ステルス・ブレット (トーマフ・イーシャ)
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新世界の神を目指す者
透明の銃弾


「ひどい様だ。ガストレアの胃酸でも浴びたか?正直まだ息があることが奇跡だな」

 

ぼやけた視界の中、かろうじで見える男が発する声が耳に入る。

 

「さて、比企谷八幡だったか。君はこのままではもうすぐ死ぬ。」

 

だろうな。俺はガストレアが吐き出した液体を体に浴びた。あれがガストレアが生成した胃酸であれば、体が残っているのがホント奇跡なんだろう。

 

「そこで選択肢を与えよう。人をやめて生きる。もしくは人として死ぬ。私はその意見を尊重しよう」

 

なにが尊重だ。こんな世界で生きても何もないだろう。俺の親もガストレアとなった。人だろうがガストレアだろうが生きる意味なんて……

 

「小町は……俺の妹は生きているのか……?」

 

「生きているとも。少なくとも今は。」

 

そうか。それなら死ねないな。俺がここで死ねば小町は天涯孤独となる。5歳の子供が一人で生きていける程この世界は甘くなくなった。それなら……

 

「なら俺も生きるよ。」

 

「了承した。私はアーサー・ザナック。ようこそ、『オベリスク』へ」

 

小町は俺が守る。たとえ俺が人でなくなっても、大切な家族なのだから……

 

 

 

10年後……

 

 

 

「ガストレア――モデルスパイダー・ステージⅠを確認。これより交戦に入るッ!」

 

天童民間警備会社所属・里見蓮太郎は謎の仮面の男との戦闘後、感染源ガストレア捜索中に別のガストレアと遭遇した。イニシエーターの藍原延珠が不在の中、蓮太郎がXDでクモ型ガストレアに狙いをつけ、引き金を引く。

全弾を撃ち尽くしスライドがストップする。

ガストレアは体を丸め、ピクリともしない。

 

油断なく近づくと、顔面の一部が吹き飛んでいたりとダメージはあるものの、致命傷にはどれも至っていない。

嫌な予感がして唾を飲み込む。

瞬間、目の前のガストレアが跳ね起き、蓮太郎めがけて突進しようとしたところで、

 

 

ガストレア左の一番前の足が関節の部分で切断された。

 

 

続けざまに左側の足が次々と切断される。ガストレアは最初なにが起こったかわからないかのように動きを止めていたが足がぼこぼこと再生を始めると同時に右側の足で体を引きずるようにして蓮太郎のところへ向かってきたが、

 

 

今度は右側の足が吹き飛んだ。

 

 

おそらく誰かが狙撃を行ったのだろう。足をなくしてもだえることしか出来なくなったガストレアが怒りを露わにして蓮太郎におぞましい鳴き声を発していている。そしてガストレアの体は吹き飛ばされた。ガストレアの体と塀やコンクリートなどの破片とともに藍原延珠の姿が見えた。延珠が蹴りによってガストレアの体を吹き飛ばしたのだ。

 

ガストレア討伐後、蓮太郎は同僚の顔を思い出して呟く。

 

「比企谷……」

 

 

 

八幡side

 

社長である天童木更の命令で俺は今現在マンション『グランド・タナカ』へ走って向かっている。里見らが向かったんだから俺いらなくね?余計な人材を使えば人件費が発生するんだから一人でやらせてればいいんじゃね?あ~働きたくない。

 

「でもなんだかんだで八幡、心配なんじゃないの?だから素直に社長のいうこと聞いて向かってるんじゃないの?」

 

「さらっと心を読むんじゃないよ、ルミルミ」

 

「ルミルミ言うな」

 

横で一緒になって走ってくる俺のイニシエーターのルミル……鶴見留美が自身の身長程もあるアタッシュケースを担ぎながら言ってくる。

 

「心配って……あいつは簡単にくたばるタマじゃねえだろ。」

 

「そう?私は心配。うっかり報酬貰わないで帰っちゃったり、報酬貰わないで依頼人をぶちのめしたり、余計なもの壊して弁償することになったりしそうで」

 

「命じゃなくて金の心配かよ……。素直に延珠が心配って言えばいいのに……捻デレ」

 

「捻デレって八幡には言われたく……なにか感じる」

 

そういって頭から生えたヒザ下ほどまである触覚をピクピク動かす。ゴキブリの因子を持つモデル・コックローチである留美の特徴として触覚から空気の振動を読み取って周囲の索敵を行うことができる。

 

「そこの路地を右……二人いる……一人は子供……延珠かな?もう一人は……今まさに形象崩壊している最中だと思う。だんだん大きくなっていってる感じがする」

 

「急ぐぞ。留美はこのまま建物を登って狙撃ポイントを探せ。俺はこのまま路地を進む」

 

「わかった」

 

そう言うと留美は力を開放。目が赤くなる。そのままジャンプして民家の屋根へ飛び上がる。

 

「さて……仕事の時間だ」

 

俺も自身に宿った力を発動する。機械化兵士としての能力であるマリオネット・インジェクションによって体がスーっと数秒で透明になった。ナノマテリアルを埋め込んだ皮膚と特殊仕様の学生服によって光を捻じ曲げたのだ。

そのまま路地裏を曲がると、クモ型のガストレアを発見する。それと奥になんか白いニチャニチャにまみれた延珠がいた。あざとい。普段からいろいろとあざといところ(主に里見に対して)があるが、あれはあざとすぎでしょ。

 

「ガストレア――モデルスパイダー・ステージⅠを確認。これより交戦に入るッ!」

 

おっと、里見が到着したか。そのまま里見がXDで射撃、何発かの弾が撃ち込まれ、ガストレアは動かなくなった。

 

「射撃ポイントに到着。いつでも射撃可能」

 

「そのまま待機。合図で撃て」

 

留美も射撃ポイントを見つけたか。でもこの様子じゃ必要なかったみたいだな。

と思うもつかの間、ガストレアは跳ね起き、里見に向かって突進しようとしている。対する里見は倒したと油断したのか動けないでいた。ちっ、やはり俺が動く羽目になったじゃねえか。

 

俺は体を透明化したまま左足付け根の下に潜りこみ、装備していたグローブからワイヤーを出し、ガストレアの一番前の足の関節に巻き付けて引っ張る。バラニウムにコーティングされた特殊ワイヤーは関節部位に食い込み、簡単に切断される。そのままガストレアの体の下を縦断しながら足を次々と切断していく。ガストレアは左半分の足をすべて切断され、動けなくなっている。

 

「右足を撃て」

 

続いて留美に右足を撃たせる。足をすべてなくしたガストレアは無様にうめき声をあげながら転がっていたが、延珠の蹴りによって全身を吹き飛ばされた。

 

「お疲れ様、八幡」

 

「留美もな。帰るぞ」

 

さて、後の処理は里見に任せてさっさと帰るか。あの警官には俺も留美も姿を見られていない。今出て行っても不審者扱いされてややこしくなるだけだ。何なら姿を見られていても不審者扱いされるまである。

 

「八幡、あの二人報酬貰わないで行っちゃったみたいだけど」

 

「はあ!?」

 

慌てて振り返ると、俺とは反対方向へ走っていく里見と延珠。

 

「モヤシが一袋6円なんだよ!」

 

あの野郎、報酬をもらうよりタイムセールを優先しやがったな。かといって俺が出ていくわけもいかないので、仕方なく社長である天童木更に連絡し、今回の依頼の報酬を受け取ってもらおう。でも仕事の電話かけるのってすごく嫌。そして電話がかかってくるのはその数倍嫌な気分になる。さらに電話の着信履歴をみてかけ直さなきゃって思うとさらに憂鬱な気分になる。

 

「あ、もしもし社長?実は――」

 

 

 

 

 

留美と二人で事務所に戻ってみると誰もいない。里見と延珠はタイムセールだとして木更は報酬を受け取りに行ったか?しばらく二人で待っていると三人が満面の笑みで帰ってきた。

 

「いやーモヤシいっぱい買っちゃったわ!これなら当分安心よね!」

 

「延珠、しばらくは腹いっぱい食わせてやるぞ。ホントは肉を食わせてやりたいんだけどな」

 

「妾は蓮太郎のモヤシ料理大好きだぞ。」

 

高校生の男女に幼女一人。はたから見れば家族にも見えなくも……ないな。ただ言えるのは爆発しろ。それだけである。

 

「あら、留美ちゃん。どうしたの?」

 

「社長、報酬受け取れた?」

 

スーっと青くなっていく社長。完全に忘れてたな。

 

「だって、比企谷君が『タイムセールでモヤシ6円』とか余計なこと言っちゃうから!そんなこと言われたらそっち優先させちゃうじゃない!」

 

「おい、俺が悪いといいたいのか。」

 

「うおっ!比企谷、いたのか。」

 

失礼な、最初からいたわ。マリオネット・インジェクションも使ってないわ。

 

「というか、お主らもあそこにいたのであろう?お主らが受け取ればよかったのでは?」

 

「あの警官に姿を見られないままお前らが立ち去った以上、俺も留美も完全に部外者だ。だから社長に連絡して会社側から報酬を受け取ってもらおうとしたんだが……」

 

「木更さんは報酬を受け取る前にタイムセールに行った……というところか」

 

「何よ!元はといえば里見くんがその場で受け取らなかったのが原因でしょ!ほら、早く警察に電話しなさい!」

 

しかし電話をかけた里見は『無理だと』とどんよりしながら返答する。

 

「……帰るぞ。留美……」

 

「……うん」

 

後ろで騒いでいるアホ二人を無視して事務所を出る。あぁ……早く帰って小町の作るメシが食いたい……でも無賃金労働させられて金がないっていうのが怖い……



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破滅の始まり

前書きってなにかくの……?
ホモホモ言っててくだらない展開かもしれませんが3話までお付き合いいただけたらと思います。


「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題は何だったかな?」

 

「……はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが?」

 

昼休み、俺は平塚先生に呼び出された。

 

「そうだな。それでなぜ君はこんなこの世界への不満をぶちまけたような文章を書き上げてるんだ? それもなんだこの最後の『青春を謳歌せし者たちよ、形象崩壊しろ』とは! えぐいわ!」

 

そういわれても、それが率直な感想だ。俺たち民警が命がけでガストレアと戦って日銭を稼いでるのに、あいつらが親の金でウェイウェイ楽しそうにしてるとイラっとする。別に俺も本気であいつらが死ねばいいとは思っていない。ホントだよ?ちょっとガストレアに襲われて醜くオトモダチを差し出しながら逃げる様が見れればいいかなって思うくらい。

 

昨日、俺のアパートの隣部屋に住むペド見が夜中遅くまでハッスルしていたため、ほとんど眠れなかった。ペド見君はとっとと通報されて豚箱で過ごせばいいと思いました。ガストレアが来れば俺がこっそり脱獄させてやるから、それ以外は獄中生活を満喫してろ。それで平塚先生の授業中に寝てしまい、こうして連れてこられた。最初は授業態度の話だったが、いつの間にか先日の課題についての話に変わってしまった。話の主題がずれてもそのまま長々と喋るとかもう歳「衝撃の……」実に仕事に熱心な若手教師である。

 

「はぁ、君は昼食がまだだろう? とりあえず戻りたまえ。放課後、職員室に来るように」

 

怖い。放課後までおびえて授業受けにゃならなくなるじゃねえか。今言ってくれたほうが楽だ。先生が痴呆で忘れてくれてたりしない「ファーストブリッ……」若年性痴呆にならんかな。これでいいの?いいんだ。

 

 

 

教室に戻ってみると、なんだか教室が騒がしい。入りたくねぇ、何を言ってるかよく聞こえんが嫌だなあ。

 

「比企谷? 誰?」

 

おい、いまのは聞きたくなかったよ。俺の主人公的難聴スキルちゃんと仕事しろよ。逆に俺のステルススキルは仕事しすぎ。俺?仕事したくない。

 

教室の戸を開けるとそこには、黒のセーラー服の美少女。ウチの社長だ。

 

「あ、ちょっと比企谷君! ちゃんと仕事の電話には出なさいよね! 仕事の時間よ。 さあ、いくわよ!」

 

どこにだよ。ていうかなんでここにいるの? 学校は?

 

「ひ、ヒッキー? この人、誰?」

 

ヒッキーて俺? というかそちらこそ誰なの?

 

「あー上司だ。 行くぞ社長」

 

「あ、ちょっと! というか仕事外で社長って言わないで。」

 

え、仕事中じゃないの?現時点から出勤扱いじゃないの?

 

「がんばってね~ヒキタニ君、先生にはこっちで言っておくね」

 

「ん、悪い」

 

「え、姫菜? どういうこと? なんでヒッキーと仲いいの?」

 

今の会話にそんな要素あったか?

 

 

教室を出て里見と合流し、廊下を歩いていると周りの人がみんな社長がすれ違うと口を開けて振り返る。

 

「な、なあ比企谷。なんか俺ら、召使いとか言われてすごく目立ってるんだが……ていねぇ!?」

 

いるよ。ちょっと透明化しているだけだ。

 

 

 

防衛省についた俺は、マリオネット・インジェクションを発動させた状態でついていく。社長曰く、透明化した状態で後ろに控えておき、有事に備えて警戒してほしいとのこと。

 

防衛省の一室には東京エリア中の民警会社社長と、その後ろに控えるプロモーターとイニシエーター。荒事専門、みたいないかつい男と幼女が並ぶ光景はなかなかシュールだ。

 

部屋に入ると里見はガチムチっぽい男とどつきあったり、そのイニシエーターの幼女と見つめあったりしていた。あいつホントにロリコンでゲイなんじゃないの?

 

するとその幼女は今度はこっちを見ていた。俺は透明化しているので見えないはずだが……なにか索敵系のスキルでも持っているのだろうか。しばらくすると首をかしげて視線を正面に戻す。あざとい。

 

モニタには聖天子様が現れ、今回の依頼について説明している。簡単すぎるガストレア討伐依頼。高額すぎる成功報酬。この部屋にいる全員が動揺している。しかし、俺は別のことで動揺していた。

 

 

依頼説明中にいきなり燕尾服に仮面をつけた男が入ってきてそのまま空席だった椅子に座る。 俺以外誰も気づいていない。

 

 

怖い! 怖いよ! なんでみんな気づいてないの? あれでどっかの社長なの? 舞踏会が長引いたから遅れてきたの? それとも俺にしか見えてないの? 幻覚? スレンダーマンかなにかなの? 聖天子の言ってることにみんな集中しすぎでしょ。 なんでそんな仮面かぶってんだよ!

怖い。あと怖い。

 

仮面の男が今度はけたたましく笑い出す。怖いよ! 俺の頭がおかしくなったの!?

 

『誰です』

 

みんなが仮面の男に視線を向ける。あーよかった幻覚じゃなかった。

 

「私は蛭子、蛭子影胤という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。端的に言えば君たちの敵だ」

 

「お、お前ッ……」

 

「フフフ、元気だったかい里見くん。我が新しき友よ」

 

あれか?里見がゲイなのではなく里見の周りの人間がゲイなのか? 俺は違う。

 

その後入ってきた蛭子小比奈とかいうやばそうな少女とともに宣戦布告。ブチ切れたガチムチさんによる切りかかりと一斉射撃をバリアのようなものを展開して防ぐ。

 

「名乗ろう里見くん、私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

新人類創造計画……たしか里見も所属していたという……そして俺も『オベリスク』なる別名の機械化兵士計画に所属していた。奴も単体でガストレアと渡り合うために作られた人を超えた戦士なのか。それにしてもなんで自己紹介対象が里見限定なの?

 

蛭子影胤が展開していた斥力フィールドが唸りを上げる。俺は慌てて社長と里見を地面に押し付け、俺もかがんで回避。そのまま卓下に潜む。止まっていた弾が猛烈な勢いでばらまかれる。

 

ばらまかれた弾の勢いがなくなったころあいを見て、俺は透明化した状態で蛭子影胤の背後に立つ。このままかえれると思うなよ。

 

装着したグローブからワイヤーを放出。3メートル程だして輪を形成し、蛭子影胤の首に通す。その饒舌な口、喉事切り落としてやるよ。

 

「パパ!」

 

気付かれた!?おそらくワイヤーについているバラニウムから漏れた磁場を感じて本能的に叫んだのだろう。グローブに収納されている状態では磁場が漏れないように設計されているが、出した状態ならば理論上は磁場が漏れている。しかしバラニウム弾が大量にばらまかれたこの状態でワイヤーが発するわずかな磁場に気付くとは……。

 

俺はグローブにつながっていたワイヤーを切断、全力でバックステップ。と同時に展開する斥力フィールド。そのまま切断しようとしていたら間違いなく斥力フィールドに負けて床のシミになってるところだった……

 

蛭子影胤は俺の存在にまだ気が付いていない。斥力フィールドに触れたのは切断されて空中に漂っていたワイヤーのみ。髪の毛が何かと判断したようだ。

 

その後蛭子影胤は里見にプレゼントを贈り、蛭子小比奈とともに窓から去っていった。

 

やばいことになりそうだ……あとやっぱり里見ではなく蛭子影胤がゲイだと思いました。猛烈アタックしすぎでしょ。生首をプレゼントとかぶっ飛びすぎだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷の奴、帰りやがったなぁ~~!! 私の呼び出しを無視するとはいい度胸じゃないか!!」

 

「平塚先生。年がいもなくはしゃぐのはやめてください。ひどくみっともないです」

 




次回、ルミルミ回です。


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ルミルミの独白

ルミルミ回です。もっとルミルミするんじゃぁ~
キャラ崩壊するかも。形象崩壊はしません。今はまだ。


留美side

 

――人間って、なんだろう。

私たち、『呪われた子供たち』の親は、間違いなくヒト科の人間のハズ。普通なら生まれた子どもも人間だと思う。けど、体内にガストレアウィルスを保有しているために人間ではないと言われる。ならインフルエンザに感染した人は体内にインフルエンザウィルスを保有しているから人間ではないの?もしガストレアウィルスを保有していると人間じゃなくなるのなら、『呪われた子供たち』を生んだ親も、いやこの世界に生きる人間みんな多かれ少なかれ体内にガストレアウィルスを保有しているから人間ではなくなるの?

 

私がこんなことを考えていたのは、今、目の前に店の商品を窃盗して大人に取り押さえられている外周区に住んでいるであろう子供がいるから。その子は目が赤く、間違いなく『呪われた子供たち』。その後やってきた警官がろくに事情も聞かずに子供をパトカーに乗せて連れて行こうとしているのを蓮太郎が止めようとしている。八幡は何も言わず、目を伏せる。延珠はその子供を泣きそうな目で見ている。私からすれば、それほどおかしな点はないように感じる。

 

もし、カラスがゴミをあさっていたら、石を投げて追い払うだろう。農作物を鹿があさっていたら、銃で撃ち殺す。ゴキブリが部屋に出たら、スリッパで潰す。ガストレアが襲ってきたら、やっぱり銃で撃ち殺す。それとおんなじ。『呪われた子供たち』が店の商品を盗んだら、捕まえて銃で撃ち殺す。

 

人だから、法で裁く。人間だから、法で裁かれる。人じゃないから、処分する。人間じゃないから、処分される。どっちなのか曖昧な存在の私にはよくわからない。

 

延珠と私は、同じ小学校の同じクラス。延珠は、いつも楽しそうに学校へ行き、友達と笑顔で喋る。私は、学校になんて行きたくない。学校でも、いつも1人。そんな私を延珠は気に掛けてくれてる。時々話しかけて来たり、延珠の友達の『人間』と一緒に遊ぼうと誘ってくれる。いつも遠慮するけど。本を読んだりしてるほうが楽しい。これは1人でいることに対する強がりではなく、本音。

それにほかの『人間』と一緒にいても楽しくない。仕事柄、ほかのイニシエーターの子と話す事がある。基本的にみんな、クラスの『人間』と比べて大人びている気がする。大人の人といることが多いからか、会社の教育の賜物なのか、それとも幼少期になにかあったからか。それに比べてクラスの『人間』はまるでサルのよう。つまり私はクラスの『人間』よりも人間が出来ているってこと?この『人間が出来ている』がどっちの意味かは自分でも分かんないけど。

 

『天誅ガールズ』の話をクラスの『人間』としているときの延珠は、すごく楽しそう。見ていて、少しイラっとする。私も『天誅ガールズ』見てるのに。ほかの子と話してるなんて。あと八幡も見てる。そして泣いてる。

 

逆に学校で延珠は、ときどき愛想笑いを浮かべていることがある。赤目がどうこうとか、外周区がどうとか、そういう話になるといつも愛想笑いで適当な相槌を打ち、すぐに話題を変えようとする。ほかにも、体育をいつも休んだり、ケガをすると必要以上に痛がってどこかに隠れて傷が急速に癒えるのを見られないようにしたり。このあたりは私も一緒だけど。学校で私も延珠も、『呪われた子供たち』なのがばれないようにしている。そういう時の延珠は、すごく悲しそう。

 

私は、学校になんて行きたくないと思ってる。自宅学習で勉強なんてどうとでもなるし、分からないところがあれば八幡や小町お姉ちゃんが家にいる。2人の教え方は学校の先生よりよっぽど分かりやすい。それでも学校に行くのは、行かないと延珠が悲しむから。以前学校に行きたくないと言ったら、あーだこーだと学校の魅力(笑)を小一時間ほど語り、いじめられているのか?勉強が分からないのかと悩みを聞き出そうとしてくれた。私、延珠よりテストの点いいんだけどね。それでもダメだと知ると、泣きそうな顔になって本当に学校に行かないのか……と言ってきたので慌てて学校に行くと宣言。そのあとに見せてくれた満面の笑みにドキッとしたりなんてしてない。以来、学校にはしぶしぶながら行ってる。行かないと延珠のうるうると小一時間の学校魅力講座が始まるから。

 

八幡は学校に無理に行く必要なんてないと言う。自分も高校に通ってるのにどうして?なんて聞くと、後援者(パドロン)の契約……とかなんとか。あの後援者(パドロン)の眼鏡の人はよくわからない。レンハチとハチレン、どっちがいいって聞かれても、違いが分かんない。とりあえずレンハチって言ったら八幡に睨まれた。

蓮太郎は学校には通わせてやりたい。出来ればより質の高い教育を受けさせてやりたいと思っているみたい。たびたび八幡と意見が衝突するが、私も延珠も、学校に通う方向で納得しているのですぐ終わる。いや、ほんとは私行きたくないけどね。

 

結局のところ、私は延珠を悲しませたくないから、それだけの理由で学校に通っている。

 

話は窃盗した子の事に戻るけど、その夜、八幡、蓮太郎、延珠、そして私の4人は窃盗した子の治療費についてうんうんうなりながら病院からの帰路についていた。すると路地から仮面の男と赤い目をした女の子が出てきた。話を聞くと、どうやら蓮太郎を勧誘しているらしい。八幡は相変わらずのスルー。今はマリオネット・インジェクション使ってないのに。手付金としてケース一杯のお金を渡そうとしてきたが、蓮太郎がケースを撃って拒否。別に撃たなくても。お金も弾薬ももったいない。

私と延珠は小比奈という子と、八幡と蓮太郎は影胤という人と対峙する。戦闘は数秒で終わって、影胤がなんか言ってたけど、私は小比奈という子が気になる。

 

彼女は、『呪われた子供たち』としてのポテンシャルを最大限利用して戦っていた。戦闘としては小比奈という子が振るった剣を延珠が足で止める。そのスキに、私が右手に持つM92Fで撃ちながら接近、左手のバラニウム製ナイフで斬り掛かる。射撃音もマズルフラッシュも抑えた銃の射撃のタイミングをつかむなんてほぼ無理なハズなのに、どこかやりにくそうにしながらも剣ではじく。そして剣で私のナイフを受け止め、もう一本で切り掛かってきたのをバックステップで回避。戦闘はそれで終わった。

 

短い戦闘だったけど、小比奈と言う子は、すっごく嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに、戦っていた。きっとこの子は『人間』ではなく『呪われた子供たち』として生きているんだろうと思う。戦闘の道具として、闘争の渦に身を置いて、ただその力で斬る。そんな生活。それが私は、

 

 

 

少し、うらやましかった。

 

 

 

『人間』ではなく、『呪われた子供たち』として認められ、『呪われた子供たち』の生き方を、幸福を実現していること。それがうらやましかった。

以前、海外ではガストレアは地球を守るための聖なる使いであるという考え方があることを知り、私はその考え方を使って私は人を超えた天使なんだ~って言ったことがある。八幡が良くやるような、うんちくと屁理屈を織り交ぜた冗談めいたひねくれ理論のつもりで。八幡はクスクス笑ながら矛盾点を指摘して、最後に「そう、小町もルミルミも天使だ。つまり俺こそが新世界の神なんだ」なんて言ってた。

蓮太郎にもこのことを話して見ると、「留美は人間だ。延珠も。外周区の子たちも」なんて面白くない反応をされた。そんなに固いと女の子にモテないよ?その割に延珠にはばっちり好かれているようだけど。

 

延珠は蓮太郎のことが好き。それもlove的な意味で。それは見ていて分かる。じゃあ私は八幡の事が好き?良く分からない。嫌いか、と聞かれるとNoと言える。じゃあ恋愛的な意味ではと聞かれると自分でも分からない。

 

八幡には感謝してる。実は八幡は3人目のプロモーター。最初の1人は汚らしいゴキブリ人間なんて言っていつも暴力を振るってきた。だから戦闘中にわざと指示を無視してガストレアに体液を注入させて殺した。2人目は大手民警会社で、イニシエーターの子が何人もいた。私たちは社宅のような場所でみんな同じ大部屋で過ごしていたが、やっぱりここでもほかのイニシエーターの子にゴキブリ扱いされたので仕事中にガストレアに殺されたふりして逃げた。その後私の元プロモーターに別のイニシエーターが派遣されたころに実は生きていたってことでIISOに届け出た。自分でもどうして外周区の子として生きようとしなかったのかは今でも分からない。ただ単純にそれ以外の生き方を知らなかったんだと思うけど。

3人目の八幡は、ゴキブリの事を話しても、軽蔑することもなく、聞かなかったことにするでもなく、過剰に気を使ったりすることもなく、そのままの私を見てくれた。初めてだった。その後もいろいろを気を使ってくれている。すごく嬉しかった。初めて自分を肯定された気がした。

 

話を戻すけど、蓮太郎は延珠を『人間』として扱っている。あの影胤とか言う人は、小比奈って子を『呪われた子供たち』として扱っている。八幡は……また違う気がする。あの人は身内か、そうでないかで他人を見る。そこに『呪われた子供たち』という考え方を入れない。

どれが一番幸せかなんて分からないけど、小比奈って子は幸せそうだった。『呪われた子供たち』として全力で自由に生きてるように見えた。あんな力の使い方だと、体内浸食率の上昇も早そうだけど。きっと悔いは残らないで死ねるんだろうな、って思えた。

 

体内浸食率と言えば、以前、私はガストレアの攻撃を受けて、一晩寝込むようなケガを負った。『呪われた子供たち』である私が一晩寝込むケガなんて、普通の人なら全治数か月とかするよね。そのあと体内浸食率を図ると、2%も上昇していた。怖かった。だって、もし人が100歳まで生きるとすると、この2%は人の4年分。それが一晩で過ぎたなんて思うと、丸一日震えてた。

 

また話がそれちゃった。蓮太郎は私を『人間』って言うけど、どうして『呪われた子供たち』じゃダメなんだろうって思う。『人間』でひとくくりにしようとして、軋轢が生まれる。だったら、もう別の生き物でいいじゃない。『人間』と『呪われた子供たち』。それでいい。

 

だから、翌日。学校に行くと、延珠と私の目が赤くなったときの写真や、ガストレアと戦う写真が大量にばらまかれて、学校に私たちが『呪われた子供たち』ってばれて、登校してきた私たちにクラスの『人間』が暴言を吐いたりものを投げたりしてきて、延珠が泣きそうな顔で否定していて、それでもクラスの『人間』があざけるのが、おびえるのが、おそれるのが止まらないのを見て、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、すっごく、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで延珠がつらい思いをするのは今日で終わり。私たちは今日を持って学校をやめる。やめさせられる?そしたら、ずっと一緒にいられる。もう、『呪われた子供たち』であることが周囲にばれるのを恐れておびえて過ごす必要もない。友達だと思っていた『人間』にひどいこと言われることもなくなる。だから、アパートで、ずっと、一緒。一緒。一緒。一緒に、『呪われた子供たち』として、生きていこう?

 

延珠と私は、学校を抜けて、外周区のマンホールの中にいる。私は別に八幡のもとへ帰ってもいいんだけどね。さすがにこんな状態の延珠を放っておけない。学校を抜けた次の日、一度、八幡と蓮太郎が来ていた。2人は私たちがいないと判断して帰って行った。長老とか言われている人が私たちに言葉を投げかける。お願いだから延珠が学校に行く気になりそうなことは言わないでよね。

 

その次の日、延珠は学校に登校するなんて言い出した。私はもちろん反対した。それでも延珠は学校に行く気のようだ。私には理解できない。どうして『人間』と居たがるの?あんなことがあって、あんなに言われて、どうしてそれでも立ち向かおうとするの?

 

八幡は以前言っていた「いつも自分が悪いなんてそんなのはまちがっている。社会が、世界がまちがっていることだってある。世界は変わらないが、自分は変えられる。なんてのは、結局そのくそったれのゴミみたいな冷淡で残酷な世界に順応して適応して負けを認めて隷属する行為だ」と。

 

延珠、今の技術じゃ、私たちが『呪われた子供たち』でなくなることは出来ないんだよ。どれだけ隠しても、どれだけ周りの『人間』に合わせても、『人間』にはなれない。そして『人間』の社会では『呪われた子供たち』は生きていけない。ライオンがシマウマの群れには絶対に溶け込めないのと一緒。

 

学校に着くと、やっぱり、暴言の嵐。延珠がどれだけ訴えても、状況はもう変わらない。『人間』は私たちを否定する。昇降口に入ると、みんなが取り囲んで、教室に行くこともできない。先生も何人かいた。みんな言いたい放題言ってくる。みんな、馬鹿ばっかり。本当に『呪われた子供たち』が怖いなら、何もせずに黙ってみていればいいのに。ここにいるみんな、私も延珠も、一瞬で殺すことが出来る。それが分かっていない。ぬるすぎるよ。

 

延珠、負けたくないって言ってるけど、もう負けてるんだよ。『呪われた子供たち』であることを隠して学校に通って『人間』のふりをしてる時点で、『呪われた子供たち』は『人間』に負けているんだよ。

 

八幡と蓮太郎が来た。蓮太郎が延珠に学校を移るように促す。まだ学校に通わせるつもりなのかと思う。延珠はそれでもやっぱり学校には行きたいようだ。八幡は最初、心配そうな顔をしていたが、私の顔を見ると、やっぱり、みたいな顔をしてる。八幡は気付いてたんだね。まあ、私も八幡もぼっちだから、いろいろと通じるところがあるのかな?八幡も蓮太郎も、心配してくれてた。それだけで今は十分。

 

 

 

さあ、帰ろう、延珠。私たちの居場所は、こんなシマウマの群れじゃない。これからは、ずっと一緒にいよう?

