蜘蛛と蠍 (砂糖鯨)
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ドルチェ・ヴィータなら有り余ってる

ご無沙汰していてすみません、生きてます。
久し振りに更新したかと思えば新シリーズとかもう、もうね。


 

 

 クロロがその本を手に取ったのは、初めは単なる気紛れでしかなかった。

 

 

 行きつけの古本屋で奥の棚に眠っていた、革装丁の分厚い古書。一見ただの古ぼけた本であるそれは、しかしながら念能力者が見ればすぐにそれと分かるような、異質なオーラを纏っていた。

 

 普段の彼ならば、そういった代物にすぐに手を出そうとはしない。興味こそ湧くけれど、物騒な経歴によって磨かれてきた彼の勘が、危険だと訴えるからだ。

 

 しかし、どこまでいっても彼の本質は盗賊。いっそ幼い子供のようだとも言える尽きない探究心、好奇心、執着心、そしてブックワームたる彼の書物への期待。そんな意外と無邪気な一面を持ち合わせるクロロ=ルシルフルは、時に好奇心の向くまま、彼の仲間たちが目を剝くような無茶をして見せる。

 そして彼らに肝を冷やすような思いをさせながら、自分はケロッとした顔で――あるいは、探求心を満たしたことですっきりとした表情で――アジトへと帰還したことも、1度や2度ではない。なまじ危険を切り抜けるだけの実力やその自覚がある分、余計に性質が悪いのかもしれなかった。

 

 そしてどうやら今回も、彼の旺盛な好奇心は警戒心を上回ったらしい。

 

 

「――――ジャポン語か。珍しい」

 

 

 それも現代の印刷物で使われているような楷書体ではなく、素人から見ればミミズがのたくっているようにしか見えない文字列、所謂草書体。近代的な装丁を施されているにも関わらず、その表記は巻物や古文書で用いられているようなそれ。そのアンバランスささえも、彼にとっては興味の対象でしかない。

 黒曜石のような両目を期待で煌めかせ、クロロは背表紙をなぞりながら呟いた。

 

 

 

 

「…………で、今度はそれ買ってきちゃったわけ?」

 

 

 何度目かの団長の奇行にうんざりしたらしいシャルナークは、ジト目でクロロを睨んだのちに大きく溜息をついた。

 しかしながら肝心の本人は生返事を返すのみで、欠片も堪えた様子はない。むしろ新品のおもちゃを与えられた子供のような表情で、怪しげな古書をパラパラとめくっていた。

 

 ――――駄目だ、もう梃子でも動きそうにないや。

 

 付き合いの長い彼には分かる。このクロロ=ルシルフルという男は、のめりこんだことには意外なまでに頑固になるのだ。こうなったらもう、団員の誰が諌めようが、あの胡散臭い本を読破してしまうのだろう。

 

 

 長い長い溜息を、もう1つ。くるりと上司に背を向けたシャルナークは、結局クロロが最後の1ページを読み終えるまで、愛用のパソコンに向かい続ける羽目になる。

 

 そして、シャルナークは気付いていなかったが――たとえ見ていたとしても、読むことは出来なかっただろうが――クロロの持っていた古書の背表紙には、『異世界人を召喚する方法』という、やはり何とも胡散臭いタイトルが書かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 そしてこちらは、遠く離れた世界のどこか、良く晴れた昼下がり。

 

 暁のアジトの一室で、煙玉でも地面に叩きつけたかのように、突然ぼふんという破裂音が響き渡った。

 

 




多分数話で終わります。


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真っ赤なファニチャーお断り

早くもサブタイを考えるのがめんどくさくなってきてるんだぜ。ぜ。


 

 

 

「…………あァ?」

「いやいやいや、こっちを睨むなよサソリの旦那。こりゃオイラの爆弾の煙じゃねーって、うん」

 

 

 

 血で描かれたおどろおどろしい文様から、ぼふんと派手な音を立てて煙が上がる。

 そして次の瞬間、誰も居なかった筈のそこには、見覚えのない2人の男が立っていた。

 

 

 呆けていたのは、一瞬のこと。

 

 突然現れた彼らから目を離さずに、すぐさま武器であるアンテナと携帯を取り出す。が、そんなあからさまな警戒を見せるシャルナークの行動を気にした様子も無いくせに、その一挙一動には微塵の隙も見当たらない。その独特の雰囲気や様子から、黒衣を纏ったその2人はかなりの実力者であることが見て取れた。

 

 全く、何て面倒くさそうなものを呼んでくれたんだ。相変わらず面白そうな表情を浮かべる背後のクロロを庇うようにして戦闘態勢に入ったシャルナークは、内心思い切り彼への文句をぶちまけたい気分になった。

 

 

 

 

 そんな事態に陥る、ほんの数分前。

 

 例の怪しげな本を読み終えたクロロは、やはり愉しげな顔でぱたんとそれを閉じる。その気配を察したシャルナークが振り返ると、彼の上司は床に何やら怪しげな模様を描きだしている最中だった。……血文字で。

 

 

「ってちょっと、何やってんの?!」

「異世界人とやらを呼び出す陣を描いている。本来は墨でも描けるそうだが、血液の方が成功率は高いそうだ」

 

 

 さらりと返ってきたオカルトチックな言葉に、予想外な光景に対してぎょっと目をむいていたシャルナークは、思わず体の力を抜く。この人傍から見ればただの電波だな、とこっそり思ってしまったことも大きい。

 

「……スミって、あのジャポンで使われるインク?それジャポン語だったんだ…………っていうか、だからってそんな怖いことしないでくれる? 廃墟とはいえ、一応ここアジトなんだけど」

「俺たちの中に、そんなことを気にするような可愛げのある性格の奴がいたか?」

「確かにそうだけどさあ」

 

 怖くはないけど、悪趣味に変わりはないでしょ。やだよ俺、生活空間にそんな訳分かんない禍々しい模様があるの。もっともではあるが納得しにくいクロロの言葉に、シャルナークはぶちぶちと苦情を綴る。ただし小声で。

 

 一方そんな部下の声自体を聴きとってはいても知ったこっちゃないクロロは、いよいよ鼻歌でも歌い出しそうなテンションで、最後の一画を描き終えた。これで何も起こらなかったら八つ当たりされるの俺だよなあ……と、嫌なタイミングでアジトから出払っている仲間たちを恨むシャルナークを余所に、彼は例の陣へとオーラを流し込んだ。

 

 

 

 そして状況は、冒頭へと戻る。

 

 




短いですね。すみません。


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