ラブライブ!~輝きの向こう側へ~ (高宮 新太)
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765編
某765プロとは一切関係ありません。
幼稚園の時のことだった。
母親がいないことでからかわれていた俺にはまともな友達がおらず、いつも一人で近所の公園で遊んでいた。
家に帰っても誰もいないことがひどく物悲しくて、家に帰るのは決まって父親が返ってくる日没だった。その日も定位置であるブランコに揺られ、日が沈むのを今か今かと待っていたと思う。
砂場や滑り台、シーソーなどは近所の子供に人気ですぐに埋まってしまうのだ。見ず知らずの人に話しかける勇気も知恵も、いや一緒に遊ぼうという気さえ当時の俺にはなかった気がする。
ただただ、父親が早く帰ってくることを願っていた。
ブランコに揺られぼーっと砂場を見ていると、一人の少女が駆け寄ってくるのに気がつく。
「ねえ、君!今一人?一緒に遊ぼうよ!」
にかーっと、泥を付けた顔をこちらに向ける彼女に、俺はどんな表情を返していたのだろう。
彼女のことなどもちろん何も知らなかった。彼女も俺の事など知らない。
けど、まるで今までもそんな風に誘って遊んでいたような、何年も前から友達だったかのような、そんな錯覚を覚えたのを今でも憶えている。
「うん」
そう答えると、腕を引っ張られいろいろな遊びをした。
不思議だった。そこから流れる時間はあっという間で、今まで苦痛にしか感じなかった公園はまるでテーマパークのように思えた。ドキドキとワクワクと、笑顔で溢れていた。
「ふぅ」
パタン、と分厚くて染みがついているアルバムを閉じる。
「あ!まだ見てたのに~」
「ごめんごめん、ちょっと重くて」
亜麻色のさらさらとした髪に、独特の甘い声。いつも笑顔な幼馴染は珍しくふくれっ面をしながら軽い非難の目を向ける。
「テーブルに置けばいいんですよ」
やれやれといった様子で指摘するのはもう一人の幼馴染
凛とした
「おまたせー、はい!ジュースと穂むら特製おまんじゅう」
部屋の戸をあけて入ってきたのは、最後の幼馴染。
特筆するべき事は・・・ないと思う。強いて言うならいつも元気いっぱいだ。
「何見てたの?」
「昔のアルバム。懐かしくて当時のこと思い出したよ」
そう、昔の事。昔この元気いっぱいの『高坂穂乃果』に救われた時の事。
「私も~。最初穂乃果ちゃんが
「え~、最初連れてきたのことりちゃんじゃなかったっけ?」
「ちがうよ~、穂乃果ちゃんだよ。忘れたの?」
首をかしげ、頭に疑問符を浮かべる穂乃果。どうやら本気で忘れているようだ。
ひどいなぁ。とはいっても俺もついさっきアルバム見てる最中に思い出したのだけれど。
「穂乃果は昔っから穂乃果なのですね」
「そういう海未ちゃんだって、最初はストーカーだったくせに~」
「な!ち、ちがいます!あれは、話しかける勇気が出なかっただけで!」
慌てふためく海未を見てると、思わず笑ってしまう。そういうところは変わっていない。
最初のころはいつも木陰に隠れてこそこそと、遊んでる穂乃果とことりと俺を見ていた。
もう一度アルバムを開く。今度はちゃんとテーブルに置いて。
すると、ことりと穂乃果は横からそして海未は後ろから。顔をのぞかせる。
ペラペラとページをめくっていく。
最初は穂乃果一人。だんだんとことりとのツーショットが増えていく。そして俺が加わりその輪の中に海未も加わった。
こうして並べてみると面白い。ことりは最初、俺のことを警戒していたのか穂乃果を挟んでの写真しかないが、そのうちことりと俺のツーショットも増えていく。
海未は強張った表情から、だんだんと笑顔が、自然体の表情が増えていっている。
「このころ、私たち雪ちゃんのこと女の子だと思ってたよねー」
「ええ!?」
何?女の子?俺の事を?
初耳だった。そうか、そうだったのか池上彰。でもしかたない、女顔とはよく言われるし、今でこそないもののこのころはよく女の子と間違えられたりもした。
「そうそう。一緒にお風呂入って初めて気がついたよね~、おち●ちんついてるって~」
「こ、ことり。殿方の前では、いえ殿方の前でなくともそんなはしたない言葉使うんじゃありません!」
「えー、私は気にしないよ~」
「私が気にするんです!」
「あはは・・」
どうしていいかわからないのでとりあえず苦笑い。
「あ!入学式だ!」
いつの間にかアルバムをめくっていた穂乃果の手が止まる。
見ると、四人で写っている入学式の写真やら、一人一人の校門前の写真やらがあった。
授業参観、遠足、学芸会、合唱コンクール、どれも写っているのは四人でみんな笑顔だった。
「懐かしいなー」
「そうだね」
ほかの二人の顔も感慨深いものになっている。
「雪穂ですね」
今度は、雪穂の入学式。一つ違いの穂乃果の妹。名前が似ていることからすぐに仲良くなった。そこからの写真には人影がまたひとつ増えていて。
「自然教室は確か高山に行ったっけ」
「そうそうスタンプラリーで迷子になったよねー」
「あの時は穂乃果に任せたのが失敗でした」
「仕方ないじゃん!自信あったんだもん」
「まぁまぁ~」
穂乃果と海未が言い合って、それをことりがなだめる。いつもの光景だ。
「そういう海未ちゃんは修学旅行では、わたしとことりちゃんと班がずれて泣いてたくせにー」
「なな、泣いてなんかいません!」
「泣いてましたー」
「泣いてません!」
「泣いてたよー、ねぇことりちゃん」
「うーん、どうだったかな~」
「ほら、もう次いくよ」
助け船を出さないと終わりそうになかったのでさっさと次のページをめくる。
「私は、泣いてませんからね、雪!」
「わかってるって」
ページをめくっていると、服装が中学の制服に変わる。
とたん、みんなの空気が一段階低くなる。
「このころだね、雪ちゃんがいなくなるの」
「うん」
「・・・」
俺は中学に入ってから、父親の都合で、東京から福岡に引越していた。
別れを言うのは辛くて黙って行ってしまったことを今でも後悔している。なぜ自分の事しか考えられなかったんだろうって。
「でも、今はここにいます」
海未がまっすぐな瞳でこちらを向く。
「うん、そうだね。あの時はごめん」
いろいろなことがあり、この2月からまたこちらに引越してきて、今日はその再開を祝してのパーティだった。
「ほんとだよ、もう二度としないでね」
「うん。しない」
・
・
わずかな沈黙と同時にアルバムも終わりを告げた。
「くー、懐かしかったー」
大きく伸びをする穂乃果。
「そういえば話変わるけど、雪君はどこの高校受けるの?」
そう。俺の年齢は中学三年。つまり受験生だ。
「UTX学院」
「え?音ノ木坂じゃないの?!」
「穂乃果。音ノ木坂は女子高です。男子である雪は入れません」
「そうだよ、穂乃果ちゃん。そりゃうちの高校に来てほしいけど」
ことりのお母さんは音ノ木坂の理事長だ。いまどこの高校も生徒数確保が難しい現状、一人でも多く音ノ木坂に来てほしいと思うのは当然だろう。
「ごめんね、UTXは学費免除があるから」
うちの家計はお世辞にも裕福とは言い難い。ただでさえ片親なのに、今は、いや今も父親は働いていない。そんなうちの家計は俺が年齢をごまかしてしているバイトでぎりぎり補っている。
「そっ、か」
しまった。空気を悪くしてしまった。そんな顔させるつもりはなかったのに。
なんだかんだ、三人とも察しはいいほうで、俺の複雑な家庭事情を汲み取ってしまったのだろう。
そんな空気になって俺があたふたしているとふいに戸が開く。
「うわ、何この空気」
「雪穂」
幼げな顔立ちに赤みがかった茶髪がよく似合っている。姉とは違い、落ち着いているイメージがあるのがこの雪穂という女の子だ。あくまでイメージだが。
「ほら、何があったか知らないけどケーキ買ってきたから元気出して」
「わーい、ありがとう雪穂!」
ケーキ一つで先ほどまでの憂鬱さをなぎ払ってしまうあたり、やはり穂乃果だなって思った。
まぁ、和菓子屋の娘だし、洋菓子食べる機会なんてそうそうないんだろう。
穂乃果の笑顔を見てそれだけでも帰ってきた甲斐があったというものだ。
どーも、はじめまして処女です。間違えた、高宮です。こういったところに投稿するのは初めてです。初めてです。はじめてです。大事なことだから三回言いました。
なにぶん処女なので、狭くてきついこともあると思いますが、我慢しないで出してくれると助かります。
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入学式は大抵みんなよそよそしい
雪穂が帰ってきてから、なんだかんだで夕飯までご馳走になってしまい辺りはもうすでに真っ暗。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
「えー、まだいいじゃん。なんなら泊っていけばいいのに~」
「穂乃果、女子の家に殿方が一人で泊るなど言語道断です。ありえません」
「それに、雪君は受験生なんだからあんまり遅くまで拘束してちゃ悪いよ~?」
「そうだった!雪君、受験ファイトだよ!」
「うん、頑張るよ」
そう言い残して、店を出る俺に三人+雪穂が外までお見送りしてくれる。
「「「「バイバイ」」」」
「バイバイ」
手を振ってくれる四人に対して、恥ずかしいやら嬉しいやら。
そのままの足で家路に着く。
鍵を開け、ドアを開ける。
「ただいま」
返事が返ってこないさびしさにはもう慣れた。家賃2万6000円。1DK風呂トイレ付は破格のお値段だろう。我ながらいい物件を探だしたものだ。これと同等、もしくは超える物件はそうそうないはず。
お隣さんも、大家さんもよくしてくれるし。一つ気になっていることと言えば、この安さの理由を大家さんに聞いたとき「人が、ね。五人ほど立て続けに・・・」と目をそらして言っていたぐらいだろう。そういえば、最初に部屋に入った時も、赤いペンキ?かなにかが散布されていた、いやに鉄くさかったし、マスコミみたいな人も訪ねてきたこともあったなー。最近は見かけなくなったけど。
ベットに倒れこみながら、どうでもいいことを思い出しては泡のように消えていく。
さきほどの喧騒がまだ耳に残っている。楽しい時間というものほど時が流れるのは早い。
久々に味わった孤独感と闘いながら、いつもと変わらない一人っきりの朝を迎えた。
結局、穂乃果たちには言えなかった。いったらきっと気にしてしまうだろうから。
でも、もしも言えていたら。そんなIfを考える。考えても穂乃果たちがどうするのか結局わからなかった。いつだってどこでだって、穂乃果は俺の想像の上を行くんだ。
受験当日だというのに、のんきだなとは自分でも思う。足取りが軽いのを自覚する。
「いってきます」
今度は帰ってこない返事も気にはならなかった。
四月。俺は無事、UTX学院に入学し、日々を過ごしていた。
穂乃果たちに合格を告げると熱い抱擁が帰ってきて、その体温がいやにあったかかったのを一月以上たった今でも思い出す。
そしてこの学院、入ってみてわかったのだがスクールアイドルなるものがいるらしい。オリエンテーションのときにライブがあったのだが、それがもの凄かった。普段アイドルに触れていない俺でもわかるくらいに。周りの歓声や目が、物語っていた。
「ねぇねぇ、プール行かない?」
「あ、いいねー行こう行こう」
どうやら周りの女子たちがキャッキャッしながら、備え付けである屋内プールに行くようだ。時刻は四時過ぎ。下校の時間。
びっくりすることにここには、プールやらスパなどがあり、敷地内に入るときは学院証を機械にかざさねばならない。
ぶっちゃけ、身分が違いすぎる。あまりなじめていない。中学の時も似たようなものだから慣れてはいるけど。慣れって恐ろしい。
バイトまで、時間はまだある。どうしよう。音ノ木坂にでも行こうかな。こう、女装すれば何とか・・・無理か。無理かな。
俺が、羞恥に身悶えしていると、不意に携帯が鳴る。穂乃果だ。
「はい、もしもし」
「雪ちゃん!!!今から穂むらに来て!!!」
ブツッとそこで切れてしまった。
ものすごい圧迫感だった。ものすごい切迫感だった。どうしたというのだろう。もしや強盗とか?
考えがそこに至った瞬間、飛び出していた。ないとは思うが、言い切ることはできない。大抵おじさんがいるので大丈夫だとは思うが、万が一がある。
それに急ぐに越したことはない。違うなら違うほうがいい。
酸素がやや足りない脳みそで結論付け、走ることに集中した。
み・ち・に・ま・よ・っ・た
「はぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ」
もう一度言おう。道に迷った。そりゃそうだ、いくら昔住んでいたとはいえ、まだ引越して三カ月も経ってない。街並みも多少は変わっている。そもそも学院から穂乃果の家までの道が分からない。
これは人に聞くしかないか。そう思い辺りをきょろきょろと見回す。すると、人だかりを見つけた。あそこにしよう。
人だかりに来てみると、どうやらここでライブがあったらしい。チャンスだ。それなら快く教えてくれるかもしれない。
「あのー、すいません」
「はー、やっぱアライズって神だわー、今度の新曲も絶対ゲットしなきゃ」
「あのー」
「?何よアンタ」
二度目の応答でようやく振り向いてくれる。みるとマスクにサングラスという奇抜なファッションだった
「道を聞きたいんです。穂むらというお店なんですけど」
「穂むら?知ってるけど?ちょうど用事もあるし」
「ああ、良かった。あ、なら一緒に行きます?」
「一緒に?!な、なにあんたこのスーパーアイドルにこちゃんのストーカー?」
「いえ、そういうわけじゃ・・」
そこで、スーパーアイドルにこちゃんが何かに気づき声を上げる。
「ていうか、その制服UTXのじゃない?」
「ええ、そうですけど」
「やっぱり!じゃ、じゃあアライズのDVDとストラップ、持ってる!?」
DVD?ストラップ?ああ、確かそんなもの入学式のとき貰ったような。
「はい、持ってると思いますけど」
「そ、それ。譲ってくれない?あれヤフーオークションにもなかなか出品されないのよ!」
「ええ、いいですけど」
正直、いらないし。欲しいという人がいるなら、譲ったほうがいい。
「やった!ほんとーに、にこってばラッキーすぎて困っちゃう」
今どんな表情をしているのかは分からないが、雰囲気から察するに喜んでいるようだ。なんだかよくわかんないけど微笑ましい。小学生の娘がおもちゃを買ってもらった時のような、そんな感じ。
「それで、道なんですけど」
「ああ、こっちよ」
そのにこちゃんに連れられ、ようやっとの思いで店の前に到着した。
「やっと、着いた。ありがとうございます、にこちゃ」
振り返ると、すでにそこには誰もいなくなっていた。もしや、にこちゃんは俺が生み出した幻想?ストーリーに迷ったら出てくるモーグリ的な何かだったのだろうか。
まぁ、当然そんなわけわない。よーく辺りを見回してみると、物陰からこちらをみつめるモーグリが。
「なにやってるんですか?」
「私の事はいいから、ほっときなさい」
そういわれても、ここからみると不審者にしか見えないし。
どうしようか悩んでいると携帯が西野カナばりに震えていた。
「はいもし、」
「遅い!今どこで何やってるの雪ちゃん!!」
やや食い気味に聞いてくる穂乃果に弁明する。
「ごめん、今店の前だから、いますぐいくから」
にこちゃんのことなどきれいさっぱり頭の中から消え、急いで店の中へとはいって行った。
階段を上がりいつものようにドアを開ける。
「みんな~、きてくれてありがとー」
鏡の前で極上のスマイルを浮かべる海未がそこにいた。
・
・
・
ピシャッ
い、今のは?何?姿かたちだけは海未に見えたけど、まさかドッペルゲンガー?ドッペルゲンガーなの?ドッペルゲンガーはないよね?
も、もういちどだけ。こんどはそっと覗きこむように。
「・・・」
真顔でじっとこちらを見つめる海未が目の前にいた。
ピシャッ
こ、ここ、怖かった。
「あー、遅いよ雪ちゃん!何してたの?」
「い、いやドッペルゲンガーが・・」
「ドッペルゲンガー?」
ことりと、穂乃果に説明する前に、穂乃果がドアを開けてしまう。
「あっだめ――――――」
「海未ちゃん、雪ちゃん来たよ」
「そうですね、ではあの話をしましょうか?」
あ、あれ?いつもの海未だ。
さっきのは見間違い?
「ね、ねぇ。海未?さっきの奴って―――――」
海未の隣に腰掛けながら聞いてみると。
ガンッと足の指先、それも小指にひじ打ちを食らう。
「先ほどとはいったいいつの事なのでしょうか何時何分何秒地球が何回回った日の事でしょうか」
これ以上言ったら殺すと目が言っていた。
「それで、何の話?」
どうやら、強盗ではなかったようで一安心。とはいえ。
何かただならぬ雰囲気がこの部屋を支配していた。
「うん、じつはね。音ノ木坂が廃校になっちゃうかも知れなくて」
「え?」
廃校?なくなるってこと?音ノ木坂が?生徒数が年々減少していると嘆いていたのは、あれはことりだっただろうか。
「じゃ、じゃあ穂乃果たちはいったいどうなるの?」
「それについては、大丈夫です。たとえ仮に廃校が本決まりになったとしても、今いる生徒が卒業してからの話ですから」
「そ、そっか」
にしても、自分の母校、それにことりのお母さんにとってはそれ以上のものがなくなるってことだ。
面白い話ではない。
「それでね、私たちスクールアイドルをやることにしたの」
「スクールアイドル?」
?廃校の話だよね?なんでスクールアイドル?
「うん、スクールアイドルになって音ノ木坂はいいところだよって伝えるの!!」
ああ、なるほど。確かにいい手かもしれない。スクールアイドルは流行ってるし、当たればそれこそ生徒はドカンと入ってくるだろう。
当たればの話だが。
「勝算はあるの?」
「ない!!!」
プッと思わず吹き出してしまった。だってあまりにも穂乃果らしかったから。みるとほかの二人も苦笑い。きっと強引に誘われたのだろう。でなきゃあの恥ずかしがりの海未が承諾するはずがない。
「あー、ひどい。笑うことないじゃん」
「ごめん」
謝ったあとで一呼吸おいて。
「いいんじゃない。って俺の許可がいるわけじゃないけど、それでも俺はいいと思うよ」
きっと穂乃果なら何とかしてしまう。昔からそう思わせてくれた彼女に、期待して。
「ほんとに!?そっか雪ちゃんもいいと思うかー、これはもう本格的にやるしかないね」
「ちょっと、今までは本気じゃなかったのですか」
「本気だよ、本気の思いが強くなっただけ」
こうなった穂乃果はだれにも止められない。
「それで、これからどうするの?スクールアイドルするにしたっていろいろ必要でしょ?」
その一言で、ことりが必要なものを書き出していく。
「曲でしょ「ない」振り付けでしょ「ない」衣装でしょ「ない」ライブやるとしても人手もいるし「ない」そういえば名前も「ない」」
「ちょっと、ちょっと」
ほんとにやる気あるんですかこの子は。ないないずくしじゃないですか。
ジトッとした目を向けると穂乃果は先ほどまでの勢いがしぼみ、座り込んでしまう。海未はため息をついているし、ことりは苦笑い。
「ど、どうすればいいかな?」
しぼみようが面白くてちょっと笑ってしまいながら。きっと手を貸すんだ。
「ふふっ、一緒に考えよっか」
きっとこんな思い付き、成功するほうがおかしい。だけど、不思議と先ほどまでの倦怠感は一切感じなかった。
会議の結果。決まったことはこれから毎朝、毎放課後、神田明神で練習するということ。そして名前やら人員やらは、学校で募集をかけること、この二つだ。そして今しがた決まったことがさらにもう二つ。
「わ、私には無理です」
「大丈夫、海未ちゃんならできるって。穂乃果しってるよ海未ちゃん中学の時ポエムみたいなの「わー!わー!わー!」」
「ゆ、雪!い、今の聞きました?!」
「今のって、海未ちゃん中学の時ポエムみたいなのまでしか聞こえぎゃう」
うぐっ、お腹に重たい一発が。見上げると海未が「わすれろ」「はい」
なんだ、何がいけなかったって言うんだ。ちょっと穂乃果の声真似をしたからか、似てないなとは思ったけど、そんな怖い顔しなくていいじゃん><。
「うう、いっそ殺して」
「海未ちゃん、おとなしく歌詞書こう。ね。」
「ことり、笑顔が怖いです」
こうして、海未が歌詞を書くことになった。
「ことりは、衣装作るの嫌じゃないんですか?」
若干恨みがましい目つきなのは、気のせいだろうか。
「うん!昔から裁縫得意だし、かわいい衣装作れるのすごく楽しみ!」
「そうですか」
これで衣装担当も決定する。残っているのは俺と穂乃果だけ。
「穂乃果は何するの?」
といっても、残っているもので、穂乃果ができそうなのないんだけどね。
「え、えっと踊るよ!」
「うん、それはみんな同じだね」
「う、歌うよ」
「それ以外で何かない?」
「・・・」
わー、黙っちゃったよ。仕方ないけど。
「じゃあ、穂乃果は元気担当だね」
「元気担当?」
「うん。みんなが元気ないなーって時、元気を与えるようなそんな担当」
「!それならできそうな気がする!」
アホ毛がぴょんぴょこ動く。こういうところは見ていて飽きないので案外アイドルに向いているかもしれない。身内びいきかもしれないけど。
「じゃ、今日はこの辺でお開きにしよう、もう辺りも薄暗いし」
「そうだね、じゃあ明日は6時に神田明神に集合だー」
「もちろん、雪君も来るんだよ?」
「あー、わかった。行くよ」
というか、完全にバイトの事を忘れていた。まだ間に合うけど、余裕はない。
「それじゃ」
振り付けや衣装を三人で考えている姿はみていてとても微笑ましくて。あんまりこういう言い方は好きじゃないけど、青春だなって思ったりもした。
小さな声でさよならをして、そっとそっとドアを閉める。
「朝のバイト、休み貰わなきゃな」
言葉とは裏腹に、顔がほ綻んでいるのが分かってしまってなんだか恥ずかしくなる。
やっぱり穂乃果はいつだって俺の想像の上を行く。
多分、これからきっと忙しくなる。
どうも、最近小指の爪が割れた高宮です。土曜プレミアム「ジャッジ」見ました。めっちゃ面白かった。何がどうっていうと、長くなっちゃうんであれですけど生きててもいいのかなー、なんて考えてしまいます。人の温かみみたいな。俺もああいうの書きたい。がんばろ。
明日は更新する。言っとかないとやらないと思うから言う。ではまた明日。いやもう今日だ。
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はじめの一歩
「フルーツ盛りとドンぺリ」
「かしこまりました」
執事風のスーツに身を包み、お客様のご注文を
たとえばこのお客様は、娼婦らしい。またその相手をしているのはヤクザを追われた人。
そんな環境だからか俺のちっぽけな事情なんて、いともたやすく呑み込んでくれる。
「ふぅ」
「おい、もう休憩入っていいぞ」
「はい」
休憩室に入る。パイプ椅子に腰かけながら、先ほどあった出来事を振り返る。
穂乃果達がスクールアイドルをやるというあれだ。
正直どうなるか想像はつかない。でも、心配はあまりしていない。どちらかというと心配しているのは俺より海未だろう。
バイトまでの道のり、海未と一緒に歩いていたときに言っていた事を思い出す。
「穂乃果のあれ、どう思います?」
「どうって?」
「本気でスクールアイドルをやろうと思っているのでしょうか」
「俺には、そう見えたけど」
「たとえスクールアイドルを結成したとして、失敗したら。その先の事を考えているのでしょうか」
海未はいつだって賢い、無計画な穂乃果の、そして自分の未来をいつだって考えている。
「考えてないだろうね」
「ですよね」
海未の顔が暗くなる。
「だから穂乃果にはそんな頭を使うことは無理だから、海未や俺が、考えていればいいんじゃないかな。先の事は」
穂乃果にできないことは、他のみんなで。他のみんなにできないことは穂乃果がカバーすればいい。そうすればきっと、できないことなんて何もない。
「そう、ですね。やっぱり話してよかった」
「そう?そう言ってもらえるとうれしいな」
ようやく笑顔になった。やっぱり海未には笑っていてもらいたい。もちろん他のみんなも。
「それはそうと、さらっとひどいことを言いますよね、雪は」
「ひどいこと?」
結構自分ではいいこと言ったつもりなんだけど。
「ふふっ。雪らしいです」
その言葉を最後に、海未とは別れた。
「おっと、やべもう時間だ」
明日も早い。さっさとバイトを終わらせて、ゆっくり寝よう。
明朝。時計の針は、六時を過ぎていた。神田明神にいるのは海未、ことり、そして俺。明らかに一人足りてない。
「まさか言いだしっぺが遅刻とは」
さすがに、想像できなかった。こんな形で俺の想像の上はあまりいってほしくないなー。
「あはは、穂乃果ちゃん。朝は弱いから」
ことりが困ったように笑う。
「もう無理です。待てません、ちょっと呼びに行ってきます」
海未がしびれを切らして階段を下ろうとした瞬間。上ってくる人影が。
「はぁはぁ、お、遅れてごめーん」
たはは、と笑う穂乃果に海未の説教が続く。
「穂乃果、これはあなたが言いだしたことなんですよ!なのに当の本人が遅れてくるとはどういう了見ですか!」
「し、仕方ないでしょ。昨日遅くまでスクールアイドルの事調べてたんだよー」
「そんなの、言い訳になりません」
「まぁまぁ」
ことりが割って入ると海未は多少落ち着いたようで。
「まぁ、あまり怒っても、時間を無駄にするだけですし。早く練習しましょう」
「そ、そうだよ。海未ちゃん、ファイトだよっ!」
「穂乃果は罰として、階段ダッシュ10本追加です」
「そ、そんな。海未ちゃんの鬼!悪魔!般若心経!」
般若心経?何か一つだけ違うけど、きっと難しい言葉使おうとして間違えたんだろう。
「ところで、俺はいったい何をすればいいの?」
「雪君は、私たちの練習を見てくれればいいよ、たまにアドバイスとかくれるとうれしいかな?」
「そっか、わかった」
「とはいえ雪も忙しいですし、毎日じゃなくてもかまいません。来れる時だけで」
俺のバイトの内容は、みんなは知らない。とはいえ、きっと良くないことなのだということは薄々気づかれている気がする。だってこの話題の時いつも、悲しそうな顔をするから。
「うん、でもなるべく来るようにするよ」
この話題はこれでやめ、三人は練習に移っていく。練習といっても、曲も振り付けもないので基礎体力をつけるべく、階段ダッシュや筋トレが中心になってくるのだが。というか、ここで踊りや歌の練習はさすがにできない。別の場所を探させよう。そして一つ気になることがあった。
「ねぇ、一つ思ったんだけどいっていい?」
「なに、雪君」
「アイドルって、歌ったり踊ったりしながらそれでも、笑顔だよね?」
うちの学院のアイドル、アライズといったっけ、その人たちも汗だくになりながらも、それでも笑顔を絶やさなかった。
「笑顔で運動する練習をしたほうがいいってこと?」
「うん」
「確かに、運動しながら笑顔というのは難しいものです」
海未は、昔から運動神経良かったから多少はわかるのだろう。
「よし、じゃあこれからは常に笑顔、だねっ!?」
にぱーっと笑う穂乃果にうなずきを返して、練習を見守る。練習を見守る間、少し楽しかったと思うのは不謹慎だろうか。
「そろそろ、切り上げよう」
もうそろそろ家に帰らないと、学校に間に合わない。
「ぶはー、疲れた」
「これを、毎日」
「ちょっと、初日から、飛ばしすぎたかも、しれません」
みんな倒れこんだり膝をついたりしているのを介抱しながら、スポーツ飲料を手渡す。
とりあえず、初日の朝はこれでおしまいだ。
「あの子ら、確か―――――――」
初日だったからか、この時、物陰から見ていた巫女さんには誰も気がつかなかった。
そのあとは、バイトが忙しくなってしまいあまり行けてなかった。名前がミューズに決定したということ、踊りの練習は屋上でしているということだけは電話で聞いた。
なので、今日はお休みを貰い、久方ぶりに放課後、神田明神に出向くことにした。
長い石段を上っていると、一人の少女を見つける。
あれは音ノ木坂の制服、赤い髪がなびくその人は石段の上であっち行ったりこっち行ったりしていた。
なにやってるんだろう。ここ神社だしお参りかな?
そう思った矢先、何かに気づいた様子で、急いで物陰に隠れる。
「あ、おーい雪ちゃん」
「あ、穂乃果」
石段の上から呼びかける穂乃果に手を振りつつ、先ほどの人を見やると、どうやら穂乃果達を覗いているようだ。あちらから見えるかは分からないが、こちらからは丸見えだ。
「あのー」
「ぴひゃっ」
ぽんっと肩に手をおくと想像以上に驚かれた。
「穂乃果達に何か用ですか?」
「あ、え、えーと。ナニソレイミワカンナイ!」
そう言い残すと、急いで石段を駆けていった。
「あ、そんなに急ぐと―――――」
ほら、こけた。危ないですよって言おうとしたのに。
「大丈夫?」
「う、ううううううう」
みたところ怪我はなさそうだけど。
差し伸べた手をはたかれて、走って行ってしまった。
「いっちゃった」
「今のって、西木野さんだ」
「?知りあい?」
「うん、このまえピアノ弾いてるところをたまたま見つけて、すごく素敵な歌と声だったから曲作ってってお願いしたんだけど・・・」
「断られた?」
「うーん、どうだろ。わかんない」
「わかんないって」
笑顔の穂乃果に悲壮感は感じられない。
というか。
「えーっと、そちらの方は?」
さっきから気になっていた。巫女装束に身を包んだ多分バイトの巫女さん。今まで数々のバイトをしてきた俺には分かる、あれは自給がいいから。
「あー、こちらは」
「どうも、音ノ木坂の副会長、
「あ、どうも、はじめまして
「海田君やな、こっちこそよろしゅうな」
おっとりとした口調と独特の関西弁、きれいにまとめられた紫色の髪の毛が印象的な人だった。
「ところで、この子たちとは、どういう関係なん?誰かと付き合ってるとか?」
「「「な、そそんなわけ///」」」
「いや、幼馴染ですよ?ただの」
「「「っ――――――」」」
?なんか周りが騒がしい?
「なるほど、だいたい分かったわ。君らも難儀やね」
困ったような笑顔を浮かべる東条先輩。
「えーっと、それで話っていうのは?」
そう、俺が今日ここに来ることを伝えると重大発表があるといわれ、少しばかり急いできたのだ。
「あ、そうだ。あのね、私たち今度の新入生歓迎会で、ライブできることになったの!」
「講堂を借りて一ヶ月後に、手伝ってくれるという人もいるんです」
「そっか、それは、良かった」
「本当は、部活にしたかったんだけど、五人いないとだめって言われて」
五人?穂乃果と海未とことりで三人だから、あと二人か。
まぁ、なんにせよ、とりあえず場所と人員はクリア。そして多分、曲も。
「うん!だから雪君には、そのライブ見に来てほしいんだけど」
ことりに顔を覗きこまれ、うるうるとした瞳でお願いされる。とはいっても。
「でも、女子高には入れないんじゃないかな。さすがに」
女装、は無理だって。
「それなら、大丈夫や。うちが口利きして生徒会の手伝いってことにすれば」
「いいんですか?てかそんなことできるんですか?」
「うん。うち生徒会やからね。こう見えても副会長なんよ?」
そうなんだ。確かにあんまり見えない。
東條先輩が一呼吸置いて、その代わりと続ける。
「その代わり。ほんとに手伝ってもうらうで?」
「はい。もちろんです」
「よーっし、なんか気合入ってきたー!!」
「練習しましょうか」
「そうしようそうしよう」
練習に移る三人をそばで見守る。横には東条先輩。
「ごめんな」
「何がです?」
「うちんとこの会長。頑固で意地っ張りやから。認めてないんよ。彼女らの事」
「・・そうなんですか」
いた仕方ない事なのだろう。なにせ彼女らはまだ何もしていない。実績なんてない。傍から見れば思い付きのお遊びだと思われても、それは仕方ないことなのかもしれない。
でも、俺は知っている。彼女らが本気で学校を救おうとしていることを。彼女らが本気で、アイドルになろうとしていることを。今は、それだけでいい。それだけで。
一月後が、本当に楽しみだ。
どうも、ノロノロビームを受けてる気がしてならない高宮です。
というか、時の流れが速すぎる。つい昨日年越したじゃん。なんでもう三月なの?なんでもうすぐ俺の誕生日なの?早いよ!
俺別にクリムゾン先生が書くワンピのヒロインじゃないよ?!快楽攻めとか受けてないよ?
リアルに一日が27時間くらいあればいいのにって思ってしまう。
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START:DASH!!
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
ビラ配り。穂乃果達がライブの告知をするというので、音ノ木坂までくると、やや強引にビラ配りをさせられていた。
正直、周りからは奇異な視線と好奇の視線が容赦なく浴びせられている。これも穂乃果達のためだと言い聞かせ、なんとか我慢できている。
しかし、その甲斐あってかビラ配りは順調で、束になっていたビラも残すところ数枚まで減っていた。
ただ一人を除けば。
「海未ちゃん!ビラ全然減ってないじゃん!」
「だ、だって!」
穂乃果やことりの手には、もうビラが残っていない。穂乃果は持ち前の明るさで器用にさばいていたし、ことりも人を選んで笑顔で受け取ってもらっていた。
残すは、海未だけ。
「見ててあげるから、ちょっとやってみてよ」
「わ、わかりました」
穂乃果に言われ火がついたのか、はたまた自分ひとりだけビラが残っている状況を良しとしなかったのか、きっとその両方だろうけど、海未はきゅっと口を結びこくりとうなずいた。
「あ、あの今度ライブをやるんです。良ければ受け取ってください」
おお、しっかりと渡せている。やっぱり恥ずかしがってただけだったんだろう。
なんだか娘の成長を見守る父親みたいな気分に浸っていると、後ろから声がかかる。
「あ、穂乃果ちゃん!ライブの告知?」
「ひだか、えみこ、みか!」
誰だろう?穂乃果の友達?
頭にはてなをつけていた事を見抜いたのだろう。海が近寄って耳打ちをしてくれる。
「前にライブの手伝いをしてくれる人がいると話をしたでしょう。その人たちです」
「ああ」
(ううっ!ち、近いっ///)
そういえば言っていた。この人たちがそうだったのか。ど、どうしよ。挨拶とかしたほうがいいのかな?でもなんて言おう。
海未の様子には気付かず、あれこれ考えているとこちらに気づいたらしく、一瞬で囲まれた。
「あー!これが噂の雪ちゃん!?」
「あー!いつも、穂乃果が雪ちゃん雪ちゃん言ってるあの?」
「すごーい、実在したんだ!」
「ちょ、ちょっと三人とも!そんなに言ってないよ!?」
どんな噂になっているんだろう。あんまり悪い噂じゃなきゃいいんだけど。
「いってたじゃーん。最近はおさまったけど、一時期雪ちゃんが帰ってきた帰ってきたって、うるさかったじゃん」
「そ、それは、嬉しくてつい・・・」
「で、どの子が本命なの?穂乃果?海未?ことり?」
「「「――――――――!!!」」」
「本命?」
話の矛先があっち行ったりこっち行ったりで忙しい。これが女子高クオリティか。
「だれと、付き合ってんのかってことよ」
「いや、付き合ってないですよ」
「またまたー、あ、それとも三人とも、とか?」
「「「きゃー!!!」」」
「俺の話聞いてくださいよー」
見事に三人だけで会話が成り立っていた。
気づくときゃっきゃっきゃっきゃっと、盛り上がっている三人の後ろにことりが立っていた。
「三人とも、雪君が困ってるでしょ?」
「えー、いいじゃん、少しくらい。男の子なんて珍しいんだから」
「こ・ま・っ・て・る・で・しょ?」
「「「きゃー」」」
先ほどのきゃー、よりいくらか低いきゃーだった。
「こ、こわい」
「ことり、おそろしい子」
「どす黒いオーラが、オーラが」
先ほどまであんなに盛り上がっていたのに、一気にしぼんでいる。女の子ってちょっと面白い。
「あ、あの」
三人とことりを見ながら、ビラ配りを再開しようとする。とはいっても、もうあと三枚しかない。一枚は俺がもらうとして、残り二枚か。そういえば生徒会の手伝いをしなければいけないんだった、東条先輩に学校に入れてもらう代わりに出された条件を思い出す。と、するともう一枚は生徒会長さんに渡そうかな、ライブを見に来てもらえれば何か変わるかもだし「あ、あの!」
気づくと、後ろに人が立っていた。肩に髪先がつくくらいのショートヘアにメガネ。全体的によわよわしい感じの女の子がそこに立っていた。
「あ、ああごめん。気付かなかった。呼びました?」
「あの、そのビラ」
「ビラ?」
手に持っていた一枚をかざす。
「く、ください」
今にも消え入りそうなか細い声で告げられる。
「ああ、なるほど。はい、どうぞ」
今まで、下校中の生徒に手渡すことはあっても、こうやって求められることはなかった。ので、少し嬉しくなる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ぺこりと頭を下げ小走りで走り去っていく彼女を見ながら、うーんと伸びをする。ノルマ達成だ。
「海未、俺ちょっと生徒会のほうに行かなきゃだから、これで失礼するね」
「あ、はい。雪、今日はありがとうございました」
「ごめんね、私たちが呼んじゃったから仕事しなくちゃいけなくなって」
穂乃果と、海未が申し訳なさそうな顔をする。ことりを見やると、いまだ三人と何やら話をしていた。
「いいんだ。生徒会の仕事なんてそうそう手伝えることなんてないし、それに、こういうときくらい役に立たなきゃね」
力こぶを作りなんてことないんだと、そう証明する。
「そう、ですか。私たちは、このままビラ配りを続けます」
「何かあったら言ってね?」
いつの間にか後ろに来ていたことりの不安げな顔。
「何かって何さ。大丈夫だよ、取って食われるわけじゃなし」
ひらひらと手を振りながら、生徒会室へと向かう。
昇降口には、制服姿の東条先輩がいた。
「ほな、いこか」
「はい」
パタパタと、上靴と来客用のスリッパの音を響かせながら東条先輩に聞く。
「生徒会長さんって、どんな人なんでしょう?」
「うーん、意地っ張りで、頑固で、責任感が強くて、愛が深くて、さびしがりやで、弱い人」
「弱い人?」
「うん、きっと誰かが支えなきゃ、簡単に崩れてしまう。でも意地っ張りやから、そんなこと周りには微塵も感じさせない。ほっとけない、うちの親友や」
「仲がいいんですね」
「そやね、かわいいかわいいうちの親友や」
きっと、その生徒会長さんは悪い人ではない。東条先輩の話を聞いてそう思った。きっと、穂乃果達の事もいずれはは認めてくれるだろう。もちろん簡単ではないだろうが。
生徒会室の前に着く。扉をノックする音。ちょっと緊張する。
「どうぞ」
中から聞こえた声は、とても澄んでいてきれいな声だった。
「失礼します」
生徒会長さんの第一印象はクールだった。金色の髪を頭の上で結び、藍色の目ときめ細やかな雪のように白い肌。ハーフ、なのだろうか?
「こちら、UTXからきた海田雪君」
「はじめまして、ここ音ノ木坂の生徒会長をしている
「は、はじめまして。海田雪です。あ、高一です」
「どうぞ、座って」
「失礼します」
近場にあった椅子に座る。
「それで、希。これはいったいどういうことかしら」
「どういうって、話したやん?前に男手があればっていってたから連れてきたの」
「あれは、・・別に本気で言ったわけじゃなくて」
「まぁまぁ、人手が増えるのはいいことやん」
「はぁ、希が何考えてても私は認めないわよ」
「何も言ってないけど?」
あ、あれ?もしかして俺がいることで、空気悪くしてる?
「あ、あの。お邪魔ならすぐに出ていくんで」
「――――――別にいいわ。男手が欲しいってのも別に嘘でもないし」
「そ、そうですか」
浮き上がった腰をもう一度下ろす。
「ね、素直じゃないやろ?」
東条先輩がこそっと耳打ちしてくる。
「何かいったかしら?」
「ううん。なんでも」
どうしよう。もうこの学校来れないかもしれない。
痛くなるお腹をさすりながら、密かに穂乃果達に謝った。
と、思ったのは最初だけで。
仕事をこなしていくうちに慣れてきて、生徒会長も、笑う回数がだんたんと増えていった。
「今日は、ここまでにしましょ」
「そやね、もう遅いし」
見ると、時計は6時過ぎ、バイトの時間だ。バイトの―――――――。
「ああっ!!」
完全に忘れていた。バイトの存在を、意外と生徒会が居心地良くて。
「うわっ。なに?急に大声出して」
「い、いやすいません。バイトがあるんで今日はこれで」
「バイト?確かUTXってバイト禁止じゃ―――――」
「じゃ、お疲れ様です」
「あ」「逃げた」
危ない。うちはバイト禁止だということがばれるとこだった。うちは校則、そんなに厳しくないけど、ばれないならそっちのほうがいい。
というか、それより早くバイトに行かなければ。走って間に合うかどうかぎりぎりの時間だ。確か、真っ白い粉(小麦粉)を目的地まで運ぶという内容(小麦粉)だったはず(小麦粉)。それに、今日はお給料日だし、現金支給だし。
それに
少し、憂鬱な気分になりながらそれでも足は止めず、何とかバイトには間に合った。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「お帰りお姉ちゃん」
「ただいま」
ぐったりと椅子に倒れこむ。今日は、学校でビラ配りをしたあと、校外でもビラ配りをした。海未ちゃんは恥ずかしがってたけど、配り終えて良かった。
ライブまであまり日にちがない。最近は練習のおかげが、笑顔で踊ることも苦にならなくなってきた。衣装も順調だってことりちゃんもいってたし、あとは曲があれば。
「お姉ちゃん。なんかポストに届いてたけど?」
「なーにー?」
「CD、みたいだけど?」
「!!雪穂!それどこ?!」
「ここ」
がばっと起き上がり雪穂に詰め寄ると、確かにCDが目の前に。
「これって、まさか――――――」
さっきまでの疲れなんてどこ吹く風。気づけば海未ちゃんとことりちゃんに大急ぎで電話していた。
そうだ、雪ちゃんにも電話しなきゃ。きっと驚いてくれる。その姿を想像するだけで、なぜかにやにやが止まらなかった。
バイトも無事終わり。間に合ってよかった。真っ白い粉(小麦粉)も無事に届けられたし。
なにげなく携帯をみるとランプが点滅している。みると穂乃果から着信が入っていたようだ。というか、この携帯、だいたいバイト先か穂乃果達からしか鳴らないもんな。
ちょっと悲しい気持ちになりながらかけなおす。ワンコールもしないうちに穂乃果が出た。
「雪ちゃん!!バイトは終わった?」
「うん、今終わったけど」
「じゃあ、今すぐうちに来て!すごいから」
「いますぐって―――」
もう時刻は夜の9時を回ったところだ。そんな時間に行っていいものなのだろうか。
そんな心の機微を察したのだろうか、穂乃果は先ほどよりも大きな声で「いいから、今すぐ来て!」と言ったきり、途切れてしまった。
いつもの事だけど、穂乃果はよくわかんないところで鋭いなぁ。
お許しが出たので、急いで向かおう。
「あら、雪君じゃない」
「どうも、こんばんわおばさん」
「おばさんはやめてっていつも言ってるでしょ?お義母さんと呼びなさい」
「ちょっとお母さん!ごめんね雪君」
「雪穂も、こんばんわ」
「ちょうどいいところに。これ和菓子、余ってるから食べてくれない?海未ちゃんはダイエットしてるらしくて」
「あはは、じゃあ、いただきます」
穂むらの和菓子は、おいしいから好き。
「やっぱり、食べざかりの男子がいるっていいわねー。うち女の子ばっかだから。なんならうちの子になってもいいのよー」
「ちょっと、お母さん」
ヒートアップするおばさんに雪穂がなだめる。
「あら、ごめんなさい」
「穂乃果に呼ばれたんですけど」
きりのいいところで本題に入る。
「お姉ちゃんなら上にいると思うけど」
「そっか、ありがと」
階段を上って二つ目の部屋、穂乃果のネームプレートが下げてあるドアを開ける。あれなんかこれデジャビュが。
「ラブアローショートー。ばぁん」
パタン。開けた瞬間、見覚えのある人が、見覚えのない事をしていた。しかも今度は鏡つき。思わず扉を閉める。
ドタンッ。勢いよく扉が開く「ふーっ、ふーっ、ふーっ」海未がいた。パジャマ姿で変な息遣いの海未がいた。
「なんで!」
「穂乃果に呼ばれたんだ」
「そういうことじゃなく!なんで、こんな、二回も恥ずかしいところを」
「いや、流石に二回目はないかなって、二回目はないだろうと。すいませんすいません」
あまりの恐さに平謝りしていた。
「なにしてるの?」
これもデジャビュだ。穂乃果とことりが俺の後ろで不思議そうな顔でこちらを見ている。
「なんでも、ありません」
目まで完全にいっしょだった。
「それで、なんで俺は呼ばれたの」
穂乃果達はパジャマ姿になっており、明らかにもう寝るだけの状態だ。少ししっとりと濡れた髪と、上気した頬がお風呂上がりだということを連想させる。
「じつはねー、じゃーん」
手渡されたものを見る。CD?
「これ、たぶん西木野さんが作ってくれたミューズの曲が入ってるんだと思う」
「え?マジで?」
ミューズの曲、作ってくれたのか。すごいな。
ミューズの曲。それが今、目の前にある。だめだ、手が震えてきた。
「それでね、まだ聞いてないから一緒に聞こうと思って」
それで、呼んでくれたわけだ。
でも。
「俺を待たなくてもよかったのに」
バイトが終わるまで待っててくれたのはうれしいが、なんかちょっと申し訳ない。
「ううん。これは、海未ちゃんと、ことりちゃんと、雪ちゃんで最初に聞きたかったから」
そっか―――――――そっか。
「じゃあ、早く聞こう」
こんなにうずうずしたのは何年振りだろうか。パソコンにセットして、再生ボタンを押した。
「これが、私たちの」
「歌だよっ海未ちゃん!」
「すごい、すごいよ!」
はしゃぐ三人。そして多分俺も。
「いい曲だね」
海未が歌詞を考えて、西木野さんが作った曲。一介の高校生のクオリティじゃないと思う。贔屓目に見ても。
「それにしても」
きれいな歌声だ。きっと西木野さんの歌声なんだろうけど、すごくひきこまれる。入ってくれないのかな、ミューズに。
「よーし!あとはこれを完璧に歌って踊って、笑顔でファイトだよっ!」
「ええ、ライブまであまり時間もありませんし」
「衣装も、頑張って作るよ」
「俺も、最大限サポートする」
「もうなんか、居ても立っても居られない。練習しにいこっ?」
「流石に、この時間は無理です。明日、頑張りましょう」
「あうー、興奮して寝られないよー」
最難関だった曲ができて、これでいよいよ現実味を帯びてきた。
すごい。本当に。
高揚したまなざしでカレンダーを見やる。ライブまで、あと、三週間。
どうも、お客様の中に大天使様はいっらっしゃいますでしょうか。高宮です。
ここのサイトの事、まだよくわかってません。活動報告って何ぞや。
なので、厚かましいですが教えてくれるという大天使様がいらっしゃれば教えてくれると助かります。宛先はこちらまで↓↓↓
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負けを知ることは勝ちを知るより価値が高い
夢、そうこれは夢。
小さい頃の、俺と穂乃果とことりと海未がいて、今の俺が腑観でそれをとらえている。場所はいつもの公園の、当時の俺たちには大きかった木の下。
「ねぇねぇ、これ登ってみようよ」
「ええぇ、危ないですよぅ」
「でも、ここから見る景色すっごく気持ちいいんだよ?」
穂乃果が提案して、海未が断って、ことりがなだめて結局穂乃果に押し切られてしまう。だいたい何かをするとき、いつもこのパターンだった。俺はいつもみんなの後ろをついて回っていた。
けど、この時はなぜか違った。なぜだったのかはもう思い出せない。子供心とか、冒険心というものだったかもしれない。
「いいね、やってみようよ」
「ほら、雪ちゃんのOKもでたし」
「うー、雪がそういうのでしたら」
おずおずといった感じで了承する海未、今の俺は唇をかみしめる事しかできない。この夢に干渉することはできないから。
「うんしょ」
穂乃果が登り、次にことり、海未と登っていく。俺は、木のぼりは得意ではなく、苦戦していた。
「「「わー」」」
もうすでに登り終えたであろう三人は、感嘆の息を漏らす。
そのとき小さい子供とはいえ三人の体重を乗せて、無事でいられるほどその木は大きくはなかった。
ミシミシという音、それに気づかず登ってしまう俺。そして、三人が腰掛けていた木の枝がバキリと折れる。
下を見やる。視線が昔の俺と重なる。
穂乃果達が倒れていた。幸い、海未とことりは打ちどころが良かったのか、すぐに起き上がった。
ただ、穂乃果だけが、いつまでもその場にうずくまっていた。
「あー」
目覚め。最悪の目覚めだ。
泣いていた。いつもこの夢をみると決まってこうだ。
悪夢ではない。悪夢などではない、これは戒めだ。俺が忘れないように。大事な時に忘れないように。結局、穂乃果はあれで骨折した事を。うちの父親が物凄く謝っていた事を。病状で横たわっているのを見たとき死んじゃったと泣き喚いたことを。もう二度と、傷つけないと誓ったことを。
時計を見ると、六時を過ぎていた。
「やべ、今日は練習見に行くって言ったんだった」
急いで支度する。今度は俺が海未に怒られてしまうな。穂乃果は最近遅刻しないらしいから。
ミューズの曲ができて、二週間余り。ライブまであと二日だった。
神田明神の長い石階段を登っていると、どこかで見かけた少女がいた。
「西木野さん?」
「びゃっ」
今度は声を掛けただけなのに。ものすごい驚かれようだ。
「あ、ミューズを見に来たの?それなら丁度練習してるから、見ていきなよ」
「い、いや私はそういんじゃ」
「いいからいいから」
手を引っ張って階段を駆け上る。
「あ、雪!と、西木野さん?」
「なんで手つないでるの」
ことりがものすごく近くで、顔を覗き込んでいた。西木野さんの。
「こ、これは!!///」
ぶんぶんと手を離してしまう。別にいいんだけど。俺って嫌われてる?
「あ、真姫ちゃん」
「な、によ」
ややつっかえる西木野さん。いつの間にか真姫ちゃん呼びに。
「この間の曲ね、すっっごく良かったよ!」
「な、なんのことかしら」
「それでね、はいこれ」
見ると、穂乃果の手には音楽プレイヤー、そしてイヤホンが西木野さんの耳に。
「ちょ、なにすんのよ」
「いいからいいから」
ポチリと再生ボタンを押すと、西木野さんも真剣な面持ちになる。
「ね、いい曲でしょ?」
「あたりまえよ、私が作ったんだから」
「やっぱり真姫ちゃんが作ってくれたんだ」
「あ!ううう//」
そういえば、勝手に西木野さんが作ったものだと思ってたけど、CDのどこにもそんな事書いてなかった。
「もう、帰る」
「あ、待ってください。これ」
海未が手渡していたのは、ライブの宣伝のチラシ。ビラ配りの時とはまた違うやつ。きっと当日用だろう。
「良ければ来て欲しいかなー、なんて」
ダメ?とことりがお願いしている。
「・・・気が向いたらね」
どうやら西木野さんという子も素直じゃない子のようだ。
朝の練習も無事に終わる。いつの間にか横にいた東条先輩とスポーツドリンクを差し入れ。
「雪、今日の放課後は何か予定はあるのでしょうか?」
「いいや、ないよ」
厳密にいえば、夜からバイトなのだがそれまでの時間なら大丈夫。
「じゃあ、屋上で私たちのダンス見てくれない?最終チェックしたいの」
「そういうことなら喜んで。いいですか東條先輩」
「いいよ、えりちにはうちから言っておく」
ここ最近は、音ノ木坂にも生徒会にも結構気軽に行けるようになっていた。生徒会の仕事は雑務や力仕事だけど、これが意外と楽しい。
そして放課後。
屋上に行くまでに、穂乃果の友達の三人娘に絡まれたりしながらも、迷うことなく無事に着けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ど、どうでしょうか」
良かった、最初とは見違えるくらいに、目に見えてレベルアップしている。
それに。
「良かったよ。なんというか引き込まれた」
多分。単純に歌や踊りなら、前に見たアライズのライブのほうがすごい。けど、なんというか引き込まれた。引き込まれるんだ。それはきっとアライズにも匹敵するなにか。
「そうですか」
「練習のおかげだね」
「衣装も、今日中に出来上がるから明日持ってくるね?」
「よーっし、残すはライブのみだ!」
なんか、アイドル活動を始めてからますます元気になってる気がするな。
「それじゃ、俺は生徒会に行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
「明日はライブに備えてお休みにしましょう」「やったー!」「穂乃果、ストレッチなどは欠かさずやるのですよ」「わかってるよー」「それなら神田明神にお参りに――――――」
閉めるドアからでも聞こえる。三人の声。
俺も明日お参りに行こう。
パンッパン。柏手を打つ。正直正しいやり方かどうかは分からないので後でググっておこう。
「海未が緊張しませんように。ことりが笑顔でライブできますように。穂乃果が、ミューズが、ライブ成功できますように」
「熱心やなー」
「――――――東條先輩」
声がしたほうを振り返る。もう結構夜もふけているので、いないかと思ってた。
「もしかして、聞いてました?」
「ん?なにが?」
この顔は聞かれていたな。まぁいいけど。
「ライブ、成功しますかね」
「さぁ、それこそ神のみぞ知るっちゅうとこやろ」
「・・・そうですか」
ならば、きっと。成功すると信じて。もう一度鐘を鳴らした。
あっという間に時が過ぎ、気づけばライブ当日、新入生歓迎会の日だ。
俺は自分の学校を途中で抜け出し、音ノ木坂でビラ配りしていた。
「お願いしまーす。ライブ4時からでーす」
ただ今の時刻は3時。もうすぐ始まる。大体はさばけたので、三人が、ミューズがいる楽屋へと向かった。
おてのもので、お目当ての場所にはすぐに着く。UTXより音ノ木坂のほうが詳しいんじゃないかってくらいだ。
コンコン。「入るよー」返事はない。ので開ける。
目の前にいた穂乃果、ことりは、ライブ衣装に着替えていた。昨日見せてもらったそれは二人にとても似合っていて。
「あ、雪ちゃん」
「ゆ、雪!?」
奥のほうにいる海未。どうやらいまだ恥ずかしがっているみたいだ。スカートの下にジャージを着ている。
「どう?雪君、似合う?」
その場でことりが回転する。
「うん、すごく似合ってる。さすがことり」
「えへへ」
「ほらー」
穂乃果がことりの真似をして回転。
「穂乃果も似合ってるよ」
「ほらほら、海未ちゃんも観念しなっよっ、と」
穂乃果が奥でこそこそしていた海未のジャージを思いっきり下げる。
「きゃーーーー!!///」
思わず、顔をそむける。あまり意識したことなかったけど、海未も女の子なんだ。
「は、破廉恥です!!///」
「ご、ごめん」
なんで俺が謝っているんだろう。
「でも、もう大丈夫でしょ?」
「ことり!それは、そう、かもしれませんが」
「ほらー、やっぱり狙い通りだよ」
「「「絶対嘘だね」」」
穂乃果以外の声がきれいにそろって。
「あ、俺生徒会寄らなきゃ。ライブには間に合う」
そういいのこし、ダッシュで廊下を走る。一枚のビラを手に持って。途中、誰かの「かよちん、はやくいくにゃー」「だれかたすけて―!!」という声が聞こえたけれど、ごめんね、ちょっとまっててーとは今は返せない。
「失礼します」
「海田君」
「あれ、もう終わっちゃいます?」
「ええ、今日は仕事も少ないし」
「東條先輩は?」
生徒会室には、会長しかいない。
「さぁ、もう帰ったんじゃないかしら」
「そうですか」
ライブを、見に行ったのかな。それとも本当に帰ったのかも。いやあの人に限ってそれはないか。たった数週間しか知らないけど、彼女もミューズを案じてくれている一人だ。
そして。
「それじゃ、お先に失礼するわね」
「あの!」
帰ろうとする会長を引き留め、手に持っていたビラを差し出す。
「この前渡しそびれて」
「これは?」
「ライブ。来てくれませんか?」
会長だって、その一人のはずだ。
ゆっくりと講堂へと向かう。俺の後ろにはしっかりとした足取りの生徒会長。
「いい、あなたがどうしてもというから見に行くのよ?」
「はい、どうしても、見てほしいんです」
彼女らの頑張りを。その集大成を。
講堂の扉の前で、足が止まる。時間的にはピッタリのはずだ。もしかしたらもう始まってるかも。
若干の期待を込め、扉を開く。
「あ―――――――」
「どうした、の」
そこには、誰もいなかった。
「穂乃果ちゃん、ごめんね。頑張ったんだけど」
「穂乃果」
「穂乃果ちゃん」
そこにいたのは、例の三人娘と壇上に悲しげに立つ穂乃果達だけだった。
だめだった。なぜ?どうして?告知が足りなかった?時間帯?穂乃果達は頑張っていたのに、なぜ?俺がもっと、役に立っていればよかった?そうすれば穂乃果達のあんな顔みらずにすんだ?
神様。こんな現実受け入れろって言うのか。
「そりゃ、そうだ。そんなに現実甘くない!」
見上げると、今にも泣きそうな穂乃果達の顔。
あんな顔、させないと誓ったのに、俺は、どうすれば――――――。
「あ、あれ。もうライブ終わっちゃった?」
扉を開き、入ってくる女の子。
あの子は。確かこのまえのビラ配りの時のか細い子と、もう一人。きっと友達だろう。
来てくれたんだ。
「!!やろう、海未ちゃん、ことりちゃん。だってそのために私たち練習してきたんだもん」
「――――――そうですね」
「うん!」
やるのか。この状況で、それでも。
強いな、穂乃果は。俺が出る幕なんて最初からなかった。なら、出る幕がないのなら、せめて最後まで見届けよう。最後まで味方でいよう。
拍手、まばらな拍手。それでも彼女たちは、どんなスクールアイドルよりも輝いて見えた。
「これから、どうするの?」
気づくと、いつのまにか会長が壇上のすぐそばに。
「続けます」
「なぜ?これ以上やっても意味ないでしょう」
「やりたいから!みんなにこの想い、届けたい。あきらめられない!この気持ち!」
その言葉を聞いて思った。きっと本当にやりたいことってそうなんじゃないかって、やりたいからやる。辛くて、苦しくても、それでも手放せない、そんなもの。
それを、彼女らから教えてもらった気がした。
スクールアイドル、ミューズのファーストライブは、惨敗だった。
NGというか、思い付き。
「じつは~、雪君の衣装も用意してるんだけど」
「へ?」
「ちょっと着てみない?似合うと思うんだ!」
「いや、いやいやいや俺には無理!」
「大丈夫、ちょっとだけ先っちょだけ、すぐ終わるから!」
「ことり!その発言あまり大丈夫じゃない気がするんだけど!?」
でも、本当にやりたいことってのは、辛くても以下略。
~ライブ会場~
「ラブアローシュートー!ばぁん」
そりゃ人こないわ―
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二度あることは三度ある
小さいころから、アイドルになりたかった。かわいくて、きらきらしてるアイドルに憧れた。
「かーっよちん」
「凛ちゃん」
さらさらのショートヘアにくりくりとした瞳。一目で活発だとわかるわたしの親友は、わたしの周りでぴょんぴょんと跳ねる。
「もう部活なに入るか決めたかにゃ?」
部活?部活は―――――。
「――――――アイドル部」
わたしの脳裏に焼きつくのは、先日あった先輩たちのライブ。名前はミューズ。すごく素敵なライブで、昨日のように思い出せる。
「アイドル部?」
「い、いやなんでもないなんでもないの。忘れて///」
思わず口走っている自分に恥ずかしくなってしまう。
「そっか、かよちん、アイドルになりたいって言ってたもんね」
「ち、ちがくて//」
わたしが、アイドルなんて、絶対無理。かわいくないし。
「大丈夫だよ、かよちんかわいいし、絶対出来るって」
わたしの心中を察したのか、凛ちゃんがいつものように応援してくれる。
「わたしなんか無理だよ、それより凛ちゃんのほうがアイドル向いてるよ」
わたしよりかわいいし、運動神経いいし。
「え!?り、凛は向いてないよー///ほら、女の子っぽくないし、髪だってこんなに短いし」
凛ちゃん。きっとまだ、小学生の頃の事引きずっているんだ。
凛ちゃんはいつも、わたしを応援して、背中を押してくれる。そんな凛ちゃんのために、何かできないだろうか。
答えは、結局でない。いつものように。
「そ、それより今日は秋葉原、行くんでしょ。はやくいこうにゃー」
「うん」
凛ちゃんに手を引っ張られて、わたしたちは教室を後にした。
アライズの新曲、買わなきゃ。
「あーきはーばらー、だにゃ」
目的のアイドルショップまでの道すがら、何やら凛ちゃんが叫んでいた。
「ちょ、ちょっと凛ちゃん、はずかしいよ~///」
道行く人たちが、何事かとこちらをちらちら見る。
「あ、あれ?あの人って確か」
先輩たちのライブを手伝っていた人だ。
「どうしたのかよちん?」
凛ちゃんも、わたしの視線を追う。「だれだにゃ?」こちらの視線に気づいたのか、あの人がこちらを振り返った。
「あ!君は、ライブに来てくれた人!」
「は、はい」
ぎゅっと手を握られ、ちょっぴり動揺してしまう。
「ちょっと、かよちんが困ってるんですけど」
「?ああ!ごめん」
凛ちゃんが割って入り、さっと離れる手。
「いえ、それよりライブ凄かったです!感動しました」
あの日からずっと伝えたくて、でも学校にはいないからこんな偶然に頼る。
「それは、穂乃果達に言ったほうがいいと思うけど」
「それはそうなんですけど、伝えたくて」
先輩たちにはもう言ってるし、ミューズに誘われた時にはびっくりしたけど。
「そっか。そっちの子も来てくれたよね?」
「ああ!あの時のライブ!あれすごかったにゃー」
そういえば凛ちゃんも来てたっけ。ライブに夢中だったからかあまり覚えてない。
「そうでしょう、そうでしょう。凄く頑張ってたからね」
「それで、えーっと・・・」
このときようやく、名前も聞いていないことに気づく。
「ああ、海田雪だよ。多分同い年じゃないかな」
「そうだったんですか。わたしは
「
「小泉さんに星空さんだね。よろしく。ところで何やってたの?」
「今からアイドルショップに行くんだにゃ」
「へー、好きなの?アイドル」
その何気ない一言で、私の中のドルオタの火がついた。
「好きなんてもんじゃありません!今やスクールアイドルは知名度も全国的になりプロ顔負けの人気、歌唱力、顔。たとえばアライズ!彼女たちは本当にすごいんです!何がすごいかというと「かよちん」」
あ、しまった。やってしまった。昔からどうも、好きな事を語ると周りが見えなくなってしまう。
は、恥ずかしい。顔から火が出そう。
「ご、ごめんなさい」
「ああ、気にしないで、面白かったし」
面白い?わたしの話が?
「そっちのかよちんも凛は好きにゃ」
いつも凛ちゃんしか聞いてくれなかったわたしの話。みたところアイドル好きってわけでもなさそうだし、きっと面白くはないだろう。
「優しいん、ですね」
「ん?」
声が小さかったからか、気づいていない。そんな姿がちょっぴり面白い。
「ふふ、なんでもないです」
「そう?」
「なになに?二人して、秘密の話かにゃ?凛もまぜるにゃー」
「そ、そんなんじゃないよ//海田君は何やってるんですか?」
恥ずかしくって話をそらす。
「俺?俺はバイトに行く途中」
「バイトって何してるのかにゃ?」
「あー、いろいろだよ」
「いろいろなのかにゃ?」
「うん、いろいろ」
そんな話をしていると目的のアイドルショップに到着する。
「それじゃ、俺はこれで」
「さようなら」
「ばいばい」
海田君と別れた後、アライズの新曲を無事保存用、布教用、使用用と三枚買った帰り。
凛ちゃんには忘れ物があるといって学校にとんぼ返りしていた。
「あった」
そこにあるのは、ミューズのアイドル部部員募集というチラシだった。
入ると決めたわけじゃなくて、一応、一応もっておいてもいいかなって思っただけ。
チラシの前で、自分に言い訳してると不意に足音が近づく。なんとなく、見られたくなくて隠れてしまう。
「あ、西木野さん」
現れたのは西木野さんだった。右を見て、左を見て、また右を見て、左を向く。どうやら人がいないかチェックしてるらしい。わたしもよくやるというかさっきやったので間違いない。
私には気付かず、チラシをとっていってしまった。西木野さんもアイドルに興味あるんだ。放課後、音楽室でピアノを演奏しながら歌ってる姿はよく見るけど。
気配が完全に消えてから、一つ息を吐く。そして、すばやくチラシを一枚とった。
目的は達成したので、さっと帰ろう。なんだか爆弾をもってる気分。
少し早足で帰ろうとすると、なにかが落ちているのに気づいて、拾い上げる。
「生徒手帳だ」
ごめんなさいと、心の中で謝ってから中を見ると、先ほど会った顔が写った写真がある。つまり西木野さんのものだった。
西木野さんの生徒手帳を届けることにした。明日明後日は、お休みだし、なくても困ることはないだろうけど、渡しとくに越したことはない。それに、学校じゃ渡しづらいし。ポストにでも投函しよう。
そう思って、西木野さんの家に行く途中だった。幸い、家の場所はわかるし。近所でも有名な豪邸らしい。らしいってのは実際見たことがないから。
「小泉さん?」
「あ、海田君」
そこにいたのは、さっき会った海田君だった。ただし、さっきと違う点が一つだけ。
「なんで執事服なの?」
「これは、違うんだ!俺の趣味とかじゃなくて、バイトで!お客様が!だから仕方なく!」
「そ、そうなんだ」
バイトって、執事喫茶とか?秋葉原だし執事喫茶くらいあるかも。
「それより、小泉さんは?星空さんは一緒じゃないの?」
「あー、えっと西木野さんの生徒手帳を届けようと思って」
言った後で気づく。西木野さんって言っても知らないか。
「へー、西木野さんの。俺も行ってもいい?」
「ふぇ?」
変な声が出た。だって、一緒に行っていいなんて言われるとは思ってなくて。一人は心細かったの、見抜かれたのかな。
「西木野さんには話したいこともあるんだ」
「あ、ああそういうことなら」
なんだ、知り合いだったのか。安堵なのか何なのか、よくわからないため息をつく。
二人して歩く。か、会話がない。
「こ、ここです」
助かった。どうやら西木野さんの家に着いたみたい。表札に西木野と書いてある。
「豪邸だね。確かにお嬢様っぽかったけど、ここまでとは―――――養ってくんないかな」
「海田君、目が怖い」
なんていうんだっけ?レイプ目?みたいに目の色が暗かった。
「んんっ。じゃ、じゃあ押すね」
ピンポン。とインターホンが鳴る。ポストに投函するつもりだったけど、まぁいいや。
「はい」
大人の女の人の声。おかあさんかな。
「えっと、西木野さんの友達なんですけど」
「ちょ、ちょっとまっててね」
少しあわてたような声のあと、門が開く。自動なんだこれ。
「ごめんなさいね。友達が来るなんて滅多にないから。それも、男の子なんて」
「ああ、確かに西木野さん友達少なそうですもんね」
「ちょちょちょ、ちょっと!!」
いきなり何言いいだしたの、この人!
「え?あ、ああすいません。そういう意味じゃ」
「いいのよ、あのこちょっと素直じゃないでしょ?だからあなた達はあの子の友達でいてあげてね」
「ええ。もちろん」
「はい」
いいお母さんなんだな。
「あ、帰ってきたみたい」
「ただいま――――――――――なんでいるの?」
「あ、じゃあお母さんはお茶でも入れてくるわね」
「あ、あのこれ」
少し怯えながら生徒手帳を手渡す。
「あ、これどこで?」
「あの、ミューズのチラシのところ」
「そう。ありがと。でもわざわざ家まで来てくれなくても」
少し照れたようにお礼をされる。なるほど、少し素直じゃない。
「へー。やっぱり」
西木野さんの鞄からチラシがはみ出ているのを海田君が発見。
「や、やっぱりってなによ!!」
西木野さんがあたふたする。隠し事がばれた子供みたい。
あんなに人目を気にしていたんだから、やっぱり見つかると恥ずかしいんだろう。その気持ち、わかる。すごいわかる。
「いや、西木野さん、と小泉さん。ミューズ、入る気ない?」
「「え?」」
そっか、話があるってそういう話かって、わたしも!?
突然出てきた名前にびっくり。
「わ、わたしは無理だよ。声も小さいし」
「でも、やりたいんでしょ?」
「な、なんで」
そんなこといった記憶ないけど。
「星空さんからメール来たから」
「メール?」
いつの間に携帯番号交換してたの凛ちゃん。
「それより、私の誤解を解かせなさイタッ」
勢いよく立ちあがるもんだから、テーブルの角に脛をぶつけていた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫よ」
「西木野さんは、アイドル向いてると思うよ?」
「なんでよ!」
「だって、歌声すごくきれいだし。音楽室でわたし聞いてたの」
西木野さんの歌う姿もっとみたい。そう思うから西木野さんをアイドルに推したい。もったいないって思う。
「そ、それならあなただって、十分向いてるでしょ」
「そんなわたし「声なら」」
否定しようとすると、西木野さんが声をかぶせてくる。
「声なら、私が練習してあげる。声出すくらい簡単よ」
「でも」
「ほら、立って」
私が渋っているのを見かねたのか、西木野さんが立ち上がる。
発声練習。やっぱり西木野さんの声は素敵。
「ほら、あなたも」
そう言われ、頑張ってみる。
「まだ」
海田君が見守る中、大きな声を出す。後半は、恥ずかしさも薄れてきた。
「やればできるじゃない」
「そう、かな」
確かに、このまま練習すれば克服できるかも。
「じゃあ、この調子でいこっか。星空さんも呼んで」
「え?いくってどこに?」
パンっと手を一つたたいて言う海田君。
「そりゃ、穂乃果の家に。入部を認めてもらうために」
「ええええええ!?」
いま?急に?高坂先輩のとこに?
「さぁ、いこうか」
「ええ、いきましょう」
両脇をがっしり海田君と西木野さんに固められ、連行される形で連れられた。
「どうでもいいけどなんであんた執事服なんか着てるのよ」
「こ、これは、バイトで仕方なく」
「ふぅん」
今のうちに逃げようとしたけど、駄目だった。がっちりとホールドされていた。
ていうか、二人ともけっこう力強いんだね。
「きちゃった」
高坂先輩の家の前。
「ほらほら、はやくはいるにゃ」
いつのまにか凛ちゃんも合流している。
「うん」
なんでこんなことに。最初はただ生徒手帳を届けに来たはずだったのに。
でも、ここまできたらしょうがない、よね?
穂むらというお店の自動ドアをまたぐ。高坂先輩の実家は和菓子屋さんらしい。
「あり、花陽ちゃんと、雪ちゃんと真姫ちゃん」
「大事な話があるから、上にあがって待ってるね」
「うん?・・・!うん!まっててすぐ店番終わらせる」
何かに気づいた風な高坂先輩。ばたばたとせわしない。
わたしたちは階段を上がった。どの部屋に行けばいいのかわからないのでとりあえず、手前にある部屋を「あ、そこじゃない」
え?
気づいた時には遅かった。妹?らしき人が必死に胸元を寄せていた。タオル一枚で。パックしながら。
ゆっくりと閉める。よかった。気付かれなかったみたい。
今度はもう一つある、奥の部屋を開ける。というか二つしかないからこっちで確定。
けど、扉を開けた瞬間。園田先輩(多分)がポーズをとっていた。多分女豹のポーズ。
またゆっくりと閉める羽目に。「あちゃー」海田君が何やら頭を抱えている。後ろ二人は位置の関係上、見えなかったみたい。
とそのときドパンと勢いよく開かれる扉×2。やっぱり気づかれてた!
「こ、こんどはあなたですか。なんでこうなんども・・・やっぱり雪もいる!」
「がるるるる」
「なんですかなんなんですか。雪あなた呪われてるんじゃないんですか!?」
「えー、俺っていうより、海未が呪われてるんじゃない?というかそろそろ学習しようよ」
「がるるるる」
「雪穂は、日本語をしゃべろうか!」
落ち着いてから、高坂先輩と南先輩が来た。
なんとなく部屋には入れずに、部屋の前で立ち往生。
「穂乃果。部員募集ってまだしてるよね?」
見かねたのか海田君が声をかける。
「もちろん」
「あの、やっぱりわたし「かよちんまだいってる」」
凛ちゃん。
「かよちん。アイドルになるの夢だったんでしょ?やりたいなら、やったほうがいいよ」
「私もそう思うわ。やりたいことがあって、それができる環境なら挑戦するべきよ」
「「おうえんする」」
とんっと、背中を押される。なにかが軽くなった気がする。
そして。
「あの、私。特別なことなんて何もありません。歌もうまくないし、ダンスも得意じゃない。けどこの、アイドルになりたいと思う気持ちはだれにも負けません。だから」
一呼吸おいて、もう一度。
「だから私をミューズのメンバーに入れてください!」
言った。言った。いままで言い訳して逃げていた。失敗するのが、嫌で。怖くて。
だけど、今の私には応援してくれる人がいる。背中を押してくれる人がいる。だからこの気持ちにもう嘘はつかない。
「もちのろんだよ!花陽ちゃん。これからよろしくね」
そう言って、手が差し伸べられる。わたしはぎこちなく、けれどしっかりとその手を握った。
その手があったかいということを、今初めて知った。
「海未、ことり、まだメンバーって募集してるよね?」
「「もちろん」」
「え、ええ?ええええええええ!?」
見ると、園田先輩と南先輩が凛ちゃんと西木野さんに手を差し伸べている。
「ほら、足りない手は俺が補うから」
私を押してくれた二人を、今度は海田君が押す。
「「よろしく」」
「「よ、よろしく」にゃ」
こうして、ミューズは無事?六人になった。
クマショーック。どうも高宮です。ゴリゴリ
更新遅れてすいません。最初の妄想というか展開をファーストライブまでしか考えてなかったつけが。これからまた頑張ります。
凛ちゃんがみくにゃんとかぶって仕方ありません。
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久しぶりに会った知り合いの名前が思い出せない
「あなた達!今すぐ解散しなさい!!」
開口一番、そんなことを言ってくるのはサングラスにマスクにツインテールという見るからに怪しい人物だった。そして俺には、この人物に見覚えがあった。道を教えてもらった。
なぜこんなことになっているのか、話を数日前にさかのぼろう。
ミューズが六人になって、初めての朝練。
「ね、ねむい」
「あはは、頑張って星空さん」
「しっかりしなさいよ。これから毎日あるんだからね」
いつもの石段を登るのは、いつもの穂乃果達ではなく。
「あ、かよちん」
新しく入った星空さんと西木野さん。そして先に来ていた小泉さんだった。
「あれ、なんか雰囲気変わった?」
「う、うん。コンタクトにしてみたの」
いわれてみれば。いつもかけてたメガネがない。
「うわー、かよちんかわいいにゃー」
「そう、かな?」
こちらを向いて言う小泉さん。
「俺もいいと思うよ。ね、西木野さん」
「うん、いいんじゃない?」
「よかった」
本気で安堵している、きっと頑張ったんだろう。
「そ、それより。その西木野さんってのやめて」
「ええ?」
そっぽを向く西木野さんに怒られる。じゃあなんて呼べばいいんだろう。
「下の名前でいいわ。こ、こっちもそう呼ぶから///」
「そう?」
「うううう真姫ちゃーん!真姫ちゃん真姫ちゃん真っ姫ちゃーん」
「れ、連呼しないで」
星空さんに照れてる照れてる。かわいい。
「じゃあ、俺も。真姫ちゃん」
「な、なんでちゃんづけ?!」
「あれ、だめだった?」
「べ、べつに、いいけど///」
「あー!真姫ちゃんばっかりずるいにゃー。凛も凛って呼ばれた―い」
「わかったよ。凛に花陽」
「お、おっふ。これは、なかなかだにゃー///」
「結構、クるね凛ちゃん///」
なんだか、名前呼びで盛り上がっている最中。
「あ、雪ちゃ―ん!花陽ちゃんに真姫ちゃん達も」
「穂乃果」
見ると、こちらに駆け寄ってくる穂乃果達。後ろには東條先輩もいた。
「強引、だったと思いますか?」
「なにが?」
穂乃果達の練習を木陰で見守っている時、東條先輩に訪ねる。
「花陽達、強引に引っ張ってきちゃったから。もっとちゃんとすればよかったかなって」
「ちゃんとって?」
「それは、わかんないけど」
「ならいいんやない?現にあの子たち楽しそうやし。背中を押してくれる人がいてよかったんとちゃう?」
「それなら、いいんですが」
少し、不安になっていた。もっと円滑な方法があったんじゃないかって。花陽達の気持ち、もっと考えてやれたんじゃないかって。
「そんな不安なら本人たちに聞いてみればええんや」
おーい、と花陽達を呼ぶ東條先輩。
「え?ちょ、まって」
心の準備ががが。
「なんですか?」
「ほーら」
ポンと肩を一つたたかれる。少し気恥ずかしくって前髪をいじってしまう。
「えっと、なんか、その」
「なによ、はっきりしなさい」
真姫ちゃんにそう急かされて、思いきって言うことにした。
「後悔!してない?俺、強引だったから。ほんとはどうだったんだろうって」
「はぁ?」
少し大きな声に、びくっとなってしまう。
「してるわけないでしょ。確かにちょっと強引だったし、背中は押してもらったけど、それでも自分で考えて決めたことよ。後悔なんてするわけない」
「凛もおんなじだにゃ」
「私も」
そうか。
そうか。よかった。
胸のつかえが、とれた気がした。
「な、言ってよかったやろ?」
「はい」
練習に戻って行く三人の後ろ姿を見ながらそう思った。
ことりから相談を持ちかけられたのはその日の放課後だった。
「雪ちゃん」
近くのファストフード店で待っていたことりを見つける。
「それで、相談って?」
「うん。なんかね、近頃変な視線を感じるの」
「視線?」
それってもしかしてストーカーってやつじゃ。
「それもミューズの練習してるときに頻繁に」
「なんだろう、悪質なファンとかかな」
ミューズは最近、誰が投稿してくれたかわからないけどファーストライブの模様がサイトに投稿されて、少し人気も出てきた。
そういうのあっても不思議ではないけど。
「なんだか、そんな感じもしなくて。危害をくわえられているわけでもないんだけど、ちょっと怖くて」
すっ、と手を握ってくることり。よっぽど怖かったのだろう。その小さくて柔らかい手を握り返す。
「雪ちゃん」
「大丈夫。何かあっても俺が絶対にみんなの事守るよ」
「うん!!」
放課後の人が多い店の中で注目を浴びていたのは言うまでもない。
そして、話は冒頭に。
守ると約束した以上、練習には頻繁に顔を出すようになった直後の事だった。
そして、解散を強要してきたその怪しい人は一目散に逃げ出す。確かスーパーアイドルにこちゃんと言ったっけ。
「まって!!」
追いかける。一応真偽のほどを確かめておかないと。いたずらなのか、それとも。
それに少なくとも、ことりを不安にさせたんだ。説明してもらう権利くらいはある。
「なんで、追いかけてくるのよ」
「逃げる、からだよ」
意外や意外。にこちゃん足速いんだ。なかなか追いつかない。俺が長距離走苦手ってのもあるけど。
「はぁはぁ」
「ぜぇぜぇ」
しばらく、走りまわって。
橋の上に差し掛かったところで。
「追いつい、た」
というか、にこちゃんも体力の限界のようで二人とも、橋の上に倒れこんだ。
「しつこい、わよ」
「ごめん」
なんで謝ってるんだろう。でもなんだか、不思議とちょっと懐かしい気持ちになる。
「なんであんなこと言ったの?」
呼吸が整えられた頃合いを見計らって、話題を切り出す。
「気に食わないの。踊りも歌も全然だし、あんたたちのやってることは所詮真似ごとよ。プロ意識が足りないわ」
「真似ごと――――――――」
そりゃプロやアライズと比べればまだまだだけど、彼女たちだって遊びでやってるわけじゃない。
それに、俺はミューズのファンだから、好きな人たちのことを悪くいわれるのはあんまりよろしくない。
「そういうことだから私はこれで」
「まって」
「なによ、まだ何かあるわけ?」
「この前、アライズのDVD欲しいって言ってたよね」
「!!!」
「あれ、他にも欲しいって人がいて、どうしようか迷ってるんだ」
ごめん、花陽。
「そ、そんな!!私にくれるって約束だったじゃない!!」
「うん。だからあげる代わりにミューズの何が悪いか、しっかりとご教授願ってもいいかな」
「ぐっ。あんたいい性格してるわね」
「それじゃ、また後日。駅前のファストフード店でいい?」
「ちょ、まだいいとは「いらないの?」」
「い、いる」
まるで苦虫をかみつぶしたような顔をするにこちゃん。そんなに嫌かな。
「それじゃ。また」
そして後日。穂乃果達からは、部活がどうのこうのと聞かされた以外順調にやっているようだ。
ここに来る途中そう聞いた。
雨が降る中店に着くと、どうやらにこちゃんは先に来ていたらしい。多分。
それというのも、にこちゃんのファッションがあまりに奇抜で、声をかけづらい。何あのくるくるとした帽子。ソフトクリーム(チョコ)みたいな。そして色つきのサングラス。
「にこちゃん」
あんまり待たせるのも悪いので意を決して声をかけた。
「遅い。レディを待たせるんじゃいわよ」
「ごめん」
「それで、ブツは持ってきたんでしょうね」
「うん、ここに」
バックから取り出すと、すばやくかっさらわれた。
「―――――確かに」
そう言って立ち上がろうとするにこちゃん。
「ちょっと、約束がまだだよ」
「わ、わかってるわよ。でもちょっとまって。一回家に持ち帰らせて、じゃないと気が持たないわ」
そんなにか。
「わかった。ただし、俺も付いていく」
「へ?」
「返してもらおう」
「わかった。わかったわよ、家にでもなんでも付いてくればいいじゃない!」
ちょっと強引なのは、この前会ったときから続く、この違和感。懐かしさともいうべきそれの正体が知りたかった。
にこちゃんの顔とか、雰囲気がなんとなく懐かしい。けど、なんで懐かしいのかはいまいち思い出せない。喉まで出かかってる気はするんだけど。
そんなこんなでにこちゃんの家に到着。駅前から近い、しなびたアパートだった。
バリバリの既視感。なんだろう、ほんともうすぐそこなんだけど。ものすごくうれしそうなにこちゃんを尻目に、うんうん唸る。
階段を登り、玄関を開けた瞬間。バチッと電流が走るような、かけたパズルのピースの一部分がうまくはまったような錯覚を覚える。
「ただいまー」
「あ」
思い出した。思い出した、思い出した。
多分ここは――――――。
「おかえりなさい―――――あれ、雪さん!?」
「やっぱり、こころちゃん!」
ということは、にこちゃんのサングラスをとる。
「やっぱり!にこちゃんだ!!」
「はぁ、やーーっと思い出したわね?
呆れたように言うにこちゃんに、ようやく久しぶりと挨拶ができた。
どうもアッカリーン、高宮です。
ゆるゆり三期やったね!
ドラクエのBGMを流しながら今書いてます。ああ8がやりたい、なんでプレ2壊れたんだ。
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アイドルとは
「雪さん雪さん。背伸びたんですね?」
「まぁあれから三年はたってるしね。そういうこころちゃんも大人っぽくなったね」
髪を片側に縛り、丁寧な口調でしゃべるのはにこちゃんの妹の一人であるこころちゃん。
「そ、そうですか?///」
「ロリコン」
「なにが!?」
にこちゃんの家。リビング。そこでお茶を貰いながら懐かしい空間に浸っていた。
「そっか、もう三年になるんですね」
小学6年生の時、年齢を偽ってやっていたバイトの一つにベビーシッターというのがあった。お客は大抵小さい子供だったし、親には合わないことがしょっちゅうなので都合がよかったのだ。
そんなバイトの受け持ちの一つが、にこちゃんのお家だった。
当時は、まだこころちゃんも、もう一人の妹ここあちゃんと弟の虎太郎も小さかったし、にこちゃんだけでは大変だろうと判断したにこちゃんのお母さんが、ベビーシッターを頼んだのが出会いだった。
「あ、にいたん!!」
「ここあちゃん」
遊びから帰ってきたのか、顔に汚れを付けて帰ってきたのはここあちゃん。こころちゃんとは反対方向に髪を縛っている。
俺を見つけるや否や、猛スピードで抱きつかれる。かわってないなー。ここあちゃん。
「ねー、なんでにいたんうちにいるのー?」
「あっと、それは。帰ってきたからだよ」
「私の事完全に忘れてたけどね」
ぐふっ。痛いところを突かれる。
「いや、あれはしょうがないじゃん?流石にグラサンとマスクしてたらわかんないって。それに、背だってこんなに、こんなに・・・」
あれ、あんまりかわんない。
すると、そんな心の声を聞かれたのか、頭に置いていた手を、絶対に曲がらない方向に曲げてくる。
「いたたたたた!痛い痛い痛い痛い痛い。ごめんてごめん」
「はぁ。まぁいいわ。家まで来て忘れたままだったらどうしようかと思ったけど」
すっと手を離してくれるにこちゃん。思い出せなかったらどんな仕打ちを受けていたのか。考えるのはやめよう。
「それより、さっさと用をすませましょ。早くアライズのDVD見たいし」
「そ、そうだね」
「あ、雪さん。晩御飯食べていきますよね。わたし、あれからお料理のレパートリー増えたんです!」
「えーっと、お邪魔にならなければ」
「ええ!腕によりをかけて作ります!」
「ちょっと、こころ」
「いいじゃん。お姉ちゃん。にいたんに会ったってあんなに嬉しそうに―――――モゴッ」
「ちょ、ここあ何言ってんの!」
にこちゃんがものすごい速さでここあちゃんの口をふさいでいた。
「?」
「早く、早く行くわよ」
「ああ、うん」
なぜかにやにやしたこころちゃんに見送られ、にこちゃんの部屋へ連れてかれる。
「わー、相変わらずすごい部屋だね。あれからまた増えた?」
にこちゃんの部屋は、アイドルのポスターやグッズで埋め尽くされている。
「そんなことはどうでもいいのよ。あの子たちの話でしょ」
「うん」
なぜ、ミューズに解散しろなんて言ったのか。ミューズの悪いところを教えてもらう。そういう話だった。
「彼女たちは、本気だよ。本気でアイドル目指してる。遊びじゃない」
「知ってるわよ」
「え?」
「ファーストライブ、あたしもあそこにいたから」
「そうだったの?」
なら、なぜ?
「だからこそよ、キャラづけとか、アイドルの心構えとか、あの子たちは分かってないのよ。だからダメなの」
にこちゃんはアイドルが物凄く好きで、だからこそ見えるものも、許せないものもあるんだろう。
でも、ここではいそうですかと、引き下がるわけにはいかない。
「じゃあ、教えてやってよ。彼女たちにアイドルの道を」
そこまで見えているのなら、少なからず彼女たちに、ミューズに興味があるってことだ。じゃなきゃこんな的確な指摘できるわけない。
「はぁ!?なんで私がそんなこと。いやよ」
「そっか。いやかー」
あっさりと断られた。
「そういえば、あんた一緒に練習してたってことはあの子たちと親しいってことよね?」
「え?あーうんまぁ」
「じゃあ、あんたからも言ってよ。あの子たち私の部室に来て色々面倒なのよ」
「部室?」
ああ。確か穂乃果達がそんなこと言ってたな。
「じゃあ、にこちゃんがアイドル研究部の部長さんなんだ」
「そうよ、悪い?」
「いやいや、にこちゃんでよかった」
「・・あ、そう///」
「お姉さま。雪さん。ご飯できました」
「今行くわ」
結局この日は、それ以上何もいうことはできなくて。腕によりをかけて作ったというこころちゃんのご飯をお腹一杯に食べ、家に帰宅した。
「どうすればいいと思います?」
「なにが?」
次の日、音ノ木坂の生徒会室で、もはや日常と化しつつある仕事というか雑用をやっている最中。
東條先輩に相談事をしていた。
「にこちゃん、ああえとアイドル部の部長の事なんですけど」
「知ってるよ。にこっちのことやろ?」
「ええ」
なんだ、知り合いだったのか。
降りしきる雨が窓を打つ。天気予報では梅雨入りしたと告げていた。天気予報は絶対だ。
「彼女が入ってくれれば、今よりもっとミューズが良くなると思うんですが」
現実、そううまくはいかない。
「・・・にこっちね、昔、ミューズみたいにスクールアイドルやってたんよ」
「え?」
そうだったんだ。知らなかった。
「まぁ、もうやめちゃったけど。にこっち以外の子が」
「そうだったんだ」
まぁ、なんとなく想像はつく。にこちゃんは自分にも他人にも厳しいから。きっとにこちゃんが見てる景色とその人たちが見てる景色は違うものだったんだろう。
だからなのかな。ミューズに対してまだ不信感があるのは。
「そういえば、穂乃果ちゃんたちにもこの話したよ」
「何の話してるの?」
「会長」
「なーんでもないよー」
とりあえず今は仕事に戻ろう。
「手伝います」
「あら、ありがと」
「ねー、なんで雨やまないの?」
「いや、俺に聞かれても」
放課後、穂乃果達の練習を見ようとしたところ。雨で今日はできないというのでみんなでファストフード店に入っていた。
「天気予報では、今日は一日中雨ということです」
「天気予報士の言うことは信じなきゃだめだよ、穂乃果。ほんとに」
「むー、雪ちゃんがそういうなら」
「雪君。はい、あーん」
「ことり、なにをしてるのですか!」
「なにって、このポテトおいしいから雪君にも食べてもらおうと思って」
「そのポテトなら、雪にもあります。どれも一緒です!」
「いっしょじゃないよ。ことりの愛情が入ってるもん」
「そんなもの入ってません。入っているとするならばそれはマックの店員の愛情です」
「海未ちゃんひどーい」
「わー。雪ちゃんモテモテだにゃー。凛もいーれて」
「ちょ、ちょっと凛ちゃん。どんな所から顔出してるの」
机の下にもぐって顔を出してくる凛を必死で止めようとする花陽。
「それで、話を元に戻しましょうよ」
さすが真姫ちゃん。場の空気を戻してくれた。
「にこちゃんを説得する方法ならもう思いついたも―ん」
「へー、どんな」
「私が思うに、にこちゃんはもうすでにミューズの一員なのです」
「はい?」
真姫ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
「だって、あんなに細かく私たちの事見てくれてるんだよ。入ってもらわなきゃ損だよ」
「確かに、にこ先輩のアイドルにかける思いは、私たちも見習いたいところです」
「賛成だにゃー」
「私も」
「まぁ、いいんじゃない」
どうやら、解決へと進んでいるらしい。結局、俺の出る幕はないかな。いつもの事だけど。
「海未ちゃんのときみたいだね」
「ことり、そんなことありましたっけ?」
「ああ、あったあった」
確か昔いつも木陰に隠れて穂乃果達を見ていた海未を、穂乃果が遊び仲間に入れたというか、引き込んだというか。昔から穂乃果にはそんな力があった。
「雪まで」
「とにかく、そういうことだから!」
そういうことなので、解散となる。作戦の決行日は明日の放課後ということになった。
そして作戦決行日。朝、登校中にいつもの不審な格好ではなく、普通に制服姿のにこちゃんがいた。逆に新鮮。
「にこちゃん」
見るとアライズのPVが流れているのを見ている
「やっぱり凄いわね。アライズって」
その言葉には、単なるファンとしての称賛の言葉だけではない気がした。
気のせいかもしれないけど、わずかな可能性だけど、でも、今聞いとかないと多分一生言えない。
「にこちゃんは、アイドルにもう憧れてないの?」
「・・・憧れてないわけないじゃない」
「なりたいとは思わない?」
「思うわよ!!」
「そっか、安心した」
「なによ、それ」
にこちゃんは、まだ諦めてない。それが知りたくて、知ったからってどうこうできる力は俺にはない。その力の持ち主は俺じゃない。
「あ、今日の放課後、部室に行って。大事なことがあるから」
俺に出来るのはこれくらい。せいぜいが道のりの補強だけ。
だから、あとは幼馴染に任せよう。
とはいったものの、やっぱり気になるものは気になる。
生徒会の手伝いをして、音ノ木坂に来てしまった。
部室の前。少し耳を傾ける。音はしない。まだ来ていないのだろうか。でも結構時間たってるし。
意を決して扉を開く。中には誰もいなかった。
「ふー」
「あひゃあ」
耳に息を吹きかけられて変な声がでる。何事かと振り返ると東條先輩が。
「みんななら、もう屋上に行ったで」
「そう、なんですか。というか、もうちょっと普通に呼んでくださいよ」
「いやー、良い耳しとったからつい」
良い耳ってどんな耳よ。
いや、そんなことより屋上ってことは。
自然、足が傾く。後ろには東條先輩もついてきて。
屋上の扉、その向こうには「にっこにこにー」と、大合唱が聞こえる。
聞こえるにこちゃんの声は楽しそうで。やっぱり穂乃果は凄い。
「どうやら、うまくいったみたいやね」
「ええ」
扉を背に、何とも言えないここちよい空気を二人で噛みしめるように。
どうも、明日が誕生日!高宮です。
そして海未ちゃんの誕生日ももうすぐですね。誕生日が近いって勝手に喜んでます。
その海未ちゃんの誕生日なんですが、なんかやりたい。一応、案は何個かあるけど、どれも手垢いっぱいついてるしな。てことでなんか案とか、そんな大それたものじゃなくても、思い付きでいいので感想でも、活動報告でもまた改めて言うので、そこでも送っていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
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テストの制度は一回考え直すべきだと思う
にこちゃんがミューズに入って、ミューズは7人になった。
練習も順調に回っていたある日。
「ラブライブだよ!雪ちゃん!」
「え!ラブライブ?!ってなに?」
「雪、あなたリアクションが穂乃果と一緒ですよ」
「え、マジで?」
「ラブライブとは、スクールアイドル達がしのぎを削って戦い、優勝者を決めるお祭りです!!」
横から鼻息を荒くした花陽に説明される。なるほど。
「そのラブライブがどうしたって?」
「この夏に開催されることになったの」
「へー。凄いの?」
「うー、反応薄いにゃー」
とは言われても。どんなものなのか知らないし。
「凄いもなにも、優勝者にはスクールアイドルとしての地位と名誉が!」
「それじゃ、それに出場すれば学校の知名度が上がるってこと?」
「そういうこと」
真姫ちゃんがうなずく。
なるほど、ラブライブに出場して生徒を引き入れようというわけだ。
「まぁ、出場はそう簡単ではないけど」
「そうなの?」
「順位が上がらないと、どうにもね~」
「ふーん」
何気なく部室の部屋にあるパソコンを開く。
「というか、順位!!あがってるじゃん!」
「うお!」
げしっと、穂乃果に押される。い、痛い。
「「「「嘘!」」」
花陽と真姫ちゃんと海未にまたもや押される。痛いって。
この間、7人になって初めての新曲ができたと言っていた。きっとその影響だろう。
「じゃあ、ラブライブ出場できるの?」
「そ、その前に学校の許可をとらないと」
「許可って、生徒会長に?」
あからさまに嫌そうな顔をする真姫ちゃん。
「ダメそうだよね」
花陽が困ったような顔で言う。
「許可?認められないわ」
凛ちゃんが生徒会長の真似をする。ちょっと笑ってしまったことは謝ろう。
すると、その時勢いよく部室のドアが開け放たれた。
「ちょっとみんな!心して聞きなさい!ななななんと!ラブライブの開催が「決定したんでしょ?」」
今丁度、その話をしていたところだし、にこちゃん。
「し、知ってたの・・・」
あれ?落ち込むにこちゃんをみて言わないほうが良かったかなと思う。
「そこで、学校の許可をどうするかって話してたんです」
海未がナイスなフォローを入れてくれる。
「学校の許可?そんなの理事長にとればいいじゃない」
「え?そんなことできるのかにゃ?」
「まぁ、校則には禁止されてませんし、良いんじゃないでしょうか」
「それに、身内もいることだし」
真姫ちゃんがことりを見る。身内だからどうこうってわけにはいかないだろうが、話しやすくはなるだろう。
ということで、理事長室の前。俺は一応、ごまかしてこの学校に入っているので外で待機。中の様子はうかがいしれない。
穂乃果が扉を開けると、先にいたであろう会長と東條先輩がでてくる。
何を話しているのかはかろうじて聞き取れない。だけど、言ってる内容はだいたい予想がつく。
きっと生徒会を通すように、みたいなことを言われているんだろう。
あ、中に入った。どうやら理事長の許しが出たらしい。
・
・
・
一応、一年生三人組がこっそり扉から覗いているので完全にシャットダウンされたわけではないものの。中の様子が全く分からない。どうなったのか凄くそわそわしてしまう。
そわそわしていると、なんだか凛ちゃんの様子がちょっとおかしいんだが。どうしたんだろう、ひどく落ち込んでいる。
かと思うと、落ち込んだのがもう二名。穂乃果とにこちゃん。その三人を先頭にして、理事長室から出てくる。どうやら話は終わったみたい。
とりあえず、話を聞ける状態になかったので部室まで戻ってくる。
「で、どうなったの?」
一番聞きたかった事を聞く。三人の様子は後回し。
「一応、許可は出たんだけど・・・」
花陽が言いづらそうにしているのを真姫ちゃんが引き継ぐ。
「条件付きでね」
「条件?」
「次の期末テストで赤点をとらないこと。だそうです」
「あー、なんだ。じゃあ大丈夫じゃない」
条件だというから変に身構えちゃった。流石に赤点はないよね。赤点は。
俺も頭いいほうではないが、赤点は流石にとったことない。
「大丈夫じゃないのが、三人ほどいるんだけど」
ことりが困ったように言う。
「三人?」
1,2,3、なるほど先ほど落ち込んでいた人数とピッタリ。
「穂乃果、昔から知ってはいましたが」
「ほ、穂乃果は数学だけだよ!昔から苦手だったでしょ?ね、雪ちゃん」
えー。俺に振られても。そうだねとしか言えないよ。
「凛は、英語!英語だけはどうにも肌に合わなくて」
「とにかく!今からテストまで。みっちり勉強をたたきこみますからね!」
「いーい!?赤点でラブライブ出場できないなんて恥ずかしい事にはならないでね!」
「海未ちゃんも真姫ちゃんも怖いよー」「にゃー」
とりあえず、穂乃果は同じ二年の海未とことりが。凛はこれまた同じ一年の真姫ちゃんと花陽が。
海未は頭いいから大丈夫だし、真姫ちゃんもやっぱり頭いいから大丈夫。
で、大丈夫じゃないのがこの人。
「ほ、ほんとそうよー。あんたたち赤点なんかとったらこのにこにーが許さにゃいんだからね」
あ、噛んだ。
「にこ先輩。数学の教科書、上下逆様ですけど」
「あぐっ」
ことりの指摘に、すぐさま教科書を持ち直す。あ、落とした。
「にこ先輩。勉強のほうは?」
「は、はぁ?!こここ、このスーパーアイドルにこに―に、苦手なものなんてないわよ」
「動揺しすぎです」
そういえばにこちゃん、昔俺に宿題のやり方教わりに来たことあったな―。中学生の問題を小学生に聞くって。今考えたら相当やばいな。
「でも、にこちゃんはだれが教えるの?」
もうみんな手は空いてない。俺は流石に高3の数学は分からないし。
どうしよう。俺だけ役に立ってない。
「それは、うちが見てあげよう」
どうしたもんかと頭を悩ませていると、突如。扉を開け東條先輩が入ってくる。
「東條先輩、いいんですか?」
海未が聞く。きっとその、いいんですかにはいろんな意味が含まれている。
「いいんよ。にこっちに教えられるの、うちしかいないやろ」
「だ、だから別にできるって言ってる「あれ~」」
にこちゃんの強がりを遮る東條先輩。
「これはわしわしせんといけないみたいやなー」
「ひっ」
そういうと、東條先輩はおもむろににこちゃんの胸をわしづかみ?したり、もんだりつねったり文字通りわしわししたりしていた。
「「「「「「み、見ちゃだめ」」」」」」
「え?」
わしわしされているのを見ていると、不意に六つの手が視界を暗転させる。なぜ?
「わ、わかったわ。教えなさいよ勉強」
「ん?まだわしわしが足りん?」
「教えてくださいお願いします」
どうやらわしわしが終わったみたい。同時に六つの手も離れる。なんだったんだ。
「あ、じゃあ俺は東條先輩の代わりに生徒会を手伝います」
このままじゃ、なんにもできない。
「ええん?結構忙しんやないの?」
「大丈夫です。任せてください」
ということで、にこちゃんには東條先輩が。そして東條先輩の代わりに俺が生徒会を手伝うことになった。
そして早速、生徒会室へ。
「失礼します」
「あら、今日も来たの?」
「ええ。今日は別件ですけど」
「別件?」
最近、結構入り浸ってるせいか、会長は俺に対して最初の頃のとげとげしさはもうすっかりない。
「東條先輩がしばらく生徒会に出られないので、代わりに俺が手伝うって言ったんです」
「そうなの。じゃあ、よろしく頼むわ。といっても今日はさほどないから帰ってもいいわよ」
「そうなんですか」
ちょっと楽しみだったのに。
帰り支度をする会長。俺の気持が外に出たのか「妹が待ってるの。また、明日ね」と素敵な笑顔で帰って行った。
「さて、俺も帰るか」
バイトまで時間はあるけどまぁいいや。
帰り支度をしようとすると、会長の机の上にある一つのパソコンに目がいく。
なんとなしに見てみると電源がつきっぱなしだった。
「会長も、意外とおっちょこちょいなんだな」
少し意外な発見。
しかし、画面を見るともっと意外な発見をすることになった。
「これ―――――」
画面に映ってたのは、サイトのミューズのページ。しかも別ウィンドウではファーストライブの映像まで。明らかに、サイトにあがっていないところまで写っている。
「そっか」
穂乃果達が不思議がってたことがある。それは、ファーストライブの模様を誰がサイトにアップしてくれたんだろうということ。あれがなければ、きっとここまで来れなかった。もちろん、目標にはまだだけど。
そっか。会長だったのか。やっぱり、連れて行って良かった。俺も多少は役に立っているってことなのかな。
その日はそれ以降もちょっと、嬉しくなった。
そして、あっという間に運命の日。テストの結果が返される日になった。
穂乃果。たちではなく、俺の。
完全に忘れてた。穂乃果達がテストってことは、俺もテストがないわけなかった。
そして、結果は見事に赤点。そりゃそうだ、一切勉強してなかったもん。
そうやって今、放課後、誰もいない教室で一人、居残り作業をしているところだった。
しまったなー。俺も真姫ちゃんたちに勉強教わればよかった。
今思えば、東條先輩の忙しいって、テスト勉強って意味だったんだ。勘違いしていた。
必死に、課題のプリントを終わらせようとすると携帯がメールが来たことを知らせる。
見ると、海未からで穂乃果達は無事、テストを潜り抜けたようだ。よかったよかった。
ほっと一安心。これで、ラブライブ出場に一歩近づく。
あー、安心したら一気にめんどくさくなってきた。課題のプリントまだ結構あるんだよなー。こういう日に限ってバイトがない。ほんとは穂乃果達といたかったのに。
そんなこんなでダラダラしていると、足音が三つ、近付いてきた。あまり気にしないのだが、人気がないので目立つ。
よし、これが過ぎ去ったらしよう。と決意を固めたところで足音がとまる。
「ん?」
扉の所に違和感。もしかして。
「あーあ、今日も練習しなきゃなの?」
「ツバサちゃん、それ毎日言ってる~」
「仕方ない。これはツバサの口癖みたいなものだからな」
扉を開けて、入ってきたのは、スクールアイドルの頂点に君臨するアイドル。確かサイトの順位でもずっと一位を記録していた。
「ん、誰かいるの?」
この学院のスクールアイドル。アライズの三人が目の前にいた。
どうしよう。
どうも、ガオガイガー高宮です。集中力が欲しい。
どうにも集中力が散漫になります。道具屋とかで売ってないのか。
なんかずっと艦これの妄想してました。
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番外編 喧嘩するほど仲がいい
「雪。抗議遅刻しますよ」
「あとちょい。あと五分」
春。朝。in自宅。
一年前の春。俺は晴れて大学生となった。海未のあとを追っかけて必死に勉強して、やっとの思いでこの大学に入ったのが去年の出来事。
桜が舞い散るこの季節は、朝起きるのがつらい。いや年中つらいけど。
「はぁ、まったく仕方ないですね」
呆れたため息をつく海未。すると、掛け布団を素早く畳んでしまう。
「寒ーい」
春とはいえ、まだ少し肌寒さが残る。
「早く起きないのが悪いんです。ほら早くご飯食べていきますよ」
俺たちはひらひらと舞う桜を尻目に、キャンパスライフを充実させていた。
「あ!先輩、今度二人で食事にでも―――――」
大学内で声をかけられる。この子は最近講義で隣になった後輩。名前は、名前は・・・。なんだっけ?
「何か用でも?」
「あ、いえ、なんでもないです・・・」
俺が必死に名前絵を思い出そうとしていると、海未が怖い顔で後輩を追い払ってしまった。
「雪!何度も言ってますが、気をつけてください。女の子が下心もなしにあんな誘いするなんてありえませんからね」
「え?そういうもん?」
「そういうもんです。だいたい、あなたは昔っから―――――」
海未が小言モードに入る。こうなると、止まらない。
大学生になってから、特に今年、こういうことが増えてくるようになった。具体的には女の子に何かしらされて、それを海未が阻止するみたいな。
でも俺はあんまり気にしていない。なぜなら―――――。
「でも、海未がいるから。あんまり関係ないよ?」
「な!ば、っもう!!///」
怒らせてしまっただろうか。海未がこっちを向いてくれなくなる。
「おーい海未?大丈夫だよ、俺は海未しか見てないから」
「そういうことを素で言わないで///」
あれ?どうやら逆効果だったみたい。
「そういえば、もうすぐサークルの歓迎会だね」
「・・・そうですね」
よかった。なんとか機嫌直してくれたみたい。
俺と海未は弓道やアーチェリーなんかをするサークルに在籍している。
弓道やアーチェリーもやったことなかったけど、海未がいる。それだけで入るには十分だった。
今日の大学の講義は午前で終わる。
ので、これからどうしようかという相談。
「デートしよう!」
「わっわかりましたから、そんな大きな声で///」
海未が照れる。かわいい。にやにや。
にやにやしていると、怒ったような拗ねたような顔で手を引っ張られる。
「もう、早く行きますよ」
「―――――うん」
やっぱり俺の海未は、世界一かわいい。
映画館の中でポップコーンを片手に映画を見る。内容はアクションだ。
口をぽっかりと開けて映画に夢中になる海未。右手はポップコーンを持ったまま空中で止まっている。
そういえば昔、ってほど昔でもないけど海未と、ミューズのみんなで映画を見たことがあった。あれは確か、恋愛映画だった気がする。
ミューズ。海未が、みんなが高校生の時に結成していたスクールアイドル。
「雪、雪。凄く面白かった!」
いつの間にやら、映画はエンドロール。海未が興奮した口調で俺に詰め寄る。あまりこういうところに行かないタイプだし、珍しいんだと思う。
正直、後半は映画の内容が頭に入ってこなかった。
ミューズのみんなはどうしているだろう。俺が海未と付き合いだしたころから、みんななんとなく、疎遠になっていた。
もし、もしも俺と海未がつき合っていなかったら、また違う未来もあり得たんだろうか。ミューズのみんなと笑いあう。そんな未来が。
考えても仕方ない事に、頭を左右に振る。
「特にあの銃撃戦は迫力がありました!」
この笑顔が見られるだけで、少なくともこの世界の俺は幸せだ。
「とりあえず、でようか」
「そ、それもそうですね」
我に返ったのか、少し顔を赤らめているのが暗がりでも分かった。
映画館からほど近い場所にあるカフェで映画の感想を言い合った。言い合ったというよりかは、もっと一方通行だった気もするけど。
「明日は歓迎会ですね。雪」
「そうだね」
カフェの帰り道、海未が諭すように語りかけてくる。
「いいですか、世の中には危険な女の子がいっぱいなんです。とくに雪は昔から無自覚に女の子をたらしこんでいますから明日は気を付けてください」
「たらしこむって」
心外だ。そんなホストみたいな事、した覚えはない。似たようなバイトならあるけど。
「いつも私が傍にいるわけじゃありませんからね」
「え?いてくれないの?」
「っ///い、います!ずっと一緒にいますよ!」
「よかった」
一瞬捨てられたかと思った。
「もう、絶対離しませんから」
するりと腕をからめとられる。その顔に、ちょっといやかなり、ドキッとした。
そして翌日。歓迎会の日。
大学からそう遠くない居酒屋を貸し切って行われた歓迎会に、俺は少し野暮用で遅れて到着した。
「すいません、遅れました」
のれんをくぐって戸を開ける。
「あ、先輩ー。こっちですこっち」
今朝の後輩が手招きしているところに座る。
あ、しまった。海未に注意されたばかりだった。まぁでも他にも人がいるし、大丈夫だろう。
「海未は?」
「・・・園田先輩はまだ来てないですよ」
「そっか」
確かに、周りを見渡してもいないみたい。
それから、新しく入る新入生の紹介がありお酒も回ってきたころ。
「せーんぱーいわー。園田先輩と付き合ってるんですか」
「うん」
「やっぱりー」
うわ―んと泣きついてくる。重い。
「園田先輩のどこがいいーんですかー」
「全部」
「ぎゃー」
「私じゃダメ?」
いつの間にか新しいのが増えていた。影分身?
「いや、君の事知らないからなー」
「じゃあ、私の事教えてあげます」
なんてどうでもいい会話を繰り広げる。その時は多分酔っていたんだと思う。
「すいません遅れ―――――」
だから気付かなかった。海未が俺と女の子がしゃべっている姿を目撃したことを。
「・・・・・・雪」
その日は結局、海未と会うことはなくて。
次の日も、そのまた次の日も海未と連絡がつかなかった。
海未を見かけたのは、週明けの大学だった。
「あ、海未―――――――」
「えー、そうなんですかー」
そこにいたのは、サークルの男の先輩と仲良くしゃべってる海未だった。
・・・少し胸が苦しい。
なんだか味わったことのない感情に胸がいっぱいになる。
「――――――――。」
その後も何度もその先輩と一緒にいるところを見かけてしまう。
なぜだか、その時声をかけることはできずに中庭にでてしまった。
「せーんぱい」
「あ」
後輩だ。名前はまだない。
「どうしたんですか、こんなとこで」
「うん」
「元気、ないですね」
俺は話した。この胸の感情を。誰かに聞いてみたい気分だった。
「・・・それって嫉妬ってことですよね?」
「嫉妬?」
そっか、嫉妬なのか。
そういえば、昔から海未の周りにいる男なんて自分しかいなかった。自分だけだと思ってた。
嫉妬なんてしたことなかった。それが当たり前になっていた。
「そっか、嫉妬か」
腑に落ちたというか胸のつかえが消える。
「そっか、ありがとう後輩さん」
「はるかです!」
はるかね。覚えた。
立ちあがって中庭を後にする。もう帰ってしまっただろうか。
「あーあ。なんか私、噛ませ犬見たい」
「海未!」
辺りも暗くなりかけたころ、ようやく見つけた。
海未は弓道場で、一人、弓を構えていた。
「・・・・雪は」
俺が来ることを予想していたのか、海未はおもむろに喋り出す。
「雪は、私の事、どう思っていますか」
「どうって」
そんなこと、きまってるじゃないか。
「好きだよ」
「じゃあ、私があの人と話しててなんにも思わないんですか?!」
「思うよ!思うから、こんなにむかつくんだ」
そう、むかついていた。嫉妬している自分にも、ほかの男と仲良くしていた海未にも。
「じゃあ、止めればいいじゃないですか!」
「そんなの、しょうがないだろ!さっき気づいたんだ。自分が嫉妬していること」
「私は、こんなにも雪の事好きなのに、大好きなのに、雪は私の事何とも思ってないみたいで」
「なんとも思ってないわけない」
「じゃあ、なんで他の女にも優しくするの?!やめてって言ったのに」
「それは、しかたないだろ!あんまり考えたことないんだ」
「じゃあ、考えて!他の女と仲良くしないで」
そこまで一気に言って、二人とも息切れする。
「仲良くしないでよ」
「が、がんばる」
そこではたと気づく。
「海未こそ、あの楽しそうに話していた先輩はだれ?」
「あれは、その」
言いづらそうにする海未。まさか、言い寄られてるとか?
「まさか、あの先輩の事―――――」
「そ、そうじゃない!そうじゃなくて、雪に嫉妬してほしかったんです」
「え?」
「だーかーらー、雪は私の気持ち分かってなかった見たいでしたから私の気持ち分からせてやろうと、そう思ったんです」
「そ、そうだったんだ」
良かった、捨てられるかと思った。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人の間に流れる静寂。そしてどちらからともなく笑いだした。
「私たち、馬鹿みたいですね」
「ほんとに」
ひとしきり笑いあった後で、二人、手をつないで満月の月明かりを浴びながら、歩いて行った。
以上が俺と海未が初めてした喧嘩という喧嘩だった。
どうも、海未ちゃん誕生日おめでとう。高宮です。
番外編の内容が全然思いつかなくて、めっちゃぎりぎりです。すいません。
最後にこれだけ、海未ちゃん大好き!!!
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ミューズ
「あら、誰かいるわ」
目の前にいるのは、アライズの綺羅ツバサ。肩までのショートヘア、前髪から覗くおでこがチャーミングだ。同じ学校だから会うことはさほど珍しくないはずなのに、嫌に緊張する。
「む、先生に教室の使用許可は取ったんだろうな」
「とったよー。おかしいなー」
後に続く二人は、
そして、
以上、にこちゃんから聞きかじった知識だ。
どうやら、先生が俺に教室の場所を間違えて伝えてしまったらしい。どうりで俺の教室じゃないわけだ。
「あ、あのー。もう終わりますんで、俺は帰りますよ」
本当はまだ結構な量あるのだが、何より緊張で胃が痛い。即刻ここから立ち去りたかった。他の教室でやればいいし。
「!そうだ、良い事考えた」
「ツバサ?」
綺羅ツバサがにたーっと意地の悪そうな笑顔を浮かべる。
「ねぇ、あなた私たちの練習見てよ」
「はい?」
「なーんか、最近マンネリ気味で練習つまんないのよ。あなたが見てくれれば少しは緊張感も出るでしょ」
「ちょ、ツバサちゃん。何言ってんの?」
「えー、いいじゃん。アイドルは見られる仕事なんだし、良い練習になるでしょ?」
「そうはいっても・・・」
なんだか、勝手に話が進んでる気がする。練習を見学しろってこと?
アライズの練習風景を見られるってことか、あれ?これって結構レアなんじゃないか?
それにミューズのみんなにも何か活かせるかもしれないし。
課題は・・・課題は、何とかなる、なる。
「えっと、俺は構いませんけど」
「ほら、こう言ってることだし」
「君が、良いならいいんだが」
こうして、なぜか成り行きでアライズの練習風景を見学させてもらえるようになった。
「それじゃ、まずはストレッチから」
柔軟をし始める。ただ見てるのも何なので、手伝える範囲で手伝うことにした。たまにミューズの練習付き合ってるから、慣れている。
丁度、2組ずつになるし。
「っん、あら、結構上手ね」
俺は綺羅ツバサとペアになっていた。
「慣れてるんで」
順調にウォーミングアップを済ませ、次は振り付け。
後ろにあるカーテンを開くと、大きな鏡が。ダンス教室にあるような一面鏡張りだった。こんなふうになってたのか。
音楽が鳴り、一つずつ丁寧に振り付けを確認していく三人。
思わず見とれてしまう。
やっぱりアライズは凄い、まだ練習だというのに気迫と意気込みが伝わってくる。
ミューズは、まだ足りていない。
練習が終わる。
「どうだったかしら?」
「凄かったです」
素直に感想を告げる。「そう」綺羅ツバサは満足げにうなずいた。
アライズの、スクールアイドルの頂点に立つアイドルの、練習を見てやっぱりミューズは足りてないと思った。歌も、踊りも。
でもそれは、まだ伸びる要素があるってことだ。みんなに伝えよう。きっともっとミューズは上にいける。
「それじゃ、俺はこれで」
「まって」
練習もおわったので、帰ろうとした矢先、声がかかる。
「まだ、あなたの名前聞いてないわ」
そういえば、自己紹介もまだだった。
「海田雪、一年です」
「そう。私は綺羅ツバサ。二年よ。こっちは」
「統堂英玲奈。同じく二年だ」
「優木あんじゅ。一年生だから同い年だね♪」
「「「これからも、よろしく」」」
こうして改めて見てみると、やっぱりオーラがある。少し氣圧される。
「よろしくお願いします」
かろうじて、挨拶だけは返せた。
「ん?これからも?」
三人が発した言葉に引っかかりを覚える。
「そう、これからも」
「今日の練習は凄くはかどったからな、できればこれからも時々練習を見てくれると助かる」
「そういうこと♪」
なるほど、それは願ったり叶ったりだ。アライズの練習からこちらも何か盗ませてもらおう。
「そういうことなら、これからもよろしくお願いします」
「「「うん!」」」
まさか、テストの赤点取って居残りしてたらこんなことになるとは、人生どうなるかわからん。
「ええーー!?雪ちゃんアライズの練習見たってホント?!」
「う、うん」
想像よりオーバーなリアクションをとるのは、穂乃果。
「う、う、うらやま」
「か、かよちんしっかりするにゃー」
花陽は涙を流しながら机に突っ伏している。
というか、どこからその情報を仕入れてきたんだろう。つい昨日の出来事なのに。誰にもしゃべってないのに。驚かそうと思ってたのに。
「それどころか、アライズとお近づきになったらしいじゃない」
「なんで知ってるのにこちゃん」
「もう私たちの事はどうでもいいの?」
ことりが、今にも泣きそうになって訴えかけてくる。
「や、違う違う。アライズの練習を見させてもらって、ミューズに何が足りないか教えてもらおうと思って」
「「「「「「ほんとに?」」」」」」
「ほんとだって」
ていうかあれ、今六人しかいない。
「そういえば、海未は?」
「海未先輩?海未先輩は、近頃様子がおかしいのよ。なんか考え事してるみたいで」
・・・そうなんだ、気づかなかった。何か悩んでいるのだろうか。
「すいません、遅れました」
「あ、噂をすれば海未先輩だにゃー」
「あの、皆さんに提案があるんです」
「「「「「「???」」」」」」
海未の唐突な提案とやらに、みんな?を頭の上につけていた。
「生徒会長に、絢瀬絵里先輩にダンスを教わろうと思うんです」
「ダンスを?」
海未の提案に疑問で返すのはことり。
「ええ、彼女はバレエの経験者でダンスも私たちより何倍も上手です」
「生徒会長がにゃ?」
「・・・反対よ、つぶされかねないわ」
真姫ちゃんが厳しめの声で反対する。
「というより、了承してもらえるかどうか。生徒会長ちょっと怖いですし」
「―――――――大丈夫じゃないかな」
この間見た、会長がファーストライブの模様をサイトにアップしてくれていたこと。きっと、会長だってミューズの事気になっているはずなんだ。
だから、きっと大丈夫。
「そうだよね、雪ちゃん。とりあえず駄目元でも、頼んでみようよ。きっと本気で頼めば、思いは伝わる」
「穂乃果」
「どうなっても、知らないわよ」
「まぁ、このスーパーアイドルにこに―が頼み込めばどんな城でも即落ちよ」
「それじゃ、今行こうすぐ行こう」
言うが早いか、穂乃果はダッシュで部室を飛び出して行ってしまった。
「穂乃果ちゃん」
「私たちも行きましょうか」
まったく、その行動力は呆れるを通り越して尊敬する。
そして生徒会室。先ほどまで手伝っていたので、中にいることは間違いない。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックをして、穂乃果を先頭に入る。そこには会長と東條先輩がいる。
「何?」
「生徒会長に頼みがあってきました」
「頼み?」
「ダンスを教わりたいんです」
「もうオープンキャンパスまであまり時間もないし」
オープンキャンパス?
知らない事実を海未が耳打ちで補足してくれる。
「オープンキャンパスで生徒が集まらなかったら、廃校が本決まりになるんです」
え?まじで?悠長にしてる時間はないってことか。
「「「お願いします」」」
三人が頭を下げる。
「考えておくわ」
「ありがとうございます」
穂乃果がお礼を言い、生徒会室を後にする。
「えりちは頑固ものやね」
「・・・海田君は、行かないの?」
「会長はこの学校の事好きですか?」
「・・・好きよ。いやでしょ?自分の学校がなくなるのは」
「一緒ですよ。彼女たちも。自分たちの学校が好きで、なくなってほしくない。だから頑張る。自分たちのしたい事を」
思いは一緒、なら争う必要なんてないはず。少しでも、この学校のミューズのために。
「―――――彼女たちに伝えておいて、遠慮はしないわ」
「――――――はいっ」
そして何日か経って、練習を見に行った。
ストレッチから会長の練習メニューになる。
会長が考えてきたのか、ミューズのそれまでのメニューとは、効率も効果も良くなっている気がした。素人目線だけど。
「きっついにゃー」
「・・・今日はここまでにしましょ」
会長が切り上げると、穂乃果達が整列する。
「――――――。」
「ありがとうございました」
「「「「「「ありがとうございました」」」」」」
一斉に、お礼を言う姿に会長は怪訝な顔で問いかける。
「あなた達、毎日辛くないの?」
「きついですよ。でもそれもこれも、私たちがやりたいから。この学校を守りたいからやってるんです」
「――――――――そう」
会長が屋上を走り去っていく。それをゆっくりと東條先輩が追う。
俺ができることは何だろう。会長に、ミューズに、役に立てることはそう多くないはずだ。
そう多くないはずだから、ちゃんと、役に立とう。俺ができることを、全うしよう。
そうして、勘を頼りに会長の教室へと向かった。
多分そこにいる。
「やっぱり」
生徒会長が自分の机に座っている。その隣に腰掛ける。
「会長は、かわいいですよ」
「なっ///何言いだすの、突然」
「だから、やりたいことをしましょう。音ノ木坂の生徒会長としてではなく。一人の絢瀬絵里として」
「そんなの―――――」
後ろを振り返る。ミューズが、みんながそこにいた。
「絵里先輩!ミューズの一員になってください!」
「―――――――」
「・・・えりち、きっとねホントにやりたいことはやりたいからやってみる。きっかけなんてそんなものでいいんじゃないかな」
「・・・希」
ほら、俺の出来ることはきっともうない。あとはみんながいれば大丈夫。
そっと、誰にも気づかれないように教室を出ようとしたとき。
「海田くん!」
「?」
扉に手を掛けたところで絵里先輩に呼び掛けられ、ゆっくりと近づいてくる。
「ありがとう」
頬に口づけされた。
「なななな、なにやってんのよ!絵里」
「いつの間に、そんなに仲良くなったん?えりち」
「秘密よ」
まったくもって、絵里先輩には敵わない。
そして無事に、オープンキャンパスは成功を納め、廃校は免れた。
どうも、ぽいぼい教信者高宮です。
明日から広島に行ってしまうので、更新遅れます、すいませんっぽい?
週明けには帰ってくるので、それまで見捨てないでくださいっぽい
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女の嫉妬は想像を超える。
「あら、雪じゃない」
「綺羅先輩」
ミューズがまたさらにメンバーが増えた翌日。俺は一人、秋葉原に来ていた。というのも、秋葉原にスクールアイドル専門ショップができたという噂を聞きつけたからだ。
ミューズが九人となって、またさらに人気を増やすだろう。そうなると、こういうところにもグッズなんかが置かれることになるかもしれない。その下見というわけだ。
「違うわ。私の名前はツバサよ。教えたでしょう?」
「・・・ツバサ先輩」
「まぁ、よし」
なぜか、ばったりと会ってしまったのはアライズの綺羅ツバサ。先輩。
縁があって知り合いになったのはつい先日の話。練習を見て欲しいと頼まれたのがきっかけ。
正直、まだ実感は湧かない。
「何してるの?」
「あっと、スクールアイドルのショップができたって言うので見に行ってみようかと」
「そう」
それだけ言うと、なぜか腕を組んでついてくる。
「あの、ツバサ先輩は何してるんですか」
「ん?何か変かしら?」
「いや、変っていうか」
変じゃないのか。そう強くいわれると自信をなくしてしまう。まぁ、腕組むくらい普通、かな?
「さ、いきましょ」
「あ、はい」
自問自答を繰り返していると、腕を引っ張られるついでに疑問もどこかへ飛んで行ってしまった。
結局、終始腕を組むことになってしまい、ツバサ先輩は変装しているもののファンからばれたりしないかとしきりに警戒してしまう。
「私、男の人と街中を歩くの初めて」
「そうなんですか」
たわいもない会話を繰り広げていると目的地に到着する。
「ここね」
見ると、雑居ビルの一階にアイドルショップがある。
中に入ると、ポスターやプロマイド。クリアファイルやバッジなど、色々な種類のグッズが所狭しと並べてある。そのすべてがスクールアイドルのものだというのだから驚きだ。
「あれ?」
中を見て回っていると、なんだか既視感に襲われる。数歩後戻りして、その正体を確かめる。
「あ!!!」
「うわっと、急に大声出して、びっくりするじゃない」
「す、すいません」
だがしかし、大声も出てしまう。なんてったってそこにはミューズのグッズがあったのだから。
他のグッズと同様、バッジやプロマイドなどが置いてある。
不思議な気持ちだ。つい昨日会っているというのに、そこに映ったみんなはどこか遠い人みたいで、別世界の住人のように感じられる。
「・・・ミューズ、好きなの?」
「え?ああ、まぁ」
ツバサ先輩は俺がミューズと関わりがあるとは知らない。そもそもミューズの事知っているかも怪しいし、たとえ知っていてもわざわざ言うことじゃない。
と思っていたのだが、一つの事に気づく。
「というか、ミューズの事知ってるんですか?!」
ミューズの名前が出たことに軽い驚き。
「ええ、知ってるわ結構前から」
マジでか。アライズにも知られてるって凄いな穂乃果達。なんだか、ますます遠い存在になっていく。
――――――クリアファイルでも買っていこうか。
「んんっ」
俺がお会計を済ませようとレジに向かうと、ツバサ先輩が不自然な格好で立っている。見るとどうやらアライズのコーナーらしい。流石にでかい。
「わ、わー。新しいグッズが出てるー。これすっごいレアなんだけどなー」
そう言って、何度か交差する視線。
・・・なるほど。数秒たってようやく理解した。
クリアファイルのついでに、ツバサ先輩が言っていた携帯ストラップも一緒に購入する。ツバサ先輩バージョンのもの。
「め、目の前で買われるとちょっと恥ずかしいわね」
レジにて会計を済ませ、ツバサ先輩のもとへ。
「はい、ツバサ先輩」
手には先ほどの携帯ストラップ。欲しいけど流石に自分では買いづらいのだろう。きっとあの目配せはそういう意味。
「あ、ありがとう。――――――そういう意味じゃなかったんだけど、ま、いっか」
よかった。喜んでくれたみたいだ。
「ところで、お腹すいてない?私行ってみたいところがあるの」
「ええ、どこですか?」
先輩が指を指示しているのは、すぐそこにある、メイド喫茶?みたいなもの。
「なんでもね、あそこには伝説のメイド。ミナリンスキーさんがいるらしいのよ」
「ああ、それなら知ってます」
結構有名だ。おそろしく仕事ができるわ美人だわで、バイト界隈だけでなくこうした一般人にも名前が広まっているらしい。
実際に見たことはないけど。
「そう?なら話は早いわね。行ってみましょ」
カランコロンと、お客が来たことを知らせるベルが鳴る。すぐさま傍にいたメイドさんが満面の笑みで接客する。
「おかえりなさいませ。二名様ですか?こちらのお席に――――――」
メイドさんが俺の顔を見て固まる。持っていたお盆を落としてしまうほどに。
「ゆ、雪君」
「あ、ことり。そっかここで働いてるんだっけ」
「し、知ってたの?!」
「うん」
やだなぁ。幼馴染がどこでバイトしてるか、健全なバイトか調べるのは当たり前でしょ。
「ところで、俺達ミナリンスキーさんに会いに来たんだけど、今日いる?」
いちいち探すより、ことりに聞いたほうが早いと思ったのだが、隣から肘をちょんちょんとされる。
「海田君、あなた筋金入りね」
「はい?」
先輩が呆れている。何かしただろうか、考えても心当たりがない。
「この人よ」
「何が?」
「だから、この人がそのミナリンスキーさんよ!」
「・・・」
ええええええええええぇぇぇぇぇぇ??!!
もう一度、しっかりとまじまじとことりの顔を見る。ことりは恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「ま、まじですか・・・」
びっくりだ。びっくりした。びっくらこいた。
まさか、あの伝説とも呼ばれるミナリンスキーさんが幼馴染だったなんて。ことりだったなんて。
というか全然気付かなかった。見ただけじゃミナリンスキーさんだとは気付かないけど。それにしても気付かなかった。
「ば、バレた。よりにも寄って雪君に」
がくっと、両膝をつくことり。完全にノックアウトされていた。
「だ、大丈夫?」
「雪君」
がしっと、両肩をつかまれる。
「・・・このことは二人だけの秘密だよっ♪」
語尾を上げ、いつもの1000%笑顔で催促してくることり。
「い、いいけど」
あれか、音ノ木坂もバイト禁止なのかな。
「そ、れ、と♪そっちの女の人はだぁれ?」
一瞬で空気が凍りつく。首をグルんとまわし先ほどまでの笑顔は消え去り、目の輝きが失われていた。
急に話題に出たからか、それともことりの急激な変化に驚いたのか、一瞬冷や汗をたらしながらもツバサ先輩は気丈にふるまう。
「私は、そうね。初めてを捧げあった仲。かしら」
「は?」
ことりから顔の表情という表情がストンと抜け落ちる。
「ど、どいうこと。雪君」
心なしかことりが怖い。
「え、えーっと」
この人が綺羅ツバサだといってもいいものなのか。答えあぐねていると、ことりの顔がみるみるひきつってくる。
「ほ、ホントなの?」
練習の事かな?確かに、誰かに見られながら練習するのは初めてといってた。男の人と歩くのも。
「うん、成り行きで」
「成り行きで?!」
「自分から仕掛けておいて何だけど、凄いことになってるわね」
なにやらツバサ先輩が笑っている。笑う要素あったっけ。
「は、ははは、はははは」
今度はことりも笑い出した。どうやらあったようだ笑う要素。
「ことりちゃん!やっと見つけた―――――あれ?」
「穂乃果!?」
ことりがぬけがらみたく、乾いた笑いを響かせていると穂乃果達が来店してきた。
「あれ?雪ちゃんだにゃー」
「凛たちも」
後ろには凛や真姫ちゃん、絵里先輩や東條先輩までミューズが全員集合していた。
「どうしたの、こんなところで」
「どうしたのって、そっちこそどうしたのよ」
困ったような顔を浮かべる真姫ちゃん。
「これは―――――「あ、みんな」」
どう説明したもんかと悩んでいると、ようやくことりが再起不能から立ち上がる。
「雪君が、雪君の貞躁がぁぁぁぁ」
「ちょ、ちょっとどうしたのですかことり」
「そこの泥棒猫にぃぃぃぃぃぃぃ」
泥棒猫って、もしかしなくてもツバサ先輩のことだろうか。
「奪われちゃったのぉぉぉぉぉぉ」
泣き崩れることり。ていうかちょっとまって、俺の貞躁が奪われた?いつ?どこで?誰に?
「「「「「「「は?」」」」」」」
「面白いことになっとるやん」
東條先輩以外、見事にみんなシンクロしていた。顔の表情から声のトーンまで何から何まで怖かった。
そして視線が横にいるツバサ先輩へと向けられる。
先輩はススス、と俺の横にくっついたと思うと、「えい」思いっきり抱きついてきた。
その瞬間、周りのお客がビビって今にも逃げ出しそうなほど8人の怒りのオーラが噴出していた。出入り口塞いじゃっててごめんなさい。
「まって、まって話が見えないんだけど」
いまにも、ファイトクラブしそうな勢いに氣圧されつつも現状の把握に努めようと必死になる。
「話?大丈夫です。話ならそこの雌豚に聞きますから」
「う、海未?!」
まさか海未から雌豚などという単語を聞くことになるとは、バイトではしょっちゅうだけど。
「白米の恐ろしさ、分からせてあげます」
「それどういう意味!?」
「大丈夫よ、私医者の娘だもの。たとえどれだけ血を流そうとも内々に処理できるわ」
「怖い怖い怖い。とても現実的で怖いです真姫ちゃん」
「こうなるんだったら、小学生の時無理やりにでも」
「んんんんんんにこちゃん?!」
「・・・・・・」
「無言が一番怖いって知ってる?穂乃果!」
「か、会長」
思わず、昔の呼び名で呼んでしまうほど切羽詰まっていた。誰か助けて。
「大丈夫よ、雪」
良かった。会長なら話を聞いてくれそう。
その柔和な微笑みに気がほどけたのも一瞬。
「ああ、かわいそうに。他の女に汚されてしまったのね。大丈夫。私がきれいにしてあげるから」
そういうと、会長は俺のほっぺを舐めようとしてくる。
「わわっ、ちょ、やめ」
「どうして逃げるのよ」
何とか逃げようと四苦八苦していると、ドンとぶつかる。
「あ、ごめん」
ぶつかったのは凛だった。
「クンクン。他の女のにおいがするにゃ」
凛もかよ!
「はいはい、みんないったん落ち着いて」
手を叩いて静まらせようとしたのは東條先輩。
「まずは、話を聞こうや。それからどうするか話し合いしたらええやん?」
「東條先輩」
ありがとうございます。俺には本当に女神のように見えた。
「なーんだそういうことかー」
穂乃果が明るい声で笑う。
何とか説明してわかってもらえた。
なんで貞躁うんぬんなんて話になったんだろう。不思議だ。
「でも、まさかアライズの綺羅ツバサと一緒にいるなんてね」
にこちゃんが恨めしげな目を送る。にこちゃんはアライズのファンだからあまりよく思っていないはず。
「た、たまたま会っただけだって」
「「「「「「「「ふーん」」」」」」」」
なぜかみんなから訝しげな視線をもらう。
「それにしても」
「なんであんな紛らわしい事」
「してたんだにゃー」
一年生組がセリフを分ける。順に花陽、真姫、凛だ。
「それは、ほら。私帰国子女だから。あっちじゃこんなの普通よ?」
へー。そうだったんだ。ならうなずける。
「嘘です!そんなのウィキには載っていませんでした」
「まぁまぁ、そんなのどうでもいいじゃない」
「ていうか、前から知ってたけど雪ちゃんの周りにはなんでこんなに女の子が・・・」
「穂乃果ちゃん」
「穂乃果」
なんでしんみりしてるの?
「お、俺の話より穂乃果達は?なんでここにいるの?」
「私たちは、ねぇ」
「もうどうでもよくなっちゃったわよね」
どうでもよくならないで!話終わっちゃうじゃない。
「私、何にもないから。海未ちゃんや穂乃果ちゃんみたいに」
・・・・・無理だよ。もうこっからシリアス無理だよ。
「というかなにちゃっかり手つないじゃってるにゃ」
「私、何にもないから。海未ちゃんや穂乃果ちゃんみたいに」
「無視するにゃー!」
べしっと、手をはたかれる。
「ちっ」
「し、舌打ち?」
カランコロンとお客が来る。
「あ、接客しに行かなきゃ!」
「いい、凛。あれが天然(腹黒)ってやつよ。覚えておきなさい」
「に、にこ先輩」
「なんの話?」
「「ひぃぃぃ」」
悲鳴が聞こえたので振り返ってみると、ことりがにこちゃんと凛ちゃんを震え上がらせている。
「あ、このジュースおいしいわよ。一口飲んでみて」
「ちょっと、綺羅ツバサさん、だったかしら。ゆっきーは炭酸飲めないのよ。ごめんなさいね」
「いや、飲めますけど」
痛い。かかとで足を踏まれた。なんで?
というかゆっきーって。初めて呼ばれましたけど。
「そうなの、仕方ないわね。じゃあこの上に乗ってるアイスを「ごめんなさい。ゆきゆき甘いものも駄目なのよ」」「いや、むしろ好物ですけど」
痛い。また踏まれた。
「そして、あれが天然(本物)よ」
「よくわかったにゃー」
「さて、それじゃあそろそろ私は失礼するわ」
ツバサ先輩が席を立つ。なんだかんだいって、忙しい身なのだ。
「最後が普通ってわけにもいかないわね」
「?」
ちょいちょい、と手招きされ目の前に立たされる。
「ちゅー」
襟元をつかまれ、引っ張られ、絵里先輩と同じく、同じところにキスされた。
「じゃあね」
「な、ななな」
ガシャン。
動揺していると、なぜか両手に手錠される。そして椅子にくくりつけられる。この間わずかに二秒。
「もう怒りました。私たちはカンカンです」
穂乃果の顔は言ってることと裏腹に、とても楽しそうで。
「なので今から順番に、雪に
「真姫ちゃん?!」
見るとみんなの眼がレイプ目見たいになっていた。
「東條先輩!」
女神なら、先ほどと同じように助けてくれるかもしれない。淡い期待を込めて東條先輩を見たものの。
「並んでるし!」
みんな一列にきれいに整列していた。
みんなの顔が迫ってくる。どんどんどんどんどんどんと。
「うわぁぁぁっぁっぁぁぁ」
「ああああぁぁぁぁぁぁ」
息が荒い。窓の外を見る。太陽がまぶしい。小鳥のさえずる音が聞こえてくる。
息を整え、時計を見ると午後5時。場所は部室の椅子の上。唇が妙にヒリヒリするのを我慢しながら。
ひとつ、深呼吸をして。状況を理解する。
それじゃあ皆さんご一緒に。はい、せーっの
「夢オチかよ!!!!」
・・・・夢オチだよね?
みなさんご無沙汰です。やっはろー。高宮です。
広島から無事、帰ってまいりました。もう全身が筋肉痛です。
野生の鹿に遭遇したり、いとこの伯父さんでなぜか昔より笑えなくなっていたり、非常に楽しい旅行でした。
これからは、また更新頑張りますので、忘れないでいてください。
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シスターズ、襲来。
「暑い」
炎天下の中で、買い出しへと出かける。店の中はクーラーが聞いていた分、より外が暑く感じてしまう。
額の汗をぬぐいながら、目的のものを買い込む。
「雪君?」
「あ、雪穂」
目の前にいるのは、幼馴染の穂乃果の妹、雪穂だった。
「何してるの?」
「えーっと、買い物?」
「なんで疑問形なの」
なんででしょうね。それはきっとここが薬局で主に精力剤などを取り扱っている店だからだろう。
中学生には刺激が強い。というかいくらバイトとはいえ、こんなものを買っているなんてばれたくない。
「そっか、買い物か・・・」
雪穂はなにかぶつぶつと独り言をしゃべっていたかと思うと、唐突に「じゃあ、私の買い物にも付き合ってよ」といいだした。
「ほら、今何かと物騒な世の中だし?私JCだし。男手欲しいし」
「それはいいんだけど・・・」
別に買い物に付き合うくらい何とでもないのだが、今はバイト中。といっても今買った物を届ければいいだけ。
「これを届けてからでもいいかな?」
がさりと手に持っているものを掲げる。
「いいけど、それなあに?どこに届けるの?」
あ、しまった。墓穴を掘った。
「え、えーっとバイトだよ。中身は企業秘密」
「バイトって怪しい奴?」
バイトという単語を聞いたとたん、雪穂の眼の色が変わる。
以前、まだ引越す前の話。小学生の時にちょっと危ない橋を渡ったことがあった。そのときに雪穂にだけバイトをしていることをばれてしまったのだ。そして家の事も。
「大丈夫だよ。健全、とはいいがたいけど、怪我はしない。約束する」
「――――――――わかった。その代わり私もついてくから」
言葉からは頑として譲りそうもない気配を感じた。
バイト先のメールによれば、ここで間違いないはず。
「あれ、ここって―――――」
「知ってるの?」
インターホンを押しながら雪穂に訪ねる。
「はーい」
間延びした声が家の中から聞こえた。
ガチャリと家の扉を開け、出てきたのはさらさらの金髪に藍色の瞳。誰かに似ているような気もするその子は雪穂を見て親しげな反応をする。
「雪穂」
「やっぱり亜里沙じゃん」
「知り合い?」
「あー!もしかして雪君さんですか?」
「う、うん、そうだけど・・」
どこかで会っているのだろうか、先ほどから感じる親近感からそう思わせる。
「いつもお姉ちゃんから話は聞いています」
お姉ちゃん?
「ほら、その前に自己紹介しなきゃ。亜里沙」
「あ、そうだった。絢瀬亜里沙といいます。いつも姉の絢瀬絵里がお世話になっています」
さらさらとした髪の毛とともにぺこりときれいにお辞儀する。
そうか、絵里先輩の妹さんだったか。道理で親近感が湧くはず。
言われてもう一度まじまじと見ると、なるほど。姉妹だ。似ている個所が何箇所かある。
「うわー。本物だ―」
こちらがまじまじと見過ぎた所為か、亜里沙ちゃんもこちらをまじまじと見てくる。
というか、本物って何?ニセモノでもいるのだろうか。
「あ、すいません。いつもお姉ちゃんが話してるから、どんな人なんだろうって、会いたかったんです」
俺の反応に少しすまなそうに謝罪する亜里沙ちゃん。
「そっか、俺も会えて嬉しいよ」
そう言った瞬間後ろから、ゲシッとローキックが入る。
「い、痛いよ雪穂」
「ふんっ」
雪穂は昔から手が出るのが早い。
「あ、それでお姉ちゃんいる?」
「お姉ちゃんですか?今日は学校に行っていると思います。生徒会の用事で」
「そっか、じゃあ、帰ってきたらこれ渡してくれる?」
そう言って、手に持っていたものを渡す。
「これ何ですか?」
あ、しまった。
「えーっと、中身は秘密?」
「・・・・そうなんですか?」
いかんこのままじゃ中身を知られる。そう思い何とか話を変えようとする。
「そ、それよりさ今日これから暇?これから買い物行くんだけどよかったらどう?」
「ちょ、ちょっと雪君!」
「あれ?だめだった?」
良い案だと思ったんだけど。
「いや、だめとかじゃなくこれ以上雪君の周りに女の子を増やすわけには―――――――。お姉ちゃん的にも、そう。お姉ちゃん的にも良くないはず」
「?」
お姉ちゃん?なぜそこで穂乃果が出てくるのかがよくわからないが。「いやでも、亜里沙だし。いや亜里沙だからか」依然、何やらぶつぶつと喋っている雪穂。
「わー!いいんですか?お邪魔じゃなければ亜里沙も行きたいです」
瞳をキラキラさせる亜里沙ちゃん。
「ほら、じゃあ行こうよ」
まだどこに行くかもわかっていないのだけど、まだ悩んでいる風だった雪穂の手を握りやや強引に連れ出す。
「わ///ちょ///」
「じゃあ亜里沙はこっち♪」
両の手を握り握られ、日が高くなった太陽が見下ろす街を歩きだす。
向かったのは都心にあるアウトレットモール。日曜だということもあってか家族連れや恋人たちでにぎわっている。
「ほらどうです似合いますか?」
試着室のカーテンを開いて亜里沙ちゃんがクルリと回転する。
正直ファッションなどには詳しくない。なんか白いフリフリと黄色いフリフリがフリフリしているフリフリ。かわいいフリフリ。
「うん、似合ってると思うよ」
「ご、ゴホンゴホン」
席のするほうへと顔を向けると、隣の試着室から雪穂が出てくる。亜里沙ちゃんがかわいい系だとするなら、雪穂はかっこいい系だった。なんか全体的にシックな感じがする。色も暗めだし。
「雪穂も似合ってるよ」
「具体的には?」
うーんと、一瞬言葉に詰まる。
「荒野のガンマンみたいだね」
「荒野のガンマン!?」
脳内で銃を構えた雪穂が浮かんだので、それをそのまま伝えたのだが雪穂はうんうんとうなっている。「褒め言葉?」
「雪さんはどっちが好みですか?」
「あ、亜里沙?!」
あわてる雪穂にキョトンとした表情を見せる亜里沙ちゃん。どっちが好みか。
「俺は服より雪穂や亜里沙ちゃんが好きだよ」
「「ぼふっ///」」
「それってどういう――――「亜里沙ダメ!深く考えたら負けよ。この人は素でこういうこと言うから」わ、わかったよ」
何か二人の間で共通の認識が深まったみたいだ。
そのあと、何件か他のお店も回って、お昼時を少しだけ過ぎた時間。お腹もすいたので昼食をとるべく中にあるフードコートに入った。
「意外とフードコートおいしいですね」
「亜里沙ちゃんついてる」
ほっぺにミートソースをつけた亜里沙ちゃんのほっぺを布巾でふき取る。
「あ、ありがとうございます///」
「うん」
「―――――――。」
ベチャッ。
「な、何するの?」
雪穂が唐突に俺のほっぺに、自らのクリームソースをつけ出した。
「雪君ついてるよ。もうしょうがないな」
そういって布巾でふき取るさらにそれをバックにしまう。なんだかよくわからないが、雪穂が満足そうなので良しと―――――「なにしてるんですか」「うわぁあ!」
耳元でささやく声。振り返ると、こころちゃんがそこにいた。
「こころちゃん」
「雪さん。偶然ですねこんなところで」
「そうだね、買い物?」
「あ!にーたんだ!」
ここあが抱きついてくる。
「にーたん?」
雪穂が訝しんでいるのが分かる。
「ああ、こちらにこちゃんの妹のこころと、ここあだよ」
「こころです」「ここあだよ」「あ、えっと高坂穂乃果の妹の雪穂です」「絢瀬絵里の妹の絢瀬亜里沙です」
互いに自己紹介が終わる。
「ちなみに雪さんとはどういったご関係で?」
「恋人です♪」
「「え?!」」
亜里沙ちゃんがわざわざ俺の横に回り込んで腕を組みながらそう答える。「いや違うよね」
「な、い、いやお姉ちゃんを攻略するには確かに年下のほうが、でも幼児枠はもう私とここあで十分だし――――」「っやっぱり連れてこなきゃよかった」
「いやこころちゃん、俺違うって言ったよ?」
あと雪穂が怖い。
「にーたん、ろりこんなの?」
「ここあどこで覚えてきたそんな言葉。今すぐ忘れなさい」
「こころー、ここあー。どこいったのー」
「あ、お姉ちゃん」
お姉ちゃん?ということは「あ、雪じゃない!」やっぱり。
さすがにこころちゃんとここあちゃんだけでショッピングモールなんかこないよね。
「・・・ま、また新しい女が・・・」
驚愕といった表情で固まるにこちゃん。
「お、お姉さま。しっかり!大丈夫です。見てください、二人とも幼児体型ですからお姉さまにもきっと「「誰が幼児体型よ!!」」」
「にいたん、これ食べたい」
「うん?じゃあ口あけて」
ここあに俺のペペロンチーノを一口わける。
「「「「ロ、ロリコン」」」」
「違うから!」
「お客様。申し訳ありませんが他のお客様の御迷惑になりいますので」
「すいません」
怒られた。店員に怒られた。
そんなわけで、にこちゃんたちとは別れ、帰り支度をしていた。
「ま、まさかあんなにもライバルが・・・・お姉ちゃんも大変だなぁ」
「あれが噂に聞く雪さんクオリティなんですね」
噂に聞くって何だろう。どこらへんで噂になっているのかお教え願いたい。
「大丈夫です。私尊敬する人、トラ○ルのモモさんですから」
「えっと、だから?」
いや確かにモモさんかわいいけど。二期決定したけど。亜里沙ちゃんの言っていることがちょっとよくわからない。
「また一人増えて―――――これは私のせいか、私のせいなのか?」
雪穂は相変わらず一人で何かやっている。
「あ、そうだ。はいこれ」
忘れるところだった。先ほど、二人がトイレに行っている隙に買ったアクセサリーを渡す。
「「なに、これ?」」
「さっき欲しがってたでしょ?」
二人が見ていたものの値段が中学生には少々高めだった。
「日々のお礼というか、そんなたいしたもんじゃないけどいつも迷惑かけてるし」
「そ、そんなこと」
雪穂がフォローしてくれる。
この言い回しだと気を遣わせてしまうようだ。
「受け取って?」
「・・・う、うん」
「開けてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
中に入っているのは銀色の蝶の髪飾り。おそろいだ。
「――――――どうですか?」「ど、どう?」
二人とも、その場で髪飾りを身につけ、こちらを振り向いた。瞬間、風がなびく。
「良く、似合ってる」
「「へへへ///」」
「なーんてことがあったと、昨日意気揚々と雪穂に語られたんだけど。ほんとの事?雪ちゃん」
「ほんとだよ」
前にも思ったけど情報が早い。
「ほー。それは興味深い話ですね」
隣でお茶をすすっていた海未が反応する。
「私にはお土産ないの?雪君」
「ご、ごめん。ない」
流石にそこまで頭が回らなかった。
久々に、穂乃果の家に集まって話をする。いるのは穂乃果達三人と俺だけ。
「むー。最近外は暑くて練習できないし、なんかこうパーッと―――――」
そこまでいって何かに気づく穂乃果。
「そうだ!合宿に行こう!」
「「「はぁ?」」」
いつも唐突に何か始めるのは穂乃果であるが、今回はまた一層と突拍子もない事だった。
どうも、書くこと忘れた高宮です。
書くこと忘れたので、勝手にプロ野球の話します。
セ、パ両リーグ開幕しましたが、僕の大好きなチームはパならホークス。セならディーエヌエー、ヤクルト、広島辺りでしょうか。一個一個話してくと長くなるので、ホークスの好きな選手だけ言います。
投手なら飯田。全国区ではないですが、良い投球するんです。投げる姿が気持ちいい。おんなじ理由で森も好き。森は投げる時、めっちゃ「うぉい」みたいな声出します。
打者では柳田。フルスイングが気持ちいい。トリプルスリーの期待もあります。そしてこちらも全国区ではないけど、山下改め斐紹(あやつぐ)。この人はホークスの将来の正捕手として期待してます。残念ながら怪我してしまいましたが。でもガッツあるプレーだった。
ということでまた次回。
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そうだ高山国際村に行こう!
「合宿行こうよ!」
先ほどまで項垂れていた穂乃果が勢いよく起き上がり、興奮気味に訴えかける。暑い。
その叫びは先日、穂乃果の家に行ったときに聞いたものと同じものだった。
あの時は結局、結論は出なかったのだが今日になって話題に上がるとは。
「合宿って、一体どこに?それにお金だってかかるのよ?」
冷静に諭すのは絵里先輩。手にはうちわ。
「凛は海に行きたいにゃー」
「いいやん、海」
「あ”ー」
凛と東條先輩と花陽は扇風機の眼に陣取っている。花陽は子供なら誰しもやる扇風機の前で無意味に声を出すということをしていた。そして首が左右に揺れるたび、三つの首も同様に揺れる。
「いや、ですから。資金面はどうするのですか?流石にこの人数泊れるほど部費はありませんよ」
海はいいなー。涼しげだ。
海未もいいなー。涼しげだ。やっぱり弓道は精神面も鍛えられるのだろうか。いや、もともとあまり暑がりでもないか。
「そこは、ほら。ことりちゃん、バイトのほうはどれほどもうかっておるのかね」
「うぇぇぇ?」
ことり頼みだったのか。普通に考えて無理だよ。高校生の時給なめんな。あー、時給上がんねーかな。
いかん、暑さで頭がやられているようだ。本音が出てしまった。修造の海外出張はいつだ。
「ていうか!・・暑すぎるわよ」
第一声こそ調子良かったものの言葉尻に向けてしぼんでくる。
「にこちゃん大きい声出さないで。余計暑くなるでしょ」
そういう真姫ちゃんの額には冷えピタ。少しはがれかけてるし目は死んでる。
全員、腕まくりやら、ノースリーブやらで薄着なものの汗でびしょびしょだ。今日は練習してないのに。心なしか、この部室も汗のにおいで充満している気がする。
「なんでこの部室クーラーないの?」
ことりが不満げな声を出す。半袖のシャツから覗く肌は少しでも冷たい場所を探そうと机を模索している途中。
「仕方ないでしょ。部費はだいたいアイドルグッズに使っちゃってるんだから」
「もうこれ売ってクーラー買おうよ」
「ぜっっっっっったいだめ!」
先ほどまで元気なかったのに。ことりに対し一気に覚醒して倒れるにこちゃん。
「おーい、にこちゃん」
ゆすってみる。返事はない。ただの屍のようだ。
「誰が、屍だぁ」
生きてた。
「というか、このままじゃ練習もままにならないよ」
この連日の炎天下、部室には昨日今日で試してみた清涼グッズの残骸が散乱している。どれもこれもあまり効果はなかった。
「それは、確かにそうね。だれか心当たりとかない?」
「そういえば真姫ちゃんって、お金持ちだったよね?」
「ほ、穂乃果?」
穂乃果の眼が怪しく光る。
とたん、みんなの顔が、視線が、真姫ちゃんに集中する。真後ろにいる俺でさえ怖い。真姫ちゃんは完全にビビってた。
「そ、そういえば、避暑地の別荘の目の前に海があったわね。確か」
多少、しらじらしく受け答えする真姫ちゃんにみんなの顔がゆるむ。
「ほんとに!?」
「えぇ。でも、す、すぐは駄目よ。いろいろ準備ってものが「ちょっと、あんたら扇風機独占すんじゃないわよ」「にこ先輩が入る隙間はないにゃ」「ちょっとにこっち風がこないんやけど」「あ、暑い」
騒がしくなっているほうを見やると、扇風機の前で何やら揉めていた。
「ちょっと、四人とも。それ古いんですから慎重に扱って「「「「あ!」」」」」
海未の制止もむなしく、年代物である扇風機の首が、きれいに真っ二つ。
「「「「「「「「「ああああああああああああ!!!!!」」」」」」」」」
部室には今年一番の絶叫が響き渡った。
ということで、唯一暑さに対抗、できていたかは怪しいが心のよりどころとなっていた扇風機が壊れたことにより、即刻に合宿へと旅立つ事になったミューズ。
「というか、俺は行っていいの?」
前日の夜にこんなこと言うのもあれだが、一応聞いておく。
「そ、そっか。雪君は男一人で女の園に――――――」
「それよりも最近、雪ちゃんに女として見られてないと思うの。私たち」
「い、いやいくらなんでもそんな」
「でも、心当たり、あるでしょ」
「うぐっ」
携帯電話の向こう側で何やら三人で騒がしいのだが、携帯をふさいでいるのか聞き取れない。
「それに雪君、このままじゃどんどん知らない女の子と仲良くなって、他の人に取られちゃうかも」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「「コクリ」」」
「あ、えっともしもし雪君」
「うん」
どうやら話し合いは終わったみたい。
「合宿は雪君も、
「う、うん」
なにやら電話越しからの圧がすごい。
「じゃあ明日、絶対きてね?」
「おーい!こっちこっち」
「ちょっと、穂乃果。あまり大きな声を出しては迷惑になります」
駅の構内で、ぶんぶんと手を振っている。周りの人は忙しいのかみんな早足でこちらの事など微塵も気にしていない。
「なに、雪も来たの?」
「あ、真姫ちゃん。駄目、だったかな?」
「そ、そういうわけじゃないけど・・・はいこれチケット!」
チケット?真姫ちゃんから渡されたそれを受け取る。もしやみんなの分のチケットをとってくれたのだろうか。
「素直じゃないにゃー」
「うるさいっ///」
見渡してみると、どうやら俺が最後の一人だったらしい。
「全員そろったわね。良い機会だから、みんなに言っておきたいことがあるの」
「?」
そう前置きして絵里先輩がみんなを見渡す。
「ほら、今のミューズは先輩後輩って上下関係ができちゃってるじゃない?確かに大切なことなんだけどアイドル活動をするにおいて、それは妨げになっちゃうと思うの」
「確かに、私も踊るときに遠慮してしまうところがあります」
絵里先輩の言葉にうなずく海未ちゃん。
思い出してみると、アライズのメンバーもあまり学年関係なくしゃべっていたように思う。
「だからこの合宿を通して、みんな先輩後輩禁止ってことにしない?」
「いいんじゃない?そっちのほうがやってて楽しいだろうし」
うなずくにこちゃんに花陽が尋ねる。
「で、でも先輩禁止って具体的にどうやれば」
「そうやねー。とりあえず名前を呼び捨てとか。ちゃんづけすればええんやない?」
「ちゃんづけ・・・」
「たとえば、絵里ちゃん。とか?」
穂乃果が恐る恐るといった様子でちゃん付けする。絵里先輩はそれに満足げな顔を返す。
「じゃあ凛も!ことり、ちゃん?」
「はい。よろしくね凛ちゃん。真姫ちゃんも」
急に呼ばれたからか、それとも空気を察したのか、真姫ちゃんがうろたえる。
うろたえている真姫ちゃんを、皆でじーっと見つめていると諦めたのか、顔を俯かせながら何とか声を絞り出す。
「こ、こ、ことり、ちゃん」
消え入りそうなか細い声で、ことりを呼ぶ。顔を上げるともうそこには誰もいなかった。
「えーっと、みんな行っちゃったよ?」
「なんで誰もいないのよ!!!」
結構みんな薄情だった。て言うかもう十分仲いいじゃありません?
