寄りかかったまま一時の眠りに沈んでおり、屋敷内は無防備となっていた。

 そんな中、屋敷内を歩く一人の女がいた。

 顔の半分も覆う長髪で顔は良く見えないが、微かな幼さは雰囲気からみて取れるが杖を持ち武装はしている。

 

「……どこにいるの? 裏切り者、ヴァン!」

 

 彼女の言葉には確かな怒りが感じ取れる。

 ファブレ公爵家に侵入してまでもやり遂げる事、それは生半可なものではない。

 女は辺りを見渡し続けるが、目的の人物は何処にもいない。

 軈て、女の表情に焦りが現れる。

 

「ほ、本当にここなのよね?……間違えてたらどうしよう……」

 

 先程までの強い口調は何処へやら。

 あたふたし始めてしまう侵入者だが、庭の方から何やら騒がしい声が聞こえる。

 女は気になり、そっと窓から庭を覗くとそこには目的の人物の姿があった。

 

 

 ▼▼▼

 

「双牙斬ッ!!」

 

 ルークは木刀を下から上へ振り、訓練用の人形を吹き飛ばした。

 強烈な一撃でバウンドしながら庭の壁に激突する人形を見て、ヴァンは静かに頷く。

 

「良し。少なくとも双牙斬は使いこなし始めた様だな……では、今度は私が相手をしてやろう」

 

 木刀を手に持ちルークの下に近付くヴァンと、うずうずしながらそれを待つルーク。

 ガイとペール、そしてフレアはそんな稽古の様子を静かに眺めていた時であった。

 

『トゥエ レィ ズェ クロア リュォ トゥエ ズェ』

 

「ッ!? これは……!」

 

「なんだ!……凄い眠気が……!」

 

 突如、庭に歌が流れた。

 心地よき歌であり、透き通る声に心奪われてしまう程に綺麗な歌。

 だが、問題なのはそこではなく、異常なまでの睡魔に襲われると言う事だった。

 ペールとガイは思わず膝をついてしまうが、ペールはその正体に気付いた。

 

「これは譜歌か! や、屋敷に……第七音譜術士が入り込んだのか!!」

 

「くそっ! 警備兵は何をしている!」

 

 ガイは警備兵の不甲斐無さに怒る中、同様に睡魔に襲われていたフレアは庭の隅の柱で動く影に気付く。

 

「そこか!」

 

 フレアは咄嗟に近くにあった予備の木刀を上から下にする様に投げた。

 木刀は回転しながら柱の影に向かい、柱の傍に接近した瞬間、何かに弾かれ地面に落ちると柱の影から一人の女が出て来る。

 

「気配は消していたつもりだったのだけれど、流石はファブレ公爵の屋敷ね……」

 

「お、女ッ!?」

 

 侵入者の正体にルークは驚きを隠せなかった。

 自分の読んでいた物語では侵入者は黒いフードを被った男と言うのがお決まりの展開。

 まさかの出来事にルークが驚く中、ヴァンも侵入者の正体に驚いていた。

 

「ティア!? やはりお前か!」

 

「見つけたわ……裏切り者、ヴァン・グランツ!!」

 

 杖を構え、ナイフを取り出した侵入者ティアはそのままヴァンへ向けて駆け出した。

 それに対してヴァンも自分の剣を抜き、迎え撃つ体制に入ったが、その二人の間に入る者がいた……フレアだ。

 フレアはフランベルジュを抜いてヴァンとのティアの間に入り、互いの剣と杖がぶつかり合う。

 

「賊めが……これ以上、この屋敷で好き勝手出来ると思うな」

 

「ッ! 邪魔しないで、あなた達には危害を加える気はないの!」

 

 武器と言葉をぶつける両者だが、純粋な力ではフレアに分があり徐々にティアは押されて行く。

 その事態にヴァンも二人の方へ叫んだ。

 

「フレア様! お待ち下さい!?」

 

 珍しく少し慌てているヴァンの様子にフレアは珍しくも思ったが、理由はどうであれ侵入者に変わりはないのだ。

 それ故、フレアはヴァンの言葉を聞いても力を緩める事はしない。

 

「黙っていろヴァン。 どの道、公爵邸への無断侵入だ。斬られても文句は……言えまい!」

 

 フレアはそう言うと、互いに武器を弾き、そのまま再び武器をぶつけ合う。

 だが、押されているのはティアなのは変わりはなく、このまま勝負が着くと思われたがこの時、誰もが予想外の事が起きてしまった。

 

「兄上ぇぇぇぇッ!」

 

 ルークがフレアの助太刀の為に二人へ木刀を持ちながら走って来たのだ。

 

「ッ! いかん!」

 

「来るな、ルーク!?」

 

 ヴァンとフレアの言葉が庭に響くが、ルークには届かず、ルークの木刀はそのままフレアとティアの武器へ振り落とされ、そのまま接触した時だった。

 

 バチッ!

 

 刹那、三人の耳に静電気の様な音が聞こえた瞬間、今度は耳鳴りの様な音が発生し、巨大な力が三人を包み込む。

 

「これは!? 超振動……!」

 

「よりによってこのタイミングで……!?」

 

「な、なんなんだよコレはよッ!?」

 

 フレアとティアが事態に気付く中、ルークだけが事態を理解出来ずに困惑していた。

 フレアは何とかルークだけでも助けようとするが、強い力に拒まれ動く事が出来ない。

 そして、その時は訪れてしまう。

 何かが弾けた瞬間、三人の意識は飛んだ。

 

「ガアァァァァァァッ!!?」

 

「キャアァァァァァッ!!?」

 

「ウワァァァァァァッ!!?」

 

 庭の中心で爆発音と悲鳴が響き渡った後、三人がいた場所には何も存在しなかった。

 ただ、一本の光の柱が天に昇って行ったと言う事実だけが残されたヴァン達の目に残ってしまった。

 

 

 End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話:タタル渓谷

 現在、??? 

 

 意識が朦朧とする中、フレアがゆっくりと眼を開けると視界いっぱいに夜空に輝く星が出迎えた。

 

(こ、ここは……外なのか? 一体、何処に……)

 

 フレアは覚醒し始める意識と共に辺りを見て現状を把握し始める。

 吹き行く夜風によって鳴る葉の音色や虫の声が響き、少なくともここがファブレ邸ではなく何処かの森か何かだと言う事だけは分かった。

 

(確か俺は……賊と戦い、そこにルークが……っ! そうだ、超振動が起こったのか)

 

 漸く事態を把握したフレア。

 何故、超振動で屋敷の外に飛ばされたのかは分からないが、起きてしまったものは仕方なく生きていただけでも儲け物。

 しかし、そこでフレアは更に重要な事に気付く。

 そう、先程の賊であるティア、そして弟のルークの安否だ。

 フレアは少しフラつきながらも立ち上がり、ルークの名を呼んだ。

 

「ルーク! どこだッ! いたら返事をしろ!」

 

 夜の森でフレアは弟の名を呼んだ。

 それは中々に危険な行為だが仕方のない事だった。

 フレアは失う訳にはいかないのだ、”今は”まだルークを……。

 魔物や賊の類を呼ぶ可能性はある中、暫くフレアが叫んでいる時であった。

 彼の背後から聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「兄上ぇぇぇ!」

 

「ルーク!?」

 

 声の方を向くと、そこにいたのは弟のルークであった。

 嬉しさと安心の表情で走ってくるルークの姿にフレアもまずは安心し、一呼吸入れた。

 

「無事だったか、心配したんだぞ?」

 

「それは俺もだって! って言うか兄上……此処は何処なんだよ? 外の世界なのか?」

 

 屋敷に幽閉されていたルークにとって、屋敷の外は見る物全てが新鮮であり、こんな森は疎か、近くにある川すら見た事もない。

 だからだろう、不安の感情に隠れてわくわくした気分が見え隠れしている。

 そして、そんなルークからの問いにフレアはまずは頷く事にした。

 

「外の世界には違いないが、此処が何処かと言われればそれはまだ分からん。似た様な場所なら幾らでもあるからな」

 

「兄上でも分からないのか……あっ! でも兄上! 俺、さっき海を見たぜ!」

 

「海……か」

 

 ルークの言葉にフレアは再び考える。

 海と言う事は色々と場所を絞れるが、情報にしてはやはり弱い。

 このオールドラントで海沿いもまた少なくなく、キムラスカ領なのかマルクト領なのかさえ判断できない。

 超振動で飛ばされた経験が無い為、どれ程飛ばされたのかも予想できず答えはでない。

 イフリートと通信する手も考えたが、わざわざその為に通信するのは恐れ多いと言うか情けないと言うか、少なくとも力の無駄遣いに思い、それは最後の手段にする事にした。

 フレアは予定外の事態に溜息を吐こうと肩を落とした時だった。

 

「ルーク!? 突然、走ったらあぶないわ!」

 

 ルークが来た方から声が聞こえたと思えば、走って来たのは公爵邸の侵入者であるティアであった。

 その姿にフレアは右手を腰のフランベルジュに掛け、臨戦態勢を取る。

 

「貴様……あの賊か?」

 

「あ、あなたは屋敷の……」

 

 フレアの存在に気付いたティアの表情が強張る。

 先程、戦った相手が目の前にいるのだ。

 フレアもティアもお互いに緊張感が流れる中、ルークが二人の間に止めに入る。

 

「ああ、兄上は知らないよな。こいつ、ティアって言うんだって……俺をバチカルまで送ってくれるってさ」

 

「なに?」

 

 どうも状況が中途半端にしか分からないフレアは二人に聞く事にすると、二人はここまでの事を説明した。

 超振動で飛ばされた事、その責任を果たす為にティアがルークをバチカルまで送り届ける約束をした事など、出来る限りの事を二人と言うよりも特にティアが説明するとフレアも漸く事態を理解する事が出来た。

 

「……以上の事より、この度の事は全て私の責任です。その為、弟様の事は必ずやバチカルまで御衛いたします」

 

「侵入者をすぐに信用しろと?」

 

 フレアの眼光がティアを捉える。

 残念ながらフレアはルークとは違い、そんなすぐに相手を信用してはいけない生き方をしてきている。

 その為、侵入者のティアをすぐに信じろと言うのは無理と言うものだ。

 だが、その事に関してはティアも理解しているらしく、フレアの言葉にすぐに頷いた。

 

「すぐに信用して頂こうとは私も思ってはおりません。ですが、私の標的はヴァン・グランツのみ。それだけは信じて欲しいんです……」

 

「……」

 

 ティアのその言葉にフレアは彼女の瞳をジッと見つめた。

 先程のルークと自分に関しては本当に申し訳ないと思っているのは伝わっていたが、ヴァンの名前を出す時の彼女からは絶対的な敵意が読み取れる。

 本当ならばそう信用は出来ないが、いつまでも此処にいる訳のもいかない為、フレアはヴァンに関してだけは信用する事にした。

 

「……良いだろう。責任を取る者や結果を出す者を俺は特には言わん。もし、ルークをちゃんとバチカルまで届ける事が出来れば、今回の一件を不問にして頂く様に父上へ言ってやろう」

 

 これはフレアからティアへの取引とも言える内容であった。

 今回の罪を不問にしたければルークを守れ、遠回しにティアへそう言っているのだ。

 そうする事でティアのルークへの価値観は大きく変わるであろう。

 例えティアが何かしようモノならば、フレアが自身でいくらでも対処できるのもフレアの強みである事は二人は気付く事はなく、ティアはフレアへ頭を下げた。

 

「寛大な処置に感謝致します」

 

「……それは屋敷についてから聞こう。それと、自己紹介がまだだったな。俺の名はフレア、フレア・フォン・ファブレだ」

 

 その名にティアは疑問の表情を浮かべた。

 

「フレア……? 何処かで聞いた様な……」

 

「なあ、いつまで話してるんだよ……兄上もティアも早く行こうぜ」

 

 話していた二人を他所に、ルークの我慢が限界に来たのか文句を言い始める。

 屋敷の中での軟禁生活は外出の自由はなかったが、少なくともそれ以外に関しては不自由のない暮らしであったのは変わりない。

 欲しい物は与えられる、そんな生活をしていたルークにとっては冒険心くすぐる今の状況に我慢等は無理と言うもの。

 そんなルークの様子にフレアとティアは互いに頷くと、ルークを連れて森を進んで行くのだった。

 

 ▼▼▼

 

 三人が暫く森を歩いていた時であった。

 ルークは夜風の寒さに悪態をついていた。

 

「うぅ~さみぃ……早く屋敷に帰りたいぜ……」

 

「思ったよりも広いわね……最悪、今夜中には出られないかも知れないわ」

 

「マ、マジかよ……最悪だ……」

 

 ティアの言葉に先程の元気は無くなってしまった様で、ルークは肩を落としながら項垂れる。

 勿論、ぶつぶつと文句も忘れずに。

 そんな弟の姿にフレアはやれやれと笑みを浮かべると、静かに第五音素を集め出した。

 

(第五音素よ……我が名の下に集まれ)

 

 心の中でフレアが第五音素に命を下すと、目には見えないが第五音素が三人を包み込むと体が暖かくなって行く。

 その事で最初に反応したのは勿論の事ルークであった。

 

「あれ? ……なんか暖かくなった気がするな。これなら大丈夫そうだ。とっととこんな森を出ようぜ!」

 

 何故、暖かくなったのかさえ疑問に思わないルークはそのまま一人で歩いていってしまう中、ティアは視線をフレアへと向けた。

 

「第五音素の扱いが上手いんですね」

 

「それ程でもない。君こそ第五音素は扱えるだろ?」

 

 ティアに対して冷静に笑みを浮かべながらフレアは返答する。

 第七音素以外は鍛錬で何とか出来る物だが、第七音素は素質を必要とし尚且つ素質があっても扱いが難しい物だ。

 その為、第七音譜術士のティアならば第五音素の扱い位はできるのが当然と言える。

 しかし、そんなフレアの言葉にティアは首を横へ振った。

 

「いえ、譜術としてではなく音素だけを……それもあんな短い間に適温にするのは余程、第五音素を使いこなせなければ難しい筈です」

 

 ティアの言う通り、音素力にも使われている第五音素だが使い方を間違えれば暴走し、それを人に直接放てば暴走した第五音素による人間爆弾にも成りうる。

 それはどんな音素にも言える事だが、扱いを間違えればただの凶器にもなる。

 その為、音素を譜術としてではなく直接、針の穴を通す様に操る者は数多くない。

 

「思い出したのですが、フレアと言う名前……そして第五音素……あなたはまさか”キムラスカの焔──」

 

 ティアがフレアを見て、そこまで言った時であった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!! なんなんだよコイツッ!!?」

 

 ティアの言葉を遮ったのは先程、先に行った筈のルークだった。

 全力疾走で自分達の下へ向かってくるルークに互いに見合わせて奥を見ると、ルークを追う様に同じように走ってくる巨大な物体がいた。

 それは人よりも少し大きいイノシシの様な魔物『サイノッサス』だった。

 

「魔物か……」

 

「ルーク! あなたは後ろに隠れて!」

 

「これが魔物……って、ハァッ!?」

 

 フレアが魔物に気付くとティアは武器を構え、ルークを後ろへ下げようとする。

 恐らく縄張りを荒らしたのか、それとも足がぶつかったのかは分からないがサイノッサスの怒りは尋常ではなかった。

 息を乱しながらも一心に此方へ突進を仕掛けて来るサイノッサスにティアは反撃しようとした時だった。

 女であるティアに隠れてと言われたのがプライドに触れたのか、ルークは下がる処か二人の前に出た。

 

「ふざけんな! 俺はヴァン師匠の弟子だぞ! 女の後ろに隠れれる訳ねえだろ!」

 

 前に出たルークはそう言って武器を構えるが、その武器に再びフレアとティアは驚いた。

 

「ルーク!? お前、それは木刀だぞ!」

 

「だって兄上、俺はこれしか持ってないし……」

 

「だったら下がってて……実戦は訓練とは違うのよ」

 

 ルークの言葉に呆れた様にティアは呟いた。

 木刀と今までの現状から、ルークが魔物との戦いも何処か訓練と同程度にしか思っていないと判断した様だが、ルークだってティアに反論する。

 

「そんなんじゃねえよ! いつも母上が言ってんだよ……女子供、御年寄りは守ってやれって!」

 

 シュザンヌの日頃の教育がここに来てルークに影響を与えた様だが、言ってる事と見た目があっていない。

 無いよりはマシ程度だが所詮は木刀に変わりなく、何かの拍子で折れるのは目に見えていた。

 フレアは何かなかったかと辺りを見ると、自分のフランベルジュを差す反対側にもう一本だけ剣がある事を思い出すと、それを外しルークへ差し出した。

 

「ルーク、約束の土産だ。これを使え」

 

「土産? これって……剣!?」

 

 ルークはフレアから土産を受け取ると、その剣を抜いて見た。

 シンプルなデザインだが、その刃は綺麗に磨かれており、新品な真剣だった。

 木刀とは違う重さと存在感に思わず息を呑むルークに、ティアはフレアへ抗議する。

 

「正気ですか? 彼は実戦の経験処か屋敷から出た事も無かったのに武器を持たせるなんて……!」

 

「あくまで護身だ。それに真剣ならば何回か持たせた事がある……それにルークは無暗に振り回す程子供ではない」

 

 そうだな? そう言ってルークを見るフレアにルークは呆気になりながらもブンブンと首を縦に振って肯定した。

 

「も、勿論だぜ兄上! 兄上からの土産なんだ……そんな事には使わない!」

 

 ルークはそう言うとその剣を腰の後ろに差すと、自分の利き手である左手で剣を抜いて構える。

 その姿にティアも諦めたのか、溜息を吐きながら杖を構えてルークのサポートと護衛をする為にルークよりも一歩前に出て作戦を説明する。

 

「ルーク、よく聞いて。私が先に攻撃して怯ませるから、その隙にあなたに攻撃して貰いたいのだけれど、あなたは実戦が初めてだから無理なら私が──ー」

 

「よっしゃあ! 俺に任せろ! 兄上にも良いとこ見せるんだ!」

 

 ティアの言葉を遮り、かなりのやる気を見せるルークにティアは心配でならなかった。

 

(本当に大丈夫なのかしら……?)

 

 後衛の自分よりは初戦闘とはいえ、剣を持つルークを前衛にした方が良いと思っての作戦だったが当のルークを見ると心配になり、やはり自分が戦った方が良い気がしてきた時であった。

 後ろにいたフレアがティアへ言った。

 

「まずはやらせてあげてくれ。おそらく、バチカルに戻るまでは何度か戦う事になる。ならば、僅かでも実戦をつませたい。それに、もし何かあれば俺と君が助けてやれば良い」

 

 現在地は分からなくても、バチカルに戻るまでには魔物と戦う機会は必ずあるだろう。

 ならば、いくらヴァンから稽古してもらっていると言えど経験が無いのは変わりなく、少しでもルークに経験をつませ最低限は自分を守れる様にフレアはしたい。

 

「確かにそれは私も賛成ですが……あなたは戦わないんですか?」

 

 今の状況の中、少しでも戦力を増やしたいティアにとってはルークに経験を積ませる事は賛成だが、魔物が襲ってきている中で剣を抜かないフレアにティアは少し不満気に言うと、フレアは笑みを崩さずに返答する。

 

「初めての実戦だからな……弟に花を持たせてやらねば」

 

「……」

 

 何かあれば共に守れば良いと言っときながらのこれである。

 やはり貴族の考え方は自分達とは違うのか、そうティアが思った時であった。

 サイノックスが自分達の方に目掛けて突進してきた。

 風の切る音を発しながらの突進、その速さと重量から計算しても直撃を受ければ只ではすまないのが分かる。

 

「ど、どうすんだ!? 早く隙を作れよ!」

 

「分かってるわ」

 

 慌てるルークとはよそにティアは冷静に杖を構える。

 構えた杖の先端に音素が集まりだすとメロン程の大きさの球体となり、ティアはその音素の球をサイノックスへ放つ。

 すると、ティアの攻撃をサイノックスは躱す事無く額に直撃するとスピードが落ち、動きが鈍り隙が生まれた。

 

「今よルーク!」

 

「う、うおぉぉぉぉッ!! 双牙斬ッ!!」

 

 ティアの声に応え、ルークは怯んだサイノックスに一気に近付くと剣を下から上へ動かし、強烈な一撃を与えると

 サイノックスはそのまま吹き飛ぶと地面に激突しその動きを止めた。

 初めての実戦、初めての感覚と手応え、そして初めての勝利にルークは緊張で乱れた呼吸のまま嬉しそうに腕を空へ上げた。

 

「ハァ……ハァ……よっしゃあッ!! 勝ったぜ!」

 

 完勝だった事も助け、ルークは嬉しくて堪らず先程まで自分に下がる様に言っていたティアへ近付き言った。

 

「ほら見ろ! 俺だって戦えるだろ! こんなのだけなら魔物だって楽勝だっつうの!」

 

 まさか、たった一回、しかもそれ程に強い訳でもなかった魔物を一匹倒しただけでここまで天狗になるとは思っていなかったらしく、ティアは呆気になりながらも溜息を吐いてしまう。

 

「はぁ……調子に乗らないの! 今の相手はまだ弱い魔物の部類よ。初めての実戦での勝利に喜ぶのは仕方ないとは思うけど、これから先も今回と同じ様にいくとは限らないわ」

 

「なんだよ別に……勝てたんだから良いじゃんか?」

 

「ルーク!」

 

 全く自分の言った事を理解していない事にティアはルークが貴族とは忘れ、純粋に叱りつけた。

 実戦で一番怖いのは今のルークの様な自惚れや慢心だ。

 しかも、今は魔物が相手だから戦えているが、きっと相手が人間ならばルークは戦う事は出来ないだろう。

 先程出会ったばかりだが、ルークのこれから先がティアは心配でならなかった。

 だが、そんなティアの叱りにもルークは見向きもせずに背中を向けてしまう。

 どうやら、先程のティアの言葉で拗ねてしまった様だ。

 そんなルークの姿に再び溜息を吐くティア、そしてそんな二人をフレアは何も言わずに見ていた。

 

(二人とも下手な兵士よりは良い動きをする。……ルークに至っては、ヴァンも何だかんだでちゃんとした稽古をつけていた様だな)

 

 先程の戦いでのルークの動きを見ていたフレアはそう感じていた。

 プライドでもあるのか、ヴァンもレプリカとは言えちゃんと稽古していたと言う事実が少しおかしかったのだ。

 心の中で小さくフレアは笑っていた……その時であった。

 ガサリ、とフレアの右側の木々と草むらが騒ぎ始めると同時に、強大な黒い塊がフレアへ襲い掛かる。

 それは、先程倒したサイノックスとは別のサイノックスであり、突然の事態にルークとティアも反応が遅れてしまった。

 

「ッ!? 兄上ッ!!?」

 

「いけないッ!!」

 

 叫ぶ二人だが、サイノックスは既にフレアに近付いており向かっても間に合わない。

 ルークは思わず目をつぶってしまう。

 だが、当のフレアは己の危機にも関わらず慌てずに冷静、それどころか笑みを浮かべてすらいた。

 

「甘いな」

 

 そう呟くとフレアは、己の右手に第五音素を集め、そしてサイノックスが間合いに入った瞬間サイノックスの右脇腹へ拳を放った。

 

「爆炎拳ッ!」

 

 フレアの拳がサイノックスへ当たった矢先に爆発を起こし、そのままサイノックスは絶命し地面に倒れた。

 

 

 ▼▼▼

 

 先程の戦い後、三人は再び森を歩いていた。

 時には川があり、ルークが靴が濡れると文句を言うのも何とか宥めながらも進んで行く。

 

「なあなあ兄上。さっきの技ってどうやったんだよ!」

 

「まあ、色々だ……」

 

 進む中で主な会話となっていたのは先程の戦いでの事であった。

 フレアがルークを褒めた後、先程のフレアの技はなんだったのかとルークの質問攻めに合いながらもフレアは笑みを浮かべながらそれを流して行く。

 その度にルークがブウサギみたいにブウブウ言うが、それに対してもフレアは笑みを浮かべて聞くだけだった。

 

「でも、音素の扱いもそうだけど……さっきの動きは見事としか言えないわ。私にだってさっきの様な動きは真似できないもの」

 

「当たり前だろ! 兄上は凄いだぜ! なんでも出来るし、前には巨大な魔物を倒した時の話を聞かせてくれたんだぜ? お前なんかに真似できる訳ねえだろ」

 

「ルーク……その言葉を否定するつもりはないけど、それはあくまで貴方のお兄さんの功績なのであって貴方の功績ではないのよ?」

 

 ルークの言葉遣いもそうだが、内容も他人の評価ばかりを自慢げに言っているだけなのがティアは気になった。

 このままでいては他人からの評価も下がるだけで、余計な敵も作りかねない。

 なにより、これではルークの為にならない。

 そう思っての言葉だったが、ティアの言葉にルークは首を傾げた。

 

「あん? 別に良いだろ? 兄上は……オ・レ・の兄上なんだからよ」

 

「……そう事を言いたいんじゃなくて」

 

 仕方ないとはいえ、全く話を聞いて貰えない事に何度目かも分からない溜息をティアは吐いてしまう。

 そんな時、フレアが自分を見ている事にティアは気付く。

 

「あの、何か……?」

 

「いや、僅かな時間で、すっかりルークの保護者だなと思っただけだ」

 

「ほ、保護者って……」

 

 思わず顔を赤くしてしまうティア。

 保護者はどちらかと言えばフレアの方だが、ティアはむず痒い言葉になんて言えばよいか迷ってしまっていた。

 そんなティアをフレアは小さく笑っていた時であった。

 

「出たぁ!! 漆黒の翼だッ!!?」

 

 突然の通り魔的な叫びに何事かと、ルーク達は声の方を見るとそこには一人の中年の男が震えあがっていた。

 一体、何の騒ぎなのだろうと三人は互いに顔を見合わせると、明らかに山賊とも思えない男に年長者のフレアが代表し声を掛けた。

 

「もし。一体、何を振えているのかは分からないが……俺達は貴方の言う漆黒の翼などと言う者ではない」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ……って、あれ? ほ、本当か……?」

 

 フレアの言葉に恐る恐ると顔を上げる男は、ゆっくりとフレア達を見た。

 

「い、いやぁ……すまなかったな。漆黒の翼はここら辺で悪さをしている三人組の盗賊で……あんた達は……三人?」

 

 漆黒の翼の説明しながらフレア達の人数を数える男だが、三人である事に気付くと再び動きを止め、そして。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!! やっぱし漆黒の翼だッ!!?」

 

 再び頭を抱えて叫んでしまった。

 今日は厄日かもしれないと思うフレア達は、男が落ち着くのを待つことにした。

 

 

 ▼▼▼

 

 それから少し経った後、漸く落ち着いた男に誤解を解く事が出来、三人は話を聞くと男は馬車をしており、此処には水汲みに訪れたのだと言う。

 そして、馬車の言葉にティアは首都にも行くのか聞くと首都は終点だと男は言うと、三人に安堵の息を吐いた。

 

「た、助かった……!」

 

「これで帰れるぜ……」

 

(確かに……まずは一安心か)

 

 一時はどうなるかと思ったが、事態は早くも収拾できそうだ。

 安心する三人だったが、男は料金の話を始める。

 

「乗せるのは良いが、一人1万2千ガルド……三人で3万6千ガルドになるが大丈夫かい?」

 

 その男の言葉に三人の動きが止まった。

 

「た、高い……」

 

 ティアは思わず俯いてしまう。

 1万ガルドなど、使い方によれば一月の生活費にも十分な額。

 余程な贅沢をしなければそうそう無くなる額ではなく、そうそうポンッと出せる金額ではない。

 そんな額を要求されるのは首都まで余程遠いのか、どちらにしろ地の利のない自分達ではどうしようもない。

 だが、そんな時でも何とも思っていないのがルークだ。

 ルークは余裕だと言わんばかりに男の前にでる。

 

「なんだよ、たかが3万ガルドじゃねえか? そんなの兄上がポンッと出してくれるぜ。なあ、兄上?」

 

 そう言ってルークはフレアを見ると、フレアは自分の財布を見ながら黙っていた。

 いや、黙るざる得なかった。

 

(1万7千ガルド……足らん)

 

 フレアに、今手持ちのポケットマネーと言う現実が襲い掛かり、フレアは静かに首を横へと振った。

 

「すまない……1万7千ガルドしかなかった」

 

「えぇッ!! なんでだよ兄上!」

 

 フレアが払えないとは微塵も思っていなかったルークは兄の言葉に驚きを隠せずに叫んでしまう。

 

「本来なら、今日は商談もなければ遠出するつもりも無かったからな……」

 

「……すいません」

 

 その言葉に原因であるティアが気まずそうに頭を下げる。

 自分がヴァンを襲撃をしなければ、こんな事にはならなったと分かっているからだ。

 

「ならおっさん。首都についたら父上が出してくれるから、まずは乗せてくれよ」

 

「おいおい……こっちは先払いって決めているんだ。乗り逃げされるのも珍しくない世の中だしな」

 

 どうやらちゃんとした考えを持っている様で、男は先払いを譲らない。

 

「うむ。気持ちは分かるが、そこを後払いにしてもらえないか? 首都へついたら倍払う」

 

「嬉しい申し出だけど、やはり無い金よりはある金の方が信用できるからな……」

 

 中々の商売魂である。

 これで食い付いてこない相手との交渉は困難な部類だが、フレアとて頭の固い貴族達と商談をしてきている。

 フレアは夜の森で交渉する事になるとは思わなかったが、持久戦になるのを覚悟した時であった。

 

「……あの、これでは駄目ですか?」

 

 ティアは馬車の男に、先程まで彼女が付けていたネックレスを差し出していた。

 夜でも分かる程の輝きを見せる宝石が、ティアのネックレスの中で己の存在を象徴する。

 

「はあ~。これは中々の宝石だな。これなら文句はないが、本当に良いのかい?」

 

「はい……お願いします」

 

 ティアは頷くと男は、分かった、それじゃあ乗ってくれと、だけ言うと馬車の方へと歩いて行くとフレアはティアへ近付き声を掛けた。

 

「良かったのか……どうしようもなかったとはいえ、あれ程の宝石は貴族の中でもそうそう手に入らない代物だ」

 

「はい……今回の事は私の責任ですから、あなた達はお気になさらず……」

 

 そうは言うが、やはりティアの顔は何処か暗く晴れなかった。

 やはり何か訳ありかとフレアは思ったが、早く屋敷へ帰りたかったルークは気にせずに馬車の方へ向かって行く。

 

「何してんだよ? とっとと来いよ。兄上も早く来てくれよ!」

 

 一人でいるのは不安なのか、それとも暇のかは分からないがルークがフレアとティアを呼ぶと、ティアは頷きながら馬車の方へ向かい、フレアも自分だけが行かない訳にも行かず馬車の方へ歩いて行くのだった。

 そして深夜、馬車の中で三人は静かに眠りについていった。

 

 

 End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話:食料の町

 現在、??? 【馬車】

 

 馬車に乗ってから夜が明ける中、ルーク達は未だに馬車の中で休んでいた。

 道がきちんと整備されていないらしく、時折ガタンと揺れる馬車。

 馬車内も長いイスがあるだけで、寝心地はベッドに比べれれば当たり前だが悪い。

 そんな感じの中、揺れ動く車輪の音を目覚ましにフレアは静かに目を覚ました。

 

「お目覚めですか?」

 

 目を覚ましたフレアを迎えたのは既に起きてたティアであり、ルークはその隣でイビキを掻いて未だに眠っている中、フレアはティアの言葉に返答した。

 

「……ああ、年甲斐もなく寝すぎた様だ」

 

 窓からの日の位置を見る限り、時間帯はそろそろお昼時。

 遠征の帰りからの今回の一件で疲れが溜まっていたらしく、完全に寝過ごしてしまった様だ。

 怠けや乱れはすぐに癖になる。

 これではいかんと思いながら、フレアは伸びをしながら身体をパキポキと鳴らした。

 

「やはり、良くは眠れませんでしたか?」

 

 フレアの立場を理解してか、基本的に彼に対して敬語で話すティア。

 そんなティアからの心配にフレアは首を横へ振る。

 

「いや、戦場よりは良く眠れた……」

 

「……経験した事があるんですね。仕事は軍人なんですか?」

 

 ティアが興味本位で聞いてみると、フレアは小さく笑いながら言った。

 

「……似た様なものだ。それに軍人と言う点では君もそうだろ? よく見れば、その服装は神託の盾騎士団の物だ。そんな君が総長であるヴァンを公爵邸に侵入してまでも襲撃。余程の事ではないか?」

 

「……」

 

 フレアからの問いに、ティアは沈黙で返す。

 話す気はないらしく、文字通り何も言わないティアにフレアは少し肩の力を抜く事にした。

 

「話せない、と受け取るが?」

 

「……申し訳ありません。誠に勝手ながら、これは私の問題なので話す事も出来なければ巻き込みたくもないんです」

 

 言葉通り、申し訳ないと言う表情で言いながら肩を落とすティア。

 昨夜の様に今回の事態になった事には本当に申し訳ないと思っている反面、ヴァンの事になるとその口は重く閉じられてしまう。

 

「そうか……だが、これは聞かせて貰おう。ヴァンは何かしようとしているのか? 襲撃の理由はそれぐらいしか思いつかない」

 

「……実を言うと、ヴァンが何をしようとしているか事態は分かっていないんです」

 

 ティアからの言葉にフレアは思わず一呼吸入れてしまう。

 ヴァン自身を襲撃しているにも関わらず、その理由はあやふやだ。

 しかし、現にティアは公爵邸に侵入しヴァンを襲撃しており、ただ隠しているのか、それとも本当に分からないだけなのか、フレアの疑いの瞳がティアを捉える。

 そんなフレアの視線にティアも、自分が変な事を言っているのが分かっているらしく、肩を落としながらもフレアへ言った。

 

「自分でも随分、おかしな事を言っていると自覚はあります。ですが、ヴァンが何かを行おうとしているのは確かなんです! お願いします……次にヴァンと会った時はどうか……!」

 

 屋敷の時の様に間に入らないで欲しいと言っているらしいティアに、フレアは少し黙った後、こう返答した。

 

「本音を言えば、別に君とヴァンが何をしようが興味はない。ただ、ルークや俺……つまりは国や他人を巻き込まなければ別に良い。此方も、今は色々と問題を抱えている。……君達の相手をしている暇はない」

 

「それは戦争……ですか?」

 

 ティアの言葉に今度はフレアが沈黙で返す。

 無暗で安易な発言はしない、そう伝えるかの様に圧力が馬車の中を包み込む中でフレアは静かに窓を眺めはじめた。

 その様子は正に話は終わりだと言っている様なものであり、そのフレアの姿にティアも何も言わずに反対側の窓を眺めた。

 だが、ティアはこの時は知る由もなかった。

 フレアが心の中でヴァン等の事を考えている事に。

 

(この時期に至っての中……レプリカ導師の失踪と襲撃。どうやら、貴様もモースの事を言えんぞ……ヴァン)

 

 角度の都合で誰も見る事の無かったこの時のフレアの表情が、思わず背筋が凍りそうになる程に禍々しい笑みであったのは誰も知らない。

 

 

 ▼▼▼

 

 それから一時間後……。

 

 未だに首都に付かない中、ルークも漸く目を覚ましていた。

 こんな所で寝るのは初めてなのもあり、固い、首が痛い、等の文句があはようの挨拶代わりになり、その姿にフレアもティアは苦笑するだけで特には何も言わなかった。

 何だかんだで、昼近くまで爆睡していたのだから。

 

「はぁ……早く着かねえかな……」

 

 ルークが暇そうに窓を眺めたその時であった。

 突然、辺りに爆音と振動が響き渡り、三人が乗る馬車内も大きく揺く中、三人は何事かと窓から外の様子を見ると、そこには自分達の乗る馬車と同じぐらいの馬車が走っていた。

 しかし、この爆音と振動の正体は別にあった。

 その背後から、馬車などとは比べ物にもならない程に巨大な船が馬車を砲撃しながら走っていたのだ。

 白銀の装飾を施された船、その形状は戦艦の部類に良く似ており、その戦艦の姿にフレアの中で嫌な考えが浮かぶ。

 

(あの戦艦、キムラスカ軍の物ではない。……まさか)

 

 フレアが険しい表情で戦艦を見ている時だった。

 戦艦からの音声が辺りに木霊する。

 

『そこの辻馬車、道を開けなさい! 巻き込まれますよ!!』

 

「おっと! これはまずい……!」

 

 馬車の男が戦艦からの指示に道を開けると、戦艦は再びもう一つの馬車を追い掛けるが馬車は橋の上に差し掛かると何やら大きな荷物をばら撒いた瞬間、橋の上で大爆発が起き、橋はそのまま崩れ去ってしまう。

 そして、その事態に戦艦も動きを止めると追跡を断念したのか、方向を変えて何処かへ行ってしまう。

 言わば、嵐の”後”の静けさと言うのが今は正しいのか、そんな雰囲気が辺りを包む中、ルークが先程の出来事に今になって驚いていた。

 

「な、なんだったんだよ! さっきのは!?」

 

「あぁ、さっきのは盗賊を追ってんだな。あんた達と間違えた漆黒の翼を”マルクト軍”の最新鋭艦タルタロスで追い掛けてたんだよ」

 

「そうだったの……マルクト軍が……って、えッ!?」

 

 男の言葉にティアは驚き、フレアの眉間にもシワが寄る中、ルークが男へ問いかけた。

 

「なあ、なんでこんな所にマルクト軍がいるんだよ?」

 

「ん? そりゃあ、キムラスカが攻めて来るって話だからな。軍もこの辺りを厳重にするだろう」

 

 なにやら話がおかしい。

 ルークは何故、マルクト軍がキムラスカにいると聞いているのだが、馬車の男はまるでこの場所がマルクト領の様な話の内容をしている。

 フレアはそんな男に、眉間のシワを寄せた状態で問いかけた。

 

「すまないが今の現在地は何処だろうか? できれば詳しく頼む……」

 

「ここかい? ここはマルクト帝国の西ルグニカ平野で終点は首都グランコクマさ」

 

「なんだと……!」

 

 フレアは現状に思わず眉間のシワを更に寄せ、思わず頭痛が起きてしまう。

 疲れて眠っていたとはいえ、西ルグニカ平野には来た事もあり、もっと早く現状を理解するべきだったのだ。

 

「間違えた……わね」

 

「マ、マジかよ……」

 

 肩を落とす二人だが、事態はそんな間違えたで済む話ではない。

 キムラスカの最重要人物である二人、フレアとルークが敵国に不本意とは言え不法入国しているのだ。

 緊迫する両国の現状の中、もし今の自分達の現状が両国に知られればすぐに開戦もあり得る。

 

(マズイ……まだ早い。”今”戦争が起きる訳には……!)

 

 再び、馬車の中に重い空気が包み込む中、男がフレア達の様子に疑問を抱いた。

 

「あんたら……まさか、キムラスカの人間じゃないよな?」

 

「ッ!? い、いえ! マルクト人ですが、訳あってキムラスカのバチカルまで行かなければならなかったもので!」

 

 ティアが咄嗟の機転で何とかそれらしい事を言い放った。

 決してなくはない事だから逆にリアルに聞こえ、キムラスカに向かうからこそ道に迷っていたと思われたのだろう。

 馬車の男はティアの言葉に納得して頷いていた。

 

「この時期に敵国へか……そりゃあ大変だな。こっちも代金の事もあるから戻ってはやりたいが、戻るための橋はさっき壊されたからな」

 

 先程の漆黒の翼が破壊した橋こそが、キムラスカ方面へ行けるローテルロー橋だったのだ。

 逃げる為とはいえ、色々な事に影響する橋を破壊すると言う悪行を行っているのだ、マルクト軍が戦艦で追い掛ける理由も頷ける。

 だが、キムラスカに戻れなくなっているのが現状であり、ルーク達が悩んでいると男はある提案を出した。

 

「こうなったら次の村……エンゲーブで降りた後、その村の南にあるカイツールに行くしかないな」

 

「……それが妥当か」

 

 フレアは男の言葉にそういうしかなかった。

 国境を越える時の旅券は何とかするとしても、キムラスカ側のカイツール軍港にはアルマンダイン伯爵と光焔騎士団の者がまだ滞在しており、そこまで行けばまずは安全が約束されるだろう。

 それから少し話した結果、フレア達は次の村であるエンゲーブで降りる事になった。

 

 ▼▼▼

 

 

 現在、マルクト帝国【エンゲーブ】

 

 馬車から降りたフレア達を出迎えたのは、沢山の買い物客が賑わう活気あるエンゲーブの姿。

 世界に食料を届けており、世界の食料の生命線とも言える程に重要な村、それがエンゲープである。

 賑わいを見せる数々の商店もまたその証であり、屋敷から出た事のないルーク、そして訪れる機会などなかったフレアにとってもそれは初めての光景だった。

 

「へぇ……こんなに食料ばっかり並べてるのって初めて見るな」

 

「このエンゲーブは、食料の村と言われてるぐらいだもの。ここなら新鮮な食材が沢山は買えるわ」

 

「確かに民たちが皆、良き表情をしている。空気も綺麗で……良い場所だ」

 

 エンゲーブの雰囲気を早々に楽しむティアとフレアだが、ルークは既に飽きてしまったらしく興味なさそうに歩き、ある果物の店の前を通った時であった。

 

「シャリ……なんか色々あって、ただ鬱陶しいだけな気がするけどな」

 

 店の前に置かれていたリンゴを、まるで屋敷の果物籠から取る様な感覚で掴むとそのまま齧りながらそう言ったルークだが、此処は屋敷ではない。

 つまり、ルークの行為は白昼堂々とした窃盗であり、案の定、店の店主が慌てて出て来る。

 

「ちょっ!? お客さん! お金は!?」

 

「はっ? なんで俺が払うんだよ?」

 

 店主はただの払い忘れと思ったようだが、残念ながら長い間、軟禁生活をしていたルークにはそんな概念は存在していない。

 基本的にルークの欲しい物はファブレ公爵夫妻、と言うよりも母であるシュザンヌが与えている。

 例えば、新しい靴が欲しい時は……。

 

『母上、稽古してたら靴が汚れました。新しいのを買ってくれ』

 

『まあまあ、それは大変! ラムダス! ラムダス! すぐに商人を呼んで頂戴!』

 

 また、ある時は……。

 

『母上、ブウサギの肉は食べたくねえ。夕食はビーフにしてくれよ』

 

『ええ、良いですよ。ラムダス! ラムダス! コックに今日はビーフにする様に伝えて!』

 

 これがルークにとっての常識である。

 欲しい物を言えば屋敷の誰か(主にシュザンヌ)が与え、何一つ文字通り手に入らない物はなかった。

 その結果、お金を払うと言う常識が作られる事はルークにはなかったのだ。

 

「金だったら適当に屋敷に言えよ。父上や母上が払ってくれるから……シャリ」

 

「はあッ!? 何言ってんだお前! ふざけるな!」

 

 キムラスカ領ですらない場所にルークの屋敷などある筈もなく、悪びれた様子もないルークに遂に店主の怒りが頂点に達してしまう。

 

「お前! 食い逃げするつもりか!? 払わないなら警備兵に突き出すぞ!」

 

「誰が払わねえって言ったよ! えっと……金だろ? 金ってどうすんだ? ……兄上ぇ! 兄上ぇぇぇッ!!」

 

 結局、お金の払い方を知らないルークは兄のフレアへ助けを求めるのだった。

 

「呼ばれてますよ……後、私が言う事ではないと思うのですが、せめて、一般的な常識は軟禁されてても教えれると思うのですが」

 

「……むぅ。返す言葉もない」

 

 自分にも責任があるとはいえ、フレアは顔から火が出る様な思いであったが助けない訳にもいかず、フレアの所持金である1万7千ガルドから支払う事にし、店主へお金を差し出した。

 

「弟がすまない事をした……これは先程の代金だ。あと、これでリンゴを四つ程包んでくれ」

 

 フレアが店主にルークのリンゴの代金、そして詫びの分のリンゴの代金を支払うと、店主の顔から怒りがなくなった。

 

「え、ホントかい? なんか逆に悪いね」

 

 やはり商人としては買って貰えてなんぼの世界。

 買って貰えれば何も言う事はないのだ。

 

「ほらみろ! ちゃんと払ったろ!」

 

 まるで自分で払った様な口振りのルークだが、払ったのはフレアだ。

 ルークの言葉にフレアとティア、そして店主が溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

「ところで店主、この村の宿はどの辺りだろうか?」

 

 話を変え、フレアは今日の拠点にする宿屋の場所を聞く事にすると、店主は商店の奥を指さした。

 

「ああ、宿屋ならこの道を真っ直ぐ行った途中さ。この村に宿屋は一つだけだから、迷ったら村の奴に話を聞けば良い……そら、リンゴだ」

 

 説明を受けながら袋に入ったリンゴを受け取るフレアは、軽く頭を下げて礼をするとルークとティアの下へ戻った。

 

「今日は旅の準備をしてから宿屋で休み、カイツールには明日向かった方が良いな」

 

 馬車では完全に疲れが取れる筈もなく、今日の所は宿屋で体調を整え、それからカイツールに向かう事を言いながらフレアはティアとルークに先程買ったリンゴを手渡した。

 

「私も宜しいんですか?」

 

「一人だけにあげない訳にはいかないだろ?」

 

 困惑するティアにフレアはそう説明しながら自分もリンゴを齧り、二個目のリンゴとなるルークは堅苦しいティアにやれやれと言った様に息を吐いた。

 

「ったく、兄上が良いって言ってんのに……堅苦しい奴だな。深く考えずに齧ればいいじゃねえか……シャリ」

 

「……あなたはもう少し考えた方が良いと思うんだけど?」

 

「ん? 今、なんか言ったか?」

 

 先程のティアの呟きは聞こえていなかったらしく、そう問い掛けてくるルークにティアは最早、溜息すら出ず、自分の頭を抑えながら”なんでない”と言ってリンゴを小さく齧るのだった。

 そして、皆が一通りリンゴを食した後、フレアは一個だけ入ったリンゴの袋と2千ガルドをティアへ手渡すとこれからの行動を説明する。

 

「お前達二人は先に宿屋へ向かっていてくれ。俺はこれから旅に必要な物を揃えてくる」

 

「そんな……それなら私が行きます。宿代だって、私が……」

 

 今回の一件での事をティアは二人が思っている以上に気にしていたらしく、フレアから渡されたお金や話された内容に困惑を隠せなかったが、フレアは冷静に首を横へ振る。

 

「君がしなければならないのはルークを守る事だ。多少は信用したとはいえ、君自身の罪が消えた訳ではない。バチカルにルークを届け、己の罪を清算する事だけを考えれば良い」

 

 フレアはそれだけ言うとティアとの会話を無理やり終わらせ、今度はルークの方を見た。

 

「それとルーク。此処は屋敷ではない……はしゃぐのは分かるが、あまり問題を起こすな」

 

「大丈夫だって兄上。俺だってガキじゃねんだ、問題なんて起こさないって」

 

(ついさっき起こしたばかりじゃない……)

 

 口に出すの疲れたのか、ティアの言葉は彼女の心の中だけで呟かれ、フレアもそんな弟の言葉にやれやれとした感じで思わず苦笑してしまう中、ルークの頭をポンポンと手を置くとそれだけをして商店と人混みの中を歩いて行った。

 

 

 ▼▼▼

 

 あの後フレアは、基本的な冒険の必需品で有名なグミ等を購入していた。

 非常食や疲労回復にも用いられるグミ、残念ながらエンゲーブには一番安く効果も平凡なアップルグミやオレンジグミしかなかった。

 効果は別にそんなに悪い訳ではないが、問題は舌が肥えているルークが素直に食べるのかが問題であり、更に言えば魔物避けに必要なホーリーボトルが売っていなかったのが一番辛い。

 戦争も近いと噂もあり、一般人から商人、軍人が買占め品薄と言う話もある。

 

(だが、何も買えないよりはマシか……)

 

 そう思う事で納得する事にしたが、フレアがホーリーボトルを欲した理由は他にもあった。

 それは、弟のルークだ。

 咄嗟とはいえ魔物を倒したが、それはあくまで魔物だ。

 相手がもし人間ならば、ルークは絶対に剣を向けられない……ルークは優しすぎるのだ。

 魔物とて、本当は戦いたくないのだと思う。

 我儘に育てられたルークだが、命の重さは分かっている。

 使用人も雑に扱った事も無ければ、虫一匹も遊びで殺す様な事は絶対しないのがルーク・フォン・ファブレだ。

 フレアはカイツールまでのルークの事を考えると、思わず小さく息を吐いてしまった。

 

(ここから先は賊の部類とも遭遇するだろう。……ルークに人が殺せるか?)

 

 フレアがルークの事で不安を覚える中、同時に自分の頭の中である光景が蘇った。

 辺り一面の焼き野原、独特な焦げと人の肉を焼いた臭い。

 それは、”フレアの戦場”の光景。

 沢山の敵兵を焼き殺した時の光景であり、彼を苦しめる深い闇。

 

『ぎゃあぁぁぁぁッ!!』

 

『熱いッ! 熱いぃぃぃッ!!』

 

 フラッシュバックの様に蘇る敵兵の叫びが頭に響く。

 フレアは思わず眉間にシワを寄せながら目を閉じてしまう。

 

(10年以上経つが、未だに脳裏に焼き付くか……)

 

『あれは敵兵だッ! 殺すのだフレアッ!!』

 

「ッ!!」

 

 フレアはハッと、ある声を思い出し、首を横へ振った。

 

(迷うな……! "アイツ"を切り捨てた時から既に覚悟を決めていた筈だ。──非情になれ。オールドラントの未来の為に……)

 

 その場に止まるフレアの表情、それはルーク達に向けた笑顔等は微塵もなく、ドス黒く濁った憎しみの表情。

 通りがかった住人ですら息を呑み、恐怖で震えながらその場を去ってしまう程。

 そして、フレアもそれに気付くと買った荷物から、防具屋で偶然仕入れていた二枚のフード付きマント『レザーマント』を羽織るとフードも被る。

 王族特有のこの髪は目立ちすぎるのだ。

 誰が気付くかも分からない中、勿論ルークの分もある。

 

(宿屋へ行くか……)

 

 鼻と口元しか空いてないまま、フレアは二人と合流しようと宿へ向かおうとした時であった。

 

「離せつってんだろ!?」

 

「黙れ! この漆黒の翼め!」

 

 エンゲープに似つかわしくない怒鳴り声が響き、その声の方をフレアが見ると、村で見た中で一番大きい家の中へ男達が誰かを捕まえながら入って行く光景が目に入る。

 だが、問題のなのは捕まっているのはルークと言う事であり、その後ろから溜息を吐きながら後を追うティアの姿があった。

 

「今度は何をした……?」

 

 温厚な住人がそこまで怒る程、また何か万引きしてしまったのかも知れない。

 フレアは何が起こるか分からない中、ルーク達を追う様に中へ入って行く。

 

 ▼▼▼

 

 現在、エンゲーブ【ローズ夫人邸】

 

 フレアが中へ入ると、何やらふくよかな体の女性が先程の男達を叱っており、解放されたのかルークも男達へ文句を言っていた。

 このまま放っておくのも有りだが、残念ながら今はそんな時ではなく、フレアは空いている玄関の扉を叩きながら挨拶をして入って行った。

 

「勝手ながら失礼させて頂く……」

 

「おや? 今日はやけにお客さんが多いね」

 

 フードを被ったフレアにも臆せず、女性はマイペースな感じでそう言うが、男達はフレアの姿に驚きを隠せなかった。

 

「な、なんだお前! ま、まさか……本物の漆黒の翼か!?」

 

「こら! あんた達いい加減にしな! 漆黒の翼は橋の向こうだって言っただろ……全く。すまないね、私はこの村の代表のローズと言う者さ」

 

 あたふたする男達を黙らせるローズは、静かになった事でフレアへ詫びを入れるが、フレアは首を静かに横へ振る。

 

「いえ、此方も申し訳ない。しかし、連れの姿が見えた者で……」

 

 そう言ってフレアはルークの方を見ると、フードで誰か分からないのか悩むルークだが、声ですぐに気付き表情を明るくしてフレアへ近付いた。

 

「兄上! ……そんな安物着てっから分かんなかったぜ!」

 

「……やれやれ、結局また問題を起こしたのか?」

 

 悪戯を叱る様に言うフレアのその言葉にルークは、やばいと言った表情で苦笑しながら目を逸らし、ティアもまた、ルークを止められなかった事に気まずそうな顔をしていた。

 やはりルークに問題を起こすなと言う方が無理だったらしく、これから先の旅路に早くもフレアは不安を覚えずにならなかったが、そんな光景にローズは楽しそう笑った。

 

「はっはっはっ! 流石のルークさんも、お兄さんには頭が上がらない様だね」

 

 フレアが訪れる前にルークが既に何か言っていたらしく、兄の言葉に何も言わないルークの様子がローズには新鮮の様だが、案の定ルークは彼女の言葉にすぐに反応した。

 

「当たり前だろ! 兄上はスゲェんだ! 色んな魔物とも戦ったり、剣の腕だって俺は一度も勝てねえぐらい強いんだぜ!」

 

 ルークにとって、フレアはヴァンと同じぐらいの憧れの存在。

 まだ若いながらに功績を積み重ねるフレアが自分の兄である事が嬉しくて堪らず、兄についての自慢話がルークの楽しみでもあるが、当のフレアは流石に気恥ずかしいのか、少し焦りながら弟を止めようとする。

 

「こ、こらこら、ルーク……そんな事、人様に話す様な事ではない」

 

「え~なんでだよ兄上……」

 

 少しでも多くの人にフレアの凄さを教えたいらしく、自分からは何も言わないフレアに不満気に言うルーク。

 功績は自分から誰かに言う物ではないと、フレアもルークに教えているがそれが実った様子は今の様子からしてもないらしく、フレアはそんな純粋過ぎる弟に可笑しそうに溜息を吐いた時だった。

 

「まあまあ、そうおっしゃらず……私はもっと聞きたいですね~」

 

 良く言えば親しみ、悪く言えば掴みどころのない声がフレアに掛けられ、フレアは声の方へ振り向くと思わず呼吸が一瞬止まる程の驚きを受けた。

 

(この男は……!?)

 

 フレアの目に飛んだのは、インテリ臭い眼鏡に長髪、そして何故か無駄にニコニコしている男だった。

 時折眼鏡を指で真ん中から持ち上げ、笑顔の裏で此方を探る様な視線で見て来る男、フレアはその男と面識があった。

 だが、少なくとも今ここで自分の名を名乗る事は決してフレアはしない、と言うよりも出来ない。

 何故なら、この男は……。

 

「おや? これは失礼しました。名乗るのが遅れて申し訳ない……私は”マルクト帝国軍”第三師団所属『ジェイド・カーティス』大佐です」

 

 敵国の軍人であり、その中の軍人で最も有名な人物の一人だからだ。

 胡散臭い笑みを浮かべながらの自己紹介をしたジェイドに、フレアはフード中で無意識に表情を険しくしてしまった。

 

(何故、これ程の男がエンゲーブに……! 俺達の事を知られた? 帝国の密命? 何にせよ、何を企んでいる……死霊使い(ネクロマンサー)

 

 男の名を心の中で呟きながらも、その警戒心を男に悟られない様にする事にフレアは専念する為に自分にしか聞こえない程に小さく息を吐いて落ち着きを取り戻し、ルーク達の方を見た。

 ルークが余計な事を言っていないかが一番心配だが、ジェイドに知られて困るのはティアも同じなのでフォローしてくれたのだと思うしかない。

 そして、今の中で最善なのは一早く、違和感なくこの場から離れるのが得策なのだが……。

 

「……」

 

 ”おや、次は貴方の番ですよ? ”と言わんばかりの笑顔でジェイドはフレアを見詰めており、フレアは思う様に動けない。

 

(相変わらず面倒な男だ……)

 

 ジェイドに対しそう愚痴るフレアだが、冷静さを取り戻した事で気持ちに余裕も生まれ始めた。

 それでも辛い立場なのはフレアの方なのだが、やろうと思えばどうとでもなる。

 何とかして誤魔化そうとフレアは考えていた時であった。

 ジェイドの後ろから少年が出てきた。

 

「あの、ジェイド……そろそろ……」

 

 何やらジェイドに気弱そうに言いながら出てきた緑色の髪の少年、その少年に再びフレアは驚いてしまう。

 

(導師イオンだと……行方不明のレプリカか)

 

 行方不明な筈の導師レプリカがマルクト領、そしてマルクト軍と共に行動している。

 それらの材料で出る答え、それは一つしかない。

 

(まさかと思ったが……マルクトが関わっていたか)

 

 ヴァンに捜索の任が来た時点で今回の一件は密命なのは確かな事。

 どうやらマルクト側は大詠師モースに知られたくない事をしようとしている様だ。

 フレアが色々と考えているとイオンの言葉にジェイドは頷き、それを見たローズはフレア達とルークを連れ来た男たちの方を向く。

 

「ほらほら、今日は一旦帰っておくれ。私はこれから大佐と話さないといけないんだから」

 

 そう言って男達を押す様に家から出し、ルークは来たくて来た訳ではない為にぶつくさと文句を言いながら出て行き、ティアもそんなルークを宥めながら出て行く。

 フレアもそんなメンバー達に続くように出て行こうとした時であった。

 

「……それで? 結局の所、あなたは誰なのですか?」

 

 出て行こうとするフレアに再びジェイドが問いかける。

 明らかに何かを探ろうとしているのが嫌でも分かる口調だった。

 わざとなのか、自分は既にお前の正体を知っているとでも言いたいのか、明らかに警戒心を隠そうとしないでフレアへジェイドは問い掛けた。

 そして、そんなジェイドにフレアもまた警戒心を露わにして返答した。

 

「本当は、既に俺の正体に気付いているのでは?」

 

「いえいえ……とんでもない。私はただ自己紹介をし合いたいだけなんですがね」

 

 そう言って再び胡散臭い笑顔を浮かべるジェイドに、フレアは黙って聞いていると、再びジェイドは問い掛けた。

 

「それで……あなたは誰ですか?」

 

 眼鏡をクイッと上げて問いかけるジェイド、明らかに警戒心から敵意になろうとし始めている気配にフレアは小さく笑みを浮かべると呟く様に言った。

 

「……フレアだ。カーティス大佐」

 

「……そうですか。宜しくお願いします……フレア」

 

 短い会話の中でそれ以上の何かがあったフレアとジェイドはそれ以降は互いに話さず、フレアはローズ邸を出て行き、フレアは出て行った後、イオンがジェイドへ問いかけた。

 

「先程の方はジェイドの御知り合いなのですか?」

 

「ええ、ちょっと昔に色々と……」

 

「そうなのかい? だったら、もっとゆっくりしてもらった方が良かったかい?」

 

 ジェイドの知り合いが珍しいのか、楽しそうにローズはジェイドへ言うが当のジェイドは首を横へ振る。

 

「それは止めておいた方が宜しいでしょう……私も、エンゲーブを”焼け野原”にしたくはない」

 

 意味の分からない言葉にイオンとローズは首を傾げるが、ジェイドの真剣な表情がなくなる事はなかった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、エンゲーブ【宿屋】

 

 あの後、宿屋へ行ったフレア達は宿屋の店主がルークを捕まえた男の一人であったらしく、詫びを込めて宿代は無料にして貰って宿泊していた。

 最低限の旅の準備も出来、ジェイドとの接触も助けてフレアは明日の早朝にエンゲーブを出る事を提案し、ティアもそれに同意したのだがルークだけは反対した。

 理由は今日、ルーク達が捕まったのは食料泥棒の疑いを掛けられた事にあった。

 エンゲーブで最も価値のある物、それが食料だ。

 ここ最近になって多発し出した食料泥棒だったが、フレアが来る前にイオンが食料の倉庫でチーグルの毛を発見した事で疑いは晴れ、犯人がチーグルである事が判明した。

 聖獣チーグル、ユリアと並びローレライ教団の象徴となっている魔物であり、北にチーグルの住む森も存在ている事から解決も時間の問題だったのだが、犯人扱いされたルークは……。

 

「腹の虫が収まらねえッ!! 明日、森に行ってとっつかまえてやる!」

 

 貴族である自分が犯人にされたのがよっぽど気に入らなかったのか、ルークにはチーグルへの怒りしかなく、森に行ってチーグルの捕獲を提案した。

 勿論、そんな暇はなくフレアとティアは反対したが、当のルークは完全に頭に血が昇っており話を聞かずに眠ってしまう。

 そして現在、フレアは宿屋の食堂でボトルとグラスをテーブルに置いて静かに一息ついていた。

 

(ルークには困ったものだ……)

 

 フレアは先程のルークの様子を思い出していた。

 ああなったルークは誰の言う事も聞かない。

 自分の事になったルークが一番大変であり、それを分かっている為にフレアはこれから先は自分が思っているよりも大変なものになると己に言い聞かせ、静かにグラスの中を飲み干した時であった。

 

「ここにいらしてたんですか?」

 

 食堂に入って来たのはティアであった。

 色々とあったからか、流石の彼女の顔にも疲れが見て取れた。

 

「今日は君もご苦労だった……まあ、先ずは座ってくれ」

 

 フレアの言葉に少し困惑気味だったが、流石に心の癒しが欲しかったかのかフレアの向かい側に腰を掛ける。

 

「ルークは眠った様だな」

 

 そう言いながらフレアはテーブルに置かれた余っているグラスを手に取ると、ティアに渡すがティアはフレアに傍に置いてあるワインのボトルらしき物を見て、慌てて制止した。

 

「あッ! あの……私、お酒は……」

 

「安心しなさい、ただのブドウジュースだ。流石の俺もルークがいる中で酒は飲めんよ」

 

 そう言ってフレアはボトルの口をティアへ向け、ティアも反射的に慌ててグラスを持ち、差し出してしまうがボトルのジュースはそのまま注がれる。

 そして、注がれたジュースを念のためにティアは匂いを嗅ぐと確かにジュースの匂いであり、静かに口を付ける。

 

「……ふぅ。おいしい」

 

 心地よい甘みと酸味の味がティアを癒し、思わず笑顔が浮かんでしまう。

 そんなティアの姿にフレアも再びグラスに口を付けた。

 

「エンゲーブは良い素材が多いからな。……それで、ルークはどうだ?」

 

「すっかり眠ってしまいました。眠っている分には可愛いんですけど……覗き込んでいたら怒られました」

 

 文字通り保護者の様に楽しそうに語るティア。

 既に放っておけない感じの情が入っているらしく、彼女なりにルークは心配な様だ。

 だが、フレアは彼女のルークに対しての可愛い発言に思わず笑みが漏れる。

 

「はは、可愛いか……一応、ルークは17歳なんだがな」

 

「ええッ!? 17歳、私よりも年上だったんだ……」

 

 ルークが自分よりも年上だったと言う事実に驚きながら、小さくボソリと呟くティア。

 今までの彼の言葉や行動を見ていれば年上とは見れなかったのには無理もない。

 そんなティアの様子はフレアにとっても範囲内だったが、彼の顔から笑みが消え、真剣なものとなった。

 

「……君がそう思うのも無理はないが、あの子にも昔に色々とあってな。ルークはルークなりに悩んでいる」

 

「それは私も薄々感じておりました。第七音譜術士は貴重ですが、何年も屋敷に軟禁するのは流石にやり過ぎではないかと……彼に何があったのでしょうか?」

 

 どうやら、この短い時間でルークの存在はティアの中で大きくなっていた様だ。

 罪悪感やフレアからの言葉も助けていたが、元々、彼女の優しさもあったのだろう。

 ティアからの言葉にフレアは下を向き、そして小さく呟いた。

 

「……誘拐」

 

「えっ……」

 

 フレアの呟きは確かにティアの耳に届いた。

 しかし、その意味までは分からなく、ティアは首を傾げてしまう。

 

「……俺から、いま言えるのはここまでだ。後はルーク本人から言ってくるのを待ってあげてくれ」

 

 困惑するティアにフレアはそう言うと、グラスを口に付けながらティアから顔を逸らす。

 話はこれで終わりだと言う意味なのはティアにも分かり、ティアは自分のグラスの中を飲み干すと立ち上がってフレアへ一礼し、食堂を後にした。

 

「……」

 

 ティアがいなくなった後、フレアは今日買ったリンゴの最後の一個を手に取った。

 どうやら、余った最後の一個を誰も食べなかった様だ。

 そんなリンゴをフレアは右手でゆっくりと回しながら眺めていると、エンゲーブの焼印の所で止め、同行者となったティアについて考えていた。

 

(神託の盾騎士団員ティア……優しすぎる軍人か)

 

 この短い帰還でフレアのティアへの評価は”行動力と最低限の心の強さを持つが、軍人としては二流”と言うものだった。

 ヴァンの暗殺の為とはいえ、キムラスカの王族のファブレ公爵邸に侵入する行動力は認めるが、所詮は行動力だけだ。

 現状ではどうなっているかは分からないが、場合によってはマルクトよりも先にダアトとの開戦が始まるかも知れない。

 現国王のインゴベルトは予言に強く頼る所もあり、そうはならないかも知れないが、何かある度に介入してくるダアト勢に不満を持つ軍人も少なくはない。

 そう考えるとティアの行動は軽率といえ、それだけの覚悟があったのならばまだマシだが、それさえも分からずに感情的に動いたのならば軍人としても、三、四流としか言えない。

 

(だが、ヴァンを殺すのならまだ利用価値はあるか……)

 

 ”計画”を知らないとはいえ、ヴァンへの敵意と殺意は本物と認めざる得ない。

 それでもヴァンに勝てるかどうかまでは分からないが、少なくとも腕の一本は奪ってくれればフレアにとっては好都合であり、彼の”計画”にも有利となる。

 フレアは誰もいない食堂で小さく笑うと、リンゴを一口齧る。

 

(まあ良い……少なくとも”あの女”よりは使えるかも知れん。それに、始末するにしても俺の計画の障害になってからでも遅くはない……そう、全ては──ー)

 

 内心でそう呟くとフレアは、リンゴを掴んでいる手に力を入れるとリンゴが形を少し変え、果汁が漏れ出す。

 しかし、不思議な事に果汁がテーブルに落ちる事はなくフレアの手の中で蒸発し始め、第五音素が集まり始める。

 そして、その瞬間、バチッと音をした瞬間、リンゴはフレアの中で燃え上がり、やがてただの燃えカスと成り果てた。

 

(オールドラント……そして、民の未来の為に……!)

