絶対零度のお嬢様が往く (みか)
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第1話 部隊名は…ブラッドだ

いつ如何なる時でもクールで、無表情がデフォルトの主人公。その腹の内で何を考えているのか、少し想像してみました。



こんにちは、お初にお目にかかる、私は天王寺夏姫(てんのうじ なつき)という。年齢は確か16歳だ。身長は最後に測った時には確か150センチくらいだった。

 

ごめん、少し盛った。148センチと少しだった。その時の体重は35キロくらいだったと思う。

 

フェンリルの極致化なんとやら所属だというラケル博士に推薦され、この度ゴッドイーターの仲間入りをする事になった。

 

 

今は一昔前の改造手術に使われそうな硬いベッドに寝かされ、博士達の長ったらしい説明を聞いている所だ。

 

「気を楽になさい」

 

と言われても、楽に出来るはずもない。だって、きっとものすごく痛いんだ。

 

『一番良いのはゴッドイーター』『ゴッドイーターなんて辞めなさい』(同著者)という本で読んだが、大の大人でも泣き叫び、許しを乞いたくなるほど痛いらしい。

 

『例えるなら、そう…アラガミに右腕を捕食されるような痛み』(一部抜粋)

 

って、そのまんまじゃないか。私は自慢じゃないが、痛みには弱い方だ。お父様とのキャッチボールで顔面にボールがぶち当たり、きりもみ回転で数メートル吹き飛んで、泣いてしまった事だってある。

 

しかし、幼い子供に150キロオーバーでボールを飛ばしてくる方も問題だと思うのだが……

 

「」 あ、まずい。ラケル博士が何か言ってたけど聞いてなかった。もう一度言って貰えないかな?

 

首を持ち上げ、10数メートル頭上に見える小窓を覗いてみる。

 

ラケル博士と、その後ろに控える顔立ちの整った男性が見えた。彼とは、先ほど一度顔を合わせたような気がする。

 

 

うろ覚えだが、彼は確かジュリウス、ジュリウス・マーセナス少尉だ。

 

博士は満面の笑みを、ジュリウス少尉は厳しい視線を、それぞれこちらに向けている。

 

 

この空気、どうやら私のアクション待ちか?

 

横にある、大きな刀、というより剣に手を伸ばしてみる。これで良いのかな?

 

手を着ける前にちらりと博士達の方を伺うと、ジュリウス少尉が首を一度縦に振った。

 

「やるしかないか……」

 

 

最後に1つ深呼吸し、右腕を下ろす。黒色の腕輪がカチッとはまり、上からキュイーンと音をさせながら、ドリルのような装置が下がってきた

 

 

「これ絶対痛いやつだ」

 

 

腕輪から何かが私の中に入ってくるのがわかる。

 

 

 

「」

 

……ちょっと痛すぎて、言葉が出なかった。

 

 

思わず身体を強ばらせる。

 

 

「かはっ……」

 

 

息が…息が出来ない。

 

 

身体が海老反りになる

 

 

「うわあああぁぁぁ……」

 

 

これはちょっと本当に死ぬかもしれない。なんか辺りが暗くなってきたし

 

 

 

痛みを軽減するために、ベッドから落ち、辺りを転げ回ってみる。

 

……ただ、あまり効果はないみたいだった。

 

 

「あああ……」

 

 

何だか少し、気持ち良くなってきた……綺麗な川が見える。

 

 

「ぶくぶく」

 

 

川を渡ろうとしたら、途中で流され、こっちの岸に戻ってきてしまうという夢を見ていたら、いつの間にか痛みが治まっていた。

 

 

 

 

これはもしかして、適合成功した…のかな?

 

失敗する可能性も僅かながらある、という話は聞いていた。運の悪い私だけど、その『僅か』の方に入ってはいなかったようだ。

 

……結構ギリギリだったような気がするけど

 

 

 

ああ、沢山の人に私のひどく無様な姿を見せてしまった。

 

 

このまま何事もなかったかのように立ち上がっては面白くないので、死んだふりをしてみることにする。半分白眼を剥いて口を半開きにすれば完璧だ。

 

 

お母様に何度も、「違うわ! もっと虚ろな目で、こう! こうっ!」

 

 

とダメ出しをされたお陰で、私の死んだふりスキルは今や一種の芸術レベルだと自負している。

 

……私が死んだふりをするのは、決して無様な姿を見せてしまって、恥ずかしいからではない。

 

 

しばらくそうしていると、

 

 

「大丈夫か!?」

 

慌てた様子のマーセナス少尉がやってきた。

 

その問いに答えず、精気のない虚ろな瞳で横たわっていると、不意に抱き上げられる。

 

 

「適合失敗だ、医療班を早く!」

 

小型のトランシーバーのような物で誰かに連絡しているようだ。

 

騒ぎが大きくなりそうなので、そろそろ演技を止めよう。

 

 

ただ、こんな時、何て言えば許してもらえるだろう?

 

ひと昔前には『ドッキリ大成功』という札を出したらしいけど……

 

と、

 

 

『くー』

 

 

小さくだけど、お腹が鳴ってしまった。ああ、恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 

 

ただ、これできっかけは作れた。

 

 

「おなか、すいた、よ?」

 

 

首を傾げながらそう言ってやったら、マーセナス少尉は『死人が喋った!』みたいな顔をした。

 

当然か。

 

 

「平気なのか!?」

 

 

「はい、至って健康です」

 

 

「そうか…、なら良かったが、念の為に精密検査を」

 

 

「あ、はい」

 

 

真面目なんだな、この人。

 

 

からかい甲斐がありそうだ。

 

 

しかし、お姫様だっこなんて人生で初めてされたな、重くないんだろうか?

 

「あの、重くないですか?」

 

 

そう尋ねると、

 

「いや、大丈夫だ。むしろ軽すぎるくらいだ」

 

と返ってきた。

 

 

最後に食べたのは……いつだったか、おとといかな?

 

 

確か、小さなリンゴを食べた。

 

そんな取り留めも無いことを考えている間にも、マーセナス少尉は歩いていく。何だか少し悪い気がするけど、

 

 

まあ、運んでもらえるなら楽でいいか。

 

そんな事を考えながら、私は医務室へと運ばれるのであった。

 




こんな主人公で大丈夫か?


主人公は人の名前を覚えるのが苦手です。紙に書いてあることは完璧に覚えられるのですが……


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第2話 ようこそ、クソッタレな戦場(しょくば)へ

「私は夏姫、別に覚えなくてもいい」

 

さて、ジュリウス・ヴィスコンティ大尉(ターミナルで調べてみたら、名前も階級も間違っていた事が判明した、本人に言ってなくて良かった)にお姫様だっこをされてから既に丸1日が経った。

 

私は今、与えられた自分の部屋に居る。

 

あの後、ジュリウスに壊れやすい物を扱うような手付き、いやらしいとも言う(言わない)で運ばれ、病室で色々と教えてもらった。

 

……いや、そういう意味ではなく

 

今居るこの施設は、フライアと呼ばれている移動型のアーコロジーだとか、これから私が所属するのは、フェンリル極致化技術開発局のブラッドという特殊部隊だとか、これからの訓練日程だとか、そういう至って健全な内容だ。

 

 

ちなみに、……今、技術の所で2回ほど噛んだのはどうでもいい事だ。

 

 

現在のブラッドのメンバーは、隊長のジュリウス・ヴィスコンティ大尉、ロメオ・レオーニ、私こと天王寺夏姫の3人ということになる。

 

意外とメンバーが少ないんですね、と率直な感想を伝えたら、「今集めている最中だ」と言われた。もうじき、私以外にもう1人、新人さんが配属される予定らしい。

 

 

どんな人だろう? 優しい人だったら嬉しいな。

 

 

ベッドから身体を起こし、ターミナルという端末を操作する。説明書(300ページにも及んだ)を熟読したから、操作はばっちりだ。

 

「あ、メールだ」

 

 

ラケル博士から、1200(ヒトフタマルマル)までに研究室まで来るように、とのメッセージが届いていた。

 

時間にはまだ余裕があるけど、早めに用意しておくか。

 

 

しまっておいた制服を着用し、頭に白いリボンをつける。

 

 

「よし」

 

顔を洗って、歯磨きもしたし、髪もとかした。朝ご飯も食べた、準備は万端だ。

 

 

いざラケル博士の研究室へ!

 

 

 

 

 

 

 

…………迷った。どこだここは。

 

フライア広過ぎ、ちょっと縮めばいいのに。……もういっそのこと四畳半くらいでいい

 

 

〜〜〜

 

 

「〜て下さいね」

 

 

「あ、はい」

 

 

相変わらず、ラケル博士の言うことは長ったらしく、難しかった。

 

ただ、博士の笑い顔が可愛らしかったので一応真面目に全部聞いた。

 

どうやら私は、これから訓練を受けるらしい。

 

 

ラケル博士には今のうちに装備を決めておくようにと言われたが、いったいどれを選べば良いのだろう?

 

 

最悪、勘で決めようと思っていたら、神機保管庫にジュリウスが来てくれた。

 

早速簡単なアドバイスをお願いする。

 

「ショートブレード、こいつは軽く、初心者にも扱いやすい。手数で勝負するならこれだ」

 

なるほど

 

 

「ロングブレード、この武器の一番の特長はゼロスタンスだな」

 

「……ゼロスタンス?」

 

 

「ああ、ブレード形態で攻撃中、どの部分からでもこのように構え直す事により、永続的にコンボを繋ぐ事が出来る、また、銃をしまった状態でもオラクル弾を発射できるインパルスエッジが使用できるのも大きな強みだ」

 

 

 

「バスターブレード、アラガミの隙を的確について当てる玄人向きの武器がこれだ、力を溜めればチャージクラッシュという強力な一撃を放つ事が出来る。また、相手の攻撃を盾で受け止めつつ反撃するパリングアッパーが使えるのも魅力だな」

 

 

私が近接武器パーツを手に取る度、ジュリウスが解説してくれる。……何だか申し訳ない気もする。

 

 

「そいつはチャージスピア、チャージグライドという強力な突進技を使う事が出来る。槍の先が開いた後の攻撃の威力はかなりのものだ。また、バックフリップは敵との距離をコントロールするのに重宝するだろう」

 

 

頭が混乱してきた。

 

「……」

 

最後の1つを手に取る。

 

「ブーストハンマーはブーストを起動させ、アラガミに素早く攻撃を叩き込む事が出来る。普段は鈍重だが、1度火がつけば、止めるのは至難の技だぞ」

 

 

ジュリウス先生の神機パーツ講座が終わった。

 

 

聞く限り、どれも強そうに思えるけど、どうしよう。

 

 

 

「ジュリウスはどれを使ってるの?」

 

困ったので、そう尋ねてみる

 

 

「俺はロングブレードを使っている、攻守のバランスが良く、戦闘中も周りの様子を見る事のできる武器だ」

 

 

 

「じゃあ、私もそれにしよう」

 

そう言うと

 

 

「神機は自分の命を懸ける道具、いわゆる相棒だ。もっと慎重に決めた方がいい」

 

 

苦笑されてしまった。

 

 

「でも、今はとりあえず訓練だし…いいでしょ?」

 

「まあ、そうだが」

 

 

「あ、どうせなら2刀持ちとかやって」

 

 

「止めておけ」

 

 

 

神機が1つしかないから、そもそも2刀持ちは出来ないらしい。残念だ。

 

 

とりあえず刀身はロングブレードを選び、装甲は軽めのバックラーを選んだ。

 

そして銃身だが、スナイパーを選択した。(女スナイパーというのが昔からの憧れだった)

 

 

準備は全て整った。

 

 

さあ、これから人類の為、華麗に訓練をこなしてやる。




お気に入り登録ありがとうございます、嬉しいです。

今回はほとんど武器の説明しかしていないような気がします。ショートブレードの説明を大分端折りましたが、私は無印からのショートブレード派です。


つ『ファントムピアス』


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第3話 私はスペシャルで、2000回で、模擬戦なんだよ?

結果から言おう、訓練は無事に終了した。

 

ただ、先ほどやってきたジュリウスには「一度ゆっくり休養をとった方がいい」と言われた。

 

今日から仕事だっていうのに休んでどうする。

……私はひょっとして、何かいけないことをしたのだろうか。

 

あれ、そういえば……私はどうして医務室のベッドの上にいるんだろう。訓練は無事に終わったんじゃなかったっけ?

 

 

訓練内容をもう一度思い出してみよう。

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

「では、これから基礎訓練を始める」

 

ジュリウスの声が広い訓練所内に響く

 

「どんとこーい」

 

 

頷いて見せると、目の前の床から何かが出現した。

 

 

「訓練用のダミーアラガミだ、とりあえずそいつと戦ってみろ」

 

攻撃力、防御力はほとんどないらしく、危険性は少ないって言われたけど、

 

「いきなりですか……まったく、私は素人だってのに」

 

 

私に向かって牙を剥いているのは、茶色っぽく光るダミーアラガミ、ターミナルで調べた『オウガテイル』というアラガミに酷似している。

 

「あー、こんな奴、何回か見たことある」

 

ターミナル内の資料で見た時にはピンと来なかったが、昔に遭遇したことのあるアラガミだった。

 

「まずはブレード形態だ」

 

 

「らじゃー」

 

右手にロングブレードを引っさげ、ダミーアラガミに肉迫する。

 

 

そして、スピードをのせたまま、

 

「はっ!」

 

 

一発殴ってやった(どや)

 

 

ゴッドイーターになってから、初のアラガミ(ダミーだけど)への攻撃は、顔面へのえぐり込むような左ストレート。

 

 

「……アラガミは神機でないと倒せない」

 

上で見ているジュリウスに注意された。

 

 

「知ってるよ」

 

続いて側頭部に蹴りを入れてやると、ダミーアラガミは何やらうめき声のようなものをあげた。

 

反撃とばかりに尻尾が振るわれるが、左側にステップする事によって回避する。

 

「隙だらけだよっ!」

 

 

そのまま一歩踏み込み、上段からダミーアラガミの首へと神機を突き立てた。

 

そこで一度神機を手放し、空中で一回転しながら踵落としを放つ

 

狙うのは神機の持ち手部分、いわゆる柄の部分だ。

 

 

「てやっ!」

 

ブチッと音がして、ダミーアラガミの首が落ちた。

 

 

「よし、上々」

 

 

華麗に着地を決めると、そばに転がった神機を拾い上げる。

 

 

 

訓練用のダミーとはいえ、一応はアラガミなので念の為、頭部を失って動きを止めている無防備な所に何度か斬撃を放ち、オラクル細胞を完全に四散させておく。

 

 

 

続いて出現したのは、動かないタイプのダミーアラガミ。

 

 

あれは『ナイトホロウ』というアラガミを模したものだ(ったと思う)

 

さっと後ろに回り込み、とりあえず左手で一発殴ってみた

 

 

……うん、ぐにゅっとして何か変な手触りだ。

 

アラガミは妙に甲高い鳴き声を上げ、動きを止めた。

 

 

ん? これはひょっとすると……

 

 

「ほっ」「とっ」「やっ」

 

 

そのまま殴る蹴るのコンボを続ける。

 

ターミナルによると、黒い霧のようなものを飛ばして攻撃してくるとの事だったが、体勢が崩れているせいか、甲高い鳴き声を上げるだけで攻撃してこない。

 

ハイキックの合間にロングブレードでの斬撃を加え、完封した。

 

どうやら、アラガミは神機でしか倒せないが、ゴッドイーターになる事によって強化された体術なら、怯ませるくらいは出来るようだ。

 

ジュリウス達が静かだな、と思って小窓を見上げると、みんな間抜け顔でポカーンとしていた。

 

そうしているうちに再びダミーアラガミ(オウガテイルもどき)が出現した。生まれたては目がよく見えないのか、何度も目をしばたかせて、ぼんやりしている。

 

確か訓練の流れは、剣形態(ブレードフォーム)、銃(ガン)形態、捕喰(プレデター)形態の一連の動きをこなす、というものだったはずだ。

 

 

神機をガンフォームに変形させると、未だ目をしばたかせているダミーアラガミに足払いをかける。

 

見事にこけた

 

 

そのまま、立ち上がろうとしているアラガミ目掛け、ほとんどゼロ距離で弾丸を撃ち込む

 

 

1発、2発、3発と続けていく内に弾が出なくなった。

 

「弾切れだ」

 

 

ブレードフォームに変形させる。このまま捕喰も試してみよう

 

 

「…ん」

 

神機に力を込めると、何やら黒いアゴのようなものが生えた。自分の神機とはいえ、ちょっと怖い。

 

「喰らって!」

 

黒いアゴはグゴゴゴと音をさせながらダミーアラガミに、文字通り喰らいついた。

 

 

何かを引きちぎったような鈍い音がして、神機がブレードフォームに戻る。同時に、何か暖かいものが私の中に入ってくる感触がした。

 

 

「うおぉぉ、なんだこれ!」

 

 

身体が淡い光を帯びる。

 

 

これが神機解放(バースト)状態なんだ!

 

 

私の身体にある古い細胞が喜び震えているのが分かる。

 

 

新しい細胞って、こんなに美味しいんだ……

 

 

「もっとだ、もっと喰わせろ!」

 

 

それから私はしばらくの間、捕喰を中心とした戦闘(くんれん)を続け、

 

「あーはっはっはっ!」と高笑いしながら、ダミーアラガミの73体目を喰らっていたところで体力の限界が来て、倒れ込んでしまったのだ。

 

 

 

 

 

…………うん、ジュリウスは間違って無かった。我ながら…これは引くわ

 

 

 

しばらく枕を抱きかかえてベッドの上をゴロゴロと転がる羽目になった。




主人公は『器用』スキル持ちです。


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第4話 ゴッドイーターに撤退はない

しばらくは訓練を続けるようにとの辞令を受けたので、今日は訓練所にこもっている。

 

 

どうやら先日の私の動きは物議を醸してしまったらしく、ジュリウスは現在説明の為にフライア中を走り回っているらしい。

 

ごめん、ジュリウス

 

 

さて、そんな事はどうでもいい、訓練に話を戻そう。

 

 

剣形態の神機はこの前、嫌と言うほど振りまくったので、今回は銃形態を中心とした動きの訓練を1人で黙々と行っている。

 

たゆみない反復練習によって動きを最適化させ、余裕を生み出す。

 

ようは『慣れ』だ。

 

 

銃身の制御については大分コツを掴んできたので、続いて実用的なバレットの管理および作成を行う。

 

とは言っても、ターミナル内に存在している先人の残したエディットデータを参照し、同様にターミナルによって得られたアラガミ情報から、それぞれのアラガミに効果がありそうなものをいくつかピックアップして、運用効率・効果などを考え、モジュールの追加・変更、発射角度の修正などを行っているだけなので、私の負担はほとんど無いも同然なのだが。

 

 

それにしても…レーザーに弾丸、放射や爆発。貫通属性や破砕属性。

 

様々な種類があって、とても奥が深い。

 

刀身でもそうだが、それぞれの武器の特長を知り、それを正確に使いこなせるようになれば、それはそのまま生存率の向上、ひいては戦果の増大へと繋がるだろう。

 

ゴッドイーターというのは、言うまでもなく非常に危険な仕事だ。……だが、今の世界には、どこもかしこもアラガミが跋扈している。どんな人間でも、死ぬときは死ぬのだ、こんな世界ならなおさら。

 

『力を持つ者は、力の無い者を守らなくてはならない』

 

 

私は昔から、お父様にそう教えられて育った。だから私は、今出来る事を精一杯やろうと思う。

 

こんな私を必要としてくれる人が居る限り。

 

 

〜〜〜

 

 

水分補給の為、一度訓練所を出てエントランスへ向かう。

 

 

グボログボロ、シユウ、コクーンメイデン、ウコンバサラ、ヤクシャ、ドレッドパイク、オウガテイル、ナイトホロウ

 

 

私が戦う可能性のあるアラガミは、今のところはこの辺りだろうか。

 

訓練の様子を見る限り、1対1でオウガテイルやナイトホロウに後れを取る事は無さそうだが、シユウやグボログボロを相手取るとなれば、不安が残る。

 

 

一応、効果のありそうなバレットを作る事には成功したから、まったく手も足も出ない訳では無いと思うんだけど

 

「頭を結合崩壊させて、手のひらに斬撃を集めれば……」

 

 

「うわっ!」

「わあっ!」

 

 

ぶつぶつ独り言を呟きながら歩いていたら、誰かとぶつかってしまった。私は平気だったものの、ぶつかった相手は急いでいたのか、倒れ込んでしまった。

 

慌てて手を伸ばす

 

 

「大丈夫!? ごめんね」

 

 

「ううん、平気だよー」

 

 

引っ張り起こしたのは、私と同い年くらいの女の子だった。

 

 

「考え事してて……本当にごめんなさい」

 

「悪いのはこっちもだよ、遅刻しちゃうと思って、よく前を見て無かったから」

 

 

香月ナナさんと言うらしい彼女は、私と同じくフェンリル極致化技術開発局……詰まるところブラッドに配属されるらしい。

 

ナナさんはこれから訓練に行く所だったので、あまりお話は出来なかったが、お近づきの印に…という事で、手作りだという『おでんパン』なるものをもらった。

 

「残したら後で怒るからねー」と、のたまったので早速エントランスの椅子に座り一口かじってみる。

 

串があった。

 

 

…………

 

これは、どうすれば良いのだろう?

 

普通はもちろん外して食べる。

 

串を食べるような馬鹿は居ない。

 

 

だが、私達は誇り高きゴッドイーターなのだ。

 

神すらも喰らう(ここ重要)私達が、たかが串ごときに臆するわけにはいかない

 

 

更に「残すな」という言葉、あれは、1人前の神喰らい(ゴッドイーター)足るもの、串くらい喰えなくてどうする?

 

というメッセージだと見た。

 

 

 

「いただきます」

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

結果だけ言おう、

口から血が出た。

 

 

医務室の先生に「君ほど毎日のように医療室に来るゴッドイーターは初めてだよ」

 

と言われた。

 

泣きたい

 

 

ジュリウスには、

 

「……」

 

言葉はなく、何か可哀想なものを見る目で見られ、肩をポンと叩かれた。

 

 

今度こそ人目も気にせず泣いた

 

そうしたら、何故か受付にいた綺麗な女性が頭を撫でにやってきた。

 

 

 

 

 

おでんパン(串)はゴッドイーターより強し

 

迷言だな、こりゃ。

 




一番の敵はいつも己自身です。


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第5話 コードゼロ、ゼロスタンス…発動

「未来は見えているはずだよっ!」

 

 

私は今、ロングブレードでオウガテイルを切り裂いている。

 

 

横に居るのはジュリウスとナナ

 

 

忌まわしいおでんパン事件の後、訓練から帰ってきたナナに「血が出るほどおいしかった、ブラッドだけに」

 

と、渾身のギャグを披露してみたら「夏姫ちゃんって変わってるねー」と笑われてしまった。

 

何故だ、私は至って普通の常識人のはずだ。

 

……多分

 

 

 

今日は実地訓練を行うという指令を受け、ジュリウスに連れられてオウガテイルとドレッドパイクの群れを掃討しに『黎明の亡都』と呼ばれるエリアにやってきている。

 

 

いきなりの実戦で緊張している私達を餌だと思ったのか、ジュリウスの話を遮ってオウガテイルが飛びかかってくる、というアクシデントがありもしたが、全体重を乗せたカウンターパンチをお見舞いして、お帰り願った。

 

 

『シャキーン』

 

 

単体ならオウガテイルは案外脆いが、ドレッドパイクが同時に複数体やってくると、少し厄介だ。

 

ゼロスタンスから、一度後方にステップして距離をとり、銃撃を行う。

 

「当たって!」

 

 

訓練の甲斐あって、銃身の扱いは全体的に上手くなっている。この前作成したバレットも問題無く動作しているようだ。

 

 

 

「あ、弾切れだ」

 

 

ドレッドパイクを数体沈めた所でオラクルポイント(OP)が無くなった。

 

素早くブレードフォームに変形させ、残りのドレッドパイクに斬りかかる。

 

 

斬りつけられたドレッドパイクは、鳴き声を上げてよろめいた。

 

今が好機だ

 

「ここだよっ!」

 

 

すかさず力を溜め、プレデターフォームに変形

 

捕喰を行う。

 

 

「もらった」

「ごちそうさま!」

 

 

ナナとジュリウスもそれぞれバースト状態になったようだ。

私達3人の身体が淡い光に包まれる。

 

…ああ、肉が食べたくてたまらない

 

 

目の前のドレッドパイクを神機で噛みちぎると、そのままオウガテイルに殴りかかる。

 

 

それまでのジュリウス達の攻撃で弱っていたのか、私の力がバーストする事で上がっていたのか、もしくはその両方か…

 

 

とにかく、私の左拳を受けたオウガテイルが倒れ込んだ。

 

「もらったよ!」

 

隙だらけのオウガテイルに渾身の突きを放つ

 

 

ロングブレードがその身体に深々と突き刺さった。

 

 

地面に縫い付けられたオウガテイルは、しばらくの間ガクガクと震えると、動かなくなる。ひょっとすると、うまくコアを破壊出来たのかもしれない。

 

 

 

オウガテイルから神機を引き抜き、周りを見回してみると、ナナがブーストを起動して最後のドレッドパイクをタコ殴りにしている所だった。

 

どうやら、あれが最後の1体のようだ。

 

ジュリウスは脇でナナの動きを見守っている。

 

「とりゃー」

 

ブーストハンマーは恐ろしい武器だ、あれほどの重量でありながら、凄まじい速さで連続攻撃を浴びせ続けている。

 

 

アラガミに反撃を許さない様は、まるで嵐のようだ。

 

「ふー」

 

あ、タコ殴りラッシュが終わった。

 

ドレッドパイクが地に沈む。

 

 

「これで終わり?」

 

ナナの言葉に

 

「ああ、初の実戦にしては上出来だ。帰投しよう」

 

 

前髪から水がしたたっているジュリウスが優しく答える。

 

 

私も気になっている事を聞いてみよう

 

「帰りのヘリが落ちるとか…無いよね?」

 

「ああ」

 

 

 

……私の時は随分と素っ気なくないだろうか? 

 

「ああ」って、2文字だぞ2文字。

 

これはまさか、日頃のジュリウスへの行いの差が原因なのだろうか?

 

確かに今日の戦闘中、誤ってジュリウスに蹴りをかましてしまったけど

まさか怒ってる?

 

謝った方がいいかな……

 

 

「あのー」

 

おずおずとジュリウスに話しかける。

 

「…どうした」

 

 

「ひょっとして…蹴っちゃったこと、怒ってる?」

 

「ああ、さっきの…」

 

「いや、戦闘中の事だ、気にしてはいない」

 

 

足元に水溜まりを作りながらもジュリウスは健気に強張った笑顔を返してくれた。

 

 

良かった、今日の事で怒っているのではないらしい。

 

 

でも、それなら一体何に……

 

 

 

まさか…庭園でぼーっとしていたジュリウスに、後ろから誤ってタックルを食らわせてしまったのが悪かったのか?

 

 

格好良い顔で、「ぐふっ」と言いながら池に落ちていくジュリウスは面白かった。

 

 

だが、あれは私だとはバレていないはずだ、すかさず支給物資を入れていたダンボール箱を被って隠れたんだから。

 

 

ずぶ濡れで池から上がってきたジュリウスは、可哀想に…何度も辺りを見回していた。

 

 

その時は流石に悪いと思ったので、ジュリウスの部屋の前に『あなたのファンより』とメッセージカードを付けてタオルを置いておいた。

 

 

今挙げた事はどちらも、決してわざとやった訳じゃないから許して欲しい。

 

 

ちなみに今日はタオルを持ってきていなかったので、池に蹴り落としてしまったジュリウスにはハンカチを渡してあげた。

 

 

あのドロップキックはオウガテイルを狙ったものであって、決してジュリウスをもう一度池に落としてやろうとか考えていた訳じゃない。

 

命がけの戦闘中に、進んで仲間を池に突き落とす馬鹿は居ない

 

 

ジュリウスの血の力とやら『統制』(と言うらしい)によって神機解放状態(バースト状態)になった所で、調子に乗ってアラガミに大技を食らわせようとしてしまったのがいけなかった。

 

いや、バースト状態で身体が軽くなっていたから…つい

 

 

あ、血の力と言えば、今日はジュリウスにブラッドアーツという必殺技を見せてもらったんだった。

 

『統制』の効果でバースト状態になっていて、興奮していたから、よく聞いていなかったけれど、特殊部隊であるブラッドに選ばれた私達は、あんな技が使えるようになるそうだ。

 

 

 

 

ブラッドアーツか…全く想像がつかない。

 

「今日の晩ごはん何かなー?」

 

「晩餐はラケル先生が用意して下さっている。メインはシェフのおすすめ、午後の貴婦人の口づけ、だそうだ」

 

「へぇー」

 

 

…それも全く想像がつかない。

 

 

 




主人公のお父さんはうっかりやさん。娘の為に護身術の先生を呼んだつもりが、誤ってプロの格闘家を呼んでしまったようです。
まさか…うちの娘は最強の格闘士とかを目指すつもりじゃあるまいな?