「じゃんけんポン!あいこでしょ」
「あのー、もうそろそろ列車来るよ?」
みんなが何をやっているかというと、席決めのじゃんけん。なんでも負けられない戦いがそこにあるのだそうだ。席くらいどこでもよさそうなものだが、窓際がいいとか、こだわりがあるのだろう。
「そ、そうね。みんな、このままじゃ埒が明かないわ。ここはひとつ希の持ってるカードで決めない?」
「そうやね。トランプもあるし、ジョーカーを引いた人が辺りということでええ?」
「仕方ないわね。まぁこのにこにーのかわいさにジョーカーも落ちるでしょう」「どうすればみんなに気づかれずにジョーカーを手にできるか――――」「ことり、不正はよくありませんよ」「や、やだなぁー、そんなことしないよー」「よーし、がんばるぞー」「凛も負けないにゃー」「ほ、穂乃果先輩。凛ちゃん。これ運だめしだから、頑張るとかそういう問題じゃないんじゃ」
「先輩禁止!」
「あ。え、っと。穂乃果ちゃん」
「うん!」
なんだかよくわからないけど、見ていて微笑ましい。
「みんな何そんなに必死になってんの?バカみたい」
「ほー。じゃあ真姫ちゃんは一番はしっこの一人席で決定やね」
「な、なんでそうなるのよ!」
「はい、じゃあみんなとって」
「聞きなさいよ!」
微笑ましいね。椅子に腰かけ、にこにこしながら見守っていると、ことりが何かに気づいたように言う。
「まって!とる順番は?」
「それは、どこからでもいっしょやない?」
「いや、確かに盲点だったわ」
「え、えりち?」
「じゃあ、席決めを決めるためにジョーカーを引く順番を決めるためにジョーカーを引いた人からってことで」
「待ってください穂乃果。その席決めを決めるためにジョーカーを引く順番を決めるためにジョーカーを引く順番は?」
「それなら席決めを決めるためにジョーカーを引く順番を決めるためにジョーカーを引く順番を決めるためにジョーカーを―――――――」「「ややこしい!」」
思わずにこちゃんと突っ込みが被る。
なんとか説得して、当初の席決めのためのジョーカーを引くことになった。ややこしい。
・
・
早送り
・
・
「ごめんな。うちこういうので外れ引いたことないんよ」
確立としては9分の一なのだが、驚くことに希が一発であててしまった。希は後にするべきだっただろうか。
「あ、列車来てるんじゃないかにゃー?」
「え?」
ホントだ。なんかよくわかんない事に熱中してて気づかなかった。「ただいまドアが閉まります。ご注意ください」
「げっ!やばいよみんな。出発しちゃう」
「ええ!!い、急がなきゃじゃない」
とりあえず、近くにいたにこちゃんの手をつかんで引っ張る。すると、にこちゃんがことりの手をつかみ、連鎖的にみんなが引っ張られていく。
「?こんな列車だったかしら?」
真姫ちゃんの疑問が解消されないまま、間一髪で列車に乗り込む。
「ふーっ、間にあった―」
穂乃果が一息つく。するとことりが何かに気づいたように、べしっと、手をはたかれた。「いつまでつないでるの?」「くっ。気付かれたか」「?」「やっぱり、ことりちゃんはたまに怖いにゃー」
「ねぇ、ホントにこの列車であってる?」
「どういうこと?」
絵里先輩いが首をかしげた瞬間。東條先輩が素っ頓狂な声を上げる。
「あ!」
「どうしたの、希せんぱ―――――じゃなかった希ちゃん」
「穂乃果ちゃん。私たちが行くところってどこやったっけ?」
「えーと、高山国際村だっけ?」
そういった瞬間、希先輩が指をさす。その方向には電光掲示板があった。
「博多行き、ですって・・・?」
驚愕といった表情を浮かべる海未。みんなの表情もだんだんと強張って行くのを感じる。
博多って、正反対じゃないか。
「「「「「「「「「ま、まちがえたーーーー!!!」」」」」」」」」
本当に大丈夫なのだろうかこの合宿。
どうもややこしい高宮です。
書いてる自分が一番ややこしくなりました。ややこしい。
最近、ポケモンの漫画に再ハマりしました。ポケットモンスタースペシャルというタイトルです。
俺が初めてやったポケモンがサファイヤだったこともあるのでしょうが、ルビー、サファイヤ編が一番好きです。
ではまた。
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現実の合宿なんて辛いだけ
列車を乗り間違えた結果、列車を乗り降りしてようやっと目的地まであと半分といったところだった。
「いやー、まさか列車を乗り間違うなんて古典的なボケをやらかしちゃうとわねー」 たはは、といった様子で笑う穂乃果。
「本当ですよ、まったくもう。危うく見ず知らずの土地で路頭に迷うところだったんですよ?分かってます?」
「まぁまぁ、海未ちゃん。その辺で。結果こうやって乗れたんだから」
「そうだよー。旅にハプニングはつきものだよ?」
「またそうやって穂乃果は―――――――」
やいのやいのと前のほうの席が騒がしい。
「・・・気になるん?」
「あ、いえ、別に」
隣の席に座っているのは見事、席を決めるために引いたジョーカーを引いた東條先輩だった。ややこしかった。
「東條先輩は、窓際とかじゃなくてよかったんですか?」
ジョーカーは当たりだというから、てっきり見晴らしの良い窓際なのだとばかり思っていた。
「ほらほら~かよちん見て見て~!すっごい良い景色だよー」
「うん!凄いね凛ちゃん」
その当たりと思われた窓際に座っているのは、凛であった。隣には花陽。椅子を反対側に回転して座っていたのはにこちゃん。
「あんたらガキねー。景色くらいではしゃぐんじゃないわよ」「そういうにこちゃんはなんでそんなにテンション低いにゃ?」「あったり前でしょ!?乗る列車間違えればそりゃテンションも下がるわよ」「雪君の隣にも座れないしね?」「うっさい!あんたもでしょ!」「はうっ!!」「り、凛ちゃん。にこちゃんもまだ合宿始まったばっかりなんだし、チャンスはこれからいくらでも」「チャンスってあんた・・・そんなこと考えてたの?いやらしい」「な!そそそそそんなこと考えてません!」「そんなかよちんも凛はすきにゃー」
「・・・気になるん?」
「あ!いや、えっと・・・すいません」
先ほどからそわそわしているせいか、東條先輩に顔を覗きこまれる。
「うちでごめんね?隣,他の人のほうが良かったかな?」
「ん?何言ってるんです?俺は東條先輩ともっとお話ししたいと思ってたから、東條先輩の隣、素直に嬉しいですよ?」
「っ!!そ、そう///」
?何か変なこと言っただろうか、東條先輩が目を合わせてくれなくなる。
目線を目の前に戻すと、俺の座っている眼の前にはニコニコしている絵里先輩がいるし、その隣には真姫ちゃんが物憂げな顔で景色を見ている。
配置的には、俺たち四人の真後ろに凛たちが。そして少し離れた斜め前の席に穂乃果達三人が座っている。
「そ、そういえば合宿って具体的には何するか決まってるんですかね?」
ニコニコしている絵里先輩とちらちらと見つめてくる東條先輩に耐え切れず、話題を振る。
「そうね。具体的には決まっていないわね。穂乃果は考えていなさそうだし」
「海でなにして遊ぶかのほうが考えてそうやない?」
「それは本気でありえそうですね・・」
穂乃果の中で、海で遊ぶことがすでに決定してそうで怖い。「ねぇねぇ。海で何して遊ぶ?」「いけません!私たちは合宿に行くんですから練習するんですよ!」「えー。少しくらいいいじゃん。ケチ」「ケチとはなんですかケチとは」
予想的中。本気で考えていたよこの娘。やっぱり考えていたよこの娘。わかりやすいな穂乃果は。
三人、目があって笑いあう。
「ふぅ。真姫は?着いたら何するの?」
「え?私?私は、別に。なんでもいいわ」
「そーんな冷たい事言う真姫ちゃんにはお仕置きが必要やね」
「は?急になに―――――――きゃっ!ちょ、ちょっとまて、どこ触ってんのよ!」「ほらほら、お胸と一緒に真姫ちゃんの冷たい心も揉みほぐしてあげよう」「何言って、ちょ、雪が見てるからぁ。だめぇ。っていうか雪見ないで!」「いや、見てない。て言うか見えない」
さっきから、具体的に言うと東條先輩が腰を浮かした瞬間から。目の前にいた絵里先輩が覆いかぶさってきて、目の前は絵里先輩しか見えない。「ちょ、絵里先輩?」これはいわゆる、巷で流行りの壁ドンというやつではないだろうか。いや後ろ壁じゃねぇな、椅子だから椅子ドン?なんかおいどんみたいになった。薩摩藩にいる武士みたいになった。
「見ちゃだめよ?それとも雪は女の子のあられもない姿を見て興奮する変態さんなのかしら?」
ぶんぶんと首を振る。思いっきり振る。「あ、ひゃあぁ、だめって言ってるのにぃ」
先ほどから真姫ちゃんの声だけが聞こえる。幸い他のお客さんは乗っていないため、そういう心配はないのだが、普通に真姫ちゃんが心配だ。
「ふぅ。これで真姫ちゃんの胸も心もわしわし完了やな」
その一言とともに絵里先輩の椅子ドンからも解放される。大丈夫なのかと真姫ちゃんを見ると、涙目で所々はだけていて汗だくで。なんかレイプ後みたいになってるけど、大丈夫そう。「どこがよ!」ほら、まだそんな元気があるなら大丈夫だ。ていうか声に出てたんだ俺。反省。
「次はー高山国際村ー高山国際村ー、お降りの方は手荷物をお忘れなきようご注意ください」
「あ!もうすぐ着くって!」
もうそんな時間か。大きな声でみんなに知らせる穂乃果に続いて、皆が下りる準備をした。
「うーみーだー!!!」
まっさらな空、真っ白な砂、そして真っ青な海。思わず穂乃果が叫んでしまうほど、ベランダから見える見事に完成された景色が目の前に広がっていた。
「でっかいにゃー」
そして海を背景にそびえたつのは、真姫ちゃんの大きな大きな、別荘だった。
「ひっろーい!」
穂乃果が部屋に二つあるベットにダイブ。それにしても広い。二階建てで、一階には広いリビング。広いキッチン。広いトイレ。二回には部屋がひーふーみー。片手では数えきれない。ホテル並みの家だ。これで普段使ってないっていうんだから驚き。まさに驚きの白さ。
・・・いくらかかってるんだろう。
「真姫ちゃん、真姫ちゃん。義弟とかって、欲しくない?」
「は?何言ってんの?」
はっいかん!あまりの驚きとお金持ちキャラに養われかけてしまった。真姫ちゃんと血はつながってないけど双子の弟として生きる道を考えてしまった。ビジョンが見えてしまった。
「ごめん、忘れてくれ」
「うん?」
「ほらほら雪ちゃん!早速海いこうよー」「いくにゃー」
両の手を右に穂乃果、左は凛に引っ張らればがら外に出ようとすると。
「まってください」
むんずっと首根っこをつかまれる。どうでもいいけどなんで俺の首を掴むの海未?まぁ俺の手を引っ張ってる穂乃果と凛も止まったけどさ。
「これは合宿です。合宿なのですから、普段できない細かいところまでみっちり練習するべきです」
「私も、海未に同意見だわ。これだけ広いと、歌の練習とかもできるし」
相変わらず俺の首根っこを掴んだまま、こんこんと説明する海未と絵里先輩。
「えー!合宿なんだから遊んだほうがいいよー。みんなの絆も深まるしとってもいい事だと思うんだけど」
「凛も賛成!だいたい暑いから合宿に来たのに、涼まないでどうするの?」
「「うぐっ」」
凛と穂乃果の説得に、心が傾きかけている絵里と海未。そういえば他のメンバーが何しているかと目線を巡らせると、花陽はキッチンにあった白米を抱きしめているし、にこちゃんは日焼け止めだろうか、塗っている。「にこっち、うちが縫ってあげる」「そう?じゃ、頼むわね」「むっふっふ」「ガシッ。やっぱりやめて」「何するんにこっち?うちはただ日焼け止め塗ろうとしてるだけやのに」「じゃあなんで絶対日焼けしそうにないところを目線がロックしてんのよ」
首根っこを掴まれているせいで、首が回らず声だけが聞こえてくる。何してんだろう。
「そ・れ・に!海未ちゃん、この合宿の真の目的を忘れたの?」
「そ、それは・・・」
「水着姿を見れば、いくら雪君でも私たちを女の子と意識するはず。そういうことだったはずでしょ?」
「こ、ことり」
「ちょっと、聞いてないわよそんな話」
「絵里ちゃんも、雪ちゃんにそのナイスバデェ見せつけるチャンスだよ?ファイトだよ?」
「そ、そんなの・・・はずかしいじゃない」
「いやいやいや、もっと恥ずかしい事いっぱいやってるよね!?」
「凛ちゃん、自分の胸見てそんな落ち込まなくても――――――――」
「こ、ことりちゃんなんてこと言うにゃ!落ち込んでない!」
「だ、大丈夫だよ凛ちゃん。これから成長するかもしれないし。ほら一緒に白米食べよ?」
「かよちん、それは嫌味?それとも白米食べればそんなに大きくなるの?」
「いやいや、大きくなるコツはもまれることやで?」
「絶対嘘にゃ。にこちゃんが証人にゃ」
「ちょっと!それどういう意味!?」
いつの間にかみんながリビングに集まり俺の周りをぐるっと囲んでいた。というかあっちこっちから声が聞こえる。うるさい。
「い、いやでもミューズのためにも練習しなければ・・・・遠泳十キロ、ランニング十キロ、腕立て腹筋etc」
「え、遠泳十キロ・・・?」
わずかながら聞こえた絵里先輩の声を疑う。遠泳十キロ?どこかのアスリートかなにかですか?
「う、海未?流石にちょっとそれは厳しいんじゃないかしら?」
海未、絵里先輩VS穂乃果、凛の模様を呈していたこのファイトクラブだったが、海未の予想以上のスパルタ、むしろ無理難題に絵里先輩があっさり穂乃果側に着いた。
このわずかな隙を見逃さず、穂乃果と凛の眼がキラリと光る。
「ほら!あのしっかりものの絵里ちゃんが言ってるんだよ?今日はもう遊んだほうがいいって」
「そうにゃ!今日はめいいっぱい遊んで、練習は明日の朝やればいいじゃん。そして夜に花火すればいいじゃん」
なんか一つ願望が増えてる。花火したかったんだ、凛。鞄をちらりと見ると、他にもウノやけん玉、ヨーヨーなどが詰め込まれている。遊び道具ばっかりだね。
「うううううう」
あ、なんかもうひと押しで行けそうな感じ。
「ほら、雪ちゃんも何か言って!」「そうにゃ!早く海未ちゃんを海に誘うにゃ」
あー、またややこしい事になってる。なってるけど、俺も海未と海に行きたい涼みたい。
「海未!一緒に泳ごうよ!」
「はいっ!!!」
「即答だった」「即答だったわね」「即答だったにゃ」
目の前に広がるのは海。脱ぎ捨てたサンダルから伝わる砂の熱さに驚く。踏みしめると少し面白い。
「おまたせー」
声がするほうを振り返ると、三年生組が水着に着替えていた。一番先頭にいる東条先輩の水着は、上は薄紫色の普通の水着なのだが、下はなんだか透けていて、不思議と東條先輩に似合っていた。どれも水着映えしているというか、伊達にアイドルの名を冠してはいないなと思う。
「どうかしら、似合う?」
じっと見つめすぎていたせいか、少し身を捩りながら絵里先輩が聞いてきた。
絵里先輩はビキニ、上は白、下はピンクのシマシマで色が違う。
「ええ、とっても」
「本当にそう思ってる?」
「ほんとですよ」
意地悪な笑みを浮かべながら、それでも満足げにうなずく絵里先輩。を恨めしげに見ているのは、にこちゃん。にこちゃんが着ているのは、ちっちゃい子がよく着ている赤いヒラヒラがついた水着。
「なぜこうも差が・・・ロシアか、ロシアの血のなせる業か」
「にこっちは、そのままでええって。世の中にはそういうのが好きな一部のマニアがいるんやし」
「そういうのってどういうのよ!ていうか一部って言った!?マニアって言った!?」
何やら言い争っているみたいだ。水着が似合ってるかどうかの話をしているのかな?
「大丈夫だよ、にこちゃん。俺は好きだよ、子供っぽくて」
言った瞬間アッパーカットを食らう。殴られた。なんで。
「この、ノンデリカシーが!」
「あ、おーい!にこちゃん!・・・なんで雪ちゃんは倒れてるの?」
「ああ、ちょっとね」
砂浜に突っ伏しながら、口に入った砂をつばとともに吐き出す作業をする。着ていたパーカーの汚れを払う。ちなみに水着は海パン。と同時に、視界の端にいるのが穂乃果とことりであることを確認する。穂乃果はオレンジ色、ことりは薄緑の水玉、どちらもビキニだった。
「う、海未は?」
「ああ、それなら――――――――――」
ことりが指さす方角を見る。
「わ、わたしは無理です!恥ずかしいです///」
見ると、別荘の柱の陰で、何やら凛ちゃんと押し問答を繰り広げていた。
「何言ってるの?このままじゃ雪君に水着見てもらえないでしょ?」
「も、もういいんです!こんな羞恥、耐えられません///」
「そんなこといってるから、雪君に女扱いされないんだにゃ。海未ちゃんはほんとダメダメにゃ」
「うぐっ!!!」
「ほら、みんなあんなにアピールしてるにゃ。このままじゃおいてけぼり、海未ちゃんは一生雪君の中で女として扱われないまま一生を終えるんだにゃ」
「い、一生を?」「そうにゃ」
遠くて何言ってるか聞き取れないが、どうやら海未が出てくるみたい。
「ゆっき君ー!見て見てー!新しい水着、海未ちゃん買ったんだってー」
「そうなの?」
「あ、う、ううう。に、似合いますか?///」
伏し目がちに顔をそらす海未の表情はうかがいしれない。そんな海未の水着はなんだか水着というよりは、服みたいで、濃い青と薄い青のグラデーションがとても海未のイメージにぴったりだった。
「海未は、オシャレだね。凄く似合ってるよ」
「はうっ――――――――――///」
「う、海ちゃんが倒れた!」
ええ!?熱中症か何か?「大丈夫海未?」
「う、うーん・・・ゆ、雪。あれ?なんで下、着てない///・・・・・はうっ」
眼をぐるぐるさせ、パーカーの裾を握り、真っ赤になって再度気を失う海未。やっぱり熱中症だ。
担架に運ばれていく海身を見届けると、今度は真姫ちゃんの声が。
「絶対無理!///そんな、男の人に肌を見せるなんて、無理///」
「真姫ちゃん、もういいにゃ。それもう一回やったにゃ。海未ちゃんでやったにゃ」
「一回やったって何よ!?なんでそんなやっつけなのよ!とにかく、無理なものは無理」
今度は、はっきりと聞こえてくる。聞こえないほうが良かった。
「そんな、男の人に、薄布一枚の姿をさらすってことよ?水着なんて謳ってるけど実質、下着みたいなもんじゃない!そんなの無理!破廉恥だわ///」
真姫ちゃんの訴えに、何人かが考えるしぐさをする。そして全体的に、照れくさい空気が伝染する。
「もう、真姫ちゃんめんどくさいにゃ。それ」
そんな空気を取っ払うかのように一声かけたかと思うと、凛はおもむろに真姫ちゃんの服を脱がせ始めた。さながら早着替えするかのごとく。一瞬で。すると、服の下からピンク色のフリフリの水着が露出する。
「っ!!!!!!」
あまりに一瞬の出来事だったので、声も出ないといった様子。
「ほらやっぱり、しっかり水着着てるにゃ」
「あ、あああああ、あ、あんたね!!私が着てなかったらどうするつもりだったのよ!!」
凛の首をぶんぶんと振り回しながら、問い詰める。
「真姫ちゃん、素直じゃないから、絶対水着の上から服着てくると思っただけだよ。予想が的中してちょっと呆れただけだよー」
「な!お、大当たりよこのばか!!」
真姫ちゃんの素直じゃない一面がわかったところで、ようやく海で遊べる。
かと思いきや。
「やっぱり、恥ずかしがったほうが、雪君的にはポイント高い?」
ことりが、なにやらぶつぶつと独り言をしゃべっていたかと思いきや、突然。
「ゆ、雪君そんなにじろじろ見ないで?恥ずかしいよ///」
「なに?あんたことりをそんな性的な目で見てたの?興奮してたの?」
「えええ!?ち、違う。見てないよにこちゃん!」
「怪しいわね?希!」
「え、絵里先輩まで」
絵里先輩が一言かけたかと思うと、背中にずしっと重いものが覆いかぶさってくる。何事かと、振り返ると「東條先輩?何やってるんですか?」
「うーん?なにやら、お仕置きが必要やったみたいやね?」
「そんなことない――――――」言いきる前に、東條先輩のわしわしの刑に処されてしまう。
「おっ!結構、良い筋肉してるんやな」
「ちょ、まって、あひっ!」
思わず変な声が出る。胸筋だけでなく、わき腹、上腕二等筋など、いろんなところを責められる。
「は、はひっ!もうらめぇ」
「あれ?ごめん、やりすぎてもうた」
何時間も経ったかのような錯覚を覚えるほどに疲労してしまう。きっといま自分の顔はだらしなく映っていることだろう。涙目になり、よだれも垂れている。口元がおぼつかない。普通逆じゃね?という幻聴が聞こえるほどに。
「り、凛ちゃん。やっぱり恥ずかしいよー」
「かよちん!!」
あ、忘れてた。まだ花陽が残ってた。
ようやく、お仕置きから解放されて、無の心で海を眺めていたころに花陽が現れる。
「大丈夫だよ、かよちん!恥ずかしいなら、一緒に中でけん玉する?それともヨーヨー?あ、バトスピも持ってきたんだよ?」
「「ちょっと!!」」
いつの間にやら、真姫ちゃんと海未が復活していた。
「凛!私の時と対応違うんだけど?!」
「それはちょっと、おかしいですよ!」
「えー!普通だよ?かよちんだもん」
「り、凛ちゃん、私もう大丈夫だから、みんなで一緒に海であそぼ?」
「うん!かよちんがそういうなら!」
「「ぐぐぐぐぐ」」
これでようやく、遊べるかと思いきや最早、列車の乗り間違え、度重なるTO LOVEるダークネス、そして今までの問答により、日はすでに傾きかけていた。
「・・・夕日がきれいだなー」
「「「「「「「「「・・・そうだね」」」」」」」」」
結局、海そのもので遊ぶことはできなかったが、それでも合宿一日目は、何とも充実した一日だった。
どうも、吸血鬼殲滅部隊隊長、高宮です。
どこで区切ろうか四苦八苦してたら、区切れなくなりました。なのでこんなにかかってしまったんです、グータラしてたわけじゃないんです。
話は変わりますが、もうすぐ真姫ちゃんの誕生日!というわけで海未ちゃん同様、なんかやります。感想などでアイデアとか、そんな大げさなものじゃなくても、もらえるとうれしいです。
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合宿は終わってからが本番
合宿一日目、列車の乗り間違い、度重なるTO LOⅤEる。メンバーの内輪もめ。などにより、日は傾きかけていた。
「夕飯はどうするの?」
その用途を満たすことなかった水着から着替え、リビングにいる真姫ちゃんに訪ねる。
「そうね、急だったから特に用意してないし、買いに行ってくるわ」
「じゃあ穂乃果も行く!」
ついさっきまで水着だったはずの穂乃果は、私服に着替えて俺の背中に貼りつく。
「いいわよ。私しか場所わかんないし、一人で行ってくる」
「それは駄目よ。先輩禁止なんだし、こういうところはみんなで助け合わないと。それに、この人数の量、一人じゃ無理でしょ」
脱衣所から今まさに出てきた絵里先輩が
「それじゃ、うちがお供する♪たまにはいいやろ?こういうのも」
「・・・好きにすれば」
くるくると毛先を弄びながら、顔をそむけて言う真姫ちゃんはいつかの、まだミューズになる前の、
「じゃあ、俺も行くよ。男手はあったほうがいいでしょ」
それは、かつての絵里先輩の面影を見たからなのか、はたまた本心でそう言ったのか、俺にはどっちかわからなかったけど真姫ちゃんは嬉しそうな顔をしていたので、良しとしよう。
「それにしても、意外やったね。海田君がこっちに来るなんて」
「そうですか?」
スーパーまでの道すがら、ふいに東條先輩が話しかけてくる。
「てっきり、穂乃果ちゃんたちのところに引きとめられると思ったけど」
引きとめられる?別に穂乃果達は普通にいってらっしゃいしてくれたけど。
「そんなことより、なんでついてきたの?」
俺が、頭に?を浮かべていると真姫ちゃんが怪訝そうに尋ねていた。
「・・・似てるんよ。うちの知ってる人に。とってもよく」
「・・・・」
「素直じゃないその人の事も、真姫ちゃんも、ほっとけないから。だから、ついつい世話を焼いてしまう」
「東條先輩・・・」
そう言った、夕日に照らされた東條先輩の表情は、とても穏やかで。だからついつい、みんなも甘えてしまうのだろう。
「さ!早くせんと日が暮れてまうで?」
「ちょっと、道わかるの?」
「・・・そうやった」
数十歩は先に進んだであろう先輩のあとを、真姫ちゃんと顔を合わせ、笑いつつ早足で追い付いて。きっとこの合宿の意味も、とうに果たされているのだろうと気付きつつ、この三人も悪くないのだと思った。
「ふぅ。みんな、雪ちゃんはもう行ったよ」
「そう、ならようやくあの話ができるわね」
「ええ、あの!話ですね」
海田が、買い出しに行っている頃、・・・今のダジャレじゃないから!偶々だから!
別荘の家では重々しい空気が流れていた。
「「「「「「「誰が雪君の隣で寝るか!!」」」」」」」
重々しい空気。重々しい空気?まぁとりあえず、本人たちはいたって真剣に、リビングにある大きな丸テーブルを囲いながらミーティングを開いているのであった。
まず口を割ったのは、意外なことに花陽。
「この家の部屋割は5つ、そのどれもが二人一部屋になっている」
「そして、ミューズは9人、ここに雪ちゃんが加われば、必然的に人数は偶数になるということにゃ」
「つまり!誰か一人は、雪と寝られるということに!」
勢いよく、机をたたくにこちゃん。勢いよすぎて、手が赤くなっている。
「「「「「「「ゴクリ」」」」」」」
買い出しに行っている真姫ちゃんと希と雪を除く7人同時に、生唾を飲み込む音が聞こえる。
「ふふっ♪しかも、運のパラメーターが振り切ってる希ちゃんは排除できたし、これでみんな対等だね?」
「こ、ことりちゃん。そんな考えが」
「お、恐ろしい」
ことりの真っ黒い笑顔に、思わず素に帰る凛と花陽。
「と、とにかく。問題はどうやって雪と一緒に寝る人を決めるか、よ」
ガクブルしている凛たちを片目に、絵里が話を戻す。
「トランプ、は希ちゃんが持ってるし、他に対決できそうなものと言えば――――――」
穂乃果が辺りを見回す。すると、思い出したように凛が手を上げた。
「はいはいっ!凛が持ってるバトスピで決着付ければいいと思うにゃー」
「ばと、すぴ?」
絵里はまるで異界の言葉に出会ったかのように茫然としている。
「バトスピより、カードファイトヴァンガードだよ凛ちゃん!」
穂乃果の手にはすでにデッキが握られている。
「それより、ファイブクロスでしょ!?」
「穂乃果とにこは中の人の奴ですよねそれ!」
海未ちゃんがおもわずつっこむ、おかげで事態は収拾した。
「それじゃ、ルール分からない人もいるし、みんなが分かる奴にしましょ?」
「絵里ちゃん・・・そうだよね?探せばなんかあるかな?」
「あ!穂乃果ちゃん、これは?」
ことりが持っているものはウノだった。
「あ!それ凛が持ってきたやつ!」
今しがた思い出したという風に驚く凛。
「それならルール分かるかも」
安心といったように胸!に手を置く花陽。
「そうね、これならみんなルール分かるでしょうし。これで決めましょうか」
「ただ普通にやったんじゃつまんないし、特別ルールとして最後まで残った人が勝ちってことにしましょうよ。パスは、そうね、二回までってことで」
「にこちゃんそれいいね!」
ということで、ずいぶん時間かかった末に、ずいぶん時間かかるウノで決着をつけることになった。
「ただいまー」
両手いっぱいに荷物を抱えて、帰宅の意図を告げる。今日の夕飯だけでなく、明日の朝食とお昼もまとめて買ったので結構遅くなってしまった。もうすぐ辺りが暗くなる。
「うわっ!!雪ちゃん?」
いちばん身近にいた穂乃果が驚いたようにこちらを向く。
「え?雪?」
「嘘、もう帰ってきたの?」
その穂乃果の声により、絵里先輩と花陽まで穂乃果と同じ反応をする。
「うぐぐぐぐ、ドローフォーにゃ・・・」
「ふっふっふ、残念でしたね凛。もはやあなたの手札は一枚。対して私はこれで6枚。これで私の勝利も揺るぎません」
「何してるの?」
少し後からきていた真姫ちゃんと東條先輩も帰ってくる。
「ちょっと、にこちゃん!にこちゃんが変なルール追加するから終わんなかったじゃん!」
「なによ!穂乃果だってノリノリだったじゃない!」
なにやら後ろで言い合いをしてる様子。それはさておき、凛たち、正確には凛と海未が何をしているのか気になったので覗きこもうとすると、真姫ちゃんも全くおんなじこと思ったのか頭と頭がごっちんこする。
いま下ネタと一瞬でも思ったあなたは心が汚れています。
「い、痛い・・・」
「ごめん、真姫ちゃん大丈夫?」
真姫ちゃんのおでこを見るために髪をかきわけ顔を近づける。
「ち、ちちちちかい!///」
ドンと押され真後ろにいた海未にのしかかってしまう。
「わわわっ」
「うわっ!ごめん海未」
「い、いえ大丈夫です」
幸い、二人ともけがはないが。
「あーあ、これじゃウノできないにゃ」
どうやらふたりともウノをしていたみたいだ。さっきの衝撃でカードがばらばらになってしまっている。
「これはもうしょうがないにゃ。雪ちゃんも帰ってきたし、また別の勝負にするにゃ」
「な!それはないですよ凛!あと少しでわたしが勝つところだったじゃないですか!?」
「知らないにゃ。勝負がつく前にこんなんになっちゃったんだからしょうがないにゃ」
「うぐぐぐぐぐぐ」
なんだかよくわからないが、二人は何かの勝負をしていたらしい。海未がもう少しで勝てそうだったのに俺のせいで台無しになったと。海未は案外負けず嫌いだから納得するだろうか。
「なんか、ごめん」
どうあれ俺が勝負を壊してしまったのだから、謝る。
「まぁ、いいですけど・・・そのかわり、こんど、その、デー、ト。とか」
「あー!雪君何買って来たの?」
「見せて見せて?」
「・・・・あれ?」
海未に許してもらえたかと思うと、急に穂乃果とことりが俺の両腕に置いていた荷物とともにキッチンに連れ込まれてしまう。
「残念だったわね」「なぜそんなに嬉しそうに言うのですか!絵里!」
「カレー?」
「うん、だけど時間が時間だし、もっと簡単なものにしようか?」
もう時刻は六時過ぎ、みんなお腹もすいてるし、今から作ってたんじゃ間に合わないかもしれない。
「はぁ、どいて。ここは宇宙スーパーアイドルにこにーの出番ね」
ことりや凛を押し分けてキッチンに入ってきたにこちゃんはてきぱきと具材を並べていく。
「にこちゃんって料理うまいの?」
近くにいたことりが訪ねてくる。
「うん。小さい頃はにこちゃんのお母さん、今よりもっと忙しかったから。ほぼ毎食、にこちゃんが作ってたんじゃないかな」
いまでこそ、にこちゃんのお母さんの仕事も落ち着いて、こころちゃんも料理ができるようになったから良かったものの、当時は俺もほぼ毎日家に行ってたし、そのたんびに手料理をごちそうしてもらっていた気がする。
「ふーん。詳しいんだ・・・」
気のせいだろうか。心なしかことりの表情が一段と冷え込んだ。
「く、詳しいって言うか、まぁ昔からいるし」
「ふーん」
あれ?今度は穂乃果が出てきたぞ?右を向けばことり。左を向けば穂乃果がそれぞれ凍てつく波動を繰り出してくる。
「変なことやってないで、雪も手伝いなさいよ」
「う、うんわかった」
なんとか二人の全体攻撃から逃げ出して、俺もキッチンに立つ。
「さ、私たちも手伝いましょうか。みんなでやったほうが早いでしょ」
「そうやね」
絵里先輩の鶴の一声により、みんなが思い思いの手伝いをする。穂乃果と花陽はテーブル周りをきれいにし、真姫ちゃんがお皿やらスプーンやらの位置を教えながら並べている。絵里先輩と東條先輩、そして海未は、料理を手伝い、ことりは後片付けや料理の盛り付けなどをやった。
あと一人足りないなと思い、周りを見回すと、凛を見つける。凛はあまりのみんなの手際の良さにあたふたしている。
「凛。凛は味見してくれる?」
もうみんなが仕事はしてくれているので、手は足りている。手持ちぶたさになるのもしょうがない。なので凛が一番得意そうなものをお願いした。
「え?凛、ラーメン以外のものはちょっと」
グリグリ。
「い、痛いにゃ!う、嘘にゃ。凛カレー大好きにゃ!だから頭グリグリはやめて!」
この娘は。人がせっかく気を使ったというのに。
「ほら、早く味見してきて」
「――――――――うん。雪ちゃん。大好きにゃ」
ガンガラガッシャーン。
「ご、ごめんなさいちょっとお皿落として・・・」
「真姫ちゃん?」
パリン。
「あ、ごめんなさいお皿われちゃった見たい」
「こ、ことり?」手には真っ二つのお皿が。
グツグツ。
「に、にこちゃん!溢れてる溢れてる」
「あ、ああ」
思い出したように火を消すにこちゃん。
「私が勝っていたんです、あれさえなければ私が」
「まだ引きずってるの海未!?」
「凛。後で話があるわ」
「えへへ。やーだよー」
「ぐっ!!」
「まぁまぁえりち。まだ合宿はこれからやろ?」
「・・・・そうね」
なんだこれは、ホラー映画のような空気に包まれたのも一瞬。すぐに元に戻り、みんなの協力もあって無事?にカレーが完成した。
「いただきます」
「花陽、なぜお茶碗にご飯をよそっているの?」
「気にしないでください」
「ねぇ、にこちゃん?俺のカレーだけ異様に辛い気がするんだけど」
「気のせいよ」
「そっか、気のせいか」
いや、気のせいじゃない。確実に辛い。ごまかされない。
それでも、にこちゃんが作ってくれたカレーはおいしくて、みんな完食してしまった。
「もうお腹いっぱい。雪穂ーお茶」
「家ですか」
「ごちそうさま。おいしかったよにこちゃん」
「あ、当たり前でしょ!このにこにーが作ってんだから///手により掛けて作ったんだから///」
「うん。ありがとう」
照れてるにこちゃんにお礼を言って、さてどうしようかという話題になる。
「花火!」
「凛ちゃん言ってたもんね」
「だめです。明日は早朝から練習するのですからもう寝ないと」
「ちょっと、海未ちゃん?あの事忘れたの?」
みんながあれこれ言っている時、ことりがなにやら耳打ちしていた。
「あ、そうでしたね///というか、ホントにやるのですか?」
「あったり前でしょ?!海未ちゃん何のためにこの合宿に来たの?!」
「・・・練習のためではないんですか?」
呆れたように言う海未。練習のためじゃないの?
「何?何の話?」
気になったのか、絵里先輩が会話に参戦してくる。そんな絵里先輩にことりがまたもや耳打ち。
「―――――――なるほど、いいわね」
「えりち、うちにも教えて?」
今度は絵里先輩から東條先輩に、そしてまたさらに凛にといった様子で、俺以外の全員に行きわたる。
「そ、そこまでやるの?!」
「そこまでやるんだよ!じゃないと、この泥沼からは抜け出せないんだよ」
穂乃果が何やら力説している。あまりの力強さに花陽はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「馬鹿じゃないの?私はパス」
「へー、じゃあ真姫ちゃんは脱落だね」
「うっ!」
こんどはことりと真姫ちゃんが。いったいなんだというのだろう。
「雪。私たちはちょっとやることあるから、先におふろでも入ってなさい」
「え?いいけど。やることって?」
「女の子にはいろいろあるんだにゃ。いいからお風呂でゆっくりしてくるといいにゃ」
「そっか。じゃあ」
お言葉に甘えて一番風呂をいただくことにした。
「ふいー」
この真姫ちゃんの別荘には驚かされたけど、このお風呂も驚かされた。まず一つに露天風呂。広さもさることながら、露天風呂って。見上げれば満天の星空が窺える。
「頼み込めば養ってくれないかな―」
そんなありえない願望も、この解放感では思わず口に出る。
て言うか広すぎだ。一人じゃ持て余してしまう。余裕で泳げる広さだ。
と、そんなことを一人思っていると、ガラガラと開くはずのない扉が開け放たれる。
「いやー、凄い広さだねー」「そうですね」「流石別荘って感じだね」
聞き覚えのある声が連続して三つほど。
「うわー、これ泳げるんじゃないかにゃ?」「思ってもおよいじゃダメだよ凛ちゃん?」「ほんとガキねー」
またまた聞き覚えのある声。
「ちょ、やっぱり無理!水着であんなに恥ずかしかったのに・・・タオル一枚じゃない///」
「うん?ここにきてそんなこと言うん?そんな素直じゃない子にはわしわしやで」
「素直とかそういう問題じゃないでしょ?!」
「真姫、もう逃げられないのよ。覚悟決めなさい」
やっぱり、みんなだ。なぜみんながお風呂に?さっき俺が入ったことは、みんな見ていたはずだ。もう上がったものと勘違いしたのかな。
(ふっふっふ。作戦成功だね)(あ、あのやっぱりやめませんか?こんなふしだらな事、普通に恥ずかしいです///)(あれ?海未ちゃんもそんなこと言うん?)(ひ、ひぃい!やめてくださいその手の動き)
「えっと、みんななにしてるの?」
「「「「「「「「「はうっ!!!!!!」」」」」」」」」
「ちょ、ちょっと見つかったにゃー!?」「ほ、穂乃果ちゃん。この場合どうすれば」「お、おおおお落ち着いて花陽ちゃん。落ち着いて海未ちゃんを身代わりに」「あなたが落ち着いてください!ていうか押さないで!」「くっ!!作戦失敗かしら」「作戦。そう題して「「「「「「「「「バッタリ!お風呂に入ろうとしたら偶然男の子と混浴状態になっちゃったテヘぺろ!大作戦」」」」」」」」」
何してるか聞いただけなのに、この反応。
「まっ、もう見つかったもんはしゃーないやん。普通にお風呂を楽しもうやない」
「それもそうね」
そういって、東條先輩と絵里先輩が普通にお風呂に入ってくる。いやいや。
「あの、俺上がりますから」
湯船からあがると、凛と穂乃果、ことりの三人が出入り口を封鎖していた。
「まぁまぁ、雪君まだ体とか洗ってないでしょ?ことりが洗いっこしてあげる」
「なんでしってるの?」
「そんなことより、早く湯船に浸からないと体冷めちゃうにゃ」
「そんなこと?結構大事なことじゃない?」
「ほらほら早く早く。昔は一緒にお風呂入ってたじゃん」
「そうだけど・・・」
ま、穂乃果達がいいならいいか。
前言撤回。やっぱり良くなかった。昔って、5年以上前の話であって、今はみんな色々と成長していたりしてなかったり。
「どこ見てんのよ!」
にこちゃんから本日二度目のアッパーカット。
「あら?雪はおっぱいは小さいほうが好みなのかしら?」
アッパーを食らい倒れたすぐそばに絵里先輩の顔が。近い近い近い。いつもより多く見える肌色につい目をそらしてしまう。
「いや、そんなことないですけど」
俺も何を言ってるんだろう。アッパーを食らったせいだ。
「ちょっと、絵里!近いですよ!」
海未がジャボジャボと湯船をかき分けながら、俺と絵里先輩をひきはがす。かと思うと。
「ほら!かよちん今だにゃ!かよちんは左腕、凛は右腕を攻めるにゃ」
有言実行。凛は右、花陽は左の腕にぴったりとくっついてきて、胸の差がよくわか―――――――「ああっつい!!」目が、目がぁ!!目にお湯がぁ!!
「凛は、今雪ちゃんが何を思ったか手に取るように分かるよ」
ホントに?みんなエスパーなの?
あまりの熱さに、湯船から這い出る。
「雪君。お背中お流ししますね?」
「え、ああうん」
いまだ眼が開けられない中、声だけでことりが誘導して背中を流してくれる。
「ねぇ、雪君覚えてる?昔もよくこうやって背中流したりしてたよね?」「そうだったね」「あ、ずるい!穂乃果もやる!」
穂乃果の声が聞こえて、数秒遅れて目の前に気配。どうやら前から髪を洗ってくれているようだ。なんだかむずがゆい。
「ていうか、あれ?これタオルであらってる?」
「う、ん。洗って、る、よ」
とぎれとぎれの吐息が漏れ出る。力を入れているのだろうか、あまり実感しないけど。
「ちょ、ちょっと!なにやってんの?!人のお風呂でそれどここすりつけてんのよ!」
急に大きな声がする。どうやら真姫ちゃんが怒っているみたい。
「もう~真姫ちゃん大声出さないで?」「そりゃ大声も出るわよ!」「まぁまぁ、なんだったら真姫ちゃんもすればええんやない?」「な!なによそんなのするわけないでしょ!」「もう、真姫ちゃんはほんとそっくりやな」「だからなんなのよ!」
みんなの喧騒と、シャンプーが目にしみる。一人は持て余すと言ったけれど、この状況は予想していなかった。人生何が起こるか分からないな。
にぎやかだったお風呂からあがり、後はもう寝るだけといった時間。「花火するにゃ」
「まだ言ってるんですか?」
「それに、肝心の花火はどこにあるの?」
やれやれといった様子の、海未と絵里先輩。しかし絵里先輩の疑問はすぐに解消される。
「それなら、ほら!俺買ってきたんですよ。少ないけど」
買い出しの時、そういえば花火と思いだして、一応買っておいたのだ。大したものじゃないけど。手持ちの花火と線香花火くらいはある。
「わー!雪ちゃんありがとー!」
思いっきり飛びつかれて後ろに倒れる。
「どういたしまして」
「さー!早速やるにゃ!」
早く早くと、俺と花陽を引っ張り庭にでる。
「ま、これくらいならいいんやない?」
「ま、たまにはいいかもね」
「はぁ、明日起きれなくても知りませんよ」
「わーい花火だ」
「穂乃果ちゃんもしたかったんだね」
みんなで庭に出る。ライターで、まず凛の手持ち花火に火をつける。そしてその火を、まるで聖火を移すがごとく、みんなに順番に移してゆく。
「二刀流だにゃ」
「うお!負けないよ凛ちゃん!」
穂乃果と凛は走りまわり、にこちゃんが呆れ、ことりと花陽がそれを遠くから笑って見つめる。そんなみんなを縁側で座って楽しむのは、他のみんな。もちろん俺も。
「きれいよね」
「そうですね」
花火の色は、偶然かはたまた誰かが仕掛けたのか、みんなの担当色になっていた。その光は淡く、だげど優雅に夜を照らしている。
「あ、終わったにゃ」
みんなの手持ち花火が終わりを告げる。もともとの人数と一つしか買って来れなかった関係もあり、残るのは線香花火一種類だけ。
「最後に線香花火、定番ですね」
みんなが線香花火を持つ。
「じゃあ、定番つながりでもう一個。みんなで競争しない?誰が一番長く持つか」
穂乃果、昔も線香花火するたんびに競争していた。なんだか懐かしい気持ちになる。そういや花火なんて何年振りだろう。
「いいわね。ま、どうせこのにこにーでしょうけど」「あ、落ちたにゃ」「誰よ勝手に火つけたの!!」「まだあるよ」
にこちゃんに最後の一本を手渡す。
「じゃあ、いくよーミューズミューッジックスタート!」
「その掛け声なんだ」
苦笑しつつも、みんなで一斉に火をつける。
「ハラショー」
「きれいだね」
線香花火は先端をぷっくりと太らせ今にも落ちそうになる。「あ!」最初は凛だった。落ち着きなかったからだ。「落ちた!」次はにこちゃん。どんどんと落ちてゆく線香花火を見ながら、きっとこの時は一瞬なのだろうと考える。この日が、今までがそうだったように。これからも、これからの学校生活もまた一瞬で儚いものなのだろう。だからこそ、美しく守りたいと思う。この一瞬を、かけがえのないものにするために。
「二人の一騎打ちだね」
ことりが最後に残った俺と、隣にいた絵里先輩の線香花火を見ながらそう言う。
「「あ!」」
風にあおられて、くっついて、そして同時に落ちてしまった。
そんな光景をみんなで笑いあいながら、こんな一瞬が永遠に続けばと、そう願った。
どうも、やっべっぞ。高宮です。
なんでか2話連続でこんなに長くなっちゃってやっべっぞ。もっとコンパクトにまとめるつもりだったのに。まじでやっべっぞ。
パクリたい芸人まじでやっべっぞ。
ということで次回もやっべっぞ。
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合宿は家に帰るまでが合宿です
「来たよ、雪ちゃん。ついにこの時が。この問題を片づけないことには何も始まらないんだよ」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないんだよ。みんなどれほどこの時を待ったか」
「花陽まで」
みんなで花火をし終わって、明日も早い、さぁ寝るぞと言った時。大仰な顔をした穂乃果が語り出したのだ。
「そう――――――みんながどこで寝るかという問題が!!!」
にこちゃんが力強く説明してくれたように、みんなの部屋割が決まっていなかった。見た感じどこも一緒だったけど、位置にこだわりでもあるのかみんな異様に気合が入っている。寝る前だってのに。
「俺はどこでもいいよ」
正直、もう眠い。今日は心身ともに疲れたから、いつもよりぐっすり眠れそうだ。
「雪君には聞いてない」
「ひどっ!?」
ことりが真顔で言うので傷つく。言うにしてももっとオブラートに包もうよ。
「いや、先ほどの勝負で私と凛が残ってたのですから、私と凛で勝負をつけるべきです」
「な!それはずるいよ海未ちゃん!」
「何がずるいものですか!大体、ほぼ私の手中に勝利はあったのですよ?このまま私が勝ちってことでもいいくらいです」
「そうにゃ、海未ちゃんと凛で決着付けるべきにゃ、いまこそバトスピが活躍する時にゃ」
「それだと、私が不利になるじゃないですか!もっと、クイズとかにしましょう。主に教養で」
「ずるいにゃ!それだと凛が不利だよ!」
どうやら、席決めの時と同様、部屋割でも揉めているみたい。早く決めてくれないだろうか、眠いんだけど。
「こ、このままじゃ結局夜遅くなるわ。どうかしら?ここはいっそのことここでみんなで寝るっていうのは」
「み、みんなで?」
「絵里?あんたウノ一番に上がった、いや負けたからってみんなを言いくるめようとしてない?」
「何言ってるのにこ、私がそんなことするわけないでしょ?」
「えりち、顔が引きつってるで?」
「うぐっ!」
「それに、それだとどっちにしろ雪君の隣は誰?ってことになると思うんだけど・・」
「いーや、私と凛で決着をつけるべきです。でないと何のためのウノですか」
「どうでもいいけど、早くしてくれない?もう眠いんだけど」
「真姫ちゃん、もう寝てもいいよ?ほらあそこの部屋で早く寝たら?」
「なんか冷たいんだけど
「―――――あ、今自然に名前呼べたやん」
「え?あ!・・・そうね」
「真姫ちゃんは素直やね」
「もう!素直じゃないって言ったり素直って言ったり、どっちなのよ!」
「どっちもってことやん?」
「意味わかんない!」
「ちょっと待って、みんな」
「どうしたの穂乃果?」
「雪ちゃんが、雪ちゃんがいないよ!?」
「雪?あれ?おかしいわね、さっきまでそこで船こいでたのに」
「雪君なら、あっちの部屋に行ったよ?」
「本当なのことり?」
「うん、絵里ちゃんがここで寝ようって言った時に、じゃあ俺はあっちで寝るねって」
「なんで止めなかったんだにゃ!」
「だって、眠そうにしてたし、後で行けばいいかなって」
「後で?そうか、その手がありました」
「―――――――みんな、リビングで寝るのは、どうかな?」
「花陽ちゃん!それナイスアイデアだよ!」
「それ私が言ったんだけど・・・」
「まぁまぁ、えりち。とりあえずお布団敷こうやないの」
「・・・そうね。お布団はどこにあるのかしら真姫?」
「それならあっちの押し入れに―――――――」
ぼすっと布団にもたれこむ。今すぐにでも寝てしまえそうな気がする。しかしこの布団良いにおいがするな。これが真姫ちゃん家のにおいなのかな。妙にふかふかだしうちのとは大違いだ。
耳を澄ませば、さざ波の音が聞こえる。そしてカントリーロード。いや、これは幻聴だね。きっと眠すぎるからだ。
みんなの声がする。喧騒の中にいると気付かないがこうして一歩離れて見ると本当に賑やかなのが分かる。
「雪ちゃんが、雪ちゃんがいないよ!?」
少しそうやって耳を澄ましていると、ひと際大きい穂乃果の声が。そのあとに、なにやら複数の足跡がする。みんなで寝ると言っていたからお布団でも敷いているのかな。
そしてやがて、声は聞こえなくなり、またさざ波の音だけが静かに木霊する。
こうして一人、静寂の中にいると、先ほどまでの騒がしさがまるで嘘のようだ。と、同時に寂しさやら孤独感やらが襲ってきた。
じっとしていると泣きそうになってくるので、いったんトイレに行こうと部屋のドアノブに手を駆けると、東條先輩の声が。「あー。真姫ちゃん何するのー」「は?何言ってるの!?」「やったなー」
また騒々しくなって、気になったので上からこっそりとリビングの様子を盗み見る。どうやらみんなでまくら投げしてるみたいだ。いいなー、たのしそうだなー。
いつの間にか眠気がどこかに行ってしまい、しばらく様子を見つめてしまう。真姫ちゃんもどうやら楽しんでいるようだ。きっと東條先輩が、またいろいろと気を使ったんだろう。本当に、あの人はいろんなことに気が付いてしまうから。
「なに、してるんですか。明日は早いから寝ましょうって言いましたよね」
あら。みんなの枕がどうやら寝ている海未に当たってしまったようだ。海未は普段、しっかり者だけど寝ているのを起こされるのだけは我慢ならないらしい。
いつこちらに気づいて飛び火するかわからないので、さっさと部屋に退散して、いっぱい寝ることにした。
「はぁはぁはぁ」
「まさか、海未がこんなにも恐ろしいだなんて」
「びっくりだにゃー」
「もうみんなやられちゃった」
見ると、生き残っているのは花陽と凛、希ちゃんに真姫だけだった。
すると凛が一つ、くあと大きなあくびをする。
「もう、寝よっか」
希ちゃんの提案にみんな頷く。
・
・
・
みんなが寝静まった頃。ただ一人、もそもそと動き出す人物がいた。
「ひっ!」
その人物は、布団から出ようとした瞬間。足首を何者かに掴まれる。暗くて顔はよくわからないものの、隣で寝ている人物が誰であったかは流石に覚えていた。
「何するのことりちゃん?!」
小声でひっそりと、他の誰にもばれないように、けれどしっかりと抗議する。
「穂乃果ちゃんこそ、どこに行こうとしているのかな?」
「そ、それは・・・」
言い淀むのはやましい気持ちがあるからだ。
「まさかと思うけど、さっき私が言ったみたいに、雪君の部屋に行こうとしたわけじゃないよね?」
「ももも、もちろんだよ。トイレ、そうちょっとトイレに」
「そっか!ならいいんだ、ちゃんと言ってくるんだよ?」
「わ、わかったよ」
穂乃果は、しっかりと他の人が寝静まるのを待ってから講堂に移したのだが、ことりのセンサーはそれを遥かに凌駕した。
・
・
・
また支配をとり戻す静寂。しかし、それを破る者が一人。
「今度は、絵里ちゃんか。どこに行くの?」
「なっ!ことり?おかしい、確かに寝ていたはず」
「ん?」
「くっ!流石ね、ことり。でも、あなた何か勘違いしてるわよ。私はちょっと眠れないから、風に当たりに行ってくるだけよ」
「そっか♪なーんだ勘違いしちゃった♪夜はまだ肌寒いから、カーディガン羽織って行ってね?」
「え、ええ。そうするわ」
敵を欺くためか、はたまた本当に風に当たりに行くだけなのか。カーディガンを羽織り、絵里は魔の海域から脱出する。
・
・
・
そして、三度続く静寂。それを打ち破ったのは、一人ではなく四人だった「ま、まずいにゃ。このままだと、先の二人みたいにことりちゃんにつかまってジ、エンドにゃ」
「ど、どうしよう凛ちゃん」
「しかたない、ここは四人で協力して、危機を脱するわよ」
「というか、なんで雪の部屋に行く前提なの?」
「じゃあ、真姫ちゃんはここで一人で寝てればいいにゃ」
「な!そんなことは言ってないでしょ?」
「ふ、二人とも声が大きいよ」
「四人とも、寝なくていいの?」
花陽が止めた甲斐も虚しく。見上げると、そこにはことりが。
「ちょっと!あんたたちがうるさくしてるから見つかったじゃないの!」
「一番声出てるのにこちゃんだにゃ!」
「あんたの声もうるさいわよ!」
「もうみんなうるさいよ!」
あたふたしている四人を見ながら、ことりはいつもの笑顔を絶やさない。
「もう終わったかな?ところでみんなはどこに行くの?」
「・・・凛ちゃん、真姫ちゃんにこちゃん。先に行ってて」
「花陽?」
「ここは、私が食い止める。だから先に行って」
「だ、だめだよかよちん!かよちんも一緒に、雪ちゃんと一緒に寝ようってあの夕陽にやくそくしたじゃない!」
「うん、でも、約束は、守るから」
そう言った花陽の顔は、笑っていて。
「いくわよ」
「にこちゃん?そんな、かよちんを置いてくの?!」
「花陽が先に行ってって言ってるのよ。ここは花陽を信じて先に行きましょう」
「真姫ちゃんまで・・・」
埒が明かないと判断したのか、真姫は凛をかついで階段を登って行く。
「ここは通さない!雪君の寝顔も寝息も寝言もみんなことりの物!」
「相手は私だよ!ことりちゃん」
「―――――仕方ないわねあなたを倒して、雪君と添い寝をするのはこの私!」
「ごめんなさい。小泉家一子相伝の秘奥義!
「な、に!?」
花陽の秘奥義が、ことりの下腹部に炸裂する。要は白米を握ったただのパンチだけど。
ことりが倒れる。勝者は花陽に決まったようだ。
そのまま、花陽はみんなの後を追う。かと思いきや、身を翻して、ことりを担ぎあげる。
「・・・何してるの?あなたは勝ったんだから、雪君が寝てる間に何の邪魔物もなく好きなことしてればいいじゃない。私の雪君に」
「雪君はことりちゃんのものじゃないよ?」
その顔は、笑顔だった。怒りに満ちた、笑顔だった。
「雪君はみんなのものだから、ことりちゃんも一緒に寝よ?」
「―――――――わかった、負けたよ」
階段を登りながら、また一段とミューズのきずなが深まったところで、雪が寝ている部屋の前に着く。
「じゃ、開けるよ」
扉を開けると、寝ている雪君。と、ことりに見つかったはずの他のみんな。
「あ、あれ?みんないる.」
「希ちゃん?い、いつの間に。―――――――――ふふっ♪ほら早く花陽ちゃん」
「う、うん」
不思議といった様子の花陽を強引にベットに押し倒し、ことりは雪に覆いかぶさるようにして、一瞬で睡魔に負ける。
「も、もう寝ちゃったんだ」
無理もない。雪の貞躁を守ろうと、みんなが行動に移すまで寝た振りをしていたのだから。
ここで意識があるのは花陽だけ。その状況が、花陽を冷静にさせた。結果。ものすごく恥ずかしくなった。
「わー!わー!わー!雪君の顔が手の届くとこに///」
みんなを起こさないように注意しながら、それでも声を抑えることはできなかった。
「さ、触るだけ。触るだけなら大丈夫。全然いやらしくない」
にこはもう忘れているが、行きの列車で言われたことを、花陽は気にかけていた。顔をなでなでし、安心したのか、そのまま花陽の意識も深い底に落ちる。
「う~ん」
段々と意識が覚醒してくる。寝起き特有のまったり感が俺を襲う。にしたがって、自身の体が動かないことに気がついた。もしや世に言う金縛りというやつにかかったのではないかと、内心冷や汗をかいた。
のだが、唯一動く首を回して状況把握に努めると、動かない理由が分かった。
右手には、勝手に腕を枕にしている穂乃果と凛。左には同じく絵里先輩と真姫ちゃんが。目の前、つまり俺の体を拘束しているのはピッタリとくっついて離れないことりだった。
花陽とにこちゃんは分かりづらいが俺の手を握っている。
なぜ俺の部屋にみんないるのかは分からないが、別にいい。みんながゆっくり寝られるのなら何だっていい。
「うわっ!」
とはいえ、腕も痺れるのでみんなを起こさないようにそっと起きようとしていると、目の前に東條先輩の顔が。
「起きたね?なら、ちょっと朝日、拝みに行かん?」
「・・・そうですね、きっと気持ちいいでしょうし」
東條先輩に誘われて、ゆっくりと部屋のドアを閉めながら、外に出る。外に出る時、リビングを通ったのだが、その時、なぜか一人で爆睡している海未を見つけた。気持ち良さそうに寝ていた。
「うーん。きもちええな」
「そうですね」
まさに日の出という時間で、気温も丁度いい。
「うちな。ミューズのみんなの事、大好きなんよ。ミューズを作ったのは穂乃果ちゃんやけど、うちもそれなりにアドバイスしてきたつもり。思い入れもある。海田君も、同じやろ?」
「―――――俺はなんにもしてないですよ。でも、それでもミューズのみんなの事、東條先輩の事。俺も大好きです」
そう、俺は何もしていない。俺は結局、ただの部外者で、ただのファンだから。きっと俺がいなくとも、この状況は作られていたはずだ。違う世界で、俺がいない世界でも、きっとうまくいっていたはず。
「!そ、そっか。そこまではっきり言われると、なんだか照れるね?」
「?そうですか?」
「―――――これは、みんなが落ちる気持ちも分からんではないな」
「?」
一体何の話をしているのか、考え事をしている間に話が移ったか?聞こうとすると、後ろから真姫ちゃんが。
「ありゃ。みつかっちゃった。―――――最後にもう一つ」
「なんですか。東條先輩?」
「その、東條先輩っていうの。やめてもらえる?にこっちはにこちゃんって、えりちは絵里先輩やろ?うちだけ仲間外れみたいやん」
「え?ああ、いやそんなつもりはなかったんですけど・・・」
「だったら、うちも―――――そうやね先輩もちゃんづけももうあるし、呼び捨て、とか?」
若干照れたように言う東條先輩。―――――ああ、いや、こうか。「希?」
「は、はい」
照れる東條先輩。じゃなくて希。を見るのは新鮮で。もう三回ほど呼んでしまった。
「ちょっと、うちで遊んでない?」
「そんなことないですよー。それじゃ、俺も海田君はナシにしてもらいましょう。俺が希って呼ぶのに、希が海田君じゃちぐはぐでしょ」
「じゃ、じゃあ雪、君」
「はい」
呼び捨てに挑戦しようとしたが失敗した、そんな風な呼び方に返事を返して。今はまだぎこちなく、違和感もあるけれど、きっとすぐに慣れる。
二人して笑っていると、後ろからお声がかかる。
「なに二人してイチャイチャしてんのよ」
「うわ、真姫ちゃん!」
急に後ろに立っているからびっくりした。
「まぁ、それは後で聞くとしても、希、あなためんどくさい人ね」
「真姫ちゃん。聞いてたん?」
「気づいてたくせに」
「おーい、雪ちゃんー!」
見ると、穂乃果達がこちらに向かっている。
穂乃果達が来るのを見届けて。水面に映る朝日も、今まさに昇らんとする朝日も、どちらも違った美しさを見せていて。そのどちらも、俺は好きになった。
帰ってきた。我が家に。
今度は何のトラブルもなく、無事に帰ってこれた。海未ちゃんのスパルタによりみんな寝ていたというのが大きな影響だろう。
思えば、濃い二日だった。今思い出すだけでも思わず笑みがこぼれる。楽しいそして充実した二日だった。
家の隙間も今は気にならない。
もうすでに思い出になっている合宿の事に思いを馳せていると、不意にチャイムが鳴る。
この家にチャイムなど滅多にならないので不思議に思い、扉を開けると。
「お、父さん」
「よぉ。今日も来てやったぜ」
そうか。今日は
どうもやっはろー。高宮です。
またもや話すネタがないので野球の話。
やっとホークスの零更新が止まってよかったです。イデホは一回スタメン外すべきだと思う。
ヤクルトすごいね、連続14試合だっけ。三失点以下なの。ディーエヌエーとともに、セリーグが面白い事になりそうです。
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見えないもの
「お、父さん」
「よぉ。今日も来てやったぜ」
扉にもたれかかり、煙草をふかすその人は、まぎれもなくどうしようもないほど俺の父親だった。
「そっか、今日だったね」
自分の声のトーンが下がっていることを自覚してしまう。
この二日。いやここ最近、本当に毎日が楽しくて。つい忘れていた。俺の周りに人が増えるほど、その存在がより目立つというのに。
「ほら、さっさと出せよ。こちとら暇じゃねえんだ」
そう言って差し出される掌。しかし、俺はいつもの物を手渡すことができなかった。
なぜなら――――――――。
「ごめん。今日はバイトに行ってないからもらってないんだ。
「ああ?」
なぜなら、この二日は合宿に行っていてお給料をもらっていないから。現金支給だから。そう言ったところでこの人は許してはくれない。現に先ほどまで上機嫌だった父の表情は見る見るうちに豹変していった。
「そりゃあどういうことだ!ああ!?いつも俺この日に受け取りに来てるよなぁ!それなのに用意してないってことはこれ、いっちょ前に反抗気か!?ええ!?」
そういって、俺は殴られる。その衝撃で後ろに吹っ飛んだ。口の中に嫌な鉄の味が広がる。久しく味わっていない味だった。
その後も、父は土足で上がりこみ、ストンピングの嵐。「てめぇ、がっ、誰の、おかげで、ここまで生きてこられたと、思ってんだ!」
亀のように背中を丸めて嵐が過ぎ去るのを待つ。
「明日、明日また来る。それまでに用意してなかったら―――――――わかるよなぁ」
そう捨て置いて、父はこの家を出て行った。
「っ!!!」
一気に肺から吐き出される空気と共にごろりと寝転がる。天井の白さと蛍光灯の光が嫌にまぶしくて、思わず目を細めた。最近は怒られることもなかったのに、中学以来かな?口の中に広がる血の味を噛みしめながら、土足で上がられたために付いた靴跡に気がついた。
「掃除しなきゃ」そう言って起き上がる。
見ると、靴跡が泥にまみれていて、そこでようやく外は雨が降っていることに気づいた。窓から外を見るが、真っ暗でよくわからない。
泥を落としていると、またチャイムが鳴る。まさか、父が帰ってきたのかと、少し身構えながら扉を開けると。
「あ、海田君?あのねぇ、何か大きな声が聞こえたもんだから、どうしたのかと思って」
「―――――大家さん。すいません。以後気をつけますから」
扉を開けると、そこには大家さんがいた。きっと父の怒号を聞いて、怪しく思って来たのだろう。気をつけなければ、前の家見たく追い出されかねない。
すると、大家さんの視線が俺の口元に注がれる。
「血、がついてるみたいだけど?」
そう指摘され、ばっと、思わず口元を覆ってしまった。しまった。まだ拭いてなかった。
ごしごしと、手元で口元をふき取りながら「鼻血、ですよ。口にもついちゃって」たはは、とごまかす。それでも大家さんの訝しんだ目は消えなかったけど、なんとか注意だけして帰ってくれた。
扉を閉めて、カレンダーに明日の日付の下、お給料と大きく赤文字で書きこんでから、疲れた体を引きずってようやく深い眠りに着いた。
次の日、俺は一本の電話で目が覚める。誰かも確かめずに電話にでる。
「―――――――はい」
寝起きのかすれた声に電話の主は心配そうに声を出した。
「あれ?雪ちゃん?大丈夫?」
その声で、相手が穂乃果だと知る。最近はこの携帯の電話帳も以前より増えた。
「うん?うん、今起きた」
「え!!今もうお昼だよ?」
その声と同時に、時計の針を確認する。完全に正午を回って、もうすぐお昼休みが終わりそうだった。
「ね、寝過ごした」
「珍しいね。雪ちゃんが遅刻って、あんまりないよね?」
今日は、カレンダーにも書いてある通り、お給料をもらいに行かなければならない。それも5つからだ。・・・学校はもう休もう。
合宿の疲れと、寝起きのけだるさと、これからの憂鬱感に襲われて、学校はサボることに決めた。
「雪ちゃん?」
「あ、ああごめん。それでなんだっけ?」
学校をさぼることを決めていると、穂乃果の事を忘れていた。
「あ!そうだった。忘れるところだった。・・・あのね、雪ちゃん。心して聞いてね?」
「うん」
電話の向こうで一呼吸置くのが分かる。
「なんとミューズの順位が19位になったんだよ!!!」
あまりの声の大きさに思わず耳を離す。
「へー」
「反応うっすっっ!!!もっと喜んでよー」
「え?」
どこを喜んだらいいのか、数秒考える。確かに19位ってすごいけど・・・ん?19位?
「穂乃果、ラブライブ出場って何位からだっけ?」
「まさか忘れたの?雪ちゃん?ホントにおっちょこちょいだなー。20位からだよ」
「てことは・・・・ラブライブ出場ってこと?」
ラブライブ出場のボーダーラインは20位、そして、今しがた聞いたミューズの順位は19位。つまり、そういうことだろう。
「そうだよ!雪ちゃん!このままいけば私たちラブライブに出られるんだよ!?」
「―――――――――――――」
「・・・雪ちゃん?」
「ああ、ごめん」
声も出なかった。一瞬で今までの事がフラッシュバックする。最初のライブ、人が集まらなかったこと。花陽たちがメンバーになってくれたこと、廃校の危機が間近に迫って、でも、その危機を絵里先輩たちと脱したこと。
本当に、長かったような、一瞬だったような。
「とにかく、おめでとう。穂乃果」
「いやー、照れるなー。でも、まだ本決まりってわけじゃないから、これからもより一層頑張んなきゃだけどね」
「そっか、ファイトだね?」
「うんっ!ファイトだよっ!」
それを最後に電話は切れる。
カーテンを開けて、もうすっかり高く昇った太陽を見上げながら一つ伸びをする。多少の憂鬱感など、どこかへ行っていた。
「はい、これ」
「おお、わりぃな」
昨日とは打って変わって、いや、昨日も最初は機嫌が良かった。機嫌が悪くなったのはお金を受け取れないと知った時。
「また、来月も頼むよ」
「うん。あの、さ―――――――」
「あん?」
その続きの言葉は、飲む込む。いつもでてこない言葉の続き。最早何を言いたかったのか、忘れてしまった。
「いや、なんでもない」
そういうと、父は少し機嫌が悪くなり扉を思い切り叩いて家を出て行った。
「・・・ふぅ」
ため息。そして壁に寄り掛かる。とりあえず、今月もまたバイトを頑張らなくてはならない。むしろ、ミューズや他の事に時間を使っているせいか、生活費が圧迫している。
「バイト、増やそうかな」
増やすとするならば、これでかけもちは6つ。流石にしんどい。この出費がなければ、バイトしなくてもいいとまでは言わないが、少なくとも掛け持ちも歳を偽ることもしなくて済む。
いや、と首を振る。
俺が、多少頑張れば済む話だ。誰に迷惑かけるでもない。それに、世の中には俺より悲惨な人なんてありふれている。俺が弱音を吐くわけにはいかない。
ひとつ、また息を吐いて、気合を入れなおした。
「ちょっと、雪」
「ツバサ先輩」
放課後、バイトに行こうとした時、俺のクラスにツバサ先輩が現れた。
周りの生徒が多少ざわつく。それもそうだろう、この学園に来た人のほとんどはアライズ目当てだろうし、同じ学校とはいえ、一年と二年じゃあまり親しみはない。
「ちょ、ちょっと海田君!なんでアライズの綺羅ツバサ先輩と知り合いなの?」
隣にいる女子に話しかけられる。最初のころはなんだかなじめなかったけど、穂乃果達のおかげか、なんとか話しかけられるまでにはなった。
「えーっと、成り行きで?」
「どんな成り行きよ!」
「え?海田君、あの綺羅ツバサさんと知り合いなの?なんでなんで?」
「あ、えっと」
話を聞いていた近くの数人の女子に囲まれる。俺が対応に困っているとツバサ先輩が助け船を出してくれる。
「ごめんなさい。ちょっと彼に用事があるの、借りてくわね?」
「「「「は、はい!」」」
・・・凄いな。あれだけ騒がしかったクラスの女子たちを一瞬で黙らせていた。目を見るとみんなもれなくハート型になっている。
「――――――――ここまで来ればいいかしら」
クラスから離れて、階段の隅。一通りがあまりない場所に連れてかれる。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
「いいのよ。もとはと言えば私のせいだしね」
振り向きざま、髪をなびかせながらそういうツバサ先輩に、俺はひとつ質問をする。
「それで、なんの用事でしょう?」
「そのまえに、私が生徒会長をしていることは知ってるわね」
「いえ、初耳ですけど」
ひざかっくんを食らったような衝撃に見舞われるツバサ先輩。
「ま、まぁいいわ。その生徒会からの指導というか、なんというか。あなた昨日学校サボったでしょ?」
「あ、はい」
結局、起きたのがお昼過ぎだったのもあり、電話を入れるのがかなり遅くなってしまった。
「それで、ホントは反省文を提出しなきゃなんだけど、私の口添えで免除になったから」
「え?それは、またなんで?」
「もちろんタダじゃないわ。またあなたに練習を見てもらう、それが条件よ」
練習を見る、それだけで反省文がなし。断る理由なんかどこにもない。
「そんなんでよければ―――――」
いいかけて、途中で止まる。今日は、バイトを増やすために求人誌を見ようとしていたのだ。もともとのバイトもあるし、時間的に厳しい。
「どうしたの?」
「いえ、それは今日の話ですか?」
「いえ、あなたの都合に合わせるけど・・・」
そうか、それなら良かった。安堵していると、ツバサ先輩が訝しんだ視線を送る。
「いや、ちょっと今日は都合が悪いってだけで、明日なら大丈夫ですんで」
ちょっと早口になりながら弁明する。
「―――――そう。なら明日。あなたの教室でまってて」
「わかりました」
昨日の話があり、俺は一人、放課後の教室でたそがれていた。
「あら?待ったかしら」
「今回はすまないね。急な用件で。ツバサが教師たちに提案し出した時は何事かと思ったぞ」
「そうそう~。先生たちもびっくりしてたよね~」
「もう!その話はいいでしょ!?」
教室に着くや否や、三人で仲睦まじくおしゃべりする。
「いえ、俺のほうは。大した用事もないですし」
「またまた~。ミューズの皆さんとよろしくやってるんだって?」
あんじゅがわき腹をつつく。
あんじゅとはクラスが隣ということもあり、メールを交わす仲にはなっていた。
「どこでそれを?」
俺の知る限りではそんなこと話していないのだけど。
「ツバサから聞いたのだよ」
今度は統堂先輩が肩に手を置いてくる。二人とも顔がにやついていた。
そういえばツバサ先輩と一緒にアイドルショップに行った時、そんな話をした気がする。
あれ?でも確かあれって夢だった気が・・・・・。
ツバサ先輩の顔を見ながら俺が自分に自信が持てなくなっていくころ、ツバサ先輩が思い出したように言う。
「そういえば、ミューズ。昨日のランキングで予選突破圏内に入ってたわね」
「ええ。俺も穂乃果から電話がきて知りました」
「ほう。呼び捨て。しかも電話で。ねぇ」
統堂先輩がからかうように手をまわしてくる。クールな人という印象だったけど、話していくうちにこういう面も垣間見えるようになった。
「すごいね~。雪君は。私たちともミューズとも関係を持ってるなんて♪」
「かかかか、関係!?雪と私たちはそんなふしだらな関係だったのか!?」「そんなわけないでしょ」
統堂先輩が一人、顔を赤らめながら誤解しているとツバサ先輩のチョップが入る。
「別に、凄くないですよ」
アライズのみんなと知り合えたのなんて偶然だし、ましてやミューズのみんなとなんて俺は何もしてあげられていない。そりゃ確かに、アライズともミューズとも仲良くあるのは事実だけど。それは別に、俺が凄いからってわけじゃない。
「そう?結構助かってるんだけど、私たち」
そう言ったあんじゅの表情は穏やかそのもので、もし本当に、ほんの少しでもそう思ってもらえていたら。この胸に湧く感情を抑えなくてもよいのだろう。
けど、と俺は自らを戒める。かつて、そうやって調子に乗って、一人の女の子に傷を負わせたことを。あんな思いはもうしないと誓ったことを。
「そろそろ、時間じゃないですか?練習、始めましょうよ」
あんじゅの声には答えずに、時間を告げる。
「おお。もうそんな時間か」
「それじゃ、始めましょうか。練習」
入念にストレッチをするみんなのサポートをしながら、そういえば合宿以来ミューズのみんなと会っていないことに気づく。バイトが決まれば、ますます忙しくなるだろうし、練習に顔を出そうと決めて。
そして俺は、何にも見えていなかったことを、見ようとしていなかったことを思い知らされることになる。
どうも、例の青い紐になりたい、高宮です。
あと少しで、スクフェスの地区大会が開催されますね。
俺は一応、応募してみて、福岡の午後の部当たりました。倍率がどれくらいなのかはわかりませんが、参加賞もらいに行ってきます。
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信じない道
「ほら雪ちゃん、昨日徹夜して考えたんだ」
そう言って俺にダンスを見せてくるのは、いつも以上にテンションの高い穂乃果であった。
「徹夜って、穂乃果、あなたいったいいつ休んでるんですか?」
「えっと、授業中?」
「いや、ダメでしょ」
首をかしげる穂乃果を窘める絵里先輩。
久方ぶりに練習に顔を出すと、みんなラブライブ出場に向けて気合が入っていた。とくに穂乃果は次のライブである学園祭にむけ、新曲をやろうと提案したり、今のように踊りを考えてきたりしているようだ。
ラブライブ。それに出場できれば、この学校の存続どころか、来年から生徒が増えすぎて困るくらいにはなっているのではなかろうか。
少し前まではそんなこと夢のまた夢であった。しかし今はすぐそこまで現実としてやってきている。
ミューズの目標であった学校の再建。それが夢物語ではなく、現実に。
そう考えると、みんなの気合の入りようもうなずける。とくに穂乃果は、先頭に立ってやってきたから。本人に自覚はないだろうけど。
「そういえば雪ちゃんは学園祭、もちろん来るよね!?」
穂乃果の事で感慨に耽っていると、本人の声で意識が引き戻される。
「―――――――――うん。ライブ、見に行くよ」
正直、最近は特にバイトのほうが忙しいので一日も無駄には出来ないのだが、ミューズのライブとあっては別だ。
ミューズは俺にとって、特別だから。
「そんで、ダンスは今から増やすのは厳しいと思うけど?」
にこちゃんが厳しい表情で聞く。学園祭まで残り一週間だ。スケジュール的にはカツカツなんだろう。
「えー?でもこっちのほうがいいよー。頑張って練習すればいいじゃん」
「――――――そうやね。うちもそう思う。次のライブは、今までよりも凄いものにせなあかんしな」
穂乃果の意見に頷く希。希に呼応するかのように他のメンバーも渋々といった様子で頷いた。
「それじゃ、張り切って練習行くにゃー」
「あ、まってよ凛ちゃん!」
凛がさっそうと部室を飛び出し、そのあとを追う穂乃果。
「ちょっと、まだ休憩は終わってませんよ!」
勢いよく飛び出していった二人の後を海未の声が虚しく響く。
「仕方ないわよ、私たちも行きましょう」
「まったく、すぐ行動に出るんだから」
にこちゃんと、真姫ちゃんが後に続く。二人に引っ張られるように他のみんなも屋上へと向かった。
「――――――?どうしたのことり?ほら行こう?」
一人、俯いていることりの手を握る。
「――――――あ、雪君」
まるで今気付いたかのような反応を見せることり。
「どうしたの?まさか、どこか怪我?」
普段見せない表情を見せていたことりに、心配になり手首や足首をチェックする。
「わ!わわわわ、ち、違うの。ちょっと考え事してて」
「怪我じゃない?」
「怪我じゃない」
照れたように笑うことりを見て、ひとまず安心する。
「それで、考え事って?」
「―――――――雪ちゃんは忙しそうだね」
「???」
あれ、俺、考え事って?って聞いたはずだよな。なんでそんな話になるんだろう。
疑問には思うものの、ことりの憂いげな瞳を見ると答えないわけにはいかなくて。
「・・・そんなこと、ないよ」
答えないわけにはいかないんだけど、それでも胸の中のもやが、なぜか認めたくなくて意地を張った。
「そんなこと、あるよ」
「・・・・・・」
握りっぱなしだった掌に、なぜかお互いの体温は感じられない。
ついさっきまでみんなで休憩していた部室を、妙な空気が支配する。
その空気を壊すように、扉が勢いよく開いた。
「ちょっと、雪ちゃんことりちゃん何してんの?!はやく屋上にこないと練習始められないでしょ!」
声の主は穂乃果。分かりやすく怒った穂乃果に、謝りつつ「とにかく、いこうか」と催促して。
握ったままだった掌を何かを掴もうと、もう一度強く握りしめようとして、ことりの手は、するりと滑り落ちた。
「うん!いこう」
滑り落ちた掌とも先ほどの声とも対照的に、明るい様子でことりは行ってしまう。
それ以上は深く考えないことにして、俺も、ことりの後を追った。このとき窓に映った俺の表情はとても冷たかったんだと思う。
「うん、採用」
「いや、まだ何も言ってないんですけど」
あれから数日、学園祭がもうすぐそこに迫ったある日の夕暮れ。
「いや、うちそういうのめんどくさいから。もうお前採用な」
目の前にいるめちゃくちゃな事を言う子の人は、面接者。無精ひげをしきりに触りながら、俺が持ってきた細工してある履歴書をそこらへんにポイした。
「ちょ、何するんですか」
「あー、いらねいらね。どうせお前みたいなもんは本当の事なんて書いてないんだろ」
な、なぜばれた?自慢じゃないが潜り抜けた面接は両の手じゃ数えきれないぞ。
「――――――図星か」
「!!!」
しまった。カマを掛けられたのか。
いままで数多くの何かを偽った上での面接に通ってきた、こんな展開は初めてだ。
「はい、じゃ早速だけど明日から働けな。俺のもとで手となり足となれ」
「な、なんで?」
なんで採用?
「ああ?いっただろ、そういうのめんどくせぇんだよ。それとも不採用にしたほうが良かったか?」
ぶんぶんと勢いよく首を左右に振る。
どこか納得いかないものの、採用されたことには違いないと思いなおし、素直に受け入れることにした。いつも緊張との闘いであったのに、こんなあっさりと決まったのは初めてだ。
「ああ、それと俺の事は社長じゃなくて班長と呼ぶように」
「なんでですか?」
「なんか社長より班長のほうが偉そうじゃねぇか」
煙草を一本吹かしながら意地の悪そうな笑みを浮かべる。というか社長だったんですね。そりゃ横暴も通るわ。
そして翌日。
「おい!新入り、きびきび動け」
「はい!」
仕事は土木現場の作業。今まで力仕事系はやったことがなかったのだが、そんなこと言っていられない時給の良さ。
力に自信があるわけじゃないけど、きっとやっていくうちになれると思う。
休憩が入り、腰を下ろす。
「よう。どうだい首尾のほうは」
お茶を飲んでいると、社長、じゃなくて班長が横に座る。
「なんとか、やっていけそうです」
いややっていかなきゃならない。それはこのバイトに限らずだ。
「なんで俺、採用なんですか」
昨日から気になっていた事を聞く。後回しにしてもしょうがない。俺以外の人だっていたはずだ、なのになぜ不正をしている俺を採用したのか。
「他に人がいなかったからだ」
がっくりとうなだれる。そんな理由?
「いやいや、それにしても普通採用しませんって」
「普通?そりゃどこの普通だ?お前が今までいたとこはそうだったかもしんねぇが、ここじゃ違う。客のため、会社のために働く。それが俺らの普通だ。そんでもってお前はその普通だったから採用した。ただそれだけだよ」
「そんなの、わかんないじゃないですか。問題だって起こすかもしれないし」
おかしなことを言ってる、だって俺は法律を犯しているんだ。そんな人間、信用されない。
「何だ、お前問題起こすの?」
「い、いやそういうわけじゃ・・・」
「ほらな、お前は普通だよ。普通にうちの社員と同じだ」
そう言い残して、班長はその場を後にする。
違うだろ?違うはずだ、だって俺以外は正規に手順を踏んだ人たちで、俺はそれをすっ飛ばしてしまっている。
それを同じだなんて、そんなこと、ない。
学園祭当日。俺はどうにも気乗りしなかった。昨日、班長に言われたことが、自分の中に反響していて、こんがらがっていた。俺は、正しいのか、そうじゃないのか。
圧倒的後者だとばかり思っていたのに、それが揺らいでしまって。正直、ライブどころじゃない。
家にいても一人なので、秋葉原に出ることにした。外に出れば、多少気は紛れると思った。
スクリーンの前で、ふと足を止める。アライズ。
スクリーンに映し出されていたのは、アライズだった。きっとアライズも、ラブライブに向けて精一杯頑張っているのだろう。映し出された映像から、普段の顔とは違う、プロの顔だと分かる。
「あ、練習してたところだ」
練習していたターンが三人ともそろって決まる。頑張ったのも、頑張っているのも彼女たちなのに、なぜだか俺も嬉しくなってしまう。
そのままスクリーンを見続けていると、後ろから肩を掴まれた。
「やっと、見つけた」
振り向くと、走っていたのであろう、汗だくの雪穂。後ろには、涼しげな亜里沙ちゃんがいた。
「なんでこんなところにいるの?」
「それはこっちのセリフです。なんでこんなところにいるんですか、もうすぐ始まっちゃいますよ?」
亜里沙が柔和な微笑みを携えながら言う。
空を見上げるとゴロゴロと、雲息が怪しくなる。
「そう、だね」
俺の反応を見て、雪穂が大きな声を上げる。
「まさか、行かないの!?」
「行くよ、行くけど・・・」
行かないわけはない。みんな頑張っている。アライズも、ミューズも。そんな頑張りに、関わることはできないから、せめて見届けようと、最初のライブに誓った。
だけど、見度とけることになんて本当に意味があるのか。みんなの頑張りを、ただ見てる事しかかなわない自分にそんな資格あるのだろうか。その行為に意味はあるのか。今のミューズに自分は必要なのか。
ぐらぐらと自分の中の何かが揺れて、今にも崩れそうになる。
「ほら、行くよ!」
右手を雪穂に引っ張られる。結局、なんだかんだ言っても、俺の脚は音ノ木坂へと、ミューズのもとへと向かう。向かってしまう。
ぽつり、またぽつりと肩が濡れる。どうやら雨が降って来たらしい。
すぐに土砂降りとなり、急いで音ノ木坂へと向かう。
講堂に行こうとして、亜里沙ちゃんに止められた。「そっちじゃないです!屋上です!」
今度は左手を、亜里沙ちゃんに引っ張られる。
屋上までの階段を、駆け足で駆け上って。
ドアを開けた。
開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、雨の中ミューズを応援しているファンでも、踊っているミューズでもなくて。
ただ、ゆっくりと倒れこんでいく穂乃果の姿だった。
どうも、グリザイアの高宮です。
スケジュール管理間違えたぁ!でも乗り切って見せる、それが俺の愛。
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番外編 新妻という言葉の響きは最高
「次の患者さんどうぞ」
西木野病院、この街の一番大きな病院である。その病院の跡取り娘。それが西木野真姫であった。
「どうにも頭痛が治まらんのですが、これはどういう病気かの。先生」
職種は内科。まだ勤め出して三年の若輩者だが、その美貌となんだかんだ言いつつも面倒見の良さから、患者から人気が出るのも時間の問題であった。
「それはねおじいちゃん。思い込みよ。おじいちゃん思いこみ激しいからすぐそうやって体に異変が出るの。おじいちゃんの体は健康体そのものよ」
「そうかのー。これ多分何かの病気だと思うんだがのー。先生もっと診察してくれんかのー」
「それが狙いね、このエロジジイ」
「フォッフォッフォッ」
声高々に笑いあげると、おじいちゃんは診察室を後にする。
「はい、じゃ、ホントに具合悪くなったらまた来てね」
かと思いきや、真姫ちゃんが椅子から腰を浮かした瞬間を、まるで獲物を狙うために研ぎ澄まされた鷹のように狙っていたおじいちゃんは真姫ちゃんのお尻を一撫で。
「きゃっ!」
「まだまだ、甘いのー先生」
「この、エロジジイ!!」
真姫ちゃんの一喝をものともせず、今度こそ本当に笑いながら診察室を後にする。
「はぁ、まったくもう・・・」
こうやって、たまには変な患者の相手もしながら西木野真姫は今日も業務を全うする。
これが、今現在の西木野真姫の日常であった。
その日常はまだ終わりを告げてはいない。
「ただいまー」
家の玄関から帰ってきたことを告げる。
「おかえり」
すると廊下から向こう。エプロン姿の海田雪の姿が見える。左手の薬指には、キラリと光る指輪。
「それ、着てるんだ」
雪が着ているエプロンは、先日の誕生日に真姫ちゃんから雪にプレゼントしたものであった。それを早速使っているのだ。
「うん!真姫ちゃんがくれたものだから、飾っておこうかとも思ったけど、やっぱり使いたくて」
満面の笑みでまっすぐこちらを見て言う雪に、真姫ちゃんは顔が赤くなる。それがばれたくなくて少し顔を反らす。
真姫ちゃんが雪と結婚したのは、ほんの一年前。つまり人妻であるもののまだ新妻なのだ。
一緒に住みだしたのも同じ時期であるため、真姫ちゃんはいまだ同居生活に慣れない。些細なことでドキドキしてしまうのだ。
「そう///ま、まぁ物置に置かれるぐらいなら使ってくれたほうが?まだマシかもね?」
「うん!大事にするね!」
「そ、それより、お腹、すいたんだけど」
「ああ、待ってて、今用意するね」
キッチンにへと向かう雪の背中を見つめる真姫ちゃん。そして思いを馳せる。
かつて、ともにアイドルをしていた人たちの事を、みんなに雪は好かれていたことを。
「どうしたの?」
気づくと、雪の背中に頭を預けていた。
「別に、ちょっと疲れただけ」
「そっか、じゃあ早くご飯用意しないとだね」
こうして、めんどくさい自分を受け入れてくれる。告白した時もそうだったように、笑って。
そんな、多分雪にとってはなんでもないとこに、いちいちキュンとしてしまう。
思わず、腰にまわした手に力がこもる。
「・・・動きづらいよ?」
「いいでしょ。別に」
そんなわがままも、やっぱり優しい笑顔で受け止めてくれる雪に、真姫はこの人の事が好きだと再確認した。
「―――おいしい」
結婚して気付いたことがもう一つある。それは意外と雪が専業主夫向きだということだ。
掃除、洗濯、買い物など、私より上手だし、何より料理がうまい。やっぱり料理できる男はモテるのか。
この間、私だって女なのだからと、料理を頑張ってみて、絶望的な結果になった時から完全に雪に任せてある。それにしてもやっぱりおいしい。
おいしいおいしいとうわ言の様に呟いていると、雪が照れているのに気がつく。
「何照れてんのよ。こんなの言われ慣れてんじゃないの?」
なんだかいつも真姫ちゃんのほうが責められているというか、恥ずかしい思いをしているので、なんだかその逆というのは新鮮に思えて、つい意地悪をしてしまう。
「うん、まぁそうなんだけど、やっぱり好きな人に褒めてもらえるのは、なんだか嬉しくなっちゃって///」
「ごほっごほっ」
あはは、と頭をかく雪に、真姫ちゃんは食べていたご飯をのどに詰まらせる。
「だ、大丈夫?」
心配そうに真姫ちゃんを見つめる。雪は素でこういうことを言うから侮ってはいけなかった。この天然でいったい何人の女の子を奈落へと落としたのだろう。
上がっていた気分が、少々下降する。考えると少々複雑になるので、考えるのをやめる。
プロポーズされた時も思ったが、いつも唐突なのだ。
いったん落ち着き、またご飯を食べながら会話していると雪から口を開く。
「えーっと、それでね、今日が何の日か、真姫ちゃん覚えてる?」
「?何だっていうのよ?」
「やっぱり忘れてた。はいこれ」
そう言って差し出す一つの箱。何なのか疑問に思いながらも受け取る。
「ハッピーバースデー」
「あ!」
そうだ。今日、4月19日は西木野真姫の26回目の誕生日だ。
「ケーキもあるんだ」
冷蔵庫から飛び出してきたのは、真っ白なクリームに縁取られたフルーツケーキだった。
「お、覚えててくれたんだ」
当の本人の真姫ちゃんですら忘れていたというのに。
「もちろん!一年に一回だもん。忘れるわけない」
その笑顔に自然真姫ちゃんも笑顔になった。過去のことはもう忘れよう。今この瞬間に雪は目の前にいて、自分の誕生日を祝ってくれているのだからと。
「開けていい?」
「うん」
箱の包装紙を丁寧に解いていくと、中から現れたのはクマのぬいぐるみだった。
「あ、これ私が欲しがってたやつ」
以前デートした時に見つめていた奴だ。
「―――――ありがとう」
真姫ちゃんにとって、今日は忘れられない一日となった。
そしてそんな忘れられない一日の翌日も、いつものように出勤する。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
いつものように言葉を交わし、いつものように電車に乗り、いつものように病院に着く。
ただ、いつもとは違う、そこにいるはずのない人間がそこにいた。
「やぁ、真姫ちゃん。今朝振りだね」
「な!なんでいるのよ!?」
目の前にいるのは、先ほど行ってらっしゃいを交わした今は家にいるはずの雪だった。
「いやー、真姫ちゃんに養われるのもそれはそれは魅力的なんだけど、家に一人でいるのさびしくなっちゃって、来ちゃった♪」
「来ちゃったって――――――」
それだけならまだいい。だがそれだけではないと言い切れる要素が服装にあった。
「じゃあ、その看護師みたいな服装は何?」
「ああ、これ?ただ仕事場にお邪魔するのもなんだし、真姫ちゃんのお手伝いしようと思って、お義父さんに借りたんだ。ああ、大丈夫。知識はあるよ、勉強したし」
そんな奇想天外なことをしゃべっている雪に、呆れを通り越して若干嬉しくなってしまう。そんなに私に会いたかったのかと。
「そ、そう。まぁパパがいいならいいけど」
「うん。そういうことだから、これからしばらくお世話になるね」
日常に、変化が生じた。
だけど、そんな変化も数日もすればまた日常となる。
雪は、持ち前の人たらしで患者だけでなく、同じ職場の看護師からも人気があったし、良く働くということで医者にも好かれていた。
幸い、真姫ちゃんが常に目を光らせているため、そういう事は起こらないのだが、これがもし、真姫ちゃんがいない職場であったならとぞっとする真姫ちゃんであった。と、同時に今後パートの類は禁止にしようと決意した。
「次の患者さんどうぞ」
「いやー、またきてしもうたわ、真姫ちゃん」
「またアナタですか」
呆れたようにつぶやく真姫ちゃんの反応を楽しむおじいさん。しかしその目線が真姫ちゃんの隣に映るとおじいさんの瞳は見開かれる。
「あ、あの真姫ちゃんが、男とおる。あんなに誘っても誰にもなびかなかった真姫ちゃんが・・・」
「あ、どうも。いつも真姫ちゃんがお世話になっております。西木野雪です」
「西木野・・・?てことはお前さんが・・・」
ちらちらと二人の間で視線が交差する。
するとおじいさんは一つ息を吐いた。
「そうか、ついに旦那が来ちまったか」
どこか遠くを見つめるおじいさん。
「俺のセクハラも、これまでってことだな・・・」
「セクハラ?」
「な!ち、違う。断じて違うわ!」
必死に雪に弁明しようと後ろを向く真姫ちゃん。しかしその行為がいけなかった。後ろを向くことにより、真姫ちゃんの首筋から覗くうなじ、そして背中からお尻にかけてのラインがおじいさんの本能に火をつけてしまった。
すぐに戦闘態勢となるおじいさん。隙間を狙って手を差し込む。
しかし、その手を阻む手が一つ。
「なにしてるんです?おじいさん」
「ぐっ」
しっかりと、おじいさんの手首をつかむのは雪の手。
「やりおるな。仕方ない、俺らの真姫ちゃんと幸せにな」
そんな手を振り払って、捨て台詞を吐き颯爽とその場を後にするおじいさん。
「困ったおじいさんだね」
「・・・・そうね」
二人、お互いの顔を見ながら苦笑する。
「おーい、雪君」
「あ、ナースさん」
おじいさんが帰った後、お昼の時間になり二人で歩いていると、向かい側からナースが歩いてやってきた。
「もーう、私の事は美希って呼んでって言ったでしょ?」
「そうでしたっけ?」
もちろんそんなことは初めて言われたのだが雪は気付かない。隣にいる真姫ちゃんの事も。
「誰?」
クイクイと、服の裾を引っ張られ尋ねられる。
「先輩だよ。看護師の仕事を教えてもらったりしてたんだ」
「そうなの。それよりこの後お昼でもどう?」
普通、奥さんが隣にいる状況で、こんな誘いはしない。完全にあてつけだった。
「そうですね。あ、じゃあ三人で行く?」
そんなこと考えもしない雪は、真姫ちゃんに振る。
「私はいいわよ、二人で行ってくれば」
「そっか、じゃあ行ってくるね」
「え?」
真姫ちゃんは、当然自分を優先するものと思っていたのだが、そこは雪。言われた言葉の裏など気にせず、そのまま受け取ってしまう。
そして、本当に二人で行ってしまった。
「な、なによ・・・」
雪がそういう人物であると知っていたのに、軽率な行動をとってしまったことと雪への怒りでその場で立ち尽くしてしまう。
しかし、このまま二人で行かせてしまうと、何されるかわからない。主に雪が。女の勘であの美希とかいう女が、普通の女じゃない事は分かった。
なのでこっそりと二人の後をついていくことにする。サングラスをかけて。
入ったのはカレー屋さん。
真姫ちゃんも後ろからばれないように細心の注意を払いながらお店へ入店する。
遠くに座ったので、話し声は聞こえない。だが仲睦まじくおしゃべりをしていて楽しそうなのは、傍から見てもわかった。
何とか聞く方法はないか模索していたのだがその方法は発見できず、二人は店を後にしてしまう。
「じゃあ、メアド交換して」
「いいですよ」
なんとか出口に隠れて、二人が交換しているのだけは聞き取れた。
「それじゃ、今日は、この辺で。またね」
「はい、また」
楽しそうに手を振る雪を見てもやもやが濃くなっていった。
その日の夜。所用で遅くなると、雪はパソコンを開いて何かの動画を見ていた。
「何見てるの?」
「あ、真姫ちゃん。お、おかえり」
なぜか動揺する雪に、お昼の事もあり不審に思った真姫ちゃんはパソコンを強引に見る。
「ちょっと、見せなさいって」
そうしてパソコンに映っていたのは、昔、高校生の頃やっていたスクールアイドル。ミューズのライブ映像だった。
「――――――なんでこんなの」
「いや、たまたま見つけちゃって、懐かしいなーって」
懐かしい。確かに懐かしい。だがその映像は真姫ちゃんの奥にしまっておいたある感情も呼び起こす。加えて今日の出来事により、真姫ちゃんは自分に歯止めが利かなくなっていた。
「・・・なんで私だったの?」
「え?」
「だって、あんなにみんなあなたの事好きだった。選ぼうと思ったら私以外だって選べたでしょ?それなのに、なんでこんなめんどくさいの選んだのよ」
顔はうつむいてまともに相手を見れない。めんどくさい事を言っている自覚はあった。それでも聞かずにはいられない。
「うーん、選んだっていう気はないんだけど、そうだね。強いて言うなら真姫ちゃんが好きだからだよ」
「嘘」
「嘘じゃないよ。嘘だったらここにいない」
静かで、だけど力強い言葉に、真姫ちゃんの顔を上がる。
「じゃあ、あの女は?」
「女?女って、美希のこと?」
「ほら!美希なんて呼び捨てにするくらい仲良いんでしょ?」
「いや、仕事を教えてもらってるだけだよ」
「じゃあライン見せてよ」
そういうが早いか、真姫ちゃんは雪の携帯をとり、ラインを見る。内容を見ると、どうやら雪は狙われているらしいということが分かった。きっと本人に自覚はないんだろうけど。
「もうこの女に近づかないで」
気づくと、真姫ちゃんは泣きじゃくっていたが本人は気にせず続ける。
「わ、わかった。とにかく涙拭いて」
剣幕に押されたのか頷く雪。
「うん」
そういうと雪が着ているシャツで涙をふく。
そうしてようやく落ち着いた後に、これは私が何とかするしかないと思う真姫ちゃんは、一つの行動に出ることにした。
翌日、真姫ちゃんが行動する前に、すでに先手を打たれる。
「ねぇ、雪君。私とも良いことしよっか」
はだけるナース服。覗く肌色。雪は今、押し倒されていた。
「なるほど、近づくなとはそういう意味だったのか」
ようやく合点がいく。しかし、時すでに遅く、どんどんと顔と顔の距離が近くなる。
後数センチといったところでしかし、雪が相手の肩に手を置き一気に上下が逆になる。
「あら、雪君はこっちのほうがお好みかしら」
「すいません先輩。真姫ちゃんに怒られちゃうんで」
そういうと、すぐに乱れた衣服を整えて仕事場へと戻って行く。まるで何事もなかったかのように。
「あれ?」
残っているのは、着衣が乱れた美希だけであった。
「なんなのよ」
ずんずんと廊下を歩きながら不満を呟く。後少しのところだったのに、邪魔をされた。西木野真姫に。彼女が来るまでは美希がこの医院の人気者であった。しかし彼女が来てからそれがあっさりと崩れたことに多少の不満を感じていた。
ならばと、今度は直接宣戦布告をしてやろうと、彼女を探している最中。偶然にも彼女もまた、美希に用があった。
「あら、西木野さんじゃない。ちょっとあっちでお話ししない?」
先ほどの表情から声音からころりといつもの調子に戻す。
「あら、奇遇ね。私も用事があるの。あなたに」
ナースステーションの一角、誰にも見られないであろう場所に二人が入って行く。
「あのね、あなたの旦那さんだけど――――――――――――」
美希が言い始めようとする瞬間。真姫ちゃんが壁に手をぶつけて阻止する。そしてそのままの体勢で真姫ちゃんが告げる。
「あの人は、雪は私のものだから、だから手を出さないでもらえる?」
「・・・・物扱い?それってちょっとひどいんじゃない?」
「ひどくないわ。だって雪の笑顔も言葉も愛情も、全部私のものだから。何一つ、あなたにはあげないわ」
「―――――――っ!!」
ひどく真剣な顔に恐怖を感じて、そのままずるずるとその場に座り込んでしまう。
その様子を見届けて、真姫ちゃんはすたすたと歩いていく。まるで何事もなかったかのように。
「あれ、真姫ちゃん」
ちょうどナースステーションを出た瞬間。バッタリと雪に会う。
「ふふっ♪ちょっと耳貸して」
雪は言われた通り真姫ちゃんに顔を近づける。
すると、思いっきりチューされた。
「これで、あなたは私のものだから」
にっこりとほほ笑む。首筋には赤い赤いキスマークが。
「ははっ。こりゃまいった」
「あら、どうしてまいるの?」
「いや、大人っぽくなったなと思ったんだ。外見は」
「何それ、意味わかんない」
二人仲良く談笑しながら、愛が深まった、そんな出来事だった。
どうも高宮です。
思ったよりぎりぎりってかやばい。いがいと長くなっちゃったのが拍車をかけた。
とりあえず真姫ちゃんハッピーバースデー!!愛してるー!!!
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後悔はいつだって後からやってくる。
「お姉ちゃん!!」
傍にいた雪穂が、倒れた穂乃果に駆け寄る。周囲がどうしたことかとざわざわし始め、ミューズの他のメンバーも、穂乃果に駆け寄った。
亜里沙ちゃんが先生を呼んでくると言い残し、それに他の生徒も何人か続いた。
冷たい雨が降りしきる中、依然として屋上は緊張感に包まれている。
・・・・・俺以外は。
皆が各々にできる最善を尽くそうとしている。真姫ちゃんと海未と花陽がお客さんに説明しているし、絵里先輩は穂乃果を裏に連れていく。他のみんなはこれからどうするかを話し合っているようだった。
けど、俺は――――――――。
俺だけは、未だその場から一歩も動けないでいた。
――――――穂乃果が倒れた?
―――――なんで?―――――――――――――――――――――――――ライブは?
俺は何をすれば?――――――何かしていいのか?――――――今まで何もしなかったのに?――――――あんなに頑張っていたのに―――――――――いや、頑張っていたから?
サインはあった。けどまた、何にもできなかった――――――――――――――――いや、そもそも何かしようなどと図々しいのでは。―――――――――――――――――――けど穂乃果が倒れてるんだ。行かないと。――-――――行ってどうする。
汚くて何にもできないこんな俺なんか。―――――――――――結局。役には立たない――――――――。
ぐるぐると、考えが巡り、巡る。虚空を見つめていると、海未と目が合う。なぜか気まずくて気づくと、屋上から飛び出していた。恥ずかしかった。何にもなれない自分が。何の力にもなれない自分が。どうしようもなく恥ずかしくて、いたたまれなくなった。
ずぶ濡れとなった髪が、シャツが、ズボンが、靴が、肌に不快にまとわりつく。それらを振り払うように懸命に走る。途中、先生を呼びに行っていたであろうあの三人娘と亜里沙ちゃんに見つかるも無視して走る。
走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。
走って走って、肺の中の空気をぜんとっかえして、それでもまだ足りなくて、空っぽにして。走り過ぎておぼつかない足が靴ひもを踏んだ。不様にこける。口の中に泥を盛大に含んでしまい、苦みが広がる。とっさに唾と共に吐く。泥にまみれた姿は惨めなものだったろう。それでも気にせずに走る。走ったその先に待っているものなどありはしないというのに。
ここがどこかもわからない。道など考えていない。どこにいくかもわからない。行くあてもない。打ちつけてくる雨に目も開けられない。鼻は呼吸をすることを忘れ、手足は千切れそうになる。それでも走った。自らの犯した過ちを悔いるかのように、詫びるかのように。誰に届けるわけでもなく、ただひたすらに走った。
走って、走って、走り疲れて。やがて足は言うことを聞かなくなる。足だけじゃなく、手も、脳も、肺も、すべてが自分と乖離していくようで、自分の意思から離れていくような感覚。
そしてやがて意識さえも自らの手から、滑り落ちた。
甘い匂いに目が覚める。知らない天井だった。
いや、よくよく見て見れば、見覚えがある。
「あ、起きた?」
未だ自分のものとは思えない状態の上体を無理やり引き起こし、声のするほうを見やる。
そこにいたのは、これもまた見覚えのある人だった。長い黒髪をアップテンポにまとめ、端正な顔立ちから光る鋭い切れ長の眼はけだるさに満ちていた。
数秒間、顔を見つめてああと合点がいく。この人はお隣さんだ。といっても顔を見ればあいさつする程度で深く話をしたことはない。なんでもお水の商売をやっているらしいことは、大家さんから聞いたことがある。
「あんた運がよかったわね。橋の上で倒れていたのをたまたま見つけたの。それでここまでおぶってきたのよ」
不満げに事の顛末を話すお隣さんは疲れたといった様子で肩をまわす。
どうやら意識を失っていたらしい。そこでようやく自分がベットに寝させられている事に気づく。どうやらここはお隣さんの家の様だ。どうりで天井に見覚えがあると思った。
運が良かった。先ほどお隣さんはそう言っていた。はたして本当にそうだろうか。あのままくたばっていたほうが良かったんじゃないか。段々と意識が覚醒していくにしたがい、頭をもたげるのは疑問の渦。そして、はっきりと頭の裏側に穂乃果の倒れていく映像がこびりつくように映し出されている。
もっと、練習に顔を出していれば。穂乃果の異変に気が付いていれば。もっと俺に周りを見渡すことができたなら。もっと俺が誰かの話に耳を傾けていれば。もっと―――――――もっと――――――――。
そうしていれば、もっと俺は幸せになれたのだろうか。あの父親からも、もっと―――――――――。
考えても仕方ない。分かってはいる。分かってはいるのだが、それでも考えてしまう。
なんだか以前にも同じような事を考えていた気がする。その時はどうしたのだっただろう。
思い出せずにいると小さな頃の、穂乃果に怪我をさせてしまったことが頭の中に浮かび上がる。もう泣かせないと決めた日の事を、もう傷つけないと誓った日の事を。
「どうした?頭でも痛い?」
気づくと、お隣さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「ほら、ミルクココア。これ飲んで落ち着きなさい」
マグカップになみなみと注ぎこまれたココアを受け取る。先ほどの甘い匂いの正体はこれだったのか。
湯気をフーフーと冷ましながら、ちびちびと口をつける。
「誓い破っちゃったな」
ずっと守ってきた誓い。どれだけ人を欺こうとも、それだけは守っていた。守りたかった誓い。
「それで、なんであんなところに倒れてたの?」
お隣さんがやれやれといった様子で訪ねてくる。
「それは――――――――」
この人に言ったところで、事態が好転するわけでもない。ましてや穂乃果が元気になることも。
そう思って、口をつぐんでしまう。するとそんな俺の心の中を察したのか、いらいらした口調で責められた。
「あのね!そんな聞いてほしそうなオーラムンムンに出して、言い渋るんじゃないわよ!さっさとしゃべれ!」
「・・・聞いてほしそうなオーラなんて出してないです」
心外な事を言われたので少し腹が立つ。
「出してんのよ現在進行形で。ナウよナウ!」
いいからしゃべれと、有無を言わさない圧力をかけられ、仕方なく。仕方なく
「ふーん。つまり幼馴染が頑張りすぎて、倒れて。それを過去のトラウマも手伝ってあなたは責任を感じていると。これからどう関わって行けばいいか悩んでるのね」
うまく整理して喋れなかったので、代わりに簡単にまとめてくれる。簡単すぎる気もするけれど。
しかしこうして簡潔にまとめられると、自分がいかに器の小さな人間なのか分かってしまって、余計落ち込む。
「お姉さんに言わせると「お姉さん?」」
思わず口に出てしまった疑問が気に入らなかったらしく、頭をたたかれる。グーで。
「い、痛い。なにするんですか!?」
「あなたが失礼なことを言うからよ。自分の発言には責任を持ちなさい」
やってることはひどいが、言ってることは正しく思えたのでおとなしく黙った。
「そんなに悩むくらいなら、いっそのこと切っちゃえば?その関係性」
お隣さんが、とんでもないことを口走る。
「そんなの!-――――――」
「切れないって言うんならそれでもいいのよ。あなたにとってその子たちはそれほど大事ってことなんでしょう。でも大事に思ってたものでもいざ捨てて見ると、それほど重要なものでもないって気づくこともある。断捨離って知ってる?」
お隣さんの問いに静かにうなずく。つまり断捨離とは、物への執着を捨て、ストレスや悩みも同時に捨てようというものだ。確かに固執している、俺は彼女らに。
「でも、最初に誓ったんです。俺は何にもできないから、せめて見ていようって」
「で?見ていてこういう事態になったわけでしょ?」
「――――――――っ!!!」
ぐっと唇を噛みしめる。そうだ、その通りだ。見ていて何が変わっただろう。ミューズにとって何かのためになっただろうか。ただの自己満足で終わってしまっていたんだ。見ているからと、それだけで何かをした気になって満足してしまっていた。
誓いだってそうだ。もうすでにいちばん古く、一番大事にしていた誓いは破ってしまった。いまさら一つ守ったところで、最早意味などない。
「関わるのをやめる・・・・・」
「まぁ、最終的に決めるのはあなたよ。ただ、頭空っぽにして、本能の声を聞くのもいいんじゃないかしら?」
本能の声。俺はいったい、何がしたいのだろう。何がしたかったのだろう。そもそもなぜここまで彼女らに固執するのか。幼馴染だから。それもある。頼まれたから。それもある。ミューズのファンだから。それもある。でも、それはアライズだって同じ。けど、俺はミューズをとった。あの時、足が傾いたのは、ミューズだった。
分からなかった。なにかパズルのピースがひとかけらだけ、なくしているようで。もやもやする。
「あ!バイト・・・」
なんとなしに、時計を見て見るともうすでにバイトが始まる時間だった。それもあの班長のバイトだ。
「なに?バイトなんて休みなさい。その体じゃ無理でしょ」
「いや、行きます」
ありがとうございましたとお礼を言って、それでも引き留めるお隣さんだったけど無理やり家を後にした。
だってあのバイト先には弱みがある。詐欺だとわかってそれでも雇ってもらっているのだ。それにまだやり始めて日も浅い。ここで欠勤したらクビになりかねない。
バイト先について、まず真っ先に遅れたことを謝った。すると煙草をふかしつつ真面目な顔をした班長から拳骨を貰う。これで今日拳骨を貰うのは二度目だ。
「さっさと支度しろ」
ぶっきらぼうに言う班長の背中を追っかけて、仕事場に戻る。けれど、頭ではやれると思っても、体はついてこない。ぼろぼろの体には流石にしんどくて、普段ではありえないようなミスを連発した。
「おい!新入りしっかり働け!!」
「・・・すいません」
額の汗をぬぐう。これ以上のミスは許されない。俺のような人物がミスをするのは現場にも悪影響だ。俺はしっかりと仕事をして初めて、存在できる。しかし、そう思えば思うほど、ミスは出てしまう。
「・・・・・・・・・・・お前もう今日は帰れ」
「え?でも、まだ一時間も経ってない―――――――」
「今のお前じゃ足手まといなんだよ」
こちらに背を向けたまま、冷やかに告げる。足手まといだと。そうして俺の代わりに、班長はさっさと現場に行ってしまう。
そこからは何も言えなくて、奥歯を噛みしめながら、帰る支度を済ませて大して何もしてないはずの体を引きずって、帰路についた。
その途中に、幸い時間は出来てしまったので考える。いや、本当はバイト中にも頭の片隅にあった。それで余計ミスが出たんだ。思えばきっとミューズにとっても、俺はそうだったんじゃないだろうか。足手まといだったのではないだろうか。
そんなことないとは、もう否定できなかった。否定する証拠は見つからなかった。
そしてもう一つ気づく。もう答えが出ていることに。
丁度、家の前についた。考えにはもう決着がついてしまった。本能の声に、耳を傾けるけど、やっぱり聞こえない。
階段を上がり、玄関の眼の前に不自然にマグカップが置いてあることに気づく。
そのマグカップにはどうやら先ほど俺が飲んだものが、ミルクココアが注がれている。そしてマグカップを重しにして手紙も共にあった。
「疲れた時には甘いもの!さっきより甘くしておいた。PS私はもう仕事に行くから洗って後日返せ」
静かな字で、けれどしっかりと書かれてある文面を読む。お節介振りに思わず笑ってしまった。
あの人はなぜここまでしてくれるのだろう。ただ単に同情したのか。ほっとけなかったのか。ただのご近所づきあいにしてはやり過ぎだろう。
すっかり冷めてしまったミルクココアを一気に飲みほす。なるほど、確かに甘い。ぼろぼろの体中に染み渡り脳がとろけそうになる。しかし、そんな甘さとは正反対に考えは苦みを増していく。マグカップの底に残ったかすを見つめながら、再度、幾度も幾度もゼロから考えたけど、やっぱり答えは変わらなかった。
―――――――――――――――ミューズと、みんなと関わるのをやめよう、と。
どうも、リトルバスターズ高宮です。
ぶっちゃけサブタイと後書きに一番時間かかってる気がします。
ネーミングセンスが欲しいよシェンロン。7つのゴールデンボールなら集めるから。
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ひび割れたガラス
雪が一つの決心を決めてから数日後。
「今回は申し訳ありませんでした」
きれいな金髪を頭から下げるのは絵里。最上級生で生徒会長でもある絵里は倒れた穂乃果の事を多少なりとも責任を感じているのだろう。後ろには他のミューズのメンバーの姿も見える。
「何言ってるの?あなた達のせいじゃないわ。どうせあの子が一人で気負い過ぎたんでしょ。昔からちっとも変わんないだから」
しかしそれを店のカウンターで笑いながら否定するのは、穂乃果の母親。穂乃果のお店は平日の夕方ということもありお客は少ない。
「それより上がって行って。きっと穂乃果退屈してると思うから」
指で上の階をさす穂乃果の母親に、一言謝辞を述べ、上がって行く。流石に八人は狭いので今回は三年生と幼馴染である二年生が上がることになった。一年生である三人は店の前で待機する。
「穂乃果」
ノックをして扉を開けた。
「海未ちゃん!」
ベットに横たわっていた穂乃果は、みんなが来るとすぐさま起き上がった。勢い余って額にはった冷えピタがとれかける。
「もう起き上がっていいの?」
「ことりちゃんも!うん、もう熱は下がったから。ほら!プリン三つ食べていいって」
冷えピタを直しながら笑顔でプリンを掲げる穂乃果。
「元気そうやね」
後に続いた希が微笑む。
「ほんと心配して損した」
「・・・・ごめんね、にこちゃん。みんなも。せっかく最高のライブになりそうだったのに」
見るからに気落ちする穂乃果に絵里が言葉を返す。
「あなたのせいじゃない。気付けなかった私たちも悪いわ」
「でも・・・・」
その顔は、明らかに責任を感じていた。いまだ納得していない表情を見せる穂乃果だが、何かに気づいたのか、あっと声を上げる。
「じゃあさ、埋め合わせって言うわけじゃないけど、ライブしようよ!まだラブライブまでぎりぎり時間はあるし――――――――」
その途中で、皆の空気が重くなったのに気がつく。その様子を不審に思いみんなの神妙な面持ちの顔を見上げた。
「どうしたの?」
「・・・・・穂乃果。私たちはもうラブライブに参加しない。理事長に言われたの、こういう事態を招くためにアイドル活動を認めたわけじゃないって、管理ができていなかったんじゃなかったのかって」
絵里の言葉を海未が引き継ぐ。
「だから、ラブライブのランキングに、もうミューズの名前はないんです」
「・・・・・・・え?」
つまり、ラブライブ参加を辞退したということ。
呆けたような表情を見せる穂乃果に、他のメンバーも重々しい表情になる。それもそうだろう。これまで頑張ってきたのはラブライブに出場して、学校を存続させるためだったのだから。そのために、朝早くから起きて、練習して、放課後も時間を費やして。友達と遊びに行くことも減り、合宿へも行って。一日中、いやラブライブを目指そうと決めてからこれまで、ラブライブの事が、アイドル活動が、生活の中心となっていた。
そうやってようやく、その背中が、ラブライブ出場への尻尾がつかめそうだったというのに。
「――――――――――私のせいだ」
頭を抱え込む穂乃果。重々しい口調で自らを責める。
「それは違うわ。確かに、体調管理を怠った穂乃果も悪いけど、それに気付かなかった私たちも悪い。誰のせいでもない、みんなのせいなのよ」
「でも!私が倒れたりしなければ、調子に乗っていなければ、ラブライブに出られたのに・・・・」
絵里の言葉は、穂乃果には届かない。でも、やもしもなんていう言葉は、この世界では意味がない。それを言ったところで、過去がなかったことになることも、改竄されることもないからだ。ただ一つ、タイムマシンもタイムスリップもできない現代人ができることは、次、同じ失敗を繰り返さないことくらい。ただし、次があればの話だが。次も同じ状況だったのならの話だが。
「そんなこと言ってもしょうがないでしょ」
にこちゃんが窓の景色を見ながら、声だけはことさら明るく諭す。
重くなった空気。そこでそういえばと思い出したように海未ちゃんが穂乃果に質問した。
「そういえば、雪は、お見まいに来ましたか?」
「雪ちゃん?いや、来てないけど・・・」
「ていうか、よくよく考えたらここ何週間かあいつとまともに会って話もしてないんだけど」
不服そうに口をとがらせるにこちゃん。
「そういえばそうやね、最後に会ったのは・・・・・・・合宿?」
「いや、練習に一回顔を出してたよ?」
「文化祭のライブには来てたわよね?」
皆が記憶をさかのぼる。しかしなぜそんな質問をするのか不思議に思った絵里が海未に訪ねる。
「でもなんでそんなこと聞くの?」
「・・・・・・いえ、ちょっと気になったものでしたから」
海未の頭の中にあるのは、ライブの日、穂乃果が倒れた瞬間にいた雪の表情だった。不安げに揺れ動くその顔は雨に濡れていて、ひどく印象的だったのだ。揺れ動く瞳と目があった瞬間、走り去って行ってしまったが何かを抱え込んでいるような気がした。今の穂乃果や、
海未の言葉を最後に、穂乃果の部屋は沈黙に包まれた。狭い部屋にさまざまな感情が入り乱れる。
「今日は、もう帰りましょうか」
その言葉に皆が頷き、穂乃果の部屋を後にする。
電車が通って行く音が響き渡る橋の上で、空を見上げているのはにこちゃん。傍には一年生組がいる。穂乃果にラブライブ出場を辞退したということを告げたと報告したのだ。
「そっか、穂乃果ちゃんやっぱり落ち込むよね」
「まだ黙ってるのかと思ってたけど」
「いずれわかるんだから黙ってたってしょうがないでしょ」
一年生組が言葉を交わす。その傍で依然、空を見上げながら誰に聞かせるわけでもなくにこちゃんがつぶやく。
「・・・・・・もうちょっとだったのにな」
そんな、にこちゃんの横顔を見ながら、三人もまた同様に、空を見上げた。すぐそこにあるかに思えた空を。しかし、決して届かない空を。
みんなが帰って、一人になった穂乃果の部屋。
ベットの上には一台のパソコン。液晶が無慈悲にも映し出しているのはサイトのランキング。絵里や海未の言うとおりそこには冷酷なまでの現実が、ミューズという名前が、消えていた。
「お姉ちゃんー、今日はご飯下で食べるの?」
階段を上がってくるのは雪穂。返事がないのを気にして扉を開けようとする。しかし隙間を開けることで漏れ出てくる嗚咽。
そこで気づく。姉が声を押し殺して泣いていることに。
見ているものを笑顔にする、かつてにこちゃんはアイドルの事をそう断言した。しかし、目の前で泣いているのは、苦痛に顔をゆがませているのは、もうアイドルではなく、ただの少女であった。
同じ時、部屋の荷造りをしながらことりはあることをいつ親友に吐露するか迷っていた。あと二人の親友に。それぞれ特別な親友に。
もう決断の時は過ぎ、事後報告にしかならないと知りながら。
そして、親友が唯一打ち明けた悩みを知る海未は、最後の幼馴染に電話する。色々なことが積み重なり、一人ではどうしようもないと判断したからだ。
いつだって、彼は彼女の味方をして、彼女を受け入れてくれた。
きっと今回もそうやってどうしたらいいか相談を受けてくれると思っていた。そして彼の相談にも。
いつも助けてもらっていた。心の支えになってもらっていた。その彼が少しおかしいと気付いた。
「・・・・・・・出ない」
何度もコールしているものの、一向に出る気配がない。もう一度コールをする。一度・・二度・・・三度・・・・そして留守番電話に切り替わる。仕方ないのでメッセージを残し、メールを打つ。
しかし、そのメールはもう、彼には届いていない。
熱も下がった穂乃果が登校できるようになって数日が経っていた。
そしてようやく今日から、ミューズの練習が再開されることになっている。
学校の前の階段を登る途中、ふと一つのポスターが目に留まる。そのポスターはラブライブの宣伝ポスターだった。映っているのはアライズ。
そのポスターをじっと見つめる穂乃果。一緒に登校していたことりは、その背中を見て声をかけようとする。
「・・・・・穂乃果ちゃん、あのね」
しかし、何かを伝えようとすることりに穂乃果は気付かない。穂乃果の意識は完全にポスターに注がれていた。
その様子を、たまたま通りがかった三年生三人が呆れた様子で見つめる。
「あの子復帰してからずっとあの調子じゃない」
希!と一声かけるにこちゃん。
「任せといて」
そう宣言して、両手をわきわきさせながら悪い笑みを浮かべる希は、そのまま穂乃果の後ろにくっつく。そして穂乃果のお胸を思いっきりわしわしした。
「の、希ちゃん!」
びっくりした様子の穂乃果は、それでもなおわしわしを続ける犯人の名前を呼んだ。
「穂乃果ちゃん、そんなぼーっとしてたらわしわしマックスやで?」
「や、やめてー!」
「そうそう、そうやって元気にしてたら誰も気にしないわ」
「え、絵里ちゃん」
「それとも、気にしてほしいの?」
「そういうわけじゃ・・・」
「それに、私たちの目標は、この学校を存続させることでしょ」
絵里が静かに学校を見つめる。その視線に、穂乃果も頷いて。穂乃果の表情に、段々と光がともる。淡い光が。
「おーい。穂乃果ー、昨日言ってたノートはー?」
「あ、今持ってく―。じゃ、私行くね」
階段を駆け上がって行く姿に、三人は安堵する。ようやくいつもの穂乃果が戻ってきたと。ただ一人、憂鬱な視線を彷徨わせることりを除いて。
「ゆ、夢じゃないよね?」
「夢じゃない」
「これって、つまり、学校存続ってこと!?」
朝のやり取りの数時間後。つまり放課後の練習もひと段落した時だった。一年生組の三人が、屋上に切羽詰まった様子で走ってきたので何事かと聞いてみると、どうやら渡り廊下に一枚の張り紙が張り出されているらしく、見て見ると、学校の存続が決定した旨を伝える張り紙だった。
「後輩ができるってことだにゃー」
「良かったね」
「ら、来年は分からないけどね」
みんな手と手を取り合い、それぞれの方法で最大限喜びを表す。なかには目に涙を浮かべて喜んでいる者も。
これで、ミューズの目的は、一応の達成を成し遂げたのである。
「あ!ことりちゃん」
一人、遅れてやってきたことりに、穂乃果は抱きつく。ことりは何事かと慌てていたがそれが学校の存続が決まったことを知ると、ことりの顔にもいつもの笑顔がともる。
「そうだ!雪ちゃんにも知らせなきゃ!」
穂乃果は早速携帯をとり出し、お気に入りに登録してある番号を呼び出す。
しかし、何度コールしても、出る気配はなかった。
「おっかしーなー、いつもはこの時間は出るのに」
「まぁ、また改めて電話しましょう」
「・・・・・・そうだね」
「打ち上げするにゃー」
「ええやん。あ、そんときに雪君は呼べばええんやない?なんならサプライズとか」
みんなで一通り盛り上がる。後日、部室で料理や飾り付けをして打ち上げをすることが瞬く間に決定し、そこに雪を招待しようということでわずか数分の打ち合わせは終了した。
そして校門の前、絵里の妹である亜里沙も、学校存続の報を聞きつけてやって来ていた。
「ホントに学校存続が決まったんですか?」
「ええ。つい先ほど」
海未の肯定の言葉を聞くと、満面の笑みが広がる。感情が勢い余って海未に抱きつくほどに。
「来年からよろしくお願いします!」
どうやら亜里沙の中ではもうすでに音ノ木坂に入学することが決定しているみたいだ。
「その前に。ちゃんと受験勉強しなきゃね」
「お姉ちゃん」
海未の後ろから現れた絵里に頭を撫でられる。
「あ!そういえば、雪さんは今いる?」
「雪?いないけど?」
なぜそんなことを?と絵里が目で問う。
「あ、ちょっと。ライブの日に傘もささずに凄い勢いで走り去って行くのが見えて、なんか変な雰囲気だったから。ああ、確か穂乃果さんが倒れた後だったと思うよ?」
先ほどまでの笑顔が曇る亜里沙。その様子を見て海未はより一層危機感を募らせる。電話に出ないことと、海未達の前に顔を見せないことと何か関係があるように思えて。
しかし、なにか良くないと思いつつも、何もできない。ただ忙しいというだけかもしれないと、タイミングが悪いのかもしれないとそう思い直した。胸にあるざわめきを押しこんで。
そして、日が暮れ、また昇り、その打ち上げパーティーが開かれる放課後。
「それじゃ、学校存続を祝して、カンパーイ」
「「「「「「「「カンパーイ」」」」」」」」
紙コップを掲げて乾杯の音頭を取るのは、部長でもあるにこちゃん。
簡易机を部室の真ん中に置き、その上には所狭しと料理が並べられている。
「ね?アイドル、やってよかったやろ?」
「―――――――――どうかな、私がいなくても、同じ結果になったようにも思うけど」
「そんなことないよ。ミューズは9人じゃなきゃだめやって、カードも告げてる。本当は雪君も・・・」
いなきゃだめなんやけどね、と小さな声で続きを口にした。
「―――――――うん」
絵里と希がそんな話をしている傍ら。にこちゃんが紙コップの中身を一気に飲み干すと、不満を露わにする。
「で、なんであいつ来ないのよ!?」
その不満に絵里が答える。
「電話したんだけどね。なんでか出ないのよ」
「凛もしたけど、同じだったにゃー」
「わ、私も」
おずおずといった様子で花陽も手を上げる。どうやら、全員連絡してみたものの誰にも応答はなかったようだ。
「いくらメールしても返信すら来ないし」
言いながら今一度、真姫ちゃんが携帯を取り出し電話するも、やはり出ない。
「もうー。せっかくのパーティーだって言うのに、雪ちゃんったら」
今度は穂乃果が、頬を膨らませながら不満を垂らす。
そんな中に加われない人が一人。そして傍にももう一人。
「言うと決めたのでしょう?」
「・・・・・・うん」
海未の催促に返事はするものの、それでもことりから言う気配は感じない。
「―――――――――――。」
このままじゃいけないと思った海未は、自らの口からことりの代弁をすることにした。
「みなさん、聞いてください。突然ですが、ことりは2週間後留学することになりました」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・・留学って」
突然の事に、皆自体が呑み込めていない。そんなみんなに、せきをきったかのように今度はことりの口から続きが発せられる。
「前から、服飾に興味があって、それでお母さんの知り合いがうちにこないかって」
俯くことりの声は、震えている。
「・・・・・なんで言ってくれなかったの?」
「穂乃果ちゃん・・・・・」
「学園祭でまとまっている時に、水を差すのは良くないと」
「海未ちゃんは知ってたんだ」
隣にいる海未に視線を向ける。だがその視線は合わない。
「行ったきりもう帰ってこないの?」
絵里が聞く。
「うん。少なくとも、高校卒業するまでは」
先ほどまで賑やかだった部室を、沈黙が支配する。
「分かんないよ。なんで言ってくれなかったの?私たち親友なのに」
重々しい雰囲気のなか穂乃果が口を開ける。しかしその内容は、この空気を変えるものではなかった。
「言おうと思ったよ?でも、穂乃果ちゃんがあんな風になって、雪君は忙しそうだったし。言いたかったよ?聞いてほしかったよ?穂乃果ちゃんにも、雪君にも。だって、私に初めてできた友達だもん。そんなの決まってるよ!」
そう言い残して、ことりは部室のドアを思い切り開け走り去って行ってしまう。その瞬間の顔は、泣いていた。
後日、昼休みに、穂乃果は机に突っ伏していた。すると絵里から声がかかる。ついて行ってみると屋上にみんな揃っていた。ことり以外は。
「みんなで話し合ったんだけど、やっぱり9人最後のライブをしようってことになって」
絵里が穂乃果に伝える。その声色も表情も明るいものだった。
「ことりちゃんの門出を祝うにゃー」
凛ちゃんもはしゃぐ。しかし、穂乃果の顔は優れない。
「――――――――私が、もう少し周りを見ていればこんなことにならなかった」
「・・・・・穂乃果ちゃん」
「それを言って、どうするの?誰も良い思いをしないし、意味なんてないわ」
「そうよ。ラブライブだって、また次があるじゃない」
絵里の言葉に真姫ちゃんが賛同する。
「次ってなに?出場してどうするの?もう学校は存続するのに」
それにと、穂乃果は言葉を続ける。
「アライズみたいになるなんて、いくら練習したって、無理だよ」
「――――――――それ本気で言ってんの?」
「やめて!!」
俯き、生気が感じられない穂乃果の顔に、にこちゃんが突っかかっていく。しかし、それを真姫ちゃんが止めた。
「あたしはあんたが本気でアイドル目指してるって思ったからミューズに入ろうって思ったのよ!ここに賭けようって思ったのよ!それをこんなところで諦めるの!?」
にこちゃんの叫びに穂乃果は答えない。
「―――――――――じゃあ穂乃果はいったいどうしたいの?」
代わりに絵里が問いかける。すると虚ろな目で俯いたままぼそりと呟いた。
「―――――――――――やめます」
その言葉は思ってもみないものだったのだろう。皆一様にあんぐりと口を開け面喰っている。
そんなみんなには一瞥もくれず、穂乃果はゆっくりと屋上から去って行こうとする。皆がショックで動けずにいると、一人、穂乃果の手を掴むものがいた。
そして――――――――。
パシッ!
屋上に乾いた音が、頬をたたいた音が虚しく響き渡る。
「あなたがそんな人だとは思いませんでした。―――――――最低です」
そして瞳に涙を浮かべ、ぐぐもった声で親友を否定した。
こうしてミューズは瓦解していった。
どうも一週間フレンズ高宮です。
もうゴールデンウィークですね。ぼーっとしてるとすぐ寿命が来てしまうような時の流れの速さ。これはもう異能と呼んでも差し支えないのでは?
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再生と輝き
携帯が着信が来た事を知らせる。しかし持ち主である俺がその携帯をとることはない。ここ数週間、その携帯が用途を満たすことはなかった。
もともとあまり使っていなかったのだが、ミューズとの関係を拒絶した今、携帯に触れる時間が目に見えて減った。それほど、俺の中でミューズが大きな割合を占めていたことの証拠なのだが。
最後のコールがやみ、着信が途切れる。ディスプレイには園田海未の文字。昨日あたりから、なぜだか着信が増えた。
「はい今授業中だからねー。没収だからねー」
「あ、・・・・すいません」
後ろから来ていた先生に携帯を取り上げられる。最近こういうことが多くなっている気がする。バイトでも、目に見えるミスは減ったものの、それでも前より仕事効率は悪くなっている。
ミューズのみんなと関わることをやめ、悩むことはなくなった。誰かについて頭を抱えることも、何かしようということもなくなった。
結果、日常は何事もなかったかのように廻っていく。まるであの日々が、夢であったかのように。
チャイムが鳴る。昼休みを知らせるチャイムだ。
「海田君!一緒におひる食べよ?」
「うん。いいよ」
この子とは最近一緒にお昼を食べるようになった。両サイドに綺麗に結ばれている黒いツインテールがにこちゃんに似ていると思った。関係ないけど。
「海田君さー、正直なところー、アライズのメンバーとはいったいどういう関係で?」
この子の話題の8割がアライズに関することだ。アライズがいかにかわいいか、他のアイドルに優れているかなど、いつも力説される。
「どういう関係って、うーん。練習見てるだけだよ」
アライズとどういう関係といわれても、一口には説明しづらい。
「練習見てる!?それってどういうこと!?もしかして海田君実は凄いダンサーとか!?」
ものすごい勢いで前のめりになりながら聞いてきた。まず口の中呑み込んでからしゃべろうか。
「そういうわけじゃなくて、なんでも緊張感を持たせたいんだって」
「緊張感、なるほど。トップアイドルたるもの、練習も創意工夫してるってことね」
納得してくれたのか、うんうん頷きながら椅子に座りなおしつつまたご飯をもぐもぐし出した。
「待って!?そこでなんで海田君なの!?なんで私じゃないの!?」
忙しい子だな。
「それは、たまたま補習で居残ってたらその教室がアライズの練習場所だっただけだよ」
「なるほど!じゃあ私も居残ればいいのか!」
そういうことじゃないと思います。普通に。
こうしてお昼休みに色々な話をするものの、大抵アライズの話しかしないけどそれはともかく、いつも心のどこかが埋まらなかった。いつも何かが足らなかった。それはいくらご飯を食べても、いくら暖かいベットで寝ても、いくら誰かと喋っていても、埋まらない何か。この気持ちに名前をつけるなら、いったいなんてつけるだろう。
「あ!やばいおひる終わっちゃう!」
予令のチャイムが鳴り、そこでいったん思考は途切れる。残ったパンをお茶で飲み込みながら、次の授業の準備をした。
「・・・・パンとお茶って合わないな」
今さらそんなことに気づきながら、俺は、何かが足りないひび割れた日常を過ごす。
そんな日常に唐突に変化がやってくる。
放課後、バイトに行く途中。
「――――――――海未」
「私が馬鹿でした。電話にもメールにも応答がないのなら、直接会いに行けば良かったんです。そしたら、もっと簡単だったのに」
校門で待ち伏せていたのは、幼馴染の海未だった。その険しい表情からただ事ではない雰囲気が伝わってくる。
何かあったのかと声を掛けそうになって、けれど思いとどまる。もう俺には関係ないことだ。久しぶりに会った緊張か、それとも険しい表情のせいか、気まずくて目が合わせられない。
そんな気持ちは、もちろん知る由もなく。海未は続きを口にする。
「ことりが、留学することになりました。もう戻ってきません」
「・・・・・・・・・え?」
突然の事に、思わず声が裏返った。ことりが留学する。確かに海未はそう言った。なんで?
「それだけじゃありません。ことりは、悩んでいたんです。穂乃果にもあなたにも相談しようとしたけど、できなくて。それに穂乃果がショックを受けて、ミューズを、アイドル活動をやめると言い出しました。もう学校は救ったのだからやる意味はないと」
「ちょ、ちょっとまって!?」
色々な情報が一気に出てきて頭がこんがらがる。
―――――――やめる?穂乃果がミューズを?
―――――――――それにことりも留学するって、もう会えないってこと? ――――――――いや、もう合わないと決めたのだから関係ない。
――――――ていうか学校救ったって何? ―――――――関係ないじゃんもう俺には――――――――そんなこと言ってる場合か―――――いやでも――――――
でも――――――でも――――――。
「やはり、メールも見てくれてないのですね」
そんな俺の迷いを見て、海未が物憂げに呟く。
「・・・・・それで、こんなとこまで来てなんでそれを俺に?」
とりあえず状況だけは分かり、落ち着く。しかし、口が開いて出てきた言葉は、そんなどうしようもない言葉だった。
「なんでって・・・・何とも思わないのですか?もうことりに会えなくなるのですよ?穂乃果がアイドルやめちゃうんですよ?」
海未の言葉が次第に熱を帯びていく。
「別にいいじゃないか。学校救ったってことは、存続したんでしょ?ならやめたっていいじゃん。学校を救おうとして救ったからやめる。何がおかしいの」
言ってて本心じゃないことはすぐに気がついた。そういう話じゃないということも。でも、一度口から出た言葉は、火がついたように止まらない。
「ことりだってそうだよ。ことりが自分で決めたことに、他人がとやかく言うことじゃない」
「・・・・・・他人って、それ本気で言ってるんですか」
「・・・・・・・・。」
視界に映る景色は、アスファルトから変わらない。なので今、海未がどんな表情をしているのか、分からなかった。
「あなたは、雪は、私にとって、いえ、私たちにとって大切な存在だと思ってました。でも、そう思ってたのは私たちだけだったんですね」
声が湿っていることに気づく、だけど、今さらもう、止まれなかった。
「・・・・・うるさい」
「え?」
「うるさいって言ってんだ!俺の気持ちも知らないくせに、好きかって言いやがって!お前らはいつも眩しすぎるんだよ!日向にいる奴が日蔭者の気持ちわかるかよ!!!」
「ううう、うるさいって何ですか!!」
「うるさいからうるさいって言ったんだバカ!!」
「ば、バカ!?こ、この!バカって言ったほうがバカなんですよ!!」
「黙れ!!小学生みたいな返ししやがって、そういうところがバカっていってんだよ頭でっかち!!いつも丁寧語で清楚ぶりやがってこの清楚ビッチが!!」
「な!!び、ビッチって、そんなことしたことありません!!」
「そんなこと言ってラブアローシュートとか観客の声援にこたえる自分とか隠れて妄想してたじゃんかよ!!このむっつり!!」
「むむむ、むっつり!!??」
「それとな!合宿の時水着で恥ずかしがってたけど誰もお前の貧相な体見てねえんだよ!希や絵里みたいになってから出直せ!!」
「あああ!!言った!!あなた言ってはいけないこと言いました!!それにあの時はそういうつもりで恥ずかしかったわけじゃありません!!」
「あといつもいつも上から物言ってきやがって、歳一つしか違わねぇのにお姉さんぶるんじゃねえ!むかつくんだよ!!」
そこでいったん、乱れた呼吸を整える。酸素が脳に行きわたって、ああ言ってしまったと、今まで我慢してたものが溢れ出てしまったと、後悔する。しかし、その後悔はもう遅い。
「とにかく!もう俺には、関係ないんだ。関係ないって決めたんだ!!」
気まずくなってまともに海未の顔も見れずに走り去る。
「ちょ、ちょっと雪!?」
「うるさい!追いかけてくるな!!」
大声で喧嘩してたからだろう。周りの生徒の好奇の視線が痛い。体に穴が開きそうだ。
そんな視線から逃れるべく、全力で走った。なんか最近走ってばっかだなと、的外れなことを思いつつ。
けど、前回と違い、今度はちゃんと目的地がある。バイト先という目的地が。ただし、あの班長のバイトという点では同じだ。
「おお?なんでそんな汗だくなのお前?」
「そんなのどうでもいいでしょ」
いつもは自転車なのに走ったから大粒の汗をかいた。距離もあって喉がざらつく。
「どうでもいいって、お前冷たいなー。冷たい奴には熱くなれるこれをやろう」
そういって手渡してきたのは松岡修造の日めくりカレンダーだった。
「いいぞーこれ、元気がもらえて熱くなれるぞ」
「いや、いらない」
自分の手に渡った瞬間投げ捨てる。
「おいおい、修造さんは丁寧に扱わないとまた今年の夏も記録的な猛暑になるぞ」
「いや別に修造さんが日本の天候操作してるわけじゃないからね」
ただのテニス上手いオジサンだよあの人。会ったことないけど。
「冗談だよ。本命はこっちだ」
ニタニタしながら机の下から一升のビンを差し出した。
「これ酒じゃねえか!」
何が本命だ。こっちのほうがよほど冗談だろ。
俺の正当な糾弾は意にも介さず、そこらにあった紙コップに酒を注ぐ。
「紙コップじゃ風情はないが、まあいいだろ」
「いや、その前に俺未成年なんですけど」
「あ?おかしいな、履歴書には20って書いてあったけど?」
「うぐっ・・・」
痛いところを突いてくる。これで飲むしかなくなった。飲まなければ未成年だと認めることになる。そうすればクビだ。
「ていうか仕事は?」
「今日は休みだよ」
「はあ!?」
じゃあなんで俺だけばっちりシフト入ってんだよ。
「ほら、喉乾いてんだろ」
「あんたそれでも大人か」
「ああ大人だね。大人ってのは意地汚いんだ。社会が意地汚いからな」
今の俺では一つの嫌味を返すので精いっぱいで、それすらも返されてしまったのだが、差し出された紙コップを受け取ってしまう。
こうなれば仕方ないと意を決し、紙コップを傾ける。
ついに、年齢詐称、労働基準法違法、だけでなく、飲酒もやってしまった。良い子は真似しないでね?本当だよ?
一気に飲んだからか、それとももともとの体質か、一気に体の内側から焼けるように熱くなってくる。
カーッとして頭の中がぼやける。
「それで、何があったんだ」
「何がって何です?」
「お前見てれば分かるよ。急に仕事できなくなりやがって、プライベートで何かあったんだろ?」
「班長には関係ないです」
「関係あります―。お前の上司ですー。仕事に影響出るんですー」
いいからさっさと話せ、とめんどくさそうな顔で言われる。少しムッとしたので全部言うことにした。
「―――――――幼馴染が、留学するんです。それで幼馴染がアイドル辞めちゃって、そしたら幼馴染が俺のとこ来て、喧嘩になって。そういえば、喧嘩したのなんて初めてだ」
「ちょっと待て待て、お前いったい何人幼馴染いんの?」
「あん?そんなの三人に決まってるじゃないですか。あれ?にこちゃんも入れれば四人か」
「いやそのにこちゃんってのは知らねーが、要するに何に悩んでんだお前は」
「何に?」
何に悩んでいたんだっけ?ぼやける頭で考える。確か最初は忙しくてなかなか会えなくて、それで、確か考えたんだ。俺がミューズにいる意味を。そしたらわかんなくなって、そしたら穂乃果が倒れて。俺がもっと注意してればって思って。注意してたら何かできたのかって思って、そういえば俺今まで何したっけって思って、何かの力になれたかなって、そして気づいたんだ、何の役にも立っていないクズだってことに。
「あ!お前それ俺の」
目の前にあった紙コップを再び傾ける。あれ?なんでもう一つあるんだ?ま、いいや。
「はぁ、そんで?お前はいったい何がしたいんだ?何がしたかったんだ?」
「それは決まってます。みんなの役に立ちたかった。みんなみたいになりたかった」
とっさに口に出た言葉に同意する。そうだ、みんなみたいになりたかったんだ。俺は。みんなみたいに見知らぬ誰かを勇気づけて、見知らぬ誰かを元気づけて、見知らぬ誰かを笑顔にしたかった。俺は、分不相応にも憧れたんだ。みんなに。みんなの強い光に。
ようやく、本能の声が聞こえた。
「何だよお前、俺がお節介するまでもなかったんじゃねーか」
「もう一杯」
「駄目だ。もう飲ませねえ。あ、後お前クビな」
「え!?なんで!!!」
「なんでってお前、ミス連発する奴雇い続けていけるほど、うちは裕福じゃねーのよ」
けど、と班長は言葉を続ける。
「けど、お前が問題を片つけてまた、働けるようになったら、そんときはまた来い。何度でも雇ってやるよ」
初めて見る優しい笑顔。きっと、この人の優しさにはずっと触れていた。それが今初めて顔を出したんだ。
「――――――――――はい」
不覚にも、泣きそうになった。これは酒のせいだ。絶対にそうだ。
「もう一杯」
「だからもう駄目だって、これ以上は俺のもんだ。ってつぶれてるしよ。まだ2杯しか飲んでねーよな」
最早最後の班長の言葉は聞こえなかったけど、きっとその顔は今までよりマシだった。
「あったまいてー」
ガンガンと中で鐘が鳴ってんじゃねーかってくらいガンガンする。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、うん大丈夫」
隣の子に心配されてしまう。いかん、昨日飲酒したことは何が何でも秘匿せねば。
というか昨日、何話したかあまり覚えていなかった。
唯一思いだせるのは、みんなに憧れていたことを気付いたくらい。いや、気づかないふりをしていただけで、本当はもっと早くに気づいてた。
それじゃ私帰るから戸締りよろしく、と隣の子が挨拶して帰って行く。辺りを見回すと、どうやら俺が最後の一人の様だ。
「え?もう放課後?」
気付かなかった。恐るべし二日酔い。そして気づかなかったことがもう一つある。あんじゅからメールが来ていたのだ。携帯を開き、大量にある未読メールから、あんじゅのものを見つけ出す。内容は、放課後、自分の教室で待っているようにということだった。
正直、がんがんする頭を引きずって今すぐ帰りたかったのだが、こんなわけ分からないメールの内容を確かめたくもあった。
待っている間、少しでも気分を回復しようと、窓際に移動すると、何かが落ちていることに気がつく。拾ってみると、煙草の箱だった。
「なんでこんなもんが」
クラスの誰かが、落としていったのか、それとも先生か。
箱の中身はまだ残っていた。吸ってしまおうかと痛む頭で考える。飲酒してしまったんだから一本くらい別にいいか、と。どうせなら、落ちるとこまで落ちようと。
「――――――――まっず」
幸いライターは持参していたので、それで火をつけ、吸って吐く。あまりのまずさに思いっきり喉に詰まってゲホゲホとむせた。
「――――――あんまり感心しないわね」
「おわっ!!」
煙草を吸っているという負い目からか、後ろから聞こえた声に過剰に反応してしまう。自分の声にズキズキと頭が痛む。
後ろにいたのは、ツバサさんだった。いたずらをしている子供を見つけたかのようににやにやしている。
「これは―――――――その拾って――――――」
慌てて箱を隠す。が、現場を押さえられてしまっては意味ない。ここでも、俺は中途半端だった。悪になってみようとしたが、所詮こんなものだ。
「そうなの?」
言いながら、隣まで来て、窓の外を見る。するとツバサさんが箱を取り上げて、自らも煙草を吸いだした。
「ちょ!なにやって――――――」
取り上げようとすると、ツバサさんも俺と同じく、ゲホゲホとむせる。
「まずいわねこれ」
「――――――――なに、やってんですか。アイドルなのに」
静かに煙草を取り上げ火を消す。気を使われているのが分かってしまい、余計辛い。
「あら、優しいのね。安心して、煙草なんて吸うの初めてだから。あ!これであなたに初めてを捧げるのは二回目ね♪」
晴れやかな笑顔。そんな笑顔を見てると、不思議と頭の痛みなんて忘れていて、やっぱりアイドルは凄いと、綺羅ツバサは凄いと、再認識した。
「それとね、あなたが何に悩んでいるのか、何を思っているのか、聞かないし聞く気もない。あなたがどう思ってようと、これからもあたしはあなたに関わり続ける。だから忘れないで。あなたの居場所はここにもあるから。だから安心して。振られたら私の胸で泣かせてあげるから。いつでも」
「それってどういう―――――――」
意味ですかと続けようとするも、ツバサさんは答える気がないようで教室から出て行ってしまう。代わりに現れたのは、絵里先輩だった。
「な!なんで学校内に!?」
「ふふん。生徒会長権限よ」
胸にかざすのはお客様であることを証明する証明カード。
「・・・・職権乱用じゃないですか」
きっと、ツバサさん達が呼んだのだろうと思う。それであのメールだったのだ。
「いいのよ、たまには」
優しい声。出会ったころとは違う、練習の時とも違う、きっと素の声だ。
ゆっくりと近づき、俺の携帯をとる。俺はとっさに煙草の箱を隠す。けれど、その手にはもうない事に気づいた。落ちたのかとも思い、辺りを目線だけで探すものの見当たらない。そこでようやくツバサさんが持って行ってくれたのだと分かった。ここでも自分に嫌悪感。
「なんで電話でないの?」
ポチポチといくつかボタンを押し、着信履歴を見せられる。そこには何百件もの不在着信が。
「それは―――――――」
ここまでお膳立てしてもらって、それでもなお言いだせない。打ち明けられらない。
「聞いた?明日、ことりが日本を立つの。このままじゃ、嫌な別れ方になるわ」
明日。明日ことりが日本を立つ。そしたらもう会えない。
急に現実味が増し、危機感が募る。
「雪は――――――――私たちのこと嫌い?」
悲しそうな笑顔で悲しい事を言う絵里先輩を見たら、意地もかっこつけもどこかに吹っ飛んだ。
「違うんです!そうじゃなくて、そうじゃなくて嫌いなのは自分なんです。俺は、非力で弱い人間だから。いつも日蔭に目を向けていたから、みんなの光は眩しくて、目が開けられなくて、よりいっそう劣等感が増したんだ。こんな俺なんかがって、みんなの強い光が俺を焦がしたんだ。だからより一層暗闇に目を向けて、見ていなかった。見守るって誓ったのに、見た振りをしてた」
みんなのことは大好きで、大好きだからこんなにも苦しいんだ。
でも、と続きを精一杯口にする。誰でもない、自分の言葉で。
「でも気付いたんです。俺はただみんなに憧れていたんだって。俺も日向に行きたかった。俺もみんなと対等に接してたかった。光になって、誰かを照らしていたかった。誰かに必要とされたかった。どんな些細なことでもいいから、みんなに!必要とされたかった!役に立ちたかった!」
気づくと、頬を涙が伝っていた。みると、絵里先輩も同じだった。二人とも不様で不恰好だった。
「馬鹿!そんなのもうとっくに役にたってるわよ!みんなあなたを必要としてるの!ただそこにいるだけで傍にいるだけで私たちは幸せなのに」
「それじゃ、駄目なんです!傍にいるだけじゃ、何もしないのは、俺が俺を納得できない!」
「何もしてなくなんかないわ!忘れたの?花陽を穂乃果の家まで引っ張って行ったのは誰?真姫と凛の背中を押したのは誰?私に勇気と、つまらない意地を取り去ってくれたのは、他でもないあなたでしょ!?そんなあなたが役に立ってないなんて言わせない!必要ないなんて、私たちが言わせない!!」
誰もいない教室に、二人のすすり泣く声が響く。
二人とも、涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
俺は、力になれていたのだろうか。絵里先輩の言うとおり役に立てていたのだろうか。必要とされていたのだろうか。
「あなたの価値をあなたが勝手に落とさないでよ」
泣き崩れる絵里先輩を目の当たりにして、ああそうかと、ようやく納得がいった。俺は日向に行きたくて、彼女たちみたいになりたくて、彼女たちを光そのものなんだと思ってた。けど違うんだ。彼女たちは人間なんだ。俺と変わることのない人間なんだ。泣くし、笑うし、悪口だって言うし、悪いことだってする。どうしようもない人間なんだ。そこに日蔭も日向も関係ない。俺は彼女たちをどこか偶像の様に、完璧だと思ってた。自分とは違う種族だと。けど違うんだ。そんな簡単であたりまえなことに、俺はここまでしないと気がつかなかった。とんだ大馬鹿野郎だ。
「すいません絵里先輩」
震えた声で、震えた指で、震えた腕で、絵里先輩を抱きかかえる。
「俺は、みんなにどう思われているか怖かったんです。実は嫌われてるんじゃないかって。でも、絵里先輩が証明してくれました。―――――――俺はちゃんと必要だったんですね?」
最早声も出ない絵里先輩は、それでも力強く首を縦に振った。
「俺は、一度逃げました。絵里先輩たちの事を突き放しました。忘れようと思いました。こんな最低な俺でも、もう一度、必要としてくれますか?」
「あたりまえよ!!だから自分の事を、私たちの大切な人を、最低なんて、そんな悲しい事言わないで」
俺は日向に行きたかった。けど、日陰から踏み出す一歩をためらっていた。だってあまりにも光がまぶしすぎるから。でもずっと見続けていれば、光はやがて慣れる。そして気づくんだ。日向も日蔭も大差ないということに。同じ、一つの世界だということに。
そこで、もう一つ気づく。埋まらない気持ちの正体を。俺はただ、寂しかったんだ。誰かに構って欲しかったんだ。まるで子供みたいに。
でも、そんな寂しさは俺の中にはもうない。誰かの中に俺がいると分かったから。俺を思ってくれる人が、いると分かったから。
さて、今からやるべきことが、やらなきゃいけないことが、山ほどある。間に合うだろうか。いや、間に合わせなければならない。間に合わなければ俺は償えない。そんな度胸俺にはない。
だから死に物狂いで頑張ろう。
割れたガラスは元に戻らないけど、けれど破片を集めて、また作り直すことはできる。もとの形には戻らないかもしれないけど、きっとそのガラスも、美しい。
どうもCCG高宮です。
話をまとめる力が欲しい。どうしてこうなった。一話にまとめるつもりだったのに。
次回で終わるかなこれ。
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自らの願い
ことりが日本を旅立つまで、後一日しかない。けれど、やらなければいけないことは山積みで、それを考えるとくじけそうになる。
もちろん、自分の責任で自業自得なのだけれど。
まずは一つ一つ、目の前の事からやって行こう。
「それで、どうするの?」
赤く目を腫らしながらも、落ち着いた声で訪ねてくるのは絵里先輩。
二人しかいない教室で、向かい合って今後の事を話しあっていた。
「まずは、さっき海未にひどいこと言っちゃったんで謝りたいんです。許してくれるかは分からないけど」
そして、穂乃果を説得する。このままお別れなんて、そんなの絶対だめだ。
「それなら、きっと大丈夫。心から話せばきっと伝わるわ。私も、海未も、みんなあなたの事が好きだから」
「―――――――俺もです。絵里先輩」
さっきまでの不安定さはもうない。猜疑心でいっぱいで、疑心暗鬼になっていた俺の心は、絵里先輩が晴らしてくれた。気づかせてくれた。俺は独りじゃないのだと。
気持ちが変わったわけじゃないけど、俺はまだ日向に憧れているけれど、そのままの俺を受け入れよう。日向に憧れる俺も、日陰で生きる俺も、どちらも俺だ。変わることも、変わらないことも、俺は俺を容認する。
携帯を操作して何百もある不在着信から、一番新しいものを引っ張り出した。もうしばらく使われていないはずなのに滑らかに動く携帯。
「――――――――――なんですか?」
凛としていて、まるで透明な青の様に、海の様に澄んだ声。先ほど聞いた声なのに、なぜかひどく懐かしく感じる。
久しぶりに、自分から電話をかけた緊張で、一瞬頭の中が真っ白になる。
深呼吸を、一回、二回。そして。
「海未。あのね、最初に出会った公園で今から待ってる。絶対に来て欲しい」
意識して、語尾を強める。きっと来てくれると信じて。願いを込めて。
「――――――――」
返事はなく、電話が途切れる。
けれど俺は確信した。海未が来てくれることを。なぜかは説明できないけれど、でも確信したんだ。
「それじゃ、絵里先輩、俺行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい。穂乃果とことりのこと、頼んだわよ」
優しく微笑む絵里先輩に見送られて、俺は俺の人生を変えた公園に向かった。
「やっぱり来てくれた」
「・・・・・・・」
公園に到着してわずか数分後。絶対に来てと呼び出した人物が顔を出す。
その顔は絵里先輩と同様に、目が厚ぼったくなっていて、何度もこすったような跡がついていた。
そんな顔をさせたのは、俺だ。
「――――――私、知らなかったんです。雪があんな風に考えていたなんて、何も知らなくて、それなのに―――――――私はあなたに色々と押しつけてしまっていた」
再び目に涙がたまって行くのを、今度はしっかりと両方の眼で捉えた。辛いけれど頭に焼き付ける。二度と忘れないように、同じ過ちを繰り返さないように。失敗した俺が出来ることはそれだけ。
「あの時言ったのは、本当の事だよ。俺は、みんなに憧れていたし、羨んでいたし、妬んでた。今でも、多分その気持ちはある。みんなと対等になりたいって気持ちが。でもね、それ以上に今はことりと離れたくない。穂乃果ともっと笑っていたい。みんなとまだ、同じ時を、同じ空間を過ごしたいんだ」
みんなと別れるのには、未練があって。その未練を後悔に変えたくない。
「それは、私も同じです。ことりと離れたくありません。雪に無視されたくありません。みんなでもっとアイドル続けたいです」
「うん。俺ももっとみんなのアイドル姿みたい!だからごめん!本当に貧乳って言ったことも謝る!」「それはホントに謝ってください!!」
気にしてるんですから!!と顔を真っ赤に染めて謝罪を求められる。なので誠心誠意謝った。これまでの事を洗いざらい全部。
そして、新たにこれからの事を誓う。今度は自分の中だけの閉じた誓いじゃなくて、声に出して、相手に伝える。
そこで一瞬、父親の事も話してしまおうかとも思った。けれどやめる。今は時間がない、ことりを止めることが最優先だ。
「聞いてくれ海未。俺は、昔ここで、穂乃果を傷つけてしまったときに誓ったんだ。もう二度と誰かを傷つけないって、もう二度と誰かを泣かせたりしないって」
「!!あれは雪のせいでは――――――」
「うん、今は分かる。でも俺が全く悪くないわけじゃない。だけどその誓いはもう破ってしまった。見届けるだけじゃダメなんだって思い知らされた。だからここに誓う。見知らぬ誰かじゃなくて、ミューズのみんなを、アライズのみんなを、大切な人を、傷つけないことを。日陰からもう一歩を踏みこむことを」
俺一人の、閉じた力じゃ誓いは守れなかった。だから今度は海未に頼ろう。みんなに頼ろう。道を違えようとしたら立ちふさがって止めてくれる。そんなみんなに。
「――――――じゃあ私も誓います。これからはもっともーっと、雪の事をちゃんと見ます。雪の手を引っ張ってもう二度と、離したりなんてしてあげません♪」
よかった。どうやら一つ俺は前に進めたみたいだ。
海未の晴れやかな笑顔を見てそう思った。
「それで?どうするんです?もう日も暮れてしまったことですし、ことりが日本を立つのは明日の午後ですよ?」
「うん。まずは穂乃果を説得する。そのためにはにこちゃん達にも力になってもら―――――――」
話の途中で、携帯が鳴る。それも二人同時にだ。
気になったので、話をいったん中断し、携帯に目を移す。どうやらメールを受信したようだった。差出人は穂乃果。
内容は、明日、講堂に来て欲しいという旨のものだった。見ると海未にも全く同じメールが送られている。
「これはいったいどういうことでしょう?」
「わからないけど、行かないわけにはいかないね」
海未と二人して眼を合わせる。辺りも薄暗くなっていったこともあり、明日講堂で再開することを約束した。
家に帰って、もう一つ、やれなければならないことを済ませる。
ずっと返せていなかった、お隣さんのマグカップ。今なら返せる。
マグカップを手に取りお隣へと向かう。向かうといっても文字通り隣なのだが。
今まではなんだかひどく億劫だったインターホンのボタンをいともたやすく押せた。
出勤前なのだろうか、出てきたのは会った時より全体的に若々しく、また目も生き生きとしたお隣さんだった。ぶっちゃけまるで別人のようだった。
「―――――――なんだ、ようやく返しに来たの?」
「―――――――はい」
手元に持っていたマグカップを見る。底に残っていたカスは綺麗さっぱり取れていた。
「なにかいいことあった?」
「―――――――はい」
「そう」
それだけ言うとお隣さんは満足そうな笑みを浮かべる。
「私のお節介も少しは役に立てた?」
「―――――――はい」
きっと、この人がいなければ今これほど晴れ渡ったすがすがしさは味わえていなかっただろう。あのときもし、自分をごまかして、だましだまし関わっていたら、きっと今ここにはいない。俺は本当に役立たずになるところだった。もちろんそれもすべて、明日ことりを引きとめられたらの話だが。
だから―――――「感謝してます」
その一言が言いたくて、今日今この瞬間、マグカップを返す。俺から感謝の言葉を聞くなんて予想していなかったのだろう。お隣さんは呆けた顔で、思わずマグカップを落としそうになる。
「――――――――そっか」
そう言ってお姉さんは家に引っ込む。数秒して再度出てきたとき、その右手にはマグカップではなく、一枚の紙が握られていた。
「これ、私の名刺。何かあったらここに電話して。あ、店に来てもいいわよ?サービスするから」
「だから、俺まだ未成年ですってば」
差し出された名刺を受取る。俺の周りの大人はもうちょっと俺の年齢を理解してほしいものだ。
この人がなぜ俺にここまでしてくれるのかは分からない。何か彼女なりの事情というものがあるのかもしれないし、ただの彼女の人となりなのかもしれない。
だけど、そんなもの何でもいいと思った。現実、俺は救われたのだから。そこに理由なんて野暮だ。
「それじゃ、お休みなさい」
「ええ、お休み」
お隣さんと、いや
そして朝がやってきた。また変わり映えのしない日常に戻るために、今日を過ごそう。
早速、メールを打つ。相手はあんじゅ。内容は、今日は学校途中でサボるからうまくごまかしといてくれというものだった。勤勉な学生であるところの俺としてはあるまじき行為である。
だけど、今日だけ。今日だけは、許してもらう。
「―――――はやっ」
メールを送ると瞬間的に返信が来た。
「頑張れ」
周りをきれいな絵文字でかわいくデコりながらも、内容はしっかりと伝わってくる。頑張れ、と。
あんじゅにことりの事は言っていない。それでも、何か感じ取ったのだろう。頑張れとその一言に、勇気をもらう。
またみんなで笑いあうために。
あんじゅにメールで送った通り、俺は昼休み前に抜け出して、音ノ木坂の講堂にいた。
音ノ木坂には絵里先輩がこっそり入れてくれた。またもや生徒会長権限だと言っていた。生徒会長さまさまだ。
本当に、絵里先輩には頭が上がらない。いや、他のみんなにもたくさんお礼を言わなければならない。そう、お礼を言うんだ。
講堂の扉を開く。するとそこにはもう、海未も、穂乃果もいた。
「良かった。来てくれたんだ雪ちゃん」
「・・・・穂乃果の願いなら聞かないわけにはいかないよ」
「さぁ、揃いましたよ。穂乃果」
「うん。――――――あのね、私、ここで初めてライブした時に思ったの。歌うこと、踊る事ってこんなに楽しいんだって。・・・・・アイドルって、こんなに楽しいんだって。だから諦めきれなかった。学校存続の為とかじゃなくて、私、アイドルがやりたいの!だからごめん!これからもいっぱい迷惑かけると思う!周りが見えずに一人で突っ走っちゃう事も!だけど私、アイドルがやりたいの!!」
精一杯、ステージで自分の言葉をつづる穂乃果。そんな穂乃果に、また俺も自分の言葉で返そう。
「穂乃果――――――大丈夫。穂乃果が周りを見れないときは、俺が見る。穂乃果が躓きそうになったら海未が支える。穂乃果が立ち止りそうになったらことりが背中を押す。逆もそうだ。だから大丈夫。俺らは独りじゃない」
そう、独りじゃないんだ。
「雪の言うとおりです。だから、穂乃果はそのまま走って、引っ張って行ってください。私たちがまだ見ぬ世界へ、連れて行ってください」
「―――――――海未ちゃん」
「だいたい穂乃果に迷惑かけられることなんて今に始まったことじゃありません」
「そうそう。何回穂乃果に教科書貸したことか。体操着貸したこともあったよ」
「私はノート担当でした。それでことりは穂乃果を起こす担当で――――――」「うわー!!もういいじゃん今その話は!」
顔を真っ赤にして抗議する穂乃果に海未と俺は笑う。つられて穂乃果も笑った。久しぶりに、三人で笑った。
だが、まだ足りない。
「さて、じゃあ最後の一人を迎えに行きますか」
「今から間に合うの?」
「ぎりぎりですね」
大丈夫、間に合うさ。世界は案外、都合良くできてんだ。
「ことり!!」
ほらね。間に合った。
ことりの名前を叫ぶ。空港で、今まさにフライトしようとしている周りの人が何事かとこちらを見るが、それでも気にしない。
急いできた所為か、呼吸が乱れ、頭がうまく働かない。ことりがもうすぐ行ってしまうという事実が、俺を焦らせ、脳をふやけさせる。
「雪、君」
ゆっくりと振り返ることりの腕を掴んで、まとまらない言葉をそれでも吐きだした。
「行くなよ。行かないでくれ!俺はもっとことりと一緒にいたい!留学はきっとことりの将来の為になるんだろうけど、そんなの知るか!俺の傍にいろ!俺の傍にいて、泣いて、笑って、怒ったり。そんな当たり前の事をしよう!一緒に!だから―――――――行くなよ!」
勝手なことを言っている。わがままなことを言っている。でもそれでいい。わがままも自分勝手な理由も、今だけは押しとおそう。貫こう。じゃないときっと、俺は後悔する。ことりが引き留まる理由になら、俺がなる。
俺の為に、行かないでくれよことり。
「――――――――雪君」
見上げた顔は、泣いていて。でもそれでも、ことりの足は動かない。もう一歩が、踏み出せない。
やはり、俺じゃダメなのか。日蔭者の俺じゃ。
いや、そうじゃない。そうじゃないと気付いただろ。
「ことりちゃん!!」
「―――――――――――穂乃果ちゃん!!」
遅れてやってきた穂乃果が、叫ぶ。他の誰でもない幼馴染の名前を。替えの効かない幼馴染の名前を。
どうやら、ヒーローは本当に遅れてやってくるんだそうだ。
もう片方の腕を、穂乃果が掴む。
「ことりちゃんダメ!行かないで!私、もっとことりちゃんとアイドルやってたいの!!みんなと一緒にアイドル続けたいの!!たとえいつか別れの日が来るとしても!!――――――だから、行かないで!」
ことりの眼の前に回り込み、抱きしめる穂乃果。後ろからは見えないけど、ことりの表情は、たやすく想像がついた。
「―――――ごめんね、穂乃果ちゃん。雪君。私、知ってた。自分の気持ち、知ってたのに」
震える声に、震える体に、穂乃果は、抱きしめる力を強くする。
これで、やっとミューズは一つになった。本当の意味で、一つに。
瓦解して、壊れて、それでも再生した。
「それじゃ早く行かないと、ライブに間に合わないよ!」
「え?ライブ?」
「そう今からライブだよことり」
今講堂には、ミューズのみんなが、衣装を着てスタンバっているはずだ。昨日、絵里先輩にお願いしておいた。
「でもどうやって学校に行くの?今から普通に行っても間に合わないんじゃ?」
「―――――――それは、ほら。あれだよあれ」
・・・・・・しまった!!!完全に行きの事しか考えていなかった。ことりを引きとめることにいっぱいいっぱいで帰りの事考えてなかった。俺の役立たず!