 

 フレアは燃えカスを握り潰すと、火傷一つないその手を握りながら食堂を後にしたのだった。

 燃えカスの欠片は、隙間風に煽られ静かに消えて行く。

 

 End

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話:聖獣と獣女王

 食料の町エンゲープの朝は早い。

 日が昇り始める時間には既に仕事に取り掛かる者達がいる。

 畑、家畜、仕入れ、エンゲープの住民にはやれねばならない事が多く存在する。

 そして日が昇り、朝を迎えれば今度は買い物客や他の町の行商人達がエンゲープへ訪れ、再び活気あるエンゲープの姿となるのだ。

 そんな時間のエンゲープの町から北に、ある森があった。

 通称【チーグルの森】と呼ばれるその森は、ローレライ教団の象徴となっている聖獣チーグルが生息している事から地元の者達はそう呼ぶ。

 その森の中を、ルーク・ティア・フレアの三名は周りに注意しながら進んでいた。

 

 

 現在、チーグルの森

 

 昨日、泥棒扱いされたルークの独断により、ルーク達はチーグルの森へとやって来ていた。

 目的は只一つ、チーグルがエンゲープから食料を奪った証拠を手に入れ、とっ捕まえてエンゲープの住人につき出す事だ。

 しかし、それはあくまでルークだけの目的のため、ティアとフレアの二人は真面目に証拠を探している訳ではない。

 どちらかと言えば、またルークが何か仕出かすのではないかと、そちらの方を心配して意識を集中させていた。

 

「あぁ! クソッ! なんでこんなに木や葉っぱがあんだよ! ペールだったらこんな庭にはしないぜ!」

 

 チーグルも証拠も見つからない中で、草木に行く手を阻まれているルークは森に対して無茶苦茶な文句を言い放つ。

 森は貴族の庭ではないのだから整備されている訳がなく、それを聞いていたティアは心配そうにルークを見ていた。

 

「もう、本当に大丈夫かしら。あの調子じゃあ、チーグルが生息していると言われる森の奥には到底辿り着くことは出来ないわ」

 

 チーグルが生息しているのは基本的に森の奥だ。

 序盤のほうで文句を言っていては辿り着く事など出来る訳がない。

 しかし、ティアの不安をよそにルークは木々を薙ぎ払い突き進んで行く。

 あんなにも靴が汚れるやら言っていたのに、一体なにが彼をそこまで突き動かすのかティアには分からず、無意識にフレアの方を振り向くと、フレアは何やら地面に落ちている木の実などを眺めていた。

 ティアはその行動を不思議がり、フレアに問いかける。

 

「あの、何をされているのですか?」

 

 ティアの言葉にフレアは地面に落ちている木の実を拾い上げると、辺りを見回しながら呟いた。

 

「……妙だな」

 

「……?」

 

 フレアの呟きの意味を理解できず、ティアが首を傾げているとそれに気付いたフレアが手に持っている木の実をティアに見せた。

 

「この木の実はオールドラントならば何処にでも実る物だ。主に、草食系の魔物が好んで食べる物なのだが……普通に実っている。寧ろ、豊作だ」

 

 フレアの言葉を聞き、ティアも辺りを見回すと周りにはフレアの見せた木の実が沢山実っている木を始め、周りにはキノコや野草等も沢山生えていた。

 

「確かに豊作ですね。ですが、それが何か?」

 

「少なくとも、草食のチーグル達は食糧に困る筈はないと言うことだ。しかし、チーグル達は人里に下り、食料を盗んでいる」

 

 フレアの言葉を聞き、ティアは何かに気付いた様にハッとした。

 

「まさか、チーグル達の身に何か起こっているのでしょうか?」

 

「断言は出来ないが、その材料はまだある」

 

 フレアはそう言うと何かに気付き、とある雑草の茂みの下へ向かう。

 その後をティアも追い、フレアは歩きながら話を続けた。

 

「昨晩、宿屋の店主に話を聞いた。どうやら、盗まれた食糧の中には”干し肉”等の保存食も含まれていた様だ」

 

「干し肉? ですが、チーグル達は……」

 

 草食のチーグルが肉を食う事はない。

 雑食ならば話は別だが、チーグルは完全な草食の魔物。

 そのため、犬歯等は退化しており、肉などは全く食べないと言っても過言ではない。

 ティアはその事を言おうとするが、フレアは汚れなど気にせず茂みを払うと、払った場所にしゃがみ込み、そのある一点を見つめた。

 

「確かにチーグルは肉を食わない、が……」

 

 フレアがそこまで言った後、ティアは彼が何を見ているのか気になってその場所を覗き込むと、そこにあった物を見て我が目を疑った。

 

「こいつ等は食うだろう」

 

 フレアが示した場所にあったのは、明らかにチーグルとは思えない大きさの足跡であった。

 その数はとても多く、何度も同じ場所を踏んでいるものもあり数えきる事はできそうにない。

 だが、分かるのはこの足跡が出来て間もない事、そして少なくとも爪の後もある事から肉食の魔物の物であると言う事ぐらいだ。

 

「これはどう言う事なの……?」

 

「……今言えるのは、この森は危険かも知れないと言う事だ」

 

 明らかに通常で出来るとは思えない足跡の数。

 その数と迫力は進軍の足跡と呼べる物だ。

 チーグルの森と言う名に相応しくない足跡に、二人の警戒心が強くなった時だ。

 

 ズドォン──ー! 

 

 フレア達から少し離れた場所から鈍い爆発音の様な物が聞こえ、辺りにその振動が響いた。

 同時に、二人はある事実にも気づく。

 

「ルーク!?」

 

 気づけばいつの間にかルークの姿がなかった。

 二人は互いに顔を見合わせると、急いで音の発生源へと急いだ。

 二人とも動きは悪くなく、木々をノンストップで駆け抜けてゆき、目の前に巨大な倒れた大木を飛び越えた時だ。

 その前方に見覚えのある赤い髪の少年と、なにやら小柄な人物を見つけた。

 

「ルーク……と、あの方は」

 

「導師イオン!?」

 

 ルークと共にいた人物、それはローレライ教団の指導者である導師イオンその人であった。

 イオンは弱っているのか、ルークから肩を借りている状態であり、フレアとティアは急いで二人と合流を果たす。

 

「ルーク!」

 

「あっ! 兄上! ティア! 一体、どこに行ってたんだよ!?」

 

「それは此方の台詞よ。良いから状況を説明してちょうだい!」

 

 ティアの迫力に押され、ルークは渋々だが現状の説明を始めた。

 フレアとティアが探索していた時、ルークはそれに気付かずに突き進み続けていると魔物に囲まれているイオンを発見したとの事。

 そして、それを見たルークは助太刀しようとしたのだが、イオンの周りに光る陣の様な物が発生したと思いきや、彼を取り囲んでいた魔物達が消し飛んで現在に至るとルークは説明した。

 

「そんな……ご無事ですかイオン様!」

 

 顔色が悪く、ルークに肩を借りているイオンにティアは心配して声をかけた。

 すると、イオンはティアの言葉に反応して小さく頷いた。

 

「大丈夫です……少し、ダアト式譜術を使いすぎただけなので」

 

 ダアト式譜術。

 それは、ローレライ教団における最高クラスの譜術を指し、それは歴代の導師のみに継承されていると言われている。

 

(ダアト式譜術には大量の第七音素を消費すると聞く。レプリカ導師では荷が重いか……)

 

 フラついているイオンを見詰め、フレアは品定めするかの様な目で彼をジッと見ていた。

 すると、イオンはルーク達の姿に見覚えがあり、それを思い出した。

 

「あなた達は確か、昨日エンゲープで……」

 

「ああ、ルークだ」

 

「フレアと申します。導師イオン」

 

 自己紹介するルークとフレア、その二人の名前を聞いたイオンは頷いた。

 

「ルークにフレアですね。古代イスパニア語でルークは『聖なる焔の光』。フレアは『猛りの焔』と言う意味です。良い名前ですね」

 

「野蛮な名前でしょう」

 

 小さく笑いながら己の名前にそんな事を言うフレアだが、イオンは首を横へ振った。

 

「いえ、僕は逞しい名前だと思いますよ。フレア」

 

 イオンは純粋にフレアの名前を褒めた。

 すると、それから間もなくイオンは再び何かを思い出し、もう一度口を開く。

 

「思い出しました。その声は、昨日フードを被っていたのは貴方ですね」

 

「はい。昨日は、あの様な姿で失礼致しました」

 

 そう言ってフレアはイオンに頭下げたが、イオンは慌ててそれを制止させた。

 

「その様な事で頭を下げないで下さい。少なくとも、僕はその様な事は気にしません」

 

「……」

 

 フレアはイオンの言葉に何処か意外そうな表情をし、彼を見詰めた。

 そして、二人との挨拶を終えた事でイオンの意識は今度はティアへと向けられる。

 

「あの、あなたは? 見た所、神託の盾(オラクル)騎士団の方の様ですが」

 

「はい。私は大詠師モース旗下・情報部第一小隊所属、ティア・グランツ饗長でございます」

 

(グランツだと……!)

 

 ティアの長い自己紹介に反応したのはイオンではなく、その隣にいたフレアであった。

 フレアは己の感じた疑問を胸にしまい、僅かに目を細めてティアの出方を伺う様に意識を彼女へ集中させる。

 

「グランツ? ……ああ! あなたがヴァンの妹ですね。噂は僕の所にも届いてますよ」

 

 驚きと嬉しさの両方を表情に出しながらイオンはティアへ言うが、その直後にティアへ詰め寄る者がいた。

 言うまでもなく、それはルークだった。

 ルークはティアへ詰め寄ると、そのままの勢いで彼女の両肩を掴み、彼女へ問い詰めた。

 

「ハァッ!? お前、師匠の妹なのかよ! だったら、なんで師匠の命を狙う様な真似をするんだ!」

 

 不愛想な侵入者、しかも尊敬している師匠の命を狙っている女が実はその師匠の妹。

 その事実はルークには到底理解する事が出来ないもの。

 ヴァンの襲撃も感情に入っているが、ルークには何故、血の繋がった家族を殺そうとするのかが分からない。

 何にも染まっていないルークだからこその考えだが、状況が読めないイオンはルークの言葉に困惑していた。

 しかし、当のティアはそんなルークの問いかけに顔を逸らしてしまった。

 

「……ごめんなさい。それは言えない」

 

「なっ!? お前、俺と兄上は巻き込まれてんだぜ!? 事情ぐらい説明しろよ!」

 

 チーグルの一件で只でさえ腹が立っているルークに、ティアの態度は火に油を注ぐ形となってしまった。

 説明しないティアにルークが更に詰め寄るが、ティアは黙秘で応える。

 まるで自分が無視されている様にも感じてしまい、ルークの怒りがピークに達したまさにその時だ。

 

 ポフン! 

 

「……あん、なんだ?」

 

 何かが上から降って来て、それはそのままルークの頭に落ちた。

 木からでも落ちたのかも知れないが、少なくともそれは軽かったためルークに怪我はなかった。

 しかし、フレアやティア、イオンでさえも突然の事に固まってしまっていた。

 

「な、なんだよ皆。一体、何を見てんだよ!」

 

 誰も何も言わない事で恐怖を覚えてしまうルーク。

 そんなルークを可哀想に思えたのか、フレアが静かに口を開いた。

 

「……ルーク。静かにだ。静かに頭のモノに触れてみろ」

 

「……」

 

 自分だけが見れない恐怖に胸に抱くルークだが、このまま終わるのは負けた気がして納得できない。

 ルークは意を決して右手を頭の物体に伸ばし、少しずつ近づけた行った。

 そして、その距離はあと少しと言う所まで来ていたのだが……。

 

 ひょい──-! 

 

「……」

 

 何かが頭の上を動き、自分の手を避けた事実にルークは黙ってしまう。

 動いたと言う事は生き物だろうが、噛み付きもしなければ引っ掻く事もしない。

 ルークは少し積極的に攻めようと、今度は左手を素早く頭へ伸ばした。

 

 ひょい──-! 

 

「……」

 

 またも躱されてしまった。

 まるで好き勝手されている様でイラついてきたルークは、両手を頭に伸ばした。

 しかし、これはルークが仕掛けたフェイントだった。

 ルークは頭の物体が避けようと動いたタイミングを見計らい、頭を思いっきり前に振ると、その勢いで頭の物体が落ちてしまいそうになる。

 しかし、物体も必死の様で最後にルークの髪の毛を掴んだ事で、ルークの顔に張り付く形で落下してルークと物体は対面した。

 そして……。

 

『ミュッ?』

 

 フワフワした毛触りが顔に触れる中、ルークは大きな二つの目と対面する。

 

「うおぉッ!!?」

 

 突然の事でルークは思わずそれを払ってしまい、ルークに払われた黄色い物体は地面に綺麗に着地したものの、鳴き声をあげながら逃げだした。

 

『ミュウ~!』

 

「あ! チーグルが逃げてしまいます!」

 

「ハァッ!? あんなミュウミュウ言ってるブタザルみたいなのがチーグルなのかよ!」

 

 小さくミュウミュウ言っているの納得できるが、何故にブタザルなのかは誰にも分からなかった。

 しかし、そんな事はどうでも良いとばかりにルークはすぐに逃げたチーグルを追いかける。

 

「あの野郎! 盗人の罪だけじゃなく、俺の頭に乗っかりやがって! とっ捕まえてやる!」

 

「あ! チーグルに乱暴しないで下さい!」

 

 今にも乱暴しそうなルークをイオンが止めるが、既にルークは皆よりも突き進んで行ってしまっており、イオンの言葉は耳にすら入っていない。

 

「ちょっ! ルーク!?」

 

 ティアとイオンは慌てて、ルークの後を追って行く。

 一瞬、フレアが冷たい瞳をして何かを考えていた事に気付かずに……。

 

 

 ▼▼▼

 

 結果から言えば、チーグルには逃げられたがルークはすぐに見つかった。

 地面に散りばめられているリンゴの上でルークは倒れていたのだ。

 

「ルーク。大丈夫か?」

 

 フレアが心配し弟に駆け寄ると、ルークは不満そうな顔をしながらもすぐに立ち上がった。

 

「ああ兄上、俺は大丈夫だけど……って~! 何かに躓いちまった」

 

 おそらく、ルークが躓いたのは地面のリンゴだろう。

 立ち上がって不満そうにリンゴを睨むルークだが、そんなルークの言葉を聞いていたイオンが何かに気付いてリンゴを一個拾い上げた。

 

「これは……エンゲープの焼印ですね」

 

「となると、やはりエンゲープから食料を奪ったのはチーグルになりますね」

 

 焼印が入ったリンゴが森の奥にある筈もなく、イオンの言葉にティアが頷いた。

 これでチーグルが食料泥棒なのは間違いなくなったが、問題はそのチーグル達が何処にいるかと言う事だ。

 残念ながらルークが追いかけていたチーグルの姿は既にない。

 また探索から始めまるのかと思い、ルークが怠そうな溜息を吐いていた時だった。

 フレアがキョロキョロと辺り見回していると、何かを見つけたらしく、その一点を見詰めながら指をさした。

 

「見つけたぞ。おそらく、あの大樹だ」

 

「大樹……?」

 

 フレアが示した場所をルークも遠目に見ると、そこには明らかに森の他の木とは違う雰囲気を纏った巨大な大樹が君臨していた。

 その大きさは少なくとも下手な城よりも高く、大の大人が百人いても囲む事が出来ない程に横にも大きいものだった。

 

「確かにスゲェけど。兄上、あの大樹がどうかし……ん?」

 

 大樹を隅々まで見ていたルークは、その大樹の根元を見ている時に不自然な穴がある事に気付いた。

 

「なんだあれ? 根元に変な穴があるぞ?」

 

「チーグル達は木の幹を住処にしていますから、あそこが彼等の巣なのでしょう」

 

 イオンの言葉を聞き、ルークは納得した様にへぇ~と呟いた。

 それならばこんな所にリンゴが散らばっているのも納得できる。

 

「よっしゃあ! そうと分かればとっとと行こうぜ。ブタザルを全部生け捕りにしてやる!」

 

 巣の場所が分かり、今こそ殴り込みに行くのみと言わんばかりに気合を入れるルーク。

 そんなルークを見て、もう何を言っても無駄なのだと思いティアは呆れ、イオンは苦笑しているがルークは突然振り返り、イオンの方を見て行った。

 

「あ、そうそう。おい、イオン。お前、ちゃんと俺の後ろに付いて来いよ? また倒れたら大変だからな」

 

「なっ! ちょっとルーク! あなた、イオン様を連れて行く気なの? ここは危険かも知れないのよ!」

 

 顔色が悪いイオンを、これ以上連れ歩くのは危険と思ったティアがルークの言葉に反論した。

 導師イオンの身に万が一が起こってはならないのだ。

 だが、そんなティアの考えなどルークに察せる訳もなく、ルークは不満そうな表情をして更に反論した。

 

「こんな顔色が悪い奴を一人で帰す訳にもいかねえだろ。それに、仕方ねえだろ? ここで帰したら絶対に一人で来るぜコイツ。途中でさっきみたいな術を使って倒れられても困るしよ。だったら、俺達が守ってやれば安心できんだろ」

 

 相変わらず口は悪いが、少なくともルークがイオンを心配している事は伝わってくる。

 誤解されがちだが、ルークは基本的に優しい少年だ。

 使用人がミスをしクビになると泣いている時に庇った事もあれば、親が病気になって帰郷したいが仕事が忙しく帰れない使用人を見つけてファブレ公爵に頼んだ事もある。

 基本的に困っている人を無視できないのだ。

 そんなルークの優しさが伝えわったらしく、イオンは嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「守って下さるんですか! ルーク殿は優しい方なのですね!」

 

「ブフォッ! な、なに言ってんだ! 俺は別に優しくねえよ! た、ただ、あまりにもひ弱そうだから俺がわざわざ守ってやろうっと言ってるだけで……!」

 

 ストレートに言われた事があまりにも照れくさかったらしく、ルークは顔を真っ赤に染め上げながら強い口調で言い放つ。

 しかし、誰がどう見ても分かる照れ隠しのため、イオンは気にせずに笑顔を浮かべ、あまりの事にフレアとティアですら笑みを浮かべていた。

 その事で更にルークが文句を言うが皆の態度が変わる事はなく、少しルークの事を理解出来た様で嬉しかったのかティアは優しい笑みを浮かべていた。

 

 ▼▼▼

 

 その後、フレア達はチーグルの巣へと侵入した。

 入口もそうだったが中も意外に広く、薄暗い事を除けばそんなに不便ではない。

 そんな巣の中をフレアが先頭に立ち、その後ろをルークとティアがイオンを挟む形で付いてきている。

 しかし、チーグルが草食とはいえ、森に不穏な空気が流れている事もあって緊張しているのか全員の口数は少ない。

 足音と風の流れる音だけが聞こえる中、降りる様に進んで行くフレア達。

 そんな時、イオンが何か思い出した様に口を開いた。

 

「そう言えば、フレアは魔物について詳しいのですか? 先程もすぐにこの巣を探していた様ですし」

 

(……確かに、森の入口でも木の実とかに詳しかったわね)

 

 イオンの言葉にティアも心の中で頷いた。

 あの木の実がオールドラントに生えている事だけならば良いが、それを草食の魔物達が好んで食べる事などは最低でも魔物についての知識を齧ってなければ分からない。

 足跡を見つけた時もその場所を見つける等、明らかに魔物ついて理解をしている。

 イオンは純粋な興味だが、ティアは純粋な疑問であった。

 そして、そんなイオンからフレアへの問いだったが、それに答えたのは以外にもルークであった。

 

「ああ、兄上は魔物について詳しいんだ。なんか、近頃は魔物の被害が増えてるから、その根本な問題を解決する為に勉強してるって俺に教えてくれたぜ」

 

「魔物の被害が? 本当なんですかフレア?」

 

 兄の事になり自慢げに話すルークと、その話を聞いたイオンはフレアへ再度問いかける。

 すると、今度はフレアが頷いてそれに答えた。

 

「あくまで私が調べられる範囲ですが、ここ数年に渡り魔物からの被害が増えております。農作物を始め、勿論人的被害も……」

 

 畑を魔物に襲われた、旅の最中に魔物からの襲撃にあった等の報告があげられる。

 そう言う問題は基本的には現地で処理するのだが、場合によっては国王が現地に兵を派遣し討伐させる事もある。

 しかし、討伐しても被害は減らず、場合によっては兵が返り討ちにあったなどの事態も起こり、最早、魔物の問題は無視できるものではなくなっている。

 

「兄上も大変だよな。……ハァ、魔物なんかいなければ、兄上だってもっと俺の剣の相手してくれるのに」

 

 フレアが多忙な日々を送っている事をルークも知っているが、それでも兄の外での話や剣の相手をして貰いたい。

 魔物がいなければ兄が自分への事件を割いてくれるだろうと思って言ったのだろう。

 そして、当のフレアはそんな弟の言葉を聞いて笑みを浮かべていた。

 

「確かに、このところ多忙だったからな。お前の相手をしてやれなかった。……そうだ、ルーク。ここで一つ質問しよう」

 

「質問?」

 

 両手を頭の後ろに回し、暇そうに聞いていたルークにフレアは頷くと内容を説明した。

 

「今のオールドラントで最も被害が多いのは、人が起こした事件と魔物が起こした事件、どちらが多いと思う?」

 

「え? 被害が多い方?」

 

 ルークはそう言って足を止めて考え込んだ。

 ティアとイオンもフレアの答えが気になるらしく何も言わないが、同じように足を止めている。

 そして、数秒後のことだ。

 ルークは自分の考えをフレアへ伝えた。

 

「魔物の事件の方が多いんじゃね? さっき、兄上だって魔物の被害が増えたって言ってたし」

 

「確かに、魔物の事件が増えているのは事実だ。だが残念ながら、答えは人が起こした事件の方が多いが正解だ。……俺が調べたモノだけでも比率は6:4の割合で人が起こした事件が多い」

 

「そうな──ー」

 

「えッ! そうなの!?」

 

 予想外だったらしく、驚きの声を出そうとしたイオンの声よりも更に驚いた声をティアはあげてしまった。

 あまりの声に全員が思わずティアの方を向いてしまうが、ティアもティアで恥ずかしかったらしく顔を赤くして逸らしてしまう。

 

「なんだよ、お前。そんな顔も出来んのか?」

 

「べ、別にどうでも良いでしょう……」

 

 ルークは褒めた意味で言ったのだが口が悪い事が災いし、ティアには嫌味にしか聞こえず更に顔を逸らしてしまった。

 自分が褒めたのに相手はそんな態度、ルークは面白くなかった。

 

「なんだよ、こっちは褒めたてやったのにその態度は! 感情無いんじゃねえのか?」

 

「なッ! 先に言ったのはそっちじゃない! あれのどこが褒めているのよ!」

 

 ああだこうだ、ああだこうだとイオンを挟んで口喧嘩を始めてしまうルークとティア。

 挟まれたイオンもあたふたするが、苦笑しながらフレアへ先程の話の続きを聞いた。

 

「あの、フレア。先程の話なんですが、人の事件の方が何故、そんなに多いのですか?」

 

「人の事件の方は窃盗などを含めたのも原因でしょう。ですが、それでも死者が出た事件は実を言うと人が起こした方が多いのです。盗賊などが最たる例ですが、世界の情勢に不穏になるとそう言う輩が増えます」

 

 フレア達が間違われた漆黒の翼を始め、人の事件の起こしたモノの大半を占めているのは盗賊などだ。

 窃盗を始め、最悪、金目の物だけを奪って殺害等をするものも少なくはない。

 そんな被害があれば、勿論、兵も派遣されるが殺人までした盗賊達は基本的に抗って兵と衝突する。

 その結果は言うまでもなく、盗賊たちが負けて全員が死亡すると言うのが殆どだ。

 

「やはり、そういう者達が原因なのですか。ダアトでも教団の名を借りてお金を騙し取る者達がいると聞きます。……僕がしっかりしていれば良いのですが、情けない話です」

 

「そんな……イオン様のせいでは!」

 

 ティアはイオンのせいではないと否定するが、イオン本人は自分の立場を思ってティアのその言葉に首を横に振ってしまう。

 只でさえ、現在は大詠師派との派閥争いが行われている。

 それも自分の力不足が招いたのだとイオンは思っているのかも知れない。

 

「……ところで、兄上。魔物が原因の被害ってどういうのなんですか?」

 

「よくあるのが農作物を荒らされたり、知らずに縄張りに入ってしまった事で襲われるなどが大半だ。だが、中には人間の子供が幼い魔物に悪戯で石を投げ、その事で親に襲われたなどもある」

 

 後者の様な問題の場合、その子供の親は自分側の非を隠す事が多い。

 その癖に被害を伝える時は大げさに伝えるため、なんだかんだ兵が討伐に派遣される。

 これはフレアの体験談であり、討伐後に街を出た後に再び同じことをして命を落とした者もいる。

 

「全ての事件でそうなっている訳でないが、人が招いたのが原因のも少なくはない。非難されるのを恐れ、それを隠される事でまた事件が起こる。これでは根本的な解決などはできる筈もない」

 

 実際に経験しているからか、そう言うフレアの表情は僅かに暗くなっていた。

 そういう事のせいで根本的に解決が出来ず、フレアは魔物について学んでいるのだ。

 少しでも魔物を理解し、要らぬ被害を招かない様に。

 そして、そんな話を聞いていたルークが考えながら話し出した。

 

「なんかそう思うと、魔物の方が気の毒に感じんな。なんだかんだ人間の方が自業自得だって事だろ?」

 

「けれど、実際にそうじゃなくても魔物の被害はあるわ。それに、たとえ人間側に非があろうがなかろうが危険と判断したらどんな魔物も倒すべきよ」

 

 人間側にも非がある事を言うルークだったが、ティアはそれを踏まえても何か起きてからじゃ遅く、危険と判断したらどんな魔物も倒すべきだと主張した。

 しかし、そんなティアの言葉をルークは非情と受け取ってしまう。

 

「なんだよそれ。それが子供でも危険だったら殺すのかよ? 本当は危険じゃなかったらどうすんだ! 可哀想だろ!」

 

「甘いわね。そんな事を思って戸惑ってる間にこっちが殺されるかも知れないのよ。それに万が一子供でも、親を此方が殺していたら倒すべきね。生き残って人間に復讐するかも知れない……」

 

 ルークはルークで魔物の気持ちになって言うが、ティアもティアで正論のため否定はできない。

 また、この時フレアは静観する事を決めていた。

 まさかこうなるとは思っていなかったが議論する事は良い事であり、自分やヴァンにはすぐに頷くルークにとっては良い経験になると思っているからだ。

 だが、ルークからすればティアが何とも思わずに命を奪うと言っている様にしか思えず、ティアを軽く睨み付けた。

 

「この、冷血女」

 

「……なんて言おうが勝手だけど、忘れないで。タタル渓谷であなたも魔物を倒している事に」

 

「……ッ!」

 

 痛い反撃を喰らってしまい思わずルークは顔を背けてしまった。

 良かれと思って言った事がそのまま自分に帰ってきてしまったからだ。

 

「お、俺だって……好きでやった訳じゃない。あっちが襲って来たから……」

 

「別にあなたを非難する気はないわ。あれは正しい行動だったもの。……けれど、わすれないで。此方がどう思うが、魔物側が問答無用に襲ってくる事もあるって事に」

 

 ティアはそう言うとルークは何も言わなくなった。

 同時にティアもルークが軟禁生活をしていた事を思い出し、少し言い過ぎたと思ったがルークは既に前を向いており、話し掛けずらかった事もあって何も言わなかった。

 そして、話が途切れた事でフレアは再び足を進め、それにルーク達も続いて行くのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、チーグルの森【チーグルの巣】

 

 フレア達が進んで行くと、やがて大きな空間に出た。

 そこは天上も広く、日も空間の隙間から差している。

 フレア達は不思議そうな気分で辺りを見回していると、その空間の中央には言うまでもなく沢山のチーグル達がフレア達を見て鳴いていた。

 

『ミュウミュウ!』

 

『ミュミュウ!』

 

 明らかに威嚇の鳴き声なのは分かるのだが、所詮は手のひらサイズのチーグル。

 何匹いようが怖くはなく、寧ろ微笑ましい姿だ。

 しかし、そんな事を続けている姿に苛立つ者が一人、ルークはうざい様に群がるチーグル達に怒りを露わにした。

 

「だあ! うぜえんだよ! なにが、ミュウミュウ……だ! おらぁ! 適当に一匹捕まえてエンゲープの連中に突き出してやる!」

 

「ああ! ルーク、ちょっと待って下さい!?」

 

 今にも飛び掛かりそうなルークをイオンが慌てて止めに入るのだが、本来ならティアが止めに入りそうなのだが当のティアはチーグルの群れの中でしゃがみ込み、幸せそうに和んでいた。

 

「か、かわいい……」

 

 日頃のクールな表情は何処へやら、今のティアは幸せによって表情がだらけきっていた。

 しかも、彼女の表情には書いていた。

 もう、いつ死んでも良いと……。

 怒るルーク、それを止めるイオン、骨抜きにされたティア。

 そんな混沌としたメンバー達をフレアが一人眺めていた時だ。

 

(……ん?)

 

 気付けば、チーグル達が自分の傍にも来ている事にフレアは気付いた。

 相変わらず怒った顔でミュウミュウ鳴いているチーグル達。

 威嚇しているのは分かるが、意識してもやはり微笑ましい光景にしか見えない。

 そんな光景にフレアは少し悪戯心が沸き、チーグル達の前に一歩足を前に出した。

 

『ミュッ!?』

 

 一斉に動きを止めるチーグル達。

 そんな中でフレアがまた一歩近付いた時だった。

 

『ミュ、ミュウゥ~!!』

 

 一斉にフレアから逃げ出すチーグル達。

 やはり、威嚇したとて草食のチーグル達だった。

 

(可愛いものだ……)

 

 先程まで威嚇していたが、すぐに一斉に逃げ出してしまうチーグル達にフレアが微笑んでいた時だった。

 チーグルの群れの真ん中から声がフレア達へ掛けられた。

 

「お主ら……その服の模様はダアトのものか? すると、ユリアの縁者か?」

 

 よわよわしい年老いた声の発生源の方をフレア達は一斉に向くと、そこにはよぼよぼとしているが明らかに周りのチーグル達とは雰囲気が違う一匹のチーグルがいた。

 そのチーグルは金色に光るリングを杖に様に持ち、フレア達を見詰めている。

 

「僕はローレライ教団の導師イオンです。そのソーサラーリング……あなたは、チーグル族の長ですね?」

 

「いかにも。ワシがこのチーグル達の長じゃ。そして、このソーサラーリングはユリアとの契約に与えられた物じゃ」

 

 ソーサラーリングは特殊な力を持つリングであり、ユリアとの契約によってチーグル達に与えられたものだ。

 本来ならば、人語が話せないチーグルが人語を離せるのはこのリングの力あっての事だ。

 しかし、そんな事はルークにはどうでも良い事であり、ルークは長に詰め寄った。

 

「おい! お前らエンゲープで食料奪ったろ! それで俺がどんな目に遭ったか!」

 

「ルーク! 話がズレてるし、それはあなたの自業自得でしょ!」

 

 またも揉めはじめるルークとティア。

 イオンが止めに入ろうとするが、どうせすぐに収まる事を知っているフレアがそれを止める。

 

「……なるほど、それでワシらを退治しに来たか」

 

 ルークの様子からそう察したらしく、チーグルの長はフレアとイオンへそう言った。

 しかし、その様子は至って冷静である事から遅かれ早かれ覚悟をしていたのがフレア達に伝わった。

 だが、確かに被害があるが目的は対峙ではないため、フレアが首を横に振りながら長へ話し掛ける。

 

「いや、我々は確かに食料が盗まれた一件で来ましたが目的は退治ではない。森は豊かで食料に困らない筈にも関わらず、あなた方は食料を盗んだ。基本的に食べない干し肉等も一緒に……」

 

「……」

 

 フレアの問いに長は黙ってしまうが、その表情は明らかに何かを隠している顔だ。

 しかし、フレアが攻撃を緩める事はしなかった。

 厳しい瞳で長を見詰め続けるフレア。

 それが少し続いて行くと、長は根負けしたのか頭を下に向けてしまった。

 

「隠し通せぬな……実は……」

 

 長はゆっくりと事の経緯をフレア達へ教えた。

 全ての始まりは一匹のチーグルが北の森で火事を起こしたのが始まりであり、北の森を全焼させてしまった事だった。

 そのチーグルは仲間達から怒られたが、その代償は思ってもみないものであった。

 北の一帯を住処にしていた肉食で凶暴な魔物の代名詞『ライガ』が、住処を失った事でこの森に移り住んだ。

 しかも、ライガ達は火事の原因をチーグルだと既に知っていたらしく、チーグル達を餌にするのが目的して大移動して来たとの事。

 

「餌にされぬよう、食料を提供する事で何とか勘弁してもらっているが……我等の用意する餌ではライガ達は満足できなかった」

 

「それでエンゲープの食料庫から奪ったのね……」

 

 ティアの言葉に長は力なく頷いた。

 

「食料がなければ、我等の仲間がさらわれて喰われてしまう」

 

「……なんて酷い事を」

 

 チーグル達に同情するイオン。

 しかし、同じく話を聞いていたルークはそんなイオンの言葉を笑い飛ばした。

 

「ハッ! 家を焼かれたなら誰だって怒るだろ? こいつらの自業自得じゃねえか。弱いもんは喰われる、自然の摂理だっつうの」

 

「ですが、それは純粋な食物連鎖とは言えませんよ」

 

 ルークの言葉にイオンが更に反論する。

 純粋な弱肉強食とは言えない今回の一件に、イオンはライガを何とかしようと思っている様だった。

 だが……。

 

「ライガ側もそう思っているだろう……突然に住処を焼き討ちされる。それも純粋な自然の摂理とは言えん」

 

「えっ……?」

 

 フレアがイオンの言葉に意を唱え、イオン達がフレアの方を向くのだが、フレアは何か考え事をしているらしく下を見ながら黙っており、イオン達が自分を見ている事にも気付いていなかった。

 どうやら、先程のイオンの言葉が考え事中に耳に届き、無意識に反応してしまってらしい。

 それにルーク達も気付くと、一旦フレアは置いとくとしたティアがルークへ今後の方針を聞いた。

 

「ルーク。これからどうするつもり?」

 

「ああ? ……なんか、もうどうでも良くなった。帰って宿で休んで、明日にでもカイツールに行こうぜ」

 

 チーグル達が遅かれ早かれライガに罰せられると思った事で熱が冷めたらしく、ルークは欠伸をして今にも帰りそうな勢いであった。

 そんなルークをイオンが慌てて止めに入る。

 

「ま、待って下さい! このままではエンゲープの村にも被害が出てしまいます!」

 

「あんな村どうでも良いし。それにあそこは食料の町って言われてんだろ? 事情を話してチーグル達に食料を渡せば良いじゃねえかよ」

 

「エンゲープの食料は世界中に出荷されてるのよ。そんな事したら、どっちにしろ食料の流通に影響がでるわ」

 

「ああ!? じゃあ、どうすんだよ! 俺の考えばっか否定しやがって、もうお前等で決めてくれよ」

 

 もう、とっとと帰って休みたいルークは自分の案が否定された事でイオンとティアに丸投げする事を決め込んだ。

 怒りは収まり、兄の前で良い所を見せられず、もうルークにとってここにいる意味はないのだ。

 

「……ライガに、この森から立ち去る様に交渉してみましょう」

 

「チーグルの誰かに訳してもらえれば何とかなるかも知れませんね」

 

 イオンとティアはライガとの交渉を提案した。

 ソーサラーリングを使えばチーグルにライガの通訳をしてもらえる。

 二人はそう思い、イオンはその事を長に伝えると長は頷いた。

 

「分かった。ならば、交渉に同行するモノを呼ぼう」

 

 長はそう言うと、同行するチーグルを呼ぶために群れの中へ入って行く。

 これで方針は決まり、イオンが一息ついた時だった。

 

「お待ちください、導師イオン」

 

 考え事をして黙っていたフレアがここに来て口を開き、イオンへこう言った。

 

「交渉は俺も賛成ですが、交渉材料はどうするおつもりですか」

 

「交渉材料……ですか?」

 

 オウム返しの様に聞き返すイオンに、フレアは頷いた。

 

「今回の一件、エンゲープの事はライガが原因ですが、更にその根本的な問題はチーグルが起こしてしまったのは事実。只でさえ卵が孵化するであろうこの時期で警戒心が高まっている中、ただ立ち去れなどとクイーンが聞く筈もない」

 

(ふ、孵化? クイーン?)

 

 突然に分からない事を次々と言いだすフレアに、ルークは首を傾げてしまっているが、フレアの言葉の中に聞き捨てならない言葉がある事にティアが気付いた。

 

「ちょっ! ちょっと待って下さい! 卵が孵化するって……!」

 

「多少のズレはあるだろうが、基本的に卵が孵化するのは今の時期の筈だ」

 

 平然と言い張るフレアの言葉を聞き、ティアは信じられないと言った感じに額に手を当てるとイオンの方を向いた。

 

「イオン様。交渉は止めに致しましょう。卵が孵化するとなれば交渉以前の問題です」

 

「なに言ってんだよ。なんで孵化するなら交渉を止めるんだ? それに兄上の言っているクイーンってのもなんなんだよ?」

 

 自分で言っときながら交渉を中断すると言うティアにルークは不機嫌そうに詰め寄った。

 先程からどうも自分だけが取り残されている気がし、帰れそうで帰れないなどが原因でルークは気に入らなかったのだ。

 そして、フレアとティアはそんなルークに説明するために口を開く。

 

「ライガの群れは雌が中心となる女王社会だ。そして、その群れの中心となっている女王を『ライガ・クイーン』と呼ぶ。クイーンは強く、成獣のライガの数倍の強さは持っている」

 

「そして、そのライガの子供は人間を好むの。だから繁殖期前には人の住む周辺のライガは狩り尽くすのが常識なのよ。……こうなってしまえば、もう交渉するよりも卵ごと倒すしかないわね」

 

 周辺にいる繁殖前のライガは全て狩り尽くす。

 これは世界的に見ても常識なものだ。

 子供が産まれれば、その子供の餌として町や村をライガは襲うとされており、それは身の安全を守るものとされた行為だ。

 しかし、世界的に常識とは言えルークには頷けるものではなかった。

 

「おい! 無抵抗どころか産まれてもいないやつを殺すのかよ!? 可哀想だろ!」

 

「あなた、まだ分かってないのね。それだけライガは危険なのよ。退治しないと、被害が広がるだけだわ」

 

 ライガは犬や猫とは違う。

 肉食、凶暴、人が恐れる要素を持って襲ってくる。

 ティアはルークのそんな言葉をただ甘いだけと判断したために否定するのだ。

 

「だったらなんでチーグルを贔屓すんだよ! 同じ魔物なんだろ!?」

 

「危険度の問題よ。チーグルとライガ、どちらが危険かは子供でも分かるわ。……気持ちは分かるけど、被害を出させないためには卵ごと退治するしかないのよ」

 

 そう言ってルークを説得するティアだったが、気持ちは分かる等の言い方は聞き飽きており、ルークの心には届いていなかった。

 ルークは自業自得なら何も言わないが、何の罪もないモノに手を出すと言う行為が嫌なのだ。

 産まれてもなく、手すら出せないのに命を奪う……卑怯な真似としか思えない。

 ルークは納得できないと言った表情でティアを睨むが、ティアもこれは譲れず、ルークの睨みを受け止めた時だ。

 フレアが二人の間に入る。

 

「落ち着け二人とも。ルークも、まずは落ち着くんだ。ティアの言う通り、ライガの危険性は高い」

 

「だ、だからって、兄上は何の罪もない卵を壊せるのか!?」

 

 フレアは自分の肩を持つと思っていたルークにとって、兄の言葉は予想外であった。

 逆にティアは自分と同意見だと思い安心するが、フレアは今度はティアの方を向いた。

 

「そうは言っていない。ティアの言葉にも問題はある」

 

「えっ!?」

 

 自分の言葉に問題があるとは思っていなかったティアはフレアの言葉に驚き、フレアはティアへ頷いた。

 

「俺は魔物の事を調べている。勿論、ライガの事もだ。……それで俺はライガの被害の多い村や街を調べたが、その村や街には共通点が存在していたんだ。それは、その村や町は嘗てライガ達を駆除した事があるってことだ」

 

「ライガを駆除ですか? ……ですがフレア。そう聞くとまるでライガの報復の様に聞こえます」

 

 イオンの言葉にフレアはその通りと言う様に頷いた。

 

「俺はそう思っています、導師イオン。そして、俺は一つの仮説を考えました。ライガが村や街を襲ったのは報復行為であり、その報復によって手に入れた”人”と言う戦利品を巣に持ち帰り、幼い子供に食べさせた。すると、その味を覚えたライガはやがて成長し、また人を襲う。……俺はそれがライガの子供が人を好むと言う風潮を生み出したと思っています」

 

「そ、そうだぜ! 味を覚えたならそうなっても仕方ねえ! さすが兄上だ!」

 

 弟としてフレアの言葉に賛成するルークだが、ティアは納得できなかった。

 

「そんなの憶測です。たとえがそれが真実だったとしても、ライガが人を襲うのは間違いありません」

 

「確かに危険な魔物だ。……だが、駆除した所ばかりにライガの被害が集中しているのも事実。それでは根本的には解決はできない。今回の様なライガ側に非が無ければ尚更だ」

 

 それはライガだけに言えた事ではないが、フレアは無暗に魔物を駆除するのには納得していない。

 勿論、襲われればフレアも身を守るために戦い、害獣となるものも倒す。

 しかし、魔物の中には人にとっては毒である野草を食べたり、水を綺麗にしたりするものも存在する。

 全ての魔物を危険と判断してはいけないのだ。

 人もまた、魔物によって助けられている事を忘れてはいけない。

 

「なあ、イオン? お前はどっちの意見に賛成なんだよ」

 

 ルークが考えていたイオンへ問いかけた。

 三人が話していた間の時間があれば多少は答えが出ている筈だ。

 そして、ルークの言葉にイオンは頷いた。

 

「確かにティアの意見は間違いではありません。ですが、ルークとフレアの考えも分かります。僕も本当ならば争いは避けたい。……ですから、僕は交渉する事にします」

 

「よっしゃあ!」

 

 まずは問答無用で卵を壊さなくて良いと分かり、ルークはガッツポーズをする。

 フレアも頷いて賛同し、ティアもイオンの言葉に反論はこれ以上できなかった。

 

「イオン様が仰るなら私に言える事はないけど、交渉材料はどうするつもりなんですか?」

 

「新たな住処の提供……それしかあるまい」

 

 腕を組みながらフレアは皆へそう言った。

 餌などの事は根本的な解決にはならないため、これしか倒す以外の答えはない。

 しかし、問題はそんな都合よく新たな住処が見つかるかと言う事だ。

 四人は口には出さないが、それしか手が無いと言う事も分かっており考えていた時だ。

 同行者を連れ、長が四人の下へと戻って来たのだ。

 

「うむ。遅くなったが……同行者を連れてきたぞ」

 

「そんな事より……おい、何処かに土地はないのかよ? それを交渉材料にするんだ」

 

 長の言葉を飛ばし、ルークは長へそう言い放った。

 長も最初はルークの言葉に理解が遅れたが、顔をイオンへ向け、イオンがそれに頷くと静かに長も頷いて状況を察した様だ。

 しかし、たとえチーグルでも知っているかは怪しい。

 既にそんな土地があったらライガと交渉しているであろうからだ。

 

「うむ。それならば、良い森がある。あそこならば、そんなに周りにも自然にも影響は少ない筈だ」

 

「やっぱり、そう簡単には……って、あるの?」

 

 長の言葉にティアは思わず聞き返してしまった。

 まさか、こんな簡単に言われるとは思ってもみなかったからだ。

 

「そんな森があんなら、なんでライガに言わなかったんだよ。教えれば、エンゲープの食料を奪わずに済んでんだろ?」

 

「ライガが提示したのは食料じゃったからな。土地の事は一切触れられていなかった」

 

 つまりは、聞かれなかったから教えていなかった様だ。

 そんな長の言葉に言ったルークも思わず言葉を失っていた。

 

「それでは、この子に場所を教えてやらねばな」

 

「この子?」

 

 フレアが呟き、長がそれに頷くと、その後ろから一匹のチーグルが出てきた。

 まだ子供なのだろう、長と比べてもそのチーグルは一回り小さかった。

 

「この子が火事を起こしてしまった同胞でな。それではミュウよ、同行役は任せたぞ」

 

 長はそう言うと持っていたソーサラーリングをミュウと呼んだチーグルに渡すと、ミュウは頷いてソーサラーリングを受け取った。

 しかし、サイズ的に持てないらしく、ソーサラーリングをお腹に填めてようやくルーク達の下へとやって来た。

 

「ぼく、ミュウと言うですの! よろしくお願いするですの!」

 

 高く幼い声を発しながらルーク達に挨拶をするミュウ。

 しかし、その声や喋り方、小さい事が災いしてルークは我慢ならなかった。

 

「うざッ!?」

 

 最早、無意識に叫んでしまう程に我慢ならなかったルーク。

 そんな突然のルークの叫びにミュウもまた驚いてしまう。

 

「ミュッ!? ごめんなさいですの! ごめんなさいですの!」

 

「だあぁぁぁぁ!? うざいんだよ!」

 

 喋り方が火に油を注ぐ形となり、またしても叫ぶルークをフレアとティアがどうどうと、馬の様に落ち着かせる。

 それを苦笑しながら見ていたイオンは、静かにミュウに近付くと自分の手のひらに乗せた。

 

「それでは、ミュウ。お願いしますね」

 

「はいですの! 任せて下さいですの!」

 

 イオンの言葉に自信満々に頷くミュウ。

 その様子にまたルークがイラついてしまうが、ティアがそれを止めながら三人と一匹は静かにチーグルの巣を出て行く。

 だが、フレアだけは一人その場で足を止め、イオンの後姿を見つめていた。

 その表情は文字通り感情がなく、先程までとは考えられない程に冷たく見える。

 

「……やはり、所詮はレプリカか」

 

 そんなフレアの呟きは隙間風やチーグルの鳴き声に掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。

 そして、フレアもルーク達の後を追う様に巣を後にするのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 ルーク達はチーグルの巣よりも更に奥へと進んで行く。

 ミュウの案内の下にライガ達の巣を目指すが、日の光も少なくなって行き、周りはジメジメと薄暗くなって嫌な気配が四人と一匹を襲っていた。

 周りの木々には獣の爪痕が刻まれており、周りからは獣の喉を鳴らす音が耳に入ってしまう。

 おそらく、監視役のライガル達が見張っているのだろうが、チーグルがいる事で食料の話だと思って近付かないのかも知れない。

 敵意と殺気は放たれているため、油断は出来ないのは変わりないのだが。

 そして、暫く進んで行くと巨大な岩や木々に囲まれた穴の前に辿り着いた。

 

「こ、ここがライガさん達のお家ですの……」

 

 巣の前とはいえ、恐怖でミュウは震えていた。

 穴から流れてくる風の音が獣の声に聞こえなくもないが、実際に穴からは威圧感が感じられる。

 クイーンはここにいる、そうフレアも直感的に感じ取り、三人の方を向いた。

 

「では、俺が先頭を進みますので、その後ろをルーク、イオン様、ティアとします。……頼むぞ」

 

「はい」

 

 フレアからの目線に応え、ティアも頷いた。

 万が一が起これば、冷静に動けるのは三人の中ではおそらくティアだけだろう。

 ティアもその意図を読み取っており、それに頷いたのだ。

 

「大丈夫だろ。兄上は凄いんだって。クイーンだかなんだか分かんねえけど、兄上が交渉してくれれば速攻解決だっつうの」

 

 フレアにヴァンと同じぐらい信頼しているルークにとっては、フレアがいる時点で安全圏にいる様に思えてしまっている。

 兄上がいればなんとかなる、そんな考えがルークの中に存在しているのだ。

 だが、フレアはルークのそんな言葉に真剣な表情をして言った。

 

「そんなに甘くはない。確かに、交渉で解決できる事を望んでいるが、クイーンが凶暴なのは間違いない。交渉が決裂し、ライガが襲って来た時のために覚悟は決めとくんだ」

 

「大丈夫だって! 俺、兄上を信じてるからよ!」

 

 ルークは満面の笑みでフレアへそう返した。

 真剣な事を言ったつもりだったが、ルークのそんなまさかの返しにフレアも思わず笑みが漏れてしまう。

 そして、フレアは一息いれるとルークの頭に手を置いた。

 

「……ならば、俺はその信頼に応えねばならんな。ミュウ、通訳は頼む」

 

「はいですの!」

 

 ミュウはそう言うとぴょんと飛び、フレアの肩へと飛び乗った。

 その事でルークがミュウに勝手に乗るなと文句を言い、フレアがそれを笑いながら正している。

 そんな光景をティアは何処か懐かしそうに、そして同時に悲しそうにも見える表情で見ていた。

 

「……」

 

「ティア……どうかなさいましたか?」

 

 ティアの様子に気付いたイオンが彼女に近付いて話を掛けると、ティアは慌てて首を振る。

 

「い、いえ……ただ、ルークは自分のお兄さんを本当に尊敬しているのだと思いまして」

 

「ええ、それは僕にでも分かります。あの二人には、僕とティアが知らない二人だけの絆があるのでしょう」

 

 自分達には少し棘があるルークも、フレアの言う事は基本的に素直で肯定的だ。

 少し肯定的過ぎるとも思えるが、それはルークがどれだけフレアを信頼しているかの証とも言える。

 それはティアも分かっているが、同時に少し不安そうな表情をする。

 

「でも、少し心配でもあるんです。ルークが、まるで昔の自分の様に見えてしまって……」

 

「もしかして、ヴァンとの事ですか? あなたがヴァンを殺そうとしたと、ルークが言ってましたね」

 

 イオンは森で出会った時のルークの言葉を思い出し、それをティアへ問いかけた。

 しかし、ティアは表情を暗くして顔を下へ向けてしまう。

 

「すいません。これは私とヴァンの問題なんです。……他の人達をこれ以上、巻き込む訳には行かないんです」

 

 そう言うティアをイオンは心配そうに見つめるが、フレアが進む事を目でティアに伝えると、ティアも頷いてイオンと共に進んで行くのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、チーグルの森【ライガの巣】

 

 穴を通って行くと、フレア達はやがて大きな空間に出る。

 先程までジメジメとしていたが、この空間は木々や葉っぱの隙間から光が差していて日当たりは良い。

 空間自体もチーグルの巣よりも広く、ライガの巣と言われても納得できる。

 

「意外に広いんだな……ライガの巣も」

 

 興味深そうに辺りを見るルークであったが、突如、目の前を歩いていたフレアが止まる。

 思わずぶつかりそうになったルークは、フレアへ問いかける。

 

「ッ! 兄上、一体、ど──」

 

「喋るな」

 

 フレアの言葉はぴしゃりとルークの言葉を遮った。

 真剣な口調のフレアに、ルークも何かを感じ取って言う通りに黙りながらメンバー達の様子も見る。

 ミュウはフレアの肩でガタガタと震えており、毛が電動ブラシの様に動いている。

 後ろにいるティアとイオンも、フレアの横から何かを見ており険しい表情をしている。

 ルークは一体、皆が何を見ているのかとフレアの背後から覗き込んだ。

 すると、前方には巨大な岩があった。

 

(なんだ、あの岩?)

 

 岩の所は光が差しておらず、影であまり分からないがシルエットや大きさから見て岩なのだとルークは思った。

 なんだかんだでクイーンは留守かと、ルークが思った時だった。

 

『グルル!』

 

 ルークは岩と”目”が合った。

 

「っ!?」

 

 思わず叫びそうになり、反射的に自分の口に手を当てるルーク。

 なんで岩に目があるんだと言う疑問があるが、前方の岩には確かに金色に光る鋭い眼光がある。

 だが、ルークの驚きはそれで終わりではなかった。

 

『グルルル!』

 

 なんと、岩から足が生えたのだ。

 前足、後ろ足の四足歩行となった岩は立ち上がり、ゆっくりと自分達の方へ歩いて来る。

 そして、光がその岩を照らした瞬間、ようやくルークはそれが岩ではない事に気付く。

 鋭い眼光と牙、巨大な爪、鮮血の様な美しい毛並、そして、人は疎か成獣のライガを優に超える巨大な身体。

 それは……。

 

『ガアァァァァァァァッ!!!』

 

「っ!! カッ! ……あッ!」

 

 大気と身体が震えがる様な咆哮にルークは声が出せなかった。

 

(こ、これが……ライガクイーン……!?)

 

 自分の想像を超える大きさに息を呑むルーク。

 情けない事に身体も言う事が効かず、ルークは気合で動かそうともするが、それよりも先にフレアが背を向けたまま口を開いた。

 

「では、交渉を始めますのでルーク達はここにいてくれ。行くぞ、ミュウ?」

 

「は、はいですの! い、行くですの……!」

 

 覚悟を決めたらしく、フレアの肩に強く捕まるミュウ。

 ルークも何かを言おうとするが、まだクイーンの咆哮で上手く動けなかった。

 ティアもこれからルークとイオンを守らなければならないため、意識をクイーンに集中して言葉を発さずに杖を構える。

 そして、フレアがクイーンへと静かに、そしてゆっくりと刺激しない様に足を進めて行き、クイーンとの距離が半分ほどになった時だった。

 

『────ッ!!』

 

「みゅッ!? 卵が孵るから、こ、これ以上、近づくなって言ってるですの!」

 

 クイーンが咆え、それをミュウが早速通訳してフレアへと伝えた。

 卵が孵ろうとする時、それはまさにクイーンの凶暴さと警戒心が最も高い時だ。

 流石のフレアの瞳も険しくなり、意識を再度集中させてミュウへ言った。

 

「では、ミュウ。俺が言う事を一言一句、全て伝えてくれ」

 

「は、はいですの……」

 

 ミュウは頷き、フレアの言う事をクイーンへ伝えた。

 非はこちら側にある事を認める中、これ以上の食料の提供は困難である事。

 そのため、新たな住処を教えるのでそこに移ってもらいたい事を伝える。

 

「この森の食料では満足していないのだろう? それでそちらが近隣の村を襲うものならば、遅かれ早かれ滅ぶのはライガ達だ。……クイーンよ。双方のために、新たに住処になる森へと移って頂きたい」

 

「みゅ、みゅうみゅみゅう。みゅうみゅみゅう」

 

 フレアの言葉を通訳し続けるミュウ。

 クイーンも唸りながらも聞いている様にも見える。

 後ろで見ていたルーク達は手応えを感じつつ、状況を見守り続ける。

 しかし……。

 

『────ッ!!』

 

 クイーンは再び咆えた。

 その咆えは強風を生み、フレアは手でミュウ庇いながらミュウへ聞いた。

 

「ミュウ。クイーンはなんと?」

 

 フレアの言葉にミュウは冷や汗を流しながら震え、錆びた機械の様に首をフレアへ向けて言った。

 

「……ぼくたちを、産まれて来る子供の餌にすると言ってるですの」

 

「ハアッ!?」

 

 聞いていたルークが叫んだ瞬間とほぼ同時、クイーンは巨大な爪をフレアへ向けて飛び掛かる。

 

「クッ……」

 

 フレアは険しい表情を浮かべながらも、後方に飛んでクイーンの攻撃を回避した。

 フレアの回避によってクイーンの攻撃は地面を抉り、クイーンの眼光は再びフレアを捉えた。

 だが、先程の回避によってフレアの肩に乗っていたミュウはそのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

「みゅう~!?」

 

「しまった……!」

 

 ミュウは地面に落ちてしまうが、運が悪い事にその真上からクイーンの攻撃の衝撃によって天上の木々がミュウへ振りかかろうとしていた。

 

「ミュウ!?」

 

「チッ……!」

 

 イオンが叫んだ瞬間、ルークはミュウへ駆け出して行き、ミュウに振りかかる木々を剣で薙ぎ払った。

 そして、そのままミュウの頭を掴んですぐに後ろへと戻る。

 

「ル、ルークさん! ありがとうですの!」

 

「ッ! べ、別に助けた訳じゃねえ! えっと……そ、そう! 兄上の邪魔になるからだ!?」

 

 またも顔を赤くして助けた事を否定するルークだが、ミュウは嬉しそうにルークの肩へと乗る。

 その事で文句を言いそうにルークはなるが、今はそんな時でないのは分かっており、特には何も言わなかった。

 

「交渉は決裂ね……イオン様は下がっていて下さい!」

 

 ティアが杖を構え、ルークの横に立つ。

 クイーンは攻撃し、自分達を餌にしようといている。

 最早、交渉の余地はない。

 そして、ティアの言葉に顔を上げたルークの視線の先に巣の中にある卵が目に入った。

 

「卵……少し、割れ掛かってる。もうすぐで生まれるんだ」

 

 新たな命を目前とする中、同時に自分達を殺そうとしているクイーンの姿が目に入る。

 自分は卵を割るのに反対し、交渉する事を進めた。

 ティアの言葉を否定し、自分達に争いの姿勢は見せなかった……なのに。

 

「戦う気はねえのに……なんで分かねんだよ! クソッ!!」

 

 最後は己が死ぬことを恐れ、ルークは剣を抜いた。

 かわいそうだが、自分だって死にたくはない。

 問答無用で魔物が襲って来た場合はどうする? 

 今ならば、ティアの言葉が理解出来る気がする。

 ルークとティアが武器を構え、戦闘態勢に入った瞬間、クイーンと対峙するフレアが手を出して制止させた。

 

「まだだ! クイーンは興奮しているだけだ。交渉は終わっていない」

 

「なッ! 何を言っているんですか!」

 

「兄上が殺されちまう!?」

 

 信じられず叫ぶティア、兄の身を案じるルーク。

 しかし、フレアは二人の言葉に頷きながら笑みを浮かべていた。

 

「ルーク……俺を信じてくれ。お前の兄は、こんな事では終わらんよ」

 

「兄上……!」

 

 兄の言葉に少し冷静になるルークだが、目の前のクイーンの姿ですぐに現実を思い知らされる。

 クイーンの興奮は収まる事を知らず、何度も咆哮をあげる。

 このままでは交渉などできる訳がない。

 それはフレア自身も分かっている。

 

「確かに今のままでは交渉はできない。……クイーンには少々、落ち着いてもらおう」

 

 フレアはゆっくりとフランベルジュを抜いた。

 フランベルジュからは肉眼で見える程の第五音素が剣を包んでおり、ルーク達は息を呑む。

 

「なんだ、あの剣? 燃えてるのか……」

 

「……あの武器から第五音素が発生しているの?」

 

 謎の武器に目を奪われるルークとティアの二人。

 だが、抜刀した事でクイーンの野生に火がついたのか、咆哮をあげながらフレアへと突撃して行く。

 それに対してフレアは、フランベルジュを両手に逆手に持つと、自分の胸の辺りの高さにして刃を下向けにして翳した。

 すると、赤い光が発生し、フレアを中心とした模様が描かれている円となる。

 

『──ーッ!!』

 

「兄上!!?」

 

 咆えるクイーン、叫ぶルーク。

 だが、その時は訪れる。

 

「守護極炎陣!!」

 

 赤い陣からフレアを守る様に炎が発生し、それは巨大な火柱となって天へと伸び、ライガの巣を赤く照らした。

 

 

 

 End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話:焔帝と死霊使い

遅くなり申し訳ありません。
また、今回は少し話が短いのでこちらは二話投稿致します。


 同日

 

 現在、チーグルの森『ライガの巣』

 

「守護極炎陣!!」

 

 守護方陣を元に第五音素を加えた発展技『守護極炎陣』。

 それはフレアを中心とした炎の陣であり、高く天にまで昇って赤き柱となった。

 巨大な丸太程の巨大さを持つ火柱はライガの巣を照らし、やがて静かにその勢いは消えて行き、後に残されたのは先程と同じ場所に立っているフレアだけだ。

 フレアの周りだけが型どった様に綺麗な円の形で焦げており、森に燃え移る事は勿論、その陣の範囲外の物には一切の被害はない。

 あれだけの威力にも関わらず、余計なものには一切の被害を出させない。

 その凄さに気付けたのは、この中ではティアだけだった。

 

(なんて第五音素……あれだけの音素なら、暴発してもおかしくはないわ)

 

 もし、真似しろと言われても、これ程まで音素を扱えるの者は数少ないのが分かる。

 少なくとも、ティアは自分じゃ出来ない事は分かっている。

 しかし、ティアが色々と考えているそんな時だ。

 同じ様に呆気になっていたルークが何かに気付き、その場所を指さした。

 

「おい、見ろよあれ! クイーンが……」

 

 ルークの言葉にティアとイオンもその場所を見ると、そこにはフレアの目の前で震えあがるライガ・クイーンの姿があった。

 先程の攻撃はクイーンに当たらなかったものの、その巨大な炎はクイーンに恐怖を植えつけるのに十分な力だった。

 只でさえ、火事で住処などを失っているクイーンにとって炎への恐怖感は他の魔物よりも強かったが、同時にフレアとの力の差を思い知らされた事も大きい。

 自然界では力の序列が物を言う為、最初の凶暴さはなくなり、借りてきた猫の様に大人しくなってしまう。

 

『グルル……!』

 

「ふっ……ミュウ、もう一度だけ訳を頼む。今度は落ち着いて交渉できるだろう」

 

「は、はいですの!」

 

 フレアの声に慌ててミュウはルークの肩から降り、フレアへの下へとモフモフと走って行き、そのままフレアの肩へと乗った。

 フレアもそれを確認し、ミュウが頷くのを確認すると、静かにその口を開いた。

 

「クイーンよ。もう一度だけ言う。この森はお前達には適していない。新たな住処となる場所を教えるので、そこに移ってもらいたい。……こちらも、次は見逃せないのでな。よく、考えてくれ」

 

「みゅ、みゅみゅう!」

 

 フレアの言葉を先程と同じように一言一句そのまま伝えるミュウに、クイーンも今度は咆哮をあげずに聞き続け……そして。

 

『グル……』

 

 その頭を静かに下げるのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 揉め事があったとはいえ、交渉はなんとか終える事が出来た。

 緊張の糸が切れたのかルークは座り込んでしまい、イオンも冷や汗を隠せない。

 そんな二人をフレアとティアがケアをする中、ミュウはクイーンに新たな森の場所を説明していた。

 

「みゅうみゅうみゅみゅう!」

 

『……グルル』

 

「みゅみゅう!?」

 

 しかし、何かをクイーンに言われたのか少し困った顔にミュウはなり、休んでいる皆の下へと戻ってくる。

 それを暇だったため、ずっと見ていたルークがミュウに声をかけた。

 

「おい。クイーンは今度、なんて言ってんだ?」

 

「クイーンさん、卵が孵化するまで待って欲しいって言ってるですの。 卵がもう孵って、移動は危ないですの!」

 

「そんな……いま、産まれたらエンゲープが危険では?」

 

 ライガ側が移動を承知しても万が一の事はある。

 もし、なんらかの拍子で村を襲ってしまえばこれまでの事が無駄になる。

 

「別に良いだろ。産まれたら移動してくれるって言ってんだから。それに、俺も産まれるところが見たいんだよ。屋敷の中じゃ、こんなのは見れないからな」

 

「……僕も、実は少し見てみたいです」

 

「万が一の時は俺が対処する。今回は二人の経験のためと思って大目に見ようじゃないか」

 

 どうやらルークとイオンの好奇心は高く、もう産まれるまで待つ気満々の様に意識を卵に集中している。

 それをフレアも察しているらしく、冷静な笑みを浮かべながらティアを説得した。

 その結果、三人から言われたらティアも断れず、溜息を吐きながら頷くのだった。

 

「はぁ~。もう、別に良いけど、ライガを刺激するような真似をしては駄目よ」

 

「だとさ、イオン」

 

「あなたに言ってるのよ!?」

 

 自分がターゲットとは決して思わないルークにティアの喝が飛ぶ。

 そんな光景をイオンとフレアは眺めており、一同は卵が孵るのを待つ事となった。

 

 ▼▼▼

 

 その頃……。

 

 現在、チーグルの森の近辺。

 

 白銀の戦艦タルタロスの甲板に二人の人間が立っていた。

 一人は十歳前半と思わしき小さな少女でピンク色の神託騎士団の制服を着こなし、その背中には独特なセンスを醸し出す奇妙な人形を背負っている。

 突起なのか角なのか分からない耳らしきものに、ボタンで作られた瞳、そして縫い合わして作られた凶悪な笑みを人形は浮かべていた。

 そして、もう一人の大佐と呼ばれた男はマルクト軍服を身に纏い、眼鏡に長髪といった外見の男。

 その男こそ、ローズ邸でフレアへ挨拶をしたジェイド・カーティスその人であった。

 二人は何やらチーグルの森を見詰めながら会話をしている。

 

「きゃわわ~!? さっきの火柱なんだったんですか大佐!?」

 

「……ライガ・クイーンと思わしき咆哮が聞こえたと思った矢先、あれ程の第五音素。おそらく、戦闘を行っているのでは?」

 

 驚き叫ぶ少女とは裏腹に、ジェイドはまるで見慣れているのではないかと思う程に冷静に言った。

 

「もう! なに呑気に言ってるんですか! あそこにイオン様がいるかも知れないんですよ!?」

 

「おそらくいるでしょう。イオン様はチーグルの事を気に掛けていましたから」

 

 またも平然と言い張るジェイドの言葉に、少女の顔からは血の気が消えてしまい始めた。

 

「うそ……ぎゃあぁぁぁ!!? どうしよう! 導師守護役なのにイオン様の傍を離れるなんて……もう! 給料でなかったらどうすんのよ!?」

 

「アニス、落ち着いて下さい。それに、そこは嘘でも給料ではなくイオン様の安否を心配するべきでは?」

 

 ジェイドの言葉に少女改め、アニスは大きく溜息を吐いた。

 

「でも、イオン様が本当にあそこにいるとは限らないし……ハァ。もう、どうするんですか大佐?」

 

 確かにアニスの言う通り、先程の火柱が発生した場所にイオンが本当にいる保証はない。

 しかし、ジェイドにはイオンがいると確信があり、一息つくとアニスに背を向けて歩き出した。

 

「アニ~ス! イオン様を迎えに行ってきますので、留守番頼みますね」

 

「えぇ!? ちょっ、大佐!?」

 

 アニスは慌ててジェイドの後を追い掛けようとするが、それよりも先にジェイドが口を開いた。

 

「アニス。タルタロスを森の入口に止めさせておいて下さいね。それと……兵士も数名お願いします」

 

「はぁ? なんで、兵士も……?」

 

 タルタロスは迎えの為とはいえ、なんで兵士までかはアニスには分からなかった。

 しかし、それを聞く前にジェイドはパパッと行ってしまい、結局は甲板にアニスだけが残されるのだった。

 

 ▼▼▼

 

 そして、話は戻ってルーク達は……。

 

 現在、チーグルの森『ライガの巣』

 

『ミュア~!』

 

『ミュア~!』

 

 あれから少し経ち、無事に卵からライガの赤ちゃんが孵った。

 その数は全部で三匹おり、クイーンに甘える様に鳴き声を上げ、クイーンもそんな我が子の傍に顔を寄せていた。

 そして、そんな生命の誕生にルークとイオンは何気に近くでそれを眺めていた。

 

「すっげえ! 本当に卵からライガが出てきたぜ」

 

「魔物とはいえ、命が産まれると言うのは……良い物ですね」

 