 

 

 

 

 

 

 

『呪われた子供たち』。果たして、誰に、呪われた子供たちなんだろうな?――――比企谷八幡

 




まさかのルミルミヤンレズ化。


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第一次ケース争奪戦

八幡side

 

今、俺たちはドクターヘリに乗っている。留美たちが『呪われた子供たち』であることが小学校で暴露され、里見とともに迎えにいった帰り、いつぞやの感染源ガストレアが見つかったので、社長が手配したドクターヘリに乗って討伐に行くように指示された。

里見と延珠はストレッチャー部分のほうに乗せた。最初は助手席に乗ろうとしたが、お前以外誰が延珠のケアをするんだと蹴り飛ばしてストレッチャー部分に乗せた。ぼっちの俺があの状態の延珠と話せるわけがないだろ。そして留美もストレッチャー部分に乗せようとしたが、危ういものを感じたので、助手席に座る俺の膝の上に乗せることにした。

 

授業中に留美が通う学校から連絡があり、小学校に留美を迎えにいったあの時、周囲の人間が留美と延珠に罵詈荘厳を投げかける中、留美は笑っていた。あの自虐的ですべてをあきらめて吹っ切れたような笑顔を俺は知っている。ぼっちがぼっちであることに納得し、諦めて、受け入れた瞬間。決定的に自分と他者との間に隔たりがあることを認識し、誰かとつながる事をやめた瞬間。かつての俺だ。

 

留美もぼっちであることは知っている。過去にあったことも知っている。そしてぼっちが間違っていないことも知っている。だが、今の延珠と合わせるべきではないだろう。延珠は、まだそれを知らない。それを知るべきではない。ぼっちは間違っていないが、ぼっちでないことも間違っていないのだから。

 

留美は俺の膝の中で、嬉しそうにしている。顔には出ていないが、触覚がピコピコと揺れている。

 

「嬉しそうだな」

 

「うん、だってようやく解放された。これで延珠と、八幡と一緒にいられる」

 

やはり今の延珠と留美を合わせなくて正解だった。ヘリのプロペラ音が大きいうえに小声で話したため後ろの2人には聞こえていないだろうが、今の会話を延珠が聞いていたらどうなっていたことやら。

 

「あれはなんでしょうか?」

 

横の操縦士が話しかけてくる。窓の外を見ると、ヘリの下に滑空するクモの姿。

 

「見ての通りガストレアだ。あんなデカいクモがほかにいるか。とりあえず高度を下げながらスピードを合わせて「おい、延珠!」なんだおいどうした里見!?」

 

「延珠が飛び降りた!俺も行く。高度を下げてくれ!」

 

窓を見ると感染源ガストレアが地上へ落ちていく。その上でツインテールをなびかせている延珠の姿。なんて無茶しやがる。

 

里見が下りたのち、俺と留美も荷物を用意してヘリから降下する。遅れて里見達と合流しようとすると、蛭子影胤と里見が、延珠と蛭子小比奈が戦闘していた。数日前に一度会っているが、今出て行っても友好的に事をすすめることは出来ないだろう。

 

慌ててマリオネット・インジェクションを発動。体が透ける。敵はまだ自分たちの存在には気がついていない。俺も留美も基本的に相対しての戦闘は不得手とする。むしろ自身のテリトリーに相手を引きずりこむことで最大限の戦闘が行えるタイプ。留美に周囲の木々を利用してトラップを作らせる。指示すると留美は背負っていたバッグから各種道具を取り出して制作にかかる。俺は気付かれないように転がっていた回収目標のジュラルミンケースを回収する。中に何が入っているかは知らんが、見ないほうがいいだろう。胸ポケットを探り、細工を施す。

 

「嫌だ!」

 

延珠の叫びが聞こえる。里見が延珠の足元に射撃。延珠を逃がす算段か。里見は小比奈に腹を貫かれズタボロになりながらふらふらと後退。増水した川のほとりまで追いつめられる。

 

「留美、トラップの進捗は!?」

 

「うん、うん……出来た。でかいのが一個。」

 

「十分だ」

 

ジュラルミンケースの細工の最終調整を完了し、留美に渡す。さあ、俺たちの出番だ。

 

 

 

 

小比奈side

 

「弱いくせに!弱いくせに!弱いくせに!」

 

延珠とたのしく斬り合っていたのに、邪魔された。弱いくせに、生意気。なんにも出来ないくせに、私のたのしみを奪わないで。

 

「おやすみ」

 

パパがそう言って弱いのを撃った。川へと落ちていく弱いの。パパはもう興味がなくなったように、テッポウをしまってケースを探しに行く。パパに気に掛けられるなんて、生意気。パパは私だけ見てればいいんだから。

 

川をのぞき込む。いつもより大量の水が流れている。どぼんって音がして、弱いのの体が沈む。と、もう一つどぼんって音がして弱いのが落ちたところに水しぶきが上がる。でもまわりにはなにも無いのに、なにが落ちたんだろう。何かが落ちたそこには、不自然に水がくぼんでいた。まあいいや。

 

パパがケースを探しているけど、見つからない。そう遠くにはいってないハズなんだけど。きょろきょろしてると、ずいぶん遠くにケースがあった。どうしてあんなところにあるんだろう。と、ケースを持って誰かが走っていく。あの後ろ姿は覚えがある。この前、延珠とたのしく斬り会っていたら横から邪魔してきたヤツ。ザコのくせに。生意気。だからあなたを斬ってあげる。

 

走って追いかけようとして森の中へ入って、逃げる虫けらを追いかけようとして、

 

 

周りの木の根元が爆発して、大きな木が倒れてくる。

 

 

 

トラップ!?びっくりしてると、パパがバリアで守ってくれた。パパはバリアを風船みたいに大きくして、倒れ掛かっていた木を跳ね飛ばす。木は爆発したときに倒れてきた方向とは反対側へと倒れていく。やっぱりパパはかっこいい。

 

と、嫌な感じ。バラニウムのじわっとした感じがする。この感じ、前に聖天使とかいうのと会って、バリアで弾を跳ね返したあとに感じた、あの感じ。かすかにだけど、感じる。

 

小太刀を抜いてジャンプし、上に向かって小太刀を振り回す。ぷつって言って何かを斬った手ごたえ。

 

「ふむ……これはワイヤーかな?なるほど、木々の間にワイヤーを縛っておき、木が倒れることでワイヤーが私たちを切断しようと上から迫ってくるわけだ。木そのものとワイヤーによる二段階トラップとは、なかなかおもしろい」

 

よくわかんなかったけど、今度の敵はちょっとは楽しめるかな?私は、今も逃げている好敵手になるかもしれないヤツを睨みつける。小太刀を構えて、パパと一緒に、あれを斬る。

 

地面に着地して、走りだそうとして、足に力を込める。

 

肩に衝撃。見ると、撃たれている。再生されない。間違いなくバラニウム。痛い。痛い。周りにまたバラニウムのじわって感じ。小太刀を振る。ぷつって音。髪の毛に何かが触れる。髪の毛が切れて体にまとわりつくのが分かる。まだ肩が痛い。髪の毛がまとわりついてうっとおしい。イラつく。気持ち悪い。楽しい。楽しい。楽しい。……

 

「小比奈、私はケースを追う。小比奈は周りをうろちょろするゴースト君を殺していいよ」

 

パパの許可。嬉しい。オバケを斬るなんて初めて。わくわくする。オバケは、私を楽しませてくれる?

 

パパは走ってケースの子を追う。私は小太刀を構える。空中にテッポウが浮いてる。小太刀がきぃん!って鳴る。撃たれた。何にも見えないし、何にも聞こえないのに、テッポウから弾が飛び出している。今度はあのじわってした感じ。かすかに、光る線のようなものが見えた気がした。小太刀を振る。ぷちぷち斬れていく。

 

「ッ!」

 

頬っぺたをなにかがかすめる。たらりと血が垂れてくる。傷口がふさがらない。きっとあのわいやーとかいうやつ。楽しい。なにも無いところから筒みたいなのが出てきて浮いてる。全力の速度で筒があるところを斬りかかる。爆発。私は吹き飛ばされて木に体を打ち付ける。バラニウムを使っているのか、体中に出来た傷口がふさがらない。でもこんなのかすり傷。

 

「ぐうッ!」

 

誰の姿も見えないのに、うめき声。小太刀でけむりを振り払ってみると、空間にノイズみたいなのが走ってる。ノイズができてるところから血が出ている。ノイズだけ見てると近いのか遠いのか分からない。けど、血が落ちてる場所を見ると、すぐ目の前。あの爆発にまきこまれた?ノイズを斬る。血が噴き出す。だんだんノイズが大きくなって、ノイズのなかから人間が出てきた。あはっ♪見つけた。

 

ユーレイ人間は、ノイズを出しながらよろめき、木によりかかって動かなくなる。そしてノイズを出さなくなった。死んじゃった?ユーレイ人間の左肩に小太刀を突き刺す。

 

「があああぁっ!!」

 

なんだ、生きてた。ちゃんと刺した実感もあった。ユーレイじゃないじゃん。

ユーレイもどきは右手でテッポウを構えて撃つ。このテッポウ、音も火も出ないから苦手。まあ、見えていればなんてことないけど。

右肩も小太刀で刺す。

 

動かなくなったユーレイもどきから小太刀を抜いて、私は笑う。けっこう面白かったかな。延珠と戦えなかったのは残念だけど、これはこれで楽しかったかな?今度は、ホンモノのユーレイになって来てね。ちゃんと斬ってあげるから。

 

これでもうおわり。バイバイ。

 

「なあ、お前、幸せか?」

 

ユーレイもどきが喋ってきた。面白くない。このまま気持ちよく斬ってあげようとしてるのに。

前にも私に斬られそうになった人間が、間違っているとか人を殺してはダメとか言い出したことがあった。つまらない。ザコはザコらしくすんなり死ねばいいのに。往生際が悪いよ。

まあ、このユーレイもどきは楽しませてくれたし、ちょっとくらい、いいかな。

 

「うん、幸せ。斬り合うのは、楽しい。ホントは延珠と斬り合いたかったけど」

 

「そうか。お前は、お前のパパが、好きか?」

 

「うん、好き。大好き」

 

「そうか。俺も、留美が、好きだ」

 

「そう」

 

留美っていうと、あの横から入ってきたザコか。もうパパに殺されてると思うよ?

 

「なあ、お前は、パパに怒られるのは?パパが悲しむのは、嫌か?」

 

なんかもうつまんない。さっさと殺しちゃおうか。

 

「それは、嫌かな」

 

「そうか、じゃあ、俺は殺せないな。俺を殺したら、お前のパパはきっと悲しむぞ。怒るぞ」

 

命乞いのつもり?でもパパを使ったのは許さない。

 

「……あなた、バカなの?パパが殺していいって言ったんだよ?殺していいに決まってるでしょ」

 

「なあ、どうしてお前のパパはここに来たんだ?お前のパパの、本当の目的はなんだった?」

 

「……ケースを持って帰ること」

 

「正解。俺を殺すことじゃない」

 

だから?目的が何であれ、弱い人間を殺してもなんの問題も無いじゃない。

 

「俺を殺したら、ケースは爆発するようになっている」

 

「……そんなことここで言って、信じると思うの?死にたくないから、そんなことを言ってるんでしょ?」

 

さっきまで楽しかったのに、なんか台無し。つまんない。最後まで、楽しませてよ。それが出来ないなら、早く死んじゃえよ。

 

 

 

「――と、言ってますが、親御さんはどうお考えですか?」

 

え?

 

 

 

 

 

留美side

 

 

木々の間を抜けて、走る。左手には、ジュラルミンケース。右手にはM92F。そして後ろには、仮面の男、蛭子影胤。木の根を踏んで、倒れた巨木を飛び越え、木と木の間を三角飛びで渡りながら、高速で森を駆け抜ける。

 

八幡曰く、『蛭子影胤・蛭子小比奈。やっかいなのはプロモーターの蛭子影胤。ヤツは斥力フィールドというバリアのようなものを展開する。そのフィールドを破ることは俺にも留美にも間違いなく無理だ。ヤツがあれを展開したら、俺達にはなにも出来ない。

逆に蛭子小比奈は斥力フィールドを発生させることは出来ない。弾を撃ってもはじかれるが、当然捌き切れなくなれば被弾し、殺すことが出来る。

しかし、蛭子親子が一緒なら話は別だ。奴の斥力フィールドは力を発生させる対象を任意に指定できる。つまり小比奈を斥力フィールドで守りつつ、斥力フィールド内からフィールド外の人間を銃で撃つことが出来る。

二人を分断する。小比奈ひとりなら殺せる可能性がわずかにでも発生するが、影胤がいるとほぼ無理だ。なんせ、斥力フィールドを展開さえしていれば俺たちは何も出来ないからな。

 

俺が小比奈の相手をする。留美はケースをちらつかせて、影胤を引き離しすぎないように逃げ続けろ』とのこと。

 

近接戦は無敵と自負する小比奈に挑むのは無謀だと思うが、影胤から逃げ続けらるのはゴキブリ特有の素早さを持つ私しかいないそう。

 

確かに、影胤は人間。『呪われた子供たち』である私に追いつけるとは思えない。そう思っていた。

 

私のトラップを無効化され、八幡が小比奈を分断した後、影胤がすごい勢いでこっちへ向かってきた。一歩一歩の歩幅が数メートルある。私は全力で逃げた。きっと、影胤は足の裏から斥力フィールドを出して地面を押すことで幅跳びみたいなステップを実現しているのだと思う。

 

全力で逃げないと殺される。

 

でも、今日の私はすごく調子がよかった。蛭子影胤が禍々しい銃を構える。構えたことにより空気が動く。その振動を触覚が受信する。いつもならぼやけたシルエット程度にしか感じないけど、今日ははっきりと分かる。目で見なくてもどこにいるかはっきりと分かる。向けられた銃口がどこを向いているかが分かる。正確な射撃をひらひらとかわす。

 

今度は斥力フィールドを無数の鎌みたいにして飛ばしてくる。これも分かる。横に一歩ずれるだけで首を狙う鎌を回避する。ジャンプや木を使った三角飛びで回避。後ろを見ないでM92Fで射撃。射撃音もないので、撃ったことに気付かず、腕をかすめる。鎌を飛ばすのをやめて斥力フィールドを周囲に展開。案外ビビりなのかな?

 

しかし上手く言っていたのは最初だけだった。影胤は私の進行方向にある木々をまとめて鎌でなぎ倒す。進路をふさぐようにして目の前に倒れた木々を思わずジャンプで飛び越えてしまう。空中では身動きが取れず、周囲に立っている木がないので三角飛びも出来ない。

 

後ろから撃たれる。足に着弾。そのままバランスを崩して落ちる。倒れた木々は、鋭い枝が四方八方に伸びていて、まるで剣山。とっさにケースを下に向ける。ケースが枝を折りながら着地。枝自体が体を貫くことは無かったが、大量の枝がほほをかすめ、折れた枝が腕に突き刺さり、足を木の幹に打ち付けてひねった。足に被弾したのはバラニウム弾なんだろう。再生しない。

 

「さあ、鬼ごっこは終わりだ。きみを殺してケースをいただくとしよう。良い夢を」

 

ああ、これで終わり。でも楽しかったかな?いろいろあったけど、八幡がいて、本当に楽しかった。もうお別れ。

 

「ねぇ、ケースを手に入れたら、八幡にはもう手を出さないでほしいな」

 

それだけ。八幡は死んで欲しくない。それだけが今の私の望み。これ以上は、必要ない。

 

「君のプロモーターか。それは彼次第だね。保証しかねるかな」

 

そうだよね。敵同士の関係でお願いなんて、虫が良すぎるよね。やっぱり、私がここで影胤を殺さないといけないみたい。

 

私の背中のバッグには、プラスチック爆弾が入っている。トラップで木を倒すために使用したものののこりだ。これを影胤が斥力フィールドを展開していない状態で足元で爆発させればきっと、殺せる。

 

まだ私は死ねない。この男を殺すまでは、死なない。

 

『――なあ、お前、幸せか?』

 

急に聞こえた八幡の声に驚いて、あたりを見回す。どこにもいない。

 

『うん、幸せ。斬り合うのは、楽しい。ホントは延珠と斬り合いたかったけど』

 

こんどは小比奈の声。そこでようやく声がジュラルミンケースから出ていることに気が付く。私がトラップを仕掛けている間に、ケースに細工していた。このために。

 

『そうか。お前は、お前のパパが、好きか?』

 

八幡の声は小さく、まるで死にそうな蛍の光のようだ。

 

『うん、好き。大好き』

 

影胤もじっと聞いてる。

 

『そうか。俺も、留美が、好きだ』

 

嬉しかった。けどこんなところでいって欲しくなかった。死亡フラグが立ちそう。

 

『そう』

 

そっけない声。でも無感情に発せられたようには聞こえない。

影胤も少し戸惑っているように見える。

だけどそのあとの会話を聞いて、態度が一変する。もしかして、八幡は取引や交渉が目的でこんなことを――

 

 

 

『――と、言ってますが、親御さんはどうお考えですか?』

 

 

 

「比企谷八幡君、だったか。どういうつもりだい?」

 

 

 

 

 

八幡side

 

 

皮膚に血が付着した状態ではマリオネット・インジェクションは十全に機能しない。M92Fの弾倉は空。バラニウム製破片手榴弾を至近距離で浴びて致命傷は回避したものの全身を損傷。肩を刺突されたためか腕が動かない。戦闘続行は難しいだろう。

 

川に落ちた里見を救出し、その後蛭子小比奈とサシで戦った。油断や慢心なんてものはなかった。ましてや相手は近接戦闘のスペシャリストで、『呪われた子供たち』。セオリー通りなら小比奈には留美をあてがうべきだっただろう。

 

しかし、俺がケースを持っても、ケースは透過しないし、サイズが大きすぎて服の中に隠すことも出来ない。それならば、ケースを留美に託して、俺が戦闘するほうが適切だったと思う。

 

しかし、小比奈がワイヤーの磁場を感知出来ること。トラップのあとの射撃で外してしまい殺せなかったこと。これで俺の敗北はほぼ確定していただろう。

 

体はボロボロ。だが口は動く。思考も可能。だったら、まだ戦える。俺は無線機のスイッチを入れる。

 

『比企谷八幡君、だったか。どういうつもりだい?』

 

無線機から影胤の声が流れる。小比奈の顔に目に見えて動揺が走る。やはりファザコンのこいつをコントロール出来るのは蛭子影胤ただ一人だ。

 

『は、八幡!』

 

良かった。留美も無事だ。しかし声色からかなりの動揺と疲労がうかがえる。

 

「俺を殺せば、ケースは爆発する仕組みになっている。同様に留美も殺せば爆発する。留美とケースが一定距離離れても爆発するぞ。なんなら今ここで爆発させてやろうか?」

 

普通、死ぬ間際の人間がこんなことを言ってもはったりだと判断するだろう。しかし、あのときのトラップの存在がケースに爆弾を設置することが出来ることを証明し、何よりもここに影胤はおらず、交渉は通信機越し。交渉は時には電話越しのほうが通じやすいこともある。

 

『……それで、目的はなにかね?』

 

「パパっ!」

 

『娘よ、今は殺してはダメだ』

 

「パパに嫌われちゃったな」

 

「斬る」

 

『何度も言っているだろう愚かな娘よ、ダメだ』

 

「う、ううう~~」

 

『もう一度きこう。目的はなんだ?』

 

よし、交渉が始まった。これがここから俺たちが生き残る唯一の蜘蛛の糸。御釈迦様の期限を損ねないように慎重に綱渡り、いや綱のぼりといこうじゃないか。

 

 

 

「まずは、自己紹介でもするか?機械化兵士同士、いいオトモダチになれるかもな」

 



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奉仕部との出会い

蓮太郎は、目を覚ました。

ぼんやりと見えるのは、自宅の木造とは違う、青白い天井、そして木更。

 

「……よう、木更さん」

 

「お帰りなさい、里見くん」

 

日の光に照らされ瞳を潤わせながら懸命に微笑む木更を、綺麗だと蓮太郎は朦朧とする意識の中、思う。

 

「俺は、どれくらい寝てた?」

 

「半日と少しくらい。XDが落ちていた川辺の少し下流の岩陰に里見くんがいたわ。簡単な応急処置がされた状態でね。それでもかなり危険な状態だったわ」

 

「比企谷、か……」

 

影胤は、付近の民警は殺したと言った。あの場で、蓮太郎を救助できた人間は1人しかいない。

 

「その比企谷くんから手紙を預かっているわ。手紙の内容は、『ケースは蛭子の手に渡った。その間の取引によって、俺と留美は一時的に蛭子と行動することになった。お前らを裏切るつもりはないが、今回は指示には従うことは出来ない。携帯電話は壊され、盗聴器が仕掛けられている可能性があるので、手紙という形を取らせてもらった。以上』とのこと。要点だけを箇条書きみたいに書いた文章ね。比企谷くんらしい、といえばそうなのかしら。あの2人は今も彼らの舞台で戦っているのね」

 

「あいつは、今、どこに?」

 

「分からないわ。事務所にこの手紙が置いてあったから、東京エリアにいることは間違いないと思うわ。けど、比企谷くんを見つけることの困難さは、私たちが一番よく知っているでしょ?」

 

たしかに、マリオネット・インジェクションを使用していれば、目の前にいても発見は不可能だ。

 

だから、今の蓮太郎には、祈ることしか出来ない。

 

「無事でいてくれよ、比企谷……」

 

 

 

 

 

 

八幡side

 

放課後、俺は勾田高校を訪れた。もちろん、授業や補習を受けるためではない。ある人物とコンタクトを取るためだ。学校になんて来たくはなかったが、携帯電話が壊された以上、直接会うしかなかった。

 

廊下を歩いていると、時折生徒がギョッとした顔でこちらを見る。俺が学校で嫌われているわけではない。というよりは誰も知らない、が正しいか。生徒が驚くのは、俺の今の格好が原因だろう。

 

俺は今、家で新しい勾田高校の制服を着替えて来てはいるが、春先なのに手袋と口元まで巻きつけたマフラーをしている。今、俺の素肌に埋め込まれたナノマテリアルは、数時間前の小比奈との戦闘によって故障し、肌の色を表示させることが出来ない。顔は小町から借りた化粧品でごまかせているが、この手袋とマフラーは顔以外の肌を出さないようにするために着用している。

 

俺が所属するクラスにはまだ多くの生徒が残っていたようで、ガヤガヤと喋っていた。俺が戸を開けても、誰も気が付かない。今日も俺のステルススキルは絶好調のようだ。気づかれないうちに用事を済ませてしまおう。きょろきょろしてると、窓際で談笑しているギャルやキラキライケメンのグループを見つける。その中に目的の人物を見つけた。

 

「海老名さん」

 

俺は眼鏡の少女に小声で話しかけ、そっと紙切れを渡す。紙切れを受け取った少女は、寂しそうな、嬉しそうな、よく分からない表情を浮かべていたが、紙切れをポケットにしまって談笑に戻った。じゃあ、とっとと帰るか。帰るからそこの金ドリル婦人は睨まないでくださいます?

 

「ヒッキー!昨日も今日も学校サボってどこにいたの!?というか、姫菜とどういう関係だし!さっきも、なんか手紙渡してたし!も、もしかしてラブレター……?」

 

巨乳ビッチがなんか言ってるが、俺はヒッキーなんて名前の人間を知らないので帰る。

 

「ちょっと、ヒキオだっけ?あんた、なにユイを無視してんの?」

 

金ドリルがなんか言ってるが、俺はヒキオなんて名前の人間を知らないので帰る。だれだよそのヒキなんとかさん。女王がお呼びだぞ早く出てきてやれよ。俺は帰る。

 

「まあまあ、ヒキタニくん。ちょっと話に付き合ってくれない?」

 

キラキライケメンが俺の肩を掴みながらなんか言ってるが、俺はヒキタニなんて名前の人間を知らないので帰る。いや、うすうす俺なんじゃないかって思ってましたけどね?ちゃんとほら、ちゃんと名前で呼ばないと分かんないし。ていうか全員俺の名前間違ってるってなんやねん。

 

「まず、どうして昨日今日と学校を休んでいたんだい?それと、姫菜とはどういう関係か教えてもらっていいかな?」

 

「知らん、そんなもんヒッキーでもヒキオでもヒキタニでも他の奴に聞けよ。俺は用事があるから帰る」

 

「ちょ、あんた、隼人に向かってその言い方なんなの?ケンカ売ってんの?」

 

「悪かったよ、比企谷。それで、さっきの質問には答えてもらえるかな?」

 

「知るか」

 

まあ、律儀に答える必要もない。俺は教室の戸のほうへ向かう。と、俺が今まさに開けようとしていた戸が開いて、平塚先生がどしどしとこちらに向かってくる。

 

「比企谷。ちょっとこい」

 

そういって、手首を掴んで引っ張られる。俺はそのまま引きずられるようにして連行される。気分はまさにドナドナ。さっきまでキレかけていた金髪ギャルがポカンと口を開けてこちらを見ている。

そのまま職員室まで連れてこられ、平塚先生は自分の椅子に座る。

 

「で、比企谷。昨日今日と私の呼び出しを無視して学校をサボった理由を聞かせてもらおうか」

 

「海老名さんから聞いていませんか?」

 

「ああ、体調不良だと聞いている。しかし聞くところによると授業をしていたところにいきなり学校を飛び出していったそうじゃないか。体調不良というには元気が良すぎるんじゃないか?」

 

留美と延珠が小学校で問題になったときか。下手に説明して『呪われた子供たち』がどうのこうの言われると面倒くさいな。生き残った人類の約9割が潜在的イニシエーター差別者と言われる中、基本的にここにいる全員が差別者と考えて行動すべきだ。相手は教師で、学校同士のネットワークも存在するだろう。下手をすれば延珠や留美が『呪われた子供たち』であることを隠して再び学校に通うことになった時にネットワークを通じて余計な情報を流されたり、里見や俺、もしかしたら司馬や海老名にも飛び火するかも知れない。

 

「まあ、ちょっと。それより、俺、帰らせてもらっていいですか?ちょっと急用があるので」

 

「帰らせると思っているのか?君には罰として奉仕活動を命じる」

 

付き合いきれん。帰るとするか。俺はその場から立ち去ろうとする。

と、平塚先生が拳を腹の横で構える。座った状態で立ち去ろうとする俺に顔を殴ることは出来ないだろう。それにここが学校であることを考えると、座った状態でも拳が届いて殴られた後が服の中にしか出来ない場所、つまり俺の腹を殴ろうとしているのが分かる。

普段からイニシエーターの速度や蓮太郎の武術としての拳を見慣れている俺にとって、分かりやすく、ゆっくりした動作だ。だが殴られれば小比奈との戦闘の傷が開く可能性があるので、サンドバッグになるつもりもない。仕方ない、正当防衛だ。自己責任ということで、悪く思わないで欲しい。

とっさに近くの机の上にあったボールペンをつかんで、平塚先生の拳が飛んでくるルートに重ねるようにボールペンを腹の前に持ってきて、先端は平塚先生のほうへ向ける。このまま平塚先生が拳を振りぬけば、ボールペンは先生の手に突き刺さるだろう。しかし、拳はボールペンに触れる前に止まる。

 

「比企谷、どういうつもりだ?」

 

「いえ、平塚先生が拳を振りかぶったので、とっさに。それで、俺を殴るつもりでしたか?だとすれば、何か問題でも?」

 

「……ついてこい」

 

何かを俺に感じた様子の平塚先生がついてくるよう命じる。あまりもめても仕方が無い。従っておくか。いざとなればマリオネット・インジェクションを使って逃げればいい。制服のナノマテリアルは十全に機能するし、肌の部分も、一部は正常に作用しないが、一般人の目から見ても空中に漂うゴミ程度にしか認識出来ない程度には機能する。

 

「……素直によけてそのまま帰ったほうが良かったかな」

 

 

 

 

 

 

「平塚先生、入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが」

 

平塚先生に連れてこられた先は、プレートもかかっていない空き教室。そこにいたのは、黒髪の少女。俺はこの女子を知っている。雪ノ下。彼女の家柄は天童と同じ政治家を多く輩出する家系だ。そのうえ彼女の父親は聖天子副補佐官で、聖天子、天童菊之丞に続く東京エリアの3番目のポストについている。仕事柄、こういったことは知ることが多いが、彼女と俺との面識はない。

 

だから俺の顔を見て露骨に不快そうな顔をして乱れてもいない襟元を掻き合わせるようにしてこっちを睨まれるのに心当たりが無いんですけど?

 

「彼は比企谷。入部希望者だ。比企谷、君にはペナルティとしてここでの奉仕活動を命じる」

 

そういって教室を出て行った。あのクソ教師、自身じゃ手に負えないからか他人に擦り付けやがったぞ。俺も帰るか。教室から出たと同時にマリオネット・インジェクションを使えば教室を出たばかりの平塚先生に気づかれることなく帰ることができるだろう。教室の戸に手をかける。

 

「あなた、さっきの先生の言葉を聞いていなかったのかしら?あなたはペナルティとしてこの部に入部することを命じられた。なら部長である私の指示なしに帰ることが許されるとでも?」

 

さっきまでお前がいやそうな顔をしていたから帰ってやろうと思った(嘘)のに帰ろうとすると引き止めて、椅子に座らせる。これがツンデレ?そんなわけないか。

 

「そうかよ。ならこの部活はなんの部なんだ?俺はわけも分からんままに引っ張られてきたうえに急用があるからいそいでいるんだが。付き合ってやるから早く帰してくれや」

 

「あなたの事情なんて、知ったことではないのだけれど。……そうね、ではゲームをしましょう。ここは何部でしょう?」

 

うぜぇ。

 

「帰るわ」

 

「あなた、考えることもせずに逃げるなんて恥ずかしくないのかしら。気持ち悪い」

 

「くだらんことしてんじゃねぇよ。さっさと終わらせろ」

 

「なら早くクイズに答えることね。単細胞生物みたいな思考ね。その頭のなか「奉仕奉仕うるさいから奉仕部とかそんなところか?」……正解」

 

クイズの答えも簡単に正解されて悔しがる様も単純だな。どっちが単細胞生物なのやら。

 

「つまり、罰を負った人間がこの部に所属させられて何らかの奉仕活動やボランティア活動を強要される刑務所みたいな場所……ということか?」

 

「全然違うわね。優れた人間は哀れな者を救う義務があるのよ。私が、あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」

 

「だから活動内容はなんなんだよ……」

 

あと俺が間違えたからってそのドヤ顔やめろ。

 

「簡単に言うと、哀れな者が抱える悩みや不安を優れた人間である私が解決する部ね。あなたの問題も解決してあげるわ」

 

自己評価高すぎィ!あとその言い方だと平塚先生が哀れな者みたいに聞こえなくもないぞ?

 

「どうしてそんなことを?」

 

「ガストレアが現れてから10年、この世界に生きる人々は醜くなったわ。あの時、ガストレアが人類を攻撃し、人々は大量に殺され、餓えた。今の東京エリアはある程度回復しつつあるけど、まだあの時に生まれた人の醜さは消えていないわ。人の足を引っ張って、自身が生き残ろうとする……。だから変えるのよ、人ごと、この世界を」

 

なんだ、結局はこの娘はただの世間知らずな箱入り娘じゃないか。人の醜さ?それはそうしなければ生き残れないからだろう。この世界はもう綺麗事では動かなくなってしまった。それを認識していない。まだ、人の醜さがただ醜いだけのものだと思っている。ガストレアが存在しなかったころはその考え方が正しかったのかもしれない。だが今は違う。その醜さが無ければ、死ぬ。それだけだ。

 

「……なら、お前は『呪われた子供たち』をどう思う?」

 

「あれこそが、醜さの象徴とも言えるわね。人として生まれながら、ガストレアとして生きる生物。おぞましい。あんなものは、ただの人から生まれたガストレアよ。あんなもののせいで、人は醜い部分を生み出してしまったわ」

 

「そうか」

 

……帰るか。

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下side

 

「そうか」

 

平塚先生が連れてきた男子生徒は、そう言って席を立つ。また帰るつもりかしら。私みたいな美少女と同じ空間に2人きりなのに、手を出さないどころか、帰ろうとするなんて。それも、何度も。別に手を出して欲しいなんて思わないけれど、一般的な男子なら、もう少しそれらしい反応があるのでは無いかしら。まあ、手を出してきたところで、身につけた合気道の技で投げ飛ばすだけなのだけれど。

 

「待ちなさい、帰ることは許さないと何度言ったら分かるのかしら?それとも、3歩歩けば忘れるほどに鳥頭なのかしら?」

 

さっきまではこれでしぶしぶといった表情でまた席に戻ったが、今回は止まらない。仕方がない、平塚先生から依頼を受けた以上、必ず達成させる。そのためにも、多少手荒なことをさせてもらうわ。私は、彼を合気道の技を使用して投げ飛ばすべく、席を立ち、接近する。教室の戸に手をかけようとする彼の腕を掴もうと、後ろから近づき、手を伸ばして、

 

 

 

彼が突然振り返って、私に向かって何かを投げてきた

 

 

 

とっさに両手を顔の前に持ってきて、防御態勢を取る。腕にこつん、と何かが当たって、床に落ちる。腕の間から足元を見ると、どこにでもあるボールペン。

 

と、さっきまで目の前にいたはずの彼が、どこにもいない。あたりを見回すも、誰もいない。と、首元にヒヤリとした感触。窓を見ると、さっきまで戸の前にいたはずの彼が、私の背後に立ち、手に黒いナイフを持って私の首に向けているのが反射して見えた。

 

「ヘンな真似をすると、首を掻っ切る」

 

勘違いをした男子に体を触られたことは、今までも数回あったが、いつもすぐに腕を掴んで投げたり捻ったりしていた。だが、こうやってナイフを突き付けられればそれも出来ない。たとえ彼にその気がなくとも、私が動けばナイフが首を切り裂いてしまう。

 

「『呪われた子供たち』の優秀さ・将来性・可能性を理解しようとせず、『呪われた子供たち』というだけで否定した。それがお前の醜さだ」

 

彼は私を突き飛ばした。数歩よろけて、態勢を整える。後ろを見ると、誰もいない。どころか、周囲には誰もいない。教室の戸が開いていることに気が付き、慌てて廊下に出るも、誰一人いない。教室に戻ると、さっきまでしまっていた窓が開いていたことに気が付き、窓から顔を出して下を見るも、帰宅する生徒や部活に向かう生徒がいるだけで、彼はいない。

 

『呪われた子供たち』。人から生まれるが、生まれたその時点で、体内にガストレアウィルスを保有している。体内浸食率が50%を超えれば形象崩壊し、ガストレア化する。なまじ人の姿をしているため、見た目には『人間』か『呪われた子供たち』か分からない。そんなもの、地面に埋まった不発弾と変わらないじゃない。いつ爆発するか分からず、爆発すれば周囲に甚大な被害が発生する。おまけに、その不発弾は子供の姿をして町中を闊歩するなんて、脅威でしかないわ。

 

誰もいない教室で、私は携帯電話を取り出し、電話を掛ける。

 

「もしもし、姉さん?少し、調べて欲しい人物がいるのだけど」

 

 

 

 

 

 

八幡side

 

「はい、これでナノマテリアルのメンテナンスが完了したよ。あとグローブの調整はもう少しかかるかな」

 

「すまんな、いきなりこんなこと頼んで。グループのほうは大丈夫だったか?」

 

「うん、大丈夫。うまくごまかしておいたよ」

 

奉仕部とかいう部活を抜け出し、学校を抜けて訪れたのは、司馬重工が持つとあるラボ。このラボは、今俺の目の前にいる海老名姫菜専用のラボである。

 

留美には、彼女のことを後援者(パドロン)と説明しているが、厳密には少し違う。そもそも、戦闘でも黒子に徹する俺では広告としての効果は期待できないだろう。

 

彼女の親は、かつて俺を機械化兵士にしたアーサー・ザナック先生の助手だった。その関係で、姫菜も研究室でたびたび研究を見学したり、先生と研究内容について話していた。先生はよく、「彼女は素晴らしい、もう少し彼女が生まれてくるのが早ければ私たちは四賢人ではなく五賢人と呼ばれていただろう」と言っていた。学校ではそういった所を見せないようにテストなどで気を配っているが、間違いなくあの学校で一番だろう。

 

俺と海老名は幼少期に研究室で知り合った。同年代ながら被験者と研究者の娘という関係ということもあり、最初はなじめなかった。向こうもいろいろ思うことはあっただろうし、今もそれは変わらないだろう。

 

彼女は勾田高校に通いながら司馬重工で技術者・研究者として働いている。俺に司馬重工が後援者としてついてもらえるのも、彼女が裏で手をまわしてもらったおかげである。また、それとは別に、俺の皮膚や服に埋め込まれたナノマテリアルやバラニウムコートワイヤーの調整・ケガや病気の治療も彼女が担当してもらっている。その費用は、アーサー・ザナックが負担している。曰く、「比企谷くんのナノマテリアル技術が外部に流出すれば、それを利用して、誰かが機械化兵士を作るかも知れない。私やほかの四賢人ならともかく、そこらの人間が手を出せば、成功なんてまずしない。オベリスクの被害者はこれ以上出したくない」とのこと。この意見には賛成だが、何かあるといつも海老名を頼る必要があるため、心苦しく思うところもある。

 

「いつもすまないねぇ」

 

「それは言わない約束でしょ」

 

俺にとって海老名は、数少ない一緒にいて落ち着ける人間である。

 

「それで、里見君との進捗は?ヤった?」

 

これさえ無ければ。

 

「何もない。以上だ」

 

「つまんないな~」

 

あってたまるか。

 

「はい、グローブの調整も完了!弾薬とその他物資も届いたから、後で受け取っておいてね!」

 

「ありがとな」

 

「……ねぇ、無理はしないでね」

 

「……もちろんだ」

 

急にシリアスな死亡フラグ建てるなよ。こういうの苦手なんだよ。

立ち上がり、ポシェットにまとめられた物資を受け取って、ラボを立ち去る前に一言。

 

「……蛭子影胤を知っているか?」

 

「え、うん。今回の一件の首謀者だっけ」

 

「そいつ、里見に完全のホの字だぜ。いや、ホモの字というべきかな」

 

俺はラボを後にする。ラボに『キマシタワー!』の絶叫が響き渡った。

 



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蛭子との取引

八幡side

 

「ヒヒヒ、そう警戒しないでくれたまえ。比企谷くん」

 

海老名の所で各種準備を終えた俺と留美は、夕暮れに包まれる未踏査領域を、蛭子影胤・蛭子小比奈とともに歩いている。影胤の手にはジュラルミンケース。影胤曰く、この中にはステージⅤガストレアを呼び出すための触媒が入っているのだとか。

 

「気にすんな。ぼっちの習性だ。周りに気を配っておかないと、ぼっちはすぐに攻撃されるからな」

 

俺たちは、かつて港に建てられた教会へと向かっている。そこで、ステージⅤガストレアを呼び出すための儀式を行うらしい。かれこれ数時間は歩き続けている。

 

「私と比企谷くんは友人じゃないか」

 

影胤の依頼者が手配したヘリで降下できるポイントまで運んでもらい、そこから歩いているが、直線距離で言えばそれほど離れているわけではない。しかし、ガストレアに見つからないように静かに、そして地中の不発弾を回避するためにたびたび迂回しながら進むため、時間がかかっている。

 

「あいにく、俺は友人なんてこれまでいなかったんでな。そういう『人間』の常識とかには疎いんだよ」

 

影胤には、あれ以来、かなり好かれてしまったようだ。闘争を求める影胤にとって、戦うための存在だとか、平和を嫌う存在に好感を覚えるらしい。里見にご執心なのも、俺や影胤とおなじ機械化兵士にある独特の空気を感じ取っているからなのかもしれない。

 

「パパ、こいつの言ってること、意味わかんない。斬っていい?」

 

逆に小比奈には嫌われているようだ。パパが自分以外の人間と親しくしたりするのが気にいらないようだ。

 

「よしよし、まだダメだよ。我慢なさい」

 

やはりこのお転婆娘をコントロールできるのは影胤だけだ。というか、『まだ』じゃないよ?未来永劫斬っちゃダメ。ぜったい。

 

「親離れが出来ていないようだね。馬鹿みたい」

 

「弱いくせに、何言ってるの?斬るよ?」

 

留美と小比奈も仲はよろしくない。というか、どちらも対人能力が高くないので、仲よくしようとかそういったことは微塵も考えていない。あ、俺も対人能力低いや。

 

「あ」

 

留美が顔をあげて触覚をピコピコさせる。全員が立ち止まる。そのまま数秒間触覚をピコピコさせ、左を見る。そこには、木が数本……の根本に全長30センチメートルはありそうなセミがいた。赤く光る目と俺の目が合う。間違いなくガストレアだ。セミのガストレアはぎぎぎぎぎぎッッ!!!とセミとは思えない禍々しい鳴き声で鳴きだした。と、あちこちで赤く光る目が見える。鳴き声に反応してガストレアが集まってきたようだ。

 

「比企谷くん、今から前夜祭といこうじゃないか。君の力を私に見せてくれたまえ」

 

「パパ、こいつら、斬っていい?」

 

『こいつら』に俺らは入ってないよね?