「おおおお、落ち着いて。落ち着いてどこでもドアを探そう」
「穂乃果ちゃんが落ち着いて」
やばい、どうしよう。このままじゃ、ライブが――――――。
あたふたしていると、不意に、後ろから声がかかる。
「よう。お困りの様だな。元従業員」
「は、班長ーー!!」
振り返ると、なぜかそこには、私服の班長。いや、元班長の姿が。
「なんでここに!」
「そんなことはどうでもいい。強いて言うなら作者の都合だ」「おい!!」
「この人だれ?」
穂乃果とことりが不安がって不審がっているので、説明しようとするも、元班長に止められる。
「まぁまて、お前ら急いでんだろ?乗ってきな」
くるくると手元でぶらつかせるのは、多分車のカギ。
「いいんですか?」「いいも悪いもねぇ、ほら急いでんだろ。早くしろ」
元班長に急かされる形で、三人とも車に乗り込む。
「ていうか、元班長。車の免許持ってたんですね」「いや、持ってない」
「は?」
一度も車に乗っているところなど見たことなかったからそう聞いたのだが、予想外すぎる答えが返ってきた。
「大丈夫。俺はゲーセンに行ってまず始めにするのは頭文字Dだから」「なにが大丈夫なのそれ!?」別に峠とかいかないからね!?
すでに発進してしまっている無免許運転車。かなり不安になる。無事につけるんだろうかと。
「大丈夫なんだよ。いいか、大事なのは自分のルールだ」
いや法律も十分大事だと思います。俺が言うのもなんですけどね!
「それで誰なの子の人?」
穂乃果が訝しんだ眼を送るので、弁明する。
「この人は、俺のバイト先の班長だよ」
「いや、今この時だけは、社長と呼べ」
あんたの中での違いが分からん。
「すごーい。社長さんなんですか?」「おうよ」
がっはっはと笑う元班長。ならぬ社長。あ、この人女の子の前でかっこつけたいだけだ。
「ていうか、前見てまえ!マジで!」
どうやらハラハラしていたのは俺だけの様で、だからということはないかもしれないが、無事に学校についた。
「―――――あの、社長。ありがとうございました」
「ああ?やめろよ、まだ終わってねーだろ」
その通り、まだ終わっていない。心の中でもう一度、礼を言いつつ講堂へと走った。二人はもうすでに、車内で衣装へと着替えている。みんなに誓うよ。着替えの最中は見ていない。
「―――――ことり!」
一番先に見つけたのは海未だった。
「ちゃんと間に合ったわね。雪」
「絵里先輩のおかげです」
「というか、雪!あんたなんで電話無視してんのよ」「ご、ごめんふぁふぁい」にこちゃんに頬をつねられる。
「雪ちゃん久しぶりだにゃー」「久しぶり」凛には抱きつかれる。
「それより、早くしないとお客さん待ってるわよ」「そうだね」真姫ちゃんは目を合わせてくれない。
「それじゃ、みんな!いくよ!1!」「2!」「3!」「4!」「5!」「6!「7!」「8!」「9!」
みんな揃って、掛け声を聞く。感慨に耽っていると、俺に視線が集中しているのに気づく。
「ほら、雪くんも早くせな、お客さん待っとるよ?」
そこでみんなが何を言いたいのかわかってしまい、慌てる。
「い、いや俺は――――――」「もう、雪君こんなときに意地張らないの」
花陽に怒られる。そこでようやく、おずおずと躊躇いながらみんなの上に掌を重ねた。
「ミューズ、ミュージック「「「「「「「「「スタート!!!」」」」」」」」」」
重ねた掌が、空に突き上げられる。見上げても、明るい照明に照らされて天井は拝めない。欲深い俺は、それでもめげずに手を伸ばすけれど、やっぱり手は届かない。
でももういいんだ。一緒に手を伸ばしてくれる人がいると知ったから。手を引っ張ってくれる人がいるとわかったから。
「みんな!」
ステージに出ようとするみんなを呼び止める。
「――――――――――ライブが終わったら話したいこといっぱいあるんだ」
「私も」
穂乃果が光に照らされて笑う。他のみんなも穂乃果に頷いていた。
ステージで歌い、踊る彼女達を見て俺はやっぱりミューズのファンで良かったと誇りを持って。このライブを楽しもう。
「なーに終わった気でいるのよ」
「つ、ツバサさん!?」
後ろから手を回して体重を預けてくる。なぜツバサさんがここに!?
「絢瀬さんには、借りがあるのよ。生徒会長権限でね」
俺の顔をみて、言いたい事が解ったのかそう教えてくれる。手に掲げるのは証明カード。そういえば生徒会長といっていたっけ。
ツバサさんと共にステージ袖でライブを見守る。これからも、俺は日向に憧れよう。
どうも24高宮です。
一期がようやく終わって次から二期です。これからも頑張るぞい。
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夏祭りは、スリとぼったくりに気をつけろ
「夏休みかー」
季節は梅雨を過ぎ、本格的な茹だるような暑さが身に染みる。グラウンドに目を向けると、テニス部がラリーの打ち合いをしているのが見えた。
あの、一連の騒動とも呼ぶべきものから早一ヶ月。とうとう先週から夏休みが始まっていた。
ミューズは解散の危機を乗り越え、より一層結束が強まった気がする。とはいえ、すでに日常に変化はない。相変わらず、穂乃果は穂乃果だし、雪の心の闇とも言うべきものも、晴れたわけではない。
ただ、その存在を自らが認識し、認め、向き合おうとしている。さすれば、いつの日か、闇が晴れる日が来るのかもしれない。
「なーに、呆けているの?まだこんなに課題は残ってるのにー」
「ああ、ごめん」
教室。雪が昨日まで毎日通っていた教室に、今はアライズのメンバーの一人であるあんじゅと二人きりだ。
講堂で開かれた終業式の日、たまたま隣にいたあんじゅに勉強会をしようと持ちかけられたのだ。あんじゅも雪も、頭は悪くはないが、それは必死に勉強しての事。あんじゅは言わずもがなアライズで忙しいし、雪もまた、バイトで忙しい。つまりそもそも勉強する時間がないのだ。しかし、そのことは言い訳には使えない。雪が通うUTXはバイト禁止だし、もしアライズのメンバーが学業をおろそかにしているといわれようものなら、活動停止にもなりかねない。
そういうことで、似たような境遇の二人で勉強をしようということだ。
と、雪はそう思っているのだが。あんじゅは雪がバイトしていることなど知らない。
「早く課題終わらせて、アライズに専念できるようにしなくちゃね」
「そうだね」
あんじゅはただ、雪と二人っきりになりたかっただけである。そんなゲスな笑みを浮かべるあんじゅなど露知らず、雪は淡々と課題を進めていく。
今日の分のノルマが半分まで消化されてきた頃。二人きりの教室に、来訪者が訪れる。
「やぁ、課題は順調に進んでいるかい?」
「なんなら私たちが教えてあげようか?手とり足とり♪」
現れたのは、残りのアライズのメンバーである二人。ツバサと英玲奈だった。
「ツバサに英玲奈!?どうしてここに?」
この二人が来るとは予想だにしていなかったあんじゅは驚愕の表情を浮かべる。
「ふっふっふ。水臭いじゃないかあんじゅ。二人だけで勉強会を開こうなどと。私たちも誘ってくれればいいのに」
不敵に笑う英玲奈。その腕はがっちりとあんじゅの首にまわされ、離れない。
「そうそう!勉強なら私たち上級生が教えてあげるから!ね!」
「あーっと、それはとってもありがたいんだけど・・・」
両端からツバサと英玲奈の顔に囲まれ、たじたじになっているあんじゅに、雪が賛同の声をかける。
「教えてもらおうよ、あんじゅ。そっちの方がはかどるし」
「ゆ、雪君が言うなら・・・」
渋々といった感じで頷くあんじゅに、二人はにやけた笑みを送る。
「そうと決まれば、早速やろう」
「そうね、
これから、ということをことさらに強調して言うツバサに、あんじゅはがっくりとうなだれる。
あんじゅにしてみれば、せっかく二人きりで距離を縮めるチャンスだったのに、それをツバサ達に潰されたことになる。うなだれもするだろう。
抜け駆けしようとした感は否めないのだが。
「そういえば、二人は課題はどこまで進んでるんですか?」
そんな三人の隠れたやり取りなど気にも止めずに、雪は訪ねる。
「課題?私は生徒会のみんながやってくれるわ」
「は?それってどういう意味ですか?」
普通、課題というものは自分で終わらせるものだろう。友達に手伝ってもらったり、写させてもらったりすることはあるかもしれないが。
「生徒会長権限よ」
「またそれか!」
つまり、生徒会長だから、課題は他の人がやってくれるとそういうことなのか。いや、この学校はアライズ教信者が多いから、生徒会の中にそういう人たちがいて、ツバサさんの課題を喜んでやっている可能性もある。
「俺の周りにいる権力者、職権乱用しすぎじゃないか?」
絵里先輩といい、ツバサさんといい。立場をフルに使っている気がする。
「私は、一切やってないぞ。宿題なんて最終日にパパっと終わらせるものだろう?」
まるで当たり前とでもいうかのように、きょとんと首をかしげる英玲奈先輩。
「いやどこののび太の世界の常識?それ?つーか英玲奈先輩は頭いいんじゃないんですか?」
見た目クールビューティで、第一印象は大人びていて知的な印象だったものだが。
「私か?私は下から数えた方が早いぞ」
あっはっはっと笑う英玲奈先輩に呆れる雪。この人見た目で大分誤解されてる気がする。
「それより、ミューズはあれからどうなったの?」
ツバサさんが会話を方向転換する。
「ミューズですか?順調ですよ。みんな前より、仲良くなった気がします」
「あの日のライブ凄かったもんねー」
「あんじゅ。見てたの?」
「私も見てたぞ」
どうやらネット中継されていたライブを見ていたらしい。ツバサさんは俺の後ろに張り付いていたからあたりまえだけど。
「きっとこれから、ミューズはもっともっと凄いアイドルになるわ」
ツバサさんの呟きは、誰にあてたものでもなかったのだが、不思議とみんな同じ気持ちだった。
「さーて、勉強しないと課題終わらないよー」「課題なんてほっといてさ、今度みんなで海行こう。海」「いいわね。スイカ割したいわ。あとお祭りにも行きたい。花火見たい」
あんじゅが泣きごとを言い、それを英玲奈先輩が魅力的な提案で誘惑し、ツバサ先輩が乗る。
うるさいセミの鳴き声をBGMに、これからやってくる夏休みに思いを馳せながら、今日を過ごす。
課題は進まなかったけど、こういう一日もいい。夏休みは、まだ始まったばかりなのだから。
「――――――って言う話をこないだしてね」
場所は部室。風鈴の音が心地よい夕刻に、ミューズのみんなが、練習も終わり集まっていた。夏休みも、もう終盤。
「へー。女の子と二人っきりで教室で密室状態で勉強してたんだー。ねえそれってどんな勉強?保健体育?まさか保健体育じゃないよね?」
「いや、普通に数学とかだけど。保健体育に課題はないし」
ことりの表情は相変わらず笑顔だが、その笑顔は周りの温度を一段階低くさせていた。
「ていうか!そんなにアライズと仲良いのあんた!?」
今度はにこちゃんが雪に詰め寄る。
「ああー、そうだね、最近は勉強を見てもらってるかな?」
英玲奈先輩はともかく、ツバサさんは頭もいいし、教え方も上手だ。
「―――――勉強なら、なぜ私に頼らないのですか!?」
「ええ!?いや、タイミングというかなんというか・・・・」
海未が怒る理由がよくわからず困惑する雪に、絵里先輩が追い打ちをかける。
「そうよ、課題なんていくらでも手伝ってあげるのに。なんだったら今度うちに来る?色々教えるわよ?」
「え?いいんですか?」
絵里先輩の企みなど一切気付かずに、提案に乗りかける雪。
「へー、楽しそうやん。うちも行っていい?」
「・・・ええ。もちろん」
ツバサさん達に雪は、ミューズのメンバーは仲良くなったと言っていた。それはもちろん事実であるのだが、もうひとつ、強まったことがある。
それは、皆の雪に対する想いである。ライブが終わった後、雪は今まで隠してきた本音を打ち明けた。その結果、双方反省することになったのだが、それと同時に皆の中である感情が芽生えた。
守ってあげたいという感情が。今まで、弱みという弱みを見せなかった雪が初めて見せた弱い姿が、結果として、皆の母性本能をくすぐったのである。
そして、それに気づいたメンバーは、互いにある協定を立てた。
誰も雪に告白しないという協定だ。少なくとも、今の三年生、つまり絵里先輩たちが卒業するまでは。
もちろん、雪はこの事を知る由もない。内緒である。
「ていうか、そうじゃなくて!」
雪以外が、雪の事で盛り上がっている最中。雪は、聞いてほしい事があって声を張り上げる。
「だから、今日。みんなで花火大会行きたいなって。そういう話だったんだけど・・・」
恐る恐る、ちらりと皆を盗み見る。
すると、一拍置いた後。ものすごい勢いで「「「「「「「「「行く!!!!!!!」」」」」」」」」と、目をキラキラさせて言って来た。
皆きれいにハモっていたので、思わず笑いながら「じゃ、行こっか」と約束を取り付けたのであった。
それから一時間後。雪はそのまま部室から現地に行っても良かったのだが、皆に反対され、待ち合わせ場所で一人人ごみに紛れていた。
「――――――お待たせ。待ったかしら?」
声のする方を振り返ると、なるほど、浴衣姿の絵里先輩の姿。このために、皆現地集合にしたのか。
絵里先輩の後ろには、他のみんなの姿が。
「あ!雪ちゃんだにゃ!」
「ちょっと凛!下駄で走ったら転ぶわよ!」
「きゃっ!」
真姫ちゃんが忠告した通り、雪の数歩先で転びそうになる凛。
それをすんでのところでキャッチする。
「大丈夫?」
「・・・う、うん。ダイジョブ」
頬が赤くなっている凛を、ゆっくりと起き上がらせると、みんなも追い付いてくる。
「みんな、浴衣似会ってるね」
各々のライブでの担当色で統一された浴衣は、とても似合っていた。
「でしょでしょ?ことりちゃんが知ってるお店がすごく良くてね?そこで借りたんだー」
穂乃果がはしゃぐのをにこちゃんが呆れたように宥める。
「ったく。お子様ね。どうでもいいから早く行きましょ」
「にこちゃんも、そのキャラクター浴衣凄く似合ってるよ。全然違和感ない」
「それは褒めてんの?それともけなしてんの?」
「ほ、褒めてるんだよ」
頬を思いっきし引っ張りながら、不満を垂らすにこちゃん。
「仕方ないでしょ?サイズ合うのこれしかなかったのよ!」「いいじゃない。そんなのどうでも」
真姫ちゃんは髪の毛をいじりながら先を促す。
「真姫ちゃんも、いつもと雰囲気違うね」
髪をアップテンポにまとめ、赤い着物の首筋から覗くうなじが色気を醸し出している。
「そ、そう!?そうね着物なんてめったに着ないしね!?」
早口でまくし立てる真姫ちゃんを傍目に、凛が割り込む。
「凛は!?ねぇねぇ雪ちゃん、凛は凛は?」
「うん、凛もかわいいね」
黄色い着物に髪飾りが良く似合う。
「・・・・・ちらっ・・・ちらちらっ」
そんなやり取りを尻目に、ことりは何度もわざとらしく雪の方へと視線を向ける。そんな視線に気づいた雪は勿論ことりも褒める。
「ことりは凄い浴衣だね。似会ってるよ」
ことりの浴衣はオーダーメイドなのか、他のとは違い、色々とアレンジが加えられ目立っていた。
「えー?本当に?もっと近くで見てもいいんだよ?」
さらりと近くに寄ることりの腕を海未ががっしりと掴む。
「いけませんよことり。鼻緒が取れかかっています」
「いや?そんなことないよ?」
そんな二人のやり取りを見ていた希が海未をからかう。
「ははーん。海未ちゃん。今のはなにかな?なにかな?」「い、今のとは何ですか!?」
「ついに海未も、コマンド嫉妬を覚えた様ね」
絵里先輩がしたり顔で言う。
「今までは恥ずかしがりばっかやったもんな」
「そ、そんなことありません!」
「あの日以来、海未ちゃんは積極的になろうとしてるんだよね?」
「ちょ、それは言わないでと言ったはずですことり!!」
海未とみんなのやり取りを眺める雪は唐突に、花陽と凛に海未の前に押し出される。
後ろを振り返ると、二人ともにやにやしている。あれは悪いほうの笑みだ。
眼の前には同じく、ことりと穂乃果から押し出された海未が。
「ほら、海未ちゃん。積極的になるって言ったんでしょ?」「ファイトだよ!」
押し出した二人が小声で声媛を送る。
「ううう///あ、あの。雪、変じゃ、ないでしょうか?」
もじもじとする手つき、ゆらゆらと揺れ動く瞳に、雪は海未の全身を、碧い碧い着物をじっくりと眺めてから一つ頷き。
「えーっと、うん。変じゃないよ。とっても良く似合ってる」
満面の笑顔でそう言った。
「そう、ですか///」「頑張ったねー海未ちゃん」「分かる!分かるよ―その気持ち」
ことりが海未を後ろから抱きしめ、花陽が雪の隣でうんうん頷く。
「それより、早くしないと花火始まっちゃうよ?」
「はっ!!そうだった!早くしないと屋台全部回れないよ」
頭を抱える穂乃果に、一つ、絵里先輩が提案する。
「それじゃ、この人数で回ると時間かかりそうだし、三人一組で回りましょうか。花火の時間になったら集合ってことで」
「そうね。で?どうやって三人一組決めるの?」
真姫ちゃんが賛同しながら質問する。
「そんなこともあろうかと、くじを作ってきたんや」
ふっふっふと怪しげな笑みを浮かべる希に、皆は警戒心MAXになる。
「駄目だよそんな!希ちゃん有利過ぎるじゃない!」
穂乃果が希のクジに文句を言う。
「じゃあどうするん?他に方法ないやん?」
「それならあれで決めるにゃー」
凛が勢いよく指し示すのは屋台が並ぶ街道にある、射的屋の文字。
「射的で誰が一番景品ゲットできるかで勝負にゃ!」
「一番景品ゲットできた人が、雪君と回れるということだね」
「え?三人一組じゃなくて?」
ことりの発言に疑問を返す雪だったが皆、スルーして射的を始めた。
「な、なんで・・・・・」
射的の結果、凛が一番多くの景品をゲットしていた。
「ずるいよ凛ちゃん!一番得意なの選んだでしょ!?」
凛に抗議する穂乃果の手には、一個も景品は握られていない。
「そーんなことなーいにゃー」
ぴゅーぴゅーと口笛を吹く凛に、穂乃果は次の提案をする。
「じゃあ次はあれで勝負だよ!」
穂乃果がびしっと指をさす先には、ヨーヨー釣りの看板。
「いいよー。どうせ凛が勝つけどねー」
穂乃果の勝負に凛が乗り、今度はヨーヨー対決となった。
そんな傍ら。絵里先輩が難しそうに首をかしげる。
「どうやってやるのかしらこれ?・・・」
そんな絵里先輩に気づいた雪は、優しく回り込んで教える。
「これはこうやってやるんですよ」
自然と体を包み込むようにして、両手を握り、構え方をレクチャーする雪に、絵里先輩の鼓動が急上昇する。どうやら、攻められるのには慣れていないようだ。
「―――――どうしました?」
「い、いや、何でもないのよ。なんでも。・・・いいから続けて?」
その後もレクチャーする雪を、見つめる絵里先輩。そんなイチャイチャ、もとい不穏な空気をことりが悟る。そうか、この手があったかと。
「ゆ、雪君。私もうまく景品がとれないんだけど」
教えてくれる?と、必殺の上目遣い(涙目)で頼む。
そんなことりの様子を雪は笑って指摘する。
「何言ってるのことり?そんなおっきなぬいぐるみ抱えてさ。さすがに俺、それ以上は無理だよ」
「し、しまった」
両手に抱きかかえてもまだ、身に余るサイズのぬいぐるみを、ことりはゲットしていた。つい、目先の欲に駆られてしまった。
一方その頃の、ヨーヨー対決では穂乃果の圧勝で、幕を閉じていた。
「はっはっは穂乃果、これだけは小さいころから良くやってたからね」
「・・・・・・・」
「いやー、歳の功ってやつ?これで、雪ちゃんと回れ――――――「まってください」」
意気揚々と上機嫌で、雪のもとに行こうとした穂乃果を、海未が一段と低い声で止める。
「まだ、勝負はついていません」「そうにゃ、だいたい、さっきは凛が勝ったんだから、これで一勝一敗のはずにゃ」
凛が海未に乗っかる。しかし、海未には聞こえていないようで。さっきからぶつくさと何か言っている。
「まだ負けてないまだ負けてないまだ負けてないまだ負けてない」
「う、海未ちゃん?」
その恐ろしげな顔におっかなびっくり、声をかける花陽。
「次はあれで勝負です!!」
急に大声を出すので、花陽達はびっくりしながらも、海未の指さす方向へと、顔を向ける。
「金魚すくい?」
これもお祭りの定番。金魚すくいだった。
射的でレクチャーしていた雪と絵里先輩らも加わり、金魚すくいへと場所を移す。
「300円ねー」
金魚すくいのおじちゃんに無言でお金を渡すと、海未はそのまま精神統一を図る。
そして、かっと眼を見開いたかと思うと、ものすごい勢いで金魚をすくう。いや、それは最早狩りとも呼べる所業だった。
あっという間に、手元にあるプラスチックの箱は金魚で埋め尽くされた。
「――――――どうです?私の勝ちですか?」
ふふんと勝ち誇ったように言う海未に、皆は眼を逸らしながら「うん、勝ち、でいいんじゃないかな」「ちょっと!なんでみんな引いてるんですか!」
海未の圧勝劇の間に、今度は真姫ちゃんが、金魚すくいに苦戦していた。
「もう、なんでこうすぐに破れるの!?不良品じゃないのこれ!もう一回!」
すでに真姫ちゃんの足元には無残にも敗れたポイが積み重なっている。
「真姫ちゃん。金魚すくい初めて?」
見かねた雪が隣に座り込んで声をかける。
「う///そうよ初めてよ悪い?」
恥ずかしいのか、顔を逸らしながら初めてだと告白する真姫ちゃんに雪は破れたポイを一つ手に取る。
「これはまだ使えるね。ほら、見てて?こうやるんだ」
海未程じゃないにしろ、上手く端に追い込んで、金魚を一匹救う。
「ほらね?」
真姫ちゃんの方に首を傾けると、キラキラした瞳で、雪を見つめていた。
「す、凄い!どうやったの!?」「はい、じゃあポイ持って」
ポイを手渡し、右手を一緒に握る雪。
「!!!///」「こうやって、なるべく水平にして―――――」
教えるのに夢中な雪は、真姫ちゃんの表情の変化に気づいていない。
「――――真姫ちゃん聞いてる?」「え、ええ。聞いてるわ///」
その後も、教えられた通りにすると真姫ちゃんは一匹救うことができた。
「みてみて!雪の教えてくれた通りにやったら一匹救えたわ!」
子供の様にはじける笑顔に、雪は教えた甲斐があったと、嬉しくなる。
そんなやりとりをしているとは毛ほども思わず。他のみんなは、ひもを引っ張って、景品を当てるタイプのくじ引きに挑戦していた。
「カードによると、この紐がええみたいやね」
そう言うと間髪いれずに、ひもを引っ張り、一番でかいゲーム機を見事引き当てた。
「これは、うちの勝ちってことでええ?」
ゲーム機を抱え、皆を振り返る。
「ああ、いいんじゃないかにゃ」「いいと思うよ」「それより、今度は型抜きしようよ」
「ちょっと!なんでそんな興味ないん!?」
みんなまるで興味がないかのようにそっけない。
「だってー。希ちゃんの運の良さはもう見飽きたよ」「どうせ、一番大きいのとるってわかってたにゃ」「一番難しいのください」
最後のことりに至ってはもうすでに、型抜きの型をもらっている。
「へー。やっぱり上手いねことり。手先が器用だからかな?」
真姫ちゃんのレクチャーも終えた雪は、ことりの手元を覗き込んでいた。
「ふぇ?雪ちゃん!?」
雪に見られるなんて予想だにしていなかったのだろう。素で驚いた声を出すことり。
「あれ、みんな型抜きしてるの?」
「なにそれ穂乃果」
しばらく見ないと思ったら、どうやら海未と一緒に屋台を巡って、食べ物を買って来たようだ。右手にはリンゴ飴とフランクフルト。左手には綿あめ。口にはチョコバナナが、チョコバナナが咥えられている。その口元には、自らの体温で、溶けたであろうチョコが、垂れている。その口元をぬぐう姿はある種、扇情的だった。
海未の手元には、焼きそばやら、たこ焼きやら、イカ飯やらが抱えられていた。
「あ!花火!」
絵里先輩が声を上げる。皆その声に続き、空を見上げた。
真っ暗な空に、打ち上げられる閃光。そして花火特有の音が、騒がしかったお祭りを支配する。
結局、遊び過ぎて花火には間に合わなかったが、不思議とその時見た花火は、誰の心も魅了して、強く、強く残った。
そして知る。みんなで見る花火は、こんなにも美しいのだと。そして同時に願う。
「来年も、再来年もさ。また来ようね。みんなで」
皆はそれに答えない。けれど、口には出さずとも、分かりあえるものもあるのだ。口に出さないと、分からないものもあるように。
夏休みも、もうじき終わる。
「そういえば、にこちゃんは?」
「え?そういえばさっきから見てないわね」
絵里先輩が辺りを見回す。
「いつから見てないの?」
「凛は射的からだにゃ。かよちんは?」
「私も」
「うちも見てへんな」
誰一人として、にこちゃんの現在地を知る者はいなかった。
「みんな!どこ行ったのよー!!」
人ごみで、一人叫ぶにこちゃん。みんなと集合してすぐ。迷子になっていたにこちゃん。見上げる空には、最後であることを知らせる特大の花火が辺りを照らす。
夏休みも、もうじき終わる。
どうも、スクフェス大会行ってきました。高宮です。
瞬殺されました。普通に一回戦で負けました。何事もなかったかのように帰ってきました。参加賞だけもらってきました。
いやね、違うんです。眼の前には社会人であるだろう、スーツ着たカップル。横には動画で何度も予習しているイケメンのお兄さん。こんな状況で平常心装えっていう方が無理ですよ。
まぁ、その予習してるお兄さんも負けたんですけど。
だいたいね、なんでスーツ着てんの?っていう。土曜日ですよ土曜日。普通休みだろ。休みじゃないの?社会人ともなると週休二日制じゃいられなくなるの?っていう。
そんなこんなで次回もがんばりまーす。
あ、あと無駄にスクフェスのスタッフのお姉さんかわいかった。
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生徒会なんてホントは地味
「え?生徒会長?」
夏休みも終わり、ついに二学期が始まった。二学期は文化祭、体育祭、二年は修学旅行がある。花形の学校行事のオンパレードだ。
中学校では俺の周りに変化などなくあっという間に終わり、全然楽しめなかったので、高校では目一杯楽しもう。
そう考えていたのだが、目の前にとんでもないことを言う者が大勢で押し掛けてきた。
「そうそう!海田君、生徒会長になってみない!?」
いまだ残暑が厳しい九月。外ではセミが鳴いている。教室ではクーラーの静かな駆動音と皆の期待の眼差しが一点に集中している。
「・・・・生徒会長ってツバサさんがやってるんじゃないの?」
散々生徒会長権限を使ってたんだ。間違いない。
「ほら!もうすぐ生徒会選挙でしょ?ツバサ先輩は二年生だから引退しちゃうのよ」
そうか。もうそろそろか。花形とまではいかないかもしれないが、これも重要な学校行事。生徒会選挙。それが約一月後に迫っていた。自分には関係ないものと思っていたので忘れていた。
「え?でも普通三年までやるよね?」
ツバサさんは二年だから、後一年やろうと思えばやれるはずだ。ツバサさんが立候補すれば、選挙なんてあってないようなものだろう。
「普通はね。でもツバサさんは特例なの。三年で受験生になるってのもあるけど、アライズとしても活動しなくちゃいけないから、負担がね・・・」
なるほど。今まではアイドルと生徒会長、二足のわらじを履いてきたわけだけどこれからはそこにさらに、受験生というわらじも履かなければならないわけだ。流石に三足のわらじは無理なので、どちらかを脱ぐ、となると生徒会長を後任に譲る方が適切だ。理に適っている。
だが・・・・・。
「そこで、なんで俺なの?」
生徒会長なんてやったことないし、器でもないと思うし、なにより生徒会に割く時間がない。昼は学校。放課後はバイト。がない日はミューズ。俺の予定表に空欄はない。
「だって!あのツバサ様と、ううん。それだけじゃない。英玲奈様とあんじゅちゃんとも仲良しの海田君が生徒会長になってくれれば百人力じゃない!!」
「それだけの理由で!?」
なんてことだ。アライズと知り合いだと、この学校ではそれほどの価値があるということなのか。
「そうそう!それに海田君有名人だから立候補したらあっというまに票取っちゃうと思うよ?」
有名人?俺が?
呆けた顔をしていたのだろう、囲んでいた一人の女子が笑いながら教えてくれる。
「何その顔?まさか気づいてなかったの?海田君、一年生だけじゃなくて上級生にも有名だよ?」
「大体、あのアライズと白昼堂々イチャイチャしてたら、そりゃ有名にもなるって」
「イチャイチャ!?」
いつ!?どこで!?誰が!?
「まぁまぁ。その話はまた今度ゆっくり聞きましょう」
聞かれるんだ。
「で!どうするの!?」
きらきらとしたいくつもの瞳に、戸惑う。
「いや・・・・・その、お誘いは嬉しいけど、やっぱり俺生徒会長って器じゃないと思うし・・・」
「そんなのやってみなきゃ分かんないじゃない!」
「うんうん。やってくうちに自信とかついてくると思うよ?」
「それに、うちらもサポートするし!」
・・・なんでこの人たちはこんなにも俺を押してくれるのだろう。正直、今初めて喋った子も大勢いる。
俺が何かをした覚えはないのだけど。
「あ!じゃあ、ほら。ツバサさんに聞いてみよう!現生徒会長の意見も聞いておいた方がいいだろうし」
少なくとも、今。生徒会に割く時間的余裕はない。なので、ツバサさんなら事情もある程度知ってるし、この子たちを諭してもらおうと思い、ツバサさんに会うべく生徒会へと向かった。
「いいんじゃない?」
「つ、ツバサさん!?」
生徒会にはツバサさん一人だけだった。そんな生徒会へと足を踏み入れ、ツバサさんに事情を説明すると、そんな意外な答えが返ってきた。
「ですよね!?」「よーし、今から公約考えよう!」「いいね!」「誰が応援演説する!?」
ツバサさんが好反応だったためか、後ろにいた女子もより一層盛り上がる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、俺はやるなんて一言も―――――」「もちろん!」
ツバサさんが席を立ち、盛り上がる女子たちを、一回り大きい声で制す。
「雪が、やりたいならよ」
痛いほどこちらをまっすぐと見つめる瞳、そのきれいな瞳には、動揺する俺が映っている。
「で、でも――――――」
「私は、あなたには少々自信が足りないと思ってるわ。生徒会長になれば、少しは自分自身を認められるようになるんじゃないかしら。もちろん、さっき言ったようにあなたがやりたいなら、だけど」
「自信・・・・」
「最終的に決めるのはあなたよ」
自信、か。確かに、俺は俺に自信がない。それは痛いほどよくわかっている。だけど、それは別に、そんなに悪い事でもないはずだ。自信があり過ぎて、傲慢になってしまうよりかは、よっぽど。
それに、そんな自分自身の事で、生徒会長に立候補などしてもいいのだろうか。学校をよりよくしたい、生徒の為に、って言う人もいるはずだ。
そこまで考えて、俺はふとした疑問を思いつく。
「―――――――ツバサさんは、どうして生徒会長になったんですか?」
「私?私は・・・・内申よ」
「ええええええ!?」
周りには、あまり聞かれたくないのか、こそっと耳打ちしてくるツバサさん。その内容に俺は思わず大きな声で驚いてしまった。
急に大声をあげるので、後ろにいた女子たちも何事かとこちらを怪しむ。
「ちょっと!声が大きい!」「だ、だって・・・」
内申って。いや確かに、それも理由にはなるけれど。
「ほら!アイドルで生徒会長って、周りの評価も上がるのよ」
唇を尖らせるツバサさん。打算的だった。超打算的だったツバサさん。
そんな話をしていると、不意に扉が開く。
「あー、遅れて悪かったなツバサ」
「遅いわよ。英玲奈」
「ごめんなさーい、先生につかまっちゃって」
「あんじゅ?」
生徒会室に入ってきたのは、英玲奈先輩とあんじゅだった。
「あれ?どうして雪君がここに?」
「何かやらかしたんじゃないか」
にやにやと笑う英玲奈先輩はとりあえずスル―する。
「あんじゅ達こそなんで生徒会室に?」
「え?やだなぁ。雪君、私たちも生徒会役員だからに決まってるじゃん」
そうだったの!?し、知らなかった。
「それで雪君は?」
「それが、生徒会長にならないかって言われて・・・・」
「ああ!なるほど!確かに、雪は適任だろうな」
適任?さっきから気になっていたが、なぜこんなにも俺を推してくれる人たちが多いのだろう。自分がそんなに人望があるとは思えないのだけれど。
そんな俺の気持ちを悟ったのか、あんじゅが補足してくれる。
「うちの学校は、代々その時の有名人、というか顔役、みたいな人が生徒会長になってるの」
「え?なんでまた?」
「なんでも、生徒会長にはその学校の宣伝の意味合いが強いんだって。ツバサもそれで選ばれたようなもんだし」
「生徒会長は書類にハンコを押すくらいしか、雑務ないしね」
その代わり、誰かが何かをやらかしたら責任を取らされるし、決して楽な仕事でもないけどね。とツバサさんが説明する。
だとしたら、ますます俺には無理だろう。宣伝とか、できる気がしない。
「ま、あくまでも意味合いが強いってだけで、普通に業務を全うしてれば文句は言われないよ」
英玲奈先輩が気を使ってくれる。
「・・・・・まぁ。後はゆっくり考えるといいわ。もしやるというのなら、推薦してあげる」
「――――――はい」
この日は、それまでとなり女子も解散していった。皆一様に、やるなら一声かけてね、応援するから。と。
「え?穂乃果も生徒会長!?」
「うん///実はそうなんだ」
えへへと、照れたように笑う穂乃果がいるのはいつもの部室。ではなく、生徒会室だった。
絵里先輩に生徒会長ってどんなもんか聞こうと生徒会室に寄ったら、穂乃果達がいたのだ。
てっきり音ノ木坂はまだ選挙していないものと思っていたのだが、どうやら勘違いだったようだ。
それにしても、穂乃果が生徒会長だなんて。
「似合わないね」「ひどいっっ!!」
「だから言うの嫌だったのにー」
机に突っ伏し、じたばたする穂乃果。
「ちょっと、待ってください。雪。あなた今、も!って言いました?」
隣で詰め寄ってくる海未は副会長。穂乃果を慰めていることりは書記。らしい。
「あ!・・・う、うん?言ったかなー?」
流石は海未。細かいところまでしっかりと見逃さない。
「え!何!?雪君も生徒会長なの?」
「いやー、まだっていうか、どうしようか迷ってるって言うか・・・・」
そう、迷ってるんだ。最初は断るつもりだったのに、ツバサさんに言われ、こうして決断できないのが何よりの証拠。
ことりに驚かれ、しどろもどろになる。段々と小さくなっていく語尾に、悩んでいるのが伝わってしまったのか、三人が顔を見合わせる。
「そうだねー。もし雪ちゃんが生徒会長になったらお揃いだね♪ムフフ」
自分で言って、自分でにやつく穂乃果。
「それに、もし雪君が生徒会長になったらこれからは堂々と音ノ木坂に入れるね。生徒間交流とか、いろいろでっち上げれば」
危ない事を、いつもの笑顔で言うことり。その考えはなかった。
「まぁ、ぶっちゃけ会長って言っても、そんなに気負わなくてもいいんじゃないですか。穂乃果でもやれてるんですから」「ちょっと海未ちゃん!それどういう意味!?」
優しい笑顔で言う海未。みんなに励ましてもらっているのが分かった。
「みんな、ありがとう。ちょっと考えてみるよ」
「た、大変です!!」
「「「「?」」」」
四人で話し込んでいると、勢いよく扉が開かれ、真姫ちゃん、凛、そして花陽が姿を現した。
「み、みんな今から部室に来て!」
「どうしたの真姫ちゃん?」
穂乃果が息を切らす真姫ちゃんに訪ねる。
「いいからくるんだにゃー」
「ちょ、ちょっと凛」
凛に手を引っ張られ、生徒会室を後にする。「あれ?雪ちゃん?なんでいるの?・・・・な、なんで手握ってるの?///」今気付いたんかい。そんでもって握ってきたのは凛だ。
そんな良くわからない雰囲気になった凛と共に、部室に入った。
「凛。穂乃果達は連れてきた?・・・・って、なんで顔赤いの?」
「な!なななな、なんでもないにゃー」
「ふぅん」
凛が握っていた右手を離し、絵里先輩に何でもないと両手をパタパタしていると、遅れて穂乃果達もやってきた。先ほどから絵里先輩が俺に対して冷たい視線を送ってくるのは気のせいですかそうですか。
「もう~。何だっていうの真姫ちゃん」
「いいからパソコンを見なさい!」
そう急かされ、パソコンの前に座る穂乃果。みんながその周りを囲んでいる。
「えー、なになに?えーっと、前回のラブライブ開催、皆さまの熱い声援につき、今回、第二回大会を開催することをここに宣言します。だって」
「第二回大会?」
ことりが復唱する。
「ということはつまり、ラブライブがもう一度開催されるということですか?」
「そういうことや」
海未の疑問に希が答える。
ラブライブがもう一度開催される。その事に、みんな、もちろん俺も思い思いの喜びを表しているようだった。
ただ、一番喜んでいると思った穂乃果は、ひとりお茶をすすっている。
「―――――――でなくてもいいじゃないかな?」
「・・・・はぁ!?何言ってるのよ穂乃果!?」
にこちゃんが驚くのも無理はない。そんな言葉、誰も予想していなかったからだ。現に、みんなにこちゃんと同じ反応だ。
「・・・うーん。そんなに無理して出なくてもいいんじゃないかなって」
「穂乃果、ちょっとおでこ出して?」「ふぇ?」
穂乃果のおでこに、自らのおでこをくっつけ、熱を測る。
「やっぱりちょっと熱い!熱があるんだ!」「ないよ!」
そのあとみんなからいっぱい蹴られた。なんで?
「穂乃果、やっぱりあなたちょっとおかしいわ。雪もだけど」
「そうです。お腹が空いてるんですか?パン買ってきましょうか?雪は本当に頭おかしいですけど」
「それとも、なにか悩みごとなん?カードで占おうか?雪君はもう占わんけど」
「やっぱり具合が悪いんじゃいかにゃ?雪ちゃんは本当に病院言った方がいいけど」
「なんでみんな最後に俺に辛辣な言葉を投げかけるの!?」
俺の悲痛の叫びは、みんなには届かず。結局、この日はもう少し良く考えてみるということで解散となった。
「ちょっと雪!聞いた?ラブライブ開催だって!」
「ええ、俺も昨日聞きました」
UTXの生徒会室にいくと、ツバサさんが、上機嫌で話しかけてきた。他の二人は、まだいない。窓の外を見ると、しとしとと雨が降り続けている。予報だと今日1日は雨だそうだ。
「・・・嬉しそうですね?」
「はぁ?何言ってるの?当たり前じゃない。嬉しいわよ」
「いや、なんかそういうの、淡々としてるイメージがあったから」
「・・・まぁ、テレビとかじゃあそうね。でもやっぱり嬉しいわ。なにより、予選でミューズと当たるんだしね」
すごく好戦的な表情。ツバサさんのこういう顔は、初めて見た。
「え?ミューズ、アライズと当たるんですか!?」
「ええ。何?知らなかったの?予選は前回と違って地区で分けるから、同じ地区にいる私たちとミューズが当たるのよ」
「・・・・・そうなんですか」
それで穂乃果は、あんなこと言ったのかな。・・・・いや、違う。そういうのはあまり穂乃果は気にしないタイプだ。
「―――――ん?エントリーするわよね?」
おお、流石ツバサ先輩だ。鋭い。心配するような眼でこちらを見る。
「・・・実は、穂乃果が、エントリーしなくてもいいんじゃないかって」
「ええ!?なんでよ?」
「――――――多分ですけど、前回、周りを見ずに失敗したトラウマで、またおんなじことやるんじゃないかって、思ってるんじゃないかと」
ただの推測で、根拠なんて何にもないけど、考えられるとしたらそれしかない。
「・・・・でも、それじゃミューズはどうなるの?」
「え?」
「だって、ミューズには絢瀬さん達三年生がいるでしょ?もうすぐ、引退よ」
「・・・・あ」
そうか、そうだった。絵里先輩達にとってこれがミューズとしてラブライブに出るラストチャンスなのだ。これが、9人で大きな大会にでる、ラストチャンスなのだ。
「――――すいませんツバサ先輩。俺、急用ができたんでこれで失礼します」
穂乃果に伝えなきゃ。ラブライブに出ようって。
「いってらっしゃい」
降りしきる雨の中。傘も差さずに全力疾走した。海未に連絡する。
「あ、海未?今穂乃果どこにいる?」
「急にどうしたんですか?穂乃果なら、神田明神で今からにこと勝負するみたいですけど・・・。ラブライブ出場を賭けて」
「ええ!?」
なにそれ?どういうこと?
相変わらず、世界は俺を待ってはくれない。俺が日蔭者だからかこの野郎。
頭の中の目的地を神田明神にセットして、間に合ってくれと俺の脚に願った。
結果。
「ま、間に合って、ない?」
神田明神の階段の中腹。倒れているにこちゃんと、それを心配そうに見つめる穂乃果。
勝負とやらはどうなったのか。近くにいた海未にそう尋ねた。
「これは、どうなんでしょう?とりあえず、雨宿りして、話を聞きましょう」
ということで、階段を登り、門で雨宿り。
「穂乃果、三年生は、もう――――「引退、しちゃうんだよね」」
海未が拭いてくれたタオルが、肩にかかる。穂乃果、気づいてたんだ。それとも、気づいたのか。
「・・・そうよ。3月になったら私たちは卒業。こうしてみんなといられるのは、あと半年。スクールアイドルを続けられるのも」
「そんな・・・」
絵里先輩の言葉に、穂乃果はショックを受ける。
そりゃそうだ。なにせ
「なにも、今すぐ卒業というわけではないわよ。でも、ラブライブに出られるのは、これで最後」
「9人で出られるのは、これで最後なんよ」
絵里先輩の言葉を、希が補完する。
「私たちもそう。たとえ予選で落ちても、9人での足跡を残したい」
自分の気持ちを言葉にする花陽に、凛も賛同する。
「出てみてもいいんじゃない?」
「・・・・みんな」
穂乃果が、みんなの顔を眺める。
「どうせ、穂乃果の事ですから、また突っ走ってみんなに迷惑かけるかも。とか考えてたんでしょ」
海未が、俺が思っていたこととおんなじことを口にする。
「・・・・・えへへ。バレバレだね」
俯く穂乃果。しかし、すぐに顔をあげて自分の願いを口にする。純粋なる、自分の願いを。
「私ね。生徒会長だから、またみんなに迷惑かけるかもしれない。だけど!やっぱり出たいよ!あこがれのラブライブだもん!出たいよ!」
「大丈夫だよ穂乃果。言ったでしょ?穂乃果が周りを見れなくなったら、今度こそ絶対に俺が周りを見て穂乃果に伝えるよ。そして海未が止めてくれる。ことりが背中を押してくれる」
「うん、そうだね雪ちゃん!」
穂乃果に、いつもの笑顔が灯る。みんなの力があれば、だれかの悩みは吹き飛ばせる。解決できるんだ。
そしてみんなが歌う。
最初は三年生が。可能性を感じたんだと。
次に二年生が。そして進めと。
そして一年生が。後悔したくないんだと。
最後に穂乃果が。僕らの道があると。
「よーっし!やろう!ラブライブ、でよう!」
感情が高ぶったのか、雨にぬれることもいとわずに勢いよく走りだす穂乃果。
「うおーーーーー!雨!止めーーーーーー!!!」
大声で、天高くそう叫ぶと、不思議なことに見る見るうちに雲が晴れ、叫んだ通り、雨がやんだ。
「う、嘘おお!?」
にこちゃんがビビる。
「本当に止んだ!人間その気になれば何でもできるよ!元気があれば何でもできるよ!」
「いやこれは無理だと思うにゃ!!」
「というか人間業じゃないわ!流石の猪木でも無理よ!」
凛と真姫ちゃんが突っ込む。
「いや、穂乃果ならできても不思議じゃないよ」
「いや雪!不思議でしょこれは!天候操ってんのよ!?」
「まぁまぁ絵里ちゃん。ぶっちゃけフィクションでの雨なんて心理描写なんだし」
「それ言ったら元も子もないで。ぶっちゃけすぎや。ことりちゃん」
「――――もうこれはラブライブ出場だけじゃもったいない。目指すは優勝の二文字だよ!みんな!」
こうして、彼女らはラブライブ優勝を晴れた空に、こまごまとした雲に、誓った。
「それで?どうするの?」
みんなが雨上がりの階段を勢いよく駆けていく中、隣でことりが訪ねてきた。
「なにが?」
「生徒会長の事ですよ」
隣で、穂乃果が脱いだブレザーを抱えた海未が指摘する。
両隣りに見つめられ、仕方ないなぁと俺は一つの決心をし、電話をかけた。
「・・・・あ。ツバサさんですか?あの、俺。生徒会長になることにしましたんで推薦してください」
そう言って、返事は聞かずに電話を切った。分かりきったことだったから。
「ありがとう。海未。ことり」
「あなたが言ったんですよ。逆もまた然りって」
「そうだった」
笑って、二人に背中を押してもらう。実はちょっと興味あったなんて、二人はきっと気づいてる。
こうして俺は、UTX学園の第何代目かの生徒会長になった。
どうもばらかもんに出てくるような人たちがいるなら、島に住みたい高宮です。
書くこと?ねぇよ!!そんなホイホイ話題のネタとかないよ!
あー、もうすぐ映画公開しますねー。楽しみです。予告映像の真姫ちゃんで、妄想が爆発しました。ついでに頭も爆発しました。人生初のパーマ掛けに行ったんですけどね、これが、熱い、臭い、痛いの三銃士が襲ってきやがりまして、まあ仕上がりは良かったし、店員かわいかったからいいんですけど。
・・・・・あれ?話のネタあったわ。
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暗いところが怖いのは人間の生物的本能で会って決してビビりというわけではない
生徒会長となった俺は、ただでさえ、多忙を極める毎日にさらに仕事が増えてしまった。
・・・・というわけでもなく、生徒会長となる前と、日常にさして変わりはない。
理由としては、前生徒会長であるツバサさんのもとで働いていた、優秀な生徒会役員がほぼそのまま残っているので、仕事が俺まで回ってこない。というのが一つ。ちなみに、俺を応援してくれていた女の子たちを差し置いて、あんじゅは副会長に立候補し見事当選した。
なぜか、俺が生徒会長になると聞いた次の日に、もう書類を提出していたらしい。当選するまで知らなかった。教えてくれてもよかったとも思う。
「海田君。今日は生徒会行くの?」
「書記さん。うん、行くよ」
「役職で呼ばないでっていってるでしょ?」
隣の席の、にこちゃんに似ている女の子。この子もなぜか生徒会に立候補していたらしい。きっとアライズとお近づきになりたいとかそういった理由だろう。
生徒会長としての、俺の初仕事は引き継ぎと部屋の整理だった。今のところ、それが最初で最後の仕事である。
「・・・・またいるし」
生徒会に着くや否や、目に飛び込んできたのは他の生徒会役員と楽しそうに談笑するツバサさんの姿であった。
俺が生徒会長になって以来、ほぼ毎日来ている気がする。この人は、俺に仕事が回ってこない原因の一つでもある。
「あ!雪!やっと来たわね。もう仕事終わっちゃったわよ」
この人は、生徒会長であったときは仕事など笑っちゃうほどしてなかったくせに、その座を退き、俺が座ると猛スピードで俺の仕事をこなしていくのだ。
もともと、優秀ではあったのだから本気を出せば俺の出る幕などはなく、この結果は当たり前なのだが。それにしても一抹の罪悪感も覚えてしまう。なにせ、生徒会長として俺はまだ何の役にも立っていないのだ。
―――――――いかんいかん。この思考はまずい。日蔭ばかりに目を向けていると、光の刺激にやられてしまう。
「終わっちゃったって、俺まだ生徒会長としてろくに仕事もしてないんですけど」
そっぽを向き、少々嫌みたらしい自覚はあった。
「ええ~?いいじゃない、仕事さぼれるんだから。その分、時間使えるでしょ?」
「そりゃ、そうですけど・・・」
俺だって一応悩んで、それなりに覚悟を決めて決断したのだ。その矢先がこれじゃあ、少々ふてくされるのも仕方ない。
「―――――今だけよ。生徒会が終わって、ちょっと暇なのよ。だから遊びに来てるだけ。・・・・もう来ないわ」
「あ、いえ、そういう意味で言ったわけでは・・・」
自分の言ったことを省みて、あたふたする。
「そう?じゃあこれからも毎日来ていいの?」
「もちろんです!」
ん?なにか違和感がある気がするが。ツバサさんを見ると、こいつちょろいな。とばかりにほくそ笑んでいる。
そこで気づいた。しまった。やられた。上手く言質をとられてしまった。と。
「あ!それに、仕事なら一つあるわ。この資料を音ノ木坂の生徒会長に持って行ってくれない?」
そういって、ひと束の資料を渡される。
「生徒会長って、穂乃果にですか?いいですけど、何の資料なんです?これ?」
「それは、あと少しすればわかるわ。中身は見ちゃだめよ」
「はぁ」
まぁ、こういうことは珍しくない。音ノ木坂に行く口実としては、良く使う手だ。
それとも、何か本当に重要な資料なのだろうか。
考えても仕方ないので、俺はおとなしく、音ノ木坂に資料を届けに行く。
「いってらっしゃーい」
「あ!穂乃果!」
音ノ木坂にて、廊下をのほほんと歩く穂乃果を見つける。
「あれ?雪ちゃん?最近よく見るね」
「そうだね。それより、これ」
俺は手に持っていた、ツバサさんから預かった資料を穂乃果に手渡す。
「何これ?」
「ツバサさんから穂乃果に渡してくれって頼まれたんだけど、心当たりないの?」
「う~ん?なんだろ?ま、後で見てみるね」
封の中身など、見当もついてなさそうな表情を見せる穂乃果にそこはかとなく不安ではあったのだが、とりあえず仕事は完了した。あとで海未に聞いておこう。海未なら何か知ってるかもしれないし。
「それよりみんな屋上にいるよ?早くいこ?」
「わかったよ」
「大変です」
穂乃果と共に屋上へと立ち入ると、花陽が真剣な表情でスマホを見ていた。
「どうしたの花陽?」
練習を終えたのだろう。タオルで汗をぬぐっていたにこちゃんが訪ねる。
「今度のラブライブ、予選で使用する曲は世に未発表のものに限られるそうです」
「――――えーっと、どういうこと?」
重苦しい空気を醸し出す花陽に、穂乃果はきょとんと首をかしげるので、説明する。
「未発表ってことは、新曲ってことだね」
「え?新しく曲作んなきゃいけないのかにゃ?」
そういうことになる。ミューズの曲は、どれもすでにライブで使用している曲だから新しく作らなきゃいけない。
「なんでそんなことになってんの?」
真姫ちゃんが不満そうに言う。作曲を担当している真姫ちゃんからすれば、相当の負担を強いられるわけだから、不満の一つや二つも出るだろう。
「それは、ラブライブの予選にエントリーするアイドルが予想以上に多くて。中にはプロのアイドルのコピーをしている人たちもいるらしくて」
「それでオリジナルじゃなきゃだめってことですね」
海未が仕方なしと言った様子で呟く。
「でも、ラブライブ予選までもう時間もないやん?」
そうなのだ。ラブライブ予選まで残り半月。今から新曲を作り、新曲を作るとなるとそれに見合った衣装も必要だ。さらに振り付けを覚えるとなると至難の業だ。
「―――――仕方ないわね。真姫!」
絵里先輩が、何事か思案する表情を見せたのち、真姫ちゃんの名前を呼ぶ。
「な、何よ?・・・・・・まさか」
何かに気づいた真姫ちゃんは絵里先輩の顔を見た。この切羽詰まった状況を打開する策でも思いついたのだろうか。
皆が絵里先輩へと期待の視線を注ぐ、当の本人はその視線を受け止めた後。くるりと一回転し、ダイナミックな手つきで空を掲げこう言った。
「合宿よーーーー!!!」「え?何その動き」
ということで合宿だ。この危機的状況を乗り越えるには、合宿で短期間のうちに曲と衣装と振り付けを考えなければいけない。
「真姫ちゃんやっぱり凄いにゃー」
合宿ということはつまり、真姫ちゃんの別荘である豪邸のご紹介である。今回は夏とは違い、周りが山々に囲まれた、緑豊かな自然の大地で合宿を行う。
そんな緑生い茂る景色に、ぽつんとお城のように立っているのが真姫ちゃんの別荘。周りの景観を崩すことない優雅な色調と、にじみ出る荘厳さが、流石別荘と呼ばれる所以である。
一体いくらするのだろう、なんて野暮なことを考える俺はザ、庶民である。
「ねぇ真姫ちゃん。これからもずっと一緒にいようね?」
一緒にいて、そしてあわよくば養ってもらおうそうしよう。
「な!ななななな、何言いだすのよ!///」
「ほーら雪?眼の前に私と同じ名前の物が広がっていますよ?」「いや広がってないよ!めちゃめちゃ山々だよ!海未には何が見えてんの!?」
「雪君。本当に自分の発言には気をつけようね。じゃないとことりのおやつにしちゃうぞ?物理的に」「物理的に!?」
「雪ちゃんは将来、凛に背中を刺されて死ぬにゃ」「決定事項なの!?」
「でも本当に気を付けてね?誤って今すぐ刺しちゃうかもしれないから」「それはどちらかというと絵里先輩が気をつけてほしいかな!?どちらかというとね!?」
「・・・・・・・・」「ちょ、痛い痛い!なんで無言で脛蹴ってくるのにこちゃん!?」
「良い景色やねー。ほら自然のパワーを受取れそうやん?」「・・・・普通かよ!良いんだけどね!?良いんだけどなんか来るかなって構えちゃったじゃん!」
「まあ雪君はいつもの事だから放っておいて、それより一人足りなくない?」「何気に一番傷ついたよ花陽。何よりその本気で言ってそうな顔とトーンが。できれば構ってくれます?いやホント、できればでいいんで」
ほら、俺うさぎ年だから。うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ?
「一人?えーっと、ひーふーみー・・・」
俺の頼みなど誰も聞いてはくれず、海未が花陽の言ったことを確認する。
数えてみると、確かに一人足りない。本来ミューズフューチャリング俺、で10人いなければいけないはずが、9人しかいない。
「・・・・・・穂乃果、は?」
俺の指摘に、みんな辺りを見回す。
「「「「「「「「「・・・・あ」」」」」」」」」
穂乃果。リーダーなのにな。不憫だ。
「もう!みんなひどいよ!!」
「ほ、穂乃果がいけないんですよ!?寝過ごしたりなんかするから」
どうやら、電車の中でぐっすりと眠っていたらしい。田舎だから、反対方向の電車も見つからず、降りたところから走ってきたらしかった。不幸中の幸いは、乗り過ごしたのが一駅だったということだろうか。
「と、とにかく。別荘で一休みしましょ?」
絵里先輩が、穂乃果を宥める。穂乃果は納得していない様子で、頬を膨らませながらも、渋々ついて行った。
「だ、暖炉がある!」
別荘に着くや否や、穂乃果は、部屋に鎮座する暖炉に夢中になっていた。もうすっかり機嫌は直ったようだ。
「真姫ちゃん!火つけていい?」
凛がはしゃいで、真姫ちゃんに聞く。
「だめよ。今つけたら煙突が汚れて、サンタさんが来てくれなくなるでしょ」
「「・・・・・・・え?」」
唐突な真姫ちゃんの発言により、空気が一瞬止まる。
「嘘じゃないわよ?ほら、暖炉のところ見てみて」
なぜか勝ち誇ったような笑みで暖炉をさすので、皆で覗く。すると暖炉のところに、メリークリスマスとサンタのイラストと共に白いチョークで書かれている。
「毎年必ず来てくれるんだから。みんなのところには来ないの?」
首をかしげる真姫ちゃん。どうやら本気で言っているらしい。本の気と書いて本気で言っているらしい。
「ぶふっ!!あんたもしかしてまだサンタなんて―――――」
耐えきれなかったのか、にこちゃんが噴き出す。その行為を絵里と花陽が止める。
「駄目だよにこちゃん!それは重罪だよ!ギルティだよ!」「そうやで!!」
そして穂乃果と希がにこちゃんに注意する。
「へー。真姫ちゃんのお父さんも大変――――――ぐふぅ」
言葉の途中で、凛からドロップキックを食らう。
「ちょ!なにするの!?ドロップキックってプロレス技だから!シャレにならないから!」
「言ったらギルティって言ったはずにゃ」
今まで見たこともない凛の冷徹な声と冷酷な表情だった。
マジですか。これもあかんのですか。ドロップキック食らわされるのですか。
「なにしてるの?」
「なーんでもなーいよ?凛はそんな真姫ちゃんも大好きだにゃ」
「?ありがとう?」
凛が振り返り、1000パーセントスマイルを真姫ちゃんに向ける。
「そんなことより、早く曲を作り始めないと。時間ないんだし」
花陽が本筋を思い出させてくれる。
「そうね。せっかく全員いるんだし、作曲班と作詞班、衣装班に分かれましょう。振り付けは曲ができてからみんなで考えるってことで」
絵里先輩の提案に皆頷く。くじ引きの結果、作曲班は絵里先輩とにこちゃん。作詞班は希と凛。衣装班は穂乃果と花陽が加わることになった。
「さぁ凛!早く行きますよ!」
「やだにゃー!登山なんてしたくないにゃー」
作詞班であるところの海未と凛が何やら揉めている。
「雪ちゃん!止めてー!」
「何してるの?」
「今から山頂アタックを仕掛けに行くんです!」
海未がきらきらとした表情で言う。山頂アタックの意味は良くわからないが。
「へー。良くわからないけどいってらっしゃい」
「うわー!雪ちゃんのばかー!」
ずるずると海未に引っ張られていく凛を見送る。他の面々もテントを用意して外で作業をするようだ。
「暇だなー」
こうして一人、取り残された俺は別荘のリビングでくつろぐ。俺も何か手伝おうとしたのだが、あいにく手伝う余地がなかった。
ぼーっと天井で回り続けている扇風機みたいなあれ。シーリングファンといったっけ、を見つめていると段々と意識が遠のく。睡魔の奴が襲ってきた。
一応抗ってみるもしかし、人間は一生睡魔には勝てない。人間であるところの俺としても勿論例外じゃなかった。
―――――――――――――。
広い広い別荘は静寂に支配される。物音ひとつせず、人の気配が感じられない別荘は、元の何倍も広く感じた。
薄れゆく意識の中。ふと、そんなことを感じてしまう。こんなに広い家に一人なんて状況、俺の人生に与えられなかったためかひどく居心地が悪くなった。もそもそと何度も寝がえりを打つ。落ち着かない。
いつの間にか睡魔の奴はどこかへ行き、代わりに寂しさが唐突に襲ってくる。
「あ、あー。あれだなー。様子ぐらい見に行ってもいいよねー」
何の意味もないがとりあえず大声を出す。広い家に空虚に残る自らの声が、むしろより一層、孤独感を露わにした。
寂しさに耐えきれず、外に散歩に行くことにした。
散歩に行くと川を発見する。川沿いに歩いて行くと花を摘んでる花陽に出会った。
「何してるの花陽?」
「あ!雪君。今ね、お花を摘んでるの。一つ一つ違うから衣装の参考になればと思って」
花をかざして言う花陽の表情はいつにも増して穏やかだ。
「そっか。あ!じゃあこれなんかどう?」
「わー!うん!すごくいいと思う」
その後もそんなやりとりを花陽としているうちに、辺りは夕日に照らされてきた。
「じゃあ、私そろそろことりちゃん達のところに戻るね?」
「うん」
花陽とお別れし、また歩く。
段々と辺りが薄暗くなっていく中。ぼんやりと明るい場所があることを発見した。その場所に向かって歩くと、テントが見えてくる。明りの正体はガスランプだった。みると木々が積まれている。どうやら焚き木をしようとしていたらしい。
「全然火つかないわねー」
焚き木をしようとしているのはにこちゃん。それを真姫ちゃんが髪の毛をいじりながら見ている。
「早くしてくれない?もう薄暗くなってきたんだけど」
「ちょっと待ちなさいよ!」
どうやら、火をつけるのに苦戦しているようだ。
「手伝おうか?」
「雪じゃない!」
ランプを大事そうに抱える絵里先輩が俺に気づき声を上げる。
「あんた火つけれんの?」
訝しんだ目線を向けるにこちゃんが手に持っているのは、縄文時代にその名を馳せた火起こしだった。シュコシュコと頑張って火を起こそうとしている。
「失敬な。火くらいつけれるよ」
どいて、とにこちゃんが座っていた場所に座りこむ。
そして火種に、持っていたライターをつけ、そこから新聞紙、細い木々、太い木々と、順番に火を移し替え、やがて小さな火は業々と燃え盛る炎となった。
「ほらね?」「いやほらねじゃないわよ!」
なにがいけなかったのだろう?ちゃんと火をつけたのに、にこちゃんが憤慨している。
「ライターあるんならそりゃ火つくわよ!現代っ子!」
「まあまあ、なにはともあれ明りがついたんだからいいじゃない。本当に」
絵里先輩は先ほどからなぜか表情が暗い。相変わらずランプを大事そうに抱えている。
「ん?」
絵里先輩が抱え込んでいるガスランプが点滅し出した。かと思うと、辺りを照らしていた黄色い光が消える。
「あ、あれ?う、嘘?嘘よね?」
絵里先輩が振ったり逆様にしたり、つけたり消したりしているが、明りが復活する気配はない。
その事を悟ったのか絵里先輩の表情から見る見るうちに血の気が引いて行き、顔面蒼白となる。
確かに、ランプが消えたのは重要だが、そんな人類滅亡したかのような表情を見せるほどだろうか。幸い、火はついたのだし、焚き木のおかげで辺りが真っ暗ということはない。
「・・・・はっはーん。絵里。あんたもしかして暗いのが怖いの?」
にこちゃんが意地悪そうな笑みを浮かべる。
なるほど、それなら合点がいく。
「べ、別に!?どうだっていいじゃないそんなことイミワカンナイ」「真姫ちゃんみたいになってるよ絵里先輩」「どういう意味よそれ!」
口をとがらせる絵里先輩。振り返るとなぜか真姫ちゃんまで怒っていた。
「ね、ねぇ雪?別に暗がりが怖いというわけじゃないんだけど、良かったら一緒に寝ない?ほら、独りじゃ寂しいじゃない?」
不自然な笑みを浮かべながらお誘いを受ける。が、しかし。
「え?嫌だよ野宿なんて」
素直な感情を述べたのだが、皆なぜかショックを受けたような顔をする。
「それじゃ、俺戻るね?」
なんだかよくわからないのだが、皆の反応がなくなってしまったため、別荘に戻った。
別荘では、昼と違い人の気配がする。どうやら穂乃果達がお風呂に入っているようだった。
お風呂から聞こえてくる声に耳を傾け、またリビングでくつろぐ。今度は孤独感も寂しさも感じなかった。
代わりに、昼寝ができなかったせいか。昼の睡魔が、勢いを増してやってくる。
眼を閉じると、すぐに意識を手放してしまいそうになる。
俺が睡魔と争っていると、不意に、ピアノの音が聞こえてくる。そしてミシンの稼働音。澄んだ歌声。
その音を聞いていると、睡魔と争っていたことも忘れ、不思議と安心して自然と眠りに落ちた。
翌朝、眼が覚めるとすでに皆がいて、朝食を食べているところだった。
皆の晴れやかな表情と、昨日の晩の、聞こえてきた音を思い出して分かった。
こうして、ミューズの新しい曲が完成した。
どうも、技名を叫んでから殴る高宮です。
書くことないので野球の話。
巨人の堂上選手が応援したくなります。昨日は二安打にダイビングキャッチ。別に巨人ファンというわけじゃないのですがこのまま活躍していってほしいものです。
セリーグはあとはDNeAですねー。まさか首位を走るとは思いませんでした。貯金10はなんでも17年ぶり?だとか。こちらもこのまま頑張って行ってほしいものです。
それでは次回も頑張ります。
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何事も本番が一番大事
ラブライブ予選まで後数日。
合宿のおかげで新曲もできたし、衣装のアイデアも完成した。
あとは練習を重ねて予選を迎えるだけ。と俺はそう思ってたんだけど、新たな問題が浮上したらしい。
今日は、その新たな問題とやらを解決するために授業が終わってすぐ、ここ、音ノ木坂の部室に呼ばれた。
「で、呼ばれてきたわけだけど。問題って?」
「雪ちゃん!そういえば、すっかり音ノ木坂に馴染んでるよね?」
う・・・。最近、ほぼ毎日のように音ノ木坂に入り浸ってるせいか、そんな指摘を受ける。
音ノ木坂の生徒からも段々と怪しまれてきた。いくらなんでもおかしいと。
「いや、そのことはどうでもいいんだ。それより問題っての聞かせてよ」
「問題とはラブライブの予選会場の事です!そもそも!この第二大会では多くの参加者が現れたことから―――――――」
俺と穂乃果がしゃべっていると、唐突に間に割って入ってきたのは花陽だった。花陽は毎度のことながらアイドルの事となると人格が変わる。もう慣れてしまったけれど。
「予選会場?」
「ラブライブの予選で使う会場なんだけど、どうすれば目新しさが生まれるかって話をしてたの」
花陽が使い物にならなくなってしまい、代わりにことりが補足してくれる。
「目新しさかー。学校じゃダメなの?」
学校だったら、PRにもなるし、何よりホームグラウンドなわけだから緊張せずリラックスできるだろう。
「それも考えたんやけど、学校でライブできそうなとこはだいたい使っちゃったから。新鮮さはないかなーって」
なるほど、確かに。希の言うことに納得する。屋上も、校庭も、講堂も、一度使っているから目新しさという点には欠ける。
ラブライブの運営側で用意してくれているのもあるが、これだと他のアイドル達とかぶってしまうから先ほどと同じ理由でこれも駄目。
そういえばアライズのみんなはどこでやるんだろう。まぁ、アライズはどこでやっても一緒か。
ミューズらしくて、かつ目新しい会場。
「う~ん」
まさか、会場一つでこんなに悩むとは。皆のラブライブに懸ける思いが伝わってくる。何一つ、妥協しないんだと。
「場所が駄目なら衣装で新鮮さを出せばいいじゃん!」
穂乃果が思いついたように提案する。もうすでに衣装案は出来ているのだが、手を加えるということだろうか。
「セクシーなドレス。とか?」
にやける希が絵里先輩の方を見ながらつぶやく。
「セクシーなドレス・・・・」
そのつぶやきを聞いていたのか、海未が反復する。
「むむむ、無理です!!そんな破廉恥なチャイナドレスなんて///スリットが深い奴なんて///」
「いや、誰も何も言ってないから」
また海未お得意の妄想癖が爆発したようだ。顔を真っ赤に染め、無理ですを連呼している。
「ていうか、誰か一人だけ目立ってもしょうがないじゃない」
にこちゃんが正当な意見を述べる。そこで、話し合いはまた振り出しに戻った。
「そんなことより、やることがあるんじゃない?」
「やること?」
真姫ちゃんの発言に皆首をかしげる。
「まだ音ノ木坂のみんなにラブライブにもう一度出るって言ってないでしょ?」
「ああ!!確かに!」
穂乃果が思い出したように声を上げる。ていうか、言ってなかったのか。てっきり穂乃果の事だから、はしゃいでお知らせしているものとばかり思っていた。
ということで、場所を部室から、放送室に移していた。
「彼女、放送部員なのよ。ここで、全校生徒にお知らせすればいいでしょ」
「なるほど!」
真姫ちゃんに紹介された女の子は、快く放送室の使用を許可してくれた。
いや、それよりも。
「真姫ちゃん、友達いたんだね」「失礼ね!!」
俺はその事実が何よりも嬉しかった。思わず涙してしまうほどに。だって真姫ちゃんが教室でずっと一人でいるものとばかり思っていたから。その場面が容易に想像できるから。
穂乃果も、真姫ちゃんも。いや多分他のみんなも、当たり前だけど俺の知らないところで色々やってたり、やってなかったりしてるんだと思ったら、なんだかちょっと寂しくなった。俺の知らないことが色々とあるんだと。きっとその中には知らないほうがいい事も。でもそれは俺も同じで―――――――。
「これからも真姫ちゃんと仲良くしてあげてほしいにゃ」「ほら、真姫ちゃんって素直じゃないから思ってることと反対の事をいつも言っちゃうから、気にしないでね?いや、むしろそこがかわいいって言うか短所であり長所でもあるというか――――」
「ちょっと二人とも何やってんのよ!!」
見ると、凛と花陽が女の子に詰め寄り、真姫ちゃんの良いところを必死に説いている。さらによくよく見てみると二人ともむせび泣いていて、その光景を見ていると俺も我慢できずにその輪に加わった。そして女の子の手を握り懇願する。
「真姫ちゃんと末長く友達でいてあげてください~。きっと最初で最後の友達だろうから~」
「雪はさっきから失礼なのよ!!」
真姫ちゃんの事を思うと自然と泣いてしまい。言葉が震える。真っ赤になった真姫ちゃんに凛達と共に説教される。
「大体!別に、友達とか、そういうんじゃないし。たまたま席が近くでしゃべっただけだし・・・」
くるくると自らの髪の毛をいじりながら、そっぽを向き意地を張る真姫ちゃん。筋金入りだね真姫ちゃんも。
「はっ。ここまで来てそんな意地はっても意味ないにゃ」鼻で笑う凛。「真姫ちゃん。ここで素直にならずにいつ素直になるの?今でしょ!」珍しく激しい花陽。「そんなだからいつもぼっちなんだよ真姫ちゃん」「雪は本当に後で怒る!!」
ぶんぶんと両手を振りながら宣告される。あれ?なんで俺だけ?
「ていうかさっきまで泣いてたのに!どこに行ったのよあの涙!!」
「まぁまぁ真姫。それより早くしないとみんな帰っちゃうわよ」
プンスカと怒る真姫ちゃんを、絵里先輩が宥め、急かす。もうそろそろ学校に残ってる人も帰る頃合いだろう。早くしなければ誰も聞いてないということもある。
「そうだね!じゃあよろしく!」
穂乃果がマイクの前に立つ。真姫ちゃんの友達(希少種)がそれを受けて、マイクを調節。穂乃果はリーダーだから当然として、他のメンバーにも応援を頼むのをマイクを通して、してもらいたい。
「みなさーん!ミューズの高坂穂乃果です。この度―――――――」
穂乃果がしゃべっている間。皆の話し合いで花陽と海未が、マイクの前でしゃべることとなった。一番練習がいる二人だろうということだ。
「えっーと、園田海未役をやっています。三森すずこです」「いや、それ違う!違わないけど違う!」
どうやらテンパって、言ってはいけない事まで口走っているようだ。早急にマイク前から離す。
「え、えーっと、ミューズの食いしん坊担当。小泉花陽です」「食いしん坊担当だったんだ」ていうか、いる?その担当。
どうやら花陽もテンパっているらしい。続く言葉は小さくて聞き取れない。
「頑張って、かよちん」「はわわわわ」
凛の応援も耳には届いていないようで、花陽はさらにテンパるばかり。仕方ないのでこちらも戦線を離脱させる。
「こうなったら雪!あなたが宣伝して!」
「えええええ!!無理無理!第一俺、ミューズのメンバーでもないし、音ノ木坂の生徒でもないし」
「大丈夫、雪君ならいけるって、むしろ効果絶大やと思うで」
絵里先輩と希に推薦されテンパる。
「あのー。すいません」
そんなやりとりをしていると(希少種)から離しかけられる。
「全部、放送されちゃってるんですけど・・・」
「・・・・・・えええ!!?」
なんで!?
「あ!ごめん。花陽ちゃんが声小さかったからマイクの音大きくしてたんだった」「切っといてよ!!」
てへっと小さく下をだし謝る穂乃果。
「あ!本当にいた!」「海田君だ!」「あれが噂の!?」「本物いたんだ!」
校内放送を聞いてやって来たのか、音ノ木坂の生徒たちが大挙して放送室に押し掛けてきた。
とたんに放送室がぎゅうぎゅうづめになり、息が苦しくなってくる。
「うわー、男の子だー」「かわいい顔してるねー」「ねぇねぇ、触っていい?触っていい?」
「い、いやそういうのはちょっと」
ぐいぐいと壁奥に追いやられ、次第に体中をぺたぺたと触られる。女子陣はきゃーとかひゃーとかいいながら、それでも触る手を止めてはくれない。何ハザード?何ハザードなのこれ?
「わ、わー。雪ちゃんがー雪ちゃんが大群に襲われている―」
情けない声でわたわたしているのは穂乃果。
「ちっ。私ですらあんなに触ったことないのにやつらめ」「素が出てるでことりちゃん」
ていうか助けてよ。なんで傍観してんのさ。
「ちょっと通してくださーい。あっすいませーん。ごめんなさいねー」
俺が女子達に一網打尽にされていると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえる。
なんとかその方向に首だけ曲げると、ピコピコと黒いツインテールが揺れているのが分かった。
「あ!書記さん!」「だから役職名で呼ばないでって言ってるでしょ?」
見るとなぜか書記さんが目の前にいた。その書記さんの登場により、暴走が起こりそうだった女子達も一応の鎮静化が見られる。
その一瞬の隙をついたのか、にこちゃんに勢いよく連れ去られる。といっても壁奥から入り口までの数メートルであるが。
「でかしたにこちゃん!」「た、助かった」「ふん。私にかかればこれくらい余裕よ」「それでこの人は誰だにゃ?」
あいも変わらず雑然とした空気感の中、一応、書記さんを紹介する。
「この人は、生徒会役員の書記さんで、こっちはミューズのみんなね」「へー、この人が雪の生徒会のねー」「大丈夫なん?なんかぽわーっとしてるけど」「問題とか起こして雪に迷惑かけたりしないでしょうね」「ていうか、私と髪型かぶってるんだけど」
皆が品定め見たく書記さんの頭からつま先までをじっとりと見つめる。そんな視線に耐えきれなかったのか、俺の後ろに隠れるように移動する。
「・・・・雪君。なんで雪君はそんなに無造作にホイホイと女の子と仲良くなるの?なんでそんなにフラグを乱立するの?本気で怒っていい?」「い、いや俺に聞かれても・・・・・・」
「なんか段々虚しくなってきちゃったよ私」「かよちんしっかりするにゃー」
花陽が涙目で凛に抱えられている。
「そ、それよりも書記さんはなんでこんなとこにいるの?」「話題を逸らしましたね雪」
海未に的確に突っ込まれるも気にしない。気にしないったら気にしない。
「それは、ツバサ様に連れて来いって頼まれたんです。ついでにミューズの皆さんも」
「「「「「「「「「「・・・・・・へ?」」」」」」」」」」
ということでなぜか書記さんに連れてこられたのは、UTXにあるカフェラウンジにある一室だった。
「あら、連れてきてくれた様ね」「ツバサさん」
書記さんを使ってここに呼び出した張本人。ツバサさんがあんじゅと英玲奈先輩と共に颯爽と現れた。
「久しぶりね。絢瀬さん」
「ええ。綺羅さんもお変わりないようで」
元生徒会長と元生徒会長が握手を交わす。それを見てるとなんだか不思議な気持ちになった。
「雪!あんたこんなとこで毎日学校生活送ってんの!?」
にこちゃんが驚愕している。席に座ってからも凛ちゃんと二人、こっちをきょろきょろあっちをきょろきょろと世話しない。
そういえば、俺が音ノ木坂に行くことはしょっちゅうでも、みんながUTXに来るなんて初めてだ。ちなみに俺がカフェラウンジに来るのも初めてだ。だってオシャレすぎるんだもんここ。
「それで、ツバサさん達が呼んでくれたんですよね?理由を聞いてもよろしいでしょうか」
海未が本題を聞き出す。俺達にはアライズのツバサさんが、俺たちを呼び出す理由が分からなかった。見当もつかない。
「それは、私が説明しよう」
なぜか誇らしげに英玲奈先輩が説明し出す。
「実は、私たちはミューズの事をとても評価してるんだ。そこで、ミューズとアライズのコラボということで、ミューズの予選会場にUTXの屋上施設を貸し出してもいいという話になってな」
「私たちもただライブするだけじゃ予選どうなるかわからないし、コラボとなれば注目度も抜群。あなた達にとっても悪い話じゃないと思いますけど」
英玲奈先輩の言葉をあんじゅが引き継ぐ。
その話の内容に、正直皆は面喰っていた。予想だにしていなかった方向からの助け船。もしこの提案を受ければ会場問題は解決するし、むしろ予選突破率が上がる。
「詳しい事や色々な手続きは、雪に渡した資料に書いてあったと思うんだけど、目を通してもらえたかしら?」
ああ。なるほど。あの時渡されて、穂乃果に渡した資料はそういう資料だったのか。
「資料?・・・・ああ!!忘れてた!!」
穂乃果が今思い出したかのようなリアクションを見せる。海未は頭を抱えているし、ことりは苦笑している。
「・・・・・・それで、どうかしら?受けてくれる?」
微笑みながらツバサさんは提案する。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな急には―――――――「受けよう」」
海未が待ったをかけようとすると、それに被せるように穂乃果が受諾してしまう。
「穂乃果!?」「だって、またとないチャンスだよ!?そりゃプレッシャーは凄いけどさ、その分良いパフォーマンスができると思うんだ。だからやろうよ!」
穂乃果の訴えに次第に皆頷く。穂乃果ができると言ったら本当にできる気がしてくるから不思議だ。
「――――――決まったようだな」「ええ。ああ雪。コーヒーおかわり」
自然にすっと差し出される空のコーヒーカップ。あまりにも自然だったため思わず受け取ってしまった。注いで来いという意味だろう。別にいいけど。
座っている席から少し離れたところにセルフのドリンクコーナーがある。そこからコーヒーのボタンを押し、注がれるのを待って、こぼさないように慎重になりながらツバサさんのもとへと戻った。
「ありがとう」「良いですよ別に」
晴れた笑顔でそう言われると悪い気はしない。するとその一連の行動を見ていたのか今度はことりがお代わりを要求してきた。
「雪ちゃん♪はい♪オレンジジュースが良いな♪」
いつもより三割増しのニコニコ笑顔でそう言われると断れない。仕方ないのでグラスを受け取り、今度はオレンジジュースのボタンを押して帰ってきた。
「私はそうね。ココアが良いかしら」
今度は絵里先輩。最早注ぎに行くことが当たり前のようになってきている。しかし、カップを受け取ってしまった手前、行かないわけにもいかない。この短時間ですでに三度めとなったドリンクコーナーにて、ココアを注いで戻ってくる。
「にこはカルピスソーダね」「いやすいませんけどいっぺんに言ってもらえます!?」
なんで俺一々往復させられてんの!?いつの間にか給仕係みたいになってるし。新手のいじめ?
「じゃあ凛はリンゴジュース」「わ、私はお茶で」「私は水で良いです」「じゃあ穂乃果は~、え~っと、カルピスとオレンジとマスカットを混ぜ混ぜして?」「私は別にいらないわ」
一度に言えと言ったからだろうか。ほんとにいっぺんに言って来た。行くことは確定なんですね。
「うちも行くよ。一人じゃ大変やろ?」「希。ありがとう」
希は優しい。流石にこの人数だと一人じゃ持ち切れない。
「はっ!希ちゃんが勝ち誇ったような笑みをこちらへ向けている!」「しまった。これで雪君の中の希ちゃんの高感度がうなぎ上りに・・・・雪君が入れてくれたジュースが飲みたいばかりに墓穴を掘った」
なにやら穂乃果とことりが騒がしい。ていうか俺が入れようがジュースの味に変わりはないと思うんだけど。そんな裏技みたいなの知らないし。
なにはともあれ二人で人数分のジュースを用意した。真姫ちゃんは俺が勝手に紅茶にしておいた。
「い、いらないっていったのに///」
真姫ちゃんの素直じゃなさ加減は飲み物に対しても発動するんだと知った。
ドリンクコーナーまでそんなに距離があるわけじゃないけど、精神的に疲れた。なので椅子に腰かけようとすると、なぜかツバサさんから手招きされる。近くによると、今度は隣をポンポンとアピールしてくる。隣に座れということなのだろうと結論付けておとなしく座った。
ツバサさんを見ると満足げにうなずく。そのままの流れで他のみんなを見たら、全然満足げな表情じゃなかった。みんな眼をめいいっぱい見開いてこちらを見ていた。
「それじゃ、さっき言った通り詳しい事は渡した書類にあるから、今度こそ眼を通しておいてね」
するりと腕をからませながら、通達するツバサさん。皆の眼の開き具合が20%ぐらいアップした。
すると、とことことこちらに歩いてくるのは凛。俺の眼の前で止まったかと思うと、くるりと半回転し、背中が見える。そしてそのまま膝の上にちょこんと座った。
「り、凛?」
何事かと首を動かして凛の顔を覗き込む。段々とリンゴの様に赤くなっていくのが分かった。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。
て言うかこれどうすればいいんだろう。じっと動かない凛を眺めてればいいのかな。
対応に困っていると今度は絵里先輩が俺の後ろに回り込む。
「え、絵里先輩?」
名前を呼んでも凛同様返事はない。代わりに腕がしゅるりと伸びてきて、俺の肩を掴む。そのまま揉み揉みともみしだきだした。
どうやらマッサージをしてくれるらしい。
気持ちいいので黙ってマッサージを受けていると今度はにこちゃんが席を立つ。
「どうでもいいけどさっきからなんで一人ずつ動くルールなの!?」
そんな俺の叫びなど誰も意にも介さず、にこちゃんは机に置いてあった菓子、ポッキーを手に取り、そのうちの一本を袋から開けて俺に差し出してくる。
ポッキーをぐいぐいとほっぺに突き刺してくるにこちゃん。食べろということなのか。
仕方ないのでおとなしくポリポリと食べる。
ポッキーを食べていると今度は海未が「もういいよ!!」
何なんださっきから。意味が分からん。みんななぜ俺をもてなそうとしてるんだ。あと全員なぜか無言なのも怖いし。
「だって、雪ちゃんがとられると思って・・・・」
眼を逸らし拗ねた様に穂乃果が白状する。見ると皆大体同じ反応だった。
「ふふっ。仲が良いのね。―――――――それじゃ、私たちはこれで失礼するわ」
いつの間にか席を立っていたツバサさん。そこで気づく。俺たちみんなツバサさんに遊ばれていたことに。―――――――――性格悪いなぁ。
そして、この一件でなぜか打倒アライズに燃えた皆は、二週間みっちりと練習をこなしラブライブ予選当日の朝が来た。
どうもセトウツミヤです。タカミヤです。
もう一カ月以上前に発表されたけど関係ねぇ、セトウツミ映画化!!
セトウツミ何回見ても面白いんで実写化かアニメかわかんないけど行こ。
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予選通過って案外難しい
ついにこの時が来た。ラブライブ予選当日の朝だ。
澄んだ青空が眩しく、日差しが強い。もう十月だというのに、季節外れに太陽が仕事をしている。片手で日の光を遮りながら、俺はとぼとぼと自身の学校であるUTXへと歩いていた。
結局、ツバサさんの提案に乗ることにしたミューズはUTXの屋上で予選のライブをすることになっている。
今日は学校で最後の練習確認。そしてUTXに移動して、リハーサルを行った後、ツバサさん達アライズのライブ。そしてその後いよいよミューズのライブが行われる。
そう考えると自然、足取りが早くなる。緊張と不安と、楽しみと期待とが入り混じった胸の内は、早く皆に会いたい、その気持ちでいっぱいだった。
「さぁ会長。仕事してください」
「・・・・・へ?」
UTXにつくやいなや校門で待ち伏せしていた書記さんに、腕を引っ張られ連れてこられたのは生徒会室だった。生徒会長でありながら未だほとんど仕事目的で来たことはない。
「ツバサ様やあんじゅちゃんはライブのあれこれで忙しいんだから、仕事たまってるんです。本職であるあなたが頑張って仕事してください」
書記さんに叱られる。まあ今まで仕事しなくてよかったのが奇跡みたいなもんだったし、仕事をするのにやぶさかではない。ていうかそれが当たり前で普通なんだけど。
がしかし。
「これって今日やんなきゃいけないの?「今日です。マストでナウです」」
やんわりと先延ばしにしようと思ったのだが、やや食い気味に押される。ついでに資料も手渡される。
「せ、せめてツバサさん達に挨拶くらいは・・・・」「ノーですノットです否定形です」
ライブまであと数時間。せめて挨拶ぐらいしておきたかったのだが、それすらも拒否される。
「他の役員は?」「とっくに仕事終えてるに決まってるじゃないですか」「決まってるんだ」
やや気分が滅入る。一人で仕事するのは辛いからだ。それにこの量を一人だと、アライズのライブどころか、ミューズのライブにまで支障をきたす可能性がある。
ぶっちゃけ間に合う気がしない。
「ていうか、さっきからなんで書記さん敬語なの?」
「イライラしてるからに決まってるじゃないですか」「いや知らないよそのローカルルール」
なに?書記さんはイライラすると敬語になるの?丁寧な口調で痛いところをビシビシとついてくるの?
「はぁ。いいから、早く仕事終わらせるよ」「あ、はい」
ため息をつきながら書記さんは、普段は副会長、つまりあんじゅが座っている席に腰掛けた。つまり俺の隣だ。
「?」
俺が不思議そうな顔をしていたのに気づいたのだろう。慌てて弁解をする。
「あれだから!!私もアライズのライブ見たいし!!こっちの方が仕事捗るし!!間に合わないと私が怒られるんだから!!分かった!?」
顔を熟れたトマトみたいに真っ赤にして、まくし立てる。どうやら、手伝ってくれると言っているようだ。確かに隣の方が仕事はしやすい。
後から聞いた話によると、どうやら仕事が残っていることに気づいたツバサさんが、書記さんに手伝うように指示したようだ。よほど必死に頼み込んでいたのだろう。間に合わないと怒られるとはそういう意味だ。
勿論そんなの、今の俺には知る由もない。
「わかったわかった。じゃあ早く取りかからないとね。二人でやればぎりぎり終わるでしょ」
「・・・・・本当に分かってんのかなー」
不満げに文句を言う書記さんはとりあえずスル―して、渡された資料をパラパラとめくる。それにしてもホントに終わるかな、この量。
先ゆく未来に、若干の不安を残しつつ。それでも終わると信じて。ページをひたすらにめくり、ハンコを押し。サインを書き。静けさが灯る生徒会室で、二人っきりで。交わす言葉は事務的なもののみ。だが、志は共にして。ただひたすらに仕事をこなした結果。
「お、おわった・・・・」
最後の一枚にハンコを押して、机に突っ伏す。その拍子に最早紙くずとなった資料が空を舞うも、もう気にしない。
「う、腕がしびれてる・・・・」
隣を見やると、書記さんも同じ恰好をしていた。同じように空を舞う紙くずから覗く二人の顔はまるで写し鏡のように同じ表情をしている。二人とも今日の天気の様に、晴れた眩しい笑顔だった。
「はっ!!いま何時!?」
仕事が終わった脱力感と、少しの達成感で忘れていた。アライズのライブは午後6時から。ただいまの時刻、午後5時50分。
「やべー!!もう後十分しかねーじゃん!!」
お昼前からぶっ通しでやり始めてこの時間かよ。どんだけ仕事してたんだ俺達。
「ちょ、もう!海田君がもたもたしてるからじゃないですか!大体、普通に仕事してればこんなにたまらなかったんですよ!!」「それは本当にごめんなさいね!!」
いや、今はどっちが悪いかで言い争っている場合ではない。いや俺が100%悪いけど。今、早急にするべき事が他にあるはずだ。
「ていうか早くせなホンマに遅れてしまうやないか!!」「なんでエセ関西弁入ってんねん!!」「移ってもうてるやんけ!」「ねぇなんか段々変なテンションになってきてるんだけどこれ!!」「仕事のしすぎで頭おかしくなっとんちゃうんかい!」「なんで関西弁濃くなっていくんだよ!!」「とりあえず一回落ち着こうか!!」
書記さんの提案にとりあえず乗る形でいったん落ち着く。
「とにかく!ライブがやってる講堂までなら、走ればまだ間に合うから!」
そう言って差し出された手を握る。未だに講堂までの道のりが分からないので、引っ張って行ってもらい、何とか講堂に到着した。
講堂の重苦しい扉を開く。薄暗い闇の中、こちらの存在に気付いた数名が手を振っているのが分かった。
書記さんに引っ張られたまま、その手を振っている一団のもとへ近づくとその一団は、他の生徒会役員並びに俺が生徒会長になるとき手伝ってくれた女子たちだった。
「遅いよ!海田君!」「ほら!ここ座って!」「もうすぐ始まるよ!」
女子達に引っ張られる。どうやら席を確保していてくれたようだ。
「ありがとうみんな」
お礼を言い、席に座ろうとすると、ぐん、と重力を感じる。
重力がかかっている方向へと目線を向けると、書記さんがその場に佇んでいた。いまだ手はつながっているので、俺も動けない。
「書記さん?」
「・・・・・・・」
薄暗闇の中、書記さんの表情ははっきりとは汲み取れない。だが少し、緊張しているのが汗ばんできた手を通して分かった。
そういえば、書記に立候補した時も人知れずだったみたいだし、この人たちと喋っている所を見たことはない。俺達をツバサさんの指示でUTXに連れてきてくれた時もミューズに対して緊張しているようだったし、学校に着いた瞬間どっか行っちゃったし。
人見知りする子なんだろう。
「ふふっ」
「な、なんで笑うの!?」
きっと、緊張が伝わっている事、書記さんは気付いていた。だからこそ、こんな薄暗闇の中でもわかるくらい真っ赤になってるんだと思う。
「ううん。なんでもない。ほら、早く座ろう。本当に始まっちゃう」
書記さんを通路側の端っこに座らせて、俺はその隣に座る。
きっと俺は嬉しかったんだ。今まで書記さんの事なんて、病的なまでにアライズが好きという事しか知らなかった。ほぼ毎日お昼を共にしているというのに。
それが、今日一日で色々と知れた。怒ると敬語になる事。意外と恥ずかしがりやなこと。仕事ができるということ。人見知りするところ。
それが俺はたまらなく嬉しくなった。ミューズのみんなと同様に。
「書記さん、俺これからももっと、書記さんの事知れたらなって思うよ。だからこれからもよろしくね」
薄暗闇の中に、カラフルな照明が灯る。これからライブが始まることを知らせる照明に、観客は沸いた。その声援に俺の声はかき消えたかもしれない。
そう思って隣を見る。緊張した面持ちが、講堂内を駆け巡る照明に一瞬照らされる。そして、なぜかまだ握っていた右手に、力がこもった。
時刻は定時を過ぎている。こういうものは大抵、時刻を過ぎてからライブが行われる。そのおかげで間に合ったんだけど。
瞬間、講堂内を巡っていた照明が突如消える。真っ暗闇に支配され、一瞬のうちに、ステージ上が照明により煌びやかに彩られた。
そのセンターにいるのは、煌びやかな色に負けない。むしろその色々が引き立て役にしかならないほどに、輝いた綺羅ツバサ。統堂英玲奈。優木あんじゅ。
アライズの登場に、曲のイントロに観客は一層割れる。隣の女子達も、生徒会役員も。誰一人として例外なく、アライズに、ライブに飲み込まれる。
ただ二人を除いて。
この光景を見て、きっとまだ、ミューズはアライズに勝てないと知った。けれど、そう遠くないいつの日か。彼女たちは、彼女たちを追い越すのだろう。それは願望でもあり、希望でもあり、ただの想像にすぎなかったけれど、それでも確かに、胸の内にある確信。
その確信を胸にしまって、とりあえず今は、このライブを楽しむことにした。
「いやー、すごかったねー。アライズのライブ」
「ぜ、全然楽しめなかった・・・・・」
「え?なんで?」
講堂から出て、廊下を歩く。俺はとっても、満足げな表情をしていたけれど、書記さんは正反対の表情を見せていた。とってもげっそりとしていた。
「海田君が変なこと言うからでしょ!?女の子にああいうこと言っちゃだめなんだから!!」
こぶしを握り締めて叱られる。右手はつながったままなので左手のみだ。
「変なことなんて言ってないよ。ただ、本当に素直にそう思っただけなんだ」
それをただ、伝えたくて伝えただけ。
「それが、駄目だって言ってんの!勘違いしちゃうでしょ!?」
勘違い?勘違いする要素なんてあっただろうか?俺はただこれからもよろしくと、お願いしただけなんだけど。
でもそれは、送り手の言い分で。受け取り手の言い分も、あるのかもしれない。というかあるからこんなに怒ってるんだ。
あ、いや、敬語じゃないから怒ってはいないのか。
いや、それ以前に。こんなとこでもたもたしてる暇はない。
「ほら、早く行くよ!!」
「え?ちょ、どこに!?」
「そんなの、ミューズのライブに決まってるじゃないか!」
今度は俺が引っ張る番だ。さんざアライズの良いところを聞かされたんだ。今度はミューズの良いところだって聞いてもらわなくちゃいけない。屋上までの道のりは、もう覚えた。
屋上の扉を開くと、もうすでにミューズのみんなは衣装に着替え、スタンバっていた。 間一髪ギリギリセーフ?
見ると音ノ木坂の制服の生徒が、何人も詰め掛けている。応援団といったところだろうか。
その後ろに二人、そっと移動して、ライブが始まる。
その曲も、振り付けも、何度も練習で見たはずのものなのに、いや、何度も練習で見たからか、まるで違って見える。
花陽が間違った腕の振りも、穂乃果がド忘れした歌詞も、凛が転んでいたステップも。今は完璧だ。
アライズの様な、熱狂的ファンも、派手さもない。だけど、確かに伝わる、確かに引き込まれる。不思議な9人の魅力。
その様子はネットで全国に配信される。そして投票の後、予選通過者が決まる。
だけどそんなこと、きっと今の彼女らは微塵も考えてない。
ただこのライブを、楽しんで、成功させることだけを考えている。
だから俺も、俺たちも。今この瞬間だけは何も考えずに、アライズのライブと同様に。ただ、楽しんだ。
「みんなありがとう!」
曲が終わり、同時にライブが終わる。生徒たちの観客にこたえる穂乃果の顔は、充実感にあふれていた。
他の皆も、ハイタッチをしたり、抱き合ったり。ライブの成功を実感しているようだった。
「あ、雪君!」
少し離れたところでその様子を眺めていると、ことりが俺を見つける。俺を見つけるということはつまり、俺と一緒にいる書記さんも見つけるということで、ことりの眼の虹彩がロンダルキアの落とし穴かってくらいに落ちた。
「あれ?またその子と一緒にいるの?」
「雪、来てたんですか?遅いですよ。てっきりこないものかと―――――――」
はい、海未もロンダルキアの餌食にー。
「でたわねキャラ被り!」
にこちゃんは先日の一件以来、書記さんの事をキャラかぶってると敵視するようになった。かぶってるのは髪型だけなんだけどね。
「あれ?にこちゃん髪型変えたんだ。確かにそっちの方が衣装に似合ってるね」
「な///」
しかも、その髪形すら、今はにこちゃんがお団子にしているのでかぶってない。
「ていうかライブ見てたのかにゃー?全然気付かなかったにゃ」
「私は気付いてたよ。凛ちゃん」
凛と花陽が近づいてくる。その周りには生徒たちが、しきりに称賛の言葉を述べている。
みんなとそんなやり取りをしていると、不意に、右手が強く握られる。
書記さんにしてみれば、ほぼ知らない人たちに囲まれることになるんだから、人見知りを発動してしまっているのかもしれない。
そう思い、右手を握り返してちらりと横を見る。
「あ、そんな強く握らなくても。逃げないわよ///」「なんで絵里先輩!?いつの間に!?」
見るとそこには書記さんの姿など跡形もなく。代わりに絵里先輩が俺の右手を握っていた。恋人つなぎになっていた。
「ふんぬ!!」
速攻で海未に腕にチョップをかけられる。痛い。最近は海未もアグレッシブになってきた気がする。主に俺に対しての暴力行為のみ。
「とにかく、ライブお疲れ」
痛む腕を抑えつつ、皆を労う。そういえば書記さんはどこに行ったのだろうと気になり、辺りを見回す。すると、屋上の出入り口の陰から、こちらをひょっこりと見ているのが分かった。
「海田君あの子誰!?」「海田君ってさー、いつも違う女の子と歩いてるよねー」「天然ジゴロだ!女たらしだ!」「リア充め!爆散しろ!!」「そのうち刃物で刺されればいいのに」「なんか段々辛辣になってきてません!?」爆散って何!?普通爆発でしょ!それも勘弁してもらいたいですけど!
海未だけじゃなかった。なんか段々音ノ木坂の生徒の皆さんも、俺にあたりが強くなっている気がする。いや、当然か。彼女たちからしてみれば、俺は女子高に公にごまかしてまで侵入してくる変態。風当たりが良いわけない。
「あの子はあれですよ。ただの同じ生徒会役員ってだけですから」
「本当に本当に本当に本当に本当?」
俺の一言を待っていたのか、ピッタリと脇にくっついたことりから再四訪ねられる。
周りからも疑いの視線をバシバシと浴びせられたので、もうこれは本人に説明してもらおうと、出入り口へと歩く。
「ちょ、何!?」
「大丈夫だよ。あの真姫ちゃんでさえ友達できるんだから」「どういう意味よ!!」
うわー、真姫ちゃん地獄耳ー。
書記さんをみんなの前に引っ張って行き、二度目の自己紹介をさせる。
「う、う、あ、か、海田君のバカーーーー!!」
顔を真っ赤にした書記さんは、そのまま走り去って行ってしまった。
やっぱり人が多かったのがいけなかったのか。
なにはともあれ、ライブはアライズ共に無事成功。仕事も完了。あとはただ、結果を待つのみとなる。
どうも太助は僕です。いや間違えました高宮です。
なんかもう後書きがただの日記みたいになってきたような気がする。
使い方あってる?大丈夫?大丈夫だよね?
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強いものには理由がある。
「ほら!雪見て!パソコン!!」
放課後。生徒会室。仕事。
この三種の神器がそろっている中で、ツバサさんはパソコンを手に持ち、資料に向けられた俺の眼の前で押し広げる。
「なんですか?」
正直、仕事でやつれていた顔をそれでも何とか、パソコンの方へと向ける。
「ラブライブの予選結果!出てるの!!」
「え!?」
そうなの!?今日だったの!?なんで俺は知らないの!?・・・・誰も教えてくれなかったからだ!!
「それで!ミューズは!?」
誰も教えてくれなかったことはさておき、切羽詰まってツバサさんに尋ねる。
「――――――――――――――――――。」
その瞬間、先ほどまでの興奮したような、頬を紅潮させたツバサさんの顔は一瞬で、面喰ったような、想像してなかったところから攻撃されたような、何とも言えない表情になって。
「ぎゃぶ!!」
ゆっくりと、眼の前に広げられたパソコンが閉じられ、思いっきり俺の顔面にダイブした。ダイブさせたのはツバサさんだった。
「か、海田君!」
傍で見ていた書記さんが駆け寄ってくれるものの、それに応答することすらできない。
かろうじて、気配でツバサさんが生徒会室を飛び出していったのは分かった。
「あーあ・・・・」
横に座っていたあんじゅが呆れる。開いた窓からは、もうすぐ冬を思わせる冷たい風が吹きこむ。
「いってて。パソコンを投げるなんて、正気の沙汰じゃないよ」
ようやく、文字通りパソコンショックから立ち直る。パソコンは本当に凶器になるからな。重いし。
「まぁ、ツバサの気持ちもわからなくはないけど・・・・・」
座ったまま、あんじゅに上から見下ろされる。その瞳には諦めというか悲しみみたいなものが入り混じっていた。
「えー?人の顔面にパソコンという名の凶器を投げつける人の事が?」
俺にはさっぱりわからん。普通投げるかね。パソコン。
投げつけられたパソコンを拾い、傷がついてないか確かめる。勢いよく投げつけられたのだから故障している可能性も考慮して、起動させる。
一応起動するパソコンにほっと一安心。するとフリーズする前。つまりラブライブの予選結果が告知されている画面が映し出された。
ランキング形式で記された結果を、いささか緊張感は欠けてしまったものの、それでも胸のドキドキをごまかせない。ゆっくりと画面をスクロールさせる。
予選通過は4組。つまり4位までは予選通過組というわけだ。
「――――――あ、あった・・・」
その予選通過ぎりぎり。つまりランキング第4位に、ミューズの名前が。音ノ木坂学院、スクールアイドル。ミューズの名前があった。
「そう、良かったね」
「うん!!」
あんじゅが祝福してくれる。でもその声色にはたと疑問を抱く。俺と違って、喜びの色が薄いように感じられたからだ。どこか他人事のように感じたからだ。
そりゃ、ミューズにかかわってきた時間は俺の方が多い。温度差があるのは当たり前だ。だけど、アライズだって、他のアイドルよりもミューズを特別視していたはずだ。自身の学校と、アライズの名前を貸したくらいなのだから。
「私たちも、予選通過したんだよ」
「は?」
あんじゅが微笑む。ひどく悲しそうに。俺は意味が分からず聞き返した。だってそうだろ?アライズが予選通過するなんてあたりまえじゃないか。そこに関しては何の心配も疑問も持ち合わせてはいない。現にサイトのランキング。アライズは堂々の第一位だった。
そんな俺の気持ちを察したのか、あんじゅが俯きながら、口を開く。
「そりゃね?私たちも勿論予選突破するって信じてるよ?でもね、世の中に絶対なんてないの。前回優勝という肩書も。アライズとしての知名度も、人気も、ファンのみんなも。そのどれもが、予選を通過するにおいて、プラスにもなるしマイナスにもなる」
「マイナス?」
「プレッシャーなんだよ。前回優勝者が、こんなところで失敗しちゃいけない。期待してるファンのみんなの前で手は抜けない。むしろ、前回よりも最高のパフォーマンスを―――――。期待を超えなきゃ、って。勿論、そのおかげで頑張れるのもあるけど、でも圧倒的にプレッシャーの方が強い」
万が一にも、億が一にも、予選突破できませんでしたじゃ済まされない。
あんじゅは静かにそう語った。その顔は微笑んだまま、腕だけがわずかにだが震えている。
少し考えれば分かることだった。アライズほどのアイドルが、プロ顔負けと呼ばれる彼女たちが、なにも背負ってないわけがなかった。そこには想像を絶するような、精神面での重みがあるのは当然だった。プレッシャー。失敗など許されない。許される状況下に、彼女たちは置かれてなどいない。それをはねのけてきたからこそ、彼女たちはアイドルとして、こんなにも愛されている。だけど、あんじゅがいったように、世の中に絶対などない。
光には影があるということは、誰でもない俺が、一番良く知っていた事なのに。
「―――――!ツバサさん!!!」
そこでようやく気付く。ツバサさんが怒った理由に。ツバサさんが飛び出して行った気持ちに。
ツバサさんが飛び出して行った扉を見やる、すると、あんじゅが口添えする。
「教室のロッカーの中。ツバサは落ち込むと、いつもそこにいるから」
振り向くと、背中を押される。あんじゅは椅子に座ったままで、直接じゃないけれど。それでも、背中を押される。
「―――――――――――ありがとう」
「―――――――!!!」
そう言って俺はあんじゅを抱きしめる。肩になびく髪も、華奢な体も、ふわりと香るシャンプーのにおいも。
光には影があるという自分の言葉が頭をよぎって、光っていたあんじゅを、俺は力いっぱい抱きしめた。
「ありがとう」
もう一度同じ言葉を発する。抱きしめているので表情は分からない。だけど何度言っても足りないだろう。気付かせてくれた彼女には。
そっと体を離して、俺はツバサさんの教室へと走った。
「あ、フリーズしてる」
書記さんが、あんじゅの顔を覗き込む姿も見ずに。
「ありえないありえないありえない絶対嫌われたいきなりパソコン投げつけるなんて論外も論外だし理不尽な暴力的女だと思われただろうし大体なんで怒られたかもわかってないんだろうしていうか別に怒るとこじゃなかったしその次でよかったのに一言褒めてと言えばよかったんだろうしあんな女自分でも意味わかんないしもし他の女があんなことしてたら私だったらその女殺してるだろうしそんなんで嫌われないほうがおかしいしてか大丈夫だったかないや大丈夫なわけないじゃんパソコンだよ凶器だよあんな重いものを投げつけるなんて非常識だしでもやっちゃたしホント私なんて地獄に落ちればいいのにありえないありえないありえないそうだ死んで詫びよう・・・・・」
「そんなことで詫びられても迷惑なだけだよ」
ロッカーの中から聞こえる小さな声がびくりとした気配と共に止む。
ロッカーの小さな隙間から覗く二つの眼球がこちらを捉えるのが分かった。
なので無理やりロッカーの扉を開けようとする。
「な!なんでここが分かったの!?」
ロッカーは開かない。あちら側でツバサさんが押さえつけているからだ。余計両腕に力がこもる。
「あんじゅに、教えてもらったん、だ!」
語尾と共にロッカーを力強く開ける。その反動で扉を抑えていたツバサさんが俺に倒れこんだ。一瞬垣間見えたその顔は涙で濡れていた。そんな顔をさせたのは、俺だ。
俺は誓った。大事な人を泣かせない事、じゃない。大事な人を笑顔にすること、だ。
「・・・・・ミューズはそんなに大事?」
「はい」
「私だって頑張ったよ?予選通過するの私たちだって必死だよ?全然、当たり前じゃないよ?」
「はい」
「・・・・・私たちの事もちゃんと見てよ」
「はい」
まわされた腕に力がこもる。ギリギリと爪が立てられるけど、痛くない。こんなの全然痛くない。
アライズは凄い。だけど、だからこそ。称賛されることは少ない。やっぱりと、当たり前だと、納得される。俺のように。それこそラブライブ優勝したとしても、頑張ったと、その労を正当に評価してくれる人は少ない。
しかし、プレッシャーはやればやるほど、頑張れば頑張るほど。日に日に大きく、重くなっていく。
ましてや彼女たちは
お金として形になるわけでもない、得られるのは名声のみだから。
その中で、唯一。俺だけが知っていた。俺だけが理解していた。彼女たちの頑張りを。想いの強さを。全部とは言わない。だけど、確実に、当人である彼女たちを除けば、俺が一番よく知っていた。
「すいませんツバサさん。あんなに練習頑張って、予選通過するのだって、楽じゃないはずなのに」
なのに俺は、それを忘れていた。一番最初にかけるべき言葉をかけるのすら、忘れていた。俺の中でこの気持ちは確かにあるものなのに。
「そうよ!楽じゃないの!みんなの期待にこたえなきゃいけないの!本番で一回でも失敗すれば今までの物なんか全部なくなっちゃうんだから!!」
顔を上げるツバサ先輩は、まだ泣いている。だから、その涙を指でぬぐって。
「ええ。だから、おめでとうございます。凄いです。一位。あんなに頑張ってましたもんね。俺は知ってますよ。全部、ちゃんと知ってます」
頑張ったねと、頭をなでる。彼女たちの実力を見れば、確かに、予選突破は余裕だ。一位だって驚くことじゃない。
でも、だからと言って、頑張ってないわけじゃない。苦労してないわけじゃない。強者には強者の苦悩がある。強者であり続けるための苦悩が。
だったら称賛されてもいいはずだ。労われてもいいはずだ。頑張ったと、凄いと、頭を撫でられてもいいはずだ。褒美の一つくらいあっていいはずだ。
「――――――――――うん」
静かに、本当に静かにツバサさんは頷いた。背中にまわした腕に力が入る。けれど今度はそこに痛みは感じなくて。あるのはただの、温もりだけだった。
「ご褒美」
「え?」
ツバサさんはともすれば消え入りそうなか細い声で呟いた。
「ご褒美ほしい」
言葉を繰り返す。聞き取れなかったわけじゃないのだが、先ほどよりも大きな声で。
「・・・・そうですね。俺に出来る範囲の事であればなんでも」
「言ったわね?」
「え?」
「何でもと、今あなたはそう言ったわね?」
「え、ええ」
にたりと、不気味な笑みを浮かべる。とてもトップアイドルの顔とは思えない。それ以上、ツバサさんは何かを要求するでも、提案するでもなく、ただ俺の胸にうずくまっただけだった。
「ツバサさん。そろそろ・・・」
「駄目。もうちょっとだけ」
あれから何分たったのだろう。ツバサさんにぎゅっと抱きしめられてから、動くことすらままならない。いつの間にやら膝にのしかかられ、足を腰にまわされてがっちりとホールドされていた。
少し困った。仕事を放ったまま、生徒会室を飛び出してきてしまったから。
まあでもきっとあんじゅやら書記さんやらがこなしてくれていることだろうこなしてくれているといいなこなしてくれているはずだ。
「今、きっとひどい顔してるから・・・」
俺の胸の内でぐぐもった声を出すツバサさんに、俺は何となく眼を逸らす。
「大丈夫ですよ。ツバサさんはいつだってかわいいんですから」
誠に不本意ながら、女の子の泣き顔は見慣れている。誠に不本意ながら。
その誠に不本意な経験上、特段顔が変になるなんてことはない。別に女の子の泣き顔を喜んで見る趣味嗜好はないけれど。
「他の女にもそんなこと言ってるの?」
「へ?」
あっれー?おっかしーぞ?慰めたつもりなのに、なぜかどす黒い空気が辺りを蔓延している。
先ほどまで泣いていたはずのツバサさんは、赤くはれた眼でこちらをガン見してくる。段々と、視認できるほどにその眼に涙が溜まっていく。
そしてダムが決壊したように、また泣き出してしまった。
再び訪れる沈黙。先ほどまでの心地よさは微塵もなく。そこにあるのは泣きじゃくる声が胃ををきりきりと締めつける謎の気まずさだけ。
再度、まわされた腕に力が入る。ギリギリと食いこんでくる爪は、なぜか最初よりも痛く感じた。
俺か!?俺が悪いのか?!俺が泣かせちゃったのか!?
誰か助けて。心の中でそう叫ぶと不意に、扉が開く音がする。
あんまりにも遅いので誰かが様子を見に来てくれたのか。そう思い、扉を見やる。
「あのー。もうそろそろ仕事してくれないと間に合わないんですけ――――――――」
扉を開いて出てきてくれたのは書記さんだった。書記さんは前回にこちゃんにキャラ被りといわれて敵視されたのがショックだったのか、普段はツインテールの黒髪をおろしている。
ありがとう書記さん。かわいいよ書記さん。早くこの状況を打開してくれ書記さん。
しかし、書記さんは固まったままだ。何かイケナイものを見てしまったような、そう。例えるならやぐっちゃんの不倫現場を見てしまった中村●也のように。
冷静になってよくよくこの現場を見てみる。泣いているツバサさんが膝の上に乗り、しかも腕も足も腰やら背中やらにまわされている。
「あ、あの。ごゆっくりー・・・・」
ピシャッ。
謎の捨て台詞?を残し、ゆっくりと扉を閉める書記さん。
「書記さんんんんん!!違う違う違う!!そうゆんじゃない!!そうゆんじゃない!!大丈夫だからR18禁になるようなことはしておりませんから!!確かにツバサさんを泣かせてしまったのは紛れもない俺ですが!!でも違うんです!!信じてくださいいいいいい!!」
ツバサさんを一瞬のうちに下ろし、ドンドンドンと扉を勢いよくたたく。開けようとしても書記さんが扉をふさいでるせいか開かない。
「良いじゃない誤解されても。いやむしろ誤解を誤解じゃなくすればいいのよ。嘘を真にしましょう」
「何言ってんの!?バカみたいなこと言ってないでツバサさんも誤解といてください!!!」
つまんないわね、と口をとがらせるツバサさん。その顔は未だに腫れているけれど、先ほどまでの悲壮感は感じられない。
ツバサさんが書記さんの誤解を解く。俺の時は聞く耳持たなかったのに、ツバサさんが言うと素直に、一抹の疑いもなく信じるのだから流石というべきか、俺の扱いに不服を申し立てるべきか。複雑だ。
「い、いやー。ごめんね。そりゃそうだよね、いくらなんでもそれはないよね。学校だし」
「そうだよ。ていうか学校以外でもあり得ないよ」
全く、少し考えれば分かることだろう。そんなことがあり得ないことだってことくらいは。
「あり得ないの?」
自分たちの数歩前を歩くツバサさんが、振り向ききょとんと訪ねる。
「あり得ないでしょうが」
そう。あり得ない。一介のただの生徒である俺と、アライズの綺羅ツバサがどうこうなることなど、あり得ない。
「そっか♪」
なぜか嬉しそうにツバサさんはまた前を向く。
「それじゃあお仕事がんばってね♪」
生徒会室の目の前につき、ツバサさんとはここでお別れだ。
すると、まるでいつもそうしていたかのように、そうすることが普通だとでも言うように。まるで自然にツバサさんは俺の頬にキスをした。
「キスはこれで二度目ね。あら?でもこれじゃあ雪にご褒美あげた感じになっちゃうわね」
「はいはい。それじゃあ俺は仕事があるんで」
もはやツバサさんに関することで、驚くことは少ない。この人はこういうことを、特に意味もなく。人をからかうという目的でできる人なのだきっとそうだそうにちがいないあれ俺結構動揺してる。
しかし、なんて絶望的な響きだろう。仕事があると、宣言してしまうこの状況に絶望する。バイトと違い、生徒会の業務は明確な褒美がない。それこそ、称賛されてもいいはずだ。この地道な作業を。
だからまあ。俺くらいは知っていよう。皆の頑張りを。俺くらいは理解しよう。皆の苦労のその一端を。
俺一人くらいは―――――――――。
どうも絶望した!!高宮です。
にこちゃん回にしようとしたのに、いつの間にかツバサさん回になってた。
ごめんねにこちゃん大好きだよ。
さて、もうそろそろ希ちゃんの誕生日!!ということで、本当はやりたい話があったのですが、本編が予想以上に、話進まなかったのでやりません。本編でいつかやります。多分。忘れてなければ。
ということで希ちゃんの話はいつも通り、あるかもしれなかった世界のお話にします。
それでは。
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真の嘘
俺に出来た初めての友達は、笑顔が眩しい、明朗快活な少女だった。
腕を引っ張られ飛び込んだその先には、俺に対してあまりにもそっけない態度をとる少女がいた。
最初はぎこちなかった。
会話は途切れ、空気は重く、傍から見れば歪な三人に見えたことだろう。
ただ一人、活発な少女だけが笑顔で仲を取り持とうとしていた。
その内に、活発な少女の健気な数多の頑張りのおかげか、冷たい態度の少女はやがて心を開いて行くようになる。まあこの後すぐに、俺を女の子と勘違いしていた誤解が解けまた警戒されてしまうのだが。それはいい。
そして、段々と三人の楽しい時間が、想いが共有されていくようになる。
やがて、一人の内気な少女がその輪に憧れを抱く。そしてやや強引に引っ張られ、輪の共有に加わっていく。
こうして俺の少年時代は、俺の心の中で小さくも眩しい光となっていた。
ここで一つ、俺の人生は区切りを迎えることになる。あまりにも早い区切りを。
幼稚園のころから一緒だった。しかし、その頃には一緒に遊ぶことは減っていた、一緒にいる事さえも減っていた。だが仲が悪くなったわけでも、嫌いになったわけでもなく。
ただ、疎遠になった。物理的にではなく、心理的に。
距離にすれば、ものの数メートル内にその時のクラスメートだったことりがいた。学年は六年になったばかりだった。
だがしかし、その口から雪君と呼ばれることも、一緒に帰ることも、遊ぶことも、なくなっていた。逆も同様に。
男女の差が出始めたころから、なんとなく一人男だった俺はその輪から自ら外れて行った。
穂乃果や海未やことりは、俺と違って他の友達もいたから、勿論同性の。段々と、遊びにくくなっていた。それでも穂乃果辺りはそんなの気にせず遊びに誘ってくれたが、自ら避けるようになった。俺と遊んでることで、みんなを困らせたくなかった。
この頃から俺は独りでいることが多くなった。
にこちゃんと知り合ったのも同じ時期だった。ベビーシッターのバイトで、初めて行った家だった。にこちゃんは妹と妹と弟の面倒を一人で見ていた。中学生だったにこちゃんは友達を家に呼ぶこともなく、部活で帰りが遅くなることもなく、自らの時間のほぼすべてを家族に捧げていた。
その時のにこちゃんは、当時は俺より身長が高かったように思う。女の子は男の子より成長が早いからだろうか。
俺がにこちゃん家にバイトとして行ったのは偶然だったけど、仕事ではなく、ただこの娘が少しでも楽になればいいと思った。
時にして一年ぐらい、今よりも少し真新しいにこちゃんの家にほぼ毎日通っていた。
買い物も掃除も洗濯も妹と妹と弟の面倒だって、やれることは何でもやった。それ以外することがなかったからというのもある。小学六年生を雇ってくれるところなんてない。年齢を偽証し、お客さんを騙す事で、お金を得ていた。だがしかし、そんなものを二つも三つも抱えられるほど、当時の俺には圧倒的に足りなかった。身長も体力も時間もノウハウも知識も。
だから尽くした。だから尽くせた。だけど、それでもにこちゃんの帰りが遅くなることはなかった。
理由をにこちゃんに聞いても、助かってるだとかずいぶん楽になったと微笑みながら言うだけで、実際に、家族の為に使っていた時間を己の為に使うことはなかった。
今になってようやく分かる。ただそれ以上に大切なものが、家族以上に大切なものが、その時のにこちゃんにはなかった。ただ、それだけの事だと。
思えば、俺はにこちゃんに投影していたのだ。共通点がたくさんあったから。片親な事、友達がいない事、家族のせいで自らが苦労している事。
だから、にこちゃんがアイドルグッズを集め出した時は、少しだけ救われた。趣味に懸ける時間が増えたということだから。自分の為の時間が増えたということだから。彼女が少しでも幸せになればと本気で願ったし、その為にもより一層、仕事に打ち込んだ。
だが決定的に違うのは、彼女は独りじゃなかった。妹と妹と弟がいた。血のつながりがあった。俺には、それがなかった。
そこでまた俺の人生は区切られる。少年時代が、小さな光だとするならば。後に続く中学生時代は深い闇だった。
範囲は広くない、けれどこその深い闇。覗きこもうとすると、自らですら、飲み込まれてしまいそうになるほどの。
そこで俺は、読んでいた日記を閉じる。
10月上旬。もうそろそろ冬の寒さに肌寒くなってきた季節に、俺は掃除をしていた。換気の為に開けた窓から風が吹きこんできて俺は身を震わせる。その風は、もうほとんど葉が残っていない裸の木々を必死に揺らす。
大掃除に向けて、少しづつ少しづつ、段階を分けて掃除をしていたところ、ノートとノートに挟まった自らの日記が見つかったのだ。
幼稚園のころからつけていた日記。絵日記から、段々と理知的になって行く様が、ちょっと面白くてつい読み込んでしまったのだ。
これではいけないと気付き、日記を閉じた次第だ。なにせこの後はミューズの様子を見に行かなければならない。ここのとこ忙しかったせいか、予選突破を決めてから一度も行けてない。
さっさと掃除を終わらせて、音ノ木坂へと向かおう。
「え?いない?」
音ノ木坂について、普段なら生徒会同士の交流やら必要書類の受け渡しやら適当な理由をでっちあげて、一度生徒会室へと寄ってから部室なり屋上なりに顔を出すのだが、今日は違った。
なぜなら、生徒会室には穂乃果達はおらず、代わりに他の生徒会役員に聞いたところ、穂乃果達はもう学校に残っていないということだった。
一応、今日この日に音ノ木坂に行くということは伝えておいたはずだが。それとも何か急用でもあったのだろうか。穂乃果、海未、ことりの三人が同時にいなくなる用事、か。
まあとりあえず、絵里先輩にでも聞けばわかるだろうと、教えてくれた生徒会役員に礼を言って、学校を探索する。
しかし。―――――――部室。―――――――屋上。―――――――教室。
どこに行っても、ミューズのメンバーは誰一人としていなかった。
「うげ・・・」
それでもなお、めげずに探索していると、目の前をコツコツと歩いているのはこの学園の理事長であり、ことりの母親でもある叔母さん。叔母さんといっても見た目は若々しく、お姉さんといわれても思わず納得してしまいそうな美貌には、なるほど確かにことりと似通っている顔立ちをしている。
俺はとっさに、廊下の角を利用して隠れる。今ここでこの人に会うのは避けたかった。なぜなら俺はやや強引にこの学園に侵入している身であり、彼女はこの学園のトップなので俺の事をいろいろと探られるとまずいのだ。
いや、それ以前にもことりを通じて知り合いとはいえこっちに戻ってきてからこの人とは会っていない。しかも、娘であることりの為になるであろう、留学を、帳消しにしてしまった張本人の一人である。普通に気まずい。
それに一応表面上は小細工してあるとはいえ、調べられれば即アウト。彼女なら話をつければ分かってくれそうなものだが、それはもうばれてどうしようもなくなったときの奥の手だ。それまではバレないほうが良いに決まっている。
などと色々と理由をあげるものの、ぶっちゃけた話、俺はこの人が苦手だった。初めて会ったときにお姉さんと間違えてしまい、そのあとすぐに叔母さんと呼んでしまったことにより少々俺に対する当たりが強い気がすると、自分の中ではそう感じている。
「・・・・・?」
すると、なにか異変に感じ取ったのか、立ち止り辺りをきょろきょろと見回す。
首を巡らせた程度ではこの位置からはバレないのだが、少しでも引き返されると即座にバレる位置にいるのは確かだ。
ひょっこりと、渡り廊下を観察する。渡り廊下に人影はない。どうやらその場を去ってくれたようだ。一安心して胸をなでおろす。
さて誰もいないんじゃどうしようと後ろを振り返った瞬間――――――――――。
「ばあ!!」
「うわあああ!!!」
思いっきり近づいた理事長の顔が、鼻と鼻が触れ合うようなわずか数センチ先に出現して、思わず叫ぶ。
「あらあら。そんなに悲鳴を上げなくてもいいんじゃない?ちょっぴり傷つくわ」
手を顔にくっつけ、困ったような表情に、俺は困っていた。
明らかにあの渡り廊下の向こう側にいたはずなのに、ちょっと目を離したすきに後ろに回り込まれたなんてまるでピエロだ。
「別に、あっちの廊下からぐるっと旋回してきたのよ」
俺の表情から読み取ったのか、声に出してもいないのに疑問に答えてくれる。
「それにしても久しぶりね。挨拶がなかったのは偶々都合が悪かったととらえておくわ。どうせいつでも会えるのだし」
言外に、お前の小細工などすべてお見通しだと良い当てられている気がした。こういうところも苦手だ。
「ああ、それと。ことりの件に関してはありがとうね。私としてはことりの可能性を広げる選択だと思っていたのだけれど・・・やっぱり親は駄目ね。子供の事になると、盲目的になるわ」
「あ、いえ。そんなことはありませんよ。あれは僕たちの責任でもありましたし。親が子供の為に何かしようとすることはとても当たり前で、とても立派なことだと思います」
そこでようやく、俺は口を開くことができた。思うところがあるのか、理事長はとても温かな、それでいて悲しい瞳を向ける。その瞳に映る俺の顔は、俯いていてよくわからない。
俺はことりと幼馴染、要するに途中例外はあったものの、小さい頃から一緒にいた。当然、理事長と出会った、という言い方はおかしいかもしれないが、知り合ったのもその時期だ。
となれば必然、俺の父親の事も知っている。その頃はまだ、まっとうな父親であったのだが時が進むにつれて、父兄の間で良くないうわさがあったのも、知っている。
「いやでも、本当に久しぶりね。ことりがなぜか雪君を家に呼ばなくなったものだから。何年ぶりかしらね」
暗くなった空気を変えようとしたのか、声には必要以上に懐かしむ色が見える。
すると、何を思ったのか両手で俺の体をベタベタと触り始める。
「程よい肉付き、端正な顔立ち、決して驕ることのない性格。・・・うん。良い男になったわね。やっぱり私の見立てに狂いはなかったわ」
「うわ、ちょ、やめ」
うんうんと頷き、なおも体中をベタベタと触られる。そんな行為になぜか俺は気視感に襲われた。さっきから感じていたが、妙に誰かに似ているのだ。
そこで俺はああと気づく。ツバサさんだ。ツバサさんに似ているんだ。勿論容姿や外見の話ではなく、こうやって妙にスキンシップをとってくるところとか、含みのある言葉で誘導しようとしてくるところなどが、妙に似ているんだ。だからなんだという話ではあるのだが。
「それで?女子高である音ノ木坂学院に一体全体男の子である雪君がどうしているのかしら?それとも女子高に転入しようとか考えてるの?確かに雪君なら女装すれば何とかいけそうな気もするけど――――――――――――」「あ、あの!俺!用事があるんで!」
失礼しますと、お辞儀をしてその場から走りさる。わき目もふらず走り去る。身の危険を感じたから。背中を走る寒気は気温によるものなのか、はなはだ疑問だが身震いしながら―――――――――――。
思わず勢いで飛び出してきてしまったけど、これからどうしようか。音ノ木坂には穂乃果達はいなかったし、なぜか絵里先輩たちに電話してもつながんないし。
とりあえず、買い物でもして今日は帰ろう。
そう思い、いつものスーパーに立ち寄る。なんてことのない、いたって普通の地域密着型の地元のスーパーだ。
入り口でカートとカゴを手に取り、今日の献立を考える。特売品とタイムセールを加味すれば今日の食事は期待できそうだった。
とはいえ、無駄なものを買えるほどの経済的余裕は俺にはない。
穂乃果達と会うことができなかったせいで、タイムセールまでの時間が浮いてしまった。他に買う者は即座にカゴに入っているし、これからどうしようかと頭を悩ませていると。
見知った髪形の、見知った制服の、見知った人間がそこにいた。
どうやらその見知った人間は、両手にお魚を手に取りながら見比べているようだ。
「にこちゃん?」
「うわっっ!!」
その後ろ姿に声をかけると、ひどく驚いたようにのけぞる。そんなに驚かせようとしたつもりはなかったのだけど。
「ななななな、何してんのあんたこんなとこで!!」
「何って、にこちゃんと一緒だと思うんだけど」
何してると言われても、スーパーにいる人間がすることなど一つしかないと思うのだが。
「あ、ああ買い物ね。そうよね、そりゃそうよね・・・」
他にも何やら一人でブツブツと独りごとを言っているようだが、小さすぎて聞き取れない。
「それより、今日音ノ木坂に行っても誰もいなかったんだけど、にこちゃんは何か知らない?あれ?ていうかなんでにこちゃんは買い物してるの?」
本来ならこの時間は練習しているはずだ。今日だってその練習を見に行こうとしていたのだから間違いない。まあいっても誰もいなかったんだけど。
「はあ?いやそんなはずは―――――――――」
「「「「「「「「雪君ちゃん?!」」」」」」」
「はい?」
にこちゃんが俺の質問を否定しようとしたところで、なぜかスーパーの出入り口から大声で名前を呼ばれた。それも複数の人数から重なり合って。
何事かとそちらを見やると、穂乃果や花陽、つまるところミューズのメンバーが荷物の陰に隠れるようにしてそこにいた。と思ったのだが、よくよく見てみると希と絵里先輩はいないようだ。
「ま、まさかにこちゃんの相手って・・・・・・雪、君」
「し、しっかりするにゃーかよちん!!」
「そ、そうだよ花陽ちゃん!!まだそうと決まったわけじゃないよ!」
「そうだよ!雪君が何らかの弱みを握られて仕方なくにこちゃんと付き合ってるかもしれないよ!?ていうか絶対そうだよ!!じゃないと私の雪君がにこちゃんと買い物デートしてるはずないもの私も知らない雪君と付き合えるだけの雪君の弱みって何!?にこちゃん!!」
「そうだったんですねこの腐れ外道!!」
「なんでよく分からないうちに腐れ外道呼ばわり!?」
なんだかよくわからないが、海未がにこちゃんの事を腐れ外道だと罵った事だけは明確に分かった。
「別にわかんなくて良いのよそんな事!!」
気づかぬうちに口に出していたのか、にこちゃんが凄い形相でこちらを睨む。かと思いきや、持っていたカートをメンバーの方へ投げ出し、凄い勢いで裏口へと消えていった。
前々から思っていたのだけど、にこちゃんは意外と足が速い。
「にこちゃーん」
一応呼びかけるものの、帰って来たのは悲鳴のみ。どうやら裏口で待ち伏せを食らったらしい。状況を見るに裏口にいたのは絵里先輩か、希のどちらかだろう。
とはいえ、何が何だか分からない。とりあえずみんなが学校にいなかった理由だけは分かった。
「追うにゃー!!」
凛の一言により、穂乃果以下、物陰に隠れていた皆が駆けだしていく。追うというのはにこちゃんを追うということだろうか。
展開のわけのわからなさにポカンと口を開けていると、ただ一人、駆け出して行かなかった真姫ちゃんだけがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
丁度良かった、真姫ちゃんに事情を聞こうと話しかけようとする。
「・・・・・・・・・・。」
すると、近付いたたからこそわかる感情の変化。いつもの真姫ちゃんとは圧倒的に違っていた。
「・・・・・・付き合ってるんだ。にこちゃんと」
もう人一人分の距離もない、一歩踏み出せばその体に触れることができる距離で、しかし、俺の足は踏み出せないでいた。
ぎょっとする。泣いていた理由もわからなかったし、真姫ちゃんが言っている意味もわからなかったからだ。
「ちょ、え?何?なんで泣いてるの!?」
「う・・・・・・・・ぐすっ」
俺の疑問には答えずに、かわりに真姫ちゃんは大きな瞳の目じりからぼたぼたと涙を落とす。
買い物をしていた周りの主婦からも奇異な視線を向けられていた。そりゃそうだ。いきなり騒ぎを起こした高校生の集団に、どう見ても知り合いの男が、女の子をスーパーで泣かせているのだから。
「と、とりあえず。ここから出ようか」
泣いてる真姫ちゃんを誘導し、とりあえず近くの歩道橋まで足を運ぶ。そこにある丸い石造りの椅子の一つに腰をかけた。
未だ泣きやまない真姫ちゃんに、俺は困惑する。
何がそんなに悲しいのか、泣いている原因が分からない。
とりあえずハンカチで涙をぬぐう。
この状況は俺か、俺が悪いのか。俺の所為なのか!?
ハンカチで真姫ちゃんの顔をぬぐいつつ、心当たりをぐるぐると考えてみても、一向に見つからない。
そんな状況で、突然がしっと、ハンカチを持っていた腕が掴まれた。ものすごい力で爪が食い込む。
「ぐぎぎぎぎぎ、に、にこちゃんだったら、アライズの人たちよりは、まだ雪を、うぐぐぐぐ、で、でも、にこちゃんと雪があんなことやこんなことをすると思うと・・・うがー!!やっぱり駄目!!!」
突然発狂し出した真姫ちゃんによって俺は押し倒される。
固い石でできた地面に頭を打ち付け、視界が一瞬揺れる。
なおも馬乗りにされたままで、再び見開いた視界の端でこちらに向かって歩いてくる一団を見つけた。
「あれ?雪ちゃん?」
その先頭にいたのは穂乃果。
そして後に続くメンバーたちが、後方からこの現状を確認しようとする。
馬乗りになって泣いている真姫ちゃんと、なすがままにされている俺を。
「はぁーふぅー。・・・・・・何真姫ちゃんに襲いかかってるんだにゃ!!」
「襲ってないよ!むしろこの状況だと襲われているのは俺じゃないですか!?」
「問答無用!!死ね!!この腐れ外道!!」
「腐れ外道!?それはにこちゃ――――――――――――」
言い終わる前に、海未と凛のダブルドロップキックが飛んでくる。とっさに真姫ちゃんを押し、そのせいでドロップキックがクリティカルヒットする。
ズガシャ!!と、蹴りの勢いで地面を擦って行く。鈍い痛みに顔をしかめていると、頭の真後ろ。わずか数センチのところを車が通った。
ちりちりと髪の毛が風になびき飛んでいく。
「死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!シャレになってないから!!これはマジで死ぬ奴だから!!スクラップになる奴だから!!」
慌てて抗議をするも勢いよく走ってのしかかってくることりに、その講義を中断される。
「雪君のバカぁ!!にこちゃんと勝手に付き合っちゃうし!!真姫ちゃんは襲うし!!何されたの!?二人にどんな弱み握られたの!?ことりにも話してよ!!」
そう言いながら首筋を掴みがくがくと頭を揺さぶってくる。そのせいで揺さぶられるたびに、車道を走る車にかすって行く。
「いや話したらことりにも弱み握られちゃうよねそれ!!いや弱みなんて握られてないけど!!ていうかちょ!!マジ!!マジで死ぬ!もうすでに髪の毛が何本か逝っちゃってるから!!いったん落ち着いて!!いったん落ち着いて俺の話を聞いて!?」
しかし、ことりは止まらない。なので皆に助けを乞おうとしたのだが、揺れる視界でかすかにとらえたのは、全員がこちらを死んだような目で見据えている事だけ。
「話って何!?まさかのろけ!?俺のにこちゃんマジ天使とかいうつもり!?いい加減にしてよ!!天使はことりだけでしょ!!」
「いやことりちゃんは天使じゃなくて天使の皮を被った悪魔――――――――――」
凛が言い終える前に、ことりから何かが投擲され凛の顔にぶち当たり、凛が倒れる。
「あれ?・・・・あれ俺の携帯!!いつの間ににににに!?」
ガシャンと地面と擦れる嫌な音が響く。
「そんなことはどうでもいいのよ!!ねぇなんでにこちゃんなの!?にこちゃんならことりでもいいでしょ!?にこちゃんにできないことなんでもさせてあげるよ!!」
「いやだから俺の話聞いて!!にこちゃんとは別に付き合ってないんだって!!」
俺の一言にがくがくと揺さぶられていた頭がようやく解放される。三半規管が思いっきり揺らされたためか、少し気持ち悪い。
「・・・・・・え?付き合ってないんですか?」
俺の一言に、なぜかことりではなく海未が言葉を返す。他のみんなを見ると、死んだ目に徐々に光が灯って行くのが分かった。
「いやだから付き合ってないって。大体、なんでそう言う話になってるの?」
100歩譲って、真姫ちゃんは誤解を招く要因があったのでいた仕方ないが、にこちゃんに至ってはなぜそういう話になったのか全くの謎だ。
「それは、にこちゃんが様子がおかしかったから、誰かそういう人ができて密会でもしてるんじゃないかーって」
俺の疑問に穂乃果が答えてくれる。
「はぁ。様子がおかしいって?」
「練習を途中で抜け出したり、何か隠し事してるようなのよ」
絵里先輩が困ったように言う。
そうだったのか。予選突破で気持ちが高ぶって特ににこちゃんは練習にもいつも以上に精を出していそうなものなのに。
なにか用事でもあったのだろうか。それにしては普通に買い物してたような気がしたけど。
「でも、本当に良かった。雪君がにこちゃんと付き合ってないって分かって。アイドルにそういうのはご法度だもん」
ほっとした様子で何かをしまう花陽。その手には金属バットが手に握られていたように見えたのは気の所為ですよねそうだと言って誰か。
「大丈夫だよ雪君。私は信じてたよ!」
「どの口がそれを言うか!!」
「あうあうあうあ」
未だ俺にのしかかっていることりにこの口か、この口か、とほっぺをつねる。
希に手をとってもらいようやく立ち上がる。まったくとんでもないとばっちりだ。
やれやれと橋の欄干ににうなだれる。
「あれ?雪さん?」
はい?と、名前を呼ばれた方向に首を巡らせると。
「・・・・こころちゃん?」
その先にはこちらをきょとんとした表情で見つめる心ちゃんの姿が。
「後ろにおわせられるのは、もしやミューズの皆さんでは?」
「え?私たちの事知ってるの?」
指摘されたミューズのリーダーである穂乃果が疑問を返す。
「はい!いつもお姉さまから話は聞いています!矢澤こころです」
「矢澤・・・・?ってもしかして!?」
「にこちゃんのお姉ちゃんかにゃ!?」
いや妹でしょどうみても。そんなににこちゃん幼くないよ。いやでも精神年齢という観点から見ればあながち間違いでもないか。
意外と的を得ていた凛ちゃんの発言はおいて置くとして、みんなはこころちゃんに興味津々だった。
「へー。さすが姉妹、良く似てるわね」
「真姫ちゃんは一人っ子だもんね」
真姫ちゃんは顔の似ている部分に感心していたし、花陽がそんな真姫ちゃんをいつくしむような目で見ている。
「にこっちは普段うちらについてどんな話しとるん?」
「確かに。家でもにっこにっこにーとかやってるんでしょうか・・・・」
海未の顔が若干、子供の将来を心配する親の目線みたいになってる。
「お姉さまですか?そうですね、家ではアイドルの話を良くしてくださいます。
笑顔の心ちゃんが何気なく放った言葉に皆一瞬時が止まる。
「「「「「「「「・・・・・・バックダンサー?」」」」」」」」
どうやら皆が疑問に思った点は共通していたようだ。
「??お姉さまがセンターを務めていらっしゃるアイドルのバックダンサーとして、地道にアイドルへの道を歩んでいるんですよね?頑張ってください」
最後に持ってこられた一言により、悪意がないのが伝わってくる。ここで嘘をついているわけでもなさそうだ。
その事を悟った皆は裏でひそひそと内緒話をしている。
「これはどういう事?」
穂乃果が首をかしげ、それに絵里先輩が推測する。
「私たちの事をバックダンサーだと、にこがそうあの子に話しているんでしょう」
「なんでだろう?」
「それは、本人に直接聞いてみるしかないにゃー」
凛の一言に皆頷き、こころちゃんを振りかえる。
「あの、どうされたんですか?宇宙スーパーアイドルであるお姉さまの引き立て役であるバックダンサーの皆さ―――――むぐっ」
その一言に、場の空気が凍る。
「んんっ。こころちゃん、ちょっと静かに」
これ以上、こころちゃんを自由にしゃべらせておくと、皆の精神衛生上、そしてにこちゃんの為にも悪い方向にしか行かないので両手でこころちゃんの口を塞ぐ。
「あのー、申し訳ありませんが、にこと話がしたいので携帯電話を貸してはいただけないでしょうか」
「ふぁい、ひいれすよ」
俺の両手に塞がれたまま、いまいち何の事か分かっていないのか、素直に携帯電話を差し出してくる。こころちゃんの吐息やらなんやらで少しくすぐったい。
こころちゃんから携帯を渡された海未。何度かコール音が響いた後。
「はーい、みんなのアイドル矢澤にこでーす。にっこにこにー。御用のある方はーにこのーにっこにこにーの後に十秒以内で伝えてくださーいにっこにこにー」
妙に甘ったるい声が、歩道橋に響く。場の空気が一瞬凍り、すぐにマグマと化す。でもこれはしょうがない。俺もちょっとイラっときた。
「あの、わたくしにこのバックダンサーを務めさせていただいている園田海未と申すものですが」
バックダンサーを強調してそこまで喋ると、不意に携帯を絵里先輩が奪い取る。
「どういうことか説明してもらえるかしら?」
「ひどいよにこちゃん!!凛達の事そういう風に思ってたの!!ひどいや!!にこちゃんの貧乳!!」
「そうよ!バックダンサーってどういう意味!?」
各々怒りが爆発したのか、それぞれが早口でまくし立てる。
そして、携帯がことりに渡ると。
「妹の安全が惜しくばさっさと家に来い。さもなくば妹の恥ずかしい写真をネットにばら撒く」
その言葉を最後に、ぶつっと電話を切ることり。真顔だった。やり方が陰湿だった。声のトーンがいつもより低かった。場の空気もお通夜みたいになっていた。
トントントンと、指で机を一定のリズムで刻む音が、部屋に木霊する。
にこちゃんの家にお邪魔して、にこちゃんを待っている間に、ことりが椅子に腰かけ発する音だ。もともと家にいたにこちゃんの弟であるぼーっとした雰囲気の虎太郎も、奥の部屋に引っ込んでしまった。
いつの間にか、にこちゃんへの怒りなどどこかへ吹き飛んでただただ、この空間をことりが支配していた。
(早く!!早くにこちゃん帰ってきて!!)
