魔法少女リリカルなのはSEED (☆saviour☆)
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序章-夢を見る少女-

 

少年は立っていた。

 

どうしてこんな所で立っていたのか、気付けばそこにいた少年は理解出来ないでいた。わかる事は今いる場所が先の見えない暗闇の世界だということだけ。あたりを見回しても、何があるわけでもなかった。

だが、意識が覚醒してからしばらく経ってから、何やら聞こえ始めた。

 

“…やあ、初めまして、かな?”

 

…聞こえた声はまるで幼い少年にも少女のようにも聞こえ、高く透き通っていた。

 

“ようこそ、終わらない幸福(ゆめ)の世界へ。

ここはね、人一人の望みのままに叶え、終わることのない夢を創る世界さ。

僕らから視える『ここ』は今は闇で染まっていて夜みたいだけど、君に明確な『夢』がないからかな?

だからこそ、夢を思い浮かべられないからこそ、この『世界』が『創られ』ないのかもね”

 

次々と語られる言葉は意味がわからなかった。『夢がない』からとはどういうことか。『夢がないと世界が創造できない』とは何のことなのか。聞きたい事は沢山あっても、呆然としたまま彼は謎の声に耳を傾ける。

 

“…ふふっ、それにしてもどうして自分がこの『世界』にいるんだろう…そんな顔をしてるね。

 

そんなのはきっと。

 

無情で不条理で、理不尽ばかりのくだらない『世界』を生きてく中で、君は辛い、泣きたい、逃げたい…望む世界が欲しい、夢であってほしいって。

 

君も願っちゃったんでしょう?

 

だからきっと、その願いを叶えるべく君はこの『世界』に誘われたんだ。人類の夢と希望を託された君でさえ(・・・・)そんなことを思ってしまうなんてね。

可笑しな話だ、でもそう、つまらなくはないかもね”

 

願いを叶えるため?夢と希望を託された?…ただひたすらに、少年の思考は混乱と疑問で埋め尽くされていく。何があったのか思い出せない。どうしてここにいるのか思い出せない。そもそもーーー。

 

 

 

 

自分は一体、誰なんだ?

 

 

 

 

“…ああなんだい、君ってばなぁんにも覚えてないんだ。

『彼女』のことも『彼ら』のことも。

………では、ここでひとつ夜咄といこうか。

なに、これも僕と君との戯れだと思ってくれて構わないよ。これから語る物語(はなし)は『これまで』を説明するのにとっても重要な話だ。

だから最後までしっかりと聞いてよ。

 

…さあ、話そうか。

 

臆病で泣き虫で、望む世界を手にしようとした少年の。

 

とっても素敵な話を。”

 

 

 

 

…とある『世界』の星の隅っこで、ある一つの確かな『終わり』があった。

 

そこにあったのは、怒りと悲しみと、殺意だけ。

その『世界』が生んだ戦うための二体の人型の鋼鉄がぶつかり合う度に響く音は、まるで終焉へと近づく時計の針の音のように鳴り響き続いた。

 

そうやってぶつかり合う度に二体の人型の鋼鉄も、それらを操る友達同士だった二人の少年も、身を削っていった。

 

「ーーーーー…っっっ!!!」

 

まるで憎しみを、殺意を全てぶつけるかのごとく、叫ぶ少年。かつて躊躇いすら覚えた彼の剣は、友の命を奪うべく鋼鉄の腕を切り捨てはして、蹴り飛ばす。

しかし、もう一方の少年は無理矢理にも吹き飛ばされた鋼鉄の体勢を立て直し、怒りを爆発させてはやはり相手の少年へと反撃する。

そうする度に、彼らの中で無意識にただ死を感じさせ、憎しみを積もらせていく。

しかし、少年らはそんな事は気にもしなかった。

 

ー殺してやる…!殺してやるっ!

殺してやるっっっ!!!ー

 

彼らの頭の中は、そんな闇だけで埋め尽くされているが故に。

 

「アァァァァァァスゥラァァァァァンっっっ!!!」

 

ありとあらゆる攻撃法を身に付ける少年は友達(てき)の名を呼び、

 

「キラァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!!」

 

絶対的な守りを誇る盾を操る少年も友達(てき)の名を呼んだ。

 

互いに憎み、殺し合う。少年達はもう、かつての親友を殺すことに、迷いはなかった。目の前に移るのはただの『敵』なのだと捉えて。

 

「っ!?」

 

そうして殺しあった未来は酷く現実的だったのか。

あるいはそうなるよう、誰かに仕組まれた陰謀なのか。

激闘の末に拘束された一体の鋼鉄はやがて爆発に飲み込まれ。

 

 

その鋼鉄…『ストライク』のパイロットであった少年は。

 

キラ・ヤマトは…

 

 

この『世界』から、消えた。

 




キラとアスランの対決はアニメや漫画で見たことあるだろうしここで細かく説明しなくても逆に読み辛いかなと思い悩んだ末の結果。


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PHASE-1 出会いは突然に-in Garden at time-

 

「………………………………………………だれ?」

 

『それ』を見た少女の第一声はその一言だった。

母に呼ばれ、部屋を少し空けていただけなのに、部屋に戻れば自分のベッドの上に見たことのない少年が傷だらけで転がっていた。

 

「どこから侵入…してきたのかな」

 

黒いマントを羽織り、綺麗な金髪を左右にまとめて結び、ツインテールにしている少女の名はフェイト・テスタロッサ。

とりあえず、自分の部屋のベッドの上で寝ている怪しい少年を見つめる。

顔は…整った綺麗な顔で、でも傷だらけで何やらうなされているようだった。

服装もよく見れば、なんだか変な格好している。というより、見たことのないピッチリとした服だった。

 

(…治療した方がいいのかな)

 

怪しくも少年は酷い傷を負っているのだ。フェイトにとってそんな彼を見捨てることは、しかも自分のベッドの上で何故か気絶している彼を放って置くのは無理な話だった。

 

 

 

 

「…っん」

 

目が覚めると、真っ先に見えたのは見知らぬ天井。自分の家の天井でもなければ、アークエンジェルの医務室の天井でもない。

 

「ここ…は…?」

 

茶髪にアメジストのような色の目をした少年、キラ・ヤマトは起き上がり、現在自分の

いる部屋を確かめようとした。

 

「…っイタ…ッ」

 

ズキッ!と、全身に痛みがはしるのを感じた。

どうやら自分は重傷で、誰かが手当てしてくれたようだ。その証拠に、身体には包帯が巻かれ…て、

…そこでなにやら違和感をキラは感じた。

なんというか…馴染み深い体が少し新しくなったような…

というか、縮んだような気がする。

 

いや、冗談。そんな訳ないだろう。

 

体が縮むなんて、聞いたことがない。

いや、でも。

手がなんかいつもより少し小さく感じるし。

 

「………………いや、いやいや!そんなの…非現実だ!」

 

焦りながらもキラは自分の置かれている状況を確かめるため、ベッドから下りようとして…

 

「う、ぐっ…」

 

身体を痛めた。全身を酷く怪我しており、包帯はしてあるとはいえ、まだ全快していない。当然と言えば当然だった。

さて。まずは状況整理だ。そう思い、キラは部屋を見回してみる。

 

(アークエンジェル…ではないみたいだし、誰か親切な人に拾われて治療してくれたってところかな)

 

となれば礼を言わなくてはいけない、そう考えたところでガチャッというドアが開く音が鳴る。

扉の方を見れば、金髪ツインテールの少女が立っていた。年齢は恐らく9歳か10歳くらいだろう。

 

(この子が…治療してくれたのかな)

 

キラは見ず知らずの自分を助けてくれるなんて、心優しい子だなと、思った。だが、少女は起きているキラを見て何やら驚いたような表情をしている。

 

「…う、動かないで!」

 

突然、ガシャンと、少女は黒い斧のような物をキラへと向けた。

いきなり向けられた武器を見て、キラは驚愕する。明らかに殺生目的のような刃がついたものを何故少女が持っているのか。何より予想外すぎるため驚愕するのも無理はない。

 

(あ、あれ?何かまずかったかな…)

 

ズキズキと痛む身体をなんとか両足で支えながら、キラはとりあえず両手をあげる。

正直、限界が近く倒れそうだった。

 

「…あなたは…何者なんですか?」

 

なるほど、というか武器を向けられた瞬間わかったのだが、どうやら警戒されているようだ。

経緯は知らないが、自分が気絶している間に何かあったのだろう。

 

「…逆に質問してもいいかな?」

 

立っているのが限界なため、ベッドの上に座るためと、自分がどういう経緯でこの部屋に運ばれたのかを知るために、そして少女は一体何者で何故そのような斧を持っているのか、質問することにした。

 

「…別に、構いません…」

 

その言葉を聞いたキラはベッドの上に座ろうとする。

しかし。

寝起き&猛烈に襲う痛みの所為なのか足を引っ掛け、キラがベッドの上に座ることはなく、しかも勢いよく床に座ることとなった。

 

「ァ、がァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」

「ちょっ!?だ、大丈夫ですか!?」

 

意識が闇へと沈んでいくなか、焦る少女の顔が見えた。

 

 

 

 

フェイトは、床に勢いよく座り(というより倒れた)、恐らく激痛により気絶した少年をベッドの上に寝かせた。

やはり、まだ身体はガタガタのようで、どうして今さっきまで立っていられたのか不思議なくらいだった。

 

「はぁ…」

 

軽くため息をつく。少し焦ってしまったのか、起きているのを見た瞬間、すぐに武器を向けてしまった。

なにぶん、男の子と接するのは初めてだし、侵入者かもしれない者だ。というか、登場自体が傷だらけでベッドに寝込んでいる見たことのない少年というのは怪しいにもほどがある。

警戒するのも無理はない。まあ治療はしたが。

 

「…っん」

 

どうやら、少年が目を覚ましたようだ。

薄く瞼を開け、天井を見つめていた。やがて、少年はフェイトを見た。

 

「…君は…」

「あ、あの…大丈夫、ですか?」

 

オドオドしながらも、フェイトは心配の言葉をかける。

 

「迷惑…かけちゃったかな」

「い、いえ!だ、大丈夫です…私の方こそ、先ほどは急にバルディッシュを向けてしまってすみません…」

 

…バルディッシュ?と、少年は疑問を持ったようで、小さく呟いた。それを見たフェイトは今は待機状態のバルディッシュを紹介しようとしたが…すぐに思い留まる。

 

(…何もわからないうちは下手に情報を提供しちゃだめだ。まずは…こっちからしかけなきゃ…)

 

相手は見ず知らずの上に不法侵入を傷だらけ気絶状態で成し遂げている怪しさMAX、あるいは疑問だらけの不思議な少年なのだ。ならば、まずやることは情報収集。目の前の少年が敵か味方を判断せねばならない。

 

「あ、あの…あなたの名前は?」

 

ならばまず知ることは相手の名前。

 

「…キラ・ヤマト。君は?」

「……フェイト…フェイト・テスタロッサです」

 

聞かれてただ素直に名乗る。

 

「さっそくなんだけど…どうやってここに来ることができたのですか?…というよりどうやって入ったんですか…?」

 

フェイトの質問に、キラはなんとなく違和感を覚える。しかし、何も答えないわけにはいかないので、キラは重い上半身を起こし、質問に答えることにした。

 

「…僕は、、、」

 

どうやってここに入ったのか、そんな質問に少なくともつい先程起きるまで初めてこの部屋にいることを知った上にてっきりフェイトが自分を運んでくれたのかと思っていたため、疑問に思いはした。しかし、忘れているだけかもしれないとキラは自分が最近までしていたことを思い出そうとする。

けれど無意識のうちに思いだすことを不安を感じる自分がいることに気付いた。

 

「僕は………」

 

何故不安を感じるのか。やがて途切れ途切れでフラッシュバックする映像にキラは少しずつ怯え始める。そうして思い出すのは、光。赤いMS。自分が考えていたこと。

自分が、やろうとしていたこと。

 

「ぁ、ああぁ…」

 

鮮明に思い出されるあの時の、友を殺そうとした自分。

 

「あ、ぐっ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」

ー殺してやる…っ!殺してやるっ!殺してやるっっっ!!!ー

 

あの時、確かに考えていたことが、友を殺そうとしていた恐ろしい自分を思いだして…

キラは泣いた。

 

「ぼ、くは、殺したく、なんかない、のに…ッ」

 

涙を流し続けるキラに、フェイトは混乱していた。何があったのか。どんな恐ろしいことに巻き込まれたのか。キラの恐怖に歪んだ表情を見て、フェイトは思った。

何があったのかは知らない。けど、フェイトにはキラの背中は酷く辛そうに見えた。

故にフェイトはキラの背中に優しく手を当てる。

 

「ごめんね…辛いこと思い出させちゃったかな」

 

キラの背中を優しく撫でながら、そう言った。

 

「僕の、ほうこそごめ、んね…いきな、り…泣いちゃ、って…

でも、もう泣かな、いから…」

 

目を擦り、涙を拭き取るもキラの目からは涙が溢れる。

 

「もう泣かないって、決め、たから…」

 

キラのその言葉を聞いてフェイトは思うところがあった。

しかし、決して口にはしない。

フェイトはただ、キラの背中を撫で続けた。

 

出会って数分、もしくは数時間だが、フェイトの中からはキラへの警戒心は何故だか少し薄れたようだ。

 

 

 

 

しばらくしてから、キラはなんとか落ち着くことができた。それより、キラは先ほど思い出したおかげで自分が今、何を知るべきなのかを思い出したのだ。

 

「僕の質問を聞いてもらってもいいかな」

「大丈夫です」

 

フェイトはしっかりと答える。

 

「…ここはどこ?地球、なのかな。

ザフトや地球連合がどうなったか教えてくれないかな」

 

まずは情報収集が先決だ。自分がどのくらいの期間を寝ていたのか知らないし、ここがどこなのかも知らない。故に情報を集めることが先だと思ったのだ。

 

(アークエンジェルのみんなは…大丈夫なのかな)

 

心配で仕方がない。無事にアフリカの連合軍の基地に着いたのだろうか。もしかしたら今頃ザフトによる攻撃を受けているのかもしれない。

そんなことが頭をよぎり、キラは必死にそれはない、と否定する。そうあってほしくないと思うがためだ。

 

(これからどうしよう…)

 

どうやってみんなに会いに行くか決まってはいない。まあ、これから考える方がいいだろうと、思っていた。

が。

 

「……………えっと…ザフト?地球連合?」

 

フェイトが疑問の声をあげる。

故にキラは首を傾げる。フェイトの口振りはまるで聞いたことのない単語を復唱したかのように聞こえた。更にはフェイトの「何を言ってるんだろうこの人」と言いたそうな顔はキラを不安させる。

 

「あの、もしかして、知らない?」

「えっと…ごめんなさい、知らないです」

 

嫌な予感的中。もしかしてこの子は新聞とかニュースを見ないタイプの子か、とキラは思い始めたのだが、そもそも戦争とは新聞やニュースなどの報道メディアを介さなくても自然に耳に届くだろうし、世界各国、果てには宇宙までにも広がる大規模な物だ。故に戦争に大きく関わる軍組織の名を知らぬはずがない。いや、しかしもしかしたら実は今ここにいる場所は戦争の被害が届いていない平和な地域…まで考えたところでキラの思考は次の言葉により、軽く吹っ飛ぶ。

 

「えっと…ここは“時の庭園”という場所で、今は次元空間を渡っているところです」

 

……………………んっ?、とキラは理解に遅れた。何やら聞きなれない言葉が出てきているためである。

キラの脳が言葉の意味を理解しようと必死になっていると、ガチャリと扉の開く音がした。

 

「あ、フェイト!その子、やっと起きたようだね」

 

入ってきたのは、額に宝石のあるオレンジの毛並みを持つ狼だった。

 

(あ、あれ…狼が喋って…)

「それより怪我は大丈夫なのかい?フェイトと同い年くらいだから心配したんだよ」

 

気軽に、まるで友達と挨拶を交わすように、何故か喋る狼は重要な台詞を言ってのけた。

今この狼様はなんとおっしゃった?、とキラは更に嫌な予感がした。

 

「ごめん、鏡ってあるかな」

「あ、ありますけど…どうぞ」

 

手鏡を渡され、鏡に映っている人物を見てキラは驚いた。

映ったのは当然、キラ自身だった。

しかし、問題はそこじゃない。キラはキラでも…

 

 

10歳くらいの時のキラの容姿をしていた。

 

「……………………………………………………………え?、は、え…ええええええええええええッッッ!!??」

 

本日、一番の叫びを上げたキラだった。

 

 




なんとか一話目を書き終えた…。
サブタイトル通り、出会いは突然でした(笑)
ちなみにキラが若干騒がしい感じがするのは体型とともに思考も微妙に幼くなっているためです。


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PHASE-2 お約束

4/24:サブタイ変更。「思い出トラベリング」から「お約束」へ。理由:今見返したらちょっと恥ずかしくなった


 

まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。

あの頃の僕はまだ無邪気に走りまわる少年で、僕の親友はまるで騒がしい弟を見ているような顔をしていた。

まぁ、自分でも騒がしい奴だと少し自覚はしていた。友を困らせたりもした。

でも、仲はとても良かったと自分でも思う。あの頃はとても楽しかった。ずっと、平和な日常が続くと思っていた。

でもそれは叶わなくて。

周りはピンクの花びらが舞っていたのをよく覚えている。風が吹けば、彼の顔にふわりとあたっていた。そして僕の親友は遠くへと旅立ってしまって。

僕の手の上には、親友が作ってくれた鳥型のロボットが乗っていた。

 

ーーー首傾げて鳴いて、肩に乗って、飛ぶよ

 

いつか僕が作ろうと思ったロボット鳥を彼は覚えていてくれて、作ってくれたのだ。

 

ーーーキラも、プラントに来るんだろ?

 

頷くことは…できなかった。

だって、うん、なんて言えば、

泣いてしまいそうだったから…。

こうして…あんなに一緒だった僕らは

三年後、敵として再会した…。

 

 

 

 

「そもそも、あの時に僕が…」

「ねぇ、フェイト。なんでこの子ブツブツ呟きながら放心してるの?」

「さ、さぁ…」

 

微妙に白目を剥きながら、天井に向かってブツブツ呟き続けるキラの姿は、

結構不気味だった。

何がどうしてキラが放心状態になっているのかフェイトにはわからない。

しかし、聞こうにも、キラの心はここにあらずといった感じなので聞くこともできない。

 

「…えっと、だ、大丈夫ですか?」

 

この少年と出会ってから「大丈夫?」と聞くことが多いのは気のせいだろうか。

 

「なんか持ってこようか?」

 

フェイトの隣にちょこんと座っていたオレンジ色の毛並をもつ狼、アルフはそう言い、部屋から出て行った。

何を持ってくるのか知らないが、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいだ。うん、そうに違いない。

で、この放心状態の少年をどうしようか、とフェイトは考える。

 

「だからね?やっぱりアスランは絶対米に文章書けちゃう人かもしれないんだよね」

「な、何の話ですか…?」

 

魂が抜けかけているようなキラは急にそんなことを言う。いや、比喩ではなく、本当に魂が抜けかけていた。もはやついていけない。そう判断した直後、『人間の姿』をした

アルフが部屋に入ってきた。

手に持っているのはコップで中に水が入っているようだ。

…湯気が見えるけど。

 

「ちょ、アルフ?何をする気?」

「目を覚まさせる」

 

アルフは手に持った水の入ったコップを

キラの頭上へと持っていき、

ゆっくりと逆さまにする。そうすれば当然、重力に引かれたお湯はキラの頭上へとふりかかっていき…。

 

「アスランって、学校では無口だから女の子達にクールだし、かっこいいからなんだのってモテてるけど、実際には結構うるさいんああッッッッッッつッッッ!!??」

 

魂は戻ったけど、意識が飛んだ。

 

「やっば、温度間違えた」

 

アルフが倒れたキラを見て、そう呟くのだった。

 

 

 

 

キラが再び起きたのは1時間後くらいだった。余程アルフのかけたお湯は熱かったらしく、傷にでも染みてダメージが軽い火傷ではすまなかったようだ。

ちなみに温度は45度を超えていたらしい。

 

「それはともかく…」

「ともかくって…僕、軽く火傷したんだけど」

 

フェイトはドタバタしていたせいで中々できなかった本題に入ることにした。

 

「…ここは地球じゃないんだよね?」

「はい、それは間違いない…はずです」

 

それを聞いたキラは疑問を抱く。

 

「…じゃあ、僕はどうやってここに現れたのだろう」

 

フェイト曰く、キラはこの次元空間を渡る“時の庭園”の部屋に突然“現れていた”という。

勿論、キラは気絶していたため、どうやってここに来たかは身に覚えがないし、そもそも次元空間というものが存在することすら知らなかった。

 

「…恐らく、次元転移に巻き込まれたんだと思います」

「次元転移?」

 

また、聞き覚えのない単語だ。次元転移。言葉からして次元空間を転移することだろう。

 

「ごく稀にあるらしいんです。何らかの原因により、次元転移をしてしまい、『世界』を超えて現れる人が…次元漂流者が現れることがあるんです」

 

なるほど、とキラは納得する。

つまり自分はあのイージスの爆発に巻き込まれ、それに乗じ次元転移をしてしまった、と。この時点で既に意味不明である。MSの爆発に巻き込まれ、目が覚めたら住んでいた『世界』とは違う『世界』に飛ばされていたというのあまりにも信じ難い。

 

「でも、次元転移なんてなんだか非現実的だね」

「まあでも、ミッドチルダでは次元転移なんて普通なんですよ」

 

おっと、これまた聞いたことがない単語が出てきたな…とキラは心の中で頭を抱える。

自分はとんでもない場所に転移してしまったのでは?、と思う。

 

「元々この“時の庭園”はミッドチルダにあったんですよ。今は私の母さんが次元空間に飛ばしたんですけどね」

「………あれ、それって君のお母さんが

この“時の庭園”まるごと次元空間に転移させたってこと?それじゃまるで魔法じゃない」

 

魔法。キラもゲームなどで知ってはいる。しかし、それは実現不可能だし、非現実にもほどがある。使えたらなんと便利なことか…。

 

「えっと…ありますよ。魔法」

「………………………………………へっ?」

 

そんな言葉しかでなかった。

 

「ミッドチルダでは魔法と科学が進歩していて、また次元世界の管理もしているんです」

すごい事を聞いたような…てか、すごいことじゃん!、とキラは心の中で驚愕の声をあげる。

 

「で、でも魔法とかそんな…」

 

信じられるわけがない。魔法という異能は全て空想だと言われ、進歩させ続けてきた科学技術で人類の生活を支えてきた『世界』に住んでいたキラにとって、魔法なんて急に言われても信じられる方が難しいといったところだろう。

 

「(えっと…聞こえます?)」

 

突然、キラの頭の中でフェイトの声が響き、何事かと咄嗟に耳に手を当ててしまう。

 

「(これは念話っていって、心の内容が相手の心に届くっていう…要はテレパシーだよ)。信じてくれましたか?」

 

フェイトが念話で話すのをやめ、尋ねてくる。

 

「他にも転移魔法とか治療魔法とかありますよ」

 

信じ難いが、どうやら魔法は本当に存在するようだ。

どういう技術なのか、どのようにして発動しているのか、疑問に思う事は多くあるが『世界』は広いんだと思うキラだった。

 

「と、まあ私たちの『世界』の話は以上だよ。今度はあんたの『世界』の話を聞かせてもらうよ」

 

オレンジ色の狼、というか今は人間の姿をしているーフェイト曰く、使い魔らしく、元々は狼だったのだが、使い魔にしたことにより人間の姿へとフォームチェンジ可能なのだとかーアルフはキラに詰め寄りながら言った。

 

「う、うん…でも……」

 

果たして、戦争の事をこの子供と使い魔…とやらに教えていいのだろうか。

話を聞けば、ミッドチルダは魔導師と非魔導師が共存する『世界』らしく、戦争とは程遠いようだ。それは力を持つ者達と力を持たない者。その二種類の人間がいたからこそ、C.E.では戦争が起きたというのに、ここミッドチルダでは両者による抗争は起きていない。

 

(とりあえず、戦争の話はできるだけ避けよう)

 

そう考え、キラはフェイトとアルフに自分が住んでいた『世界』について話す。遺伝子操作により、優れた能力を持つコーディネイターと遺伝子操作をされずに生まれた通常の人類、ナチュラルが共存していること。

そして、人が宇宙に拠点を築いていくること。

 

「へー、スペースコロニーか。宇宙に住むってなんかすごいね」

 

そんなことをアルフは言った。

宇宙という無限に広がる未知の世界を想像しているのか、なんだか目がキラキラしているように見える。

 

「ねぇ、フェイトも宇宙に行ってみたいと思わない?」

「うん、そうだね。宇宙ってどんな感じなんだろう。やっぱり無重力空間だから体とか軽いのかな」

 

なんて、会話をしているフェイトとアルフの姿は微笑ましくて、キラは自然と笑顔となった。

反面、宇宙に住む、なんて事が信じられないと言った反応を見せたにも関わらず、既にそんな『世界』が存在すると受け止めている彼女達は自分と違って許容範囲が広いなと思ったキラであった。

 

 

 

 

「このボロボロの服はどうするの?」

 

話が終わった後、アルフが青いラインが入ったボロボロのスーツを持ってきた。

それはキラが着ていた地球連合のパイロットスーツ。

しかし、今のキラにはサイズが合わないし、なにより所々に穴が開いてる上に血が付着していて、今のままではもう着れるような代物ではなかった。

 

「…捨てちゃおうかな」

 

一応、自分がC.E.にいたという証なのだが、使い物にならないものを持っていても仕方がない。

だが。

 

「母さんに頼めば、直してくれるかもしれない」

 

直してくれるというのなら、話は別だ。

 

「ほ、ほんとに?」

「うん。研究で忙しいだろうけど、頼んでみる価値はあると思うよ」

 

そうフェイトは言って、パイロットスーツを持ちながら、部屋を出て行った。

 

「…………大丈夫だよね」

「………何が、ですか?」

 

フェイトが部屋から出て行った後、ふと呟いたアルフの台詞に疑問を覚える。

 

「…いや、別に何でもないよ。それにしても本当に宇宙に住んでいたのかい?すごいよねぇ」

「いえそんな…僕からすれば魔法が存在するっていうのがすごいと思うな」

「まあ、多分『管理外世界』から転移してるんだ。無理もないね」

「『管理外世界』…ですか?」

「そうだよ。魔法の存在を知らないのならあんたの世界は『管理外世界』、魔法が認知されていない世界なのさ」

 

アルフによれば、本来魔法というのものはどの世界にも存在はする。しかし、認知されていない世界というのは魔法を使用する技術、知識がないため確認ができないからだと言う。また空気中の魔力素を取り込み、自らの魔力へと変換する『リンカーコア』を持って産まれる人間の発生が少ないのも認知されない理由だろう、とアルフは語った。

 

「ま、今のはあくまで推測だけど」

 

その説明を聞いて、キラは自分の体を見る。もしかしたら自分の体の中にも『リンカーコア』があるのか、と興味津々に心臓にあたる部分を撫でてみる。

 

「僕にも…魔法が使えたりするんですかね?」

「うーん、試してみないとわからないけど、どうなんだろ?案外使えたりするかもね」

 

手を開いては閉じてを繰り返し、自分の中にも眠るであろう魔法に若干ワクワクしてしまう。例えば使えるようになったとして…空を飛んでみたい。なんて子供のように想像する。…体は子供になってしまっているが。

そんなふうに考えていると、部屋のドアが開かれ、フェイトが入ってくる。

 

「キラ、くん。あのスーツは母さんが直してくれるようだから安心して…って、何してたの?」

「いやぁアルフ先生直々の授業をキラくんにね~」

「おかげさまでまたひとつ賢くなれたよ」

 

 

 

 

「地球が見つかった?」

「うん」

 

キラが来てから、5日ほど経った日のお昼のことだった。

あれから安静ということもあり迷惑なのではと思いつつも部屋を借りたキラの身体は既にある程度回復しており、もう走り回っても一応大丈夫ぐらいにまで元気になった。

流石はコーディネイター。通常の人類より遥かに自然治癒力が高いためであるからか。

それはそうと、つい先ほど、フェイトは母から第97管理外世界、地球という惑星が存在する『世界』へ行け、と言われたようだ。

ちなみに地球という名称の惑星は第97管理外世界にしか存在しないらしい。

フェイトの母がそう言っていたとフェイトは言った。

行け、という命令形の言葉が何やら引っかかったが、フェイト曰く、母は研究員でフェイトはそのお手伝いのために忙しい母のために動いているのだと言う。

母想いの良い子だと思う。

それにしても、自分の『世界』がこうも簡単に見つかるとは思わなかった。

てっきり、「あなたの世界は見つからないどころか、聞いたことすらありません」なんて言われ、帰る方法を探す冒険の始まり的なことを想像していたために、キラのここ最近の緊張感はすぐにとけた。

とは言え。実は今は昼食をとっているのだが、不思議なことに食事はインスタント食品がほとんどだった。

子供がインスタント食品だらけの昼食を食べるというのに少し疑問を感じるが、母が仕事で忙しく、料理ができないため、こんな昼食になってしまうのだと言う。なんとかしてやりたいとも思ったが、自分だって料理はできないため黙っていることにした。

 

「これ食べ終わったらすぐに行くからね」

「了解、フェイト」

「えっ、もう出かけるんだ」

 

展開早いなーとキラは思う。

まあ、急ぎの仕事らしいので、それも仕方がないのだろう。

 

「良かったね、キラくん。帰る場所がすぐに見つかって」

「…うん」

 

帰ることができる。それは嬉しいことだ。アークエンジェルのみんなに会える可能性は高まるし、あの『世界』には僕の帰るべき場所がある。それにここに来てから縮んでしまった体も元に戻るだろう。

フェイトは体が縮んでしまったのは急な次元転移による後遺症なのだろうと推測していた。来たことのない、しかも魔法というイレギュラー要素の存在する『世界』に来て、馴染むことのできなかったキラの体は異常な現象を引き起こしたのだろうと言っていた。故に元いた『世界』に戻れば、体も元に戻るだろうとのこと。…あくまで推測である。

………しかし、キラは何故だかムズムズするような、落ち着かない気分だった。

 

 

 

 

時は、来た。

 

「行こうか、キラくん、アルフ」

 

フェイトが管理外世界97番へと転移するために、魔法を行使する。

フェイトの手には初めて出会った頃に向けられた斧がある。

転移するために、フェイト、キラ、アルフは手を繋ぐ。

 

「いくよ……」

 

直後に、“時の庭園”から、2人と1匹が消えた。

 

 

 

 

 

最初に目に入ったのは、太陽の光で照らされている綺麗な海だった。

塩の匂いが漂い、気持ちのいいそよ風がキラの頬を撫でる。

 

「…帰ってきたんだ」

 

キラがそっと呟く。

 

「帰ってきたん……………………あれ?」

 

ちょっと待て、とキラは疑問を感じる。

「ん?どうしたの?キラくん………って、」

フェイトが心配そうにキラを見つめる。

さて、皆さん問題です。

彼ことキラ・ヤマトさんは次元転移してしまった後、体はどうなっていただろうか!!

 

答え、体は縮んでしまっている!!

 

バッ!、とキラは自分の体を見る。

縮んだままだった。

しかも、辺りはキラの見たことのない景色だ。

海の近くの塀には人が落ちてしまわないように柵が張られており、広場と思しき場所には綺麗な位置に木が植えられている。そうして確認し終えた後、近くにあった看板を覗く。

『海鳴臨海公園西広場』

その聞いたことも見たこともない単語に。

 

「なんで僕の体は縮んだまま!?というか、ここはどこなんだよォッッッ!?」

 

キラは絶叫し、フェイトとアルフはぽかんとした顔をしていた。

 

そんな彼、彼女達を海の潮風は

優しく撫でていた。

 

 

 




今回は説明回的な感じでした(笑)
終わる時はいつだってキラの叫び声(嘘)
5000字達成!以降、全ての話はできるだけ5000字以上にしたいと思います。


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PHASE-3 目も眩む世界

 

地球。惑星全体のほとんどが青い海で包まれ、緑の大地には人が街を築いており、様々な生命が誕生する母なる星。

でも、そこは彼が、キラ・ヤマトが知っている地球ではなかった。

最初は、てっきり中立国オーブ国内のどこかだと思った。看板にはオーブの古い文字、日本語というものが使われていたし、綺麗な海に囲まれ、豊かな自然が残った

オーブを覚えていたためである。

しかし、知ってしまった。フェイト達が母に頼まれた研究材料とやらを探すためにこの『世界』に拠点を築いたらしく、「じゃあ、ここがオーブのどこなのかわからないから折角だし、ついて行ってしまおう」とキラは考え、一緒にその拠点に行かせてもらった時のことだ。

その拠点は街中にあるらしく、フェイトとアルフ、そしてキラは住宅街を抜け、街中を歩いて行った。

その最中、ここが日本という国であることを知った。

キラの知識に、地球にそのような国はなかった気がする。というかその国名は確か古い独立国の名であったはずだ。

急遽予定を変更、図書館なる場所に寄らせてもらい、この国の歴史についての書物を読んでみたところ、戦争なんてものはもう結構昔のこと、らしい。

試しに今度はネットカフェというお店に入り(お金はフェイトが母より貰った物を使用)、パソコンを使わせてもらった。驚いたのはまず、パソコンのスペックの低さだ。明らかに自分が使っていた物よりも遥かに差がある。

次に最近のニュースを調べたところ、紛争地域の国はあるものの、戦争なんてしておらず、しかも地球連合軍、Z.A.F.T、オーブの情報が一切載ってなかった。勿論、機動兵器のことも。

おまけに宇宙にはスペースコロニーなどあるはずもなく、今の段階ではロケットや衛星を宇宙へと打ち上げ、調査程度のことしかしてないことがわかった。

 

以上のことを踏まえて考えると、

ここはキラの住んでいた『世界』、C.E.ではない。

 

「………はあぁぁぁぁぁ…」

 

大きくため息をはく。

 

(うんまあ、薄々気付いてはいたよ。そう簡単には帰れないことくらいね)

 

ネットカフェから出て、青空を眺める。その青空は透き通るような綺麗な空の色をしていた。

 

(戦争のない、平和な世界か…)

 

戦争なんてなければ、自分の世界もこの街のように、平和で明るく、賑やかな世界だったのだろうか。

そう考えながらも、キラはフェイト達を待たせている向かいのファーストフード店へと足を運ぶ。

 

 

 

 

フェイトとアルフはキラがネットカフェというお店に入店している頃、二人はファーストフード店内で食事をしていた。1時間くらい前に昼食をとっているので小腹を満たすくらいの量だ。

 

「このハンバーガー、美味しいね〜」

 

アルフがハンバーガーを頬張りながら言った。言葉通り、アルフは美味しそうにハンバーガーを食べている。フェイトは食べ物ではなく、飲み物を飲んでいた。中身はオレンジジュース。特にお腹が空いていた訳ではないので、飲み物を注文したのだ。

 

「それにしても、キラくんの言っていたことって本当なのかな。ここがキラくんの『世界』じゃないかもしれないって話…」

 

確かそう言いだしたのは図書館を出た時だったと思う。

 

「そういえば、キラの知っている『世界』の歴史や地理がこの『世界』と全く違うんだっけ?」

 

半信半疑だけどとは言っていたけど…、とアルフはやはりハンバーガーを食べながら言う。

そう、キラがネットカフェに行ったのは最近のニュースを確かめ、本当に自分の『世界』ではないのか確認するためだった。

フェイトは向かいにあるネットカフェ店を眺める。

キラくんはこれからどうするのだろう…、フェイトはそんな風に思いながら、ネットカフェ店を眺める。ネットカフェ店にはなんだか落ち込んだサラリーマンやハチマキをつけた背中にリュックを背負っている太った人や人相の悪い青年、様々な人が入店していっては、帰っていく。キラはまだ出てきていない。

 

「………………………どうしたのかな」

 

さすがに遅いと心配してくる。様子を見に行ったほうがいいのだろうか。

なんて、考えていると、

 

「あっ、キラの奴出てきたね」

 

アルフがネットカフェ店の入り口を見ながら言う。フェイトもそっちを見ると確かにキラがいた。…その顔はなんだか落ち込んだような暗い顔だった。

キラはファーストフード店の窓からこちらを見るフェイト達を見つけたのか、フェイト達に微笑みかける。

そして、ゆっくりと歩いてくる。

キラはファーストフード店に入ると、すぐにフェイト達の席に近づき、空いている席に座る。

 

「遅くなってごめんね。フェイトちゃん、アルフさん」

「…結果はどうだったの?」

 

フェイトが尋ねると、キラは笑いながら言う。

 

「残念ながら、ここは僕の『世界』じゃなかったよ」

 

ほんと、まいったよ、と笑いながら言うキラの顔はフェイトには少し触れただけで壊れてしまいそうなガラスのように見えた。

 

 

 

 

「…ということで、雨風しのげて、寝ることができる場所がないのでお世話になります」

「うん」

「しょうがいないね〜」

 

『世界』が違えば当然、家もないのでキラはフェイト達の拠点である、遠見市市街地にあるマンションに住まうこととなった。

…何やら黄色いオーラに包まれているような感じだったが、フェイト曰く「念のためのエリアタイプの結界魔法」らしい。フェイトの母の研究のための仕事をするためにこのマンションを拠点にしたのに、念のため、というのが気になるが、追求はしなかった。

きっと用心深いのだろう、そう思うことにしたキラだった。

 

 

「それはそうと、さっそく出かけてくるね」

 

フェイトはそう言うと、三角状の一見、黄色にも見えなくはない金色のキーホルダーのような物を持ち、アルフを連れて玄関へと向かう。

 

「あれ、どこに行くの?」

 

辺りはもうすぐ太陽の光が届かなくなり、月の光が街を照らす時間帯、要は夜になるというのに、フェイト達が出かけることに疑問を抱く。

 

「心配しないで。母さんの研究材料を探しに行ってくるだけだから」

「キラはここで留守番をよろしくね」

 

アルフが手を振りながら、フェイトとともに外へと出て行く。

バタンっ!という扉の音が響き、キラは呆然と玄関の前に立っていた。

 

「…………………僕はどうすれば……」

 

適当にくつろいでいればいいんじゃね?と言うキラ(悪魔のような姿)と、住ませてもらうお礼に帰ってきた時にインスタント食品のオンパレードじゃなくて手作りの夕食を振舞ってあげるべきだよ!、と言うキラ(天使のような姿)が頭の中で言い争っていた。勝負の結果は天使キラの勝利。

 

「……よし」

 

気合を入れ、手作り料理をフェイト達にふるまうために、キラ・ヤマトは行動する。

というか、フェイト達を止めなくても良かったのかと今になってキラは思う。

 

 

 

「これでいいのか、な?」

 

ドサリっ、と今しがた購入してきた物を台所の上に並べる。

料理をするために、まずはコンビニという場所の雑誌コーナーでレシピ本を購入、そして、スーパーで材料を購入してきたのだ。

お金は今日、フェイトに渡された物を使った。

そしてキラはレシピ本を開き、あるページを見る。

 

「ハンバーグか…」

 

手作りと言えば、やはりハンバーグが定番だろう。多分。とりあえず、キラは牛乳と卵、パン粉に玉ねぎ、そして挽肉を用意し、レシピを見ながら行動に移る。

 

「えっと、まずは…」

 

そこからキラの行動はレシピ通りだった。玉ねぎをみじん切りにし、炒め、冷やす。そして、炒めた玉ねぎとパン粉、牛乳、溶き卵、こしょう、挽肉をボールの中に入れ、全体が均等になるように混ぜ合わせる。混ぜ合わせた後、ハンバーグの形を作り(この時、両手でキャッチボールをするように何度も投げ、ハンバーグ内の空気を抜いた)、油のひいて熱したフライパンでハンバーグを中火で焼く。焼いている間、素早くハンバーグにかけるソースを作った。さすがコーディネイターと言ったところか。キッチンにハンバーグのいい匂いが漂い、空腹のキラの腹を刺激した。

 

「おおおおお……」

 

初めてにしては上出来だろうハンバーグはとても美味しそうだった。

ピッー!、とハンバーグを焼く前に炊飯器で炊いておいた(使い方は説明書を見ながら準備した)米が炊けたという音が鳴った。

だが、炊けたという確認をした後、何か思いついたようにキラはすぐにスープの用意をする。

やはり洋食にあうスープといえばオニオンスープだろうか。

玉ねぎ、バターやコンソメ、こしょうの準備をし、もう一つのフライパンにバターを入れ、玉ねぎを入れて黄金色になるまで炒める。水を入れ、フツフツと煮立ってきたら、コンソメを入れ煮詰める。そしてこしょうで味を整えた。

 

「これでいいかな」

 

皿を3枚用意し、そこに焼いたハンバーグを2個ずつ盛り付け、そこに切ったキャベツを加える。そしてハンバーグに手作りのソースをかけ、オニオンスープをカップに注ぎ、茶碗に炊いた米を入れた。

 

「あとはテーブルに置いてフェイトちゃん達の帰りを待つだけか…」

 

用意するの早すぎたかな、と思いながらもキラはテーブルの上に三人分の料理を並べていく。

と。

 

「ただいま〜」

「キラ〜帰ったよ〜」

 

なんとちょうどいいタイミングでフェイト達が帰ってきた。

 

「留守番ありがとねって、うおッ!?なにこの豪華な料理!!美味しそう!!」

 

アルフが目をキラキラとさせながら漫画みたいにヨダレを垂らしていた。

 

「食べていいのかな、食べていいのかな!」

「ア、アルフ。ちょっと落ち着いて…」

「これで落ち着いていられる訳がないんだよフェイト!!」

「食べていいけど、まずは手を洗ってこようね」

「はい!洗ってきます!」

 

そう言ってアルフはダッシュで洗面所まで行った。

 

「フェイトも洗ってきなよ」

「あ…うん」

 

フェイトはそう言われ、洗面所へと行った。

 

「うおおおおお!!!美味しいよキラ!」

「本当だ。美味しいよ」

「ありがとう、アルフさん、フェイトちゃん」

 

やはり初めてにしては上出来、というか上出来すぎるハンバーグは美味しようでフェイトとアルフも美味しいそうに食べている。

 

(……平和だな…このままこんな日常が続けばいいのに)

 

キラはハンバーグを食べながら、そう思った

 

 

 

 

朝。

キラは朝早くから起き、朝食の準備を始めた。

朝食は意外とシンプルな目玉焼きに米、味噌汁だ。意外でもないか…?

卵をフライパンの上で割り、味付けでコショウを多少ふりかける。

その際、思うことがあった。

フェイトとアルフの仕事についてのことだった。

フェイトは母の仕事の手伝いとは言っていたが、妙である。

フェイトとアルフ、二人は母の話になると、何故か顔を暗くするし、仕事内容も話してはくれなかった。

追求しないつもりではいたが、気になってしまう。

 

「…………よし」

 

キラは何かを決意すると、朝食を持って、テーブルへと向かって行った。

…あ、キッチンに余ったトマト(何故かみじん切りにされてぐちゃぐちゃ)があったけど何に使うつもりだったのかしらん?

