紺碧の艦これ-因果戦線- (くりむぞー)
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第0話 戦友との再会

アニメの艦隊これくしょん3話の万歳エディションで、出てきた高杉提督から一気に紺碧の艦隊にのめり込んでしまった上に、ついカッとなって書き上げてしまいました。

地道に書き上げていきたいと思います。


深く澄んだ青い空を駆けていく姿は、まるで自由を得た鳥のようだった。

 

――何処か懐かしい光景が過ぎては去り、傷をつけるが如く“私”の体に熱い何かを刻みつけていた。痛いはずであるのに、心地良く感じるのは何故だろうか……それは悪意を感じないからに他ならなかった。

 感じるのは直向な思いと苦悩であり、その根底には「二度とあのような悲劇を繰り返してはならない」という言葉が確かに存在していた。

 

 ……そうだ、“私”に刻まれているのは他でもない漢達の苦難とも言える日々の記憶だった。記憶の中にある彼らは軍人であったが、ただ与えられた命令に従い任務をこなすような軍人ではなかった。一人ひとりが共通の問題に対して分け隔てなく真剣に悩み、最善の選択をしようと取り組んでいたのだ。

 当初は何故、彼らがそこまでしているのか“私”にはわからなかった。だが、戦いを経験するうちに理解してしまった。

 

 

 ―――漢達は、「負けを経験している」のだと……

 

 

 その原理や理屈は知る由もないが、とてつもなく悲劇的な敗北を経験してしまったのだと“私”は深々と悟った。同時に敗北による被害を最小限に止めようとしていることも悟ってしまった。

 だから、全身全霊をかけて彼らに尽くした。幾度と無く傷ついても共に戦い続けた。頼れる仲間も沢山いた。故に辛くはなく、後悔もなかった。

 

 そして、時間は大きく流れ……ついに老兵となった“私”にも役目を終える時が来た。

 出来ることならばもっと活躍をしたかったが、やはり時代の波というものには流石に勝つことはできなかったようだ。この先の未来がどうなるのか気がかりでしょうがないのだが、老兵は黙って去りゆくのみという言葉もある。何時迄も存命では次の世代に迷惑をかけてしまうことだろう。よって、“私”はその生涯を終えることを受け入れた。

 ……きっと、漢達が作り上げた恒久平和の世界がずっとこの先も続くことを信じて。

 

 やがて、何かに吸い寄せられる感覚が“私”を襲った。……恐らくこの魂が、あの世とやらへと旅たとうとしているのだろう。特に抵抗することもなく“私”はその流れに身を任せた。

 ……はてさて、行き先は天国か地獄かどちらになるだろうか。そんな思いを胸に飛び立つと―――一条の光が“私”を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……慣れない未知の感覚が全身を支配している。眩い光が全身を包み込んだ後、複数の異常が私を一気に襲った。

 一体これは何だ。“私”は「倒れている」のか?……いや、それ以前にこの「冷たい」という感覚は何だ?自らが発しているようにも思えるこの「熱」は何だ?周辺を漂う鉄と油の「臭い」は何だ?どうしてこんなにも「苦しい」のだ?

 理解不能。わからない、何が起きているのかわからない。混乱が己の「頭」を駆け巡る。そんななか、「熱」を持った何かが私に「触れてきた」。

 

「―――ッ!?」

 

 いきなり触れられたことに驚き、小さく声が漏れる。それは明らかに自分から発せられた音……否、音ではなく声であった。まるで「人間」の声のようである。それも男ではなく女のような高い音だった。

 未だに自分の置かれている状況がわからないが、理解する必要性があると私は思考した。そうして、とりあえずは「視界」を何とかしなければならないと判断を下した。

 感覚を徐々に慣らしていき、「視界」を得るために力を注ぎこむ。すると、薄っすらと暗闇の世界がぼやけた色合いの世界へと変貌していき、力を全て出し切ると……そこには私の事を覗きこむ二人の少女の姿があった。一人は緑色の髪で左側で長い髪を縛っており、もう一人は水色の髪で肩までの長さを持ちつつ、活発そうな癖っ毛がついていた。・・・二人とも、上はセーラー服で下は何だろうか、水着なのか?

 

「――あっ、気が付きましたか?」

 

「あ、ああ……」

 

 疑問を他所に緑髪の少女が私に向けて話しかけてきた。反射的に返事をするも、こうして会話が出来ている事が驚きである。―――何故なら、私は喋ることすら出来ない存在だったはずなのだから。もっと、はっきり言えば私は“兵器”だった。……そう、生物ではない物言わぬ鉄の塊だったはずなのだ。

 けれども、こうして自らの意志で少女と問いに対して反応が出来ているということは、つまり、生物となっているということなのだろうか。恐らくは人間に近い存在になっているのだと、段々と落ち着いてきた頭が状況を少しばかり整理した上で仮定した。ならば、話し合いによる意思疎通は可能、一先ず現状把握が最優先事項である。そこで身を軽く起こしてみて一つ問いかけてみた。

 

「……ここは一体?」

 

「えーっと、ここは建造ドックですね」

 

 建造……ドックだと?……いやいや、建造ドックっていうのはもっとこう大きくて、ゴチャゴチャしているはずなんだが、何を言っているんだろうか。どう考えても狭すぎてドックとは言いがたく、まるで小さな工場の作業場だ。

 冗談を言うならもっとマシなことを言えと思わず口を開きかける。しかし、自らが横たわっていた場所をよく観察してみてから気付いた。小さな玩具のようなクレーンが私を見下ろすようにして設置されていたのである。配置からしてまるで、私をあたかも建造したかのように感じさせる。だとしたら何なんだ、この少女達が私を建造したことになるのか?……一体何者なんだ?

 警戒した視線を向けつつも再度質問をぶつけた。

 

「……では、君たちは一体誰なんだ?」

 

「……あっ、はい!私は特潜の伊601の富嶽号と言います!こっちが、伊501の水神号です。お見知り置きを」

 

 

 特潜伊601に、伊501……聞き覚えのあるような気がする。いや、気がするのではない……一度この目で目にしたことがあるはずだ。そもそも、潜水艦といえば……まさか―――

 

「X艦隊―――紺碧艦隊か君達は!?」

 

「それは機密故に申し上げることは出来ません―――と言いたいところですけど、まあそうっすね」

 

 水色の、伊501だと紹介された少女はそう肯定するとニカッと笑みを浮かべた。

 ……そもそも、紺碧艦隊とはなんぞやという話であるが、簡潔に述べるのならば日本海軍が誇る秘匿潜水艦隊である。X艦隊とも呼ばれ、得体の知れない潜水艦隊として特に恐れられていたと記憶している。味方である日本海軍内でも最重要機密として扱われ、目撃したとしても記憶から忘却しろと徹底されたりしていた。

 そんな部隊に属していた潜水艦が、目の前にいる少女達の姿になっていることに驚きを隠せないが、それよりも気になるのは私自身の今の姿であった。

 起き上がりつつ、 鏡がないか無理を承知で尋ねてみると、前もって準備していたかのように全身を見ることが可能な大きな鏡が目の前に設置された。すぐさま、かじり付くようにして私はその前に立ち、まじまじと覗き込んだ。

 

「えっ……」

 

 ―――そこには、黒髪をほんの少し脱色したぐらいの濃さの灰色……言い換えるならば鼠色というべき髪色をした高身長の少女が、右側だけ異様に髪を伸ばした上で三つ編みにしてまとめていた。その先には濃い緑のリボンが付いており、ちょっとしたお洒落になっていた。

 次に、服装を見てみると、弓道着とも巫女服とも見て取れる服が一番に目に入った。色は黒一色であり、左肩から胸にかけて変わった胸当てが付けられていた。光のあたり具合から黒に近い紫であり、ちょうど胸がある部分に菊の紋章が刻まれているのが目についた。

 また、下の服装はリボンよりも更に濃い緑色をした袴であり、太ももの半分ほどの長さしかなかった。更にその下には、少し肌を露出させた後にすっぽりと脚を覆い尽くすある種の鎧にも似たものが装着されていた。

 

「これが、私……」

 

「まあ、最初は違和感覚えるでしょうけれど、すぐに慣れますって。私達もそうでしたし」

 

「では、君達もこの建造ドックで目覚めたのか……?」

 

「……あー、いえ、実を言うと違うんですよね~。気がついたら海に浮かんでいたというか漂っていたというか何というか……」

 

 とにかく気がつけば海のど真ん中にいたということらしい。幸いにも同類がすぐ近くで同じ目にあっていたらしいので、協力して最寄りの島へと避難したということだ。ということは、ここは島であり、その島に建設された建造ドックということだろうか。

 

「ちなみに、今はちょっと出かけていますけど、伊502の快竜ちゃん、伊503の爽海ちゃん、伊701の乙姫ちゃん、伊3001の亀天さんもいますよ」

 

「……なるほど」

 

 その後も情報交換をしていく中で、段々と私がここにいる経緯が鮮明になっていった。

 順を追って説明していくと、つまりはこういうことである。伊601を始めとしたかつての紺碧艦隊の面々は気が付けば同じ海を漂っていた。私と同じように混乱はしたが、流石は旗艦を務めた伊601と伊3001であり、瞬時に近くの島へと避難することを提案し、そこで具体的な話をしようということになったという。そして、一通り安全を確保し、自分達以外に島にはいないことを理解すると、食料確保や島の探索など役割を決めてサバイバル生活をしていく運びになった。

 それから暫くして、サバイバル生活に慣れてきた頃、事態は急変した。自分達以外の存在、しかも外敵が確認されたのである。 危険を承知で情報収集に乗り出してみると、それらは『深海棲艦』と呼ばれる存在であり、制海権をほぼ手中に収めている危険極まりない連中だということがわかった。人間は奮戦したようだが刃が立たず、自国を守ることに精一杯であるらしい。もっとも、そのまもりが崩れ去るのも時間の問題なのだとか。この時点で、かつて大戦で駆け抜けた世界の海ではないことが明らかとなったという。

 そこで、紺碧艦隊の彼女達は自警団なるものを結成し、戦う術を磨くことに着手した。

 

「しかし、一概に戦うと言っても武器はどうしたんだ。話を聞く限りでは通常の兵器は通用しないということだが」

 

「それは、妖精さんたちのお陰っすよ」

 

「妖精、……さん?」

 

 何でも自警団を結成した直後に接触してきた小さな生物らしい。試しにどのような姿をしているのか聞くと、近くにいたという妖精を伊501が呼び寄せ、掌へと乗せこちらに見せた。確かに小さく、それでいて可愛らしいが、見かけによらず何処か頼もしいさを感じさせた。

 

「妖精さんたちのお陰で、魚雷みたいな装備や簡単な施設が作れるようになったんです。この建造ドックもその一つです」

 

「大体分かった。妖精さんによって作られた建造ドックで、こうして私が目覚めたということは―――私は『建造された』のか」

 

 あの吸い寄せられるような感覚は呼び寄せられている感覚だったということか。何となくだが読めてきた。

 

「はい、その通りです。妖精さんに指定されて集めた資源を投入した結果、貴女が『建造されました』」

 

「……深海棲艦に対抗するためか」

 

 コクリと彼女達は頷いて言った。どうやらこの世の中には、無敵の強さを誇っていた彼女達だけでは対抗しきれない敵が連中にはいるようだ。懸命な判断だ、この状況での戦力増強は正しいと言える。もっとも、私だけでは不十分であるが、そんなものは今後どうにでもなるだろう。

 

「―――では、君達は私に何を求める?」

 

「貴女には……我々、紺碧艦隊の指揮をお願いしたい」

 

「……理由を聞こうか」

 

 私としては引き続き、伊601や伊3001の指揮の下、行動することもアリだと考えていたのだが、そういうわけにも行かないらしい。ようは、対外的な問題があるようだ。

 現状は自給自足の立場であるとはいえ、将来的にはこの世界の海軍に接触し満足の行く補給が受けれるようにすることを彼女達は計画していた。

 しかし、その為には交渉役が必要になる。容姿的には伊3001は条件を満たしているそうだが、紺碧艦隊としては貴重な戦力を削いでしまうリスクがある。よって、『潜水艦』ではない容姿的にクリアしている私を表向きの指揮官として据えたいということだ。

 

「『貴女』だからこそ、お願いしています」

 

「……わかった、いいだろう。期待に添えるように心がけるとしよう」

 

 友好の印として手を差し伸ばし、二人と固く握手を私は交わした。

 そして、姿勢を正し敬礼を行い、力強い声で名乗り挙げた。

 

 

 

 

 

「戦略空母、建御雷(たけみかづち)。これより、艦隊の指揮を執る――――宜しく頼む」

 

「「よろしくお願いします!!」」

 

 

 

 

 こうして、とある孤島に空母が潜水艦隊の指揮を執るという奇妙な部隊が設立された。

 時は、皇紀2673年……平正(へいせい)という元号を持つ世界の25年目の1月のことであった。




頑張って続きを書きたいです。


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第1話 明日への取り舵

前話の感想とお気に入り登録ありがとうございます。励みになります。




 

「―――思った以上に戦況は良くないようだな……」

 

 紺碧艦隊の指揮を執ることを受け入れた後、私は衣食住を行うには十分すぎるほどの広さを持った丸太小屋へと案内され、伊601達によってまとめられた資料に早速目を通していた。

 そこには、これまで人類が深海棲艦に対して挑んだ戦いの記録が記されているだけではなく、それ以前の人類史について事細かく書かれていた。

 資料によれば、この私達にとっての“後世世界”では第二次世界大戦は行われておらず、激戦を繰り広げたはずの「かの国」はこの世界においては卓越した技術力を持った国として受け入れられていることがわかった。

 また、経済大国である米国はこの世界においても世界のリーダーとして君臨しているようである。

 原爆を開発してはいないかと気がかりであったが、この世界では原子炉のみが開発されており、兵器への転用は行われていないようだった。それどころか完成された技術を世界中にバラ撒いていたようだ。……その事はまあいいとして、問題は深海棲艦との交戦記録だ。

 

「第一次深海大戦……既存兵器が全く通用せず軍は複数の拠点を失い、鎖国状態へ陥ったか」

 

 戦死者は累計したら数えきれないほど出ており、事実上の歴史的大敗だったとの記述がある。各国が所有していた拠点は占拠され、住まいを置いていた住民達は命からがら逃げたという。逃げ遅れた者も、当然というのは悪い言い方だが出てしまったようだ。

 それが、10年前の出来事だということはにわかには信じがたいことであが、事実は事実として受け止めなければならない。

 

「第二次深海大戦……複数の仮説を検証しながら戦ったのか、こちらもかなりの激戦だな」

 

 ある専門家は深海棲艦が人体実験によって生み出されたと唱え、ある専門家は海洋生物が独自の発展を遂げた存在だと唱え、ある専門家は怨霊や魔物などオカルトの類であると唱えた。

 その他様々な仮説が唱えられ議論が交わされたが、結論は戦いの中で奇しくも下された。最終的に有効である可能性が高いと決定づけられたのは、怨霊や魔物などのオカルト説であった。

 調べによれば、作戦に参加していた一部の霊能力者達が深海棲艦による攻撃から乗艦していた艦を守るだけでなく、逆に退かせたという証言があるからだとか。些か胡散臭い気もしたが、その後の度重なる検証によって、実際に効果があることが証明され鎮守府などの重要拠点は強力な結界によって護られる形となったという。また、この時点で深海棲艦の各個体に正式に名が付けられ、下位から順番に駆逐艦クラスはイロハ、軽巡クラスはホヘトというように呼称されるようになったという。

 しかし、所詮結界はその場しのぎに過ぎないだろう。いつ本土への侵入を許してしまうかは時間の問題だ。

 

「能力者も無限ではない、数は限られる……力量さえもバラバラ、このままでは不味いな」

 

 能力を持つもの全てが類まれな才能を持っている優秀な人間であるわけがない。なかには、微弱な力しか扱えない存在もいることだろう。つまり、軍は現状では少数精鋭で規模が未知数である深海棲艦を相手しなければならないというわけだ。

 何とも無謀で現実的ではない話である。コストも掛かり過ぎるだけでなく、まるで特攻と変わりないではないか。

 そうさせないためにも、『我々のような存在』が代わりに戦わなければなるまい。

 

「空母1隻に、潜水艦6隻……あらゆる戦況に対応するためにも駆逐艦や巡洋艦クラス、それに戦艦の配備が早急に必要だな」

 

 装備も整える必要性があることを考えると問題は山積みである。敵には空母クラスがいると報告書には書かれていることから、艦載機の開発は急務である。夜間飛行訓練についても検討しなければならないだろう。また、対空火器も揃えていかなければならない。

 私の装備は最終点検が済み次第扱えるとのことだが、武器として用いるのは和弓ではなく洋弓であるとのことだ。具体的な違いは知らんが似たようなものだろう。……艦載機を飛ばすのに弓矢を使うとは変な話であるが、なるようになるしかないか。

 何はともあれ、如何せん初めてのことばかりである。仮にも指揮をする立場であるのだから、一刻も早く自らの練度を高めなければなるまい。

 

「装備開発、戦力の拡大、練度の向上、いずれを行うにせよこの島を大々的に開拓しなければな」

 

 手当たり次第確認したせいか散乱してしまった資料を元の位置へと戻し、私は一人長椅子に腰を掛けた。

 そして、程なくして足音が聞こえてくる。横目に誰が来たのかを確認すると、伊601がひょっこり顔を出した。髪が濡れている……潜りにでも行ってきたか。

 

「……報告書は読ませてもらったよ。やはり、伊達や酔狂で紺碧艦隊を名乗っているわけではないのだな」

 

「えへへ、お褒めに預かり光栄です。苦労して情報収集した甲斐がありましたよ」

 

 本日の夕飯に使う為に捕ってきたという魚介類をテーブルの上に置き、彼女ははにかんだ。

 

「―――だが、どうも引っかかるのは深海棲艦の正体が何であるかについてだ」

 

 オカルト的存在だということは嫌でもよくわかったが、だとしても何故艦艇を一部を模したような姿をしているのだろうか。何のために、人類に対し侵略戦争を仕掛けているのか私にはまるでわからない。

 

「……深海棲艦が国家であり意思疎通が可能であるならば、もっと戦略がたてやすいのだがな」

 

「せめて、目的の一つや二つ聞き出すことができたらいいんですけどねぇ……過去に人類が意思疎通が出来るかどうかあらゆる言語、法則を用いて調べたそうですが見向きもされなかったようです」

 

「では、独自の言語を持っている可能性が……?その解読から始めなければならない可能性があるということか」

 

 連中は所謂本能に従って侵略を行うのか、もしくは考えを持って行動しているのかをいずれ調査必要があるだろう。加えて、何かが生まれるには必ず理由があるはずだ。深海棲艦という存在が生まれた理由を必ず突き止めなければならない。どこかに発生源があるというのならばその場所の封鎖作戦を行わなければ……

 

「――――深海棲艦が特に集中して展開している海域は何処だ?」

 

「日本本土近海、南西、北方、西方、南方、我々がいる中部とどの海域も連中の支配下にありますが、特に攻略が困難であるのがこの2つの海域です」

 

 日本を中心として海域名が記載された地図を伊601は取り出すと、なぞるようにして北方と南方海域を指した。……そうか、ここは中部海域に位置していたのか。

 マーシャル諸島で最も東に位置するラタク諸島、そのまた北部に位置する島がこの島だということを私は今初めて知った。彼女曰く、前の世界での彼女らの秘密基地と瓜二つであることから、『紺碧島』と呼ぶことにしているのだとか。

 

「北方は深海棲艦のなかでも上位種であるとされるフラグシップ……旗艦並みの個体が複数確認されている海域です。戦艦のみならず駆逐艦や巡洋艦クラスにもフラグシップ個体、ワンランク下のエリート個体が多く容易には攻略ができません」

 

「では、南方は……」

 

「南方は詳細なデータは少ないですが、フラグシップ個体を超える上位種が構えているようです。また、南方海域には鉄底海峡というものが存在しており、魔の海域と称されています」

 

 鉄底海峡……鉄が水底に沈む海域か、不吉だな。しかも、南下すれば目と鼻の先のようなものではないか……が、深海棲艦の発生源としては有力な候補ではある。秘密に迫ることが出来れば、得られた情報は交渉材料にも成り得る。

 

「……これらの海域を攻略出来るだけの艦隊を編成せねばならん」

 

「幸いにも資源は依然として豊富にあります。もしよろしければ、建御雷さんの艤装が完成後に妖精さん達に建造をお願いしますがどうしますか?」

 

「そうだな、今は数を揃えよう。……まずは、戦艦・空母クラスが最低でも2隻、護衛の駆逐艦が数隻は是非ともいてほしいものだ」

 

「わかりました。ここの妖精さん達は優秀ですから、きっとご希望に添える人を連れてきてくれますよ」

 

 だといいのだがな、と答えて椅子から立ち上がる。

 その後、艤装の調整が完了したという報が入り、建造ドックに隣接して設けられている開発工廠へと私は赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、出かけていたという伊601、501以外の面々のうち、建御雷のように対外的な交渉役としての条件を満たしていたという伊3001は紺碧島を一人離れ、幾度となく深海棲艦に遭遇しないよう迂回を繰り返しながらもある場所へと辿り着いていた。―――それは他でもない、日本の地であった。

 建御雷が建造されることが判明した直後に彼女は、指揮を委任する前の最後の仕事ととして日本海軍の最新の動向を探るべく、亀天号改め『亀田 天音(かめだ あまね)』という人間に扮し、社会に紛れて情報収集を行っていた。艶やかな黒髪に蒼のデニムジャケット、灰色のジーンズという服装は育ちの良い活発そうな女性を思わせていた。また、手にはバスケットを携えている。

 そして、今回彼女が向かった先は、周辺に造船所と巨大な病院を構えている第一海軍区、【横須賀鎮守府】である。許可書を発行してもらい、いざ入ろうとするのは鎮守府庁舎――――ではなく、海軍病院の方であった。

 受付で手短に面会の申請手続きを済ますと、階段を上がり奥に位置する個室のドアをノックした。

 

「―――亀田です、時間通りに来ました」

 

『……入りたまえ』

 

 すぐに返事が返され、入室が許可された。

 すると、そこには車いすに座りながら珈琲の入ったカップを片手にくつろいでいる、初老の眼鏡をかけた男性が居た。この男性―――菊池は、隣接する鎮守府において大将の地位に就いているのだが、最近になって足を複雑骨折してしまったらしく、治るまで入院生活を余儀なくされていた。

 

「……お加減はいかがですか?」

 

「うむ……上々といったところだな。回復も早く経過は良好とのことだ」

 

「それは良かったですね」

 

 心からホッと安心したような表情を見せた天音は、手に持っていたバスケットをベット横に置き、中身を取り出して綺麗に配置した。

 

「……ほう、パイナップルにパッションフルーツ、それにバナナか。遠路遥々持ってくるのに苦労しただろう」

 

「そこは保存と運搬方法に工夫を凝らして何とかしましたよ。皆が協力してくれたおかげです」

 

「そうか、後でいただくとしよう」

 

 菊池は満足気に頷いて微笑んだ。

 ……実は、彼との出会いというのは初めて日本へ赴いた時の彼女にとって予想外の偶然であり、奇跡的な出来事であった。というのも、いざ上陸を果たそうとしていたところを目撃されてしまったのだ。

 警告を無視して海に出ていた民間人としてその場は誤魔化すことも出来たはずなのだが、何処の出身だと物凄い剣幕で怒鳴られた結果、彼女はうっかりマーシャル諸島から来たことを漏らしてしまったのである。それだけでなく、一緒にくっついて来ていた妖精の姿も見られてしまったことから、余計にややこしくなってしまい、彼とは奇妙な関係が成立した。

 そこから協力関係を築き上げられたのは、半ば自棄になった彼女が懇切丁寧に事情を説明した賜物であるが、一歩間違えば今頃彼女はどのようになっていたことやら。精神病院にでも入れられていたかもしれない。

 ……それはさておき、彼は穏やかな表情をガラリと変化させ、先程とは打って変わって真剣な眼差しを見せていた。

 そして、天音に対し座るように促すと、彼は身を乗り出すようにして彼女に囁いた。

 

 

 

「―――『例の件』だが、君の睨んだ通りの結果となったようだ」

 

「……やはり、ですか」

 

 

 

 例の件というのは、伊3001達のような存在が紺碧島周辺以外でも現れるのではないかという話である。

 彼女がそのような考えに至ったのには、紺碧艦隊の面々が建造されたわけでもなく、気がついたら海に放り出されていたことが密接に関わっていた。

 

(深海棲艦によって世界が滅ぶ一歩手前というタイミングに、狙ったように私達がこの世界に呼び寄せられた……あまりにも出来過ぎている気がします)

 

 何故自分達なのか、何故自分達が人の形をしてこの世界にやってくることになったのか、彼女は知る由もなかった。しかし、深海棲艦に対抗できるのが自分達であるのも事実であり、自然と頼られる立場になって満更でもないというのもまた事実であると天音は自覚はしていた。

 

「友人曰く、存在が確認されたのは7名という話だ」

 

「……っ! 同時に7名もの存在が発見されたということですか?」

 

「いや、内5名はまとまって発見されたが、残りの2名は5名の暫定の処遇が決定した後に名乗り出てたらしくてな……」

 

 つまり、気づかない間に海軍の内部に彼女の同類が入り込んでいたということである。今までよく隠し通せていたものだと2人は苦笑したが、顔は全く笑ってはいなかった。

 

「艦種は判明しているのですか?」

 

「ああ、最初の5名は皆、『駆逐艦』であると名乗ったそうだ。確か、名前は……吹雪、叢雲、漣、五月雨、電だったか。吹雪と叢雲は吹雪型、漣は綾波型、電は暁型、五月雨は白露型と聞いた」

 

「他は……?」

 

「残りの2名は大淀が『軽巡洋艦』で大淀型、明石が『工作艦』で明石型らしい」

 

「………」

 

 知っている名と知らない名があると、天音の顔は物語っていた。

 彼女の中に新たな疑問が生まれたのだ。存在が確認されたという7名は、本当に『同類』なのかという疑問が。

 

「……君達にとっては喜ばしい話だと思って期待していたのだがな、当てが外れたか」

 

「いえ、『似たような存在』が確認されたとの報告が聞けただけでも結構です」

 

「……表情が硬いな」

 

 溜息混じりに彼はそう言うと、珈琲を軽く啜り7名の今後について話し始めた。

 

「『保護した少女達』が所有していた装備は、深海棲艦に対して有効であることが確認された。しかし、到底人間が扱えるようなものではなく、完全に彼女達専用の物とのことだ」

 

「では、海軍は『件の少女達』を深海棲艦に対抗しうる戦力としてみなすのですか?」

 

「そこは慎重に考えるとのことだ。如何に対抗しうる力を持っていたとしても、我々としては年若い少女と何ら変わりない姿の少女達を戦わせることに抵抗がある」

 

 無論、君達にも言えることだと彼は付け加えた。

 

「……事情は把握しました。では、海軍が動くのにはまだ時間がかかると見てよろしいですね」

 

「すまないがそういう事になる。仮に少女達に戦ってもらうことになったとしてもだ、施設の大々的な改装工事に時間を要することになるだろう」

 

「法の整備も必要になりますしね」

 

「……うむ、少女達の海軍における立場や権利、生活保障などしっかり検討しなければならないな」

 

 下手に少女達への対応を見誤れば、世論さえも敵にしてしまう危険性を菊池大将は理解していた。

 だからこそ、天音はこう答えた。

 

「率直な意見として私は、件の少女達を人類に友好的なゲストとして扱うことを強く進言します。戦う意志を見せるのならばその支援を海軍をは行うべきでしょう。また、少女達の中には深海棲艦と戦うことを拒否する者もいるかもしれません……その場合は、意志を尊重した上で裏方に回ってもらうなど一考していただきたい」

 

 無理に戦わせることで、少女らがメディアに事を密告するなどして反旗を翻せば、海軍いや人類は深海棲艦を相手するどころではなくなってしまう。それを未然に防ぐための注意の一言だった。

 

「―――わかった、肝に銘じよう」

 

「……くれぐれもよろしくお願い致します」

 

 そうして、天音は帝国海軍内の新たな動きが落ち着きを見せるまでの間、紺碧艦隊を一時的に本土近海防衛の任に就かせることを約束した。

 さらに、今後は秘匿潜水艦隊として行動することと、これまでのようなやりとりは後任に引き継いでもらう予定であることを伝えた。

 

 

 

 

「―――ちなみに、その後任の者の名は何という?」

 

「後任者の名は――――そうですね、雷の神もしくは剣の神だとでも言っておきましょうか」

 

 

 

 

 そう菊池に答えると彼女は踵を返して病室を後にし、『亀田 天音』から紺碧艦隊の伊号潜水艦、伊3001亀天号へと戻っていった。




よく考えたらこの物語、6-2から1-1とか5-3を攻略しようっていう事になってて困惑。


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第2話 結成、月虹艦隊!

やったね、建御雷ちゃん!仲間が増えるよ!(ry


 ……私が紺碧島にて伊601達によって建造されてから、早くも一週間の時が流れた。

 戦力の拡充による紺碧島の防衛力強化を第一目標に、紺碧島の洞窟内の工廠では今日に至るまでの日夜連続して建造が行われ続けた。

 その結果、戦艦が3隻、駆逐艦が4隻と計7隻が新たに指揮下に加わったわけであるが、自分以外の空母が建造されなかったことに対し、少しの悲しみと寂しさを覚えた。

 

「建御名方が来てくれれば心強かったのだがな………いいや、贅沢は言ってられんか」

 

 姉妹艦という最も信頼の置ける存在を側においておきたい、そんな私情よりも優先すべきことがあるのだ。

 首を振って邪念ともいうべき迷いを祓うと、私は開発ドックへ預けていた己の装備……艤装を装着し、島の中央に存在する巨大カルデラ湖―――太陽湖ではなく月湖の辺りへと向かった。

 そこでは既に、駆逐艦――――秋月型の子達の回避運動と対空射撃の訓練が行われており、朱色の長髪をうなじの所で縛っているのが特徴的な夏月が先頭に立って指揮をしていた。傍らにはメタリックレッドに塗装された砲身のある大きな艤装と右腕に装着された射出用カタパルトを持った長身の2人の少女らの姿もあり、艦載機を飛ばして指示を与えているようだった。

 

「―――訓練機2番に撃墜判定ッ! 3番、4番はもっと動いてみせなさい!」

 

「皆ッ、あたしが惹きつけるわッ! 各員、散開しつつ対空戦闘よぉぉぉい!!!」

 

「「「ヨーソロー!」」」

 

 連携の具合は上々のようであり、艦載機の素早い動きに対し柔軟に駆逐艦達は対応していた。

 暫くの間、訓練を邪魔をしないように遠く見つめながら私は洋弓――リカーブボウと呼ばれる、土台となる部分と弓のしなる部分が別々の部品によって構成されたタイプの弓を構え、『閃電改』を始めとした艦載機を飛ばし、電子偵察機『金鳶』との連携を確かめた。

 そうした後、腰から伸びているアングルド・デッキ状の飛行甲板の艤装に妖精さんを乗せた艦載機を着艦させていると、金と黒が入り混じっている変わった髪を持つ少女が、訓練の手を止めてこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「―――Oh~、タケミーも訓練デスカー?」

 

「まあ、そんなところだな………あと、タケミーと言うなと言っているだろうが」

 

 

 ……彼女の名は、「米利蘭土(メリーランド)」。

 元々は、アメリカ太平洋艦隊が擁していた超弩級戦艦メリーランドであり、第二次世界大戦が始まった当初は敵国の艦艇であった。しかし、照和16年12月8日のハワイカウアイ海峡における海戦において、彼女は彼女自身を含めた『ウエストバージニア』、『カリフォルニア』、『テネシー』、『ペンシルベニア』、『ネバダ』の計6隻ごと日本海軍に鹵獲されることになった。

 その後、日本流の運用法に合致する改装処置を行うかはた又は費用軽減のためにスクラップにするかなどが検討されたが、結果的に新兵器及び新構想の実験艦としてこれまでの常識を覆す改装を受けた後、「紅玉艦隊」として川崎弘司令長官の指揮の下運用され、ロスアラモスの原爆研究所の破壊など大々的な作戦に参加していた。

 大戦後半にかの国のUボート群によって戦力を大きく削がれた関係で、私を旗艦に据えた高杉英作司令長官の第一連合航空機動艦隊に編入され行動を共にしたわけだが、老朽化故に23年には同型艦の他2隻と共に退役してしまった。だが、まさかこんな形で再会することになろうとは思いもしなかった。

 

「イーじゃないデスカー! こうしてボディを得て語り合えているんデースから、もっと会話を楽しみまショウ!」

 

「……はいはい、わかったから頬を擦り寄せようとするな、抱きつこうとするな、髪を撫でるなッ!!!」

 

 ……まあ、自由過ぎる性格が難点ではあるが、仲間としては心強いことこの上なかった。

 同じように彼女と共に建造された、藍色のカッターシャツと濃い赤地に黒縁の儀礼用軍服というお揃いの服装の、手音使(テネシー)もまた同様に頼もしい限りであった。

 落ち着いた物腰で、駆逐艦達の訓練の面倒を見ているのを眺める限りでは指導力があり、よく出来た妹だと思う。……姉と違ってな。

 

「何か……とてもシツレーな事を考えられていたような気がシマス……」

 

「はっはっはっ、気のせいだろ」

 

 ジト目で睨んでくる米利蘭土、通称メリーを軽くあしらいつつ私は、視線を再度手音使の方へと向け、なかなか撃墜されずにいる艦上爆撃機、爆龍へと移した。

 爆龍は、重要施設を大型誘導弾を用いてピンポイントで攻撃することが可能である機体として名高いが、優秀な性能を持つが故に幾つかの負担を抱えていた。

 その一つとして、航空母艦での離着艦が不可能であることが挙げられる。もっともこれは、作戦行動範囲内に基地を設ければ解消可能であるが、存在しない場合は使い捨てるという選択しか存在しない。

 もう一つは、搭載出来る数が限られていることである。各艦共に爆龍は2機しか搭載することが出来ず、その後継機たる鮫龍(こうりゅう)に至っては1機のみという少なさだ。使いどころを間違えば途端に彼女達は、航空戦力を持った戦艦ではなくなるわけである。

 されど、爆龍が失われようとも彼女達は重要施設への攻撃手段を完全に失うわけではあらず、条件は限定されるもまだまだ戦えた。

 

「『ン式弾』―――この世界においても、きっと使わなければならない時が来るだろうな……」

 

「ンー、シンカイセイカンを施設ごとデストロイするということデスカー?」

 

「まあ、それもあるが……」

 

 『ン式弾』とは、米利蘭土型の航空戦艦に主に沿岸攻撃用として搭載された艦対地ミサイルの事であった。射程は150km以上を誇り、遠く離れた海上から容易に敵母港などへ向けて攻撃を加え、戦力を大きく削ぐ事が出来る優れた兵装である。

 この世界においては、恐らくかつて人類が所有していた施設を占拠しているであろう深海棲艦に向けて遺憾なく効果を発揮するだろうが、私の中では別の用途があるのではないかという考えがあった。

 

「深海棲艦は施設を占拠した後、何もしないまま居座り続けるようには思えなくてな……」

 

「ということは、クレイジーな改造をして都合の良いように~……って―――ノーウェイ!?」

 

 同じ考えに至ったのか、メリーは唖然とした表情でこちらを見た。

 

「―――施設そのものが深海棲艦と化している可能性もあるということだ。確証はないが、私が奴らの立場ならきっとそうすると思う」

 

 もしもこの予想が確かならば、基地まるごとを深海棲艦と見なし殲滅する大規模作戦を将来実行に移さなければならないだろう。となると、やはり裏付けの為の調査は必要不可欠だ。紺碧艦隊と打ち合わせをし、一度偵察に出てもらわなければならない。

 

「事によっては、『彼女』にも活躍の機会が回ってくるかもしれん。アレの調整を急がせよう」

 

 重要施設強襲のもう一つの『切り札』を備えた、残るもう一人の戦艦が今ごろいるであろう紺碧富士に、私達は自然と強い眼差しを向けた。

 

 

 

 

「あれ……? アレって星電改じゃない?」

 

「ホントだ、何か羽根にくっつけてるよ!」

 

 

 

 

 ―――その時であった。

 秋月型駆逐艦達が指で示した第一運河のある方角から、伊701から発進してきたであろう水上電子偵察機『星電改』の姿が1機確認された。緊急事態かと思い反射的に身構えたが、急いでいる様子はなく非常にゆったりとしている動きであった。そのまま水面に着陸するかと思いきや、私の方へ接近してきた。

 すると、機体を傾かせて羽根に結び付けられていた紙を振り落とすやいなや、着陸することもなく旋回して飛び去ってしまった。そして残るは、咄嗟に掴んで受け止めた折り畳まれた紙だけである。

 

「………これは」

 

 恐る恐る開いてみるとそこには――――日本へ遠征に出ていたという伊3001が今しがた帰投したという知らせが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――では、海軍内では我々の同類……『艦娘』なる存在に深海棲艦との戦いを一任する動きが強まっていると?」

 

 日本より帰投した伊3001からもたらされた最新の日本海軍の動向は、島に残っていた我々の今後の動きを間違いなく左右する重大なものであった。

 特に、『艦娘』と称されることが決定されたという同類については心を大きく揺さぶる知らせであった。

 

「……ええ、戦闘面は『艦娘』に一任し、海軍は彼女たちが動きやすいように取り計らうサポートの体制を構想しているようです」

 

 紺碧艦隊によって、別の場所での同類の出現自体はかねてより予想はされてはいたが、よもや日本においてこんなにも早くも見つかることになろうとは予想外であった。

 特に、内部に入り込んでいたという2人のは、我々よりも早くこの世界に現れて周りの出方を探ってた様子である。些か気になるところもあるが、いずれ出向くことがあれば、密かに接触して話をしてみる価値はあるように思えた。

 

「つまり、海軍の正式な支援を受けた『艦娘』の艦隊による海域攻略作戦が直に開始されるということか……」

 

「ですが、あちらも我々と同じように戦力拡充の為に暫くは時間を費やすことになります。それまでの間は―――」

 

「いや、皆まで言わなくてもわかっているさ。既にある程度の戦力確保が終わっている我々……いや、紺碧艦隊の出番ということだろう?」

 

 既にそういう約束をしてきたという伊3001は伊601と共に大きく頷き、時間的に見て最低でも1ヶ月半は紺碧島に身を置く面々総出の作戦は実行不可能であることを述べた。そうなると、その間にやれる事はやっておかねばならないということだ。

 例えば、MS(マーシャル)諸島におけるの防衛ラインの構築は今のうちに実行に移すべき事柄であろう。加えて、資源回収の回りを良くする工夫についても同様だ。

 まあ、これらについてはプランを既に用意しており、特に目立った問題はないだろう。次に、紺碧艦隊のこれからの動きについて話し合う。

 

「本土へ侵攻しようとしている深海棲艦の艦隊は、今のところ南西海域の……沖ノ鳥島、この世界では沖ノ島ですね。マリアナと此処を経由して進軍してきているようです」

 

 どうやら、日本海軍が別海域に出るための関門の役割を沖ノ島は果たしているようである。

 

「ふむ。では、当面は沖ノ島周辺の敵艦隊の目を惹きつけることが求められるか」

 

「……偵察を行いましたが、水上打撃部隊、空母機動部隊のどちらも層が厚いようです。陣形も攻守を共に意識した単縦陣及び複縦陣からなっていました」

 

「―――対潜警戒の動きはどうデスカ?」

 

「いえ、特に意識しているような展開はありませんでした」

 

 なるほど、格好の獲物ということか。伊3001が自ら進んで殲滅作戦を行おうとしているのにもそういう理由ならば頷ける。だが、問題は補給だ。紺碧島をいちいち往復するようでは非効率的だ。近くに補給用の拠点を構え、そこから出撃を行うようにするべきである。理想としては本土と紺碧島の間に位置する場所……

 

「硫黄島に補給線を敷くのはどうだ?」

 

「問題ないかと。沖ノ島ほど敵が展開してはいませんし、フラグシップ以上の個体は現状確認されてはいません」

 

「ならば決まりだ。紺碧艦隊は速やかに硫黄島に補給基地を設置し、そこから海軍の準備が整うまでの間、哨戒任務に就いてもらおう」

 

「わかりました」

 

「異論はありません」

 

 二人の了承を得た私は、今度は紺碧島に残る部隊の方針について話を切り換えた。

 それは初歩的であり、艦隊の行方を占う重要な問題、一番の懸案事項―――すなわち………

 

 

 

 

――――『艦隊名』である。

 

 

 

 

 もっと詳しく言うのならば、『表向き』の艦隊名である。

 裏で秘匿艦隊として行動することになる紺碧艦隊を上手くカモフラージュするためには、私を筆頭とした面々が別の艦隊名を名乗り、彼女達の存在を悟らせないことが求められるのである。いわば、私の率いる艦隊は紺碧艦隊を守る為の壁役なのだ。

 

「じゃあ、ココは紅玉艦隊と名乗るのはどうデスカー!」

 

「却下だ」

 

「―――即答!? Why!?」

 

 何故って……それは、我々の前世である前の世界における川崎弘司令長官の下で編成された部隊のみで許された名であるからだ。

 いずれまた戦力を拡充することになった時に別の艦隊に所属していた艦艇がやってきたらどうする。別に艦隊同士仲が悪かったわけではないが、特定の艦隊名が全体の艦隊名として付けられていたら、元々その艦隊名だった連中が優遇されているような気がして嫌だろう。また、司令長官の名を使ってはいらぬトラブルを呼ぶ危険性だってある。

 だから、かつてとは違う一新された艦隊名を我々は名乗らなければならないのだ。どのような艦隊に属していようとも分け隔てなく語り合えるような何色にも染まらない、そんな艦隊名を。

 

「何色にも染まらない、ですか……それでいて、互いを主張しあえる存在……」

 

「まるで、レインボーみたいデスネー」

 

 レインボー、虹……虹の艦隊。いや、何か名乗り辛さのある艦隊名だ。もう少し捻った名前はないだろうか。

 唸り声を上げて、センスのある名前にならないか模索していると、メリーの発言からヒントを得たのか、手をポンと叩いて伊601はこう言った。

 

 

「では、『月虹(げっこう)』というのはどうでしょうか? 月に虹と書いて『月虹』です」

 

 

 『月虹』……それは、夜間という限定された時に月の光によって生じると言われる虹のことである。

 一般的に、虹は太陽が出ている時でなければ見ることができないと思われがちであるが、実は月の光であっても稀に現れることがあるのである。

 

「ハワイ諸島に位置するマウイ島では、月虹を見た者は幸せが訪れると言われていたり、先祖の霊が橋を渡って祝福を与えに来るなど、言い伝えられていたと思います」

 

「詳しいじゃないか伊601。しかし、そうか……見た者を幸せを訪れさせるか」

 

 まさに、我が艦隊が果たすべき役割を表現している意味合いを持った良い名前であった。

 米利蘭土、伊3001も賛成の気持ちを顔で表しており、もはやこの場に反対の意見を持つ者は存在しなかった。

 私は立ち上がり、皆の前で宣言する。

 

 

 

 

「―――本日この時を持って、我々紺碧島を拠点とする『艦娘』の集会をかつての紺碧会に倣って『月虹会』、艦隊の総称を『月虹艦隊』とする!!!」

 

 

 

 

 ……こうして、此処にかつて艦艇だった頃の記憶を持った『艦娘』が同じ『艦娘』を指揮するという艦隊、『月虹艦隊』は発足した。

 『月虹艦隊』による深海棲艦への反攻作戦が開始されるのはまだまだ先のことであったが、艦隊の本領が発揮されることになる時は必ず来ると、この時既に運命付けられていた。武人はその時まで息を殺し、刃を静かに研ぎ澄ます―――――

 




硫黄島か最近拡大をまた続けている西ノ島どちらを拠点にするか正直迷いましたが、距離を考えて硫黄島にしました。

感想待っています、次回もよろしくお願いします。


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第3話 沖ノ島沖哨戒

潜水艦の戦闘って基本魚雷による攻撃だから描写の書き方が限られてしまうのが難点です。

いやまあ、私が下手くそなのがいけないんですけどね。


 ―――季節は冬。寒さも架橋へ入り始めた1月の終わりの頃であった。

 建御雷による指示の下、紺碧艦隊は硫黄島沖に展開していた深海棲艦の遊撃部隊を強襲、ガラ空きとなった硫黄島へ上陸を果たし、拠点設置の為の物資の運びこみを行っていた。

 事前の調査から、軽巡や駆逐艦を配備しているにもかかわらず、対潜警戒をまるでする気のない寄せ集めに近い集まりであったことは周知の事実であった。よって、エリート個体という強さで言えば中間的な深海棲艦であろうともあっけなく轟沈し、その残骸は深海へと戻っていったのだった。

 そして、いよいよ2月に突入したある日、南西諸島の特に沖ノ島周辺に展開している深海棲艦に対する陽動及び哨戒、通称『線香作戦』が発動され、伊3001を旗艦とした紺碧艦隊はその姿をマリアナと沖ノ島の間に海深くに置いていた。

 

「―――しっかし、奴さん達、どいつもこいつも白人よりも色白じゃないの……日焼けとかどうしてんのかねぇ」

 

「深海特製日焼け止めクリームを塗っているとかじゃないの?」

 

「だったら、分けて欲しいぐらいだねー。こっちは油断したらすぐ日に焼けちまうから困ったもんだよ」

 

 伊501の姉妹艦、伊502と伊503は緊張感のない呑気なお喋りをしながらも、的を得ているようなことを述べていた。

 確かに、深海棲艦が何故あんな容姿をしているのかは未だに判明していない。その肌色は、名前が示す通り深海に棲まうが故なのか、何らかのエネルギーの影響を受けて変質しているものなのか、憶測だけなら幾らでもたてられたが、正解となる結論は結局のところ、深海棲艦を鹵獲し詳細な研究を行わなければ判明はしないのであった。

 

「でも、世の中には日焼け跡が好きな人もいるらしいよ爽海ちゃん」

 

「へー、マジかよ。理解できないなー、どこが良いんだろ……わかる? とみっち?」

 

「……わ、私に聞かないでくださいよっ!」

 

「というか、肌が小麦色に染まった深海棲艦とか一度見てみたさあるよな」

 

「ペンキでもぶっかけてみるっす?」

 

「いや、弾いちまうかもしれねえ。油汚れとかに強そうだし」

 

「わかる」

 

 話は段々と脱線し、とてもではないがこれから殲滅戦をやろうとは到底思えない空気となった。

 それは不味いと思ったのか伊601が咳払いを思わせるジェスチャーをして言う。

 

「んんっ、ほらっ……もうすぐ作戦開始予定時刻ですよ!」

 

「へーい」

 

 伊601に促され、各艦は所定の位置へと着き、お得意の鶴翼陣形をとった。

 第一目標を今後本土への空襲を行う危険性のある強力な敵機動部隊、即ち空母ヲ級flagshipを中心とした部隊とし、その背後の海中へと静かに忍び寄る。敵は狙われていると全く気づかないまま航海を続けており、隙だらけであった。

 

「……各艦、53cm酸素魚雷発射準備よ~い!」

 

「――了解、方位の最終調整確認よし!」

 

 深海棲艦は緩やかではあるが移動を行っていた。確実に当てられられるよう僅かな位置の誤差も計算に入れ、目標を彼女達は肉薄した。

 

 

 

「―――発射ッ!」

 

 

 

 合図を受け、一斉に彼女達の前方に展開されていた魚雷が、二重反転ペラを回転し高速で動き出した。

 音も雷跡も確認できない、深海棲艦が移動を行う際に発している独特の駆動音に反応するよう改良が加えられた音響誘導魚雷の一撃が、そのまま獲物に喰らいつかんとばかりにヲ級に接近する。

 ……その刹那、小さな魚雷との衝突音をかき消さんとする爆発音が水上で大きく鳴り響いた。

 

「空母ヲ級4隻に魚雷命中! 3隻は轟沈、旗艦と思われるヲ級フラグシップは中破炎上中ッ!」

 

「――もう一発当てて止めを刺した後、10時方向距離4000にG7発射! 軽巡と駆逐を惹きつけろ!」

 

「――了解、G7発射よーい……発射ッ!」

 

 G7と呼ばれる、通常の魚雷とは異なり中身に大型の空気室を設けた欺瞞戦術用の魚雷が、紺碧艦隊と敵の前方の遠く離れた海中に放たれ、予め設定された距離を移動後、側面部分に設けた多数の排気弁から圧縮した空気を勢い良く噴射した。

 ヲ級を撃破されて混乱する深海棲艦の艦隊は状況を整理する暇もなく、突如として発生した大量の気泡を目にすることになる。直ちに戦艦ル級らは従えていた軽巡ト級、駆逐ハ級、ニ級に指示を飛ばし、敵が現れるだろうと予想した気泡の場所へと急行させた。

 ……だが、それが罠であると気づいたのは、自らが魚雷を受け膝を折り曲げ、激しく炎上した後のことであった。

 G7と間隔をあけて時間差で放たれた魚雷群が二手に別れ、守りの緩くなったル級を先に撃破しつつ、誘い込まれたト級らをたて続けに葬り去る。声にもならない怨嗟に似た叫びが辺り一帯へと響いていく。

 

 

 

「3時方向に輸送ワ級の群れを確認―――数6、護衛に重巡リ級3、軽母ヌ級3!」

 

 

 

 手首に時計のように装着された、多段階で伸びていく潜望鏡を水面に上げて殲滅を確認し、周辺の敵影を警戒していた伊501より、今度は敵強襲揚陸艦隊の接近の報が入る。

 軽母ヌ級はヲ級の帽子のような頭部に手足を生やしたような姿をしており、艦載機と思われるものを口から放って輸送艦の護衛の任についていた。

 

「敵輸送艦は恐らく、弾薬と燃料をたんまり積んでいるはずだ……背後に回り込んで喰らいつくぞッ!」

 

『――ヨーソロー!』

 

 紺碧艦隊は、敵を撃破したことによる高揚の気持ちを抑えこむかのように再度深く潜航し、またしても後ろから息の根を止めるべくひっそりと接近する。

 

「丁度いい。各艦、62cm水素魚雷のテストを行うぞ。もし連中を一撃で撃破できなかったら、そいつは罰ゲームだ」

 

「……具体的には?」

 

「そうだな、夕飯用にデカイ高級魚でも帰りに捕まえてきてもらおうか」

 

 作戦開始から指揮官モードに入っている伊3001があくどい表情浮かべてそう告げる。

 途端に、海中だというのに彼女を除く紺碧艦隊の面々は、まるで汗を大量に垂らしているかのように焦り気味なった。

 

「―――ついでに言っておくが、魚を捌いて料理するまでが罰ゲームだ」

 

「「「「「よ、ヨーソロー!」」」」」

 

 罰を受けてなるものかと、彼女達は身を引き締めて先程以上に正確な雷撃を行えるように努め上げる。

 

「各艦、62cm水素魚雷…発射準備完了!」

 

「――了解、誤差修正……最終確認よ~し!」

 

「―――よし、発射ッ!!!」

 

 水素を燃料源とすることにより62cm酸素魚雷よりも射程、さらには威力が増した魚雷が空母ヲ級達を葬った時以上の損害を出さんとその牙を向いた。

 魚雷は寸分狂わず輸送ワ級6隻に吸い込まれたった一撃で轟沈させてみせた。軽母ヌ級ら護衛部隊は守るべき対象を失い、四方を見回すも紺碧艦隊を見つけることはかなわない。そして、各個同じように撃破され、海に静寂が一時的に戻っていく。

 

「各艦、ご苦労だった。今日のところは罰ゲームはなしだな。帰投したらゆっくり休むぞ」

 

「「「「「よ、よかった……」」」」」

 

 こうした一連の流れは、一定の間隔で行われ続け、これまで優位であった深海棲艦に初めて得体の知れない「恐怖」というものを与えつけていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――トラック島への、強行偵察……?」

 

 紺碧艦隊が今頃日本の海で暴れまくっているであろうその時、私はある艦娘を小屋内の作戦会議室へと呼び出していた。

 その艦娘の少女は、米利蘭土らと同時期に紺碧島内で建造された戦艦の一人であったのだが、通常の艦艇が有しているはずの機能を持っておらず、代わりに類を見ないの強い力をその身に秘めていた。

 よって、今までの間は他の艦娘と合同の訓練を行うのではなく、紺碧富士の麓で一人独自の訓練に勤しませていたわけなのだが、少々私に思うところがあり訓練の予定を一度切り上げさせてもらった。

 

「……そうだ。現在、我々『月虹艦隊』の出撃が厳禁であることは既に周知の事実であるが、かと言って紺碧島に紺碧艦隊が帰投するまでの間、ずっと籠城し続けているのもある意味問題だと考えてな」

 

  用意した凸状のブロックを机に広げた地図の上に置き、私は急遽立案した作戦についての解説を行い始める。

 

「まず第一に、紺碧艦隊が現在の任務を終えて帰投した後の方針だが、このタイミングで2回目の戦力拡充を行おうと考えている。そしてその後、主力部隊は紺碧艦隊と共に南下し、南方海域の攻略作戦を合同で実行に移すつもりだ」

 

「……重要施設を奪還するの?」

 

「その通りだ。奴らがこの海域で制海権、制空権を握っているのは全て泊地や基地、特に飛行場をその手中に収めているからだ」

 

 この世界では名称が若干変わっているが、ブカ島からガダルカナル島にかけての一直線上にある施設は、戦況的に見て間違いなく深海棲艦によって制圧され、いいように使われてしまっているはずである。

 また、恐らくこれは、南方海域にフラグシップ個体を超える上位個体が存在している原因にも繋がっていると思われた。

 

「いずれにせよ奪還しなければ人類は後退し続け、小さな島国には人類が住まうことができない、なんてことになりかねない。これを阻止するには、南方海域攻略の為だけに特化した前線基地が必要になる」

 

 さらに言えば、いずれ海軍の指揮下にある艦娘達が南方へ進出してきた際に、紺碧島以外で我々月虹艦隊の基地だと言い張れる拠点が必要なのだ。

 2つの意味でもトラック島は是が非でも手に入れておきたいものである。個人的な思い入れのある場所でもあるのを含めれば3重の意味でだ。

 

「―――そこでだ、世界を半周できるだけの航続距離を持ち、高高度における飛行と攻撃を可能とする君をトラック島の上空へと派遣し、深海棲艦の動きを一度確認してきてほしい」

 

「……確認だけでいいの?」

 

「ああ、今回は確認だけで構わない。島の守りが手薄か、分厚いかどうかだけが今は知りたいんだ」

 

 状況によっては、一から戦力拡充計画を練り直さなければならないと私は考えている。

 予定としては機動部隊を編成したいのだが、その通りにできるかは全て偵察の内容次第となる。

 

「……じゃあ、ちょっと見てくる」

 

「すまないが、頼まれてくれるか。作戦実行は明日の夜、二二〇〇だ」

 

 コクリと頷いて、彼女は――――『空中戦艦』と呼ばれる私が知る中でも異質な艦種である彼女は、ややぎこちなさのある敬礼をすると部屋を速やかに退室していった。

 その姿を眺めながら私は、積み上げられた資料の中から別の計画書を取り出すと、トラック島をどのような艦種の深海棲艦が占拠しているのか一人分析を行った。

 

「……さて、藪をつついて機動部隊が出るのやら、水上打撃部隊が出るのやら。――――それとも、見えざる存在が出るのやら」

 

 見えざる存在、それは海中に息を潜める海のスナイパーたる存在であり、奇しくも我が艦隊の影の艦隊である紺碧艦隊と同じ存在……潜水艦である。

 かつて我々が属していた日本海軍を苦しめたUボート並みに手強いのではないかという一抹の不安が過ぎるが、それは刃を―――いや、魚雷と砲弾を交えて見なければわからないだろう。

 

「月虹艦隊の更なる対空力向上と対潜能力向上、どちらも両立させなければ………」

 

 偵察がどんな結果になろうとも対応できるように私は、日が沈むまで既存の戦力拡充プランの上に新たに考案したプランを何枚も積み上げていった。

 

 




深海棲艦の皮膚ってほんとどうなってるのか知りたい。


感想よろしくお願いします。


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第4話 トラック島攻略作戦

艦これコラボのピザ頼もうとするじゃん?