 

 

 

 

 

小比奈side

 

2本の小太刀で、飛んできたセミを3枚におろす。振り返って、小太刀を投げる。投げられた小太刀は、2メートルはあるアリの口に突き刺さる。そのままアリのところへ走って近づいてジャンプ。アリの顎から小太刀を突き刺し、頭から小太刀の先っぽが飛び出る。動かなくなったアリから2本の小太刀を引き抜く。足元には、細切れだったり、頭や腕が取れた死体が大量に転がっている。

 

ガストレアを斬りながら、しかし意識は別の場所を向いている。

 

その場所には、『呪われた子供たち』の1人がいる。確か、留美だっだっけ。背中に3本の長い銃を持ってる。確か、2つは、ショットガン、もう1丁は、スナイパーライフルって言うんだっけ。そいつの後ろから、セミが飛んでくる。留美は、後ろを見ることなく、背中からショットガンを抜いて片手撃ち。セミの体がはじけ飛ぶ。周りから大量のセミが現れて飛んでいく。留美は、視界を動かさずに、ショットガンを両手に持って、周りのセミを撃ち落としていく。

 

と、そこにでかいトカゲが現れる。まわりの木ほどの高さがある。しかしあれはトカゲだろうか。体はうろこに覆われて手足にはでかい爪があるが、2足歩行をしている。どっしりとした太い後ろ足で立つその姿は、リザードマンそのもの。

 

リザードマンが爪を振るう。留美がショットガンを撃つが、お構いなし。リザードマンの手が留美のすぐそこまで迫ってくる。死んだかな。

 

と、どしんとおおきな音を立ててリザードマンが転んだ。よく見ると、足が切断されてた。リザードマンは足を失ってキョトンとして立ち上がろうとしてたけど、急に動きを止めた。しばらくして、その大きな頭が首からぬるぬるとずり落ちていく。

 

今度は大量のトンボみたいなガストレアが飛んできた。けどこちらに来る前に翅と頭がバラバラになって落ちていく。でかいイノシシみたいなガストレアが来れば、こちらに来る前に足がなくなって動けなくなり、留美がスナイパーライフルで頭を撃つ。

 

不思議。大量のガストレアを殺しているのに、そんなに音がしない。銃を撃ってるのに音も光も出さず、肉をえぐる音もしないのに、ガストレアがバラバラになっていく。ガストレアはうめき声も出さずに殺されていく。そこには、死んだガストレアが地面に横たわる、そんな音しかしない。

 

と、私の後ろに気配。振り返ると、クモのガストレアが目の前にいた。けど、横からきた光の槍みたいなのがクモの頭を貫く。パパの技だ。

 

「小比奈、どうだい?彼らはなかなか面白いだろう?」

 

改めて、見る。あいつらが切断した死体は、関節や骨の継ぎ目で切断されている。私がやったくらい、綺麗な死体だ。あいつらの戦闘は、まるで見れば命を奪われる死のダンスのような、そんな美しさと儚さが感じられた。

 

 

 

付近にガストレアがいなくなり、空中にノイズが走ったと思うと人間が現れた。確か、八幡だっけ。戦った時も思ったけど、結構、面白い奴なのかもしれない。

 

「付近にガストレアは?」

 

「いないようだね。さっきの戦いはなかなか面白かったよ」

 

「そりゃどうも。なら行くか」

 

パパが八幡を気に掛ける理由がなんとなく分かった気がする。

 

 

 

 

 

留美side

 

「こんなもので本当にステージⅤガストレアが呼び出せるの?」

 

教会に到着した私たちは、ケースの中身を見させてもらった。そこには、壊れた三輪車が入っていた。てっきりステージⅤガストレアに自身の位置を知らせるために散布するフェロモンの入った液体か、ステージⅤガストレアの遠吠えを再現するための装置か、はたまた他のガストレアに注入することでステージⅤガストレアを人為的に生成するための注射器か、そんなものを連想していた。今更ながら、影胤が『触媒』と呼んでいたことを思い出す。『触媒』。確かに、宗教的な意味をこの三輪車は持っていそうな気がする。正直、気味が悪い。どうせなら王を選定する剣の鞘でも触媒に使ってステージⅤガストレアじゃなくてどこかの英霊でも召喚してほしい。

 

「心配しなくても、ちゃんとステージⅤガストレアはこの三輪車を取り返しに来るよ」

 

「取り返しに?」

 

まったくもって理解出来ない。いや、してはいけないとすら感じる。なにか、踏み込んではいけない何かを感じてしまう。知らないほうがいいと、誰かが警鐘を鳴らしている。

 

七星の遺産。影胤はそうも言っていた。つまり、この三輪車は、七星村というところにかつて存在していた。それがなぜ、ステージⅤガストレアを呼び出せる触媒となり得るの……?

 

「さて、これよりステージⅤガストレア・スコーピオンを呼び出す儀式を行う。比企谷くん、君たちはここへ誰も・何も近づけないでほしい。簡単に言えば、露払いをお願いしたいのだが」

 

「よく言うぜ。アンタらなら、誰が来ても無傷で殺せるくせに。まあ、構わねえがな」

 

「よろしく頼むよ、我が同士よ。あぁ、そうそう、里見くんと延珠ちゃんだけは通してくれないかな。彼とは、私が決着をつけなければならない。最も、生きていれば、の話だが」

 

「延珠!!延珠来てるの!?会いたいな、斬りたいな。会いたいな、斬りたいな。会いたいな、斬りたいな」

 

「分かったよ。通しておく。行くぞ、留美。仕事の時間だ」

 

「……うん」

 

影胤による東京エリア破滅は、着々と進行している。もうすぐ、ステージⅤガストレアが召喚されるかもしれない。私と八幡は、その片棒を担いでいる。八幡は、影胤に従って儀式の支援を行っている。恐らく、ここへは、多くの民警が向かっているハズ。私はその人たちを場合によっては殺す必要があるかもしれない。もちろん、影胤に逆らえば、殺されるかもしれない。もしこんなとこに置き去りにされたら、東京エリアに無事に帰れるとは思えない。もしかしたら、こうやって影胤と行動していることが東京エリアに知れ渡っていて、帰ったら犯罪幇助とか言われて犯罪者となるかもしれない。そうなったら八幡と民警ペアでいられないかもしれない。延珠とも会えない、下手をすればもうすでに嫌われているかもしれない。そもそも、帰る場所がステージⅤガストレアによって存在しなくなる可能性もある。

いろいろなことがあって、いろいろなことを考えてしまう。私は不安で押しつぶされそうだ。

 

「大丈夫だ」

 

「大丈夫って、何を根拠に……!」

 

「留美は、俺が守る」

 

「……ッ!」

 

こういうことをいきなり言うとか留美的にポイント高すぎるよ……。

 

「今のところ、俺の作戦通りに進んでいる。蛭子影胤を倒せるのは里見だけだ。だったら、俺たちはあいつがここに来る前にくたばらないように露払いをするのが最適解だ」

 

「そうだね」

 

八幡がそばにいる。いてくれる。今はそれだけで十分。例え裏切者の汚名をかぶっても、東京エリアが消滅しても、死ぬことになっても、八幡がいてくれて、信じてくれるなら、それでいいよね。

 

 

 

……例え世界が消滅しても。

 



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火種を残した収束

蓮太郎side

 

午前4時。

俺と延珠、そして先ほどトーチカで出会った千寿夏世の3人で、森を歩く。向かう先は、伊熊将監たち民警が集まっている場所。夏世の無線機から聞こえた声から考えるに、これから大人数で奇襲をかけるようだ。

 

合流地点へと向かう。しばらく歩くと、平野に出た。夏世の話だと、このあたりで集まっているのだとか。付近を調べると、何人かがそこにいた。

 

 

 

地面に倒れた状態で。

 

 

 

十数人はいるが、皆意識が無く、動かない。俺は、XDを抜いてあたりを見回す。しかし誰も見当たらない。

 

「そこに誰かいるのですか!」

 

夏世がショットガンを一点に向けている。その先には誰もいない。が、突然何も無いところにノイズが走ったかと思うと、1人の男が姿を現した。俺はこの男を知っている。

 

比企谷八幡だ。

 

「どうして俺がここにいると分かったんだ?」

 

「分かりません。そんな予感がした、いや、そこに違和感を感じた、とでも言いましょうか。何も無いはずなのに、何かがあるような気がしたんです」

 

「お前、確かさっきトーチカでイルカの因子を持つと言ってたな。ソナーが使えるんじゃ無いのか?その視覚以外での周囲の探索能力で比企谷に気づいたんじゃ無いのか?」

 

「そう……なんでしょうか。私は知能が高い以外に因子固有の能力は持っていないと思っていましたが……」

 

「で、比企谷。お前はこの状況について何か知っているのか?影胤がこれをしたのか?」

 

「いや、これは俺がやった」

 

「比企谷ッ!まさかお前、本当に東京エリアの消滅に加担しているのか!?俺たちを裏切ったのか!?」

 

「落ち着け。殺していない。眠っているだけだ」

 

「ッ!」

 

慌てて倒れているプロモーターの1人近寄って首筋に触れる。脈がある。

 

「なら、どうして……?」

 

「俺は影胤に露払いを命じられた。本来なら、民警の連中には、話を通して引き下がってもらいたかったんだがな。そんなすんなり引き下がるようなヤツらじゃなかった。だから眠ってもらった。里見、分かっているだろ?斥力フィールドを持つあいつとまともに対峙できるのはお前ただ1人だ。他の人間なら間違いなく傷一つ付けられずに殺される。お前がその体について何を思っているかは知らんが、お前にしか出来ないことだ。影胤はお前を通すように言っていた。お前がケリをつけるんだ」

 

俺は右手を見つめる。確かに、これを使えばあの斥力フィールドを……だが……。

 

と、先ほどまで寝ていたイニシエーターの子が目を覚ました。プロモーターの人間はまだ寝ている。恐らく、比企谷は何らかの薬品を使用して眠らせた。だが、イニシエーターが体内に持つガストレアウィルスが薬品の作用を打ち消したのだろう。

 

「目が覚めたか。もうすぐ戦闘が始まる。音にひかれてガストレアが寄ってくるかもしれん。気がついたら、早くお前らのプロモーターを担いで移動しろ。ここから南に300メートルほどのところにシェルターを見つけた。そこに避難しろ」

 

イニシエーターたちは比企谷を睨みつけていたが、すぐに自身のプロモーターを担いで南へ走っていく。

 

「あの、将監さんを知りませんか?伊熊将監。ドクロのスカーフをしている筋肉のかたまり見たいな人です。ここにはいないのですが」

 

「何人かは眠らせることが出来なかった。恐らくそいつもその1人だ。今は俺のイニシエーターに止めるように指示しているが、あいつは別の場所でガストレアを狩っていたからな。もし留美が到着する前に影胤のいる教会まで到達していれば、恐らくもう……」

 

「そう、ですか……」

 

「すまない、俺が見殺しにしてしまった」

 

「……あまりなめないでください。あんなでも私の相棒です。そんなすぐに殺されるようなことにはなりません」

 

「……そうか。お前ら、早く行け」

 

突如、銃声が響き渡る。民警と蛭子ペアとの戦闘が始まったようだ。

 

「蓮太郎ッ」

 

「よし、俺たちも行くぜ」

 

「私は残ります。先ほどの音を聞きつけてガストレアが寄ってきたようです。ここで食い止めないと」

 

「だったら、俺も」

 

「里見、行け。俺と留美も露払いを引き受ける。お前らの決闘の邪魔は誰にもさせない」

 

「……すまない」

 

俺は走る。俺に出来ることは、少しでも早く終わらせることだけだ。

 

右手を握る。決意は固まった。

 

 

 

 

 

夏世side

 

遠くで大きな音が発生し、強い光が瞬いている。あの教会で、人の枠を超えた戦いが繰り広げられているのだろう。

 

こちらでは、あの音と光に引き寄せられたガストレアが大量に現れている。その様は、雪崩そのものだ。

 

「あぐっ!」

 

突如、横の地面が陥没する。そこには、最初は何もなかったが、ノイズが走ったあとに男の人が現れた。比企谷八幡。蛭子影胤と同じ、機械化兵士の1人。

ガストレアの数が少ないうちは、音もなくガストレアをバラバラにしていたが、ガストレアが増えてくるにつれて、対処出来なくなってきたのだろう。横腹から血を出し、肩で息をしている。飛んできたと思われる方を見ると、5本の手を持つ巨大なゴリラがいた。地面に倒れているが、まだ生きているようで、5本の手を振り回している。

 

「八幡!」

 

彼女のイニシエーター・鶴見留美がこっちに来る。こっちを見ながらも、ショットガンをあちらこちらに向けて撃っている。そしてノールックで放たれた弾は、ガストレアに吸い込まれるように命中。だが手数が足りなすぎる。

 

「大丈夫だ。まだやれる。留美、千寿、残り弾薬数は?」

 

「半分をきってる。それとグレネードが残り2発。正直厳しい」

 

「私はまだ余裕があります。あなたたちは撤退してください」

 

「ここで俺らが逃げて影胤のほうへガストレアが向かったら、俺が影胤に殺されるわ。千寿、弾の規格があってるなら少し分けてくれ」

 

そういって比企谷さんの姿が消える。いつの間にか接近してきた10メートルはあるヘビの首が落ちる。留美さんに弾薬を渡して、私もアサルトライフルを装備。5本腕のゴリラを撃つ。こんなところで死ねない。まだ戦える。

 

長い時間戦っていた。永遠とも思える時間のなか、ひたすらガストレアを殺し続けた。周囲には、大量のガストレアの死体。顔がえぐれ、脳が飛び出し、輪切りになっているものもある。

 

と、遠くで地響きがなる。それも継続的に。ガストレアはその地響きを感じると、森へと走り去ってしまった。どういうわけかは分からないが、ガストレアはいなくなった。私は自分の体を見下ろす。体中に傷がある。噛みつかれたのも一度や二度ではない。だが生きている。それも五体満足で。正直、生き残れるとは思っていなかった。比企谷さんと留美さん。この2人がいなければ間違いなく死んでいただろう。2人の姿が見える。2人とも満身創痍で全身から血をだしてボロボロだが、生きている。

 

だが、見てしまった。ガストレアが恐れるようにして逃げた理由を、私たちの本当の目的を、悍ましい災厄を。

 

 

 

ステージⅤガストレアが出現した。

 

 

 

浮かれていた私は、一瞬で絶望した。もう無理だと、依頼には失敗し、東京エリアは破滅すると、悟ってしまった。

 

と、電話がなる。かけてきたのは、三ヶ島ロイヤルガーター社長。慌てて電話に出る。話によると、今、蛭子影胤が撃破されたが、ステージⅤガストレアが出現したこと。現在、里見蓮太郎が『天の梯子』を使用して、ステージⅤガストレアの討伐を行おうとしていること。その間、付近のガストレアの排除を行うように、とのこと。ノイズ交じりの電話越しに要件を伝えると、そのまま通信が途絶える。

 

『天の梯子』がその向きをステージⅤガストレアへと向けているのが見える。私には、その成功を祈ることしか出来ない。

 

「おい、千寿!」

 

比企谷さんが私に向かって何かを投げる。受け取った私は、それを見つめる。スピーカーとスイッチが付けられた、無線機のようなもの。

 

「周囲100メートル付近にセンサーと爆発物を仕掛けた。ガストレアが出現すれば、スピーカーから音声が流れるようにしてある。あとそのスイッチで設置した爆発物をすべて起爆する。俺は用事が出来た。留美を頼む」

 

そう言い残して教会のほうへと向かう。横を見ると、留美さんがこちらを見ている。その顔は、まるで自慢の親を紹介するようだ。

 

「比企谷さんでしたか。あの戦闘の最中にこんなものを作るなんて、抜かりない人ですね」

 

「もちろん、八幡の卑怯さと姑息さは誰にも負けてないから」

 

それを自慢げに語るあなたもなかなかなものですよ。

 

 

 

 

 

 

小比奈side

 

「パパぁ、パパぁ」

 

パパが負けた。パパが倒された。パパが海に沈んだ。パパがいなくなった。

 

「パパ、パパ、……ああ、あ」

 

パパがいなくなった。私1人。1人だけ。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

泣き叫ぶ。パパが沈んだ海を眺めながら、私は泣き叫ぶことしか出来ない。

 

泣いてもパパは戻ってくるわけがない。それでも止まらない。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ、あ?」

 

ぼこぼこと海から水滴が上がってくる。暗くて見えにくいが、海の中に人影が見える。

 

「ぷはぁ!」

 

「八幡!パパ!」

 

八幡がパパを引き上げて来てくれた!慌てて私はあたりを見回し、ロープを投げる。

 

八幡はパパを岸まで引き上げる。パパがせき込んでいた。生きてた!

 

「がふっ、ごほっ!……小比奈……そこにいるのかい?」

 

「パパぁ!パパぁ!」

 

パパの胸で泣きじゃくる。よかった。生きててくれた。1人にならなかった。

 

「比企谷くん、どうして私を……?」

 

「勘違いするな、お前がここで死んだら、アンタの娘に殺されるなと思っただけだ」

 

「……ステージⅤガストレアはどうなったんだい?」

 

「死んだよ。里見がレールガンを使ってな」

 

「そうか……負けたのだね、私は」

 

私たちは負けたんだね。でもパパが生きてる。それでいい。

 

「……ありがとう、八幡。パパを助けてくれて」

 

「え、お、おう。どういたしまして」

 

不思議な気持ち。パパは大好き。延珠とはまた斬り合いたい。じゃあ、八幡は?よく分からない。でもパパとも延珠とも違う感じなのは分かる。今までこんな気持ちになったことが無い。でもいやじゃない。

 

「なら、俺はこれで」

 

八幡が行ってしまう。なんか胸がキュッてなる。行ってほしくない。でもなんで?なんで行ってほしくないの?延珠と戦う前はパパに気に入られてうっとおしいって思ってたのに、どっかにいけって思ってなのに、どうして?

 

 

 

八幡は行ってしまった。また、会える。よね?

 

 

 

 

 

 

延珠side

 

「蓮太郎、なんなのだ、これは……?」

 

妾は、ステージⅤガストレアを倒した後、蓮太郎とともに、教会に来ていた。木更の話だと、ケースは教会ごと爆破するらしい。その前に、中身を一度見ておこうということになったのだが、

 

「どうして、ケースの中身が三輪車なのだ!?」

 

ステージⅤガストレアは出現した。間違いなく、これを使ったということなのだろう。だが、どうして、こんなものでステージⅤガストレアが呼べたのだ!?

 

「ここを出るぞ、延珠。もうすぐミサイルが飛んでくる」

 

「蓮太郎ッ」

 

「いいから、出るんだ」

 

蓮太郎の有無を言わさぬ雰囲気に、従うしかなかった。怖い。あの三輪車もそうだが、蓮太郎が発するあの冷たい声は、聞きたくない。

 

蓮太郎とともに、教会を出て、距離を取る。戦闘機のうなり声がかすかに聞こえて、振り返ると、教会が爆発した。

 

教会を燃やす炎は、まるで人のようだった。

 

 

 

 

八幡side

 

「ただいま……」

 

自宅のアパートの戸を開けると、いきなりのタックルを頂いた。持っていたケースが大きな音を立てて地面に落ちる。

 

「お兄ちゃん!連絡もなしに、何してたの!心配したんだからね!」

 

俺にタックルをかけ、万力のように締め付けてきたのは愛する我が妹の小町。

 

「痛い痛い!これでも全身傷だらけなんだぞ!心配するなら、もっと丁重にだな……」

 

「だからだよ!ケータイにかけても繋がらないし、木更社長に聞いてもはぐらかされるし、本当に心配したんだからね!」

 

小町の目には涙が溜まっていた。

 

「すまん。心配かけた」

 

「ホントだよ……危険な仕事してるのは知ってるけど、連絡くらいしてくれてもいいじゃん……」

 

「すまん……あぁそうだ。仕事中にケータイ壊れてな。新しいの買ったから、番号登録するか?」

 

小町は目に涙を溜めながらも、

 

「うん!」

 

満面の笑みを返してくれた。

 

「……八幡、もういい?」

 

留美の一声で現実に帰ってきた。恥ずかしっ!

 

「あ、ああ、大丈夫だ」

 

「ただいま、小町お姉ちゃん」

 

「うん、お帰り!」

 

小町が留美にも抱き着く。

 

「あ、あの……」

 

「ん?えっと、この子は……お兄ちゃんまさか」

 

「違うぞ、誘拐とかじゃないぞ。この子は千寿夏世。留美と同じ、イニシエーターだ。すまんが、しばらく家で預かることになった。よろしく頼む」

 

千寿のプロモーター・伊熊将監は蛭子影胤によって殺されていた。本来ならIISOか三ヶ島ロイヤルガーターに引き渡されるはずなのだが、本人が不安定な状態だったので、俺の判断でガストレアに殺されたことにして家で匿うことにした。ここにいたければここにいればいいし、そうで無ければ実は生きていたということにしてIISOか三ヶ島ロイヤルガーターに行けばいい。前に留美がやっていたことらしい。それからの判断は千寿に任せることにした。

 

「えっと、そんな急に」

 

「……ご迷惑でしたか、小町お姉さん」

 

「お、おねえ……ううん、全然大丈夫だよ!迷惑とか気にしなくていいよ!私のことは、お姉ちゃんと思ってくれたらいいから!」

 

千寿のヤツ、すげえな。一瞬で小町の弱点を見つけて、的確に突いている。小町は普段から留美にお姉ちゃんと呼ばれているが、やっぱりお姉ちゃんと呼ばれたいのは妹の性なのだろう。

 

「そうだ。小町、今から千寿の服を買って来てくれんか?こいつ、今着てるボロボロの服しかないからな」

 

「うん、分かった!えっと、夏世、ちゃんだっけ。行くよ!留美ちゃんもおいで!」

 

「え、あ、そんな、服なんて……」

 

「いいから!女の子がそんな服に無頓着になっちゃダメ!」

 

「いえ、そういうことではなくて……」

 

「小町お姉ちゃんはああなると止まらないから。おとなしく着せ替え人形になるしかないよ」

 

「は、はあ……」

 

小町たちはそのまま買い物に行ってしまった。せめて荷物を運ぶのだけはやってくれませんかね……?

 

俺は玄関前に放置された6つのケースをリビングまで運び込む。誰もいないうちに荷物整理をしておくか。

 

一つ目のケースを開ける。留美が使用していたショットガンとスナイパーライフル、ハンドガンが入っている。簡単に故障がないかを調べた後、ケースに整理して戻す。

 

二つ目のケースを開ける。千寿が持っていた銃機だ。こちらは千寿に任せておこう。中身を触らずに戻す。

 

三つ目のケースを開けようとしたところで新調した電話がバイブ音をあげる。知らない番号からだ。

 

「もしもし?」

 

『私だ』

 

「俺、電話で『私だ』って名乗るヤツ初めて見たよ」

 

『おや、気に入らなかったかい?』

 

「いや、別に。それで、要件はなんだ?」

 

『つれないねぇ。要件がなければかけてはいけないのかい?』

 

「そんなリア充みたいな経験ないから分からん」

 

電話をしながらも、ケースの整理を続ける。

 

三つ目のケースを開ける。千寿が使用していたマガジンや弾薬、手榴弾が入っている。こちらも千寿に任せておこう。

 

『小比奈も会いたがっているよ。次はいつ会えるの、八幡のところにいっても「パパ!」ヒヒヒ』

 

「俺、そんなに小比奈に好かれることしたっけ?」

 

四つ目のケースを開ける。俺と留美が使用していたマガジンや弾薬、手榴弾、プラスチック爆弾、ワイヤー、予備のグローブが入っている。俺の分だけ取り出して残りは留美に任せるか。

 

「里見にやられたケガは大丈夫なのか?」

 

『おや、君から話題を振ってくれるなんて珍しいね。それについては問題ないよ。順調に回復している』

 

五つ目のケースを開ける。伊熊将監が使用していたバスタードソードだ。千寿が将監の形見として持って帰ってきた。これには触らない方がいいだろう。

 

「例のブツは回収しておいた。今はこちらで管理しておく」

 

『ご苦労様。それでだね……』

 

珍しく影胤が言葉を濁す。

 

『……君の目的のことだが、面白いと思う。協力もしてやりたい。だが、その実現には私の目的以上に難しいだろう。それでも、続けるのかい?』

 

その一言に、手を止める。

 

この世界には、『人間』と『呪われた子供たち』がいる。『人間』は、『呪われた子供たち』を迫害し、『呪われた子供たち』は、その目とガストレアウィルスを保有するという理由から『人間』を恐れさせる。

両者には、深い隔たりがあり、相互理解など夢物語だ。それでも、『人間』と『呪われた子供たち』は同じ場所で生きている。『人間』が住む内周区と『呪われた子供たち』が住む外周区との物理的距離は短い。町中に『呪われた子供たち』が現れることもあれば、外周区に『人間』が行き、『呪われた子供たち』を攻撃することもある。

 

それはなぜか、それは東京エリアという小さな箱庭の中だからだ。

 

どれだけ離れようとしても東京エリアの中だけでは限界がある。しかし、モノリスの外で生きられる保障はない。だから、どちらも逃げることは出来ず、お互いがお互いを攻撃し合うような現状になっている。

 

だから、俺は、決めた。理不尽に攻撃される子供たちを守るために、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『呪われた子供たち』による自治エリアを東京エリアの外に作る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのために、何が出来るのかは分からない。何をすればいいのか分からない。本当に出来るのかも分からない。何もかもが手探り状態だ。それでも、俺は答える。

 

「当然だ」

 

手を止めるわけにはいかない。俺は動き続ける。子供たちが子供たちとして生きることができるエリアを作る。

 

俺は六つ目のケースを手元に引き寄せる。ここに来る前は、ケースなんて一つも持っていなかった。荷物はすべてポケットやポーチなどに収めてきた。それは留美も同じ。三本の銃を背負い、体のいたるところに弾薬を所持していたが、ケースは使用していない。これらのケースは、影胤襲撃のために待機していた民警連中がイニシエーターに運ばれるときにおいていったケースを利用している。

 

千寿が一緒にいたことも好都合だった。大量のケースを持っていても、留美も千寿も銃機やトラップを大量に所持するタイプのイニシエーターだった。だから大量のケースを持っていてもさほど周囲の人間から怪しまれることもなかった。また、例え所有者が分からないケースが混じっていたとしても、留美は『千寿が使用しているケースだろう』と、千寿は、『留美さんか比企谷さんが使用しているケースだろう』と判断する。結果として、よく分からないケースが誰もが納得した状態で運ばれることになる。

 

六つ目のケースを開ける。その中には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊れた、三輪車。

 



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な、それでは妾がまるでマトモではないみたいではないか!