 

 

 

 

朝食を済ませた2時間後、フェイト達が出かける時だった。

 

「連れて行ってほしい!?」

「う、うん。ダメ、かな?」

 

キラの決めたことはフェイト達の仕事を手伝うことだった。フェイトの返事を待っていると何やら深く考え事をしているような表情していたが。

 

「……いいよ」

「フェイト!?」

 

フェイトが承諾した。

 

「ありがとう、フェイトちゃん」

 

そう言うと、キラは微笑む。

キラは別にこのマンションで留守番でもしていてもよかったのだが、フェイト達の手伝いをしてもいいのではないかと思ったのだ。

 

「じゃあ、キラくん。準備してきて」

「わかった」

 

キラはそう言うと、自分の部屋へと行く。持ち物は…

 

「特にないや」

 

キラはすぐにフェイト達のもとへと駆けて行った。

特にない、というよりそもそもキラの持ち物はフェイトから渡された服や買ってもらった数少ない服である。

 

(服のオンパレードだよ。せめてパソコンでもあれば…)

「じゃあ、キラくん。行くから私に捕まってて」

 

玄関から出た後、キラは言われたとおりにフェイトに捕まる。不思議と何故捕まるのかは疑問に思わなかった。

すると、フェイトは地面を蹴り、空を飛んだ。

 

「うおああああああああ!?」

 

死ぬかと思った。

 

 

 

 

スタッ、とフェイトとアルフ、そしてフェイトに捕まっているキラは地面に足をつけた。

 

「はぁ…はぁ…し、死ぬかと思った……」

「だ、大丈夫?」

 

フェイトが息を切らしているキラの背中をさすった。まさか、女の子にしがみつきながら、あるいは抱かれながら空を飛ぶことになるとは、とキラは思う。

そしてキラは背中をさすられながら、辺りを見回す。そこは公園だった。

 

「アルフ、結界を張って」

「りょーかい!」

 

何が始まるのだろうか…そう思ったキラはフェイトに聞こうとして…

 

「キラくんは下がっていて。危ないから」

 

えっ…?、とキラが言う前に、

ゴォッ!!!と、風が勢いよく吹いた。

 

「あった、ジュエルシード!!」

 

フェイトの方を見ると、そこにいたのは。

手が4本生えたライオンのような動物。

 

「なん、だよ…あれ…」

 

見たことのない生物にキラは恐怖する。

だが、フェイトは何の焦りも見せず、ただ呟く。

 

「バルディッシュ」

 

その直後だった。フェイトの服が光り、若干露出の高い黒装束へと変わり、キラが以前見た黒い斧を持っていたのは。

 

「フェイト、ちゃん…?」

 

 

直後に、

 

バチンッッッ!!!という電撃がはしり、

フェイトはそれと同時に持っていた得物で、

化け物を斬り裂いた。




今回は平和な日常と、「ここで意外性、そして凄さをアピールするために家庭的キラ・ヤマトを書きたいな!」なんて思いながら書いた話でございました。


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行間

 

「はぁ……」

 

『彼女』は非常に困っていた。『あの子』に頼まれたこのスーツを直すことに。

正直、断ってもよかったのだが、あの時は急いでいたので適当に承諾してしまったのだ。考える余地もないほど切羽詰まっていたと言えば納得してくれるだろうか。

それにしても…このスーツはズタボロで汚い。とりあえず片付けてしまおうと、『彼女』はスーツを持ち上げた。

するとスーツの何処かに入っていたのか、カラン、という何かが落ちる音がした。

その何かを確かめるために『彼女』は真下を見る。

そこには、丸くて蒼い宝石が落ちていた。

 

「これは…?」

 

疑問に思いながら、“それ”を手に取る。

最初は“それ”が何かわからなかったが、長年『魔法』に関わってきた『彼女』はすぐに気付いた。

“それ”がどんな物であるのか。どのようにして起動し、どのようにして使われるのか。

 

魔導端末(デバイス)…」

 

それが正体。

魔導師が必ずと言っても差し支えないほど、一般的に使用されているデバイス。魔導師があらかじめ保存・設定しておいた魔法プログラムにより、魔法の発動を促進させる、いわば、補助端末と言った物である。

それこそが“それ”の正体である。

 

しかし、“それ”は、その姿を偽っていることを長年、魔導に関わってきた『彼女』が気付いたことは言うまでもないのかもしれない。偽りを確信したわけではないが、確かな違和感を“それ”から感じられた。

そう、“それ”は決して、蒼の丸い宝石ではない。ましてや魔導端末でもない。人という、ちっぽけな存在をいとも簡単に潰せてしまう物。

ある『世界』において、絶対的とも呼べる最強の兵器。

 

コンピューターを通して解析した結果、通常魔導師が使用するデバイスとは技術が違うことに気付いた。それと同時にその正体も。

 

“それ”が一体どういう経緯でこんなものの姿へと変貌したのか(・・・・・・・・・・・・・・・)

もしかしたら、ある一つの機能として備わっている可能性だってある。

もしかしたら、手を貸してくれた『彼』が容易した魔導兵器かもしれない。

 

だが、あの次元漂流者の少年の持ち物のスーツから出てきた、ということは…。

 

だとしたら。

 

未だにその姿を見た訳ではないが次元漂流者の少年がここに来たのもわかるような気がした。当初は話を聞いただけで何の心当たりもなく、そもそも『あの計画』すらあまり信じてはいなかったが、『彼女』の推測が正しければ…。

『彼女』は与えられた最大のチャンスに歓喜する。

それこそ、願い続けてきた『理想の夢』が叶うことが約束されたかのように。

想像しやすいように説明するとするなら、それは目の前に大金がいきなり現れ、手に入ることができたかのように。

つまりは狂喜。

 

「私と『あの娘』の約束は果たす。必ず」

 

約束。ずっと昔にした約束を守るために。『彼女』は『魔導師』を必要とした。だからこそ、造り上げた。その容姿に惑わされずに、かつての家族を死の道に追いやってでも。

全ては『あの娘』のために。

だけど、時間はもうあまり残されてなどいないのだ。

だから。

 

『彼女』はある一つの賭けに出る。

 

「利用させてもらうわよ」

 

彼がいれば、この計画は成功するはずだ。

あるいは。

彼がいれば、計画は破綻するはずだ。

そんな五分五分ともとれなくもない、もしかしたら、3分の2の確率で計画の破綻に繋がってしまうかもしれない一か八かの博打。

 

「キラ・ヤマト…」

 

 

さぁ、この選択は吉か凶か…どう出る?

 




とりあえず、もともと本文にあった行間を移動しました。
また内容も多少変更。
まあ、疑問に思って欲しいことは二つか三つあります。


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PHASE-4 手に取るは剣

 

理解できなかった。

ただ、目の前では、金髪の黒いマントを羽織る少女、フェイト・テスタロッサが4本の腕を持つライオンのような化け物を手に持つ金色の光の刃がある得物で、斬り裂いていた。

彼女の行動は素早く、相手を翻弄している。

化け物の攻撃を紙一重で避けては、隙のできた化け物の腕を斬りとばす。

そして、フェイトの周りから現れた謎の金色の光が、化け物を襲う。

ズヴァチィッッッ!!という電撃が激しく化け物を貫く。

 

「はああああああああッ!!」

 

雄叫びをあげながら、フェイトがもうスピードで化け物に接近する。

ヴォンッ!、とフェイトが得物で化け物を真っ二つにした。

化け物は断末魔の叫びをあげながら、消えていき、あとには種のような青く光る宝石が残っていた。

 

「…ジュエルシード、封印」

 

フェイトはそう呟くと、黒い斧を青く光る宝石に向けた。

 

『Sealing Form』

 

低い機械音がしたあと、黒い斧のヘッドが反転し、槍のような形状へと変化し、柄の部分からは金色の光の翼が展開された。

そして、青く光る宝石に向かって金色の光が襲い…

 

あとのことはよく覚えていない。

気付いた時には青く光る宝石はすでにどこにもなく、来た時と同じ穏やかな風が公園に吹いていた。

 

「……………え、あ?」

 

うまく言葉が出なかった。フェイトはもう先ほどの黒い斧は持ってはいないし、服も若干露出の高い黒装束ではなく、いつもの普段着だし、何事もなかったような顔をしている。

 

「帰ろうか、キラくん」

 

ただ、フェイトはそう言っただけだった。

 

「う、うん…」

 

キラはぎこちなく返事をした。

先ほど自分が見た光景は嘘だと思うような雰囲気に、キラは戸惑っている。

 

(……さっきのは、幻?)

 

だとしても、あまりにもリアルすぎる。

化け物の叫び。電気の光。腕が斬りとばされる音。その全てがキラの頭の中から離れない。

そう思いながらも、キラはフェイトに捕まる。

それを確認したフェイトは飛び立とうとして…

 

「…フェイトちゃん、今のは…なんだったの?」

 

キラに質問された。

フェイト自身、わかっていた。あんなことが目の前で起きれば、どういうことなのか聞かれるのは当たり前だということくらい。

そして、キラも聞かずにはいられないかった。

それを聞いたフェイトはゆっくりと口を開け、言う。

 

「………………………やっぱり、キラくんは連れてくるべきじゃなかったね…」

 

何も知らせず、ただ平和な日常を過ごさせるべきだったと、フェイトは後悔した。魔法も使えず、戦うことのできない少年を、危険な事に巻き込むべきではなかったと。

 

「……フェイト、ちゃん、それはどういうこと…?」

 

キラはフェイトの意味ありげな台詞に、ついさっきまでの日常が壊れていくような感じがした。

まだ短い期間だけど、楽しくて、暖かくて、平和な時間。

続いてほしいというキラの願いは、『殺される』。

 

「…さっきの…あの化け物は『ジュエルシード』といって、強力な魔力の結晶体で、私達の仕事はその『ジュエルシード』を集めることなんだ」

「…ジュエル、シード…」

 

あの4本の腕を持つライオンをフェイトが倒した時に現れた宝石、あれは『ジュエルシード』と呼ばれる結晶体だったのだ。

フェイト達の仕事はその『ジュエルシード』を集めること。しかし、それは少ししか『ジュエルシード』を目撃したキラにもわかる。危険だということに。

強力な魔力の結晶体。その言葉からして、明らかに『ジュエルシード』は危険物だ。それにあの化け物。フェイトは難なく討伐したようだが、決して安全とは思えない状況でもあったのだ。

何故、9歳くらいの子供がそんな危険な仕事をしているのか。

以前聞いた魔導師とやらだとしても、優秀な魔導師だとしても、普通9歳くらいの自分の子供にそんな危険な仕事をやらせるのか?

キラはフェイトの母の考えることが全くわからなかった。

…もしかしたら、その事にも事情があるのだろうか。

 

「とりあえず、今は帰ろう。説明はあとでするから…」

 

フェイトの言葉を聞き、キラはフェイトに捕まる。というか、フェイトに抱えられる形になる。

フェイトはアルフが地面を蹴って飛び立つのを確認すると、すぐにそのあとを追うように飛翔する。

………人を抱えながら飛ぶというのも結構辛いものだと、フェイトは心のなかでそう思った。

 

 

 

 

遠見市市街地にあるフェイト達の拠点のマンション…の一室で。

フェイトとアルフ、キラは向き合っていた。

何故そのような状態なのか、いうまでもないだろう。話の流れからして。

 

「………じゃあ、説明してもらうよフェイトちゃん、アルフさん」

 

なにやら緊張した空気が辺りを漂っていた。

ゴクリ、と、唾を飲み込んだ。

…あくまで表現である。

アルフの額からは汗が流れ、キラの口はゆっくりと開き、フェイトは身構える。

そして、キラは問う。

 

「…………あの、『ジュエルシード』っていうのは一体どんな物なのかな」

 

フェイトはキラの質問に、やっぱり、というような顔をした後、何か迷っているかのように顔をふせた。

やがて、決心したのか、顔をあげ、答える。

 

「『ジュエルシード』っていうのはね…」

 

フェイトは、説明する。目の前の、少年に。

 

 

 

「『ジュエルシード』の前に『ロストロギア』について話す必要があるね」

「『ロストロギア』?」

 

ここで新たに出てきた単語にキラは当然反応した。

 

「『ロストロギア』…まず、次元世界にはいくつもの『世界』があって、それぞれの『世界』が独自の文化を持っているのはわかるよね?」

 

それはキラも理解できるだろう。

キラの『世界』、C.E.と今現在、滞在しているこの『世界』。

この二つの『世界』は文化の違いがあるのをキラは図書館、ネットカフェで調べて既に知っている。

 

「次元世界にはね、稀に異常に技術を発展させてきた『世界』もあるんだよ。そして、『ロストロギア』は過去に何らかの要因で消失したそんな『世界』の古代文明で造られた遺産の事を言うんだ。多くは現存技術では到達できていない超高度な技術で造られた物で、使い方次第では多くの『ロストロギア』が世界を破滅へと導いてしまうほど危険な代物なんだ」

 

簡単に言うのならば、発展しすぎた『世界』の遺産だと言うべきか。

そして、その遺産はとても危険な物であり、フェイトも言った通り、使い方次第ではその『世界』どころか、全次元を崩壊させかねないほどの力を持っている。

 

「そう、『ジュエルシード』もその『ロストロギア』の一つなんだ」

 

ジュエルシード…

碧眼の眼を思わせる色と形状をした宝石であり、その正体は強力な魔力の結晶体。

全部で21個もあり、それぞれローマ数字がふられている。

ジュエルシードは周囲の生物が抱いた願望を叶えるという、一見夢のような特性を持っている。

だが、当然危険な代物でもある。

生物の願望を叶える。確かにそれはいいことなのかもしれない。しかし、その願望は自覚があるなしにかかわらず、叶えてしまう。

 

「そんな…それじゃあ…」

 

キラは『ジュエルシード』の話を聞いてすぐに察する。

願望を叶えてしまえるほどの魔力(・・・・・・・・・・・・・)が備わった物を21個も集めたら一体どれほどのことが起きる?

『ロストロギア』という扱いを受ける『ジュエルシード』はおそらく、次元世界とやらを崩壊させるほどの災害を起こす事ができるのだろう。

故にキラは、そんな危険な物を集めさせるフェイトの母親が何を企んでいるのか知りたくなった。

 

「…フェイトちゃんのお母さんは…一体…」

 

何者なんだ?、と声に出す前に、フェイトがいきなりキラの手を掴んだ。

 

「フェイトちゃん?」

 

何故いきなり手を掴んできたのか、というかフェイトの顔はなんだか真剣で、でも不安そうな顔をしていた。

 

「母さんが…キラくんのことを呼んでる」

「……え?」

 

すると、フェイトはキラをひっぱり、外へと向かう。

 

 

 

 

次元空間 “時の庭園”。

 

「この先で母さんがキラくんを待ってるみたい」

 

キラはフェイトが指で指す方向を見ると、大きな扉があった。

 

「…僕に一体何の用なのかな」

 

フェイトの母親に会うのは初めてなので、結構緊張もしているキラだが、警戒心は解かないし、解くつもりもない。

 

「…じゃあ、キラくん。私はここで待ってるから…。話が終わったら戻ってきてね」

 

キラは頷き、フェイトの母親が待っているという巨大な扉の先を目指して足を進める。

 

 

ギギギッ、と重いと思われた巨大な扉が、案外簡単に開けられた。

とりあえず、キラは部屋の中へと入る。

バタンッ、と扉が閉まる音が部屋に響いた。

部屋は意外と広く、10人くらいの人が入っても大丈夫くらいの大きさはあった。

 

「フェイトちゃんのお母さんは…」

 

きょろきょろと、部屋中を見回すが、フェイトの母親らしき人物は見つけられない。

呼びつけといて部屋にいないというのはこれいかに。

と、カツッ、カツッ、という足音らしき音が部屋の奥から聞こえてきた。

部屋の奥は妙に暗く、どのような人物が来るのか確認することはできない。

目を細め、奥から来る人物を確かめようとする。

やがて、部屋の光がその人物を照らした。

その人物は、ふわりとした灰色にも近い色をした長髪をもち、雰囲気は若干狂的な気配を漂わせ、白衣を羽織っていた。

 

「…あなたが…キラ・ヤマトくんね?」

 

その人はキラを見るなり、尋ねてきた。キラと同じ、アメジストのような色の眼をしたその人はキラを見つめている。

 

「…はい」

 

警戒心は解かず、決して油断しないよう身構え、キラは答える。

すると、その人はキラの目線に合わせるようにしゃがむと、優しく笑う。

 

「私はあの子の…フェイトの母、プレシア・テスタロッサよ。よろしくね、キラ・ヤマトくん」

 

その人は、プレシア・テスタロッサはキラに名乗った。そして、キラの前にプレシアは手を差し出した。

プレシアの手には、鉄灰色の、しかし輝いている丸い宝石があった。

 

「あ、あの、プレシア…さん。これは?」

「これはね、あなたの服に入っていた物よ。心あたりはないかしら?」

 

そう言われ、キラはとりあえずプレシアから鉄灰色の宝石を手に取ってみる。その直後だ。

 

(こんな…これは…?見覚えがないのに…僕はこれを知っている?)

 

キラはなんだか懐かしいような、けれど嫌な感じを覚えた。だけど、やはりこの鉄灰色の宝石は見覚えのない物だし、心あたりもないので、これが何を意味するのかわからない。何故これが自分の服に入っていたのか、キラは疑問に思った。

 

「それはあなたの物のようだから、返すわね。それと、それは見たところ魔導端末(デバイス)よ」

 

魔導端末(デバイス)…端末ということは何か機能があるのか。だが、どんな機能なのか、どう使える物なのか。

そのような物が何故自分の服に入っていたのか更に疑問に思う。

 

「どこかで伏線でもはられてた…?」

 

今のところ身に覚えはない…はずだ。

しかし、この鉄灰色の宝石を見ていると、ストライクやイージスのディアクティブモードのメタリックグレーの装甲色を思い出す。

それと。

 

「…あ、フェイトちゃんが使っていたあの黄色い宝石はもしかしてこの魔導端末というやつなのかな」

 

確かフェイトは『魔導師』だと言っていたのを思い出す。

だからおそらくあの黄色い宝石は魔導端末なのだろう。

まあ、断言はできないのだが。

 

「じゃあ、用はもうすんだわ。キラくん、帰っていいわよ」

「えっ、用ってこの魔導端末を渡すことだったんですか」

 

自己紹介と魔導端末を渡されただけ済んでしまった。

プレシアからすれば、ただ会って魔導端末を渡すだけの予定だったので特に問題はない。

しかし、キラからすれば、今のところ使い道のない物を渡されて終わりというのも、なんだかやるせない。

 

「…まあ、持っていても損はないだろうな」

 

とりあえず、魔導端末をポケットへとしまった。使い方は…必要な時に教えてもらえばいいだろうか。

 

「じゃあ、プレシアさん。また、いつか来ますね」

 

とりあえず、そう言ってキラは出入り口である巨大な扉を通ろうと、近づいた時だった。

 

「…待ちなさい、キラくん」

 

プレシアに呼び止められた。

何用かと、キラはプレシアの方へと振り返る。

 

「なんですか?」

 

そうキラが言った直後。

プレシア・テスタロッサは口を開き、言う。

 

「…単刀直入に言うわね。私が見る限り、あなた………『魔導師』としての才能があるみたいね」

 

……今、なんて言ったのか、キラは理解できなかった。

いや、突然のことで思考が追いつかないだけだ。

とりあえず、冷静になり、先ほどプレシアが自分に言ったことを思い出す。

『魔導師』としての才能がある?

 

「………え?僕に、ですか…?」

「ええ、そうよ。あなたには、キラ・ヤマトには『魔導師』になるのに相応しい魔力が備わっているのよ」

 

何故そのようなことがわかるのか。

以前フェイトが、自分の母親は自分と同じ魔導師、と言っていたのを思い出したキラは、魔力があるのかないのか、見分ける術を目の前の女性は持っているのだと判断した。

それより、プレシアが言った自分には『魔導師』としての才能があるということは本当なのだろうか。

もし、それが本当ならば…

自分は、どうするのだろうか。

 

「キラくん」

 

プレシアに、名前を呼ばれる。プレシアの声にキラは反応し、彼女の顔を見る。

 

「…『あの娘』の力になってあげてくれないかしら?」

 

プレシアのその言葉は自分の手伝いをしてくれる娘を手伝ってほしい、と言うものだと、キラは判断した。

そうだ、危険な仕事をさせても自分の娘を心配しないなんてことはない。

だから、キラは決心した。

 

「…わかりました。僕に任せてください!」

「そう…。ありがとう、キラくん」

 

プレシアはキラの返事を聞いた後、優しく微笑み、部屋の奥へと歩いていった。

 

 

 

 

海鳴市、とある豪邸付近の森。

そこにはフェイト、アルフ、キラがいた。

なぜこのような場所にいるのかというと、“時の庭園”から戻ってきた直後、フェイトは『ジュエルシード』を探す、と言い出したのだ。

どうやら近くで『ジュエルシード』の強力な魔力を感知したらしい。キラは留守番、ということになったのだが、キラは無理を言ってついてきたのだ。

キラとしてはプレシアの頼まれたことを、フェイトの手伝いをしようとついてきたのだ。ただ、『魔導師』としての実力は無く、何もできないかもしれない無力な自分に苛立っていた。

しかし、それでも何か手伝えるかもしれないとキラは考えていた。

 

「…あった、『ジュエルシード』」

 

その言葉を聞いたアルフが、担いでいたキラを地上へと下ろす。

 

「…あ」

「キラはここで待ってて」

 

アルフはそれだけ言って、飛び立っていく。

…やはり、自分は足手まといだった。何もできない、無力な人間だった。キラはただ、森の中で立っていた。

 

「…ちくしょう…」

 

そう言った直後、ドゴンッ!!と地面が揺れた。

 

「うわッ!?な、なんだ!?」

 

突然の揺れに、キラは驚いた。何事かと、ふとフェイト達が飛んで行った空を見る。そこからは木々の隙間からだが、煙のように砂が立ち昇っているのが見えた。

 

「な、何が…」

 

一体何が起きているのか、キラは疑問に思うが、ここで立っているだけではダメだ、とキラはフェイト達のいる方向へと走る。

何があってからでは遅い。キラは焦りながらも、走っていく。

やがて、木々を抜け、フェイトを見つけた。

アルフの姿は見えないがおそらく、別の場所で結界とやらをはっているのだろう。

 

「フェイトちゃん!!」

「っ!?キラくん!?」

「もう一人いたの!?」

 

そこにいたのはフェイトだけではなかった。フェイトの近くに、もう一人。

髪は茶髪のツインテールで、服は白い服を纏い、杖のような物を持った少女がいた。

 

「…魔導師…?」

 

そう呟いた直後、フェイトとキラの間にどこからの攻撃が降った。

 

「は、早く封印しないと!」

 

白い服の少女は攻撃してきた者の姿を捉えていた。

白い服の少女の目線の先には、剣を持った甲冑で身に包んだ兵士だった。

いや、よく見ればその甲冑からはなにやらユラユラ蠢く影がある。

『ジュエルシード』の影響で実体化した『願い』なのか。

兵士は手をキラに向けると…

手からエネルギーのようなものを撃った。

 

「っ!?」

「キラくん!」

 

しかし、兵士から発射された弾は、キラに直撃することはなかった。

キラが咄嗟の判断で避けたためである。

 

「あぶなかった…」

 

しかし、安心するのもつかの間、キラの目の前には剣を振り下げようとしている兵士がいた。

 

「…っ!」

 

直後だった。まるで時間の流れが遅くなったように感じ、気づけば、キラの手にはプレシアから渡された鉄灰色の丸い宝石が握られていた。いつポケットから取り出し、握ったのか、わからない。だが、今のキラにそんなことはどうでもよかった。

目の前の障害を倒す力が、ほしい。

 

そう思ったから、キラは。

 

「…ストライク」

 

ヘリオポリスで、戦争に巻き込まれた時から、戦場で戦うために使った剣の名を呼んだ。

 

そして、兵士の剣は振り下ろされ…

 

ガキンッ!と、兵士の首に、小型のナイフが突き刺さった。

 

第97管理外世界に、『ストライク』は目覚めた。

 

そして少年は、再び戦いの舞台へと身を投じる。

 

 




ジュエルシードの説明がいまいちしっかりしてないような気がする件について


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行間Ⅱ

 

(午後十時三十六分、海鳴市、槇原動物病院敷地内、『結界内』監視カメラの映像より)

 

 

フェイト、アルフ、キラが第97管理外世界へと転移した同日。海鳴市の動物病院付近で騒動があった。

そこには、茶髪のツインテールの10歳くらいの少女と、おそらく新種のフェレットがなにやら黒く蠢く生物に襲われていた。

 

『な、なになに!?一体なに!?』

 

少女が、木に突進した黒い生物を見て、混乱していた。

その少女の腕の中には一匹の赤く丸い宝石を首からさげているフェレット。

生物が木に突進した理由はフェレットを攻撃した際、避けられたからなのだろう。

 

『来て…くれたの?』

 

少女の腕の中で、『何か』が喋った。確か、そこにはフェレットがいたはずだ、と少女はフェレットを見て…

 

『しゃ、喋った!?』

 

当然の反応だった。少女は、取り乱した心をすぐに落ち着かせる。

すると、目の前で先ほど木に突進してもがいていた黒い生物が起き上がるのをみた。

少女は急いで立ち上がり、病院の敷地内から出て、黒い生物から距離をとる。

 

『何が何だかよくわからないんだけど、一体何なの、何が起きてるの!?』

 

少女は焦りながらも、先ほど喋ったフェレットに質問した。

 

『君には…資質がある!だから、お願い、少しだけ僕に力を貸して!』

 

焦っている少女とは裏腹に、フェレットは意外と冷静に言う。

資質とか、急に言われた少女は何の資質を自分は持っているのか、何故このフェレットは喋るのか、あの黒い生物は何なのかで混乱している。

しかし、一応話はしっかりと聞いているようだ。

 

『僕はある探し物のために、ここではない別の『世界』から来ました。でも、僕一人の力だけじゃ思いを遂げられないかもしれない…だから、迷惑かもしれないけど、資質を持った人に協力してほしくて…』

 

そこまで言うと、フェレットは少女の手から離れ、地面に立った。

 

『お礼はします!必ずします!だから僕の持っている力をあなたに使ってほしいんです!僕の力を…魔法の力を!』

『魔法…?』

 

急に魔法とか言われても、と少女は困ったような顔をした。

直後に、少女とフェレットの上空から黒い生物が襲いかかってきた。

ドゴンッと道路のコンクリートが割れた。

少女はフェレットを抱き抱えながらも、避けれたようでとりあえず、電柱に寄りかかる。

 

『お願いです!お礼は必ずしますから!』

『お礼とか、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!?』

 

喋るフェレットには慣れたよう、というか黒い生物のせいで少女は焦っていた。

すぐ近くからは黒い生物の呻き声が聞こえる。どうやら、割れたコンクリートの間に体が挟まっているようだ。しかし、今にも襲いかかってきそうな黒い生物を見て、少女の心は不安でいっぱいとなった。

 

『どうすればいいの…?』

 

不安そうな声で少女は呟く。

すると、フェレットはある物を少女に差し出した。

 

『これは…?』

 

差し出された物を受け取ると、それは、赤く丸い宝石は、暖かく感じた。フェレットの体温で暖かくなったのではなく、その宝石から、光が、熱が放出されている。

 

『それを手に、目を閉じて、心を澄まして!僕の言う通りに繰り返して』

 

フェレットがそう言うと、少女は黒い生物の方を見る。モゾモゾと動いて、今にもコンクリートから抜け出しそうだった。

 

『いい?いくよ!』

『うん』

 

フェレットと少女はともに目を閉じ、心を澄ました。

 

『我、使命を受けし者なり』

『我…、使命を受けし者なり』

 

それだけで、少女の赤く丸い宝石を握ってある手からは光が漏れていた。

 

『契約のもと、その力を解き放て』

『えっと…、契約のもと、その力を解き放て』

 

ドクン、と音がした。普通に耳から聞こえた音ではない。心で聞き取った音だ。

 

『風は空に、星は天に!』

『風は空に、星は天に』

『そして、不屈の心は…』

『そして、不屈の心は…』

『『この胸に!!』』

 

光が、あった。

少女が受け取ったのは不屈の心。手にしたのは魔法の力。

 

『レイジングハート、セットアーップ!!』

 

直後に。

少女は、高町なのはは。

魔法少女となった。




本文はとある小説の新約3巻に影響されて書いたものです。パクッた…というわけでなく時系列的にこの書き方が1番最適でして…ね?


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PHASE-5 その名はストライク

 

ーーーー無念だった。自分は守るという使命を果たすことができず、ただゆっくりと朽ち果てていく。自分はもうすぐ、物言わぬ死体となってしまうだろう。『奴ら』の進行を止めるため、自分は、全力で戦った。自分のために、祖国のために、あの人のために…。

しかし、自分は殺され、国がどうなったのか知る由もない。もう何もできない。やがて、ゆっくりと意識が薄れていく。もう、ダメだと…判断する。

でも、、、

『もしも』、もう一度チャンスを貰えるのなら、祖国のため、あの人のため、戦おう。命尽きるまで…。

 

さあ、『戦士』よ、剣を取れ。

 

 

 

 

ガキンッと。

鉄の甲冑の首にあたる部位が小型のナイフにより貫かれていた。

小型のナイフの持ち主、キラ・ヤマトと剣を持った甲冑の戦士。

甲冑の戦士が持つ剣はキラの顔の真横にあった。

甲冑の戦士が、キラの顔を剣先で突こうとしたためであり、しかしキラはその攻撃をギリギリで回避し、隙のできた甲冑の戦士の首を狙ったのだ。

それをすぐ近くで見ていた、金髪の少女、フェイト・テスタロッサはキラの素早い判断と行動、そして突如取り出された小型のナイフに驚いていた。また、茶髪の少女、高町なのはも、その光景を見て驚愕している。

 

「あれは…魔導端末(デバイス)!?」

 

近くにいたフェレットが、キラのナイフを見て叫ぶ。

キラの持つ小型のナイフには、よく見ると柄の部分に蒼い宝石『のようなもの』が組み込まれていた。

 

 

「キラくん…いつの間に…?」

 

フェイトは自分の知らぬ間にキラがデバイスを所持していたことに驚いていた。いや、それだけではない。キラの戦いなれたような動き、そしてキラの蒼く染まった服、魔導師でいう『バリアジャケット』を装着していたことに驚いている。

甲冑の戦士の首からナイフを引き抜いたキラは距離を取り、身構える。

甲冑の戦士は、首に受けた傷を痛みとして捉えていないようで、剣を構えるとすぐにキラとの距離を詰め、剣を振り上げる。

 

「キラくんッ!!」

 

甲冑の戦士がその手に持つ剣の刃はキラを真っ二つにしようと、迫ってくる。

しかし。

 

『マスターのリンカーコアを確認。

ーーー接続完了。魔力供給を開始。

フェイズシフト展開』

 

キラにとって、その声はどこか聞いたことがあるような気がした。

フェイトにとって、その声は自分のデバイスと同じように機械的な声であった。

なのはにとって、その声は何かの船の艦長でもしているような女性の声のように聞こえた。

 

その声を発したデバイス、『ストライク』にとっては、その言葉は主人を守るための合図だった。

キラの着ていた蒼の『バリアジャケット』が、光の粒子に包まれるのが見えた。そして、真っ二つにされると思われたキラの体は…

 

パキンッと、

剣の刃を弾いてみせた。

 

「なッ!?剣を弾いた!?」

 

それを見たフェレット、ユーノ・スクライアは驚愕の声をあげた。それもそうだろう。あの至近距離からの剣を服が光の粒子に包まれただけにも関わらず、弾いてしまったのだから。ユーノは(キラ)の『バリアジャケット』の硬さにありえないというような顔をしている反面、凄いと思っているようだった。

 

「あ、危なかった…」

 

キラ自身も、突然発せられた声と剣を弾いたという事実に驚いていた。そして今気付いたが、自分の服が変わっていることに驚いている。

キラが今着ている服はC.E.の『地球連合軍』の青色の軍服だった。

 

「キラくん!」

 

フェイトが空からキラに接近した。

そして、キラの着ている服を見て、首を傾げた。

 

「キラくん、いつの間にデバイスを…?」

「デバイス…」

 

キラはデバイスという単語を聞き、思い出した。デバイスをプレシアから渡されていたこと、そして自分には『魔導師』としての才能が備わっているということを。

 

「そうか…僕はまた戦うことになるんだな…」

 

手に持つ小型のナイフ、『ストライク』を見つめながら、呟いた。

すると、甲冑の戦士が地面を蹴って走ってくる。

 

「キラくんは逃げて」

 

そう言ったフェイトはキラを庇うように前へと出て、手に持った斧で甲冑の戦士の攻撃を受け止める。

そして、剣を弾き、その反動で怯んだ甲冑の戦士に斧を向ける。

 

「フォトンランサー」

 

そう言うと、フェイトの持つ斧の先に金色の光の玉が生成される。

 

「ファイア!」

 

そのかけ声とともに、金色の光の玉は槍のように甲冑の戦士に向けて発射され、直撃した。

狙いも威力も完璧な攻撃だ、と『魔導師』としての経験も知識もないキラでもわかった。しかし、フェイトの攻撃により舞い上がった煙が晴れると、再び甲冑の戦士の姿を確認できた。あれだけの攻撃を耐えたのだ。それでも、フェイトの顔色が変わることなく、平然とした顔のままだった。どうやら、脅威になるような力を持った敵ではないようだ。

 

「…ごめんキラくん。巻き込んじゃって」

 

と、フェイトが急に謝ってきた。その突然の謝罪に、キラは戸惑いながらも言う。

 

「そ、そんな、僕は別に平気だよ。それに僕の方こそ、面倒事を増やしちゃってごめんね」

「キラくん…」

 

そんな会話をしていると、ガシャ、と甲冑の戦士が歩を進め始めた。だが、甲冑の戦士に桜色の光が直撃し、煙を上げた。

 

「あの子も…魔導師…?」

 

キラは光が飛んできた方向を見る。そこに桜色の光を甲冑の戦士にあてた人物はいた。宙に浮いており、手には杖、服は白を強調した制服のような服で髪型は短いツインテールの女の子。魔導師だとすぐにわかった。

 

「…キラくん、お願いがある。あの憑依したジュエルシードを止めてほしいんだ」

 

…どうやら、味方というわけではないようで、白い服の子を相手にするために、フェイトはキラに甲冑の戦士を倒すよう頼んだ。

フェイト自身、キラに頼むのは心配なのだが、アルフは近くにいない。念話で呼びかければ来てくれると思うのだが、時間がない。『目的』のためだ。仕方がない、と割り切ることにした。

 

「…わかったよフェイトちゃん。僕にできるかわからないけど…やってみせるから」

 

そう言って少し笑みを浮かべるキラにフェイトはなんとなく、心強く感じた。

 

 

「…よし、やってやる。やってみせる」

 

フェイトが白い服の子の元へと飛び立ったあと、キラはすぐに甲冑の戦士を見据える。先ほどの攻撃で結構なダメージが通っているようだが、まだ戦えるみたいだ。ガシャリ、とその重い甲冑で身を包む身体を持ち上げ、剣先をキラに向ける。それに応じるように、キラもナイフを構える。正直、戦闘経験はあるもののキラは魔導師として、デバイスを扱う者としては初心者だ。…というか、デバイスの使い方など知らない。

 

「…やばい」

 

使い方が分からなければ戦うことなどできない。相手は剣を持つ戦士。こちらは軍で訓練された身でもない、普通の学生…が若返って(退化して)しまったただの子供。デバイスなる特別な武器がなければ戦うなど到底不可能だ。

 

「ど、どうしよう…」

 

まかせて、など言ってしまった今、逃げ出すことなどできない。しかし、デバイスの使い方はわからない。絶体絶命だった。

 

(せめて、これがMSだったらな…そしたら、ストライクの時みたいに…)

 

そこまで考えて、キラは思い出した。先ほど、機械的な声で『ストライク』と発せられたことを。

 

「もしかして…『ストライク』?」

『なんでしょうか?マイマスター』

 

機械的な声が、ナイフから発せられたのがわかる。先ほどの声と同じだ。

 

(てか、もしかしてマリューさん?)

 

そんな疑問を覚えつつ、キラは問う。

 

「どうやって君を使えばいいのかな?」

『私はあなたの判断に合わせて補助を行います。なので、武器として使っていただけたら状況に合わせて形状を変化させたり、アドバイスなどします。また命令をくだされば私はあなたに従います、マイマスター』

 

と、言われても…と思っていると、甲冑の戦士がこちらに迫ってきていた。

 

「ちくしょう!!なんで今来るんだよ!」

 

とりあえず、先ほどナイフを使った感覚を思い出しつつ、突き出された剣を避け、甲冑の戦士の顔にナイフを握る手で拳を作り、殴り飛ばす。

甲冑の戦士はそれにより、後方へと飛ばされる。

 

「痛く…ない?」

 

素手で硬い甲冑を殴れば痛みが襲うと思っていたキラは驚いた。

 

「まさか、これも君の補助なの?」

『はい。あなたの拳を当たる直前にバリアタイプの防御魔法をかけました』

 

いわゆる籠手を魔法を応用して作ったのだ。

なるほど、補助に関しては文句のつけようはない。

 

「けど、剣相手にナイフで挑むのは無理があるよ…。せめて、こっちも剣だったらいいのに」

『それならば、ソードストライカーフォームを推奨します』

 

直後に、キラの持っていたナイフが蒼い宝石を残して消えた。だが、すぐに蒼い宝石の周りに光の粒子が集まっていき、長剣のような形へと変貌した。

その剣の姿はストライクの換装装備の一つ、ソードストライカーの対艦刀“シュベルトゲベール”にそっくりだった。

 

「変化した…?」

 

形状が突然変化したことに驚きつつも、これで先ほどよりマシな状況になった。キラはその剣を甲冑の戦士に向けて構える。すると、剣の刃に蒼い光がC.E.で言うビームサーベルが展開された。これは魔力刃といい、名称通り魔力により生成された刃だ。

 

「これなら…!!」

 

キラはそう言って、地面を蹴って甲冑の戦士へと接近し、“シュベルトゲベール”を振るう。

 

甲冑の戦士はやられまいと、自分の剣で“シュベルトゲベール”を受け止める。そして、力強く振り、キラを突き飛ばす。しかし、それが仇となった。

 

『MAIDASUMESSA』

 

ストライクから発せられた声を聞き、キラはこの時、自分がどのような行動を取ればいいのか、はっきりとわかった。キラは“シュベルトゲベール”をブーメランを投げるように振る。すると、蒼い魔力刃がブーメランのように甲冑の戦士に向かって飛んでいった。そして、すぐに構えなおし、甲冑の戦士へと突撃する。

しかし、甲冑の戦士は飛んできた魔力刃を回避した。そして、接近してくるキラを見て、、、

 

ガクンッと、自分の片足が突然無くなったことに気付いた。回避したと思われた魔力刃は弧を描いて戻ってきたのだ。

それを認識した時にはもう遅い。

 

長剣を構えた少年が、雄叫びをあげながら接近する。

 

「ゥ、オオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

そして、甲冑が。

 

斜めに真っ二つとなった。

 

 

 

 

高町なのはは非常に焦っていた。目の前の黒いマントを羽織る金髪の少女に自分の攻撃があたらない。先ほどから魔力弾を連発しているのだが、相手の速度は速く、捉えることができない。

 

「強い…っ」

 

だが、相手に攻撃があたらないと同時にこちらも相手の攻撃はあたっていない。このまま長引かせるわけにもいかなかった。

 

『master!!』

 

自分の杖、『レイジングハート』の警告を聞き、なのはは金色の魔力刃がブーメランのように飛んでくるのを確認すると咄嗟に障壁を張る。

 

「くっ…!」

 

それをなんとか防ぎ、すぐさま上空へと逃げる。

が、相手の少女(フェイト)はその脅威的な速さで接近し、なのはを狙って手に持つ魔力刃により鎌のようになっている武器を振りおろす。

そして、辺りにガキンッ!と音が響き、なのはとフェイトは鍔迫り合うような形となった。

 

「なんで…なんで急にこんな…」

 

なのはは目の前の少女に問う。フェイトは感情の無い顔で答える。

 

「…答えても、多分意味がない」

 

それを聞いた直後に、フェイトはなのはを弾き飛ばす。

しかし、なのはもやられてばかりではない。すぐに体勢を立て直し、レイジングハートを向ける。

 

『Shooting mode』

 

レイジングハートがその声とともに、姿を変える。宝石を支えるように丸みを帯びた杖のてっぺんは槍のように変形する。

 

『Divine buster,stand by』

 

ディバインバスターという、魔力をエネルギー砲のように発射する砲撃魔法の準備は整った。

 

その時、ザンッッッ!!という何かが勢いよく斬られる音が聞こえた。

なのははその音の正体を確かめるために、先ほどの甲冑の戦士と少年のいた場所を見る。

そこには斜めにスッパリと斬られた片足の無い甲冑の戦士の姿があった。

 

『master!!』

 

直後になのははレイジングハートの警告を耳にする。

咄嗟に正面を見た時にはもう遅かった。

 

『Photon Lancer,getset…Fire』

 

「…ごめんね」

 

確かに聞こえたフェイトの謝罪を最後に、なのはは金色の魔力弾をまともにくらい、気を失った。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

剣を杖のように持ちながら、キラは自分の体を倒れないように支えていた。体はもう汗でびっしょりだった。

…疲れた。

その一言だけ、キラは小さく呟く。後ろを振り返れば、そこには既に甲冑の戦士の姿は無く、青い宝石が宙を浮いているだけだった。

 

(魔導師って、こんなに疲れるものなんだ…)

 

まるでMSにでも乗って戦争をしているみたいだ、と思う。当然ながらMSのパイロットと魔導師は全く違うのだが、それ故に戦い方も体にかかる負担もまた違う。魔導師として訓練を受けてもいないキラには無理があったようだ。

 

「キラくん!」

「フェイト…ちゃん」

 

気付けば、フェイトがすぐ近くまで来ていた。先ほどの魔導師と思われる少女とはどうなったのだろうか。いや、あの時のフェイトの態度を見るに味方とは思えない。となると、“戦って勝った”のか。

どこに行っても、どんな『世界』に行っても、“争いの種”は尽きないようだ。

 

「キラくん、大丈夫?私の代わりに戦ってもらっちゃって…怪我とかしてない?」

「うん、大丈夫だよ、フェイトちゃん。だから…心配しないで」

 

フェイトを安心させるようにキラはニコッと笑顔を見せる。そのキラの笑顔を見ると、フェイトは安心したのか、優しく笑い、青い宝石…『ジュエルシード』を見据える。

 

「…バルディッシュ、ジュエルシード封印」

『Yes,sir』

 

機械的な声がした後、ジュエルシードはフェイトの持つ斧に組み込まれている金色の宝石に取り込まれた。

 

「…封印完了。キラくん、お疲れ様」

「あ、うん…」

 