住所から店舗検索するじゃん?

→お近くには配達できる店はございません

OTL


 ……まだ年端もゆかぬ少女のなりに篠懸(すずかけ)に似た服を着せ、金属の白い羽根を生やさせた、まるで天狗のような姿を持つ空中戦艦『富士』。

 彼女が迅速に行なった高高度での偵察により、トラック島には機動部隊や水上打撃部隊など強力な敵艦隊が展開していないことが判明した。また、その周辺についても大型艦艇クラスと思わしき深海棲艦の姿は一つもなかったという。

 ただしその代わりに、潜水艦部隊が水雷戦隊と共に多数見受けられるとの言葉が続き、懸念していた通りの結果になっていることが判明した。

 その後、再び富士に偵察範囲を拡大して周辺の深海棲艦の布陣の調査を行ってもらうと、パラオ周辺では水上打撃部隊が、ラバウル・マリアナ周辺では機動部隊が主に展開しており、各所共にエリート個体以上が万遍なく配置されているとの事だった。

 報告を受け、比較的トラック島は南方海域の強力な布陣の影響を受けていないと月虹艦隊では認識され、2月下旬の攻略を目標とする作戦会議が行われた。

 会議には米利蘭土や手音使以外に、新たに建造され月虹艦隊に配属となった、銀髪に黒を基本色とした水兵服に灰色のスカート、それに白の薄手のマフラー姿で小柄な容姿の駆逐艦『雪嵐』や、赤みがかった腰まで届く茶髪と眼鏡に、白のブレザーとタイトスカート、それに胸元の朱色のネクタイという出で立ちの航空巡洋艦『東光』も加わっており、本格的に対潜に特化した水雷戦隊を編成すべく意見を交わし合っていた。

 

 

 

「―――では、主に雪嵐級駆逐艦を作戦決行までに追加配備し、東光の指揮下で水雷戦隊を編成……ということになるわけだが、何か意見はあるか」

 

 軸となる編成は航空巡洋艦1隻に駆逐艦5隻がセオリーではあるが、そうなると雪嵐を除いてあと4隻の建造による追加が求められることになる。だが――――

 

「位置的に、マリアナの敵機動部隊が手出しをしてくる可能性も否めないと思います。私では対空警戒は行えませんし……」

 

「確かに、ただ普通に水雷センタァイを編成するのはヒジョーに危険デスネー……」

 

 東光とメリーの指摘はもっともであった。

 いざ対潜装備をしっかりして出撃してみれば、マリアナ方向から来た敵機動部隊の艦載機による奇襲によって対潜掃討が阻まれるだけでなく、部隊が壊滅に陥るということが十分あり得るかもしれないのである。 序盤から敗北していては今後の艦隊の士気にも関わるため、備えは徹底して行わなければならなかった。

 

「……秋月型の子達を編成に組み込むのはダメなのですか?」

 

「いや、駄目というわけではないが……対空射撃の練度がまだまだ不十分だろう。私と合同訓練をした時には撃ち漏らしが無視できないレベルで存在していた」

 

 教え子である秋月型を推す手音使に、少々厳し目な返答を私はした。第一、秋月型駆逐艦を水雷戦隊の軸として組み込めないのは、彼女達が防空に得意としている反面、雷撃戦を不得意としているからであった。

 代案ということで米利蘭土か彼女を編成に入れることを提案しかけたが、どちらかと言えば二人は対空戦闘が特別得意というわけではない事を思い出し直前で言い留まる。

 航空戦艦と言えども彼女達は「航空爆撃戦艦」であり、本領を発揮するのは対地上攻撃なのである。「航空制空戦艦」であった『筆汁芭斤』や『根婆汰』のように艦載機を用いての艦隊直衛、即ち航空戦は行えないのだった。

 

「………くっ」

 

 ―――ならば、『筆汁芭斤』と『根婆汰』を建造によって呼び寄せるか? しかしそれでは、計算からして貯蓄している資源が予定の基準値を下回り、出撃だけでなく訓練、装備開発も一定期間自粛する羽目になる。

 ただでさえ、大型艦艇を呼び寄せるとなると妖精さん曰くコストがかかるというのだから、攻略作戦を控えた今は駆逐艦や巡洋艦を必要数揃え、練度を高めるので精一杯。

 ……逆に、攻略作戦の時期自体をずらすべきか。それも一つの手ではある……が、戦況は刻一刻と変化していくものだ。あまり悠長にしていては想定の範囲外、それこそマリアナの敵戦力が丸ごと南下してくることもあるだろう。

 

  

「どうするのですか、建御雷さん……」

 

「タケミー……」

 

 判断を仰ぐ視線がこんなにも痛いと感じるのは、私が焦っているからであろうか。

 深く息を吸い、冷静さを取り戻すべく水を一杯あおるように飲んでみせる。すると、段々と頭に昇っていた熱がひいていき、思考をするのに僅かだが余裕が出来たような気がした。単なる気のせいかもしれないが、今はそれでいい。

 ―――改めて、状況を整理してみることにする。

 トラック島攻略の為には、対潜能力と突破力のある水雷戦隊を編成する必要があるが、敵機動部隊による増援があり得るため、水雷戦隊内に航空戦力を組み込むことが不可欠。だが、現状適任者はおらず―――待て、本当にいないのであろうか。―――否、いるではないか此処に……この会議の場に。

 

 

 

 

「私が水雷戦隊に随伴しよう」

 

 

 

 

 いつの間にやら私は、全体を指揮する立場にあることから迂闊に出撃してはならないと勝手に思い込んでしまっていたようである。なまじ人の体を得てしまったことによる弊害か。時と場合によっては、それが正解であることもあるだろうが、今という時は不正解であった。

 

「……旗艦は東光のまま、私は作戦開始と同時に敵水雷戦隊の殲滅を請け負う。敵艦載機が確認された場合は、その迎撃に即座に切り替える」

 

「……よろしいのですか?」

 

「状況を鑑みた上での判断だ。これが最良だの最善などと言える保証はできんがな」

 

 代替案がある場合はいくらでも私の案をコテンパンにしてくれと言葉を続けたが、見まわしてみても皆は黙りこくったまま何も言うことはなく、眼の力だけで肯定の意を示していた。

 

「出撃中は紺碧島周辺の警戒をメリーに任せる。……くれぐれも、油断せず警戒を怠るなよ」

 

「OK! ノー・プロブレム、デスよー!」

 

「それから、富士には数はまだ少ないが『蒼莱』と『桜花』を預けている。万が一の時は彼女と連携して事に当ってくれ」

 

 『蒼莱』と『桜花』はどちらも、戦闘機としてはかなり上を行く性能を誇っている高性能迎撃機である。

 しかし、艦上戦闘機ではないため、専用の離着陸場での運用が求められるわけであるが、それは爆龍のために設けていた簡単な飛行場を拡張し、カタパルトを追加増設することで対処し解決されていた。

 問題は口に出していった通り、量産が滞っていることが挙げられるが、秋月型の子達と上手くカバーを行いあえば、不安は多少なりとも残っているが一先ずは大丈夫だろうと思われる。

 

「今回の作戦が成功すれば、我々月虹艦隊は硫黄島を含め、3つの拠点を持つことになる」

 

「……ちょうど、三角形になる配置となりますね。直線が図形にようやくなるわけですか」

 

「―――まあ、しっかりとした線を『清書』するにはまだ暫く時間を要するだろうが、これも次作戦をやりやすくする為だ。総員、奮起して取り掛かってほしい」

 

 

 作戦決行については、一時的に硫黄島より帰還した伊601、伊701を交えて話し合いが行われ、具体的な日時は次回の紺碧島への帰投予定日である2月22日に合わせて開始することが決定した。

 かくして、トラック島攻略作戦……通称『三角作戦』は予定通り実行に移されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――作戦当日。天候は絶好の作戦日和といえばよいのか、雨雲の気配はまったくない快晴の空であった。

 

 航空巡洋艦『東光』は、随伴に雪嵐級駆逐艦である雪嵐・稲妻・雨風・潮風の4隻と、月虹艦隊の指揮を執る航空母艦建御雷を連れ、紺碧島を〇八〇〇に出発。進路を南西へと設定し、距離にして約2000kmの航海を行っていた。

 途中、建御雷が電子偵察機『金鳶』を発進させ、進路上周辺に深海棲艦が確認されないか注意深く確認を行うが、偵察機は損傷せず無事全機帰投した。その後も一定間隔ごとに索敵が行われたが、まるで嵐の前の静けさであるように敵は見つからずじまいであった。

 

「―――仙狩(せんしゅう)を飛ばします。各艦、対潜掃討及び砲雷撃戦の用意をお願い致します」

 

『ヨーソロ!』

 

 旗艦である東光は、作戦海域を目前にし飛行甲板から対潜哨戒機『仙狩』を2機出撃させた。

 仙狩には『航跡測定式潜水艦赤外線探知機 KMX-Ⅲ』と呼ばれる対潜用の探知機が備わっており、敵潜水艦の移動の反応を読み取ることが可能であった。そして、出撃させてから3分後、1号機が北西の方向にて潜水艦タイプの深海棲艦の微弱な反応を捉え、機体をうねりのある波の上に着水させ水中聴音機を海中に投下した。

 念の為に、味方である紺碧艦隊ではないか確認をする……だが、反応は間違いなく敵のものであった。また、2号機も北東の方角にて敵潜水艦を発見したことが伝えられると、東光は仙狩に搭乗している妖精さんとのリンクをより強め指示を飛ばした。

 

「1、2号機……『小判鮫魚雷』の使用を許可します」

 

 機体のハッチが開き、ワイヤーに繋がれた魚雷が海中に突き刺さるように放たれた。

 すると、今まで水揚げされていた魚が海へと解き放たれ息を吹き返したように魚雷は自発的に動き始め、獲物である深海棲艦を捕捉する。即座に妖精さんは魚雷と機体を繋いでいたワイヤーを切り離し、海面から浮上して飛び去っていった。

 

「―――1号機付近より、浮き袋を確認です!」

 

「雪嵐級各艦、爆雷投射準備!」

 

「……ヨーソロ、準備よーし!」

 

「投射開始!」

 

 深海棲艦に曳行ワイヤーが上手く絡みついた合図である浮き輪が浮上したということは、その真下に潜水艦が潜んでいることをそのまま示していた。また、深海棲艦は他の深海棲艦と基本群れていることが多いことから、1隻が確認されれば何隻かが近くに固まって潜んでいるのである。

 そうとなれば次に行動すべきことを考えるのは容易かった。東光と雪嵐達は、集中的に浮き輪付近へ爆雷を投射し海中の様子を静かに窺った。――――途端、水柱が水飛沫と共に6回ほど上がると、その場所における深海棲艦が消滅したことが確認された。

 

「―――偵察機より入電。右舷より、敵水雷戦隊を確認……軽巡ヘ級1、輸送ワ級1、駆逐イ級3! いずれもフラグシップだ」

 

「建御雷さんは、第一次攻撃隊の発艦をお願いします。雪嵐級各艦は魚雷発射準備! 仙狩1号機は潜水艦が紛れていないか確認を!」

 

「了解。―――第一次攻撃隊、敵旗艦と輸送ワ級を優先して攻撃開始!」

 

 建御雷の持つ弓から放たれた矢は、一瞬にして艦上攻撃機『蒼山』へと変貌を遂げる。

 蒼山は、同時に発艦された艦上戦闘機『閃電改』の護衛を受けつつ、ヘ級とワ級へ向けて突撃を行い、衝突するかしないかの瀬戸際まで迫ってから魚雷を放った。回避不能のギリギリの距離から投下された一撃は、真っ直ぐに深海棲艦を射抜いて爆発を引き起こさせた。

 

「4連装九九式酸素魚雷調整よーし、発射!」

 

「発射了解!当たってしまいなさい!」

 

 また、紺碧艦隊が普段用いている六二式酸素魚雷を水上艦用に改良した九九(はく)式酸素魚雷が雪嵐級4隻からそれぞれ8本……数にして計32本も発射されると、イ級だけでなく大破状態に陥り航行不能となっていたヘ級とワ級にも雷撃の魔の手が伸び、敵水雷戦隊は無残にも壊滅した。

 しかし、それだけでことが終わるわけでもなく、仙狩2号機が発見していた潜水艦部隊からの雷撃が月虹艦隊へと急速に迫る。更には、別方向からも彼女達を挟むようにして魚雷が接近した。

 

「―――東光っ!」

 

「わかっています! マ式豆爆雷機関砲、用意ッ!」

 

 背中合わせに立った建御雷と東光の艤装に備わった、敵による魚雷攻撃を能動的に防御する為の機関砲が稼働し、その砲身を迫り来る魚雷へと合わせる。なおも接近する魚雷は、その距離を50m近くまで縮めていた。

 

「マ式豆爆雷……撃てッ!!」

 

「てぇ―――!!」

 

 2隻から水中へ向けてマ式豆爆雷が発射される。

 爆雷は砲身内のライフリングの推進力を得て加速し、海底に沈んでいくどころか5m以上を悠々と直進してみせ、その距離をどんどん更新していく。

 そして、10mを過ぎようかと思われたその時、内蔵された時限信管によって爆雷は深海棲艦から放たれた魚雷の前面で炸裂し、水圧の衝撃で防御壁を形成……魚雷は回避できずにそこへ衝突した。

 

「今度はこちらからお返しです!」

 

 畳み掛けるように東光は仙狩の3・4号機を発艦させ、自らは20.5cm連装砲を片手に姿を現さない敵潜水艦の位置を隈なく探った。やがて、仙狩は先程と同様の手口で位置を捕捉すると、エラブと呼ばれる磁気音響併用誘導魚雷を投下して見せ、また1つ水柱を作り上げた。

 

「……そこですかっ!」

 

 構えた連装砲から爆音と一緒に、先端部分がドリルのように螺旋を描いている対潜攻撃弾が何発も飛び出して行く。海流の影響を受けることなく海底に目掛けて突進するように調整された砲弾は、発射されてからの勢いを保持し、東光の揺るぎない堅い意志を表すかの如く、目標に衝突するまで止まることはなかった。

 リズミカルな破裂音が彼女の背景で鳴り響き、飛沫が雨のように降り注ぐ。

 

「―――稲妻、雨風、潮風ッ! 一気に決めるよ!」

 

「わかりました!」

 

「了解よ!」

 

「ええ!」

 

 惚れ惚れするような東光の姿に、負けじと雪嵐達も残存する敵を排除すべく水面を滑走し、通り過ぎ様に爆雷をばら撒いていく。

 派手にやらかしてはいるが効果はしっかりと現れており、黒く濁るように染まっていた海は本来の蒼さを取り戻しつつあった。

 

「……付近にまだ残存する敵は?」

 

「反応ありませんが、増援が来ることもあり得ます。引き続き、仙狩には哨戒に当たらせておきましょう」

 

「そうか……では、先に上陸して島内の安全確認に入るぞ」

 

 島内には廃墟と化した施設が残っているとの話を富士から聞いていた建御雷は、深海棲艦が内部に潜んで待ち構えていることも考え、臨戦態勢を維持したまま上陸をするよう各艦に促す。

 また、陸では海のように自由に動け回れないことを念入りに言い聞かせ、彼女達は特殊部隊さながら隠れては前に進み、進んでは隠れてを繰り返していった。そうして一行は、短いはずの距離を長い時間をかけて歩き、朽ち果てた軍事施設らしき構造物を揃って目にする。

 

「大きい……ですね」

 

「そうだな」

 

 深海棲艦によって攻撃にさらされなければ今頃、ホテルのように賑わっていたに違いない施設がそこには存在していた。彼女らの見立てでは一応、修復工事さえ行えば使えそうではあると判断されたが、一番の問題は内部の損傷具合であった。

 建御雷は深海棲艦の存在の有無を調べると共に、内部の様子を調べるべく『金鳶』を5機ほど発艦させ、それぞれから送られてくる建造物の全体構造についてのビジョンを記憶に焼き付けていく。目は大きく開かれており、傍から見れば虚ろなようにも見えた。

 

「建御雷さん、今にも口から写真を印刷しそうな勢いだね……」

 

「こら、滅多なこと言わないのっ!」

 

『ピピー、ガガガー……キュインキュイン! 用紙ヲセットシテクダサイ』

 

「それらしい機械音を口から出すのはやめてくださいよ!?」

 

 ちょっとした騒ぎはありはしたが調査は順調に進められ、結果的に内部には深海棲艦は確認されないことが明らかとなった。また、室内は一部攻撃によって破壊されていたようだが、そこを除けば埃が被って散らかってしまっている程度であることもわかった。つまりは、拠点として十分使えるということである。

 

「……作戦成功、ですか?」

 

 紺碧島に帰還する途中であった伊601、伊701も気づけば上陸を果たしており、トラック島には計8隻の月虹艦隊に属する艦娘がいる形となった。

 

「ああ、多分な……そちらの首尾はどうだ」

 

「マリアナ方面から軽母ヌ級2、輸送ワ級4がこちらに向かいかけていましたが、各個撃破しておきましたので問題はありません」

 

 予想していたものよりも敵艦隊の編成は軽いものであったが、それでもトラック島に南下する兆しはあったようだった。今回は紺碧艦隊の一部帰投に合わせることで難を逃れた結果となったが、もし日を違えていたら、そもそも建御雷が編成に加わっていなければどうなっていたかは神のみぞ知ることである。

 何はともあれ、トラック島は月虹艦隊によって攻略され、反攻作戦の為の重要な一手である『三角作戦』は此処に成功する運びとなった。

 




次は海軍サイドの艦娘の話書こうと思ってます。

あれですよ、海軍と艦娘との友好条約とかやっぱしっかりと書いたほうが良いんじゃないかなって。

それと、用語としてTIPSを前書きか後書きに追加するべきか否か。
まあ、今回の「紺碧の艦娘!」って感じに紹介するのもアリですね。


次回もよろしくお願いします。


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第5話 日艦同盟、成る

紺碧の艦隊で時系列がどうのこうのって表現は結構好きです。



――――月虹艦隊によるトラック島攻略作戦より時系列を遡ること約1週間前、日本海軍の中では新たなる動きが起こっていた。

 

 それは、予てより議論され続けていた『艦娘』との連携によって第三次深海大戦をどう戦い抜くかについてであった。

 大本営は、2月に入り正式に『艦娘』を『平行世界において第二次世界大戦を経験した艦艇の転生体』であることを認め、吹雪達を初めとした艦娘達に深海棲艦との戦いに参入することを要請。待遇を客将と同等とし、人が生きる上で必要な権利を艦娘にも適応することを保証した。また、『日艦地位協定』と称し、幾つかの約束事が日本海軍と艦娘の間で取り交わされた。

 

 その代表的なものとして、やはり一番重要となるのが『艦娘』の意思表明を確認することである。保護された吹雪達については、本人達から直接戦いへの参戦の決意表明がなされていたが、それが必ずしも『艦娘』の総意と一致するとは限らないのである。なかには、悲劇的な最後を遂げたことにより戦いに対するトラウマ、PTSD状態に陥ってしまっている『艦娘』も存在するかもしれない。

 こうした事から、海軍は深海棲艦と直接戦うか、後方支援に徹するということで間接的に戦ってもらうかを必ず問うというワンクッションを置くことを取り決めた。

 

 次に、指揮系統についてである。基本的に大本営の意向を艦娘に伝え行動してもらうわけになるのだが、これではもし万が一大本営でクーデターなど著しく人事が入れ替わることがあり、過激な思想に支配されるようなことがあれば、『艦娘』がどのように酷い扱いをされるかわかったものではない。また、『艦娘』も人の身であることから、時には精神的な気持ちの浮き沈みもあり、メンタルケアが求められることも多々あるかと考えられた。

 そこでこちらに関しても、大本営の意向を考慮しつつ『艦娘』のメンタルケアを請け負える『適任者』……専任の『提督』というワンクッションを置くことが取り決められた。

 

 加えて、深海棲艦との戦いの意義についての確認も行われた。

 何も人類は最初から深海棲艦と戦う気があったわけではない。開戦当初は、まず真っ先に意思疎通が可能であるかを模索し、人類側に求めている要求の内容を確認しようと試みたのである。しかし、あらゆる言語、暗号を用いても深海棲艦は反応すらせず、一方的な殺戮と略奪が行われた。

 その結果が、各国の制海権喪失と各国の鎖国化であった。

 こうした現状を踏まえ海軍が出した方針は、『艦娘』に失われた制海権と土地の奪還を任せ、その間に人類は深海棲艦の実態に迫るというものである。

 相手の数が有限であるのならば、いずれは艦娘の活躍によりその数が0になり深海棲艦は根絶されることになるだろう。だが、無限に増殖していく存在であった場合は、いくら艦娘が戦いを繰り返そうとも第三次深海大戦は決して終わりを見せることはない。そうなれば、人類は戦いに疲弊し今度こそ滅んでしまうことだろう。

そうならない為にも人類は、艦娘と連携し深海棲艦の起源(ルーツ)を探るとともに、それを『封印』することが求められた。

 

 

 

 

「……我々に残された時間はもはや少ない。あとは『艦娘』の協力で何処まで足掻けるかだ」

 

 大本営にて海軍全体を取り纏める総長である男……高野磯八(たかの いそはち)元帥は、3月下旬には全ての改修工事が終わるであろう横須賀鎮守府のある方角を窓から見つめ一人呟きを漏らした。

 彼は軍内部でも慎重派の一派に属しており、『艦娘』が出現するまでは深海棲艦への対策会議に日夜追われ疲弊していた。また、自己犠牲(特攻)や明らかに環境に害のある新型兵器による深海棲艦殲滅を唱える過激派を抑えこむのにも苦労しており、その一派に詰め寄られるなど日常茶飯事であった。

 だが、『艦娘』の登場をきっかけとして過激派は内部分裂を起こし混乱へと陥り、彼に構うどころではなくなった。

 それを機に高野率いる慎重派は勢力を拡大し、『艦娘』との連携を考慮に入れた全く新しい深海棲艦への戦略思想を打ち出すに至ったわけであるが、苦労するのは相変わらずであった。

 

『―――そう気に病む必要はないと思いますけどねぇ、閣下』

 

「にゃー」

 

 ふと、高野が後ろを振り向くとそこには、何時の間にやら猫を連れて居座っている幼児よりも小さい体をした水兵を思わせる妖精が存在していた。本来ならば何処から入り込んだと叱咤するところであるのだが、彼女については特別でありその必要はなかった。

 

「……どういう意味だ」

 

『―――そのままの意味ですよぉ。彼女達は深海棲艦に対抗するために存在しているのです。ただ足掻く以上の成果をきっと出してくれますよ?』

 

 

 彼女は自称『艦娘』をこの世界に呼び寄せた張本人を名乗る妖精であり、他に存在している妖精達の上位に位置する立場あった。

 一応、区別のために『大本営妖精』などと高野を初めとした慎重派はそう呼んでいるのだが、どうやら本当の名前は別にあるとの事だった。

 

「しかし、慢心は禁物だ……たとえ、彼女ら『艦娘』が深海棲艦と戦う力を有していたとしてもだ、奴らはそう安々とは勝たせてくれはしないだろう」

 

 能力は別として、深海棲艦は物量で人類よりも優っている立場にあった。故に、戦力で依然として劣っている状態で拾える勝ちは限られている。また、それは艦娘の数が増えたところで容易に解決する問題ではないのであった。

 

「……結局のところ、我々は質も数も勝る相手にとことん質を極めて立ち向かうしかないのだ。その役割の殆どを彼女達に押しつけてな」

 

 とんだ大罪人だと、高野は自らの不甲斐なさをあざ笑うかのように苦笑してみせる。握り締めた拳からは今にも血が噴き出しそうであった。

 

『―――でもまあ、《イレギュラー》も発生していることですし、悲観するのはまだ早いのでは?』

 

 妖精が言う《イレギュラー》とは、彼女が関わって呼び寄せたわけではない得体の知れない謎の『艦娘』の存在であった。

 慎重派の幾人かが、その関係者らしき人物に会ったことがあると高野は報告を受けていたが、どのような艦種の艦娘がいるのかまでははっきりとはしておらず、全てが謎に包まれていた。

 

「複数いるとのことだが、吹雪君達のように我々の指揮下に入ろうとしないのは、何か理由でもあるのだろうか……」

 

『あまり縛られるのは好きじゃない人達なんじゃないですかねぇ。―――それとも、私の管轄外で現れたの関係しているのかも?』

 

「……何処にいるのかも探れないのか」

 

『いやぁ、流石に位置まではわかりませんねぇ……参ったもんです』

 

 お手上げだと溜息を付きながら手でジェスチャーすると、彼女は寝転がっていた猫の前足を持って猫をフラフラと前後に揺らし始めた。

 高野はその姿を横目に、再び窓の外へと視線を向けた。日はすっかり暮れており、カラスの鳴き声だけが虚しく聞こえている。

 

(こちらの動向が探られているとなれば、時が来れば何らかのアクションを見せる……そう信じたいものだがな)

 

 

 願わくば、共同戦線を築き上げたいところであると思いを馳せる高野であったが、相手が新たなる脅威となる可能性を危惧する思いもまた同時に心中へと存在させていたのであった。

 

 ―――そして、時系列は巻き戻り、月虹艦隊がトラック島の奪還を果たした日から約一週間後の、2月28日まで時間は飛ぶことになる。

 何故ならばこの日、紺碧艦隊が所有する星電改を通して月虹艦隊から日本海軍へ向けての、初となる書面による接触(コンタクト)があったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『―――我々月虹艦隊は現在の世界情勢を鑑みて、深海棲艦の早期排除が必要であるとの判断を下し、独自の方針に従って深海棲艦によって侵略された島国の奪還を行うことを此処に宣言する。また、我々の近隣に位置する国家である日本に対し、月虹艦隊は艦娘を代表して、以下の要求を通告する。

 

一、我々月虹艦隊に対する一切の攻撃を禁じ、作戦行動に対して妨害を行わないこと。

二、本艦隊を友軍とし、補給等が必要である場合これを迅速に行うこと。

また、貴軍の艦娘に補給等が必要になった場合、本艦隊は同じように迅速な対応を行うものとする。

三、我々の機密に関わることに対し一切の詮索を行わないこと。但し、我々が開示してもよいとする情報については諸手続きを行った後に公開するものとする。

四、貴軍が保護している艦娘に対し倫理に反した行為が行われた場合、速やかに我々に対しその身柄を引き渡すこと。

五、深海棲艦の排除が完了するまではトラック諸島群を我々の保有地として認めること。

また、同存在の完全なる排除が確認された場合、艦娘を一般社会に溶け込めるよう取り計らうか、貴国が保有する土地の幾つかを割譲し艦娘が保有する土地として認めること。

六、貴軍に属している艦娘に我々月虹艦隊に関する質問を行わないこと。

 

……etc

 

以上の要求を貴国が飲まれる場合、我が艦隊は日本国を信頼に値する同盟国と判断し、国土防衛、技術提供などを初めとした支援活動を行うことを約束する。

 

―――月虹艦隊代表 航空母艦 建御雷』………とのことです」

 

 

 慎重派の集まりである『日輪会』に属する幹部の一人が読み上げた月虹艦隊からの書面は、要約すれば条件付きの同盟の申し入れであり、侵略されていたはずのトラック島が深海棲艦から解放された事を意味していた。

 またこの事実は、人類が関わっていないとはいえ艦娘によって制海権奪還が可能であるという希望を高野らに与えていた。

 

「月虹艦隊なる存在が提示した条件の幾つかの項目は、既に地位協定にて成立しているものが含まれています……それ以外については政府の承認さえ降りれば十分飲める内容でしょう」

 

「同盟が成立した際の支援内容も我が国にとっては非常に有益なものです」

 

 幹部からは相次いで月虹艦隊からの要求を飲むべきだという声が上がった。だが、高野は次第に大きくなっていく声を制し、落ち着いて事を考えるべきだと語った。

 

「確かに、条件を満たした場合の見返りは破格なものだろう。……しかし、妙なのは月虹艦隊なる組織が頑なに我々の保護した艦娘達と距離をとろうとしている点だ」

 

 幹部の一人が述べていた通り、要求の内容には先日成立したばかりの事が複数含まれていた。

 素直に要求通りの待遇を受けたいのであれば、同じように保護されればよいはずであるのに、何故合流を拒否した上で同待遇を要求するのか考えて見ればおかしいのである。

 

「……『妖精』によれば、この建御雷を名乗る航空母艦の艦娘は、この世界に呼び寄せた覚えのない完全な《イレギュラー》的存在であるとのことだ」

 

「ですがその、《イレギュラー》だとしても同じ『艦娘』なのでしょう?」

 

 呼称で言えば保護しているしていないに関わらず、『艦娘』と呼ばれていることから同じだと言えるだろう。

 ……が、言葉では言い表せない決定的な違いが高野にはあるように思えていた。

 

「では逆に聞くが、例えば北海道に住んでいる日本人と沖縄に住んでいる日本人は、果たして同じと言えるだろうか」

 

「種族で言えば同じ日本人ではありますが……」

 

「……そうだ、種族的には同じ日本人であるだろう。ところが、厳密に言えば住む環境に大きな差が存在している。平均気温、都道府県の面積、気候……数えればきりがないほどの違いが実は存在しているのだ」

 

「つまり、我々が保護した『艦娘』とトラック島にいる『艦娘』には、出自が異なっているなど違いがあるということですか?」

 

「……あくまでこれは仮定であるが、私はそう睨んでいる」

 

 再びざわめきが空間を支配し、幹部達には僅かだが動揺が走った。

 

「具体的な違いについては流石に我々が知る由はないが、二つの勢力に属する『艦娘』の間に決定的な差、隔たりがあるとすると【合流しない】のではなく、【合流できない】というのが正しいのではないだろうか」

 

 高野のこの予想は奇しくも正しかった。

 月虹艦隊が海軍側の艦娘と同じように保護されようとしなかったのは、彼女達の記憶にある艦娘と記憶にない艦娘が保護された艦娘の中に存在していたからであった。そのまま合流していれば、会話に大きな食い違いが起きるのは時間の問題であった。建御雷はそれを見越して海軍側の艦娘に対する月虹艦隊の秘匿を要求したのである。

 

「まあ、この事は今は気に留めておく程度でいいだろう。……現状は、劣勢状況の打開が最優先事項だ」

 

 話は再び要求を飲むか飲まないかについての議論へと切り替わる。

 仮に要求を飲まなかった場合、日本海軍は保護した艦娘とこれから建造などで呼び出す事になる艦娘の力のみで周辺海域の攻略に臨むことになるが、そのペースは非常に緩やかなものとなるだろう。練度を高めるのに割く時間、装備を整えるのに要する時間など時間はロスしていく一方である。

 それは即ち、制海権奪還による物資輸送の再開が遅れることを示しており、逆にジリ貧なことになりかねない事を意味していた。

 ところが、要求を飲んだ場合、月虹艦隊が日本海軍よりも先行して海域攻略を開始することから制海権奪還の速度が早まり、早期の物資輸送の再開の目処がつくことになるだろう。さらに、技術提供を行うという点から、海軍所属の艦娘が強力な装備を整えるのに割く時間が大幅に短縮され、速やかな周辺海域の攻略が可能になるのである。

 加えて、トラック島が事実上の前線攻略基地となるため、南方海域の攻略が可能になった時、鎮守府を往復しての海域攻略を行う必要がなくなるのであった。

 

「……月虹艦隊の代表が航空母艦、つまり空母であることを踏まえれば、少なくとも相手は航空戦力を有していることになる」

 

「我が国の敵機動部隊による空襲に対する備えは万全とは言えません。今後、こちらに空母の艦娘が加わり、すぐに迎撃を指示したとしても完全に阻止することは困難でしょう」

 

「対空火器装備の開発も容易ではありません。何から何まで初めてな事だらけなのです……確立している技術が月虹艦隊の手中にあるのならば、頭を下げてでも提供してもらうべきです」

 

「しかし、特定の国に属さない一艦隊に対し国が頭を下げるというのは如何なものか……」

 

「プライドで飯が食えるのなら、今頃国民は裕福な暮らしをしていることでしょう!」

 

 議論は白熱し、時折罵声が入り混じった声が右へ左に飛び交いあった。

 そんな中、一人車いすに腰掛けた幹部が挙手し高野が発言を許す。眼鏡を掛けた初老の男は幹部の中でも一、二を争う力の持ち主である海軍大将の菊池であった。途端に他の幹部らは騒ぐのを止めて静まりかえる。

 

「―――諸君、事は冷静に考えるべきだ。月虹艦隊なる艦娘の集団は本来ならば日本以外と接触していてもおかしくはないのだ。なのに、わざわざ我々と同盟を組みたいと願い出ている……この意味がわかるか?」

 

 トラック島の位置的に、日本ではなくオーストラリアなどの国家に対し交渉することも可能であったはずである。それなのに、日本が選ばれたということは月虹艦隊にはどうしても交渉相手が日本でなければならなかった理由があるのでは……と菊池はそう考えていた。

 

「月虹艦隊に限らず、吹雪君達に我々は試されているのだ。彼女らの世界の海軍がどうであったかは知らんが、我々に信頼が置けないのであれば今頃大淀君や明石君は潜入調査などせず、何処か遠い国で軍に関わらず暮らしていたかもしれない。吹雪君達もこの世界に呼ばれることなどなかったかもしれんのだ」

 

 だが、彼女達は日本海軍の下に集い、日本を、いや世界を深海棲艦の魔の手から救うために戦おうとしていた。

 それは彼女達の中に「信じたい」という思いがあったからこそなされた奇跡にほかならない。奇跡はそう何度も起こり得るものではない。

 

「―――閣下、我々は『我々を信じている』彼女達の思いを無駄にすべきではないと思います。信頼に報いることができるよう動かなければなりません」

 

 どうかご決断を、と言葉を続け、菊池は高野を射抜くような力強い視線で見つめた。高野もまた同様に視線を交わし両者の間には閃光が走った。そうして彼は一旦目を閉じた後に、息を吐くように返答する。

 

「……最終的な判断は小高(おだか)総理と話し合って決めるが、海軍としては要求を受け入れようと思う」

 

 

 

 ―――後日、政府の合意の下で月虹艦隊が提示した要求は受理されることになり、国に属さない彼女達との間に同盟関係が成立することとなった。

 この知らせは紺碧艦隊から月虹艦隊に対しその日のうちにもたらされ、建御雷の下には一通の書面が届けられた。そして、そこには………

 

 

「直接会談、か――――面白い」

 

 

 彼女の本土への出頭を要求する一文が書かれていた。




海軍内に名前がなんか似ている人がいますけど赤の他人です。
なお、菊池大将のモデルはトマホークのあの人です(おい




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第6話 二つの歴史

比叡に早く三八弾を撃たせたい(高杉提督並の感想

5/31 ヨットを客船へ都合により変更


(―――やれやれ、よもやこんな早い段階で日本の土を踏みしめることになるとはな)

 

 トラック島を月虹艦隊の本拠地として運用すべく改修工事を総出で行い始めてから数日が経ち、春の兆しが早くも温度と花粉によって現れ始めていたある日。私は一人艦隊を離れ、海を越えた先にある懐かしき日本の地へと紺碧艦隊の護衛の下で辿り着いていた。

 そして、伊3001に事前に用意をしてもらっていた事務的なスーツ姿に着替え、交通費などを確認し終えると現在地を確認した後、最寄りの駅へと行くために田舎らしさの残るバス停まで徒歩で向かい、2時間に1本という本数の少ないバスを待った。

 バス停には私以外に、無精髭を生やしたベレー帽を被った男性と薄手のベージュ色のコートを着込んだポニーテールの少女が立っており、それぞれスケッチブックを手に風景画を描き、携帯電話―――スマートフォンを弄っていた。度々小声で話している様子から、二人は行動を一緒にしているようである。外見からして親子ではないとすると、叔父と親戚の娘に近い何かかと思われた。

 ふと、スケッチブックに視点をずらしてみるとそこには、細部に至るまできめ細やかに描写された大海原に浮かぶ客船の姿があった。……腕前から察するに恐らくは素人ではなく、それなりに知名度のある画家なのだろう。購入可能な作品があるならば是非とも買って持ち帰りたいと感じさせる絵柄であった。

 

(客船か……このご時世では満足に乗ることも出来ないな)

 

 深海棲艦さえいなければ今頃、海に魅入られた者達は豪華客船を使って世界一周などロマンに溢れることを自由に行っていただろう。そんな夢さえも踏みにじる深海棲艦という魑魅魍魎は、何を考えて我が物顔で海を支配しているのだろうか。……全くもって不愉快であった。

 

「……顔色がよろしくないようですがお嬢さん、大丈夫ですか?」

 

「あっ……いえ、別に何ともありませんので、お気遣いなく………」

 

 無意識のうちに負の感情が表に出てしまっていたようで、男性には具合が悪いように思われてしまったようである。付き添いの少女までもが心配そうに見つめてくるので、軽く会釈をして何とも無い事を伝え、私は怪しまれないよう二人から急いで視線を外してみせた。

 手に下げたバックから徐ろに手鏡を取り出し、試しに自身の顔色を確認してみる。鏡に写った私はにこやかとは言えず、何処かぎこちなさそうに見えた。少し引きつっているようにも思え、化粧以外にも表情を整える練習がいると猛省をする。……このままでは笑顔が怖いなどと言われてしまいそうだ。

 そうこうしているうちにバスの姿が遠くから見えてきていた。時間を確認し遅れがないことを確かめると、予め必要な運賃を手に握り締めて待機をする。

 

「おや、もう来たのか……」

 

「ええっ、全然見えなかったよ!?」

 

 男性の方も目が良いのか、バスが近づいてきていることを察知したようである。絵が上手いだけでなく目が効くとは、余程才能に恵まれている方なのだろう。世界中が深海棲艦の影響で鎖国状態になければ遺憾なくその才能を発揮出来ただろうにと思うと、やはり奴らの存在は恨めしく思えた。

 停留所にバスが到着し乗車口が開かれる。私は整理券を取り、そそくさとバスの後方へと向かうと、席に腰を下ろしながら窓に寄りかかった。

 

(しかし、高野磯八総長に小高総理……我々の前世にいた人物と些か名前が似通っているがこれも何かの因果か……)

 

 こちらが出した書面に対し帰ってきた書面の中には、高野五十六総長と大高総理を思い起こさせる名前が記載されていた。本人ではなく赤の他人だとは百も承知であるが、どこか懐かしい思いが心の奥底からこみ上げてくる。

 伊3001の調査によれば、『日輪会』なる慎重派の会合を開いているらしいが、かつての『紺碧会』のようなものであるとの事だ。となると、もしかしたら二人以外にも聞いたことある名を持つ幹部がいるのかもしれない。例えば、高杉提督とか――――いや、流石にそれはないか。

 

(高杉提督と言えば……そうだ、例の建造の件……)

 

 唐突に、トラック島の施設を工事中に、先行して完成させた建造ドックを利用して戦力増強を図ろうとしたことが思い出される。予定では同じ高杉提督の下で戦った対空火器の充実している比叡さんを呼び出すつもりであったのだが、珍しくも妖精さんから無理だと断られてしまったのだった。

 理由を尋ねてはみたが、妖精さん自身もわからないという。実は既にこの世界に来ている可能性もあるというが、確固たる証拠は何処にもなかった。ならばと思い、金剛、霧島、榛名、長門、そして日本武尊など名の知れた戦艦の名前を列挙してみたが、こちらも全滅という結果に終わった。

 空母についても、赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴など歴代の先代空母の名を確認してみたが、同様の結果であった。

 仕方なく、といっては失礼であるが、先のトラック島攻略作戦を立案時に名前が挙がった『筆汁芭斤(ペンシルヴァニア)』と『根婆汰(ネヴァダ)』、坂元艦隊に属していた航空母艦『瑞鷹(ずいよう)』と『雲鶴(うんかく)』などが建造可能か確かめてみると、こちらは大丈夫であると判明した。

 色々と思い悩んだ末、現在唯一の航空戦力が私だけであるのは危険だと考え、瑞鷹と雲鶴の建造を優先したわけであるが、どのような法則に基いて建造が可能か不可能であるのかは依然として不明なままであった。

 ちなみに建造された二人は、弓矢ではなく難しい文字が羅列された巻物状の飛行甲板と、ヒトガタに切った紙を用いて艦載機を召喚するという変わった方法で航空戦をこなしていた。そういう運用方法もあるのかと大変勉強になったが、服装が布面積の少ない水着のようであるのについてはあまりよろしいとは言えなかった。

 

(何はともあれ、航空戦力が乏しい問題はとりあえずは解決した……あとは練度を積み重ねて次作戦に備えなければな)

 

 特に、夜間航空戦闘の訓練は気合を入れて行わなければなるまい。

聞けば、空母ヲ級のフラグシップ個体は夜間においても艦載機を発着艦させることが出来るという。つまり、我々が同じようなことが出来ずにいるということは、ただでさえ物量で優勢な相手に更にアドバンテージを与えているようなものなのである。一刻も早くこの差を縮めなければ、深海棲艦の猛攻に反旗を翻すなど夢のまた夢に終わってしまうことだろう。

 これは月虹艦隊に限らず、日本海軍に属している艦娘にも徹底させるべきことであると私は強く感じた。

 

 

 ―――景色はめまぐるしく変化しており、気づけば最初の目的地である駅まであと残すところ僅か距離まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建御雷がバスと電車に揺られ帝都へと辿り着いたのは、やや夕陽が落ち始めて帰宅の途に着く人々の往来が加速し始めていた午後4時頃であった。

 そこから路面電車に乗り、昔懐かしい造りの一般家庭の住居が並ぶ地域まで向かった彼女は徒歩にて数分歩き、高野らと待ち合わせている梅の花蕾が開きかけているのが道路から垣間見える料亭『悠陽屋』の前へと辿り着いた。

 暖簾をくぐり、出迎えに来た女将に挨拶の一言と事前に決めておいた偽名を名乗り挙げると、事情を把握していたのか女将は流れるようにして廊下を歩き、建御雷を奥にある広間へと誘う。そして、襖越しに到着したことが伝えられ、室内からは入室を許可する声が響いて聞こえた。

 

「―――建御雷です、入ります」

 

 礼儀作法に則り襖を開けて一礼をした後、彼女の目に飛び込んできたのは額に走る大きな傷以外はまるで在りし頃の高野五十六と瓜二つの姿を持つ男、高野磯八であった。

 両者は一瞬力強い視線を交わし睨みを効かせると、何事もなかったように表情を戻し机を挟んで座わりあった。

 

「……遠路遥々から御足労をかけたようで済まないな」

 

「……いえ、お構いなく。それほど距離はありませんでしたので」

 

 艦娘が持つ独特な距離感からすれば約3000kmに近い航路など長いとは言い難い距離であり、言い換えれば目と鼻の先のようなものであった。

 それを聞き、高野は面食らった顔を見せると豪勢に笑い声を上げた。

 

「はっはっは、君達にとっては軽い運動にしかならんということか。羨ましい限りだ」

 

「……かの天草四郎時貞も海の上を歩くことが出来たといいますし、案外人類にも可能なのでは?」

 

「もし可能であったとしてもだ、君達のスピードには追いつけんだろうよ」

 

 高野は建御雷の分の日本酒をお猪口へと注ぎ入れ、改めて艦娘が持つ能力が未知であり得体の知れない凄まじいものであることを正直に述べた。それに対し彼女は、こう切り返す。

 

「本来、人が乗り込み操るはずの強力な兵器群がこうして人という形に押し込められて存在しているというのは、私としても不思議なものです」

 

「……昔から無機物を擬人化したりする文化はあったが、あくまでそれは空想上の存在だった。しかし、こうして君達は存在している……何の悪戯なのだろうな」

 

「神の企てか、それとも……」

 

 何者かによる意思の仕業なのか、と続け酒を一杯あおると彼女はお猪口を置いて、神妙な顔つきとなった。また、変装用に掛けていた眼鏡のレンズが光を受けてキラリと煌めく。

 

「話によればそちらで保護をしている艦娘は、妖精を取り仕切る存在によって召喚されたとのことですが―――」

 

「うむ。多くを語ることはなかったが、『大本営妖精』は一種の抑止力的存在であり、艦娘もまた同様の存在だということだ」

 

「抑止力、と言いますと……何か一大事があった際の為の存在、ということですか」

 

「そうらしいが、人の意識の集合体から遣わされたなど、どうも一般人には難しいことばかり言うものでな理解に苦しむ……」

 

 オカルト方面に詳しい人間でなければついてこれない次元の話をされたという高野は、参ったとばかりに頭を掻いて深い溜息をついた。

 建御雷は高野の述べたその話を聞き、そちらの方面に関する資料を集める必要があると脳裏に刻みつけ、今度は彼の持つお猪口へと酒を注ぎ入れた。同時に話を本題へと移すべく、高野の座っている傍らに見え隠れしているバインダーに目を落とす。

 

「―――ところで、閣下。……それは例のモノでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。君の頼み通りに吹雪君達に作ってもらったが……」

 

 彼女がわざわざ頼んで作らせたバインダーの中身、それは海軍側の艦娘がまだ艦艇だった頃に体験した出来事を詳細に記した年表であった。

 丁寧に両手を添えて高野から建御雷に受け渡されると、矢継ぎ早に見開きのページが開かれる。すると、そこには西暦何年何月何日に一体何があったのかという風に文章が書かれていた。ざっと眺めてはページを捲り、彼女は内容を読み進めていく。室内には沈黙が訪れ、紙が捲られる音だけが耳の左から右へと突き抜けていく。

 暫くして、全てのページを読み終わったのか彼女はバインダーを閉じ、瞳もまた閉じてから高野に向けて一言呟いた。

 

 

 

 

 

「単刀直入に申し上げますと、やはりこれは―――――私の知る歴史ではありません」

 

 

 

 

 

 建御雷が経験した第二次世界大戦の年表であるならば、米国が突きつけたハル・ノートに対しクーデターによって政権を得たばかりの大高が上手く切り返し、正々堂々と宣戦布告をしているはずであり、1941年12月8日のハワイ島攻略作戦を初めとした、パナマ運河攻撃、日本本土初空襲、天元作戦、サモア攻略戦などの出来事が起きているはずであった。

 だが、手元にある吹雪らによって作られた年表の蓋を開けてみればどうか、1941年12月8日の真珠湾攻撃に始まり、珊瑚礁海海戦、そして主力である赤城・加賀・飛龍・蒼龍の航空母艦4隻が失われるというミッドウェー海戦なる戦いが起きているではないか。

 ……それだけでない、ロスアラモス原爆研究所破壊作戦、通称『弦月作戦』や日英同盟正式締結を決定づけたとされる英空軍の陽動支援によるニュルンベルク原爆工場破壊作戦、通称『天極作戦』など原子爆弾の投入を阻止するために行われた作戦が存在しておらず、逆に広島・長崎に原爆が投下されるという事態まで発生している。極めつけは日本の無条件降伏だった。

 

「私が知る第二次世界大戦では、後半に日米和睦がなされ、ドイツ……第三帝国との戦いに突入しました」

 

 

「……すると、ここに記されている無条件降伏は行われていないということか」

 

「はい、その通りです。それに、第二次世界大戦自体はマスカット講和会議にて休戦という形で終了しているはずです」

 

 その後、休戦協定は破られ、第三次世界大戦が勃発してしまうわけであるが、これは休戦によって中断されたヒトラー率いる神聖欧州帝国との最終決着の戦いであった。

 高野はこの話を聞き、吹雪達と建御雷達との間に決定的な違いがあることを理解した。

 

「なるほど……君達が独自行動をしたがるのもよくわかる。これでは艦隊に乱れが生じてしまうな」

 

「時は一刻を争うというのに艦娘同士のいざこざがあっては困ります。なので、ああいった形を取らせていただいたわけです」

 

 第二次世界大戦を『あの戦争』と称して艦娘の間で話が盛り上がってしまうのは避けられないことであった。そこで、勝った負けたの歴史の食い違いによる論争が起これば、海軍としてもたまったものではない。明らかに抱えることのできる問題の量を超えてしまうだろう。

 

「だが、君達の存在を隠し通すことが出来るのは精々序盤の戦いのみだ。後のことはどうするつもりなのだ」

 

 南方海域を攻略することになった際、トラック島が攻略のための格好の拠点となるのは言うまでもなかった。しかし、トラック島には月虹艦隊に属する艦娘が身をおいて生活している問題があり、顔を合わせないようにするのは不可能であった。たとえ、別の拠点に月虹艦隊が拠点を移したとしても、結局はイタチごっこなのである。

 

「……秘匿だからと連呼するのにも限界があるのはわかっております。―――ですから、これは賭けです」

 

 彼女の言う賭けとは即ち、これから海軍側に属することになるであろう艦娘の中に理解者……悪く言えばスパイとなる存在を見出すというものだった。確率は低いとも高いとも言えないのは建御雷は百も承知であった。

 

「二つの世界の記憶を持つ艦娘が現れるかもしれませんし、最悪現れないかもしれません。そちら側に属することになっても、実は私達の世界の艦娘である可能性もあります……」

 

「……では、今回のように調書を随時取った方が良いということか。……わかった、表向きは『平行世界の第二次世界大戦の経緯を知る』ということで取り調べは行わせよう。何か変わったことがあれば必ず報告する」

 

 また高野は建御雷に対し、艦隊に新たな艦娘が加わればその艦娘についてのデータを報告することを約束した。

 これにより、同盟の申し入れの際に約束していた技術提供が円滑に行われることになり、その時艦隊に必要だとされる装備が制限はあるものの手に入るという体制が確立することとなる。

 

 

 

「―――にしてもだ、妙だとは思わんか」

 

「……何がでしょうか?」

 

「いや、深海棲艦の展開の仕方だよ……一見すると、地球全域を狙った侵略戦争のようにも見えるが、実はそうではないのかもしれん」

 

 机の上のものを避け、彼は鞄から使い込まれた地図を取り出し広げてみせる。そこには、深海棲艦が占拠しているとされる地域が赤く示されており、日本は包囲網を敷かれているに等しい状態であることがわかる。

 

「私が奴らならば、仮に南方海域が発生源だとしても西に向かって拠点を複数作り上げ、オーストラリアを丸々攻め落とし、そこから各方面へ進出するはずだ」

 

「既存の通常兵器が効かないのならば陸地など安々と制圧できるはず……なのに、実際は国の沿岸沿いなど部分的に制圧するのみ……」

 

 小さな島国や諸島群は丸々制圧されてはいるが、それなりに大きな面積のある場所に限っては部分的に制圧する……考えて見ればおかしな侵略の仕方であった。

 

「実は陸地に居られる時間が決まっているとか……?」

 

「それも考えられるが、現状人類は無力であるのと等しいのだ。制圧してしまえば自分達の都合の良いように国を改造してしまえるはず。生活に必要な水場がほしいのであれば巨大な川か湖でも自作すればよい話だ……だが、それをしないということは何かがある」

 

「……もしかすると特定の国家を狙った戦争かもしれない、ということですか?」

 

「何が条件かは不明だが、例えば深海棲艦を増殖させるために必要なモノがその国に貯蔵されているからなんてことがあり得るかもしれない。この仮説通りならば、周辺国はとばっちりを受けていることになるわけだが……」