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第6話 あえて言わせてもらおう

Q.職場で初対面の先輩を「お兄ちゃん」と呼んでしまった時の自然なごまかし方を教えて下さい。

A.そのまま「お兄ちゃんだよね!?」と詰め寄ればいい。




ジュリウスの血の力とブラッドアーツ、ついでに未知の夕食のメニューに一通り思いを馳せたあと、私達は無事フライアに帰投した。

 

ジュリウスはラケル博士に呼ばれたとかで、到着するなり足早に歩いていってしまったので、私はエントランスにあるソファーに座って、ナナとこの前出来なかった分も合わせてお話をする事にした。

 

 

「ジュリウス、すごかったねー」

 

「そうだね」

 

 

「なんかー、ズバーン、バシューン、シャキーン!って感じで」

 

 

「ごめん、最後のシャキーンは多分私だ」

 

 

「でもさー、血の力って言われても、なんかピンと来ないよね」

 

「うーん……昔、本で見たんだけど、危なくなったら目から血を飛ばして攻撃するカメレオンって動物がいるらしいよ」

 

 

「…それとは違うんじゃない?」

 

「そうだね」

 

 

そんな他愛もない話をしていると

 

「ふふふふーん、ふふふふーん、ふふふふ、ふふふふ、ふふふふー」

 

「ふふふふ、ふふふふ、ふふふふー、ふふふふー、ふふふふー、ふふふ、ふふっ! ふふっ!ふふーっ!」

 

『運命はこの様に扉を叩く』とでも言いたげな人がやってきた。

 

まずい、『ふ』を多用し過ぎて、『ふ』がゲシュタルト崩壊だ。……というか手抜きだと訴えられても仕方ない。

 

 

何故鼻歌が『運命』だったのか、どうしてそんなに必死に鼻歌をうたう必要があるのか、色々と問い詰めたり、言ったりしたい気持ちはあるが…

 

 

あえて、あえて一つだけ言わせてもらえるなら

 

この人私とキャラが被っている。

 

主に頭部の色合いが

 

 

私こと天王寺夏姫はショートの金髪、この人も短め(男性にしては長い方なのか?)の金髪。

 

私は白いリボン(うさぎみたいで可愛いんじゃないか? と自分では思っている)を頭につけているが、この人は上質そうな白いニット帽を被っている。

 

 

目の色だって似ている。

私もこの人もどちらも青っぽい。

 

この人はまさか…

 

生き別れたお兄様?

 

 

まあ、残念な事に私にはお兄様は居ないんだけれども

 

 

そんな事をその少年がこちらに近付いて来るまでの、わずかな間に思案していた。

 

 

「おっ?」

 

少年がこちらに気が付いたようなので、ぺこりと一礼しておく。

 

 

「見ない顔だね、君ら」

 

 

「あ、つい先日ブラッドに配属された、天王寺夏姫と申します」

 

「お、同じく香月ナナです」

 

 

人との出会いは最初が肝心だ。私とキャラが被っている少年に、すぐさま笑顔で挨拶をする。

何故か真横からナナにガン見された。

 

ひょっとすると私の笑顔は不自然だっただろうか?

 

 

確かに、笑顔を作るのはずいぶんと久しぶりな気がする。

 

 

私は昔からあまり表情を見せない質らしく、お父様やお母様によく心配された。

 

 

昔に比べれば、最近は結構わかりやすいと思うけれど。

 

 

とにかく、お父様達を心配させたくなかったので、私は『完璧な笑顔の作り方』という本を参考に、物凄く速く、ごく自然な笑顔を作れるように特訓したのだ。

 

今では0.3秒もかけないうちに『完璧な笑み』(自称)を浮かべる事ができる。

 

 

最も、その練習は生半可なものではなかった。

 

家の外で練習していると、私の笑顔を見ていた人達からは『怖い』『不気味』『子どもがひきつけを起こした』

 

家の中で練習していると、お父様からは『具合でも悪いのかい』お母様からは『もう頑張らなくて良いのよ』窓から覗いていた人からは『子どもがひきつけを起こした』

 

 

そんな、心が折れそうになるお言葉を沢山いただいた。

 

 

あの時は本気で泣きたくなった……

 

おっと、話が逸れた。

 

 

私とキャラが被っている少年、名前はロミオというらしい。

 

彼は私達の先輩に当たる人だった。

 

気さくに「何でも聞いてくれよ」と言ってくれたので、

 

 

「お兄ちゃんだよね!?」

 

 

と詰め寄ったら、即座に逃げられた。

 

 

ちょっとしたジョークだったのだが

 

 

その後しばらくナナに抱き付かれながら、庭園で日向(人工灯だ)ぼっこをしていたら、ラケル博士との話が終わったのか、ジュリウスが歩いてきた。

 

 

やってきたジュリウスは何故か真顔だったので、慌てて姿勢を正す。

 

私達の前で立ち止まったジュリウスは、

 

「お前がまさか、ロミオの妹だったとはな」

 

「ぶふーっ!」

 

 

開口一番、そんな事を口走った。

 

 

〜〜

 

 

「悪い、冗談だ」

 

 

「あー、びっくりした」

 

ジュリウスは時折真顔でボケるから油断ならない。

 

 

今度、天然ボケピクニック野郎と呼んでやろう。

 

 

今回のジュリウスの発言は、普段の意趣返しの意味もあったらしいが、半分は私から事情を聞く目的だったという。

 

 

何でも、先ほどロミオ先輩に「なあジュリウス、俺に妹が居たんだけど、どうしたらいいと思う……?」

 

と相談を受けたらしい。

 

 

「あの時は流石の俺も一瞬、真顔で固まったな」

 

 

それはいつもの事だ。

 

 

結局、ジュリウスはフリーズしたままで「家族が出来てよかったな」と返したらしい。

 

 

何という事だ……彼に冗談だったと伝えてあげたい。

 

 

ロミオ先輩は見た目によらず、真面目な性格だったのか。

 

 

「うへへー」

 

「…所で、ナナはどうしてお前の膝を枕にして寝ているんだ?」

 

「さあ?」

 

 

〜〜〜

 

 

「ラケル先生、ジュリウスです。ブラッド候補生、天王寺夏姫、香月ナナ、以上2名を連れて参りました」

 

 

「どうぞ、入っていらっしゃい」

 

ジュリウスに連れられ、ナナと2人でラケル博士の研究室へと入室する。

 

「あ、ロミオ先輩だ」

 

「げっ……」

 

 

中には既にロミオ先輩もいた。

 

「よく来ましたね、ブラッドの候補生の皆さん……」

 

 

用意してあった椅子に全員が掛けると、ラケル博士のありがたいお話が始まった。

 

 

「今日は皆さんにブラッドとしての心構えを……」

 

 

お腹がすいた。

 

 

「強い願いが強い意志を……」

 

うん、博士は今日も可愛いなぁ。

 

 

「あまねくゴッドイーター達を……」

 

 

そして相変わらず博士の話は長ったらしい

 

 

 

 

うん? 何?

 

私が不真面目な奴だって?

 

 

しっけいだな君、名を名乗れ。

 

まったく……私は不真面目なようでいて、要点はきちんとメモを取るほどの真面目さんだ。

 

 

ゴッドイーター内で『真面目・ザ・イヤー』とかがあれば準優勝くらいはできる。優勝はもちろんジュリウスだが。

 

 

「その日が…」

 

さて、ラケル博士の台詞を要約するなら、とっとと血の力に目覚めて、他のゴッドイーターを先導できる程の実力を身につけやがれ、といった所だろうか。

 

この人も結構な無茶を言ってくれる。私達(ひょっとすると私だけかもしれないが)は、つい最近まで一般人だったんだぞ。

 

まあ…可愛いから許すが。

 

「…ますよ」

 

 

「「はい、頑張ります」」

 

 

ラケル博士に返事をしようとして、私とロミオ先輩の台詞が被ってしまった。

 

思わず顔を見合わせる。

 

 

が、怯えたようにすぐさま逸らされた。

 

 

むう……

 

ラケル博士がこの後歓迎会を開いてくれるそうだから、そこでさっきのは冗談だったと伝えてあげよう。

 




ベースは無表情です。今回珍しく表情を出しました。


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第7話 初ミッション『カウボーイ』

ミッションはラケル博士が選びました。


「もうすぐ作戦エリアだ」

 

「了解」

 

私は今、ブラッドのメンバーと一緒に輸送用のヘリに乗っている。

 

 

 

 

あの後、晩餐会はつつがなく終了した。いやー、まさか午後の貴婦人の口付け(あっさり目のスープだった)があんなに美味しいなんて思わなかった。

 

 

何ていうか…随分とあっさりしていながらも、魅惑的な香りを放っているというか。

 

とにかく不思議な味だった

 

 

そうそう、りんごのピッツァも美味しかった。果物入りのピッツァなんて今まで食べた事が無かったけれど、甘くていくらでも食べられそうな味だった。

美味しい食事に夢中で何か大切な事を忘れたような気がするが、まあ忘れるような事だし、問題はないだろう。

 

 

 

「作戦内容をもう一度確認する」

 

晩餐会から一晩が明け、いよいよ特殊部隊ブラッドとして本格的に任務をこなしていく事になった。

 

 

本日のミッション名は『カウボーイ』

 

平原に巣くったナイトホロウ数体とドレッドパイクの群れを掃討するという、新人でも危険度の低いミッションだ。

 

 

メンバーは私とナナ、お目付役のジュリウスとサポート役のロミオ先輩、ブラッドのメンバーでの初仕事という事でラケル博士とジュリウスが相談して、難易度のあまり高くないものを見繕ってくれたらしい。

 

新人である私とナナにとっては、ありがたい話だ。

 

 

そう言えばミッション前に、ジュリウスから部隊の指揮を執るよう言われ、作戦の立案と命令をする事になった。何でも、ジュリウスが動けない時でも部隊指揮を執れるような人材を育てておきたいらしい。

 

 

別に実戦でやらなくてもいいだろうと思うのだが。

 

 

「到着だ」

 

「よしっ、頑張るよ」

 

 

ヘリで『嘆きの平原』と呼ばれるエリアにやってきた私達は、エリアの外れにある高台に降ろされた。

 

 

 

高台から下りると、そのまま固まってアラガミの討伐に向かう。

「……」

 

「……」

 

アラガミに見つからないよう、あまり音を立てないで索敵を行うのが作戦の基本だ。これにより、アラガミに対し先手を打つ事が出来る。

 

 

 

慎重に索敵を行うことおよそ1分

 

 

「…居た」

 

 

数十メートル先にナイトホロウが群生しているのが見えた。

銃形態に切り替え、スコープを覗く。

 

 

「当たって!」

 

 

銃身の先から発射された弾丸は正確にナイトホロウを撃ち抜いた。

 

いや、弾丸もオラクル細胞の集まりだから…噛みちぎった、という方が正しいかもしれないが。

私の射撃を皮切りに、ジュリウスのアサルトとロミオ先輩のブラストも火を吹く。ちなみにナナはショットガンだから、視野が狭くなっている私達の代わりに辺りの警戒をお願いしている。

 

「弾切れだ」

 

「オレも」

 

 

3人のオラクルポイントが無くなる頃には、ナイトホロウは全滅していた。

 

 

「ドレッドパイクが来たよ!」

 

ナナの声に、慌てて神機をブレードフォームへと変形させる。

 

私達の背後から現れたのは、5体のドレッドパイクだった。

 

 

「ジュリウス、ロミオ先輩、フォローお願い。ナナ、行くよ!」

 

「ああ」「わかった」「うん〜」

 

ヘリの中で簡単に説明したように、私とナナが正面から突っ込み、ベテランの2人に撃ち漏らしたアラガミの撃破をお願いする、というシンプルな作戦でいくことにした。

 

「でぇぇい」

 

右手を引き、腰を回転させて強力な突きを放つ。

 

あっという間にドレッドパイクが1体ひっくり返った。

 

 

「たあぁ!」

 

ナナも負けてはいない。

 

 

ブーストを起動してのタコ殴りでドレッドパイクを地に沈めた。

 

「邪魔だよっ」

 

 

ナナに背後から襲い掛かろうとした3匹目を蹴りで迎撃する。体勢が崩れたドレッドパイクをジュリウスがすかさず両断した。

「それっ!」

 

ロミオ先輩が残った2体に大きく横なぎの一撃を放ち、手傷を与える。

 

「ごめん、仕留め切れなかった」

 

「任せて、ロミオ先輩」

 

「フォローする」

 

鳴き声を上げて後退しようとするドレッドパイクを、容赦なく私とジュリウスのオラクル弾が撃ち砕いた。

 

 

ドレッドパイクの断末魔の叫びが一度辺りに木霊すると、静寂が戻ってきた。周囲にアラガミはもう居ない…と思う。

 

 

「え? 終わり」

 

 

ナナが意外そうな声を上げた。

 

「ああ、任務完了だ、帰投するぞ」

 

「今回楽勝だったな~」

 

 

ジュリウスとロミオ先輩が居てくれたから、こんなにも早く終わってしまった。

 

「……」

 

こんなに楽でいいんだろうか? 何かアクシデントが起こりそうで逆に怖いのだが。

 

 

「帰投まで、他のアラガミが……」

 

 

『ドシャッ』

 

 

…何か大きなものが背後に降り立つ音がした。

 

 

恐る恐る振り返る

 

 

「で、ですよねー」

 

 

 

新人ゴッドイーターが出会いたくないアラガミベスト5に入っている(であろう)アラガミ、疾風の雷帝(死語)ことヴァジュラが、私達に牙を剥いていた。

 

 

 

やっぱり私は運が強いらしい。……悪運と言う名の運だが

 




今回主人公は真面目に頑張ってます。
区切る所が無かったので、今回少々短めにしました。続きは明日投稿できると思います。


親方、空から女の子が!

残像だ


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第8話 ブラッドの真価

 

「なっ、ヴァジュラ!?」

 

ロミオ先輩が驚いて動きを止める。ナナは初めて見る大型アラガミに怯えているのか、一歩後ずさった。

 

「グオオォ!」

 

幾人もの神機使いの命を奪ってきたであろう剛爪が、私達に向かって振るわれる。

 

 

「ジュリウスっ!」

 

「わかっている!」

 

 

 

ナナを庇うようにジュリウスのシールドが展開された。

 

 

シールドと爪の間に火花が散る。

 

「こっちだよ!」

 

 

ジュリウス達に気を取られている間にヴァジュラの側面に回り込み、弾丸を連射する。

 

 

上手く引きつけられたようで、ヴァジュラが吼えつつ、飛びかかって来た。

 

それをあえて、ヴァジュラ側に片手をついて前転する事によって回避し、神機を素早く剣形態に変形させる。

 

「ナナ! 側面に回って、ヴァジュラが隙を見せたら攻撃して! ジュリウスはナナのフォロー!」

 

かわされた事に業を煮やしたのか、ヴァジュラは前足を支点にして素早く半回転し、再び飛びかかって来た。

 

今度は右手側にステップする事によってかわしながら、すれ違いざまにヴァジュラの左前足を斬りつけてやる。

 

「わ、わかった」

「ああ、任せろ」

 

ナナとジュリウスがヴァジュラの側面へ

 

「ロミオ先輩は私と一緒にこいつを引きつけてっ!」

 

飛んできた雷球をギリギリの所でかわしながら、ロミオ先輩に指示を出す。

 

「お、おう!」

 

ロミオ先輩が銃を乱射してヴァジュラの注意を引いてくれたので、すかさず接近して前足を斬りつける。

 

「はっ!」

 

 

更に私とタイミングを合わせるようにしてジュリウスが胴体部に斬撃を加えた。

 

 

ヴァジュラが素早くジュリウスの方へと向き直り、爪を振るったが、既にジュリウスは後方にステップして軽やかに回避していた。

 

「はああっ!」

 

 

素早く踏み込んだナナがハンマーを後ろ足に直撃させる。

 

 

ヴァジュラの動きが止まった。

 

「ロミオ先輩、いくよっ!」

 

「よっし」

 

 

すかさず、ヴァジュラの顔面目掛けてロングブレードを振るう。

 

短い鳴き声を上げてこちらに向き直ろうとしたヴァジュラは、続いて襲って来た大剣によって顔面を半壊させられた。

 

 

 

私達を脅威であると認識したのか、ヴァジュラが雷を自らの身体に纏わせようとする。いわゆる、『怒り』状態だ。

 

この状態になったヴァジュラは動きが格段に速くなり、攻撃をかわすのが非常に難しくなる。新人ゴッドイーターである私とナナに捉えられる速さではないかもしれない。

 

 

ゆえに、ここで勝負を決める

 

 

「グレネード、いくよっ!」

 

 

先ほどとは比べ物にならないスピードで私に迫ってきたヴァジュラの鼻先に、スタングレネードを放り投げてやる。

 

 

眩い光が辺りを包み、目を閉じる事もままならなかった可哀想なヴァジュラは、スピードに任せて神機使い達の真ん中に突っ込んできた代償を支払う事になった。

 

 

「くらえっ!」

 

 

ロミオ先輩のバスターブレードがヴァジュラの尻尾に直撃する。

 

ヴァジュラの尻尾だったモノが辺りに四散した。

 

たまらず仰け反った所に、ロングブレードによる斬撃を浴びせ、足まわりを崩す。

 

 

「ジュリウス!」

 

 

「了解」

 

 

私の意図を汲み取ったジュリウスがゼロスタンスの構えを取り、血の力を発動させた。

 

 

私とナナ、そしてロミオ先輩の身体が淡い光を帯びる。

 

 

「ナナ、決めるよ!」

 

「うんっ」

 

 

先程の前足への斬撃によって、体勢を崩したままの無防備なヴァジュラに向かって、ナナが迫る

 

 

ナナは充分に接近するとブーストを起動させた

 

重厚な駆動音が響き渡る。

 

 

「てりゃあああ!」

 

 

ナナはそのままヴァジュラの顔面を何度も激しく殴打した。

 

 

「グガアアア!」

 

そのあまりの威力に、打たれる度にヴァジュラが身体を震わせる。

 

 

「…まだ立ち上がるのか」

 

 

身体は既にボロボロになっているにもかかわらず、最後の力を振り絞ってヴァジュラが吼えた。

 

「ナナ、下がれ」

 

 

ジュリウスがナナを庇うように前に出る。

 

 

「りょ…了解」

 

 

ナナはやや後方へ下がると、地面にハンマーの柄をついて荒い息を吐いた。

 

 

「まさか、スタミナが……」

 

 

ヴァジュラが走り出す

 

「ナナ、危ねぇ!」

 

 

ロミオ先輩が声を上げ、オラクル弾を連射する。同時にジュリウスがヴァジュラの顔面を切り裂き、自分に注意を引き付けようとした。

 

だが、ヴァジュラはそれらを意に介さず、尚もナナに向かって前進し続ける。どうやらナナ1人に狙いを絞ったようだ。

 

 

手負いのヴァジュラほど恐ろしいものはない。

 

……だがこの私、天王寺夏姫を無視したのが運の尽きだ。

 

 

「君ら弱っても、油断ならないからなぁ」

 

ヴァジュラの鋭い牙がナナに届くよりも速く、仕掛けておいたホールドトラップを発動させ、ヴァジュラを拘束する。

 

 

携帯用のホールドトラップでは、ほんの数瞬動きを止める事しか叶わないが、今はそれで充分だ。

 

 

「これで…終わって!」

 

 

助走をつけ、身体全体で放った私の渾身の突きが、ヴァジュラの眉間に真っ直ぐ突き刺さった。

 

 

 

「グオオオォォォ……」

 

 

ヴァジュラの目から光が消え、その巨体が大きな音を立てて地に沈んだ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

…死んだふりをしている可能性もある、よね?

 

 

しばらく警戒するが、ヴァジュラは全く動く様子を見せなかった。

 

恐る恐る神機を引き抜いてみる。

 

 

反応はない

 

 

これはひょっとすると

 

 

「勝ったの?」

 

私の言葉に

 

「ああ、想定外の相手だったが、ヴァジュラの討伐成功だ」

 

 

ジュリウスが優しく返してくれた。

 

 

「やったよ、夏姫ちゃん~」

 

 

ナナ(若干返り血付き)が抱き付いてくる。

 

 

「むぐ」

 

帰りのヘリが着くまでの間、辺りの警戒をしないといけないんだけど……

 

 

私と目が合ったジュリウスが一つ頷く。

 

あ、周囲の警戒はジュリウスがやってくれるみたいだ。ここはお言葉(喋ってないけど)に甘えよう。

 

「すっげぇ、俺たちだけで大型アラガミをやっつけちまった」

 

ロミオ先輩は興奮気味に飛び跳ねている。

 

ひょっとすると、ロミオ先輩達も大型アラガミと対峙した経験はあまり無いのかもしれない。

 

「夏姫ちゃんのお陰で誰も怪我してないよ」

 

ナナが抱きしめる手に、更に力を込めてきた。

 

「ん……」

 

少し痛いけど、可愛い子に抱きつかれているんだから我慢だ。

 

「それはみんなが頑張ったからだよ」

 

 

みんなは私の想像以上の働きをしてくれた。ジュリウスは言わずもがな、リーダーに相応しい動きをして私達にチャンスを作ってくれたし、ナナは恐怖心と動揺を押し殺してヴァジュラに肉迫してくれた。更にロミオ先輩は先輩らしく私とナナをしっかりとフォローしてくれた。

 

 

「そんな事ないよ~」

 

 

ナナに頬を擦り付けられる

 

 

「確かに被害が出なかったのは、夏姫の的確な指示のお陰だよな」

 

「ああ、見事だった」

 

 

ロミオ先輩達までおだててくる。

 

まったく…何も出ないよ?

 

 

 

 

「あ、夏姫ちゃんが笑った」

 

 

 

とりあえず、みんな無事で本当に良かった。

 

 

~~

 

こうして私達ブラッドの最初のミッションは、想定外の大型アラガミの乱入というアクシデントがありながらも、何とか無事に終了したのであった。

 




前日の夜、想定外の事態に備えて色々なアラガミのデータを必死に収集していたみたいです。

「うう、眠っちゃダメだ……」



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第9話 想定外の中型アラガミが侵入しました、侵入地点のデータを送ります

 

「あんなの対処出来ないよねぇ」

 

 

私は今、モップでエントランスを掃除している真っ最中だ。

 

 

 

ブラッド全員での初ミッション『カウボーイ』から数日。

 

私達は順調に戦績を伸ばしてきた。

 

 

倒したアラガミは

 

オウガテイルを始めとし、ドレッドパイク、ナイトホロウ、コクーンメイデン、ヴァジュラ、コンゴウ、コンゴウ堕天、グボログボロ、ウコンバサラ、シユウ

 

だいたいこんな所だろうか。

 

 

ちなみに私達が受けた任務での討伐対象はオウガテイル、ナイトホロウ、コクーンメイデン、コンゴウ、この4種類のアラガミのみだ。

 

その他のアラガミはミッション中に乱入してきた為に、やむなく交戦する羽目になったものである。

 

 

何故こんなに想定外のアラガミの乱入が多いのかは、よく分かっていない。ラケル博士が言うには、『何らかの力に導かれているよう』との事だが、なかなかに迷惑な話だ。

 

 

コンゴウの討伐に向かったはずだったのに、待ち受けていたのがコンゴウ通常種とコンゴウ堕天種とグボログボロだった時は『もう駄目だ、世界の終わりだ……』と嘆きたくなった。

 

 

やっとの思いで戦闘を終え、ぜいぜいと荒い息をしながら帰りのヘリを待っていたら、どこからか楽しそうにシユウが飛んできた。

 

……あの時は流石に死を覚悟したものだ。

 

 

最近は帰る度、オペレーターのフランさんに「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げられ、「…無事で良かったです」と抱き締められるのが日課になりつつある。

 

想定外のアラガミの乱入は、別にフランさんが悪いわけではないので謝らなくてもいい、と毎回言っているのだが、彼女は責任を感じているようだ。

 

 

美人さんに抱き付かれるのは悪くない気分だけど、マジ泣きされるのは心が痛むから勘弁してほしい。

 

 

さて、そんな悲しい報告は置いておいて、もっと別の楽しい事について話そう。

 

 

ジュリウスに聞いた話によると、もうじきブラッドに新しいメンバーがやってくるらしい。

 

 

詳しい事はまだ知らされていないが、ベテランの槍使いさんという事なので、神機使いの心得などを教えてもらいたいと思っている。

 

あと、色々なアラガミへの対処法とか。

 

 

 

「ふっふー、汚物は消毒だよ〜」

 

「怖えって」

 

 

布巾で棚を掃除しながら物騒な事を口走るナナにロミオ先輩がツッコミを入れている。

 

 

数々の難関(通常任務である)を共にこなした結果、私達ブラッドの結束力は大分深まったと思う。

 

今日もいつものように、ナナとロミオ先輩に掃除を手伝ってもらっている。

 

 

手が空いている時はジュリウスも手伝ってくれるのだが、今日は何かやることがあるそうだ。すごく申し訳無さそうな顔で謝られた。

 

 

 

「自動お掃除ロボットとかがあればいいんだけどなぁ」

 

 

エントランスは自分たちが使う場所だから、きちんと毎日綺麗にしておかなければならないのである。

 

というより、屋敷に居た時から毎日どこかを掃除するのが癖になっていたと言った方が良いかもしれない。

 

 

 

「お前達! 何をやっている」

 

鼻歌を歌いながらモップで床をごしごしこすっていると、誰かに声を掛けられた。

 

「掃除です」

 

答えてしまってから、しまったと思った。

 

 

何故なら、目の前にはここフライアで一番偉いグレム・ド・ブロア局長(名前はうろ覚えだが)が立っていた為である。

 

 

「それは殊勝な心掛けだが、今日は大事なお客様がいらっしゃると言っておいただろう。連絡網が回ってきた筈だ」

 

 

「……たぶんラケルの所で止まったんだと思います。あの子、あまりメールを見ませんから」

 

後ろに控えていたレア博士が申し訳無さそうに口を開いた。

 

 

レア博士というのは、ラケル博士の姉妹の美人さんだ。泣き黒子がえっちぃ。

 

 

あと、何となくだけどレア博士もジュリウスと同じく苦労人のような気がする。

 

 

 

「ユノさん、お見苦しい所をお見せしました」

 

グレム局長が振り向く。

 

 

「こいつらはちと世情に疎い所がありまして…」

 

 

グレム局長の背後に居たのは、これまた見惚れるような美人さんだった。

 

 

サラサラと流れるような美しい髪、整った顔立ち

 

「いえ、いいんです」

 

 

女の私から見ても、すごく可愛い。これがいわゆる正統派ヒロインというものか……

 

 

是非ともお近付きになりたい。

 

「まったく……うん?」

 

 

そのまま薄ら笑いを浮かべ、エレベーターの方に歩いていこうとしていたグレム局長は、突然私の前で立ち止まった。

 

 

しばらくの間じっと見つめられる。

 

 

「お前…いや、君は?」

 

 

どうしたのだろうか

 

 

グレム局長は非常に困惑しているように見える。

 

 

 

「名前は何と言うのかね?」

 

 

名前……まさか私の?