キラがそう言った直後、空からアルフが迎えに来た。どうやらアルフは今キラたちがいる場所より少し離れた場所に居たようで、そこで今いる森…というかよく周りを見れば住宅街と大きな屋敷に挟まれている林だったが、そこに『結界』をはった人物を探していたようだ。アルフとフェイトが別行動をしていたのは何者かがはった結界が原因とのこと。

 

「とにかく、ジュエルシードは回収完了。帰ろうか、フェイト、キラ」

 

フェイトとキラは頷き、地面を蹴って空を飛んだ。キラはフェイトに抱き抱えられた状態だったが。

…帰ったら、魔導師として空を飛ぶ方法を学んでみようかな、と思うキラだった。

 

…故にフェイトがずっと自分達がいた場所を悲しそうに見ていることにキラが気付くことはなかった。

 

 




デバイスのセリフって最初は全部英語だったんですけど、それだと意味がわからないという方が出てきそうだし、てか英語苦手だし、ルビをふるといろいろと面倒な事になってしまったのでデバイスのセリフは日本語にしました。たまに英語の時があるけど、そこは大体の意味はわかるだろうということで日本語にはしてません。て

それとデバイスであるストライクの『フェイズシフト』、これはバリアジャケットにプロテクションをはったようなものだと考えてくれるとありがたいです。攻撃される度に魔力を削られてしまうけど、いちいち障壁をはらずに済むシステムです。つまりゴリ押しが可能。でも魔力の消費は多分激しい


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PHASE-6 不安定な力

 

ーーー疲れた。休みたい。

 

頭の中で思い浮かぶ言葉はその二つだけ。どうやら自分にはきついようだ。まあ、仕方がないだろう。自分は軍人ではないから、軍人として必要な体力など自分の身体には備わっていない。せいぜい平均より少し下だと思う。…コーディネイターとしては。まあ、コンピューターばっかりいじくり、運動もしてなかったので、体力がないのも当然のことだと言えよう。しかし、それでも自分はコーディネイターのため、通常の人より運動能力は上である。

 

「だけど…もうダメだ…」

 

死ぬ。もうダメだ、と。ここで終わりなのだと、察する。

何もできぬまま、このまま死んでしまうと。

嘆き、悶え、やがて少年は意識を手放した…。

 

 

「ーーって、いつまでやってんだよ!!」

 

ゴチンッッッ!!!!、と。

その怒鳴り声とともに、キラの頭に拳骨が舞い降りた。

 

「い、痛いよアルフさん!!そんなに強くやらなくてもいいじゃない!!」

 

激痛により、頭を抑えながら涙目になっているキラ。

今、キラとアルフがいる場所は自分達の拠点であるビルの屋上である。何故このような場所にいるのかと言うと、キラを魔導師として鍛えているためだ。

まずは基本的な魔法、移動魔法である飛行と魔力によって自分以外の相手と交信するための念話、そしてやはり戦闘の際には必要不可欠となる攻撃魔法を習得してもらうために、特訓中である。

とりあえず、飛行と念話はなんなく習得。そこはコーディネイターの学習能力が高いおかげもあって、楽に習得することができたのだ。しかし、問題は攻撃魔法。射撃魔法の基礎である魔力弾を放つことはできたのだが、直射型のフォトンランサーという魔法をアルフがキラに伝授している最中なのだが、これが意外にも難航してしまった。初心者ではあるのでデバイスを起動し、何度も練習しているのだが、中々上手くいかない。

フォトンスフィアという発射体の生成まではできるのだが、その後が問題だった。狙った場所に魔力弾が発射されず、変な所へと飛んでしまうのだ。

 

「なんでできないんだよ…」

 

しっかりと狙えるように手に持つナイフ(ストライク曰く、『シュナイダーモード』)の切っ先をターゲットに向けて、狙い通りに当てるイメージを高めてるのだが、そう簡単に上手くいかなかった。

 

「なんだかなー。キラの動きってちょっとギクシャクしてような気がするんだよね」

 

アルフの言うとおりかもしれない。キラの動きが若干おかしいのだ。

例えば、酒の飲みすぎにより、よたよたと動くような。

例えば、OSがめちゃくちゃなMSの動きのような。

 

「もう…ダメ。アルフさん、休憩させて…」

 

ハアハア、と息を切らしながらキラは言う。魔力を消費しまくったのが原因だろう。息を切らしているのは。魔法というのは誰もが自由に、いつでも放てるわけではなく、魔導師が魔力を消費して魔法を放つのだ。それを練習でずっと魔力を消費し続けたキラは完全に疲れていた。

仕方ないな〜、とアルフはキラに休憩を許可する。

 

 

 

 

それにしても、何故キラは『フォトンランサー』を上手く発射できないのか。もしかしたら、自分の教え方が悪いのかもしれない、とアルフは休憩のために屋上の地面に座り込んで思う。しかし、それだけでキラが狙いを外しまくるのに関係があるのだろうか?キラは『フォトンランサー』自体は放つことができるのだが、問題なのが、狙いである。どうしても狙い通りに魔力弾が飛んでいかない。

 

「だけどなぁ、キラは学習能力も高かったし、運動もそこそこできる感じだったのに」

 

だとすると、原因は疲れていただけなのか。それとも、キラには射撃の才能はないのか。

 

「考えても埒が明かない。とりあえず、練習してればいいか」

 

アルフはそう言うと、立ち上がる。

 

「キラ!そろそろ練習を再開するよ!」

 

練習していれば、いつか必ず成功するだろう。そう思いながら、アルフは気合いを入れるかのように、頬を両手で軽く叩いた。

 

 

 

 

さて。そもそも何故、キラはアルフに特訓の指導をしてもらっているのか。理由は単純であり、キラ自身、前回の甲冑の戦士の戦闘後、このままだとこの先何かあったときに苦戦ばっか強いられると思い、アルフに魔法について教えてほしいと頼んだのが始まりだ。一応、フェイトにも頼んでみようと思ったが、前回の戦闘はフェイトも戦っていたので、疲れていると思い、休ませることにした。これにはアルフも賛成した。使い魔として、相棒として、主人には休んでもらいたいのだ。

というわけで、キラとアルフの二人はフェイトに休むように言い、マンションの屋上で結界をはり、特訓中である。

 

「ほらほらほらほら!そんな動きじゃ、すぐにやられてあの世だよ!もっとビシバシ動く動く!!」

「ちょっとアルフさん!?だからってそんなムチで僕をビシバシ叩く必要あるの!?」

「仕方ないだろう、キラがのたのた動くからさぁ」

「そんなムチで尻をバシバシ叩かれたら痛くて動けなくなるだろ!?」

 

そんなやり取りをしながら、キラは言われた通りにアルフの投げる空き缶をストライクのモードの一つであるソードフォームの“シュベルトゲベール”という大剣で斬り落としていく。ひとまず射撃魔法は置いといて、先に近接戦に備え、練習しているところである。

…余談だが、空き缶は街の自動販売機のすぐ横にある空き缶用のゴミ箱から拝借してある。

バチンッ!という脅すようにキラの近くをムチで叩くアルフに多少怯えながらも、キラは空き缶を斬り落としていった。

 

(フェイトちゃん、今頃ゆっくりと寝ているんだろうな〜)

 

てか、アルフさんはどこからムチを調達したんだ?、なんて思いながら、キラは一つの空き缶を斬り落としそこない、頭にぶつけた。

 

 

 

 

ところで、キラとアルフのいる屋上の扉に隠れている人影が一つ、あった。正体はフェイトである。

 

(どうしよう。参加したいけど、なんか恥ずかしいよ)

 

あれだけ、休め休めと言われ、仕方なくベッドに寝転んだのだが、キラとアルフが気になり、様子を見に来てしまった。結果、扉の前まで来てみたものの、なんだか顔を出すのが恥ずかしくなってしまった。いや、恥ずかしいのではなく、顔を出しづらいのだ。あれだけ妙に優しくされ、寝かしつけられたのは初めてだったし、なにより二人の気遣いを無駄にしたくなかった。…実際のところ、もうすでに無駄にしてますが。見たところ、アルフはキラを一人前の魔導師に育て上げようとしているみたいだった。もしくはそうしてくれとキラに頼まれたのかもしれない。

 

(このまま、アルフに任せても大丈夫そうだけど…)

 

少しの間、見ていたのだが、特訓中のキラとアルフは、昔の魔導師の勉強をしていた自分と講師の面影があった。やがて、懐かしくなり、自分も参加したいと思い始めた。そして、参加しようと決意したのだ。

だけど。

 

(やっぱり、やめておこうかな…)

 

二人の気遣いを無駄にしたくないうえに、自分が出て行って練習の邪魔をするのは嫌だった。

 

「よし!キラ、そろそろ射撃魔法の練習にうつるよ!」

「うへえぇ!?まだやるの?」

 

どうやら先程まで四苦八苦していた射撃魔法の練習に戻るようで、キラとアルフは準備を始める。

 

(チャンスだ。ここで出て行けばきっと参加できる…)

 

ぎぃ、と扉を少し開け、飛び出そうとした時だった。

 

「それにしても、フェイトちゃんはちゃんと休めてますかね?」

「大丈夫だと思うよ?多分、ゆっくり寝てるんじゃないかな」

 

そんなことをキラとアルフは射撃魔法の練習開始の準備が完了した時に言った。

 

「さあさあ!フェイトの力になるためにも頑張るよキラ!」

「あ、はい!」

 

フェイトは飛び出していくのをやめ、下がる。やはり、二人の気遣いは無駄にしたくなかった。

 

(…うん、やめておこう)

 

そう思って、立ち去ろうとした時だった。

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!?、うがっ!?」

「キラァァァァァァァァァ!?」

 

…なんか悲鳴が聞こえた。様子を見てみれば、目に見えた光景はキラが倒れており、そしてアルフがなにやら焦っていた。

目を離した瞬間、何があったというのだ。

 

(もしかして、何かトラブルでも起きた…?)

 

躊躇いなく扉を開き、キラの元へと走っていく。

 

「アルフ、これは一体どういう状況?」

「フェイト!?」

 

先ほどの、気遣いを無駄にしたくないだとか、練習の邪魔をしたくないという参加を躊躇わせていた理由はフェイトの頭の中から一瞬で消えてしまったようで、今はキラにどんなことが起きたのか気になっていた。故に、問う。

 

「教えてアルフ。キラの身に何が起きたの?」

 

それを聞いたアルフは顔を青くしながら、言う。

 

「キラが…」

 

たったその一言。それだけで、嫌な予感がした。そして、体が震え始め、少し倒れそうになった。

まさか。

あの一瞬で、キラが…?

 

「キラが自分で自分を撃ったんだ!撃つ方向を間違えて!」

 

「……………………………………………………………………………………………………え?」

 

アルフがガタガタと震えながらそう叫んだ後、フェイトは呆気にとられていたその時、倒れたキラが起き上がり、地べたに座った。

 

「これ、結構くるね…」

「フェイト…なんかもうキラの射撃の腕の無さには怖さを感じるよ!」

「えぇ!?僕だって頑張ってるのに!」

「空き缶狙って自分の頭に射撃魔法直撃させるなんてもう才能ないよ!あ、外し方はむしろ才能かな」

「そんな才能いらないよ!?」

 

アルフのその台詞を聞いて、フェイトはキラに心配の声をかける。

 

「頭に直撃って…キラくん大丈夫?」

「あ、うん。少しクラクラするけど、立ったりしても平気だし、それにさっきアルフさんと相談して魔力の消費を抑えているから威力は通常より落ちるからね。平気だよ」

 

どうやら、制御自体は可能としたらしい。あくまで空き缶を射撃魔法で狙い撃つという特訓なわけで、威力は弱くても大丈夫ということ。今の目標はしっかりとターゲットを狙えるかなので威力、魔力の消費を抑え、ひたすら撃つ練習をするというアルフの提案である。

 

「まぁ、大丈夫ならいいけど…辛かったら休んでいいからね?」

 

フェイトの優しい声はキラの耳を通る。

 

(…ああ、優しいなあ。てか、フェイトちゃんいつの間にここにきたんだ?もしかして、心配してくれたのかな)

 

まあ、魔法をまともに扱えない人が頭に射撃魔法が直撃したなどと聞いてしまえば、魔導師としてベテランであるフェイトが心配するのも無理はないだろう。

 

「とりあえず、練習再開といこうじゃないか」

 

アルフがそう言うと、キラは頷いた。早めに魔法を成功させないと、後が大変だ。早速、準備をする。

アルフが空き缶を置き、それをキラが狙いを定め、、、

狙い撃つ。

 

ぱしゅっ

 

なんて、音とともにキラの足元に直撃した。

 

「…はぁ」

「なんでアルフさんがため息ついてるのさ。僕の方がため息をつきたいのに」

 

結局、根本的な何かを変えなければ、結果は変わらないようで。

 

「キラくん」

 

突然、フェイトに名前を呼ばれた。

 

「何?フェイトちゃん」

「少し見てたけど、キラくんは少し肩の力が入りすぎてるよ」

「え、そうなの?」

「うん、私が見る限りではそう思うんだ。だからもうちょっと肩の力を抜いて、固くならないように。それと、あまり急かさないで、イメージを大事にするといいかな」

 

そう言われて、キラは頷き、早速目を閉じ、ふう、と息を少し吐く。

思い浮かべるのは、自分がライフル(勿論、デバイス)を構えてターゲットを狙い撃っている姿。ただ、照準を合わせて引き金を引くだけで、ターゲットは撃ち貫かれる。

ぎんッ!、と活路を見いだしたかのように目を開け、そして構える。

手には小型のナイフ、ストライクである。ナイフの切っ先を置いてある空き缶へと向ける。そして、意識を集中させるとキラの足元に魔法陣が展開され、周りに蒼い魔力の発射体、フォトンスフィアが生成される。大きさとしてはそんなに大きくのない、せいぜい手のひらサイズといった感じだった。

でも、今は練習中。大きさ、威力なんて関係ない。今やるべきことは『空き缶を狙い撃つ』、それだけだ。

だから、

 

「あたれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

バシュンッッッ!!、と。

キラの周囲に生成されていたフォトンスフィアからは蒼い魔力弾が槍のように空き缶めがけて飛んでいく。そして、それは空き缶に命中した。

 

「やった…?」

 

それはここにいる3人の目でしっかりと確認できたこと。明らかに魔力弾が空き缶に吸い込まれていくかのように飛んでいったのを覚えている。

そして、やがて魔力弾と空き缶の接触の衝撃により舞い上がった煙が晴れていく。

見えたのは一部分だけ異常に凹んだ空き缶。

それを見て、ようやく理解する。

射撃魔法、『フォトンランサー』は成功したのだと。

 

「やった…ッ!成功したよ!」

「やるじゃないかキラ!」

「ありがとう。フェイトがアドバイスしてくれたおかげだよ!」

 

全くダメだった射撃魔法。それを成功へと導いたのは紛れもなく、フェイトのアドバイスのおかげだろう。

 

「いや、私は自分でもやったことをキラに教えただけだよ。今のはキラの実力、おめでとう」

 

フェイトはそう祝福した。

それにしても、自分の努力が実った時の達成感はすごいと、キラは思う。今まで精一杯努力して成功したことなんてあるのだが、それはあくまでコンピューター関連の課題などが多い。故に、体を動かし、汗を流して努力するという行為は初めてだったりする。

 

「たまには…こういうのもいいなぁ」

 

直後だった。アルフが突然こんなことを言った。

 

「あ、そうだ!模擬…戦?だっけ、3人で一緒にやってみないかい?」

 

それはちょっとした提案である。射撃魔法を習得したキラ(とは言っても恐らくまだものにしていないが)を相手に早速戦ってみたいとアルフは思ったのだ。それにその模擬なんちゃらをやることでキラの戦い方を見ることができる。それにより、教えるべきことも、直すべき所、アドバイスをしてやることができるかもしれない。

そのようなことをアルフは思いついたのだ。

 

「ちょっと待って…ちょっと待って!?それって明らかに僕が負けるパターンじゃない!?」

 

はっきりいって、キラは初心者も同然。フェイトとアルフ、二人には到底敵わない。

 

「それは知ってるよ!だから、あたしとフェイトはフォトンランサーだけで戦うのさ」

 

ハンデというやつである。それなら、まだ大丈夫かな?と、そう判断し、模擬戦をやることに賛成した。

ただ、一人。

ちょっと不安だったりする者がいた。

その者は、口を開き、言う。

 

「キラくん。怪我とか…しないよう、精一杯頑張って」

 

応援…と思われる台詞はキラにとって、嬉しかった。

 

 

…これから起きることは大体想像できていたから。

 

 




投稿が遅くなってごめんなさいm(_ _)m
書きたいことを書きまくっていたら一万字を軽く超えてしまい、しかも中々完成しなかったので、編集し、一話に仕上げました。
次回はほぼ半分ほどできてるので早く投稿できるかも?


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PHASE-7 緊急事態-Trouble-

 

キラは今、非常に焦っていた。

急にアルフが言い出した模擬戦。それ自体は何も問題はない。模擬戦をやれば、自分の実力をある程度確かめることができる上にフェイトとアルフの戦い方を学ぶチャンスでもあったからだ。

故に模擬戦を行うことは賛成だ。

 

 

…ただ、ある一点を除けば。

 

 

とりあえず、ハンデということで、フォトンランサー以外の魔法を使ってはいけないフェイトとアルフ、ハンデなしのキラは場所も変えずにただ結界をはり、マンションの屋上で軽く戦うことにした。

…配置はなぜか、フェイトとアルフが並んでおり、その向かいにキラが立っていた。

 

「…っ?いや、あの、なんか僕が一人みたいになってるんだけど」

「あー、まあ気にしないことだね。そんじゃまあ頑張ってねキラ」

 

アルフから素っ気ない言葉が返された。ようはあれだ。

『こっちはフォトンランサーしか使わないかわりにチームで行かせてもらうぜ☆』ってやつである。

 

「え、いや無理でしょ。僕まだ見習い的な感じですよ?」

「頑張って」

「だから無理で」

「頑張って」

「………………はい」

 

なんかフェイトの冷静な返事が地味に怖かったりする。というか、二体一は強制的にやらされることをキラは悟る。

 

(まあ、向こうはフォトンランサーって魔法だけだから大丈夫かな。てか、結局こうなるのか…)

 

やはり予想通り。実際には対戦中に二人にやられるだろうとは予想していたのだが、まさかいきなり二人で来るとは思いもよらなかった。

 

「じゃあ、いくよ!3、2、1…」

 

開始の合図をアルフがする。

それに合わせてキラは構える。ちなみに服装はそれぞれバリアジャケットを着ている。

キラは『シュナイダーモード』のストライクを構えながら、速攻で接近することを考えていた。

そこで気づく。

 

(あれ、なんでフェイトちゃんが困ったような顔?)

 

直後に。

 

「…れでぃ…GO!!」

 

その合図と同時に。

ドドドドドドドドドドドドドドどどどどッッッ!!!!、とキラに無数のフォトンランサーが降りかかる。

 

「うおおおおおおおおおお!?」

 

ギリギリで障壁をはり、なんとか防ぐ。まさか、試合開始の直後にフェイトとアルフがフォトンランサーを放ってくるとは思いもよらなかった。

 

「ってこれ不意打ちじゃない!?」

 

初心者相手になんて卑怯な!というキラの叫びを無視して、フェイトとアルフは休むことなくフォトンランサーを放ち続ける。

だが、キラも負けてはいなかった。障壁に襲いかかる衝撃に耐えながらも、キラはストライクを『シュナイダーモード』から、『ライフルモード』へと切り替える。ナイフは蒼い宝石を取り残し、粒子へと変わり、しかしそれは再び集まり、形を整えていく。やがて、ナイフはライフルへと変化した。形状はMSのストライクの武装であるビームライフルだ。

 

「これなら…っ!!」

 

一瞬の隙をつき、キラは障壁を解き、フォトンランサーの嵐から横へとダッシュで逃げ出す。そして、フェイトとアルフのいる場所へライフルの銃口を向け、トリガーを引く。

すると、銃口には蒼い魔力弾が発生し、放たれた。

だかしかし、向こうはプロ。たった一発の魔力弾はアルフがパンチで弾いてしまった。

 

それも簡単に、

ペチンッ、と。

 

「あまいあまい!そんな攻撃じゃ、ダメージなんて与えられないよ!」

 

完全に余裕の笑みを浮かべていた。通常の魔力弾ではダメ。そう思い、打開策を考えようとした直後。

再び、キラに無数のフォトンランサーが襲いかかる。

そして、フォトンランサーで一斉射撃をしているフェイトとアルフはキラのいる場所を眺めていた。

 

「あらら。これじゃもう戦闘不能かな?」

「…ってアルフ?流石に不意打ちやら一斉射撃とかいくらなんでも酷かったんじゃ…?」

 

とか言いつつも、フェイトは攻撃を止めたりしない。しかも今現在、放ってる魔法はフォトンランサーでも、その応用であるフォトンランサー・マルチショットという技(誰もフォトンランサーの応用技は使わないとは言ってない)である。手加減はしてあるが。

実は開始直後の一斉射撃はアルフの作戦だったのだ。一見、初心者相手に卑怯な作戦だと思うが、狙いは『その不意打ち攻撃をすることで、キラがどう対処するのか』というのを確認することが目的だった。

 

「でもまあ、結局何もできずに敗退ってところかねぇ」

 

少し残念そうにアルフが言う。今もまだ、フォトンランサーを放ち続けるため、恐らく気絶くらいはしてるのでは、と思っていた。

だが、予想は大きく裏切り、フォトンランサーにより舞い上がっていた土煙から蒼く槍のような魔力弾がフェイトとアルフに襲いかかってきた。

 

「うおっ!?まだ動けたっていうのかい!?」

「キラくんも、結構やるね…」

 

そう言った直後にボフンッ、と土煙から空へと向かって飛んだ何かが現れた。

それは蒼の翼を背中から展開しているキラだった。蒼の魔力の粒子が、うまく二枚の翼のような形を取っているようで、キラの空中での動きを見る限り、どうやら“ストライク”のモードの一つで空中戦に特化したモードなのだとアルフは判断した。

 

「へぇ。キラくん、飛翔魔法も習得してたんだね」

 

フェイトは空を飛ぶキラを見つめながら、言う。

そして、キラにフォトンランサーを二発ほど、撃ち込んで見る。すると、キラは高速で槍のように迫ってくるフォトンランサーを前に向かって飛びながら回転することで回避し、フェイトとアルフに向かって一発ずつ魔力弾を撃つためにライフルの銃口を向け、照準を合わせる。

 

(これはあくまで魔導師の模擬戦…。殺傷能力はないって言ってたはずだから問題は…ない…っ)

 

躊躇いながらも、キラは自分に大丈夫だと言い聞かせ、トリガーを引いた。実は魔導師のデバイスは便利なことに攻撃自体を非殺傷に設定することができる上に、その解除もすることができる。非殺傷に設定した場合、物理的なダメージを相手に与えず、魔法によるダメージを攻撃対象の魔力値に与えることができる。…それでも、決してあたっても痛くないというわけではなく、あくまで致命的な外傷を負うことを避けられるだけであるという。

 

(それでも、死ぬようなことはないはず…!)

 

とは言え、今しがたフェイトとアルフに放った魔力弾が直撃するとは思えず、というか、予想通り簡単に避けられ、弾かれた。

 

「そろそろ勝ちに行くとするよ!」

 

ダンッ!、とアルフが地をおもいっきり蹴ってキラのもとへと飛んでいく。

キラは近づけさせないと、魔力弾を生成、ライフルのトリガーを引く。だが、アルフは魔力弾の軌道を読み取り、ひらりひらりと避けていく。

 

「…っく、こんな…これは」

 

魔力弾をあっさりと避けられ、接近を許してしまった。このままでは至近距離から魔力弾を撃ち込まれてしまう。

 

(…撃ってもあたらないのなら…!)

 

『それ』は咄嗟の思いつき。だが、『それ』を行うことに躊躇いが応じる。

しかし、模擬戦といえども自分だって負けたくない気持ちがあった。

 

ーーーこんなので負けたら、僕はきっと何も守れない

 

信頼を得るためにも、これからのためにも。キラは己が持つ力を発揮する。

『それ』は魔法の経験が少ないキラが唯一、アルフにあてることができるであろう攻撃方法。魔法は使いこなしたとは言えず、まだ頼ることができない。故にキラは魔力を必要としない攻撃(・・・・・・・・・・・)を行う決意をする。

 

アルフがキラに接近しながら、フォトンランサーを複数撃ち込んでいく。

キラはそれに対し、逃げるわけでもなく、逆に突っ込んで来た。

 

「弾幕をくぐり抜けてくるつもりかい!?…いいさ、正面からの対決といこうじゃないか!!」

 

キラの狙いは恐らく打撃。アルフはそう判断し、フォトンランサーを撃ちながらキラへと突進していく。

 

「「オオおおおおおおおおおおおお!!」」

 

やがて二人は、激突する。

 

…と、激突寸前で、キラがブレーキをかけ、アルフの突進を避けるように後方へと下がり始めた。

それにより、アルフがキラを追尾するような形になる。

キラの行動に驚いたアルフは思わず飛行速度を落としてしまった。

 

(フェイン…トッ!?やっば…っ)

 

気付いた時には時すでに遅し。キラは体勢を崩してしまい、かつ突進の勢いもなくなってしまったアルフに蹴りをいれた。

 

「う、がっ!?」

 

なんとか腕でキラの蹴りを防いだものの、体勢が不安定だったため、吹き飛ばされてしまった。

 

「よくやるねぇ、キラ…ッ!!」

 

魔法が満足に扱えない分、キラは己の身体能力を信じて先程の作戦を実行したのだろう、とアルフは判断する。

いくら自分達がフォトンランサーしか使わないとはいえ、初心者でここまでやるとは流石と言わざるを得ない。

 

「だけど…だけどぉッ!!」

 

アルフは地上へと落ちていく際に体を捻らせ、キラからフェイトの姿が確認できるようにする。すると、金色の魔力弾が、フォトンランサーがキラに襲いかかる。

 

「ストライク!!」

『launcher striker form set up』

 

直後に変化があった。キラの持つライフルがその形状を変化させ、やがて全長がキラの背ほどあるビーム砲が現れた。

それは“ストライク”のストライカーパックの一つ、ランチャーストライカーの主砲とも呼べる320mm超高インパルス砲“アグニ”そのものだった。

 

『マスター。今のあなたでは遠距離からの大砲撃魔法は放てませんよ』

 

ストライクがキラに忠告する。理由はその砲撃魔法を放つのに必要な魔力が今のキラには足りないからだ。圧縮、収束することで魔力の消費をある程度抑えることができるが、今のキラにそんな器用なことはできない。故に大砲撃魔法を放てば、キラは一瞬で残存魔力はゼロとなり、戦えなくなる。

 

「大丈夫だよストライク。僕の狙いはそこじゃないから(・・・・・・・・)

 

意識を集中、魔力を手のひらからでもなく、“アグニ”の銃口からでもなく、肩から『それ』を放出するかのような動作をする。

 

『gun launcher』

 

ストライクの、大天使の艦長を務めていた女性の声がそう発すると、キラの肩付近から蒼の発射体、スフィアが現れ、マシンガンのような魔力弾をフォトンランサーに、少し大きめの魔力弾をフェイトに向けて五発放った。

 

「やっぱ、使えるものは使ってくるよね」

 

フォトンランサーに向けて放ったマシンガン魔力弾は迎撃に成功。しかし、フェイトに向けて放った五発の魔力弾はアルフにより、二発をフォトンランサーで撃ち落とされた。

そして、残り三発はフェイトの方へと飛んでいった。

 

「…これって、誘導型の射撃魔法?」

 

フェイトはそう冷静に判断し、フォトンランサーで撃ち落とす。

 

(なるほど…キラくん、すごく早く魔法について学習してる。驚くくらい)

 

実はキラが放った誘導型射撃魔法はアルフとの特訓中に、

「ソードストライカーが一つの形態としてストライクに存在するのなら同じ換装装備の一つ、ランチャーストライカーの形態もあるのでは?」という趣旨のもと、試したみたところ、ランチャーストライカーフォームという形態が存在することが判明。また、これによりエールストライカーフォームのことも確認できた。折角なのでランチャーストライカーフォームのまま練習をした結果、先程の近距離迎撃型射撃魔法、“対艦バルカン砲”と誘導型射撃魔法、“ガンランチャー”を放つことに成功。今の所、キラの得意な魔法である。

しかし、やはり得意と言っても所詮初心者魔導師の魔法なので、ベテラン二人には何の障害にもならなかった。

 

「あぁ、これもうダメっぽいな…」

 

やれるだけのことはした。もはや反撃の術はなく、というか思いつかず、ただ逃げまわりながら、ライフルで魔力弾を発砲し続けるくらいしかない気がする。

 

「フェイトちゃんも動き出したか…」

 

そうこうしているうちに、フェイトがキラへと接近してくる。…周りにフォトンスフィアをいくつも生成しながら。

 

「えっ、ちょっ、まっ、フェイトちゃん!?」

「ファイア!!」

『Photon Lancer,get set.fire』

 

一瞬だった。

 

キラの視界を、金色の光で埋め尽くされたのは…

 

 

 

 

「いやー!いい運動になったね〜!」

「うん、キラくんの実力を確認することもできたし、私達もいい練習になったから、やってよかったよ」

 

女の子二人がそんな風に会話している最中、ただ一人、ちょこんとソファに座りながら遠い目をしている少年がいた。

キラである。

結局、あの後フェイトのフォトンランサー・マルチショットを死ぬ思いで避けたものの、背後からアルフのフォトンランサーをまともに受け、最終的に二人のフォトンランサー・マルチショットを全て受けてしまったのである。故に、疲れ果てていた。

しかし、そんなキラとは逆に、フェイトとアルフはある程度満足したようで。

 

「汗もかいたし、あたし達は風呂にでも行って、汗を洗い流してくるねキラ〜」

 

そうアルフが言い残して、風呂場へとフェイトとともに消えた。

 

(あぁ〜、全然ダメだったなぁ)

 

MSの時とは違う、生身で戦うというのは中々慣れないもので、相当な体力、魔力を消費する。故に先程から体を動かす気力も、キラにはなかった。数分して風呂場からはシャワーの音が聞こえ始めた。キラはその音を聞きながら、思う。

 

(こんな調子のままで、僕は大切な何かを護ることができるのだろうか…)

 

思えば、フレイの父が乗る船を落とされた時も、折り紙の花をくれた少女が乗っていた脱出艇を撃たれた時も、トールを殺された時も。

全ては自分が、未熟で、弱くて、情けなかったのが原因だったからだ、と。キラは自分を責める。

 

ーーーもしも。

 

もしも、再び大切な何かを討たれたら。

 

自分は、ーーーーー。

 

 

 

 

「…う、ん…?」

 

ガラガラ、と。扉を横にスライドした時の音と何やら話し声が聞こえた。

フェイトとアルフが風呂場から出てきたのだろう。それにしても…

 

(眠い…寝てたのか…?)

 

時計を見れば、だいたい5分程度という短い時間寝ていた、というより仮眠をとっていたようだ。

さて。そろそろ汗を洗い流したいキラは風呂に入るための準備にとりかかる。フェイトから与えられた部屋に行き、タンスから着替え、タオルを取り出す。そして、キラはそれらを手に、風呂場へと向かって行った。

 

 

 

 

それはそうと、キラが着替えをタンスから取り出している最中、リビングには風呂場から出てきたアルフがキラを探しに来ていた。

 

「あれ?キラってば、どこに行ったんだ?」

 

風呂に入る前はリビングのソファに座ってはずなのに、とアルフはキラを探しに二階へと上がって行った。

さて。何故アルフはこの時、キラがいる可能性の高いキラの部屋を確認しなかったのか。どうして、念話を使って居場所を聞かなかったのか。

 

故に、一階の部屋から着替えとタオルを持って、のそのそと出てきたキラが風呂場へと向かって歩いていくことに気付くことはなかった。

 

 

 

 

キラは少しずつ、確実に風呂場へと接近していた。足取りは恐ろしく普通に。

 

「シャワー浴びたら、少し寝ようかな…」

 

ふわぁ、とあくびをしながら、風呂場の扉の前に辿り着く。

 

そして。

 

 

ゆっくりと、扉を開いた。

 

 

最初に見たのは、水に濡れている綺麗な金髪。次に女の子らしい、柔らかそうな綺麗な肌。それから気付いたのはその女の子は丁度下着を『穿こうとする』ところであり、その姿は生まれたままの姿…要は全裸であった。

そして、誰が入ってきたのか確かめるために振り向いたのは。

 

フェイト。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………え」

 

理解ができなかった。何故なら、キラは

すでにフェイトとアルフは風呂から出たものだと思っていたからだ。

 

「な、なん、で、なで、なんで…」

 

フェイトは顔を赤くしながら、何故ここにキラが入ってきたのか聞こうとしたのだが、人生初、男の子に裸を見られたという羞恥のあまり、ろれつが回らなくなっていた。

 

キラはというと、あまりの突然のことに驚きを隠せず、しかも裸同然のフェイトの姿を見てしまったため、混乱していた。

 

「いや、あのフェイトちゃん、これはあの、僕は…」

 

とは言え、ドキドキとまではいかず。見た目は子供、頭脳は大人的な感じが故、子供の裸を見たところで興奮するはずがない。…キラがろりこんだったら、話は別だが。

それはそうと、フェイトは恥ずかしさのあまりか、顔を真っ赤にしながら、それと目から涙を少し流しながらその場にうずくまる。

 

「いや、フェイトちゃん、あのこれはね?」

 

とりあえず、これは事故なんだと説明しようとしたが、、、

 

「…キラ、なにしてんの?」

 

冷たく、ドスの効いた声が背後から聞こえた。はあぁぁぁ、と気合を入れるが如く息を吐く音と、バシッという手のひらに拳を勢いよく当てる音が聞こえる。

 

ギギギギギ、と錆び付いたロボットのように後ろを振り返る。

そこには…

 

「覚悟はできてるよね?このフナムシ野郎」

 

とても穏やかとは思えないアルフがいた。

 

「………アノ、違ウンデス」

 

直後に。

 

ぎゃあああああああああああああああああああああああ!?という叫び声が、マンション中に響いたのだという。

 

 




書き終わるのに少し長くなってしまいました(^_^;)
悩んだ末に書き終えました笑。
アルフのフナムシ発言は声優ネタです、誰だかわかりますかな。


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PHASE-8 流れ行く時間 -River-

 

「日が眩しいな〜」

 

なんて呟きながら、茶髪の少年、キラ・ヤマトはのんびりと海鳴市の街中を歩いていた。

理由としてはジュエルシードの捜索が目的だ。これはキラの恩人でもある、金髪の少女、フェイト・テスタロッサとその狼使い魔アルフに頼まれたからである。

ちなみに、ジュエルシードの捜索は三人とも一人である一定の範囲を捜索することにしている。そうすることで、捜索範囲を三人で行動するよりも広げることができると同時に、ジュエルシードを見つけ、確保する数が増えるというものだ。

とは言え、キラだけは未だに探索魔法なるものは覚えてはいるものの、使いこなせているとまではいってない。故にジュエルシードが発生させている魔力波長、いわゆる魔力の波を感知することはできるが、それがどこにあるのか、具体的な位置までは確認できない。というより、ジュエルシードのある場所は『方向』でしかわからないのだ。

なので、位置特定のできないキラはしぶしぶと街中を約2時間近く歩いているのである。

まぁ、世の中便利にできているわけではないようで、ジュエルシードを含む指定遺失物(ロストロギア)類を探索魔法で探したとしても完全な位置を特定することはできない。あくまで“存在する範囲”だけだ。

 

(あ〜なかなか見つからないな〜)

 

流石に歩き疲れてきたようだ。こんなに歩いたのだから、ジュエルシードもそろそろ見つかってもいいだろ、なんてキラは思い始めてきたが、こんな街中で白昼堂々とジュエルシードが発動し、騒動が起きても困ることに気づき、気を引き締め、探索に集中する。というのも、キラは結界がはれないためだ。

 

(ほんと、魔導師見習いも楽じゃないよ…)

 

と、この心の中で愚痴りながら、キラは探索を続けたのだった。

 

 

 

 

綺麗な金髪をなびかせながら、少女、フェイト・テスタロッサは街中を歩いていた。

フェイトはジュエルシードの反応を感知し、その場所を特定するために、感知しやすい場所を探しているのである。最初に感知したジュエルシードの魔力波長はキラが探す、ということでここ、海鳴市の街中をフェイトとキラが。

海鳴市の外をアルフが捜索中である。

とりあえず、フェイトはキラが向かった方角とは反対の方向へ歩いていた。その途中のことである。フェイトは横断歩道で信号機が赤から青へと変わるのを待っていた。

その時だった。フェイトの反対側の歩道にはベビーカーを押す母親とその息子と思われる少年が仲良く話しているのが見えた。

少年と母親は楽しそうに、幸せそうに会話をしていた。…内容は聞き取ることはできなかった。でも、きっと、『今日の夕食はオムライスがいいな』だとか『それは一昨日も食べたでしょ?』とか言い合っているのだろう。それを見ていたフェイトは不意にも、昔のことを思い出してしまった(・・・・・・・・・)

もうどれくらい前のことかもよく覚えていなかったが、母がクッキーを焼いてくれたことを思い出した。

 

(あの時のクッキー…とても美味しかったな…)

 

フェイトは懐かしそうに、けれど悲しい顔をしながら、横断歩道を渡って行った。

 

 

 

 

『さぁーて。そっちはどう?見つかった?』

 

太陽の光がビルで隠されてしまい、昼間なので電気系統も光を発していないため、真っ暗な闇に染まっている路地裏の奥でキラはいた。

キラの視界には“ストライク”の通信機能である空間投影モニターに映し出されたアルフの姿があった。

 

「残念だけど、やっぱりジュエルシードは見つからなかったよ」

 

ひとまずキラは捜索結果の報告をする。“ストライク”の索敵レーダー、もとい、探索レーダーを見れば、南の方角を矢印が指している。これはジュエルシードの魔力波長の反応が南の方角にあるということだ。

…ちなみに先程までは東の方角に矢印があった。キラは、はぁ、とため息をつくと、

 

「僕はまだ時間がかかりそうだよ。帰りは夜になるかもしれないけど、大丈夫かな?」

 

と、アルフに伝えた。

アルフは少し考えるような仕草をした後、キラにこう言った。

 

『…あたしとフェイトがジュエルシードを見つけたら手伝いに行こうか?』

「いや、でもアルフさん達はその頃には疲れているだろうし、悪いよ」

『いいって!フェイトはどうだか知らないけど、少なくともあたしの方はジュエルシードなんて見つかりそうにないからね』

 

どうやらジュエルシード探索は難航しているようだ。まあ、発動前のジュエルシードの魔力波長は意外と微量のようで感知するのは難しいのだ。その上、詳しい位置ではなく、ある程度位置までしか確認できない。無理もないだろう。

そもそもキラが見つけたジュエルシードの反応はフェイトの補助があったからこそである。

 

『まあ、一個は確実にレーダーに捉えることはできたんだ。頑張ってよ?フナムシ(・・・・)

「うん、頑張って早めに見つけてみせるよ。それとフナムシ呼ばわりはやめて」

『あ、そうだ。もし見つけたジュエルシードが発動してしまったら、焦らずすぐにあたしかフェイトに連絡しなよ?フナムシ』

「わかりました。あとフナムシはやめて」

『じゃ、あたしはまたこっちを探索しておくから、終わったらそっちを手伝いに行くよ、フナムシ』

「だからフナムシはやめ」

『んじゃーね』

 

ブチッ、と。

 

強引に切られた。はぁ、と再びため息をつく。

実は5日前の、模擬戦終了後の風呂場騒動の後、キラはアルフから“フナムシ”と呼ばれてしまうようになっていた。原因は明らかにわかる。それはキラがフェイトの生まれたままの姿(要は裸)を見てしまったためである。アルフに殴り飛ばされた後、キラは必死に弁解したものの、フェイトは顔を背きながらも許してもらったが、アルフには終始睨まれたままだったが。故にアルフは平静を保っているようではあるが、実はめちゃくちゃ怒っているのである。しかも先に前述した通り5日間。

 

「やっぱり、許してもらえないだろうなぁ」

 

どんなに謝ってもフェイトを泣かしてしまった以上、そう簡単には許してもらえない。キラは覚悟を決め、フナムシ呼ばわりに耐えることを決意した。

 

それはそうと。

 

キラは暗闇の路地裏から抜け出すと、眩しくて凝視できない太陽を見る。眩しさで目が半開きになってしまうが、空が雲一つない青空が広がっているのを確認できた。

 

ーーー心に雲がかかっている自分とは大違いだ。

 

なんて、キラは厨二チックな考えを振り払うかのように顔を横に振り、気を引き締め直して、ジュエルシードの探索を開始した。

 

 

そして、それから日が沈み始めた頃。

 

「………僕は頑張った…頑張ったんだよ!でも仕方ないじゃないですか!僕はまだ魔法なんて自由自在に操ることはできないんだから!でも、それでも僕はやれるだけのことをやったんだよ!」

「あ、え、うん。あの、わかったから少し落ち着いて…」

 

フェイトが暴走気味のキラをなだめる。

結局、キラは約5時間ほどジュエルシードを探したものの、反応のあるジュエルシードが見つかることはなかった。レーダーの通りに歩を進めても、レーダーの矢印は気付けば北を指したり、南を指したりとあやふやだったためである。

しかし、それでも何の成果もあげることができなかったのはキラの力不足が招いた結果と言えよう。

 

「…フェイトちゃんはこんな役に立たない僕を許してくれるの?」

「…っ」

 

キラのその言葉に、フェイトは一瞬、悲しげな目つきを見せたが、すぐに笑顔を浮かべると、

 

「…それでも、私達の事を手伝ってくれるキラくんのこと、頼りにしてるからね」

 

と、言った。

 

「まあ、あたしは5日前のことから許してないけど………でもさ、キラのこと、信頼してるよ」

 

アルフも続けて言った。

正直、キラがフェイトとアルフに関わった期間は一ヶ月近くしか経っていない。それでも信頼してくれているのというのは今のキラにとってどんなに嬉しいことか。

 

「…うんっ、ありがとう二人とも」

 

少し涙を流しそうになるのを堪えつつ、キラは笑顔でお礼をした。

 

「………さて。こんなところでドラマなんてやってないで、さっさとジュエルシード見つけて帰るよ、フェイト、キラ」

「うん」

「ごめんね、迷惑かけて」

「いいって!どうせあたし達もジュエルシード、見つけられなかったしね」

 

結局のところ、フェイトとアルフはジュエルシードの反応を感知することはできなかった。故に現状、確保することのできるジュエルシードはただ一つ、キラが探していたものだけだ。

 

「さぁ、行くよ!」

 

アルフの掛け声とともに、キラとフェイトは頷き、彼、彼女らは闇に染まりつつある街の上空へと飛び立った。

 

 

 

 

同時刻。ある一人の少女は“それ”の魔力波長を感知した。

 

(これは…微弱だけど、これは確かにジュエルシードの反応(・・・・・・・・・・)…)

 

少女はすぐに我が家を目指して走っていく。家にもう帰ってきているであろう母親に、事情を話し、説得しなければならない。

…勿論、嘘の事情をするつもりである。なにせ、“魔法”のことなど、話すことはできないのだから。

 