 

 深海棲艦の布陣から見るに、仮説が正しければ日本には深海棲艦を惹き寄せる何かがある可能性が大と言えた。しかし、それは取り除けるものであるのか否かは、現状ではまだはっきりとはしなかった。

 

「そこでだ、我々が日本周辺の制海権奪還に取り掛かるのに並行して、月虹艦隊に頼みがある」

 

「……お聞き致しましょう」

 

「トラック島より南西へと下って、パプアニューギニア及びオーストラリア周辺の深海棲艦の動向を探ってほしい。どうもあの辺りが気になるのでな……」

 

 建御雷もまた、高野が気にしているようにオーストラリア周辺の特に豪州北部付近に何かあるような気がしてならなかった。

 決定づけるものは何もなかったが、強いて言うならば勘がそこで何かが起こると警鐘を鳴らしていたのである。

 彼女は二つ返事で彼の頼みを承諾すると避けておいた酒を元の位置へと戻した。そうして、再び互いのお猪口へと酒を波々と注ぎ入れると、互いの艦隊の健闘を祈るべく乾杯を行った。

 

 




次回の更新はちょっと遅れるかもです。

色々役所に提出しないといけない書類が山積みで辛いです


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第7話 豪州の眠り姫

やっと、引っ越しによるネット封印が解除されました・・・

いやぁ、さっきまで無線LANの接続作業に悪戦苦闘しておりまして、非常に疲れました。

それではお待たせいたしました、第7話です。


 高野と建御雷の二人きりで行われた密会により、月虹艦隊と吹雪達の間には『歴史の相違』という大きな壁が存在していることが明らかとなった。

 これにより、双方は迂闊に二つの勢力を合流させるべきではないことを改めて確認すると、それぞれの今後の動向と予定について念入りに意見を酒とともに交わし合った。

 その中で、月虹艦隊は高野より南西の方角に位置するパプアニューギニアとオーストラリア周辺海域の、現在の深海棲艦の現在に布陣について調査を依頼され、建御雷は言い表せない謎の波乱の予感を感じ取っていた。

 情報によれば、深海棲艦は陸地の全てを侵略しているわけではなく、海に面した付近のみに限定してその勢力を拡げているとのことであったが、今もなおそうであるかと問われればそうだとは断言できなかった。

 一つの決して変わることのない戦略思想に基づいて行動しているのか、それとも複合した場合に応じた戦略思想に沿って行動しているのか―――もし後者だとするならば、今後深海棲艦は必ずこうするだろうという確信の下で海域攻略を行うことは困難を極めることが予想された。

 月虹艦隊としても、先の戦況を見越して一つでも多くの不測の事態に繋がるような原因は今のうちにはっきりしておくべきだとして、建御雷は伊3001と話し合った後に紺碧艦隊を偵察に向かわせることを決定した。また、これに合わせて紺碧艦隊の任務拡大を見越した戦力増強がなされ、新たに建造された伊1003、伊702、伊901、呂201、呂202、呂203の計6隻が配備されることとなった。

 6隻はそれぞれ紺碧艦隊が管理していた紺碧島・硫黄島周辺の留守を主力部隊と入れ替わるようにして任され、伊601ら海中打撃チームはパラオを経由し、その身をパンダ海の海中奥深くへと宿していた。

 

「――流石に、何処へ行っても此処ら一帯はフラグシップばかりが蔓延っていますね……」

 

 伊601は潜望鏡から海上の様子を観察していたが、見渡す限りの深海棲艦の群れがそこには居た。

 それもただの群れではない。瞳はどれも金色に輝いており、敵は見つけ次第殺してやるという強烈な恨みを感じさせる威圧感を放っていた。とてもではないが水上艦によって編成された部隊で戦いを挑めば、いくら月虹艦隊が実力派揃いであるとはいえ損害なしでは済まされまい。

 

「戦闘は厳禁なのもわかるっすねー……下手に魚雷ブチかましたらどうなることやら」

 

「今確認出来る数だけならば殲滅はギリギリ可能かもしれない。だけど、増援は……確実に来る」

 

 そうなれば偵察任務どころではないのは目に見えていた。よって、紺碧艦隊は決して気づかれることがないよう様子を見ては潜航を繰り返し、道中を何の問題もなく通過した。

 だが、オーストラリア北部に位置するポートワイン沖近くに至った時、彼女達はおかしなことに気がついた。

 

「……敵が、少なくなった?」

 

 先程までとは違い、強烈な殺気が周囲から消え失せていたのである。それだけではなく、警戒のために配置されていたと思われる深海棲艦の数が極端に減っており、海は不自然な静けさを際立たせていた。

 

「守りを単純に薄くしているのかねぇ……それとも、お昼寝中だとか」

 

「えっ、深海棲艦も寝ることあるの?」

 

「さあ? でも、仮に寝てないのだとしたら不眠不休で何やってんだろうね。娯楽でもあるのかなあっちにも」

 

 伊503は深海棲艦の生態が気になって仕方がない様子であった。故に、不気味とも言える海の姿に人一倍興味を示しており、何時にも増して目を光らせ偵察を行っていた。

 やがて、沖に近づくにつれて元々雲行きが怪しかった空からポツポツと冷たい雨が降ってくると、聞こえてくるのは僅かな波の音と雨音だけとなった。

 

「……これじゃあ、雷洋や春嵐を飛ばすことも出来ませんね」

 

「それは多分向こうも同じなはず……雨の降り方からしてすぐには止まないでしょうね」

 

「――逆に言えばチャンスっすか」

 

 敵もまたこの状況では航空機を飛ばすことは無理であった。さらに言えば、こんな悪天候の中を航行するなど特に用がない限りは深海棲艦とてするはずもない。注意すべくは敵潜水艦のみに絞り、紺碧艦隊は一気に沿岸近くまで押し迫って行った。

 

「確か港に海軍基地が近くにあると聞いたけれど……敵影は?」

 

「―――確認出来るだけで、空母ヲ級8、ヌ級4、戦艦タ級9、ル級8、重巡リ級6、雷巡チ級4……それに軽巡が少なくとも6、駆逐が5ですが……」

 

「ありゃ、ホントにお休み中じゃん」

 

 冗談混じりに伊503が述べたことは奇しくも現実となって港湾付近に存在していた。いずれの深海棲艦も肩を寄り添い合って寝ていたり、猫のように丸くなって寝転がっていた。敵であると意識しなければきっと微笑ましいと感じていたに違いない光景であっただろう。

 

「見事にだらけているっすね、こりゃあ一体……」

 

「……此処まで来る間にいた深海棲艦はやる気に満ちていたのに、何でしょうねこの温度差は」

 

「現場を知らぬ上層部と、現場を知る兵士の確執か何かかな? もしくは此処のトップがよっぽど温厚なのか」

 

 どちらにしろ彼女達にとって、深海棲艦が敵意を剥き出さずに停泊中であることは都合が良かった。即ちそれは、下手な騒ぎさえ起こさなければ気づかれずに偵察任務を果たすことが可能であることを意味していた。隠密行動には自信がある紺碧艦隊にとって造作も無いことである。

 そうして一行はようやく沿岸沿いを抜けて、目的地である豪州海軍基地付近がどうなっているのかを注意深く観察した。遠目から見ても施設は襲撃にあったことによって数カ所倒壊しており無残にも放置されていた。また、逃げ遅れたであろう人の白骨化死体も見受けられ、人は誰一人として存在していないことを物語っていた。

 

「こっちも完全に敵さんはオフかぁ……呑気なもんだねぇ」

 

「……指揮を執っていそうな深海棲艦の姿は?」

 

「フラグシップ個体がいるようですが、恐らくはトップではないかと―――いえ、待って下さい!」

 

 浮上して様子を窺っていた伊601は目を疑うような光景を目撃した。フラグシップの空母ヲ級が確認されたその奥の辺りに、何やら巨大なシルエットが映し出されたのである。明らかに記憶している深海棲艦とは違う独特な形をそれはしていた。

 もっと目を凝らし詳細な姿を見ようとするが距離的に危険であると言えた。しかし、だからといって引き下がる彼女達ではない。もし、既存の深海棲艦以外の新種がいるというのならば、その深海棲艦の種類がどうであれ少しでも情報を持ち帰るべきだと考えたのである。

 

「―――気づかれた場合に備え、G7の用意を各艦お願いします」

 

「了解、くれぐれも気をつけてね」

 

 伊601は他のメンバーを残し、単独で上陸が出来るかの瀬戸際まで接近すると物音に注意を払いつつ、新種と思われる目的の深海棲艦を映像記録として残した。同時に、見える範囲内の施設の状態についてもしっかりと収めていった。

 一通り情報収集をし終えると、新種の正体を考えるよりも先に伊601は速やかに撤退を行い、紺碧艦隊は建御雷ら月虹艦隊が待つトラック島へと行きと同じ航路を通って舞い戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それで、コレが撮影に成功した新種の深海棲艦というわけか」

 

 紺碧艦隊が撮影し持ち帰った写真は直ちに現像がなされ、建御雷の手元へと届けられた。いずれも多少ぼやけてはいるものの、新種と思われる深海棲艦の姿が映っており、従来種よりもひとまわり以上も大きな巨体を持っていることがまじまじと伝わった。

 また、艦娘でいう艤装に該当するであろう部分もその巨体に合わせるように複雑な構造をしており、とても大きかった。特に、砲身と思われる部分は独立して生きているが如く、強靭な牙を剥き出しにしている。もう片方の砲身も大きい上にやけに長かった。

 

「コレ以外に他に新種はいなかったんだな……?」

 

「……はい、残念ながら確認できませんでした」

 

「……なるほど」

 

 建御雷は、恐らく確認された新種の深海棲艦こそが少なくとも豪州北部付近の深海棲艦の軍勢を執り仕切っていると考えた。しかし、上に立つだけあって他の深海棲艦にはない能力を備えているのではないかという疑いが彼女の中で生まれる。……だとすればそれは何か、解き明かすための鍵は写真の中にのみ存在していた。

 

「――伊3001はこの新種がどのような種類の深海棲艦であると思う?」

 

「そうですね……背後に備わっている艤装部分の大きさと砲身らしき部分からして、戦艦の類ではないでしょうか?」

 

「……確かにそう考えるのが妥当か」

 

 月虹艦隊に属する艦娘の艤装の特徴を見ても、艦種が大型艦であるのに比例して艤装もまた巨大であった。深海棲艦にも同じ理屈が通るのであれば、新種の深海棲艦が戦艦ではないかという予想も十分成り立った。

 だが、別角度から捉えた写真が新たな疑問を呼ぶことになる。その写真は、生きた砲身部分が拡大して撮られており、砲身の頭部前方から後方にかけて謎の線が引かれていた。さらに途中で曲がってもいる。

 

「これは……飛行甲板ですかね?」

 

「砲身に飛行甲板―――まさか」

 

「航空戦艦なのかもしれません。ですが、飛行甲板にしては些か不安定ではないかと……どうみても水平だとは言い難いです」

 

 伊601は飛行甲板が砲身の上という、普通に考えれば艦載機を発進させるのには適さない……というより、あり得ない方法を新種の深海棲艦が使用していることに首を傾げた。

 そもそも、空母ヲ級のような航空母艦クラスの深海棲艦は、頭部の気持ちの悪い被り物の口から吐き出すようにして艦載機を発艦させており、飛行甲板など艦娘のように目に見える形で装備してなどいなかったはずである。それはつまり、飛行甲板を表現する必要はないと深海棲艦が考えていることに他ならない。  ならば、どうして不要であるはずの飛行甲板を新種の深海棲艦が持っているのか……それが最大の謎であった。

 

「上位種が劣化したのが既存種なのか、それとも既存種が進化したのが上位種なのか……」

 

「……情報が少なすぎますね、正確な判断のしようがないです」

 

「……まあ、無理に考えても仕方がないことだ。一先ずは、コイツが敵の大将であると仮定しよう」

 

 引っ掛かりを感じつつも、建御雷は伊3001と伊601に休憩に入ることを命じ、写真を携えたまま一人作戦会議室へと残った。そこで、心のなかで未だに渦巻いている言葉に言い表せない引っ掛かりを払拭すべく、重苦しい唸り声を上げながらもう一度写真を睨みつけるように観察しなおす。

 

「―――いや待て……本当に、航空戦艦なのか?」

 

 暫定的に航空戦艦であると話し合いの中で位置づけた彼女であったが、それが仮に間違いだったとしたらどうだろうか。空母であるとした場合は、大きすぎる砲身が不自然であった。航空巡洋艦だとすれば、空母ヲ級や戦艦タ級やル級が従っている状況が不自然であった。

 

「艦種に関係なく能力によって序列が決まるのだとしたら……違う、そういう事じゃない」

 

 頭を掻き上げて脱線する考えを軌道修正し、建御雷は新種の深海棲艦の正体が何であるかのみに考えを集中させる。果たして違和感は何処から来るものなのか……それさえ判明すれば突破口が開けるような予感が彼女にはあった。

 暫く思い悩むこと数時間。気がつけば日が暮れて始めており、そろそろ夕食の支度をしなければならない時間となっていた。

 

「……少し気を紛らわすか」

 

 思い詰めているだけでは埒が明かないとして彼女は部屋を出て調理場へとそのまま向かった。そして、保存庫から野菜と新鮮な魚を取り出し献立は何にしようか検討し始めた。

 すると、急に外が騒がしくなり、窓から様子を覗いてみればそこには、ちょうど資源収集を目的とした遠征から帰ってきていた雪嵐達が、傷や疲労を癒す効能のある霊水を入れたバケツを抱えて浜辺に上陸していた。

 

「……ふー、つーかーれーたー!」

 

「今日の夕飯なんだろうねー」

 

「私カレーがいいなぁ」

 

 それを見た建御雷は献立についての意見を求めようとして外へと飛び出した。

 しかしそこで、先程まで感じていた違和感が何故か彼女の脳裏を過った。困惑を置き去りにしてパズルのピースが合わさっていくような感覚が全身を突き抜けていく。

 

(航空戦艦……複雑な構造の艤装……奇妙な飛行甲板……巨体―――戦意がない、まるで眠り姫のような状況)

 

 加えて、雪嵐達を見ていて再度蘇った正体不明のピースが組み込まれた。その瞬間、違和感は綺麗さっぱり消え失せ、建御雷の中に一つの事実が見えてきていた。

 

 

「―――そうか、そういう事だったのか……」

 

 

 違和感の正体は、艤装の大きさと複雑な構造にあった。

 雪嵐達の艤装を装着した姿を見ていてわかったことであったが、建御雷はどうしても新種の深海棲艦が重々しい艤装を背負ったまま普通に航海を行えるとは思えなかった。怪力などという安直な発想で片付けることも出来ただろうが、移動を行えたとしても目立ってしまい格好の的になるというデメリットがあった。

 また、海軍基地跡に身を置いて他の深海棲艦と共に休んでいる状況が拍車をかける。まるでそこが安息の地であるかのように動こうとしない姿を見て彼女は、『動こうとしない』のではなく『動けない』のが正しいのではないかと考えた。そこに更に、以前米利蘭土に語ったことが思い起こされ仮説が誕生する。

 

「あの新種は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――何ッ、敵に陸上施設がいるかもしれないだと?」

 

 3月23日に向けた最終調整に追われていた高野は、同じ日輪会に属するメンバーである情報部の日向中佐から月虹艦隊より豪州北部近海における偵察結果が届けられたという連絡を受けて、深夜にもかかわらず飛び起きていた。

 報告書には件の深海棲艦の写真が添付されており、見た者全ての度肝を抜いていた。奇抜な格好に奇抜な艤装、そのどれもが彼らにとって未知であったのは言うまでもない。

 

「あくまで仮説として考えてほしいとのことです。航空戦艦であるという可能性も捨て切れませんし……」

 

「……だが、仮説の根拠は?」

 

「一番の根拠となるのが不安定さを感じさせる飛行甲板とのことです。指摘されている通り途中で謎のカーブが存在しています。では、これが飛行甲板ではなかったとしたら……他に何を思い浮かべますか?」

 

「道路………いや、滑走路か!」

 

「そうです、滑走路だとすれば基地や飛行場が連想されます。また、解像度を上げて調査してみたところ、反対側の長い砲身にも見える部分、恐らくこれは……クレーンです」

 

 滑走路とクレーン、この2つが同時に存在する施設など限られていた。加えて、占領されている施設はかつての豪州海軍基地である。何らかの関連性があると見たほうが自然であった。

 

「ということは、連中は陸上施設を模した存在すら生み出すことが可能かもしれないということか」

 

 敵は海上の艦だけに留まらず、陸上にある施設にまで及ぶという事実は高野に衝撃を与えた。

 ……がしかし、この事がもし本格的に海域を攻略している最中に判明していたとしたら、混乱どころではない騒ぎとなっていたことだろう。

 そう思うと彼は、準備中である今のうちに判明してよかったと胸を撫で下ろし、偵察を見事に完遂した月虹艦隊に心の中で感謝の意を示した。

 

「……仮に陸上施設であったとして、月虹艦隊はどうすると言っている?」

 

「『敵の種類に関わらず攻撃の用意アリ』とのことですが……『今はその時ではない』とも述べています」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 高野は自軍の戦力が整っていない時に、眠れる猛獣は起こすべきではないと理解していた。悪戯に騒ぎを起こせば必ずその矛先は周りに飛び火してしまう。今回の場合、確実にパプアニューギニアとオーストラリアが巻き込まれてしまう可能性は非常に大であった。

 そうなってしまったら、日本は自分の首をさらに絞め上げることに繋がりかねないのである。

 

「……それに、表向きには日本海軍が攻略したことにしなければならんからな」

 

 時間をかけさえすれば月虹艦隊が先行して件の海域を攻略することは可能であった。

 されど、月虹艦隊は特定の国に属さない、あくまで日本と同盟関係にある集団である。彼女達が日本海軍所属であると名乗れば一時的には日本海軍の功績となるであろうが、籍を置いていないことがバレれば追求は免れず一大事になる。

 その時点で少なからず日本への信頼は失墜の一途を辿ることになるだろう。

 

「月虹艦隊が陰軍として攻略のための体制を整え、我々日本海軍が陽軍として攻略を行う……何もかも頼りっぱなしだな」

 

「ですが、いつかは――――」

 

「受けた恩を何倍にも、何十倍にも、いや何千倍にもして返す……仇ではなく恩という形でな」

 

 一歩以上先を往く月虹艦隊に追いつき、肩を並べて共に戦える日はきっと来る――――そんな思いを胸に、漢達は迫り来るまであと僅かとなった『反攻の時』に向けて、駆け出すための靴紐を固く結んだのであった。……始動の時はもう間近だった。

 

 

 ―――そして、強き鋼の意志は別の場所でも紡がれる。

 

 

 

 

「……もう、二度と失いはしない」

 

 少女は星空を見上げ、小さく汚れを知らない手のひらを大きく掲げながら悲しげな面持ちで独り静かに呟いていた。




次回は日本海軍でも月虹艦隊でもない第3のサイドによる話になりそうです。

感想よろしくお願いいたします。


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第8話 動き出す者達

日本武尊=超弩級戦艦で高速戦艦=つよい

もうあいつ一人でいいんじゃないかな(


 ――時は2013年3月23日、日本海軍は……いや、人類は重大な局面を迎えていた。

 

 吹雪を筆頭とした艦娘を全面的にサポートするためになされた横須賀鎮守府の改修工事が完了し、施設内には艦隊運営を行う為の庁舎や今後艦娘が増えた場合に必要になる宿舎の他に、資材庫・開発工廠・建造工廠などが設けられていた。

 資材庫には妖精から指定のあった燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイト等が収められ、急ごしらえではあるものの枯渇することは当分あり得ないであろう量が貯蓄済みであった。

 また、開発工廠では解析により既に量産化がなされた駆逐艦らの主砲や魚雷が並べられ、整備員らによって常時点検が、建造工廠では新たな艦娘を呼び寄せる為の力場が設置され艦種ごとに何が必要になるか細かい研究がなされていた。

 その一方で鎮守府内の執務室では、鎮守府の運営を高野より直々に仰せつかった男性少将が在室しており、机の上に積み重なった書類の束を黙々と一人で処理し続けていた。そこへ、鎮守府内の施設を巡回していた大淀が現れ、机を挟んで彼の前へと立った。

 

「……提督、建造工廠より報告があります。申し上げて宜しいでしょうか?」

 

「……構わん、続けてくれ」

 

 面と向かって顔を合わせないまま両者は会話を続けたが、特に関係が険悪であるということではなかった。

 大淀は報告書を開いて、鎮守府内を見て回った中で得られた内容を淡々とした口調で丁寧に彼に伝えた。

 

「第一建造ドックより天龍型軽巡洋艦1番艦『天龍』、第二建造ドックより、同じく天龍型軽巡洋艦の2番艦『龍田』、第三建造ドックより夕張型軽巡洋艦1番艦『夕張』の建造が確認されました」

 

「――各艦の意思確認は?」

 

「簡易的なものなら既に済んでおりますが、各艦共に後方には下がらず前線で戦いたいとの事です」

 

「……わかった、現状は保留として時間が空き次第私が直接面談を行うと追って伝えてくれ」

 

「了解しました」

 

 取り決め通り、提督と艦娘の一対一での話し合いによって最終的な判断をするとして彼は大淀に指示を飛ばすと、一旦書類から顔を上げて彼女と視線を通わせて言った。

 

「……それとだ、宿舎の案内が終わったら、吹雪・白雪・叢雲・漣・電・五月雨の6名には演習場にて集合するように頼む」

 

「天龍さん達が見学を願い出た場合はどう致しましょうか?」

 

「……許可するが、呆れさせるようなものは見せないようにな」

 

 再び視線を元に戻し彼は作業に没頭し始めると大淀は踵を返した後に退室し、執務室には提督だけが残されることとなった。暫くそのまま紙が捲れる音だけが室内に響き、沈黙が空間を支配する。

 提督は温くなりつつあった珈琲を口に含み一息を入れると、ふと鎮守府を任されることとなった前日に高野によって呼び出された時のことを一人思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私が、でありますか?」

 

 ……その日、後に提督として艦娘を指揮することになる私――富嶽征二(とみたけ せいじ)少将は、皆が準備で忙しなく動きまわる中、高野総長から秘密裏に呼び出しを受けていた。

 私もまた総長が指揮する日輪会のメンバーではあったが参加している幹部の中ではまだまだ新人の部類であり、自分で言うのも何であるが客観的に見てもあまり目立っているとは言い難い存在であった。

 

「……何故、私なのか理由をお聞かせ願えないでしょうか」

 

 瞳を閉じ、まるで眠っているかのような表情をしている閣下は、重く閉ざした口をゆっくりと開き、私の問いに対してこう答えた。

 

「君の深海棲艦に関するレポートを読ませてもらった上での判断だ……と言ったら納得するかな?」

 

 艦娘との連携を円滑に行うための『提督』選びのための課題として、深海棲艦に対する各々の考察をレポート形式でまとめるよう指示が出たのは記憶に新しいことであったが、まさかそこから自分が選ばれることになろうとは思いもしなかった。

 もっとも、いい加減に書いてはおらず、真剣に悩んだ上で書き上げたのであるが、私の中では他者に劣っているのではないかという認識があった。

 

「……それだけでは納得は致しかねます」

 

「そうだろうな……私が君の立場であるのならば同じように納得しなかっただろう。だがな―――」

 

 閣下は、私の提出したレポートの内容に他とは違う決定的差があったことを上げて、諭すように私に説明を行った。

 

「君のレポートには、これまでの戦いで抱いていても何らおかしくはない深海棲艦に対する負の感情が一切含まれていなかった。だから、君を選んだのだ」

 

「……ということは、他の方のレポートは感情論で書かれていたと、そう仰りたいのでしょうか?」

 

「全体的に見れば、君のように与えられた材料から考えられることについて冷静に考察がなされていたよ。しかし、どうしてもかつての戦いのことを引き摺ってしまっている部分が幾つかの物からは読み取れてしまった」

 

 即ち、憎しみや悲しみは容易に割り切ることが出来ないということであった。

 ……無理もない、メンバーの中には親しかった同僚や家族を第一次・第二次深海大戦にて失った人間も存在している。割りきってしまうということは、失われた命に対する感情を薄れさせろということであり、残された者達にとっては酷なことでもあった。

 

「……憎むこと、悲しむことを否定するわけではない。だが、その感情を艦娘達に無理に共有させることはあってはならない」

 

 艦娘達は危機的状況にある人類を守るために深海棲艦と戦おうとしてくれているのであって、深海棲艦を憎んでいるから戦っているのではない。これは絶対に忘れてはならないことであった。

 

「それに君は、負の感情こそ深海棲艦を助長させると説いている。まさにその通りだと私も思う……負の感情にとらわれてしまえば正確な判断が出来ず、相手の都合の良いように事が運んでしまうだろう」

 

 別の解釈をすれば、深海棲艦の力の源にも負の感情が密接に関係しているのではないかと私は考えていた。

 先の大戦により、深海棲艦の正体が怨霊に非常に近い存在であることは明らかとなっていたが、果たして怨念となる前のものは一体何処から来るのであろうか。

 当初はこの世に生きる人類が持つ負の感情によって生み出されているのではないかと考えていたが、別の世界の日本で活躍したという艦娘の存在が新たな可能性を示した。

 実は深海棲艦とは、別の世界の怨念の塊がこの世界に流れ込むことで生み出されているのではないかということだ。勿論、それを証明する証拠があるわけではなく所詮は憶測にすぎない机上の空論だ。だがしかし、一概にあり得ないとは言えず切り捨てることが出来ない可能性でもあった。

 

「―――この戦い……深海棲艦との戦いとは言いつつも、本当は人の持つ悪意との戦いなのかもしれません」

 

「建御雷君もまた似たようなことを言っていたよ……この戦いは単純な攻め合いによる戦争ではないと」

 

「……月虹艦隊も同様の見解ですか」

 

 我々の先を行き、今も何処かで戦い続けているという秘匿艦隊……月虹艦隊。彼女達もまたこの大戦の異常性に気づき、調査を続けているということである。つくづく驚かされるばかりであるが、彼女達は何を思い、何を見据えて戦っているのだろう……提督という立場ならば、それを知ることも可能か。

 

「わかりました……提督の件、謹んでお受けいたします」

 

「……そうか、引き受けてくれるか」

 

 満足気に頷くと高野閣下は、引き出しを開けて中から黒色のファイルを取り出して私の前へと差し出した。よく見ればダイヤル式の施錠がなされている物であり、見ただけで機密性の高いものであるということが理解できた。

 

「……これは?」

 

「緊急時における月虹艦隊との通信マニュアルだ。鎮守府から少し距離をおいた場所に専用の通信施設が建設されたことは君も知っているだろう」

 

「ということは、これが『月と太陽』でありますか」

 

 『月と太陽』とは月虹艦隊と日輪会の間を結ぶ連絡手段のことであり、これまでは月虹艦隊が保有している航空機が用いられて行われていた。

 だが、今後同じような方法で連絡を取り合っていては、いずれ現れるであろう航空母艦の艦娘に感づかれ、彼女達が要求している海軍所属の艦娘達への秘匿が危うくなる可能性があった。よって、月虹艦隊の指定した暗号を用いるための施設が鎮守府の改装工事と平行してつくられ、情報部の主導のもと運用の準備がなされていた。

 

「わかっているとは思うが、そのマニュアルを使用する際は人目を避けるようにな」

 

「……これ自体を秘匿するということですね」

 

「……ああ。だから、基本的には存在しないモノとして考えてくれ」

 

 月虹艦隊に繋がるもの全てを隠し通し、艦隊を指揮するというのは中々に難しいものであるが、やり遂げねばなるまい。

 託された物の大きさを重々噛み締めながら私は――――その日、『提督』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私とて深海棲艦に対して憎しみがないわけじゃない。されど、まだマシな方だと言えよう」

 

 彼もまた深海棲艦との戦いの中で大切な家族を奪われた一人でもあった。

 しかし、厳密には死んだわけではなく行方不明であることからまだ希望は残っており、他者と比較して憎悪の思いは希薄であった。それに加えて、行方不明である家族というのは彼の父親であり、何かと悪運の強い人物であった。

 例えば、深海棲艦の襲撃にあった地域の住民を収容する際に彼の父は攻撃を受けたわけであるが、携帯していた装備を駆使して猛然と立ち向かい、収容が完了するまでの間時間を稼いだという。また、ある時は過激派に命を狙われたが放たれた銃弾を全て避けきって見せ、逆に返り討ちにしてしまっていた。

 

「親父はきっと生きている……どうせ、そのうちひょっこりと顔を出すに決まっているさ」

 

 机に飾ったまだ征二がひよっこであった頃の親子写真を指で優しく撫で自身にそう言い聞かせると、着任したばかりの軽巡洋艦の艦娘3名と吹雪達をどのように連携させていくかを思考し始めた。

 練度的に見て、良い成績を出しているのは吹雪・叢雲・漣の3名であり、やや劣っているのは電・五月雨・白雪の3名であった。

 

「軽巡3名のうち、1名を第一水雷戦隊旗艦に据えて吹雪・叢雲・漣を随伴に付け、鎮守府近海の哨戒に当たらせるのがベストといったところか……残りはそうだな、通常訓練に加えて対空射撃訓練を課すとしよう」

 

 現在のところ、横須賀鎮守府内の航空戦力は皆無であり、空に対する備えはないに等しかった。

 したがって、敵航空機による空襲があれば100%の防御は無理であり、如何に被害を最小限に留めるかが課題であった。

 勿論、航空戦力は追々確保する方針ではあったが、戦力として見込めるまではやはり時間を要してしまう問題が存在する。その間、何も出来ないのはナンセンスであり馬鹿らしいと言えよう。

 

「ともかくまずは、手本となる教導部隊を作らなければな……」

 

 社会的な構造の面からも、ある程度役割が担える先達なくして後継者は育ちはしない。いきなり、右も左もわからない新人を大量に雇ったところで生まれるのは混沌であり、その先にあるのは破滅しかない。

 富嶽は吹雪達にこれから増えるであろう艦娘に戦い方を教えるという大役を押し付けることをすまないと思いつつも、それが未来をつくるきっかけとなると信じて計画を進めていった。

 

 

 ……それから約2週間の時が流れ、富嶽征二提督が指揮する軽巡洋艦天龍を旗艦とした第一水雷戦隊は、鎮守府近海における深海棲艦の掃討を通して確かな手応えを感じつつ、南西諸島沖近くへと進出を開始していた。

 同時に、国民に対して艦娘による深海棲艦の反攻作戦が着々と行われていることが小規模ではあるがメディアを通して伝えられ、心の何処かで滅びの時を受け入れかけていた者達に希望の火を灯したのであった。

 ―――そして、その知らせは思わぬ所で効果をもたらすこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月虹艦隊と日輪会が展開する太平洋とは逆に位置する日本海側の東北地方の秋田県に存在するとある旅館……そこでは、国内が不穏な空気に苛まれていながらも地元住民により賑わいを見せており、知る人と知る憩いの場所として愛されていた。

 特に、新鮮な魚類と山菜などを用いた天ぷらは美味とされ、振る舞う料理人も熟練の料理人であると有名であった。だが、この旅館が活気に満ち溢れている所以は他にも存在していた。

 その一つとして、住み込みで働いている一人の女性の存在があった。女性は長年働いているわけではなく、つい数ヶ月前から働き始めたわけであるが、年若いながらも何処か母性を感じさせて、訪れた人々の疲れをそっと癒していた。

 また、彼女と同じ部屋で暮らす二人の少女も旅館を盛り上げる存在として人気を博しており、幼いながらも積極的に諸作業を手伝い可愛がられていた。

 ……そんな彼女らであるが、3人が旅館で生活することとなった事の発端は、年長者である少女――鳳翔が旅館近くの漁業可能区域にて倒れているところを旅館の従業員が発見した事にあった。

 彼女は当初、自身が何故人の体をしているのか理解できず大いに頭を悩ませていたが、旅館の女将に優しく諭されて次第に人として人生を謳歌するのも悪くないと考えるようになった。そして、旅館の従業員として少しずつ働くようになったわけであるが、ある日のこと……人目を避けるようにして上陸を果たそうとする二人組の少女を偶然にも目撃することとなる。

 それが現在彼女と同じ部屋で暮らす2人であり、名前は響と雪風と言った。響達もまた気づいたら人として転生していたクチであり、これからどうすべきかを悩んでいた。

 そのような経緯があり、3人は仲睦まじく家族のように生活を歩むこととなったわけであるが、世界は残酷にも彼女達に決断を促す状況を作り出した。

 なんと、新聞のとある一面に同じように人として転生した艦艇達の姿があり、海よりの侵略者である深海棲艦と戦っていたのである。これを見た鳳翔らは自分達と同じ存在が置かれている状況について急遽話し合ったが、その場では何をどうすべきかはすぐには定まらなかった。

 

 

 

 

「……どうすればいいんだ、私達は」

 

 何も知らぬまま平和な時間を歩もうと考えていた響は、お開きとなった話しの場から堪らず一人で飛び出して、やりきれない思いをどう処理すべきか頭を悩ませていた。

 他の2人は気づいていなかったようであるが、記事にあった写真には非常に小さく見切れていながらも同じ服装の少女の姿があったのである。イコールそれは、響に関係のある人物……いや、艦艇が海軍の下に集い戦っていることにほかならず、胸が締め付けられるような罪悪感を抱かせていた。

 

「あれは私の姉妹艦……だとしたら、誰だ? 暁か、雷か、それとも―――電か?」

 

 最後に呟かれた同型艦、電……残酷にも海軍に保護され今も奮戦している少女は、響にとって特別な意味合いを持っていた。在りし日の頃の1944年5月14日……彼女は電と共に輸送船の護衛の任にあたっていた。だが、持ち場を交換した直後に電は敵潜水艦の雷撃によって轟沈し、響は暁型の中で最後の一艦なったのだった。

 もしかすれば、電が最後の一艦となった可能性もありえ、生き残ることが出来たかもしれないと悔やむ響は、仮に正体が電であり再会出来たとしてもどのような顔をして話をすればよいのかわからなかった。

 

「恨まれているのだとしたら、合わせる顔なんてない……じゃあ、会わない方がいいのか?」

 

 彼女達と境界線を引けば、気に入っている今の生活を続けることは可能であった。簡単には後ろめたい気持ちは消え失せないであろうが、いずれ時間が解決する保証は存在していた。

 どちらが正しいのかわからない天使と悪魔の囁きが彼女の両耳を塞ぎ、人としての暮らしと艦娘としての日々のいずれかを選ぶように迫る。

 

「―――私は……私はっ……!!!」

 

 転生したのは戦うためだったのか、それとも味わえなかった人生を謳歌するためだったのか……悲痛な叫びに対して答えは当然帰ってなど来ず、夜風に吹かれて何時の間にか出ていた涙は流れていった。

 そうして、響はがむしゃらになって駆け出し、防波堤のその先に向かって言った。

 

 

 

 

 

「――――転生なんてせず、あのまま海で沈んでいた方が良かったんだッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 勢いに任せて彼女は飛び上がり、深い蒼色の海を視界に収めそのまま吸い込まれるように落ちて――――――しまうはずであった。

 

 

 

 ―――ガシッ!!!

 

 

 

 ……すると、乱暴な手が彼女の背中の襟を掴み取り、響は気がつけば防波堤の道を綺麗に転がされていた。訳がわからないまま痛む体を起こすとそこには――――荒れた黒髪を適当に後ろで束ねたかに思えるTシャツにジーンズ姿の女性が不敵な笑みを浮かべて格好つけるように立っていた。

 




カットビング阻止をしたのは果たして……


次回もよろしくお願い致します。


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第9話 廻る歯車

艦これ用にタブレットを買いたいのですが、VivoTab Note 8もう少し安くならないかなぁ……

春イベがもうすぐですが、勿論オール甲で行くつもりです。


「――ほれ、コレでも飲めよ」

 

 思い詰めたあまり、自ら命を絶とうとした響は海へと落下する直前……突如として現れた謎の黒髪の女性に見かけ通りの荒っぽいやり方で引き上げられ、かすり傷を負いながらも救助されていた。

 そうして、半ば強引に手を引かれる形で彼女は防波堤を離れた先にある公園のベンチまで連れてこられた挙句に座らせられ、これまた強引に女性が買ったと思われる缶ジュースを握らさせられていた。

 

「……あり、がとう」

 

 響は無表情のまま礼を述べてジュースを受け取ったが、すぐに飲むようなことはしなかった。

 代わりに、缶ジュースを渡してきた命の恩人である女性に横目で視線を向け、訝しむように彼女は観察を行い様子を窺った。しかし、当の女性はそんな事など構いもせず、清々しい笑顔で炭酸入りの飲料水を一気に飲み干し、次の一本に手を付けようとしていた。

 

「……どうして」

 

「――ん?」

 

「どうして、私を助けたんだい……?」

 

 そこに割り込むように響は質問をぶつける。その眼差しは真剣であり、見る人によっては怒りに満ちているようにも思えた。……何故邪魔をした、あのまま沈んでいたら楽になれたのに、と感じさせる瞳であった。

 これに対し、女性は手を止めてもたれるようにベンチに背中を預けると白い息混じりにこう答えた。

 

「そりゃ、ずっと見ていたからな」

 

「――えっ?」

 

 予想外の答えに戸惑う響。だが、そんな彼女の反応を他所に女性は懐かしむ横顔を見せ静かに話しだした。

 

「正確にはお前さんと一緒にいる、あの鳳翔って人をオレは見張ってたんだ」

 

「鳳翔……さんを? どうして―――」

 

「何て言うか、アフターサービスってやつかな……」

 

 語られた真実は響達が今の暮らしをしていることと複雑に絡み合ったものであった。……なんと、女性は旅館の女将達に保護される以前に鳳翔と出会っていたのだという。

 

「彼女は最初、とてもじゃないが人目につくような場所になんて倒れていなくてな……まるで、無人島に打ち上げられたような状態だったのさ」

 

 いくら周辺を見回そうが人の気配は感じられない、そんな場所に流れ着いていた鳳翔を女性は偶然にも発見したわけであるのだが、彼女自身が保護を行うことは残念ながら叶わないことであった。

 

「助けた頃は彼女一人に構っていられるほど暇じゃなかったからな、仕方なしに顔見知りだった女将達に引き取って貰う形を選んだんだ」

 

 意識のない鳳翔を抱きかかえた女性は文句も言わず旅館の近くまで歩き続け、あたかもそこで発見されたように装ったのだった。それから時間が少し経過すると、女性は余暇を見つけては鳳翔を遠巻きに見守り、後から現れた響達についても気にかけるようになっていった。

 

「お前さんともう一人と鳳翔さん……3人が同じ事情を抱えてんのはよく知っている」

 

「……待って、どこまで知っているんだい」

 

「そうだな――――人と同じ姿をしているが、実は人間じゃないってところまでかな」

 

「!?」

 

「そして3人は、ある戦いで生き残った存在なんだろ?」

 

 何もかもお見通しであると彼女は間接的に述べ、驚愕の表情を露わにしつつも警戒する響の頭を優しくあやすかのように撫でた。

 

「……貴女は、一体何者なんだ」

 

「――安心しろ。何処の誰かまでは伏せさせてもらうが、お前さん達の紛れも無い同胞さ」

 

「じゃあ、貴女も……『艦娘』なのか!?」

 

 女性は首を縦に振って頷き肯定すると、先程述べた鳳翔が保護されるまでの経緯を改めて説明し始めた。

 

「……オレが発見した時、最初に確かめたのは外傷があるかどうかだった。結論から言えば無きに等しかったが、顔を見て気づいたんだ」

 

 鳳翔は負傷して苦しんでいるわけでもないのに、どういうわけか涙を溢して倒れていたのだった。

 

「あの人は身体じゃなくて中身の……心にダメージを負っているように思えた。……それも並大抵の心の傷じゃない、トラウマにも似た何かだと直感でわかった」

 

 なので、彼女は戦いとは無縁な旅館に鳳翔を預け、心の傷を解消しようと試みたのだった。同時に、どのような背景から心の傷を負ったのかを遠巻きに観察し調査を行ったのである。

 そして、明らかとなったのが鳳翔が空母の艦娘であり、終戦まで生き残ったということだった。

 

「――しっかし、沈んだ艦は身体が傷つき、生き残った艦は心が傷つくとはおかしなもんだと思わねぇか?」

 

「……確かに、そう思う」

 

「だろう? ……だけども、お前さんは自分から身も心も傷つこうとしていた。だからオレは止めたんだよ」

 

「……でも私は僚艦を守れなかったどころか、その後の悲劇を阻止することさえ出来なかったんだ」

 

 響の日本海軍としての最後の一撃の標的であった存在は妨害を易々とかわし、悪魔の兵器を投下することで大勢の命をいとも簡単に葬り去ったのであった。

 その事実が蠍の毒のようにじわじわと彼女を蝕み、罪の意識をより一層駆りたてる。

 

「……結局、私達は何の為に戦ったんだろう」

 

 何が正しくて何が間違っていたのか、行き着く答えを求めて響は弱々しく呟いた。そんな彼女の様子を見て、女性は音もなく立ち上がりこう言うのだった。

 

「そいつは自分で考えろ……誰かに言われた事が必ず正しいとは限らねぇ」

 

「――えっ?」

 

「……言葉のままの意味だ。それに、答えは自分で探し続けてこそ見つかるもんだ。―――自分だけのたった1つの『答え』がな。恐らく、噂の海軍に属してる連中は『答え』を求めようとして戦っている筈だぜ?」

 

 命を粗末にするくらいならば、同じようにもっともがいて見せろ……女性はそう響に強く言い聞かせた。

 

「――私も記事に載っていた子達のように再び海へ出て戦えと?」

 

「そいつはお前さん自身が決めろ……誰かに言われて事を成すんじゃなく、自分で決めて事を成せばいい。今の生活を続けたいのなら、もう二度と過去は振り返らない方が身の為だ」

 

 言いたいことを言い切ったとばかりに、彼女は飲み干したジュース缶を放物線を描くように選べる飲み物の種類が少ない自動販売機横のゴミ入れに見事に投げ入れると、響に背を向けたまま歩き出し離れていった。

 

「……待って!」

 

 急いで反応し呼び止める響であったが、女性は振り返ることがないままどんどんと先を行き、公園の出口へと直行していった。

 そこへタイミングを見計らったかのように一台のバイクが現れ、女性の前にまた一人ライダースーツにヘルメット姿の女性が現れた。バイクに乗った女性はヘルメットを響と話していた女性に投げて寄越すと、二言三言小声で話し合い後ろに乗るように促した。

 

「……貴女は、どう思っているんだあの戦争を!?」

 

 出口まで追い付いてきた響は、最後の質問として女性自身が第二次世界大戦をどう考えているのかを投げかけた。すると、女性は星空を仰ぎ見つつ返答をヘルメットを被ってから漏らした。

 

「はっきり言えば、勝者も敗者もどちらも正しいとは言えない戦いだった」

 

「……その根拠は?」

 

「スポーツで例えれば、日本は熱狂的なファン(国民)と報道(メディア)によって選手という名の軍人に勝つことを強制し、選手もまたその過激な熱狂ぶりに飲まれて退場覚悟の危険なプレイをしていった。一方で、連合国側は選手同士と戦わせるだけでなく、その後ろで応援していたファンをスタジアムの観客席から強制的に排除し相手チームの士気を低下させた。――さて、どちらが正しいんだろうな?」

 

「それは……」

 

「……ついでを教えておくが、戦争ってものは憎しみや怒りによって直接引き起こされるものなんかじゃない。あくまで原因の中の一つであって、本当の戦争を引き起こすトリガーは別に存在している。――ま、そいつは自分で調べるんだな」

 

 ライダースーツの女性の後ろに座り、落ちないよう身体を固定すると女性は最後に一言だけ響に声をかけた。

 

「どうしても過去が割り切れないのなら、正義か悪かなんざ考えず戦争全体を研究しろ。さすれば、答えは見えてくるはずさ」

 

 それだけ言うと二人組の女性らはバイクに跨って公園から遠ざかり、少女だけがぽつりと取り残される形となった。

 だが、この束の間の出会いは間違いなく少女の運命に影響を与え、廻り始めていた小さな歯車同士の中により大きな歯車を組み込むことになる。

 

 

 

 

 

 

「――アレでよかったの、タケル?」

 

「んん……何がだ?」

 

 ある程度離れた場所まで来た所で、走行中のバイクを運転している女性が相乗りをしている――『タケル』と呼ばれた女性に向かって先程までの響との会話について質問を飛ばした。

 

「あの子……この世界の日本海軍に保護されている子達と同郷の子でしょう?」

 

「だから何だって言うんだよ」

 

「……いえ、アドバイスをしていたようだけど、解決し終わった様子じゃなかったから」

 

 結論を響自身の判断に任せたことを心配したのか、ライダースーツの女性は前方を見ながらも頭の片隅では既に遠く離れてしまった後方を気にかけていた。

 

「大丈夫だよ。あの子はきっと気づいて前へと進めるはず……たとえオレ達と道を違えたとしてもな」

 

「強い子、なのね……」

 

「――もっとも、死のうとして突っ走っていたけどな。はっはっはっ」

 

「……そこは笑うところじゃないでしょ」

 

 笑い声を上げる『タケル』を咎め、彼女は少しばかりお仕置きと称してジグザグにバイクを走らせる。しかし、大して効果はなく、むしろ荒っぽい運転に対して興奮させてしまうのであった。

 

「ふぅ~……ところで、『例の件』は進展は?」

 

「『例の件』……ああ、鎮守府への偵察の件ね。さっきだけども、2人から連絡があったわ」

 

 タケルは現在は別行動なものの、普段は行動を共にしている他2名の艦娘の動きについて彼女に詳しい状況を問うた。

 予定では深海棲艦の打倒に乗り出し、加速度的に成果を上げつつある横須賀鎮守府の様子を探っているはずなのであるが、なかなかに目立った変化というより様子は見られず、これまでの間は彼女達の頭を悩ませていた。

 ……が、今回連絡があったということは変化が生じたということであり、新情報が聞けるということにほかならなかった。

 

「鎮守府に出入りをしている航空機があったそうよ……それも、水上偵察機」

 

「海軍内に航空機を運用できる艦娘は、今のところいなかったはずだが……」

 

「……でも、現に確認されたということは内部ではなく外部にいるということ。追跡しているようだから気づかれて撒かれない限りは、出処が判明するのにそう時間は要さないと思う」

 

「前線基地でも作ってそこに所属している艦娘を駐留させているのは……数的にあり得ないもんなぁ」

 

 彼女らは、横須賀鎮守府内の戦力が未だ心許ないことを熟知していた。故に、正式な形で海軍に属してるわけではない、これから所属予定の艦娘とやり取りを行っている可能性を強く疑った。

 

「南に向かって飛んでいったと最後に聞いたけれど、南下した先はまだ手が付けられていない海域のはずなのよね」

 

「純粋に偵察を出したのだとしても無謀が過ぎる……だとすると、何かがいるのは間違いなさそうだな」

 

 その後の報告次第では自らも確認に向かう必要があることを理解し、2人は次の連絡を待つため拠点を置いている場所へと足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時同じくして、トラック島泊地における月虹艦隊はというと、6月の梅雨入り前に実行に移す予定であるハワイ方面における深海棲艦の掃討作戦の準備を行っていた。

 既に偵察自体は完了しており、フラグシップ個体の数が少ない代わりにエリート個体を中心として布陣は構成されている事が判明していた。また、その場を指揮しているであろう存在として日本海軍が『泊地棲鬼』と呼称している……太もも部分から下にかけてアンバランスな巨人のような腕によって支えている、通常の深海棲艦とは一線を画している上位種が確認されていた。

 艦種は砲身が見えることから戦艦だと暫定付けられたが、空母ヲ級らが飛ばしているような航空機を操っている姿が目撃されたことから、戦艦と空母の特徴を合わせ持った――ポートワインで撮影に成功した新種のような融合型の深海棲艦であるとの認識が強まりつつあった。

 

「――メリー、夜間飛行訓練の報告を」

 

「んー、7割がた完了しているようデス。あともう一寸デスカね~」

 

「防空電探の設置状況は?」

 

「もう完了済みでばっちぐーデース!」

 

 着々と進み行く泊地の整備により、トラック島は本格的な前線基地としての機能を紺碧島と同じように有していた。

 特に目を引くのは、島を包囲するかのように海中深くの海底に敷設された聴音ソナーやケーブルであった。これにより、潜水艦クラスの深海棲艦がトラック島周辺に現れた場合でも直ちに感知され殲滅が可能となった。

 また地上ではというと、建御雷が米利蘭土が尋ねた防空電探が地上のあちらこちらに置かれ、深海棲艦の反攻に早期警戒体制を敷けるよう工夫がなされていた。

 木零戦及び仙空による常時警戒網も敷かれており、トラック島は『防御こそ最大の攻撃』であると体現していた。

 

「ンー……けれどもどうして、ハワイを攻めるともう決定しているんデスカ?」

 

「……早急過ぎると言いたいわけか。確かにそうだが―――」

 

 建御雷もまたハワイ方面の攻略は時期尚早だと考えており、前提として行う予定である沖ノ島海域攻略後は北方と西方海域の攻略にかかるべきだとしていた。

 だが、想定される損耗具合を鑑みた場合、どうしてもハワイを優先して攻略しなければならなかった。

 

「艦娘によって深海棲艦が撃破可能とはいえ、艦娘の為に回す資源は無限にある訳ではない。遠征によって一定量は賄えるだろうが、そう遠くない時期に配給が間に合わない事態が発生してしまうはずだ」

 

「……では、ハワイを攻略するということは、ソレはつまり……」

 

「米国とコンタクトを取り、交易の再開をするのが目的だ」

 

 深海棲艦によって鎖国状態にあるとはいえ、米国は広大な大地と大量の物資というランド・パワーによって制海権を奪われてもなお健在であった。

 その米国が制海権を一部でも取り戻したとなれば、周辺国に与える影響は非常に大きい。

 

「高野総長と以前会った時に話し合ったが、他国のバックアップなしに日本が深海棲艦に対抗し続けるのはたとえ我々のフォローがあろうとも不可能だ。早期に打開する必要がある」

 

 距離的には中国かロシアにコンタクトを取るのがセオリーであるが、敵もわかっていて部隊を配置しているのか、余程の運の持ち主でなければ抜けられない包囲網が両国近海に敷かれていた。

 対照的に、太平洋は海の面積が尋常ではない所以もあって深海棲艦の完全なる支配には堕ちておらず、部隊の数は多いと言えど配置は疎らであった。

 

「……急がば回れ、とよく言うだろう? 米国からハワイに掛けては我々が輸送船を護衛し、ハワイから日本に掛けては日本海軍の艦娘が護衛を行うとすれば補給線を築くことは可能だ」

 

「問題は、米国が協力してくれるかどうかデスケド……」

 

「見込みはあるし、そこは政府の対応に任せるさ。……まあ、我々がその時送り迎えの護衛を引き受けることは明白だがな」

 

 海軍の艦娘に配慮し、米国まで大使を送り届ける任を月虹艦隊が引き受けることにした建御雷は、苦笑を浮かべると未来の話から時系列を戻してハワイ諸島奪還までの作戦要旨について簡単に米利蘭土へ解説を行った。

 

「はっきり言えば、我々月虹艦隊をもってすればハワイの占拠自体は容易く、2週間以内には手に入れられるはずだろう。……が、敢えて日本海軍の動きに合わせる」

 

 その大きな理由には二つの事が挙げられた。

 まず、月虹艦隊が独自に攻略を行った場合、海軍側の艦娘はいつの間にか解放されている拠点を経由して物資を得ることになるが、これでは沖ノ島海域攻略以前に何故艦娘の手も借りず基地が機能しているのかという疑問を抱かせることに繋がってしまう。これは月虹艦隊の存在が露呈することにもなりかない為、避けるべき事であった。

 次に、ハワイに貯蔵されているはずである莫大な燃料等の存在があった。調査により、推定450万バレルの石油が入った貯油施設は比較的無傷の状態で残されており、深海棲艦がわざわざ丁寧に取り出して使っていない限りは使用可能であるとされていた。

 日本海軍としては、喉から手が出るほどに手に入れたい代物であり、今後の攻略作戦を円滑に進めるためにも確保は絶対であった。

 

「流れとしては、日本海軍所属の艦娘が攻略部隊の主力として突入することになり、月虹艦隊は陽動を仕掛けつつ露払いを行う。……主力部隊が攻略に成功するようお膳立てした暁には海軍の特潜隊と連携し、内部の制圧に移るぞ」

 

「つまり、主力が実は陽動で、陽動である私たちが主力というわけデスカ」

 

「そういう事になる。しかし、あちらの艦娘が作戦までにどれだけ練度を上げているかによって進行が左右される。その判断の基準が、沖ノ島海域の攻略というわけだ」

 

 紺碧艦隊によって数が減らされているとは言えど、それでも強力な敵部隊の布陣が沖ノ島の海域には未だに存在しているのである。

 これを撃破出来ないことには、大規模攻略作戦の成功など夢のまた夢と言えよう。

 

「――まあ、成功するように手は回そう」

 

 技術提供予定の装備リストを眺め、建御雷は主力部隊に選抜されるであろう艦娘が一体誰になるのか、それに合わせて何を提供すれば良いのか思考を張り巡らさせた。

 そして――――

 

 

 

 

「あの水上機……」

 

「――間違いないようじゃの。あれは……」

 

 

 ―――闇夜に紛れて月虹艦隊へと迫り来る、謎の二人組の存在の影が静かに揺らめく太平洋上にあった。




鎮守府が危機的状況にさらされた時、颯爽とマクロスFのライオンのBGMを引っさげて登場する蒼莱とか多分強い(確信

つよい(大事なことなので二回言いました


次回もよろしくお願い致します。


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第10話 絶望のヴィジョン

ひえー(


 ―――各所で運命の歯車が動き始めた、その明くる日の朝。建御雷は一人非常に目覚めの悪い朝を迎えていた。

 

 

『……には、……ない……の?』

 

『――また、……返す』

 

 来ている服の色など細部は違えど、同じ方法を用いて戦っている少女らの光景が彼女の目の前には広がっていた。

 夢だということは視界がボヤけており、少女達の素顔が鮮明でないことから早くから判明したが、鳴り止まぬ砲撃音や爆発は夢にしては妙に現実めいたものであった。……まるで、これから起こることを物語っているかのように。

 

『――さん、早く――げて!』

 

『たとえ……になってでも、私は……!!』

 

 また一人、また一人と膝をついて倒れ伏し、虚ろな表情で何も言わなくなった艦娘が海中へと沈んで逝く。最低でも空母である艦娘は4隻沈んだことが嫌でも確認出来た。

 そうして、同じ場所から現れるのは、見たこともない深海棲艦の上位種であり、白く血の気のない身体と紅い眼が負の感情を見る者に与えていた。……気づけば、必死に戦っていたはずの艦娘達は消え失せ、建御雷を取り囲むように海面へと立っていた。

 

「なんだ、これは……?」

 

 反射的に身構えようとするが、金縛りにあったかのように思うように身体がピクリとも動かせない。

 ふと違和感を覚えて足元を見てみれば、しがみつかんとする無数の手が海の奥底から生えてきていた。それは瞬時にエスカレートし、腕や背中を掴んで姿勢を崩しにかかった。また、口も冷たい手で無理矢理塞ぎ、彼女は悲鳴を上げることも叶わなくなるまで追い込まれる。

 

(……やめろ、私は……沈みたくなど――ないっ!!)