 

 

フリーズしていると、苦笑いといった表情を浮かべているレア博士に、早く答えろというようなジェスチャーをされた。

 

 

慌てて口を開く

 

「夏姫です」

 

「ナツキ?」

 

「はい」

 

「ナツキ……はて?」

 

 

「グレム局長、どうかなさいましたか?」

 

レア博士が尋ねる

 

「……いや、見かけん顔だと思ってな」

 

 

一応毎日フライアに居るんだけどなぁ

 

 

「彼女らはつい最近ブラッドに配属されたばかりですから、ご存知ないのも無理はないと思います」

 

「そうか」

 

「局長、お時間の方が」

 

 

「そうだったな……ではブラッド候補生の諸君、失礼する。まあ掃除は夕方にでもやっておきなさい」

 

 

3人で並んでグレム局長に敬礼を返す。

 

「さ、行きましょうユノさん」

 

「はい、…また今度お話しようね」

 

ユノさんというらしい色白の美人さんは、イタズラっぽい笑顔で私達に小さく手を振ると、グレム局長達について歩いていった。

 

 

「はー、モップ片付けないとね」

 

いつの間にか落としていたらしいモップを手に持つ

 

 

「雑巾とバケツは私が片付けるよ」

 

ナナも片付けを手伝ってくれるらしい。

 

「ロミオ先輩は箒とちりとりを……」

 

ナナが言葉を途中で止めた。

 

 

「ロミオ先輩?」

 

「ロミオ先輩~!」

 

「ロミオ先輩!」

 

「ロミオ先輩!?」

 

 

「大変! ロミオ先輩が…立ったまま、し…死んでる」

 

 

 

「いやっ、死んでないからね!? 俺すごく生き汚いからね!? アラガミ化してでも生きて帰るからね!? 可愛い妹残して死なないからね!?」

 

 

ぼーっとしていたロミオ先輩が我に返った。

 

 

「なーんだ、期待して損した」

 

「ナナ、お前一体いつからそんなに黒くなったんだ?」

 

 

「気のせいじゃない?」

 

 

「いや、初めて会った時よりも大分…… あれ? ひょっとして最初からこんなだったっけ」

 

そんな2人の会話をBGM代わりにしながら、片付けを続ける。

 

 

さて、この後も任務だ。

 

 

せいぜい死なないように頑張るとしよう。

 

 

~~第10話へ続く~~

 

 

「っ! 待て待て、何で俺がフリーズしてたか訊いてくれないの?」

 

 

「特に興味が湧きませんので」

 

「先輩の事だからどうせレア博士に踏まれたいとか思ってたんでしょ」

 

 

「お前ら最近俺への扱い酷くねぇ?」

 

 

「大丈夫だロミオ、誰だって妙な性癖の1つや2つ」

 

 

「ジュリウスまで! って言うかいつの間に」

 

「あ、ジュリウス用事終わったの?」

 

「ああ、手伝えなくて済まない」

 

「別にいいよ」

 

ジュリウスと話していると、

 

 

「そうじゃなくて、ユノだよユノ!」

 

ロミオ先輩が構ってちゃんオーラを出しながら割り込んで来た。

 

…仕方ない、相手してやるか。

 

 

「見えなかったのか? さっきのユノアシハラだぜ!?」

 

 

「ゆーのー?」

 

 

「ユ・ノ!」

 

 

「いいか、よく聞けよ、葦原ユノってのは……」

 

 

そこから先のヒートアップしたロミオ先輩の様子は語るに忍びなかったので、ここでは割愛する。

 

まあ、まとめると、ユノさんは凄く歌が上手くて、美人さんで、ロミオ先輩は今日は風呂に入らない覚悟である、との事だった。

 

池に蹴り落としてみようかな、と少し思ったのは内緒だ。




ナツキ「ロミオ…ああロミオ、あなたの痴態は……未来永劫、フライアの防犯映像に記録されていく事でしょう」

ロミオ「やめて!」


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第10話 意外なお茶会

後書きにちょっとした補足話があります。
あとこれはどうでもいい話なのですが、作者の好きなキャラクターは『ツルギ』です。


「おや、まだ何か用かな?」

 

 

「あ、あれ? ユノさんは?」

 

ロミオ先輩に誘われて局長室に向かった私達(ジュリウス除く)だったが、室内にはグレム局長とレア博士が居るだけで、ユノさんの姿は既に無かった。

 

 

「ヘリで飛行中、かしらね。極東支部へ向かって」

 

 

レア博士がロミオ先輩の問いに答えてくれた、優しい。

 

 

「しまった…遅かったか」

 

 

「やっぱりね~」

 

 

ナナが呆れ顔でため息をつく

 

 

「じゃ、失礼しましたー」

 

 

回れ右して出て行こうとするロミオ先輩をナナが止める

 

 

「先輩、このまま局長室を出るのは失礼だよ」

 

 

「じゃあどうすりゃいいってんだよ」

 

「そこはほら、ラケル先生に言われて挨拶に来たとかって適当に…」

 

「なるほど…ナナお前頭いいな」

 

ちなみに丸聞こえだ。レア博士なんかは頭を抱えている。

 

 

 

「えー、ブラッド候補生としてご挨拶をしたいと思い、馳せ参じました」

 

姿勢を正したロミオ先輩が悪びれずにそう言い放った。

 

 

「それはまた殊勝なことだな、こちらこそよろしく頼む」

 

グレム局長……さっきの会話は丸聞こえだっただろうに、律儀な人だ。

 

 

「ほら、夏姫も、局長に何か言いたい事があったんだろ?」

 

 

急にロミオ先輩に話題を振られる。

 

打ち合わせも何もしていないのだが……

 

「ほう、ナツキ君が」

 

座って腕を組んでいるグレム局長が目を細め、こちらに身体を向けた。

 

ロミオ先輩を軽く睨んでやると、任せた! というようにウインクされた。

 

 

後でジュースでも奢ってもらう事にしよう。

 

「あの、局長」

 

「なんだね?」

 

何故か身を乗り出される。

 

 

「フライアでは神機兵という物が開発されているとお聞きしたのですが」

 

「うむ」

 

「それはどのような物なのでしょうか?」

 

 

「ふむ、では簡単に……神機兵と言うのは、ここに居るレア博士と君たちブラッドの創設者であるラケル博士、このお二方の父上であるジェフサ・クラウディウス博士によって考案された人型の兵器の事だ……」

 

~(中略)~

 

「有人制御になるか無人制御になるか……いずれにせよ、神機兵なら、この荒廃した世界を救う事が出来ると信じている。我々の手でアラガミに怯える事の無い世界を取り戻したいものだな」

 

「なるほど、勉強になりました」

 

15分程グレム局長の話を聞いた。

 

要点だけまとめて言うと、

 

 

・神機使いで無くとも制御が可能である

 

 

・凄い、強い、格好良い

 

 

・費用がかさむ

 

・赤い雨の中でも通常通り稼動できる

 

 

・有人制御と無人制御、2つの運用法が考えられている

 

 

こんな所だろうか。

 

 

ちなみにロミオ先輩とナナは立ったまま爆睡している。

 

 

「すまんがレア君、人数分の椅子を用意してくれるかな?」

 

 

そんな2人を見てグレム局長が苦笑した。

 

 

 

「まあお茶でも飲んでいきなさい」

 

グレム局長が机の上にあったベルを鳴らすと、秘書と思わしき女性がお茶を持ってやってくる。

 

「ありがとうございます」

 

お礼を言うと、金色の髪をした女の人はにっこりと笑って会釈してくれた。

 

「茶菓子も必要だな」

 

 

私達が全員席に着いたのを確認して、グレム局長が机の下から大きな缶を取り出した。

 

 

中に入っていたのは現在は高級品であるチョコレートやクッキーなどの美味しそうなお菓子。

 

「いただきます」

 

「わーい、ありがとうございま~す」

 

「お前らちょっとは遠慮ってもんを… あ、局長いただきます」

 

「どうせ本部からの貰い物だ、遠慮せずにどんどん食べてくれ」

 

クッキーを1つ口に運ぶ

 

 

「うわー、チョコレート? これって全部チョコレート?」

 

「美味しいね…」

 

「うわ、めっちゃ幸せそうな表情」

 

 

「喜んで貰えてなによりだ」

 

 

グレム局長にどんな訓練をしているのか聞かれたので、毎日の訓練の様子について簡単に話す。

 

時折質問を織り交ぜながら、興味深そうに聞いてくれた。

 

 

続いて任務について話す。

 

 

頷きながら話を聞いてくれていたグレム局長だったが、毎回想定外のアラガミが侵入して困っている、とこぼすと、急に険しい顔になった。

 

 

「そんな危険な事が……」

 

 

「まあなんとか対処出来ているので大丈夫です」

 

 

「しかし……」

 

グレム局長が手のひらを組んで考え込む

 

「…何か対策を講じなければならんな」

 

 

「ブラッドにはお金をかけているから、ですか?」

 

 

レア博士が軽い調子で尋ねる。

 

「まあ、な」

 

 

グレム局長が目を細めた。

 

 

 

 

「さて、そろそろ訓練の時間ではないのかね?」

 

 

グレム局長の言葉に慌てて時間を確認する。

 

 

「本当だ、やべぇ、遅刻しちまう」

 

「行こう、夏姫ちゃん」

 

 

2人が立ち上がる。

 

 

「うん」

 

 

私も立ち上がり、折りたたみ式の椅子をまとめる。

 

 

「後はこちらでやっておこう、ナツキ君は訓練の方へ急ぎたまえ」

 

時間が無いので、局長の言葉に甘えるとしよう。

 

「お菓子とお茶、ごちそうさまでした」

 

「ああ」

 

 

一礼し、局長室を後にした。

 

 

 

「いやー、グレム局長って案外良い人なんだな」

 

「そうだね」

 

「今度、おでんパン渡してみるよ」

 

 

「それは止めとけ」「それは止めといた方がいいよ」

 

 

 

そんな会話をしながら訓練室まで走る私達であった。

 




レア「何故あんなにもブラッドを気に掛けるのですか?」


グレム「特に深い意味はない」

レア「ご冗談を」


レア「あの娘が何か?」


グレム「……」


グレム「それより、諜報部に情報精度を向上させるよう、よく言っておく必要があるようだ」


レア「諜報部は充分仕事をしていると思いますが」


グレム「ブラッドには大金を掛けている。貴重な神機使いが死んでからでは遅いからな」


レア「ふふっ、素直じゃない方ですこと」

コンコン

クジョウ「失礼しま……」


グレム「遅いぞクジョウ、俺が呼んだらすぐ飛んで来んかっ!


クジョウ「は、はいい~」


グレム「ふん、まあいい、例の件はどうなっている?」


クジョウ「そ、それは…現在急ピッチで進めている最中でして」

グレム「まだ出来ておらんのか? この、ノロマめ!」


レア(照れ隠しに使われて、クジョウ博士もお気の毒に)


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第11話 ノルン内部隠しファイル『リンドウの肖像』 著者A より一部抜粋

たくさんのお気に入り登録ありがとうございます。なんて言ったらいいか……これからも頑張ります。ありがとう


「ギルバートさんって、どんな人かな?」

 

「ベテランの人らしいねぇ」

 

 

ミッション帰りに、ヘリの中でナナとそんな話をしてからおよそ3分後

 

 

「我が名はエミール、エミール・フォン・シュトラスブルグだ。今日から君たちブラッドと共に戦う仲間となった、これからよろしく頼む」

 

 

「誰ーっ!?」

 

ナナが叫ぶ

 

「我が名はエミール・フォン・シュトラスブルク! 誇り高き騎士だ」

 

 

新しくブラッドのメンバーになるのは、確かギルバートさんだったはずなのだが

 

 

「このフライアはいい船だね…実に、趣味がいい」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「しかし! この美しい船の、祝福すべき航海を妨げるかのように、怒涛のようなアラガミの大群が待ち受けているという……」

 

「きっと君たちは……」

 

 

長いので略

 

 

 

「エミールっ! こんな所に、やっと見つけた」

 

 

未だ流暢に語り続けるエミールさんをどう扱うべきなのか持て余していた私達の前に、可愛い帽子を被った少女が華麗に現れた。

 

 

「む…丁度良い所に来た、エリナよ、君も彼女らに自己紹介をしたまえ」

 

「エミールは黙ってて! ブラッドの皆さん、極東(うち)の馬鹿(エミール)がご迷惑をお掛けしました」

 

頭を下げられる。

 

 

「え、えっと」

 

 

 

「状況を説明してほしいな」

 

 

「ジュリウスは黙ってて」

 

 

どこかからジュリウスがやってきたが、面倒くさくなりそうなので一喝する

 

 

「すまない」

 

 

~~~

 

 

「うん? 僕は何か妙な事を言っただろうか?」

 

 

「ほんとにすいません」

 

 

今も頭を下げるエリナ・ジョースター(仮)さんが言うには、彼女とエミールさんはフェンリル極東支部の第一部隊に所属しているそうで、フライアの眼前にアラガミの大群が迫っているとの情報を得て助太刀に来てくれたそうだ。

 

 

 

エミールさんが『ブラッドと共に戦う事になった』と言えばいい所を『共に戦う仲間となった』と言ってしまったお陰で、時期もあって多大な誤解を産む事になった。

 

 

「ご挨拶が遅れました、私はエリナ・デア=フォーゲルヴァイデと申します」

 

「僕はエミール、エミール・フォン・シュトラスブルグだ」

 

 

大仰なポーズを取りながらエミールさんが名乗りをあげる

 

 

「何回名乗るつもりなのよ」

 

 

「無論何度でも」

 

 

エリナさんが溜め息をつく

 

 

「とにかく、私達極東支部のメンバーが来たからには…」

 

 

「心配は完全に無用だ!」

 

 

再びの溜め息

 

 

この娘も苦労してるんだなぁ

 

 

「まあ、2人ともよろしく頼むぜ」

 

 

「任せてくれたまえ」「はい!」

 

「掃討任務は明日から始まる、3人共今日はよく休んで疲れを取ってくれ」

 

エントランスの隅っこにある椅子に座って、私があげた知恵の輪(子供用)をカチャカチャとかまっていたジュリウスが言葉を発する。

 

流石はブラッドの隊長といった所だ、どんな時も締める所は締める。

 

 

「了解した」「了解しました」

 

 

去っていく2人を見送る

 

 

「なんかすごい人だったね」

 

思わずそう零す

 

「そうだな」

 

 

「うん、びっくりしたよ」

 

 

「そうか?」

 

 

みんな同意見のようだったが、ジュリウスだけは首を捻っていた。

 

 

「まあ戦力が増えるに越したことは無いだろ? 神機使いが俺を含めて3人もやってきたんだ、フライアは絶対に守り抜くぞ」

 

 

「頼りにさせてもらおう」

 

 

ジュリウスが微笑みを浮かべる。

 

ナナも、「頑張ろー」 とガッツポーズを取っている。

 

 

そんな和やかな空気の中、私の頭には一つの疑問が渦巻いていた。

 

 

たった一つの単純(シンプル)な疑問

 

 

『一体この人は誰なんだ?』

 

 

目の前でジュリウス達と談笑する男性に「あなたのお名前は?」 と尋ねられないまま、時間だけが過ぎてゆくのであった。

 

いやまあ、多分ギルバートさんだとは思うんだけど、間違ってたら失礼だし

 

どうしよう

 

〜〜

 

 

「そういや、あんたらには名乗ってなかったな」

 

 

謎の男Aことギルバート・マクレインさんが「悪い」と頭をかく。

 

 

「びっくりしたよ〜」

 

 

ナナはさっきもその台詞を言っていた気がする。

 

 

「ナナと夏姫にはまだ自己紹介していなかったのか」

 

「ああ」

 

 

ジュリウスとは既に面識があったらしい。そうならそうと言ってくれればいいのに……このおとぼけ隊長め。

 

 

「そういえば、ロミオ先輩が居ないね」

 

「ロミオ?」

 

「金髪で白いニット帽の」

 

 

「ああ…やっぱりあいつか」

 

 

ギルバートさんが渋い顔をする

 

「どうかしたんですか?」

 

 

「実はさっき出会ってな、とりあえず病室送りにしておいた」

 

 

「何故!?」

 

 

〜〜

 

「何だ、そういう理由か」

 

 

 

ロミオ先輩はロビーの階段付近に立っていたギルの元に走り寄って来て、「俺はロミオってんだ」と言いながら階段を転げ落ちていったらしい。

 

 

ロミオ先輩は横たわり、軽く痙攣しながらも健気に「よ、よろしく」と挨拶の言葉を発していたそうだ。

 

 

「あの時、俺も半ば放心状態で挨拶を返しながら、ブラッドってのは心底凄い連中なんだと感心したな」

 

 

つまり心底すごい馬鹿の集まりという訳ですね、わかります。

 

それにしても、しつこいロミオ先輩にムカついて、つい拳が出てしまったとか、そういう暴力的な話じゃなくて良かった。

 

 

 

「ロミオが抜けた穴は大きいが、ギルと極東の2人が援軍に来てくれた、何としてもロミオの愛したフライアを守り抜くぞ」

 

 

「ロミオ先輩、安らかに」

 

ナナが目をつぶる

 

 

「ブラッド各位、ロミオ・レオーニ上等兵の安息を願って黙祷」

 

 

ギルと2人して目をつぶる

 

 

こうして目を閉じると、ロミオ先輩との思い出の数々が浮かんでくる。

 

格好良いロミオ先輩

 

 

ロミオ「混乱しちまった時はな…空を見るんだ、そんで動物に似た雲を見つけてみろ、落ち着くぞ」

 

 

お茶目なロミオ先輩

 

 

ロミオ「運が良ければ不意を突いてぶっ殺せ、あ……これじゃ4つか」

 

 

 

最後にロミオ先輩に歌を贈ろう。

 

 

「いーつか誰ーにーも、おとーずれる」

 

 

 

「ちょっと待てっ!?」

 

 

 

どこかから声が聞こえた。

 

 

「人が居ない間に、なに勝手にエンディング迎えようとしてんだ!」

 

 

「おのれロミオ、貴様生きておったのか」

 

 

ナナが近くにあった箒を刀のように構える。

 

 

「ロミオ、無事だったのか」

 

 

同時にジュリウスが驚きの声をあげた。

 

 

「当たり前だ! てかギルは俺を病室に送ってくれたじゃねーか、それなのに何黙祷してんだ!」

 

 

「そういう流れなのかと思ってな、すまん」

 

 

「全く…ブラッドは阿呆ばっかかよ!」

 

 

挨拶に夢中で階段から転げ落ちたあなたには言われたくない

 

 

 

「チームワークは十全のようだな」

 

 

ジュリウスが満足げに頷く

 

 

「俺を弄ぶ方向にだけどなっ!」

 

確かに。

 

「……いつか家出してやる」

 

 

結局、拗ねたロミオ先輩を慰める為にブラッド全員で晩ご飯を食べに行く事になった。

 

 

 

それにしても

 

 

ベテラン槍使いのギルバート・マクレイン ブラッドに加入

 

 

激戦区である極東支部のエリナ・ペンドルトン、エミール・フォン・シュトラスブルグの2名がフライアに搭乗

 

 

一気に3人も神機使いが増えて、頼もしい限りである。

 

 

明日から忙しくなるだろうが、みんなと頑張ろう。

 

 

そう思いながら焼き鳥を頬張る。

 

誰だ、居酒屋なんて選んだ奴は

 

「すまない、僕だ」

 

 

エミールさん……まだ居たのか。というか騎士なのに居酒屋って、それでいいのか騎士道。

 

 

うん、皮美味しい

 





ナツキ「回想シーンはノルン内にあった隠しファイルから引っ張って来ました」



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第12話 そいつの名はハガネール

セクハラ駄目、絶対。今回も後書きにちょっとした話があります。


私たちが現在向かっているらしい極東には日本刀という物の作り方が伝わっている。

 

 

折れず、曲がらず、とてもよく切れる。それはまさに至高の武器と言えるだろう

 

 

『玉鋼を探しています』

 

 

こんなポスターを貼ったぐらいで玉鋼が手に入るとは思っていないが、打てる手は打っておかなくてはならない。

 

 

「絶対に玉鋼を手に入れてやる」

 

ここ2日程寝ていない私の顔はきっと、幽鬼のようになっていると思う。

 

 

何故このような事になったのかといえばギルとのミッションが原因だ。

 

 

~~~

 

 

 

「邪魔だ!」

 

 

ギルがチャージグライドでオウガテイルを数匹まとめて貫く。

 

「これで終わりっ!」

 

 

私がスナイパーで最後のオウガテイルを撃ち抜き、辺りには静寂が戻った。

 

 

「流石ギルだね、見事な槍捌きだったよ」

 

 

「あんたの方も、なかなかいい動きだったぜ。特にコンゴウにトドメを刺した時の突き技には思わず見惚れちまった」

 

 

「そ、そうかな?」

 

 

褒められた経験はあまり無いので、照れてしまう。

 

 

「しかし、あの突き技は身体の使い方次第でもっと良いものに仕上がる筈だ」

 

これはひょっとして

 

 

「ベテラン神機使いからの新人へのアドバイス?」

 

 

「ま、そんな所だ」

 

 

私よりも遥かに先輩であるギルが稽古をつけてくれるらしい。

 

 

「身体の動きをよく見てろ」

 

 

そう言うとギルは身体を沈め、チャージグライドを放った。

 

「ふっ!」

 

目の前を風が掠めていく

 

 

相変わらず見事な動きだ。

 

 

ポイントは腰、肩、踏み込みに使う右足かな。

 

「夏姫の突き技は肩と腕の力しか使っていない。類い希なる身体能力のお陰で、それだけでも充分な威力を誇ってはいるが、ここに腰の捻りを合わせる事で更に何倍もの威力が出せるようになる筈だ」

 

そうなのだろうか?

 

 

「やってみる」

 

神機を引き、構え、

 

「はあっ!」

 

 

身体を沈め、腰の回転を加えた突きを放つ

 

少し肩が遅かったかな?

 

 

「腰と肩の動きがずれている。もう少し肩の方を速くしてみてくれ」

 

的確なアドバイスが飛んできた。

 

「了解」

 

それから何度か繰り返す。

 

 

「たあっ!」

 

 

「大分よくなったが、体重移動が不完全だな」

 

ギルが肩と腰、更に腕の使い方について実演とアドバイスをしてくれているが、ナナみたいな可愛い娘に同じ事(触ったり、掴んだり)をしたらセクハラで訴えられると思う。

 

 

「これを踏まえてもう一度やってみてくれ」

 

「分かった」

 

 

腰を落とし、やや後ろに体重をかける。そして腰を捻って体重を前方に移動させると同時に肩と腕に力を込め、

 

 

全身全霊を込めて打つ!

 

 

『ビュオオオッ』

 

 

物凄い風切り音がした。

 

 

「…………」

 

 

「そうだ、今の感覚を忘れるな」

 

思わずギルを見る。

 

 

「ギル、いや……ギルバート師匠」

 

「し、師匠?」

 

 

「もっとご指導をお願いします」

 

「とりあえず恥ずかしいから、師匠と呼ぶのは止めてくれ」

 

 

その後何度も何度も練習をする事によって私の突きは更に洗練されていき、

 

 

「もはやロングブレード版のチャージグライドだな」

 

 

体重移動を円滑に行う為に助走をつけるようにしてみた所、不思議な事にロングブレード版チャージグライドとでも呼ぶべき何かが完成していた。

 

 

「しかし、夏姫は覚えが早いな。これじゃ俺が追い越されるのも時間の問題か?」

 

ギルが笑いながら頭をかく

 

 

「いやいや、ギルの教え方が上手いんだよ。戦闘技術の教師にでもなったら? ゴッドイーターなんかよりもずっと儲かるかもよ?」

 

 

「ははっ、そりゃいいな」

 

 

訓練を通してギルとも軽口を叩けるくらいに仲良くなれた。

 

 

いやー、良かった良かった。しかし技の研究をするって案外楽しいなぁ。もっともっと威力や効率が上がらないか試したくなってしまう。まあ、この技に関してはひとまずの完成ということに……

 

 

「あ、そういや夏姫、知ってるか? 今俺達が向かってる極東には『刀』っていう突き技や切断に特化したロングブレードがあるらしいぞ」

 

 

「詳しく」

 

 

 

~~

 

 

 

とまあこんな事があって、私は寝不足を押してまで技の威力向上の為に『刀』の素材を集めているという訳だ。

 

 

ちなみに寝不足のためアラガミの戦いには不安があったのだが、逆に集中力が上がっていつもより楽なくらいだった。

 

 

生存本能とかのスキルが働いているのだろう、多分。

 

 

しかし、もう丸2日探し回っているというのに材料となる玉鋼は発見出来ていない。

 

 

そもそもターミナル内の情報によれば玉鋼というものは砂鉄を集めて作るものらしい。そんな貴重なものがフィールド上に落ちている筈がない、とギルに言ったら、「アラガミが体内で作って吐き出したものが落ちてるんだ」と返された。

 

 

なるほど、確かにアラガミ糸のような糸を吐き出すアラガミがいるくらいなんだから、玉鋼を吐き出すアラガミもいるかもしれない、と納得したのだが、今になって考えてみると非常に胡散臭い。

 

 

「あの……」

 

 

そうだよ、玉鋼を吐き出すアラガミなんて居るわけ無い。つまりフィールド上に玉鋼は存在しない。さらば玉鋼を吐き出す幻のアラガミ、『ハガネール』(仮称)

 

 

 

「夏姫さん」

 

 

「はっ!」

 

 

いかんいかん、おかしな思考に飲まれていた。これが徹夜テンションと言うものか。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

そう心配そうに声を掛けてきたのは、フランさんだった。

 

 

「ああ、フランさん、大丈夫だよ」

 

フランさんは今日も可愛いなぁ。

 

「そうは見えませんが……」

 

 

「あ、ごめん。みっともない姿を見せちゃったね」

 

 

「弱った夏姫さんにも、ぐっと来るものがあるのは確かですが、あまり無理はしないで下さい。それであなたが傷付いたりしたら馬鹿みたいですから」

 

 

ありがたい叱責を賜った。そうだね、無理は良くないね。

 

 

「うん、わかった。ラケル博士とグレム局長に言って、今日は休ませてもらう事にするよ」

 

 

「それがよろしいかと」

 

 

「あーあ、玉鋼がどっかに落ちて無いもんかな」

 

「玉鋼……」

 

フランさんが何事か呟いた気がするが、きっと思い違いだろう。

 

 

ラケル博士とグレム局長に事情を話し、特別に休みをもらった。グレム局長には、何故そこまで無理をしたのか聞かれたので、玉鋼を探していたんです。と正直に答えたら、「もっと自分を大切にせんか、この馬鹿者が!」と怒鳴られ、疲労回復に良いという果物の詰め合わせと高級栄養ドリンクを渡された。

 

ラケル博士には何故か人参(これは馬という動物の大好物らしい)と鹿せんべいをもらった。

 

「ありがとうございます」とお礼を言うと、「お馬鹿な子ほど可愛いとは本当ですね」とひとしきり笑われた後、「ブラッドのみんなには内緒ですよ?」とソウルジャムという商品名の桃色のジャムをもらった。

 

 

ありがとう、グレム局長とラケル博士。

 

 

 

さて、もう寝る事にしよう。

 

 

 

お休みなさい。

 




グレム「今、俺個人で動かせる金はいくらだ?」

秘書(男性)「○○程です」


グレム「よし、八割五分までなら使って構わん。玉鋼を買え、出来るだけ安く高純度な物をな」

秘書「承知致しました」

~~


ラケル「急に呼びつけたりしてごめんなさいね、ジュリウス」


ジュリウス「いえ」


ジュリウス「それで頼みとは?」


ラケル「玉鋼を探して来て欲しいのです」


ジュリウス「は?」


ラケル「玉鋼を探して来て欲しいのです」


ジュリウス「玉鋼…と言うと、刀身などに使われる、あの?」

ラケル「ええ、出来れば純度の高いものを」

ジュリウス「承知致しました」

バタン

ジュリウス「どうしたんだラケル先生は」


ジュリウス「しかし、夏姫に渡そうと思っていた分が無くなってしまうな」


~~


フラン「玉鋼を譲って頂けませんか?」

神機使いA「喜んで」


~~

ヒョイ

ギル「確かに素人には見つけにくいかもしれんが、俺にかかれば造作もないな」


ロミオ「俺も見つけたぜ、ギル」

ギル「ロミオ、それはただの鉄屑だ」


~~

エリナ「はい、玉鋼なら持ってますけど?」

ナナ「もしよかったら、少し譲って貰えないかな?」


エリナ「良いですよ」


ナナ「ありがとー」


~~

エミール「エリナも無茶を言う、玉鋼を今日中に刀が50本作れるほど集めろとは……」


エミール「ポラーシュターンよ、僕に力を貸してくれ」


ポラーシュターン「……」




エミール「駄目だ、闇雲に探しても全然見つからない」


エミール「しかし我が友であるナツキの為とか言っていたが、どういう意味なんだろうな」

ピクッ

ポラーシュターン「……こっち」


エミール「声が!?」


ポラーシュターン「……」


エミール「何だ、気のせいか」
テトテト

エミール「おお、本当にあった。ひょっとして僕には精霊の加護がついているのでは」


ポラーシュターン「……そっち」


エミール「おお、またあった、ついている時はとことんついているものだな」

エミール「よし、この調子だ」

~~

偵察班班長「いいかてめぇら、気合い入れて探せよ?」


偵察班一同「「「ウス!」」」

班員A「全ては姫さまの為に」

一同「全ては姫さまの為に!」


ヴァジュラ「グオオ」


一同「邪魔すんなぁぁ」


ヴァジュラ「ギャアアア」



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第13話 持つべき物は金とコネ

とある人物に虐められて目からハイライトが消えた主人公がフライア中を放心状態で練り歩き、最終的にジュリウスの給料が三割カットされるという話を13話として書いていたのですが、子供の教育によろしくないとの理由で没にされました。


主人公が表情を出し過ぎたのも悪かったのかもしれません。涙目でベッドに横たわるのは流石にやり過ぎだったかな……


だが私は謝らない。そのうち隙をついて投稿してやろうと思っています。


 

妙な夢を見たような気がする。よく覚えていないが、確かジュリウスに関係があったような……

 