3月10日に発売されたコミック『ブラック・ブレット インタールードファッキュー!』をイメージして書きました。
ラジオ風のギャグ回です。本編の補足・説明が目的ですが、本編とは無関係だと考えてください。


木更「祝!ステルス・ブレット原作一巻相当完結!」

 

延珠「『ステルス・ブレット』に興味があるお主!今まで読んでくれたお主も!」

 

木更「物語の世界を予習復習!」

 

延珠「ステルス・ブレット インタールードファッキュー!」

 

木更「今回はラジオで華麗に説明するわ!」

 

蓮太郎「華麗に……ねぇ」

 

木更「何か言いたげね里見くん」

 

蓮太郎「何もないですから刀に手を掛けないでください」

 

木更「よろしい。今回のテーマは比企谷くんと留美ちゃんについてよ!」

 

蓮太郎「この話の主役とヒロインだな」

 

延珠「そして妾はれんたろーのヒロインなのだ」

 

蓮太郎「変な妄言電波に乗せて流すんじゃねーよ!」

 

木更「と、言うわけでゲストを紹介するわ。」

 

留美「どうもー」

 

八幡「うーす」

 

木更「ようこそ留美ちゃん!自己紹介をお願い!」

 

留美「うん、分かった。私は鶴見留美。八幡のイニシエーター。IP序列は13万5800位だね。」

 

木更「うん、里見くん、まともよ!久々、いや、初めてだわこんなマトモなゲスト!もうゲストを呼ぶたびに事務所を滅茶苦茶にしてこのFAQの報酬が修繕費ですべて消えるようなことにはならないわ!」

 

蓮太郎「……どうりで俺の給料の手取りが変化してないわけだ」

 

延珠「な、それでは妾がまるでマトモではないみたいではないか!」

 

蓮太郎「……」

 

木更「……」

 

留美「……」

 

延珠「なんなのだその無言は!」

 

蓮太郎「いや、お前東京エリアの模型壊したりとかいろいろやってるだろ」

 

延珠「そ、それは木更のおっぱいが悪いのだ!どうしてSDキャラなのに木更は巨乳のままなのだ!せっかくSDキャラ化するっていうから、期待したのだぞ!身長も胸もみんな同じになると思っていたのに……」

 

留美「いきなりメタな発言だね」

 

蓮太郎「泣くなよ……あれだ。SDキャラを書くには特徴点を抽出して書く必要があるからだな……ほかのキャラと差別化を図るためにもだな……」

 

木更「それは私の胸以外に特徴がないということかしら……?」

 

蓮太郎「い、いや、違うぞ!そんなんじゃなくてだな……その、なんだ、木更さんにも胸以外にも魅力はあるぞ!その綺麗な黒髪も、面倒見の良さも立派な特徴であり魅力だと思うぞ!うん」

 

木更「里見くん……」///

 

延珠「キィィィィ!!!やはり木更は邪魔おっぱいなのだな!れんたろーもデレデレして!」

 

留美「ゲストとして呼ばれたのに空気…………ねえどういうこと?」

 

木更「い、いやねぇ空気だなんて、ちゃんと覚えているわよねえ里見くん?」

 

蓮太郎「あ、ああそうだなちゃんと覚えていたぞ?」

 

延珠「も、もちろんだとも。この妾がお主を忘れるわけないだろ?」

 

留美「忘れてたでしょ。わざわざ『覚えていた』とか『忘れてない』とか言ってる時点で忘れてる。ソースは私。先生に私だけプリントが配られなくて言いに行った時とか大体そういう。『え、鶴見さん?……ああ大丈夫よ覚えてたわよ今渡そうと思っていたところよ』って言われる」

 

蓮太郎「……」

 

延珠「……」

 

木更「……」

 

八幡「ああ、あるある。そのくせこっちから言いに行かないとあとで『なんで言わなかったの』ってこっちが悪いみたいに怒るんだよな。『みんなプリント貰ってるのに自分だけプリント貰ってないこと分かってたんでしょ』って言われてもみんな貰ってるなんか知らねえし。みんなって言われても俺、誰とも喋らねえからそんなことあっても分からんし」

 

蓮太郎「おわっ!比企谷、いたのか!?」

 

八幡「最初から居たわ。ゲスト紹介時に返事したのに留美にだけ自己紹介を促したのはそこの社長だろ。つまり、俺は悪くない」

 

木更「も、もちろん覚えていたわよ。ちょっと、その、あれよ、需要がないかなって思っただけだから」

 

八幡「ちょっと、需要ないってなんだよ。俺と留美の解説でゲストに呼んでおいて需要ないから無視ってひどくない?」

 

蓮太郎「そ、それでだな。比企谷は機械化兵士なんだよな。どんなことが出来るんだ?」

 

留美「無視したのはそっちのくせに都合が悪くなると無理矢理方向転換してる……」

 

延珠「ほ、ほら、ラジオの放送は時間が限られておるからな!無駄なことに時間を使うわけにはいかんのだ!」

 

八幡「無視されて文句言ったら無駄だから進めろと。泣いていい?ねえ、泣いていいよね?」

 

留美「八幡、よしよし」ナデナデ

 

八幡「オウ、マイスウィート……」

 

蓮太郎「おい、キャラが別の奴とかぶってんぞ」

 

留美「ウフフフフフフフフフフフフフフ」

 

延珠「こっちもこっちで大分やばいのだぞ。目のハイライトが消えておるぞ」

 

木更「もう、全然進まないじゃない!私の最初の感動を返しなさいよ!はい、比企谷くん!さっさとこちらの質問に答えなさい!」

 

八幡「えー働きたくないでござる」

 

木更「だまらっしゃい!いいから答える!」

 

八幡「分かったよ……俺の機械化兵士としての能力はマリオネット・インジェクションだ。皮膚に埋め込まれたナノマテリアルによって周囲の光を任意に捻じ曲げることが出来る。それによって体を透明化することが可能だ」

 

蓮太郎「透明人間になるってことか……それって透明になることしか出来ないのか?例えば、光を操作して変装するとか、別の映像を表示したりとか出来ないのか?」

 

八幡「技術的には不可能ではないが、俺自身がそれを行うことは出来ない。透明化するのはナノマテリアルに触れた光を体の表面をなぞるように捻じ曲げて反対側に突き抜けさせるだけだが、任意の画像を表示させるとなると、ナノマテリアル自身が発光する必要があるため、ナノマテリアルの発光と違和感なく表示させるための演算に大量の電力を使用するから実装されていない。そもそも、対ガストレア用に開発されたからな。変装とか対人間の機能は必要ない。姿が見えなければ十分だ」

 

延珠「へーそうなのか」

 

留美「絶対理解してないでしょ」

 

木更「ありがと。次は留美ちゃんね。留美ちゃんが持つ因子とその特徴を教えてちょうだい」

 

留美「あまり因子の話は気乗りしないけどね……モデルはコックローチ。ゴキブリね。ガストレア因子が作用して、二本の触覚が頭から生えてるの。因子が持つ能力としては、この触覚を利用して空気の振動を読み取ることで周囲の情報を得ることが出来るわ。ただし、動いているものに限られるけど。それと、敏捷性もちょっと高いかな」

 

延珠「嬉しそうな時とか触覚がたまにピコピコしておるよな。感情によって動くとか犬のしっぽみたいだな」

 

蓮太郎「比企谷のそのアホ毛もたまにピコピコしてるよな」

 

八幡「これはマリオネット・インジェクションで光を受け流す方向を知るためのアンテナだ。俺も留美も動くのは道理だ」

 

木更「え、それじゃあこれホントに妖怪アンテナじゃない!」

 

留美「ふふん」ドヤ

 

八幡「はっ」ドヤ

 

蓮太郎「ドヤ顔もうざいけど二人の触覚とアホ毛がピコピコしてるのがすごくうぜえ」

 

延珠「あたっ、いてっ、留美、お主、触覚が妾に当たっておるぞ、あてっ」

 

雪乃「全く、比企谷くん。あなた、自分のペットのしつけも出来ないのかしら?いつか過失傷害で訴えられるわよ」

 

木更「な、今は本番よ!あなた誰よ!後にしてちょうだい!」

 

八幡「……」

 

蓮太郎「それより、今何と言った?ペットだと?イニシエーターはペットじゃない、人間だ!」

 

留美「ペット……私が八幡のペット……たまには、そういうのも……」///

 

延珠「お主、本格的に大丈夫か?」

 

雪乃「人間じゃない生物を家で飼っているのをペットでなければなんなのかしら。危険な生物を飼うのであれば、しつけ等しっかりとして頂かないと困るわね」

 

蓮太郎「テメェ……」

 

八幡「……」

 

雪乃「何よ……比企谷くん、なにか言いなさいよ。そして私にナイフを突き付けて冷たい声で罵りなさいよ!」

 

八幡「……は?」

 

雪乃「察しが悪いわね。私が『呪われた子供たち』を侮辱したのよ?あの時みたいに罵りなさいよ。そうしたらラジオで放送されるから、それを録音すればいつでも比企谷くんが私を……フフ♥」

 

八幡「おい、こいつこんな奴なのか?これ、本編はこうならないよな?ここだけのキャラだよな?そうだよな?」

 

留美「まあ、気持ちは分からなくもないけど」

 

木更「分かっちゃダメ、忘れなさい」

 

雪ノ下「フフ、フへへ……はっ!今のは忘れなさい。それより、外にもう一人居たけど、入れてあげないのかしら」///

 

延珠「今、ごまかそうとしたけどお主もうどうしようもないぞ」

 

蓮太郎「それより、ゲストがまだいるのか?入ってきてもらえよ」

 

木更「そうね、誰かしら。ゲストは比企谷くんと留美ちゃんだけのはずだけど」

 

八幡「分かるぞ。戸塚だろ。マイスウィートエンジェル戸塚に決まっている!」

 

雪乃「あなた、戸塚くんと本編で接触ないじゃない」

 

八幡「そんなのは関係ない。俺の戸塚への愛は世界線を越える!」

 

蓮太郎「まあ、入ってきてもらえば分かるだろ」

 

木更「そうね、スタッフさん、入れてちょうだい」

 

里津「この元序列550位の占部里津がこのラジオを最高のユーモアを交えつつカタしてやるよ」

 

全員『誰!?』

 

里津「な、なんでだよ!元序列550位だぞ!」

 

留美「550位って……かなり上なのは分かるけど、それでも上に1100人いるのに順位だけで覚えられないよ」

 

里津「だったら教えてやるよ。元序列550位、モデル・シャーク。占部里津だ!覚えてろよ!」

 

八幡「それ忘れるフラグじゃねえか……というか、なんで来たんだよ」

 

里津「え?」

 

八幡「だから、お前、原作でも一瞬で殺されてるし、別に人気あるわけでもないし、そもそも『ステルス・ブレット』がそこまで続くとは思えんぞ」

 

里津「…………ぐす、ひっく」

 

木更「ちょっと!なに小さい女の子泣かせてるのよ!」

 

八幡「えーこれ俺が悪いの?」

 

蓮太郎「こんなパンクな格好してるのにメンタル弱いな」

 

里津「うう、うううううううう」

 

延珠「おい、お主。なぜその曲剣(カトラス)を抜くのだ?」

 

雪ノ下「ふふ。幼女を言葉攻めにして泣かせる鬼畜っぷり。流石ね。でもその矛先はこちらを向けてほしいものだわ」

 

留美「確かに」

 

八幡「留美までなに言ってんの……?」

 

里津「うわあああああああああああん!!!」

 

蓮太郎「おいやめろ暴れるな機材が壊れたらどうするんだ!」

 

木更「やっぱり最後はこうなるんじゃない!やめて機材は弁償出来るか分からないから!」

 

留美「やはり私のラジオ放送はまちがっている……!」

 

八幡「お前今日何言ってんの……?」

 




ステルス・ブレット本編でゆきのんをMにするつもりも里津を出す予定もありません。いまはまだ。そのあたりご理解頂けたらと思います。


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VS鎧袖一触の白兵戦士
新たな依頼


早朝、道場にて俺たちはそれぞれ訓練を行っていた。

 

社長は抜刀術を、里見は延珠の稽古を行っていた。俺はグローブを装着して数メートル先に立てられた丸太を睨み付ける。

 

「シッ」

 

息を短く吐き、走る。グローブに覆われた指先の先端を合わせ、グローブの手の甲の部分に収められたワイヤーが両手の五指の先端からせり出し、グローブから発せられた熱によって溶着させる。両腕を広げると両手の指同士の間が一メートルほどのワイヤーで繫がった状態になる。そのまま、丸太の横を抜けながら丸太に巻き付ける。そして自身の腕の力とグローブに内蔵されたモーターでワイヤーを引っ張る。

 

丸太は簡単に六つに分断された。走り出してから丸太を分断するまで五秒。足りない。もっと速くしなければ。

 

と、キン、キンという音が響く。留美と千寿がナイフを打ち付けあっている。速度でいえばもともと敏捷性の高い留美が優勢だが、間合いの取り型や構え方などの技術面や戦略面でいえば千寿のほうが上回る。

 

キィン!というひと際大きな音とともに千寿のナイフが弾かれ、地面に落ちる。勝負あったようだな。

 

「おみごとです、留美さん」

 

「……力任せにたたきつけるしか出来ない私が、技術で上回る夏世に言われても」

 

「私と留美さんが打ち合って私が負けた。これが結果です」

 

最近、留美が近接戦闘の訓練に力を入れるようになった。これまではショットガンなどを使用した中~遠距離戦闘を主体としていたが、先日のテロの一件からなにか変化があったようだ。本人に聞いても「悪いカマキ……虫が寄り付かないように」とのこと。理解できない。

 

「里見くん、比企谷くん」

 

社長が声を掛ける。そろそろ登校時刻のようだ。

 

「あー延珠、じゃあ俺たち、学校行ってくんぜ」

 

「留美、千寿。俺も行くわ」

 

グローブを脱ぎ、俺も登校の準備をする。

 

「……延珠、お前の受け入れ先、なるべく早いうちに見つけてやるからな」

 

「ゆっくりでいいぞ」

 

少し困ったように延珠が笑っている。

 

「八幡、学校とか私はいいから。強がりとか遠慮とかフリとかじゃなくて本気でいいから」

 

「分かってるよ」

 

 

 

 

 

「延珠ちゃんたちの通う小学校、まだ見つからないの?」

 

「ああ……」

 

登校中の社長の一言にから返事を返す里見。あの一件以後、延珠と留美が『呪われた子供たち』であることは近隣の学校にまで伝わっており、転入を拒否され続けている。

 

「里見も社長もそんなに学校に通わせたいのか?」

 

俺は正直、学校なんてろくなものじゃないと思っている。勉強なら家でも出来る。特に俺や留美のような勉強する意味や理由をそれなりに理解し、自宅学習がある程度出来る奴にとっては学校でほかの子と勉強するほうがかえって効率が悪い。こう言うと誰もが「勉強以外にも学ぶべきことがたくさんある。人間関係の作り方や社会の生き方など、人として成長するために学校に通うのだ」と反論する。そんなモン要らん。ほしいとは思わない。人の顔色伺って過ごすような、仮面を被って嘘をついて溶け込むような、クラスのトップカーストで好き勝手に振る舞うような、ぼっちや弱者を見下して嘲るようなそんな人間を作る教育を強要されるなら、必要ない。

 

「そりゃそうだろう。延珠と留美だって勉強したいだろうし、友達も欲しいはずだ」

 

「勉強は自宅でも出来るし、留美に関しては友達なんて欲しくないだろう。『呪われた子供たち』が学校で友達を作るとなると当然、『人間』として自分を周囲に偽って過ごすことになる。学校の友達というほど不確かであやふやで嘘偽りの存在もないことをぼっちは知っているからな。ぼっちである俺も留美も、そういった存在は嫌悪している。延珠も、自分を偽って友達を作って、表面上だけの人間関係を構築して、それでいいならいいんだが。」

 

「それは……」

 

「『呪われた子供たち』を『人間』として扱うことと、『呪われた子供たち』を『人間』の中に入れることは違うということをよく念頭において考えるようにしろよ」

 

「まあ、なんにしても先立つものは必要よね。そこで、里見くんを指名しての依頼が来たわ。なんと依頼人は聖天子様。任務は護衛よ。運が回ってきたわね」

 

「お、俺が!?」

 

「比企谷くんには何もないわ。先日のテロで裏でいろいろやってくれたのは知っているけど、もう少し表に出てくれないと知名度も上がらないし実績として処理されないのよね。おかげで比企谷くんの序列は変化なし。里見くんは千番まで上がったのに」

 

「おい里見、お前のせいで俺までとばっちりが来たじゃねえか」

 

「俺のせいかよ!」

 

 

 

 

 

昼休み、俺は教室の自分の机で一人、弁当をつついていた。小町の手作り弁当である。小町は、家事を一手に引き受けてくれており、苦労を掛けている。将来、きっといいお嫁さんになるだろう。させるつもりなど毛頭ないが。だが俺は見てしまった。小町が里見に弁当を渡しているのを。そしてこの教室で今まさに中身が俺と同じ弁当を里見がつついているのを。小町には里見は小学生にしか興味がないとちゃんと伝えたはずなのに……。

 

外は小雨。教室では今日もウェイウェイとうるさい。マイスウィートエンジェル小町特製弁当の味が汚染されているような気分になるからやめろ。

 

弁当を食べ終え、教室を見回すと、窓際にひと際目立つグループがある。いつぞやの巨乳ビッチとキラキライケメンがいるグループだ。このご時世に、実に楽しそうに笑っている。あんなものを見ていると空からいきなり鳥型のガストレアが空から現れないかなーなんて妄想が捗ってしまう。

 

と、巨乳ビッチと目が合う。巨乳ビッチはビクッとして縮こまる。俺はぼっちスキル「あなたは見ていませんよ?後ろを見ていたんですよ?」を発動させ、ゆっくりと視線を後ろの雨雲に移しながら目をそらす。ウム、完璧である。

 

ガラッ、と戸を開ける音が教室に響く。教室はチラリと戸のほうを見て、静まり返る。入ってきた女子生徒を見て、教室がシンとなる。

 

イニシエーター差別者・雪ノ下雪乃がそこにいた。

 

教室に入ってきた雪ノ下は、近くにいた男子に声を掛ける。

 

「比企谷くんはどこかしら?」

 

「ヒキタニ?誰?」

 

またこのパターンですか。しかしこの周囲が静まり返った状況では教室から出ることも透明化することも出来ないだろう。とりあえず寝たふりをして気づかれないようにするしかない。

 

「ヒ、ヒッキーならそこだけど」

 

あのクソビッチがああああああああああ!!!

 

「こんにちは比企谷くん。昼休みに一人だなんてやはり友達がいない人間のようね」

 

無視だ。無視。寝たふりを決め込む。絶対に反応しない。

 

「あら、無視とはいい度胸ね。二人きりの教室であれだけ乱暴しておいてその後は放置とは最低な男ね」

 

「オイ、そんなことしてねぇだろ」

 

反応してしまった。周りがいろめき立つ。女子が叫んでいる。なんで女子のキャーって叫びはあそこまで耳障りなん?ラノベ主人公みたいな難聴になっちまうだろ。男子がまたあいつかとか死ねよとか呟きながら恨みがましい視線を送ってくる。これは無視出来るのでどうでもいい。

 

「ヒヒヒ、ヒッキー!なんで雪ノ下さんと知り合いなの!?というか、この前の黒髪の人のことも姫菜のことも説明してほしいし!」

 

何で説明せにゃならん。あと最初のほうで蛭子影胤さんが笑ってるのかと思って背筋が一瞬ビクッてなったわ。

 

「で、何の用だ雪ノ下」

 

「無視すんなし!」

 

「あら、平塚先生があなたが部活に来ないことが大層ご立腹でね。私自ら部活に連れていくように言われたわ」

 

「俺はそんな下らん部活に行く気はない」

 

「あなたがどう思っているかはどうでもいいのよ。平塚先生からの命令でね。私も不本意なのだけれど」

 

「ヒ、ヒッキー?」

 

「お前の事情こそ知るか。どちらにしても今日は用事があるんでパスだ」

 

「あら、聖天子様の依頼はあなたは関係ないでしょう、カメレオン谷くん?」

 

俺は慌てて周囲を見回す。クラスの連中はこちらを見ていたが、さっきの話は理解できていないようだ。里見だけがこちらを睨み付けている。

 

俺は、声のトーンを落として話を続ける

 

「…………なんのことだ?」

 

「そんな反応をされてはバレバレよ。調べさせてもらったわ。あなたのこと、正確にはあなたとあなたが勤める会社とその関係者についてね」

 

「カメレオンって、まさか機械化――」

 

「それはあなたとしても言いたくはないでしょう?」

 

「どうやってそんなところまで調べた。俺の体のことは機密情報のはずだぞ」

 

「祖父に頼んで、少しね」

 

「聖天子副補佐官の立場を使って孫に機密情報教えるとか孫に甘すぎだろ……もう一人の側近は孫と殺し合いそうなくらい仲が悪いのに……」

 

「ちょ、ちょっと、何話してるの!無視しないで!」

 

「それで、あなたに仕事を恵んであげるわ。私の護衛をさせてあげる。私の祖父も今はアメリカかどこかに訪問していてね、詳しくは聖天子様から説明があると思うわ。その間、学校にいる間の護衛が欲しかったのよ」

 

「……そこから先は移動してからで構わないか?」

 

「なら、部室を使いましょう。そこなら問題ないでしょう」

 

「分かった。里見、お前もこい。この件はお前の今回の依頼にも絡んでるからな」

 

「え?ああ、分かった」

 

「……里見くん、だったかしら?あなたは今回の護衛任務について、どれだけ知っているのかしら?」

 

「聖天子様の護衛任務があるとだけ。今日の放課後に聖居で説明を受ける予定だ」

 

俺たち三人は教室を後にする。嫌な予感がする。雪ノ下の依頼も聖天子様の依頼も厄介なことになりそうだ。

 

 

 

「……うう、ぐす。ヒ、ヒッキー……」

 



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感謝と恋慕と謝罪

結衣side

 

最近、何にも集中できない。

 

もともとあたしは何かに集中することが苦手だけど、最近はそれが悪化している。原因はなんとなく分かっている。数日前、ヒッキーを訪ねてきたミワ女の制服を着た綺麗な人。その人はヒッキーを連れて帰って行った。それから胸にモヤモヤした何かを感じるようになった。

 

 

 

 

 

入学式の日の朝、車に轢かれそうになったサブレを勾田高校の制服を着た人が助けてくれた。その時に足と車が接触し、そのまま救急車に連れられて行ってしまった。その入学式のあと、同じクラスの比企谷という人が交通事故にあって入院していると担任の先生が言っていた。きっとその人が今朝サブレを助けてくれた人なんだって思った。先生に彼が入院している病院を聞いてみたが、学校も把握していないだとか。その代わり、彼が住むアパートの住所を教えてもらった。

 

あたしは買ってきた菓子折りとともに、その家を訪れた。病院に入院していないが学校に登校していないということは、自宅で療養しているハズだ。正直、怖かった。事故が起きた原因はあたしだ。なにか言われるかもしれない。

 

チャイムを鳴らす。アパートの玄関の戸が開いて、少女が出てきた。

 

「は~い、えっと、どちらさまで?」

 

「あ、えっと、由比ヶ浜結衣です。比企谷さんのお宅ですか?」

 

「はいそうですが」

 

「えっと、比企谷八幡くんはいますか?」

 

「あ~すみません兄は今、家にいなくて。それで兄とはどういった関係で……?」

 

「あ、えっと同じクラスで」

 

「そうですかそうですかお見舞いに来てくださったんですね~」

 

「えっと、そんなところです」

 

「どうしてお見舞いを?」

 

「え?」

 

「同じ中学からあの高校に行った生徒は兄だけです。そして入学式の日に事故に遭った。つまり兄の学校のクラスメイトとは一切の面識がない。クラスを代表して一人で……という風にも見えません。もしそうならあらかじめ学校からアポが入るでしょうし、持ち物も色紙とか手紙とかそういうものを持ってるようには見えません。面識のない兄のお見舞いをあなた一人だけでする理由がない。何が目的ですか……?」

 

妹さんにすごく疑われている気がする。顔が怖い。かなり警戒されている。

 

「えっと、入学式の日にサブレを散歩してたらリードを放しちゃって、そこに車がきたところに比企谷八幡くんに助けて頂いたんですけど……、えっとその時に……」

 

「なるほど、つまり兄はその……サブレ?を助けようとして事故に遭ったと。そういうことでしたか~お兄ちゃんこんな綺麗な人とフラグ立ててたなんて」

 

「えっと、その」

 

「ああごめんなさい兄は今面会拒絶状態でしてね~おそらく退院するまで会えないと思いますよ」

 

「え、そんなひどいけがだったの!?でも、先生は骨折だって!?」

 

「骨折で入院……学校にはそう通してたんだね……。いえ、けがに関してはそれほど大した事ないです。むしろ数日で回復するかと。ただその病院のほうが特殊というか……そういうことなんで、もしよかったらお菓子と伝言か何かあれば承っておきますよ?」

 

「あ、それじゃあお願いします。助けてもらってありがとうって言ってもらっていいですか?」

 

「了解です!小町にお任せ~♪」

 

「小町……さん?それと、事故のことはごめんなさい!」

 

「いえ、それは気にしないでください。兄ならきっと勝手にやったことだからって言いますよ」

 

「……ありがとう」

 

「それは兄に言ってやってください!」

 

「うん、ありがとう!それじゃあね!」

 

私はアパートを後にする。まだ本人に直接言えたわけじゃないけど、胸に刺さったとげが少し抜けたような気がした。

 

 

 

「やっぱり、小学生じゃなくてああいうちゃんと胸のある人がお姉ちゃんになってくれるほうが小町的にポイント高い!」

 

 

 

 

 

結局、お菓子を渡してからの進展はない。彼は数日で病院から退院し、登校するようになったが、いつも彼は一人だった。誰かと話しているのを見たことがない。そのうえたまに学校を抜けたり数日間休んだり、体に包帯を巻いた状態で登校することが多かった。そういうことがあるたびに小さく笑ったり本人がいないところでいろいろ言われたりしている。そういうことを聞くたびに愛想笑いをして話を合わせてしまう自分が嫌になる。

 

今までの経験上、ハブれている子に話しかけるとあたしがハブられてる子の仲間と思われてあたしもハブられてしまう。だから動けない状態が続いた。あたしの周りにはいつも誰かいる。誰かといることは楽しいし、そういう存在がいるのは嬉しいことだけど、それが今は邪魔に感じる。それでも、切り離す度胸もない。あたしって、嫌な奴。

 

気が付くと彼を目で追っている。だけど何も出来ない。そんな状態が一年間続いて、あたしは二年生になった。

 

彼……ヒッキーとは同じクラスになったけど、それでも何も出来ない状態が続いていた。そんな中現れたのがミワ女の制服の人だ。彼女がヒッキーを連れて行くのを見ていて、なぜか胸がモヤモヤした。なぜ?いつも見ている男の人と仲良くする女の人が現れて嫌な気持ちになる。それってつまり嫉妬?あたしがヒッキーのことが好きで、だから他の女の人と話しているのが嫌?

 

これが、恋?

 

そう思うと、顔が真っ赤になる。あたしはお礼がしたいからヒッキーを見ていたのではなく、好きだから見ていた?だから目で追っていた?だから嫉妬をする?

 

恋だと言われると違うと言いたくなるが、恋だと今の気持ちも説明がつく。あたしはヒッキーが好き?サブレも助けてもらったし、嫌いじゃないと思う。でも好き……なのかな。

 

恋をすると世界が変わるというが、恋かもしれないと自覚してもすこし変化するのだろうか。ヒッキーがいる教室はそれだけで色鮮やかに見えるし、いないと冷たい空気になっているように感じる。ヒッキーが電話で何か話しながら必死の形相で授業を抜け出したときはカッコいいと思ってしまったし、姫菜に紙を渡していたときは胸がモヤモヤした。

 

そして昨日、昼休みに出て行った雪ノ下さんと一緒に出て行ったヒッキーがその日の授業……どころか今日の最後の授業になっても登校していないヒッキーのことを思うと胸がキュッてなる。もしかして、雪ノ下さんとヒッキーは付き合って……?じゃあ、この前のミワ女の人と姫菜は?もう、分からない。あたしはヒッキーが好きなの?ヒッキーは誰が好きなの?

 

「……ヶ浜、由比ヶ浜!」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

平塚先生があたしを呼んでいた。

 

「どうした由比ヶ浜、ぼうっとして……体調でも悪いのか?」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

「ふむ……今日の授業はこれで終わりにしよう。残り五分残っているが、板書が終われば自習とする。由比ヶ浜、ちょっと来い」

 

「は、はい……」

 

あたしは言われたままに平塚先生についていく。先生はそのまま近くの階段の踊り場に連れてきた。

 

「それで、何か悩みでもあるのか?私で良ければ、相談してくれないか……?」

 

まさか先生に「ヒッキーが好きかもしれない」なんて相談は恥ずかしくて出来ない。でも相談に乗ってもらえるなら、ちょっと打ち明けてみようかな……。

 

「実は、お礼を言いたい相手がいるんですけど、なかなか言えなくて……」

 

「ふむ、お礼か……。それはどうやってお礼をしたらいいか分からないからか?送り物はいるのかとか、何を言えばいいか分からないとか」

 

「……それもありますけど、きっかけがつかめなくて……」

 

「きっかけか……なら、手作りクッキーなどはどうだ?メッセージカードなどに礼を書いて、クッキーと一緒に袋に入れてしまえば、あとは勢いで渡すだけでいい。直接言葉を伝えるとなると変なことを言ってしまったりして失敗するかも知れないが、この方法なら渡すだけで済むぞ。メッセージもクッキーも事前に用意できるからな。それに、クッキーなら向こうも嬉しいから受け取って貰えるだろう」

 

「そうだ!その方法なら……!でも、あたし、クッキーなんて作ったことないし……」

 

「それは私もないな……なら、放課後、この教室に行くといい」

 

そう言って先生は紙きれに学校の地図みたいなのを書いて渡してきた。

 

「ここは、生徒のお願いを叶えてくれる場所だ。必ず叶うかは分からんが、ここへ行ってみるといいだろう」

 

「ここは?」

 

「私が顧問をしている奉仕部の部室だ」

 

と、チャイムが鳴り響いた。先生は紙きれを眺めていたあたしを残したまま去っていった。紙を眺めながら、あたしは教室に戻った。

 

行くかどうかはとりあえず放課後に決めよう。あたしがヒッキーを本当に好きかどうかもそのときに考えよう。

 

 

 

 

 

放課後、地図にある教室をノックする。中から「どうぞ」という声。恐る恐る入る。

 

教室には、雪ノ下さんがいた。きょろきょろしてると、見知った男子がいた。ヒッキーだ。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

 

「……や、俺ここの部員だし」

 

いや、今日学校休んでたじゃん!なんで学校にいんの!?

 

「で、あなたは誰?」

 

なんで小学生がいるの!?あなたが誰!?

 

「由比ヶ浜結衣さん、ね」

 

「あ、あたしのこと知ってるんだ……」

 

なんか普通に話を進めるからヒッキーと小学生がここにいるのが当然だという気がしてきた……。

 

「あのあの、あのね、クッキーを……」

 

そこまで言ってヒッキーを見る。ヒッキーに渡すクッキーなのにヒッキーに聞かれるのはちょっと……。

 

「ちょっと『スポルトップ』買ってくるわ」

 

「私は『野菜生活いちご一〇〇いちごヨーグルトミックス』でいいわ」

 

「八幡、私オレンジジュース」

 

え、なんでみんなそんなナチュラルにパシってるの?

 

 

 

帰って来たヒッキーからコーヒーを受け取る。こういうさりげない気使いとか出来るんだ……と思ってコーヒーのラベルをみると『男のカフェオレ』。どうして女子のあたしにこのチョイス?

 

「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べてもらいたい相手がいるのだけれどクッキーを作る自身がないから手伝ってもらいたいそうよ」

 

わざわざヒッキーがいないところで話したのに、あたしが話したことほとんど話されてる気がするよ……。実名はあたしも出してないから問題ないけど……。

 

そんなわけで家庭科室に移動してクッキー作りを開始!一回目の挑戦!大丈夫!確かに初めてだけど、雪ノ下さんもいるし、何とかなるよ!………………………………完成!……完成?ヒッキーが木炭なんて失礼なことを言うけど、食べればきっとおいしいよ!

 

みんなクッキーを持って、いざ、実食!

 

……まずい。なんで砂糖あれだけいれたのに苦いんだろ……?

 

ちらりとヒッキーを見る。すごい脂汗かいてる……。

 

「……あーその、なんだ、まずいことを承知で覚悟して食えば全く食えんことも「うえっほ!ゲホ!ゲホ!えっほ!うえっ……なにこれ、マズ……おえっ」……ないかもしれんな」

 

なんか気を使ってくれたのに小学生がむせこんでて台無しだよ!まあ一番台無しなのはこのクッキーだけど。

 

その後才能がないと言った私にカッコいい暴言を吐いた雪ノ下さんはクッキー作りに取り掛かる。店で売ってそうな綺麗なクッキーを作り上げた。あたしのクッキーとは大違い。

 

「おいし~~八幡おいしいよこのクッキー!こんな女が作ったって分からなかったらもっとおいしいのに!」

 

小学生が笑顔ですごいこと言ってる。ヒッキーもおいしそうに食べてる。

 

「由比ヶ浜さん、再挑戦しましょう。努力に憾みなかりしか、よ」

 

そうだよね。努力出来る人を羨ましがっていてもダメだよね(※違います)。

 

その後あたしはクッキー作りに再挑戦。けど出来たのは雪ノ下さんのに比べると見た目も味も食感も比べものにならないくらい悪い。食べられないことはないけどこれじゃあ……。

 

その後ヒッキーが一〇分で本物のクッキーを作ると言ってあたしたち三人を外に出す。売り言葉に買い言葉で出てきたが、よく考えるとオーブンで焼くだけで三〇分ぐらいするよね……?

 

小学生が心配そうな顔をしている。そういえばこの子はなんなんだろう。いくらなんでもヒッキーと雪ノ下さんの子供とかじゃないだろうし。

 

あたしはかがんで目線を同じ高さにして話しかける。

 

「えっと、あなたの名前は……?」

 

「鶴見留美」

 

「そ、そうなんだ……」

 

そっけない対応。なんかヒッキーみたいなところがある。見れば見るほど不思議な子だ。

 

年齢の割に落ち着いている。小学生とは思えない落ち着き方だ。さっき雪ノ下さんのクッキーを食べていたときは年相応だったのに。

 

髪型も特徴的だ。いや、これ、髪型なのだろうか。おでこのあたりから生えた髪の毛よりも少し太い毛が膝下まで垂れており、ときおりピコピコと動いている。まるで犬のしっぽみたい。

 

「ねえ、学校はどうしたの?」

 

「学校なんて行くだけ無駄だし」

 

「そんなことないよ。学校、楽しいよ」

 

「あなたはね。あとそこの女も」

 

「あら、あなたが学校に行くのはおかしいのではないかしら?教育を受けるのは『人間』だけでしょう?」

 

「そうだね、『人間』じゃないから受けないの。『人間』はおとなしく飼育小屋で勉強してればいいよ」

 

「え?ちょっと、人間じゃないって、どういうこと?」

 

「由比ヶ浜さんも知っているでしょう?『人間』ではないのに『人間』の女の子のような姿をしている存在を」

 

「え、それって……」

 

『呪われた子供たち』。ガストレアウィルスを体内に保有する赤い目をした人のこと。

 

「え、でも留美ちゃんの目、赤くないよ!?」

 

「特殊な訓練によって力を発動しない時は目の赤化を抑えることが出来るのよ。小賢しい知恵ね」

 

「いちいちそういうこと言ってるから友達が出来ないんだね。人の弱みを見つけるとねちねちとつついてくる」

 

「あら、私は事実を言っているに過ぎないわ」

 

この子が『呪われた子供たち』……。みんな『呪われた子供たち』を嫌っていることは知っている。そういう話になると、みんな口をそろえて消えればいいとか外周区に帰れとか言う。あたしもその中で話を合わせるように同じことを言う。でも、あたしは知っている。クラスで誰かをハブるときも同じようにしていることを。

 

確かに『呪われた子供たち』が怖いかと言われれば怖い。体内にガストレアウィルスを持っているということは近くにいたりすると感染するかもしれない。けど、誰かにハブられたりするのはきっと悲しいし、辛いと思う。

 

「あ、あの!それでどうして留美ちゃんはここに……?」

 

「由比ヶ浜さんも言っているわよ。ガストレアは東京エリアから出ていくべきだと」

 

「そうなの?」

 

「ち、ちが、そうじゃなくて、どうして高校に来てるのと思って。飛び級……とかじゃないよね?」

 

「ああ、それは、ちょっとね」

 

質問の返しに戸惑っているみたい。と、家庭科室の戸が開いてヒッキーが中に入るように促す。入ってみると、テーブルの上にはボロボロのクッキーがある。

 

これが本物のクッキー?見た目も味も大した事ない。大口叩いておいて出来たのがこれなの!?怒りを感じる。こんなクッキーしか出来ない人にさっきまで好き勝手に言われたのが腹が立つ。

 

けど、ヒッキーが残念そうな顔で捨てようとするのを見て、胸が苦しくなった。ヒッキーはヒッキーなりにあたしに何かしてくれて、それなのに綺麗なクッキーをヒッキーが焼けなかったことに怒るなんて、まちがってる。それなのにあたしのせいでそんな顔をさせちゃったなんて、嫌だ。

 

ヒッキーが捨てようとしたクッキーを奪い取って口に収める。その後、このクッキーがあたしがさっき作ったものだと言われた。そして綺麗なクッキーを作ることよりも努力して作ったことをアピール出来るクッキーのほうが男心を揺さぶれると言われた。

 

そういうもの……なのかな。それは手を抜いてるだけなんじゃないかな……。

 

「……ヒッキーも揺れるの?」

 

「あ?あーもう超揺れるね」

 

そっか。なら……。

 

「もう一回、教えてもらっていい?」

 

「え、続けるのか?」

 

「うん、だって努力したことを伝えるならちゃんと努力してからじゃないとね!」

 

あたしがそう告げると雪ノ下さんが感心したように笑っていた。ヒッキーも留美ちゃんも笑ってる。あたしも笑ってしまう。やっぱり、あたし、ヒッキーが好き。理由は自分でもよくわからないけど、好きなんだと思う。だって、その好きな人とこうやって笑い合うのがすごく幸せなんだもん。

 

 

 

「クソッ!!!」

 

 

 

いきなりヒッキーがあたしと雪ノ下さんに覆いかぶさるように押し倒す。そのまま尻もちをついてしまう。と、家庭科室が爆発した。赤い炎と黒い煙が上がり、床板があちこちに飛んでいる。思わず目を閉じてしまう。

 

恐る恐る目を開けると、天井が広がっていた。けどさっきまでヒッキーがいたはずなのに。それにヒッキーにのしかかられていたときの感触がまだある。誰かがあたしの上にいるはずなのに、誰もいない。

 

「留美!ここでこいつらの護衛を頼む。俺は襲撃者を追う」

 

ヒッキーの声が聞こえるけど、姿が見えない。襲撃者?何が起こっているの?

 

「でも、私が行ったほうが速いよ!?」

 

「いいから。恐らく、お前も戦闘になる。その時は、お前が雪ノ下を守るんだ」

 

「……分かった」

 

上にのしかかられていた感触が消えた。何がどうなっているのか全然わからない。

 

「まさか本当に必要になるなんて……」

 

「雪ノ下さん?何か知ってるの!?どうなってるの!?」

 

「説明はあと!とにかく逃げるよ!」

 

留美ちゃんの手には拳銃と黒いナイフ。どうしてそんなもの持ってるの……?