少女は家に帰るとすぐに着替え、母親に、『友達の家で勉強をしてくる』と、時間的に結構無理な事情を話した。母親は少し不愉快そうにムッとしたが、笑顔を作り、夕飯までには帰るということで外出の許可をくれた。

 

(ごめんなさいってあとで謝らなきゃ…)

 

事実を隠すのは気分が悪いな…っと

罪悪感に駆られながらも、少女はジュエルシードの反応がある場所を目指して走る。

 

(綺麗な金髪に綺麗な赤い瞳…あの黒いマントを羽織った女の子も…気づいてるのかな)

 

少女は、、、

赤く丸い宝石を手に、ただ必死に走っていった。

 

 

 

 

(夜の街って案外綺麗…少し肌寒いけど)

 

海鳴市市街地にあるビルの屋上から、キラ、フェイト、アルフの三人は闇に抗うかのように光る街を見下ろしていた。

 

「どんどん反応が強くなってる…発動寸前かもしれないよ」

 

アルフが警戒染みた言葉を発する。確かにジュエルシードの魔力波長の反応は昼間より高くなっているのを感じた。

 

「でも、どこにあるかわからないよ」

 

キラの探索レーダーは今は北を指していた。それは“北の方角”にジュエルシードがある、ということだけで、どの位置にあるかはわからない。

 

「まって…私がもう少し頑張って範囲を絞るから。バルディッシュ、探して、青の輝きを」

 

フェイトがそう言って、探索魔法を行使する。

5分くらいたっただろうか。フェイトが目を開き、また疲れたかのように顔には汗を流していた。

 

「ふぅ…魔力切れ…か。弱いな…私…」

「でも、フェイトのおかげでだいぶ範囲は絞り込めたよ!」

「…どうやらほとんど街の中心部辺りにあるみたいだね」

「中心部か…」

 

距離からすれば、歩きならば多少時間はかかるかもしれないが、空を飛べる自分達にとって大したことはない。さっさと行って、ジュエルシードを封印してしまえば、それだけで今日の仕事はとりあえず終わる。それに。

 

「もうある程度の範囲はわかってるんだ。魔力が回復次第、魔力を撃ち込んでジュエルシードを強制発動させるよ」

 

と、フェイトが提案した。そうすることで、わざわざ慎重に探すことをしないで済むし、何より早急に得られる可能性があるからだ。

しかし、問題があった。

 

「…もしかしたら、またあの白い服の魔導師が現れるかもしれない」

 

白い服の魔導師。茶髪の髪を二つに束ねツインテールにしており、赤く、丸い宝石が目立つ杖を持った少女。

前回、見たときはフェイトが相手にしており、キラはチラリと見ただけなので、鮮明には覚えていない。

 

「大丈夫。例え来たとしても、あたしがブチのめしちゃる!だから、フェイト。フェイトはフェイトのやることをやっちゃって!」

「うん、僕もフェイトちゃんを守るから…フェイトちゃんは気にせず、ジュエルシードだけに集中して」

 

アルフとキラの言葉を聞き、フェイトは自然と笑顔になり、

 

「アルフ、キラくん。ありがとう。私、頑張るから…」

 

と言った。

それを聞いたアルフとキラはコクッと頷いた。

 

「じゃあ、行くよ」

 

フェイトの合図とともに、三人はジュエルシードがあると思われる街の中心部へと飛び立って行った。

 

…既に午後7時過ぎとなった時のことである。

 

 

 

 

時刻はもう午後の7時半…19時30分頃。

フェイトの魔力はほとんど回復し、おまけに街の中心部にあたるビルの屋上で立っていた。

 

「二人とも、準備いい?」

 

フェイトは背後に立つキラと狼姿のアルフに問う。

 

「僕はいいよ」

「…あ、待った。それ、あたしがやる」

 

アルフがそう言った。

 

「大丈夫?結構疲れるよ…」

 

それはフェイトの言った通りだ。ジュエルシードが存在する範囲を最小限に絞ったものの、必ずある、という位置までは特定できていない。そんな状況でジュエルシードに魔力流を撃ち込み、強制発動させるとなると、使用する魔法はただ一つ。広域魔法だ。広域魔法はその名の通り、広い範囲に魔法を発動させることができる、いわば複数の場所に爆弾を仕掛けて、同時に爆発させる、というような感じだ。

当然ながら、広域魔法は“一度に複数の場所に攻撃を仕掛けることができる”故に、通常の攻撃魔法、防御魔法などと違って魔力を大幅に減少させてしまう。

しかしアルフは余裕を持った笑みで答える。

 

「このあたしを、一体誰の使い魔だと?」

 

アルフがそう言うと、フェイトは「じゃあ、お願い」と言って、アルフに任せる。

 

「そんじゃ………」

 

アルフがそう呟き、魔法陣を展開、魔力を圧縮して固める。そして。

その圧縮した魔力は、

 

「ウオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

という、アルフの咆哮とともに解き放たれる。

オレンジ色の魔力は闇夜の天を貫き、稲妻を発生させた。

 

 

 

 

少女は雷鳴が街の空で轟く音を聞いた。

大きく、街中に響いていた。

 

(これって…)

『(まさか、こんな街中でジュエルシードを強制発動させるつもりなのかっ!?)』

 

最近できた魔導師の師匠であるユーノ・スクライアが念話で話しかけてきた。口調からして明らかに驚いている。

と、突然、街から人の気配が一斉に消え、自分が魔力の壁に囲まれた感覚に襲われた。

恐らく、ユーノが街の人々を巻き込ませないために広域結界をはったのだろう。

さて、先程の稲妻があの金髪の少女のものだとしたら。

今の一撃でジュエルシードが発動したのなら。

少女の取るべき行動は一つ。

 

「レイジングハート…お願いっ!」

 

直後に。

少女の手の中にあった赤の宝石は、その姿を変える。

 

 

 

 

「…結界…!」

「……あの子かな」

 

フェイトが自分達のいる範囲を結界で閉じ込められたことに気付き、キラはその結界が以前見た“白い服の女の子”によるものなのだと推測した。

ドゴンッッッ!!、と稲妻が街の十字路の中心に落ちた瞬間だった。

何かが波打つ音が微かに聞こえた直後に、まるで水から浮き出てきたかのようにコンクリートからジュエルシードが現れた。

 

「見つけた…」

「あっちも気付いてる……フェイト!キラ!」

 

アルフの叫び声を聞いたフェイトは

 

「バルディッシュ!」

 

愛機の名を呼び、ジュエルシードを封印するための準備をする。

 

『set up.Grave form.Get set』

 

バルディッシュが主の言葉に応え、返事をする。魔法陣が展開され、封印の準備が整った。

 

ーーー恐らく、向こうも同じ…

 

『Spark Smasher』

 

直後に、ジュエルシードは金色と桜色の魔力砲に包まれた。

 

「ジュエルシード……………っ!」

 

その二つの魔力はジュエルシードを完全に抑え込み…

 

「封印…っ!!」

 

ゴウッッッ!!!!、という音ともに、青の輝きはその力を封じられたのだった。

 

 

 

 

石が、ジュエルシードが封印された

ことを確認した少女は、電灯の上に降り立った黒いマントを羽織る少女の近寄るために駆けていく。

しかし、近くに寄った、というには少し遠いかもしれない。それでも声は充分に届く距離だった。

 

少女は知りたかった。

 

同じ目的がある同士だから、ぶつかり合うのは仕方のないことなのかもしれない。

それでも少女は知りたかった。

 

ーーーどうして、そんなに………

寂しい目をしてるのか

 

だから、少女は。

 

「こないだは自己紹介できなかったけど……………」

 

そして告げる。自分の存在を示すために。彼女と話し合うために。彼女とわかりあうために。

 

「私、なのは………高町なのは。私立聖洋大付属小学校三年生」

 

 




重大なミスを犯したことに気付いてタイトル変更

最悪や…

てかなんとなくキラが女々しいような


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PHASE-9 嵐の予感

 

「私、なのは………高町なのは。私立聖洋大付属小学校三年生」

 

白い服を着た少女は確かにそう名乗った。何かを伝えるかのように。

 

(あの子………なんで…)

 

なのはの言葉を近くで聞いていたキラは突然名乗ったなのはに驚いていた。

しかしそれとは逆に、キラはなのはに対して羨ましいとも思った

 

(……あの子は…なのはって子は強いな…)

 

きっと、自己紹介をしたのは話し合うためなんだと。

フェイトという人物を知りたいためなのだろうと、キラは思う。

 

「……僕は」

 

キラがフェイトとなのはを見守りながら、たった一言。

呟く。

 

「…………………何やってんだよ…っ」

 

 

 

 

フェイトは正直、戸惑っていた。

原因は目の前の、より正確には斜め下の正面にいる少女ー高町なのはーにある。

突然の自己紹介。それも近くにあるジュエルシードを取るわけでもなく、むしろ無視をして、真っ先にこちらに近づいてきた。

 

(どういうつもり…?)

 

何を企んでいるのかわからない少女に、フェイトは警戒する。けれど、その様子は顔には出さない。

 

「ジュエルシードは諦めてって…今度は手加減できないかも………って言ったはずだよ」

 

フェイトは鎌のように魔力刃が展開されているバルディッシュをなのはに向けながら言う。

そのフェイトの言葉は前回の、初めて出会って…戦って、フェイトが勝った後に言った言葉だ。

あの時は圧倒的だった。なのはは何もできず、墜とされたのだ。

それも手加減によるもので。

力の差は歴然だった。

なのに。

 

「それを言うなら…どうしてジュエルシードを集めているのか教えてって…私の質問にも答えてくれてないよね?

………お話しないと、言葉にしないと伝わらないことも…きっとあるよ」

 

なのはは恐れることなく、フェイトと向き合う。なのはは戦うことを選ばず、話し合って、伝え合うことを選んだ。それが一番良いのだと判断したのだろう。

 

(どうして…この子は………っ)

 

フェイトは見た。なのはの顔には悲しげな表情が浮かんでいることに。

彼女もまた、フェイトと同じように『苦しんで』いたのだ。しかし、なのはの眼には一つの信念が見えた。諦めることなく突き進み、自分が決めたことを最後までやり通す、という強さが。

 

「それに、まだあなたの名前も聞いてないっ!!」

 

なのはがそう叫ぶと、歩を進め始めた。それを確認したフェイトはビクッと体を震わせる。

 

ーーー目の前の少女が、怖い。

 

戦い続けてきて、初めて出会う少女。

今まで戦ってきた者とは違う、『何か』を持った少女に、フェイトは恐れた。

 

だけど。

 

自分はこんなところで止まってなどいられない。

 

だから、戦う。

 

直後に、金色の閃光が少女に向けて放たれた。

 

 

 

 

 

(…っと、フェイトがあの子と戦闘を開始した…か。フェイトには悲しい思いはさせたくないけど、ここで素直に退いてフェイトの『願い』を無駄にしたくないし、仕方ないか…)

 

今は人ではない、というか元々の姿へと変身したアルフは前方を走るちっぽけなフェレットを相手にしながら、思う。

できれば、フェイトの援護をしたいのだが、なにぶん今の相手は恐らく結界魔導師。それもかなり優秀な。

先ほどから何度も魔力弾を打ち込んだり、物理攻撃を試してみたものの、その全てが結界によって弾かれ、または避けられてしまっていた。

 

(あの『白い服の子』の援護にまわられたら面倒だ。ここで抑えるっ!!)

 

たった数回ぶつかっただけでアルフはフェレットの能力をある程度分析していた。

だからこそ、アルフは先程からあの『白い服の子』のもとへと駆けていくのを阻止しているのだ。

 

…しかし、先程からダメージを与えられない。

足止め程度にはなっているのだろうが、致命的なダメージを与えられないことにアルフは苛立っていた。

 

「ちょろちょろと…っ、逃げんじゃないよッ!!」

 

前足から突き出るその鋭く硬い爪をフェレットに向かって振り下ろす。

しかし、フェレットはそれを冷静に避け、またも逃亡する。正確には『白い服の子』の援護をするために、全力で走り去っていく。

 

(逃してたまるか…ッ)

 

アルフは地面に突き刺さった爪を引き抜くとすぐさまフェレットを追いかける。

 

「…やっぱり、この使い魔はあの子の…!」

 

追いかけている最中、フェレットがそんなことを言ったのが聞こえた。どうやら、分析を行っていたのはアルフだけではなかったらしい。

 

「使い魔を作れるほどの魔導師が…なんでこんな世界に来てる!?それに、ジュエルシードについて…ロストロギアについて何を知っている!?なんで君たちはジュエルシードを集める!?あれは危険なものなんだ!」

「ごちゃごちゃうるさいッッッ!!」

 

直後に、アルフが地を蹴り、クルクルと回転しながらフェレットをほぼ真上から襲った。

フェレットはアルフからの攻撃を障壁をはることで防ぐ。

その瞬間、耳にバリバリバリバリガリガリッッッ!!!!、という音が届く。

 

(くそッ…なんて硬い障壁なんだよ…っ!)

 

アルフはなんとか障壁を破り、フェレットを攻撃しようとしたが、思ったより障壁が硬く、そのうち突き放されてしまった。

 

(意外としぶとい…だけど)

 

それでも、アルフは吹き飛ばされ、後方へと移動し続ける体を爪を立てた前足で地面を抑えつけるようにして止めた。

そして、

 

「絶対に邪魔はさせないよッ!!」

 

アルフが吼え、再びフェレットーユーノ・スクライアーに襲いかかった。

 

 

 

 

 

「(さてと…キラ。今のうちにジュエルシードをお願い。こっちはこっちでなんとか引きつけておくからさ)」

「(私も少し場所を離しておくから…キラくん、悪いけどお願い…)」

「(うん、わかった。二人とも気をつけて)」

 

フェイトとアルフ。二人が戦っている最中、キラはビルの路地裏に一人隠れていた。

フェイトとアルフを盾に。

つまりは囮。

全てはキラに何の障害もなく、ジュエルシードを確保させるための布石。

 

(無事でいてくれよ、二人とも…ッ!!)

 

二人を護りたいと、願ったのにも関わらず、結局危険を伴う役割をさせてしまった。自分が不甲斐ないばっかりに。

キラは二人の行動を無駄にしないためにも、すぐさま行動に移る。

 

 

「これだ…」

 

キラの目線の先には青白く輝く宙に浮く一つの宝石。

21個も存在し、生物の願いを叶えてしまえるほどの魔力が備わっている上に暴走の危険性がある石。

しかし、目の前の石は既に封印を完了してあり、力が暴走することなどなかった。

故に、後はデバイスで回収するだけとなる。

 

「“ストライク”、お願い」

 

そう言ってキラは少しずつ、確実にジュエルシードへと接近しつつあった。

 

『了解です、マスター』

 

“ストライク”も、キラの言葉に返事をする。

そして。

 

そして。

 

キラはゆっくりと、“ストライク”をジュエルシードに向けた。

 

直後に。

 

 

 

 

ジュエルシードは、魔力を暴走させながら、めいいっぱいの光で、結界内の夜の街を照らした。

 

 

 

 

「うわああああアアァァァァァァァァァァァァッッッ!!」

 

ジュエルシード付近にいたキラは突然の暴風にその身体を宙にへと吹き飛ばされていた。

 

 

 

「なっ!?そんな、あれはまさか!!」

「あ、な、なんで、封印は完了したはずなのに!!」

 

戦闘中にも関わらず、アルフとユーノは不意にも突然の光を見た。

 

「間違い、ない。あれは、ジュエルシード!!」

 

ユーノが咄嗟に確認した巨大な魔力反応は間違いなく、ジュエルシードのものだった。しかし、それでもユーノは視線の先の光がジュエルシードのものとは信じ難かった。

理由として、それは先程、既になのはとフェイトによって封印は完了されていたはずなのだから。

だからこそ。

この予想外の展開に、ユーノは嫌な予感がしてならなかった。

 

 

 

 

暴走するジュエルシードは眩しい光を発生させながら、ただ宙に浮いたままだった。

しかし。

変化が、あった。

 

それは、黒い影のような物が、ジュエルシードを包み、質量を持った何かに変化するという異変。

徐々に形を成していくそれはまるで黒豹だった。

それもただの黒豹なんかではなかった。口の端から出た鋭い牙。獲物を見据える凶暴そう目。前も後の足に生えている爪。複数の棘が飛び出ている長い尻尾。

そして、それは恐らく、空を飛ぶための翼。

そんな普通とは思えない黒豹。

 

「あれ、は…?」

 

キラは呆然と、その黒豹に見入っていた。まるで空想上の存在のような動物が目の前にいる現実に、思考が追いつかないのか。

しかし、無理もないかもしれない。仕方がないかもしれない。

 

何故なら。

 

そんな普通じゃない黒豹が、七匹もいたのだから。

 

直後に。

 

その七匹の黒豹は、三匹はなのはに。さらに二匹はアルフに。

そして最後の二匹はキラの元へと接近していった。

 

 

 

 

「なんだ、よ。あれは…っ」

アルフは呆然と、呟く。普通ではないような生物がジュエルシードによる出現だということは知っている。ただ。

何かが違った。

そもそも。

ジュエルシードが暴走した理由がわかなかった。一つのジュエルシードから(・・・・・・・・・・・・)複数の生物が出現するという現象(・・・・・・・・・・・・・・・)が信じられなかった。

普通、ジュエルシードの異相体化は本体だけのはずだ。

そして、本体から分離した部分が独立し、行動し始める現象もあるが、一つのジュエルシードからでは一体の魔物だけしか現れない。

故に。

一つのジュエルシードから同時に複数の魔物が現出することはあり得ないことだ。

いや、もしかしたらジュエルシードの複数の魔物を現出させる、という特性が確認できていなかっただけで本来はそんなことも可能だったのかもしれない。

そんな事を考えていると、戦闘中だったアルフとユーノに向かって黒豹二匹が接近してきた。

 

「アルフっ!!」

 

その黒豹を見たのか、フェイトがアルフと接触する。

 

「フェイト!あの白い服の子は?」

「まだ向こうにいる。勝負は一旦後回しだ。早くジュエルシードを止めないと…」

 

そう言った直後に、フェイトは黒豹に向かってフォトンランサーを放った。しかし、黒豹はそれを軽々と避けてしまった。

 

「…少し手こずりそうだ…」

 

そう言って、フェイトは素早くバルディッシュを振るう。

 

 

 

「はああああああァァァァァ!!」

 

キラは雄叫びを上げながら、黒豹の二匹のうち、一匹にサーベルで斬りかかる。しかし、やはり数では当然黒豹の方が上であり、何より未だに見習い魔導師から抜け出せていないため、黒豹に攻撃を中々当てる事のできないキラにとって、これは明らかに不利だった。

 

「であァッ!!」

 

何とか当てるために、縦振りから横振りという順番でサーベルを振る。しかし、それでも当てる事は出来なかった。

しかも。

 

「クソッ!!速くて追いつけない…ッ」

 

そう。黒豹二匹の移動速度は速かったのだ。だからこそ、攻撃が当てられない。言うなれば、キラは今砂漠地帯で砂漠や雪原での高速戦闘が可能な犬型のような機体、『バクゥ』を相手にしているようなものだった。

キラはサーベルがダメならばとすかさず黒豹と距離をとり、ライフルで応戦する。だが、やはり当てる事は出来なかった。

 

(くそっ、このままじゃ埒があかない…。思い出すんだ、バクゥの時の事を…)

 

キラはこのままではダメだと過去に戦った『バクゥ』との戦闘経験を生かし、黒豹と戦うことにした。

 

まず、高速戦闘が可能ということはある程度の攻撃を回避することが可能だということ。そのスピードを生かし、高速回避をすればいいのだから。

ならば。

キラはすぐにライフルの銃口を一匹の黒豹に向け、トリガーを引いた。

蒼の魔力弾がまっすぐ黒豹に向かって飛んでいく。しかし、やはりと言ったところか黒豹はあっさりとそれを回避する。

だが。

キラはそれを予測し、あらかじめ黒豹の前へと出ていた。

「お前なんかにィッ!!」

そして、変形させたサーベルで、黒豹を縦に真っ二つに斬った。

 

「これなら…っ!」

 

そう、攻撃を高速移動で回避されてしまうのなら逆に攻撃を利用し、避けたところを狙ってしまえばいいのだ。キラの作戦は正しかったようで一匹はあっさり倒すことができた。

 

(残すは一匹だけ…っ!!)

 

キラは再び残る一匹に魔力弾を撃ち込む。

余談だが、キラが使うこの魔力弾は“シュートバレット”と呼ばれる魔導師なら誰でも扱う直射型射撃魔法である。

そんな射撃魔法を、黒豹は予想通り回避し、キラの元へと突撃してくる。キラはそこを、黒豹の正面を狙い、再び“シュートバレット”を撃ち込む。

が、しかし。

黒豹は横に軽く移動、簡単に回避し、更には速度を上げ、キラに接近してきた。

 

「っ!?」

 

咄嗟に障壁をはり、黒豹の右前足の攻撃は防いだ。しかし、次の左前足の爪が襲ってきたのだった。

急だったせいか、意外だったせいか、キラはこれを肩にまともに受けてしまった。

 

「しまっ、た…っ!」

 

“ストライク”の機能である実弾攻撃防御システム、“フェイズシフト”のお陰で致命傷とまではいかなかったが、なにぶん衝撃までは殺せなかったようで、キラはバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられてしまった。

 

そして。

 

その翼の生えた黒豹は低空飛行をしながら、隙のできたキラへと突進してくる。

 

ーーーこのままではやられる。

 

あの鋭い爪で体を切り裂けられれば、キラの命など容易く断絶できてしまうだろう。だが、既に黒豹は止まりはせず、高速でキラへと接近してくる。どう考えてもピンチであるのは確かだ。

しかし、そんなピンチな時にキラが見ていたのは、フェイトとアルフ、なのはとユーノだった。

それも丁度、それぞれ黒豹二匹ずつに襲われているところだ。

 

「………っ!!??フェイトちゃんとアルフさんが!!」

 

その時、キラの脳内に、まるで走馬灯のように嫌な記憶が流れ始めた。

フレイ・アルスターに君の父は守ると、僕たちもいるから大丈夫だと、言っておきながら守れなかった時のこと。

折り紙で作った花をくれた少女を、最後まで守ることができなかったこと。

友人であったトール・ケーニヒが目の前で殺されてしまったこと。

 

ーーーもう、あんな思いはしたくない

 

絶対にフェイトとアルフを守るのだと、まだ幼い、平和な世界で暮らす少女達を守りきるのだと、決意した瞬間だった。

 

キラの中で、“何か”が弾ける。

 

ピンチなのにも関わらず、自分が妙に落ち着いていることに気付いた。

先程までの疲れも吹き飛び、更には視界が全方位に広がり、五感すべてが研ぎ澄まされ、何もかも感じ取ることができる。

風の流れも。黒豹の動きも。フェイトとアルフ、そしてなのはという少女とユーノというフェレットの動きまでも。

その全てが手に取るようにわかる。

更には自身の中から溢れるほどの力が湧いてくるような感覚に襲われた。

そんな中でキラは恐ろしいまでに冷静に、鋭い爪を構えながら突進してくる黒豹の口にライフルの銃口を押し込み、突進の勢いを殺し、引き金を引き、足で黒豹を蹴り飛ばした。

すると、目の前で光となって、黒豹は消えた。

…普通ならば、その光はあまりの輝きで視界を遮るほどなのだが、今のキラにそんな目眩ましは効きもしなかった。

光の中ですらも、キラは周囲の状況が読み取ることができたのだ。

それはまるで付近の空間を丸ごと掌握したよう気分で。

そうだ。この感覚は初めてではなかった。ピンチに陥った時、力を欲した時、まるで世界が変わったような、全てを掌握したような、そんな不思議な感覚。

キラはすぐにスピードを上げ、フェイトとアルフのもとへと飛んでいく。しかし、それを遮るかのように黒豹が一匹、キラの目の前に現れたが、いとも簡単にその黒豹の翼を通り過ぎざまにサーベルでバッサリと斬り落とす。そして、ライフルに変え、銃口をなのはとユーノを襲っている黒豹二匹に向けてトリガーを引く。

一匹はその蒼の魔力弾で首を貫かれ、もう一匹は辛うじて避けたものの、その先にはなのはの桜色の魔力砲が待ち受けていた。

故に。

ほんの数秒で二匹が光となる。

 

ーーー残り、三匹

 

背後からも真っ白な光が放たれ、それが先程、翼を斬り落とした黒豹のものだと、確認した時には、もうキラは次の行動へと移行していた。

それは“ストライク”をサーベルから“シュベルトゲベール”という大剣へとフォームチェンジさせるというもの。

それと、キラは“ストライク”に命じる。

 

「7秒後に“ランチャーフォーム”!」

『all right』

 

そうすると、キラは“シュベルトゲベール”を手に、フェイトとアルフが相手にしている黒豹の二匹のうち、一匹を横から不意打ちとして縦に斬り裂いてやる。

それを見たのか、もう一匹の黒豹が標的をフェイトとアルフから、キラに変え、襲いかかってくるのが見えた。しかし、キラは何の焦りも見せず、ただ手にした大剣を地面へと振るい、コンクリートを壊した。

それにより、コンクリートの破片が宙を舞い、まるで壁のように黒豹の前に立ち塞がったのだが、黒豹は咄嗟の判断で己の翼でその壁を飛び越える。

 

が。

 

黒豹の目線の先には“アグニ”を構えたキラ。

気付いた時にはもう遅かった。

“アグニ”の蒼の砲火が黒豹を跡形もなく消し飛ばす。

 

それを隙と捉えたのか、最後の黒豹がキラの背後から迫ってきた。

 

恐らく、この最後の黒豹こそが本体であるジュエルシード。

キラは振り向くと、いつの間にか右手で持っていたサーベル(・・・・・・・・・・・)で特攻してきた黒豹を一閃した。

 

「ァ、ガアッ、…ァ?」

 

直後に。

黒豹は光となって消え、中からはジュエルシードが再びキラ達にその姿を晒しだした。

 

「フェイト!!」

「なのは!!」

 

はっとなってジュエルシードを確認したアルフとユーノが少女らの名を叫ぶ。

 

キラの戦闘を驚きながらも見入っていたフェイトはジュエルシードを取られまいと、すぐに行動に移す。

 

いつの間にか、背後にはなのはがぴったりとくっついていた。

しかし、速度も距離もフェイトの方が有利だった。

それでも、なのはは出せるだけの速度を出し、追いつこうとする。

 

そして。

 

二人が振り下ろした武器はジュエルシードを中心に、交差する。

 

そして。

 

二度目の暴走が、始まる。

 

 

 

 

 




ちょっと時間がかかりすぎてしまいました…。
ちょっとSEED本編を見たり、劇場版なのは見てたりしたもんでね…。
次回の更新も遅れるかもです、ほんとごめんなさい。


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PHASE-10 人の『夢』

 

---------------------

 

時空管理局本局第一研究部観測レポート

-file-17「指定遺失物(ロストロギア)について」

 

これは我々、第一研究部が観測した、発見された複数の謎の物質についてを記録したレポートである。

滅亡ーあるいは破滅というべきかーの道を辿った世界で発見された謎の物質はある条件を満たすと様々な危険な次元災害、あるいは自然災害を引き起こすことを確認した。また、これらの物質は総じて消滅した世界の遺産、また後述の理由により指定遺失物(ロストロギア)と名付けることにした。まず指定遺失物(ロストロギア)というのは実に厄介な代物であることが判明した。何故なら“それ”自体に危険な機能が備わっているためである。また旧暦の時代に起きた次元災害が記された“無限書庫”の資料からは我々が確認した指定遺失物(ロストロギア)の記述があったため、旧暦時代の次元災害はこれらが原因だと思われる。

また指定遺失物(ロストロギア)は物質によって様々な種類の特性が存在する模様。

今回の報告では我々が確認した指定遺失物(ロストロギア)の特性を大きく分けて記述する。

 

1.複数の同じ物が存在する物。

 

これはいくつも同じ物が存在する指定遺失物(ロストロギア)ということである。この特性を持つ物は一つの場所に集まった状態で発動すると、次元世界を一つか二つ、悪ければ九つも世界を消してしまうほどの次元震を引き起こす場合がある。

いわば、火薬が積んである爆弾が複数集まれば、その火力は倍増する、と言ったような非常に危険な物である。

 

2.何か、特殊な力を感じると力を発揮する物。

 

これは一定の条件を満たす能力、いわば特殊能力を観測するとその力を自動発動するという非常に厄介な物である。

更に言ってしまえばこれは巨大な魔力に反応して暴走する危険性のある物でもある。

現段階では未観測の能力や魔力、強大な魔力を持つ者、あるいは生物が多く存在するが故に知らずして自動発動してしまう可能性のあるこの特性を持つ物が一番厄介だと考えられる。

 

以上が我々が観測した指定遺失物(ロストロギア)の特性である。

今のところ、発動の危険性は無く、また例え発動しても次元災害を必ず引き起こすとは限らない。しかし、時として次元災害を引き起こす可能性があるので油断は禁物である。

また。

だからこそ、指定遺失物(ロストロギア)は安全に、厳重に管理しなければならないことを忠告する。

 

 

-記述日:新暦12年…月………-

 

----------------------

 

(時空管理局本局資料保管室で保管されていた研究資料より)

 

 

 

 

ガキンッ、と。

金属の、斧と杖が交差する音が夜の街に響いた。

 

…それだけなら、まだ良かったのかもしれない。

ただの鍔迫り合いだったのなら(・・・・・・)、何も起きなかった。

 

そう。

フェイトの“バルディッシュ”となのはの“レイジングハート”はジュエルシードを中心に交差した。

してしまった。

故に。

直後に、

光が、魔力が、解放された。

 

「きゃあああああああッ!!」

「…っ!?」

 

なのはは吹き飛ばされ、ビルの壁に叩きつけられ、フェイトは後方へと飛んでジュエルシードのそばを離脱。

 

「うわあァァァァァァァァァッ!?」

 

また、ジュエルシードの近くにいたキラも勢いよく飛ばされた。まるで邪魔者を振り払うかのように。

 

そして、ジュエルシードからはムチのような、蛇のような、蠢く光を発せられていた。

 

ドクンッ、と。

 

まるで心臓が動くような、そんな音が聞こえる。その性なのか、ジュエルシードが生き物のように見えた。

そんな、普通ではない石だということを改めて思い知らされた。

そして、そんな普通ではない石は今こそ強大な魔力を解放し、暴走しようとしている。

故に。

 

「…ごめん、バルディッシュ。戻って」

 

今やヒビが入り、ダメージを負った戦斧をフェイトは右手の黒のグローブの甲についた金色の逆三角形の宝石に回収する。

 

そして。

 

異様な光を放つジュエルシードを見据え、地を蹴り、低空飛行で接近した。

 

そして。

 

手を伸ばし、魔力を解放しているジュエルシードを両手で掴みとる。

 

「フェイト!ダメだ、危ないっ!!」

 

アルフがそう叫ぶもフェイトは聞く耳を持たなかった。

そして、ジュエルシードを包むようにして、側から見ればまるで祈っているような姿勢になると、フェイトは両手で包んでいるジュエルシードに今持つ魔力の全てをぶつける。

 

「………ッ止まれ…」

 

まるで風船を握り潰そうとした時に中に入った空気が内から外に出ようとする時の力のように、魔力が暴走する。

しかし、フェイトはそれにより手から血が出ても、自分の体力と魔力が削られようと、手を離すことはしなかった。ただ、自身の魔力をジュエルシード封印のためにあて続ける。

 

「止まれ…止まれ、止まれッ!!」

 

ジュエルシードの強大な魔力で手を削られようが、倒れそうになろうが、フェイトはその手を決して離さなかった。

 

やがて、ジュエルシードの魔力の出力は小さくなる。封印に成功したのだ。

しかし。

フェイトは立ち上がり、ふらふらとした足取りでアルフのもとへと歩いて行こうとする。だが、今にも倒れてしまいそうだった。

 

「フェイトォォォッ!!」

 

アルフが倒れてしまいそうなフェイトのもとに駆け寄り、抱きしめる。それと同時に、フェイトは意識を手放したのか目は閉ざされていた。

 

「アルフさんッ!」

 

先程、ジュエルシードの暴走により、吹き飛ばされビルの壁に叩きつけられてしまったキラが怪我御構い無しに近寄る。

キラは近寄ると、すぐにフェイトを心配そうに見つめた。

フェイトの顔からは汗が流れ、悪夢でも見ているような、うなされているような表情をしていた。

 

「………キラ、帰るよ」

 

アルフはそう言うと、なのは達のいる方を睨み、飛び立っていく。

キラはそれに後から着いて行った。

アルフと同様、なのは達のいる場所を見ながら。

ーーー違うのはキラは睨んでいたのではなく、悲しげな表情で見ていたところだろうか。

 

 

 

ガラガラ、と身体の上に乗っていた瓦礫をどかし、なのはは起き上がった。

 

「なのはっ!大丈夫かい?」

 

ユーノがなのはのもとに近寄り、心配の声をかける。

 

「だい、じょうぶだよ、ユーノくん」

 

そう言いながらも、どうやら背中が痛いようで立ち上がるのもやっと、と言った感じだ。

それでも、大丈夫なのだと、平気なのだと言って立ち上がる。

 

高町なのはは強かった。

 

能力としてでも、魔力値としてでもなく、一人の少女として。

そして、ユーノはその少女をただ見つめることしかできなかった。

 

そして、また。

なのはも既に夜の空へと消えていったフェイト達を思うことしかできなかった。

 

フェイトと呼ばれた少女のことを。

そして、急激に動きを変えた(・・・・・・・・・)あの少年のことを。

 

 

 

 

フェイトを抱えたアルフとキラが結界の消えた夜の街の遥か上空を飛び、拠点であるビルへと帰っている時のことである。

今回のジュエルシードを巡る騒動は意外にもアルフ達に大きなダメージを与えた。物理的にも精神的にも。

それに今回の事でジュエルシードの危険性を改めて思い知らされた。

 

「フェイトちゃん…大丈夫ですかね…?」

「大丈夫に決まってる。フェイトは…こんな事で倒れるような子じゃないさ」

 

アルフは未だに眠ったままのフェイトを悲しげに見つめながら、言う。見ればフェイトの手のひらからは血で真っ赤に染まっていた。面積はさほど大きくないものの、皮が剥げただけではなく、恐らくは多少肉も削られたのであろう。また、魔力も限界まで使いはたしてしまったのだ。目を覚まさないのも無理はないかもしれない。

 

「………っ、あの白い服の子が、あの子達が介入さえしなければ、もしかしたらこんな事にはならなかったかもしれないのに………っ」

 

悔しそうに、唇を噛みしめながらアルフは呟く。そんな言葉を聞いたキラは思うことがあり、アルフに問う。

 

「…アルフさん、あの子達と…あの子達と話し合って平和に解決することはできないんですか…?正直、僕はもうあの子達やアルフさんとフェイトちゃんが戦ったり傷つけたりするところを見たくないんです!アルフさん達が、プレシアさんがどんな理由でジュエルシードを集めるかなんて具体的に知ってるわけじゃないけど、でもそれでも戦わなくてもいい方法だってあるはずだ!だから、アルフさん。あの子達と話し合って………」

「無理だね」

 

アルフはキラの言葉を遮り、しかもその言葉を否定する。

 

「例え、ここ一ヶ月で力になってくれたアンタの頼みでも、さ。あたし達は必死でここまで来た。平和なんて、優しさのある世界なんてものから外れてまでここまで来たんだ。優しい世界で過ごしてきた奴ら(・・・・・・・・・・・・・・)なんかに話すことなんて何もありゃしないよ」

 

そう言ったアルフはそれでも寂しそうだった。辛そうだった。逃げたそうだった。

ただ、そうするには何かを捨てなければならない、そんな雰囲気が言葉の中にはあったような感じがした。

だからこそ、キラは見捨てることなんてできなかった。

ここは平和だ。少なくとも、いやきっと殺し合いなんてしていた自分の『世界』よりも。アルフはそんなことなど知らない。キラは自身の『世界』で戦争をしていることなど話してはいないのだから。

故に、『戦い』こそあっても平和に暮らしていける『世界』に居る彼女達には優しくて暖かい世界にいてほしいと思った。

 

「だけど、きっと傷つかなくてすむ方法があるかもしれないんだ………だから、諦めないでくださいよ…」

「……………それでもさ、同じ物を追い続ける者同士、ぶつかることになるなら戦うしかないだろう?互いに『敵』であるかぎり、どちらかが滅びるまで、さ…」

「……………っ」

 

結局、その通りかもしれない。

キラ自身、話し合いという方法で解決した覚えなど殆どない。少なくとも戦争中、説得したり、されたりもした。でも、結局はそれぞれ歩く道は違い、ぶつかり合って、殺し合って。その結果がキラがフェイト達と会う前の、直前の悲劇。

故に言葉に詰まる。

 

「…そういえば、さ。アンタあの時…」

 

アルフは何かを思い出したのか、キラに問い、キラはそれに首を傾げることで反応する。

しかし、

 

「………いや、今はキラ、あんたも疲れてるだろ?早く部屋に戻って休みな…」

 

アルフはそう気遣った。

言ってしまえば、話をそらすために気遣ったという方が正しいだろう。

 

 

結局のところ、キラがアルフ達の事情に介入することは許されなかったのだ。

 

 

 

 

「お土産?あの人、そういうの喜ぶのかなぁ」

 

日は既に変わって、前日の夜の騒動とは裏腹に今は戦いも何もない平和な時間。フェイト達はフェイトの母であるプレシア・テスタロッサに会いに行くために準備をしていた。

ちなみに、フェイトの手のひらの怪我はやはり決して浅くはなく、昨日の晩のうちにアルフによって治療はされていた。完全には癒えてないが。

 

「わからないけど、こういうのは気持ちだと思うよ」

 

そう言うフェイトの手にはケーキが入った箱がある。先程、フェイトはキラとともに近くのスイーツ店に行き、イチゴの乗ったショートケーキを買ったのだ。それは前述の台詞通り娘から母へのお土産。

お土産を手渡した時の母の喜ぶ顔が目に浮かぶのか、先程から笑顔のフェイトにキラも微笑ましく思う。

 

「じゃあ、キラくん。行ってきます」

 

笑顔でそう告げるフェイトにキラも笑顔で見送る。

そう、キラはプレシアのいる“時の庭園”には行かず、留守番ということになった。母と娘とその使い魔の家族水入らずの時間を過ごさせてあげたいというのが理由である。

 

「行ってらっしゃい、フェイトちゃん」

 

だから、キラはフェイトとアルフを優しい笑顔で見送るのだった。

 

 

 

 

喜んでくれれば良かった。

笑ってくれたら良かった。

それだけで良かったのだ。求む物など、他にない。喜んで、笑ってくれて、それだけで。

なのに、現実とは、運命とは残酷なもので喜びも笑顔もなかった。必死に働いて、戦って、傷ついて。

それでも神様は、運命は何も与えてはくれなかった。

…いや、何もではない。ただ一つ与えてくれたものはある。

それは、、、

 

 

振られるムチ

飛び散る鮮血

悲鳴

痛み

 

 

…………………結局、また手に入れられなかった(・・・・・・・・・・・・)

だけど、それでもいつかきっとーーー。

 

 

あの人は、きっとーーー。

 

 

 

 

「フェイトッ!!」

 

アルフはそう叫びながら、今しがた部屋からよろよろとふらつきながら出てきたフェイトを抱きかかえた。その体はそこら中に痣があり、血が出ており、跡が残っていた。こうなった理由はわかっている。アルフはわかっていた。

だからこそ、怒りを覚える。

 

「なんで、だよ…」

 

何もできなかった、扉の前でただ耳を塞いでいることしかできなかった。

 

(“あの人”の『コレ』は今に始まったことじゃない…でも今回のはあんまりじゃないか!?お土産も用意してジュエルシードもこの短期間で三個も手に入れた!なのに、なんで…どうして…ッ!!)

 

アルフは拳に力を入れながら、そう思う。悔しかった。フェイトが『欲しかった物』を手に入れさせてあげることができなかったことが。嫌な思いをさせてしまったことが。

そして何より。

 

フェイトを助けられない自分が情けないことに。

 

…気付けば、爪が食い込んだのか手のひらからは血が外へと流れていた。

 

 

 

 

「……………………………………………嘘、でしょ…?」

 

キラが話を聞き終わって、まず始めにそんな一言が気付くことなく口から出ていた。

話、とは『“時の庭園”へ母に会いに行ったフェイトとアルフの身に起きたこと』である。こんな話をする羽目になったのはフェイト達が帰ってきてすぐだ。

当然、部屋で留守番を頼まれていたキラは真っ先に傷だらけのフェイトに目がいった。どうしてこうなったのか、その原因をアルフに問い詰めた結果が前述した通りのこと。

 

「でも、そんな……なんで…っ」

 

今はフェイトを寝かせて安静にさせているが、キラは事の事実を信じることができなかった。

何かの間違えであってほしい。嘘であってほしい。そんな気持ちで心が埋め尽くされる。

「嘘じゃない、ほんとの事なんだ。紛れも無い事実さ」

心の中を見透かされたように、アルフは確かにそう言った。

 

「でも、だけど………プレシアさんがフェイトちゃんに虐待(・・・・・・・・・・・・・・・・・)なんて…」

 

アルフは言った。フェイトは魔導師として外に出ることが出来た頃から母であるプレシアから酷い仕打ちを受けているのだと。それは虐待と呼ばれる行為のはずだ。

キラにとって、プレシアとはまだ何も知らない人物でしかない。たった一度会っただけだ。だが、キラが見たプレシアは『娘を心配する母』の面影があったはずだ。

彼女は言った。『娘を助けてあげて』と。

 

(あの人のあれは本心からの言葉じゃなかったっていうの…?)

 

いや、違う。フェイトに酷い仕打ちはしているようではあるものの、あの時は確かにそう言った。故に、本当は心配しているに違いない。大切に思っているに違いない。

今は研究で忙しいから、仕方ないから(・・・・・・)、フェイトに酷い仕打ちをしてでも仕事を急がせたのではないか…?

 

そこまで考えて、体がゾクッと。

嫌な悪寒がはしる。

 

気付けば、自分の体はぐっしょりと汗で濡れていた。

 

「こん、な…」

 

掠れたような声で、一言。

何故だか、キラは自分の体が重く感じた。

 

「………あんなことをされてもさ。フェイトは『母さんのために』って…『もしかしたら、ジュエルシードを全部集めたら、“あの人”はずっとそばにいてくれるんじゃないか』って、フェイトはそんな『希望』を抱いて今『ここ』にいる。あたしはあの子の力になりたいよ…」

 

アルフが独り言のように、呟く。

希望。

フェイトが見ていたのは『それ』だった。どんなに苦しくても、たった一つの可能性という『希望』を、フェイトはずっと追いかけていたのだ。弱かった自分を捨てて、強い自分になって。

アルフもそんなフェイトを見て、助けたいと思ったのだ。

使い魔として。

あるいは、家族として(・・・・・)

ならば、自分はどうすればいい?何を望めばいい?