 

 

「あれ?」

 

 

どうして私はジュリウスの部屋のベッドで眠っているんだろう。

 

 

部屋の主の姿は既に無い。

 

 

掛け布団を押しのけ、ゆっくりと身体を起こす。

 

 

私はいつもの制服を着ていた。

 

少しほっとする。

 

 

 

小さな机の上に置いてある時計に目をやると、そろそろ出勤しなくてはならない時間だった。

 

 

洗面所で鏡を確認する。

 

 

寝癖もついていないし、他の所も特に問題は無いみたいだ。

 

顔を洗おうとしたら、何故か洗面所の横にタオルが用意してあった。

 

 

上にメモが置いてある。

 

 

『自由に使ってくれ』

 

 

わざわざありがとうございます。

 

さあ、今日も1日頑張ろう。

 

 

朝礼を行うため、エレベーターでラケル博士の部屋へと向かう。

 

 

扉をノックすると、少し間が空いて「お入りなさい」と声が返ってきた。

 

 

「失礼します」

 

 

「おはようございます、夏姫」

 

「おはようございます、ラケル博士」

 

 

まだみんな来ていないようだ。ジュリウスは部屋に居なかったけれど、どこかに行っているのだろうか。

 

「失礼します」

 

 

「おはようございます」

 

 

「おはようございまーす」

 

 

「失礼する」

 

 

噂をすればなんとやらとでも言うべきか、4人が連れ立って入室してきた。

 

若干やつれ気味のジュリウス、顔は笑っているが目がギラギラしているロミオ先輩、朝から元気一杯なナナ、いつもの2割増くらいでクールなギル。

 

 

うん、深くは詮索すまい。

 

 

「全員揃いましたね」

 

 

よく見ると、ラケル博士もテンションが若干高い。

 

 

まるで夜更かしした子供みたいと言うと失礼かもしれないが、そんな感じだ。

 

 

とにかく可愛い。

 

 

「では、今日の予定を発表する」

 

 

ジュリウスがフラフラしながらも健気に説明を始める。

 

 

今日のミッションも引き続き、フライアの進行方向に待ち受けている小型、中型アラガミの討伐だ。

 

大分極東支部に近付いてきたらしく、最近はアラガミが更に増加傾向にある。

 

 

流石はアラガミの動物園とまで呼ばれる極東。

 

気合いを入れないと大怪我をするかもしれない。

 

 

今日の午後からは訓練とラケル博士による講義も予定されているらしく、相も変わらずハードなスケジュールとなっている。まあ、何だかんや言って、毎日結構楽しんでいるから良いんだけど。

 

 

「以上だ、何か質問は?」

 

 

「はい!」

 

「何だ? ナナ」

 

 

「男の人はみんなアラガミだってお母さんが言ってたけど、ジュリウスもそうなの?」

 

 

「ナナ、無邪気な笑顔で俺の命を取りに来るのは止めてくれ。今度こそみんなに殺される」

 

 

「はい」

 

 

「何だ? ロミオ」

 

 

 

「ジュリウス、あの事を夏姫に言わなくていいのか?」

 

 

「ロミオ……お前も敵か」

 

 

「いや、そっちじゃなくて素材の方だよ」

 

 

「……ああ、そう言えばそうだったな。すっかり頭から抜け落ちていた」

 

力無く笑う。

 

 

「夏姫」

 

 

目に力を無くしたジュリウスがこちらに向き直った。

 

 

「お前宛てに大量の玉鋼が届いている」

 

 

「え、本当!?」

 

 

駄目もとで貼ったポスターが功を奏したのだろうか

 

 

「ああ、刀何本分か数えるのもおこがましい程の量だ」

 

 

私が眠っている間に一体何があったんだ……

 

 

「更に、遠方より凄腕の鍛冶師の方もいらっしゃっている」

 

 

「本当に何があったの?」

 

 

 

〜〜

 

 

 

ジュリウスに連れられて素材倉庫を確認してみると、確かに玉鋼の山が出来ていた。

 

 

有志もとい、勇士からの贈り物との事だが、ありがたい話だ。こんなによくしてもらったのだから何かお礼をしないと

 

 

「彼らは夏姫が元気で居てくれるなら、それだけで満足だそうだ」

 

 

私の心中を察したようにジュリウスが補足する。

 

 

みんな、ありがとう。

 

 

「ただ、今度一緒に写真を撮ってくれないかという申し出が100件以上来ている」

 

 

「何でっ!?」

 

 

〜〜

 

「ほう、あんたが噂の新人さんか」

 

引き続きジュリウスに連れられてやってきた技術者用の待機室には、1人の男性が待っていた。

 

 

「そんな意外そうな顔してないで、もっとこっちに来い」

 

 

床に豪快に座り込み、ダンベル片手に何か図面のようなものを描いていたその人は、作業を続けたまま、こちらを振り向かずそう言った。

 

 

「フライアに呼ばれてから今までずっと新型神機の図案を描いていた」と語るその人は、鍛え上げられた肉体を持ち、野生児のような雰囲気を纏う技術者とはまるで正反対とでも言うべき人物だった。

 

 

「流石に腹減ったな」と笑うその人にジュリウスがすかさずバナナを渡す。

 

「おお、ありがとよ」

 

 

普通に受け取って食べている

 

 

ジュリウスに対し、何故バナナを携帯している! とツッコミを入れたかったが、人前なのでグッと我慢した。

 

 

最近ジュリウスは、天然なのかネタなのか判断のつきにくいボケをかましてくる。とりあえずツッコミを入れてあげると若干(8パーセントといったところか)嬉しそうな顔になるので、毎晩寝る前とかに明日の為のボケを考えているのかもしれない。

 

「しかし、何でバナナ持ってんだ? 携帯でもしてんのか?」

 

私が我慢したツッコミを……

 

 

羨ましい。

 

 

 

 

「仕事ですから」

 

 

爽やかに言い放つジュリウス

 

 

どうやらプロのゴッドイーターは顧客のどんな要望にも応えなければならないようです。

 

 

 

「なるほど、仕事の流儀ってやつか」

 

 

ジュリウスは食べ終わったバナナの皮を受け取って袋に入れ、空いた手に今度はバナナジュースを差し出す。

 

 

「お、すまねぇな」

 

 

なるほど、喉も渇いているかもしれないから万全を期した訳だ。流石はジュリウス、賢い。

 

 

……誰がツッコミを入れてやるものか

 

 

「しかし、今度はバナナジュースとはな。参ったぜ」

 

 

私も同じ感想だよ。

 

 

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 

「褒めてないから!」 「褒めてねぇよ!」

 

 

その日初めて会った筈の人と心がシンクロした瞬間だった。

 

 

 

 

 

ジュースを飲み終わった『アキさん』(フェンリルではその呼び名で通っているらしい)は身体のあちこちをボキボキと鳴らしながら立ち上がり、「ついて来な」と私達に促した。

 

 

ジュリウスと2人で大人しくついて行く。

 

 

 

「これが家(うち)の娘だ、可愛いだろ?」

 

「はい、とっても」

 

「だよなぁ! いやー、家の娘は……」

 

 

後ろをついて歩いていた筈なのだが、いつの間にかアキさんに赤ん坊の写真を見せられながら並んで歩く羽目になっている。

 

 

アキさんは最近仕事が忙し過ぎて家に帰れていないらしく、娘さんと会えるのが楽しみで仕方ないらしい。

 

 

アキさんとお話(娘さん95パーセント、神機の運用について5パーセント)をしながら歩いてみて、何となくこの人は見た目によらず案外親しみやすい人なのかもしれないと思った。

 

 

 

 

「金は300万fc、びた一文負けねぇぞ」

 

「ぶふーっ」

 

 

「何だ、具合でも悪いのか?」

 

「い、いえ、そうではなく。驚いたんです」

 

 

「何だ、やっぱ安すぎるってか? じゃあとりあえず倍の……600」

 

 

「ろ、ろっぴゃく……」

 

 

払い終わるまでに何年かかる事か

 

 

「申し訳ありませんが、あまりうちの隊員を虐めないでやって下さい」

 

 

ジュリウスが助け舟を出してくれた。

 

うう、私はいい隊長を持って幸せ者です。

 

 

ちょっと天然だけどイケメンだし、蹴りを入れてしまっても、笑って許してくれるし、最近はよく笑うようになったし。

 

 

ひょっとしてジュリウスは超ハイスペックな天然ボケピクニック野郎なんじゃないか?

 

 

……今度ジュリウスを蹴ってしまうような時があったら、もう少しソフトにしてあげよう。

 

 

 

「ははは、冗談だよ。金ならもう受け取り済みだ」

 

 

何だ、冗談か……良かった。って、一体誰に?

 

 

「グレムはお前の給料から天引きしとくとさ」

 

 

やっぱりグレム局長か。色々とありがとうございます局長、今度お肩を揉ませていただきます。

 

 

「それから、必要な素材は胡散臭い車椅子の博士から全部貰ってる。お前らはもう帰っていいぜ」

 

「はい?」

 

では何故ここまで付いて来るよう言ったんだ? まさか娘さんの自慢をする為……

 

 

「あんたをここに呼んだのは、持ち主がどんな奴になるのか見てみたいと思ったからだ

 

 

私の考えている事を読み取ったのか、心外だと言うようにアキさんが言う

 

私の無表情な顔から思考を読み取るとは、この人……やはり強い。

 

 

「…まったく、噂通りなかなかぶっ飛んだ奴みたいだな。気に入ったぜ」

 

 

どこに気に入る要素があったのかまったくわからない。

 

 

ひょっとすると娘さんを褒めたからだろうか。

 

 

「いや、あんたの目が家の娘に似てたからだ」

 

 

違っていたらしいが、まあ結果オーライだ。

 

 

「期間は5日、5日で最高のモノを創ってやる」

 

 

刀は現在の技術をフルに活用しても、確か十数日はかかった筈なのだが……

 

 

 

「最高の妖刀に仕上げてやるよ」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべながら不穏な事を言っているけれど、気にしたら負けだ。多分

 

 

 

 

さて、今日も任務を頑張ろう。

 




集まった素材一覧


フライア一同より高純度玉鋼、一部神玉鋼


ラケル博士より虚神月鋼および虚神円月刀


ジュリウスより発氷晶および竜帝蒼月刃


ロミオより黒鉄(極小)とオラクル氷石


グレム局長より1200万fc(アキより1183万fc返還済み)


その他多数


ポスターは何者かに持ち去られました。


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第14話 エミール・フォン・シュトラスブルクの華麗なる挑戦


 

今日のミッションエリアは『鉄塔の森』と呼ばれる場所。

 

 

かつては立派な発電施設であったらしいが、現在はアラガミの侵喰により荒廃。施設の大部分が水没しており、グボログボロやウコンバサラといった水中でも活動出来るアラガミが集まりやすい傾向がみられる。

 

 

 

本ミッションの参加者は4名。

 

何故かエントランスのベンチで力無くうなだれていたエリナと、ナナに紅茶の素晴らしさを延々と説いていたエミールさん。訓練所でヴィーナスの突進みたいな動き(ジュリウス談)を延々と繰り返していたギル。

 

 

まあ、要するに暇な人が集まったという訳だ。

 

 

早速、私とエリナ、ギルとエミールさんの2チームに分かれて索敵を開始した私たちだったが、

 

 

「ここは、僕に任せてくれ。僕の騎士道を…君たちに示してみせる!」

 

 

ウコンバサラを見つけたエミールさんがギルに言い放った一言。

 

 

この一言が後に彼を追い詰める事になる。

 

 

「ぐわあぁぁ!」

 

 

というか、現在進行形で追い詰めている。

 

 

「まだまだ、この程度では……」

 

「ぐあああぁぁ!」

 

 

「負けるものか、闇の眷属共め!」

 

 

「ぎゃあああぁ!」

 

 

まあそういうわけで、私はエミールさんが吹き飛ぶ様子をギル達と一緒に眺めているのだ。

 

 

「ファイト、エミールさん」

 

 

「エミール頑張れー」

 

 

ちなみに、エリナは棒読みである。

 

 

「敵の動きが鈍くなってきたぞ、そこだ、突っ込め」

 

 

「ぎゃあああ〜!」

 

 

ギルの声を受け果敢に突撃するも、ウコンバサラの尻尾に吹き飛ばされた。

 

 

「やっぱり駄目だったか…」

 

 

 

 

 

「ちょっとくらい助けてくれたまえよおぉぉ〜!」

 

 

既に泣きが入っているエミールさん。

 

助けてあげたいのは山々なのだが、

 

 

「ある程度の苦戦を経験しなくては成長は見込めない。それにあそこまで啖呵を切ったんだ、きっちり仕留めて貰わないとな」

 

 

ギルバート師匠のお言葉に従い、私とエリナは心を鬼にして待機しているのだ。

 

 

「極東にはまだまだ色んなお店があるんですよ。今度案内しますね」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

 

断じてさぼっている訳ではない。

 

 

「ぐはぁっ!」

 

 

一際大きくエミールさんが吹き飛ばされた。

 

 

何度か地面をゴロゴロと転がった後、うずくまる。

 

 

「うう…」

 

 

 

これは流石に助けにいかないとまずいのでは?

 

 

神機を構え、エミールさんの元へと走り出そうとしたが、ギルに右手で遮られた。

 

 

「ギル…」

 

 

「騒ぐな、ここが正念場だ」

 

 

 

ギルの言葉に応えるように、エミールさんが力を振り絞って立ち上がった。

 

本当に満身創痍といった様子だ。

 

 

「ご、ゴッドイーターの戦いは、ただの戦いでは無いッ!」

 

まだ喋る余裕があったか!

 

 

とでも言わんばかりにウコンバサラが猛攻撃を仕掛けている。

 

ああっ、尻尾が! 尻尾が!

 

 

「この絶望の世において、神機使いはッ、人々の希望の依り代(よりしろ)だ!」

 

 

凄い…全ての攻撃を避けている。これが死に際の集中力というものか。

 

 

「正義が勝つから民は明日を信じッ、正義が負けぬから皆、前を向いて生きるッ……!

 

と思ったら、踏ん張って吹き飛ばないようにしているだけだった。

 

 

「故に僕は……、騎士は…絶対に倒れるわけには、いかないのだッ!」

 

 

 

猛攻を何とか凌ぎきったエミールさんは、力強くそう言い放つと神機の形態をハンマーからブラストへと変化させた。

 

 

「見るがいい……我が盟友より賜りし必殺技を」

 

 

そのまま目をつぶる。

 

 

その姿はまさに隙だらけ、美味しく喰ってくれと言っているようなものだ。

 

 

目の前のウコンバサラは、凶悪な顎を一際大きく開くと、常人にはとても捉えきれないスピードでエミールさんに肉迫する。

 

そして、『ガキンッ』と大きな音がしてウコンバサラの顎が無情にも閉じられた。

 

 

「…どうやら、一皮剥けたようだな」

 

 

感心したようなギルの声。

 

 

 

 

ウコンバサラの牙がエミールさんを捉えんとしたまさにその瞬間、

 

 

エミールさんが宙に舞った。

 

 

あれは噂に聞く…月面宙返り(ムーンサルトジャンプ)!?

 

 

 

目をつぶったまま感覚だけでアラガミの動きを捉え、空中に舞う様は

 

認めたくは無いが……

 

華麗だ。

 

 

ウコンバサラの遥かに頭上を取ったエミールさんがカッと目を見開く。

 

 

ウコンバサラ、上だっ!

 

 

 

「見ていてくれ、エリック」

 

 

先ほどの突進の反動か、未だ動けないでいるウコンバサラのタービンを目掛け、逆さになっているというのに妙に自然な動作でブラストを構えた。

 

 

『華麗なるッ、エミールゥ……シューーートッ!!』

 

 

『ズダアアアン!!!』

 

 

エミールさんの持つブラストが轟音と共に巨大な火を吹いた。

 

ウコンバサラのタービンが丸ごと吹き飛ぶ。

 

凄まじい威力だ。

 

 

着弾と同時に辺り一面に砂煙が舞った、と言えばその威力の程がわかっていただけるだろうか。

 

ただ、撃った本人への反動も威力に見合うものだったようで、

 

 

「ふわあぁぁぁっ!!」

 

 

エミールさんが凄いスピードで吹き飛ばされていった。

 

 

飛ばされる先には……壁

 

 

このままのスピードで叩き付けられたとしたら、エミールさんはかなりのダメージを負うだろう。弱っている今のエミールさんなら、そのままぽっくり……

 

 

それはまずい。

 

「ッ!」

 

 

右足に有らん限りの力を込めて前方に大きく飛び込む、

 

…届かない

 

 

多少の擦り傷を覚悟して、身体全体で滑り込む

 

 

手を大きく前に伸ばし、何とかエミールさんの身体に触れる事に成功した。

 

 

そのままエミールさんを抱え込み、勢いを殺すために何度も斜め前に転がる。

 

 

5回転程してようやく勢いが収まった。

 

うまく勢いを逃がせたから、腕の中のエミールさんにはほとんど衝撃を与えていないと思う。

 

 

ただ、私の方はちょっと足に力を込め過ぎたらしく、足首が悲鳴を上げている。

 

踏み込んだ時、グベキッ、みたいな鈍い音が聞こえたから、これは多分ねんざでもしたのだろう。

 

 

「大丈夫? エミールさん」

 

 

だが、私は痛みをおくびにも出さず、エミールさんを気遣う。

 

今重要なのは、この痛みではなく、エミールさんの安否だ。

 

 

パッと見た限り、大した怪我はしていないと思うのだけど

 

 

「おお、ナツキ……すまない」

 

私の腕の中でエミールさんが弱々しく声をあげた。

 

 

「きちんと着地も決めるつもりだったのだが、力足りずこの様だ……」

 

「だが、途中までは…華麗だったろう?」

 

「うん、格好良かったよ」

 

 

「ふっ……」

 

エミールさんの身体が脱力する。

 

 

「あ……」

 

これはまずい。

 

向き合って喋っていたので、私がエミールさんを正面から抱きかかえるような体勢になっている。

 

『ふにっ…』

 

 

おまけに脱力した左手が

 

 

その……

 

 

むn…ゴホッゴホンッ、に

 

 

まさか狙った訳では無いだろうが、エミールさんめ……

 

 

意識があったら数十メートル先から助走をつけて渾身の蹴りをかまし、怯んだ所にコークスクリューブローの連打。グロッキーになった所にトドメのデンプシーロールをお見舞いしてやるのだけれど。

 

 

運が良い人だ。

 

 

まあエミールさんは頑張った事だし、今回は勘弁してあげよう。

 

「くー……」

 

 

しかし何度見ても器用な体勢だ。とりあえず息ができるのか心配になる。

 

 

「夏姫さん、あとついでにエミール、大丈夫ですか?」

 

 

「よく頑張ったな」

 

 

エリナとギルが駆け寄ってきた。

 

「エミールさんは無事だよ」

 

 

片手でエミールさんを支え、もう一方の手を2人に向けて振る。

 

エリナが笑顔になり、ギルが帰りのヘリを要請しようと無線に手を伸ばした瞬間

 

ポロッ

 

 

恐らくそんな音を立てて、私の制服の胸元が半分露わになった。

 

見てみると制服に大きな穴が空いている。

 

さっき、ずざああぁぁぁと勢い良く飛び込んだからか、制服があちこち破けて……

 

 

 

 

「ハルさん、世界は終わりなき円環でしたよ……」

 

バタンッ

 

 

「エリナ、救護に入られます」

 

バタンッ

 

 

「え……」

 

結果、私以外の全員が戦闘不能になった。

 




フラン「想定外でした」

バタンッ



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第14・5話 ねんざと趣味のお話

14話の補足的な話なので若干短めです。
そして、どうでもいい設定ですが、主人公は紅茶を飲む時はカップを両手で持って、息を吹きかけて少し冷ましてから飲みます。



「骨が折れている」

 

「…へ?」

 

「恐らくは右足の酷使による疲労骨折だろう」

 

 

「とりあえず処置はしておいた。そのくらいの怪我ならすぐに完治するとは思うが、痛みが酷くなるようなら医務室に行くといい」

 

「…うん、ありがとう」

 

 

エミールさんを助ける為に飛び込んだ時のグベキッ! はどうやら骨が折れる音だったようだ。

 

まったく…骨が折れる話だぜ。

 

うん、洒落にならない

 

 

 

現在私はジュリウスの部屋で右足首に包帯を巻いてもらい、紅茶をご馳走になっている。何故そうなったのか簡単に説明させてもらうと……

 

 

 

エミールさんを助けた後、

 

 

すやすやと満足げに眠る3人を見て、うっすらと疎外感を抱きつつ帰投ヘリを待っていたら、水中からグボログボロが「よう」とばかりに現れた。

 

 

フランさんからの無線連絡も無かったので、あれは正直びびった。

 

ギル達に注意が向かないよう、近距離で貼り付くようにして攻撃し続け、何とか討伐する事に成功したが、今度は「俺の出番か」とでも言わんばかりにウコンバサラが水面から顔を出した。

 

 

涙目になりながら攻撃を捌き、尻尾を結合崩壊させた所で、ようやくエリナが目を覚ましてくれた。

 

 

2人で連携してウコンバサラのタービンを破壊し、スタングレネードを投げつけて怯ませたところに、練習した必殺の突きを放って撃退。

 

 

ようやく来てくれたヘリに乗って、命からがらフライアに帰還したのだ。

 

 

その後、エミールさんを医務室に放り込み(ギルはヘリの中で目を覚ました)、自室に戻ろうとエレベーターに乗った所で、ジュリウスと出会った。

 

 

ジュリウスは私を一瞥(いちべつ)するなり、「足を怪我したのか?」と声を掛けてきた。

 

 

足首は猛烈に痛かったが、そんな事はおくびにも出さず、いつも通りに振る舞っていた筈なので、どうしてわかったのかと尋ねると、重心がいつもより3ミリ程左にずれているから、と返された。

 

 

そんな些細な事が本当にわかるのかどうかは不明だが、有無を言わさずお姫様抱っこをされ、当然のようにジュリウスの部屋へと運ばれる。

 

 

私をベッドに座らせると、ジュリウスは丁寧に靴下を脱がせ、どこかから包帯と固定具を取り出すと、慣れた手つきで処置を始めた。

 

 

何でも、骨折程度は新人のゴッドイーターには良くある事らしく、今までにも何度か処置をした事があるそうだ。

 

 

「今日はとりあえず自室に戻って安静にしているといい。ラケル先生には俺から話しておこう」

 

 

今日の夕方に予定されているラケル博士の講義の話か……

 

 

「これくらい大丈夫だよ」

 

 

「無理しなくていい」

 

 

「平気だって、ほら」

 

 

「なんと、もうジャンプも出来る」

 

 

ジュリウスの前でぴょんぴょんと跳ねてやると、わかったから落ち着け、と呆れ顔をされ、甘めの紅茶を差し出されて今に至る、という訳だ。

 

ほんのりと温かいカップに口をつける。

 

 

「美味しい」

 

 

うん、たまにはミルクティーも悪くない。

 

「好きなだけ飲んでくれて構わない」

 

「ありがとう」

 

 

しかし、ジュリウスは多芸だ。戦闘技能や部隊の統率力に優れているだけでなく、救護処置にまで詳しいとは……

 

 

おまけに紅茶を淹れるのも上手いときている。

 

悔しいが、今の私の勝っている点はギャグ方面しか無いようだ。

 

 

だが、いつか必ず追いついてみせよう、お祖父様の名に賭けて!

 

まあ、お祖父様の名前はうろ覚えなんだけど。

 

 

~~

 

 

ラケル博士の講義(戦闘の基本と、神機兵についてのお話だった)を受けた後、自室の机に向かう。

 

講義の際に取ったメモの内容を確認がてらノートに書き記しておくためだ。

ついでに、得意の高速筆記によってメモ帳に走り描きした、あくびを我慢しようとして口を閉じたまま涙目になるラケル博士の似顔絵も別のノートに描き写しておく。

 

絵の具は貴重品なので、色はまだついていないが、我ながら良い出来だと思う。

 

 

 

ちなみに、このノートには他にも、『水も滴る(したたる)いいジュリウス』や『チャージクラッシュを豪快に外すロミオ先輩』、『プレッシャーを放つナナ』、『満面の笑みのフランさん』、『帽子を深く被りすぎてもがくギル』、『絡み酒で泣き上戸のレア博士』、『ウロボロスを引きちぎるリンドウさん』など、主にフライアのメンバーのレアなシーンが描かれている。

 

 

なお、私の絵の腕前は、お母様から「絵はすごく上手なのに、チョイスするシーンがすごく残念」と絶賛される程だ。

 

 

 

一冊500fcくらいで画集を出したら売れないかな?

 

 

 

ジュリウスから届いていた、しばらく安静にしていろというメールを開きながら、ぼんやりとそんな事を考える穏やかな夜だった。




エリナからの助言で、突きを放つ際には左手を刀身に添えるようになりました。
これにより命中率が若干アップ。技の格好良さもグンと上がりました。
あと、次話は割と早く更新出来そうです。



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第15話 絶対零度

ジュリウスの薦めもあったので、ここ何日かの間は軽い偵察・哨戒任務のみを行うだけにして、余った時間は激しい動きを伴わない訓練(バレットの調節やアラガミの行動パターンの確認、最低限の体力トレーニングなど)を黙々とこなしていたら、足首の痛みは嘘のように消え去っていた。

 

 

重々承知していたつもりだったが、改めてゴッドイーターのハイスペックさ加減を認識する。

 

医務室の先生いわく完治はしていないらしいが……

 

 

それでも充分、人間を辞めているレベルだ。

 

自分自身のタフさ加減にドン引きです。

 

 

さて、そんな事はどうでもいい。

 

 

今日はナナの部屋で快復祝いにと、おでんパンをご馳走になっていたのだが、グレム局長から『刀が完成した、第2訓練室まで来られたし アキ』というメールが転送されてきたので、一旦のお開きとなった。

 

 

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

 

ナナに手を振り、部屋を後にする。

 

それにしても、

 

アキさん、本当に5日で仕上げてくれたんだ。

 

 

刀身パーツを外した神機を持って来てくれとの事だったので、神機保管庫に立ち寄り、今まで使用していたクロガネ装備一式を外してもらう。

 

 

カスタムパーツが1つも付いていない状態の神機は、何だかひどく滑稽に見えた。

 

 

 

 

「みゅー」

 

「みゅー」

 

 

武装を取り上げられた私の神機は、心細げな鳴き声(のようなもの)をしきりに上げているけれど、整備班の方が言うには問題ないらしい。

 

 

流石は、生きた兵器、まさか鳴き声を上げられるとは……

 

 

「大丈夫だよ」

 

神機をポンポンと軽く撫でてやると

 

「みゅごごご!」みたいな音を出した。

 

どうやら嬉しいらしい。

 

…意外とかわいい?

 

 

~~

 

 

「失礼します」

 

指定された訓練室に入ると

 

 

「おお、待ってたぜ。こっちだこっち」

 

 

部屋の中央に、こちらに向かって手を振るアキさんが見えた。

 

 

 

 

「こいつだ」

 

目の下に隈を作ったアキさんが私に一振りの刀身パーツ……いや、柄があるし、そう呼ぶのは間違っているか。

 

 

一振りの美しい刀を差し出した。

 

 

受け取り、眺めてみる。

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 

まるで重さを感じさせないその刀は、吸い込まれそうな青に淡い刃紋をたたえていた。

 

 

手を伸ばし刀身に触れてみると、芯まで凍り付くような冷気が伝わってくる。

 

 

まるで氷で作られた芸術作品を前にしているかのような気分。

 

 

美しい、という言葉以外に、この刀を表現出来るものは無い。そう言ってしまえそうなほど、目の前の刀は蠱惑的だった。

 

 

 

「俺の全身全霊を込めて創った最高の一振りだ」

 

 

「銘はまだ付けて無いが、こいつはそうだな……絶対零度とでも呼ぶべき代物(シロモン)だな」

 

 

「そいつでこれを斬ってみろ」

 

腰に付けたポーチからアキさんが取り出したのは、七色に輝く金属の塊。

 

 

「頑丈なヒヒイロカネだが、問題は無い筈だ。力を入れないで、自然に振り抜いてみな」

 

 

「わかりました」

 

 

 

アキさんは私の返事を聞くと小さく笑みを浮かべ、ヒヒイロカネの塊を片手で軽く投げ上げた。

 

 

狙いを定め、刀を振るう。

 

 

横薙ぎの一閃

 

 

「え……?」

 

確かに命中した筈なのだが、何故か刀は七色に光り輝く金属を通り抜け、

 

 

ヒヒイロカネはそのまま床に落ちる。

 

 

 

『パキンッ』

 

 

床に落ちたヒヒイロカネは、小さな断末魔を上げ、粉微塵に砕け散った。

 

 

「…………」

 

しゃがみ込んでよく床を観察してみる。

 

 

欠片すら残っていない。完全に消滅したか、跡形も残らない程細かく砕けてしまったかのどちらかだ。

 

 

「この刀で斬られたものは一瞬にして全ての熱を奪われ、即座に砕け散る。その様は……まさに絶対零度」

 

 

 

「すごい……」

 

 

思わずそう呟き、吸い込まれそうな青に再度目をやる。

 

 

私に『これ』が扱えるのか?