皆の願いは一つだった。こころちゃんが気を使って淹れてくれたお茶も湯気が立たなくなってきた頃。
「そ、そういえば保留にしてた問題があったにゃー」
「な、何?凛ちゃん?」
空気に耐えられなかったのか、凛が唐突に俺の事を指さしてくる。
「なんでにこちゃんの妹と知り合いなのかにゃ!?いったいどこで知り合ったのかにゃ!?なんだかこの家の事もよく知っているような雰囲気だにゃ!?」
ぐっ、鋭い。来るかなとは思っていた質問が、今来てしまった。
すると、そんな凛ちゃんの質問で思い出したかのように、カツカツという音がより一層早く刻まれる。グリンと首を回し、まるでシャフ度のような角度からことりが俺を見つめる。その眼は血走っていた。
だがしかし、正直に小学生の頃年齢詐称していたバイトで偶々バイト先の仕事場がここでそこで知り合った。なんて言えない。
もしそんなことを知ったら、凛なんかはともかく、穂乃果達は気付いてしまうだろう。俺のバイトの中身に。もともと怪しまれているのだし、決定打を与えられたら崖を転がるように事態が急転してしまうかもしれない。
それは避けたい。穂乃果達には余計な心配掛けさせたくないし、バイトを辞めろと言われたら、素直に従ってしまいそうだったから。
でも今のバイトを辞めたら、確実に生活は苦しくなる。父親がいなければ、それでもいいのだろうが。そうもいかない。
しまった。あれこれと考え込んでしまった所為で、変な間が生まれる。
しかし、そこでその間を払しょくするようにチャイムが鳴った。
「ただいまーってあれ?靴がいっぱいある。・・・・もしかして」
にこちゃんの声が届く、内容からしてどうやら留守電は聞いてないみたいだ。
ことりがゆっくりと立ち上がる。
「雪君。話はまたあとでね?」
にっこりとこちらを見て微笑む。あ、なかったことにはしてくれないんですね。
再度逃げようとしたにこちゃんだったが、あっさりと捕まって、居間。
「それでにこっち、しっかりと聞かせてもらおうやないの」
「そうだよ。なんで私たちがバックダンサーなんかになってるの?」
穂乃果が静かに問いただす。
「に、にっこにこにーニコには何の事だか―――――――」
「にこちゃん♪」「はい真面目にします」
にこちゃんがにっこにこにーで逃げようとしたところ、ことりがたったの一言で修正させてしまう。
「・・・・前からよ」
「え?」
「別にいいでしょ?私が家で何言ってたって」
それきり、にこちゃんは何も言わなかった。表情も、ふすまを隔てた奥にある部屋であそんでいるこころちゃん達を見ているせいか、良くわからない。
「・・・・・帰って」
「でも」
「お願い。今日は帰って」
真姫ちゃんが食い下がったが、それを希が宥めて皆玄関の扉をまたいでいく。
すると、その最中にもう一人の妹であるここあちゃんが帰ってきた。
「あれ?お客さん?あ!にーたんだ!!」
ここあちゃんが俺を見つけるや否や、懐に飛び込んでくる。
そんな様子を、まだ玄関に残っていたのだろうことりと、海未に見られてしまう。普段なら何とも思わないのだが、今日この時に限って言えばもうちょっと我慢して欲しかったかな、ここあちゃん。ああ、ことりの目線がつららのように突き刺さってくる。
海身に至っては、まるで汚物でも見るような蔑みの目線をくれる。口元の動きをみると、「うわぁ」と言っているようだった。
「ぺっ」
「唾!?人ん家で唾はいたよこの子!?」
心なしか、玄関のドアを閉める音が三割増しで大きくなって響く。
「どしたの?にーたん」
「なんでも、ないんだよ」
「・・・・・・帰ってっていったのが聞こえなかったの」
俺は懐でここあちゃんを抱きかかえたまま、にこちゃんが呟く。
「そういえば皆で部屋に入ったよ。皆所狭しと置かれたアイドルグッズに驚いてた。この前来た時より増えたよね」
「だから――――――」
「増えたのはさ、ミューズのグッズだった」
「・・・・・・・・・」
「俺も持ってるよ。凛のクリアファイルに穂乃果のノート。絵里先輩のうちわとか」
「だから何」
「いいや、さて俺も帰るよ」
そう言い残し、玄関から去る。もうそこには他のみんなはいなかったけど。
数秒たってから、こころちゃんが玄関のドアを開けておずおずといった感じで顔を出してきた。
「あの、私なにか余計なことをしてしまったみたいで。・・・・お姉さまは嫌われてしまったのでしょうか」
震える声。俯く頭。こころちゃんの間とっている空気が、今にも壊れそうだった。
こころちゃんは賢いから。気付いてしまったんだろう。にこちゃんの嘘に。そしてそれが自分の所為だということも多分気づいてる。自分が壊してしまったのではないかと危惧しているのだ。
きっと、にこちゃんは前から宇宙スーパーアイドルだったのだろう。家の中では。
前に希に聞いたことがある。にこちゃんが一年生の時、ミューズに入る前に、違うアイドルをやっていた事。そして、そのアイドルは空中分解してしまった事。
そして、にこちゃんはきっと自分がアイドルになったことは言い出せても、辞めたことは言い出せなかった。
だから、その時から、にこちゃんの嘘は始まっていた。
全部とは言わない。ほんの少しだけど、その気持ちは分かる。俺も嘘をつき続けているから。
「大丈夫。あれくらいでどうにかなるミューズじゃないよ。あれくらいでどうにかなるにこちゃんじゃないよ。にこちゃんは強いからね」
たとえ一人になっても、アイドル研究部を守り続けてきたのだから。ミューズが壊れそうになった時も繋ぎとめる線になっていたのだから。
さて、それじゃ、嘘つき同士。にこちゃんを補強してあげますか。
翌日。放課後。
音ノ木坂の校門の前。
「本当に良いんでしょうか?」
「大丈夫。理事長に許可は取ったからね。ほら、入校許可書」
昨日あの後、理事長室に大急ぎでいってもらって来た。貸し一つだと言われた。ちょっと不安だけど大丈夫と言い聞かせよう。
「あ、姉たん!!」
ここあちゃんが今まさに校門から出ようとしてきたにこちゃんを見つける。
「こころ!ここあ!虎太郎!なんでこんなとこに連れてきてんのよ!」
にこちゃんが俺に突っかかる。
「それはほら。今からライブをやるからさ」
「はぁ?ライブ?」
「そうよにこ。今からあなたの為にあなたがライブをやるの」
気づくと、にこちゃんの真後ろにいつの間にか絵里先輩が陣取っている。
「そうだよ宇宙スーパーアイドルにこちゃんの特別ステージだよ」
左腕をがしっと掴みながら今度は穂乃果が現れる。それと同時に、絵里先輩も右腕を掴み連行する形で元来た道を引き返す。目的地は屋上だ。
「ちょ!何!何すんのよ!」
「だ、大丈夫なんですか!?」
心配そうに見守るこころちゃん。にこちゃんがこころちゃんを心配なように、またこころちゃんもにこちゃんの事が心配なのだ。
それがちょっとだけ羨ましかった。それをちょっとだけ恨んだ。
でも、そんな感情は胸にしまった。
「大丈夫。今から凄いもの見せてあげるから」
「まじ!?凄いものって何!?」
ここあちゃんがきらきらとした瞳で食いつく。
だから俺は今できることをしよう。それしかできないのだから。
三人を連れて校舎に入る。目指すのはにこちゃんを連れて行った穂乃果達と同じ、屋上。
屋上に入ってまず目につくのは、普段とは違う事を示し、存在感を放っているステージ。そのステージは屋上の入り口の壁を背にセットされており、その眼の前にはレジャーシートや風船など小さい子供が喜びそうなものが飾り付けされてある。
そんな屋上の入り口が、不意に開く。でてきたのは、にこちゃん。ただしこちらもいつもと違い、背中に羽、全体的にピンクで統一された天使を模した衣装に身を包んでいる。俺がいる裏手からは詳しくは見えない。パチパチパチとまばらな拍手。たった三人しかいない拍手。
そしてその後ろには、ミューズ。今日一日に限り、嘘を真にするために色々なものを用意した。
嘘をついたのなら騙し通さなきゃいけない。それが嘘をつき続けたものの責任だ。そうして、いつか本当に宇宙スーパーアイドルになってしまえばいい。嘘を現実にすればいい。そうすれば問題は何もない。
にこちゃんの嘘はそういう嘘だ。
にこちゃんがこころちゃん達に向かって自分の気持ちを打ち明けている。それはきっと嘘いつわりのない真実。そして、にこちゃんは歌う。
にこちゃんは今できる最善を尽くしている。ならば俺に出来る最善の事は、その嘘を固める補強をしてあげる事。かつて俺は、目の前で精いっぱい歌う娘を幸せにしてあげたかった。だけどそれは傲慢だった。たった一人の人間で幸せにできるのなら、もっとこの世は生きやすい。
そうじゃないから、一人じゃ何も変えられないからこの世の中は厳しいんだ。
でも逆にいえば、誰かがいれば変えられる。皆がいれば変えられる。
・・・・・じゃあ、俺の事もいつかは変えてくれるのだろうか。
電飾が眩しくて空を仰ぎ見る。碧い空に吸い込まれそうになりながら。
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。どうも高宮です。
思いがけず14000文字を超えました。切るところが見つかりませんでした。書き終わると二話に分ければよかったと激しく後悔しております。
いつの間にか希ちゃんの誕生日までもう二日もないし。やばいし。
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番外編 明日上げるなんて言ってすいませんでした。
音ノ木坂学園学園祭。
期間は二日間行われ、一日目は生徒間のみ。二日目は招待制、父兄や友達で校内がにぎやかになる。
そしてその二日目に、ミューズの第一回ラブライブ予選突破のための最終ライブが予定されていた。
結果からいえば散々で、その事が後々まで響いてくるのだがその事態にはまだ至っていない学園祭一日目。
「ま、間違えた」
海田雪は本来なら二日目に行くはずだった。勿論ミューズのライブを見に行くために。いろいろと葛藤が残るものの、それでもまだ自らの足で見に行くだけの気力はあった。
のだが、日にちを間違えてしまったのだ。しかし、おかしい。希に聞いた日にちだとこの日で合っているはずなのだが。
「あ!雪君。来た来た」
校門で立ち尽くしていると、にぎやかな校舎から一人の女の子が、希が出てきた。
「ごめん、日にち間違えたみたい。また明日出直してくるよ」
「いやいや。今日であっとるで?」
「え?」
希の言葉に首をかしげる。辺りを見回しても、他校の生徒や親御さんたちの姿は見えない。ここから覗く廊下や教室も横断幕や飾り付けがされているものの、そこから見える生徒の色は一種類のみだ。
「いやほら、明日やったら人も増えて動きづらいし、何よりライブがあるから一緒に回れへんやろ?」
「ああ、それはそうかもしれないけど・・・」
だからって日にちを一日ずらして教えるだろうか普通。それに、結局これじゃあ雪は学校に入ることすらできない。
そんな表情を汲み取ったのか、はたまた最初から考えていたのか、おもむろに後ろ手に持っていたものを取り出す。
「ほら!じゃーん!これがあれば雪君も学校に入っても怪しまれないやん?」
そうやって手にしていたのは、どこから調達してきたのか音ノ木坂学園の制服だった。
「いや着ないからね!?」
「でも、これしか方法はないやん?」
「いやあるよ!普通に明日来るよ!」
なぜかじりじりと詰め寄ってくる希。その表情はとてもいやらしい笑みを浮かべている。
「だから明日じゃだめなんよ。ね?大丈夫絶対似会うから」
「そう言う問題じゃないんだよ!大体、他の人になんて言い訳すればいいの!?」
女装姿を知り合いに見られるだけでも黒歴史確定なのに、そこに加えて普段よく行く学校の大多数の生徒にも見られるなんて死んでもいやだ。
「大丈夫やって。ほら、みんなには会わないようにちゃんとエスコートしてあげるし、他の子だって雪君とは分からへんと思うで」
な?一回だけ。思い出を作りたいんよ。とそういう風に言われてしまうと困ってしまう雪である。
ま、着るだけなら、一回だけならと、渋々了承した。
「なぜカツラまで用意してるんだ・・・」
さすがに校門の真ん前で着替えるわけにはいかないので、部室棟にあった更衣室で着替えて出てきたところ。なぜか両手にカツラを持った希に半ば無理やり着用させられた。ちなみに音ノ木坂は女子高なので男子更衣室なる者は存在しない。
白のカッターシャツに肌色のセーターを着込み、緑色の蝶ネクタイで首元を調節。そしてスースーするスカートに二ーソックスといういで立ちを鏡で確認する。ちなみに髪形は明るい茶髪の腰元まで伸びているロングヘアだった。
「―――――――――――。」
「え?何?やっぱ変?」
その姿を見た希は若干打ちひしがれる。雪的にはあれ?若干ありじゃね?てな感じな雰囲気になっていたのだが希の醸し出す空気に一旦冷静になる。
「いや、この世の中の不公平さに泣きたいとこなんよ」
鏡から目を逸らす希に、雪は?マークを浮かべる。
実際、雪の女装はドン引くほど似会っていた。傍から見れば男とはバレないだろう。ただ、胸という圧倒的性別の壁は取り払えなかったのだが。そこは貧乳ということで誤魔化せるはずだとは思うが、やけに胸のあたりに空洞を感じる。明らかに伸びてしまっているのだ。
「あの、希。もう聞くのも怖いんだけどこれ誰の制服?」
胸からもわかるとおりそれは明らかに誰かの所有物だった。偶々誰も使ってないスペアなどではなかった。
「そんなん一人しかおらへんやろ?うちのや」
「あ、そうなんだ」
いやまあこの状況で他の誰かのだといわれてもそれはそれで怖いのだが。
「あ!パンツどうしよう?」
雪が今日はいていたのは当然だが男物の黒のボクサーパンツ。これだと座った時や階段などで見えるかもしれない。希と雪では足の長さが違うためスカートの長さに影響が出てしまっているのだ。
「うちが言うのもなんやけど、完全に乗り気やね」
先ほどまでの拒否感どこへやら。もう完全に女装して校内を回る気満々である。
しかし、流石に女物のパンツは調達できない。希が今履いているものを渡すということも一瞬考えたのだが、即座に打ち消す。
仕方ないので妥協案として、ボクサーパンツをTバックのように後ろをお尻に食い込ませることで事なきを得た。
「いや得てないよ!?むしろ余計恥ずかしくなってる気がするんだけど!」
「仕方ないやん。それとも雪君はパンツを見られて、女装している変態が校内へ潜りこんできたってばれて警察に突き出されてもええの?」
「・・・・・・良くないです」
想像してしまい寒気がする。格好の所為で想像にリアル感が増していた。
「ほら、じゃあ早くいこ?もう学園祭は始まってるんやから」
右手を掴まれ更衣室を後に、学園祭で普段の物静かなのとは違う雰囲気のある校舎へと足を踏み入れた。
校舎の中は外から見るよりも騒然としていた。女子同士の話し声や教室内外の出し物の宣伝や歓声が廊下を満たしている。
その騒然さなどには一切振り向かず、不自然なくらい微動だにしない雪。
「?どうしたん雪君?」
「い、いやいざ目の前にすると足がすくんでる」
目の前にいるのは圧倒的に女子、それだけなら別に何ともない雪だが今は女装中という状況が加味される。しかも、もしそれが今横切った人たちの一人にでもばれれば即人生が終わる。
「もう、ここまできて何言うてんの?」
ぐいぐいと背中を押され雪は揺らぐ心を掴まえて決心する。なによりこのままじゃ不自然だし、堂々としてれば案外ばれないかもしれないと思ったからだ。
「うーんまずはどこから回る?やっぱり食べ物系やろか?」
「そうだね。そういえば希のクラスは何やってるの?」
「――――――――ビクッ!!」
気になって尋ねてみたのだが、希はあからさまに動揺する。
「・・・・まぁそれは別にええやん。それよりほら焼きトウモロコシ売っとるで?」
「あ、おいしそう」
雪の興味はとりあえず焼きトウモロコシへと移り、希は内心で安堵する。
その後も焼きそばやかき氷など定番の屋台が廊下一帯に並ぶエリアに入って昼食を共にする。
「うんうん、流石女の子が作っただけあってどれもおいしいね」
「そうやね」
二人でたこ焼きをつつきながら、希は周囲を警戒する。いくら女装してカツラまでかぶっているとはいえ、他のメンバーに見つかりでもしたらどうなるか分からない。特にことりちゃんなどに見つかったら謎理論で雪君の正体を看破されそうだ。
「雪君の名前どうしようか。そのまま雪君なんて呼んでたらいくらなんでもばれるやろ」
「ああ、そうりゃそうだね。なんでもいいけど・・・・じゃあ響で」
「・・・どうでもいいけどなんで響?」
「え?そりゃア●マスの名前出しとかないとでしょ」
「メタ的な意味でなんだ」
昼食もそこそこに歩きだす。階段を上がるとどうやら三年生の教室みたいだ。
そこにはどうやら一つのクラスに行列ができているようだった。
「あれ何ですかね?行ってみましょうよ」
と手を引っ張り連れて行こうとするも、がっくんと足が止まる。
「あそこは駄目!!」
「え?なんで?」
めずらしく焦ったような表情で雪を引きとめる希。
「あそこは・・・・とにかく駄目なの!!」
なにがなんやら分からないうちに希が雪をこのエリアから脱出させようとするとそこでひと際歓声が上がった。
何事かと後ろを振り返ってみるとどうやら例の行列からのようだ。キャーキャーと黄色い歓声をあげている。
「ほら、行ってみましょうよ」
「うううううう」
観念したように雪を引っ張る力が弱まる。
「あ!希先輩だ!!」
「え?嘘?」
「本当だ!!きっと先輩も今からなのよ!!」
「うわ!!二人が揃ってるところ見られるなんてラッキー!!」
行列を形成していた女子達が希の事を見るや否やまるでモーゼの十戒のように割れていく。
「いや、別にうちはまだシフトじゃないんやけど・・・・」
「?」
シフト、というからにはこの行列の先にあるクラスは希のクラスなのだろう。とにかく、道を開けてくれたのだから素直にその先にあるドアへと手をかける。
「おかえりなさいお兄ちゃん♪も~う待ってたんだからね!」
ドアを開け、そこにいたのは絵里先輩だった。絵里先輩が紺色のセーラー服に身を包んで金色に輝く髪の毛をまるでにこちゃんのようにツインテールにしていた。その表情はまるで家に帰るのが遅れたお兄ちゃんを怒っているようだ。
「――――――――――――。」
雪は声が出ずに、思わず扉を閉める。閉めた扉にデカデカと書かれていた文字は『妹喫茶』なるものだった。字面から考えてメイド喫茶の妹バージョンの様なものだろう。
後ろで希先輩が顔を両手で隠し、うずくまっている。
今まで見たことない表情で、今まで聞いたことない声だった。
雪は、静かに、ただ静かにその場を去った。まるで今起こったことをなかったことにするかのように。その後、雪を泣きながら説教する人とはとても思えなかった。
「ほら!やっぱり私じゃダメなのよ!今の娘もなんか未確認生物をみるかのような目だったし!私のキャラじゃないのよ!」
「大丈夫です会長!!そのギャップが萌えを生み出すのです!!生徒会長なのに妹みたいな!生徒会長なのに家ではツンデレみたいな!!」
その絵里と希が所属するクラスではこの『妹喫茶』をプロデュースしていた女子が熱弁をふるっていたのだが、雪には知る由もない。
「つ、次はどこ行こうか」
「そ、そうだね。凛ちゃん達が何やってるのか気になるよね」
独特の気まずさを抱えたまま、さらに階段を上って一年生の教室があるフロア。
一年生は一クラスしかない為、迷う必要もない。
先ほどの経験から慎重にドアを開ける。どうやら特別教室などとつなげて作ったお化け屋敷みたいだ。
ひんやりとした空気が雪を襲う。暗闇ということもあり希が腕をまわしていたが、雪は特に気にしない。
やがて特別教室へとつながる扉へとたどり着く。おどろおどろしいBGMと辺りの雰囲気からそれなりの完成度を感じる。
ごくりと、喉を鳴らし勢いよくドアを開ける。
すると、
「開けんじゃねえよクソババア!!」
なぜか傍らにポテチ、首筋にはマッサージ器具、手には携帯型のゲーム機。テレビの画面はずっと砂嵐を表示している。ヘアバンドにメガネをしたその少女はていうか良く見ると凛だった。
状況に愕然としていると、ドアに一枚の張り紙がなされていることが分かる。
『ここは働く意思を粉々に砕かれた娘の亡霊に執り憑かれた女の末路。』
「いやおかしいだろ!!」
おかしい。ここは完全にお化け屋敷だったはずだ。それがなんで三十代半ばにしてニートの娘を見守っている空間に迷い込んでいるんだ。
・・・・だがしかし、ここを抜けなければゴールはない。しかたないのでそっと抜き足差し足で凛の後ろを二人で通る。
後ろ手に扉を閉める。なんにも反応がなかったのが逆に怖い。
「あれ?怖い確かに怖いけど、これはなんか違う気がする!」
ともあれ第一関門は突破したので次だ。想像と違ったので一刻も早くここから出たい思いで眼前を見る。
すると今度は何もない。真っ暗なことに変わりはないが、先ほどのように分かりやすいものが何もないのだ。
目には見えない代わりに、声が聞こえる。呻き声の様なささやき声のようなそれは良く耳を澄まさないと聞こえないレベルだが、しかし確かに聞こえてくる。
「ブツブツブツなにが先に結婚しちゃってごめんねよ披露宴で盛大に黒歴史後悔してやろうかしらあんたも良い人見つけなさいよってなんで結婚したからって上から目線なのよむかつくわブツブツブツ」
聞こえてくるそれは怨霊のようで、身震いする。
「ねえ。この声真姫ちゃんやない?」
――――――確かに。聞き覚えがあると思ったら真姫ちゃんの声だ。
もしやと思いドアを見やると、やはり一枚の張り紙が。
そこには『昔は美人で周りよりもモテていたのになぜか自分よりも周りが結婚し始めて行き遅れる女の霊』
「いや、あるけど!!確かにそう言うの良く聞くけども!ていうか最後結構無理やり霊に結び付けてね!?」
「怖いわー」
いや怖いけど!確かに行き遅れるのは怖いけど!でもお化け屋敷ってそういう近い未来ありそうな怖さ体感しにくるところじゃないよね!?
恐る恐る声の発生源からできるだけ遠回りして次の扉にたどり着く。暗がりで良かった。こんな真姫ちゃん見たくない。
ようやく次で最後だ。もうこの仕組みを理解したので、開ける前に張り紙を見る。
『美魔女だなんだと周りからおだてられて必死に若さと美に執着する
「もはや霊でも何でもないじゃん!!ただの醜い人間じゃん!」
何!?一番怖いのは霊でも心霊現象でもなくて人間ですってか!やかましいわ!!
バカらしくなって来たのでもうドキドキも生まれずに扉を開ける。
そしてここまでの流れ上、凛⇒真姫ちゃんと来たからには最後は花陽なのだろう。
「ふふふこの美容健康コスメとお肌つるっつるになる乳白化粧水を合わせれば顔のシミもなくなるわねふふふああアロエヨーグルトも食べれば最強かしら」
「誰だよ!!」
そこにいたのは花陽ではなかった。最早暗闇でもなんでもない普通に明りのついた部屋の真ん中で、電動マッサージ機に揺らされながらアロエヨーグルトを食べている見知らぬ少女。
後に真姫ちゃんの友達として崇められることになる放送部員の少女だった。だが、そんなことは今の二人は知らない。
少女を無視してさっさと出口からこのお化け屋敷から脱出する。
「いやー、怖かったね」
「いや、うん。どっちかって言うと悲しかったけどね俺は」
こんな悲しいお化け屋敷に入ったのは初めてだった。
「賑やかで楽しいな。うちこんな楽しい文化祭初めてなんよ」
「俺も、文化祭でこんなにツッコんだのは初めてだよ」
希は本当に楽しそうだ。だけど、初めてってどういうことだろう。これよりマシな文化祭はいくらでもあると思うけど。
それにしても暗がりということもあったのだろうが女装してるなんてばれる気配すらなかった。これは本格的にイケるのでは?と雪が思い始めていた頃。人の流れが変わる。
今までは雑多な雰囲気の中、各々好きなように動いていたのだが、そこに一定の法則が生まれ始める。
「あれ?なんかあんの?」
「講堂の方で演劇やる見たいやね。行ってみる?」
希につられらる形でその波に乗る。その中。
「あれ?希ちゃん?」
人ごみというほど多くはないが、それでも人を見つけるのに苦労しそうな環境で、運悪く呼びとめられてしまう。
「ことりちゃんやん。ことりちゃんも演劇見に行くの?」
振り返ると、クラスTシャツを着ていることりの姿。
意識せずとも顔が引きつる。雪はできるだけ顔を見られないように俯き、前髪が視界を覆う。
「・・・・・そっちの人は?」
気付いたぁぁぁぁ!気付かれたぁぁぁ!と、内心冷や汗でふやける。
いやしかし待てと。雪は思い直す。ここまでバレなかったのだ。イケる、乗り切れる。と、姿勢をただし声のトーンを上げ。
「えーっと、希の友達の響きですぅ。よろしくね」
できうる限り女の子らしく、最大限雪っぽさをなくし挨拶する。
「・・・・・・へー」
疑ってる!明らかに疑ってるよこれ!
だらだらと内心で冷や汗をかき続け、耐えられなくなった雪はいらぬ理由をつけてその場を去ろうとする。
「あ、あのー。私たちはこれで・・・・・」
「あれ?希ちゃん?」
今度は前方から穂乃果と海未が。歩き出そうとしていた雪は体ごと反転させる。
(ぎゃあぁぁぁぁ!!なんでこんなタイミングで!?)
驚いたせいかより一層挙動不審になり、それが疑わしさに拍車をかける。
「ちょっと響きさん、でしたっけ?大丈夫ですかさっきから」
疑わしい目線を向けたまま、ことりが雪に近付く。
「大丈夫です!大丈夫だからちょ、あんま近付かないで!」
そして、ことりの視線が上から下に、主に制服が伸びきった胸に行く。
「ちょっとぉ!!何してんの!?セクハラだからこれ!!」
がっと伸びてきた腕を思わず掴み取る。
「・・・・どこかで会いましたか?」
なんでだぁぁ!!!なんで腕を掴んだだけで不信感高まってんの!?なんで腕を掴んだら正体ばれそうになってんの!?
内心でシャウトするものの、なんとか表情に出さないように気をつけて。
「あ、あれ。この学校人数少ないし、すれ違ったことくらいはあると思うよ」
「いや、そうですか?見たことない気がするんですが・・・」
ことりに触発されたのか、海未までもが疑いの目線を送ってくる。
「それはあれよ。ほらこの人女装してるから」
「「「「・・・・・・え?」」」」
言っちゃった!?希が言っちゃった!?
最早表情を隠すこともせずに、希に詰め寄る。
「ちょっと!!何言ってんの!?なんで希がばらしちゃうの!?」
「えー?こっちの方が面白そうやん♪」
「あんたどっちの味方!?」
とっても綺麗な笑顔で言われた。
「・・・もしかして雪君?」
「ぐぎゃぁぁぁ!!」
名前までばバレた!名前までバレた!もう無理だ。もうやっていけない。もう顔合わせられない。ていうかなんでバレんだよぉ。
若干半泣きになりながらもうこうなったら逃げるしかないと、後ろ向きに決心して、体を反転させたものの、前方には穂乃果と海未がいるということを忘れていた。
ぐわーっと、さらに反転し、元の位置に戻る。
すると、ことりの向こう側から、階段を下りてくるのは凛達一年生組。
「だからなんでこのタイミング!?」
「あれ?雪ちゃんだにゃー」
「なんで一発でバレんだ!!」
おかしいだろ!さっきはバレなかったじゃん!なんで淀みなくバレんの!?
もうこの道は駄目だと、ことり達に背を向け穂乃果達と向き合う。
すると今度はその向こうから、遠目からでも目につく金髪を左右に垂らした絵里先輩が階段を上って来る。
「もういいよ!!分かってたよ!!あとあれはもう絵里先輩なんだね確定なんだねなんで妹喫茶なんてやってんだ!」
しょうがないので全力疾走。後ろは振り返らない。
「いやー。雪君通ると退屈せえへんね」
「あれって、もしかして雪?」
涙目で雪が通り過ぎた後を見送り、絵里先輩が尋ねる。
「そうみたいでしたけど」
「な、なんで女装してるんだろう」
花陽んが当然の疑問を口に出すが、誰も答えない。
唯一知っていそうな希に自然と視線が集まる。
「そういえば、なんで一緒にいたの?一緒にいたってことはつまり、一緒に回ってたってことだよね」
ことりが問い詰める。
「大体、今日は他校の生徒の類の出入りは禁止でしょ。なんで雪が来てるのよ」
真姫ちゃんも問い詰める。
集まっていた視線が段々と固くなって行く中、希は。
「テヘッ」
「あーもう終わりだ。もういやだ。もう会わない。もう絶対疎遠になる。もうバイトの面接行こう」
皆にあったショックで、格好の事は完全に頭から抜け落ちた雪は、走った。
「あー、で?おたく誰?」
「いやだから面接に来た海田雪です」
「なんで女の子?」
「あ?」
ここで気づく。というか思い出す。自分が女装していることに。
「ぎゃああああああああ!!!」
チャンチャン。
「やめろその終わり!!」
どうもトッティ!高宮です。
希ちゃんごめん!!愛してる!大好き!
違うんだ愛がないとかそういうんじゃないんだ。ただ遅れたのはちょっと睡魔に負けてちょっとやる気がなくなっちゃっただけなんだ。愛してる。
ということで改めて希ちゃんハッピーバースデー!!
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人はみんな自惚れ屋
「修学旅行?」
「そう、修学旅行」
もうそろそろ、冬服に衣替えしようかという季節。未だ半袖の俺は少し肌寒い。
ことりのお母さんもとい理事長に見つかってから音ノ木坂に行くことに若干の抵抗を覚えつつ、しかしもう見つかってしまったものは仕様がないと開き直った放課後。なぜか音ノ木坂の室内プール。
声が若干反響するこのプールで、何を思ったのか凛達一年生組に連れられてプ-ルではしゃいでいる。
「ほらほらー、かよちん達も早く入るにゃー」
「いやもう寒いよ凛ちゃん。風邪ひいちゃうよ?」
といっても、はしゃいでいるのは凛ただ一人だけなのだが。
「穂乃果達が修学旅行で沖縄に行ってるのがずるいって凛が」
真姫ちゃんが隣で呆れる。
なるほど。それで少しでも沖縄気分を味わおうとプールにねぇ。なんというか、不憫だな。
「ていうかずるいって。凛も来年行くんでしょう」
「そうだけど!沖縄とは限らないにゃ!」
いやいや、こういうのは大抵毎年一緒のところ行くもんだよ。
「それよりせっかくプール独り占めできるんだから雪ちゃん達も早く早く!!」
そりゃ独り占めでしょうよ、もう十月なんだから。こんな時期にプールなんて行く奴はバカだと相場が決まっている。寒いのは苦手なんだ。
「ああそうか。バカなんだ」
「なにを~!」
一人呟いたつもりだったが聞かれていたらしく、ぬるっと水面から手を伸ばし、俺の足首を掴む。
「ちょ、バカ!俺水着持ってきてな―――――――」
言い終える前にドボンドボンと水しぶきが立つ。
「あはははは」
「何するんだこのバカ!俺替えの服とか持ってきてないんだからな!」
「その時は凛の制服貸してあげるにゃ」
「凛のって女子の制服でしょうが」
「いやいや~、雪ちゃんならきっと着こなせると思うにゃ。文化祭の時みたいに」
「忘れろ!いやお願いします忘れてください!!」
もうかなり前の事なのに、時々いじられる。本当に消え去ってほしい記憶だ。
「ちょっと!何私まで道連れにしてんのよ!!」
ん?と、隣を見るとどうやら引っ張られたときにとっさに真姫ちゃんの手を掴んでしまっていたらしかった。俺同様、制服を着用したまま浮いている。
「ああ、ごめん。でも大丈夫でしょどうせ真姫ちゃんなら」
「どうせって何よ!大丈夫じゃないわよ普通にびしょ濡れよ!ていうか前々から思ってたけど雪!あんたちょっと最近口が悪くなってるわよ!?」
真姫ちゃんの言葉を背に浴びながら、プールサイドに手をつき体を持ち上げる。
「別にそんなことはないよ。最初からそんなんだったよ。真姫ちゃんに関しては」
「ほら!絶対口悪くなった!絶対最後の一言いらなかった!」
いきなりプールに放り込まれたからか、ぷくーっといった感じで涙目になっている。
びしょびしょになった服を絞り、プールサイドに水たまりができる。
「さてと、それじゃあ花陽、ちょっとこっちきて」
遠くの方から心配そうに見つめていた花陽を手招きする。
「え?な、何?」
不安そうに、こちらに歩いてくる花陽の後ろに回り込み背中に手を添える。
「いや、ほら。一人だけ無傷っていうのもねえ?」
「そうよ。みんな仲良くびしょ濡れになりましょう?」
「さあレッツスイミング!!」
真姫ちゃんと凛が両足を掴み、後ろに引っ張る。最後に俺が軽く背中を押すだけで、プールにドボンという音が響き渡った。
「・・・・・・さむっ」
「馬鹿じゃないのあんたら。普通に風邪ひくわよ」
花陽をプールに落とした後。なんだかんだで楽しくなってしまった結果。水中鬼ごっごやら水鉄砲やらで遊んでしまい、もう全身けだるげである。
一人、部室にいたにこちゃんだけがぬくぬくと暖かそうだ。いや、水着から着替えた凛も、まだ髪が湿っている事以外は暖かそうだ。
そんなにこちゃん達を恨めしく思いながら肩にかかったタオルケットを引き寄せる。
「そうよ。穂乃果達が修学旅行から帰ってきてすぐ、ファッションショーからのイベントがあるんだから」
「穂乃果ちゃん達とすぐに合わせられるように、練習しとかなあかんのやで?体調管理は気をつけな」
絵里先輩と希が部室に入ってくる。なぜか俺の両隣を固める形で椅子に座った。いや暖かいからいいんですけど。
「
「はい?」
「なんでもないわ」
真姫ちゃんは呆れたように溜息をつく。
「とりあえず私と希は生徒会の手伝いがあるから、しっかりと4人で練習しておくのよ」
「えー!また四人だけで練習?」
凛が机に突っ伏し、あからさまに不満そうな声を出した。
「仕方ないでしょ?絵里達は穂乃果達のバックアップしておかなきゃなんだから」
「俺も手伝いましょうか?」
最近はなくなったものの、ついこの間まで生徒会を頻繁に手伝っていた身だ。多少は力になることもできるだろう。
「ううん。大丈夫。他の役員達も頑張ってくれているし、資料を整理したりするだけだから」
「そうですか」
絵里先輩は首を横に振る。若干、寂しい気持ちもないわけではないが、大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
「それより雪君は凛ちゃん達の練習見てあげて?」
「そうだね。そうすることにするよ」
希が言い残して、二人は部室を後にする。
「じゃあ「じゃあ練習行くにゃ!」
先ほどまでうだうだと机に突っ伏していたはずの凛が、俺のセリフに被せてくる形で息を吹き返した。
「厳禁なやつね・・・」
「何?」
「雪に言ったんじゃないわよ」
にこちゃんが呆れた声を出すので聞き返したら、なぜか真姫ちゃんに返された。そんな光景を花陽は困ったように笑っている。
そんなやり取りの中、先ほど閉まったばかりの部室のドアが再び開く。
「伝えたいことを忘れてたわ」
そのドアからは絵里先輩だけが戻ってきた。
「伝えたい事?」
「ええ。穂乃果達が修学旅行でいない間、臨時でリーダーを立てようって事になってね。それで穂乃果達と誰がいいか相談したんだけど・・・」
そこで一度、絵里先輩は言葉を区切る。そして部室内の一点に視線を定めてから、続きを口にした。
「凛。どうかしら?あなたにリーダーをやってもらいたいんだけど」
「・・・・・ええ!?凛が!?」
「ええ。みんな凛はどうかって」
臨時のリーダーに凛。急な話だが確かに凛は向いていると思う。明るくて元気だし、皆を引っ張って行くときもある。本人に自覚があるかどうかは分からないが。
「り、凛は駄目だよ!リーダーとか向いてないよ!」
見ると高速で両手をぶんぶんと振り回し、否定している。
「そんなことないわ。みんな凛に頼みたいの」
「そうだ!真姫ちゃんは!?真姫ちゃんの方が向いてるよ!」
凛は矛先を真姫ちゃんに向ける。見ているとリーダーをやりたがっていないようだ。意外だな。こういうのは二つ返事でOKするかと思ってた。
「話聞いてなかったの?みんな凛が良いって言ってるの」
凛に矛先を向けられた真姫ちゃんが諭す。
「でも・・・・・」
「凛ちゃん・・・」
それでも渋る凛を花陽が心配そうに見つめる。
「まあリーダーって言っても穂乃果達が帰ってくる二、三日の間だけだし、別にそんなに気負わなくても良いんじゃないかな?」
「そうよ。それに穂乃果を見てみなさいよ。あんなんでもリーダーやれてるんだから」
真姫ちゃんは先ほど俺に口が悪いと指摘していたのだが、真姫ちゃんも十分にひどいと思います。
「た、確かに・・・・」
それで納得している凛もひどい。総じて皆の穂乃果に対する扱いがひどい。
「ふふっ。まあ穂乃果の事は置いておいても、凛が良いっていう私たちの事を信じると思って。ね?」
凛の手をとり微笑む絵里先輩。そんな絵里先輩を見つめる凛の目は次第に緩やかになっていく。
「うん。分かった。凛、やってみるよ」
その言葉に絵里先輩は軽く頷き、「じゃあ練習始めましょう」と催促した。
「なんで仕事ってあるんですか?・・・・・」
「そうだね~。お仕事がなかったらお金がもらえないからじゃないかな~」
「二人とも。馬鹿なこと言ってないで手を動かして」
穂乃果達が修学旅行に言ってから二日。俺は生徒会室で目の前の資料の束にうなだれる。副会長であるあんじゅと書記さんはちゃくちゃくと束を解消していく中、俺だけが手が止まっていた。
昨日、暫定的とはいえリーダーに就任した凛がどうなっているのか心配でもあったし、普通に仕事がしたくなかった。
「あれ?メールだ」
見ると携帯がブルブルと震えている。差出人には『星空 凛』の文字が。
文面を見ると『今すぐ 校門 来い』
「脅迫文か!」
「え?何?」
文面を見て思わず声に出してしまった。隣にいるあんじゅが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「あー、いやちょっと用事思い出した。すぐ戻る」
書記さんにガミガミといわれるのを背に受けながら、生徒会室を飛び出す。
「で、何の用?」
「あ、雪ちゃん」
呼び出した張本人が校門を背に待っていた。
「・・・あのね。雪ちゃんは凛がリーダーに向いてると本当に思う?」
「思うよ。凛は責任感強いし、場の空気とか変えられるし。個人的には一年生の中で一番向いてると思うよ?」
なぜそんな話をするのかわからないが、とりあえず俺の考えを話した。
「でも、真姫ちゃんの方がリーダーっぽいし、かよちんの方が女の子らしくてかわいいし。凛なんか全然かわいくないんだよ?」
「誰が言ったの?」
「え?」
「凛がかわいくないって誰が言ったの?」
「それは・・・・・」
「確かに真姫ちゃんや花陽はかわいいけど、それとこれとは話が別でしょ?」
「別じゃないよ。かわいくない凛よりかわいいかよちんや真姫ちゃんがやったほうが絶対いいもん」
凛はさきほどから目は逸らしたり下を向いたりとせわしない。
「・・・じゃあ凛はリーダーを辞めるの?」
先ほどから、いや最初から凛はリーダーをやることに関して乗り気ではなかった。
「ううん。引き受けたからリーダーはやるよ。でも凛が向いてるなんてことは絶対にないの」
言葉からは強固な想いを感じる。いったいなにがそこまで凛を縛りつけているのだろうか。
「とにかく、雪ちゃん今から一緒に音ノ木坂に来て皆を説得してよ」
「説得?」
言葉の意味が分からないまま、とりあえず来てと凛に引っ張られ音ノ木坂へ。
いつもの、パソコンやアイドルグッズ、皆が座るパイプいすやテーブルがある部室ではなく、扉一枚挟んだもう一つの部屋、更衣室や、やや物置と化している部屋の扉を開けると、真姫ちゃんやかよちん、三年生組がそこに佇んでいた。
「あ。帰ってきた」
「あれ?なんで雪君も一緒なの?」
「それは俺が聞きたいけど・・・」
そこで、一つの違和感を感じる。その正体を探ろうと部室を見回すと、白い純白のドレスを見つけた。
「わー。凄い、これどうしたの?」
「ああ、それはファッションショーのイベントから、これを着てくれって言われたの」
俺の問いに絵里先輩が答えてくれる。さすがはファッションショーだ。そんなことまで用意してくるとは。
「それで、それを凛が着るのよって言ったらこの子走って逃げちゃったの」
なるほど。それで俺のところに来たわけだ。説得というのはつまり、俺が凛にこのドレスを着させないように皆を説得してほしいということだろう。
「だって、それ凛にはかわいすぎるんだもん。ひらひらしてるし、きらきらしてるし。凛には似合わないよ」
「そんなことないよ!凛ちゃんなら絶対似会うって」
凛の言葉を花陽は否定する。
「でもこれ、穂乃果用に採寸されたものだから、凛が着るとなると手直ししなきゃいけないのも事実なのよね」
穂乃果用に採寸?つまり、リーダーの穂乃果に発注が来て、穂乃果がいないから現リーダーであるところの凛にお鉢が回ってきたということだろうか。
ん?まてよ。
「なんで穂乃果はいないのさ?まだ帰ってきてなかったっけ?」
「・・・雪。あなた聞いてないの?」
真姫ちゃんが少々驚いた顔をしている。なんだというのだろう。
「穂乃果ちゃん達は台風の影響で沖縄から帰って来られへんようになったんよ」
「台風?」
そういえば、朝のニュースでそんなこと言ってたような言ってなかったような。だめだ、朝は記憶がぼやけてる。
「ん?ていうことは、そのファッションショーのイベント、6人で出るってこと?」
「仕方なくね」
にこちゃんがため息をつく。確かにいまさら諸事情で出られませんとは言いづらい。現にドレスまで用意してもらっているのだから。
「そうなると、穂乃果に体系が近いのは―――――――花陽?」
「ええっ!?わ、私?」
急に飛び出した名前に驚いている。手直しする必要をなくすとなると、そういう人選になるだろう。
しかし。
「そうだよ!かよちんならかわいいいし、絶対似会うって」
さきほどまで俯いていた凛が、急に元気になる。この子ったら・・・・。
「・・・・確かに、リーダーをやってもらっている凛に何もかも押しつけるのは、負担が大きいかもしれないわね」
絵里先輩も、同意する。
「花陽ちゃん、頼んでもええ?」
「私は、構わないけど・・・・・」
その表情は何か言いたげだ。
「凛ちゃんは、本当にそれでいいの?」
花陽は訪ねる。目の前にいる一人の女の子に。
「――――良いに決まってるにゃ」
その女の子の顔は、見慣れた笑顔だった。不自然なくらいにいつもの笑顔だった。
「さあにこちゃん!張り切って練習行くにゃー!」
「ちょ、あんた急に元気になるんじゃ―――――引っ張らないでよ!」
凛はさっさとにこちゃんを連れておそらく屋上へ行ってしまった。
「・・・・・雪君」
ひどく不安そうに花陽が俺の名前を呼ぶ。恐らく、花陽も気づいてるのだろう。この中の誰よりも凛と一緒にいて、この中の誰よりも凛の事を知っている花陽。
「きっと凛ちゃん。小学生の時にスカートをはいてきたことがあって、その時に男の子にからかわれたのを今も気にしてるんだと思う」
「・・・・確かに、凛が私服でスカート履いてるの見たことないわ」
「だから雪君。凛ちゃんを、お願い」
「・・・・任された」
凛はかわいい。それはミューズなら、ミューズを応援している者ならだれもが知っている事実だろう。ただ一人、本人だけが分かっていないのだ。ならば分からせてあげよう。俺が、皆が、かわいいと信じている者を。
俺はゆっくりと屋上に向かう。扉を開き、眩しさに目を細める。
「あ!雪ちゃん、皆遅いよ何してるの?」
「凛、今日の練習は終わりだ」
「え?」
「だから―――――――デートしよう」
「・・・・・・え?」
呆けたような表情で頬を赤らめる凛。
大丈夫。俺は一度失敗したけれど、でも、まだ誰かの役に立ちたいと思う心はなくなってはいない。今はそれがあれば大丈夫だ。
「・・・・・・へ?」
なぜかにこちゃんまで凛と同じ表情をしていたけれど。大丈夫だ。
どうもトリガーオン!高宮です。
いつの間にか映画公開してていつの間にかUA数5万突破してました。皆さんいつもありがとうございます。
色々とたてこんでいて映画の方はまだ見れていません。悔しいです!予定では来週の一年生組の色紙がもらえるときにいける予定です。早く観たい。
あ、あとアルバムもオリコン1位でしたね。やったね!
どんどんとおっきくなるラブライブですが、このSSも全力で乗っかって行きたいと思います。
そういえばずっと気になっていたんですがUA数のUAって何の略なんですかね。
ユニバーサルアメリカ?ユニークあんこ?
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女の子の言うかわいいはかわいいと言っている自分かわいいアピールだから
「ちょ、ちょっとまって雪ちゃん!」
音ノ木坂の屋上。穂乃果達が修学旅行で不在の中、凛は過去のトラウマに縛られていた。俺のように。
ならば、そのトラウマを消し去ってしまわなければいけない。過去に縛られ、囚われることに良い事など一つもないと、その事を知る者として。
そのか細く、すべすべとした腕を掴みながら階段を下る。
凛の制止も今は聞かない。
「待ってって言ってんでしょうが!!」
制止を無視していたら後ろからとんでもない力が加えられ、床にたたきつけられる。
「グフっ――――――」
「で、デートって何!?なんでそんな話になってるの!?協定は!?皆は了承したの!?」
矢継ぎ早に質問が重ねられ、たたきつけられたこともあってまともに答えられない。
ただ、慌てているんだろうという事だけは気配で伝わってきた。
「と、とりあえず落ち着いて。話聞いて」
「あ、ああそうだよね。落ち着くね」
そのままの姿勢で凛は二度三度と深呼吸する。
「デートって何!?」
「落ちつけよ!」
深呼吸したはずだろ。なんでより一層パニックになってんの。
「い、いや落ち着いて深呼吸したら事の重大さに気がついて」
そんなたかがデートでオーバーな。いやしたことないけどデート。でも今回はデートが目的じゃないわけで。
「とりあえず一回どいてくれる?」
俺の体にのしかかったままの凛の体をどけるように告げると、凛は謝りつつどいてくれた。
パンパンと体についたほこりを払い、仕切り直してもう一度。
「じゃあデートしよう」
「な、なんで・・・・?なんで凛なの?かよちんとかの方がかわいいのに」
ここのところの凛は俯いてばかりだ。
「なんでって凛はかわいいからだよ。凛はかわいいということを証明するためにデートするんだ」
そう。凛は慣れていないのだ。自分自身に。スカートをはく自分も、かわいいといわれる自分も、ドレスを着てファッションショーに出る自分も。慣れていないから不安になって恐れる。もし、似合ってなかったら。もし、また馬鹿にされたらと。
だから俺がその不安も不慣れも取り払う手伝いをする。そのためのデートだ。
嫌とは言わせない。
「ほら、行こう」
「ま、待って!分かったから分かったからちょっと待って」
ようやく引っ張って行ったと思ったら三度止められる。
「も~う、今度は何?」
「デートってどこに行くの?」
「駅前のショッピングモールだよ」
そこで凛はかわいいということを認めさせてやるんだ。
「ほら早く行こう」
「ま、待ってって!今はほら。凛、汗かいてるし、練習着だし、一旦、一旦家に帰らせて。お願い」
校門まで連れて行ったところでそうまくし立てられ、立ち止る。凛の方を振り向くと非常に焦ったような、切ないような表情をしていた。
「・・・・分かった。けど、ドタキャンとかなしだからね。絶対デートするからね」
「――――――――わ、分かった」
凛の顔が売れたトマトのように真っ赤に染まる。
「じゃ、じゃあ1時間、いや1時間30分後に駅前ってことで・・・」
凛は何かを計算しているような素振りで場所と時間を指定する。
「分かった。絶対来てね。来なかったら凛の家まで行くからね」
凛の家知らないけど。花陽に聞けばわかるかな。
「わ、分かった。分かったからそんな強く言わないで///」
「?」
だって強く言わなきゃ凛が来てくれるかどうかわからないじゃないか。まったく。
ということで無事にデートの約束を取り付け一足早く駅前へ。
「で、なんで花陽と真姫ちゃんもいるの?」
「そんなの雪君が凛ちゃんに粗相をしでかさないか見張りに来たんだよ」
隣でにこやかに笑っている花陽はすこしこわい。
大体、粗相って何だ。おしっこでも漏らすと考えているのか花陽は。俺もう高校生だぞ。
「そうよ。大丈夫、二人の邪魔はしないから。邪魔はね」
ふふ、ふふふ。と二人が邪悪なオーラを身にまとって笑う。二人の後ろからどす黒い何かが見えるのは気のせいだと信じたい。
「ん?あれ、凛かな?」
二人から目を逸らす形でたまたま凛を見つける。確かに駅前とは言ったが詳しく場所を指定したわけではなかった。しっぱいしっぱい。
「そうみたいね。凄くそわそわしてるもの」
真姫ちゃんの言うとおり、あっちをきょろきょろこっちをきょろきょろしたかと思えば、鏡で顔をチェックしたり、服装をチェックしたりしている。スカートではなくズボンだ。
だがその様子は、紛れもなくかわいい女の子のそれだった。
「凛ちゃん。かぅわいいい」
花陽がうっとりとやや巻き舌で凛を遠くから褒める。
「じゃ、私たちは陰から見守ってるから。くれぐれも凛を泣かすなよ」
最後の一言と表情がやたら胸に突き刺さる。だけど俺はそんなことにはめげないし。凛は絶対泣かさないし。
俺ってそんなに信用ないかね。
なにはともあれ、真姫ちゃんが凛に見とれている花陽を引きずって物陰に隠れていくのを確認したのち、凛のもとへ足早に駆けていく。
「ごめん待った?」
「あ、ううん今来たところだから」
勢いよく両手を振り、否定する凛。どこか気恥ずかしげだ。
「そ、それじゃあ早く行くにゃー!」
片手を突き上げ、ずんずんと先に歩いて行く凛。どこか無理にテンションを上げているように思える。
「待って待って。はい」
駆け足で凛に追いつき、右手を差し出す。
「・・・・え?」
「ほら、一応デートなんだし手をつなごうかと思って」
「―――――――!!///」
なにやらのけぞっている凛。あれ?そんなに嫌だったの?
若干ショックを受けながら、差し出した右手が気まずくなる。
すると、そんな俺を察したのか、恐る恐るといった様子でプルプルと震えた右手が俺の右手に触れる。
そんな些細なことに嬉しくなってしまう俺はきっと簡単なのだろう。
「も、もう!早く、行こ?」
そっぽを向く凛に微笑みながら、ふと後ろが気になり振り向く。花陽達は隠れていたがすぐに分かった。なぜってそこだけ異様なんだもん。花陽はなんだか悶々と頭を打ち付けているし、真姫ちゃんはブツブツと口が動いている。
もう後ろは振り向かないと決意して、凛だけを見ることにした。
ショッピングモールに入ってまずすることは、凛の服を買う。それもスカートを、だ。
凛のトラウマはスカートが一つの引き金となっている。昔、あまりスカートをはかない凛が、たまにはいてきたその日に男子達にからかわれたらしい。
その男子達は特定次第血祭りにあげるとして、まずは凛が最優先だ。
制服やライブでは普通にスカートを履けているところを見るに、きっと一人だけという状況が駄目なのだろう。だから私服ではスカートをはかないのだ。
ならばまずスカートに慣れさせることが重要だ。
「ど、どこに行こうか?」
凛がこちらを振り向き訪ねる。
まずは先ほどの条件に合った店を見つけなければいけない。とはいっても俺はそんなにファッションに詳しくないし、このショッピングモールにある店々がどんな類のものかが分からない。
「困ったな」
なにせ急な話だったので下準備ができていない。
「何かお困りでしょうか?」
そう思っていると、不意に前方から声をかけられる。
すらりとした長い手足に、さらさらとした目立つ綺麗な金髪。そして明らかに不自然なサングラスが怪しく黒光りしている。
どこかで見たことあるようなその人はどうやら、このショッピングモールの案内係のような制服を着ていた。
というか、完全に知っている人だった。
「何やってるんですか絵里先―――――――――」
輩。と続けようとしたところで思いっきり口を両手で塞がれホールドされる。
「むぐむぐ」
「黙って知らないふりをしなさい。あなた困ってるんでしょ?」
「な、なぜそれを」
「すこし考えればあなたがファッションに疎いくらいわかるわ」
そ、そうなのか。分かってしまうのか。
それだけ言うと、絵里先輩、もとい案内係のお姉さんはぱっと手を離しすぐに姿勢を正す。
「それで、どんなことにお困りでしょうか?」
サングラスで表情がよく読めないが口元から笑っているのだろうということはかろうじて分かった。
「あ、えーっとスカートが多く置いている店って知りませんか?お姉さん」
凛は明らかに怪しんでいる表情を浮かべていたがなんとか俺が取り繕う。
「!!お、お姉さん!・・・・がはっ!!」
「ちょ、お姉さん!?どうしたんですかお姉さん!」
急に倒れ込むお姉さんを抱える。
「あ、亜里沙とはまた違う姉の響き。これもまたいとおかし」
何か意味不明な事を呟き、がっくりと意識を失ってしまった。なんだというのだろう。
「どうした!何事だ!」
あ、やばい。どうやらこの状況を見て警官が駆けつけてしまったようだ。こんなところで時間を浪費するわけにはいかない。なにせファッションショーは明日なのだ。
「なんだ、どうしたウジ虫ども」
ウジ虫?
突然飛び出た言葉にびっくりして警官を見あげる。婦警の制服に身を包んだ警官は、サイズが合っていないのかすこし胸のところを苦しそうにしている。そして顔にはサングラスが。
というか完全に希だった。婦警のコスプレをした希だった。
「何してるの希?」
「希ではないハートマン軍曹だ!」
「いや違うよね?絶対違うよね?」
希は先ほどから直立不動で敬礼したまま動かない。
「うるさいクソ虫!言葉の最初と最後にサーをつけろ!」
「サーイエッサー!」
「あれ?凛?」
どういうわけか凛もまた直立不動で敬礼している。
「あ、あのスカートを多く置いている店を探しているのですが・・・・」
というかそのキャラは何なんだ。
「これは違うぞ!決して昨日の夜フルメタ●ジャケットを見たからではない!」
「確定だよね!現行犯逮捕だよね!ていうかこちとらそんな事聞いてないんだよ!」
完全に影響されてるよ。
というかさっきから何なんだ。絵里先輩といい、希といい。まだショッピングモールの入り口から動いてすらいないんですけど。
「ん?スカートならどこも大体一緒だ。好きなものを探すがいい」
「あ、答えてくれるんだ」
意外とやさしいみたい。
「じゃ、探しに行こうか」
ということで二人は置いて行き、どこか適当な店に入る。
すると、凛が困惑した表情をしていることに気がついた。
「どうしたの?」
「スカートって何?」
ああ、そう言えばデートとしか凛に入っていなかった気がする。
「ここにはスカートを買いに来たんだよ」
「それってもしかして・・・・」
凛は驚愕に目を見開く。
「雪ちゃん、ついに女装に目覚めたの・・・・?」
「違うわ!そうじゃないよ!!」
なにがどうなったらそう言う話になるのかとんと見当がつかない。おかしい、絶対におかしい。
「凛のスカートを買うんだよ」
「え!?い、いやいいよ凛は。似合わないよ」
「そんなことは履いてみてから決めよう」
とりあえず適当に見つくろったものを凛に手渡す。
「で、でも・・・・」
「いいからいいから」
無理やりに試着室まで引っ張って行き、中に押し込む。
「着替えるまで出てきちゃだめだからね。遅かったら開けるから」
「そ、そんなの反則だよ」
弱弱しい声にちょっぴり罪悪感を感じるものの、木製のドアの向こうで着替える気配を感じてほっと胸をなでおろす。
きっと今の凛にはこれくらい強引でないといけない。そして納得させてやる。凛がかわいいということを。
少し時間がたってから試着室のドアが開く。
出てきた凛はズボンからスカートに着替え、見事に似会っていた。
気恥ずかしいのだろう。顔は下を向き、両手で必死にスカートを抑えている。ドアを開けるので精一杯だったのだろうか、一歩もこちらに出ようとはしない。
「ほら、かわいい」
「そんなことない」
早口で否定する。ならば何度でも言ってやろう。
「かわいいよ。凛はかわいい」
「――――――――雪ちゃんは誰にでも言うから」
ぼそっと心外な事を言われた。そんな節操なしみたいな真似しないよ。
「じゃあ店員さんに聞こう」
すいませーんと、近くにいた黒髪のツインテールの店員を呼ぶ。背が少し低かったのでお客と間違えたかなと一瞬思ったが、こちらに歩いてくるのを見て間違ってなかったようだと安心する。
「はーい。うわー!お客さんすっごくかわいいですねー。にこちゃんほどじゃないですけど」
「すいませーん。チェンジ!」
「ないわよそんなシステム!」
褒めるの下手か!なんだそのわざとらしい褒めは。最後の一言余計だし。なによりにこちゃんだし。またサングラス掛けてるし。もしかしなくても絵里先輩たちのあれはにこちゃんの入れ知恵だろうか。
しかし、幸いというかなんというか、凛は俯いていて気が付いていないらしい。
仕方ないのでにこちゃんに聞く。
「ね?似合ってますよね?かわいいですよね?」
「今流行りのレースのスカートじゃないですかー。似会ってますよお客さん」
「ほ、本当に?」
やった。凛がか細い声で訪ねる。
「ええ。でもにこちゃんの方がもーっと似会うと思い――――――」
余計なひと言を加えようとするにこちゃんの口を両手で塞ぐ。
すると、店の前を通りがかった女子の二人組がきゃっきゃっとはしゃいでいるのが聞こえる。
「あれ?ねーあれ超かわいくない?」
「かわいいー、スカート超似会ってるー」
見ると二人ともいつの間にか私服に着替えた絵里先輩と希だった。相変わらずサングラスは外さないが。というか兼ね役かよ。
「あれ?本当だかわいいー。本当に超かわいいー。スカートが霞むくらいかわいいー。家に飾っておきたいくらいかわいいー」
「す、スカート似会うー。か、かわいいんじゃない?知らないけど」
どうやらいつの間にかサングラスをかけた花陽と、真姫ちゃんまでいたようだ。真姫ちゃんはサングラス掛けても相変わらずだけど。スカート似会うーまでは良かったんだけどね。
皆のかわいいコールの協力を背に、凛の方を向く。
すると、凛は走り出してしまう。びっくりして追いかけると、角を曲がったすぐそこ、関係者入り口に連なる狭い通路に凛はいた。
しゃがみ込んで顔を覆ってしまっている凛を見て、強引すぎたかなと反省した。
「・・・・・うへへ」
けれど、その反省は杞憂だった。よくよく見てみると、顔はにやついていてだらしない。
どうやらそんな顔を見せるのは恥ずかしかったらしい。
「――――――これで分かったろ。凛はかわいい。かわいくないなんて思ってるのは凛だけだって」
「・・・・そんなことない」
またそっぽを向いてしまう。まだ言うか。
「それじゃあ認めるまで何度でも言ってやる。凛はかわいい。ふとした時にでる女の子らしさも元気が有り余って失敗しちゃうところも人一倍かわいいものが好きなところも運動してるときに見せる表情も笑顔も泣き顔も怒った顔も全部かわいい。かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」
「も、もういいよ!///」
照れたように俺の口をふさぐ。
きっと凛は憧れているんだ。スカートをはくのもかわいいものを身につけるのも、憧れていて羨ましく感じるから、未練があるからこんなにも拒絶する。その憧れさえ奪われてしまうのが怖いから。かつてスカートを履くことを奪われてしまったように。
だから。
「だから凛。俺を信じて。凛が信じる俺が言う、凛がかわいいってことを信じて。大丈夫。凛はそのままでかわいいんだから」
「―――――――――信じていいの?」
凛はやっと顔を上げる。そのかわいらしい表情を見ればだれもかわいくないなんて言えないだろう。
「ああ。勿論さ。だからとりあえず。そのスカートを買いにいこっか」
「あ!・・・・・」
試着室から持って来たままだったスカートをレジへともって行く。
きっと誰しも自分に自信なんかない。でもそのなかで上手く折り合いをつけて自分とやって行かなくちゃならない。誰でもない自分と。凛はそれがちょっと他人より下手だった。ただそれだけの事だ。それでもこうやって笑いあうことができるんだから。
でも、多分きっと俺よりは―――――――――――。
「あ、あのね雪ちゃん。私、あのドレス着たい。あのドレスでファッションショーに出たい」
「うん。知ってる。その件に関しては大丈夫さ」
それより先は考えないようにして、凛の言葉に返答した。
きっとみんな、ドレスを直していることだろう。凛の為に。
「知ってたのかにゃ!?い、いつ!?」
「最初っから。見てればわかるさ。半年とちょっとの付き合いでも」
スカートの値段に戦々恐々としたり、見栄を張って大丈夫と言ったり、俺はまだまだかっこ付かないけど、それでも少しでも力になれたと思って良いのだろうか。少しでも凛が前に進める背中を押せたのなら、そう思うととてもうれしかった。
「ねえ。なんでここまでしてくれたの?」
「ん?なんでって、好きなものをそんなことないって否定されると訂正させたくなるだろ?」
「――――――――す、好き///」
「うん。好き」
凛は突然しゃがむ。どうしたのかと思い駆け寄ろうとすると声と共に重力に引っ張られた。
「じゃ、次は私とデートね」
「あれ?」
ショッピングモールから出たところで、いつの間にかサングラスをとっていた絵里先輩に後ろから右腕を掴まれる。
「いやいや、じゃんけんで勝ったのはうちやでえりち」
「んん?」
今度は希が左腕に。
「ちょっと私の事忘れないでよ!」
後ろからのしかかってくるのはにこちゃんだ。
「ふん。バカみたい」
「そわそわしてるね。真姫ちゃんも行って良いんだよ?」
「な!い、行かないわよ!」
花陽と真姫ちゃんは近くで何やら言いあっている。
あー。重い。重いよチクショウ。いつの間にかこんなにも重くなってしまった。まったく、少し前の自分なら想像すらしなかったことだろう。
「ふふん。皆、雪ちゃんが好きなのは凛なんだよ?残念ながらにゃー」
「いや、俺は皆も好き―――――」
ガンと頭を殴られた。グーで。痛い。
ベーっと舌を出し、俺達から逃げるように遠ざかる凛からは笑い声が響く。
頼もしい限りだ。
そんなことがあったのが昨日の話。ファッションショー当日。に男がいるのは変だと思って、俺は裏からこっそり見ていた。本当は家でおとなしくしておこうと思っていたのだが、気がつくと足を運んでしまっていた。絵里先輩がスカウトされていて何やってるんだと思った。こちらに気づくと、口パクで助けてと言っていたが、面白そうなので無視しておいたら後で凄く怒られた。涙目だった。
その内に凛がドレスを着てステージに立った。観客から黄色い歓声が飛び出ていたのを聞いたのを最後に俺は家路についた。
自分が褒められているわけでもないのに、なんだか無性にうれしくなって鼻歌を歌っていた気がする。
凛はきっともうスカート履くことにも動じないし、そんなことはなくスカートをはくかどうかにも一喜一憂するのかもしれないけれど、でも自分を蔑むことはなくなるのだろう。それは皆のおかげで、俺がしたことなんてただ、自分の気持ちを伝えただけだけど、それでも誇らしくて。ちょっとだけ自分というのが認められるような気がした。
気がしただけだったけど。
どうもヘーイ金剛デース!間違えた。高宮です。
活動記録でも書いたんですが、ラブライブの映画見に行ってきました。やばかった。思い出して三回くらい思い出し泣きしました。
CDと出るであろうブルーレイは絶対に買うことを決意して、映画館を出ました。
ラブライブは最高であるということを今一度確認して、これからも頑張ります。
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テレビっていうとはしゃぐのは田舎も都会も共通だと思う
そろそろ生徒会の仕事もすっかり板について、もうツバサさん達の手伝いも要らなくなってきた。今日は早急にまとめないといけない資料があったので昼休みにあんじゅと書記さんに集まってもらっている。
そして、それが終わると明日は給料日だ。
「ふふふ――――――――」
「なんだか嬉しそうね。雪君」
隣でいつも通り書類とにらめっこしているあんじゅがこちらを向かずに笑う。
「ああ、なんてったって明日は給料――――――」
日。といいかけて慌てて口をつむぐ。
UTXではバイト禁止なのだ。あまりにもばれない為、時々忘れそうになる。だからといってうっかり漏らせば大惨事だ。前までなら謹慎くらいで済んだかもしれないが、今の俺は生徒会長だ。もう一カ月は経ったというのにあんまり実感ないけど。
まあそれも大半が父の懐に消えてしまうのだが。
「ん?」
途中で言葉を止めてしまったからだろう。あんじゅがこちらを向き首をかしげる。
「き、きゅ、きゅうりが欲しいよねー」
やや強引にごまかす。いやごまかしてねーよ。ごまかしきれてねーよ。
流石に口が滑ったと思い、頭の中で猛省しながらあんじゅをちらと見る。
「きゅうりかー、きゅうりは夏に食べたいよねー。どちらかというとー」
「今の時期は鍋とかいいですよねー」
あんじゅにそれまで話を聞いていた書記さんが同意する。良くわからないうちに話題が逸れたようだ。良かったあんじゅで。これがツバサさんとかならきっと問い詰められて自白させられていた気がする。
想像し、身震いするとともにほっと一安心。
「良かったツバサさんがいなくて・・・」
「私がなんだって?」「うわっ!!」
いつの間にか生徒会室の扉を背にもたれているツバサさんがやや不満そうな表情をしていた。
「良かったわね私がいなくて」
キュッキュッっとローファーと床がこすれる音がするたびに、俺の心臓を締めつけた。
「き、聞いてたんですか?」
「ええ。鍋の話してる時からね」
どうやら給料日云々は聞かれていなかったらしい。危ない危ないと、額をぬぐう。その間もツバサさんはそっぽを向いて目を合わせてくれないが。
「―――――――それで?ツバサは何か用?」
そんな俺を見かねたのか、あんじゅが助け船を出してくれる。
「ああ、そうだ忘れるところだったわ。雪の発言で」
倒置法と目線が、俺を圧迫する。い、胃が痛い。
「・・・・・週末の土日にハロウィンフェスタがあるのは知っているわよね?」
「ああ、クラスの女の子が話してました」
十月三十一日はハロウィンだ。もともとはアメリカで悪霊を追い出す行事であったが日本では渋谷等でコスプレをして練り歩く若者たちがはしゃぐお祭りと化している。最早お菓子くれなきゃいたずらするぞというセリフすら聞かないが。
そんなハロウィンを正式に秋葉原でお祭り化しようということらしい。
「そのフェスタに要請されて、アライズとして私たちがライブすることになったのよ」
へー。そういえば確か海未から来たメールにも似たような事が書いていた気がする。アライズとミューズがライブすることになった、と。
「それでね、テレビの取材も入るらしいの」
「テレビ!?」
思わず大きな声を出してしまった。テレビに映るということだろうか。凄いなやっぱりアライズは。今までも知名度は群を抜いていたがネットの枠を超えついにテレビかー。あれ?ということはミューズも映るということだろうか。
おお。なんだか知り合いがテレビに出るという事実が俺を高揚させる。どんどんミューズがみんなから認められて行くように感じる。
だが反面、寂しくもある。どんどんと遠い存在になって行くようで。
寂しい気持ちは消えないけど、それでも良かった。俺を必要と言ってくれた絵里先輩や皆の事を考えるとやっぱり嬉しい気持ちの方が勝っていたから。
「・・・・・雪?」
「――――――え?ああ、はい。聞いてますよ?」
表情に出てしまっていたのだろう。ツバサさんが心配そうに俺を見つめる。
「ほ、本気で怒っていたわけじゃないのよ?ただ、ちょっとショックだっただけで・・・・」
「・・・・はい?」
あれ?なんだろうハロウィンフェスタの話じゃなかったのだろうか。考え事をしていた間に話が変わったのか。
「ふぅ、まったく。ツバサ。それでテレビがどうしたの?」
見かねたようにあんじゅがため息をつき、話をまとめてくれる。
「あ、ああ。それでねそのテレビ用に今からコメントをとるんだけど―――――――」
ああ、それであんじゅを連れて行きたいとかそういう話か。
それなら勿論OKだ。そろそろ資料も終わるし、書記さんと二人で余裕だろう。
「あんじゅと雪はちょっと来てくれない?仕事なら後で手伝うわ」
ほらやっぱり――――――ん?
「あれ?今、俺の名前も呼びました?」
「ええ」
さも当然という顔で頷くツバサさん。
「いやいや、おかしいでしょ。俺アライズじゃないですよ」
当たり前の事をわざわざ口にするのもどうかと思ったが、今はそんなことどうでもよかった。
「何言ってるの当たり前じゃない」
しまいにはツバサさんにも言われた。あんたが変なこと言うからだろ。
「雪君はアライズじゃないけど、生徒会長でしょ?きっとその仕事じゃないかなぁ?」
あんじゅがいつもの笑顔でそう当たりをつけてきた。が、生徒会長はそんな仕事をしなければいけないのか。アライズと一緒にテレビに出ると?
「ほら!生徒会長といえば学校の顔役みたいなものだから。テレビに出て宣伝しとけってことじゃない?」
今までうんともすんとも言わなかったくせにこういうときだけノリノリで会話に参加してくる書記さん。眼が爛々と輝いている。ちくしょう。
そういえば生徒会選挙の時にそんなことを言っていた気がする。確かに、生徒会長になって顔も名前も知らない生徒から声をかけられることも増えた。
そう言うことならば仕方ない。生徒会長になった責任は果たすべきだろう。決してテレビに出たいとかそういう理由ではない。・・・・トイレ行って身だしなみ整えて行こ。
「まぁ、そういうことならいいですけど。でも一つだけ言っておくことがあります」
決して心の中身は表情に出さないように気をつけて、訪ねておくべきことがある。
「ありがとう。で、何かしら?」
「・・・・・ギャラはでるんでしょうか!?」
俺にとっての最重要事項だ。皆呆れてたけど。
ということで、UTXの特別科目室というところに連れてこられた。まず第一にそんな部屋があったことに驚きだ。なんでもここはアライズ関係の取材や、UTX前のビジョンで時々流れるアライズからのコメントなどを撮っているらしい。ていうかこの部屋といい生徒と言い、俺はこの学校の知らない部分が多すぎるのではないだろうか。生徒会長なのに。
若干自分の行いに落ち込んでいたところ、そんなことはお構いなしにガチャリと先頭にいたツバサさんがドアを開ける。部屋には既に英玲奈先輩が中央の椅子に腰かけていた。
「ああ、来たか」
英玲奈先輩によると、もうすぐ取材班が来るそうだ。
緊張で頭が真っ白になる。何を言おうか、ていうか何をすればいいのか全く分からない。テレビなんて一切縁がなかったのだから。
そわそわしていると、その内、異様にテンションの高い女性のリポーターにカメラマンがくっついた状態でやってきた。
最初はアライズの三人が挨拶したのち、打ち合わせとおぼしきものを始める。と、いっても口頭で軽く説明されるだけだったが。
俺は緊張で頭がぐるぐるしながら必死に聞いていたが言葉がびっくりするほど耳に入ってこない。
気がつくと、アライズの三人がコメントを撮っていた。嫌にあっさり、時間にして数十秒ほどのコメントを撮ると今度は着替えるらしい。俺は部屋を追い出される。
数分してから了承が出たので、ドアを開けるとそこには先ほどと同じように制服のアライズが。
「あれ?着替えたんじゃ?」
「着替えたわよ。そしてコメントを撮ってまた着替えたの」
ああ、そうなんだ。ん?ということはこれで終わりじゃないか?俺の出番ないじゃないか。
ほっとしたような若干がっかりしたような複雑な気持ちを味わっていると、あんじゅから右腕を絡めとられる。
「じゃ、ここからが本番ね♪」
「ああ、UTXの宣伝もしっかりとやっておかないとな」
「それじゃ、始めましょうか」
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。その代わりに左に英玲奈先輩。後ろからツバサさんに囲まれ、多少緊張は解けるものの、そもそも今さらUTXに宣伝なんて必要なのだろうかという場違いな疑問を抱いていた。
カメラマンが機材を調整していたので素直にその事を聞いてみる。
すると左隣の英玲奈先輩が答えてくれた。
「それはお前、雪は私たちのだぞ、とミューズの皆に知らしめる為にだな――――――――」
言葉の途中でツバサさんから思いっきりチョップを食らう英玲奈先輩。
「何言ってるの。前にも言ったけど世の中に絶対なんてないのよ。できるときに宣伝しておかないと」
なるほど。確かにうちはアライズで成り立っているようなものだしな。不安定なのだ。できるときにしっかりとアピールしないと数年後には音ノ木坂のように、なんてのも笑い話じゃない。
しっかりやろうと、頬を叩いて。目の前にそれでも緊張した面持ちの自分が映ったカメラが向けられた。
「うわー、まだ緊張してる」
取材があったお昼休みも終わり、時は放課後。
今日は音ノ木坂の方に用事があるので帰りは家とは反対方向だ。
「で、どうだったの?テレビは?」
隣を歩いているのは書記さん。いつもは書記さんとは校門で別れるのだが、今日みたいな日は方角が一緒だ。
「うーん、あんまり覚えてないや」
終わってみれば一瞬だった、何言ったのか自分でも覚えていない。
そんな雑談を交わしつつ、書記さんとも別れ音ノ木坂についた。
用があるのは理事長室だったのだが、なんとなーく気が重い。なので、一旦皆に会ってから行こうと決め、近くにいた生徒にミューズの居場所を聞き出し、屋上にいるという情報を得て、屋上へ。
階段を上って行くうちに、皆の声が聞こえてくる。いつもどおりワイワイとした声が聞こえてくる、
「皆、練習はかどってる?」
ドアを開け、開口一番にそう訪ねたのだが、目の前の状況が俺の目を白黒させた。
「い、行っくにゃー!!」
「ハラショー」
「いやー、今日もパンがうまい」
セリフだけ聞くと違和感がないないが、みんながおかしかった。
なぜなら、凛の口癖であるにゃーと海未が喋っているし、同じように絵里先輩の口癖をことりが、穂乃果は希といったようにまるで中身が入れ替わっているみたいだ。いや中身だけではなく、服装も口癖と同じく変わっている。
先の三人は俺に気づいたのか、段々と表情が驚愕に染まって行く。特に海未は顔が真っ赤になって、ともすれば死にそうだ。
「にっこにっこにー」
いつもは型まで下げている髪をツインテールにした花陽。
「ダレカタスケテー」
いつものクールさは微塵も感じない絵里先輩。声も普段より高く、幼さを感じる。
「イミワカンナイ」
「ちょっと!凛!それ私の真似のつもり!?」
「真姫ちゃん♪ちゃんと希ちゃんの真似しないとダメだゾ♪」
あまりいつもと変わらないにこちゃん。
「わ、分かってるわよ!こ、これでええ?」
俺に気がついていない他の皆はなおも継続しているみたいだ。
「ん?どうしたのですか?凛」
海未、もとい凛の異変に気がついた穂乃果、もとい海未が凛に聞く。凛(海未)がプルプルと震える指で俺の方を指差した。こんがらがる。
そこでようやく、他のメンバーも俺に気がついたらしい。
特に真姫ちゃんは顔が爆発したように真っ赤になった。
「あ、あの。俺。どんなになってもみんなのファンだから」
きっと皆は度重なる練習で頭がおかしくなってしまったのだろう。けれど、どんな風になっても俺は皆のファンはやめない。それくらいで折れていたらファンとは言わないだろう。
どんなふうになっても一番の味方で居続ける。それが本当のファンってものだ。
そう思い、皆とは一切眼を合わさずに静かに扉を閉める。
「「「――――――――ちょ、ちょっと待って!!!」」」
閉めた瞬間から元に戻った絵里先輩たちにドアを勢いよく叩かれる。
「ちが、違うのよ!聞いて雪!!これには深いわけが!!」
「そうです!だからこのドアを開けてください!!」
「「雪!!」」
二人の声が静かな、とても静かな空に木霊した。
「いったい何がどうしたんだろう?」
とりあえず皆の事は見なかったことにして、ここに来た用事を済まそうとするべく理事長室へと向かう途中。
疲れているのかな?と気になりつつも理事長室のドアをノックする。
「はい、どうぞ」
凛とした澄んだ声が返される。
その声と共に理事長室に入ると、その部屋の主はまるで最初から訪問者が分かっていたかのような笑顔で俺を出迎えた。その笑顔はことりに良く似ていると感じる。
「UTXの学園長からの資料をお持ちしました」
用事とは学園長から渡された資料を音ノ木坂の理事長であることりのお母さんに渡すというものだ。その時の学園長の慌てぶりが脳裏に焼き付いている。そのリアクションに中身は恐ろしくて見れなかった。
「うん、そこら辺に適当に置いておいてくれると助かるわ」
素直に言われたとおりにする。
「中身。気になる?」
見透かしたように俺の事を見つめる理事長に、俺は素直にうなずいた。正直好奇心の方が勝っていたから。
俺が頷くのを見ると、満足したように薄く笑って資料を手渡される。
俺は、ごくりと生唾を飲みながら、どんな機密か、それとも学園の闇的なものか、学園長の動揺ぶりからどんな弱みを握られているのか見当もつかなかったので、すばやく封を切る。
中に入っていたのは一枚の紙。その紙はまるで白いペンキに塗りつぶされたかのように真っ白であった。
「・・・・・・へ?」
もう一度中身を見るものの、入っているのはその真っ白な紙一枚。裏も表も、真っ白な一枚。
「-―――――くくっふふふ」
俺の呆けた顔を見て、こらえきれなかったのか理事長が笑いだす。
「――――――はー笑ったわ。ごめんなさい。ちょっとしたいたずらよ」
いたずら?嘘だろ。うちの学園長も巻き込んでいたずら?どこの貴族だよ。
俺が呆れていると、それに気づいた理事長は表情に出さずとも、拗ねたように言った。
「だって、こうでもしないと会いに来てくれないでしょ」
「-――――――――別に、そんなことないですよ」
正直、その通りだったが。今日だってできれば他の人に頼みたかったくらいだ。
俺は、この人が苦手だ。勘が良いこの人が、自分の事が見透かされそうになるこの人が。父親の事を、多少なりとも知っているこの人が。
俺の言葉を最後に、訪れる沈黙。なんとなく気まずくて、理事長の後ろにある窓から外を見やった。
「・・・・・なんじゃありゃ」
そこから見えた景色は、一種異様なもので、なんだかパンクな衣装に身を包んだ集団が周りの生徒から悲鳴を上げられている。
「・・・・・本当に、何をやっているんでしょうね」
そう言うと、部屋に備えられている電話を手に取り、どこかと一言二言交わすと、受話器を置いた。
「あれ?雪ちゃん?」
電話して数分後。先ほど別れた穂乃果が、今度はちゃんと穂乃果として目の前にいた。ただし、見た目以外は。
穂乃果だけじゃなく、他の皆もとげとげの肩パットに手にはチェーンが巻きついている。しまいにはパンダのように、顔が白と黒のコントラストに染められていた。
一瞬で理事長室が世紀末へと変貌していた。
「・・・・何やってるの?」
俺としてはこの状況を見て、こう聞きざるを得なかった。
「ち、違うの!決してふざけてやってるわけでは!」
俺の問いに絵里先輩が必死に答えた。ギャグじゃなかったのか。
「そう、それじゃその格好でラブライブ最終予選に出るということなのね」
理事長の厳しい一言に、絵里先輩も黙ってしまう。
「はぁ、いったい何に悩んでいるのか分からないけど一回頭を冷やしなさい」
「それで?何がどうしたの?」
理事長室からすごすごと撤退して、部室へと帰還した直後。屋上といい、先ほどのパンクといい、本当に疲れているのではと心配になってきた。
「い、いやほら!ラブライブの最終予選も近いし、ハロウィンフェスタでインパクトのあるライブをしようってことになって」
穂乃果が勢いよく説明するが、目は泳いでいる。
「それで、あんなことに・・・・」
ことりは落ち込んでいるように見える。そんな状況の中、より一層落ち込んでいるのがもう三人いた。
「違うのよ。これは私のキャラじゃないって言うか。もっとこう落ち着いたところから意見するのが私の・・・・・」
「雪に、雪に見られた見られた見られた見られた見られた・・・・・・」
「もうお嫁にいけない」
上から絵里先輩と海未、そして花陽だ。なぜかこの三人は他の皆よりダメージを負っている。まああんな恰好をするのは恥ずかしかったんだろう。特に花陽なんて、普段じゃ考えられない。
「忘れろ」
「ん?」
近くで声がしたのでそちらを振り返ると。
「先ほどあったことはすべて忘れろ」
「はい」
凄い怖い顔をした真姫ちゃんがいて、迫力に思わず頷く。
まあそれはさておき、話を聞くに、最終予選前のこの時期にアライズと一緒にハロウィンフェスタなんてやるもんだから焦って色々変化球を試行錯誤していたということだろう。変化しすぎてコントロール付いてなかったけど。
「でも、そんなの必要かな?」
そりゃ変化球も重要だが、一番重要なのはストレートだろう。第一、この時期にテコ入れしようとしたってどうにもならない気がする。それよりかは今まで通りの、個性あふれるミューズでいた方がいい。だって、そうやって今までやってきて予選を突破してきたのだから。ファンだって、そんなミューズが見たいはずだ。今さら何かを変えたところでそれが通用するまで、ラブライブは待ってはくれないだろう。
「-―――――――それもそうだね」
俺の言葉に穂乃果が同意する。
「確かに、そもそも皆それぞれ個性的で変える必要などなかったのかもしれません」
いつの間にか復活していた海未が優しく微笑む。
「ミューズは九人でミューズやもんね。他でもない、この九人で」
そうそう、希の言うとおり。どうあがいたって結局は自分たちらしくやった方が一番いいと思う。特に、ミューズについては。
グネグネと回り道も良い、その内、宝箱だって見つかるだろう。でも僕らはもうそれを知っているはずだから。宝箱の中身を知っているはずだから。
「あんたはたまに鋭い事を言うのよね」
なぜかにこちゃんに呆れられたけれど。
そんなこともあって、順風満帆とはいかないけれど、それでも僕らは進む。曲がりくねって、おかしなことだってやってしまうけれどそれでも前だと信じて進む。
「あ、あの人。あの時の」
秋葉原は今日一日限定でハロウィン仕様と化していた。右を見ても左を見ても、皆楽しそうに飾り付けされている。
その中で、一番存在感を放っていたのは、コスプレをしている人たちでもかぼちゃの飾りでもなくて、UTXにコメントを撮りに来たリポーターとカメラマンだった。
「それじゃお待ちかね!アライズから特別コメントをいただいちゃいました!!チェケラ!」
相変わらずテンションが高い。そんなリポーターの呼びこみと共に、一台のテレビが運び込まれる。
「うわー、やっぱりアライズは凄いね」
「言ってる場合!?最終予選ではアライズと戦って勝たなきゃいけないのよ!」
隣では一足早くコメントを撮り終えた皆がいる。にこちゃんはより一層気合が入っているようだ。先ほどのコメントで渾身のにっこにこにーがスルーされたからだろうか。
アライズが映ると周りから歓声が聞こえる。
コメントが流れ、演出と共に衣装がチェンジされる。
「へー、あんな風になるんだ凄いな」
普通に着替えてコメントを撮っただけなのに、映像技術とはすごい。
「雪?さっきから何言ってるの?」
「ん?」
何か変なことを言っただろうかと、不審そうな眼を向ける絵里先輩に思う。そうこうしてると画面がまた切り替わった。そこに移ってるのは引き続きアライズとそして俺。
あ、良かった。ちゃんと映ってる。
「「「「「「「「は?・・・・・・・・」」」」」」」」
俺が映った瞬間、皆の空気が凍った。
「ちょっと、雪ちゃん。あれはどういうことかな?」
ことりが俺の肩に手を置いた。そういえば言っていなかっただろうか?ああ、皆が変なことをやっていたから言いそびれてしまった。
「ああ、ほら俺生徒会長じゃない?だからアライズと一緒にコメントを撮って宣伝してくれって言われたんだよ」
「へー。嬉しそうね」
絵里先輩の声がいつもより低い。
『ねえ生徒会長?アライズは好き?』
『ええ。好きですよ』
そんな空気の中、俺のコメントが響く。緊張しているのが痛いほどわかって、なんだかちょっぴり恥ずかしい。
「あはは、ちょっと照れるね」
照れてはにかんでいると、皆から一斉攻撃を食らった。
あ、あれ?なんで?
どうも睡眠の重要性!高宮です。
春アニメも終わりを迎えて、寂しい気持ちと夏アニメが楽しみな気持ちで苛まされています。早くイリヤちゃんを見たい。
活動報告でも書きましたが、ラブライブの映画見てきました。一週間たったというのに喪失感が消えてくれません。どうすればいいでしょうか。
この負の感情を糧にこれからも頑張ります。
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ダイエットは続けることにこそ意味がある
ハロウィンフェスタも大成功をおさめ、季節は完全に冬に移り変わっていた。
ネットではミューズの知名度も高まり、いよいよ最終予選突破も現実味を帯びてきた頃。
穂乃果の家にある、一枚の紙が問題を運んでくることになった。
給料日になっても、十一月になっても、俺のもとに父が訪れることはなかった。
最初は日にちを間違えたのかもと思った。だが、ハロウィンフェスタが終わっても、月が変わっても、一向に訪れる気配がない。
今まで、そんなことはなかった。どんなに約束が反故にされ、とぼけられても、この約束だけは違えられたことはなかった。
俺のバイトでためた給料をあげる代わりに、独り暮らしをさせてほしいという約束。別に自立したかったわけじゃなくて、距離を置こうと思った。もしかしたらまた元の優しくも不器用な父に戻ってくれるかもという淡い希望を抱いた結果だった。
結果、父は変わらなかったが、給料日以外会わないことで、衝突は格段に減った。
父は一月ごとに給料をせびることになった。それはこっちに戻ってきてから今まで一度も忘れたことはない。律義に毎月給料日にうちのドアを乱暴に叩く。
渡したお金がどこに消えて行っているかなど知らない、父が今どこでどんな風に生活してるかも知らない。
だけど、決して裕福な暮らしができているわけじゃないことは分かる。いつも着ている服はよれよれだし、身だしなみは整えられているところを見たことがない。
お金など、持っているはずがないのだ。まして、今さら息子に罪悪感を感じたわけでもあるまい。
なのに、一向に家のドアが乱暴に叩かれることはなかった。
「ちょ、ちょっと雪君?」
「・・・・・・・・・・」
「あ、あの。どうして私の二の腕を掴んでいるの?」
ぼーっとしていた。考え事をしていた。気付くと目の前に、ゴミを見るような目でこちらを睨んでくる真姫ちゃんと凛が。そして隣には花陽がいた。花陽の手にはでっかいおにぎりが握られていて、ほおばっている仕草の途中で止まっている。なんでも新米なんだそうだ。傍目から見る分には違いなど分からないが、米通の花陽から言わせると、今年の新米は出来が良いんだそうだ。
「あ、ああ。ごめん。つい気持ち良くって」
言いながらなおも俺の右手が花陽の二の腕をふにふにし続けていると、穂乃果が部室にやってきた。
「やー、今日もさっむいねー。あ!雪ちゃんだ」
「-―――――――――。」
「ど、どうしたの?」
俺がじっと見つめていたからだろう。穂乃果がたじろぐ。
「いや、穂乃果ちょっと太った?」
「な!」
そう指摘すると穂乃果は身をのけぞらせ、えびぞりのようになる。
「・・・・・う、うわーん」
するとゆっくりとうなだれたかと思ったら、次の瞬間に泣きだして走り去ってしまった。
「雪、あなた―――――――」
「雪ちゃん―――――――――」
穂乃果が去って行った場所から海未とことりがこちらを見ている。二人の目からは呆れの色が見える。
「雪、あなた大丈夫?ちょっと変よ」
「え?」
真姫ちゃんが本気で心配している眼で俺を見つていた。
「いや、雪ちゃんはいつも変にゃ。いつもデリカシーないにゃ」
「でも、今日はいつもより変だよ。今だってずっと私の二の腕揉んでるし」
あれ?もしかして俺結構な事を言われてる?
「「「大丈夫?」」」
三人で言われた。綺麗にハモった。
「別に大丈夫だよ。いたって健康だよ」
熱は平熱だし、喉も痛くない。体の節々だっていたって良好に今日も稼働している。
だから大丈夫だと、心配させないように俺は皆に伝えたのだが、皆の目から不審さは消えなかった。
「ま、これで穂乃果もダイエットに本気になるでしょう」
俺を見る目は変わらず、やれやれといった形で海未が口を開く。その様子は本気で困っていそうだった、
ダイエット、ということは本当に太ってしまったのか。穂乃果の家は和菓子屋だから試作品の味見など、誘惑が多いのだろう。俺も昔はよく一緒に味見をしたものだ。和菓子はおなかにたまるし、お菓子なんてあんまり食べなかったから嬉しかったのを良く覚えている。
「ダイエットかー、今の季節は辛いねー、新米が食べられなくなっちゃう」
そう言って花陽は持っていた特大おにぎりをほおばる。気付くと花陽の顔の何倍もある特大のおにぎりはすでに半分が消化されていた。
「・・・・・かよちん」
「・・・・・気のせいかと思ってたけどあなた」
「?」
おにぎりをほおばり続ける花陽に凛と真姫ちゃんはじっとりとした視線を送る。
あー、やっぱり花陽の二の腕は気持ちいい。
「ぐ・・・ぅ・・・ふっ・・・ぃ」
ガチ泣きだ。練習する前に、怪しいということで花陽を保健室へ連れて行き体重計に乗せたところ、案の定体重が増えていたらしい。何キロから何キロになったか聞いたところ、びっくりするくらい凄く怒られた。ただ聞いただけなのに、納得がいかない。
それはさておき、花陽のテンションの落差がひどい。体重計に乗る前は、あんなに笑顔だったのに、今やその眩しい笑顔は見る影もない。まるで別人だ。
そのくせ手元にあった特大のおにぎりはなくなっているのだから最早病気だ。
「ダイエットですね」
海未の呟きも、耳に入っていないようだった。
「ということがあったんですよ」
「へー、大変なのね」
「他人事じゃないよツバサ!私たちだって気を付けないと!!」
「あんじゅは特にそうだな」
「英玲奈、それどういう意味?」
昨日、海未が穂乃果と花陽にダイエット大作戦を決行していたことを、ツバサさん達にストレッチを手伝いながら話していた。
最近は生徒会の仕事も落ち着いてアライズの練習を見る時間も増えてきた。
「私だけじゃないよ。世の女の子は皆その命題と戦っているんだよ!」
あんじゅは俺に背中をぐいぐいと押されながら力説している。
「あんじゅはどんなダイエットしているの?」
海未がいれば大丈夫だと思うが、少しでも穂乃果や花陽の為に情報を集めようと思いそんな事を聞く。傷付けてしまったようだったし。ちょっぴり罪悪感。
「――――――それは、暗に私が太っているとでも言いたいのかな雪君は」
「え?あ、違う違う。参考にしようと思って」
ぶんぶんと首を振って否定する。背中を押しているあんじゅから威圧感が放たれる。いつものほわほわしたあんじゅからは想像もできないほど鋭い声だった。
「はぁ。別に大したことはしてないよ。夜は食べるのを抑えるとか、炭水化物は抜くとか」
よかった。機嫌はおさまってくれたみたいだ。それでもまだちょっと不機嫌そうだけど。
そうか、やっぱりちゃんとすれば効果はあるんだな。
「英玲奈先輩は?」
「私か。私は特に何もしてないぞ」
「でた。スタイル良いくせに何もしてないって言うやつ」
あんじゅがおかしい。普段では考えられないほどどす黒いオーラを放っている。よっぽど大変なんだな。女の子って。
「いや、そう言うわけではないが、そうだなあえて言うなら規則正しい生活だ。早く寝て早く起きて、ご飯を三食しっかり食べる。あとは適度な運動だな」
簡単そうに言うが、それはしっかりと身についてないとなかなか難しい。現に俺は一つもあてはまっていない。いや、バイトで適度な運動はしてるか。でもその分夜更かししてるのでどちらかというとマイナスだろう。あー、耳が痛い。
でも英玲奈先輩の言い分によると穂乃果は多分、間食のしすぎだな。練習中にも菓子パンやらお菓子やらを食べている姿をよく見かける。花陽は言わずもがな米の取り過ぎだな。二人とも練習で適度な運動はクリアしているはずだから、食事制限すればすぐだろう。
といってもそれが一番の問題みたいだが、鬼教官の海未がいるから安心だ。
そう思ってたら海未から一通のメールが来た。内容は穂乃果達のダイエットを手伝ってほしいということらしい。場所は神田明神ということだ。
「あー、すいません。急用が出来ちゃったみたいで」
「む、そうなのか。ならば仕方ないな」
「えー、残念。今日はずっと一緒だと思ってたのに」
あんじゅに詫びて、ツバサさんを振り返った。するとばっちりと目が合う。
「――――――――ええ、また明日」
その事に多少動揺しながらも、また明日と返すことができた。
「どうしたのツバサ?」
「なんだか今日の雪。いつもより変だったような・・・・気のせいかしら?」
「そうか?そう言われるとそうだな」
「疲れてるんじゃないかしら。ここのところぼーっとしてるし」
「そうね。それだけだと良いのだけど―――――――――」
俺は嘘をつくのが上手いと思う。バイトの面接だってそうだし、具合が悪くても元気なふりをして気付かれなかったこともある。自分を偽ることも、他人を騙すことも何ともないことだと思ってた。
「ああ、ほら、雪が来ましたよ」
「げっ!雪ちゃん呼んだの!?ずるいよ海未ちゃん!」
「穂乃果ちゃんの為だよ?」
神田明神の長い階段を上り、段々と皆の顔が見えてくる。
穂乃果は海未を恨めしそうな顔で見たかと思うと、一転して花陽の両手をぐっと掴んだ。
「がんばろうね花陽ちゃん!同じ仲間として!」
「・・・・・・・仲間?」
「今、目、反らしたね?」
うがーっと穂乃果が花陽に掴みかかっている。きっとダイエットということで気が立っているのだろう。あんじゅもその話題を出すと機嫌が悪くなるし。
「おーっし目指せスリム体型!」「体重元に戻すぞ―!」
「二人とも燃えてるね」
いつの間にか肩まで組んだ二人は階段の前で青空に向かって叫んでいる。
「その調子で脂肪も燃やせればいいのにねー。あ、そういえば俺はなんで呼ばれたの?」
「「――――――――がはっ」」
あれ何気なく言ったその一言に、先ほどまでやる気十分だった二人が急にその場にうずくまってしまった。
「いや、雪がいれば二人とも必死になるかと思ったんですが、これは想定外でした」
「しっかりするにゃかよちん!!」「穂乃果ちゃん!」
凛とことりが二人を抱きかかえる。なぜか皆の俺を見る目が冷たい。俺が悪いの?
「・・・・大丈夫。走ろう花陽ちゃん」
「・・・ほ、穂乃果ちゃん」
「走って、痩せて、雪ちゃんを見返してやるんだよ」
「・・・・・そうだね。もう二度と私の二の腕は掴ませないよ」
どうやら二人とも復活したようだ。目がぎらついている。良かったよかった。
「どうやらやる気になった見たいやね」
「まったく、アイドルの自覚ないんじゃないの?」
「まぁまぁ、この時期で良かったわよ。最終予選直前になって発覚するよりかは」
神田明神の後ろの方で三年生は見つめている。一練習終えた後なのか、三人ともうっすらと体が汗で濡れている。
「でも、にこちゃんはもうちょっと食べたほうがいいんじゃない?ほら、発育的に」言った瞬間金的を食らった。クリーンヒットして息ができない。
「謝って」
見上げると、にこにーモードの晴れやかな笑顔で謝罪を要求された。
「謝って」
「すいませんでした」
なんでなんだ。
「はいそれでは最後に街をランニングしてきてください。ほら、行った行った」
海未が考えた効率良く脂肪を燃焼させるというメニューをこなし、文句は言いながらも二人とも順調にメニューを消化していた。
この分だと心配せずとも大丈夫なように思う。
後は食事制限だけど、これは雪穂に言っとけば多分大丈夫。
「それでさ、ずっと気になってたんだけどその手に持ってる衣装何?」
「これ?これは一番最初に講堂でしたライブの時の衣装だよ」
「いや、それはわかってんだけどさ」
ことりの手にはハンガーに掛けられた衣装が見せつけるように握られている。衣装の色からして穂乃果のだ。
「なんでもその衣装が入らなかったんですって、それで忘れないように持って来たのよ」
ことりのかわりに絵里先輩が答えてくれた。入らなかったんだ。それはご愁傷さまだ。
穂乃果が轟沈している光景を想像して思わず手を合わせてしまう。
「そんなことより、雪。何かありましたか?」
「え?」
急に海未からそんな事を言われる。表情はいたって真剣で、その表情に俺の心臓はとび跳ねた。
「昨日といい、今日といい発言が変ですよ?」
「そうかにゃ?雪ちゃんいつもこんなんだと思うけど。雪ちゃんにデリカシーという概念はないと思うにゃ」
凛が俺をどう思ってるかはよーく分かったとして、それでも海未の表情は硬いままだ。
「いえ、確かに雪はときどき空気読めない発言をしますが、それで私たちを傷付けることはありません」
なにか、あったのではないですか。そう海未は言葉を続ける。
正直、俺の心は揺さぶられていた。確信を突かれていたといっても良い。ツバサさんも不審がっていたが、上手く隠せていたつもりだった、いや、肝心な部分がばれたわけじゃない。それでも
やっぱり海未に隠し事は出来ないな。
俺は言ってしまいそうになった。実は俺の父親はクズで、今もこんなにも迷惑をかけられているのだと。その父親が最近姿を現さないのだと。
正直、それだけの事なのだ。言ってしまえば、口にしてしまえば、たった一行で収まってしまう。たったそれだけの事。それだけの事に、ここまで動揺してしまっている自分がいる。
「あ―――――――」
口に出そうとした。けど駄目だった。凝り固まったように、心の奥底になにか固くてドロっとしたものが流れているのを感じる。息苦しくなって、喉がひりつき、肺が酸素を欲しがる。
それほどまでに重いものだった。自分にとってこの問題は、空気のように体にまとわりついている事さえ気がつかない。それなのに、実際はとても重くて。
「そう?季節の変わり目だからかね、疲れてるのかな?」
そういって笑ってごまかした。
海未の目から、表情が柔らかくなることはなかったけど。
どうも、監獄学園高宮です。
ラブライブ映画凄いですね。Ⅴ3ですか。マッドマックスや海街ダイアリーを抜いているという事実。すさまじいですね。それほどまでに完成度は高かったわけですが。
これからもⅤ4Ⅴ5目指して頑張ってほしいです。
あとCDもね。まじエンジェリックエンジェル。
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ダイエットが失敗するのは最早宿命
その夜は夢を見た。昔の懐かしい夢を見た。あまり見たくない、思い出したくない夢だった。
中学生の俺がいた。周りはどこまで行っても真っ白で嫌に現実味がない。自分がどこにいるのか、上を見上げているのか横を向いてるのか下に俯いているのかすらわからない。しっかりと地面に足をつけようと思っても、そもそも地面がどこかわからない。無重力の様な宙に浮いている感覚さえある中で、その中学生の俺は、俺だけははっきりと目の前にいる。
「君は今どこにいるの?」
昔の自分が問いかけた。どこにいるの?と。
俺は答えた。
「光の中だよ」と。
「ちがうな。まだそこは闇の中だよ」
昔の自分が否定する。
「光の中さ。皆が照らしてくれる光の中だよ」
お前が光を知らないから、闇の中のように映るんだ。眩しくて、目を閉じているから闇が広がっているかのように錯覚しているんだ。
「君は今幸せ?」
昔の自分が質問を変えた。
「ああ、幸せだ」
間髪いれず俺は答えた。
自分の取り巻く環境も、自分自身の考えも、色々と解決していない問題はあるけれど、すべてをひっくるめてそれでも俺は幸せなのだ。他人と比べることもなく、自分自身がそう感じるのだ。
「君は今どこにいるの?」
今度は逆に俺の方から問いかけた。
「闇の中」
昔の自分は間髪いれずにそう答えた。
「周りには誰もいない、誰も僕の事をわかってくれない。父さんは怖いし、バイトでは死にかけるし、嫌なこともしなくちゃならない。誰も僕の苦労を知ろうとしてくれない」
目の前の自分があやふやになる。テレビのノイズのように、揺れ動く。
「そうだったね」
知っているさ。何よりも誰よりも俺が一番良く。
「死んでもいい?」
あやふやで表情もよくわからないまま、昔の自分はそう言った。
「死んでもいいさ。でもね、もう少ししたら厄介な幼馴染が来る。元気が有り余ってて、お馬鹿で、人を強引に引っ張って行くような、君も良く知ってる大好きな幼馴染が」
だから、それまでのもう少しの間だけ。幼馴染が来るのを待つ間だけ、生きてた方がいい。
そう伝えると、目の前の自分は霧散していく。そのあとに残ったのは何もなかった。
そこで目が覚めた。目覚めが良いのか悪いのか、良くわからない。ただ、昔の事を思い出した。たがたが2,3年前の事なのに、昔の事だと、そう思う。
中学生までの俺は、
僕は小学校の六年生の六月まで、東京に住んでいた。穂乃果と海未とことりには悪い事をしたと今は思っているけど、当時はそんな罪悪感など感じずに、福岡に引越した。
父が仕事で福岡に行く、明日出発だからと、何の前触れもなく、唐突に伝えられた。
父は福岡の出身で、要するに実家に帰るということだった。出戻りだ。
父はその頃仕事もせずにお酒を飲んでばかりだったので、僕は大変嬉しく思って、嬉々としてついて行った。
だが結果は散々だった。父は母親と駆け落ちしており、実家からは勘当されていた。それでも父は最後の綱として頼りにしていたのだが、無情にも、家の門が開くことはなかった。
その頃から父の歯車は崩壊していったのだろう。
ぼろいアパートだった。床は軋むし、雨漏りはひどいし、ネズミは出るし。その頃は生活保護という存在すら知らなかったから、今よりもひどい生活をしていた。
父も最初は「お前のせいじゃない」「まだ頑張れる」と言っていたが、やる仕事やる仕事をクビになり、最後はまた元のようにお酒を飲むだけの生活に逆戻りしていた。
よく「お前が生まれてこなければ」そう言っていた。きっと言葉の続きは母親は死ななかったのに。だ。
その頃から、僕は危ないバイトに手を出していた。裏路地で勧誘商売や、ラブホの清掃業。年齢を偽ったり、そもそも年齢を尋ねられなかったり、相当無茶をしたし、死にかけたこともあった。
当然、小学校には行けなかった。
そんな生活が半年続いた。だけど幸いなことに、バイトの先輩から生活保護の存在を教えてもらい。一緒に市役所にも行ってくれたおかげで、多少生活はマシになった。中学に上がる頃には、一式の制服と勉強道具くらいはそろえられるようになった。思えば俺は、その時々で色々な人に助けられている。先輩、班長、お隣のお姉さん。
そんな助けもあって、晴れて中学生になれた。
最初は良かった。相変わらずバイトで放課後は遊べないけど、授業の合間に話すくらいの間柄の友達はいたし、いじめられることもなく。平穏だった。
だけど、段々と人間というのは欲が出てくるものだ。最初はそれでよかったはずなのに、次第に周りとの壁を気にし始めた。孤独感や劣等感が強くなり始めて、しまいには喋る相手すらいなくなった。
そして一年の冬の事。
学校でも有名なヤンキー少女に目をつけられた。バイトしているところを見つかったのだ。
髪は赤く、携帯はジャラジャラと重そうで、うっすらとした化粧が不思議と良く似合っていた。
そして僕はそのヤンキー少女の手下となった。
そのヤンキー少女は自分の事を同級生なのに
僕は最初、姐さんはどこかのヤクザや、不良グループに属しているものだと思っていた。
だけど、見る限りどうもそう言うんじゃないらしい。うちの学校にあまりいなかったというのもあるが、そう言った輩と一緒にいるところを三年間で見たことがなかった。
それどころかいつも一人だった。
僕と同じように。
僕は何も考えずに、姐さんにくっついていた。それが一番楽だったから。
そうやって、僕は進級した。
その頃から僕を取り巻く環境はひどくなっていた。まるで遅延性の毒ガスをばらまかれているみたいに。
父の暴力は日増しにひどくなっていたし、バイトは女の人から色々なものを巻き上げるというひどいものにすり替わっていた。
顔や体についたあざを、クラスメイトは気持ち悪がったが、なぜか姐さんだけは何も言わなかった。あざや傷は自分で手当てしたりもしたが、手が届かないところ等は姐さんに手当てしてもらったこともある。不思議と手慣れていたのを覚えている。
もともと、二人の間に会話などほとんどなかった。僕も姐さんも無口なほうだったし、僕は心を閉ざししていたから。
だけど、それが僕の唯一の救いで唯一の居場所だった。
そこで俺は、一旦手を止める。気付くと、中学までつけていた日記を引っ張り出して、今までの事を書き殴っていた。胸が詰まって、どうしようもなくて、何かに吐き出さないとやってられなかった。夢の中ではあんなに冷静に見れたのに。現実に戻ると、かくも醜く、薄汚れていて直視できない。その辺に乱暴に日記を投げた。
今でも時々思う。死んだ方が楽になるんじゃないかと。誰にも言えないけれど、死んだ方が楽になることもあると思う。だけど、それを考えるたびに、穂乃果が、絵里先輩が、ミューズのみんなが、ツバサさんが、あんじゅが、英玲奈先輩が、書記さんが、班長が、隣のお姉さんが。頭にちらつく。そしてちらついている間は死ねなかった。ちらついている間は、死なないほうがいいと思った。
だから昔の自分に言えた。死なないほうがいいと。あの頃は考えられないほど、周りに人が増えて、その誰もが、特別ではなくても俺を想ってくれて、心配してくれるのだ。
「ふー」
ゆっくりと息を吐く。登校時間はとっくに過ぎていた。生徒会長なのに遅刻とは。笑えない。
俺は特別焦るわけでもなく、誰でもいいから、誰かに会いたくて制服を着込んだ。一人でいると、死んでしまいそうになったから。
遅刻したことを教師に怒られ、生徒会長としての自覚云々を説教されていると、いつの間にか辺りは夕暮れ、放課後になっていた。今日は生徒会の仕事もないし、穂乃果と花陽のダイエット大作戦を見届けようと足を運ぶ。
穂乃果と会ったのは中二の冬だった。後で聞いたのだが、修学旅行で長崎と熊本に来ていたところを強引に抜け出し、福岡に来たらしい。俺が福岡にいるという情報は、誰にも話していなかったはずだが、そこはきっと海未辺りが先生を問い詰めたりしたのだろう。と勝手に推測している。
それはともかく、俺は驚いた。その日はバイトの帰り道、人通りはまだ衰えていないが暗い大通りを歩いていると、不意に目の前にいた人から抱きしめられたのだから。
俺にとっての福岡に来てからの二年間は、色々なことがあった。主にマイナスの事で。それでなくても、疎遠となっていたんだ。目の前まで迫った穂乃果に俺は気付かなかった。
でも、向こうは気付いた。二年も会ってない、最後に喋ったのだっていつだか覚えていない相手を。それでも気づいてくれた。
その出会いは奇跡だった。その日、その場所を歩いていなければ出会わなかった奇蹟だ。そして、その日出会わなければ俺がミューズに、アライズに、皆に会うこともなかったはずだ。運命という輪がもしあるならば、その出会いは紛れもなく、その後の人生を決定づける一番の運命であった。そう考えると感慨深いが、当時の俺はただ困惑した。
なぜ?と。
幼馴染だった。昔よく一緒に遊んだ。でも、言ってしまえばただそれだけなんだ。それだけのはずなのに、穂乃果はこんなとこにまでやってきてしまった。
よくよく見ると、制服姿の海未やことりもいた。二人は息を切らしながら、泣きそうな顔でこちらを見ていた。抱きつかれているので顔がよく見えないがきっと穂乃果も同じ表情をしていたんだと思う。その顔は二年たった今でも鮮明に思い出せる。
「・・・・・会いたかった」
震えた声でそう言っていた。耳元にかかるくすぐったい吐息も、上気した穂乃果の体温も、その一言ですべて吹き飛んだ。
ただ一言。俺に会いたかったのだと。
わざわざ東京から福岡に、それも修学旅行を抜け出してまで、俺に会いに来てくれたのだと。
その瞬間、俺のちっぽけな孤独感は穂乃果に塗りつぶされた。
それで何もかもが解決したわけじゃないし、会話を交わしたのはそれだけだったけど、それでも俺は救われた。その一言に、行動に。
その後、バイトを増やして、お金を貯めて、勉強して、父に相談したのが中3の夏。UTX学院という東京の学校を受けたいと。東京に戻りたいと。
父の返答はあやふやなものだった。その事について話したのはその一回だけだった。だけど、どこから持ってきたのか、東京行の飛行機、その片道切符だけは大事そうに手渡してきた。
そして俺は姐さんにも相談した。姐さんはいつも通り何も言わなかった。いつも一緒にいながら、会話をしたことは数えるほどしかない。それは出会ってから二年とちょっと経っても変わらなかった。色々なものがあやふやだった当時、唯一と言っていい変わらないものだった。俺は確かに、その変わらない居場所に安心して依存していたんだ。多分。姐さんも。
姐さんが何かを抱えていることは分かっていた。じゃないと、あんな見てくれにならないだろう。
そして姉さんも俺が何かを抱えていることを知っていた。多分その中身も。
だけど、二人ともそこには踏み込まなくて、それが心地よかったんだ。
神田明神までの大通りはまだギリギリ明るい。ここから急激に暗くなって行くだろう。最近は日が落ちるのも早くなってきて、冬が来ることを知らせていた。
風が吹く度に、身を縮まらせる。首元が寒い。
中3の冬、年が明けたころに俺は一足先に東京に行った。受験会場は福岡にもあったけれど早く穂乃果達に会いたかったから。
一年前に偶然再会してから俺と穂乃果や海未やことりは文通をしていた。今の時代なら普通メールなんだろうけど、俺が携帯を買ったのは高校生になってからだ。それもガラケー。それでも三人とも俺に合わせてめんどくさいであろう文通をしてくれた。
そんなこともあって、今度は偶然でも運命でもなくて、必然だった。穂乃果は笑っていた。その笑顔は俺の脳裏に焼き付いて、一生忘れないだろう。
思考から現実に戻るとふと、目の前をその当時の笑顔そのままの穂乃果がいた。後ろにはご飯屋さんののぼりが立っている。穂乃果が出てきたのはそのご飯屋さんのお店からだ。やはりというかなんというか花陽も出てきた。
まさかと思ったが、やりおった。二人は今、絶賛ダイエット中であったはずだ。それが何故お腹をいっぱいに満たしているのか。当たり前だがお昼時もおやつの時間もとっくに過ぎている。
「おい、二人とも。先ほどの俺の感傷を返せ」
「げ!雪ちゃん!?」
「ええ!?」
二人とも、まるで幽霊でも見るかのように驚いている。悪い事をしているという自覚はあるんだね。
「はぁ、海未が見たらなんというか」
「うわー!!海未ちゃんには言わないでー!!」
穂乃果は必死に懇願している。花陽に至ってはすでに泣きそうだ。そんなにおっかないんだ海未のメニュー。そんなに怖いのに食欲には抗えなかったのか。恐るべし。
「えー。どうしっよっかなー」
にやにやと、少し意地悪な顔つきになっているのを自覚する。
「ちょ!雪ちゃん!そんな意地悪なことしないでよ!」
「いやいや、二人が食欲に負けたのが悪いんでしょ」
二人とも、意気消沈している。夢に見たからだろうか。こんな何気ないやり取りが、楽しいと感じるのは。
普段より少し意地悪をしてみる。
「さてと、何してもらおうかな」
「ひどいよ雪君!」
「そうだよ!見逃してよ!一回だけ魔が差しただけなんだよ!」
「いやいや完全に行き慣れたご様子でしたよ?なんなら店員に顔とか覚えられてそうだったよ?」
「確かに、さっきいつもありがとうございますって言われた。もしかして雪ちゃんエスパー?」「穂乃果ちゃん!」
ああ、本当に行ってたのね。そんでもって本当に覚えられてたのね。
花陽が穂乃果を怒っているのを尻目に、二人に、特に穂乃果に呆れつつも、どうしようかと模索する。きっと二人の為を思うなら海未に正直に言った方がいいと思うけど、その後の惨事を思い浮かべるだけですこし躊躇われる。
俺は二人を想っているというのに、当の本人達はというとやれ悪魔だ鬼だと、囃し立てている。
若干、俺の心が海未の方に傾きかけていた頃。不意に、俺の視線が穂乃果達を追い越して交差点を渡る一人の女性に留まった。
きっと今朝の夢はその前兆だったのだろう。虫の知らせというやつだったのかもしれない。俺は思わず目を見開いた。
「・・・・どうしたの?」
穂乃果がきょとんと首をかしげる。そんな仕草も俺の目には映らなかった。ただ一人の女性しか映っていなかった。女性は交差点のど真ん中で不自然に立ち止っていた。遠くで細かくは分からないが俺と同じ表情をしているのだと悟った。その内、信号が青から赤に変わり、けたたましいクラクションが鳴らされても、その女性は動かない。
「・・・・・姐さん」
そこに佇んでいたのは、紛れもなく、あの姐さんであった。
どうもトリガーオフ!!高宮です。
エンジェリックエンジェルオリコン2位おめでとうございます。いい曲だったもんね。
サニデイソングもすでにヘビロテしてる高宮でございます。個人的にはハロー星を数え手が一番好きだったりします。映画のシーン合わせて。
もちろん全曲好きなんですが。
ということで次回も頑張ります。
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古い繋がり~新しい繋がり
「・・・・姐さん」
僕らの世界では物理法則上、時を止めることはできない。それは誰もが知っていることであり、体感していることだ。
だが、
視線の先に見えるのは、およそ一年ぶりに見たその姿。まるで写し鏡のように同じ表情をしているのが感覚で分かる。
「・・・・雪ちゃん?」
つい先ほどまで、言葉を交わしていた穂乃果が首をかしげて、俺の視線の先を振り返る。つられて一緒にいた花陽も不思議そうに振り返った。
「うわ!危ないよあの人」
穂乃果の言うとおり、危なかった。交差点の丁度真ん中に突っ立っている彼女は信号が赤になったことも、周りの車がクラクションを鳴らしている事さえ気づいていないようだった。まるでそんなことよりも大事なことが目の前にあるとでもいうかのように。
動けなかった。二人とも。
だが、それも数秒の事。
先に動いたのは、姐さんの方だった。なにより、動かなければいけない状況だった。
こちらの歩道に向かって小走りで渡ってくる。距離にしてわずか数メートルが嫌に遠く感じた。
そして姐さんは、一緒にいた一人の女性に叱られていた。漏れ出てくる会話からは心配しているといったニュアンスの言葉が聞こえてくる。
友達、なのだろう。きっと。姐さんに家族はいない。直接聞いたことはなくても、なんとなく知っていた。俺と同じだと思ったから。
だけど、その事実は信じがたくて、目の前の光景を疑ってしまった。
姐さんはその友達に、苦笑しながら片手で謝っている。そんな仕草も表情も、初めて見るものばかりだった。
それに何より驚いたのはそれだけじゃなくて、身なりがずいぶんと変わっている。
赤かった髪の毛は落ち着いた茶色に。派手だったネイルや装飾品は年相応のものに落ち着いている。
その事になぜかどうしようもないような、足元が不安定になっていく感覚に陥る。
唯一、一つだけ変わっていないところといえば、整った眼鼻立ちと、薄っすらとした化粧が似会っていることくらい。
そこだけは変わらなかった。
気づくといつの間にか不安定さは消えていて、代わりに穂乃果が安心したように声を出す。
「良かったねー、事故じゃなくて」
穂乃果はどうやら俺が事故の心配をして見つめていたと思っているらしい。まあその反応は普通、正しいのだが。でも、残念ながら俺にとって今の状況は普通じゃない。
「よ、久しぶり。会えるかもとは思ってたけど、まさかこんな普通に会うとは思わなかった」
姐さんが声をかける。その声も、仕草も、表情も、一年ぶりだった。だというのに、案外感慨深さも、感動もない。もっと、劇的なものだと、心のどこかで期待していたのだろうか。現実なんてこんなものだと知っていたはずなのに。
それに、一年前まではこんなに明るくなかったはずだ。そりゃ一年ぶりに会ったのだから明るくなって饒舌になるのかもしれない。でも、俺の気持ちは期待したほど、明るくならなかったから、どこかでちぐはぐさを感じる。
「え?何?雪ちゃん知り合い?」
穂乃果が僕と姐さんを交互に振りかえる。
「あー、まあうん」
何とも歯切れ悪く、俺は曖昧に返事をする。
「ねえ、ちょっと寄ってかない?」
そう言って、姐さんは近くにあったチェーン店のカフェを指さす。色々と、話したいことはあったような気がする。
俺が答えを出せずにいると、いつの間にか姐さんは勝手に友達と話をつけに行き、了承を得ていた。すでに行かなければいけない空気になっている。
「ごめん、穂乃果。今日は練習見に行けそうにないや」
「あ、う、うん。それは良いんだけど・・・・」
穂乃果の俺を見つめる瞳は、不安そうだ。見ると、花陽も同じ瞳をしていた。
「大丈夫だよ。知り合いだし。別にとって食われるわけじゃないんだし」
俺は努めて明るく。努めて冷静に。できる限り笑顔を意識してそう言った。
「―――――――――――――。」
だけど、穂乃果の顔から不安の色を塗りつぶすことは出来なかった。
「変わったね」
カフェに入って開口一番そう言われた。
穂乃果達とは先ほど別れて、放課後の生徒で溢れているカフェに入り、注文を済ませたところだった。正直、コーヒーなど飲む気分ではないのだが、何も注文しないのも悪い気がした。
「それはこっちのセリフだ」
変わったのは、姐さんの方だ。
いや確かに俺も変わった。その事は認めよう。人間は変わる。環境が、取り巻く世界が、周りにいる人たちが、俺を変えてくれた。なにも良い事ばかりではなかったにしろ、おかげで止まっている歯車が噛み合いだした。
でもそれは別に、変えようと思っていたわけじゃなくて、自然とそうなって行ったんだ。穂乃果達が会いに来てくれた、あの日から。
人間は変わる。僕を証拠に、絵里先輩や凛、変わって行く人たちを俺は間近で見てきた。
だからその事に関して、俺は否定も拒絶もしない。ならなぜ、こんなにもぽっかりと胸が空いているのだろう。姐さんが変わってしまったことに、なにか、言いしれぬ感情がある事は確かなんだ。
「刺々しさがなくなった。なんだか違う人見たい」
「それもこっちのセリフだ」
中学の頃はよく似た者同士だと揶揄された。じゃあ今は?今も似た者同士でいるのだろうか。
「さっきのは友達?」
今度は俺から質問した。
「うん。あれから色々あってね。拾ってくれた人の娘」
拾ってくれた。その一言が引っ掛かったが、特に追求はしない。昔と同じように。
「さっきのは友達?いや、もしかして彼女かな?」
特段、からかうでもなく、心配するでもなく、ただ事実確認としてそう聞いた。そんな感じだった。
だけど、前の彼女ならスルーしていたはずだ。そこまで踏み込まなかった。互いに。 そういえばだけど、前はもっと声が低かったように思う。もっとぶっきらぼうだったはずだ。
「違うよ」
端的に事実を述べる。
「そっか」
姐さんはそれ以上何も言わなかった。
僕もそれ以上何も言わなかった。
結局、受け取ったコーヒーには一口も口をつけず、お店を後にした。
「なんで東京に?」
空はすでに暗い。街灯や車のライトが眩しくて目を細めた。
「旅行。だから半月くらいはこっちにいるよ。あ、これ私のメアドね」
目の前に携帯を掲げられ、ぼさっとしていると痺れを切らしたようにむりやり携帯を奪い取ると高速で自分のメアドを打ち込み始めた。その携帯も前のものとは違う。かわいらしくデコってはいるが重そうに重なるストラップはもうない。
さっきから俺は過去の姐さんとの違いばかり目についてしまう。その事実には気付いているのに、その理由が分からずに、やきもきしてしまっていた。
「学校は定時制だから大丈夫」
そうなんだ。知らなかった。
僕にとって中学時代の穂乃果達との再会は運命だった。ならば、この再会は、この出会いは、俺の中でなんという名前を付けることになるのだろう。ようやく口をつけたコーヒーの苦さに顔をしかめながら夜空を見上げた。
この世界では時は止まらない。だからどれだけ悩んでも考えても、変わらず時計の針は秒針を刻む。
姐さんとの再会は確実に俺の中でしこりとなって残っていた。しこり、そう表現するしかない。胸の中で何かが詰まっているようだった。苦しかった。
もともとの問題である父の事も解決していないし。まぁ、こっちはどうしようもないのだが。
「―――――――――――それでね。その時ツバサさんが」
お昼休み。僕はいつも通り書記さんとランチをともにする。教室で机を合わせて食事を共にすることもあれば、食堂に行ってあったかいご飯を食べることもある。割合的には7:3くらいだ。
今日は俺が弁当を忘れてしまい、食堂でご飯だ。
「ごめんね。付き合わせて」
「いいのいいの。最近パンばっかで飽きてきたところだったし」
書記さんは大抵いつもお惣菜パンだ。それもどこで売ってるのか皆目見当がつかない珍しいタイプのパンをいつもおいしそうにほおばっている。確か昨日はキノコのリゾットが中に入っているパンと、生春巻きが上に乗っかっている不思議パンだった。栄養バランスが偏ってないかいつも心配になる。いやそれ以前に本当においしいのかどうか、甚だ疑問であるが、確かめる勇気はない。
対して学校の食堂は栄養管理がきっちりとされている。お金持ち学校の割には値段もリーズナブルで使いやすい。大抵の生徒は食堂でお昼を過ごしているだろう。その代わり、いつも混雑しているのが難点だ。
なんとか席を二つ確保し、お昼にあり付けた。
「・・・そういえばさ。この間ツバサさんが雪の様子が心配だって言ってたよ?」
「・・・・・え?」
心配されるような事をしただろうか。生徒会の仕事にミスはなかったはずだし。それとも遅刻の事だろうか?
思い当たる節を呼び起こそうとしてもどれも不完全に思えて、ツバサさんが心配する理由が分からなかった。
「いやほら、最近ぼーっとしてることが多いじゃない?その事を言ってるんだと思うんだけど」
ぼーっとしている?僕が?
確かにここのところ心労続きだったが、そんなに目に見えて落ち込んだりはしていないはずだ。
「まぁ元気だしなよ。期末が近いからって今から落ち込んでちゃ回避できる赤点も回避できないよ?」
「期末?」
「そうだよ。期末だよもうすぐ」
その事で悩んでたんじゃないの?という風に首をかしげる書記さん。
「ああ、期末ね。確かにうかうかしてたらまた居残りさせられるからなぁ」
前回は一生徒ということで居残りだけで済んだが、今回は生徒会長だ。生徒会長が赤点とかマジでシャレにならない。それどころか平均点よりは点数を取っておかないと示しがつかないだろう。
そういえば、ツバサさん達と出会ったのはあの居残りだった。思い返すほど昔でもないのだが、あれもまた運命というやつだったのだろう。
「そうだ!勉強会しようよ!生徒会のみんなとツバサさん達も呼んでさ!」
ちゅるちゅると赤いきつねうどんをすすっていると、書記さんが魅力的な提案をしてくる。そういえば今気付いたが、書記さんのツバサさんの呼び方がツバサ様、から、ツバサさん。に変わっている。
彼女の中で何か心境の変化があったんだろう。何があったのかは知らないが、そのことは微笑ましい事だった。
そう。微笑ましい、事だった。
なんだか姐さんに会った時もこんな感情に襲われた気がする。
「いいね。どこでやろうか」
「そうだなー。生徒会室、は狭いし。空き教室、は申請が面倒だし―――――――――――」
あれこれと悩んでいる書記さんを傍目に、俺の心は少し軽くなる。しっかりとした日常が、僕を安心させてくれる。
「あ!そうだ海田君の家ってのはどう!?なんだかんだで行ったことないし」
名案を思いついたという風な顔で俺を窺ってくる書記さんに俺はちょっぴり肩に力が入る。
なぜなら誰にも俺の家を教えたことがないからだ。人は誰しも他人には言えない秘密を抱えているものだと思う。僕の場合、家にはその秘密が多く隠されているから、あまり知り合いに家の場所を悟られたくない。
「うーん、俺ん家狭いからなー。そんなに人数入んないよ」
別に嘘をついているわけじゃない。事実狭いから呼べるとしても一人二人までだ。書記さんやアライズの三人を呼ぶとなるとすこし手狭になってしまう。
「そっかー。残念」
「何やら面白そうな話をしているわね」
「ツバサさん」
書記さんと二人で話し込んでいると不意に後ろから声をかけられた。どうやら一連の話を聞いていたようだ。ツバサさんは不意に現れることが多い。
「その勉強会。うちでやらない?」
「うちって、ツバサさんの家でってことですか?」
ツバサさんの提案に隣の書記さんは言葉を失っている。その代わり目がうるさかった。目は口ほどにものを言うというけどその通りだと思った。
「そう。丁度明日は休みだし、どうかしら?」
「い、行きます行きます!!ね?海田君も行くよね?ね?」
行くって言え行くって言えと、書記さんの目が訴えかけてくる。ここは書記さんの言うとおりにしておこう。決してツバサさんの家に興味あるとか、やっぱりお金持なのかなとか、ひょんな事からどうにかこうにか養ってくれないかなとか、思ってるわけでは決してないんだからね。
「ええ、
「それじゃあ決まりね。英玲奈やあんじゅには私から声をかけるわ」
ということでなぜか、週末はツバサさんの家で勉強会となった。
「ねえ、あなた達。雪の知り合い、であってるわよね?」
「え?・・・・・はいそうですけど」
「あ!あの時の人だ!」
「穂乃果?あの時の、とは?」
「あなた達に話があるんだけど、ちょっといい?」
俺の預かり知らぬところで、不穏な事が起きているとも知らずに。
どうも学園生活部高宮です。
いやー、暑い。夏は嫌いじゃないんですが、この暑さだけはどうにも慣れません。
太陽が擬人化して、背が低くてかわいくておっぱい大きい女の子になり、その娘が夏だからと全力ではしゃいでるせいで日本は暑いんだと説明されれば全力で好きになれるのですが。
次回も頑張ります。
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番外編 お店でサプライズで誕生日を祝われるときの恥ずかしさは異常
矢澤にこという人物を知ったのは、俺が初めて行ったベビーシッターのバイトでだった。
そのベビーシッターは契約が簡単で早く、何よりも安いということが売り文句の仕事で契約は最短は一時間から最長は制限なしの条件で、お客からすればまさに破格の条件だった。そんなベビーシッターの会社がなぜ売れなかったかというと俺のような存在を簡単にバイトとして雇ってしまう情報網のザルさからだっただろう。
とにかく、そのバイトの初めての仕事は家から幼稚園まで子供を送るというものだった。
それまでしていたバイトは基本的に人に合わないか、あっても支障のない人にしか合わない仕事だった。だが、そのベビーシッターのバイトは最低限一回は親に会う。じゃないと不審者として通報されかねない。ただでさえ不審なのに。
なのでどうしようかと思考に思考を重ねた結果。変装をしていくことにした。
眼鏡にマスク。厚底を嵩増しした靴にダボダボの父親の服。
冷静に考えればむしろ不審者度が上がっているな気もするのだが、とにかく当時の俺はこれで行ける!と思った。
指定された場所にあったのはどこにでもありそうなアパートだった。灰色の壁が四方を囲んでいるなかで、ほこりをかぶったインターホンを震える手で押す。
ピンポーン、と間抜けな音が漏れ響く。
「はーい」
ドアを開けて出てきたのは二十代くらいのスーツを着た若々しい綺麗な女の人だった。
「あ、え、っと頼まれたベビーシッターとしてきました」
予想外に若く、また綺麗な人が出てきた驚きと、それまでの緊張とバレないかどうか不安でしどろもどろになりながら何とか自己紹介をする。
「ああ!さ、入って入って悪いけど私もう行かなきゃだから後お願いね」
やや強引に引っ張られ、俺は玄関へと引き込まれる。入れ替わりとなるようにその女性は慌ただしく出かけて行った。
まあベビーシッターを頼むくらいだ。忙しいのだろう。
さて、とひとまず身元がばれるようなことはなく、これは無事にこの仕事ができそうだと将来についての不安が消え去って行ったころ。玄関で佇んでいた俺の背中に衝撃が走った。
「お兄ちゃんだれー?」
振り向くと背中の方にタックルしてきた活発そうな女の子が、こちらを不思議なものを見る顔で見つめている。
なるほど、この子を幼稚園まで送り届ければいいわけだ。だが、確か後子供が三人ほどいると聞いていた気が。
「ここあ、ベビーシッターさんが来るってさっきお母さんが言ってたでしょう?ほら、失礼だから早くそこをどきなさい」
俺の背中にしがみついているのは、どうやらここあというらしい。ぴょんぴょん?
それを青い顔になって必死に引きはがそうとしている女の子はきっとお姉さんなのだろう。それでもここあちゃんは俺の背中により一層力を込めている。
そんな押し問答によりただでさえ慣れない厚底を履いてきているのに、バランスがぐらぐらと揺れる。
案の定、バランスを崩し、お尻から床に倒れ込んだ。
「うわーお兄ちゃん大丈夫?」
「あわわ、だから言ったじゃない!ごめんないさい!」
転ばしてしまったと、お姉さんの方が謝ってくる。それに大丈夫と答えているとあることに気づいた。厚底の靴がすっぽ抜けてしまっていたのだ。
「・・・・・・・・!!」
その事に気づいた俺はとにかく体勢を立て直し、なんとか靴を履こうと四苦八苦していたのだが、ここあちゃんとお姉さんの二人に腕を掴まれ起き上がらせられてしまう。
明らかに小さい。ここあちゃんはともかく、お姉さんの方はその背に明らかに驚き、段々とその表情が不審なものに変わっていく。
「さっきから何の音!?さっさとしないと学校遅れるわよ!」
まだ何の仕事もしていないのに大ピンチだった。奥から、恐らく朝ご飯を用意していたであろう中学の制服を着た黒髪の少女が顔だけをひょっこりと出している。
その表情は不審一色だ。不思議と目の前にいる妹と似ていると場違いな感想を抱いてしまった。それくらい動転していたということだろう。
ちなみにもう一人いた子供は男の子だった。何事もないかのように朝ご飯をもぐもぐと食べている。
ここあちゃんはきょとんとし、二人の名前もわからないお姉さんから不審な瞳を向けられ、俺は早々にこのバイトを辞めようと誓った。
家族会議があった。
今日の朝。ベビーシッターだと名乗る男が現れたのがそもそもの元凶だった。
ベビーシッターを雇うのはまだいい。いやそれも本当は反対だったのだ。自分が弟と妹の面倒を見れば、そんなどこの誰とも知らない部外者に家族を任せるなど、そんなことをせずに済むのだからと。
だが、自分はまだ中学一年生だ。昔から家でママの帰りを待つことが多かったため、一通りの家事は自然と身につきはしたが、まだ子供だ。中学に上がるとお母さんの仕事が忙しさを増し流石に娘一人に押しつけるわけにはいかないとベビーシッターを雇うことを決めた。
流石にそんなことを言われれば渋々承諾するしかない。
だが、そのベビーシッターが問題だった。
早急に来てもらわなければならないということで、とりあえず急場しのぎで頼んだベビーシッター。書類上は大学生ということだったが、会ってみると明らかに幼い。それも変装をしていたのだ。
マスクにメガネに厚底の靴。それらバレバレの変装道具を取っ払ってみると、完全に私より年下、小学生くらいにしか見えない。流石にこころと同い年なんてことはないだろうけどそれでも明らかにおかしい。というか詐欺、詐称だ。訴えれば勝てると思う。
「とりあえずこいつはどうするの?」
逃げないように縛って、ママが帰って来るまで待っていた。処遇をどうするかは流石に一人では判断できなかったからだ。
一応水と食料を与えたものの気づけばもう深夜。良い子なら眠っている時間帯だ。
「そうね~。流石に小学生とは思わなかったわね~」
「・・・・・・・」
先ほどから少年は一切口を開かない。最初の方こそ違うだのなんだの言っていたようだが、流石におとなしくなった。
とにかく会社に連絡して会社もグルだった場合はそこからどうすればいいだろう?
そんなことを考えていたのだが、ママのとんでもない発言で思考が停止する。
「平日は面倒見てもらえないわね。頼むとすれば休日かしら」
は?とポカンとなっていたのは私だけじゃなかった。隣を見ると縛られている少年もまた同じような表情をしていた。彼からすればこれからどんな処分を受けるかと想像していたところにこの発言である。そりゃポカンともなるだろう。
「ちょっと!まさかこのままにしておくつもり!?」
「ええ。ダメかしら?」
「当たり前でしょ!」
わが母ながら何を考えているのか。極端な話、目の前にいるのは犯罪者だ。そんな野郎に妹達の面倒を見てもらうなんて話にならない。そんな人間信用できるわけがない。
「あの、平日でも大丈夫です」
「え!?そうなの?」
「あんたは黙ってなさいよ」
いきなり口を開いた犯罪者に回し蹴りを食らわせて物理的に黙らせる。
「ママ正気!?こんなのじゃなくても他にもいっぱいいるでしょ!?」
いくら時間がないからってこんなのに任せるくらいなら自分がやった方が千倍マシだし、なによりもっとちゃんとしたベビーシッターなど五万といるだろう。
「えー?でも今子供を狙った犯罪とか増えてるし、その点この子ならそんな心配いらないし、なによりここあ達と打ち解けそうじゃない?」
「・・・・それは」
確かに信頼できるベビーシッターを探すとなるとそれなりに時間はかかるかもしれない。その点彼なら小学生だ。軽犯罪ならともかく誘拐や性犯罪などを起こす危険性は少ない。それに見た感じここあたちとも打ち解けられそうな雰囲気は感じた。
だとしても、小学生を雇うなんて非現実的すぎる。
「ね?良いでしょ?決定ー!なにより安く済むし♪」
それが本音か。と呆れるうちになにやら強引に決定してしまっていた。
最初は耳を疑った。
実は小学生でしたとばれたことで完全に終わったと、いかに最小限の被害で済むかどうすればこの局面を乗り切れるかばかり考えていると、なにやら母親とにこちゃんと呼ばれた一番上の中学生が言い争っていた。
言い争うというよりかは、家主である母親が決定したことに対して文句を言っているようだった。
それもそうだろう。きっと俺が逆の立場だったらにこちゃんとおんなじように反対していた。
なにせ、俺をそのまま雇うという話になっているのだから。
自分にとっては万々歳な話のはずなのに、目の前にいる女性の頭を疑った。
普通に考えればありえない。普通は良くて説教を受ける。悪けりゃ警察だ。それを普通に雇うなんて。
だが、その事実がありがたいことなのは明らかだった。俺はそれを受け入る以外の選択肢は端から存在していない。
それからというもの、まずは警戒心を解くことから始めた。一応は、母親から了承が出たという形にはなっているものの、些細なことで解雇なんてことになりかねない。
周囲に常に気を配り、送り迎えは勿論、ここあちゃんや虎太郎の遊び相手。幸い小学生は中学生より学校が終わるのが速いためそのままにこちゃん家に直行。ついでに買い物も済ませ、洗濯物を取り込み、主夫顔負けの働きを見せていた。
そんな精力的な活動が認められたのかは分からないが、着実にここあちゃんやこころちゃんからは懐かれるようになった。にこちゃんにしても最初はきつく言葉を浴びせられたものの、俺の頑張りに反比例するようにそれもなくなってきた。
もう三ヶ月は経った頃。そんなある日のことだった。
いつもどおりここあちゃんを迎えに行き、家に帰った時だった。
いつもは大抵虎太郎と遊んでいるか、家事をしているかだったにこちゃんが珍しくテレビを見ていた。内容は深夜にやっているアイドルのバラエティだった。
「にこちゃん?」
ビクッ!!
名前を呼ぶとにこちゃんは大きく肩を震わせた。そんな反応、今まで見たことがなかった。
にこちゃんは大抵学校が終わって直帰する。部活に入っていなければ、友達と遊ぶこともない。すべてが家庭中心の生活だった。
俺はそんなにこちゃんに自分を重ねていた。かわいそうな自分をかわいそうなにこちゃんに重ねて、そして図々しくもにこちゃんに幸せになってほしいと考えるようになった。にこちゃんが不幸だと勝手に決め付けていた。にこちゃんが救われれば自分も救われるのではないかと思った。
「・・・・・なによ」
いつもより一段と低い声で即座にテレビを消していた。見られたくないのか。
「アイドル、好きなの?」
「・・・・・だったら何?文句あんの?」
俺はその時、喜びを感じていたんだと思う。滅私奉公で自分を犠牲にしていたにこちゃんに好きなものがあるのかと。別ににこちゃんに犠牲にしているという気はさらさらなかっただろう。本当に自分がしたい事が家族だったというだけだ。
でも当時はそんなこと気付かずに、ただ嬉しかった。
「ううん。あるわけないじゃないか」
「・・・・・そう」
そう言ってそっぽを向いたにこちゃんはちょびっとだけ嬉しそうだった。
それからはにこちゃんとの話の半分はアイドルの事だった。正直、俺はアイドルについては何一つ分からなかったけど、にこちゃんの話は面白かったし、なによりにこちゃんの笑顔を見るのは単純に嬉しかった。
一度だけ、聞いてみたことがある。
「にこちゃんは、アイドルになりたいの?」
「-―――――――どうでしょうね。憧れはあるけど、憧れが強すぎて失敗する気がするわ。アイドルって今は基本グループだし、本気でアイドル目指すなら今からオーディションとか受けた方がいいんでしょうし」
「そっか」
その顔には憧れと、なにか別種のものも感じた。それがなんだったのかは今でもよくわからない。
思えばそのときくらいからだった、殺風景だったにこちゃんの部屋にアイドルのグッズが増えだしていったのは。
「そういえばもうすぐお姉さまの誕生日なんですよ」
「え?そうなの?」
いつも通りここあちゃんを心ちゃんと共に迎えにいった帰りだった。
「にーたん何かプレゼントあげるの?」
「そうだなー、リアルにお世話になってるし考えなきゃな」
何か欲しいと言っていたものはあっただろうか。
「・・・・はっ!洗剤か!?」
「それはいくらなんでもナンセンスです」
そっか、そうだよね。とりあえず買って帰ろう。
その日、一日中考えてようやく決まったプレゼントを買いに行った。
「誕生日おめでとう!」
家に帰るとすでに準備していたのかこころとここあ、虎太郎までがクラッカーを鳴らしてきた。
頭に飛び出てくる紙テープを乗っけながら、呆気にとられているとリビングまで連れられてケーキが出てくる。
「誕生日おめでとう」
にっこりとした笑顔でケーキを持ってきたのは彼だった。そうか、私今日誕生日だったんだとそこで気づいた。
妹たちに囲まれる誕生日は嬉しくって、でも今年はそこに一人加わっていることに不思議と違和感がなかった。
最初こそ警戒していたのにいつの間にか懐に入っている。いつの間にか輪に入っていて。いつの間にか色々助けてもらっていた。
不思議なものだなと、ハッピーバースデーソングが流れる中想いを馳せていると、妹達がプレゼントを持ってくる。
こころからは化粧水だった。これは何か最近肌が荒れてるよとかそういう遠まわし的なやつか。女子にありがちなやつか。
などと勘繰ってしまったものの素直に嬉しくて、お礼を言う。そんなんないよね。まだ小3だもんね。
ここあからは肩たたき券だった。ここあの肩たたきは気持ちが良いので嬉しいと言ったら、輝く笑顔が帰ってきた。ああ、うちの妹は世界一かわいい。
虎太郎は何でも言うこと聞く券だった。いますぐに使って、おもちゃを片づけろと命令した。
そこで終わるはずだった。想像すらしていなかった。三人にお礼を言って、ケーキを食べようと話していたところだった。
まさか、彼が用意しているとは思わなかった。
照れたように、もじもじとしながら実は・・・・と差し出してきた。
驚きながら手にとって、開けていいか確認する。いいよと言われ、開けるとかわいい髪ゴムだった。
「ほら、最近にこちゃんが一押しのアイドル、確かそういうのしてたよね?それでさ、そのアイドルと同じ髪型にすればきっと似合うと思うんだ」
アイドルと、同じ。確かに、その話をした時似ていると言われた。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちだった。
前に、アイドルになりたいのかと聞かれた事がある。それまで意識したことはなかった。アイドルはかわいくて、きらきらしていて憧れではあったけど。自分がなるという発想にはならなかった。あくまで趣味だった。
明確に想像し出したのはその頃からだったと思う。
アイドルになる自分。みんなの前で歌って踊る自分。どうすればなれるだろう。アイドルになりたい。
いつしか憧れは目標に変わり、目指すべきものとなっていた。そして一から学んだ。ファンとしてではなく、叶えるべき目標として。
「・・・・あ、あれ?気にいらなかった?」
きっといつまでも反応のない私に、不安そうに顔を落とす彼に私は言った。
「そうね。カンナちゃんがしているのはここにリボンがついた髪ゴムだけどね」
「ええ!?そうだっけ!?」
「-―――-―――別にいいわよ。同じものであろうがなかろうが、どっちでも」
彼なりに背中を押そうとしてくれたのだと思う。彼に自覚があるかどうかは別として。
「にっこにっこにー」
早速もらったゴムでツインテにして、最高の笑顔をさらけ出した。最高のプレゼントだった。
「うん。やっぱり似合うね」
「当然よ。このにこならなんだって似合っちゃうのよ」
「うん。・・・・にこちゃん。俺はねにこちゃんに幸せになってもらいたい。だからなってね。アイドル」
その表情は言葉と反して決して明るくはなかった。だから思った。笑顔にさせようと。目の前にいる少年に、笑顔を届けようと。そんなアイドルになろうと。
思えばきっと。その時初めて人を好きになったんだと思う。
「-――――――あ痛っ」
「何寝てんのよ」
部室でパーティの片づけをしていた。今日はにこちゃんの誕生日だ。世間的には猛暑になりつつあるがこの部屋はそれをふっ飛ばすくらい、暑かった。
「良く寝れるわね」
「そう?最近寝不足だったからかな?」
「そう言うことを聞いてるんじゃないわよ」
バカ、と語尾に付けたされる。昔からにこちゃんは辛辣だ。
「みんなは?」
「ゴミ捨てとかじゃない?」
しまった。寝てる間に片づけがもろもろ終わっていたようだ。なんとなく悪い気持ちになる。
「そういえばさ、昔の夢を見たよ」
「夢?」
「うん。初めて会った時の夢」
「ああ、あの詐欺の時の」
「詐欺って言わないでよー、ちょっと年齢ごまかしてただけだよー」
「それを詐欺っていうのよ」
にこちゃんは、なんでとは聞かない。なんで年齢ごまかしてたかは聞かない。
気を遣わせてしまっているんだろうなとは、なんとなくわかった。それでも言えない。少なくとも今は。
人には誰しも触れられたくないものがある者だから。
「にこちゃん。誕生日おめでとう」
「・・・・・ああ、ありがとう」
どうも高宮です。すこしの遅刻ですけど、セーフですよね?セーフだと言ってください。にこちゃん愛してる大好き。
ということでにこちゃんハッピーバースデー!!誕生日おめでとう!!
遅くなってごめんね。次は早くにあげられる予定です。予定です。
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義妹とか義姉とかそう簡単にできるとか思うなよ!
「・・・姐さん」
高坂穂乃果は海田雪の幼稚園からの幼馴染である。だがしかし、穂乃果は雪の過去の何もかもを知っているわけではない。
それは物理的、そして精神的に離れた時期があるからなのだが、だが結局、そんなものはなくても人は人の事を何もかも知れるわけではない。
しかし穂乃果にとって今、目の前にいる雪が、なにか自分が知らないことが起きていることが不安に感じた。
目の前の幼馴染の少年が姐さんと呼ぶ女性は、幾重にも飛び交う車の流れをせき止めるように交差点のちょうど真ん中で佇んでいた。クラクションを鳴らされ、まるで現実に引き戻されたようにこちらへ駆けてくる。
結局、なんだがお茶を濁されたようにその女性と街へ消えていく雪。先ほどまでダイエット中でありながらも誘惑に負け、花陽とご飯屋さんで自らの食欲を満たしていたところを見られていた事など完全に吹っ飛んでいた。
そもそも、そのご飯屋さんに行くことだってダイエット目的のマラソンの合間に怪しまれないように配慮しながら行っていたのだ。
帰りが遅い事を心配した海未が探しに来ることなど必然だっただろう。
「・・・・・はっはーん。いつもなぜかこのマラソンだけは張り切って行っていたので、怪しいとは思っていたのですが、よもやサボっているとは思いませんでしたよ」
「げ!う、海未ちゃん」
まるで悪鬼のような笑顔で穂乃果達を威圧する海未に、しかし穂乃果は反撃の糸口を探す。
「ち、違うんだよ海未ちゃん!いま雪ちゃんがいてね?へんな女の人に連れ去られていったんだよ!緊急事態だよ!」
「・・・雪が?・・・・変な女の人に?」
ブツブツと口元で考えるようなしぐさを取る海未に、穂乃果は内心でガッツポーズをとる、どうやら話を逸らすことに成功したようだ。
だがまだ安心はできない。
なぜならすぐそばには先ほどお腹を満たしたばっかりのご飯屋さんが鎮座している。勘のいい海未なら気づいてしまう可能性がある。
穂乃果は一瞬で花陽とアイコンタクトをとる。二人の意思が共通したのを確認すると、まずは花陽がアクションを起こす。
「と、とにかく。これはもう、一度みんなと話しあった方がいいんじゃないかなぁ?」
「・・・いえ、ですが雪にも雪の事情というのがあるのでしょう。何か事件に巻き込まれたなどという事態でない以上、そっとしておいたほうがいいのでは?」
「何言ってるの海未ちゃん!あの感じはどう見ても元カノとかそんな感じだったよ!?ほっといたらまた雪ちゃん、どっか行っちゃうかも・・・」
最初の方こそ力強さを感じたものの、言葉が進むにつれて、段々としぼんでくる。それはきっと、その可能性を想像してしまったから。その痛みを知ってりいるからこそのリアリティだったのだが、それが海未に不安を与える。
海未もまた、その痛みを知るものだったからだ。
「・・・・皆を招集する必要があるようですね」
海未の瞳に、力強い炎が宿ったのを確認して花陽は安堵する。穂乃果はというと、若干落ち込んでしまっているものの花陽にはその理由がよくわからなかった。
元カノということで落ち込んでいるのなら、確かに雪とその女性は知り合いの様な雰囲気だった、が、元カノとかいうよりかはもっと別の、なにかややこしい複雑な気まずさを感じた。
それに雪はその女性の事を姐さんと呼んでいたのだ。順当に考えれば雪の姉、という考えに至るだろう。
勿論、雪と接してきた時間は花陽より穂乃果達の方が多い。雪についての知識だって花陽より多いだろう。雪に姉がいないことを知っている穂乃果は最初からその可能性を除外できている。
だけど、花陽だってこの半年間、何も見てこなかったわけじゃない。何も知らないわけじゃない。
少なくともその想いだけは持ち合わせていた。
「あ!そうだ忘れるところでした」
神田明神へ戻ると話が固まったところで、海未が思い出したように声を上げる。
「なーに?海未ちゃん」
「ご飯、おいしかったですか?」
ビッと後ろにあるご飯屋さんを親指で差す海未に、花陽はしまったとダラダラ冷や汗をかく。そんな二人に気づかず、隠していたという事さえ忘れてそのまま穂乃果は答えてしまう。
「うん!すっごく美味しかったよ!特にとんかつとご飯の相性がまた抜群で――――――」「ほ、穂乃果ちゃん!!」
まさか天真爛漫な笑顔でバカ正直に答えるとは思ってなかった花陽は慌てて穂乃果の口を両手で塞ぐ。
「・・・・・はぁ、あなたがそこまで
最初こそ本当に呆れたような表情だった海未だが、段々と怒りが込み上げてきたのか語尾が強くなっていく。
そんな海未の小言を神田明神につく間中聞かされ、最後には泣きべそをかいていた穂乃果であった。
「・・・・・・元カノね」
「ええ!元カノぉ!?」
神田明神で穂乃果と花陽を迎えに行った海未を待っていたメンバーは若干半泣きになっている穂乃果と、げんなりとした花陽、二人に説教をしている海未という皆が想像した通りの結末を迎えている事に苦笑しながら三人の話を聞いていた。
当然ダイエットの話かと思いきや、なぜか雪が変な女に連れ去られたんだけどどう思う?と相談されたのだ。
そして神妙な面持ちでにこちゃんが発した言葉に凛が反応した。
「でも、あの雪よ。誰かと付き合っているところなんて想像できないわ」
すこし考えて絵里が否定する。
「でも、雪君理不尽にモテるし、そういう過ちがあっても・・・・」
彼女を作ることを過ちと判断してしまうあたり、ことりの闇を窺ってしまった他のメンバーだったのだがその事については触れない。
「本人に聞いた方が早いじゃない、興味ないけど」
「真姫ちゃんの言うとおりだよ!一刻も早くこの問題を解消しなきゃ!」
「穂乃果はその前に己の贅肉を解消させることが一番ですけどね」
先ほどから何とかダイエット失敗の話題を逸らそうと懸命に頑張っている穂乃果だが、悲しいかな、そのたびに海未によって轟沈している。
今も海未による辛辣な言葉にノックアウトされているところだ。
「でもここでこうして話してても結局憶測でしかないから答えはみつからへんと思うで?」
「それもそうね・・・・真姫の言った通り本人に聞くのが一番手っ取り早いわね」
希の意見に絵里が頷く。
「でも雪ちゃん答えてくれるのかにゃー?」
「確かに・・・・さっきもなんだか触れてほしくないような空気だったし」
花陽は先ほど、雪が自分たちに見せた困ったような影のある笑顔を思い出していた。
あれは再会を喜んでいるようには見えなかったし、まして誰かに見られていいと思っているものでもなかったと思う。
人には誰しも人には言えないものがある。触れてほしくない場所というのは花陽にだってあるし、暗い部分は持っているのが当たり前だと理解している。それは誰ならという話じゃなく、ひとしく皆自分ですら触れない、心の奥底に眠らせている場所だ。
それを自分たちは今、パンドラの箱とも呼ぶべきものを勝手にこじ開けようとしているのではないか。
それはその場にいた全員が共通して感じていた。人の過去を掘りだそうとしているのだと。
だけど、それでも知りたいと思った。たとえ人の大事なものを暴きだしても、その奥の部屋に踏み入ったとしても。雪の最近の言動からなにかあるなんてことは火を見るよりも明らかだった。力になりたいなんてそんな大それたことは考えていない。ただ、一人で抱え込む怖さを知っている者がいる。背中を押してもらう勇気を与えてもらった者がいる。自らの事を必要以上に陥しめないように教えてもらった者がいる。つまらない意地を張ることの愚かさを気付かせてもらった者がいる。他にもたくさん助けてもらって、支えてもらった。
皆一様に、口には出さないが自覚しているのだ。その人の大切さと強さと、脆さを。
「それでも」
だから、その先頭にいたメンバーのリーダーは口を開く。
「それでも、私はもういやだ。何も知らずに勝手にいなくなられるのは。何も知らずに大切な人が傷ついているのは」
その言葉に皆頷く。
「どうせ一人でウジウジ悩んでるんでしょ。めんどくさいからさっさと白状させましょう」
「でもどうするの?本人に聞いても素直に答えてくれないと思うにゃ」
「そこはほら、もう一人がいるじゃない」
凛の疑問に絵里がしたり顔で答える。
「もう一人?」
絵里の発言に希が首をかしげる。雪以外に雪の事を知っている人間がいるのだろうか。と。
「――――――――――その元カノよ」
ということで絵里の提案により、元カノに話を聞こうということになったのだが、そもそもの問題が一つある。
「で、元カノはどこにいるの?ていうか誰?」
もう辺りも暗くなってきたということで後日再び駅前のファーストフード店に集まり、第一声を発したにこちゃん。
「・・・・・穂乃果と花陽は会ったんですから知っているはずです」
「知るわけないよ!?見たことない人だったもん。少なくとも私たちの知り合いじゃないよ」
「・・・私もひと目見ただけだし」
元カノ探し、早速難航。
そもそも名前も素性も分からない人間を探し出そうということが無理難題なのだ。
皆一様に頭をうならせてみるも妙案がそうそう簡単に閃くことはなく。
やはり雪に聞けばいいという方向で渋々固まりそうだった時。
「ねえあなた達。雪の知り合い、で合ってるわよね?」
「へ?そうですけど・・・・」
急に一人の女性に声をかけられ、海未はきょとんとする。
それに雪の知り合いかどうかを確認なんて、おかしい。そう気付いた時には穂乃果がもう声をあげていた。
「あ!あの時の!」
あの時の、その言葉で他のメンバーも勘付く。この、目の前にいる女性が雪の元カノ(推定)だと。
「・・・な、なんでここに?」
花陽が至極当然の疑問をぶつける。
「いえ、偶々ここに入って行くのが見えたから一つ、挨拶をしておこうと思って」
皆の中にすこしの緊張感が走る。元カノをどうやって探すか、半ばあきらめかけてきたところに、向こうからやってきたのだ。思わぬ展開に息をのむ。
(ちょ、ちょっとどうするにゃ!?いきなり向こうからやってきちゃったにゃ!?)
(お、落ち着きなさい凛!ここは冷静になっていったんどこでもドアを探すのよ!)