 

留美ちゃんのあとを追って家庭科室の戸へ駆け寄る。

 

「止まって!」

 

留美ちゃんの声に反応してあたしと雪ノ下さんは足を止めた。

 

ドゥン!という大きな音を立てて戸が吹き飛ばされた。あのまま止まらなかったら間違いなく戸と一緒に吹き飛ばされてた。

 

戸があった場所には、一人の女の子がいた。青がかった髪をした小学生くらいの女の子。目は真っ赤に光っていて、手には真っ黒な鎧みたいなのをつけてる。

 

「えーっと、たーげっとは黒い髪の人だっけ。……あ、いた!」

 

女の子はすごい勢いで走って来て、その手を振り下ろす。瞬時に前に出た留美ちゃんがナイフで受け止める。けど力負けしたのかそのまま膝をつく。女の子は跳ねるように後ろにさがる。留美ちゃんも拳銃を構える。

 

「あれー?あなた、イニシエーター?残ってるのはプロモーターって聞いてたのに。さーちゃんの嘘つき」

 

「残念ね。爆発物を投げ込んだのはあなたのプロモーター?今頃八幡が追ってるよ」

 

「そう、けーちゃんは序列四〇二三位、モデル・ヒポポタマス。けーちゃん」

 

「けーちゃん……コードネーム?まあいいや、私は序列一三万五八〇〇位、モデル・コックローチ。鶴見留美」

 

そう言うと留美ちゃんはけーちゃん?に拳銃を向けて撃つ。けーちゃんは手の鎧で弾丸を弾いている。

 

「とにかく、離れましょう。このままでは巻き添えをくらってしまうわ」

 

雪ノ下さんに手を引かれて家庭科室の隅に移動する。

 

入り口付近では留美ちゃんとけーちゃんがナイフと鎧を打ち付けあっている。と、ざわざわした声が響いてくる。きっと、さっきの爆発音を聞きつけて様子を見に来たんだろう。

 

「ちぇっ、誰か来ちゃった。じゃあ、帰るね。バイバーイ」

 

けーちゃんは窓から飛び降りてどこかへ行ってしまった。

 

いったい何がどうなっているの……?

 



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第一次雪ノ下襲撃事件

八幡side

 

「私の祖父が留守の間、学校での護衛を依頼するわ」

 

昼休み、俺と里見は奉仕部の部室で雪ノ下から依頼の説明を受けていた。

 

依頼内容は聖天子副補佐官が帰国するまでの間、学校にいる間透明化した状態で近くで護衛を行ってほしいとのこと。

 

自宅や通学中は専属で護衛を行う人間が存在するが、雪ノ下は護衛をつけることをかなり嫌っており、学校内では護衛をつけていないそうだ。

 

しかし、今回、聖天子補佐官と聖天子副補佐官の両方が海外を訪問しているらしい。両方いない、というのは初めてのことらしく、もしかしたら今まで二人がいるために行動出来なかった派閥などが雪ノ下に手を出すかもしれないとのこと。

 

里見は恐らく聖天子補佐官の代わりとして聖天子様の護衛を引き受けることになるのだろう。その説明を放課後に受けるはずだ。

 

時計を見ると昼休みは残り五分。

 

「里見くん、そろそろ教室に戻ったらどうかしら。鍵は私が掛けておくわ」

 

「お前たちはどうするんだ?」

 

「彼にはまだ依頼の説明を続けるわ。次の授業の時間を使ってね」

 

「なら俺も残ったほうがいいんじゃないか?」

 

「あなたは今回の事情について聖天子様から説明を頂くでしょう?あまり詳しすぎると疑われる可能性があるわ。それに、今から話すことはあまり多くの人間が知るべきではないわ。漏洩の可能性があるもの」

 

「……分かった」

 

そういうと足早に教室へと戻っていく。部屋には俺と雪ノ下との二人きりになる。しばらくしてチャイムが鳴り響く。

 

「学校一の優等生が授業サボっていいのかよ」

 

「先生には部室で食事していたら貧血で倒れてしまったと説明するわ。あなたは大丈夫なのかしら」

 

「まあ、どうとでもなるだろ。別に成績なんて気にしてないし」

 

俺が学校に通うのは後援者(パドロン)との契約があるからだ。民警としての依頼が理由なら契約には問題ない。

 

「そう、なら話を進めましょうか。依頼は学校にいる間の護衛。具体的には朝に校門を抜けてから放課後、校門を抜けるまでよ。その間あなたには透明化した状態でそばにいてもらうわ」

 

「学校にいる間は四六時中ずっとってことかよ」

 

「もちろん更衣室やトイレでは必要ないわ。覗いたらどうなるか分かっているでしょうね?」

 

「するかよ」

 

「こんな美少女の着替えに興味がないというの?まさかあなたもロリコンでホモでゲイバーのストリッパーだというのかしら?」

 

「里見……」

 

思わず涙が零れそうになる。こんな友達いなさそうな奴にまで噂が届いてるなんて……。ただ里見のせいで俺までとばっちりが来るのは勘弁してもらいたい。

 

「それと、奉仕部にも所属してもらうわ。平塚先生の依頼を無碍には出来ないもの」

 

「それは天童民間警備会社への依頼と受け取っていいのか?」

 

「これは奉仕部部長である私が勾田高校二年の比企谷くんへの命令よ」

 

「ふざけんな。俺は部活なんぞに所属するつもりはない」

 

「護衛を行う以上、同じ部活に所属していたほうが都合がいいのも事実よ。護衛を依頼する側としてもお願いするわ」

 

確かにそれは事実だ。それに依頼を受けるのであれば依頼人の指示に従うことも必要だろう。

 

「……分かったよ」

 

「そう、なら話を続けましょう。期間は聖天子補佐官又は聖天子副補佐官のどちらかが帰国するまでの間。それと、あなたのイニシエーターをこの学校にいさせることは可能かしら?」

 

「可能だが……なぜだ?お前はイニシエーターを毛嫌いしているだろ?」

 

「確かに私はあなたに言わせればイニシエーター差別者になるのかしら。けれど、実際問題もし襲撃者がイニシエーターの場合、プロモーターであるあなた一人で対抗出来るのかしら?」

 

「正直厳しいのは事実だな。分かった。留美も護衛任務を引き受ける。ただ、あいつは透明化出来ないぞ。どうするんだ?」

 

「この部室に待機してもらって有事の際には駆けつけてもらいましょうか。鍵をかけていれば先生も中に入ることはないでしょう。他に質問は?」

 

「報酬は?それ如何では依頼は受けないぞ」

 

「ふむ、そうね。あなたのところの社長と交渉させてもらえないかしら」

 

……社長と?大丈夫か?

 

俺は時刻を確認し、携帯を取り出して社長に電話を掛ける。この時間ならミワ女は放課だ。電話に出ることが出来るだろう。

 

『もしもし比企谷くん?なにかしら』

 

「社長、今時間は大丈夫か?」

 

『ええ、大丈夫だけど……というか仕事中じゃないときは社長と呼ばないでってあれほど……』

 

「仕事の話だ。詳しくは依頼人から説明を受けてくれ」

 

携帯を雪ノ下に手渡す。

 

「お電話変わらせて頂きました雪ノ下と申します。今回はそちらの比企谷くんへ依頼を行いたく電話させて頂きました」

 

なんでみんな電話になるとキャラが豹変するんですかね?

 

雪ノ下が部屋を出てしばらく話していると戻って来た雪ノ下が携帯を返してくる。

 

『比企谷くん?この依頼、絶対に受けなさい。社長命令よ。絶対に失敗は許されないわよ!絶対によ!絶対だからね!』

 

報酬いくら提示したんだよ……。社長、今絶対目が\になってるぞ。まあ金に一番困っているのは社長だからな……。

 

「依頼を受けさせて頂きます……」

 

「そう、なら明日の朝からお願いするわ。詳しい契約内容については書類を渡すから、熟読したうえでサインして明日、提出をお願いするわ」

 

雪ノ下が封筒を渡してくる。

 

「はいよ」

 

……仕事したくないねぇ。

 

 

 

 

 

翌日、俺と留美は学校前に来ていた。時刻は朝七時一〇分。朝練を行う部活の顧問の先生が学校の機械警備体制を解除したのが朝七時なのでこの日校舎に入るのは俺らが二番目となる。もたついていると朝練に参加する生徒が登校してくるので迅速に行動する必要がある。

 

留美と二人で校門をくぐり、見つからないように警戒しながら部室まで移動する。雪ノ下から受け取った部室の合鍵で開錠し、中へと入る。

 

「ふああぁぁ……眠た……」

 

「すまんな、いきなり護衛任務なんか引き受けて」

 

「それは昨日何度も聞いたからいいけど……こんな朝早いのが毎日続くのはきついね……」

 

「お前、小学校行かなくなってから生活リズムがたがたになってたし、ちょうどいいだろ」

 

「生活リズムが狂える生活ってすごく贅沢なんだね。あ~学校行きたくない働きたくない」

 

「同感だぜ……もうこうやってずっと留美と過ごしていたいよ……」

 

「は、八幡……それって、もしかしてプロポーズ……」

 

「アホか。そんな訳ねーだろ」

 

「……」

 

「一緒のアパートに住んでるんだからもう家族だろ」

 

「は、八幡……」

 

「おい、触覚がびゅんびゅん言ってんぞ。どんだけ感情が昂ってんだ?もうこれ鞭だろ」

 

「八幡が家族って……ずっと一緒にいようって……」

 

「ずっと一緒にいようなんて言ってねーだろ」

 

「ふふふふふふふふふふふ」

 

……留美が落ち着くまで部室周辺に各種センサーでも取り付けとくか。

 

 

 

「それじゃあ俺は雪ノ下の護衛に行くけど一人で大丈夫か?」

 

「私を誰だと思っているの?八幡のイニシエーターだよ?」

 

「最後のは余計だ」

 

俺はマリオネット・インジェクションを発動。透明化した状態で部室を後にする。

 

 

 

 

 

校門で登校してきた雪ノ下のあとをつけてそのまま教室に入る。そのまま教室窓際の隅に待機。もちろん透明化しているので見つかることもなく、ときおり生徒にぶつからないようによけながら一日を過ごすことになった。正直かなり暇である。透明化している状態では本を読むことも出来ないのだから。昼休みには透明化してる服の中からビタミン剤をこっそり取り出して慎重に口の中にねじ込むように入れた(ナノマテリアルは口の中にまではなく、透明化した状態で開口すれば口の中だけが空中に浮いて見えることになるため)以外は終始ただ突っ立っているだけだった。

 

襲撃者が来ることもなくすべての授業を終えて部室へと移動する雪ノ下の後をつけて部室へと向かう。

 

部室の戸を開けると留美が本を読んでいた。

 

「あ、八幡。お帰り」

 

留美は俺が透明化していても触覚を使って認識出来るので俺の存在にすぐに気が付いたようだ。

 

「あなたが鶴見留美さんね。こんにちは。今回依頼した雪ノ下雪乃よ」

 

「そう、よろしく」

 

「あら、挨拶も出来ないのかしら。親のしつけがなっていないようね」

 

「まあ、親なんていないからね」

 

すごくピリピリしてる。当然といえば当然だが。雪ノ下はイニシエーター差別者で、留美にはそのことを伝えている。差別する側とされる側で親密な関係を築くことなど不可能だろう。もっとも、ぼっちが初対面の人と親密な関係を築くこと自体が不可能だが。

 

留美が教室の隅に積み上げられていた椅子を持ってくる。教室に置かれている椅子は三つ。何がしつけがなっていないだ。気使いの出来るいい子だろ。遠慮なく座らせて頂こう。

 

俺は椅子に座る。立ちっぱなしで疲れていたのか、思わず足を開いて背もたれにもたれかかってどっかりと腰をおろしてしまう。すると留美が俺が開いていた足の間に座る。アイエエエ?なんで?なんで俺の座っている椅子に座るの?わざわざ椅子を三つも出したのに?

 

留美はそのまま背もたれ……つまり俺にもたれかかってくる。留美の体温を感じてしまいドキドキしてしまう。一方の留美は無表情……に見えて触覚がピコピコしてる。嬉しそうなのが丸わかりである。

 

「比企谷くん、今この教室にいるわよね。透明化を解いて姿を見せてくれないかしら?ここなら部外者に見られる心配もないわ」

 

え、この状態で姿を見せろと?留美と同じ椅子に座っている状態なのに?

 

「……現れないわね。もしかして依頼を放棄しているのかしら。それなら出すものも出さないわよ」

 

「八幡、呼んでるみたいだけど」

 

留美が透明化した服をつまんで引っ張ってくる。もうこれは姿現すしかないようだな……。

 

マリオネット・インジェクションを解除。特にナノマテリアルに損傷もないのでノイズを出さずにすーっと姿を現していく。

 

「あら、そこにいたのね。てっきり依頼から逃げ…………なぜあなたは幼女を膝の上に置いているのかしらロリ谷くん。部室に来て早々に幼女に発情するのはいかがなものかと思うわ」

 

ユキノシタはぜったいれいどをつかった!いちげきひっさつ!

 

……そうか、雪ノ下は体内にこおりタイプのポケモンの因子を持っていたのか……。

 

「違うわ。俺が座っていたところに留美が勝手に座っただけだ。勘違いするな」

 

「ならその男が襲う前にそこから動くことを推奨するわ鶴見さん」

 

「八幡はそんなことしないし。ちゃんと時と場所を選んでくれるし」

 

「ちょっと、鶴見さん?なんでそんな誤解を招くこと言っちゃうの?」

 

「比企谷くん、やはり……」

 

「違う、誤解だ。というかやはりってなんだ」

 

「なら、いつまでそのままでいるのかしら。さっさと別の椅子に座りなさい」

 

「ほら、依頼人からの命令だ。動いてくれや、留美」

 

「全く、八幡は座っているだけで動くのはいつも私なんだから……腰が痛くなるよ」

 

「鶴見さん?どこでそんな言葉覚えたのかな?後で詳しく聞かせてもらっていいかな?」

 

「八幡笑顔が怖い……」

 

しぶしぶ移動する留美。と、携帯が震える。画面を確認すると、誰かがこの部室に近づいているようだ。

 

「誰かくるぞ。人数は一人。センサーが取得した数値から考えると……女子生徒だ」

 

「おそらく奉仕部への依頼人だわ」

 

「おい、どうする。誰か来るなんて聞いてないぞ。とりあえず姿消すか」

 

「いえ、あなたは部員なのだから依頼を受けてもらわないと。鶴見さんは何食わぬ顔でいればどうにかなるでしょう」

 

……まあこういう部活だとは聞いていたし、襲撃者が現れると決まったわけではないし、センサーも取り付けたし大丈夫だろう。

 

ノックが部室に響く。雪ノ下が中に入れる。

 

雪ノ下が戸の向こうにいた人間を呼ぶ。

 

「し、失礼しまーす」

 

見知らぬ女子が入ってきた。最初はきょろきょろしていたが、俺と目が合うとひっと小さく悲鳴を上げた。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

 

向こうはどうやら俺を知っているようだ。だがこの学校で俺と接点ある女子といえば海老名か司馬くらいだが……。

 

「……や、俺ここの部員だし」

 

とりあえず無難そうな返答をしておくか。

 

話を進めていくとクッキーを送りたい相手がいるのでクッキー作りを手伝ってほしいとのこと。というわけで家庭科室に移動する。てか護衛対象が想定外の移動をするのはどうなんだよ……護衛されてる意識をちゃんと持ってくれよ……。

 

俺たちは家庭科室にてクッキー製作を開始したが、由比ヶ浜が木炭を生成したり雪ノ下が完璧なクッキーを作ったりといろいろあった。しかし今、護衛環境としてはあまりよろしくない。家庭科室にはセンサーを取り付けていないし、広く、戸も窓も多い。どうにかしないと落ち着かない。

 

「ふぅー、どうやらおたくらは本当の手作りクッキーをたべたことがないと見える。十分後、ここへきてください。俺が"本当"の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」

 

という訳で適当な言い訳つけて三人を追い出してセンサーの取り付け作業にかかる。雪ノ下には今後あっちこっちに動かないように釘を刺して置かなくては。

 

センサーを取り付けた部屋に再び三人を招き入れて由比ヶ浜の作ったクッキーを食べさせる。その後由比ヶ浜にクッキー作りを早々に終わらせるべく言葉を並べる。

 

「お前が頑張ったって姿勢が伝わりゃ男心は揺れんじゃねぇの」

 

「……ヒッキーも揺れるの?」

 

「あ?あーもう超揺れるね」

 

だから早く終われ。こっちは護衛任務で忙しいんだ。

 

「もう一回、教えてもらっていい?」

 

「え、続けるのか?」

 

何故だ?努力しなくてよい大義名分を得たのに、何故続ける?

 

「うん、だって努力したことを伝えるならちゃんと努力してからじゃないとね!」

 

そこでようやく理解した。由比ヶ浜は、このクッキー作りを遊びではなく本人なりに真剣にやっているのだと。本気で、手作りクッキーの製作に取り組んでいるのだと。例え俺が護衛任務を受けているとはいえ、由比ヶ浜は本気でこの部室に来てクッキー作りの依頼を行った。そして奉仕部はそれを受理した。それなのに半端な結果で返すことなど許されない。奉仕部として、真摯に対応しなければならない。それが真剣に依頼を持ち込んだ彼女への礼儀であり、彼女の依頼を受けた奉仕部の義務だ。

 

曲がりなりにもプロとして普段報酬を受け取っている俺が教えられるとは、笑っちまうぜ。

 

見ると、留美も雪ノ下も由比ヶ浜も笑っている。どういう理由で笑っているのが知らんが、あの二人もクッキー作りにとことん付き合おうじゃないか。

 

ブブブッと携帯が震える。画面には、窓の周囲に取り付けたセンサーが何か捉えたようだ。反射的に窓を見ると、窓の上の隅に何か見える。黒い筒のようなもの。あれは……。

 

 

 

XM25。グレネードランチャーだ。

 

 

 

 

「クソッ!!!」

 

慌てて雪ノ下と由比ヶ浜を押し倒し、爆風に備える。窓ガラスが割れる音が響いたその直後、爆発。家庭科室内に炎と煙が充満するが、全員負傷はしていないようだ。

 

ただ、これで襲撃が終わるわけがない。おそらく襲撃者は俺たちの死亡の確認を行うために誰か来るだろう。そして生きていた場合、確実に始末する必要があることをを考慮すると、ここに来るのは、イニシエーターだろう。

 

「留美!ここでこいつらの護衛を頼む。俺は襲撃者を追う」

 

「でも、私が行ったほうが速いよ!?」

 

イニシエーターが来たなら対抗出来るのは同じくイニシエーターの留美だけだ。

 

「いいから。恐らく、お前も戦闘になる。その時は、お前が雪ノ下を守るんだ」

 

「……分かった」

 

マリオネット・インジェクションを発動した状態で窓から身を乗り出してグローブからワイヤーを放出し、ポケットからアンカーフックを取り出してワイヤーを溶着する。そしてそれを投げ縄の要領で屋上のフェンスめがけて投げる。引っ張って取れないことを確認してからグローブのモーターを回転させて校舎の壁を駆け上る。窓の上の隅からXM25が見えていたということは襲撃者は屋上にいるはずだ。

 

すぐに壁を登り切りフェンスを乗り越え屋上に立つ。しかし周囲には誰もおらず、手がかりになりそうなものは何も落ちていない。屋上の出入口を見つけて校舎に入るも生徒がちらほら歩いているだけで襲撃者と思われる人間は見つけられそうにない。まさか目の前を歩いている女子生徒の鞄をいきなり開けさせる訳にもいかない。民警ライセンスを提示すればそれも可能だろうが、俺の能力の特性からして俺が民警であることや雪ノ下の護衛をしていることを知られるのは望ましくない。それにそんなことをすれば俺が社会的に死ぬ。

 

 

 

いったい襲撃者は誰なんだ……?

 



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Story of brothers and sisters of one day

この日は、聖天子が里見蓮太郎に護衛の依頼をしてから八日が経過し、里見蓮太郎がティナ・スプラウトにたこ焼きを食べさせ、司馬未織が里見蓮太郎に狙撃に使われた弾丸の分析結果を報告し、室戸菫が藍原延珠を奈落(アビス)に呼び寄せ、ティナ・スプラウトが天童木更を襲撃し、藍原延珠がティナ・スプラウトに敗北した日。それから数日前の兄弟姉妹の話。

 

 

 

3 days before 比企谷家

 

夜、自宅にて俺は頭を抱え込んでいた。

 

雪ノ下が襲撃されてから四日が過ぎた。襲撃者を退けることは出来たが襲撃者も依頼主も特定する手がかりが見つからないままだ。。

 

俺はまだ雪ノ下の護衛を続けている。だが、二度目の襲撃はまだ起こっていない。

 

襲撃後、留美から得た情報をもとに高いアクセスキーを持つ里見に依頼して序列四〇二三番の民警というのを調べてもらったが、該当したのはポルナレフとかいうロシア人の民警だった。イニシエーターの写真を留美に確認してもらったが、全くの別人のようだ。

 

「とすると、襲撃者は留美さんに嘘の序列を教えた……?」

 

夏世にも調査をお願いしたが、まだ芳しい結果は得られていない。それでも夏世は諦めないでPCを操作してくれている。

 

「うーん、そうなのかな。そんな嘘がつけるようには見えなかったけど。自分のことさーちゃんなんて呼び方してたし。あれ、コードネームかと最初は思ったけど、どう考えてもあだ名だよね」

 

「それに、そんなことをしても無駄だろ。調べれば嘘だと分かる情報をあえて教える意味が分からん」

 

「なら、襲撃者のプロモーターがイニシエーターに嘘の序列を教えていたとは考えられないでしょうか。留美さんの証言によると、襲撃者のイニシエーターは勝手に名乗った。だからイニシエーターが不要な情報を持たせないようにしていた。例えイニシエーターが暴露してもその情報から襲撃者へ私たちをたどり着かせないようにするため」

 

「うん、確かにそういう子だった。頭の悪い……というよりはまだ幼いという印象かな」

 

「その考えが正しいなら、襲撃者の特定に遠のいただけか」

 

ここで振り出しに戻ってしまった。いや、戻ったというよりは振り出しから動けないでいると言うべきか。

 

「お兄ちゃんお疲れーはい小町特性MAXコーヒー」

 

「サンキュ」

 

小町が入れてくれたMAXコーヒーに口をつける。うん、うまい。糖分が体に染み渡る。過去に一度文献で読んだことがある。かつて俺がこの世に生を受けた地である千葉にはMAXコーヒーと呼ばれる飲み物が存在していたと。しかしガストレアの出現による世界の荒廃によって姿を消した。この小町特性MAXコーヒーはその文献を参考にして甘党の俺のために小町が開発した俺への小町の愛が込められた一品なのだ。

 

コーヒーは今でも売られており、それに小町が特性ミルク(牛乳と練乳)を特殊な入れ方でブレンドすることによって完成する。要するに市販のコーヒーと牛乳と練乳を入れて混ぜるだけ。だが小町がこれを作ってくれていることこそが最大のスパイスなのである。コーヒーにスパイス入れちゃうのかよ。

 

「留美ちゃんと夏世ちゃんにはホットミルクね」

 

「ありがとう、小町お姉ちゃん」

 

「ありがとうございます、小町さん。しかしこの春先にホットミルクですか」

 

「あ、駄目だよ年頃の女の子が体を冷やしちゃ!ちょっと暑いくらいでいいんだよ!」

 

「そ、そうですか。ではありがたくいただきます」

 

ニコニコしながらミルクを飲んでいる留美たちを見守っていたが、しばらくすると少し暗い顔になる。

 

「お兄ちゃん、また危険な仕事してるんだよね」

 

「ん?ああ、まあなんてことないだろ」

 

「そんなことないでしょ!お兄ちゃんは今度は護衛をしてるんでしょ?そして一度殺されかけた」

 

「まあ、そうだな」

 

「やっぱり、小町、学校を辞めて働くよ」

 

「まて、なんでそうなる。どこに中学生で雇ってくれる会社があるんだ。それに、確かに生活は厳しいが、別にこれが終わればまた金が入るだろうから金の心配はやめろ」

 

「それだけじゃないよ!その金を稼ぐためにこうやって命張ってるんでしょ?留美ちゃんも。なのに私だけのうのうと学校に行くなんて出来ないよ……」

 

「……」

 

気にすんな、なんて一言で済むならこんなことにはならない。小町が学校を辞めると言ったことはこれまでも何度かあった。そのたびにそんな綺麗ごとを並べて納得してもらっていた。だが、やはりストレスが溜まっていっているのだろう。

 

俺も、民警として働く目的は、『呪われた子供たち』の自治区を作ること以外にもある。というより、民警として働きだしたときの最初の目的は小町を不自由なく生活させることだ。それは絶対に守らなければならない。

 

しかし、その『守られる』というのが小町が苦しむ要因なのだろう。俺や留美が命の危機に瀕することと嫌うことと同等くらいに。必要にされたい、見捨てられたくない、お荷物になりたくない、足を引っ張りたくないという思いが。だからこうやってコーヒーを差し入れたり家事を積極的にこなしたりするようになったのだろう。

 

だから俺は……

 

「分かった」

 

「お兄ちゃん!分かってくれたんだ!」

 

「ちょっと八幡!」

 

「だが、条件がある。まず、学校にはこのまま通い続けろ」

 

「え?でもそれじゃあ雇ってくれるところなんて……」

 

「次に、勤め先は俺が決める。というか、勤め先はここだ」

 

『え?』

 

全員の声が合わさった。

 

「お前はこれから俺の指示に従ってもらう。お前には調べ物をしてもらおうと思う。千寿、お前が上司として小町にいろいろ教えてやってくれないか?」

 

「そういうことなら、分かりました。引き受けましょう」

 

千寿はいつもの不愛想な顔とは程遠い笑顔で答えてくれた。こいつも何か役割のようなものが欲しかったのかもな。ずっと家にいるわけだし。

 

「小町さん、これから私があなたの上司となります。あなたには私の情報処理スキルのすべてを叩き込みましょう」

 

IQ210の頭脳の中の情報処理スキルをすべてとは、これ早まったんじゃない?小町オーバーヒートするんじゃない?

 

「うん、ありがとう。千寿ちゃん、私の上司になってくれて。ありがとう、お兄ちゃん、役割をくれて。ありがとう、留美ちゃん、心配してくれて」

 

「気にすんな。というかしっかりこき使うからな。覚悟してろよ」

 

「そうですか。こき使っても良いんですか。それでしたら、早く一人前にしないと。今日は徹夜ですね。とりあえず、みんなにMAXコーヒーをお願いします」

 

「……お手柔らかにお願いします……」

 

そう言って小町は台所へと向かう。今頃ちょっと後悔しながら小町特性ミルクを絞っているのだろう。……おい、誰だ今小町が特性ミルク絞ってるって聞いてよからぬ妄想したやつは!ぶっ殺すぞ!

 

「八幡キモイ」

 

ごめんなさい。

 

 

 

 

 

7 days before 川崎家

 

初めて雪ノ下の襲撃を行った日の夜、あたしは依頼主に報告を行っていた。

 

「そう、そう……分かったわ」

 

「さーちゃん依頼主なんてー?」

 

「ああ、けーちゃん。雪ノ下の襲撃任務だけど、雪ノ下の護衛を行っているやつが分かったよ」

 

「だれ?」

 

「天童民間警備会社所属、プロモーター、比企谷八幡・イニシエーター、鶴見留美。序列は13万5800位」

 

そして私のクラスメイト。世界はこんなにも狭いのかと驚いてしまう。言われてみれば、昨日の昼休みに教室で雪ノ下と話していたし、それからクラスに顔を出していない。

 

「じゅーさんまん?すごく下だね」

 

「そうだね。けど、強いらしいよ。護衛を行っている民警のプロモーターは機械化兵士らしいし」

 

「きかいかへーし?」

 

「そう。体の一部がロボットで出来てるの。ほら、前に聖天子様の依頼を受けに行ったとき、仮面の人がいたでしょ。あの人がバリアを張るために体が機械になってるの。プロモーターの比企谷ってやつもそうなんだって」

 

「へーそーなんだ!ロボットなんだ!サイバネティクスなんだ!」

 

……なんでサイバネティクスなんて言葉知ってるの?

 

あたし、川崎沙希と川崎京華は川崎民間警備会社で民警として働いている。最も、社員は私と京華だけ。そうやって普段はアルバイトしつつ、ガストレアが現れれば討伐している。あたしも京華にこんな危険なことをさせたくはない。が、家には結構大きな借金があり、両親は京華が『呪われた子供たち』であることを知って離散。今では生きているのか死んでいるのかも分からない。だからあたしは民警という危険な仕事をしてなんとか食いつないでいる。そういえば、小学校のとき、水原とかいうやつも同じように『呪われた子供たち』の妹がいたっけ。他人を心配出来るほど今のあたしに余裕があるわけじゃないけど、あいつ、どうしてるかな。

 

「でも、それにしては序列低いね?弱いの?」

 

「いや、分からない。そのあたり調べても出てこないんだって」

 

「うーん、でもあのイニシエーターは結構できるかも。また殺りあいたいな」

 

あたしは、このまま京華とともに民警を続けていいんだろうか?京華は、イニシエーターとしてはかなり優秀なほうなんだそうだ。ヒポポタマスの因子を持つ京華は、車を片手で簡単に持ち上げて投げ飛ばせるくらい強い腕力を持っている。おかげで短い期間で序列は四千番台まで上昇した。生活出来ているのも京華のおかげだ。最初は、イニシエーターの生活費はプロモーターが負担することを知っていたのでもともと家族である京華をイニシエーターとしてあたしだけで依頼をこなそうと考えていたが、京華はイニシエーターとして優秀すぎた。今では京華がいなければ何も出来ないくらいに持ち寄せられる依頼のレベルが高くなってしまった。

 

だが、京華は目に見えて変わってきている。それも、よくない方向に。聖天子様の依頼のとき、小比奈という少女を見て思った。京華もいずれあんな人の生死に無頓着な殺戮マシーンのような人間になるんじゃないかって。いや、もうなってきている。だけど、京華がイニシエーターでなければ間違いなくあたしたちは干上がってしまう。

 

「そういえば、結局見逃して帰ってきてよかったの?」

 

「いいの。最初は殺さないで雪ノ下が護衛として誰を雇っているかを確認してほしいって言ってたから。次の襲撃は一週間後の予定だって。その時はちゃんと殺すよ」

 

依頼人は襲撃の日を指定している。曰く、比企谷が所属する民警会社はもう一組のペアがいるらしいが、そいつも護衛任務を行っているらしい。だが、そいつが護衛を行うのは特定の日だけなのでその日以外に襲撃を行うと介入される可能性があるとのこと。

 

「やった!次はちゃんと殺せるんだ!」

 

このままでいいのか。それでも、借金の締め切りは迫ってくる。腹も減るしあたしも大志も学校に行くのにお金がかかる。今は、京華に頼るしかない。いつか必ずいい大学に行ってちゃんとした会社に勤めて借金も返して危険な仕事をしないで済むようにするから。京華、ごめん。こんなお姉ちゃんだけど、今だけは頼らせてちょうだい。

 

だから、恨みはないけど殺させてもらうよ。雪ノ下。

 

 

 

「姉ちゃん……ごめん。何にも出来なくて。こんなダメな弟だけど、中学を卒業したら、ちゃんと働くから、それまで待ってくれ」

 

 

 

 

 

 

9 days before 雪ノ下家

 

「あらあら雪乃ちゃん?何を調べてるのかな?」

 

「姉さん……。いえ、姉さんには関係のないことよ」

 

「当ててあげる。もうすぐお爺さんがアメリカに行くから、その間、学校での護衛を行う民警を探している。違うかしら?」

 

「……違うわ。どうしてそう思ったのかしら」

 

「当てずっぽうだけど、正解みたいね。これでも何年も雪乃ちゃんの姉をやってきてるんだから、丸わかりよ」

 

「だから違うと……」

 

「天童民間警備会社所属、比企谷八幡」

 

「え?」

 

「彼を護衛につけたら?学校が同じな上に透明化能力を持っているから護衛にはうってつけよ?それも、護衛と称して近くに人を置くのを嫌う雪乃ちゃんには特に」

 

「透明化能力……?」

 

「ああ、雪乃ちゃんが前回調べてほしいなんて電話してきたときには言わなかったけど、彼、機械化兵士なの。詳しいスペックは私もそこまで高いアクセスキーを持たないから調べられないけど、お爺さんなら知ってると思うわよ?」

 

「そう、……助言、感謝するわ。なら、私は用事が出来たからこれで」

 

「………………ふふっ♥」

 

 

 

 

 

5 days before 片桐家

 

「シッ!」

 

「うらぁ!」

 

弓月の糸で身動きが取れなくなったガストレアの頭に玉樹のストレートが炸裂。バラニウム製チェーンソーがガストレアの肉を抉り頭蓋骨をすりおろし脳にまで到達するとガストレアは動きを止めた。

 

「マイスウィート、報酬を受け取ったし、帰るぜ」

 

「兄貴~~久しぶりに肉が食べたい!」

 

「何言ってんだマイスウィート、あのテロ以降ガストレアがめっきり減って依頼が来なくて金がねぇんだよ」

 

「でも報酬入ったし、なんか食べたい!」

 

「ふむ……とりあえずスーパー行かねえとな」

 

 

 

「ハンバーグだ~!」

 

「まあ、豆腐で作ったがな。だが味は保証するぜ」

 

「いただきま~す!」

 

豆腐で作ったハンバーグを幸せそうにかぶりつく弓月を見ながら玉樹はある少年の顔を思い浮かべる。

 

(あの時、蛭子影胤討伐の前に俺たちに引き下がるように命じたあのボーイ、いったい何もんだ?あんな奴、仕事していて一度もあったことねえ)

 

「ねえ、兄貴」

 

「なんだ?」

 

「また"アイツ"のこと考えてる?」

 

「……ああ、そうだ」

 

「アタシも何にも出来ないまま眠らされたけど、これだけは言える」

 

「ああ、そうだなマイスウィート」

 

『あのクソファッキン今度会ったら絶対ぶっ飛ばす!!!』

 



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VS鎧袖一触の白兵戦士

家庭科室の襲撃から一週間が経過した。

 

放課後、俺、雪ノ下、留美は今日も部室でぐだぐだしている。あれから、襲撃者は現れていない。由比ヶ浜はあれ以来ここには来ていない。あの襲撃はガス爆発事故として処理され、由比ヶ浜には近日中は部室に近づかないように強く言っている。由比ヶ浜も命の危険があることを分かっているのだろう、その言い付けをしっかり守っている。とはいえ、依頼者は平塚先生によって送られてくるため変に依頼を引き受けなかったり追い返したりして平塚先生の反感を買えばこの部室を使わせない可能性もあるので依頼はなるべく短時間で片づけられる形で引き受けている。いや、命の危機があるんだから部活なんざ無視して帰れよ。とはいえ、雪ノ下が自身の殺害を依頼した張本人を捕まえるスタンスでいる以上、ここが一番都合のいい城であることは間違いない。

 

五日前には作家志望の熊みたいなやつが「八幡!どうしてこんなところにいる!?お主がおらぬなら我は体育の授業をどうやって一人で乗り越えればよいのだ!そしてなぜお主は黒髪女子とロリッ子で部活ハーレムを築いておるのだ!こんの裏切者がぁッ!」とわめきながら小説モドキが書かれた紙の束を渡してきたのでサラッと読んでボロクソに批判した。

 

三日前にはテニス部の女子が来たので雪ノ下がテニスを教えたりした。教室と部室以外に滞在することは俺が禁止したので雪ノ下先生による座学になったりしたが。

 

そして今日も依頼者は現れる。

 

「なんか先生に奉仕部に行けって言われたんだけど」

 

「川崎沙希さん、ね」

 

「いや、どうすんだよこれ。何をどうすればいいの?」

 

依頼することがない依頼者?なんか斬新。で、なにをすればいいのかしら。

 

「先生が遅刻が多いとかって難癖を付けられてね。奉仕部に行かなければ三年で卒業できると思うなよ、だってさ。バカじゃないの?」

 

「なるほど、つまりあなたの更生をすればいいようね」

 

「で、あたしは何をすればいいの?奉仕活動として校庭で草むしりでもしたらいいの?今日はバイトがあるから残れないんだけど」

 

「雪ノ下、どうすんだ。バイトがあるのに無理強いして縛り付けるのはどうかと思うが」

 

「それもそうね。申し訳ないのだけど、今日はお引き取り願おうかしら」

 

携帯が震える。部室周辺に仕掛けられたセンサーが異変を感知してデータを送信してきたようだ。カメラに映し出された人物は、身長一二〇センチメートル前後で、手には指の先まで鋭利な突起で覆われた籠手を付けている。もちろん色はバラニウムブラック。留美の証言と一致する。襲撃者だ。

 

まずい。このままでは関係のない川崎を巻き込んでしまう。襲撃者がここまで来る前に川崎を返さなければ。

 

「おい、川崎。いいから早く帰れ」

 

「ねぇ、ちょっと。あんたその言い方なに?こっちはあんたらの担任に脅されてきてるんだけど」

 

「それについては謝罪させてもらうわ。今後このようなことがないように平塚先生にきつく言っておくから」

 

「……まあ、いいけど。そのかわりこれであたしが帰ったせいで内申に何かあったら責任は取ってもらうからね」

 

「分かったから帰れ……いや、帰るな」

 

「はあ?」

 

「雪ノ下、来たぞ。留美、構えろ」

 

「了解」

 

俺はグローブを装備し、留美は背中にショットガンとスナイパーライフルを背負って襲撃に備える。携帯でカメラの映像を確認すると、襲撃者と思われる少女が戸の前にいる。

 

留美が銃を取り出すのを見て川崎が雪ノ下の後ろに隠れている。いや、そっちのほうが護衛としてはいいんですけどね。男の俺じゃなくて女の雪ノ下の後ろに隠れるんですね。

 

留美はM92Fを戸に向けて構え、俺はトラップのスイッチに指を置く。入ってきたらワイヤートラップでサイコロステーキにしてやる。

 

襲撃者が戸の前に立って数十秒が経過したころ、パリンッ、という音と共に戸の窓ガラスが割れて何かが投げ込まれてくる。思わずトラップのスイッチを投げ出して雪ノ下と川崎を押し倒す。またこのパターンか!