 一瞬、イオンの顔が曇った様にも見えたが、誰もそれに気付く事はなく、イオンもすぐに表情を戻していた。

 また、最初はティアも二人に危険性を言って距離を取る様に言ったが、クイーンが許可しているのか、ライガの幼体はルークとイオンに気付いても鳴くだけで特に危険性はなかった。

 そして、保護者枠であるフレアとティアは、そんな二人の後ろでそれを眺めていた。

 

「元気に産まれて何よりだな」

 

「か、かわいい……」

 

 先程まで危険が云々と言っていたティアだが、つぶらな瞳と無邪気に鳴くライガの幼体に目を輝かせていた。

 なんだかんだで可愛いは正義と言う事の様だ。

 そして、ライガの幼体を眺めて数分後、幼体も鳴き止むとクイーンは一匹を噛まない様に口で咥えた。

 すると、何処からともなくライガやライガルも周囲から現れ、残った幼体を咥えるとクイーンの後を追う様に移動を始めた。

 ルーク達はその後ろ姿を眺め、やがてクイーン達の姿が見えなくなると一息入れた。

 

「……ハァ。これで解決なんだよな?」

 

「ええ、少なくともチーグルやライガ、そしてエンゲープにも被害はない筈よ」

 

 ティアは頷いてルークに説明し、イオンもそれに深く頷いた。

 

「本当にあなた方には助けられました。フレアも、今回の交渉お疲れ様です」

 

 ローレライ教団最高指導者からの言葉に、フレアも深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。ですが、結局は俺は最後に力でクイーンを屈服させました。そう思うと、素直には受け取れない自分がおります」

 

「……ですがフレア。今回の事で犠牲がでなかったのも事実です。少なくとも、それについてはお互いに喜びましょう」

 

 そう言って笑顔をフレアに向けるイオン。

 ようやく事が終わり、ルークは疲れて欠伸をした時だった。

 

「本当にその通りですよ。……少々、勝手が過ぎましたね、イオン様」

 

「っ!?」

 

 自分達しかいない筈の空間に突如、聞き覚えのある男の声が響いた。

 その声の発生源は背後からであり、四人と一匹が背後を振り向くと、そこにいたのはジェイド・カーティスその人であった。

 

「あいつ確か、昨日、屋敷にいた……」

 

「……マルクトのジェイド・カーティス大佐」

 

 ルークとティアもジェイドの事を思い出し、フレアは一人、そんなジェイドの登場に驚く事はせず、冷めた瞳で見つめる。

 だが、イオンだけはまるで悪戯がバレた子供の様に顔を下に向けており、ジェイドはそのままイオンの前まで移動して口を開いた。

 

「らしくありませんね、イオン様。……その顔色から察するに、医者から止められていた力も使いましたね」

 

「……すいません。チーグルは教団の礎の一つ。その不始末は僕が取らなければならないと思って」

 

 イオンなりに今回の一件を解決したかったの既にルーク達は知っている。

 それで、イオンが一人だけで今回の事件を解決できたのかと言われれば辛いが、少なくとも責任者としての任をイオンは果たそうとしたのだ。

 そのため、少なくともルークにとっては今更になって来て、いきなり偉そうに説教を始めるジェイドが気にいらなかった。

 

「ですが、結局は一般人も巻き込んだ。只でさえ目立つ事は控えて頂きたいのです。最悪、ダアトとマルクトが──ー」

 

「おい、おっさん! イオンだって謝ってんだろ。……許してやれよ」

 

 そう言ってジェイドの言葉を遮ったルークは、そのまま背を向けてライガの巣跡を出て行ってしまう。

 それに気付き、慌ててティアとミュウもルークを追って行く中、ジェイドはルークの後姿を見ながら意外そうな顔をして驚いていた。

 

「意外ですね、ローズ邸で見た感じでは巻き込まれた事を愚痴ると思っていたのですが……」

 

「ルークは優しいんです。彼等は僕の事を守って頂きました」

 

 イオンの言葉にジェイドは興味深い表情で聞いており、イオンもまたルーク達の後を追って行く。

 交渉が終わった事をチーグルの長に伝えなければならないからだ。

 そして、この場に残ったのはジェイドとフレアの二人だけ。

 そんな二人の空間の中、ジェイドはやれやれと言う様に溜息を吐いた。

 

「はぁ……そろそろ収めて欲しいのですが。その、”殺気”を……」

 

「……」

 

 澄ました笑みを浮かべてフレアの方へ振り向くジェイドに対し、フレアもまた黙りながら冷静な笑みで返した。

 

「先にしたのはそちらなのでな。これがマルクト流の挨拶だと思ったんですよ……カーティス大佐」

 

 昨日、ローズ邸にて先に殺気を放って来たのはジェイドからだ。

 そう言いながらフレアは、鋭い眼光でジェイドを見詰めるがジェイドは、おやおや……と言いながら困ったような笑みを浮かべた。

 

「いえ、”昨日”はフードを被っていたので怪しく思ってしまったんですよ。怪しい者から一般人を守るのも軍人の仕事ですからね。職業病と言うやつです」

 

 互いに棘のある言葉の刃をぶつけ合うが、互いの表情は一切変わらず空気もピリピリとし始めた。

 まさに一触即発と言うべき空気であり、フレアとジェイドがお互いに聞き手を動かそうとした時だった。

 全く来ない二人が気になったのか、イオンが戻って来たのだ。

 

「御二人共、どうかなさったんですか?」

 

 直感的に不穏な空気を悟ったのか、イオンはいつもよりも冷静な態度で二人へ問いかける。

 すると、流石に導師の前で殺気を出す訳にも行かない二人は静かに殺気を収め、ジェイドはイオンの方へ振り向いた。

 

「いえいえ! 特には何もありませんよ? 彼とは久しぶりの再会だったので挨拶をしていたんですよ」

 

「ええ。イオン様が気にする必要はありません」

 

 そう言うジェイドとフレアの顔は優しい笑顔だった。

 しかし、その笑顔が優し過ぎて逆に信じる事はできないものであった。

 イオンは知っている。

 付き合いは短いが、ジェイドがこんな笑顔をする時は大抵何かを隠したり、話を変えたりする時だと言う事を。

 おそらく、フレアも似た様な意味合いなのだろう。

 イオンはその事を察すると、そうですか……と言って再びこの場を出て行き、ジェイドとフレアも何も言いはしないがイオンの後を追って行くのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、チーグルの森【チーグルの巣】

 

 ルーク達は無事にチーグルの巣へと戻ることが出来た。

 行きとでは一人多くなったが別に気にする事ではなかった様で、特には誰も何も言わなかった。

 と言うよりも、フレアとジェイドが互いに並んで歩きながら、重い空気を作り出していたのも原因だ。

 互いに警戒しながら、まるで監視しているように意識をお互いに向けている様で流石にルーク達も気まずかった。

 イオンも説教の直後のため言いづらいのか、特には何も言っていない。

 そんなこんなで巣に戻ったルーク達は長に交渉の成功を教え、ライガ達が新たな地へと移動した事を伝えた。

 その事に長達は喜び、これで全てが丸く収まる筈であったのだが、ここで長が皆に迷惑を掛けたミュウには償いのために追放を命じたのだ。

 事態の大きさから見て妥当とも取れるが、ミュウはまだ成獣にもなっていない程に幼い。

 そのため、ティアは長に抗議したのだが、長は永久追放をするつもりはないらしく季節が一巡りする間、ルークに預けると言う。

 しかし、それを聞いていたルークは案の定、長へ猛抗議をする。

 

「ハァ!? なんで俺がこんなのを引き取らなきゃいけねんだよ!」

 

「聞けば、ミュウはルーク殿に命を助けられたと聞く。ならば、追放する間はルーク殿に仕えるのが恩返しとなろう。ミュウもその事は承諾しておる」

 

「みゅみゅみゅ!」

 

 長の言葉に、嬉しそうにルークを見て鳴くミュウ。

 最早、ついてくる気満々の表情だった。

 ルークはそれを見て小さく、いらねえ……と呟くが、そんな弟にフレアは苦笑しながらも肩に手を置いて説得した。

 

「連れて行ってやれ。チーグルは聖獣と言われているからな。少なくとも、迷惑にはならんだろう」

 

「う~ん……兄上が言うなら。まあ、ガイやメイド達への土産にするか。母上の話し相手にもなるかも知れねえし」

 

 ルークが渋々だが承諾すると、ミュウの目は更に嬉しそうに輝き、長はミュウへ餞別としてソーサラーリングを渡し、ミュウはそれを受け取った。

 

「ご主人様ありがとうですの! ミュウ、ご主人様のためにがんばるですの!」

 

「……うぜえ」

 

(可愛いのに……)

 

 文句を言うルークの後ろでティアが心の中で呟きながらも、愛でる様にミュウを見詰めていた。

 そして、一通り説明が終わった時だった。

 ジェイドが眼鏡をいじりながらルーク達へ呼びかけた。

 

「報告は終わった様ですね。では、そろそろ行きましょう」

 

 勝手に仕切るジェイドを気に食わなそうにルークは思い、ティアも何処か警戒の色を隠せなかった。

 そして、ジェイドの言葉にイオンは頷き、長の方を向いた。

 

「……分かりました。では、僕たちはこれで失礼します」

 

 イオンが頭を下げると、長を始めとしたチーグル達も全員が頭を下げ、イオン達は巣を後にするのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 それは、ルーク達がチーグルの森の入口付近まで来た時の事だった。

 ルークが自分の周りをウロチョロするミュウにイラついていると、前方から小さな子供が走って来ている事に気付いた。

 

「おい、なんかこっちに来るぜ?」

 

「あの服は……導師守護役の様ね」

 

 神託(オラクル)に所属しているだけあり、ティアはその服装にすぐに気付いた。

 元々、導師がいる時点で近くにはいるとは思っていたが、イオンは自分の導師守護役の目まで欺いて森に来た様だ。

 それを証拠にその守護役であるアニスは足に急ブレーキを掛け、息を乱しながら丁度イオンの前で止まると顔を上げてイオンの顔を見る。

 そのアニスの表情は頬を膨らませており、いわゆる御冠状態だ。

 イオンも自分の行動に非がある事を分かっているらしく、何処か困った感じに苦笑しているがアニスのお説教は始まってしまう。

 

「もう! イオン様! 勝手に森に行っちゃうなんて! 本当に心配したんですからね!?」

 

「……すみません、アニス。どうしても気になってしまいまして」

 

 イオンの言い分はもう全員が知っているが、守護役であるアニスにしては堪ったものではないのだろう。

 アニスは周りに気にすることなく説教を始めようとするが、それより先に口を開いたのはジェイドでだった。

 

「ところでアニス。頼んでいた事はしてくれましたか?」

 

「あっ、は~い! 言われた通り、タルタロスを入口に移動させましたよ! ……兵士も一緒に」

 

 アニスがそう言い終えた瞬間、辺りの森の草むらからマルクト軍の軍服を来た兵達が飛び出し、そのまま武器を構えながらルーク、ティア、フレアの三名を取り囲んでしまった。

 取り囲む兵から少なからず敵意が感じられ、突然の事態にルークも困惑を隠せなかった。

 

「おい! これはなんの真似だよ!?」

 

 今にも飛び掛かりそうなルークだが、それをティアが辛うじて止めるとティアもまた疑問であったらしく、ジェイドを睨みながら真意を説いた。

 

「これはどう言う事ですか?」

 

「実は一昨日、正体不明の第七音素が放出されました。……その犯人はあなた方ですね?」

 

 ジェイドは確信しているかの様にハッキリとした口調で三人に言い放った。

 元々、マルクトの譜術の研究は進んでおり、タルタロスのレーダーにでも一昨日の超振動の反応を捉えたのだろう。

 普通に見れば敵国からの攻撃にも見えなくはなく、マルクトが反応するのは当然と言えるが、そんなジェイドの言葉や周りの状況に至ってもフレアは一人、冷静に沈黙しながら状況を見ていた。

 

「……」

 

 フレアの雰囲気は、まるで獲物を狩るために爪を砥ぐ様な雰囲気に似ている。

 また、今の状況に対してイオンは混乱しており、アニスは他人事の様にニコニコして見ていた。

 イオンとアニスは蚊帳の外の様な状況だが、当事者であるフレア達の周りの空気は重く、囲む兵が一歩だけ距離を縮めた時だった。

 フレアはルーク達の盾になる様に前にでた。

 

「少し待っていただきたい。その正体不明の第七音素の正体は、確かに我々だ。……故に、此方は抵抗する気もなければ非も認める」

 

「……ほう」

 

 フレアの言葉に、ジェイドはルークの時の様に意外そうに呟いた。

 そして、それと同時にフレア達を囲んでいた兵の一人が気付く。

 

「た、大佐! コイツ、フレアです! キムラスカの”焔帝”……フレア・フォン・ファブレです!」

 

「フレアだと!? 何故、敵国の王族がマルクト領に!?」

 

「こ、こいつが……焔帝……!」

 

 最初の兵士の言葉を皮切りに連鎖する様に口を開き出す兵士達。

 困惑、驚き、恐怖、先程よりも強い敵意と言ったあらゆる感情がその場に生まれ始め、ルークは何故、兄の名前が出た事でこんな事になるのか分からず、隣にいたティアへそっと聞いた。

 

「なあ、なんで兄上の名前が出ただけでこんな事になってんだよ? 兄上って、そんなに有名なのか?」

 

「昨日、説明したわよね。あなたの父親と兄であるファブレ公爵とフレア・フォン・ファブレはマルクトにとっては仇敵だって。そして、あなたのお兄さんはキムラスカ焔帝と言われ、マルクトに恐れられているのよ」

 

「キムラスカの……え、えんてい?」

 

 聞きなれない言葉に片言のオウム返しで返すルークに、ティアはやれやれと言った様子で説明し始める。

 

「第五音素の扱いに長け、キムラスカにその人ありと言われている人間の一人よ。……嘗て、フレア一人によってマルクト側は甚大な被害を受けた事あるらしいわ。それが焔帝と呼ばれ、マルクト人に恨まれている理由ね」

 

「……へぇ」

 

 話を大体聞いていた筈のルークだが、ティアの言葉が途中で面倒になってしまい、分かったのは兄は凄く、それでマルクトに嫌われていると言う中途半端なものだった。

 そして、ルークとティアがそんな事を話している間にも兵達の中で怒りが溢れ始めていた。

 導師イオンの前とはいえ、フレアは仇敵だ。

 家族、友人、等をフレアに殺されている者もジェイドの率いている部隊にも所属しており、やがて兵の中で一番若そうな兵士がフレアへ剣を向けて叫んだ。

 

「貴様! 答えろ! 何故、マルクト領にいる! 何が目的だ!!」

 

 若い故に感情を抑えられず、兵士は叫ぶようにフレアを問い質し、周りの兵も思わずその兵へ意識を向けてしまった。

 しかし、フレアはまるで無関心の様に冷静な態度を貫き、視線を向ける訳でもなく沈黙で返す。

 そして、それが火に油を注ぐ形となってしまい、兵士の怒りのボルテージは更に上がってしまった。

 

「貴様! いい加減に……!」

 

「いい加減にするのは貴方ですよ。……兵士ならば感情を抑えなさい!」

 

 ジェイドから言葉が飛び、流石の兵士も思わず口と体の動きを止める。

 本来ならばもっとスムーズに運ぶ予定だったのか、ジェイドの様子は僅かに機嫌が悪そうに見える。

 

「で、ですが大佐……不法入国なのは間違いありませんよ!?」

 

「それはあなたが気にする事ではありませんよ。……良いから黙りなさい。死にたくないのならば」

 

「えっ……一体、なに──ーっ!」

 

 ジェイドの言葉に聞き返そうとする兵士だったが、そこまで言った時、突然唇が切れた。

 兵士の唇は乾燥しており、肌にも違和感を感じる。

 それで兵士達は、ようやく自分達の状況に気が付いた。

 兵士達が自分の姿を見ると、自分の身体から僅かに赤い光の音素が出ている事に気付く。

 

「ジェイド……! これは!?」

 

「ふぃ、第五音素ですの! 兵士さん達の周りに第五音素が発生しているのですの!?」

 

 イオンの疑問を説明したのはミュウであり、目の前の現状にジェイドは溜息を吐きながら犯人の方を見る。

 

「あまり、兵を刺激しないで下さい。此方とて、本当は穏便に済ませたいのですから」

 

「それは此方とて同じことです、死霊使い(ネクロマンサー)殿。ですが、此方も害を与えられると言うならば、守る者のために牙を向けなければならんよ」

 

 鋭い眼光で互いに言葉を交えるジェイドとフレアの二人。

 その様子に空気は異常なまでに重く、兵士も動けず、ルークとティア、そしてミュウも息を呑んでいる。

 それは勿論、イオンも同じで心配して今にも飛び出そうだが、先程まで他人事であったアニスもニコニコなど出来る筈もなく、滝の様な冷や汗を流していた。

 

「抵抗しても、被害が大きいのはそちらですよ?」

 

「戦艦一隻で、俺を止められるとでも思っているのか?」

 

 互いに一歩も引かない言葉の攻防。

 何故、そこまでして互いに引かないのか、それはフレアとジェイドの二人の関係にあった。

 

(マルクトの焔帝への対抗馬……死霊使い。それが、この人だったなんて)

 

 事情を知っているティアは緊張しながら、その事を思い出していた。

 フレアが戦場に出ると、同じ様にマルクト側から前線に出て来る男こそ、今目の前で自分達を拘束しているジェイド・カーティスだ。

 ライバルと言うべきなのか、二人が互いをどう思っているのかは分からない。

 しかし、少なくとも二人が戦場で何度も命のやり取りをしているのは事実。

 ティアは最悪、今この場でそれが再現される覚悟を固めた。

 だが、その時だ。

 イオンが兵の間を通り、フレア達とジェイドの間に割り込んだ。

 

「二人共、落ち着いて下さい! フレアは音素を止め、ジェイドは皆に乱暴な事はしないで下さい!」

 

 手を広げて両者に言い放つイオン。

 出遅れてしまったアニスは今にも泡を吐きそうな程に顔が真っ青だったが、イオンの表情は険しく、彼の真剣さが分かる。

 

「……ふぅ」

 

「……ふぅ」

 

 イオンの決死の行動が通じたのか、二人は静かに息を吐くと兵から第五音素が消え、ジェイドからも重い雰囲気が消えた。

 そして、全員を覆う重い雰囲気が消えた事でその場の全員が一息つけると、フレアは静かにその頭を下げた。

 

「突然の無礼、大変申し訳ない。……罰するなら俺だけにしてもらいたい」

 

「……いえ、この場に関しては先に仕掛けたのは我々です。……ので、互いに今の事は忘れましょう。……ですが、事情は聞かねばならないので、我々に同行して頂きたい」

 

 今の非を互いには認めて謝罪はするが、マルクト側からすれば第七音素の事まではなかった事には出来ない。

 そのため、キムラスカの侵略行為ではない事を確認するためにも、不法入国してしまっているフレア達から話は聞く事は決定事項だ。

 勿論、フレアもその事は先程で認めているため、ジェイドの言葉に頷いてみせた。

 

「了解した。危害がなければ、ここからはそちらの指示に従おう」

 

「……助かりますね。では、連行しますのでタルタロスに来ていただきましょう」

 

 そう言ってジェイドは兵に指示を出すと、兵はフレア達に近付いて移動の指示を始める。

 連行と言う言葉やジェイド達の態度が気に食わなかったルークが何かを言おうとしたが、ティアが咄嗟にそれを止めた事で何事もなく、フレア達はタルタロスの中へと連行されるのだった。

 そして、そんな後姿を見ながらアニスは額の汗を手で吹きながら安堵の息を吐いた。

 

「はぁ~! な、なんなんですかさっきの……大佐もなんからしくなかったですし」

 

「確かに、感情的でしたね。ジェイドはフレアとはやはり……?」

 

 イオンも二人の関係を思い出したのか、ジェイドにフレアとの関係を聞くと、ジェイドは光の反射で目を隠している己の眼鏡をカチャリと指で上げながら呟く様に口を開いた。

 

「……あの男に人数は関係はないんですよ。どちらかと言えば、まだ私一人の方が戦いやすい」

 

 前半の言葉の意味は分からなかったが、後半は一人の方が身軽で戦いやすいという意味だとイオンとアニスは感じた。

 マルクトをここまで恐れさせるフレアと言う男が凄いのか、そのフレアを一人の方が戦い易いと言うジェイドが凄いのか、アニスは一人混乱する中、ジェイドも足をタルタロスへと向けた。

 

「そろそろ、我々も行きましょう」

 

「は~い! じゃあ、行きますよイオン様」

 

「はい」

 

 そう言い合い、アニスはイオンをタルタロスへと連れて行った中、ジェイドは一人足を止めてその場である記録を思い出していた。

 

(流石に言えませんね……たった一人によって大隊を半壊させられ、戦艦二隻もエンジンを爆発させて大破させられたなのと。それが、当時”八歳”の少年にやられたのならば尚更だ)

 

 ジェイドの心の声を聞くのはジェイド自身だけであり、ジェイドはそのまま感情に蓋をする様に冷めた表情でタルタロスへと向かって行くのだった。

 

 

 End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話:神託強襲! 焔帝VS六神将

 同日

 

 現在、新鋭艦タルタロス【とある一室】

 

 あのフレアとジェイド達マルクト側との一件の後、ルーク達はタルタロスのある一室に連行されていた。

 ルーク達三人、イオンとアニス、ジェイドとマルクト兵二名の計八名がいるが連行と言っても武器は疎か、拘束されている訳ではない。

 信用をとるためかどうかは分からないが、ルーク、ティア、フレアの三名は、その一室のソファに腰を掛けており、出された飲み物に口を付けずに睨めっこを続けながらジェイドからの問いに答えていた。

 フレアとルークの本名を始め、ティアが神託の盾騎士団である事や今回の事は事故に近く、敵対行為ではない事を伝えて行く。

 途中、ルークが昔にマルクト側に誘拐された事をダシに文句を言うが、ジェイドはそれを先代が勝手にやった事だと一蹴し、ルークとジェイドの間には溝が深まったり等もした。

 それを知らなかったティアが一人、驚きの顔をしていたのは、それを見ていたフレアだけしか知らない。

 そして、一通り聞き終えるとジェイドはやれやれと言った様に眼鏡を指で上げた。

 

「ファブレ公爵家の御子息達に神託の盾騎士団員……事故で超振動が起きたといえ、中々にお目に掛かれない組み合わせですね」

 

 嫌味なのかどうかは分からないが、ジェイドが面倒そうに見えるのは間違いではないだろう。

 イオンはジェイドの態度に焦ってしまい、アニスはアニスでフレアとルークが公爵家の息子と分かった途端に態度を一変し、クネクネと気味の悪い笑顔をしていた。

 

「公爵~玉の輿~へへ……!」

 

「アニ~ス。涎が出ていますよ。……ですが、狙うならば兄の方が良いですよ? なんせ、彼は伯爵の地位もあれば土地も所有してますからね。一体、どれだけのガルドを隠し持っているのやら……」

 

「¥¥¥!!?」

 

 ジェイドの言葉がクリティカルヒットしたらしくアニスの頭はショートし、目も口に出す言葉も既に金一色になっていた。

 そんな守護役に対し、イオンも彼女の性格を知っていたらしく苦笑だけで済んでいる。

 しかし、そんな会話でもルークの興味をそそるもがあったらしく、ルークは隣で優雅に出されているお茶を飲んでいる兄の方を向いた。

 どうやらフレアは、アニス達の先程の話は聞くにも値しないと判断していたようだ。

 

「兄上って伯爵だったんだ……」

 

「陛下から名誉称号として頂いたものだ。……まあ、それでもファブレ公爵の息子として見られる事の方が多いがな」

 

 国家功労者にはフレアが言う様に、名誉称号として爵位を与えられる事はある。

 勿論、フレアは最初から伯爵の爵位を頂いた訳ではなく、最初は子爵から始まって現在に至っており、陛下や父から土地を貰う事もある。

 流石に土地の広さ等はファブレ公爵には及ばないが、その広さと利益は貴族の中でも上位にいる。

 だからと言って、フレアはその事を鼻に掛ける気も無いため殆どを内緒にしているため、ルークが全く知らなくても問題はない。

 

「フレアさまぁ~! 私、料理とか上手なんですよぉ~?」

 

 アニスはあからさまな猫撫で声を出しながらフレアへと近付き、目をパチクリしながら、これまたあからさまなアピールをする。

 ルークもキャラの変わりように引いており、ティアも所属は違えど同じ騎士団に所属している事もあって恥ずかしそうに顔を下に向けていた。

 

「料理ならば今のコックが気に入っているのでな。すまないが、間にあっている」

 

 アニスのアピールに全く動じず、フレアは片手で制止した。

 

「そう言う意味じゃないのに……残念ですぅ。ねえ、ルーク様!」

 

 今の話題では駄目だと判断したアニスは、空気が悪くなるのを阻止するかの様に素早くそのままの勢いでルークの傍へとすり寄った。

 

「うわッ!? な、なんなんだよ、お前!? 服が伸びんだろ!」

 

「ちょっ! ルーク!? ……タ、タトリン奏長!!」

 

 ルークにすり寄り、服を掴むアニスを引っぺがそうとルークはするが、アニスの力が見た目に似合わない程に強く、尋常ではなかった。

 やがて、アニスはルークに抱き付き、それを見ていたティアは流石にそれはやり過ぎだと判断してルークと共にアニスを剥がそうとするが、何故かアニスは剥がれない。

 

(そこまで金に執着するか……アニス・タトリン。その執念は恐るべしか)

 

 弟のピンチだが、そんなに長くは続かないだろうとフレアは思っており、ポットの紅茶を自分で注ぎ足してもう一度味わっていた。

 そして、そんな訳の分からない状況が少し続いて行くと、ジェイドがルークへ声を掛けた。

 

「止めさせても良いのですが、その代わり……お願いがあるのですが?」

 

 イラつくルークを余所にニコニコしているジェイド。

 その言葉は確かにルークの耳へと届いた。

 

「分かった! 分かったから! こいつをなんとかしろよ!!」

 

「では、交渉成立ですね……アニ~ス」

 

「は~い! ……まあまあか」

 

 手応えの評価を胸にしまい、アニスはドス黒い顔を隠しながらルークの傍を離れた。

 ようやく軽くなり、鬱陶しいのがいなくなった事でルークは一息ついた。

 

「ご主人様、大丈夫ですの?」

 

「……ブタザル。お前がいたか」

 

 ミュウの存在をすっかり忘れており、ルークは首を下に向けてしまう。

 アニスは鬱陶しく、ミュウはうざい。

 ルークにとっては苦にしかならない状況だった。

 

「それで、お願いを聞いて頂けるのでしたね?」

 

「ああ? ……あぁ、なんか言ってたな。俺に何を頼みたいんだよ?」

 

 先程での後で機嫌が悪いルーク。

 ジェイドとの約束も半場忘れており、ルークは怠そうにジェイドへ問いかけた。

 

「正確に言えばフレアとルーク。御二人に頼みたい事です……では、イオン様。詳しい事はお任せ致します」

 

 どうやらイオンも関係あるらしく、ジェイドがイオンへ説明を頼むと、イオンは静かに頷いた。

 

「実は、御二人にお願いがあるんです」

 

(……これは、俺も聞かねばならないな)

 

 イオンの纏う雰囲気が導師のものになった事を悟り、フレアはカップを置いてルーク達とイオンの言葉に意識を向けるのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 イオンの頼みは単刀直入に言えば、キムラスカとマルクト両国の和平のために国王の縁者であるフレアとルークに取りなおしてもらいたいと言う事だった。

 嘗て、両国で起こった大きな戦争『ホド戦争』から僅か15年しか経っていない中、両国の関係は険悪であり、小さな小競り合いが日夜起こっている一触即発状態。

 両国の国民ですら薄々と開戦が近い事を悟っているが、イオンの話ではマルクトの現皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世は全面戦争が起こる事を阻止するために、和平の親書を送る事を決意したとの事。

 しかし、たとえ和平の使者として行くにしても敵国の使者の立場が変わる訳でなく、ピオニー皇帝は中立であり平和の象徴であるイオンにも協力を要請したが、やはり敵国なのは変わる事はない。

 国境を越えるのは難しく、最悪その場で戦闘が起きて全面戦争の幕開けになるかも知れない。

 ジェイドもイオンも、そこで悩んでいた時に現れたのがフレアとルークの二人だった。

 

「……そう言う訳で、御二人に戦争を阻止する為に協力をお願いしたいのです」

 

「ハッキリ言って此方はあなた方、御二人の”地位”を利用したくて堪らないんですよ。それを利用するだけで。どれだけ事が楽に進むかは分かりきっていますのでね」

 

「……本当にハッキリと言ってくれる。マルクトは余程、戦争がしたくないのだな」

 

 誰も言葉には出さないが、キムラスカとマルクトの総戦力を比べるとキムラスカ側が有利なのが事実。

 十五年前のホド戦争から現在の小競り合いを含めても、マルクト側の方が被害が多く、今現在で開戦すれば有利なのはキムラスカだ。

 そんな事をフレアが今言ったのは、少なくとも好き勝手に自分とルークを利用できると思うなと言う威嚇行為でもあった。

 

「その点は私個人の意見を言う訳に行きませんので黙秘させて頂きますが、先程の言葉を取り消すつもりはありません。……我々にあなた方の地位を利用させて頂きたい」

 

「チッ! ……おい、おっさん! いい加減にしやがれ! 地位地位って、それが人にモノを頼む態度かよ! せめて頭を下げんのが礼儀だろうが!」

 

 ジェイドの態度にとうとうルークの堪忍袋の尾が切れ、ルークはジェイドへ食って掛かった。

 正直ではあったが少なくとも、ジェイドの態度と言葉は人に頼む態度でなければ信用を得ようとしたものではなく、ルークは我慢ならなかったようだ。

 

「ルーク!? 落ち着きなさい! 戦争が起きるかどうかの問題なのよ!?」

 

「うっせえ! 関係ねんだからティアは引っ込んでろよ! ……それに、こいつの態度は最初から気に入らなかったんだ。人を見下した態度ばっかとりやがって!」

 

(……それは否定しません)

 

 ルークの言葉にジェイドは心の中で頷いていた。

 少なくともジェイドからすれば、箱入り息子とはいえ情勢などを知らな過ぎているルークは何もしなくてもそう見てしまうのだ。

 

「では、どうすれば承認して頂けるのでしょうか?」

 

「さっきも言ったろ。頭を下げんのが礼儀だってな!」

 

 最早、ジェイドが態度に示さない限り承認する気はルークにはないようだ。

 態度に関してはどちらにも言える事だが、少なくとも頼みごとをしているのはジェイドの方であり、ルークは己の態度を改めるつもりは全くない。

 居合わせている兵士二人からもルークの態度に段々と焦りが生まれ始めており、それを察したティアがフレアへ助けを求めようとする。

 だが、フレアは再びカップに口を付けて一休みしており、雰囲気だけならば他人事だ。

 だからと言って何とかしろなど言える立場でもなく、ティアはどうすればよいか必死に考えるが、少なくともフレアの意識と眼光はこの部屋に訪れてから一回もジェイドから離していない。

 先程アニスをジェイドが仕掛けた様に、フレアもまたルークで様子見をしていたのだ。

 そして、ジェイドがルークの言葉に笑みを浮かべて頭を下げようとした時、フレアは動いた。

 

「止めておけ、ルーク。己自身の意志で下げぬ頭に意味などはない」

 

「……」

 

 ジェイドの動きが止まった。

 ただ頭を下げる事自体はジェイドにとっては何とも思わない行為だ。

 自分の意志よりも国の意思を優先させる軍人中の軍人ジェイド・カーティスは、ここで頭を下げるだけでルークの機嫌とプライドを刺激すれば即解決なのは読めていた。

 しかし、ルークとは違うフレアが、ジェイドの軽く見ている頭下げを許さない。

 一人の男、軍人、貴族、このどれに対してもジェイドの行動を受けてはならない。

 望まなければ非公式でもある現状だが、少なくとも今は自分達が自国の代表だ。

 決して弱き部分を見せてはならず、舐められてもならない。

 

「で、でもよ兄上。このおっさんの態度、俺は許せねえよ……」

 

「気持ちは分かるが落ち着くんだ、ルーク。望まぬとはいえ、この場限りでは国の代表は俺達だ。此方も相応の覚悟で挑まねばならない。……すまないが、俺に免じて引いてはくれないか?」

 

 フレアがルークを正す様に優しく言いながらその顔を見た。

 

「……あ、兄上がそこまで言うなら」

 

 これがフレア以外だったらそうは行かなかったであろうが、ヴァンと同じぐらいに尊敬している兄の頼みにルークが断る事はしない。

 寧ろ、兄から引いてくれと頼まれたのが嬉しく、機嫌は一気に好調なっていた

 逆に難しい表情をしているのはジェイドだ。

 ルークさえ落とせばフレアは何とか出来ると踏んでいたのだが、それを阻止する形でフレアに防がれてしまった。

 すると、ジェイドはこうなると下手な行動は逆に場を悪化させるだけと判断し、視線をイオンへと移し、イオンはそれに頷いた。

 

「フレア、ルーク。どうかお願い出来ないでしょうか。戦争が始まれば多くの人が危険に晒されます」

 

「ミュウもお願いするですの。ご主人さま、フレアさん。誰かが傷付くのはもうイヤなんですの!」

 

「お前等は森に引っ込んでれば良いだけだろ?」

 

 ミュウの言葉にルークは怠そうに返し欠伸した。

 少なくとも、ルークも戦争は嫌だがチーグル達に被害があるとは全く思っていなかった。

 

「導師イオン。俺達は断る気はありません。ですが、事態はそう簡単ではなく、俺とルークが取り次いでも和平の可能性は低いと思われます」

 

「ほえ? どうして?」

 

 アニスが首を傾げた。

 両国の関係が悪いとはいえ、最も近い縁者で王位継承権も第三位と第四位のフレアとルークが進言しても何とも思わないとは考え難いからだ。

 

「誠に言いずらいのですが、陛下が最も信頼している現在の相談役はローレライ教団の大詠師モースなのです。大詠師はキムラスカ上層部でも有名な戦争推進派であり、陛下もそれに肯定的です」

 

「やはり、面倒なのは大詠師派ですか……」

 

 ジェイドは今までの最大級の溜息を吐いた。

 導師派と大詠師派の対立は深く、そのトップ同士が戦争を賛成反対の対極の考えをしている。

 大詠師派は妨害をしようとすれば、少なくとも教団内のゴタゴタで和平が泥沼化する可能性もあるあらだ。

 イオンもアニスも、思う事があるのか下を向いてしまっていた。

 

「はぁ~あのおっさんもしつこいんだよね。なにが大詠師派よ……本当に迷惑」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! モース様はそんな人ではないわ!?」

 

 周りと愚痴るアニスにティアが慌てた様子で異議を申し立てた。

 すると、その様子にアニスは一瞬驚いたが、何かを思い出すと残念そうに顔を下に向けてしまう。

 

「そ~だった。ティアさんって確か大詠師派でしたね……ショック~」

 

「ち、違うわよ! 私は中立です! だけど、モース様が戦争を起こそうとしているなんて信じられません!」

 

 モースの直属の配下であるティアを大詠師派と思ったアニスだが、ティアは両手を使ってそれを否定するも、少なくともモースの事に関しては否定しなかった。

 一体、ティアにはどう写っているかは分からないが、少なくとも戦争を起こす様な人ではない様だ。

 

「理想と現実は違う物だ。……どちらが真実なのかは君自身の目で見るんだな。でなければ、君はそこで止まるだろう」

 

「……兄さんみたいな事を」

 

 ティアの言葉は小さくて聞き取れなかったが、フレアの言葉にティアはそのまま顔を下に向けてしまい何も言わなくなってしまう。

 その隣ではルークが一人カップのお茶を呑み、冷たくないと文句を言っているとジェイドがある提案をする。

 

「一旦、部屋から出て外の空気に触れましょう。煮詰まってはどうしようもありませんからね」

 

 この一室に入って一時間近くになるが、なんせ空気が重ければ話の内容も重い。

 精神的にも全員の疲労は思っているよりも大きかった。

 

「そうですね……少し、気分転換してから話の続きをしましょう」

 

「俺も賛成。つうか、戦艦の中とか初めてだし見ても良いよな?」

 

「流石に立ち入り禁止の場所はありますが、それ以外の場所ならば構いませんよ」

 

 敵国の王族であるルークには流石に何かあるかと思いきや、意外にもジェイドはあっさりと承認した。

 少しでも信用を取るためなのか、それとも見られて困る所はしっかりと隠しているからなのか、ジェイドの視線にはフレアも入っている事から二人へ対して言っている。

 

「そうか。ならば、俺は機関室辺りを見に行くか」

 

「っ!?」

 

 堂々と機密のある場所を見に行くとフレアに宣言され、同室していた兵士二人は思わず怯んでしまった。

 この新型戦艦タルタロスは言わば、マルクトの技術の集大成でもある。

 音機関に関してはキムラスカの方が遥かに上だが、譜術に関してはマルクトはキムラスカよりも進んでいる。

 譜術を応用して戦艦の装甲を譜術に強くし、砲撃の火力も申し分ない。

 そのため、上官であるジェイドが許可したとはいえ、不安を拭い切る事はできないのだ。

 そして、そんなフレアにジェイドは悪戯をする子供を叱る様に言った。

 

「悪い人ですね……責任者の前で堂々と侵入宣言されるなんて」

 

「ふっ、流石に冗談だ」

 

 フレアは冗談交じりに可笑しそうに微笑むが、その場で聞いていた全員の顔には書いていた。

 いや、本気だった……と。

 そんな事があるなか、一同は静かにその場を後にして外へと出て行くのだった。

 

 ▼▼▼

 

 現在、戦艦タルタロス【通路】

 

 景色が素早く左から右へと移動して行く。

 それに伴い風も強いながらも、額の汗が蒸発する事で心地よく感じられる。

 白銀に輝く戦艦、それはルークにとっては新鮮そのものであり、ルークは手すりに両腕を置いて身を乗り出して景色を眺めていた。

 

「ス、スゲェ! 俺、戦艦なんて初めて乗ったぜ!」

 

「ル、ルーク! 危ないわよ!? 身を乗り出すのはやめなさい!」

 

 目を輝かせ、純粋な子供の様な危なっかしいルークをティアは止めた。

 その姿は危ない事をする弟を注意する姉の様にも見え、一瞬でも目を離せば本当に落ちてしまいそうで、

 肝が冷や冷やさせられる。

 フレアの言う通りで本当に保護者の様だが、ルーク達を巻き込んだのは自分なのだと言う事はティアは忘れてはいない。

 しかし、それを除いても目を離せなくなっているのも事実であるが、それを苦に感じる事は不思議となかった。

 これが一体、どういう意味の感情なのかは今のティアには分からなかった。

 

「良いじゃねえか。そんな簡単に落ちねえだろ?」

 

 一体、その自身と根拠は何処からでるのか、ティアの心配を他所にルークは止めようとしない。

 

「ルーク様。本当に危ないですから……」

 

「落ちたら大変ですよ」

 

 アニスとイオンもルークを止め、三人からの言葉に渋々だが手すりから手を離した。

 

「チッ……わ~たよ」

 

「はしゃぐのは構いませんが本当に落ちたりはしないで下さい。あなたに万が一があれば、あの焔帝が本当に暴れかねないので」

 

 反省の色はないルークの姿にジェイドも呆れた様に溜息をし、その口調には勘弁してくれと言う感情も含まれていた。

 そして、そんなジェイドの言葉にルークは気付いた。

 先程までいた筈の兄フレアの姿が何処にもいないのだ。

 

「あれ? 兄上は……?」

 

「フレアでしたら先程、少し一人で風に当たりたいと言って甲板に向かいましたよ」

 

 そう言ってイオンが通路の奥へ視線を向けると、背中全体を隠せる程に長い赤い髪が揺れ動くフレアの後姿があった。

 更にその後ろにはジェイドの命令なのか、兵士二人が監視の様に距離を一定に保ちながらフレアの後ろを付けている。

 

「一応、敵船なのによく一人で行けますね……」

 

「私も一人で行けますがね」

 

「確かにジェイドなら出来そうですね」

 

 フレアの行動に信じられないと言うアニス、そのアニスの言葉に胡散臭い笑顔を浮かべるジェイド、そしてそのジェイドの言葉に迷いなく頷くイオン。

 良くも悪くもバランスが良い三人なのかも知れない。

 ただ、ジェイドがその方が効率が良いと判断して他人に合わせているだけかも知れない。

 

「ん? ……ルーク?」

 

 ジェイド達の話を聞いていると、ティアがルークの様子に気付いた。

 フレアの後を追うかと思いきや、ルークは黙って兄の後姿を見詰めてはいるが追う素振りは見せない。

 

「どうしかしたの? あなたの事だから、お兄さんの後を追うとばかり思ってたけど……?」

 

「ああ、だけど兄上だって一人になりたい時ぐらいあんだろ。兄上は仕事とかライガの交渉で疲れてると思うしよ」

 

「意外ですね~あなたにそんな気配りが出来るなんて」

 

 最早、無礼としか言えない発言をルークに言うジェイドだが、ルークはフンッと一蹴してジェイドを無視する。

 

「おやおや、随分と嫌われたものです」

 

「ジェイドの言い方が悪いからですよ……ですが、ルークは本当にフレアが大好きなんですね。ローズ邸でもフレアの言葉に素直でしたから」

 

 ジェイドを軽く注意するイオンは、今の気づかいとローズ邸での事を思い出し、ルークへと言った。

 周りが言っても止めないか渋々文句を言って止めるのがルークだが、フレアの言葉には基本的に素直であり、寧ろ直過ぎるくらいだ。

 

「ああ、兄上は強いし俺に優しいからな。任務から帰ってきたら外の話や土産もくれるし、ヴァン師匠がいない時も相手してくれんだ。……まだ、一本も取れてねえけどな」

 

 屋敷の中で娯楽と言うものは本やチェス位しかない。

 日記は趣味だが読書は別ものであり、余程ハマらない限りルークは最後まで読まない。

 何より、日頃の鬱憤は身体を動かすのが最大のストレス解消であり、ヴァンの稽古やフレアの土産話などで今まで軟禁生活を耐えられたと言っても過言ではない。

 

「でも、少し素直過ぎる気もするわ。もう少し、自分の意見も持たなきゃ駄目よ」

 

「良いんだよ。兄上の言う事は正しいんだ。間違ったら教えてくれるし、正しい時は褒めてくれる。兄上が間違った事、言う訳ねえだろ?」

 

 何の迷いも感じられない口調でルークは言った。

 しかし、そんなルークの言葉を聞いた事でティアの不安は更に強くなる。

 

(……昔の私みたい)

 

 嘗ての自分、現実を知らなかった自分、優しく辛い事が無かった世界。

 傷付く事は殆どないが、今思えばあら程に苦しい世界はないとティアは自分の過去を思い出していた。

 そんな中、ルークの言葉を聞いていたジェイドの顔を少しだけ強張っていた。

 

「あなたは、兄に人を殺せと言われてもそう思うんですか?」

 

「ハァ? 兄上がそんな事を俺に言う訳ないだろ」

 

 先程と変わらないルークの返答に、ジェイドは何か言おうとしたが諦めた様に首を横へと振った。

 少なくとも、付き合いが無いに等しい自分達が何を言っても無駄だと判断したようだ。

 

(やっぱり、兄から攻めるべきか? いや、世間知らずの弟を集中的に攻めれば玉の輿は……)

 

 不穏な空気の中、アニスだけが自分の欲望の策を練っていたのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、戦艦タルタロス【甲板】

 

 ルーク達が会話をしている頃、フレアは一人甲板の手すりに上半身を預け、景色を眺めていた。

 周りの兵士はそんなフレアに警戒心を隠せず、何か言いたそうにしているが問題を起こす事を避ける為に我慢している。

 監視の二人も祖国の仇敵が戦艦の中を移動しているのは好んでおらず、纏う気配はとても強い。

 そんな目立つ気配は監視としては不合格であり、フレアはとっくに気付いている。

 自分の立場を考えれば考えるよりも先に分かっていた事だった為、フレアは周りを無視していた……と言うよりも、考え事の方に集中していた。

 

(やはり和平か……予言に従い国民を見殺しにした癖に今になって予言に抗うか)

 

 フレアは小馬鹿にする様に声を出さずに笑った。

 フレアにとっては、今のマルクトの行動が滑稽に見えて仕方ないからだ。

 そして、暫く考えている中、次にフレアの脳裏に浮かんだのはイオンであった。

 

(レプリカの行動力には驚いたが、無策な行動力には流石の死霊使いも手を焼いている様だな。……ライガとの一件で分かったが所詮はレプリカ。全てにおいてオリジナルである”アイツ”に劣っている)

 

 住処を焼かれ、子供が産まれる時期のライガにただ立ち去る様な事を言って納得する訳がない。

 聞いている方が情けない無策な考えと行動。

 フレアにとってはそれが許せなかった。

 自分の”親友”と同じ姿をしながらも、あんな情けない策などをするイオンが。

 

(フッ……まあ良い。死霊使いがいる間は従うとしよう。ヴァンからはセフィロトの封は全てが開錠されていないとも聞いている。あの”時期”が来るまではルークもレプリカ導師も守らなればな)

 

 ”他の物を犠牲にしても……”

 

 そう呟く、焔帝の慈悲なき笑みを見た者は誰もいなかった。

 

(……戻るか)

 

 そろそろ良い時間と判断し、フレアは身体を起こした。

 遅かったらジェイドに何を言われるか分からなければ、自分がいないのを良い事にルークに何か言うかも知れない。

 自分がいない時の保険はあるが、やはり心配だ。

 フレアはここまで来た時の道を戻り始めた。

 

 ヴィ──! ヴィ──! 

 

 まさにその時だった。

 突如、艦内全体に警報が鳴り響く。

 甲板の兵士達も慌てた様子で持ち場に移動を始め、フレアも思わず足を止めてしまった。

 誤作動かとも思ったが、いつまで経っても警報は止まず、フレアの纏う雰囲気も鋭いものへとなって行く中、甲板にいた一人のマルクト兵が前方を指さして叫んだ。

 

「ま、魔物だ!! グリフォンやライガの群れがこっちに来るぞ!?」

 

「何故、魔物が徒党を組んで襲ってくる!? 縄張りに侵入したのか!」

 

 前方には空を覆い尽くす魔物達の群れが飛翔していた。

 巨大な鳥類の魔物”グリフォン”は両足や背中にライガを乗せ、真っ直ぐにタルタロスへ迫って来ていた。

 その圧倒的な数にマルクト兵は怯んでおり、フレアもその軍団を眺めていた。

 

(確かにライガは稀に他の魔物と組んで狩りをするが、自分よりも遥かに巨大な戦艦を襲う事はない。なによりも、あの動きは……)

 

 目の前に迫る魔物の群れは明らかに動きや並びに無駄がなく、まるで統率された軍隊の様であった。

 フレアは冷静に相手を観察していると、グリフォンの背中に人影がある事にも気付いた。

 

「あれは、まさか……」

 

 フレアが何かを言おうとした瞬間、空を覆う魔物の群れがタルタロス上空に飛来し、ライガが厄災の如く降下して来た。

 

「て、敵襲!! 武器をとれ!! 迎撃し──ー!」

 

 マルクト兵が叫んだ瞬間、真上からライガの爪が襲来しマルクト兵の命を狩り取った。

 

「なっ! この魔物が!!」

 

 仲間の死にマルクト兵の一人が剣を抜き、ライガへ斬りかかろうと構えた。

 しかしその結果、背後を疎かにしてしまい、そのマルクト兵の背後を一閃する光が走る。

 

「グハァ!! ……な、なんだと……! な、何故……オラク……ル兵が……」

 

 マルクト兵はそのままこと切れ、その遺体をティアとアニスと同じ模様が描かれた白い甲冑を身に纏った兵士”オラクル兵”が見下ろしていた。

 

「オラクル兵だと! ええい! 導師イオンは渡さん!!」

 

 手すり側にいたマルクト兵が迎撃態勢をとるが、その直後にグリフォンの突撃を受けてそのまま手すりから落ちて行った。

 その様子をフレアは一人、慣れた様に見ながら考えていた。

 

(戦艦を襲うとは……ヴァンも苛立っている様だな。……ん?)

 

 フレアは自分の周りを見ると、周りをライガとオラクル兵が、上空をグリフォンが取り囲んでいた。

 既に甲板のマルクト兵は全滅しており、甲板にいるのはフレア呑みとなっていた。

 ジリジリと距離を詰めるオラクル兵とライガ。

 そんな中でフレアは丁度、目の前にいたオラクル兵を見つけ、一応尋ねる事にした。

 

「投降する……と言えばどうなる?」

 

「目撃者は消す……それだけだ。この戦艦にいた事を後悔するんだな」

 

 オラクル兵は感情が無い様な感じに言った。

 それは妥当な言葉だった。

 導師イオンの奪還が目的なのは間違いないが、マルクトにこの襲撃を悟らせない為にイオンを除いた者を皆殺しにする気なのだ。

 この襲撃が公になればマルクトとの戦いは避けられない。

 ならば、目撃者を生かしとく理由はない。

 

「なるほど。確かに目撃者は必要ないな……だが!」

 

 フレアは素早くフランベルジュを抜きながら後ろに身体を回し、そのままフランベルジュを振り下ろした。

 振り下ろされた事で生まれる赤の一閃は、そのままフレアの背後に迫っていたオラクル兵を襲い、オラクル兵は糸が切れた様に崩れ落ちた。

 

「こちらも死ぬ訳にはいかんのでな。抗わせてもらおう……死ぬ覚悟がある者のみ来い。殆どが火葬になってしまうがな」

 

 フレアの瞳と声は非情と思えるほどに冷たく、それはオラクル兵達へ伝えられた。

 その言葉にオラクル兵と魔物達も殺気を放ちながら構え、数的には圧倒的不利の中でフレアと神託騎士団の戦いの幕が上がった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、戦艦タルタロス【通路】

 

 フレアと神託の盾騎士団が対峙していた頃、タルタロスの通路でルークは壁に寄り掛かる様に座り込んでいた。

 身体は微かに震えており、恐怖がルークを蝕んでいる。

 その原因は、ルークの目の前で血まみれで倒れている男にあった。

 一般の大人の倍はあるであろう体格のその男の名はラルゴ、知る者からは通称『六神将・黒獅子ラルゴ』と呼ばれる男だ。

 神託の盾騎士団の六人の師団長達、彼等を人々は尊敬と恐れを抱き、そう呼んでいる。

 その内の一人が今、目のまでジェイドに槍に刺されて倒れたのだ。

 

「こ、殺した……ひ、人を……!」

 

 ルークにとって一番悪い事、それは命を奪う事であり、その最たるものが人の命を奪う事だ。

 絶対に許される事ではなく、自分にとって一番縁遠いものだと思っていたが目の前で膝を付いているジェイドは容易に人を殺したのだ。

 

封印術(アンチフォンスロット)……! 油断しましたね……」

 

 ジェイドは血の付いた槍を掴みながら額の汗を拭い、足元に落ちている小さなサイコロの様な箱を睨み付けた。

 それは、ラルゴがジェイドに使用した兵器であり、他者の譜術と身体能力を抑え込む力を持った物だ。

 小さな見た目とは裏腹に、これ一個作るのにマルクトの国家予算の10分の1の費用を必要とされており、その威力は絶大で譜術士殺しの兵器とも言われている。

 それが、まさにジェイドへ使用されてしまったのだ。

 

「カーティス大佐! ご無事ですか!?」

 

「なんとか、イオン様を逃す事は出来ました。……しかし、彼には少々刺激が強すぎた様ですね」

 

 ティアの言葉に冷静を装うジェイドの視線の先には、未だに震えているルークとそれを心配するミュウの姿があった。

 それを見て、ティアはルークの傍に寄った。

 

「ルーク……大丈夫?」

 

「ご主人様……」

 

 一人と一匹の言葉、それにルークは顔を上げた。

 

「ティ、ティア……死んでるのか、その男……?」

 

「……ええ、死んでるわ。あなたには辛い事かも知れないけど、これが今の現実よ。……立てる?」

 

 心配するティアの言葉にルークは頷きはしなかったものの、ゆっくりとその場に立ち上がった。

 

「一応、大丈夫そうですね。ならば、早速ですがブリッジへ行きますよ。このタルタロス、みすみす渡す訳には行きませんのでね」

 

「えっ? ちょっ……待てよ! まだ兄上が……」

 

「あなたのお兄さんも恐らくは交戦状態と思って良いわ。心配なのは分かるけど、どの道ここから移動しないといけないのよ」

 

 ティアは説得する様にルークへ行った。

 あのフレアがこの襲撃に気付かないとは考え難く、ルークが加勢に行くと言っても確実に足手まといなのは目に見るよりも明らかだ。

 そのため、ティアはルークが何か言う前にジェイドへ頷き、その手を離さない様に手に取ってジェイドと共に走り出す。

 

(兄上……ヴァン師匠……俺、どうすれば良いんだ)

 

 ティアに引っ張られながら、ルークはこの場にいない者達へ助けを求めたが、それに答える者はいなかった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、戦艦タルタロス【甲板】

 

 火だるまの死体、鎧ごと斬られて死んだ死体。

 それらはフレアを中心に存在しており、その数は既に10を超えていた。

 そんな嘗ての同胞の変わり果てた姿にオラクル兵は疎か、火に怯えて戦意を喪失し始めていた魔物達はフレアから距離を取り始める。

 

「まだやるか?」

 

 フレアは鬱陶しそうにオラクル兵達へ告げた。

 当初、数人の兵がフレアへ挑んだが、一瞬で火だるまにされてしまった。

 その火によって魔物達は戦意を失い始め、魔物が戦わない事で一般の兵達も前に出ようとしない。

 そこで次に出てきたのは、神託騎士団のエリート兵であるハイオラクルナイトと呼ばれる者達がフレアへ挑む。

 一般兵とは違い練度が高い兵達だが、彼等もまたフレアの前で屍となっている。

 

(ヴァンの部下とはいえ容赦はせん。兵だろうが魔物だろうが、話が通じないならば斬るだけだ)

 

 クイーンとの一件とは違う現状ではフレアとて手を抜く気はない。

 向こうは確実に自分を殺しに来ているが分かり、下手な同情は招くのは己の死だけなのをフレアは分かっていた。

 しかし、まがりにもオラクル兵であり、恐怖で震えながらも武器を構えて戦おうとするオラクル兵達。

 だが最後の一歩が出ず、魔物同様に動けずにいたのだが、フレアもルークと合流しなければならないため、フランベルジュを構えた時だ。

 突如、フレアの上空から声が響き渡る。

 

「クズがッ! たった一人相手になに手間取ってやがる!!」

 

 怒号と共にフレアへ迫る剣。

 フレアは咄嗟に上空に払う様にフランベルジュを振り、その上空からの剣撃を弾いた。

 

「チッ! ……外したか」

 

「……ほう。これは珍客だな」

 

 防がれた事で悪態をつく者を見て、フレアは意外そうな表情を浮かべた。

 赤ワインの様に濃い赤の長髪、凛々しく整った顔立ちをし、ルークと瓜二つの顔をした男は自分を見下す様に見詰めるフレアを睨み付けていると、周りの兵が叫び出した。

 

「アッシュ様だ! アッシュ特務師団長が来て下さったぞ!」

 

「『鮮血のアッシュ』隊長が来て下さった! これで戦えるぞ!」

 

「……フンッ」

 

 調子にのった様に騒ぎ出す部下の姿に六神将が一人、鮮血のアッシュは鼻で笑って一蹴した。

 どうやら部下の為に来た訳ではなさそうであり、アッシュの意識は周りから目の前のフレアへと移っていた。

 

「なんで、あんたが此処にいる?」

 

「さあな。遊覧とでも思えば良い」

 

 フレアはアッシュの言葉に興味無さげに言うと、敵国の戦艦で遊覧する馬鹿がいる筈もなく、アッシュはイラついた様子で剣をその場で振った。

 

「チッ……まあ、良い。どの道、あんたはここで終わりだ。せめて、楽に死なせてやるぜ」

 

 挑発する様な小さな笑みをフレアへ向けるアッシュ。

 だが、その表情とは裏腹にその瞳にはフレアへの敵意と憎しみが感じ取れる程に険しかった。

 そんなアッシュの負を知ってか知らずか、フレアの表情は一切変わらずに興味が失せた様に無表情であった。

 

「”燃えカス”に出来るのか? その程度の腕で?」

 

「ッ! ほざけッ!!」

 

 その言葉とほぼ同時にフレアへ剣を向けて迫るアッシュ。

 風を斬りながら迫る鮮血の剣に、フレアは冷静に片手で受け止めた。

 

「……やはり、所詮は”燃えカス”。ヴァン以下の腕では俺に傷も付けられんぞ?」

 

「クズが! お前等、誰も手を出すな!!」

 

 一人で倒したいのか、周りの部下に援護を禁じさせたアッシュはバックステップで一旦、距離を取った。

 

「……今のが俺の本気だと思ったか? 実力なんぞ、殆ど出してもいねえよ!」

 

「無駄話に付き合って欲しいのか? 良いだろう、付き合ってやる」

 

 アッシュの言葉を一蹴するフレアに、アッシュは剣を構えて再度突っ込んだ。

 

「ふざけやがって!!」

 

 アッシュの剣を再びフランベルジュで受け止めるフレアだったが、その力は先程よりも強くなっていた。

 

(……実力が以前よりも上がっているな)

 

 意外そうな表情でアッシュの実力を感じたフレアだが、それでもフレアは片手で受け止めていた。

 その姿にアッシュは再び舌打ちをすると、剣を連続で斬り付けはじめた

 

「でぇぇりゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 高速何度も放たれる斬撃がフレアを襲う。

 一件、自棄になっている様にも見えるが、その一撃一撃は重く、確実にフレアを捉えていた。

 

「……」

 

 しかし、そのアッシュの斬撃をフレアは後ろへ下がりながらも、流す様に剣で受け止め続けた。

 いくら強く、早い斬撃でもフレアの技量はそれを超えており、受け止めきれないものではない。

 だが、それはアッシュにも分かっていた事であり、一瞬のフェイントを入れてアッシュは仕掛けた。

 

「そこだ、双牙斬!」

 

 剣へ力を込め、下から上へ斬り上げるアッシュ。

 その威力はルーク以上であり、その直撃を真正面から受けたフレアの動きが鈍り、僅かに隙が生まれた。

 

「グッ……!」

 

(っ! ……もらったぜ!)

 

 フレアの隙を見逃さなかったアッシュは斬り上げた勢いを利用して高く飛び、第三音素を剣へ纏わせた。

 すると、剣から雷が発生し、アッシュは真上からフレア目掛けて剣を振り下ろす。

 

「襲爪雷斬!!」

 

 アッシュの雷を纏った剣撃が空中よりフレアへ迫ろうとした。

 すると、フレアはフランベルジュを両手で掴んで掲げ、譜術の為の詠唱を唱え始める。

 

「切り裂け、闇の爪撃……シャドウエッジ!」

 

 詠唱によってフレアの中心に第一音素が発生すると、その第一音素はアッシュの真下に集まり影を作り始めた。

 すると、その影から真っ黒に染まった剣が飛び出し、アッシュを襲う。

 

「なッ!? ……クソがぁ!!」

 

 予想外の反撃に空中にいたアッシュは行動を制限される中、フレアへ攻撃する筈だった襲爪雷斬をアッシュはシャドウエッジへぶつけた。

 その時の衝撃によってアッシュは吹き飛ぶものの、譜術の直撃を回避する事は成功して受け身を取りながら地面に着地する。

 だが、フレアはそんなアッシュを逃さない。

 

「……シャドウエッジ」

 

 再び次々と地面から飛び出す影の剣は、追尾する様にアッシュを狙って飛び出してゆく。

 

「ハッ! そんな下級譜術、いつまで通用すると──ー」

 

 走りながらシャドウエッジを回避し続けるアッシュは、出方を見ようとフレアを見た。

 そこには、突きの構えをとって確実に自分を捉えていたフレアの姿があった。

 

「炎龍槍!」

 

 フレアはアッシュ目掛けて突きを放つと、そのフランベルジュの先端から炎の竜が飛び出し、アッシュへ槍の様に突撃して行った。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながらも、その攻撃に対しアッシュは足の速度を上げ、回避力を更に上げると横へ飛び込んで炎龍槍を避けた。

 そして、行き場をなくした炎龍槍はそのままアッシュがいた場所の後ろへ飛んで行き、その周りにいた兵ごと爆発した。

 

「ぐあぁ!?」

 

「クソッ……!」

 

 アッシュはその様子に苦虫を噛んだ。

 だが、それは別に兵が巻き添えになったからではない。

 軍人なのだからそれぐらいの覚悟はあるのが普通と思っているアッシュにとっては、兵が死んでもなんとも思ってはいない。

 苦虫を噛んだのはその威力が原因だ。

 その場に残っていれば、確実に自分がどうなっていたかは想像できる。

 

(あの男……俺を殺す気で放ちやがった。……クソが!)