 

「僕は………」

 

別の『世界』に飛ばされ、そこで出会って助けてくれた彼女達を助けたい。力になりたい。守りたい。

そんな気持ちがキラの心の半分以上を占めていた。

だけど、それは何か違う気がした。他にやるべき事がある気がしてならなかった。

しかし。

それでも、キラは。

 

「………アルフさん。僕も…一緒に戦います。アルフさんのためにも、フェイトちゃんのためにも…」

 

戦うことを選んだ。

 

それと同時に。

時計の針が0時を指した。

 

 

 

 

それから、ジュエルシードの捜索はすぐに始まった。

フェイトは未だ傷が癒えていないのだが、アルフに無理を言って捜索を行っている。キラは心配し、止めたのだが、フェイトは言うことを聞かなかった。傷付いていても、傷つけられても、フェイトは母親のために戦うのだ。

 

ーーー純粋で素直な性格故か。

 

「あった、ジュエルシードの反応だ」

 

行動を共にしていたフェイトがそう言った。

今はフェイトとキラが一緒に行動しており、アルフは別の場所を捜索中だった。故に、キラはすぐにアルフを念話を使って呼ぶ。

 

「(アルフさん、ジュエルシード見つかりました…場所は座標を送るのでそちらを確認してください )」

「(オーケー、了解した)」

 

キラは“ストライク”に命じる。今しがたキラが言った通り、ジュエルシードを確認した座標ポイントを送るということを。

 

「行こう、キラくん。…あの子もきっと待ってる」

「………うん」

 

キラの脳内で一昨日の映像が流れるように思い出される。

 

去り際に見たあの、白い服の子ーー名前を高町なのはと言ったかーーの表情は悲しみこそあったものの、諦めた、というような顔ではなかった。…はずだ。

また、フェイトも白い服の子の今までの行動からして再び現れると思っているようだ。

 

…キラとしては二人には戦って欲しくはないと思っていた。

 

 

 

 

やはり…、と言うのが正解だろうか。

フェイト達の予想通り、白い服の子…高町なのははそこに居た。

正確には同じ場所に辿り着いたのはほぼ同時であるからして、『来た』というのが良いだろう。

 

さて。今現在、フェイト達がいる場所はコンテナが沢山置かれているコンテナヤードである。

辺りには人の気配は特になく、恐らくはフェイト達以外の人物は居ないと思われる。

 

そして、フェイトとなのはは向き合っていた。手には自分達の『(つえ)』、それが示すのは戦いは避けられないという、運命だろう。

コンテナの上にアルフと共に立って二人を見るキラは思わず拳に力が入る。

 

「だから言ったろ、『戦わないで済む平和な解決方法』なんてそう簡単にできやしないのさ」

 

アルフのその言葉を聞いたが故。

だが、見てるだけなんて事は嫌だった。

できない、できやしない、そのように決めつけて何もしないまま終わるのは嫌だった。

 

(…なら僕は、二人の戦闘に介入してでも、この戦いは終わらせてみせる…っ)

 

決意。

今できる事はそれしかないのだと。

 

そして、なのはとフェイトは魔力で形成する魔導師の防具の役割を果たすバリアジャケットを装着。

それと同時にキラもあくまでアルフに止められないためにも内緒で行動するため、バリアジャケットを装着せずにこっそりと武器-魔力刃のサーベルを構える。

 

直後に。

 

少女二人が動き出した。

故に。

キラは二人の間に入り、無理矢理戦闘を止めるために動こうとする。

…しかし、異変は起きた。

 

なのはとフェイトの丁度中心にあたる位置に『光』が介入した。

 

「ストップだッ!!」

 

その言葉とともに、なのはとフェイトは動きを止めた。いや、止められた(・・・・・)

 

『光』の正体は少年だった。杖を持ち、見た事のない服装をした、明らかに普通とは違う雰囲気を持ち合わせた少年が。

 

少年はなのはとフェイトを『バインド』と呼ばれる魔法で拘束。

そして、空間モニターによる身元証明を天に掲げた手のひらに出現させ、告げる。

 

「時空管理局次元渡航部執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 

 




二ヶ月くらいここを放置したまま遊びまくっていた作者です、どーもお久しぶりです。なんとか投稿できた…待っていてくれた方々、ありがとうございます、申し訳ありませんでした。
さて、今回の話は「この台詞はもしや…」と思うような台詞をぶち込んだり、意味深な言葉を入れました!
…読み直しててちょっと恥ずかしくなりました。


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PHASE-11 時空管理局

 

現れたのは少年だった。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 

そう言って、少年-クロノ・ハラオウン-はなのはとフェイトを交互に見る。その二人の手足には青色の光が手錠のように、巻き付いていた。これはクロノが登場と同時に発動したバインドと一般的に呼ばれる魔法だ。相手を捕らえ、動きを止める補助魔法である。

魔導師として未熟なキラも、フェイト達に特訓の際、見せてもらっていたのですぐにバインドだと気付いた。そしてまた、一つの異変にも(・・・・・・・)

 

「…管理局」

 

ふと、横に立っているアルフがそう呟き、右手をクロノへと向けた。

直後。オレンジ色の複数の魔力弾がクロノへと発射される。

 

「アル…ッ!?」

 

キラは驚愕した。不意打ちとも取れるその攻撃はまるで焦っているかのようだったから。

しかし、アルフの放った魔力弾はクロノの魔力防御壁によって弾かれる。

 

「君はッ!!」

「キラ!フェイト!今すぐ撤退するよッ!!」

 

クロノの叫びを無視してアルフが叫んだと同時に、再びクロノに魔力弾を放つ。…その際、クロノは回避行動はとらず、先程と同じように魔力弾を防御で防いだ。背後にいたなのはを守るためだ。

それと同時に、フェイトはバインドを破った。

だが、フェイトはアルフとキラのもとには行かず、別の場所を目指して走る。目的はジュエルシードだ。

 

「フェイトッ!?」

 

今はまだダメだ、とやって来た管理局員の能力がわからない現状では多少の距離はあるジュエルシードを取りに行くのは無謀だとアルフは考えていたのだ。故の制止をかける言葉だった。

直後だ。

魔力弾により、舞い上がった砂煙の中から青の魔力弾が数弾、フェイトに襲いかかり、案の定接触、フェイトは弾き飛ばされた。

 

「…あ、…っ?」

 

咄嗟の出来事、故に反応が遅れた。

キラは何も出来ず、ただ立ち尽くしていただけだった。しかし突如現れた少年、クロノ・ハラオウンは違った。冷静な状況判断。視界の悪い中でも相手の位置を特定し、急所を狙った精密な射撃。

………格上だ。

 

「フェイトォッ!!」

 

はっ、と。アルフのフェイトを呼ぶ声でキラの意識は先ほどクロノに攻撃されたフェイトに向けられた。

 

ー…そうだ、立ち止まっている訳にはいかないッー

 

サーベルを持つ右手に力を入れ、構え直す。狙いはクロノ。キラの考えでは恐らく正面からぶつかっても勝ち目はまずないだろう。ならば、狙うべきは『暗殺』だ。言い方を変えれば、不意打ち。殺す、まではしないがクロノの意識はほぼ確実に先程の攻撃で身動きの取れないフェイトに向けられているだろう。ならば、狙うタイミングは今しかなかった。

だが、問題がある。

 

(彼はきっと強いし、戦いの経験だって豊富なはずだ。だから、攻撃しようとすれば感付かれて不意打ちなんてできやしないに決まってる…)

 

そう、先程も述べたが、クロノはベテラン。名乗りを挙げた際の『執務官』という立場は恐らく簡単になれるものではないと、キラは推測していた。

簡単になれない立場をまだ若干幼いうちから『その場所』に立っている彼はきっと戦いの経験も、戦う術も知っているはずだ。だからこそ、魔導師として、敵として(・・・・)、強敵に違いなかった。

故に不意打ちなんてものをしようとすれば、自身に向けられた殺気に気づいてあっさりと避けられてしまうだろう。

 

(何か…何か手はないのか…ッ?)

 

焦り。

タラリと額から汗が流れる。

打つ手のない、いや作戦が思いつかないこの状況で、キラは少しずつ追い詰められていた。

そして、そうこうしている内にクロノはフェイトに向けた杖の先から青の魔力弾を複数生成する。…先程フェイトに向けて放った直射型の高速射撃魔法だろう。それをもう一度放つつもりだ。今度はとどめをさすために。

 

(やめ…ろ…っ)

 

心の中で、静かそう叫ぶキラ。当然ながらその声はクロノには届くはずもない。

そうして、動かない…動けないフェイトを守るかのようにアルフがフェイトを抱きしめ、その場で目を瞑ってうずくまる。間に合わないと判断したのだろう。

 

(やめろ…)

 

再び、キラは心の中で叫ぶ。そして、ある記憶がフラッシュバックした。それは大気圏突入時の事だ。

守り続けた人々を、花をくれたあの子を守れなかった瞬間。あの時のように、ただ見ているだけなんて、手が届かないのは嫌だ、と。

 

そして、その二人に無慈悲にも。

クロノは魔力弾を射出した。

 

直後。

 

「やめろおおおおおォォォォォォォォッッッ!!!」

 

咆哮。とともに、キラは突如謎の感覚に襲われた。それは辛くも、苦しくもない。むしろ心地の良い気分だ。周りの地形、風の流れ、呼吸、魔力弾の速度、次に取るべき行動、それら全てを掌握したかのような、感覚。初めてではない、以前からいざという時に起きる現象。

 

ーまた、これか(・・・)…ー

 

そして、フェイトとアルフの前に出たキラは魔力弾を防いだ。

防御魔法…プロテクションと呼ばれる魔法で。

 

「なっ…!?」

 

これにはクロノも驚いた。

 

『プロテクション』…正式名は『アクティブプロテクション』と言い、魔導師の間では一般的であり、基本的な魔法として覚える、もしくは教える者も少なくはない。その性能は基本の防御力は低いものの、発動時間が早い上に防御範囲が広く、おまけに使用魔力も少ないため、非常に便利な魔法だ。更にその性質は触れたものに反応し、対象のものを弾き飛ばすバリアであり、物理攻撃に対する耐性は高い。その使い勝手の良さから様々な応用技も存在し、防御力の低い者もこの魔法の応用技で弱点を補う。

 

当然ながら、アルフもこの魔法を使用する事が可能であり、キラに魔法を教える際にしっかりと練習させてある。

しかし、前述した通り、この魔法は防御力が低い。ある程度の魔法は防げても、ルーキーがベテランの魔法を、それも直射型の高速魔力弾(元々の火力は特別高い訳ではないが、相手を追わないのでカーブ時の多少の威力軽減がない為、ある程度の高火力を引き出す事ができる)を防ぐことは難しいはずだ。

しかし、キラは防いだ。弾き飛ばしたのだ。

故にクロノは驚愕した。

 

と、魔力弾を防ぎ終わったキラはいつの間にか小型のナイフを一本ずつ両手に持っていた。

 

(あの一瞬…で?)

 

そうして、キラの右足が前に一歩、出た事を視認した直後。

 

ドンッ、と。

まるでブーストをかけたかの様に加速した(・・・・・・・・・・・・・・・・)

高速でクロノの間合いに入ったキラは攻撃させない為にも即座に右手に持つナイフを下から上へと放つ。

だが、そこは熟練者。すぐにナイフの動きを読み、あっさりと回避する。

だが、キラも最初の一撃を外しただけでは諦めない。ナイフを逆手で持ち直し、すぐに振り下ろす。クロノもまるで来るのが分かっていたように、首を軽く横へと動かし、攻撃を避ける。キラは更にその逆手で持ったナイフを横へと一閃。だが、今度は飛翔による行動で回避されてしまう。

そして、空中へと逃げたクロノはすぐに魔力弾を複数生成、キラへと放つ。

次々と放たれる魔力弾はキラへと向かって飛んでいく。しかし、それらをキラは後方へと飛翔し、不発に終わった魔力弾の爆発の爆風に乗ってすぐさまフェイトとアルフの元へと立つ。

 

「アルフさん今のうちです、早く転移を!!」

 

咄嗟に言い放ったキラの言葉にアルフは一瞬、戸惑う。

と、砂煙の隙間からキラ達を狙うクロノが見えた。

 

(しまっーーー)

 

クロノにとって、一瞬の驚愕も隙ができたのと同じだ。魔力弾の射出スピードからして、放てば直撃することは目に見えていた。

けれど。

 

「やめて撃たないでッ!!撃っちゃダメェッ!!」

 

背後で身動きのとれない状態でいたなのはがクロノに静止の声をかける。

その直後、クロノは思わず、なのはを見る。

逃走には今しかなかった。

アルフはすぐにキラの手を取り、転移を開始。

 

結果、キラ達はジュエルシードを手にせず、この場を立ち去ったのだった。

 

 

 

「………逃してしまったか…」

 

…さて。

ジュエルシードが手に触れられる事なく放置されているこの場所、工業地帯のコンテナヤードに残っているのは、なのはとユーノ、そして突如介入したクロノだ。

 

「なのは、大丈夫?」

 

未だにバインドで拘束されているなのはに近付いたユーノが心配そうに言う。

 

「大丈夫だよ、そんなにキツく縛られてるわけじゃないから」

 

なのはがそう言うと同時に、クロノがバインドは解いた。

 

「すまない。念のための措置とはいえ、長く拘束状態にしてしまって」

「あ、いやそんな、私は気にしてな…ませんよ?」

 

それを聞いたクロノは安心したかのように息を吐き、そしてジュエルシードの回収をする。すると、まるで見ていたかのようにタイミングよく空中モニターがクロノの目の前に現れる。

 

『クロノ執務官…お疲れ様』

 

そこに映っていたのは明るい緑の髪、青色の制服を着た女性だった。

 

「すみません艦長…片方…逃しました」

『ん…ま、大丈夫よ』

 

艦長、と呼ばれたその人は若干気楽そうな返事をすると、クロノにこう命じる。

 

『…でね?ちょっと詳しい事情が聞きたいわ。その子たちを『アースラ』までご案内してね』

 

 

 

 

さて。アルフの転移により、工業地帯を撤退したキラ達は無事に元のマンションへと戻ってこれた。日は完全に沈み、月が空に昇っている。それは先程の戦闘から数時間ほど経ったのだということを実感させる。

 

「…い…ッ!」

「ごめんよフェイト。また痛むだろうけど包帯、巻くよ…?」

 

そして、フェイトが右腕に負ったダメージも、突如乱入してきたクロノによる被害がどれほどだったのかを実感させていた。

たった一発もらっただけでフェイトはほとんど動けなくなるとは、クロノがどれだけの脅威だったか、キラも理解できた。…フェイトの装甲が元々薄いのも、ダメージが大きかった理由の一つだろうが。

 

「…それにしても、あの男の子って何者なんですか?管理局とか執務官とか言ってましたけど…」

 

フェイトの手当てをしている最中に聞くのもなんだが、知らない事は聞ける時に聞いて知っておきたい。故にキラはアルフに質問する。そしてアルフに聞いたのも彼女なら『管理局』とやらについて何か知っていると思ったからだ。

 

「…あの子は多分…いや名乗っていた通り、『時空管理局』の局員だよ」

 

ここにきて、新たに出された『時空管理局』という単語。勿論、キラは『時空管理局』がどのようなものなのか知ってはいない。

 

「…時空管理局、ってのは次元世界を管理する司法組織…この世界で言うなら『警察』かな。管理局の仕事は主に次元世界で起こった事件の解決、指定遺失物(ロストロギア)の迅速な回収…あとは文化安寧のための仕事とかなんだけど」

 

と、区切ってからアルフはフェイトの腕に巻き終えた包帯を治療箱の中にしまう。

 

「…アルフさんは彼から逃げようとしてたよね。それもフェイトちゃんが捕まってから、じゃなくて現れて彼が管理局の一員だと名乗った時から」

 

意外に周りを見ているキラにアルフは若干驚く。そう、アルフはクロノの登場時、即座に魔力弾を生成し始め、尚且つ彼に殺気を向けていたのだ。隣にいたとは言え、突然現れた彼にキラの視線は彼に釘付けで、殺気を放っていたことは気づかれていない、と思っていた。

 

「…案外、周りを見ているんだねぇアンタは」

 

そう言って、アルフは一度治療箱を近くにある棚の上に置くとキラの前に立ち、告げる。

 

「…今更こう言うのもアレなんだけど、あたし達はさ、管理局からしたら違法行為をしているんだよね」

 

 

 

 

管理局の仕事は『世界』のバランスを安定なものに保つべく管理する次元渡航組織だ。その存在は管理局発祥の地、魔法科学の文化を持つミッドチルダだけでなく、管理内世界…魔法の存在が確認されている世界では管理局の名を知らぬ者はほとんどいないはずだ。それだけ大きな組織。

そして、彼らの役割は発生した事件の迅速な解決、その上で第一に安全の確保である。事件、と言ってもその内容、規模は当然ながら違うが、やはり安全の確保が一番の目的であり、絶対目標とも捉えられるものである。

そしてその安全確保のためにはやはり、もっとも危険と判断された存在の脅威の排除だろう。現場指揮官による判断や上層部の命令によって変わることもあるが、通常は事件の首謀者や発端者、被害拡大の恐れがある異物の回収、解体などが優先されるのだ。

 

だが、一番危険なのは指定遺失物(ロストロギア)の突然の暴走による被害だ。

 

よって、指定遺失物(ロストロギア)が確認された場合、事件の有無関係なく、彼らは回収を確実に目的とする。

これにより、管理局は指定遺失物(ロストロギア)の保持は違法行為と見なすのだ。

 

つまり。

 

 

 

 

「…だから、指定遺失物(ロストロギア)の回収を行い、更にそれを管理局に渡さず、手放さず保持しているあたし達は管理局にとって見過ごす訳にはいかない存在なんだよ。…証拠にあの場に現れてすぐに戦闘を止めに来たということは監視されていたってことだろうし」

 

疑いは恐らく、現れたタイミングとクロノのあまりの手際の良さからきたのだろう。ベテランだろうが何も知らずに突然戦場、ましてや二人の少女の戦闘に介入しようが状況判断は一瞬ではできないはずなのだから。

何より、時空管理局という巨大な組織が情報も無しに動く訳がない、そうアルフは思った故である。

 

「…じゃあ、それなら…」

 

ジュエルシードの回収を命じたフェイトの母は違法な行為と知らないはずはない。なのに何故ジュエルシードの回収を命じたのか、キラは疑問に思う。

何も知らないが故に簡単に口に出すのも難しい。彼女らにも色々事情があるのだろうから。

 

「…だけど」

 

ここで、黙っていたフェイトが口を開けた。

 

「違法行為で管理局に追われても、私はジュエルシードを集めなきゃいけない」

「だけどフェイト、普通の魔導師くらいならまだしもあいつ、ベテラン魔導師だ!!きっと実力もフェイトより上、あんなのとまともに戦ったらフェイトは捕まっちゃうかもしれないんだよっ!!」

「だったら、まともに戦わないで逃げる事を優先しちゃえばいい」

「フェイトっ!!」

 

アルフが止めようとするがフェイトは頑なに決心を揺るがさずにいる。どうやら、アルフはジュエルシードの捜索には反対のようだった。

その理由は明白、家族同然のフェイトに違法行為なんて早々に止めさせたいのだろう。しかし、フェイトはアルフの気持ちとは裏腹に違法行為ということを気にもせず、ただ母の命令をこなすことだけを考えている。一体、どうしてフェイトはこんなにも母にこだわるのか。

 

(………そうか、フェイトちゃんは…)

 

こだわる理由はきっと単純だ。けれど、単純だけど大切で叶えたいものなのだ。母の愛情を貰えない、けどきっと母に甘えたい、平和を望む彼女にとって。

 

 

だけど、彼女の事情を知ろうにも知る事ができない彼ら管理局にとって、見えているものはジュエルシードの発動による起きる可能性のある危険だ。

だからきっと容赦は、しない。

 

 

何故なら彼らもまた、平和を望むのだから。

 

 




(一ヶ月も投稿なしですみませんでした。一応見直しまくったのですが、間違えや誤字があったならご指摘お願いします)

某ガンダムのテレビゲームでステージ「ブリュッセル」、曲を「復讐〜フリーダム撃破」にしてcpエクストフリーダムと戦うの楽しいですハァイ。インパルスの盾ビームかっこいいですまじシン最高


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PHASE-12 想いだけでも

 

「どうしてなんだよ…どうして言う事を聞いてくれないんだよ…あたしはただ、フェイトに辛い思いをさせたくないだけなんだ…」

 

アルフが涙を流しながらフェイトに訴えかけるも、フェイトは依然変わらずに首を左右に振って答える。

 

「ごめんね、アルフ。でも私は母さんの願いを叶えてあげたいの。…だからお願い、あと少し…最後までもう少しだけだから…お願い」

 

そう言ってフェイトはアルフの頭を優しく撫でる。けれど、アルフの涙は止まらない。ポロポロと出てくる雫はアルフ自身にも止める事はできなかった。それはきっとフェイトを止めることができない自分が情けなくて、力不足を感じていて、助けることができない悔しさからくる感情の波に呑み込まれているからだろう。

 

「フェイトが悲しんでるとあたしの胸もちぎれそうに痛いんだ…。いつも目と鼻の奥がツンとして…どうしようもなくなる…」

「私とアルフは、少しだけど精神リンクしてるからね…。ごめんね。アルフが痛いなら、私はもう悲しまないし…泣かないよ」

「あたしは…っ、フェイトに幸せになってほしいだけなんだ…!!」

「………ごめんね、ありがとうアルフ。…でもね、私が母さんの願いを叶えてあげないのは母さんのためだけじゃない。きっと自分のためなんだ。私自身が母さんを助けたいから…なんだ」

 

そう言ったフェイトの顔はそれでも悲しそうに、けれどその想いだけは本物なのだとわかる表情をしていた。けれどフェイトの想いを知って尚、アルフにとってそれは良いことではない。フェイトにこれ以上危険な目にあって欲しくない、だけどフェイト自身の幸せを願うのに、彼女の想いを踏み躙るのは良いのだろうか。そんな想いがアルフの頭をよぎる。そして涙を拭き取り、アルフはーーー。

 

「…なら、約束して。あの人の言いなりじゃなくてフェイトはフェイトのために…自分のために頑張るって。…そしたら!あたしは必ずフェイトを守るから………ッ!!」

 

それが正しいのかはわからない。けれどアルフはフェイトの想いを尊重し、着いて行こうと決意した。

 

「…うん………」

 

フェイトは、頷いた。

 

 

 

 

「…で。ジュエルシードの捜索を始めるわけだけど」

 

早朝。眩しい太陽の陽射しを浴びながら、マンションの屋上にてアルフが呟いて、振り返り、キラへと質問する。

 

「キラは本当に良いの?あたし達の手伝いをするって」

「うん。二人には助けてもらったし、恩返ししたいっていうのもあるけど…やっぱり心配だから…って、強くもない僕が言うことじゃないけどさ」

 

これから行うのは昨日と今までと同じくジュエルシードの捜索。管理局もジュエルシードの捜索を行うかもしれないと予想するなら早急に回収しなければならない故に早期行動となったわけだ。

 

「ごめんよ、キラにも迷惑かけちゃうけど…よろしく頼むよ」

「うん」

 

少なからずキラには二度ほど助けてもらっている。故に戦力外、というわけではなさそうだ。

 

「…それじゃあ、アルフ、キラ。行くよ」

 

フェイトのその台詞とともに、空間転移が行われた。同時に、キラには一つ疑問が。

 

(…フェイトちゃん、僕のこと呼び捨てで呼んだような………?)

 

 

 

 

さて。場所は変わってキラ達は上空を浮遊していた。下を見れば、上空から見ているにも関わらず、終わりの見えない森林が広がっており、遠くの方には何故か一箇所だけ木の生えていない広場があった。

何故彼女達がそんな場所の上空にいるのか、理由は明白だ。ジュエルシードの魔力波長を探知したからに他ならない。

 

「…さて、と。管理局に捕まるのが先か、ジュエルシードの確保が先か…。ごめんよ、二人とも。あたしの判断で管理局相手に喧嘩売っちゃってさ」

 

…アルフは自分が考えなしに行動してしまったことを後悔していた。もしも、管理局が現れたあの時、素直に降伏していればどうなっていたか。管理局に事情を話せばフェイトは罪こそ問われようとも少なくともプレシアから解放されたかもしれない。キラだって自分達の事情に振り回されて管理局に追われるよう身にならなかったはずだ。

 

アルフはそう説明するとキラとフェイトは少し驚いたような表情をするとすぐに微笑んでから、言う。

 

「…例えそうなっても、私は納得しないよ。それに私だってあの時はアルフと同じこと、きっとしてたから。…だからアルフが責任を感じることはないよ」

「僕もさ、自分の意思でここにいるんだ。迷惑とか振り回されるとか、それが嫌だなんて思ってない。それに僕だって、あの『クロノ』って子に攻撃してるんだ。気にしなくて大丈夫だよ」

 

それを聞いたアルフは少しの間、棒立ちとなった。それから気が抜けたのか、何かが面白かったのか笑い始めたのだった。

…二人の想いは本心だ。それは二人の顔から読み取ることが出来る。アルフがいくら止めようとも恐らくは二人は己の信念を貫いていくだろう。

それがわかって、自分が考えすぎなのだと知って、アルフは笑ったのだ。

それとーーー。

 

「なんかフェイトとキラって似てるよね」

「そう、かな?僕、茶髪だし、目も赤色じゃないから…」

「似ているって外見のことじゃねーよ」

 

 

 

 

「…あった。あそこにジュエルシードがある。もう発動寸前だ」

 

フェイトのその報告に、キラはすぐに手に持っていた『ストライク』を待機状態(バリアジャケットのみ起動済み)から銃型の“ビームライフル”へと変形させる。

 

「それで、ジュエルシードは…どこに?」

「あそこだよ。思ってたより近くにあった」

 

そう言ってフェイトが指さした場所を見ると、先ほど何故あそこだけなのかと気になっていた広場があった。しかし、先程の光景と何が違っている。…明らかに広場から青白い光が放たれていた。

 

「あそこに、ジュエルシードが…」

「よしっ、フェイト、キラ。早速準備に取り掛かるよ」

 

アルフがそう言うと、キラとフェイトは広場の方へと向かっていく。

彼女達は事前にある作戦を決めていた。

 

ジュエルシードの収集を行いながら管理局から逃走するには、ただひたすらにジュエルシードの確保だけに集中するのではなく、管理局からのサーチの妨害と時間をできるだけかけずにジュエルシードを封印するしかない。そのために分担を二つに分けることが最適だとアルフは考えた。それはジュエルシードの確保を二人が。あと一人が管理局の到来を感知と魔力反応を遮断する結界魔法をはるというもの。

これは必然的に前者をフェイトとまだ補助系統の魔法は使えないキラ、後者は元々フェイトの補助に徹していたアルフが担当することになる。

 

「じゃあ、管理局に発見されたらすぐに伝えるから、無理はしないで早急に確保をお願い」

「うん。アルフもね」

 

そう言うとフェイトは広場の方へと翔んでいった。彼女について行こうとキラもその場から離れ行った。

…そして、その場に一人残ったアルフは、翔んで行くキラの背中を眺めながら呟く。

 

「………フェイトのこと、頼んだよ…」

 

 

 

 

広場の近くまで来ると、流石にジュエルシードが発動寸前の姿が視認できた。地面より少し高い位置を浮遊しているジュエルシードはその身を青白いオーラのようなものを発光させていた。

 

「…キラ、私ができるだけ戦うから援護をお願い」

「…あ、うん…」

 

直後にフェイトは手に持つ『バルディッシュ』を基本形態のアックスフォームから、鎌のような見た目のサイズフォームへと切り替え、鎌のように伸びた刃にそって金色の魔力刃を噴出させる。その動作に合わせてキラも遠距離射撃に特化しているランチャーストライカーフォームへと変形させ、“ビームライフル”が“アグニ”へとその姿を変えた。

 

…と、まるで合わせたかのようなタイミングでジュエルシードの発光が強くり始める。そして、その青白い光から魔力で構成された謎の青色の物量がズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルッッッ!!、とジュエルシードを飲み込んで空へと駆け上がって行く。やがて形を成し、巨大な二本の角と背中と思われる部位まで伸びるたてがみ。そして鋭い牙が生えている巨大な口を開け、天へと咆哮するその姿は、まるで。

 

空想上の生き物、(ドラゴン)のようだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「あれは………ッ!?」

 

キラは驚愕する。まさか生きていて出会うはずもないと思っていた存在を今まさにその目で見ることになっているのだから。

 

『Photon Lancer Multishot』

 

『バルディッシュ』の声が聞こえたその直後にフェイトの周りに複数のフォトンスフィアが生成され、フェイトは何の躊躇いもなく龍へと発射する。発射された魔力弾は高速で龍に接近し着弾、龍の悲鳴あるいは断末魔のような雄叫びと着弾時の轟音と煙で龍の姿は隠れた。

 

「キラ、吹き飛ばす(・・・・・)から砲撃お願い」

「う、うん…?」

 

フェイトの言葉の意味がわからないまま返事をすると、ヒュっと。

真横からフェイトの姿は消失し、キラの体をそよかぜが撫でてくる。それを理解した瞬間、先程の煙から爆音とともに龍がフェイトの宣言通り、吹き飛ばされてきた。

 

「…ッゥオオオ!!」

 

視認したその瞬間、キラはもはや反射的に“アグニ”のトリガーを引いただけだった。だが、発射のタイミングと標準位置は龍への直撃コース。ゲームで言えばExcellentの判定が出ているだろう。

 

しかし、龍は崩れていた体勢を利用し、蒼の魔力の奔流を身体を捻ることで回避し、そのままキラのもとへと飛翔する。

 

「キラッッッ!!」

「く、そォォォォォォォォォァァァァァッ!!」

 

接近させまいとキラは“アグニ”を連発する。だが、龍は猛スピードのまま軽々と砲撃を回避する。やがてキラを射程内に捉えると尾で速度を利用した攻撃を直撃させる。

 

「うあああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???」

 

ダメージ自体は魔力を消費したアーマー型のバリア、“フェイズシフト”により軽減はされたが衝撃は殺せない。キラは後方へと吹き飛ばされてしまう。龍は追撃するようにあとを追おうとするが、そんなことはさせないとばかりにフェイトが龍の体を切り刻んでいく。

そんな中、なんとか止まることができたキラはフェイトが龍と至近距離で戦っている姿を捉えた。援護しようとすぐさま“アグニ”を構える。が。

 

『残量魔力が危険域に入ります。これ以上の魔力消費はお控えください』

「そんな…っ!」

 

もともと、魔力量が少ない上に使用魔力を節約する術も完璧ではないため、“アグニ”の連発と“フェイズシフト”による大ダメージ軽減時の魔力消費は激しすぎたのだ。故に早くも燃料切れの状況に陥ってしまった。

 

(このままじゃ、何もできない…っ)

 

魔力をこれ以上消費すれば恐らくは飛翔すらできなくなるだろう。そうなればどうしてもフェイトの足でまといとなるに違いなかった。

 

だが方法がないわけではない。

 

(…僕があいつを一撃で止めさえすれば………っ!!)

 

戦わずして魔力を温存するか魔力がなくなってやがてこのまま尽きるのなら、残りの魔力をたった一撃に注ぎ込み、龍の動きを止めてしまえばいいのだ。そして問題なのはその後。魔力を使い切れば飛べなくなる故に高所からの落下はおそらく免れないだろう。

 

考えるよりもまずは行動。キラは『ストライク』をエールストライカーフォームへと切り替え、フェイトのもとへと飛翔する。

そして、先程よりも機動力と速度の上がっている状態のキラが丁度龍の攻撃を真正面から受け止めようとしていたフェイトを真横から抱きあげその場から連れ去るは早かった。

 

「キ、キラ!?何をして…っ!」

 

突然のことにフェイトは驚愕を隠せない。そして龍から距離を置くとキラはフェイトを離し、告げる。

 

「フェイトちゃん。ジュエルシードの封印を頼めるかな」

「…構わない、けどキラは…?」

 

聞いてすぐにフェイトは気付く。自分に封印する役目を頼むということはキラはあの動きを止めず、砲撃魔法を当てさせてくれない龍を止めるために戦うつもりだ、と。

 

(…やっぱり、母さんに怒られてでも(・・・・・・・・・・)キラを巻き込むんじゃなかった…)

 

フェイトは以前と同じ後悔をしつつ、手を伸ばし、キラを止めようとする。けれど。

 

「大丈夫。僕は大丈夫。だから待ってて。すぐに戻るから」

 

振り返って告げて、再び龍を見据えて。迷うことはない。本人は護ると決めたから、戦うと誓ったから。

 

「う、おォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!」

 

そうして雄叫びをあげながら、キラは二本の“ビームサーベル”を構え、エールストライカーフォームの移動魔法の一種である“エールブースト”で龍へと接近していく。結構な速度が出ているせいか風が顔にあたるがキラは目を細めながらも龍を捉えていた。一方の龍もキラの接近を寧ろ利用しようとするように咆哮をあげながら、キラを喰らおうとする。

ただそれだけで死の恐怖が、喰いちぎられる恐怖がギュオッ、と殺気とともに襲いかかってくる。…だが、キラには死への恐怖こそあってもそれに怯える(・・・・・・)ことはなかった。故に、前に出る勇気がある。

 

「ブースト………ッ!!」

 

そうキラが呟いた直後に、『ストライク』による瞬間加速魔法でキラの速度は通常をほんの一瞬だけ遥かに超えた。そして、龍と接触した刹那ーーー。

 

バシュッ、と。

 

ただひたすらに静かな音がなっただけにも関わらず、龍は首から下をキラによって5回切断された(・・・・・・・)。ほんの一瞬の出来事に、龍はまるで何が起きたのか理解していないように呆然と、その頭部のみを浮遊させていた。

 

「やった………ッ!?」

 

明らかに手に残る肉を斬り裂いた感触。そしてバラバラとなった龍の胴体が、キラの作戦が上手くいったことを示している。あとはそのまま、キラは予想通り地上へと落下していくはずだったが。

 

「“チェーンバインド”ッ!!」

 

一瞬の高速斬り抜けにより、魔力を空っぽにしたため慣性の法則よろしく飛んできたキラをタイミング良く合流したアルフが受け止めると、アルフはその残った龍の頭部をバインド魔法で捕縛する。そして。

 

「フェイト!!あとは頼んだよ!!」

 

アルフがそう叫ぶと同時に。キラは残った龍の頭部が金色の閃光に飲み込まれていくのが見えた。

 

 

 

 

結局、管理局が到着する前にジュエルシードは封印、回収は完了し、今はあの広場からなるべく離れ、マンションへと安全に転移する場所を探して空を飛んでいるところだ。

キラは魔力切れになるという正直後先考えない行動をしたが今は魔力を分け与えてもらったため、飛ぶだけなら何の問題もない状態である。ちなみにアルフが合流した理由はキラが龍へと突撃する直前でフェイトがアルフを呼んだからだ。…それを聞いたキラは自分の考えを見透かされているような感覚に陥るが。

 

「………そういえば、さ」

 

たった一つ、気になることがあった。

 

「フェイトちゃんに、呼び捨てされるとなんか照れくさいな…」

「……………ぇ?、あ……」

 

言われてようやく気付いて恥ずかしくなったのか頬を赤らめ、キラからは顔を逸らす。

 

「ご、ごめんね?私もなんだか気付かなかったよ…嫌だったよね」

 

一体何が引き金…きっかけとなったのか、フェイトは無意識のうちにキラを『くん』付けで呼ぶことはなくなっていた。無意識で呼び捨てていた上に自分で気付いていなかったのに指摘されるとなると恥ずかしくもなる…のだろう。

 

「…いや、僕はむしろフェイトちゃんと親密な関係を築けたようで嬉しいよ。…だからその、これからも『キラ』って呼んでほしい…かな」

 

頼んでおいてキラ自身も言っていて恥ずかしくなったのか誤魔化すように自身の頭を撫でつつ視線を泳がせてはじめた。

しかし、そんな視線もフェイトがキラと向き合うために振り返ったときにはフェイトへと向いていた。

そして視界に映ったのは。

 

「これからも一緒に頑張ろうね、

『キラ』」

 

なんだか嬉しそうに笑う、少女の笑顔だった。

 

 

 

 




お久しぶりです。色々あってようやく投稿に至りました。遅くなってすみませんでした、、、。

本編ですが、似たような場面があるようで怖い


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行間Ⅲ

 

暗く決して広くない部屋。だが、完全な闇があるわけではなく、部屋の出入り口の丁度正面に設備されているコンピューターの壁の前に映された空間モニターから光が発せられている。

そんな端から見れば目が悪くなりそうな不健康極まりない部屋にコンピューターの正面の椅子に座っている少女がいた。

 

「〜♪〜〜♪♪♪〜っと♪」

 

鼻歌まじりに、少女は正面にあるコンピューター操作のためのキーボードを軽快に、華麗にいじっている。指の動きには一切の迷いはなく、おまけに間違えることなく、少女は自分がモニターに映し出そうとしていたあらゆる情報…とある2人の魔導師が戦った時の映像が空間モニターに映し出される。

 

「うんうん、よく撮れてるし、魔力値の観測も完璧だね〜♪」

 

コンピューターの観測を何の問題もなく無事終了したことを表す表記を確認すると少女は一度椅子の背もたれに大きく寄りかかる。ちなみにそのとある2人の魔導師とは言わずもがなコンテナヤードで戦闘していたなのはとフェイトである。…いや、正確に思い出せば二人だけではなく、他にも戦いに参加していた者もいたのだが(しかもそのうち一人は戦闘開始の火蓋を切っている)。

映像の中には先程のコンテナヤード戦(仮)だけでなく、以前のジュエルシード暴走前に夜の街中で行われたものもある。

 

「どうだエイミィ。分析結果は…」

 

エイミィと呼ばれた今しがたキーボードを操っていた少女…エイミィ・リミエッタがモニターに映し出された『魔力値』の観測結果を見ていると丁度背後にある自動ドアから少年が立ち入る。

 

「あ、クロノくん。グッドタイミングだよ〜」

 

少年はクロノ・ハラオウン。コンテナヤードでなのはとフェイトの戦闘開始の直前に乱入してきた魔導師である。

そして、彼がいるということは先程説明したこの部屋…いやこの場所は管理局の次元空間航行艦船、時空管理局・巡航L級8番艦アースラの一室である。

 

「ああ、てっきりもう確認作業を終えていたものだと思っていたよ」

「え〜?なんだかその言い方だとまるであたしが少し前まで怠けていたか確認作業に時間がかかる無能みたいだよ?」

「あ、いや、エイミィの管制官としての実力を信頼した上での推測だったんだが…」

「え〜なんかクロノくんにそう言われると少し照れるなぁ〜。…まあ、艦長達が話しをしている間に無断休憩でさっきまで茶菓子をいただいていたんだけどね」

 

おい、という短い制止の声を無視してエイミィは早速モニターのなのはとフェイトの映像の下に魔力値観測結果を表示させる。

 

「へえぇ…!これは凄いわ……」

「………………………………………」

 

観測結果は二人とも『AAA』。更にそれぞれ具体的な数値が表示されている。

 

この『AAA』とは魔力量クラスのことであり、簡単に説明するのなら魔導師の保有する魔力量のレベル、と言ったところか。

 

「どっちも『AAA』クラスの魔導師よ…」

「………ああ」

 

ちなみに『AAA』を含め全部で11ものランクあるが、この『AAA』がどれくらい強いものなのか簡単に説明すると『本気を出せば街一つ消し飛ばせるレベル』である。おまけに管理局で魔導師の総合能力を表す魔導師ランク『AAA』以上の隊員は全体で5%にすら満たないという希少な存在。つまり対等な力を持つ隊員が揃えることが難しいため、2人は魔導師として非常に厄介極まりないのだ。

 

「魔力の平均値を見ても白い子で127万…黒い子で143万…。最大発揮時はさらにその3倍以上…」

「………………………ふむ……」

「クロノくんより……魔力だけなら上回っちゃってるねぇ(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

なのはとフェイト、2人の意外な魔力量の多さに少し驚きながらも、エイミィはクロノにからかうように指摘する。

それに少し頭にきたのか、若干声量を上げて言う。

 

「魔法は魔力値の大きさだけじゃない、状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力だろ」

「それはもちろん…信頼してるよ、アースラの切り札だもん、クロノくんは!」

 

そう言ったエイミィはクロノに笑顔を見せる。釣られてクロノも先程の怒りは何処かへ行ったのか、少し頬を緩めた。

 

「…しかしまあ、黒い子達を逃しちゃったのは詰めが甘かったね」

「………状況から分析した最善の行動だと思う…が?」

 

エイミィがモニターに今回は確保できなかった3人組を映す。

そこに映された人物はフェイト、アルフ、そしてキラだ。

 

「やっぱり可愛い女の子相手だと甘くなるのかな?2人ともクロノくんの好みのタイプだもんね?」

「そんなことはどうでもいいし…関係がない、ただ予想外の展開に驚いただけだ」

「そう?まあクロノくんは優しいからね〜…ってさっき状況に合わせた応用力とかなんとかって言ってなかった?」

「ぐ…っ、え、エイミィ主任、仕事中だぞ。真面目にモニタリングしろ」

「ふふ、はいはいっと〜」

 

2人がそう言い合っていると、背後の扉からノックの音が聞こえた。どうぞ、とクロノがエイミィの変わりに言うと、部屋に緑色の長い髪と額のマークが印象的な女性が入ってきた。

彼女の名はリンディ・ハラオウン。アースラの艦長であり、同性で察せるとおりクロノの母親でもある。

 

「二人とも、おつかれさま」

「あ…艦長」

「おつかれさまですっ」

 

リンディが柔らかな声で二人にそう言うとクロノとエイミィは挨拶をする。所謂、地位が上の者に対して敬意を表す動作、敬礼というやつだ。リンディはそれに対し答礼で応え、ようやくモニターに映された画像を目で捉える。

 

「なるほど…やっぱり凄い子たちね…。これだけの魔力がロストロギアに注ぎ込まれれば…次元震が起こるのもうなずけるわ。この黒い子もすごいけど…特になのはさんね」

 

リンディはモニター上に記載されている情報を見て、少し驚いているかのように言う。それを聞いたはクロノは。

 

「ええ…ただ彼女が保有する莫大な魔力量と瞬間出力、遠隔制御能力、そして最大加速と瞬間加速にこそ優れていますが…設置系や時間差系といった小技を使えないのか使わないのか…これでは動きの速い相手には格好の的になる」

 

と、評価した。これは高町なのはが魔法戦において飛んできた攻撃を受けるのではなく、受けて逸らすか正面から受けきる、といった精密で細かな動きは取らず、攻撃と防御のみに集中した戦い方に気付いたからだ。

 

「確かになのはさんの魔法には例え10発撃たれても、それを耐えきる防御と逆転できるほどの攻撃があるけど…十分な訓練や経験を積まずに実戦に出ざるを得なかったからこそのスタイルね。彼女、魔法の訓練を始めてからひと月も経っていないそうだから…」

「ええっ!?」

 

リンディのその言葉を聞いていたエイミィがまさかの事実に驚愕の声を上げた。無理もない、高町なのはは魔法において初心者も当然なのにもかかわらず、熟練者である魔導師相手と渡り合えるほどの力を持つのだから。