 

教室内で爆発。そしてヒュヒュヒュヒュン!という凄まじい風切り音が部室に鳴り響く。トラップのスイッチを投げ出して床に落ちた時にスイッチが押されたのか、トラップが発動してしまったようだ。部室に一歩でも踏み込んでいれば大量のワイヤーに切り刻まれていただろうが、眼前のワイヤーは何も傷つけずにむなしく踊り狂っている。

 

数秒後ワイヤーは動きを止めた。その後戸がバコンッ!という音と共に吹き飛ばされ、襲撃者が飛び込んできた。留美がM92Fを発砲するが襲撃者が籠手で防ぎながらまっすぐこっちに突っ込んでくる。慌てて立ち上がってマリオネット・インジェクションを発動させ、体が徐々に透明化していくが、

 

「おそいッ」

 

まっすぐこっちに突っ込んできて透明化しつつあった俺の腹を殴り飛ばす。俺は壁に叩きつけられ、壁に俺を中心とした放射線状にヒビが入る。口から血が飛び出て体にノイズが走る。

 

「くっ!」

 

留美が銃を向けるが発砲しない。襲撃者は俺、襲撃者、留美が延長線上になるように立ち回ることで留美に銃を封じさせている。頭が悪いとは聞いていたが前言撤回だ。こいつ、かなり頭がキレる。

 

だが、透明化してしまえばそれまでだ。あと数秒で……。

 

「八幡!その依頼者が襲撃者だよ!」

 

突然の留美の叫びに俺は雪ノ下を見る。雪ノ下はお尻をペタンとつけたいわゆる女の子座りの状態で、その後ろに川崎が首元に今まさにナイフを突き付けようと手を振りかぶっている。

 

「雪ノ下!」

 

思わず叫ぶと雪ノ下は背後にいた川崎を座ったまま投げ飛ばしてしまう。投げ飛ばされた川崎は地面に叩きつけられ一瞬身もだえたが、すぐに起き上がってナイフとハンドガンを構える。留美もショットガンを両手に持って襲撃者と川崎に向ける。

 

「居取りという柔術の形よ。覚えておくといいわ」

 

「ふん、いけ好かないやつめ」

 

「自分を殺そうとする人間に好かれたいとは思わないわ」

 

「そりゃごもっともで」

 

何か話しているが、完全に透明化してしまえばこちらのものだ。背後から回って首を落としてやる。

 

「京華!」

 

「はいはーい!」

 

京華と呼ばれた襲撃者のイニシエーターは服から何かを出して地面に叩きつける。と同時に部室じゅうに舞い上がる白い粉……まさか!

 

「小麦粉だよ……。丸見えだね」

 

俺の体に小麦粉がまとわりついて姿が浮き彫りになってしまう。しまった!これじゃあ……!

 

「ほりゃああ!」

 

俺の一瞬のスキを見逃さなかった京華が俺の腹に再び拳を叩きこんだ。

 

「がはぁ!」

 

俺の体が窓の枠に叩きつけられ、爆発によって割れていた破片が体に突き刺さりながら床に落ちる。腹から大量の出血が発生している。全身のあちこちにノイズが発生している。おそらくあばらも何本か折れているだろう。

 

「八幡!」

 

「あなたも遅いね」

 

「がふぅ!」

 

留美の腹にも京華の拳が叩きこまれて雪ノ下の後ろの壁に叩きつけられる。まずい、このままじゃ俺ら全員が殺される。

 

川崎は雪ノ下にハンドガンを向ける。とっさに雪ノ下の前に飛び出る。肩に着弾。鋭い痛みが体を貫く。だが、雪ノ下は殺させない。懐からM92Fを抜いて発砲。しかし川崎の前に京華が躍り出て籠手ではじく。そのまま二人は後退しながら部室を出て行った。

 

何故だ?留美は負傷し、俺はほぼ戦闘不能状態だ。その状態で目の前のターゲットを諦めて退く意味が分からない。だが、部室の外から聞こえてくる小さな音が耳に入ると、その疑問が解けるとともに背筋が凍る。

 

チッ、チッ、という音。ライターをこする音だ。

 

この部室には大量の小麦粉が蔓延している。粉塵爆発という言葉が頭をよぎった。

 

「留美ぃぃぃぃ!!!」

 

留美は俺と雪ノ下を担いで窓から飛び出す。その後ろで大爆発。留美は爆風にあおられながらも何とか着地し、そのまま走って校門を抜けて逃げる。留美は振り向かず、ただ走って逃げる。

 

 

 

「死体がない……ちっ。逃げられたか」

 

 

 

 

翌日。簡単な治療を受けてなんとか歩けるまでに回復した俺は、雪ノ下を留美と一緒に空き教室に待機させ、俺の教室へと向かう。

 

教室に入り、中を見回す。里見は来ていない。昨日、延珠が暗殺者に攻撃され、死んだ。里見は今はその時の現場検証に同行している。それを聞かされて俺も留美も家で涙を零した。だが、里見と聖天子様が止まれないように、俺も止まるわけにはいかない。

 

俺は、窓際の一番後ろの席に肘をついてけだるげに座っている女に声をかける。

 

「まさか襲撃者がクラスメイトだったとはな」

 

「本当、世界は狭いね」

 

「まったくだ」

 

俺と川崎は笑い合う。全く、笑えない話だ。

 

「平塚先生が先に帰ったからお前に何か文句言いに来るんじゃねえか?」

 

「ああ、あれ、嘘だから。平塚先生はなにも関わってないから」

 

「はっ、そうかよ。ところで、序列は何番なんだよ。お前のイニシエーターが四〇二三番なんて嘘ぶっこきやがったせいで毎晩遅くまで調べまわる羽目になったんだぞ」

 

「ああ、蛭子テロ前はそうだったね。あれからガストレアが全然現れないから仕事が全然なくてね。先週調べたら四〇三〇番まで下がっていたよ」

 

「そいつはご愁傷様」

 

「あんた、十三万とかふざけてんの?真面目に仕事しなよ」

 

「耳が痛いな。働きたくないぜ」

 

「……バカじゃないの?」

 

護衛と襲撃者という関係でなければ仲良くなれたかもな。

 

「ヒッキー!今まで何してたし!というか、今度は川崎さん!?どういう関係だし!」

 

「下がってろ。絶対に近づくな」

 

「ヒッキー?」

 

俺はM92Fを抜く。川崎もハンドガンを抜く。

 

「教室でずいぶんと物騒なモン出すんだね」

 

「お前も出してんだろ」

 

「あんたが先に抜いたんだから正当防衛だろ」

 

「はっ、どの口が」

 

俺たちが銃を抜いて向けあっていることに気付いたクラスのやつらが静まり返る。

 

「なんだそのデカい銃は。女が持つもんじゃねーな」

 

「うらやましいかい?デザートイーグルだよ。そこらのやつなら撃ったそいつの肩が外れるよ。まあ、あんたみたいな反動も音も最小限にした軽い銃持ってるやつには分からんだろうけどね」

 

「まあ、話もこれくらいにしとくか。依頼者は誰だ」

 

「律儀に答えるとでも?というか、そんなことしてないでさっさと殺せばいいのに」

 

「俺の依頼人の要望でね。さて、素敵な拷問タイムの時間だ。指何本まで耐えられるかな?」

 

周囲に緊張が走る。クラスのやつがドン引きしてるのが空気で分かる。

 

「ヒキタニくん、その辺で収めてくれないかな?ほら、みんな怖がってるみたいだし」

 

「葉山……だったか?黙ってろ。先にお前の顔に弾丸ぶち込むぞ」

 

「それに関しちゃあたしも同意だね。ならあたしは心臓かな」

 

「あはは……」

 

葉山がすごすごと引き下がる。それに合わせて周りがより一層距離をとる。葉山のやつ、何がしたかったんだ?

 

その時俺は一瞬油断してしまった。葉山が話しかけてきたことにわずかに気が散ってしまった。だから、一瞬反応が遅れた。川崎は発砲。とっさに首を横に振って回避。後ろで蛍光灯が割れて落下する。教室で悲鳴が上がる。川崎は俺のM92Fを持った腕を掴んで背負い投げ。

 

俺は一回転して窓に叩きつけられる。窓ガラスに大きなヒビが入る。川崎は一瞥した後、そこからどこかへ立ち去っていく。と、俺の周囲が暗くなる。どうやら何かに太陽光が遮られて影になったようだ。倒れた状態で首を持ち上げて窓の外を見る。そこには、

 

 

 

宙を舞いながらこっちに向けて突っ込んでくる自動車。

 

 

 

クソッたれが。こんなところでリタイヤかよ。笑えない話だ。

 

俺の意識は自動車によって潰され、俺の体は自動車とともに校庭へ落ちていった。

 

落下しながら俺は、まるで投げたものが狙ったところに入ったかのようにガッツポーズする青みがかった髪の幼女の姿を見たのを最後に、意識は完全に刈り取られた。

 



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病院にて

留美side

 

今朝、護衛対象と部室に待機していると、学校中に爆音が鳴り響いた。きっと、八幡が襲撃者と対峙しているんだと思う。私は八幡を信じてここで待つことしか出来ない。

 

それから数秒後、携帯が震える。それは、八幡のバイタルサインが停止したことを通知するものだった。

 

校舎のあちこちで生徒が悲鳴を上げている。私はその混乱をついて護衛対象を担ぎ上げて廊下を疾走。護衛対象が何か喚いていたが無視して私はどこかにいるはずの八幡のもとへと向かう。

 

その場所はすぐに分かった。八幡は校庭の脇に転がっていた。ぐしゃぐしゃになった車とともに。何が起こったのかさっぱり分からないが全身から血を出して倒れている八幡を抱えて護衛対象とともに病院へと向かう。

 

病院に文字通り私に担ぎ込まれた八幡は、すぐに手術を受けることになった。本来ならあのパトロンの眼鏡の人のところへ持っていくのが契約なんだけど、そんな時間はなかった。だからこれは不可抗力。私は悪くない。

 

護衛対象には車と護衛を呼ばせ、帰ってもらった。あと、聖天子副補佐官が帰ってくるまで自宅を出るなと伝えると素直に承諾してくれた。やはり二度も襲撃され、護衛の一人が重体の状況ではそれも仕方ない。

 

八幡は今も手術室で戦っている。だけど、今の私には何も出来ない。ただ、手術室の外に備え付けられた横椅子の上で胎児のように体を丸めていることしか出来ない。八幡のぬくもりを思い出しながら、体を抱きしめる。それ以外のことは考えたくない。眠りたくない。眠って起きたら、八幡が本当にいなくなりそうだから。

 

眠ることのできないまどろみの中、私は死んでいくように目を閉じる。時間が私だけをおいていくような、そんな気分になる。

 

「留美……?」

 

どれくらい時間が経過しただろうか。耳に辛うじて入ってきた私の名前を呼ぶ声に反応して私はよろよろと首を持ち上げる。そこにいたのは、八幡の同僚、里見蓮太郎だった。よれよれのシャツを着て、痩せこけており、ぼろぼろだが、目には僅かに生気がともっている。

 

「蓮太郎……蓮太郎……うわああああん!!!」

 

蓮太郎の顔を見て、思わず泣いてしまった。蓮太郎がこちらによって来る。私は駆け寄って抱き着く。

 

「ぐすっ、ひっく、うわああああああああああ……男臭っ」

 

「……おい」

 

 

 

 

 

蓮太郎の男臭さで落ち着いた私は、手術室の外に備え付けられた横椅子で蓮太郎と無言で座っている。今更ながらさっきの行動が恥ずかしくなりつつある。八幡に抱き着くのは構わないっていうか役得だけど蓮太郎にしたのは恥ずかしいし、なんか見られたのは腹が立つ。

 

チラリと蓮太郎を見る。すると同じくチラリとこっちを見た蓮太郎と視線がバッティング。慌てて八幡から伝授された奥義「あなたは見ていませんよ?後ろを見ていたんですよ?」を発動させて蓮太郎の影に隠れてた松葉杖で歩いている老人に視線を移しつつ蓮太郎から目をそらす。

 

だいたい八幡からぼっちのカリスマちょうきょ……教育を受けた私にこの状況で何か出来るとでも?私は八幡の教育通り、「ぼっちが誰かと二人きりになっても決して自分から話題を振ったりするな。無言で構えていて、相手が何か振ってきた時だけ会話するんだ」を実行している。だから私は悪くない。

 

「なあ、留美は」

 

蓮太郎が何か言いかけると同時に、手術室の扉が開いて一人の医師がこちらに駆け寄ってくる。

 

「手術はひとまず終了しました」

 

「どうだったの!」

 

「ひとまず峠は越え、一命は取り留めました。もう命に別条はありません。ただ、意識が回復するのは少なくとも数日かかるかと」

 

「よかった……」

 

「私はひとまずこれで失礼します。まだするべきことが残っているので」

 

医師はどこかへ立ち去ってしまった。

 

「じゃあ、蓮太郎。私はこれで」

 

「どうするつもりだ?」

 

「決まってるでしょ。襲撃してきたあの女を殺す。襲撃者の依頼主も殺す」

 

そう、私が殺す。八幡をあんなことになった原因すべてを殺す。

 

立ち去ろうとした私の腕を蓮太郎は掴む。

 

「待て、そんな頭に血が上った状態で行っても返りうちにあうだけだ」

 

「私は冷静。問題ないよ」

 

「いや、駄目だ。お前は殺される」

 

「蓮太郎は私よりも構うべき相手が……」

 

そこまで話して自分の軽率な発言に気付き、口を噛み締める。延珠は、昨日死んだんだ。私、最低。気が立っていたからって許される発言ではない。

 

「延珠なら、生きてるよ」

 

「え?」

 

「延珠なら、生きてる。多量の麻酔が投与されたから数日は目を覚まさないが、間違いなく生きてるよ」

 

「……そう、よかった」

 

「……なあ、お前らいつ襲撃された?」

 

「え?確か八日前と昨日、そして今朝の三回。いや、今朝は八幡から襲撃者に接触したから襲撃を受けたのは二回か」

 

「俺も同じ日に聖天子様の護衛をして、同じ日に襲撃を受けた。これは偶然か……?」

 

「……襲撃者の依頼人は政府関係者……?いや、それより、次の会議はいつなの?」

 

「明日、午後八時だ」

 

「……なるほど、日を合わせている可能性は否定できないね。けど護衛対象にはもう学校に行かないように言ってるしもう襲撃される可能性はないと思う」

 

「どうする気だ?」

 

「今から護衛対象の家まで行って護衛対象に引っ付いてるよ」

 

「そうか。絶対に生きて帰れよ」

 

「もちろん。じゃあ、行くね」

 

私はその場を後にしようとする。と、こっちに走ってくる二人の女の子。

 

「留美ちゃん!」

 

「留美さん!」

 

「小町お姉ちゃんと、夏世?」

 

二人はこちらに駆け寄ってくると手を膝について肩で息をしながら私に叫んでくる。

 

「お兄ちゃんは!?」

 

「えっと、とりあえず一命は取り留めたって。意識が戻るのは数日後の予定だって」

 

「よ、良かった……」

 

小町お姉ちゃんはその場に崩れるようにしてお尻をつく。

 

「今回の襲撃のことは社長さんに聞きました。留美さん、護衛は続けるのですか?」

 

「もちろん。もう行くね」

 

「留美ちゃん待って!」

 

「なに?」

 

「……えっと、その」

 

「何もないなら、私、行くね。大丈夫。八幡をこんなことにしたやつは全員殺すから安心して待ってて」

 

「留美さん」

 

「夏世?なに?私、急がないと」

 

「少し黙ってください」

 

パァン、と夏世が私のほほを平手でぶつ。

 

「八幡さんが殺されかけてあなたの頭に血が上っているのは分かってます。そしてそれは私も同じです。あなたが報復をしようというなら、私も付き合わせてもらいたいくらいです。けれど、小町さんの気持ちも考えてあげてください。八幡さんが殺されかけたことは小町さんにとっても辛いことだと思います。だからこそ、小町さんはあなたが八幡さんのようになって欲しくないんです。小町さんには失礼を承知で言わせてもらいますけど彼女は祈ることしか出来ないんですから」

 

「……それは知ってる」

 

「いいえ、分かっていません。いや、分かっていてその態度ならもう一度叩く必要がありそうですね。落ち着いてください。襲撃者の身元は分かったんですか?」

 

「うん」

 

「そうですか。あなた、今から護衛ではなく襲撃に向かうつもりですね。護衛なら、今すぐ行く必要はないはず。護衛対象の人は家にいるのでしょう?。里見さんと八幡さんの話を聞くに、聖天子様の襲撃者と護衛対象・雪ノ下さんの襲撃者は襲撃の日を合わせている。つまり、今日、襲撃する可能性は低い。それでも留美さんがそこまで急ぐ理由。それはただ単に襲撃者を一秒でも早く殺したいという思いがあるだけではないんですか?」

 

「……よく分かったね」

 

「そうしたいのは私も同じですから」

 

「なら、どうするの?」

 

「簡単ですよ。備えるだけです。次の襲撃に向けて」

 

「なるほどね。それは分かりやすい」

 

「では、すぐに戻りましょう。小町さんにもしっかり手伝って貰いますからね」

 

「もちろんだよ!私頑張るから!」

 

小町お姉ちゃんが目に涙を浮かべながらも笑みを浮かべている。

 

「大丈夫そうだな。俺はもう行くよ」

 

「あ、里見さん。いたんですか」

 

「おい、気づいてなかったのかよッ?」

 

「も、もちろん気付いてましたよ?ついさっき来てましたもんね。疑うなんて小町的にポイント低い!」

 

「小町お前気付いてなかっただろ。最初からいたよッ?」

 

「で、なんでまだいるの?」

 

「……俺はもう行くよ」

 

「蓮太郎はどうするの?相手は狙撃のプロなんでしょ?イニシエーターの延珠なしで近接戦闘特化の蓮太郎に何が出来るの?」

 

「さあな。とりあえず銭湯にでも行って、それから先生のところにでも相談――」

 

『銭湯!!!』

 

「……………………」

 

 

 

 

 

私たちは蓮太郎の奢りで銭湯に行った。……入浴シーン?そんなものあるわけないでしょ。バカじゃないの?

 



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我思う、故に我あり

留美side

 

「まさか、私の家の門をガストレアがノックするなんてね」

 

八幡が病院に担ぎ込まれた翌日の朝。私と夏世は護衛対象の家を訪れていた。護衛対象は本来は高層マンションに一人暮らしをしているけど、聖天子副補佐官がいない間は第一区にある実家で寝食を行っているらしい。さすがに襲撃される可能性のある状態で一人暮らしをするつもりはないみたい。

 

しかしデカい。大豪邸だ。私たちがいる門と家……というか屋敷との間に広い庭がある。その中を門まで歩いてくる護衛対象。朝方とはいえ、夏前の直射日光を浴びるのは護衛対象には辛そうだ。いや、つらいなら屋敷と門の間にこんなデカい庭作らなければいいのに。

 

「私たちは人間です。里見さんが認めてくれたように」

 

「私はどっちでもいいよ。人間でもガストレアでも。だから私があなたを殺して食べてもおかしなことはないよね。ガストレアなんだから」

 

「留美さん?」

 

夏世がいぶかしむような声を上げるが、この女には一度言っておかないと気が済まない。

 

「八幡が護衛を引き受けた以上、そのイニシエーターである私もプロの端くれとしてあなたの護衛は続ける。けど、八幡が負傷した以上、私がこの護衛の全権を引き受ける。つまり、あなたには私の指示に従ってもらうよ。それが出来ないなら、この依頼は辞退する。ああ、今から代わりの護衛の民警を雇うなんて都合のいいことは考えないほうがいいと思うよ。ネットって恐ろしいね。どんな嘘でもすぐに広がるんだから」

 

「……分かったわ。従いましょう」

 

「なら、まずはこの屋敷全体にセンサーとトラップを仕掛けさせてもらうよ。タイムリミットは午後八時。急ぐよ、夏世」

 

「分かりました」

 

「午後八時?どうしてそんなことが断定出来るのかしら?」

 

「集めた情報によりますと襲撃者は勾田高校の生徒であることが分かりました。現在、勾田高校は昨日の事件で休校状態で、原則立ち入り禁止になっています。つまり、今まで放課後に襲撃を行っていた襲撃者はいつでも襲撃することが可能になります。しかし、それは天童民間警備会社のもう一人の民警、里見蓮太郎も同じです。襲撃者は、里見さんが同じ学校に通っていること、そして里見さんが聖天子様の会談中の護衛を行っていること、そしてその会談の日時を把握しています。学校がなくてフリーの状態の里見さんが聖天子様の護衛を開始する午後八時までは襲撃者も動かないと考えられます」

 

「そう、そんなことまで調べているのね」

 

「気が済んだら私はもう行くね」

 

私は門を開けて敷地内に入ろうとすると、護衛対象とは別の人の声。

 

「あら、雪乃ちゃん、その子たちは?」

 

「……姉さん。いえ、私の護衛の方々よ」

 

「済みません、あなたは?」

 

夏世が問いかけると、護衛対象に姉さんと呼ばれた女性は、ニコニコしながら自己紹介を始める。

 

「初めまして、雪ノ下陽乃です!よろしくね」

 

「う、うん。鶴見留美です。よろしく……」

 

分かる。この薄ら寒い笑顔。その笑顔が、仮面の上に描かれているものだと。八幡なら、強化外骨格とでも呼びそうなくらい、完璧な笑顔だ。今まで見てきたよりもはるかに勝る、完璧な仮面。

 

「済みませんが、この屋敷にはセンサーとトラップを仕掛けさせてもらいます。何分この屋敷は広いので、急がないといけないので」

 

「なるほど、襲撃者対策にね。それなら私と、護衛組織の人たちを何人か使ってくれていいわよ。護衛組織の人は半分が聖天子様の護衛に行ったから少ないけど、そこらへんの黒服の人たちは自由に使ってもらって構わないから」

 

「あなたも出来るんですか?」

 

「あ、私のこと疑ってる?私、これでも民警なんだよ。といっても、イニシエーターの子はいないんだけどね。私も、アクセスキーと疑似階級がほしくて名前だけ登録してるようなものだし、イニシエーターも名前だけ借りてるようなものかな。けど、民警試験を受けるために得た知識はばっちりあるから、協力は出来ると思うよ」

 

そういって陽乃と名乗った女性は左手で民警ライセンスをかざし、右手で女性の手のひらに収まるほどに小さなハンドガンを弄んでいる。デリンジャーと呼ばれる小型拳銃だ。

 

「そうですか。でしたら協力お願いします」

 

「喜んで!ささ、入って入って。もう暑くなってきたからね~外で直射日光を浴びてたらつらいでしょ。ジュースでも飲む?」

 

「いえ、お気遣いなく」

 

夏世と雪ノ下さんは庭を抜けて屋敷へと入っていく。私も慌ててついていく。あの女、どこか信用できない。絶対に八幡には会わせたくない。あんな美人局とかやってそうな見た目だけ清純なビッチ女には、絶対に。

 

 

 

「ねえ、護衛対象を玄関に置きっぱなしにするのはどうかと思うのだけれど」

 

 

 

 

夏世side

 

「留美さん、交代しましょう。お疲れ様です」

 

私は、現在護衛対象である雪ノ下さんと同じ部屋で護衛をしている留美さんのもとを訪れる。これから留美さんには私の後を引き継いで屋敷中にセンサーとトラップの設置をする作業をする。この暑い中、屋敷のあちこちを動き回って繊細な作業が求められるトラップ設置を行うのと、雪ノ下さんと一緒に空調のかかっている部屋にいるのでは、普通は後者を選ぶだろう。しかし……。

 

「やっと来た!遅かったじゃない!さ、早く代わろ」

 

……彼女は前者を選ぶ人間のようだ。

 

「え、ええ。分かりました。この屋敷の西のこことここは設置完了しました。陽乃さんたちはこのあたり、門・庭・玄関のトラップ設置が現在四十%ほど進んでます。とりあえず、留美さんは予定通り、北のこことここ、出来ればこのあたりをお願いします」

 

屋敷の地図にサインをつけながら引き継ぎ作業を行う。

 

「分かった。屋敷全部やっておくね」

 

「時間になったら交代ですから」

 

「分かった。屋敷全部やっておくね」

 

「時間になったら交代ですから」

 

「分かった。屋敷全部やっておくね」

 

「時間になったら交代ですから」

 

……どれだけトラップ設置がしたいのだろう。いや、どちらかというと護衛が嫌なのか。

 

「分かった。屋敷全部全部やっておくね」

 

「……留美さんが雪ノ下さんを嫌ってるのは分かりましたから、時間内だけ作業をお願いします」

 

「……分かったよ。時間になったら戻ってくるから。でもきっと夏世も分かるよ。絶対に次の交代の時間、私と同じこと言う」

 

「……いや、それは」

 

「絶対に言う。今ここで私と代わったことをその女と十分も同じ空間にいたら理解するよ」

 

「……分かりました。肝に命じます」

 

「うん、行ってくるね。ご武運を」

 

「はい、私はここにいます。絶対に次の交代の時間まで生き残ります」

 

「うん、行ってくるね」

 

「あなたたち、本人がいる前で好き勝手言ってくれるわね。それなら、私の護衛は不要だから、二人でトラップ設置作業に取り掛かったほうがいいのではないかしら?」

 

この部屋で本を読んでいた雪ノ下さんが顔を上げて苦情を入れてくる。

 

「夏世、あの女の言ってることは基本的に無視で」

 

「分かりました」

 

「聞こえているのだけど」

 

雪ノ下さんが冷たい視線を送ってくる。間違いなく怒ってる。けど、留美が言いたいことはごもっともだ。

 

確かに襲撃者はまだ現れてはいない。けど、今から現れる可能性はないわけではないのだ。にも関わらず先の発言。確かに、これの相手はきつい。

 

「留美さん、とりあえず行ってください。外に陽乃さんが手配している護衛組織の人たちを待機させたままです。とりあえずその人たちと合流して作業に取り掛かってください。陽乃さんが自由に使ってもいいということらしいんで」

 

「了解」

 

留美さんは部屋を出て走っていった。部屋に残されたのは私と雪ノ下さん。

 

留美さんから話は聞いている。政治家の家系のお嬢様で、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能とどこぞの千葉の妹のような人らしい。しかし、傲慢不遜、傍若無人、唯我独尊といった一面も持っており、イニシエーター差別者という面も併せ持つという、護衛する側としては面倒なことこの上ない人間だ。

 

「あなたは護衛として信頼出来る人間なのでしょうね」

 

「もちろんです」

 

「……あなたはどうして人間と一緒にいるのかしら?」

 

「人間が人間と共にすることが不思議ですか?」

 

「あなたは人間ではない……と言われたことも一度や二度ではないのでしょう?なら、どうして人間であろうとするのかしら?他者から人間でないと言われて、どうしてそれでも人間であろうとするの?」

 

「…………確かに、人間ではないと言われたことも何度もあります、今朝もあなたから言われましたからね。私も、以前は自身を道具であると言われ続け、自分自身もまた道具だと割り切っていました」

 

「なら、どうして……」

 

「けど、私を人間だと言ってくれる人がいました。『呪われた子供たち』であってもなくっても私自身を見てくれる人がいました。その時に気付いたんです。自身の存在など、他者から見れば如何様にも定義されるのだと。なら自分はどの定義を基準とすればよいのか。簡単です。自分自身が定義してしまえばいいのですよ。だから私は私を人間として定義することにしたんです。例え他人に否定されても、私は私を人間として定義し、人間として扱います」

 

「『我思う、故に我あり』……確かにそのとおりね」

 

「デカルトですか」

 

「あなた、年齢の割に頭がいいのね」

 

「IQ210は伊達ではないです」

 

「……そう、でも私はあなたたちを人間として見ることは出来ない。かつて私の両親を殺したガストレアを私は許すことが出来ない。それはあなたたち『呪われた子供たち』も同じ。例え体内浸食率が緩やかだとしても、五十%を超えればガストレア化し、人間を攻撃する。そんなものがモノリスの中にいて、町を歩いているなんて私は許容出来ない」

 

「構いませんよ。それが普通ですから」

 

「…………そう、ごめんなさい」

 

その言葉を最後に雪ノ下さんは手元の本に視線を戻す。案外悪い人ではないのかもしれない。

 

「ごめんなさい、少しお花を摘みに行ってくるわ」

 

「ついて行きますから勝手に部屋を出ないでください!」

 

 

 

 

 

 

午後八時三十分。

 

センサーとトラップをすべて設置し終えた私、留美さん、そして陽乃さんは護衛組織の人たちを屋敷の各所に配備して雪ノ下さんを含めた四人で同じ部屋に固まっていた。

 

「来ないね……」

 

携帯をちらちらと見ながら留美さんは言葉を漏らす。センサーが反応すれば携帯に表示されるのだが、未だ画面に変化は現れない。

 

「いえ、きっと来るはずです。聖天子副補佐官の帰国日を考慮すると襲撃者にとって今日が最後の機会とも言えるはずですから。とはいえ、ここも今はセンサーとトラップを装備した城ですから。安心してください」

 

「それに、せっかくこの私が一日かけてセンサーとトラップを設置したのに、来てくれないとお姉さん、寂しいしね」

 

「というか、姉さんがここにいるのはおかしいのではないのかしら?もうじきここは襲撃されるのだから早く出ていったほうが身のためだと思うけど」

 

「大丈夫!雪乃ちゃんは私がちゃんと守るからさ!それに、妹が命の危機だっていうのに、私が逃げるわけにはいかないでしょ」

 

「ご協力感謝します、陽乃さん」

 

「いえいえ、気にしないで」

 

と、私の携帯が震える。画面には、屋敷内部を移動する複数の黒い影。その黒い影は、体は黒を基調としたどころか顔までプロテクター入りの黒い布に覆われて、人相どころか性別すら見分けることが出来ない。襲撃者は民警ペア一組だけではなかったのか?そしてなぜ、屋敷内部まで侵入に気付けなかった?

 

留美の携帯にもセンサーの信号は届いているようだ。センサーには護衛を次々と殺しながら進む襲撃者たちの姿。護衛組織の人たちと交戦が始まったのか、発砲音は屋敷中に響いている。

 

私は襲撃者を吹き飛ばすために、留美さんに日中に設置したトラップを発動させる。

 

 

 

何も起こらない。トラップが起動しない。

 

 

 

「なんで?トラップが起動しない!?」

 

「不発ですか!?なら別の……」

 

「ダメ!トラップが全然起動しない!私が設置したのも、夏世が設置したのも!」

 

「なんですって!?」

 

慌てて私も携帯を操作してトラップを起動しようとする。しかし、画面にはエラーの文字。ここが屋敷である以上、トラップは基本的に無線で連絡を送っての爆発物を中心に設置してある。回収忘れや暴発によって襲撃者以外の人間が被害に遭わないようにこちらで起爆のタイミング等を管理するためだ。しかし、こうなっては大半のトラップが使用不可能となってしまう。

 

「どうして……?センサーの信号は届いているのに……?」

 

確かにセンサーの信号は届いている。大半のトラップが起動しないとなると、トラップの故障でもないし、私と留美さんの両方の携帯が故障するとも考えにくい。何故だ……?