 

 アッシュの剣を持つ手に力が入る。

 だが、それは怒りによっての筈だが表情には微かに悲しみもあった様に見えた。

 

「闇龍槍!」

 

「っ!? ちくしょうが……!」

 

 フレアからの第一音素の龍槍を背後に飛んで回避すると、今度はアッシュが剣を掲げて詠唱を唱え始める。

 

「全てを灰塵と化せ……!」

 

 アッシュの周辺に大量の第五音素を集まり出した。

 その第五音素はやがて巨大な塊となり、それがフレアの上空に集まるとアッシュは譜術のトリガーを引いた。

 

「エクスプロード!!」

 

 アッシュの声と共に巨大な豪炎が空からフレアへ放たれ、そのまま降り注がれようとしていた。

 全てを焼き尽くす上級譜術エクスプロード、その威力は先程フレアが放ったシャドウエッジと比較にはならない威力の譜術だ。

 その威力は凄まじく、タルタロスでも多少の被害が出るだろう。

 

「アッシュ隊長! まだ我々が!?」

 

「だったらとっとと逃げとけ! 邪魔だ!!」

 

 周辺にいた部下たちの言葉に一喝するアッシュ。

 しかし、その中で一番危険なのは真下にいるフレアだ。

 だが、フレアは動こうともせず、寧ろ何処か失望した表情で上空のエクスプロードを眺めていた。

 

「この俺に第五音素を使うか……愚か者」

 

 フレアはそう言って左手をエクスプロードへと掲げると、エクスプロードは徐々にその姿を第五音素へと戻って行き、その第五音素はフレアの手に集まり出した。

 

「なんだと、俺のエクスプロードが……ッ!? ──しまった! 奴はイフリートの!?」

 

 アッシュは頭に血が昇っていた事で失念していた。

 目の前の男が敵国からなんて呼ばれ、なぜ恐れられているのか、その正体を。

 

「今更だな。俺の前では全ての第五音素の支配権は俺にある。……真の第五音素を味わえ」

 

 無関心の如く表情を変えずにフレアは、左手を掲げたまま詠唱を始めた。

 敵の詠唱は阻止するのが戦いの鉄則だが、周辺の第五音素が強すぎてアッシュは近づけない。

 

「焔よ、我が力と成りて敵を貫け……フレイムランス!!」

 

 フレアの手の第五音素は巨大な炎の槍となり、周囲を焼きながら進むその槍はアッシュへと放たれた。

 

「グゥッ!! ……ガアァァァァァッ!!?」

 

 フレイムランスはアッシュをそのまま包み込み、大きな爆発を生んだ。

 その爆風によって周囲に炎の雨が降るが、フレアが手を横へ振って払うと炎は音素となり肉眼では見えない程に濃度が薄まって行く。

 そして、爆発のよる煙も晴れて行くと、その真ん中でアッシュは一人剣を地面に突き刺しながら膝を着いていた。

 その外見は所々焦げたりしており、肩で息をしていてアッシュへのダメージの大きさが分かる。

 

「ほう。直撃だけは避けたか……此方とて、お前にはまだ死なれては困るのでな。手加減をしたので当然でもあるか」

 

「ハァ……ハァ……! クソ……がッ!!」

 

 アッシュは大声を発しながら無理やり立ちあがるが、ダメージは大きかったらしく再び膝を着いてしまう。

 だが、心は折れておらず、見下しているフレアを力強く見上げた。

 憎しみ、怒り、悲しみ等の感情を混ぜた瞳で見上げるアッシュに、フレアは顔色一つ変えずに口を開く。

 

「まだそんな目が出来るならば大丈夫だろう。……では、俺はアイツ等と合流しに行く事にしよう。お前等の兵も戦意を失った様だからな」

 

「なんだと……!」

 

 フレアの言葉にアッシュはイラつきながら周囲に目を向けると、オラクル兵達は身体を震わせて二人から距離を取っていた。

 

「し、師団長がまるで赤子……!」

 

「魔物も動かない……俺達がどうこう出来るレベルじゃない!?」

 

 アッシュが敗北している事が余程堪えたのか、オラクル兵達の士気は無いに等しかった。

 自分達よりも強く、神託騎士団の最大戦力である六神将と呼ばれる六人の師団長。

 その一角が容易に目の前であしらわれている。

 彼等にとっては悪夢でしかなかった。

 そして、そんな部下たちの不甲斐無さにアッシュは苛立ちを隠せなかった。

 

「クソッ! それでも軍人か……!」

 

「一部の戦力でしか成り立っていない様な軍隊など、所詮はこの程度。ヴァンと六神将でしか成り立っていないのだよ」

 

 フレアはそう言い捨てると、アッシュに背を向けて歩き出した。

 それに合わせる様にオラクル兵と魔物は避ける様に道を開け、最初の勢いなどは既に死んでいる。

 

「……そんなに、あの”レプリカ”が大事か?」

 

 肩で呼吸をしながら呟いたアッシュの言葉に、フレアの足が止まった。

 アッシュの方を振り向きはしなかったものの、僅かに纏う雰囲気に乱れが生じたのにアッシュは気付き、ここぞとばかしにフレアへ言葉をぶつける。

 

「答えろ……! あのレプリカがそんなに大事か!?」

 

「……お前がヴァンに心など許さなければ、今あの場所にいたのはお前だった。……それだけだ」

 

 フレアは顔だけを横へ向け、目だけで膝を着いているアッシュを見た。

 先程まで、感情を封じているかのように冷静な口調のフレアだったが、その言葉だけはどこか優しい口調でだった。

 それはアッシュも感じ取ったのか、少し驚いた表情をする。

 

「……後ろがガラ空きだね、焔帝!」

 

「ッ!」

 

 だがその突如、フレアの死角から謎の声と共に衝撃が走った。

 フレアは咄嗟にフランベルジュで防ぐが、鈍器か何かで殴りつけた様な衝撃に地面を擦りながら吹き飛ばされる。

 そして、その様子にアッシュはフレアを吹き飛ばした相手を気に食わなさそうに見上げた。

 

「チッ! ……シンクか」

 

 シンクと呼ばれた人物、それは緑色の髪を上に上げた感じの長髪をした人物であった。

 細い身体と鳥の嘴の様に尖った仮面を付けている為、一見性別が判断しずらいが体形から察するに男と分かる。

 

「何してんのさ、アッシュ? お前、さっき散々言って独断で挑んだ癖になに返り討ちにあってんの? それとも、本当の燃えカスにでもなりたかった訳?」

 

 一人で戦っていたアッシュに対し、仲間とも思えない様な馬鹿にした口調で言い放つシンクと言う男。

 そんな言葉にアッシュも言い返せないらしく、小さく舌打ちするだけで済ませていた時だった。

 先程、不覚を取られたフレアもシンクを捉えた。

 

「シンク? ……貴様がシンクか。神託の盾騎士団・第五師団長兼参謀総長。……『烈風のシンク』」

 

「へぇ……僕を知っているみたいだね。キムラスカの焔帝──フレア・フォン・ファブレ」

 

 互いに初対面の二人だが、互いの武勇などは嫌でも耳に入ってくる。

 フレアにとってはヴァンの部下である六神将全員に会っている訳でもなく、面識は以外にも無いに等しい。

 その方がフレアにとっても都合が良いのも理由であり、表上はその方が便利なのだ。

 フレアにとっても、そして六神将達にとっても……。

 

「援護か、それとも笑いに来たか……!」

 

「後者は面白そうだけど、生憎とそんなに暇じゃないさ。……ラルゴが導師達を逃がしたらしくてね。あんたにはブリッジに行ってもらうよ。流石にそれぐらいは出来るでしょ?」

 

 挑発交じりのシンクの言葉を聞き、アッシュは納得していない顔だったが、今フレアの相手を出来る程の余力がないのは自分自身が分かっていた。

 すると、アッシュは小さく舌打ちをして左手を空へと掲げると、グリフォンの一匹がアッシュの下に降り、アッシュはグリフォンの足を掴んだ。

 歩くよりもグリフォンで一気に移動する方が速いと判断したようで、フレアはフランベルジュを構える。

 

「愚か者め。そんな事を聞いて見す見す逃す敵がいるものか。……高き天より──ー」

 

 ルーク達の下へ行かせる訳にはいかず、フレアはアッシュごと空を占領するグリフォン達を一掃しようと詠唱を始めた。

 その周りに集まる第五音素はとても濃度が濃く、先程の譜術の比ではなかった。

 

「レイジ・レーザー!!」

 

「む!? ……クッ!」

 

 しかし、詠唱はフレアの背後から放たれた一筋の光線によって回避しなければならなくなり、詠唱は中断を余儀なくされた。

 フレアは横へ飛んで攻撃を回避し、その隙をついてアッシュはブリッジがある更に上の方へと飛んで行ってしまう。

 その光景をフレアは険しい表情で見つめ、そのまま己に光線を放った者を振り返って視界に捉えた。

 

「貴様……」

 

「この状況下で詠唱とは、我々も甘く見られたものだな……フレア・フォン・ファブレ!」

 

 フレアへ二丁の銃口を向けながら話しているのは、長い金髪を後ろに纏めたスタイルの良い女性だった。

 しかし、女性とはいえその態度と雰囲気は凛としたものであり、存在感はシンク同様にただの一兵卒とは比べられないものだ。

 そして、フレアはシンク同様にその女の事を知っている。

 

「魔弾のリグレット……」

 

 神託の盾騎士団・第四師団長兼主席総長付きの副官の肩書を持ち、六神将の一角『魔弾のリグレット』と呼ばれるのがその女の正体だ。

 

「リグレット。導師達はどうしたのさ?」

 

「先程、導師守護役と分断に成功した。最早、時間の問題だろう。一番厄介と思われた死霊使いもラルゴが力を封じた今、最も危険度が高いのは……お前だ、フレア・フォン・ファブレ!」

 

 リグレットはそうフレアへ言い放つと同時に、銃を連射しながらフレアへと接近して行く。

 周囲の音素を圧縮し弾にするリグレットの譜銃には事実上、弾の制限は無いに等しい。

 無限の弾丸が接近すればする程、フレアへの着弾時間が早まっていった。

 勿論、リグレットにもリスクはあるが彼女に迷いはなく、フレアもフランベルジュで銃弾を薙ぎ払って対処するが、リグレットにその僅かに生まれる隙を突かれ接近を許してしまう。

 

「……投降するならば良し」

 

「……」

 

 リグレットは二つの銃口をフレアの顔面に、フレアはフランベルジュをリグレットの首へと向け合う形となった。

 状況ならば五分五分と言ったところだが、リグレットはフレアに投降を呼びかけたがフレアはそれについては黙りながらも、ゆっくりと口を開き始めた。

 

「目撃者は皆殺しなのではないのか?」

 

「投降しなければそうなる。……選べ、投降するかここで死ぬか!」

 

 フレアへ険しい表情で訴えるリグレットだが、フレアはその言葉を聞いて可笑しく感じてしまった。

 マルクト兵には投降など呼びかけなかったにも関わらず、師団長が自分には投降を呼びかけているのだ。

 フレアがその事が可笑しく感じてしまう中、フレアは彼女の指に赤い宝石が埋め込まれた指輪がある事に気付く。

 すると、フレアは小さな笑みを浮かべながらリグレットの瞳を見つめた。

 

「お前にそれが出来るのか……ジゼル?」

 

「……ッ!」

 

 言わば、文字通りの優しい表情の甘い笑顔をリグレットに向けるフレア。

 すると、それを見たリグレットからはあからさまに動揺が生まれ、思わず目をフレアから逸らしてしまう。

 そんな隙をフレアが見逃す筈もなく、フレアは第五音素を纏わせた左手の拳をリグレットの腹部へと放つ。

 

「剛・爆炎拳!」

 

「ガハッ!?」

 

 大きな爆発の拳が直撃し、リグレットはそのまま大きく吹き飛んで壁に激突しそうになったが、オラクル兵二名が飛んできたリグレットを受け止める。

 

「師団長!?」

 

「ご無事ですか!?」

 

 リグレットを心配し声を掛けるオラクル兵に、当のリグレットは服などが焦げ、乱れた呼吸をしながらもゆっくりと一人で立ち上がる。

 しかし、ダメージはあったらしく片手で腹部を抑えながらフレアを睨んだ。

 

「クッ……不覚をとったか」

 

(貴様の代わりは既に見つけた。ヴァンを殺せなかった貴様に用はない)

 

 フレアは心でそう呟きながら、冷めた瞳でリグレットを睨み返した。

 その眼にリグレットは睨み続けるが、その眼は何処か悲しそうにも見える。

 

「リグレット! あんたまでなにやってんのさ!? 邪魔になるならアッシュと一緒にブリッジに言ってくんないかな!」

 

 六神将二人の不甲斐無さに怒るシンク。

 参謀総長とも言われてるだけあって、思った通りに事が動かなければいい気はしない様だ。

 そして、そんなシンク達を見ながらフレアも冷静になって考え出す。

 

(アッシュならばともかく、他の六神将は今はルークを殺せない筈だな。セフィロトの封も今回で解くならば、これ以上は俺も戦う理由はない)

 

 これ以上の戦闘は六神将も殺しかねず、セフィロト等の封を解くにも支障を来すのはフレア的にも得がない。

 フレアはそう判断すると早速行動に移し、近くの手すりから下を見た。

 

(艦内の通路に繋がっているな……)

 

 下を見ると少し下の方に通路が剥き出しになっている箇所があり、フレアはそのまま手すりに身を乗り出した。

 すると、それにシンクが気付いた。

 

「逃がすと思ってるのか!」

 

「……フッ」

 

 フレアは小さく笑うと、そのまま手すりの向こうへと落ちて行った。

 

「じ、自殺!?」

 

「そう思うならお前は無能だ! 艦内に逃げたんだよ。……数名は僕と来い! 残りはあと始末だ!」

 

 シンクの言葉にオラクル兵達は気を入れ直すと、シンクと兵士達はそれぞれが艦内へと走り去っていった。

 シンク達はフレアを探す為、兵士達は残りのマルクト兵を狩るために。

 そんな光景を一人、フレアは手すりに掴まりながらその様子を見ていたのだった。

 

 

 

 End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話:タルタロス脱出

 お待たせ致しました。見ている人が少ないと思い、少しペルソナの方に意識を向けておりました(;´・ω・)
 こちらの方も頑張らせて頂きますので、宜しくお願いします。

 テイルズ新作が発表されましたね。このところ、新キャラが前のキャラに似ている様に感じてしまう私です。


同日

 

現在、タルタロス

 

 あの後、シンク達を撒いたフレアは数時間ほど逃げ回っていた。艦内でオラクル兵に発見もされたが、増援を呼ばれる前にその意識を奪う等して対処している。

 しかし、このタルタロスは構造も一部複雑で無駄に広く、昇った先が行き止まりと言う事もあり、フレアは少し苦戦を強いられている。

 

(既にレプリカ導師は敵の手に落ち、タルタロスの外にいるだろう。……死霊使いはともかく、ルークとティアはまだ殺せない筈だ。さて、このままブリッジに行くべき……隠れるか)

 

 現状では自分が動く必要はなく、フレアは何処かで隠れる様に考え始めた。自分だけでカイツールに行くのは容易だがルークを置いて行くわけにはいかず、神託が動き始めるのも得策だ。

 そうと判断すれば、フレアは何処に隠れるか考え始めた時だった。

 

「お困りですか、フレア様?」

 

「ほほう、早い到着じゃないか……ガイ」

 

 声のする方をフレアは向くと、外の屋根から器用に顔を出す一人の金髪の青年が顔を出した。

 その人物はファブレ家の使用人のガイであった。ガイはフレアの言葉に頷くと、辺りを警戒しながら通路へ入り、フレアへ頭を下げる。

 

「ご無事の様ですねフレア様」

 

「当然だ。ルークも別行動だが無事の筈だ……しかし、よくこの場所が分かったな」

 

 数日が経っているとはいえ、的確にタルタロスの場所へやって来るのは難しい。フレアがガイへその事を問いかけると、ガイは頷いて説明を始める。

 

「御三方がマルクト方面に飛んだのは判明していたので、俺が陸地から、ヴァンが海からマルクトへ捜索をしていました。そんな中で見かけた不自然な魔物の群れと、襲われている戦艦。なんとなく気になったら案の定でした」

 

「良い判断だったな……しかし、続きは一旦部屋に入ってからだ。オラクル兵がまだ周囲を俳諧している」

 

 フレアはガイへそう言うと、近くの人の気配のない一室にガイと共に入る。部屋は兵士の部屋の様で簡易なベッドや引き出し付きの棚が備えられていた。

 そして、フレアは部屋の隅にある椅子に腰を掛けるとガイから話し掛けられた。

 

「ところでルークは? こんな状況下、アイツが不安にならない訳がありません」

 

「ルークは侵入者であるヴァンの妹ティア・グランツ、そして死霊使いジェイド・カーティスと共に行動している筈だ。まあ、あの二人には釘を刺している、少なくともルークを死なせんだろう」

 

 はっきり言えばルークが死ねばフレアがどんな行動をするか、ジェイドが分からない筈がない。暴れた所でジェイドも戦うかも知れないが、フレアはリグレットの言葉を覚えていた。

 

『一番厄介だった死霊使いはラルゴが力を封じた』

 

 その言葉で、ジェイドが封印術の類を受けたのだとフレアは容易に予想できた。なんだかんだで人を使う事が上手い故に他者を見下している節もあるジェイド。その為、相手が格下と油断して封印術を喰らったのだろう。

 それでもルークを守るのには十分な実力はあるだろうが、フレアには絶対に勝てない。つまり、ルークの死はジェイド達にとって自分達の作戦失敗と死を意味するのだ。

 

「ヴァンの妹、やっぱりか……あの方の面影がある訳だ。……けど、こんな状況で大丈夫かアイツ。……本気の人との殺し合いなんてルークができるとは思えない。アイツが戦わないで済んでれば良いんだが」

 

 最初の方は聞こえなかったが、ガイは後半の方はフレアにも聞こえるように呟いた。

 ここに来るまでにガイはマルクト・オラクルの兵と魔物の死体を見かけて来ている。中には既に音素化する程に損傷が激しいものもあった。

 訓練された普通の兵士ですら嗚咽ものだ、屋敷の中で自分に優しい世界しか知らないルークが何ともない筈がない。ガイはルークの事を心配するが、フレアのその言葉に首を横へ振った。 

 

「それは無理だろう。死霊使いは任務の為ならばどんなモノでも道具とし、手段を択ばない純粋な軍人だ。ルークもティアも数少ない戦力、利用しない訳がない。それに、ルークもプライドだけは高い、おそらく死霊使いに上手く誘導されて戦う事にしたのだろうな」

 

 まるで自分の目で見た事を言っている様なフレア。その言葉にはいつも説得力があり、ガイも気味が悪いと思ってしまうほどだ。

 しかし、それでもルークが生きていると思っているのは彼の自分への自信や経験からなのだろう。

 

(……分かっているとはいえ、一応、今はルークがあんたの弟だろう)

 

 ルークを心配しているのかどうかも分からないフレアの態度にガイは不信感を持った時の事だった。部屋の伝声管から聞き覚えのある声が響き渡る。

 

『死霊使いの名において命じる! 作戦名”骸狩り”始動せよ!』

 

 声の主はジェイドであった。そして、ジェイドのその言葉が辺りに響いた直後、艦全体から鈍い音が響き渡ると明かりなどが一斉に消えた。

 

「これは……タルタロスの動力源が落ちたのか?」

 

「……時が来たな。行くぞ、ガイ。ルーク達も出入口に向かっている筈だ」

 

 フレアの言葉にガイは頷き、二人は部屋を出て出入口を目指すのだった。

 

▼▼▼

 

 それは、フレアとガイが部屋を出てオラクル兵を何人か斬り捨てながら、左右に分かれている通路の奥へ着いた時であった。

 二人は一人の少女と一匹の成獣ライガと出くわし、思わず足を止めた。

 

「ライガ!?……あと、子供?」

 

「ヒィ!!?」

 

 フレアは成獣のライガの存在、そして桃色の髪をした少女が一緒にいる事に驚き足を止めるが、ガイは少女の存在に気付くと小さく悲鳴を上げて先程通ってきた通路を後ずさりで一気に戻ってしまう。

 勿論、突然の事態に驚いたのは二人だけではなく向こうも同じ事であった。

 

「ッ!?」

 少女は二人に気付くとビクリと身体を震わせ、反射的にライガの背に乗って目の前にいるフレアの顔を見上げた。

 少女の服装は神託の騎士団の物であり、フレア達にとっては敵だ。しかし、少女はお世辞にも剣が持てる様な力強い身体ではない。明らかに譜術士向けだ。

 その為、黙らせるだけならばフレアにとって成獣ライガを含めても容易な相手なのだが、少女は侵入者であるフレア達を見て叫ぶ事もしなければ攻撃もしてこない。

 寧ろ、何故かジッとフレアの顔をずっと見ている。

 

(……誰だ?)

 

 目の前の少女に覚えなどない。会った事が一度でもあるならば何かしら記憶に反応があるが、それすらないと言う事は完全な初対面。

 相手が自分を一方的に知っているだけならば、本当に自分にはどうしようもない。そんな事をフレアを考えていると、少女は小さく何か呟いた。

 

「……ママ……見逃してくれて……ありがとう……です」

 

「なに……?」

 

 聞き間違いがなければ、ママを見逃してくれた事で少女はフレアへお礼を言っている。しかし、その言葉はフレアには更に混乱する事になった。

 見ず知らずの少女の母親を助けた覚えはない。いや、人を何人も助けた事があるがその中の一人だとしたら分かる訳がない。

 町の中、道中、そういう環境で女性だけでも何人助けた事か、少なくとも見逃してくれてと言っている以上は何か特別な状況だったのだろう。 

 だが、フレアが考え込み、目の前の少女に何か聞こうと思った矢先、少女はそれ以上は言わずにそのままフレアとガイに何もせずに立ち去って行く。 

 フレアはそんな少女の背中をただ見守る事しか出来なかった。

 

「……なんだったんだ、今の少女は?」

 

「本当に覚えがないんですか?」

 

 いつの間にか近くに戻って来ていたガイがフレアへ聞くが、覚えなど本当にない。フレアは首を横へ振る事しか出来なかった。

 

「ああ、あんな目立つ髪もしているんだ。覚えているなら既に思い出している」

 

「まあ、ライガも一緒でしたし目立ってましたね」

 

 まるで他人事の様に言うガイ。そんなガイに溜息を吐きながらフレアは彼を見た。

 

「……俺が言えた立場ではないが、そろそろ女性恐怖症を治す努力を始めるべきだな。いつまでもその調子では、跡取りを残せず一族の復興はできんぞ」

 

「……うぅ、痛い所を。――はぁ、俺って本当にお嫁さんもらえるのかな」

 

 フレアの言葉にガクリと肩を落とすガイ。彼も色々と複雑な物を抱えているのだが、やはり気にはしている様だ。

 

「しっかりしろガイラルディア。それではあの男を殺せん。――それに元は良いのだ、あとは心を癒せば時が解決してくれる」

 

 フレアの言葉に若干複雑そうな表情をガイは浮かべると、話の方向を先程の少女の事へ戻す。

 

「そ、そういえば……さっきの女の子は本当になんだったんだろうな? 少なくとも、向こうはあなたをご存じだった」

 

 余程にテンパっているのかガイの口調はルークと話す感じになって来ていた。しかい、別にフレアはそんな事は気にしないので特には言わない。

 

「しかし、俺には本当に心当たりがない。流石に魔物が同行している少女なん――」

 

 そこまで言った瞬間、フレアの中にある答えが過った。神託・魔物・少女、これによって導き出される答え、それにフレアは心当たりがある。

 

「まさか――『妖獣』のアリエッタか!?」

 

 先程、アリエッタらしき少女が立ち去った方向を見ながらフレアは呟き、それを聞いたガイも驚きを隠せなかった。

 

「妖獣のアリエッタ……!――まさか、噂には聞いてたがあんな女の子が六神将なのか?」

 

 神託騎士団所属・アリエッタ響手。通称・六神将『妖獣』のアリエッタは総員約20名の第三師団を率いる師団長である。

 最低でも兵士が二千はいる他の師団と比べ、アリエッタの第三師団の戦力は一目見れば弱小に見える。これは、アリエッタ自身の心も幼い事もあり、数千人の兵力を指揮できないからだ。その為、兵力20名は事実上全員が彼女の補佐官みたいなものだ。

 しかし、彼女の真骨頂は別にある。それは魔物と会話が出来る事にある。幼い頃、魔物に拾われて育てられたアリエッタをヴァンが見つけ、その能力を開花させたのだ。

 魔物との会話・アリエッタ自身が持っていた譜術の才能、これが合わさった時、第三師団の兵力はアリエッタの友達である魔物の数となり、現状の様に第三師団は戦艦一隻を落とす程の部隊となる。

 

「噂は聞いていた。――そして、あいつの話が正しければ今の彼女の年齢は16だった筈だ」

 

「じゅ、16!? あんな小さいのにヴァンの妹と同い年なのか。――若干16歳で魔物を操れ、譜術の才もあるのか。他の六神将同様、彼女も見かけで判断できない人物か」

 

 ガイは色々とギャップがあって困惑した。見た目は幼いが、タルタロスで起きた惨劇に彼女も加担しているのも事実。本人が理解しているのかは怪しいが、ガイは困惑と共にどこか虚しい表情を浮かべていた。

 そして、ガイがそう思っている時、フレアはある事を思っていた。

 

(妖獣のアリエッタ……アイツが唯一認め連れていた人物。――そして現在のオールドラントで、魔物と会話する術を持つ唯一の人間。――その才、是非とも配下に置きたいものだ)

 

 フレアにとって、魔物の意志を理解出来るアリエッタは駒としては一級品だ。フレアの表情は徐々に冷徹なものとなり、彼女を自分の配下に置きたいと考える。―――他の”二名の”六神将同様に。

 そんな風にフレアとガイがそれぞれ考えを思っていた時だ。二人の耳に銃声が届く。

 

 タンッ!――タンッ!

 

 一発目と二発目の間にあまり間がない程に素早い銃声を聞き、フレアとガイはその音の方へ一斉に掛け出していった。

 

▼▼▼

 

 現在、タルタロス【出入口前】

 

 そこではルーク達とイオンを取り囲むオラクル兵数人、そして六神将・魔弾と妖獣と対峙し戦いを繰り広げていた。

 

「オラァッ! 火を吐け!!」

 

「ミュウゥゥゥゥゥ!!」

 

 ルークは火を吐くミュウをオラクル兵の方へ向けながら振り回し、ルークの必死さとミュウの火にオラクル兵も思わず怯んでいた。

 

「お、おおぅ……!」 

 

「な、なんだこいつ!? 聖獣であるチーグルを振り回しているぞ!」

 

「なんと罰当たりな!」

 

 まさか、ここまでダアトの象徴であるチーグルを神託騎士団の前でする者がいようとは、オラクル兵達の怯みは半端なかった。

 そして、もう反対側ではティアとジェイド、そしてリグレットと戦いを繰り広げていた。

 

「リグレット教官!? どうしてあなたが!」

 

「ティア! 何故、お前がここにいる!?」

 

「――!」

 

 ティアとリグレットは顔見知りだった。それもただの顔見知りではなく、ティアに軍人としての技術を教えた言わば師弟関係にある。

 そんな二人が敵対関係として出会い、互いに困惑している間にジェイドはリグレットへ槍を向けながら迫る。

 

「ッ!?――流石は死霊使い、封印術に掛けられてもこの身体能力は恐れ入る」

 

「そちらこそ……ラルゴがまだ生きている事を教えて頂いてありがとうございます」

 

 ジェイドが封印術に掛けられている事を知っているのは、敵方では直接使用したラルゴだけだ。それをその場にいなかったリグレットが知っている事が意味するのはラルゴの生存。

 どうやらジェイドは封印術によって感覚が掴めず、ラルゴへ対して詰めを甘くしてしまった様だ。

 ジェイドとリグレットは互いに武器を双方の顔に向けて対峙していると、出入口の一個上のフロアから漸く追い付いたフレアとガイが身を乗り出して下の状況を確認する。

 咄嗟の判断を求められる今の状況、この状況で最善なのは導師の身柄の保護、そして少し離れているアリエッタの身柄を抑える事だ。

 イオンの身柄を抑えればジェイドも遠慮はせず、アリエッタも六神将である為に人質としても有効活用できる。

 

「導師とアリエッタ、どちらに行く!」

 

「導師イオンで!」

 

 互いに考えていた事は理解していた事で、フレアがそれだけ言っただけでガイはそう返答し、刀を抜いて導師イオンの周辺にいるオラクル兵の真上へ飛び降りて奇襲をかけた。

 咄嗟の事にオラクル兵は反応できず、武器を落とされガイに蹴飛ばされてその場に倒れ込む。

 

「ガイ様、華麗に参上! ――うちの坊っちゃんを虐めるなら、まずは使用人の俺が相手をしてやるよ!」

 

「ガイ!」

 

 親友の登場にルークは驚きと安心の表情を浮かべた。イオンもガイが庇うように後ろにし、突然の事にリグレットは意識をそちらへ向けてしまった。

 

「しまった、導師を――!」

 

「――戦場では常に視野を広く持つものだぞ」

 

 ガイとイオンへ意識を向けていたメンバーだったが、発せられた声のする方向を向くとそこにはアリエッタの首筋を後ろから片手で掴むフレアの姿があった。 

 既にフランベルジュもその姿をさらけ出しており、周辺にいるライガと兵士はその高濃度な第五音素に怯んで動けなくなっていた。

 

「アリエッタ……!」

 

「ごめんなさい、リグレット……」

 

 自分が捕まった事は悪い事だと分かっているしく、アリエッタは今にも泣きそうな声でリグレットへそう言うと、ジェイドが彼女の方へ槍を更に向けた。

 

「形勢が逆転しましたね。――武器を捨てなさい。他の兵士にも同じ様に!」

 

「……仕方あるまい。武器を捨てろ!」

 

 やれやれと言った様にリグレットは武器を捨てると、他の兵士もその言葉に剣を地面に捨てた。

 

「君も、ライガを大人しくさせておけば手荒な真似はしないと約束しよう」

 

「……少し痛い……です」

 

「それは我慢するんだ」

 

 掴まれている首が少し痛むらしく、アリエッタはフレアへそう言うが、だからと言って放す訳にもいかず我慢する様に優しく諭した。

 能力的にも欲しい人材でもアリエッタには出来るだけ悪い印象は与えたくない。なにより、彼女はフレアの唯一の親友の忘れ形見でもある。敵味方とはいえ過剰な乱暴はしたくはない。

 

「それで、次は何が望みだ?」

 

「兵士達と共にタルタロスの中に入ってもらいます」

 

 ジェイドの言葉にリグレット達は頷いて素直にタルタロスの中に入り、最後にアリエッタとライガもタルタロスの中に入るとジェイドは外側から扉を閉めて手動でロックした。

 

「これで少しは時間を稼げるでしょう……」

 

「ですがジェイド、親書はアニスが持っています。――そのアニスと離ればなれに……」

 

 今回の和平で最大の要の一つである新書、それがアニスと共に消えてしまった。不安そうにするイオンだが、ジェイドは特に慌てた様子もなく眼鏡を整えた。

 

「彼女も優秀な兵士です。そうそうやられはしませんし、こういう時の為に合流する場所も決めております。――我々は彼女を信じてその場所へ向かいましょう」

 

「……生き残りも期待は出来んだろう。――船員の数は?」

 

 何の意味もない問いだろうが、恐らくは誰かしら聞きたいのだろうと思いフレアはジェイドに問いかけると、ジェイドは再び眼鏡を弄りながら話し出した。

 

「総員は約200名、紛争回避の為に目撃者は一人もいないでしょう」

 

「に、200人も人が死んだのか……」

 

 ルークは恐怖、そして実感できない命の喪失に虚しい表情でタルタロスを見上げる。それだけでない、ルークはこの戦艦で人を一人殺してしまった。

 殺してしまったのはオラクル兵。しかし、そうでもしなければルークが殺されていた。間違いではないが、命を奪ったと言う事実がルークには辛かった。

 そして、ジェイドがロックしている間にティアからその事を聞かされていたフレアは、一人見上げるルークに語り掛けた。

 

「怖いか、ルーク?」

 

「兄上……俺、外の世界がこんなだったなんて知らなかった……命が簡単に無くなるなんて。――俺、人を殺しちまった!」

 

 ルークは不安そうな顔でフレアへ見上げた。手には力が入っており、色々と必死であると同時に混乱している事が分かる。

 

「大変だったなルーク……だが、魔物や盗賊は報奨金がでる場合もある。私怨ではない限り罪にもならない。お前は命が危なかったんだろ?」

 

「けどよ! 人を殺しちまったんだ……!」

 

「……ルーク、まずは落ち着け」

 

 フレアはルークを傍に寄らせると、その頭を優しく撫でて口調も優しく話し掛けた。

 

「色々とあり過ぎたな。お前は気にしなくても良い……だが、お前がそれを背負うならば、俺もその罪を背負おう。――たった一人で背負うなルーク。俺やガイだっているんだ」

 

「兄上……ガイ……」

 

「……キラン!」

 

 兄の言葉にルークはフレアとガイをそれぞれ見る。何故かガイは顎に指を当ててポーズを決めているのは謎だが、任せろと受け取って良いだろう。

 

(それに……罪だけならば、あの女も背負う事になる。――分かっているな?)

 

 フレアは心の中でそう呟きながら、誰にも分からない様にティアへ視線を送った。そして、その視線に気付いたティアは静かに頷く。

 その表情には罪悪感などが浮き出ていた。

 

『そうか、ルークが人を。――しかし、それは元を正せば君の責任だ。ルークを守れと俺は言った、だがルークはしなくても良い殺しをしてしまった。……背負ってもらうぞ』

 

『……はい』

 

 これは先程、ジェイドがロック中にフレアとティアが話していた内容だ。フレアにとって、今は大事なのはルークとレプリカ導師の二人だ。

 ティアに関しては利用できれば良い方であり、障害になればいつでも消すだけだ。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

 ジェイドはこれ以上ここにいてまたオラクル兵達と戦う事を避ける為、少しでも離れる事を望んでいる。どの道、いつまでもここにいる訳にも行かないのは事実。

 ジェイドの言葉に頷き、フレア達も移動を始めようとした時だった。近くの草むらから数人のオラクル兵が飛び出し、フレア達へ剣を構えながら突撃して来る。

 

「逃がすと思うか!」

 

「いけません! イオン様は下がって下さい!」

 

隠れていたであろうオラクル兵の奇襲だったが、ジェイドは素早くイオンを下がらせて槍を構えた。フレア達もそれぞれの武器を構えて迎撃態勢を取るのだが、一人だけ構える事もできない人物がいた。

 

「に、人間……!」 

 

 先程、人を斬ってしまったルークは人が相手と言う事に恐怖し、剣を握る事ができない。それに気付いたティアはルークの傍で杖を構えた。

 

「ルーク! あなたは下がって! あなたは人とは戦えないわ!」

 

 ティアが庇うようにルークを自分の後ろに移動させたが、ルークはまだ身体が動けない。それに気付いたフレアはオラクル兵の剣を受け止めながらガイへ呼びかけた。

 

「ガイ! ルークを援護しろ! ティアだけでは分が悪い!」

 

「少しだけ……お待ちを!」

 

 フレアの言葉にガイも何とかしようと自分が相手するオラクル兵を切り捨て、ルークの下へ向かおうとするが別のオラクル兵がそれを遮る。

 

「くそ! 一体、何人いるんだ!」

 

「やってくれますね……」

 

 ジェイドも流石にこの数は予定外だったらしく、数人だけだと思われたオラクル兵はいつの間にか10人を超えており、オラクル兵はジェイドとフレアに戦力の大半を差し向ける。

 

「死霊使いと焔帝を狙え!」

 

「数で押せば倒せん敵ではない!」

 

 オラクル兵達はそう言って士気を高めながら円で囲む様に二人に迫った。そして、フレアとジェイドは間にイオンを挟みながら互いに背中合わせで目の前のオラクル兵に武器を向けていた。

 

「カーティス大佐、あなたは数で押せば倒せると思われている様だ。そろそろ退役されたらどうですか?」

 

「おや? てっきり私は若いあなたが嘗められていると思ってましたよ」

 

 こんな時でも互いに嫌味を言い合う二人だが、互いの表情は怒る処か冷静な笑みを浮かべている。そして、一定の時間が経った瞬間、二人は同時にオラクル兵へと掛け出して行く。

 

「天雷槍!――炸裂する力よ! エナジーブラスト!」

 

 ジェイドはまず目の前のオラクル兵に槍を突き刺した瞬間、そのオラクル兵に雷が落雷しオラクル兵は鎧ごと焦げて息絶え、ジェイドは素早く詠唱をして少し離れたオラクル兵に譜術をぶつけた。

 

「爆連拳!――魔神炎!」

 

 フレアは拳に第五音素を溜め、目の前のオラクル兵の懐に飛び込み拳を腹に放つとオラクル兵の腹部に連続の爆発が襲う。小さな爆発とは言え、連続の爆発によって吹き飛んだオラクル兵はそのまま動きを止める。

 また、オラクル兵を一人に攻撃をあてた瞬間、すぐさまフレアはフランベルジュを振って離れたオラクル兵へ炎の斬撃を放ち、オラクル兵はそのまま火だるまとなる。

 

「甘いですよ!」

 

「練度が足りん!」

 

 囲んでいたオラクル兵を次々に倒して行くジェイドとフレアによって敵の数は徐々に減って行き、ガイとティアもそれぞれの敵を片付け終えた所であった。

 

「先に仕掛けて来たのはあなた達よ。悪く思わないで……」

 

ティアは自分が殺した同僚の亡骸を見下ろしながらそう呟いていると、ガイがようやくティアへ合流を果たす。

 

「大丈夫か!……ってあれ? あんた、ルークはどうした!?」

 

「えっ!」

 

 ガイの言葉に驚いてティアは自分の後ろを振り向くと、そこには先程までいた筈のルークの姿はどこにもいなかった。

 どうやら、ティアが戦っている間に離れてしまった様で、二人は慌てて辺りを探すと剣の打ち合いの金属音が二人の耳に届く。

 ティアとガイがその場所を向くと、そこではルークとオラクル兵がまさに戦闘を行っている状況だった。

 

「烈破掌!」

 

 ルークは僅かな音素を手に溜めてオラクル兵目掛けて破裂させると、オラクル兵はそのまま吹き飛ばされて地面に倒れるが気を失ってはおらず、剣も未だに握っている。

 しかし、ルークはそれ以上の事はせず、剣を腰の鞘に納めるとオラクル兵へ言った。

 

「し、勝負は着いた……もう、なにもするなよ……!」

 

 その言葉を聞いたオラクル兵は驚き、その声が聞こえたティアとガイも信じられない表情で驚き、ルークへ叫んだ。

 

「ルーク! 逃げて!!」

 

「下がれ、ルークゥ!!」

 

「……え?」

 

 これは模擬戦でもなければ訓練でもない。本当の戦闘、命のやり取りなのだ。そんなルークが言った事で戦いが終わる筈がない。

 そして案の定、ルークが目を逸らした隙をオラクル兵が見逃す筈もなく、オラクル兵は再び斬りかかった。

 

「死ねぇぇぇぇぇッ!!」

 

「あっ!?」

 

 ルークは反射的に剣で防ごうとするが、剣は先程納めたばかりで手には何も持っていない。ルークは事実上の丸腰と変わらない状況になっていた。

 防ぐ術もない敵の攻撃にルークは死の恐怖によって身体が硬直し、回避ができない。ルークは反射的に目を閉じてしまった。

 

「ああッ!!」

 

 叫びながら見えない痛みに怯えるルーク。このまま斬られてしまうのだと思ったのだが、その痛みはルークには来なかった。

 その変わり、ルークの手に何か液体の様な物が付着する。一体、何が起こったのか、ルークは恐る恐る目を開くと、そこには――。

 

「テ、ティア!?」

 

 自分を庇うようにオラクル兵に斬られるティアの姿があった。先程の液体はティアの血だったのだ。

 

「クソッ!」

 

 駆けつけたガイがすぐさまオラクル兵に斬りかかり、オラクル兵はその攻撃を直に受けてしまう。

 

「ガッ――!」

 

 オラクル兵は擬音の様な声を発しながら倒れ、血まみれになりながら息絶えた。そんなオラクル兵をルークは怯えながら見ると、今度はすぐに倒れたティアの方へ意識を向けた。

 ティアが斬られたのは腕であったが、切り口から血が流れ出ておりルークは怯えながらティアへ呼びかけた。

 

「ティ、ティア! ごめん! お、おれ……斬れなくて! 剣を収めたら相手も戦わないと思って! けど、こんな――!」

 

 自分の責任・甘さ・未熟さが招いた結果、自分の代わりにティアが斬られてしまった。その事実にルークは声を震わせながら叫んでいると、ティアが薄らと眼を開けてルークを見た。

 

「ティア!?」

 

 ティアの瞳に映ったのは、ずっと我儘を言っていたお坊ちゃまではなく、今にも泣きそうな幼い子供の様な表情をしたルークの顔だった。

 一言叱ってやろうと思ったが、そんな表情をされたら言えるモノも言えない。何より、日頃の過労も合わさって眠くて仕方ない。 

 だが、ここはやはりルークの為にも一言、何か言ってやらねばならない。

 

「……馬鹿」

 

 何とか考えて出た言葉がそれであり、それを言い終えるとティアはそのまま気を失ってしまった。

 その後、残りのオラクル兵を片付けたフレア達も合流すると、ティアを手当てしながら急いでタルタロスを離れて行くのだった。

 

 

End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話:城塞都市セントビナー

 次のテイルズが、エクシリアかゼスティリア関連にしか思えて仕方ない私です。
 ペルソナ5・KH3が楽しみです。


 

現在、とある草原

 

 同日の深夜、ティアが目を覚ますと迎えたのは満点の星空であった。微かな熱気に横を向けば焚火が用意されており、自分の頭には敷かれる枕代わりの布と掛け布団の布があった。

 自分が横になって寝かされている事に気付き、同時に自分がルークを庇って倒れた事を思い出す。怪我の場所である腕も僅かにズキズキと痛んだ。

 すると、今度は焚火とは逆の方向から何やら暖かい風と気配を感じた。なんだろうと、ティアは怪我を庇いながら反対側を見ると、そこには――。

 

「……zz」

 

 寝ているルークの顔が至近距離にあった。先程からティアが感じた暖かい何かはルークの寝息だったのだ。

 

「えっ……ええッ!?」

 

 ルークとはいえ、異性の顔を至近距離にあった事、そして何故にルークが自分の隣で寝ている事に驚きながらティアは顔を真っ赤にして思わず上半身を起き上ってしまう。

 すると、その声に気付き寝ずの番をしていた三人がティアに気付いた。

 

「目が覚めた様だな」

 

「先に言っておきますが、傷は浅いですよ。良かったですね」

 

「まあ、命に問題がなくて良かったよ」

 

 ティアが声の方を振り向くと、そこにはフレア・ジェイド・ガイの三人がなにやら円になる様に座っていたのだが、ティアはまだガイを知らない。

 

「あ、あの……そう言えばあなたは?」

 

「ん? ああ、覚えてないか。俺はガイ・セシル。ファブレ家の使用人さ。まあ、宜しく頼むよ」

 

 その事を聞いた瞬間にティアは再び思い出した。ヴァンを襲撃した時に確かにいた顔であると。

 

「私はティア・グランツ。そうなると、あなにも迷惑を掛けてしまったわね」

 

「いやいや、ルークが無事だったし、詳しい事はフレア様から聞いたよ。……それに謝るならバチカルの奥様に謝ってやってくれ。ルークがいなくなって体調が優れないんだ」

 

「そんな……」

 

 目的はヴァンだけだったのだが、ティアは自分の襲撃によって起こった影響が思った以上に広がってしまっている事を知った。ティアは直に知る事はなかったが、母親と言う者が子供を心配するのは当然の事だろう。

 ティアが自分の責任を深く感じてしまっていると、フレアが口を開いた。

 

「言っておくが、母上は元から身体が弱い。今回の事はルークの一件が重なってしまっただけに過ぎない。――だから、そう気負う事はない。無事にバチカルまでルークを連れて行けば良くなるだろう」

 

「ですが、実際にはルークだけではなく貴方も――私は貴方達のお母様から息子を二人も……」

 

 ルークだけではなくフレアもその息子なのだ。二人も息子が同時に目の前から消えたならばショックの強さも余程のものだろう。

 だが、そんなティアの言葉を聞いた当のフレアは特に気にしていない様に小さく笑った。

 

「親からの愛など、俺はとっくに卒業している。母上の一番の特効薬はルークだけだ。――こう言う立場上、親子の関係など時に邪魔になる。上司と部下の関係の方が気楽だ」

 

「そんな事……」

 

 いくらなんでもそれは悲しすぎる。フレアの言葉にティアはそう思ったが、それを聞いていたジェイドが口を挟む。

 

「親子関係は文字通りその家庭によって異なるものです。私達が口出す事ではないでしょう。――それよりも、あなたが一番気になっているのは隣にいるルークの事なのでは?」

 

「あっ……いえ、その……なんでルークが私の隣で寝ているのでしょうか?」

 

 ティアが気になるのはやはりそこであった。一体、自分が気を失っている間に何があったのかとティアが思っていると、ガイがそれに答えてくれた。

 

「君が倒れた後、ルークがずっと背負ってここまで運んで来たんだ。自分が寝るまでは看病もしていたよ」

 

「ルークが……?」

 

 ティアは少し意外だった。あんなに我儘を言っていたルークが自分の看病をしてくれていた事が。

 

「君が庇って傷付いた事をルークは気にしていた。……あの子は確かに世間知らずで我儘だが、ただ純粋なだけなんだ。寝るまで付きっきりで看病をしていたのがその証拠だ」

 

 なんとなくだが、フレアの言葉を聞いたティアは少しだがルークがどのような人間なのか分かって来た様な気がした。

 時には我儘を言うが、他愛もない物に目を輝かせるような幼い子供の様な一面もあった。思い出せば、ルークはずっと屋敷内で軟禁生活をしていたのだ。

 文字通り、純粋過ぎるが故の行動であり、周りの大人達がルークにどの様な影響を与えてたかも分かる。

 

(バチカルまでだけど、もう少しだけあなたの事が知れれば良いけど……)

 

 自分が巻き込んだ形でルークとは旅する形になったが、ティアは少しでも自分の知っている知識等をルークに教えられれば良いと思った。

 ルークは純粋だ、それ故に自分が知らない事があり過ぎている。誰かがちゃんとルークに良い事と悪い事を教えてあげなければならないのだ。

 ティアは最初はルークに持っていなかった感情が今は自分にある事を感じ始めていた。

 

「まあ、実際にやろうとしていたのは、気を失ったあなたの口にありったけのグミを詰め込もうとしていただけなのですがね」

 

「……」

 

 それを言わなければ気持ち良く終われたのに。

 ジェイドの言葉にティアは空いた口が塞がらず、フレアとガイも呆れた表情でジェイドを見た。

 

「旦那、あんた……良い性格をしてるな」

 

「いや~照れますね」

 

 誰も褒めてはいないのだが、ガイの皮肉を華麗に躱すジェイドに誰も何も言えなかった。

 最後の最後で良い話で終わると思ったのだが、ジェイドによってそれを壊され、彼の素敵な笑顔を見ながらティア達は夜を過ごすのだった。

 

▼▼▼

 

 

 それから翌日、皆が起きてからジェイドは昨晩の内に話しあっていた方針について話し始めていた。

 

「――以上の事より、まずはアニスと合流しましょう。アニスとはマルクトの基地で落ち合うように伝えてありますので、一番近いセントビナーへ向かいましょう」

 

 【城塞都市セントビナー】

 マルクト軍で嘗て元帥を務め、ジェイドの師匠でもある老マクガヴァンが街の代表を、息子のグレン・マクガヴァン将軍が指揮するセントビナー駐屯軍が存在する街である。

 巨大な大樹と城塞によって守られ、共に生きているこの街で、生きていればアニスと落ち合う予定だとジェイドは説明をする。

 

「ならば急いだ方が良い。神託の盾(オラクル)騎士団の狙いは親書の奪取。マルクト関係の都市を集中的に探索しているだろう」

 

「ええ、セントビナーには老マクガヴァン元帥がおりますから、神託の盾も強攻策には出ないと思われます。しかし、アニスの件がありますので急ぐに越したことはないでしょう」

 

 フレアの言葉に頷くジェイド。その後、これからの戦闘時について以下の様に説明をする。

 

 前衛・ジェイド・フレア。

 中衛・ガイ。

 後衛・ティア・ルーク・イオン。

 

 前衛を最大戦力の二人にする事で敵の大半を撃破。何かあった時の為にガイは後衛との間に配置。最後にティア、そしてイオンの護衛として一番戦う可能性が低い後ろにルークを配置。

 これは、昨夜フレア達三人が話しあった結果である。人とは戦えないルークを考え、その場所が一番の安全に近い所と判断してそうなった。

 皆もその説明に頷き、さあ出発しようとした時であった。後ろにいたルークが待ったを掛けた。

 

「まっ! 待ってくれ! 俺、考えたんだけど……俺も戦わせてくれ!」

 

 必死さが読み取れるルークの声にティアが驚きながらも反論する。

 

「ルーク!? あなたは民間人なのよ? 仕方なかったとはいえ、あなたを戦わせた事もいけなかったのに。――民間人を守るのは軍人の仕事、屋敷に着くまで私が命を賭けてあなたを守るから、あなたは戦わなくても良いの」

 

「か、勝手に決めんな! 俺だけ黙って後ろで見てるだけなんて出来ねぇよ! 俺も戦う! 命を奪うのは怖いけど、俺が何もしないで誰かが傷付くのは嫌なんだ。頼む! 俺も背負わせてくれ!」

 

 ルークの意志は固く、ティアは自分では抑えられないと判断した。ガイもこんなルークを見たのは初めてらしく、どうすれば良いか悩んでいる。

 ジェイドは既に答えが決まっている様な冷静な表情をしているが、兄であるフレアの意志も聞きたいのか彼に視線を向けた。 

 同時に他のメンバーもフレアへ視線を向け、皆の意図を理解したフレアがルークの前に出た。

 

「お前の意志の固さは良く分かった。だが、ルークよ……命を背負うと言う事はお前が思っている以上に苦しい事だ。どこで恨まれるかも分からず、見ず知らずの者から復讐されるのも珍しくはない」

 

「……でも、俺は戦いたいんだ兄上! 無力なのは嫌なんだ!」

 

 珍しい事に、フレアの言葉にもルークは自分の意志を主張した。昨日のティアの一件が多少でもルークに影響を与えたのだろう。

 その光景が珍しいと分かっているからか、ジェイドも意外そうな表情でルークを見て口を開いた。

 

「あなたも戦力と数えますよ?」

 

「……ああ!」

 

 ルークのその言葉を聞き、フレアを含む全員が仕方ないと言った表情を浮かべる。そして、フレアはさりげなくガイへ近付いて耳打ちした。

 

「俺も意識は向けとくが、何かあればフォローを頼む」

 

「……了解です」

 

 ガイも最初からその予定だったらしく、フレアの問いに静かに頷いた。

 本当ならば反対するべきなのだが、これ以上の出発の遅れは神託の盾に時間を与えるのと同じで自分達が不利になる。

 フレアはルークの言葉に肯定する形を取りながら、彼への注意も強くすることにしたのだ。

 

「分かったわ……でも、良い? 私があなたをサポートするから無茶だけはしないで」

 

「分かってるって! しつこいな……」

 

 ティアの言葉に鬱陶しい様にボヤくルークだったが、その表情はこれから先の見えない戦いに緊張している様にも見えるのだった。

 メンバー達は若干の不安を覚えながらも、セントビナーへの道を急ぐのであった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【周辺】

 

 フレア達はセントビナーと目の鼻の先まで到着していた。

 ここに来るまでに穴無しの魔物や盗賊と戦闘を数回したが、魔物はフレアがフランペルジュの第五音素で威嚇し、夜盗の方はジェイドが脅した事で逃げ出して行った。

 一部の盗賊がそれでも襲ってきた時はフレアとジェイド、そしてガイが斬り捨てたりし、ルークも多少は交戦する程度で済んだ。

 そして、セントビナーと城塞を壁伝いに歩いて行くフレア達だったが、城門が見えた瞬間、ジェイドとフレアが全員を制止させた。

 

「止まって下さい……!」

 

「神託の盾だ」

 

 二人の言葉に城塞の陰から城門をガイも同じように覗き込むと、そこでは神託の盾騎士団が検問を行っていた。

 商人・街の住人お構いなしに立ち止らせており、他国の街での行動とは思えない程の厳重さであった。

 

「なんてこった。検問して俺達を探し出す気だぞ」

 

「困りましたね……」

 

 ガイとイオンもあまりの厳重さに苦い表情をし、それを聞いたティアもガイ達の後ろから一歩近付いた時だった。 

 ティアが一歩近付くと同じタイミングでガイが一歩移動し、ティアから距離を取ったのだ。勿論、ガイ自身は未だに門の方を見ている為、背後を見ていない。

 まるで後ろに目でもあるかの様に綺麗に動いたガイ。ティアも偶然と思い、もう一度一歩踏み出した。

 すると、またガイが一歩移動する。しかも、今度は微かに振り返っている為に完全にティアを意識しての事だと分かった。

 

「……なに?」

 

 流石にこの行動は何なのかと思ったティアはガイに疑問の声を放つ。何もしていないと言えば自信はないが、少なくともガイには直接的な害は与えていない。

 今の行動に納得できる理由をティアは説明して欲しく、ガイへ今度は一気に近付いた。

 しかし……。

 

「……!」

 

 ティアが一気に近付くと、これまたガイは綺麗に距離をとってしまい、二人の距離は全く縮まらない。

 

「あの、私なにかしたかしら?」

 

「い、いや……別に君がどうこうと言う訳じゃないんだが……」

 

 どこか歯切れが悪いガイの言葉。身体も若干震えており、冷や汗で顔はビッショリだ。まるで怖い者を見る様な様子にティアは本当に分からず、頭を抱えそうになった時だった。

 一部始終を見ていたルークがティアへ話し掛けた。

 

「ああ、ティアは知らないよな。こいつ、『女嫌い』なんだよ」

 

「お、女嫌い……?」

 

 ルークの言葉にティアは呆気になりながらガイの方を向く。その瞳はどこか引いており、少し距離を取る感じになっていた。

 女嫌い、と言う事はつまり、異性に興味がないとも取れる。そう言う人もいるとは話には聞いていたティアだったが、実際に見ると普通で驚いてもいた。

 すると、そんなティアの引く様な感じと興味深い感じの視線に気付いたガイは、力強く反論した。

 

「いやいや! 待て待て待ってくれ! 君は誤解している!? 俺は女性が大好きだ! おい、ルーク! お前、また誤解する様な発言を!」

 

「だって本当じゃん」

 

 どこが違う! そんな感じに力強く開き直る様なルークの言葉にガイも更に反論するが、その必死さが逆に誤解を強くしてしまった。

 

「い、良いのよ? 好みは人ぞれぞれなのだから、私がとやかく言う事は……」

 

「いやいや! 良くないぞ! 誤解したまま終わらせないでくれ!」

 

 流石に異性に興味がないと思われるのは心外らしく、ガイは必死に弁明する。

 しかし、既にティアは自己完結に入っており、このまま話が終わりそうになった時だった。

 

「ガイは女嫌いではなく、『女性恐怖症』だ」

 

 助け舟を出したのはフレアだった。ようやく自分に味方してくれる存在に、ガイは本当に嬉しそうにフレアを見た。

 そして、そのフレアの言葉にティアもようやく反応を変えた。

 

「女性恐怖症……?」

 

「身体の震え、冷や汗、一部身体の硬直。まあ、症状からして間違いなさそうですね」

 

 ニコニコしながらそう付け加えるジェイド。その表情からもっと早く気付いていたのだと分かる。

 

「なにかあったんですか?」

 

「い、いえ……実は原因が分からないと言うか……思い出せないと言うか……まあ、結局、女性は大好きだけど近付かれるとちょっと辛いんだ」

 

イオンの言葉に悩む様にガイは呟く。彼自身も本当に原因が分かっていない様で、どうすれば良いか、しかし原因は分からないと言う悪循環に陥っている様だ。

 すると、そんな様子を見ていたティアは、ガイの行動を理解した事である提案を出した。

 

「私を女と思わないで良いのよ?」

 

 とんでもない無茶ぶりであった。容姿・スタイル、このどちらも普通よりも上質なティアを見て誰が女じゃないと意識できるのだろうか。

 実際に女じゃなければ、そっちの方が怖いが、ティアの言葉に全員が同じ思いを胸に無言でティアへ視線を向ける中、それに気付いていないティアはガイへそう言って再び近付いた。

 

「ヒィ……!」

 

 案の定、ガイはティアが近付いて来た事で悲鳴を上げて身体を震わせた。その姿は産まれたての小鹿の様であり、その姿を見たティアは溜息を吐き、諦めた様にガイへ言った。

 

「分かったから……私からは極力近付かない様に気を付けるわ」

 

「す、すまん……」

 

 ガイはティアに申し訳なさそうに頭を下げた。

 その様子から見てもガイ自信が女性恐怖症を治したいと思っている事が分かる。

 

「では、冗談はこの位にして、どうやって検問を突破するか考えましょうか」

 

「おい!? 俺にとっては死活問題なんだぞ!」

 

 己の女性恐怖症を冗談扱いされたガイは、ジェイドへ抗議するが当のジェイドは笑いながらそれを流す。

 

「HAHAHA! 若いって良いですね」

 

「あんた、話聞いてたか!?」

 

 ああだこうだと、ジェイドへ抗議し続けるガイ。そんな中、ずっと門の方を見ていたフレアに動きがあった。

 

「ん?――あの荷馬車は……」

 

 フレアの視線の先に入ったのは、エンゲーブのマークが入った荷馬車がオラクル兵に止められていた光景であった。

 

「エンゲーブの者です。食料を配達しに来ました」

 

「うむ、話は聞いている。……まあ、通って良いだろう」

 

 流石に世界各国に食料を流通しているエンゲーブには強く言えないらしく、オラクル兵はなんとかなる、と言った様な感じに荷馬車に通行許可を出した。

 元々、何度も言うがここはマルクト領の街。検問だけでもギリギリなのに食料まで何かすれば、ダアトとマルクトも間で外交問題は待ったなしだ。

 

「あんがとー。――ああ、後からもう一台来ますので宜しくお願いします」

 

 荷馬車の男はオラクル兵にそう言って街へ入って行った。そして、それを聞いていたフレアと、ガイをスルーしながら聞いていたジェイドは互いに顔を見合わせて頷き合うのだった。

 

▼▼▼

 

「おやおや! なんだい、そんな事かい。それだったら私達に任せなさい!」

 

 フレアとジェイドが目を付けたのは、エンゲーブから後から来る荷馬車だ。

 そして、それを聞いた二人の言葉を元に道を少し戻ると話の通り、セントビナーへ向かって行く一台の荷馬車を発見出来た。

 フレア達はその荷馬車を止めると、乗っていたのはエンゲーブの代表であるローズであった。ローズは突然出て来たメンバー達に最初は驚いたが、事情を話すと深くは聞かずに了承してくれた。

 その、あまりの話の分かりやすさはフレアですら驚いてしまう程であった。

 

「宜しいのですか……?」

 

「こっちも漆黒の翼の件でルークさんを犯人扱いしちゃったからね。それに、皆さんが村を出た後を境に食料泥棒がなくなったんだよ。――みなさんなんでしょ、解決して下さったのは?」

 

 なんという理解力。旅人が村を出たからと言って問題を解決したとは普通は思わないだろう。

 フレアはジェイドが何か言ったと思い、彼の顔を見るがジェイドは首を横へ振って否定する。どうやら、本当にローズ個人の理解力の様だ。

 

「おばさん、あんたスゲェな……良く分かったな?」

 

「ハハハ! なあに、畑仕事してれば誰でも身に付くもんさね。――さあ、乗って下さい」

 

 ルークの言葉にローズは笑いながら応えると、皆は荷馬車の中へと入り、ローズはセントビナーへ荷馬車を走らせた。

 その中で、ルークはガイと話をしていた。

 

「なあ、ガイ? 俺、屋敷に帰ったら畑仕事してみようと思うんだ。あんな、おばさんが身に付くんだから俺だって」

 

「ハハ……な訳ないだろ」

 

 ルークの言葉にガイは苦笑しながら応えてあげたのだった

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【市街】

 

 あの後、特に何事もなくルーク達はローズのおかげセントビナーに入る事が出来た。

 そして、ルーク達は荷馬車から降りると年長者であるジェイドがローズへ礼を言った。

 

「ありがとうございます。助かりましたよ」

 

「アハハ! 別に良いって事ですよ。皆さんの旅の安全を祈ってます」

 

 ローズはそう言ってセントビナーの市街へと消えて行き、ジェイドはメンバー達にこれからの事を説明し始めた。

 

「……では、これからの事を言いますよ。まずはセントビナーのマルクト軍駐在基地に向かいます」

 

「そこでアニスと合流する予定なんですよね?」

 

 イオンの言葉にジェイドは頷いた。

 

「ええ。神託の盾の様子を見る限りでは、おそらくアニスは捕まってはいないでしょう。駐在基地にいるのか、既にセントビナーを出たか。――このどちらにしろ、アニスに関する何かがある筈です」

 

「それと、周りはオラクル兵が監視しているから下手な行動は慎むべきね。出来るだけ目立たずに行動しましょう。――分かったわね、ルーク?」

 

「……ハァッ!?」

 

 自分が言われるとは思っていなかったらしく、突然の事にルークは驚きながらティアへ抗議した。

 

「なんで俺だけなんだよ! 皆にも言えよ!」

 

「皆に聞こえるように言ったわよ。それに、この中で一番危なっかしいのはアナタでしょ!」

 

 完全に悪い事をした子供を叱る親子、または姉弟の様な絵図であった。しかし、そうなるとルークが素直に聞く筈もなく、更に反論をする。

 

「俺のどこが危なっかしいんだよ? ここまで至って何もなく来れたじゃねえか」

 

「なにを言ってるの! ここまで来るまでにも危険な目にもあってるでしょ!」

 

 タルタロスでの一件を始め、魔物や盗賊。ここまで来るまでにも危険は沢山存在した。安全の中にいる事で再びルークの中に生まれ始めた油断の文字。

 目の前で見てそれを察したからこそ、その油断の感情を抑制しようとティアはしていたが、助けてもらった相手とはいえ、ルークがそれを理解するかどうかは別問題。

 

「真面目なこと言っててもよ、チーグルやライガの子供を見て、かわいい~……とか言ってたしな。あんまり説得力ないっつうの」

 

「そ、それは関係ないでしょ!? 私が言いたいのは、本当に何かあってからじゃ遅いって言ってるのよ!」

 

 買い言葉に売り言葉。徐々に加熱してゆく二人の言い合いは、このまま行けば確実に神託の盾の勘付かれてしまうのは時間の問題となるだろう。

 それを阻止する為、フレアが二人の仲裁に入った。

 

「二人共いい加減にしろ。その馬鹿げた言い合いで本当に神託の盾に見つかりかねないのだぞ!」

 

「け、けど兄上、この――”メロン”女が……」

 

「あなたの為に言ってるのよ! ――って、誰がメロン女よ!?」

 

 自分のある一点を見ながら言うルークの言葉の意味に気付き、ティアは顔を赤くしながら怒りの声をルークへぶつけた。

 

「メロンはメロンじゃねえか! この冷徹メロン女! 略して”冷やしメロン女”!」

 

「ッ!!?……あ、あなただって”紅ショウガ”とそんな変わらないじゃない!」

 

 大きい事を気にしていたのか、ルークの度重なるメロン発言に最後の一線から出てしまったらしく、ティアは遂に我慢の限界を超えた。

 そんなティアからの仕返しに、ルークも鶏冠に来た。

 

「誰が紅ショウガだよ! 人の容姿で悪口言うのは悪い事だって母上が言ってたぞ!」

 

「先に始めたのはあなたでしょ!」

 

 ここから再び始まる二人の口喧嘩。それを聞いていた仲裁に入った筈のフレアも、あまりのレベルの低さに頭痛を感じながら溜息を吐いた。

 そして、それを見ていたイオンが心配そうにフレアへ声を掛ける。

 

「大丈夫ですか、フレア?」

 

「ええ……今回の一件が落ち着いたら、領内視察の名目で少しバカンスに行く事にします」

 

 少し自分は疲れているのだろう。フレアはそう思う事で僅かな現実逃避で頭痛を治そうとし始めた。

 ジェイドは笑っている為、仲裁する気はまるでない。そんな時、最後の砦であるガイがルークとティアの様子を見て笑いだした。

 

「ハハハ! なんだルーク、もうそんなに言い合える仲になったのか? 羨ましいな、おい。奥様に孫を見せられる日も近いかな?」

 

 そう言って面白おかしく笑うガイであったが、流石にそれは言い過ぎであった。

 笑っている為に気付かないガイの背後に、ティアは静かに近付くと身体を擦り付ける様にガイの左腕を掴んだ瞬間、ガイは悲鳴を上げた。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!?」

 

「私、そう言う冗談は嫌いなのよ……ね!」

 

 そう言い終えると同時に腕に力を更にティアは込め、ガイの恐怖は異常な加速を見せた。

 

「ぐわぁぁぁぁッ!!? 悪かった! 悪かったから離してくれ!!」

 

 ガイの言葉にティアは手を離すと、ガイはそのまま地面に震えながら倒れた。

 ティアはそんなガイを見下ろしながら一仕事終えた様に一息入れ、それを見ていたイオンが何か思いついた様に笑顔を浮かべた。

 

「これならガイの女性恐怖症が治りそうですね!」

 

「荒療治と言うやつですね。いや~羨ましい」

 

「またアンタはぁぁぁぁッ!!」

 

 ジェイドのおちょくる様な言葉に対するガイの叫びがセントビナーに響く中、ルーク達はセントビナーで一番大きな建物である、マルクト駐在基地へ向かうのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【マルクト駐在基地】

 

 そこは、一言で言えば基地と言うよりも屋敷と言った方が似合う建物であった。

 家具や装飾、それ以外の物も明らかに高価な材質を使用しており、周りに武装している兵士がいなければ基地とは思わないだろう。

 そして、基地内に入って来たルーク達へマルクト兵は視線を向けて警戒するが、ジェイドの姿を確認すると特には何も言わずに通した。

 その様子にルークは意外そうな感じでジェイドを見た。

 

「へぇ~ジェイドって凄いんだな」

 

「いえいえ、そんな大層な人間ではありませんよ私は」

 

 平常運転でそう言うジェイドだったが、途中で明らかに偉そうな軍人とすれ違うと、その軍人はジェイドに気付き、これでもかと言う程に立派な敬礼を送った。

 

「説得力が無さ過ぎるだろ……」

 

「本当に大した男でなければ、ここまでキムラスカ軍が手こずらされる訳がないだろ」

 

 苦笑いするガイに、フレアも呆れた様に笑みを浮かべて言った。

 フレアがマルクトに大打撃を与えている様に、ジェイドがキムラスカに与えた打撃は半端ではない。キムラスカの将軍が二人で指揮する大部隊を、ジェイドが指揮する少数で壊滅させた事もある。

 その為、マルクトでフレアが恨まれるように、キムラスカでのジェイドへの恨みはかなりのモノだ。――と言っても、ジェイドがキムラスカを訪れる事はまずあり得ない。

 そんなあり得ない『皇帝の懐刀』とも言われているジェイドがキムラスカに向かう分、マルクトの和平は本気とも分かる。

 そんな事をフレアは考えていると、やがてメンバー達は大きな扉の前に到着するとジェイドが扉をノックするが返事はなく、ジェイドは何の迷いもなく扉を開いた。

 その中の部屋は大きなデスクや周囲の地図などが配置されている、いわば司令室の様な部屋。そんな部屋の中で二人の人物が言い争いを行っていた。

 

「で、ですが、これ以上の干渉には皇帝陛下の御許可が必要です! 予言を詠まない等と言われでもすれば、マルクトとダアトの間で国際問題が――!」

 

「この大馬鹿もんが!! なにが国際問題じゃ! 勝手に兵を配置して検問までされおって、更に情報開示じゃと? そんなモノする必要はないじゃろうが!」

 

 ルーク達が見た光景、それは、イオンと身長がどっこいどっこいの顔が白い髭で覆われている小さな老人が、自分よりも偉そうな軍服を纏う一人の男に怒鳴りつけている光景であった。

 そう、何を隠そうこの小さな老人がマルクト軍・元”元帥”の地位にいた老マクガヴァン。その隣にいる男が息子のグレン・マクガヴァン将軍だ。

 老マクガヴァンは部屋にジェイド達が入って来た事にも気付かずに、息子もマクガヴァン将軍に更に怒鳴りつけた。

 

「お前も分かっている筈じゃろ! ダアトの連中が介入すれば、収まる物も収まらなくなる。奴らの介入で『ホド戦争』がどれだけ悲惨になったか忘れたか!」

 

「……で、ですが」

 

 父でもある老マクガヴァンの言葉に、マクガヴァン将軍は言葉を詰まらせた。そのタイミングにがベストと判断し、ジェイドは老マクガヴァンへ近付き、声を掛けた。

 

「失礼致します」

 

「ん?……んん!? おお! ジェイド坊か! どうしたんじゃ突然!」

 

 老マクガヴァンはジェイド達に気付くと、ジェイドをジェイド坊と呼び、まるで孫を見たかの様に嬉しそうに喜んだ。

 先程の怒りも既に吹き飛んでおり、ジェイドも元気そうな師の姿に笑顔で頭を下げた。

 

「ご無沙汰しております。老マクガヴァン元帥」

 

「ほっほっ! 儂は既に退役した身じゃよ。お主こそ、その若さで大将にも成れるものを、また昇進を断ったそうじゃな。――しかし、本当に今日はどうしたんじゃ?」

 

 世間話をしながら本当に意外そうにジェイドを見詰める老マクガヴァン。この場所を訪れるとは微塵にも思っていなかった弟子が訪れるだけでも驚きだ。

 そう思いながら老マクガヴァンは、ジェイドの後ろにいるメンバー達に視線を向けて行くとフレアと眼があった。

 

「ん?……んん!? お主は……」

 

「……ご無沙汰しております。老マクガヴァン元帥殿」

 

 フレアと眼が合った老マクガヴァンは更に意外そうな表情を浮かべると、フレアが自分の名を呼びながら頭を下げた事で、目の前の青年が自分の思った通りの人物だと確信した。

 そして、フレアが頭を下げると、老マクガヴァンはこれまた楽しそうに笑い出す。

 

「ほっほっ! やはりあの坊やか。大きくなったのう! 今でも活躍している様じゃな。噂は儂にも届いておるぞ」

 

「恐縮です、老マクガヴァン元帥」

 

 まるで孫と会ったかの様に嬉しそうな老マクガヴァン。フレアもその言葉に文字通り、恐縮する様に頭を下げた。

 自分の意志で下げぬ頭に意味はない。そう言ったフレアが目の前の小さな老人に頭を下げている。ルークはそんな兄の姿に驚いて傍にいたティアに耳打ちした。

 

「なあ、ティア? あの小さな爺さんって凄い奴なのか?」

 

「私もよくは知らないから、詳しい説明は出来ないわ。けど、名前は聞いた事はあるわ。――老マクガヴァン。嘗てはマルクト最強の譜術士と言われた方よ。多分、あなたのお兄さんとは戦場で会ってるのだと思うわ」

 

 ルークにそう説明するティアだが、強ち間違ってはいない。寧ろ、ほぼ正解の答えだ。

 それは嘗て、フレアが前線に立ち、イフリートの同位体としての力を駆使してマルクト中隊を壊滅させた時、彼の前に立ちはだかった人物こそ老マクガヴァン元帥であった。

 そして、フレアを始めて追い詰めた人物でもある。焔帝をあと一歩まで追い詰め、フレアに死を感じさせた初めての男。

 フレアがイフリートの力を解放しなかったら、フレアは今ここにはいなかったと断言できる。

 焔帝を追い詰める事が出来る男、それが目の前の小さな老人の正体。

 

「?……父上。その者は一体?」

 

 フレアと会話している父の姿に息子のマクガヴァン将軍が反応をした。

 意外にも、名前は聞いているが実際に姿まで知っている者はいない。フレアをマクガヴァン将軍が見た事のないように、キムラスカの将軍でジェイドの姿を知らない者も珍しくはない。

 それを分かっているからか、老マクガヴァンはフレアの名前を出してややこしくなる事を避けた。それどころか、目の前の問題から意識が離れた息子に喝を飛ばした。

 

「お前が気にするのはそんな事じゃない筈じゃろ! 神託の盾をなんとかせんか!」

 

「それは、私達が街を出れば済む問題ですよ」

 