「えりちが落ち着いた方がええんやない?」
その後もいきなりやってきた事象にうまく立ち回ることができない絵里達の輪に加わらないものが一人。にこちゃんが意を決して質問する。
「あんた、雪のなんなのよ」
セリフだけ聞くとものすごいが、とりあえずこの場にいる者が聞きたかった事をずばりとモノ申す。
そして聞かれた彼女は目をぱちくりとさせながら、クスリと笑った。まるですべてを見通しあざ笑うかのように。
「何だと思う?」
質問を質問で返す彼女の顔には余裕が窺える。もしも過去の彼女を知る者がこの場に一人でもいたならば、おかしいと違和感を感じ、その光景に唖然としていただろう。それほど昔の彼女とはかけ離れていた。
一方、最初の頃の緊張感はいくらか弛緩されたとはいえ、メンバーの方に余裕はなかった。
「――――――――元カノとか?」
どちらの回答にせよ、このもやもやを吹き飛ばしたいと思った凛が質問する。
「うーん、どうなんだろうね。いっそのこと彼氏彼女の関係になったほうが良かったかもね」
いまいち釈然としない回答に凛は首をかしげる。肝心なところをぼかしているのは意図しているのか、はたまた天然か。
「・・・・そうね、付き合ってたわけじゃないわ」
そんな空気を察したのか、少し考えて否定する。その答えに皆少なからず安堵した。やはり心配ではあったのだろう。
「じゃあ雪とどんな関係なんですか?」
いくらかの余裕が生まれ始めてきた絵里、当然、元カノじゃなければ何なのかという疑問に行きつく。
「どんな関係なんて一口には言い表せないわ。皆もそうでしょう」
例えば友達。それはそうだろう、ここにいる全員がそれは胸を張ってそう言うはずだ。
例えばコーチ。練習を見てもらったり、一時期は雑用の様なものもやってくれていた。言い方を変えればマネージャーということもできるかもしれない。
例えばライバル。UTXに通う雪はその過程でなぜだかアライズとも仲良くなっている。ミューズにとってアライズとは敵であり、壁であり、越えるべく目標だ。そのアライズと密接した関係の雪はライバルと呼ぶ時もあるのかもしれない。
例えば恋愛対象。という風に、確かにあげだすときりがないし、人と人の関係はそう言った多面的なものであるという彼女の指摘も理解できる。
だが、だからといってはいそうですかとは引き下がれなかった。雪の問題であると同時に、自分たちの問題でもあったからだ。仮にも好きな人の事を多少は知っているつもりだった。
天然なこと。あまり人に弱みを見せない事。誰かを頼るのが物凄く下手な事。色々な事を考えて気が回る人。その反面、人よりも多く悩んでしまう人。
だが、それだけではダメだったのだ。それを知っていても雪が今現在抱える問題を解決できない。
ならば知る。もっと過去を、人となりを、考え方を、知って理解したい。問題を解決したいと思う以前に、根本的に皆知りたいと願っていた。
そんなメンバーの瞳をまっすぐに見つめる彼女。その表情は初めて昔の彼女と合致した。
「そうね、じゃあまず何を知りたい?」
「雪ちゃんが今抱えてる問題のそのすべて」
「――――――――さっきは偉そうなことを言ったけど、私だって彼の何もかもを知っているわけじゃないわ。あなた達の方がよっぽど彼について詳しいほどよ」
「いやー、それほどでも」
「穂乃果。照れるところではありません」
ひとまず先ほどの空気から脱却し、割と緩やかに彼女の言葉は発せられた。
「私が初めて会ったのは中一の冬だった。その頃は私もグレていたから夜な夜な街を徘徊していたわ。そんなときに年齢を偽ってやばいバイトばかりしている奴がいるって情報が耳に入ってきてね。物見遊山に見に行ってみたの。その時にいたのが彼だった。ひどく悲しそうな顔をしていたわ。ただでさえ危ないバイトを危ない方法でしているという雰囲気がなかった。そこに興味を引かれてね。声をかけたの。何やってるんだって。彼は隠そうともせずにバイトだよって言った。その頃はきっとネジがぶっ飛んでたんでしょうね。そう言った彼の笑顔が怖かった。それをきっかけに学校が一緒なのもあって毎日一緒にいたわ。それこそ周りからはそう言う目で見られたけど、関係なかった。私も私でまともじゃなかったから。依存していたんだと思う。彼といるのは居心地が良かったし、似ているなと思う部分も多少あった。だけど、明確に彼は変わったわ。きっとあなた達に会ってから。まるで自転車のギアを変えるように彼の中で何かが変わったんでしょうね。もともと二人とも口数が多い方じゃなかったから、お互いの事はそんなに知らない。今彼が抱えてる問題とやらも知らないわ。だけど、心当たりがあるとすれば、父親でしょうね。それに伴うバイトがらみかもしれないけど」
彼女の言葉にメンバーはただひたすらに聞いていた。心に残るワードは危ないバイト。そして口ぶりから察するに今も続けている可能性がある。そして、一番は―――――――。
「父親って?」
絵里が尋ねる。そういえば彼の家族構成や家の事を彼が話すのを聞いたことがなかった。きっとそれがいわゆる彼の中でのタブーなのだろう。
「・・・・私ね。昔親に捨てられたの。理由は財政難。うちは母親が私達を生んで死んだ。残ったのは父だけだったからきっと子育てが大変だったんでしょうね。もっともらしい理由をつけて、4歳のころに孤児院に預けられたわ。物心つく前だったらよかったんでしょうけど、捨てられるという意味も理由も納得してしまったから余計につらかった」
急に関係のない話を初めて、場が混乱する。何を言っているんだろうと。
「私から言えるのはこれだけ。後は自分たちで何とかしなさい」
「ええ!?」
そう言って彼女は立ち去る。結局最後のはなんだったのだろう。分かったこともそう多くはない。
そういえば名前も聞いていなかった。そう思い、穂乃果は最後に声をかける。
「お名前!教えてくれませんか!?」
「・・・・
そう言って立ち去る彼女がまたひとつ。問題をその場に残して。
「――――――――――――海田?」
どうも働かない一人高宮です。
なーつやーすみー。
ありがたやーありがたやー。夏休みになると色々楽しみが増えますねー。どうせ家に引きこもるんですけど。
ということで次回も頑張ります。
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番外編 トラウマはそう簡単に消えないからトラウマ
これは最初の物語。出会いの物語。
彼、海田雪。この時若干5歳。
海田雪は幼稚園が終わりいつものようにいつものごとく公園で時間を潰していた。
というのも、彼の父親は仕事が忙しく幼稚園が終わる時間帯に迎えに行けないのだ。一人で家にいるのは息がつまるので誰かがいる公園で暇をつぶすのが彼の日課だった。
しかし彼はそれでも泣きごとを言わなかった。その頃には自分には母親という者がいないんだということが薄々感づいていたし、父親が一人で懸命に頑張ってくれているのは分かっていた。文句を言ったところで状況が改善されないという諦めでもあったのだろう。
その日もブランコを揺らしながらぼーっと風景を眺め見る。同い年とおぼしき子供たちは皆、各々の集団で遊んでいる。一人でいるのは彼だけだった。付き添いの保護者がいないのも、彼だけであった。
数ある集団の中でもひと際目立つのは、砂場で泥遊びをしている女の子。
体をめいいっぱい動かし、頬に泥をつけ、その泥さえ霞むような笑顔。周りの者も本当に楽しそうに笑っている。集団の中心にいることは一目で分かった。
対して彼は微動だにしない。ブランコを揺らすことに飽きたのか、それとも揺らす気すらなかったのか、ただそこをベンチ代りにしているだけだ。当然表情は明るくない。かといって暗くもない。まるで眩しいものを見るかのように、欲しいおもちゃを見るかのように、目を細めているだけだ。
それがここ二、三日の彼と彼女の関係であった。
その次の日も彼の日常に変化はなかった。
変化があったのは彼女の方、高坂穂乃果の方だった。
「ねぇねぇ、あの子いつもあそこにいるよね?」
穂乃果は一緒に遊んでいた少女に訪ねる。ほぼ毎日一緒に遊んでいる少女だった。
「うん?ああ、確かにいるね。いつも夜遅くまで公園にいるんだって。ママが言ってた」
「ふーん・・・」
生返事。何か考えているということは分かった少女は穂乃果の顔を覗き見る。
「穂乃果ちゃん?」
「穂乃果、ちょっと行ってくるね」
「え?」
別段何かを決意したわけでも、力強い言葉でもない。ただふらっと本当に思い付きの一言と共に穂乃果はトテトテと泥遊びをしていたそのままの格好で彼のもとへと歩みよる。
「ねぇ君!今一人?一緒に遊ぼうよ!」
その言葉に彼は呆けた。それもそうだ。なんとなくぼーっと見ていた女の子が急にこちらに歩いてきたと思ったら突然、突拍子もない事を言い出したのだから。
「あ、え、・・・うん」
勢いに押されて思わず頷いてしまった彼は嬉しそうな表情の穂乃果に手を引っ張られて泥だらけの砂場へと連れられる。
「ことりちゃん!連れて来たよ!」
「ええ!?頼んでないよ~」
「・・・・・・」
三者三様。出会いは必ずしも良いものではなかった。それでもこの後もずっと繋がって行くとはこの場の誰も思っていなかったであろう。もっとも人間関係など誰かの想像通りに行くことなどないものなのかもしれないが。
「ほら!遊ぼうよ!」
ことりの反応は意にも返さずグイグイと押す穂乃果に彼は困惑する。
「どうやって?」
ここ何日か彼女が遊んでいる姿は見てきたのだがそこに自分が加わることなど想像もできない。どうやって遊んでいいのかすら今の彼には知りえなかった。
そもそもの問題として彼はそれまで誰かと遊んだことがなかった。いつも一人だった彼は誰かとの遊び方なんて知らなった。
「そんなの遊びたいもので遊べばいいんだよ!」
そういうと穂乃果は乾いた泥を洗おうともせずに滑り台へとよじ登る。それをことりが後ろからついて行く。
彼は周囲を見渡した。他の子どもたちは鬼ごっこやままごとなどをやっているがどれも彼にはピンとこない。そうこうしてるうちに滑り台の頂点へと達した穂乃果と次いでことりが勢いよく滑り落ちてくる。
「ほら何やってるの!早く登んなきゃ負けちゃうよ!?」
いったい何に負けると言うのか、そもそもどんな勝負なのか、そんな些細なことを吹き飛ばすように穂乃果は彼の手を握り、滑り台の頂点へと導く。
滑り台は誰もいなくなった公園で何回か滑った事はあったが、面白いと感じることはなくそれ以来近づいてもいない。他の遊具も同様だった。
ただ、そこから見た景色は、それまでとは何かが違っていた。それは共に滑る人がいたからなのか、単に景色などに注意を向けることがなかったからなのか、結論が出る前に穂乃果にがっしりと背中から腕を回され、勢いよく滑り落ちた。
結果、泥遊びをするために水浸しにした砂場に頭から突っ込み顔じゅうが泥まみれになる。
「あっひゃっひゃひゃひゃ!」
「――――――ぷっ」
二人ともこらえきれないと言った様子で笑い転げる。
彼は何が面白いのかわからなかったが、二人を見ているうちに自然と表情が緩み、最後には三人で大笑いした。
それからというもの、彼の日常は驚くほど簡単に明るく変化した。
毎日一緒に遊び、遊んで、遊んだ。
最初の方こそ警戒していたことりも、徐々にバカらしくなったのか慣れたように笑いあった。
鬼ごっこをした。缶けりをした。ケイドロをした。靴飛ばしをした。砂のお城を作った。段ボールの剣で戦った。他にも色々と知らない事をした。初めての事ばかりだった。
だけど、光があるならそこには闇が生まれる。単純なことだった。
彼は今まで味わわなかった孤独を味わうようになった。皮肉にも誰かと一緒にいたいと願い、寂しさを紛らわせたいと思い描いたその代償としてより一層寂しさは増した。
彼はいつも一番最後だった。何をするにも、何を終わらせるにも。
真っ赤に燃える夕日が落ちていく頃、他の子供は親に連れられ暖かい家に帰って行く。
穂乃果やことりはいつも最後まで残ってくれた。やがてことりのお母さんが来て、穂乃果のお母さんが来た。笑顔で手を振る彼女たちに彼もまた笑顔で手を振る。
そして最後には誰もいなくなった遊び場で、一人公園へと戻る。暗くなって、街路樹に照らされなければ前すら見えない暗闇で、一人、父親の帰りを待つ。
どれほどの孤独だっただろう。その小さな体で、暗い公園で誰もいない。一人で父親を待つ彼の心境はいかようなものだっただろう。
その気持ちは彼しか知らない。その孤独も悲しみも侘しさも彼しか知らない。
だが、それでも想像することは出来た。慮ることは出来た。
小さな子供が公園で待ち人を待っているなど、噂にならないはずがない。ある日、穂乃果の母親は穂乃果に言った。
「ねえ穂乃果。いつも遊んでいる彼、名前なんて言ったかしら」
「え?雪ちゃんの事?」
「そうそうその雪ちゃんね。今度うちに連れてきてよ」
その母親の提案に、穂乃果は分かりやすく顔を輝かせる。
「そっか!そういえばまだ家で遊んでなかったね!」
その提案を穂乃果はすぐさま実行する。その日、いつもの集合場所であった公園にいち早く行った穂乃果は先に来ていた彼にいの一番に誘う。
「ねね!今日は穂乃果の家であそぼ!ことりちゃんと海未ちゃんも呼んでさ!」
海未ちゃん。というのは先日穂乃果達とまさにこの公園でかくれんぼで遊んでいた際。木陰にかくれて穂乃果達を羨ましそうに眺めていた少女の事である。少々引っ込み思案というか怖がりな女の子だった。
「・・・・いいの?」
それは普通に聞けば確認の言葉だっただろう。だけど彼の場合は違った。彼は他人の家に行ったことがない。つまりは他人の家を知らない。知っているのは自分の家だけである。自分に置き換えると、彼はとてもではないが家に誰かをそれも友達を招くことなどできはしなかった。
家にお菓子はなければジュースもない。誰かと遊べるおもちゃもゲームもない。あるのは散らかった衣類と、灰皿いっぱいに盛られたたばこ。そしてビールの空き缶のみだ。
そんな彼は穂乃果の家に行って愕然とした。
玄関というか、店の入り口を開けると甘くて良い匂いが出迎える。そしてそのにおいと共に笑顔の穂乃果のお母さんが優しく出迎えてくれる。穂乃果の家は和菓子屋だ。少し特殊ではあっただろう。
だがそんな瑣末なことが気にならないくらい。自らとは違っていた。
先頭にいた穂乃果は「ただいま」という。そして当たり前のように「おかえり」が帰ってくる。まるでいつもそうしているかのように「手を洗いなさい」と怒られる。
そのすべてが彼にとっては新鮮だった。体験したことがなかった。
「穂乃果のへや二階だから」
皆で手を洗い、ことりは行き慣れているようにすいすいと階段を上っていく。
海未は初めての友達の家というものに緊張しているようできょろきょろとあたりを見回すことに忙しい。
部屋に入っても衝撃だった。彼の家にはまず本棚がなかった。そして本棚がないということはそこに収まる本や漫画もないということだ。
「見る?」
初めて見る漫画に興味津々だった彼に気づいたのか、穂乃果は一冊手にとって渡す。
きっかけというものがあるのなら彼の女ったらしっぷりの原点はここだったのかもしれない。
その他にも知らないことはたくさんあったが、一番は妹だった。
「―――――おねえちゃん」
「あ!雪穂」
部屋の扉からおずおずと覗いている少女は二~三歳くらいのかわいらしい少女だった。
それからその少女も加えて5人で遊んだ。楽しい時間だった。そして楽しい時間とは例外なくすぐに過ぎ去るものだ。
辺りはすでに真っ暗。そろそろ帰ろうという話に穂乃果の母親がまた一つ提案をした。まるで最初からその提案こそが目的であったかのように。
「もう暗いし、今日は泊って行ったら?」
「え?でも・・・・」
「この時間に外を出歩くのは危ないし泊って行った方がいいわ。ほら電話貸してあげるからお父さんに電話して?」
説得され、言われた通り受話器まで移動する。だが数字が羅列してあるボタンを押すことができない。なぜなら家の電話番号を覚えていないのだ。いやそもそも、家に電話などない。あるのは父親がもっている携帯だけ。だがその番号も知らない。
受話器の前で固まっていると不審に思ったのか、声をかけられる。
「あら?もしかして家の番号忘れちゃった?」
彼は素直にうなずく。正確にはそもそも知らないのだが。
「じゃあ後で私が連絡網で連絡しておくわ。だから大丈夫」
なでなでと頭を優しく撫でられる。どこかくすぐったくて、でも悪くない気持ちだった。
「よーし、じゃあもっと遊べるね!」
「その前にお風呂入りたいよ穂乃果ちゃん」
「ふぇぇ」
ことりの言うことに穂乃果の母親が後ろ盾をする。
「その通りよ。早くお風呂入ってご飯にしましょ。お腹、空いてるでしょ」
「はっ!!そう言われれば確かに・・・!」
じゃあ早くお風呂に入ってご飯食べよう!と息巻いてポンポンと服を脱ぐ。脱いだ服をそのままにお風呂に直行している。
穂乃果以外皆でため息をついて、後に続いた。
彼の中で今なお人生でベストスリーに入る騒々しいお風呂だった。ちなみに残り二つは中学の頃の自然教室と修学旅行である。
「え?ちょっとまって・・・雪ちゃんって男の子だったのぉ!?」
「うん?」
突然の発言に彼は首をかしげる。
「女の子だと思ってた」
「コクコク」
どうやらこの場にいる全員彼を彼女だと勘違いしていたらしい。確かに容姿は中世的だし、髪は男の子にしては長い。ただ単に髪を切りに行くのが異様に遅いというだけなのだがそんなこと穂乃果達は知る由もない。それにこのぐらいの年の子は女の子と男の子の差が少ない。
そんな驚愕?の事実は案外あっさりと受け入れられお風呂の中は銃撃戦と化していた。
「ことりちゃん行くよー」
両手で湯船からお湯を発射する。いわゆるお風呂遊びの一つだ。
「えいっ!」
「うわっぷ」
穂乃果が発射したお湯は綺麗にことりの顔面に命中する。
「ここをこうして―――――――」
彼はやり方が分からず海未にならっていた。
その他にもペットボトルの底に穴を開けて自作のシャワーにしたり曇ったガラスにお絵描きするなど存分に遊んだ。
お風呂からあがると良い匂いがした。すでに晩御飯が作られ机に並べらていたのだ。
「わーい!いただきまーす」
「こらちゃんと髪をふきなさい」
穂乃果はよく怒られる。彼は怒られるということがそもそもないのでそれはすこし羨ましい事でもあった。
「じゃあ、今度こそ・・・いただきまーす」
「「「いただきます」」」
手料理というものを食べたのもその時が初めてだった。いつもコンビニか、お弁当屋さんで買って来たお弁当だったから。
「おいしい?」
「おいしいいい!」
口いっぱいに頬張りながら穂乃果が答える。まるでリスみたいだ。
「――――――――雪ちゃんは、お家は楽しい?」
もぐもぐと食べていると不意に穂乃果の母親からそんなことを聞かれる。
噂になっていた。家の事や、彼自身のことが。その大半は事実と反する事であったが、周りから浮いているのは確かだった。その自覚も彼にはあった。
「楽しくはないけど、でも辛くもないよ」
それは彼の本心だった。羨んだこともある。恨んだこともある。でも誰よりも一番、彼は知っていた。自らの父親がどれほど頑張っているのかを。駄目なところもある。嫌なところもある。それでもたった一人の父親の頑張りを。もしかしたら世界で彼だけは、知っていたのだ。
「―――――――――そっか」
穂乃果の母親はそれ以上何も言うことはなく。ただ微笑みながら彼らを見守っていた。
「ふぅーまんぷくまんぷく」
「あら、いったいどこで覚えてきたのそんな言葉」
「昨日テレビでやってた」
「まんぷくまんぷく」
「ほら、雪穂が真似しちゃったじゃない」
「ええー穂乃果の所為じゃないよー。ねえ雪ちゃん」
「穂乃果ちゃんは雪穂と似てるね」
「そりゃそうだよしまいだもん」
穂乃果はえっへんと誇らしげに胸を張る。対して彼はきょとんと首をかしげた。
「しまいってなに?」
彼にはよくわからなかった。一人っ子であったし、そう言う話を父親とはしないから。疑問を抱くことすら今までなかったのだ。
「しまいって言うのは・・・・・・・おかあさーん?」
「ええ!?いやほら、姉妹っていうのはねいわゆるコウノトリさんが運んでくるみたいな・・・・」
あたふたしたような慌てぶりに二人は顔を見合わせその慌てっぷりがなんだか面白くて意味もわからず笑った。
「・・・・・ふぁーあ」
しばらくすると穂乃果があくびをする。見るとことりや海未も眠そうだ。
「寝ましょうね」
優しい言葉に促され穂乃果の部屋へいくといつの間にか布団が敷かれていた。
そこで発生する問題が誰がどこで寝るか。まさか十年後まで同じ問題にぶち当たっているとは誰も考えもせずにじゃんけんで決まったのはベットに穂乃果と雪。布団にことりと海身であった。
「ねね、雪ちゃんはこの中で誰が好き?」
「え?」
電気を消し、暗闇に包まれた中で唐突に穂乃果が切り出す。
「あ!それ私も聞きたーい。誰とけっこんするの?」
「あわわ」
ことりと海未も興味を示したようで彼へと視線が集まる。
「・・・・けっこんってなに?」
「ええ!?けっこんもしらないの雪ちゃん?けっこんっていうのはねお父さんとお母さんになるって言うことだよ」
「ぼく、お母さんいないからよくわからない」
彼は独りでいる父親しか見たことがない。母親という存在がどういうものなのかピンとこないのだ。ましてや夫婦の事、結婚の事など彼にとって身近ではなかった。
「じゃあ穂乃果がけっこんしてあげる。そうすれば私がお母さんになるでしょ?」
「ええ?穂乃果ちゃんがお母さん?じゃあわたしはあいじんになるね」
「だめだよ!うわきはだめってテレビで言ってたもん」
「はわわ」
なんだかよくわからないうちに決定されてしまったらしい、その後もあーだこーだ言いながら疲れていつの間にか眠っていた。
事件は次の日に起きた。
彼の中で昨晩のお泊まりは確実に変化をきたすものだった。それもで感じられなかったことを感じ、知らなかったことを知った。そのどれもが当たり前の事であったが、その当たり前の事を彼は今まで知らなかったのだ。
そして、知ってしまった。自らの家が他人とは決定的に違うのだと。より具体的に。
その日の遊びは木登りだった。穂乃果が良い景色なんだよと誘って海未が渋るがことりがなだめ、穂乃果がよじ登って二人もなんなく続いた。海未は性格と違って案外運動神経が良い。
そんな数々のきっかけが、彼の中で渦巻いていた。絡まっていた。きっとそれは劣等感であり、嫉妬であり、反骨精神となっていたであろう。
彼はその自分を渦巻く感情に気づかないまま、悪戦苦闘していたものの普段よりも勢いよく木によじ登った。
それが悪夢の始まりだった。
子供からすれば太く大きい木だったが、所詮、都会にある公園の中での話だ。幼稚園児の子供三人までがその木の許容範囲だった。
ミシミシという音が漏れ聞こえる。その音に気づかぬまま、三人が腰掛けている枝に足を駆け、体重をかける。
瞬間、木は折れた。
幸いと言っていいのか、彼はまだ完全に登り切っていなかったため、幹にしがみついたまま助かった。いや訂正しよう。幸いではなかった。まだ彼もいっしょに落ちていれば、彼も何らかの怪我をしていれば、罪悪感というのはもう少し軽いものだったはずだ。少しヤンチャをして怪我をした。その程度で済んだだろう。しかし、その場でただ一人無傷だった彼の心はずたずたに引き裂かれる。
その時の彼は何が起きたのか、すぐには理解できなかった。恐る恐る下を見ると、うずくまった三人が。ことりと海未はすぐに起き上がる、が、穂乃果だけがいつまでも起き上がれないでいた。海未の泣き声と救急車のサイレンだけが頭の中でいつまでも響いていた。
穂乃果の症状はただの骨折だった。検査をして入院したのも二日だけで、後はすっかり元気になっていた。その事を聞かされたときはほっと一安心した。
だけど、彼は忘れることができなかった。枝を自らの足で踏み抜いた感触を。怪我をした彼女たちを上から見下ろすように見た景色を。
そして、父親が頭を下げている姿を。
そんな彼の姿を彼女たちは見ていた。
そして決意したのだ。
一人は強くあろうと。もう己の弱さの所為で、己が泣いていたせいで、誰かが責任を感じる事のないように。
一人は笑顔でいようと。大事な人を不必要に不安にさせないために。安心させるために。
一人は変わらない姿を見せようと。いつまでも変わらないことで彼に大丈夫だよと伝えるために。
それは戒めであり楔であっただろう。だけど同時に強くつながった絆でもあった。
「雪ちゃん、大丈夫?」
「・・・・・ん?ああ、大丈夫」
額に脂汗をかき、顔色は驚くほど白い。分かりやすいほど大丈夫じゃないのは俺が一番よくわかっていた。
場所は遊園地。その観覧車の中。穂乃果と二人。
「高所恐怖症だもんね」
そう、俺は高いところが怖い。特に周りに人がいるとさらに重症になる。あの小さな頃の事故から、高いところに行くとあの時の感覚が繊細に黄泉あがってきてしまうのだ。多分、当時より何倍もひどく。
足に力は入らない。体重をかけるとまたあの時のように踏み抜いてしまうのではと、あり得ないと分かっていてもぬぐえない。
「大丈夫だよ。穂乃果はここにいるから」
そっと隣で抱きしめてくれる穂乃果に、俺は返事をすることもできない。でもこれでいいと思う。克服しなきゃいけないなんてことはないし、きっとこれに関して言えば克服しちゃいけないんだ。
何回も苦しんで、思い出して。そうしないと自分で自分を許すことができないから。
そうしてるうちに、自分たちを乗せた観覧車は一周し、元の場所に戻ってくる。
穂乃果に肩を支えられながら、何とか地面に膝をつくことができた。
「・・・・大丈夫ですか?」
「・・・・まだ治らないんだね」
下で待ってくれていた海未とことりが駆け寄ってくる。
今日は八月三日。穂乃果の誕生日だ。何がしたいか聞いたところ「二人で遊園地に行きたい!」といわれたのでこうしてやってきた次第だ。海未とことりは偶然遊園地に来ていたのでせっかくだから一緒に回っていた。
そして遊園地にくると俺は必ず観覧車に乗る。
あの事件を忘れない為に。もう二度と、同じ過ちを繰り返さない為に。
乱れた息を整えながら、穂乃果の左腕を見る。骨折した個所だ。
「ひゃっ!雪ちゃん?」
無意識に穂乃果の左腕に触れていた。傷痕はない。何度も何度も確かめて。それでも今だに確かめる。
「こら。セクハラですよ」
海未にバシッと手をはたかれる。ごめんなさい。
「わ、私は大丈夫だよ!いつでもバッチこいだよ雪ちゃん!」
「そう言う問題じゃないよね?穂乃果ちゃん」
「左腕だって、毎日牛乳のんでるから大丈夫だよ!ほらこんなに動くんだよ!」
そう言ってグルングルンとわざわざ証明して見せる穂乃果。
「――――――――がっ!つ、攣った・・・・・」
「・・・あなたバカなんですか?」
「ふふっ」
「ちょ、笑わないでよ雪ちゃん!!海未ちゃんもバカって言わないで!」
「ごめん、あまりにもバカみたいだったから」
「雪ちゃんまで!?」
うううと、泣きべそをかきながら地面に指で丸をなぞっている。
一応は感謝しているのだ。こうしてまだ付き合ってくれていることに。まだつながりを持ってくれていることに。口には恥ずかしくて出さないけれど。
「穂乃果は変わらないな」
「そうかな?」
穂乃果は照れたように頬をかく。いつまでも変わらない穂乃果でいてくれること、それが救いになっていると、そう思う。
今日は八月三日。穂乃果の誕生日だ。
ハッピーバースデイ。穂乃果。
寝落ちした!どうも、もう一度言っておこう睡眠の重要性!高宮です。
過信していた。完全に余裕ぶっこいてた。ごめんなさい。穂乃果。でもちゃんと愛してるからね!
ということで一日遅れだけどハッピーバースデイ穂乃果。誕生日おめでとう。
つーかつい最近にこちゃんの誕生日祝ったと思ったらもう穂乃果?早くね?
次回も頑張ります。
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手を繋ぐには
穂乃果達が色々な問題にぶち当たっている頃。僕は何気なくいたって普通の日常を送っている。
はずだった。
「うわー。やっぱりおっきいんだー」
「そうだね。真姫ちゃんとどっちが大きいんだろ?」
「?真姫ちゃん?」
お察しかとは思うが家の大きさの話である。真姫ちゃんの家には数えるほど、というか一回しか行ったことがないのだがそれでもあの荘厳さとエレガントさは忘れてはいない。
対してツバサさんの家はこれまた真姫ちゃんに負けず劣らず豪華だった。
家の敷地には当然のごとく広い庭と鉄製の門が待ち構えているし、その間から覗く限りプールまで備えられているようだ。流石にこの真冬に使うことはないだろうが。
そもそもなぜこんな事、つまりツバサさんの家に招待されることになったのかというと隣で目をキラキラさせている人見知り、じゃなかった書記さんが勉強会をやろうと提案したことから始まっている。
俺なんかにはその内装すら想像できないところにツバサさんは毎日寝泊まりしてるんだと思うと、改めてツバサさんの世界と僕の世界が違うことを自覚してしまう。
少し落ち込んでいると書記さんは何の躊躇いもなくインターホンを押す。書記さんは変なところで大胆らしい。
『はい』
何のインターバルもなしに機械から声がする。
「あ、あの!私しゃち!ツバサ様のご召喚に預かりいたる所でございます!」
威勢よくインターホンを押したところまでは良かったのだがそこからは支離滅裂だ。大体なんだご召喚って悪魔か。書記さんは変なところで緊張しいらしい。
『・・・・・・』
ほらもう。インターホンの向こう側にいる人も戸惑ってるじゃん。
「あの、今日ツバサさんと約束してた友達です」
友達というところを強調して伝えると納得したのか、それとも最初からそのつもりだったのか鉄製のいかにも重そうな、侵入者を阻んできたであろう扉が自動で開く。
「うわー・・・」
ここまで来るともう何も出ない。メイドいても多分動揺しない。
「いらっしゃい」
ツバサさんの家に入って最初に出迎えてくれたのはツバサさんだった。いや当たり前なんだけどちょっと期待したよね、メイド。
「うわー、中も凄ーい」
書記さんの言うとおり中も凄い。とはいえ、外見とあっている豪華さというか派手さはあってもインパクトはない。ある種想像できる範囲の凄さだ。
高級そうなスリッパに足を通しながらツバサさんの部屋まで案内される。
二階建ての二階にツバサさんの部屋はあった。部屋の前にはかわいらしいネームプレートに☆つ ば さ☆と書かれている。
家に反して部屋はいたって普通だった。全体的に家具があまりない。かろうじて絨毯がかわいいピンクであるということ以外は少女を感じさせない部屋だった。
「あ、やっときたな」
「遅かったね~。二人で何してたのかな~」
その部屋の中央に鎮座していたのは今日はメガネをかけている英玲奈先輩と通常運転のあんじゅ。
「うーん。いや、特に何もしてないですね」
「うぐっ・・・・・私のバカ」
いたって普通に駅で待ち合わせして、いたって普通にここまで来た。
あえて言うことがあるとすれば書記さんがいやに緊張していたくらいだ。憧れのツバサさんの家にいけることになったのだから緊張も当然だろう。
「――――――――――失礼します」
とりあえず勉強会なのだからと教科書を開こうとしたその時、ツバサさんのドアがノックされて一人の女性が入ってくる。
手に持っているのは人数分の飲み物とお菓子。
それをテーブルに置ききると、丁寧にお辞儀して部屋を去る。
「今の誰?」
お母さん。にしては若すぎる。大学生くらいに見えた。
「え?今の?メイドさんよ。今日お母さんはいないの」
「いるんかいメイド!!」
びっくりだ。そういえばさっきインターホン越しに聞こえた声に似ていた。
「メイドって言うかお手伝いさんね。週三日で来てくれるの」
マジでか。凄いなツバサさん。本格的に養ってもらえないかな。そういえば真姫ちゃん家にもいるとかいるとか言ってた気がするな。どうなってるんだ俺の周りの人たちは。
「あれ?でも今のメイド服じゃなかったですよね」
書記さんの言うとおりいたって普通の私服だった気がする。どんな服だと問われても記憶に残ってはいないが。
「そりゃ今どきメイド服着てるメイドなんて秋葉にいるエセメイドくらいだよ~」
「そういうもんですか?」
どうやら俺と書記さんはメイドさんに対してあらぬ誤解をしていたようだ。誤解というか願望だなどっちかというと。
「大体、メイドというのは――――――」
あんじゅがその後もペラペラとメイドについて語る。あんじゅはメイド萌えとかそういう嗜好なのだろうか。隣で英玲奈先輩がため息をついている。
「それでお前のところのメイドはあんな中世風な格好をさせているのか」
「なによー。そういう英玲奈だって男ばっかりじゃない」
「あ!あれは母上の趣味だ!!」
どうやらメイドさんがいるのはツバサさんだけではないらしい。三人でメイドさん談議に花を咲かせているところ大変恐縮なのだが、庶民派であるところの俺と書記さんは全く会話に入れない。
改めて住んでる世界の違いを見せつけられる。
「そんな話よりまずは勉強でしょ。そのために集まったんだし」
ツバサさんが横道にそれた話題を本筋へともってくる。
「いやそれよりゲームしようぜ磯野」
「誰が磯野だ」
せっかく本筋へと戻そうとしたのに英玲奈先輩が悪魔のささやきをしてくる。
「じゃあ英玲奈は独りでゲームしてれば?私達は勉強してるから」
ああ、ツバサさんが英玲奈先輩を冷たくあしらっている。
ツバサさんは言葉の通りに参考書を開きだす。英玲奈先輩はというと泣きそうな目でこちらに訴えかけてくる。
「・・・ああ、ほら英玲奈先輩英語得意ですか?ここ分からないんですけど」
「む!どこだ!?どこが分からないんだ!?お姉さんに言ってみなさい」
即座に復活した英玲奈先輩に教科書のページを見やすいように移動する。そんな光景にツバサさんがため息をついている。あんじゅはいつものように笑顔だ。
そうして勉強会は順調に進み。
「―――――――――――――そろそろ休憩にしましょうか」
日はすでに高く徐々に落ちていく頃、捗った勉強にとりあえずの区切りをつける。
「これでやっとゲームができるな」
英玲奈先輩の手には既にコントローラーが握られている。どんだけゲームしたかったんだ。
「・・・はぁ。しょうがないわね」
ツバサさんは呆れつつ、自身もコントローラーを握る。
「さて、じゃあ何やる?」
気づくとあんじゅにもコントローラーが。
「こういうときにはパーティーゲームですよパーティーゲーム」
書記さんはガサゴソとゲームのソフトを探している英玲奈先輩の背中に告げる。
「でもコントローラー4つしかないわよ?」
「俺は見てるだけでいいですよ。あんまりゲームしたことないし」
「む。そう言うわけにはいくまい。ここは負け抜けということで順番にまわしていこう」
別に遠慮して言ったわけじゃなかったのだが、そう言うことなら辞退する理由もない。
とりあえず俺以外の4人で乱闘しているのを傍らで見ていると、言いだしっぺだけはあって、確かに英玲奈先輩は素人目に見てもうまかった。
というか英玲奈先輩は見た目からゲームは家が禁止していてな。とか言いだしそうなのに。またもや意外な発見に驚かされる。
アライズではあれ取り繕ってるんだなー。なんてどうでもいいことを考えていたら早々にあんじゅが負けたらしい。
「うわー。みんな強すぎるよー」
あんじゅが画面を見てそうつぶやく。スコア的に惨敗だ。
これ僕大丈夫かな?と心配になりながらあんじゅから渡されたコントローラーを暖房が利いた部屋で握り締める。
キャラは世界で一番有名な配菅工のおっさんを選ぶ。知っているキャラがこれしかなかったのだ。
数秒のラグの後、ステージが選ばれ乱闘が開始する。
とりあえず操作もわからず適当にガチャガチャボタンを押していると書記さんがこちらに近づいてきた。
「ふっふっふ。弱いものから狩る。戦術の基本よ!」
「うわ!ずるい!」
ポコポコと攻撃するもののさして効果は現れず観念して逃げに徹する。
「逃がさん」
そういって書記さんが何か物を投げる。道端に落ちていたアイテムを拾ったようだ。
「うわ!なんか食らった!」
これでおしまいかと思いきや、キャラには何の変化もない。走るスピードも体力にも変化がない。
「書記さん。何投げたの?」
言いながらアイテムが当たったキャラの背中を見る。
見ると犬のフンがついてた。
「なんつーもん投げてんだ!!」
ゲームの世界観ぶち壊しじゃねえか!つーか何の効果があんのこのアイテム!?
「それはあれだな。なんとなくプレイヤーが近付きたくなくなる」
「なんでプレイヤーそのものを攻撃しに来てんの!?なんで俺の精神を削り取ろうとしてんの!?これゲームでしょ!?」
新手のイジメか!?というかこんなアイテムがあるゲームをどうやってプレイしてんだ。さっきまでなかったろ。
そう思い確認しようと他の画面を見る。
英玲奈先輩の画面ではツバサさんと戦っている。
英玲奈先輩は両手で別のキャラクターを携えており、そのキャラクターを鈍器のように見立ててツバサさんを殴打している。
「なんでだぁぁ!!なんでキャラで戦ってんだ!いやキャラで戦うゲームだけど!そういうキャラの使い方すんのこのゲーム!?」
「ん?なんだ、雪も使いたいならそう言えばいい」
いやちがうんですけど・・・。そう否定する間もなく、絵玲奈先輩は使っていたキャラを真っ二つに折る。
「おいぃぃぃぃ!!なにやってんの!?なんで半分に折っちゃうの!?つーかどうやってんのこれ!?」
「ほら!半分こ♪」
「かわいくねえんだよ!どこの世界に人間を半分こする奴がいるんだよ!恐ろしいんだけど!!つーか気持ち悪くて使いたくねーんだけど!」
「大丈夫だ。そいつはそのキャラの弟でな。相性は抜群だ」
「いやだからどこの世界に弟で敵を殴打するゲームがあるんだっつってんの!つーか弟なのこれ!これっつうか上半身しかねえけど!」
絵玲奈先輩から渡された上半身には、胸のところと帽子にLと書いてある。俺が使ってるキャラにはMと書いてある。確かになんとなく似ている。
つーかさっきから心なしか弟がこちらを見ている気がする。まるで心などないかのような濁った両の眼で不思議とまっすぐとこちらを見ている気がする。
「こえええええ!!怖いんだけど弟!!いやもういい!いらないこんな弟!」
はずそうとするものの、上手く外れない。ボタンが違うのかと思い違うボタンを試してみると。
『この装備は呪われているようだ。はずすことが出来ない』
「呪われてた!!弟呪われてた!!違うからね!弟折ったの俺じゃないからね!?呪うなら俺じゃなくて英玲奈先輩を呪ってくれよ!つーかそもそも上半身だけでどうやって攻撃しろって言うんだ!」
「ふん。バカね。半分に折れば威力もまた半減するのに」
「そこじゃなくね?絶対ツッコムとこそこじゃないよね」
「この魔王の敵じゃないわ」
「アンタもかいいいいいい!!」
なんなの!なんでみんなそう疑いもせずキャラを装備してんの!?絶対そういうゲームじゃねえよこれ!それだけは分かるわ!
「つーか魔王なの!?僕でも知ってるRPGの世界では最強の魔王!?その魔王を武器!?」
まったく何に魔王使ってんのこの人?しかもまた絶妙に似会うな。
「ふはははは。ただのル●ージごときがこの魔王に敵うと思うな」
「あれ?なんか言動まで魔王みたいになってる」
とはいえ、確かに魔王は強く、絵玲奈先輩と束になっても簡単にあしらわれてしまう。
「つーか上半身めっちゃ使いづらいんですけど!下半身と変えてもらえません!?」
「ふざけるな!誰がル●ージをここまで連れてきて殺・・・気絶させたと思ってるんだ!!」
「今、殺すって言おうとしたね!?殺・・・まで言いかけたよね!?なに!?殺ったんか!?弟殺ったんか!?殺ったっつうか既に真っ二つだけど!」
英玲奈先輩に弟殺害容疑がかけられている頃、蚊帳の外だった書記さんが戦線に復帰した。
「あれ?書記さんそれ何持ってんの?」
書記さんは先ほどまで持っていなかったアイテムを装備している。
「これ?これは勇者よ」
両手には神々しく光る青年が。なにやらバチバチと周りに火花が散っている。
「勇者ぁぁぁぁ!?書記さん何勇者手に入れてきてんの!?つーか勇者なんてどこで手に入れてきたんだ!?」
「いやそこの祠で魔王が誰かに連れ去られて暇そうだったから装備してきたの」
「いやなに当たり前のように勇者装備してんの!?つーか勇者の方も何普通に装備されてんだよ抵抗しろよ勇者なんだからさ!!もっとプライド持てよ!」
そもそも装備する側だからね普通、勇者って!?
「いいじゃんいいじゃん。細かいことは」
細かくねえよ。ゲームシステムに関わることだよこれは。
「ん?待てよ。その魔王って」
ちらりとツバサさんの方を見る。手には相変わらず禍々しいオーラを放っている魔王が。勇者と違い周りには暗黒が広がっている。
「やっぱアンタだよね!!世界に二人も三人も魔王いないよね!?なに横から魔王かっさらってんの!?なに一番盛り上がるとこ邪魔してんの!?」
「ふっ。まだまだね雪。いい?大抵のゲームにはね。第二、第三の魔王がいるものなのよ!」
「しらねーよ!今言ってんのそういうことじゃねーよ!」
そうこうしてるうちに乱戦模様になって行き、何が何だか分からなくなる。
「つーかやっぱ上半身使いづれぇ!!」「除けものにしないでよぉ」
ガチャガチャとゲームに熱中しているとあんじゅが後ろからのしかかってくる。ただでさえ上半身使いづらいのに余計動かしづらい。
「ちょ!やりづらいから・・・」
とりあえずガチャガチャ動かしていると拍子にスポンと上半身が抜ける。
「あれ?なんか外れた。呪われてたんじゃないの?まあなんにせよありがとう弟、の上半身」
『返事がない。ただの屍のようだ」
「弟ぉぉぉぉぉ!!」
俺は弟への懺悔の気持ちと共に魔王と勇者たちのもとへと走る。
最初は休憩するつもりだったのだが、いつの間にか辺りが暗く。
「最初の勉強会どこ行ったんだ」
気づけば勉強していたのは最初の1、2時間。それ以外はすべてゲームに熱中していた。
「ふふ。まあ良いじゃないたまにはあんな茶番も」
「茶番って言っちゃったよこの人」
ひどいよこの人。上のやり取りまるまるパーだよ。
英玲奈先輩やあんじゅ達は先に帰った。僕も帰ろうとした矢先。こうしてツバサさんに引きとめられてしまった次第だ。
「僕知らなかったですよ。ゲームってあんなに楽しかったんですね」
「それはやるメンバーが良かったのよ。仲良くない人とやったってあんなに面白くならないわよ」
「そうですね」
別にゲームに限った話じゃなくて、きっとこの人たちとならなにやったって楽しいんだろうな。
「・・・仲良くなりたいの」
「はぁ。仲良くないんですか?」
自宅にまで招き入れて、一緒にゲームして、これ以上何があるというのだろう。
「ううん。そうじゃなくて。もっと、もっと仲良くなりたい。あなたと」
そこで一度ツバサさんは言葉を区切る。そしてずいっと、僕に顔を近づける。
「仲良くなりたいの」
その言葉の真意を俺は汲み取ることができない。もっとって、どうすればいいのかわからない。そもそも俺は人と仲良くなる方法など熟知しているわけではないのだから。
「楽しいと感じた?一緒にいて心の底から笑いあってた?だったらもっと仲良くなれるはずよ。私達は」
楽しいと感じた。一緒にいて心の底から笑いあった。少なくとも僕は。
「いつかどこかで言ったわよね。私はあなたの悩みを聞かないし聞く気もないと。それでもずっと関わり続けると。あれ、訂正するわ。私はあなたの悩みを聞く。嫌がられても嫌われても。それでも、ちゃんと聞く。ちゃんと向き合う。あなたと。あなたの抱える問題と」
向き合う。ツバサさんはそう言った。そう言ってくれた。なら、なら俺はどうだろう。僕は自分自身の問題とちゃんと向き合ったことが、一度でもあったろうか。穂乃果が倒れた時も、そのあと絵里先輩に諭されたのも、全部誰かのおかげだ。俺の問題を、俺以外の誰かが都合よく解決してくれたんだ。
仲良くなりたい。俺も、ツバサさんと。英玲奈先輩と。あんじゅと。書記さんと。ミューズのみんなと。
なら、なら一度くらい。自分から自分自身の問題と向き合ってみてもいいはずだ。
「知ってる?一人で解決できる問題もあるけれど、でも一人で解決できるなら二人でも解決できるはずでしょ?きっと一人でやるよりずっと早く。ずっと簡単に」
仲良くなる方法なんて僕は知らない。だけど、きっかけは単純なことで良いんだ。仲良くなりたい。ただそれだけでいいんだと。
そしてその一歩目が、俺の勇気と努力で良いというならば、俺は――――――――。
「俺、いや
もっとみんなと仲良くなれる。
どうも質量の暴力!高宮です。
えー、活動報告にも先ほど書いたのですが、新作?っていうの?やりたいと思います。
まあ内容としては活動報告にちょびっと書いたので詳しくはそちらを参照してもらいたいのですが、ちょっろっと言うならば。
ニセコイと家庭教師ヒットマンリボーンのクロスオーバーです。といってもベースはニセコイで。リボーン関係はお話しの後半に出る予定です。
ラブライブとの並行作業になります。個人的にはちょっと並行作業は・・・と思ってましたが、やりたくなったのでやります。
いや、並行作業だとどっちかに偏って更新が遅くなるんじゃないかと思うんですよ。やってみないと分かりませんが。
ということで新作の方もよろしくです。また活動報告で告知したいと思います。
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決意の固さ
僕がこの問題を話す時がもし来るのなら、穂乃果や海未かことりなんだろうかなって、なんとなく想像していた。
だけど、今目の前にいるのはツバサさんだ。今僕の問題を赤裸々に語っているのはツバサさんだ。
「――――――――って言うことなんですけど」
「なるほど、つまりあなたの父親はクズってことね」
まるで口の中の異物を破棄捨てるようにツバサさんは確認する。おおむねあっているけど、でも。
「ええ。でもそれでも俺の父親なんですよ。たった一人の」
別に父親を同情しているわけでも変にかばっているわけでもない。あんな繋がりでも欲しいんだ。失いたくはないんだ。たった一人の血のつながりだから。
今、自らの口に出して、ようやく気付いた。やっぱり血のつながりというのは特別なんだと。他に誰も補うことができないものだから。あんなものでも失いたくないと思う。
それにしても案外すんなり説明できた。もう少しつっかえたりするのかと思ってたけど。
「というかよく僕が悩んでるってわかりましたね。自分では上手く隠せてたつもりだったんですけど」
「・・・・・は?あなたそれ本気で言ってる?」
「え?ええ」
「いや、全然隠せてないわ。ダダ漏れよ。言っておくけど雪。あなた嘘下手よ」
「・・・・・・ええ!?」
愕然とする。嘘が下手?いやいや、ツバサさんが鋭いだけでしょ。
「きっとあなたのそばにいるミューズの子たちならもれなく全員間違いなく絶対に気づいてるでしょうね」
断言された!嫌に強調されて断言された!
そんなことはないと思う。そんなことは・・・・・あれ?
なんだか自信がなくなってきたところで、ツバサさんは窺うように確かめる。
「―――――――――それで、あなたはどうしたい?」
「僕は―――――――」
脳裏に過去がフラッシュバックする。お隣さんの部屋でお隣さんに聞かれた事が、映像のように流れていく。けれど今度はその答えに気づかないなんてことはない。ずっと前から何度も何度も繰り返し考えて、願って来た事だから。
自らに確固としてあるその想いを、今回は口に出すだけで良い。
「僕は、父親に生きてほしいんです。今の父は、死んでるから。魂が、心が死んでる」
父が見ているものはいつだって過去だった。あのときこうしていれば、あのときお前が生まれなければ。それはすべて過去に囚われているからこそ出てくる言葉だ。いつかの僕のように。
あの時の問題があって、ようやく僕は父親の事を少しだけど理解した。それでも好きになることは出来ないけど。
全うでなくて良い。誰かに褒めれる生き方でなくて良い。だけど胸を張って誇れる生き方をしてほしい。誰でもない、自分がそう思える人生を歩んでほしい。
それが僕がやりたいこと。たった一人の家族の為にしてやれること。
「そっか」
僕の言葉に、ツバサさんは一言頷く。それだけで何かが軽くなった気がした。気付くと奥底に流れていたヘドロのような固くてドロドロしたものはない。
「あなたがしたいことは分かった。けど、それって具体的にどうしたらいいの?」
そう、問題はそこなんだ。
きっと僕の願いは、届かない。言葉で語りかけて届くのならそもそもこんな事態に陥っていないだろう。
だけど僕は知らない。言葉以外の方法を。
「・・・・どうしましょ?助けてください。ツバサさん」
さっきまでならここで終わりだった。ここで手詰まりだった。
何かが変わったわけじゃない。ただ周りにあった者に手を伸ばしたいと思ったんだ。何かのきっかけがあればもっと早くそう思えたんだろうし、それがなければ一生そのままだったかもしれない。
一生そのままでも、きっと僕はそのまま許容するんだろうけど。
「まかせて!・・・といいたいところだけどとりあえず今日のところはもう暗いから帰りなさい。送ってくから」
そういえばと窓から外を見渡すと辺りはすでに静脈に包まれている。
「いや一人で帰れますよ。道は覚えてるし」
「いいから、こういうときは黙って甘えるものよ?」
そうですか?と、素直にツバサさんの言葉に従うことにした。
車(まるで当然のように黒光りする外車)で送ってもらった去り際。
「ありがとうございました。その、色々と」
「いいのよ。・・・・・
珍しく俯きがちになったかと思うと、早口でおやすみなさいと言われ早々に車を出してしまった。
そんなつばささんにキョトンとしながらも僕は改めて決意する。この前もそうだし、ずっと前もそうだったけど、僕はどうやらなにか壁にぶつかると決意する癖があるらしい。
変な癖だなぁと自分自身に笑いながら、それでも僕は決意する。
穂乃果に、みんなに打ち明けよう。そしてこの問題をどんな形でもいいから終わらそう。ここまで引っ張り上げてくれたツバサさんの為にも。
「――――――――――英玲奈。あんじゅ」
雪を送って行った帰り。家に着くと門の前で見知った顔が待っていた。
「どうだった」
「ええ。まあ流石にあそこまで深い問題を抱えているとは想像もできなかったけど――――――――」
「そうじゃない。ツバサの事だよ。どうだったんだ」
「―――――――――――、」
私がどうだったかなんて聞かなくても分かるだろう。あんな問題を抱えていた彼を、今まで私は見て見ぬふりをしていたのだ。問題を抱えていることそれ自体は分かっていたはずなのに。
「ふぇぇぇぇぇぇ」
気づくと泣いていた。そんな私を英玲奈とあんじゅは優しく抱きかかえていた。
「私、知らなかった。あんな、あんなきつい事を抱えて、それでも彼、笑ってた」
どれほど辛かっただろう。どれほど苦しかっただろう。実の父親に生まれてこなければと本気でそう思われるのは、小学生の心にどれだけ深い傷をつけただろう。
それなのに彼は笑っていた。それを抱えて、誰にも打ち明けられずに。それでも。
――――――――笑顔だった。
「なのに、なのに私は、自分の事ばっかりで、今でも彼に嫌われなくて良かったって心のどこかでホッとしている」
私は嫌われるのが怖くて、目をそむけていたのに。その間も彼はずっとその問題と戦っていたんだ。知ろうとしなかった私をそれでもありがとうって言えるほどに。
「―――――――――別に落ち込むことじゃないよ。ツバサは知らなかったんだよ。知らない人間が雪君の問題をどうこうなんてできるはずないじゃない。それでもツバサは雪君を笑顔にしてたよ。きっと力になってたよ。それってすごいことだよ。だからありがとうって雪君は言えたんじゃないかな?」
あんじゅは泣いている私の顔をまっすぐに見つめる。その瞳はただ純粋に真実を語っている瞳だ。
「それに、確かに知ろうとはしなかったかもしれない。目をそむけていたのかもしれない。今まではそうだったかも知れない。でも今は。これからはお前は知っているだろう。私達が知らない雪の問題を、きっとこの世界でひとりだけ、知っているだろう。知ろうとしただろう」
諭すでもなく、説教を垂れるでもない。英玲奈もまた同様にただ真実を、私の持っているモノをありのままに分かりやすく提示してくれる。
知らない事は罪だと思う。何かが起こって、知らないじゃ済まされないことがある。存じなかったでは収まらないものがある。だから無知とは罪だ。知ろうとしないことはもっと罪だ。
だから私もまた罪なのだ。知ろうとしなかったのだから。事件や事故という分かりやすい形で誰かが傷ついていなくても、裏にある傷つきを止められていないのだから。
だけど、今は知っている。今からは知っている。
例え知っていても私一人の力じゃ止められないかもしれない。だけど、はいそうですかって諦められないんだ。諦めたらいけないんだ。
なにせ、彼が諦めていないのだから。
「―――――――――グスッ。うん。ありがとう二人とも」
涙は止まってはくれない。依然として自分のふがいなさやどうしようもない気持ちが消えてなくなるなんてことはないけれど。それでも笑った。彼と同じように。彼とは違う笑顔で。
決意した翌日。早速穂乃果に打ち明けようと思い。僕は携帯を開く。
「―――――――いや、なにも休日に呼び出すことじゃないな」
今日は土曜日。なにもせっかくの休日を重い話につき合わせる必要はない。大体、平日の練習終わりにさらっと話せば済むことだし、うん。そうしよう。そうした方が良い。
そう結論付けて土日は特にアクションを起こすことなく。週が明ける。
「・・・・・期末試験!?」
「そうだよ~。そのために勉強会したんじゃない。ほとんどしなかったけど」
忘れていた。勉強会の目的を。期末試験が危ういということがそもそもの事の発端のはずだった。ほとんどしなかったけど。
あんじゅに言われてようやく気がつく。いやでも、そもそもこんなに期末試験は早かっただろうか。
「まあ例年よりはちょっと早いかもだけど~。大体どこもこんなもんじゃない?そういえば音ノ木坂も同じく試験だって言ってたよ?」
マジでか。ということは何か。少なくともここ一週間は俺の決意が引き延ばされるということだろうか。いくらなんでも試験中にこんな話は迷惑だろうし。
「ていうか生徒会長がなんで試験期間知らないんだよ~」
つんつんと僕の腕に文句を垂らしているあんじゅに書記さんが鋭い声で答える。
「それはここのところぼーっとしてばっかで、ろくに仕事もせずに私達が頑張っていたからじゃないですかねあんじゅさん」
うわ!!怒っている。怒っていらっしゃる。敬語モードの書記さんが!!
「・・・・・まあそれで海田君の問題が少しでも好転したっていうのなら雑務に翻弄された私達も少しは報われるんですがねー」
「―――――――ちょ、ちょっと待って。今の言い方だと、俺の問題とか、もう既にお見通しだったりしちゃったりなんかしちゃったりします?」
そういえばツバサさんに嘘が下手だなんて言われたけれど、もしかしてあながち間違ってもない感じ?
「べつに。ただ私達に打ち明けられないことをツバサさんには打ち明けたんですよね。まあ?海田君の問題なんて知ろうが知るまいがどっちでもいいですけど」
書記さんは怒ったまま、一泊置いて。
「・・・もしそれで私達の関係が変わるだなんて思っているのなら、とんだお門違いですけどね」
「書記さん―――――――――」
「だ、大体!問題を知ってる知らないで変わるようなちゃちな関係じゃないと思ってたんですがね!?それは私だけですかあーそうですか!!」
「・・・書記さん怒ってる?」
「怒ってないですよ!!」
大きな一言と共にバタンと生徒会室のドアが勢いよく閉められる。
「ちょ!どこ行くの!?」
「コピーしてくるんですよ!!書類をね!」
僕の問いに対して閉まっていたドアを開いて顔だけを覗かせて返事をする。
「・・・やっぱ怒ってるよね?」
隣いるあんじゅに確かめる。
「さあ?」
その顔は分かっていても教えてくれそうにない顔だ。
「――――――――言い忘れたことがありました。もし本当にそう思ってたならブチ殺しますからね!」
「怒ってる!!確実に怒ってる!!だってブチ殺すなんて女の子がそうそう言わないもの!!」
ブチ殺すてものすっごい怒ってる相手に使う言葉だもの。ブチって怒ってる相手に対して使う最上級の言葉だもの。ブチキレるとか。
それになによりわざわざ引き返して言う言葉がブチ殺すって。相当怒ってる。これは土下座と化した方がいいのかもしれない。
そんな怒った書記さんを尻目に期末試験を何とか乗り越え、ようやくミューズのみんなに会うことができることになった週明け。
「―――――――――あ、ゆ、雪ちゃん」
校門で待っていると、浮かない顔をした穂乃果達を見つける。というか明らかに動揺している。
「え?何?」
「いやなんでもないよ雪君♪」
穂乃果に訪ねたのだがなぜかことりが反応する。
「いやでも―――――――」
「な・ん・で・もないよ雪君」
気の所為かいつもよりことりの笑顔が怖い。
(い、いいのですかことり?雪に
(だって、私達が言って良いような問題じゃないよ。雪君が本人の口から聞かなきゃ、意味ないと思う)
(それはそうですが)
なにやら海未とことりがひそひそと内緒話に励んでいる。きっと聞かれたくない話なのだろうなと辺りをつけ、話を逸らした。
「あ、そういえば穂乃果痩せたね。ダイエット成功したんだ」
「えへへ。気付いた?いやー、実は生徒会でミスっちゃってさー。食べるの忘れてたらいつの間にか」
穂乃果らしい理由に笑いつつも生徒会でミスというのが引っ掛かる。僕がうじうじと悩んでいる間になにかあったらしい。
・・・・・考え込んでいるとにこちゃんがこちらを睨みつけている事に気づく。
「・・・・・あんた女子の体重の事をさらっと言うとか末恐ろしいわね」
「ノンデリカシーもここまで行くと逆に感心するにゃ」
いつの間にか凛まで隣に来て何やらにこちゃんに同意する。なんだか感心されてしまったみたいだ。
「そうだ。今から恋愛映画を見ようって話になったんだけど、良かったら雪もどう?」
思いついたように絵里先輩からお誘いを受ける。
ここだ。打ち明けるならこのタイミングしかない。みんなで恋愛映画を見てほんわかしてるうちにさらっと打ち明けるんだ。
自分自身の決意をさらに固め、絵里先輩のお誘いに同意する。
「じゃあ穂乃果の家にレッツゴーだね!」
恋愛映画。確かに絵里先輩はそう言っていたはずだ。だから僕もその流れに乗って、軽い感じで打ち明けようと決心したのに。
この惨状はなんだ。
僕の右斜めに座っている絵里先輩は片手にハンカチを携えながら泣いている。
「いいはなしね。グスッ」
この恋愛映画のどこら辺に泣ける要素があったのかは分からないが隣にいるにこちゃんとも泣いている(強がってはいるが)のでまあよしとする。
ひどいのは後ろにいる穂乃果と凛だ。二人とも気持ちよさそうにぐーすかぴーと眠りこけている。
そのひどい二人をもってしてさらにひどいのが海未だ。ずっと後ろの方で壁とこんにちわしている。つまり画面の方を一向に見ない。耳を両手で塞いでる始末だ。
「海未。いつまでそこでそうしてんのさ」
「そうよー。こんなに良い話なのに」
絵里先輩はまだ泣いている。
「い、嫌です!破廉恥すぎます//」
破廉恥って。ただの恋愛映画だよ。Z指定じゃないよ?全年齢だよ?
そう思いもう一度声をかけると、気にはなるのか恐る恐るこちらを見る。すると運悪く。運悪く?恋愛映画は佳境を迎えており、丁度キスシーンだった。
「~~~~~~!!//」
海未はその透き通った眼でしっかりとそのシーンを捉えると、声にならない声を上げ、顔を赤くして顔をクッションにうずくまらせた。
すると映画はスタッフロールが流れ始める。
これはもう僕の決心の問題じゃない。とてもじゃないが秘密を打ち明ける空気ではない。
結局その場で言いだすことは出来ずに帰り際。真姫ちゃんに問い詰められることになる。
「――――――――――――おかしい」
その言葉に僕の体は反応してしまう。ツバサさんに言われた事が頭の中でフラッシュバックして余計心臓の鼓動が速くなる。
ついにバレたか。ツバサさんが言っていた通り僕は嘘が下手なんだな。今まで抱いていたちんけな自信など吹っ飛び、代わりに懺悔の念が生まれてくる。こんなことならさっさと打ち明ければよかったと。
きっと神様がいるのならこれは試練なのだろう。いつまでも打ち明けられない僕への試練だ。
でも。だとするならば―――――――受けて立とうと。心にもう一度誓って。
僕は真姫ちゃんの言葉を聞いた。
どうもにゃんにゃんにゃーん。高宮です。
また活動報告しちゃいました。活動報告してると活動してる感がでていいですね。
その活動報告にも書いたのですが、新作のタイトルに悩んでいます。
というのも、新作のタイトルに分かりやすく『ニセコイ』×『リボーン』とか書いた方がいいのか。それともそんなの関係ねえのか。
活動報告でも感想でもいいのでコメントいただけるとこれ幸いです。
では次回も頑張ります。
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決意の正体
「―――――――――おかしい」
「・・・・・え?」
穂乃果家で恋愛映画を見た?っていえるのかどうかはわからないが、一応みたということにして、その帰り道。
真姫ちゃんが急に言い出した一言が僕の心を揺さぶってくる。ツバサさんに言われた一言が脳裏によみがえる。
挙動不審だったのがいけなかったのか、それとも最早外見だけ取り繕ったところで既にバレていたのか、どちらにせよ僕は深く後悔した。こんなことなら空気がなんだ、休日がなんだと言ってないでさっさと打ち明けていればよかったと。
「実は――――――――――」「希と絵里。なんだかおかしいわ」
こうなったら先に打ち明けてしまおうとなんとか口を開いた瞬間、真姫ちゃんの声とかぶる。
「・・・・・へ?」
「ん?何よ?」
「いや、なんでもないんだなんでも」
なんだー。希の話だったのかー。危ない危ない。
いや、危なくねぇだろ。
額にかいた冷や汗をぬぐう手が途中で止まる。
なぜって、僕は打ち明けると決心したはずだ。みんなに自分の問題を話して―――――――話してどうすればいいんだろう。協力してもらう?何に?気が楽になる?ツバサさんに話した時点でもうなってる。
あれ?僕がみんなに話す理由って何だっけ。ツバサさんの時は有無を言わさない迫力があって、半ば諦めたように打ち明けた。打ち明けられた。
自分の中で解決法も何も見えてないのに、ただ話すだけで良いんだろうか。それは皆に押しつけているだけではないだろうか。
「――――――――――――。」
考え込んでしまうのはいけないことだ。僕の悪い癖だ。そう頭ではわかっていても、心は止められない。僕の心が渦巻く。なぜ?どうして?と。
「・・・・・・・言っとくけど。雪もよ」
「へ?」
僕はさっきから情けない声しか出ていない。それでも真姫ちゃんは言葉をつむぐ。
「雪がおかしいのなんて皆もう知ってるわ。それでも何も言わないの。なんでか分かる?」
「えっと、めんどくさいから?」
「違うわよ!!あんた私達をどういう風に見てんの!?」
真姫ちゃんに尋ねられて正直に答えたのに、パンチをもらう。それもグーで。
「・・・・みんな待ってるのよ。あなたが自分から打ち明けるのを。無理やりにでも聞き出すことは簡単で、きっとそうすれば雪は話してくれるんでしょうけど。私達はそれじゃ意味ないと思うから。だから待つの。あなたの心が整って、いつか話してくれるのを。本当は今すぐにでも、強引でも聞きだして力になりたいって思ってるはずなのにね」
真姫ちゃんは僕の一歩先を歩いていて、すぐには表情が見えないけれど、声でわかる。声だけでもわかる。慈しむような、優しい声だから。いつもの、真姫ちゃんの声だから。
「うん。分かってる」
分かってるんだ、本当は。自分が嘘が下手なことも。誰かに隠し事するのが下手なことも。自分の問題を自分一人でためこんでいられるような器用な人間じゃないことも。
だから打ち明けようと思う。たとえそれが皆の負担になったとしても。別に僕は問題を解決するのに協力してほしいんじゃない。ましてや気が楽になりたいわけでもない。僕にとってこの問題はきっとそういうものじゃなかった。重くても持ちにくくても、一生背負っていかなければいけない。あの人一人に背負わせてはいけないし、するつもりもない。そういうものだ。
僕はただ、聞いてほしかったんだ。そんでもって相談したかったんだ。答えが出るかどうかなんてどうでもよくて、ただ悩みを共有したかったんだ。皆で笑って、皆で悩んで、そう言うことがしたかったんだ。
それが、ありふれた僕の、決意の正体。
多分、ツバサさんに言わせれば、それが仲良くなりたいということなのかもしれないけれど。
「―――――だから真姫ちゃんは好きだよ」
「なっっ!!//」
それまでは口に出さずに、それからは口に出した。口出して、伝えたいと思ったから。ツバサさんの言うとおり、仲良くなりたいと思ったから。
「ふ、ふん!私がいつもいつもそんなんで動揺とかすると思ったら大間違いよ」
口ではそう言いつつも足元はバタバタとせわしないし、口元はだらしなくにやけている。手元は指がタンタンと一定のリズムでビートが刻まれているし、流石作曲家。
「リア充うざいにゃー」
「り、凛!?いつからそこに!?」
声のする方を振り返ると、暗闇から凛と花陽がにゅるっと抜き出てくる。そして無言で脛を蹴り続けている。
「ちょ、痛い痛い。凛、痛いって。そこは弁慶さんも泣いちゃうところだからマジで痛いって」
どうみても凛が不機嫌だ。なぜ?
「それで?何の話してたの?」
なおも無言で脛を蹴り続ける凛を宥めていると、花陽から質問される。気のせいか声のトーンがいつもより低い。
「――――――――ううん。今は、なんでもないよ」
「?」
別に、焦ることはない。真姫ちゃんが言ってくれた通り、皆待ってくれている。だから皆に話そう。ちゃんと自分で整理をつけてから。その時もう一度決心したらいい。
自分がした決心など、いつだって都合よく変えられる。変えないものが強くて偉いんじゃなくて、変えられてもそれでも成し遂げられるのが、きっと本当の決心ってやつだと思った。
それが昨日のやり取りで、今日真姫ちゃんに呼び出された理由が僕には思いつかなかった。
「いやだから!!希と絵里がおかしいって話をしてんの!昨日から!!」
「ああ、言ってたね」
そもそもなぜそんな話になるのかが分からないのだが。
「そうかにゃ?ラブライブ最終予選突破するために新曲を、そんでもってやったことないラブソングを。っていうのは分かるけど」
開けた場所にある喫茶店で、オレンジジュースをチューチュー吸いながら凛ちゃんは絵里先輩たちを擁護する。
「それにしたってこだわり過ぎよ!何も一から新曲を今から、それもみんなで作ってやる必要なんてないじゃない!」
クオリティだって、どうしても下がると思うし。と俯いた真姫ちゃんは言う。
なるほど、聞いてる限りでは希と絵里先輩がラブソングで最終予選を挑もうと言っていて、真姫ちゃんなんかが反対してるわけだ。
まあ普通は真姫ちゃんの言うとおりだ。時間だってそうあるわけじゃない。一から曲を作るとなると、一から衣装も振り付けも作るということだ。そして作ったものを覚えなければいけない。新曲というのは時間がかかる。
その時間がかかる新曲をやるほど、時間に余裕はなさそうだ。
それでもやりたいという理由が、二人にはあるんだろう。
「恋愛映画を見ようっていうのも、もともとその話が元だったの。詩への良いインスピレーションになるんじゃないかっていう」
事のあらましが分かっていない僕に花陽が説明してくれる。
「そうよ!妙にあの二人だけこだわり過ぎなのよ!絶対なんか隠してるわ」
「そうかにゃー?」
真姫ちゃんは妙に勇んでいるが凛はさして興味がなさそうだ。
「あんた、もうちょっと本気出しなさいよ。そんなんじゃラブライブ優勝できないでしょ!?」
「えー、だって凛ねむいー」
確かに先ほどから目が開ききっていない。昨日不機嫌だったし眠れなかったのかな。
「それに新曲でも、今までの曲でもやることは変わらないでしょ?皆に見てもらって恥ずかしくないように精一杯やるだけだよ」
その言葉に、文字通りいきり立っていた真姫ちゃんもむぅと口を結んで椅子に座る。
僕も花陽も顔を見合わせてほっこり笑った。
「いやー、凛はたまに良い事を言うね」
思わずテーブルに突っ伏している凛の頭をなでなでしてしまう。
「えー?凛なんでなでなでされてんのー?えへへ」
どうやらそのまま眠りに落ちてしまったらしい。その言葉を最後に凛に反応がなくなる。
「――――――あの凛ちゃんも考えてるんだから、絵里ちゃん達もきっと何か考えがあるんだよ」
「にしても、その考えを言ってくれればいい―――――――」
言葉の途中で、真姫ちゃんは何かを見つけたように目線が固定される。
かと思うと再び勢いよく立ちあがり、僕の手をぎゅむっと掴んでそのまま走る。
「え?ちょ、なに!?」
「絵里!!」
その名前で、僕も真姫ちゃんが見ている方向を見る。すると本当に絵里先輩とそして、一緒に帰っているのであろう希がいた。
「・・・・真姫?」
なぜここに?という顔で歩みを止める絵里先輩。
お互い数秒間見つめあい、何かを察したのかとりあえず家に来る?と僕たちを誘う希。
「い、いや僕はこれからバイト―――――――――――」
「いいからあんたも来るの!!」
強引に真姫ちゃんに引っ張られ、希の家に連れて行かれる。
希の家は、簡素なアパートだった。この辺によく見かけるアパート群の一角。その二階に希の部屋はあった。
「・・・・一人暮らしなの?」
真姫ちゃんがそう尋ねるのも無理はない。部屋にあるのはどれも一人暮らしを連想させる量のものしかなかった。洗い場に綺麗に置かれている食器も、椅子も机もその部屋にある物すべてに見覚えがあった。
僕と一緒だった。
なんとなく勝手に親近感を覚えていると、真姫ちゃんが事の本題に入る。
「で?絵里達は何を隠しているの?」
「別に隠してなんかないよー?」
希はお茶を淹れる最中に真姫ちゃんの問いに答える。
「―――――――実はね」
「えりち」
希が抑えるように口を開いた絵里先輩を制する。
「ここまで来て言わないわけにはいかないでしょ。それに、隠してないんでしょ?」
その言葉に希は観念したように口を開いた。
「――――――別に、そんな大層なもんやないよ。ただ、夢やってん」
「ラブソングを書くのが?」
真姫ちゃんが驚いたように声を出す。
「ううん。みんなで曲を作るのが。夢やってん。―――――――――うちね、親が転勤族で友達ができなくて、それが嫌で一人暮らしして音ノ木坂に入って、そして見つけたの。うちと同じ不器用で周りに壁を作ってしまう、でも周りの事を誰よりも考えている子。この子とやったら友達になれる。ううん。なりたいって思ったの。そう思ってたらいつの間にか、そんな子が一人、また一人って増えていって気づいたら九人になって、それでこんなみんなと一緒に曲が作れたらええなあって」
そう話す希はいつものエセ関西弁ではなく、きっとこれが素の話し方なのだろうと思う。
「でも別にええんよ。ラブライブで優勝するってのが一番の目標やし」
希の表情は柔らかい。そんなにも簡単に自分の事を話せるんだ。
・・・・今か?今話すタイミングなのでは?いやでもみんなが揃ってた方が。
なんてダラダラと脳内で模索している僕はほおっておいて話が進む。
「・・・・・そんなこと言われたら反対できないじゃない」
そう言う真姫ちゃんの表情も穏やかだ。見ると絵里先輩と二人携帯を取り出している。
携帯を取り出したのは、他のメンバーを呼ぶためであった。この決して広いとは言えない部屋に十人も集まる。
「よーっし、もう今日は泊っちゃおー!」
さっきまで希の話を聞いて泣いていた穂乃果が勢いよく手を上げる。
「泊るって言うてもホンマに狭いでウチ」
「いいのいいの。みんなで押しくらまんじゅうしながら寝れるじゃん?」
押しくらまんじゅうって、別にそんなに魅力的な寝方でもないのだが不思議と穂乃果はテンションが上がっている。
というか既にベットには眠りこけている凛が。
そんな凛を起こそうと奮起していた花陽がある物を見つけた。
「あれ?これって―――――――」
花陽の手にあったのは、あの日。ことりが留学しそうになって、何とか引き留めてライブをしたその時の写真が、写真立てに飾られてある。なぜか真ん中に移った僕の表情がにやけていて恥ずかしい。
「へー、みんないい表情ですね」
「あ!」
海未が覗いていると、希が勢いよく写真立てを強奪する。
「・・・・これは、駄目」
「えーいいじゃんいいじゃん。穂乃果にも見せてよー」
きゃーきゃーと騒がしい部屋を僕は見つめる。もう外も暗くなってきた。
言うタイミング、完全に逃しちゃったな。
そろりそろりと気付かれないように部屋を出て行こうとすると、目ざとく絵里先輩に見つかってしまう。
「どこに行くの?」
「あー、いや。僕これからバイトだし、それに僕も止まったら流石に狭いでしょ?」
「女の子の部屋に泊まることについては良いんだ」
なんだかにこちゃんがジトっとした目でこちらを見ている気がするが、この際は無視。
「私達は良いよー。それに雪君前はよく泊ってたじゃない」
「・・・・・前は、良く?」
ことりが引きとめようとするものの、やっぱり僕は遠慮する。多分今日は僕がいないほうがいいと思うから。あとなんか絵里先輩が怖い。
「それはそうだけど、やっぱり今日はいいよ」
「・・・・・それは、そうだけど?」
相変わらず怖い絵里先輩に逃げるように、そそくさと希家を退出した。
「ねえ、穂乃果」
「なあに?絵里ちゃん」
「雪って、自分の事を僕、って呼んでたかしら?」
「ああ!それ!私も気になってた」
「真姫も?」
「・・・うーん、小学生までは僕って言ってたよ。こっちに来てからは聞いてないけど」
「そうなの海未?」
「・・・ええ。確かに穂乃果の言うとおりです」
「あったんでしょうね。何か」
「「「・・・・・・・・」」」
「話してくれるまで、待つしかない。よね」
「甘いのよことりは。そんなもんこっちからガンガン聞けばいいのよ。待ってるだけじゃいつまでたっても変わらないでしょ」
「にこ。でもきっと聞きに行っても変わらないのよ。・・・・・根本的なことが」
「・・・・・それは、そうかもだけど」
「―――――雪」
「え?」
「なんですか穂乃果?雪ならもう行きましたよ。見間違いじゃないんですか?」
「違うよ雪だよ。天気の雪!降ってるよ!!」
「――――――わあ!本当だ!凛ちゃん起きて!雪だよ!」
「―――――――――うえ?雪ちゃん?雪ちゃん。雪だにゃ!!」
「雪だ」
自分の名前を言ったわけじゃない。天候の雪だ。雪が降っている。バイトの帰り道何気なく見上げると雪が降っていた。道を見るに、結構前から降っていたらしい。
そんな些細なことに一抹の感動を覚えつつ。家まで後数メートルのところで久しい人物に会った。
「お隣さん」
「お姉さんだ。そう呼べって言ったでしょ」
お隣のお姉さん。どうやら出勤帰りのようだ。顔も服も、華やいでいる。
「そういえば、前にお隣さん。のお姉さん、困ったことがあったら言えって言ってましたよね?」
お隣さんと言った瞬間、こぶしが飛んできそうだったので語尾にお姉さんをつけることで何とか回避する。なぜそこまでお姉さんにこだわる。
「ああ?言ったっけ?」
うわ、ひどい。僕は覚えてるのに。
「冗談だよ。で?」
僕の顔を見て笑うお姉さんは一言で続きを催促する。
「実は―――――――――――」
「――――――――――――――――ふーん」
やっぱりそうだ。お姉さんやツバサさんにはするっと言えるのに、打ち明けられるのに。ミューズには、皆にはできない。
その理由が分からない。最近、分からないことだらけだ。
「一つ言えるのは、お前の父親はクズってことだな」
ツバサさんにも言われた。どうやら共通見解らしい。
家の階段を上りつつ、一段上を行くお姉さんはもう一つアドバイスしてくれる。
「そうだな、強いて言えばこの前も今回もお前は考え過ぎだってことだな。友達ならそう言うの気にしない」
友達なら、そういうの、気にしない。
お姉さんはそれだけ言うと、最後にお休みを言い残して部屋へと消えた。
結局そう言うことなのだろうか。僕が、心を開いていないだけなのだろうか。友達だと思っていないということだろうか。結局僕はそういう人間なのだろうか。あの人の血が流れてる僕は。
・・・・・いや、そうじゃない。仲良くなりたいんだと、ツバサさんに言われた。僕もそう思った。それと同時にやっぱり、ミューズが浮かんだ。皆の顔が浮かんだ。
それだけで、理由としては十分じゃないか。打ち明ける理由としても、仲良くなる理由としても。
決意して、理解して、決心して、それでも僕はまた――――――――言い訳を探している。
大して意味もない鍵を開け、誰もいない、薄暗い部屋へ足を踏み入れる。
ゆっくりと、扉が閉まった。
どうも理想を抱いて溺死しろ!って言われてみたい高宮です。
活動報告でも書きますが、明日からおじいちゃん家に墓参りにいき、おばあちゃん家にも墓参りに行くのでしばらく更新できません。と言っても週明けには帰ってくるのでそこいらで更新できるはずです。
明日は、間に合えば新作を登校する予定です。間に合えば、まだタイトル決まってないけど。
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家族の楔
ラブライブ最終予選まであと数週間もない。だというのに彼の心は晴れなかった。
自らの抱える問題を、結局のところミューズの誰ひとりにも打ち明ける事が出来ないままだからだ。
ツバサさん、お隣のお姉さん、打ち明ける事それ自体は容易とまではいかないまでも、可能なのに。
ただ、ミューズにだけは言えなかった。
決心して、決意して、理解して、それでも打ち明ける事が出来ない。待ってると言ってくれたのに。それは想像以上に彼の心の負担となっていた。
木々は既に枯れ葉も落ち、真っ裸で風に揺られている。
父親はもう一ヶ月は見ていない。どこで何をしているのかさえ、知らない。父親だというのに。
思えば彼は父親の事を何一つ、理解していなかった。どういう人間なのかも、どういう人生を歩んできたのかも、考え方も、苦労も、楽しみも、何一つ。
理解していなかった。
彼はいい加減、辟易していた。父親の事で悩むことも、お金の事も。
だから決着をつけたい。どんな最悪な結末でもいいから。そして一から始めたかった。もう一度一から、父親の事を理解したかった。
「あーあ」
バイトが終わり、家のベットに倒れ込む。空はまだ明るいが、これから急速に日が落ちていくのだろう。
バイトの疲れというよりか、皆に言えない気苦労の方が負担で、思わず声が出た。
「ピンポーン」
ベットに突っ伏して、このまま寝ようかなんて考えていると。不意にチャイムが鳴った。
大家さんだろうかと、その扉の向こうにいる相手に適当に見当をつけて扉を開く。
「・・・・・・希?」
「えへへ。きちゃった」
そこにいたのは笑顔の希だった。いるはずのない、いてほしくない人物だった。
「・・・・・・な、なんで?」
それはどういう意味のなんで?だったか、彼は自分でも分からなかった。なんで自分の家が?なんでこのタイミング?練習は?なんで?なんで。
「うん?いやほら、雪君最近元気ないやろ?だから料理でも作ってあげようかなって」
見るとその両手には材料が入っているだろう買い物袋が。
明らかに気を使われていることは、彼でも分かった。それが彼の心にずっしりと刺さった。
「――――――ごめん。今日は帰って?」
「え、でも―――――――――」
「ごめん」
それだけ言うと、彼は扉を閉めた。
ずるずると扉を背に倒れ込む。
何をやっているのか分からない。ただ、家を当てられたことが、なんというか驚いて。急だった。なにか自分ですら触れられないところに触れられたような。
上手くまとまらない。上手くまとまらない頭でそのままベットに倒れ込んだ。
次の日も、その次の日も、希は来た。来るなんて思ってなかった彼はわけが分からなかった。あんなに理不尽に自分勝手に追い出したのに、希はそれでも笑顔で毎日材料を持ってきて最初に来た時と同じセリフを言う。
「えへへ。きちゃった。料理、作ってもええ?」
「なんで?」
「うん?」
そう聞かれた希は優しく頷く。
「なんでそんなに笑顔なんだ。ひどいだろ僕は。なのにそんなに笑顔で、僕は、そこまで笑顔になれない」
彼は俯いている。彼の視界がとらえるのは玄関の冷たい床だけだ。
「うーん。別に雪君が笑顔になる必要はないんやない?」
希は、その場に買い物袋を置いて、彼の顔に包み込むように両手を支える。
「雪君は、雪君なんやから。ウチになる必要はないよ。そんでもってウチが笑顔なんは嬉しいから。やっと雪君に近付けて。嬉しいから」
彼の視界は自然と上がる。希の顔はやっぱり笑っていた。
嬉しいと、希はそう言っていた。近づけて嬉しいと。だけどそれは彼の方だった。彼の方がみんなに追いつきたいとそう昔願っていたから。
「僕だって。みんなに近づきたい。でもみんな遠いんだ。僕と違う、そればっかりが目に入って。嫌になるんだ、自分ってやつが」
前を走っているとばかり思っていた。最近背中が見えてきた気がして嬉しかった。背中に追いつこうとそれだけを願うことはやめたけど、やっぱり憧れは変わらなかった。
憧れだったのに、いや憧れていたからこそ違いが嫌というほど目についた。知っていた違いで、分かっていた違いで、納得していた違いだったはずなのに。その気持ちはまたうずうずと頭を出してくる。
嫉妬。
結局それだ。前も、前も、その前も。それで痛いほど失敗しているのに。反省しているのに。忘れてなどいないのに。
「違うのは、雪君がそう思っているからじゃないかな?」
「・・・・え?」
「違うことなんて当たり前だよ。みんな違う。家庭も、人生も、考え方も。雪君と、ウチも。だけどそんなの些細なことなんだよ。雪君が違うってそう思ってるから。決めつけてるから違うんだ」
彼は固まっていて動けない。依然顔に両手が添えられたまま、おでことおでこがコツンとくっつく。
「遠くなんてない。見て。こんなに近くにいるじゃない。遠いってそう感じるのは雪君だよ。雪君が遠いからそう感じるんだ。目を見て、顔を上げればすぐそこに私達はいるのに。いつだっているのに」
違うところもある。違わないところもある。ただ彼は違うところにしか目が行っていなかった。違わないところだってちゃんと知っていたのに。
不安になって視野が狭くなって。人に当たって。それでも希は笑顔で。さっきまでその笑顔を受け入れられなかったのに、今は違う。
今はその笑顔に、救われていた。
「無理に打ち明けなくても良い。問題を知っていても、知っていなくても。私達は変わらない。変わらないよ?」
ゆっくりとおでこが離れて、希の顔がよく見える。
「―――――――――――強いね。希は」
「ウチが強いんやないよ?みんなが強いんや。みんながおらんかったら多分ウチは強引に話聞いてたろうし、結局、我慢できんくてこうして来てしもうたもん」
たははと、バツが悪そうに笑う希に彼もいっしょに笑う。
希が言った通りだ。彼は自分で遠ざけて、自分と違うところしか見なかった。前を向けば、みんなはただそこにいるだけだったのに。近づけなかった。それはきっと怖かったから。近付いて、自分をさらすことが、どうしようもなく怖かったんだ。
ツバサさんのように、強引に話を聞かれた時は感じなかった恐怖。自らが偽ることができない自分を、自分で開ける恐怖。お隣のお姉さんのようにはいかない恐怖。なまじ友達と呼ぶよりも特別な存在だから。余計それが怖かった。
その自分をさらして、関係が変わってしまうんじゃないかって。怖かった。
正直、今だって怖い。自分で口に出して相手に伝えることが、こんなにも怖い。
「あ!材料買ってきてたの忘れてた!・・・作ってもええ?」
「―――――――――もちろん」
「一人暮らしやったんやね」
「うん」
作ってもらったのはお味噌汁と、ハンバーグ。おふくろの味というやつなのかもしれないと、ちょっと思った。
「――――――――――――おいしい」
「ホント?良かったー、ウチおみそ汁が一番得意やねん」
不安だったのか、希はほっと胸をなでおろす。
ご飯も食べ終わって一息ついている頃、またもやピンポンとチャイムが鳴った。そして後に続くのは切羽詰まったようにドアをたたく音。
今日は来客が多いなと、のんきなことを考えていた彼はその後に続く怒声で我に帰る。
その怒声は耳をつんざくような悲鳴ともとれる声だった。
「希!隠れて!」
切羽詰まった彼の鬼気迫る顔に事態の深刻さを悟ったのか、キッチンの隅に強引に押しやられる。
急いでドアを開けると、そこにいたのはもう一カ月も来なかった、会っていなかった父親だった。
顔はひどく憔悴していて、普段だってやつれていたのに、その何倍も顔に生気が宿っていなかった。
ただごとじゃないことはすぐに分かった。
「・・・・・どうしたの?」
意を決して彼は聞いた。父親を理解したくて。
「金、金くれよ。今月はまだ貰ってなかったよな。かね。かね」
ぶつぶつと口元でしゃべる父親に彼はひどく不安になったが、とりあえず取っておいた封筒を取りに行く。その時、希と目があった。希の目は不安げに揺れていて。そこに移る彼の顔も不安げに揺れていた。
「はい」
「――――――――――――たりねえ」
「え?」
封筒を乱暴に引き裂いたかと思うと、たった一言、そう言った父親は段々と顔に怒りが現れてくる。
「たりねえんだよ!!こんなんじゃ!もっとだ!もっと金を持ってこいよ!」
怒声を飛ばしながらずんずんと家に入ってくる。投げ飛ばされた封筒が土足で踏みにじられた。
「ちょ!待ってよ!!」
彼はわけが分からず父親の裾野を掴んだ。封筒には十分な額が入っていたはずだ。少なくとも一ヶ月分は余分にあった。
だというのに、足りないという。
何かがおかしい。その何かを考える暇もなく、父親は乱暴に手を払いのけ、家を漁る。
「てめえ――――――――」
「―――――姐さん!?」
振り返ると開け放たれたドアからここにいるはずのない姐さんの姿が。
姐さんはそのまま靴を脱ぎ家に入る。父親をその目で見据えながら。
その間、父親はなおも家を漁っており一つの通帳を見つける。彼の生活費が入った通帳だった。
「それは――――――――」
「うるせえ!!」
彼が取り返そうとすると父親は鬼のような形相で何かを振り回す。
ナイフだった。
刃渡り約数センチ。果物ナイフのような小さいものだったが、まぎれもなく本物のナイフだった。
チクリと頬に痛みが走る。振り回されたナイフが彼の頬を掠めたのだ。
「ヒュー、ヒュー」
息が荒い、目も血走っている。明らかに異様なその男はなおも固くナイフを握り締めたままだった。
「アンタは、いったいどこまで―――――――――――」
姐さんの表情も険しいままだ。そもそもなぜ姐さんがこんなところにいるのか、彼はとんと見当がつかなかったが、何よりも今、目の前にナイフを持った父親の事で精いっぱいだった。
「なあ、そんなのしまおうよ。ね?危ないよそんなの」
努めて冷静に、刺激しないように細心の注意を払いながらナイフを手放す事を促す。
「うるせえ!!おれぁもう駄目なんだよ!駄目なんだ!かねがあればやり直せる!またいちから」
目の焦点も合わない、まるで何かのクスリをやっているかのようだった。
「無理よ。アンタは何やったって結局最後はこうなる。そう言う人間よ」
姐さんは反論する。その言葉に彼はギョッとした。むやみに刺激しないほうが良いはずなのに、そんな反論してどうするんだと。
「違う!アイツが死ななければ俺はまともだった!!」
アイツ。きっとお母さんの事。その言葉は彼に思い出させる。生まれてこなければと言われた時の父親の表情を。
「そんなこと言ってる時点で終わってんのよ人として!!」
なぜだか、いつの間にか父親と姐さんの言い合いと化していた。姐さんの言い方にはどこか他人とは思えないほど熱がこもっている。
「あん?何?何の騒ぎ?」
カンカンと階段を上るヒールの音がしたと思ったら、お隣のお姉さんがひょっこりと顔を出す。きっと今仕事から帰って来たところなのだろう。普段よりキラキラしている。
お姉さんは目線を一周させると、事の事情を一瞬で把握したのか、すばやく持っていた携帯を取り出す。
「アンタ、この子が話してた前々からちょっかい出してた人ね。・・・・その手に持っているものを手放さないなら警察呼ぶわよ」
化粧で多少緩和されていた鋭い目つきが顔を出す。
「けいさつ、ケイサツ、警察?警察を呼べばあいつらから逃げられる?」
なおもぶつぶつと口元でしかしゃべらない父親の言葉を、しかし彼だけは聞いていた。
「あいつら?」
「あいつら、そうだあいつら俺から金を巻き上げやがって、金。金がない。金がないと、あいつらに殺される」
男はカッと目を見開いたかと思うと、今一度ナイフに目線を落とし、何かを決心したように据わった目で彼の顔を見据えた。
「おまえ、バイトで生命保険入ってるよなぁ。おまえが死ねばかねがてにはいるってことだよなぁ、ヒヒッ。そうすれば俺はまたやりなおせる。そうさかねさえありゃおれは――――――」
顔は邪悪に歪み、まるで汚物の様な腐った表情でナイフを利き手に持ち変える。
瞬間。男は飛んだ。
距離にして一メートル。歩幅にして一歩半。そのわずかな距離を、最大限体重をかけるように、実の息子を確実に殺すために。
「ひっ―――――――」
その迫力に、執着とも呼べる何かに彼は恐怖し、足がすくんだ。
結果。彼の足は動かず、逃げようと体重移動に失敗した上体が後ろに倒れ込んだ。
そして目標が外れた男のナイフが―――――――――――彼の肩に刺さる。
「雪君!!」
キッチンから事の一部始終を見ていた希が、ようやく動いた足で、彼のもとに駆け寄る。
その瞬間、姐さんは一瞬の隙をすかさず男を取り押さえることに成功したが、彼の肩に刺さったナイフを間一髪止めることができなかった。、
ジクジクと痛む、服に赤い染みを作る肩を押さえて、荒い息のまま、彼は目の前の男を見る。姐さんに完全に関節を決められ、動くことすらままならない。そもそも動く気配すらない男を。自らを殺そうとした男を。
「そんなに、そんなに
痛いのは、体か、それとも心なのか。視界が涙でぼやける。
いくら言葉で言われても、我慢できた。しょうがないって、仕方がないと言い聞かせれた。
だけどこうなってしまっては。目の前で本気の殺意を浴びせられたら、もう自分の心に歯止めなど効かない。
「俺、生命保険なんか入ってねえよ。詐欺まがいの手口でバイトしてるからさあ、そういうのは入ったことねえんだよ!そんなことも知らねえよな!息子の事なのに!でも、でもさ!俺もなんだよ!俺もあんたの事知らねえんだ。父親なのに今も、今までも何一つ、知らなかったんだよ」
言葉尻は段々しぼむ。いつの間にか聞こえるサイレンが、ぽっかりと空いた身体を突き刺すような寒空に木霊した。
結末はあまりにもあっさりとしていた。彼を縛っていた、締め付けていた鎖は警察という国家権力により、いともたやすく腐れ落ちた。
あっさりとしすぎていて、何も残らない。問題を解決したという達成感も、仲直りしたという満足感も、あるのは脱力感だけだった。今まで悩んでいたものすべてを無に帰すような、すべてをぶち壊しにするようなそんな結末だった。
今まで悩んでいたのがバカに思えるほど。
最悪な結末で良いから決着をつけたいと願っていた。だけどこれはあまりにも最低のピリオドだった。
白と黒にペイントされたパトカーが、三台ほど止まる。アパートの住人は何事かと外に出て野次馬のように見物していた。
赤に染まる肩を押さえ、警察官に抱えられながらパトカーに乗り込む。ナイフが小さかったからか、それとも当たり所が良かったのか、幸いそこまで深い傷にはならず、血も止まり応急処置だけで済んだ。
パトカーに乗り込む瞬間。希の顔が見えた。希には申し訳ない事をした。追いだしたりなんかしなければこんなことに巻き込まなかったのに。
「寒い」
出血したからか、いつもより寒い。
皮肉なことに満天の星空が見える夜空に、サイレンの音が悲しく鳴り響いた。
どうもめぐねええええええ!!高宮です。
想像以上に話が重くなって自分でも若干引いてますが、皆さんはどうでしょうか?ドン引きされてなければ幸いです。
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似た者同士は案外友達になりにくい
彼が警察に連れていかれているころ。家の前に残った希は不安でいっぱいだった。
勿論、彼が連れて行かれたことによる不安なのだが、彼は悪い事をやったわけではないので大丈夫かなとも心のどこかでは思っている。せいぜいが事情聴取くらいだろうなと。
それよりも今、目の前にある不安に彼女はてんてこ舞いだった。
「で、アンタ誰?」
彼が姐さんと呼んでいる人物。駅前のファストフード店で一度会ったその人物は
偶然なのか、はたまた必然なのか。それを確かめるすべを彼女は、彼女たちは持っていなかった。まさか本人に直接聞けるわけもない。
「目上の人間にアンタ呼ばわりするような奴に名乗る名はない」
もう一方は、希は知らない人物。また知らない女だ。
「なんでこう・・・・・」
彼の周りの交友関係(主に女性)の広さというか、女性運みたいなものに落ち込みつつもちらりとその女の事を観察する。
なんだかキラキラした化粧が不思議と邪魔にならずむしろそのキラキラが顔のパーツ一つ一つを際立たせている。
控えめに見積もっても美人だ。仕草の一つ一つから醸し出される上品さも美人に拍車をかけていた。
そんな美人二人が、真夜中のそれも警察が来たことによる騒然とした空気の中、バチバチとメンチを切りあっている。
はっきり言って恐怖だった。怖すぎる。周りの野次馬もそのことを感じ取ったのか、そそくさと自らの家に戻って行く。
「まあ強いて言うならお隣のお姉さん、よ」
お姉さんの方をことさらに強調して言うお隣さん。
「お姉さん・・・・?」
その強調されたお姉さんに海田千早は引っかかったような顔をする。
「ええ、彼は私の事を慕ってそう呼んでくるわね」
見栄張りたさの完全なる嘘だったが、お隣さんは実に堂々としていた。
「――――――――――ちっ。私でも姐さんとしか言われたことないのに」
希は完全に勝負の方向性が分からなかったが、お隣さんの方が勝ち誇っていたのできっと海田千早は負けたのだろうと適当に辺りをつける。
「あ!あなたは!?あなたはどっちの方がよりお姉さんっぽいと思う!?」
「へ!?」
「そうね。というか、ところであなた誰?彼の彼女?」「は?違うわよ。この子はあれよ。・・・・・・知り合いよ」
自信なさげに顔をそむける海田千早だったが、知らない間に会話の矛先が希に向いたことで希には気に留める余裕がなくなった。
「わ、私はあの、東条希です」
こんがらがった結果。お隣さんの質問が頭に残りとりあえず自己紹介する。
「東條・・・・?ああ!あなたあのミューズ!?」
「え、ああはい」
このお隣さんもミューズのファンなのかと一瞬勘違いしたが、その後のお隣さんの言葉で気づく。
「彼から話は聞いてるわ。といってもそんなに詳しくないんだけど」
「そ、そうですか///」「ええ、ミューズミューズって、ミューズの話しかしないもの」
希の知らぬところで彼から自分たちの事を話していると知って、多少嬉しハズかしな希。そして奇しくも話題が逸れたと内心でホッとしていたところ、話が詰まらなかったのか海田千早がぐっと顔を近づける。
「で?結局どっちよ」
「あ、そうだ。どっち?」
海田千早の言葉に思い出したお隣さんもググイッと顔を近づける。
(う、うわー、顔近い近い。ていうか二人とも顔ちっちゃいなー、目もおっきいし。羨ましい)
どんどん近付いてくる二つの顔に圧迫されながら希はぐるぐると回る頭で、なんとかこの場を切り抜けようと模索する。
「い、いやそんなことより!雪君の方が心配じゃないんですか!?」
「逃げたな」「逃げたわね」
ううう、とヨレヨレになりながらそれでも二人も同じ意見だったのかそれ以上追撃されることはなく。
「大ジョブよ。警察もバカじゃないし。事情聴取されてまあ一日、二日で退所ってとこでしょうね」
その千早の妙な慣れみたいなものに疑問を残しつつも、大方、希と同意見でホッと胸をなでおろす。
「ていうか別に何もしてないし、彼はただの被害者なんだから心配する理由がないでしょ」
「ああ?警察にしょっ引かれたんだから心配すんのは当たり前でしょうが」
「は?だから、そもそもなんもしてないんだからなんもないでしょって言ってんの」
ああ、せっかく雰囲気が殺伐としたものから柔らかくなりそうだったのに、一瞬でまたバチバチとやりあうバトルロワイヤル状態となってしまった。
この二人、きっと根本的な部分でそりが合わないんだろう。似た者同士にも見えるけれど。
「そ、そういえば。千早さんはなんであそこにいたんですか?」
彼と、彼の父親が揉み合っていた時、丁度タイミングよく表れたのが彼女だった。お隣さんは分かる。そもそもお隣なのだし、帰ってくる時間だっていつも通りだった。偶々こっちが居合わせたという感じだ。
だけど、あの場所でただ一人。この人だけが不可解だった。彼の反応から見るにもともと家で交流があったようでもなかったし。
「別に。当たり前でしょ。そもそも会ってたんだから」
「え?」
意味が分からず希は聞き返す。
「雪には言わないでね」
彼女はそう前置きすると、ぽつぽつと口を開いた。
「最初ね。こっちに来た本当の目的は、旅行じゃなくて、あの人だったの」
「あの人って、雪君のお父さんですか?」
「そう。まあもう薄々気づいてると思うけど、あの人、私の父親でもあるの」
ということはつまり―――――――――。
「うん。あの子は―――――――――――海田雪は私の弟」
「―――――――――。」
「私ね、ちっちゃい頃。捨てられたんだって話は前にしたよね。それからずっと孤児院で育てられて、中学の時、雪にあった。なぜだかね。本当になぜだか会った瞬間分かったの。あ、この子私の弟だって。顔も名前も覚えてないのに、分かったの。それから高校生になって、親切な人に拾われて、会ってみたくなって。私を捨てた人に。何を言おうかなんて考えてなかった。ただ、会ってみたかった」
「で、会った感想はどうだったの?」
「散々。会うまで何言うか考えてもなかったのに、会った瞬間汚い言葉ばっか湧いてきて、なんで捨てたのとか。聞いたって仕方ない、傷つくってわかってるのに、止められなかった。そしてあの人は逃げた。元から様子が変でなんだか虚ろだったから、一応後を追いかけてたらここにたどり着いたってわけ」
そこまで言うと一つ息を吐き出す。真っ暗な夜空に、真っ白な息が浮かんで、消えた。
「――――――結構ね。似てるの」
希は最初は何の話かわからなかったが、すぐに雪の話だと気付いた。
「なんとなしの仕草とか、ちょっとした言動とか、まつ毛の長さとか、自分でも気付かないところとか似てるの。あー、兄弟なんだなって。そう感じるの」
彼の事を話している千早はさっきよりずっと表情が柔らかい。きっとこっちが本来の彼女の顔なのだろう。
「・・・・・・言わないんですか?」
さっきも言わないでと釘を刺された。それが希には引っかかった。言わない理由が見当たらないからだ。
「私達ね。中学の頃ほとんど毎日、毎時間一緒にいた。そんだけいれば秘密の一つや二つは知る機会あるでしょ?でもって普通聞くでしょ?でもね、あの子は聞かないの。なんにも。まるで何もなかったかのように次の日にいつも通りの振る舞いをする。これは私の勝手な推測だけど、あの子には寄り添うモノがなかったんだと思う。だから無理やり私を添え木にした。その添え木が揺らぐのが、居場所が変わるのが怖かったんだでしょうね。だから、知ることを拒絶した。知らなければ変わることはないから」
希は、雪の中学時代を知らない。知らないけれど当時がどれだけひどいか予想はできた。
「・・・・だけど、雪は変わった。いや、元に戻ったんでしょうね。だから、もし彼が知ろうと努力してるのなら、知ってもらおうと頑張っているのなら。手伝ってあげて?あなた達が」
それは言外に、自分からは打ち明けないと、そう言っていた。
中学時代の彼と付き合うのは、そうとう辛かったはずだ。例え変な事情を抱えていなくても。打ち明けようとしても、相談しようとしても、なかったことにされてしまうのだから。そのひどかった彼と三年も付き合ってた彼女を、それでも笑顔で昨日今日会った他人に預けられる彼女を、希はただ純粋に尊敬した。
そして――――――。
「それは勿論、言われなくてもそうするつもりです。雪君には助けられてばっかりだから、今度はこっちの番だから。でも、この件に関しては私達の口からは言えません。たとえ雪君に聞かれても」
「――――――そう」
それだけを言い残すと、それっきり千早は夜空を見つめて、静かに帰って行った。
彼女がどうするかはわからない。彼女たちがどうなるかは、わからない。けれどきっと希ができることは、もうない。
「・・・・・・もう遅い。今日はうちに泊まってきな」
「え?いいんですか?」
「ここで寒空の下ポイするほどお姉さんは鬼畜じゃない」
留置所。そこに、海田雪はブチ込まれていた。いわゆる刑務所ではないものの、詳しくない彼にとっては一緒だった。
何回も取り調べされて、分かったことがいくつかある。
まず罪状の事。
雪は完全なる被害者、目撃証言多数、証拠も十分だったので変な罪には問われないらしい。
そして父親の事。
まず、あの日の夜。父親は闇金に手を出していたらしい。それであの日は闇金の取り立てに追われていてあんなに切羽詰まったようにお金をせびてきたわけだ。それ以前の家に顔を出していないこともこれで納得できた。
そして二つ目。クスリ。なんだかどこかおかしいとは感じていたが、薬物に手を出していたらしい。どこでどんな方法で手に入れたかは現在調査中らしい。
三つ目、罪状。
まず器物損壊。アパートのいたるところがナイフで切り刻まれていたらしい。きっと家に上がる途中で傷つけたんだろう。
次に覚せい剤取締法違反。
そして最後に傷害罪。
彼は、包帯で処置してもらった右肩をさする。痛みはない。
それが、彼が警察から聞かされた父親の全貌だった。
コツンと、灰色の侘しい壁に頭を預ける。
結局、なんだったんだろう。彼が悩んでいたものすべては、なんだったのだろうか。
決意したつもりだった。決心したつもりだった。理解したつもりだった。それでも打ち明けられなかった。打ち明けようと思って、できなかった。
結局、そう言うことなんだろう。簡単なことだ。打ち明けたくなかったんだ。打ち明けて、引かれるかもしれないって、避けられるようになるかもしれないって、そう考えたんだ。
そう考えてたから、打ち明けられなかった。
「はは」
乾いた笑い声が壁に反響する。隣で寝ていたオジサンがちらりとこちらを睨んだが、気にしなかった。
変わるのが怖い。このままがいい。このまま知らないまま、知られないままが良い。
もう戻らない時をぎゅっと自らの膝を抱えて、その日は眠りに落ちた。
次の日。留置所生活は明日で最後だと言われた。今日は面会もOKなんだそうだ。
どうでもよかった。なんかすべてがどうでもよくなった。
父親にとって、自分とはなんだったのだろう。愛する妻を奪った憎むべき存在?ただの奴隷?ストレス発散?
なんだっていいか。別に。もうきっと会うこともなくなるのだろうから。
面会の時間だと言われて、面会室に通された。ドラマとかでよく見るまんまでちょっとだけ感動した。
薄い窓越しに、みんながいた。ミューズのみんながいた。
「面会時間は十五分です」
見張りの警官が告げる。
「なんで来たの?別に明日退所できるのに」
「そうだけど、来ちゃいけない理由もないでしょ?」
最初に口を開いたのは絵里先輩だった。流石に九人は狭そうだ。絵里先輩は突っ立っている。
「でも、良かったね!早く出所できて!あ!そうだ出所パーティやろうよ!」
穂乃果はこんな場所でも穂乃果だった。
「いいねそれ!凛は飾り付けやる!」
「あ、じゃあ私はご飯炊くね」
「うんうん、じゃあ私は・・・・私は食べる担当だね!」
「また太りますよ」
「うわ!海未ちゃんが意地悪言うー。パーティくらいいいじゃん!」
「そういう油断がこの前のような事態を引き起こすんです。またあのダイエットをしたいのですか?」
「うううう」
「――――――まあパーティは明日じゃなくても明後日でもできるし、食べすぎなければ大丈夫よ。ね?雪」
「え?ああ、そうですね、いいじゃないですか。どうでも」
「・・・・・・雪君?」
花陽が心配そうにこちらを見る。なんだかそれが無償にイラっとした。
「どうでもいいよ。別に。どうでもいい」
「どうでもいいって、みんな心配してるのよ」
優しい優しい、とろけそうな絵里先輩の声。ガラス越しの声。
「ああ、そうですよね。育ちが良いご高尚な絵里先輩は僕みたいなのにも心配してくれますよね」
「・・・・・・雪」
違う。こういうことが言いたいんじゃない。俯いたまま、自らの膝を抱えた。絵里先輩の顔が見れなくて。
「・・・・・でもね、違うんですよ。僕は違うんです。皆も見たでしょ?あれが俺の父親。ダメダメで、クズで。僕が必死に隠してた父親ですよ」
「・・・・・・・・・」
視界に移るのはアスファルトから変わらない。
「俺にはね。あのダメな父親の血が流れてるんですよ。あのクズに育てられたんですよ。そんな僕が、クズじゃないわけないじゃん。今までは上手く隠せてただけなんですよ。むかついたりウゼェって思っても隠してただけ。そう言う人間なんですよ。本音一つ語れない、そんな奴」
もう分かったでしょ。こんなに醜くて、こんなに醜悪なこんな人間って分かったんだから。もうそこの扉から出て行っても誰も咎めたりなんかしない。
「ああ、もうここで暮らそうかな。飯も意外と美味しいし、あいつがやってくることもないし、金の心配もしなくていいし」
半分本気でそう言うと、急に何かを殴ったような、鈍い音が響いた。
びっくりして顔を上げると、そこにはそれまで一言もしゃべらなかったにこちゃんが、ガラス越しに泣きじゃくった顔でこぶしを打ち付けていた。
「アンタ本気で言ってんの!!?何が父親よ!!そんなの関係ないじゃない!どれだけ父親がクズでもあんたには関係ないじゃない!私は少ないけど!ちょっとだけど!あんたの頑張りを知ってる!今考えればどれだけ頑張ってたか、知ってる!そんなあんたがクズなわけないでしょ!!」
そこではたと自分が泣いていたことに気づいたのか、ゴシゴシと腕で乱暴に涙をぬぐう。
「親で子供の評価は決まらないでしょ。そんなこと言ったら私だって片親だし、あんたに比べれば十分の一にも百分の一にも満たないでしょうけど、あんたには私がかわいそうに見えるの!?」
「そんなの・・・・!」
見えるわけない。僕は知っている。にこちゃんがどれだけ家族を大切にしているか。どれだけ家族のために頑張ってきたか。本当に心から嬉しそうに家族の話をするにこちゃんが、僕は好きだったのだから。
「僕は、僕は怖い。あのクズの血が流れているのかと思うと。あのクズの考え方が身にしみついているのかと思うと。にこちゃんみたいに理解しようとしたけどできなくて。俺もああなるかもしれないのかと思うと、怖いんです。そうならないように気をつけてきたけど、やっぱりどこかで漏れちゃって、前も、それで海未を傷つけた。今だってそうだし。これからそうならない自信がないよ。みんなを、傷つけたくない。いや。本当はみんなを傷つけて僕が傷つくのが、たまらなく嫌だ」
僕は変わるのが怖かった。それはみんながどうとかじゃなくて、自分が傷つくかもしれなかったから。みんなが離れて、独りになりたくなかったから。今で十分だったから。みんなが僕を知らなくても。欲は出したくなかった。
でも、出したくなかったのにどんどん寂しくなっていった。僕はみんなの事知ってるけどみんなは僕の事知らない。誰かの新しい一面を発見するたびにその思いは強くなって。
寂しいのは嫌で、たまらなく嫌で。決意とか、決心とか、体の良い言葉で片付けて打ち明けようとしたけど。そんな表面だけの覚悟じゃ、打ち明けられなくて。それが僕という人間。取り繕って、塗りたくって、でも結局一番持ってほしいところでぺリぺリと剥がれ落ちていく。
「そんなの当たり前ですよ」
下がった視線が、海未の言葉で自然とまた上がる。見るとみんな泣きじゃくってひどい顔をしてた。
「誰だって、自分が傷つくのは嫌です。そんなことであなたをクズだなんて思いません。あなたがどれだけ自分の事をクズだって言っても、ここにいるみんなは否定します。それはあなたを見ていたから。みんなちゃんとあなたを見ていてあなたの事を知っていますよ。もしかしたらあなたの知らないことも知っているかもしれません。それほどあなたを見てきたから」
「私もね。雪の気持ちわかるわ」
真姫ちゃんも我慢しているようだったけど、こらえきれなかったのか涙がこぼれる。
「私、素直じゃないでしょ。素直に気持ちを言ったら全部受け止めなきゃいけない。良い事も悪いことも。もし拒絶されたら、もし嫌なこと言われたら、もし―――――――、もし――――――、そんなことないってわかってるけど、でも止められないのよね。止められたらこんなめんどくさい子になってないもの。でもね、私最近思うの。こんな自分も、自分なんだって。本音を言えない雪も、雪でしょ?変わらないわよそこだけは」
そんでね、と真姫ちゃんは続きを口にする。
「そう思わせてくれたのは、雪なの。こんなめんどくさい私と、ずっと一緒にいてくれた雪なの。別に素直じゃなくても良いじゃない。素直じゃなくても素直でも、雪は雪よ」
「でも、でも僕は―――――――」
これだけ言葉をもらって、それでもまだ僕は納得できない。こんな僕が皆の傍にこれからもいていいのか、納得できない。
日陰から一歩踏み出そうって決めたのに、未だにその一歩が踏み出せないような僕が。
「あのね、雪君。みんな雪君が言うほど良い人じゃないよ」
ことりがまっすぐに僕を見る。その顔にいつもの笑顔はない。
「みんな汚いくらい嫉妬するし、誰かを疎く思うことだってあるし、嘘だってつくし、嫌いな人の悪口だって言う、たまには意地悪だってする。こんな私達は雪君は嫌い?」
ぶんぶんと力強く左右に首を振る。
「一緒なんだよ。私達も一緒。そんな汚い雪君も、綺麗な雪君も、全部ひっくるめて好きなの。雪君が、雪君だから好きなんだよ」
「そうだにゃ。大体雪君は難しく考えすぎなんだにゃ」
凛は笑っているけれど、目じりに涙が溜まってるのが分かる。
「僕は、僕はみんなと一緒にいてもいいのかな」
「あのね、私達は雪君と一緒に居たいよ。いていいかどうかじゃなくて、居たいの。雪君はどう?」
穂乃果の問いに、今度こそ力強く迷いなく答える。
「居たい!!僕はみんなと居たいよ!当たり前じゃないか!!」
みんなと居たい。嫌われずにみんなと居たい。寂しくなりたくない。みんなと離れたくない。
「言えたね。本音」
ああ、そうか。やっとわかった。僕は本音が言いたかったわけじゃない。本音を聞いてほしかったんだ。認めてほしかったんだ。
みんなみっともないくらい泣いて、顔なんかぐちゃぐちゃになってる。きっと僕も同じ顔をしてるんだろうな。
でももうそんなことはどうでもよかった。悩んでたこともどうでもいい。父親の事もどうでもいい。
分かったから。みんなが僕と居たいと言ってくれていることが。僕が、みんなと一緒に居たいってことが。
僕は欠陥品だ。自分の気持ち一つ確認するのにもこんなにも時間と労力を使う。
最初は気になったガラスも、今は気にならない。
みんないる。今なら自信を持って夢に出てきた昔の自分に言える気がした。
『大丈夫だよ』って。
どうもその日暮らしと名付けられたセミうらやま高宮です。
眠い。次回も頑張るん!
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みんなといっぱい話して、いっぱい怒って、いっぱい泣いて、いっぱい笑った。
多分僕は、また間違うんだと思う。正しい答えなんて、正しい付き合い方なんて導き出せない。
間違って、すれ違って、怒って怒られたとしても、一つだけ分かった事がある。
僕はこの関係を手放せないってことだ。手放さないってことだ。
そんな簡単なことに、これだけしないと分からなかったわけだけど。
なんだかことりが留学しそうになった時もおんなじことを思った気がする。これは多分治んないんだろうな、と半分諦めながら。
もしかしたら数ヶ月したらまたおんなじようなことをやってるかもしれない。また問題ができて、対応できなくて、塞ぎこんでしまうかもしれない。
けど、それで良いと思った。そんなときはまたみんなが叱り飛ばしてくれる。逆も然りで。
「あー、えっとただいま?」
「「「「「「「「「おかえりなさい!!」」」」」」」」」
パンパンとクラッカーがけたたましくならされる。穂乃果が言っていた退所パーティを本当に部室で行っていた。
「そういえば前もここでパーティしたよね?」
ご飯を盛り上がるほど茶碗に盛っていた花陽が過去を思い出すように言う。
「そうね、確かその時は雪が来なかった、のよねー」
「うぐっ」
確か、学校存続おめでとうって趣旨のパーティを僕は完璧に無視していた。にこちゃんの目線に今さらながら胃が痛い。
「と、というか練習は良いの?最終予選までもうあと三日だよ?」
「今日からは本番に備えて軽い練習だけですから大丈夫ですよ」
僕と違って、みんな落ち着いているように見える。
「大丈夫じゃないのは――――――――――――穂乃果?」
海未も顔は落ち着いている。落ち着いて穂乃果の口をタコばさみにしていた。
「ふぁ、ふぁんへふか?」
「その両手に持っているいかにもカロリーの高そうなケーキはなんですか?一人一個のはずですが」
見ると穂乃果の口元には既にケーキを食べているのか、ベタにクリームがついている。それにもかかわらず両手にはおいしそうなケーキ。
「ぷはっ。いいじゃん今日くらいー、こんなにあるんだしー、ケチー」
「ケチでもなんでも体調管理はしっかりしなければいけません。ただでさえライブが近いというのに。また衣装が入らなくなりますよ?」
「ひっ」
どうやらファーストライブの衣装が入らなかったのが相当トラウマになっているようだった。穂乃果はがくがくと肩を震わせている。
ただそれでも、海未の言うことは至極当然正論なのだが穂乃果は取り上げられたケーキを恨めしそうに見つめている。
「じゃあはい。穂乃果」
あまりにもケーキを見つめているので、少し不憫になって一口だけならとケーキを乗っけたスプーンを差し出す。
「い、いいの?」
「しー。一口だけね。・・・・内緒だよ?」
「うん!雪ちゃん大好き!!」
「あ、ちょ、ケーキが」
抱きつかれた勢いで、ケーキが落ちそうになるのを食い止めていると不意に後ろに気配が。
「そうやって甘やかすから、私が口を酸っぱくして言わなきゃいけなくなるというのにあなたは」
あ、怒ってる。これは完全に怒ってる。
そう気付いた瞬間に、頭を破壊占めにされた。
「ギャピーーーーーー!!」
「元気になったみたいね」
「今なくなったみたいだけどにゃ」
絵里先輩と凛の声だけが痛む頭に聞こえてくる。それにしても痛い。
「別に、私だって、言いたくて言っているわけではないんです」
「分かってるよ。分かってるからもうちょっと加減してもらっても良いですか?」
マジで痛いんですけど。脳細胞が死滅して行ってる感じがする。
「まったく、バカになったらどうするんだ」
「いや、雪ちゃんはもうバカだから大丈夫にゃ」
「あの、僕の心を癒そうという気はないんですか皆さん」
これでも結構傷ついていたんですけど。癒されそうになった瞬間傷つけられてるんですけど。
「まあ確かに雪君はバカやけど、もうそれはどうしようもないくらいバカやけど、ちょっとオブラートに包んでもええんやない凛ちゃん?」
「いやあの、希が一番ストレートなんですけど、結構な勢いでグサッと来たんですけど今」
あれ?本音じゃないよね?感化されて今まで隠してきたありとあらゆる不満をぶつけに来ているわけじゃないよね?
「そうね。今まで私達がどれだけあなたの事を考えて来たか、その辺全然分かってないものね」
絵里先輩まで!?これは明らかにぶつけに来ている!不平不満が溜まってきている!
「―――――――――――――――ご、ごめんなさい」
納得いかないものの、確かに迷惑をかけた、いやかけ続けてきたのは確かなのでそっぽを向きながら謝る。
「そうだね、今度は私達がいっぱい迷惑かける番だね?真姫ちゃん」
「はぁ?私は別に・・・・・」
見ると真姫ちゃんもそっぽを向いていた。というか、さっきから目を合わせてくれないし、喋ってない。
これは、まさか真姫ちゃんも相当な不満が溜まっているのか。
ダラダラと冷や汗をかきながら必死に真姫ちゃんの顔を追うも、次々と逸らされる。
「・・・・・・・ま、真姫ちゃん?」
「・・・・・・・な、なによ」
「真姫ちゃんは、昨日の事が恥ずかしいんだよ。ほら、真姫ちゃんって泣き顔とか見られたくないタイプでしょ?」
若干傷ついていた僕に、そっと花陽が耳打ちしてくれる。
なるほど、確かに昨日がっつり真姫ちゃんの泣き顔は見ている。今だって鮮明に思い出せる。それに、真姫ちゃんも本音を語っていた。そういうのが恥ずかしい気持ちは僕も分かる。
理由が分かると安心だ。嫌われたかと思った。
「なによ!!」
僕と花陽でニヨニヨしていたからか、真っ赤になった真姫ちゃんが大きな声で誤魔化す。
その後もからかったりからかわれたり、いつものように、ちょっとだけ違う日常を過ごした。日常だった。
だけどまあ、そうそう良い事ばかり起こるわけはないもので。
「学校の事忘れてた・・・・」
僕が留置所に拘留されていたのは平日だったので、学校は休まざるを得なかった。
書記さんとか怒ってるんだろうなー。と、そう考えると実に憂鬱なのだ。もう今日休んじゃおっかなー、明日から土日だし。
だがしかし、そうはいかない。生徒会長として少なからず責任感はあるし、仕事が溜まっていることも考えると今日は行かなきゃいけない。行かなきゃ。
そう思えば思うほど、足は重くなる。普段よりゆっくりと着替えていたら、学校に着いたのはギリギリだった。
「あ、ツバサさん・・・」
びくびくと校門をくぐると、下駄箱にツバサさんが待ち構えるように仁王立ちしていた。
「がはっ」
僕を見つけ、みるみる表情が明るくなって行くツバサさんに勢いよく抱きつかれ、肺の中の空気が押し出される。ついでに体も押し倒された。
「大丈夫なの!?つ、捕まったって聞いて、それで、お父さんとか、その、色々!」
整理できていないのか、珍しくしどろもどろなツバサさんに僕は少し笑ってしまう。
「大丈夫ですよ。捕まったって言っても事情聴取されただけだし、あの人は、捕まったけど。でもダイジョブです」
周りの目線に晒されていることなど意にも介さず、ツバサさんは切ない表情でもう一度僕を強く抱きしめた。きっと、事情を知っている分、余計心配かけたんだと思う。
「イチャイチャしてるとこ悪いけど、もうすぐ授業始まっちゃうよー?」
ビクゥ!!とツバサさんは凄い反射で立ち上がる。ツバサさんの陰に隠れてて分からないけど、声から察するに多分あんじゅ。
「そ、そうね!生徒会長が遅刻はマズイものね!?」
ツバサさんはパンパンとスカートを直し、深呼吸したかと思うと「じゃ、じゃね!」と走って行ってしまった。
「・・・・・あんじゅも僕の事心配だった?」
「全然」
あ、そうですか。結構勇気出して聞いたのに、帰ってくる言葉はそっけないものだった。
「信じてたから。戻ってくるって」
その言葉を最後に、あんじゅも立ち去る。
「・・・・・そっか」
そんなひと言で僕の気持ちは有頂天になってしまう。けど、こればっかりはいた仕方ないや。
けど、そんな有頂天になった僕の気持ちはすぐに霧散していくことになった。
僕が教室に入るなり、ざわざわとしていた教室がシーンと静まりかえる。
その空気に違和感を感じる。違和感の正体を探ろうと目線を動かすと、書記さんと目があった。書記さんは机に手を置き、なんだか目の前のクラスメートと対立しているような雰囲気だ。
「えー、っと?」
その空気に?を浮かべていると丁度チャイムが鳴ってしまい、教師が席に着けと注意する。
結局そのあともなんだか変な雰囲気の中、授業が進み、放課後の生徒会室でようやく事情を聴くことができた。
「あいつらが、変な噂話するから」
「噂話?」
書記さんは納得いっていないようで、膨れた面のまま怒気がこもった声で説明してくれる。
「海田君がガラの悪い地元の暴力団とつるんでるとか、ナイフで自分のお父さんを刺したとか、女を洗脳して囲ってハーレム帝国を作ろうとしているとか、危ないバイトに手を出して年齢詐称しているとか」
書記さんを見ると相当悔しいのか、目じりに涙を浮かべている。
で、僕が思ったことは。
(お、尾びれ背びれすごぉぉぉぉぉぉぉ!)
ダラダラと冷や汗をかいていた。ごめん書記さん、それ半分くらい事実です。最後に至っては紛れもない事実です。誰だそんなこと言ってるやつ。なんで知ってんだ。
地元の暴力団、はなんだろう?班長かな?それくらいしか思いつかない。あの人顔怖えし、ナイフうんぬんは事実が反転しているだけだし、ハーレムに至ってはきっとそれはリトさんの話だ。ダークネスってるだけだな。
「どうしたの?」
「な、なんでもないです」
書記さんの顔がうまく見れず顔を逸らしてしまう。
「と、とにかく!僕は大丈夫だよ」
正直、噂されるのはムカつく。とはいえほとんど事実みたいなもんだし、否定しにくい。
だけどいいんだ。他の人がどう思おうと。僕が知ってる、知ってほしいと思う人たちがちゃんと理解してくれているから。それが分かってる分、傷つくけど立ち直れる。
また、寂しくなる日が来るんだとしても、今、この瞬間は寂しくない。それだけで十分だった。
「でも!その噂してるの海田君を生徒会長にしようとしてた人たちなんですよ!?ムカつくでしょう!?あの人たち、都合いい時は調子に乗って近づくくせに、こういうときは真っ先に切り捨てるんですよ!最低です!」
正直、書記さんほど嫌悪感は感じない。それはきっと僕の代わりに書記さんが怒ってくれているから。僕の為に、怒ってくれているから。
「よう!雪!父親がパクられたんだって?災難だった―――――――」
ガラガラと生徒会室の扉を開け入ってきたのはアライズの三人だった。そんでもって今二人に羽交い締めにされてパンチされているのは英玲奈先輩。
「あんたはホント、空気を少しは読む努力をしなさいよ」
「まさかと思ったけどここまでバカだと思わなかったよー?」
「むぐむぐ」
英玲奈先輩は反論しているのか、二人に抑えられている口元をもごもごと動かす。何言ってっかわかんないけど。
あれ?ちゃんと理解されてる?大丈夫か僕?
なにはともかく、怒る書記さんを必死になだめて溜まっていた仕事を処理する。
そして、今日一番憂鬱なことがやってきた。
いや、別にやめたかったらやめても良いんだ。強制されてるわけじゃない。
「・・・・・父親のところに行こうと思うんです」
「――――――――そう」
あんじゅ達には父親の事は言ってない。どれだけ理解していても、やっぱりそう簡単に自分をさらす怖さはぬぐえないし、あんじゅ達は変わらないって言ってくれた。知ったとしても知らなかったとしても。だから焦らずにゆっくり行こうと思う。
「私も行こうか?」
ツバサさんは心配そうに僕を見つめる。
「いえ、これはきっと一人で行かないと意味ないと思うから」
それはここまできてもやっぱり父親を見られたくないから。だけど、ちゃんと思うんだ。一人で向き合わないといけないと、ちゃんと思える。
きっとここで合わなかったら、もう二度と会えない。きっと今会うのが最後。
僕が拘留されていた留置場とは別の留置場にその人は拘留されていた。なんでもこれから裁判やらなんやらがあった後に刑務所に行くんだそうだ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
警察の人が見守る中。椅子に座った僕は、目の前にいる人物の顔を見た。何度もあっているのに久しぶりに見た気がした。
そいつは顔は虚ろで、目の焦点はあってない。まるで魂が抜けた抜け殻のように、ただそこに座っているだけだった。
「・・・・・・・・・」
何を言おうか、何が言いたかったのか、すぐには出てこない。本当に僕を殺そうとしたのか、あんたにとって僕ってなんだったのか。やっぱり生まれてきてほしくなかった、そういう存在だったのか。
問いかけても、きっと答えは返ってこない。返事なんて期待してない。だから一つだけ。
「生きてりゃさ、この先ずっとずっと生きてりゃさ、生きてて良かったって、そう思うことがあるよ。こんな16年しか生きてない僕が思ったんだ。あんたにだってきっと来る」
「・・・・・・・・・無責任だな」
ぼそっと、しわがれた疲れた声で言った一言。返ってくるとは思わなかったその一言に僕は笑顔で返した。
「ああ、
久しぶりに、本当に久しぶりに、面と向かって言った。お父さんと。
「―――――――――――――――、」
依然として目は虚ろで、顔には生気が宿っていないけれど多分ここでやっと終わったんだ。この人と僕の、歪な関係は。
「じゃあ、僕行くね。きっともう会うことはないと思う。お父さんの事、前々から嫌いだった。でもやっぱり、僕にとってあんたが僕のお父さんだった。あんたがお父さんで良かった」
最後に、これが最後の一言。
「今までありがとう」
それは紛れもない本心で。恥ずかしくていたたまれなくなるくらいの本音で。怖いくらいの自分だったけど。言葉にすることで心の靄が、ちょっとだけ晴れた気がした。
「―――――――――――――お前が姐さんって呼んでたあいつな。姉さんだぞ」
「・・・・・・・は?」
去ろうと椅子から腰を上げた瞬間、突然お父さんが口を開く。それまでと違って、少しだけ力強い言葉だった。
「本物の、姉さんだ。俺が捨てた、お前の姉。お前は俺なんてクズだけじゃない、ちゃんとあいつの血も入ってる。お前はあいつに似てるよ。目元とか声とか、だから捨てられなかった。千早は俺に似てるな。千早も俺みたいに何のかな。それはちょっと、やだな」
後半の言葉は、耳に入ってこなかった。
姉、姉さん。そうだそういえば小さい頃、まだ穂乃果達に会う前、もっともっと小さい頃、家にもう一人いた気がする。あれが、姉さんだったんだ。なんで忘れてたんだろう。そうだ思い出した。確かにいた、もう一人。
悪いことというのは重なる物で、頭の中が姐さんでいっぱいでグラグラと揺れる心で家に帰ると、玄関に大家さんが待ち構えていた。
「あ、どうも」
「ああ、海田君。あのね、急で悪いんだけど、もうあなたに家貸すことできないわ」
「え?」
「ほら、あなたのお父さん。あんな騒ぎ起こしちゃったでしょ?それでなくても前々から苦情はあったの。それが今回の件でみんな我慢の限界に達したみたいでね。あなたを追い出せって。ごめんね。私も結構説得したんだけどダメで」
つまり、ここから出て行けということだ。やっと見つけた好物件だったのに。
まさかこんなとこで弊害が出るとは。
申し訳なさそうな大家さんに僕は首を振る。
「いえ、大丈夫です。あ、いや大丈夫じゃないけど。ダイジョブです。家なんかまた探せばいいんですから」
「ほんっとにごめんね?できれば三日以内に退去してくれると助かるんだけど」
三日。三日か、それだけじゃ家を探すのはちょっと厳しい。
もうすぐミューズとアライズの最終予選だというのに、依然僕は僕の周りはすっきりしてくれない。一つ片付いたと思ったら、また新たな問題だ。本当にお父さんにはさっきああ言ったばかりだけど、自分の人生に辟易してしまう。
でも、今までだってそうだった。自分の思い通り行った事なんて一つもない。今までだって、ちゃんとままならない人生だった。僕は、僕の人生は何一つ変わっていない。
だから一個ずつ、まず一個ずつ。ちゃんと向き合っていこう。
きっとそれがたった一つの、人生の攻略法だ。
どうもファイトだよ!高宮です。
東海大相模甲子園優勝おめでとうございます。リアタイで見てまして興奮させてもらいました。やっぱり甲子園は熱い。おもしろい。
そんな甲子園に負けないようにおもしろいものを作りたい!
頑張ります。
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絆の色
三日以内に家を退去しろと言われ、今日はその二日目。
「はあ!?なんだそりゃ!?ちょ、お前それ呑んだのか!」
朝、たまたま会ったお隣さんにお隣さんなのだし一応状況を説明したところ、大変憤っていらっしゃるようだ。
「ええ、もともと悪いのはこっちですし」
「だからって―――――――――――!」
「いいんです。家なんてまた探せばいいし、それよりかばってくれた大家さんに迷惑かかる方が嫌ですから」
お隣さんのきつい目つきがいつもより三倍増しできつくなって行くのを宥める。
「・・・・・・・大家んとこに文句言ってくる」
「うわ!ちょ、待って!言ったでしょ?大家さんはかばってくれたんだって!」
今にも乗り込んでドアを蹴破りそうなお隣さんを腰に手をまわして必死で引き留める。
この人意外と向こう見ずだな。
「むぅ。お前は納得してんだな」
「さっきからそう言ってるじゃないですかー」
それでも納得いかないのか、膨れた面のまま。
「ならいい。・・・・・・遊びに来いよ」
最後に放った言葉は小さかったけど、でもちゃんと聞き取れる。
「えー、別にお隣さん家面白いもんないし、いいです」
「てめえ・・・・・お姉さんと呼べと言ってんだろ」
あ、怒るとこそこなんだ。
頭をはたかれて、ゴシゴシと乱暴に撫でられた?のかな?見上げるとお隣のお姉さんは、照れたようにそっぽを向いた。
そんでもって、そんなことより重大なのは今日はラブライブの最終予選だということだ。ミューズと、アライズの。
家の事なんか、それが終わってからで十分。
とにかく今日はめいいっぱい応援しよう。どっちも。どっちが勝っても悔いがないように。
「じゃあ、僕これから大事な用があるんで」
階段を下ると、そこには一面真っ白な雪景色。道路の両脇には珍しく雪が積もっていた。
「おお、こりゃ昨夜相当降ったな」
お隣のお姉さんが見上げると同時、また空から白い結晶が降り注ぐ。大丈夫だろうかと一抹の不安を掲げながら。
「ふぁー」
しまった、あくびが出てしまう。いまいち緊張感に欠けるなー。
「寝れてないのか?」
「あー、まぁ」
だって最終予選の事もあるし、自分の事もいろいろあるし、家の事とか。本当にどうしよう、こんな良い物件なかなか見つかんないぞ。って思ってたら朝になってたんだからしょうがない。
考えたらまた憂鬱になってきたので頬をはたき思考を中断させる。
と、寒さに身震いしていると、同時に携帯も震えていることに気づく。そこに表示されているのは希の文字が。
「はい、もしもし?」
「あ、雪君!?」
なんとなしに取った電話であったが、向こうの声は相当に切羽詰まっている。
「あのね!千早さん、飛行機の今日の便で福岡に帰るって聞いた!?」
「・・・・・・・え?」
姐さん。僕の姉だと昨日やっと気付いた人。今まで忘れてしまっていた人。
会いたいと、思わないわけじゃない。会っていろんな事を聞いてみたかった。僕が弟だって気づいていたのか、もしそうならどんな思いで中学の時を一緒に過ごしていたのか、なぜ教えてくれなかったのか。
他にも色々聞きたいことが山ほどあって、でもそのどれもがシャボン玉みたいに、浮かんでは消えた。そのどれもが、高い空に昇る前に消えた。
「ん?つーか、希はなんでそんなこと知ってんの?」
姐さんと接点なんてあったのか?あ、お父さんが捕まった時に会ってるのか。でもそれだけで?弟の僕にも教えないことを、希には教えたのか。
「そんなんどうでもええやん!!今どこ!?」
いや、僕にとっては結構重要なことなんですけど・・・。
「家の前だけど・・・・」
「なら早く!!空港に!!九時の便だから間に合わなかったらどうすんの!?うちらも行くから!」
「え!?いや、希達は最終予選があるでしょ!?」
「そんなん見送った後で十分間に合う!!」
間に合うか!?空港から会場は近いとはいえ、今現在、時計を見ると八時。を考えるとギリギリ間に合うかどうかってとこだろうけど。
ていうか、何もそんな一か八かしなくても・・・・。
そのような旨を告げると、ひと際大きな声が帰ってくる。
「何言ってんの!雪君一人で行かせるわけないやろ!そんな寂しいこと言わないで!」
「ご、ごめんなさい」
あまりの剣幕に電話越しに謝ってしまう。
「とにかく!!早く空港に行くこと分かった!?」
「うん・・・」
希ってあんなに押しが強かっただろうかと首をかしげながら、空港に行く算段を整える。家からじゃ、バスか電車だけどこの雪だ。止まっている可能性も十分ある。もしも止まってたら確実に間に合わない。かといって歩いて行くのは論外だ。車なんかがあればまた違うんだろうが、残念ながら今回はそう都合よく行かない。
まったく、自分の名前にこんなに翻弄されるとは、笑えない。
「乗ってく?」
気づくと、お隣のお姉さんはバイクに体を預けてこちらにヘルメットを投げ渡してきた。
「いいんですか?」
つーか、バイク持ってたのか。
「ばーか。こういうときは、ありがとう。だろ」
「―――――――はい!ありがとうございます」
お隣のお姉さんの後ろにまたがりバイクは発進する。こんな雪の中でもお姉さんのバイクはチェーン処理でもしてあるのか、安定感がある。
「お姉さんは―――――――」
「あ!何?聞こえない」
バイクは安定感はバッチシだが、騒音がすごかった。バイクに詳しくないのでどんな車種なのかわからないが、相当なお値段しそうな事だけははっきり分かる。
「お姉さんは、なんでここまでしてくれるんですか?」
特段声は張らず、そのまま聞いた。
前から聞きたかった。見ず知らずの僕、行って見ればただの隣人の僕になぜここまでしてくれるのかと。
「・・・・・似てるから」
「は?」
「故郷に残してきた弟に似てるんだ。お前は」
「・・・・・・は?」
僕は意味が分からず、もう一度聞き返した。弟?
「もう!なんだっていいだろそんなの!」
ヘルメットだし、そもそも顔なんて見れる状況じゃないがそれでも照れているのかということは分かった。
「似てるんですか。だから執拗にお姉さんって呼ばせるようにしてたんですね。つか、弟に似てるからって。ぷくく」
「だからうるせぇって言ってんだろ!」
「あははっ――――――」
空港へ向けて急加速するバイクに、必死にしがみつくように強く強く、こぶしを握り締めた。
空港に到着すると、切羽詰まったように希の姿がこちらに駆け寄ってくる。後ろには穂乃果達の姿もある。
「みんなも来たの?」
僕の問いには答えず、希は僕の手を取って先導する。
「あと十分だよ!やばいよ!」
表情も仕草も何から何まで余裕がなかったけど、しっかり僕の手を握って足取りは確かなものだった。年末が近いからか、人混みが凄い。混雑している人の中をかき分けて、前へと進んだ。
「うん・・・・・」
走りながら、正直迷っていた。僕の本音は気まずいと、そう言っていた。
だって、今さらどんな顔して会えばいいんだろう。今まで姉の、その存在すら忘れていた僕が、今さらどの面下げて会えばいいんだろう。
分からなかった。自分の人生に問いただしてみても、自分のどこに聞いても答えは返ってこない。
「ねえ。希。僕は、どんな顔して会えばいいのかな」
だから、聞いた。走りながら、息を切らしながら、自分が分からないことを、答えは返ってこないかもしれなくても、怖くても、それでも聞いた。
「そんなの決まっとるやん。家族やもん。普通でええんよ。普通に言いたいこと言えばええんよ」
家族だから。そう言う希の顔は笑っていた。希だって、家族に対して思うことはあるだろうに。それでも、僕の為に笑ってくれた。
「そっか」
言いたいことなんて、ぶっちゃけ分からない。この場面で言うことなんていくつもあるはずなのに、そのどれもがシックリなど来てくれない。
結局これが、今まで本音を隠し続けてきた人間の底の浅さだ。必ずしも本音を言えばいいというわけでもないだろうが、僕の場合、本音を言うことが極端に少ないから。
だから、言いたいときに、本当に言いたい言葉が出てきてくれない。
広い空港を、みんなで走ってようやくたどり着いたときにはもう既に入場口に人はいなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・・」
あごに伝う汗をぬぐう。冷えていたはずの体は、いつの間にか大粒の汗をかくほど、熱くなっていた。
血が巡る感じがする。血流が、体の隅々まで行き渡っているようなそんな感覚。
だめだったか。やっぱりそうそう都合よくはいかない。日ごろの行いが悪いせいだ。
「まだだよ!ほらあそこ!」
諦めて、下を向いていると後から走ってきた穂乃果が声と共に指をさす。
顔をあげてみると、穂乃果の指さす先、空港から飛行機そのものを繋ぐ渡り廊下に、その人はいた。
「
見えた瞬間。そう叫んでいた。初めてそう呼んだのに自分でも驚くほど、すんなりと、良く通る声だった。
その声が聞こえたのかどうかは分からない、でも確かに、その瞬間姐さんは振り向いた。
希が手を取り入場ゲートを飛び越える。え?っとびっくりする間もなく、数名の警備員に止められた。
「ちょ、何やってるんだ君達!」
「雪君!!今だよ!!今しかないの!!今は、今しかないんだよ!!」
警備員に咎められ、押しこまれるのもいとわずに希は僕にそう言った。
「いくのよ雪!!家族が会うのに理由なんか探してんじゃないわよ!!」
後ろからにこちゃんは檄を飛ばす。にこちゃんにはいつも叱ってもらった。
「そうだよ雪ちゃん!ここで言わなかったら後悔するよ!!私みたいにならないで!!」
ことりには後悔を。
「雪!!あなたいつも考えすぎなんです!後先考えずに全力でぶつかってきなさい!!」
海未には欠点を。
「いっくにゃー!!雪ちゃん!!」
凛には元気を。
「雪君!!雪君の今の気持ち、叫んでいいんだよ!」
花陽には安心を。
「・・・・・・・・・行ってきなさいよ」
真姫ちゃんには、素直になれないもどかしさを。
「雪!!前に進んで!!進むのはいつだって前しかないんだから!」
絵里先輩には尊さを。
「雪ちゃん!!頑張れ!は、ちょっと違うか。えーっと、えーっと、とにかく行けーーーーー!!!」
穂乃果には、元気を。
みんなに教えてもらった。みんなが気づかせてくれた。僕の中にも、確かにそう言うものがあるんだと。後ろめたいだけじゃない、引きずった過去だけじゃない、そういう光、ってやつが。
だって、僕が言ったんじゃないか。光があるところには影があるって。僕が確かに感じる闇は、光がなくちゃ生まれることすらできない。僕のこの闇のそばには、光があるじゃないか。みんなと同じ光が。
やっと対等になれた。いや、元から対等だった。勝手に卑下して違うと言っていたのはいつだって僕だけだ。前に絵里先輩が言っていたように、僕が勝手に落としたんだ。己の価値ってやつを。
僕は前を向いた。警備員さんがやれやれと言った様子で、頭を書きながら僕の前に立ちはだかる。
ごめんなさいと、一度心の中だけで謝って警備員さんを押し倒す。抵抗するなんて思わなかったのか、警備員さんは呆けている。その内に少しでも前へ進んだ。
「姐さん!!俺、俺会いに行くから!!今度は俺が、会いに行くから!!だから待っててよ!!姐さんの居る世界で、姐さんが居たい世界で!!待ってて!」
言い切る前に、後ろから迫ってきた警備員さんに押し倒される。すばやく肩を極められて動くこともままならないけど、唯一動く首を巡らせて姉さんを見た。
相変わらず、一人称すら定まらない。僕の決意はその程度のものだ。そんなちっぽけな、心のよりどころにしようとしていた決意なんてどうでもいい。ただ、言いたい事を、ちょっと前まで一文字も出てこなかった言葉を、精一杯ぶつけた。
姐さんは、相変わらず遠い。進んだと思ったけど、廊下の中腹にすら届いていなかった。
それでも、それでも見える。姐さんの姿も、顔も、ちゃんと見える。遠くても、ちゃんと見える。
『うん。待ってる』
声なんて聞こえない。姐さんの表情は、いつの間にか流れる涙でグシャグシャだ。端正な顔立ちが見る影もない。それでも、口の動きだけでもなんて言っているのかは手に取るように分かった。
待ってるって、そう言ってくれた。僕の言葉は、ちゃんと帰ってきた。
「来て良かったね」
隣で待ってくれた千早の友達が包み込むように言う。
「うん、」
振り返らずに、一言だけ返すと、飛行機に乗り込もうと百八十度方向転換して、そこで機内アナウンスが流れた。
『ピンポンパンポーン。えー、お客様の皆さま。誠に申し訳ありません。吹雪の影響で東京-福岡行きの便は延期させていただきます。繰り返します。吹雪の影響で―――――――――――』
そのアナウンスが鳴りやむ前に遮るように男の子の絶叫が響き渡った。
「ひぐっ。死にたい」
恥ずかしすぎる。あんな、あんなに決め台詞吐いといて延期ってなんだよ。
「大丈夫雪?」
「ダイジョブなわけねーだろ!この状況でよ!なんでこうなんの!」
絵里先輩の同情も今は心に痛い。やっぱり日ごろの行いが悪いから?
「日ごろの行いが悪いからじゃない?」
「言うんじゃねーよ!本人が思ってる事を口に出すんじゃねーよ!」
余計傷つくだろが!!
にこちゃんの言葉に余計涙目になっていると、不意に渡り廊下から気配がする。延期となったことで、姐さんがこちらに歩いてくるのだ。
「ぎゃー!!無理無理!!今こそどんな顔して会えば良いかわかんない!!」
がくがくと涙目で海未を揺さぶる。
「さぁ?抱きついて好きだよとか言えば良いんじゃないですか?」
「海未ってさぁ僕の事どう見えてんの!?」
「普通で良いんだよ。家族だもん」
「無理だよ!いくら家族でもこれはノー!!」
おかしいな。希の言葉はさっきと変ってないはずなのに悪意が感じられる。
「ていうか!!みんな最終予選の事忘れてない!?」
「そうだにゃ!この吹雪の中走って行かなきゃなんだよ!?」
「リハーサルの時間とかなくなるかも・・・・」
花陽の一言に、皆の顔色が悪くなる。うわーなんかもうごめんなさい。
「と、とにかく走ろ?」
ことりを先頭にみんなで走る。来たときの様な疾走感はなく、みんなしどろもどろになりながら必死に走った。
「ふふ、楽しい人たちだね」
「・・・・・・・・そうね」
渡り廊下から出てきた二人は、走って行く雪の姿を見ている。その表情は、天候とは裏腹にとても穏やかなものだった。
空港から出ると、多少吹雪が収まっいたが未だ天候は不安定だ。
雪も相当積もっているのだろうと予測していたのだが、その予測は裏切られる。
「ヒデコ!フミコ!ミカ!」
その三人以外にも大勢の人間が、雪かきをしてくれていた。そのおかげか、歩道には通行の妨げとなるような雪はない。両脇に積もった雪が、みんなの頑張りを如実に表していた。
「もう!遅いよー、なにやってんのー?」
「それはこっちのセリフだよー」
「みんなにね、駆けつけてもらったの」
見ると絵里先輩は、片手に携帯を持ってる。
「そしたらね。来たよ!全校生徒」
そう言われ、再度見る。皆の姿を。きっとこれが全校生徒の総意。
「行こうみんな!これで遅刻しちゃったら皆の頑張りが無駄になっちゃう!」
穂乃果の言葉に、皆頷く。
「いや、穂乃果そっち道違ううううううううう!!」
戦闘で勢いよく走っていた穂乃果は、勢いよく道を間違えた。バカだ、この子絶対バカだ。
穂乃果の首根っこを捕まえて、元の道に引きずり込む。
「お前さ!ボケていい時と悪い時の区別くらいつけろよ!本気でやばいんだぞ」
「わ、わかってるよ。ちょっと間違えただけだよ」
ホントだな!?マジで時間ないんだって。不安が付きまとうのでしょうがなく穂乃果の手を握る。
「ふふふ、大丈夫だよみんな!こんなこともあろうかと凛はローラースケート靴を着用してきたにゃ!みんな凛を褒め称えよ!」
そう言ってる凛は、下り坂でドンドン体が重力に従って落ちていく。
「・・・・・・うわーん、たすけてっぇぇぇ」
「おいいいいいい!あっちもこっちも馬鹿ばっかか!!」
必死で走ってようやく凛の手首を掴む。しょうがないからおぶっていくことにした。
「くそおおおおお!さっきまでの感傷カムバック!!」
「ふふ、凛。甘いわね。地面は雪で凍っている。つまりアイス。ここはローラースケートではなく、アイススケートよ!」
見ると絵里先輩の足元にもアイススケートが。
「あれ―――――――――――――?」
しかし、滑ったことがないのか、歩くことすらままならない。そのまま、絵里先輩も凛同様落ちていく。
「ちょっとぉぉぉぉ!?なんで絵里先輩まで乗っかってんの!?いらないから!こんな緊急時に被せてくるボケとかいらないから!!」
仕方ないので余った左手で済んでのところで絵里先輩を掴む。あんたロシアっ娘だろ!雪とか氷とか得意じゃないのかよ!
「あ//」
「え?何恥ずかしがってんの?すげえ腹立つんだけど!その顔すげえ腹立つんだけど!恥ずかしいなら走れや!」
くそだらあああ、とまた人一人分思くなった自分を奮い立たせていると、横ですいすいと追い越していく希。
足元にはアイススケート靴が。
「滑るんかいいいいい!!え?何?なんで滑れんの?逆に凛達はなんで滑れないの?」
なぜだか僕だけ二人も三人も抱える羽目になる。
「重いいいいいいい」
「ちょっと雪ちゃん!女の子に重いとか言っちゃだめだよ!!」
「言ってる場合か!状況読めよ!ちょっとでいいから読んでくれよ!」
ちくしょう!!本当に重いな全く!!
「「「・・・・・・・・・」」」
三人を抱え込みながらそれでも懸命に前を向いて走っていると、いつの間にか前を走っていた他の三人、ことりと海未と花陽はなにやらうずくまっている。
「足が痛いなー、どっか痛めたかなー。きっとさっき雪君の為に走ってたからかなー」
「わ、私は腰が」
「あ、テントウ虫さんだ。冬なのに珍しいねー」
「一人だけなんか違うんだけど!!」
なんか腹立つのでそのまま捨て置く。ものの背中に浴びせかけられる視線に耐えられるはずもなく。
「ああもう!!いいよおぶってやるよ!こうなったら三人も六人も変わんねえよ!」
やけくそになりながらそう叫ぶと。
「「「わーい」」」
「元気じゃねえか!!」
どさどさと体重がかかってくる。最早自分がどういう抱え方をしてるのかさえ分からない。
ああもう本当に、重いな。三人と六人は凄く変わるということを知った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
今日はなんだか疲れたよパトラッシュ。絵里先輩達をおぶりながら、ようやく会場まで着いた。どうやら時間は間一髪間に合ったようだ。
「なんだかごめんね雪?」
絵里先輩が謝ってくるけど今さらだよ。すげえ疲れたよ。
「別にいいです。ライブで最高のパフォーマンスしてくれればそれで」
「・・・雪ってそう言う恥ずかしい事さらっと言うわよね」
「恥ずかしい、ですか?」
「そうよ、恥ずかしくて痛いほどまっすぐ。そうでなくちゃ。雪はやっぱり、そういうのが似合うわ」
なんだかよくわからないけど、納得したようなので良しとしよう。
「あ、ここでいいわ。はい料金」
息を整えていると不意に一台のタクシーが止まる。中から出てきたのは真姫ちゃんだった。まさかと思うが、タクシーでここまで来たのか。
「くそ!このブルジョワめ!」
「ヴぇ!?な、なによ?良いでしょ。寒かったんだし」
真姫ちゃんを連れてきたタクシーが行ったかと思うと、入れ替わりに今度は一台のパトカーが。
「はい、じゃあもう迷子になっちゃだめだよ?」
「・・・・・・はい」
出てきたのはにこちゃんだった。迷子だったのか。そういえば夏祭りの時も迷子になってたな。
「あ!いたいたやっと見つけましたよ!生徒会長さん」
「はい?」
そんな若干気まずい空気の中。見ず知らずの人に声をかけられ、動揺する。首元にはスタッフの証明カードが。
「いいからこっちです」
「え?いや、ちょ」
「あら、連れて行かれちゃった」
見ず知らずのスタッフに連れてこられたのは、アライズの控室だった。どうやらサポーターか何かだと勘違いされているらしい。
アライズのみんなはどこかに言ってるのか、リハか、控室のは一人だった。
ふかふかのソファに身を預けると、どっしりと疲れが襲ってくる。最近の寝不足も相まって、瞼が重い。
「雪!!」
重厚そうなドアを勢いよく開け、ツバサは自らの控室へ血相を変えて入る。
そこには、ソファで気持ちよさそうに眠るいつもの彼の姿があった。
「良かった。雪がいるってことは、間に合ったのね」
「完全にフルハウスね」
後ろに続く二人も、それぞれ安堵の表情だった。
絵里からメールで事のあらましを聞いたときは慌てふためいて落ち着きがなかったものだが、無事と安心した今のツバサは、もう元の落ち着いたツバサになっている。
「ふふ、変な寝顔」「写真にとっても良いかな?」「おいおい、バレたらどうするんだ」
ソファを覗き込む三人の顔はもう、笑っていた。
どうもなちゅやちゅみ高宮です。
書くことが特に見当たりません!どうしよう!!
書くスピードが上がる装置が欲しい!眠い!次回も頑張る!
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大晦日といえばガキ使
「穂乃果ちゃん、来たよー」
「穂乃果、早くしないと年越ししてしまいますよ」
「うわ!海未ちゃん達もう来たの!?」
「もうって、もうすぐ零時ですよ」
「
「うん、後は穂乃果だけだよ」
「な、私だって出来てるよ!」
「もしかして穂乃果、その格好で行くつもりなの?」
「は!しまった!!」
時は年末、大晦日。場所は穂乃果邸ほむら。人はことりと海未に僕。と、どてらから大急ぎで服を着替える穂乃果。
なぜこんな時期にほむら、つまり穂乃果の家にいるのかというのは、色々と説明しなきゃいけないようなのでまず順を追って説明しよう。
あの日、姐さんを見送って最終予選の会場で、より正確に言うならアライズの控室の高級そうなベットで僕は爆睡していた。
「――――――――――――――。」
ぼんやりとだが意識が意思を持ち始め、辺りを見回す。僕に不釣り合いな部屋に疑問を抱いたが、意識が覚醒するに従ってここがアライズの控室だということを思い出した。
ついでにラブライブ最終予選の最中だということも。
だんだんと顔が青ざめていくのが自分でもわかる。冷や汗が頬を伝う。
大急ぎでベットから飛び出し、ドアに手をかけようとしたその時。
「――――――――あら?」
逆に開かれたドアによって頭をぶつけてしまった。
「ぐぎぎ」
「うん?なんだ雪。もしかして、いやもしかしなくても今起きたな」
痛む頭を上げるとアライズの三人がドアの前で佇んでいる。衣装はライブのままで、額には汗で髪が張り付いていた。
何をどっからどう考えてもライブ終わり。
「あ、あの。もしかしてもうライブ・・・・・」
「終わったわよ?」
頭を思いっきり殴られたような衝撃。あっさりとツバサさんに言われたその一言により、焦りが頂点へ。
「な!なんで起こしてくれなかったんですか!?」
「えー?だってーとっても気持ちよさそうに寝てたし」
ツバサさんの代わりにあんじゅがソファに座りながら答える。
「そうそう。大体このソファで寝てたのをわざわざベットまで抱えてやったんだから、感謝してほしいくらいだ」
そうだったんだ。確かにベットで寝た記憶はない。というか、この部屋に入ってきてからの記憶が曖昧だ。
「それは、まあありがたいですけど・・・・・」
はーっと、思わず頭を抱えてしまう。穂乃果達になんて言い訳したらいいのか。それとも正直に言って怒られるか。いや怒られるならまだいいが、泣かれたらどうしよう。
ぶつぶつと口元でそんな打算的な方向に頭が働く。
「ふーん。言うわね」
「?」
(なーんか前よりミューズとの親密度が上がった気が・・・どうせ、今朝の事でしょうけど。あー!聞きたい!ものすっごく聞きたい!やっぱ無理やりにでもいっときゃよかったかな!?)
ツバサさんだけがなぜかいっこうにもじもじと部屋の外でかしこまったままだ。
「どうしたんですか?入らないんですか?」
「え!?あ、う、うん」
ツバサさんにしては珍しく何かを隠すように歯切れが悪い。
「なな!それより今のライブ見ようぜ!このテレビで見れるんだよ!雪は見てないんだからさ!」
英玲奈先輩はライブ終わりでテンションが高くなってるのか、普段よりも口調が若干男っぽい。
「そうだねー。ほらツバサはほっといてソファで見よ?」
「ツバサさんは見ないんですか?」
なおも部屋に入ろうとしないツバサさんは歯ぎしりし。
「うぐぐ・・・・ち、違うの。私も一緒に見たいのは山々なんだけど、あんじゅに隣奪われるのは癪なんだけど・・・・ゴニョゴニョ」
後ろの言葉が上手く聞き取れなくてもう一度聞き返す。
「だ、だから!ほら、私今いっぱい汗かいてるし、その、匂いとか、気になるし・・・・」
最初の一言こそ大きかったものの、言葉尻に行くに従ってどんどん小さくなってくる。
「つか!なんであんたたちはそんな平気そうなのよ!?」
「だってー、ほら、汗かいてる時とか妖艶でしょ?」
そういってあんじゅは髪をかきあげる。その瞬間に胸の谷間に一滴の汗が。
「・・・・・あは♪変態」
「ちが!全然!全然見てないし!全然なんにも全然見てないし!!なんかありました今?」
どうやらあんじゅもテンションが高いようだ。テンション高いからだ。決して自分から見にいったわけじゃない。マジで誓う。誰に誓おう。姐さんに誓おう。
「あれ?違うな。このボタンかな?」
「ていうか英玲奈先輩はさっきから何やってんですか」
英玲奈先輩はそういうことを気にしないのか、汗でピッチリとなった衣装のままリモコンを操作する。どうやらライブ映像に切り替えられないらしい。先ほどからポチポチとボタンを切り替えているがどれも違う。
「いや、確かこのボタンだったはずなんだが・・・・」
『あんっ♪あはん♪』
「ぶふっ」
いくつもチャンネルを切り替えていくうちにどうやアダルティなチャンネルに行きついてしまったらしい。画面の向こう側では男と女が絡み合っている。つーかなんでそこで止めるんだ。早く、早くチャンネル回せ。
「うわ!すごっ!見てみて雪!AV!A――――――」「英玲奈って本当にバカね」
顔を赤くしたあんじゅが英玲奈先輩の口を押さえ、その隙にチャンネル権を強奪。すばやくライブ映像を再生する。テンション高くなってるからだよね!普段からこういう風じゃないよね!
「つーか、ツバサさんはそんなに気になるならシャワー浴びればいいじゃないですか?」
若干気まずくなった空気を払しょくするかのように話題を逸らす。
「だから・・・そのシャワーがあなたのすぐ後ろにあるから出てってくれないっていう意味を込めたつもりだったんだけど、やっぱり伝わってなかったようね」
あ、すいません。
気まずい空気が気まずい空気で塗り替えられた事で、そろそろと控室をでる。
「良かったのか?あれじゃ、雪はミューズのとこに行っちゃうぞ?」
「良いのよ別に。集計まではまだだけど、多分私達の負け。今日くらいは勝者に譲らないとね。それがせめてもの敗者のプライドってものよ」
「・・・・・・まだ、決まったわけじゃないよ」
「・・・・・・うん。私だって諦めたつもりはない。だけど、あんじゅも分かっちゃったでしょ?彼女たちのライブ見た時に、瞬間的に」
全力を出し切って、最高のライブにした自覚があって。だけど、だからこそ、負けを悟ってしまった。結果なんかよりずっとずっと確かに。ずっとずっと重く。
そして、ずっとずっと響く負けだ。
「うぐっ・・・・・ひぐ・・・・」
最初に泣きだしたのは誰だっただろう。いつの間にか私達は全員泣きじゃくっていて、互いの顔の輪郭もわからないくらいぐちゃぐちゃになって、肩を寄せ合って泣いた。
いつ以来か、悔しさで流す涙の痛さを、久々に実感した。
はー。皆に会うのが心苦しい。憂鬱だ。
足取りは重く、言い訳しようかどうしようか悩んでいるところに、そう言う時に限って運悪く遭遇してしまうのはなんなんだろう。
「あ!雪ちゃん!」
すすすと、目を逸らす僕に目ざとく穂乃果が声をかけてくる。
「私達のライブ見ててくれたんだ」
まったく悪気がない花陽が若干瞳を潤ませながら笑顔で話しかけてくる。
「でもどこにいたんだにゃ?全く気付かなかったにゃ」
「そ、それは・・・・・」
言うべきか?言わざるべきか。みんなの顔を直視できない。
「ほら、みんな雪君が何か言いたげやん?ところでうちらの曲どうやった?うちの些細な願いを、みんなで叶えてくれたんよ?」
「あ、ああ。よ、良かったよ?」
ああ。もう駄目だ。もう無理だ。この空気下の中言い出すことなど僕にはできない。
神様ごめんなさい。これも今までいろいろひた隠しにして見て見ぬふりをしてきた罰なのでしょうか。答えろ神様!お前僕のこと嫌いだろ!僕も大っきらいだばーか!
くそ。と、項垂れながら頬を流れる涙。そんな僕の背中で皆が笑っているなどとは、一ミリも気付かずに。
「はぁ?知ってた!?」
「うん。雪君が、アライズの女の園の控室でぐーすかと寝てた事はみんなとっくに知ってるよ♪」
「な、なんで?」
それはそれで冷や汗ものなのだが。
「なぜって、ツバサさんに聞いたのよ」
当然でしょというような表情の絵里先輩に、しかし僕は問いただす。
「いやいや、ライブ中にそんな暇あるんですか?」
そういうと、皆揃って顔を見合わせた。
「雪、あんた自分がいつから寝てるか分かってる?」
「に、にこちゃん?いつからって・・・・あれ?いつからだ?」
最後に時計を見たのは、朝の八時が最後だったかもしれない。
「私達が会場に着いたのが約十一時、そこから今の時刻が午後六時です」
「それって・・・・・」
もしや。
「ま、ざっと計算して七時間ってとこね」
真姫ちゃんの一言に足から力が抜ける。まさか、そんなに寝てたなんて。こんな大事な時に。
「む、無神経にもほどがある・・・・・」
「大丈夫だにゃ♪私達みんな怒ってないよ?」
「ほ、ほんとに?」
縋るように凛を見つめる。だけど、帰ってくる言葉はあまりにも無情だった。
「だって、雪ちゃんなら大体そんなことだろうって思ってたにゃ。私たちみんな雪ちゃんのノンデリカシーにはもう驚かされないにゃ。例えラブライブの最終予選を寝落ちされても大丈夫だにゃ」
「・・・・・・・・・・・・・ご、ごめんなさい」
だんたんと言葉に感情がなくなって行くのが嫌でもわかる。見ると他の皆も大体同じ反応だった。これはなまじ、やじられるよりきつい。
「そうそう、雪君のは本当に今に始まったことじゃないもんね。そんな雪君も好きだけど」
「まあ、そうそう人間変わらないってことね」
真姫ちゃんとことりの言葉にさらに打ちのめされたところでこれ以上は精神衛生上良くないと判断されたのか口撃が止む。
「とにかく!もうすぐ結果発表です。みんな静かにしてください」
「雪君の所為で全然緊張感ないけどねー」
希に最後のボディーブローを食らったところで会場のひときわ目立つモニターに映し出される結果は―――――――――――――――――――。
とまあこれがあの日あった色々。
「雪ちゃん?早くしないとみんなもう来てるかもよ?」
「もう年は越してしまいましたけどね」
「うぐ、もうーごめんって海未ちゃん」
僕の一歩前を歩く穂乃果は海未の言葉に渋い顔だ。そんな二人を笑顔で見つめているのはことり。
結果からいえばミューズの勝利だった。緊張感がないと言っていたのに、その結果にみんな泣いて喜んでいた。きっと胸の内をごまかしていたのだろう。
今から行くのは初詣。みんなで神田明神へと初詣だ。
アライズとはあれ以来まだ会えてない。会うのが気まずいわけでも、避けられているわけでもなく、あれからまたちょっとごたごたしてしまったのだ。
おもに家関係で。最終予選の結果が出て浮かれていて一瞬忘れていたけど、その現実は覆いかぶさってきて。
そんなときに。
「じゃあうちに来ればいいじゃん!」
というマリーアントワネット的な。家がなければうちに来ればいいじゃない的な穂乃果の鶴の一言により、その日から僕は穂乃果の家の居候になった。期間限定で。
というのも。
「い、いえ!ダメです!女の子の家に雪が転がり込むなんて!まるで同棲じゃないですか!いけません!破廉恥です!」
「そうね。何か間違いがあってからでは遅いもの。ここはひとつウチに居候してもらえば」
「いやいや、絵里ちの家は亜里沙ちゃんがおるやろ。雪君なら女子中学生にも手を出しそうやし、というか既に攻略ずみっぽいし、危ないやん。だからここは独り暮らしのウチに」
「いやいや、何言ってんの?ここは昔からしってるこのにこにーの家でしょ。こころたちも喜ぶし?男手があった方が家事が捗るし?」
「いやいや、にこちゃん家はもう五人で精いっぱいでしょ?「どういう意味よそれ!」その点ウチなら部屋も余ってるし、生活に何不自由させないし!」
「いやいや、真姫ちゃん。いつものツンはどうしたんだにゃ?ここは、私、関係ないし・・・・とか言ってる場面だにゃ!?そのうちに凛の家にくる場面だにゃ!」「どういう意味よそれ!」
「いやいや、ここは親公認の私の家に。ち、チーズケーキ食べ放題だよ?」
「マジで!?」「なんで一番チーズケーキに食い付きが良いのよ!?」
「いやいや」「いやいや」「いやいや」
「ま、まぁまぁみんな落ち着いて?」
花陽が血相を変えるみんなを宥める。何にそんな必死になっているかわからないがみんながどれほど僕の事を想ってくれているのかは分かった。あとついでに僕がどれだけ信用ないのかもわかりました。
「じゃあもういっそみんなで暮らしちゃう?」
だから代替案としてそう言ったのだがお気に召さなかったようで、みんなにぼこぼこにされた。
「ゆ、雪?そういう事は、例え冗談でも言っちゃだめよ?」
「は、はい・・・・」
今、身をもって知りました。
「いや、でもそれもアリなんじゃない?」
「こ、ことり?」
「絵里ちゃん。みんなで住むって言うのは、今は、ちょっと現実的じゃないけど、みんなのところに住むのは出来るんじゃないかな?」
「なるほど、雪の居候をローテーションさせて行こうっていう話ね」
「そうそう」
「まあ、いいんじゃない?」
真姫ちゃんまで、なんだか本人の意思などまるで無視するかのように話が進んでいく。あれ?これ本当に僕のこと想ってくれてる?
まあ僕のそんな疑問は置いておいて。そんな一部始終のやり取りの末、みんなの家をお宅訪問する形で自分の家が見つかるまで居候させてもらうことにしたというわけだ。
「あ!穂乃果ちゃん!」
「凛ちゃん!」
神田明神につくと、もう既に凛と花陽が待っていた。
「真姫ちゃんは?」
「それが・・・・・」
花陽に聞くと暗がりの路地を指さす。
そこから現れたのは暗がりでもよくわかるほどに真っ赤な振り袖に身を包んだ真姫ちゃんだった。ついでに衣装に合わせて顔も真っ赤だった。
「わー。綺麗だね」
「ばっ!・・・・・あ、ありがとう」
あれ?いつもなら真姫ちゃんはもっとおたおたするはずなのに、今日はいつもと違って素直だ。
「ほら、真姫ちゃんちょっと素直になろうとしてるから」
「花陽!」
花陽が耳打ちしているのを真姫ちゃんが咎める。なるほど、真姫ちゃんにも想うところがあったのかもしれない。
そっぽを向いている真姫ちゃんを見つめているとふと階段上から声をかけられる。
「あら、あなた達」
「つ、ツバサさん!」
階段を今まさに下りてくるのはツバサさん達アライズだった。皆もここで初詣したのか。
「―――――――――――――あなた達もお参り?」
「は、はい!」
ちらりと目線があったものの、すぐに逸らされてしまう。
穂乃果も、みんなも多少ぎくしゃくしている。それもそうだろう。今までアライズを目標に、壁に設定してきたんだ。そのアライズに勝った。初めて。その勝った経験がミューズは圧倒的に少ない。何せ初めてまだ半年過ぎたくらいだ。勝者の責任というものを求めるのも酷な話だろう。
「じゃあね、結構人こんでるからはぐれないようにね。
なぜか僕一人だけ釘を刺された。その理由が分からぬまま、アライズは闇にまぎれて行ってしまう。
「いこっか」
そんなアライズを背に階段を上っていると、今度は巫女姿の絵里先輩が。
「うわー。綺麗ですね?」
「そ、そう?///」
「ちっ!」
絵里先輩を褒めたら、なぜだか真姫ちゃんに舌打ち交じりに下駄で踏まれた。なんで?