 

バタバタと足音が響いている。こうなればトラップには頼れない。私自身が銃を手に戦うしかない。

 

「留美さん!」

 

私は留美さんに呼びかける。

 

「この二人の護衛は私が引き受けます。留美さんは、庭に向かってください」

 

「いや、私も残る。敵はすぐそこまで……」

 

「いえ、留美さんには相手をしてもらいたい相手がいます」

 

私は携帯を留美に見せる。玄関に設置したカメラに映されているのは、

 

「川崎沙希、川崎京華ペアが現れました。あなたの因縁は、あなたが整理してください」

 

「……すぐに片付けるから」

 

留美さんは窓から飛び出していった。さて、こんな小さな部屋に大量の敵が同時に襲撃されるのは望ましくない。どうにかして戦闘しやすい場所に移動するべきか、それとも留まって迎え撃つか。戦闘はすでに局面である。

 

バタバタと足音が響いている。もうすぐ襲撃部隊はここに到着するだろう。私はまた露払いの役を引き受けることになってしまった。前回は人間を守るためにガストレアと対峙したのに、今度は人間と対峙するとは、皮肉なものだ。

 

 

 

 

 

沙希side

 

「おりゃあ!」

 

京華が門を殴り飛ばして中へと入っていく。依頼者によると、トラップは作動しておらず、依頼人が手配した別動隊が屋敷を襲撃しているようだ。時折瞬くようなマズルフラッシュが屋敷のあちこちで発生している。

 

あたしはこの屋敷のどこかにいるイニシエーター、鶴見を殺す。そうすれば別動隊は邪魔されることなく雪ノ下を殺せる。あとは依頼者から報酬を受け取り、依頼者が斡旋してくれた学校に転校する。それで終わり。

 

「さーちゃん、いたよ」

 

前を向く。そこには。

 

「来たね」

 

イニシエーター、鶴見留美だ。

 

「あんたのご主人様は?」

 

「さあね」

 

ハッタリか。依頼者から聞いてるよ。あんたのプロモーターは病院のベッドの上にいることはね。

 

「あんたはどうしてあんな奴の味方をするんだい?あんたも、この子も、みんな死んでしまえばいいなんて考えてるイニシエーター差別者を、あんたはどうして守ろ」

 

言い終える前に留美の手にあったショットガンがこちらに向けられる。京華が籠手で体を守りながらあたしの前に立つ。キィン!という甲高い音が響いた。防ぎきれなかった散弾の一つがあたしのほほを掠めて、ほほから血が垂れる。

 

「知らない。あなたは殺す。そこのイニシエーターも殺す。ついでに依頼が終わったら護衛対象も殺す。みんな殺すよ。八幡を殺そうとしたやつ全員、殺す」

 

今までイニシエーターと対峙したことは何度かあったが、こいつはあのテロリストの小比奈とかいう子と同じくらい、いやある意味では精神年齢が大人な分、小比奈って子以上に格段にぶっ飛んでやがる。心を揺さぶるのは無理そうだ。

 

「じゃあ殺し合おう!」

 

ぶっ飛んでるのはこっちの京華も同じだ。京華が鶴見に突っ込んで拳を振る。鶴見はそれをバックステップで下がりながらショットガンを両手に持って京華に向けて連射。京華は籠手で受け止めるも、至近距離でのショットガンの威力は強力のようでノックバックしそうになる。

 

「京華!」

 

あたしはフラッシュバンを上空に投げる。京華は大きくバックステップ。留美は上空にショットガンを向けて発砲。と同時に閃光を撒き散らす。京華は爆発地点から距離を取っていたため影響は小さいが、留美には効果覿面だったようで、目を抑えている。

 

もらった!あたしは右手に持ったデザートイーグルを鶴見に向けて発砲。デザートイーグルが発した強烈な反動が腕を軋ませる。

 

しかし、目を腕で抑えたまま鶴見はあたしが撃った弾を回避。そしてショットガンをこちらに向ける。慌てて左腕に取り付けた折り畳み式ポリカーポネイトシールドを展開し、身を隠す。と同時に強い衝撃が左腕に伝わってくる。あと少し遅ければシールドではなくあたしの体に着弾していただろう。

 

京華が再び鶴見のもとへと駆け出す。あたしもデザートイーグルを構える。奴は本気であたしたちを殺そうとしている。だけどそれはあたしたちも同じ。あんたを殺して、あたしたちはその屍を踏み越えて、幸せを勝ち取るよ。だから、死にな。

 

 

 

 

 

姫菜side

 

はろはろ~比企谷くん。

 

今朝は大変だったね~。私もびっくりしたよ。だっていきなり車が飛んでくるんだもん。

 

ずいぶんズタボロにやられたね。普通なら全治一、二か月かかるんじゃないかな?でも、あなたは機械化兵士。例え故障しても機械のように戦ってもらわないと困るな。

 

それに言ったでしょ?こういう時は私のところに来てくれないとダメじゃない。だからこうして私がわざわざ病院の手術室にまで出向いてきたんじゃない。

 

でも、必要なかったみたいだね。もう修復は半分くらい終わってるから、明日には歩けるくらいにはなると思うよ。カーボンナノチューブのナノ筋肉はもうほとんど繋がっているし、バラニウム合金の脊髄も問題なく自己修復を続けているでしょ?あとは君が目覚めるだけ。

 

比企谷くん。早く目覚めないと、あの子、殺されちゃうよ?もしそんなことになったら、今度はすべての骨を形状記憶機能を持つバラニウム合金にしなくちゃいけなくなるかもね?



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VS神算鬼謀の司令塔

八幡side

 

午後八時。病院のベッドの上にて俺は目を覚ます。あたりを見回すと、ナノマテリアルが埋め込まれた学生服と、枕の横に手紙を見つける。その手紙の中には、

 

『午後八時から雪ノ下家が襲撃される』

 

その一文のみが書かれている。行かなくては。留美が戦っている。雪ノ下が狙われている。行かなくてはならない。

 

手術衣を脱ぎ捨て、制服を着て、駆け出す。体の随所が痛む。体がふらついてうまく歩くことができない。それでも、俺は止まれない。病室を出て、駆け出す。

 

 

 

 

 

夏世side

 

爆発音。崩れる部屋の壁。

 

一か所に留まれば逃げ場をなくして殺される。しかし、銃機で武装した集団から部屋を出て移動するには屋敷の長い廊下は非常に不向きだ。そこで私は部屋から出ずに部屋を移動している。爆発物で部屋の壁を壊しながら移動しているのだ。

 

私が威嚇射撃で敵を怯ませつつ、陽乃さんが爆発物を仕掛けて壁を壊す。雪ノ下さんと三人で何とか逃げることが出来ている。

 

「ぐわああ!!!」

 

男の声。壊れた壁の奥には瓦礫の下敷きになっている男。襲撃部隊の人間のようだ。どうやら隣の部屋に潜んでいたところを爆弾で吹き飛ばしてしまったらしい。全身を瓦礫に叩かれたことによる打撲によって気を失っているようだ。

 

私はおもむろにその男に近づき、フェイスマスクをはぎ取る。そこには、つい最近見覚えのある顔があった。

 

「まさか……そんな!」

 

 

 

「気付いちゃった?」

 

 

 

 

 

留美side

 

振り被ってナイフを投げる。ナイフはプロモーターの顔面に突き立つ……前にイニシエーターが飛んでいくナイフの持ち手をつかみ取ってそのまま投げ返してくる。投げ返されたナイフは私の膝を浅く切り裂いて地面に突き刺さる。思わず地面に倒れてしまう。

 

すでに私は全身に殴られたことによる打撲によってボロボロ。体のあちこちから出血し、骨も治癒力で補いきれないくらいあちこちが折れている。

 

傷を負っているのはあちらも同じだが、二人ということもあって私より損耗が激しくない。プロモーターのシールドはひびだらけ、イニシエーターの籠手もショットガンを至近距離で浴び続けたことによりべこべこにへこんでいる。どちらも肩で息をして体のところどころから血が出ているが、戦闘はまだまだ続行可能だろう。

 

こちらは全身を負傷。弾薬も心もとない。このままでは、死ぬ。でも、ただでは死なない。少なくとも一人くらい、道連れにしてやる。私は全神経を集中させる。生き残るためではない。殺すために。

 

と、感じる。後ろに誰かいる。空気が振動し、触覚がそれを読み取る。夏世ではない、男の人。

 

私は地面に転がったままM92Fを抜いてそこを感じた場所へと向ける。しかし誰もいない。いよいよおかしくなってきたみたい。誰もいないのに、誰かがいるように感じる……。

 

 

 

え?

 

 

 

つい数日前まで当たり前だったのに、今こうして感じるのがすごく懐かしく、すごく嬉しい。涙がこぼれそうになる。でも、必死に堪える。文字通り、必死に。襲撃者に気取られれば、今度こそ殺されるから。

 

私を地面のシミにしようとイニシエーターが地面に植えられていた木を引っこ抜いて投げ飛ばしてくる。私は転がって回避し、その勢いで跳ねるようにして再び立ち上がる。フラフラになりながらも倒れない。絶対に、倒れない。

 

「ねえ、依頼者は誰?」

 

時間を稼ぐ。少しでも稼いでみせる。

 

「依頼者?そんなの、あたしたちが素直に話すと思ってんの?」

 

「川崎……京華、だっけ。京華は、知らないの?」

 

「知ってたら何?」

 

「教えてよ。誰から依頼を受けたの?」

 

「教えな~い」

 

うざ。

 

「あんた、京華に何するつもり?」

 

「あなたは黙ってて。京華、教えて」

 

「じゃあね~、えっとね~、殺し合って勝ったら教えてあげる!」

 

そう言い残して凄まじい勢いで走ってきて籠手を振り被る。ダメ。意識はしっかり認識してるのに、体が動かない。私、負けちゃった。ごめんね、八幡。

 

「任せろ」

 

横には誰もいないのに、耳元で小さな、けど強さを感じる声が聞こえた気がした。

 

目の前に籠手が私の顔を潰そうと眼前にまで迫ってきて、

 

 

 

止まった。

 

 

 

まるで静止画のようにピタリと止まっている。イニシエーターも何が起こったか分からないかのように首をかしげている。

 

「待たせたな」

 

もう、遅れて登場とか留美的にポイント低いよ……。でも、来てくれたのはすっごくポイント高いかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡side

 

午後九時。雪ノ下家、庭。

 

天童式捕縄術二の型五番、『威死絈龍(いしばくりゅう)』

 

天童式武術の一つである、天童式捕縄術は糸や縄を使用して対象を縛り、捕らえるために作られた武術。一瞬で足や両手を縛るための「一の型」、対象の動きを完全に封じるための「二の型」、拷問などその他の縛り方の「三の型」で構成される。

 

かつて俺は天童の道場でこれを身に着けるため鍛錬した。しばらくして道場は破門されたが、俺は独学で鍛錬を続けた。

 

この『威糸絈龍(いしばくりゅう)』は、あらかじめ糸を空間中に設置し、縛る対象の人間がそこを通過することによって全身を絡めとる技だ。今、無様に腕を突き出して固まっている川崎京華は、全身を複雑に俺のバラニウムコートワイヤーが絡み合った状態だ。例え腕力特化のイニシエーターでも動くことは出来ないだろう。いや、不用意に動けない、か。

 

俺はグローブのモーターを動かし、ワイヤーを少しだけ巻き取る。

 

「うあああッ!」

 

川崎京華は、苦しそうにうめき声を出す。ワイヤーが縮まり、皮膚を切り裂き、血が垂れていく。俺がワイヤーを強く引っ張れば、ワイヤーは体の内部まで食い込み、バラバラに引き裂くだろう。これこそが俺が破門された理由だ。通常、捕縄術というのは太い縄で縛って捕らえることを目的として行使する。縛った縄を引っ張れば締め付けられるだけだが、ガストレアを葬るために作られたワイヤーで巻き付け引っ張ればどうなるかは容易に想像出来るだろう。当然、破門する理由も。

 

「やめろおッ!」

 

「川崎沙希、だったか。俺がワイヤーを操作すれば、こいつはサイコロケーキになるぞ」

 

「何が目的だ!どこにいる!」

 

「とりあえず銃を収めてもらおうか。そして襲撃は諦めろ。そうすれば、京華は解放しよう」

 

「この……なめるなぁ!」

 

川崎は胸ポケットから大量の小麦粉を取り出し、上空に投げる。小麦粉は空中でばら撒かれ、雪のように庭中に降り注ぐ。

 

なめているのはどっちだ。俺がこんな手に二度も通じると思うなよ。

 

俺は付近のスプリンクラーを撃ち抜く。スプリンクラーから大量の水が撒き散らされる。空中に漂っていた小麦粉は水に溶けて消えていく。

 

「でも、そんなことをすれば、あんたの体には水滴がつくから、丸見えでしょ。状況は変わらない。あたしたちの勝ちだ!」

 

「ならお前は俺のスペックを読み違えたな」

 

「何!?」

 

確かに今は体の表面に水滴がついて俺の体が少しずつ浮き彫りになっていく。

 

『環境の変化を検出。計測中……』

 

システムアナウンスが俺だけに聞こえる。ナノマテリアルが受け取った光をデータ化する。俺の頭の上のアンテナが水飛沫の向きと光の向きを計測する。

 

『計測終了。照度三ルクス、気温二六度。環境状況、夜、水飛沫。ナノマテリアル設定変更中……』

 

空間がうねる。光が捻じ曲げられていく。

 

『設定変更終了』

 

俺は体に水滴が付着しているにも関わらず、まるで体に水滴が付着していないかのように、まるでそこに何も存在しないかのように光を曲げる。水滴がナノマテリアルによって弾かれ、あるいは受け流されているように光が反射される。

 

川崎沙希が再び消えた俺に驚愕している。俺がスプリンクラーの水を浴びても姿を現さないことがそこまでおかしなことか?

 

俺のマリオネット・インジェクションは対ガストレア用に作られた。コンセプトは隠密。ガストレアの軍勢に気付かれることなく忍び込み、偵察や脅威となるガストレアの暗殺をすることを目的に作られたものだ。当然野外が主だ。雨や雪、泥が付着する可能性もある。こうやって水飛沫が飛んでくることも。その程度、設計段階で潰しておくべき課題だろ。

 

マリオネット・インジェクションはナノマテリアルと俺の頭上の髪の毛型アンテナから周囲の環境情報を常に取得し、変化に対応して自動で設定を変更する機能がある。細かい変化なら何も言わずにやってくれるが、今回のような大きな変化があると、システムアナウンスとともに再演算、設定変更を行うのだ。

 

川崎沙希があっちこっちにデザートイーグルを乱射している。だが俺とは見当違いの場所に空しく着弾する。俺は背川崎沙希の後から回り込み、

 

「天童式捕縄術一の型五番、『白雷陣』」

 

一瞬で川崎沙希の両手両足を後ろで一つに縛り付ける。川崎沙希は今、海老反りの状態で地面に転がっている。いくら動こうとしても地面をもだえることしか出来ない。ただ、ワイヤーが食い込んで血を流すだけだ。

 

「これ以上動いたら、両手両足がなくなると思え」

 

「クッ」

 

「留美、終わったぞ……?」

 

留美のほうを振り返る。最初、留美がどうしてそんなことをしているのか分からなかった。留美は、動けなくなっている川崎京華にM92Fを向けている。おい、そいつはもう動けないだろ。戦闘は終了したんだ。

 

川崎京華はワイヤーに縛られたまま、ピクリとも動かない。グローブと繋がっている川崎京華を縛るワイヤーから、振動が伝わってこない。体中が血で赤く染まっている。心なしか、四肢から力が抜けているように見える。まさか……。

 

「京華ああああああああああああああああああああ!!!」

 

川崎京華の異変にいち早く気付いた川崎沙希が悲鳴をあげる。

 

「留美やめろ必要ない!」

 

「どうして?この人たちは八幡を殺そうとしたんだよ?だったら、殺さないと。こいつも殺して、そこのプロモーターも殺して、バカな護衛対象もあとで殺さないと」

 

バカだ。俺が油断して病院に運び込まれる失態を犯したせいで、留美に負担をかけてしまった。留美も、小町も、千寿も、家族みんな守ると誓ったはずなのに。

 

「留美!」

 

俺は留美に抱き着く。留美が手から銃を落とす。

 

「俺は生きてる。間違いなく生きてる。大丈夫だ。大丈夫なんだ」

 

「八幡、八幡…………うわああああああああああん!!!」

 

留美が泣きついてくる。俺はただただ頭をなでるしか出来なかった。俺が弱いから、留美を泣かせてしまった。もっと、強くならなければならない。

 

 

 

 

 

川崎沙希、捕縛によって行動不能状態、川崎京華、意識不明。敵の排除を確認。オールクリア。

 

「……そうだ夏世!」

 

「千寿も来てるのか?」

 

「うん、今はあの護衛対象と一緒にいるはず」

 

留美は携帯を取り出して夏世に電話をかける。コールがこっちまで聞こえてくる。だが、コールが続くだけで電話に出る気配はない。

 

「夏世……まさか」

 

一〇コールくらいしたころ、電話が繋がる。

 

「夏世!よかった……こっちは終わったから一度合流……夏世?」

 

電話口からは誰の声も聞こえない。いや、ほんとに夏世なのか?

 

「夏世……?夏世、なの?」

 

『ひゃっはろー!』

 

ひどく場違いで知らない声が聞こえてくる。変声機が使われているため誰かは分からない。

 

「まさか……雪ノ下陽乃なの?」

 

『さて、私は誰でしょう?』

 

思わず俺は留美から携帯を奪い取ってしまう。

 

「おい、テメェは誰だ」

 

『あなた、比企谷くんね。比企谷くんもクイズに参加する?』

 

「千寿はどうした」

 

『寝てるよ。小学生にはこんな時間まで起きてるのはつらいでしょ?』

 

「ふざけるな。お前ら今どこにいる」

 

『えっと、屋敷が崩壊してるからよく分かんない』

 

なんだ?こいつ、何が目的なんだ?

 

『八幡さん、いるんですか!?』

 

「夏世!」

 

「千寿!そっちの状況はどうなっている!」

 

『あらあら、麻酔の量が足りなかったみたいね』

 

『雪ノ下雪乃の暗殺依頼者は彼女です!屋敷を襲撃した襲撃部隊の男と昼間に屋敷を護衛していた男は同一人物でした。つまり、雪ノ下陽乃が護衛組織の人間に見せかけて屋敷に配備し、私たちのトラップの設置を手伝うふりをしてトラップの位置を把握および解除をさせたんです』

 

手に力が入る。携帯を握りつぶしそうになる。

 

『雪ノ下雪乃さんがまだどこかへ逃げています!急いで保護を「パァン!」』

 

「夏世!?夏世!」

 

『安心して。殺してないよ。これは麻酔銃だから。もっとも、普通の人間なら間違いなく致死量なんだけどね』

 

「……どういうつもりだ。そいつを人質に雪ノ下と交換するのか?」

 

『雪乃ちゃん?どうでもいいよ?』

 

……は?

 

「お前は雪ノ下を殺すためにこんな大規模なことをしたんじゃないのか?」

 

『あんな頭の悪い子、どうでもいいかな。私が欲しかったものは、ここにあるんだから』

 

「まて、どういうことだ。何が目的だ」

 

『一から全部説明させる気?それは甘いんじゃないかな?まあ雪乃ちゃんを守り切ったご褒美に説明くらいしてあげるね。私としては、雪乃ちゃんがどうなろうとしったことじゃないんだよね』

 

「雪ノ下はあんたの妹じゃないのか?」

 

『雪乃ちゃんは優秀ではあるのだけど、私に比べたら劣るのよね。なら、いらないじゃない。お爺さんが死んだら、私が引き継げばいいんだから。それに雪乃ちゃんみたいなイニシエーター差別者が私の血族だと思われるのは困るのよね。今後、私が表に出るときに。そういう意味では死んでくれたほうが都合がよかったし、実際殺すつもり動いてたけどね』

 

「なら、あんたの目的は……?」

 

『まだ分からないの?ここにあるって言ってるのに』

 

「……まさか」

 

『そう、千寿夏世。この子は雪乃ちゃんなんかよりよっぽど優秀で可愛いわ。前々から目をつけてたんだけど蛭子テロ事件の依頼のときに死んじゃったって聞いて、すごく残念だったの。けど、目撃証言があったわ。あなたのアパートに居候してるってね』

 

「だから俺と雇った別の民警をぶつけて動けないところを回収しようってか」

 

『やっと合格ラインってところかな。雪乃ちゃんにあなたを雇わせるように仕向けて、あなたとあなたのイニシエーターを別の場所でドンパチさせている間に別動隊があなたのアパートにいる夏世ちゃんを回収させる予定だった。想定外だったのは比企谷くんが簡単に病院送りになって、代わりに夏世ちゃんが出てきたことくらいかな。でも、この勝負、私の勝ちみたいね』

 

「……そんなに千寿を求めるのは何故だ」

 

『この子は飛び切り頭が回る優秀な子よ。前の筋肉達磨とペアを組んでいたのは残念だったわ。いくら戦闘能力が高くても、そんなのはあちこちに転がってるけど、この子みたいに高い知能を持つのは貴重なのよ。みんなそれが分かっていないみたい。私がこの子を一番うまく扱えるよ。私というブレインを補佐出来る人間は彼女だけね』

 

「妹さんはずいぶんとイニシエーター差別者なのに、あんたはそうでもないんだな」

 

『妹さんが誰なのは突っ込まないであげるね。まあ、それが優秀かどうか見ないで差別するのは愚の骨頂かな?優秀な人間は性別年齢関係なく尊ばれるべきだし、そうでない人間なんて人間じゃないでしょ』

 

こいつも伊熊将監と同じイニシエーターを道具と見ている……いや、こいつはすべての人間を優秀な道具か使えない道具かという見方しかしていない。ある意味そこらのイニシエーター差別者やガストレアを地球を浄化する神の使いとか言い出す信者より数倍たちが悪いな。

 

『心配しなくても、夏世ちゃんの身の安全は約束するよ。それじゃあね、バイバイ。どこかで会えたら、またね』

 

通話が終了した。携帯からはツー、ツーという冷たく無機質な音が響いている。俺は留美に携帯を返す。

 

「八幡?夏世は?夏世は無事なの?」

 

留美が問いかける。もう千寿は連れていかれただろう。きっと、この屋敷にはもういない。俺が病院送りにされなければこんなことにならなかった。千寿に出てきてもらう必要もなかった。俺のせいだ。今更どんな顔して留美に謝ればいいのだろうか。

 

「済まない」

 

俺は、俯き、ただ謝ることしか出来なかった。家族を守ることすら出来なくて、何が自治エリアだ。可笑しくて、下らなくて、夢見がちで、笑えない冗談だ。

 

 

 

――強くならなければ。もっと、もっと。

 

 

 

 

 

・鶴見留美、ガストレアウィルスによる体内浸食率三八.五%。

・予測生存可能日数消費まで、残り九二〇日

 



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あぁ……たまりませんね……

小町「祝!ステルス・ブレット原作二巻相当完結!」

 

留美「『ステルス・ブレット』に興味があるあなた!今まで読んでくれたあなたも!」

 

小町「物語の世界を予習復習!」

 

留美「ステルス・ブレット インタールードファッキュー!」

 

八幡「よっしゃタイトルコールも終わったし」

 

小町「うん!」

 

留美「そうだね」

 

ティナ「はい」

 

八幡・留美『帰るか』

 

小町「ちょっとちょっとお兄ちゃん!?留美ちゃんまで!?」

 

八幡「いやだって働きたくないし」

 

留美「同じく」

 

小町「……駄目だこの人たち。早く何とかしないと」

 

ティナ「あの、ちょっと」

 

八幡「帰ろうぜ~小町~」

 

留美「帰ろ~ねぇ~小町おねえちゃ~ん」

 

小町「うるさい!そんなお兄ちゃんも留美ちゃんも小町的にポイント低いよ!二人とも嫌い!」

 

八幡「今日のラジオのテーマは何なんだ小町?俺がしっかり説明してやる!」

 

留美「何なら小町お姉ちゃんのワンマントークショーが聞きたいかも!」

 

小町「……二人とも凄い手のひら返し……というか留美ちゃんまだサボる気でしょ!」

 

ティナ「あの、まだ続くんですか?」

 

留美「そ、そんなことないよ?私を疑うだなんて留美的にポイント低いかなって」

 

小町「ぜったい思ってたでしょ!というかそのポイント制度小町のでしょ!なんで本編で勝手に使ってるの!?小町が実用新案権持ってるんだから小町の許可なしに小町式ポイント制度使うとか小町的にポイント低い!」

 

八幡「いろいろ突っ込みどころあるけどあえて一つに絞るなら小町小町うるせぇ……」

 

留美「せっかく小町お姉ちゃんがこのラジオを盛り上げようとしてるのに『小町うるせぇ……』だって。酷い人」

 

小町「お兄ちゃん……小町のことそんな風に思ってたなんて……」

 

八幡「いや違うでしょ?留美の悪意ある解釈と意図的な抜粋によって引き起こされたんでしょ?俺は悪くない」

 

ティナ「ちょっとみなさん!!!」

 

八幡「え?誰?」

 

留美「何時からそこに?」

 

小町「お兄ちゃんたちの知り合い?」

 

ティナ「いや、最初からいましたよ!なんで無視するんですか!?」

 

八幡「はぁ……これだから非ぼっちは」

 

留美「ホントだよ……ちょっと返事が貰えなかったってだけですぐにシカト呼ばわりするんだから……」

 

八幡「むしろあえて聞こえないように声をかけて反応させないことで攻撃する要因を作りたいんじゃないかって思うくらいだよな」

 

留美「そうそう。そっちはぼっちを無視するなんて日常茶飯事なのにさ」

 

ティナ「天童社長に言いつけますよ」

 

八幡「…………」

 

留美「…………」

 

小町「…………」

 

ティナ「あの、社長が怖いのは分かりましたからラジオで無言はやめましょう」

 

八幡「というかお前、そんなキャラだっけ?」

 

ティナ「ええお陰様で!いつもはみんなを振り回しているのになんで今日は振り回されてるんですか……?」

 

留美「いつも同じポジションにいられるなんて贅沢なことなんだよ。昨日まで友達がいたのに次の日には友達がみんないなくなって最底辺のぼっちに叩き落されることだってあるんだよ」

 

八幡「そうなのか。俺は最底辺ぼっち以外に所属したことないからそんな経験ないわ」

 

留美「八幡……」///

 

小町「え、今なんでデレたの?」

 

ティナ「とにかく!今日のテーマはお兄さんの所有権についてです!」

 

小町「この子サラッと自分の欲望を入れてきた……」

 

ティナ「これくらいしないと私、こっちの世界で目立てないので……。結局、名前が出たのもこのラジオが最初でしたし……」

 

八幡「この子生き残るために涙ぐましい努力を……」

 

留美「というか、二巻終了時点では蓮太郎のことは蓮太郎さんって呼んで……」ムググ

 

八幡「世の中には突っ込んでいいことと悪いことがあるんだ」

 

小町「改めて、今回のテーマは狙撃事件と襲撃事件の時系列について解説だそうですよ。お兄ちゃん、解説お願いします!」

 

八幡「ヘイヘイ……その前にアシスタントを。お願いしまーす」

 

ティナ「アシスタント?」

 

~♪(コ○ンのテーマ)

 

夏世「私の推理は外道の推理!穴空く前に早く吐け!たった一つの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人、その名は、名探偵カヨン!」

 

八幡「グラサンロボの次はそれかよ……てか前置き最悪だろ銃で脅してんじゃねえか。東京エリアの探偵まともな奴いないな……」

 

夏世「まあ、IQ210ですし?一五話で名推理を披露しましたし?探偵と呼んでもらっても?間違ってないと思いますよ?」

 

小町「うわ~すごい自信」

 

夏世「しっかりアピールしとかないと今後フェードアウトするかもしれないんで。私、連れ去られましたし。まあ、さっさとテーマの解説に入りましょう」

 

留美「確かに、いろいろありすぎたからね。作者も時系列があっちに飛んでこっちに飛んで書くから分かりにくいし」

 

ティナ「作者とか言わないでください」

 

夏世「では説明をします。基準日としては道場で特訓を行った日を基準としましてざっくりとまとめました。小町さん、フリップ持ってきてください」

 

小町「え、小町?ラジオのスタッフじゃなくて?」

 

夏世「はい。小町さんは私の部下なんですから。上司の指示には従って頂かないと」

 

小町「……分かりました」トボトボ

 

夏世「あぁ……たまりませんね……私の命令に素直に従う人間というのは……こうも滑稽で可愛いものなんですね……」

 

八幡「オイ。大丈夫かよ」

 

留美「ホントだよ。夏世、大丈夫?ラジオなのにテロップ持ってきてもリスナーは見れないよ?」

 

ティナ「そこじゃないでしょう……」

 

夏世「小町さんが存在しないテロップを取りに行ってる間に説明しましょうか」

 

八幡「やっぱりお前、外道探偵だわ」

 

夏世「ハイそんなわけで進めますよ

 

ー1日目

雪ノ下陽乃がなんかやらかしそうなフラグを立てる。

 

0日目

道場で訓練する。

雪ノ下雪乃が教室で巨乳ビッチを泣かせる。

雪ノ下雪乃が依頼の説明をする。

里見蓮太郎が聖居で迷子になる。

里見蓮太郎があざといパジャマロリと出会う。

里見蓮太郎がすき焼きをダシに束の間のハーレムを作る。

 

1日目

巨乳ビッチが木炭を作る。

川崎ペアが第一回目の襲撃を行う。

聖天子様が第一回目の襲撃に遭う。

川崎ペアが自宅でくよくよしてる。

 

とりあえずこんなところですか。質問はありますか?」

 

八幡「なんだこの悪意ある受け取り方は」

 

夏世「何か間違っていますか?」

 

留美「いや間違ってないけど」

 

ティナ「というか、あざといパジャマロリって私のことですか!?酷いですよ!」

 

八幡「てかなんで由比ヶ浜の呼び方が巨乳ビッチなんだよ。お前ら巨乳を嫌悪しすぎだろ……」

 

夏世「では次」

 

ティナ「無視!?」

 

夏世「では、二日目から。

 

2日目

 

3日目

材木座、襲来。

片桐ペアが豆腐食べる。

 

4日目

里見蓮太郎、金髪幼女と外周区デート。

 

5日目

戸塚彩加が奉仕部を訪れる。

比企谷小町が千寿夏世のどれ……部下になる。

 

6日目

土曜日

里見蓮太郎、金髪幼女と遊園地デート。

 

7日目

日曜日

 

8日目

金髪幼女が「あうあっ」する。

川崎ペア、第二回目の襲撃を行う。

聖天子様が第二回目の襲撃を受ける。

藍原延寿がティナ・スプラウトに撃退される。

そんな訳です。質問は?」

 

八幡「……もういいや。突っ込まんから次、いけよ」

 

ティナ「私も同じです……」

 

夏世「つまらないですねぇ。ある程度歯ごたえがないと毒舌を発揮しても面白くないのに……。まあいいです。次」

 

留美「あれ?なんでまだ私の名前が出てきてないの?一応メインヒロインでしょ?ここじゃ私ってウィキペディアの登場キャラクターのページだと二番目に名前がくるはずでしょ?」

 

夏世「はいはい次行きますよ。

9日目

比企谷八幡、車にペチャする。

鶴見留美、比企谷八幡を担いで病院へ。

藍原延寿、大量の麻酔が撃たれた状態で見つかる。

鶴見留美・里見蓮太郎、パートナーが意識不明のためぐっでぐでになる。

銭湯に入る。

海老名姫菜、手術室で危ない発言。

 

10日目

雪ノ下家にセンサーとトラップをつける。

司馬未織が『抱いて!』発言。

第3回目の会談が始まる。

比企谷八幡、起床。

川崎ペアが雪ノ下家を襲撃。

里見蓮太郎、ティナ・スプラウトを撃破。

千寿夏世、攫われる。

 

17日目

ティナ・スプラウトが天童民間警備会社に就職。

 

それが今回の顛末ですね。何か質問は?」

 

八幡「混乱してくるわ……」

 

留美「処理しきれないね……」

 

ティナ「やっと正しい名前を呼んでもらえた……。しかし、ファッキュー原作よりちゃんと解説しているのは大丈夫なんでしょうか」

 

八幡「これをちゃんとって表現出来るあたりすごいよな」

 

小町「ただいま……」

 

留美「あ、小町お姉ちゃん」

 

ティナ「おかえりなさいです」

 

夏世「小町さんお帰りなさい。テロップはどこですか?」

 

小町「そんなのないじゃん!スタッフもみんな知らないって言ってたよ!?」

 

夏世「ばれましたか」

 

小町「あとでお話、ね?」ゴゴゴ

 

夏世「…………はい」

 

小町「よろしい。それより外に誰かいたけど」

 

八幡「嫌な予感しかしねえ……」

 

ティナ「どうするんですか?」

 

留美「どうするって、そりゃ……」

 

八幡「帰って貰え」

 

沙希「なんでさ!!!」バァン

 

ティナ「わあ!?」

 

留美「済みませんどちら様ですか?現在収録中なんで困ります」

 

沙希「いや、あたしだよ!川崎!」

 

小町「お兄ちゃん知り合い?」

 

八幡「ほらあれだ川……なんとかさんだ」

 

沙希「なんで忘れてるの!?殺し合ってたのに!?」

 

ティナ「どうするんですか?これじゃあ放送事故ですよ?」

 

夏世「仕方ないですから、中で大人しくしてもらうしかないでしょう……」

 

沙希「ラジオなのに大人しくしとけって……」

 

京華「ねえ、このコーナー、殴っていい?」

 

八幡「お前もいたのか……」

 

夏世「というか、完全に蛭子小比奈さんじゃないですか……」

 

雪乃「全く、何を遊んでいるのかしら……」

 

八幡「……来てたんだ」

 

留美「……生きてたんだ」

 

雪乃「お陰様で、ね。しかし、男一人に女六人のハーレムをラジオで実況するとは、なかなかの変態ぶりね。通報したほうがいいのかしら」

 

留美「なんでちゃっかり自分をハーレム構成人数に入れてるの?」

 

小町「そんなことより、京華……ちゃん?が沙希さんに羽交い絞めにされてるんだけど」

 

沙希「ちょっと、京華!殴るのはダメだって」

 

京華「いやー殴るんだー殺し合うんだー」

 

留美「八幡、今こそあれでしょ。ハイ、ロープ」

 

八幡「任せろ。天童式捕縄術!」

 

バシィッ!