 ジェイドの言葉に再び意外そうな顔をする老マクガヴァンだが、ジェイドがフレア、そして導師イオン達と共にいる事を考え、すぐに納得した表情を浮かべた。

 

「……成る程のう。他言無用……と言う事じゃな」

 

「……御理解の程、感謝致します。――ところで、導師守護役の小さな子が此処を訪れませんでしたか?」

 

「それならば、手紙を預かっておりますよ。カーティス大佐」

 

 ジェイドの言葉に反応したのは、老マクガヴァンではなく息子のグレン・マクガヴァン将軍だった。

 どこか、嫌味・皮肉めいた口調でジェイドに応えるマクガヴァン将軍。何故、彼がジェイドに対してそんな態度を取るのか、意外にもそれは有名な話であった。

 

(グレン・マクガヴァン……哀れな男だ)

 

 その理由を知っているフレアは心の中でそう呟くが、マクガヴァン将軍を見る瞳は明らかに冷めた物だ。

 『グレン・マクガヴァン』――偉大な父『老マクガヴァン』を父に持つ男。彼自身も優秀で、能力・人望共にあり、己の力で将軍まで上り詰めた男でもある。

 しかし、その評価は本人の望む物ではなかった。父は偉大な軍人、その弟子であるジェイドは『優秀』では太刀打ちできない『天才』だった。

 マクガヴァン将軍も自分に才がなければ納得もできたが、残酷にも彼は普通の者よりも優秀だった。父とジェイドに比べれば大したことのない才能。

 そんな、中途半端な優秀さ故に彼は、父に劣等感、ジェイドにも同じ様に劣等感、そして嫉妬の感情を抱く事となってしまった。

 しかも、この事は意外にも一部の軍人の間では有名な話であった。ジェイドの部隊が近くにいた時、マクガヴァン将軍の指揮が悪い等、そんな事があった為に察した者達も少なくない。

 実際、キムラスカでの危険度も退役した老マクガヴァンに対しての方が強く、実際の戦場でも将軍であるマクガヴァンよりも、いち大佐であるジェイドの方へキムラスカは注意を向けるのが常識だ。

 それ故に、ジェイドへ棘があるのは仕方ない事でもあった。それを知っている為、フレアは憐れんだのだ。

 

「念のため、中身を確認させてもらった」

 

「ええ、別に構いませんよ。見られて困る事は書かれていない筈ですから」

 

 棘のあるマクガヴァン将軍の言葉に、ジェイドは特に気にする様子もなく手紙を受け取る。その無傷な様子のジェイドにマクガヴァン将軍は少し悔しそうであった。

 しかし、ジェイドはそんな事も気にせず、アニスからと思われる手紙を読みはじめた。だが、ジェイドはすぐに読み終えてそのままフレアへ手渡した。

 

「どう言う事だ?」

 

「アニスと例の物は無事の様です。知りたい事は分かりました……残りはあなた達宛てですね」

 

 それだけ言ってジェイドは再び老マクガヴァンと話し始め、フレアは受け取った手紙を読みはじめた。

 そこには以下の様な内容が記されていた。

 

 ・自分と親書は無事である事。(神託の盾の襲われて怖かった(きゃぴ☆ )

 ・セントビナーに来たが、神託の盾が集まり始めた為カイツールに向かう事。(アニスちゃん頑張ったよ♪)

 ・フレアとルークへのラブレターらしき言葉の数々。(これが全体の8割を占めている)

 

「……」

 

 最早、重要な部分を見つける方が難しい濃い内容の手紙であり、マクガヴァン将軍の機嫌が悪いのもジェイドだけのせいではなかった様だ。

 そんな手紙をフレアもジェイドと同じ様に短時間で見るのを止めると、そのままルークへ手渡した。

 

「ルーク、お前宛だ」

 

「え? なんでジェイドの手紙が俺に……」

 

 フレアから手紙を受け取り、ルークはそれを読みはじめるとやがて小さく、ゲッ……っと呟いた。手紙の内容の濃さに引いてしまった様だ。

 その内容を隣で覗き見していたガイはルークをからかい、イオンはアニスらしいと笑い、ティアは同じ神託の盾として恥ずかしそうに下を向いていた。

 すると、老マクガヴァンと話をしていたジェイドがルーク達の下へと戻って話し始めた。

 

「これからの事を説明します。アニスはカイツールに向かった様ですので、我々もカイツールへ向かいます。――しかし、途中にあるフーブラス川の橋は数日前の大雨で流され、壊れてしまっている様です」

 

「ああ、そこなら俺も通ったよ。確かに橋がなかったから、少し迂回して浅い所から渡ったんだ」

 

 ジェイドの説明にガイが応え、その言葉にジェイドは頷いた。

 

「ええ、ですから我々もガイが通った場所を通りたいと思いますので、案内をお願い出来ますか?」

 

「俺は構わない……が、今日はセントビナーで一泊した方が良さそうだな」

 

 そう言うガイの視線は本人には気付かれない様にイオンへと向けられていた。

 良く見ると、イオンの呼吸は小さく乱れており、顔色も良くない。本人は隠している様だが、ガイやフレア、そしてジェイドもそれに気付いていた。

 そして、ジェイドは少し考えるとガイの提案に頷いた。

 

「そうですね。川も色々と危険もあります。万全で向かう為、今日はセントビナーで一泊しましょう」

 

「幸運にも神託の盾はセントビナーの中には入っていない。下手に動くよりは宿で様子見もするべきか……」

 

 フレアも頷き、残りのメンバーにも意見を聞くが、ルークもティアも特には否定はせず、イオンも疲れていた事もあって特には言わなかった。

 そして意見が固まった事でジェイドは老マクガヴァンへ説明をした。

 

「では、我々は明日の早朝にもフーブラス川へと向かう事にします」

 

「うむ、ならば気を付けるんじゃぞ。話によれば、フーブラス川の周辺から瘴気が出ていたとも報告があるぞ」

 

 『瘴気』それは、薄紫色の毒性の気体。短時間と微量で吸い込んでも害は無いとされているが、長時間で多量に吸引してしまえば命の危険がある。

 原因は不明だが、オールドラントの各地で地面から噴出されている所を目撃されており、近年その箇所は増えていると言われている。

 

「分かりました。気を付ける事にします。では、失礼致します」

 

 ジェイドは老マクガヴァンと将軍にそれぞれ頭を下げると、皆と一緒に退室した。

 最後の一人となったフレアも、それに続くように退出しようとした時だった。フレアを老マクガヴァンが呼び止めた。

 

「おお、ちょっと待ってくれんか?」

 

「……どうかされましたか?」

 

 フレアが振り向くと、老マクガヴァンはフレアの顔をジッと見つめており、老マクガヴァンは黙って頷くと一言呟いた。

 

「……早まるでないぞ」

 

「……」

 

 その言葉にフレアは黙ったが、やがて笑顔を老マクガヴァンへと向けた。

 

「仰る意味が分かりませんが、あなたの御言葉を無下には出来ません。――覚えておくことにしますよ」

 

 まるで仮面の様に決められた表情を浮かべながら、何事も無いようにフレアが返答すると、老マクガヴァンの帽子と髭に隠された瞳が光る。

 

「歳を取ると目が衰えて仕方ない……が、儂はそこまでは衰えておらんぞ。初めて出会った時から変わらぬ、お主の瞳の奥、その闇の中に潜む野心に、儂が気付かんと思うたか」

 

 威圧感を混じらせた元・元帥の言葉。父のその様子にマクガヴァン将軍は息を呑むが、同時にその言葉を浴びたにも関わらず、平常心を貫くフレアにも息を呑んだ。

 マクガヴァン将軍は怒気を含む父の姿を見て、今の様な平常心を保った男はジェイドを含めても数人しかいないと思っている。勿論、世界規模でだ。

 マルクトの将軍ですらこの場で冷や汗を掻く中、フレアは特に反応せずに背を向けた。

 

「相も変わらず恐ろしい御方だ。あまり、俺の様な面白味のない若造を苛めないで頂きたい……」

 

「……それはすまなかったの。退役すると、中々に暇なものじゃからな」

 

 そう言ってフレアの後姿を見送る老マクガヴァン。

 だがこの時、老マクガヴァンは気付く事は出来なかった。騒やかな笑みを浮かべていたフレアの表情が今や、ドス黒く、殺意の籠った表情である事に。

 誰も見た事のないフレアの、その表情はこれから先も誰かが見る事はないだろう。フレアがそんな表情を堂々と相手に見せる時、見せた人物は確実に焼き殺されているだろうからだ。

 

(貴方と言い……『カンタビレ』と言い……本当に目障りな人間が多くて困る。――あまり、御老体を焼きたくはないのだがな)

 

 部屋を出て行くフレアの真意を完全に知る者は、まだ誰もいない。

 

 

End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話:思惑

テイルズでバルバトスに泣かされた人は私だけではない筈……。

遅くなりました(;´・ω・)


  

 現在、セントビナー【市街】

 

 駐在基地から出た後、一行はジェイドが神託の盾が気になると言い、気付かれない様に城門の前の検問の様子を確認していた。

 すると、その検問していた場所には一般兵とは比べられない存在感を醸し出す四人の姿があった。

 そう、タルタロスでそれぞれが接触した六神将、その内の四人である『黒獅子』・『烈風』・『魔弾』・『妖獣』が集結していた。

 そんな四人の会話をメンバー達はバレない様に黙って聞き始めた。

 

▼▼▼

 

「結局、導師守護役の目撃情報はどうしたのさ?」

 

「兵士は見たと言っていたが、マルクト軍は機密と言い張り、情報開示には消極的な様だ」

 

 シンクの問いにリグレットが応えた。

 どうやら、六神将ですら詳細を掴めていない所を見ると、アニスは無事にカイツールへと向かえている様だ。

 

「ならば! 俺が今すぐにでもカイツール周辺に向かおう! 元を言えば、俺が死霊使いに後れを取った事にある!」

 

 そう言ったのはラルゴだ。

 ラルゴは己の責任を感じており、そう力強く言って力を入れた瞬間、ジェイドに刺された場所に激痛が走る。

 

「グゥッ……!」

 

「ラルゴ……怪我、大丈夫……?」

 

 アリエッタが心配してラルゴへ声を掛けた。

 ラルゴはそれに対して頷くが、額の汗などを見る限り、無理をしているのは明らかだ。その様子を見たシンクが呆れた感じにラルゴへ言った。

 

「アンタはまだ傷が癒えてないだろ。まずは傷を癒してから言ってよ、そう言う事は」

 

「むう……面目ない!」

 

 ラルゴはシンクに頭を下げながら、懐から取り出したライフボトルを飲んで傷を癒し始める。それで多少は楽になったらしく、顔色も戻り始めていた。

 そして、これからの事をどうするかと思い、リグレットはシンクとへ聞いた。

 

「シンク、これからどうする?」

 

「……仕方ない。これ以上はマルクトとの外交問題になりそうだ。――第一師団は撤退だ!」

 

 シンクの号令に、周囲にいた兵士達は周りに伝える為に散開して行った。

 これ以上はマルクトを刺激しかねず、ダアトとマルクトの間で戦争など起きても得はない。

 そんなシンクの考えは察していたものの、リグレットは少し意外そうだった。

 

「良いのか、シンク?」

 

「外交問題は面倒だからね。……まあ、本音を言えばここらでアニスを捕えたかったよ。カイツールに連中が到着すると厄介だからさ」

 

「キムラスカ領だからか? だが、それだけならば条件は今と同じであろう!」

 

 シンクの言葉に納得が出来ないと言った感じのラルゴ。本当にそんな理由ならば、今にもカイツール周辺に行きそうな勢いだ。

 しかし、そんなラルゴの態度にシンクは、落ち着いてくれと言った感じに訳を説明した。

 

「僕だってそれだけならばカイツールの前後で仕掛けるさ。――けど、カイツール軍港に『光焔騎士団』の連中が待機してるらしい」

 

「光焔騎士団……?」

 

 聞いた事がないのか、アリエッタは頭を捻らせる。しかし、ラルゴはその言葉に信じられないと言った様に声をあげた。

 

「あの焔帝の専属騎士団ではないか! カイツール周辺はアルマンダイン伯爵の指揮下だ、なのに何故バチカルでもない場所に連中がいる!」

 

「どうやら、つい最近まで焔帝はカイツールに任務として来ていたみたいだよ。撤退する際に少し騎士を残していったんだろうね」

 

「光焔騎士団と白光騎士団、連中の練度は高い。――なるほど、焔帝達と合流すれば連中が護衛につくだろう」

 

 一般兵よりも遥かに練度が高く、ファブレ公爵とフレア同様にマルクトに脅威と感じられている存在、それが両騎士団だ。

 彼等の指揮下は国と独立しており、ファブレ公爵・フレアの命令にしか動かず、彼等の危機には独自に動く程に優秀なエリート騎士。 

 六神将と言えど只でさえ、焔帝・死霊使い・導師と言う厄介な者がいる中では、光焔騎士団は相手にするのには骨が折れると言える。

 リグレットもシンクの言葉に状況を察し、ラルゴは自分がジェイドに遅れを取った事を再度悔やんだ。

 

「クッ! やはり、俺が死霊使いを抑えておけば……!」

 

 そうラルゴが呟いた時だった。

 彼等の上空から突如、自分以外の者を小馬鹿にした様な笑い声が降り注がれた。

 

「ハ~ハッハッ! 気にする事はありませんよ。あの『陰険根暗眼鏡』のジェイドと渡り合えるのは、この神託の盾六神将『薔薇』のディスト様だけなのですから!」

 

 そう言いながら下りて来たのは、一言で言えば重役が座る様な”豪華”で”高級感”が”嫌味”な程に象徴されている椅子であった。

 更にそう言えば、座っている人物も普通ではない。白髪・禍々しい瞳・薄気味悪い笑顔・派手な服装、これからを備え、空飛ぶ椅子に座る男こそ六神将最後の一人……。

 

「『薔薇』じゃなくて『死神』でしょ?」

 

「誰が死神ですか!? 薔薇です! バ・ラ! 全く、あなた方がこの私の頭脳や美貌に嫉妬するのは分かります。……ですが、これ以上の私への侮辱はどうなるか――!」

 

 ドスの利いた口調で、他の六神将達にそう言い放ちながらディストは彼等の方を向くと、そこには既に誰もいなかった。

 よく見ると、少し離れた所にシンク達の後姿があった。

 

「……」

 

 虚しく吹く風の音だけが、ディストの耳に届くのだった。

 

▼▼▼

 

「あの様子を見る限り、アニスは無事にカイツールに向かえた様ですね」

 

 ジェイドは先程まで居た六神将よりも、アニスが無事に向かっている事に安心していた。

 何かあれば、真っ先に情報が行く六神将も本当に知らない様子で確信を得られたジェイドだが、ガイは六神将達が本気で狙っている事に冷や汗を流す。

 

「しかし、本当に六神将が俺達を追っているんだな。『鮮血』だけがいなかったが……『黒獅子』・『魔弾』・『烈風』・『妖獣』・『死神』。あれだけの六神将が集結した姿なんて初めて見た」

 

 おそらく、それは大変珍しい光景であったのは間違いない。同時にセントビナーから彼等が去った事で、今だけは安心できるとも言える。

 そんなガイの言葉を聞いていたルークは、ふっとある事を思い出してティアへ聞いた。

 

「そういや、ティア。お前、あのリグレット……とか言う女と話してたよな? 知り合いなのか?」

 

「……ええ、私に戦い方を教えてくれたのがリグレット教官よ」

 僅かに言い淀んだティアだったが、リグレットとの関係を説明した。

 師弟とまで言えるかどうかは分からないが、少なくともティアの戦闘スタイルの基盤を築いたのはリグレットなのは間違いない。

 そんなリグレットを余程に信頼していたらしく、そう言い終えた時のティアの表情は暗く、空気が重くなったのを感じたフレアは話を戻した。

 

「……話を戻すぞ。俺達はこれから宿に向かうが、ルーク、お前はどうする? 少し街でも見て来るか?」

 

「えっ? 良いのか、兄上!」

 

 自由に見て回りたかったのか、ルークは嬉しそうに応えた。

 そんなルークにフレアは頷き、ジェイドも同じ様に頷く。

 

「私も別に構いませんよ。――ですが、流石に一人では危険なので付き添いがいなければ行けませんよ」

 

 ジェイドからの許可にもあり、ルークは誰を連れて行くか考え始めた。

 イオンは表情からして休ませてあげたいから無理、ジェイドは論外、兄のフレアも迷惑を掛けていると感じており付き添いからは外す。

 そうなると、残りはティアとガイだが、ティアは口うるさそうと思ってルークはガイを誘う事にした。

 

「なあ、ガイ。一緒に来てくれよ、一人じゃ駄目だって言うしよ」

 

「ああ、分かった。俺は別に構わないからな」

 

 ルークの頼みにガイは頷いた時だった。ティアが二人に近付いた。

 

「ルーク、私も一緒に行くわ。どうも、あなたは側で見ておかないと不安で仕方ないもの」

 

「ハァッ!? 良いって別に来なくて……お前がいたらどうせ、また口煩く言うんだろ?」

 

 只でさえ、親しい者からのお叱りの言葉や助言をまともに受け取らないルークからすれば、フレアやヴァンとは違うティアの言葉をまともに受け取る訳がない。

 寧ろ鬱陶しく、自分への悪口に近い感じにしか捉えられない。しかし、それはティアは察しており、分かっていながらも引きさがる気はなかった。

 

「あなたが何かするから言っているのよ。――それに、私はあなたのお兄さんからも護衛を言われているもの。断っても着いて行くわ」

 

「……わ~ったよ。――うぜぇな」

 

 また何か言われる、そう思うと面倒に思うルーク。自分では普通にしているつもりなのに、何故か叱られる。ルーク自身からすれば訳が分からずイラつくだけだった。

 

「大丈夫ですの、ご主人様! ミュウもいるですの!」

 

「うっせえな! ブタザル! お前は黙ってろ!」

 

「ルーク! ミュウが可哀想でしょ!」

 

 ルークの声にミュウは落ち込み、それを見てまたティアが叱る。人を選ぶとも言えるルークが感情を相手に出すのは珍しく、そんな光景をガイが楽しそうに見ていた時だった。

 フレアがガイを呼んだ。

 

「ガイ、ガルドはお前に持たせておくぞ。何かあれば、お前の判断で使ってくれ」

 

「分かりました」

 

 ガルドが入れられた簡易的な財布をフレアから手渡され、ガイがそれを受け取った瞬間、フレアは自分達にしか聞こえない様にガイへ囁いた。

 

「……ティア・グランツから目を離すな」

 

「?……侵入者だからですか? ですが、彼女はルークに親身に色々と教えてくれている。少しは信用しても良いのでは?」

 

 フレアの性格上、表面で笑顔であろうがティアを本気で信用していないとはガイも分かっていた。

 だが、フレアが結果を出す人間は認める性格なのも知っており、ルークに色々と教えているティアを全く信用しないのは少し違和感があったのだ。

 しかし、そんなガイの言葉にフレアは鼻で笑った。

 

「フッ……あの女は使えそうだから生かしているだけだ。それ以外の期待等には興味がない。――言う事を聞かない駒で、お前はチェスがしたいのか?」

 

「……ああ、そう言う事ですか。――分かりました」

 

 ガイはそう聞いて理解した。フレアがティアに最も期待している事があり、それ以外の事はどうでも良いのだと。

 それはルークにも言えた事であり、ティアがフレアにとって不都合な事をルークに教えないか、その監視を自分にさせたいのだとガイは分かり頷き、その頷きを見てフレアは自然にその場を離れた。

 

「では頼むぞ、ガイ。俺とカーティス大佐は、イオン様を連れて街の宿に言っている。話も通しておくぞ」

 

「……では、行きましょうか。御二人共?」

 

「ええ、ルーク達は楽しんできてください」

 

そう言ってフレア達は宿屋へと向かい、その場に残ったルーク達も辺りを散歩するのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【商店街】

 

 セントビナーの商店街は、既にピークは過ぎているらしく鬱陶しいとは思わない程度に空いていた。

 アイテム・食料・雑貨、本、色々な物が店頭に並べられており、ルークはその全てが珍しく新鮮なものであった。

 

「すげぇ……エンゲーブよりも色んな物があるぜ」

 

「そりゃあ、エンゲーブよりは都会だからな。食料意外にも色々とあるさ」

 

 ガイがルークへそう説明してくれたが、ルークの意識は周りの露店などに意識を持っていかれており、流し流しでしか聞こえていない。

 そんなルークへ、ティアが話し掛けた。

 

「ところで、ルーク。あなた、見てみたい所とかないの? ずっと屋敷の中しか知らなかったんだもの、良い機会と思って色々と見て回った方が良いわ」

 

 ルークの常識は屋敷の中で止まっている。おそらく、無事に屋敷に送る事ができ、自分の罪を清算させてもらったとしてもルークと会う事は二度とないだろう。

 兄であるヴァンへもそうだが、実の兄のフレアに対してもルークは信用し過ぎている。

 ティアは、そんなルークが嘗ての自分と重なって見える事が度々あり、どうしても放っておけないのだ。

 勿論、別の意味で心配していると言うのもあるが、ルークがそんな事をティアが考えていると分かる筈もなく、辺りを適当に見ながら応える。

 

「そう言われてもよ。全部が全部、色々とあり過ぎて……ん?」

 

 辺りを見回していたルークの目にある一冊の本が目に止まった。その本が置いてある店は古本屋らしく、色々な本が並べられていた。

 普通ならば、そんなボロそうな店には見向きもしないルークだが、その本が気になって店へと行き、ティアとガイも後に続いて店の前に行くが、店主である高齢そうな男性は眠っていてルーク達に気付いていない。

 そんな雰囲気も好きなのか、ガイは店頭に並べられた一冊の古本を手に取って捲り始めた。

 

「へぇ……こりゃあ凄い! だいぶ昔の奥義書だぞ。品質も良いし……流派も俺のに合うな」

 

「随分と古い譜術の本ね……でも、分かりやすく記されているし、掘り出し物だわこれは」

 

 それぞれが気に入った古本を見つけられたらしく、ガイとティアは自分の持つ本を買おうとするが、店主は未だに眠っている。

 どうするかと、二人は少し困っていると、店主の隣に籠とメモが置いてある事に気付く。

 メモにはこう書かれていた。

 

『一冊300ガルド。籠にガルドを入れたら、ご自由にどうぞ』

 

「信用……しているのかしら?」

 

「ハハ……まあ、そう言う事だろうな」

 

 そう言ってそれぞれガルドを籠に二人は入れると、その隣でルークが一冊の本を手に持ってジッと眺めていた事に気付く。

 

「どうしたの、ルーク?」

 

「いや、なんか変わった本があるなぁって……」

 

 ティアとガイは、ルークが持っている本を覗き込むと、その本は表紙は全体的に黒い革が使われているが、その周りは綺麗に赤で装飾された物だった。

 周りとは異質な雰囲気を醸し出す本だから、ルークは意識を向けたのだろう。屋敷にもない変わった本なのだが、ティアとガイはその本に見覚えがあった。

 

「『赤の裁き』ね。懐かしいわ……」

 

「小さい頃、よく読んだぞこれ」

 

「二人共、この本知ってんのか?」

 

 懐かしむ様な二人の声に頭を捻るルーク。

 屋敷にある書庫の本を流し読みとは言え、大量にある本の中でもなかった目の前の本を何故にティアとガイが知っているのか気になった。

 そんなルークに教える為、ティアはルークから本を受け取ると数ページめくり始めた。

 

「古い本なんだけど、結構有名な本よ。――赤き大いなる力を、人間が己の欲の為に使った結果、その力によって滅ぼされたって内容よ」

 

「まあ、要約すると悪い事したら、その報いが来るって子供に教える為の本だな。――昔はよく読んでもらったもんさ」

 

「……ふ~ん。まあ、どうでも良いや。――ところで、作者って誰だよ? 有名な奴なら買ってやっても良いし」

 

 今にも飽きそうな声がティアとガイに届くが、二人は少し困った表情を浮かべた。

 

「それが分からないのよ。数は多く複製されているのだけれど、作者の名前がどこにもないの」

 

「本マニアの間では、原本にだけ書かれていると言われてるんだ。音素を調整しながら保管しとけば、そんな劣化もしないし未だに何処かにあるかもな」

 

「ふ~ん」

 

 自分の思った様な答えではなかった為、すぐに興味無さげに返答したルークはペラペラとめくりながら挿絵を眺めていた。

 手書きと思える様な絵だが、いかんせん絵のタッチが古臭くてルークの趣味には合わない。

 変な機械、透明な瓶に入れられた怪物の様な何か、天を貫く柱が国を滅ぼす。

 

(何を書きたいのか分かんねえな。――でも、まあ本なら父上も好きだし買っとくか)

 

 ルークは怠そうに本で肩を叩きながらガイの方を向き、お金を頼む事にした。

 

「なあ、ガイ。これ買うから金頼むわ」

 

「ああ、分かった」

 

 そう言ってガイがお金を入れるのを確認すると、ルークは自分の物となった本を再び見始め、本の裏面をめくった時だった。

 ルークはそこに、人物の名前が記されている事に気付く。

 

(ユリア……ジュエ? ――どっかで聞いた様な……)

 

 作者らしきそれは聞き覚えのある人名だったが、興味ない事は本当に本気が出せないルークは思い出す事が出来なかった。

 それどころか、ルークはティアとガイに作者不明と言われていた事を思い出し、ちゃんと教えなかった事に怒りを覚えて二人の方を振り向いた。

 

「おい! ここに作者の名前あんじゃんかよ!」

 

 そう言ってルークの声が辺りに響くが、そこには二人の姿はなかった。――と言うよりも、ルークがいるこの場所自体、別の所だった。

 実は僅かなあの時間の間、人混みに流されてティア達とついでにミュウともはぐれてしまったのだが……。

 

「なんだよ、ティアもガイも! 迷子になりやがったのかよ!」

 

 あくまで自分が迷子になったとは言わないのは流石と言うべきか、ルークはいない二人に怒りを現し、地面の石を蹴る等して鬱憤を発散する。

 しかし、その姿は遠目に見ればチンピラとしか見れず、周りの人がルークを避けていた時だった。そんなルークに気付いた一人の老人がいた。

 

「む? 確か、あの少年はジェイド坊と一緒にいた……」

 

 挙動不審とも思われる動きをしていたルーク、彼を見つけたのは先程、ジェイドと話していた老マクガヴァンその人であった。

 

▼▼▼

 

「ほっほっ! それは大変じゃな」

 

「だろ! 散々、俺に言っといて自分達が迷子になってんだ。ったく……」

 

 ルークはそう愚痴りながら、先程老マクガヴァンに買って貰ったジュースを己の口に流し込んだ。

 老マクガヴァンに見つけてもらい、ベンチで共に腰を掛けているルーク。そんな彼の言葉を老マクガヴァンは、嫌な顔一つせずに笑いながら話を聞き続けていた。

 

「そうじゃな。……まあ、そういう時はあまり動かん方が良いぞ」

 

「……だろうな。迷子になったのはティア達だけだし、俺が動く理由はねえな」

 

 見知らぬ土地、更に言えば敵国の中にいるにも関わらず、ルークに不安という感情は存在しなかった。

 無知と言う者は時に人を大きく見せてしまう。勿論、それをルークが気付いている訳はない。

 

「そういえば、お主の名前を聞いとらんかったな」

 

「ん? ……そうだっけ? まあ、良いや。ルークだ。ルーク・フォ――」

 

「いや、名前だけで良い。……そこから先は言わんように言われんかったか?」

 

 ティア達の忠告をすっかり忘れていたルークは、危うく言ってはならないフルネームを喋る寸前で老マクガヴァンが止めた。

 静かな口調ではあったが、そこには確かに叱る様な厳しい雰囲気が混ぜられていた。

 迂闊じゃぞ――そう言われている様にルークですら感じてしまい、ルークは思わず息を呑んだ。

 

「さ、先に聞いたのは……い、いや、なんでもねえ」

 

 先に聞いたのはそっちだろう。ルークは老マクガヴァンにそう言い返そうとした。

 だが、雰囲気で呑まれた後で言うほどにの根性はなく、そこから先は呑み込み、気まずい為に話題を変えようと考えた。

 

「と、ところで爺さんは――」

 

「のう、ルーク。……お主は兄の事が好きか?」

 

 ルークの言葉は老マクガヴァンの言葉に掻き消されてしまった。

 丁度、言葉が重なってルークは少し不満そうだったが、兄の話題だったのが幸いし、ルークは気分を良くしながら頷いた。

 

「当たり前だろ? 爺さんは知らねえと思うけど、兄上は本当にスゲェんだぜ。強いしカッコイイし、周りから認められてるんだ」

 

 それからルークは兄フレアから聞いた話を喋り続けた。

 魔物討伐・盗賊団壊滅・友軍の援軍、物語の様な武勇伝だが全てフレアの実績であり、ルークはそれを自分の事の様に話し続けた。

 老マクガヴァンもその全てをちゃんと聞いてくれている。時折の相づちをし、やがてルークが話終えると老マクガヴァンは立ち上がってベンチから降りた。

 

「のう、ルークよ。もし、もしじゃぞ……お主の兄が助けを求めておったら、お主はどうする?」

 

「はぁ? 決まってんだろ、助けるに決まってるぜ。……兄上は俺を何度も助けてくれた。もし、兄上が困ってんなら今度は俺が助ける番だ。――兄上は、俺の憧れだからな」

 

 最後の方は小さく言ったが、それもちゃんと老マクガヴァンの耳へと届いていた。 

 そして、そのルークの言葉と表情を見て、老マクガヴァンは満足そうな表情を浮かべると、自分のポケットから一つの青い宝石を取り出した。

 手の平に小さく入る青い小さな宝石、それを老マクガヴァンはルークへと手渡した。

 

「えっ? なんだよこの石……いや、宝石か?」

 

「この宝石は”サファイア”じゃ」

 

「あぁ? サファイアなら屋敷にも沢山あるぜ」

 

 老マクガヴァンの言葉を聞いてルークは、期待外れの様に肩を落とした。

 突然、見せるのだから何か凄い物だと思ったのだが、屋敷に幾つもあるただのサファイア。宝石に興味もないルークにとっては何の価値もない。

 だが、老マクガヴァンはその言葉に首を横へ振った。

 

「いや、このサファイアは普通のサファイアではないのじゃよ。……本当に価値を知っている者からすれば、喉から手が出る程に手に入れたい代物じゃぞ」

 

「このサファイアが……?」

 

 信じられない、そんな表情を浮かべながらルークはそのサファイアを受け取り、まじまじと眺めた。

 上、下、左右、良く見れば加工がされておらず、形もどこか自然体と言えば良いのか、少なくとも貴族が買う様な物ではないと思わざる得ない。

 ただ、一つ気になる事はあった。そのサファイアをよく見ると中に水が入っている様に潤んだ輝きを放っていたのだ。

 

「ルークよ、それをお主にやろう」

 

 いつの間にか真剣にサファイアを観察していたルークに、老マクガヴァンが唐突にそう言うと、ルークは少し表情を嫌そうにした。

 

「いや、いらねって。確かにちょっと珍しいなとは思ったけどよ。これ、加工されてねえじゃん。そんな不良品いらねっつうの」

 

「……兄の為になるのじゃぞ」

 

「えっ……?」

 

 その言葉に、ルークの表情が変わった。

 何処か柔らかい雰囲気の老マクガヴァンだったが、今は鋭利な刃物の様に鋭い物だった。世間知らずのルークでさえ、直感的に感じられる程に。

 

「このサファイアは、本当ならばジェイド坊に渡すつもりじゃった。――しかし、ルークよ。お主の話を聞き、これはお主に渡した方が良いと判断した」

 

「ま、待てよ爺さん! なんでそれに兄上が関係あんだよ! これはただのサファイアだ――」

 

「ルークよ」

 

 静かながら、力強く鉛の様に重い言葉がルークの言葉を中断させ、ルークはそのまま老マクガヴァンの小さな眼を見詰める事となってしまった。

 

「このサファイアはいつか、必ずフレアを助ける時に役立つ筈じゃ。……あとは、どう選択するか決めるのはお主じゃぞ」

 

「……チッ! わ~ったよ! 兄上の為だ、貰ってやるけどよ。本当なんだよな!」

 

 ルークが問い詰める様にベンチから立ち上がった時だった。

 遠くから、此方へ呼びかける声がルークの耳に届いた。

 

「ルーク!」

 

「やっと見つけたぞ!」

 

 声の主、ティアとガイが遠くから走って来ていた。

 すっとルークを探していたのか、二人の呼吸が乱れているのが分かる。

 

「お迎えの様じゃな。では、そろそろ儂も帰る事にしようかの」

 

「あっ! おい! 話はまだ終わってねえぞ!」

 

 ルークは勝手に帰ろうとする老マクガヴァンを呼び止める。まだ、何も聞いてないからだ。

 だが、老マクガヴァンは足を止める事はなかった。

 

「では、頑張るんじゃぞ~」

 

 そう言って、老マクガヴァンは町の中へと消えて行ってしまった。

 残されたのはルークと、迎えのティアとガイだけだった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【宿屋】

 

 あの後、ティアに説教されながら宿屋へと戻ったルーク達は、フレア達と合流する事が出来た。

 イオンは既に別室で眠っており、ジェイドも万が一の為に傍にいる。そんな中、ルークはと言うと……。

 

「あ~めんどい、怠い、早く帰りてぇ~」

 

 ルークはベッドの上で土足のまま横になり、今の状況に不満そうにぼやいていた。

 疲れる毎日、神託の盾の襲撃、不味い食事と固いベッド。屋敷の中ではまずありえなかった環境は、ルークにとってはストレスでしかなかった。

 憧れの外の世界だが、理想と現実が違うとこんなものである。

 

「ルーク、行儀が悪いぞ」

 

「そうよ、靴を脱がないとベッドが汚れるわ」

 

 フレアとティアが目の前でバタバタしているルークを注意するが、今までの不満が蓄積されており、ルークは枕へ顔を埋めた。

 

「だって退屈だし……ベッドは固いし、メシはブウサギだし……」

 

「本当にブウサギが嫌いだな……」

 

 ルークのブウサギ嫌いを知っているガイは苦笑した。

 ガイは別にブウサギが嫌いと言う訳ではないが、ルークからすれば豚なのか、ウサギなのか、良く分からないあやふやな食感や風味が嫌いだと言う。

 

「我儘言わないの! 野宿なら野宿で文句言うでしょ!」

 

「野宿も嫌だけど、ここの宿屋も嫌なんだよ……ったりいな。俺、もう今日は動かねえぞ……」

 

 枕に顔を埋めたまま話し続けるルーク。その様子にティアは呆れた様に額を抑えながら溜息を吐いた。

 すると、そんなルークにフレアが声をかける。

 

「そうか、それは残念だ。折角、お前の稽古に付き合ってやろうと、宿の主人から中庭を借りたのだが」

 

 フレアがそう言った瞬間、ルークは一瞬でバッと頭を上げると剣を持ってベッドから飛びあがると、素早くフレアの前で止まった。

 

「本当か兄上!?」

 

「ああ、この所は忙しく、お前の相手をしてあげられなかったからな。こんな時だが、お前が良ければ相手をしよう」

 

 余程に嬉しいらしく、フレアのその言葉にルークの瞳は輝いていた。

 

「よっしゃあ! だったら早く行こうぜ兄上! 今日こそ兄上を驚かしてやる!」

 

「それは俺も楽しみだな」

 

 ルークとフレアは部屋を出て中庭へと向かった。

 その様子をティアはまたも呆れた様に見ていたのだった。

 

「もう……調子が良いのね」

 

「ハハ、まあそれがルークさ。……なんだかんだで、フレア様に構って欲しかったのかもな」

 

「?……屋敷で二人は一緒に暮らしているんじゃないの?」

 

 ルークが屋敷でどんな生活をしていたのかは予測できるが、フレアの事は知らず、ティアはフレアがルークと一緒に生活しているのに構ってあげられてないと言う言葉が意外だった。

 その言葉に、ガイはその事を察して首を横へと振る。

 

「いや、フレア様は両親に甘えない様に公爵邸を出て、自分で建てた屋敷に住んでるのさ。それに、あの人は多忙だからバチカルにいない事も多いんだよ。……だから、こんな状況じゃなかったら、こんなに長く一緒にフレア様といられる事はルークにとって嬉しい事なんだ」

 

 ルークにとって戦いの憧れはヴァンだが、一人の人間としての憧れは兄フレアなのだ。

 物心ついた時に見た兄の背中、自分よりも年上の人間達から頭を下げられ、堂々としている兄の姿は、ルークからしても格好良い姿だったのだ。

 

「そう、でも……もう少しルークをなんとか出来なかったのかしら。いくら第七音素を使えるからって、10年以上も屋敷に閉じ込めておくなんて……」

 

「……そうか、君は知らないのか。ルークは昔、マルクトに誘拐された事があるんだ」

 

「誘拐……?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ティアはエンゲーブでフレアが言った言葉を思い出した。

 誘拐の言葉。ルークが嘗て誘拐されたと言う事実。軟禁されて来たもう一つの理由。

 

「それが余程のショックだったんだろうな。……発見された時のアイツは自分の名前は疎か、歩き方や言葉すら全ての記憶を失っていたんだ」

 

「えっ……記憶喪失ってそこまで酷い物なの?」

 

「医者の話では過剰なストレスが原因らしい。全ての記憶の喪失、原因不明の頭痛、アイツは他人が思っているよりも中々に苛酷な状況を体験しているんだ」

 

 そう言うと、ガイは不意に部屋の窓から外を眺め始め、ティアもガイとの距離感に注意しながら窓の外を見ると、そこでは中庭で稽古するルークとフレアの姿があった。

 ルークが突っ込むが、フレアはそれを受け流してルークは地面に転がってしまう。

 まだ甘いな、そんな感じの笑みでルークをフレアは見下ろし、ルークは悔しそうに兄を見上げた。 

 しかし、ルークの表情は満面の笑みであった。ガイから聞いた様な過酷を味わったとは思えない程に。

 

「そんな経験をして、何故ルークはあんな顔が出来るの……?」

 

「ああ、それは本人がその事を全く気にしてないからだ」

 

 ティアの疑問に答える様に、ガイはその答えを話し続けた。

 

「皆、最初はルークの記憶を戻そうとあらゆる手を使ったよ。……だけど、それはルークにとっては苦痛でしかなかった。そして、そんな時にアイツが言った言葉が――”過去なんていらない”だったんだ」

 

「……ルークは自分の記憶を取り戻したくなかったの?」

 

「ああ、昔は昔、今は今。……過去に縛られたくない、アイツはそう言って俺を救ってくれたんだ」

 

 そう言ったガイの表情は、何処か重荷が下ろせたように爽やかなものであった。

 ティアはそんなガイが少し気になり、ガイへ聞いた。

 

「あなたって、ファブレ家の使用人というよりもルーク個人に従ってる様に見えるわね」

 

「まあ、ある意味正解だ。――教育係なのもあるが、ここだけの話、俺は旦那様よりルークの方が遥かに大事だ」

 

 迷いのないガイの言葉。

 ファブレ公爵よりもルークを大事にガイが思っているのは本心だろう。

 ティアは、ガイもまた自分の知らないルークとの繋がりがあるのだと思いながら、窓からフレアとルークの二人を眺め続けた。

 

▼▼▼

 

 現在、フーブラス川

 

 翌日、早朝からルーク達も老マクガヴァンへ言った通りセントビナーを発ち、ガイの案内の下、フーブラス川へと向かった。

 早朝と言う事で肌寒さとルークの愚痴が多かったが、神託の盾の襲撃がなかったのが救いであった。

 そして、ルーク達は川の浅い所から向こうへと渡って行き、広い草原に出た時であった。

 フレアは不意に身に覚えのある頭痛と同時に、聞き覚えのある声を聞く。

 

『フレア……フレア……我ガ半身……!』

 

(イフリート……? なんだ、何故今になって交信してきた?)

 

 交信を全くしない訳ではなく、フレアも色々と疑問もあってイフリートへ交信を図っていた。

 しかし、本来ならば出来る筈の交信が今回に限っては全くできず、フレアも疑問に思っていたのだ。

 

『ローレライの力……全テヲ壊ス力によリ……我とフレアに乱れを生ミ出した』

 

 要約するば、第七音素の超振動の影響によって交信が出来なかった様だ。

 本調子ではないらしく、今も若干の聞き取りずらさがある。

 

(何か用か?)

 

 いくら同位体とはいえ、イフリート程の存在が世間話の為に連絡を寄越す訳がない。

 交信してきた以上、何かしらの意味がある。

 

『”穢れシ音素”……我ガ半身の近クに現れン……!』

 

(”穢れし音素”……?)

 

 謎の言葉をイフリートから聞かされ、フレアがその意味を考えようとした時であった。

 フレア達の視界と身体が大きく揺れ動く。

 

「地震か……!?」 

 

「いけません! イオン様は下がって!」

 

「ルークもよ! 下がって!」

 

 ガイが原因に気付き、ジェイドとティアがそれぞれイオンとルークを下がらせる。

 しかし、揺れは一向に収まらず地面から亀裂が入り、その亀裂から毒々しい色のガスが噴出した。

 

「”瘴気”……! いかん! 皆、口を塞げ!」

 

 フレアはすぐに毒々しいガスの正体である”瘴気”に気付き、全員に指示を出しながら自分も口を塞ぐ。

 老マクガヴァンからも伝えられていた瘴気、少量では何にも害にはならないが、大量に吸えば命の保証は出来ない。

 しかし、今この場には身体の弱いイオンもいる。

 故にジェイドはすぐに全員に指示を出した。

 

「走りなさい!」

 

 まだ大量に噴出している訳ではない。

 ジェイドは最悪の事態になるよりも先にここを離れるように言い、皆にそう言うと自分はイオンを抱えて走り出す。

 その後をフレア達も追う様に走り出した。

 

「な、なんなんだよこのガスは!?」

 

「これが瘴気よ! 少量じゃ害は無いけど、だからって吸って良い物でもないから出来るだけ吸わない様にして!」

 

 ルークへ、そう伝えるティア。

 こんな身体に悪そうなガス、ルークとて好んで吸おうとは思わず、走りながらもティアに頷く中、ようやくこの場所の出口と思われる場所へ近付いた時であった。

 メンバーを先程よりも大きな揺れが襲い、地面から先程とは比べ物にならない量の瘴気が噴出し、皆は足を止めざるを得なかった。

 

「これは……!」

 

「なんて事だ……!」

 

 フレアもジェイドも、まさかこれ程の瘴気が噴出するとは思ってもおらず、表情の余裕も既になかった。

 

「ど、どうしましょう……」

 

「みゅ、みゅ~、瘴気が沢山ですの! 動けないですの!」

 

「とりあえずバラバラになるな!」

 

 ガイはこの状況で離れてしまう事を恐れ、全員を集めるが根本的な解決になっていない。

 

「もう駄目なのかよ!?」

 

 どうしようもない状況にルークが声をあげた時であった。

 そんな様子を見ていたティアが意を決した様に頷くと、静かに譜歌を歌いだした。

 

「”堅固たる護り手の調べ”――クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ズェ 」

 

「こんな時に譜歌を歌ってどうするのです!」

 

 ジェイドがティアへ声をあげた。

 大量の瘴気が噴出している中での譜歌など、それは自殺行為でしかない。

 しかし、フレアだけはこの譜歌の意味に気付く。

 

(これは……!――『ユリアの譜歌』か!)

 

 フレアが気付くと同時であった。

 ティアを中心とし生まれる蒼白く光る聖なる領域、それはこの場にいる者達を守護し瘴気の侵入を一切許さない。

 

「な、なんだこれ……?」

 

「ただの譜歌でこんな現象は普通、起きませんよ……」

 

 呼吸が楽になるのを感じながらも、ジェイドは通常では起こり得ない状況に困惑を隠せなかった。

 そして、瘴気もやがて収まりを見せ噴出はなくなった。

 それと同じ様にティアの譜歌も終わり、領域も消えるとルークがティアへ駆け寄った。

 

「なんだよ今の! 今の変なのはなんなんだよ!?」

 

「一時的な防護壁。少ししか維持できないから、ここを早く去りましょう」

 

「ユリアの譜歌……でしたね」

 

 さっきのティアの譜歌に対しイオンがそう呟き、ジェイドも眼鏡を上げた。

 

「特殊な力を持つと言われるユリアの譜歌……ですか。噂には聞いていましたが、ユリアの譜歌は複雑な暗号化がされていて誰も解読出来なかった筈では?」

 

「詮索は後だ! ここを離れるぞ!」

 

 ガイが皆の意識がティアの譜歌に向かっているのを無理矢理に中断させ、全員を現実に戻した。

 それに伴い、ルーク達もまだ自分達が危険地帯にいる事を自覚し、駆け足でこの場を後にする。

 そして、ティアも皆を追う様に少し走った刹那――ティアは”貫かれた”

 

「――えっ」

 

 ティアは”赤く巨大な腕”に貫かれ、自分の物と思われる血液を浴びる。

 何が起こったのかも本当は分かっていない。

 身体から血の気が失せて悪寒が襲う。

 

『許サヌ……! 許さン……! ユリアの……血筋……我ガ手で……!』

 

 何者かの声が聞こえた気がしたが、そんな事はもう関係ない。

 ティア・グランツの意識は静かに深淵に沈んでい――。

 

「おい、ティア!」

 

「ッ!?――ル、ルーク……?」

 

 我に返ったティアの目の前にいたのはルークであった。

 何事も無かったかの様に自分を見ているルークに、ティアは不安そうにゆっくりと自分の身体を確認する。

 確認した体には、どこにも貫かれた後はなく、先程と変わらない光景だった。

 一体、今のはなんだったのか、そう考えながら少し放心状態のティアの手をルークは掴んだ。

 

「なにしてんだ! 早く行くぜ! また変なガスが出て服に匂いが付いたら嫌だからな!」

 

「……えぇ、ごめんなさい」

 

 そう会話しながら二人は皆の後を追った。

 しかし、二人は気付いていない。

 二人より少し離れた場所を走っているフレア、彼が左手を苦しそうに強く握りしめていた事に。

 

(落ち着けイフリート。――まだだ、まだ”その時”ではない)

 

 今にも溢れそうになる第五音素を抑止ながら、段々と落ち着きを取り戻して行くフレア。

 それぞれの思惑を持ちながら、メンバー達はカイツールへと向かうのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、国境の砦カイツール【マルクト方面検問所】

 

 『カイツール』そこは両国が直接面している国境の砦。

 両国を行き交う商人や旅人の殆どが通る代表的な国境である。

 しかし、国境故に一度開戦すれば最初の戦場ともなる場所でもある事を意味する。

 そんなカイツールにフレア達が到着すると、到着早々に意外な光景を目の当たりにした。

 それは、国境の警備兵と一人の少女が何やら揉めている光景だった。

 

「お願いしますぅ~。アニスちゃん、ここを通らなきゃ行けないんですぅ~」 

 

 揉めている少女の方、それはタルタロス襲撃の際に分かれてしまったアニスであった。

 旅券を持っていないからか、アニスは身体をクネクネと動かしながら猫撫で声で兵士に国境を通してもらう様に頼んでいた。

 だが、そんな事で通す程、マルクトの兵士は愚かではない。

 そんなアニスにしっかりと首を振って拒否の姿勢を示す。

 

「申し訳ありませんが、旅券をご提示されなければお通し出来ません」

 

「絶対にぃ~?」

 

「絶対です」

 

 両国の緊張が高い今、旅券があっても通せない者もいる。

 そんな者もいる中で旅券がない者は論外。

 兵士の固い口調にアニスは肩を落とし、兵士と国境に背を向けて戻り始めた。

 

「……っと、見せかけて!」

 

 身体を素早く反転し、アニスは一気に掛け出して国境突破を図った。

 

 ――シャキンッ!

 

「あうっ!!?」

 

 しかし、あまりにも怪しい事をしていたのか、アニスの行動は国境兵にはお見通しであった様だ。

 先程の兵を含めた国境兵がアニスの前に剣を向けており、目の前に出現する剣にアニスも冷や汗を流す。

 

「い、いやぁ~ん! 冗談ですよぉ~!」

 

 絶対に嘘だ。

 か弱そうに言うアニスだったが、か弱い少女が国境突破などするものか。

 国境兵はそんなアニスの後ろ姿に溜息を吐き、アニスも悲しそうな表情で砦の入口へ向かう。

 

「――月夜ばかりと思うなよ」

 

 一瞬、アニスの顔がドス黒く歪み、物騒な言葉が聞こえた様な気がしたが、自分達に近付いて来るアニスにジェイドが近付いた。

 

「アニ~ス、素が出ていますよ?」

 

「ほえ?……た、大佐!?」

 

 気付いていなかったらしく、アニスはジェイドの存在を皮切りにルークやフレア達の存在も認識すると、真っ先にフレアとルークの下へ向かった。

 

「フレア様ぁ~ルーク様ぁ~アニスちゃん、怖かったですぅ~!」

 

「そうか、ご苦労」

 

「まあ、頑張ったんじゃね?」

 

 いつもの調子の様子に二人は特に心配する必要はないと判断し、それしか言わなかった。

 すると、当のアニスはガイの存在に気付く。

 

「ほえ? どちら様ですか?」

 

「俺はガイ・セシル、ファブレ家の使用人さ」

 

「……」

 

 その言葉に考え事をする様な仕草でアニスはガイを見詰めた。

 その眼差しは明らかに品定めであり、やがてアニスも口を開く。

 

「よろしくね、ガイ! 私はアニス・タトリン、アニスちゃんって呼んでね!」

 

 アニスはどちらかと言えば好印象になる様な自己紹介をした。

 外見良し、しかもファブレ家の使用人ならば賃金も良いと即座に判断し、保険代わりにガイにも媚びを売るつもりの様だ。

 

「そんな事よりもアニス、親書の方は大丈夫なのですか?」

 

「ぶぅ~! 大佐、私の事も心配してくださいよ!」

 

 自分よりも親書の方が大事と聞こえる様なジェイドにアニスは抗議しながらも、背中に背負っている人形『トクナガ』の口に手を突っ込み、親書を取り出してジェイドへ渡す。

 

「いえいえ、流石はアニスです。こうやって親書も守ってくれたのですから」

 

「そうですね、アニスは凄いですよ。タルタロスから落とされた時も『野郎! テメェ、ぶっ殺す!』って元気に言ってましたから」

 

「すいません、イオン様はちょ~と黙っててくれますか?」

 

 導師守護役なのにそれは良いのか分からないが、イオン自身は意味を分かって言っていない故にアニスの評判を下げている事に気付いていない。 

 まあ、既にアニスが猫を被っている事はフレア達にもバレてはいるのだが……。

 

「女性って怖い……」

 

 ガイの呟きだけが、その場に残された。

 

「まあ、親書も無事だったんだ。早くキムラスカに帰ろうぜ……」

 

 これ以上の面倒は絶対にごめんのルーク、すぐにでもキムラスカに帰りたく国境を指さした。

 しかし、事態はそんな簡単ではない。

 

「駄目よ、ルーク。私達は旅券を持ってないのよ?」

 

「ガイ、手筈はどうなっている?」

 

 ティアがルークに説明している間にガイへ、自分達の旅券の準備がどうなっているか尋ねるフレア。

 それに対し、ガイは困った表情を浮かべていた。

 

「申し訳ありません、ここでヴァン謡将と待ち合わせの筈なんですが……」

 

 どうやら旅券をガイは持っていないらしく、ここで待ち合わせの予定のヴァンが来ない限りどうにもならない様だ。

 

「困りましたね、我々の旅券は私が持っているのですが……」

 

「なんで困んだよ? 俺と兄上は国へ帰るだけじゃねえか! ちょっくら行って来るぜ!」

 

 何も考えていないルークはそう言って国境兵の所へ走って行くが、そんな事がまかり通る筈がない。

 慌ててフレアとティアが止めに入る。

 

「待てルーク!」

 

「ルーク!? そんな簡単な事じゃないのよ!」

 

 しかし、既に二人の言葉はルークの耳には届かず、ルークはいつもの感じに国境兵へ向かってこう言った。

 

「おーい! そこのおっさん達!」

 

 手を振りながら国境兵へ呑気に声を掛けるルーク。

 そんなルークの姿に国境兵も気付き、先程のアニスの一件もあってか”また変なのが来た”と思い、全員が溜息を吐いたその時だ。

 警備兵達の真上に巨大な氷塊が降り注ぐ。

 

「ぐわぁぁぁっ!!?」

 

「がはっ! な、なにが……!」

 

「な、なんだよ……!」

 

 ルークは突然の事に思わず尻餅を付いた。

 そして直撃は免れたが、その衝撃波に警備兵達は吹き飛ばされてしまうが無傷とは言えず、苦しそうに氷塊の発生源と思われる空を見上げる。

 そこには、国境の屋根に佇む”赤い少年”が警備兵とルークを見下ろしていた。

 

「どこまでも情けねえ野郎だ。お守りがいなきゃまともに戦えねえのか!!」

 

 赤い少年は自分が攻撃した警備兵には目もくれず、攻撃を受けてもいないのに尻餅を付くルークへ怒鳴り散らした。

 そんな事態に他のメンバー達も気付き、その赤い少年の姿を捉えたフレアが正体に気付いた。

 

「鮮血のアッシュ……!」

 

「まさか国境で襲撃するとは……」

 

 襲撃を予想していたがそれは国境の前後。

 まさか国境で直接襲撃するとはジェイドでも予想外であったらしく、倒れる自国の兵もあって若干表情を強張らせた。

 

「な、お前は……!?」

 

 ルークもようやく襲撃犯に気付きアッシュと目が合うと、アッシュは胸糞悪そうに舌打ちを鳴らす。

 

「チッ! テメェは知る必要はねえよ、なあ?――おぼっちゃん!」

 

 剣を抜き、アッシュはルーク目掛けて剣を振り下ろしながら飛び降りた。

 突然の事に頭が付いていけないルーク。

 何故、自分が攻撃されるのか?

 自分が悪い事でもしたのか?

 ルークはパニックに陥り、剣を抜く事も出来ずアッシュの攻撃に思わず目を瞑った。

 

「剣を抜くんだルーク!!」

 

 ガイがルークへ叫ぶが、ルークの脳がそれを認識するよりも先にアッシュの剣の方が早い。

 

「死ね! この”出来損ない”!!」

 

「うわぁぁぁぁッ!?」

 

 剣を抜くよりも叫んでしまうルークに、アッシュの剣が迫った時であった。

 二つの”人影”がキムラスカ側から迫り、それぞれ剣と槍でルークを守る様にアッシュの剣を受け止める。 

 アッシュも、その受け止めた者を見て目を開いた。

 

「テメェ等は……!」

 

(な、なんなんだ……?)

 

 様子がおかしいと気付き、ルークは恐る恐る目を開くと目の前には自分を守る様にアッシュの剣を防いでいる二つの背中があった。

 その二人の姿、それは一言で言えば鎧騎士。

 殆どが”白銀”、模様が炎の様なデザインの”赤”、そして周りは”金色”で覆われている鎧騎士。

 デザインからしてマルクト兵ではなく、ルークですらすぐにキムラスカ兵と認識する程だ。

 すると、二人の内の一人が背を向けたままの状態ながらルークの様子に気付いた。

 

「ご無事ですか、ルーク様……」

 

「えっ……あ、ああ。でも、お前等誰だ……?」

 

 自分を心配しているのは分かるが、今のルークには正体不明の存在は不安要素でしかない。

 しかし、それを見ていたガイはすぐに気付いた。

 

「あれは……」

 

 そう呟くと、ガイの視線はフレアへ向けられ、フレアは応える様に頷いた。

 

「ああ……良く来てくれた、我が”光焔騎士”達よ」

 

「光焔騎士……!?」

 

 フレアの言葉にティアが驚いた。

 光焔騎士は精鋭中の精鋭、それがマルクト領にいると誰が思うだろうか。

 勿論、その考えはアッシュも同じだ。

 

「畜生……!」

 

 アッシュは後方に距離を取った。

 しかし、その直後にキムラスカ側から更に六人の光焔騎士が現れアッシュを取り囲んだ。

 それぞれが独自の戦闘スタイルを持つ光焔騎士。

 ロッドと盾・剣と短剣・刃の付いた盾等、それぞれが違う武装をし連携によって敵を蹂躙する者達がアッシュへ距離を詰め始めた時だ。

 騒ぎを聞きつけた詰所からマルクト兵が現れ、目の前の様子に驚愕する。

 

「なんだこれは!?」

 

「貴様等キムラスカ兵か! これは侵略行為だぞ!?」

 

 そう思うのも無理は無いかも知れない。

 マルクト兵が一人の光焔騎士に詰め寄ろうとすると、光焔騎士は素早く紙の束をマルクト兵の前を突き付け、それを見たマルクト兵は目を疑った。

 

「これは……! キムラスカ”王族”の印!?」

 

 光焔騎士が提示した物、それは王族の印が記されている旅券、これ以上にない程に正当で力のある旅券だ。

 敵国のマルクトと言えど、これを無下にする事はまず出来ず、マルクト兵が息を呑んでいるのを確認すると光焔騎士達はアッシュへと意識を完全に向けた。

 

「信託の盾六神将・鮮血のアッシュとお見受けする! この場を引くならば良し!」

 

「引かぬならば我等光焔騎士が相手となろう!」

 

 武器を構え、それぞれの戦闘スタイルでアッシュへ挑もうとする光焔騎士達に、アッシュも警戒の表情を隠せない。

 

「……クソが! 焔帝の犬どもが……!」

 

 今にも噛み付くかの様な威圧的な態度のアッシュだが、光焔騎士の練度は知っている。

 油断すれば致命傷を負いかねず、更に後方にはフレアとジェイドが控えており自分に勝ち目がないのは察していた。

 だが、アッシュはどうしても引く事は出来ない理由があり、ここでルークを殺せれば良しと言う想いが勝った。

 

「鮮血のアッシュ! いくらあなたと言えど、この状況に勝ち目はないでしょう。――引きなさい!」 

 

「かの死霊使い殿からの御言葉とはな……良いぜ、引いてやる。――土産は貰うがな!」

 

 ジェイドの言葉を小馬鹿にした様に頷いたと思いきや、アッシュはそのままルークの下へ剣を構えて掛け出した。

 土産、それはルークの命。

 ルークを守るために光焔騎士は構え、アッシュと光焔騎士がぶつかろうとしたその時であった。

 

「やめろアッシュ! 私がいつその様な命令をした!!」

 

 辺りを一喝する言葉に全員の動きが停止し、アッシュはその声の主を知っていた。

 

「ヴァン・グランツ……総長……!」

 

 神託の盾騎士団・総長ヴァン・グランツ。

 彼がキムラスカ側から静かに歩いて来ており、ヴァンの眼光がアッシュを捉える。

 

「まだやるならば、今度は私が相手になるぞ」

 

「……チッ!」

 

 ヴァンの言葉にアッシュは舌打ちをすると、指笛を吹いた。

 すると空から鳥型の魔物が現れてアッシュの手を掴み、アッシュはそのまま空へと消えて行き、この場の戦いは終息した。

 

「ヴァン師匠!」

 

「なんだルーク、その姿は? あまりにも無様だぞ?」

 

 起き上ってヴァンの下へ向かおうとするルーク、その姿にヴァンはおかしそうに笑っていた。

 

「久々にあったのにヒデェ……!」

 

 ルークもそれに言い返すが、その表情には安心したと顔に書かれており、ヴァンの言葉は強ち間違ってはいない。

 そして、ルークの無事を確認した光焔騎士達は、イオン達と共にいたフレアの下へ掛け出し、フレアの前で膝を付いた。

 

「フレア様! お迎えが遅くなり、誠に申し訳ございません!」

 

 光焔騎士達はフレアへ頭を下げて謝罪すると、ここまでの経緯を説明し始めた。

 自分達はフレアの剣と盾、にも関わらず賊の侵入によってフレアが行方不明となった、その報は光焔騎士団に衝撃を与えた。

 しかし、幸運な事にマルクト方面に飛ばされた事は判明しており、マルクトに一番近いカイツール軍港にいる光焔騎士にはも連絡された。

 だが、そう簡単にマルクト領には行けず、インゴベルト陛下の御言葉の下、ヴァンと合流して現在に至ったとの事。

 余程、急いでいたのか全員の鎧は汚れており、フレアは光焔騎士の言葉に首を横へ振った。 

 

「いや、心配を掛けたのはこちらだ。余計な手間を取らせて済まなかった」

 

「そんなフレア様……!」

 

 その様な御言葉を頂く訳には行かない。

 そんな勢いでフレアへ更に騎士達は頭を下げた時、また新たな問題が起こった。

 

「ヴァン! 覚悟!!」

 

 ルークとの会話の最中で生まれたヴァンの僅かな隙を突き、ティアがヴァンへ投げナイフを放ったのだ。

 ヴァンも咄嗟に剣を抜いて弾いたが、ティアは再び攻撃を仕掛けようとするのを見てヴァンはすぐに説得する。

 

「待て、ティア! お前は大きな誤解をしている!」

 

「何が誤解よ! 六神将に指示して戦争を起こさせようとしているのは兄さんでしょ!」

 

 和平交渉の為にバチカルへ向かっているイオン達、それを直接妨害しているのはヴァンの直属の部下である六神将達だ。

 これにヴァンが関わっていない方がおかしく、ティアは再び身構えた時だ。

 それを見ていたイオンが間へ入る。

 

「待ちなさい! ここで争いはしないで下さい! ここは国境ですよ!」

 

 ただでさえ争いが起こったばかり、再び争いを起こす事をイオンは良しとはしなかった。

 

「で、ですが……」

 

「話の続きはキムラスカの国境に行くまでの道でしましょう。少し距離があるので丁度良い筈です」

 

 今の争いの中で怪我した兵士を運んでいた兵士の一人にジェイドは旅券を見せており、ちゃっかり手続きをしていた。

 どの道、これ以上の問題を起こせば本当に向こうは黙っていない。

 ティアは渋々だが納得するしかなかった。

 

▼▼▼

 

 現在、国境道

 

 フレア達はキムラスカの国境までの道を歩いており、光焔騎士の護衛の下、その間にそれぞれの情報等を合わせていた。

 和平交渉の使者について、それは導師イオンの独断である事。

 その旅路に六神将から襲撃が起こった事。

 その他にも話を聞いて行く中、ヴァンは納得した様に頷く。

 

「成る程、そんな事が。……しかし、私は六神将が動いている事すら知らなかったのだ。私に届いた報は導師失踪のみ」

 

「なんで師匠が知らないんだよ? 六神将は師匠の部下なんだよな?」

 

「それは単純に私が大詠師派ではないからだ。大詠師派である六神将達にとっては寧ろ、派閥の違う私は邪魔な存在であろう」

 

 派閥の違いでそこまでになるのかと疑問だが、実際にローレライ教団の派閥争いは水面下と言え激化している。

 その為、ヴァンが聞いてなくとも大詠師から直接の指令が出ていれば六神将達は独自に動き出す。

 

「裏で大詠師モースが暗躍していると……?」

 

「ええ、フレア様もご存じかと思われますが、今やモース様の権力はかなりの物へとなっております」

 

 フレアからの問いにヴァンは申し訳なさそうに言うが、その会話はまるで決まっていた台詞を言っている様にも思える。

 すると、それに納得できない者がいた、勿論ティアだ。

 

「じゃあ、兄さん自身は無関係だとでも!」

 

「……情けない話だがな」

 

「……ッ!」

 

 ティアは怒りで声が出そうになったが、それ以上は特に出なかった。

 本当にすまないと言った表情のヴァンを見て、言う気も失せた。

 

「まあ、そう言うなって。実の兄貴を信じられねえのかよ?」

 

「……あなたとは違うわ」

 

 能天気ないつものルークの言葉を今のティアでは返す事は出来なかった。

 

▼▼▼

 

 現在、キムラスカの国境

 

 それは皆がキムラスカの国境に入った時であった。

 ドドドッと、地鳴りと共にフレア達を取り囲む一団があった。

 

「フレア様~!!」

 

「ご無事ですか!!」

 

 それは、マルクトへ行けずキムラスカの国境で待っていた残りの光焔騎士であった。

 最初の数と合わせて二十はおり、全員がフレア達の帰還に喜んでいた。

 知らない者が見れば光焔騎士は暇だと誤解されるぐらいに。

 

「ティア、兄上って本当にすげぇんだな……」

 

「まあ、凄いと言えば……凄いわね」

 

「フレアは人望があるんですね」

 

 悪気あるかないかは関係なくとも、少なくともフレアは若干恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 しかし、こんな呑気な事をしている場合ではない。

 また、いつ六神将が襲撃してくるか分からないのだ、素早い移動が必要であり、フレアは光焔騎士達の歓声を制止させた。

 

「皆、気持ちは嬉しいが事態は深刻である。よく聞いて貰いたい」

 

 フレアはこれまでの事を光焔騎士達へ伝え始めた。

 先程までムクドリの様に騒がしかった騎士達も今は真剣そのものであり、全員が整列して聞いていた。

 

「以上の事より、導師イオン達をバチカルへ守り通さなければならん! 仇敵と思うかも知れんが、頼む……」

 

「フレア様の意志は我等の意志! ご命令下さい!」

 

「流石は我が騎士達だ。――カイツール軍港にすぐに向かうぞ!」

 

 光焔騎士達はその言葉に頷いた時であった。

 巨大な馬車が五台もメンバー達の前へ姿を現した。

 

「フレア様! こんな事もあろうと馬車を御用意しておりました!」

 

「す、凄い行動力……」

 

 あまりの準備にアニスもドン引きである。

 

「いえいえ、これは十分助かりますよ。お礼を言った方が宜しいでしょうか?」

 

「フッ……バチカルについてから受け取ろう」

 

 相変わらず今一ジェイドの本心は掴めないが、この言葉は本当に感謝しているらしく、フレアもジェイドと同じ様な笑みで返す。

 そして、光焔騎士の案内の下、それぞれが馬車に乗り込んで行くとヴァンが別の馬車へ向かうのにルークは気付いた。

 

「師匠! 師匠はこっちに乗んないんですか!?」

 

「私がいては雰囲気を乱しかねん。……ティア、ルークの面倒を頼むぞ」

 

「……言われなくても、そのつもりよ」

 

 まだ溝があるらしく、ヴァンの言葉にティアは反抗的であった。

 

「なら、俺もそちらの馬車にしよう」

 

「兄上も!?」

 

 ヴァンに続きフレアも別の馬車に乗ると聞き、ルークは落胆の色を隠せない。

 そんな弟の姿にフレアは小さな笑みで返す。

 

「そう残念がるな。俺達がいなくなった後、なにか変わりがないか聞くだけだ」

 

「そうじゃなくて……兄上も師匠もいないんじゃつまんないんだよ」

 

 ようやく落ち着いて兄や師匠と話せる機会なのだ。

 ルークからすれば楽しみを先送りされた様なもの。

 

「それならば軍港まで時間がある。ティアから色々と教えてもらえ」

 

「ええぇッ!! やだよめんどい!」

 

 剣術以外の勉強は本当に嫌いなルーク。

 その放たれた言葉にもその感情が混じり、聞いた者はルークがどれ程に勉強が嫌いなのか分かってしまう程。 

 

「でも、いい機会も知れないわ。ルーク、あなた一般的な事を知らな過ぎるんだもの……時間はないけど、音素だけなら一般的な知識を教えられるわ」

 

「いらねえって! 兄上の仕事の話の方が良い!」

 

 気難しい文字だけの学より、ハラハラドキドキした冒険の方が面白い。

 それが実際にあった出来事ならば尚更だ。

 

「もう、恥をかくのはあなたよ?」

 

「そんな知識が必要ない生き方するから良いんだよ!」

 

 ルークはそう言い放った。

 堂々としており、寧ろここまでくれば清々しい。

 そんな態度にティアは小さく息を吐いた。

 

「……全くもう、もうそんなに一緒にはいられないんだから。教えてあげたくても教えられなくなるのよ?」

 

「はぁ? なんでだよ?」

 

「忘れたの? 私は襲撃者、あなたを屋敷に帰すまでしかいられないわ。騎士団の仕事もあるし、立場からしても会う事はないわ」

 

 ティアのその言葉がルークの頭を冷やした。

 数日だけだが、いつの間にか自分の傍にティアがいるのは当たり前に感じ始めていた。

 良い気分だったかどうかはこの際抜きにしても、他人の中で本気で自分に何か教えてくれたのはティアだけだったのをルークは思いだす。

 更にもう会えないと言う、ルークは溜息を吐くとティアへ近付いた。

 

「……やる」

 

「えっ?」

 

「……教えられてやるって言ってんだよ!」

 

 顔を真っ赤にしてティアへそう叫ぶようにルークは言った。

 一旦は散々断った中でのこの発言はかなり恥ずかしいらしく、そんな真っ赤な顔にティアは思わず笑ってしまう。

 

「フフッ……!」

 

「なっ!? なに笑ってんだよ! こっちは真剣に言ってやってんのに!?」

 

「ごめんなさい……だって、あなた顔を真っ赤にしてるんだもの……!」

 

 それはティアじゃなくとも笑っていただろう。

 ルークの文句に付きあいながらも、ティアはルークと共に馬車の中へと入り、フレアもヴァンと共に別の馬車へと入った。

 

「それでは出発致します」

 

「頼む」

 

 フレアが応えると光焔騎士達は馬車を出発させ、フレアは自分の乗る馬車の窓を閉めて防音状態にする。

 これで室内にいるのはフレアとヴァンの二人だけ。

 同時に二人の素顔が曝け出す瞬間だ。

 

「ここまでくれば寧ろ見事だなヴァン。レプリカ導師の独断、ティア・グランツの襲撃、更に言えば”燃えカス”も不穏な動きをしている」

 

「……否定致しません。――ですが、レプリカ導師に関しては特に問題はございません。寧ろ、セフィロトの封印を解くのには好都合でした」

 

 そう返答するヴァンの表情は、先程までルークに見せていた笑顔は微塵も存在していなかった。

 氷の様に冷たい表情。

 平然として他者の命を奪うのにも躊躇しないだろう。 

 それ程までにヴァンの表情は恐ろしかったが、そんなヴァンに対してフレアは特に感情を乱してはいない。

 寧ろ、言い訳を聞いてやると言った風に余裕を持っていた。

 

「しかし、どの道アクゼリュスの封印を解かなければ行動は出来ん。――プラネットストーム・パッセージリング、そしてセフィロト、やる事は山積みだ」

 

「それについては時が解決してくれるでしょう。――どちらにしよ、アクゼリュスへ向かう事は決まっている事なのですから」

 

 確信した様に微笑むヴァンにフレアは『ほう……』と言って返答し、ヴァンは話を続けた。

 

「また、ティアとアッシュに関しても同じ事です。特別な存在とは言え、二人が多少の反抗した所で”計画”に支障はありません。――それが”オリジナル”であろうと、力を本当に使うべき場所を誤れば被害を被るのはアッシュ自身なのですから」

 

「だが、完全に無視は出来ん。アッシュは貴様がなんとかしろ、ティア・グランツは丁度ルークのお守りで自らの動きを制限している。――目的があるにしては、あまり賢くないな」

 

 フレアは只でさえ大変で世間知らずのルーク、そのお守りをティアが自ら行っている事を思い出し小馬鹿にする様に小さく笑う。

 目的がある以上、そんな自らの行動を縛る様な真似をしてどうする?