「ほーら、にこっち早く」
「ちょっと待ちなさいよ」
見ると希もにこちゃんも同じ巫女装束に身を包んでいる。
「希はともかくなんで絵里先輩とにこちゃんも?」
「手伝ってもらっとるんよ」
「今年は例年にもまして盛況だからって」
確かに。先ほどもアライズとあったし、今日は人が多い。
「お姉ちゃん!」
「亜里沙」
「ハラショー」
境内の裏側から走って飛びついているのは亜里沙ちゃんだった。姉の衣装を見て感嘆している。その後ろには穂乃果よりも早く家を出た雪穂の姿が。
「雪穂は何をお願いしたの?」
「うぇ?それは、まあ普通に音ノ木坂合格とか?」
「他には?」
「他って・・・・もう!良いじゃんそれは!」
どうやら教えてくれないらしい、そうそうに亜里沙ちゃんと共に人ごみの中に消えて行ってしまう。そういえば彼女らは今年が受験なのだ。
こっちに来ようと思ってから、もう一年がたつ。
月日というのは早いもので、一年前の僕は何も持っていなかったけど。こうしてたくさんの繋がりの糸ができた。時にはがんじがらめになってしまうけど、でも、大切な糸達。
手伝いがあるという希達と別れて、人混みをかき分けながらようやくお願い事をする順番が回ってきた。
何をお願いしようか迷っていると、両隣からお賽銭が投げ込まれる。穂乃果達は祈るように手を合わせていた。
何を願うかは、穂乃果達を見ていればすぐに思い浮かんでくる。最初から一つで、最後まで一つ。
ただ、この時が永遠でありますようにと。ただ、皆と一緒に入れる時間が少しでも長くありますようにと。
満月の夜空に、最初から最後までそう願った。
どうもモンスタ~♪モンスタ~♪高宮です。
なにげなくUA数を見てみたら十万突破してました。ありがとうございます。
これからも精進してまいりますので応援よろしくお願いいたします!
やった!あとがき埋まった!
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handcaffs
年が明けて三が日も過ぎ、新年の慌ただしさが落ち着いてきた今日この頃。
「つ、ツバサさん?仕事しづらいんですけど・・・」
生徒会は今日も今日とて通常運転だ。まだ新学期が始まったばかりなので仕事量としては少なく、一人でも片づけられるのがせめてもの救いだけど。
「かーまーえー」
新学期が始まって以降、ツバサさんはずっとこんな調子だ。後頭部をグリグリと背中に押しつけてくる。
いや、ツバサさんだけじゃない。あんじゅもいつも頼りになる副会長なのに、目に見えてミスを連発している。まるで穂乃果が倒れた時の僕みたいだ。英玲奈先輩だって休み明けのテスト満点だったらしい。
みんならしくなかった。もしかしたら、最終予選の事まだ引きずっているのかも。
「最終予選負けた私を慰めろー」
あ、これ全然引きずってねーな、全然大丈夫そうだな。つーか自分から掘り下げるか。
「はぁ、たくなんなんですかさっきから」
「・・・・・出番がない」
「はぁ?」
「出番がなーい!最近あの子たちばっかりで構ってもらってなーい!もうそろそろラブが欲しーい!」
わちゃわちゃと子供のように手足をばたつかせるツバサさん。めんどくさい。つーかあなた達結構出てるでしょうよ。
「だってー、私達我慢したもん。本当は色々聞きたいことあるのに、あの子たちに全部譲ったもん。負けたから、譲ったんだよ」
グリグリとした体制のまま、その顔は拗ねたようにそっぽを向いている。
「分かってますよ。気、遣ってくれたんですよね。ありがとうございます。分かってますよちゃんと」
そういって椅子を回転させ、ツバサさんの頭をなでる。ちょうど頭が胸に収まり、抱きしめるように撫でやすい格好になる。
「む、他の女みたいに、安い女扱いしないでもらいたいわね。そんなんじゃ満足しないわよ」
「あっはっは、ツバサさん本当は嬉しいくせに、嘘が下手ですね」
その顔は僕でもわかるくらいに嬉しそうに緩んでいる。自然、僕の表情もつい意地悪になってしまう。
「な!あなたに言われたくないわ。あなたより嘘上手いわよ」
「別に自慢して言うことじゃないですけどね」
「む~」
今度は頬を膨らまし、どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。反省反省。
・
・
・
「入りづらいわー」
「うん?どうしたのあんじゅ。ドアの前で立ち尽くして」
「あ、書記さん。あれ」
「?」
あんじゅが指さしたのは今まさに入ろうとしていた生徒会室。
中を覗いてみると、なんだか良い雰囲気の生徒会長である海田君と、前生徒会長のアライズのツバサさん。
「あー、確かにあれは入りづらい」
「ね?まあ、急ぎの用でもないんだけど・・・・・」
確かに、私も今すぐにってわけじゃなし、ここはお邪魔にならないうちに立ち去った方が。
「なーんか良い雰囲気でムカつくから壊しちゃおーっと」
「ちょ、何やってんの!?」
薄暗い表情でドアに手をかけようとするあんじゅを後ろから破壊占めにする。
「ほら、もうお昼休み終わっちゃうから教室戻ろうねー」
「あー!ダメ!昼休みに二人っきりで生徒会室とか絶対だめだよ!!」
「はいはい、バカみたいなこと言ってないで早く行くよー」
・
・
・
今日の分の雑務も終わり、うーんと一つ伸びをする。結局誰も手伝いに来てくれなかったためか、放課後までかかってしまった。人望ないわけじゃないよね。あれくらい僕一人でできるって言う信頼のあかしだよね。きっとそうだ、そうに違いない。そうだって信じてる。
「あ、終わった?じゃあ早く行きましょ、人を待たせてるんだから」
「え?本当に行くんですか?」
昼休みと同じく、なぜか放課後もやってきては行きたいところがあるらしく、僕の仕事が終わるまで見守っていたツバサさん。できれば手伝ってほしかったが、昼にからかったのがいけなかったのかずっとにこにこと見守られた。
「あたりまえじゃない。それに言ったでしょ、人を待たせてるのよ」
「はあ」
曖昧な表現に、僕も曖昧にしか返事ができない。だが、人を待たせているというのならこれ以上待たせるわけにもいかないだろう。
「で?どこに行けばいいんですか」
「それはほら、お楽しみってやつよ」
太陽も真っ赤に染色されている最中に、ツバサさんに連れてこられたのは近所の池が名所の広場だった。ここに連れてきた理由も、待ち人も一切見当がつかない中、一歩前を歩くツバサさんについてただ付いて行く。
目の前が池で広がっているベンチに、それらしき人物を見かける。
「・・・・・・穂乃果?」
「ゆ、雪ちゃん!?なんでここに?」
「いやいや、こっちのセリフですから」
ちらとツバサさんを横目で見る。頷くツバサさんを見るにどうやら本当に穂乃果が待ち人だったようだ。
待ち人が判明してもなお、いやむしろ理由の謎が深まったのだが、ツバサさんがベンチに腰掛けるのを見て、僕もまた同様に腰かける。
「そ、それで、私が呼び出された理由って・・・・・?」
どうやら分かっていないのは穂乃果も同じらしい。おずおずと遠慮がちに聞いている。
「うん?まあそれより練習はどう?」
「え?あ、はい!そりゃもうみんなアライズに勝った事実に恥じないようにって一層張り切ってます!」
「そう」
「あ、アライズは?」
「大丈夫。あなたが心配してることは何もないわ。確かにラブライブという目標がなくなって皆どうなるかと思ったけど、案外普通に練習してるわよ。やっぱり私達歌うのが好きなのよ」
「そ、そっか。良かった」
穂乃果は心底ほっとしたような表情を見せる。ツバサさんの言っていることは事実だ。現に僕も既に何回か練習を見ているけど、特段変わった様子はない。そこはさすがアライズといったところか。
いや、それよりも―――――――――――。
「あの、これ僕いります?」
「いるわよ」「い、いるよ!」
なぜか穂乃果まで逃がさんとばかりに腕をからめとられてしまう。いや、絶対いらないと思うんですけど僕。
「・・・・・聞いておきたいの」
一拍置いて、ツバサさんは語り出す。
「あの日、あの時、私達は負けた。最高のパフォーマンスを見せられて、見た瞬間私達は負けを悟ってしまったわ。どうあがいたってそれが変わることはないし、変えようとも思わない。負けたことに関して、私達は何のわだかまりもない。と、そう思ってたんだけどね」
「・・・・・」
やっぱり、引きずっていたんだ。それもそうか。考えてみれば引きずったって何ら不思議はないんだ。アライズは強いから、すぐに立ち直ったんだって勝手に思ってたけどそうじゃない。強いから。だからこそより一層負けは響くし、残る。
勝ってきたから―――――――――――――。
また間違えた。知っていたはずなのに。彼女たちのプレッシャーも、負けの重さも。その全体の1%にも満たないかもしれない。でも確実に、知ってはいたのに。
「分からないの。負けた理由が。何度も何度も考えたけど、それでもわからなかった。確かに、練習したんでしょう。努力したんでしょう。チームワークだってある。才能も。でも、それは私たちだって同じでしょ。むしろ私達は誰よりそのすべてにおいて強くあろうとした。それがアライズの誇り。アライズたる所以。だから、負けない。負けるわけがないってそう思ってた。でも現実は負け」
ようやく、ツバサさんがここに来た理由が分かる。
「だから教えてほしいの。アライズを打ち負かしたあなた達の原動力って何?何を想って、何を目標に、何が悔しくて、なんで私達に勝てたのか。あなた達の強さの秘訣。心の支え。それはなんなの?」
「うぇ?え、っと。あの、その――――――――」
ツバサさんの問いに穂乃果はしどろもどろになり上手く答えられない。
ていうか本格的に
「・・・・・すいません。よく、わかりません」
穂乃果はしゅんと俯く。その姿をツバサさんは仕方ないという様子で肩に手を置いた。
帰り際、夕日が眩しく視界をちらつく中、二人は握手を交わす。
「ごめんなさい、なんかちゃんと答えられなくて」
「いいのよ。気にしないで。・・・・実を言うとあまり期待してなかったし」
「ええ!?」
「ああいや、教えてくれるかどうかって意味ね」
穂乃果のリアクションに焦るツバサさん。焦るツバサさんというのは珍しい気がした。
―――――――――――いや、そうでもないか。
「でも!アライズがいてくれたから、ここまで来れた気がします!」
その穂乃果の言葉にただ、ただツバサさんはほほ笑むだけだった。どんなことを考えているのか、僕にはわからなかった。
「それじゃあね」
「はい」
穂乃果は帰り道が正反対なので、背を向けてお別れする。
広い公園内を歩きながら僕は口を開いた。
「・・・・・僕いりました?」
「いったわよ。すごく」
やたら語尾を強調するツバサさんは、もういつもの笑顔を携えたツバサさんだった。
「・・・・・・あ」
「ん?どうしたの」
「道間違えた!!」
「は?」
「ついいつもの感じで元の家に戻ろうとしてた!もうあそこは俺の家じゃないってのに!!ちくしょーなんで俺が追い出されなきゃいけないんだ!バカ野郎!!」
「え?なに?ちょ、どこいくのよー」
「穂乃果の家だよ!!今さっき別れたばっかなのにくそ気まずいじゃねーかー!!」
真っ赤になった太陽と呼応するように僕の顔も真っ赤だった。
「は?穂乃果の家?・・・・・・」
「た、ただいまー」
なんとなく気まずくて声が控えめになってしまう。
「あら、おかえり。お風呂にする?ご飯にする?それともワ、タ、シ?」
「なにやってんのお母さん。マジで引くからやめてよ」
最近は、ただいまと言ってお帰りが帰ってくることにも慣れた。多少むずがゆくなるだけだ。いやそれ全然慣れてねぇ。
「ちょ、何雪君もまんざらでもない顔してんの?もしかしてそっちが趣味とか・・・・・ないよね!?絶対ないよね!?統計学的には雪君の周りはロリが多いんだし!」
なにやら雪穂がうるさい。というかロリが多いってどういうことだ。まるで僕が犯罪者みたいじゃないか。それにロリって言ってもここあでしょ、こころちゃんでしょ、にこちゃんでしょ、凛でしょ、体型的には海未でしょ、あと精神的には穂乃果、プラス雪穂と亜里沙ちゃんで――――――――、考えるのはよそう。
それよりも、どてらにメガネという完全にオフな雪穂だ。最初にこの家に来た時は息苦しいくらいかちこちに緊張していて服を決めていたというのに。
「えっとじゃあお風呂で」
「何真面目に答えてんの!それはそれで腹立つわ」
おばさんに聞かれた質問にまだ答えてなかったと思い、答えたのだがどうやら雪穂にはお気に召さなかったらしいローキックが見事に決まる。
他にも雪穂の小言を聞きながらお風呂へと逃げる。
「あったかー」
この家はあったかい。多分このあったかさは当たり前のもので、現に雪穂や穂乃果はその事についてさしたる反応もない。だからきっと僕がおかしいんだろうけど、僕だけがおかしいんだろうけど、でもおかしくたってなんだってこのあったかさがありがたかった。
と、同時に怖くもあった。自分の中のあの時間が、父親と過ごした時間が、独りで過ごした時間が、段々となくなっていくようで。忘れてしまうようで。
なかったことに、なってしまいそうで。
ザプンとお湯の中に潜る。
お湯の中から見上げる天井は光が反射していて幻想的だ。きっと海の魚達はこんな景色見飽きるほど見ているんだろう。それこそ日常なのだろう。
だけど僕は感動する。魚じゃないから。陸で暮らす僕にとって、この景色は感動できるものだ。見飽きてなければ、日常でもない。
少しのぼせてしまったようで、お風呂から上がった後も少しふらつく。
「あ、ねね。雪ちゃんはどう思う?」
「なにが?」
お風呂からあがり、食卓へと移ると唐突に穂乃果が訪ねてくる。主語がないのにはもう慣れた。
「もう!さっきの話だよ!ツバサさんに聞かれたじゃん。私達の原動力って何かって」
「ああ、その話」
理不尽に怒られるのには、慣れてない。かな?
「ていうか、僕に聞かないでよ。分かるわけないだろそんなの」
「えー!?雪ちゃんの薄情者!」
「うっそ、そんなに怒られんの?薄情者とまで言われちゃうの?」
まさかの一言に僕の心はノックアウト寸前だ。
「だって雪ちゃんなら分かると思ったんだもん」
「なんでだよ。どこぞの委員長じゃないんだ。何でも知っているわけじゃないよ」
勿論、知っていることだって知らないんだ。僕は。
「えー?でも私達の事一番よく見てくれてるから、私達が分からない事でもわかるんじゃないかなって」
その言葉に僕の頭はポカンとなる。穂乃果がそこまで考えているなんて考えてもいなかった。
「何でもは知らなくても、私達の事は知ってるでしょ?」
穂乃果の笑顔に、不覚にもやられた。まさか穂乃果から気づかされることがあるなんて。
いや、そんなの今までだって星の数ほどあったじゃないか。
「知らないよー。穂乃果がご飯食べるときにテレビつける派だったとか、本当は朝食はパンが食べたいのに和菓子屋の娘だから和風な朝食で我慢してる事とか、パンツ脱ぐときは左足からとか、逆に履くときは右足からとか」
「ちょ!!なんでそんなことまで知ってんの!!??」
「え?そうだったの穂乃果?言ってくれれば、朝食くらいパンにするのに」
「今ツッコムとこはそこじゃないよお母さん!娘の貞躁のピンチだよ!」
「なにそんなことで」
「そんなこと!?そんなことなの?」
このあったかさもきっと彼女たちにとっては日常だ。でも、僕にとっての日常じゃない。
別にそれで良いと思った。魚の日常なんて、僕らは知らないし知ったところでどうしようもない。
僕の中で、確かに過去は薄くなって行くんだろう。ぼんやりと境界線が揺れて、次第には溶けて良くわからないものになるかもしれない。
十年後も、二十年後も、覚えている保証なんてどこにもないけど、でもきっとなくなったりはしない。よくわからなくなっても。細かく覚えてなくても。でも、確かにあった。確かに僕の心にあったものだから。
それだけが分かってればいい。それだけを確認していけばいい。いまはこんなに糸があるのだから。
次の日、穂乃果から電話があった。
『雪ちゃん!分かったよ!!ミューズの原動力!』
「へー、で?結局何だったの?」
『みんな!!』
「はい?」
『みんなだったんだよ!一生懸命頑張って、みんなが応援してくれて、みんなが同じ気持ちで頑張って、みんなで前に進んで、みんなで少しづつ夢をかなえて行く。それがスクールアイドル!それがミューズ!」
それがスクールアイドル。それがミューズ。
廃校になりそうになって、それを回避したくて、そして頑張って、実際に回避して。
それを成し遂げたのはミューズで、ミューズを作ったのはみんなだった。ミューズを支えたのもみんなだった。
「ミューズはみんなで、みんなはミューズだったんだね」
『ん?それはちょっとよく意味が分からないけど』
「切る」
『うわあ!ごめ、ごめんごめん!!ちょ、まだ切らないで!』
「・・・・・・なに?」
『それでね出来たんだよ!キャッチフレーズ!だから今から見に来てよ』
「キャッチフレーズ?」
知らない。僕その情報知らない。
『いいから来ればわかるよ!』
そうまで言うので、穂乃果の言うとおりに素直に指定する場所に来た。
といっても目と鼻の先だ。なぜならUTXの正面入り口に設置してある液晶パネルにキャッチフレーズが映るらしいから。いつの間にかツバサさんもいる。やたらこちらを睨みつけてくるがこの際無視だ。
皆を待つ形となって、液晶を見つめる。色々なスクールアイドルのキャッチフレーズが流れてくる中。やっときたミューズの文字。
《みんなで叶える物語》
その文字に、液晶に映る電気信号だけじゃない。それ以上の何かを、きっとここにいる全員が感じ取ったと思う。
「やっっっと見つけたぜえええええええ」
「あ?」
その文字に浸っていたというのに、後ろから肩をたたかれ、振り向く。
「全く手間かけさせやがって海田雪ぃぃぃ」
そこにいたのは警官だった。激しく憔悴しているが。
しかし、まるでその疲れもこれですべて吹っ飛ぶといいたげに手に持っているものを僕の手にかざす。
その物体の名前を思い浮かべる前に、少々力強く押しこまれ、ガチャンという嫌な音がする。
「年齢詐称。労働基準法違反。未成年の飲酒。未成年の喫煙。etc,etc.の容疑で午後4時25分。逮捕」
「え?」
「え?」
「「「「「「「「「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっ!!!!!!!」」」」」」」」」」」
「マジ?」
その物体の名前、手錠。
どうも干妹高宮です。
書くこと、書くこと、書くことがない!そうそうあとがきのネタなんてあると思うなよ!
今確認したらこれで五十話目だ。五十っていったら人間で言うともう初老ですね。もうそろそろこのssもお迎えが来るな。
とはいえ六十くらいまでは!還暦迎えるくらいまでは頑張ります!じじいだからって見放さないで!
これからも応援よろしくお願いします!
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何事も経験だとは言うが服役する経験なんてそんなもんはクラッシャー
ニュース番組の一幕。
『今日未明、十六歳の少年が年齢を偽り、違法なバイトに手を出していたことが発覚し、逮捕されるに至りました。少年は「仕方なかった。お金の為にやった」などと供述しており背景には家族との確執や父親の家庭暴力などがあった模様です。これによりPTAや教育委員会などは青少年の事件の多さを今一度再確認し、再発防止に努めると共に―――――――――――――』
十年後―――――――――。
「やっと、やっと釈放だ・・・・」
釈放の喜びに打ちひしがれていると、目の前にミューズのみんなが変わらない姿でいてくれる。
「みんな!僕、僕やったよ!やっとシャバに出られたよ!」
しかし、僕の言葉は彼女らには届かない。みんな背中を向けてぐんぐんと遠ざかっていく。
「ちょ、待ってよ!待ってってば!!」
ガバッと布団から勢いよく目覚める。どうやら夢だったようだ。目覚め悪い。
そりゃそうだよね。逮捕されるなんて、そんな重い展開絶対夢オチだよね。
「おい、朝食の時間だぞ。早く起きろ」
「はーい」
ちょっと野太い声だけど、希かな?確か今日は希のお宅にお邪魔させていただく手はずだったはず。
・
・
・
―――――――――――――――当然そんなはずはなく。
囚人服を着た囚人たちが集まる中、朝食をとるために給仕係の前に列が形成されている。
夢じゃなかった。
ユメジャナカッタ。
ユメガヨカッタ。
「な、なんで。なんでこんなことに」
おかしい。つい昨日まできゃっきゃうふふと、日常を過ごしていたはずなのに、なんでいきなりプリズンブレイク?なんでいきなりラブもくそもないこんな男しかいない空間に放り込まれなきゃいけないんだ。
「いやだよー。ここに住みたいって言ったことあるけど、あれは言葉の綾というか半ばやけくそだったからで実際現実になるとなるとやっぱりジーザス!」
神様助けて。マジもんの一生のお願いここで使うから。俺まだ使ってないから!
「おい、新入り。お前何してここに入ってきたんだ」
「はい?」
隣に腰かけた明らかに強面の、額に十字傷なんか作っちゃってるオジサンが話しかけてくる。
「あー、えっと。なんだっけ。年齢詐称とその他もろもろ」
飲酒と喫煙なんてのもあった気がする。その二つに関してはなんでばれたのか未だにわからない。飲酒に関しては班長しかいなかったし、喫煙に関してもツバサさんにしか知られていないはずだ。それ以降は姐さんに誓ってやっていない。
「はっ。しょべえな。そんなんでパクられてんじゃねえよ」
「じゃああなたは何で捕まったんですか?」
鼻で笑われた。別に張り合うつもりもないし、そんなんで勝ち誇られても困るのだが一応聞く。
「俺か?俺は駄菓子屋で万引きしたんだ」
「しょぼいな!!」
嘘だろ。その顔で?愚地独歩並の強面なのに?つーか駄菓子屋で万引きって小学生か!
「ふん。甘いな。俺なんかコンビニで止めてあったチャリパクってやったぜ」
「だから低いんだよ犯罪のレベルがよ!」
せめて盗んだバイクで走りだすくらいしろよてめーら。それでも犯罪者か。
つーか何。こいつらこんなヤクザみたいな顔してそんなしょぼい事でここに居んの?しょぼい奴専用の刑務所か何かなの?
「若いのー。そんなことで張り合うだなんて」
「ああん?じゃあジジイは何やってここに入って来たんだよ」
明らかに一人だけ年が離れた老人が口を出してくる。
「わしはなーあれはなー仕方がなかったんじゃ。だれだってあの状況下ではおんなじことになっていただろうなー。もう何十年も前の事じゃ」
口ぶりから察するに相当重い事件なのかもしれない。何十年もここにいるということからも事件の重さが匂わされる。
ごくりと、三人で生唾を飲み込む。
「プリン」
「は?」
「プリンがのー、食べられておったのじゃ。わしが大事に大事に取っておいた農協が作ったあの昔ながらの固いプリン。あれ探すの苦労したのにクソ親父の野郎。それを一言の詫びもなく食いやがったんじゃ・・・・・・あれ?誰もいない」
開始三秒ほどでみんないなくなっていった。確定だ。ここはくだらない奴が入ってくるとこなんだ。
「おい、お前に面会だぞ」
なんとか一日が終わり、これからどうしようかと模索していたところ、看守に声をかけられ面会室へと通る。
「雪ちゃん!」
そこにいたのは穂乃果達ミューズだった。捕まる直前になんとかして僕を釈放してもらえるように頼んでいた。
「聞いて!なんとか方々に駆けずり回って減刑を取り付けたんだにゃ!」「一年だって!それまで刑務所でおとなしくしててね?」
「いや違ううううううううううううう!!!」
凛と花陽の報告に思いっきりシャウトする。
「チゲーだろ!何減刑で喜んでんの?一年もあったらこの物語終わっちゃうだろーが!」
「仕方ないでしょ。どれもこれも一応は事実なんだから」
「確かに!これは抗えない・・・・・ジーザス!」
ってバカ!本格的に終わる!最終回になる!
絵里先輩の言葉に何とか反論する。
「いや考えても見てよ。どれも確かに僕に責任はあるけど捕まるようなことじゃないんだって。法律的には責任はお店側とか保護者とかに行くんだから」
僕はまだ未成年だ。刑の内容を見ても情状酌量の余地はある。
「真姫ちゃん!お金の力で何とかしてよー。こういうときの為のお金持ちキャラでしょ!?」
「違うわよ!!あんた本当に遠慮がなくなってきたわね!」
やだよー。この年で前科持ちになりたくないよー。確かに危ない橋渡ってたけど、確かにそうなるかもって考えたけど、でもまさかこんなちんけな子供本気で捜査して捕まえるなんて思わないじゃん。
「ていうか、怪しいとは思ってたけど、本当にそんな危ないバイトしてたのね」
「ぐっ」
にこちゃんから指摘され、顔をそむける。そう、どれも確かに自分の意思でやってしまっていることだ。それに後悔も反省もないけれど。
「これ、あの日雪君の家から持ってきてしもうてね。返すタイミングが見つからなかったんやけど」
そういって希が懐から取り出したのは、一冊のノート。そのノートの表紙には幼い字でにっきとだけ綴られている。
「それ・・・・・」
確かに、家を出るときになくしたものと思っていた日記。希が持っていたのか。
今はガラスが隔てているので返してもらうことすらできない。
「もしかして、読んだ?」
恐る恐る。本当に恐る恐る聞いた。
返事は頷きで帰ってきた。
「え?なになに?なにそれ?何の話してんの?」
穂乃果はきょとんと僕と希の間を視線が交差している。他のみんなも同じ反応だ。
「大丈夫や。中身は誰にも見してへんよ」
良かった。ほっと胸をなでおろす。
「いや良くねえな!少なからず希は読んだんでしょ?」
「うん。色々、書いてあったね」
ぎゃああああああ!!
おもいっきし頭を抱える。あの日記には小さいころから、溜まったストレスとかその他もろもろ本当に赤裸々に綴ってある。だって誰かに読まれるなんて想像もしてなかったんですもの!誰かが家に来ることすら想像してなかったんですもの!
そんな日記を知らないところで読まれるなんて、いや知ってるところで読まれるのもきついけど。
「まあとにかく、なんとか釈放扱いにならないか私達も頑張りますから、雪はくれぐれも問題を起こさないでくださいよ」
いや頑張るって何をどう頑張るんだろう。
そこはかとなく不安なのだが、結局のところ僕には何にもできないので頼み込む事しかできない。
「よう!お前もやらねえかバトスピ!」
「やんねえよ!」
なぜか囚人たちの間ではバトスピ大会が行われている。緊張感ねえなホント。大の、それもこぞっていかつい男たちが鉄格子に囲まれた部屋でカードを並べている姿は滑稽を通り越して恐怖ですらあった。
そんなバカ達は放っておいて、僕はある一つの計画を練っていた。
脱獄。
もうそれしかない。こうなったら自分で脱獄して無実を勝ち取るんだ。
そのためにはまず看守を手なずけて・・・・・・。
「はっはー、ここでドラゴン・オーバーレイだ!」
「看守もやってんじゃねーか!!」
なんで看守も囚人に交じってバトスピやってんの。いや僕も好きだけどね。
もうこれ正面から脱獄したほうがいいんじゃね。
そう思っていたのだが、次の日にやってきたツバサさんによって僕の計画は意味をなくす。
「さ、釈放よ」
「え?」
言っている意味が分からず思わず聞き返す。
「だから、釈放だと言っているの。なによ、ここから出たくないの?」
むーっとほっぺを膨らますツバサさんに、意味は分からずとりあえず釈放される。
後ろ手に閉まる出口から日の光が差し込む。
「おー、彼女か。ええなあええなあ」「じゃあな駄菓子屋のババアにあったらもう居眠りすんなよって伝えておいてくれ」「わしはプリン買ってきて!かっちかちに固まってるプリンじゃぞ」
鉄格子越しにバカでかい声でしゃべるバカ囚人はほおっておいて問題はないが、この釈放については問題、というか疑問しか残らない。
「なんで僕釈放されたんでしょう?」
「うん?それは、あなたがダシに使われたからよ」
「はい?」
ダシ?べつにおみそ汁に使ってもおいしくないと思うが。
「そう言う意味じゃないわよバカ。本当にあなたは想像の斜め上ね」
なんだか聞かれていたようで、若干恥ずかしくなるもその後のツバサさんの言葉に耳を傾ける。
「つまりね。欲しかったのはあなたじゃなくて、あなたを雇っていた法律ぎりぎり、むしろ片足突っ込んでる店側の方を摘発したかったのよ」
あー、なるほど。
ポンと一つ手をたたく。僕が逮捕された理由にそんな裏側があったなんて。確かに店の事について根掘り葉掘り聞かれて、全部しゃべったけど。あれはそういう意味だったのかと今さらながら合点がいく。今思い返してみればなんだかあの警官、ほくそ笑んでいた気がしないでもない。
「ん?でもそれじゃあ・・・・・」
「ふふふ、そうよ。あなたはもう危ないバイトは出来ないのよ!!」
なぜか嬉しそうに言うツバサさんの言葉にぴしゃーんと雷がうたれたように電撃が走る。
「バイト先が摘発されたということは必然的に俺もクビに・・・・・?」
「そういうこと」
これはやばいぞ、色々とやってきたバイトが全部一気になくなるということは生活がー!お金がー!
と、一瞬思ったもののよくよく考えてみればもう父親に生活費を払うことはないのだし、家賃も残念ながら払わなくていい。一応居候させてもらっている穂乃果の家には食費を入れているくらいで、お金は前ほどかからなくなった。
と、いうことは。
「別に支障ないな」
「そうね。雪もわかってくれたようで良かったわ」
先ほどから終始顔が満足げなツバサさん。いやそれよりもどうやって僕を釈放したのか気になる。権力的な何かか。権力的な何じゃないだろうな。
「権力的な何かよ」
権力的な何かだった!やっぱり権力的な何かだった!
「いやほらアライズのリーダーやってると色々顔が利くのよ」
「やめてやめてそういう田舎特有の権力者のつながりとか聞きたくないから」
別にここ田舎じゃないけど。でも想像したくない!
「まあとにかく釈放おめでとう。警察に利用された気分はどう?」
「そういうの聞きます?」
ひやっとしたけど、でもまあ無事だったんだ。良しとしよう。
「ただいま」
とりあえずみんなに釈放されたことを伝え、穂乃果の家に荷物を取りに来たところ。
「あ!雪さん!」
「亜里沙ちゃん」
穂乃果の家には制服姿の亜里沙ちゃんの姿が。雪穂と遊んでいたのだろう、お邪魔しないうちにとっとと希の家にいこうと挨拶もそこそこに荷物を取りに行く。
すると後ろに亜里沙ちゃんがついてきて。
「雪さん!ウチにはいつ来るんですか?お姉ちゃんが家を掃除したり、新しい寝間着を買ったり、そわそわしてるんですよ?」
「あー、でも行くのは来週以降だからちょっと待っててって言っといてくれる?」
「そうなんですか。うちはいつ来ても良いですからね!?そうだ雪さんも見てください!」
荷物を取り終わり、ん?と振り返ると、亜里沙ちゃんはやや緊張した面持ちで「ミューズ、ミュージックスタート!!」と、ミューズの掛け声をまねた。
「ど、どうですか?練習したんですよ?」
「どうですかって言われても・・・・・・」
良いんじゃないとしか言いようがない。そもそも練習するほどのものか、すぐできるだろ。大体なんでそんなことをやっているのか。
「さっき穂乃果さんにも見てもらったんです」
「そうなんだ」
「亜里沙。説明しないと何が何だかいきなりじゃわかんないでしょ」「あ、そっか」
雪穂の言葉にようやく分かってくれたようで、亜里沙ちゃんが説明してくれる。
「私達音ノ木坂に受かったんですよ!」
「え?そうなの!?」
前々から音ノ木を受けるんだとは聞いていたが、まさか服役中にそんな大事なイベントがあっていたなんて。神様のバカ。
「そっか、それはめでたいね。ごめんね、合格発表時にいなくて」
「別に良いでしょ。そんなん当日にいなくたって」
雪穂は照れているのか拗ねているのか、そっぽを向いて顔を合わせてはくれない。
「そうだ、お祝いしなくちゃだね。僕にできる事があればやるよ。なにがいい?」
「本当ですか!?」
亜里沙ちゃんが目をキラキラと輝かせながら前のめりになっている。なんだろ、僕何お願いされちゃうんだろ。
「それじゃ、それじゃ、えーっと何してもらおうかなー。一緒に買い物とか、一緒に遊園地とか、一緒に映画とか」
「別にいいけど、それでお祝いになるの?それくらいならいつでもできるじゃん」
「いいんです!私にとってはご褒美なんです!それとは関係なしにいつでもって何ですか!誘っても良いってことですか!?」
「いやむしろ、誘っちゃいけない理由なんかないでしょ」
それとも何、僕ってそんな誘いづらい雰囲気出してる?そんな固いオーラ出てた?
「ふああ!!でも、でもでも!お姉ちゃんの事を考えると亜里沙は自嘲しないと行けなくて・・・・あーもどかしい!」
「良いから話を戻そうよ」
若干冷めた目つきでみていた雪穂が逸れた話題を本題に戻してくれる。
「そうだった。つまり、音ノ木に受かったから私達もミューズに入りたいんです!」
「ミューズに?」
ああ、それで掛け声の練習ね。なるほどようやくつながった。
「そうなんです!踊りとかも雪穂と二人で練習してて・・・・・私達ミューズに入れると思いますか?」
不安そうに瞳が揺れる。でも、その不安を解消してやることは僕にはできない。頑張れば絶対入れるよ。なんて無責任なこと言えないし、そんな権限、僕は持ち合わせていない。勿論君たちには無理だ。なんと言うことも同様に出来ない。
「雪穂も、ミューズに入りたいの?」
「うん?・・・・まあ、どうかな」
歯切れの悪い雪穂に亜里沙は抱きつく。
「ちょっと!一緒にやろうっていったじゃん!」
「いや、スクールアイドルはやるつもりだよ。お姉ちゃんを見てたらなんだかやってみたくなっちゃったし。でも、ミューズは―――――――――」
「?」
亜里沙と雪穂。二人がもし仮に、ミューズに入ったら。そしたら僕は、また以前のように、全力で応援できるのだろうか。二人が入ったミューズは、ミューズと呼べるのだろうか。
誰かが欠けたミューズは果たして―――――――――――――――。
「あら、雪君。もう行っちゃうの?」
「あ、叔母さん」
気づくと店番から戻ったのか、叔母さんが僕の後ろで寂しそうに笑う。
「ええ、一週間お世話になりました」
「いいのよ。楽しかったわ。また何かあったら。何かなくてもいつでもうちに来ていいからね、ここがあなたのお家だと思ってくれていいから。なんならうちの子になっちゃう?」
最後の言葉は、本当に僕の心の奥底を揺さぶってくる。正直今すぐにでもよろしくされたい。
でも、それはきっとダメだと思う。
もしその提案に乗ったら、幸せで楽しい毎日が送れるんだろう。笑って泣いて怒られて叱られて。そんな普通の、僕の理想としている毎日が送れるんだろう。
でもその毎日は確実に僕の過去を蝕む。きっとその毎日は、過去の毎日を食いつぶしてしまう。塗りつぶしてしまう。きっと、過去をなかったことにしてしまう。
僕は僕自身がそういうやつだと知っている。だからその提案を受け入れることは出来ない。たとえひどい過去でも、忘れてしまいたい過去でも。僕の一部なんだ。忘れるなんて、なかったことになんてしちゃいけない。
「あ、それとも本当に息子になっちゃう?義理のだけど」
「ちょっとそれお母さんどういう意味!?」
「あら?誰も雪穂の事なんて言ってないけど?」
「この・・・・・!」
親子喧嘩の火ぶたが落とされた瞬間を見届けて、僕はほむらを後にした。
「雪ちゃん。もう行っちゃうの?」
ガラガラと扉を閉めると、練習終わりの穂乃果の姿。走っていたのか、額にはうっすらと汗がにじんでいる。
「うん」
「そっか、またいつでも来てね?昔みたいに用事がなくてもさ」
「そうだね、金欠になった時なんかはお言葉に甘えるとしよう」
「用事がなくてもって言ったじゃん」
「そうだった」
二人でひとしきり笑って、服役していたことなんてきれいさっぱり忘れた。やっぱり穂乃果は凄い。ミューズはすごい。
穂乃果と別れて、希の家へと向かう。前に、一つだけよるところがあった。
いくら前よりお金が必要なくなったとはいえ何もしなくていいほど残念ながら僕の人生は生き易く設定されていない。ある程度の生活保護があるとはいえ、やっぱりバイトは必要だ。
「ということで、働かせてください」
「何がどういうことでなのかさっぱりだが、まあ人手が足らん。猫の手よりは役立てよ」
「はい!」
社長、もとい班長に頭を下げて、相変わらずあっさりしていたけど現場復帰。ということかな。
どうも普通の女の子じゃ満足できない高宮です。
5thライブのブルーレイがついに発売、そして試聴動画も解禁いうことで上がってきた!一万八千円だ!また財布が軽くなるぜ!ひゃっはー!
次回も頑張ります。
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十と九
味噌の良い香りで、自然と目が覚める。
「あ、目、覚めたん?ちょっと待ってな。今朝ご飯できるから」
希の家に居候させてもらって早5日。今日も今日とていつも通り、希は僕が目覚めるより早く起きて朝食を用意してくれている。
「・・・・なんか夫婦みたいだな」
「&%l#%&ふっ#$!!///」
寝ぼけた頭で希がワタワタしているのをぼーっと眺める。朝から元気だなー。
「っはーはっーはー」
落ち着いたのか、深呼吸を何度か繰り返すと希はゆっくりと振り返った。
「もうー、雪君?そう言うの軽々しく言ったらあかんよ?特に他の女の子に言ったら絶対あかんで?勘違いしてしまうやん」
「うん?・・・うん、分かった」
僕としてはポロっと出たひとりごとみたいなものだったのだが、こうも取りみだされると若干傷つく。今もなお希は髪をいじくったり無意味に冷蔵庫を開けたり閉めたりしていて全然落ち着きがない。もったいないから冷蔵庫は閉めた方がいいと思う。
こう独り暮らしが長かったためか、独りごとがもはや習慣みたくなってしまっている。その事を反省しつつ、身支度を整え希が用意してくれたおみそ汁をすする。相変わらずおいしい。
「希のおみそ汁は飽きないよね。毎日作ってほしいくらいだよ」
「ぶふっ///」
向かい合うように座っていた希は、すすっていたおみそ汁を盛大に吹く。
「どうしたの?」
「雪君!もうさっき!ほんの数分前に言ったばっかりだよ!?そういうの軽々しく言っちゃダメって!!」
えー?おみそ汁作ってほしいってリクエストしちゃダメなの?それとももっと重い感じで言った方がいいのかな。ちゃんと心をこめて言えってこと?
「希、僕の為に毎日おみそ汁作ってくれ!」
「悪化した!!」
言った瞬間、ガン!と脳天直撃チョップを食らわされた。どうやらこの言い方でもダメだったらしい。どういえば良いというのか。
「もう、本当に雪君は雪君やね」
そう言った希は目を会わせてくれない。その言葉の意味を深く考える前に時間に押し出された。
「ほら、もう早くせんと遅刻するで?生徒会長が遅刻はあかんやろ」
「・・・・・・そうだね」
朝と打って変わって昼休み、いつもならお昼は仕事がある例外を除き、教室か食堂で過ごしているのだがここ一週間ほどは生徒会室に入り浸っている。
仕事の為。ではなく。
「あの、書記さん?」
「・・・・・・何?」
「いい加減機嫌直してくれません?」
「・・・・やだ」
僕が捕まったということはすぐさま学校中に広まった。噂や世間話の格好の的となってしまった僕はいささか好奇の視線を向けられる事が多くなり、こうして誰もいない生徒会室でお昼を過ごしているということだ。
まあ生徒会長が逮捕なんて、洒落でも笑えない。それが事実ときたもんだ。格好の餌食になってしまうのはいたし方ない。
「いやほら、捕まったのは事実だし、人の噂も七十五日っていうじゃん?先生たちからはもうお許しが出てるんだしさ。だからほとぼりが冷めるまでじっとしておいた方がいいと思うんだよ」
「・・・・・・・・」
書記さんは納得がいっていないのか、なおも目に見えて不機嫌だ。
「それにほら、僕と一緒にいると書記さんまで何か言われちゃうよ?」
「・・・・そこですよ」
「へ?」
「前にも言ったはずですけどね。この際分かってないようだからもう一度一から言ってやりますよ!私が怒ってんのはそこなんですよ!なに!?あなたと居ると私まで何か言われる?それがどうしたってんですか!そりゃ何か言われるのはむかつきますけどね!あなたが!当の本人であるあなたが気にしないって言ってんのに!私が気にするような程度の低い人間だと思われてた事に私は一番むかつくんですよ!」
そこまで一息で言った書記さんは肩でゼーゼーと息をしながら、こちらを睨みつけてくる。
「・・・・・わたしじゃ、噂を止めることも、あなたを慰めることすらできないから。だからせめていつも通りでいようっていうのにあなたときたら・・・・・!」
最初の方こそしおらしかったのに、段々と怒りが再燃してきたのか目に怒りの炎が揺れているのが分かる。
「わわ、ご、ごめん。書記さん」
「別に、いいですもう」
本格的に拗ねられてしまったようで、書記さんは背中を向けてしまう。
「・・・・・ありがとね。そんなに想ってくれて、それなのに台無しにしちゃうようなこと言ってごめん。でもちゃんと感謝してるんだよ?書記さんが僕のそばにいてくれて、幸せだって」
「・・・・・・・・・むぐ///」
背中を向けていた書記さんは、そのまま足を抱え込んで椅子の上で体操座りをしてしまう。あれ?伝わんなかったかな。
「・・・・海田君の恥ずかしいと思う基準が知りたい」
なんだかよくわからないけど分かった。書記さんの機嫌が何とか治ってくれたようだということが。
「・・・・・じー」
視線を感じる。その感じる視線の先を追うと、ドアの隙間にぴったりとくっついているツバサさんがいた。
「何してるんですか?」
「・・・・別に」
僕たちに気づかれたからか、もともと隠れようという気がなかったのか、まるで何事もなかったかのように隣にちょこんと座る。
「・・・・・・」
「あ、あの何してるんですか?何か生徒会に用とか・・・・?」
隣にいるツバサさんは不吉なオーラをビシビシと放っていて、若干居心地が悪い。
「何?用がなくちゃ来ちゃいけないの?そんなことないわよね?そんなことないって前言ってたもんね?」
「は、はい・・・・・」
確かにかなり前、僕が生徒会長になりたてのころにそんなことを言った覚えはある。良く覚えてらっしゃる。
・
・
・
「いや、あの、いい加減にしてもらって良いですか?」
なんなんださっきから。一言も言葉を発さず、かといって僕と書記さんがしゃべろうとするとガンとした眼で睨みつけてくる。なにがしたいんですかこの人。なんで唯一安心できる生徒会室でこんな息苦しい思いしなきゃならんのだ。
「ふぅ、そうね。書記さんには後で話があるとして」「ぴゃっ」
ツバサさんの異様な圧に、左隣にいる書記さんは今にも泣きそうだ。いや、よくよく見てみると喜んでいる。ああ、ツバサさんと二人っきりになれると喜んでいる書記さんの心境が痛いほど伝わってくる。
「まあぶっちゃけここには用があってきたのよ」
「あるじゃん用」
さっきの僕に対しての圧はなんだったのか。
「うん、まあこれを聞こうかどうか、私は凄く悩んだわ。正直今でさえ聞くのが少し怖いのだけれど、でもいつまでもこのままじゃいけないと思うから。はっきりしておきたくて」
そういうツバサさんの顔は不安げに揺れているものの、決めたことなのか引くつもりはなさそうだ。
いったい何を聞かれるのか、心当たりがまるでない。
「・・・・雪、あなたもしかして穂乃果の家に同棲している。とかじゃないわよね」
「・・・・え?」
「へ?」
書記さんは面喰っているようで、僕の顔を盗み見るように瞳が動く。しかし、面喰ったのは書記さんだけではなくて、僕も同じだった。
「答えて、雪」
えー。なんだかすごくツバサさんの顔が近いが、そんなことを言っている場合ではない。なに?同棲?どうせいって、同じ姓って意味でも、同じ性って意味でもなくて、一緒に住むって意味の同棲?結婚秒読み間近とかのカップルがするあの同棲?
「そんなのしてるわけないじゃないですか」
困った顔になっているのが自分でもわかる。大体なんでそんな話になるって言うんだ。同棲だなんて、付き合ってすらいないぞ、そんなチャラい奴だと思われてたのか。
「・・・・・・そうよね?同棲だなんてそんなことしてるわけないわよね?毎日朝食作ってもらったり、穂乃果のおみそ汁を毎日食べさせてくれとか言ってるわけないわよねー?」
何そのいやに具体的な想像。あれ?でもなんか似たような事をした覚えが。
なんだっけ?頭に靄がかかったようで、気持ち悪い。思い出せ僕。
「そうですよー。大体私達高校生ですよ?そんなテンプレラノベみたいなことあるわけないじゃないですかー」
「そうよねー。早とちりしちゃったわー」
「大体どこからそんな話になったんですか」
「いやほら、高坂さんに負けた理由を聞いたときにね。雪が変なこと言うもんだから」
「変なこと?」
「うん、なんか自分の家がなくなって穂乃果の家に帰るなんていうのよ。そりゃ勘違いするって」
「なるほどー、それは勘違いしちゃいますね?」
二人は安心したのか屈託のない笑顔で笑う。そんな二人をよそに、記憶を思い出していると、ようやく今朝の一幕を思い出した。
「ああ、言った!言ったわ僕。そのみそ汁作ってくれってやつ、今朝僕言いましたよ。いやー、思い出せてすっきりした」
二人の笑顔の輪に僕も加わろうと顔を上げると、二人とも氷河期のように表情が凍りついていた。
「あれ?どうしたんですか?」
「雪、なんて言ったの今」
「え?だから、今朝僕の為におみそ汁を毎日作ってくれって言ったんですよ。まあ怒られちゃったんですけどね」
まあそれ言ったのは穂乃果じゃなくて希だけどね。たははと笑いながら照れて頭をかいていると二人の頬が引く付いていることに気がついた。
「笑ってんじゃないわよ!!何!なんなの!同棲じゃないって言ったじゃない!何プロポーズしちゃってんの!?ああ、プロポーズしたからもう同棲じゃないとかそう言いたいつもりこのバカ!」
うわーんと、ツバサさんは一目散に走り出してしまう。泣いていたような気もする。
「え?なに?」
意味が分からずにツバサさんが走り去って行った方向を見つめてみるも、勿論分かるはずがなく。
「ねえ、書記さん。なんでツバサさん走り出して行っちゃったの?」
「海田君」
「うん?」
書記さんは俯いている。顔の表情までは読み取れず顔を覗きこもうとしたところ。
「この浮気者ー!」
「ぶべら!」
その一言共に思いっきり頬をたたかれる。
「それならそうと、早く言ってよ!そうすればこの気持ちにも――――――――――」
今度は確実に泣いている書記さんが、ツバサさんの後を追っかけるように立ち去って行った。
「・・・・・・なぜに?」
取り残された僕には、茫然自失とするしかなかった。
放課後になっても、二人とは会えずじまいで。
学校の情報や、テスト結果などが張り出される掲示板の前。僕は立ち尽くしていた。
『海田雪!事実上の結婚か!?』
その掲示板の一面にデカデカと張り出されているのは新聞部の校内新聞。
折れそうになる心を必死に奮い立たせて続きを読む。
『今日未明。新聞部員の諜報活動により海田雪が幼馴染であるスクールアイドルK氏に「毎日俺の為にみそ汁を作って下さい」とバラの花束と共にプロポーズしたことが発覚しました(笑)。海田氏はこのほかにも数名のスクールアイドルと肉体的な接点があり、我が校のスクールアイドルとも密接な関係であるということからこちらも調査を進めて行きたい所存であると――――――――――――』
「尾びれ背びれぇぇ!!(怒)」
思いっきり新聞を二つに引き裂く。なんだこれは、事実無根も甚だしい。というかほとんど嘘じゃねえか。なんだ肉体的接点て、ねーよんなもん。
「あ、あれみて。浮気会長だわ」
「ホント、次はアライズも狙ってるって噂よ」
「いや、目があった。孕まされるかも」
よくよく見てみると、周りも似たような反応だ。つーか早くね?情報回るの早すぎじゃね?今朝からのこれって、新聞部有能だな!・・・言ってる場合じゃねえ!
「いやー、雪。お前本当に最難なやつだな!」
後ろから声をかけて近づいてくるのは英玲奈先輩。顔はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「言ってる場合!?英玲奈先輩何とかしてくださいよ」
「無理!」
即答だった。ていうか相談する相手を間違えている。
「まあいいじゃん。誰にも迷惑かかってないんだし」
「かかってるよね。がっつり我が校のスクールアイドルとか書かれてますよ」
「それに関してもほっとけば大丈夫。どうせあんじゅとかツバサあたりがなんとかするだろ」
適当だなー。と不安になっているとまた周りがひそひそと騒がしくなってくる。こんな噂が立っているど真ん中で英玲奈先輩と一緒にいるのはまずかったか。
そう思い若干数距離を取ろうと一歩動いた瞬間、がっちりと肩を組まれる。
「なんなら持つか?肉体的接点」
「な!///ば、バカじゃないの!?アンタほんとにバカだろ!///」
「おーおー、初々しいなー。かわいいかわいい」
そういって高らかに笑う英玲奈先輩は生徒たちの人混みの中に紛れる。からかわれたのか、励まされたのか、相変わらずよくわからない人だ。
そんな放課後も終わりを告げ、身支度を整えて家(といっても希のだが)に帰ろうかというところ。校門に不自然な二つの人影が。
「雪穂?と、亜里沙ちゃん」
「あ、雪さん」
やや緊張した面持ちで二人は校門に佇んでいた。まるで誰かを待っているみたいに。
「どうしたの?」
「遅い」
「雪さんを待ってたんです」
「僕を?」
なぜに?
「それにしてもすごいところですね?ハラショーです」
後ろにそびえたっている学校を見上げながら亜里沙ちゃんは感嘆している。雪穂はちらと目線を泳がしただけで大して興味はなさそうだ。
「毎日こんなところに通ってるんですね。それに生徒会長って、尊敬します!」
「いやー、そんなことないさ。・・・・・・本当に、そんなことないんだよ」
亜里沙ちゃんの純粋な尊敬のまなざしが痛い。だって僕人望ないもん。浮気生徒会長とか言われる始末だもん。半ば自業自得とはいえ。
あれ?つーかこの状況はやばいんじゃないか?
そう思ったがもう遅い。周りからは奇異な視線が容赦なく浴びせかけられている。うわー、明日学校行きたくないなー。
「それと明後日からですよね。うちに来るのは」
「そうだね。よろしく」
「はい!もうお姉ちゃんが世話しなくってしょうがないので早く来てください!」
なんとか二人には悟られないようにひっそりと落ち込む。もう遅いかもしれないが、一応人目がつかないとこに移動する。
「いいから早く本題」
「あ、そうだった」
なんかつい最近も似たようなやり取りを目撃した気がした。それはともかく、亜里沙ちゃんの瞳は徐々に固さを増して行く。
「あの、前に私がミューズに入るって話したの覚えてますか?」
「うん、覚えてる」
「あれなんですけど、やっぱりやめておくことにしました」
「―――――――――――――なんでって、聞いても良いのかな?」
「はい!穂乃果さんにも言ったんですけど、雪さんにも伝えておきたくて」
僕に伝えたい?その言葉が引っ掛かる。が、亜里沙ちゃんは気付かないようでなおも言葉を紡ぐ。
「やっぱり私が好きなミューズは今のミューズなんです。今の、お姉ちゃんたちがいる
ミューズが好きで、ミューズの
「亜里沙は強いんだね」
「ふぇ?」
綺麗なブロンドの髪をさらさらと撫でる。本当に、憧れると言われたけれどそんなのこっちのセリフだ。僕の周りにいる人は強い人が多すぎる。
「といっても、私も雪穂に諭されたんですけどね」
「別に、そうした方が良いって思っただけだよ。どっちにしろスクールアイドルはやるつもりだし」
「そっか、やるんだね。なら全力で応援させてもらうよ。練習とかちょっとは見れると思うし」
「ほんとですか!?やった!」
喜ぶ亜里沙ちゃんを最後に、フルフルと手を振る。
その事に強い違和感を覚える。なんで今、僕は安心したんだ?と――――――――――――。
「おかえりなさい。
「た、ただいま」
結局、その答えは出ないまま、しかたなく希家に戻ると希はエプロンにお玉を持って変なことを言っている。
まあ、あなたって呼ばれることもなくはないし、お昼にも書記さんに言われたし、特段変なことでもないか。
そう思いなおしたのも束の間。
夕食の準備を手伝い、食卓にはおいしそうな食事が並んでいる。そのこと自体は何ら不思議ではない。
「ほら、まだいっぱいおかわりあるから、遠慮せんでえんやで?」
「遠慮って言うか、うん。その・・・」
夕食の準備を手伝っている時にも薄々感づいていたが、食卓の色どりがおかしい。
「こっちはね、赤みそでといたアサリのおみそ汁。そんでもってこっちがわかめと豆腐のおみそ汁。そしてこっちがなんとおみそ汁」
「みそ汁しかねえじゃねえか!!」
真っ茶色。もうものの見事に茶色一色な食卓だ。伊藤家もびっくりだよ。
「主食は!?おかずは!?これ汁物だけじゃお腹タプタプになるだけだよ!」
「おかわりもたくさんあるから心配せんでええよ」
「聞いて!お願いだから俺の話聞いて!?どこ見てる!?俺の事見てる!?」
確かにキッチンには鍋が三つも四つもあり、そのどれもがいっぱいにみそ汁が出来上がっている。
なんでこうなった。昨日まではごく普通だったのに。
「ほら、今朝おみそ汁作ってくれって言ってたやん?」
「それで!?それでこのおみそ汁オンパレード!?」
あれは別にこういう状況をさしていたわけではないんだけど。つーか、ちょっと考えれば分かるだろ。バカ?バカなの?バカなんだろ?
今日はなんなの?厄日?
「あ、そうだ雪君。食べながらでいいから。これ」
僕が目の前に広がるみそ汁の無限地獄となんだかんだ格闘していると希が一冊のノートを取り出す。
僕の日記だった。
取り返そうと何度か手を伸ばすものの、右に左にすべて見事に交わされる。
「か、返して・・・・・」
「うん、元よりそのつもりやけど」
そういうと、希は日記の代わりに一枚の薄紙を机の上に差し出した。
「結婚しよっか」
「・・・・・・・・・・え?」
ああ、厄日だ今日は。
どうもアイアムボトムサウンド高宮です。
学校が始まった。地獄のような日々が。というのは言い過ぎですが、憂鬱さでいえばどっこいどっこいです。
と、思っていたのですが、ようやく!ようやく5thのライブブルーレイが発売になりますね!すごく楽しみです!もう一カ月もないよ!
とか思ってたらすぐに劇場版のブルーレイですよ!もうテンションあがって学校なんか苦じゃないっすね。
ということで次回もこのテンションを維持したまま頑張りたいと思います。
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みそ汁は一日一杯まで
「結婚しよ?」
目の前にいる希はいたって真剣な表情でそう言う。そこにいつものふわっとした曖昧さは微塵もない。
その証拠に、目の前に差し出された茶色の薄紙は『婚姻届』とはっきりとそう書いてある。
「えーっと・・・・」
困惑する僕。いやそりゃするでしょ。普通こんないきなり結婚なんて申し込まれるはずなんてない。困惑するし、混乱する。
「・・・・そうだよね。いきなりこんなこと言われても困るよね?でも、本気だよ」
そこにはいつものエセ関西弁はなく、真剣な表情に釣りあおうとするかの如く真剣な声色だった。
「これ読んでね。本当に苦しかった。いろんなことが書いてあって、人の傷とか、そんなものよりもっと生々しい何かを見た気がした。でも、終始伝わってくるの。孤独、寂しいって、それだけは一貫して、強く伝わってくる」
希は、ぎゅっと僕の日記を抱きしめる。
確かに、僕は寂しかった。一人で、独りで、ヒトリで、どうしようもなくさびしかった。誰にも僕という存在を見てもらえなかった。認めてなんかくれなかった。
だから最初にお父さんに暴力をふるわれた時、痛いよりも、悲しいよりも、まず最初に出てきた感情は、嬉しいだった。見てもらえたから。僕という存在をなかったことにしていた父親が、初めてその瞳に僕を映したことが嬉しかった。まあそんなものはすぐに消え去っていったけれど。
やっぱり暴力は嫌だ。寂しいのもいやだ。誰かに見てもらえないのは嫌だ。誰かに裏切られるのは嫌だ。どれほど強がったって、どれほど見栄を張ったって、それは変わらない。
そんなこと大したことないって言うやつがいるかもしれないが、そんなのは痛みを知らない幸せ者だ。そして例外なく、幸せ物は自分の幸せに鈍感である。
僕もそう。事実。今、目の前に僕の痛みを知って、それを和らげようって、なんとかしたいって思ってくれている人がいる。これが幸せでなくてなんだというのだ。
そう、今僕は幸せだった。
家族が欲しかった。普通の家族が欲しかった。誰に願っても、誰に頭を下げても手に入れられないもの。一緒に泣いて怒って笑って心配してくれる。そんな家族が欲しかった。
「でも、ごめん」
だからこそ、僕は断る。家族が欲しくて、居場所が欲しくて、暖かいモノが欲しかった。僕の心を、優しく温めてくれるひとが欲しかった。
叶わないと思ってた。神に願っても、サンタに願っても、お金を手に、願っても。
でも叶ったんだ。いや、もとから見当違いの願いをしていたんだ。とっくに手に入っているものを、僕は必死に願っていた。
家族がいた。僕が記憶から封印していた、僕が願って願ってやまないはずだった家族は、僕自身がなかったことにしてしまっていた。弱くて弱くて、受け止められなかったから。
僕の願いを僕が握りつぶしてしまっていた。
家族も、居場所も、僕を暖かく包み込んでくれる人も、僕にはできた。願っても願ってもできなかったものが、気づいたらもうそこにあって、そこに、僕はいて。そこで僕は心から笑っている。
だから、希の気持ちには答えられない。僕を心配して、僕の願いの為に。家族が欲しいという僕の願いの為に自らが家族になろうと、結婚までしてくれると言ってくれる人の優しさに付け込んではいけない。嬉しいけど、でもそんな自分を犠牲にするようなやり方を、僕はしてほしくない。
彼女たちが僕を心配してくれるように、僕もまた、彼女たちを心配しているのだ。
「ていうか現実的な話。僕はまだ16歳なので法律上結婚できません」
さんざ法律を踏み倒してきた僕が言うのもなんだが、出来ないものは出来ない。
「は!そうか、・・・・・しまった」
どうやら、そこには気付いていなかったらしい。希は本当に悔しそうな表情を見せる。その表情に僕の気持ちはグラついてしまう。もしこの機会を逃したら、永遠に結婚できないかもしれない。僕なんかとたとえ同情でも結婚してくれるという人なんかが、この先現れるとは思えない。
あれ?もうこれは四の五の御託並べてないでさっさと印を押すべきでは?法律?知らんそんなもん。
「でも!こう事実婚とか!籍を入れるだけでも!」
「だからそれができないんだって!」
ううう、と頭を抱える希。
「いやほら、その、なに?気持ちは嬉しいけど、でも僕としてはやっぱりもうちょっと考えた方がいいよ。結婚なんて重大なことはさ」
僕の事を心配してくれるのは嬉しいが、そんな感情で結婚するのはやっぱり間違ってると思う。
「考えたよ。いっぱいいっぱい考えて、それで出た結論がこれなんよ」
希の顔は本当に悲しそうで。
「うん、でもやっぱり僕が寂しいから、家族が欲しいからって理由で希が将来を決定するのはダメだよ。僕の願いはもう叶ってるし、そうでなくても僕の願いに希を巻き込むわけにはいかない」
そんな顔を見てると余計にそう思う。結婚なんて特にだ。
「うん?待って、それって私が雪君の境遇に同情して結婚しようって言ってるって思ってるん?」
「違うの?」
(あれ?結婚しようって言った時点で私が雪君の事好きってばれてるよね?違う、のかな?)
希は何事か思案するように顎に手を置き、一言口を開く。
「・・・・・・色々こんがらがってるけど、一個だけ聞いて言い?」
「うん」
「雪君はうちの事が嫌いでふったん?」
「ううん」
「そっか」
それだけ聞くと不安そうに揺れていた表情が、元の安心した顔に戻る。今のはなんのための質問だ?
その時はそれで終わり、希結婚問題は解決したかに思えたが。
「わ、わー」
お風呂に入ろうと浴室へ入ると、そこには『婚姻届』(希の印はすでに押してある)がまるで蓋の上で鎮座しているように、置かれている。
鏡を見ても、天井を見渡しても、果てはシャンプーの上にまで、婚姻届が張り付けてあった。
「なんのプレッシャー?」
なんだか落ち着かない。見えないプレッシャーに押しつぶされそうだ。
まったく癒されなかったお風呂から上がっても婚姻届は押し寄せてくる。
着替えの服にも、いたるところのドアにも、冷蔵庫にも、トイレにも、いたるところに婚姻届が。
そしてよくよく辺りを見回すと、真剣そのものな表情の希がこちらをじっと見ていることにも気がついた。
「なにこれ?」
なんでこーなるの?さっきのでこの話終わりじゃないの?なんで徐々にエスカレートしていくの?なんで最初よりプレッシャーが強くなって行くの?
幸いといっていいのか、明日からは絵里先輩の家にお邪魔になることになっている。
とはいえ、これはかなり鬱陶しい。
「あの、希?」
「うん?なに?結婚してくれる気になったん?」
「いや、そうじゃなくて」
どうしよう、どうすればこの惨劇を止められるだろうか。
「あのね。さっきも言ったけど、法律上僕はまだ結婚できないのであって」
「知ってるよ?だけど、判を押すことはできるよね?ね?とりあえずハンコ押そっか」
逆効果だった。鬱陶しさがエスカレーター式に加速した。
ぐいぐいと婚姻届を顔に押しつけてくる希。さすがに「わかったハンコだけね」とは言えないし、かといってこのままも・・・・・。
「うん?」
どうしようかと頭を悩ましていると、不意に婚姻届が顔の目の前から消えていることに気がつく。
目線を下げると、希が今まさに僕の親指をもって朱肉に押しつけていた。親指が赤く濡れているのを確認するとそのまま婚姻届に。
「なにしてんの!?」
がばっと手を振りほどく。なんだその詐欺みたいな方法は。どんだけ結婚したいんだよ。行き遅れた三十代か。
「えー?もうええやん。めんどくさいしぱぱっとハンコ押せば後はこっちが勝手にやってるから」
「めんどくさいとか行ってられる状況じゃねーから。勝手にやられるのが一番困るんですけど」
怖いな。寝てる間に判押されかねないぞこのままじゃ。
「もう、しょうがないな。まだ時間はたっぷりあるし、これから口説き落とせばええよね」
口説き落とすって何だ。何されんの僕。拷問とかないよね。もっとかわいい奴だよね。大丈夫だよね?
いろんな意味でどきどきしながら眠りに落ちた僕であったが、次の日の朝。
良い匂いにつられて、目が覚める。
「う~ん、婚姻届が、婚姻届が襲ってくるよ~」
「あ、雪君。目、覚めたん?ちょっとまってな。今朝ご飯作り終えるから」
「デジャブがひどい」
変な夢以外、まったくもって昨日の朝と同じだ。このままなら、僕はなんの気遅れもなく絵里先輩の家へといけるのだが。
朝ご飯は昨夜の夕食の様な悲劇は繰り返されず、そこは希もしっかりと反省してくれたようなのだが。
「はい♪おみそ汁♪」
「あ、ああ、うん」
相変わらずおみそ汁は標準装備なのであった。おいしいんだよ?普通だったらおいしいんだけどね?こうも毎回、しかもおみそ汁地獄を味わった後だと胃もたれするよね。味噌で胸やけを起こすよね。
塩分過多で死ぬんじゃないかな僕。
かといって、目の前ににこにこしていかにも感想を待っている希を前にすると、食べないわけにはいかない。ああ、僕のバカ。ごめん姉ちゃん、これで死んでも希は恨まないであげて。
「ずずず」あ、やっぱちょっとだけ叱って。
一すすりした瞬間、胃が拒絶反応を起こす。自らの体と必死に闘いながらおみそ汁と格闘していると、不意に何かが入っているのが分かった。
「う?なにこれ」
箸でつまみあげてみると、どうやら何かの切れ端らしい。おみそ汁でひたひたになったそれ。なんか見覚えがあるような。なんか、不自然にプレッシャーがかかる。
「ああ、それね―――――――――」
紙を裏返して見ると、そこには慣れ親しんだ『婚』の文字が。これはまさか――――――――。
「婚姻届をね、切り刻んで雪君の大好きなおみそ汁に入れたら雪君もOKしてくれるかなって」
「こええよ!!」
なんだそれ!何がどうなったらそういう結論に行きつくの!?しかも笑顔なんだけど、一点の曇りなき笑顔なんだけど!
助けて絵里先輩!希がおかしい!
「結婚してくれる気になった?」
「なるわけねえだろ!」
むしろ下がったわ。なんでそれで行けると思ったんだ。
切り刻んだ婚姻届をおみそ汁に入れる図を想像して身震いする。
これでおみそ汁は食べられない。いや、正直ありがたいが、おみそ汁はもう当分見たくもない。
「あれ?」
そう思い、みそ汁以外に手をつけるとそこからも見覚えのあるプレッシャーを放つ紙きれが。なに?ニュータイプなの?
「あ、他の料理にも入ってるで?」
「なんでだぁぁぁぁぁ!!」
なんで他の料理にも入れちゃうの?必須アミノ酸じゃないんだから別にいいんだよ入れなくて!
「愛情たっぷりやから全部食べてな?」
「拷問よりひどい!」
たちが悪いのが希の笑顔だ。いつもとなんなら変わらないどころか、いつもより晴れ晴れとしてる気さえしてくる。
たべなきゃいけないのか。この婚姻届の残骸が紛れている料理を、朝から。今まで食べてきたどんな朝食よりも胃もたれするんですけど。こんなに重い朝食食べたことないんですけど。
なんとか地獄の朝食を回避し、逃げるように荷物を詰め込む。希には頭を冷やす時間が必要だと思います。というか、このままここにいたらいろんな大切なものが失われそうです。
「もう行ってしまうん?」
悲しそうに俯く希。
「いや、行くっていっても別に会えなくなるわけじゃないし大丈夫だよ」
「結婚――――――――――――――」「それじゃあね!!」
その一言が飛び出した瞬間に希の家を飛び出す。これ以上いると本当に結婚させられそうだ。
「あ!日記忘れた!」
希の家から数分歩いたところで、忘れ物があったことに気がつく。しまった。今から取りに行くのはものすごく気まずい。ものすごく恥ずかしい。
恐る恐る引き返し、恐る恐るドアを開けると希は机の前で項垂れている。
その哀愁漂う後ろ姿にちょっとやり過ぎたかなといささか反省する。
「あの、希―――――――――――」
いいかけて、途中で気づく。あれは項垂れているんじゃなくて何かをかいているんだと。そして何をかいているのかと問われれば。答えは一つだけしかない。
「何やってんの」
「え?いやー、考えてみれば母印じゃなくてもそこらへんで売ってる名前ハンコでいいやって思って。それなら一人でもできるし」
「いやホントになにやってんの!!」
希はすぐに帰ってきた僕にさして驚く様子すら見せずにそう言ってのける。ていうか買って来たんか。今の一瞬で買って来たんか。
「ああ!ウチと雪君の愛の結晶が」
「ややこしい言い方をするな!」
若干強めにハンコを没収する。なんだ愛の結晶って。こんなもんただのハンコだ、ただのプラスチックだ。
「はいはい、日記取りに来たんやろ?雪君も強情やね」
「今絶対希には言われたくないセリフ堂々の第一位だったよ」
「―――――――――ん。はい。と、あとこれね」
やっと手に戻ってきた日記は即時処分することを決定し、それとプラスアルファ希から手渡されたのは長方形の黒い箱。
「なにこれ?」
「まあ開けてみればわかるよ」
そう言われ、おとなしく開けてみる。そこにあったのは銀のロザリオ。そして一枚の紙切れ。
「まさか、また婚姻届――――――――――」
「あー、ちゃうちゃう。第一、それウチからやないもん」
どういう意味だ?希からじゃないならいったい誰からだというのだ。
それを確かめるべく、折りたたまれた紙を広げる。
そこにはちょっと雑な字で手紙が書かれていた。
『あけましておめでとう。千早です』
「姐さん!?」
手紙は姐さんからのだった。続きを読む。
『遅れたけど新年の挨拶と、まあその他もろもろでプレゼントということで私が今居候させてもらっている教会で私が特別に作ったロザリオです。それを私だと思って、肌身離さず身につけて置くように。姉からの命令です』
そこまで読んでもう一度ロザリオを見る。姐さんがこれを作ったのか、想像ができない。
よくよく見ると、確かに輝きが鈍かったり所々歪ではある。
だけど、不思議と気に入った。歪な感じが僕とそっくりだと思ったから。
『それと女遊びもほどほどに、女の子はあなたが思っているよりもずっと怖くてずっと執着心が強いです』
「何の話!?」
僕が思ってるよりも怖いって?分かってるよそんなこと、ついさっき味わったとこだよ。
『女の子を泣かせないように、私がそのロザリオに呪いをかけたのでそれは絶対に手放すことのないように。そして女の子を泣かせないように』
「うるせえよ!もう!」
どんだけ僕は女の子を泣かせてるやつだと思われてんの?心外だよ!
つーかさらっと恐ろしいこと言われたんだけど。呪いって何?いっきに身につけるのが嫌になったんですけど。
『男の子なら、女の子全員を幸せにするくらいの甲斐性を持ちなさい。女の子には常に気を配り、機嫌が悪くなったらデート、それでもダメならプレゼント、それでもダメならお金を握らせなさい』
「偏ってる!姐さんの知識が偏っている!」
どこの場末のキャバ嬢だ!絶対知らなくて良い情報だよ!
つーか、さっきから何なんだ。結局何が言いたいんだ。
文面はもう最後。だけど、その最後に、最後の最後に姐さんの伝えたいことが書いてあった。
『出来れば私もあなたに養ってもらいたいのですが、こっちは楽しくやっているので、やっぱりしばらく来なくていいです。こちらはとてもいいところなので、そっちはそっちで適当にやっといてください』
『そして、気が向いたときにでも遊びに来てください。待ってます』
「―――――――――――希、日記に引き続き、この手紙も見たでしょ?」
「・・・・うん。ごめん。だって宛名もない荷物が勝手にうちに届くんやもん。そりゃ中身確かめるやろ普通」
なぜ希の家にこれが届いたのかは分からない。だがウチに送られていても僕は受け取ることができなかったし結果オーライだろう。まさかそこまで予想していたわけでもあるまいし。
別にこれに関しては見られて恥ずかしいものでもない。
ロザリオを首から下げる。
「じゃ、今度こそ行って来ます」
「今度こそ、行ってらっしゃい」
今度こそ、僕は希の家を後にする。なんか色々あった気がするが、終わり良ければすべてよし!だよね。
「お邪魔しまーす」
「雪さん!いらっしゃい!」
絵里先輩の家へ入ると、亜里沙ちゃんが出迎えてくれ、玄関から既にいい匂いがする。
「ゆ、雪。いらっりゃい」
かちこちとポリゴンの様なかくかくになってしまっている絵里先輩に導かれてリビングまで案内された。家は白を基調としたモダンな家具が並んでいる。
「そうだ!さっきこれ道端で拾ったんですよ」
そういって亜里沙ちゃんが差しだしてくるのは僕の日記。先ほど公園のごみ箱に捨てたはずの日記だった。
「な、なんで?」
なんで戻ってくるの?確実に捨てたのに。呪われてるの?捨てることができないの?丁重に名前とか書いてた僕のバカ!
日記の思わぬ再登場に愕然としていると、さらにコンボをたたきこまれる。
「ゆ、雪?お腹空かない?お昼作ったんだけど」
それは助かる。正直朝は食べた気がしなかった。異物が混入していてそれどころじゃなかったからな。
「いただきます。ところで昼食は何ですか」「おみそ汁よ」
「なんでだぁぁぁぁ!!?」
どっから湧いて出てきたおみそ汁!?なんでここでもおみそ汁!?もう良いんだよお前の出番は終わったの!しかもちょっと食い気味だったよね今!?
「まさか婚姻届とか入ってないでしょうね!」
「は?何言ってるの雪」「雪さん?どういう意味ですかそれは?」
ああ、良かった。そこまでは再現されていなかったようだ。
墓穴を掘ったのにも気づかずほっとしたのもつかの間、すぐに二人に覇気のない瞳に問い詰められ自白。三連コンボをたたきこまれフルコンボでフルボッコにされた。達人も真っ青だ。
本当に呪いのロザリオなんじゃないかと思えてきたのだが、やっぱりどうにも手放す気にはならない。
はじめてもらったプレゼントだから。例え呪われていようが、例え不思議な力を発揮しなかろうが、僕はこれを手放さないだろう。
ロザリオをこの手に、僕は願う。願わくば今が一生であり続けますようにと。
どうも精一杯輝く高宮です。
スターライトステージ、早速やりまくってますが引き継ぎ設定が出来ずにGOIN!!が解放できません。ちくしょう。
他は面白いけど有償ジュエルて何ぞや。課金を強いてくるスタイルなのか。
そこ以外は面白い。
次回も面白いものを作れるよう頑張ります。
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EX カラオケは誰が最初に歌うかで大抵揉める
「会議だよ!雪穂!」
「急に何?亜里沙」
外を吹きすさぶ風は人々を震わせるくらいには冷たい。その風に反して穂むら邸のこたつでぬくぬくとくるまっていたのは雪穂と亜里沙の二人だった。
「事件は会議室じゃなくてこたつで起こってるんだよ!」
「いや現場で起きてるんだと思う」
こたつで起きる事件なんてせいぜいコンセント切るの忘れた程度のものだろう。そんな深刻になるほどのものじゃない。
受験も終え、へにゃりとこたつで丸まりながら雪穂は話を右から左に聞き流す。
横には食べ終わったミカンの残骸。どてらにメガネという完全にオフスタイルの雪穂となぜか燃え盛る炎が背景に映るくらい燃えている亜里沙の間には明確な温度差が生じていた。
「聞いてよ雪穂ー」
「あーはいはい。わかったわかった」
ぐりぐりとほっぺをこすりつけてくる亜里沙に、雪穂は観念したように話を聞く。
「あのね!前に雪さんに受験合格祝いになんでもしてもらえるって約束があったでしょ?」
「あー、あったね。そんなの」
確か雪君が釈放されたときに亜里沙が合格を伝えて、それでそのお祝いに雪君ができることであれば何でもお願いしていいと、そういう話が合った。
「で?それがどうしたの?」
「どうしたの?じゃないよ!なんでそんなそっけないの!?雪さんになんでもお願い聞いてもらえるんだよ!?」
亜里沙は蒸気した頬を抑えながら興奮気味に喋る。
「いや、なんでもって・・・・別に」
雪穂はあまり興味がないといったように口元を尖らせながら目を反らす。
手元には超高速で剥かれていくミカンが量産され続けている。
動揺しているのがモロバレだった。
「雪穂だってどんなお願いにしようか悩んで、ベットでウキウキしたり、一日中そのことで頭が一杯で他のことが手につかなくなったり、寝られずに夜が明けたりするでしょ?」
「しないし!」
まるで機械のように精密にミカンを剥いていた手を止め否定する。
「またまたー。顔赤いよ?」
「―――――――っ!」
亜里沙に指摘されて初めて、自分の顔が真っ赤になっていると気づく。
「ち、違う!これは、こ、こたつ!そう!こたつが暑くって!」
雪穂の言い訳を、ニヨニヨと見守る亜里沙。大体いつもの光景だった。
「と、とにかく!雪君のお願いがなんなの!?」
そんな目線に耐えられず、雪穂は話を戻す。
「そうそう、その話。だから、雪君へのお願いなんにするって、そういう相談」
「そんなの一人で考えればいいじゃん」
「ダメだよー、一人じゃ決めきれないもん」
ぐでーっとこたつの上に体重を預ける亜里沙に、雪穂は困ったようにため息をつく。
亜里沙はいつもは行動力があるくせに、こと雪君に関してはこういった優柔不断なところを見せる。
(ほんと、罪作りだなぁ、雪君って)
じたばたしてる亜里沙を見ながら他人事のようにそう思う雪穂。
「ねえ。雪穂も一緒に考えよ?」
「別にいいけど、それ以前に雪君そのこと覚えてるの?」
「・・・・・・え?」
何を言っているのかわからないと言いたげに亜里沙はきょとんと小首をかしげる。
「だって、そんな何気ない一言を覚えてるかなぁ。あの雪君だよ?」
あの雪君。たったそれだけ。たったその一言で、すべからく皆を不安にさせてしまうのだから恐ろしいものだ。
「・・・・・・・・・(ピポパ)」
亜里沙は光彩の消えた眼差しですくっと立ち上がったかと思うと、携帯を取り出しどこかに電話をかけ始めた。
まあ、大体相手の想像はつく。
「・・・・・・あ、そう亜里沙です・・・・・それで・・・・はい・・・わかりました」
小さな声で二、三、言葉を交わすとそれだけで亜里沙は電話を切った。
「覚えてなかった」
「やっぱり!」
だから言ったじゃん!だーから言ったじゃん!
雪穂はツッコミを爆発させる。予想通りすぎて最早呆れるレベルに達していた。
「ていうか覚えてないの!?本当に!?それもう天然ってキャラ付けで許されていいことじゃないよ!ただの物忘れがひどい人だよ!」
雪穂だって本音を言えば少なからず期待していたのだ。亜里沙の言う通り寝られない夜を過ごしたことだってあったのだ。
それを覚えていないとは、よくやられた方は覚えているけどやった方は覚えていないということがあるが、まさにそれだった。
「うん。だから思い出してもらったんだ。さっき、すぐに」
さっき、すぐに。といった言葉が、心なしか恐怖を感じる。心なしか背筋が寒くなってくる。
亜里沙から明確に怒りを感じた。
「そ、そっか。ヨカッタネ」
「うん!じゃ、会議の続き始めようか」
雪穂はもうそれ以上、何も言えなかった。
「で?結局何をしてもらうの?」
「そこなんだよ!なんでもって言っても一個だけでしょ?やっぱり慎重に選ばないといけないと思うんだ」
亜里沙の言葉通り、うんうん唸って頭を働かせて考えてみたもののやっぱりそうそう妙案は思いつかない。
「なんでもって言われると逆に思いつかないよねー」
雪穂は考えるのに疲れたのか、ミカンを口に運びつつそんなことを口にする。
自由における不自由さ、不自由さにおける真の自由。自由とは何か、幸せとは何か。
そんな哲学の迷路にはまっていき、二人はどんどんぬかるみにはまっていく。
「こうなったらさ!最初のお願いで私たちのお願いをすべて聞くってことにすれば!?」
迷走した亜里沙はグルグルと瞳が回っている。
「亜里沙、そんな子供の屁理屈みたいなのが通るわけないでしょ?」
「ううう」
まさか、お願い事一個でここまで悩むことになろうとは。
「もうさ、一緒にお買い物とかでいいんじゃない?」
「ダメだよ!お買い物なんて一回やったし、マンネリだし、そんなんじゃアイデアが出ない貧困なやつだって思われるじゃん!」
「誰の意見それ!?亜里沙の意見じゃないよね絶対!誰かの意見が入っちゃってるよね絶対!」
「とにかく、目新しくてかつ私たちの欲求が満たされるような。そんなアイデアが欲しいの」
「欲求とか言うな!」
「ねえユキエモーン、二次元ポケットで都合のいい展開を用意してよー」
「持ってないから。二次元ポケットも四次元ポケットも持ってないから」
いつの間にやら、ミカンがない。どうやら全部食べてしまったらしい。どうしてこたつに入っているとこんなにミカンがおいしく感じるのだろう。
「ていうかもうよくない?ぶっちゃけ私たちがいくら頑張ったところでお姉ちゃんたちには敵わないよ。きっと私たちのこと女としてみてないと思うよ雪君は」
ミカンもなくなり、少々口調が投げやりになる。寝っ転がってこたつを占領する。
「・・・・・・・知ってるもん」
その言葉に雪穂は驚かない。
「お姉ちゃんたちに敵わないのなんて知ってるもん。私たちが知らないこと、お姉ちゃんたちが知ってるのだって知ってるもん。私たちが女の子として見られてないことだって、知ってるもん」
雪穂はただ、黙って聞いている。
「でも、それでも。黙ってみているだけなんて、分かった振りして諦めるなんてそんな割り切ったこと出来ないよ。そんな簡単に気持ちの整理なんてつかないよ」
「―――――――――、」
「だって、好きだもん。初めて好きになった人だもん。そんなの、無理に決まってるよ」
「うん」
なお、寝っ転がったまま、雪穂は肯定した。
きっと、二人と一人の関係と、九人と一人の関係は違うものだ。そこには明確に差異がある。
けれども、それでも、ああそうですかと納得ができない。頭ではわかっていても、心が、それを拒否する。
認めようとすればするほど、その気持ちはむしろ強く、くっきりと線を表していく。
きっとそれが、好きってことなんだ。
「ごめん亜里沙。やっぱりもう一回、ちゃんと考えよっか」
諦められないから、納得なんかできないから。
きっとこの気持ちは、惨めで正しくなんかないんだろうけど。
それでも――――――――――。
「うん」
それでもきっとこの気持ちは、大事にしていいものだ。
「それで、僕は結局何をすればいいの?」
雪穂と亜里沙の二人に呼び出された雪は結局、その肝心な中身を聞いていない。合格祝いでなんでもいうことを聞くと言った件だということは分かるが、それ以外がまったくもって不透明だった。
「別に。何も特別な事をしろって言ってないし」
「そうそう♪いつも通りでいいんですよ♪」
そういう亜里沙が怖い。先日電話で覚えていないといったことをまだ根に持っているらしい。
「で?本当にどこいくのさ」
駅前は休日とあって人でごったがえしている。その中で右に亜里沙。左に雪穂を携えている雪はどう映っているだろう。
そのことを考えると若干の憂鬱さは残るのだが、しかし、雪に拒否権などない。
「「カラオケ!!」」
二人は揃ってそう言った。
「カラオケって、そんなんでいいの?」
前に電話してきたときにはいったいどんなお願いをされるのだろうと戦々恐々としたものだが。
実際に二人のお願いはただ、一緒にカラオケに行ってほしいとそういう可愛いものだった。
「いいんです。いろいろ考えたんですけど、やっぱり一番やりたいことにしようって、そのほうが楽しめると思うし」
そう言った亜里沙の顔は本当に今からの出来事にワクワクしているといった様子で、微笑ましい限りだ。
「そっか」
「まあ亜里沙は最後の最後まで悩んでたけどね」
「もう!雪穂!」
「あはは」
三人、笑いながら道を歩く。
するとビル群の一角、目立たない路地裏に小さなビルが一つ。
どうやら看板を見るに、カラオケ屋のようだ。
「ここ?」
「そうここ」
言いながら雪穂と亜里沙はずんずんと先に行ってしまう。
雪は一抹の不安を抱えながらも、その二人の確かな足取りを信用しついていくことにした。
カラオケの中は若干古ぼけていて、おじいさんが一人で接客をしているようだった。あまり人の気配もない。
「本当に大丈夫?ここ?」
「大丈夫だって、私たちもいつも使ってるし」
「そうですよ。確かに内装はちょっと古いけど、機種だって最新ですよ」
「そ、そっか・・・」
どうやら多少ビビッているのは雪だけで、二人は手慣れている様子だ。
そのことに若干の驚きを感じつつも、二人も中学生なんだなぁなんてそんな感慨めいたものまで沸いてくる。
(いかんな、こんな感慨二十年後くらい先でいいぞ僕)
そんなことを思っていると、どうやら部屋についたらしい。人の気配も誰かが歌っていると思しき音も聞こえてこないのに、通されたのは五階の一室だった。
ガチャン。
部屋に入ると鍵を閉められた。
「な、なんでカギ閉めるの?」
「え?何言ってるんですか雪さん。カラオケなんだからカギ閉めなきゃ外に音漏れちゃいますよ?」
「あ、そう、だっけ?」
あまりカラオケなんていかないからよくわからないけどそうだっただろうか。それで外には音が一切聞こえてこないんだろうか。防音対策しっかりしてるところなんだな。うん。
なぜか踏み込んだらヤバいと脳が警鐘を鳴らしていた。
「ほら、何やってるの。早く座りなよ」
「う、うん」
なんだかよくわからないけれど。いやな汗が噴き出る。
雪が座ったのと同時に、雪穂と亜里沙も座る。
広いとは言えない部屋だが、三人座るスペースはある。
にもかかわらず、二人は雪の隣に肌と肌が密着するレベルでくっついていた。
「あー、あっつい」
雪穂はチラチラと雪を見ながらファーがついたロングコートを脱ぐ。下に来ているのはタンクトップのみだった。
「寒くないの?」
「・・・・・・ぐっ」
なおも密着したまま、右にはセーターを今まさに脱いでいる亜里沙。おなかとおへそがチラ見している。
「寒くないの?」
「・・・・・・ぐっ」
まったく同じ反応だった。
(ど、どうしよう雪穂!)
(お、落ち着いて亜里沙!こんなの想定の範囲内よ)
そう、もうお気づきの通り、これはただ楽しめればいいと企画されたカラオケじゃない。
そこは打算と思惑に満ち満ちていたわけだ。亜里沙のセリフが台無しである。上のやり取りまるまるパーだ。
「よ、よーし亜里沙歌っちゃおーっと」
気を取り直して亜里沙が歌う。
曲目はロシア民謡。
「いやわかんねーわ!」
雪のツッコミが狭いカラオケルームに響く。
「え?なに?ロシア民謡?ロシア民謡歌うの?いやいいけどさ。全く知らないよ僕。全く乗れないよ僕」
気持ちよさげに歌う亜里沙に、雪はもうそれ以上何も言えない。
まあ何を歌うかなんて個人の自由だし、亜里沙ちゃんの歌いたいもの歌えばいいか。
最後に採点結果が出る。
『96点。素晴らしい歌声です。抑揚をつけるともっとハラショー』
ハラショー!?ハラショーって言った今このカラオケ!?
「今はこれくらい高性能なんだよ?」
「そ、そうなんだ」
高性能っていうのあれ?そういうので片づけていいやつなのあれ?
そして二曲目。
「な、なんか雪君の前で歌うのって変な感じ///」
曲目、ヘビメタ。
「いやセリフと曲目あってねえ!」
本当に?本当にこれ入れたの雪穂?機械の故障とかじゃなく?
「lkgじぇいk「@;;;;p574好き」
なんて言っているのかさっぱりわからない。頭を振り、今にもファックユーしそうな勢いだ。
『95点。歌っているときの太ももが素晴らしいと思いました』
「おっさん!!おっさんみたいな評価の付け方しだしたよ!歌関係ねえじゃねえか!つか本当にこれ機械!?」
あとなんでみんな軒並み点数高いの?地味にプレッシャーなんですけど。
「ほら、次は雪さんの番ですよ」
「あ、ああ」
あれ?待てよ。雪はそこでふと思う。僕何入れたっけ?と。つーか入れてなくね?と。
そして流れる曲目は。
ベートーベン ピアノソナタ 第8番「悲愴」第2楽章
「いやクラシックぅぅぅ!!」
マイクを使って盛大にシャウトする雪。
「おかしいだろ!なんでクラシック!?なんでカラオケでクラシック!?どう歌えってんだ!?」
それでも流れ続ける曲に雪穂と亜里沙がアドバイスをする。
「ほら!あの、エアギターみたいな感じで口でピアノの音を奏でればいいんじゃないですか?」
「いや無茶言わないで!?そんなビックリ人間みたいなことできるわけないじゃん!」
「じゃああれ。口でヴァイオリン弾けば?」
「いや同じことだよね!?むしろ難易度上がったんですけど」
そんなことを言っている間に、曲は終わる。
採点結果は。
『0点。やるきあんのお前?』
残念なBGMと共にコメントが流れる。
「なにこれ!?何このコメント!?さっきとまるで違うんですけど!機械に馬鹿にされたんですけど!」
「まぁまぁ、いいじゃん・・・っく」
「そ、そうですよ。機械なんですから・・・っぷ」
「そう思うなら、ちゃんとこっち向いて?ちゃんと僕の目を見ていって?」
二人とも完全に顔をそらして体が震えている。寒いのかな?寒いんだよね?寒いって言って。
まるで先ほどのことを根に持っているようだった。
そうこうしながら、しかし時間は進んでいく。
その後も災難は続きながら、けれど楽しい時間を過ごした。
当初の目的も忘れて、ただ楽しんだ二人と一人。
「はー、歌ったー」
「亜里沙、喉痛いよー」
「はは」
だからこそ、きっと彼らの関係は終わらない。変わって、曲がって、遠ざかっていくんだとしても。
「ねえねえ、雪君。ちょっと屈んで?」
「ん?」
それでも、彼女たちが想っている限り。
「「ちゅー」」
この関係は終わりはしないのだ。
はいということで新年あけましておめでとうございます!高宮です。
2016年ということで、例年のごとく未だ実感はありません。
大晦日は紅白で年を越し、ミューズで一年を締めくくった年でありました。僕の2015年はといえばやっぱりラブライブ。やっぱりミューズの年だったと思います。
裏トークチャンネルでバナナマンと一緒に画面に映ってるミューズのメンバーを見るのはなんだか不思議な気持ちで、思い返すと感慨深いです。その後のそんなバカなマンにでてるうっちーも見れたし、まじうっちー可愛い。
ということで今年もまたよろしくお願いします。
次はリボーンとニセコイの新作を投稿したいと思います。
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迷いと決断
「ラブライブ最終予選まで後一カ月。これからは負荷の大きい練習は避け、体調管理に重点を置いて練習したいと思います」
「練習ずいぶん少ないにゃー」
「完全にお休みの日もあるよ」
「そこはアライズの皆さんにもアドバイスをもらって、そういう日も設定してみました」
皆が集まる音ノ木坂の部室では、今後のスケジュール調整が行われていた。壁を背にもたれかけると皆のつむじが見える。どうやら僕の知らないところでツバサさんたちも協力していたらしい。
「ちょっと悠長すぎない?最後のラブライブなのよ?」
「にこっち。やり過ぎて穂乃果ちゃんの二の舞になりたいん?いややでー、最期のラブライブを自分の体調不良で台無しにするのは」
「うぐ」
「あれ?おかしいな、希ちゃんが過去のトラウマを抉ってくるよ?にこちゃんについての言葉なのに、穂乃果が傷ついてるよ?」
うわーんと、穂乃果は椅子を飛び上がり、真後ろにいた僕にすがりついてくる。やめてくれ、僕だってたまに夢に見たりするんだから。
「・・・・・卒業、しちゃうんだよね」
最後、という言葉に反応したのか花陽がどうやっても覆らない事実を噛みしめるように言葉にする。
「当たり前でしょ」
真姫ちゃんはいつものようにそっぽを向いている。けど、どんな表情をしているのかは想像するまでもなかった。
場が静まりかえる。静かな音が耳に痛い。
卒業。彼女たちがスクールアイドルである以上。否応なく、例外なく、逃げるすべなく迫りくるモノ。
「はい!その話はラブライブが終わるまでしない約束でしょ」
絵里先輩が声高らかに皆を宥める。その顔は不自然なほど綺麗な顔だった。まるで仮面みたいに。
その約束は僕も知っている。ラブライブに集中するために、その手の話はしない。優勝するために、弊害となるから。
最初に決めた約束、決意だった。
だけど、僕は知っている。
決意でがんじがらめになることの苦しさを。自らを縛りあげる約束の痛みを。約束したから、決意したからと、問題そのものから遠ざけてしまうことの愚かさを。
「本当に、それで良いのかい?」
だから聞いた。決意とか、約束とか、それ自体に意味はない。大事なのは自らの目標を、願いを実現させることだ。そのために決意が、約束が必要だっていうんなら、鎖が必要だというのなら打ちつければ良い。
だけど、きっと彼女たちにはもういらない。自らを縛りあげる鎖も、自らを繋ぎとめる杭も。約束なんて破ったって良いんだ。決意なんて放棄したって構わない。
それでも成し遂げようと、それでも成就したい願いが、きっと本物なんだ。彼女たちの願いは本物だ。だったら鎖も杭も、もう要らないだろう。
「ラブライブが終わるまで卒業の話は、ミューズの進路の話はしない。それはラブライブ優勝の妨げになるから。その約束をした時はきっとそうだったんだろう。でも今は違うだろ。練習して練習して練習して、アライズを打ち破って本選に出場して優勝が見えるようになって、ミューズは、もう今までのミューズとは違うはずだ。約束だの決意だの、そんな綺麗事で問題から目をそむけるなよ」
分かってる。どの口がそれを言うんだって、さんざっぱら、十年もそうやって問題を遠ざけてた僕が。何様だってことくらい自分が痛いくらい一番よくわかってる。だけど、だからこそ僕が言わなきゃだめなんだ。他の誰でもない、ミューズのメンバーじゃない、僕が。
「――――――――――雪」
絵里先輩は、瞳を伏せる。僕の顔を真正面から見れないのは、きっと絵里先輩も分かっていたから。それがただの問題の先送りでしかないことくらいは。
ああ、痛い。自分の心がズキズキと痛む。誰かに問題を突き付けるのは、それも、分かっていながらそれでも目標を達成するためにって頑張っている人の前にただ突きつけるのは。こんなにも痛いんだ。
今さらながら、僕に問題を突き付けてくれていた人たちはこんなにも痛い思いをしていたんだ。本当に今さら気づいて、痛みが悪化する。
「じゃあ、雪君はどう思うの?」
ことりが尋ねる。僕の意見を。解決策など何も持っていない、ただの、僕の意見を。
卒業してどうするか。当たり前だけどそれは彼女たちが決めるべきだ。なんたってミューズは彼女たちなんだから。生かすも殺すも、彼女たちの意見が最優先で、それが最善策だ。
そんな当たり前を踏まえて、それでもことりは聞いてきた。ただの僕の意見を。
「僕は、辞めてほしくなんかない。たとえどれだけ歪でも。たとえスクールアイドルでなくなっても。たとえ、卒業するんだとしても。辞めてほしくなんかない。ずっとそのまま、変わらないでいてほしい」
歪な願い。歪んで歪んだ、徹頭徹尾自らの為の願い。みずからの醜い本音。
変わってほしくない。辞めてほしくない。なくなってほしくない。そのままでいてほしい。変わらない明日が来て欲しい。いつもと変わらないみんなとバカやって、笑いあって、問題があって、時には喧嘩して、仲直りして。そういういつもの日常がこれからもずっと、ずっと続いてほしい。
「私も雪と同じ。私達が卒業しても、六人はそのまま残るんだから、やるでしょ常識的に考えて。メンバーが卒業しても名前を残して繋いでいく。それがアイドルなんだから」
――――――――違うんだよにこちゃん。
同意してくれるにこちゃんに、僕は心の中で首を振る。僕はにこちゃんにも、絵里先輩にも、希にも辞めてほしくなんかないんだ。
卒業するにこちゃんたちが脱退して、新しいメンバーが入って。そういうんじゃなくて、この九人で、この九人だけでずっとずっと続けてほしいんだよ。僕は。
亜里沙ちゃんがミューズに入らないと僕に教えてくれたときに感じた安心は、解き明かせば結局そういうことだった。誰かが欠けることも、誰かが入ってくることも僕は許容できないんだ。
自らの本音と、醜い汚物のような本音と、対面して自らに嫌気がさす。だけど、例え嫌気が差そうとも、例え自分のことが嫌いになっても。僕は意見を変えない。これが嘘偽りのない。僕の本音なのだから。
「私は、嫌だ」
重い空気となった部室を引き裂くかごとく、花陽が口を開いた。普段口下手な花陽が。
「にこちゃんの言うことも分かるよ。でも私にとってのミューズはこの九人で、この九人以外じゃ考えられなくて。入れ替わるのが普通だとしても、それをミューズとは、私は呼べない」
普段の花陽からは想像がつかない、しっかりとした言葉。強い意思だった。
違うか。それはただ、僕が決めつけていただけだ。花陽はおどおどしてて、自分を出すのが苦手な奥手な女の子なんだと。そんなこと、誰が決めたわけでもないのに。
「私も花陽と同じ。でも、雪やにこちゃんの気持ちもわかる。ミューズの名前を消すのは、辛いもの」
真姫ちゃんは花陽と同じ意見のようだ。曇ったような表情で僕とにこちゃんを見る。
「えりちは?」
「私は――――――――――」
希が絵里先輩を見つめる。自然。皆の視線も集まってくる。そして完全に視線が一点に固定されてから、絵里先輩は口を開いた。
「私は、決められない。決めるべきじゃないと思う。私達は必ず卒業するの。スクールアイドルを卒業する。だから、去りゆくものだから、私達が決めちゃいけない。それを決めるのは残る穂乃果達だと、私は思うわ」
私達の意見は、ただの我儘になっちゃうもの。
そう絵里先輩は続けて、微笑んでいた。去ってゆくものだから、そんな自分たちが何かを決めちゃいけない。それもミューズの存続にかかわる重要なことを。それを決めるのは、これから何かを成して行く、残って行く穂乃果達だと。
「我儘でもいいじゃないですか」
ぽつりと、本当にぽつりと、誰に届けるでもなく僕は口を開いた。
「我儘だろうがなんだろうが、続けたいんでしょう!?だったら―――――――――――!」
そこで僕は目線を上げた。そして困った表情をしている絵里先輩を見てしまう。
そして、それ以上、僕の錆びた鉄のような苦味が広がっていく口から何かが出てくることはなかった。
結局その日はそれで解散。各自一日考えて、また改めて話し合いをすることになった。
「結局、話すことになっちゃったね」
「ええ、でもそれでよかったと思います。モヤモヤとしたまま大会に挑む事になるよりかは」
「うん。絵里ちゃんの言うことは正しいと思う。来年学校に残ってるのは私たちなんだもん。私達が決めなきゃ」
「でも、難しすぎるよ。ねえ、雪君――――――――――――――あれ?」
振り返った凛の視界にはすでに僕の姿はなく。独り、みんなとは違う道で帰っていた。
「もう!雪君はめんどくさい子だにゃ!」
「・・・・・仕方ないですよ。雪にとっても、辛いことのはずですから」
「凛ちゃん今はそっとしておこう?」
「かよちんがいうなら・・・・・・」
後ろでそんな会話が繰り広げられていることなど知る由もない僕は独り、道すがらうなだれていた。
ミューズの今後の事にもそうだが、あれだけ言っておいて、しかも絵里先輩に言っておいて、その絵里先輩の家に帰らなきゃいけないのがたまらなく憂鬱なのだ。
ぶっちゃけ気まずい。ものすごく気まずい。
今日だけは漫画喫茶とかで時間をつぶそうかと考えていた矢先に後ろから声をかけられる。
「さあ雪、帰るわよ」「うわああああ!!」
なんでこうタイミングよく現れるんだアンタは!?しかもその顔には嗜虐的な笑顔が見え隠れ、いや完全に見えている。隠す気ねえな。
「・・・・・別に、気まずいと感じる必要ないじゃない。あなたにはあなたの考えがあって。私には私の考えがある。そしてその二つが偶々違うものだった。ただそれだけでしょ?」
・・・・・・そうじゃない。そうじゃないんだ絵里先輩。別に、絵里先輩と意見が分かれることに対して気まずさを感じているわけじゃないんだ。僕の中にあるこの気持ちは、気まずいと感じるのは自分の為だからだ。ミューズがなくなってほしくないのも、そのままで変わってほしくないのも。変化を拒むのも。全部。全部。全部自分の為。最初から最後まで、スタートからゴールまで、一から十まで僕の為なんだ。
そしてその自らの為の願いが、間違っていることが分かるから、だから気まずいんだ。
みんなの事を考えれば、絵里先輩と同じく、部外者の僕が口なんか出していいシーンじゃない。みんなの事を考えれば、みんなの意見に同調すればそれで良いんだ。
そう分かってるけど、納得できない。
頭では理解できていても、納得できない。それで指をくわえてただ、みんなの意見を見守ることが、僕にはできない。
綺麗じゃなくていい。愛されなくたっていい。嘘をついたっていい。嫌われたって構わない。それが彼女たちの幸せにつながらないことなんて百も承知だ。それでも、それでも僕は続けてほしい。なくなってなんか欲しくない。
寂しいのは嫌だ。一人は嫌だ。無視されるのは嫌だ。信用されないのは嫌だ。裏切られるのは嫌だ。悲しいのは嫌だ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。嫌なものは、嫌だ。
そんな自分の為に。自らの為に。僕は彼女たちに願う。続けてほしいと。
僕の表情に何か感じたのか、絵里先輩はそれ以上何も言わずに帰路へとついた。
「ただいま」
「おかえりなさい雪さん!遅かったですね」
あたりが真っ暗になってようやく僕は絢瀬家へと帰ってきた。
「うんまあ・・・・・」
亜里沙ちゃんは僕がこの家に来てからずっと笑顔だ。その晴れた顔を見ていると、自然こっちまで顔が緩む。
多分、明日になってみんなの意見は統一されるだろう。それは勘だったけど、確信できる。
「うぇ!?ちょ、雪さん?」
唐突に、目の前で笑う亜里沙ちゃんを抱きしめたくなって、抱きしめる。
「・・・・・ごめん。ちょっと、ちょっとだけだから」
寂しいのは嫌で、悲しいのも嫌で、何一つ我慢なんかできなくて。そんな強さ、僕にはなくて。
「――――――――――――――――、」
最初はワタワタしていた亜里沙ちゃんも次第に落ち着いたのか、まわされた腕に力がこもる。
人生が思い通りになったことなんて一度もない。願った願いはかなえられないし、欲しいおもちゃは手に入らない。
それでも、願うことはやめられない。だったら、卑怯だろうが、意地が悪かろうが、汚かろうが、嫌われようが、最期まで自分ってやつを通してみよう。これまでしてこなかった。いつも諦めていた。自分の為に。
結局、僕ができる足掻きなど精々がそれくらい。
亜里沙ちゃんの体温があったかい。こっちまであったまってくるようだ。
柔らかい肌が、ミルクの様な匂いが、僕を安心させてくれる。
寂しさは、もうなかった。
「・・・・・・・・なにしてるの?」
「うわ!お姉ちゃん!!」
抱きしめていた腕から亜里沙ちゃんがするりと抜け出す。あれ?暖かかったのに。
「ふーん、そうなんだ。二人ってそういう関係だったんだ。そうだったんだ。それなのに私だけなんか浮かれて、バカみたい」
「うわー!お姉ちゃん!違うの!これは雪さんが無理やり」
「ちょっと、人聞きが悪いな。亜里沙ちゃんだって嫌がってなかったじゃないか」
まわされた腕の優しさ、僕は覚えてるよ!
「やっぱりそうだったんだ!やっぱりそう言う関係だったんだ!」
「違うよ!ちょっと雪さん余計なこと言わないで!大丈夫だよ、私はお姉ちゃんの味方だから!」
「うるさいこの女狐!」
「めめめめ、女狐ぇ!?ひどいよお姉ちゃん!大体、亜里沙が誰を好きなったって良いでしょ!」
「ああ!言った!気付いてたけど知らないふりをしてたのについに言ったわね!」
「うぐぐ、し、仕方ないじゃん!好きになったんだもん!」
「ああ聞こえない聞こえない!!」
なんだか姉妹喧嘩が勃発してしまったようだ。喧嘩するのは仲良い証拠だよね?だよね?結構辛辣な、聞いてるこっちが泣きそうになってくる言葉とか聞こえてくるけど、それも仲良い証拠だよね?ね?
そんな姉妹喧嘩から一夜明け、昨日はずっとピリピリしていたけど、今日は大丈夫だろうと勝手に安心していると。
「亜里沙、今日のおみそ汁ちょっと味が濃いんじゃないかしら?」
「あ、そう?ごめーん、お姉ちゃん『バカ』舌だからそれくらいがちょうどいいんじゃないかなって思ったんだー」
「あら、気遣ってくれたのねー、ありがとう。ところで話は変わるけど、なんで朝からその髪飾りしてるのかしら?」
「あ、これ?これはね、前に『雪さん』からプレゼントしてもらった奴なんだよー?」
「へー、その割には一切気付いてもらってないわね。かわいそうに」
「「・・・・・・・・」」
こえええええ!なにこれ、なんで一夜明けても喧嘩続いてんの!?なんでむしろ激化してるの?ここだけ戦場みたいな緊張感なんですけど!こころなしか僕の心まで痛いんですけど!なんかごめん亜里沙ちゃん!
「あ、あー。穂乃果から呼び出し食らっちゃった。ということで僕はこれで―――――――――――むぐっ!」
ナイスタイミングで本当に穂乃果からメールで呼び出される。内心ガッツボーズでそそくさと家を出ようとした瞬間、二つの腕に首根っこを掴まれる。
「「待って♪」」
「な、なんでしょう?」
「雪はどっちが好き?はっきりと、いまここで明言して?」
「私ですよね?だってお姉ちゃんなんてもうすぐおばさんですよ。それに比べて私の方が歳も近いし、ずっとそばにいられます」
「亜里沙なんて選んだらロリコンだってまた逮捕されちゃうわよ?それにプロポーションは私の方が良いし、亜里沙じゃできないことさせてあげるわよ」
「私じゃできない事って何?いやらしい、こんないやらしい子嫌だよね雪さん。その点私は純情だよ?」
「はっ。笑うわね。自分の事を純情だなんて言ってる子が純情なわけないでしょう?もっかい純情って意味辞書で調べて出直して来なさいよ」
「お姉ちゃんこそ、その駄肉をしぼってから出直してくれば?」
「あの、もうそこら辺にしては?」
黙って聞いているのに耐えきれず、思わず二人をなだめようと口を出してしまう。
「雪は黙ってて」「雪さんは喋らないでください」
あれ、おっかしーな?最初僕に意見求めてたはずなのになー、二人とも目が怖い。
「大体、亜里沙は私がいなきゃ雪と知り合ってもいなかったでしょ。なのにちょっと図々しいと思うんだけど」
「知り合ってますー、運命という輪で絶対知りあってますー。というか、最初に知り合ったのだってお姉ちゃん関係なかったしー」
「いやいや、そもそも中学生が高校生と付き合うなんて世間の目から雪が晒されちゃうじゃない」
「そんな逆境跳ね返すもん。愛の力でものともしないもん」
「ふっ。愛の力とか言っちゃってる時点でまだまだ中学生なのよ」
「なにをー!大体それ言うならお姉ちゃんだってもうすぐ大学生じゃん!大学生が高校生と付き合って良いの?」
「良いんですー、お姉ちゃんは大学生だから風当たりとかないんですー」
二人が言い合っているうちにこれ幸いとひっそり嵐を抜け出そうと四つん這いで玄関まで移動する。
「何逃げようとしてんだ!!」
声と共に後頭部に鈍い痛みが、どうやら食器を投げつけられたようだ。まわりに破損したかけらが散らばる。
「何逃げようとしてるんですかー?まだ話は終わってませんよー?」
「あ、これ僕死ぬな」
助けてー!誰でもいいから助けてー!このままじゃ最悪の終わりになる!主人公なのに!僕主人公なのに!
寂しいのは嫌だとは言ったけどこんな騒々しさは勘弁!
ずるずると引きずられながら姉妹喧嘩に巻き込まれた僕であった。
「女の子って怖い」
どうも裏切りの夕焼け高宮です。
あー、書くことねー。だれかあとがきに書く話題とか提供してくれ。
U-18野球日本代表準優勝お疲れ様です。惜しかったね、実力的には拮抗していたようにも思えます。ボークは仕方ないけど、もうちょっと適応できた気がする。
欲を言えば甲子園での優勝が見たかった。
では次回も頑張ります。
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虹色
穂乃果に呼び出されたのはどうやら僕だけではなかったらしい。頭上は電車が通る橋の上で、ミューズが勢ぞろいしていた。
「で?穂乃果、呼び出した理由は何?」
先ほどまで静絶な姉妹喧嘩を繰り広げていた絵里先輩も、欄干に背中を預けている。
「それは、ほら!みんなで遊ぼうと思って!」
「はあ?」
穂乃果の唐突な提案ににこちゃんが怪訝な顔をする。こんな大事な時に何を呑気な事を――――――――――――、って顔だ。
大事なこと、それはラブライブ本選前だという事もあるし、ミューズの進退をどうするか。そこをまだ決めてない事でもある。
「だってみんなで一日遊んだ事ってないでしょ?だからいいかなって」
「まあ確かに英気を養うという意味では良いかも知れんね?」
「・・・・でも、具体的にどこに行くのよ?」
にこちゃんは愛も変わらず怪訝な顔のままだが、口ぶりから行くことに同意したようだ。
「遊園地だにゃ!」
「わ、私はアイドルショップ」
「子供ね・・・・・そういえば最近近くの美術館で展覧やってるんだってね」
「バラバラじゃない!」
各々が行きたいところを口に出すと見事にバラバラ、一日でそんなに回れるかな。
「じゃあ全部行こう!」
「本気?」
僕は思わず訪ねた。幼稚園にアイドルショップに美術館。場所も方向性もてんでバラバラで、一日かけるとなるとなかなかハードスケジュールになる。
「本気だよ!せっかくみんなで遊ぶんだからみんなの行きたいところ行こうよ!」
どうやら本気で言っているらしい。穂乃果の笑顔を見てみんなも賛成なようだった。
ということでまずやってきたのは花陽の行きたい場所。アイドルショップ。
ここには何回か来ている。そのたんびに今日は誰。今日は誰という風にミューズのグッズを買っていくのだが、今回は誰のグッズを買おうか。
「うわー、すごい!グッズがいっぱいだよ!」
穂乃果はミューズのコーナーを見てはしゃいでいる。一番最初に来た時は、ワンコーナーの一角の片隅にぽつんと置いてあるだけだったのが今や棚一面をミューズのポスターやらキーホルダーやらで占めている。
まるで初めて来たときのアライズのように。
本当にここまで来たんだと実感する。最初からは考えられないだろう。
「へー、シャワータペストリーなんかもあるのね。・・・・シャワー室に貼ってどうするのかしら」
「それは、ほら、お風呂でもいっしょに居たいっていう愛の表れやない?」
「ええー・・・・?」
なんだか絵里先輩にはお気に召さなかったようだ。自らのグッズを見てしかめっ面を浮かべている。
「5thライブのブルーレイはまだですが、まだですか?好きですが、好きですか?」
「花陽ちん!こっちには劇場版のブルーレイ予約券があるよ!」
「うわー!店舗特典確認しなきゃ!」
ブルーレイやCDなどが立ち並ぶ区画には凛と花陽とにこちゃんが財布と相談している。あ、それもう一枚頼んでもらってもいい?
「ちょっと雪!それ何買おうとしてんのよ!」
「なにって真姫ちゃんグッズ」
両手には新しく出ていた真姫ちゃんグッズを抱えている。生活費?知らない子ですね。
「そうじゃなくてなんでそれをそんなにたくさん買ってんのって言ってんの!」
真姫ちゃんは顔を真っ赤にしてまで怒っている。なにが彼女の沸点に引っかかったのかは分からないがとりあえず反論する。
「なんでって、真姫ちゃんの新作グッズだよ。他の人に取られたりしたら嫌じゃん」
「な!///別に、ただのグッズでしょ!」
「でも、真姫ちゃんのグッズ。つまり真姫ちゃんの一部だよ?赤の他人になんか取られたくないじゃないか」
「い、一部・・・・・///へ、変な言い方しないでよ!!」
「真姫ちゃんこそ変なこと言わないでほしいな。僕がなんのグッズを買おうが僕の勝手だろ?」
「そ、そうだけど!///・・・・・・・うぐぐ」
全く何をそんなに恥ずかしがってんだか。自分のグッズを目の前で買われるのがそんなに恥ずかしいのかな。
まあ僕にはそんな経験皆無なのでそうだと言われればそうなんだろうが。
「な、なんで私のだけ買うの?」
恐る恐るというか、ちらりと窺うように聞いてくる真姫ちゃん。
「え?そりゃかわいいからだよ(グッズが)」
「え?か、かわいい?(自分自身が)」
「うん。かわいい(グッズが)」
そしてこれでミューズのグッズはコンプリートだ。やったね!
「そう。そっか、かわいいね。かわいい」
くるくると髪をいじりながら真姫ちゃんはまるで自らに浸透させるようにおんなじことをブツブツとつぶやく。
「合計一万八千円になります」
店員の言葉にポケットの財布に手を伸ばす。そこで、どのポケットにも何も入っていない事に気がついた。
少し考えた僕は。
「―――――――――――――真姫ちゃん、お金忘れちゃった。貨ーして?」
「ああもう!台無しじゃない!もうちょっと浸らせなさいよ!それでいくら!?」
「ありがとう真姫ちゃん」
真姫ちゃんは優しいなー。
「うわうわうわ///」
レジを終わらせると、急に声がする。真姫ちゃんとレジから覗くと、他の一角では、海が顔を真っ赤にしながら両手で瞼を抑えていた。
「どうしたの?」
「こ、ことり!見てくださいこれ!あ、やっぱり見ないでください!」
んな無茶な。
「わー、すごーい。海未ちゃんのグッズばっかりだね」
どうやらこの店は海未推しらしい。いろんな表情の海未の写真がちりばめられた一角は、完全に海未専用のコーナーと化していた。
「ほんとだー。海未ちゃんばっかりずるーい!」
「そんなことありません!ものすごく恥ずかしいんですからこれ!」
海未は自分のコーナーを隠すように背を向けるが、人一人じゃ完全に隠しきれていない。店員が書いたとおぼしきポップ『当店イチオシ!音ノ木坂スクールアイドルからミューズの海未ちゃん!その純情可憐な表情から覗くプロのアイドル顔負けの極上スマイルであなたのハートにもラブアローシュート!かくいうA店員もその表情豊かな海未ちゃんに一目ぼれ!もうぺろぺろしちゃいたいぺろぺろ』
といった内容がダダ漏れである。それを最後まで読んだ僕は一瞬にしてそのポップを勢いよく剥がし取り、ビリビリと破り捨てる。
「どうしたんですか雪?」
「なんでもないよ?」
振り返り満面の笑みでそう答える。大丈夫だよ。ちょっとA店員とやらに話があるだけだよ。
裏に消えていく僕をよそに、苦笑いすることり。
そんなアイドルショップを後にして、次に向かうのは凛の行きたい場所。遊園地。
「「「きゃーーーー!!!!!」」」
ジェットコースターやフリーフォール、バイキングなどどうやらこの遊園地はそういった絶叫型にスポットを当てているらしい。やれ全長何メートルだの、やれ最速何キロが出るだの、物騒な言葉がこぞって主張してくる。
僕としては、メリーゴーランドやコーヒーカップみたいなほのぼのしたやつが好きなのだが、そう言ったものにはみんなは一切触れずに嬉々として絶叫型に乗りたがっている。
「どれに乗る!?どれに乗る!?」
「穂乃果ちゃん!まずはあっちから乗ろう!」
特に穂乃果と凛はテンションがうなぎ上りだ。全身からキラキラした粒子みたいなものが出ている気さえしてくる。
いかん、この流れはまずい。何がまずいっておもっくそ高いところじゃねえか。ダメだ。それはダメ。
「あのー、絶叫形も良いけど、あっちのメリーゴーランドとかにしない?メリーゴーランドも楽しいと思うよ?」
「えー、メリーゴーランド?」
当然のように穂乃果が渋る。この野郎、僕が高所恐怖症だと知ってるくせに。
「まあ、手慣らしとしてなら良いかにゃ?最初っからハードだときついもんね」
「そうそう、徐々にハードル上げて行く方が楽しいと思うんだ」
「まあ、雪ちゃんが言うなら」
良かった。なんとかメリーゴーランドへと誘導できたようだ。後は気分が悪くなったとか何とか言って離脱すればいい。
―――――――――――――――――と、思っていたのだが。
「へー、結構しっかりしてるメリーゴーランドだねー」
「すごいにゃー、凛こんなメリーゴーランド初めて!ありがとう雪ちゃん!」
「いやこれ俺の知ってるメリーゴーランド違うぅぅぅぅぅ!!」
普通メリーゴーランドといえば、くるくる回る地盤に上下する馬やらなんやらが取り付けられていて、それにのって優雅に楽しむものだろう。
だけど、そのメリーゴーランドは圧倒的に違っていた。
まず、上下する馬がおかしい。なにがおかしいって完全に生きている。体温が感じられる。鼻息とか凄い。
「うわー、本物そっくり!」
「そっくりじゃなくて本物なんだよ!明らかに!」
「雪ちゃん、いくらなんでもそれはないにゃー。メリーゴーランドに本物の馬なんかいるはずないにゃ。これはちょっと質感にこだわったニセモノだにゃ」
そう言って、二人ともさっさと馬に乗っかってしまう。僕も無理やりに乗せられるが生き物の鼓動が感じられる。
「いや、絶対本物だよ。見たことないものこんな獣くさいメリーゴーランド。今にもロデオ感覚で振り下ろされそうなんですけど」
「大丈夫だよ。なまじ本物だとしても、遊園地ように調教されてるって」
そう言った穂乃果は、いや穂乃果が乗った馬はけたたましく嘶いて、勢いよく草むらの方に走り去って行ってしまった。
「ほらいったじゃん!だからいったじゃん!あれ本物以外の何物でもないよね!?つーか大丈夫なの!?おもいっきし知らないところに走り去って行ったけど!」
「すごいにゃ!ちゃちなメリーゴーランドと違って遊園地の敷地そのものが舞台なんだね!よーし、私達も行くにゃ!デュラハン号!」
凛は明らかに馬を手なずけている様子で、慣れたように穂乃果の後を追ってしまった。つーか何名前つけてんの?何愛着わいてんの?
「どうするの?行っちゃったけど」
傍で見守っていた絵里先輩が近付いてくる。
「バカ二人はこの際もうほっときましょう。どうせそのうち係員かなんかに連れて来られますよ」
正直、そっちの方が良い。絶叫形に乗らなくて済むから。そう思って馬から降りた瞬間。ドドドという足音が響いてくる。何事かと後ろを振りかると。
「うきゃほーい」
「戻ってきた!思ったより早く戻ってきた!」
馬を完全に乗りこなしたように穂乃果と後ろに続く凛が猛スピードでこちらに向かってくる。つーかなんで乗りこなせてんの?ライダー?
「あ!雪ちゃんだ!おーい」
「何手振ってんだバカ!手綱!手綱!」
手綱をほっぽいて走る穂乃果の馬はまっすぐこちらめがけて走ってくる。
「あああああああ!!」
避ける事も出来ずに馬と正面衝突。思いっきり衝撃を受け、体が後ろに吹っ飛ばされる。
あれ?ここってどこだっけ?遊園地だよね?なんでぼくはうまにけられているの?
「いやー楽しかったね凛ちゃん」
「うん!こんなメリーゴランド初めて!」
「メリーゴーランドって言わねえよこれ!乗馬って言うんだよこれ!」
血だらけになった頭で必死に叫ぶ。つーか乗馬とも呼ばねえよ。もはやジョッキーの域だよ。
そんな散々な唯一怪我で絶叫系をやり過ごせた事意外何の楽しみも見つけられなかった遊園地も後にし、場所は美術館。
「美術館は良いよね。静かだから」
さきほどかあり得なかったためか、美術館への期待値が上がる。早速中に入ると。
いたるところにまるで天空に手を伸ばしてますと言わんばかりの高さだけを追い求めたフリーフォールたちが所狭しと並べてある。
「どうやら今日はフリーフォール専用の展覧会の様ね」
ポスターを見ながら説明する真姫ちゃん。
「どういう展覧会!!?」
なんでだよ、なんで一回泳がされなきゃいけないんだよ。なんで遊園地で回避できたと思ったら美術館でこんな拷問みたいな真似されなきゃいけないんだよ。
「つーか、フリーフォールって美術って言うの?」
「なんでも頂点を極めたものは芸術と言えるんじゃないかしら」
「うるせえよ!そう言うの聞いてねえよ!」
というかいつの間にか、僕と真姫ちゃん以外はフリーフォールの椅子にセットされている。
「やるんだ!こんなわけ分からんもんやるんだ!」
みんな期待に満ちた目をしている。なに?僕がおかしいの?僕がおかしいのか?
「大丈夫ですか雪?無理しなくても・・・・・」
「いいよやるよもう!どうせ克服する気なんかないんだし、ちょうどいい戒めになるし」
半ばやけくそ、もしかしたら半泣きになりながらそれでも海未と真姫ちゃんに挟まれる形になりセットされる。
そして、ゆっくり、ゆっくり、上がって行く。まるで死刑宣告を待つ罪人みたいな気分だ。
あ、ごめんなさいやっぱり無理です。フラッシュバックしてるもの!いつものじゃない奴だもの!なんか走馬灯みたいなやつフラッシュバックしてるもの!
ガタンゴトンという音も、まるで下界から切り離されたような足元の景色も、宙ぶらりんの足も、すべてが自らにプレッシャーをかける。
上がって行く。上がって行く。・・・・・・まだ上がって行く。
「どこまで上がってんだ!もうそろそろ天井って、ない!天井がない!」
上を見て初めて気づく。天井がない事に。そこだけくりぬかれたように天井がない事に。
そして――――――――――――――――。
「ああああああぁぁぁぁぁおぼろろろろろ」
「ああ、雪がぁぁぁぁぁ!吐いたああぁぁぁぁおろろろろろ」
「ちょ!大丈夫雪ぃぃぉおろろろろろろ」
「えりちぃぃぃおろろろろろろろ」
「おろろろろろろろ」
上がるときはあんなに時間かかったのに、下るときは一瞬だった。吐くときも一瞬だった。
みんな仲良く吐いて仲良く出禁になった美術室から追い出され、その次に行ったにこちゃんが提案したゲーセン及び絵里先輩のボーリングでは特に何もなく。
「ないのかよ!」
ことりと海未が行きたいと言ったのは動物園だった。
どうやら動物たちが檻から出てしまっていたようで、ワニやらライオンやらを命がけでハントして回った。
「どこのジュラシックパーク?」
そして、希の希望、浅草の雷門。
「スピリチュアルやね」
先ほどがジュラシックパークだったのでありがたい。心身ともに癒されるようだ。
一人、お線香の煙を浴びていると、ささっと後ろに希が忍び寄る。
「リラックスしたところで聞きたいんやけどこの婚姻届にハンコを――――――――――――」「あ、ごめん手が滑った」
後ろ手に隠し持っていたその紙をお線香の灰にして燃やす。
「ああ、あとはハンコだけやったのに」
まだ懲りてなかったのかこの人。その執念には呆れるが、若干の恥ずかしさもある。がっくりと肩を落とした背中を見ると余計にだ。
「で、後は穂乃果と雪ね」
絵里先輩の言葉で思い出す。全員の希望する行きたい所へ行って遊ぶ。忘れていたが今日はそういう趣旨だった。遊んでた記憶はないが。
「・・・・・私は最後で良いよ。雪ちゃんはどこか遊びに行きたいところある?」
「え?僕?」
そうか、遊びに行きたいところか。
「――――――――――――――僕はないよ」
「え?」
ずいぶんと頭をひねってみたものの、それらしきものは現れない。ないんだ、本当に行きたいところ。遊びたい場所ってやつが。
きっとそれが僕の底の浅さ。みんなについて行くことは出来ても、引っ張る事が出来ない。
昔からそうだった。昔から、僕は誰かの後ろをひっつくだけだった。穂乃果の後ろを、にこちゃんの後ろを、姐さんの後ろを。僕が主導で何かを成した事なんて、それこそバイトくらいのものだ。それだって他人に誇れる事なんて何もしていない。
だからこういうときに、自分がどこに行きたいのかわからない。出てこない。
でも、でもそれでも僕は満足だった。今現在、確かに僕は満足していた。
自分が引っ張ることができなくても、自分の行きたいところが分からなくても、それでも僕は今日楽しかった。こんな日が、毎日じゃなくたっていい。週に一度でいい。月に一度になったって構わない。どんなに少なくとも、継続的に、持続的に、続いてほしい。決して終わってなんかほしくない。
「そっか、じゃあ最後は穂乃果の番だね」
「どこにいくの?もうすぐ日も落ちてくるわよ」
絵里先輩の言った通り、辺りは今まさに夕日に包まれんとしている。
「―――――――――――――――――海。海に行きたい」
赤い光に照らされる穂乃果の顔。
きっと、これが本当に最後になるのだと。そう語っている顔だった。
どうもことりのおやつにしちゃうぞ♪(物理的に)高宮です。
もうすぐことりちゃんの誕生日!
ということで次回は番外編。
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変わらない事、変わる事。
時は少しさかのぼって、穂乃果がみんなで遊びに行こうと呼び出した前日。駅前のファストフード店。
絵里先輩が亜里沙ちゃんと熾烈な姉妹喧嘩を繰り広げている時、穂乃果からメールで呼び出されたのはこの件だ。そして待ち合わせ場所の駅前へとやってきた。
内容は言わずとも分かっている。ミューズの今後の事だ。僕を加えて話し合う必要はないと思っていたのだが、呼び出された以上行かないわけにはいかない。
店に入ると、もう既に僕以外は全員そろっていた。
勿論、絵里先輩たち三年生を除いて。
「あ、雪ちゃん!おーい、こっちこっち」
穂乃果の身ぶりに釣れられ何も買わずに席に座る。
「・・・・・・で、何の話」
先も言ったが、内容は分かってる。だけど、僕をこの会合に誘った理由が分からなかった。
僕は先日、部室での話し合いで意思表明をしたつもりだ。伝わっていなかったというのならもう一度伝えるまでだが、もし伝わった上での事なのだとしたらやっぱり理由が分からない。
「分かっているでしょう?ミューズの今後についてです」
海未が当然のごとく今日集まった理由を告げる。
「分かってるよ。分かってないのは、なぜ僕が呼ばれたか。だ」
「そんなの当たり前じゃん!呼ぶに決まってるでしょ!」
僕の顔が新規くさかったからか、普段より大きい穂乃果の声に、僕はきょとんとする。
声量に、じゃない。その内容に、だ。
あまりにもまっすぐで、論理や理屈で固められた補強なんていらない間髪いれずに放たれたその言葉に僕は圧倒された。
ただ―――――――――――――呼ぶに決まってると。
「―――――――――そっか」
ただ単純にその言葉が嬉しくて。同じところに立っている気がして。前髪をいじりながら、うっかり下を向いてしまう。
「それより、早く本題に入りましょうよ」
真姫ちゃんが髪をいじりながら先を促す。
「そうですね。各々よく考えたと思います。これから私達はどうするべきなのか、どうしていきたいのか」
みんな真剣な目だ。その眼を見ていると、なんとなくわかった。いや、最初からわかっていたのだ。みんなと僕の意見が、違うものになることくらい。
「私は、ここで終わりにするべきだと思う」
「真姫ちゃん」
分かってる。分かってるはずなのに。情けない声が漏れ出しまって、唇を噛む。
「・・・・雪。私あなたの考えてる事、なんとなくわかるわ。私も、ミューズのおかげで、みんなのおかげで変われたから。ほんのちょっとだけ、些細なことだけど。それでも変われたから」
そこで、真姫ちゃんは言葉を区切る。
「でもね、だからこそ。私はここで終わりにしたい。アイドルを、じゃなくて、ミューズを」
そう言って笑う真姫ちゃん、そこにはいつものような羞恥心も、取り繕う言葉もない。
「私も、真姫ちゃんと同じ。私はこのみんなのミューズが好きだから。誰かが入って、誰かが抜けて、そういうんじゃなくて。みんなの、みんなだけのミューズにしたいから」
「私もかよちんや真姫ちゃんと同じだよ?そりゃ、なくなるのは嫌だけどさ。しょうがないじゃん」
「・・・・・・・・・・」
「どうやら、みんな答えは一緒だったようですね。私も同意見です。一人で、一晩じっくり考えてやっぱり同じ結論になりました」
海未が、みんなの顔を見渡す。
「待ってよ。まだ、ことりと穂乃果の意見、聞いてないよ」
無駄な足掻きだ。そんなことは百も承知だ。穂乃果だってことりだって聞かなくたって分かる。
でも、それでも。僕は聞かなくちゃいけない。たとえ想像してる通りの答えだったとしても、たとえそこに僕が望んだものがなかったとしても。僕は、聞かなくちゃならないんだ。
そんな僕の意思を汲み取ったのか、ことりが口を開く。
「私も、ミューズはここで終わりにしたい。すべきだと思う。例え、常識から外れていても、例え、それが普通じゃないって言われたとしても、私達にとってはそれが一番だと思う」
「・・・・・・穂乃果は?」
歯を食いしばって、唇を痛いほど噛んで、そうしないと今にもこぼれそうだった。すべてを聞き終える前に、自分の気持ちが口から吐き出てしまいそうだった。
そして、最期の穂乃果が言葉を紡ぐ。
「私は、私はね雪ちゃん。最初は学校の為だった。学校が好きで、学校がなくなるのが嫌で、だからその為に、手段としてスクールアイドルを選んだ。これなら学校を救えるかもって、私たちにも何か力になれるかもって。だから、もしあの時スクールアイドル以外の道が見えてたら、私はスクールアイドルにはならなかったと思う」
そんな穂乃果の表情は言葉と裏腹にとても穏やかで。
「でもね、今は違うの。スクールアイドルが好きで、スクールアイドルのミューズが好きで。ミューズのみんなが好きで。好きだから、だからこそ、ここで終わりたいの。みんなと一緒に。大好きなみんなと一緒に」
まっすぐに、ただまっすぐに穂乃果は僕を見つめる。昔と変わらぬ、その瞳で。
いつだってそうだった。どこでだってそうだった。
穂乃果はただまっすぐに、いつだって自分の考えを通してきた。我儘に、聞きわけがなく、強引で、周りを巻き込んで、いつだって突っ走ってきた。
ただまっすぐに。
直してほしいと思うこともあるし、うざったくなる時もあるけれど、その呆れるほどまっすぐな穂乃果に、僕は憧れていたんだ。嫉妬したことも、ある種憎んだことさえあって、自分が醜く、歪んでしまっている自覚があったから。だから、焦がれる程に憧れた。
「・・・・・・・・そっか。じゃあ、僕はその意見には相容れない」
憧れていたから。だからこそ、僕は真っ向から反対しよう。歪んでたって、醜くたって、批判されたって、彼女たちに嫌われたって。僕は反対する。
他でもない―――――――――――僕の為に。
「うん。いいよ」
まっすぐに僕を見ていた穂乃果は柔和に微笑む。
驚いて、目を見開いて、俯いて、そして僕も笑った。やっぱり穂乃果には敵わないと。
「嫌いになるかもよ?」
「いいよ」
「汚い手を使うかもよ?」
「いいよ」
「みんなを貶めるかもよ?」
「それでも、いいよ」
穂乃果の顔は変わらない。変わらないままだ。
「それでも、変わらず僕と、一緒にいてくれる?」
「いつでもどこでも何回でも言ってあげる。――――――――――いいよ」
その言葉に、僕は安心する。バカみたいに言ってもらわないと分からない僕だけど、いつもひどく不安になって信用なんて殊勝なことできない僕だけど。
その言葉があれば、僕は進める。自分の道を。
「そっか。じゃあそんな穂乃果は嫌いだ。僕はやめてほしくなんかないのに、勝手に決断して良い気になってるみんなは嫌いだ」
僕の顔は今どうなっているだろう。鏡はないけど、でも笑っていると良いな。笑えていると良いな。
「「「「「「それでもいいよ!だって私達は好きだもん!」」」」」」
体を前のめりにしつつ、みんなそろってそう言ってくれる。
「・・・・・・ホント、みんなバカだなあ」
僕の顔は今どうなっているだろう。鏡はないけど、でも笑っていると良いな。笑えていると―――――――――――――良いな。
「――――――――――――海。海に行きたい」
そして時は戻って。
そう言った穂乃果にみんなは顔を見合わせる。
「海って今から?」
今日一日いろんなところに回って、もう日は傾きかけている。絵里先輩の心配も当然だろう。
「うん。ダメ、かな?」
それでも穂乃果は意見を変えない。きっと本当に行きたいところなのだろう。
「うちはええよ。この時期に海ってのもなかなか乙やん?」
「まあ、それもそうね」
希と絵里先輩が同意したところで、みんなで海に行くことが決定する。
みんなで駅まで行って。今まさに発車しようとする電車にすんでのところで乗車した。
ガタガタと揺れる電車。乗車している人数はスズメの涙ほどで。
みんな思い思いの場所で目的地まで過ごしている。
「穂乃果、心の準備は出来た?」
座席に座って真姫ちゃんが穂乃果に確認している。
「うん」
その真姫ちゃんの言葉に、穂乃果は静かに頷く。
瞬間的に流れる景色を見ながら、横目でその光景を見た。やがて目的地を告げるアナウンスが車内に流れる。
――――――――――――――終点だ。
「うわ~!海だにゃー」
海に着くや否や、さっそく走り出す凛。そのあとを追いかけるように皆海に走り出した。太陽はすっかり朱に染まりまさに今、海にその身を沈めんとしていた。
靴底から感じる砂を踏みしめる感触が何とも言えない。さすがにこの時期に海にくる人はいないようで、辺りを見回しても僕たちだけだ。
みんな思い思いに海を楽しんでいる。冷たい水を掛け合ったり、濡れないようにギリギリで逃げたり。
そんな皆を見て穂乃果は隣にいたことりと海未に近寄る。顔を合わせて決心を固めたように見えた。
「みんな」
そして、穂乃果は呼ぶ。呼んでしまう。その呼びかけに、遊んでいたみんなは振り向く。真っ赤に照らされたみんなの顔がこちらを見ていて。このまま、きっと穂乃果は昨日みんなで話し合った事をそのまま伝えて、それで物語は終わるんだろう。それが、最良の選択なんだろう。
それがこの物語に取って、最高の結末なんだろう。
だけど――――――――――――――。
「まってよ」
だけどさ、僕は嫌なんだ。
水を差すことになる。邪魔をすることになる。我儘をぶちまける事になる。
例え最良の選択じゃなくたって。例え最高の結末じゃなくたって。僕は、それでもいいから続けてほしい。
ただ、続けてほしい。
「うん。待つよ」
背中を向けていた穂乃果は、振り向いてくれて。そう言ってくれる穂乃果は、きっと。僕がこうするんだって分かってたんだろう。
「・・・・・・つづけるよね?」
「ううん」
確率が百パーセントでも、例えそこに1パーセントの望みがないんだとしても。
「辞めて、どうするの?名前を変えて形を変えて、アイドル続けるの?それなら今のままでもいいじゃないか。スクールアイドルじゃなくたって、普通のアイドルでもいいじゃないか。そこに何の意味があるんだ」
「意味はあるよ。だって形を変えちゃったら、スクールアイドルじゃなくなっちゃったら、それはもうミューズじゃなくなっちゃうもん。それは、嫌だから」
卑怯だとしても、破綻していたとしても、みっともなくても。
「ファンは?ファンの気持ちはどうなるの?ないがしろにするんだ」
「ううん。ないがしろになんてしない。絶対納得してもらうように、私達が頑張る」
それでも―――――――――――――辞めてほしくなんかなかった。
「僕が辞めるなって言っても?」
「うん。だから、雪ちゃんにだって納得してもらう。だって雪ちゃんは私達の一番のファンだもん」
そう言った穂乃果の顔は、いや、みんな一緒だった。みんな一緒の表情だった。
違うのは、僕だけだ。
寂しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。
嫌で嫌で仕方ない。
嫌だから、また一人ぼっちになってしまいそうだったから。また誰からも見てもらえなくなってしまいそうだったから。
僕の中の、やっと認められた光が、消えてなくなってしまいそうだったから。
だからやめてなんか欲しくなかった。ミューズは僕にとっての土台で、僕にとっての一番太い芯で。僕にとってのすべてだったから。
辞める事がみんなにとって一番良い結果なんだと分かっていても、みんなの為にじゃなくて、僕の為に、辞めてほしくなんかなかった。
みんなはこの別れを、成長の糧にして今後も生きて行くことができるんだろう。
なら僕は?
僕はちゃんとその後も前を向いて歩けるだろうか。その後も後悔せずに、引きずることなく。良い思い出として胸にしまっておけるだろうか。
不安だった。不安で不安でしょうがなくて、怖くて怖くてしょうがなくて。自分に自信がないから。自分がそんな出来た人間だと思えた事がないから。
だからみんなで集まった時、穂乃果が言ってくれて安心したんだ。それでも僕と一緒にいてくれると。
だから今日はめいいっぱい、せめて後悔だけはしたくなかったから。持てるすべてを、どうすればいいか考えた結果を、ぶちまけた。
赤い赤い夕陽が、目に染みて、思わず天を仰ぎ見る。青かったはずの空は、夕日に染まっていた。
一晩かけて、どうすれば穂乃果に「やっぱり辞めない」ってそう言わせられるかどうか考えて。考えた言葉達をいともあっさり打ち崩されたのは、心のどっかでは納得してしまっていたからだろうか。今ここで、ピリオドを打った方がいいんだと。
潮風が靡く。少し肌寒い。
もう僕の口からは、何も出てこなかった。出てきてはくれなかった。
「それじゃ、改めて言うね。・・・・・・・せーっの!!」
「「「「「「私達はラブライブが終わったら、ミューズをおしまいにします!!」」」」」」
その言葉が、広い海に響く。どうしようもない事実を、変えられない現実を、噛みしめるように。
「私も、穂乃果の言葉に賛成よ」
「絵里」
「うん。そうやね」
「希」
希は俯いて、絞り出すように声を出した。
「当たり前やんにこっち。うちが今までどんな思いでミューズを見つめてきたか。どんな思いで名前をつけたか」
変わって欲しくなくて、変えられて欲しくなくて、ずっとそのままでいて欲しくて、変わらない明日が来て欲しくて。
「でも!でも、やっと、やっと巡りあえたのよ。諦めてたのに、こんなにも!それを、雪の言うとおり、なにも辞めなくっても!」
「だからアイドルは続けるわよ!」
にこちゃんの言葉に、真姫ちゃんが反論する。
「約束する!アイドルは続けるって!でもミューズはダメなの!にこちゃん達がいないとダメなの!にこちゃんと、私達のものだけにしたいの!」
「・・・・・・・・真姫。でも」
「もういいよ。にこちゃん」
「・・・・・・雪」
きっとにこちゃんは僕の為に反対してくれている。惨めでみっともない、最期まで自分しか通さなかった僕の為に。にこちゃんの意思とかけ離れているわけではないのだろうけど、でもさっきの真姫ちゃんの言葉できっとにこちゃんは納得したんだ。背中がそう言っている。だから、これ以上は無粋だ。僕の為に、その想いを汚しちゃいけない。
「あー!!」
「穂乃果?」
急に大声を出す穂乃果に海未がびっくりして声を出す。
「終電!電車過ぎちゃう!」
「ええ!?」
穂乃果の突拍子もない発言に、みんなぎょっとなる。
そして走り出した穂乃果が僕の横を通り抜けて駅へと向かう。
足が動かずに僕だけは、その場に立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・・・なにしてるんですか?」
「海未」
「早く行かないと間に合わないよ?」
ことりも海未も、僕の一歩前で手を差し伸べてくれる。
その二人の手に、僕は延ばしかけた右手を一瞬躊躇しながら、それでも二人の手を取った。
「はい!行きますよ!」「って、もうみんないないよ!早く!」
「――――――――――――――うん」
この気持ちに名前をつけるとしたらなんていうのだろう。僕にはその言葉が見つからなかったけど、それでも良かった。
ちゃんと言えて、ちゃんと僕の気持ちを通せてよかった。
今はただ、本当にそう思う。
「はぁ、はぁ、はぁ」
二人に連れられる形で全速力で駅へと走った。先に来ていたみんなも息は絶え絶え、膝をついたりしながら体力を回復しようとする。
「穂乃果?まだ電車あるわよ?」
絵里先輩が駅の決して多いとは言えない時刻表を見ながら事実を告げる。
「・・・・えへへ。だって、あのままあそこにいたら泣いちゃいそうだったから。みんな、泣いちゃいそうだったから」
「―――――――――――穂乃果に一杯食わされましたね」
海未は仕方ないという風に腕を組む。
「もっと海見てたかったにゃー」
「あはは、ごめん」
ぺろっと舌を出す穂乃果に、どうやらみんなしてやられたようだ。
「―――――――――――ねえ、みんなで写真撮らない?」
「あ、じゃあ携帯あるよ?」
花陽がポケットから携帯を取り出そうとすると、穂乃果がそれを制止する。
「そうじゃなくて、あれで」
穂乃果が指をさすその先には、駅に備え付けられていた証明写真が。
「ちょ!押さないでよ!」
「もっとそっちに行ってにゃ!凛が入らない!」
「ていうか、流石に狭くないかしら?」
「まあええやんえりち」
「もっとしゃがんだ方がいいよね?」
「どうでもいいいから早くしなさいよ」
みんなが狭い箱の中でぎゅうぎゅう詰めになりながらそれでもなんとか体制を整えている。
「ほら!雪ちゃんも早く!」
「え?」
僕は、一人。その狭い箱の外側でその様子を眺めていたのだが、箱から顔をのぞかせた穂乃果に催促される。
「いや、僕は・・・・・・・」
「まーたそんなことを言っているのですか雪は」
「海未」
だって、だって僕はミューズじゃない。ミューズのファンだけど、ミューズではないんだ。だから感覚を、思い出を共有しようというこの箱の中に、僕は入っていいのかどうか。分からない。
「入っていいに決まってるでしょ」
僕の顔を見たことりは、簡単に箱から出てきて背中を押す。
「確かに雪君とは一緒にステージに立ったことないし、一緒に踊ったことないし、一緒に歌ったことないけど。でもだからって思い出がないなんてことない。分かち合ったモノがないなんてことない!」
「でも、僕はみんなの気持ちを邪魔したよ?」
揺れる仕切りのカーテンの前で、僕はそう吐露する。
「それでもいいよって言ったでしょ?忘れたの?」
カーテンを押しのけて、穂乃果が、僕の手をとって箱の中に引き入れる。こんなにも簡単に、こんなにもあっさりと。
箱に入るとみんなが待ってた。笑顔で待ってた。
「なんで僕が真ん中なの?」
「雪ちゃんがなんか言ってるにゃ」
「ほら見て!希の顔、にこの髪が髭みたいになってる」
「凛ちゃん顔が切れてるよ」
駅構内まで歩く。証明写真を見ながら笑いあって、なにかをごまかすように、吹き飛ばすように笑いあって。そして、その笑いはやがて湿り気を帯びてくる。
「ふっ・・・・・ぐっ・・」
「かよちん、なんで泣いてるの?」
「だって、あんまりにもおかしくて」
そう言う花陽は、何かが決壊するように両手で顔を覆う。
「何泣いてんのよ。泣かないでよ。泣かないでってば・・・・・」
気づくと、みんな泣いていた。みんな声も憚らずに泣いていた。
「なんで泣いてるの?みんな、変だよ」
「穂乃果ちゃん」
僕はそこでようやく気付いた。あんまりにも簡単で、あんまりにも当たり前の事に。今まで気づかなかった事に。
・・・・・・・・彼女たちの方が、辞めたくないはずなのだ。
考えてみれば当たり前、誰もが分かるはずの事を。僕は今さらになって気づく。
僕が辞めてほしくないと思うように、彼女たちだって、出来る事なら辞めたくなんかないのだ。終わりになんか、なってほしくないのだ。
でもしょうがないからと、卒業してしまうから。変えがたい事実だから。だから、今まで涙をのんでそれでも一番良い方法を模索して、ようやく出来た答え。
それが、ミューズを自分達のものにする。それがせめてもの救いであればと。そう答えを出して。
―――――――だけど、最後の最後に。止める事が出来なかった。ごまかす事が出来なかった。自分たちの思い。苦しくて、悔しくて、どうにもならない想い。
「何よ。なんでみんな泣いてんのよ」
「にこっち」
「何よ!泣かないわよ!私は泣かない!」
希がにこちゃんを抱きしめる。強く。強く。
やがて、むせび泣く声が一つ加わって。
人生とは理不尽だ。願った願いは叶えられないし、欲しいおもちゃは手に入らない。
思い通りになった事なんて一度だってない。駄々をこねたって、策を弄したって、どうにもならないものがある。それが現実で、どうしようもない現実で。
だけど、苦しいけど。僕らはそんな現実に生きて行かなきゃいけない。苦しいほど理不尽な、だけど狂おしいほど愛してるこの人生を。これからも、前に進まなきゃいけない。
みんな、泣いている。だけど、僕は泣かない。泣いちゃいけない。僕だけは。
なにが自分の気持ちを言えてよかっただ。何一人ですっきりしてるんだ。とんでもないバカだ僕は。
だから僕は泣いちゃいけない。泣いちゃいけないから。せめてちゃんと胸に刻みつけておこう。苦しいから。悔しいから。どうにもならない現実が、自分の人生が、悔しくて悔しくて悔しくて。悔しいから。
だからせめてこの光景を、忘れないようにしよう。
赤い赤い夕陽が目に染みて。僕は空を仰ぎ見た。
「・・・・・・ああ、本当に人生ってやつはままならないな」
どうも高宮です。
ホークス優勝やったね!危なげなく今年のホークスの強さを象徴したかのような試合でした。
とまあ、そんな話はどうでもいいんですけど。このssも終わりが見えてきて、ホッとするような寂しいような。
とにもかくにも、最期まで全力で走り去りたいと思いますので今後ともよろしくです。
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最後の形
「はーーーーーー」
「どんだけ長い溜息してんのよ」
書記さんが、目の前に書類を積んでいく。
あの海から半月。ラブライブ本選までも同じく半月。
あっという間だった。あっというまに日々は過ぎる。何事もなく、いつも通りに。
あと、少しだというのに。
「はーーーーーー」
「いいかげんにしなさい」
パコッと頭をはたかれる。しょうがないじゃないか、どんどん本選が近づいてきて、どんどん時間は消えていく。めくる日めくりカレンダーの枚数にナーバスになったってしょうがないだろう。
「お仕事したくない」
「そんなこと言ったって卒業は待ってはくれないのよ」
そう。音ノ木坂の三年生が卒業するということは、UTXの三年生も同様に卒業するということだ。当たり前だが。
そんでもって僕は一応、生徒会長なので色々とお仕事が溜まっている。特に最近は生徒会の業務に専念するほど精神状態に余裕がなかった。
ツバサさんやあんじゅ、そして書記さんのフォローもあって、しかしそれでもギリギリのスケジュールなのに。
「やる気がでない」
あの海での一件で、ミューズの今後は決まった。それについて僕はもうなんの反論も、反抗もない。
ちゃんと共感して、納得して、理解して、そして見届けようと思った。そう思えた。
んだけど、やっぱり終わってしまうというのは寂しくて、苦しくて、夜に枕を涙で濡らすこともしばしば。女々しいと言われても仕方ない。事実、自分でもそう思う。
でもさー、そんな急に切り替えられたらさー、そもそもあそこであんな反論なんかしてないっつーの、最初っから納得してたっつーの、それができなかったんだから引きずるのもこれしょうがないと思うんだよね。
「書記さん。
「ツバサと書いてヘルプと読まないで頂戴。あとそんなデリバリー感覚で呼ぶのもやめて」
声がする方を振り返るといつの間にやらツバサさん。
「で、ミューズの方はどうなの?」
「あー、はい。それはもうみんないつも通りです。みんなは、大丈夫です」
びっくりするほどいつも通りで、僕だけが郷愁に駆られていてバカみたいだ。
「・・・・・・・・・・ツバサさんならどうしますか」
「それは、私達がミューズと同じ立場だったら、ということかしら?」
コクコクと頷く。先も言った通り、僕は彼女たちの選択を、今さらどうこう言うつもりはない。だけど聞いておきたかった。アライズほどの人気と実力を兼ね備えた人たちが、どうするのかを。
あのリーダーたるアライズの綺羅ツバサに。
「ま、続けるわね」
あっさり、いともあっさりツバサさんはそう言い放った。
「ですよねー」
その言葉に僕は驚かない。ツバサさんがそう言うだろうと予測していたわけじゃない。それが普通なのだ。世間を見たって、十のスクールアイドルに聞いても十のスクールアイドルが同じ答えを返していただろう。
「はーーーーーー」
「もう!溜め息禁止!」
書記さんに怒られた。もう既に、ミューズの決定は過去の産物だ。過去は変えられない。便利な四次元ポケットも、タイムマシンもない僕らに過去は変えられない。
だから、現代人の僕らに出来る事はただ、過去を受け止めて前に進む原動力にする事だけ。
「はーーーーーーあ」
で、今日はそのラブライブ本選のパフォーマンスをする順番を決定する日でもある。この放課後の時間にみんながクジを引きに行っているはずだ。
「はあ!?トリ!?」
「ええ、どうやらそうみたいね。今公表があったわ」
依然、生徒会室で仕事をしていると、ツバサさんから驚きの情報が提供された。
トリって最後って意味だよね。最後のライブに、最期のラブライブに、トリだなんて。運がいいのか悪いのか。
いや、きっといいに決まっている。最後にふさわしいじゃないか。こんな最高の舞台、そうそう巡ってはこない。
「まあ、心配なのも分かるけど、ここまで来たら後は見守ってやる事だけよ」
「わかってますよ」
そんなに顔に出ていたのか、ツバサさんに指摘され僕はちょっぴりふてくされる。
「・・・・・・あとは、あれね。アロマセラピーとかいいわよ。癒されるし」
「はあ」
「雪はそういえば動物は何が好きなのかしら?アニマルセラピーというのもあってね―――――――――――」
「あの、もしかして励ましてくれてます?」
僕が今朝あんなにも溜め息をついてしまっていたからか、なんだか気を遣わせてしまっているみたいだ。
「だ、だって。あんまり元気なさそうだし・・・・・・」
やっぱり。
横目をずらすツバサさんに僕は思わず笑ってしまう。あんまりそう言うツバサさんは見たことなくて。
ツバサさんはやっぱり、いつも強気なほうが似合っている。
「な、なによ!」
「ふふ、いえ。似合わないなーっと」
「し、失礼な。せっかく彼女たちとゴタゴタしたって聞いて心配してあげてるのに」
ツバサさんは拗ねてしまったようでそっぽを向いてしまう。きっとその詳しい内容までは知らないんだろうけど、それでもその気づかいがありがたい。そんな些細なことに僕は嬉しくなってしまう。
「ほーら、生徒会長。仕事しないと終わりませんよ」
やけに力強く書記さんから書類の束が渡される。
「あれ?書記さん、こんなに書類あったっけ?書記さん?書記さーん?」
「こっちもお願いね~」
「え?これ僕の仕事じゃなくない?あんじゅに割り振られた奴じゃ・・・・」
「お・ね・が・い」
「ううう。分かったよやればいいんだろやれば」
「ふふ、それじゃ元生徒会長はこの辺でお暇させてもらうわ。卒業式までもう一カ月だし、頑張ってね」
「ええ!手伝ってくんないんですか!?」
「私が手伝っちゃったら意味ないでしょ。このおバカ。卒業式は一回しかないんだから。現生徒会だけで成功させる事。いいわね?」
「・・・・・はい」
そういって、本当にツバサさんは生徒会室を立ち去って行ってしまう。
「もう、あんまりツバサを心配させないでよね」
「うん。ごめん」
「私に謝られても?困るんだけどね?」
あんじゅはなぜか不機嫌になっている。分かってるよ。心配してくれているのはツバサさんだけじゃないって。
そうやって、みんなが誰かを心配して心配し返されて、それが心に響いて。
優しい世界がこれからも続いていければいいと、そう思った。
「なーに良い感じに終わらせようとしてんですか?お仕事はまだこんなにもたまっているんですよ?あんじゅちゃんも」
「わー、書記さん。もういいじゃん。綺麗な落とし所だったじゃん。今日はもう仕事の事は忘れようよー」
「そうそう。ていうか、私はちょっとお花を摘みに」
そろーっと、自然に席を立ち僕とあんじゅは目の前に積まれた書類の山から現実逃避しようと逃走を図るも、ズルズルとこぞって書記さんに首根っこを掴まれ定位置の椅子に引きずり込まれていた。
「ダメですよ?そうやって仕事を抜け駆けしようとしても、バレバレなんですからね?まだ2700文字しか行ってないんですから」
もういいじゃん2700文字でもさー。たまにはいいじゃない。時には休息も必要だって。ほら、勇者だってトルネコが見てないところでパフパフしてんだから。魔王だって勇者くるまでなんにもしてないんだからさー。
「いいから仕事する」
「うげー」
そんな仕事漬けの日々を送っているとあっという間に半月など過ぎて行き。
いよいよ明日が、ラブライブ本選本番だった。
だというのに未だに仕事漬け。しかしその甲斐あってか、明日はなんとか本選を見に行けそうだ。
目の前の書類を一心不乱に片していると不意に携帯がメールがきた事を知らせる。海未からだった。
『今日、音ノ木坂に合宿することになったのですが、良かったら雪もきませんか?』
その内容に、僕はポチポチと返信する。
『悪いけど、生徒会の業務が滞っててさ。今日は遠慮しとくよ』
断りの返信を、電波に乗せて送信する。
僕はミューズじゃない。それはただの事実で、別に僕が部外者だからなんて言うつもりはない。
だけどやっぱりミューズはあの九人で、だから最後くらいはみんなだけで過ごす時間というのもあっていい。
そこに僕がいるのはやっぱり無粋だと思うから。
そして、やってくる。やってきてしまう。最後のライブが。
時間という概念がある限り、誰にでも平等に訪れるもの。この泣きたいほどに理不尽な世の中で唯一みな平等に訪れるもの。
終わり。何かをやっていると、終わりというものがある。悲しい事に、それは何かをやっているモノだけじゃなく、何もやっていないモノにも訪れてしまうんだ。人生という枠組みの中で囚われている限り、例外なく平等に訪れる。
だからこそ、僕らは精いっぱい今を生きなきゃいけない。出来うる限り懸命に明日を見据えなければいけない。
そして、そうやって生きてきた彼女たちの最期を、最高の舞台で、最高の結果と共に見守るために。
僕はやってきた。
正直に言うと、今だって辛い。気を緩めると泣いてしまいそうになるくらいだ。
だけど、当の彼女たちが笑っているのに僕が泣くわけにはいかない。
つまらない、けれど最も大切な、男の意地だ。
でっかい会場の、何段あるのか数えるのも億劫になる階段を登り終えると目の前にはきらきらと装飾されたラブライブの看板が。周りの暗さと対比的で、幻想的な光だった。
「あ!雪さ―ん!」
呼ばれて振り返るとそこには亜里沙ちゃんと雪穂が近づいてくる。
二人と共に、この最期のライブをしっかり見届ける。そう約束していた。
「すごいですね♪こんなおっきいところでお姉ちゃんたちライブするんだ」
感慨深げに亜里沙ちゃんは言葉を漏らす。
「私達もここに来られるように頑張ろうね!雪穂!」
「そうね」
二人はスクールアイドルになる気満々らしい。そんな微笑ましい二人を見ながら会場に足を運ぶ。
トリということもあってかそこには既に何百人もの観客が押し寄せている。
途中、見知った音ノ木の生徒も見かける。アライズのみんなも今日は見に行くと言っていたし、雪穂のお母さんや、理事長も今日は来ていると思う。
ペンライトを振っている人や、ミューズのハッピやTシャツに身を包んでいる人もいる。応援の声を張り上げる人もいた。
みんな、楽しみにしていた。ここにいる全員が心を一つに、ミューズのライブを、今か今かと待ち望んでいる。
最初は誰もいない講堂から始まった。たった三人だけだった。神様ってやつを恨んだ。だけど、そんな残酷な現実を、彼女たちは乗り越えて。花陽の背中を凛と真姫ちゃんが押して、そんな二人の背中を僕が押した。 にこちゃんは最初は散々な出会いだった。にこちゃんをにこちゃんだと忘れていたし、辞めろなんて脅された事もあった。
だけど人一倍アイドルに憧れていたにこちゃんが入ってくれて、ミューズはまた強くなって。
最後に頑固な絵里先輩が、認めてくれて、名前をつけて見守ってくれていた希も無事に加入して。
そしてミューズは九人になった。
いろんな事があった。真姫ちゃんの別荘に合宿したこともあった。穂乃果が頑張りすぎて倒れた事もあった。一度はラブライブを諦めた事もあった。アライズとコラボしたこともあった。僕の所為で、みんなを傷つけたこともあった。
いろんな事があって、今こうしてここにいる。ミューズの事を好きになってくれている人たちがこんなにも増えて。
本当に、本当に良かった。
幸せだと思う。苦悩もあった、解散しようとした事もあった。だけど、つづけてきて良かったと。
傍でずっと見てきた僕が言うんだ。間違いない。
暗い会場に、一気にライトアップされる舞台。観客の声援が一層大きくなって、割れんばかりのその声にこたえるように、みんなが、ミューズのみんながそこにいた。
その眩しさに、目をしかめる。あんなに綺麗に、あんなにかわいく、あんなに美しい彼女たちを。
―――――――――――――僕は見る事が出来ない。
「うっ・・・・・ひっく・・・・・えっぐ・・・・・」
僕は、泣いちゃダメなのに。
見守ろうと思ったのに、僕の瞳は彼女たちを捉えてはくれない。視界はぼやけて、映っているのは固いアスファルトだけだ。
「雪さん」
亜里沙ちゃんが僕の裾野を掴む。
「すごいね。綺麗だね」
「ひっく・・・・・はっ・・・・・うん」
雪穂の言葉に頷く事しかできなくて。
今だって、僕はやめてほしくない気持ちは変わっていない。もしかしたら穂乃果達が心変わりするんじゃないかって、心のどっかで期待していた。
だけど、このライブを見て、彼女たちを見て。やっぱり思い知らされる。彼女たちの想いを。精一杯頑張っている彼女たちだから、それが伝わってきて。心がこんなにも痛い。
泣いちゃダメなのに。泣いてはいけないのに。そう思えば思うほど、反するように僕の瞳から涙はこぼれて行く。
だけど、滲む視界で。ぼやける目で、それでもしっかり、前だけは見よう。最後だから、僕が後悔しちゃいけない。せめて後悔しないように、前だけは――――――――。
「「「「「「「「「ありがとうございました!!!!!」」」」」」」」」
観客の割れんばかりの声援と共に、ライブは終わる。みんなは頭を下げて、一人ずつ自己紹介をする。
「東条希!」
「西木野真姫!」
「星空凛!」
「園田海未!」
「矢澤にこ!」
「小泉花陽!」
「絢瀬絵里!」
「南ことり!」
「高坂穂乃果!」
「「「「「「「「「音ノ木坂学院スクールアイドルミューズ!!ありがとうございました!!!」」」」」」」」」
わーっと、観客が声援を送る。その声援は鳴りやむことはなく、彼女たちがステージから退場した後も興奮は冷めやらない。
そして、どこからともなく拍手が送られ、誰かがアンコールと言い始めた。最初は小さかったその声も、徐々に周りを巻き込んでいき、あっという間にアンコール合唱になる。
やっぱりミューズは凄い。スクールアイドルはこんなにも素晴らしいと、そう思わせくれるミューズは、やっぱり僕の光だ。
「アンコール!アンコール!」
アンコールが鳴りやまぬなか。穂乃果が言った言葉が、脳裏で反芻している。
『このままだれも見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命頑張って。私達がとにかく頑張って、届けたい。今私達がここにいる、この想いを』
最初は誰もこの光景を想像していなかった。当の本人たちでさえ。それが、こんなにも応援をもらえるようになるんだ。これは、彼女たちの頑張りで、彼女たちの功績だけど。そこに、ほんのちょっとでいい、ほんのひとかけらでいいから、僕もこの光景に貢献出来ているんだとしたら。
――――――――――こんなにも幸せなことはない。
「ほら、雪君もアンコール」
雪穂が僕の腕をつついてくる。
「うん」
そこにもう一つアンコールが加わって。
彼女たちは出てきた。アンコールにこたえるため。予定なんかされていない。計画された万端なものじゃない。それでも、こんなにも大勢から求められているライブをするために。
衣装が変わっている。誰かが持ってきたのか、それは部室にあった衣装だった。
割れる歓声を聞きながら、依然、僕の瞳は泣きやんでくれなかったけど。それでも分かった。それなのに分かった。
―――――――――――――彼女たちの光輝いている姿が。
どうもダンダーク!高宮です。
はい!ということでね、いやーシルバーウィークですねー。特に予定はないっつうか、なかったんですが皆さんはいかがお過ごしだったんでしょうか。
このssも後残り僅かだというのに、ゴールテープが見えてきたって言うのに相変わらずあとがきに書く事がないという。最後までグダグダでしたがこれはこれでね。良かったんじゃないかなってね。思ったり思わなかったり。
ということで次回も頑張ります。もう少しだけ続くんで。みなさんどうぞ付き合いよろしくお願いします。
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番外編 百物語は大抵最後まで行く前に飽きる
小学生の頃の話だ。
その頃、僕には友達と呼べる存在は三人しかいなかった。海未、穂乃果、そしてことりだ。
みんな女の子で、僕は男の子だった。それはこの世の絶対の法則で、ねじ曲げることなんてできない。
幼稚園までは、いや小学生になってもしばらくはそれでも良かった。
だけど、男女の差というものが明確に浮き彫りになってきたとき、それは突然とやってきた。
「ことり」
その時に同じクラスだったのはことりだけで、僕はいつもことりと一緒にいた。登校する時も、休憩時間も、中休みも、給食の時間も、お昼休みも、掃除の時間も、放課後も。
常に一緒だった。海未や穂乃果よりもその時はことりといた時間が一番長かったと思う。
「・・・・・・・・雪君」
「ことりちゃん!何やってるの?」
「あ、うん。ごめんね雪君。呼ばれてるから・・・・・」
そうやって、徐々に僕とことりの距離は開いて行った。
今思えば当然だと思う。僕はことり達に依存していた。ずっとことり達の後ろをくっついていた。第三者から見れば気持ち悪いことこの上なかったと思う。ていうか、今自分でも思い返してのたうちまわる。
そんな離れて行ったことりの気持ちも共感できるし、その事について今の僕は理解している。だけど、その頃の僕には出来なかった。その頃の僕には、理解も共感もできなかった。
もっと友達ってやつがいればよかったんだと思う。ことりたちだけじゃなくて、ツバサさんとか絵里先輩とか、いまのようにその歪さを指摘してくれる人たちがいればよかったんだと思う。
だけど、その時の僕にはそういう人たちがいなくて、だから諦めた。なんとなく避けられているのは分かっていたし、嫌われたと思っていたから。諦めた。諦めて、諦めて、諦めて、諦めた。
そして、また僕は一人ぼっちになった。
一人ぼっちは嫌だったけど、ことりに拒絶される方が嫌だった。いや、ことりだけじゃない。穂乃果にも、海未にも、そしてきっとお父さんにも。僕は誰にも拒絶なんかされたくなかった。
自尊心が強いくせに、それを悟られたくなくて。自己承認欲求が高いくせに、それを認めたくなくて。ひとりぼっちは嫌なのに、憐みを向けられるのが嫌で。0
――――――――――――――――嫌われるのが嫌で。
だから自分から遠ざけた。そういう醜い自分がばれるのが嫌で、自尊心を保つために、自分から引いたんだって、そう言う風に自分を守るために。
そりゃそんなやつが友達なんかできるわけがない。今でも不思議なんだ。こんな僕に、見渡せば友達と呼べる人たちが、こんなにも増えた事が。こんなにも充実している事が。
少しは変わった自覚はある。あの頃より、マシな人間になったと思うこともある。だけど、根本的には変わっていない。そういうプラスより、自分がいかにダメか、自分がどんなにクズか、マイナスな面ばかりが目につくから。
ことりが他の女子の友達としゃべっているのを見ても、そんなことりにイライラしてるし。なぜそこにいるのが自分じゃないのか、何回も考えてはそんな考えをしている自分に辟易する。
僕は自分が嫌いだ。大っ嫌いだ。嫌いで嫌いで――――――――――――――――――――仕方ない。
そこまで書き終えると、僕はパタンと日記を閉じた。
「・・・・・・・・あ、えーっと、これでいい?」
「うん♪良くできました♪」
僕はことりの家で、ことりの机で、なぜだか自分の日記を書いていた。
どういう事かって?そんなの僕が説明してほしい。何度も捨てたはずの日記が、何度も燃やしたはずの日記が、何度も切り刻んだはずの日記が、なぜだか何事もなかったかのように僕の目の前に現れるのだから。
恐ろしくてしゃーない。稲川淳二の怪談より怖い。お祓いとか言った方が良いかな。希!誰か希を呼んで!