 

「…彼女の愛機は高性能デバイスのようでした。きっと主人が置かれた状況を考え、自らの性能やモードごとの変形機構をそのように特化させて調整しているのかと…」

 

クロノが今度は『レイジングハート』に対して推測する。

 

「しかし困ったわ…」

「何がです?」

 

リンディの言葉の意味…理由がわからないエイミィが質問するとリンディはモニターに映るなのはを見ながら言う。

 

「それだけの魔導師となると…正式な認可を得ずに魔法の存在が認知されていない管理局の管理外世界にこれまでの生活を何一つ変えることなく滞在し続ける…というのは難しいかもしれない…」

 

なのは達は仕方なかったかももしれなかったとは言え、魔法が認知されてもいない世界で魔導師と何戦も交え、しかも稀有な才能を持つ魔導師ともなると管理局から目を付けられるのは逃れられないはずだ。となれば。今までと同じ…というわけにはいかないだろう。

 

「…その件の対応については本件が落ち着いてからでもゆっくりと…今は返答待ちでもありますし」

「…そうね」

 

返答待ち、というのはつい数時間前に高町なのはとユーノ・スクライアと話し合い、提案した「管理局がジュエルシードの回収の全権を担当する」ということに対しての二人の答えのことだ。

 

「うーん、すごく良い子だし…管理局的にも放っておくには勿体無い逸材ですよねー」

「うるさいぞエイミィ」

 

そんなやり取りをする2人だが、リンディの表情は晴れない。真剣な面持ちでモニターを見続けていた。

 

「なのはさんとユーノくんがジュエルシードを集める理由はわかったけど…こっちの黒い子は………どうなのかしらね?」

「彼女達は随分と必死な様子でした…何か余程強い目的があるのか…それにこの少年…」

 

クロノがそこまで言ったところでエイミィがモニターを操作し、キラの画像をアップでモニター上に映した。

 

「彼は特に怪しい…というか不思議です。保有魔力量はCクラスにも関わらず、戦闘中に突然の魔力波の変容と魔力量の増加…」

「…謎ね、観測機の故障を疑いたくなるくらい」

「まあ、普通じゃまず見られませんからねぇ」

 

モニターに映ったのはキラの画像、だけでなく、キラの魔力波長ー魔導師の根源たる『リンカーコア』が発する信号の様なものであり、一人一人が独自の波長を発しているものーが記録されたものと魔力値のグラフ。どちらもある時間においてデータだけを見ると別人のように切り替わっている。

 

「一体どんな技術を用いたのか…」

「こうなると、彼がまだ何か隠してるかもしれないことを疑うよね。…実はクロノくんより強い子だったりして」

「…いや、魔力の変容には驚いたが彼の戦い方は戦闘経験があるとしても少し体勢がなっていなかった。勝てない相手ではないと思う」

 

エイミィがからかうように言うと、クロノは少し考えてからそう言った。魔力量は確かに急激に増加し、動きも早くて鋭いものだった。…しかし、時空管理局執務官からしてみれば、まだまだ荒削りで、まるでイメージだけが突出し、体が追い付いていないようだった。故にリズムさえ崩してしまえばあっさり捕えられるだろう。

 

「とは言え、油断しているとこっちが足を掬われるだろうな」

「今日みたいに?」

「あれは別に油断したわけじゃ…っ!…いや、正直少しばかり彼を見くびっていたかもしれない。心構えさえしていればもしかしたら逃げられることはなかった。僕もまだまだだな…」

 

強く拳を握り、自分の愚かさに苛立つクロノ。まだ10代であるにも関わらず執務官にまで上り詰めた彼だが、油断してしまったのは若さゆえの過ちだろう。

 

「彼は確か、キラ、くん?ってなのはさんは言ってたわよね?」

「えぇ…。まあ、彼女もフェイトって子が彼の名を呼んでいるのを聞いているだけだそうなので、本名かどうか確定するわけにはいきませんが」

 

なのはからはフェイトと共に行動している少年、とだけ聞いているだけで詳しくは教えて貰っていない。勿論、なのはにも詳しいことは知らないのだが。知っているのはキラがフェイトとアルフと共に行動していること。魔導師であること。…それくらいであろう。

 

「兎に角、彼らがジュエルシードを回収し回っているのなら早急にこちらも動かなくてはいけないわね…。エイミィの方で彼らの身元を調査をお願いできるかしら?」

「任せてください艦長!クロノくんに期待されてる私が全て突き止めてやりますよ!!」

 

そう言ってエイミィは早速行動する。流石と言うべきなのか、先程は勝手に休憩していたと言っていた彼女だが仕事はしっかりとこなす優秀な人材である。

 

これであとはジュエルシードの回収だけだろう。フェイト達よりも先に管理局はジュエルシードを確保しなくてはいけない。緊急事態を引き起こさないためにも、彼女達にジュエルシードの使用をさせないためにも。

 

「それにしても...」

「艦長?どうかしましたか?」

 

リンディはキラの戦闘時の記録映像を見ながら、何やら思ったことがあるのか顎に指をあてつつ、声を漏らす。

リンディにはまだ気になることが残っていた。それはうろ覚えで、もしかしたら気のせいなのかもしれない。

考えすぎかもしれない。けれど、そう思えても何故だか『それ』に関しては決して疎かにしてはいけないのではないか、と不思議と考えてしまう。…そして、エイミィに聞かれてから数秒考えて間を置いてから、リンディは口を開く。

 

「ごめんなさいね?『キラ』っていう単語を過去に何処かで見たような気がしただけよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

それはきっと今は誰も、気付くことはない(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




特になんてことのない話。
エイミィの使ってたパソコンみたいなやつってどんなのだったかうろ覚えで説明を書いたのでなんか「この表現は違うよ」と思うところがあったら教えてください…勿論、パソコンの説明以外にも間違えがあれば是非


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PHASE-13 力だけでも

 

…依然勢いを増し続け、止まる気配のない蠢めく海水の嵐の中、フェイトは思う。

 

ようやく来た、最後の舞台。今日この場で確かに終わるジュエルシード収集の戦い。今まで行方不明だったジュエルシードはこの海の中で眠る7つで全て封印したことになるんだ、と。

 

(ここにある全てのジュエルシードを手に入れれば…母さんの夢を、叶えてあげられる…)

 

母のために、自分のために、今日まで戦い続けてきたんだと、『バルディッシュ』を強く握る。そうして『バルディッシュ』を構え、足元には金色の魔法陣が展開され、フェイトは呪文を唱え始めた。

 

 

 

 

数時間前。管理局とのジュエルシード争奪戦開始から数日後、フェイト達はジュエルシードを龍だった物も含め三つほど手に入れることが出来た。しかし、管理局から逃亡を謀りながらのジュエルシードの回収は困難を極め、管理局よりも早く、管理局が到着するよりも早く、と、戦闘と封印に時間をかけていられない故に魔力を大量に消費し早急に終わらせていく他なかった。そのため、彼女達は既に休みはしたにも関わらず体の疲れが取れることはほぼなかったに等しく、正直なところ寝っ転がりたいというのが本音だ。

 

「やばい…慣れていないせいなのか、それとも動きすぎたせいなのか、この前からの筋肉痛が治る気がしない」

「なんでだよ、筋肉痛と言ってもあんたは殆ど動いていないから体に負担をかけてないし言うほど辛くないんじゃないかい?」

 

キラが何やら太ももをさすりながら、そんなセリフを零したが。アルフの言う通り、キラは相変わらず足手まといであり、ジュエルシード確保の際は殆どフェイト任せであり、キラが役に立てた時といったらフェイトの消費魔力をフェイトとアルフ、二人でジュエルシードを封印してきた時より抑えることができたくらいだろうか。おかげでフェイトはここまで魔力の枯渇に陥らずに済み、ジュエルシードの異相体を封印してこれたのだが。

 

ちなみに消費魔力を抑えることができた、というのはキラが“アグニ”による攻撃で魔力ダメージにより一気に異相体の体力(?)を奪えたため、封印に魔力を注ぐことができた。要は暴走体との戦闘にフェイトは魔力を殆ど使わずに済んだということだ。それでもキラがほぼ動いていないというのは前述した通り、キラは“アグニ”による砲撃をしていたからであり、ジュエルシードの異相体の動きを止めたり攻撃したりしたのはアルフなのでキラは毎回動き回ることなく砲撃できたのだ。

 

故に筋肉痛が治りそうにないというキラの言葉に、キラより動いているアルフは少し腹が立つのである。

 

「未だに魔法を使いこなせていないあんたのために動きまくってるアタシの身にもなってよ」

 

うぐっ…とキラは事実と自分が気にしていたことを指摘され、言葉に詰まる。…が。筋肉痛も事実な訳で。

 

「その…“アグニ”って地上でも空中でも撃った時の反動が凄いからさ。射線ズレないよう体勢を維持するのに結構筋肉使うんだよね…」

 

そう。そもそも魔法自体未だに使用に慣れていないキラは勿論魔法戦の技術はほぼないに等しく、最近は最初よりも慣れてきたが、それでも体には負担をかけているようで連日の魔法戦の繰り返しによりようやく体が悲鳴をあげてきたのだ。

 

「まあ、砲撃系は確かに反動もあるし、キラはここんのところ毎回撃ちまくってるしねぇ…。仕方ないといえば仕方ないのかな」

 

アルフは理由を聞き、腕を組みながら困ったような表情で納得する。それからジッとジト目でキラがさすっていた筋肉痛により痛めているであろう足の太ももを見る。そして何やら悪そうな顔をするとキラの背後へと回った。

 

「大丈夫?辛いようなら休んでいてもいいんだよ?」

「いや、我慢すれば耐えれるから大丈夫だよ。ごめんね、弱音吐いちゃって…」

 

当のキラは背後からアルフが忍び足で迫ってきているとも知らずに呑気にフェイトと向き合った状態で話していた。当然、キラと向き合っているフェイトはキラの背後から忍び寄るアルフを見つけられるわけで、何をしているのか疑問に思った。

 

「………えーっと、アル」

「えいっ」

 

フェイトがアルフに何をしているのかを聞こうとした瞬間、アルフはキラの太ももを足のつま先で割と強くつついてみた。

 

「……ッッんあ!?」

 

やはりというか筋肉痛の太ももに響いたようで。突然訪れた衝撃と痛みによりキラは飛び跳ね、丁度前方にいたフェイトに抱きつくような形となり、フェイトはフェイトでキラに押し倒されないようキラを支えていた。

 

「ご、ごめ………つぅ…」

「え、ごめんそんなに痛いとは思わなかったよ…」

 

思いのほかオーバーリアクションだったため、アルフは少し申し訳なさそうに謝る。それに対してキラは大丈夫と返すがその様子はまるで大丈夫ではなさそうだった。

 

「それよりもそれ以上フェイトにくっついてたら今度は蹴るよ」

「ちょ…洒落にならないって…っ!それよりもジュエルシードは!?」

 

アルフの脅迫を聞いてキラは素早くフェイトから離れる。流石につつかれただけで痛みを発する太ももを蹴られたくないのだ。断じてキラは痛みに快感を覚えるわけではないので当然だが。

 

さて。そろそろキラの言う通りジュエルシードの話に移すとしよう。今しがた彼らがいる場所は海辺の近く。フェイトによれば管理局側が今まで得たジュエルシードは恐らく四つであり、今までに得たもの、確認できたものを合わせ、更にジュエルシードの捜索範囲が海に絞られたことから残り七つほどのジュエルシードは全て海の中にあると推測した。その全てジュエルシードの確保のため、今は地上を歩きつつ、海へとやってきたのだが…。

 

「問題は海の中の一体何処にジュエルシードがあるのか。当然、海上からじゃ海底まで視認できそうにないし、ジュエルシードも多分まだ安定しているだろうから探知も難しいんだ」

「…なら、どうするの?…まさか手当り次第潜っては上がってを繰り返すんじゃ………」

「その手もあるけど効率悪いし、体力だって使う。正直、いい方法と言うには程遠いよ」

 

アルフはキラの予想を否定する。それに広大な海の底をある程度範囲が絞られているとは言え、潜っては上がっての繰り返しによる捜索はあまりにも時間がかかりすぎるだろう。例え運良く見つけられても七つ全てを発見する頃には管理局にも追いつかれてお終い、体力も魔力も使い切った後では抵抗も出来ずにお縄につくことになるだろう。

 

「そこで、捜索範囲に魔力流を撃ち込むんだ」

 

フェイトが言ったその作戦はつまり、海底に眠るジュエルシードに魔力反応を引き起こさせ、強制発動させるという荒業。以前にも居場所の特定のために行われた方法だ。

 

「そんなことして…暴走って七つ同時にってことだよね。危険じゃないかな。魔力だってきっと殆ど使っちゃうんでしょ…?」

「だからこそあたし達がいるんだろ?フェイトが魔力を撃ち込んだら、あたし達も全力で戦うんだ」

 

早急にジュエルシードを確保するにはもうその方法しかない。けれどその方法も手当り次第の作戦と殆どなんら変わらない。時間こそ早くなるが、魔力の消費も早くなるだけだ。しかし、それほど彼女達は既に追い詰められていた。

 

 

 

 

時間は戻り捜索範囲内の海上にて。

フェイトの金色の魔法陣が展開されると上空の雲からは稲妻がはしりはじめた。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス……煌めきたる雷迅よ…」

 

それはフェイトの最大の魔法。過去にフェイトが魔導師として強くなるために完成させた最大攻撃魔法、“フォトンランサー・ファランクスシフト”。それを海へと撃ち込むために発動呪文を唱え続ける。

けれど。

 

(…確かに、ジュエルシードはこの周辺の海の中で、強制発動させればあとは封印するだけ…。でもフェイトちゃんだってこれは流石に限界を超えてるはずだ…)

 

魔法の知識は殆どないがたった一つのジュエルシードですらある程度の苦戦を強いられるのに、特大魔法の発動と七つ同時にジュエルシードを相手に戦うことを考えればフェイトでも限界を迎えるであろうことはキラでも想像できた。それはきっとフェイト本人も気付いているはずだ。しかし、それでもこの方法をとるのは恐らく管理局も同じくこの辺り一帯を捜査範囲としており、モタモタしていれば先にジュエルシードを確保されるのを恐れているからだろう。

 

「打つは雷…響くは轟雷………アルカス・クルタス・エイギアス…」

 

既にフェイトの周りにはフォトンスフィアが38基。そしてフェイトが『バルディッシュ』を掲げ。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

振り下ろした瞬間、稲妻が、閃光が、海へと降り注ぐ。周辺は雷鳴が響き渡り轟音が耳を突き抜けていく。そして、フェイトとアルフの狙い通り、ジュエルシードが強制発動されたのか海からは七つの水柱が噴き上げた。

 

「アルフ…空間結界とサポートをお願い…」

「任せてといて!!」

 

フェイトは疲れた様子でアルフに言う。やはり、フェイトですら先程の魔法はだいぶ負担となったようだ。

 

「キラ!これが最後、全力で行くよ!!」

「うん!」

 

そしてアルフの掛け声とともにキラはまるで触手のようにうねる水柱へと突撃して行く。足の痛みなど気にしている場合ではない、フェイト達を守るためにも自身が頑張らなくてはいけないと、キラはライフルの銃口を水柱へと向けて魔力弾を数発撃ち出した。

 

 

 

 

時空管理局次元空間航行艦船アースラのメインブリッジでは丁度海上にて戦闘中のフェイト達の映像が流れていた。彼らはジュエルシードの捜査区域の海上にフェイトの大型魔力を感知し、既に作戦行動のために準備を進めていた。

 

「なんとも無茶をする子達ね…」

「無謀ですね。間違いなく自滅します。…あれは個人が出せる魔力の限界を超えている…」

 

映像を見ながら、リンディとクロノは会話する。映像では複数の水流相手に抗い続けるキラとアルフ、そして魔力不足なのかフラフラと飛びながら戦っていた。と、クロノが映像を見ていると背後の扉が開かれ、なのはがブリッジへと入ってきた。

 

「フェイトちゃん…!!あの、私急いで現場に…!」

 

映像にはすぐに気付き、フェイトが戦っていることを知った。けれど。

 

「…その必要はない。放っておけばあの子は自滅する。自滅しなかったら力を使い果たしたところで叩く…。今のうちに捕獲の準備を」

「了解」

 

より確実に確保するにはそれが最善策だ。ジュエルシード自体、管理局の武装員で封印も可能である上にフェイトは魔力枯渇で弱っている。例えジュエルシード全てを封印されたとしても、三人は確実に疲労しており、数による制圧で簡単に捕縛できるだろう。

 

「でも………………ッ!!」

 

クロノの考えもわかる。けれどなのはは納得できなかった。今まで戦ってきた少女を、最善の一手のためとは言え見捨てるのは嫌だった。

 

あの子を、助けたい。

 

そんななのはの想いが伝わったのか。

彼女の味方はすぐ近くにいた。

 

 

 

 

「次から次へと…っ!!」

 

戦いは思っていたより苦戦を強いられ、キラの動きは確かに鈍くなっていっていた。しかし諦めるわけにはいかず、必死に水流から逃れながら魔力弾を撃ち込み続ける。だが、水柱による雨と水しぶきで視界を妨げられており、もはやギリギリの戦いを行っていた。

 

(数分飛び続けて未だにジュエルシードの確保はゼロ。…体力も魔力も限界が近い…)

 

疲労が溜まってはいるがキラの思考回路は冷静に回っており、状況整理を行う。アルフもフェイトのサポートをしているが元々空中戦闘が苦手とするらしい彼女もやはり一人で数を相手にするのは難しいようだ。フェイトももはやフラフラであり、正直これ以上の戦闘は危険であろう。

 

「フェイトちゃん!!アルフさん!!」

 

二人の援護を、とキラは二人のもとへと飛翔するも水流はキラの行き先を妨げ、更には捕らえようとしているのか複数の水流が襲いかかってくる。必死に回避と魔力弾を撃ち込み押し返そうとするが抵抗も虚しく。ついにキラは一つの水流に足をとられてしまった。

 

「しま…………!?」

 

動きが止まってしまえば格好の的だ。あらゆる方向から水流が瞬く間にキラの体を呑み尽くす。そして今度はキラの頭上から水流が迫ってきた瞬間。キラは聞きーーー見た。

 

「フェイトッ!?フェイトオォォォッ!!」

 

フェイトもキラと同じく水流に呑み込まれ、アルフは水流による攻撃でフェイトから距離を離されて行くその光景。

 

その時、キラの中でまるで時間の流れが遅くなったような感覚に陥った。

 

ーーーまた…僕は………

 

今度は全身を水に呑み込まれ、荒れ狂う水の流れはキラの体を揺らし続ける。息が出来ずに、上も下もわからないその状況でそれでもキラは呑み込まれる前に見た光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。

そして。

 

「く、そおおおおおおオオオォォォォォォォォォァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

弾けて割れて。空間全てを掌握したような、不思議な感覚を得た。

 

 

 

 

フェイトの魔力不足は深刻であり、『バルディッシュ』のサイズフォームの魔力刃は殆ど原型を留めておらず、今にも消えてしまいそうだった。そもそも飛行するのがやっとであり、水柱に対して攻撃しても弾き飛ばされてしまうほどだ。…それでもフェイトは諦めようとしない。何度も何度も水流を叩き斬り続けていた。

 

(あともう少し………もう少しで…)

 

この七つのジュエルシード全てを持って帰ることができたら、長かった仕事は一先ず終えることができる。何より、母の願いをもう少し叶えてあげられると思うとフェイトはこんな時でも頑張ることができた。疲労に耐えることだってできたのだ。だが結局はそれは気持ちだけであって、体は疲労に耐えられるはずが無い。疲れが溜まれば体はやがて動きが悪くなる。電灯を使い続ければその光力は弱まっていくのと同じように。

そんなフェイトを水流が簡単に見逃してくれるわけではなく、三方向から同時に襲いかかってきた。当然避けることはできず、水流の中に呑み込まれた。

 

「…………ーーー!!……ォ…ー!!!」

 

水の中は流れが荒れているせいか外からの音を殆ど遮断しており、アルフの声は微かに聞こえる程度。息もできなければ、抜け出す気力も水を吹き飛ばす力もない。ただもがくことしかできなかった。

 

そんな時。

 

蒼の魔力の砲撃がフェイトを呑み込んだ水流を本体の水柱から切り離した。

 

「…ッハァ、あ…!?ゲホッ、ケホ…っ、ハァ」

 

ジュエルシードの制御下から外れればただの水。重力に従い、海の中へと落ちていきフェイトは解放された。

 

「…ハァ…ハァ…キ、ラ…?」

 

息を切らしながらも、助けてくれたであろう彼の名を呼ぶ。水柱によりその姿は見えなかったが、蒼の魔力弾と水が飛び交っているのが確認できた。

 

(私も…早く…キラを…)

 

限界は近い。動くのが辛い。けれど立ち止まるわけにはいかなかった。

 

「フェイトォッ!!」

 

アルフの叫びに、フェイトは気付く。水流が再びフェイトへと迫ってきていたことに。今のフェイトに、避けることはできなかった。

けれど次の瞬間。

 

一筋の桃色の一線が、水流を吹き飛ばす。

 

振り返ってみれば、雲の隙間から射し込む光から舞い降りる影が一つ。

高町なのは。

白の魔法少女の到来。

 

「あの子は…」

 

ーーーこの状況であの子の相手なんて…

 

できるはずはない。故になのはがフェイトに接近してきても、フェイトはその場から離れることはなかった。だが、不思議と自分が彼女に対して警戒するのを止めている事に気付く。

助けてくれたからだろうか。それとも?

 

「…フェイトちゃん……。一緒に、ジュエルシードを止めよう」

 

なのははフェイトに接近するなり、協力を申し込む。突然の申し出にフェイトは戸惑い、返事ができない。

 

『Divide energy』

 

突然、フェイトはなのはから魔力の供給される。

 

『Power charge』

『Supply complete』

 

魔力は回復し、消えかかっていた『バルディッシュ』の魔力刃も勢いよく噴出した。

 

「二人できっちり、はんぶんこ、だよ!ユーノくんとアルフさんが止めてくれてる…だからいまのうち!二人でせーので一気に封印するよ!」

 

複数の水柱の方を見れば、アルフと初めて見る少年が“チェーンバインド”で水柱の動きを封じていた。

なのははフェイトよりも上空へと飛んで行き、そこにはどうしたらいいのかわからないというようなフェイトだけが残っていた。

 

『Grave foam set up』

「『バルディッシュ』…?」

 

そんな状態のフェイトを後押しするかのように、『バルディッシュ』が自らの意思で大魔法発動のための形態へと切り替わる。そして決心したのか、フェイトは魔法陣を展開させ…。

 

「せー…の!」

 

金色と桃色の稲妻と砲撃が七つのジュエルシードを呑み込んだ。

 

 

辺りには静寂が訪れ、雲の隙間から射し込む太陽の光とその光を反射している海面がその風景を神々しくしていた。戦いを終え、彼、彼女達は一先ず安心する。そんな中でなのははフェイトへと再び接近、そして対面した。その間には海の中より浮上した七つのジュエルシード。だが、今のなのはにとってはジュエルシードよりもフェイトとのことが一番大事だった。

 

「…フェイトちゃんに言いたいこと、やっとまとまったんだ」

 

なのはは言う。彼女はなりたかった。

 

「私はフェイトちゃんと色んなことを話し合って……伝え合いたい」

 

そう例えば。

嬉しい気持ちも悲しい気持ちもわけあたえられる。言いたいことを言い合える。一緒にいると楽しくなれる。

そんな素晴らしい関係に。

 

 

 

「友達に…なりたいんだ」

 

 

 




筋肉痛の件が思いのほか長くなってしまった…

個人的に最後の方の…の後の文章が綺麗に書けたかなって思ってます


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PHASE-14 怒りの矛先

 

「友達に…なりたいんだ」

 

優しく微笑みながら、なのははフェイトにそう言った。

初めて言われたその言葉にフェイトは何も言えなくなる。呆れたからとかではなく、なんて言えばいいのかわからないのだ。

 

「………………私は…」

 

 

 

 

「ハァ……ハァ………」

 

キラはフェイトとなのはともユーノとアルフとも一緒にはおらず、彼らから離れて(ジュエルシード封印時の砲撃に巻き込まれないようにしたため)静止していた。その様子は何か疲れているようで、原因は果たしてつい数時間前に言っていた筋肉痛なのか。あるいは単なる疲労なのか。

 

(とりあえず、…戦いは…終わっ…た?)

 

静寂が訪れたのならそういうことなのだろう。しかし、戦闘は終わったというのに、キラの瞳に光はない。空間の全てを掌握するような、あの感覚も未だに残っている状態だった。けれどキラに疑問はない。まるでそれが、その状態であることが当たり前であるかのように。…あるいは、無意識に敵意を感じている(・・・・・・・・)からだろうか?

 

(………違う、まだ…何か…来る…?)

 

本能がまだ終わりじゃないと、気を抜くなと告げている。…っと、キラが周辺を警戒していると、『変化』は訪れた。

 

それも頭上から。

 

静寂かつ晴れ始めていた空は突如黒雲に覆われ始め、その雲からは紫電が迸るのが見える。何が起きているのか、今のキラにはわからない。普通に考えれば天気の変動だと思うのが妥当だろう。けれど、だけど、それにしてはいくらなんでも突然すぎる。

 

故に、反応ができなかった。

 

轟音が、光が、あった。

 

「な…に、が?」

 

問いかけても答える者は近くにいない。理解も殆どできない。視界に映るのはまるでキラ自身を周りの目から遮断するかのような海の波のみで。直後に、キラは意識を落とす。その理由は今はわからなかったが、キラは何故だか重かった体が一瞬軽くなったように感じられた。

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………ぁ、?」

 

目が覚めると、そこは室内…というより、廊下だった。正確に説明すれば、大きな扉の前の廊下の絨毯の上でキラは寝そべっていた。

あの雷撃から何が起きたのか、ただそれだけが気になる。とりあえず周りを確認するため体を起こそうとすると若干痛みが走るも動けないというほどではなかったので、苦戦しつつもキラは体を起こすことに成功した。

 

「………アルフ、さん?」

 

最初に気付いたのは近くには顔を伏せて体育座りしているアルフの存在。アルフは寝ていたのか、キラがアルフを呼んでから少し間を置いてから、顔をあげた。そしてキラは。

 

「………起きたんだね」

 

アルフの顔を見て、ギョッとした。泣いていたのか、目を赤くしており、眉間にはしわがより、更に言えばまるで疲れているようだった。

 

「…アルフさん。ここは何処?フェイトちゃんは…?」

 

近くにフェイトがいないことに気付き、アルフに問う。するとアルフは顔を蒼白くし、俯いた。が、すぐに閉ざしていた口は開かれる。

 

「……ここは、時の庭園。場所は前にキラも来たことあるじゃないかな、玉座の部屋の前だよ」

 

聞いて、キラは思い出す。確かフェイトに突然母が呼んでいると言われ連れてこられた場所だ。目の前にある巨大な扉の先でフェイトの母からデバイスを渡されたのを覚えている。

 

「あの落雷のあとさ…簡単に言えばアンタとフェイトはこっちに転移させられた。あたしはジュエルシードを確保して追いかけてきたんだ」

 

転移させられた。…つまりはあの雷撃は人の手によるものであり、恐らく転移のため管理局からの追走を阻止する撹乱と目隠しの雷撃だったのだろう。そして転移先が時の庭園ならば、あの雷撃の発動者はフェイトの母、プレシア・テスタロッサだとキラは推測する。

 

「アンタは多分雷撃をその身に受けたんだろうね、気を失っていたんだ。まあ、疲労が溜まっていたのもあったんだろうけど」

「そう…。フェイトちゃんは?」

 

状況は大体把握した。しかしまだわからないのはフェイトの行方。話を聞く限り時の庭園内にいるはずだが…。

 

「………フェイトは…」

 

そう言ってアルフは扉の方を見て黙り込む。…嫌な予感がした。先程のアルフの顔、以前、フェイトの母がいた部屋の扉の前、フェイトの不在。

 

(ま、さ、か…)

 

直後に。

 

 

時の庭園内の廊下にムチがしなり、何かを叩きつけた音とフェイトの悲痛な叫びが響き渡った。

 

 

「……………………………………あ?」

 

気持ちの悪い汗が額から流れ、心臓はバクバクと心拍数をあげ、体は何か鎖に縛れたかのように動かなかった。そして扉の奥からはムチの音とフェイトの悲鳴が聞こえ続けていた。

 

「…あの鬼ババは、フェイトにジュエルシードの確保をしなかったことを責めてるんだ。近くにあったからね、多分雷撃は早く確保しろの意味もあったと思う。アンタが転移させられて、フェイトにも雷撃が落ちてあたしはすぐに察してジュエルシードを手に入れようとしたけど…執務官様にやられたよ、三つしか確保出来なかった」

 

フェイトの悲鳴が聞こえる中で、アルフは俯きながら、けれど歯を食いしばりながら話し続ける。

 

「あたしは…無力だ。フェイトのためなんだって言い聞かせ続けて、力になろうって思っていたのに、結局できたのはフェイトを苦しめるだけだ…。ジュエルシードもあれを全部確保できていたらフェイトが責められることもなかったかもしれないのに」

 

そして拳を強く握るアルフの姿はまるで悔しくて苦しくて、体が震えていたように見えた。今までも、ずっとこうしてフェイトの悲鳴を聞き続けてきたのだろうか。きっとアルフが怒ってもフェイトは止めただろうから。それは数日前に見たから、聞いたから、キラはそう思うのだろう。

 

気付けば、ムチの音とフェイトの悲鳴は聞こえなくなっていた。

 

「………もう、こんな思いはごめんだ」

 

アルフがそう呟き、巨大な扉を開けて部屋の中へと入っていく。…いやその前にアルフはキラの方へと振り返り、告げる。

 

「キラ。フェイトのこと、頼んだよ」

 

確かに、そう言って部屋の中へと入って行った。呆然として、思考停止が数秒あったが、どういう意図があっての台詞なのか、すぐにわかった。急いでキラも部屋の中へと入る。

視界に入ってきたのは丁度、フェイトがアルフの手により優しく床に下ろされる所だった。フェイトの露出している肌は赤く腫れている箇所が多くあり、それがムチによるものだとわかる。

 

「……………………」

 

言葉はなかった。話には聞いていても間近で見る現実に、キラは衝撃を受けた故に。そしてアルフは寝かせたフェイトにマントをかけ、言葉も会話もないまま玉座の左側にある壁に近づき、拳を奮って壊した。ボゴンッッッ!!!!、と大きな音とともに埃が煙のように舞い上がり、アルフの姿はキラからは確認できなくなる。それが晴れた時には壁に大きな穴を残し、アルフはいなくなっていた。恐らく、プレシアを追って行ったのだろう。

その場に留まることなんてキラにはできなかった。

 

『キラ。フェイトのこと、頼んだよ』

 

アルフに言われた事が脳内で再生される。台詞からしてきっとアルフはフェイトを見ていてくれという意味で言ったのかもしれない。だが、万が一にも………キラが心配しないわけがなかった。

そうして、キラは壁の穴へと入っていく。壁の穴は厚かったのか通路のようになっていた。…もしかしたら正規の通路がこの壁の横にあるのかもしれない。壁の穴の出口からはアルフの叫び声が聞こえてきてくる。

 

『…っ!!なんであんな酷いことができるんだよッ!!』

 

そんな言葉の次に聞こえたのは轟音。果たしてそれは何によるものか、キラは確認すべく、急いで壁の穴をくぐり抜けた。

視界に捉えたのはプレシアがアルフに向けて杖の先端を向けている所だった。

 

「…っ!?アルフさ」

「邪魔よ、消えなさい」

 

そんな冷徹な言葉に遮られ、焦って手を伸ばしても届くわけがなかった。プレシアの持つ杖の先端からは魔力弾が飛ばされ、至近距離にいたアルフは逃げる余地もなく爆音とともに舞い上がった煙にその姿が見えなくなる。キラは無事であってほしいと願ったが煙が晴れた後も姿は確認できなかった。

 

「…ぁ、ぁあ…」

 

愕然と、今しがた目の前で起きた光景にショックを受ける。アルフがどうなったのかはわからない。

 

「…ああぁ…ぁぁぁあああ…!」

 

……実のところアルフは直撃寸前に自らの力を持って床を破壊し、時の庭園から転移により逃れたのだが、キラには知る由もなかった。故に。

 

「ああああああああああああああああああああああああああァァァァァッッッ!!!」

 

激昂。許せなかった。許せるはずはなかった。フェイトを痛めつけ、挙句自分の娘の使い魔すら平気で攻撃したプレシア・テスタロッサが。あの少女二人をまるで駒のように扱う目の前の存在が。

 

「アナタはァァァァァァァァァァッッッ!!!!」

 

刹那、ドス黒い感情が湧き上がり、体内に巡る魔力が沸騰、五感は空間全てのものを捉えては掴み、筋肉はリミッターの解除がされたかのように力が増すのを感じた。そして、それに呼応するかのように待機状態にあった『ストライク』が起動し、キラの右手にはビームライフルが出現する。キラは銃口をプレシアへと向けると何の迷いもなくその引き金を引き、蒼の魔力弾を発射する。

 

「………」

 

対してプレシアは冷めたような顔で飛んできた魔力弾を片手で弾き飛ばす。そして杖で地面をカンっと軽く叩くとプレシアの周りには複数の紫色のフォトンスフィアが顕現、その数はざっと20基。プレシアが杖の先端をキラに向けるとフォトンスフィアからは“フォトンランサー”が発射され、ドドドドドドドドドドガガガガガァッッッ!!、と“フォトンランサー”がキラを嵐の如く襲い、地面を削り飛ばしていく。だが、空間掌握を完了しているキラにとって迫る弾幕を回避することは容易であった。弾と弾の僅かな隙間を背中に顕現した赤い翼、エールストライカーフォームでくぐり抜けていき、魔力弾をプレシアへと撃ち込んでいく。しかし、そのどれもがプレシアに直撃する前に『見えない壁』に憚られ、四散する。恐らく防御型の障壁を貼っているのだろう。何度撃ち込んでみても突破することなく、ただ魔力を消費するだけだった。

 

「くそッッ!!なら…ッ」

 

今度は左手にアグニを装備し、横移動で魔力弾を数発避けると、キラはプレシアに向かって“アグニ”を放つ。蒼の魔力の砲撃がキラへと向かって行く魔力弾すら呑み込み、やがて『見えない壁』に直撃する。バヂィバチジジジッッ!!、と砲撃と障壁がぶつかり合い、電撃と魔力が辺りに飛び散り続ける。しかし、先に四散しきったのは“アグニ”の方だった。

それでもキラは諦めずに弾幕を回避しつつ、“アグニ”を撃ち込んでいく。だが何度撃ち込んでみても魔力弾と同じく数秒は接触し続けたのだが、破るとまではいかない。

 

「…ッ、それならッ!!」

 

砲撃が効かないのなら正面から切り開く。そう考えたキラは左手のアグニを消し、右手のビームライフルをシュベルトゲベールに変更、魔力刃を発生させ、魔力弾を切り伏せながらプレシアの元へと接近していく。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああッッッ!!!!!」

 

もはやがむしゃらだった。無我夢中だった。魔力弾を切り伏せながらと言っても素早く振ることのできない大剣では一度に多く飛んできた魔力弾を全て無効化することはできるわけでもなく、数発がキラの体へと突き刺さっていく。魔力による魔力ダメージだけでなく、術式に電撃変換を組み込んでいるのか体自体にもダメージが伝わっていくのを感じた。だがそんなことをわざわざ気にしている暇などキラにはないようで、プレシアに近づくことのできたキラは正面の『見えない壁』に大剣を叩き込む。“アグニ”の時と同じように、衝突した瞬間、轟音と電撃と魔力が周辺を埋め尽くしていく。だが唯一違ったのはそれが障壁に通じたこと。ズブズブと僅かに障壁を剣先から突破し、ガリガリと障壁を切り破いていった。

けれど。

 

 

 

「………はぁ、こんなものなのね(・・・・・・・・)。興醒めだわ」

 

 

 

何の焦りすら感じさせないその言葉は、ほぼ全力を持って戦っていたキラにとって驚愕するほどのものだった。

 

そして、プレシアは杖を上から下へと振り下ろし、それに反応してフォトンスフィア20基全てがキラへと“フォトンランサー”を発射した。

障壁を破るために立ち止まっていたキラは当然全てを受け切り、衝撃により後方へと吹き飛ばされ壁に背中から衝突する。壁は衝撃で崩れかけ、背中から純粋な物理ダメージを負ったキラだが、それでも尚、立ち上がる。

 

「ハァ………ハァ………っ」

 

けれど限界はもう近い。元々、海上戦で体力を殆ど使い切っている上に強制転移の際に受けた雷撃によって体のダメージが残っているのだ。その上での全力戦闘はキラの体に多大な負担をかけてしまった。そのため息は切れかけており、足は体が支えるのが辛いかのように震え、意識も朦朧としてきていた。

キラはシュベルトゲベールを地面に突き刺し、倒れそうになる体を支える。そして憎しみにも似たような感情が篭った視線をプレシアへと向けた。

それは明らかな反抗の意思。キラはこのままただやられたというだけで終わらせるつもりはなかった。

だが。

 

(…あ、れ…………………??)