 

 

 

 

「そいつの鞘だ」

 

 

茫然としていた私の前へ無造作に突き出されたのは、刀身の優美な姿を更に引き立てるような、シミ一つ無い白色をした細身の鞘だった。

 

 

「鞘がある神機なんて聞いた事ありません」

 

 

「こいつ(刀身)が抜き身のままじゃ、色々と不便だろうと思ってな。ま、この鞘も、いざって時は武器に使える結構な物(モン)だぜ」

 

 

試しに刃を納めようとしてみるも、手が小刻みに震え、上手く入らない。

 

刃の差し入れ口を確認するため、顔を少し近付ける。

 

「……」

 

差し入れ口を確認するだけの筈が、誘うように妖しく輝く刀身に目を奪われていた。

 

 

鞘と刀身。

 

穢れを知らぬ純白と透き通る青は、互いの美しさを高めあうかのように眩く光り輝いている。

 

ああ……なんて美しいんだろう。このままずっと見ていたい……

 

 

 

「呑まれるなよ……あくまでも主(あるじ)はお前だ。そいつじゃない」

 

アキさんの低い声

 

 

「っ……はぁはぁ……」

 

 

息をする事も忘れて見入ってしまっていたらしい。

慌てて肺に空気を送り込む。

 

 

完全に刀に呑まれていた。

 

 

アキさんめ……なんて物を創ってくれやがったんだ。

 

 

「妖刀ってのは恐ろしいもんでな、何人もの人間が呑まれて死んだ。過ぎたる力は何とやら…ってな」

 

「これが…妖刀」

 

 

 

 

その美しさで持つものを魅了し、呑もうとした愚か者を逆に呑み込む、妖しく恐ろしい刀。

 

 

「俺の刀は特別製でな、刀身パーツってよりは神機そのものに近いか」

 

アキさんが寄越せ、というジェスチャーをした。

 

 

慎重に刀を渡す。

 

「強力な反面、ちーっとばかし、じゃじゃ馬になっちまうから、持ち主には乗りこなすだけの力量が要る訳だ」

 

 

アキさんはどこかから小型のハンマーや木製のピンセット(のようなもの)を取り出し、慣れた手付きで刀身と柄(つか)を分離していく。

 

「神機を」

 

 

惚れ惚れするような腕前で、あっという間に刀身を露わにしたアキさんは、続いて神機をこちらに向けるように言った。

 

 

言われた通り神機を差し出すと、アキさんは鼻歌でも歌い出しそうなほど、ヒョイヒョイと軽やかに刀身を取り付け始める。

 

 

「まだ接続するんじゃねえぞ」

 

「…はい」

 

 

速い。手がぶれて見える程の速度で、みるみるうちに作業が進行していく。

 

 

 

「よし、これでいい」

 

 

わずか50秒足らず。

 

 

たったそれだけの時間でアキさんは全ての作業を終了させ、手を止めた。

 

「もう繋げてもいいぜ」

 

 

アキさんが目を細める。

 

 

「ただ、一応言っとくが、下手したら死ぬからな」

 

 

 

 

「はい」

 

薄々、そうじゃないかとは思っておりました。

 

 

何がちーっとばかしだ。

 

 

目の前の刀からは、適合試験の際にも感じた濃厚な死の香りが漂っている。

 

 

アキさんの言葉が本当なら、私は2度目の適合試験に挑んでいるようなものだ。

 

 

1度目の時は危うく三途の川を渡りかける所であったというのに……

 

 

性懲りもなく2度目に挑むなんて、命知らずにも程がある。

 

 

まあそれでも、やるしか無いか。

 

 

「さあ、俺の前で、そいつを御(ぎょ)して見せてくれ。俺の全身全霊を受け止めてみせてくれよ、神を喰らう者(ゴッドイーター)」

 

覚悟を決め、神機の柄に手を伸ばす私を見て、アキさんが笑みを浮かべる。

 

 

先程までの人懐っこいものでは無く、もっと野性的な笑みを

 

 

完全に楽しんでますね、この人。

 

 

「舐めないで下さい。妖刀ごとき……御せずして何が神喰らいですか」

 

 

そう。私は…神をも喰らう者、ゴッドイーターだ。

 

 

そして、ゴッドイーターに撤退は無い。

 

 

柄を握り締め、神機(刀身)と接続を試みる。

 

「ぐ……」

 

 

 

一瞬で腕輪が灼熱した。

 

「っ……」

 

 

刀の冷たさに抗うように、まるで燃え盛る炎のような高熱を発している。

 

 

「あっ……ぐ」

 

 

熱い、痛い。

 

思わず神機を投げ出してしまいたくなる。

 

 

 

ゴッドイーターになる適合試験の時とは違って、今は何も強制されてはいない。

 

 

この苦しさを受け入れるも、捨て去るも私の意志次第と言うわけだ。

 

 

 

「っぅ……」

 

悲鳴を噛み殺し、神機を握る手に力を込める。

 

 

無様を晒してはいけない。主は私なのだ、この美しき妖刀では無く、支配するのは、この私、天王寺夏姫だ!

 

「このっ……言うことを……聞けぇっ!!」

 

 

刀身のオラクル細胞を必死に押さえ込もうとしている私を、まるで神機を解放している時のような高揚感が襲ってきた。

 

 

 

私の中をナニカが慌ただしく動き回っている感覚。

 

 

この感触は……

 

体内のオラクル細胞が刀身のオラクル細胞と反発を起こしている?

 

ひょっとすると宿主を守ろうとする防衛本能なのかもしれないが、今は邪魔なだけだ。

 

 

 

 

「私の中のアラガミ、お前も……邪魔を……するなぁああああ!!」

 

 

思わず、そう叫ぶ。

 

 

私の意志に応えるかのように身体から紅いオーラのようなものが立ちのぼってきた。

 

 

身体の奥底から力が渾々(こんこん)と湧いてくるのを感じる。

 

これは、まるであの時の……

 

 

「血の力ってやつか」

 

 

アキさんがぼそりと呟いた。

 

 

ラケル博士の言っていた、私の中に眠っているという血の力。

 

それが目覚めようとしている?

 

 

 

……古来から人間は強大な敵と対峙し、常にそれを退けてきた

 

鋭い牙も、強靭な爪も持たない人類がなぜ勝利したのか

 

 

共闘し、連携し、助け合う戦略と戦術、人という群れを1つにする強い意志の力

 

 

意志こそが、俺達人間に与えられた最大の武器なんだ

 

 

それを忘れるな……

 

 

 

あの時のジュリウスの言葉が頭に響く。

 

 

 

 

……強い意志の力。

 

 

「私は負けない……負けるもんかぁぁああ!!」

 

 

溢れ出す血の奔流が私の声に応えるかのように更に勢いを増していく。

 

 

密度を高めた血のような紅のオーラが腕輪を、そして神機全体を包み込んだ。

 

まばたきの間ほどの僅かな時間でしか無かったが、

 

 

私は確かに、白い閃光が腕輪と神機、そして刀身を繋ぐかのように優しく瞬くのを見た。

 

 

「…っ」

 

 

突然の虚脱感に見舞われ、思わず膝を突きそうになる。

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

 

何とかこらえ、気力だけで立ち続ける。

 

まだ、終わってない。

 

 

 

『 』

 

 

息も絶え絶えで、立つのがやっとという私の耳に、形容し難い、不思議な音が聞こえてきた。

 

例えるなら、水面にひとしずくの血がしたたり落ちたような……

 

静かな音だった。

 

 

 

その音を聴くと同時に、今まであれほど私の腕を焼いていた熱が、嘘のように引いていく。

 

 

 

「…………」

 

 

血の力とおぼしき紅いオーラもいつの間にか消え失せて、

 

 

広い訓練室に残ったのは、ただひたすらの静寂と、美しい一振りの刀のみ。

 

 

 

 

「…綺麗」

 

控えめな光を放つその刃は、今までの作り物めいた冷たさとはどこか違う

 

 

上手くは言えないが……暖かみのようなものが感じられる気がした。

 

 

「見事だ」

 

アキさんが満足げに、

 

 

本当に嬉しそうに笑う。

 

 

「その刀はもうお前さんの物(もん)だ」

 

 

刀を大きく持ち上げてみる。

 

 

軽い。まるで神機が身体の一部にでもなったかのように、今までよりも自然に馴染んでいるのを感じる。

 

 

困難を乗り越えて、神機との結びつきが強まったのかもしれない。

 

 

 

「良い気分だな、全身全霊を受け止められるってのは」

 

 

アキさんは左手で自身の頭を押さえると、

 

 

「今夜は…酒が……美味そうだぜ……」

 

 

前のめりに倒れ込んだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

神機を投げ出す。

 

 

慌てて抱き起こし、胸に耳を当ててみる。

 

 

息は…しているみたいだけど

 

 

「やれやれ、疲労が限界に達したようだな」

 

 

「局長!」

 

 

いつから居たのか、背後からグレム局長が姿を現した。

 

 

アキさんの顔を覗き込む。

 

 

「この5日間、不眠不休で動き続けていたようだからな、こうなるのも仕方あるまい」

 

 

「そんな……」

 

私のせいで、

 

 

「そんな顔をするな、こいつはやりがいのある仕事に挑む時は、いつもこうなる」

 

 

「え?」

 

 

「この馬鹿はな……」

 

 

グレム局長が語った事によると、アキさんはやりがいを感じる仕事を見つけると、それに熱中するあまり周りが完全に見えなくなる、一種のトランス状態に陥るらしい。

 

そうなると、その事が終わるまで疲れも感じず、ずーっと働き続ける。

 

 

グレム局長は、ある意味こいつも人間を辞めているな、と言って笑った。

 

 

 

「全く、嬉しそうな顔しおって」

 

「まあ、医務室にでも寝かせておけばそのうち目を覚ますだろう」

 

 

「おい、誰か」

 

 

グレム局長が手を叩くと、数人の男性が部屋に入ってきた。

 

 

その内のひとりは担架を手にしている。

 

 

彼らは慣れた手つきでアキさんを担架に乗せると、こちらに一礼し歩み去っていった。

 

 

彼らは一体?

 

 

「医療班の連中だ」

 

 

私の疑問に答えるかのようにグレム局長が言葉を発する。

 

 

「あの馬鹿の事はあいつらに任せておけばいい」

 

「でも……」

 

 

「安心しろ、あいつは殺しても死なんほど頑丈な男だ。それより、」

 

 

「……無事で何よりだった」

 

 

グレム局長はそう言って軽く笑い、私の肩に一度ポンと手を乗せると部屋を出て行った。

 

 

 

閉じていく扉と局長の後ろ姿をしばし見送った後、ゆっくりと振り返る。

 

 

床には刀身パーツが取り付けられた私の神機、少し離れた所には鞘が転がっている。

 

 

歩み寄り、片膝をついて刀を拾うと、鞘に納める。

 

 

相変わらず綺麗な刀だが、もうこの刀に呑まれる事は無いだろう。

 

 

 

絶対零度…私の新しい力。

 

 

この力で一体どれ程の事が出来るのかは分からないけれど、

 

 

 

願わくば、誰かを護るためにこの力を使えますように

 

 

 

そこかしこに掃いて捨てる程居る神様にでは無く、居るかも分からない神様に祈りを捧げて、

 

私は部屋を後にした。

 




氷刀 絶対零度

切断290
氷 250

持つ者の心を鎮めるという美しき一振りの刀。主の眼前に立ちふさがる物は全て凍てつかせ、砕く。

スキル
覚悟
奉仕の心
整息
妖刀憑依『絶対零度』


誰かの寝言「ま、今はこんなもんか」



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第15・5話 邂逅

マルドゥーク? 誰ですそれ。

このお話は、15話と16話の間にあった、いわばキャラクターエピソードです。


わけのわからないものに出会うと、人間の心は、ちょっといいようのない恐怖におそわれるものだ。

 

 

いきなりですまないが、あれは一体何なのだろう。

 

 

置物?

 

いや、あんなものをエントランスのど真ん中に置きはしないだろう。

 

おまけにぴょこぴょこ動いているし。

 

動物?

 

 

確かに、ある小動物を模して作られているような気がする。

 

 

 

……言い忘れていたが、今私はブラッド区画内のエレベーター前の、ちょっとしたスペースに居る。

 

ここからはエントランスが一望出来、手すりもついているので、ちょっと休憩したいが、部屋に1人っきりは寂しい、という時に足を運んでいたのだが、今日はそれが仇となった。

 

 

 

「お、夏姫じゃん。何見てんだ?」

 

 

「ロミオ先輩」

 

 

ちょうどいい所に来てくれた。

 

 

「『あれ』何だと思う?」

 

 

「ん? どれどれ」

 

 

ロミオ先輩も眼下のエントランスに目を向ける。

 

 

「……変なのが居るな」

 

 

「でしょう?」

 

 

昔読んだ動物図鑑に載っていた、ウサギという生き物を模していると考えられる『それ』はエントランスをぴょこぴょこ動き回っていた。

 

 

「不審者かな?」

 

 

「いや、ここをどこだと思ってんだ。天下のフライアだぜ?」

 

「ですよね」

 

 

不審者が簡単に紛れ込めるとは思えない。

 

という事は……

 

 

「職員さんが、ちょっと茶目っ気を出したのかな?」

 

 

「あー、そうかもな。それなら納得が……」

 

 

 

「神妙にしろ、そこの怪しい奴!」

 

 

「「いつの間にか取り囲まれていらっしゃる!」」

 

ロミオ先輩とセリフとリアクションが被った。

 

 

 

職員さんに取り囲まれている、そのウサギのような人? は、何かを伝えようとしているのか、両手をぶんぶんと大げさに振り回している。

 

 

「…………」

 

 

 

声を出さないものだから、怪しさしか感じない。

ついに職員さんがしびれを切らして実力行使に出るが

 

 

「……」

 

 

うさぎのような人はするりとかわして、尚も手を振り続けている。

 

 

「こいつは手強いぞ、全員で掛かれ!」

 

 

「「「うおおおお~!!」」」

 

「…………!」

 

 

 

うさぎのような人の動きは、文字通り脱兎のごとし。

 

 

俊敏に辺りを飛び跳ね回り、職員さんを全く寄せ付けない。おまけに合間のアピール(お手振り)も忘れない。まさにマスコットの鑑(かがみ)だった。

 

 

「2人して何を見てるんだ?」

 

「あ、ジュリウス」

 

 

エントランスで始まった大捕り物を見学していると、背後からジュリウスに声を掛けられた。

 

「いや、あそこに変な奴が居てさ。夏姫とあいつは何なのか話してたんだ」

 

 

「変な奴?」

 

 

ジュリウスもエントランスを覗き込む。

 

 

「HQ(本部)、HQ(本部)!」

 

 

『こちらHQ』

 

 

「不審者1名がエントランスで暴れている。至急応援頼む」

 

 

『増援は出せない。現状の戦力で対処せよ』

 

 

「くっ、了解」

 

 

「…………!?」

 

 

「地獄絵図だな」

 

 

うさぎの人は軽やかに動き回っているが、職員さん達はそうはいかない。

 

エントランスの机にぶつかったり、椅子を吹き飛ばしたり。

 

 

辺りにはずいぶん物が散らかってしまっていた。

 

 

「…………」

 

 

うさぎさんは逃げ回りながらも、地味に机を元に戻す、倒れた職員さんを抱き起こすなどの余裕を見せている始末。

 

 

かなりの手練れだ。

 

 

是非とも手合わせ願いたい。

 

 

「ちょっと手合わせ(おはなし)してくる」

 

そう言って歩き出そうとした所で肩を掴まれる。

 

 

「止めろ夏姫、お前じゃ殴り合いになる」

 

 

でしょうね。

 

 

「……代わりに俺が行こう」

 

 

「待てよ」

 

エレベーターの方へと歩き出そうとしたジュリウスを、ロミオ先輩が呼び止めた。

 

 

「ジュリウスの手を煩わせる必要は無いぜ。俺がビシッと言ってきてやる」

 

 

ロミオ先輩はそう言うと、脇を抜けて小走りでエレベーターに向かっていった。

 

 

見えなくなっていく背中を見送りながら、思わずジュリウスと顔を見合わせる。

 

 

 

「大丈夫かな、ロミオ先輩」

 

 

「十中八九駄目だろうな」

 

 

結構酷い事をサラッと言うジュリウスだが、これもロミオ先輩との付き合いが長いからだろう。

 

しばらく待つと、エントランスに腕組みしたロミオ先輩が姿を見せた。

 

 

「おい、そこの怪しい奴!」

 

 

「おお、ブラッドの馬鹿(はる)一番ことロミオ・レオーニだ。これで勝て……」

 

 

うさぎさんに抱き起こされている職員さんが口を開くが、

 

 

「「「いや、勝てない勝てない」」」

 

 

それ以外の職員さんは全員頭(かぶり)と、チョップの形にした右手を振った。

 

 

「せめてジュリウス隊長かナツキさんに来て欲しかったなぁ」

 

「「「ああ、まったくその通り」」」

 

 

「…………」

 

 

うさぎさんまでうんうんと頷いている。

 

 

「てめぇら、俺を泣かせて楽しいか」

 

 

「「「いいえ、別に」」」

 

 

「…………とにかくそこの着ぐるみ野郎、大人しくお縄に付きやがれ」

 

 

力強く言うロミオ先輩だが、その目には涙が浮かんでいる。

 

 

「…………!」

 

パタパタと手を振るうさぎさん。何だか一周回って可愛く思えてきた。

 

 

 

「やれ~! ブラッドの威厳の無い先輩」

 

「格好いいぞ、その帽子」

 

 

「どうしてそんなに沢山のバッジを付けているんですか? 訳がわかりませんよ」

 

 

「もうやだ、このフライア」

 

 

あ、ロミオ先輩が乙女のように両手で顔を覆いながら走り去っていく。

 

これが噂の豆腐メンタルというものなのだろうか……

 

 

まあ、ロミオ先輩が豆腐メンタルかどうかはこの際置いておくとして……とにかくロミオ先輩は役に立たなかった。

 

 

あえてもう一度言おう

 

ロミオ先輩は何の役にも立たなかった。

 

 

 

再び始まる階下での騒動を見て、ジュリウスが真剣な表情になる。

 

 

「俺が行く」

 

 

「頑張って」

 

「ああ」

 

 

背筋をピンと伸ばし、スタスタと歩いていくジュリウスと入れ代わるように、少女漫画のような走り方でロミオ先輩が帰ってきた。

 

 

ロミオ(少女漫画風)「まったく…ひどい目に合いましたわ」

 

というか、タッチも変わってしまっている。

 

 

「キャラ変わってますよ」

 

 

ロミオ(少女漫画風)「ガーン!!」

 

 

「白目にならないで下さい」

 

 

ええい、うっとおしい

 

 

 

「まあ、ナツキさん見て、ジュリウス隊長よ」

 

「あなたは誰なんですか」

 

執拗に絡んでくる面倒臭い先輩を受け流しつつ、エントランスに現れたジュリウスに視線を向ける。

 

ジュリウスはゆっくりとした動作でうさぎさんに近付くと、

 

 

「そこの着ぐるみさん」

 

 

優しく声を掛けた。

 

 

流石はジュリウス、正体不明の人物に対しても丁寧な物腰だ。

 

「流石は隊長。紳士ね」

 

 

そして、このロミオ先輩腹立つ。意見が若干被っているのがまた。

 

 

「単刀直入に伺いますが、あなたは誰で、何のためにフライアにいらっしゃったのですか?」

 

「…………!」

 

 

「確かに慰問では無さそうですね」

 

 

「…………」

 

 

「2人の付き添いですか」

 

 

「…………」

 

 

「なるほど……事情は把握致しました」

 

 

ジュリウスは1つ頷くと、職員さん達の方を振り返った。

 

 

「この方は極東から応援に来て下さった凄腕の神機使いだ。訳あってこんな格好をしている。騒ぎを起こしてしまい、申し訳ない、との事だ」

 

 

「…………!!」

 

 

ジュリウスの言葉にぴょんぴょんと飛び跳ねるうさぎさん。何だか嬉しそうだ。

 

 

しばらくの間、茫然としていた職員さん達だったが、

 

 

「確かに腕輪をしている」

 

 

「ただ者では無いと思っていたが、まさか極東の神機使いさんだったとは」

 

 

「我々はなんて失礼な事を……」

 

一斉に青ざめた。

 

 

そんな職員さん達に向かってうさぎさんが大きく首を振る。

 

 

「気にしなくていい、それよりエントランスを片付けるのを手伝わせてくれ、だそうだ」

 

 

「おお、なんと心の広い」

 

 

「是非ともお願いします」

 

うさぎさんがテキパキと片付けを始めた。

「所でジュリウス隊長、この方のお名前は何とおっしゃるのですか?」

 

一緒に片付けを始めようとした職員さんが首を傾げ、ジュリウスにそう尋ねる。

 

 

「名前か……名前、名前……」

 

考え込むジュリウス

 

 

と、机を起こしていたうさぎさんが手を止め、再び両手を大きく使って自身を指し示した。

 

 

 

「……着ぐるみ?」

 

 

「…………!」

 

 

「! この方はキグルミさん、というそうだ」

 

 

「おお、そうでしたか。ジュリウス隊長、どうもありがとうございます」

 

 

「気にするな」

 

ジュリウスは職員さん達にそう爽やかに笑ってみせると、キグルミさんに向き直った。

 

 

 

「この度はこちらの不手際で、ご迷惑をお掛けしました」

 

 

綺麗なお辞儀を1つする。

 

「…………!!」

 

 

ジュリウスは嬉しそうに手を振るキグルミさんに見送られながらエントランスを後にした。

 

 

「流石はジュリウスだね」

 

 

「そうよ、北島=ジュリウス・ヴィスコンティ=マヤ。あなたは私のライバル!」

 

 

まだ直ってなかったのか……

 

 

その後、「ああ、ジュリウット、あなたは何故ジュリウットなの」などとトチ狂った事を口走り始めたので、電化製品を直す時のように斜め45度からのチョップをお見舞いしてあげた。

 

 

「長い……そう、とても長い夢を見ていた気がする。俺の本当の名は……」

 

 

「おっと、そこまでだ!」

 

 

ベシンッ! と何度目かのチョップをお見舞いした所でエレベーターが開き、ジュリウスが戻って来た。

 

 

「お疲れ様、ジュリウス」

 

 

「ああ。 ……ロミオはどうしたんだ?」

 

 

「…ちょっと撫でただけだよ?」

 

大きなたんこぶが出来たかもしれないが、これがロミオ先輩の為なんだ。

 

 

 

お願い、いつものロミオ先輩に戻って!

 

 

 

 

私の祈りが通じたのか、

 

 

「あれ? 俺何してたんだっけ?」

 

意識が回復したらしいロミオ先輩が目をぱちくりさせる。

 

 

良かった、どうやら正常に戻ってくれたようだ。

 

 

「何も思い出さなくていいんだよ、ロミオ先輩。そのまま穏やかに暮らしててよ」

 

 

「いや、何か重要な事を忘れているような……」

 

 

「これっぽっちも重要じゃないから、それどころか人生で1、2を争う程どうでもいいことだから」

 

「そうか? うーん……」

 

 

ロミオ先輩は帽子を手に持ち、考え事をし始めた。

 

 

「うーん」

 

またおかしくなるとうっとおしいので、しばらく先輩は放っておく事にする。

 

 

「キグルミさんの事だが」

 

「うん」

 

「実は……」

 

 

ロミオ先輩は話を始めたジュリウスをちらりと見やると、

 

「はっ……!」

 

驚きの声を上げ、手に持っていた帽子を取り落とした。

 

 

まさか……

 

 

 

「あなたは北島=ジュリウス・ヴィスコンティ=マヤ!」

 

 

「よりによって一番面倒臭い所を思い出した!」

 

 

「というか誰なんだ、そいつ」

 

「私の永遠のライバルよ!」

 

 

~~

 

 

ロミオ先輩を静かにさせた後、ジュリウスに話を聞く事にした。

 

「キグルミさんの言葉がどうしてわかったの? もしかして凄く小さな声で喋ってたとか?」

 

 

あまりに小さ過ぎて、周りの喧騒にかき消されていたのかもしれない。

 

注意力の高いジュリウスだから小さな言葉でも聞き取る事が出来たのだろう。

 

 

「……いや、実を言うと、完全な無言だった。あの場で言ったのは全部出任せだ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

それにしては妙に説得力があったような気がするけれど

 

 

 

「相手(アラガミ)の反応を探り、慎重に言葉という名の刃を振るう。ゴッドイーターならこれくらい出来て当然……いや、出来なくてどうする」

 

 

そういうものかな?