 少なくともフレアは絶対にしない。

 

「……あの子は優しい子でした。恐らく、外見の割に何も知らない哀れなレプリカを可哀想だと感じたのでしょう」

 

 そう言うヴァンの表情は最初の時と全く変わっていなかった。

 まるで人形、感情など無い様に思えてしまい、それが更に彼への恐怖を増幅させる。

 

「……まあ良い、こちらは計画と”探し物”の邪魔にならなければそれで良い」

 

「……『魔剣・フランベルジュ』の対となる『魔剣・ヴォーパルソード』。そして、古の大戦でイフリートが起こした真なる厄災を唯一記した書物『赤の裁き』の原本ですか?」

 

 ヴァンの問いにフレアは頷いた。

 

「……ああ、既に魔剣は老マクガヴァンの手にはない。『赤の裁き』もくだらん複製品のせいで見つからん。――この二つは確実に処分せねばならん。――ユリアめ、どこまでも目障りな」

 

 フレアの身体から憎しみが混じる怒気が放たれた。

 ヴァンも平常心を装っているが、フレアではなく”焔帝”としてのフレアを知っている為、この時には余計な事は言わない様にしている。

 そんな時だ、突如運転手が叫んだ。

 

「なっ! なんだあれは!?」

 

「……!」

 

 任務中の光焔騎士が動揺するのは珍しい。

 フレアとヴァンはすぐに窓を開けて前方を見ると、そこにあった光景は……。

 

「カイツール軍港が……!」

 

 目的地、カイツール軍港に群がる大量の魔物の群れであった。

 

End

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話:哀しき妖獣

テイルズ・OROCHI。……存在したらどんな話になっただろうか?


 

現在、キムラスカ領【カイツール軍港】

 

 【カイツール軍港】

 それは国境に最も近いキムラスカの軍用基地が存在する港。

 歴戦の軍人であり、ファブレ公爵ともつながりの強いアルマンダイン伯爵が管理している場所でもある。

 キムラスカからしても要とも言える場所だが、そのカイツール軍港はたった今、危機に陥っていた。

 マルクトでもない脅威、それは大量の魔物の群れであった。

 

『ガルルルッ……!』

 

 成獣ライガを先頭にし、幼体のライガル等がカイツール軍港の入口に集結して威圧的に喉を鳴らして牙も剥き出した。

 それを迎え撃つ様にキムラスカ兵、残留していた残りの光焔騎士達が槍を構えて魔物の群れと対峙する。

 

「ホーリーボトルをもっと持ってこい!!」

 

「ダークボトルは遠くに投げるんだ!!」

 

 兵士達は自分達と魔物との間にホーリーボトルを投げ入れ、瓶が割れると同時に中身が放出されて魔物を寄せ付けない聖域が生まれた。

 ダークボトルは遠くに投げる事で少しでも魔物の注意を別に向けさせ数を減らそうとするが、ライガルだけが反応してライガは動こうとしない。

 そんな膠着状態が続く中、責任者であるアルマンダイン伯爵も兵士の指揮を取っていた。

 

「譜術士隊も構えよ! ――光焔騎士よ、そなたらの力も使わせてもらうぞ!」

 

「お任せ下さい!」

 

 フレアの為にしか動かない光焔騎士団だが、目の前の危機に目を背ける様な事はしない。

 光焔騎士達の愚行はフレアの顔へ泥を塗るに等しい。

 それを光焔騎士に分からない者はおらず、フレアがおらずとも命を賭ける覚悟をしているのだ。

 

「良し! 皆、少しずつだが押し返すぞ!」

 

 アルマンダイン伯爵の号令が響き、入口を固めている兵士達の槍の持つ手に力が入る。

 そして、皆が少しずつ隊列を乱す事無く槍を前に出して魔物に威圧を与えた。

 後方からはホーリーボトルが投げ入れられ、徐々に領域も広がって行く。

 

「良し! 良いぞ! このまま押すのだ!」

 

 アルマンダイン伯爵が更にそう命令した時だ、伯爵と兵士達の真上に空を覆う影に気付く。

 そう、それは空の魔物グリフォンだった。

 グリフォンの数は少なくとも五匹は存在し、ホーリーボトルの効果が及ばない空から一気に軍港内に侵入を許してしまう。

 

「空から来てるぞ!!」

 

「譜術士なにをしている! 撃て!!」

 

 周りの声に言われ、慌てて譜術を放つ譜術士達だが、グリフォン達はまるで後ろが見えている様に全て躱して行き、港に停泊されている一隻の船へ向かって行く。

 

「あの船は連絡船か……!」

 

 アルマンダイン伯爵が気付くが時既に遅く、グリフォン達は一斉に風を起こして船の機関部へ一斉に攻撃を放つ。

 その直後に小さな爆発が誘爆の様に生まれ、船から整備兵らしき者達が一斉に降り出して来る。

 

「急げ! すぐに避難しろ!」

 

 船の誘爆を恐れて脱出する整備兵達だが、その中のリーダーらしき者をグリフォンが狙いを付け、その者に目掛けて急降下する。

 

「なっ! ぐわぁぁぁぁぁッ!!? は、離せッ!!」

 

 グリフォンは両足で整備兵の肩を掴むとそのまま上昇し、何処かへ飛び去ってしまう。

 

「隊長!?」

 

「グリフォンを落とせ!」

 

「出来るか! あの高さから落ちたら死ぬぞ!?」

 

 人質とも言える状況に手も足を出せない兵士だが、まだ事態は始まったばかりであった。

 入口に一匹のライガが若干ホーリーボトルの弱まった場所を捉え、一気に飛び越えたのだ。

 

「しまっ――ぐわッ!?」

 

「と、止めろぉぉぉ!!」

 

 ライガは入口を固めていた兵士二人を吹き飛ばして隊列に穴を空け、更にそこへ二匹のライガの侵入を許してしまう。

 そしてライガ達は一気に軍港の中央をへ走ると、その遠目で見た時には気付かない大きさに後方にいた兵が恐怖で膝を付いてしまった。

 

「あ、あぁ……!」

 

 戦いなれてない兵士なのだろう、身体が震えあがって全く動けない。

 しかし、ライガにそんなことは関係なく、一匹のライガが飛び掛かった。

 

『――ッ!』

 

「ああぁぁぁぁッ!!?」

 

「させん!!」

 

 ライガが飛び掛かった瞬間、アルマンダイン伯爵と光焔騎士が剣を持ってライガへ向かって飛び出し、ライガの横腹へ突き刺した。

 しかし、このライガの毛は固いらしく、突き刺したと思った剣は刺さってはいなかったが、その衝撃にライガは吹き飛びながら身体を回して着地する。

 そして、その様子を見ていた二匹のライガは最初の一匹の左右に並んで陣形の様な形を取ったが、その陣形は魔物の知識とは思えない程に見事であった。

 

「ただのライガではないのか……!」

 

「クッ! これ以上はフレア様の顔に泥は塗らせん!」

 

 アルマンダインにも光焔騎士にもそれぞれの誇りがある。

 突然出て来た魔物にこれ以上の好き勝手は決してさせてはならない。

 そして、アルマンダインは一旦、隊列を整えさせようと考えた時だった。

 

『ガッ!!?』

 

 突如、入口にいる魔物の群れを突破して軍港内に馬車が次々となだれ込み、馬車が停車すると中からフレアを始めヴァンやルーク達、そして光焔騎士が素早く降りた。

 そして、フレアは急いでアルマンダインの下へと駆け寄った。

 

「アルマンダイン伯爵!」 

 

「フ、フレア様! よくぞご無事で……!」

 

 フレアとルークの情報はやはりアルマンダインにも届いており、フレアの姿にアルマンダインは安心する様に一息ついた。

 

「心配を掛けた。――しかし、これは何の騒ぎだ?」

 

「魔物です……突如、魔物がこの軍港に攻撃を仕掛けて来たのです……!」

 

 長年この地を治めて来たアルマンダインにとってもこの異常事態は初めての事。

 通常の魔物が村や街を襲うこと事態が稀なのだ、ダークボトルが漏れている訳でもなく、原因が全く掴めていない。

 しかし、そんな中で一人、この事態に何か思う人物がいた。

 

「……う~ん」

 

「ん? どうしたんだいアニス?」

 

 ガイはアニスが軍港内のライガ、そして入口で交戦している魔物達を頻繁に見ては唸っている事に気付き、気になってアニスに問いかけると、アニスは何か思い出そうとする様に腕を組んだ。

 

「な~んかこの魔物達に見覚えがある様な……いや、絶対にある様な気がして……」

 

「見覚え……?」

 

 アニスの言葉にガイは目の前の三匹のライガを見詰めた。

 三匹のライガにはこれと言った特徴もなく、全部が同じに見えてしまう。

 

「見覚えと言われても、全部が同じに見えるな……」

 

「う~ん……でも、絶対に覚えがあるんだよね……」

 

 アニスが悩みながら自分の頭を軽く叩いた時だった、一同の上空が突如、曇りの様に薄暗くなる。

 

「雨雲でしょうか……?」

 

「いえ、空気は特に湿ってはいない様です」

 

 イオンの言葉にジェイドは空気が先程と何も変わっていない事を伝えた。

 海の方も特に荒れてはおらず、寧ろ穏やかで晴天だ。

 ならば、この薄暗さはなんだと言う事になるのだが、そんな時にライガ達に動きがあった。

 

『ガアァァァァァッ!!』

 

 一匹のライガが巨大な咆哮を放つと、周りと入口の魔物達が一斉に逃げるように撤退し始めた。

 怪我を負った兵士さえ無視し、撤退する事を重要としている様だ。

 

「な、なんだ……ライガ達が一斉に逃げやがった」

 

「……うむ、妙だな」

 

 ルークの言葉にヴァンが同意する。

 賢い方とは言え、ライガは血の気が多く、こんな人間顔負けの撤退をするとは思えなかった。

 奇妙な魔物の襲撃と動き、そんな奇妙な出来事を体験した一同だったが、ティアが空から落ちて来る”何か”に気付いた。

 

「これは……鳥の羽?」

 

 不意に落ちて来る羽をティアは掴んだが、その形は間違いなく鳥の羽の形をしていた。

 色は青く、一見綺麗でロマンチックなのだろうが、いかんせんその羽は大きかった。

 一般の兵士が持っている剣よりも羽は若干大きく、明らかに普通ではない。

 すると、ティアの掴んだ羽を見ていたアニスは、また何か思い出しそうになる。

 

「青い羽……青い羽……? それとライガ……ライガ……魔物……青い羽……青い鳥……”フレスベルグ”?」

 

 不意に出て来た大型の鳥型魔物の名前。

 その瞬間、アニスの中のつまりが全て吐き出された。

 

「ああぁぁぁぁッ!! 思い出したッ!!――”根暗ッタ”!!」

 

 アニスがそう叫びながら上空を見上げ、その場にいた者達もつられて上空を見上げると、一同の目に写ったのは影、鳥型の巨大な影だ。

 この薄暗さの原因、それは大の大人一人を丸呑みに出来そうな程に巨大な空の魔物『フレスベルグ』だったのだ。

 そして、そんなフレスベルグの背中から一人の少女がひょっこりと顔を出した。

 その正体、それは六神将・妖獣のアリエッタだった。

 アリエッタは何やら怒った表情を浮かべてアニスを睨んだ。

 

「アリエッタ根暗じゃないもん! アニスのペタンコ!!」

 

「あんたに言われたくないわよ!!?」

 

 空と地面から低レベルな言い争いをして始めるアニスとアリエッタ。

 そんな事態に一人の陰険眼鏡が立ち上がる。

 

「まあまあ、アニス。少し落ち着きなさい、どちらも本当の事なのですから」

 

「大佐は黙ってて下さい!」

 

 止める処か煽っている様にしか見えないジェイドにアニスが怒りの声を放った。

 すると、ジェイドはショックを受けた様にその場に膝を付いた。

 

「酷いですね……私はあなた達の為に日夜神経を削っていると言うのに。――ゴホッ! ゴホッ!……あっ血が」

 

(それで死んでくれるならばどれだけ楽か……)

 

(この人は全く……)

 

 ジェイドの小芝居に思わずフレアとガイはため息を吐いてしまうが、そんな馬鹿な事に付きあっている場合ではない。

 アルマンダインは実行犯が六神将と知り、驚きを隠せなかった。

 

「妖獣のアリエッタだと……! 何故、神託の盾がこんな真似を!?」

 

「アリエッタ! これは何の真似だ! 私はこんな命令を下した覚えはないぞ!」

 

 アルマンダインの困惑、そして勿論この事態にヴァンが黙っている事はなく、ヴァンは上空のアリエッタへ真意を問い詰めた。

 すると、ヴァンの姿に気付いたアリエッタは叱られた子供の様に身体をビクリと震わせる。

 

「ご、ごめんなさい総長……でも、アッシュに頼まれて……」

 

「アッシュだと!?」

 

 黒幕の正体にヴァンの表情が崩れる。

 国境で襲撃したアッシュが、まさか既にカイツール軍港をも襲撃を企てていた事に言葉を失う。

 

(おのれ、燃えカス……ここまで妨害すると言う事は『アグゼリュス』……そしてその先に繋がる全てを計画を潰す気か)

 

 フレアがアッシュの目的の目星を既に付けた時だった。

 全員の意識は上空のアリエッタに向けられており、僅かな一瞬の隙が生まれてしまい、アリエッタはその瞬間を見逃さなかった。

 

「今!……です」

 

 アリエッタがそう言い放った瞬間、一同の間を巨大な何かが突風と共に過ぎ去って行った。

 

「クッ! アニス、イオン様を!」

 

「分かってますって!」

 

 ジェイドはアリエッタのイオンを狙う為の攻撃だと思い、咄嗟にアニスに警戒する様に言い、アニスもイオンの傍で警戒を強め突風が止むまで待った。

 だが、突風が消えてもイオンは無事、ただのアリエッタの威嚇行為だったのだろうか。

 しかし、これは威嚇行為なんかではなかった。

 

「オラァッ!! 放しやがれ!!」

 

 聞き覚えのあるルークの怒鳴り声がカイツール軍港に木霊する。

 何故か、上空から……。

 

「しまった! ルーク!?」

 

 フレアがすぐに上空に顔を向けると、先程までいなかった一匹のグリフォンが暴れるルークの両肩を掴みながら飛んでいた。

 

「しまった! 狙いはルークだったのか!」

 

「ルーク!」

 

「ご、ご主人様!?」

 

 ガイとティア、そしてルークが誘拐された際に落ちたミュウがが心配してルークへ叫ぶが、当のルークはすぐ傍にいるアリエッタへ猛抗議していた。

 

「こらぁ! 下ろせ! 下ろさねえとヒデェぞ!!」

 

 チンピラの様に空で暴れるルーク、そんなルークにアリエッタは面倒そうに見詰めた。

 

「その子、短気だから暴れ続けたら多分落とす……です」

 

「うっ……」

 

 アリエッタの言葉に恐る恐るルークは自分を掴んでいるグリフォンへ目をやる。

 魔物の感情が分かる訳ではないが、ルークは飛びながら自分を見詰めているグリフォンの機嫌が悪い事を察した。

 アリエッタの言う通り、これ以上暴れたら本当に落とすだろう。

 ルークは渋々だが、口を閉じた。

 

「アリエッタ! アッシュの目的は何なんですか!」

 

 イオンがアリエッタへそう言うと、アリエッタは静かに口を開く。

 

「……アッシュからの伝言です。『コーラル城』にイオン様を連れて来い。じゃないと、二人の人質を殺す……です」

 

 それだけ言うと、アリエッタはそのままルークを連れてそのまま飛び立って行ってしまった。

 

「……コーラル城か」

 

 そんなアリエッタ達の後姿を見送りながら、フレアはアリエッタが言ったコーラル城の事を思い出す。

 『コーラル城』とは、言うまでもなく巨大な城であると同時にファブレ家の別荘であった場所。

 しかし、かつての戦争でマルクトの進攻が国境に近付いた事でやむ無く破棄、今では誰も使用しておらず完全に廃墟となっている。 

 

「コーラル城は今やただの廃墟、そんな場所に導師イオンを連れて来いと言う事は……」

 

「まあ、十中八九……罠でしょう」

 

 フレアとジェイドは六神将がコーラル城で何かしら仕掛けてくるのを察していた。

 ここまでしといてノープランな筈がなく、少なくとも人質と言いながら自分達だけに被害が出る様な作戦を仕掛けて来る可能性が高い。

 そして、そんなアリエッタの後姿を見ながらアルマンダインは怒りを隠せなかった。

 

「ル、ルーク様!? おのれ、マルクトのみならずダアトまで……一度ならず二度までもルーク様を辱しめるとは!!」

 

 嘗て、アルマンダインはルークが誘拐された誕生会に来ていたが、その時にルークは誘拐され、今度は自分の治める地でまんまと誘拐された。

 これ以上の屈辱とショックがあるだろうか。

 そして、アルマンダインの怒りはそのままヴァンへと向けられる。

 

「ヴァン! 貴様、これはどう言うつもりだ! 王族誘拐など、国際問題の騒ぎではないぞ!!」

 

「……」

 

 アルマンダインの言葉にヴァンは言葉を出さなかった。

 何を言ってもこの場を治める言葉がないからだ。

 すると、二人の間にイオンが入った。

 

「待って下さい、アルマンダイン伯爵! 僕がコーラル城へ言って人質を解放してもらいます!」

 

「イ、イオン様!?」

 

 イオンの言葉にアニスの顔色が一気に真っ青に変わる。

 導師守護役が導師を危険な場所へ行かせる訳には行かない。

 なんとか止めようとするが、それよりも先にアルマンダインがイオンの存在に気付いた。

 

「導師イオン!?……な、何故ここ……いや、確かに妖獣はそう言っていたか」

 

 先程のゴタゴタの中でイオンの存在に気付いてなかったアルマンダインだが、認識するとその表情が険しく変わる。

 

「導師イオン、ご説明を願えますかな?」

 

「説明ならば俺がしようアルマンダイン伯爵」

 

「フ、フレア様……!」

 

 まさかフレアが口をここで挟むとは思っていなかったアルマンダインは驚き、フレアはそんな様子を認識しながら口を開いた。

 

「ダアトから導師イオン、そしてマルクトからはジェイド・カーティス大佐、彼等は和平の為に訪れているのだ」

 

「……もう少し、配慮して欲しかったのですが?」

 

「フッ、下手に隠すよりはマシだと思うが?」

 

 ジェイドも自分の名の大きさを自覚しており、少しは名を隠してほしかったが、フレアは堂々とするべきだと言わんばかりに言い返す。

 そして案の定、ジェイドの名前を聞いたアルマンダインの表情が変わった。

 

「ジェイド・カーティス!?――貴殿がピオニー皇帝の懐刀・死霊使いジェイド大佐か……!」

 

「……ご挨拶をせず申し訳ありません。我が主、ピオニー・ウパラ・マルクト九世皇帝の命の下、和平の親書を持って参りました」

 

「うむ……」

 

 ジェイド程の男がそう言って来ているのだ。

 アルマンダインが和平の話を信じるのに時間は掛からなかったが、ジェイド達を見ても使節団と思われるのはジェイドとイオン、そしてアニスとティア位であった。

 

「……随分と貧相な使節団ですな?」

 

 いくら互いに緊迫しているとはいえ、まるでお忍び旅行の様な人数にアルマンダインは不快感を隠す気もなれなかった。

 和平ならば重要な任、しかしこの人数ではまるでキムラスカ側が嘗められている様に思えても仕方ない。

 

「ここまで来るまでに幾つかの妨害に遭いまして……」

 

「それについては俺が保証しよう。彼等は別に我々を格下に見ている訳ではないのだアルマンダイン」

 

「フレア様がそこまで仰るならば……」

 

 基本的に実力もあり温厚な事で有名なアルマンダイン伯爵だが、それは身内、つまりはキムラスカの者のみに限定する。

 他国には敵国の可能性がある限り、容赦は決してせず厳しい態度で示すのだ。

 それは導師イオンとて例外ではなく、何かあればアルマンダインは国の為に鬼とあるだろう。

 

「それと、その事で至急本国に鳩を飛ばしてもらいたい。 内容が内容だ、事前に伝えた方が良いだろう」

 

「かしこまりました、すぐに飛ばせば本国に到着なさる前には伝えっている筈です。――しかし、ルーク様と人質が……」

 

「人質?……ルーク以外にもいるのか?」

 

 そう返答するフレアにアルマンダインはフレア達が来るまでに事を説明した。

 整備兵の体調の誘拐と船の破壊、事態は少し複雑化しており、誘拐された隊長の部下達がイオンへ頭を下げた。

 

「お願い致します! 隊長を救って下さい!!」

 

「隊長はバチカルに家族を残しています!」

 

「それに隊長はダアトに寄付もして、いつも我々の旅の安全を願っている方なのです! そんな隊長を見捨てないで下さい!」

 

 藁にもすがる様な整備兵達に、イオンは助けたいと言う気持ちが強くなっていたが、そう簡単に良いとは言わせてもらえなかった。

 

「お待ちください、イオン様。アリエッタ討伐と人質の救出は私が行きましょう」

 

 そう言ったのはヴァンだ。

 導師の身の安全と己の責任の取り方はこれしかなく、ヴァンがそう名乗り出たが異議を唱えたのは意外にもアルマンダインであった。

 

「黙れ! この状況で貴様を信用できるものか!」 

 

「私を信用して下さらないのですか……?」

 

「部下である六神将に良いようにされ、更に他の六神将も背後に絡んでいると言うではないか! そんな状況下で貴様の何を信じる!!」

 

 死者が出ていないが兵士の怪我人は多く、しかもルークをも人質として誘拐されている。

 こうなれば少なくとも、アルマンダインからしてヴァンとイオンへ対する信用は既に低くなっていた。

 

「ならば俺が行こう、幸運にも光焔騎士団も揃っている。――なにより、弟と民を見捨てられんよ」

 

「おっとフレア様、俺も同行させて貰いますよ?」

 

「私も同行させて頂きます!」

 

「ミュウも行くのですの!」

 

 フレアの言葉を聞き、ガイとティア、そしてミュウも同行に志願する。

 その様子にイオンはジェイドを見詰めた。

 

「ジェイド……お願いします」

 

「……分かりました。言っても聞かないのでしょう? それならば、私とアニスは命懸けであなたを御守りするだけです」

 

「……はぅ、もう根暗ッタとアッシュのせいでロクな事がないよう」

 

 ジェイドの言葉にアニスも諦めた様に顔を落とし、そのメンバーにアルマンダインも納得せざる得ない。

 

「分かりました。では、私は本国への書状と鳩を準備致します。――それとヴァン、貴様に色々と話がある。残ってもらうぞ?」

 

「……かしこまりました。アニス、イオン様を頼むぞ」

 

「はいは~い! 任せといて総長!」

 

 アニスの返事にヴァンは頷くと、今度はティアの方を向く。

 

「ティア、お前もルークの事を頼んだぞ」

 

「……えぇ」

 

 やはり二人の会話は何処か暗いと言うよりも溝が深く、二人の会話は最低限なやり取りで終わってしまう。

 そんな二人に助け船と言えるか分からないが、フレアが出発の用意を促した。

 

「コーラル城へは先程の馬車で移動する。光焔騎士団の者に準備させ、出来たらすぐに向かう事にするぞ?」

 

「私は構いませんよ」

 

 ジェイドが代表の様に答え、他のメンバーも頷くと、準備出来次第でフレア達はコーラル城へと向かった。

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城

 

 それはとても大きく、かつデザインが優れた城であった。

 今では廃墟だが、それでも嘗ての偉大さは残っており、コーラル城にたどり着いたアニスはその凄さに呆気になっていた。

 そう、何度も言うがこの規模の城で”別荘”なのだ。

 

「……この城が別荘……城が別荘……」

 

 まるでうわ言の様に呟き続けるアニス。

 ファブレ家と己の財力と価値観の違いにようやく気付いたのだ。

 

「別にそう畏まる事はない。今はただの廃墟であり、それ以上でもそれ以下でもない」

 

(やっぱり、貴族って変……)

 

 何とも思っていない様な口調のフレアに、ティアはやはり貴族は何処かおかしいのだと心の中で思っていると、荷物などを下ろしていた光焔騎士が近付いてきた。

 

「フレア様! 物資の準備完了致しました! 何かありましたらお伝えください!」

 

 光焔騎士団もルークの救出との事で気合が入っており、中庭に物資を下ろして簡易なアイテムショップの出来上がりだ。

 アルマンダインも基地のアイテムを可能な範囲で提供し、同行できない分の協力を行ってくれている。

 そして他の者達も既に露払いと言って魔物の住処となっていた玄関ホールを制圧し、前線基地の様に騎士達が警備を固め、やがて一人の光焔騎士が一同の下へ走って来た。

 

「フレア様! 皆さま! 一階はほぼ制圧し安全を確保致しました!」

 

「ご苦労。……変わりはないか?」

 

「ハッ! 悪戯好きのゴースト系の魔物のがまだ生息しておりますが、そちらは害さえ与えなければ基本的にはこちらを遊び相手にしか思わず何もして来ないでしょう。――ですが……」

 

「……どうした?」

 

 言葉を呑み込む光焔騎士の様子にフレアが聞き返すと、光焔騎士はコーラル城の見取り図を取り出して説明し始めた。

 

「……実はここから先なのですが、廃墟だった割には綺麗に手入れがされており、明らかに人の手が入って下りました」

 

 光焔騎士が差したのは大きな渡り廊下だった。

 城の別のフロアへ向かう為の廊下だが、明らかに不自然であり、そこから先は敵陣だと分かる。

 

「人の手……つまりは六神将達の者と思って宜しいでしょう。ルークも人質も恐らくはその先ですね」

 

「だが、別荘とはいえここはファブレ公爵の所有だったものだ。一部入り組んでて、内部に詳しくない者は迷うかも知れないな」

 

 ジェイドの考えにガイが捕捉し、別荘だからと甘く見ない様に注意する。

 

「その為に俺とガイがいる。――ここから先は俺達で行く、光焔騎士達は現状の警備。だが、単独行動は絶対にするな!」

 

「ハッ!」

 

 光焔騎士がピシッと背筋を伸ばして同意し、フレアも頷き返すと次の問題に移った。

 

「次は隊列だが……」

 

「少なくとも内部に詳しいフレア様と俺は前衛で決まりだが……敵の狙いはイオン様だからな」

 

「イオン様の守りも手薄には出来ないわ……」

 

 ガイとティアがフレアの言葉にそれぞれの考えを出すが、やはり少し慎重になってしまう中、ジェイドが意見を出した。

 

「ならば、フレアとガイが前衛……ティアが中衛、そしてアニスと私がイオン様を挟む形にします。アニスも見た目はこんなんですが、彼女は優秀な人形士ですから大丈夫でしょう」

 

「大佐ひどーい!」

 

 ジェイドの言葉に相変わらずの猫被りのアニスだが、フレア同様にジェイドも実力のない者へは相手にもしない性格だ。

 実際に口にすると言う事は、アニスの実力は少なくともジェイドが認める域に入っていると言う事だ。

 

「すいません、皆さん……僕のせいでこんな事に……」

 

「まあ、そう深く考えなさんな。起こってしまった以上はどうしようもない、皆で解決すれば良いんだ」

 

「ガイの言う通りだ。あなたが責任を感じても解決はしません。……解決のために行動しなくては」

 

 フレアはそう言うとグミ等が入った袋をそれぞれへ渡し、イオンの分はアニスが受け取った。

 

「……ルークともう一人の人質の方は大丈夫でしょうか」

 

「恐らく心配はないでしょう。目的がある以上、人質は大事な取引材料……自分達の切り札を自ら捨てる程、向こうも馬鹿ではないと思いますよ?」

 

 イオンの不安にジェイドは眼鏡を上げながら言った。

 今は自分達の戦力も整っている中で、下手に人質を殺せばどうなるかは分かり切っている筈だ。

 今回に限ってはアルマンダイン伯爵も目撃しており、二人に何かあればキムラスカとダアトの国際問題へ突入を果たす。

 ジェイドからすれば、その方がモースを黙らせることが出来る為、そっちも悪くないと思っているのは内緒。

 

「本当に大丈夫かなぁ……」

 

 そんな中でティアだけが心配そうに呟いていた。

 短い付き合いだが、ルークの事はそれなりに理解している。

 敵を刺激しなければ良いが、あの性格からして大人しくするとは思えない。

 寧ろ、確実に喧嘩を売る様な暴言を吐きまくっているだろう。

 

「考えれば考える程、不安になって来たわ……」

 

 嫌な予感があり過ぎて思わずティアは目眩を覚えてしまう。

 そんな溜息を吐きながらクラクラしているティアに気付き、フレアは声を掛けた。

 

「どうした、ティア?」

 

「あっ、えっ!? い、いえ! なんでもありません!」

 

「……ならば良いが」

 

 明らかになんでもない訳がないが、下らない事に時間を掛けている暇は彼等には無い。

 

「……では行くぞ」

 

 フレア達は静かにコーラル城へと足を踏み入れた。

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城【内部】

 

 フレア達は先程、光焔騎士が話してくれた人の手が入ったと思われる渡り廊下へと来ていた。

 確かに廃墟となっていた筈のコーラル城にしては明らかに綺麗すぎる。

 誰かが確実にここを何らかの事にしようしていたとしか思えなかった。

 

「ほえ~それにしても、やっぱ中も凄いですね~」

 

「そうですね……廃墟となったとはいえ、作りも丈夫で落ち着く雰囲気ですね」

 

 アニスとイオンは内部を見ながら素直に感心し、その意見にはフレアも賛成であった。

 

「えぇ、父上も此処を放棄するのに躊躇いがあった程です。――しかし、やはり国境からも近く、間者が入り込む可能性も捨てきれず、已む無くして放棄しました」

 

「別にこの様な城を落とす話は一切なかったのですがね……」

 

 余計な事を言わなければ良いのだが、フレアの言葉にジェイドが余計な一言を発すると、フレアは無視する様に沈黙で返した。

 しかし、その纏う雰囲気が微かに鋭くなり、一瞬だが空気が変わった様な気がし一同は苦笑するしかなかった。

 

「そ、そういえば!――誘拐されたルークが見つかったのもこのコーラル城だったな」

 

「……そうだったな。皮肉なものだ」

 

 空気を変えようよとガイがルークの誘拐の時の事を思い出し、それを聞いたフレアも頷いた。

 しかし、思い出したくないのかフレアの反応は少し冷たく、その様子にティアが違和感を覚えた時であった。

 イオンの傍を歩いていたアニスが壁に置かれている大きな石像を見て足を止めた。

 

「うわッ! でっかい石像……!」

 

 大の大人よりも若干大きい石像だったが、その質量と姿に圧倒されそうになるが、アニスの目はガルドになっていた。

 明らかに金目の物と判断している様だ。

 しかし、フレアはアニスの言葉に前を見ながら首を振る。

 

「それはあり得ない。父上は鎧や武器は好きだが、石像の類は嫌いなのだ。この城には飾ってすらいなかった」

 

「ですが、これは……」

 

 どこからどう見ても石像だ。

 イオンはフレアの言葉に疑問を持ちながら見上げ、イオンと石像の目があったその時、石像の瞳が光るのに気付き、ジェイドがイオンとアニスの身体を自分の方へ引っ張った。

 

「離れなさい!!」

 

 ジェイドの言葉にフレア、ガイ、ティア、そしてティアに乗っているミュウが石像へ距離を取った。

 その直後、質量ある重い攻撃が廊下に響き渡る。

 そう、石像が己の巨大な剛腕をアニス達を振り下ろしたのだ。

 

「罠か……」

 

 少しは驚く所だが、フレアからすればこの位の事は想像の範囲内。 

 寧ろ、この位なければそっちの方が驚きだ。

 

「イオン様!?」

 

「旦那、いま助けるぞ!」

 

「いえ、大丈夫ですよ……」

 

 ティアとガイの加勢にジェイドは、特に問題ない様に返答する。

 石像の後姿でジェイド達の様子は見えないが、ジェイドには何か考えがるのだろう。

 フレア達がそう思う事にした時だった。

 突如、石像は強い勢いで壁にめり込み、そのまま亀裂が入り砕けた。

 同時に、フレア達が見たのは石像を殴り壊す謎の腕の様な物。

 何かが石像を殴り壊したのだ。

 

「な、なんだ……?」

 

「みゅ、みゅう……!」

 

 ガイとミュウが静かに目を細めると、暗闇から出て来たのはこの世の物とは思えない”化け物”が経っていた。

 石像とはいえ、動いている物を破壊したのに不気味と歯をむき出した笑み、鬼の様な角も二つある。

 こんなモノがオールドラントに生息していたのか、フレア達は思わず息を呑んだその時。

 

「よ~し! 終わったよ!」

 

 そう言いながら化物の頭から顔を出したのはアニスであり、アニスが下りると化物は縮み、それをアニスは当たり前の様に背負う。

 そんな光景にフレア達は呆気になっていた。

 

「ほぇ? どうしたの皆?」

 

 一体何を驚いているのか分からず、アニスは首を傾げ、その後方から何事も無かったようにイオンとジェイドが顔を出す。

 

「おや、どうかしましたか?」

 

 まるで他人事の様にあっけらかんにジェイドがフレア達へ言うと、ガイが口を開いた。

 

「どうかしたって……アニス、その化物はなんだ!?」

 

「化物……?――ああ、『トクナガ』のこと?」

 

「トクナガ……?」

 

 聞き覚えのない奇妙な言葉にフレアも疑問に思った。

 トクナガ、それは一体どのような生体の化物なのだろう。

 戦場に生きて来たフレアも、その好奇心には何故か逆らえない。

 

「これこれ! この”人形”のこと! 可愛いでしょう!」

 

 アニスは回る様に後ろを向くと、先程の奇妙な笑みを浮かべたトクナガがフレア達をジッと見つめる。

 ボタンで出来た瞳、三日月の様な恐ろしい笑み、そして角だと思ったのは恐らくは耳なのだろう。

 

「人形士の割に肝心の人形がないと思っていたが……まさか、その奇妙なリュックは人形だったとは」

 

「……絶対、夢に出て来るぞ」

 

 フレアもガイも、トクナガの姿に少し引いていた。

 これならば、まだライガのぬいぐるみの方が可愛いと思う。

 別に二人がぬいぐるみに詳しい訳はないが、これが可愛いとは思えず、寧ろ怖い。

 巨大な石像をやすやすと破壊する可愛い人形があって堪るかとすら思っている。

 

「僕は可愛いと思いますけど……」

 

「ですよね?――まあ、デザインに関しては作ったのがあのディ――」

 

 アニスがそこまで言った時だった。

 廊下の奥から何やら鈍い音が響き渡る。

 

 ヴゥゥゥン――!

 

「音機関の音か……?」

 

 何故、今の音で分かるのか全員が疑問の目でガイを見るが、ガイはそれに気付かずに目を輝かせながら音のある方へ行ってしまう。

 フレア達もその後を追うが、ティアだけがその場に立っていた。

 

「ティアさん、どうしたんですの?」

 

「えっ……ご、ごめんなさい。すぐに追うわ」

 

 そう言ってティアも皆の後を追って行く。

 

(トクナガが可愛いって思った私って……やっぱり普通じゃないのかしら?)

 

 ティア・グランツ、彼女はまだ16才。

 まだまだ色々と気にする年頃の女の子であった。

 

▼▼▼

 

「ここからだ……」

 

 音機関の音に反応していたガイは、やがてとある壁の前で止まった。

 しかしそこは普通の壁ではなく、何やら赤や青の色が付いた球体が填められていた。

 すると、フレアは壁に近付くと手慣れた手つきで球の配置を替え始める。

 

「……ここは隠し通路の扉だ。地下の広場に続いていて、幼い頃によく出入りしたものだ」

 

 昔を思い出す様に呟きながらフレアが球を動かし始めると、球から溢れる光が混ざり合い別の色へ変化し、扉の周りを取り囲むと扉は静かに開いた。

 

「ここから先は更に警戒する必要がありそうだ……」

 

「同意見です……」

 

 フレアとジェイドがこの先から感じる何かの気配を感じ取り、皆に聞こえるように互いに呟いた。

 戦場ほどではないが、肌がピリピリする様な空気を感じる。

 恐らく、この先にはアリエッタ以外の六神将がいるのだろう。

 そうでなくてはこの空気の説明がつかない。

 

「……みんな気を付けてくれ、結構暗いぞ?」

 

 先導するガイが暗さに注意しながら先に進むと、やがてフレアの言う通り広い空間に出た。

 昔はかなり整えられていたのであろうが、今は所々に瓦礫が散乱している。

 しかし、一同が目を奪われているのはそんな物ではない。

 

「なに、これ……!」

 

 ティアは思わず声が漏れてしまう。 

 一同の目に止まったのは、明らかに場違いな巨大な音機関だった。

 遠めだが、それは明らかに整備されている様に綺麗な状態であり、何者かが頻繁に使用している事が分かる。

 

「これも、ファブレ家に物なんですか?」

 

「……いや、こんな物は知らん。六神将共が持ち込んだ……と考えるべきだな」

 

 ティアからの問いに若干の間を空けてフレアは答えたが、ティアはそれを特には気にせずそれ以上の追及はしなかった。

 

「なんの音機関なんだろうなぁ!」

 

 実は意外に音機関マニアのガイ。

 そんな彼にとって未知の音機関はまさに宝に等しい価値を持つ。

 しかし、ガイが目を輝かせながら音機関を見詰める隣では、ジェイドが目を大きく開いて音機関を見詰めていた。

 

「まさか……そんな馬鹿な……!」

 

 珍しく動揺しており、ジェイドの表情にも曇りが見える。

 

「大佐、この音機関のこと知ってるんですか?」 

 

「……今はまだ、判断できません」

 

 アニスの言葉にジェイドはそう答えるが、何処か誤魔化した感じはフレアには通じなかった。

 

(知らぬはずがなかろう……死霊使い、これはお前が”生み出した”のだからな……)

 

 そうフレアはこの音機関の正体を実は知っていた。

 何故、ここに存在し何に使われたのかも全て。

 ただ、この城の何処にあるのかは知らなかったが、彼にしては結果が全て。

 この音機関がどこにあろうが関係なく、コーラル城にある、ただそれだけで十分。

 目の前の音機関に意識を囚われているジェイドがフレアの思惑に気付く訳もなく、フレアだけが第三者の様な立場で場を静観していた時だ。 

 フレア達がいる階段の下、更に言えば謎の音機関の傍から話し声が聞こえ、皆は階段の影に隠れて静かに下を見下ろした。

 

「では、私は先に引かせてもらいますよ? 連中もこの城を囲んでいる様ですし、もうやる事もありませんからね」

 

 そう気分良さげに言っているのディストだ、その他にもアリエッタとシンク、そして人質の整備兵と音機関の上に寝かされているルークの姿あった。

 

「では、シンク! ディスクを頼みましたよ!」

 

「分かってるよ……」

 

 椅子に乗って上に飛びながらシンクへ何やら言い、そのまま別の地上への穴からディストは出て行き、シンクはそれを不快そうに見送る。

 

「この人達どうする……ですか?」

 

「別にどうもしなくても良いんじゃない? まあ、上のバルコニーにでも連れてけば? そろそろ奴等も来るだろうからさ」

 

 その言葉にアリエッタは気絶している整備兵をライガへ乗せ、移動しようとすると、端末を操作していたシンクがルークを指さした。

 

「ああ、ついでにコイツも連れてってよ。邪魔で目障りだからさ……」

 

「分かった……です」

 

 アリエッタはライガに気を失ったルークも乗せると、そのままフレア達とは逆の扉へと入って行く。

 これで残っているのはシンクのみ、シンクは端末の操作を終えると一枚のディスクを取り出して懐の中にしまい、自分も撤退しようとした時であった。

 シンクが一人になったその時を狙い、ジェイドとガイがシンク目掛けて飛び出した。

 

「――ッ!」

 

 シンクも二人に気付き、後方へ飛んで回避するが躱せたのは最初のジェイドの攻撃のみ、二撃目であるガイの攻撃は避けれずガイの刀がシンクの仮面を弾いた。

 

「――チッ!」

 

 カラン、と音を発しながら地面に転がる仮面。

 そして、それによって露わになるシンクの素顔にジェイドとガイは言葉を失った。

 

「ッ!?――あなたは……!」

 

「その顔……!」

 

「……フンッ!」

 

 素顔を見られた事にシンクはイラついた感じを隠さず、乱暴に近くに転がった仮面を付け直した。

 そして、そんなやり取りの中、今度はフレア達が動いた。

 

「ガイ! 死霊使い! 俺達はアリエッタの後を追う! 烈風は任せたぞ!」

 

 自分達がアリエッタの後を追う様にフレアが二人へ言い、シンクはそんなフレア達には見向きもしないで見逃す。

 シンクの標的は自分へ攻撃した目の前の二人になっているからだ。

 そんなシンクの敵意を感じ、ガイが身構えるとジェイドがそれを止める。

 

「ガイ、あなたは皆と共にアリエッタの下へ向かって下さい。――烈風シンクの相手は私がしましょう」

 

「……良いのか、旦那?」

 

「親友が心配なのでしょう?」

 

 ジェイドの言葉にガイは『ああ……』と言って小さく頷くと階段の方へ向かって行く。

 

「じゃあ、ここは任せるぞ!」

 

「ええ、任せて下さい……」

 

 ジェイドは体内の音素と同化させていた槍を出現させながらガイを見送り、そのまま視線をシンクへと合わせる。

 

「なんだ死霊使い、あんたが相手か……僕はあのガイって奴が良かったんだけどね」 

 

「まあ、そう言わないで下さい。そちらにはなくとも、こちらにはあるのですから……」

 

 そう言って眼鏡を指で上げるジェイド、あからさまな余裕だが、それはシンクも同じだ。

 

「なにさ聞きたい事って?」

 

「参謀総長ならば言わなくても察していると思いますが……」

 

 ジェイドはそう言うと、目の前の音機関を見上げた。

 その瞳に宿るのは後悔や怒り、同時に悲しみが宿っている。

 決して表に感情を出さないジェイド、しかし瞳は心を写す。

 その瞳に宿っている感情は間違いなくジェイドの本心であり、ジェイドの視線は再びシンクへと戻された。

 

「……単刀直入、あなたは”どちら”なのですか?」

 

「……」

 

 シンクの中から何かが生まれた。

 氷の様に冷たい純粋な殺意、誰もが持ちし他の雑念が一切ない程に純粋。

 雰囲気も変わり、周囲の空気も一変する。

 音も無い戦いの空気、二人共何度も体験した空気だ。

 

「死霊使いなら言わなくても察していると思うけどね……」

 

「おや、気が合いましたね……」

 

 両者、互いに歪んだ笑みを浮かべていた。

 泣く子も気絶する程に冷めた笑みを。

 そして、その笑みが戦闘の始まりを知らせ、死霊使いと烈風の戦いは始まった。

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城【バルコニー】

 

 フレア達、そして合流したガイはアリエッタへ追い付いた。

 しかし、アリエッタの隣にもライガとフレスベルグがおり、ルークと整備兵を見ており簡単に済む話ではない。

 見た目は幼いが、アリエッタ、彼女も能力を認められた六神将。

 油断すれば死ぬのは自分達なのは皆が察しており、戦いを望んでいないイオンはアリエッタへ説得を試みる。

 

「アリエッタ! もうこんな事は止めて下さい! あなたにはこんな事をする理由はない筈です!」

 

「……イオン様」

 

 イオンの言葉にアリエッタは顔を下に向け考える。

 戦わないで済むならばそれで越したことは無い、しかし……。

 

「ちょっと、アリエッタ! とっとと私のルーク様を返しなさいよ!!」

 

「ムッ!……ふん!」

 

 仲が悪いのは皆も察していたが、残念ながらアニスは空気を読まずに己に従ってアリエッタへ食って掛かり、それに対してアリエッタも案の定、機嫌を悪くする。

 

「もう! アニス! 少し落ち着いて、あっちにはルーク以外にも人質がいるのよ!?」

 

「君は導師守護役だ、時には己の感情を抑えなくてはならない。――あまり、導師に恥を掻かせるな」

 

「うっ……ご、ごめんなさい」

 

「……はは」

 

 ティアとフレアに注意され、アニスは冷や汗を掻き、ガイはそれを見て苦笑する。

 しかし、こうなっては面倒なのはアリエッタだ。

 

「ふん!――べぇーだ!」

 

「なッ!? ちょっと、あんた立場――!」

 

「抑えて、アニス!?」

 

「アニス、落ち着いて下さい!?」

 

 アリエッタの仕返しに言った傍から頭に血が昇るアニス、そのアニスをティアとイオンが必死に抑える。

 フレアはその間にアリエッタへ交渉し始めた。

 

「妖獣のアリエッタ……これ以上、罪を重ねるな。人質を解放してくれ、君は導師の事でアッシュに利用されているだけだ」

 

「で、でも……」

 

 アリエッタは再び顔を下に向けて考え始める。

 その様子にアニスは違和感を覚えた。

 

「なんか……フレア様に少し素直な様な?」

 

 今のアリエッタならばアニス程ではないとは言え、イオン以外にまともに会話するとは思えない。

 だがフレアに対する口調は普通よりも大人しく、どこかちゃんと聞いている節があり、はっきり言って素直。

 すると、ガイがある事を思い出した。

 

「……そう言えば、タルタロスで言っていたな。フレア様が彼女の母親を見逃したって」

 

「フレア様がアリエッタの母親を……?――まあ、それなら納得」

 

 肉親を助けたとなればアリエッタも素直にはなるだろう。

 その理由にアニスが納得していると、ティアが気付いた。

 

「ちょっと待って! ”見逃した?”……普通、助けたなら見逃したなんて言わないわ」

 

「確かにそうだ……つまり、彼女の母親が”何か”して、それをフレア様が見逃したのか……?」

 

 ガイも違和感に気付くが、当のフレアは相変わらず心当たりはなかった。

 賊ならば基本的に見逃す事はない。

 それ以外で見逃す様な場面に出会った事はない。

 すると、話の一部始終を聞いていたアリエッタが口を開く。

 

「ママ達、お家を燃やされて……新しいにお家に移った時、そこの人と戦った……です。――でも、その人はママもアリエッタの弟と妹を見逃してくれた……です」

 

「……待て、まさか君の母親は……!」

 

 ようやくフレアの中で全てが繋がった。

 今までの記憶も嘘ではなく、フレアがアリエッタの母親を見逃した記憶はない……しかし、それが”人間”だった場合だ。

 つい最近、フレアはアリエッタの言葉通りのモノと対峙し、文字通り見逃していたいた。

 そう、その正体こそ……。

 

「チーグルの森の”ライガクイーン”か……!」

 

「……けれど、ライガクイーンは魔物よ! 彼女は……!」

 

 ティアはアリエッタを見るが彼女はどう見ても人間、ライガクイーンが生んだ筈がない。

 しかし、その疑問にイオンが思い出した様に話し出した。

 

「……確か、アリエッタは幼い頃に魔物に育てられたんです。おそらく、その魔物がライガだったのでしょう」

 

「成る程……彼女が魔物の心を理解出来るのは、やはりそう言う事か」

 

 人間を襲う魔物の代名詞とされるライガ、そのライガが赤ん坊だったアリエッタを育てたと言う事にフレアは疑問を持たず、彼女の能力の理由が知れただけで満足だった。

 そしてフレアは『興味深い……』と小さく呟いたが、ティアに聞かれていた。

 

(何故、この人はこんなに冷静なの……? 目の前に魔物に見張られている弟がいるのに……)

 

 縛られてはいないが、ルークは気を失っているらしく動かない。

 時折、微かに動く事で気絶しているだけだと分かるが、アリエッタが一つ命令を下せば魔物のはルークに牙を向くだろう。

 安全とは言い切れない状況にも関わらず、冷静すぎるフレアにティアが違和感を感じていると、フレアが再びアリエッタへ語り掛けた。

 

「ならば、俺と導師に免じて投降してもらいたい。……今、君に戦う理由は無い筈だ」

 

「……それでも、アニスとそこのチーグルは許さない!! アニスはイオン様を奪った! そこのチーグルはママ達を苦しめた! 絶対に許さない!」

 

 アリエッタの中のスイッチが入ったらしく、アリエッタの態度は豹変してアニスとミュウへ完全な敵意を放つ。

 その敵意はやがて殺気へと変わり、その威圧感も含めてもライガクイーンを彷彿させる物で彼女がライガに育てられた事を証明していた。

 

「なんて殺気だ……! 妖獣のアリエッタ……正直、嘗めていた」

 

「もう! これだから根暗ッタは面倒なのよ!?」

 

 アリエッタの威圧にガイは構え、ミュウもイオンの腕の中で震えていたがアニスは慣れているらしくトクナガを巨大化させて戦闘準備を整える。

 それを合図に人質を見張っていたライガとフレスベルグ、彼等もアリエッタの前に出て牙と爪を光らせる。

 

「グルル……! 絶対に許さない……!」

 

 アリエッタも既に瞳は血走り、彼女の二つ名である妖獣が目を覚ましていた。

 もう説得は通じない。

 

「アリエッタ、落ち着いて! こちらは戦う気はないわ!」

 

「無駄だ……落ち着かせる為にも戦え」

 

 ティアにそう言いながらフレアもフランベルジュを抜き、既に戦う準備に入っていた。

 

「フレア! アリエッタを殺さないで下さい!」

 

「ご安心を……あくまでも落ち着かせる為です。殺しは致しません」

 

 アリエッタの力をフレアは手中に収めたい。

 故に殺す様な真似をしなければ、彼女は親友の唯一の忘れ形見でもある。

 殺す様な真似はせず、イオンもそれに安心した時だ。 

 戦いの開始を知らせるかの如く、ライガの咆哮が轟く。

 

『ガアァァァァァッ!!』

 

「来るぞッ!!」

 

 ガイが叫び、四人は一斉に飛び出した。

 フレアとティアはフレスベルグへ、ガイとアニスはライガへと向かっていき、フレアは素早く攻撃を仕掛ける。

 

「駆けろ爆炎――フレイムドライブ!」

 

 フレアから放たれたのは幾つもの火球、その火球はフレスベルグへ向かって行くが、フレスベルグは空中で停止し、その巨大な翼で強風を発生させた。

 その結果、フレイムドライブは強風に煽られ地面へ落下し、やがて鎮火する。

 

(ほう、流石は空の上級魔物。相性とは言え、俺の譜術を防ぐとは……)

 

 フレアは純粋に感心し、それはそのままフレスベルグすら手懐けるアリエッタの能力を再評価させ、それと同時にそれを秘密にしていた親友の姿を思い出させた。

 

(どうりでお前が俺に会わせなかった訳だ……これ程の特殊な力、間違いなく利用していた)

 

 親友である故にフレアの性格を熟知し、アリエッタを利用させない為にイオンはフレアに彼女を会せなかったが、今では彼女はヴァンに利用されている。

 どの道、遅かれ早かれの問題なのだ。

 

「ノクターナルライト!」

 

 そしてティアもフレアの援護の為、ナイフをフレスベルグへと投げるが、ナイフは巨大な羽に遮られ本体までにダメージは通らない。

 フレアとティアが多少の苦戦を覚悟する中、アニスとガイもライガとの戦いを繰り広げていた。

 

「このぉ!!」

 

『ガアァッ!!』

 

 トクナガとライガが交差し、両者の攻撃がぶつかり合う音が辺りに響く。

 そして、その後に着地したライガへガイも攻撃を仕掛ける。

 

「魔神剣!」

 

 刀から放たれた斬撃はそのままの勢いでライガへ向かって行き、ライガの胴へ直撃したが若干動きが鈍った程度で手応えは感じなかった。

 

「やっぱしこの程度じゃ駄目か……!」

 

 ガイはそう言うと刀を構え直し、再び攻撃を仕掛けようとした時だった。

 そんなガイに妖獣の猛攻が仕掛けられる。

 

「歪められし扉を開け――ネガティブゲイト!」

 

「なッ!?」

 

 アリエッタがライガへ気を取られていたガイへ第一音素のエネルギー体を放った。

 ガイは咄嗟に回避を試み、なんとか躱す事が出来たがネガティブゲイトの発生場所の地面は完全に抉られており、その破壊力にガイは苦笑いを隠せない。

 

「な、なんて破壊力だ……妖獣のアリエッタ、これ程までの譜術士でもあるのか……!」

 

「根暗でも元は導師守護役だもん……これでもまだまだ本気じゃないよ」

 

 こんな状況にさえ慣れているのか、アニスは飽き飽きした表情で言い、ガイもそんな彼女の言葉に何かを察した。

 

「アニスも大変なんだな……」

 

「本当だよ。……別に導師守護役を外されたのも私が原因じゃないのに目の敵にされてるし」

 

 よっぽどの事をされているのか、そういうアニスの言葉には負の感情しか読み取れない。

 アニスからすれば完全にとばっちりであり、アリエッタの対応の方が遥かに面倒くさいのだ。

 そんな風にガイとアニスが会話しながら戦っている頃、その後方ではフレア・ティアとフレスベルグの攻防は続いていた。

 相変わらず空中を飛びまわるフレスベルグに、フレアは高く飛んで足に力を入れる。

 

「飛燕連脚――!」

 

 空中で回し蹴りの様な形でフレスベルグへ攻撃するフレアはそのまま、一撃二撃と勢いを強めた蹴りをフレスベルグへ放ち、フレスベルグはその身体に鈍い音が響かせながら地面へ蹴り落とされそうになる。

 だが、フレスベルグとてそれでは沈まず、地面すれすれで再び上空に舞い戻って行く。

 

「まるで空全てが奴の庭だな……恐れ入る」

 

「くっ……あの高さじゃ譜歌も届かない……!」

 

 譜歌が通じない事に歯痒い思いをするティア。

 第五音素・譜歌、この二つを封じられた今、二人の勝ち目は薄くなってしまう。

 

「第五音素も譜歌も、その子には通じない……です! これで勝ち目はない……です!」

 

 事前に情報は得ていたのだろう。

 確実にそれぞれに相性の良い魔物がフレア達に対処している。

 文字通り、勝利を確信した様な口調でアリエッタは言うが……それを聞いたフレアは笑みを浮かべていた。

 

「フッ……俺は第五音素しか能がないと思われているのか。――嘗められたものだ」

 

 フレアが手を翳すと、そこに出現するのは黒い譜陣と黒き音素だった。

 それは闇の音素、第一音素であり、フレアはそのまま手を空のフレスベルグへ向けた。

 

「抗えぬ闇の重圧――エアプレッシャー!」

 

『……グエッ!?』

 

 身体全体に振りかかる凄まじき圧、その正体は第一音素によって生み出された異常な重力。

 フレスベルグはやがて飛ぶ事が叶わず、そのまま地面に叩き落とされるかの様に沈み、地面にめり込むとフレアは譜術を止めてフレスベルグの傍に寄った。

 

『グ、グエェ~』

 

「こちらの方が可愛げがある……」

 

 フレスベルグは泡を吹きながら気絶しており、その光景にティアも息を呑んだ。

 

(第五音素もそうだったけど……この人、他の音素も使いこなしてる。これが……キムラスカの焔帝!)

 

 第五音素だけの一発屋ではなく、他の音素も使いこなしてこそ焔帝であり、その強さだ。

 どおりであのジェイドと対等以上の会話をしている筈だ、今の封印術を掛けられたジェイドでは間違いなく勝てないからだ。

 キムラスカの焔帝、それは自分が思っている以上に危険な男なのではないか、ティアはそう思った。 

 

(けど、今はアリエッタ……これで戦いは有利になった筈)

 

 頭を切り替え、ティアがアリエッタの方を見ると、ティアの視線に写ったのは怒気の瞳でこちらを見るアリエッタだった。

 

「よくも……よくも……アリエッタのお友達を傷付けた!! 絶対に許さないんだから!!」

 

 突如、アリエッタから解放される凄まじい音素。

 コーラル城が揺れる中、アリエッタは巨大な譜陣を展開し音素を安定させ始め、その光景を見たアニスの表情も変わる。

 

「なっ!? アリエッタあんた! なんてもの使おうとしてんのよ!? それ総長にも止められてる譜術でしょうが!?」

 

 やはり知っていたらしく、どうやらかなりヤバイ譜術の様だ。

 現に戦っていたライガも戦闘を中断し、気絶しているフレスベルグを素早く背負ってその場を離れ始めた。

 

「……ガイ様、華麗にピンチ……かな?」

 

 流石はガイと言うべきか、目の前の状況にもそんな事を言っているがちゃんと考えてはいるらしく、素早くイオンを守るためにアニスと共に下がった。

 

(情緒は不安定だが……あれ程の譜術を扱えるか。……本当に良い拾いモノをしていてくれたなイオン)

 

 フレアはアリエッタの様子に特に慌てず冷静のままで、それどころか目線は価値を定めているかの様に頭でアリエッタの能力を確認していた。

 しかし、そんな事をしている間にもアリエッタは詠唱に入っていた。

 

「始まりの刻を再び刻め――!」

 

「ヤバッ! マジで詠唱してるし……!?」

 

 もう後戻りは出来ない、完全に詠唱状態に入っている事にアニスの胃にもダメージが入る。

 そんな状況だ、流石のフレアも黙ってくらってやる程のお人よしではない。

 

「ガイ、皆を下がらせろ……」

 

「フレア様がお止に?」

 

 フレアが行かなければガイが動いていたのだろう。

 フレアの言葉にガイは構えていた刀を鞘に戻し、フレアはその言葉に頷いた。

 

「ああ……流石に止めない訳には行かぬだろう」

 

 そう言って皆から距離を取りながら『少々、耳障りでもあるからな……』言ったフレアの呟きだけは誰にも聞からなかった。

 そして、距離を一定範囲取ると、発火したかのようにフランベルジュに第五音素が溢れだした。

 それはチーグルの森の時よりも強大であり、フレアも意識を研ぎ澄ます。

 

「我が焔、ここに極めし――」

 

 フレアの放つ焔はフランベルジュへと集まり、螺旋を描くように蠢いていた。

 そして、アリエッタはそんなフレアに気付く事もなく遂に譜術を放ち、フレアも同時に放った。

 

「これで倒れて!――『ビッグバンッ!!』」

 

「――秘奥義・『魔王”極”炎波!!』」 

 

 アリエッタが放った巨大な音素のエネルギー体を禍々しい炎が呑み込み、フレアは攻撃の軌道を上に向け、ビッグバンを呑み込んだ炎は上空へ昇り、やがて大きな爆発を生んだ。

 

「――焔帝の名、伊達では名乗れんよ」

 

「……そ、そんな……!」

 

 今のが彼女の全力であったのだろう。

 自分の譜術が消滅した空をアリエッタが震えながら見詰めた時であった。

 

「――ったく、屋敷のメイドの目覚ましが恋しく感じたの始めたぜ……!」

 

 機嫌悪そうな声、アリエッタがハッとなってその場所を向くと、いたのは気絶してい筈のルークだった。

 先程の爆音で目を覚ましたのか、どちらにしろ黙らせようとしたが魔物では間に合わず、その隙にルークはアリエッタの懐に飛び込んで手を翳す。

 

「烈破掌!」

 

 ルークの掌から音素が小さく弾け、アリエッタはそれをモロに当たり、そのまま小さく『きゃっ!』と叫びながら吹き飛ばされた。

 

「イ、イオン様……う、うぅ~ん……!」

 

 最後にイオンの名を呼ぶが、そのままアリエッタは目を回しながら気を失って行くのだった。

 

 

 

 

End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話:密談

遅くなっております!
はっきり言って仕事が忙しいのだ!!
休みが無い……今回、GWが二日とれただけでも奇跡だぜ(;'∀')
だが、ペルソナもアビスも失踪はしません。失踪したらまけだからさ!