 

直後に視界が歪む。まるで目が回ったかのように世界が、回ってぼやけて目眩がした。何事かとキラは左目を擦ってみる。その瞬間ーーー。

 

ズキンッッッ!!、と。

 

頭が、腕が、体が、足が、筋肉痛とは比べ物にはならないほどの痛み…まるで外側と内側から肉を押し潰されるような感覚がキラを襲い、膝から崩れ落ちた。

 

「ぐ、がああああああァァァァァァァァァァ!?」

 

今まで感じたこともない、原因不明の痛みに耐えられず、キラは絶叫する。手は未だにシュベルトゲベールを握っているが、力はない。キラは痛みで思考が回らず、戦うことはもはやできるわけがなかった。

そんな崩れ落ちたキラを見たプレシアは。

 

「…どうやら、限界がきたようね」

 

感情のない、冷たい声でそう呟く。そしてキラに近づき、話しかけ始める。

 

「今のあなたは体内の莫大な魔力を無理に行使した結果暴走し、破裂寸前の状態…つまり、空気を入れすぎた風船ってところかしらね。

器そのものが小さい(・・・・・・・・・)おかげで膨大な情報量を閉じ込めておくことができず、外へと溢れそうになる魔力とそれを阻害する防壁があなたの体を蝕んでいるわ」

 

痛みが続く中、そんなプレシアの話はキラの耳には殆ど入ってこない。痛みの性、だけでなく絶叫しているから、というのも原因だろう。

 

「あなたが初め、ここに何の前触れもなく現れた時はわからなかった。本当にただの次元漂流者だと思っていたわ。…けれど、思い出した(・・・・・)。だから、私はあなたを利用させてもらうことにしたのよ」

 

言っている意味は理解できなかったが、何か重要なことを言っている気がしてならなかった。

 

「でも、それはもうおしまい。あなたはあの子よりも使える(・・・・)と思っていたけれどそんなことはなかった」

 

そう言ってプレシアは動けないキラの胸倉を掴んで持ち上げる。直後にキラは歪む視界から微かに見えるプレシアの眼を真正面から見た。

 

まるで何かに縋るような、手放せないでいるような狂人染みたその眼。

 

初めて会って会話したあの時の彼女と同一人物とは思えないほどの感情がそこにあった。

 

 

「あなたにもう用はない。どこへなりと消えなさい」

 

 

直後に。

終始酷く冷たく言い放った彼女は、キラの体を容赦なく吹き飛ばした。

 

 

 




挿絵入れようかと思ったんですけど構図が思いつかないという…力不足…。
挿絵は次回入れたいと思っています。

そういえば、終わりが近付いてきましたな


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PHASE-15 プロジェクト『F.A.T.E.』

 

………最近はよく気絶している気がする。

 

ガラガラと体の上に乗っている瓦礫を押しのけ、キラは起き上がった。体は思いの外軽くなっており、どれくらい気絶していたのかはわからないがプレシアと戦っていた時の今まで感じたことのない嫌な痛みは全くなかった。とは言え、プレシアにより腹部に魔力砲を至近距離で受け、壁を何枚も突き破って吹き飛ばされたようで背中と腹に物理的な痛みが残っていた。我慢できる程度なのが割と本気で不思議だが。

 

「……ここは何処だろう」

 

さて、問題はここからだ。体を起こして見れたものはどこまでも続く穴…というかキラが吹き飛ばされて作ってきた壁の穴と瓦礫の転がる廊下。時の庭園内であることは間違えないのだが、何分庭園内はとても広い。以前住ませてもらっていた時も庭園内を歩き回ったことはあるが、危うく迷子になりかけた記憶がある。

故に庭園内の何処にいるのか、わかるわけがなかった。

 

だが、何も行動に移せないわけではなく、当然ながらキラが吹き飛ばされたことが原因でできた壁の穴を追って行けばプレシアと戦った場所へと出ることができる。まずはフェイトがどうなったのかを確認するためにアルフが開けた壁の穴をくぐり抜けて玉座の部屋へ再び入室する。しかし、その部屋にフェイトの姿は既になく、恐らくプレシアによって何処かに運ばれたか、あるいは出てしまっているのか。プレシアが今この場にいなかったことにも安心とともに一種の不安を覚える。

 

さて、戻ってきたところで結局何かができるはずもなく、玉座の部屋からフェイトの部屋までの道のりはわからない(以前来た時はフェイトの部屋からではなく、フェイトが直接玉座の部屋の前まで転移した)ので一先ず、キラは無謀にも歩き回ってみることにした。

 

(…使ってる部屋はそう多くないのか)

 

部屋を出てある程度廊下を進むと部屋の扉がいくつも見つかった。しかし、それらの部屋は何か家具などが置かれていた訳でもなく、何も無い薄暗い部屋ばかりだった。まあ、庭園自体がバカ広い上に住んでいるのは数えるほど。空き部屋ばかりなのは致し方ないだろう。

 

(ここもハズレか…)

 

何回目となったのかわからないが、開けた扉の先はやはり何も無い。確認すればすぐに扉を閉め、キラはため息をついた。

吹き飛ばされた後、フェイトがどうなったのかはわからない。プレシアがどうしたのかもわからない。それに。

 

「アルフさん…」

 

助けてあげられなかった。元の『世界』で戦っていた時と同じ、過ちを再び犯してしまった。

拳を強く握り、自分の無力差に苛立ちを覚える。…これも何度したことか。もはやテンプレと化しているような。…それは兎も角、果たして部屋の扉を片っ端から開け、見覚えのある場所にまで辿り着く、というキラのローラー作戦は正しかったのか、明らかに使われた形跡のある部屋を発見した。

ようやく発見したその部屋はキラの記憶にはなかったが、本棚や精密機械があることから恐らくプレシアが使っている部屋だろうと推測する。故にプレシアがいる可能性を考慮して警戒するが、どうやら不在のようだった。

 

(書類と…研究レポート…なのかな、ファイルがいっぱいだ)

 

部屋に入ってすぐ右には机があり、その上には書類が散らばっていた。…机の上に関わらず、床にも。まるで焦っていたかのような、惨状。既に冷めてしまっている…いや、もしかしたら最初から冷えていたものなのかもしれないが、飲み残したまま放置されているコップの存在がより焦燥を感じさせられた。

呆然として、数秒の間はただ立ち尽くすことしかできなかった。それから、キラは何気なく床に散らばっていた紙媒体を拾い、その内容を目に入れる。そこに描かれていたのは何か機械の設計図のようで、使用用途は時空転移を行うためだと書かれていた。他の書類を見れば、例えば『指定遺失物(ロストロギア)について』や時の庭園の全体図が書かれた物もあった。

 

(研究って、ロストロギア、のことだよね…)

 

以前、フェイトから聞かされた、プレシアはとある研究のためにジュエルシードを欲しているということと散らばっていた一部の書類、また時の庭園の全体図に書かれていた最上階にあたる場所にある「駆動炉」も指定遺失物(ロストロギア)であるということから研究内容を少なくともロストロギア関連であると推測した。

 

けれど、気になることがあった。

 

それは殆どの書類に少しだけ書かれていた『アルハザード』という単語。それも指定遺失物(ロストロギア)なのかと考えたが、何処かの施設か世界であるように書かれていたため、その予想はすぐに捨て去る。

 

ふと本棚に目をやる。そこには前述の通り、ファイルが多く並んでいる。何も不思議ではないだろう、先ほどと同じその光景。だが、何故だか無性に、まるで惹きつけられるようにキラはある一つのファイルに釘付け状態だった。気になって、手に取り、そのファイルの表紙をみる。

そこには、ただシンプルな字体で。

 

「…プロジェクト、フェイト…?」

 

『プロジェクト F.A.T.E.』。ただ、それだけが書かれていた。

 

『F.A.T.E.』。開発コードにフェイトと同じ名が付けられているが何か関係があるのだろうか。

 

「『プロジェクトF.A.T.E.』…使い魔を超える、人造生命の作成と死者蘇生の研究…?」

 

恐る恐る中身を見れば、使い魔の契約時のプロセスや常時魔力消費を必要としない存在を作り出すこと、死んだ者を蘇らせるための研究とあった。そのための方法としてほぼ生命蘇生に近い、死亡直前時までならば人工の魂を吹き込むことで息を吹き返させることが可能な使い魔契約を元に、素体を作り出し記憶の転写をすることで本人同然の人物を生み出すこと。つまり、『クローン』の創造である。死者蘇生とは少し異なるが、それでも記憶が引き継げられれば本人そのものではあり、記憶は魂に保存された所謂セーブデータであり、コピーした記憶を新たな容れ物に入れてしまえば、同人物の作成も可能となる、とあった。

 

「基礎設計者…ジェイル・スカリエッティ…」

 

どのような人物かは知らないが、上記の方法の基礎となる部分を組み立てた科学者であるようで、完成までのプロセスはプレシアが作り上げたようだ。どうやら元々はジェイルという科学者が研究していたものではあるが、彼(?)はその途中で別の研究へと変更したため、完成をプレシアがやり遂げたようだ。またこの基礎設計はプレシアが引き継ぎ、組み立て途中で別の科学者にも渡っており、その科学者も完成にまで至ったとも記述させていた。

 

『超人類計画』。

 

あくまで、その研究関連であるため、『超人類計画』とやらに直接この技術が全て組み込まれたわけではないようで、『超人類計画』の進行のために設計を完成させたようだ。

 

…それは兎も角として、これらの研究はキラが今しがた読んでいるファイルには進行状況ばかりで結果が記述されておらず、どうなったのかはわからなかった。恐らく、別のファイルにでも挟まっているのだろう。同じ『プロジェクトF.A.T.E.』と背表紙に書かれているファイルは数本あるのだから。

 

キラは『プロジェクトF.A.T.E.』のその結果を見ようと、最新のものと思われるファイルを手に取ろうとした。

その前に。

 

「こんな所にいたのね」

 

咄嗟に背後を見れば、部屋の入口に腕を組みながら、呆れているかのような顔でプレシア・テスタロッサが立っていた。

 

「あなたは…ッ!フェイトちゃんはどうしたんだ!」

「…別にどうもしてないわ。ただジュエルシードを取ってくるようにと言っただけ」

 

そう言うとプレシアは空間モニターを顕現し、ある映像を見せる。

 

それはフェイトとなのはが戦っているもので魔力の光がビル群の間を飛び交っていた。

これはつまり、残り全てのジュエルシードを持っている管理局に殴り込みを仕掛けろ、と命じたということだろうか。…結局、自分自身の目的のためにフェイトの体にムチを打って無理矢理働かせているのだ。

 

「アルフさんまで殺して、そんな、自分勝手な…!」

「人の私物を勝手に覗いた貴方が何を。それにあの使い魔なら生きてるわ」

 

プレシアは苦笑して、キラはアルフが生きていることを聞き、驚愕し安堵する。そしてプレシアはキラが持っているファイルと棚から取り出されていた…先程キラが見ていた物…ファイルを見つける。その瞬間、微かに表情が変わり、目を細めた。

 

「……見たのね、それを」

 

冷酷さを感じさせない声色、以前対面した時と同じ落ち着いたような声で問う。キラは無言で頷き、肯定する。プレシアはそれを確認すると、何かを考えるように目を閉ざし…やがて開く。そして口をも開いた。

 

「………私は取り戻したかった。『あの子』と一緒に暮らす、静かで穏やかで、幸せで平和な世界を…」

 

…唐突なプレシアの話にキラは戸惑う。だが、何の事なのかすぐに気付くことはできた。

 

「毎日仕事が忙しくて、『あの子』には少しも優しくしてあげられなくて…仕事が終わったら、約束の日を迎えたら、私の時間も愛情も優しさも全て『あの子』にあげるつもりだったのに」

 

恐らくこれはフェイトのことだろう。だが、何故だろうか、プレシアの口ぶりでは過去の話をしているようにしかキラには聞こえなかった。

 

「だったら、今からでも遅くないです。フェイトちゃんは貴女を恋しがって会いたがって想っているんだ。昔のことは僕には知る由もないけど、貴女があの子との日常を取り戻したいと思っているのなら、あの子の想いを真正面から受け止めて、愛してあげられる筈ですっ!!」

 

何故あれだけ酷いことする理由は明確にはわからないままだが、プレシアがフェイトとの日々を望むなら、けれど何かの理由でそれができないでいるのならキラは二人のためにプレシアの背後にいるであろう黒幕と戦うことだってできた。

 

だが、プレシアは先程の表情とうって変わらず…というよりも何のことを話している、と言いたげな顔をしていた。そして。

 

 

「貴方は何を話しているのかしら?」

 

 

…その言葉が何を示すのか、キラはわからなかった。いやわかりたくなかった。脳が理解することを拒んで。

 

「…は、ぁ…?あ、なたこそ…何、言…って…?」

 

口から発せられた言葉途切れ途切れで

明らかに動揺しているとわかる。そしてプレシアはキラがあることを未だに知らないでいると気付いた。

 

「そう、てっきり『プロジェクトF』の資料を見たのだから全て知ったのかと思ったけど…まだ『全て』というわけではなかったのね」

 

聞きたくなかった。けどキラは耳を塞ぐこともせず、逃げ出すこともせず、ただ棒立ちしているだけ。

 

 

「…あの子は、フェイトは『プロジェクトF.A.T.E.』の産物。フェイトという名前はプロジェクトの開発コードから取ったにすぎない…。あの子は造り出されたクローン人間なのよ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

そして、何も出来ないまま、事実を知ることになった。

 

そして、そんな事には構うことなくプレシアは話し続ける。

 

「あの子は私の大切なたった一人の娘…アリシア・テスタロッサのクローン。姿形が、声が似ていてもあの子はアリシアではなかった…。利き手も魔力資質も魔力光も喋り方も人格さえ…あの子には確かにアリシアとしての記憶があってあの子もそれを認知していたのに、全くの別人だった。…結果、研究は失敗。そのまま計画は破棄されて今はもう私の手元には残っていない。あるのは過去に私が保存した資料と専用機器と技術だけ。あの子は紛れも無い失敗作でただの私の言うことを聞くお人形に過ぎないわ」

 

それは余りにも身勝手ではないかととれるプレシアのその発言に、キラはただ無性に腹が立った。

 

「けど…ッ!それならあの子は貴女に望まれて生まれてきただけだ!!それを失敗作だからとあんなに酷使する理由もないだろ!?僕にはアリシア、って子のことはわからない。貴女の話から察することはできても実際はどうなったのかはわからない。でもアリシアちゃんとフェイトちゃんは二人とも確かに違って、けど共通点だってある一人の人間なんだ!それらは二人の違いをよく知っている貴女が一番理解しているだろ!!」

 

アリシアとフェイトは違う。それはプレシアが言った通り容姿が似ていても喋り方も利き手も性格すら。だけど例え全く同じだったとしてもそれはアリシアでなくフェイトなのではないだろうか。アリシアはアリシアで、フェイトはフェイト。肉体も記憶も複製できても魂そのものはコピーできるはずがなく、存在している以上、その者は確かに一つの個性を持つ人間だ。

 

「そして、フェイトちゃんがアリシアちゃんのクローンならあの子の体には貴女の遺伝子を受け継いでいるはずでしょう?…なら、あの子は紛れも無い貴女の娘なんじゃないんですか」

 

クローン技術に関して詳しく知っているわけではない。しかし、アリシアという子がプレシアの娘でフェイトはその子の体を素体として生まれたはずだ。同じ体を作れば遺伝子も同じ。であるならば、フェイトも生まれこそ特殊ではあるがプレシアの娘に間違いないのではなかろうか。

 

「………貴方に…」

 

だが、キラの話を聞いていたプレシアは拳を握り、歯切りし、キラを睨みつける。そして。

 

「貴方に一体何がわかるっていうのよッッッ!!!」

 

そう叫んで、プレシアはキラの胸ぐらを掴み、本棚に叩きつける。ドンッ、という音とともに並べられていたファイルは本棚から落ち、結構強く叩きつけたのかバキバキと本棚の木材を壊した。そして背中の痛みに顔を歪めるキラに向かって、怒鳴るように。

 

「私はッ!アリシアに何もしてあげられなくて、仕事が終えれば私の全てをアリシアにあげようと思ってたのよッ!!それなのに、あんな失敗作のために注ぐ時間も優しさも…愛情なんてあるわけないわッ!!私の娘はアリシアだけで、私の今と未来は全てアリシアのもの…あんな失敗作に与える愛なんて一匙分すらない…っ!私はアリシアのために生きて、アリシアのために死ぬのよ!!」

 

そう言ってプレシアは過去を思い出してか涙を流す。押し付ける力は変わらず、寧ろ強まるばかり。痛む背中は抑えることはできず、胸ぐらを掴まれ持ち上げられているため自由も殆どない。

 

だが、喋ることはできた。

 

「………それで…ッ!最後は結局、全て良かったんだって思えるんですか!?母のためにと頑張ってきた子を捨てて、人一人の命を犠牲に生き返ったアリシアちゃんはそれで喜ぶんですか!?」

 

キラにとって今言えることはこれだけ。事情も過去も全てしっかりと理解できていないキラはこんな綺麗事しか吐けなかった。

だがプレシアはそれを聞いて、落ち着きを取り戻したのか力は弱まり、怒りと憎しみに染まった表情もなくなる。そこでタイミングよく…なのか、ずっと顕現されたままのモニターから強烈な桃色の光が映された。モニターは桃色で埋まり、とんでもない光力があるのかこの部屋をも桃色に染めた。

 

「…フェイト、ちゃん………ッ」

 

恐らく、フェイトはこの桃色の光に呑み込まれたはず。何度も言うように魔法に関して知識が殆どないキラでも桃色の魔法はとんでもなく威力の高い魔法だと理解できた。だが、プレシアは呆れたように。

 

「フェイト…もういいわ。あなたは…もういい」

 

そしてキラを離すと、無言で部屋を立ち去って行った。

 

嵐のような展開は過ぎ、部屋にはキラ一人。部屋はキラが来た時よりも更に散らかり、本棚も簡単には元に戻りそうにない。

 

「プレシア・テスタロッサ…あな、たは…」

 

背中が痛い。再び重くなり始めた体を無理に動かし、キラはプレシアを追いかけるように部屋を出る。

 

 

…一つ気になることがある。

 

 

それはプレシアは何故キラに自身の心情を語ったのか。

 

話す義理はないに等しい筈であり、意味がないことはプレシアがわかっているはずだ。キラは使役しようとしたのなら尚更。

 

…もしも。

 

もしも、あるいは例えば、プレシアがアルフのようにキラにフェイトを託そうとしたのなら(・・・・・・・・・)

 

そしてそれが無意識のうちであったのならば?

 

「…ストライク」

 

キラは時の庭園の廊下で静かに呟く。手に握る、ここまで共に戦ってきた『相棒』の名を。

 

 

 

そして、決意する。

 

 

 

「…もう、誰も死なせない…死なせるもんかッ!!!!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

そして、時の庭園が、揺れた。

 

 

 

 




台詞、ちゃんと書けてますかね?
キラが何を言いたいのか、要はフェイトはアリシアのクローンでも失敗作でも偽物ではなくて、望まれて生まれた、意思を持った人間なんだ、ということです。うん。


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PHASE-16 敗北がもたらす真実

 

…ここまでずっと戦ってきた。寂しいこと、悲しいこと、辛いこと、逃げたいこと、目を背けたいこと。

それらすべてを真正面から受け止めて、耐えて、愛する人の為に戦い続けてきた。期待に応え、願いを叶えてあげれば、きっといつかは笑ってもらえると信じて。

 

けれど。

 

期待には応えられなかった。

全てを賭けて全力を尽くした戦いに負けてしまったのだ。

相手は自分より戦いの経験も実力も浅いはずの少女。にもかかわらず、自分の今までの経験と実力と師の教えは、相手の少女には通用しなかった。

 

…いや、きっと自分の心が弱かったから。

 

ーーー何処かで迷いがあったから。

 

 

 

 

海鳴臨海公園。

 

…から、少し視認できるほどの海の先にかつての文明の名残のようなビル群が立ち並んでいた。それは元々そこにあったものではない。管理局が用意したレイヤー建造物であり、また魔法とは関係の無い一般人からは見えないように上空まで二重結界が張られている。

 

何故そのようなものを用意したのか、それは管理局…巡航L級8番艦アースラ組によるジュエルシード事件の解決のため、フェイトとなのはが心置き無く戦えるようにするためである。

 

そのビル群の中心にある草木が生い茂る建物の上になのはが立っており、戦闘エリアより少し離れた位置にある建物の屋上にはユーノ・スクライアと実は時の庭園の床をぶち破った後地球に転移し、なのはの友人、アリサ・バニングスという少女によって治療され、今は管理局と協力体制にあるアルフがいた。

 

「ここならいいよね…?出てきて、フェイトちゃん」

 

なのははバリアジャケットのみを展開し、その場にはいない少女を呼ぶ。すると、何処かで待機でもしていたのか、既にバルディッシュを手にし、攻撃態勢にあるフェイトが現れた。

 

「フェイト!もうやめようよ!これ以上あの女の言いなりになってたら…このまんまじゃ、不幸になるばっかりじゃないか…!!だから、フェイト…!」

 

フェイトを確認すると、アルフが即座に説得を試みる。しかし、フェイトは頭を左右に振り。

 

「だけど、それでも………私はあのひとの娘だから…」

 

やはり、フェイトは考えを変えない。

 

「…ただ、捨てればいいってわけじゃないよね……。逃げればいいわけじゃ…もっとない。フェイトちゃんは立ち止まれないし…私はフェイトちゃんを止めたい」

 

その手にレイジングハートを出現させ、なのははフェイトと真正面から向き合う。

 

「………ジュエルシード。私とフェイトちゃん、二人が出会ったきっかけ」

 

なのはがそう言うと、レイジングハートが回収、保管していたジュエルシードを全てなのはの周りに出現させる。同じく、バルディッシュも合わせるように保管していた全てのジュエルシードをフェイトの周りに出現させた。

 

さて。二人の対決が、どのような思惑があって行われるものなのか。

 

「フェイトちゃんを助けたいとか…友達になりたいとか…沢山思ってることはあるけれど、まずはジュエルシードの問題を片付けないときっと私もフェイトも先には進めない…」

 

それは前述した通り、ジュエルシード事件の根本を解決するための糸口を作り出すためであり。

 

「だから、賭けよう。お互いが持ってる、全部のジュエルシードを」

 

それはジュエルシードの確保とフェイトの保護、あるいは恐らくこの事件の元凶たるプレシア(これはアルフの証言と管理局による調査結果から推測)の居場所を突き止めるためでもあり。

 

「それからだよ………全部、それから…。私たちの全てはまだ始まってもいない」

 

そして何より、苦しんで、悲しんで、今にも泣きそうな少女を救うために。

 

「…互いが持つジュエルシード全てを賭けた真剣勝負……!」

 

今の彼女が食いつかないはずのない賭け勝負。実力と経験と、今までの戦いを考えれば、フェイトの方が強い。おまけにもう時間がないはずだ。故に、彼女は全力をもって勝利を掴みにくるだろう。どの一撃も鋭くて重くて当たれば酷く痛むような、そんな攻撃が襲いかかってくる。

それは今まで確かにフェイトと戦ってきたなのはが一番知っていた。

しかし、逃げはしない。真正面から受け止めて、全力で応えて、それが例え痛くて辛くても前を見続けるつもりでいた。

 

「本当の自分を始めるために…はじめよう」

 

フェイトを助けたいと願ったなのはだからーーー。

 

 

「最初で最後の、本気の勝負!!」

 

 

その数秒後。

空気を振動させるほどの激突が、始まる。

 

 

 

 

「戦闘開始…か」

「だね」

 

…時空管理局・巡航L級8番艦アースラの管制室にて、フェイトとなのは、両者が映された映像を見ながら、クロノが呟く。傍には椅子に座りながら同じく勝負の行く末を見守るエイミィもいた。

 

「…戦闘空間の固定は大丈夫か?」

「上空まで伸ばした二重結界に戦闘訓練用のレイヤー建造物…誰にも見つからないし、どんだけ壊してもだーいじょうぶ♪」

 

ちなみにただ映像に見入っているだけではなく、エイミィはしっかりと戦闘空間の状態と安定性を管理し、また勝負の決着後、すぐに動ける準備すら行っていた。

 

勝負の決着後。

それはこのジュエルシード事件を解決へと導くか否か、正にクロノたちが張った作戦(わな)だ。

なのはが勝てば、ただそれは良いことだ。ジュエルシードの全てはなのはと管理局に渡り、フェイトだって保護できる。

逆になのはが負けてしまった場合、それでもジュエルシードを全て確保したフェイトは確実にプレシアの元へと帰還すると推測されるため、勝負の前後に逃走経路に徹底して網を張り帰還先を突き止め押さえ、事件の根本を解決できるはずだ。

 

どちらに転んでも、管理局側がミスさえしなければ結果は事件の解決へと繋がり、フェイトも保護できる…そんな作戦だった。

 

「…しかし、ちょっと珍しいね…クロノ君がこーゆーギャンブルを許可するなんて」

「あの二人の勝負自体はどちらに転んでも問題ないしね」

 

そもそもどちらか一方に転んでしまい、それが管理局にとって損害あるいは事件未解決へと繋がるような博打は行わない。常に彼らは自らに正が傾くよう調整する。それこそが一番安全に迅速に事件や災害を解決することができるのだから。

 

「追跡の準備はできているか?」

「勿論!なのはちゃんが戦闘で時間を稼いでくれているからね。フェイトちゃんの帰還先追跡の準備はもう念入りにできているよ」

「頼りにしてるんだ…逃がさないでくれよ」

「了〜解ッ!まかせとけい!」

 

もはや事態は大きく管理局へ傾いている。ジュエルシードが相手側に集まり、次元干渉型の災害が発生する可能性を考えれば、良いことだ。

しかし。

 

「でも……なのはちゃんに伝えなくていいの?プレシア・テスタロッサの家族と…あの事故のこと…」

 

例え、災害による被害発生の可能性がなくなり、無関係の人々が巻き込まれなくて済むとしても、そこにそもそもの発端の人物の気持ちは尊重されていない。自分勝手に他者を巻き込むような行動をするのなら無理にでも押さえつけるのは当たり前かもしれないが、エイミィ達は調査により知ってしまったプレシア・テスタロッサの事情が事情なだけに気にかかってしまう。

 

「なのはが勝ってくれるに越したことはないんだ」

 

だが、だからと言って手加減して見逃して、その結果がなのはが傷つき、最後は無関係の人々まで悲しむようなことになるのなら、クロノは迷わずに押さえつける。

 

「今は、迷わせたくない」

 

 

 

 

「…しかし、少し問題なのはあの少年が確認できていないことだな…」

「うーん、やっぱりアルフの言ってた嫌な予感が的中しちゃったのかな…」

「……プレシア・テスタロッサと何かあって、というやつか?」

「アルフは脱出直後に、自分を追いかけてきた彼を見たって言ってたし…念話も通信もできないってことは…やっぱり何かあったに違いないよ」

「だけど、もしかしたらフェイトと共に来ていて、戦闘空間内あるいは外で待機している可能性もある。…警戒を怠るなよ」

「わかってるよ、クロノ君」

 

 

 

 

戦闘開始から数時間後。

 

結果はなのはの勝利という形で幕を閉じた。

 

勝敗を決したのはなのはの最後の一撃。

 

 

“スターライト・ブレイカー”。

 

 

『星を軽くぶっ壊す』…否、『星の光で破壊する』それは術者本人と周囲の魔導師がそれまでに魔法を行使した際に周辺に散らばってしまった魔力を体内を通さず一点に集積することで強大な一撃を放つことができる砲撃型魔導師の最上級技術の砲撃魔法。だが、術者は元々自身が使用していた魔力に加え、他者の魔力をも扱わなくてはいけなく、身体には負担をかけてしまうため、この魔法は正に一発逆転のための最後の切り札である。

戦闘時、フェイトとなのははお互いに魔力は殆ど残っていたわけでもなく、体も限界を迎えいた。そこになのはの、強大な魔力を持つ二人が限界を迎えるほどに散らばった魔力を収束した砲撃。当然、威力は絶大なものとなり、二人分の強大な魔力が集まった魔力球は破裂しそうなほど膨れ上がり、そして放たれたその一撃はフェイトとなのは、二人の対決用にと管理局によって用意されたレイヤー建造物のビル群の全てを消し飛ばした。

 

そして、その一撃を貰う前に残っていた魔力のほぼ全てを使って切り札を放ち、限界を迎えた状態かつ“バインド”で動きを封じられたフェイトは元々防御が硬くないこともあり何重もの防御壁を張ってもなお耐えきれるはずもなく、真正面から“スターライト・ブレイカー”を浴び、意識を失った。

 

その後、意識を取り戻せば心配そうな顔で見つめてくるなのはが視界内にいた。呆然として、脳がすぐに働かなかったが、瓦礫の山と海と夕日を見て状況を理解する。

 

「…ごめんね…大丈夫…?」

 

なのはが心配そうに声をかけ、フェイトは不安そうな顔でなのはの顔を見る。フェイトはこの時、まだ勝負がどうなったのかしっかりと理解していなかった。…いや、理解したくなかったのかもしれない。

 

「私の…勝ちだよね………?」

 

だが、彼女の言葉で理解しざるを得なかった。正直、状況的にもバリアジャケットの破損度的にもなのはが勝ちなのは誰が見てもわかる。

 

「…そう………みたいだね…」

 

小声でバルディッシュに命じ、ジュエルシードを取り出す。そして、そのままゆっくりとその場を離れるように飛んだ。

 

今はもう何も考えたくなかったのだ。

 

しかし、そんな思考放棄の時間さえフェイトは与えてもらえなかった。先程まで晴れていた空は黒雲に隠され、紫電が上空で迸り始めたが故に。

 

「…母さん…ッ!?」

 

そして、周囲の海は、戦闘空域は落雷で包まれる。海に落ちれば電気が光の如く流れ、雷鳴が海の音も人の声も、その全てを掻き消してしまう。フェイトは困惑して、恐れて…そして、自分の頭上で紫電が落雷の準備を始めていることに気付いた。

 

「フェイトちゃんッッッ!!」

 

背後でなのはの声が聞こえて、振り返って、彼女が自分に手を伸ばしているのが見えた。しかし、それは間に合うことはなく、紫電は稲光とともにフェイトを包み込んだ。

 

 

それからは再び意識を落とし…気づいた時にはもう、アースラの医務室のベッドで眠っていたことを知った。

 

 

 

 

「武装局員突入部隊、『時の庭園』内に到着!予定通り捜索を開始しました!」

 

管制官の状況報告がアースラブリッジ内に響く。今の状況を説明すると、フェイトとなのはがいた戦闘空域に次元跳躍魔法攻撃が埋め尽くされ、フェイトが負傷した後、アースラ側は飛んできた魔力を辿り魔力発射地点を特定、転移座標を割り出して控えていた突入部隊がプレシア・テスタロッサの身柄確保のため『時の庭園』の内部へと侵入した。

つまり、作戦は彼らの予定通りに進行中であり、順調に事件の解決へと進んでいた。モニター越しにて突入部隊の状況も確認してもそれは明白である。

 

…にも関わらず、アースラ艦長、リンディ・ハラオウンは何やら難しい顔をしていた。

 

すると、ブリッジ入口からフェイトを連れてなのはとユーノ、そしてアルフが入ってきた。

 

「お疲れ様。…それからフェイトさん…はじめまして。あなたの事はアースラから監視していました。そのせいか、はじめてという気はしないわね」

 

優しく微笑んでフェイトに語りかける。だが、フェイトの腕には腕輪型の手錠がかけられており、服も白一色のシンプルなものを着せられていた。一応、フェイトは管理局からすれば犯罪者。念のための処置というやつである。

 

「(…なのはさん、聞こえますね?)」

「(…はいっ!)」

「(…母親が逮捕されるシーンを見せるのは忍びないわ…フェイトさんをどこか別の部屋に……)」

「(…はい)…フェイトちゃん…アルフさん、よかったら私の部屋に…」

 

なのははリンディに言われた通り、ひとまずブリッジから出て艦内にある、自分があてがわれた部屋に案内しようとした。

 

「…そうだね。行こう、フェイト」

 

アルフも事情と配慮を察したのか、なのはとともにここを離れることに賛成した。しかし。

 

「フェイトちゃん?」

「フェイト?」

 

フェイトは、返事もなくただその場でモニターに映る映像を微動だにせず、見入っていた。いや、目を離せないでいた(・・・・・・・・・)

 

『プレシア・テスタロッサ…時空管理法違反および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します!』

『武装を解除してこちらへ…!』

 

映像では…時の庭園では突入部隊が玉座にて待ち構えていたプレシアを囲み、投降するように呼びかけている。しかし、プレシアは顔色一つ変えず、ただそこに座って焦ることなく涼しい顔のままだ。

だが。変化はすぐに起きた。

 

『……これは…!?』

 

突入部隊の複数人が玉座の真後ろにあたる部屋に入るとそこには、培養機があった。普通に培養機があるだけならいい。しかし、その培養機は今この場にいる…映像を見ている者も含めて見過ごしてはいけない、重要な人物が眠っていた(・・・・・・・・)

 

「……え…?」

 

培養機に入っている人物を見て、なのはが思わず声を出してしまった。

 

その人物は、幼い少女だった。

恐らく腰辺りまで伸びている金髪。そしてプレシアの面影が若干残っている顔立ちと髪型。何より、フェイトに似ていてーーー。

 

「…なんだよこれ………。フェイトとまるで同じ人間じゃないか……!!」

 

 

「………アリ……シア…………?」

 

 

アリシア・テスタロッサ。

既に、目を覚まさない彼女が。

プレシアの、正真正銘の娘が(・・・・・・・)、そこにいた。

 

 

 

 

『私のアリシアに……近寄らないで!』

 

直後に、玉座の部屋では既に捕えられていたと思われていたプレシアが局員の一人の頭を掴み、壁に叩きつけた。他の局員達はすぐさまそれに反応し、プレシアに杖を向ける。だが遅い。プレシアが攻撃魔法を発動する方が断然早く…いや早すぎた(・・・・)

そして光が煌めいたその瞬間、プレシアを囲んでいた局員達は電撃にその身を包まれ、気絶する。

 

「いけない…はやく局員達の送還を!」

『りょ、了解!』

 

力量の差がはっきりとわかる瞬間。それにプレシアが培養機のある部屋にこれたということは玉座の部屋にてプレシアを取り押さえようとした局員達もやられているということになる。

彼女は確かに、大魔導師なのだ。

 

『たった9個のジュエルシードでは……アルハザードにたどり着けるかどうかはわからないけど……でも、もういいわ。終わりにする』

 

プレシアは培養機に身を寄せながら、そして告げる。

 

『この子を亡くしてからの暗鬱な時間も………この子の身代わりの人形を……娘扱いするのも………聞いていて?あなたのことよ、フェイト………』

 

モニター越しで言われて、フェイトは体を震わせる。何を言われているのか、『今のフェイト』にはわかる。

 

『折角アリシアの記憶をあげたのに…そっくりなのは見た目だけ……。役立たずでちっとも使えない…私のお人形』

 

なのはとの戦闘時、母のために勝つと、負けたくないと、思った時、ふと蘇った過去の記憶。そこにはプレシアと自分と…猫のリニスが静かな山でピクニックを楽しそうに満喫していた。……けれど、プレシアから呼ばれたのはフェイトという名ではなく、アリシアという、覚えのない名前。戦闘時は集中するためにも関係ないと割り切ったが、今になってその記憶がフェイトの心に突き刺さる。

 

『…最初の事故の時にね…プレシアは実の娘…アリシア・テスタロッサを亡くしてるの』

 

エイミィが管制室から通信で説明するように語る。

 

『安全管理不備で起きた魔導炉の暴走事故……アリシアはそれに巻き込まれて………』

 

26年前、プレシアは民間エネルギー企業、『アレクトロ社』で魔導工学の研究開発している中央技術開発局の第3局長・開発主任として勤務しており、仕事が忙しく、男手のない生活だったが、大らかな上司と気心の知れた同僚達の配慮に助けられ、アリシアと猫のリニス…そしてプレシア自身の親子と一匹で不自由のない幸せな日々を送ることができていた。

しかし、ある日。プレシアは当時、アレクトロ社で進行していた大型魔力駆動炉プロジェクト・次元航行エネルギー駆動炉『ヒュドラ』の設計主任に抜擢された。元々、忙しく慌ただしい仕事だ。一からの設計ではなく、現状進行している部分からを引き継ぎ、残りの部分のみを仕上げてくれてのことだったが、進行中の新型プロジェクトとなるとアリシアとの時間は更に減ってしまう。だが、終われば長期休暇を貰えることが約束されたのだ。

しかし、他人の設計を途中から引き受けるのは緊急事態発生の可能性が高く、まして大型機器の大エネルギーを扱う駆動炉は極めて危険な代物であるため、十分な引き継ぎ期間が必要だった。

にも関わらず、スケジュールはそれを許さず、初めから不可能領域にあったそのスケジュールは進捗を眺めた上層部によって幾度も修正と見直しがされ、なんとか組み上げたものが台無しにされていき、何故そんなものが必要なのかわからない機能やシステムの追加案が一方的に出された。プレシアは反論しようにも新人主任レベルでは反論する権利すら与えられず、ついに実験は行われる予定となった。しかし、本社から増員された開発担当者達による安全確認や基準は雑なものだった。そして開発は報告上では順調に進んだが、稼働実験まであと僅かになって何故か実機への接触が禁じられており、疑問に思いながらもプレシアは書類上での安全チェックを続け、現場の工員に大しての安全基準マニュアルの作成に努め、その結果上層部にその精度が認められ、特例として安全基準責任者という役職を受けた。

 

だが、日程も準備も何もかも足りない実験は誰もが予想しない形で、誰もが予想しえない規模で発生し、受理されたはずの安全措置が殆ど何も成されていなかった。

そして暴走した駆動炉は燃料エネルギーを周辺の酸素と反応し消費することで金色の光と高温の熱に変えていきーーー。

 

その結果、安全のため研究施設に施された結界内にいたプレシアと他の研究員は助かり、結界外にいた生物たちは体内の酸素すら奪われ、死に絶えた。

 

プレシアが幸せな日々を、娘との生活のために努力し、上からの圧力を耐えたその先に待っていたのは、『奪われた世界』だった。

 

その後、事故の原因究明に管理局が立ち入ることはなく、安全基準の設定ミスの責任は安全主任であったプレシアが問われ、事故…いや事件については裁判で争われた。社は告訴を取り下げれば刑事責任を訴えることはせず、アリシアについての賠償金を支払うとの意思を示し、最後はプレシアが違法な手段とエネルギーを用いて行ったものであり、安全よりもプロジェクト達成を優先したという形で記録が残った。

 

本当に何も、成されずに。

最後まで全てを押し付けられて。

 

『…その後のプレシアが行ってた研究は使い魔とは異なる…使い魔を超えた人造生命の生成、そして死者蘇生の技術…』

 

プレシアはただ、娘との時間を取り戻すために。無くしたあとも働き続けた。

 

「…そんな……!」

「それじゃあ、フェイトは………」

 

『記憶転写型特殊クローン技術『プロジェクト・F.A.T.E.』。それが彼女が最後に関わった研究コード………』

『つまり…『フェイト』って名前は……当時の彼女の研究につけられた開発コードなの(・・・・・・・)……』

 

クロノとエイミィから告げられるプレシアの過去とフェイトの出生の秘密に誰もが答えられなくなってしまう。

 

『よく調べたわね…そうよ、その通り』

 

だが、既にこの事件の『全て』知っているプレシアは構うことなく語る。

 

『だけど、ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は所詮作り物……失ったモノのかわりにはならなかった』

 

そして、知ってしまって、怯えたままのフェイトを睨みつける。

 

『アリシアはもっと優しく笑ってくれた。

 

アリシアは時々わがままも行ったけど…私の言うことをとてもよく聞いてくれた。

 

アリシアはいつでも私に優しかった』

 

語られる違い。そこには明確な憎しみがあって。

 

『フェイト………あなたは私の娘なんかじゃない…ただの『失敗作』。だからあなたはもういらないわ。どこへなりと消えなさい…』

 

ガリ、ガリガリガリガリガリバリバリバリバリバリバリバリバリッ、と。フェイトの中で今までの全てが壊れていく。想いも、記憶も、費やした日々も。

 

『いいこと教えてあげるわフェイト。あなたを作り出してからずっとね……私は、、、

 

 

あなたが大嫌いだったのよ』

 

 

拒絶。直後に。

 

フェイトは手に握っていたバルディッシュを落とし、五感の全てを放棄し、崩れ落ちた。

 

 

虚ろな目は、もう何も映してはいない。

 

 

 

 




キラが一切登場しなかった件について

文字数的にもギリギリ入れられなかった
(´・ω・`)


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PHASE-17 帰る場所

 

『負傷した局員の回収終了しました』

「……わかったわ」

 

プレシアによって負傷した突入部隊の局員達を無事アースラに送還できたことを管制官の一人が知らせ、リンディが応える。

プレシアが局員には目もくれずに話を続けてくれたのが救いだったが、その結果一人の少女が心に傷を負ってしまった。

 

「フェイトちゃん……」

 

なのはが近くに寄り添い、けれどそれしかできなかった。フェイトの手から落下した『バルディッシュ』は元々ダメージを負っていたこともあり、一部が砕けてしまっていた。

 

『ちょ…大変、見てください!』

 

そんな中、エイミィが何やら緊急事態が起きたように声を上げる。…いやまあ、起きたようにというか起きたからこそあげたのだが。

 

「何事?エイミィ?」

『『時の庭園』屋敷内に魔力反応多数!』

 

その報告とともに、プレシアが映っているモニターに『時の庭園』の内部情報が表示され、そこには突如として強大な魔力反応を感知したことを示す赤い丸が次々と、時の庭園ほぼ全体に渡り出現していった。

 

『なんだ…何が起こってる…?』

「…これは!?」

 

アースラ艦内には観測した魔力反応とその数により、緊急事態を知らせるアラートが鳴り響き始めた。

 

「…魔力反応、いずれもAクラス!」

「総数…60…80…ま、まだ増えます!」

 

Aクラスの魔力反応。それは希少というほどではないが、管理局に務める魔導師が隊長としての役割に抜擢されるほどであり、それはつまり総数80を超える隊長クラスの敵と戦わなくてはいけないということを表す。ちなみに隊員は殆どがBクラスで、指揮官やエース級はAA〜Sクラスが主となるわけで、人数的にはアースラ側は圧倒的戦力不足となる。

そして気になるのはAクラスの魔導師…いや、庭園内に突然現れ、80以上の数となると恐らく傀儡兵と呼ばれる魔導兵器の一種だろう…をここにきて大量に生み出したこと。

 

傀儡兵はその名の意味の通り、術者が魔力の回路を通して操る機械人形となっているのだが、プレシアが用意していたのは80以上の傀儡。それは準備段階の時点で相当な負担がかかったはずだ。

 

「プレシア・テスタロッサ………一体何をするつもり…?」

 

大魔導師がわざわざ大多数の傀儡兵まで用意する程の思惑…ただならぬ予感と狂気を感じてリンディはモニターの先のプレシアに問う。そしてプレシアはフェイトへの次元跳躍攻撃時に回収した9個のジュエルシードを取り出し、高々と答える。

 

 

『私達は旅立つの………永遠の都、アルハザードへ!』

 

 

瞬間、ジュエルシードは自らの輝きとともにその力を解放する。

 

 

 

 

果たしてどのような思惑があって…それともこれは自分に差し向けているのか簡単には倒せない多数の歪な鎧が襲ってくる。数があるだけに接近戦ではなく、遠距離からの攻撃でキラはなんとか牽制していた。

 

「……っく、そ…ッ」

 

けれど、思うように前に進めない。今のキラは時の庭園へと招かれてから気絶を除いて安息できる余裕はなく、ほぼ疲労の残った状態だ。そんな状態で魔導師ランクAクラスの傀儡兵複数相手に戦うとなると苦戦するのも仕方がない。

 

「…っ、やめろ!僕を行かせてくれ!」

 

ビームライフルで少しずつではあるが、押している。けれど、傀儡兵はまるで様子を見るかのように後退しながら魔力弾を放ち続けている。故に、だからこそ、思うように前に進めない。

 

(このままじゃ、僕の方が先に倒れる……なら、一か八か前に出るか…?)