「じゃあ貸して?」
「え?いや、でも・・・・・」
「貸・し・て?」
「はい」
僕が日記を書いている間。ことりは後ろにあるベットに腰かけていたのだが、僕が書き終えると知ると、椅子を持って隣に座る。
そして、強引に僕の手から日記を取り上げると最初のページから読み始める。え?何?ナニコレ?なんでわざわざ僕の目の前で読むの?
「俺に出来た初めての友達は――――――――――――――――」
「声に出すなぁぁぁぁ!!!」
なんで声に出して読むの!?声に出す必要一切ないよね!?恥ずかしいんですけど!?これ以上ないくらい死にたいんですけど!?
「・・・・・・・・まずここね」
え?なに?ダメだしされんの?僕が書いた日記を声に出して読まれた挙句ダメだしされんの?
「漢字間違ってる」
「ダメだしってそっち!?」
そういうダメだしかよ!それは良いんじゃないですかね!誰に見せるでもないし!もう希とことりに見られちゃってるけどね!・・・・・泣いていい!?
その後もペラペラとことりが日記を読み終えるのをただ黙って地獄のように待っていると、ようやく日記が最後のページを告げる。
カーテンが揺れ、爽やかな風が吹き抜けノートやプリントもパラパラとめくられることりの部屋だったが、僕の心は反比例するように穏やかじゃない。
「まずね卑屈!」
「あ、結局ダメだしはされるんですね」
もういいよ、大抵のはずしい事には耐えられると思うよ今の僕。
「それとね、被害妄想がひどいし言葉もひどいし周りの事考えてないしなにより私達の気持ち考えてないし」
「すいません!耐えられませんでした!全然今の僕耐えられなかったです!」
まさかそこまで言われるとは、いや分かってるよ。そこまでいわれる程ひどい内容だということは。だけど、面と向かって言う必要ないですよね?もうちょっとオブラートに包んでもらっても良いですよね?
あれ?おかしいな、目の前が霞んできたよ?
「・・・・・・・・あのね。雪君はね。特別なんかじゃないよ」
椅子の上で体操座りをすることりは宥める様な声色で言う。
「みんなそうだよ。みんな自分の事なんか好きになれないし、自分の嫌いなところばっかり目につく。雪君が特別人よりひどい人間なんかじゃないんだよ。雪君は人より醜い人間なんかじゃないよ」
そう言って笑うことりにようやく僕は励まされているのだと気付く。
「ありがとう」
この日記が僕のすべてじゃない。この日記は多分僕の闇そのものだ。どうしようもなく汚い闇を誰にも聞かせられない、聞かせたくない闇をこの日記にぶちまける。
どうしようもなく弱い僕だけど、こんな事をしないとすぐに人に当たってしまいそうになる僕だけど、でも僕はこの日記を受け止める。それしかできないから。闇は、見て受け止めれば、ただそこにあるだけだから。
「いやー、小学生の時のことりとは思えないなー」
「うぐ、あ、あれは違うんだよ?みんなが噂するから」
「噂?」
「わ、私達が付き合ってるって」
「ふーん」
そんな噂されてたのか。知らなかったのは友達がいなかったからかな。おかしいな悲しくないのに、悲しくないのに泣けてきたよ。悲しくないのに。
「わわわ、ご、ごめんね?あの時の私はどうにかしてたって言うか、初めての感情だったから戸惑ってたって言うか」
「ああ、いや大丈夫大丈夫」
そんな僕の姿に自分の所為だと勘違いしたことりが慌てて弁解している。
ことりを宥めながら空気を変えようと扉を開けると、妙に重い感覚が。
思いきって引いてみると、ドシャッという音と共にことりのお母さん、及び理事長が姿を見せた。
「・・・・・・・・・」
「ゴミを見るような目だわ!」
恐らくこの薄壁一枚隔てたところで浅ましく盗み聞きでもしていたのだろう。学校という教育理念のトップでありながらなんという所業だ。
あれ?ちょっと待てよ?
「どこから!?いったいどこから聞いてた!?」
「・・・・・・・小学生の頃の話だ。のところから?」
ババアぁぁぁぁぁ!!
僕は理事長のその一言によりがっくりと膝をつく。全部じゃん!冒頭の冒頭じゃん!つまり日記の内容とかなにからなにまで全部じゃん!
「いや、でもほらことり、今日誕生日だからそれに免じて、ね?」
「いや関係ねえ!」
ひどいよ。思いっきり娘の誕生日利用としようとしてるよこの人。親の面目丸つぶれだよこの人。本当に理事長?
「あ、ほら!穂乃果ちゃんたちも来たんじゃない?」
話の途中でインターホンが鳴る。そもそも今日はことりの誕生日。それでことりの家で集まってパーティーをするということだったのだ。
逃げるように立ち去る理事長に呆れながら、呼びかけにこたえるためインターホンのもとへ行こうとすると。
「あ!ちょ、だめ!雪君!」
「え?」
ことりに服の裾を掴まれる。
「あ、ほら!私が出るし!だから雪君は座ってて?」
良くわからなかったが、そういうのなら無理にでる必要もない。多少強引にその場に待機命令を出された数分後、穂乃果と海未が出現する。
「あ、雪君!ことりちゃん家はどう?」
「どうって、普通だよ」
普通にあったかい家庭だ。他の家と同様、居心地が良くて困る。
「次は海未ちゃん家だよね?」
「え、ええ」
そう答える海未は歯切れが悪い。まあ家に居候してくるんだ。それが誰であれあまり良い気持ちではしないのかもしれない。
僕の家が見つかるまで僕を居候させてくれるローテンションは穂乃果⇒希⇒絵里先輩⇒ことり⇒海未となっていた。後の事は知らない。決まってないのか、はたまた教えてくれないのか。
「そういえば、そろそろ家を探そうと思うんだけど」
「え?」
「ん?」
だから、僕としてはごく自然にそろそろ落ち着いてきたからそう告げたのだが、予想外の反応が帰ってくる。
特に海未だ。
「な、なぜですか!?なぜこのタイミングで!?他の子の家には行ったくせに私の家に来るのは嫌なのですか!?」
「なぜそうなる!?」
あと言い方!言い方気をつけて!なんか僕が意気揚々とみんなの家に泊まったみたいな言い草になってるから!悪意はないと思うんだけどね!ちょっと気をつけてほしいかなってね?
「いや、もともとそう言う話だったでしょ?僕の住む家が見つかるまでっていう。ていうか海未だってそっちの方が良いでしょ?」
「はぁ?なぜですか?」
「だって家族でもない人を居候させるって嫌じゃない?」
今まで、穂乃果とことりの家には行った事があったので、今回の居候も罪悪感というか気まずさみたいなものは少なかった。希の家は独り暮らしだったし、絵里先輩の家は結局親御さんが旅行から帰ってくる前にお暇した。
そう言うこともあって、まったく行った事のない海未の家に行くのは若干気が引けてしまうのだ。
「そりゃ、赤の他人を家に泊まらせるのは流石に抵抗がありますが、相手はあの雪ですよ。なにか粗相があるとは思えません。だからいいんです」
それとも、と海未は言葉を続ける。
「雪は何か、女の子と一つ屋根の下で粗相をしでかしてしまうようなケダモノだったのですか?」
「あはは、そんなことするわけないじゃないか」
僕もう高校生だよ。いくら知らない家で緊張するからって粗相(おもらし)なんてするわけないじゃん。まったく海未は子供扱いしちゃってさ。
お茶を入れていたことりが戻ってきたところで穂乃果と海未がいったん他のみんなをことりの家へと案内するため席をはずす。
「さっき何を話していたの?」
「うん?いやー、海未がさ、僕が女の子と一つ屋根の下で粗相するんじゃないかっていうんだよ。あるわけないじゃんかね?」
笑いながら先ほどの会話を説明する。
「ふーん」
すると、ことりが突然僕を押し倒す。
「・・・・・あるわけないの?」
何を言っているのか。僕の目の前にあることりの顔は笑っている。笑っているのだが、眼だけが、その瞳だけが笑っていなかった。
ことりの長い髪の毛が重力に従って僕の頬を撫でる。くすぐったくて甘くていい匂いがして、おまけに押し倒されているというこの状況。
まだまだ冷たい風が吹き抜け、ごくり。と思わず生唾を飲んでしまうくらいには緊張してしまっていた。
「・・・・・なーんてね♪冗談だよ?」
数秒間見つめあい、僕がからかった仕返しか、ぺろっと舌をだしその場から飛び退く。
「えへへ。あ、私も穂乃果ちゃん達のお手伝いに行ってくるね」
僕が一言も言わないうちに、そのままことりは玄関から立ち去ってしまった。
「ひゅーひゅー、我が娘ながら大胆でお熱い事でー」
静まりかえることりの部屋で突然声がしたかと思い振り返ると、案の定そこには理事長がドアに張り付いてニヤニヤしている。
「なにしてんのさ!」
僕が声を上げると、すぐに退散した。なんなんだいったい、程度の低い市原悦子かあんたは。
そうこうしているうちに、インターホンが鳴る。どうやらことりたちが絵里先輩他、を連れてきてくれたみたいだ。
インターホンでお迎えしようとすると映っているのはなぜかことりただ一人。
「あ、お母さん?穂乃果ちゃん達もうすぐ来るって」
どうやらお母さんだと勘違いしているようだ。
「いや、僕――――――――――――」
「あ、雪君には絶対にインターホンに近づけないでね?」
そう言われてしまうと、なんだか訂正できない。仕方ないので無言でキーを開ける。
すると、キーの隣に不自然なボタンがある事に気がついた。警報ボタンでも、呼び出しボタンでもない。もちろんキー解除ボタンでもない。
気になる。ものすごく気になる。
なので押してみた。
躊躇いなく、躊躇なく押してみた。
・
・
・
のだが、特別何かが起きる様子も、どこかに連絡する様子もない。不思議に思いつつもことりの部屋へと戻ると。
扉を開けると、そこにはおびただしいほどの写真があった。
壁一面、三百六十度、写真だらけ。
一瞬部屋を間違えたかと思い、再度確認するもやっぱりそこはことりの部屋で。ていうか部屋なんてここ一つしかない。
意を決して入ってみると一つだけ分かった事があった。
それは。
「これ、僕だ」
そう、その写真はすべて、一枚残らず全部僕だった。幼稚園の頃の僕から、今現在の僕。通学している僕、学校で授業を受ける僕、お昼を食べている僕、ミューズの練習を見てるとおぼしき僕まで。
ありとあらゆる僕の写真だった。
「あ、これ」
デジャビュを覚え、その正体を探ると、机に置いてあった一枚の写真に気づく。それは、先ほど押し倒されていた僕だった。視点は見下ろすような形で。
ダラダラと冷や汗が噴き出る。写真を持つ手が震える。
さらによくよく見ると、給食のスプーンが何十個。卒業と共にいつの間に消えたリコーダー。こちらも卒業とともに行方知らずとなった体操服。はては何か見覚えのある学校の椅子まで。
ありとあらゆる僕のグッズとも呼ぶべきものが溢れかえっていた。
ザーっと吹き荒れる風で写真たちが靡き、舞う。先ほどまで爽やかだった風は、いつの間にか雨を含んだ暴風雨となっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・雪君?」
ビックぅ!!
と、体が飛び上がるほど驚き、後ろを恐る恐る振り返る。
そこには案の定ことりがいた。その表情は笑っていたが、やっぱりその眼だけが、瞳だけが笑っていなかった。
―――――――――――――――――そこから先は、記憶がない。
「・・・・・・・・・・・ふっ」
少女は目の前にあったろうそくの灯を消す。傍には火の消えたろうそくが九十九本。どうやらそれが最後の一本だったようだ。
「怖いなー、怖いなー、その後彼と彼女がどうなったのか。いやー、怖いなー、怖いなー」
その後も彼女は怖いな怖いなと呟きながらその場を立ち去った。
甘いにおいを漂わせながら。
どうもグランドオーダー高宮です。
いやー風邪をひいてしまいましてね。こんなに遅くなってしまったんですが、でもこれはしょうがないんじゃないでしょうか。誰だって気をつけてたって風邪をひくときゃひきます。ナポレオンだって風邪をひく。ミミズだって、オケラだって、アメンボだって風邪をひきます。
ならもう俺が風邪をひいたってしょうがないじゃない。だってナポレオンだって風邪ひくんだもの。アメンボだって風邪ひくんだもの。
だから誰にも俺を責める資格なんてないはずだ!そうだろ!そうだっていってくれ!
え?なに?あー、はいはい。そうですよ嘘ですよ。風邪なんて引いてないですよ。超健康ですよ。びんびんですよ。ふっつうにネタに詰まってふっつうにここまで時間がかかったんですよ。
すいませんでした。
ことりちゃん誕生日おめでとう!!
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EX 父は大抵娘を愛しすぎている
いつの間にか、僕はみんなの家を順番に回るという不文律が出来上がっていた。
それは最初、僕が家を追い出されたのを哀れに思った穂乃果が「家がないならじゃあ穂乃果の家に来ればいいじゃん」という現代におけるマリーアントワネット的な解決方法を編み出したからであった。
決して僕が女の子と一つ屋根の下で過ごしたいと思っていたわけではない。事実、家を見つける間のほんの数日間のはずだった。
それがなぜかいつの間にかみんなの家を巡るちょっとしたホームレス状態になるなんて。
甘えていた部分もあっただろう。暖かい家庭、暖かいお風呂及び暖かい料理。なにもせずともそんな贅沢ができることに、多少の甘えはあったと思う。
「あったと思いますよ僕も。でもね、これはあんまりじゃないでしょうか!」
僕の言っていることが読者諸兄には何のことかわからないと思う。だから説明しよう。
僕がいるのは海未の家。穂乃果→希→絵里先輩→ことり→海未という順番で今のところローテーションが回っている。ちなみに次は花陽らしい。そこから先は例によって教えてもらってない。
そして僕の目の前で威厳たっぷりに鎮座しているのは三日ほど前に海未の家に来てから初めて会った海未のお父さん。
「お父さんなどと呼ばれる筋合いはない!」
「いや言ってねえ!」
そこ地の文だから!読んじゃダメなところだから!
・・・・・・・話を元に戻そう。
つまりどういう事か、僕は海未のお父さんから目の敵にされているのだ。それはもう親の仇かというぐらいに。
そのせいで色々と弊害というか、実害めいたものが起きている。
今現在悩まされているものがそれだ。
目の前にあるのは朝ごはん。海未の家は道場で主に剣道を扱っている。その所為か、いや完全にその所為であるが海未のお父さんから毎朝稽古をつけられていた。それはもう朝起きるのが嫌になるほど。
「男子たるもの強くならねばならん。強き肉体と強き精神には健全な魂が宿るのだ」
何それ?どこのソウルイーターよ。
と、ツッコもうものならあとさらに三十分は余計にしごかれるので黙る。
まあそれはいいのだ。今問題なのは朝ごはんの方。
海未のお父さんにしごかれ、おなかも減っている。そこで出された朝ごはんがお米とたくあんとみそ汁。
なにこの平安時代?タイムスリップしちゃったの?
って疑うくらいに質素な朝ごはんだった。
正直に言って食べ盛りの高校生男子だ。普段ならいざ知らず、朝稽古終わりでしかもここは自分の家じゃない。普段よりちょっと期待した朝ごはんがこれ。こんなんじゃ全然足りない。もうそれは笑っちゃうくらいに足りない。
美味しいんだよ?味そのものは美味しいんだ。お米もなんかキラキラ光り輝いていて、噛めば噛むほど甘みが出るし、たくあんとお味噌は自家製らしくびっくりするほど美味しい。
けれど如何せん量が少ない。少なすぎる。
「あはは、どうした!物足りない顔して」
ニタァと意地悪い笑みを浮かべるおじさんに、僕は反論できない。居候であり食べさせてもらっている身である僕が何かを言える立場にないのだ。
「もう!やめなさい!」
すると今度は清楚な和服に身を包んだ正に大和なでしこといった雰囲気の女性がおじさんの頭を思いっきり床にたたきつけた。ガッシャンという音が痛々しい。
僕は何事もなかったかのように残っているお味噌汁を最後まですする。美人でいかにも良いとこのお嬢様みたいな海未のお母さんは意外とすぐに手が出る人だった。
最初はそのギャップにそれはもうビビったが、もう慣れた。
「ごめんなさいね。雪さん。この人海未を取られて嫉妬してるのよ」
「とられてなどない!海未はこいつのものなんかじゃないぞ。俺のものだ!」
いやあんたのものでもないよ。僕のものでもないけどね。
ちなみに海未は寝ている。初日におじさんの執拗な稽古攻めから僕をかばってくれたおかげで今はおじさんが海未に隠れて僕をしごくようになった。どれだけ僕を疲弊させたいんだこの人。風雲上たけしかお前は。
「本当ごめんなさいね。食費までもらってるのに」
そういって海未のお母さんはウインナーや卵焼きなどザ、朝食。といったおかずを持ってきてくれる。
「別にいいのよ食費は。どうせ将来一つの財布になるんだから」
ことりと、目の前に食器を置く。言ってる意味はよくわからなかったし、何より今はおかずに意識が注がれている。
「ふざけるな!海未はこいつにはやらん!」
おお、リアルで初めて聞いたそのセリフ。本当に言う人いたんだ。
「大丈夫ですよあなた。婿だから」
「何が!?」
なにが大丈夫なの!?あと婿は決定なんですか!?おじさんにいびり倒される未来しか見えないんですけど!?
内心で盛大にシャウトしつつ、とりあえずおかずに対してお礼を言わなければ。
「ありがとうございます!おばさん!」
あ、しまった。
「――――――――――――、」
おばさん、いや、海未のお母さんは周りの空気を一気に緊張させる。
ピシッとラップ音が鳴った。
誰がどうどの角度から見ても怒っていた。海未のお母さんはおばさんと呼ぶと物凄く怒る。それはもう怒る。未だになんて呼べばいいのか見当がつかない。一度お姉さんと読んだら今度は海未が怒った。完全に詰みである。
あまりの恐ろしさにひゅぅと僕の喉の奥で音が鳴る。この家族は全員どこがネジがぶっ飛んでいると思う。
「・・・・・これは」
ゆらりと立ち上がったおばさん、ならぬ海未のお母さんは背景にどす黒いオーラを纏いながら一度出したおかずが乗った皿が乗った手を引っ込めると。
「もういりませんね?」
「ご、ごめんなさい」
そういうしかなかった。
「おーい、海未。朝だよー」
結局おかずをもらい損ねた僕は海未が寝ている襖を開ける。海未は寝起きが悪い。ので僕が起こしに行くのだ。まあ罰ともいう。
けれどこればっかりは仕方ない。おばさんを怒らせた僕が悪い。そう思わないとやってられない。
襖を開けるとまだ海未は寝ていた。羽毛布団を頭までかぶり、顔が見えないがもっこりとそこだけ膨らんでいた。よくあれで寝れるなと思う。息苦しくないのかな。
「おーい、海未」
ゆさゆさと海未を揺さぶる。できるだけ優しく、できるだけ機嫌よく起きてもらうために。
「―――――――――――――――っんん」
布団一枚挟んだ向こう側でぐぐもった声が聞こえる。ああ、なんか嫌な予感がするなぁ。
と思いつつもここでやめても意味はないのでなおも揺さぶり続ける。きっと凄く機嫌が悪い。声でわかる。
どうやらその予感は的中したようだ。
「・・・・・うるさいなあ」
いつもより何倍も低く、怒気のこもった寝起きの声で海未は目を覚ます。
「・・・・あれ?雪?なんで雪?」
寝ぼけ眼でまだ意識が覚醒してない様子。ああ、なんだか真姫ちゃんの別荘に合宿した時を思い出す。あれ?これ、走馬灯じゃないよね?大丈夫な奴だよね?
海未は半目で僕を捉えるとおもむろに両手を僕の顔に近づける。
ああ、なんだろ。なにされるんだろ。
ぎゅっと固くつむった目の奥でそんなことを考えていると、その両手は僕の顔を飛び越えて肩に回された。
「あれ?」
驚いて閉じていた目を開くと、そこには寝ぼけている海未。顔はふにゃっとだらしない。まるで大好きな物を手に入れたような、恍惚とした表情だった。
「ふへ、雪」
なんか物凄い力で布団へと引っ張られる。ああ、この力強さは母親譲りなんだなと場違いな感想を持った。
「雪、ゆき。ゆきー」
すりすりと頬を寄せてくる海未。なんだこれ?何がどうなったらこうなるんだ?
怒られるかぶたれるかぼこぼこにされるかのどれかだと思っていたのに、なんでこんな?あれ?
寝起きで若干汗のこもった匂いと、女の子特有の甘い匂いで頭が支配される。そして同時に思う。これをあのおじさんに、海未を溺愛していると言ってもいいおじさんに見られたら、僕は殺される。冗談ではなく本当に、完全犯罪的に殺される。この世に塵芥の一片も残さずに殺される。火サスになる。
それにしても、寝起きの海未がこんなにも豹変しているとは。いつもは見せないような満たされた表情だ。
いかんせん、なんとかおじさんに見られる前に脱出しようと先ほどから画策しているのだが、完全に後ろで腕を決められているせいか、ついでに朝ご飯を食べ損ねたことも影響してか動けない。割合的には3対6で後者の理由が主だ。無意識でここまで強い海未、流石だな。
「ゆき?ゆーきー」「わひゃあ!」
僕の反応が面白くなかったのか、海未は突然僕の肩を噛んできた。ていうかいい加減に起きてよ!
肩をアマガミしチューチューと吸っている。何これ⁉なにこの状況!?くすぐったい、凄いくすぐったい!
一応じたばたと抵抗してみるも、さして効果はない。まるで苦手なタイプのポケモンに出会ってしまったかのような絶望感だ。他に手持ちもいない。
観念してなすがままにされていると、ようやく海未が口を肩から話してくれる。糸を引いた唾液をぬぐう姿がなんだか、こう、エロい。
しかし、それを堪能する間もなく海未は再度僕を引き寄せる。体と体が密着して、なんだか熱い。引き締まった体とそれでも感じる男との違い。女の子特有の柔らかさに意識を持っていかれる。
そうだ。海未は女の子なんだ。
「・・・・ん」
今度は子供のように、頬をぷにぷにしてくる。なんだかその行為が微笑ましい。海未の表情は穏やかそのもので、今まで見たことないなぁなんて思ってみたりもする。案外余裕あるな僕。
と、思ったらどんどんそのぷにぷにが力強さを増していく。ぷにぷにからぶにぶに位には強く、確信的になってきた。
ぶにぶにぶにぶにと何度も頬をつねってくる。まるで何かを確かめるように。
「・・・・・・・・」
いつの間にか、海未の顔は見たことのなかったそれではなく、いつもの凛としたきりっと涼やかな表情へと変貌していく。目に意識が宿るのを感じた。
ああ、起きたんだな。って、瞬間的に悟る。
僕の体の下敷きになっている海未はだらだらと冷や汗をかきだしたかと思うと、焦ったような表情からすぐに顔が真っ赤になったり、コロコロと表情が変わる。ちょっと面白かった。
「・・・・・・・忘れて」
「ん?」
「忘れてください」
掛け布団を顔に引き寄せる海未は消え入りそうになった声でそう言った。
「んー、無理かな」
けど残念ながら、僕は困った笑顔でそう返す。あんなにインパクトのあったものそうそう忘れられるわけがない。
「な、なんで!」
海未が泣きそうになった声で糾弾してくる。
「なんでいつも、雪には私の恥ずかしい姿を見られてしまうのですか!」
いや、僕に言われても知らないけど。そういえば過去にもラブアローシュート事件があった。あれは確認しなかった僕にも責任があると言われればあるようなないような、いやないな。
まあとにかく今回僕に非はない。はず。
問題は、それをあのおじさんが素直に聞いてくれるかどうかだが・・・・・・・。
「ううっ・・・・・」
ガチ泣きだった。
「え、ちょ、待って待って。なにも泣くことないじゃん。大丈夫だよ。可愛かったよ」
僕としては最大限フォローしたつもりだったのだが、どうやら火に油を注いでしまったようだ。海未の顔が燃え盛る炎のように赤く揺らめいている。
ガンッ!!
そして、最悪のタイミングで最悪の予感が当たった。
「貴様、何をしている?」
振り返ると仁王立ちのおじさんの図。そして僕は海未を泣かせている挙句、押しかかっているように見えるだろう。
恐れていたことがついに。
「ふぅ・・・・・・」
ため息をつく。これからの憂鬱な時間を考えるとため息の一つも付きたくなるものだ。
「じゃあ僕はこれで!」
だから厄介になる前にさっそうと逃げることにした。
「マテ」
「ですよねー」
のだが、ふすまのところでおじさんに首根っこをつかまれる。ああ、もう嫌だなー。
「ナニヲシテイタ」
「違うんです!起こそうとしたらなんやかんやあって偶然あんな状態に!」
「グウゼンデウチノムスメガナカサレルワケガナイダロウ!」
わあ!言い返せない!だって正論だから!あとなんでさっきからちょっとカタコトなの!?読みづらくてしゃーないんですけど!
「さあ拷問の始まりだ」
そう言って用意されていたのはアイアンメイデンと石抱。石抱とはギザギザした三角木材の上に正座させ、その腿の上に石を積んでいく立派な拷問器具だよ♪
「なんでだあぁぁぁぁ!」
なんで拷問器具がさも当然みたいな顔で鎮座ましましているの!?なんでアイアンメイデン!?和洋折衷過ぎるだろうが!その和洋折衷はだれも望んでないよ!
「さあ早く!」
おじさんはアイアンメイデンを愛でながら手をこまねいている。
やれってか!?あれをやれって言ってんのか!?おい!だれが折ってくれ!あの腕誰か折ってくれ!真逆の方向に!こうグリって!
「ふざけるな!普通に死ぬわ!」
ただの虐殺だよこんなもん!不当だ不正だ却下だ撤廃だ!
「あ、逃げるな!」
「ゆ、雪!」
ちらと海未が見えた。が気にせず隙を見てダッシュで逃げた。
「はぁはぁ」
なんとか海未の家から脱出し、一息つく。危なかった。あのままだったら完全に殺られていた。
「雪!」
ビックウと体が驚きで飛び跳ねる。まさか追ってきたのかと思ったが、その疑いは一瞬で取り払われた。
「海未」
振り返り、そこにいたのは同じく走ってきたであろう海未だった。そもそもあのおじさんは僕のことを雪だなんて呼ばない。
「どうしたのですか雪。急に走ったりして」
どうしたのですか?
「そんなの決まってるだろ!殺されかけたからだよ!」
あんなモノホンでガチな拷問器具持ち出されたら誰だって逃げるわ!
「殺されかけた?」
何言ってるのこの人って顔してる。そりゃ海未はちらっと見ただけだろうけど、でも本当に僕は殺されかけたんだ。
「何言ってるのこの人?」
口にも出された!
「海未は知らないと思うけど海未のお父さんは僕のことをすごく嫌っているんだ。今朝も朝ご飯をピンハネされたし、さっきだって拷問されかけたし」
先ほどまでの光景を思い出し、わなわなと両手が震える。このままあそこにいたら僕は確実に殺される気がする。
「何を言っているのですか?確かにちょっと私のお父さんは雪を誤解した目で見ていましたが、何も殺されるなどということはありません」
「いや僕もそう思いたいよ!でも現実!目の前にリアル拷問器具を持ってこられたらもう何も言えないよ!」
僕の必死の訴えにも、海未は瞳を閉じたまま凛としている。
昔、穂乃果とことりと海未と毎日のように遊んでいたころ。穂乃果とことりの家には遊びに行っていたのになぜか海未の家には遊びに行かなかった。
それを僕は特に不思議に思わなかったけど、きっとそういうことなんだろう。僕を連れて行ったらあのおじさんがああなると、穂乃果たちは知っていたんだ。
数年越しの穂乃果たちの思いが僕に届いたところで、僕は海未に別れを告げていた。
「とにかく!居候させてもらっておいてこんな事をいうのはアレだけど、僕はもうあの家には戻らない」
次戻ったら今度こそ抹殺されそうだ。
「そ、そんな!まだ三日しか経ってないんですよ!?」
「三日しか経ってないからだよ!」
三日しか経ってないのにこの惨状だからだよ!
「ず、ズルいです!」
いや何が!?
「お父さんはそんな人ではありません。話せば分かってくれます」
それは海未だからだよ!海未だけだよ!
「なんなら私から話します」「やめて!お願いだから!」
逆効果だから!
「と、とにかく!戻るんです!雪と一つ屋根の下で一緒に過ごすんです!」
なにか、趣旨が変わっているような気もするが、気にする余裕は今の僕にはない。
「もう正直に言う。いやだ!」
「な、なぜですか!」
「さっき言ったよね!?」
なんだか、二人とも会話中に次第に熱を帯びてきたようで言い合いの模様を呈してくる。
「じゃ、じゃあ私の家を出て行ってどうするんですか!」
「それは・・・・花陽の家に行くか、穂乃果の家に泊めてもらうよ」
「だ、ダメです!」
「なんでさ!」
頭ごなしに否定されてちょっとムッとなる。
「だ、ダメなものはダメなんです!」
ぎゅっと固くこぶしを握る海未。意志は固いという表れか。
「海未に言われる筋合いはない!」
その固さに呼応するように、また僕もどんどん意固地になっていく。
「もう!なんなんですか!私、せっかく頑張ろうと思ったんですよ!それなのに・・・・・」
海未は固く握りしめたこぶしを開くことなく、走り去っていってしまう。
いったいなんだというのだ。
逃げていたのは僕のほうだったのに、いつの間にか立場が逆転していた。
「なんなんだよ・・・・・」
ただ一つ違うのは、僕は追いかけなかったということだ。
「なんなんだなんなんだよなんだっていうんだよ」
ずんずんとあてもなくぶらぶらと歩く。
先ほどの海未が頭にこびりついて離れない。どれだけ考えても海未が走り去っていった理由がわからなかった。
「ぶべっ!」
下を向いて歩いていたせいだろうか。前を歩いていた人にぶつかる。
「あ、すいません」
押し倒してしまったのですぐさまに謝る。
「ああ、大丈夫ですよー?」
ほんわかした聞き覚えのある声、甘い匂いがする人物に僕は心当たりがあった。
「ことり?」
「あれ?雪君」
ぶつかったのはことりだった。後ろに穂乃果もいる。
「雪ちゃんじゃん!どうしたの?なんか急いでたけど」
「・・・・・別に」
僕はおもわずそっぽをむく。なんとなく、二人に先ほどのことを話すのは躊躇われた。
「じゃあ僕これで」「待って!」
ことりを抱き起して颯爽と立ち去ろうとしたその時、繋いだままの手を思いっきり引っ張られて足止めされる。なにこれすげえ力。
「・・・・・・これはなに?」
「え?」
そういったことりの視線の先は、僕の首元。
「・・・・赤いね。まるでキスマークみたい」
ことりの指摘に、穂乃果が冷静に分析する。なんだか怖い。主に目が。
こころなしかあたりの気温がぐっと冷えた気がする。
「「どういうこと?」」
怖い怖い怖い!二人の顔が同時に迫ってきて僕はとてつもない恐怖を感じる。
「これは、その・・・・・」
「なんで言い淀んでいるの?なにかやましいことがあるの?」
「いや、そういうわけじゃ・・・・」
「さっきから何か隠してるよね。雪ちゃん。わかるよ。匂いで」
「匂いで!?」
隠し事してる匂いってそれどんな匂い!?
「ねえ、女?女なの?」
ことりがぐいぐいと首元を絞めてくる。苦しい。ていうかその女って言い方やめてもらえる?いやに生々しいから。
「ちが、違うよ。海未にやられたんだ」
この現状を脱出すべく仕方なしにそういうと、ことりはぱっと力のこもった手を放した。勢い余って僕はちょっとよろける。
「「なんで!?」」
あれぇ?本当のことを言ったのに余計激しくなってる!余計目がきつくなってる!
「ちょっとまってわかった!わかったから!ちゃんと説明するからその目やめて!」
心臓が知事まりそうになるからその目!
ということでかくかくしかじか。
「なんだ!そういうことか!・・・・・じゃないよ!」
あれぇ?ちゃんと説明したのにまた怒られてる!?
ぷんすかと怒る穂乃果に僕は冷や汗もの。
「ん」
「ことり!?」
ことりはというと、僕の首元に唇を近づけている。何してんのこの子!?
「いやだって、ちゃんと上書きしないとでしょ?」
なにそのそれが当然でしょみたいな顔!やめてくんないそれ!?きょとんと小首をかしげないでくれます!?
「と、とにかく!そういうことだから、穂乃果さ、ちょっと家に泊めてくれない?」
強引に話を元に戻す。このままことりたちに主導権を握られていたら何されるかわからない。
「それは、いいんだけど」
穂乃果はなんだか渋っている様子。さすがに図々しすぎたか。
「ううん。そうじゃなくて、やっぱり海未ちゃん家に泊まるのがいいと思うよ?」
「・・・・・なんでさ」
僕はちょっとその言葉が不服で、それが自分の言葉にも現れているのを自覚する。
「だって、喧嘩したら仲直りしなきゃ」
そういう穂乃果の顔はいつもの笑顔。こっちまで勇気づけられる笑顔。
「別に、喧嘩したつもりはないけど」
「そうだよね♪喧嘩っていうよりイチャイチャだよね」
「いや、そのつもりはもっとないんだけど」
「うんうん。昔っから雪ちゃんと喧嘩できるのは海未ちゃんだけだもんね」
そんなもんだろうか。自分ではよくわからないけど、他の人から見れば案外そんなもんなのかもしれない。海未はお節介だしな。
ことりと穂乃果が勝手に盛り上がっている最中に僕はそんなことを考える。
「だから、仲直りしたほうがいいんだよ」
穂乃果に言われて、考え直す。
まあ?別に?僕も仲直りすることにやぶさかではないし?ていうかそもそもことの元凶は海未ではなく、あの厄介なおじさんなのだ。
「わかったよ、僕から海未に謝ってくる」
「うん!ファイトだよ!」
まったく、本当に不思議だ。穂乃果に言われるとなんでもできる気がする。その気にさせられる。
震える手で、インターホンを押す。もちろん海未の家のだ。
でっかい家にピンポンという間抜けな音が響く。なにげに僕の周りの人はお金を持っている人が多い。これはもう養われるしかないな。確定だな。
『はい』
しばらくして声がする。海未の声だ。
「あーっと・・・・」
しまった。なんていうか考えてなかった。
僕があたふたしていると不意に扉が開いた。海未だ。
「ごめん」
「・・・・・許してあげません」
正直、自分が何を謝っているのかも、何が悪いのかもわからない。だから、それはあとで教えてもらう。
ただ、今は謝るだけでいい。
「・・・・ごめん」
「どうせ、私が何に怒っていたのかもわかってないんでしょう?」
「う・・・・」
全部筒抜けだった。
「もういいです」
拗ねたような顔する海未。こんな表情はあまり見ないから新鮮ではある。
いや、そんなこと言ってる場合じゃないな。
「いや、ごめんて。なんか僕もほら、熱くなっちゃったっていうか」
「じゃあ、私が何で怒ってたか40文字以内で簡潔に述べてください」
めんどくせっ!思ったより海未めんどくせっ!
「無理だ」
三文字以内で簡潔に述べた。
扉が閉まる。
「ちょちょちょ!」
「なんですか?」
「いや、なんですかじゃなくて、簡潔に述べるのは無理だけど、でももう一回海未とちゃんと仲直りしたいんだ」
「本当に?」
「うん」
「じゃ、じゃあ!私と一つ屋根の下で一緒に暮らしてくれますか!?」
・・・・・うん?
ちょっと言ってる意味が分からない。
ぷるぷると両手に力を込めて、今にも僕の答えを待っている雰囲気。
「うん」
僕がそう答えると、ぱあっと晴れやかな表情になる海未。なに?もうなにがなんだか僕終始わかってないんですけど?
なんだかうきうきとした海未に家に入れてもらう。どうやら許してくれたようだ。
「いえ、許してはませんよ?」
「違うのかよ!」
なんなんだよじゃあ!
「これから雪は私に貸し一つです 」
本当に嬉しそうな海未。まあ、それくらいで許してもらえるなら貸し一つくらい安いものだ。
「あらあらまあまあ。おかえりなさい」
玄関で最初に出迎えてくれたのは、おばさん、じゃなくて海未のお母さん、
「あら、いちいちめんどくさいでしょう?義母さんでよろしくてよ?もしくは義母上とか義母さんでも可」
「ただいまです。海未のお母さん」
僕は何かを強調するようにそう言った。そこを譲ってしまったらどんどんなにかに引きずり込まれていく気がしたから。
「あらあら、どうせ婿になりますのに」
だから婿は決定なの!?僕の意思は!?
「ちょっと海未からもなんとかいってやって・・・・」
「そ、そんな婿だなんて。ああでもいいですね、園田雪。いい響きです」
振り返って気づいた。この子僕の話など聞くような状態じゃない。
「そ、それよりおじさんは!?」
話を変える意味と一番重要なことの二つの意味でそう聞いた。
「ああ、それならあちらに」
そこには石抱の刑に遭っているおじさんの姿が。
「処されてる!」
なんで!?なんで僕にかけようとした拷問自分で受けてんの!?
「あの人があんなものを用意するから、それを人様にやるからにはまず自分が耐えきって御覧なさいと」
海未のお母さんは絶対零度のごとき冷えた目でおじさんをにらみつけている。ああ、本当に怖いのこっちだわ。
「あら、まだ石が残ってましたわ」
一際大きい石、きっとあれは本当に死んじゃうレベルだからわきに押し込んでいた石。それを海未のお母さんは一切ためらうことなくおじさんの腿の上に乗せた。
「鬼だ!あの人鬼だよ!」
仮にも自分の旦那さんだよね!?どんな高度なSMプレイやってんの!?
「それより、今日のお昼は親子丼ですよ。早く上がって召し上がりなさいな」
ああ、それはいい。朝からお腹が減ってたんだ。
そのことに今気づいた。海未のことで精いっぱいだったから。
「雪さん 親子丼 は好きですか?」
「ええ、ああ。まあはい」
やたら親子丼を強調するおばさん(心の中だけの秘密)に僕はあいまいに返事をする。
「そうですか、親子丼 は好きですか」
ふむふむといった様子で得心といった表情のおばさん。なんだというのだろう。
「くそおおおお!俺はこんな石になぞ負けんぞおおおお」
うるさいおじさんを海未もおばさんも完全に無視だ。ああ、ないと思うけどもし僕が本当に園田家に婿に来たら将来あんなふうになるんだろうか。いやだな、なんか具体的で。
けれどまあ、家族って感じだ。暖かい家族って感じがする。
だから、悪くないとそう思う自分がいたってことも頭の片隅くらいには覚えておこう。
「絶対に俺はお前を許さないからなああああああ!」
・・・・・・やっぱり忘れたほうがいいかもしれない。
うわあああああああ高宮ですうわあああああああ。
はい、ということでお久しぶりです皆さま。約一か月ぶりでしょうか。
一か月たつとあれですね、後書に書くことが溜まっていいですね。
色々ありましたこの一か月。ミューズMステ出演。紅白出場決定。劇場版の円盤もそろそろ発売です。
嬉しいことばかりでまことに充実していた一か月でした。が、始まりがあれば終わりもある。光があるからこそ影がある。
ということでミューズが6thで解散というね、非常に切ないような侘しい、ですがどうすることもできないこのやるせなさが襲ってまいりました。
いやね、いつかは来ることなんですよ。わかってるんですよ僕だってね。でもいざ目の前にするとやっぱり駄目ですね。メンタルのもろさを露呈してしまいます。
ああ、でも東京ドームですってよ。凄すぎてどれくらいすごいのかよくわかりません。誰かわかりやすく例えて!早く!
とまあ、お見苦しいところをお見せしてしまったかもしれません。
本家ミューズは解散するのか、解散するする詐欺なのかどっちなのかわかりませんが、例え解散してもこのssはまだあとちょっとだけ続くので、どうかよろしくお願いします。
次はなんでしょうね、劇場版のネタか、ちょっと飛んで花陽の誕生日企画か、妹編のifか、ヒロイン全員の同棲とか、いただいたネタがまだまだ残ってるし、やりたいこともまだあるし。
あれやこれやとありますが、次回もまたよろしくお願いします。
あ、あと区別をつけるために番外編をEXとすることにしました。
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始まりが終わり
「在校生、送辞。在校生代表海田雪」
「はい」
既にちらほらと桜が開花し始めた春の中。僕らは卒業式を迎えていた。
ラブライブも無事に終わり、幕を閉じた三月。僕ら生徒会も年度末最後の大イベント。
「校舎に吹く風が少しずつ温もりを増したように感じられる今日この佳き日に卒業を迎えられました先輩方、ご卒業おめでとうございます」
壇上に上がり、やや緊張した面持ちで手に持っていた紙を広げその内容を声に出す。
「僕個人はまだ、先輩たちと過ごし始めて一年もたっておりません。ですが、生徒会長として先輩達がこの学校をどういう風にしていきたかったのか、どういう風にしていったのか。僅かではありますが感じられる事がありました」
マイクを通す声は、自分でもよくわかるほど不思議と通っていて。
「僕は、生徒会長などという器ではありません。ですが、それでも、守れるものがあるのなら。先輩たちが受け継いできたものを、築き上げてきたものを。守りたいと思うのです。だから、学校の事は心配せずに、後ろ髪惹かれることなく一歩踏み出して行ってください。始まりがあれば終わりがあるのと同様。終わりがあれば始まるものもある。そこで始まる出会いというのもまたあるのでしょう。こんな僕にだってそう言う出会いがあったのです。ですからその出会いを大切に。――――――――この出会いを大切に。」
以上、在校生代表、生徒会長海田雪。
そう最後に締めくくって。拍手を浴びながら壇上を下りた。
卒業生とはまた別の、来賓席などがならぶ一角に僕は腰を下ろす。
「――――――――上出来じゃない」
「――――――――はい」
隣に腰かけているツバサさんからお褒めの言葉を預かる。
そういえば、こんなに積極的にかかわる学校行事は初めてだった。だからだろうか、こんなにも想いというのが募って行くのは。
会場設営一つにしても、段取り一つとっても、思い出というものが鮮明に蘇る。
「・・・・・・もっと、こういうのに出ておけば良かった」
「何言ってるの。これからでしょ」
「そう、ですね」
そうだ。僕にとってはまだ、これからなんだ。
―――――――――――――僕にとっては。
卒業式も無事終わり、各々が思い思いに最後の時を過ごしている。
「ロリコン生徒会長」
「そのあだ名やめてください!」
なぜか、亜里沙ちゃんや雪穂と一緒に校門で話し込んでいるのを噂されてからこのあだ名が定着してしまっていた。
「一緒に写真撮ろうよ」
「ええ、いいですよ」
名も知らぬ先輩と一緒に講堂をバックにツーショット写真をとる。
「・・・・・・なーんでツバサちゃんも一緒に写ってるのかな?」
「ええ?いいじゃないですか。私との思い出も残しておきたいでしょ?」
「それはそうだけど、それとは別に二人の写真が欲しかったんだけど・・・・」
「第二ボタン頂戴!」
「いや、それ逆ですよね?」
感慨に浸る間もなく、あっという間に講堂の前で大勢に囲まれてしまう。
「うーん。心配だなー。ちゃんと学校守っていけんのー?」
「いけますよ。頑張りますよ」
「でもロリコンだからねー」
「いや関係ないでしょ。つーかロリコンじゃないし」
わちゃわちゃともみくちゃにされながら今さらながら、生徒会長になってよかったとそう思えた。
こんなにたくさんの人を笑顔に出来た。勿論僕だけの力じゃないけど、でもその一旦を担えてよかった。
まるでみんなみたいだ。
みんなみたいに、誰かを笑顔にして、誰かを元気づけて、誰かに勇気を与える様な。そんな存在に。ちょっとだけ近づけた気がした様で。
ほんのちょっぴり。誇らしい。
「で?いかなくていいの?」
卒業生は皆、二次会へと移動して僕らは講堂の後片付けをやっていた。
「・・・・・・・・何がです?」
「何がって、やってるんでしょ。あっちも」
「・・・・・・いいんですよ。大体僕は部外者ですよ。入れてもらえるわけないじゃないですか」
「そんなの行ってみなければ分からないでしょ」
「でも、僕がいても無粋なだけでしょ」
「ああもう!じれったいわね」
痺れを切らしたのか、ツバサさんは持っていたパイプ椅子を他の役員に手渡し、強引に僕を引っ張っていく。
「ちょ!まだ片付け終わってませんよ」
「あんじゅ!後は任せたわよ!」
「はーい。任されたー」
あんじゅも間延びした声で軽く返事をする。
「周りとか無粋だとかどうでもいいのよ。大事なのはあなたが行きたいか、そうじゃないのか。でしょ?」
手を引っ張って行きながら、そう問いかけるツバサさんに。僕は――――――――――――――――。
「・・・・・・行きたい、です」
そう答えていた。僕の本音は、本能の声はそう言っている。確かに、僕は音ノ木坂の生徒でもなければ、あそこで共に過ごした時間だって比べるまでもない。
だけど、それでもないわけじゃない。僕だって、あそこで積み重ねた時間がある。確かにあそこで共有していたものがある。
ことりの言葉を思い出して、僕は一歩踏み出す。前へと進む一歩を。明日への一歩を。
「がるるるるるる」
「うわー、犬だー」
「いや犬だーじゃないわよ!」
音ノ木坂へと向かう道すがら、道の真ん中になぜか野犬が。それもそうとう興奮しているようで鬼のような形相でうなっている。
「あはは、ほら、怖くないよー。こっちおいでー」
「いや言ってる場合?早く行かないと卒業式終わっちゃうわよ」
ツバサさんは犬が怖いのか、いつのまにやら安全地帯まで後ずさりていた。
「がうがう」
なおも犬はこれ見よがしに歯を剥き出し今にも襲いかかってきそうである。
「ほーらよしよしお手!」
「バカなの!?あなたバカなの!?」
犬に近づき右手を差し出し、お手を要求する。
すると、トコトコと犬はこちらに近寄り。
「ガブッ」
「おー、よしよしかわいいねー」
「いや思いっきり噛まれてるわよ。思いっきり噛みつかれてるわよ?大丈夫?」
「あはは、大丈夫ですよー。じゃれてるだけだよねー?」
「いや絶対大丈夫じゃないわ。だってすごい形相だもの。まるで親の敵みたいな顔してるもの」
ブンブンと犬は頭を振り、僕の右手はそれにしたがって振り回される。
「ていうか!血!血が出てるじゃない!」
「あはは大丈夫ですよ。僕今日血圧高いんです」
「いや意味わからないから!」
ツバサさんは慌てたように眼光だけで犬を追い払う。
「きゃうん」
「あーあ、逃げちゃった」
「まったく、時間稼ぎしようったってそうはいかないんだからね」
「あはは・・・、そんなつもりないですよ」
少し皮がめくれてしまい、血がにじむ掌を、ツバサさんは優しく包むようにハンカチで手当てしてくれる。
「はい!これでもうOK。・・・・・卒業式は一回しかないんだからあなただって後悔しないようにね」
「わかってます」
始まりはいつだったのだろう。いつだってその時は曖昧で、気づいた時にはもう遅い。もう終わってしまう事ばかり。
何度も何度も願って、この一瞬が永遠に、この時を永遠にって。それでも世界は待ってはくれずに、終わりは来てしまう。
変えられないから、だから納得できるように。最善を尽くそう。せめてものこの世界の反抗に。
急いで急いで急いだ結果。音ノ木坂の卒業式はもう既に始まっていた。
「もう!だから言ったじゃない!あなたが犬と戯れてる間に始まちゃってるわよ!?」
肩で息をしながらツバサさんは抗議する。そんなツバサさんを尻目に、僕は校内へと踏み出して。
「まったく、いくら生徒会長権限でもここから入るのは厳しいわよ」
「元、生徒会長でしょ?」
卒業式が行われている体育館までたどり着いて少しだけ開いている扉から中を覗いた。
暗い体育館の中でひと際明るいその場所に、もう一人の生徒会長、高坂穂乃果は立っていて。
「・・・・・入らなくて良いの?」
「いいんですよ。ここで聞く。僕らしくていいじゃないですか。それこそ、生徒会長権限ですよ」
今の僕は生徒会長。これくらいのわがままは許されてしかるべきだ。
「ふふっ。やっぱりあなたを生徒会長にして良かったわ」
そう言って、ツバサさんは静かに、誰にも気づかれないように少しだけ開いていた扉を全開にした。
「これくらいは元、生徒会長権限でも許されるでしょ?」
「ツバサさん」
「―――――――実は昨日までここで何を話そうかずっと悩んでいました。どうしても今思ってる気持ちや届けたい感謝の気持ちが言葉にならなくて。何度書き直してもうまく書けなくて。それで思い出しました。私こういうのが苦手だったんだって」
ぐぐもって聞こえなかった穂乃果の声は、開け放たれた扉から、はっきりと、くっきりと伝わる。
「子供のころから言葉より先に行動しちゃう方で、時々周りに迷惑もかけたりして。自分を上手く表現したりすることが本当に苦手で、不器用で。でもそんな時、私は歌と出会いました」
始まりはいつだっただろう。いつだって始まりは曖昧で、感じさせられる事なんてないくせに。
「歌は気持ちを素直に伝えられます。歌うことでみんなと同じ気持ちになります。歌うことで心が通じ合えます。私はそんな歌が大好きです。歌う事が、大好きです」
いろんな事が思い出されては消えて行く。まるで気砲のように。
開け放たれた扉から爽やかな風が吹いてきて。髪がなびくのを抑える。春を感じさせた。
「先輩。皆さま方への感謝とこれからのご活躍を心からお祈りし、これを送ります」
真姫ちゃんの軽快なピアノと共に、数人の歌声。
やがてその歌声は大きさを増し、この体育館全体に響き渡っていた。
始まりはいつだって曖昧で、感じさせられる事なんてないくせに。
―――――――――――――――終わりはこんなにも、強く、色濃くのこるんだ。
きっと当たり前で、そんなこと、この世の誰もが知っているんだろうけど。でも僕は、それを今初めて知ったんだ。
初めて――――――――――――――――。
「い、やだなぁ。っくるしいなぁ・・・・・もう・・・・・っひっく・・・・」
泣き崩れる僕を、ツバサさんは何も言わずただ抱きしめてくれた。
あったかくて、優しくて、いろんなものがこぼれ落ちそうになる。きっと今、僕の顔はぐちゃぐちゃだ。
ぐちゃぐちゃでとてもじゃないけどきれいとは言えないけど。でもやっと僕は終わったんだ。終わりを知ったんだ。
「ああほんとうに。やだなあもう・・・・・・」
「あ!雪ちゃん!?」
「やあ穂乃果。良い演説だったね」
「聞いてたの!?」
「雪、あなた自分の卒業式はどうしたんですか?」
「終わらせてきたに決まっているだろう」
卒業式が終わって、みんなが体育館から出てくるところを待ち伏せした。
「どうしたんだにゃ?目が赤いけど」
凛にそう指摘され、思わず顔を手で隠す。さっき思いっきりこすったからだろうか。
「そ、そう?気のせいじゃないかな」
「あ、つ、ツバサさんも来たんですか?」
そんな不審がる凛と僕をよそに花陽は当然の疑問を口にする。
「ええ、ここまで彼を引っ張ってきたの。彼ったら、最初はいかないなんて言い出してね。大変だったわ。そのくせ来たらきたで泣くんだから」
「ちょ!その話はいいでしょ!」
「へー、泣いたのかにゃ?それで目が赤いのかー」
「う、うるさいなー。もう」
凛にからかわれ、ツバサさんがなぜか自慢げに話そうとするのを咎めていると、どこからともなく甘い声が。
「ねーえママー。いいでしょー。一緒に写真撮ろうよー」
「はいはい。あら、雪君じゃない久しぶりね」
「あ、お久しぶりです」
そこにいたのはにこちゃんとそのお母さん。
「ママ?」
「に、にこちゃん」
真姫ちゃんと凛は普段とのあまりのギャップにどうやら引いているようだ。体をのけぞるようににこちゃんの事を見ている。
「ち!ちが!これは、間違い。そう間違えて!」
「ええ?嘘つけ。にこちゃん昔からママだったじゃん」
「あんたは黙ってなさいよ!」
「あらあら、仲良しなのねー」
「昔、から?」
「ちょ、ツバサさん?痛い痛い痛い!つねらないで!さっきの優しく抱きしめてくれたツバサさんはどこ行ったの!?」
「は?抱きしめた?だってにゃ?」
「どういうことか説明してくれるかな♪雪君♪」
「あれ?ドツボにはまってる!?あがけばあがくほど状況が悪化してる気がする!」
みんなにもみくちゃにされながら、二人の姿が見えない事に気づく。
「そういえば絵里先輩と希は?」
「うん?そういえばいないね」
「じゃあ僕探してくるよ」
「あ、逃げたにゃ」
みんなが校庭にいるのを絵里先輩は窓から覗いていた。
「やっぱりここだったんですね」
「雪?」
生徒会室のプレートがかかるこの部屋で、絵里先輩と希はいた。
「来たんやね」
「ええ」
絵里先輩は生徒会長の机をさする。
「なんだかここでずっと仕事していたのが、ずいぶん前のようにも思えるし、昨日のようにも思えるの。・・・・不思議よね」
「そういえば、雪君もてつだってくれたやんな?」
「そうですね。僕は、ずっと昔の事のように思えます」
過ごしてきた時間が、想いが、積もり積もって、今までの何倍も濃い一年だった。
二人は生徒会室をゆっくり歩き、そのまま廊下に出る。
暖かい日差しが、廊下に差し込み、空気を照らす。
慣れしたんだ扉。いつものようにいつものごとく、その扉は開く。
アイドル研究部の部室。
両隣りにあった棚はアイドルグッズで埋め尽くされていたのに。
今ではすっきりと撤去されていた。あれはにこちゃんの私物だったはずだから、きっと片付けたんだろう。
「あ、この扇風機」
希が手に持っているのは、首が折れた扇風機。夏の日に、みんなが折ってしまって、真姫ちゃんの別荘に合宿という名の涼行にいったんだった。
「ふふ、いろんな事があったわね。・・・・・・本当に、いろんな事が」
そう言う絵里先輩は窓から風景を見ていて。その表情は推し量ることができない。
「ねえ雪」
「はい?」
「 好きよ 」
「・・・・・はい?」
ざーっと風が運んでくる花びらが、絵里先輩の綺麗な金髪と共に部室に舞う。
「私と、付き合ってみたりとか、しない?」
「いやいやえりち。うちの告白はまだ終わってないで?」
「うんん?」
なんだか二人だけが共通の認識で物事を進めている。僕は置き去りにされているみたいだ。
「ちょっと!抜け駆けはずるいよ絵里ちゃん!!」
「穂乃果?」
バタンという大きな音と共に扉からは勢いよくみんなが押しよせてくる。
「協定はどこに行ったんですか!?」
「ええ?いいじゃない私たちもう卒業したんだから関係ないもん♪」
「絵里ちゃん、もしかしてこの時をずっと・・・・」
花陽の問いかけに絵里先輩は下を出して答える。
「なにそれ!私聞いてないんだけど!」
「言ってないもん」
「のぞみぃぃぃ!!」
「へー、絵里ちゃんがその気なら。ねえ、雪君。ずっと。ずーっとことりと一緒にいよ?」
いつの間にかぴたりと右腕に絡みついたことりが僕の顔色を覗くように言う。
「ことりちゃんずるいにゃ!り、凛だって!」
なぜか対抗するように凛も左腕に絡みつく。
胸の差が顕著に――――――――――――――。
「がぶり」
「いったい!なにするのさ!」
「雪ちゃんが悪いんだにゃ!ムードもへったくれもありゃしないにゃ!」
「もう!みんななにしてるのよ!バカみたい!」
「真姫ちゃんも告白するん?」
「す、するわけないでしょこのバカ!」
「そうなん?まあウチはもうプローポーズまでした仲やもんな?」
「「「「「「ええええええええええええ!!!」」」」」
うわー、なんか色々めんどくさいことになってきた。
「ちょっと雪!!どういうことか説明しなさいよ!」
「うわーもう真姫ちゃんちょっと落ち着いてよ」
「ほらこの通り!」
ドヤ顔で差し出すのは偽造した婚姻届。うっ。胃が痛い。
「どういうことなの雪?」
「あれ?ツバサさんまで?」
「―――――――――――――ゆ、雪。好きです付き合ってください!」
「いや海未!?今そう言う空気じゃない!」
「えええ?!」
「うわー!もう!みんなずるいよ!ちっちゃい頃からずっと見てきた穂乃果が一番雪ちゃんの事好きなのに!最初に好きになったのは穂乃果なのに!」
「わ、私も、好き、です」
「かよちん!いくらかよちんでもこのポジションは譲れないにゃ!」
「いやその前に婚姻届の事を訂正させて!お願いだから!」
「わ、私と結婚したら毎日おいしいおみそ汁作ってあげる!ど、どう!?」
「にこちゃん・・・・・・・・おみそ汁はいいです」
「なんでよ!」
「わ、私は告白なんかしないから!雪が好きなんて、言わないんだから!」
「真姫ちゃん、それもう言ってるのと同義やで?」
「ふふ、みんな焦ってるわね。まあ私的にはみなさんよりも雪と一緒にいる時間ははるかに多いわけですし?ここで焦って告白しなくても、これからゆっくりイエスと言わせて見せるわ」
「くっ。いくらツバサさんでも雪ちゃんはそう簡単には落ちないよ!私達がこんなに頑張ってもダメなんだから!」
「ツバサさん―――――――――――――――――――」
「あれぇ?なんかいい雰囲気なんだけど!?」
「雪君?うちの時と反応が違うんやけど?」
「あわわ、嘘嘘冗談です」
「冗談だったの?私期待したんだけどな」
「ツバサ!やっと片付け終わったよ!ってなにこれ!」
「丁度いいタイミングできた!あんじゅこの状況何とかして!」
「ふふふ、やっぱり雪は面白いな」
「言ってる場合?英玲奈先輩もなんとかしてよ!」
「えー、じゃああれだ。いっそのことみんなで住んじゃえば?」
「「「「「「「「「「!?!?!?」」」」」」」」」」
「それいいかも」
「ことり!?」
「そうやね。それなら寂しくないし」
「希まで!?」
「じゃあ家は真姫ちゃんもちにゃ!」
「なんでよ!」
そろそろ収拾がつかなくなりそうで、この人数に紛れてこっそり逃げようと画策する。
「なにしてるのかしら?」
「げ、・・・・・ツバサさん」
「さて、そろそろ雪君にはもう十分時間を与えたよね?答えを聞かせて?」
「こ、ことり。それは」
「誰か一人、選びなさいよ」
にこちゃんはこれまで見たことないような真剣な表情で僕を追い詰める。よくよく見るとみんな同じ表情だった。
「・・・・あ、やっぱりみんなで住むって言うのがいちばん丸く収まるし僕も働かなくて良いしハッピーエンドじゃないかな?」
・
・
・
しばしの沈黙の後、全員顔を見合わせて。
「なにが丸く収まるだ!非現実的すぎるにゃ!」
「結局働きたくないだけだよね♪雪ちゃんは」
「この国は一夫多妻制は認められていないんですよ!」
「バカ!大体いくら私でもこの人数が一度に泊まれる家なんて用意できるわけないでしょ!バカバカバカ!」
「このヘタレ!」
「天然フラグ製造機!」
「鈍感!」
「ヒモ!」
「ダメ男!」
「バカ!」
「アホ!」
「ドジ!」
「マヌケ!」
「小学生か!!あと一つの回答に対しての罵詈雑言がすごい!!」
そんな罵詈雑言の嵐と共にストンピングの嵐も吹き荒れている。ほっぺから伝わる床の冷たさが染みる。
「バカ。でも好き!」
「天然。でもそういうところが愛おしい!」
「いや緩和されねーから!そんな取ってつけたような褒め言葉で緩和されねーから!つーかいつまで蹴られなきゃいけないの僕は!?」
「好き好き好き大好き!」
「愛してる!」
「セリフと行動が一致してない!」
その言葉を最後にやっと蹴りの嵐が止む。みんなある子は泣きながら、ある子は笑顔で、ある子は照れながら。思い思いに部室を去って行った。最早心も体もぼろぼろだ。
「なんでこーなるの?」
「ふふ、丸く収まる、ねえ」
残ったのは絵里先輩だけだった。
「絵里先輩、こうなるって分かってたんでしょう」
「さて、どうかしらね?」
にっこりと笑って、絵里先輩もまた行ってしまった。
「はー」
ごろりと仰向けに転がり、眩しく光る天井を見上げる。
依然その眩しさに目を細める事は変わらないけど、もうその光から目をそむけることはない。
最後くらいもっと静かにやりたかったものだが、これもまたらしい終わりだということだろう。
終わる物があって、だけど続くものもある。アイドル研究部などその最たる例だろう。
ここはまだ終わらない。
始まりがあった。気付かないほど些細な始まりだった。だけど終わりだけは色濃くて。後悔しそうになる。
僕らは終わった。けれど、始まりが終わっただけだ。
始まるがあるから終わりがあって、終わりがあるからまた始まりがある。
僕らの始まりがここで終わった。
どうも高宮です。
というわけでついに終わりました。
この一話を分割しようかどうか悩んだんですけど結局一話にまとめた結果。最終話となりまして、今まで皆さんありがとうございました。
これからは話しのネタが思いついた時や、書きたくてしょうがなくなったときに不定期で、まあ今までも不定期でしたけど更新していきたいと思います。
劇場版の話もまだ残ってるしね♪
なにはともあれとりあえず完結ということで。
改めて最後まで読んでくださってありがとうございました。
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EX アライズとの日常
これからは時間軸とか気にせずに、思いついたり感想ランなどでこれがみたいあれが見たいと言った者を出来るだけ形にしていきたいと思ってます。
ちなみに今回の話は卒業式のすぐ後の話で、前話との時間差はほとんどありません。
・
・
・
あれ?前書きってどうやって締めるんだ?
「それでね、ここは・・・・・・」
「ふむふむ、あー、じゃあこっちはこうですか?」
「そうそう!やればできるじゃない」
段々と来ている服も薄くなってくるこの時期。爽やかな風と共に、外では満開の桜が舞い散る。
「あなた素の頭は良いんだから、ちょっと勉強すれば平均点くらいは狙えるでしょ?」
「はは、すいません」
ツバサさんの部屋で勉強。それも二人きりというこの現状にいささか疑問を覚えてしまう。
この状況を説明するには、まず二日前にさかのぼる必要があった。
二日前。学校。授業中。
授業中という静かな空間に、突如としてバタバタと慌てたような足音が聞こえたのはお昼休みに入ろうかという十分前。
「――――――――――バン!・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ。雪!!」
「え?つ、ツバサさん?」
「あんたちょっとこっちきて!」
「はい?いや、ちょっと今授業中・・・・・・・・」
「ちょっとツバサ君。今授業中だと分かっての所業かね?」
「そんなつまんないのどうでもいいから!!」
「な!・・・・・・・つ、つまんな」
「せんせーーーーー!」
なぜか項垂れてしまった先生を慰める暇なく。思いっきり手を引っ張られジャージ姿のツバサさんに連行される。
ガラガラと開き教室の扉を開くと、まるでゴミみたいにポイっと投げ捨てられた。
「痛っ。いったいなんなんですかツバサさん」
「なんなんですか?それはこっちのセリフよ」
なんだか知らないが、そうとうおこのようだ。仁王立ちの形相からすでにどす黒いオーラがまき散らされている。
「なんなのあなた。私という者がありながら、いいわよ別にあの子たちと仲良くすることは。だけどね。普通家に居候とかする?普通女の子の家に男が一人、一つ屋根の下生活を共にしたりする?なんなの?あなたのその神経はいったいなんなの?あ、だめだムカついてきた」
最後の一言がひどく恐ろしげだったが、つまりなんだどういうことだ?どうしてツバサさんは怒っているのか。どうしてわなわなとふるえて、今にも襲いかかってきそうなのか。
「あ、あの。つまりなにが?」
「は?・・・・・・いや、そうよね。あなたは一から十まで言わないと分かんないタイプの人間よね。特にこういうのは」
なんだかよくわからないが、小馬鹿にされたという事だけは痛いほどよくわかった。あ、鼻で笑われた。
「いい?つまりね。なーんでミューズの子たちの家に泊まったりしているのかってこと」
ああ、なんだそんなことか。
相変わらずなんで怒っているのかは分からないが、とりあえず聞きたい事はわかった。
「えっと、それはですね。大分前に家を追い出されてしまいまして、そんで次の家が見つかるまでみんなの家に順番に居候させてもらうという話になりまして」
「・・・・家を追い出された?」
「ええ」
にっこりと、努めて明るく話したつもりなのだがどうやらツバサさんは深刻に受け止めてしまったらしい。僕のお父さんの事も知っているし、あまり心配はかけたくなかったんだけど。
「・・・・・・・・・・そう、もっと早く話してくれれば良かったのに」
「すいません」
「まったく。減点よ。・・・・・分かったわ。そう言うことなら仕方ないわね。そう、仕方ないのよ」
ツバサさんはなにかぶつぶつと呟いたかと思うと、ずずいっと顔を近づけ。
「なら、次は私の番ね」
「え?」
「だって、ミューズの子たちばっかりずるいじゃない。私だって雪とお泊まりしたい!」
「いや別に僕お泊まりしたいから居候してるわけじゃないんですけど・・・・・」
「あなたの言い分は聞いてない!」
「ええ・・・・・」
めちゃくちゃだ。だけどこうなったツバサさんは僕がいくら言ったところで聞きいれてくれない。
まあ別にツバサさん家にお邪魔するのは良いんだが、その前に家を見つけるというそもそもの目的を失いつつあるんだよなぁ。
まいっか。
「という事で決定ね!明日からうちに泊まる事。異論は認めません」
「明日から!?」
「何か文句でもあるのかしら?」
「いや、僕はないですけど・・・・」
今現在居候させてもらっているのは花陽の家。予定ではこの一週間は花陽の家で過ごしつつ、ぼちぼち家を探そうかと思っていたのだが。まあ、花陽には説明すれば分かってくれそうな気がする。
「・・・・・・・・・・さて、解決したところで、それじゃあ雪。お仕置きの時間よ」
「もう。今度はなんですか?お仕置き?」
「そう、ミューズの子たちには相談してたのに、私にはなんの話もしてくれなかったからそのお仕置き。なんだと思う?」
ええ。それはまあ、悪かったかなとは思ってるけど、そんなお仕置きされるほどなの?そんな悪いことしたの僕?
「なんだと思うって、分かるわけないじゃないですかー。ていうか嫌ですよー。痛いのはやめてくださいよー」
「大丈夫、痛くはないわ。身体的には。ちなみにヒントはなぜ私がジャージを着ているのかという点ね」
ツバサさんは胸を張るように指示すそのジャージはなんてことはない。学校指定の二年が着ている緑色のジャージにこれまた学校指定のハーフパンツ。何の変哲もないものだけど、ヒントって――――――――――。
「まさか・・・・・・」
「ふふん♪そう。そのまさかよ!」
得意げな顔をするツバサさん。つまりどういう事かというと、ツバサさんは今授業中(僕もだけど)ということはツバサさんのクラスは体育ということになる。そしてこの空き教室。もしかするとここは空き教室などではなく、女子の着替えるための更衣室になっているのではなかろうか。
そう思い、改めて周りを見回すと、予想した通り、女子のものとおぼしき着替えが散乱している。
しかも先ほどツバサさんが僕のクラスに来たのが授業終了十分前。今何分なのか、あれから何分たったのかわからないがそろそろ女子達が来るころなのでは?
そして大群を味方につけたツバサさんからのリンチ。
「ちょ!痛いの嫌だって言ったじゃないですか!」
「だーかーらー、身体的には痛くないわよ。ちょっと痛い目見てもらうだけよ」
「矛盾してる!そのセリフ矛盾してるよ!気付いて!」
ガチャガチャと二人でもめていると、不意に多人数の足音と共に話し声が。しかも女の子の声。
「ふふ、私の勝ちね」
「勝ち負けだったの!?」
なに?じゃあどうすれば僕の勝ち?どうすれば社会的に抹殺されずに済む?
そうそう簡単に閃くはずもなく。なぜかツバサさんに掃除ロッカーの中に入れられる。
「ふふ、そこでハラハラしてると良いわ。そして私になんの相談もしなかった事を後悔し反省すると良いわ」
悪い顔だ!類を見ないほど悪い顔してる!
「つ、ツバサさん―――――――――――――」「あーつかれたー」「おなか減ったー」
ロッカーの扉を押しあけようとした瞬間、ぞろぞろと体育終わりの女子達がなだれ込んでくる。
「あれ?そういえばなんで扉開いてんの?」
(ひいいっ!!)
ロッカーの中から薄っすらと見える目の前の光景に、ハラハラドキドキ。
その隙間から見えるツバサさんの嗜虐的な笑みが、僕の何かに火をつける。
そしてバン!と思いっきり音を立ててドアを開ける。着替えようと体操服に手をかけるものや、談笑していた女子はぴたりと作業を辞め皆一斉にこちらを凝視している。
そんななか、堂々と真顔でドアまで歩き、こちらも勢いよく開ける。
そして、静まる空気の中。最後は静かに後ろ手に扉を閉める。
「・・・・・・ふっ。勝った」
「ってなるわけねーだろぉ!!」
「あ、やっぱり?」
速攻でドアを開け放たれ、襟首を掴まれながら引き込まれる。そして瞬間的に手足を拘束された。
「ちょ、ちょっと待ってください!ツバサさん、そう!ツバサさんに嵌められたんです!」
「はぁ?ツバサって、いったいどこにいるのよ」
そう言われ、辺りをきょろきょろ見渡しても確かにツバサさんの姿はない。
「あのやろぉぉぉぉ!」
「ほぅ。ツバサの名を語って不埒ごとか。いい度胸してんじゃないあんた」「て言うかこの子生徒会長じゃない?」「あ、確かに」「ロリコンの?」「そうそう」「年上にも興味あったんだー」
わらわらとものの見事に陣形を固められてしまう。やばい。このままでは非常にまずい。ただでさえ不名誉なあだ名をつけられているのにこれ以上のイメージ悪化は何としても避けたい。
「うん?雪じゃないか、いったいどうしたんだそんな恰好で」「英玲奈先輩!」
どうやら英玲奈先輩のクラスだったようだ。良かった。助け船がいた。
「助けて!ツバサさんに嵌められたんです!決して覗こうとかそんなよこしまな気持ちは―――――――――――――って言うかその前に」
「ん?」
「あの、まえ、隠してもらって良いですか?」
なんで普通の顔していられるんだろうこの人。ふっつうに上半身下着姿なんですけど。恥ずかしくないのか。
「・・・・・・うん?」
「いや何言ってんのこの人みたいな顔しないでください。きょとんと小首をかしげないでください。あれ?俺がおかしいのか?俺がおかしいのか?」
「あはは、まま、気にすんなよ。それでツバサがなんだって」
「ああいやだから――――――――――――――――」
そこで丁度チャイムが鳴って、その音が鳴りやまぬうちから足音と共に勢いよく扉があけ放たれる。
「雪君!」
「あんじゅ!」
そこにいたのは間違いなくあんじゅだ。
「良かった、無事だったんだね」
僕の姿を見るや否や、飛びついてくるあんじゅ。柔らかい体や、シャンプーの良い匂いなんかが一緒に飛びついてきてくすぐったい。
「つーか無事じゃない!どこら辺!?どこら辺を見て無事だと思ったの!?」
「ツバサに連れて行かれたって書記さんから聞いて」
なるほど、それでチャイムが鳴った瞬間にここまで来てくれたのか。
「あー、良かった無事で」「ああうん。そんでね。一緒に誤解を解いてほしんだけど」
ようやく体を離してくれたあんじゅはいつもの笑顔で。
「え?ダメだよ。覗いたんならお仕置きは受けないと」
「あれえ!?」
いつもの笑顔でとんでもない事を言い出した。
「いやだから覗こうと思って覗いていたわけでは――――――――」
「でも覗いたんだよね?」
「・・・・・・・・・」
有無を言わさぬ圧迫感に、ついに何も言えなくなってしまう。
確かに不可抗力とは言え覗いてしまった事実は事実だ。
「みんな。ヤっちゃって?」
「その手の動き恐ろしいんでやめてもらえません!?」
あんじゅの手の動きが恐ろしい。完全にヤるきだ。
「よーし、じゃあヤっちゃうね?」「大丈夫!お姉さんたちにまっかせなさい!」「とりあえず目、つぶって?」
「じゃあね雪君」
「あ、ホントに助けてくれないんだ」
待って!ホントにヤられる!なんかじりじりと迫られてる!!
「ぎゃああああああああ!!!!」
「あ、ゆ、雪君」
「花陽?」
時間は放課後になり、下校する生徒に交じって一人、制服の違う女の子が目立っている。まあ僕の制服も目を引くという点では似たようなものだ。ところどころボタンは千切れはだけているのだから。
「あ、えっと、一緒に帰らない?」
「いいけど、わざわざ待っててくれたの?」
「うん」
歩幅を合わせながら、花陽は笑顔でそう言う。
「で?なんで雪君はぼろぼろなの?」
「・・・・・・なんでもないよ」
「?」
花陽の不思議そうな顔と一緒に歩きながらそう言えばと思い出し、ツバサさんの家に行くことになったと報告。
「誰の家って?」
「だから、ツバサさんの家だよ」
「――――――っ!」
なんか衝撃を受けている。今にもズガーンといった効果音がバックに映し出されそうだ。
「だ、ダメだよ!」
「え?」
手をぎゅっと握りしめ、反対を食らってしまった。どうしようまさか反対されるとは思ってなかったので、あたふたしてしまう。
「い、いやでも。もう約束しちゃったし・・・・・・」
「約束なら私の方が先にしてたもん」
「そ、それはそうなんですけど・・・・・・・・」
それを言われるとつらい。ていうかなんでぼくがこんな気まずい思いをしなければならんのだ。
「雪君は、先にしてた約束を破ってまでツバサさんの家に行きたいんだ・・・・・・・」
「いや、そう言うわけでもないんですけど」
いつのまにか敬語になってしまった言葉を戻せずに、タジタジになる。
でも、きっと花陽なら分かってくれる。
「ごめんね。約束してたのに、でもツバサさんも僕の事を心配してくれてるんだ。僕としてはみんな大事だし、花陽も大事だよ。だから、ね?」
「むー、・・・・・・・・私だって心配してるよ」
膨れた面で、拗ねた瞳で、呟くようにそう言う花陽に僕はたまらなく申し訳なくなると同時に、たまらなく嬉しくなって。
「――――――――うん。知ってる」
「私はもう知らない!」
そう言うと同時に膨れた面のまま、ずんずんと先に行ってしまう。
怒らせてしまっただろうか。
呆れさせてしまっただろうか。
ちゃんと謝らなきゃな。
「雪ちゃん・・・・・?」
「雪、あなた・・・・・・」
「あれ?」
声がしたほう、後ろを振り向くとなぜかそこには凛と真姫ちゃんが。
「雪ちゃん何したんだにゃ!かよちんがあんな風に怒るなんてお米以外で見たことないよ!」
「あ、あれやっぱり怒ってたんだ」
「・・・・・・・・・・」
「真姫ちゃんやめて!そのゴミを見る様な眼やめて!なんか死にたくなってくるから!」
確かに僕が悪いですが!全面的に僕が悪かったですが!
「はぁ、何したか知らないけど、しっかり謝るのよ」
「――――――――――――うん」
「ていう事があって大変だったんですよ」
そして時は冒頭に戻り、ツバサさん宅へ。
「ふーん」
「いや、ふーんて・・・・・」
あのあとご機嫌がナナメってしまった花陽になんとかご機嫌を直してもらうまで大変だっというエピソードも語ってやろうかこのやろう。
吹き抜ける風の爽やかさと、己の心の吹き荒れる風が対比的で。思わず笑ってしまう。
ペンを放り投げ、一つ伸びをしてあくびが出るくらいには、穏やかな気候だ。
「寝不足?」
「ん?まあ、ここんとこ卒業式のあれこれで忙しかったからですかね」
いいながら自然とまぶたが落ちてくる。どうやら眠気というのは抗えば抗うほど激しさを増すようだ。
「ふふ、良いわよ寝ても。勉強はあらかた落ち着いたし。あ!なんなら一緒に寝る?」
「バカ言わないでください」
とはいえ、眠気が最高潮を迎えようとしているのまた事実。お言葉に甘えさせてもらうことにした。
「あ!待って、今ブランケット取ってくるから」
「・・・・・・・・・」
心の中では返事出来るのに、言葉になって口から出て行かない。
・
・
・
「ごめんなさい。ちょっと良い感じのブランケット探すのに手間どってって―――――――――――――――――――ふふ」
「すー、すー」
「良い寝顔」
揺れるカーテンと同調するように動く雪の前髪がなんだか愛おしい。
じーっと寝顔を見つめているとあっという間に時間が過ぎて行きそうな気がする。
あまりにも無防備なその顔に、なんだかちょっとばかしのいたずら心が芽生えてきてしまうくらいにはいつ見てもそそられる寝顔だった。
今は二人きり。親にも無理行って二、三日家を開けてもらった。邪魔するものは何もない。
(いかんいかん)
思考がアブナイ方向へと傾きそうになって、己の克己心に活を入れる。
(でも、ちょっとだけ――――――――ちょっとだけなら)
私の克己心が迷子になったその瞬間に私は雪の背中から体重を預ける。
そう、これはちょっと体重を預けているだけ。決して抱きついているわけではない。
心中で言い訳しながら、雪の背中の鼓動を。ゆっくりと上下するお腹を。暖かい体温を。雪の匂いを感じて。まわした腕に、力がこもる。
ああ、好きだなぁ。
好きで好きでたまらない。日を追うごとに今までよりも何倍も大きくなっていくその感情に、ついて行くのが精いっぱい。
いつか許容を超えて爆発しないか心配になっても、その感情が小さくなる事なんてなくて。
なくなる事なんてなくて。
「好きよ。雪」
溢れて溢れて漏れ出てしまったその言葉は。
今は寝ている時にしか言えない。小さな勇気。
――――――――――――――――――――何分経っただろう。
ゆっくりと背中から頬を離す。時計を見ると実際には十分も経ってないのだが、何時間にも永遠にも感じられた。
小さな勇気は、寝ている時だけの、期間限定。聞こえていないと知って、聞こえていないと分かって、その時だけ言える。そんなちっちゃな勇気。
だから、寝ている今は、勇気が出る。ちっちゃなちっちゃな勇気だけど。でも、そんな勇気で、何でもできる気がする。
小さな勇気で何でもできる気がする。
「――――――――――んっ」
触れた唇と唇が、あったかくてとろけそうになる。鼓動が早鐘のようにバクバク鳴り響いて耳が痛い。
熱いのは今日の気温の所為か、先ほどまで肌寒かったはずなのに、今はもう全身が暑くて、口から火を噴きそうだ。
離した唇から、息が漏れ出る。
「さてと、お昼ご飯の準備しなくちゃ」
「――――――――――――」
かけられたブランケットがずり落ちながら目が覚める。
「・・・・・・・・」
少しだけ濡れた唇に触れながらまどろみの中の事を思い出す。
(・・・・・キス、されたのかな)
腕を枕にしていたせいで腕がピリピリする。ノートは皺くちゃになってせっかく勉強したところが見づらい。
でも、そんなことどうでもよくなるくらい今の僕の頭は沸騰していて。
「・・・・・・・あー、もう///」
口元を隠す手も、自らの血液も、触れる頬も、なにもかもが熱くて。熱い。
そんな感情に浸っているとザック、ザック、ザック。とどこからともなく不自然な音がする。
「ゆーきーくーん。あーそーぼー」
その音の正体を探るべく、声がする窓の方を見やると、そこにはまるでロッククライミングのように登ってきたあんじゅの姿が。
「なにしてんの?普通に玄関から入りなよ」
「ぜぇ、はぁ、え?なに?」
「いや、なんでもない」
肩で息をしてるあんじゅを見ていると、なぜか安易に玄関から入ればと言えなくなってしまった。
「ふふ、そうだぞあんじゅ。普通、げ、っんかんから入る物だろう。人の家というの、っは!まったく、常識がなってないなっと」
「おーい、英玲奈先輩あんた今の自分の姿見てみ。思いっきり常識ないから。思いっきり窓から入ってきてるから」
外から見たら通報者だぞ。
「うわ!あんたらどっから入ってきたの!?」
エプロン姿のツバサさんが部屋に入ってきて驚きの声を上げる。その声にちょっとドキっとしたのは声の大きさか、はたまた先ほどの光景か――――――。
「あー、き、「「ドキッ」」つかった――――――――――」
き、に以上に反応してしまいあんじゅが不審げにこちらを見る。
「「な、なに!?」」
「いや、何も言ってないって言うか、こっちのセリフなんだけど・・・・・」
二人ともオーバーなリアクションと赤くなった顔を隠すように各々早口に言い訳してる。その姿がさらに不信感に拍車をかけたのか、今度は英玲奈先輩が。
「き!「あ痛っ!」「ぎゃう」僕は足を机にぶつけてしまい、ツバサさんはエプロンの裾を踏んで転んでしまう。明らかに動揺していた。
「・・・・・・まずい空気だな、と言おうとしたんだが」
だらだらと冷や汗を垂れ流す。いくらなんでも動揺しすぎ。
「えー?なんだなんだ。私らがいない間に二人で何してたんだー?」
「べっつに!何もしてないし!なんにもしてないし!」
「怪しいなー。今さら隠し通せないよ雪君」
「ちょっと二人とも。そんなに責めちゃかわいそうでしょ?」
「いやいや、ツバサは意外と大胆だからな。キス!ぐらいしたんじゃないか?」「ぶふっ!!」「な!///」
「「え?」」
「ちょ!ツバサ!!どういうこと!?」
「な!なんにもしてないわよ!」
「あっはっは!雪、それは邪魔しちゃったな」
「邪魔とかないですから!全然ですから!全然来てくれてよかったですから!」
「雪君!おかしいよ!付き合ってないのにキスするなんて!」
「あれ!?キスした事確定なんだ!」
「ていうかちょっとまって雪!あなたまさかさっき起きてたの!?」
「い!やいやいや!起きてない!何も見てないし!何も聞いてないし!何もされてないし!」
ぎゃいぎゃいと騒がしい毎日に、ほんのちょっとの変化と、ほんのちょっとの刺激をスパイスに。
僕らの日常はまだまだ回る。ぐるぐると回る。
そうやってまた僕らは一つずつ歳をとって。階段を上って大人になっていくんだ。
「綺麗に終わらせると思わないでね!キスしたのかしてないのか、したなら私ともキスするのか、はっきりしてもらいますからね雪君!」
「なんか一個増えてる!勘弁してください!」
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番外編 言葉は伝わらわなきゃ意味がない
仕事、それは無くてはならないもの。
それがなくては人は生きてはいけない。勿論、お金を得るという行為ではあるがそれ以上に人生において仕事という概念がなくなれば人類の歴史は既に滅んでいただろう。
まるで起伏のない山のように、その人生はつまらないものになるはずだ。
「あなた、仕事中に何やっているのよ」
海田雪。齢、二十五。どこにでもある平凡な一中小企業に勤める企業戦士(死語)。
ただ、海田雪にとってはこの会社は他のどの大企業より魅力的な職場であった。
「いやー、つい現実逃避を」
その理由が今、目の前で呆れたようにため息をつく絢瀬絵里という存在である。
自身のデスクにあるパソコンには資料を作るためのエクセルが起動されており、冒頭にある文章がそっくりそのまま打ち出されている。こうでもしないと目の前にある仕事量に打ちのめされそうだったからだ。絶対仕事なんていらない。絶対だ。
「まったく、あなたは昔から変なことばっかり頭が回って」
「てへへ」
「褒めてないわ」
きっちりとしたスーツに身を包んだ絵里はこめかみをモミモミしながら、雪の隣に腰掛ける。
雪は?マークを頭に浮かべると、絵里は積もりに積もった資料を半分持っていく。
「もう退社時刻は過ぎてるんだから、早く終わらせましょ」
「絵里先輩・・・・・」
絵里のそのやさしさに感涙して前が見えない雪である。その隙で小さくガッツポーズをしている雪である。
「雪?」
「・・・・・・すいません」
そのガッツポーズをがっしりと現行犯逮捕されその恐ろしげな表情に平謝りする。
「・・・・うちをブラック企業にするつもり?早く帰るわよ」
「はーい」
誰もいなくなった社内で二人きり、彼にとってはこれもまた数ある幸せの一つであった。
「今日の晩御飯何がいい?」
「ハンバーグ」
結局、あの大量にあった資料のほとんどを絵里が片付けて頭が上がらない雪と二人、夜道を歩いている。
「いい?ああいうのは容量をつかみさえすればさほど難しい内容じゃないんだから」
「はい」
絵里は雪の上司である。絵里が入社して三年後。雪が同じ会社に入った時にはすでに絵里は部署のトップにまで駆け上っていた。流石である。
「ふふ、ほーんと聞き分けだけはいいんだから」
シュンとした雪を手のかかる子供を見るような眼で雪を見つめる絵里。そうこうしているうちに晩御飯の買い出しのため近所のスーパーにたどり着く。
「晩御飯、ハンバーグってことは・・・・えーっとまずひき肉よね。あと何が入ってたかしら?」
絵里は仕事は抜群にできるが料理に関してはまだまだ素人に毛が生えた程度であった。
「よし!ここは僕の出番だね!手によりをかけちゃうよ!」
なので家事に関していえば雪は絵里よりもちょっと鼻が高い。
「ちょ、駄目よ。今日は私が晩御飯の当番なんだから」
「そうだけど、仕事手伝ってもらったし。今日は僕が作るよ」
「そう?」
「そうそう!」
申し訳ないといった様子の絵里にやや強引にカートの主導権を奪う。
「まずそのなんに使うかわからないかぼちゃを置いておこうか」
「え?ハンバーグってかぼちゃ入ってなかったかしら?」
「入ってないよ。もう僕にはその発想が心配になるよ」
その後もなんやとかんや絵里のトンでも発想の一体完成したら何料理になるのかわからない食材を次々に撃破していき、無事にハンバーグを作るための食材を買い込んで家に帰る。
「ただいまー」
「おかえりー」
二人の声に家の中から帰ってくる言葉が一つ。
「あれ?亜里沙ちゃん」
「来ちゃいました雪さん!」
そこにいたのは絵里の妹である亜里沙。雪の一つ下である亜里沙は高校生の頃に雪穂という雪とは縁ある人物とともにスクールアイドルを結成していた。
「いいのかい?アイドルが男の家に来ちゃって」
「はい!雪さんだからいいんです!噂が立ってもいいんです!むしろ立てばいいんです!」
「いやいや、それはダメでしょ」
そのスクールアイドルを引退した後もアイドルとして活動を続けている亜里沙である。最近はテレビに露出することもあり徐々に人気を獲得していっている。
そんな亜里沙は家が近くということもあり、こうしてちょくちょく家に来てはご飯を共にしたりデートを共にしたりしているわけだ。
「ほら、亜里沙。雪を困らせちゃダメでしょ?」
「はーい、ごめんなさいお姉ちゃん」
基本、亜里沙と姉の絵里は仲が良い。だが、こと雪に関してだけは異常に仲の悪さを見せる二人である。
「大体、告白されて付き合っているのは私なんだから、ただの、妹は黙ってなさいよ」
ただの、という部分をより強調する絵里。今日はどうやらこの一言がきっかけになったらしい。
「うぐぐ、で、でも!」
「でももなにもないわよ」
こういう時は雪は空気に徹する。変に口を出すとたいていろくなことにならないとこの三年でようやく学んだ。
「雪さん!雪さんは私がいると迷惑!?」
あれ?口に出してないのに!空気に徹していたのに火の粉が降りかかってくるよ!なんで?
「迷惑だなんてことは・・・・」
「あら?雪?もしかして私と二人でいるのが不満なの?」
「そんなことは!」
「そうよね。彼女は私なんだもんね」
「彼女彼女って、お姉ちゃんお仕事ばっかで全然家庭的なことできないじゃん」
「はあ?できますー、お姉ちゃんだってやればできるんですー」
「そんなこと言って今日だって雪さんが晩御飯作ってるし、なんなら雪さんのほうが断然おいしいし!」
「今日は特別なんですー。私が仕事手伝ってあげたからなんですー」
「ね?雪さん!家庭的な女性のほうがいいよね?私のほうがいいよね?」
「そりゃ、出来るに越したことないけど・・・・」
雪のその言葉に絵里は雷に打たれたような衝撃に見舞われる。
「な・・・・!雪!私じゃダメっていうの!?」
「そうは言ってない!そうは言ってないよ!家事なんて俺がするし」
「亜里沙ならちゃんとお仕事しながら家事出来るよ!」
「わ、私だって頑張る!」
「雪さん!」
「雪!」
「ええええ・・・・」
一体何がどうなってこうなったのか。最近はこんなことばっかりだ。ずずいっと二人に顔を近づけられ、タジタジになる雪は心中で思いを馳せながらこの局面をどう乗り切るか画策する。
そして大体いつも同じ結論にたどり着くのだ。
「よし、この話は明日にして今日はお風呂に入ろう!なんなら三人で一緒に入ろう!」
要約すると大抵こんなことを言って話をうやむやにする。それがいつものパターンだった。
そしてそれに対する二人の反応も大体一緒である。
「「・・・・・・変態!」」
二人、顔を見合わせてパンチをクリティカルヒットさせる。
そして二人でお風呂に入り、出てきたときにはすでに仲直りしているのだ。本当にめんどくさい姉妹である。
もっとも、めんどくさくしているのは当の本人なのだが。
「ということが昨日あってさ。これって僕が悪いのかな?」
「そうやね、雪君が悪いんやないかな?」
駅前にあるファミレスでスーツ姿の男女が一組、来店していた。
雪の目の前に座っているのは東條希、かつて絵里と共にスクールアイドルを結成していた仲間である。
「・・・・やっぱり?」
「うん。うちらを振ったときみたいに亜里沙ちゃんにもちゃんとその気はないって言ってあげるべきやと思うけど。うちらを振ったときみたいに。。。。。うちらを振ったときみたいに・・・・・」
なぜか物凄いデクレッシェンドで逆に強調された。だんだん弱くなっていった。
気まずい沈黙がファミレスを支配する。その沈黙に耐え切れなくなった雪が話題を逸らす。
「えーっと、今日は絵里先輩の誕生日プレゼントの話でね。来てもらったんだけど」
「そうやったね!で!なんにするかもう決めたん?」
先程とは一転、パッと明るく振る舞う希に雪はそこで気づいた。自らがからかわれていたのだと。
しかしそんなこと日常茶飯事なので大して気にすることもなく次に行く。
「いや、それが社内の他の女子に聞いてさ、いまいちわからなくなって今度その子と一緒に買いに行くことになったんだ」
「なんで!?」
希は今日一番のテンションで思わず勢い良く立ち上がった。希にしてみれば、今の文章がどうつながればそうなるのか、皆目見当がつかない。
「なんでそうなるん!?百歩譲ってサプライズは諦めてえりちと一緒に買いに行くってんならわかるけど!?なんでその子と行くことになってんの!?」
「それがいいお店知ってるっていうから」
キョトンとした顔でそう話す雪に、希は頭を抱える。バカだ。この子本物のバカだと。
「いい?雪君、よく聞いて。その子と買い物には絶対に行っちゃだめ。えりちの彼氏なら絶対にその約束断って」
「ええ?でもそれじゃあプレゼントは」
「そっちはうちが何とかしとくから」
頭が痛くなってきた希は一刻も早くこの空気から逃れたくて、そう引き受けると雪を返した。
「はぁ、雪君の天然が悪化していってる気がする・・・・」
そしてまた別の日。同じファミレスに、今度は別の人物から招集がかかる。
「希、最近雪の様子がおかしいの。なんか社内の女の子と物凄く仲良さげで、それとなく探りを入れてみてもあいまいな返事しかしないし。ないとは思うけど、まさか浮気かな・・・ねえ希?」
目の前にいる親友が本当に真剣に悩んでいる姿を見て、希の脳内はスパークする。勿論雪への怒りで。
(あんのおバカぁ!買い物に行っちゃだめってことは仲良くもしちゃだめでしょうが!なんで言葉の裏ってやつを読まないのあの子!)
もはや希の頭はショート寸前である。
「ねえ希?聞いてるの?」
「うん、聞いてるよ。ほんの数日前に聞いてるよ」
「??」
脳内の雪を思いっきりサンドバックにしながら、目の前の絵里に対してフォローする。
「あのー、大丈夫やって。雪君に限って浮気なんてありえないやろ?」
「それはそうだけど、あの子に気がなくても相手にはあるのよ。そうよ、絶対そう。大体雪と私が付き合ってるって知ってるのに仲良くしようとしてる時点でもうクロよ」
その後もぶつぶつとその彼女に対して怨念のようなものをぶつける絵里に希はもうすでに興味を失ったのかドリンクのお代わりを注ぎに行っている。
「よし、希。私決めたわ。一週間あの子たちを監視する!」
何がどうなったらその結論に行き着いたのか。希としては一から聞き直したい気分だったがうふふと不気味に笑う絵里と共に流れる空気的にそれも憚れる。
もうなにもかもがめんどくさくなった希は雪に『うちはもう疲れた。あとは当人同士でやってください』と一通のメールを送りその場を解散とした。
そして絵里の誕生日当日。
サプライズといっても家でケーキと誕生日プレゼントを渡すだけといういたってシンプルなものだが、それでも雪の鼓動は早鐘のように鳴り響いていた。
のだが、なぜか今目の前にいる絵里は機嫌が悪い。
「えっと、絵里先輩。今日が何の日かわかる?」
とにもかくにも、雪は手はず通りに誕生日を祝うべく進めていこうとした。
「ええ。今日はお説教の日よ。よくわかってるじゃない雪」
進行していこうとした雪はその予想外の反応に面食らう。お説教?なにかしただろうか。まさかまた仕事で失敗したのか。
内心で心当たりを探っていると、絵里から数枚の写真が。
「さて、この女性に心当たり。あるわよねぇ」
そこに写っていたのは、絵里の誕生日プレゼントを相談していた女性某である。
「あ、うん。あるけどなんで?」
なんでこんな写真を見せられるのか、そこが腑に落ちない雪である。
「ほほぉ。しらばっくれるのね。じゃあもう言ってしまおうかしら。言ってしまおうかなー、言ってしまうわよ」
なぜか確認され訳も分からず頷く雪。そんな雪の反応に、若干言葉が詰まった絵里だが結局は話し始める。
「知ってるのよ私。この一週間この子と毎日食事を共にしているとこ。私とは一回も一緒にしなかったのに」
見せられた写真の中には確かに食事をしている写真もある。
当然、雪にもその事態には覚えがある。
だが―――――――――。
「それは、相談をしていたんだよ―――――――――――」
「はっ。相談?恋の相談ってやつ?」
おおう。完全に荒んでいる。体操座りで完全に閉ざしていしまっている。目の下のクマがより一層悲壮感を醸し出している。
「違うよ」
「なに?じゃあなんだっていうのよ。可愛かったもんねあの子。名前はなんていうの?きっと家事もできるんでしょうね。私なんかよりずっと・・・・・ずっと・・・・」
体操座りのままついには泣き出してしまう絵里に、雪はおたおたと慌ててしまう。
「絵里先輩」
「・・・・・やだっ・・・・捨てないで・・・・・」
雪は頬を伝う涙を拭くと絵里先輩にしがみつかまれる。
「捨てないよ、何バカ言ってんの」
「ほんと?」
涙でグシャグシャになった絵里を抱きしめる雪。
「ほんとにほんと」
「じゃあキスして」
その言葉をふさぐように、雪は唇を重ねる。
「――――――――――っ」
「――――――――――僕さ。家族が欲しかったんだ」
離された唇から言葉が紡がれる。
「僕が愛せる、愛してくれる家族が欲しかったんだ」
唐突なその言葉に絵里はきょとんとする。
「絵里先輩。誕生日おめでとう」
その言葉に絵里先輩はようやく今気が付いたように言葉を漏らす。と共に一つのプレゼントを手渡す。
「これ・・・・?」
「もう独りぼっちは嫌なんだ。家族が欲しいんだ。一緒に笑って、怒って、泣いて、許して許される。そんな家族が欲しいんだ」
その言葉の意味が分かると、ようやく絵里は驚きに目を見開いた。
「だからさ、結婚してください」
渡したプレゼントの中身は、指輪だった。
「・・・・・・はい」
今度の涙は暖かい。暖かい涙だった。
「雪さーん。疲れたー。亜里沙は膝枕してほしい・・・・・・」
先の状況下の中で運悪く亜里沙が来客してしまう。
だが、二人とも亜里沙の存在には気付かずに二人の世界に入ってしまっていた。
そんな二人に亜里沙は驚きとともに、ゆっくりと家を後にした。
そしてこの状況を愚痴りたいような喜びたいような、そんな複雑な感情を吐き出せる友人に電話をかける。
「あ、雪穂?今から家に行ってもいい?・・・・・うん。膝枕してもらいたいの」
どうも卍解!高宮です。お久しぶりです。
間が空きましたけど忘れ去られてないか心配です。もう遅刻とかそんなんはるかに超えてますが。
とりあえず絵里チカ誕生日おめでとう!!
次は凛ちゃんだね。次は頑張ります。
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EX ヤバいよヤバいよは、本当はヤバくない その一
「やっと、やっとだ・・・」
二月下旬。冬の寒さがまだ色濃く残るこの季節。
僕はようやく、本当にようやく、マイホームを手に入れた。
といっても、決して立派とは言えない。前の家に比べれば、いや、今まで生きてきた中で一番ボロボロの長屋だ。
広さなんか人二人が寝ればそれだけでもうギチギチだし、家具なんか置ける場所はない。
それでも、マイホーム。賃貸だけど。管理人のおじいちゃんはこんな身元不明の怪しい男を受け入れてくれた。
約二か月の間。二か月も僕は宿無し、ホームレスだったわけだ。
お、おお。文字にすると辛いものがあるな。
なんにしても、これでようやく。僕は元の生活に戻れた。
はずだった。
「ここが、私と雪ちゃんの愛の巣になるんだね//穂乃果、頑張るよ」
はずだったのに。
なぜこうなったのか。
時を二日前に戻そう。
「「「「「「「「「ねえ、雪?これは一体どういうこと?」」」」」」」」」
あ、違った。これはもうちょっと後だった。
とりあえず、一番初め。ホームレス生活から抜け出した二日後。
僕は、そのことをみんなに報告していた。
家を見つけるまでの間、みんなの家に居候させてもらっていたのだ。最後のほうなんかは、もはや当初の目的を失いつつあったけど、それでもそういうことだったのだから。
ちゃんと決まったことを伝えておきたかった。
「え?雪ちゃん家決まったの?良かったね」
「うん。それで穂乃果たちにもちゃんとお礼を言っておこうと思って」
「ええー、ことりはもうちょっと後でも良かったと思うけど」
「そうそう。お泊り楽しかったにゃ」
もう凛なんかは完全にお泊り楽しい、に頭がシフトチェンジしていた。
「いやいや、そういうわけにはいかないんだよ」
実際現実問題として、僕は慣れすぎてしまっていた。
みんながいる家というものに。誰かがそばにいるということに。
それは、きっと、僕が僕であるためにはいけないことだと思う。
僕のすぐ後ろには、いつだって孤独が付き添っていて。それは死ぬまでそうなんだと確信できる。
もしかしたら、僕だけじゃなく、生きとし生けるすべてのものには、孤独が付きまとっているのかもしれないけれど。
でもだから、僕はひとまず元の生活に戻さなきゃいけない。
家に帰っても、明かりもなく音もしない。誰もいない、あの場所に。
「そうです。な、なんだったら私が養ってあげてもいいんですよ?」
「え?ホントに?」
おい僕。さっきの決意を思い出せ。揺らいでんじゃねえ。
「でもあれやん?一人暮らしってことは、女の子連れ込み放題ってことやんな?」
「いや、やんな?じゃないよ。全然違うよ。そんな目的ないよ?」
「ほんとかしら?」
「あれ?絵里先輩?なんで疑ってるの?」
「連れ込んだら殺すわよ」
「あれ!?おかしいな!にこちゃんの口から殺すって聞こえた!ごめんね!僕の耳がおかしいみたい!」
「いやその前に突っ込むとこあるでしょ?」
「うん?」
さっきから、真姫ちゃんはわなわなと拳を震わせたまま微動だにしていない。
「私の家!!まだ来てない!!」
・・・・・ああー。
確かに、真姫ちゃんの家だけ行ってなかった。真姫ちゃんの家に行く前に家が決まっちゃってた。
「なんで!!」
「いやー、ほら。色々と都合というか、めんどくさかったというか」
「どういうことよ!!」
これに関しては、あまり真姫ちゃんの目を直に見れない僕である。
とにもかくにも僕はようやく宿無しホームレスという肩書を脱ぎ捨て、新たな一歩を踏み出すことに成功したのだ。
成功したはずなのに。
目の前には真姫ちゃん。部室に二人きり。それも若干涙目。罪悪感にかられる僕。
いや、なぜ罪悪感を感じているのか。ていうか、なぜ真姫ちゃんが涙目になっているのかがわからない。
「・・・・家」
「へ?」
「家!連れていきなさいよ」
そっぽを向いて、心なしか顔が赤い真姫ちゃん。
「・・・・ええ」
僕は、あまり家に人を入れたいとは思わない。
家とは即ち個人情報の密集地である。自覚していない自分というのが、家には現れる。案外ガサツだとか、コンビニ弁当ばっかりだとか。
そういうのを、あまり知られたくはない。
だから、僕は家に人は近づけたくなかった。
それはこの家でも例外ではなく。
「・・・・・・・」
「わかったよ」
キッと睨む彼女の顔に、けれど僕は勝てなかった。
「・・・・・へー。で、ここ一帯があなたの家なの?」
「いや。僕の家はこの一部屋だけだよ」
ボロボロの長屋は僕の部屋以外にも空き家が十数とある。その全部が僕の家だと、真姫ちゃんは勘違いしたみたいだ。ホントお金持ちってヤダ!
若干惨めな気持ちに浸っていると、なんだか真姫ちゃんの様子がおかしいことに気付く。
「―――――――――――。」
なんだか部屋を一通り見たかと思うと。
「私、今日からここに住むわ」
「・・・・・ええ!?」
急に何言いだすんだろうと、このとき思った。
「だって!私だけ雪と過ごしてないだなんておかしいわ!」
「おかしくはないよね!?」
「お、おかしいのよ!とにかくおかしいの!」
そう強く言われてしまうと、僕としては何も言えない。
むーっ、と何が何でもここに居座るという強い意志を感じてしまい、僕は。
「わ、わかったよ」
承諾してしまった。
そして、ここから僕は地獄のような歯車に巻き込まれていくことになる。
しかし、承諾したはいいが、もしこれが他のみんなにバレたらそれこそ殺されそうだ。
先の会話を思い出し、背筋が凍る。
なんだか不倫でもしている気分だ。笑えねえ。笑えねえんだよベッキー。
「ねえ!荷物ここでいいかしら?」
「早いね真姫ちゃん」
自身の荷物を取るためにいったん帰った真姫ちゃんは、電光石火の勢いでとんぼ返りしてきた。
キラキラとした瞳が抑えきれていない。
「よし」
なんだかひどく満足気。僕はひどく憔悴気。
「お腹空いたでしょ?ご飯作ってあげるわ」
そう言ってキッチン(とはお世辞にも呼べない代物だが)に立つ真姫ちゃんを見ていると、なんだか結局元の生活に戻ることはできないかもしれないと思う。
一度知ってしまったら、一度味わってしまったら。きっと、もう元のまんまじゃいられないのかもしれない。
そんなことを思いながら真姫ちゃんと一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、そんでもって。そんでもって。
「お布団、一つしかないわね」
あとは、もう、寝るだけだ。
「そうだね。真姫ちゃん使いなよ」
流石にお客さんに畳で寝ろなんて言えない。
「何それ意味分かんない」
しかし、真姫ちゃんは掛け布団とともに、僕に覆いかぶさってくる。
布団の温かさと、真姫ちゃんの体温が同時に感じられて、顔がすぐ近くでなんだか恥ずかしい。
「いや、あの」
「いいでしょ。別に」
そういって微笑む真姫ちゃんは、なんだかいつもの真姫ちゃんじゃないようで。
「・・・冷たいのね」
一瞬、何のことかわからなかった。遅れて、手を握られているのだと分かった。
柔らかさと、しっとりと肌に吸い付くようなその手のひら。
「冷え性だからかな」
「じゃ、暖めてあげるわ」
言葉とともに、不意に手を引っ張られた。
その感覚にぎょっとする。
引っ張られたその先には、柔らかい太もも。その間に、僕の手はみっちりと埋まっていた。
「真姫ちゃん?ドッペルゲンガーじゃないよね?」
真姫ちゃんって、こんなんだったっけ?なんだかいつもの彼女じゃないようで、ドッペルゲンガーって言われたほうが信じるんですけど。
「失礼ね。・・・・私だって、攻める時くらい、あるわよ」
顔を俯かせる真姫ちゃんに、僕の顔はいったいどんな表情だっただろうか。
けれど、嬉しかったんだ。この時は本当に、悪くないやってそう思った。
「雪」
びくぅと自分の名前に大袈裟に反応してしまう。
「う、海未」
昨日のことを思い出して、なんとなく真姫ちゃん以外のみんなとは顔を合わせづらい。
なぜか、真姫ちゃんは僕の家に泊まっているということをみんなに秘密にしていた。まあ、言ったところでめんどくさくなるだけだし、本当に殺されそうなので別にいいのだが。
小心者の僕としてはなんだか一抹の罪悪感を感じずにはいられないのだ。
「あなた、ご飯はちゃんと食べているのですか?家は散らかっていませんか?男性の一人暮らしなんてロクなものじゃないでしょう?」
「オカンか!そんなことないよ!全国の一人暮らしの男性に謝れよ!」
「そんなことはどうでもいいんです!とにかく、私がご飯とか作りに行ってあげますから。住所教えてください」
「いやだ!」
そっぽを向きながらもしっかりと要件だけは伝える海未に、僕もしっかりと拒否の姿勢を見せる。
「なんでですか!」
だって、今来たら真姫ちゃんとばったり鉢合わせしちゃうじゃないか。そんでもってまた僕がボコボコにされる未来しか見えないんだ。今までの60話で僕は学んだんだ!
「・・・・・まさか、女・・・・・?」
うわあ!なんでこういう時ばっかり勘がいいんだ!
ぎょろりとこちらを見る瞳が怖い。
「そんな、そんなことあるわけないじゃないか!まだ家には誰も来たことないよ?」
あ、やばい。この話の持っていき方はやばい。
なんだか脳内で、静かに王将を詰んでいく海未の姿が見えた。
「じゃあいいでしょ。私が、その、雪の〝初めて”になりますから」
初めてを強調する海未のことはさておき、これはマズい。非常にマズい。
このままじゃ真姫ちゃんと鉢合わせてしまう。
完全に家に来る気でいる海未の気を今から変更させることなど僕には無理だ。
そこで閃いた。閃いてしまった。
空き部屋があるじゃないか、と。
「まったく、海未は仕方がないなー。そんなに言うならいいよ。来なよ家」
閃きによる興奮で、若干気が大きくなっていることは許してほしい。
「ほんとですか!?じゃあ今行きましょう!すぐ行きましょう!」
「え?今?」
あっけなく、大きくなった気は吹っ飛んだ。
空き部屋を使っていいかどうか、了承なんか取ってないけど。
どうせ、面白いものでもないんだ。飽きたら買えるだろうし、ま、いっか。
けれど、僕の認識は甘かったと言わざるを得ない。
「あの、海未さん?その大きい荷物はいったい?」
「これは、あの、アレです。アレがアレしてアレなんで、アレなんで持ってきたんです」
「いやその肝心のアレを説明してよ!具体的なこと一つも言ってないよ?」
なんとか海未を空き部屋に誘導することには、成功した。といっても、空き部屋どうしは隣り合わせだから、ひょんなことでバッタリなんて笑えない。
くそ、なんだこの二股をかけているような気分は。死にたくなってくる。
ていうか、もう完全に泊まり込む気じゃないですか。荷物パンパンに詰め込んでるじゃないですか。
やばい。危険度が右肩上がりに上昇している気がする。
「ねえねえ雪ちゃん。雪ちゃん家に遊びに行ってもいいかにゃ?」
「駄目だね!」
もう無理。海未と真姫ちゃんだけでもう精いっぱい。
「誰と話してるんですか?」
後ろには海未。電話相手は凛。
「ええー!行きたい行きたい行きたい行きたい!行きたーい!!」
「女の声・・・・?」
うわあ!めざとい!
「わ、わかったから。あまり大きな声出さないで」
「あれ?雪ー?まだ帰ってきてないのかしら?まあいいわ」
隣から聞こえるのは真姫ちゃんの声。
「あら?今の声――――――――、」
「海未!!」
何かをごまかすように、思いっきり海未に抱き着く。シャンプーの香りとか、色々もろもろ感じられるけど今は全部どうでもいい。
「――――――――あ///」
よし、どうやらごまかせたようだ。
・・・・・あれ?なんか僕今凄いクズじゃね?ゲスの極みじゃね?
しかし、今自己嫌悪に陥っている暇はない。なんとかこれ以上人を増やすことなく、危機を回避しないと。
「ちょっと、用事思い出した。すぐ帰るから待ってて」
「はい、あなた///」
なんか、とろんと蕩けた表情をした海未だが今は構ってられない。
「あら?雪、お帰りなさい」
「た、ただいま」
わずか数メートル走っただけなはずなのに、鼓動が鳴りやまない。
「今日は冷えるでしょ?だから温まろうと思って、今日は鍋にしたの」
スーパーの袋を携えた真姫ちゃんに、僕は曖昧にしか返事ができない。
完全に心ここにあらずだった。
そんな時、一つの足音が聞こえる。
凛だ。
勢いよく玄関から飛び出す。おバカな凛はどうやら部屋を間違えたらしい。今はありがたいけど。
「雪ちゃー「し、静かに!」」
声が聞こえるか否かのすんでのところで、凛の口に蓋をすることに成功。
「ここ隣人が恐ろしく怖いんだ。大きな音たてたらおっかない人たちに食べられちゃうから静かにしててね」
「」(コクコク)
鬼気迫る僕の顔がよっぽど怖かったのか、凛は涙目で何度も頷く。
あと、遊びに来たといいつつやっぱり荷物持ってる。
「じゃあ僕、隣人に謝ってくるから。待ってて」
そう言い残して、真姫ちゃんのもとへ。
「いやー、なんかトラブル起きちゃったみたい。ほんとここら辺怖い人ばっか住んでるから」
「そうなの?大丈夫だった」
「ああ、ダイジョブダイジョブ。ちょっとぶん殴ってきただけだからあっはっは」
ピンポーン。
間抜けな音が鳴り響く。インターホンだ。
「あれ?またトラブルみたい!ちょっと行ってくるね!鍋の用意してて」
「え、ええ。わかったわ。いってらっしゃい」
玄関から飛び出ると、真向かいに花陽。
「ど、どうしたの!?ていうかなんで家の場所が!?」
「あ、これお米ね、送られてきたんだけど余っちゃって。雪君にお裾分け」
「あ、ああ。ありがとう」
あれ?僕の質問無視?
でっかいキャリーケースからお米をだす花陽。ちらと日用品とか見えたのには見えなかったふりをしておこう。
「ありがとう、花陽。じゃ僕引っ越したてで忙しいからこれで・・・・」
「駄目だよ雪君。お米の管理とかしっかりしないと虫が沸いちゃうんだからね」
「いや、あの、ホントマジで僕忙しいっていうか」
お米が絡んだ花陽は無駄にしつこい。
花陽と押し問答を繰り広げていると、不意に前方から気配。
ことりだった。
その姿を見つけた瞬間、思いっきり花陽を家の中に押し込み、後ろ手で玄関を閉める。
「あ、雪君。来ちゃった♪」
まっさらな笑顔のことりに僕は「ああ、来ちゃったんだ」って顔しかできない。
先の行為を見られていないか、花陽が声を出さないか。鼓動がバクバクとうるさい。
「なんでここが?」
冷静を装って、一応聞いた。
「女の勘♪」
なにそのGPSみたいな便利な勘。僕もほしいんだけど、どこで売ってるのそれ?
「そ、そっか」
「とりあえず、家、上がらせて?」
問答無用だった。
「うん、あの。いいけど、今僕忙しくてさ、ちょっと待っててくれる?」
「うん!大丈夫だよ。私もいろいろ家を改造・・・・しておきゃなきゃだから」
いや怖いよ!なに改造って!?あと・・・使うなら否定してよ!なんでそのまま続けちゃうんだよ!
急に家を空けるのが怖くなってきたけど、もう致し方ない。ここただの空き部屋だし、いっか。よくないけど!
くそ、ていうかやばい!もうすでにケツに火が付いたような状態だけど、これ以上はマジでやばい。
なんでって、すでに半分がこの狭い長屋に集結してるんだよ?詰みまであと少しじゃん。
何とかしようと思う前に、破滅へのピースがまた一つ。
「あら?雪君やん?偶然やね。いや偶然ここら辺通りかかったら偶然雪君が見えてな。もしかして偶然ここは偶然雪君の家?いやー、偶然やわー」
も、絶対嘘だよ!どんだけ偶然連呼するんだよ!偶然偶然言い過ぎて偶然がゲシュタルト崩壊起こしそうだよ!偶然!
「希。今僕は忙しいんだ。悪いけど帰って―――――――――、」
希には悪いけど本当にこれ以上は首が回らない。なんでか知んないけどここにくる子全員泊りがけのつもりなんだもん。希も後ろにキャリーバック隠してるもの。何日もごまかせるとは思えない。
だというのに、僕はセリフを最後まで言えなかった。どころか、土下座していた。
だって、希の手にはもうあと僕のハンコだけの、それがあれば完成する婚姻届。
ずるいよー。そんなんだされたらもう僕何も言えないじゃん。
「どうぞ・・・・」
「わー、ここが新しい雪君の家なんやね」
これで六人目。やばい、この流れを何とか止めないと。破滅のパズルが完成してしまう。
「ちょっと、どういうことよこれ」
うわ!ついに恐れていた事態が!?
突然の声に肝を冷やしたが、よくよく見てみると違った。
僕のことなど一瞥もくれないにこちゃんが、勝手に空き部屋に侵入、もとい押しかけている。
ここに僕いるのに。
「全然掃除されてないじゃない。仕方ないわねー。ほら、ほこり散るからあっち行ってて!」
なんか、なんだろうこの寂しさ。
と、とにかく。一度冷静にならなければ、そう思いながらつかつかと長屋を歩いているとふと、既視感。
ザッザッザと同じペースで元来た道を背面歩き。
「絵里、先輩」
「あ、雪。おかえりなさい」
空き部屋の一つに、いた。有無を言わさず、登場すらせずにごく自然にいた。
もはや、通せんぼする努力すらさせてもらえなかった。
八人目。もう、あと一つで完成してしまう。最悪の絵画が。
「どうしたの?」
がっくりと、膝をつく。
もう無理だ。この狭い長屋に八人。その八人全員を鉢合わせすることなく何日もやり過ごす、なんて不可能。
もうこれは言うしかない。
正直に言って、怒られよう。そのほうが絶対いい。
「あの、絵里先輩実は―――――――――」
「そういえば、この家にはまだ誰も入れてないのよね?」
僕の言葉を遮ったその口からは、まるで冷気が零れ出ているよう。
「〝女の子”とか、連れ込んでないわよね?」
「つ、連れ込むなんて人聞きの悪い」
「この短時間で計八人ほどこの長屋におしくらまんじゅうのように詰め込んだり、してないわよね?」
知ってるの!?もうバレてんじゃねえのこれ!?
「い、いいえ」
けれど、僕はこう答えるしかなかった。どっちに転んでも地獄なら、せめて、少しでも可能性のあるほうに。
真綿で首を締められるというのは、こういう感じなんだろうかと、ふと思った。
そんな時に。
「ここが、私と雪ちゃんの愛の巣になるんだね//穂乃果、頑張るよ」
地獄へのピースがいま、埋まった。
どうも、ファイナルラブライブ!高宮です。
6th落選したああああああああああああ!
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EX ヤバいよヤバいよは、本当はヤバくない その二
「どうしてこうなった・・・・・」
やっと、ホームレス生活から抜け出したはずだったのに。
ボロボロの長屋。それでも僕にとっては帰る場所だった。
長屋には空き部屋が十数個。
その空き部屋は今は、もう、半分以上が埋まっている。
「雪?どうしたの?」
それも全部ミューズのみんなで。
「い、いや。鍋美味しいね?」
「あ、当たり前でしょ?私が作ったんだから」
「具材切って入れるだけだけどね」
「うるさい!もう!」
今現在は、正真正銘の僕の部屋。つまり、真姫ちゃんがいる部屋。
最初は真姫ちゃんから始まった。家に連れて行けと言われて、渋々承諾してしまったのが運の尽き。
そこから雪崩れ込むように、みんな家に。それも隠すように別々の部屋へ、上げてしまった。
絵里先輩の言うとおりだ。僕は女の子を家に連れ込んでいる。しかも、九人も。それぞれに内緒で。
自己嫌悪に殺されそうだった。
と、同時に、普段のみんなを思い出してバレても殺されそうである。半殺しは確定だ。
また色々と揶揄されてしまう。それは絶対に嫌だ。
つまり。どうにかこうにか、やり過ごさなきゃいけない。みんながこの狭い長屋で鉢合わせすことなく。飽きるまでうまくやる必要がある。
「あ、あの真姫ちゃんさ。このことは誰にも言ってないよね?」
「このことって?」
「僕の家に泊まってるってこと」
「言ってないわよ。お母さんには友達の家に泊まるって言ったわ」
それがどうかしたの?と、真姫ちゃんは不思議に首を傾げる。
「い、いやほらみんなにはまだこのこと言わないほうがいいと思うんだ。混乱させちゃうだろうし、真姫ちゃんも嫌になったらいつでも帰っていいんだからね?」
やんわりと、それとなくニュアンスを伝える。
「ば、馬鹿じゃないの?///雪ったら、もうそんなことまで考えてるのね。いいわ。予行演習ってことね」
全然伝わってなかった。怖いくらい伝えられてなかった。
なんだか僕の言葉を真姫ちゃんはいいようにとったようで、一人そっぽを向きながらニヤニヤしている。
「だからほら、あんまり外とかも出歩かないでください。用があるときは僕が済ましますから」
「あら?意外と束縛屋さんなのかしら?雪は。でも駄目よ。そういうのは主婦の仕事なんだから」
真姫ちゃんの部屋を出て、数メートル先にいる、絵里先輩の元へ。
説得しようとしたけど、どうやらダメみたい。
「ここら辺はギャングとか裏社会の住人が住んでいる、いわば社交場なんだ。凛みたいな可愛い女の子が外を出歩いたら解剖されちゃうからね」
「か、かわいい!?凛、かわいい!?」
説得、失敗。
「ほら、にこちゃん家の方も大変でしょ?だから、ほら、ね?」
「大丈夫よ。そのうちここあたちも来るし」
「いや来るの!?無理だよ!スペース考えてよ!」
これまた失敗。
「大丈夫だよ雪君♪みんなにはちゃんとしてから報告しようね?(包丁)」
「セリフの前に一回包丁置いてもらっていい?いや、ホント他意はないと思うんだけどね?ちょっと危ないかなってね?」
説得云々以前の問題でした。
「雪、こういうことはちゃんとしておかなければなりません。そ、その私たちは同棲しているということでよろしいですね?///」
「いやよろしくないよろしくない!そんな話したっけ!?」
「違うんですか?では雪はその気もないのに平気で女の子を自分の家に上げるようなクズだったのですか?」
すいません、反論のしようもございません。だってそれ以上のことやっちゃってるもの、×9倍だもの。
これも失敗。
「ほら雪君?ここにサインするだけで雪君は幸せになるんやで?」
「なにその悪徳商法みたいなやり口!サインしないからね!置いとこ!一回結婚のことは置いておこ!」
ここは論外。
・・・・・花陽はとりあえず、スルー。
「あれぇ!?なんでえ!?」
「いや、僕としてはいつまでもいてもらっていいんだけど。穂乃果たちは嫌になったら、それはしょうがないし僕が止める権利は・・・・」
「ねえ雪ちゃん!子供は何人欲しい?穂乃果はね、女の子と男の子が欲しいなって思うんだけど」
「こ、子供とかはちょっと早いんじゃないかな!?それよりもほら!ちゃんと現実的なこと考えて!ホントに家に泊まるの大丈夫!?こんな狭いのに!」
「それでね、今はこんな家だけどそれもほら愛を育むにはいいかなって」
最後も失敗。
「ぜ、ぜ、全滅したぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一人も説得できなかった!つーか誰一人として僕の話聞いてねえ。全員僕のことなんか見てねえ。
長屋から少し離れた脇道でがっくりと膝をつく。
何なんだよ。なんで全員居座るつもり満々なんだ。なんで全員同棲気分!?
しかし、嘆いていても仕方がない。
これ以上戦火が拡大する前になんとか穏便に帰ってもらわなければならない。
そのためには、自己犠牲の精神だ。
同棲気分?いいだろう、乗ってやろうじゃないか。そっちがその気なら僕にだって考えがある。
作戦その一。
同棲した彼がめんどくさがり。
「ねえ海未。洗濯しといてよ。あ、あとお風呂掃除もね」
「はい♪」
なぜか嬉しそうである。
失敗。
作戦その二。
「ゆ、雪君?・・・・その、なんでパンツ一丁なの?」
「い、いやー、僕家ではいつもこれだからさー。ごめんね。嫌だったら帰ってもらってもいいからね///」
これは、普通に自分が恥ずかしい。が、仕方ない。
「(パシャリ)」
「なんで撮った!?なんで撮ったの!?」
失敗。即刻消して。
作戦その三。
セクハラ。
「わ、わー」
勇気を振り絞り後ろから、真姫ちゃんを思いきり抱きしめて、布団にダイブする。
「わ!///だ、駄目よ雪。今日はその・・・・・危ない日だから」
ちょっと待ってええええ!!!だからなんでちょっとうれしそうなの!?なにその「きゃっ!言っちゃった」みたいな反応!ちょっと頬を赤らめてるのなんで!?あと危ない日とかいらないから!そんな情報知りたくないから!逆に今日じゃなかったらいいの!?危ない日じゃなかったらいいの!?
これは失敗。絶対失敗!
作戦その四。
マザコンな彼氏は嫌われると以前どこかの誰かが言っていた気がする。
「・・・・・・・」
「どうしたのかにゃ?」
お母さんいなかった!
失敗!
作戦その五。
元カノの話をする彼氏は嫌われると以前どこかの誰かが言っていた気がする。
「それでね、その時ここあがね」
「・・・・・・・」
だから元カノいないって!!
失敗!
作戦その六。
シスコンな彼氏は以下略。
「それでね、姐さんがずっと僕を支えてくれていたんだ。だから今の僕があるんだよ」
「そっか。良かったね。雪ちゃん、お姉さんに感謝だね。その内穂乃果も挨拶に行くからね!」
・・・・・・いや作戦じゃねえよコレ!!普通の話になっちゃったよ!!
作戦その七。
同棲した彼氏が甘えた。
「ねえ絵里先輩ー。膝枕してよー」
もう恥じらいとかなかった。
「もう、しょうがないわね雪は」(ナデナデ)
「・・・・・・・・」
受け入れられちゃった!頭ナデナデさえてるしどうしよう!すげえ恥ずかしくなってきたんだけど!
失敗。
作戦その八。
「ねえ雪君。入籍の日はいつにしよっか?」
「だから一回結婚は置いとこっていったじゃん!」
作戦すらさせてもらえずに失敗。
作戦その九。
スルー。
「だからなんでぇ!?」
「ありゃ?」
玄関の前で見つかった。
失敗。
「全滅したああああああ!」
長屋の陰で一人、再度がっくりと膝をつく。
誰一人として引かねえ。驚異の心の広さだよ!でもそれが今は仇となってるよ!なんだよ!みんないい子かよ!
いかん。このままじゃいかん。もうすでに万策尽きた感で一杯だ。
ぶっちゃけこの人たちを追い返せる気がしない。けれど、このままじゃ修羅場という名の地獄だ。
もう一人じゃ無理。ていうかこの状況を一人で抱えきれない。
ということで僕は頼りになるあの人に電話を掛ける。
すると、すっ飛んできてくれた。
「・・・・・ということなんだよ。助けてよ書記エモーン」
「だれが書記エモンよ。しばくわよ」
「しばくの!?」
心なしか書記さんがいつもより怖い。なんか僕を見る目がいつもより冷酷だ。
「はぁ。じゃあ余計なことしちゃったかもね」
「え?」
書記さんの言葉の意味が分からずに聞き返す。
返事は帰ってこなかったけど、言葉の意味は分かった。
「へー、ここが雪の家。何気に初めて来たわね」
つ、つ、ツバサさんんんんんん!?
「ちょ!なんでえ!?なんでツバサさんがここにぃ!?」
長屋の陰から見えるのはツバサさんの後ろ姿。だがはっきりとわかる。
「ごめんね、ここに来る前にツバサさんに会っちゃって。海田君の家に行くって言ったら・・・・」
付いてきちゃったのか。
くそ、よりによってなんでこんな時に。
「いつの間にか書記さんもどっか行っちゃったし、先に雪の家で待ってればいいかしら」
そう言ってインターホンを押そうとするツバサさん。その家は今、穂乃果が担当している家だ。
横目でその事実を知るや否や、僕は猛然とツバサさんのもとに駆け寄り後ろから抱き着く格好になる。
「ゆ、雪!?」
「し、しー!」
突然の僕の登場で大きな声を上げて動揺しているツバサさんの口を塞ぎながらなんとか空いてる部屋に連れ込むことに成功した。
傍から見たらヤバい光景だなんてこと今は気にしていられない。
「あれ?なんか今雪ちゃんの気配がしたような?」
か、間一髪。危ねえ。
「どうしたのよそんな慌てて」
「い、いや」
どうしよう。説明したほうがいいかな?でもなんかツバサさん許してくれそうにないしな。前もなんか穂乃果の家に居候してるとき怒られたし、絶対怒られる。
「なんでもないさ!」
ということで全力で誤魔化した。
「あれー?ツバサどこいっちゃったんだろ?」
あんじゅと英玲奈先輩!?
ふと声がしたほうを見やるとキョロキョロとあたりを見回す二人の姿。
「雪君の家に行くだなんて自慢してくるから後をつけてきたのに」
なんかさらっと恐ろしいことが聞こえたんだけど。後をつけてどうするつもりだったの?
けど、このまま放っておくわけにもいかない。ピンポンと押した瞬間に終わる。
ほら!今まさにインターホンを押そうとしてるもの!手を伸ばしてるもの!
くそ、あそこは誰がいたっけ?
と、頭を巡らせて気づいた。あそこは空き部屋だ。
しかし、二人はどうする気だろう。あの部屋に二人いるのは狭いし、何より物音でばれる可能性が高まる。
すると、二人はまるで示し合わせたかのように別々の部屋へと入っていった。
「いやなんでだよおおおお!おかしいだろ!なに!?僕の家どんな家だと思われてんの!?つーかバレてんだろもうこれ!完全に知ってるやつの動きだったよあれ!」
「雪?バレるって何?」
ああう。ツバサさんがこっくりと首を傾げている。
「あ、えと。あ!僕用事思い出した!!」
もはや耐え切れなくなった僕は一旦、用事があるといってツバサさんの家を空けた。
そして書記さんに助けを求める。
「どうするの海田君。このままじゃどうせいつかバレるわよ」
「わかってるよ!つーかなんでいつの間にかアライズまで全員集合してんだよ。八時じゃないぞまだ」
なんとか打開策をと、乏しい頭を必死でフル回転しているとまたもやto roveる。
「あれ?おかしいな。お姉ちゃんからここだって電話で聞いてきたんだけど」
雪穂!?
「いっぱい部屋があってどれかわかんないね?」
亜里沙ちゃん!?
・・・穂乃果ぁ!!
あのバカ!絶対言うなってちゃんと釘さしておいたのに!
「あら?亜里沙?」
「お姉ちゃん!?」
ぎゃああああああ!!
そこには偶然買い物袋を引っ提げた絵里先輩が。
いつの間にぃぃぃ!?つーか僕の願い一切聞き入れてもらってないよ!!やっぱり僕の話聞いてなかったよ!!
「あ、おーい!雪穂こっちこっち!」
お前は何をそんなに嬉しそうに手を振ってんだ!お前のせいであそことここがガッチャンコしちゃってんだろーが!
「あれ?穂乃果?どうしてここに?」
「絵里ちゃんこそ」
もうダメだあ!!もう無理!もう僕は何にも知りません!
草葉の陰から頭を抱えてすべて投げ出したくなる。
が、それでも声だけは聞こえてきて。
「私は、ほら・・・同棲っていうか」
ちょっとおお!絵里先輩!?何喋ってんのお!?
「え!?お姉ちゃん同棲してるの!?」
「へー、奇遇だね。私も同棲してるんだ」
お前も喋るんかい!!
「ふ、二人とも相手は・・・?」
聞かないで!そこは聞いちゃダメ雪穂!ブラックボックスだから!開けちゃダメな奴だから!
「「それは、口止めされてるから・・・・///」」
もう駄目だと思ったが、なんとかギリギリで生き残ったようだ。口止めも無駄ではなかったらしい。
ていうかもうずっとツライ。もうずっと心臓が痛い。もうずっとグランドキャニオンを綱渡りしてる気分。もうずっと綱がトイレットペーパーで綱渡りしてる気分。
「へー、そうやったんやねエリチ。いい人見つかったんや」
増えたああああ!なんで今出てきた希!?
「・・・・てことは希ちゃんも?」
「うん。ウチはほら、今式場をどこにしようかって。彼ったら、海外がいいなんて言い出して、困ってるんよ」
そんなこと一言も言ってませんけどお!?つーかいつ式場決めようなんて言った!?いつ結婚した!?
「そ、そっかあ。いや穂乃果の旦那さんもね。今はこんなところだけど、いつかは丘の上に白い家を建てて大きな犬を飼って二人の子供を作ろうって言ってるんだよ?」
だから言ってねえよ!!なんでそこで見栄張っちゃうの!?つーかいつ旦那さんになりましたか!?
「あれ?穂乃果ちゃん?」
「ことりちゃん!」
「やっぱり。声がすると思ったんだ」
うぎゃあああああ!なんか一番見つかっちゃいけない人に見つかった気がする!
「てことは、ことりも?」
絵里先輩の問いに、ことりは頬を赤らめる。
「うん。私の彼ベンチャー企業の社長なの」
いや初耳ですけどお!?ベンチャー企業の社長だったの僕!?だったらなんでこんなクソ狭い長屋に住んでんだよ!
「そうなんですね、ことりも穂乃果もいい人ができたんですね。これで私も心配せずに済みますね」
「ていうことは海未ちゃんも?」
穂乃果の問いに、海未は誇らしげに。
「ええ。私の彼は火影なんです」
だから初耳だっつってんだろーがあああ!!つーか火影なんていねえよこの世界に!
「あら奇遇ね?にこのとこも雷影やってるのよー。やっぱり宇宙スーパーアイドルである私に釣り合うのは五影くらいよね」
「へー、ま私はそんなん関係ないけどね。でも確か私の彼大国を収めてるって言ってたわね。よく知らないけど、なんか、風、風何とかっていう」
結局真姫ちゃんも入ってくるんかい!つーかそれ風影だろ!風、まで出てるなら影まで言えよ!
いやだからやってねえよ!!火影も雷影も風影もやってねえよ!君らどんだけ見栄張りたいのよ!
「わ、私も土影やってるって言ってた」
花陽もおおおおお!?なに!?スルーしたの根に持ってるのかな!?
つーか五影ほぼ構成員僕しかいないじゃん!9割僕しかいねえよ!?あんなトンデモ超人たちがいる世界僕なんかがまとめられるわけねえだろ!
いやもう無理!隠し通せる気がしない!着々とガッチャンコしていってるし!このままじゃバットエンド一直線なんですけど!
「みんな雪ちゃんのことは諦めついたんだね。良かったにゃ」
「いや、まあ?正直、雪ちゃん将来に不安があるし。やっぱりねえ?」
ねえってなに?ことり!そこふわっとさせないでよ!
「ぶっちゃけ天然で鈍感って救いようないやん?」
「根暗でネガティブでマイナス思考で暗いしね」
絵里先輩それ全部意味一緒ですが!?どんだけ暗いと思われてたの僕!?
「そうですね。
姉と書いてコブと読むんじゃねえよ!そういう風に見てたの!?
「苦労しそうだし」
「ぶっちゃけそんなイケメンでもないし」
「女癖悪いし」
泣いていいですか!?
なんなの!?なにこの新手のイジメ!なにこのいちいち心のグサッとくる言葉たち!
そんな風に思ってたんだ。第三者から漏れ聞く心の本音が一番つらい。
草葉の陰で見守るというより、最早泣き崩れメンタルがボロボロ。
「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・ニヤリ」」」」」」」」」
「あ、あのー。私帰るね。海田君、その。頑張って」
なにかにひどく怯えたような書記さんもついに逃げるように帰ってしまった。
そんなにひどいのか僕は。そりゃ明るい性格とは言えないし、将来だって明るくないけど。
グスンと泣いているとふいに後ろから肩をたたかれる。
「え?・・・・・・・・あっ」
後ろにいるのは勿論ミューズの皆さん。
そこで、すべてを察した。
みんながとうに僕の隠し事に気付いていると。
「えっと、テヘペロ?」
ボコボコにされましたとさ。
「あれ?なんかアライズ忘れ去られてない!?」
忘れられてましたとさ。
どうも今期アニメは「このすば」と「ギャル子」「GATE」「僕だけがいない町」「落語心中」辺りが好き、高宮です。
いやー、今期はいっぱい楽しみなアニメがあっていいです。
それではまた次回。
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番外編 人生ってめんどくさい。息をするのもめんどくさい。ああ、飼い犬になりたい
「ゆーきちゃんっ♪」
「凛」
桜が舞い散る四月。だんだんと温かくなっていく気候に準ずるように、僕らの中に流れる空気も穏やかそのものだ。
背丈や知識、他にもいろいろなものがちょっとずつ成長した僕らは。
そんな穏やかな四月に、晴れて高校三年生になった。
「それで?仕事のほうは慣れた?生徒会長」
「うぇぇ。全然だよぉ」
穂乃果達が卒業して、音ノ木坂の第何代目かの生徒会長に、凛は選ばれた。
選ばれた当初はそれはそれは張り切っていたものだが、今ではすっかり消沈している。
「雪ちゃんは二期連続でしょ?疲れないの?」
対する僕の方はというと、未だに生徒会長と呼ばれている。一年のころからだからもう約二年はやっていることになる。我ながら感心だ。
最初に引き受けた時にはまさかここまで長くやるとは思ってなかった。
「ほら、僕はもう慣れちゃったから」
「いいな~」
いいな~って、別に今まで苦労がなかったわけじゃないんだよ?
まさにぐでーっとした表情を浮かべる凛に苦笑する。
「それより、今日は一体全体どうしたのさ?」
凛と僕がいるのは音ノ木坂の中庭。そこに僕は凛に呼び出されていた。
「いや、ちょっと疲れたから雪ちゃん成分を補充しようと思って」
なんだその成分は。俺の体から何か特殊な光線がでているとでも言うのか。
「あ!やっぱりここにいた」
そういって声を上げるのは花陽。花陽は生徒会では書記に所属している。
「げ!」
きっと隣で僕を盾にしている生徒会長を連れ戻しに来たのだろう。
「ほーら、お仕事たまってるんだよ。真姫ちゃんに怒られるよ?」
「いーやーだーにゃー。真姫ちゃんに怒られるのもお仕事するのも嫌だにゃー」
花陽にズルズルと引きずられていく凛を手を振って見守る。
その姿が過去の自分と重なって、ああ僕もああやって書記さんに怒られたなーとか、いやに仕事の効率悪かったなーとか。
舞い散る桜に、郷愁にかられる。
「雪ちゃん助けてー」
「頑張ってー」
「うらぎりものー」
「もう!ちょっとぐらい休憩したっていいじゃん!」
「そういうのは入学式の準備が終わってから言って頂戴」
目の前の真姫ちゃんは本当に焦っているのか、いつもよりカリカリしている。
生徒会長のネームプレートが置かれている席には山のように書類やらなんやらが積まれていて、それを見るだけで体中のやる気が吸い取られていく気分だ。たぶん元気玉一つ分くらいは吸い取られている気がする。
「雪ちゃんに手伝ってもらおうよー」
「駄目だよ凛ちゃん。これは私たちの仕事なんだから」
かよちんに優しく、けれど確実に、諭される。
「でもー」
「そんなこと言ってる暇あったら仕事して、生徒会長」
パラリとまた一枚、目の前に書類が積まれた。
「生徒会長ってもっと派手だと思ってたー」
「何言ってるのよ。穂乃果達見てたでしょ?」
「そうだけどー」
真姫ちゃんはただ黙々と目の前の仕事を片付けている。
真姫ちゃんも、かよちんも、ちょっとだけ大人になったとふとした時にそう思う。二年という月日が、それを感じさせる時がある。
ちょうど今みたいに。
「よーし!じゃあこの仕事が終わったらみんなでミントンするにゃー!」
凛は、それがちょっとだけ寂しかったんだ。
UTXの自習室には今年受験生を迎える三年生がちらほらと。
かくいう僕もその一人。去年まではツバサさんやら英玲奈先輩なんかに勉強を教えてもらっていたから、あまり使う機会がなかったがもう二人は卒業してしまった。
「んー」
ペンを置いて一つ伸びをする。凝り固まった肩がボキボキと音を鳴らした。
「あれ?雪君」
「あんじゅ」
だらしなく下げた頭の上ではいまだ生徒会副会長のあんじゅがいた。
「何してるの?」
「うん?ほらこれ、大学の資料」
あんじゅが手に持っていたのは辞書並みに分厚い資料。重たそうに両手で抱えている。
僕らは三年生。もうそういうことを考える時期だ。
「雪君はもう決めたの?」
「うん?うーん」
曖昧な返事。そういえば凛たちはもう決めたのだろうか。
まだ四月。けれど、もう四月だ。
この頃よく考える。僕には何ができるのだろうかと。何ができて、何ができないのだろうかと。
多分みんな、もうとっくにそういう悩みと向き合っているんだろう。だけど僕は、この時期になってようやく考え始めた。今までその日その日を生きるのに精いっぱいだったから。
「そういうあんじゅは?」
「決まってたらこんなものもってないよ」
「それもそうだ」
二人で声を殺して笑いあう。
けれど意外だ。あんじゅはなんかそういうのに苦労しないタイプだと勝手に思ってた。
そういえば、ツバサさんも英玲奈先輩も案外愚痴をこぼしていた気がする。
案外そんなものなのだろうか。案外みんな悩んだり苦労していたりするのかもしれない。
「二人とも、自習室ではお静かに」
おっと、見張りの先生に怒られてしまった。二人して謝りながらちょっとだけ笑った。
「よし終わったにゃー!」
「ギリギリだったけどね」
真姫ちゃんはずいぶん疲れた様子。かよちんも同様に終わった安堵感からか疲れてるって顔。
入学式まであと数日といったところでようやくすべての準備が終わった。これでもう心配事はなくなったはず。
「じゃあ雪ちゃんも呼んでみんなでパーティーにゃ!ミントンするにゃ!」
「はぁ、どんだけミントンやりたいのよ」
真姫ちゃんがあきれたように声を出す。
だけど違うよ真姫ちゃん。凛はミントンがやりたいってわけじゃないんだ。
ただ、みんなで前みたいに騒がしくけれど楽しいことをしたいだけなんだ。
だんだんとみんな卒業していって、人数が減って。今でも偶に会うことはあるけれど、それでもあの日々の日常に比べれば格段に減った。
凜はそれが寂しくて。
最初は十人いたはずなのに、今では三人。それでも楽しいけれど、でもやっぱりあの日々のことを思い出す。
この生徒会室も、部室も。前より広くなったと感じる。それがすごく、凛は寂しい。
「もう雪ちゃんに電話しちゃうもんねー」
けれど一番寂しいと感じるのは――――――――――――。
入学式が無事に終わり、ほっと一息胸を撫で下ろす。
二回目とはいえ慣れない。いつものようにいつものごとく緊張しっぱなしだった。
書記さんにはもっと堂々としてろと怒られるのだが、こればっかりはきっと治らないだろう。
「ミントン?」
『そうだにゃ!入学式も無事に終わったことだしミントン大会するにゃ!』
携帯越しから聞こえてくる凛の声は大きい。テンションが上がっているときの凛の声だ。
「ああ、ごめん。僕これから生徒会でご飯行くことになってるから。本当にごめんね」
『え・・・・・・あ、ああ。そっか・・・・・・わかったにゃ』
姿が見えなくてもわかる。落ち込んでいるのが。
悪いことをしたなと思いつつも、こればっかりはしょうがない。もう一度電話越しに謝って電話を切った。
ぐでーっと机に倒れこみ、凛は見るからに落ち込んでいた。
「・・・・・・断られちゃった?」
かよちんの言葉にこくりとうなずく。
「で、結局どうするの?」
「・・・・・もういい」
雪ちゃんに断られたことによる深刻なダメージが気力を蝕む。
最近、特に穂乃果ちゃん達が卒業してから。雪ちゃんと会う時間はめっきりと減った。会う理由がないのだ。ミューズが終わりをつげ、みんなが卒業して。それぞれの道を歩みだして。
雪ちゃんも、たぶんようやく自らの道と向き合いだして。
それは喜ばしいことのはずなのに。
ずっと昔から一緒にいたわけじゃない。けれど雪ちゃんがどういう風な人生を歩んできたのか、手に取るようにわかる。
ずっと見てたから。ずっとずっと、見てきたから。
だからこそ、減った時間が。過去ばかり目に留まって、いつだって理由を探していた。
大した理由もないのに呼び出したり、こじつけて困らせたり。
そんなことをしてしまう自分はまだまだ子供。だって雪ちゃんはそんなことしない。
たいして理由もないのに呼び出されたりしないし、こじつけて困らされたこともない。
いつだってどこでだって、凛だけが。
凛だけが雪ちゃんを見てる。
「なーんてね。思ってたんだよ」
時は移ろい十一月。
舞い散る桜はすっかりその姿をなくし、代わりに寒い寒い冬がやってきていた。
十一月一日。凛の誕生日。
この日凛の家でかよちんと真姫ちゃんと、そして雪ちゃんが凛のためにバースディパーティを開いてくれていた。
もう生徒会も任期を終わり、残すは受験ただ一つだけ。
だけど、その前に。本格的に忙しくなってしまうその前に。
凜は、告白することにした。
振られることはわかってる。卒業式と同時に絵里ちゃんと希ちゃんとにこちゃんが告白したけど、結局雪ちゃんは首を縦には振らなかった。
穂乃果ちゃんもことりちゃんも海未ちゃんも。
誰も、雪ちゃんは選ばなかった。
前に一度だけ、聞いてみたことがある。なんで誰ともお付き合いしなかったのかって。
そしたら。
「だって、僕じゃだめだから。僕のこの気持ちで、彼女たちは幸せにできない」
その言葉を聞いて、悟った。きっと雪ちゃんはこの先も、ずっとずっとこの先も誰も選ばないんだって。
例えどれだけ雪ちゃんが好きだっていう女の子が現れても、その気持ちに雪ちゃんは答えることはないんだって。
だけど、だけど諦めることができなかった。何度も何度も自分を説得しようとしてみたけどダメだった。自分に嘘はつけなかった。
好きという気持ちに蓋をすることができなかった。あふれてあふれて止まらなかった。日に日に増していった。
告白してしまったら、きっと前みたいな関係に戻ることはできない。
友達よりちょっぴり特別で、だけど恋人というほど神秘的でもない。
そんな関係に戻ることはできない。凛は卑怯者だ。かよちんや真姫ちゃんと同時に告白しても勝ち目はないから。
だから、今。不意打ちのように先に告白する。これしか凛には望みがない。一縷もない望みだけど。
だけどかよちんも真姫ちゃんもそんな凛を応援してくれた。そんな凛をそれでも背中を押してくれた。
今は二人はいない。凛のために席をはずしてくれていた。
二人とも、雪ちゃんのことが狂おしいほど大好きなはずなのに。
ギュッと緊張で震えるこぶしを握り締める。
「凛・・・・・」
「凛ね。最近雪ちゃんと会うことめっきり減ったなーってそう思うんだ。前はほんと、少なくとも週に一度は会ってたのに。今じゃ月に一度会うかどうか。それもたまたまとか、凛が強引に呼び出してとか。そういうの」
自然に会うことが当たり前で、そこに何の疑問も持たなかった過去。
今は、会えるかどうかにも一喜一憂して会うことに必死にならなきゃ消えてしまうようなつながり。
会うことすら、どうしても不自然になってしまうような。そんなつながり。
「あのね。凛、凜ね。もっと会いたいの。もっと、もっと雪ちゃんと一緒にいたいの。離れ離れになるのは、嫌なの」
どうしようもない気持ち。あふれてあふれて仕方のない気持ち。嘘偽りのない、純粋な願い。
まっすぐにその思いをぶつける。
雪ちゃんに、誰でもない雪ちゃんに。
好きだよって。
「あのね、凛。僕まだ大学決めてないんだ」
――――――――――――――ああ、そっか。振られちゃうんだな。
瞬間的にそう悟った。話を逸らされてしまい、自然、顔がうつむく。
でもそっか、好きだよの一言も言えないんだ。
「えー?それは遅すぎるよ雪ちゃん!」
落ち込んでいる素振りなど見せずにきわめて明るく、いつものように自然体を装ってそう言った。
「だからね、僕ね。凛と一緒の大学に行きたいなって。そう思ってるんだ」
???
話がよく見えずに凛は首をかしげ、頭に?マークを浮かべる。
「凜が好きだから」
「・・・・・ふぇ?」
思わず変な声が出た。それくらい気が動転している。
どういうことだろう。さっきまでは凛が告白するのに勇気を振り絞って玉砕していたはずなのに。何がどうなったらこっから凛が告白されるなんてことになったの?
何もかもがわからずに目を白黒させていると、照れたように雪ちゃんがしゃべりだした。
「凜が、好きなんだ。多分、ずっと前から」
その言葉の意味を理解するのに数分はかかった。
だって、ありえない。雪ちゃんは誰かを好きになることなんてないとばかり思ってたのに。
そのことをしどろもどろになりつつ伝えると、雪ちゃんは笑った。
「ええー?そんな風に思われてたの僕って。そりゃ人を好きになることくらいあるよ」
最後の方は心外だといいつつ唇を尖らせている。
「だ、だって!僕じゃだめって言ってたじゃん!」
「うん?そんなこと言ったっけ?」
「いったよ!!」
確実に言ったよ!すっごく覚えてるよ!
「言ったんだとしたらそれはほら、凛を好きな僕じゃ彼女たちの気持ちにこたえることはできないでしょ」
「そういう意味!?」
まわりくど!わかりづら!遠まわしすぎるよ!
「じゃ、じゃあなんで凛たちに会うのを避けての!?」
「避けてないよ」
「避けてたよ!」
会う回数が目に見えて減っていって、あれが避けてないんだとしたらそれこそ凛は好かれてなんかいない。
「それは、ほら。・・・・恥ずかしいから」
「はぁ?」
予想外すぎる答えに素っ頓狂な声が出る。
「だって!男がなにも用事ないのに会いに行くとか不自然じゃん」
「じゃあ用事作ればいいじゃん!ていうか前は作ってたじゃん!」
「それはそうだけど、改めると恥ずかしいじゃん。なんか僕がすごい会いたがってるみたいで」
照れたように前髪をいじる雪ちゃんに、凜の頭はオーバーヒート。
「そんなこと!?そんなことで避けられてたの!?凛はいつも会いたかったのに!!」
「――――――テンション高い?」
「うるさい!!」
なんだか告白された高揚感で、足が地面についていないような感覚。不意打ちを狙ったのに、逆にカウンターを決められた気分。
「それで、返事が、聞きたいんだけど」
顔を朱に染めて、手で口元を隠したりなんかしちゃってる雪ちゃんが空気を元に戻す。
「そんなの――――――――――――――」
そんなの答えは決まってる。最初から最後まで選択肢など一つしかない。
だけど、だけど聞いておく必要があった。聞かなきゃいけないことがあった。
「なんで?なんで凛なの?」
そこがわからない。そんな素振り一切見せなかったくせに。
「なんでって、好きなるのに理由なんかいる?」
「う。い、いらない、と思う///」
確かに、凛だって雪ちゃんの好きなところは言えるけど好きになった理由といわれるとすぐには出てこない。そしてきっとそういうものなのだろうとも思う。
「うん」
「うん」
・
・
・
二人してなんだが気まずいような恥ずかしいような空気が伝染する。
「あっと、返事、だよね」
「・・・うん」
・・・・・どうしよう。返事ってどうすればいいの?どうするのが正解?告白することしか考えてなかったからわからないにゃ!