 

 必死に抵抗の思いを胸に抗う姿勢を見せるも、身体の自由は奪われたまま半身は既に海水に浸かっていた。終いには、首にも手が回され、今度は声が出せないどころか呼吸をすることさえ許されなくなった。

 

(―――ッ!?)

 

 それに追い打ちをかけるように、痛みはやがて受け入れ難い快楽の波となって建御雷へと襲い掛かった。

 

『サァ……ズミナ……イ』

 

(―――嫌だ)

 

『ミナ……ニ……ドデモ……!!』

 

(―――やめろ)

 

 誘惑する甘い声が耳元で囁かれる。身を委ねて堕ちてしまえば楽になるとソレは嘲笑いながら言った。

 そして、端から返答を聞くつもりもなく彼女の頭を乱暴に掴み上げると、今までの抵抗を無に帰す形で黒く闇に染まった海の底へと沈めた。……何処までも何処までも深い水底へと。

 

 

「――――うわあああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――自身の叫び声と共に飛び起きた私は酷く汗ばんだ手で顔を覆い、そこで初めて先程までの出来事が夢であったのだと再認識を果たした。

 

「はぁ、はぁはぁ……」

 

 寝汗が全身から噴き出して流れ、まるで大量の水を被ったかのように衣服は湿っているのを通り越してずぶ濡れ状態であった。下着に至っては肌にピッタリと密着しきっており、身に付けている意味をもはやなくしていた。異臭も漂っていることから一刻も早く脱がなければならないとも思った。

 

「……気持ち悪い」

 

 現実でなかったとはいえ首を絞められた挙句に溺れさせられた感触はまだ残っており、思い出すだけでも胃から何かがこみ上げてきそうな気分となった。

 咄嗟に口を覆うが、その行為さえも鮮明に夢の内容をフラッシュバックさせる要因となっているようで、気持ちの悪さは余計に倍増してしまった。続けて頭痛や軽い痙攣といった症状も発生し、体調不良の真っ盛りの状態となった。

 仕方なく身に付けていた全ての衣服を脱ぎ捨て風呂場へと直行すると、洗うことよりもまず先に出来るだけ熱いシャワーを体中に浴びせかけ、脱力感が拭えない身体に潤いと活気を取り戻させた。

 

「……クソッ、何だってあんな夢を見たんだ」

 

 シャワーに身を任せながら壁に拳を叩きつけ、私は夢でありながらも現実にまで強い影響を残した一時の夢に対して激しく憤りを露わにした。別に願ったわけでもないというのに何故多くの艦娘が沈み、自らもまた沈めさせられる夢など見る羽目になったのか……それに猛烈に腹が立った。

 

「只の偶像の産物であるならいいが、そうでないというのならアレは……」

 

 記憶に焼き付いたヴィジョンは、偶然だと片付けてしまうことが出来ないものであった。だとすれば、何か意味があるのかと考えるのが筋であるが、何せ夢の内容であるのだから手がかりになるものなど自分自身の中にしか存在しない。よって、他人に認めさせられるだけの根拠の無い考察を私は湯船の中で始めた。

 予想としては、この先起きる出来事を予期したものか、もしくは過去の出来事を再現したものである可能性が高いが、仮に前者である場合は相当な問題となる。

 

「私達が介入した結果があの状況を作り出しているとしたら、何が原因でああいったようになるのか……わからないな」

 

 技術提供などを通して支援を行い、海軍側の艦娘の強化を測っている事がもしや意味をなさないのだとしたら、果たして戦いに関わる意味はあるのかということになってくる。

 今までの努力が、これからの準備が全て無駄だというならば、何を求めて生きれば良いのだろうか。

 

「無駄であるはずがない……絶対にそれはあり得ない」

 

 たとえイレギュラーな存在であっても、何かを成すために此処にいると私は信じていた。それに介入していているのならば、夢のヴィジョンを回避するだけの手立ては打っているはずであった。

 では逆に、過去の出来事の再現であるとするならば具体的に何時の出来事の光景であるのだろうか。ヴィジョンをもう一度整理してみるが、空母の艦娘が複数轟沈する戦いなどあっただろうか。

 

「少なくともこちら側の歴史ではあんな悲劇は起こらなかった筈だ……なら、もう一つの歴史の方か」

 

 高野総長から預かったファイルの内容を思い出していくと、該当する戦いはたった一つだけ存在していた。―――その戦いの名は、ミッドウェー海戦と言った。

 

「赤城・加賀・飛龍・蒼龍の4隻の航空母艦を損失した戦いだったか。夢で沈んだ艦娘がこの4隻だとすると……あの光景は」

 

 たかが夢ごときに何を必死になっているのかと言われるかもしれないが、関わりのない戦いが艦娘で置き換えられて夢の中で再現されたことは意味があってのことであると感じていた。そして、単なる記録の再現でないことも薄々ではあるが気づいていた。

 

「……もし、アレが最悪の展開として起こりえるというのなら―――この世界は同じ展開をなぞりかねないかもしれない」

 

 同じ展開とはつまり、彼女達が経験した戦いのその先にある未来……日本各地への大空襲、その後の降伏をこの世界でも辿るということであった。……それ以前に、既になぞり始めている兆しはあった。

 

「―――私達にとってのハワイ攻略作戦は、ある意味彼女達にとっての真珠湾攻撃………いかん、この推測通りなら帝都への空襲は《必ず起きる》っ!!」

 

 思わず風呂の中から立ち上がった私は急いで大浴場から飛び出し、用意していた下着と浴衣に矢継ぎ早に着替え執務室へ戻ろうと階段を駆け抜けた。

 すると、その途中で館内放送が鳴り、米利蘭土の妹である手音使から私個人に向けての緊急連絡が入った。

 

「まさか、な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個人連絡の内容が本土への空襲であるかもしれないと睨み警戒する建御雷であったが、内容は予想に反して別の意味で緊急なものであった。

 通信相手は大本営の情報部かと思いきや硫黄島に常駐していた伊901らからであり、話し方から比較的落ち着いてはいるが切迫した様子が窺えた。

 

「――どうした、何があった」

 

『確認しますけれど、此方に追加で誰か派遣なんてしてませんよね……?』

 

「ん? ……するなら事前に連絡しているはずだが何だ、誰か近くに居るのか?」

 

『それが………』

 

 伊901の話によれば、硫黄島周辺には2人の艦娘と思しき姿があり、島をここ数時間微動だにせず観察を続けているとのことであった。また、そのうち一人は建御雷の艤装と似通った装備を身に付けており、長銃のようなものを携えているという。

 当然、トラック島・紺碧島に属する月虹艦隊の艦娘達は硫黄島にはそのような艦娘は知りもしないどころか、派遣すらしてもいなかった。海軍側の艦娘の可能性を疑おうにも現状鎮守府には空母の艦娘など存在はしていない。

 

「敵、ではないだろうが味方とも言い切れないな……」

 

『――どうしますか、偵察機を出して様子を見ますか?』

 

「いや、偵察機を出すのは結構だが……通信を送って反応を確かめてくれ」

 

『――わかりました』

 

 指示を受けて硫黄島からは3機の星電改が飛翔し、何処の誰ともわからない艦娘に向かって接近していった。

 暫くして、謎の2人組もまた偵察機の接近に気づき、注意を硫黄島から星電改へと移すと意外にも長銃を持った方の艦娘からコンタクトが開始された。そうして、ようやく二人組の正体が判明することとなる。

 

『星電改から入電ですっ! ――現在、硫黄島沖で停泊中の艦娘は旭日艦隊所属、装甲空母《信長》、防空軽空母《尊氏》とのことですっ!!』

 

「――何だとッ、それは本当か!?」

 

 紺碧艦隊とは対を成す、かの日本武尊が旗艦を勤めていた旭日艦隊に属していた艦艇が現れたことに建御雷は驚きと嬉しさを隠し通すことが出来なかった。

 だが、瞬時に冷静になり、2人が何を目的に硫黄島までやってきたのかを確認するよう促すと、敵意がないことを確認させた上で硫黄島内に招き入れ、直接通信の場に出すように取り計らった。

 

「――こちら、月虹艦隊旗艦兼代表の航空母艦『建御雷』だ。……久し振りと言った方が宜しいか?」

 

『うむ、こうして会話することは初めてじゃが、前世以来の再会で随分と久しいのぉ……ああ、ワシは尊氏じゃ。で、こっちが―――』

 

『……信長だ。宜しく頼む』

 

 古風な喋り方をするのが尊氏、無口な印象を受ける喋り方をするのが信長であると認識すると、彼女は単刀直入に本題を切り出した。

 

「……それで? そちらは何をしに硫黄島までやってきたんだ?」

 

『ああ、それはじゃな……お主達の偵察機が横須賀の鎮守府から飛び立ったのを偶然目撃してな。気になってここまで追跡してきたわけじゃ……して、そちらこそ今何処におるのじゃ?』

 

「トラック島だ。……一応、月虹艦隊に属する面々はほぼトラック島にて待機している。ちなみに、尊氏達がいる硫黄島は鎮守府近海の哨戒の為の前線基地だ」

 

 また、海軍側の艦娘には月虹艦隊は秘匿されており、海軍大本営の中枢……日輪会に属する者達にしか存在は知らされていないことを伝えた。

 加えて、月虹艦隊は立ち位置としてはかつての紺碧艦隊であるが、彼女らの居た世界にいた一部の艦艇を除いた面々によって構成されているとも述べた。

 

『一部の艦艇……鎮守府内におる艦娘らの事じゃな』

 

「そうだ。彼女達とは辿った歴史が異なっている……故に関わることを避けているんだ」

 

『――懸命な判断じゃな。じゃが、そうなるとお主らの方に属することになる艦娘は限られるのではないか?』

 

「お互い様だよそれは……まあ、足りない部分は技術で補って何かしている」

 

 その最もたる結果がトラック島であった。

 次第に会話は弾み、かつての戦いがどうであったかや提督らの自慢話が行われ話に花が咲く。しかし、その裏で腹の探り合いは行われ、双方は友好的なムードから一変し只ならぬ雰囲気となった。

 

「……はっきり言って、この深海棲艦との戦いには何か大きな力が動いている。計り知れない強大な何かがな……」

 

『……影の政府のようなものではない、それ以上のもっと質の悪いものだな』

 

「ああ、作戦を立案していて気づいたが恐らくこの世界は、普通に海軍側の艦娘に戦わせていてはいずれ大きな犠牲を出すだろう。勝利するか敗北するかは別として」

 

『指揮する人間は有能なようじゃが、前線での不測の事態に即応できるかと言われると無理があるの』

 

 不測の事態、それは想定外の敵が現れるといった生易しいもののことを言うのではなかった。

 

「海で言うのならば渦潮、陸で言うのなら砂地獄、空で言うのなら竜巻……一度飲まれてしまえば後戻りはできないことが待ち構えている気がしてならない。確証はないが、そう遠くないうちにこれは証明される」

 

『……その時はどう動くつもりじゃ』

 

「無論、戦うさ。深海棲艦とではなく――――所謂《運命》というやつとな」

 

 出身の世界が違うとはいえ同じ艦娘が悲劇的運命を再び辿ることは建御雷の中で許容はできなかった。従って、持てる力の全てを使ってでも運命に打ち勝とうと心に誓った。

 

「尊氏達が良ければ一緒に戦ってほしいが……嫌か?」

 

『嫌なわけがなかろう。元よりそのつもりじゃった……だが、儂ら以外にも連れがおるのでな、ちとそやつらと戻って話し合わねばならん』

 

「……連れ、か。その連れとやらは今何処に?」

 

『日本中を駆け回っておるはずじゃ。……ま、今は合流できんが時が来れば合流させるつもりじゃから安心せい。―――とっておきの連中じゃからな』

 

 あっと驚かせる気が満々の尊氏はそう締め括ると、最後に一言だけ彼女に対し有益な情報を告げた。それはちょうど尊氏達の連れが行っている調査についてであった。

 

『海軍に保護されるかまたは建造され呼び出された艦娘以外にも、日本各地には艦娘が散らばっているようじゃ。大抵は民間人に保護されているらしいがの』

 

「なるほどな……だが、くれぐれも戦いを強制するような真似はよしてくれ。していないとは思うが」

 

『……わかっている』

 

 指摘される以前にその事を徹底していた彼女らは、次回は通信越しではなく面を向かって話そうと約束し開かれていた回線を静かに切った。

 程なくして建御雷もまた通信機から離れると、傍らにいた手音使は恐る恐る駆け寄って言った。

 

「先程の件ですが、確証はないのに証明されるとは一体……」

 

「……始まりは全てハワイから」

 

「えっ?」

 

「なぞっているかもしれないのさ、かつての戦いを……」

 

 珍しく弱気で薄っすらと笑った表情で建御雷は手音使に顔を向け、心中を細々と机に寄りかかりながら告白した。……本当に抗うべき敵は深海棲艦以外の存在、即ち運命という名の『因果』なのかもしれない、と。

 

「大高総理は昔、世界……いや戦争とはシステムだと語っていた。まさにその通りだと思う。AがBのようになるのであれば、CはDのようになると予め設計されている」

 

「ですが、私達の居た世界ではその設計を独自に作り直し、システムが望む結果を覆した……」

 

「それが出来たのはシステムを作り上げるのは所詮人間であり、エラーが出れば人間の手によって修復がなされると気づいたからに他ならない」

 

 しかし、この世界のシステムを管理しているのは人間ではなく深海棲艦であった。つまり、エラーに対する修復の権限は深海棲艦の手に委ねられており、直すも放置するも自由であるのだった。

 

「この状況を知らずに戦うということは、上手いように奴等に誘導されてしまうということだ。此方が望んでいなくともな」

 

「では、これからどのようになされるのですか?」

 

「……やる事自体は変わらないさ。ただ、派手に引っ掻き回す必要性が増した。それだけだ」

 

 ――イレギュラー扱いされるのならば、その名の通りイレギュラーな行動を実行に移し、定められた過酷な運命に反逆する……建御雷は予想される作戦展開について研究することを月虹艦隊全員に要請し、対抗手段を徹底的に模索した。

 後日、その一貫としてトラック島にて訓練を課していた蒼莱16機が、軍縮により閉鎖中であった土浦飛行場及び硫黄島飛行場へと緊急配備されることになり、鎮守府の空への護りが万全になるまでの間の防人(さきもり)役を人知れず担った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍側では一方で、順調に鎮守府近海や南西方面の防衛・補給線の構築が実行されつつあった。だが、製油所地帯沿岸を前にして一つの壁に直面しており、そこで快進撃は残念ながら止まっていた。

 何故なら、敵主力と思わしき部隊に戦艦クラスの深海棲艦が確認されたからであった。

 現在のところ鎮守府では、追加で戦列に加わった重巡洋艦古鷹・最上を混じえて攻略作戦に乗り出していたのであるが、火力不足が否めず、主力部隊と邂逅を果たしたところで返り討ちに近いところまで追い込まれ、無視ができない損害を出していた。

 事態を重く見た富嶽提督はこれに対し、目には目を歯には歯をということで日輪会の承認の下、急遽戦艦クラスの艦娘の建造を行うことを決定し、建造ドックへと必要量の資源を投入していた。

 

「重巡洋艦の二人の建造に消費した資源から換算して、戦艦クラスの建造にはかなりの量を喰うな……」

 

「――はい、理論値ではありますけれど、燃料と鋼材は特に多く消費する計算となっています」

 

「……そうか」

 

 大淀の報告を聞き、富嶽は妖精らの反応を窺いながら資源のバランス調整を行うと、鋼材の方をやや多く用いて『鋼材>燃料>ボーキサイト=弾薬』となる形で具体的な数値を入力し建造開始の合図を送る。

 モニターには建造に要する時間が示され、その数値はこれまでの建造時間を大きく上回っていた。

 

 

 ―――建造完了まで、4:00:00。

 

 

 表示された時間が意味するものを知る者はこの時、誰一人として存在はしなかった。

 




須佐之男をどんな出し方するか考えてたら、潜水艦の神が降りてきました(意味深



次回もよろしくお願い致します。


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第11話 繋がれる手と手

感謝ッ、圧倒的感謝ッ……!!(2周年記念ボイスに対して)


 ―――桜の木々が花びらではなく、生い茂った新緑の葉を時折地に落とすようになった4月の中旬に差し掛かった頃、独特の臭気が漂う製油所地帯沿岸の海上では絶えず爆発音が鳴り響いていた。

 

「各艦、陣形を乱さず一気に突き進むわよっ!」

 

『了解っ!』

 

 士気高く航行する駆逐艦叢雲を旗艦に編成された第一遊撃部隊は、先の撤退を強いられた戦いの教訓を活かし、再配置されたと思われる前衛部隊との戦闘を極力避け尚且つ複縦陣を維持し続けていた。

 その甲斐あってか、敵水雷戦隊が放った砲撃や雷撃による被害は最小限にまで抑えられ、損害は皆無といっても過言ではなかった。

 

「――2時方向より、敵魚雷多数接近!」

 

「戦速最大、回避ィー!」

 

「……周辺警戒を怠らないで! ……次、10時方向から砲撃来るよっ!」

 

「――威嚇でもいいから撃って!」

 

 速度を上げて迫る魚雷をすれすれのところで避けたのも束の間、左前方にいた部隊からは連続して砲弾が飛来し、海面を何度も繰り返して叩いた。

 水飛沫が大量に飛び散る中、古鷹と最上が黙らせる目的でそれぞれ応戦するが、攻撃は全く収まる様子を見せなかった。

 

「……キリがねぇな、おい」

 

「前回来た時よりも深海棲艦の数が増えてますね……」

 

「まぁ、当然と言っちゃあ当然か」

 

 それだけ脅威であると認識されるようになったと受け止めながら、吹雪と天龍は追撃をしてくる後方の敵へ向けて一斉に酸素魚雷を放つ。

 きちんと撃破を確認した後に前を向くと、ちょうどそこは戦艦級が指揮を執る主力部隊と出くわした付近であった。

 ここまでの道程を考えれば、消耗した戦力は振り出し同然で取り戻されてしまっているのは明白であると言えた。もしくは、それ以上に強化されている可能性もあり得た。

 

「……さて、ノコノコとまた来てしまったわけだけれど」

 

 潮風になびく髪を掻き上げて叢雲は、再びやって来た戦場を前にして溜め息混じりに呟いた。

 前回の戦いに参加していた者もまた同様の思いであり、今度こそは撤退はせず勝利してやるという気持ちで溢れていた。

 

「反省点だった幾つかの事項はクリアされた。……あとは、どう倒すかよ」

 

「……正攻法で正面からぶつかれるよう訓練してきたつもりだけどよ、単純なやり方じゃ結局動きが読まれちまう」

 

「それに地の利については、向こう側が断然有利……となると、勝つためには―――」

 

 奇襲以外に方法はなかった。

 無論、彼女らは今後先の戦いでこういったケースが起こりうるとして、急ピッチではあるが訓練を重ねてきていた。

 叢雲はバランスを考えて部隊を二分し、その片方を天龍に任せる事を決定した。また、その随伴に重巡洋艦古鷹・最上の2名を付けた。

 

「天龍達は先行して連中を見つけ次第、優先して取り巻きの撃破をお願い。……あとは私達がやるわ」

 

「ヒット&ウェイってやつだね、わかったよ」

 

 装備の最終確認を手短に済ませ、いざ作戦開始をしようとしたところで攻撃ができないといったことにならぬよう、彼女達は互いに身を引き締めあった。

 そうして、天龍達は手筈通りに叢雲らとは別行動をとり、我先にとを戦艦ル級を旗艦とする敵主力部隊が待ち構えていると思われるポイントまで急行すると、特徴ある姿を捉えて先制攻撃を仕掛けにかかった。

 

「――おらおらァ、天龍様のお通りだァッッッ!!!」

 

「古鷹、突撃します!」

 

 14cm単装砲と20.3cm連装砲が一斉に火を噴き、戦闘態勢に移行していなかった駆逐ロ級4隻へと直撃する。

 硝煙が巻き起こり、近くにいた雷巡チ級と軽巡ヘ級がそれを見て襲撃を受けている事にようやく気づくが時既に遅く、飛び掛かった天龍が投擲した長刀がチ級の胸の中心を抉るように貫いていた。間髪入れずに口元に砲身を咥えさせる勢いで単装砲を突きつけると、刀を引き抜く際にゼロ距離で撃ってみせた。

 仮面には大きなヒビが入り、目元からは赤ではない血のようなものが流れていたが、彼女は躊躇うことなくもう一撃をお見舞いした。さらに横からもう1隻の手負いのチ級が迫るが、瀕死状態のチ級を投げて衝突させると……それが決定打になったのか、チ級は力なく崩れ泡となって海中へと消えていった。

 

「やばっ、ル級の注意がこっちに向いちゃった!」

 

「――残りはどうなってんだっ!?」

 

「へ級が2隻まだ残っているよ……でも片方はあと一撃加えれば倒せるまでは追い込んだ」

 

「……へっ十分だッ、二人ともタ級の奴に一撃かましたらずらかるぞッ!」

 

「「了解っ!!」」

 

 合図を受けて3名は、僚艦が失われたことで臨戦態勢となり活発に動き始めたタ級がいる方角へと進軍を行った。

 当然、先頭に立つ天龍にタ級の主砲の狙いが向けられるが、彼女は怖気づくことを知らず逆にスピードを早める。そのまま進めば、間違いなく追突するコースだった。タ級にはそれが命知らずの馬鹿による狂行であると映ったが、それは間違いであることを思い知らされるのは後のことであった。

 

「――各艦ッ、梯形陣に移行したのち、魚雷発射用意!」

 

「魚雷発射準備良しっ! ――急速離脱方向、最終確認……良し!」

 

「――撃てぇ!!!」

 

 攻撃が当たれば只では済まない距離まで接近した彼女達は、なんと単縦陣から梯形陣に陣形を変更しつつすれ違いざまに雷撃による攻撃を行ったのである。数こそ道中で少々消耗した関係で少なかったが、それでも最後にタ級の意識を雷撃にのみへ傾けさせることは成功し、御膳建てともいうべき場の構築には一役買った。

 ――その証拠に、魚雷を回避して油断していたと思われるタ級の背中に、口径の大きい砲身から放たれたとされる強烈な一撃が叩き込まれた。

 

 

 

「……貴女の相手は、この私だぁあああああ!!」

 

 

 

 タ級がダメージを受けた方向へ苦渋の表情のまま身体を傾け顔を向ける。……するとそこには、持ち前の高速力を活かし縦横無尽に海上を駆け抜ける一人の少女の姿があった。

 彼女は緑のチェック柄のスカートに巫女服という出で立ちで、4門の主砲が備わった艤装を背負っており、左右下に位置する砲身を旋回させてタ級を真っ直ぐに捕捉した。

 

「吹雪は手負いのヘ級を、私はもう一匹をやるわッ!」

 

「了解っ! ……『比叡』さん、お願いしますね!」

 

 護衛についていた吹雪と叢雲が、この期に及んで邪魔立てしようとする残存したヘ級2隻の排除を行うべく散開する。

 比叡は二人の勇姿を視界に収めながら前進し、正確なる射撃に努めるべく意識を研ぎ澄ませた。……途中、タ級による砲撃が飛んできたが、照準がダメージの影響で狂っている様子で避けるまでもなく、一度も掠りさえしなかった。

 

「――気合、入れて、行きますッッッ!!!」

 

 信念の籠った一撃が連続して撃たれ、その反動で彼女を爆風で包み上げる。セットされた髪は草原の草の穂がさざなみように揺れ、海は小規模ではあるが溝を見せた。

 硝煙が晴れていく中で比叡が垣間見たのは、タ級の持つ砲塔がだらしなくひしゃげ、もはや使い物にならなくなった姿であった。

 

「これで……」

 

「……終わりよ!」

 

 ヘ級を各個撃破し終えた二人が合流し、挟み撃ちにする形で最後の魚雷を止めに発射した。

 しかし、タ級はまだ力が残っていたようで、苦し紛れに呪詛めいた唸り声を上げて武器も持たずに比叡へと迫った。

 

「――比叡さん、危ない!」

 

「道連れにするつもり!?」

 

「……ッ!」

 

 慌てて駆けつけようとする吹雪達であったが、執念というものは恐ろしいものであり瞬く間にタ級は彼女の懐に飛び込める圏内に至る。

 比叡は咄嗟に身体を捻り避けようとしたが……その刹那、間には巨大な水柱がのぼり2名の姿を周りから隠した。

 

「あ、ああっ……」

 

 思わず吹雪は、最悪の事態を想定し愕然と膝を折り曲げる。叢雲も開いた口が塞がらずに、じっとその場に留まっていることしか出来なかった。魚雷でなく砲撃で撃破しようとすればこうなることは防げたかもしれないとただただ2人は後悔をした。

 ……が、駆逐艦らの懺悔とは裏腹に水柱の勢いは終息し始め、戦いの結果だけがそこに残った。

 

「ひ、ひえー! びしょ濡れだよこれぇぇぇー!」

 

「……!? ひ、比叡さん大丈夫ですかっ!?」

 

「負傷してない!? 何処か痛いところがあったら言って!」

 

 比叡は無事な姿で健在であったが、大量に海水を被った様子で身体を震わせていた。少々海水を飲んでしまったようでもあり、頻りに舌を出して顔を歪めていた。

 

「う、うん……私は大丈夫だよ。――ところで、タ級の方はどうなった?」

 

「あの状況で逃げられるとは考え難いし……多分今頃は海の底よ」

 

 逃げた姿はなかったことから一行は撃破には成功したものと結論付けた。念の為に残存する敵がまだ潜んでいないか確認を行うも、駆逐艦クラスの深海棲艦の1隻すら姿を現すようなことはなく終わった。

 後方に下がっていた天龍からも通信が入り、正式に付近から深海棲艦が撤退したことが認められた。

 

『――こちら天龍、悪いが拾いモンをしたんで先に帰るぜ』

 

「拾い物? ……ああ、はぐれの娘でもいたの?」

 

『そういうこった。ちなみに、駆逐艦のガキンチョが3隻もいる』

 

『……夕立、ガキンチョじゃないっぽーいっ!!』

 

『そうよ、レディに対して失礼よっ!』

 

『まあまあ、二人共落ち着いて……』

 

 三者三様の通信への割り込みが入り、何とも個性的な拾い物したものだと叢雲達は向かい合いながら苦笑いを浮かべあった。

 

「さーて、私達も帰投しましょうか」

 

 あまり多く群れると発見されやすくなることから、時間差をつけながら別コースにて鎮守府で合流することを約束すると彼女達は、いつの間にか昇っていた夕陽をバックに元来た航路上を進んでいった。

 ……真下に潜む者をその目で見届けることがないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、日が暮れ月が夜空を照らし始めた頃、南西ではなく北にある某所ではというと初老の眼鏡を掛けた男性とその秘書である黒い長髪の女性が和室にて、若い少女ら3名と邂逅を果たしていた。

 

「――海軍情報部の杉下です。此方が補佐の……」

 

「……同じく、情報部の社と申します。宜しくお願い致します」

 

 深々と頭を下げた2名は、机を挟んで座っている少女達……響、雪風、鳳翔らに対し、早速ではあるも話の要旨について単刀直入に述べた。

 

「さて、貴女方の連絡を受けてこうして伺ったわけではありますが、その前に一つ約束をしていただきたいことが」

 

「……此処で知り得たことは、他言無用ということですね」

 

「ええ、理解がお早いようで何よりです。その一点さえ守っていただければ、出来うる限りのご質問にはお答えするつもりです」

 

「わかりました。知り得たことは私達だけの胸に留めておくことにします」

 

 鳳翔が代表に立ち、条件を飲む姿勢を見せると満足気に微笑んだ杉下は、場を設ける上で事前に質問を受けていた内容についてまずは切り出した。

 

「ご連絡があった際の、『保護されている艦娘への海軍の認識、またはその処遇』『在籍している現在の艦娘の名称』についてですが、それぞれお答えします。……社君」

 

「はい。第一に海軍の艦娘に対する認識ですが、総じて『平行世界において第二次世界大戦を経験した艦艇の転生体』であるとしています。また、処遇についてですが客将と同列に考え、深海棲艦との戦いへの参加を要請しております」

 

「……艦娘が参加を拒否した場合はどうなさるのですか?」

 

「そのような場合は、監視対象となることは免れませんが後方支援に徹して頂く形で身の安全を確保しております。此処で言う、後方支援とは前線で戦う艦娘達が消費する防護礼装……簡単にいえば貴女方が今着ているものを調達するといった仕事のことを言います」

 

「換えがなければ彼女達はずっと同じ服装を着て戦うことになりますからね。穴だらけになった服を何時迄も使わせていては失礼です。ですから、礼装などに詳しい業者の方に協力して頂いているんですよ、はい」

 

「では、次に在籍している艦娘の一覧についてですが現在も更新し続けている為にこれが最新のものというわけではありません。そのことをご承知の上でご覧ください」

 

 社から革表紙のファイルが差し出され、3人はそれを受け取ると身を寄せ合って中身を確認し始めた。 その中で特に目を引いたのは、響と全く同一の服装に身を包んでおり、見開きの最初のページに5人纏まって並んでいる少女……暁型4番艦の電であった。

 

「やっぱりこの子は……電だったのか……」

 

「どうやら貴女と関わり合いのある少女のようですね。……実は彼女は、海軍が艦娘の存在を認知するに至った際に確認された5名の艦娘の中の一人でして、現在のように体制が整うまでの間は非常によく協力してくれました」

 

「具体的には彼女達が用いる艤装と呼ばれる装備についての研究依頼です。調査により通常の人間では扱うことが出来ないものであると既に結論付けられました。よって、必要数以上量産され使われるようなことはありません」

 

「何らかの方法で悪用されるという可能性はないのですか?」

 

「悪用しようにも、量産と管理は人ではなく妖精の手によって基本行われています。万が一、悪用するためだけに量産が強要されるようなことがあれば、妖精達には身の安全を優先するように徹底しています」

 

 即ち、何をしようにも人間は艦娘や妖精に対して頭を下げなければならないということであった。その事実から、艦娘の生活の保障は確立されていると確かな実感を持った3人は、追加で更なる問いかけを行った。

 

「―――深海棲艦について、何か掴めているのですか」

 

「何かとは正体のことについてだと認識致しますが……そうですね、実のところまだアレの正体は掴めてはおりません。捕獲もままならずな状況です。しかし……」

 

「一部の見解では、深海棲艦は呪いや負の感情が何らかの形であのように具現化したと考えています。言わばオカルト、超常現象といった方がいいでしょう」

 

 オカルトに並みの科学は通用しないと言い切り、杉下は出されていたお茶を啜ると湯のみを手に持ちながら詫びるようにこうも告げた。

 

「……本来ならば人類の叡智を結集して事にあたるべきなのでしょうが、各国共に御存知の通り隔絶されてしまっています。これでは今ある科学を更に発展させようにも、知識は愚か資源も足りません。お恥ずかしい限りですが人類は今、艦娘の皆さんに縋る以外残されていないのです」

 

「我々とて何も積極的に深海棲艦と戦いたいわけではありません。和平の道があるならそれを模索しますし、人類に原因があるならば改善する努力もします」

 

 一刻も早い戦いの終局を願う思いに嘘偽りはなかった。それだけを彼らは知って欲しいと願った。

 

「貴女方が戦いたくないのなら、今の生活を維持できるように取り計らいます。……ですが、これだけは忘れないでいただきたい。――平和は決して、歩いてやってきては来ないのです」

 

 そう締め括り、杉下はこれ以上は何も言うまいと重く口を閉ざし瞳を彼方へと移した。

 暫しの間、何も言い難い雰囲気が流れるがその静寂を黙って聞いていた響が破った。

 

「……もし、戦いに参加したいと言った場合は?」

 

「響さん……?」

 

 雪風が不安気な顔をして彼女の様子を窺うが、当の響は手で大丈夫だと制して言葉を続けた。

 

「電は私の姉妹艦……大切な妹だ。そんな彼女が、いつ沈むともわからない恐怖と戦いながら誰かを守ろうとしているんだ。それを新聞越しで眺めていることしか出来ないなんて、他の誰かが許しても私自身が認めない」

 

「……でも、それは今の安全な暮らしと決別するということです。良いのですか貴女は」

 

「そんな物は平和を勝ち取った後にだって手に入れられるものだ。確かに、女将さん達にはお世話になった。……けれど、今の平和はいつまで続くかわからない……いや、もう後がない偽りの平和だ」

 

 そんな平和を偽りでなく本物にしたいと響は、心からの思いをその場にいる皆に対して吐露した。

 

「電もそれをわかっているからこそ戦っているんだと思う。……だったら、私はそれを成そうとする彼女を命懸けで守る―――かつてと同じ運命なんて辿らせないよう、今度こそ絶対に」

 

 決意は揺るぎないものであった。

 鳳翔らは響の告白を聞いて困惑のあまり心が揺らいだ。だが、それを遮るように彼女は続ける。

 

「……これは私の独断であって2人は関係ない。大本営には、私だけが参加したいという旨を伝えてほしい」

 

「待って下さい響さん、私達だって―――」

 

「私達だって……何だい? 空気にのせられて勢いで言っているのなら止めてほしい」

 

「そ、それは……」

 

 いつもの響とは考えられない眼光に射抜かれ、雪風だけでなく鳳翔は何も言えず押し黙るしかなかった。

 

「……雪風、君は戦いに参加したところでそもそも覚悟はできているのか」

 

「覚悟、ですか?」

 

「そうだ、君は幸運艦として名高い反面『死神』だとも蔑まれていたはずだ。もしかすると、それを快く思わない子に何か言われるかもしれない」

 

「………」

 

「私はそうは思っていないし、君を差別するような真似をするつもりはない。だけど、君はもしそうなった時に耐え切れるのか? 耐え切れないと言うのならこの場に留まっていたほうが懸命だと思う。鳳翔さんも―――」

 

「……言いたいことはわかります。ですが、私自身はもう心の準備は出来ています」

 

 女将より将来的な話を打診されていた鳳翔は、響が気にかけるよりも以前に話に区切りをつけていた。別に夢を諦めたわけではなく、先延ばしにしてもらったわけであるのだが。

 

「私も……守りたいのです。このリストには載っていなくとも、いつか現れるかもしれないあの子達を……」

 

「わ、私だって何を言われようが戦うつもりです。――でなきゃ、そもそも此処にいないですっ!!」

 

 鼻息を荒くして唸る雪風の顔は真剣そのものであった。瞳の奥には見届けてきた仲間の死が強く焼き付いていると言わんばかりに。

 3名が纏まった意志を見せた所で、杉下は再び目を見開いてパチンと手を鳴らした。

 

「―――正式な手続きは、横須賀鎮守府にて行いましょう。……ああ、そうそう。その際にお願いしたいことはとにかく言っておいたほうが得です、例えば―――資格や免許を持ちたいだとか、お店を出したいとかね」

 

 ウインクを投げて微笑んだ彼に釣られ、女性達は笑顔を見せると固く手を握り合った。

 ――なお、アドバイス通りに鳳翔は大本営に対し交渉を行い、士気を保つ為の憩いの場を施設内に設けるように取り付ける事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――更に海を超えたある場所では嵐の雷鳴にさらされる中で、清楚な身なりをした一人の男が土砂降りの雨に濡れる窓を見つめて佇んでいた。

 その背後にはもう一人の男が立っており、腕には分厚い報告書を携えていた。

 

「……謎の電文には、日本政府の動向が記されていたか」

 

「はい、近いうちに直接会いたいとも送ってきましたが、この状況下では不可能のように思えます」

 

「しかし、現にこうして不可能を可能にしている事態が起こっているとなると……何かが起こる気がしてならんな。――返信は行ったのか?」

 

「いえ、まだです。閣下の指示を待って行うつもりですが……」

 

 男は顎に手をおいて一頻り唸った後、考えをまとめ上げるともう一度雷鳴が部屋を照らした際に指示を手短に伝えた。

 

「試しにサンジェゴの港に来れるかと伝えてみろ。……無論、警戒態勢は怠るな」

 

「――ハッ!」

 

 敬礼を行った男は急いで退室して行き、室内に残った男は今の己の行った指示がどう転ぶことになるのかを孤独の中憂いた。

 

 

 

 

「アドミラル・タカスギ……私は、我が国はどうすれば良いのだ」




睦月「私がどうなったっていい、世界がどうなったていい!――でも、如月ちゃんだけは絶対に守ってみせるッッッ!!!」

改 二 実 装 (スパロボ的カットイン)

という夢を見たんだ。(フラグ)



次回もよろしくお願いします。


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第12話 世界の壁を越えて

艦これ春イベですが4/29の7時に開始し21時半にE-1からE-6まで終わらせました。所要時間は14時間ちょいですね(なお、攻略中に高波が出ました、いぇい。

なお、Romaドロまで含めると大体丸1日使ったことになるでしょうか。

個人的に今回のイベントは二次創作的にも良い内容だったと思います。西方の戦況に対して良い妄想が膨らみました。

いずれ、小説内でも再現したいと思います。




 ――比叡を戦列に加えた水上打撃部隊の活躍により、製油所地帯沿岸近くまで侵攻していた深海棲艦の部隊は見事に退けられ、南西諸島周辺における防衛線は少しずつではあるが押し返しているという状態へと移行していた。

 これに呼応するように遠征任務も着々と成果が出されつつあり、この先起こるであろう規模の大きい作戦への貯蓄が駆逐艦の艦娘らを中心に順調に進みつつあった。

 しかし、勢いに乗って一気に押し上げられつつあった防衛線は、一定ラインを越えてそれ以上進行することは叶わず、 再び部隊は苦戦を強いられることとなっていた。というのも、単純な水上打撃部隊による布陣だったならば彼女達にまだ勝機はあったのであるが、運悪く防衛線を越えさせないように侵攻してきているのは、これまでの戦いで姿を見せていなかった空母クラスの深海棲艦による機動部隊であった。

 対空火器を充実させ、幾度と無く挑んだ富嶽提督指揮下の彼女達であったが、比例するかのように深海棲艦は航空戦力による層を厚くし立ちはだかった。紺碧艦隊も支援に徹していたが、存在を悟らせず行動しなければならないこともあり、吹雪ら海軍の艦娘の姿なくして表立って殲滅行動に入ることは出来なかった。

 ……が、此処で転機が訪れる。海軍に保護されず各所に散っていた艦娘達が情報部の仲介を挟み、参戦の意を表明したのである。また、急ぎ対策に乗り出していた提督の指示の下で新たな艦娘が建造され、戦列に加わるかどうかの最終確認がなされていた。

 

 

 

「―――比叡お姉様っ!!」

 

「あ、貴女は……!!」

 

 食堂にて待機していた比叡の前に現れたのは、赤のスカート以外はほぼ同じ服装である笑顔の眩しい黒髪の少女であった。一目で彼女は同型艦のうちの誰かであるかと勘付いたが、名前を尋ねるよりも早く自身よりも若干小柄な少女を全力で抱きしめていた。

 

「金剛型3番艦の、榛名です!……こうして、またお会いすることが出来て嬉しいですっ!」

 

「……私もだよ、榛名!」

 

 再会を喜び合う彼女達は艦艇出会った頃の記憶に思いを少しばかり馳せながら、互いの人としての暖かさを確かめ合い、無意識に涙を流して笑い合っていた。それを見守る周りも艦娘達にも笑顔がこぼれ始め、春の日差しのような熱を持った空気が緩やかに流れた。

 

「今まではどうしていたの?」

 

「呉の方で親切な方々にお世話になっていました。私の他にも同じ境遇の方がいたので心強かったです」

 

「……えっ、同じ境遇の方?」

 

 榛名が走ってきた方向へ比叡が視線を向けるとそこには、彼女らのような派手さはない巫女服に身を包んだ姉妹らしき二人組が立っており、髪を後ろで結んだ少女のほうが手を振って存在をアピールしていた。

 

「伊勢型戦艦の1番艦、伊勢よ」

 

「――2番艦の日向だ、よろしく頼む」

 

 差し出された手を強く握り、それぞれの存在を認め合うかのように眼差しを交わし合うと彼女らは比叡のこれまでの戦闘経験についてを中心に細かな談義へと移った。

 また、その近くではセーラー服姿の小柄の少女らが集まっており、似たように再会を祝して姦しくも会話を繰り広げていた。

 

「……これで、第六駆逐隊再結成なのです!」

 

「けれど、練度的に末っ子の電がトップなのよねぇ……」

 

「――見てなさい、長女の私がすぐに追いついて、そのまま追い越してみせるんだからっ!」

 

「……私も、負けてはいられないな」

 

 響が危惧していた関係の拗れもなく電は鼻息を荒くしながら意気込み、共に努力を重ねていこうと決意を露わにしていた。負けず嫌いな暁もそれに反応し張り合うような姿勢を見せると、同型艦であるが故の艤装の扱い方のコツなどメモを片手に聞きに迫った。

 そんな中、航空母艦である鳳翔は周りを見渡し、自分以外に同艦種の艦娘が見当たらないことを確認すると、談笑をしている最中で不安な思いを混じえながら瞳を閉じて小さく呟いた。

 

「大丈夫……あの子達が来るまでの間は私がきっと支えてみせます」

 

 どこまで対抗できるか未知数であり、最悪の場合は意味を全くなさない結果に終わるかもしれないという恐怖は当然ありはしたが、ここまで来たからには決意は揺るがず強固であった。

 だが、思いに反して手は小刻みに震えており、無理矢理抑えつけようにも余計に揺れが加速し増していった。周りに気づかれないよう隠すも今度は肩が振動していく。

 ――その時だった、不意に肩が優しく叩かれ彼女の身体からは寒さに似た感覚が抜けていった。反射的に振り返るとそこには……丈が短い弓道着姿の少女らが富嶽に連れられて鳳翔の背後へと立っていた。それぞれ腹部に付けた甲板には「ア」と「ヒ」の文字が記されている。

 彼女らが自己紹介するよりも早く提督が手を叩いて注目を集め、2人について説明を行った。

 

「――盛り上がっているところすまないが、つい先程追加で配属となった2名を紹介する。……赤城と飛龍だ」

 

「航空母艦、赤城です」

 

「同じく飛龍です、皆よろしくねっ!」

 

「貴女達っ……」

 

 やや崩れた形の敬礼で橙色の着物姿の飛龍は笑顔を投げかけると、赤城は感極まって思わず立ち上がった鳳翔の手を両手で包み込み、眩しいまでの笑みを向けて言った。

 

「大丈夫ですよ鳳翔さん。私達も共に戦います、一緒に頑張りましょう」

 

「……ええ、そうですね。でも、無理はしないように気をつけないと」

 

「はい、わかっています」

 

 これから機動部隊の中核を担う存在として活躍を期待されていることを肌で感じ、3名は他の艦娘に囲まれながら話し合いの輪に加わっていった。

 暫くして、艦娘によるガールズトークは盛り上がりを見せながらも時間が経つにつれて徐々に静まっていき、それまで配慮して静観を貫いていた富嶽が声をかけることで完全に静まり返った。そこで彼は、ホワイトボードを用いて今後の予定について現在の状況を踏まえて語り出す。

 

「――本日着任したばかりの者以外は把握していると思うが、今のところ海軍は南西諸島奪還の為に周辺から侵攻して来ている深海棲艦を向かい撃ち、防衛線を沖縄から台湾にかけての間に構築しつつ押し返している状態だ。……ところが、その先に向かおうにも敵機動部隊が進撃を阻んでおり、膠着状態に陥ってしまっている」

 

 対空射撃訓練に取り組んだ比叡を中心とした第一艦隊が幾度と無く挑みはしたが、制海権だけでなく制空権までも奪われていることがやはり痛手であり戦いに強い影響を及ぼしていたのである。つまり、今後は航空戦力による制空権確保が必須であり、戦況を大きく左右することになるということだった。

 

「今回、赤城・飛龍・鳳翔の航空戦力を携える3名が戦列に加わったことは喜ばしいことだが、本気で喜ぶにはまだ早い。搭載する装備についても十分検討しなければならないだろう。それに……大淀」

 

「……はい、敵機動部隊の中には夜間に艦載機による攻撃が可能な深海棲艦が含まれているとのことです。これでは夜戦が必ずしも優位とは言い難いでしょう」

 

 この事実は既に戦いの中で把握していた者達を除いた全ての者に少なからず衝撃を与えた。だがしかし、まだ敗北が決定付けられたわけではないため、彼女達の瞳の奥にある炎は勢いを衰えさせてはいなかった。

 

「いずれ夜間における奇襲が強く求められる機会が訪れることになる。今は無理であっても、この先如何なる場合に対応できるよう各員には奮起してほしい」

 

『―――はいっ!!!』

 

 戦艦を含めた水雷戦隊には確実な撃破を行う精確性を、空母には夜間における発着艦や攻撃訓練に努めるよう提督は要請し、艦娘の少女達は深々と頷いて返事を返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ええい、ちょこまかとっ!!」

 

 ――天候は晴れ。濃い雲は一つとして見当たらない大空に恵まれた建御雷を旗艦とした米利蘭土・夏月・冬月・雪嵐・雨風計6名による月虹艦隊第一遊撃部隊はその日、巨大な防壁ゲートがいたるところに設置された米海岸線を巡回していた伊502が受け取った米海軍による返信を受けて、トラック島を出港し洋上を一列になって航行していた。

 返信の内容はサンジェゴ港へと入港しコンタクトを取りたいというものであったが、一番に目を引いたのは要請した主が米大統領であったことである。加えて、リーガンの姓の持ち主であったことが衝撃的であった。この件は直ちに海軍情報部へともたらされどのような人物であるか素性が洗われた。そこで、容姿が瓜二つな存在であることが確認され、一応は信頼に足る人物であることが証明された。

 建御雷は奇妙な縁を感じられずにはいられなかったが、それが単なる思い過ごしであるのかは直接会って確かめる他ないと自身に言い聞かせた。……そして今、彼女らはハワイを避けるように北上し、そこから平行線上に米本土を目指すルートを進んでいたわけであるが、近くで群れていたと思われる軽母ヌ級を軸とした機動部隊に運悪く出くわし、航空戦を余儀なくされていた。

 

「……3時方向より、敵艦載機多数接近ッ!」

 

「11時方向より、新たに戦艦1、軽母2、重巡2、駆逐1が接近ッ!!」

 

「殲鬼隊、銀星隊は直ちに迎撃せよッ! ……電征隊8番から15番までは援護に回れッ!」

 

 歯を強く噛み締めて射った矢は分裂を果たし、複数機からなる噴式の艦上攻撃機である殲鬼の部隊へと変化した。

 そのまま先に変化していた銀星隊と合流し、新たに現れた敵部隊へと電征の援護を受けて一定の高度を維持したまま接近すると、搭乗していた妖精らは対艦用である空中機雷『空雷』を投下し先制攻撃を仕掛けた。

 続けて、銀星隊も急降下から爆撃を行い、迅速かつ大胆に殲滅を開始していった。

 その最中、敵艦載機による機銃攻撃が建御雷らを襲ったが、待機させていた直掩機である電征の部隊がそれを許さず貫禄を魅せつけた。

 

「……2門しかナイですが、主砲――よく狙ってくだサイ!」

 

「撃てぇーー!!」

 

 負けじと米利蘭土も駆逐艦の艦娘4名と共に、己の艤装に残された数少ない主砲を操って応戦し、確実に1隻1隻を撃沈していく。だが、いくら倒そうがまるで不死身であるかのように抜けた穴からは別の深海棲艦が姿を現し彼女達を翻弄した。

 

「ハワイを迂回してもこれほどの戦力が集まってくるなんて……」

 

「他の海域より数は少ないとは言えど、全体的に見れば多いことに変わりはない……というわけね!」

 

「――Xより入電、8時方向より支援雷撃来ますッ!」

 

 海中に潜んだ伊601、伊501、伊503より雷跡の見えない魚雷が複数放たれ、ヌ級の前に庇うように出てきていたイ級を一撃で葬り去った。立て続けに建御雷が操る艦載機群が守りを失ったヌ級を狙うが、ピンチなときほど力を発揮するわけか驚異的な回避をヌ級は見せる。

 

「……魚雷一斉発射、敵の航行能力を完全に奪え!」

 

 雪嵐の掛け声により、雨風が彼女と一斉に魚雷を集中的に発射する。進行方向さえも予測した雷撃は見事にヌ級を目的の場所へと誘い込む。

 

「――撃って!」

 

 予め狙いを定めていた雪嵐は連装砲を構え、何も躊躇することもなく連続した砲撃を行った。やがて、ヌ級は目のように見える部分から黒煙を大量に噴き出し悪足掻きをやめざるを得なくなり低速していった。

 放っておいても沈むだろうとその場にいた誰もが思いつつも、念の為に止めを刺そうと攻撃態勢をとった。――が、その矢先……警戒にあたらせていた偵察機から新たな航空戦力が近づいている事が全員に伝えられた。

 

『――4時方向より、艦種不明の深海棲艦が新たに接近!』

 

「何ッ!?」

 

 金鳶が捉えた光景を確認すべく建御雷は瞬時にして視界を同期させた。するとそこには、ノースリーブのセーラー服のようなものだけを纏い、他はすべて露出した上で下半身を口元が怪しく光る攻撃用ユニットに接続した上位体の深海棲艦が映っていた。既に艦載機を展開しているようであり、艦戦と艦爆に割り当てられる航空機が月虹艦隊に今にも襲いかかろうと牙を剥いた。

 

「……各艦、弾幕を張れ! メリー、艦砲射撃用意ッ!」

 

「とっくに次弾装填済みヨ! 目に物見せてやりマス!」

 

 すぐに照準を合わせ撃つ態勢が整っていた米利蘭土は、敵艦爆が急降下するよりも早く砲撃を敵に対して叩き込んだ。欠かさず建御雷も殲鬼に指示を飛ばし、空雷による攻撃を実行させた。

 

「――いけぇ!」

 

 集中攻撃による硝煙が大きく漂い新たに現れた深海棲艦の姿を包み込んだ。そこから飛び出してくる様子もないが、撃沈に成功したかどうかはまだ分からなかった。

 程なくして、吹いた強風によって硝煙は横に流れたが、敵の姿は消えてはおらず依然として健在であった。

 

「……ちぃ、しぶといな」

 

 それどころか、全くダメージを受けている様子はなく敵は余裕の表情を浮かべていた。艦載機を放ち、強靭な装甲を持つ姿はさながら装甲空母のようであった。

 もう一度、建御雷は各艦に攻撃命令を出し砲撃を行わせる。だがそれでも、敵の上位体は攻撃を防ぎきってみせ、逆に砲撃を混じえた爆撃を繰り出した。

 

「きゃあああああああ!?」

 

「――冬月!? 大丈夫か!!」

 

 建御雷の前に出て対空射撃に行っていた冬月に、仕留め損なった艦爆の爆撃が襲いかかった。直撃は免れたものの、次に攻撃を再度受ければ大破は間違いない様子である。電征が艦爆を追跡し撃墜したのを見届けながら建御雷は矢継ぎ早に戦況を分析する。

 

(……どういうことだ、紺碧艦隊による事前のルート確認と予測では深海棲艦がこんなにも集中することはあり得ないはず。なのに、何故此方の動きを読んでいたかのように次々と現れているんだ?)