 

 

「そういうものさ、いずれお前も解る」

 

 

正直解りたくない。

 

 

「でも、あの人はどうしてあんな格好してるんだろう」

 

 

「さあな……それに関しては、まるで見当もつかない」

 

 

ジュリウスが正にお手上げというように手を軽く上げて見せた。

 

「でも、心強い味方が来てくれたね」

 

「ああ」

 

 

アラガミの群れが続いている今、強い味方は1人でも多い方がいい。

 

 

 

極東で憧れのリンドウさん達に会えるかもしれないと思うと、少し楽しみだ。

 

 

 




発音してみて下さい。


『北島=ジュリウス・ヴィスコンティ=マヤ』


何故か早口になります、不思議。

この度、ウンバボ族さんよりお誘いを受け、アニメ化記念合同短編集に参加させていただく事になりました。

どのような話になるかはわかりませんが、精一杯華麗に書いていきます。もしよろしければそちらもご覧下さい。


追記

華麗な話にはなりませんでした。


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第16話 ブラッドアーツ

更新が大変遅れました事、お詫び申し上げます。

これは、数時間飛行機に乗せられ連れてこられた未開の地にて、グレープフルーツを搾り、シロップと混ぜ合わせるなどの研修を行っていた為であり、別にエミール視点で書いた物がしっくりこなかったので没にしただとか、主人公視点で書いた物も気にくわなかったので没にしただとか、次話の17話で、シエルがあまりにヒロインヒロインしていたので全没にしただとか、出産の準備で忙しかっただとか、

そのような事は一切ございません(政治家風)

では、エリナ視点の16話です、どうぞ。


「どうして神機が動かないの!?」

 

 

フライアの眼前に立ちふさがるアラガミ達の掃討を行っていた私たち。

 

 

効率を上げるために手分けして索敵を行っていたのだが、

 

 

「っ…!」

 

 

廃墟となった図書館エリアを壊しながら、突如として現れた白いガルムのようなアラガミ。

 

 

無線でエミール達に連絡を入れ、迎撃を行おうとしたのだが、その白いガルムの咆哮(ほうこう)を聞いた瞬間、私の神機は活動を停止してしまった。

 

 

接続が切れてしまえば、神機は重い荷物でしか無く、私たちゴッドイーターも身体能力が少々高いだけの一般人でしか無い。

 

今はなんとか攻撃を避ける事が出来ているが、そう長くは持たないだろう。

 

 

「くっ…」

 

逃げる私の背後から迫る爪を、屈んでなんとか回避し、伸び上がるようにして再び走り出す。

 

重々しい足音は相変わらず、すぐ後ろで響いている。

 

急がないと

 

 

焦るあまり、足元への注意が疎かになっていたのだろう。

 

 

小さな石に躓いてしまい、豪快に倒れ込む。

 

 

「あっ……」

 

 

尻餅を着きながら振り返ると、白いガルムがゆっくりと近付いてきている所で……

 

「ひっ!」

 

思わず目をつぶる。

 

 

鋭い風切り音と同時に、

 

 

「エリナっ!」

 

 

聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

続いて耳に飛び込んできたのは、がきぃんという何か固いもの同士がぶつかる音。

 

 

「大丈夫っ!?」

 

恐々目をあけると、盾を展開した華奢な後ろ姿が見えた。

 

 

私の絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、特殊部隊ブラッドに所属している夏姫さんだった。

 

 

天王寺夏姫さん。

 

人形のような美貌を持つ可憐な少女。彼女はつい最近ゴッドイーターになったばかりらしいが、卓越した戦闘センスを持ち、訓練、実戦共に関係者が目を疑う程の結果を叩き出しているらしい。

 

 

その経歴等は一切不明だが、噂ではフェンリルに深く関係している企業とパイプが有るとか無いとか。

 

 

普段は氷の無表情と呼ばれる程、感情を露わにしない彼女であるが、極稀に見せる女神のような笑顔に私を含め何人がやられた事か。

 

 

本人には内緒でファンクラブまであり、名簿にはフランさんを筆頭にグレム局長、レア博士、ロミオさんにラケル博士の名前まであると言うから驚きだ。

 

 

当然ながら私も所属している。

 

 

そんな表情をめったに変える事のない彼女が、私の危機に焦った顔を見せていた。

 

 

「怪我とかはしてないよね!?」

 

白いガルムの右腕を受け止めたまま、私の心配をする夏姫さん。

 

「は、はい、大丈夫です」

 

 

「良かった……」

 

 

白いガルムがうなり声を上げ、その左腕を大きく持ち上げた。

 

振り下ろす気だ。

 

 

「…邪魔だよ」

 

 

夏姫さんは丸みを帯びた装甲で白いガルムの爪を受け流し、目にも留まらぬ速さで刀身を振るう。

 

その鋭い一閃は体勢を崩していた白いガルムの顔面を横一文字に切り裂いた。

 

 

 

たまらず叫び声をあげ、後方に大きくジャンプする白いガルム。

 

「浅いか……なら」

 

夏姫さんはそれを読んでいたかのように、着地点に正確な射撃を加える。

 

怒りに身体を震わせた白いガルムが再度咆哮の体勢に入った。

 

 

「夏姫さん! そいつの吠え声を聞くと神機が動かなくなるよ、気を付けてっ!」

 

 

「了解」

 

 

いつ変形させたのかわからない程の早業で夏姫さんはガンフォームからブレードフォームへと切り替えると、白いガルムに向けて疾走した。

 

 

今まさに咆哮を上げようとしていた白いガルムが、慌ててビルの上に飛び乗る。

 

「逃がさない」

 

 

夏姫さんは地面を蹴って大きくジャンプすると白いガルムを追撃した。

 

 

左前足のガントレットでそれを受け止めた白いガルムは、大きな咆哮を上げると夏姫さんを弾き飛ばした。

 

 

小柄な身体が宙を舞う。

 

 

「な、夏姫さんっ!!」

 

 

 

「よっ、と、大丈夫だよ」

 

 

危なげなく華麗に着地を決めた夏姫さんが私に微笑み掛ける。

 

「でも……」

 

 

これで夏姫さんの神機も動かなくなってしまった筈だ。

 

 

 

白いガルムが高台から飛び下りた。

 

ズシンと大地が揺れる。

 

 

「心配しないで」

 

 

不敵な笑みを浮かべた夏姫さんは停止した神機を構えると、再度白いガルムに突撃した。

 

 

その動きはまさに機敏と言わざるを得ないもので、とても神機が動かないとは思えない。

 

 

迎撃とばかりに振るわれた右前足のフックを上体を屈めてくぐり抜け、顔面に神機を叩き込む。

 

火花が散った。

 

 

そのまま白いガルムの顔面を蹴って後方へジャンプし、空中で一回転。

 

 

左前足の一撃を回避する。

 

 

夏姫さんは着地と同時に距離を詰め、更に神機を振るう。

 

右腕、左腕、胸

 

 

白いガルムの体の至る所で、小さな火花が散っては消えるを繰り返している。

 

 

牙を剥いた白いガルムのガントレットがパカリと開いた。

 

 

開いた隙間から炎が顔を覗かせる。

 

至近距離で怒号と共に放たれた火球を、夏姫さんは右にステップする事によって紙一重でかわし、側面から後ろ足に斬撃を加えた。

 

 

 

身体を半回転させ、目障りな獲物を捉えようとした白いガルムの裏をかき、更に背後を取って尻尾に神機を叩き付ける。

 

 

夏姫さんはダンスでも踊るような軽快な動きで白いガルムを次々に翻弄していく。

 

 

 

…とてもじゃないが私にあんな動きは出来ない。

 

 

今の私に出来る事は……

 

 

『フライア、応答して下さい。こちらエリナ!』

 

 

悔しいけど、現在の状況をフライアに伝えるくらいしか無かった。

 

~~

 

 

自身の攻撃が当たらない事に業を煮やした白いガルムは、攻撃手段を火球による広範囲攻撃に切り替えてきた。

 

 

しかし、凄まじい密度で放たれるそれらも夏姫さんには届かない。

 

 

「当たったら大分熱そうだね」

 

彼女はそんなのん気な事を言いながら、放たれる全てをかわしていく。

 

「隙だらけだよ」

 

 

更にフェイントを交えた攻撃を加える余裕まで見せている始末。

 

 

夏姫さんはいとも容易く回避しているが、神機との接続が切れている今、並の神機使いでは白いガルムの動きについていく事すら出来ないだろう。

 

 

夏姫さんはどうやっているのかはわからないが、相手の次の動作を完全に読み切り、先に先に行動する事によって回避しているようだ。

 

「ジュリウス達はまだかな?」

 

白いガルムの懐に潜り込み、暴風のような連続攻撃を軽くかわしながら独りごちる。

 

 

改めて彼女の凄さを実感した。

 

 

白いガルムが唸り声を上げ、後方へと素速く跳躍する。

 

両のガントレットが開き、火炎を纏った。

 

あれは火球の予備動作だ。

 

 

夏姫さんはそれを回避しようとして……ピタリと立ち止まった。

 

そのまま刺突の構えを取る。

 

 

 

……どうして?

 

 

 

 

その答えは、白いガルムの動きで簡単にわかった。

 

あいつ、私を狙ってる。

 

 

ガルムの狙いは攻撃をことごとくかわす夏姫さんでは無く、目に見えて動きの鈍い私だった。

追尾してくる複数の火球を避けきる事は、今の私には出来ないかもしれない。

 

 

だからこそ彼女は神機が動かないにも関わらず迎撃の構えを取ったのだ。

 

 

私を守る為に。

 

 

なんて情けない……これじゃ私はただのお荷物だ。

 

 

「任せて」

 

私を安心させようとしたのか、彼女は一瞬だけ振り向き、見惚れてしまいそうな笑顔で呟いた。

 

白いガルムが一際大きな咆哮を上げ、巨大な火球を放つ。

 

 

同時に夏姫さんも動いた。神機を血のような紅色に光らせながら、火球に向けて突っ込む。

 

 

「はあぁぁぁぁっ!!」

 

 

夏姫さんは普段の落ち着いた様子からは想像もつかない程の大声を張り上げると、身体全体を使った強烈な突きを繰り出した。

 

 

その渾身の突きは当然のように火球を霧散させる。

 

 

夏姫さんは止まらない。

 

 

彼女は右足を大きく踏ん張る事により、前進する勢いをそのままに向きだけを変え、白いガルムの頭部目掛けて刀身を突き出した。

 

斜め下からえぐり込むようにして放たれたその突きは、身をよじって何とか逃れようとした白いガルムのガントレット部分を貫く。

 

 

耳をつんざくような悲鳴が上がった。

 

 

「や…やった」

 

 

左ガントレットを完全に破壊された白いガルムは崩れ落ち、無防備な顔面を晒している。

 

 

夏姫さんがそんな隙を見逃す筈もなく、再度神機を構え、突きの体勢を取った。

 

 

「あ……」

 

 

とどめの一撃を放とうとした夏姫さんが、構えの途中でがくりと片膝をつく。

 

 

 

技の反動!?

 

それともまさか、エミールを庇った時の怪我が完治していない?

 

 

「夏姫さん!」

 

 

白いガルムは右前足を踏ん張り、なんとか立ち上がろうとしている。

 

走る。

 

 

もっと!

 

もっと速く!

 

 

「夏姫さん、一旦下がって!」

 

 

夏姫さんと白いガルムの間に割って入る。

 

「…エリナ」

 

 

あんなに重かった筈の神機はいつの間にか軽くなっていた。

 

「これならっ」

 

神機を握り締め、構える。

 

 

白いガルムが完全に体勢を立て直した。

 

夏姫さんがまだ膝を着いたままだからか、悠然と歩み寄ってくるその姿からは余裕が感じられる。

 

 

怖い……

 

けど、退けない。

 

 

「舐めないで、私だって華麗に戦えるんだから」

 

 

覚悟を決め、白いガルムを睨み付ける。

 

 

咆哮を上げ、私達へ向けて走り出そうとした白いガルム。

 

 

その顔面に真横からオラクル弾が直撃した。

 

 

「…………!」

 

 

銃形態の神機を白いガルムに向けながら颯爽と駆けてくるうさぎの着ぐるみ。その背後からはエミール。

 

「エミール、キグルミっ!」

 

 

「エリナ、ナツキ無事か!?」

 

応戦しようとキグルミ達の方へ向き直る白いガルムに、更に別方向からオラクル弾が降り注ぐ。

 

 

「悪い、遅くなった」

 

「無事か」

 

 

ギルバートさんとジュリウス隊長だ。

 

「…………」

 

「てめぇ、人の妹に何してくれてんだ」

 

 

無表情でブーストを起動させようとしているナナさんと、激昂したロミオさんもその後に続く。

 

 

とりあえずナナさんが一番怖い。

 

形勢を不利と判断したのか、白いガルムが高台へと飛び乗った。

 

白いガルムは一度こちらを窺うと、追撃として放たれたオラクル弾から逃れるように素速く姿を消した。

 

 

~~

 

 

「夏姫、平気か?」

 

ジュリウス隊長が夏姫さんの手を取り、引き起こした。

 

 

「うん、私は大丈夫。エリナも怪我とかしてない?」

 

 

 

 

「はい、問題ありません」

 

 

私と夏姫さんの言葉にみんながほっとため息をつく。

 

 

 

「お腹がすいたね、帰ろう」

 

 

「全く、のん気なやつだなお前は」

 

ギルバートさんはあきれ顔だ。

 

「まあまあ、無事で何よりって事で……おいナナ、お前いつまで無表情なんだよ」

 

 

「……」(ニコッ)

 

 

「口角上げれば良いってもんじゃねぇ!! むしろ怖いから」

 

 

~~

 

 

帰りのヘリの中、隣で静かな寝息を立てる夏姫さんを見ながら、

 

 

この人に追い付きたい。

 

強く、そう思った。

 





『エリナがブラッドアーツを習得しました』

今、わかりました。本当の主人公は彼女だったんですね。



~~ブラッドが若干出遅れた理由~~


ギル「はっ!?」


ロミオ「なんだ……この感じ」

ナナ「…………」


ジュリウス「血の力、遂に……いや、前々からだったような気がするが、覚醒したか!」


ロミオ「まあナツキなら平気か」(オウガテイルざくざく)


ジュリウス「そうだな」(コンゴウずばずば)


ギル「そうなのか」(ヴァジュラつんつん)


ナナ「…………」(息切れ中)

ロミオ「いや、息切れ中くらい表情変えろって」


ナナ「……あっはははははは!!! 今行くから待っててね!」(びゅん)

ロミオ「最近後輩が怖いんだけど」


ナナ「……」(息切れ中)


ロミオ「いきなりあんな大声出すからだ」(さすさす)



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第17話 ブラッド候補生の最後(酷く間違った倒置法)

沢山のお気に入り登録、どうもありがとうございます。だが目をこすってよく見てみろ、こんな小説だぞ? そ(略)


次話は近いうちに投稿します。


 

白い狼のようなアラガミとの遭遇から数日が経過した。

 

あれからフライアはアラガミの群れの中を何とか突破し、ようやく比較的平穏な日々が戻ってきた。

 

 

勿論、これが束の間のものに過ぎないなんてことはよく分かっている。何せこれから行くのは極東だ。

 

『アラガミのバーゲンセール』

 

『地獄へようこそ』

 

 

『お前はもう死んでいる』

 

 

エリナ達から話を聞く限り、極東支部は他支部からそんな風に評されているらしい。

 

 

実際、極東ではヴァジュラ倒せたら一人前な、あ、勿論携行品無しで とかいう意味の分からない基準が出来ているとか。

 

 

おまけにウロボロス(山のような超弩級アラガミらしい)を素手で引きちぎる人が居たり、ハガンコンゴウ(雷を操るコンゴウ種の上位)4体を5分足らずで切り刻む人が居たり、1任務の間に味方を20回以上吹き飛ばすブラスト使いが居たり(可愛い娘らしい)、メンバーもなかなかに曲者ぞろいのようだ。

 

あと、これは秘密なのだが…なんと、終末捕喰なるものが起こりかけた事もあるらしい(ラケル博士がこっそり教えてくれた)。

 

 

極東…恐ろしい場所。

 

 

 

そんな恐ろしい極東で生き抜くため、ブラッドに新しいメンバーが加わる事となった。

 

 

名前はシエル。

 

とってもかわいい女の子らしい。

 

 

うわーい、やったー!

わーい、わーい!

 

どんな娘だろ? どんな娘だろ?

 

 

会う前から既に私のテンションは最高潮だぜ。

 

さあ、シエル、カモーーーーーン!

 

 

〜〜

 

 

「本日付けで極致化技術開発局所属となりました。シエル・アランソンと申します」

 

 

「ジュリウス隊長と同じく、児童養護施設マグノリア=コンパスにて、ラケル先生の薫陶を賜りました」

 

「基本、戦闘術に特化した教育を受けてまいりましたので、今後は戦術、戦略の研究に勤しみたいと思います」

 

 

「…………」

 

 

か、固ぇ。

 

 

確かに可愛い。すごく可愛い。だが固い。活性化してないセクメトの下半身くらい固い。

 

 

 

「……以上です」

 

そんな固い挨拶をしたシエルが困ったように目を泳がせる。

 

 

「シエル、固くならなくていいのよ、ようこそブラッドへ」

 

 

ラケル博士はシエルに向かい、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 

流石はブラッドのお母様、相変わらず聖母でいらっしゃる。

 

 

ラケル博士の笑みでシエルの表情が少し緩んだ。

 

うむ、シエルも博士もどちらも可愛い。

 

「さて、」

 

ラケル博士が名探偵のような事を言いながら私達の方へと向き直った。

 

横顔に見とれていたのはバレていない筈だ、多分。

 

 

「これで、ブラッドの候補生が皆揃いましたね。血の力を以て(もって)あまねく神機使いを、ひいては救いを待つ人々を導いてあげて下さいね」

 

 

「ジュリウス」

 

 

「はっ」

 

ラケル博士の呼び掛けに、後ろに控えていたジュリウスが咳払いを1つして話し始める。

 

 

 

「これからブラッドは戦術面における連携を強化していく」

 

 

「その命令系統を一本化するために、副隊長を任命したいと思う。ブラッドを取りまとめていく役割を担ってもらいたい」

 

 

こんな個性的なメンバーの取りまとめか……

 

誰が選ばれるかは知らないが、ご愁傷様である。

 

 

「これまでの戦闘の立ち回りと、早くも血の力に目覚めた事から……夏姫、お前が適任だと判断した」

 

 

なん…だと……

 

 

 

「副隊長、やってくれるな?」

 

「お断りします」

 

誰が好き好んでそんな面倒な役を引き受けるものか。

 

 

「そうか、快く引き受けてくれるか」

 

 

「お断りします」

 

 

「わー、副隊長ー! よろしくね」

 

「まあ順当だろう、ナナはあれだし、ロミオは頼りないしな…」

 

「副隊長になったら、書類仕事とかめっちゃ増えそうだし、正直面倒くさいよな」

 

 

ロミオ先輩が本音を口に出した。ナナとギルも、うんうん、と頷いている。

 

 

必死に目を合わせないようにしているブラッドのメンバーを見て、ジュリウスが眉間にしわを寄せた。

 

 

「チームの現状に一抹の不安が残るが、お前ならきっと出来るさ」

 

「お断りします」

 

 

「シエル、副隊長とブラッドについてのコンセンサスを重ねるように」

 

 

「了解です」

 

「お断りしません」

 

シエルみたいな可愛い子の為なら、どんな面倒事だって喜んで引き受けますとも。

 

 

「なあギル、コンセンサスって何?」

 

「確か塩基配列に関係あったような気がするが…」

 

 

こそこそ内緒話をするロミオ先輩とギル。

 

 

「わからない事があったら、ターミナルで調べなさい。ターミナルには何でも書いてあるから」

 

「ナナ、お前はのび太のパパか!」

 

「お前達……」

 

結局、いつものように馬鹿騒ぎに興じるブラッドを見て、シエルは目を大きく見開いていた。

 

〜〜

 

 

「後は若い2人に任せて、私達は退室するとしましょう」

 

 

見合いの席の仲人さんのような事を言って、ラケル博士達は出て行った。

 

なお、ロミオ先輩には、頑張れよ、みたいにグッと親指を立てられた。

 

あなたは私の恋を応援するためにこの場をセッティングした親友か!

 

それでこの後、赤い雨に打たれながら、「畜生、なんで素直に祝福出来ねぇんだよ、畜生……」

 

とか言うのか。

 

 

 

まあ、こっちの準備は任せとけ、みたいな意味でやったんだろうけど、ラケル博士の仲人発言の後だから、ついそんな風なツッコミを入れたくなってしまう。

 

 

 

「副隊長、改めましてよろしくお願いします」

 

嵐(比喩であり、チーム名ではない)が去り、静かになった部屋でシエルが口を開く。

 

 

「うん、よろしくね」

 

 

「先に、確認しておきたい事があります」

 

「ブラッドとして作戦行動を行った回数はどのくらいでしょうか?」

 

 

「そうだね……7、8回かな」

 

想定外のアラガミと交戦したのも数に入れれば、優に40回を超えるけれど。

 

 

「なるほど、つまりほとんど経験がないという事ですね」

 

「……うん」

 

 

「わかりました。それでは次回の任務以降、しばらくは戦術レベルでの連携訓練を行っていくべきですね」

 

うーむ……連携プレーなんて高度な真似が私達に出来るだろうか。

 

甚だ疑問である。

 

 

「副隊長から私に、何か質問などはありますか?」

 

 

「そうだね、好きな食べ物とかはある?」

 

 

「好きな食べ物…ですか?」

 

 

「うん」

 

 

「好き…という訳ではありませんが、携帯食はよく食べますね」

 

「じゃあ、何か食べられないものはある?」

 

 

「いえ、特には」

 

 

「それじゃ、これからみんなで一緒にご飯を食べない?」

 

 

「えっ…」

 

 

「歓迎会とまではいかないけど、ちょっとしたものを用意してるんだ」

 

 

「それは…私の為に…ですか?」

 

「そうなるかな」

 

 

今日の任務は既に終わり、間もなく夕食の時間である。

 

 

シエルのやってくる時間は夕刻になるだろうと聞いていたので、予めフライアの職員さんに頼んでおいたのさ。

 

ちなみにお金はみんなで出し合った。うん、みんないい奴らだ。

 

「なんだか、申し訳ないような気がします」

 

 

「そんな事ないよ」

 

 

「そうなのですか」

 

「うん」

 

「では……不束者ですが、よろしくお願いします」

 

ぺこりと一礼される、うむ可愛い。

 

「よっし、行こう」

 

 

「あっ…」

 

 

シエルの手を取り、会場を目指す。

 

 

このフライアに来たからには、新人だろうと関係ねぇ、きっちりしっかり歓迎してやんよ!

 



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第18話 歓迎会とこれから

今回も後書きにちょっとした話があります。
最近ようやく少し時間が取れたので、ある程度書き溜め出来ました。グレム局長が最高に輝いていたあのシーンまで、更新が止まる事は無いっ! といいなぁ……。


 

「それで、どうして俺の部屋が会場なんだ?」

 

 

「一番広いから」

 

 

「なるほど、理にかなっている」

 

シエルの手を引きやってきたのはジュリウスの部屋。普段は殺風景極まりない部屋だが、今日は『歓迎』と書かれた妙に達筆な横断幕やかわいいリボン、色紙で作った輪飾りなんかでカラフルに飾り付けされている。

 

 

部屋の中央にはくっつけられた数卓のテーブルがあり、その上には魅惑的な料理たちが所狭しと並んでいる。

 

 

元々あったシンプルなテーブルだけでは、とてもこの人数分の食事を載せる事は出来なかったので、会議室、職員用の食堂などから長テーブルが運び込まれたのだ。

 

 

ふふん、ブラッドの隊長という事もあり、部屋が最も広い事が不運だったなジュリウス。(ちょっと悪役っぽい)

 

 

ちなみにジュリウスの部屋にはブラッドのメンバーを始めとして、エリナ、エミール、キグルミの極東3人組もやって来ているので、いくら広いとは言っても少し手狭に感じる。

 

おまけに、

 

「ジュリウス、お酒が足りませんよ」

 

「テキーラ、あるだけ持って来ーい」

 

 

何故かラケル博士とレア博士まで居る。

 

ついさっきまでは、「固くならなくていいのよ」とか、「シエルと仲良くしてあげてね」だとか、大人のお姉さんオーラ全開だったのに、お酒が入った途端、すぐにこれだよ。

 

 

神機兵の開発とかは大丈夫なのだろうか。

 

 

「だいじょうぶ、極東に着いてしまえばこちらのものです。あとは王の為に生贄が捧げられ……」

 

 

ラケル博士がワイングラスを片手に、誰も居ない所へ上機嫌で話し掛けているが、耳を傾けている人はいないようだ。

 

 

「ほらほらー、私のおでんパンが食えねぇってのか〜?」

 

 

「い、いただきます」

 

 

シエルはナナに絡まれ、困惑した表情を浮かべながら、おでんパンを頬張っている。

 

 

「ジュリウス、俺の半分やるから、それちょっとくれよ」

 

「ああ」

 

ジュリウスとロミオ先輩は親しげに歓談している。

 

 

「そこで、握り方を少し変える訳だ」

 

「なるほど……参考になります」

 

ギルとエリナは真面目な顔で戦闘談議をしている。(羨ましい)

 

 

残ったのは……

 

 

 

「さあナツキ、我々もいただこうではないか!」

 

「…………」

 

 

キグルミとエミールという、静と動の体現のような、まさに正反対の2人だった。

 

 

「うん…いただきます」

 

 

まあ、シエルが楽しそうだから良いんだけれど。

 

 

今日の主役ということで、みんなから引っ張りだこにされていたシエルがフリーになったのは、歓迎会が始まってから優に2時間は経過した後だった。

 

 

「少し風に当たってきます」と部屋を出たシエルを追い、私もエレベーター前のロビーへと向かう。

 

果たしてシエルはそこに居た。

 

開け放たれた窓から差し込む月の光が、彼女の綺麗な銀髪を照らしている。

 

 

「副隊長…?」

 

 

気配に気付いたのか、窓の外をぼんやりと眺めていたシエルが振り返った。

 

「や、やっほー」

 

片手を上げて挨拶する。

 

 

「何か御用でしょうか?」

 

 

いや、用と言うほどの事は無い。ただ何となく、シエルと話がしてみたかっただけだ。

 

 

「え、えっと…、歓迎会どうだった?」

 

 

もっと気の利いた事を言おうとしていたはずなのだが、緊張のあまり度忘れしてしまった。

 

 

「こういう事をして頂いたのは初めての経験ですので、よくわからないのですが……」

 

 

シエルは一度言葉を止め、僅かに微笑んだ。

 

「何だか…とても、暖かな気持ちになりました」

 

 

「そっか」

 

 

私もつられて笑顔になる。

 

 

「シエル、ようこそブラッドへ」

 

 

「はい…ありがとうございます」

 

〜〜

 

 

何となく並んでベンチに座り、他愛もない話をする。マグノリア=コンパスでのシエルの昔話、私の失敗談、ちょっとした趣味の話、ブラッドが現在行っている訓練内容なんかについてだ。

 

 

「あの…副隊長、これは私が考えたトレーニングメニューなのですが、少々確認していただけますか?」

 

訓練内容について話していた所、シエルがおずおずといった風にそう切り出した。

 

 

という事で、シエルのポーチから出てきた分厚い紙の束を見せてもらう事に。

 

 

『睡眠8時間、食事その他の雑事2時間、任務4時間として、戦闘訓練に4時間、座学に6時間。更に一人一人に合わせた個別メニュー』

 

 

個別メニューはわかりやすく項目分けされ、一つ一つ丁寧な説明が並んでいる。

 

「…………」

 

 

きっと、私達の為に一生懸命考えてくれたのだろう。会った事もない私達の為に…

 

 

ならば、私も正直に応える。

 

 

「いかがでしょうか?」

 

「足りない」

 

「え?」

 

 

うん、私達はまだやれる。

 

 

「もう2、3割負荷を掛けても問題(死な)ないと思うよ」

 

 

「そうなのですか?」

 

 

「うん」

 

 

「かなりきつめに設定したと思っていたのですが…流石は精鋭部隊のブラッド、勉強になりました」

 

 

大丈夫、人は死の瀬戸際から生還する事によって、大幅に能力を向上させることが出来るのだ。

 

 

ジュリウスとギルは言わずもがな問題無し、ナナは私がフォローしよう。ロミオ先輩は……強く生きろ。

 

 

「では、もう少し煮詰めておきますね」

 

「うん、ありがとう」

 

 

どの道、地力の底上げはこれから必要だ。

 

訓練でならいくら死にかけても実際に死ぬ事は(ほとんど)無いが、実戦では人の命は簡単に消えてしまうのだから。

 

 

 

もう私は、誰も失いたくない。

 

〜〜

 

 

シエルと30分程話した後、ジュリウスの部屋へと戻る。

 

 

扉を開けるとそこは……

 

 

「ふふふ、いいですかジュリウス、あなたは霊長の王になるのれす」

 

「はいはい、わかりましたから、先ずはそのよだれを拭いて下さい」

 

満面の笑みのラケル博士(レアだ)

 

「ウォッカ、あと5杯〜!」

 

 

「レア博士も落ち着いて」

 

 

机に突っ伏したまま、右手に持った空のグラスを掲げるレア博士。

 

 

「おお、何と素晴らしい、これが『おでん』と言うものか……具材をだし汁に漬け、煮込む。たったそれだけの事で素材本来の旨みを引き出している。ああ、具材同士が奏でる味のシンフォニー。だしの染みた大根に、丸みを帯びたキュートなゆで玉子、噛みごたえのあるコンニャク、口の中で旨味が染み出すがんもどき、ああ、何という事だ。僕は誤解していた。おでんとパン、そんなものが合う筈がない。そんな風に思い込んでいた。常日頃から見聞を広めたいと思っている、などと口走っていたくせに、自分自身でそれを否定してしまっていたとは……済まなかった、ナナ君。だが! 僕は今、新たに生まれ変わった。言うなれば、NEWエミール!! 今の僕ならわかる。この先に待つのはまさに(以下略)」

 

 

「エミールうっさい!」

 

 

おでんパンの新たな犠牲者はエミールさん達か。そしてその元凶は、といえば

 

 

「あはは、ロミオ先輩変なポーズ」

 

「は、早く次の指示を……」

 

 

「えー、もうちょっと見てたいんだけどな〜」

 

 

「は、早く」

 

「仕方ないなー、じゃあ次は、右手を青」

 

『グキンッ』

 

「ぎゃああああ〜!」

 

「ろ、ロミオーッ!」

 

 

「はいっ、キグルミさんの勝ち! ロミオ先輩罰ゲームね」

 

 

ロミオ先輩、強く生きろ。

 

 

とりあえずジュリウスの部屋が現在地獄絵図になっているという事だけはわかった。

 

 

シエルと顔を見合わせ、頷き合う。

 

「「見なかったことにしよう」しましょう」

 

 

2人でそっと扉を閉じたが、沈痛な面持ちのジュリウスに連れ戻された。

 

 

その後も宴は続き、色々と大変な事ばかり起こったが、笑顔の尽きない楽しい歓迎会だったとだけ言っておこう。

 





番外 酔いどれラケル先生



ラケル「ジュリウス、ジュリウス~」

ジュリウス「はいはい、なんでしょうか」


ラケル「ふふ、あなたを見つけたあの時、私は確信しました」

ラケル「あなたこそ、この荒廃しきった古い世界を壊し、新たな秩序をもたらすことの出来る存在だと」


ジュリウス「それより、今この場の秩序を取り戻したいのですが……」


ラケル「えっ、も、もう新たな世界を拓きたいのですか? だ、だめですよ、然るべき手順を踏まなければ」


ジュリウス「いえ、そんな事は言っていません……あ、待てナツキ、逃げるなぁ! 現実から目を背けるなぁっ! これは命令だ!」

がしっ

ラケル「よくやりましたジュリうす、さあナツキ、ここに座って、ほらここに」

ぎゅーっ

ラケル「あたたかい、まるでふわふわの湯たんぽのようですね」


ラケル「ナツキ、実は私は初め、あなたの事を警戒していたのですよ?」


ラケル「でもね、最近ブラッドの子たちが本当の我が子のように思えてきてしまって…」


ラケル「何なのでしょうね、この気持ちは」


ラケル「あーもう、どれもこれもうちの子たちがみんなお馬鹿さんで可愛いのがいけないのです。まったくもう」


ラケル「こうなったらデザートを私1人でぜんぶ食べてやります」

ラケル「私はあらがみなのですよー、はむはむ」


ナツキ「なにこれ可愛い過ぎる私を殺すつもりかぐはぁっ!」


おわり


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第19話 レッド・バイキング

後書きにある話のタイトルは『お見舞い』です。

本文内に大きな間違いがありました。ニ文目の『とはいっても~』の部分。フライアは徐々に南下している筈なので、正しくは北の端です。大変失礼致しました。



到着しました極東地域。

 