これからも時間が掛かると思いますが、よろしくお願いします♪


 

 フレア達とアリエッタの決着がついた頃、下の階で戦っていたジェイドとシンクにもその余波である大きな揺れを感じ取っていた。

 

「あっちの勝負もついたみたいだね。まあ、アリエッタにしては頑張った方か。――僕もそろそろ引かせてもらうよ」

 

「させると思いますか!」

 

 逃げようとするシンク、それを阻止しようと槍を構えて飛びあがるジェイド。

 二人は交差し、鋭い金属音が発すると同時にジェイドはそのまま膝を付いてしまう。

 

「ぐっ……油断しましたか……」

 

 シンクからのダメージの方が大きかったのか、ジェイドは膝をついたまま槍を杖の様にして身体を支え、その姿に特に傷を負っていないシンクは見下す形で笑みを浮かべた。

 

「無理しないでよ、いくらあんたでも封印術を掛けられてる状態じゃ本気を出せなくて大変だろ?――それじゃ、時間がないから今回はこのまま引かせてもらうよ……死霊使い」

 

 シンクは馬鹿にした様な口調で柱から柱へ飛びあがると、そのままコーラル城の外へと出て行ってしまう。

 その場に残されたのは怪我を負ったジェイドだけ……かと思われたが。

 

「……行きましたか。さて……」

 

 先程までシンクの攻撃で苦しんでいたと思われていたジェイドだったが、先程の様子とは変わり、最初から怪我などしていなかったかの様に平然と立ち上がる。

 

「戦いには負けましたが……”勝負”には勝ちましたね」

 

 そう言って笑みを浮かべるジェイドの手には、シンクが持っていた筈のディスクが握られていたのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城【バルコニー】

 

 戦闘が終わり、イオンのお願いによってティアはアリエッタの容体を確認すると、安心した表情を浮かべた。

 

「大丈夫、どうやら気を失っているだけのようね」

 

 その言葉にイオン、そしてルークも安心した表情をする。

 ただでさえ普通の人間の命を奪えないルークにとって、実力が高いと言ってもアリエッタは小さな少女にしか見えず、死んでない事に心の中の不安が消えて行った。

 

「……さて、ではそろそろ戻ろうか。――君は歩けるか?」

 

 フレアはアリエッタを抱え上げながらルークと同じ人質になっていた整備兵へ声を掛けると、整備兵は静かに頷いた。

 

「は、はい……私は大丈夫です。本当に……ありがとうございます!」

 

 整備兵がイオン達へ大きく頭を下げると、そのタイミングでジェイドと光焔騎士数名がバルコニーへと入って来た。

 

「フレア様! 大きな揺れがありましたがご無事ですか!?」

 

 主を心配する騎士、その騎士の姿に主であるフレアは静かに頷いた。

 

「ああ、この通り人質は無事だ。アリエッタの身柄も確保した以上、コーラル城から撤退する……全隊、撤退!」

 

「ハッ!」

 

 騎士達はフレアの言葉に応え、整備兵を連れてこの場を後にした。

 これで残ったのはフレアとルーク達、そしてアリエッタのフレスベルグとライガのみとなったが、ジェイドがフレアの腕の中で眠るアリエッタの存在に気付く。

 

「……まだ息がありますね」

 

 ジェイドはそう言うと槍を出現させ、その手に持ってフレアへ近付こうとした事でジェイドが何をしようとしているのか皆は気付く。

 

「おいッ! 戦いは終わったんだぞ!? 無抵抗の奴に何しようとしてんだ!」

 

「無論、止めを刺すんです。ここで下手に見逃せば再び彼女は我々に牙を向けるでしょうからね」

 

 食って掛かったルークの言葉をひらりと交わし、ジェイドは更にフレアへ近付く中、イオンがジェイドの前に出て止めに入った。

 

「待って下さいジェイド! アリエッタを殺さないで下さい! 彼女はダアトで償わせます!」

 

「……今のダアトでは期待はできませんよ?」

 

 既に話している通り、現在のダアトの事実上の支配をしているのは大詠師モース。

 大詠師派である六神将を素直に裁くとは到底ジェイドには思えない事であり、イオンの言葉でもジェイドは賛成の意志を見せようとしていなかった。 

 すると、それを見ていたフレアがようやく口を開く。

 

「いえ、導師イオン……アリエッタの身柄はバチカル到着までキムラスカが拘束させて頂きます」

 

「!……正気ですか?」

 

 フレアの言葉に反応したのはイオンではなくジェイドであった。

 このタイミングでそう言うのならば、アリエッタを自分達に同行させると言っている様な物だからだ。

 単純にリスクが大きいが、フレアはそれも百も承知だ。

 

「無論、責任は俺がとる。アリエッタの身柄もバチカルに到着次第、ダアトに渡す様に話も通しましょう」

 

 マルクトとの問題の方が優先順位は高く、色々と問題を抱えている以上、六神将とはいえ一人の軍人の処遇などどうとでも出来るとフレアには確信があった。

 そしてアリエッタの身柄がキムラスカに長く拘束はされないと言う言葉に、最初は不安がっていたイオンの表情も明るくなる。

 

「フレア……ご迷惑をお掛けします」

 

「頭をお上げ下さい、導師イオン。どの道、ここでダアト側にアリエッタを簡単に渡せばアルマンダイン伯爵も黙ってはいないでしょう。少しでも早くバチカルに到着出来るように俺も精一杯なだけです」

 

 頭を下げるイオンを止め、そう言ってフレアが次に見たのはフレスベルグとライガだ。

 二体は流石に自己回復が早いらしく、その身体は静かに起き上がらせていた。

 

「うおっ! こいつら、もう立ち上がってんぞ!」

 

「ルーク、あまり声を出して刺激しないようにね」

 

 驚くルークをティアが落ち着かせるが、二体の魔物はルークの声に刺激される様な事はなく、アリエッタを抱えたフレアの方を向き唸り声を発した。

 

『グルルル……!』

 

 二体は今にもアリエッタを取り戻そうとフレアに飛び掛かりそうな勢いだったが、標的である当のフレアは小さな笑みを浮かべながら二体の瞳をしっかりと見据えた。

 

「そう唸る事はない。彼女の安全は保障する……君達が牙を向けなければだがな」

 

『……!』

 

 フレアの声を聞いた瞬間、ライガとフレスベルグは己の中の野生に警報を鳴らされた。

 フレアの声は優しく、他のメンバーは特に気にする様な事はなかったが、ミュウに通訳されなくとも二体はフレアのその瞳に写る”力”に恐怖したのだ。

 食物連鎖の上位にいる二体だが、それ故に備わった生存本能がフレアに逆らう事を止め、二体は声を落として抵抗の意志を消す、

 そんな姿にフレアも満足だった。

 

「良い子だ……」

 

 二体が抵抗の意志を消し、ようやくこの場が完全に収まるとルークは怠そうにフレアへ言った。

 

「あぁ~やっと終わったぜ。……兄上、俺もう疲れたよ、早くベットで寝てぇよ……」

 

「そうだな、恐らくは出発は明日になるだろう。今日はカイツール軍港で早めに休息しよう。――入口に光焔騎士団の馬車がある、それで帰ろう」

 

 ルークが徒歩で帰る気が無いのは目に見えており、馬車と言う言葉を聞いてルークは少し元気を取り戻した。

 

「じゃあ早く行こうぜ! 帰りは兄上も一緒だよな!?」

 

「分かっている、今日は頑張ったからな。色々と話をしよう」

 

「やった! じゃあ俺は先に行ってるぜ! イオンも行くぞ!」

 

「は、はい!?」

 

 余程に嬉しいのか、ルークはイオンの手を握ってそのままこの場から出て行ってしまい、ガイやティア達が慌てて後を追い掛けようとする。

 

「ルーク! お前、道が分からないだろう!?」

 

「ルーク!! もう無理しないの!」

 

「ちょっ、ルーク様もイオン様も待って下さいよ~!?」

 

 皆、ルークとイオンの後を追ってこの場を出て行き、その場にいるのはアリエッタと魔物を除けば、またフレアとジェイドの二人だ。

 

「……どうなっても知りませんよ?」

 

 ジェイドはフレアが抱えるアリエッタを見て、少し呆れにも近い表情で溜息交じりに言うと、フレアは小さく笑みを浮かべ、少し歩いてジェイドの横で止まった。

 

「こちらにも事情があるのだよ。――まあ、どちらにしろ手札が尽きている貴様に何の発言権もはないがな。忘れられては困るが、こちらはそちらへの貸しは無いようなものだぞ?」

 

 本意でないにしろ自分達が領土を無断で侵入したのは確かだが、フレア達は身の安全を保障してもらう代わりに自分達の地位を使わせると取引をしている。

 しかし、現実は見の保証どころか危険な状況に巻き込まれているだけであり、取引では契約の内容が全てのフレアにとっては既にこの話は破綻しているようなもの。

 表では戦争を止める為に協力だが、己の計画に今は都合が良い、ただそれだけでしかないのだ。

 それはジェイドも本心では察していたらしく、その言葉に無言で眼鏡を指で上げる。

 

「……」

 

「フッ……まあ安心はしろ死霊使い、少なくとも導師もいる、陛下との謁見は約束しよう。――だが、あまり こちらのやる事に口出しはしないでもらおう。キムラスカの上層部にも戦争推進派は多い、その者達に邪魔はされたくなかろう」

 

 フレアはそれだけ言うとその場を出て行き、二体の魔物もその後を付いて行く。

 ジェイドは一人、その場に残されたがすぐに追うようにしてその場を出て行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、カイツール軍港【アルマンダイン伯爵の執務室】

 

 アリエッタとその魔物を捉えた一同はカイツール軍港へと帰還を果たし、人質とルークの無事にアルマンダイン伯爵は大いに喜んでいた。

 

「ルーク様! よくぞご無事で!?」

 

「ああ、わりぃな心配かけた」

 

 怠いのと眠いのでやる気なくルークはアルマンダイン伯爵へ返答する。

 自国の者でも流石に失礼な態度だが、そこはアルマンダイン伯爵であり、気にした様子はなかった。

 それどころか誘拐されてさぞ疲れたと察してくれたらしく、ルークへ休む様に言ってくれる。

 

「ルーク様、今日はどの道、船の出港は出来ません。お疲れでしょう、部屋を用意しておりますのでお休みください」

 

「マジ! 助かったぜ……」

 

 ルークはそう言って兵士に部屋の場所を案内され、その場を後にした。

 他の者達、特にアルマンダイン伯爵に嫌味を言われたイオンとジェイドも続くようにして部屋を出て行く。 

 すると皆が出て行く中、ガイがフレアだけが動かない事に気付く。

 

「おや? フレア様はお休みにはならないのですか?」

 

「ああ、アルマンダイン伯爵と少し話がある。ガイは皆の事を頼んだぞ」

 

「かしこまりました」

 

 そう言ってガイもその場を後にし、残されたのはフレアとアルマンダイン伯爵、そして数名の兵士のみとなった。

 

「色々と迷惑を掛けたなアルマンダイン」

 

 場に限られた者のみとなるや、フレアの口調が変化した。

 大人っぽく、重くハッキリとした口調でアルマンダイン伯爵へ声を掛けるが、その言葉遣いにアルマンダイン伯爵が特に気にした様子がない所を見ると、立場はフレアの方が上だと分かった。

 

「……えぇ、まさかこの時期にマルクトからの和平、そして神託の盾の強襲とは」

 

「和平についてはまだ曖昧だが、マルクトも”例の日”が近いのを知らぬ筈もないだろう。――重要なのは『アクゼリュス』への事が記されているかどうかだ」

 

「!……えぇ、そうでしたな」

 

 フレアのその言葉に我に返ったかの様にアルマンダイン伯爵は顔つきを変えた。

 鉱山都市【アクゼリュス】は、両国にとってこれから先の重要な場所である。

 いや、実際は更に重要と言えるかも知れない、国の行く末ではなく”世界の行く末”程の規模に。

 

「まあ、そんなに気にする事はないさアルマンダイン。少なくとも明日、俺達がこの場を離れれば神託の盾が軍港を襲撃する理由はなくなる。……向こうは少々、導師の行動力に驚いているだけの様だからな」 

 

「その行動力を世間では無謀とも呼びますがね」

 

 フレアとは違い、アルマンダイン伯爵のダアト側への怒りは収まってはいない様だ。

 フレアの導師の事の言葉に嫌味をたっぷりと混ぜた声を呟く。

 戦争を止める為とはいえ、その度に他国の軍港が襲撃されたり王族が誘拐されたりする等、被害者側からすればとばっちりも良い所で堪ったものではない。

 国境と目と鼻の先であるこの重要拠点を任されているアルマンダイン伯爵、そんな彼だからこそ今回の一件は人一倍の様だ。

 

「ダアトは昔から他国にばかり迷惑をかけますが、指導者があれでは兵士の暴走も頷けますな」 

 

 そう言ってアルマンダイン伯爵は近くの水差しを乱暴に取るとコップに注いで一気に飲み干した。

 冷静な武人のアルマンダイン伯爵にしてはその行動は珍しく、フレアは小さく笑みを浮かべた。

 

「フフッ、そうだな……だが、少なくとも六神将の一人はこちらにいる。当分は大人しくなると思う事にしよう」

 

「そう願いたいものですな……!」

 

 そう言ってアルマンダイン伯爵は今度は胃薬を口に放り込む。

 アリエッタの譜術、魔物の口や爪も封じて牢屋にいるが彼女に責任能力がないのはアルマンダイン伯爵も気付いていた。

 実行犯と指導者があれで、黒幕の鮮血は姿がない。

 僅か一日の出来事、しかしアルマンダイン伯爵のストレスは一気に溜まうが、その長く辛い一日はようやく終わる事が出来たのだった。

 

「……まあ、今日はお前も休んだ方が良いだろう。では、そろそろ失礼させてもらう」

 

 話も一区切りつき、フレアはそう言って執務室を出ようとした。

 すると、アルマンダイン伯爵は何かを思い出した様にハッとなり、フレアを呼び止めた。

 

「お待ちください、フレア様。危うく伝え損ねるところでした」

 

「なんだ?」

 

 呼び止められた事でフレアも足を止め、その場でアルマンダイン伯爵の言葉を待つと、アルマンダイン伯爵は静かに口を開いた。

 

「はい、実はケセドニアに……」

 

 アルマンダイン伯爵は静かにその内容を話した。

 それは長い内容でないが、フレアが無視できる内容でもなかった、だからと言ってそこまで重要な内容でもなく、話を聞いたフレアは小さな笑みを零してしまう。

 

「クククッ……まさかそこまでしてくれているとはな。陛下とアスターに感謝せねば」

 

「光焔騎士にも感謝をしてあげて下され。あの者達の忠義と行動力は見事としか言えませぬ」

 

 今回の一件や身内の欲目も手伝い、アルマンダイン伯爵は余程に光焔騎士団を買ってくれている様だ。

 そこまで言われればフレアとて悪い気はしないが、彼等の忠義が時に過保護の域に達する事もあり素直には喜べない。

 

「分かってはいるが、彼等は中々に過保護なのだ。優秀故に褒めるタイミングが難しい」

 

「はは、それはフレア様がご心配ばかりかけるからではないのですか?」

 

「からかうな……」

 

 フレアはアルマンダイン伯爵との会話を終え、静かにその場を後にした。

 

 

▼▼▼

 

 現在、カイツール軍港【港】

 

 執務室を出たフレアは夜の港の姿を見ていた。

 兵士達や整備士が不眠で設備などの修理を行っており、夜でも若干の騒がしさがあるが不快な音ではない。

 フレアの光焔騎士達も既に明日の備えての準備を行っており、明日からの護衛に気合が入っているのが分かる。

 ある意味、カイツール軍港らしい光景、そんな光景をフレアは流しながら感じ取っていた。

 

「……ん?」

 

 少し歩きだしたフレアの視界にある人物が目に入る。

 一般兵よりも遥かに大きな存在感、ヴァン謡将だ。

 

「む? これはフレア様……」

 

 傍から見ればフレアも存在感が大きいのだろう。

 こちらから声を掛けるよりも前にヴァンが気付き、フレアへ声を掛けて来た。

 

「既に私の耳にも届いております。アリエッタとシンクの両名と交戦したそうですな」

 

 まるで他人事の様に話すヴァン。

 しかし、その表情には確かな疲労の色が見て取れており、どうやら想像以上にアルマンダイン伯爵からの抗議は加熱していた様だ。

 疲労からか、暇さえあれば一呼吸いれて落ち着こうとしている。

 

「フッ、どうやらその様子ではアルマンダインに随分と絞られた様だな」

 

「……ええ、随分と手厳しいものでしたよ」

 

 隙さえあれば介入してこようとする神託の盾、ユリアと予言を盾に大義名分を翳す彼等ゆえに他国の軍人からの評判は悪い。

 手柄を取られるだけならばまだ良い方で、介入した結果、事態が泥沼化したとしても後処理を神託の盾は一切行わず、負担だけを背負わされる将校達の不満は大きい。

 しかし、それでも大きな声で言わないのはやはり予言の影響が大きく、不満を持つ彼等もその恩恵を得ている故に黙っている。

 だからこそ今回の様な状況になればアルマンダイン伯爵の様に不満を持つ者が爆発してしまうのだ。

 だがヴァンも不満があるらしく、その口調には若干の苛立ちも含まれていたが、フレアは全てが自分の許容範囲である事から一切の苛立ちは今はなく、逆に笑みを浮かべた。

 

「ハハハ……苛ついているなヴァン。今回の件、余程に不満があると見える。――アリエッタの件か?」

 

「……分かっているならば説明はいりますまい。あの子の能力は貴重であり、魔物が扱えなくなるとこちらも不都合があるのです」

 

 先程と変わり、ヴァンの口調から攻撃的な感情が含まれていた。

 ご託を並べていようが、ヴァンはフレアがアリエッタの能力を得る為に今回の処遇をしたのだと分かっていた。

 互いに長い付き合いの共犯者、相手の考えている事など想像が容易い。

 

「あまり下手な事はしないでいただけますか――」

 

「黙れ」

 

 その刹那、ヴァンの言葉を遮ったフレアから溢れる怒気がヴァンを襲った。

 常人ならば何が起こったかも分からずに卒倒してしまう程の殺気、寧ろその方が下手に恐怖を覚える事もなく幸せだったであろう。

 

「今回の一連の事態、貴様がレプリカ導師とアッシュの愚行を許したのが原因だろう。自分の責がまるで無いような台詞、気に入らん」

 

「グッ……しかし、私とて行動を制限されている身。あなた様程に自由には動けないのです」

 

「フンッ……まるで子供の良い訳だな」

 

 苦い表情で訴えるヴァンだが、フレアは呆れた表情で返答する。

 

「例えそれが理由にしても、ティア・グランツについてはどう弁明するつもりだ? あの娘を抑制出来たのはお前だけの筈だ」

 

「……馬車でも言いましたがティアに関してはどうとでも修正が効きます。和平の事も内容次第では同じ事」

 

 ヴァンはフレアへ計画に支障がない事をなんとしても理解させたかった。

 実際、それはヴァンのただの良い訳ではなく、そう出来ると言う自信があっての事なのはフレアも分かってはいるが、ここまでの落ち度の事を考えると素直に頷くつもりはなかった。

 

「……」

 

 フレアはヴァンへ特に返答もせず沈黙し、視線を後ろへと向けた。

 ヴァンはその様子にフレアを激怒させたと思い、額の汗を拭いながら口を開こうとした時だ、ヴァンも異変に気付く。

 

「何者だ!」

 

 ヴァンはフレアの視線の先、建物と建物の間の隙間から自分達を観察する様な気配を察し、腕を剣へ伸ばしながら叫ぶと、相手は静かにその姿を現す。

 

「……」

 

「!……ティア、こんな所で何をしている!?」

 

 姿を現したのはティアであった。

 ティアは杖を構えた状態であり、いつでも戦闘の準備が出来ている状態、まるで闇討ちの様な彼女の姿を見て兄であるヴァンは妹へ問い詰め、フレアは特に気にせずに傍観する。

 

「兄さん達こそ、こんな所で何を話しているの?」

 

 ティアの口調には敵意が混じっており、やはり今朝のヴァンの弁明を信じては全くいなかった。

 

「これからのバチカルまでの間の事でヴァン謡将と話していた。アリエッタを捕縛しているとはいえ、他の六神将が襲撃してこない保証はない」

 

 まるで呼吸をするかのように簡単に偽りを吐くフレア、その姿にヴァンは気に入らないと言う思いがあったが、ここで話を合わせなければ面倒になるのは目に見えていた。

 

「そうだ、既に六神将達の行動は私にも把握出来ていない。ならば、私もダアトの名誉回復、そして導師守護と言う本来の任の為、私の力を使って頂ける様に話をしていたのだ」

 

「……私は反対です」

 

 ティアの否定、それを聞いたヴァンはやれやれと言う様に首を振った。

 

「ティア、お前はまだそんな誤解を……」

 

「何が誤解よ! 六神将の動きも兄さんが指示してるとしか思えないわ! 戦争を起こそうとしてモース様にその罪を擦り付けようとしているんじゃないの!?」

 

「……言った筈だ、六神将は全員が大詠師派だと、ならばモースの直属の部下であるお前も同じ事が言えるのではないか?」

 

 ヴァンは反論した、大詠師派である六神将、そしてそのトップである大詠師モースの直属の部下であるティアにも疑う余地はあると。

 

「わ、私は中立よ! 派閥争いで本来の任を忘れる様な事はしないわ!」

 

「私が知らぬと思ったか? お前がモースの指示によって何かを探していると言う事を」

 

「そ、それは……今回の件と関係はないわ。内容も機密故、一切の開示はしない」

 

 結局は互いに揉めるだけだで解決や和解への進展はしなかった。

 フレアもそんな事だろうと思って特に言葉を挟まなかったが、あまりにも予想通りであった事で時間を無駄にしたと感じてしまう。

 だが、場の空気が悪い方向に向かっているのは流石に無視できず、このままではティアがヴァンへ攻撃するのは時間の問題だと判断し、フレアは二人の間へと入った。

 

「双方、その辺にしておけ……この場を再び戦いの場にするつもりか? 個人の面倒事に他国を巻き込まないでもらおうか」

 

「ですが……!」

 

「君も立場を思い出せ!……まだ、君は襲撃犯であるのには変わりないのだぞ?」

 

「!?」

 

 珍しく声を荒あげるフレアにティアは反射的に黙ったと同時に自分の立場を思い出す。

 ルークの護衛を終えなければ自分にそんな自由はない、それを認識したティアはようやく冷静になると、それを確認したヴァンは静かにその場を後にしようとする。

 すると、それにティアが気付いた。

 

「待ちなさい! ヴァン!!」

 

「今、お前がしなければならん事は私に怒りをぶつける事か? ルークをお屋敷まで守り通す事が目的の筈だ。フレア様から頂いた慈悲、無駄にするな」

 

 ヴァンはそう言い残しその場を去った。

 残されたのはフレアとティアの二人、冷静に傍観を通したフレアは納得していない表情のティアの肩に静かに手を置きながら語り掛けた。

 

「君も今日はもう休め。今日だけでも色々とあった……明日に響く」

 

「……ご迷惑をお掛けしました」

 

 ティアは静かに頷きながらそう言った。

 一見、迷いしか見えないティアだが、ヴァンへの敵意は消える様子を見せない。

 二人にどんな出来事があったのかはフレアには分からない、と言うよりも興味もなく、ヴァンが何かしくじったのだろうとだけ感じていた。

 

「やはり、兄妹の争いにしては普通ではないな。バチカルについてからで良ければ相談にのるが?」

 

 あまりの事に同情して手を差し出すフレアの行動、しかしそんな訳がなく、これはフレアの自分に都合の良い未来への布石に過ぎない。

 だが、ティアからはすれば前者の様に感じてしまうのだった。

 

「いえ、前に言いましたが、これは私の問題ですから迷惑をこれ以上……」

 

 王族とのパイプが出来るならばティアからすれば心強いが、それは本人の望む事ではない。

 ティアはフレアからの提案を断った。

 

「……そうか、それで良いならば良いが、何かあるならば気楽に相談すると良い。今までは楽観的だったが君とヴァンとの事、俺から見ても普通ではない」

 

「はい、ありがとうございます……」

 

 二人はそう言うと自然に歩きだし、ルーク達が休んでいる部屋へ間もなくと言う所でティアがフレアへ今まで気になっていた事を尋ねた。

 

「あの、一つ良いですか? ルークの事で……」

 

「む? またルークが何かしたのか?」

 

「いえ……何故、ルークはあそこまで知識がないんですか?」

 

 ティアが尋ねたのはルークの知識、いわゆる一般常識の無さについてだった。

 

「……それはルークが家庭教師を毛嫌いしていたからだ。あの子は自分の好きな事しかしたがらなかった」

 

 ルークが習い事で未だに続けているのはヴァンとの剣の稽古のみ。

 誘拐される前から続けられていた習い事も含め、他の習い事は長続きせず全て辞めている。

 酷いものに至っては一日どころか半日もたず、ファブレ家とも長い付き合いをしていた者でさえルークの我儘とやる気の無さに匙を投げるレベルであった。

 そんな事が続けばファブレ公爵も諦めがつき、ルークのやりたい事だけをさせる事にしたのだ。

 好きな事であれば、ルークも問題は起こさず公爵自身に恥が振りかかる事はないからだ。

 

「母上は笑って許していたが、父上は時が流れるにつれて諦めた。……情けない話だ」

 

「……子供でも知っている事すらもですか?」

 

「……なに?」

 

 ティアの言いたい事が自分の思っている事と違う、彼女の口調も含めてフレアは気付く。

 気にしなければ気づかなかったであろう事、彼女はルークの安定剤、そして彼女のルークへの価値観をあげる為にルークへ近付けた。

 だが、彼女が優秀な事にフレアが自覚するのが遅れた事が今の事態を招いたのだ。 

 

「音素はこの世界の源。その最低限の知識や扱い方はどんな環境で育てられても、生きて行く中で自然と身に付く物です。火は暖かいが障ると危険、水は必要な物だが川や海では危なくもなる。それぐらい小さな子供でも知っている事をルークは知らないんです。――周りの人達が彼に意図的に教えない限り」

 

「……何が言いたい?」

 

 フレアの視線が鋭いものへと変化し、その眼光がティアへと放たれる。

 だが、ティアはそれに怯むことなく話を続けた。

 

「ガイに聞きました。ルークは誘拐されたから軟禁生活を送っていると。しかし、それでも自分が第七音譜術士である事も知らないなんてありえない。……ルークが軟禁されている本当の理由は第七音素に――」

 

 パン……パン……!

 

 ティアの言葉は突然に鳴らされたフレアの拍手によって遮られる。

 

「素晴らしい……そこまで考えていたとは、君は俺が思っていたよりも優秀な様だ」

 

 フレアは小さく笑みを浮かべながらティアへ拍手を送る。

 純粋に評価しているのか、単に馬鹿にしているのか、どっちにも取れる態度だったがフレアのその言葉にティアも考えが確信に変わった。

 

「それじゃ、やはり!」

 

「――そこまでだ」

 

 ティアが追究しようとした瞬間、彼女の首にフレアのフランペルジュが寸前で止められる。

 黙れ、それ以上の言葉は許されない、そうティアも瞬間的に察し、冷や汗を流しながら静かに口を閉じるのを確認するとフレアは話し始めた。

 

「ティア・グランツ、君は優秀だ。だが、視野が狭いのが傷だな」

 

 フレアはそう言うとフランペルジュを鞘へと納めた。

 それによってティアも一息つけ、フレアはティアに背を向けながら更に語る。

 

「ティア、君は意図的にルークが知識の制限をされていると判断した。しかし、それはルークに最も近い者達が行っていると言う答えになる。つまり、貴族……いや王族だ」

 

「やはり……!」

 

 ティアはフレアの言葉にそう呟くが、フレアは静かに溜息をはく。

 

「そこまで分かってるなら察せると思うがな……」

 

「……?」

 

 ティアはフレアの言葉の意味を理解出来なかったが、すぐに理解する事になる。

 

「王族の秘密、それが一軍人が介入出来る領域ではないという事に……」

 

「!?」

 

 王族が隠している、それは即ち国ぐるみであると言う事。

 そんな最重要の機密、それにユリアの子孫とはいえ一軍人のティアが踏み込んで良いものではない。

 

「今回の事は聞かなかった事にしよう。……だが、君はモースの部下だ、場合によればあるいわ……」

 

「……?」

 

 背を向けたまま呟くフレア、それが聞こえたティアはその意味を理解できず困惑した表情をしていた。

 モースも何かしら関係しているのか、だとすれば遅かれ早かれモースには会わなければならないティアにとってはそれがチャンスのタイミングになると察した。

 少なくともモースが自分の事を高く評価してくれているのも都合が良かった。

 

「今日はもう休むべきだな。これ以上は明日に響く……」

 

 フレアはそう言って歩き出し、その後姿をティアがただ見詰める事しか出来なかったが、その表情には何か決意が宿っていた。

 

 

End



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話:流通拠点ケセドニア

遅くなりました……本当に……(;´・ω・)


 

 

 フレア達は翌日の早朝、ケセドニア行きの連絡船へ乗り、カイツールを後にした。

 今はメンバー達皆、各々の時間を連絡船の中で過ごしている。勿論、フレアも客室を出て連絡船の中を歩いていた。

 フレアには目的があり、その場所に行く途中で船を警護する光焔騎士達に会う度に敬礼や声を掛けられていた。

 

「フレア様、どうかなされましたか?」

 

「いや少しアリエッタの様子を見に行こうと思ってな。流石に昨日から何も食べていないのは拙かろう」

 

 フレアはそう言って目の前の光焔騎士に自分の後ろを見せた。そこには料理と生肉を載せたサービスワゴン、それを押す船員の姿があった。

 

「そうでしたか。……ですが力を封じているとは言え相手は六神将とその魔物。私も付き添いを……」

 

「いや、お前達は船の警備に集中してもらいたい。大詠師派が導師とアリエッタ奪還を狙っているかも知れん。――海の上とて油断してくれるな」

 

「はっ!」

 

 フレアに敬礼で返し、光焔騎士は別の場所の警護へと向かうのを確認すると、フレアは付き添いの船員に頷いてアリエッタを入れている客室へ向かった。

 

「ゴクッ……」

 

 時折、船員が息を呑む音が聞こえる。よく見れば冷や汗などが流れており緊張しているのが分かる。

 拘束しているとはいえ、相手は六神将と魔物だ。軍港を襲撃された事もあってか、船員は万が一の不安に呑まれてしまっていた。

 当然、フレアも気付いており、アリエッタの部屋の前に着くと船員の方を向いた。

 

「ご苦労だった。君はここまでで良い」

 

「えっ……ですが……?」

 

 流石に途中で仕事を放りだすのも拙いと思い、船員は逃げたいと思う反面の葛藤であたふたするとフレアは安心させる為に笑顔を向けた。

 

「流石に魔物もいる。一船員である君にそこまでさせられんよ。……仕事で不安ならば、弟達にデザートでも届けてあげてくれ」

 

「は、はい! ありがとうございます……!」

 

 フレアから新たな仕事を受けた船員は嬉しそうな表情を隠す間もなく、頷きながらその場を去って行った。

 これで不安要素も邪魔者も誰もおらず、フレアはノックして扉を開ける。

 

「失礼する……」

 

「!?……だ、誰……ですか?」

 

 アリエッタはベッドの上で腰を下ろしていたが、フレアが入って来た事でビクッと体を震わせる。

 そんな彼女の様子を見て、フレアはサービスワゴンを部屋に運んだ。

 

「あっ……」

 

 やはりお腹は空いていたのだろう。彼女の表情はどこか暗く、泣き疲れている様子もあったがそれ故に食事に反応してしまった。

 勿論、部屋の隅で体を縮こまっているライガとフレスベルグも肉に目を奪われていた。

 

「昨日から何も食べていないのだろう? それでは体がもたない……」

 

 フレアはアリエッタにそう言いながら二匹の拘束具を外し、その目の前に特大の生肉を置いた。

 突然に現れる極上の餌に二匹は今にも喰らい付きそうになったが、最後の理性を使ってアリエッタの方を向いた。

 

「食べてもいい……です」

 

 アリエッタの許可を得た二匹は素早く肉にかぶり付き、フレアはアリエッタの手錠を外すと彼女の前にも食事を置いてあげた。

 しかし、アリエッタは一向に食事に手を付ける気配はなかった。

 

「どうした……?」

 

「イオン様……ひぐっ……!」

 

 やはりイオンの事が気になって仕方ない様だ。アリエッタは思い出したように涙を流し始め、その様子にフレアも対応に困る。

 

(イオン……お前の忘れ形見は少々、扱いに困るな)

 

 後々は自分の手中に収めたいが下手な事を言って更に泣かれても困る。ただでさえ食事をしておらず、表情は気分のせいもあって、やつれても見える。

 フレアは今は亡き親友に愚痴りながら、目の前の少女への突破口を考え始めた。

 

「イオン様……どうして……どうして……アリエッタの事、捨てた……ですか……! どうしてアニスなんか……!」

 

「泣いてもいても今は仕方ない。……まずは落ち着きなさい」

 

 フレアは泣き出すアリエッタを落ち着かせようと、ハンカチで彼女の目元を拭いてあげようとしてあげた。

 しかし、アリエッタは構わないでほしいと言わんばかりにイヤイヤと首を振って拒絶する。

 いくらライガクイーンとの一件があったとはいえ、イオンの事となればフレアの優先順位など高が知れているのだ。

 

(本当にどうしたものか……)

 

 いよいよフレアも追い込まれていると、アリエッタは再びイオンの事を話しながら泣き始めた。

 

「イオン様……優しかった……字や言葉も教えてくれて……本当にいつも……優しかった……! 会いたいよ……イオン様……!」

 

(……俺もさ)

 

 互いに預言によって命を弄ばされ、その事もあってフレアとイオンは親友となれたのだ。歳は離れていたが、預言の事に対する恨み言などに歳は関係ない。

 互いに密会の形が多かったが、それでも互いに楽しんでいた。預言や互いの立場を忘れる事ができ、フレアも当時は心の底からの本物の笑顔が出来ていた。

 

『このお菓子……余ってるなら貰ってゆくよ。導師守護役を一人だけで待たせてるからね』

 

(そんな事もあったか。今思えば、あの菓子は彼女への土産だったか……)

 

 フレアは嘗て親友が言っていた言葉を思い出す。

 親友との時間の時、フレアは貴族御用達の菓子をよく持参しており、帰りになると余ったお菓子をよく持ち帰っていた。

 当時、導師守護役を一月も経たずに解任していたイオンが、ずっと仕えさせていた事を思えばやはりアリエッタの存在はオリジナルのイオンにとっても大切だったのだとフレアには分かった。

 やがて、アリエッタの話を聞いていたフレアの中に消した筈の感情が蘇り、切ない表情で口を開く。

 

「ああ……本当に優しかったなイオンは。時折、寂しそうな目をしながらも……あいつは決して口にはしなかった。弱い部分は絶対に見せなかったよ……」

 

「!……イオン様の事、知ってる?……ですか?」

 

 フレアにとってこれは無意識の呟きに過ぎなかったが、アリエッタにとってはそうではない。

 大切な人の事を知っている。それが限られた人にしか分からない情報ならば当然だ。

 

「ああ、俺とイオンは親友だった。……イオンは時折、君を置いて一人で出かける時があった筈だ。……俺と会っていた」

 

「た、確かにイオン様……アリエッタを置いて何処かに行く時があった……です。でも……」

 

 それだけでは真実には足らないようだ。アリエッタは信じると疑いの狭間で悩む様子でフレアを見詰め、フレアはその視線に小さく微笑んだ。

 

「イオンのお土産は美味しかったか? 貴族御用達の菓子だ。季節の果物や焼き菓子、そしてケーキ……覚えはないかい?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アリエッタの記憶が呼び起された。

 

『これは僕の親友から貰ったものさ。……アリエッタ、君へのお土産だ』

 

「あっ……」

 

 アリエッタは思い出した。付いて行くと言っても唯一イオンが許さなかった外出の後、必ずと言っていい程、イオンは自分にお土産を持ってきてくれた事を。

 食べた事のない様な輝いたお菓子ばかり。自分が食べている姿を見て優しい表情で見つめるイオンの姿を、彼女は忘れる筈がない。

 

「あなたが……イオン様の……」

 

「ああ……」

 

 アリエッタの問いにフレアは頷いた。しかし、同時にある策が過った。

 魔物と心を通わせる能力が欲しいフレアにとってアリエッタは親友の形見でなくとも欲しい駒だが、今はヴァンに利用されており、すぐには手に出来ない。

 だが、自分がヴァンには持っていないカードがあるとすれば話は変わるだろう。イオンの事はヴァンも知っているが、ヴァンとイオンは協力者であって友ではなかった。

 ならば、アリエッタを自分に率いれる力をフレアが使わない訳がない。

 

(イオン……俺はもう手段を選ぶつもりはない。己の計画の為ならば親友だろうが……思い出だろうが……お前の模造品だろうが利用する)

 

 心の中のフレアの表情はとても冷たい影の表情だが、アリエッタに向けるのはルークに向ける様な優しい表情だった。

 

「……少し、イオンの事を話してあげよう。少し長くなるが……君は食事をとるから丁度良い」

 

「はい!……です」

 

 イオンの事になったからだろう。アリエッタは涙を止め、食事を食べ始める。今から話すことはフレアにとっても嘘ではない本当の思い出。

 彼女を騙す事はない。ただ、これが善意かと聞かれればフレアは決して頷く事はしないだろう。

 

(我は焔帝……焔に決まった形などない)

 

 焔は姿を変える。決まった姿がないからだ。

 幻想的な心温まる焔に姿を変える事が出来れば、命を焼き尽くす殺戮の焔にも変わることが出来る。

 故にフレアは彼女の理想の焔に今は姿を変えるのだ。ルークと同じように……。

 

▼▼▼

 

 それから暫くフレアはアリエッタの話し相手をしてあげていた時だ。フレアは突然、目を大きく開けて立ち上がった。

 

「どうした……ですか?」

 

 心配そうにフレアを見上げるアリエッタにフレアは背を向けながら返答した。

 

「少し席を外す。また来るから、少し食べながら待っていてくれ」

 

「……?」

 

 いきなりの事で首を傾げるアリエッタであったが、フレアの話すイオンの事は彼女にとって、とても充実した時間となっていた。

 故に彼女はフレアを疑う事はせず頷き、フレアもそれを確認してから部屋を後にするのだった。

 

 

▼▼▼

 

 ルークは船の甲板で呆然と立ち尽くしていた。

 始まりはいつもの幻聴だったが、そこからはいつもと違う事態を招いた。

 身体が言う事を聞かず、海へ両手を翳して巨大な力の渦が発生し、耳鳴りが聞こえたとルークが感じた瞬間、船に常備された小舟が”消滅”した。

 何が何だか分からない状況の中、ヴァンが異変に気付きルークの下に駆け付けた。

 そして困惑するルークへ、ヴァンは全てを話す事にした。

 

「ルークよ……お前が七年も屋敷に軟禁されている訳が分かるか?」

 

 ヴァンはそう言ってルーク軟禁の理由を話し始めた。それが、偽りを混ぜた歪んだ真実とも知らずにルークも黙って聞いた。

 

 軟禁の理由はルークの安全の為ではなく、超振動を一人で発生させる事が出来る為、守っているのではなく飼い殺しにしようとしている事。

 それは戦争で超振動を利用しようとしている為であり、故にマルクトがルークを誘拐した。

 そして、このままではルークはナタリアとの結婚を機に軟禁場所が城へと変わるだけで都合の良い”兵器”として利用され続けるのだとヴァンがルークへ伝え終えると、ルークは顔を真っ青にして落ち込んだ。

 

「お、俺……兵器として利用されるのか……? もう……外に出る事もなく戦争になったら利用される……! そんなのって……嫌だよ! そんなの俺は嫌だ!!――師匠! 俺、どうすれば良いんだよ!?」

 

「落ち着きなさいルーク。その為にもまず、戦争を回避するのが先決だ。戦争が怒らなければ、お前は兵器として利用される事もない。……それどころか戦争を回避させた”英雄”として人々に認められ、理不尽な軟禁からも解放されるだろう」

 

 ヴァンはルークの肩に優しく手を置き、ルークに安定剤の様に甘い蜜の様な言葉を次々に聞かせる。

 ”英雄”・”認められる”・”軟禁からの解放”などと、何の保証もない言葉にルークはすっかり魅入ってしまった。

 

「え、英雄……俺が……?」

 

「そうだルーク……自信を持て。お前なら出来る……お前は私の一番弟子であり、()の焔帝であるフレア・フォン・ファブレの自慢の弟なのだぞ?」

 

「師匠の一番弟子? 兄上の自慢の弟?……俺が……?」

 

 困惑するルークにヴァンは優しく頷いた。

 

「そうだ。直接は言わんが、フレア様はいつもお前の事を褒めているのだぞ? ――そんなお前が暗い表情をしていてどうする?」

 

「師匠……」

 

 ヴァンの言葉にルークは感傷を受け、無意識に手に力を込めていた。

 そんなルークにヴァンも頷いて返すと、丁度船の汽笛が鳴り、ケセドニアに間もなく到着する事を知らせる。

 

「さあ、間もなく到着だ。……頑張るのだぞ、ルーク。私もフレア様もお前を信じているのだからな」

 

「――はい!」

 

 元気に返事をするルークと共にヴァンは甲板を後にした。――その陰で”フレア”がいた事にも気付かずに。

 

 

▼▼▼

 

 現在:流通拠点ケセドニア

 

 オールドラント一の物資が行き来する街、自治区ケセドニア。キムラスカ・マルクト双方の国境が街のど真ん中にあるが、事実上の中立を保っている数少ない場所だ。

 そんな街に船から降りた一同はマルクト側の港に出ると、フレアは共に来ていた光焔騎士団達に素早く指示を出した。

 

「お前達は先にアリエッタを連れてキムラスカ側の港へ向かえ」

 

「ハッ!!」

 

 光焔騎士達はフレアへ敬礼し、アリエッタと魔物達を囲みながら先にキムラスカ側の港へ向かう。

 途中、アリエッタが振り向いてフレアへ視線を向けるが、フレアが頷いて返したのを確認するとそのまま光焔騎士と共に港へ向かって行った。

 そして、フレアの指示が終えると同時、続々とメンバー達が降りてきた。

 

「あぁ~暑いぃ~砂っぽいぃ~イオン様も気を付けて下さいねぇ~」

 

「はい……水分補給が大事になりそうですね」

 

「人混みが多いのですから、その点も注意して欲しいんですがね」

 

 アニスが初っ端から愚痴り、イオンが汗を拭きながら下船し、汗一つ泣かさずにジェイドはすぐにイオンの傍に寄った。

 そして次はルーク達の番だ。

 

「私はここで失礼する。私はダアトへ連絡せねばならん為、共にバチカルへは行けのだ」

 

「えぇ~! 師匠も一緒に行こうぜ!」

 

「我儘ばかりいうものではない。後で私も向かう。――ティアよ、ルークを頼むぞ?」

 

「!……は、はい!」

 

 まさかここで自分に語り掛けるとは思ってもみなかったらしく、ティアは緊張した様に頷いた。

 そしてルーク達との話が終えたヴァンにフレアが近付き、ルーク達の方を向いた。

 

「ルーク、俺もヴァンと少し話をせねばならん。だから先に向かうんだ」

 

「えぇ!! 兄上もかよ~!」

 

「何かあるんですか? 話だけなら別に時間は……」

 

 ガイが疑問に思ったのかフレアへ問い掛けると、フレアはやれやれと言った風に笑みを浮かべた。

 

「どの道、俺はアスターの屋敷に挨拶に行かねばならん。あの男には世話になっている。手ぶらでは行けんさ」

 

「アスター?」

 

「このケセドニアの代表の方よ。両国の輸出品がちゃんと流通しているのはその方のお陰なのよ?」

 

「ふ~ん」

 

 ティアがアスターの事を軽く説明するが、ルークは自分で言った割にあまり興味がなかった。その様子にティアは溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

「まあ、そういう事だ。俺もアスターには世話になっているのでな。手土産を選ばねばならんのだ」

 

「けどよ……」

 

「そんな顔をするなルーク。俺もすぐに追い付く。――後で面白いものを見せてやるから我慢するんだ」

 

「面白いもの……?」

 

 フレアの言葉にルークは聞き返すが、フレアは楽しみにしておけと言って内緒にし、そのままルーク達と分かれた。

 残ったのはフレアとヴァンの二人だけだ。

 

「宜しいのですか? レプリカ達から目を離しても……?」

 

「どうせルーク達もアスターの下へは向かう。そこで音素盤の解析をするつもりだろう……すぐに合流は出来る」

 

 何よりも忍び旅とはいえケセドニアと導師イオンの関係は深く、イオンがアスターを無視するとはフレアもヴァンも思っていなかった。

 

「ところでヴァンよ……次の”追って”は誰になる?」

 

「リグレットからの報告ですと……次はディストが仕掛けるそうです。音素盤を取り戻そうとシンクも既にケセドニアに潜んでいる様です」

 

「死神ディストに烈風のシンクか……やれやれ、アスターには迷惑をかけるな」

 

 言葉ではアスターへ申し訳なさそうだが、実際の表情は可笑しそうに微笑んでおり、自分への非が全くないとフレアが確信している事にヴァンは気づいている。

 

「だが、そうと分かっていても仕掛けるのは、おそらく海上だろう……」

 

 フレアはヴァンの近くに寄ると、耳元で小さく囁いた。

 

「……『イフリーナ』がケセドニアに来ている」

 

「!……どうやら、私はインゴベルト達を少し見くびっていた様です」

 

「我が光焔騎士団の事もだろ?」

 

 フレアの冷たい笑みにヴァンは何も返さなかったが、眉間に皴が寄っていた。

 

「不要な兵を襲撃に使え。後方の甲板にレプリカ導師達を誘導する。導師がどうなろうが計画に支障がないならばそれで良い。だが、俺も死霊使いに目を付けられているのでな……過度な期待はするな。後の事はお前達次第だ」

 

「そのようですな。……では失礼致します」

 

 そう言ってヴァンはダアトの領事館へ向かい、フレアも街の中へと消えて行った。 

 

 

▼▼▼

 

 現在:ケセドニア【裏町】

 

 フレアはアスターへの手土産を買おうと町に出た。――だが、フレアがいるのは土産屋とは程遠い薄暗い裏町であった。

 いくらケセドニアが豊かとはいえ、必ずこう言った場所は存在する。

 服とは思えない、布切れを纏う薄汚れた男や違法商品の密売人等が場違いの姿のフレアに好奇な目を向けるが、フレアは一切の相手をせず、裏町のとある広場で足を止めた。

 

「……」

 

 まるで何かを探る様に黙って立ち尽くすフレアだったが、やがて笑みを浮かべた。

 

「いるのだろう?――出てこい”ディスト”」

 

「なんですか? バレていたんなら早く言って欲しかったですね」

 

 宙に浮いた椅子に座りながらディストはフレアの横に舞い降りた。裏町が嫌なのか、口元にハンカチを当てながら。

 

「既に知っているとは思うが、ケセドニアの港に『イフリーナ』が入港している。海上で攻めるのだろう? 襲撃するならば不要な兵を使え。そして――」

 

「後方の甲板に誘導する……でしょう? 既にシンクを通じてヴァンから連絡が来てますよ。――それに、あなたが私に言いたい事はそんな事ではないのでしょう?」

 

 シンクを通じて渡されたヴァンからのメモ。

それをヒラヒラさせているディストの言葉にフレアは笑みを浮かべる。

 

「分かっているならばそれで良い。――『究極譜業砲・ネロ』と”計画”の進み具合は?」

 

「順調ですよ……シェリダンから誘拐してきた職人達もよく働いています。ネロの方は80%ってところですかねぇ。計画の方も支障はありません。既に必要な情報は揃ってますから、計画の方は時が来るのを待つだけですよ」

 

「そうか、良くやってくれた。……例の資金はいつも通りの日付と場所で良いな?」

 

 流れるように話が進み、フレアがディストへそう言った時だった。ディストの表情が少し変化した。

 

「い、いやぁ……その事で少し相談があるのですが?」

 

「なんだ?」

 

「資金の前借を……」

 

 ディストは先程までの冷めた表情ではなく、冷や汗を流しながら気まずそうにフレアから目を逸らしていた。

 案の定、フレアの目付きも鋭いモノへと変わる。

 

「ネビリム復活への資金援助は貴様との密約で決めていた事だから文句は言わん。……だが、少し額が多いのではないか? つい最近もそう言って払ってやったばかりだろう?」

 

「えっ!……えぇ……そうですが……け、研究とは言うのは日夜、金が掛かるものなのです!……逆に言えば、今まであの程度の資金で研究を進めていたのは私の頭脳あってのこと――」

 

「何に使った?」

 

 フレアの鋭い言葉にディストの動きが止まった。そして錆びた機械の様に体を動かしながら、ようやく白状した。

 

「し、仕方なかったんですよ!? あんなレプリカ導師が逃亡するなんて、ヴァンや貴方にも予想外だった筈でしょう! 急遽、急増で”カイザーディストR”を完成させねばならなかったのです!!」

 

 必死なディストの言葉にフレアは呆れた様に溜め息を吐いた。

 

「またかディスト……資金は考えて使えと言っていただろう?」

 

「うぐっ!……で、ですが研究者として一々、資金の事を考えながら研究はできませんよ!?」

 

「ネロや今までの功績がなければ契約もここまでだったぞ、ディスト?」

 

「で、でわ……!」

 

 その言葉でディストは都合よく聞こえたのだろう。そんな能天気なディストの姿にフレアは思わず笑みが漏れ、静かに頷いた。

 

「分かった。俺達がバチカルに到着次第、いつもの場所に行け。そこで資金を渡す」

 

「おぉ!! 流石はフレアです! モースやヴァン達とは違って心が広い!!」

 

「そうか……」

 

 能天気に騒ぐディストにフレアは深い溜め息を吐いた時だった。

 

「!」

 

「!……おやおや?」

 

 気配を感じたフレアとディストは眼光が鋭くし、広場の片隅に向けると、そこからボロボロのマントを羽織った小柄な男が出てきた。

 

「ヒッヒッ……! そんな目で睨むなよ旦那方……ちょっと商売をしたいだけだからよ……」

 

 男はそう言って薄気味悪い笑みを浮かべながらフレアとディストの傍により、懐から箱を取り出して中身を二人へ見せるとディストはそれを覗き込んだ。

 

「あぁ、これは”ドラッググミ”ですか……」

 

 覗き込んだディストは箱に入っていた紫の斑点が付いた赤いグミを見て不快な表情を浮かべた。

 

「しかも斑点付きの粗悪品じゃないですか……ヤダヤダ!」

 

 ディストは、これでもかと言う程にハンカチを口に押し当て、僅かな半径にも近付きたくないという程に手で払う素振りをする。

 

「まあ、そう言わないでくれよ……粗悪品だからこそ買う奴もいるんですぜ?――焔帝さんに死神さんよぉ?」

 

「……」

 

 男の言葉にフレアは黙り、ディストは面倒そうな表情をあからさまに見せた。そして、馬鹿な人間を見る様な目でディストが男を見た時だ。

 

「……どんな人間に売ってきた?」

 

「へっ……?」

 

 フレアが男に問い掛け、その問いかけに最初は分からなかった様だが男はすぐにピンと来て、それに答えた。

 

「ああ!――ガキから男女関係なく売って来たぜ! 最初は粗悪品だが段々と本物を味わいたくなるんだよ。最近はアスターの奴が厳しくしていて売りづらくなったが、馬鹿なガキに今も売れ――」

 

「もういい」 

 

「グフォッ!!?」

 

 男の言葉は最後までフレアの耳には届く事はなかった。全て言い終える前にフレアの右腕が男の喉元を掴み、徐々に持ち上げて行く。

 元々、小柄だった故に男の足は完全に宙に浮いた。それでも男は最後の抵抗を見せる様にフレアの腕を掴むが、フレアの腕は鉄の様に固く、男は何も出来なかった。

 そして男は耳元でバチッという音を聞いた瞬間、男を”焔”が包み込んだ。

 

「オオォォォォオォォォォォッ!!?」

 

 フレアの右腕の先の火だるまは小さくなって行き、最終的には男の遺体は音素化してそのまま消滅した。

 そしてそんな衝撃的な光景を目の当たりにしたにも関わらず、ディストは特に気にせずにハンカチをもう一枚取り出して口に当て、更に香水を取り出して自分の服に吹き始めた。

 

「燃やすならば先に言って欲しいものですね? 服に悪臭が付いたらどうするんですか?」

 

「そこに落ちたドラッググミの処分は頼んだぞ。俺はそろそろ行く」

 

 フレアは右腕を払うが、その手には一切の火傷も何もなかった。ディストからすれば男の死よりもそちらの方が恐怖するに値し、フレアの言葉に頷くしか出来なかった。

 

「わ、分かりましたよ……ん?」

 

 渋々だがグミを拾うディストは視線を感じ、その場所へ向くとそこにはボロの服を着た女性と少女が震えながら自分達を見ている事に気付く。

 

「あの二人は?」

 

「おそらく、この町で事業に失敗した家族でしょう? 父親は蒸発、母親と娘だけがその日の物乞いで生きているんでしょうね」

 

 フレアの問いにディストがそう言い終えると、フレアはその親子の下へ歩き出した。

 

「あ~あ、怖い怖いですね」

 

 ディストは先程の男同様に消すと思い、面倒そうにグミを摘みながら回収していると気付いた。

 フレアが親子の前で止まっている事に。そして、震える親子の前でフレアは懐へ手を入れると多少の膨らみのある袋を取り出して親子の前に落とす。

 落とすと同時に発せられる金の音。その様子に困惑する親子へフレアは何やらメモを書いて渡した。

 

「その金で身なりを整え、そこに書かれている場所へ行け。”猛りの焔”からの紹介と言えば、住む場所と仕事をくれる筈だ」

 

 そう言ってフレアは親子の下から去って行った。

 

「……何がしたいんですかね?」

 

 その後姿を見ていたディストの呟きだけが、その場に残ったのだった。

 

 

 

END



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話:ケセドニア襲撃

もっと自由度のあるテイルズ・ワールドがしたいと思う今日この頃。


 ディストとの密会、そして目撃者の始末を終えたフレアはケセドニアの人混みに混じり、アスターの屋敷の前へと辿り着いた。

 流通拠点とはいえ砂漠の中の街。しかしアスターの屋敷はそんな事を忘れてしまう程に緑が溢れ、癒しの様に噴水が湧き出ていた。 

 そんな何度か訪れた屋敷の中をフレアは使用人に案内され、やがて客室へと姿を現した。

 すると先に訪れていた者達であるルーク達が一斉にフレアの姿を捉えた。

 

「兄上! 流石に遅いぜ!」

 

「ハハッ……それはすまなかったなルーク。しかしアスターに迷惑を掛けてはいまいな?」

 

「ぐっ……会ってすぐにヒデェ!」

 

 フレアの言葉にルークは拗ねた様な表情を浮かべ、フレアはそんな弟の様子に微笑ましく笑いながらティアへ視線を移す。

 するとティアもその意図に気付き、頷きながら椅子から立って二人の下へと向かう。

 

「今回はご心配される様な事をルークはしておりません。どちらかと言えば静かな方でした」

 

「それって褒めてんのか?」

 

 ティアの言葉に納得してないと言う様な表情をルークは浮かべるが、ティアの言葉にガイを始めとしたメンバー達も頷いている。

 どうやらルークの態度の基準を理解した様だ。

 

「ハハハ! 強いて言うなら……危うく【漆黒の翼】に財布を掏られそうになった位だな」

 

「なっ! おいガイ!?」

 

 ガイの言葉にルークは慌てた様子で怒った様に地団駄を踏む。

 一応、兄に今回は全く汚点を付けなかった事で褒めてもらおうと思っていたルークだったが、所詮は盗賊如きに良い様にされた事がフレアにバレて面白くなかった。

 最悪、また注意されるともルークは思っていた。

――のだが。

 

「……そうか、大事に至らずに済んで良かった――だがルークよ。そう言う事はすぐに言って貰いたかった。俺も分からなければお前を守ってやる事が出来んからな。……無事で良かった」

 

「!……あ、兄上……」

 

 そう言ってポンッとフレアから頭に手を置かれたルークは照れ臭そうに顔を逸らす。

 置かれた手から感じる心地よい暖かさが伝わり、尊敬している兄から心配されている事が分かって嬉しさと恥かしさが交差する。

 

「あ、兄上! 俺はそこまで子供じゃねって!?」

 

「ハハハッ! それはすまなかったな」

 

 周りの視線を気にしながら手を軽く払い、ルークは兄に抗議するが誰が見ても照れ隠しにしか見えなかった。

 そんな弟の姿にフレアも笑みを浮かべながら謝ると、先程のルークの言葉を聞いていたティアが彼に近付いた。

 

「子供じゃないなら馬車や船の中での復習が出来るわねルーク?」

 

「いっ! それとこれとは……!」

 

「ほう……俺もルークがどれ程成長してるか知りたいものだ」

 

 ティアの言葉に表情が固まるルークであったが、そこにフレアの言葉が背後から放たれて逃げ場を失ってしまう。

 

「あ、兄上~!」

 

「そうやってすぐに逃げようとしないの! それじゃあ始めるわよ?――音素の6属性の種類は?」

 

 兄に抗議なのか助けなのか分からない様な言葉を呟くルークだが、有無を言わさないティアの言葉に逃げられない事を悟った。

 思い出せば馬車の中で教えられてやると言ったのは自分であり、兄に良い所を見せたいプライドで立ち向かう事を決めた。……と言うよりも諦めた。

 

「え~と! 属性だろ!?……確か、火・水・風・光・闇……確か……”土”か?」

 

「正確には”地”ね。テストだったら良くて減点。最悪は0点よ?」

 

「なぁぁぁぁぁ!!? 殆ど一緒じゃねえかよ!?」

 

――一緒だ!

 

――一緒じゃない!

 

 間違いを認めないルークとティアの言い合いが勃発。

 少しは勉強する姿勢を見せたルークであったが、少しつまずいた結果がこれである。

 

(やれやれだな……)

 

 この言い争いがすぐには終わらないと察したフレアは笑みを浮かべ、その場から素早く離れた。

 流石に大音量の口喧嘩となったその声。それを近くで聞く趣味はフレアにはない。

 そんな事を思いながら移動したフレアであったが、偶然近くにいたジェイドが呆れた様に首を振っているのを見て足を止める。

 

「はぁ……全く、頭痛がしそうな程に低レベルな会話ですね」

 

「フッ……気持ちは分かる」

 

 マルクトどころかオールドラント屈指の譜術士であるジェイドにとって、音素の六属性等は思い出すにも値しない知識であった。

――と言うよりも常識過ぎて考える必要もない程に一般的な知識である。

 それ故にティアは仕方ないとしても、そんな子供でも分かる一般常識に必死になっているルークの姿に呆れ過ぎて頭痛を覚えた様だ。

 

「勉強嫌いのツケが今になってルークに来た様だ」

 

「同じ勉強嫌いでも、その辺りの子供の方が知っていると思いますがね?――ところで、貴方はアスター殿に手土産を選ぶ為に遅れたと思いましたが?」

 

 ジェイドは手ぶらでいるフレアの姿を見てそう言った。

 

「あぁ……その事か。残念ながら中々良い物が見つからなくてな。良い物は既に流れてしまっていた様だ」

 

 ジェイドからの言葉にフレアは残念そうに呟いた。

 ディストとの密会があったとはいえ、フレアも手土産を持って行く気はあったが既に質の良い物は殆どが流れてしまっていた後だった。

 色々と複雑な町とは言え、流通拠点の名は伊達ではない。目利きの者達も多い故、タイミングも悪かった。

 

「幾つかそれらしい物もあったのだが、アスターの趣味に合った物ではなかったのだ。――しかし、これではアスターに申し訳ないな」

 

 そう言ってフレアが一息吐いた時だった。

 

「いえいえ! そんなに気を使われなくとも結構ですよフレア様!」

 

 客室の扉が開き、部屋の中に陽気な声と共に一人の男が入って来る。

 桃色の多い独特なセンスの衣服を纏い、大きな赤っ鼻と三日月の様な髭が目立つその男はフレアの目的の人物であった。

 

「久しいなアスター」

 

「えぇえぇ! お久しぶりですねフレア様! この間は留守にしてしまい申し訳ございません」

 

 アスターの言うこの間の留守と言うのは、前にフレアがカイツール方面に任務として訪れた時の事である。

 地理的にカイツールに寄らねばならなかったフレアは訪れた以上、アスターに挨拶をと思い、屋敷を訪れたがアスターは生憎にも留守だった。

 フレアからしても突然だったとはいえ、多忙の身のアスターにアポイントを取っていなかった故に仕方なかった事だ。

 しかし、やや胡散臭い外見とは言えアスターは商人ゆえに繋がりを重んじる人物。フレアが来た時にいなかった事へ多少の後悔があるのだ。

 

「貴方が多忙なのは皆、知っている事だ。故にそこまで気にしなくても良い。――寧ろ、手土産を用意できず申し訳ない。既に良い物は流れていた様だ」

 

「いえいえ! そんなお気になさらず!……ただ」

 

 気にしない様にアスターは言うが、最後に何か言いたそうに”笑み”を浮かべた。

 そしてフレアもその表情の意味を知っている。アスターの商人としての顔付である事を。

 

「フレア様の領地では良いワインが作られているとお聞きしますが?……ヒヒヒ」

 

 フレアはアスターのその言葉だけで何を言わんとしているのかが理解できた。

 確かにフレアの領地では質の高いワインが造られており、叔父のインゴベルトや父親のクリムゾンからも気に入られている一品だ。

――つまり。

 

「ハハハ……良いだろう。当たり年の一品を送らせて頂く」

 

 アスターの要望にフレアは困った様に笑うが、実際に困っている様子ではなかった。

 それだけの事で済むならば今回の一件は安く解決できたと言えるからだ。

 それにアスター自身もそれだけで満足している様で、フレアの言葉に嬉しそうに笑い出す。

 

「ヒヒヒ! それは楽しみですな!」

 

「”イフリーナ”を入港してもらったのだ。このぐらいでは安い位だ」

 

「いえいえ! フレア様とルーク様の危機とあらば、このアスターも黙っている訳には参りませんので……いつでもお頼り下さい!」

 

 そう言ってアスターが笑いながら頷いた事でこの件の貸し借りは終わりを迎えた。

 しかし、フレアの発した”イフリーナ”と言う言葉にジェイドの表情が若干険しくなる。

 

「まさか……あの(・ ・)イフリーナを入港させていたとは……」

 

「すまんな。俺もその事を知ったのは昨夜の事でな……説明する機会がなかったのだ」

 

 嘘である。機会はあったがジェイドにイフリーナの件を言えば多少の面倒が起こったのは明白だった。

 だからフレアは面倒回避の為にそれを黙っていた。

 何よりも協力関係とはいえ、この旅のメンバーは各々の目的があって行動しているに過ぎず、ジェイドも最初に言っていた様に自分とルークの地位を利用したいだけの関係である事をフレアは忘れてはいない。

 更に言えばイオンとティアに関してはどうとでもなると判断しているに過ぎないが、アニスに関してはすぐに私情に走る為、当然ながら微塵も信用していない。

 事実上、ルークは当然とはいえ信用できるのは何とかガイだけなのだ。

 

(お互い様だろうがな……)

 

 向こうもそう思っているだろう。

 フレアが顔には出さない様にしてそう思っていると、先程の会話が聞こえたのだろう。ティアと言い合いをしていたルークが反応した。

 

「ん? イフリーナってなんだ?」

 

「おや? 弟のあなたが知らないとは意外ですね~」

 

 ルークが知らない事が意外だったらしく、ジェイドは小馬鹿にする様に笑みを浮かべてルークへ言った。

 そしてそんな様子にルークも気付かない訳がなく、舌打ちしながら反発する様にそっぽを向いた。

 

「チッ! 知らねえもんは知らねんだよ!」

 

「まぁまぁ……二人共落ち着けって。……ルーク、イフリーナってのはな――」

 

 二人の様子を見ていたガイは苦笑しながら止める様に間へと入り、ルークへ説明しようとした時だ。

 その様子を見ていたアスターがそんなガイに音素盤と資料を手渡す。

 

「どうやら忘れないうちにお渡しした方が宜しい様で」

 

「あぁ! 申し訳ありません……」

 

 手間を掛けさせたと思い、ガイはルークへの説明を中断してアスターへ頭を下げる。

 説明を中断された事でルークは抗議しそうだったが、アスターに迷惑を掛けてはいけないと、フレアの言葉を思い出して踏みとどまる。

 

「いえいえ……」

 

 アスターは気にしていない様子で気さくにガイへ語り掛け、ガイはアスターから音素盤と解析結果の資料を受け取った。

――瞬間、客室の窓が割れた同時に破片と共に緑の閃光がガイへ飛び掛かった。

 

「烈風のシンク!?」

 

 ティアが叫び、ガイはシンクの狙いが自分の持つ音素盤だと感じ取った。

 奪われてたまるか、そう思ったガイは反射的に反撃しようと試み様とした時、自分の置かれた状況も同時に気付く。

 辺りにあるのはアスターの屋敷に合う高級な家具や置物の数々。つまりはとても大きな物も多く、ハッキリ言っていつも通りに動く事は叶わない。

 そしてそれはジェイドも同じだった。援護しようにもガイとシンクが置物や植物と重なってしまい、槍を投げる事は出来なかった。

 ならば横に、咄嗟に横にジェイドは飛ぼうとするがここは戦場ではなく、アスターの屋敷だ。

 アスターの使用人達もおり、しまった、ジェイドがそう思った時にはもう遅い。

 

「くそ!」

 

 この限られた条件の中で六神将を退かせるのは難しいとガイは思っていると、シンクの鍛え上げられた強烈な蹴りがガイの顔を捉える。

 駄目だ。家具が邪魔で避けられない。ガイは反射的に刀で受け止めるが、態勢が悪くそのままシンクが侵入してきた窓。そこから外に吹き飛ばされ、シンクも後を追う様に飛び出した。

 

「ガイ!」

 

「ルーク!?」

 

 我に返った親友の危機にルークもアスターの屋敷を飛び出し、ティアも慌てて後を追う。

 

「アニス、イオン様を! 我々も行きますよ!」

 

「は、はうあ~!? 了解です!――イオン様!」

 

「す、すいません。アスター!」

 

 解析結果を奪われない為にジェイドも急いで飛び出し、アニスもイオンの手を掴んで素早く屋敷を後にすると、残されたのはフレアとアスター、そして呆気になっている使用人だけだ。

 

「フ、フレア様……これは一体……?」

 

「すまぬアスター。厄介事を連れて来てしまった様だ……」

 

 状況が掴めない様子のアスターはフレアに問い掛け、フレアはそれに申し訳ない様に頭を軽く下げると、アスターはフレアの口調から事態を察したのか、落ち着いた様子で頷いた。

 

「成る程……訳ありという事ですな?――ならば後の事はお任せください。後始末は私がお引き受け致しましょう」

 

「すまぬ……!」

 

 アスターのその言葉にフレアも急いで飛び出し、屋敷を後にすると後ろからアスターの声が届く。

 

「これからも何かあれば私にお頼り下さいませ!」

 

 

▼▼▼

 

 一足先に屋敷の外に出たガイとシンクは街に出ても戦いを続けていた。

 片手に音素盤と解析結果をもっている事で本領を発揮できないガイ。そんな彼に怒涛の如く連撃を繰り出して行くシンクに、ガイは防戦を強いられていた。

 

「くっ! しつこい!」

 

「ふんっ! 悪いけど、お前には貸しがあるからね……!」

 

 シンクはそう言って自分の仮面に触れる。その触れた場所には斜めの傷があり、それはコーラル城でガイに付けられたものだった。

 

「まぁ……あくまで目的はそれだけどさ。だから――とっとと寄越せ!」

 

「くっ!」 

 

 再び烈風の猛攻がガイへ矛先を向け、ガイも受け止めようと構えた時だった。

 

「ガイ!」

 

「ルーク!?」

 

 追いかけて来たであろうルークに意識を奪われた事で、ガイに確かな隙が生れてしまった。

 それをシンクは見逃さず、無駄のない動きでガイを横切った。

――瞬間、ガイに異変が起こる。

 

「つっ!?」

 

 右腕に走る突然の痛み。その痛みに釣られ、反射的に音素盤と解析結果の資料の一部を落としてしまった。

 まずい、直感的に危機を抱いたガイは他の資料だけでもと残りの資料を胸に寄せた。

 

「チッ! 全部は奪えなかったか……!」

 

 資料も奪いたかったらしく、シンクが再びガイに攻撃を仕掛けようとした時だ。

 

「させない!」

 

 ティアが杖から音素の玉を放ち、シンクは回避する為に後方へ飛ばざる得なくなった。

 だがそこは六神将。回避したとはいえ、すぐに態勢を整えている。またすぐにガイの資料を狙おうとするが、その直後に今度は音素の小さな爆発がシンクを包むようにして発生する。

 

「町で戦えば迷惑です! ここは退きましょう!」

 

「港へ走れ! そこにイフリーナがある!」

 

 軽い譜術を放ちながら現れるジェイドとフレアはそう叫びながらルーク達に指示を出し、ルークやガイ達も一斉に港へ駆け出した。

 

「逃がすか!」

 

 まさに神速の様に逃げ出すルーク達との距離をシンクは詰める。

 しかし、ジェイドとフレアは近くに置かれていた木箱の山を槍とフランベルジュで斬り捨てると、木箱は崩れてシンクの前に廃材の山を作り出した。

 

「くそ!?」

 

 流石のシンクもこれには足を止めるしかなかった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:ケセドニア【キムラスカ側・港】

 