 

 情報漏洩がないよう対策には力を入れていた彼女にとって、目の前に広がる光景は予想外であった。

 最悪の場合は今回の航海は諦め、次回出直す形をとるべきだと冬月を庇いつつ思考するが、果たして仕切り直した次の出撃で成功かどうかもわかったものではない。彼女には、アメリカとの接触を良しとしない強大な力が働いているような予感がしてならなかった。

 

「――Xからの、支援雷撃は!?」

 

「今、来ます!!」

 

 様子を窺い、敵の両翼に展開していた伊601らから魚雷が発射され、前後に移動するしか回避する術はない状態へと陥らせる。更に背後には銀星隊が飛来し、前方では米利蘭土が今度こそ会心の一撃を放とうと待ち構える姿勢をとった。

 流石にこれでは避けきれないと理解したか、深海棲艦の顔からは余裕の表情が消え、睨みつけるような鋭い形相が剥き出しとなった。そうして、先に雷撃が直撃し間違いなく下半身の攻撃ユニットは崩壊した。……否、崩壊したかのように思われた。

 次の瞬間、深海棲艦は爆発と共に黒く染まった血のようなオーラを撒き散らし、埋め込むように一体化させていた脚部を飛び上がって晒してみせた。途端、歯がくっきりと付いた球体を生み出し、迫っていた攻撃隊へとその群れをぶつけた。それどころか、米利蘭土の砲撃さえも球体で防ぎきり、狂気の笑みを彼女達へと向けた。

 

「――なっ!?」

 

「ダメージを逆手に取り、進化しただと!?」

 

 見れば、雷撃によって損傷したユニットはみるみるうちに変化し、とても先程まで壊れていたようには思えない姿となっていた。

 素人が観察しても間違いなく脅威度は増していると答えるであろう姿に、少女達は思わず竦むしかなかった。特に、米利蘭土は己の砲撃が通用しなくなっているのではないかという不安に駆られ、ターゲットにされていることに気づいていなかった。

 

「……いけないッ!」

 

 気づいた建御雷が衝突覚悟で機関を全力で動かし、大波を立てて彼女へ急接近する。だが、戦闘に疲労していた故に、進化した深海棲艦の方の動きが数倍も勝っており、二人して避けようにもどちらかが直撃を受けなければならない現実が彼女らの目前へと迫った。

 ……勿論、建御雷の中には米利蘭土を見捨てるという選択肢はなく、周りが声を張り上げた時には大の字になって彼女は前に出ていた。

 

 

 

「―――空母が簡単に沈むものかッッッ!!!!!」

 

 

 

 ――刹那、彼女達には爆風と光が襲いかかり、攻撃によって発生したであろう破片が少女達の頬を掠めていった。米利蘭土はそれが建御雷のものであると思い堪らず悲鳴を上げるが、視界は愚か耳さえも機能しない中で痛烈な思いを受け止めるものは誰一人としていない。手を只管前に伸ばして存在を確認しようとするが全く何も掴めなかった。

 

「あああああああああああああ!!!」

 

「た、建御雷さん!? 返事をして下さいっ!! そこにいるんですか!?」

 

「ねぇ、返事をしてくださいよ!! 貴女にいなくなられたら私達は――――」

 

 悲しみは駆逐艦らにも伝染し、高まっていたはずの士気は奈落の底へと堕ちた。

 米利蘭土は走馬灯を見ているかのように建御雷との日々をフラッシュバックさせ、口元から血が垂れるほどに奥歯へ力を込める。悲しみは怒りへと変化し、やがて憎しみへと変化するのだと物語っているようであった。

 

「……よくも、よくもタケミーをおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 死なば諸共という気持ちを抱いて彼女は憎むべき深海棲艦が居た方角を睨む。

 ちょうど、見えなくなっていた視界も元通りになりつつあり、あとは敵の姿を見つけてしまえば良いだけとなっていた。

 駆逐艦らも同様に仇をとろうと辺りを見渡そうとするが、残念ながらつい先程まで居たであろう深海棲艦の姿を確認することは叶わなかった。

 ……代わりに少女達は、見慣れない別の存在をその目に収めることとなる。

 

「――えっ?」

 

 その存在は米利蘭土を庇って傷ついたはずである少女を大切に抱きかかえており、その場にいる誰もの艤装を一回りも二回りも上回る大きさの装備を装着して背負っていた。

 服は青く、海軍服風にアレンジされたワンピースに近いものであり、凝らしてみてみれば艤装には箱形の発射筒……ミサイルを発射するための機構が垣間見えていた。髪は完璧なまでに金髪であり、花飾りがついた黒のカチューシャが付けられている。

 

「……ふう、間一髪ってところかしら?」

 

 衝撃のあまり気絶してしまった建御雷を眺め、謎の艦娘と思わしき少女は周囲の混乱に構わず、心底安心したように胸を撫で下ろしていた。そして、米利蘭土らの方に視線を傾けると、にこやかに微笑んで言った。

 

「すまないのだけれど、一つ教えてほしいことがあるの。……あっ、言葉は通じてる?」

 

「え、あ……通じてマス。通じてマス」

 

「そう、なら良かったわ。これで意思疎通とか出来なかったら最悪だったわ、ええ」

 

 自分で勝手に納得している少女は怪訝そうな目で見られているにもかかわらず、マイペースを貫いていて言葉を続けた。

 

 

 

「――ここ、何処?」

 

『……えっ?』

 

 

 気絶していた建御雷が目覚めてしまうほどの衝撃の質問が飛び、一同は今度は頭の中が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと何、ようはシンカイセイカンとかいうエイリアンだかモンスターだかゴーストとも分からない連中のせいで、世界中が大パニックなっているってこと?」

 

「……まあ、そうなるな」

 

「シーレーンだけじゃなく制空権も奪われて貿易がまともに成り立たなくなってると。でも、最近になって日本にFleet girls……カンムスメが現れて、海軍と協力して反撃を開始していると」

 

「そういうことになりマスね」

 

「あと、貴女達自体は特殊部隊で、政府の密命を受けて現在進行形でアメリカに向かっていたけれど、襲撃を受けていたと」

 

 謎の艦娘の少女……ミズーリと名乗った戦艦の艦娘である彼女の砲撃により寸前のところで助けられた私達は、再び襲われる可能性を考慮に入れつつも予定通りの針路をとって、目的であるサンジェゴ港方面へ下るルートを通っていた。

 またその中で、この世界にやってきたばかりの様子の彼女に最低限の常識を掻い摘んで教えたわけであるが、一通り説明してもなおミズーリは頬に手を添えて考える姿勢をとっていた。

 

「んー……」

 

「まだ質問があるのなら幾らでも答えるが……」

 

「そうねぇ……あ、そうだ。さっきから気になっていたんだけど、そこの貴女……メリーランドさん?」

 

 米利蘭土の方を向き、じっくり舐めるような視線で艤装を注意深く見ていた彼女は不思議そうな声色で思ったことを直球で口にした。

 

「貴女って、コロラド級の2番艦で合っているはずよね?」

 

「……そうですケド」

 

「いや、同じ戦艦にしては主砲の数が少ないなって思って。確か8門持っているはずだけれども、2門しかないからおかしいなぁ……と」

 

 核心を突いたような質問に米利蘭土は顔を青くするが、同じ国の出身とあるだけに誤魔化した所で誤魔化しきれないので諦めて真実を私は話すことにした。

 

「――メリーランドは鹵獲されて航空戦艦に改造されたからな、そのせいで主砲の数が減っているんだ」

 

「あれ? メリーランドが鹵獲された? そんな話一度も聞いたことないけど……そもそも、メリーランドは米国側で終戦後も健在だったはずじゃ……」

 

「そちらが居た世界ではそうなんだろう。だが、我々月虹艦隊が居た世界ではメリーランドは『米利蘭土型航空爆撃戦艦』として戦い、終戦を迎えているんだ。―――まあ、平行世界と言えばわかるか?」

 

「……ああ、そういうことね」

 

 意外にもミズーリは理解が早く、事実を知ってもなお不満気な顔をすることはなかった。聞けば、彼女が居た世界ではそういったif(もしも)の話を取り扱った話が数多くあるようで、似たような世界が存在していたとしてもおかしくはないということだった。

 

「実際にこうして知らない世界に飛ばされてきてしまったわけだし、人の身になっているわけだし、世の中何が起きるかわかったものじゃないわね」

 

「……達観しているなぁ」

 

「まあね……私、これでも宇宙人――というか宇宙船と戦ったことあるから」

 

 ハワイ近海にて14カ国の海軍が集結し行われる環太平洋合同演習、通称『RIMPAC / リムパック』が開催されていた当時、彼女は既に役目を終えて記念艦として運用されていたという。

 しかし、突如として飛来した異星人の船が世界各地を襲い、そのうちの何隻かが演習の最中であったリムパック艦隊と出くわしたという。奮戦によって艦を失いながらも幾つかの船を沈めることに成功したらしいが、残された最新鋭艦はもはや無いに等しかった。

 そこでミズーリが抜擢されかつてのクルーであった退役軍人の協力の下、異星人打倒のために運用され見事に撃退したというわけだそうだ。

 その後は、静かに海を見守り続けていたようだが、突如として声が聞こえ、意識を傾けてみたところ私達が傷つきながらも戦っている光景が見え、危機的状況にあることを理解し、いてもたってもいられなくなって今に至るという。

 

「――ま、これも他の世界にとってはあり得ない出来事なんだろうけど。私にとってはとても大切で良い思い出よ」

 

「……人は憎しみを越えてわかりあえる、か」

 

 人は馬鹿ではない。どんなに過去で間違ったとしても、いつかは過ちに気づきやり直そうとするのだ。それは醜いことではなく、素晴らしいことであると私は……私達はかつての戦いを通して学んだ。

 この世界で経験を活かせるかどうかはわからないが、忘れないよう胸に秘めていなければなるまい。

 

 

『――XよりTへ。進路上に敵影なし、順調に進めばサンジェゴ港前のゲートに到着する。連絡機の発艦用意を』

 

『わかった……引き続き警戒を頼む』

 

 速度を少々早め、発艦させた金鳶の1機に用意していた書面を括り付け、飛んで行く様を皆で見届けた。

 ――それから時間が経過し、重く閉ざされていた防壁は轟音を立ててゆっくりと彼女らを迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大統領閣下、例の通信の相手が約束通り現れました……海上を滑ってきたとのことです」

 

「――写真は?」

 

「ハッ、直ちに撮影しましたが、同時に書面が送られてきたそうです」

 

 報告書を受け取った米大統領……ロベルド・ダック・リーガンはまず、ゲート上から撮影された少女らの姿を確認し、言葉通りに滑走している様子を瞳におさめた。この時点では大した感想は持たなかったが次に、問題の送られてきたという書面に目を通した結果、彼は思わず報告書を床に力なく落としてしまっていた。

 

「――閣下ッ!?」

 

「……あ、いや、何でもない。手元が少し滑っただけだ」

 

 急いで拾い直し、同じページを改めてリーガンは自身に現実を認めさせるが如く黙読してみせる。だが、彼はまるで夢を見ているような気分であり、どう表現したら良いのかという気持ちだった。

 

 

 

『―――リーガン提督、貴方と会えて良かった』

 

『私もです、アドミラル・タカスギ。貴方と生涯の友として出会うことができて本当に良かった……』

 

「ああ……」

 

 

 蘇る遠き日の思い出。最初は敵同士として出会い、殺すか殺されるかの仲であったというのに彼らは奇跡の中で友となった。

 戦いが終わった後も交流は続けられ、未来に何を残すべきかを彼らは真剣に語り合う仲となっていた。

 

「これは、彼が繋いでくれた縁なのか……だとしたら私は!」

 

 胸に報告書を抱きしめて彼は崩れ去ると、小声で嗚咽を漏らしながらもはっきりとした指示を飛ばした。

 

 

「――入港の許可を。……そして、基地内に会談の場を設けろ。私が直々に彼女らと話すまで一切手を出すな、いいな!」

 

「……ハッ、そのように伝えます!」

 

 

 ――かくして、月虹艦隊の派遣部隊は米国に迎え入れられ、世界の命運を左右する重要な会合が始まろうとしていた。




つい友情出演させてしまいましたが、月虹艦隊に加えるつもりはありません。

まあ最終的にオペレーション・トモダチ(仮)でもやって再登場させる予定ですがね(

次回もお楽しみに。


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第13話 昇りゆく太陽

地球舐めんなファンタジーの前では深海棲艦など無力に等しい……


 ――時系列は遡ること、建御雷ら派遣部隊が米サンジェゴ港へと到着する前日。

 ……言い換えれば、日本海軍がとある共通点を持っていた各地に散らばった艦娘を保護しに向かっていた頃のこと。

 本土から離れた北海道の室蘭に建設され、国内の情勢悪化から途中で工事が中止となったとあるコンクリート造りの港近く建物では、年若い少女らが暗がりの中でドラム缶に木材を入れて燃やし、神妙な空気を醸し出していた。

 数えるだけでも20人近くはその場には存在しており、顔立ちが似ている同士で作りがそっくりな衣服を着込んでいた。割合だけを見れば、巫女服に近いデザインを着ている者が多いと言えた。

 そんな中、一人だけ闇に紛れるが如く黒一色の忍装束を纏っていた少女が、服装以外はほぼそっくりである集まりの中心人物に対して興奮を含んだ様子で語りかけた。

 

「……こうして一同に会してみると、なかなか圧巻でござるな」

 

「――ああ、そうだな」

 

 話しかけられた人物である高身長の女性は、周りをよく見渡しながら正直に受け答えると視線を一旦外して、現在居る階層に辿り着くまでに用いた資材片の散らばる階段へと傾ける。

 するとそこには、普段から彼女と行動を共にしている集まった中でもとりわけ異質な東洋系の顔ではない少女が姿を見せており、ゆっくりと靴音を立てて階段を登ってきていた。

 

「周囲警戒はどうだった――『ツヴァイ』」

 

「危険な様子はなかったわ。……海軍の人達が少し離れた場所で待機しているだけで、特にこれといった異常は皆無よ、『タケル』」

 

 左目の下の泣き黒子がチャームポイントな、『ツヴァイ』という愛称で呼ばれた少女は傍らに立って壁に背中を預け、差し入れにとコーヒー飲料を投げて渡す。慣れた手つきでそれを受け取った『タケル』は、すぐに飲んだりする素振りは見せずに一頻り手中で弄ぶと何やら思い出したかのように言った。

 

「……そういえばだが、建御雷達は明日が出発だったか……アメリカに」

 

「話によればそうらしいけれど。……何、気になることでもあるのかしら?」

 

「いや、特にこれといったことはないんだがな。――ただ、ちょっと嫌な予感がな」

 

 背後に得体の知れない何かが忍び寄り、手を伸ばそうとしているかのような違和感に襲われたタケルは、トラック島にて今頃は出港の準備をしているであろう派遣部隊の身に何かが起こるような気がしてならなかった。

 具体的なビジョンが彼女の頭の中を過ぎり、ボロボロになって崩れ去る少女の姿が海上に浮かんでいる光景が映る。ただの質の悪い妄想の産物だと彼女は割り切りたいところであったが、そう簡単に頭から抜け落ちることはなかった。

 

「……もしかして、米国との交渉が決裂するかもしれないとか考えているの?」

 

「それはない。暫くの間動向が窺えなかったとはいえ、基本的にこの世界の人類には国際協調論や積極的平和主義が根付いている。……急に方針を方向転換するようなことがあれば世界中が黙っちゃいない」

 

「でも、どの国も鎖国状態で悪い言い方をすればバレなければやりたい放題よ。一方的な行為をしても咎める人間がいない」

 

 最悪の場合は、建御雷らが米国に拘束され不当な扱いをされた挙句に辱めを受ける可能性があるとツヴァイは声を荒らげる。しかし、彼女が思っているようなことはまったく想定していないタケルは落ち着いた口ぶりで隣に立つ少女を優しく宥める。

 

「――そんときゃ、オレ達が助けに行って米国に限らず舐めた真似をした国なんて見捨てりゃいいさ」

 

「さらりと酷いことを言うわね……」

 

「……フン、それだけこの世界の人類を買っているってわけだ」

 

 不安気だった表情を隠し彼女はツヴァイの肩を軽く叩いた後に一歩前に進み出ると、近くにあったドラム缶の上に飲みかけの缶コーヒーを置いて皆の注目を惹くべく手を鳴らした。

 途端に、炎を囲んで談笑しあっていた少女らはそれぞれ動作を止めて、一人また一人と統率が取れたように横並びになって列を作り聞く姿勢をもった。

 そうして、舞台が整ったところで少女は大きく息を吸ってから声を目の前に響かせた。

 

 

 

「さて諸君、今宵は呼びかけに応じてくれて感謝する。――オレは、もはや自己紹介をするまでもないとは思うが、かつて君達も属していた旭日艦隊旗艦を務めていた戦艦―――――『日本武尊(やまとたける)』だ」

 

『……!!』

 

 

 

 正体を知っていても集まった者達をなお唾を飲み込ませるだけの迫力を放ち、日本武尊(やまとたける)と名乗った少女は仁王立ちになって腕を前で組み、序論から丁寧に集まるに至った経緯を淡々に語り始めた。

 

「――前世では優秀な指揮官らの下で感情を持たぬ兵器として恒久平和の為に尽力した我々であったが、どうやら人の身に転生してまでやらねばならないことがあるらしい。……知っての通り、この世界は今滅びの危機に瀕している。……深海棲艦という存在によってだ」

 

 艦艇の特徴を模しているという、ある意味艦娘と似て非なる未知なる脅威によって、緩やかに平和を紡いできた世界は一変し絶望の淵へと瞬く間に落とされてしまった。それだけでなくその魔の手は、少女らの故郷である日本までもを完全に包み込もうと迫り、既に侵略された島国と同じ運命を辿りかけていた。

 

「奴らの正体は未だ鮮明には見えてきてはいないが、はっきりとわかることがある。……連中は人々に絶望を与える負の象徴であり、要らぬ連鎖を引き起こしているということだ」

 

 少女達は艦娘が現れる以前に大きな戦いがあり、人類側が大損害を被ったことに対して黙祷を捧げると共に自分達に何が出来るかを思考した。

 

「我々には力が与えられている。これが何の為の力かは正直なところオレをもってしてもわからないし、君達にもわからないだろう。……だが、きっと意味があるはずだ。だから自分はこう思うことにする―――与えられた力は、共に戦った者達と支えた者達の共通の平和への祈りなのだと」

 

 真相は定かではない……が、もしも本当に与えられた力が平和への直向な思いによって形作られているのだとしたら、平和とは真逆の方向に深海棲艦によって進んでしまっている世界に対して使ったほうが良いだろう。

 

「――既に我々の世界で駆け抜けた同志である建御雷らがトラック島にて奮戦し、月虹艦隊なる組織を結成している。海軍では、辿った歴史は違えど目指すべきこの世界の未来は同じである者達が戦っている。……ならば、我々は何を成すべきかだろうか?」

 

『………』

 

 ここまで話を聞いていて、何もしないという選択肢を選ぶ者は誰一人としていなかった。今日というこの日も人類は足掻き続けているのだから、それを眺めているだけなど誰かが許可したところで認められるはずもないのだ。

 

「戦いましょう、我々も!」

 

「そうだ! 私達の力はこういう時にこそ役立つんだ!」

 

「――此処で逃げちゃ、司令官達に顔向けできないってね!」

 

 拳を高く突き出し、意気揚々に集まった少女らはやる気をここぞとばかりに露わにした。……共通する思いは唯一つ、受け継がれた誇り高き精神をこの世界を救うために捧げることだった。

 日本武尊はそれぞれの熱い胸のうちを受け止め、頼もしい仲間を持ったことに対して感謝の気持ちを笑顔で表現すると、再び合図を行って本題に話を移行した。

 

「……八咫烏、頼む」

 

「承知」

 

 露出した胸の谷間から大胆にも折り畳まれた何かを取り出した忍姿の少女……八咫烏はツヴァイに手伝ってもらい、それを皆に見える形で広げた。そこには真新しい世界地図に多少記入が施され、幾つかの場所に印が付けられ扇形や円が描かれていた。

 

「皆、深海棲艦との戦いに参戦するということで話を進めさせてもらうが、現在日本を取り巻く状況について聞いてもらいたい。――まず、同胞たる建御雷らだが硫黄島、トラック島、マーシャル諸島を拠点とし本土近海と太平洋広域を活動海域としているそうだ」

 

 つまり、艦娘による攻略部隊の中でも建御雷ら月虹艦隊は最も勢力を持っており、日本の安全を首の皮一枚で何とか保たさせている存在であることを意味していた。

 

「次に、日本海軍所属の平行世界の同胞達が身を置く横須賀鎮守府。ここでは、本土近海に加えて現在は南西方面へと進出し深海棲艦の侵攻を食い止めている状態にある……しかし――――」

 

 地図を見る限りでは、日本海側と北方海域までは両艦隊共にカバーがしっかりとは行き届いておらず、辛うじて月虹艦隊が少数戦力で巡回を行っている様子であった。これでは、月虹艦隊の負担が何時まで経っても減ることはなく、貴重な戦力もいたずらに分散させられてしまうことになる。

 

「はっきり言って、大規模艦隊でも編成されて不十分な点だらけの本土防衛線を攻め入れられれば、日本は確実に敵の手に堕ちるだろう。……だからこそ、皆をこの場所へと参集したんだ」

 

 日本武尊らがいる室蘭は場所的に日本海側へにも対策が薄い北方海域にも出ることが可能であり、有事には鎮守府にも急行することが出来る距離にあった。

 

「……鎮守府の艦娘が南西方面へと進出し防衛に務めていることで、沖縄や九州地方の住民はやや活気に満ちているそうだ。……が、その反面で東北地方や北海道では、守られているという直接的の実感を持てないことから一部では海軍に反発している者達がいると聞く」

 

「なるほど、此処に拠点を構えることで不満を解消させようというわけですか……」

 

 前の列に立って居た左側の顔を髪でほぼ完全に隠している虎狼型航空巡洋戦艦の長女『虎狼』が、おっとりとした口調で日本武尊の意図を皆にわかるように汲み取った。

 

「そういうことだ。……無論、我々の存在は拠点ごと秘匿して噂だけを流す。その辺は海軍情報部に任せてある」

 

「すると、我々の立ち位置は――――」

 

「……月虹艦隊の別働隊、それも国内駐留部隊として当分は活動することとなるだろう。それから、今後の予定としては、建御雷らが米国から戻り次第腹を割って話し合いをするつもりだ」

 

 

 ―――その前に絶対くたばったりなんかするんじゃねぇぞ……と彼女は、再会の時を待ち望み叱咤激励の念を彼方へと飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして現在、道中でミズーリを加え米国へと辿り着いた派遣部隊はというと、サンジェゴ港へと入港を果たした後に速やかに海軍基地の施設内へ通され、集まっていた海兵たちの視線を一点に集めながら暫く待つように言われた応接間にて待機していた。室外から未だに騒ぎの声が聞こえたが、徐々に沈静化の傾向があり気にさえしなければ大丈夫であるレベルまで落ち着いていた。

 大統領の命を受けたという案内役の基地司令の話によれば、あと2時間ほどで会談は可能ということであり、少女らはそれまでの間で室内のソファに腰掛けながら、事前の最終打ち合わせを軽く行うとともにミズーリの処遇についてを論議した。

 

「――ミズーリ、出来れば君をこのまま月虹艦隊に加えたいところなんだが、場合によっては此処に残ってもらうかもしれない」

 

「……別にそれは構わないのだけれど、一応理由を聞いておいてもいいかしら?」

 

「勿論だとも。……まあ、事は単純なんだがやはり此処の海軍には一人も艦娘が存在していないらしい。即ち、米国を守っているのは入港する際に見たあの分厚い防壁のみということだ」

 

 何とか奇跡的にも効果を発揮し深海棲艦を寄せ付けていないようではあるが、紺碧艦隊の調べによれば老朽化してきており、早急に補修工事をしなければならない部分が残念なことに出てきてしまっているようであった。

 当然の事ながら直すためには壁の外に出なければならないわけであり、そこを見計らった深海棲艦の奇襲を受ける可能性も高い。警戒部隊を配置するにしても、戦力を迂闊には割けない上に距離があり過ぎていた。

 

「今回の強襲の事も考えれば、派遣する部隊は主力中の主力を固める必要がある。だがそれは、我々の活動を制限することであり許可できるものではない」

 

「……貴女の艦隊には潜水艦がいるはずよ、気休め程度でも配置できないのかしら」

 

「無論、行うつもりだが基本的に彼女らは公に姿を見せることが出来ないんだ。……そんな相手に君は顔も合わせず背中を預けていられるか?」

 

「……確かに言われてみれば筋は通っているわ。ようは、米国が安心して背中を預けられるような希望の象徴が常に居なければならないというわけね」

 

 心の拠り所、悪く例えるのならばプロパガンダ的役割を担ってもらうことになるのだが、そうでもしなければ世の中に充満した悪い流れは完全には断ち切れまい。

 ミズーリは交渉の結果次第で米国内に駐留する意向を伝えるかを判断すると述べ、時間が許す限りの間で艤装の扱い方や戦うための基礎知識についての教えを皆から乞うた。

 

 

 

 ―――やがて、時計の短針が二つほど時計回りにずれた時、そろそろかとタイミングを確認していた彼女らの耳にドアをノックする音が伝わり、リーガン大統領が到着したことが通達される。程なくして、大きく入り口の扉が開かれると、威厳と貫禄の両方を持ち合わせた男性が室内に導かれ、立ち上がって敬礼をした建御雷と瞬間的に視線を交錯させた。

 

「―――!」

 

「!?」

 

 そして、本当に一瞬のことであったが、両者が感じ得ていた謎の感覚が研ぎ澄まされたかのように一本の線として収束し、心が繋がり溶け合ったかのような気持ちにリーガンと建御雷はなった。……その為か、自身の座る席に向かおうとしていた彼は凍ったように静止し、建御雷もまた上げた腕をなかなか下げることが出来ずにいた。

 

「た、タケミー……?」

 

 心配そうに米利蘭土が声をかけるが全く聞こえていない様子であり、まるで見えない何かを見てしまった影響で目を見開いたまま気絶してしまっているようであった。

 しかし、その静寂の時を破ったのも固まっていた本人達自身で、徐ろにリーガンの方から口を開いて言った。

 

「君は……タカスギの………」

 

 譫言のようにも聞こえる掠れた声が絞り出されると、建御雷は予感を現実のものとするために質問を投げかけた。

 

「―――つかぬことをお聞きしますが大統領、貴方は乗艦していた空母に敵国の艦載機を着艦させたことはお有りでしょうか?」

 

 いきなり何を言い出すのだと、何も知らない人間なら言い出すに違いない質問の内容であった。……いや、彼女をよく知る人物であったとしても突然言われたのならば困惑するに決まっていた。

 だがしかし、周りの予想に反してこの質問は緊張が走るこの場に劇的な変化をもたらし、張り詰めていた空気を明るく温かいものにした。その証拠に両者は互いに歩み寄り、まるで生き別れた家族が長い時を経て再会したかのように手を握り合い笑った。

 

 

 

「……ああ、あるとも! 忘れたくとも忘れられんよあの出来事は! アドミラル・タカスギと出会ったあの日はな!」

 

 

 ……その一言でミズーリを除く月虹艦隊は、ロベルト・ダック・リーガン大統領がドナルド・ダック・リーガン提督だった頃の記憶を所持している事を理解した。聞き及んだ程度で得た信頼に勝る信頼が得られた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか、私以外にあの頃の戦いの記憶を有しているものはいないということか」

 

「申し訳ありません。幾人かは名前や言動などそっくりであるであるのですが、我々がよく知る人物ではありませんでした」

 

「いやいや、謝らんでいい。こうして君達と出会えただけでも私は十分満足だ」

 

 リーガン大統領が直々に入れた珈琲を頂いた私達は、小高総理と高野総長から預かった親書を渡し、現在日本が深海棲艦に対して反攻作戦を推し進めていることを簡潔に述べた。

 さらに、両名やその関係者が同じ世界の出身ではなく転生者ではないことを伝えるとともに、月虹艦隊があくまで日本海軍の協力組織として動いていることについても話した。

 高杉提督が転生しておらず、また写し身すら存在していないことにリーガン大統領は落ち込んだが、彼ならば成しえるだろう事を己が実践するとすぐに意気込み、6月前に実行に移す予定であるハワイ奪還作戦――通称『水切作戦』後の物資の支援を通して日米関係を築き上げることに強い意欲を示していた。

 

「……ハワイまでは君達の護衛の下で必要なものを運び込むというのなら、私としても心強いことこの上なく安心できる。だが問題は、奴らがどこまで邪魔立てしてくるかの匙加減か」

 

「加減というより傾向の度合いと言った方が正しいかもしれません。……今回の道中での出来事は、度肝を抜かれましたが個人的には得るものがあったと思います」

 

「というと、何かわかったことでもあるのか?」

 

「――はい、一応はですが多少なりとも真実に近づいているような気がしています」

 

 そう言って私は大きめの紙とペンを用意してもらうと、皆が見える位置に立ちこの世界の状況を一から説明し始めた。

 

「第一に、我々が今ここにいる世界をXとします。X世界の特徴を表すならば、項目として『第2次世界大戦が発生しなかった』『国際協調が第一となり国連が早期に結成された』『ここ十数年に渡り深海棲艦が出現し侵略されている』といったものが挙げられます」

 

 紙の上部に円を描き、そこにXを記入すると私は続けてその下に3つの丸を描いてそれぞれにA・B・Cを記入していった。

 

「第二に、リーガン大統領と月虹艦隊の面々が居たA世界。……この世界は、『第2次世界大戦・第3次世界大戦が勃発』『大戦中盤から後半にかけて日米同盟成立』『第三帝国と影の政府の影響が強かった』ことが挙げられ、その後戦乱は消え平和が確立されています」

 

 技術の進歩に合わせて新造艦が造られる事はあったものの、それは平和を維持するための海上保安のためであって新たな戦争の火種を生むためではなかった。

 

「……そして、Bという世界。この世界は実際いたかは定かではないですが、『影の政府、またはそれに準ずる組織が存在した可能性がある』『日本は孤立し、原爆を投下され無条件降伏をした』など、我々の世界とは程遠い終わり方を見せています。海軍に保護されている艦娘はこの世界の出身のようです。また、Cという世界ですがこれはミズーリが居たという世界で、恐らくはBの延長線上にある未来の一つだと思われます」

 

「ミズーリ……そこの彼女だけは君達とは違うのか」

 

「ええ、此方に向かう途中で初めて会うことになりました。ですが、その世界では日米の対立は終わり、同盟が結ばれているそうです」

 

 前置きとして、少なくともX世界がA・B・Cの3つの世界からの干渉を受けている現実があることを述べ、ここからわかり得ることを考察した。

 

「海軍大本営からの報告によれば、月虹艦隊はあちら側の艦娘をこの世界に呼び寄せた存在にとって全くのイレギュラーであるそうで、此処から察するにX世界であるこの世界はB世界による干渉が強いことが窺えます」

 

「……待て、ということは日本が敗北した世界の艦娘が呼び寄せられているということか。しかしどうして―――」

 

「普通に考えるのなら、負けた世界の艦娘ではなく負けることがなかった強力な艦艇を持つ世界の艦娘がメインとして呼ばれるべきなのでしょうが、我々は副産物としてこの世界に呼ばれています。……それは何故か? はっきりとはわかりませんが、XとBを繋ぐモノがこの世界に存在しているからだと思われます」

 

「それは――深海棲艦か!?」

 

「……いえ、違います。その先にあるもっと恐ろしい―――『何か』です!」

 

 影の政府並かはた又はそれ以上の力を持った存在によって世界は塗り潰されようとしているのではないかと私は口にすると、リーガン大統領は額に汗を浮かべて本当の敵が何であるかを理解しようとした。

 

「その『何か』とはまさか、人間なのか……?」

 

「実体を持った、という意味でなら答えはNOです。……奴はきっと、既に書かれた預言書通りに世界を加速させ、背く者は修正しようとする影の政府ならぬ――――『影の意志』」

 

 意志の力とも言うべき存在がこの世界に介入し、存在するはずもない第2次世界大戦を深海棲艦を用いることで再現しようとしているのではないかという疑惑が上がり、可能性を述べた私自身さえも戦慄をした。

 

「そんな物が存在する……証拠があるのか?」

 

「―――被害状況を鑑みれば、深海棲艦は米国の陸地に対しての攻撃は行っておりません。一方で、日本を含めた周辺諸国に対しては近海だけでなく陸地までもが攻撃されております。なぞりがあるとでも言いましょうか……加えて、事前調査によって深海棲艦が集まっていないというルートを選んだにも関わらず、敵の強力な上位種が現れて我々の接触を阻止しようとしていました」

 

「その事前調査がバレていたという可能性は?」

 

「……鯨達の存在にそう簡単に気づけるとは思えませんがね」

 

「鯨……気付かれない……そうか、X艦隊か」

 

 敵に回せば畏怖の対象、味方にすれば頼もしい限りである紺碧艦隊が危険な上位種を見過ごすヘマをするはずもなかった。直前のレーダー探知にも反応しなかったという。

 よって、あの時現れたのは完全なるイレギュラー、突然湧いて出てきた刺客ということになる。

 

「……されど、第2次世界大戦の再現を行おうとする意志の力の他に、その力に抗おうとする力もまた存在する……か」

 

「我々とミズーリは、その抗うための力によってこの世界にやってきたのだと思います。仮にそうでなくとも戦う覚悟は揺るぎません」

 

「……うむ、そう言ってくれると助かる」

 

 本当に第2次世界大戦の最悪の悲劇が繰り返さえるというのならば、日本には……その他の国には敗北した世界で落とされた原子爆弾と同等クラスの攻撃が行われるかもしれなかった。そうなれば完全に希望は失われ、世界には絶望だけが残ることになる。

 

「――現状は深海棲艦によって侵略された場所の奪還が最優先事項ですが、頃合いを見て奴らが生まれる原理について解き明かす必要があるでしょう。その際には絶大なるご協力をお願いしたいと思っております」

 

「是非とも協力させていただこう。……この世界の彼らにもよろしく言っておいてくれ」

 

 

 予定通りミズーリはリーガン大統領の下保護されることになり、今後米国が艦娘を追加で保護することになった時には、日本と同様の方針を取ることが決定された。

 また、ハワイ奪還作戦が成功した暁には日本海軍及び月虹艦隊を国際救援部隊と認める方向で支援するとも告げられ、私達は一人一人彼と握手を交わし名残惜しいと思いながらも紺碧艦隊の護衛を受けてトラック島への帰路へと就いた。

 




次回の投稿は都合上少々遅れるかもしれません。

次回もお楽しみに。


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第14話 巡り合う星々

仮想戦記モノで面白いのないかなと調べていたら、「女子高生山本五十六」なんていうのを見つけました。まあ、アバターを使ってバーチャルな第二次世界大戦をやるってものでしたので求めていたもの少し違いましたが。

同作者のでは、大和撫子紫電改というのが設定的に面白そうでした。
空母扶桑とか設計図使って実現したら素敵やん(


 

 

 ……月虹艦隊とリーガンの米国内での再会から三日後。

 建御雷率いる派遣部隊はトラック島へと無事帰投を果たし、船旅の疲れを丸一日を費やして癒すと共にこの先起こるであろう戦いの方針をもう一度よく見直し合っていた。

 確定でないとはいえ、第2次世界大戦が最悪のシナリオで再現される可能性が濃厚であるというのならば、かつての世界でそれを阻止するために戦っていた彼女達にとっては是が非でも対処しなければならないことであり、再現に付き合わされてしまうことになる海軍所属の艦娘の強化が急ぎ求められた。また、先の装甲空母を思わせる深海棲艦を始めとする突然の急接近を今後許さないよう、月虹艦隊自体の索敵能力向上も必要とされた。

 そうした懸案事項もあり、建御雷は会談結果の報告も兼ねて硫黄島を中継し、蒼莱を配備している土浦へと秘密裏に入港した。そこで手配していた車に乗り込み、待ち合わせをしている神楽坂の料亭へと変装をした上で訪れると、目的の部屋の横の空き部屋の襖近くに立ち、そっと聞き耳を立てた。

 室内には彼女よりも先に到着していた高野と富嶽が座っており、情報交換の真っ只中であった。

 

 

「――戦略を状況に合わせて高度なものへと切り替えていかねばならんな」

 

「発見を極力避けるためではありますが、艦娘6隻による攻略が通用するのは今のうちだけかと思われます。……特に激戦が想定される南方海域へと進出することとなった時などでは、支援なくして強力な深海棲艦の個体を撃破することは敵わないでしょう」

 

「月虹艦隊の支援攻撃とは別に、此方は此方で独自の支援体制を確立する必要があるな。友軍が自軍を支援するのとは違い、自軍が自軍を支援するというのならば制限を設けなくとも済む」

 

 基本的に月虹艦隊は潜水艦隊の魚雷による支援雷撃を行っているわけであるが、それ以外の支援などの方法は姿を見られてしまう危険があるため双方の合意の下厳禁とされていた。

 しかし、月虹艦隊に頼らない自軍の艦娘によって編成された支援艦隊であるのならば、雷撃以外にも航空支援や砲撃支援などが可能であり、戦略の幅が一層広まることになる。

 具体的に、どの程度離れていれば気付かれずに支援が行えるかについては要検証ではあるが、時間をかけて確かなものとして成立させれば、必ずや主力部隊が何度も苦戦を強いられることも少なくなるだろうと言えた。

 

「……慣熟訓練を徹底させ、夏には実戦にて用いることが出来るよう指示致します」

 

「上陸後の泊地仮設についても手解きをせねばな。揚陸部隊が引き継ぎを行いやすくなる」

 

「友人に暇を持て余した腕の良いのがいますので、今度引っ張ってくるとしましょう」

 

 戦場における正確な距離感や、判断力を養う訓練もまた戦いの中では必要不可欠である。

 富嶽は自身の判断が行き届かない事態が作戦中に起こることを想定し、もしもの時に備えて座学として全員に学ばせることを考えた。基本的な応急処置の仕方についても同様に行うこととした。

 

「ところで、『水切作戦』の件だが―――我々が背負う責任は重くなってしまったぞ?」

 

「――! ……ということは、上手く行ったのですか交渉は!?」

 

「……ああ、思いの外スムーズに進んだと聞いている。作戦成功後には積極的に物資の支援を行うつもりだそうだ」

 

 逆に言えば作戦が失敗してしまえば折角成立した交渉も白紙となり、日本は引き続いて苦しい状況の中で戦わなければならなくなるということであった。

 何としてでもチャンスをモノにしなければならない重圧が襲うが、二人はその反面で良い方向へと傾いていることに嬉しく思っていた。

 

「あとは別件だが……北方方面の防衛に目処が立った。これで南西方面の攻略に専念できるだろう」

 

(……北方方面? 私はそんな指示を出した覚えはないが――――)

 

「責任者も時期に此処に来る。月虹艦隊の代表を務める建御雷君にも同席してもらい、詳しい内容を話そう。……ああ、すまないが少し用を足してくる」

 

 高野が席を立つ音が聞こえ、襖から耳を話す建御雷であったがその顔色は優れていなかった。

 ……それもそのはず、月虹艦隊は北方方面の守りが薄いことは懸念していたが、対策については今日この場を持って話し合うつもりであったのである。だが、伝えるよりも早く事態は先行しており、あろうことか解決まで話は進んでいた。

 ならば、一体誰が関与しているのかということになるが、建御雷に思い当たる節はなかった。あるとすれば、一回接触したきりである信長と尊氏だけであるが繋がるようなものは何もない。

 

(連れがいるようなことを行っていたが、誰とは言っていない―――もしかすると、その人物が来るのか?)

 

 信頼に値する人物でなければ、話したいと思っていることも迂闊には話せない。

 彼女は警戒のあまり抱いてしまった不安から逃れようと自らの胸の前に手を置いて、深呼吸をするように息をゆっくりと吐いた。……そんな彼女の肩に、背後から男の手が伸びて刺激が加えられる。

 

「――!?」

 

 反射的に振り返った建御雷は音も気にせずに豪快に後退ってみせ防御の姿勢へと移行するが、そこに居たのは先程トイレに向かうと言って席を立った高野磯八であった。

 

「誰かの気配を感じると思ったら君だったか……一体何をしているんだ?」

 

「……いえ、お取り込み中な様子でしたから、入室するタイミングを窺っていました」

 

 一先ずその場を何とか取り繕い小声で会話する彼女であったが、思い切って疑問に思っていたことを口にした。

 

「それよりも、北方方面の防衛責任者とは何です? 初めて聞いた話なのですが……」

 

「……何? 君はてっきり知っていると思っていたのだが………どういうことだ?」

 

 こっちの台詞だと言わんばかりに建御雷は高野に対し詰め寄るが、聞くところによると件の責任者なる人物は月虹艦隊の関係者であると語っているそうで、艦娘であることは確かだという。また、室蘭に拠点をおいているそうで、規模的には月虹艦隊と同等の人数が在籍しているようであった。

 

「……まあ、君も聞いていた通りもうすぐこの場に到着する。少なくとも信頼できる人物であることは確かだ」

 

「本当ですか? 酷くいい加減なようにも感じられますが……閣下がそう仰るのでしたら一応は信じましょう」

 

 渋々納得してみせた彼女は、高野に付き添われて入室し、待っていた富嶽に対して会釈を行った上で自身が月虹艦隊の代表であることを述べ、米国に行き着きトラック島へと帰ってくるまでの一連の流れについて解説を行った。

 道中襲撃を受けたこと、ミズーリなる新たな平行世界の艦娘によって窮地を脱したこと、米国内に艦娘は存在していなかったことなどが順に語られ、耳を傾けていた二人は自分達を取り巻く現在の状況について理解する。

 

「――では、この世界は外部的な要因によってある種の舞台装置として機能しているかもしれないと?」

 

「可能性としては濃厚かと思われます。……現に追加調査として早期攻略を目的とした偵察をMI諸島に対して実行しましたが、結果は最悪の一言でした」

 

 空と海から二重で偵察を行い、確かに無人であると確認したのにも関わらず、深海棲艦は突如として現れ上陸をさせまいとしていたのである。

 さらにあろうことか、出撃した部隊の誰もが体調不良を訴え、殲滅どころではない状況へと陥っていた。

 

「体調不良とは、具体的にどのような感じだったのだ?」

 

「……何というか、悪夢を見させられているような感じでした。近づいたら二度と戻れなくなると、踏み入れてしまったら帰って来れなくなると皆感じたようでした」

 

「ということは……奴らの思惑に反する行動は制限されるわけか」

 

 すべての行動が、というわけではないだろうが、少なくとも根本的に戦いの行方を左右する事象への干渉は簡単にはいかないようである。

 だとしても決して抗えないわけではない。例えば、ミズーリのような予想を一歩上回るような事象が起こり得れば、敗北するという因果は書き換えられる可能性があった。……問題は、どうやって自発的にそれを行うかである。

 

「要するにだ、単に戦闘データを反映し改修や改装を繰り返すだけでは歴史をなぞりかねんということだ。……回避するには、劇的な変化を与えなければならん」

 

「奴らはこちらの情報……艦娘になるまでの過去が知られていると見ていいでしょう。ならば、やることはただ一つ――」

 

「通常の改装を第一次改装と位置付けた先にある、未知の改装……第二次改装か」

 

 高野らはそれを『改二実装計画』と名付け、艦娘達が持つそれぞれの長所や特徴を特化させる方向性で実行することを決定し、参考になりそうな例を挙げてプランを模索していった。

 

「――例えば、軽巡洋艦の北上ですが、いずれの世界でも重雷装巡洋艦として改装されたようです」

 

「だが、一方はその特化した兵装を活かせぬまま工作艦へと改装されてしまったか……君の世界ではどうだったのだ?」

 

「私が知る限りでは期待通りの戦果は残していたはずです。……ただ、こちらでそのスタイルを再現しようとすると……全40門以上の酸素魚雷発射管の増設に加えて、五連装の方式をとる必要があるでしょう」

 

「五連装の発射管か……確か、雪風辺りが前にそんな装備を持った駆逐艦がいたと言っていたな……」

 

「その兵装データさえ得る事が出来れば、もしかすると実現可能かもしれません」

 

 他にもその艦娘が全盛期であった頃の、ポテンシャルの高い姿を技術を総動員して再現してみてはどうかという案も練られ、改装の構想は段々と煮詰まりつつあった。

 

「……うむ、良いぞ! この調子ならば奴らの思惑に打ち勝つことが出来るかもしれん!」

 

「装備を単純に渡すだけでは、赤子に拳銃を渡すようなものですからね。……この方向性ならば、より密接な技術提供が行えそうです」

 

 後は誰から優先して改装を進めて行くかであるが、一度実際に艦娘達の様子を窺ってみないことには判断はしにくい。したがって、建御雷は艦娘であることを隠して鎮守府に潜入することを彼らに持ちかけた。

 ――そして、ちょうどその時……高野が遅れてやってくると話していた人物が到着したことが女将より告げられ、髪が整えられていない様子が障子越しでもよく分かる影が映る。

 

 

「――フン、面白そうなことになってんじゃねえか」

 

「――お、お前は……!?」

 

 

 返事よりも先に勢いに任せて開かれた障子の扉の前に立っていたのは、破天荒と武人という言葉が体現されたかのような女性だった。

 その正体を知る高野は早速、何処の誰かも知らないであろう二人に対して紹介しようとするが、その前に直感的に誰であるかを感づいた建御雷が立ち上がり女性の名を叫んだ。

 

「……ヤマト、タケル!!! ――やはり、お前だったか!!!」

 

「うおおっ!? 何だよ建御雷ィ、苦しいじゃねーか!!」

 

 飛び上がった彼女は女性の頭を腕で抱え込み、渾身の力を込めて圧迫を行った。女性は逃れようとして体を捻ってみせるも、それが行けなかったのか今度は首に手を回され絞め上げられる。

 

「尊氏達が連れがいるって言っていた時点で、薄々お前がこの世界にいるんじゃないかと思っていたが……いるならいるで連絡の一つぐらい寄越せこの変態戦艦ッ!」

 

「いやだって、こっちもこっちでお前達を探していたし……仲間をかき集めるのに時間が必要だったんだよっ!」

 

「――言い訳するなこのヤロウ!」

 

「――野郎じゃないわ、これでも乙女だってんだ!」

 

 女同士の取っ組み合いが目の前で繰り広げられるのを見て、高野と富嶽は先程までの会話を忘れて苦笑いを浮かべるしかなかった。というより、あからさまに顔が引き攣っており、何も言えない状態になっていた。

 また、気づけば頬の引っ張り合いや子供みたいな罵り合いまでもが行われていて、とてもではないが旧知の仲というより永遠のライバルであるかのように周りからは見えた。

 

「ぜぇー…ぜぇー…、今日のところは……この程度にしておいてやる……」

 

「――ほざけ、夜にでも決着を付けてやるよ。……静かに寝れると思うなよ?」

 

 額と額を合わせた至近距離で両者はそのようなことを宣うと、乱れた衣服を整えた後に何事もなかったかのように席へと着いた。

 そこで、ようやくヤマトタケルと呼ばれた艦娘の紹介がなされ、建御雷と同郷の艦娘であることが明らかにされた。

 

「――旭日艦隊旗艦、超戦艦『日本武尊』。ある時は51cm45口径3連装主砲を構え、またある時は換装したR砲(レールガン)を放ち、またある時は戦艦を辞めて潜水艦になる……そんな奴です、以上」

 

「端折り過ぎだよテメェ!」

 

「……事実だろうに、だから周りから変態戦艦なんて言われるんだ」

 

「海・中・戦・艦だっての! つーか、お前はそんなにオレのことが嫌いか!? ええ!?」

 

「……本当に嫌いだったら口すら利いていないな」

 

「それもそうか!――あっははははは!」

 

「あっははははは!」

 

「……勝手に盛り上がらないでくれるか?」

 

「「あっ、すみません……」」

 

 高野に咎められ、二人は同時に謝罪すると中断していた第二次改装の件へと強制的に話題を戻した。

 ちょうど奇抜な発想で造られた戦艦の艦娘である日本武尊もいることから、彼らは気持ちを新たに検討を始める。

 

「候補としては『水切作戦』発動の前提条件である、マリアナ方面から沖ノ島にかけて迫ってきている深海棲艦の掃討作戦に参加予定である艦娘を優先して欲しいのだが……」

 

「確かにセオリーには妥当な判断かと思われますね。……ところで、その作戦に参加予定の艦娘の選出は既にお済みで?」

 

「ああ、完了している。……予定では、想定される敵の編成から戦艦を4隻、空母を2隻向かわせようと考えている。……リストで示すと、この6人だ」

 

 最新版の海軍所属の艦娘のリストが開示され、富嶽は人差し指で対象の艦娘を示した。

 次々と指される候補の少女達の中には、現在主力を担う中でも練度が高い鎮守府初の戦艦である比叡も含まれており、建御雷の心を大きく揺るがした。

 

「――建御雷、わかっちゃいるとは思うが彼女は……」

 

「わかっている……彼女が私の知っている比叡さんじゃないってことぐらいは重々承知だ……だから、贔屓もしなければ邪険に扱うこともない。他の艦娘と対等に接する」

 

「………」

 

 呟かれた内容から、比叡と建御雷の間には深い繋がりがあることを悟った富嶽は何かしてやれないかと思考するが、所詮は部外者……掛ける言葉は一つも思いつかず、時間だけが無意味にも過ぎていった。

 

「とりあえずは、この6名を対象に査察を行いましょう。……総長、お手数をおかけしますが何か適当に役職をお与えください」

 

「わかった。技術顧問として鎮守府に行き来できるよう手配しよう。後日、必要な物を部下を通して渡す。……国内には何時頃まで滞在するつもりかな?」

 

「1週間ほどは最低でも彷徨いているつもりです。何かあればまた連絡致しますのでよろしくお願いします」

 

 以前高野と会談した時に用いた偽名を使い身分証を発行する事が取り決められ、建御雷は艦娘ではない軍人としての別の顔を持つこととなった。

 そうして、話は打って変わって、日本武尊とその一派が潜伏する室蘭の港の件へと移り、月虹艦隊が把握していなかった話が語られる。

 

「……そもそもオレが海軍に接触を図ったのは、お前と尊氏達がコンタクトを取った直後の話さ。勝手に月虹艦隊の別働隊を名乗ったことは悪かったと思うが、これも双方の保険の為だ」

 

「――保険?」

 

「この先大規模作戦が続けば、それだけ主力部隊は重要拠点を離れることになる。特に、オレ達と違って表立って成果を残さねばならない鎮守府の艦娘は戦力の大半を割くことになる。そんな時に、手薄となった場所へ大規模部隊が接近すれば防衛ラインの突破は避けられない。お前の部隊もサポートに回る関係で戦力は大方作戦に回されるだろう? ……その際の保険ってわけさ」

 

「なるほど、最後の防波堤……ストッパーの役割をそちらが担うわけか。存在を知らなかったからトラック島の何人かを向かわせる算段だったが、そちらの提案の方が好ましい」

 

「じゃあ決まりだな。――あとは、艤装の組み立てなんかも此方がやった方が何かと楽だろう」

 

 日本武尊の言う通り、鎮守府で直々に造り上げたり、トラック島に発注を行うよりもかなり安全であるとの認識で他の3人の認識は一致した。

 その他、通常生産予定の装備を専門に製造し研究する施設を呉に置く見解で合意し、艦娘2名はそのまま宿泊する形で集まりは解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? オレにしか話せないってことはなんだよ」

 

「………」

 

 高野総長と富嶽提督が帰った後、私と日本武尊は他に泊まる場所がないということからその場に留まる形をとっていた。――というのは建前であり、実際には初めて顔を合わせた際の取っ組み合い時に、話し合いが終わっても帰らないように内密な話があるとして引き止めておいたのだった。

 入浴も早めに済ませ布団も先に敷き、後は寝るばかりの状態で私は話し合いの場を設けた。だが、風呂から上がってきた奴は無言で電灯を暗くし、何をしていると注意した私の手首を掴んで体重をかけ、無理矢理押し倒してきたのである。

 当然抵抗したのであるが、有無を言わせず日本武尊はもう一方の手首を押さえ込んでくると、息と息がかかる距離でニンマリと笑いながら引き止めた理由を問うてきた。反射的に顔を背けるが奴の息が耳に入り、逆効果になってしまう。

 仕方なくそのまま質問に対する回答を私は率直に述べる。

 

「―――リーガン大統領は、リーガン提督だった」

 

「へぇ、なるほどなぁ……そいつは思わぬ収穫だ」

 

 更にあくどい笑みを浮かべて日本武尊は押さえる力を強め、私の反応を楽しんでいる様子を見せつけてきた。嫌悪感を感じ唾を吐きかけるが、奴は意に返すこともなく問いかけを続行した。

 

「他にわかったことは?」

 

「……ッ、世界的に見ても……トリガーになるような出来事は……起こっていないそうだ」

 

「だが、深海棲艦はやってきた……内側から扉が開けられたのではないのなら、つまり外側から抉じ開けられたというわけだ。……お誂え向きの出来事ならあるだろ?」

 

「仮に、原爆がトリガーになったのだとしても……私達は使用される前に破壊しただろうがッ……!! とてもじゃないが原因としては不十分だ……」

 

「まあ、そうだが……」

 

 共通する出来事があったからこそ巻き込まれ、この世界にやってきたのだと考える私は感情的になって言い返した。それは重々理解しているようで日本武尊は少々押し黙った。

 

「ちなみに、リーガン大統領に私達の世界の記憶が流れ込んだのは……約60年ほど前。……そこに、謎を解く鍵があると思う」

 

「……そうか」

 

「……確認しておくが、我々があちら側の後世から来たことは誰にも話していないだろうな……日本武尊!?」

 

 もしも話してしまっていたのであれば、私はこれまで進めていた計画を一から練り直さなければならなかった。

 

「んなことはわかってるよ。……けど、時が来ればいつかは話さなきゃならねえことだ。その辺はお前こそ覚悟できてんだよな?」

 

「わかっているさ……だから、その時は私の口から話す……責任も全部私が背負う」

 

 後世での出来事に対してとやかく言われるだろうが、そうなれば線引きを強め私だけに非難が集中すれば良いと考えた。正直辛いが、それで皆を守れるのなら構わなかった。

 しかし、日本武尊はそれだけは許さないとでも言うように一言耳元で呟いた。

 

「――バカヤロウ、一人だけカッコつけてんじゃねえよ」

 

「んんっ……!!」

 

 顎に手を添えられ、背けていた顔を正面に向けさせられた私は言い返す間もなく口元を優しく塞がれていた。同時に、拘束のためにかかっていた体重が緩められたが衝撃のあまり思うように力が入らず、ただ小さく振動するだけであった。

 舌と舌が妖しく絡み合い、言葉に出来ない痺れが電流のように流れる。頭もクラクラしてしまい、自分が何をやっているのかもわからず意識が混濁してしまう。

 やっとのことで息が出来るようになったものの、味わったことのない感覚の余韻がフラッシュバックをし続けて震えが止めようと思っても一向に止まらなかった。

 

「この、変態戦艦……」

 

 顔が炎上しているように火照り、両手で覆おうとするも熱くてかなわなかった。

 

「――なんとでも言ってろ。オレは何を言われようが、ずっと建御雷の傍にいてやるよ」

 

「……勝手にしろ」

 

「じゃあ、もう一回勝手にさせてもらうぜ?」

 

 

 ……再び肌がそっと重なり合い、静かな夜が訪れる。

 そしてその翌朝、用意された朝食を摂取した私達は料亭を後にし、その足で電車を乗り継ぎ懐かしき顔ぶれが待つ室蘭へと向かっていった。

 




昨夜はお楽しみだったっぽい?
昨夜はお楽しみだったかも?
昨夜はお楽しみだったであります、たぶん!