 

京華「あうあっ」

 

夏世「八幡さん、天童式武術を使用するときに叫ぶのはなにか理由があるんですか?」

 

ティナ「それは突っ込んではダメなやつではないんですか?ロマン的なやつですか?」

 

八幡「叫ぶときの口の形や歯の噛み合わせによって力を込めやすくするとかうんたらかんたら」

 

留美「それ、今考えたでしょ」

 

沙希「ちょっと!なに京華を亀甲縛りにしてんのよ!」

 

八幡「……」クイッ

 

京華「あ……縄が食い込んで、んっ……」

 

沙希「京華ああああああああああああああああああああ!!!」

 

雪乃「比企谷くん、幼女に緊縛プレイなんていい趣味ね」

 

八幡「……なんでロープを俺に渡してくるんだ?」

 

雪乃「分からないのかしら。あなたは昆虫並みの知能なのね。そんな察しが悪くてよく今まで生きてこられたわね。ああ、ごめんなさい、あなたの目はもう死んでいると言っても疑われないくらいに腐敗が進んで」

 

八幡「…………天童式捕縄術!」

 

バシィッ!

 

雪乃「あんっ♥」

 

夏世「なんですかこれ」

 

ティナ「なんなんですかこれは」

 

小町「小町もう帰りたいんだけど」

 

多田島「あー警察だ。さっきここから通報があったんだが……」

 

八幡「え、雪ノ下マジで通報してたのかよ」

 

多田島「で、俺はいったい誰をしょっぴけばいいんだ?」

 

八幡「犯人を捕らえました。そこの縛られた黒髪の女を連れて行ってください」

 

雪乃「比企谷くん!?」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ~

 

八幡「こうして、雪ノ下は俺たちをかばって自ら警察へと出頭した。尊い犠牲だったな……」

 

ティナ「ここでもそのパターンなんですか……」

 




ごめんなさい、原作3巻以降の展開は方向がまだ決まっていないので更新に少し間が空くかもしれません。


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摩耗による世界の消滅
幸と不幸の天秤


形式を一部変更しました。


八幡side

 

 青い空、白い雲、黒い黒板、緑の芝生、焦げ茶色の土やレンガ、教壇。

 そして、俺の隣には里見蓮太郎と天童木更。黒板を挟んだ向こう側に鶴見留美、藍原延珠、そして最近天童民間警備会社に所属したティナ・スプラウトを含む数十名の子供たち。

 俺たちは外周区の青空教室で教鞭を振るうことになったのだが……。

「誰から自己紹介するよ?」

「わ、私はやめておくわ。私、緊張で口から心臓が飛び出しちゃいそう」

「となると……」

 里見と社長がこちらを見る。

「おいやめろそんな目を向けるな無言の圧力を向けるな」

「比企谷くん、社長命令よ。行きなさい」

「パワハラだ。いやだ。無理だ」

「比企谷、頼む。お前の骨は俺が必ず拾う」

「おい、失敗を前提に話すな」

 とはいえいつだってマイノリティーに属する俺である。たとえ三人という少ない集団でもそういう空気になれば俺が行かざるを得ない。

 黒板の後ろでこそこそしていた俺たちだが、いつまでもこうしているわけにも行かないだろう。大丈夫。スッと出ていって、名前だけ言って、そのまま里見とバトンタッチすればいいだけだ。

 頭の中では楽観的にとらえようとしているが、足は震え、手のひらは汗まみれで、心なしか胃がキリキリと悲鳴を上げている気がする。黒板の後ろから子供たちの前に姿を現す。

 好き勝手にきゃいきゃいと楽しそうな声を上げていた子供たちが黒板の後ろから出てきた俺を認識する。

『ヒィッ!』

 子供たちは俺の顔を見て小さく悲鳴を漏らす。

 ………………大丈夫だ。八幡、ステイクールだ。なんてことはない。初めて腐った目を持つ男を見れば子供なら誰だってそうなる。落ち着くんだ。俺は近い未来にロリによるロリのためのロリ統治国家を作り上げる男だろ?子供たちにちょっとビビられたくらいでへこんでどうする。ステイ、ステーイ……。俺は犬か。

 震える足を無理矢理に前へと出し、一歩一歩ゆっくりと進みながら教壇へと向かう。「ゾンビ……」って誰か言ってた気がしたが気にしない。留美が笑うまいと必死に肩をプルプルさせているが気にしない。

 教壇に立ち、子供たちと向き合う。子供たちが視線を送ってくるが知ったことではない。さっさと終わらせて里見と早々に変わろう。

 俺は口を開く。

 

「あ、あにょっ!」

 

 ……………………………………………………………………噛んだ。

 俺は光の速さで黒板の裏へと隠れた。

「あ……その、なんだ。お疲れ」

「え、ええ。ファーストコンタクトはインパクトが大事っていうじゃない。そう考えるとなかなか良かったんじゃないかしら」

「俺、頑張ったよね?もう泣いていいよね?」

「じゃ、じゃあ俺、自己紹介、行ってくるわ」

「あ、なら私も一緒に行くわ。時間もないし、手早く済ませちゃいましょう」

 里見と社長は一緒に黒板の後ろから出ていった。黒板の後ろに一人残された俺は呟く。

「………………この鬼どもめ」

 

 

 

「で、他に質問は?」

「「「「「ハイハイハ~~~~~イ!!!」」」」」

 あれから五分が経過したが、子供たちの質問の猛攻の手がおさまる気配はない。里見と社長は質問に一喜一憂しながらも疲弊しているのが目に見える。俺?質問されませんが何か?ああ、一度だけされたな。「先生は目が腐ってますけどゾンビなんですか?」…………ってね(ハート)

「私、聖天子様見たことない」

「あら……」

「聖天子様とはあんな奴だぞ!」

 いつの間にか話は聖天子様のことになり、延珠が指差す方向をその場にいた全員が視線を送る。そこには、

「ごきげんようみなさん、勉強は楽しいですか?」

 全身真っ白できらびやかな衣装に身を包み、しかしその衣装さえも霞んでしまいそうなほどの美貌を持つ女性がいた。姿を見たことはなくても、その名を知らぬものは東京エリアには存在しないだろう。

 東京エリア三代目統治者、聖天子様がそこにいた。

「里見さん、天童社長、国家の存亡に関わる非常事態です。あなたたちにお願いがあります」

 里見と社長は突然の言葉に一瞬ポカンとしたが、ああ見えてどちらも歳不相応に多くの修羅場を乗り越えてきた猛者だ。すぐに真剣な顔付きになると、聖天子様と二人は後ろで控えていたリムジンに乗り込んだ。乗り込んですぐにリムジンは急発進して走り去ってしまう。

 ………………俺、置いてけぼり?

「ゾンビせんせー。授業はしないんですか~?」

「妾はどうすればいいのだゾンビ先生」

「頑張ってくださーい。ゾンビ先生!」

「で?二人とも行っちゃったけど、どうするのはちま…………ゾンビ先生」

 子供たちと子供たちの保護者まがいのことをしている松崎さんがニヤニヤしながら俺に授業の進行を促す。

「え~、その、なんだ」

 突然の無茶ぶり展開にあたふたしてしまう俺。こんな時こそステイクールだ八幡。考えてみろ。俺のことを誰かに忘れられるのも目が腐っていることを指摘されるのも馬鹿にされるのも俺にとってよくある話じゃないか。そうだ、いつも通りのよくあることだ。なにそれ俺の人生の難易度ハードすぎるでしょ。あ、こんな壊れかけの世界に生きてる時点でだいたいの奴はハードモードだっけ。

 咳払いをし、子供たちの会話をやめさせ、こちらに注目させる。

 

「じゅ、授業を始めるぞおみゃえら!!!」

 

 …………………………………………今日の世界は俺に厳しくない?

 

 

 

「モノリスが崩壊……、にわかには信じがたいな」

 夜。なんとか授業を終えた俺は、留美たちを自宅に帰し、里見とハッピービルディングで合流して今回の事体について簡単に説明を受けていた。

「まあ、そうだろうな。だが、聖天子様はこういう冗談を言う方じゃない。あと六日でモノリスは完全に崩壊し、このままじゃ東京エリアは破滅だ」

「…………聖天子様のことを随分と信頼してるんだな。聖天子様もわざわざ里見に個人的に依頼について話すってことは向こうからも信頼されているようで」

 東京エリア全体にその情報を公開するために里見にコンタクトをとった。それはつまり聖天子様は里見が他のエリアに逃げないという信頼を持っているからだろう。

「…………そ、そんなことより、当面の問題はアジュバントの仲間を探さなければならない。それでだ。比企谷、俺のアジュバントに入ってくれないか」

 やはり問題はそこか。俺も里見も他の民警とのツテは壊滅的だ。どちらも交友関係を形成するのに向く性格ではないということに含め、里見は短期間で一気に上昇したことが他の民警の不評を買っていること、俺はそもそも他人から認知されていないこと。これらの理由から仲間探しは難航すると思われる。

 そのうえ急がなければアジュバント未所属の民警の数はどんどん減少するだろう。そう考えると真っ先に里見にこのことを話した聖天子様は里見がぼっちであることを良く理解している。

「とりあえず様子を見てから、かな。集団に所属してるより遊撃部隊として一人で戦うほうが性にあってるしな」

「……まぁ、今すぐでなくてもいいか。比企谷が他のアジュバントに誘ってもらえるとは思えないし」

「……お前も似たようなもんだろ」

 

 

 

 里見とともにアパートまで一緒に帰宅した。

「比企谷、じゃあな」

「ああ」

 アパートのお隣同士である俺と里見は同時に自宅の扉を開ける。

「あ、比企谷くん、お帰り~」

 雪ノ下陽乃がそこにいた。

「さっそくだけど、君には私のアジュバントに所属してもらうから。これは交渉でも命令でもないからね。ただの通知だから。あ、もう申請は済ませておいたからね」

 雪ノ下陽乃は笑顔を振りまいている。実に楽しそうだ。

 突然の事態に俺はついていけず、呆然としてしまう。そんな状態の俺の耳に、アパートの隣の部屋から声が聞こえてくる。

「「――――あなたのハートに天誅天誅♪」」

 

 …………俺もそっちに混じっていいですか?

 



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As many heads, as many wits.

八幡side

 

 自宅アパートにて、俺と雪ノ下陽乃は部屋に二人きりで睨みあっている。

「あの~今日はもう遅いんで帰ってもらえませんかね?」

「あ、比企谷くんひど~い!私を除け者にするつもり?」

 頭が痛い。なんなんだこの女は。

「で?俺がアンタのアジュバントに入れって?なぜ俺なんだ?IP序列は13万5800位だぞ?もっと優秀な人間なんて他にもたくさんいるだろ」

「君が面白いからだよ」

「……」

「それに、機械化兵士である君がそんな序列通りの実力じゃないことくらい、君が一番理解してるでしょ?あと、私に逆らえない人間であることも理由の一つかな。君も学校くらいいつも通り通いたいでしょ?」

「……学校に手を回していたのはアンタか」

「御名答」

 襲撃事件以降、俺もいつも通り勾田高校に通っている。部室や家庭科室を爆破したり教室に車が突っ込んだりといろいろやらかしていたが教師・生徒から何も言われることはなかった。最初は俺の天然ステルススキルはここまですごいのか……、と将来は大怪盗になろうかと思ったが、彼女の家の力があればそれも可能だろう。

「あ、断ったら学校の修理費の領収書は比企谷くんにプレゼントするからね♡」

 あ、駄目だこりゃ。そんなことになったら俺は小町らを守るために臓器を売らなきゃならんぞ……。ん、小町?

「……おい、小町と留美はどうした?」

「ん?小町ちゃんたちなら里見くんの家にいるよ?」

「……そうか」

「なんか可愛い恰好してたよ。天誅ガールズっていうんだっけ?向こうの部屋ではコスプレ大会でもしているのかな?」

「な、なにい!?」

 俺は思わず立ち上がり、里見の部屋へと向かう。俺の目が腐っているうちはそんなこと許さんぞ!

 転げそうになりながらも扉を開けると、そこには、

 

 

 

 ショットガンを構えた千寿が立っていた。

 

 

 

「あなたがこの話を承諾するまで部屋から出すことはできません」

「千寿……、お前……」

 たった数日一緒に生活して、別れてからも数日しか経っていないが、懐かしさで声が歪む。

 だが、こちらは感動の再会でも向こうはそうでもないらしく、冷めた眼差しを俺に向け、ショットガンを俺に突き付けている。

「心配しなくても、彼女の安全は保障するよ。最も、比企谷くんがアジュバントに入らずに私たちだけでアルデバランに立ち向かったら、どうなると思う?」

「……分かったよ。アンタのアジュバントに所属するよ。これでいいんだろ?」

「よろしい。じゃあ、私たちはこれで。帰ろっか、夏世ちゃん」

「分かりました」

 そう言い残して去ろうとする二人。雪ノ下陽乃に従う彼女は伊熊将監とともにいたころの彼女を彷彿とさせる。

「なあ、千寿。また、小町に会いに来ないか?小町にはお前のことは『新しいプロモーターのもとへ行った』としか説明してないが、会ってやったらきっと喜ぶよ」

「……」

 彼女たちは振り向くことなく去って行った。

 

 モノリス崩壊まで、あと六日。

 

 

 

小町side

 

「「――――あなたのハートに天誅天誅♪」」

「「あ、あなたのハートにてんちゅーてんちゅー……」」

 延珠ちゃんが楽しそうに、ティナちゃんが少し恥ずかしながら天誅ガールズのおなじみのあのセリフを口にする。そのあとから小町と留美ちゃんも続いたけど、留美ちゃんは完全に棒読みだし、小町は恥ずかしすぎてうまく言えなかった。

 蓮太郎さんが驚いているのか呆れているのか引いているのか分からない表情を浮かべている。

 一〇歳前後の留美ちゃんたちならまだいいけど中学生の小町的にキツイものがあるよ……。

 どうしてこんなことに?

 

 

 

 ことの始まりは一時間ほど前。お兄ちゃんが外出している間に留美ちゃんと夕食を作り終えた小町は四人分の料理を作っていたことに気付いた。夏世ちゃんが新しいところに行っちゃってから数日経つけど、今でもたまに夏世ちゃんの分まで作っちゃう。

 冷蔵庫に入れておいてもよかったんだけど、せっかく作ったんだから小町はお隣さん、つまり蓮太郎さんのところにおすそ分けすることにした。一人分しかないけど、あの人いつもモヤシがメインの涙を誘うようなものしか食べてないから喜んでくれるよね!

 というわけで、小町は留美ちゃんと一緒に料理を持って蓮太郎さんのところを訪問することにした。

 小町はチャイムを鳴らす。

「はい」

 玄関を開けて顔を出したのはティナちゃんだった。

「あれ?ティナちゃん?どうしてここに?」

「今日は蓮太郎さんの家にお泊りなんで……」

「へぇ~」

「そ、それでどういったご用件で……」

 ティナちゃんはやけにもじもじしながら扉で体を隠すようにしている。

「おお!小町ではないか!」

「延珠ちゃん?」

 後ろから延珠ちゃんの声が聞こえた。

「せっかくだから入れ入れ!」

 延珠ちゃんが扉の隙間から出てきて小町と留美ちゃんをグイグイと押し込んでくる。

 よろけながらも中に入ると、ティナちゃんがいた。

 

 ピンク色のフリフリの服を着て。

 

「何それ。天誅ピンク?」

 留美ちゃんが何のコスプレかをすぐに見分ける。まぁ、お兄ちゃんとよく天誅ガールズ見てるしね。

「は、はい……」

 ティナちゃんが少しモジモジしながら答えている。かわいい。

「いいところに来たのだ留美に小町よ!妾も呼びに行こうと思っていたのだが、来てくれたなら好都合なのだ!」

 そう言う延珠ちゃんの手には二着の服。え?まさか……、

「さあ!これを着るのだ!」

「こうなったら小町さんと留美さんも道連れです。逃がしません」

 服を持ったままジリジリと迫ってくる延珠ちゃん。

「や、ちょっと待って、落ち着いて……」

 

 女の子に服を脱がされるという経験は小町的にポイント低いと思います。

 

 

 

「すまんな小町。変なことに巻き込んじまって」

「いやいや、小町的には問題ないかなーって」

 キッチンで料理をする小学生三人を眺めながら小町が作った料理を食べる蓮太郎さん。

「すごく美味しいな。弁当もそうだが小町は料理がうまいんだな」

「二人も食い扶持がいたら自然とそうなりますって~」

 何とか笑顔を保てているが、今の恰好は正直凄く恥ずかしい。

 私が来ているのは天誅グリーンの服で、お腹は丸出しだしスカートの裾もかなり短く、ほとんど水着だ。みんなフリフリの装飾があるのに、小町の服は露出度が以上に高い。おまけにここからだとキッチンに立つ延珠ちゃんのパンツがちらちら見えるから自分も見えてそうな気がして落ち着かない。ていうか蓮太郎さん延珠ちゃんたちのこと見すぎじゃない?

 ちなみに留美ちゃんは天誅バイオレット。スカートも比較的長め(それでも十分ミニ)で露出している場所も少ない。

 きっと延珠ちゃんは留美ちゃんの髪が若干紫がかっているからバイオレットにしたんだと思う。でも小町的には服を交換してほしい。

 

 

 

 ティナちゃんのピザも頂いちゃってすっかり満腹になってしまった。

 小町と留美ちゃんがついまったりしていると、いつの間にか延珠ちゃんとティナちゃんが言い争いをしていた。

「じゃ、じゃあ妾たちが作った対巨乳組織『カウンターおっぱい』は、どうするのだ?」

 延珠ちゃんはバッジを高らかに掲げて訴えている。

「今日限りで、解散です」

 ティナちゃんが自分の胸に付けられたバッジをむしり取って地面に叩きつけ、かかとでにじる。

「まだだ!まだ『カウンターおっぱい』は消滅しない!小町!これを受け取るのだ!」

 延珠ちゃんが小町に『C.O』と書かれたバッジを渡してくる。

「妾だけでは木更のあの巨乳には勝てん!あの巨乳に打ち勝つためにも妾たちは団結しなければならないのだ!」

 延珠ちゃんが涙ながらに手を握ってくる。

 ……いや、小町は中学生だからね?延珠ちゃんたちは小学生だから胸が小さいのは仕方ないかもしれないけど、小町まで胸が小さい扱いされるのは小町的にポイント低いよ?まぁ不本意ながら小町の胸が大きいとは言えないけど。

 

「あれ、私は勧誘してくれないの?いつ何時でも私はぼっちなの?」

 

「お主には八幡がおるだろ」

 

 あ、お兄ちゃんのこと忘れてた。

 

 

 

雪乃side

 

「……ここ、本当に人が住めるのかしら」

 眼前には見るに堪えないボロアパート。だがここが私の新しい住居となるのだ。

 姉さんに命を狙われたあの日から、私は雪ノ下家を出奔することに決めた。姉さんが私の命を奪おうとしたことを訴訟しようとするも、雪ノ下家に阻まれてしまった。それで気付いてしまった。雪ノ下家が姉さんの手中なのか、姉さんの意志は雪ノ下家の総意なのかは分からないが、私は不要であることが。もう、これ以上雪ノ下家にいることは出来なかった。

 私の口座には今の高校を卒業するまでの衣住食には十分過ぎる額のお金があるが、私が働きに出るまではもうこの口座にお金が入ることはない。ならば、なるべく出費は抑えるべきだろう。

 そんなわけで、家賃の高い高層マンションを出て、少しでも安い住まいに移るわけなのだが……、このボロアパートを見ているともう少し選んでもよかったのではないかと思える。

 とはいえいつまでも遠巻きに眺めているわけにもいかない。もうすぐ荷物が送られてくる時間だ。急いで自分の部屋に行かなければ………………ッッッッ!!!

 アパートの二階部分へとつながる階段を下りてくる二人が目に入った私は、思わず近くの路地へと逃げ込んでしまう。

 一瞬だけチラリと見えただけだが分かる。今、階段を下りているのは姉さんだ。もう一人は前に私の護衛をした『呪われた子供たち』だったか。

 カツカツという階段を降りる足音が付近に響いている。私は路地でただ身を小さく丸めて過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。

 

 数十分が経過し、私はようやく路地から出ることが出来た。額からは汗が吹き出し、手足はまだがくがくと震えている。

 かつて、私にとって姉さんとは憧れや乗り越えるべき壁とでもいうべき存在だった。だが、今はもう憎悪と恐怖の対象とでもいうべき存在だ。私にとっての死の象徴となってしまった。

 なぜ、姉さんがここに?私の引っ越し先を知る人は私自身以外にいないはずだ。それなのに、どうして……?

 大家から部屋の鍵を借り、部屋の鍵を開け、そのまま薄汚れた畳の上に倒れこむ。畳からは変なにおいが漂い、チクチクとした畳のささくれが私のほほを刺激するが、もう動く気にはなれない。

 まだ震える私の手を眺めながら呟く。

 

「…………私もずいぶんと弱くなったのね」

 



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平凡な日常

「待て!ちょっと待てよ!夜バージョンのティナと話して喋っていただけだよ!」

「何が『夜バージョンのティナ』よ変態!最ッ低!信じられない!まだティナちゃん十歳なのよ!」

 朝。比企谷八幡は隣の部屋から響いてくる大声で目を覚ましました。

「ふぅぁぁ……うるせえな……」

「あ、お兄ちゃん。起きたんだったら布団片付けてテーブル出しといて~。もうすぐご飯出来るから~」

 布団の中での呟きに、キッチンで学生服の上にエプロンをつけた比企谷小町がお玉を振りながら反応します。

「お、おう……」

 布団から体を起こそうとすると、服をグッと引っ張られる感触があります。横を見ると、隣の布団で寝ている鶴見留美が寝たまま服の袖を掴んでいました。

「ん、んん……はちま……」

「…………あと二時間」

 八幡はこの無垢なる誘惑に抗うことは出来ませんでした。決して、八幡がロリコンだからではありません。ルミルミという天使に抗う人間などこの世には存在しないのです。

 そして、微睡みと隣から伝わる温かみに身を委ね、再び八幡の意識は彼方へと……。

「起きろーー!!!」

 ガバァ!と布団が取り上げられてしまいました。哀しいかな、天使の誘惑も、何年もグータラ二人の面倒を見てきた小町の主婦スキルの高さには勝てませんでした。

「ほら、お兄ちゃんも留美ちゃんもさっさと起きる!」

「……分かったよ」

「う、うん……」

 仁王立ちする小町の剣幕には逆らえませんでした。いそいそと布団を畳み、テーブルを用意して朝食の用意をします。

 ご飯と、モヤシの味噌汁にキュウリのお漬物。そしてモヤシの炒め物。いつもの美味しく胃に優しい朝食です。三人はサラッと食べてしまいました。

 ご飯を食べ終えた留美は東京エリア第39区第3仮設小学校へと、八幡は自転車の荷台に小町を乗せ、家を出ます。

 

 今日も平常運転で一日が始まりました。

 

 八幡が教室の扉を開けると、クラスのみんなは一瞬黙ります。少し前に教室で女生徒と銃を突き付け合い、最後には窓どころか壁ごと吹っ飛ばしたのがまだ尾を引いているのでしょう。雪ノ下陽乃の手回しも人々の記憶と感情まではどうしようもありません。

 以前はマリオット・インジェクションを使うまでもなくクラスでの存在感が皆無で誰にも見えていなかったですが、今では誰からも忌避される存在という大進歩を遂げました。

 八幡は自分の椅子に座ると、すぐに机に突っ伏してしまいました。そんな彼に視線を送る人はいても話しかける人は誰もいません。

「おはよ、八幡」

「…………俺と一緒の墓に入ってくれ」

「え?それって、どういう……?」

「……すまん、寝ぼけてた」

 いえ、一人いました。性別という概念を超越し、人の身でありながら天使の領域へと踏み込んだ者。戸塚彩加です。

 その後、彩加は八幡と楽しそうに一言二言話すと、八幡のそばから去っていきました。八幡はその後ろ姿を微笑ましいものを見るかのような目で見つめます。

「やっはろー!」

 誰かが八幡に不躾な声を掛けましたが、さっきまで彩加に視線を送っていた八幡は一瞬で机に突っ伏してしまいました。誰かが投げた言葉に対する返答は、どこにもありません。

次に八幡が目を覚ましたのは、昼休み開始10分前でした。教壇に立つ国語教師がこちらを睨んでいる気がしましたが気のせいでしょう。

 

 

 

「では、授業はここまで。次は算数ですからね」

 青空の下で、松崎はその言葉で授業を締めくくり、教壇をおりました。

「でな、留美よ。さっきの話の続きなのだがな。あれだけ妾が蓮太郎を誘惑しておるのに、何故妾を抱かんのだろうか?」

休み時間に入るや否や留美に小学生とは思えないトークを披露するのは、同僚で隣人でクラスメイトというよく分からない属性の組み合わせの藍原延珠。

 どうやら年不相応に捻じ曲がった恋愛相談をしているようです。しかし相手はあの留美。そんなこと、恋人どころか友達さえロクに出来なかった彼女が知る由もありません。

「やはり妾から押し倒すのは正直気が乗らんのだ。妾だって女の子。初めては蓮太郎の方から妾を求めて欲しいのだ。妾は何時だってwelcomeだというのに」

welcomeの発音が妙に流暢なのがイラっとします。

「延珠さんにお兄さんは渡しません……」

 澄んだ声が延珠のトークに割り込んできました。

 声の主はついさっきの授業までうつらうつらしていたのに、今は壊れかけの壁の上で腕を組んで仁王立ちしています。口元のよだれのあとさえなければ威厳のあるお姿なのですが。

 そうです。この子、ティナ・スプラウトだって蓮太郎ラブなのです。横で最愛のお兄さんを寝取られる話をされていては、おちおち寝ることも出来ません。

「延珠さんは胸がありませんから抱いたらゴツゴツしていたいじゃないですか。その点私の胸は誰かさんと違って柔らかいですから」

「嘘だ!見た所妾と同じくらいのハズだ!妾が直接確かめてやるのだ!」

「あ、ちょっと延珠さん、ま、待ってくださ……ひゃん!」

 自身の女の武器を誇示することは、容易に他の者のヘイトを上昇させ、反逆される。親の仇を見るような顔で一心不乱に薄い胸を揉む延珠を見た留美は、また一つ大人になりました。

 ほぼ更地の教室の中心で大立ち回りを繰り広げる二人を見ていたクラスのみんなは、一様に自分の胸に手を押し当てます。皆、先日教鞭を振るっていた牛みたいなオパーイの先生を思い浮かべたのでしょう。落胆のため息は少なくありませんでした。

 留美もその一人でした。ペタペタという感触が伝わってきました。

 だけど、彼女は知っています。以前、護衛任務と言って八幡に近づいてきた、あの忌まわしい女。牛先生と同じ高校生でありながらあの女のそれとは対極でした。

 手が届かない相手を見上げるのではなく、劣る人間を見下ろして安堵する。なんと醜いことでしょう。

 留美は自身を嫌悪しました。こんなことを考えてしまうだなんて。自分が醜いのか、オパーイの魔力が狂わせたのか。

 自己嫌悪に陥る留美に、乳繰り合いから殴り合いになりつつある延珠とティナ。自身の胸に手を当てて溜息をつくクラスメイト。クラスは混乱と混沌に包まれました。

「では、時間になったので授業を始めますよ」

『はーい』

 生徒たちは席に着き、授業が始まりました。

 やっぱり小学生は真面目で元気が一番です。

 

 

 

「アタシがアンタのアジュバントに?構わないよ」

 昼休み。遅れて投稿してきた川崎沙希を、八幡は自身が所属する雪ノ下陽乃アジュバントに勧誘しました。なぜか里見蓮太郎たちを陽乃たちのアジュバントに所属するさせることを強く陽乃自身が拒絶したため、八幡の数少ない民警の知り合いに当たっているのでした。

「勧誘しておいてなんだがいいのか?俺とお前はついこの前まで殺しあっていたんだぞ?」

「別に前の仕事の関係を引っ張る必要もないでしょ。お互い仕事だったんだし、終わったらそれまででしょ。それに、アタシらに他のエリアに逃げる金もないし、あの子たちがシェルター行きのチケットが当たるとも思わない。だったら、戦うしかないでしょ」

「……そうか。助かる」

 沙希さん、男前です。

 沙希が承諾したことを確認すると、八幡はその場を後にします。ぼっちは用事ついでに世間話だなんて小洒落たことはしません。用が終われば立ち去るのみです。

沙希も、立ち去る八幡を見送ることもせず自分で作ったお弁当をつつきます。

避けられる人。気付かれない人。嫌われる人。笑われる人。

そんな一人と一人が合わさろうとも、所詮は一人と一人。二人にはならないのです。

これもまた、いつも通りの光景です。

 

 

 

 幅広の歩道橋で、盲目の少女は今日も歌います。なぜなら、そうしないと少女とその妹は飢え死にするからです。

「薄汚いガストレアが」

「ヘラヘラしやがって、気持ちわりぃ」

 どこからか、そんな声が聞こえてきました。少女は目が見えないので誰が言ったのか知ることは出来ません。それでも、笑顔で歌い続けます。ここでこうしている以外に、生きる当てなんてないんですから。

 少女は日銭を稼ぐために歌いますが、ここ最近、どうもうまくいきません。投げ込まれる小銭はほぼ0の状態が続き、かわりに殴られたり汚い言葉を投げられることが増えました。

「おい、お前……」

 少女の前に立つ誰かが声を掛けてきました。お金を恵んでくれるとありがたいのですが、殴られるかもしれません。少女は笑顔で答えます。

「はい」

 そうして一言二言話をしていると、少女の鉄蜂に何かが放り込まれて、金属音がなりました。少女は無言で礼をします。それがアルミ缶のプルタブだとは少女は気付いています。もう、小銭とプルタブが出す音の違いが分かるくらい少女は物乞いを続けているのですから。

 それでも、少女は無言で笑いながら礼をします。もしかしたら、少女は怒り方も悲しみ方も分からないのかもしれません。

 先ほどまで少女の前に立って話していた誰かは、近頃は物騒だから物乞いはやめるようにいい、少女に数枚の札を握らせました。少女は喜びと感謝を伝えるために歌います。

 恵んでくれた誰かが立ち去った後も、少女の奏でる祝福の歌声は大気へと浸透していきました。そしてその歌声はきっと、祝福を呼び寄せるのでしょう。それが少女にとっては不幸であっても。

「なあ嬢ちゃん。てめぇみたいなガストレアのせいで人生をめちゃくちゃにされた哀れな俺たちにお金を恵んではくれねぇか?」

 例えば。先ほど、不幸そうな面した女連れの男が汚いガキに数枚の札を恵んでいるのを見ていた数人の若いゴロツキの男たちにしてみれば。その歌声は幸運を呼び込んでくれたのかもしれませんね。

 

 

 

 自分以外に誰もいない奉仕部の部室で、雪ノ下雪乃は今日も本を読んでいます。本来なら親の支援がなくなり、かなりの貯蓄があるとは言え有限である貯金を切り崩して生活している雪乃にしてみれば、こんな部活なんてやめてアルバイトでもするべきなのでしょう。

 それでも雪乃がそうしないのは、雪ノ下家の出奔を余儀なくされたことへのささやかな反感か、哀れな子羊を救い、世界を変えたいとまだ本気で思っているからか。それはきっと本人にも分からないのかもしれません。

「やっはろー!」

 奉仕部の扉を開けて入ってきたのは由比ヶ浜結衣でした。クッキーの件依頼、奉仕部に何かと入り浸るようになりました。

「こんにちは由比ヶ浜さん」

「うん!あ、そうそう!今朝のことなんだけどさ、朝、ヒッキーにあいさつしたら、ヒッキー、あたしのこと無視するんだよ!?キモくない?」

 部室に来た途端に八幡のことを話しだす結衣。めんどくさいです。

 その後もダラダラと話し続ける結衣を適当にあしらっているとノックが響きます。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 そう言いながら入ってきたのはみんな大好き葉山隼人でした。隼人からの依頼内容は『チェーンメールをどうにかしろ』とのことでした。

 雪乃はこれを承諾しました。幼いころからチェーンメールの被害にあい、そのたびに叩き潰してきた雪乃にとって造作もないことです。結衣は解決方法が分からずうんうんうなっていましたが。

 それにしても、他人を誹謗中傷するチェーンメールに悩んでいるだなんて、世界はなんて平和なんでしょう。

 

 

 

 

「鬼八さん、私たちどこへ向かってるの?」

 夜中。紅露火垂は横を歩く水原鬼八に問います。まあ、火垂なら例えどこに行くと言ってもついていきそうなものですが。

「ああ。仕事の話だ。アジュバントに勧誘されてな。今から向こうのリーダーに会いに行くんだ」

 そうして火垂たちがたどり着いた先は勾田市役所の新ビル建設地です。そこには、

「ひゃっはろー♪」

「……」

 能天気そうでそこの見えない女と目の腐った男がいました。もしかしてこの二人がこれから二人が勧誘されているアジュバントのメンバーなのでしょうか?正直、信用できる気がしません。

 

 

 

 人ほどの大きさもある羽虫の群れ。自身の体よりも大きなハサミを引きずりながら歩く甲殻類のような何か。オオカミと虎という二つの異種の頭を持つオルトロス。

 形も色も大きさも様々なガストレアが一直線にある場所を目指します。ですが、それらがなぜそこへ向かうのか、これから何をするのかを理解して集まっている個体がどれだけいるでしょうか。理由も目的も分からず、あるいは理解出来ずにただただ一直線に向かいます。

 そしてその中心にいるのは、八本の足に触腕と甲羅に、小山ほどもある巨躯を持つガストレア。アレが名前という概念を持つかは分かりませんが、人間からはアルデバランと呼ばれている個体です。

 甲羅の横に空いた穴から放出されたフェロモンは、甲羅の裏の羽によって拡散されていきます。

 そうしてアルデバランのもとへと集結したガストレアは、モノリスが崩壊するのを今か今かと待っています。

「ガアアアアアアアアアアアア!!!!」

 アルデバランはその口しかない頭で高らかに吠えました。それは人間を殺せることへの抑えきれない昂りの表れであり、人間を一人残らず葬るという決意の表れでもあったでしょう。

 

 なぜアルデバランが、いやガストレアが人間を駆逐していくのか。それは、きっと……。

 

 

 

 

 

 モノリスの白化は今日も止まらず、風とともに摩耗していきます。少しずつ白い部分が斑点のように表面化しつつあるそれは、まるでこの世界の残酷な真実を隠していた黒くて暗い闇の中で見える真実を照らす光のようです。

 

 ただ、こうして闇が割けるのを外で今か今かと赤い目をギラギラさせて待っている真実たちは覆い隠してなかったことにされるのが大層不快なようですがね。

 



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