 

数の暴力が襲ってくる中、少しずつ倒すというのは不可能。ならば、突っ切ってしまうのが一番ではないかと考える。だが、それはキラが思うように一か八かの策。何故なら、今キラがいるのは廊下で傀儡兵はそこに敷き詰めるように複数体が佇んでおり、つまり廊下の先はキラからでは殆ど見えない状態なのだ。おまけに傀儡兵と傀儡兵の隙間から見えるのはまだ奥にいるであろう傀儡兵の一部。廊下全体に埋まっている状態なら一気に斬り抜くのも難しいだろう。

 

(斬り抜いて行くのはキツイ…けど、このままっていうのも無理だ…。倒しきるなんて今の僕にはできるわけがないし………)

 

そこまで考えて、ふと気付く。傀儡兵の足元…錯覚に陥ってしまうほどの足の森が見えるが、その隙間は大きい。素早く掻い潜ることができるのでは、と思う。

 

「…『ストライク』。僕の正面に軽く障壁を張って、この前のブースト、噴射し続けることってできる?」

『何か作戦でも?』

 

相変わらず聞きなれたけど何やら違和感すら感じる声を聞いて、キラは薄く笑い。

 

「あの鎧達の足元を走り抜ける。そのために“アーマーシュナイダー”の準備と走行速度を上げるためにブーストをかけてほしいんだ」

 

正面に障壁を張ってもらうのは当然正面からの攻撃に備え、“アーマーシュナイダー”はいざという時の為の護身用とこれならば手に持っていながらでも素早く走れるからだ。

 

「できる…よね?」

『無論です』

 

そうして、キラの手には小型ナイフ…“アーマーシュナイダー”が収まり、キラはリレー選手のように走る構えをとる。そうしている間にも魔力弾は飛ばされてくるがそれらは全て『ストライク』が障壁で弾いてくれた。

そして、ドンッ、という音に押されてキラは床を強く踏んで前に出る。その瞬間、普通の人ならばまず出せるはずのない速度でキラは傀儡兵の足元をスルスルと華麗に抜けていった。

 

全部倒す必要なんてない。

 

「ど、っけえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

手に持った“アーマーシュナイダー”で邪魔な鎧の足を切り飛ばし駆け抜ける。ただそれだけで傀儡兵は体勢を崩し他の傀儡兵に倒れ込み…それはまるでドミノのようだった。

 

『前方に大型の敵機確認…砲撃型と思われます』

「突っ切るッ!!『ストライク』、ソードを!」

 

傀儡兵が敷き詰める廊下を掻い潜った先には今までの傀儡兵よりも図体が大きく、容姿の違う傀儡兵が、まるで待ち構えていたかのように佇んでいた。だが、その先にあるのは恐らく出口。大型の傀儡兵は上部を廊下に突っ込み、それはさながら小さな穴を無理やり入り込もうとしている猫のようで…しかし、姿形は大型な上に鎧に似た異型である故に恐怖すら感じる光景だ。だが今のキラにいちいち恐怖を感じている暇などない。『ストライク』の言ったように砲撃型ということで今までの傀儡兵よりも強力な魔力弾…いや魔力砲を放ってくるが、キラは装備した“シュベルトゲベール”で砲撃を真正面から突っ込んで行き真っ二つに裂く。

 

「でえぃああああああああああ!!」

 

そしてその勢いでキラは跳躍。右肩にあたる部分を斬り抜き、ガンッ!という甲高い音が鳴った。

 

「…ひゅ、ぅ…はあああぁぁぁぁぁぁ……っ」

 

そして広間へと着地、ようやく足を止めて息を吐く。多くの傀儡兵を斬り抜いた結果、腕がビリビリと痺れ、かつ尋常ではない速度で足を動かし走ったおかげで足はガクガクと震えていた。

 

「これは…少し無謀だった……かな」

 

『ストライク』のブーストにより引き上げた走行速度は速さこそあれど使用者には優しくない。

 

『しかし、危機的状況は打開しましたよ』

 

『ストライク』がフォローする。実際キラの体に負担こそあったが、屋内で飛びながら傀儡兵を回避しつつ進んで行くよりも、隙間のある傀儡兵の足元を走り抜ける方が魔力の燃費も危険も抑えることができたため、現段階では良い作戦と言えるだろう。

 

 

『それに…今のマスターのその状態(・・・・)では魔力の大量の使用は毒ですから』

 

 

…え?、と。

キラが『ストライク』の言った言葉に疑問を覚えたその瞬間、丁度右肩を斬り抜かれた大型傀儡兵が上部を廊下から引き抜き、キラの方へと見遣る。

 

直後に、躊躇いもなく魔力砲撃を放った。

 

「くそっ、まだ動けたのかッ!!」

 

更に言えば。

キラが斬り抜いた右肩は、微かに装甲が剥がれた程度で。

それはつまり大型傀儡兵の鎧は通常よりも硬く、近接において今のキラの最大一手とも言える“シュベルトゲベール”の一撃で擦り傷程度ということは簡単には倒せないことを意味していた。

 

瞬間。

強大な魔力砲を、撃ち込まれた。

 

だが、幸いにも直撃することはなかったようで、キラはすぐにその場から逃走を開始する。

 

「事態がどんどん悪い方向に……とりあえず、プレシアさんの居場所がわかれば………っ」

 

そう言っている間にも、正面から傀儡兵が現れ、射撃してくる。キラはなんとか足場に気をつけながら、魔力弾を傀儡兵へと叩き込む。それを数回行えば、傀儡兵は無力化できた。

 

(大型じゃなければ僕でも簡単に倒せる……けど、それもいつまでもつか…)

 

実際、庭園内はボロボロになり始め、実は先程から轟音が鳴り止まずにいる。更にここまで全力戦闘ではないにしろ、魔力を少しずつ消費してきたキラは限界が近い。正直に言って、このままではプレシアの元には辿り着けないと思ってしまう。

 

(フェイトちゃんが…多分負けて…それを見たあの人は何か言ってて……それからだ。庭園内に異変が起きたのは…)

 

ドゴンッッッ!!!!!、とキラの背後から何か壁を突き破る音が聞こえ、それと同時に丁度廊下を通り抜けたキラは振り返って壁を突き抜けてきた者に魔力弾を撃ち込みながら、思考回路を働かせる。庭園内に傀儡兵の誕生と虚数空間への入口。これがプレシアによる管理局への攻撃なら、既に管理局はプレシア逮捕のため行動しているに違いない。先程から聞こえてくる轟音も、管理局と傀儡兵の対決によるものならば、辻褄も合う。

 

…となると、フェイトはどうなってしまったのだろうか。

 

プレシアが去り際に言い放った、まるでフェイトに対して呆れたような、諦めたような台詞。もしも、プレシアがフェイトに負けたことに対して何か責めたとしたら。

 

 

ギュオッッッ、と。

 

考える時間すら与えまいと、先程壁を突き破ってきた者…大型の傀儡兵がキラに向けて砲撃魔法を放ち、轟音と衝撃がキラに叩きつけられる。直接砲撃をくらったわけではないが、ビリビリとその砲撃の威力を視覚、聴覚、触覚で痛感する。…まともに当たっていれば、もしかしたら一撃で昏倒させられ、最悪体が四散していたかもしれない。そう思ってしまうほどの破壊力。先程真正面から突き破れたのはまぐれか手加減をされたのだろう。後者の可能性が高い気もするがどちらにせよ。

 

防御が硬い上に遠距離砲撃の威力までもが高いというのは強力すぎるのではなかろうか。

 

ならば、真正面からぶつかるのは当然無謀。キラは逃走を続行する。

ただひたすら、長い廊下を走り続けた。背後からは大型の傀儡兵は足が遅いのか、轟音が少しずつ小さくなっていくのを感じる。つまり、距離を離すことに成功しているのだ。しかし。

 

(…もしも。僕があの時、フェイトちゃんの傍を離れなかったら……)

 

脅威から逃げる。それを実行しながらも、キラはただ「もしも」の世界を浮かべてしまっていた。

それは後悔。あの時、アルフに言われた通りにフェイトの傍にいたのなら、管理局との対決で助けてあげられたかもしれない。もしかしたら、ジュエルシードを集める、というプレシアの命令にさえ逆らい、フェイトを戦いから遠ざけることだってできたかもしれない。

そんな「あったのかもわからないIFの世界」のために、キラは脅威に追われているこの時ですら苦悩する。そんな時だ。

 

「…ッ!?キラッ!!」

「え、アルフさん!?」

 

大型の傀儡兵から逃げ、廊下を進むとエントランスへと辿り着き、そこには大量の傀儡兵により足止めをくらっていたアルフと…クロノ達管理局員がいた。どうやら先程から聞こえていた爆音はやはり管理局と傀儡兵によるものだったようだ。

 

「良かったキラ…!生きてたんだね」

「それはこっちの台詞ですよ!僕はてっきり…」

「ああ…まあ気持ちはわかるよ。結構重傷だったし…でも、なのはの友達に助けてもらったから…」

 

アルフはキラに近づくなりそう言って、飛んできた魔力弾を避けるためにキラを抱いて、廊下へと飛び込む。

爆音が鳴り、見れば先程キラが立っていた場所は魔力弾によって大きく削られていた。どうやらキラのみを狙った攻撃だったようだ。

 

「それにしても、アンタ一体今まで何してたんだい!?フェイトの傍に居てくれって言っただろう!」

「そ、それに関してはごめん…けど、あの時はアルフさんが心配で……」

「心配してくれるのはありがたいけど、今はそれどころじゃない。フェイトが倒れてあの鬼ババは“アルハザード”に行くとか言って大変なんだよ!」

 

は………っ、と。キラは『フェイトが倒れた』という言葉を聞き、息が詰まるような感覚に襲われた。嫌な予感が当たったのだと、やはり離れなければ良かったのだと、後悔の念に誘われる。

 

「……アルフ、さん。今、フェイトちゃんは何処に…?」

 

恐る恐る探るように問う。だが、その答えはアルフからは聞かされず、キラとアルフを援護するために近くまできた少年…クロノ・ハラオウンが答える。

 

「フェイトは……彼女はアースラの一室にいる」

 

そう言って、クロノは部下を呼び出し、キラをフェイトの元へ案内するよう命じた。

 

 

 

 

モニターに映し出される映像によって、その部屋は薄暗い。部屋の電気は消されており、その理由は恐らくこの部屋のベッドで横たわる人物を労わってのことだろう。

その人物…フェイトは虚ろな目で、ただ天井を見つめていた。

 

(母さんは…私のことなんか…一度も見てくれてなかった……)

 

考えることは自分を拒絶し、嫌悪し、自分の生きる意味でさえ否定したプレシアのこと。

 

(母さんは…最後まで私には微笑んでくれなかった…。母さんが会いたかったのはアリシアで……私はただの失敗作………けど、どんなに足りないって言われても、どんなに酷いことをされても…認めてほしかった、笑って欲しかった…)

 

『ここ』にくるまで行ってきた幾度の戦いを、戦い抜くことができたのはフェイト自身が母に認めてほしいという願いがあったから。それが生きる目的でもあったからこそ、フェイトは辛くても悲しくても耐えることができたのだ。過酷な道のりを進んだ先には自分が望んだ未来があると信じて。故に。

 

(あんなにはっきりと捨てられた今でも…私、まだ母さんにすがりついてる…)

 

拒絶されても、フェイトの『生きる意味』がそう簡単に消えることは無い。

…ふと、フェイトは『時の庭園』内部の様子を確認できるモニターを視界に入れた。モニターにはアルフがなのは達管理局のメンバーに丁度合流する様子が映されており、そこに以前のような敵意といったものは感じられない。

 

(…ずっと傍にいてくれたアルフ……。言うことを聞かない私に…きっと、随分と悲しんで…)

 

プレシアからの仕打ちに耐えかねて何度も説得され、その度に精神リンクを通じて流れ込んでくるアルフの感情をフェイトは辛いほど分かっているつもりだ。そして。

 

(この子…なんてなまえだったっけ……)

 

モニターに映る、今となっては親しげにアルフと話している白い服の少女を見て、フェイトは教えてくれたはずの名前が思い出せなかった。

 

(何度もぶつかって ……わたし…ひどいことしたのに…話しかけてくれて、何度も出会って……戦って……私の名前を呼んでくれた、あの子……)

 

フェイトは母さんに認められたいと、かつての暮らしを、笑顔を、取り戻したいと思っていた。…それ以外に生きる意味などない。それができない自分は生きている価値も生きる意味も、未来を生きていくこともできないと思っていた。一人で苦しんで周りに…特にアルフとキラには心配などさせぬようにその苦しみを隠しているつもりだった。

けれど。

 

「……っ、フェイト!」

 

突然部屋の入口が開かれて、キラが息を切らして現れた。

その姿は汗だくで、服は…バリアジャケットは酷く汚れており、所々が敗れているのが一目見ただけでわかった。

 

それは、アルフがフェイトを大切に思うように、なのはがフェイトと対等に、真っ直ぐと向き合うように。

キラ・ヤマトという少年もまた、今日までずっとフェイトの傍にいてくれた、フェイトがフェイトであることの、アリシア・テスタロッサのクローンの失敗作じゃない、一人の人間であるフェイト・テスタロッサである証明。

 

「ごめん、フェイト…僕が、君の傍にいたならきっと……っ」

「キラ」

 

今にも泣きそうに話す彼の名を、フェイトは呼んだ。そして語る。

 

「私は…ずっと一人で戦っているつもりだった。どんなに辛くても、私が頑張ってアルフとキラを守らなきゃいけないんだって思っていた。……でも、私は二人に支えられていて…守られていたんだね」

「……」

 

そう話したフェイトの瞳は光を取り戻していた。それは彼女の中で『何か』が変わったことを示しているようで…そんなフェイトを見て、キラは呆然としてしまっていた。

 

「『バルディッシュ』…私の……私達の全ては…まだ、はじまってもいない…?」

 

そしてフェイトは机の上に置かれていた相棒を手に取り語りかける。

 

『Get set』

 

と、突如『バルディッシュ』がフェイトへ答えるように待機状態からアックスフォームへと切り替えた。その姿はボロボロでギギ、ギシッ、と、嫌な音をたてている。刃は欠け、心臓たる宝石にはヒビすら入っていた。

 

「そうだよね……『バルディッシュ』も、ずっと私のそばにいてくれたんだもんね。お前も…このまま終わるのなんて嫌だよね……?」

『Yes sir』

 

フェイトは『バルディッシュ』を抱きしめ、今までいつも近くにいてくれた『答え』に気づけなかったことに涙した。

 

「あの子が言ってた言葉……捨てればいいって、わけじゃない………逃げればいいわけじゃ…もっとない……」

 

魔力を『バルディッシュ』へと注ぎ、ボロボロとなった『バルディッシュ』を修復していく。金色の光が『バルディッシュ』を包んでいき、そして、壊れていた機構は直り、その姿も傷一つないものへと戻っていく。

 

「私たちのすべては…まだはじまってもいない……だから、本当の自分をはじめるために…今までの自分を、終わらせる……決着をつけるんだ」

 

バリアジャケットを身にまとい、決意を固めた彼女は………キラにとって別人のようにも見えてしまって。

 

「………だから、キラ」

 

手をキラに差し伸ばし、先程とはうって変わったフェイトの顔を見て、キラは呆然としたままだ。

だが、すぐに気付く。

 

フェイトは、自分よりも強いのだと。

それこそ、きっと今の自分には届かないくらいに。

 

「私と一緒に…きてくれる?」

 

フェイトはそうキラに問う。

それを聞いた瞬間、キラは何かを決意したように目を瞑り…そして開いてフェイトに微笑んで、フェイトの手を取った。

 

瞬間、フェイトは今までとは違う、正真正銘の笑顔を見せてーーー。

 

キラはそんな彼女を、愛おしく思えてしまうのだった。

 

 

 




なんとか投稿。
構想上、今回の話はしっかりと考えていたのですが序盤の方でだいぶ苦戦してしまい、終盤の方もいっそ変えてしまおうかと思って構想時とは違う内容にしてたのですが…思いつかなすぎて今の形に。

というか新年迎えると前の投稿から次の投稿までの期間が伸びるんですかね私は。


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PHASE-18 永久の夢の


おまたせしました。随分と遅くなってすみません。


 

時の庭園。

その中心部にある、あらゆる階層へと繋がる筒状の部屋にて、魔法が飛び交う戦闘が行われていた。

高町なのは、ユーノ・スクライア、アルフ。その3人に対するは大量の魔導傀儡兵士。

圧倒的数の差があれど、アルフとユーノによる援護と捕縛、なのはの殲滅により戦況は均衡を保っていた。だが、あくまでそれは一時凌ぎでしかないだろう。何せ相手は限界が見えないほど数が多い傀儡兵。なのは達は戦えば戦うほど魔力も体力も消費してしまうが故、そう長くは持たない。

 

「く…っ、数が多い……!あとからあとから…ッ!!」

「だけならいいんだけど…この………!!」

 

圧倒的物量。正直のところ、彼女らの実力であれば数の差だけなら問題ではない。ユーノが傀儡兵の動きを止め、それをなのはとアルフが殲滅すればいいだけなのだから。問題なのはそれらの個体全てがなのは達と殆ど変わらない強さを持つということ。流石に単純な命令のみをインプットされている傀儡兵はなのは達のように作戦もなくただ固定砲台の如く動かずに攻撃するという行動しか取らないため、細かい動作をされるより幾分かはマシなのだが。

 

「……っ…く、う……っ………なんとかしないと…!」

 

それでも四方八方から放たれる強烈な一撃を避けつつ、なんとか傀儡兵数体の動きを抑えているユーノにとっても、全力に近い攻撃を叩きつけなければ装甲を壊せないアルフにとっても、一撃で倒すにも莫大な魔力をのせて砲撃を放たなければならないなのはにとっても、現状は辛く厳しい戦いだった。

そのためなのか、傀儡兵による背後からの武器の投擲攻撃になのはは気付かなかった。

 

「なのはっっ!」

 

ユーノの叫びでなのはが振り返るも、迎撃が間に合うわけ無かった。

だが、すんでのところで投擲された傀儡兵の武器はなのはに直撃することはなく。

 

直上からの金色の閃光が傀儡兵の武器を、蒼の閃光が傀儡兵本体を吹き飛ばした。

 

「フェイト………?」

 

なのはを救った直上からの金色の閃光。アルフにとってそれは見覚えがあり、かつ今までずっと傍で感じてきた魔力。見れば、視界の先にフェイトが相棒を引っ提げて、そしてその傍らにはキラが佇んでいるのが見えた。

 

フェイトはなのはの元へと飛び、彼女を見つめる。対してなのはは呆然としてしまい、何を話せば良いのか、わからなかった。

 

刹那、ドゴンッッッ!!!、と。

 

空気を震わすほどの音と振動が部屋に響き渡る。音の発信源を探せば、壁を突き破って現れた大型の傀儡兵が佇んでいた。

それは、キラが接触した傀儡。

恐ろしいまでの執念で、一度はアースラへと転移したキラを探し回り続けてようやく見つけたというところだろうか。

 

「大型だ…防御が固い」

「う、うん………」

 

先程までの傀儡兵とは違う形態。戸惑いながらなのははフェイトへ返事をする。

 

「だけど、二人でなら(・・・・・)!」

 

けれど。

フェイトのその言葉で、わかる。

ずっと話がしたくて、戦い合うのが嫌で、けれどすれ違ってばかりで…だけど。

やっと、手を取り合うことができる。

 

「……うん…うん、うんっ!」

 

それが嬉しくて、なのはは不思議と力が湧くのを感じた。そして、二人は大型の傀儡兵が放つ弾幕を掻い潜り、なのはは『アクセルシューター』を、フェイトは『アークセイバー』を打ち込む。それらは魔力弾を撒き散らす大型の傀儡兵に衝撃を与え、右腕に当たる部位を切り裂いた。

思いの外、ダメージが大きかったのか大型の傀儡兵がまるで人間のように敵意を剥き出しにしつつも怯む。その隙を少女二人は見逃さない。

 

「行くよバルディッシュ」

「こっちもだよ、レイジングハート」

 

たったそれだけお互いが聞こえる程度に呟いて。

行使する魔法も、放つタイミングも、傀儡兵に当てる部位についても何一つ打ち合わせを指定ないにもかかわらず、彼女らはそれぞれ最適なタイミングで。

 

「サンダー・スマッシャー!!!」

「ディバイーン・バスター!!!」

 

ドンッッッ、と。

 

空間すら揺るがす衝撃と光を持って大型の傀儡兵を葬りにかかった。桃色と金色の光はその威力を持って傀儡兵に着弾、けれど大型の傀儡兵も負けじと持ち前の防御力と砲撃で悪あがきの相殺を試みる。拮抗し合う力と力の衝突は光の粒子を辺りに撒き散らし、暴風さえ引き起こしていた。

だが。

 

「「せーの!!」」

 

以前とは違う、二人同時に合図の台詞を口にして。

 

ただそれだけで、桃色と金色の砲撃は傀儡兵と時の庭園の壁を突き破った。

 

 

 

 

「フェイト…!!フェイトぉッ!!」

 

一時的に傀儡兵の猛攻が収まったそんな一時。フェイトの復活に、アルフは涙混じりにフェイトへと抱きついた。ずっと心配していたのだろう、そばにいてあげたかったのだろう。まるでストッパーが外れたようにアルフを子供のように喜び、泣いた。

フェイトはそんなアルフの頭を優しく撫でる。その様子はまるで親子のようだったり、姉妹のように見えた。そのせいなのかキラは思わず微笑んでしまう。なのはとユーノすら同様に。

 

「アルフ…心配かけて……ごめんね…」

「うん…うん…っ!」

 

アルフにとって、ずっと悲しい思いをしてきたフェイトがこうして誰かと手を取り合ってくれること、そしてプレシアによる明確な拒絶により先程まで寝込んでしまっていた彼女の存在を今自分の傍で感じれることは嬉しくて仕方ないのだ。何よりもご主人に願っていたことが(・・・・・・・・・・・・)、ようやく叶ってくれたから…。

 

「…キラ、ありがと。アンタの、おかげだよ」

 

涙を拭いながら、アルフがお礼を告げる。フェイトがここに居てくれるのもキラがフェイトの傍に居てくれたからこそだ、と思ったが故に。

 

「そんな僕は…。僕は、何もしてない。フェイトは自分の力で気付くことができたんだ(・・・・・・・・・・・)。僕がしたのは…今もこれからも、二人の力になるんだって決めたことくらいだよ」

 

謙遜しているような言葉だが、実際キラはそう思っている。けれどフェイトにとっては大事なことに気付かせてくれた恩人であり、家族のような存在だった。

 

「それは違うよ。アルフがいて、バルディッシュがいて、そしてキラが居てくれたから私は立ち上がれたんだ。…もう、迷わない。前に進む。決めたんだ、私は。母さんと話をして……今までの私と、決着をつけるんだって。そのための勇気をキラ、あなたからもらったんだ。勿論、アルフとバルディッシュにも」

 

グッ…と、キラはフェイトから伝わってくる想いに嬉しくて涙がこみ上げてくるのを感じた。最初は突然の出来事で怪我の治療と食事の提供までしてもらい、挙句元の世界に戻る算段がつくまで彼女達の住居に居座らせてもらい、そのための恩返しのためとジュエルシードの収集を手伝おうとしたが、結局足を引っ張っていた自分が、誰かの…何よりフェイトの助けに慣れたんだと、彼女本人から聞くことが出来て嬉しくない筈がなかった。

 

「………ありがとう。フェイト」

「うんっ」

 

互いに笑顔で向き合う。

 

 

そこには誰も侵すことのできない絆があったーーー。

 

 

 

ーーーのかはさておき、ここはまだ騒動と傀儡兵で溢れる時の庭園内部。突如として訪れた轟音と振動が、その場の優しい空間を現実の位相へと引き戻す。

 

「ッ!!、危ないッッ!!!」

 

瞬間、キラ達を狙っていた傀儡兵に気付いたなのはが魔法弾を放つ。

桃色の弾丸は傀儡兵が攻撃を開始するよりも前にその傀儡兵へと着弾し、爆散する。

 

「もう時間が無い。なのは、駆動炉へ急ごう!!」

「それならこっちに。駆動炉へ続くエレベーターまで案内するよ」

「うん……ありがと!…、アクセルシューター!!!」

 

速度、精度、ともに非常に優秀な飛行能力を持ち、更に時の庭園に関してこの場で一番詳しいフェイトに続いてキラとアルフ、そしてなのはとユーノも飛翔、ついでに接近しつつあった傀儡兵へ砲撃。三百六十度、空間のあらゆる方向から五十にも及ぶ傀儡兵達の攻撃が迫り来るため、休む暇もない。流石に全てを相手にすればこちらの魔力がもたないので、蹴散らすのはあくまで行く先々に立ち塞がる傀儡兵のみだ。

 

「アーク、セイバーッッッ!!!」

「おおおおおおおおおッ!!」

 

障壁となる傀儡兵をサイズフォームの『バルディッシュ』を持つフェイトと背中にエールストライカーフォームの“赤い翼”を顕現させ、“ビームサーベル”を装備するキラが先行して薙ぎ払っていく。二人とも斬撃を用いた高速戦闘が得意なのか、お互いがお互いにサポートし合うように林の如く群がっている傀儡兵の合間を潜り抜け、そのすれ違いざまに斬り裂いていった。

まさに暴風。

もしも傀儡兵達が人間と同じ知性を持つ生命体であったのならば、あまりの凄さに声を荒らげて逃げ惑うに違いない。

 

「……キラは、大丈夫?」

 

ふと、フェイトは並走して飛んでいるキラへと問いかける。大丈夫、というのはキラの体調を気にしているためだ。

というのも、キラはアースラの一室にいたフェイトのところまで行くのに連戦に連戦を重ねており、残量魔力もそんなに多くはなかった。プレシアと戦った直後に休憩(気絶)したとはいえ、魔力は完全に回復したわけではないし、その後にはそんな状態でたった一人、多くの格上傀儡兵と戦ったためである。故にアースラへと管理局員に送ってもらった時、キラの魔力は殆どカラカラの状態であった。

そのため、フェイトがキラへと必要最低限以上の魔力をわけたつもりなのだが、フェイトもなのはとの全力全開の勝負から完全回復していたわけではなかったので、正直渡した魔力が足りているのか、体調は、調子はどうなのかフェイトは気になっていた。

 

「うん、大丈夫。まだ充分戦えるよ」

 

キラは迫りきていた傀儡兵の一体を切り伏せてから、手のひらを多少開いては閉じてを繰り返して答える。確かに魔力の残量は多くはないが、少なくとも“アグニ”及び“ビームライフル”を連射しなければあと二時間は戦えるだろう。念の為“シュベルトゲベール”も使わずに魔力の節約をしているが、これは万が一の時の切り札として残してある。

とはいえ、“ビームサーベル”も“赤い翼”も少なくない魔力を消費するため、サーベルに関しては敵を切り裂く瞬間のみ、魔力刃の出力を上げるという方法をとっていた。…出力調整ができるあたり、今のキラはだいぶ魔導師として魔法の扱いに慣れているようだ。

 

「…そう。けど、無理はしないように」

 

わからなくもないが、フェイトは相変わらず心配性だなぁ、とキラは思った。しかし同時に彼女に心配させてしまうほど自分の不甲斐なさを感じてしまう。

と、そうこうしているうちに駆動炉へと続くエレベーターの前まで到着した。

 

「ここからなら駆動炉まですぐに向かえるよ」

「うん……ありがと!」

 

フェイトとキラ、二人が先行して進行方向の傀儡兵を切り裂いていったからか、なのは達は魔力を殆ど使わずに済んだ。駆動炉なんていう次元空間を彷徨う“時の庭園”において心臓部のような場所に行くため、そこには強大な傀儡兵達が配置されているに違いない。これからの戦闘はきっと激しいものとなるだろう。そう考えれば、魔力をできるだけ使わずにここまで来れたのはなのはとユーノにとって有難いことこの上ない。

 

「フェイトちゃんは………お母さんのところへ…?」

 

ふと、駆動炉へ向かう前になのはがフェイトへ問う。きっと、なのはも心配しているのだ。フェイトが母親から拒絶されてしまったその瞬間を見ていたが故に。

 

「うん………………」

「………わたし…その、うまく言えないけど…」

 

本音を言えば、彼女(フェイト)の傍に居てあげたい。彼女(フェイト)には悲しい思いをさせたくない。

フェイトの思いを知っているわけでも、ましてや彼女本人の口から聞いたわけでもない自分がこんなことを思うのは烏滸がましいかもしれない。

けれど、それでも。

やっぱり心配なものは心配なのだ。

 

「……………………頑張って」

 

だが、フェイトは歩もうとしている。立ち止まらず諦めず、未来へと進むために。本当の自分をはじめるために。

なら、なのはにできることは送り出してあげること、応援してあげることだろう。自己満足に過ぎないかもしれないが、今の自分にできる、精一杯の応援だ。

 

 

「……うん。ありがとう」

 

 

フェイトはそう言って、微笑んでみせた。

 

 

 

 

“時の庭園”が、揺れる。

 

「……………来るのね………」

 

その“時の庭園”の最深部、そこにアリシア・テスタロッサが眠る培養機と共にプレシア・テスタロッサが佇んでいた。“時の庭園”が揺れるということは激しい戦闘がこの庭園内にて行われているからこそであり、プレシアが配置した傀儡兵達を相手に戦っている者がいるということだ。だが、庭園が揺れる最大の原因は次元震だろう。次元震とは次元空間内にて発生する地震のようなものであり、これは次元災害というあらゆる『世界』に被害を及ぼす災害だ。プレシアの元にある、発動された九個のジュエルシードと“時の庭園”の駆動炉。それが今の激しい揺れを招いているのだ。次元震がこのまま続き、大きくなっていけばいずれは多くの『世界』を飲み込む次元断層が生まれることだろう。そうなればもう、誰も止められない。

 

「…だけど、もう…間に合わないわ…………ね。アリシア……あと、もう少し………」

『プレシア・テスタロッサ。終わりですよ……』

 

ふと、脳内に声が響いた。念話だ。その瞬間、少しずつ強くなっていた揺れが突如として収まり、プレシアは原因を探るために空間モニターを手元に展開する。…が、念話での接触をしてきたタイミングで揺れが収まったことから、原因は容易に気付ける。

 

時空管理局、次元空間航行艦アースラ…その艦長、リンディ・ハラオウン。

先程まで会話していた声だからわかったというのもあるが……次元震を抑え込めるほどの実力を持つとなれば、アースラにおいて彼女くらいだろう。

 

『………次元震は私が抑えています。駆動炉もじき封印。あなたのもとには執務官が向かっています』

 

展開した空間モニターを覗けば、確かに黒きローブに身を包んだ執務官の少年がこちらへと向かってきていることがわかる。場所も特定したところ、もうすぐそこまで来ているようだ。同時に駆動炉についても白き魔導師たる少女と結界魔導師の少年によって殆ど制圧されているような状況だった。

…けれど、関係ない。次元震を抑えられようが駆動炉を制圧されようが、もう遅い。あと数分もすれば、津波の如く巨大な衝撃がこの空間を襲い、プレシアの目的は達成される。

即ち。

 

『忘却の都アルハザード……かの地に眠る秘術……そんなものはもうとっくの昔に失われているはずよ?今やその力は、存在するかどうかすら曖昧なただの伝承です』

 

忘却の都……いや、『永遠の都・アルハザード』。今となっては実現不可能とされる、時を操り、死者すら蘇らせることができる秘術が眠るという世界であり、プレシアの目的はその世界への到達だ。だが、アルハザードは次元断層に沈み、その存在はもはや確認できないため、伝説上のものとされている。

つまり、過去にアルハザードという世界すらあったのかどうかすらわからないのだ。次元断層に沈んだ、というのもただ憶測でしかなく、アルハザードという世界は何処かの魔導師が嘯いた空想上のものでしかないという見解もあるほどに。

 

「………違うわ。アルハザードは今もある。失われた道も次元の狭間に存在する……」

 

だというに。

プレシア・テスタロッサは断言する。

見据えた先は誰もが空想だと、幻想だと諦めた果ての世界。彼女ほどの実力を持つ魔導師が曖昧な存在を『ある』と言いきるのだから、何かしら根拠があるのだろう。しかし。

 

『随分と分の悪い賭けだわ…。仮にその道があったとして、あなたはそこに行って何をする…?失った時間と犯した過ちを取り戻す?』

「………そうよ、私は取り戻す。取り返すわ……私とアリシアの過去と未来を」

 

あの日、魔力駆動炉『ヒュドラ』が暴走していなければ。

あの時、アリシアとリニスを守れる力があったなら。

 

 

今この瞬間は、きっと家族との平和な日々があったはずだからーーー。

 

 

「取り戻すの……。こんなはずじゃなかった世界の全てを………!」

 

 

 

 

走る。

 

「気をつけて、キラ。もうフェイトから聞いたと思うけど、その穴は一度落ちたら戻ってこれない虚数空間だから」

「魔法が発動できない空間…だよね」

 

次元震の影響か、もはやボロボロとなった“時の庭園”内部の廊下を、フェイトとアルフ、そしてキラはひたすら走る。傀儡兵の存在はもう殆ど確認することはなく、スムーズにプレシアのもとへと向かうことが出来ていた。

 

(…母さん)

 

プレシアのもとへ赴く理由は一つ。

 

(わたしは貴方に利用されていただけなのかもしれない……。ただの人形でしかなかったのかもしれない)

 

拒絶されたあの瞬間。今までの自分の全てを否定されたあの瞬間に、心の中で何かが崩れていく感覚があったのを今でも覚えている。

怖い。

明確な憎しみをのせたあの視線が、怖い。

だけど。

 

(…それでもわたしは母さんに伝えたいことがある。たとえ耳を傾けてもらえなくても……)

 

逃げてばかりではいけない。立ち止まってもいけない。ちゃんと向き合って想いを伝えて…前に進まなくてはいけない。

『フェイト・テスタロッサ』を始める、そのためにーーー。

 

(お願い、間に合ってーーー!!)

 

走って、走って、プレシアのもとへ。

時間に余裕はない。待ってもくれない。だからこそ、後悔しないためにも全力で走る。そしてーーー。

 

「……チェックメイトだ、プレシア・テスタロッサ」

 

プレシアとアリシアがいる深層部の空間。ようやく辿り着いたその場所へ、最初に侵入していたのはアースラ所属の執務官、クロノ・ハラオウンだった。

…一人で行動していた彼は額から血を流しているようだった。五人で何とか捌いていた大量の傀儡兵を相手にしたのだろう。無理もないが…同時にその程度の傷で済んでいることから(・・・・・・・・・・・・・・・・)、彼の計り知れない強さが伺える。

そんな彼は、言う。

 

「知らないはずがないだろう…?どんな魔法を使っても……過去を取り戻すことなんかできやしない!」

 

それは、失った過去を取り戻すと告げたプレシアに向けた言葉。

 

「世界はいつだって……『こんなはずじゃない』ことばっかりだよ…!ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ」

 

それは説得するための上部だけ取り繕った言葉ではなかった。まるで自分自身にも言い聞かせている(・・・・・・・・・・・・・・)ような、そんな感覚があった。

 

「こんなはずじゃない現実から逃げるか立ち向かうかは個人の自由だ。…だけど、自分勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は…どこの誰にもありはしない!!」

 

 

 

 

「母さん…ッ!!」

 

クロノの言葉を聞いていたプレシアがフェイトのその呼び声に反応する。

 

「………何を、しにきたの…?」

 

その表情は呆れているような、苛立っているような、そんな顔をしていた。

 

「消えなさい。もうあなたに用はないわ……」

 

フェイトを視界から外し、プレシアは再びクロノの方へと向く。現状で一番厄介で警戒すべきはクロノだと判断したからだろう。

…プレシアにとって、フェイトはもう気にもとめない存在でしかないのだろうか。

 

「あなたに……言いたいことがあって、来ました………」

 

それでも、フェイトは正面から立ち向かう。

 

 

 

「…私は、アリシア・テスタロッサじゃありません」

 

「私は、ただの失敗作で…偽物なのかもしれません」

 

「アリシアになれなくて……期待に応えられなくて……いなくなれっていうなら遠くに行きます」

 

「…だけど」

 

「私は……フェイト・テスタロッサは……」

 

「あなたに生み出してもらって、育ててもらった…あなたの娘です………今までもずっと、今もきっと」

 

「母さんに笑ってほしい…幸せになってほしいって気持ちだけは本物です」

 

「私の…フェイト・テスタロッサの……本当の気持ちです」

 

 

 

それは母の愛情を求めて戦ってきた少女の想い。痛い思いを、辛い思いを、悲しい思いを、幼いながらも何度も味わってきた彼女が、それでも諦めずに手に入れようとした願い。

否定され、拒絶され、それでも残ったのは母への愛。

 

「…………ふふ。………ふ、あはははははははは………!!」

 

それを聞いたプレシアは何が可笑しかったのか、小さく笑っていた。フェイトの言葉が馬鹿馬鹿しいと思ったからか?滑稽だと思ったからか?

 

「だから何!?今更(・・)あなたを娘と思えと言うの!?」

「……あなたが、それを望むなら……わたしは世界中の誰からも、どんな出来事からもあなたを守る」

 

どんなに酷いことをされようが、言われようが関係ない。結局、フェイト・テスタロッサの『今まで』がそう簡単に消えるわけでないのだから。

故に。

 

「…わたしがあなたの娘だからじゃない」

 

手を差し伸ばしてーーー、答える。

 

「あなたが……わたしの母さんだから………」

 

ーーーほんの瞬間。

プレシアの表情が、緩んだように見えた。

 

(…………ああ)

 

フェイトとプレシアのやり取りを見ていたキラは、思う。

彼女達は不器用なだけだったんだと。

甘えるのが下手で、愛情の向け方が極端で……だから、彼女達に必要だったのは話し合う機会と時間だったのだ。

 

「………くだらないわ…」

 

プレシアがフェイトの言葉を一蹴する言葉が聞こえる。そして、そのまま杖を振るうと、発動済みの九個のジュエルシードがキラキラとひかりだした。

刹那、“時の庭園”に再び揺れが訪れる。抑えられていた次元震が発生した訳では無い。

 

『艦長…ダメです、庭園が崩れます!戻ってください…!この規模の崩壊なら次元断層は起こりませんから!』

 

プレシアは庭園そのものを壊すつもりだ。彼女は彼女の最初の目的を果たすために(・・・・・・・・・・・・)

 

「…っ!!させない…プレシアさん!」

 

有耶無耶にさせない。すれ違いのまま、何も語らないままで、結末を迎えさせない。少なくとも、キラ自身がそれを許さない。

 

しかし。

 

プレシアのもとへ駆けて行こうとしたキラの体を、魔力の帯が突如として締めつけ、その動きを封じ込めた。

驚いて、罠にでも引っかかったかと思いはしたが、見ればプレシアが来させないように“バインド”を発動したようで。

 

「巻き込まれたくなければ、きてはいけないわ…」

「………ッ!!!」

 

遮られる。キラ・ヤマトに、介入の権利は与えられない。死なせないと、救うと決めたのに、このままでは何も出来ないまま終わってしまう。

 

「キラ!大丈夫かい?」

 

アルフが近づいてきて、キラにかかった“バインド”を解こうとする。

しかし、“バインド”さえ解ければまたプレシアの元へ行くことは出来るだろうが、それでは助けられない。手を差し伸ばしても、拒まれてしまうのがオチだろう。それはキラにかけられた“バインド”が物語っている。

 

「僕は、どうしたら……」

「…キラ?」

 

もしも、自分に問答無用で誰でも救えてしまう力があったなら。

ありもしない、今更そんなことを願ったところでどうにかなる訳では無いのに、『こうであったなら』を思ってしまう。

 

『マイマスター』

「『ストライク』?」

 

しかし、突然『ストライク』が声をかける。そして告げる。

 

全てを覆すための、最大の一手をうつために。

 

『少々、賭けになりますが一つだけ手段があります。そのために使い魔アルフ、手を貸してくれませんか?』

 

 

 

 

『クロノ君達も脱出して!崩壊まで、もう時間がないよ…!』

「了解した…フェイト・テスタロッサ!」

 

庭園が崩壊してしまえば、この場にいる者は皆仲良く虚数空間の底へと沈むしかなくなってしまう。クロノはプレシアと対話中のフェイトに呼びかけるが…。

 

「私は行くわ……アリシアと一緒に…」

「…っ、母さん…!」

 

エイミィの警告を彼女達にも聞こえていた。故にフェイトはプレシアもアリシアも連れて脱出するつもりでいた。だが、庭園の崩壊を促進させた本人たるプレシアはフェイトの手を取るつもりはない。彼女にあるのは今も昔も、アリシアとの日々だ。

 

「言ったでしょう…?私はあなたが大嫌いだって………」

 

瞬間、プレシアとアリシアがいた足場が大きく崩壊する。同時に、プレシアのもとへ行くのを阻むかのように天井の瓦礫が降り注いだ。

 

「母さん!!」

 

フェイトが叫ぶが、プレシアがそれに応えることはない。抗うこともなく、プレシアとアリシアは虚数空間の奈落へ落ちていく。

急いで瓦礫を魔法で吹き飛ばし、落ちていくプレシアとアリシアに手を差し伸ばすが…それでどうにかなるような距離ではなかった。

 

「アリシア…!母さん……!」

 

それでも。

このまま終わりにしたくなかった彼女は無駄だと知っていても必死に手を伸ばす。涙を流して、現実を信じたくなくて。

 

「嫌だ……アリシア、母さん…!!」

 

 

 

「大丈夫」

 

ふと、背後から声が聞こえた。

フェイトが振り返れば、そこには先程“バインド”によって動きを封じられていたキラの姿があって。

 

「…キ、ラ………?」

「…今の僕には、結局どうするのが良くて、何が正しいのか、まだ分からない。……でも、これだけはわかるんだ」

 

キラはフェイトの横に立ち、虚数空間を覗く。その姿は、何だか既視感を覚えるような感覚があって…何かを察したのか、フェイトは急いでキラを止めようとしてーーー。

 

「プレシアさんがアリシアちゃんを愛したように。フェイトが、プレシアさんの幸せを願ったように」

 

 

「僕は、君の笑顔が見たかったんだ」

 

 

誰に似てしまったのか、不器用な笑顔がそこにはあって。

 

「だから、待ってて」

 

 

 

「君の元へ、すぐに戻るから」

 

 

見ていることしか出来なかった。手が届く距離にいたのに、何も出来なかった。

 

「嫌…、キラァッ!!」

「ダメだ、フェイト!」

 

虚数空間へ落ちていくキラを追いかけようとするが、アルフに止められる。庭園はもう崩壊間近だ。今すぐ移動を開始しなくては最悪間に合わないだろう。

 

結局、落ちていくキラの姿を最後に、フェイトはーーー。

 

 

 

 

「……………貴方は、本当にこれで良かったと思うの?」

 

重力に抗うこともできず、ゆっくりと奈落を落ちていく中、プレシアはキラに問う。虚数空間内であるため、魔法を行使しようとも発動と同時に魔力を分解されてしまい、結局魔法の発動は不可能だ。故に助かることはない。プレシアからすれば、キラ・ヤマトの行為は自殺そのものである。

 

「…わかり、ません。でも……」

 

だが、キラはただ何の考えもなく虚数空間へ飛び込んだわけではない。気持ちだけの行動では何も救えないことは知ってるから。

 

「『ストライク』が教えてくれた…、プレシアさんとアリシアちゃんを救えるかもしれない、最後の手段はある」

 

言って、キラはプレシアとアリシアと共に落ちていく九個のジュエルシードと向き合った。

 

「貴方……まさか………っ」

 

プレシアはキラが何をしようとしているか分かったのだろう。止めようとするが、それよりも先にキラが行動を起こした。

 

ジュエルシードは本来、願望を叶える魔導器のようなものだ。二十一個全て揃っていないと正しく発動しないのか、それとも願望を叶える機能は不完全であるのか、願いを問答無用で叶えるという形で生物に憑依し化け物と化すような場面しか見れていないような気がするが、ジュエルシードの役割が本当に願いを叶える代物であるならば。

 

キラ・ヤマトの願いもまた、叶えてくれるのだろうか。

 

九個のジュエルシードに手をかざし、願いを叶えてくれるかどうか試みる。瞬間。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉァァァああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

九個のジュエルシードはまるでキラを拒むかのようにそれぞれ膨大なエネルギーを放出する。虚数空間内だというのに、荒れ狂うエネルギーがキラへと襲いかかる。何がトリガーとなったかはわからない。

 

だが、ジュエルシードの矛先がキラ自身に向いているのなら、これはチャンスだ。

 

キラはジュエルシードを自身の内に取り込むかのように引き寄せた。

 

「ァ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!???」

 

感じたこともない力が体中に弾けるのがわかる。プレシアとの戦闘中に感じたあの破裂寸前のような痛みとはまた違う、存在そのものを物理的に消滅させられるような恐怖がキラを襲う。

だけど。

 

それがなんだ。

 

「こんなところで、やられてたまるかああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

今この瞬間に、全てを注いで。空間を掌握したような、あの感覚すら味方につけて、全身全霊でジュエルシードを掌握することに集中する。体には亀裂のようなものがはしり、そこからは血が吹き出し始めて。

 

正直、限界なんてとうに迎えている。魔力を放出した時点で問答無用に魔力結合が解かれてしまう虚数空間で魔導師ができることなんてないにも等しい。そんな空間でキラは九個のジュエルシードのエネルギーをゼロ距離で抑え込んでいるのだ。

限界を迎えた体に魔力。そんな状態で意識を保っていることすら奇跡に近い。

 

(………………まだだ)

 

しかし、意識を落とすにはまだ早い。

 

(…まだだッ!!!)

 

限界を超えろ、全てを超えろ。

大切な人達を守るためにも、守っていくためにも。

 

「ァァァァああぁぁぁァあああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああァァァぁぁぁァぁぁあああああああああああァァァああぁああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

ーーー願いは、なんだ。

 

何かが、キラに問う。

言葉があったわけではない。脳内に響いたわけでもない。ただ心に問いかけてくるような、そんな感覚があっただけだ。

 

けれど、不思議と確信があった。

 

ーーーみんなを救いたい。

 

刹那。

 

光があった。

 

奈落の空間で、光の爆発があった。

 

魔力の処理が追いつかないほどの極光が、キラの背中から際限もなく放出し続け、まるで翼のように見える。

 

力が溢れる。

 

 

 

……ふと、気付いた。

虚数空間、キラ・ヤマトの周囲。そこに、プレシアとアリシアの存在が確認出来ないことに。何処へ…?と周囲を見渡しても彼女達の存在は視認できず、影も見えない。

彼の周りに、無限に続く空間だけがあるだけで。

 

……

………

 

いや。

 

この空間に、一際異質なものがある。

 

キラ・ヤマトは見た。

 

虚数空間、この空間において黒い亀裂がはしっていることに。

…違う、黒い何かが覗き込んで…い、る……?

 

 

「 」

 

 

バグンッッッ、と。

 

黒い亀裂から伸びてきた眩い『何か』によって、キラは体の八割喰われた(・・・・)

 

 

『ーーーnな、に、gaーーーーーー………………

 

 

人間という枠さえ超えた(・・・・・・・・・・・)彼でさえ理解を許されず(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

その意識は深淵へと飲み込まれて、、、

 

 

 

 




だいぶ遅筆すぎて申し訳ないです。年明け直前に投稿ということでテレビを見てる方、見てた方は読むのは年明けに後回しにした方も多いでしょう。

次の投稿は勿論2018年。来年もよろしくお願いします。

………ちなみに今回の内容は別に僕が狂ったわけではないです。この小説始めたときから考えていたシナリオです。…色々言われそう。


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