次回もお楽しみに


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世界観&用語一覧①

艦これは知っていてもクロス先がわからないかもしれないと思い、設定メモとして公開したいと思います。

残念ながら本編ではないので、本編が早く読みたいという方は読み飛ばしてもらって構いません。ただし、次話については現在執筆中ですのであしからず。

あと、一言評価ですが文字入力必須を解除しました。よろしくお願いいたします。


◇世界観◇

 

 

●艦これ世界 通称X世界

 

 

 平正という元号を持った作品の舞台となる世界であり、現実とは違い第二次世界大戦が起こらなかった。(第一次世界大戦も別の形で決着した)

 また、早期から国際協調主義が成立しており、技術は世界中で共有すべきだと推奨されており、各国は最先端を目指しながら切磋琢磨している。なかでも、米国とドイツは随一の科学力を持っていた。

 しかし、約10年前から突如として何の予兆もなく出現した深海棲艦によって広大な土地を持たぬ島国は支配下に堕ち、辛うじて難を逃れた各国は鎖国状態を取ることで延命していた。されど、何時迄も持ち堪えることは不可能であり、滅びを迎えるのは時間の問題であった。

 そんな中、抑止力的存在から命を受けて転生した大淀と明石は、密かに海軍内に潜入し世界情勢を把握、それに続いて初期艦と呼ばれる5名の駆逐艦が転生し派遣されることになる。なお、この間に生存組の幾人かと後の月虹艦隊の幾人かが同じく転生している。月虹艦隊にとっての後々世とも言える。

 その後、後世世界より転生してきた月虹艦隊とこの世界の日本海軍の間に密約が交わされ、深海棲艦への反攻作戦が開始。両勢力は攻略中に転生してきた艦娘や建造によって呼び寄せられた艦娘と共に練度を高めながら侵略された海域の解放へと向かうのであった。

 

 

●後世世界 通称A世界

 

 

 昭和ではなく照和と呼ばれる元号を持つ可能性分岐世界。第二次世界大戦は発生したが日本は敗北はせず、大戦中盤以降に米国と講和によって停戦している。しかし、米国に対し上手く立ち回りすぎた代償でドイツが増強し、第二次世界大戦が終了後、第三次世界大戦が勃発してしまっている。

 最終的には第三次世界大戦も終結し、戦乱を引き起こしていた元凶である影の政府と呼ばれる存在も滅び、世界連邦政府が樹立することとなった。

 こうした背景には、原爆によって無条件降伏を強いられた前世世界から憑依に近い形で転生してきた山本五十六改め高野五十六が率いる紺碧会と大高弥三郎率いる青風会の活躍があり、彼らは『より良き負け』……即ち、和平交渉を成立させることで激化するであろう戦争の末路にある悲劇を回避しようと尽力した。

 この世界では金食い虫であった大和型戦艦建造の為の予算が、紺碧艦隊と呼ばれる潜水空母の艦隊を創りあげる為に回されている。後に大和型戦艦を超える日本武尊と呼ばれる超戦艦が建造されることになるが、これは政策による立ち回りによって資金提供を受けたためである。

 なお、前世では同型艦ではなかった幾つかの艦が同型艦として扱われていたり、未着工艦が普通に活躍していたりと大きな差が存在している。

 

 

●前世世界 通称B世界

 

 

 現実世界とも呼べる世界で、日本が原爆によって無条件降伏を強いられた世界。

 その後日本は復興し、世界に誇れる文化を発信できるまでになったが、戦争は規模に関係なく世界各地で続けられており、争いは絶えることはなかった。また、原爆の恐ろしさを知っても核の兵器への転用を止めることはなく、保有しているか否かによって実際抑止力の強さは決まっていた。

 よって、偽りの平和が続いており、いつ第三次世界大戦が起こるかは定かではない。

 

 

●前世分岐世界 通称C世界

 

 

 B世界と基本的に構成する要素は同一であるが、その延長線上で異なった歴史を辿っている。

 多くは語らないが、この世界では各国の防衛組織(軍隊、自衛隊を含む)の繋がりが強く、未知なる脅威に対しても勇敢に立ち向かっている。

 作品中では、ミズーリがこの世界からやってきており、宇宙人との交戦経験がある。彼女はリーガン保護の下で現在は地道に戦力を整えている。

 

 

●???世界

 

 

 上記に挙げたX・A・B・Cに該当しない世界。現在はどのような世界なのかは不明であるが、深海棲艦や宇宙人とは異なる脅威にさらされているとの噂が……?

 

 

 

 

◇用語一覧◇

 

 

●紺碧艦隊

 

 大和型の建造のための予算を回して造られた秘匿潜水艦隊。後世世界では一部の者しか知らないまま数々の戦いで活躍し、大戦を終結まで導いた。前原一征少将によって指揮されており、彼を含めた紺碧艦隊の人員は皆戦死者扱いとなっている。

 

●旭日艦隊

 

 大和型戦艦を超える兵装を備えた超戦艦、日本武尊を旗艦とした英国救援艦隊の総称。司令長官は大石蔵良であり、奇想天外な作戦を繰り出すため、一部では不気味で恐ろしい男と言われていた。第二次世界大戦終盤にて壊滅したかに思われたが、紺碧艦隊同様に英霊扱いとなって陰軍としてその後も世界を支えた。

 

●紅玉艦隊

 

 大戦序盤にて捕獲した米戦艦を奇想艦(航空戦艦)として改造した艦隊。川崎弘によって率いられ、ロスアラモスの原爆研究施設などの破壊作戦で活躍した。後に、壊滅的打撃を受けたことから第一連合航空機動艦隊へと編入され、大戦後は米利蘭土を始めとした戦艦は退役している。

 

●高杉艦隊

 

 別名、東部太平洋艦隊とも呼ばれる高杉英作司令長官が指揮する航空艦隊。旗艦は電子及び対空装備を充実させた金剛型戦艦の2番艦『比叡』。新三八弾や時雨弾を繰り出し様々な作戦にて活躍した。

 インド戦にあたって高杉艦隊・坂元艦隊・紅玉艦隊は統合され、第一連合航空機動艦隊として編成される事になる。ここで旗艦は戦略空母『建御雷』へと変更される。建御雷と高杉提督の繋がりは此処にある。

 第三次世界大戦時では電子戦・対潜能力に特化させる大改造を施した金剛を新たに旗艦に据えて、シーレーン防衛に務めた。

 

●月虹艦隊

 

 主に上記の艦隊に属していた艦によって構成された後々世における新たな連合艦隊。

 名称が付く前は紺碧艦隊による自警団に近い集まりだったが、建御雷が加わったことで本格的に始動。マーシャル諸島群の一つである紺碧島からトラック島、硫黄島を制圧し、日本海軍とコンタクトを持つ。

 現在は、全ての始まりの戦いであるハワイでの戦いに備え準備を進めているが、不穏な空気が少々流れている。なお、旭日艦隊の面々が加わったことで国内に室蘭という拠点を新たに持つこととなった。

 

●深海棲艦

 

 少なくとも人の手が加えられて誕生した生物ではないことが明らかとなっている存在。霊的な力によって対抗することが出来ると判明しているが、そのような力を持った人間だけではとてもではないが対抗しきれない。

 恐らくは怨念に近く、呪いめいた存在だとされているがそれ以上は不明である。

 2000年代に入ってから突如として出現し、人類を蹂躙し鎖国へと追いやった。月虹艦隊の調査によってBやC世界、つまりは日本が敗北した世界を再現しているのではないかという疑惑が持たれている。

 月虹艦隊では原爆がトリガーになったのではという推測がされているが証拠は不十分である。

 

●棲地

 

 深海棲艦によって侵略された地の総称。場所によっては侵略前とは見る形もない姿になってしまっているところもあり、その土地自体が深海棲艦と同化してしまっているとの情報もある。

 また、攻略が特に難しい危険地帯が存在しており、アイアンボトムサウンドやミッドウェーは艦娘に精神的負担をおわせるとして警戒されている。

 恐らくは深海棲艦の大規模拠点が存在していると見られているが、制圧したところでどうなるかはわからない。因果的な何かがある。

 

●紺碧島

 

 紺碧艦隊の秘密基地のある島。マーシャル諸島のラタック列島に存在しており、この世界では紺碧艦隊が後世世界に肖って名付けた。基本的な設備は同じ。

 

●トラック島

 

 月虹艦隊の表向きの前線基地。月虹艦隊の戦力は主に此処に集結し、作戦へと参加している。

 

●硫黄島

 

 紺碧艦隊が管理する本土近海防衛の為の補給基地。蒼莱が配備されており、有事には警戒にあたらせることも可能。

 星電改を追ってきた尊氏と信長との連絡場所にも使われた。

 

●室蘭地中基地

 

 深海棲艦の出現の影響を受けて工事が中止された港を日本武尊一派が海軍の支援を受けて改造している秘密基地。海軍に提供予定の装備はこの場所にて開発される予定である。

 

●転生

 

 この作品においては、よく似た世界の自分に記憶と人格を引き継ぐという形で使われる。現在のところは、後世世界の記憶を持ったリーガンのみが該当している。その他にいるかどうかは不明である。

 リーガン曰く、記憶自体は約60年の間に引き継いだとされ、その間にX世界では特に大きな出来事はなかったとされている。したがって、他の世界での約60年が鍵となるのではと建御雷は少なくとも睨んでいる。

 

●改二実装計画

 

 高野らが海軍に属すこととなった艦娘が史実と同じ末路を辿らぬように計画した強化プランのこと。

 建御雷率いる月虹艦隊の技術支援によってペーパープランに終わった計画、発想は良かったが見劣りしてしまった計画、奇抜な発想による新たな未知の計画などの検証が行われ、沖ノ島沖の深海棲艦完全掃討作戦に向けて取り組まれている。

 しかし、あくまで因果ともいうべき悲劇を回避するためのきっかけに過ぎず、その力を真に引き出すためには艦娘自体の変化が必要である。場合によっては艦娘の変化が早く、艤装の提供は後からになることもあり得る。

 

●月虹会

 

 基本的には月虹艦隊の別名。ある意味、紺碧会と同等なもの。

 

●日輪会

 

 高野磯八を中心とした勉強会であり、この世界における紺碧会。ただし、名前の似たそっくりさんがいるだけであり転生者はいない。

 

●提督

 

 日輪会より推薦された艦娘のまとめ役兼カウンセラーのようなモノ。指揮については一任されている。

 本名は富嶽征二(とみたけ せいじ)という。彼の父もかつては日輪会に属していた一人であったが、深海棲艦との戦いによって行方不明(死亡説もある)になっている。絵が得意であったらしい。

 

●建御雷

 

 この作品における主人公。紺碧艦隊らによって建造され、月虹艦隊の代表を務めることになった。

 責任感は強く少々堅いが、コミュ症というわけではない。ただし、何かしら抱え込んでしまう性格である。

 和弓ではなく洋弓を用いており、飛行甲板は腰から伸びる艤装に接続されている。

 後世世界では輸送船として戦車を載せた経験もある。前世世界における信濃の生まれ変わりだが、信濃だった頃の記憶は持っていない。

 

●日本武尊

 

 もう一人の主人公。大石司令官の性格を引き継いだのかやることが大胆極まりない。

 生存組とは正体を隠して接触しており、室蘭へ旭日艦隊の面々を集合させる前はアドバイスを与えて回っていた。基本的に男勝りな性格をしていることから、どちらかと言うと女性が好みらしい。

 51cm砲を備えた艤装を持っていることから実質最強の戦艦である。新・日本武尊になると代わりにレールガンを備えるようになり、海中に潜れるようになる。最終的にネオ日本武尊と呼ばれる形態になるとかならないとか(

 

●須佐之男

 

 紺碧艦隊の最終的な旗艦であるが、現在所在は不明である。建造によって呼び寄せることも出来なければ、同じ世界にやってきているともわからない。最強の潜水艦。

 後世世界では、第二次世界大戦終盤で前原少将を海の目の息がかかった潜水艦による雷撃から救っている。

 




いずれ話が進み次第、第二弾とか行う予定です。

それでは次回をお待ちください。


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第15話 建御雷の受難な一日

※タイトル通りです




 

 

「……どうして貴様という奴は、自制が効かないんだアホ」

 

「ううっ、いってぇ~……」

 

 高野総長と富嶽提督との会談から夜が明け、日本武尊の案内を受けて電車を乗り継ぎ、最終的に客別にコンパートメント席が設けられた年季を感じさせる列車へと乗り込んだ私達は、日がほぼ沈んだ頃になって目的地である北の大地へと足を踏み入れていた。

 本土と比べまだ涼し気な風が吹いており、夏の間はさぞかし快適だろうなと思いつつも、横目に後ろを見ればそんなものは途端に頭の中から吹き飛んでしまう。

 何故ならば、本来私を先導して前を堂々と歩いているはずの日本武尊という名の変態は、昼食を簡単に済ませた後に昼寝をしていたスーツ姿の私へとちょっかいを出し、胸元を開けさせただけでなく股の方にも手を伸ばしていたのである。違和感に気づいて途中で目覚めたからまだ良かったものの、これで室蘭へ到着するまで気付かず続けられていたと思うと怖くてゾッとしてしまった。

 

「だって、そこにエロい身体があったから……つい」

 

「つい、で何でも許されると思ったら大間違いだ。これでお前が赤の他人だったら警察に突き出すんじゃなく、その場で処していたところだぞ?」

 

「――ほう、性的な意味でか?」

 

「殺すぞ」

 

「……はい、すみません」

 

 行為に及んだ理由が、性欲を持て余していたからという下らない言い訳をした日本武尊をギロリと睨み萎縮させると、顎を使って荷物を全て持たせ前を歩かせる。

 膨れっ面な様子が見受けられたが、果たして反省しているのだろうか……否、何も反省していないに違いない。多分、日頃から同じようなことを繰り返し誰かに行っているはずである。 

 冷静に分析してみると、妙にテクニシャンであったし手馴れているというか何というか全体的に優しかった印象があった。まるで、今にも壊れてしまいそうなものをそっと取り扱うかのように……というか、何故に私に対してこんなにも積極的なのだろうか。

 私自身、堅物で周りから見たら面倒臭いこと極まりない存在であるのになんで―――

 

「――何というか、手のかかる女ほど魅力的に見えるんだよ」

 

「そうかそうか、魅力的に見えるのか~……って、んん!?」

 

 口に出して話してなどいないというのに、問いかけに対する返事が聞こえたような気がする。

 ……いや待て、そんなはずはない。きっと幻聴で疲れているんだろう。……絶対そうだ、そうでなければおかしい。気のせいに決まっている。

 

「ところがどっこい、気のせいじゃないんだよなぁ……」

 

 日本武尊に似た声がまたしても返されるが、そんな馬鹿なことがあり得るものか。

 しかし、現実は非情であり、俯いて歩を進めていた私の顔のすぐ横には、前を歩いていたはずの変態戦艦の穢れのない笑顔が移動していた。

 

 

「――おまえの あたまのなか ぜんぶ おみとおし」

 

「いやぁああああああああああああああっっっ!!?」

 

 

 恐ろしい呪文が悪魔によって囁かれたその瞬間、背筋に冷たい物が急激に走る。

 気がつけば私は、我を忘れて駆け出していた。知らない道ばかりであるというのに、こういう時に限って何処へ進めばいいのかが鮮明にわかってしまう。

 さながら、私はストーカーに追われるキャリアウーマンのようであった。背後を見れば、暗い夜道に光る2つの瞳があり獲物に喰らいつかんとする獣そのものが迫っていた。

 

「……ダッシュ!!!」

 

「こんなところで加速するなボケエエエ!!!」

 

 同じ所を行ったり来たりして何とか撒こうと試みるが、速力が段違いすぎてわざわざ持たせた荷物がハンデにすらならない。つまり、持久力が切れたら最後であり、私は衣服をひん剥かれてあられもない姿にされてしまうだろう。

 

「そんなこと……しねぇって!」

 

「胸に誓って言えるか、その台詞―――」

 

「――あ、ごめん無理だわ。今なら勢い余ってお前に向かって急速潜航しちゃうかもしれねえわ」

 

「だろうな!」

 

 明らかに息切れを起こしかけているような息継ぎではない、興奮状態を思わせる呼吸の繰り返しが聞こえていた。

 どう考えても正気ではないことは確かだった。……こうなれば、電話BOXでも見つけて閉じこもるか? ……全然駄目だ、奴の事だから無理矢理にでも抉じ開けてくるかもしくは電話BOXごと持ち上げてくるだろう。民家に逃げこむことはNGであるので、目指すべき逃げ場所は自然と限られる。

 

「ええい、こうなったら……」

 

 奇跡的に秘密基地があるという方向は記憶していたので、偵察機を弓を使わず腕力のみで発艦させると上空から案内するように指示を飛ばす。急なお願いであるにもかかわらず妖精さんは察してくれて、的確にナビゲートを行ってくれた。

 程なくして、日本武尊が指揮する旭日艦隊の面々が集結しているという、ある意味不安な室蘭港へ入るためのゲートが小さく見えてくる。

 

「さらに倍ダッシュだ……!」

 

「――いい加減にしろっ!」

 

 上着に手をかけられそうになったので振り向きざまに脱ぎ捨て、日本武尊の視界を一時的に塞ぐことに成功する。……ずっと走り続けていたこともあり、シャツは汗だくで夜風があたって予想以上に冷たくなっていた。

 身に付けていた下着も浮き出ており、こんな恥ずかしい姿をいつまでも晒しているわけには行かない。

 

「もう少し……あともう少しだ……」

 

 額から出た汗が目に入り視界がぼやける。……再度後ろを見るが、まだ日本武尊は上着を被ったまま走り続けている。完全に不審者であり、私が通報しなくとも一般人に見られたのならば即座に通報されるレベルだった。……あんなのが超戦艦だと? 冗談はよしてくれ。

 

「――うっ!?」

 

 嘆く暇もなく新たな試練が私に襲いかかった。此処に来て走り疲れたせいかバランスが狂ってしまい、左の足首を捻ってしまったのである。

 そのせいで派手にすっ転び、外傷は幸いないもののストッキングといった脆い生地の部分は穴だらけになってしまった。気合と根性で強引に動かし立ち上がろうとするも、思い通りにはまったく行かない。

 

「はぁ…はぁ……やっと追い詰めたぞ」

 

 ……結果、ギリギリの距離で引き離していたはずの日本武尊は追いついてしまい、私は完全に窮地に立たされることとなった。ジリジリと詰め寄る音がカウントダウンの如く耳へと響く。

 

 

 

「これで―――チェックメイトだ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 流石の私も万事休すであり、抵抗することはほぼ不可能であった。近くにあった石を投げつけたところで意味は無いことはもはやわかりきっていた。

 だから、深く溜息を付いて自ら透けていて着ている意味のないシャツの上ボタンを外しにかかる。一個また一個と外していく姿に彼女は釘付け状態となっていた。それらしい雰囲気を諦めて漂わせると荷物を地面に律儀に置いて日本武尊は、倒れれば私の全身に覆い被される距離まで近寄った。

 ―――それが、命取りになるとは知らずに。

 

 

「……お前が、な」

 

「――ッ!?」

 

 

 ……それに気づいた時にはもう遅く、私と同じように疲労していたであろう日本武尊は目を見開いた状態で、ゲートのある方向から飛んできた物体による一撃を顔面から受けた。続けて同様の攻撃が飛来し、的確に手足へと直撃していく。

 目を凝らしてみればそれは、トリモチに近いモノであり確実に日本武尊の身動きを封じていた。もういいだろうと言うぐらいにまだまだ攻撃は続き、終わった頃には布団からなかなか出られない学生を思わせる光景が目の前には広がっていた。

 ……そして、危機が去って一息付いたところにロングストレートな金髪の女性が、幾つもの砲身を携えて私に手を差し伸ばしてきた。

 

「大丈夫、怪我はない?」

 

「……左足を少々捻った。支えになるような物が欲しい」

 

「あらら、来るのがちょっと遅かったようね……ごめんなさいね、すぐに気づいてあげられなくて」

 

 艤装を消失させて身軽になった彼女は私の肩に腕を回し、自ら支えになる形で寄り添ってきた。疲れきった私の身体は想像以上に重いだろうに、眉一つ動かす様子を彼女は見せなかった。

 

「別に構わない。SOSが伝わってこうして駆けつけてくれたことに感謝している」

 

 日本武尊は私の思考が読めるようなことを述べていたが、果たして読んだ思考の内容が真実であるかどうかまではわからないと私は踏んでいた。

 そこで、心の底から降参しているような素振りを見せて、その隙に妖精さんを基地内部に侵入させ、誰でもいいので救援を乞うようにお願いしたのだった。アテが外れる可能性が極めて大である賭けであったが、上手く行ったようで何よりである。

 荷物を拾い上げてもらい、砂埃を軽く叩くと私は重ね重ね女性にお礼を言った。ついでに、動かないままでいる変態についても恐る恐る尋ねてみる。

 

「……一つ聞くが、アイツは何時もああなのか?」

 

「残念ながらね……かく言う私も貴女と同じ目にあってるわ」

 

「というと、組み敷かれたりディープキスを強要されたり胸を揉みしだかれたり?」

 

「……うん」

 

 やはり思った通り、私以外にも被害者は存在していたようであった。しかも、顔立ちからして外人さん……外国の艦娘である可能性がある女性にも日本武尊は手を出していたということである。

 話を聞いていくうちに私などまだ序の口であり、常日頃からセクハラは続けられ、ほぼ毎日一緒にお風呂に入ったり寝ることを強要されているらしいことがわかった。また、この場にいる以外にも被害者は存在しており、現在進行形で悩みの種であるそうだった。

 

「何だか、貴女とは仲良くなれそうな気がする……」

 

「……私もよ。相談があったら何でも言って頂戴ね」

 

「建御雷だ、よろしく頼む」

 

「ビスマルクⅡ世よ。……前世では敵同士だったけれど、よろしく頼むわね」

 

 初対面であるにも関わらず奇妙な友情が芽生えることとなった私達は、互いの名を深く噛みしめるようにして覚えあった。……ビスマルクⅡ世と言えば、日本武尊と砲撃戦を繰り広げたかの国の戦艦であったと記憶しているが何故に日本の地にいるのだろうか? 

 ……まあ、奴が連れてきたことは大体予想がつくが、詳細を尋ねるのも面倒臭いというか失礼なので気にしないこととする。

 

「で、このトリモチみたいのは何だ?」

 

「見かけ通りのトリモチよ。一応は侵入者確保用というか基地防衛用に開発したのだけれど、初めての使用が基地の指揮艦だなんて滑稽だわ」

 

「ははは……そいつは最悪だな。だが、このトリモチ弾だが使いようによっては深海棲艦の捕獲にも転用できるんじゃないか?」

 

 もしそれが可能であるのならば、これまで困難であった深海棲艦の正体の究明に大いに役立つだろうと思われた。

 

「一応その辺を考慮には入れているの。けれど、捕獲後の運搬の問題や隔離施設の問題、基地の全体的なセキュリティ設備の徹底とかまだまだ山積みなのよ。耐久性にも問題があるし……それらを片付けてから出ないと実戦投入は無理ね」

 

「そうか……」

 

 改良と生産には時間が掛かるということであるので、これまで通りにプランを推し進めるほかないようだった。別に不満というわけではないが、戦争は出来ればこれ以上長引かせたくはなかった。

 長引けば長引くだけ苦しい思いを人類や艦娘、そして深海棲艦もするだけなのである。

 

「……さて、暗い所で立ち話も何だし、早く基地の中に入りましょ」

 

「――アイツはどうする?」

 

「放っておけばそのうち起き上がってくるでしょうよ。構う必要はないわ」

 

 哀れ、日本武尊。この基地のトップである存在であるのにもかかわらずボロ雑巾のように扱われるなんて……と一瞬同情しかけたが、元はといえば彼女自身が悪いのである。

 普通に接して案内さえしてくればこんな事にはならなかったものを、一体何処で間違ってしまったのであろうか。……いや、そもそも最初っから間違っていたな。考えるまでもないじゃないか。

 

「……そこで暫く反省してろ」

 

 蔑んだ視線をビスマルクⅡ世と揃って向けた後、基地内へようやく入れた私は作業中の仲間達から温かい声をかけられながら、地中施設の奥へとゆっくり足を進めて行った。

 ――ちなみに、日本武尊は1時間程してからトリモチを付着させたまま自力で起き上がってきて、足首の手当を受けつつ談笑していた私達によって再び縄で縛られて拘束されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 些かトラブルはあったものの、無事(?)に元旭日艦隊に属していた艦娘らが集まる室蘭地中基地へと辿り着いた建御雷は、日本武尊の補佐を務めているドイツの戦艦の艦娘であるビスマルクⅡ世を相手に互いが知り得た情報を取り交わしていた。

 基本的には日本武尊に神楽坂の料亭で述べた内容と同一であり、やはり全ての引き鉄となった出来事についてが一時的に焦点となった。しかしながら、互いに深海棲艦の発生に繋がるような出来事に思い当たる節がなかったことから問題は仕方なく先送りにされ、議題は室蘭駐留部隊の方針についての話となった。

 

「海軍所属の艦娘用の艤装や装備の生産については了解したわ。問題なく行えると思うし、既に行っている試みにも方向性は合致していると思う」

 

「……試み?」

 

「装備に互換性を持たせようとしているのよ。貴女のような航空母艦は装備が航空機だから飛行甲板に着艦できさえすれば互換性なんて気にしなくても済むでしょ? でも、私やそこに転がっているタケルはワケが違う」

 

 要するに、本来装備していなかったセンチ口径の主砲を問題なく扱えるようにする実験が室蘭では現在行われているということである。この実験が成功すれば、例えば本来35.6cm連装砲を装備していた艦が艤装の調整次第では、上位である41cm連装砲などを装備できるようになるかもしれないということであった。

 

「砲弾についても主砲の大きさに合わせて各種取り揃えるつもりだから、いずれはZ弾を私が使うことも出来るかもしれないわね」

 

「……複雑じゃないのか、かつて自身に大打撃を与えた艦の兵器を使うなんて」

 

「確かにそう思うところはあるけれど、過ぎたことにくよくよしても仕方がないじゃない。……昨日の敵は今日の味方、私達的に言えば前世の敵は今世の味方ってやつよ」

 

 昔のことを気にしている様子も見せずビスマルクⅡ世は笑って言うと、縛られたまま呑気に眠ってしまっている日本武尊を見やった。

 その視線からは怒りといった感情は一切見受けられず、まるで想い人に向ける眼差しのようであった。それを見て建御雷は一人ぼやく。

 

「――まったく、コイツは公私を使い分けられればまだまともなのになぁ」

 

「いえ……プライベートな部分は見ての通りはっちゃけているけれど、公の場では割としっかりしてるわよタケルは」

 

「……ええー、本当か?」

 

「ホントよホント。そうでなきゃ、皆彼女に付いて来てはいないし、今頃貴女の方へ集まってるわよ」

 

「確かに言えてるが……」

 

 話を聞いた建御雷は、昨日と今日で理解した気になっていた日本武尊という艦娘の考えていることがわからなくなっていた。

 もしかするとプライベートと称する部分はあくまで道化であり、本性は全体に向ける顔に秘められているのかもしれないとさえ彼女は考えた。思い返せばそのような素振りは垣間見えていた。

 妄想が広がり、至って真面目な顔を見せる日本武尊の姿が頭の中で描かれる。

 

 

 

『オレは何を言われようが、ずっと建御雷の傍にいてやるよ』

 

「~~~っ!!?」

 

 

 

 茹で蛸のように顔は真っ赤に変化し、建御雷は恥ずかしい気持ちで一杯となってしまい急いで顔を俯き隠した。……しかし、ビスマルクⅡ世をそれを決して見逃さず、わざと甘ったるい声を出して彼女に囁く。

 

「――わかったでしょ、タケルが惹かれる理由が」

 

「ふ、ふん……全然わからないなっ!!」

 

「惚けちゃって、嘘をついても無駄よ~?」

 

「――って、脚を絡めてくるな。……う、動きが気持ち悪い!」

 

 いいように弄ばれた建御雷は、ビスマルクⅡ世が日本武尊から受けたことについて強制的に聞かされ、彼女の気が済むまでの間ずっと悶々とする羽目となってしまった。

 暫くして何とか解放されたが、テーブルに上半身をダラリと力なく倒れ伏させており、少女は痙攣を起こして悶々と震えていた。

 

「同志だと思ったら、とんでもない女狐だった……哀しい」

 

「――女ってもんはそういう生き物だ、諦めろ」

 

「……オマエが言うな、このレズビアン型戦艦」

 

 目を離していた隙にちゃっかり拘束を解いていた日本武尊からのツッコミに、建御雷は気力なく言葉を返した。そうして、彼女は糸が切れたように瞳を閉じると可愛らしく息を立てて無言となった。

 

「あれま、寝ちまったのか?」

 

「……疲れて動けないだけだよ、もう」

 

「なんでい、心配させやがって……驚かせるなよ」

 

「で、本音は?」

 

「――寝静まった頃を見計らって寝室へと運び込んで、風呂に入ってないのをいいコトに丸裸にして蒸しタオルで拭いてやろうと考えていました、まる」

 

「どうせ、それにまだ続きがあるんだろう……わかってるよ」

 

 だらしなく手を動かし、ぺちぺちと机を叩いた建御雷はそうはさせまいとして、意識を保ったまま運ぶように二人に促した。……勿論、そのまま寝室へと直行ではなく風呂場を目指すように注意をしたわけであるが、二人が素直に従うはずもなく目だけが怪しげに輝いていた。

 結局、彼女の災難は終わることがなく、到着した直後に抵抗する事もできずに浴槽に投げ入れられ、日本武尊とビスマルクⅡ世の二人がかりで襲われた挙句に川の字……というより、上矢印のような形になって暑苦しい夜を迎える事となった。

 

 

 

 

「――はっ、タケミーのピンチ!?」

 

「……何を言っているの、米利蘭土」

 

 トラック島で直感的に建御雷の身体的な危機を感じ取った米利蘭土であったが、特に何も行動をすることが出来ずに一日を終えた。




ということで、建御雷の災難回でした。

次回は逆にシリアスになると思います。


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第16話 航路に至る者

伏線回収のために第6話の一部修正。



 ――日本武尊とビスマルクⅡ世によってされるがままになってしまった建御雷はその夜、起きている状態に近い中で改めて今世の在り方について一人黙々と考えていた。

 

(今世は言わば、深海棲艦というウイルスによって病に冒された身体そのもの……艦娘は病に伏した体の健康を取り戻すために投与された治療薬。……だが、ウイルスは治療薬の成分に対する抵抗を持っているか)

 

 世界を要治療が必要な患者にたとえ、回復に向かうには治療薬という名の艦娘の改良が求められるとの認識を持った彼女は、月虹艦隊による効果的な治療薬の研究開発の重要であることを再認識する。

 その上で、ウイルスの感染経路及び発生源を突き止め、根絶していかなければならないという思いを強めると、建御雷は長い闘病生活になるであろうこの先の道筋を立てる。

 

(……深海棲艦は今世を蹂躙するように動き回っている。艦娘によってその動きは多少なりとも妨害できるだろうが、何処かで流れを断ち切る大手術を施さければならないか)

 

 流れを断ち切るということは即ち、悪意に満ちた思惑を完全に阻止することであり、深海棲艦に都合の悪い戦いの終わり方をむかえさせることを意味していた。……また、それを行うタイミングこそが、長期化する戦いを決着に向かわせるためのターニングポイントになるだろうと言えた。

 

(奴らはきっと、この第三次深海大戦をこれまでの戦い同様に勝てるものだと思い込んでいる。上手く行けば、その慢心に付け込むことで大打撃を与えつつ勝利をもぎ取ることが出来るだろう)

 

 いかに正攻法をとろうと、単純な陽動を行おうとも勝てる見込みは残念ながら少ない。ならば、陽動に陽動を重ね裏の裏をかき相手の油断を誘う以外に方法はない。

 例えば、大規模作戦によって戦力が本土に殆ど残っていないと誤認させて敢えて強襲を促し、逆に一網打尽にするといった奇策を場合によっては実行に移さねばならないだろう。

 

(『水切作戦』ではハワイの確保に加えてウェーク島……今世で言うピーコック島もしくはW島の確保も平行して行うが、問題はその後か)

 

 無事作戦が成功しさえすれば、リーガン大統領支援により物資的に日本は回復に向かうだろう。周辺諸国についても、日本を中継することで結び付きが生まれ貿易も可能になり、連携した関係が構築可能となる。

 ただし、いくら鎖国状態が解除されることになるとはいえ、深海棲艦が再び鎖国状態にさせようとも限らないのが現実だ。したがって作戦後は、復活した国家間の連携を強固なものとするための、防衛戦に近い戦いに移行すると思われた。

 

(……南西海域が落ち着き次第、今度は北と西の両方面の警戒に主になる。しかし、作戦範囲を広げれば広げるだけ深海棲艦の各方面の主力部隊と交戦することになるな)

 

 位置的にアリューシャン列島やマダガスカル島に該当するカスガダマには尋常では無いほどの敵戦力が集中していることだろう。そうなれば、日本海軍だけの力では攻略は容易ではあるまい。勿論、月虹艦隊も参加し支援を行うことは決まっていたが、あと1つ策を練らなければ確実な攻略は成立しない。

 

(物資輸送に併せて、作戦への参加を促す事ができればいいが……艦娘が有無をまずは確かめねば)

 

 ソビエト……ではないロシア海軍、前世では同盟国であり後世では敵同士であったドイツ、イタリアの動向も気になるところではある。ビスマルクⅡ世というドイツ艦が今世に転生してきていることを考慮すれば、少なくともドイツに艦娘が存在する可能性は高く、コンタクトをとってみる価値は十分あった。

 

(リーガン大統領によれば、現在ドイツとイタリアにはヒトラーとムッソリーニに容姿だけが似たイトラー、ムッツリーニなる人物いるそうだが、聞き耳を持ってくれるかどうかが肝心だな)

 

 建御雷は距離的に見て、いずれは潜水艦隊による西方海域への遠征を、北方海域には日本武尊指揮下の室蘭駐留部隊の一部隊を派遣させるべきだとした。その間、本隊であるトラック島と紺碧島の月虹艦隊は各方面に向けた支援に徹しながら、南方海域への大々的な進出に向けた事前準備に取りかかることになる。

 

(……足がかりとして、ハワイ島攻略後にクリスマス島を此方で独自に落としておくか。飛行場があるとなると陸上施設型の深海棲艦が待ち受けているかもしれんが、なるようにはなるさ)

 

 後日、対地攻撃の経験がある艦娘が豊富な月虹艦隊は、南方海域への攻略については独自の方針に基づいて攻略を行うことを決定した。

 これに対し大本営は、海軍所属の艦娘が現状のままでは多く損失する可能性が捨てきれないとして合意し、南方海域については特例で通常の海軍を月虹艦隊が支援するという連携の体制から、月虹艦隊を海軍が支援する体制に変更するという意向を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして朝になり、絡みつくようにして建御雷の自由を奪っていた二人を無理矢理引き剥がし、赤いたん瘤が出来るほどに拳を振りかざし終えた建御雷は、総員起こしのラッパの音に耳を傾けながらのた打ち回る日本武尊とビスマルクⅡ世の姿を尻目に予備の服へと着替え、食堂へと誰の案内もなく辿り着いていた。

 そこで軽めの食事をトレイに受け取った彼女は、まだ人が少ないテーブルの一角に聞き覚えのある口調で話す少女らを見つけ声をかけた。

 

「だからの、信長。お主は対空火器の扱いにもう少し力を……」

 

「――すまない、尊氏と……信長であっていたか?」

 

「……ん? お主は―――おお、建御雷ではないか! 早い朝じゃな!」

 

「おはよう……あと、久し振りだ」

 

 席から立ち上がった尊氏との再会の握手に応じた彼女は、二人が居た近くに腰を下ろすとパンを一口食べてから眉間に皺をよせて言った。

 

「――以前二人が言っていた連れの連中だが、とんでもない奴らだったよ」

 

「あー……なるほど。げんなりしているところを見ると相当な被害にあったみたいじゃな」

 

「……昨夜は全然お楽しみじゃなかったというわけか」

 

「――アレを楽しいと思えるのならば私は多分とっくにイカれていて、今頃は連中の同類だよ」

 

 服で隠れてはいるが、今でも体中に生々しい蹂躙の後は残っており、独特の形を持つ斑点模様が彼女の身体に数え切れないほど刻みつけられていた。時折僅かな痛みもあり、今もなお同じ行為をされているのではという錯覚も生まれかけてもいた。

 なるべくありのままを思い出さないように心がけようとする建御雷であったが、そうすればするほどに鮮明に思い出される葛藤に苛まれる。しかも、嫌であるのにもう一度同じ行為をしてもらいたいという、あり得ない願いも葛藤の中には含まれていた。

 

「ところで、二人は一緒ではないのかの?」

 

「……見てわかる通りだ。今頃、痛さのあまり気絶しているか部屋から出られないで混乱しているはずだろうよ」

 

「手加減とかは?」

 

「ふん、しているわけがないだろう?」

 

 平然とコーヒーを口に含んだ後に彼女そう言ってのけた。

 そして、何時迄も日本武尊らの行いのことを考えていては億劫であるので、建御雷は気持ちを切り替えるべく、尊氏と信長に別の話題を振った。

 

「そういえば、旭日艦隊に属していた艦艇はほぼこの基地に揃っていると聞いたがどうなんだ?」

 

「全員が全員いるわけではないがのぉ……まあ、利根を除いた第一遊撃打撃艦隊の第六一巡洋戦隊以外は大体揃っていたはずじゃ」

 

「となると、那智、足柄、羽黒、熊野あたりが未だ行方知れずか。……利根と妙高については海軍で保護したリストの中にいたが……いや待て、利根が『二人』いるだと?」

 

 後世ではクリスマス島攻略戦においてB32フライングデビルからのロケット弾攻撃を回避後、直前にB-17からの投下されていた浮遊機雷に触雷し、畳み掛けるように爆撃を受け戦没したはずであった。

 

「対空巡洋艦の方の利根じゃよ。姉妹艦が総じて居ないことからかなり嘆いておった」

 

「……そうか、そういうことか」

 

「恐らく残りは……あちら側の艦娘として保護されるのかもしれない」

 

 可能性としては大いに有り得る話であった。だがそうなれば、旭日艦隊は遊撃打撃艦隊を完全な形で編成できないわけであり、現状の戦力は空いた穴の分の負担を強いられることになる。一人一人の実力は申し分ないが、果たしてカバーしきれるものなのか不安は大きい。

 

「まあ、この基地は航空戦艦や航空母艦が多い。航空戦力に関しては問題はない上に、水上打撃艦は日本武尊やツヴァイ、それに――――」

 

「――私達もおります」

 

「!?」

 

 建御雷が振り返った背後には、髪で片目を隠した少女に加えてボーイッシュに髪を切りそろえた少女とやや尖った八重歯が特徴的なおかっぱ頭少女の三人が立っていた。日本武尊らと比べて体つきは小柄ではあるが、風格からは歴戦の勇士であることが窺える。

 さらに、巫女服という着こなし、腹部・胸部へ胸当てや装甲を付けていないことから、消去法で巡洋戦艦クラスの艦娘であることが察せられた。

 

「虎狼型航空巡洋戦艦の長女、『虎狼』です」

 

「同じく虎狼型航空巡洋戦艦の次女、『海虎』っ!!」

 

「三女の『海狼』よ、覚えておきなさい!」

 

 三者三様の挨拶がなされ、建御雷は自身の心配が些か杞憂であったことを理解した。

 虎狼型航空巡洋戦艦は日本武尊に負けず劣らずの戦歴があり、いずれも大戦終盤に至るまで大活躍を見せていた。高杉艦隊に随伴していた際に、海狼だけはドイツ軍の飽和攻撃により戦没してしまったことが悔やまれるが、それでも申し分ない力を有していることには変わりない。

 

「――タケルさんには、後でもう一度厳しく言っておきますから安心してくださいね」

 

「そ、そうか……」

 

 無表情であるにもかかわらず口元だけを微笑むように歪めた虎狼は、そっと彼女に近づき耳元て囁いてみせる。

 言葉のままにそれをとりあえずは受け止めた建御雷であったが、虎狼の目線はずっと彼女のうなじ近くへと注がれており、何らかの思いを渦巻かせているようだった。悪意はないだろうが何処か不気味であったと言えよう。

 

「紅玉艦隊や紺碧艦隊の皆さんはお元気ですか?」

 

「……ああ、元気だ。むしろ、元気すぎて五月蠅いぐらいだ……特に米利蘭土辺りがな」

 

「テンション高い人なんです?」

 

「妹の手音使は落ち着いているんだがな。人の事をタケミーと読んだりと自由奔放さ」

 

 肩をすくめて苦労していることを彼女は周囲へとアピールする。その一方で、紺碧艦隊が比較ができないぐらいに苦労を重ねて任務を請け負っている事が伝えられると、彼女達の現在についてが詳しく語られた。

 

「紺碧艦隊は現在、伊3001と伊601を中心に太平洋の警戒にあたっているが……ある潜水艦が欠けている状態だ」

 

「――もしや、須佐之男さんですか。日本武尊・建御雷・須佐之男と揃い踏みであるならば怖いものなしなのですがね……」

 

「何処にいるか心当たりはないんですか?」

 

「……さっぱりなんだ。呼び寄せることも出来ないし、今世に既に転生しているかもわからない。潜伏していそうな場所は全て洗ったが、手がかりになるようなものは何もなしだ」

 

 最終的な紺碧艦隊の旗艦である伊10001こと須佐之男は、伊3001の核融合炉と電磁推進のデータが活かされた高速潜水航行が可能な超速潜である。日本武尊を最強の戦艦、建御雷を最強の空母と位置づけるのであれば最強の潜水艦とは須佐之男のことを示しており、その名に恥じぬ働きを第二次世界大戦末期から第三次世界大戦末期にかけて見せていた。

 その最も足るのが、第三次世界大戦末期の黒海潜入作戦であり、電磁推進の性能を応用したジャンプと艦底構造を存分に活かし、見事に海面浮上滑走を行って突破に成功していた。

 

「その様子だと、姉妹艦の電光さんもいないようですね……」

 

「……なに、深く気を落とさんでもいいさ。二人なら何処にいようとも上手くやっているはずだ。それに絶対に会えないとまだ決まったわけじゃない」

 

「そうよっ! だから、再会した時に胸を張って向き合えるようにしましょうよ!」

 

 海狼の活気があふれる掛け声に皆が頷くと、一同は再び会えることを祈って直面する課題に取り組んでいく気持ちを新たにした。

 そうして、暫く彼女は他愛もない世間話に花を咲かせていたわけであるが、話が一度一段落するとそこへ、トランクを手に下げた鯨のプリントが施されたエプロンを身に付けた眼鏡の少女が現れる。腰回りにはドライバーやスパナが入ったベルトが装着されており、既に何度も使用された跡があった。

 一体誰かと首を捻る建御雷だったが、旭日艦隊の面々は知った顔であるとして少女を『工鯨』と呼び、彼女の前へと誘った。

 

「建御雷さん、おはよーございます。――私、多目的工作艦の『工鯨』です」

 

「うん、おはよう……それで、その鞄はもしや私宛の荷物か?」

 

「はい、そうです。海軍の方が朝一番に届けてくださいました。勝手ながら中身を確認しましたけれど、身分証と2種類の制服が入っていました」

 

 注目が集まるなか礼を言って受け取った彼女は、平らげた食事のトレイを避けた後にトランクを置いて新調に中身を確認した。工鯨の言う通り、海軍の黒い第1種と白い第2種の制服が折り畳まれてしまわれており、その上にはマニュアルらしき書類と身分証が封筒に入れられていた。

 

「――航空母艦建御雷を『高杉 建美(たかすぎ たけみ)』として、海軍技術少将に任命す……か。これで、横須賀鎮守府に入り込む大義名分が得られたというわけか」

 

「ええっ!? ……た、建御雷さん、横須賀鎮守府に行くんですか!?」

 

「あちら側の艦娘の艤装強化の為にな。……私達とは違い、あちらの艤装は主機関をガスタービンエンジンに換装する以前の……開戦前と何ら変わりないものだからな。このまま付け焼刃的強化を繰り返していては、早いうちに限界が来てしまう」

 

「……では、私達と同等の強化を施すと?」

 

「さぁ、それはわからん。後世と同等のレベルに引き上げることが望ましいが、目安にしかならんかもしれない。扱う艦娘が耐え切れなければ、やむを得ず基準を下げなければいけなくなる」

 

 それを判断する為の査察だと言い切り、建御雷は食堂から一度出ると数分した後にトランクを片手にスーツ姿から早変わりした白い制服で現れた。変装用に伊達メガネを掛けていることにより、厳しげなオーラが彼女から漂い始める。

 

「らしさが出ていて実に羨ましいのぉ~」

 

「安心しろ、いずれカモフラージュ用に階級はそれぞれどうなるかはわからんが、此方にも支給されるそうだ。……もっとも、女性士官ばかりいる基地というのも変な話だがな」

 

「……艦艇が人間の娘になっている時点で今更だ」

 

 信長が発した言葉は、まさしく事実であり皆の笑いを一気に誘った。

 建御雷はトラック島に残してきた本隊とは違った艦娘同士の強固な繋がりを実感すると、同じ目的のために戦っていく誓いを皆の前で行った。

 

 

 ……日本武尊とビスマルクⅡ世については、昼を過ぎた頃にようやく気絶から目覚め、二人してだらしのない格好で発見されることとなり、予告通り虎狼にキツく叱られることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私は一体誰なのだろうと、男が自問したのはこれで何度目であろうか。

 

 入道崎と呼ばれる、秋田県の男鹿半島北西端に位置する岬にて髭を多く生やした男性は、初夏が近づいている予感をさせる日差しを深く被った帽子で遮りながら海を見つめ、自らに同じ質問を課していた。

 しかし、問いに対する答えは一度足りとも男に対してもたらされず、微かな潮風の音だけが耳へと届く。

 男には連れが一人だけおり、まだ義務教育を終えたばかりの背丈の髪を後ろで一纏めにした少女がその傍らに座り込んでいた。

 少女もまた似たような問いを反芻しており、男に従うことだけがある意味やすらぎであった。

 

「……夕陽が綺麗だな」

 

「――そうだね、太郎さん」

 

 少女が呟きに同意し男の下の名前を呼ぶが、実のところこの名前は確かなものではなく仮初めの名であった。というのも太郎と呼ばれた男は、深海棲艦に支配された海で溺れとある海岸沿いの砂浜に辿り着く前までの記憶を失っており、朧気ながら記憶に残っている名前を呼び名として用いていた。

 少女については太郎が溺れているところを無我夢中で助けた人物であるのだが、何故助けようと思ったのかわからない上にどうして近くを自身が彷徨っていたのか理解していなかった。また、同様に名前を失っており、『いろは』と彼に対しては名乗っていた。

 本当の名前を証明するものは何もなく、二人の残されたのは潜在的な特技だけであった。太郎は絵の才能がずば抜けており、いろはは水の中でもゴーグルなしに泳げ、物を鮮明に見渡すことが出来ていた。

 今回入道崎を訪れたのは、岬からの夕陽が美しいという噂を聞き、是非ともスケッチをしてみたくなったからであった。そのついでではあるが、彼らは絵を通して記憶を取り戻すという試みを実施していた。

 

「……どう? 何か思い出せそうな感じがする?」

 

「やはり、何とも言えないな……直感に従って描き進めてはいるが、いつも『何か』が足りないと感じてしまう」

 

 その『何か』こそが記憶の扉を開く手がかりになるのではと思う二人だが、カモメや海洋生物、何の変哲も無い岩、今は出港することも出来ない漁船や軍艦などをいくら描こうともしっくりこなかった。場所が悪いのか想像力が足りないのか思い悩むが、結局は考える前と同じ結果に行き着いてしまう。

 

「画廊も数ヶ所覗いてみたが、インスピレーションを感じさせる作品には出会えなかった……次こそはと思うがこの近くに画廊は……」

 

「あることにはあるみたいだけれど、どんな作品があるのかについては情報が乏しいみたい」

 

 情報を得るための唯一のツールとして資金を用いて購入したスマホを操るいろはは、自身達が描くだけでは得られないヒントを求めるために開催される画廊を定期的に探していた。

 されど、このご時世で開かれる画廊は多いとはいえず、出展される絵も深海棲艦がいる海の絵は皆描きたがらないのか、見当違いのものばかりであった。

 

「『海』が関係していることだけは覚えているのに、どうしてその先に行き着けないんだろうな……」

 

「大事なことだからこそ頭の中に大切にしまわれちゃってるんだと思うわ。けど、きっといつかはわかる時が来るはずよ」

 

「……だと、いいんだがなぁ。本当に、私は『何を』忘れてしまったんだ」

 

 悔しそうに嘆く太郎は、それから無言になって風景画を何枚も満足がいくまで描き殴り続けた。途中、休憩を挟みいろはが作った夕食のおにぎりに手を付けるも、感想すら述べる余裕が無いまま彼は作業に没頭し続けた。

 時は流れ、気がつけば夕陽はとっくに沈んでおり、月が太陽の代わりに空を照らすように光を放出していた。その頃になると流石の太郎も筆を止めており、呆然と佇むようにして海の向こうを見つめていた。いろはもそれに倣い、無言でただ遠い彼方を見つめた。

 

「……戻るか」

 

「――そう、だね」

 

 一頻り考えぬいた末に今日の作業は終えることにした太郎は、いろはに合図し広げていた道具を片付け始める。いろははもう少しこの場に留まっていてもいいと思っていたが、太郎が自分に気を使ったことを察すると素直にそれに従った。そうして、荷物をまとめた二人は名残惜し見ながらも岬に対して背を向けた。 ……そんな矢先の事だった、謎の声が突き抜けるようにして両者の耳に届いたのは。

 

 

 

『―――岬を見て、◯◯◯◯』

 

「「!?」」

 

 

 

 初めは気のせいであると、太郎といろはは互いに認識していた。

 だがしかし、見合わせた顔から幻聴でないことを把握すると、警戒心を露わにし進めていた歩を停止し立ち止まってみせた。――そこへ新たな声が響き、今度は二人の気を確実に惹くキーワードを述べる。

 

 

 

『二人が忘れてしまったもの――――全部思い出させてあげる』

 

「なん……だと……」

 

『だから、岬を見て』

 

 

 

 声の主は姿を表さないまま、二人が記憶を失っていることを把握していると伝えると、最初と同じ指示を太郎といろはに再度飛ばした。少なくとも敵意は感じず、危害を与えるつもりはないというニュアンスは届いたが、それでも両者は振り向く決心がつかなかった。

 

「……どうする? このまま逃げるかそれとも要求に従って振り返るか」

 

「わ、私怖い……」

 

「くっ……仕方がない、私が先に振り返るから何かあったらすぐに逃げるんだ、いいな!」

 

「(……コクリ)」

 

 怯えるいろはに配慮し太郎は自分が先に岬を見ると叫ぶと、ジリジリと足を動かして回れ右をする態勢を作った。そこで心の中で自身に合図をし、一瞬だけ見たらいろはを連れて逃げられるよう準備をした。

 

 

「(……いち、にの―――――さん!!!)」

 

 

 三の時だけ声に出し、太郎は意を決して振り返ってみせる。……正直、振り返った瞬間死ぬのではないという恐怖が彼の中にはあったが、瞳に映った光景をまじまじと見て驚愕をする。

 

「な、に……ッ!?」

 

 ――見ろと言われた岬の向こうにはなんと、白く大きな帆を張った巨大なヨットが海上に浮かんでおり、眩い光の粒子を辺りに散らしていた。その影響か周囲は小さな物陰に至るまで影を作り出していた。

 それだけでなく、絵を描いていた時は発生していなかったはずである荒波が生まれており、ヨットの船体には何度も水飛沫が叩きつけられていた。

 間を置いていろはも振り返ると、岬の先にはぶつかるのではないかというギリギリの距離までヨットが接近しており、船の底部分を嘘か真か海から離していた。

 思わず立ち竦んでしまう彼女であったが、あることに気づいてハッとなった。……そう、太郎がいなくなっていたのだった。

 

「――太郎さんっ!?」

 