 その頃、キムラスカ側の港では光焔騎士が一人、フレア達が追われているとは露知らずに港で立ちながら待ち続けていた。

 遅いな。光焔騎士はそう思い、流石に掛かり過ぎている事に不安を抱きながら己の背後に存在する一隻の戦艦(・ ・)を見上げる。

 

 それは目を奪われる様な金色で周りが装飾され、焔の様な赤等で多く染められている。

 先端には獣とも人とも違う存在(・ ・)が飾られており、上品さを兼ね備えている中で確かな”力”を示していた。

 

「後はフレア様達さえ来ていただければ……」

 

 命令通り、既にアリエッタと魔物は一足先に乗船させている。

 エンジンも作動しており後は主であるフレア達が乗船すればすぐにでも発進できる。

 

「まだかなぁ……」

 

 光焔騎士は一人、そんな事を呟いた時だった。

 町の方、つまりは港の入口から何やら叫び声の様なものが響き渡る。

 

「急げぇぇぇぇぇ!!」

 

 怒号の様にも聞こえるその声の方を向くと、そこにいたのは全力で自分の下へ走って来るルーク達だった。

 そんなに急がなくとも……。追われているとも知らず、ルーク達が時間を想って急いでいると思った光焔騎士。彼は背筋を伸ばして己の任を全うしようとルーク達に礼をした。

 

「ルーク様! 皆さま! 既に船はいつでも出航可能でございます。入口はあちらの方から――」

 

「んな事よりも早く出せぇ!!――追われてんだ!!」

 

「えぇっ!?」

 

 自分の存在を無視して示した入口へ駆け出して行くルーク達。その姿と声にようやく事態を理解した光焔騎士だったが、同時にある事にも気付く。

 

「お待ち下さい、ルーク様!? フレア様は!?」

 

 今、走ってきたメンバーの中にはフレアがいなかった。

 いくら導師がいるとて、自分達はフレアの専属騎士だ。主であるフレアを置いて行ったとあらば末代までの恥となる。

 光焔騎士は何とかしてフレアの居場所を聞こうとした時だった。

 

「構わん! すぐに出航しろ!」

 

 港の方から主であるフレア。そしてジェイドが走って来ていた。

 同時に後方が何やら騒がしく、光焔騎士は時間が無い事を察してすぐに自分も駆け出して乗船口の騎士へ指示を飛ばした。 

 

「急ぎ出航せよ!! 敵襲である!!」

 

「!――了解!――急ぎ出航せよ!!」

 

「皆さま! 此方です!!」

 

 乗船の騎士達はすぐにブリッジに連絡し、同時にルーク達を急いで乗船させた。

 それからすぐに先程の騎士も乗り込み、同時にフレアとジェイドも乗船した瞬間、戦艦はすぐさま動き出した。

 結果、追って来たシンクが到着した時には戦艦は既に港を離れ、ただその後姿を眺める事しか出来なかった。

 

「くそっ……タルタロスの次はイフリーナか」

 

 マルクトとキムラスカの艦を連続で相手する事になった。その事実にシンクは面白くなさそうに近くの木箱を蹴り飛ばす。

 すると、そんなシンクの背後から自己主張の激しそうな笑い声が放たれた。

 

「ハーハッーハッーハッ! ドジを踏みましたねシンク?」

 

「あんたか……」

 

 仮面をしていても分かる程、シンクは鬱陶しそうに後ろにいる相手”死神ディスト”に応える。……一切、見向きもしないで。

 

「参謀総長ともあろう貴方が情けない……しかし! それは仕方ない事です。――あのスーパー陰険根暗ボッチのジェイドと互角に戦えるのはこの私――」

 

 ディストはそこまで言った時に気付く。目の前には既にシンクはおらず、何事もなかった様に港の入口の方へ立ち去ろうとしていた。

 

「待ちなさい! 話はまだ終わっていませんよ!」

 

「ガイって奴は”カースロット”で穢してやったから、後はどうとでも出来る。――そんな事よりも……あんたはしっかりと”フォミクリー計画”の資料を処分してよね? アリエッタがいないから魔物の数も限りがある。タルタロスの時の様にはいかないから……せいぜい死なない様に頑張りな」

 

「ムキィィィ!! 偉そうに!! 復讐日記に付けてやりますからね!! 謝っても許しませんよ!!?」

 

 どうだ怖いだろう、恐ろしいだろう。そんな想いでディストは叫ぶが、シンクにはどこ吹く風でしかなく足を止める事はなかった。

 そんなシンクの態度にディストは再び叫びそうになるが、何とかそれを飲み込んだ。

 

「フンッ! 何がタルタロスの時の様にはいかないですか! 何も知らない(・ ・ ・ ・)とは不便ですね。――既に手は打ってありますよ」

 

 キムラスカ最強の火力を持つ、焔帝の城である戦艦”イフリート・ナタリア”――通称【イフリーナ】は確かに恐ろしい。

 ケセドニア側から強襲するとはいえ、後方からも火力のゴリ押しで撃退されるのが目に見えている。

 タルタロスの時と違い、イフリーナは海上だ。少なくとも強襲部隊を全滅させるまでの力は発揮できる。

 更に言えば乗組員は全てが精鋭の光焔騎士達だ。これを落とすとなるとかなり無理をしなければならない。

 

「――とシンクは思っているのでしょうね。でなければ、あの執念深い参謀が私に丸投げ等するものですか。――ですが……いくらイフリーナとは言えど」

 

 指揮する焔帝も、それを守る”光の焔”も全てが動かなければ(・ ・ ・ ・ ・ ・)意味はない。

 

「……さてと。何も知らない馬鹿な参謀とは違い、此方は手筈通りに行きますか。――ハーハッーハッーハッ!!」

 

 ディストはそう呟くと高笑いしながら椅子を高く跳ばし、その場を後にする。

――それを見られていた事に気付かずに。

 

「やはり……焔帝と繋がってたのはディストの野郎か。……なら俺がするべき事は一つだ」

 

 港の影で呟くは燃え尽きて尚を抗う、燃えカス。

 その燃えカスは無理矢理己を燃やし、再び焔帝へ挑もうその命を燃やす。

 

 

 

END



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話:同位体

投稿が遅くなりました(;´・ω・)

出張・休日出勤が六月中に多くあり、書く気力がありませんでいた(´;ω;`)


 現在:戦艦イフリーナ【客室】

 

 現在、シンクの攻撃から逃げ切れたルーク達は戦艦イフリーナの一室で休息をとり、それぞれの疑問などについて話し合っていた。

 

「イフリーナって……戦艦の事だったんだな」

 

「あぁ。フレア様が任されたキムラスカが誇る最新鋭艦だ。火力と速さが売りだが、殆どはバチカル港に停泊してるから観光名所みたいにもなっているんだ」

 

 イフリーナが分からなかったルーク。彼にガイがこの戦艦の事を説明し、ルークは兄の戦艦だと分かって頻繁にキョロキョロと辺りを見回す。

 

「……なんかタルタロスとは違ぇんだな。イフリーナの方が部屋が豪華だぜ」

 

 ルークはそう言って己が座るソファを揺らすと、そのソファからは確かな反発力と柔らかさが感じ取れる。

 しかし、そんなルークの言葉にジェイドは溜め息を吐きながら首を横へと振った。

 

「この戦艦がおかしいだけです。タルタロスは実用性を求めて作られましたのでね」

 

「言ってくれるな死霊使い」

 

 どこか勝ち誇った表情でジェイドに言われ、フレアはやや表情を曇らせる。

 

「いえいえ……お互い様と言うやつですよ」

 

「……ひとつ言っておくが、この内装は俺の趣味でもなければ指示でもない。……内装に関しては”ナタリア”が主に指示を出していた」

 

 フレアは思い出すように目を閉じながらそう言うが、何故か表情はやや険しくなっている。

 そしてそんなフレアの言葉に、げっ……とルークは呟き、あぁ……とガイは納得した様に苦笑していた。

 

「でも僕は好きですよ? こういう内装は僕からすれば新鮮です」

 

「う~ん。確かに良い素材や装飾が使われている……少し位は削ってもバレないか」

 

「アニス……聞こえてるわ」

 

 フレアとジェイドの会話を聞いていたイオンは、周りを見ながらそう言って用意されたお茶を口にする。

 そんなイオンの隣では周りの装飾をネコババしそうなアニスをティアが目を光らせる等、メンバー達がそれぞれの事をしていると、ジェイドが本題を切り出した。

 

「ところでガイ。先程、アスター殿から渡された解析結果はどうなりましたか?」

 

「ん?……あぁ、それが烈風のシンクに襲われた時に一部失くしちまったんだ……残ったのはこれだけだ」

 

 ガイは申し訳ない、そう呟きながらジェイドへと解析結果の資料を手渡し、ジェイドはそれを素早く見始める。

 

「いえいえ……六神将相手にここまで守りきれたのですから上々ですよ」

 

 ジェイドはガイへそう言って解析結果の資料を見ていると、ある所で目が止まる。

 それは”同位体の研究”と記されていた部分だった。

 

「同位体の研究?……3.14159265358979323846……これは”ローレライ”の音素振動数でしたか」

 

「ど、同位体? それにローレライやら音素振動数やら何言ってんのか訳分かんねぇぜ……」

 

 一般的な知識が欠けているルークにはこの時点で何が何だか分からず、既に降参だと言わんばかりに声にもやる気がなかった。

 そんなルークにティアが額を抑えながら溜め息を吐く。

 

「ローレライの事は馬車の中で教えた筈よ?――ローレライは第七音素の意識集合体の総称だと」

 

「補足すれば意識集合体って言うのは……音素が一定数以上が集まると自我を持つって言われていて、その自我を持った存在の事を言います」

 

 ティアの言葉にアニスは少しだけ付け足す様にしてルークへ伝える。

 一定数以上の音素を集まれば自我を持ち、更にその存在の力を借りれば高等譜術が使えると言われている。

 しかし、普通に考えればそれ程までに濃度の高い音素を維持できる者はそうそういない。故に研究で立証されていても殆どの者が易々と使える様なものではないのだ。

 

「みゅっ? 音素はしゃべるんですの?」

 

「ハハハ……それは分からないが、それぞれの意識集合体には名前があるんだ。第一音素がシャドウ・第二音素がノームで後は……」

 

 そこまで言ってガイは口を重くする。どうやらど忘れしてしまった様だが、意識集合体については研究者や譜術師等以外にはあまり縁がないので仕方ない。

 だが、そんなガイの言葉を引き継ぐようにフレアが口を開く。

 

「第三音素がシルフ・第四音素がウンディーネ・第五音素がイフリート・第六音素がレムと言われている。これらの意識集合体はローレライと違い、その存在は確認されていると聞く」

 

「えっ? ローレライは存在してねぇの兄上?」

 

「……いや、そもそもローレライに関しては存在するしない以前の問題だ」

 

「存在云々の前に観測自体がされていないんです。ただ、他の音素にはいるのだから第七音素にもいるのではないかと言う仮説だけです」

 

 ルークのローレライへの疑問。それにフレアとジェイドが応えてあげると、ルークはその答えに感心する様に頷いた。

 

「へ~皆、よく知ってんな?」 

 

 自分は殆ど知らなかった知識。それを周りの人間が易々と答えているのだ。基本的に自分に問題があるとは考えないルークからすれば、周りの人間が物知りに見えてしまう。

 故に、そんなルークの様子に周りの人間全員がルークの言葉に苦笑していた。

 

「まぁ……本当は常識なんだけどな」

 

 ガイはそう言って苦笑する。

 実際、ガイの言葉は正しく、幼い子供が学校で最初に習う様な知識なのだ。

 それ故に、周りの人間からすればルークが知らな過ぎるのだと思っている。――ティア一人を除けば。

 

「ふふ、良いのよ。これから色々と覚えて知って行けば良いのだから。私もバチカルまでの残り短い時間、出来る限りの事は教えてあげるつもりよ?」

 

 そう言うティアも、最初は周りと同じ様にルークを世間知らずの貴族としかティアも見ていなかった。

 気に掛けていたのもフレアからの条件を守る為。ルークをバチカルまで連れて帰り、己の罪を許してもらう事だけの為だった。

――だが、旅の途中でティアは色々と知ってしまう。

 マルクト側の誘拐によるストレスでの記憶喪失。それは歩き方すら忘れる程の重症だった。更に言えばティアがずっと気になっていたルークの”日記”もある。

 日頃から持ち歩いている故に超振動で飛ばされた時も所持していた日記帳。それを旅の途中でも欠かさず書いている事が気になってティアはルークに聞いた事があり、その時の言葉が彼女の印象的に残った。

 

『再発するかも知れねぇからって、書く事を義務付けられてんだよ。こうやって書いとけば、また記憶が無くなってもマシだからな』

 

『色々と覚えなきゃなんねぇ事が沢山あったんだよ……”親の顔”とかな』

 

 ガイの言う通り、そう言っていたルークからは気にしている様子は微塵もなかった。

 過去は要らない。そう言った通り、ティアが知る限りではルークが過去を欲する様な気配はなかったが、ティアがルークに感じた事は他にもある。

 

――軟禁されていたとはいえ、ルークは余りにも知らな過ぎている。

 

 最初は誘拐以外では貴重な第七音譜術士だからと思っていたティアだが、ルークは第七音譜術士としては疎か、一般的な知識すら知らなかった。

 いくら勉強嫌いでも意図的に誰かがしなければ、こうはならない。

 

――このままではルークは本当に何も知らず、誰かの都合の良い人形の様になってしまう。

 

 その考えはティア自身が嘗ての自分と重ねたのか定かではない。

 しかし、ティアはルークの事を少しずつ知れた事で気付く事が出来た。

 

――ルークはただ、本当に知らないのだと。分からないだけなのだと。

 

 エンゲーブでの買い物もそうだ。馬車での値段も、額は聞いた事があるが自分で払った事がない。

 だがルークの周りは彼が何か言えば文句なしで与えていたのだろう。公爵と言う地位もルークの金銭感覚を狂わせている。

 でなければ馬車代の三万ガルドに、たかがとは言わない。

 そんな周りの人間。周りの環境。その全てがルークに知識を与えなかった。

 

 そこまで理解しているからだろう。ティアの言葉はまるで見守る様な温かな優しさが籠っており、ルークもティアが周りとは違うと感じているのか、彼女の言葉に照れを隠すように頭を掻く。

 

「……まぁ、ティアのは今までの家庭教師共と違って分かりやすいしな」

 

「おいおい、ローレライの事は忘れてただろ……」

 

 ルークの言葉に苦笑しながらガイは呟いた。

 すると、余計な事を言うなと言わんばかりにルークは抗議する。

 

「だぁぁぁ! ガイは黙ってろっつうの!?」

 

「へいへい」

 

 大声を出しながらガイへ言い放ったルーク。

 しかしガイからすれば慣れた光景でしかなく、まるで手の掛かる友人に相槌を打つかの様に慣れた様子で返事を返す。

 すると、その光景にティアが楽しそうに笑ってしまう。

 

「ふふふ……!」

 

 ティアも分かったのだ。どれだけ叫んでいようが今のルークのはただの照れ隠しであり、同時に悪戯を隠す子供と同じなのだと。

 しかし、そんな事を思われているとは露知らずのルークはティアが笑った事に更なる講義を始めた。

 

「なっ、なに笑ってんだよ!? 人の事を笑うのはイケない事だって母上が言ってたぞ!」

 

「はいはい」

 

 伊達に濃いルークの傍にいた訳ではない。

 何故かミュウを振り回しながら抗議するルークに対し、ティアは手の掛かる子供をあやすかの様に返事をし、どう見てもティアがルークの扱いを理解している事に周りが分かった瞬間だった。

 

 しかし、そんな中で一人だけそんなティアを見詰めている人物が一人。

 

「……」

 

 その一人であるフレアはただ黙ってティアへ悟られぬように見詰めている。

 だが、その表情は気付く者が見ればどこか目が険しくも見える。

 

 気にいらない。そうとも取れる目で見ているフレアだったが、丁度ジェイドが自分の方へ顔を向け始めた事で誤魔化すように瞳を閉じた。

 

「おや?……どうかしましたか?」

 

「……いや、少々考え事をな」

 

 ティアを見ていた事はバレてはいなかったが、黙って目を閉じていた事をフレアはジェイドに気にされてしまった。

 当たり障りもなくフレアが考え事だと言うと、そうですか……とだけ言ってジェイドは再びルーク達の会話に戻り、その頃にはルークの怒りも収まっていた。

 

「ったく……で結局、同位体ってのは何なんだ? なんかローレライに関係してるっぽく聞こえたけどよ?」

 

「別にローレライだけに言える事じゃないわ。同位体は音素振動数が同じ存在の事よ」

 

「ん?……音素振動数が同じだけでそんな呼ばれ方すんのか?」

 

 なんだそんな事か。音素振動数の事を知らないルークは拍子抜けの様にツマらなそうに呟くが、そんなルークにティアを首を横へ振った。

 

「音素振動数が同じ事が重要なのよ。本来、音素振動数は指紋と同じで他者や他の存在とは決して同じにはならないの。だから同位体と言う存在は人為的に作らなければ生まれないわ」

 

「本来ならば……そうですね」

 

「あん?」

 

 意味ありげに呟くジェイド。彼の言葉にルークはつい釣られしまう。

 

「どういう事だよ? 同位体ってのは自然に生まれないんじゃねぇのか?」

 

「確かに基本的にはそれで合っています。ですが、稀なケースもあるものです。――なにせ、我々の目の前(・ ・ ・)にその存在がいるのですから」

 

 ジェイドの目線はそう言って隣で佇むフレアへと移され、周りの者達も合わせるかの様にフレアへと顔を向け、ルークも何故に兄が見られるのか分からず首を傾げた。

 

「は? なんで兄上を見るんだよ?」

 

「どういう事なんですジェイド?」

 

 イオンも気になり、ジェイドへ言葉の意味を訪ねた。

 しかしジェイドはどうしようかと、言うのを渋っている様にも見える。……と言うよりも、敢えてその様な態度をしている様にしか見えない。

 

「私が言っても構わないのですが、貴方はどうなのですか?」

 

 言わないのならば自分が言う。と言うよりも言いたい。そんなどこか楽しんでいる様な表情を浮かべながらジェイドは、当事者でもあるフレアへと視線を向け続ける。

 あのジェイドからずっとそんな視線で見られているのだ。フレアは負けたと言わんばかりに小さく息を吐いた。

 

「死霊使いめ……余計な気遣いを。軍属ならば知っている者は多い。別に改めていう事ではない」

 

「そうは言いますが……このメンバーの人達は知らない人ばかりですよ?」

 

 ジェイドの言葉にフレアはルーク達を見渡す。

 ガイは知らない筈がなく、自分には振らないでくれと目で語っているが問題は他の者達だ。

 ルークとイオンはともかくとし、困惑した表情をしている様子からティアとアニスの二人も、フレアの事情を知らないのだと察する事が出来る。

 どうやら軍属でもここにいる者達は知らない者の方が多かった様だ。フレアにとっては寧ろ、この反応の方が新鮮であり、思わず笑みが込み上げてしまった。  

 

「ふっ……まぁ隠す事でもないのだがな」

 

 そう言ってフレアは壁から背を離し、一番よく分かっていないルークの方を向いた。

 

「ルークよ。俺の音素振動数はとある存在の音素振動数と同じなのだ」

 

「とある存在……?」

 

「あぁ、そしてその存在の名は……”イフリート”と言う」

 

 そう言った瞬間、ジェイドとガイを除いたメンバー達がざわつく。

 そんな中でルークも、ついさっき聞いた言葉故に先程までよりは理解が早かった。

 

「イフリート? イフリートって確か……」

 

「第五音素の意識集合体の総称よ。……驚いたわ。そんな存在と音素振動数が同じだなんて……でも確かにそう言われると納得だわ。……チーグルの森であれだけの第五音素を糸も簡単に制御しているんだもの」

 

「って言うかイフリートの同位体って……色々とヤバイ存在なんじゃ……?」

 

 ルークとティアの会話を聞きながらアニスは冷や汗を流しながらも、何とか作り笑顔を維持しようとする。

 観測され、その存在も知られているとはいえ意識集合体そのものは、日頃自分達の傍にいる存在ではない。

 どちらかと言えば空想上の存在と言う認識の方が近く、そんなイフリートの同位体であるフレアは一体どういう存在なのかアニスは分からなくなっていた。

 先程までの媚びを売る様な態度から変わり、アニスは表情は変えてはいないものの目は奇怪なモノを見る様だった。

 だが、フレアにとってはそんな目は慣れたもの。この事実を知ってまともに己を見る者等、本当に殆どいなかった。

 故に、フレアからすれば元々、評価の低かったアニスからそんな目で見られても痛くもない。

 

(今更、そんな目で見られた所で何も感じはしない)

 

 何も感じないのだ。奇怪な者を見る目。化け物でも見るかの様な視線。

 それらを十年以上前から全てを受けていたフレアの心は既に死んでいる様なもの。

 自国や他国も同位体は”兵器”としか見ていない。

 ”イフリートの同位体”という名の兵器として生きて来たからこその焔帝(・ ・)の名だ。

 だからこそ周りが何と思おうが、それはこれからも変わらないだろう。周りの空気が変わった様な今の状況でもと、フレアは孤独の笑みを浮かべながらそう思っていた。

――すると。

 

「おい! アニス、兄上に変な事言うんじゃねえよ! イフリートの同位体だからって兄上は俺の兄上だ。たかが同位体ぐらいで騒ぐなっつうの!」

 

 周りを一喝する様に空気を変えたのルークだった。

 アニスの言葉に、尊敬する兄へ対する事だった故に悪く言われたと感じ取り、ルークは苛ついた様にアニスを睨む。

 

「うっ……ご、ごめんなさい。ア、アニスちゃんたら悪い子。てへっ♪」

 

 上手く誤魔化そうとするが逆に空気が固まる。

 このタイミングで猫を被るなと、ほぼ全員が呆れた眼差しでアニスを見詰め、アニスも流石に無理があったと沈黙する。 

 そんな中、己を庇ったルークの姿に不覚にもフレアは驚いた様に目を大きく開け、そして視線をルークから外せなくなっていた。

 すると、そんなフレアの様子に気付いてはいないものの、ガイは今のルークの言葉を聞いて困った表情を浮かべる。

 

「まぁ……そうは言うがなルーク。同位体ってのも色々と特殊なんだ。第五音素そのものであるイフリートの同位体である以上、フレア様は特別なんだ」

 

「特別なら凄い事だろ? やっぱし兄上はスゲェんだな」

 

 ルークの表情に迷いはなかった。寧ろ、純粋過ぎる程だ。

 全てが彼からすれば本心だったのだろう。普通ならば色々と悩む様な相手でも、ルークからすれば自分の兄が思っている以上に凄い存在だったと分かったぐらいでしかなかった。

 

「……」

 

 すると、ルークの言葉を聞いたフレアは皆に背を向けて扉から出て行こうとする。

 何も言わずに素早いその動き。それはまるでルークの姿を見ているのが辛く、それを誤魔化しているかの様だった。

 

「おや?……どうかしましたか?」

 

「そろそろアリエッタの様子も確認しなければならん。ブリッジにも顔を出したいしな……丁度良い」

 

 フレアに気付いたジェイド。彼の問い掛けにフレアは背を向けたまま答える。

 自分でも分からない今の表情を誰かに見せたくなかったのだ。

 だが、そんなフレアに気付き、ルークは立ち上がった。

 

「あっ、兄上! 部屋に籠りっぱなしじゃ退屈だぜ……俺、どっか見て回りたい」

 

「そうだな……生憎と前方の甲板は譜業砲の整理で入る事は出来んが、後方の甲板ならば大丈夫だろう。俺も後で向かおう」

 

 ルークにそう言うとフレアは部屋を出ようとするが、今度はジェイドが立ち上がった。

 

「では、私は機関室辺りでも見て来るとしましょう……」

 

「仕返しだな……」

 

 どこかで聞いた事のある言葉に反応しながらもフレアはようやくその部屋から出て行き、その後にルーク達も後方の甲板に向かった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:戦艦イフリーナ【後方の甲板】

 

 ルーク達が光焔騎士に案内されながら後方の甲板に足を踏み入れた時だった。

 甲板から見える景色。その中でケセドニア方面の方を見たガイが異変に気付き、駆け足で近くまで行き、甲板から少しだけ身を乗り出した。

 

「おい! なんだあれは……!」

 

 ガイが指さす方向にはケセドニア方面からイフリーナに向かってくる空飛ぶ”何かの集団”だった。

 離れ過ぎて黒い点にしか見えないが、徐々に近付いて来る事でその正体に皆も気付いた。

 

「あれは……魔物の群れ?――いや神託の盾!」

 

「なんですって……!」

 

 ジェイドの言葉にティアも目を凝らして見詰めると、徐々に近付いて来る魔物の群れ。その背中には確かに武装したオラクル兵達が乗っている事に気付く。

 しかも、そのスピードは思っているよりも早く。既に黒い点にしか見えなかった姿が今では遠目でも姿をしっかりと確認できる程だ。

 ジェイドも既にそれに気付いており、近くにいた光焔騎士に向かって叫んだ。

 

「ブリッジに報告! 敵襲です!!」

 

「は、はい!?」

 

 伊達にピオニー陛下の懐刀ではない。ジェイドの気迫に圧され、光焔騎士は急いで近くの連絡管からブリッジへ声を上げようとした瞬間、イフリーナ全てに警報が響き渡った。

 

『各員に報告! ケセドニア方面から多数の魔物の群れを確認! 同時に神託の盾も確認しており、急ぎ戦闘態勢に入り、手の空いてる者は譜業砲の発射準備を急げ!』

 

 警報と共に響き渡る光焔騎士の声と同時、艦内は急激に騒がしく鳴り始めたとルーク達が思った瞬間、巨大な爆音が響く。

 

「なんだ!?」

 

「イフリーナの譜業砲だ!」

 

 大気の音素。又は譜術士達が送る音素を圧縮し、巨大な音素の砲弾を発射する音機関。それが譜業砲である。

 その存在を知らないルークが音に驚き、それを音機関オタクのガイが説明してあげる。

 そんな間に譜業砲は更に発射され、迫って来ていた神託の盾と魔物に次々に直撃し、力無く海へと落ちて行くがそれでも突破して来るオラクル兵もいた。

 まさに決死の覚悟での特攻染みた攻撃にティア達も敵の覚悟に息を呑む。

 

「この砲撃の中を掻い潜って来るなんて……何としてでもイオン様と親書を奪う気ね」

 

「戦艦とは言え俺達は海の上だ。もしかして……敵の狙いはイフリーナを沈めるつもりなんじゃあ?」

 

「いえ……沈めるつもりならば、こんな特攻めいた作戦以外にもやりようは幾らでもあります。他に敵には何か考えがあると……思うんですがどうでしょうか?」

 

 ガイの言葉に少し考え込むようにしながら呟くジェイドの姿にルーク達は首を傾げる。

 ジェイドの割には珍しい姿であり、どこか弱腰に見えなくもない。

 

「ジェイド……どうかしましたか?」

 

「おっさんにしては何か弱腰だな。なんか心配事でもあんのかよ?」

 

「心配事……と言えばそうなりますね。実を言うと、こんな胡散臭い作戦を立てる人物に心当たりがありましてね……」

 

 ジェイドの表情はどこか暗い。と言うよりも面倒そうな表情をしていた。

 今までのジェイドならば任務第一とし、襲撃者である神託の盾へ対して絶対な姿勢で挑んでいた故に皆も違和感を抱いてしまう。

 

「大佐は今回の襲撃犯に心当たりが……?」

 

「まだ断言は出来ません。確信もない以上は今は――」

 

 言うべきではない。そう言おうとしたジェイドだったが、突如としてそれは叶わなくなる。

 自分達の目の前に突然鉄の塊(・ ・ ・)が降って来たからだ。

 

「一体なんだこいつ!?」

 

「音機関……!?」

 

 兄の戦艦に土足で踏み込む鉄塊にルークは怒りと驚きでややパニックになりながらそれを見上げ、一緒に見上げたガイはその形状や周りの構造からこの鉄の塊を音機関と判断した。

 ライガクイーンと同じぐらいの大きさをした球体の身体。大の大人も掴め、八つ裂きにする事が出来るであろうトラバサミの様な腕。

 誰がどう見ても戦闘用の音機関である。

 

「なによこの音機関! 騎士団の新兵器!?」

 

「いいえ! こんな戦闘用の音機関を投入するだなんて話は聞いた事がないわ!」

 

 この場面で自分達の目の前に現れた以上は敵としか思えない。

 だがアニスもティアもこんな複雑な酷いデザインの音機関を知らず、ミュウを抱きながら下がっているイオンも首を傾げていた。

 そんな全員がそんな複雑な気持ちを抱く中、ジェイドだけはどこか酷い顔を浮かべ、同時に目眩を覚えた様に手を額に触れさせていた。

 

「前言撤回。誠に不本意ですが……襲撃犯に心当たりがあります。こんな作戦の実行。そしてこんな音機関を作るのは――」

 

「ハーハッーハッーハッ! ようやく気付きましたか……我がライバル! ジェイド・カーティス!!」

 

 上空から響き渡る他者を小馬鹿にしたような笑い声。

 ルーク達が一斉に声に釣られて見上げると、そこにいたのは自作の宙に浮かぶ椅子に腰を掛ける一人の男。

 神託の盾六神将・ディストその人であった。

 

「……やはりディスト」

 

「あぁ……納得」

 

 ディストの姿を確認した瞬間、ジェイドとアニスの表情が死んだ様に沈黙しながら見上げ続ける中で……。

 

『……』

  

 メンバーとディストをイフリーナの陰から一人の光焔騎士が見ていた事には誰も気付く事はなかった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:イフリーナ【ブリッジ】

 

 イフリーナのブリッジの中にフレアはいた。

 襲撃されているといえ、冷静に対処している騎士達の様子にフレアは特に反応する事はしなかった。

 自分が指示を出すまでもない事が分かっているからだ。

 そんな風にフレアが状況を静観する中、一人の光焔騎士がフレアの傍に寄り耳元に囁く。

 

「予定通り……死神ディストとルーク様達が接触。そのまま戦闘を始められました」

 

「……時間通りだなディストは。――お前達は取り零したオラクル兵を排除後、後方の甲板に向かいルーク達と合流しろ。俺も後で向かう」

 

 それは本来ならば異常な会話であった。

 自分達の戦艦が襲撃され、その主犯が今まさにルーク達と戦っているにも関わらず、フレアも光焔騎士達も誰も焦る様子もなければ助けに行こうとする動きもない。

 囁いているとはいえ、その会話は他の光焔騎士にも聞こえている筈だが誰も動かない。

 まるで最初からこの襲撃の結末を知っていたかのように……。

 

「さて……俺も動くか」

 

 そろそろ艦内で自分も動かなければ、事の終わり次第にジェイドに何を言われるか分かったモノではない。

 所謂、アリバイ作りをすれば後でなんとでも言える。

 

「ディスト相手とはいえ、今の死霊使いがどれ程まで戦えるかも見物だな」

 

 色々と話は聞いていたが、封印術に掛かったジェイドの実力をフレアはまだちゃんと見ていない。

 故にフレアはそう言いながら僅かに口元を上げ、微笑むようにそう呟いてブリッジから出ようとする。

 すると、そんなフレアの下に一人の光焔騎士がブリッジの扉を開けて近づいてきた。

 慌てている様子はなくとも、どこか光焔騎士がやや平常ではない事を察したフレアは何かがあったと思い、その騎士の言葉に耳を素早く傾けた。

 

「フレア様。……左舷から神託の盾が接近。特徴から”六神将”であるとの事です」

 

「ほう……二つ名は?」

 

 ディストからは他の六神将が共に攻めるとは聞いていない。

 シンクが乗り込んだ可能性もあるが、その割には作戦も変わらずフレアは腑に落ちない。

 ならば考えられるのは、その六神将の独自の判断しかなかった。

 

 そして、フレアの問いに既に目星が付いていた様だ。光焔騎士はすぐにその問いに応えた。

 

「”鮮血”です」

 

「……またアイツか」

 

 度重なる奇襲。

 最早、アッシュがヴァンからの命令に従っているとは思えない。

 完全に個人の判断で動いており、明らかに何かを企んでいるとフレアは察した。

 

(やはり”計画”の事が漏れたか……?)

 

 アッシュがヴァンから離反する真っ先の理由。それは彼等は企てている計画しかないとフレアは真っ先に思い浮かべ、険しい表情のままブリッジを後にした。

 

 

▼▼▼

 

 現在:イフリーナ【甲板(前方)】

 

 イフリーナの甲板。そこは特にフレアを妨げる様な物は何もなく、広々とした空間であった。

 当然だが、ルークに前方の甲板に入れないと言ったのは嘘である。

 ディスト達とそう計画していたのだから当たり前だ。

 だからこそフレアもここに来る予定はなかったが、同じ様に予定のない客の出迎えをする為にここにいる。

 

「……」

 

 甲板に立ちながら、艦内が静かになったのをフレアは感じ取った。

 残存のオラクル兵は皆、狩り尽くしたのだろう。

 やや強い風を受け、長く赤い己の髪を靡かせながらフレアは静かにその時を待つ。

 残りの敵戦力であろうディストはルーク達が戦っている中、フレアは自分の戦う相手が目の前に降りてきた事で静かにその存在に近付くと、その存在である”鮮血”は鋭い眼光をフレアへ向けた。

 

「焔帝……!」

 

「またお前か……」

 

 怒りを纏ったアッシュに対し、フレアは焔帝の名には似合わない冷静な口調で返す。

 

「一体、何をしに来た? ディストの手助けではあるまい?」

 

「ハンッ! 当たり前だろうが。俺の目的は――テメェだ!!」

 

 アッシュはそう叫んだ瞬間、素早く剣を抜刀してフレアへ迫り、両手でその剣を振り落とす。

 だが、フレアは無駄のない動きでフランベルジュを右腕で抜刀し、アッシュの怒りを乗せた一撃を受け止める。

 

「ぐっ!?」

 

 受け止められた衝撃でアッシュの表情が歪む。

 踏み込みは全力であり、両手で重い一撃をアッシュは放ったつもりだった。

 しかし現実は非情。その一撃はフランベルジュを持つ右腕だけで受け止められ、そこからビクとも動かない。

 この細く見える腕のどこにそんな力があるのか、アッシュは困惑すると同時に恐怖する。

 自分とフレアの力の差。感情的とはいえ、その実力差を潜在的に悟ってしまったからだ。

 

「無駄が多いな。――動き(・ ・)思考(・ ・)も」

 

 フレアの呟き。それを聞いた瞬間、アッシュは腹部に衝撃を感じ、そのまま体が宙に浮いた感覚を覚えた。

 世界が周り、気付いた時にはアッシュは甲板に背を強く打ち付けていた。

 

「ぐぁっ!」

 

 身体から酸素が飛び出して行く。

 受け身すら取れず、そのダメージがそのまま自分に降りかかったアッシュだが、彼もまた強い意志を持ってフレアの前に立っているのだ。

 大の字に倒れながらも、アッシュは静かに何やら呟き始める。

 

――氷の刃よ 降り注げ。

 

 それは詠唱。青き水の光を放ちながらアッシュの身体を青き譜陣が展開される。

 そしてその譜陣から発せられる第四音素の光は急激にアッシュの真上に集まり、それは一つの大きな球体となった。

 

「水の譜術?……いや、あれは氷か」

 

 アッシュの生み出した球体からは潤いよりも、辺りを凍てつかせる冷気が溢れていた。

 タルタロスで学んだ事でアッシュがフレアへ第五音素を使用する事はもうないだろう。

 そして、その球体が一段と輝きを増した瞬間、アッシュの譜術は完成した。

 

「喰らいやがれ!!――アイシクル・レイン!」

 

 

 球体から放たれる氷塊。それは鋭利な形になっており、大の大人を容易に貫けるほどの大きさだ。

 それが10発以上も同時に放たれ、文字通り雨の様な勢いでフレアへと向かって行く。

 

「第四音素の上級譜術……だが、まだ粗い」

 

 フレアは左腕を目の前に翳すと、辺りに黒い音素が発生する。

 闇を司る第一音素。その譜陣も同時に展開し、フレアは素早く詠唱を唱える。

 

「降り注げ 悪魔の聖槍――デモンズ・ランス!!」

 

 フレアが詠唱を唱えてから術の発生。それはアッシュに比べれば間が殆どなかった。

 己へ向かってくる氷槍。それへ飛び込むように放たれる闇槍。それをフレアは全てコントロールし、闇槍を全て氷槍へ一発も漏らさず相殺させた。 

――否、相殺で終わらず、数発はそのまま氷槍を砕いてそのままアッシュへ向かって行く。

 

「なっ!?」

 

 目の前の脅威を前に、アッシュは身体に鞭を打って立ち上がり、剣を己に襲い掛かるデモンズ・ランスの残りを払う様に振る。

 

「このっ――!」

 

 弾くなりして己の左右にそれる闇の槍。その全てを避ける事は不可能であり、アッシュは急所でなければ多少のダメージも辞さない覚悟だった。

 右腕、左足、脇腹を掠って行く中、汗が流れ、髪型が崩れようともアッシュは必死に目の前の攻撃に耐えて行く。

 そしてとうとう最後の一発。それ目掛けてアッシュは大きく剣を振り上げた。 

 

「くそがぁ!!」

 

 振り下ろされる一閃。真っ二つに割れる闇槍。

――そして、その割れた間から飛び込んできたのは”紅”だった。

 

――剛・魔神炎。

 

 強烈な剛炎が壁の様に高く、凄まじい勢いでアッシュへ迫る。

 

「っ!」

 

 アッシュは右へ飛んだ。殆ど無意識、反射的に避けただけだった。

 しかし炎を回避できたのは事実。すぐさま呼吸を整えて反撃しなければ危機は去らない。

 震える拳を握り締め、アッシュは己に言い聞かせるように立ち上がり、顔を敵である男へと向けた。

――瞬間、フレアの言葉にの顔は既に目の前(・ ・ ・)にいた。

 

――遅い

 

「!?」

 

 まるで自然の音の様、気のせいだと錯覚させるような声がアッシュの耳に届いた瞬間、アッシュは右手に強烈な痛みを覚えて剣から手を離してしまう。

 

(一体、何が起こりやがった……!)

 

 この行動も反射的にでありアッシュは自分で動いたのだが、その行動の意味は分からなかった。

 フレアが何かしたのは分かっているが、アッシュは後方に飛んでフレアと距離が離れた事で視界が広くなった瞬間、ある物が目に入る。

 

「折れた剣……!」

 

 刀身と持ち手部分が分かれた剣。

 それは見覚えがあり、自分が使っていた剣だった。その剣が折れている。

――否、アッシュはその剣の折れ方の異常に気付く。

 

(溶けてやがる……!)  

 

 風に乗って流れる不快な異臭。その発生源である折れた剣はまるで溶けたチーズの様に歪んでいた。

 それを理解した時、アッシュは全てを理解した。

 先程の痛み。それはまるで火傷した時の感覚そのものであった。

 つまり、フレアによってアッシュは武器を”溶断”されたのだ。 

 

「なん……なんだ……その剣は……!」

 

 アッシュの意識は溶断を行ったであろう元凶。その赤い魔剣・フランベルジュへと向けられる。

 

「古の時代……創世歴時代にイフリートが生み出した魔剣――フランベルジュだ」

 

 フレアはフランベルジュをアッシュへと向けた。

 今まではイフリーナの鞘。そして戦闘ではフレアによって制御されているとはいえ、フランベルジュは魔剣なのだ。

 どれだけ質が良かろうが、所詮は人が作ったただの剣を溶断するのは容易いどころではない。

 陽炎を発するフランベルジュ。そしてそれを制御するフレア。

 そんな存在を前にアッシュからは冷や汗が止まらない。

 

「魔剣……そしてイフリート……ありえねぇ……!」

 

「結局こうなったか。――とっとと俺の前から失せろ。目障りだ」

 

 アッシュの戦意が消えたのをフレアは感じ取った。

 ならば相手をする理由などありはしない。タルタロスの時と同じであり、何も進歩していないのだから当たり前でしかない。

 

 フレアは冷めた瞳で振り返り、アッシュを見下す。

 

「救えんな……燃え滓」

 

「救えねぇ……だと……! ふざけんな……! ふざけんな! だったらテメェは誰を救うつもりだ!?」

 

 ”アクゼリュス”を滅ぼそうとしているお前達が!!

 

「!……なんだと?」

 

 その場を去ろうとしたフレアの足が止まる。

 今のアッシュの言葉はフレアにとって聞き捨てならない言葉だったからだ。

 

「アクゼリュスを滅ぼす(・ ・ ・)……?」

 

「そうだ! ヴァンがテメェと組んでん事は分かってる! だから応えろ! 何故、ヴァンはアクゼリュスを滅ぼそうとする!!」

 

 アッシュは心の奥に直接語り掛ける様に叫んだ。 

 地に這いつくばりながらも喰らい付こうとするアッシュ。

――だが。

 

「くく……ハッハッハッハッ!!」

 

「!?」

 

 アッシュの言葉にフレアは大きな笑い声をあげ、その姿にアッシュは呆気になった。

 流石のアッシュもこのタイミングで笑うとは思わず、その笑い声も寧ろ清々しい程の笑い声だ。

 

――俺は勘違いしていた様だ。

 

 フレアは己の勘違いによって笑っていた。

 どうやら自分が思っていたよりもアッシュには警戒する価値はなく、ヴァンの言う通り、計画には何の問題はもなかったのだ。

 そうフレアは思いながら、今までの自分の考えが可笑しくて仕方なかった。

 しかし、フレアにとって可笑しくとも、アッシュからすれば受け方は別だった。

 

「テメェ! 何を笑ってやがる!!」

 

 アッシュは鋭い目つきでフレアを睨み付けた。

 先程まで死んでいた敵意も蘇り、今にも噛みつきそうだ。

――その相手がフレアでなければ実現していただろう。

 

「……」

 

 笑うのを止めたフレアは落ち着きを取り戻し、笑っていた事で下げていた顔をアッシュへと向ける。

 そして――

 

「消えろ」

 

「なっ――がはっ!!?」

 

 アッシュの世界が急激に浮かぶ。

 気付けば、自分がフレアの左腕に首を掴まれ、そのまま上へと持ち上げられていた事に気付くが喉に掛かる圧迫感に嗚咽感が込み上げてくる。

 

「ぐっ――おぇ!?」

 

「消えろ燃え滓。何も知らず……そのまま!」

 

 フレアは左腕だけでアッシュをそのまま投げ飛ばし、そのままアッシュの身体は甲板から海へと落ちて行く。

 

「フレア・フォン・ファブレェェェェェェ!!!」

 

 海へ落ちる間際、アッシュの己の名を呼ぶ怒号が響き渡るが、フレアは特に反応なくアッシュが落ちた場所を見下ろす。

 そこには既に波しかなく、このまま海に沈んだとも考えられた。

 

 死んだら死んだで別に構わん。

 

 フレアの表情はとても冷たく、アッシュの事を思いやる素振りなどは微塵もなかった。

 ”計画”の事でアッシュは必要だが、それはあくまでも”ヴァンの計画”でしかない。

 

「計画が早まるが、あの女を焚きつけるか……」

 

 フレアはそう呟き、頭の中で己の”計画”の誤差の修正を考え始める。

 

――ティア・グランツ。バチカルに戻り次第、そちらの方も動く事にしよう。

 

 フレアはそう考えながら静かにその場を去ろうとした時、タイミングを計っていた様に一人の光焔騎士が近付いてくる。

 

「フレア様! 妖獣のアリエッタの件でご報告が……」 

 

「どうした?」

 

「いえ……それが先程の襲撃の件で怖くなったのか、泣き叫んでおりまして……どうしたものかと……」

 

 どうやら先程の襲撃が情緒不安定気味だったアリエッタを刺激したらしく、牢の中で泣き叫んでいる様だ。

 それでどう相手をするか分からず、光焔騎士はフレアへ指示を仰ぐとフレアは小さく笑う。

 

「フッ……また子守りをせねばならないか。あの妖獣の代金は高いものだな……」

 

 そう呟き、フレアは落ち着いた様子でアリエッタの牢へと向かって行った。

 

 

 

END



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話: 激突! カイザーディストR

お久し振りです。
投稿が遅くなった詳しい理由は、ペルソナの方の最新話。それの前書きを見て頂ければ幸いです。

一言で言えば、現実が"負"でした。


 現在:イフリーナ【牢屋】

 

「ヒック……! うぅ……イオン様……!」

 

 イフリーナの牢屋。その中の一室でアリエッタは涙を流しながらイオンの名を呼んでいた。

 

「うぅ……さっきのは……」

 

 泣きながらも自分を慰めようと近くにいてくれる魔物を撫でながら、アリエッタは先程までの揺れや轟音を思い出す。

 魔物に育てられただけあり、アリエッタの耳もそれなりに良く、轟音の中に混ざって叫び声などがあったのは分かった。

 同時に潮の匂いに混じって漂う血の匂い。戦いが起こっているのはアリエッタにも感じることが出来ていた。

 だが彼女が不安なのは、それによっての自分の命の危機とかではない。

 この戦闘でイオンの身に何かが起こっていないか、それが不安なのだ。

 

「アリエッタ……イオン様の傍にいられない……守ってあげられない……!」

 

 イオンの危機に何も出来ない自分。それが不甲斐なく、アリエッタが更に涙を流した時だった。

 

「どうした……?」

 

 牢屋の扉が開き、そこからフレアが心配した様にアリエッタの下にやって来た。

 フレアは自分が管理しているだけあり、鍵を開けると牢の中へと入ってアリエッタの傍で膝を付いた。

 

「フ、フレア……イオン様……イオン様は……!」

 

 アリエッタは不安な表情を隠さず、人形を抱いていない開いている右手でフレアの服を掴む。

 前に話した事もあって、アリエッタはフレアへ心を前よりは開いてくれている。

 その為、今の彼女とならばフレアの言葉にも多少の信憑性を持ってくれるだろう。

 

「安心して良い。イオンは無事だ。彼の周りをルーク達と光焔騎士達が守っている。彼の身に何か起こる事はない」

 

「うぅ……本当……ですか?」

 

 フレアの言葉を聞いてアリエッタはぬいぐるみを持つ手を強めた。

 元々の彼女の性格なのだろう。泣き虫と言うか、不安がると言う感じ。

 

「あぁ……大丈夫だ」

 

 フレアはアリエッタを落ち着かせるように優しく言い。そのまま彼女を優しく抱きしめると、アリエッタを自分の肩辺りに顔を埋めさせながら、背を優しく叩く。

 

「イオンを心配するのは分かる。君はとても優秀な導師守護役だったとイオンが言っていた。――だから、そんな君の身に何かあればイオンが悲しむ」

 

「!」

 

 アリエッタはその言葉を聞くと、意味を理解した様に落ち着きを取り戻し始める。

 同時にフレアの優しい口調、そして温もりもあって段々と眠りについてしまう。

 疲労や泣き疲れたのだろう。そんな様子のアリエッタを備え付けの簡易のベッドに寝かせるとフレアは鍵を掛け直して牢を後にした。

――瞬間だった。

 

『ああぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 何やら間抜けな叫び声がフレアの耳に届いた。

 

 

▼▼▼

 

 現在:イフリーナ【後方・甲板】

 

 ご自慢の音機関と共にルーク達を襲ったディスト。

 彼の今の気分はハッキリ言って……最悪だった。

 

「ああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 自分でも間抜けな叫び声だと分かっていても止める事は出来なかった。

 

 華麗な紹介をしようと自称の二つ名『薔薇』を名乗れば、鼻タレやら死神やら言われ。

 目的の音素盤を隙を突き奪い返すと、もう全て覚えたから良いとジェイドに馬鹿にされ。

 挙句の果てにはたった今、最高傑作の音機関【カイザーディストR】にジェイドが水属性の譜術を放った事でさぁ大変。

 放電しながら明らかにカイザーディストRが動きに異常をきたしたのだ。

 

「なんて事をするんですか! 防水加工しているとはいえ、そんな大量の水を放てば壊れてしまうじゃありませんか!?」

 

「完全に壊されたくなければさっさと退きなさい」

 

――次はありませんよ。サフィール?

 

 ドスの効いた声でディストにジェイドは言い放ち、その迫力に思わず椅子から落ちそうになるディストだが、そこは腐っても六神将。

 負けて堪るかと言わんばかりに怒鳴り返す。

 

「だまらっしゃい! このカイザーディストRに幾ら注いだと思ってるんですか!!」

 

「そんなガラクタに大金注ぎ込んだの?……あほくさ」

 

 ディストの言葉にアニスは心底呆れた様子で言い放った。

 作ったのがディストとはいえ、何だかんだ中身は高性能。だが、アニスの様に良さが分からない人から見ればガラクタでしかないのだ。

 

「音機関はガラクタじゃないんだぞ……」

 

 メンバーの唯一の音機関マニアのガイだけが擁護するが、その呟きを聞こえている者は誰もいなかった。

 しかし、こうなると面倒なのは状況だ。全く話が進まない事に業を煮やしたのルークだった。

 

「おい! ジェイドにアニス! アイツはお前等の”身内”なんだろ! だったら早く何とかしろよ! これは兄上の戦艦なんだから巻き込むんじゃねえよ!」

 

「……はぁ。ディストのせいで変な誤解を受けてしまいましたね」

 

「ディストの身内って……ハァ……」

 

 ルークにディストの身内認定されたジェイドとアニス。

 二人は余程ショックなのか、溜め息を吐きながら肩を落とす。

 そしてそんな誰が見てもショックを受けていると分かる態度。それにディストが黙っている筈がなかった。

 

「ムッキィィィィ!! どこまでも馬鹿にして! 行きなさいカイザーディストR!! 私に楯突く者はジェイドだろうが導師だろうが叩き潰しなさい!!」

 

 音声認識も可能なのだろう。

 ディストの声に反応する様にカイザーディストRは再び激しく動き始めた。

 相変わらず放電し、動きも最初の頃の繊細さは影もないが逆にそれが危険を呼ぶ。

 

『!……!!!』

 

 カイザーディストRはルーク達だけではなく、周りにある物と言う物全てに攻撃を行い始めたのだ。

 それを一言で現すならば”暴走状態”しかない。

 

「マズイ! 完全に暴走してるぞ!? さっきの旦那の攻撃で中の基盤や部品に異常が起きているんだ!」

 

「……やれやれ。このままではあの焔帝に修理代を請求されかねませんね」

 

 戦艦とはいえ巨大な鉄の塊が暴れれば無傷で済むはずもなく、ジェイド達がいるこの甲板の一部にも被害が出ていた。

 床は凹み、吹き飛ばした音素砲は砲身が変形している。

 そんな中、主犯格のディストを身内にされた以上、色々とフレアの耳に入ればまた何か言ってくるに違いないとジェイドは考えていた。

 

(まぁ……その時は護衛の事を出す事にしましょう)

 

 ジェイドはそう思いながら槍を出現させた。

 いつまで経っても来ないフレア本人と光焔騎士達。神託の盾と魔物に手こずっているとも思えるが、それでもここまで導師を放っておくのはナンセンスとしか言えない。

 ジェイドは反撃用の言葉を考えながら、目の前の馬鹿を素早く撃退する事にした。

――時だった。

 

「この野郎! 兄上の戦艦をこれ以上やらせるかよ!」

 

 ジェイドが仕掛けるよりも前にルークが飛び出したのだ。

 頭に血が上っているのか剣すらも抜いておらず、その様子にティア達も慌てて止めに入る。

 

「ルーク! あなた一人で勝てる相手じゃないのよ!?」

 

「待つんだルーク!」

 

「ルーク!」

 

「ご主人様!」

 

 ティアやガイ。そしてイオンとミュウも止めようとするが、ルークも無策な訳ではなかった。

 

「大丈夫だって! あの鉄ゴミは水に弱いんだろ! だったら試したい事があんだよ!」

 

 ルークは自信満々に答えたが、他のメンバーは日頃のルークの性格と無知を知っている為、ハッキリ言って不安を拭う事は出来なかった。

 

「ティア。ルークは第四音素を扱えるのですか?」

 

「い、いえ……基礎知識は教えましたが音素自体の扱いについては特には……」

 

 ティアが教えたの一般的な基礎知識と簡単な応用だけだった。  

 音素そのもの扱いについては馬車では難しく、野宿中もそんな暇はなかった。

 故に第四音素の譜術や技をルークが扱えるとはティアには思えなかった。

 

「ならば、あの自信は……」

 

 ジェイドはティアの言葉を聞いて更に分からなくなった。

 焔帝ならばまだしも、目の前の貴族のボンボンであるルークが何か出来るとはジェイドは全く思っていなかった。

 しかし、それを踏まえてもルークの自信はあり過ぎていた。

 本当に策があるのか。それともやはり何も理解していない世間知らずのご子息なのか。

 ジェイドが万が一に備えて構えを取った時、ルークは右手に力を込め始める。

 

「いっくぜこの野郎!!」

 

 ルークは適当に音素を込め、それを破裂させる技『烈破掌』の構えを取る。

 だが烈破掌は、所詮初心者向けの技である。小さな衝撃を生むのがやっとの技では六神将ディストが造った戦闘用音機関の装甲を破れない。

 

――ただの衝撃では。

 

「砕けちまいな!」

 

 烈破掌の構えのままルークは、音素を溜めたその手をカイザーディストRの周辺に存在する青き第四音素のサークルへと向ける。

 そして、そのルークの行動に漸くティアとジェイドが彼の意図に気付く。

 

「あれは第四音素のFOF(フィールドオブフォニムス)!?」

 

「音素を変異させるつもりですか……!」

 

 音素濃度が濃い場所で発生すると言われる現象。それが”フィールドオブフォニムス”通称FOFである。

 濃度の濃い第1~第六音素がサークル状の形で現れる現象であり、自然環境でも発生する事があれば戦場で譜術士達が放った譜術によって発生する事もあると言われている。

 

 それをルークは知っていたのだ。馬車でティアから聞き、それを今思い出した。

 そして第四音素のFOFに反応した事で烈破掌が”変異”する。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 ルークの叫びに呼応するかの様に掌に集まる音素の塊、それは大きな氷の塊へと姿を変えた。

 それはティアから学んだ知識を生かしたルークの機転。それから生まれた新たな技――。

 

絶破烈氷撃(ぜっぱれっひょうげき)!!」

 

 新たな氷塊を砕き、その衝撃で相手を吹き飛ばす技。それが絶破烈氷撃だ。

 破裂させる音素が氷塊となり、掌よりもやや大きめの氷塊がルークの前に現れる。

 

――だが。

 

「駄目だ! あれじゃいくら第四音素でも効果は薄いぞ!?」

 

 ルークが放った技。それを見たガイが焦る様に叫んだ。

 それはあまりにも小さかったのだ。ルークから放たれた氷塊、それは人間に対して行えば多大なダメージを与えた事だろう。

 だが巨大な鋼鉄の装甲を突破するには威力が足りない。

 事実。ルークがカイザーディストRへ放った氷塊の大きさは敵の全身は疎か、アームすらにも匹敵していなかった。

 

「クソッ……!」

 

――これ以上、兄上の船を好きにさせるかっつうの!

 

 氷塊の小ささには流石にルークも気付いてはいた。自分が劣勢である事にも。

 しかし今、勝手に戦場にしている場所は兄フレアの船だ。

 ジェイド、アニス、ディスト。他人の都合で尊敬する兄の船を好き勝手にされるのをルークは我慢ならないのだ。

 だがそれ程の想いを持っても現実は非情だ。

 

「ハァーハッハッハッハッハッ! ジェイドならばまだしも、所詮は焔帝の付属品でしかない貴様にやられる様なカイザーディストRではありませんよ!」

 

 ディストが勝利を確信した様に叫ぶ。

 ルークの耳にもティアやガイ、そしてイオンとミュウが心配する声が聞こえる。

 ついでにジェイドの溜め息も聞こえた。また勝手に見下されているのだろう。

 

「力が……力が足りねぇ……!」

 

 出し切る事の出来ない不完全燃焼な感覚。掌も長時間氷塊を維持している為、徐々に悴んでき始めた。

 

――誰でも良い。力を貸しやがれ……!

 

 それでも諦める事をしないルークの心の叫び。――諦めの悪さがなる様にしてその”好機”を掴む。

 内ポケットにしまっていた”それ”がルークの叫びに呼応する様に青く光り輝いた。

――瞬間、ルークの氷塊が爆発する様に破裂し、そのまま氷は浸食する様に拡大。そのままカイザーディストRの全身を包み込む。

 

「なっ!?」

 

「何が起こったの!?」

 

 

 ジェイドとティアが目の前の光景に驚き叫ぶが、そんなメンバーよりも驚いたのはディストだった。

 ディストは目の前の氷漬けにされたカイザーディストRに慌てて近付くが、カイザーディストRはピクリとも動かなかった。

 

「アァァァァァァァァ!!? なんですかこれは!? あ、ありえない! あり得ませんよ!!」

 

 ディストは椅子に仕込んでいた整備道具を取り出し、カイザーディストRを包む氷を砕こうと道具で何度も叩いた。

 しかし氷はビクともせず逆に叩き続けた道具にも氷が纏わりつき、まるで”意志”を持っているかの様に浸食してそのまま氷漬けとなってしまう。

 そんな事態にディストは反射的に手を離したが、氷漬けになった道具は地面に落ちると同時に砕け散り、その光景にディストは背筋を凍らせる。

 

「ヒ、ヒィィィィ!!?……そ、そんな馬鹿な! 本当にありえない!?――何故だ! 何故、お前にこれ程の第四音素を扱える! アッシュですらここまでの音素を扱う事は出来ないのに!」

 

 余程信じられない事なのだろう、ディストはルークと氷像となったカイザーディストRを交互に見ながら叫び続ける。

 眼中にすらなかったルークから受ける痛手、それにディストは信じる事は出来なかったが理由はそれだけではない。

 

――何故だ? 何故、あんな”出来損ない”如きに……!

 

「……ふぅ! ふぅ!――なんなんですか貴方は!?」

 

 落ち着かせる様に呼吸を整えながらディストは目の前で座り込むルークへ睨み付ける。

 そして睨まれた本人は、ディストからの問いに過剰な音素の使用に疲れ果てていたが根性で睨み返し、表情はざまぁみろと言わんばかりだ。

 

「へっ!……ルーク・フォン・ファブレ様だ!――兄上の戦艦で暴れやがって……このダサ眼鏡野郎……!」

 

「なっ!? この若造が……!」

 

 ハッキリ言ってディストは己の優秀な能力以上にプライドが高い。

 故に眼中になかったルークからの侮辱、それを受け入れる事など出来る筈もない。

 

「出来損ない風情が私にモノを言うんじゃありませんよぉぉぉぉ!!」

 

 激昂しながら右腕を掲げたディストは譜術をルークへ放とうとした。

 

――時だった。

 

『――!?』

 

 カイザーディストRを包む氷に不意に亀裂が走る。

――瞬間、巨大な轟音と共に光が放たれた。どう控えめに言っても”爆発”したとしか言えず、近くにいたルークはガイが一早く気付いて助けたがディストにはそんな相手などいる筈もない。

 その結果、ディストがカイザーディストRの爆発に呑まれるのは必然であった。

 

「ギャアァァァァァァ!!!」

 

 爆発に巻き込まれ海の彼方へと吹き飛んで行ったディスト。その威力からして普通ならば生きてはいないだろう。

 しかし……。

 

『ジェイドォォォォォォ!!! この程度で私は諦めませんよぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 爆発に呑まれ、更には戦艦イフリーナから落ちて海に叩き落ちたにも関わらずディストの声は確かにルーク達の耳に届いていた。

 普通ならば死んでいるだろうが、それでも元気な声を出すディストにルーク達は絶句する中でアニスとジェイドだけは違った。

 

「うわ……やっぱし生きてる」

 

「生命力だけならばゴキブリと張り合えますからね……」

 

 不本意だがディストとは長い付き合いの二人。

 性格から生命力まで察する事は容易であり、二人がそんな事を思っているとルーク達のいるこの場が騒がし鳴り始めた。

 

「ルーク!」

 

「ルーク様!?」

 

 荒れた甲板を進みながらフレアと光焔騎士達がルーク達の下へとやって来た。

 気付けば辺りの戦闘音は止んでおり、フレア達との合流が戦いの終わりを物語っていた。

 

「遅くなって済まない……援軍を向かわせようにも、此方にも六神将が現れてしまってな……」

 

 フレアのその言葉にルーク達の表情が変わった。

 

「はぁ!? 兄上の所にも六神将が行ってたのかよ!?」

 

「死神ディスト以外の六神将まで……二段構えの作戦だったのか……」

 

 ルークはフレアの心配をし、ガイはディストのインパクト故に他の六神将の奇襲に、してやられた、そんな思いが読み取れるような困惑の表情を浮かべた。

 また他のメンバー達も同じような表情を浮かべており、ガイ同様に今回も危機一髪だった事を理解していた中、ジェイドは一人、冷静に頭を動かしていた。

 

「ところで……被害の方はどうなのですか? 光焔騎士の被害やアリエッタ……そして戦艦イフリーナ。イオン様以外にも神託の盾が狙うものは多かった筈ですよ?」

 

 光焔騎士はフレアの私兵だがキムラスカ側からしてもマルクトへの脅威とさせている重要な戦力だ。

 

『キムラスカの一兵卒には一人で当たれ。白光騎士、光焔騎士には五人で当たれ』 

 

 マルクトにもこんな言葉がある程にファブレの私兵団は恐ろしい存在だ。

 しかし、それでも彼等も人だ。殺せば死ぬ存在。故に今回の様にマルクト側が起こした被害でなくとも万が一があればキムラスカ側はマルクトを非難するだろう。

 どんな下らない事でも敵国を攻撃する材料はあった方が良いのだ。

 そしてそんなジェイドの問い掛けに対し、フレアはジェイドの方へ顔も向けずに語り始めた。

 

「アリエッタは今も牢にいる。光焔騎士もイフリーナも損害と言う損害はない……最初の砲撃で実質、勝負はついていた」

 

「どういうことですか……フレア?」

 

 フレアの言葉にイオンが聞き返す。

 既に彼に従う気もない六神将・そして彼らが率いるオラクル兵達だが、それでも教団のトップはイオンなのだだ。 

 特攻を前提とした作戦にイオンも思う事があるのだろう。その表情は暗く、そして悲しみがあった。

 そんなイオンにフレアは如何にも”察した”と言う様な雰囲気で頷き、話し始めた。

 

「騎士達の話では砲撃を掻い潜り、イフリーナへと侵入したオラクル兵達は練度が低かった様だと……そう聞いております。導師イオン、恐らくは今回の兵力の大半が”新兵”だったのでしょう……死神と鮮血の両名の為の捨て駒。そう考えればタルタロス襲撃時よりも戦力が少なすぎる理由が頷けます」

 

「そんな……」

 

「酷い……」

 

 フレアからの言葉を聞いて流石にイオンもティアもショックを隠せず、アニスも何処か表情は暗かった。

 その中でイオンは尚更だ。

 

「僕が無力なせいですね……僕がもっとしっかりしていればこんな事には……」

 

 新兵。つまりはそれでも兵士であり、死ぬ事と隣り合わせである以上は今回の事も仕方ないと言えるだろう。

 しかし、イオンはそう簡単に考える事が出来ない。

 兵士と言っても一つの命。それを使い捨てる様な行いに指導者であるイオンのショックは大きく、それは周りから見ても察せる程であった。

 すると……。

 

「気にすんなってイオン。先に兄上の戦艦を攻めて来たのは向こうなんだぜ? まさに自業自得じゃねぇか」

 

「で、ですが……」

 

 顔を下げているイオンへ、ルークがティアに肩を借りながら怠そうに言うがイオンの気分は晴れないでいる。

 そんなイオンにルークは空いている左手で頭を掻き始めると、小さくもしっかりとした言葉で呟く。

 

「……別にお前が命令した訳じゃねぇだろ?」

 

「!」

 

 ルークの言葉にイオンが顔を上げ、そのままルークの方を向くと先程と同じく髪を弄っていたが周りからは照れ隠しにも見えた。

 

「……六神将共やモースって奴が勝手にやってんだ。師匠やお前の言う事を聞かないんだから悪いのアイツ等だろ……つまり……まぁあれだ。お前は戦争を止める事だけを考えれば良いって事だっつてんだ!」

 

 途中から恥ずかしくなったのだろう。ルークなりの慰めだった様だが、柄じゃないと本人の自覚によって結局はいつも通りの感じになってしまった。

 だが、ルークが言ってることも間違いではない。それを補強する様にジェイドも続いた。

 

「言い方はややあれですが……大方間違ってはいませんね。大詠師派の目的が親書とイオン様の時点で今回の様な事は再び起こるでしょう。――どの道、我々が出来る事は戦争を阻止する事しかできません」

 

 実際、大詠師派の襲撃理由はジェイドの親書と導師イオンの身柄。

 この二つがある限り襲撃はされるだろう。バチカルに辿り着くその時まで。

 故にイオンがしなければいけないのは一つしかない。

 

「そうですね……」

 

 ジェイドの言葉も聞いて己の使命を思い出したのだろう。

 イオンは表情はまだ完全には晴れていなかったが、最初よりは良くなっていた。 

 

「ルークもありがとうございます」

 

「えっ! い、良いんだよんな事は!?」

 

 不意に礼を言われた事でルークもテンパる。

 誰かに礼を言われる事自体が彼の環境故に殆どなく、そういう事への免疫がないのだ。

 そんなルークの様子にティアやガイ、そしてミュウが楽しそうに笑っている。

――その時だった。

 

(!……あ……れ? 身体……が……)

 

 不意にルークは身体に異常な重さを感じ、口に出そうともしたがそれよりも先に意識が既に沈んでしまった。

 そしてルークが突然気を失った事で最初に気付いたのは肩を貸していたティアだった。

 いきなり重くなった事でルークの異変に気付く。

 

「ルーク!?」

 

「ルーク!――いかんな。すぐに部屋を用意しろ!」

 

 ティアが声を出し、フレアも急いでルークの傍によって脈等を調べると脈は大丈夫だが顔色は悪く、急いで近くの光焔騎士に部屋の準備を伝えると、光焔騎士達は急いでその場を後にする。

 

「ルーク様……あんな凄い第四音素を使ったから疲れちゃったんですね」

 

「ルーク……頑張ったな」

 

 アニスとガイがルークが倒れた原因と思える先程の第四音素の攻撃を思い出す。

 文字通り並の威力ではなかった先程の一撃。最近まで音素の基礎知識もなかったルークが使用すれば気を失うのも無理はなかった。

 

「……その話は後で詳しく聞こう。今はルークを運ぶのが先だ。――ティア」

 

「はい!」

 

 ティアとタイミングを合わせてフレアも開いている方に肩を貸し、そのまま移動を始める。

 これで取り敢えずイフリーナでの戦いは落ち着きを取り戻し、他のメンバー達も肩の力を抜き始める事が出来る。

――ただ一人を除いて。

 

(……)

 

 ジェイドだけがフレア。そしてルークの後姿をジッと見詰めていたのだった。

 

 

 

 

END



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。