とはいっても、まだ端の端でしかない。北の端っこ。

 

 

シエルが加わって、ブラッドは討伐任務に訓練に座学にと、更に忙しくなった。

 

 

加入当初のシエルは戦術にこだわるような姿勢を見せていたが、ジュリウスやギルの人間離れ、いや、この場合はゴッドイーター離れした動きを見て早々に考えを改めたようだ。

 

 

とても美しく、それでいて無駄の無い華麗な動きでした。と興奮気味に語る彼女を見て、私は思った。

 

頼むから、どうかシエルはまともなままでいてくれ。

 

 

最近、誰の影響かナナやエリナまで修行馬鹿に成りつつある。

 

エリナから笑顔で筋トレの手伝いを頼まれた時は、なんとも言えない気分になった。

 

 

気が滅入る話はここまでにしよう。

 

 

実は今日、ラケル博士からプレゼントを貰った。

 

新しい無線機、いわゆるヘッドセットというやつである。

 

 

片耳に装着し、スイッチを入れる事によって、いつでもフライアと連絡を取る事が可能になる。

 

これでいちいちバッグから無線機を取り出す手間がなくなった。

 

いやー、あれは地味に面倒な作業だったんだよ。

 

 

アラガミの攻撃を必死にかわしつつ、片手だけで取り出すのは普通。酷いときは足や膝を使って取り出したりもしたっけ。我ながら曲芸師一歩手前の動きをしていたような気がする。

 

 

片耳が聞こえなくなるのは戦闘において不利ではないかと考えていたが、無線機として使用していない時は集音機として機能するらしく、全く問題なかった。

 

おまけに、違和感はさほど感じないのに結構しっかり固定されているようで、空中回転しながらザイゴート(ダミー)を切り刻んでも外れたりしない。

 

 

ジャンプしながらシユウ(ダミー)の頭を叩き壊しても飛んでいったりしない。

 

流石はフライア、技術力は世界随一である。

 

 

 

さて、今日のミッションターゲットはラーヴァナ。

 

ラーヴァナさんとはヴァジュラ神属のアラガミで、大きな砲塔を持ち、素速い動きでこちらを翻弄してくる厄介なアラガミだ。

 

毒霧を放つというデータもあるので、念の為デトックス錠も用意しておく。武器はいつものように氷刀、参加メンバーは、過酷な訓練によりロミオ先輩が倒れたので、ギル、シエル、ナナ、そして私の4名。ジュリウスは責任を感じ、ロミオ先輩の付き添い看病をしている。

 

 

ロミオ先輩、お大事に。

 

 

後で何かお見舞いの品を持っていきます。

 

 

 

~~~

 

 

 

「ねぇ、ギル」

 

 

「何だ? 夏姫」

 

 

ミッションエリアである蒼氷の峡谷へと到着した私は、双眼鏡でエリア全体を見渡していた。

 

「どうしてラーヴァナが三体も居るの?」

 

「うん? ああ、偵察班が見落としていたんじゃないか? まあ二体くらい誤差だろ。さっさと行こうぜ」

 

 

……駄目だこの槍使い、もうおかしくなっていやがる。

 

 

「なんとかなるよー」

 

 

ナナは明るく笑っている。

 

 

かわいい……。

 

 

「どうしますか副隊長、あまりにハイリスクであれば撤退も…」

 

シエルはそう言ってくれるが、ナナとギルは既にやる気満々といった様子でウォーミングアップを進めている。

 

 

「いや、行こう」

 

 

きつい任務だが、今の私たちならこなせると思う。いよいよとなれば死ぬ気で逃げる。

 

 

「ギルはA地点付近のラーヴァナをこのポイントまでおびき寄せて時間稼ぎをお願い。無理はしないで、危なくなったら信号弾で連絡して」

 

 

「了解」

 

 

まあこの人なら問題ないだろう。

 

それどころか、直ぐに倒して私達の援護に来そうな気さえする。

 

 

「ナナとシエルは私と一緒にB地点付近のラーヴァナを狙う。途中で奥の一体が合流する可能性が高いから、警戒を怠らないで」

 

「了解しました」「うんっ」

 

 

大まかな作戦を立て、もう一度双眼鏡を覗く。何度見ても三体だ。

 

うん……頑張ろう。

 

 

『フライア聞こえますか、こちらブラッド、これよりミッションを開始します』

 

 

『フライア、了解しました。 …ご武運を』

 

 

「いくよ、みんな!」

 

 

 

フランさんの心配そうな声を聞きながら、高台を飛び下りる。

 

間違って神機が自分に突き刺さるなんて事がないよう、姿勢をきちんと制御しながらだ。

 

 

実は毎回地味に神経を使っている。みんなもきっとそう。

 

 

両足で着地し、数十メートル走った所で、旧世代の遺物を美味しそうに捕喰していたラーヴァナが振り返った。

 

 

ガラス玉のような瞳がこちらを捉える。

 

 

やはり聴力が高い。出来れば気付かれない間に後ろを走り抜けたかったのだが。

 

 

「ギル」

 

 

「了解だ、副隊長」

 

 

ギルは左手で一度帽子を押さえると、勢い良くラーヴァナに飛びかかっていった。

 

 

迎撃のフックは空中で大きく身を捻る事によってかわし、肩の部分へと槍を突き立てる。

 

 

あの態勢から動きを止める事なく攻撃を回避するとは……

 

 

何という変態機動。

 

 

「ギル、無茶は禁物ですよ」

 

 

「ああ」

 

 

「帰ったらみんなでおでんパン食べようね」

 

「ああ」

 

 

ギルはえぐり込むような鋭い突きを連続で繰り出し、ラーヴァナを牽制しながら、握り拳を作った左手を上げてみせた。

 

 

「……死なないでね、ギル」

 

 

出来るだけ音を立てないように走り、アラガミから距離を取る。

 

 

思わず縁起でもない事を呟いてしまったが、あんな変態(誉め言葉だ)を殺せるアラガミなんて、三倍の速度で動くハンニバルくらいのものだろうから、心配は無用である。

 

さて、ギルが一体を抑えてくれている間に残りの二体を叩かなくてはいけない。

 

とはいえ、二体と同時に戦うのは得策でない。

 

ならば……

 

 

「シエル」

 

 

「了解」

 

シエルが頷き、神機を変形させる。銃身はスナイパー。

 

「……」

 

姿勢は殆ど変える事なく、両足にいつもより力を込める。スコープを覗き、ほんの少し微調整。

 

 

それだけで、狙いは定まったらしい。

 

 

無駄のない体捌き。昔からの訓練で養ったその動きは、私みたいな素人とは全く違う。

 

 

上手くは言えないが、洗練された一種の美しさのようなものを感じる。

 

 

乾いた音と共に放たれたオラクル弾は、こちらに向け悠々と歩くラーヴァナの顔面に、当然のように命中した。

 

 

「流石っ」

 

 

「アラガミ、来ます」

 

 

こちらを補足し、怒りの雄叫びと共に凄まじい勢いで駆けてくるラーヴァナ。

 

 

シエルとナナが神機を構える。

 

 

「出鼻を挫く。ナナ」

 

 

「よっし、任せて」

 

 

凄まじい勢いで飛びかかってくる巨体をギリギリで左方にステップする事によって回避。ついでに顔面に蹴りを入れておく。

 

この蹴りは注意をこちらに向ける為だ。

 

 

怒りに染まった瞳でこちらを睨み付けるラーヴァナの砲塔が、

 

「くらえーっ!!」

 

 

飛び上がり、全体重をかけて振り下ろされた槌によって叩き割られた。

 

 

「チャンスです」

 

「だね」

悲鳴を上げて頭を震わせているラーヴァナめがけ、シエルと並んで疾走する。

 

 

胴体、右足、足首。

 

 

目に付いた部位を手当たり次第に神機で噛み千切っていく。

 

 

「まだまだっ!」

 

 

当然ながら振るわれるラーヴァナの爪攻撃を、前進し、すり抜けるようにしてかわしつつ、更に腕を動かす。

 

 

 

神機を振るう度、アラガミの血液(厳密には違うらしいが)と噛み千切られたオラクル細胞とが周りに散らばっていくのがわかる。

 

 

ラーヴァナに意識を向けたまま、ナナたちの方をちらりと確認する。

 

 

ナナはやや後方に控え、ラーヴァナの動きが止まった瞬間を狙ってハンマーを叩き込む、といった堅実な動きを。シエルの方はアラガミの視界の端に常に入り続けながら、攻撃と離脱を素速く繰り返す、というトリッキーな立ち回りで、私たちへ攻撃が飛ぶ頻度を減らしてくれているようだ。

 

 

なかなかいい調子で戦闘は進行している。

 

 

これなら意外と早く決着がつくか?

 

「…んっ」

 

 

休みなく動き続けていたラーヴァナが突如として立ち止まった。コアの部分が妖しげな光を発する。

 

 

…これは、ターミナルで見た毒霧の予備動作。

 

 

「二人とも、よけて!」

 

 

私が声を掛けるのとほぼ同時にシエルは範囲外へと飛び出して、ナナは装甲を素早く展開して、霧を吸い込むのを防いだ。

 

 

 

ブラッド全員、動きのキレが増している。訓練の成果は十分出ているみたい。

 

 

私はそんな事を考えながら、後方に大きくジャンプし……

 

「ぐっ!?」

 

 

とっさに爆発系のインパルスエッジを放ち、跳躍の機動を無理やり変える事によって、背後から迫っていた火球を回避する。

 

 

「あ、危なっ……」

 

 

崩れた姿勢を何とか立て直し、うつ伏せの状態で左手と両足を踏ん張って、滑るようにして着地。

 

眼前、ほんの数センチ先を火球が飛び去っていった。僅かにかすったのか、髪の毛の蛋白質が焼ける嫌な臭いが鼻につく。

 

 

 

今のをかわせたのは偶然だ。危機を感じ取った身体が反射的に動いた結果であり、二度目は無い。

 

…どうやら今日の私はついていたようだ。荒神ではない方の神に感謝しよう。

 

 

額に浮かんだ冷や汗を左袖で拭い、神機を構え直す。

 

 

「ナツキちゃん!?」

 

「副隊長!?」

 

 

背後から響いた爆発音に、ナナとシエルが喫驚の声を上げた。

 

「二人とも、後ろから二体目が来てる、注意して」

 

 

「っ、了解」

 

「あいあいさー」

 

 

すぐさま動揺を消し、再び臨戦態勢に入る二人。

 

 

頼もしい。

 

 

しかし、これで挟み撃ちされる形となってしまった。想定内とはいえ、不利な状況である事には違いない。

 

 

何らかの対策を打ち出す必要があるだろう。

 

 

奥の手である『ブラッドアーツ』を使いたい所だが、あれは溜めが必要だ。このような乱戦時には使いづらい。

 

 

どうしたものか……。

 

 

背後からの爪攻撃を上半身を傾けてかわし、振り向きざまに切り上げる。

 

 

当たり所が良かったのか、ラーヴァナが僅かに身じろいだ。

 

 

すかさず右上方から袈裟切り、再度の切り上げ、身体ごと回転しての横切り、という連続した攻撃動作を行う。

 

 

これはジュリウスから教わった動きのパターンだ。このように攻撃の型をいくつか決め、普段から練習しておく事によって、僅かな好機にも素速い対応が可能になる。

 

 

「よっ…と」

 

フィニッシュはゼロ距離でのインパルスエッジ。

 

 

先ほどのように加減したものでなく、正真正銘の全力で撃ち込まれたオラクル弾が、アラガミの皮膚表面で大爆発を起こす。

 

青白い光が瞬いた。

 

 

腹部を中心に身体を抉られたラーヴァナが、たまらず悲鳴を上げて大きく後退する。

 

 

インパルスエッジは属性依存。私の武器は氷刀、弱点属性をついた効果の程はご覧の通りだ。

 

アラガミが上手く動けず、よろめいているここで畳み掛ける。

 

「そっちいったよ」

 

 

追撃を加えようと一歩踏み込んだ所で、背後からの声が耳に入った。

 

 

 

 

同時に聞こえる大きな風切り音。

 

 

「ありがとっ、ナナ」

 

 

左手をついて斜め前方に転がり込む。後方を窺うと、先程まで私が居た場所に、もう一体が頭から突っ込んでいるところだった。

 

 

やはり二体同時というのは面倒だ、どちらかを早めに片付けなくては。

 

 

「副隊長、使って下さい!」

 

 

体勢を立て直した私に飛んできたのは、シエルからのリンクバーストだった。

 

 

ナイスタイミング、これならっ。

 

 

「お腹空いたし、一気に決めるよ」

 

 

「はいっ」「うん」「ああ」

 

 

 

……ギルバートさん、あなた何故此処に居らっしゃるのですか?

 

 

~~~

 

 

「つ、疲れたー」

 

 

ラーヴァナ二体による猛攻を凌ぎきり、何とか勝利を収めた私たち。現在、横たわるラーヴァナの前でフライアからの迎えを待っている所だ。

 

 

「いやー、なんとかなったね~」

 

ナナが汗を拭いながら言う。

 

 

「強敵でした」

 

「だな」

 

 

いや……

 

シエルの言葉に相槌を打っているが、ギルは余裕綽々だっただろうに。

 

何食わぬ顔して戦闘に潜り込みおって全く。

 

 

「しかし、副隊長の…」

 

 

「ああ、ブラッドアーツか」

「すごかったよね」

 

 

「ええ、予想以上でした」

 

 

シエルからキラキラとした目を向けられる。

 

照れちゃいますから、…そんな目で見ないで下さい。

 

 

「いや、まだまだ、ジュリウスのと比べたら月とスッポンだよ」

 

 

「スッポンって何だ?」

 

 

「トイレの詰まりを直すやつ?」

 

「それはカッポン」

 

 

ちなみにあれの正式名称はラバーカップと言うらしい。

 

 

 

話を戻して、ブラッドアーツだが、ジュリウスのは『疾風の太刀・鉄』という名称だ。

 

 

私のは『轟破の太刀・金』

 

 

……誰だ、こんな名前をつけた奴は。責任を問いただす必要がある。

 

 

責任者はどこか!

 

 

 

 

 

 

……上目遣いのラケル博士には勝てなかったよ。

 

 

ネーミングはラケル博士。

 

 

博士曰わく、フィーリングは科学者にとって重要な事なのですよ、とのこと。もう何でもいいや。

 

 

ブラッドアーツに関してはジュリウスの方に一日の長があり、今の私では相手にならない。

 

 

日々の精進を怠ってはいないのだが、追い付けるのは何時になる事か。

 

 

あの澄まし顔のイケメンめ、いつかぶっ倒してやる。

 

 

打倒ジュリウスに燃える私に、みんなが生暖かい視線を送っているような気がした。

 

~~

 

 

「あ、迎え来たよ」

 

 

瓦礫の上に立って辺りを見回していたナナが、ぴょんと飛び下りる。

 

 

「じゃあ帰ろう。みんな、忘れ物とか無い?」

 

 

 

「コアの摘出、完了しています」

 

「周囲に異常なーし」

 

 

「旧世代の遺物も回収済みだ」

 

よし、帰投準備は整っているようだ。

今日のミッションもかなりの難関だったが、みんなのお陰でなんとかなった。

 

 

ああ、今晩はよく眠れそうだ。

 

 

ちなみにロミオ先輩へのお土産は、その辺にあったよくわからない金属の塊にした。

 

 

心なしかオーラを纏っている気がする。紫色の

 

 

これを見て、いつもの元気を取り戻してくれ、ロミオ先輩。

 

 

帰投中、ジュリウスと一対一で闘う夢を見た。

 

 

普通に負けた。おのれジュリウス。

 




病室にて

ロミオ「暇だなー」

ジュリウス「ナツキたちから見舞いが届いたぞ」

ロミオ「え、マジ?」

ジュリウス「ああ」

ジュリウス「ナツキからはこれだ」

『紫のオーラが立ち昇るよくわからない金属』

ロミオ「なにそれ!?」


ジュリウス「超毒性メタルだ」

ロミオ「超毒性!?」


ジュリウス「レアだぞ?」


ロミオ「嫌がらせだろそれ!」

ジュリウス「これを見て早く元気になって下さい、だそうだ」

ロミオ「いや、思いっきり瘴気が立ち昇ってますけど」


ジュリウス「激レアだぞ?」


ロミオ「いいから蓋しといてくれ」

ジュリウス「わかった」


ジュリウス「続いてナナから」

『その辺に生えてた草』


ロミオ「やっぱ嫌がらせじゃねぇか!」


ジュリウス「いや、よく見ろロミオ。これは……」


ロミオ「これは?」


ジュリウス「毒草だ」


ロミオ「毒じゃねーか!」


ジュリウス「割とレアだぞ?」

ロミオ「少なくとも病人に持ってくるもんじゃねぇだろ、俺思いっきり臭い嗅いじゃったよ!?」


ジュリウス「だが、レアだぞ?」

ロミオ「レアかどうかは別に重要じゃねぇよ。というかさっきから何なんだそのコメント。気に入ったのか!」


ジュリウス「ああ、気に入った」

ジュリウス「ギルからはこれだ」

『毒』


ロミオ「毒じゃねーか!」


ジュリウス「だが、レアだぞ?」

ロミオ「だからレアはもういいって……」


レア博士「呼んだかしら」


ロミオ「呼んでませんから帰って下さい」


ジュリウス「だが博士だぞ?」

ロミオ「そうだよ! だから何だよ」

レア博士「残念ね」


ジュリウス「シエルからはこれだ」

『毒エキス』


ロミオ「なあ、俺なんか悪いことしたかな?」


ジュリウス「微妙にレアだぞ?」

ロミオ「ああ」

ロミオ「しかし、なんでこんなに毒ばっかり差し入れられるんだ」

ジュリウス「毒は使い方によっては薬にもなると聞く。そういう遠まわしな激励のメッセージなんじゃないか?」


ロミオ「全部、ド直球ストレートな毒だよ!」


ジュリウス「いや待てよ…、ロミオはブラッドにとって毒にも薬にもならないというメッセージでは……」

ロミオ「何か物凄く失礼な事を言い出した!」

ジュリウス「俺からのせめてもの見舞いとして、毒を吐いてみた」

ロミオ「どうもありがとう」

おしまい


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第20話 神機兵にまつわるエトセトラ

次の任務に関して話しておくことがある、そうラケル博士に言われ、私とジュリウス、シエルの三人は呼び出された。

「ラケル先生、入ります」

「失礼します」

ジュリウスに続いて、どこかアンバランスな印象の室内に入る。

「待っていましたよ。どうぞ、掛けて」

勧められるまま三人並んで、やけにふかふかとしたソファに腰掛ける。

 

「ジュリウスは知っているかもしれませんが」

ラケル博士が目の前にある小さめのテーブルに人数分のカップを置く。ティーポッドには可愛らしい花柄のカバーが掛けられている。

「次の任務は恐らく神機兵と共同で行うこととなります」

ゆったりとした動作で紅茶を注ぎながら、ラケル博士が言う。

 

「神機兵と共闘する、ということですか……」

「いいえシエル。あなたたちブラッドにとっては不本意かもしれませんが、神機兵の護衛が主な役目になるでしょう」

「神機兵護衛任務……」

シエルが口許に手をやり、うつむく。

「パイロットは我々が?」

ジュリウスがそう訊くと、

「いいえ、今回パイロットは搭乗しません」

 

「まさか、無人制御ですか?」

「その通りです、ナツキ」

ラケル博士が微笑む。

少し前にグレム局長に聞いた話では、無人制御は性能、技術面から、有人制御はパイロットへの負担が大きすぎることから、それぞれ運用には漕ぎ着けられていない、ということだったはずなのだが、ついにシステムが完成したのだろうか。

 

ラケル博士にそう尋ねてみると、

「いいえ、神機兵の制御システムは未だ完成には至っていません。局長がどのようなお考えで今回の実地運用テストに踏み切ったのかは、本人たちの口から聞くべきでしょう。この後1100から局長室で正式な辞令が下るはずです。ミッションの詳しい内容については、その時に尋ねてください」

 

「承知いたしました」

ジュリウスが代表で頭を下げる。

「さあ、冷めないうちに……」

ラケル博士が柔らかな笑みを浮かべ、紅茶を勧めた。

「いただきます」

「いただきます……」

ほどよい甘さのクッキーと、いい香りの紅茶をごちそうになる。ナナたちはまだ訓練の最中だと考えると、なんだか申し訳ない。

少しお土産に持って帰ることにした。

そのまま、いつもよりテンションが高めのラケル博士と談笑する。どうやらここ最近研究ばかりでブラッドのメンバーになかなか会えず、寂しかったらしい。

 

「先生があそこまで感情をあらわにしているのは初めて見ました」

とはシエルの弁。

そうだろうか、いつもあれぐらい可愛いと思うんだけどなぁ。

 

~~~

 

「ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティ、以下2名入ります」

 

背筋をピンと伸ばして高層フロアをしばらく歩き、グレム局長の部屋の前へとやってきた。

ジュリウスを先頭に一礼して入室する。

 

「よく来てくれた」

椅子に掛け、どっしりと大物感を漂わせるグレム局長と、

「ど、どうも」

目の下に隈を作った白衣の男性。手には資料とおぼしき紙の束を抱えている。

彼は神機兵の無人制御システム制作を進めている、開発チーフのクジョウ博士だ。以前、ラケル博士に手紙を届けてくれと頼まれたことがある。

 

「おのれクジョウ、ラケルは渡さん」

「フフフ、ジュリウス君、残念だが君では力不足だ。しねい」

 

という風に、ラケル博士を巡ってドロドロの争いが起こることをひそかに期待している。

 

「さっそくだが、本題に入らせてもらおう……ラケル博士から聞いているとは思うが、神機兵の無人運用試験に協力してほしい」

グレム局長がまっすぐにこちらを見据えて言う。

 

「実はこの度、本部で神機兵計画に縮小の話が持ち上がった。君たちも知っての通り、極致化計画にはブラッドと神機兵の双方が必要となる。ここで計画を歪めたくはない」

困ったものだ、とグレム局長が葉巻を取り出す。

手慣れた様子で火をつけようとした所で、ふと思い出したようにシエルと私を見た。

「そういえば妻に控えろと言われとるんだった」

何事もなかったように葉巻とライターをポケットにしまう。

 

「そこで運用実績が必要になった。ここである程度の結果を出しておけば、多少強引にでも計画を進められる」

 

「なるほど」

ジュリウスが頷く。

 

「詳細な内容を……クジョウ」

「は、はい」

声をかけられたクジョウ博士は紙束をペラペラとめくり、説明を始めた。

「えー、皆さんには神機兵が戦う様子を観察しつつ、万が一の時は守っていただきたいのです。記録はアイカメラで行うので、皆さんがカメラを持って戦うなどということはありません。映像を加工抽出し、本部への交渉材料とするかもしれないので、本体、特に頭部には甚大な損傷を受けないようにしていただきたい」

クジョウ博士が眼鏡を2本の指でくいと押し上げる。

「なるべくアラガミと神機兵が一対一で戦えるよう、皆さんにはまず付近のアラガミを一掃していただきます、その後神機兵と共に索敵を行い、発見したアラガミと交戦する、大まかにいえばこういった作戦の流れとなります」

 

「……正直いって無人制御システムは未だ完成率5割といったところだ、戦力としてはほとんどあてにならん、高い腕力、脚力があっても、それを使う頭がいまいちでは、ただの、高い鉄くずだ」

グレム局長の言葉に、

「うっ」

クジョウ博士の顔色がますます悪くなった。

 

「俺……いや、このわたしが全面的にサポートしとるというのに、未だに辺りをドタバタ走り回るぐらいしか能がないとはな……」

「うぅっ……」

クジョウ博士が頭を抱える。グレム局長はその様子を見て、

 

「冗談だ」

ふっ、と笑った。

恐る恐る顔をあげたクジョウ博士に、

「引き続きよろしく頼む」

そう言うと、椅子を回転させ、

 

「では、後は現場で話を詰めてくれ、俺はこの後色々と書類を揃えなきゃならん」

後ろ向きのままで退室を促した。

 

~~

 

「なあギル」

「なんだ、ロミオ」

 

「サリエルってアラガミいるじゃん」

「いるな」

 

「あいつ、なんでスカートはいてんのかな?」

「そりゃ、弱点を守るためだろ」

「弱点って、まさか……」

ロミオ先輩が息をのむ。

「パンツか」

「いや、パンツというより……」

 

「ギル、ロミオ……」

モニター前のシエルが手許の戦術資料から目を離し、無表情で二人を見つめる。

 

「うげっ」

「な、何でもない、ちゃんと聞いてる」

「私語は謹んで下さい」

 

現在、ブラッドは資料室にてシエルによる戦術指南を受けている。ジュリウスはミッションプランを詰めるため不在であり、ナナは私の隣で寝ている。椅子に座ったまま。

 

「う……こっぺ、ぱん」

そして時々寝言を言う。可愛い。

 

「入るぞ」

 

背後の扉が開き、神喰ってる場合じゃねえ、とばかりにジュリウスが入室した。

 

「早かったのね」

「ああ」

熟年夫婦の玄関口のようなやり取りである。

 

「任務の詳細が決まった」

 

シエルがモニター横を明け渡し、ジュリウスが備え付けの端末を、神喰ってる場合じゃねえ、とばかりに操作する。

 

モニターにミッションエリアが表示された。

エリアは蒼氷の峡谷、現在のフライアの位置を考えると妥当な場所だ。エリアも広いので、チームを分ければ複数の神機兵のテストを行うことができるだろう。

 

「テストを行う神機兵は三体、それぞれα、β、γというコードで呼ばれる。動作不良に備えて、それとは別にδ(デルタ)も現場に運搬されるそうだ」

 

「神機兵αには俺、βにはシエル、γにはナツキ、ナナ、ギル、ロミオの四人が護衛につく」

「異議あり」

すかさずナナが挙手する。

「なんだ? ナナ」

「もっと均等に戦力を分配した方がいいと思います」

握りこぶしを作るナナの口許によだれがたれていたので拭いてあげる。

 

 

「それなんだが……」

ジュリウスが言いよどんだ。端末を再び操作する。

「このデータを見てくれ」

地面に大きく抉れた跡、壁には無数の穴。

偵察班からの最新の情報だ、と前置きして、

「エリア内に大型アラガミの痕跡が見られる。恐らくはボルグカムラン。現在は姿をくらましているが、いつ現れるかわからない。元々このエリアは流氷等を利用してアラガミが移動する為に、突然アラガミが現れたり消えたりする不安定な場所らしい」

 

「反応が見られたのはA地点付近、ここは俺と神機兵αが担当する。ナツキたちはB地点付近、シエルはC地点付近」

 

「つまり、大型がどこに来ても対処しやすいように、エリアの真ん中の俺たちが四人チームってことか」

「そういうことだ」

ギルの言葉に頷くジュリウス。

 

「想定外のアラガミなど、何か異常が発生した場合は副隊長のナツキを中心に適宜フォローにまわってくれ」

「了解」

敬礼しておく。

 

「でも、俺ボルグカムランとなんか戦ったことねえんだけど」

ロミオ先輩がそう言うと、

「それならデータを全員に送信します。念のためシミュレーションをしておいて下さい」

シエルが携帯端末を取り出した。

「うへぇ、また勉強することが増えた」

ぼやくロミオ先輩を横目に、ジュリウスが苦笑する。

 

「出発は明日1000、各自携行品および装備の確認を怠らないようにしておいてくれ。以上だ」

 

こうして……

一抹の不安を抱えたまま、神機兵護衛任務が始まろうとしていた。

 




B地点だけど神機兵はγ、シエルはC地点だけどβ 色々と調べてみましたが、位置関係とチーム分けはそんな感じでした。ブラッドにいじめはありません。
なお、グレム局長の見た目は4割増しで格好良くなっています。各々、強そうなグレム局長を想像してもらえれば良いかと。


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第21話 二つの兆候


「」が普通の会話文で、『』が無線越しの会話です。


神機兵へと搭乗する際、必要となるものは何だろうか。

この作戦が始まった時、興味から漠然と考えていたその問いに対する答えは、自身の身体をもって知ることになった。

「……パイロットスーツが欲しい」

そうつぶやいたのは三度、血を吐いての事である。

まず、この神機兵というやつはパイロットに対する配慮が全くされていない。

ゴッドイーターである私がこの様なのだ。一体どれほどの負荷が掛かっているのか、考えるだけでも恐ろしい。一般人が生身で乗れば、まず死は免れないだろう。

耐Gスーツは絶対に必要。私は神機兵パイロットの安全性向上に人生を懸けるつもりだ。

 

そんなくだらないことを考えつつ、振るわれた針を躱し、巨大な神機を叩き付ける。

 

それにしても、血濡れのブラッドとはずいぶんと身体を張った洒落だ。

一滴(ひとしずく)の笑いとハンマーで殴りつけられているかのような頭痛と、めまいその他諸々のおかげで気が遠くなる。

 

どうしてこんなことになったのか……

文句を言うなら誰にだろう、アラガミか、赤い雨か、それともやはり私自身にか。

 

~~

 

「ナツキ、その大荷物は何だ」

 

「不測の事態に備えたら、こうなりました」

「備え過ぎだ」

 

任務中に起こり得る不測の事態の数々、副隊長としてそれに対応しようとしたら、聖夜に赴かんとするサンタクロースのようになった。

半分に減らせと厳命されたので、こっそりブラッド全員の荷物に紛れ込ませておく。

 

「なあギル」

「何だ」

「リュックの底に小型のダンベルが敷き詰めてあったんだけど」

「もっと身体を鍛えろってことじゃないか?」

「え……そう、なのかな」

「信じるな馬鹿」

 

 

小型のダンベルをロープの一方の端に結びつけ、それを放り投げてくぼみに引っ掛けることにより、障害物を乗り越えることができる。

これは不屈の勇気をもってそびえたつ数多の障害を乗り越えてほしいという私の想いの結晶であり、どんなことがあっても負けないでというメッセージが……まあどうだっていいや。

「私のには乾パンが入ってたよ」

無邪気に言うナナ、ちなみに過去形だ。

「私のには予備のOアンプルが」

 

ジュリウスがこれ見よがしにため息をついたので、笑顔を返しておく。

 

かくして準備は整った。

1000(イチマルマルマル)をもって、神機兵護衛任務は正式に開始されたのである。

 

数時間の移動ののち予定通り三方に分かれ、神機兵運用試験の前準備を行う。

つまり索敵と掃討なのだが……

 

「露払い、にもなりゃしねえな」

そうつぶやくのはギル。

「だねぇ」

ナナも右手を目の上に当て、辺りを見回している。

どういうわけか、私たちの担当するB地点にはアラガミが一体も見当たらなかった。

「へへっ、俺たちにビビッて、逃げ出したんじゃねえの?」

直後に奇襲を受け、殺される一般兵士のようなたわごとを吐くのはロミオ先輩。

 

「直後に奇襲を受け、殺される一般兵士のようなたわごとを吐くのは控えてください」

「そう思ったとしても、口に出すなよ!?」

「ごめんなさい、下が氷なのでつい」

「滑ったのそれ口っ!」

 

「お馬鹿なこと言ってないで探せ」

 

ギルに言われ、再度金目のものを探す。ちっ、ハーブか。

 

そうこうしている間に、司令部よりジュリウスが交戦に入ったとの連絡があった。

基本、無線通信は一対一で行われるが、司令部を経由することによって複数人での通信が可能になる。

それにしてもジュリウスめ、

何が、『交戦(エンゲージ)に入る』だ……格好いいじゃないか全く。

 

『シエルです、こちらも敵を発見、小型が2、掃討します』

 

 

私たちも負けてはいられない。敵の姿が見えないのなら、先んじて神機兵の運用テストを開始するとしよう。

『こちらナツキ、司令部応答願います』

 

『は、はい、こちら司令部、クジョウソウヘイです』

声がこもっており、ひどく聞き取り辛い。恐らくマイクに近づき過ぎているのも原因の一つだろう。

 

『B地点付近に敵の姿は無し、いつでも始められます』

『りょ、了解。では、待機ポイントより神機兵γをそちらに向かわせます、到着まで今しばらくお待ちを……』

 

そこでノイズが入り、通信が途絶した。

「受けたまわりました……と」

ナナたちに索敵を続けるよう指示を出し、神機兵を乗せた装甲車の到着を待つ。

20分と待たずして神機兵は私たちの前に降り立った。

 

「すっごーい、ほんとに無人で動いてるよ!」

 

はしゃぎまわるナナ、時折くるくると回ったりする。可愛い。

 

「ジュリウスとシエルはこれ乗ったことあるんだよな、いいなあ、中どんなんだろう?」

 

「このマニュアルにパイロットルームの説明がありますよ、読みますか」

「へー、背部がこう開いて乗り込めるようになってんのか……ってなんでそんなもん持ってるんだよ!」

 

「レア博士に都合してもらいました」

「まめ、というか……」

「変な方向に真面目だな」

 

失礼なロミオ先輩とギルを放って、神機兵を眺める。

 

「……ちょっと乗ってみたいな」

 

 

 

ずしずしと歩く神機兵、その動きは油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく、頼りになるのかはわからない。しかし、この人形がブラッドと双璧をなす、極致化計画とやらの看板なのだ。せいぜい役に立ってくれ、というかラケル博士たちのためにも役に立ってもらわないと困る。

 

ジュリウスの担当する神機兵αとシエルの神機兵βも到着し、テストが始まる。動作確認から始まったそれは、やがて索敵行動にシフトしていった。私とロミオ先輩は神機兵γの両脇やや後方に陣取り、いつでも神機兵のフォローに入れるよう神機を構えつつ待機。ギルとナナは更に後方にて側面、背面からの奇襲に備える。また、想定外のアラガミの件もあるため、15分に一度は司令部と連絡をとり、各チームの状況確認も行っている。

 

肌寒い風が吹く中でのほのぼのとした散歩は、神機兵のセンサーがシユウを捉えたことにより終結した。

 

「うわっ」

巻き上げられた土埃に怯むロミオ先輩を残し、神機兵に続く。

 

猛然と自身に迫り来る巨体を見ては、流石にいつものように挑発する暇もなかったらしい。

神機兵の顔面めがけて放たれた火球を、ギルの銃撃が相殺する。

「ちっ、ただのでくの坊じゃねえか」

 

いやいや、無茶言いなさんな。

 

「ギル、援護は最低限で」

「ああ」

 

性能評価のため、私たちの手出しは無い方がいい。もちろん非常時は除くけれど。

 

 

神機兵が刀身を振り回す。シユウが回避する。反撃に掌底を喰らう。

体勢を崩されはするが、損傷を受けた様子はない。

「案外頑丈だな」

「まあ、中型の一撃で壊されるんじゃ、危なくてとても実戦には出せないよ」

「そりゃそうだ」

 

 

神機兵はなおも果敢に突進する。そのたびにはたかれ、殴られ、鋼鉄のような翼で散々に打ちのめされる。

それでもめげない神機兵。元気に立ち上がると、突然虚空に向かって拳を突き出す。

当然カウンターを喰らい、倒れ込む。そして再び立ち上がると刀身を大きく持ち上げ、勝利のポーズ。

……なんだか気の毒になってきた。

「ギル」

「なんだナツキ」

「あの子、勝てると思う?」

「いや、今のままではまず無……なんで泣いてるんだ」

「クジョウの馬鹿ぁ!! もっとましなプログラムを組めぇ!」

 

帰ったらラケル博士にプログラムを組んでもらおう。あれはいくらなんでもかわいそうだ。私は密かにそう決心した。

 