 キョロキョロと辺りを見回してみると案外早く彼の行方は判明した。……なんと、光と共に浮遊するヨット前で苦しげに頭を抱えて蹲っていたのである。

 急いで障害物を乗り越えて駆け寄ったいろはは彼の体を揺するが、仰向けになった彼は焦点が合っていなかった。

 

「――う、あああ、アアアアアッ!!!!!」

 

「ねぇ! ……しっかりしてよ太郎さん! 太郎さん!!」

 

 必死に呼びかけるも瞳は虚ろであり、今にも意識を失いそうになっている。救急車を呼ぼうにも場所が場所な上に、急患を受け入れてくれる病院を彼女は把握していなかった。

 落ち着いていればスマホで調べることも出来たが、そんなことはいろはの頭からはさっぱり抜け落ちており、そもそもスマホ自体が眼中になどなかった。

 

 

 

『……大丈夫、自分をしっかり受け入れて』

 

 

 

 再び声が聞こえ、何かを受け入れろと声が掛かる。すると、太郎に寄り添っていたいろはまでもが頭を抱えて苦しみだし、彼女もまた焦点が合わないまま地面へ倒れ込んだ。同時に奇妙なヴィジョンが流れ込む感覚を覚え、太郎が何に苦しんでいるのかをいろはは理解する。

 

 

『――敵さん発艦準備の真っ只中だ、全艦魚雷戦準備ッ!!』

 

『艦長、敵陣形内に潜り込むぞっ!』

 

『これを待っていたんだ! 前部全発射管発射ッ!!』

 

「なに…これ……」

 

 

 切り取られたかのような映像群が次々と再生される。そのどれもに海軍服を着た男達が映っており、登場する人物は皆共通していた。なかでも中心人物に該当するであろう男は何処となく太郎に似ており、数多の戦いにて鋭い直感を発揮し戦い抜いていた。

 そこで、いろはは惹かれるようにして映像に写った一隻に注目する。

 

「――イ、ひゃくろくじゅうはち?」

 

 どのような艦であるのかを指し示す文字を読み上げた彼女は、今度は誰かが外から記録したような映像ではなく実際に艦と一体化している目線で謎の記録を追体験する。さらに、自分ではない存在だとはっきり認識できる存在の手を借りて、ようやく頭の中に広がる海の底まで沈んでいた『本当の記憶』へ手を差し伸ばした。

 

 

 

 

「――そうだ、私の名は『伊168』……伊号潜水艦だッ!」

 

 

 

 

 やっとのことで己を自覚するところまで到達した彼女は、伏していた膝に力を入れて起き上がる。

 横に視線を向ければ、隣に倒れていた太郎もまた先程までの苦しむ姿が嘘であるかのようにスッキリとした表情を見せ、自力で立ち上がろうと懸命に体を動かしていた。

 

「……思い、出したんですね。司令官」

 

「あ、ああ……どうやらそのようだ、伊168」

 

 いろは改め伊168と呼ばれた少女はすぐに太郎に駆け寄り、その身を助け起こす手伝いをした。その甲斐あってか、何とか自力で立ち上がることが出来た彼は伊168と共に記憶を取り戻すきっかけとなった光のヨットへと近づく。

 ――その時、ヨットからは光る透明な板によって形成された階段が伸び、二人がいるすぐ目の前まで到達をした。……そして、身構える彼らを余所に謎の声の主がついに姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は―――――千鶴ッ!!?」

 

『……ぶっぶー不正解よ、お・と・う・さ・ん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い半袖のセーラ服へと身を包んだ少女がリズムを刻みながら階段を降り、悪戯っ気溢れる笑みを二人に対して向けた。

 太郎は彼女の正体に心当たりがあるようであったが、その答えを口に出した瞬間に間違っていると舌を出して告げられた。……しかし、ヨットが形状を変えてヒントとばかりに別の形の変化した時、感の鋭い太郎は伊168を一瞬見た後に本当の正体を把握しきると、少女と太郎にしか聞こえない声量で答えを告げた。

 

 

「千鶴ではないのならお前は――――か」

 

『ピンポーン、大・大・大正解よ! 優勝賞品プレゼント決定で~っす!』

 

 

 見事に正体を突き止められた少女は喜びを派手に体現するが、対する太郎の眼差しは真剣そのものでありまるで笑ってなどいなかった。早く要件を言えと無言でアピールする面持ちはまさしく軍人の顔であり画家の顔などでは決してない。

 

『……そんなに怖い顔しないでよ、お父さん』

 

「――御託はいい。用がないのなら私は彼女と帰るぞ」

 

『駄目駄目、彼女には彼女にしか出来ないお願いをするんだから。……お父さんとは別行動確定なのっ!』

 

「何っ……?」

 

 少女はどうしてもこの場を持って太郎と伊168を別行動にしなければならない理由があるようで、恋人のように腕を絡めて引っ張ると階段に太郎の足を無理矢理乗せた。途端に階段はエスカレーターを思わせる動きを見せて船体へ近づいていった。

 

「ま、待て! 私は一緒に行くとは一言も言ってはいないぞっ!!」

 

『ごめんなさい、残念ながら拒否権はないの。……でないと、この世界は何時まで経っても戦いを終わらせることが出来ないわ』

 

「どういう意味だ!?」

 

『付いて来ればわかるわ。……ああ、伊168さんにもこれだけは伝えておかないと』

 

「!?」

 

 太郎にくっついたままポンと手を叩いた少女は、話に一人置いて行かれている伊168に対し矢継ぎ早に伝言を残した。

 

 

 

『――紺碧島へ向かいなさい。彼女達が待っている』

 

「彼女達ってまさか……」

 

『自分でそれは確かめて。……大丈夫よ、私達はいずれこっちに帰ってくるから』

 

 

 それだけ言うと少女は完全に階段を消失させ、岬から宙に浮かぶ艦艇を離すと共に海上に船底を丁寧に密接させた。

 そこから徐々に船体を海中へと潜ませていくと太郎を内部に押し込んで避難させ、手を振りながら別れの言葉を口にした。

 

 

『――過去という運命に抗って、未来へ進みなさい。さすればその先に必ず救いはあるわ』

 

 

 ……そう言い残し、巨大な光の艦艇は水平線上の向こうへと出航して行った。




――ぱっぱっぱーぱっぱっぱー(紺碧の艦隊EDのアレ

気づいた方もいると思いますが、タイトルはオマージュです。
あと、リーガン提督以外に転生者はいないと言ったな、アレは半分嘘だ(ズドンッ

次回もお楽しみに


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第17話 偽りの仮面

今回は査察編の導入ですので短いです


 

「……そうか、南西諸島の方はとりあえず一段落ついたか」

 

 北海道の室蘭にて駐留する後世世界における旭日艦隊の面々との会合を終え、再び独り車上の人となった建御雷は出発前に受け取った報告書を眺め、海軍所属の艦娘らの最新の活躍ぶりについて呟きを漏らしていた。

 資料によれば、猛訓練を経て新たに戦列へと加わった赤城と飛龍の操る航空機群と、比叡が作戦を少しでも有利進める為に用いた三式弾が相乗効果をもたらし、制空権の確保に見事成功。……結果的に、損害軽微のまま防衛線上の敵は陽動として動いていた第二艦隊と共に一掃され、深海棲艦の支配下にあった台湾を始めとした近隣諸国を含めた南西諸島の一部地域は解放、一時の安全が確保される運びとなったという。

 これには思わず頬を緩める建御雷であったが、戦況は予断を許さぬまま突き進んでおり、次なる課題が待ち受けていることを理解するとすぐに硬い表情に顔を戻した。

 

「海上輸送ラインの確立に、太平洋へ本格的に進出する為の諸準備……依然として負担は減らんな」

 

 紺碧艦隊の調査により、南西諸島は全体的に見て資源が豊富であるという確認は既にとれていたが、そうした反面で周辺に蔓延る深海棲艦の部隊は強力であるとの聞きたくない悪い報告も存在していた。

 特に、ポートワイン付近では陸上施設型らしき深海棲艦の存在も確認されており、不用意に接近すれば予想も出来ない危機的状況に追い込まれることは必然であると言えた。

 

「触らぬ神に祟り無しとはよく言ったもの……眠り姫には悪いが、起きてもらうのは大分先になりそうだ」

 

 対地攻撃については海軍内で検討されてはいるも、具体的な案の中ではまだ実行に移されてはいない段階であった。優先順位的に見れは仕方がないことではあるが、いずれにせよ後々は何とかしなければならない。何時までも先送りにし続けるのには限界がある。

 こうした諸問題についても査察の中で解決すべきだと判断し、建御雷は合わせて処理が出来そうな課題を報告書に書かれた文から探っていった。

 ――そこで、彼女は興味深い一文を発見し、お土産と称して日本武尊から半ば押し付けられる形で渡された電探メガネを掛けて全体を読み解いた。見出しには『敵航空戦力に対する三式弾の有効性』とあった。

 

「……先の防衛線における戦闘を踏まえ、三式弾等の対空装備が今後劣勢な状況を覆す可能性を秘めているか。――なるほど、それは最もな意見だ」

 

 深海棲艦はその傾向からして航空主兵論に基いて戦っているとされており、比率から見ても展開している部隊には空母クラスの深海棲艦が混じっていることが多かった。つまり、大艦巨砲主義とは相反しており、前世において帝国海軍が連合国側に教えることとなってしまった航空戦の海戦における偉大性を把握しているということである。

 これに対抗するには、航空戦が絶対的なものではないということを深海棲艦に悟らせることが求められるのであるが、如何せん今のままではどうすることも出来ない。

 

「見極めなくてはな……彼女達を」

 

 列車の走る振動で細かく揺れ動くテーブルに紙の束を置き、建御雷は差し込む光が眩しい外を肘を付きながら眺め、帝都に着くまでの間やや陽気に鼻歌を歌い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……午後になり、数日ぶりに帝都へ舞い戻った彼女は、海軍により手配がなされていたそれなりのセキュリティを誇るホテルでチェックインを済ませていた。

 現在は、入室した室内にて服をだらしなく脱ぎ散らかし、Yシャツと下着姿のままベットへとダイブしている状態であり、その様子からは旅の疲れがじわじわと滲み出ている。

 纏めていた髪はリボンという拘束から解放され、彼女ごとベットを覆い尽くさんと掛け布団の上で艶めかしくも扇状に広がっていた。日本人らしかぬ髪色もあって、彼女をよく知らぬ者がその姿を瞳におさめたのであれば、異国の女性が無防備に寝ていると勘違いしたことだろう。

 

「……だるい」

 

 なお、当の本人はというと意識だけは朧気ながら保っており、只々時が流れていくのをその身を持って感じ取っている最中であった。近くに置かれた備え付けの時計を見れば、時刻はとっくに空が暗くなっている時間を示していて、それに呼応してか腹の音が虚しくも室内へと響いた。

 一度目は我慢した建御雷であったが、リズムを奏でるように続けられては敵わなかった。

 

「食欲が湧かない……と言いたいところだが、腹が減っては戦はできないか」

 

 気分が優れないのを理由に此処で何も食べずに寝込んでしまっては翌日の査察に影響しかねないとして、彼女は腫れたように痛む額に手を添えながら、ゆっくりと体を動かしベットに座り込む形で起き上がった。その調子で彼女は、床に脱ぎ捨てられていたスカートを足の指先を器用に使いたぐり寄せると、部屋の外に出ても特別おかしくはない格好になる。

 ――その時であった、入室するなり反射的に鍵をかけた扉からノックの音が2回ほど鳴り響いたのは。一気に目が覚めた建御雷は立ち上がってみせると、ドアに張り付くのではなくその近くの壁へと転がるように迫り確認の声を上げた。

 

「――誰だ?」

 

『……情報部の日向です。明日のスケジュールの打ち合わせに参りましたが、お時間は宜しいでしょうか?』

 

「………」

 

 相手がホテルを手配した情報部の人間であると認識した彼女は、用心深くチェーンをしたたま扉を開いてみせた。するとそこには、第二種軍装に身を包んだ眼鏡の男性が直立しており、建御雷の顔を見るなり頭を下げた。

 聞けば、個室を別に確保しており食事を希望するのであれば用意は可能であるという。閑散とした室内で話すよりも食べながらのほうが話が弾むだろうと考えた彼女は、素直に日向のその誘いに乗り、エレベーターを用いて上の階層へと向かいVIP専用と思われる部屋に辿り着いた。

 テーブルには人数に見合った量の料理が既に用意されていて、二人が席に着くや否や中でも独特な匂いを持つカレーが鼻腔をくすぐった。

 

「此処のカレーは美味しいと評判です、冷めないうちに頂きましょう」

 

「そうですね。……スパイスが効いてそうな香りだ」

 

 行儀よく手を合わせてから早速カレーを口に含んだ彼女は、広がる旨味と辛さを堪能し疲れを感じさせない笑みを満足そうに浮かべた。その様子を見て日向もスプーンを口に運ぶと同様の表情となり、競い合うようにして動きを早めていく。

 盛られた色とりどりのサラダにも手を出し甘酸っぱいドレッシングをかけると、建御雷は大きく頬張った後に日向中佐に対してようやく話を切り出した。

 

「――報告書は読ませていただきましたが、そちらの日輪会での読みは我々の考えとほぼ一致していると思われます」

 

「それは本当ですか!?」

 

「ええ……深海棲艦は知識のない人間が見れば、何のルールも持たずに群れて縄張りを拡大し続ける生き物のように思えるのでしょうが、軍事的な観点から見ればやはり奴らには信じて止まないルールや思想が存在しています」

 

 建御雷は深海棲艦が第二次世界大戦のなぞりを行おうとしている可能性を混じえ、敗北した世界の帝国海軍が生み出してしまった負の遺産を、己の力として昇華していることを重ね重ね述べた。

 

「海軍では艦娘の艤装への研究があまり進んでいないことから、軸にすべき理論を決め倦ねているようですが、相手の対空迎撃に着眼点を置くのは間違いではありません。むしろ、推し進めていくべきでしょう」

 

「……というと?」

 

「私が居た世界では、ハワイを攻撃したことによりその先の戦いが航空戦力の有無によって左右されることになるという懸念がありました。……その予想は見事に的中し、連合国側もまた持ち前の生産力と工業力を活かして対抗し始めたのです。国の規模を考えれば上手い手立てを得た連合国が有利であり、戦い方が定着してしまえば資源や技術力の発展が急速に見込めない日本が負けるのも時間の問題となる」

 

「――しかし、そうならなかったのには対空迎撃に関する何かが絡んでいるのですね?」

 

 コクリと頷き、彼女は如何にして月虹艦隊が属していた日本が問題をブレイクスルーしたのかをたった一言で物語った。

 

「……理屈は簡単です。相手に航空戦に軸を置くことを諦めさせれば良いのです」

 

 言い換えれば、相手が物量作戦となる航空決戦へと移行する前に、如何に強力な航空戦力を持とうとも無駄だということを理解させればよいのである。そうすれば、航空決戦とは別の決戦思想に否応なしに軸を置くことになり、航空戦力を持った自軍は相手に振り回されることなくアドバンテージのある戦略思想を保ったまま戦い続けられるのである。

 もっとも、それを実現するには相手の航空戦力を圧倒するだけの強力な対空システムが必要であるのだが、今世においてその実現は些か遅すぎていた。

  

「深海棲艦側に航空決戦思想が定着してしまっているのが難点ですが、まだ巻き返せる段階にはあります。……そうした意味でも既に使われている三式弾へ目を向けたのは正解でしょう」

 

 後世世界において帝国海軍が敵航空戦力に対して対抗ができていたのは、勿論使われた航空機の性能が高かったことも挙げられるが、それ以上に貢献していたのは改良され数々の派生した砲弾を生み出すこととなった三式弾……『新三八弾』であった。

 新三八弾とは即ち、気化燃料弾の事を指し示している。砲弾から散布されたエアゾールが周りの酸素を奪って燃やし尽くし、まずは強烈な爆風を相手にぶつかる。航空機は木の葉のように揉まれついで強力な熱波が燃料を爆発させるのである。

 

「元の三式弾とは運用方法が異なりますが、『新三八弾』は撃墜することにおいて遥かに通常の三式弾を勝っています。――その気になれば、空を埋め尽くさんばかりに迫り来る航空機群を一瞬にして葬り去ることも可能です」

 

「では、今回の査察では……」

 

「そちら側の艦娘に提供可能かどうかも含めて行わせていただく所存です。……まあ、大丈夫なのであれば、派生系についても検討の余地がありますので、その際にはカモフラージュを頼みます」

 

 取り決め通りの対応を行うと、続けて仮に技術提供が十分な形で成立した場合を想定し彼女は話を進めた。はにかんだ笑顔から一転して表情は憂いていた。

 

「……問題は、深海棲艦の航空決戦思想を崩すことが出来たとしても、その後の決戦思想がどうなるかです。対処が行い易い艦隊決戦思想に転ずることもあれば、より強力な決戦思想に縺れ込むことになるかもしれません」

 

「より強力な決戦思想、それは一体……」

 

「航空決戦を悪い形で発展させたとも言うべき、重爆撃機による決戦思想です。……流れを考えるのならば、深海棲艦が重爆撃機クラスの航空機を使って挑んでくることも十分あり得ます。そうなれば、提供済みの蒼莱の数を幾ら増やしたところで日本は……守りきれません」

 

「そんな……」

 

 今世では存在しない理論ではあるが、前世世界・後世世界では『ドゥーエ戦略爆撃理論』なる理論が存在していた。

 掻い摘んで内容を解説すれば、この理論は攻撃する側はいつどこを攻撃するかという点で常に主導権を握っており、防御側は甚だ不利な立場に立たざるを得ないことを物語っているのである。

 よって、この理論に基づくのであれば、月虹艦隊の支援を受けて何百機蒼莱を始めとした局地戦闘迎撃機を揃えた所で完全な防御は不可能に近いのであった。

 

「総長には話しましたが、深海棲艦が原子爆弾クラスの兵器を有する可能性もあります。ましてや、重爆撃機がそのような兵器を運用してきたとなれば―――」

 

「……全てが終わってしまう」

 

「日本だけの問題ではなく、今度こそ世界は深海棲艦によって滅ぼされることになるでしょう……何としても阻止しなければなりません」

 

 人類同士が争い合うなど愚かなことだと早く気づいた今世の人類が、何故このような仕打ちに晒されなければならないのかと日向はこの時深々と思った。どのような理由があるにしろ、滅べと言われて滅びを受け入れるなど誰であろうと御免である。

 建御雷もまた自ら話していて、是が非でも救わなければならないという思いをさらに強めると、査察が無駄にならないことを祈り静かに手に持っていた箸を置いた。

 

「……大丈夫です、奴らが大量破壊兵器を持っていたとしても撃たせないよう努めます」

 

「どうか、よろしくお願い致します」

 

 ――それから、二言三言交わして出発の時間などを細かく確認し合った彼女は、夜が明けると海軍技術少将『高杉建美』として彼の前に現れて敬礼を行い、黒塗りの車へと乗り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……聞いての通り、本日技術部の方から査察が来ることになっている。目的は君達自身の艦娘としての評価……ではなく、君達の半身もしくは相棒たる艤装への点検等だ。この先、激戦が想定されることもあっての確認であるので、皆粗相のないよう注意してほしい」

 

 査察当日。行われる地となる横須賀鎮守府ではというと、責任者である富嶽少将の口から査察についての詳細が所属する艦娘に対して行われていた。前々から噂程度にあることが鎮守府内ではほのめかされていた模様であるが、よもや今日あるとは覚悟していなかった少女達には少なからず動揺が走っていた。

 それを察してか、気配り上手である金剛型戦艦の三女である榛名は皆を代表して手を挙げると、富嶽の許可を得て恐る恐る疑問を口にした。

 

「この場にいる全員の艤装が対象になるのでしょうか……?」

 

「良い質問だ。査察官の方曰く、出来ればそうしたいとのことだが時間的に無理があるそうだ。したがって、査察の対象となる艦娘は一部に限定されることになる」

 

「……選ばれるのには、何か基準はありますか!」

 

 今度は駆逐艦の艦娘らのまとめ役を成り行きから請け負っている吹雪からの問いかけであった。

 

「無論ある。……知っての通り、先の防衛線での敵侵攻部隊の撃破によって南西諸島海域と位置づけられるエリアへの進出が可能となった。これに伴い、我々は海上輸送ラインを構築し周辺諸国との物資における連携、太平洋方面へ進出する段階的な準備に取り掛かることになるわけであるが、特にマリアナ方面から接近する敵勢力は並大抵ではない戦力を有している。現状のままでは突破は恐らく容易ではない」

 

「では、突破のために編成されるメンバーが対象となるわけですか」

 

「そういうわけだ、既に選出も済んでいる。攻略部隊として出撃してもらう予定であるのは――比叡、榛名、伊勢、日向、赤城、飛龍の以上6名だ」

 

 発表を聞き、戦艦や空母以外が含まれていないことに気を落とす者達が現れたが、それだけ敵が強大であることは言うまでもなく伝わっていた。また、選ばれた者達も自身らに今後の命運が託されていることを知り、無意識に緊張の思いを露わにして手を固く握りしめた。

 

「今挙げた6名のいずれかの艤装は査察後、再設計が行われ改良が加えられることになるだろうと思われる。それがマイナーチェンジに留まるか大幅な改良となるかどうかはまだわからん」

 

「……今後同じように査察が繰り返されることはあるのでしょうか? その度に改良される艤装は出てくるのですか?」

 

「査察が何度も行われるかどうかは今回の結果次第だと言っておこう。……だが、改良されることになる艤装が選ばれるのは本日限りではないことは聞いている。――つまり、6名以外にもこの先十分チャンスはあるということだ」

 

 半ば蚊帳の外の気分であった少女達はその報によって安堵した。今回は機会に恵まれなかったとはいえ、時が来れば現状の装備よりも上位互換の物が手に入るかもしれないのである。今の装備に不満があるわけではなかったが、使えば使うほどに変化を欲するようになるのは致し方ないことである。加えて、戦いやすくなるのであれば乗り換えずにいる道理はなかった。

 

「査察官の方はどのような方なのですか?」

 

「――私と同じ海軍少将で一応、海軍内では私以上に君達の装備には詳しい人物だ。戦略家でもあるので装備以外でも考え方で学ぶところがあるはずだ」

 

 富嶽はそこで話を区切り、時間的にそろそろやってくる頃だろうということを艦娘の少女達に伝えた。……数分後、言葉は現実となり作戦会議室の窓から見える正門からは彼が公務の際に用いているものと全く同じ車が敷地内に現れ玄関の前へと停車した。

 少女達は一足先にその姿を垣間見ようと窓際に押し寄せるが、数の多さからしっかりとした形で見れない者が相次いだ。しかし、奇跡的に来訪した査察官の姿を捉えることが出来た者は、その身体的特徴を正確に記憶した。選出された6名に含まれた比叡もまたその一人であった。

 そして、車から導かれるように降りてきたのは外見的に20代の、やや脱色したような灰色の髪を持っていた金縁の眼鏡を掛けた女性であった。長髪はうなじ付近で1箇所に纏まられており、濃緑のリボンが風に流される度に揺れ動いている。

 

『………』

 

 女性はすぐには庁舎内には入らず、暫く辺りを見回し続けていた。その表情は、懐かしみを覚えるようなそうでないような複雑なものであり、まるで別の何かを見据えているようでもあった。

 暫くして、気が済んだのか周辺の景色を見回すのを止めた彼女は、次に一歩だけ踏み出して庁舎を仰ぎ見る。少女達は視線の矛先が自らに向くのではないかとにわかに活気立つが、そうは思わないものも当然いた。……その一人であった比叡は、女性を見ている中である違和感を覚えていた。

 

(――何でだろ、もう一人誰かがいるような気がする)

 

 視覚的に見れば間違いなくその場にいるのは女性一人であるはずなのであるが、彼女には顔の特徴がよく見えない男性が背後に立っているように思えていた。されど、同じように見えている者がいるはずもなく、彼女の妹である榛名でさえも認識している様子はなかった。

 

(疲れているのかな、最近出撃しっぱなしだったし……)

 

 首を大きく横に振った後に頬を叩いてもう一度見てみると、やはりそこにいるのは女性だけであった。――やがて、意を決したのか女性は建物の中へと入ると、接近するにつれて迫る足音を強めていった。散らばっていた少女達も元の席へ戻り、息を飲んで室内に入るのを待ち構える状態になった。

 ……そして、聞こえていたコツコツというリズミカルな音も鳴り止み、前方の引き戸が開かれる。富嶽の掛け声と共に一斉に敬礼が行われると、女性も敬礼を返し鋭い視線の下名乗り上げた。

 

 

 

 

「―――帝国海軍技術少将、高杉建美です。本日より貴女方の査察を行わせていただきます」

 

 

 

 

 偽りの名を持った月虹艦隊に属する航空母艦の艦娘、建御雷。……海軍に保護された前世世界の艦娘達は彼女の正体を知らぬまま、こうして邂逅を果たしたのであった。

 ――運命は巡る、果てなき明日の未来を奪わせないために。悲劇を回避するための壮大な計画が今始まろうとしていた。




おや、比叡の様子が‥‥‥?

思わせぶりな展開ですが、まだ彼女は覚醒しません。
彼女にはふさわしい場を用意するので楽しみにお待ちください。

来週は執筆環境を変える予定ですので投稿がやや遅れるかもしれません。


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第18話 一陣の風

執筆環境変えようと思ったらボーナスが19日だったでござる。来週こそ変えたい


 

 ――彼女は語る、戦いの本質を。少女達は求める、戦いの意味を。

 

 

 高杉建美という一人の女性軍人として横須賀鎮守府を訪れた月虹艦隊の長である建御雷は、自分達とは別の道を歩み無残にも水底へ没し敗北してしまった少女達の姿を部屋に入室するなり見て、まず一番に居た堪れない気持ちになると共に内心で静かに黙祷を捧げていた。

 ……何故ならば、後世での戦い方を本来ならば前世にて似た形で実現すべきであったというのに、それが叶わないまま少女達は只々運命に翻弄されて傷つき、結局のところ敗北の二文字を魂に刻みつけることになってしまったからである。その痛みといったら、辛いの一言ではとても言い表せないだろう。酷く傷つけられた上に大量殺戮兵器を使われ、果てには無条件降伏である。これ以上の苦しみが果たしてあるだろうか。

 建御雷は、後世の軍人達が転生前に残してきてしまった罪を己の罪であるかのように受け止め、只々詫びる思いを強めていく。そして、その思いは次第に今世では同じ目には絶対に遭わせないという意志へと昇華され、彼女に少女達が悲劇を繰り返させないためにどう戦って行くべきであるのかを語らせた。

 

「……手始めに皆さんに質問ですが、現状で我々は深海棲艦に対して『勝っている』と思いますか?」

 

『――えっ?』

 

 少女達からしてみれば藪から棒な問いかけであった。

 海軍の公式的な記録では既に幾つかの戦いでは、はっきりと深海棲艦に対して勝利を重ねているという事実が残っている。故に、撤退をやむを得ず強いられた出来事を除けば、間違いなく『勝っている』と誰もが認識していておかしくないことなのである。

 しかし、建御雷改め高杉建美はさも『勝っていない』かのような言い方をし、席についていた艦娘達を困惑させた。傍らに立つ富嶽さえも眉をひそめたが、それを余所に彼女は自身のペースで言葉を続けた。

 

「『勝っている』と思っている方は挙手を、『それ以外』だと思う方はそのままで居て下さい。別に周りを気にしなくとも良いです。怒りもしませんし非難したりもしませんから」

 

『………』

 

 思わず少女達は近くに居た者同士の互いの顔を見合わせあったが、それも束の間の事……深く考えている暇はないと反射的に悟ると、『勝っている』と少なくとも認識している艦娘は覚束無い素振りで一人また一人と手を掲げていった。

 そうして、最終的には過半数以上が『勝っている』と確信しているということが明らかとなったが、全員が全員同じ反応を示したわけではなかった。

 

「あら~? 天龍ちゃんは手ぇ挙げないの~?」

 

「……まあ、思うところがあるからな」

 

「へぇ~」

 

 その証拠に幾人かは全く手を掲げることなく、ある者は堂々たる態度で『それ以外』を意見を持っていることをアピールしていた。なかでも、艦艇であった頃の名残を残し、眼帯で片目を覆い隠した艦娘である天龍はというと、何か物申したい視線を高杉へと向けていた。

 すると、ちょうど彼女の目に止まり一瞬のうちにして両者の間でアイコンタクトが交わされる。同時に、手を掲げていた少女達に楽にするよう指示が飛ばされると、すかさず次に何故『勝っている』と思わなかったのかという問いかけを掲げなかった者達に対して高杉は行った。

 そこで、天龍は予定していた通りに手を掲げて問いに対する回答権を正式に得て、意気揚々に自身の意見を述べた。

 

「――では、天龍さん。貴女は何故『勝っている』とは思わなかったのですか?」

 

「そりゃ、最初に『勝っている』かと聞かれたからな。……あからさまに『勝っている』と答えたら駄目なパターンだろうよ」

 

「他に理由はありますか?」

 

「あるに決まっているぜ。――第一、オレらは記録的には勝っているだろうが、世界っていうデカイ規模で考えたら『負けている』のと変わんねぇちっぽけな勝利だろうよ」

 

 天龍は前線に出るなかで薄々と理解していた。確かに勝利は積み重ねられているが、結局のところ日本という国の中でのみ完結してしまっており、深海棲艦の脅威はまだ各地にて拭い去られていないということを。

 ……勿論、今後の作戦方針では周辺国の為にも動くことにはなるが、その活動が真に評価される日はまだ遠く遥か先の事だ。よって、現状で得ている勝利はないものと考えたほうが懸命であると彼女は判断していた。

 

「その通りです。……別に勝利を噛みしめることは悪いことではありませんが、その裏では未だに苦しい思いをしている人々がいることを忘れないで欲しいのです」

 

 目先の勝利にとらわれて満足感に浸ることだけは避けて欲しいということが伝えられ、少女達は無意識のうちに浸っていたかもしれないと思い返すと、己を恥じるようにして顔を傾かせ下を向いていった。

 高杉は追い討ち気味ではあるものの少女らに対してこうも述べる。

 

「――あと、一時の勝ちを後に続く戦いに持ち込まないようどうか心がけて下さい」

 

「それは……どうしてでしょうか?」

 

 周りの殆どが視線を前に向けることが出来ない状態でいる中で、真剣な眼差しを向けて話を聞いていた赤城が口を挟んだ。傍らの席にいる飛龍も口では言い表さなかったが、同じ疑問を抱いているらしく視線を絡みつかせるように交錯させて高杉の答えを待ち望む。

 

「勝ちを得るように仕向けている海軍の私が言えた台詞ではないのかもしれませんが、勝ちを重ねているとどうしても油断というものが生まれてしまいます。……例えば、今回の戦いで勝ったのだから次の戦いでもきっと勝てるだろうと思ったことはありませんか?」

 

「……ありますね」

 

「この調子でなら行けると思ってしまうのは至って自然な流れです。されど、過信が過ぎれば過ぎるほどに相手の戦力を見誤る事に繋がり、勝ちではなく負けを得ることになってしまいます」

 

 戦意高揚の為にペースを維持するような空気が流れることがあるが、場合によってはそれは逆効果に繋がる事もある。

 現に前世では世論が勝つことを執拗に煽ったこともあり、誰もが正常な判断の下で行動することが許されなくなっていた。その果てが許し難い悲劇を引き起こすというならば、蔓延する前に対処しなければ事は何度でも繰り返されるであろう。

 

「冷静に戦況を見つめることが出来ず勝手な憶測が飛び交い合えば、当然指揮は乱れるでしょう。それは時に孤立を誘発し死に直結します。――ですから、貴女方には慢心は禁物だということを覚えて頂きたいのです」

 

「……つまり、勝ちに固執せず常に状況を見極める目を持てと、そういうことですか?」

 

「ええ、そうです」

 

 高杉は実践は容易ではないが必ず守るように願い頭を深々と下げた。

 反応は疎らであったが、彼女が自分達を思って行動を促しているのだというニュアンスは間違いなく伝わった。あとは、この事を戦いの中で忘れずにいられるか少女達本人にかかっているだろう。

 

「――さて、個人的に言いたいことは以上ですので本題へと入りましょうか」

 

 緊張感を与える表情を崩した高杉は朗らかの笑みになると、話をようやく本題である艤装改良の為の査察内容へと切り替えた。

 背後を向いた彼女は眼鏡をクイッと上げ、まず目の前に広がる黒板に向かってチョークで何やらイラストを描き、デフォルメされた艦娘と深海棲艦の姿を皆へと見せた。

 

「本査察の要旨を説明します。今回の査察は、大本営の承諾の下で推し進められている『改二実装計画』に基づいて行われます」

 

「改二……」

 

「――実装計画ッ!?」

 

 初めて聞く計画の名にたじろぐ艦娘達。だが、驚愕するのはまだ早い……その詳細を知った時、さらに驚くことになるのだから。

 

「――まずは序論として、現在の日本海軍と深海棲艦との戦況を解説します。これまでのところ、人類にとっての末期戦であり貴女方にとっての序盤戦である戦況は総合的に見て好転していると言えます。……しかし、戦力比率で言えば深海棲艦の方が数倍勝っており、先程述べた通り予断を許さない状況が続いております」

 

 敵の正確な数は依然として不明。有限であるのか無限に湧き続けてるのかもわからない上に、本拠地を何処に設置しているのかも判明していない。

 もし、国に属する正規の軍隊であるのならば数を割り出す以外にも動向を探るなどといった様々な点でやりやすい点があったのであるが、それが叶わないとなれば深海棲艦は言わば国境がない軍隊かはた又は破壊だけを繰り返す国際無差別テロ組織と認識したほうが良いだろう。

 

「加えて、深海棲艦は此方が万全を期していないことを把握しているどころか、装備の細かな性能まで熟知している可能性があります。スパイが潜入しているなどという可能性は、既に調査により極めて低いとされますが、兎にも角にも現状のままでは奴らが何枚も上手ですので、奮戦したところで拮抗状態に持ち込むことは難しいと思われます」

 

 無線傍受の可能性も探られたが、従来の無線方式は念には念を入れて廃止され月虹艦隊の協力により改良された最新式のモノに変更されているため、どちらにせよ内部から情報が漏れている線は今のところは低かった。……となれば、それ以前に深海棲艦はある程度の艦娘に関する情報を知り得ていたことになる。また、艦娘の出現を最初から予期していていたかどうかについても十分怪しいと言えた。

 

「……このまま戦っていては快進撃を続ける一方で、実は深海棲艦の手の内で踊らされている事になりかねません。したがって、あちら側が想定する此方の動きを上回る状況を作り出す必要があるのです。そして、その糸口となるのが――貴女方の艤装や装備の改良です」

 

 既存の装備について知られていると想定するのならば、即ち深海棲艦は例えば金剛型戦艦であるならば35.6cm連装砲によって主に攻撃を行い、三式弾を用いる傾向があるとわかっているということだろう。……無論、独特の動きの癖さえも理解されているとなれば、隙だらけというか丸裸に等しい。

 

「計画の最大の目的は、深海棲艦が思い描く我々の運命を尽く打ち砕き抗うことにあります。……その為には、貴女方が知り得る過去の改装計画を超える改装計画によって新たな力を得てもらわなければなりません」

 

「……力を得ることに対する負担はあるのでしょうか?」

 

 魅力的な計画ではあったが、やはりネックとなるのは扱う本人達への影響であった。

 

「わかりません。……ですから、今回の査察によって負担の度合いを調査し、どの程度でならば強化と改良が可能かを判断します。特に、指名を受けている方にはご協力を願うことになるでしょうが、お手を煩わせることがないよう気をつけますので宜しくお願い致します」

 

 そう言って話を締めくくった高杉は、富嶽が解散を指示した後に部屋を出ると早速艤装の整備が行われている区画の施設へとその足で向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……成程、流石に本土の施設だけあって造りは本格的か)

 

 対外的な話し方を捲し立てるように行使しすぎたせいかやや疲れが生じたが、私は予定通りの時間に施設へ移動し、用意していたツナギに更衣室で着替えて、整備責任者を務める厳格そうな歳若い男性である鎚冶(つちや)大尉の熱心な説明を受けていた。

 立つ前に並ぶ艤装はどれも査察対象の艦娘の艤装ばかりであるが、横目を向ければ奥の方にも他の艦娘の艤装に異常がないか現在進行形で確認が行われていて、几帳面に間隔を開けて置かれているのが見えた。

 視点を元に戻し、一番に目立つ大きさの艤装に私は着目する。

 

「この艤装の持ち主は伊勢型ですか?」

 

「はい、そうです。……最近、妖精達の指示を受けて航空戦艦化の為の強化を施したことにより、艦隊の中でも随一の複雑な造りとなっています」

 

 主砲は金剛型と共通の35.6cmであるが、互いの主砲を付け替えるといった事は出来ないようになっているそうだ。つまりは、大きさは共通でありながら互換性はないということである。

 また、戦列に加わった頃には装備していたという主砲の一基は取り外されており、代わりに飛行甲板が新たな装備として加わっているそうである。……といっても、空母のような本格的な長さの物ではないようで、発艦できるのは水上機に限るようだ。艦種的には航空戦艦ではあるも、月虹艦隊内で確認されている航空戦艦とは世界が違うせいかわけが違う。

 

「背部中央に主機関がありまして、そこの近くから燃料弾薬等は補給されます。メンテナンスについてもこの部分を介して行うことになります」

 

「中身を見させて頂いてもいいですか?」

 

「今見やすいように調節いたしますので、少々お待ち下さい」

 

 大尉の指示によって妖精と整備兵が連携し、クレーンなどを使って艤装が持ち上げられ向きが整えられると、見たかった背部が下に潜り込む形で確認できるようにされた。先行して潜った整備兵によって点検口が取り外され、私は入れ替わりに滑り込み作業用の軍手をしっかりしめた後に内部を確認する。

 

「艤装の中核に結合部があるでしょう。それが艦娘の方と艤装をリンクさせるための結合部となりまして、そこから各部分に働きかけるための回路――霊子回路が伸びています」

 

 基本的な造りについては月虹艦隊と海軍の間でとりあえずは差はないようである。

 しかし問題は、改良の第一段階として主機関の換装が可能かどうかである。見たところ蒸気タービンによって動いていると確認できるが、ここからガスタービンエンジンに変更可能かどうか知らなければなるまい。

 

「――大尉、予定では主機関の交換を行いたいのですが、変更は可能ですか?」

 

「交換品が何かによりますが、どのようになさるおつもりで?」

 

「室蘭から必要な物が届いていると思いますので、持ってきて見ていただければ早いと思います」

 

「わかりました」

 

 直ちに室蘭に駐留する旭日艦隊から私とは別ルートで送られてきたとされるコンテナが運び込まれ、整備兵複数人立ち会いのもと開封が行われた。

 中には駆逐艦用の小型のものから戦艦用のものまで取り揃えられている部品が几帳面に収められていた。

 

「これは……」

 

「ガスタービンエンジンの機関を構成する部品です。艦種別にサイズは用意しましたが……行けますか?」

 

「メイン機での確認は不味いですので、検証用の艤装を用意します。――おい、お前ら急いで持ってこい!!」

 

「「「了解っ!!!」」」

 

 下手に出撃用に使う物を弄っておじゃんになっては困るということなので、予備パーツを用いて同じように造ったという艤装が手配されることとなった。

 私はその間に金剛型の2名や空母である2名についても確認を行い、戦艦同士には特に差異がなく空母は分厚い下駄を思わせる艤装部分に主機関が仕込まれていることを理解した。

 

「……金剛型は可変式で、砲塔がコンパクトに収納できるようになっているわけですか」

 

「攻撃時にはXを描くように展開されますが、造り的に防御面に些か不安がありますね」

 

「では、課題としては艤装自体の防御を考慮すべきというわけですか……なら、単に手を加えるだけでなく艤装自体の再設計が要りますね」

 

「空母の方についてはこれといった問題はありませんが、艤装よりも装備の方を整えるほうが先決かと思われますね」

 

「……ふむ」

 

 艦載機の開発状況を記録したリストによれば、零戦を始めとした開戦当時の機体ばかりしか今のところは開発できていない様子である。偵察も戦艦搭載の水上機に頼りきりであるということから、今後この水上機が潰された場合は偵察抜きの戦いを強いられることになるだろう。それは目隠しの状態で戦っていることと何ら変わりはない。

 戦いには目が利いた者が必要だ。居たほうがいいのではなくて絶対に居なければならない存在である。

 

「……富嶽司令にボーキサイトの量と鋼材の量を増やしてみては、と後で進言しておいて下さい。それで何も変わらなければ追って連絡をと」

 

「ボーキサイトと鋼材をですね、わかりました」

 

 殴り書きで参考例として配分をリストに書き殴ると大尉はそれを脇に挟み、確かに報告すると誓う敬礼をした。

 そこへ、専用の滑車に載せられた査察対象の艦娘のテスト用艤装がジャストタイミングで運ばれ、確認の際と同様に点検口が開かれると共にパーツごとに分けて分解された。

 見届けた私もまた検証作業へと移行するために整備兵の中に加わり、男達の中に女性一人がいるという紅一点な環境が出来上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぇ~、凄いねぇ。高杉少将まで作業に加わっちゃってるよ」

 

 施設の出入口から遠巻きに査察の様子を窺っていた艦娘の一人である伊勢は、華奢な体でありながら平然とした表情で作業の指揮を執る高杉の姿を眺め、信じられないとの感想を漏らしていた。

 

「まあ、異様な光景であることは間違いないな」

 

 姉妹艦たる相棒の日向も同意見であり、自身らの艤装がどのような改良を施されていくのか気になって仕方がなかった。後ろに立ち並ぶ査察対象の艤装を持つ者達も頷き合い、居ても立っても居られなかった飛龍は思い切って休憩か別の用事で外に出てきたと思われる若い整備兵を捕まえて、何をやっているのかをズバリ尋ねた。

 

「あー……確か主機関の交換だとか言っていましたよ。何でも上手く行けば、速力と燃費が一石二鳥で改善されるとか」

 

「そんなことが可能なの!?」

 

「今はどれだけ改善されるかはわかりませんが、恐らく今日中には換装作業自体は完了すると聞きました。もしかしたら皆さんに参加してもらう確認作業があるかもしれませんので気には留めておいて下さい」

 

 そう言って整備兵は駆け出して行くと瞬く間に去っていった。……取り残された彼女らは再度内部を見て作業風景を視界に収める。

 目を凝らせば、高杉の手には艤装から引き抜かれたと思われる部品が両手で包み込むように大事に握られていて、整備兵が持っていたモノと即座に交換された。

 

「――確かに艤装から部品を取り出して付け替えようとしているみたいですね」

 

「本当に、付け替えるだけで変わるものなのでしょうか……」

 

「さあね……こればっかりは言われた通り、実際に私達が使って試してみないことにはわからないよ」

 

 複雑な思いが彼女達を包み込む最中で、高杉による諸作業は止め処なく続けられて行く。

 するとそこに、工具セットを抱えた明石が別口から現れ、間近で彼女に向かって話しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よろしければ、見学させて頂いてもいいですか?」

 

「明石さんですか……別に構いませんけれど」

 

 想像をしていたよりも旧式の機関の取り出しが容易であったことから、6人分をこなしたとしても今日中には一通り作業が終わると判断していた矢先、スカートが腰の辺りで切られているかのような際どい装いの少女が潜り込んだ艤装の隙間から此方を覗きこむようにしていた。

 おまけとばかりに工具も垣間見えていたことから、鎮守府唯一の工作艦である明石であることは気づいたが、よもや見学させてほしいと言い出すとは思わなかった。

 だが、下手に断れば怪しまれるだろうし、私自身いつも鎮守府内に留まっていられないため、ある程度どのようなものか理解してもらわなければ整備に支障が出るかも知れない。整備兵だけに共有することも考えたが、早々起こり得るとは思わないが仮に有事に整備兵が身動きが取れない事態に陥れば、誰が艤装のメンテナンスを行うというのだろうか。

 その事を鑑みた私は慎重になりながらも彼女の頼み込みを承諾し、姿勢をそのままに会話を行った。

 

「……見たところ機関の交換をなされているようですが、そうすることによって具体的にどのような効果があるんですか?」

 

「速力については、見込みでは1.2倍~1.5倍の上昇が期待できると思います。燃費については劇的な量の削減は無理ですが、統計的に見れば節約できていることになるでしょう」

 

「1.2倍以上ですかっ!? ……ということはですよ、あまり速力の出ない低速艦の人であっても―――」

 

「高速艦並に速力を出すことは夢ではないですね。参考までに伊勢型のお二人が艦娘になる前の速力から換算すると23ノット×1.2ですから……最低でも27.6ノットは出せることになりますね」

 

 竣工時の素の状態である金剛型戦艦が27.5ノットの速力を出せることから、それと同等の速力を得られるわけである。ちなみに1.5倍の速力上昇が可能であるとしたら23ノット×1.5であるので、最大34.5ノットの速力を出すことが可能だ。

 ここまで来ると低速艦であるとは言い難く、高速航空戦艦であると言ったほうが正しいだろう。

 

「駆逐艦専用のモノもありますから、今回の試みが成功しさえすれば推定で40……元から速力ある駆逐艦であるならば50ノットクラスの速さは行けるでしょう」

 

「もう速いってレベルじゃないですね……逆に転びそうで怖いです」

 

「あくまで最大速力の話ですから、それだけの速さが必要になった時に上手く動ければ大丈夫ですよ。普段から慣れておくのが一番ですが……ねッ!」

 

 話を続けながら機関の位置調節を行っていたが、艦娘と艤装を密接にリンクさせるための霊力の流れる道、霊子回路をどうやら補強しないことには正常に稼働しそうにない事がわかった。

 ……まあ、想定内であるので胸ポケットに忍ばせておいた特殊な専用の素材を手にし、私はあみだくじを拡張するように貼り付けてなぞり霊力をじっくりとなじませた。反動で電流が流れたかの如く痺れが指を襲ったが大して痛くはない。

 

「……今のは?」

 

「艤装内の導線、平たく言えばケーブルを強化しました。――もっと近くで見てみます?」

 

「ぜ、是非っ!」

 

 スカートの中が見えないように手で抑えるよう促しながら彼女を私は隣に潜り込ませると、別の場所に対して同様の手順で回路を繋いでみせる。

 

「この部品を繋げたいので、此処の回路を今拡張しました……で、目的の場所まで引っ張って行き付けると」

 

「うわぁ……凄い」

 

「慣れれば簡単にできますよ。……あとは、これを固定して動かないことを確認してから閉じます」

 

 点検を重ねた後に不備がないことを指差確認で確かめ、基礎となるパーツはこれで付け替えが終わった。残る燃料の供給口との連結も滞り無く進められ、1時間足らずで1人分の艤装の暫定的な改良が終了した。 全員分が終わり次第再点検してそれで本当の完成である。

 

「残りは5人分ですね……」

 

「よし、もっとペースを上げて張り切って行きましょう!」

 

『――おおっ~っ!!!』

 

 雄叫びにも似た気合の声が周りに響き、私達は力を合わせて一つ一つ丁寧かつ迅速に改良を施して仕上げていった。

 

 

 

 

 ……そして、数時間後。鎮守府近海、演習エリアにて。

 

 

 

 

 

(艤装自体の第一段階の改良は上手くいった……これで問題なく動かせさえすれば、全てが変わる)

 

 作業中に大きな問題に直面するといったことは奇跡的に起こらず、全て滞り無く換装作業は終了を迎えることが出来ていた。

 現在は改良された艤装……仮称『甲式艤装』が港まで運び込まれており、装着予定の艦娘達の到着を待っている最中である。もっとも、あまり外見は大きく変わっていないことから大袈裟なリアクションは見込めないだろうが、そもそも反応を求めるところが違うのでその辺はどうでも良かった。

 

「……高杉少将、自信のほどは?」

 

「ある、とはっきり言いたいところですが、これで本番になって問題が発生してしまえば元も子もないですからね。五分五分とさせていただきましょうか」

 

「えらく慎重ですね。まあ、私が貴女の立場ならきっと同じように思うでしょう。……はてさて、吉と出るか凶と出るか」

 

 意地悪く富嶽少将が微笑むのを見て、知らず知らずしていたと思われる緊張が氷解するように解れていく。

 出来れば凶と出て苦労が無駄になることがなければよいのだが、そうなれば計画の方針を一部変更し別の形を模索するほかあるまい。まだ持ち合わせている引き出しが完全に尽きたわけではないのだから。

 

「来ましたよ」

 

「――!」

 

 彼が指をさした方向からは、夕陽をバックに歩く6人の艦娘の姿が見えてきていた。また、追いかけるようにして他の艦娘達もその背後から一生懸命に駆けつけてきており、まるで祭りの催しの始まりが今か今かと迫ってきているようだった。

 

「お待たせいたしました!全員時間通りに到着しました!」

 

「……うむ。では早速、各員艤装を装着せよっ!」

 

『了解っ!』

 

 私も含めて幾人かに手伝ってもらいながら彼女達は結合部に艤装を接続し、感触確かめるように体を動かした。……予想通り、この時点では変化は感じないようで、何処が変わったのかと頻りに首を捻っていた。

 

「違和感は何かありますか?」

 

「……いえ、大丈夫みたいです」

 

「私も変な感じはしないな。むしろ、心なしか動きやすい気が……」

 

「ああ、それは言えてるね」

 

 気持ちが悪いといった意見は皆無であった。伊勢型の二人については速力が上がったことが関係しているのか、動きが以前よりもスムーズに感じるという。それが気のせいかどうかはさておき、いよいよ海上での運用試験である。

 

「……よっ、と」

 

「――行けるかな?」

 

 さながらプールの中にこれから入ろうとする子供みたいに少女達は、防波堤を手を取り合って降りていく。続けて浮かぶことも問題なくクリアし、あとは一斉に機関最大で駆け出すだけとなった。

 そうして、私は手を合わせて祈り、彼女達に告げる。

 

「イメージを……外側に向けて炎を放出するのではなく、内側で強烈に爆発させて下さい」

 

「内側で……」

 

「――強烈に、爆発か」

 

 飛び出す構えを取り、6人は横一列になって水平線上の海の向こう側を見つめた。……既に応援する皆の声は鎮まっており、波打つ音だけがカウントダウンの代わりに周囲へと響いていく。

 果たして運命の結果は―――――

 

 

 

 

『……いっ、けえええええええええええええええええええっ!!!!!!』

 

 

 

 

 ――――閉じていた瞳を見開いた瞬間、少女達はその日……一陣の風となっていた。




紺碧の艦隊とかにそう言えば、低速艦ってそもそもいたっけ……?

いないな、多分!


次回もお楽しみに



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第19話 揺れる運命

やっと執筆環境変わりましたが、パソコンがでかくて困惑しています(

拡張性優先でケース選んだんですけどまさか想像以上に大きかったとは思わなんだ

まあ、そんなこんなで19話です。どうぞ



 

 

 ……後世世界にて開戦当初から圧倒的な数の優劣をひっくり返した、質を極めた技術の結晶の一つであるガスタービンエンジン。

 『改二実装計画』実現の足掛かりとして、高杉(建御雷)の手によって試験的に換装されることとなったそれは、奇跡的にも査察対象となった艦娘達に懸念していた通りの異常はもたらさず、速力と燃費の向上という期待していた通りの劇的な効果を与えていた。――即ち、晴れて少女達は計画が目指す艤装の改良へと至るための一歩を踏み出したということである。

 

(――こちらの思惑通り、艤装はガスタービン機関との適合を果たした……しかし、後は誰を一番に改二状態へと導くか、だな)

 

 査察の趣旨には、艤装が後世世界の技術で改良可能かどうかを調査する以外に、誰を真っ先に艦隊の中でも強力な存在に至らせるのかも含まれていた。……出来ることなら査察対象者全員を一斉に改二にしたいところであるが、艤装の再設計や製造に要する時間を考慮すると、明らかにスケジュールを超過してしまい、作戦実行どころの話ではなくなってしまうだろう。

 段階的に実施するなら検討の余地があるだろうが、如何せんデータの乏しいこのタイミングでは1人分にかかりきりになり精一杯である。

 よって、慎重に計画を推し進め成功させるためにも、まずは1人に絞って焦ることなく十分な戦闘データを得たほうが懸命であり好ましいと言えた。

 

「……高杉少将、貴女の意見を聞かせて頂きたい」

 

「そうですねぇ……」

 

 査察を開始した翌朝。執務室を訪れていた建御雷は正直なところ、いずれの艦にも改二へ至るための理由があると査察を通して感じていた。

 第一に伊勢型であるが、現状では航空戦力を水上機に限っており、搭載できる数も盾のような飛行甲板のせいか乏しいとされている。これをもし虎狼型のようなV字飛行甲板へと変更し、水上機だけではなく艦上機を搭載できるようにすれば戦艦と空母をまさしく足して二で割った姿となり、編成される部隊は6人編成でありながら8人分の戦力を獲得することになるだろう。

 第二に空母の二人であるが、特に赤城は前世・後世共に急降下爆撃を受けたことで戦闘不能へと陥ってしまった経歴がある。そこから察するに、今世においても同じ結末を辿るかもしれない可能性が非常に高く、早い段階での防止策が求められることになるだろう。いっその事、装甲空母化してしまい防御力を高めるのを優先すべきかもしれない。

 飛龍については、艤装よりも装備である艦載機を強化すべきだろう。報告によれば、彼女は操る艦上攻撃機の部隊に対して『友永隊』と名付けているようである。……『友永隊』は前世だけでなく、後世世界においても実は人知れずだが活躍してみせた部隊であった。されど、飛龍が呼ぶ今の部隊はそのままの『友永隊』ではない……叶うのならば、本物の『友永隊』と共に戦ってもらうのが望ましいといえるだろう。

 そして最後に金剛型であるが、機関の換装により元より高速戦艦であった彼女らは超高速戦艦とも言うべき存在へと生まれ変わった。しかし、整備の現場からすれば火力と防御の両面で難があるようであり、ただ早くなっただけでは意味が無いということだった。また、艦隊全体的な意味でも彼女ら二人には対空迎撃の要となってもらわなければならないため、改二にはそれらの要求全てを満たす性能が求められることになる。

 

「甲乙つけ難いというのが私の意見ですが、此処で決め倦ねては前に進めませんね……」

 

「では、ここは一つ――逆転の発想で考えてみたら如何でしょう?」

 

「――逆転の、発想?」

 

「ええ……誰が最初に改二するのかを考えるのではなく、誰を改二に今はしないのかを考えるんです」

 

 富嶽の言い分はつまり、改二になった際のメリットならば幾らでも思いついてしまうだろうから、対象を絞るためにも敢えて現在の状況で改二になったことで生じるであろうデメリットを考えろ、ということであった。

 ……確かにその考え方であるならば、必ずしもメリットだらけとは言えない改二への移行を冷静な観点から見つめることが可能であり、真に求められていることが鮮明になると思われた。

 

「そういえば――」

 

 促されるままに、もう一度彼女は知り得た情報の整理を行った。……すると、無意識のうちに切り捨ててしまったことが思い出され、富嶽が述べたデメリットとされる部分が沸々と浮かび上がっていった。

 

「――伊勢型の二人は、航空戦艦になってまだ日が浅いと聞きましたが本当ですか?」

 

「ええ、ついこの間になったばかりでして……訓練もまだ僅かにしか行っていません。艦載機の扱いの方も不慣れなところがあると報告を受けています」

 

「……となると、基礎が出来上がっていないわけですか」

 

 ある意味扱い方が定着していない分、新たな戦術を上書きしやすいと言えるだろう。だが、見方を変えれば、陸軍の兵士をいきなり海戦へと連れて行くようなものである。順応もさせずに強い装備だけ与えて勝てるのなら、今頃艦娘たちは訓練などせず次々と敵棲地を奪還しているに違いない。

 

「出来れば基礎を積んでから、応用として改二へ移行するのが望ましいですね……でないと、短い期間の中で上手く戦場で立ち回るのは困難かと思われます」

 

「……やはり貴女もそう思われますか。私としてもこのままでは砲撃戦と航空戦の、どっち付かずの戦いをしてしまうような気がしてなりません。ですから、今は様子を見るのが一番ではないかと」

 

 両者は考え抜いた末に、伊勢型の二人を現段階で改二にするべきではないとの決断を下し、十分だと言える戦闘経験を積み終えるまで一先ずは先送りにすることで合意した。

 そうして今度は、赤城と飛龍を改二にしない理由についてそれぞれの見解が述べられる。

 

「私としては、早期に後に起きるかもしれないミッドウェーの悲劇を回避するべく、赤城は防御力向上を目指した装甲空母化、飛龍は艦載機を含めた純粋な強化を行いたいのですが……飛龍はともかくとして赤城が実のところ一番のネックなのです」

 

「2つの世界で共通して早期に戦線離脱してしまったことが関係しているわけですか」

 

「……ええ、要するに彼女には『実際に実行に移された強化プラン』がまるで皆無なんですよ。一応、飛龍と同じようなプランで改二にすることも出来なくはないでしょうが、それで運命的とも言える事態を真っ向から回避することが出来るとは失礼ですが考えにくいです」

 

 装甲空母化のプランは三度目の戦闘不能を避けるために建御雷が張った、言わば一種の予防線である。……勿論、これで完全に事態をやり過ごすことが可能かどうかはわかったものではないことぐらい、彼女は百も承知であった。

 しかし、そうでもしなければ二度ある事は三度あるとして赤城は今世においても大ダメージを負い、永久的な戦線離脱を余儀なくされるだろうと思われた。

 

「彼女に関してはいずれにせよ改二にならなければなりません。……が、入念なプランを練る時間が必要となるでしょう」

 

「この短い間では実現は難しいか……」

 

 飛龍についても艦載機の開発状況が思いの外進展していないことが深く関係し、改装よりも装備周りの改善を優先すべきだとして敢え無く同様に見送られる形となった。

 なお余談であるが、こうした現状もあり大本営は鎮守府よりバスを用いるほどに距離を置いた湾の奥まった場所にある航空工業を主とした会社の旧工場施設を再利用し、裏向きは月虹艦隊による技術提供の場とするも、新装備開発のための研究施設として運用することを決定した。

 

「……最後は金剛型の二人ですが、どうです? デメリットはになるようなことは何かありましたか?」

 

「うーん……他と比べても、特に目立った問題のようなものはないように思えますね。強いて言うのならば、今以上に艦隊を引っ張ってもらう事になるという覚悟の問題ですかね」

 

「そうなりますと、戦列に加わってまだ日の浅い榛名にはまだ荷が重いかもしれません」

 

「――ならば、比叡さんの方はどうなのですか?」

 

「……着任以来、彼女には艦隊全体を率いてもらっていることが多いですので負担は増すでしょうが、士気の向上などメリットの方が大きく上回るでしょうね」

 

 つまりは、ローリスク・ハイリターンというわけであった。強力な対空システムを早期導入したいことも含めると、比叡の現在の立ち位置はまさに打って付けでベストポジションとも言えるだろう。

 

「彼女は聞くところによれば、三式弾を含めた対空火器の改良を望んでいるとのことです。……改二にてそれは実現可能なのでしょうか?」

 

「――いけるとは思います。既に室蘭にて開発自体は完了しておりますので、あとは艤装の再設計さえどうにかなればスケジュール内に受け渡しは可能です」

 

 あとは、煮詰まっているプランを要求通りに仕上げられるかに全てはかかっていた。

 ……ともあれ、暫定ではあるものの改二対象の最有力候補として比叡は建御雷らによって選出され、本人の意志を確認するために執務室へ呼び出される事となった。

 そして、放送によって招集がかけられると比叡は妹である榛名を伴って入室し、簡易的な話し合いの結果を告げられた。

 

「――というわけで、今回は貴女を推したいと私達は考えています」

 

「ひ、ひえ~っ!? わ、わ、私が改二になるんですかっ……本当に他の皆とかじゃなくて!?」

 

「……そうだ。一応、榛名についてもベースとなる部分は共通させて、比叡のデータと君自身のデータを参考にマイナーチェンジを施すつもりだそうだ。時期は未定であるが期待して待っていて欲しい」

 

「はい、わかりましたっ!――良かったですね、比叡お姉様っ!」

 

「ふえっ!? あ、うん……」

 

 半ば放心状態の比叡は、手を握る榛名に揺さぶられながら喜びを噛み締めていいのやらと困惑していた。それどころか榛名に頬をつねるように頼み込み、現実ではなく夢なのではないのかと疑いもしていた。

 だが、夢ではないことは富嶽らの目を見るからに明らかだった。視線を受け止めてようやく彼女は、選択を迫られていることを自覚すると背筋を伸ばして改めて問うた。

 

「……私なんかでホントにいいんですか?」

 

「強制はいたしません。ただ、貴女が皆さんを守れるだけの強さを得たいのであれば、私はその思いに見合うものを提供致します」

 

「皆を守る……強さ……」

 

「激化する戦いは時に犠牲を出すかもしれません。……ですが、我々はそのような事態に貴女方を再び陥らせたくはないのです!!」

 

 金剛型の二人には二度目の轟沈を経験させたくはないのだという意味合いで建御雷の言葉は伝わったが、彼女にとっては三度目を危惧するものであったのは言うまでもなかった。受け止め方の違いはあれど目指すべき方向に同じであり、そこにすれ違いは存在していない。

 

(この人の思いは本物だ……けれど、どうしてそんな悲しそうな目をしているの?)

 

 比叡は建御雷が語る内容に偽りはないは無いのだと悟る中で、彼女の瞳の奥には底知れぬ深い闇があるような予感がしてならなかった。実害があるようではないものの、絶対に放置していてはならないと頭の中で誰かが囁いた気がした。――その事を引っ括めて比叡は己に答えを出す。

 

「わかりました――この私に、皆を守る力を下さい。誰も沈ませない……死なせたくはないんですっ!!」

 

「……その思いに応えられるよう尽力致しましょう」

 

 硬い握手が交わされ、建御雷は正式に比叡を改二へと導いて行くべく計画を実行していくこととなった。……この決定が、二人の運命を大きく左右することとなるとは知らずに。

 和気藹々として退室していった金剛型の二人を見届けた建御雷は、すっかりと冷め切った珈琲を飲み干すと自らも退室する準備を始める。

 

「――この後はどちらに?」

 

「海を渡って拠点に戻り、早速作業に取り掛かりますよ。……また、何かあれば連絡しますのでその時は」

 

「彼女の新しい艤装を楽しみに――――おっと、失礼」

 

 楽しみにしていると富嶽が答えようとしたところ、タイミング悪く電話のベルの音が鳴った。彼は申し訳無さそうに謝るとそそくさと受話器を取り自らの名前を名乗った。

 建御雷はというと、その間このまま帰るは不味いとして電話が終わるまで留まることにしたが、暫くして富嶽が様子を窺うように彼女を見ていることに気づく。

 ただならぬ事態が起ころうとしていることを感じて建御雷は荷物を放り捨てて詰め寄ると、彼はトラック島と硫黄島を経由して緊急暗号通信が来ていることを告げた。

 すぐさま手渡された受話器を手に電話の主との会話を始めたが、待ち受けていたのは雷に打たれるがごとく衝撃的なの知らせであった。

 

 

 ――あの、紺碧艦隊の司令官であった前原一征が今世に存在していたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……時系列は、建御雷が査察を行った1日目の深夜まで遡ることになる。

 

 ちょうどその頃、トラック島近海の敵反応を島内の施設にて監視活動を行っていた東光は、海底に敷設された聴音ソナーから奇妙な反応が出ていることに気がついていた。

 どのように奇妙であるかといえば、深海棲艦を示す独特の反応は出ていないのは確かであるが、かといって艦娘であるかどうかも不明であるというものだった。

 紺碧艦隊に属する者であるならば通過時に適宜通信がなされ、異常があれば警戒態勢へ移行せよと指示が来るものなのだがそれがないということはどういうことなのか。……不審に思った彼女は、上空にて交代で警備にあたっていた仙空数機に連絡を取り、謎の存在が進行する方向へと急行させた。

 そして瞬時にMED磁気探知機を作動させるが、やはり登録された潜水艦クラスの深海棲艦の反応はまったく出ず、ただの海洋生物か紺碧艦隊にしては些か動きがおかしい事が明らかとなった。

 

『――1番機より本部へ。アンノウンは進路をやや変更しMS諸島……いえ、紺碧島方面へ進行中』

 

「待って……それは確かですか?」

 

『こちら3番機、此方の方でも未確認潜水物体はピーコック及びミッドウェー、ハワイ方向には進まず、マーシャル諸島へ直進を続けていることを確認した。……指示を求む』

 

「……わかりました、それ以上の追尾は危険ですので戻って下さい。その間に紺碧艦隊には私が連絡を取ります」

 

『――仙空各機、了解。帰投を開始する』

 

 東光は後続で同じような反応がないかだけ確認し終えてから、直ちに紺碧島近海の巡回を今の時間帯で行っている人物の特定に急いだ。すると、当番表には伊601の名前があることがわかった。

 

「――こちら、トラック島より東光。X6、応答して下さい」

 

『……こちら、ポナペ島付近を巡回中のX6。……どうしました?』

 

「未確認潜水物体が紺碧島を接近している模様。トラック島は攻撃は受けてはいませんが、そちらに到着次第攻撃を開始する可能性が否めません」

 

『……敵味方の識別反応は?』

 

「深海棲艦ではないかと思われますが、隠密性に特化した新種かあるいは―――」

 

 はぐれの艦娘であるかもしれないと告げ、場合によっては保護し事情を聞くべきであると伊601に東光は要請した。幸いにも速力はあまり出ていないようであり、時間は幾らか稼げるようであった。

 この情報は伊601によって音通魚雷にて報告がなされ、紺碧島にて待機中の伊3001へと伝わった。また、島内で待機していた面々は、その影響を受けて慌ただしくも出撃の準備を開始した。

 

『――X3よりX6へ、応援は送るがそちらで先行し接触できるようであれば早めの対処を頼む』

 

『X6、了解。……微弱ですがそれらしき反応が出ました。追って連絡します』

 

 通信を終えた伊601は単独行動へと移り、想定される深度の下まで潜航を行うと魚雷を発射するばかりの姿勢をとって自ら接近する対象に向かっていった。

 

(……敵にしては無警戒が過ぎるような気がする。余程の自信家かはたまたは何も知らない存在か……もしくは)

 

 警戒網が敷かれていると敢えてわかっていて此方に存在をアピールしているのか……とふと考えが過ぎるが、兎に角接近してしまえば自ずと答えは出るだろう。それだけを信じて彼女は速力を上昇させ、トラック島方面に向けて突き進んでいく。

 

「……来るっ!!」

 

 驚くべきスピードで先回りに成功した伊601は、鋭い洞察力から動きを止め、息を殺すようにして照準を合わせにかかる。

 依然として未確認潜水物体は速度を緩めないまま紺碧島に迫っているようであり、反応は進むにつれて小さくなるどころか次第に大きくなっていった。

 

「いよいよか――来るなら来い、相手をしてやる……」

 

 在りし頃の活躍ぶりを憑依させるように、彼女は己の牙たる魚雷との繋がりを研ぎ澄ませる。……会敵まではあと数十秒となり、艦娘に敵意を抱いている相手ならば攻撃を繰り出していてもおかしくはない距離となった。

 ――同時に、米粒のように小さく見えていた姿は少しずつ明らかとなっていく。

 

 

「えっ!?」

 

 

 たとえ離れていても相手の全体像を捉えられるまでとなった時、そこに居たのは――――セーラー服にスクール水着という、殆ど伊601らと同じ装いのピンクに近い赤髪の少女であった。

 予想外の相手を目の前に思わず度肝を抜かれた彼女であったが、このまま通過させるわけにも行かず警告を瞬時にして相手に飛ばした。

 

「――そこで止まりなさいッ!!」

 

「……えっ、なにっ!?」

 

 突然の声を聞いてたじろいだ少女は同じく伊601の姿を見て、その驚愕ぶりを露わにして身体を停止させた。

 その隙を逃さなかった伊601は、間髪入れずに先手を取って詰め寄り手首を掴んで拘束すると、一体何者であるかを捲し立てて言った。

 

「――貴女は何者? 何処から来たの? ここまで来た目的は何!?」 

 

「わ、私は……」

 

 ……よくよく観察してみれば、背中周りには大きな防水バックが存在しており、装いさえしっかりしてさえいれば、つい先程夜逃げをしてきたかのようであった。されど、此処は地上にあらず、海中を平然と潜って移動する夜逃げ少女もまた本来ならば存在するはずもない。

 

 

「――富嶽、無事っ!?」

 

 

 このまま行けば膠着状態へ陥ろうとしていたそこへ、応援に駆けつけた伊3001こと亀天が現れる。これで数は2対1となり、少女はもはや劣勢で逃げ場を失ったわけであるのだが、そんな最中で伊601は違和感を覚えた。

 ……いくら拘束されて身動きがとれないとはいえ、普通ならば暴れるなりして抵抗を行うものである。しかし、少女はそれを行わないどころかわざと拘束を受け入れているようにも思えた。

 

「……大丈夫ですけれど、亀天さん。例の存在の正体は艦娘だったようです」

 

「どうやらそのようね。けれど、問題は何故こちらに来たかということ」

 

 誰かの指示を受けてきたか、もしくは自らの意思に従ってやってきたかであるが可能性としては前者のほうが確率が高かった。何故なら、建御雷が現在本隊から離れて活動していることもあり、偶然巡りあった後世世界の艦娘に紺碧島へ向かうよう指示を飛ばしたのかもしれなかったからである。

 しかし、亀天らは即座にその可能性を切り捨てる。……もしも、建御雷の息がかかった存在であるならば、さっさと名乗ってしまえば拘束されずに済むものを、少女は頑なに彼女の名を口にしようとはしていなかった。仲間だとは思われていない可能性もあるが、だとしてもこうもアクションが乏しいのは変である。

 ならば海軍の差し金かと疑うが……その線は限りなく低いだろう。建御雷が査察を行っていることを考えれば、技術提供の場を自ら崩壊させるような真似はするはずがない。

 

「もう一度聞くけれど、貴女はどうして此方にやって来たの? 一体誰に言われて?」

 

 荒っぽかった口調を抑えつつ、伊601は真相を明らかにするために再度同じ質問を少女へと行った。……そうして、観念した様子である少女は教えるための前提条件として一つだけ彼女らに対しため息混じりに確認をする。

 

「――貴女達は、『紺碧艦隊』……で間違いない?」

 

「……ノーコメント」

 

「その切り返し方で逆に確信が持てたわ……いいわよ、教えてあげる」

 

 形勢が逆転したかのような空気が流れ、ついに少女はその正体と目的を二人へ明らかにした。

 

「私の名前は、伊168よ……紺碧島へ向かっていたのは、彼を連れ去った女の子に言われたから」

 

「伊168ですって……それなら私達を知っていてもおかしくはないけれど……」

 

「いえ、そこは問題じゃないわ富嶽。……ねぇ、連れ去られた彼って一体誰のことなの?」

 

 そもそも伊168は誘拐犯の言葉に従って紺碧島へ向かっていたことになるが、生憎のところ紺碧島は人質解放の現場にはなっておらず、人間自体誰一人として立ち入ったことはなかった。

 ということは、何を目的として向かうように言われたのかが不鮮明である。

 

「彼は彼よって……言ったところでわからないわよね。――まったく、昔も今も少しの間だけしか一緒にいられないなんて何て皮肉よ」

 

「昔も今も……待って、貴女の言う彼ってまさか―――――」

 

 思い当たる節が見つかった伊601は信じられないという顔をした。伊3001もまた富嶽の顔を見て察したのか、愕然とした表情を見せた。

 

 

 

「――かつて私の司令官であり、後の貴女達の司令官だった……前原一征よ」

 

 

 

 再び巡り会えたはずであった男は果たしてどこへ消えたのか、それは今世にいる誰もが知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――???

 

 

「……これから君達が見るモノは、最重要軍事機密だ。将来を有望視された君達にだけ公開を許可された――」

 

 とある某所を走るバスの中、車内では乗り込んだ人間の中でも最年長にあたるであろう男が通路を歩き、シートベルトを付けて座る少年少女達に対して演説しその気にさせるようなことをつらつらと、さも自分の功績であるかのように誇らしげに述べていた。

 また、それを聞く殆どの若者はその口車に乗せられ、自分は特別であるのだという誤った認識を抱いており、将来の自分を過大評価して薄ら笑いを浮かべていた。

 

(くだらない……組織の申し送りということじゃないか)

 

 その一方で、選出されたメンバーの一人である窓際に座る少年は、男には目もくれず心の中で溜息を漏らしていた。

 男がやっているの要するに青田買いというやつであり、有能な人間に予め唾を付けておくということと何ら変わりはないのである。役割さえ果たせばエリート一直線であろうが、ヘマをすれば一発で地獄逝きなのは言うまでもない。

 少年は誰かに決められたルールに従って生きるのに、この世の誰よりもうんざりしていた。出来ることなら今ここで飛び出して行き、誰にも束縛されることがないまま自由奔放に生きたいと考えているが、世界がそうはさせまいと立ちはだかっていた。何か大きなきっかけ、いや大きな波にさえ乗ることができたのなら、その勢いに任せて何かを成せるのだろうが、個人の力というのは虚しくあまりにも非力であった。

 そんなこんなで、促されるまま目的の場所へと到着した一行はバスを降りるように言われ、武装した男たちが門番として立つ施設の内部へと入り込んでいった。

 そして、全員が施設内に入り込んだのを確認したところで明かりが灯され、駆動音とともに蒼い金属の巨体が目の前に姿を現していった。

 

「……何故、コレがこんなところに」

 

 男子学生の一人が震えながら声を漏らす。……無理もなかった、ソレは本当ならば彼らが連れて来られた場所を守備する者達が所有しているはずもない物だったからである。

 引率の男はどうして此処にこうして存在しているのかについての経緯を懐かしむように語り、長い年月を捧げても結局は何も変わっていないのだと皮肉の思いを口にした。少年少女達はというと、件の巨体に触れながら誰もが辿り着き思い抱くであろう意見を述べて、いずれ男と同じように時を無駄にしてしまうことを知らないまま勝手に盛り上がっていた。

 

(何も変わらないままだというのにな、何故笑っていられるんだろうか……)

 

 少年にはその光景が、実は未来など諦めているように思えて仕方がなかった。……理想や夢を現実にしようとする人間は昔は沢山居ただろうに、どうして今はこうも見る姿も形も無いようになってしまったのだろうか。

 

(だが、俺もまた何も形に出来なければ同じ穴の狢という訳か……)

 

 

 

「――大丈夫、貴方はそうならないわ」

 

「……えっ?」

 

 

 

 気づけば少年の傍らには既知の仲である少女が立っており、少年がしているのと同じようにして船体を優しく撫でていた。――少年は反射的に彼女の名前を呟いてみせる。

 

「前原スサノ……君は、何を言って―――」

 

 意味深なことを突然述べたスサノという名の少女に手を伸ばした彼であったが……その時、轟音と共に地響きが発生する。発生源は他でもない目の前に見える蒼い鋼の構造物からであり、光の波を全体に張り巡らさせるのと連動して激しく振動をしていた。

 まさかの事態に研究者たちは慌ててデータを取ろうと躍起になったが、警報は危険域であることを点滅で示し、その場に居た者達を避難するように促した。恐怖に駆られた者は我先にと一目散に逃げ出していった。

 

「一体何が……」

 

「――ふふっ」

 

 取り残された少年は、この時何が起ころうとしているのかを全て理解することは叶わなかった。

 ……しかし、ただ唯一わかったことがあった。それは、同じように取り残された少女が逃げ出そうともせず、逆に状況を楽しんでいたということだけ。

 

 

 ――封鎖され忘れ去られた航路は、運命に翻弄され続けた者の手によって再び開かれかけていた。

 

 

 




今週は色々仕事が忙しくなりそうなので更新できるかはわかりません。

ま、そう言いつつも書いてしまうんでしょうけど。


次回もお楽しみに


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第20話 彼の者の行方

更新が遅れてしまい申し訳ありません。

今回は結構長いですし、またしても外伝というかおまけがメインです(


ではどうぞ


 紺碧艦隊から後世において人知れず活躍し日本を守り抜いた指揮官である前原一征……彼の今世における転生を確認したとの報を受けた建御雷は、査察を行っていた横須賀鎮守府を急ぎ足で離れ、双方の落ち合う場所をトラック島に指定し久方ぶりの拠点への帰投を果たしていた。

 暫く見ないうちに戦力が増強されていたようであり、新たに米利蘭土と同様の改装を受けた元米国の超弩級戦艦である、炎を思わせるグラデーションがかかった首にゴーグルを下げた西処女阿(ウエストバージニア)、褐色の肌に羽のついたアクセサリーという変わった姿の軽堀尼亜(カリフォルニア)、真面目な女教師かキャビンアテンダントを彷彿とさせるアップ髪に眼鏡の筆汁芭斤(ペンシルベニア)、カウガールのような露出が印象的な根婆汰(ネバダ)の計4隻が月虹艦隊へと加わっていた。……いずれの艦も、米利蘭土らと同様に個性的で癖のある者揃いであるが確かな力を秘めており、近づくハワイ島攻略作戦後のクリスマス島への攻撃の際には存分に活躍するであろうと思われた。

 ――それはさておき、本題は現状で確認された今世への二人目の転生者たる、前原一征についてである。

 情報によれば、彼は記憶喪失の状態で伊168と共につい最近まで彷徨い歩いていたようであるが、謎の少女と旅先で出会ったことで後世の記憶を取り戻したとのことである。行動を共にしていた伊168も同様にその場で自身が艦艇であった頃の記憶を取り戻したらしいが、そこで二人は訳あって別行動となり今に至るというわけである。

 比較的初期の月虹艦隊のメンバーを召集した建御雷は、先行して取らせた調書にざっと目を通して読み終わったのを合図に語り始めた。

 

「……事情は大体わかった。前原司令が今何処にいるか大変気がかりではあるが、それよりも犯人について考察してみようか」

 

「行方は探らなくてもいいんですか?」

 

「無論、探りはするが後回しだ。……それに、行方が途絶えた場所が秋田となれば室蘭にいる旭日艦隊に任せた方が手っ取り早い」

 

 口ではそういうものの、建御雷は行方不明になってから日にちは経過している上に、立ち入る人も少ないということから捜査の手配をしたところで対して手がかりになるものは得られないだろうと考えていた。現に、その場に居合わせたという伊168も直ちに捜索を行ったというが、目撃したこと以外に証拠になりうるものは何も出てこなかったそうであった。

 それ故に犯人の正体を突き止めることを優先し、何故彼が狙われることとなったのかを彼女は順を追って整理してみせる。

 

「――まずは、事件当時までの状況を振り返ってみようか。報告書によれば、記憶が朧気で自身が誰なのかはっきりとしていなかった二人は、手がかりになるかもしれない前原司令の絵の才能を頼りに各地を転々としていたとある」

 

 その際、前原は微かに脳裏に残っていたという『紺碧』と『太郎』というキーワードから『紺碧太郎(こんぺきたろう)』と名乗り、伊168は数字から安直ではあるが『いろは』と名乗っていたとのことだった。

 しかし気になるのは、二人が何故記憶を失った状態へと陥ってしまったのかである。二人が別々の場所で記憶喪失になるならまだしも、同じ場所でそうなるのは偶然にしては出来過ぎているような気がしないでもない。

 

「この世界の前原司令が、記憶を失った直前に海戦の真っ只中に身を置いていたというのが本当ならば、攻撃の影響によって海に放り出されたショックでなってしまったと想像がつくが……伊168までも記憶を失っていたのはどうもよくわからんな」

 

「急な転生によって記憶が肉体に追い付いていなかった、みたいな理由ではないでしょうか?」

 

 手音使が述べた可能性はあり得なくもない。だが、これまで転生してきた同胞の様子を多く見てきていた紺碧艦隊の面々は、揃って首を横に振りその可能性を強く否定した。

 

「――私達も突然の転生を経験した身だから言えるけれど、自分を見失うなんてことはなかった。そりゃあ、誰だって海に放り出されたら困惑するでしょうが、記憶まで飛ぶなんてまずあり得ないわ」

 

「しかし現にこうして起こってマス……イレギュラーで片付けちゃいマスか?」

 

「何でもかんでもその一言で終わらせるのはいけないんじゃないかしら」

 

 経験したことのない異常事態に皆が意見を飛び交わせるが、一向に真相を明らかにするための糸口は見えて来ないままであった。それどころか愚痴言い合いにも発展しかけていた。

 ……そんな時折、建御雷は白熱する応酬の中で報告書の、伊168の覚えている限りの後世世界における記録を示した直筆の資料を再度入念に指でなぞるように眺めて一瞬考えた後、会話を机を叩いて止めさせ、応対をしたとされる伊3001に詰め寄って突きつけた。

 

「なあ、亀天――伊168がコレを書いていた途中、何度も書き直してはいなかったか」

 

「ええ、まあ……確かに何度も書き直していたようですが、それが何か?」

 

「……いや、それだけ聞ければ結構だ。少し外に出てくる」

 

 細かい事を気になって仕方がない彼女は、伊168に関連したことが後々になって響いてくることを懸念して一人執務室を飛び出していった。

 ……なお、肝心なときほどなかなか姿が見つからないということはなく、あっさりと伊168は訓練区画にて体育座りをしているところを発見された。建御雷は様子を窺いつつ、傍らへと自然を装って腰掛けると彼女は何事かと反応した。

 

「貴女は確か……」

 

「航空母艦建御雷だ。一応、紺碧艦隊に頼まれて此処を中心にかつての仲間達を束ねているが……それよりも、どうだ調子は?」

 

「……まだ本調子じゃないわね。これからどうしようかと考え倦ねている最中で、今もずっと迷ってる」

 

 膝を抱き寄せた伊168は紺碧艦隊に導かれて合流したは良いものの、先の見通しが立たないことを悩んでいた。このまま月虹艦隊へ正式に合流することも打診されてはいるが、安直に受け入れていいものかという思いもまたあるのである。

 

「――もしかして、艦隊に早く加わるように説得にでも来たの?」

 

「いや、今回はあくまで別件だ……先の君の報告書について幾つか聞きたいことがあってな」

 

 現物を目の前に揺らし要件に嘘が含まれていないことを建御雷がアピールすると、彼女は彼方を見つめたまま答えられる範囲で答えるとして質問することを承諾した。

 間髪入れずに彼女は迫る表情で、伊168に対し問いかけを行った。

 

「単刀直入に聞くが、これを書いている時に君は『何を見た』?」

 

「『何を見た』って、何よそれ……」

 

「ああ、質問の仕方が悪かったな……言い方を変えよう。君は書いている途中で――『空母が一度に何隻も沈む海戦の光景』を見たのかな?」

 

「――どうしてそれを!?」

 

 誤魔化す素振りを見せることなく伊168は正直に驚いた表情を見せ、そむけていた顔を食い入るようにして建御雷に向ける。一方で、驚かせた側である彼女はというと目頭を押さえてやはりか……と呟き、取り巻く状況を飲み込んでいた。

 実は、調書には書いてあったはずの文章が部分的に筆圧によって残されており、そこには『空母4隻』『撃沈された』『追跡を開始』と読める部分が見えない形で含まれていたのである。現在こそ全く関係のない任務の内容が上書きされているが、目が冴えていた建御雷はその下にあった真実を見逃さなかった。

 

「少なくとも空母が数隻も一度に沈むなんていうのは、紺碧艦隊ぐらいしかやりそうにないことだ。だが、『された』という受け身の言葉があるならば、被害は日本海軍にあったことになる。けれども、君が参加していそうな該当する海戦は私の知る限りでは、後世世界において確認されてはいない」

 

 だとすれば、後世ではない何処かで行われていた海戦のことを言っているのではないかということになり、自動的に前世世界に話の矛先は行くことになる。そして、お誂え向きの海戦が建御雷が知る限りでは1つだけ存在していたのであった。

 

「……ミッドウェー海戦。伊168、君は――かの海戦の記憶を後世の記憶と共に持ち合わせているんじゃないのか」

 

「……どうしてそう思ったの?」

 

「最初は証拠もない単なる憶測だった。……転生時に記憶が消失していたのは、もしかしたら肉体と記憶を同時にこの世界に送り込もうとして、不具合を起こしたからなのではないかって」

 

「不具合って……具体的には?」

 

「例えば2つの記憶、前世と後世の記憶を同時に伊168という器に書き込もうとして整合性が取れなくなったとか……まあ、簡単に言うならば、二人以上の人物に同時に用事を頼まれて、どっちつかずになって頭がパンクしたという感じだな」

 

 この予想をした時には、確かであると決定付けるモノは何一つとして皆無であった。……が、一概にも間違っているとは言い切れない可能性でもあった。よって、彼女は自らが思い描いた予想が机上の空論ではないことを証明するために、伊168に関連した資料を話し合いの中でもう一度洗い直し、僅かな手がかりを得ようと試みたのだった。

 その結果が、単独で建御雷が伊168の下を訪れたことに繋がり、疑問は見事に確証へ変化した。

 

「今は記憶の整理がついて後世の記憶がメインで、微妙に前世の記憶が残っている……といったところか?」

 

「ええ、大体はそんな感じよ……前世での記憶はたまに夢としてみることがあるわ」

 

 顔に陰りを見せたことから、悪夢として見ることが多いようだった。余程重症のようならば、催眠療法など検討する必要があるかもしれないと建御雷は気にかけるが、伊168は首を横へ振って大丈夫であると健気に笑い、掠れたような声を漏らした。

 

「……ねえ、頼みがあるの」

 

「何だ、私に出来る範囲でなら引き受けるが……」

 

「なら、私を――鎮守府に送り込んで」

 

「………」

 

 鎮守府内に前世で守ることが出来なかった空母の2隻が着任していることを耳に挟んでいた彼女は、紺碧艦隊のように影に徹して密かに守るのではなく、身近にいることで常に守り続けていたいと願っていた。

 

「あの戦いが、もう一度繰り返されるかもしれないんでしょ……だったら私は」

 

「命を懸けてでも悲劇を回避してみせる、か……それもまた一つのやり方だが、代わりに自分が沈むなんていう結末だけは辿るなよ」

 

「……わかっているわ」

 

 伊168には、戦いを終わらせた後に是非とも叶えたい夢が存在していた。故に、それを実現させるまでは危険な目に遭おうとも死んでやるつもりは毛頭なく、何事にも諦めの思いを抱くつもりはなかった。

 その堅い意志は横顔を通してしっかりと建御雷に伝わり、両者の間には破られることのない約束が取り交わされた。

 

「ところで建御雷、貴女は全ての戦いが終わったらどうするつもりなの?」

 

「あまり考えたことはなかったな……のんびり暮らせればそれでいいとは思っているが、果たしてどうなることだろうな……」

 

 仮に戦いを終わらせることが出来たとしても、その後には復興活動等が待ち構えていることだろう。それら終えた時に真に平和は訪れることになるわけだが、多く見積もって十数年は楽することは叶わないと思われた。

 

(普通の生活がいつか許されるなら、ハワイにでも家を買おうか……)

 

 実現するかもわからぬ夢を胸に彼女はその場から立ち上がると、用は済んだと伊168に別れを告げて置き去りにしてきてしまった他の問題を片付けるべく建物内へ戻る道に歩を進めていく。

 

「あ……」

 

その姿を流し目で見届けた伊168は彼女が背を向けて去っていく光景を見て、まるで前原が遠い何処かへと行ってしまったかのような錯覚にとらわれた。そして、記憶が巻き戻されるかのように頭の中を駆け巡り、彼が消息を絶つこととなった事件の鮮明な記憶が少しずつ蘇っていった。

 

 

『お前は………ッ!!?』

 

『……ぶっぶー不正解よ、―――さん』

 

 

 濃い無精髭を生やした男と小悪魔的な笑みを浮かべた少女の会話が、ノイズ混じりに右から左へ耳を突き抜ける。……気がつけば伊168は無意識のうちに立ち上がっており、段々と足を遠ざかる幻影を追い求めるように動かしていた。

 そうして彼女は、まもなく出入口の扉の前まで到着しようとしていた建御雷の下まで走り抜け、何事とかと振り返った建御雷の手首を掴んで引き止めにかかり、消息を掴むための手がかりと成り得るかもしれない情報を語り始めた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、コレが伊168の証言を元に作成した少女の似顔絵だ」

 

 執務室に舞い戻った建御雷は伊168を引き連れつつ、脱線してしまっていた話を元へ戻すために新たに入手……というより作成に成功した手がかりを皆に提示し、順番に彼女から聞いた特徴から即席で描き起こされた絵を見るように促していた。

 手渡した用紙には制服らしき着こなしの、髪を後ろで結わえた少女が描かれており、一見お淑やかに見えて実は活発そうな側面が存在している印象が窺えた。

 見かけ高校生であると想定され描かれているが、成年した女性であっても人によっては若い頃と変わらない容姿をしていることもある。逆に言えば、かなり若い年齢であっても大人びて見えるということもあるので、結局のところ正確な年齢の判断は不可能であると言えた。

 したがって、その辺は無視することにして、ただ既視感を感じるかなどといった直感的な心当たりを抱くかどうかに建御雷は目的を絞り、それぞれの絵を見た時の反応を一人ずつ確認をした。

 

「タケミー、イラスト上手かったんデスね~……」

 

「その手のプロには流石に負ける出来栄えだがな。……そんな事よりもどうだ、メリーにテネシー。この少女に似た人物に心当たりはないか?」

 

「う~ん、そうですねー……」

 

 二人で一緒に手に取ってじっくりと眺める二人だったが、首を何度捻ったところで何かしらピンとくるものはなかなか出てこないようであった。続けて確認をした東光や富士もまた同様の反応を示しており、力になれなくて済まないと詫びて一歩後ろへと引き下がっていった。

 

「……残すは紺碧艦隊だけだが、これで心当たりなしと確定してしまえば、また外に出て残りの面々に確認を取らなければならんな」

 

「それでまた何もわからなければ、結局振り出しに戻るというわけですか……嫌ですねそれは」

 

「――というわけだから、是非ともよーく思い出してみてくれ。どんな些細な事でも構わん」

 

 やや肩をすくめた建御雷が差し出した手に持つ絵を中心にし、潜水艦の少女らは円のように広がってみせ、注意深く観察を行い始める。しかし、やはり大半の者達は記憶に覚えが無いとして首を小刻みに横に振り、期待に答えられないとして次々と頭を下げてしまった。……せっかく新たに入手した貴重な情報だというのに、これでは残念な有り様である。

 されど、建御雷自身はまだ微塵にも諦めてなどいなかった。根拠などはありはしなかったが、このまま何も収穫を得ずに終わるはずがないと心の何処かでわかっていた。

 

「……あれ、この子―――」

 

 その思いに応えるかのように輪の中からポツリと小さく声が漏れる。声の主を探れば、紺碧艦隊の事実上の指揮艦である亀天が口に手を添えて戸惑いを隠せない表情となっていた。途端に彼女に注目が集まる。

 

「亀天、何か心当たりがあるのか……?」

 

「ええ、多分……『海の目』の潜水艦に狙われていた時だと思いますけれど、この子を見たような気がします」

 

 亀天が語る『海の目』とは即ち第二次世界大戦を影で操っていた『影の政府』のことであり、大戦末期になってからアメリカを見捨てると第三帝国へと加担し、直接軍事的な介入を行うようになっていた。

 

「見たって、『海の目』と交戦している最中にか……? どんな状況なんだそれは――」

 

「今思い出しているので待ってくださいッ!! ……確かあの時は、情報収集が任務だったから私は武装をしていなかった。なのに、攻撃をしてきた敵の潜水艦は撃沈された。……誰に、どうやって」

 

 伊601らが救援に駆けつけたのであれば、少女は彼女らの記憶に残っているはずである。だが、そうでないということは別の艦艇によって亀天は助けられ、少女はその存在と密接に関わっていたということになる。

 果たして別の艦艇とは何なのかということだが、紺碧艦隊は秘匿部隊であり彼女らの存在を知らなければそもそも助けに向かうことは不可能である。ましてや、潜水艦であることから謎の艦艇は水上艦である可能性は限りなく低い。……つまり、『海の目』に対抗出来るだけの力を持った潜水艦だということに最終的に行き着く。

 

「……まさか、須佐之男の」

 

「――そうだッ!! あの時私は須佐之男に、潜水艇の『草薙号』に乗っていた司令の娘さんに助けられたんだッ!!」

 

「前原司令の娘って……もしかして千鶴さんのこと!?」

 

「ええそうよっ! ……恐らく、この子は前原千鶴で合っているはず」

 

 やっとのことで出た具体的な名前は、確実に問題に対して進展を齎した。伊168も千鶴という名前を前原が少女に向かって言い放っていたことを思い出し、とりあえずは似顔絵の人物の正体は突き止められた。

 ……が、かと言って謎の全てが解決したわけではなく、新たな疑問が浮上する。

 

「でも、前原司令に彼女……千鶴さんなのか問われた時、不正解だって答えたのよね」

 

「……? この子が前原千鶴でないならば一体誰だと言うんだ」

 

「わ、私に聞かないでよ! ……司令はすぐに別の名前で聞き返して正解だって言われたけど、その名前が何だったのかよく聞き取れなかったわ」

 

「なるほどな……」

 

 整理すると、前原は容姿から件の少女が実の娘である前原千鶴ではないかと疑ったようであるが別人だと答えられた。そして、間を置かずして別の名前を口にし見事に正体を看破した、ということだった。

 ここから判断するに相手は、前原千鶴から連想することが可能な存在であり、潜水艦の艦娘であるかもしれないということだけ。

 

「――伊168、2つだけ聞くが前原司令は記憶を取り戻した直後……君が伊168であることに気づいていたか?」

 

「そうだとは思うけれど、それと何の関係が?」

 

「じゃあ、司令が正解だと言われる前に何をしたかは細かく覚えているか?」

 

「……うーん、一瞬私の方を向いたみたいだけど、それが何か関係があるの?」

 

「ああ、大いに関係ある。……読めてきたぞ、事の顛末と前原司令を連れ去った少女の本当の正体がな」

 

 散らばった複数の事実という名のパズルのピースが組み合わさったのを確信した建御雷は、皆に背を向けて机上に似顔絵が描かれた紙を置くと、振り返り様に全てを語る上で欠かせない一つの真実を周りに示した。

 

 

 

「―――前原一征を連れ去った犯人は未だ我々に姿を見せてない、伊10001の須佐之男だ」

 

 

 

 

 紺碧艦隊の最終的な指揮艦たる超潜伊10001、通称『須佐之男号』……彼女が前原の娘である前原千鶴の姿を模して前原を拉致した意図は依然として不明であったが、紺碧島へ向かえと伊168に指示していることを考えると、月虹艦隊の動きを察知しているのは明らかだった。

 また、その上で月虹艦隊の本隊だけではなく室蘭の別働隊に合流しようとしていないということは、前原を必要としなければならない思惑を抱えているということである。

 

「終わらない戦いを終わらせる、そいつをやろうとしているのか須佐之男は……」

 

 深海棲艦は無敵艦隊ならぬ無限艦隊だと言われている。次から次へ湧いてくることからそう言われているようであるが、本当にそうであるならば無限たらしめている原因を取り除かないことには戦いは一向に終わらず、人類は艦娘共々疲弊する未来を迎えることになってしまう。

 しかし、根本的な問題として原因はいずこにあるのか、はたまたは取り除く方法はあるのかさえ判明していない。前者は時間をかければわかるかもしれないだろうが、後者については今世の技術力がモノを言うかもしれず、場合によっては原因を究明したところで対処に行き詰まってしまうだろう。

 

「……須佐之男、お前はこの世界に起きている全てを理解しているとでも言うのか?」

 

 

 彼女の心からの問いかけに答えられるものは誰もおらず、執務室には決して穏やかではない空気が終日張り詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぇっくしょん!」

 

 その頃、盛大にくしゃみを仕出かした少女……前原スサノは、食堂の一角で食事後の余った休憩時間をのんびりと背を伸ばして過ごしていた。周りには普段行動を共にすることが多い友人達が集まっており、午後へ向けての準備を着々とこなしながらも他愛のない世間話を繰り広げていた。

 

「おやおや、貴女ともあろう人がついに風邪ですか。気をつけて下さいよ」

 

「……大丈夫大丈夫、このスサノさんが風邪ごときに屈するワケがないでしょ。今のはどうせ誰かが噂でもしてた類いだって」

 

「まあ実際モテるもんね、スサノは。……その反面、こっ酷く振るらしいけれどさ」

 

「んー? 何か言ったかなー、いーおーりーちゃーん?」

 

「あいだだだだだだだっ!! ……痛い痛いギブギブ、こめかみグリグリするの止めて~!?」

 

 彼女に対して風邪ではないかと心配する声を発したのは、アレルギー防止のためにとヘンテコなマスクをしている織部僧であり、彼はデータ解析を主に得意としている優等生であった。

 表情が全くと言っていいほど見えないせいか彼の腹の中を探ることは難しく、長年の付き合いたる人間でなければ、細かな感情の揺れ動きを察することは出来ないとされる。

 その彼の正面に座り、現在スサノによって折檻を受けているツインテールの少女はというと四月一日いおりであり、彼女は技術系……主に整備において誰にも負けない腕を持っていた。スサノとは出会った当初から仲がよく、良く頻繁にじゃれあったりもしていたりする。

 

「言っておくけど、今のところは私はお父さん一筋なのでそこんところよろしくね?」

 

「うわっ、突然のファザコン暴露かよ……つか、お前の親父さんは仕事は何してんだよ」

 

「一応は画家だね。副業でその他もろもろもやっていたりもするけど、何……会いたいの? もしかしてホモなの? ……ひくわー」

 

「ひくわー……」

 

「会ってはみてぇけど、どうしてそこでホモに直結すんだよっ!? 俺は普通の女好きで断じて男など興味ないッ!!」

 

 オーバーリアクションを取り女子からの疑いの目を払拭しようとしているゴーグルのよなサングラスを掛けた少年は、橿原杏平。総合的な成績は中の下であるが、雷撃や砲撃関係のプログラムを組むことに関してはピカイチであり、余程の手練でなければ彼に対向することは不可能だとされていた。

 

「じゃあ、もしここに見かけは美少女で中身は男子の人が居たらどうするよ?」

 

「まあ、記念に写真ぐらいは撮るかもな……」

 

「―――ホモだぁ!!」

 

「「………」」

 

「ちっげーよ! つか、群像や僧まで引くようなリアクションとってんじゃねえよ!?」

 

 何時になくアウェー感漂う空気に振り回される杏平。その様子に黙ってタブレット端末を操作していた集団の中心人物である千早群像さえも若干頬を緩めており、少しだけ椅子を引き摺って彼に距離を取る仕草を行っていた。

 程なくしてそれは解かれる事にはなったが、一度広まった空気はそう簡単には拭えない様子であり、皆からは失笑が絶えなかった。

 

「まあ、冗談はさておき……杏平くんさー、聞きたいことがあるって言ってなかった?」

 

「この微妙な空気の中それを今更言うかお前は……つーか、あれだ。例の閉鎖されてたっていう秘密ドックの話って知ってるか?」

 

「あー、例のヤバいシロモノが眠ってたかもしれないって噂ね。耳に入ってるけど、もし本当だとしたら情報統制どうなってんのよって話になるけれどね」

 

「……場合によっては責任者に当たる人物に処分が下されることにはなるだろうな」

 

 当事者であった群像は端末から目を離さないまま口を挟むと、スサノが危惧している事について小さく溜息を漏らす。なお、溜息の中身はもっと情報統制をしっかりしろというものではなく、只々呆れていることを意味したものであった。

 

「――にしてもホント、相変わらず緩みきってるわね。もっとこう、『この停滞した世界に風穴を開けてやるっ!』ぐらいの覚悟を持った人はいないのかなぁ」

 

「居たとしても少ないでしょうね。……それに、複雑な人間社会が影響してその貴重な人々の考えを変えてしまうこともあり得ます。そうなれば、結局は“いなかった”ことになってしまい、志を持っていたはずの人は誰にも気づかれることなく消えてしまうでしょう」

 

「私はそんなの嫌だなぁ……ねえ、群像君もそう思わない?」

 

「――えっ?」

 

 急に会話を振られた群像は、思わずタブレットを操作していた手を止めて深く眠るように思考する。

 仮にこのまま学院を卒業したとしても、やはり待ち受けているのは今と何ら変わりようがない安穏と無駄な時間だけである。……即ちそれは、他の誰かが既に歩んだ道を再びなぞってしまっていることに他ならない。……そんな道へと誘導する現状を彼は認めたくはなかった。だから、力を欲した―――世界を変えることが出来るだけの力を。

 スサノが言った通りに世界に対して風穴を開けたくてやまない彼は拳を硬く握り締めると、同意の意思を示して小さくも力強く頷いた。

 そして、その直後に……運命を左右する一つの転機が彼に訪れることとなった。

 

「……あれれ、あんな子この学院にいたかな?」

 

「何だ、どうしたんだよ?」

 

 片方の頬を机に密着させて彼方を見つめていたいおりが突如として背筋を伸ばし、食堂の入り口を見るように軽く顎で促した。興味を持った杏平が我先にと視線を向けるとそこには、不思議な存在感を辺りに散りばめている背の低い銀髪の少女が立っており、遠巻きから彼らを観察するように見つめていた。

 

「まさか、転入生か何かか?」

 

「さあ、私も今気がついたばっかりだし……でも、かなりポイント高いんじゃない?」

 

「そうだな! じゃあ俺が行ってみるぜ!」

 

 杏平は素早く丁寧に椅子を戻して席を立つと、銀色という日本にいる限りでは見かけることがない髪色を持つ少女に声をかけに向かい反応を窺った。少女は声に応えるように彼を見上げたが、すぐに眼中にないとして一人歩き出した。杏平の悲痛な声が聞こえるがそれすらも無視して、そのまま一直線に群像達が集まるテーブルへと少女は向かっていった。

 

「どうしたの? あたしらに何か用なのかな?」

 

「………」

 

 石化して泣き崩れる杏平を見て堪らず笑ってしまっていたいおりが、今度は少女に笑顔を向けつつ声をかける。だが、名も名乗らぬ少女は彼女すらも半ば無視すると、スサノの隣りに座る群像を指差して呟いた。

 

「――あなたが、千早群像?」

 

 直々に指名をされた彼は体を動かさないまま横目になり、少女を一瞥すると怪訝そうに返答する。

 

「そうだが、何か……?」

 

「千早翔像の息子」

 

 付け加えられた言葉に、様子を窺っていた周囲までもが一瞬にしてざわついた。

 千早群像といえば、苗字で分かる通り千早群像の身内であり実の父親でもあった。かつての霧との大海戦後に忽然と姿を消しており、噂では霧側についたという話も存在している。

 その為か人類の裏切り者と彼の父親を呼ぶ者がおり、息子である群像はその影響を受けて人には言えないような壮絶な人生をこれまで歩んできていた。よって、父親の名前を出されることは彼にとって禁句であり不快な事であった。……しかしながら、その怒りを見ず知らずの少女にぶつけることは不味いと判断した彼は自らを抑えこむと、冷静さを取り戻して問い返してみせる。

 

「――親父が、どうかしたか?」

 

「私は千早翔像の息子、千早群像に会うようにと命令されてきた」

 

「命令、だと……」

 

 彼は今までを思い返すと、似たような嫌がらせを昔も受けたことがあったなと深々と息をついた。

 

「まったく誰の差し金だ? ……下らない事ばかり考える時間があったら、もっと別なことに時間を割くべきなんじゃないか」

 

「違う。下らないと思われるようなことをしに来たわけじゃない」

 

 小柄な成りに見合わない堂々とした態度で少女は答えた。

 

「なら、どうして死んだ親父の名前を出したんだ?」

 

 死んだという確固たる証拠になりうる遺体は存在しておらず、また死亡を直接した者がいないので、性格には彼の発言は誤りである。……が、身内の中では既に死んだものとして処理されていることから、群像は敢えて死んだという部分を強調し切り返す。

 

「事実だから」

 

「事実、だって……?」

 

 話が見えなくなっている上に、少女の話す素振りはどこか無機質で機械的であった。それが群像の苛立ちを煽り、会話は終着点をなかなか見出すことができなかった。

 

「そもそも何なんだ、君は?」

 

「ここでは話すことができない」

 

 人目があることを気にしている様子の少女は指先を群像が所持していた端末を指すように向けた。すると、アラームが鳴ってメールが受信されたことが伝えられた。それどころか操作も何もしていないというのに、受信したメールは勝手に開封され、何やら地図情報と待ち合わせの時間らしき時刻を表示していた。

 

「ここに必ず来て」

 

「……一体どうやったんだ、今のは」

 

 群像の疑問を他所に少女は今度は傍らに座っていたスサノに目を向けると、視線を通わせた後にたった一言だけを告げた。

 

「――前原スサノ、貴女にも話がある。場所は今送った彼と同じところ」

 

「……別に構わないけれど、一緒の時間というわけじゃあないんでしょ? というか、今から?」

 

「貴女の判断に任せる。ちなみにこれは命令ではなく私個人による申し入れ」

 

「ふぅん……?」

 

 彼女は考えるよりも先に席を立つと、群像の端末に表示された地図を横から覗きこんでから、素早く銀髪の少女の手を引いて食堂の外へ出る通路を歩き始めた。

 

「ち、ちょっと、スサノっ!? 午後の演習はどうすんのよ!!」

 

「――適当に女の子特有のアレが襲ってきたから休むとかなんとか言っておいて!」

 

「そういう事は大声で叫ぶなバカッ!!」

 

 えへへ、と舌を出して謝罪の意を示した彼女は瞬く間に少女と共に消え失せてしまった。

 同時に、注目を集める原因となっていた存在がその場から消えたことにより騒ぎは収束を見せ、取り残された者達は嵐のような出来事にどうコメントしたらよいか迷っていた。

 

「俺だけじゃなくスサノまで……あいつ、一体何者なんだ?」

 

 

 ――その問いに彼が望む答えが返ってくるのは、僅か数時間後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――貴女の目的は理解できた。けれど、すべては彼の判断に任せる」

 

「理解が早くて何よりよ。……ま、そんな訳だからよろしく頼むわね」

 

「わかった、善処する」

 

 人知れず二人の少女達によって密約が取り交わされる。

 ……それは、やがて一つの世界だけでなく数多の世界の命運を決定付けることになる、とても重要な出来事であった。

 呼応するように、海中に身を潜めていたある男も眠りから目覚め、戦いが始まろうとしている予感をその肌に感じ取る。

 

「……いよいよ、か」

 

 彼は気持ちを切り換える意味合いを込めて、濃く生えていた髭を剃り落としてしまうと顔を洗って自らの顔を引き締めにかかった。鏡には在りし戦いの頃のままの若さを残し、それでいて歴戦の軍人であることを思わせる―――潮の香りがする男が写っている。

 そう、この男性こそがかつて紺碧艦隊の司令官であった男、前原一征……その人であった。

 

 




夏イベ告知を見て

???「やはりマリアナか……機動艦隊も大事だが砲撃戦の結果がモノを言うぞ。特に戦艦に積む砲には注意した方がいい」

承太郎「フィット院」


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