~~~

 

長時間における激闘の末、シユウはついに沈黙した。

 

「γ、頑張ったね」

表面がボロボロになり、至る所に泥を被った神機兵の左足部分を撫でてやる。この数十分の死闘は、まさに涙なくしては語れないものだった。みんなはあくびしたり動物の形した雲を探したり、中型アラガミを仕留めたりしていたけれど。

涙を袖でぬぐい、クジョウ博士と回線をつなげる。

 

『司令部、こちらナツキ、ミッションコンプリートです』

「いや、コンプリートしてないしてない」

ロミオ先輩に首を横に振られる。

 

『こちらナツキ、神機兵γがシユウを撃破しました』

今度はうんうんと頷かれた。

 

『よし、どんどんテストを続けましょう』

『鬼か!!』

 

『済みません、ノイズが酷く……何かおっしゃいましたか?』

 

『こちらギル、気にするな何でもない』

 

私が何か言う前に、ギルが代わりに返答した。

 

~~

 

「ん?」

 

雲を眺めていたナナの髪(セットではなく癖らしい)がぴょこんと動く。

 

「どうした?」

「あれってまさか……」

ナナの指さす先には、不気味な赤みを帯びた雲が棚引いていた。

 

 

「全員、防護服を着用せよ、テストは直ちに中止」

 

大声でそう告げ、再度司令部と通信を試みる。

『は、はいクジョ……』

『フランを出せ、一刻を争う』

クジョウ博士に構っている場合ではない。

 

『こちらフラン、非常事態ですね』

『うん、赤乱雲らしきものを発見した、至急確認をお願いしたい。それとジュリウス達にも連絡を』

『了解、偵察班、聞こえますか。至急確認をお願いしたいことが……』

フランの声が遠ざかり、司令部に混乱が広がっていくのがわかる。

私も防護服を着用しよう。

バックパックから折りたたまれた防護服を取り出し、袖を通す。顔面を覆うプロテクターは視界が悪くなるのでまだ装着しないでおく。

『ナツキさん、こちらでも赤乱雲を確認しました。現在急速に成長中。推定では25分足らずで雨が降り始めます。直ちに防護服を着用し、待機ポイントへ向かってください』

 

『ジュリウス達への連絡は?』

『ジュリウス隊長は神機兵αの損傷のため、運用試験を一時中断し、規定のポイントにて待機中です。シエルさんは現在交戦中、中型アラガミを討伐したのち、帰還ポイントへ向かうとのことです』

『神機兵γはどうしたらいい?』

『そちらも帰還させますが、神機兵は赤い雨の中でも活動可能ですので急ぐ必要はありません。それよりもブラッド隊の収容を優先させます』

 

『わかった、ありがとう』

 

念の為、回線をつなげたままにしてみんなを集める。

 

「これより待機ポイントへ向かう、全員周囲への警戒を怠るな」

 

防護服をしっかりと着こんだ3人が強く頷いた。

 

 

「……シエル」

 

3人と並んで走りながら、ここにいない少女のことを考える。

今は私たち4人が無事に避難するのが先決だ。もしもの時は待機ポイントから救援に向かえば良い。そう思いながらも、やはり足取りは重いままだった。

 

 

 

『司令部、こちらナツキ、待機ポイントへ到着』

『こちらフラン、了解』

『シエルは?』

『戦闘は先ほど終了、移動を開始する模様です』

 

大丈夫、心配ない。みんな無事にフライアに帰れる。

 

『いえ、待ってください、これは……』

『フラン?』

 

『赤い雨に引き寄せられるようにアラガミ反応が多数出現、どうやらB地点付近を目指している模様! シエルさんの現在地であるC地点は進行予測ルート上にあります!』

 

「やべぇじゃねえか」

「副隊長、すぐ助けに行こう」

 

元から落ち着かない様子だったロミオ先輩とギルが折りたたみ式の椅子から立ち上がる。

「うん……シエルちゃんを助け……ないと……」

 

同じように椅子から立ち上がろうとしたナナがふらりとよろめいた。

「ナナっ!」

「どうした」

 

倒れ込むナナをあわてて受け止め、もう一度椅子に座らせる。

 

 

「少し熱がある、ミッションエリアの気温が低かったせいかもな」

額に手のひらを当て、ギルがそう診断した。

「ベッドまで運ぼう。ロミオ先輩、手伝って」

「あ、ああ」

 

簡易ベッドに横たわったナナはぐったりしている。

 

「なあ……大丈夫だよな?」

「神機使いが風邪くらいでどうにかなりゃしねえよ」

そう答えるギルだったが、眉間にはしわが寄っている。

 

職員さんが温かいお茶と風邪薬を持ってきてくれたので、どちらも飲ませる。お茶で薬を飲むのは良くないと聞くが、今は仕方がない。

 

ナナが発熱したことを司令部へ報告し、プロテクター、ブーツ、ソックス、アームカバーなど出発の用意を進めながらジュリウス達の判断を待つ。

用意が終わるころ、通信が入った。

『ジュリウスだ、ナナの容体は?』

 

『少し熱があるだけで、歩いたりするのには問題ないみたい。ただ、戦闘はできそうにない』

 

『そうか……司令部の許可は得た。ロミオ、ナナに付き添ってフライアに帰還してくれ』

『オッケー、任せといて』

『ナツキとギルはシエルの救援を頼む。ポイント情報は先ほどそちらの端末へ送信した』

『了解』

『俺もすぐに駆けつける。赤い雨が降る前に何とかシエルと合流してくれ』

 

『隊長』

肯定の返事を返そうとしたその時、凛とした声が耳の中に響いた。

 

『既に赤い雨が降り始めました』

『馬鹿な、予想よりはるかに早い……』

ジュリウスが低く唸る。予測ではあと10分程度は猶予があったはずだ。

『併せて報告します。司令部によるとCからB地点にかけて小型、中型アラガミが大挙し、輸送部隊が動ける状況ではないとのことです』

 

『っ、一刻を争う。ナツキ、ギル、ただちに出発してくれ』

 

『いえ隊長、救援は不要です』

『何!?』

 

『不十分な装備での救援活動は、高確率で赤い雨の二次被害をもたらします』

 

黒蛛病、致死率100パーセントの不治の病。

 

『私一人のためにブラッド全員を危険にさらすことはできません』

こんな時でもシエルは冷静だ。

いや、こんな時だからこそ冷静であろうとしているのだろう。

 

『シエル、防護服は着てる?』

 

『え? はい。着用しています』

 

『どこか屋根のある場所は?』

『付近にはありません』

 

『なら、神機兵の中に入れない?』

 

『コックピットの中ですか……試してみます』

 

シエルが試している間、ギルと端末をのぞき込み、最短のルートを確認する。

 

『背部損傷のため、外部からはコックピットを開けないようです』

 

 

『クジョウ博士、遠隔操作はできないの?』

 

『それが……中枢にダメージを負ってしまったのか、ウンともスンとも。簡単な命令には反応するのですが』

 

神機を突き立てて無理やり開いたらどうだろう、そんな考えが浮かぶが、レア博士からの資料の中に暴走という項があったことを思い出し、即座に却下する。

赤い雨にアラガミの群れ、そのうえ神機兵が暴走までしたら手がつけられない。

 

 

『クジョウ博士、神機兵がシエルの傘となるように姿勢を変えられないだろうか』

ジュリウスが発言する。

 

『可能です』

 

『よし。シエルはその場で雨をしのぎつつ待機、救援を待て』

 

『しかし……危険です』

 

『なに、濡れなきゃいいだけだ』

 

ギルが笑って言う。

 

『すぐ行くから待ってて』

 

『ふっ……どうせ止めても聞くような奴らじゃない、か。 ナツキ、ギル気を付けろよ。全員で生きて帰るぞ』

 

『『了解』』

 

「行こう、ギル」

「ああ」

装甲車の後部ハッチを開き、慎重に外の様子をうかがう。こちらは未だ降っていないようだが、赤い雲の広がり具合から見て、時間の問題だろう。

 

『戦闘時に防護服が破損する可能性が高い、なるべく交戦を避けるように心がけろ』

 

開きっぱなしの回線から、ジュリウスの声が聞こえる。

 

私たちが着用している防護服に手袋、顔面を覆うプロテクターなど、赤い雨への対処法を編み出したのは、極東のサカキ博士だという。シエルの救助が上手くいったら、直接お礼を言わせてもらうことにしよう。

 

~~

 

『ナツキさん』

『フラン?』

 

最短ルートをひた走っていると、通信が入ってきた。

あと10分もしないうちにシエルの待機しているエリアまでアラガミがなだれ込むだろう、との報告。

『わかった、ありがとう』

 

このまま走り続けたとしても、到底間に合わない。

なら、どうすればいいか。

 

「ドジるなよ」

「ギルこそ気を付けて」

 

簡単な話だ。

道具を使えばいい。赤い雨にもアラガミにも対抗できるうってつけの道具がそこらに転がっているのだ。使わない手はない。

 

ギルと別れ、神機兵γのあるポイントまで全速力で走る。ぽつりぽつりと雨が降り始めたが、プロテクターと防護服のおかげでなんともない。

 

神機兵は赤い雨の中、まっすぐ前を見据えて立っていた。

 

微動だにしない神機兵の背部に回り、ハッチを開ける。

頭から飛び込むようにコックピットへ入り、内部のコンピューターを待機モードから通常モードへと移行させる。有人制御の場合、広義的にはパワードスーツの延長上のような形で開発が進められているため、操縦方法についてはさして心配いらない。とはいっても、流石に内部の人間が直接飛んだり跳ねたりするようにはできておらず、パイロットの動きを感じ取り、何倍かに増幅して反映させる方式を取っている……らしい。

わずかに濡れた防護服を素手で触ってしまわないように注意しつつ脱ぎ捨てると、首筋と両腕、両足の付け根、手のひらに動きを読み取るためのパッドを貼り付ける。動作精度を上げるためにもう何ヶ所か取り付けるべきなのだが、あいにく悠長にはしていられない。硬い背もたれにもたれかかり、伸縮性のあるベルトで体を固定する。

最後に神機兵のアイセンサーと視界を共有している妙に薄いゴーグルをかけ、ようやく準備が整った。

 

「神機兵、起動」

待ってて、シエル

片膝を上げ、一歩踏み出そうとして……

私は前のめりに倒れ込んだ。

 

「いっ……」

 

痛い、地味に痛い。昔テーブルの脚におもいっきり小指をぶつけた時の痛みを思い出す。

 

すぐさま立ち上がろうとして、今度は仰向けにひっくり返る。

 

「がっ」

 

何故? と聞くまでもない。私の動きが激しすぎるのだ。

急激すぎると言い換えてもいい。

早くしなければ、という焦りが余計な力みを生み、結果として立つことすらままならないとは、ずいぶん間抜けな話だ。

右腕の神機を杖代わりにして何とか立ち上がったは良いものの、走りでもしたら間違いなく転ぶだろう。

私と神機兵の動きにずれがあるのも問題だ。

コンマ数秒の差でしかないが、物凄い違和感がある。

いくら神機兵がある程度頑丈であるとはいえ、この状態ではアラガミとの戦闘はできる限り避けるべきだろう。

 

幾度も地面とキスをかわしながら少しずつ操作に慣れ、ようやく普通に歩けるようになったのはそれからたっぷり3分は経ってからだった。

 

「くそっ」

 

無駄に受け身を取るのが上手くなってしまった。

右へ左へふらつきながらも走り出す。

神機兵のポテンシャルはやはり大したもので、慣れれば軽々と車並みの速度を出すことができてしまう。ただし、文字通り一歩間違えれば大惨事である。

 

足に力を込めるたび、景色がどんどん後ろに流れていく。そして気分の方もどんどん悪くなっていく。

 

「吐きそう」

 

乗り心地は最悪、安全性は劣悪、性能は凶悪、それが神機兵シルブプレ。

 

というかこれって、止まるときパイロットに物凄い負荷がかかるのではないだろうか。

 

 

どうしよう……死ぬかもしれない。

誰かをかばったりして死ぬならともかく、神機兵が急に止まったために死にました、では末代までの恥である。

 

「回転して運動エネルギーを逃したらどうだろう」

 

~~

 

「シエル、助けに来たよ!」

 

「副たいちょ! ……う?」

 

「じぇのさいど・ぎあ!」

どこからかゴロゴロと転がってきた神機兵が、シユウを轢き殺す!

 

「…………」

 

もはや新手のアラガミである。

「却下だな……」

 

その時の私は結構のんきだった。

 

 

 

 

 



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第22話 直覚

シエル視点です。大分間が空いてしまったので、前話から読んでいただけると内容がわかりやすいかと思います。



血の雨が降る。

惨劇の場において、古来より極東にはそんな言葉が伝わっているらしい。

 

しかし、実際にそれを目の当たりにした人間はどれほどいるのだろうか。

 

 

 

私は神機兵の陰にうずくまっていた。呆れてしまうほど早鐘を打つ自分の鼓動を別にすれば、聴こえてくるのは雨音と、それに溶けるような呻り声だけ。

 

「すぐ行くから待ってて」

 

 

副隊長、彼女は不思議な人だ。

寡黙で表情はあまり見せず、一人の時は静かに本を読んでいる。

読書に夢中になるあまり食事を忘れたりすることもあるらしく、ギルにたしなめられていた。

だからといって常に一人というわけではなく、ナナやロミオの訓練に付き合ったり、ラケル先生の車椅子を押しながら庭園を散歩していたり、着ぐるみを着た人とジュースを飲んでいたりする。

 

あまり人と関わったことのない私には、彼女がどのような人間なのかわからない。

不思議と人を寄せ付ける人。

ただ、そう思う。

 

 

 

 

シエル。

 

そう私を呼ぶ声が聴こえた気がして顔を上げた。

 

「シエル、平気?」

 

ほんの少し眼を細めたいつもの微笑みがそこにある――

 

もちろんそんなことはなくて、見えるのは線状に降り注ぐ血の雨と、不気味に光る鉛色の巨体だった。

 

「……ボルグ・カムラン」

 

立ち上がり、アラガミに銃口を合わせる。

 

 

 

……撃てない。

凍り付いたように指先は動かず、かわりに歯がかちかちと音を立てる。

 

アラガミはゆっくりと近づいてくる。

心臓が狂ったように収縮し、必死で脳に酸素を送り込もうとしている。

 

べしゃん。

 

アラガミが水たまりを踏んだ音に私の身体は過剰に反応して、引き金にかかった指を夢中で動かした。

 

解き放たれた弾丸は銃口の指し示す方へまっすぐ飛んでいき、

 

……そして、エリアの端にある土壁にめり込んで止まった。

 

 

当然だ。だって私の腕はこんなに震えて……

 

 

 

 

 

 

 

地面が強く押し縮められ、鉄骨が軋むような鈍い音が響いた。

 

 

いつまでも訪れない衝撃。

 

恐る恐る開いた私の目に飛び込んだのは、降りしきる血に染まった神機兵。

ボルグカムランの巨大な尾針を頭上に掲げた神機で受け、押し留めていた。

 

「副隊長!?」

 

神機兵は私の呼びかけに答えるように、一度ちらりとこちらをうかがうと、両腕の関節部が上げる悲鳴にも構わず、針を押し戻した。

わずかに体勢を崩したアラガミに肉薄し、上段から大きく神機を振るう。

 

刀身は掲げられた盾の表面を削り、アラガミの首に浅く突き刺さる。

 

血が勢いよく噴き出し、刀身と神機兵を更に紅く染めた。

 

悲鳴と共に振るわれた盾腕は、神機を引き抜き、身を退いて躱す。

 

神機兵はベクトルを完全に無視した動きでアラガミに急接近すると、胴体部、脚部、腕部と無差別でありながらも効果的に攻撃を仕掛けていく。

 

アラガミはその動きに対応しきれず、時間が過ぎるにしたがって、どんどんと傷を増やしていった。

 

 

「……凄い」

 

速さの桁が違いすぎる。

 

私は目の前で行われる戦闘に目を奪われるばかりだった。

 

躱し、打つ。受け流し、斬る。受け止め、突き、抉る。

 

試験運用の時とは比較にならない。

体躯で劣る神機兵が大型アラガミを完全に圧倒している。

これが神機兵本来の実力であり、性能であり、可能性なのだ。

 

しかし……

 

 

間断なく攻撃を続けていた神機兵が突如として飛びのき、口元を拭う動作を取る。

 

 

「副隊長!」

 

 

神機兵は機を逃すまいとすかさず飛びかかるボルグカムランを軽くいなし、遠心力を使って逆に左盾を叩き割った。

そして刀身を素早く引き戻し、腰を屈めて突きの構えを取る。

 

 

「ブラッドアーツ!?」

 

数瞬の溜めののちに放たれた鋭い突きは、軌道上にあった右盾を腕ごと吹き飛ばし、アラガミの頭部に深々と突き刺さった。

 

断末魔の叫びが木霊する。

 

 

「なっ……」

 

直後、叩き割られたはずの左腕が鋭く動いた。真横からすくい上げるようにして、結合の崩れた盾を振るう。

 

止めを刺すため大きく踏み込んでいた神機兵は当然避けられない。

 

「ナツキさんっ!」

 

未だやまない雨音をかき消し、ぶちんっという嫌な音が耳に届いた。

 

ばしゃり、と神機兵の一部が血だまりに落下する。

 

 

 

 

驚異的な反応速度で上体をそらした神機兵は、致命的な一撃をなんとか避けることに成功した。

……しかし、唯一の攻撃手段である神機と右腕を失ってしまった。

 

後退し、距離を取ろうとする神機兵だったが、腕を失ったせいか全身が細かく痙攣を始め、やがて倒れ込んだ。

 

 

……左脚が機能を失っている。

残った左手と右脚で必死に体勢を立て直そうと試みているが結果は芳しくない。

 

アラガミは満身創痍ながらも未だ行動可能。

 

「どうすればっ」

 

援護をしなければと思うが、もう弾は無い。

神機をブレードフォームに変え、飛び出すべきか!?

 

私が一瞬迷った隙に、アラガミは行動を開始していた。

 

 

左しかない腕を前方に構え、突進の体勢を取る。

神機兵はまだ動けない。

 

……今から出ても、あの突進は止められない。

 

 

 

全てがスローモーションに感じられ、

 

「……あ」

 

 

時が、止まる。

 

 

 

私の中で、何かが弾けた。

 

 

 

頭に上っていた血が、すっと逆流する。

脳は冷え切り、

赤く染められた雨粒の一つ一つがはっきり見えるほど視界がクリアになり、

 

「任務、了解」

 

私の取るべき行動がはっきりと理解できた。

バックパックを引き裂き、底に詰められていた予備のOアンプルの容器を引きちぎり、一息で中身を飲み下す。

 

同時に片腕で神機を水平に構え、

 

「そこ」

 

引き金を引く。

 

制御に一切の問題は存在しない。吐き出された弾丸は秒速894・45メートルで飛び、本来ならば右盾のあった空間を通ってアラガミの口内に到達。即座に爆発する。

 

ぐらりと体勢を崩すアラガミ。

すかさずバランサーを調節した神機兵が右足のみで猛然と起き上がり、左腕を伸ばす。

 

目標はアラガミの頭部に突き刺さったままの神機。

 

もたれかかるようにして柄を握り、全重量を込めて斬り下ろす。

 

私はその間に発射角度を調整し、両断されつつあるアラガミからわずかに覗くコアを撃ち抜いた。

 

全ては一瞬の出来事。

 

断末魔の声も聞こえない。

 

「任務完了」

 

 

 

アラガミは静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

~~~~

 

 

神機で身体を支え、何度も崩れ落ちそうになりながら、神機兵は私の元までやってきた。

 

 

コックピットが音を立てて開く。

 

「シエル、平気!?」

 

ナツキさんは自身が血まみれだというのに、開口一番、そんなことを口走った。

 

「私より自分の心配をしてください」

 

あれだけ無茶な動きを連発していたというのに、彼女は肌着しか身に着けていない。

つまり、ショックを吸収してくれるようなものが何もなかったということだ。

 

「あー、私なら平気……」

 

「失礼します」

 

なおも何か言おうとしたナツキさんを遮り、体の状態を確認する。

 

無数の打ち身、それに伴う鬱血、いくつかの内臓器の損傷。

 

致命的ではないが、決して楽観視できるものではない。

直ちにフライアにて治療を行う必要がある。

 

「……回復錠です」

「あ、あのシエル?」

 

有無を言わせず口に押し込む。

 

「むぐっ」

 

「回復錠です」

 

「あ、あの……」

 

「回復錠です」

 

「……はい」

 

 

~~

 

 

手持ちの回復錠を全て使い切った後、私はナツキさんを問い詰めた。

 

「副隊長、あなたは自分がどんなに危険なことをしたか理解できていますか」

 

「えっと……」

 

「部隊員一人のために、指揮官が犠牲になってどうするんですか」

 

「あ、いや、それは……」

 

「副隊長は…………あなたは……本物の馬鹿です」

 

「泣かないで、シエル」

 

「……馬鹿です」

 

「うん」

 

 

「一歩間違えば……」

 

「死んで……」

 

「うん」

 

「死んでいたかもしれないんですよ」

 

「うん」

 

 

生返事。

 

 

「っ、本当に、自分が何をしていたのかわかって……」

 

 

 

「うん。いいよ」

 

血にまみれた彼女は、

 

 

「シエルのためなら」

 

そう、いつものように微笑んだ。

 

 




どの台詞から抱きついたかはご想像にお任せします。(投げやり)

どうしてこうなった、なんて聞かないでください。
何度書き直してもこうなるので仕方がなかったんです。

ああ、ラケルートを目指していたはずがシエルートに入ってしまう……
ギルートは没。エミールートも没。ハルートはガンダム。
エミール「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」


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