「やっぱ、駄目かな?」
たははと、頭をかく雪ちゃんに凛は首をぶんぶんと振る。
「ちが、っくて。どうやって返事していいのか、分からない」
うつむいて正直に告白する凛に、雪ちゃんは盛大に笑った。
「ちょっと!」
「ごめんごめん。でも返事なんて、はいかいいえでしょ?」
「じゃあ、はい」
勢いに任せてそう返事をする。決まっていた返事を。
そんな凛の中では当然の返事なのに、雪ちゃんは安心したように破顔する。
「よかった。花陽たちに相談して」
まるでぽろりとこぼれた言葉に凛は過敏に反応する。
「ちょっと今なんて言ったにゃ!?」
「え?ああ、花陽たちに相談したんだ。告白したいんだけどどうすればいい?って。そしたら今日がいいって」
なんてことだ。かよちんたちは知ってたのか。今日このイベントを。雪ちゃんが告白するってことを。
「はー。なんか一気に力抜けたにゃー」
まったく、あんなにいろいろ考えていたのがばからしくなってくる。
だけど、凜たちらしいといえばそうなのだろう。
きっと――――――――――――――これからもずっと一緒にいるのだから。
「ああそうだ。言うの忘れてた」
「うん?」
「ハッピーバースデイ。凛」
「―――――――――うん!!」
どうもまじえんじぇー高宮です。
ということで十一月ですもう。もう二か月切りました今年。早い。早すぎる。
まあそんなことは置いておいて凛ちゃんまじえんじぇー!ハッピーバースデイ!!
今回は余裕で間に合いました。やっぱりスケジュール管理って大事。
ではまた次回。
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EX 病気の時ってなんか異様に心細い
「うえっごほっごほっ」
風邪をひいた。
年始のあれやこれやが祟って肉体的に疲れていたのか、はたまた前回の9股騒動で精神的に疲れたのか。ただ単に疲れたのか。
とにかく、風邪をひいてしまった。
僕が大なり小なり風邪をひくのはそう珍しいことではない。一年に何回か、特に季節の変わり目なんか病気がちだ。
ただ、大抵ひとりで何とかこなしてきた。こなしてこれた。
孤独にだって耐えてきたし、病院にだってひとりで行けた。
マスクをして、布団で寝て、風邪薬を飲んで。
全部、ひとりでできた。
ひとりでできたのに。
「ごほっごほっ!」
咳をするとき、のどが痛い。咳をしたいのに、したくない。
はなが詰まって息苦しい。のどがイガイガする。
「あー・・・・」
なんだか声もおかしい。がらがらだ。
マスクをして、布団を敷こうと思って、そこで体力が尽きた。
今僕は、何畳もない畳の上で倒れている。
何畳もないはずなのに、本来狭いはずのその家が、やたらと広く感じる。
体がだるく、何もする気が起きない。腕を上げるのも、足を使って立つのも。
何もできなかった。
こんなことになったのは人生の中で思い出してみてもないはずだった。
頭がぼやけてあんまり思い出せなかったけど。
「ぼく、このまま死ぬのかなぁ・・・・」
声を出すのはつらかったけど、声を出さないでいるのはもっとつらかった。
じわじわと瞳に涙が溜まるのがわかってしまう。泣いたら糸がぷっつりと切れてしまいそうな気がしたので、泣くのだけは我慢した。
じっとしていると、シンという静脈音におしつぶされそうで。
孤独に殺されそうだった。
いままで風邪になっても、耐えてこれたのに。
きっと、そうなったのは、みんなのせいだ。
みんなが僕と一緒にいてくれるから。だから、僕はこんなにもひとりによわくなってしまった。
まだ引っ越して間もないこの家には、もう既に前の家よりもみんなの匂いが染みついている。
それが、とてつもなく、寂しかった。
「大丈夫!?雪君!!」
その時だった。
ガラガラと大きな音を立ててことりが家に来たのは。
もうあまり反応することもできなくなっていた僕に、ことりは大きなビニール袋をもって家に入ってきた。
「ふえええええ」
「え?ええ!?本当に大丈夫雪君!?」
なにがなんだかよくわからない。我慢していたものが、たちまちに我慢できなくなった。
よくわからないけど、きっと、僕は安心したんだ。
むぎゅうと、ことりを抱きしめる。人肌が恋しくて、その温かさが羨ましくて。
暖かくて、温かくて、そしてあったかい。
――――――――――あ、あれ?熱い?
「――――――――――――――――――。」
ことり、沸騰してた。
「大丈夫だよ。はいこれ、とりあえず張って」
(あ、気持ちいい)
よくわからない間にことりは復活して、額に何か張られた。ひんやりと冷たくて、気持ちよかった。
「あとこれね、バンザイして」
テキパキと指示していくことりに、僕はただ従っていた。
バンザイして脇に何かを入れられる。
「布団しいちゃうね」
ぼーっと見ているとあっという間に環境が整っていた。
「38、9分か、ちょっと高いね」
熱の話だ。
さっき入れられたのはどうやら体温計だったらしい。
なんだか微妙に違和感がある。
「あ、そのたいおんけい、ぼくのといっしょだ」
「っ!!」
違和感の正体はそれだった。なんか見覚えあるなと思ったら、僕の家にある奴と全く一緒だった。あれ?そういえばあれどこにやったっけ?
病気の時って記憶力もあやふやになるんだ。
布団の中でそんなどうでもいい発見をした。
さらにどうでもいい発見。
「ことり、そのたいおんけいどうするの?」
「」(ギクッ)
ことりが僕が使った体温計を自分のバックにしまい込んでいるところを。
「これは、私の私物だから」
「え?でもさっき、そのふくろからしんぴんのやつだしてたよね?」
「そ、それは・・・・・雪君の気のせいだよ♪」
「そっか」
「それより食欲ある?おかゆ作ってあげよっか?」
その問いに、僕はフルフルと頭を振って答えた。頭を振ったせいでずきずきと痛んだ。
「あたまいたい」
「そっか、大丈夫?よしよし」
頭を抱きかかえられ、よしよしとナデナデされる。
「いや、そうじゃなくて」
風邪のせいもあってか、うまく言葉がつながってくれない。
「あ!そっか」
どうやら察してくれたらしい。
「痛いの痛いの飛んでいけ~」
「いやちげえええええよ!」
思わず声を荒げてしまう。そのせいで深まる頭痛と咳。
「びょういん・・・・つれてって」
一人じゃいけないということは火を見るよりも明らかだった。
だから、ちょうどいいところにきたことりに連れて行ってもらいたかった。
「あれ?・・・ちょっとまって。まずことり、なんでうちにいるの?」
「それは、ちょっと盗・・・・・撮してたら雪君が具合悪いの見かけて」
「ごめん。ほんと、ぼくいまつっこめるじょうたいにないから」
盗撮って何?とか、・・・使うなら否定してとか、もはやつっこむ体力すらなかった。
「とりあえず、びょういん・・・」
ごほごほと咳込みながら、それでもなんとか起き上がろうと頑張る。
「あ。ダメだよ、まだ寝てなきゃ」
「いや、だから。びょういん」
このままは死ぬ。完璧死ぬ。
「だったらはい。これ飲んで」
そういって渡されたのは何かの錠剤。
「なにこれ」
「いいから飲んで?」
何かを焦っているかのようなしぐさと、期待する視線。
もう完全に風邪薬ではないと、僕は分かった。確信できた。理由はないけど。
そのことりの圧力に、とうとう僕は抗えなく。きっと健康ないつもでも、断れなかったと思うけど。
とにかく。僕はそれを飲んだ。
「ど、どう?」
「いや、そんなそっこうせいはないとおもう」
仮にこれが本当に風邪薬だとしたらの話だが。
「なんかぽわーっとするとか、ことりを見てドキドキするとか、ない?」
「もうぜったいかぜぐすりじゃないよね、これ」
とにかく再度水で流し込んで、ぐったりと横になった。
薬の影響かどうか知らないが、眠気が襲ってくる。
僕は、結局病院に行くこともなく、ぬくもりの中で眠った。
「・・・・・・なんで?」
目を覚ましたそこにあったのは、ことりの顔だった。
ついでにいうなら、とても満足そうに寝ていることりの顔だった。よだれとか垂らしてた。
むくりと僕は起きる。窓の外を見ると、もうすでに日は落ちかけていて、あたりはオレンジに染められていた。
額を触ると、張り替えられたと思しき冷えピタ。まだひんやりと気持ちいい。
枕は氷が敷かれているし、辺りには水や濡れたタオルが常備されている。
「・・・・ふふ」
ことりが看病してくれていた。その光景を想像するだけで、体が自然と軽くなって、あったかくなる。
よいしょと、ことりを起こさないように気を付けて布団から出た。
ことりのカバンから体温計を引っ張り出す。
脇にさして、数分待つ。
「ありゃ」
38,2分。下がったといえば下がったが、まだまだ全然だった。
「ゆき、くん?」
「あ、おきた」
その体温計の音で小鳥は目を覚ました。というか、起こしてしまった。
片手で体温計のスイッチを切ってから、ことりに向き直る。
「あれ?ごめん、もしかして私寝ちゃってた?」
「うん、ぐっすり」
そう言うと、ことりは少々バツが悪そうに下を向く。
僕はできるだけ、元気を装って「もう熱は下がったからさ、暗くなるしことりは帰りなよ」と言った。
これ以上は、きっと、風邪を移してしまうだろうから。
「嘘」
「え?」
「嘘、ついちゃやだよ。そういうの、わかるんだから」
いつになく、真剣そのもの。
いつの間にか、目と鼻の先にまで近づいた顔が、そう言っていた。
「はい」
だから僕も、思わずそう返事をしていた。
「うん」
納得したように笑顔で頷くことりに、僕は――――――――――。
なんだか無性に、嬉しくなってしまって。
こんなときに、変かもしれないけれど。
それでも、幸せだと、感じたんだ。
「じゃ、じゃあお着替えしよっか?」
元気に振る舞った反動か、ぼーっとした頭でそれでも考える。
なるほど、確かに寝汗がびたびたしてて気持ち悪い。着替えたい。
「ん」
なぜかハンディカメラをもって、息が荒いことり。
そんなことりには気づかずに、僕は着替えさせてもらうために大人しくする。
「・・・・え?」
一瞬、ことりが固まった。
「かた、いたいし、からだ、うごかないし」
そう説明すると、ことりの停止した脳がフル回転していくのがわかった。
「そ、そっか!そうだよね!風邪だもんね!なにもいやらしい意味なんかにゃいんだもんね!」
あ、噛んだ。
ピポ、と何かの音がする。
カメラの起動音だった。
「はぁはぁ、じゃ、じゃあ脱がすね」
「うん」
「だ、大丈夫痛くない?」
「いたくない、よ?」
その会話とハンディカメラは違う意味で大丈夫ではなかったが、まあ、それはそれ。
熱で上気した頬と、普段より蕩けた目元。寝汗で濡れた首元。額に張り付いた前髪、そしてシャツから除く鎖骨。
「―――――?」
「」
ことりは、なぜか撃沈していた。
「抱き着いていい?」
なんか言い出した。
「いや、それは、かぜうつしちゃうし」
「いいよ!雪君のウイルスなら!私の体を犯してもらっても!」
さっきも言ったが、犯すの字ちがくね?と、ツッコム体力は僕にはない。
「いいや、ダメ。ことりがぼくを想ってくれてるように、ぼくだって、ぼくのせいでくるしむことりは、みたくないから」
「雪君・・・・///」
「元気そうですねー」
「きゃああああ!!」
「あがががが」
ことりの甲高い声。それに伴う僕の頭痛。
「う、海未ちゃん!?」
「なにここぞとばかりイチャイチャしてるんですか?ことり?」
なんか海未が怖かった。後ろにゴゴゴって効果音が見えた。
「ちょっとー、海未ちゃん早いよー」
後ろには、穂乃果もいた。なんかスーパーの袋を持ってる。
「なんで?」
「「女の勘です」だよ」
その女の勘ってなに?とは、だから突っ込めなかった。
結局、僕の家には看病をしに来たことりと海未、それに穂乃果で、計四人もいた。
四人もいれば、僕の家はぎゅうぎゅうな缶詰状態が、一丁できあがってしまう。
「いいですかことり。雪は今風邪を引いている状態なのです。ですからあまり大声を出させるようなことは・・・」
「わかってるよー、でも風邪の時ってなんだか心細いでしょ?だから温っためてあげようと思って」
「雪ちゃん!お薬飲むゼリー、イチゴ味とオレンジ味どっちがいい?」
「「穂乃果!!」ちゃん!」
なんだか、ひどく騒がしい。
けれど、嫌ではなかった。
ことりの言う通り、寂しいよりは。
「それじゃ、イチゴ」
「よし!イチゴだね」
「もう、雪もしっかり寝てないと駄目ですよ。ほら、お布団」
「うん」
海未に寝かされて、穂乃果がゼリーを持ってきた。薬を飲むときに飲みやすくなるやつだ。
ついでにいうなら、子供用のやつだ。
「穂乃果・・・・いくらなんでもそれは。雪はもう高校生なんですよ」
「え?でも、お薬って苦くない?」
「それは良薬口に苦しといってですね・・・・・」
その後も、海未のありがたーいご高説は続き。
いてくれるのはありがたいのだけど、正直気が休まらない。
寝返りを打つと、海未とは正反対にことりがいた。
なんだかこそこそと隠れるように。
「ことり?」
「うわあ!」
僕が呼ぶと、少々大きな声が返ってきた。
そして、手元に持っていたものを落とす。
「それ・・・・・」
落としたのは、僕がさっきまで着ていて寝汗が凄かったから着替えた私服。
「何を、しているのですか?」
あ、海未も気づいたみたい。
「ち、違うの!これは・・・・洗濯、そう洗濯をしようと思って!」
「ああ、それなら、そこのかどをまがったところにコインロッカー」「本音は?」
僕の言葉を遮って海未が鋭く聞いた。
「雪君の私物を持って帰りたかったんです!ごめんなさい!でも離しません!」
ぎゅーっと僕の私腹を体で丸め込んでその意思を示すことりに、海未は鬼の形相だ。
「許しません!そんなの!知ってるんですよことり!あなた度々雪の私物を盗んでいるでしょう!?」
「ぴゃっ」
え?そうなの?・・・・・うっ、頭が・・・・。
頭痛がするのは風邪のせい。だよね?
「ち、違うよ!盗んでないよ!ちゃんと新品と交換してるよ!」
「だから許させるとでも!?」
「うぐぐぐ」
「い、いいからその服ちょっと渡しなさい!わ、私が管理しておきます///」
「ずるいよ海未ちゃん!そうやって独り占めするんでしょ!?」
「な!そ、そんなことしませんよ・・・・」
「ウソ!声がちっちゃいし、ことりの目を見てない!大体それ言うんだったら、ことりだって海未ちゃんが毎日雪君に見立てた人形相手に話し込んでるの知ってるんだからね!」
「わー!わー!わー!な、なんで知っているのですか!?って、違います!そんなことしてません!」
なんだか話がどんどん脱線していく。その服、僕のなんですけどね。ぼくの意見はなしですかそうですか。いえいいんです。慣れてるんで。ああ、慣れって怖い。
若干僕の瞳から光彩が消えかけていると。
「はい雪ちゃん。お薬だよ」
「ああ、ありがとう」
穂乃果がゼリーに包まれた薬を持ってきてくれた。
「?」
しかし、その薬がおかしい。
僕が頼んだのはイチゴ味のはずだ。
けれどそこに見える色は黄色。
どう見てもオレンジ味だった。
・・・・・・・。
「おいしかった?」
「うん!」
あ、やっぱり食べたんですね。
にっこりと満面の笑みで満足そうな穂乃果に僕はそれ以上何も言えなかった。別にいいんだけど、ちょっと期待しちゃってたから。そういうの食べたことなかったし。
乾いた笑みを浮かべながら、それでもオレンジ味のゼリー(薬入り)を口に運ぼうとすると。
「駄目だよ!」
「え?」
「穂乃果が食べさせてあげるんだから、雪ちゃんは口開けて。はい、あーん」
「あーん」
どうでもいいから早く薬を飲ましてほしかった。
「「あー!!」」
もぐもぐとゼリーを食べていると、先ほどまで喧嘩していた二つの大声が響いた。あれ?みんな、看病しに来てくれたんだよね?
「ず、ずるいです穂乃果!」
「そうだよ!それことりがやろうとおもってたのに!」
「へっへーん」
そうこうしながら、いつの間にか日は完全に落ちていた。辺りはもう真っ暗だ。
「どうします?食欲あります?おかゆ作ってあげましょうか?それともうどんのほうがいいですか?」
やっと、二人は落ち着いてくれたようで、僕も布団で静かにできた。
「おかゆがいい」
「わかりました。今すぐ作るのでちょっと待っててください」
そういって、海未は髪を一つに結んで、エプロンに着替えて台所に立つ。
「いいなーいいなー、雪ちゃんゼリー食べれておかゆ食べれてー」
僕を覗き込みながらそんなことをいう穂乃果。ちょっとまじで一回黙っててほしいな、この子。
「穂乃果ちゃん、雪君風邪だから・・・・・」
「そうですよ、あなたは特に静かにしててください」
「えー」
ぶーぶーと分かりやすくふて腐れる穂乃果。
「ほら、おかゆできましたよ」
そんなことを言っている間に、手際のいい海未が簡単におかゆを作ってくれた。
「うーん・・・味が薄い」
「なんで穂乃果ちゃんが食べてるのかな?」
よかった。僕の代わりに突っ込んでくれる人がいた。
「違うよー、雪ちゃんは風邪であんまり噛めないでしょ?だから口移ししてあげようと思って」
???
僕の聞き間違いかな、口移しって聞こえたんだけど。
あ、ダメだ。ホントダメ、ほんと頭痛い。
「ほら雪ちゃん口開け――――――がふっ」
「穂乃果ちゃん?」
近づいた穂乃果の顔が、一瞬にして遠ざかった。
「まったく穂乃果は、ふーっ、ふーっ。はい雪、口を開けてください」
「んむ」
スプーンですくったおかゆが僕の口に運ばれていく。あったかい。けど、あんまり味はしない。
おかゆも食べて、僕は眠かった。
「あの、これは?」
「あのね!昔みたいに川の字で寝ようかなって!」
ああ、泊まる気なんですね。
当然のように布団が二組敷かれる。
抵抗する元気などない。
「えへへ、狭いね」
「当たり前です」
高校生が四人も、二組の布団に入るわけなかった。畳全部布団で埋まっているのに。
「ほのかは、なんでそんなにうれしそうなの?」
あんまりにもにこやかに笑うので思わず聞いた。
「だって、久しぶりでしょ。こうして四人で過ごすのは」
ああ、そういえば。そうだ。
昔はずっと四人だったけど。今は、みんないる。
にこちゃんや、真姫ちゃんや絵里先輩や、ツバサさんや。
みんな、いるから。
だから、四人だけっていうのは確かに減ったかもしれない。
みんなでいるのもいいけれど、たまにはこういうのも悪くない。
風邪のときに、こんなことを思うのは、やっぱり変なのかな?
「て」
「え?」
「て、にぎって」
「・・・・はい」
ぎゅうっと、固く握られる。その温かさに、僕はやっぱり安心して。
「――――――スッ」
もう片方の手も、ことりに握られて。
「~~~~っ!!」
なんだか膨れた海未がいて。
突然と立ち上がったかと思うと、僕の腕で、腕枕をしだした。
「かぜ、うつすよ?」
「・・・・・・・」
返事はなかった。
ああ、でも暖かい・・・・・。
次の日、僕は学校を休んだ。
昨日よりも熱は下がったけれど、やっぱり微熱程度はあったし、なにより穂乃果たちに釘を刺されたから。
その穂乃果たちは朝のうちに学校に行った。
よって、僕は今一人。
「暇だなぁ」
なまじ体力が回復しただけに、よりそう感じた。
「雪ー!?いるー!?」
「ちょっとにこちゃん、そんな大声出したら」
「看病しに来たにゃー」
どうやら、また騒がしくなりそうだ。
「はーい」
「あ、雪?大丈夫なの?これプリンとかゼリーとか買ってきたんだけど」
「絵里先輩。ありがとうございます」
「雪さん!病気大丈夫なんですか!?」
「ああ、大丈夫だよ。亜里沙ちゃんも来てくれたんだ」
「ほら、だから言ったじゃない。大袈裟だって」
「雪穂もありがとう」
「ま、まあね///」
「それにしても、やっぱりこの人数は無理やったね」
「雪ー?看病しにきたわよー、ってあれ?イッパイいる」
「あ、アライズ!」
「これは~、お邪魔だったかしら?」
「ほい、これ私のおすすめのスポーツ飲料だ。飲むといい」
「ありがとうございます」
「それじゃ、私たちはこれで」
「あれ?帰っちゃうんですか?」
「ええ、この人数じゃゆっくりできないでしょ?」
笑う絵里先輩に、寂しくなる僕。
だけど、そんな僕をよそに、みんな行ってしまった。
「残ったほうがいい?」
「・・・いえ、別に」
「強がりね」
最後に残ったツバサさんもやっぱり行ってしまった。
「あれ?真姫ちゃん?」
今日は生憎の雨だが相反するように、全快した僕は、学校に行く準備をしていた。
「風邪は?もう治ったの?」
「うん。おかげさまで」
もうすっかり良くなった。
「そう」
それだけ言うと、真姫ちゃんはポケットから何かを取り出した。
「なにそれ?」
取り出したのは、注射器?
「ふふ、いや、私だけ看病してないのはおかしいわよね?」
なんだか、不穏な空気。
「ダイジョブよ、ちょっとチクっとするだけだから」
「いや、待って。まってまってまってまってまってまって」
「うえっごほっごほっ」
風邪をひいた。
「大丈夫?雪」
そして、ふりだしに戻る。
どうもファイナルライブ高宮です。
ファイナルライブ、HP先行もはずしたああああああああああああ!!
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番外編 夢は大抵覚えてない。
これは、夢。一夜の夢。
泡沫に、消える、夢。
目が覚めたそこは見ず知らずの土地でした。
見たことも、覚えもない。まったく、完全に、知らない土地。知らない場所。
かろうじてわかるのは、ここが道路の歩道だということと、周りに中学生の制服を着た子たちが通学していること。
「かーよちん」
ああ、だけど知らない場所だけど、知ってる人がいた。
「凛ちゃん」
いつもの元気なその声に、私は安心する。
けれど、振り返って。その安心はすぐに不安に変わってしまいました。
「凛ちゃん。その恰好は?」
凛ちゃんが来ていたのは中学の制服。それも、見覚えのない制服でした。つまり、私たちが通っていた中学の制服じゃないということです。
「?何言ってるのかよちん?寝ぼけてるのかにゃ?」
まるで、私がおかしいというような反応。
あれれ?
急に回りが暗転、場面が変わって、授業中。
周りには中学生ばかり。どうやらここは中学校のようです。
そして私だけいつもの制服を着て、中学の授業を受けている。知らない土地。知らないクラスメイト。知らない先生。
だというのに、なんだかちょっぴり懐かしくなる。
「あ、雪君だ」
授業が終わって、移動教室。廊下を歩いていると、不意に雪君を見つけたんです。
中学の制服を着ている雪君は新鮮で、思わず話しかけてしまいました。
「・・・・・・・・、」
けれど、雪君は。
いつもの、優しくて、不器用で、いつも一人で色々と考えている。笑顔が眩しい男の子。
素敵な男の子。
そんな思い出に蘇る彼とは、違うようでした。
「あっ・・・・」
話しかけると、彼は冷たいまなざしで私を見て、足早に去って行ってしまいました。
「眼鏡掛けてた・・・・・」
背も私とあまり変わらない、眼鏡をかけていて、温度が感じられない瞳。けだるい表情。眼の下のクマ。
そのどれもが、記憶の中の彼と、一致しない。
一致しないのに、不思議と、納得しました。
いつの日か感じていた彼の冷たさと、脆さ。
うん。やっぱりあれは紛れもない、雪君だ。
それから、私は雪君をつけまわ・・・・・観察することにしました。
朝登校するときから、家に帰るまで。不思議とそのことに関して誰も咎める人もいないし、障壁もありませんでした。
そのことで分かったのは、彼はどうやらバイトをしているということ。それもきっと健全な奴じゃない。
そしていつも、赤い髪をしたちょっとヤンキーチックな女の子と一緒にいるというこの二つ。
いつも一緒なのに、会話をしているところを見たことない。特別に仲が良いという印象もなぜだか受けません。
寄生。そんな言葉が浮かびました。
きっと、あの女の人は雪君のお姉さんでしょう。いろいろ考えて、それしかありえません。
だったら、きっと。今のこの私に、できることはない。
ぎゅっと握ったこぶしと、私の目に映る地面が、そう言っていました。
「なに?」
この世界で、初めて彼に話しかけられました。
ずっと観察していても声をかけられなかったのに。
「えっと・・・・・」
急だと、どうしていいかわかりません。元々、あまりおしゃべりは得意じゃないですし。
言葉が出てこない私を見かねたのか、彼はどんどん近づいてきます。
なぜか、周りにいるはずの人たちがいなくなって、世界には彼と私だけ。
(あ、やっぱり雪君だ)
近づく顔に、現在の彼の顔が被る。
長い睫毛とか、柔らかそうな耳たぶとか、柑橘系の香りとか。
「今、つらい?」
「うん。辛い」
「そっか」
いつの間にか、彼の顔は私を通り過ぎて、肩の上。
もたれかかってくる体重が心地よくて。
ぎゅっと握ったこぶしは、今は彼の背中。
いつまでもこうしていたいような、いつまでもこうしていてはいけないような。
そう思ってたらまた、場面が変わりました。
それよりも、一体いつまで私はこのままなのでしょうか。少し不安になってきました。
疑問に思うよりも先に、やっぱり彼の姿が目につきます。
「――――――――――――っ!」
「なんだよ、邪魔だよ」
「おいバカお前。こいつあの・・・・・」
「あ!・・・・・突っ立ってたお前が悪いんだからな」
どうやら、揉めていたようでぶつかった二人はなんだかバツが悪そうに走って行ってしまいました。
残った一人は、ぶつかった拍子に教科書やらなんやら床に散らかしてしまったようです。
彼は、そのままじっと動きません。立てないほどの怪我を負ったようには見えませんでしたけど。
「・・・・・・死んじゃえばいいのに」
私がそばまで行くと、彼はそう口を開きました。表情のない、顔のまま。
「みんな、死んじゃえばいい。世界が滅んで僕一人になって、そんで、一人ぼっちのまま。死んじゃえばいい」
私はなんて声をかけていいのか、分かりませんでした。
世の中は大変です。生きづらいことでイッパイです。願ったようには行かないし、理想の通りには動けない。
人間関係、仕事、勉強。そのどれも辛いこととか、楽しくないことが付きまとってくるのがほとんどだと思います。
けれど、きっと。普通に生きていれば、彼のような言葉を発することはそうはないんじゃないでしょうか。
思ってても、それを口には出さない。
口に出すのは、きっと普通じゃないから。
「僕を笑っている連中が消えてなくなればいい。僕を傷つける連中が、失くなってしまえばいい。こんな世界、もう嫌だ」
その世界は、きっと小さい。
知らないことが多いその世界。わからないことが多いその世界は、小さい。
だから、息苦しくて、生きづらい。
「嫌なら、投げ出しちゃえばいいよ。辛いなら逃げ出せばいいよ」
それが、正解だなんてとてもじゃないけどそんなこと言えません。こんな難題私には分かりっこないです。
だけど、正解じゃなくても、言葉をかけないとと思った。伝えないとと思った。
「けど、この世界は繋がってるから。だからずっとずっと後に、ずっとずっと後になって、その小さな世界も許せる日が来るんだと私は思うな」
現在の彼を思い出して、現在の彼の笑顔を思い出して。
現在の彼も、過去の彼も、そしてずっと先の彼も、地続きになって、繋がっている。
だから、きっと今目の前にいるこの彼も。笑える日が来るんだ。ちゃんと。
笑って、泣いて、怒って。理不尽に抗いながらも、大事なものを見つけて。
そうやって、生きていくんだ。
「・・・・・・うん」
彼は、静かに頷きました。けれどしっかりと、頷きました。
「よしよし♪」
私は、思わず頭をぽむぽむと撫でてしまいました。現実では絶対できません。
ええ、そうです。私はこれが、夢だとわかりました。
一夜の夢。泡沫に消えて、失くなってしまう夢。
起きたら、忘れてしまうのかもしれないけれど。泡となって屋根より高く飛んで行って、見えなくなってしまうかもしれないけれど。
けれど、きっと消えない。どこともわからないところにちゃんと刻んでいるから。
「お姉ちゃん」
あれ?
そう思っていたら、今度は目の前の彼がより一層幼くなりました。
また、知らぬ間に場面転換していたようです。流石、夢。なんでもありみたい。
場所は、今度はわかりました。穂乃果ちゃんの家の近くの公園。といってもなんどか通りかかったことがある程度ですけど。
「お姉ちゃん!」
「え?あ、ああ。どうしたの?」
目の前の彼は、どう見ても幼稚園かそれ以下。
どう見ても、女の子みたいな容姿。
ブランコに乗っている彼は、私を見上げていました。
「お姉ちゃんは、どうしてここにいるの?」
そのまっすぐな目に吸い込まれそうになって、だけど、ちゃんと彼の質問に答えます。
「うーんとね、最初はぎこちなかったんだけど段々とここが私の居場所なんだって感じるようになってきたの。それはみんなのおかげで、雪君のおかげなんだよ?」
うん?これ、ちゃんと答えになってるかな?
まあ、いいか。夢だし。
きっと、これも現実じゃ無理。恥ずかしくて言えません。
でも、たとえ夢でも、言えました。ちゃんと想ってる事。
少しは変われてるってことなのかな。
そうだったらいいな。
きょどきょどと、恥ずかしくて、自分に自信なんて持てなくて。自分の一番好きなことも満足に言えない。
そんな私は、きっとまだここにいる。だけど、そんな私の背中を押してくれる人ができた。
だから、ちゃんと言える。
「僕の?」
「うん」
そう答えると、また、場面が変わった。
学校の桜が満開に。その間を私と、雪君が笑って歩いている。凛ちゃんも、真姫ちゃんも一緒に。
そして、また、場面は変わります。
「それじゃあ、僕は生きててもよかったのかな」
大人になった雪君。背なんかすっかり追い越されました。
「それは、雪君が決めなよ。雪君しか、決められないよ」
「そっか。・・・・・そうだね」
どこか遠くを見つめる彼の周りは、桜の舞い散る花弁が舞い誇っています。
瞬きの間に、彼は病床にいました。
皺くちゃになった手。皺くちゃになった顔。いろいろと白くなって、けれど、しっかりと彼だとわかる。
「君は、今、幸せかい?」
「うん、幸せだよ」
電子機器に囲まれて、管や糸など入れられたり、貼り付けられている。
そんな最期の彼に、私は答えました。
ちゃんと答えられました。
これは夢。一夜の夢。泡沫に消える夢。
小泉花陽はそこで目が覚めた。
辺りをキョロキョロと見回す。
どうやら自分の部屋で寝てしまっていたようだ。思い出せるのは、今日が自身の誕生日だということと、今まで仲間が祝ってくれていたということ。
そこで、彼を見つけた。
「あれ?どうしたの花陽?」
思わず、彼女は彼に抱き着いていた。
「・・・え?ええ!?な、泣いてるの?」
彼女は泣いていた。それは、夢を引きずっていたのか。急な寂しさに襲われたのか、彼女自身も判別はつかなかった。
夢を見ていたことはわかるのに、どんな夢だったのかがわからない。思い出せない。
きっと、とても大切で、とても大事だったことだ。
「――――――――――。」
先ほどまでわたわたと慌てていた彼に、ぽむぽむと、頭を撫でられる。
その手は決して大きくない。力強くもない。
けれど、彼女は安心した。
安心して、現在の自分を自覚して、恥ずかしくなる。
「あわわわ!!///」
思わず勢いよく距離を離してしまう。
少しだけ寂寥感。
ちらと花陽は彼を見ると、よくわかっていない顔で首を傾げている。
なんだか、それがおかしくて。
夢のことも忘れて笑った。
夢は、一夜の夢。泡沫に消える夢。
夢は夢で、現実ではない。
だから彼女たちは、生きていくのだろう。この現実に。
「なーにかよちんを泣かしてるにゃ!」
「うわ!凛!」
「はい雪君♪そこに正座♪」
「なんで!?」
「・・・・・・(膝カックン)」
「にこちゃん!?」
「さあ、なんで花陽を泣かしてたのか言いなさいよ!」
「違うんだ真姫ちゃん!僕もわからないんだよ!」
「そんなわけないでしょう。どうせあなたが変なことを言ったとか、デリカシーのないことを言ったとか大体そんなんなはずです!」
「ひどいよ!泣いていい!?」
「はぁ、ほんと雪君は変わらんね」
「眼!おい色指定班仕事しろよ!全然光ってないぞ!作画ミスだぞ!」
「調教しなきゃ調教しなきゃ調教しなきゃ調教しなきゃ」
「怖い怖い怖い怖い!!帰ってきて穂乃果!・・・・あと絵里先輩はなんで僕の両手両足を縛ってらっしゃるんでしょうか!?」
「は?口答えするのかしら?」
「すいませんでした!!」
・・・・・・・生きていくのだろう。多分。きっと。
どうもリバイバル!高宮です。
花陽誕生日おめでとう!
全然関係ないけど、活動報告にも書きましたが新作投稿しました。
「リボーン×ニセコイ‐暗殺教室‐~卒業編~」です。興味あるかたはどうかよろしくお願いします。興味ない方もよろしくお願いします。
ではでは。
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EX バレンタイン?なにそれおいしいの?・・・・ああ、美味しいんだ
2月14日。
バレンタイン。
カカオとカカオとカカオが融合して甘い匂いがなんだか世界を占めているようなそんな錯覚さえ覚える今日この頃です。
「あ、あの!これもらってください!」
「あ、うん」
今日、何度目だろうか。こうしてチョコを渡されるのは。
今のはクラスメイト。目を逸らされながら、けれどしっかりとチョコを手渡された。
受け取ると走り去っていく。これも一緒。
今日、今日だけ見る光景だった。
「へー、ずいぶんとおモテになっていらっしゃるようね。雪?」
「あ、ツバサさん」
いや、まあ僕も。今日がバレンタインだということは知っている。バレンタインがどういう日であるのかも知っている。
それを踏まえたうえで、チョコを手渡されたり、靴箱にチョコが入れられたり、ロッカーに入れられたりすれば、「あれ?これ僕モテてるんじゃね?」などと思うことも致し方ないだろう。
だけど僕は現実を知っている。現実がそうチョコよりも甘くないということを。ビターチョコくらいには苦いのだということを。
「いえ、ツバサさん。鬼の形相のような顔をしているところ大変恐縮なのですが、これ僕宛じゃないですよ?」
そう。先ほど手渡されたチョコも、靴箱に入れられたチョコも、ロッカーに入っていたチョコも。
一つ残らずすべて正確に例外なく、僕のではなかった。
いや、本当に。
僕だって、一個くらい僕のがあるんじゃないかと探した。それはもう目を皿のようにして探した。血眼になって探した。
いつもなら気にしない。チョコが一個ももらえなかろうが、そもそももらえると期待したことがないから。期待しなければ絶望しないのと同様に、僕はなんらバレンタインという日を特別視したことがなかった。
だけど、今年に限っては話が違う。
だってもらえるんだもの。これでもかというくらいにもらえるんだもの。こんなの人生で初めてなんだもの。
だったらさー、一個くらいさー、僕に気を使ってついででいいからくれないかなー。なんで揃いも揃って全部打ち合わせしたかのように僕以外の人なの?なにこれ?新手のイジメ?
「はあ?だったら誰宛だっていうのよ。やめてよね。そういう誤魔化しは。あーヤダヤダこれだからモテる男ってのは」
ツバサさん、はちゃめちゃに不機嫌である。
いや待ってくれ。あらぬ誤解が生まれている。だって本当に僕宛じゃないもの。
その証拠に。
「ほら、これツバサさんにって」
先ほど、手渡されたチョコをそっくりそのままツバサさんにパスする。
「え?」
これには先ほどまで疑っていたツバサさんも素っ頓狂な顔をして受け取った。
「・・・・・・ほんとに、雪のじゃないの?」
「違いますよ」
「今日のヤツ全部?」
「はい」
ていうかなに?その言い方だと僕が受け取ったチョコ全部把握してるという風に聞こえるんだけど。考えすぎかな。
「・・・・・・・」(ポン)
なんか憐みの目線をいただいた。肩に優しく手を置かれた。
「ちょ、やめてもらいます?全然平気なんで。全然そんなんじゃないんで」
なんか腹立つなその顔。やめろマジで。
こういう具合に、やれツバサさんに渡してくれだ、やれ英玲奈先輩に渡してくれだ、やれミューズの誰々に・・・・。
そんな風に例外はなく僕宛のものは一つもなかった。
もうこれ仲介手数料とかとったほうがいいんじゃなかろうかと、魔が差しても仕方がないと擁護されたい。
とにかく、例年より若干の変更はあったものの、僕は今日という日をいつも通り何気なく過ごすのであった。
おしまい。
「いやいやいや、終わらせないわよ」
あれ?終わりじゃないの?終わりでいいんじゃないの?ていうかもう終わらせてよ。頼むから終わらせてよ。もういいよ。こんな惨めなことってないよ。せめてそっと終わらせてよ。
なに?これから僕がどれだけ皆に皆宛のチョコを運んでいくかの心温まる、なんだったら思わずチョコも溶けちゃうくらいのハートフルストーリーをお送りするの?
ってそんなわけねえだろ!バーカ!なに!?なに思わずチョコも溶けちゃうとかなにそんな恥ずかしいこと真顔で言ってんの!?どこら辺を切り取れば心温まるの!?そんなもんじゃサトウのご飯も温めらんないよ!?
「いや、あの、ちょ。雪?そんなノリ突っ込みとかするキャラだった?」
「うるせえ!僕は今やさぐれてんだよ!やさぐれたらノリ突っ込みの一つや二つするでしょ!」
「いやしないと思う。そんな笑いの神様に呪われてるような人間いないと思う」
閑話休題。
「んんっ。雪、あなたさっきからそう言ってるけど、案外こういうの気にするタイプなのね」
意外だわとでもいいたげなその表情。
「まあ、去年まではあんまり気にしなかったですけど。やっぱこうやって期待もたされちゃうと・・・・・」
去年までは、それこそ万に一つもなかったわけで。2月13日も、2月14日も変わんないわけであったが。
こうやって目の前に餌をぶら下げられれば僕だってそりゃもらえないとへこむ。これだけ仲介して結局自分のもとには何も残らないなんて、寂しさで死ねる。
「みゅ、ミューズの皆さんにはもらわないの?」
「え?ミューズ?・・・・・・なんで?」
「なんでっていうのは・・・・その・・・・」
なんとなく歯切れが悪い。そんなツバサさんをじっと見ていると、彼女は焦ったように口を開いた。
「い、いや!ほら!バレンタインって大事な人にチョコを渡すってイベントでしょ?だったら、私にチョコをくれた彼女のように友チョコとか義理チョコみたいなものもミューズからもらえるのかなとか思ったり思わなかったり」
目を逸らしながら早口でそうまくしたてるツバサさんに、僕はあーっと天を仰ぐ。わかるようなわからないような。
でも確かに、皆ならくれそうではある。まともにくれるかどうかはちょっとよくわからないけど。
いや、この際贅沢を言うのはやめよう。まともだろうがそうでなかろうが義理チョコでいい。もらえればこの惨めさから脱却できる。
そこで、一つ気になった。
「ツバサさんは誰かにあげるんですか?」
「っ!?」
ビクゥと肩を震わせ、明らかに動揺している。
「あ、ああ。そうね、でも私義理チョコとか友チョコとかあんまりやらないの。めんどくさくて」
「へー」
「だ、だから。これ。あげる」
「え?」
そういって手渡されたのは可愛い包装紙に包まれた長方形の箱。
「いや、だからこれ僕宛じゃなくてツバサさんに―――――――、」
言いかけて、途中で止めた。だってツバサさんの手には紛れもなくさっき僕があの女の子から渡してくれと頼まれたチョコが握られていたから。
???
えーっと、つまり・・・・?
「これ僕の?」
そう聞くと、コクコクと頷くツバサさん。
「・・・・・・・・わーい」
「反応うっす!!」
「い、いや。こういう時どうすればいいのか、わかんないから」
「そ、それはもっとこう、そう!お礼!お礼を言えばいいのよ!」
「じゃ、じゃあ。ありがとうございます」
「う、うん///」
そのまま、なんとなくギクシャクした空気のまま、ツバサさんとは別れた。
でもこれで、惨めなバレンタインは回避できた。この一個があるなしで相当変わる。
「はい、雪君。チョコあげるー」
「あんじゅ。ありがとう」
生徒会室で、副会長であるあんじゅからチョコをもらった。
まああんじゅはこういうのこまめなタイプだろうから。実を言うとちょっとだけもらえるんじゃないだろうかと思ってた。
思ってただけで言わなかったのは、それでもらえなかったら、つらいやん?
そして、チョコはもう一つあった。
机の上に。
ああ、このパターンかー。
と、今日何度目かの仲介業者。
「ちょ、ちょっと!なにここで開けてるのよ!?」
「あれ?書記さん?」
さっきから妙にそわそわしてた書記さんが、そのそわそわがマックスに達したよう。
「いや、誰宛か書いてないから中見ればわかるかなって」
「は?なに・・・・・・」
言葉の途中で押し黙る書記さん。数秒考え込んで、何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
「違うわよ!!」
「えー、もうなに?」
書記さんは普段はしっかりものの良い子なのに、ことアライズが関わると暴走気味だ。
・・・あれ?アライズ関わってない。なのに書記さんが変だ。なんで?
「だから!それ私の!!」
「あー、で?誰に届ければいいの?ツバサさん?」
「それも違う!か、海田君に!あげる奴なの!」
「・・・・・ありがとう」
「リアクション薄い!」
「いや、もらえると思ってなかったから」
「はあ!?もうバカ!知らない!」
ずかずかと怒ったように生徒会室を出て行ってしまった書記さん。どうしよう、まだ仕事あるのに。
「あ、あれ?あんじゅ?」
「あーげない」
書記さんが出て行ってしまって、途方に暮れていた最中。急にあんじゅが僕が持っていたあんじゅのチョコを取り上げてしまった。
「な、なんで?」
「欲しい?」
「ほ、欲しい」
「・・・・・やっぱりあーげない」
「そ、そんなぁ」
どうやら考えを変える気はないようで、チョコを持ったままあんじゅもどこかへ行ってしまった。
「バレンタインって、難しいな」
そんな怒涛の学校も終わり、放課後。
「あ、雪さーん!」
「亜里沙ちゃん。雪穂も。どうしたの?」
「はいこれ!バレンタインのチョコです!」
「ああ、わざわざありがとう」
「あ、ちょっと待ってください」
そういうと亜里沙ちゃんは持っていたチョコの包装紙を丁寧にといて。
「ふぁい。ふぉうお」
チョコを口に含んで目を閉じた。
「なにやってんのよ!」
スパンと、亜里沙ちゃんの頭をどこから持ち出してきたのかハリセンでぶっ叩く雪穂。
「いふぁーい。雪穂ー」
「こんな公衆の面前でなにやってんの!」
「えー。だってこういうのが日本のしきたりなんでしょ?」
「違う!全然違う!」
なんだいなんだい?漫談をやりに来たのかい君たちは。
「もういいから!目立ってるから早く帰ろう!」
雪穂の顔は真っ赤だし、確かに周りの好機の目線がこう、ビシバシ伝わってくる。あれ?なんか前にもあったなこういうこと。
「ちょ、ちょっと待ってよ雪穂。まだチョコ渡してないよ」
「は、早くしてよね」
なんだか僕の口をはさむ余地がないような。別にいいんだけど。
「じゃあ改めて、はいどうぞ!ちなみに私たち今年はこれしか作ってません!」
「ちょ、亜里沙!余計なこと言わなくていいから」
「そうなんだ」
「ほら、雪穂。早く渡さなきゃ」
「わかってる」
もじもじと顔を真っ赤にして、雪穂が一歩前に出る。
「・・・はい」
渡されたのは・・・・・・ハリセンだった。
「いやこれチョコだったんかいいいいいい!!」
盛大なシャウトが、放課後の校門に響き渡った。
亜里沙ちゃんや雪穂からチョコをもらって、トコトコと呑気に帰り道を歩いていた。
その時、不意に、一瞬で意識が刈り取られる。
次に目が覚めたのは、見覚えのある場所だった。
つまるところ、ことりの部屋だった。
「こ、ことり?」
ギチギチと手足が拘束されて動けない。目の前にはことりがいた。
「雪君。今日何の日か知ってる?」
「ば、バレンタインデー」
答えなければ死ぬ。けれどきっと答えても死ぬ。本能がそう言っていた。
「そう♪せいかーい♪はい、ご褒美にチョコ上げるね」
あーんと、口元にチョコを近づけることりに、僕は内心食べたくなかった。
けど、食べるしか、選択肢がない。
もぐもぐと、食べた。
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ・・・・・もぐもぐ。
「いや、あの、ちょ、まって。多い、多すぎる!」
さっきからわんこそば並みに次から次へとチョコが出てくる。ストップをかける手段もない。
口がチョコでベッタベタ。
「あ、もうー♪だめだよ。こんなにチョコつけて」
「いや、つけたのどっちかっていうとことり――――――――」
言ってる途中で、異変に気付いた。なんか、体が熱い。
体の自由が、だんだんと奪われていくような。そんな感覚。
「あれ?大丈夫雪君」
どうしよう。ことりの顔が恍惚に歪んで見える。実際に歪んでるのか、この体の異変のせいか。
「今、チョコとってあげるね」
ぺろぺろと、ほっぺが舐められている。舐められるたんびにゾクゾクとする感覚。
しかもほっぺだけじゃなくて、指とか、あと、あと・・・・。
やばい、これはやばい。色んなところがやばい。
「良かったー。今度はちゃんと効いたみたい。じゃあ拘束解いてあげるね。ごめんね、痛かったよね」
絶対やばい。
このままじゃ、いけないことになる。垢BANされる。
拘束が完全に解けたその一瞬を狙って、僕はガシャンと窓を割って体を放り出して脱出した。
「あー!雪君のバカー」
バカはお前だと、言ってやりたかったが今は逃げるほうが先決である。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ」
なんとか逃げ切った。けど、このままではマズイ。見つかったら即ゲームーオーバーだ。
「あら?どうしたの雪」
「ま、真姫ちゃん」
かくかくしかじか・・・・・。
「・・・・・そう。なら家に来る?」
「うん。そうさせてもらう」
正直、外にいるのは怖い。ことりに見つかりそうで。
「で、なんでずっと前かがみなの?」
「う、うるさい!」
・
・
・
ということで。
真姫ちゃん家にお邪魔することにした。
「上がって、今両親とも家にいないしくつろいでていいわよ」
お言葉に甘えて、ソファに腰掛ける。やわらかい。
しばらくすると、真姫ちゃんが紅茶を持ってきてくれた。
「あれ・・・・?なにこれ・・・・?」
「そ、その。今日バレンタインでしょ?だから・・・・」
クルクルと髪をいじる真姫ちゃんは、照れてそっぽを向いている。
だけど僕はその一点に釘付けだった。
「だから血液の交換をしようと思って」
「いやおかしいだろおおおお!!」
文脈があってねえだろ!なんでバレンタインで血液の交換!?恐ろしすぎて笑えないよ!
「ほら、血のバレンタインっていうこともあるでしょ?」
「だから!?」
だから血液の交換!?あってねえよ!依然としておかしいままだよ!
「いいから!じっとしてなさい!」
ガシャンと再度窓を割って脱出する。
「あ、雪のバカ!」
また、再度フラフラと町中へ。
「あ、雪君やん」
「の、希先輩」
これまでの経験談を踏まえて、警戒。
「あ、そうそう。今日バレンタインデーやんな。はいこれ」
「なにこれ」
「何って、婚姻届けのチョコVerやで?」
笑ってる。希先輩超笑ってる。
「あー、なにすんの雪君」
むしゃむしゃと食べた。全部食べた。
そして超逃げた。
「雪君のばかー」
「そういうことなら早く私に言ってくれればよかったんです」
「ご、ごめんなさい」
もう体の熱さがピーク。ということで、一番しっかりしてる海未を頼った。
「はいこれ、ホットチョコレートドリンクです」
「」(ギシッ)
体が固まった。チョコという言葉に過剰反応しているんだ。
「はっ。ち、違いますからね!これはバレンタインとは何ら関係ありません!」
その言葉に、安心する。いやまあ、それもおかしな話なんだけど。
「バレンタインは、別にちゃんと用意してます」
あっ、用意はしてるんだ。
「あれ・・・・なんか、眠い・・・・」
「ああ、温かい飲み物を飲んだら眠くなりますからね。いいんですよ、安心して眠ってください」
危機察知能力というか、眠ったら死ぬと雪山で遭難したかのような危機感が僕を襲う。
だって、海未の瞳から虹彩が消えているんだもの。
もはや恒例とかしつつあるが、やっぱり窓から逃げた。
「あ、だめです雪!外は危険がいっぱいですよ!大人しく私と寝ましょう!」
趣旨が変わってる!
「うげ、絵里先輩」
体はボロボロ。精神もボロボロになっているその時に、目の前に絵里先輩。
「大丈夫よ、雪」
「絵里先輩」
その慈しむような絵里先輩の瞳に癒されていく。
「今までのことは行間と行間の間から全部見てました」
「そんな行間ありました!?」
「ロシアではバレンタインに女性からチョコを上げるのではなく、男性が女性を食事に誘ったりする日なの」
「あ、僕の話はスルーですか」
「だから・・・・ほら・・・いいわよ。今日、空いてるわ」
「いえ、結構です」
「あれ?雪?雪ーー!!」
「チョコの匂いがするにゃ」
「うわあ!見つかった!」
いつの間にか、今日一日全員から逃げることが目標と化していた。
「雪ちゃん。物凄くチョコの匂いがするにゃ」
もはや、目の光彩がないことがデフォだった。
「そ、それより、なんで頭にリボンを巻いてるの?」
「え?ああこれ?これはほら、凛がバレンタインチョコだよ♪食べて♪」
両手を前に広げて、いつでもどうぞという体制。
もちろん僕は・・・・超逃げた。
「あ、もうー。雪ちゃんの照れ屋」
今回の凛はもうちょっと恥じらいを持ってほしいけどね!
「やっぱり来たね。花陽」
「うん。大丈夫だよ雪ちゃん。花陽のは普通だから」
そう言って差し出してきたのはご飯の上に溶けたチョコが乗ったやつ。(名称不明)
「おえええええ」
「頑張って雪ちゃん!」
「これを僕に食わせる理由は!?」
「普段の・・・・罰・・・・かな?」
これが一番、きつかった。
「はいこれ、こ、こころとここあがどうしても渡したいっていうから持ってきてやったわよ」
「ああ、うん」
眠くて、熱くて、胃もたれがして、精神的にもボロボロになった。
けれどあと二人。あと二人だ。
可愛らしい包装紙を解いて食べる。
ってあれ?チョコが三つある。
「ど、どう?」
不安げ。気丈にふるまっているけれど声のトーンでバレバレだった。
「うん。美味しい」
「そ、そう///」
そういって、にこちゃんは用は済んだと帰って行った。
・・・あれ?
普通だ!!普通だよ!ここにきてボケなしかよ!ネタ切れしてんじゃねえよ!
そして、ようやく最後。
もうなんでこうなったかわかんないけど、でも確かに最後だった。
そんで、最後なのだからとこちらから「穂むら」を訪ねる。
「え?あれ?雪ちゃん!?な、なんで?」
「チョコ、頂戴」
「ええ!?ちょ、チョコは。ウチ和菓子屋だから」
「そうじゃなくて、バレンタインのチョコ。くれないの?」
「そ、それもほら。ウチ和菓子屋だから・・・」
「じゃあその持ってるチョコは僕宛じゃないんだ」
「あ!し、しまった!」
昔から、隠し事は下手だった。
「う、うー」
唸り声みたいな、奇妙な声。
「でも、これ失敗作だし」
なるほど。そういうことか。
まったく、今日のことを振り返ればそれくらい可愛いもんだぜ。
「いいから、頂戴よ」
「・・・・・はい」
一応包んだ。そう言いたげなピンクの袋を解く。
「・・・・うん。美味しくない」
「ひどいよ!」
「けど、けど。うれしい」
たった一言。思ったことをそう告げただけ。
それだけで、穂乃果は。
「——————————えへへ」
満点の笑みを浮かべてくれた。
「え!?お姉ちゃん今年は渡せたの?」
「うん!」
「へー、いつも作っては失敗したからって渡せなかったお姉ちゃんがねー」
「あ!雪穂信用してないでしょ!そりゃ、今年もおいしくは作れなかったけど・・・・」
「じゃああれは?部屋に大量に置いてある毎年の残骸」
「残骸とか言わないでよ!あれはいいの!もう。いいの」
「ふーん、そっか」
「雪穂も渡したんでしょ?」
「・・・・・・」
「渡したんだよね?」
「い、いいでしょそれはもう!」
——————————。
――――――。
————。
どうもファイナルライブ一般も無事に落ちた高宮です。
もう可能性はない。ファイナル行きたかった・・・・・。生ミューズ見たかった・・・。 話は変わりますが活動状況の報告というかなんというか、もう一つやってるリボーン×ニセコイのssがあるんですが今後はそちらとこちら、交互に更新していきたいと思います。
リボーン書いたらラブライブ、ラブライブ書いたらリボーンみたいな。
まあわざわざ言うべきことでもないかなと思ったんですが、一つの報告ということで。
あとがき書くことないしね。
それではまた次回もよろしくお願いします。
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EX 男女10人 雪キチ物語
「はーい!呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!!ということでこの私!今どこにいるのかといいますと!最近なにかと話題沸騰中!なななな!なんとあの!ミューズがいる音の木坂学院前に来ております!!というのもですね!今スクールアイドルが熱い!ということでなんとゴールデンタイム!!に!特集を組もうということで!!今やあのアライズ!を凌ぐとも劣らない勢いのあるミューズに!色々と謎に包まれたプライベートな事から普段の貴重なオフショットまで!根掘り葉掘りインタビューしていきたい所存でございますよー!!」
「いやなげええええええよ!!」
ディレクターの悲痛な叫びが、澄んだ青空に響き渡った。
三月。澄んだ空気が気持ちよく、過ごしやすい春の中で、今日は特に穏やかだ。
そんな穏やかな日に、穏やかではない一行が。ストールなんかを羽織ったインテリ風のディレクター。ちょっと太ったカメラマン。そして眼鏡をかけたややウザのリポーターの三人が。音の木坂の校門前で騒いでいる。
「なげえんだよ!うるせえんだよ!そんな長尺オープニングで使えるわけねえだろ!」
「でもでも!私のアイデンティティを発揮するには」「発揮しなくていいの!!」
「アンタねえ、リポーターが目立っちゃダメでしょうが。そんだけアイデンティティを発揮したいんならねえ、他の局のリポーターになんな!」
「オカンか!?」
堪えきれずずっと見ていただけだったカメラマンがツッコんだ。
「とにかく、撮影始めましょうよ。こんなところで騒いでいたら・・・・・・」
「?どうした?」
黙り込むカメラマンにディレクターが不審がる。
「あのー、何を校門の前で騒いでいらっしゃるんでしょうか?不審者ということでしたら、然るべき機関に相談しなければなりませんが」
そこには、真後ろに真っ黒いオーラを従者のように携えた一人の女性。もとい音の木坂の理事長がいた。
「「「す、すいませんでした」」」
そのオーラに、三人ともビビッて体を震わせていた。
「って、いや、違うんです。我々は不審者ではなくてですね」
おろおろと額の冷や汗を拭きながら、ディレクターが説明しようとする。
が。
「あわわわ、あ!」
テンパったリポーターが何とか仕事をしなきゃという使命感に駆られてしまった。
「おばさん!おばさんは、ミューズというスクールアイドルをご存知でしょうか!?」
使命感、完全に空回り。
「お、おば」(白目)
スパーンと、リポーターの頭をはたくディレクター。
「すいません。こいつテンパってて」
ずるずると、気を失ったリポーターを後退させるカメラマン。完璧な連携だった。
「私たち、フ〇テレビのものです。連絡したように一週間ほど、密着取材を申し込んだのですが」
「・・・・あ。ああ、聞いています。生徒たちの邪魔にならない範囲でしたら。どうぞ」
「よかった。ありがとうございます」
後ろの黒いオーラが消え理事長たる落ち着きを取り出した理事長は。
「それでは、どうぞ。ああ、校内にいるときは許可証をぶら下げていて下さいね」
というこで、取材が開始された。
「まずは、ミューズのメンバーと近しい人たちから取材しよう」
ディレクター、リポーター、カメラマンの三人は許可証を胸にぶら下げ校内を散策する。
周りの生徒は昼休みなのか、廊下や中庭などに散らばっていた。
その誰もが、見慣れないカメラやリポーターという非現実に好奇の視線を送っている。
「あの!ちょっと聞いていいですか!?」
いつの間にか復活していたリポーターは相変わらず声を張り上げていた。
「は、はい」
その大きな声に困惑しつつも、カメラを気にしながらその生徒は答えてくれる。
「ミューズについて一番近しい人っているかな?」
「近しい人?ああ、それなら”雪君”が一番近いと思いますよ」
「雪君?」
そのワードにリポーターは首をかしげる。なんかずっと前に聞いたようなデジャヴに襲われていた。
「その子は今どこにいるかわかるかな?」
急に首を傾げうんうん唸りだしたリポーターを使い物にならないと判断したのか、ディレクターが質問する。
「いや、私も本物はちらっとすれ違った程度なので。ごめんなさい」
「いえいえ、ありがとうございました」
ディレクターはお礼を言って生徒はパタパタと廊下の向こう側に消えていく。足音から少し浮かれていた様子がうかがえた。
「ミューズに近しい人、ですか?」
「そう、誰か知らない?」
なおも、リポーターの代わりに取材するディレクター。
「雪君だよね」
「そうだね、一番って言ったら」
二人組の女の子は、考える暇もなく即答する。
再度出てきたその名前。
「へー、その雪君に取材したいんだけどどこにいるかわかる?」
「いや、私たち喋ったことないし」「遠目でしか見たことないので」
「・・・そっか。ごめんね。ありがとう」
その後も取材を続けるが、新たな情報は得られなかった。
「おいこら」
プシューっと知恵熱で湯気が出ているリポーターを現実に引き戻す。
「”君”って、ことは男だよな。でもここ女子高だよな。どうなってるんだ?」
「男らしい生徒なんじゃないですか。ほら、女子高って他の生徒からモテモテな女の子とかいるんでしょ?」
どうやらカメラマンは女子高に対して特別な感情を持っているらしい。
「にしては、情報が少なすぎるだろ」
「それか!先生ってこともありますよ!」
「先生を君づけでよぶか?普通」
「あんま聞かないっすよねー」
「よし!まずは、雪君とやらから調査しよう」
どうやらディレクターの取材魂に火が付いてしまったようだ。
そして。
「ああ、雪君!知ってますよ!」
「うわー!テレビだ!本物だ!」
「ミューズもついにテレビ取材かー、嬉しい反面なんか寂しいような」
ついに、雪君なる人物を知っているという三人娘に辿り着いた。
「雪君はどんな人物なんですか!?」
「雪君はねー、女ったらし!」
「あと天然!」
「そんでもってトラブルメーカーだね」
まさに三者三様。だが今のところいいところが一つもない。
本当にミューズと一番近しい人間なのだろうか。
「ほほう!では雪君に取材したいのですが!どこにいるのかわかりませんか!?」
「あー、今は無理だよ。だって雪君UTXだもん」
UTX学院。これまたスクールアイドル『アライズ』で有名な高校だ。
「他校の生徒なんですか!?」
こればっかりは、リポーターの反応も頷ける。ていうか、今日で一番リアクションが比例していた。
取材班はミューズに一番近しい存在として雪君なる人物を探していたそれが、まさか他校の生徒だったとは。
「ますます興味が出てきた。新勢力ミューズの陰に一人の男それも他校の生徒だなんて」
「視聴率とれそうっすね」
「よし、まずはミューズ本人たちに取材だ」
「「「取材!?」」」
「そう、聞いてないかな?」
ミューズの部室。正確にはアイドル研究会という部活の部室らしい。
そこに、ミューズ九人が勢ぞろいしていた。
「取材といっても、君たちの自然体を撮りたいと思っているんだ。だから、いつも通りの日常を送ってくれたら嬉しい」
「いつも通り、ですか」
それでは、画面の向こうのミューズのことを知らないという君たちに簡単に紹介しよう。
二年。園田海未。弓道部にも所属している皆のストッパー的役割と同時に作詞を担っているらしい。
「ちょっとドキドキするね穂乃果ちゃん」
二年。南ことり。何を隠そうこの子は理事長の娘。ほんわか癒し担当だ。
「うん!頑張ろうねことりちゃん!」
同じく二年。高坂穂乃果。ミューズのリーダー。元気が売り。こう見えても音の木坂の現生徒会長。
「いや、だから頑張らない自然体でお願いしたいんだけど・・・・」
「すいません。あの子たちは放っておいても大丈夫なので」
三年。絢瀬絵里。金髪碧眼ロシアっ娘。クオーターに元バレリーナという肩書き過多な音の木坂の元生徒会長。
「テレビテレビテレビ、全国ネット全国ネット全国ネット」
ブツブツと何かを口ずさんでいるのは、黒髪のツインテールがあざとい矢澤にこ。三年だ。
「にこっち。そんな思いつめんでもええと思うで?」
関西弁でまるで母親のように矢澤にこを窘めるのは東條希。同じく三年。
「そうよ。どうせすぐ本性が露わになるんだから」「なんですって!」
クルクルと赤い髪をいじっているのが印象的な西木野真姫。一年で作曲を担当している。
「にゃんにゃんにゃーん!一年の星空凛です!得意なのは運動です!」「あんた何勝手にアピールしてんのよ!」
見るからに活発そうな女の子は自分で紹介してくれたので、割愛。
「あわわわ、み、みんな。取材の人たち困っているから」
そして最後にこちらのことを慮ってくれているのは小泉花陽。一年。
これで計九名。ミューズである。
「それじゃ僕らは勝手に撮ってるけど、普通でいいからね」
ディレクターの念押しに、面々は頷く。
そして、午後の授業中、高坂穂乃果の居眠りしている風景や矢澤にこの聞いてもいない自分語り、一転して真面目な放課後の屋上での練習など、インタビューを交えながら撮って。
そして。
「さあここからが本番だよ!ミューズにとって一番重要な人物であろうということはもう裏が取れているのだ!」
ズビシ!と変なポーズで指をさすやたらテンションの高いリポーターが今日一テンションが上がっていた。
「「「「???」」」」
ミューズの面々は、どうやらイマイチピンと来ていないらしい。
「とぼけないでもらいたい!もうネタは上がってるんだよぉ!」
リポーター、ノリノリである。まるで刑事ドラマみたい。
「海田雪君という人物について、少し質問させてもらってもいいかな」
見かねたディレクターが割って入る。
「あー、雪ちゃんの事ですか?」
「雪君は・・・・・・ねえ?」
「そうですね」
うん?二年生組、海田雪という名前を聞いたとたん渋い表情に。
その反応に、ディレクターは多少面喰いながらも取材を続ける。
「そ、その雪君というのは君たちにとってどういう人物なんだろうか」
「どういう?」
「そんなの、ただの雑用よ。雑用」
「にこっち、素が出てるで」
「しまった!・・・・にっこにこにー♪」
「雪ちゃんはー、ミントンすっごい上手なんだにゃ!」「ちょっとまって!もうちょっと弁解させなさいよ!」
「雪君は・・・・なんだか、あんまり幸せにはなれない気がします」
「雪がどういう人物?ナニソレイミワカンナイ」
これはいったいどういうことなんだろうか。ミューズに一番近しいと思われた人物が、ほとんどボロカスである。
「・・・ではお次はスクールアイドルの気になる御自宅に行ってみたいと思います!」
珍しく機転を利かせたリポーター。
「家?ちょっと待ってください。家までついてくるだなんて聞いていませんが」
うーん。惜しい。あとちょっとで褒められたんだけどねリポーター。
「それに関しては、勿論強制じゃない。スクールアイドルを目指している人たちや、これから目指す人たちにとって刺激になればと思って」
「うっ・・・・・」
「えー?いいじゃん海未ちゃん!家紹介するくらい」
「あなた、『穂むら』の宣伝がしたいだけでしょう」
「どうだろう?」
「いいですよ!」
「ちょ、あんた勝手に」
「しょうがないわね」
言葉巧みにJKを誘導させる大人。まさにゲスの極み!
ということで各々の家を取材して回ることになった一行。
まずは西木野邸。
「ほわー!豪邸ですね!!」
西木野さんはどうやらこの町有数の西木野病院の一人娘らしい。そりゃ豪邸なわけだ。
「いつもはここで作曲したりするんですか!?」
リポーターが完全に場の雰囲気に合っていないテンションで質問する。
「そうね。そこのピアノとか」
「ここには、その雪君もよく来たりするのかな?」
ディレクター、どうやら諦めきれないらしい。
「え?雪?・・・・そうね、まあまあ、うん・・・2回くらい」
「え?2回?案外少ないんですね」
「そ、そんなことないわよ!いいわ!見せてあげる!」
ディレクターの一言にムキになったのか、西木野さんはすたすたと何かを探しに行った。
「ふふ。これで海田雪の秘密が探れる」
「ほんと大人げないっすよねー。マジドン引きっすわ」
「うるせえ!仕方ないだろ。もう聞かないと気が済まないんだよ」
病気みたい、というかもう完全に病気。
そんなディレクターをよそに、西木野さんはどこからか一台のパソコンを持ってきた。
「これは?」
「ふふ。確かにあんまり雪は家に来ないけど。いつも私と一緒にいるの」
あれ?おかしい。何がおかしいって、雰囲気が、先ほどまでと一転して怖い。なんか、瞳が冷たい。
「あ!カメラさん!人!人がいますよ!」
こんな時でもテンションを崩さないリポーター。ある意味で尊敬する。
「まさか・・・・?」
パソコンを覗き込んだディレクター、どうやら何かを察したようである。
「この子が、海田雪・・・・?」
パソコンに移っていたのは、畳何畳もない部屋で一人くつろいでいる男の子。
話の流れから察するに、この子が海田雪という人物なのだろう。
いや、ということは。つまり。
これは、盗撮ということになる。
「「「・・・・・・・」」」
三人。絶句。
「あ、もう。またご飯食べてない」
西木野さんは、どうやらあっちの世界に行ってしまったらしい。こちらの事など文字通り眼中にない。
すると、西木野さんはどこかに電話をかけ二、三言葉を交わすと携帯をしまった。
画面を注視すること数分。
画面の中の玄関から黒服が数人乗り込んでいた。勿論海田雪はビビっている。そりゃ誰だってビビる。
黒服は何かを渡すと、何をするでもなく去っていった。
ディレクター一同は、海田雪が何か法定なヤバいものに手を染めていると思ったが違った。
「ちょっと!なんで食べないのよ!」
隣の西木野さんが急に大きな声をだすので、何事かと思った瞬間。それは見えた。
海田雪が、あの黒服から渡されたもの。
お弁当が。
ギリギリと画面を食い入るように見つめる西木野さんに取材班が出来ることは。
「・・・・あっと、次あるんで僕らはこれで」
退散するしかなかった。
なんだか開けてはいけないブラックボックスを開けてしまったような。そんないたたまれなさ。
それに耐えられず取材班は西木野邸を後にする。
「今の・・・・・撮ったか?」
「・・・・・まあ、一応」
「使えますかね!?」
「・・・・・・とりあえず、次行こう」
「ええ。祖母がロシア人なんです」
「そうなんですね!やっぱりそのプロポーショナルとかも保つ秘訣みたいなものがあるんでしょうか!?」
絢瀬邸。先ほどのことはいったん忘れ、今度はまともなようだ。
「ちなみに・・・海田雪君は君にとってどういう存在なのかな。さっきは結局よくわからなかったからね」
ディレクター、どうやら本当に諦められないらしい。何が彼をそんなに駆り立てるのか。
「雪ですか?雪は・・・・ちょっと天然で優しくていつも誰かに手を差し伸べてるような。けれど、特別ではない。そんな子です」
まるで、慈しむように優しい微笑みでそう返す絢瀬さん。どうやらようやくまともな話が聞けそうだ。
「あ、このタオルも雪がくれたんですよ。あとこのペットボトルとかノートとか・・・・」
・・・。
うん?
「これは練習のときにケガしてしまって、雪がくれた絆創膏で、こっちは雪がくれたシュシュでこっちは——————————————」
どうやら、一筋縄ではいかなかったらしい。
先の西木野さんと同様に、瞳が絶対零度のごとき固まりを見せている。
「そ、そうですか。それでは取材協力ありがとうございました」
怖くなったリポーターが珍しく強制的に取材を終わらせた。
「これはもう徹底的に調べる必要があるな」
「もうやめないっすか?怖いっすよ俺」
「馬鹿言ってんじゃねえ。真実をありのままに伝えるのが俺らの仕事だろうが」
そういって、次に来たのは古びたアパート。団地って感じだ。
矢澤にこが住んでいる家である。
「すいませーん。先ほど取材させてもらったものですけどー」
・・・インターホンを押し、それでも反応がない。
「?」
ドアに手をかけると鍵がかかってない。
「すいません」
小声で、中を覗くと。
「ねえ、どうしよう。せっかくテレビの取材だったのに、上手くいかなかった。今から来るんだけど挽回できると思う?ねえ、”雪”」
矢澤さんが、弟と思しき幼児を慣れた手つきで海田雪に見立てて愚痴をこぼしていた。
ゆっくりと、ディレクターは扉を閉めたのだった。
「おい!まともな奴はいないのか!?どうなってんだ!」
「私にキレられても!わかるわけないじゃないですか!」
もう半ばヤケになったディレクター。
そんな一行が次に訪れたのは園田邸。
「どうも!それで早速聞きたいのは海田雪君についてなんですがね!」
若干逆切れ気味の懲りないディレクター。
「・・・・それ、なんですか?」
カメラマンが何かを見つけた。
それは人形・・・・にしては不揃い。手作り感が半端ない。
「ああ、これですか。よくできているでしょう。雪です」
我々はまず耳を疑った。
「いつも愚痴とか素直になれない気持ちとか聞いてもらっているんです。ね?」
人形に話しかける園田さんの目は例のごとく永久凍土のように冷たい。
「あの・・・・なんかすいませんでした」
涙目で謝るカメラマン。大丈夫、お前は悪くないぞ。
「雪ちゃん?ああ、凛はね寂しくなるといつも”これ”で紛らわすんだ」
やってきたのは星空邸。
そういって星空さんが取り出したのは真空パックのようなもの。
中には、服が入っている。それも男物。
「スーハースーハー。ね?」
「なにが!?なにが、ね?なの!?」
リポーターのツッコミも虚しく響く。
「次!」
「取材って言われても、ウチなんてホント面白いもんないで?」
そう言っているそばから大量の紙束がそこかしこに散らばっている。なにこれボケ?ツッコミ待ち?
「これは、婚姻届け?」
「はい、うちと雪君の。もう式場とかも決めてるんです。新婚旅行とか、どこに行くか話し合ってて」
「ああ、そう・・・・」
ディレクター、もはや最初のやる気が失われつつあった。
「くそ!次だ!」
それでもプロ根性でなんとか取材だけは続行。
南邸に行く途中。もう海田雪のことは聞かない。ディレクターはそう心に誓った。
「えっと♪これが雪君が初めて口にしたスプーンで、こっちが雪君が初めて着た体操着で、こっちが」「いや聞いてないけどぉ!?」
聞いていないのに語りだした。今季一番だなこの子。
「次ぃ!!」
「ちょっと、まだ終わってないですよ♪こっちが初めて出た運動会で」
「あれぇ!?ちょっと!?」
なんとか解放され小泉邸。
「雪君のことですか?」
「だから聞いてないって!聞いてないって言ってるじゃないですか!」
「雪君は今、お風呂に入ってるみたいですよ」
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!」
ガタガタと震え、両手を耳に塞ぐリポーターにその光景が見えているのかいないのか、なおも小泉さんは口を開く。
『フンフンフーン♪』
「あ、鼻歌歌ってる。何かいいことでもあったのかな」
例によって例のごとく瞳は宇宙のように真っ暗で底が見えない。
「次!っていい加減にしろおおおお!!」
ついに、ディレクターが発狂した。
「もう次最後だよ!?残るは穂乃果ちゃんしかいないよ!?どうすんの!?ほぼ放送できないよこれ!」
「落ち着いてください!!落ち着いて編集点を探しましょう!!」
「いやお前が落ち着け!」
「とにかく!お蔵入りになる前になんとか方向修正しないと」
既に辺りは真っ暗。それでも取材をやめない。なぜならプロだから。
「やめられんならとっくにやめてるわボケエ!!」
ということで、最後は高坂邸。ちなみに高坂邸は「穂むら」という和菓子屋を営んでいる。定番のみたらしや揚げ饅頭、創作和菓子などおすすめだ。近くに寄った際にはぜひ訪れてほしい。
「えっと、雪君について語ればいいんですよね」
「いや語らなくていいです!普通に!普通に日常のことを教えてもらえれば!」
リポーター、必死である。
「雪ちゃんは、優しいんです。ずっと前に、ずっと前の事なのに。それでもずっと気にしてる。怪我をした私なんかより、ずっとずっと傷を受けてる」
そう告げる高坂さんの顔は優しくて、他の皆のように瞳の光彩を失っていない。
空気を読んで神妙な面持ちをしているディレクターだったが。
(そうそうこれこれ!こういうのが撮りたかったの!こう、なんか特別な関係みたいな!活躍しているミューズを陰で支える一人みたいな!)
内心ではガッツポーズだった。
「ああ、ダメですよねこんな話は。もっと楽しい話にします!えっと、雪ちゃんがこないだパンケーキとホットケーキの違いって何なんて聞いてくるから皆で口喧嘩になっちゃって。おかしいですよね。あと昔はもうちょっと素直だったんですよ。髪も長くて可愛かったし、あ!写真見ます?でも今の雪ちゃんの周りには私の他にも女の子が沢山いてちょっと不満なんです。一番最初に雪ちゃんと友達になったのも、一番最初に雪ちゃんと遊んだのも、一番最初に雪ちゃんを家に呼んだのも、一番最初に雪ちゃんとご飯を食べたのも、一番最初に雪ちゃんを好きになったのも私なのに」
「ストップぅぅぅぅぅぅ!!」
段々と話すたびに瞳の輝きがこぼれ落ちていく。最早残っていない。
ここが、我々の限界だった。
ミューズの謎は、我々なんぞには推し量れるものではなく。きっとその誰もが知ることができない本人たちにしかわからない不思議な繋がりなのだろう。
そういうことで、今週はスクールアイドルから『ミューズ』のピックアップでした。
来週はフランケンシュタインから『フランケンシュタイン』が登場。お見逃しなく。
「途中までは良かったんすけどねえ」
「ちくしょう」
とあるテレビ局の会社内。
沈痛な面持ちをしたディレクターとカメラマンが自分のデスクで項垂れている。
ちなみにあの取材からリポーターはノイローゼ気味に寝込んでいる。三日ほど。
あのテンションでは寝込むくらいが丁度いいが、寝込みすぎだ。
「やっぱOA無理かー」
まあ、そういうことも往々にしてある。
ディレクターは早々に諦めると、次の仕事に向かっていた。
「特集おじゃんになってるうううううう!?」
今回全く出番がなかった少年の、悲痛な叫びが響くまで。
それではまた来週。
どうも!グリムガルとグリルってなんか字面似てる。高宮です。
またまたファイナルライブの話で申し訳ないのですが、ついに機材開放されましたね。
シリアル、HP、一般と全部落ちてる僕は最早当たる気がしませんが。当たらなかったらLV行こうかなと思ってます。これも当たらなかったら?死にます。
いやいや、その前にちょっとテンション上がることがあったのですよ!
何かというと藍井エイルさんのライブ!福岡でやるライブのチケットがゲットできたのです!これで全落ちしても大丈夫だね♪
いや当たるに越したことはないんですけどね。
あ、あと話のネタも尽きたんで次回から劇場版編に入っていこうと思います。いいよね?大丈夫だよね入って?ネタバレも気にしないでもういいよね?
ということで、次回もよろしくお願いします。
なんか今日めっちゃ後書き埋まった。嬉しい。
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劇場版 シーン1 終わりが始まる
それでは、映画泥棒はすっとばして、本編へ。
どうぞ。
昔の話をしよう。
子供の時のことだ。雨上がりのその日、いつもの公園で、僕とことりと海未とそして穂乃果がいた。
穂乃果は何を思ったのか水たまりを飛び越えようと、何度も何度も挑戦して、そして、失敗していた。
泥だらけになったその姿を見て、もう止めようとことりが諭す。
けど、その忠告なんて穂乃果は意にも返さない。
何度も失敗して、けれどその瞳は諦めずに前を向いている。
なーんていうとちょっとばかしかっこいいけれど、穂乃果はただ失敗することを考えちゃいないだけ。馬鹿だからね。
頭にあるのは、成功した時の快感だけ。いつだって穂乃果はそういう奴だ。未来も過去も、現在だって変わらずに。
そして、何度も失敗したくせにその失敗を思わせないような軽やかな助走。
やがて、穂乃果はその水たまりを———————————。
「た、大変です・・・・」
「ってあれ?花陽?」
今日は卒業式、色々あって今僕は部室で伸びている。
その元凶たる一人である花陽が今さっき部室から出て行ったのに、深刻な顔をして戻ってきた。
「げぶ!!」
僕のことなんて眼中にないのか、それともやっぱりまだ怒っているのか。(俄然、後者の方が確立は高いが)僕の頭を見事に踏んづけて、花陽はパソコンに向かった。
「どうしたの花陽ちゃん!?」
そしてその花陽を追いかけるようにみんなも続々と部室に帰ってきた。
丁寧に僕の頭を踏んづけて。
「・・・なんであんた伸びてるの?」「に、にこちゃん」
最後に帰ってきたにこちゃんに手を貸してもらいながら、なんとか僕も立つ。みんなひどいや。僕がなにしたっていうんだ。最終回もう半年前だぞ、そんなの読者だって覚えてないよ。
「ど、デゥームです」
「「「「「「「デゥーム?」」」」」」」
口を揃えて花陽の言葉を反芻します。
「ドーム大会です!!」
「「「「「「「ドーム大会?」」」」」」
「秋葉ドームです!第三回ラブライブが秋葉ドームでの開催を検討しているんです!」
「秋葉ドームって、いつも野球やってる所かにゃ?」
「あんな大きな会場で?」
絵里先輩同様、皆驚きを隠せない様子だった。
「にこたち、出演できるの!?」
特に反応していたのがにこちゃん。
「いやいや、うちらもう卒業したやん?」
「今月まではスクールアイドルよ!」
うわー、都合いいー。
僕がにこちゃんの理論に苦笑いを浮かべていると、後ろからぞくっとした寒気。
「あら、やっぱりここにいたわね」
その寒気の正体は、理事長だった。
「お母さん!」
「その顔は、聞いたみたいね」
「本当にやるんですか!?ドームで!?」
「まだ、確定ではないんだけれどね」
理事長のその顔は、心なしか穏やかで誇らしげだ。
「だから、その実現のために前回ラブライブ優勝者のあなたたちに協力して欲しいって知らせが来たわ」
そういって差し出すのは一つの便箋。
「それって、まさか・・・・!!」
「え?なに?」
真姫ちゃんの驚愕に見開かれた目。僕はイマイチピンと来ずに聞き返す。
「まさか・・・・!!」
「だから何?」
穂乃果にも、同様に聞き返す。
「「「「「「「「まさか・・・・!!」」」」」」」
「だから何だっていうんだよ!・・・・あれ!?もしかしてわかってないの僕だけ!?」
どうやら僕だけだった。
こうして、僕らの終わりが始まる。
テレテンテッテッテテレテンテッテッテ♪テーテーテーテーテー♪
ラブライブ!ーThe School Idol Movieー
原作 矢立肇
原案 公野櫻子
脚本 花田十輝
「いやちょっと待ってえええええ!!!」
「もう!なんですか?雪?もうすぐ飛行機出る時間ですよ」
キャラクターデザイン
アニメーションディレクター 室田雄平
「いやその前にちょっと待ってお願いだから!あとスタッフロールいらないから!」
監督 京極尚彦
「スタッフロールはいいっつってんだろーが!!止めろ一回!ウゼーから!!劇場版っつても小説じゃ何ら変わりないから!いつもと同じだから!」
「いやほらやっぱり監督は出しといたほうがいいでしょ?」
「いや絵里先輩!どこに対しての気遣いよそれ!関係ないからこのssには!」
「他の細々としたスタッフはともかく、やっぱ監督は特別やん?」
「細々とかいうんじゃねえよ!皆ラブライブを作ってくれてる大事なスタッフさんだぞ馬鹿野郎!」
いったん深呼吸。
「どうしたの?雪君、そんなに慌てて」
「ことり!どういうことかこれは!」
したのにも関わらず、僕のテンションは変わらなかった。
「どういうって、ニューヨークのテレビ局が日本のスクールアイドルを紹介したいから理事長にオファーがあったって、言ってたやろ?」
「言ってたよ!言ってた!」
ことりの代わりに希が答える。
つまりはそういうことだった。そのために、今まさに空港でミューズはもれなく全員ニューヨークへ、大都会NYへ空の旅へと旅立つために飛行機を待っている状態だった。
「けどさ!そこに
「あ、また俺になってるにゃ」
「それは、招待されてるのがこの宇宙スーパーアイドルにこにーだけ!だからでしょ!」
「私たちも入ってるけどね」
真姫ちゃんは相変わらず興味なさげに髪の毛をクリンクリンさせている。
「真姫ちゃん!!どうにかならないの!?こう!なんていうかその、お金的な部分で!」
「はっきり言ったわね。言い淀んだ割にはっきりと口にしたわね」
頼むよ、マキえもーん。財布のポケットからお金を無尽蔵に出してよー。
「無理よ、いくらなんでもニューヨークのテレビ局にコネなんてないわ」
「そんな・・・・・僕一人、お留守番?」
「仕方ないよ雪君。あっちで美味しいお米あったらお土産に買ってくるからね」
「いやいらないよ。つーか花陽今からどこ行くかわかってるの?ニューヨークだよ?」
「まあまあ雪ちゃん♪あっちでチーズケーキ買ってくるからね。帰ってきたら二人で食べよ?」
「だから要らないって」
そんな馬鹿なことをしている間に、空港にアナウンスが入る。
勿論このタイミングなら、離陸時間が迫っているとのお知らせだ。
「ていうか穂乃果は今どこで何してるのよ」
絵里先輩が呆れたように時計を見る。
「それなら、もう着いていると連絡が来たのですが」
「早くしないと本当に飛行機出ちゃうよー」
ことりの不安そうな声も、最早僕には届いていなかった。
このとき僕の頭にあったのは、いかにしてニューヨークに行くか。ひたすらにそれだけである。
勿論正規でチケットやホテルを予約する金など腎臓でも売らない限りない。
「ねえ。雪穂、腎臓ってなんで二個あるんだろうね?一個余計じゃない?」
「なに恐ろしいこと考えてるの!?捨てな!そんな考え今すぐ捨てな!」
「仕方ないですよ。大人しく私たちと留守番してましょう?」
雪穂と亜里沙ちゃん。二人とも見送りに来ていた。
「あ、雪ちゃーん!!行ってきまーす!お土産何がいいかメールしてねー!!」
どうやら無事、穂乃果も見つかったようで。ぶんぶんと両手を振っている。
「まったく。穂乃果はいつも騒動を引き起こすんだから」
まあ今回ばかりは致し方ない。招待されているのは彼女たちで、頑張ったのも、頑張るのも彼女たちなのだから。
二、三日くらい我慢しよう。
「ウチの姉が申し訳ない」
「本当だよ」
「いってらしゃーいお姉ちゃーん!」
三人でその姿を見送って。
僕は、ゆっくりと踵を返した。
制作 サンライズ
「いやまだスタッフロール続いてたんかいいいいいい!!」
僕のシャウトが、空港に響き渡った。
Fin
「って、そう簡単に諦めるわけねーだろ!」
僕、inニューヨーク。
「ふはははは!来てやったぜ眠らない町!ニューヨーク!」
空港で一人、僕は叫んだ。流石はニューヨーク。周りには多種多様な人種の人たちが往来を闊歩している。
え?僕がどうやってここまで来たかって?そんなの決まってる、チケットなんて買うお金はモチのロンでない。
「ザ!密・入・国!!」
僕はキメ顔でそう言った。
飛行機・ホテル代なんてあるわけない。ということは自然、そういうことになる。
なんとか荷物に紛れてここまで来た。いやほんと、人間死ぬ気でやれば何でもやれるもんである。密入国くらいわけない。
「あれ?なんか僕今どんどんクズになってね?国際的なクズになってね?」
とりあえず、空気を変えて。せっかくここまでこれたんだ、穂乃果たちに会いに行こう。
「ヘイ!タクシーヘイ!」
初めて来た外国の空気と、密入国による異様なハイテンションでタクシーを呼び止めた。
ホテルの名前は聞いている。理事長が言ってたのを盗み聞きしていたから。
危なげもなく、僕は目的地を告げ。車は発進する。
「待ってろよ皆!今すぐ行く!!」
そして、着いたのは。
荒廃した村だった。
「・・・あれ?」
所々から聞こえるのは銃声音。目の前に広がる光景は、特撮映画かというくらいにダイナミックに爆発している。
「ちょっと待ってえええ!?」
ガンガンと今まさに降りたタクシーの窓を叩く。
「なにこれ!指定した場所と違うんですけどお!?」
勿論相手は外国人。日本語など通じないし、僕だって英語は喋れない。
目が合った。運転手と。
「運転手、さん」
にっこりと笑いかけてくれる黒人の運転手さん。
ブロロロロ。
そしてにっこりと笑いかけたまんまタクシーは走り去っていってしまった。
「あんにゃろおおおおお!!」
僕のその悲痛な叫びを掻き消すように後ろが爆発する。
熱風と熱気で焼け焦げそうだった。
そして見るからに野蛮そうな銃火器を持った男が二、三人。
あ、死ぬ。直感的にそう思った。
「まったくもう、仕方ないなー
「?」
一方、その頃。
同じ時、違う場所。
「これが・・・ホテル?ですか?」
「なにか・・・違うよう、な?」
「お化け屋敷みたいだにゃ」
タクシーに乗って目的地のホテルへと着いた海未、凛、ことり。のはずだった。
だが、そこはどう見ても寂れた今にもつぶれそうな廃墟。
「——————ああ!!」
「ど、どうしたのですか?凛」
不思議に思った凛が穂乃果に書いてもらったホテルの名前が記されたメモを見る。
「聞いてたのと名前が違うー!!」
「「ええ!?」
「うう、ひっく。ぐす」
なんとか、凛がホテルの名前を覚えていたおかげで最悪の事態は回避した三人。
「ご、ごめん!海未ちゃん!絵里ちゃんから渡されたメモ写し間違えちゃって・・・」
外国に行くということでいささかテンションが上がっていたのだろう。本来絵里が描くはずだったメモの一枚を穂乃果が意気揚々と書いていた。
今回はそれが仇となったようだ。
「だって、英語だったから」
たははとばつが悪そうに笑う穂乃果に、ついに海未の堪忍袋の緒が切れる。
「今日という今日は許しません!あなたのその雑で大雑把でお気楽な性格が!どれだけの迷惑と混乱を引き起こしていると思っているのですかぁ!!」
「まあいいじゃない。着いたんだし」
「良くありません!もしホテルの名前を忘れていたら今頃命はなかったのですよ!!」
「大袈裟だにゃ」
おーいおいおいと、枕に顔を埋めて泣き崩れる海未。
穂乃果や絵里がなんとか海未を宥めていたその頃。
あまりの出来事にホテルの名前を忘れた僕。
だが、命はない。なんてことにはならなかった。
「いやー、助かりました」
「本当に危ないところだったのよ君。わかってる?」
なぜなら、目の前にいる女性が助けてくれたから。
さらりと広がる橙色の綺麗な髪に、まっすぐに光る瞳。背は僕より少し高いくらいだろうか。
「ていうか、なんで助けてくれたんですか?」
危険地帯を通り過ぎて、比較的町並みが綺麗になってきた所を二人でタクシーから降り歩く。
この人のことを僕は知らない。僕と彼女はまったくの他人である。
「そりゃ同じ日本人が危ない目にあってたら、助けようって思うのが人情ってものでしょ?」
右腕に力こぶを示しながらにっこりとほほ笑む彼女に、僕はなんていい人なのだろうと感激した。
「それじゃ、ここらへんで私はもう行くね」
「え?送ってってくれないんですか?」
「バカ。私だって忙しいんだよこれでも」
比較的、安全だと判断したんだろう。僕を助けてくれた彼女は颯爽と町の雑踏の中に消えていった。
「いろんな人がいるんだなあ、ニューヨークって」
そんな馬鹿みたいな感想と、助けてくれたことに感謝の念を送りつつ。
僕は。
「Place your bet(プレイス ユア ベット)」
「ブラックにオールイン!!」
カジノに来ていた。
「・・・・・あり?」
そして負けていた。持ってきたお金全額。
一瞬で、一文無し。ちなみに着ていた服も全て剥ぎ取られた。今現在パンイチである。
「何やってんのぉ!!君!?」
「あ、さっきの人」
さてこれからどうしようか試行錯誤していたところ。さっきの女性が目の色変えてやってくる。
「何やってんの!?友達のところに行くんじゃなかったの!?」
「いやー、それがホテルの名前忘れちゃって。せっかくニューヨークまで来たし、とりあえずカジノでもしようかと」
「なんでよ!なんでとりあえずでカジノに行く流れになるの!?」
ギャーギャーと文句を言われながらも、僕が剥ぎ取られた服をお金を払って取り返してくれた。
「わー、ありがとうございます」
「とにかく!寄り道せずにちゃんと友達に会いに行くんだよ!?わかった!?」
「はい!」
言いながら、僕の足はカジノに。
「言ったそばからぁ!!」「待って!あと一回!あと一回やれば掴める気がするんです!今までの負けを取り返せる気がするんです!!」
ずるずると首根っこを引っ張られながら、僕の目はグルグルと欲に取りつかれていた。
「あー!アメリカンドリームがあああああ!」
「ほら!ホテルついたから!」
「・・・・ぐす」
「いつまで引きずってんのさ」
信用ないと判断されたのだろう。ホテルの前までついてきた。ばっちり監視された。
「ほら、早く行ってきなさい」
「・・・・・・」(ムス)
「行ってきなさい」
「はーい」
なぜだろう。さっき会ったばかりなのに、この人には外面を見繕うことができない。隠し事ができない。
なんだか、何年も前から一緒にいるようなそんなフランクさ。親近感を感じる。
不思議な人だと、振り返ったときにはもう彼女は姿を消していて。
「???」
僕は混乱した。
「ま、いっか」
とりあえず、ここまで来たんだから会いに行こう。彼女らに。
あれ?そういえば、なんであの人はこのホテルの場所が分かったのだろう。僕は名前すら忘れていてここだと言った覚えはないのだけれど。
「・・・まいっか!」
細かいことは気にしないことにした。なにせここはニューヨークだ。そういうこともある・・・・と思う。
「真姫ちゃーん!!」
「ヴェ!?」
いの一番に、僕はまず真姫ちゃんに会いに行った。会いに行ったというより、偶然見つけたといったほうが正しいが。
ロビーで歩いていた真姫ちゃんは、僕を見るなり素っ頓狂な声を上げる。
「な、なんで雪!?」
「会いに来たよ真姫ちゃん!会いたかったよ真姫ちゃん!」
ガシっと、勢いよく両手を握る。
(な、なにこれ・・・!幻!?雪に会えない私の妄想が映し出したこの世の不思議!?)
あわあわと、混乱している真姫ちゃんに僕は、真姫ちゃんに会ったら言おうと思っていた一言を言う。
「お金貸して!!」
「ああ、雪だわ。紛れもなくこれは現実にいる雪だわ」
さっきまで顔を赤くして、泡を食っていたのに。急に現実に目覚めたように、すっと目が半開きになった。
「頼むよ!マキえもーん」
「だれが便利な四次元ポケットよ!」
ていうか、と真姫ちゃんは素に戻り疑問を僕にぶつける。
「雪、あなたなんでこんなところにいるのよ」
「ああ、それは————————「雪ちゃん!?」」
ここまでの経緯を説明しようとすると、後ろから名前を呼ばれる。
「穂乃果」
「な、なんでニューヨークに!?」
見ると、他にも皆いた。夕食を食べた帰りかな。
「ああ、それね。実は」
「ソーリー、チョットイイデスカ?」
またもや話そうとすると邪魔が入る。なんだ。呪われてんのか?
と思って、怪訝な顔で振り返ると。
「アナタ、アヤシイデスネ。ミツニュウコクシタトイウジョウホウノカオニイッチシマス。アヤシイヤツ、ミナゴロシデス」
屈強な、黒服の怖いお兄さんたちが三、四人ほどで囲んでいた。
「—————————————!!」
背景に雷が落ちたような、そんな衝撃。
「サア、コチラニキマショウカ」
「い、嫌だあ!!僕は、僕はこの街で成功するんだい!!一生遊んで暮らせるような億万長者になるんだい!!」
ズルズルと首根っこを捕まれて、引きずられること今日二度目。
「ゆ、雪ちゃん!?」
みんなの心配そうな表情が見える。
「ま、真姫ちゃん!せめて!せめてお金だけでも!!大丈夫三倍にして返すから!!」
だから、僕は必至の覚悟で最後の言葉を残そうとしたのだが。
「あがっ!」
帰ってきたのは、中身の入った缶ジュースが勢いよく僕の顔にクリーンヒット。
みんな、一瞬にして冷めた表情になっていた。あれ?さっきまであんなに僕のことを案じてくれていたのに。人ってここまで瞬時に評価を覆すことができるんだ。凄いや。
なんて、冷静に分析してる場合じゃねえ。
「ちょ!ごめん!助けて!待って!行かないで!置いて行かないでええええええ!!」
今日何度目かの叫びが、人がごった返すロビーで響き渡った。
どうも松竹、高宮です。
ということで劇場版編が始まりました。久々に本編だったのでなんだか楽しくなってはっちゃけました。
そしてミューズファイナルシングル発売しましたね!勿論フラゲしてきました!
めっちゃエエ曲やないか。カップリングからなにからなにまでめっちゃエエ曲や。
ということで、しばらくは劇場版編が続きます。よろしくです!
それではまた次回。
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劇場版 シーン2 異国の地で
「・・・・・・・・・・・」
やあみんな!一週間ぶりだね!前回の結末は覚えているかな?え?ここがどこかって?そりゃもちろん——————————。
「シャラップ!」
「いやだあああああ!!」
パトカーの中さ(^_-)-☆
一晩立って、やっぱり密入国したのが僕だと判明して、今まさにアメリカの留置場に送られている最中。
「なんでだよおおおお!!なんでアメリカまで来てまたパトカー!?なんでまたパクられてんの!?神様俺の事嫌いだろ!俺も大っ嫌いだバーカ!!」
盛大にパトカーの中でシャウトする。
「ファッキュー!」
「うるせえ!バーカ!バーカバーカ!!」
どうせ日本語なんかわかんないだろうと、思いっきり罵声を飛ばす。
大体劇場版だよ!?最後だよ!?なのになんでパクられんの!?密入国?あーはいはいやったやったやりましたよ。でもそんなんなあなあでいいじゃん!空気読めよ!なに律儀にとっ捕まえてんの!?
現地の警察官の方に怖い顔で睨まれたので脳内でスパークする。
しかし、いくら嘆いても現状は変わらない。
ていうか、パトカー多すぎじゃね?
がっくりと項垂れながら荒廃した景色を見ているとそんなことに気付いた。普通一台あれば事足りるはずなのに、このパトカーをぐるりと囲むように何台ものパトカーが厳重に警護している。
ちらりと、僕は隣を見た。たぶんこの人が元凶。
スキンヘッドの頭に顔に無数の傷をつけた大男。なんだかグルグルと体を拘束されている。ミノムシみたいだ。
きっと、凶悪犯罪者とかそんなんだろう。いやまあそれはいいんだけど。
なんで僕とおんなじ車両に乗ってるの?
普通こういうのってわけるよね?なんでちんけな密入国者とテロリストの首謀者みたいなこの男が同じ車両で護送されてんだよ。おかしくね?
とは思うものの、どうせ抗議したって伝わらないわけで。
大人しくしてる他になかった。
と思ったら。
急に、後方から爆発音。
何事かと後ろを振り向くと次々とパトカーが爆発していく。
(あ、あ、アメリカ半端ねえええええ!!!)
こんな何もない辺り一帯何もない地域でまるで映画のようにダイナミックにパトカーが次々と爆発していく様を見ながら、僕はガクブルと震えていた。
やっぱアメリカ半端じゃない。規模が違う。
「ファッキュー!!」
なんか警察官も慌ただしい。どうやら不足の事態らしい。
パトカーを止め、バタバタととび出していった。
残されたのは、僕とその大男。
(・・・き、気まずっ!!)
なにこれ、なんでこんなことになってんの?
もう何がなんやらてんでわからない。ついていけない。
「・・・・・・ふう」
ガチャリと、隣から聞こえるはずのない音が。
まさか。とあり得るはずのない仮説を組み立てながら振り返る。
と、そこには拘束具を外したであろう大男が体を動かしながら座っていた。
後ろではなんか、ヤバめの音が聞こえる。銃撃戦みたいな。いやいや。
もう現実逃避し始めた脳に、声が聞こえる。
「お前、密入国したんだって?」
「・・・・・はい?」
その声の主は大男だった。
日本語だとか、なんで僕に話しかけてきたのかとか、まあ色々疑問はあったけれど次の言葉で吹っ飛んだ。
「俺らは、これからアメリカのギャング共をぶっ潰しに行くんだが。どうだ、お前もついてくるか?ここで会ったのも何かの縁だろう」
「ええええええ!?」
まさかの勧誘。それもギャングを潰すとか言ってる組織に。
「いやいやいやいや!!無理無理無理無理!!!僕そんなギャングとか無理です!!」
「そうか、協力してくれるならお前の密入国なかったことにできるんだがな。もちろん安全に日本にも返してやる」
「OKブラザー!ターゲットはどこだい?なんでもやるぜ」
「・・・俺が言うのもなんだが、変わり身早いな」
僕、ギャングを潰すことになりました。
「ひゃっはははははは!!!」
両手に持ったサブマシンガンをこれでもかと打ちまくる。が、どうやら腕がないらしい。そのほとんどが当たらない。
ああ、僕は変わってしまった。ついつい目の前に甘い汁があると飛びついてしまう。ほんとダメだなあ。
「死ねおら!!!!」
手榴弾の安全ピンを抜き、投げ、爆発。一連の動作に迷いがなかった。
四方八方に飛ぶ銃弾のせいで、辺り一帯の明かりは消え去っていた。
ここはギャングの巣窟。でっかい白のような豪邸に、あの大男に導かれやってきた。
「うぎゃああああ!!」「た、退却!!退却!!」
そこかしこに火が燃え盛り、悲鳴が鳴り響く。まったく、ひどいBGMだぜ。
「逃がすかボケええ!!」
そんな蜘蛛の子のように散り散りになっていく後姿めがけて銃を乱射する。
あれ?僕ってこんな性格だったっけ?言動とは裏腹に、頭で?マークが浮かぶ。
カチッカチッ。
どうやら、弾切れのようだ。
「・・・・・・チッ」
「おう!よくやったぞお前!正直ここまでやるとは思わなかった!」
大男に褒められて、気分がいい。
「どうだ、俺らと一緒に世界を駆け巡らないか?」
「・・・・・・・・」
ああ、もう僕ここに就職しちゃおっかなー!永久就職決めちゃおっかなー!ここが僕の居場所なんじゃね?これ以上しっくりくるとこなんて来ないんじゃね!?
大男の言葉にユラユラと僕の気持ちが絶壁に打ち付けられている儚い橋のように揺れていると。
「ちょっと!何考えてんの!?」
「あれ?・・・・お姉さん」
前回、僕を荒廃したニューヨークから救ってくれた橙色の髪を腰のあたりまで伸ばしたお姉さんがなぜかそこにいた。
「いいから!あなたはこんなトコにいちゃいけないから!」
「そ、そんな!待ってください!僕は、やっと、やっと居場所を見つけたんです!ここでなら、僕、輝ける気がするんです!」
「馬鹿なこと言ってないで行くよ!!」
ああー!僕の将来がー!輝かしい未来がー!!
一方、その頃。穂乃果たちは。
夕食時、レストランでなぜか花陽がむせび泣いていた。
「どうしたのよ」
真姫ちゃんがクルクルと髪の毛を弄びながらそう尋ねる。
「にこちゃん!かよちんに何したにゃ!?」
「何もしてないわよ!」
「・・・・く・・・・・が」
「え?」
よく聞こえなかったのだろう。穂乃果が聞き返した。
「白米が!食べたいんです!!」
勢いよく立ち上がる花陽に、一同は・・・ああ。という空気。
「白、米・・・?」
絵里が困惑した声を出した。
「そう!こっちに来てからというもの朝も!昼も!夜も!パンパンパンパン!パンパパンパパパン!白米が全然ないの!」
途中若干なんか別のビートに切り替わったが、それでも真剣なその表情にみんな困っていた。
「でも、昨日の付け合わせでライスが」「白米は付け合わせじゃなくて主食!パサパサのサフランライスとは似て非なるもの!!」
ズズイと、花陽らしからぬ怖い顔で海未に迫る。海未が圧倒されるほどだった。
「ごに飯と書いてご飯!!ああ、あったかいお茶碗で真っ白いご飯を食べたい」
泣きながら店員に出されたパンを食べる花陽。もはや病気だった。
「あ、このパンおいし」
ああ、パンもちゃんと食べるんですね。
「凄い白米へのこだわり・・・」
穂乃果のつぶやきに希は。
「真姫ちゃん、どこか知ってるとこないん?」
「まあ・・・・知らなくはないけど」
ということで一行は食べ物屋さんが並ぶ繁華街に。
「ニューヨークにもこんなところがあるんだね」
「まあ、世界の中心だからね」
「はああー、美味しかった♪やっぱり白米は最高です」
「良かったねーかよちん♪」
恍惚とした表情を浮かべる花陽。やっぱり病気だよね?怪しい薬とか入ってないよね?
「さあ、遅くなる前に帰りましょう」
「—————なーんか、こうしてると学校帰りみたいだね」
「そうね。不思議な感じ」
穂乃果の言葉に真姫ちゃんが同意する。
「みんなとこうしていられるのも、もう、わずかなはずなのに・・・」
その絵里の言葉にも、表情にも哀愁と残りを慈しむようなそんな感情が手に取れる。
「この街は、不思議と、それを忘れさせてくれる」
地下鉄の電車で、カードを通して先へ進む。
そんな絵里の言葉に胸を撃たれながら、穂乃果も同じようにカードをかざした。
が、カードからは不吉な音が。
「あ、あれ?・・・・そ、ソーリー」
後ろの外国人に謝りながら、おかしいなと首をかしげる。
その間にも、皆はグングンと先へ進んで行ってしまっていた。
「ああ!ちょっと!」
ここで迷子になるだなんてシャレにならない。お金が足りないのかもと思い、急いで券売機の方へダッシュする。
「うわあ!え、エクスキューズミー」
思ったより人込みで混んでいる。わたわたと慌てながら電車が構内に着いた音が、駅に響く。
「ああ!」
焦り、穂乃果は急いで電車に向かう。
長い階段を転びそうになりながら、最後はジャンプし、電車は今にも発車する。
間一髪だった。
ほっと、穂乃果は一息つく。どうやらギリギリで間に合ったようだ。
穂乃果の後ろでは、海未たちがサイレントで何か捲し立てているも、勿論穂乃果は気づかない。
そして、数秒もしないうちに電車は動き出してしまった。
やがて、誰もいない駅構内でようやく穂乃果は一つの事実に追いつく。
「もしかして・・・・・はぐれた?」
ザッツライト!!
「どうーしよー!!!」
とにかく、じっとしていても始まらないと思った穂乃果は階段を上り地上へと出る。
「ホテルの駅、こんなんじゃなかったよね」
深いため息。これからどうしようという不安に、穂乃果は胸が押しつぶされそうになった。
「あ、すみませ「ソーリー」
思わず、人とぶつかりそうになってしまう。
「・・・ソーリー」
違う環境。違う人。そして、違う言葉。
その何もかもが、不安を煽る材料にしかならなくて。
当てもなく歩く穂乃果。
一応、昨日一日ニューヨークを散策したのだ。どこかに見覚えはないかとキョロキョロと見回すも。
やがて、下を向いてしまう。
それでも必死に、歩くことだけは止めずにいると。
どこからか、声が響いてきた。
美しくて、力強くて、芯があって。
聞くものを魅了する。そんな歌声が。
穂乃果はフラフラと、自然とそちらに足が傾く。
「センキュー!」
そして、歌が終わると。自分の状況などすっぽ抜けてただ感動して両手を叩いていた。
「はい!お金はこちらによろしくお願いしまーす!お気持ちだけでも結構なんで!恵んでくださーい!どうせ日本語わかんないだろうけどーなんとなくのニュアンスで分かんだろ!?ね?」
「ゆ、雪ちゃん!?」
その刺々しい声とは裏腹に満点の笑みを浮かべた雪が、そこにいた。
「ゆ、雪ちゃん!?」
「あれ?穂乃果」
あのギャング抗争からお姉さんに助けてもらって、そのお礼と言うことで僕はお姉さんのお手伝いをしていた。
なんでもお姉さんは路上シンガーらしい。ぶっちゃけ手伝うことなど特にないので、荷物持ちやこうして集金行為を手伝っている。
「なんでここに?」
「こ、こっちのセリフだよ!黒服の人たちに連れていかれてたじゃん!」
「ああ・・・・それは、なんていうか・・・うやむやになったっていうか。帳消しにしてもらったっていうか」
あんまり人に胸を張って言えない行為をしてしまっているせいか、面を向いて穂乃果の目を見れない僕である。
クイクイと、裾を引っ張られ耳元にお姉さんの声が。
「ねえねえ、知り合い?」
「え?ああ、まあ」
「——————!!」
そう言われ、ちらりと見ると穂乃果は雷に打たれたような衝撃に見舞われていた。
「・・・・・外国で、愛人・・・?」
「おーい、憶測で物を言わない」
なんかとんでもない誤解をさせてしまっているようだ。
「あははは!迷子ぉ!?」
誤解を解くついでに、穂乃果の話を聞くとどうやら迷子になったらしい。ニューヨークで。ぷぷ。笑える。
「たまにいるよ。そういう人」
「雪ちゃんもお姉さんも笑わないでよー。ホント怖かったんだから」
とりあえず電車で移動して、お姉さんと穂乃果が座っている。
「でも、まさかホテルの名前もわからないとは」
「うー///」
「穂乃果、顔真っ赤」
「うるさい!」
「あはは」
なんだか、こうして見てみると嫌にそっくりである。いや、穂乃果とお姉さんの話だ。
従兄弟とか、姉妹とか言われれば僕はきっと普通に信じる。なんていうか、外見もそうだが、特に内面が似ているのだ。
(ああ、だからか)
僕はここで一つ合点がいった。
なんだか最初に会った時から妙な親近感を抱いていたのは、きっと穂乃果に似ていたからだ。
「それにしても、よく穂乃果の言葉だけでわかりましたね」
「当然よ。駅の近くでおっきなホテルでしょ?」
「はい!」
「おっきなシャンデリアもあるでしょ?」
「あります!」
「じゃあ、あそこしかないわね」
ふーん、確かにあそこいかにも高級そうなホテルだったしこっちに住んでる人ならわかるのかもしれない。
「あ!」
「ど、どうかしたんですか!?」
「マイク・・・・忘れた・・・?」
「ええ!?」
「いや、ここにあるから」
お姉さんの隣、そこにマイクケースはどっしりと座っている。おかげで僕が座るスペースがない。別にいいんだけど。ていうか、誰が持ってきたと思ってるんだ。
こういうところとか、すげえ似てる。他人のそら似という奴だろうか。
まさか、ドッペルゲンガー?
談笑している穂乃果とお姉さんを見ながら、たらりと冷や汗が頬を伝う。
ぶるりとした寒気。
なーんて、ないか。
自分のその考えを振り払うように、電車は着く。
「これでも、昔は仲間と一緒にみーんなで歌ってたのよ。日本で」
「へー」
「でも、色々あってね。結局、グループも終わりになって。当時はどうしたらいいかよくわからなかったし。次のステップに進めるいい機会かなーって考えたりしたわね」
そのお姉さんの言葉に、穂乃果は立ち止まる。まるで、今の穂乃果たちのような、そんな話に。
「それで、どうしたんですか?」
力強く、それでいて繊細に。穂乃果は聞いた。
「簡単だったよ。とっても、簡単だった」
「————————————、」
「今まで、自分たちがなぜ歌ってきたのか。どうありたくて、何が好きだったのか。それを考えたら、答えは簡単だったよ」
そして、また歩き出す。
「あのー、わかるようなわからないようななんですけどー」
この時ばかりは、話を聞いていた僕もおんなじ感想だった。
「今はそれでいいの」
「えー!」
「それでいいの!」
「やですー!」
「いいの」
「えー!」
「すぐにわかるよ」
そう言ったお姉さんの横顔を、僕はただ黙って見ているだけだった。
「穂乃果!!」
いつの間にか、ホテルまで着いていたようだ。
海未の真っ直ぐな声が、道路に響いて伝わった。
「みんな!」
穂乃果は駆け出す。横断歩道を超えて。
「みんなー!」
「なにやっていたんですか!!!」
駆け寄る穂乃果に、鋭くぶつけられる海未の声。
辺りが静まり返る。
「海未、ちゃん」
海未のその瞳には涙が溜まっている。
「どれだけ探したと思ってるんですか」
きっと、本当に心配したのだろう。その性格を穂乃果は一番知っているはずだ。
ぎゅっと、穂乃果を抱きしめる海未に、穂乃果も満ち足りた顔をしている。
「ねえねえ、僕は?僕は?」
「ああ、雪、あなた居たんですか」
・・・・あれ?
「死んだんだと思ってたわ」
「真姫ちゃんひどくね!?」
つーか扱いの差ありすぎじゃない!?なんで海未に限って言えばもったいないとでも言いたげにさっきまでの涙が引っ込んでるの!?なんで全員虫けらを見るような目なの!?しまいにゃ泣くぞ!この野郎!「僕も結構心配されるような別れだったはずなんだけどなあ・・・・・」
思わず、遠くを見つめてしまった。
「冗談よ。雪のことも、みんなちゃんと心配してたわ。もちろん、私もね」
「えりぜんばいいいいいい」
そう言って抱きしめてくれる絵里先輩に、その暖かい包容力に思わず泣きそうになる。ていうか泣く。
「よしよし」
ああ、人の体温ってこんな暖かかったんだ。やっぱり僕がいるべきなのはこっちだ。決して、あんな殺伐としたライフじゃない。
「ちょ!わ、私だって別に心配してなかったわけじゃなかったっていうか・・・・別に・・・・」
「いいよもう。真姫ちゃんは」
「ちょ!嘘!嘘よ!心配してたわよ!そ、そうだ!雪帰りの飛行機はどうするの!?良かったらここにチケットがあるんだけど」
「お金でちょろまかそうとしてない?」
「うぐっ」
形成逆転。わっはっは。
「あ!そうだ!実はここまでね———————」
穂乃果は、ここまで連れてきてくれたお姉さんを紹介しようと思ったのだろう。
「あれ?」
だが、振り返っても、そこには誰もいなかった。あるのは横断歩道と急ぐ車。そして暗闇だけだ。
「途中であった人と、ここまで・・・・」
「人?」
「誰もいなかったにゃ」
「そんな!」
思わず悲痛な声を上げる穂乃果。僕も、その凛の言葉には疑いたい。
まさか・・・・本当に。
ドッペルゲンガー?
って、まさかね。暗がりでよく見えなかっただけだろう。
「まあいいわ、明日に向けて早く部屋に帰りましょう」
「あ!穂乃果ちゃん帰ってきたやん」
ひょっこりと、ホテルのドアから希やにこちゃん、そして花陽も顔を覗かせる。みんな、穂乃果が帰ってきて安心している。そんな表情だった。
「あの!ごめんなさい、穂乃果、リーダーなのに。みんなに心配かけちゃった」
「もういいわよ」
「その代わり、明日はあなたが引っ張って最高のパフォーマンスにしてね」
「絵里ちゃん・・・・!」
ん?明日?
「私たちの最後のステージなんだから」
「ああ、そういえばライブしに来たんだっけ」
「忘れてたん!?」
「いや・・・・まあ・・・・あはは」
思わず苦笑い。
そうか、そういえば明日で本当に最後なんだ。
なんだか今まで目を背けていたことが急に否応なく現実として襲いかかってくる。
最後、は、もう迎えたはずなのに。決意も覚悟も、できていたはずなのに。
いざこうやって目の前にすると、いともたやすく崩れ落ちて行ってしまう。
もろいものだなあ。
本当は訪れなかった、ボーナストラックのようなもの。
うん。だからまあ、複雑なまま、それでもただ楽しもう。
彼女たちのライブを。
「ていうか、雪。あなた今日はどうするの?ていうか昨日はどうしたのよ」
絵里先輩が、心配したように訪ねてくる。
けれど、心配はご無用だ。
「昨日は、あの、取り調べ室みたいなとこで一夜を明かしましたけど・・・・今日は違いますよ!」
そう、なんたって。
「僕には今!お金があるのだから!!」
バッサリと札束を片手に抱える。
「ど、どうしたのかにゃ!?それ!?」
「ふふふ。まあ、色々とね」
あの大男からもらった。ギャングを潰した報酬に。
なーんて、当然言えない。
「さあ!今の僕は言わばスターを獲ったマリオ状態!無敵!ヘブンさ!」
意気揚々と、ホテルのカウンターに札束を叩きつける。
「おらあ!最上級のスイートなルーム用意しろやコラあ!」
まるで田舎のヤンキーのような見事な首の曲げっぷり。
「はあ、雪がお金を持つとロクなことにならないわね」
なんか言いましたか?真姫ちゃん!?
ていうかよくよく見てみると、昨日僕を引きずりだした黒服だった。
ふふんと、勝ち誇ったように鼻で笑う僕に、その黒服は無表情なまま部屋に案内してくれる。
「そうそう、お客様の言うことは絶対だからな!」
調子に乗ってばしばしと肩を叩き続ける僕に。
「大丈夫ですかね・・・・あの子」
「大丈夫じゃないと思うな。ことりは」
そして、通されたのは、なぜかボロイ部屋。
所々に蜘蛛の巣とかあるし、埃っぽいしベットはあるけど、逆に儚い。
「あれえ?」
「」(ニッコリ)
僕がおかしいなと首をかしげていると、扉が閉まって鍵がかけられた。
「・・・・あれえ?」
窓から差し込む月の光が、切ない。
「ちょっとおお!?おいおいおいおい!!ここのどこがスイートだ!全然甘くないだろむしろ苦いだろ!」
ガンガンと扉を叩く。
「金ならあんだよ!」
「オカネ、タヨル。ヨクナイ」
「————————————っ!!」
ドア越しに聞こえてくるその声は、なぜか荒んだ僕の心になぜかふんわりと染み込んでいく。
そうだ。僕は今までお金がないならないなりに、工夫して暮らしてきた。
それがどうだ。ちょっとお金を増やせるかもしれないという誘惑に負け、全財産をカジノですり。ちょっとお金をもらったからって横暴な態度。
くそ、お金の魔力に取りつかれていた。お金があったって幸せになるとは限らないのに。
「ソコ、ケシキ、トッテモ、スイート」
「——————————、」
いわれて、窓に近づく。
そこから見える夜景は、確かに綺麗だった。ニューヨークの全貌を見渡せ、もう夜も更けているというのに一向にその煌きは止まるところを知らない。
さすがは眠らない街。世界の中心ニューヨークだ。
「って、ごまかされるわけねえだろ!!いいからスイートルーム用意しろやあああああ!!!」
我慢、できませんでした。
「もうー、いつまで泣いてるの?雪君」
「だって、一生に一度のチャンスだったのに。あんなホテルに泊まれるなんて」
空港。飛行機が来るまでの待ち時間、僕は悔しさに唇を噛むしかなかった。
結局、僕はあそこで一夜を過ごすことになり夢のスイートは本当に夢となり儚く散ったのだ。
「もう、鬱陶しいわねー」
「真姫ちゃん」
「そんなに行きたいんなら、その、私が連れてってあげるわよ。もっと・・・・すごいとこ」
「まぎじゃあああん」
思わず泣いた。
結果から言って、ライブは大成功だった。
異国の地で輝くミューズは美しくて、来てよかったと思える。まあ、方法はちょっとアレだったけど。
けれど、やっぱり生で見たいというのはファンなら当然の心理と言えよう。え?なに?そんなんじゃ正当化されない?・・・・ごめん。
そんでもってもう、帰る時間だ。
終わりというものがあって、終わったのだと思ってた。けれど、もう一度だけミューズが見れた。それも最高の。
それだけで法律を犯した甲斐はあったと思う。え?なに?綺麗にいってもやっぱり駄目?・・・・ごめん。
そんなこんなでもうそろそろ飛行機に乗り込む時間だ。
今度は行きとは違い本当にあの大男の言った通り一緒に飛行機に乗って帰ることができた。感謝感激雨霰である。
ピンポーン。
ことりの後ろに並び列の最後にあのゲートのような金属探査機を潜り抜けると、そんな間抜けな音が響く。
「え?」
「雪、ちゃん?」
ものすごーく不安そうな顔。おいおい、そんなに信用ないのかい僕は。
誓って変なものは持ち込んでませんよ?
「あーはいはい!ベルトねベルト」
どうやらベルトが引っかかったらしい。現地の人が腰のあたりを指さして気づかせてくれる。
あれ?でも僕そんなギラギラのベルトとかつけてきたっけ?
頭の片隅に疑問を抱きつつも、ベルトを外し、再度挑戦。
ピンポーン。
再度、間抜けな音。
そして、身体検査。
「あっはっは、大丈夫だって。そんな心配そうな目で見ないでよみんな」
ものすごーく、心配そうな顔だった。
そして。
ゴトリ。
と、重厚な音がする。
「んんん?」
出てきたのは、 拳銃が一丁。
「・・・」
場が、静まり返った。
僕の頭は、予想の斜め上すぎる出来事に脳がついていかない。
拳銃。拳銃って、そんなの僕が持ってるはずが————————————。
一瞬フリーズした脳は、やがて急速に回転していく。
今日あった出来事が、まるで映像のように鮮明に早送りされていく。
「あああ!!大男に拳銃借りっぱだった!!」
ようやく思い出した。サブマシンガンやらなんやらが物騒すぎて、拳銃の価値が軽くなってたもんで忘れてた。
「つーか待って!またこのオチ!?僕この二日間でどんだけ警察の厄介になるの!?」
「雪ちゃん、更生してちゃんと出てくるんだよ?」
「何言っちゃってんの穂乃果!?殺った前提ですか!?」
「雪君、何年経っても、何十年経っても、ことり。雪君のこと忘れないよ?」
「諦めが早い!!」
「雪、大丈夫よ。保釈金はちゃんと払ってあげるから」
「わーいありがとう真姫ちゃん!ってバカ!そもそも殺ってねえっつってんの!!」
「雪・・・・やはり、アメリカがあなたを変えてしまったのですね」
「ねえ誰か一人でも僕の話聞いてくれます!?」
「雪君・・・・・どんなになってもウチの婚姻届けの半分は雪君のやからね」
「ああわかりました!僕の信用って地に落ちてるんですね!」
「ハーイ、ショデクワシイコト、キキマース」
「ああちくしょう!まだ全員のボケにツッコんでないのに!!」
ずるずると力強い腕に床を引きずられる。
「やだああああ!!もう警察はいやだあああああああ!!」
どうもお願いシンデレラ!高宮です。
全然関係ない話ですけど、カクヨムというサイトがあってですね。そこで僕も小説を投稿とかしてます。「ようこそ、世界の終焉へ~福谷利太郎の手記~」というタイトルです。
詳しいことはサイト内で。興味ある人は是非。興味ない人も是非。
それではまた次回もよろしくお願いします。
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劇場版 シーン3 募る思い
「昨日の中継すごい評判よかったみたいだよ!」
空港。僕らは無事に。いや、本当に無事に日本へと帰ってきた。だから本当に無事だってば。
色々あったニューヨークに別れを告げて、僕らは帰ってきた。
花陽の言う通り、どうやらライブも大成功だったようだ。
「ドーム大会も、この調子で実現してくれるといいよね♪」
帰りの飛行機の中、みんなが眠っている最中に穂乃果は言っていた。「また来よう。みんなで。いつか、必ず」と。
僕はそれを耳で聞いていただけだったけど、でもその言葉をきっと。僕はずっと求めていたのだ。
また。
もう一度。
そういう願望を。
あれが最後だなんて、それこそ死ぬほどわかってるけど。
でも———————————。
「はー、エコノミーってこんな感じなのね」
「じまん?」
後ろで真姫ちゃんとにこちゃんの会話が聞こえる。二人は、ニューヨークに行っても相変わらずだった。僕はあんなに苦労したというのに。一切観光とかできなかった。
「あ、そういえば真姫ちゃん」
「?」
希が真姫ちゃんに顔を近づける。
「—————曲は出来た?」
「んな!」
小さな声で、耳元でそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。
・・・・真姫ちゃん。耳が弱いのかな?
「だから!あれは関係ないって」
何の話をしてるのか、僕にはわからなかったけど。考える暇もなく絵里先輩が僕らを呼びに来た。もうすぐバスが来るそうだ。
「じゃあ帰ろう」
穂乃果の言葉通り、みんなで家路に着こうというとき。
ちょっぴり寂しさを感じながら、終わりを実感していると。
どこからか、視線を感じた。
それは、僕だけじゃないようで。
視線だけじゃなく、なんか、こう、高揚感というか。例えるならそう、道端で偶然有名人に会ったかのような。そんなさざめきが、空港のあちこちに存在していた。
「知り合いですか?」
「ううん」
海未が聞いて、穂乃果が首を振る。もちろん、他のメンバーの知り合いでもなければ僕の知り合いでもなかった。
「・・・・・雪ちゃん。また何かしたのかにゃ!?」
「真っ先に疑われてる!?違うよ!本当に今回は何もしてないよ!」
こんな言い方すると、じゃあ前回は何かしたのかってなるけど!いやしたな!ごめん!
「・・・・・雪。正直に言いなさい。今なら怒らないから」
「だからなんでやってる前提なの!?信用とかないわけ!?」
「「「「「「ない!!!!!!」」」」」」
「うわー!息ぴったり!」
ちくしょう。こんな悲しい団結感はいらないよ。
僕を見る目がみんなジトーっと訝しんでいる。僕の名誉を晴らすためにも、耳を澄ませて周りをよく観察した。
すると、ヒソヒソ声はどちらかというと黄色い歓声のようなもので。あちこちから「かわいい」だとか「本物だー」とか、そういった声が聞こえる。
「あれ?これは、本当に雪君じゃないんじゃないかな」
どうやらその反応の違和感にみんなも気づいたようで、花陽がいの一番に僕じゃないと言ってくれた。
「・・・・確かに。雪には変な反応ですね」
話し込んでいたからだろうか、その声も段々と大きく広くなっていく。
「これは、どういうこと?」
さすがの希も動揺しているようだった。
「凄い、見られてる?」
絵里先輩の言う通り、最早隠す気などなくあまつさえ手を振っている者もいた。
「もしかしてスナイパー!?」
花陽の一言に、ミューズは騒然となる。
「————何をしたんですか!?もしかして向こうから何かヘンな物でも持ち込んだんですか!?」
「だからなんで僕なの!?持ち込んでないから!」
容疑が再発した。花陽め、余計なことを。
そうして、見当たらない原因に軽くパニックに陥っていると。一人の女生徒が勇気を振り絞った様子で僕らに話しかけてきた。
「あの!サインください!」
「「「「「・・・・・へ?」」」」」
全員、口をぽかんと開けていた。
「あの・・・ミューズの高坂穂乃果さんですよ、ね?」
「え、あ、はい!」
その反応に不安になったのだろう。その女生徒は恐る恐る確かめるようにそう聞いた。
「そちらは南ことりさんですよね!?」
穂乃果が肯定したことにより核心を得たのか、どんどん勢いが増していく。
「そちらは園田海未さんですね!!」
最早確定していた。
「違います」
あ、嘘ついた。嘘ついたよこの人。
「海未ちゃん!」
「なんで嘘つくにゃ!」
花陽と凛から咎められ、海未は少々顔を赤くしながら。
「だって!怖いじゃないですか!」
あー。なんか変わってないなー。
昔は相当怖がりで臆病だった海未。今でこそこんなにしっかりしてるけど、やっぱ根本のとこでは変わってない。
「空港でいきなり、こんな「私!ミューズの大ファンなんです!」
海未の言葉をさえぎって、その女生徒は興奮気味にそう告げた。
「・・・ファン?」
「あれだよ、その人たちのことが好きって意味だよ?」
「わかってるよそれくらい!」
穂乃果に耳打ちしたのだが、ブンブンと手を上下に振られ返される。
「あの!私も!」「私も大好きです!」
「「「お願いします!」」」
すると、その女生徒の友達だろうか。同じ制服の子が増えサイン色紙を手渡された。
一人が二人に、二人が四人に。四人が・・・・・だめだ。数えてたら眠くなる。
とにかくそれくらい。あっという間にミューズのみんなの前には長蛇の列ができていた。
みんな、サイン欲しさに並んでいる。
え?僕?
僕は。
「はーい、押さないでくださーい。順番にお並びくださーい。慌てないでー」
列の整理をやっていた。・・・・バイトか。
なんだろう、なんか最近全然良いとこないぞ僕。わけわからんうちに捕まって、ギャング潰したり。全然良いとこないよ!僕主人公なのに!劇場版なのに!
「これは、いったい」
どうやら困惑していたのは僕だけでないらしい。凛もまた、不思議なものを見るような顔をしていた。
「はっ!もしかして夢!?」
穂乃果、それはいくらなんでも。
「それは考えられるにゃ!」
え?
「でも、だとしたらどこからが夢?」
あれえ?ことりまで?
「うーんと・・・旅行に行く前くらい?」
列の整備をしているため、心の中でしかツッコめないのがもどかしい。
「えー!そんな前から!?」
ねえなんでそんなに新鮮なリアクションができるの?なんでそんなに一部の疑いもなく信じることができるの?なんなの?ピュアなの?
だったらもうちょっと僕のことも信じてもらってもいいんじゃありません?
「それは・・・いくらなんでも」
そうそう。そうだよ、言ってやってよことり。
「幼稚園の時のことだった。くらいからじゃないかな?」
まさかの一話冒頭から———————————っ!?
このssまるまる夢?なわけないでしょうが。
「長い夢だにゃー!」
だからツッコめや!!なんでそんなに驚けるの!?クイズ番組で、大魔王といえばピッコ・・・・?ぐらい簡単な間違い探しだよ今の!ロ!しかないよもう!
「ねえ、海未ちゃん。海未ちゃん?」
穂乃果の声が、どうやら海未には届いてないらしい。さっきからずっと色紙とにらめっこして唸っている。
「・・・・じゃあ、どうして」
そんな海未に聞くのは諦めたのか、穂乃果は周りをキョロキョロとしだした。
そして———————————。
「———————っ」
段々、驚愕に目が見開かれていく。
そんな穂乃果の顔が気になって、穂乃果の視線の先をたどると。
「—————————っ!」
あんぐりと、口を開けてそのまま表情筋が固まってしまったように僕は動けなくなる。
「「えーーーーーーーーー!!?」」
二人の声が、空港に響き渡るのは自然なことだったろう。
結論から言うと、驚いたのはそれだけじゃなかった。
空港だけじゃなく、秋葉の街、至る所にミューズが存在していたからだ。
家電量販店の画面にミューズ。ショップの看板にミューズ。ビルの壁一面に、ミューズ。
まさに、ミューズが街を支配していた。
「ほえー」
能天気な声。その声は穂乃果のものだった。
だが、そう言いたくなる気持ちもわかる。僕は声も出せなかったが。
「これは」「いったい」「どういうことー?」
順番に希、絵里先輩。そして穂乃果だった。その気持ちはわかんない。
「うわ!こっちにもあるにゃ!」
「こんな応援チラシもある!」
ことりも凛も、異様なその状況に驚いているのか戸惑っているのか。
いや。ことの大きさに、僕も海未も、いやみんなついていけてなかった。
「こ、これは・・・・」
「あの!」「やっぱり!?」
そうやって騒いでいたからだろうか。ファンと思しき女の子に見つかってしまった。
いつもとは違うその状況に、海未の顔もひきつっている。
僕は。僕は。
「・・・・穂乃果、サイン頂戴」
「ええ!?ゆ、雪ちゃんも?」
「もしかしたらみんなのサインがこの先高騰してものすごい値段になるかもしれないそうこれは投資だよ投資なんだなにもやましいことはない僕を助けると思ってさあ早くみんなのサインを!」
もれなく、瞳が¥マークになっていた。ダブルでなってた。何も見えなかった。
「ぶべら!」
はたかれた。無表情な穂乃果に。ほっぺたを。
「・・・・・・ごめんなさいは?」「ごめんなさい」
謝った。すぐ謝った。びしっと九十度腰を折り曲げて謝った。
そんなことをしていたら、いやしていたといっても数秒だ。だが人の口に戸は立てられぬというように、あっという間に空港の再現が。
「あうー。ど、どうもー」
困ったような穂乃果の表情が終始顔に張り付いていた。
「参ったわね」
「真姫ちゃん。そのグラサンなに?」
「うっぅうう」
「海未」
「あれ?無視?」
いくない!無視はいくないよ!確かにさっきのは僕がちょっと悪かったけども!
「無理です!こんなの無理です!!」
海未はまた泣いていた。それもそうだろう、どこにいってもファンだという人たちに追っかけ回されて怖かったのだと思う。僕ですらちょっと怖かった。
海未も、みんなもスクールアイドルだ。アイドルだけど、プロじゃない。だから、こういうのには慣れてない。
「こっちに来てから、街を歩いていても気づかれるくらいの注目度。海外でのライブが色んなところで流れてる」
グラサンのまま、真顔で口を開く真姫ちゃん。ツッコんだら負けだと思うことにした。
「やっぱり、夢なんじゃない?」
穂乃果は自分の頬をつねるような仕草で、現実感を確かめている。
「穂乃果ちゃん!」
ことりがなだめるようにいうと、凛が「でもそう思うのもわかる!」と、若干興奮した手つきで話す。
「凄い再生数になってる!」
花陽の手元にあるのはスマホ。そこには動画サイトでのミューズが映っている。
「じゃあ私たち、本当に有名人に?」
「そんな!無理です!恥ずかしい」
おいおいおいと、海未は一層泣き崩れた。
それほど?それほど嫌なの?
でも確かに、海外でライブをして今まで比じゃないほどの反応だ。
「でもさ!海外ライブは大成功だったってことだよね!?」
穂乃果の顔はようやく明るくなった。
「うん!そうだと思う!」
「ドームも夢じゃないよね!これでドームが実現したら、ラブライブはずっと続いていくんだね!」
良かったうれしいと、子供のように跳ねる穂乃果。
そっか。ラブライブは、続くのか。もし、ドームが実現すれば。
そのことには、気づきなかった。
「まだよ。まだ、早いわ」
んんん?
「それより、バレずにここを離脱するのが先よ」
あれれ?
なーんで三人とも、グラサンしてるの?
「ねえ、絵里先輩・・・・」
絵里先輩までぇ!?ちょっと!あなたそういうキャラでしたっけ!?
「そうよ。今や私たち、スターなんですものぉ!」
あれぇ?なんかどっかから音楽かかってるぅ!?なんか三人が踊りだしてるぅ!?なんか歩き出してるぅ!ランナウェイだあ!!
・・・・いやいや、なにこれ!戻ってきて!三人とも戻ってきてえ!
負けだった。ツッコんだ僕の負けだった。
「そうなの!あのライブ中継がやっぱり凄かったらしくて」
穂むらで雪歩が今までの経緯を説明してくれる。
「ほら」
差し出されたのはパソコン。そこには秋葉の街だけではなく色んなところでミューズが話題になっているのが見て取れた。
雪歩によると、穂むらも穂乃果のおかげで売り上げが上がったらしい。
「うそ!お小遣いの交渉してこなきゃ!」
流石穂乃果だ。この事態を目の前にしてもいつも通り。平常心を崩さない。
「そんないいもんじゃないでしょ」
お茶をすする真姫ちゃんに言われ、だよねーと返す。
「そうよ。人気アイドルなんだから行動に注意しなさい」
にこちゃんは?にこちゃんのさっきの奴は人気アイドルの行動なの?
ていうかなんで普通に座ってられるの?さっきのことはなかったことにしようとしてるの?無理だよ?あの衝撃は絶対忘れないよ?
「そんなことより「「考えなきゃいけないことがあるでしょ?」」
絵里先輩と真姫ちゃんの声が被る。
「考えなきゃいけないこと?」
なんのことか穂乃果はピンときていない様子。かくいう僕もピンと来てない。
「わかんない?」
ちらと、真姫ちゃんと目があう。けど、やっぱりわかんない。
「こんなにファンに注目されているのよ」
「そうやね。これは間違いなく」
どうやら、希は察しているようだ。・・・・・・えー、なに?なんなの?
「次のライブ!?」
ああー、ん?どういうこと?
なぜか学校の部室へと移動して。その言葉を聞いた。
納得しかけたけど、やっぱり無理だった。
「つまりね。みんな次のライブがあるって思ってるんよ」
なるほど!
でも、ミューズは終わるんだ。
・・・そのはずだ。
「まあ、これだけ人気が出れば。解散のことは私たち以外には話していませんでしたからね」
ああ!確かに!
そこで、僕はやっと納得した。自分たちのことで頭いっぱいで、確かにそのことを周りの人には言っていなかった。
・・・言っていたら、次のライブだなんて話はなかったのだろうか。
「でも!絵里ちゃんたちが三年生だってみんな知ってるんだよ!卒業したらスクールアイドルは無理ってわかるじゃん!」
穂乃果はぶーぶーとしかめっつらだ。
でも、多分。
「見てる人にとっては、私たちがスクールアイドルかそうじゃないかってのはあまり関係ないのよ」
真姫ちゃんの言う通りきっと見てる人には、アイドルとスクールアイドルの区別なんて気にしてないんだ。それを気にしているのは、今現在僕らだけ。
だったら。
だったら、もう一回ライブすればいいなんて。そんな簡単に僕には言えなかった。
区切りをつけて、最後だと言って。その気持ちに泥はつけたくない。
「でも、実際に学校を卒業してもスクールアイドルを続ける人はいる。ラブライブには出られないけど、歌を発表したり踊ったりしてる人はいるから」
「そっか」
その言葉を聞いたからといって、僕の何かが変わるわけではないし。皆の何かが変わるわけでもないんだろう。
だけど、僕は一縷の望みに賭けてしまう。どこかで、ひょんなことで心変わりしてくれないかと。
ずっと。ずっと、そう思ってる。
「では、どうすればいいのですか?」
仕方ないけど————、今回ばかりは———————。
みんなが思案してる中、僕は半ば諦めていた。
「ライブ、やるしかないんやない?」
「ええ!?」
きっと希の言葉に一番驚いていたのは僕だ。だって、みんなこっちをびっくりしたような表情で見てるもの。
「・・・・雪、ちゃん?」
ことりの心配そうな表情が目に映る。
「い、いやだって。ミューズはもう終わりで、解散で・・・」
言葉尻に下を向いてしまう。
「うん。だから、ちゃんと終わるために、終わるんだって皆の前でいうために。ライブをするんよ」
希のその言葉は一理どころか百理はある。
「・・・・・あのね、雪。私たちは」「いえ」
その絵里先輩の言葉を、僕は遮る。
「わかってます。ちゃんと、わかってます。すいません、ちょっと驚いただけです」
だから、できるだけ晴れやかに。できるだけ笑顔で。
僕はそういった。
大丈夫だと。
大体、もう一度ライブがみられるんだ。恋い焦がれて、いつだって呆れるほどに望んだそのライブを。
なら、僕の気持ちなんてどうだっていい。ライブが見られるなら、それが事実なら。後はどうだっていい。
「それに、ふさわしい曲もあるし」
曲?
「ちょっと!希!」
希の言葉に真姫ちゃんが反論している。
「いいやろ。実は、真姫ちゃんが曲を作ってたんよ。ミューズの新曲を」
・・・・ああ。それで空港のときになんか耳打ちしてたのか。
「ほんと!?」
穂乃果のその顔は新曲と聞いて綻んでいた。
「でも、終わるのにどうして?」
それは、ことりだけじゃなくて僕も、みんなも聞きたいことだった。
「別に、ライブで歌ったのが最後の曲かと思ったけど、そのあと色々あったでしょ?だから、自分の区切りとして。ただ、ライブで歌うなんてそんなつもりなかったのよ」
そういって真姫ちゃんは音楽プレイヤーを取り出した。
穂乃果が、ことりがイヤホンを耳にする。そして凛がにこちゃんが、やがて全員にその曲は行き届いた。
「これで作詞できる!?海未ちゃん!」
「ええ、実は私も書き溜めていましたから」
「私も!海外で衣装のことばっかり考えてた♪」
「みんな、考えることは同じやね」
そうだったんだ。僕があっちでニューヨークの魔力にやられてる間にそんなこと考えてたんだみんな。
なんか、本当に申し訳ないというか目を逸らすしかない僕である。
「はい!雪ちゃんも!」
みんなが聞いていたイヤホンを、今度は僕に差し出す穂乃果。
「い、いいの?」
僕が、聞いても。
「いいに決まってるでしょ?」
真姫ちゃんが、髪をくるくるしながらそう言ったので。
「はい♪」
穂乃果が笑顔で僕の耳にイヤホンを差し込んでくれるのを、受け入れた。
耳に、穂乃果の柔らかくて温かい両手が添えられる。
「—————————、」
ああ、本当に。いい曲だ。
「真姫ちゃんが作る曲は、いつも好きだけど。でもこの曲はその中でも最高に好きだよ」
それは、なんていうか本心だった。いつもなら恥ずかしくて言えないようなことを、その時は言えた。
「・・・・そ、そう」
代わりに真姫ちゃんが恥ずかしそうだったけど。
「どう?やってみない?最後のライブ」
希が確認する。
「・・・・穂乃果ちゃん?」
けれど、穂乃果から返事は聞こえなくて。
「なんのために歌う」
「穂乃果ちゃん?」
「——————あ、ごめん!こんな素敵な曲があるんだったらやらないともったいないよね!」
穂乃果の言葉にみんな頷く。
穂乃果の呟き、みんなが聞いていたのかどうかはわからないけど、僕には聞こえた。
なんのために歌うのか。それはあのニューヨークで会ったお姉さんも言っていたことだ。
あのお姉さんはすぐわかると言っていたけど、穂乃果は、見つけたのだろうか。
「やろう!最後を伝える最後のライブ!」
そして、穂乃果の言葉通り。本当に、これでラスト。
そのラストがやってくる。
「お母さん?」
と、思っていたんだけど。
どうやら、一筋縄ではいかないようだ。それほどまでに、ミューズは大きくなっていたらしい。
僕も、みんなもちゃんと最終回を迎えるために。
僕らは紡ぐ、最後の物語を———————————。
どうも皆さんμ's Final LoveLive!〜μ'sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜高宮です。
ということで、一昨日、昨日とライブビューイングではありますが、行ってきましたファイナルライブ。
感想は活動報告でも書いたのですが、本当にいいライブでした。時が経てば経つほど、寂寥感がこみあげてきて。そう思えるライブというのも少ないのではないかと思います。
言葉にすればするほど、なんか薄っぺらくなっていきそうで怖いんですけど。でも言葉に、文字にするのが僕なりのけじめだと思うので。
このssを書こうと思ったとき、ほとんど何も考えずに書き始めました。途中から愛を描こうと意識し始めました。暗い話をするときは受け入れてもらえるか不安でもありました。
それでも、これだけ多くの人の目に触れてもらえて、面白い。頑張って。と言われるたび嬉しくて何回も読み直したりして。
それは全部。ミューズの、ラブライブのおかげです。
この小説は二次小説なので本家というか、オリジナルがないと成立しません。
僕の持論ですけど、二次小説はそもそもオリジナルが面白くないと好きでないと面白くならないと思ってます。
その点でいえばラブライブという作品は、これ以上ないくらい最高の作品でした。
あれ?なんか最終回っぽい!凄い最終回っぽい!とっとけばよかった!
・・・まあ、次で最後なんですけど。劇場版編がね!
このssは劇場版編が終わってもあと、ちょっとだけ続きます。そこからがこの物語のファイナルです。
それまでよろしくお願いします。
あ、相変わらず話のネタは探してますんで。
とまあ、色々書きましたけど、言いたいことはこれからもよろしくお願いしますというこの一言だけです。
最後はやっぱりこの言葉で絞めたいと思います。
せーっの!
今が最高!!
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劇場版 シーン4 そして、終わりが終わる。
僕らは中庭に集まった。
なぜなら、今後の活動を話し合うために他ならない。
本来なら、結論付けられていたはずの、最後。
その最後を。
「続けてほしい?」
そのちょっと前。理事長室に呼ばれたのは穂乃果とことりと海未。
「あの、これ、僕いります?」
そして僕だった。
場違い感が半端ない。完全に僕いらないよね?完全に三人だけでいいよね?
「いるよ!」「いるね♪」「いります」「いるわよ」
ああ・・・そうですか・・・。
四人から一斉に言われて萎れる僕。そうも強く言われてしまうともはや何も言えません。
「——————————スクールアイドルとして圧倒的な人気を誇るアライズとミューズ。ドーム大会を実現させるためには、どうしてもあなたたちの力が必要だとみんなが思っているのよ」
「みんなが・・・」
穂乃果が呟いたとおり、みんな期待しているんだろう。ミューズの力に。僕だってその
「でも、そう考えるのもわかります」
今や、ミューズはアライズと肩を並べるほどの二大巨頭だから。
「ここまで人気が出ちゃうと・・・」
だからそう考えるのは自然だ。
「三年生が卒業して、スクールアイドルを続けるのが難しいというなら別の形でも構いません」
別の形。それは僕の願いで。
「とにかく、今の熱を冷まさないためにもみんなミューズには続けてほしいと思ってる」
「そんな——————」
「ですが——————」
二人とも、浮かない顔だった。
これが、さっきまでにあったこと。
そして、中庭。
「困ったことになっちゃったね・・・最後のライブの話をしていたところなのに」
花陽はベンチに座る。
「私は反対よ。ラブライブのおかげでここまでこられたのは確かだけど。ミューズがそこまでする必要があるの?」
真姫ちゃんは強い口調でそう言った。その言葉に穂乃果は曖昧に返事する。
みんな、真剣な表情だった。
当たり前か。自分の将来のことで、自分の今後のことなんだから。今話し合っているのは。
大事なことだと、空気がそう言っている。
「でも、大会を成功に導くことができれば。スクールアイドルはもっと羽ばたける」
絵里先輩の言う通り。
「海外に行ったのもそのためやしね」
「待ってよ!ちゃんと終わりにしようって、ミューズは三年生の卒業と同時に終わるって、決めたんじゃないの!?」
真姫ちゃんの想いは正くて。
「真姫の言う通りよ。ちゃんと終わらせるって決めたんなら終わらせないと。違う・・・!?」
にこちゃんの言うことはごもっともで。
「にこっち・・・・。いいの?続ければドームのステージに」「勿論!出たいわよ」
けど、とにこちゃんは言葉を紡ぐ。
「私たちは決めたんじゃない。九人で決めたんじゃない。みんなで話し合って。あの時の決心を簡単には変えられない!・・・・わかるでしょ」
僕は他人の心の中を読めるわけではないから、想像することしかできない。
できないけど、それでもにこちゃんがどんな思いなのかそれは手に取るように分かった。
「もし、ミューズを終わりにしちゃったらドームはなくなっちゃうかもしれないよね・・・・」
「凛たちが続けなかったせいで・・・そうなるのは・・・・」
花陽の寂寥感も、凛の重圧感も当然のもので。
「・・・・・雪君は・・・・?」
ことりが、尋ねる。
「雪は、どう思うの?」
絵里先輩が重ねて尋ねる。
「・・・・僕?僕は、ほら、ミューズじゃないから」
笑顔でそう言った。
「———————————っ!」
言った瞬間、にこちゃんに胸ぐらを掴まれたけど。
「あんたは!また!そんなこといって!あんただって・・・・あんただって」
その言葉の続きは、どんな言葉だったろう。にこちゃんの口から発せられる前に、僕はにこちゃんの手を優しく握った。
その続きはきっと。僕の心を満たしてくれるようなそんな優しさだと思う。
だけど、いやだからこそ。その続きは僕が言わなきゃ。ちゃんと自分の言葉で。
「うん、だけどねにこちゃん。でもやっぱり僕はミューズのメンバーじゃあないんだよ。そこを曲げたら多分僕は僕以外の何か別の人になっちゃうんだ。僕はミューズのマネージャーでもプロデューサーでも作曲家でも作詞家でも振付師でも衣装担当でも、もっと言えば同じ学校でもない。ただの一ファンなんだ。だからこそ、今まで僕はミューズと笑ってこれた。そりゃ、何かを一緒に作るのも楽しそうだけど、でもそれは僕じゃない。今の僕じゃない。僕は今の関係が好きだよ。笑いあって、怒られたり、泣いたり心配したりできる今の関係が好きだ。ミューズのファンで良かったって心の底から思ってる」
だから僕は。僕の気持ちを言えるんだ。
「そんな一ファンからの意見を言わせてもらえば、みんな正しいんだ。間違っているなんてこと一つもない。だから僕はどっちでもいいよ」
「どっちでもいいって・・・・」
凛の呆れた声に僕は笑顔で振り向く。
「だって、続けてほしいけど。どんな形であれ、例え皆から非難を浴びる形になろうとも、僕は続けてほしい。だけど、それは
それが、嘘偽りのない。僕の正しい気持ちだった。この気持ちは間違いなんかじゃない。
「だから、穂乃果が、皆が決めて。僕はそれについていくよ」
そう言い終わって、視線が穂乃果に集中する。
大きな木の下で、穂乃果は———————————。
穂乃果は。
「で、なんでこんなことに?」
「いいじゃーん!ウチに泊まるの久しぶりでしょ?」
「いや、そういう問題でなくてね」
なぜか、僕は一人、穂乃果の家に泊まることになった。あれよあれよという間に決定して口を挟む余裕すらなかった。
「お風呂沸いたわよー」
穂乃果のお母さんの声がリビングに木霊して穂乃果が答える。
「じゃあ、雪ちゃん入っちゃって」
「はーい」
結局、僕は穂乃果には逆らえないんだなあ。なんて、乾いた笑いが漏れ出る。
お風呂場で上を脱いで、ほふっと一息つく。
なんだかこの一年色々あったなあなんて、ガラにもなく思い出したりして。
思い出したりしたのは、やっぱり結末を僕はもう悟ってしまっているからなのだろうか。
あーヤダヤダ。ヤダねーこういうのって。なんか老けた気がして。
僕まだ高1よ?まああとちょっとで2になるけど。
なーんて感傷をティッシュにくるんで捨てていると。
不意に扉が開いた。
え?ああ、下ですか?もちろん脱いでますけど?だってお風呂に入るときは全部脱ぐでしょ?
そんでもって扉を開けたのは顔を茹でたタコみたいに真っ赤にした穂乃果。
「あ、っと・・・・」
さっき僕がお風呂入ったの見たよね?なんで今のタイミングで開けたの?確信犯?あとふつう逆じゃね?こういうのって僕が穂乃果の裸を見ちゃってラッキースケベになるんじゃないの?誰が得するのこの状況?誰が喜ぶのこの状況?なにこれ、何て呼ぶのこれ。絶対ラッキースケベではないよね絶対。
頭の中がツッコミで埋め尽くされた。ここまで、わずか0,2秒。
「雪ちゃんのバカーーーーー!!」
「なんで!?」
ボフンと、穂乃果が手に持っていたタオルを投げつけられる。だからなんで?僕何にも悪いことしてないよ?冤罪だよ!こうやって罪のない人たちが苦しめられていくんだよ!
どうやらタオルを持ってきてくれたらしいのだが、できるなら、もうちょっと遅くに持ってきてくれたらうれしかったんだけどな。
ふー、とようやくお風呂からあがって二階の階段を上がっていた。次は穂乃果だよと言うために。
「————————————だから、私たちはミューズに負けないくらい楽しいスクールアイドルを目指そうって」
扉に手をかけて、声が聞こえてきた。雪穂の声だ。
「だから、ミューズにはいつも楽しくいて欲しいです♪」
どうやら亜里沙ちゃんもいるらしい。
いつも、楽しく。
その言葉にやっぱり僕は現実を知らされる。
いつだって、叶わない願いは、どうやら今回も叶わないままらしい。
そして、電話が鳴った。
「・・・・・ツバサさん?」
「えーっと・・・・・だからこれ、僕いります?」
「いるよ!」「いるね♪」「いるな」「いるわよ」
ですよねー。わかってた。僕わかってた。だって冒頭で同じような下りあったもん。
ツバサさんに呼び出された僕は、なぜか穂乃果と共にリムジンに乗せられていた。
「ちょ、大丈夫?」
リムジンなんか初めて乗る僕は、端的に言って酔っていた。
「車酔いとか、するんだねー」
「いや、これ、高級酔いです」
「高級酔い?」
「普段なれないこんな高級車に乗っているという事実が、僕をむしばんでいるんです・・・・うえっぷ」
気持ち悪い。気分が悪い。早く終わらせて、早く降ろして。
「なにそれ?病気?」
冷たい目で見られた!ツバサさんから病気扱いされた!
「まったく、しょうがないわね。ほら」
先ほどからなぜか何度も組み替えられている足に、ポンポンと誘導される。抵抗する元気なんかない。
いつの間にか、膝枕が完成していた。
「なっ・・・・!」
先を越されたとばかりにプルプルと震える穂乃果と勝ち誇った顔をするツバサさんを目上に、なんだか気まずい。
「海外でのライブ、お疲れさま」
あ、この状態で会話するんですね。本格的に僕いらなくない?
「次はどこでライブするの?」
その言葉で気づいた。そういえばアライズにもミューズの今後は言っていなかったのだと。
「・・・それは」
浮かない穂乃果の顔で察したのだろう。ツバサさんは目を細める。
「その顔は、どうしようって顔ね」
流石ツバサさん。略してさすツバ。言わんとしていることを察してくれる。
「ミューズは、三年生が卒業してそれで終わりにする。それが一番いいと、私たちは思っていました。でも、今はすごいたくさんの人たちが私たちを待っていて、ラブライブにまで力を貸せるようになって!」
「期待を裏切りたくない?」
「応援してくれる人がいて、歌を聴きたいと言ってくれる人がいて。期待にこたえたい。ずっとそうしてきたから・・・」
「だったら続けたら・・・」
あんじゅが言う。でも、その選択はそう簡単ではない。
一度、終わりを選んでしまった彼女たちには。
「・・・・思います。でも」
それでも、後悔しないために。
「あなたがどういう結論を出すか自由よ」
でもね。とツバサさんは続ける。憂いを帯びた瞳で。
「やっぱりなくなるのは寂しいの。この時間をこの一瞬をずっと続けていたい。ってそう思うの」
正しくて、正しくて。正しいからこそ、こんなにもつらくて苦しい。いっそのこと間違っていたのなら。間違っていると思えるのなら、それは楽なことなのかもしれない。
いや、でもやっぱりそっちもそっちでつらいんだろう。だって結局間違っているのだから。
どの道もつらいのなら、穂乃果はどの道を選ぶんだろうか。
「だから、私たちはあなた達に続けてほしい」
ツバサさんははっきりとそう言った。僕と同じ願いを。
「で、あの。降ろしてもらえません?」
「駄目よ。外今雨降ってるんだから、送って行ってあげる」
穂乃果はもうとっくにリムジンを降りたというのに、僕だけがまだツバサさんの柔らかくて温かい膝の上だ。
むぎゅっと、両手を顔に押し当てられてのぞき込まれる。
「まったく、急にニューヨークなんて行っちゃうんだもの。・・・・・心配したわ」
「あ、・・・ごめんなさい」
でもそのニューヨークでも色々と、それこそ国家レベルの事件に巻き込まれたことは絶対に黙っていよう。
真剣な表情のツバサさんに、僕はたまらず瞳をそらす。
「・・・む」
それが気に食わなかったのだろうか。
むぎゅうと、抱きしめられた。
いや、膝枕をされた状態だからぬいぐるみを抱きしめたような体勢に近いが、それでもおなかがすぐ目の前っていうか密着している。なんか良い匂いするし。制服越しに体温が伝わってくる。
「はい!おしまい!もう着いたわよ!」
「え?・・・・でも」
外を見ると、まだ家まではもうちょっとあった。
ツバサさんを見ても、顔を逸らすばかりなので。ていうか流石に家まで送ってもらうのは申し訳ないので素直にここで降りることにした。
「あれ?あんじゅ——————」
降りたら、なぜかあんじゅまでついてきて。
また、むぎゅっとされた。今度は立っているので丁度顔がおっぱいに。
おっぱいがおっぱいでもうおっぱいおっぱいだった。
「えー、っと」
何も言わずにあんじゅはリムジンに帰っていく。ここからは窓が黒くて中が見えない。ということはあっちからも見えない。
「なんだったんだ・・・・」
わかんない。わかんないから考えるのをやめた。
「つーか傘持ってないんだけど」
一回降りてきたのなら傘を貸してくれればよかったのに、なんて無理な願いだ。
降りしきる雨足が強くなってきた。急いで雨宿りできそうなところを探す。
すると。
(・・・・・なんか、聞き覚えのある声が)
どこでだったか、いつだったか。確かに聞いたはずのその声。美しい歌声が、僕の耳を優しく包む。
「あれ?穂乃果?」
「雪ちゃん」
まるで蜜に集まる昆虫のように、フラフラとその音の出所を探していると。
不意に出会った。
「・・・・なんで、目逸らすの?」
「へ?いやいや、別に」
先ほどのことがあったせいか、上手く言葉にできない。なんだこれ、なんかすごい背徳感。なんか浮気してるみたいじゃないか。馬鹿言うな。
「そ、それよりこの声!」
若干強引だっただろうか。穂乃果のジト目が抜けない。
それでも行ってみると、やっぱりあのお姉さんだった。
ニューヨークであった。あのお姉さん。橙色の長い髪を腰まで下ろして、優しそうな雰囲気を放つ。真実はいつも一つ!とか言いそうな、そんな人。
「なんでここにいるんですか!?あの時も突然いなくなっちゃって!」
質問攻めにする穂乃果。相当驚いているらしい。
僕としては話がそれてくれて一安心。
ああ!と、また一つ大きな声。
「このマイク!私の家にもあります!ちゃんとお礼言いたかったんですよ!」
ああそうだ!と、穂乃果は忙しない。
「ウチすぐ近くなんで寄っていって下さい!マイク返したいですし!」
「ええー!?いいよー!」
嫌がる?お姉さんをやや強引に引っ張っていく穂乃果。
「ちょっと!助けてー」
「いやー、僕には無理ですー」
助けを求められ、ズルズルと引きずられていくお姉さんを前に。僕はどうすることもできない。
「ほら!ここです!どうぞ入っていってください!」
「いや、やっぱりいいよここで」
そう言うと、本当に彼女は歩いて行ってしまう。僕が持ってきた荷物を受け取って。
「なんで?せっかく再開できたのに」
「・・・・・・答えは見つかった?」
それは、文脈も何もすっ飛ばした質問。
「目を閉じて・・・・ほら、君も」
穂乃果。そして僕。疑問を浮かべる間もなく、二人とも目を閉じた。
突風。突然に吹き荒れる風に、穂乃果の傘は飛んで行って。
次、目を開けると。そこにあったのは花畑だった。
真ん中に大きな水たまりがある。花畑。
これは夢?幻?
どちらでもいいと思った。だって、目の前の景色はこんなにも綺麗で美しいのだから。
「飛べるよ!いつだって飛べる!あの頃のように!」
それが何を指しているのか、わかるけどわからない。わからないようでわかる。
やがて、穂乃果は飛んだ。あの頃のように。
これは九人の物語だ。きっと僕一人いなくても成立する、していた物語だ。
だけど、この世界には僕がいる。誰でもない僕がいる。ミューズと関わってきた僕がいる。
だから、胸を張って言える。これは僕の物語だと。誰でもない僕のための物語だと。
「ライブをするんだよ!」
穂乃果の言葉を屋上で聞きながら。
「スクールアイドルがいかに素敵か!凄いのはアライズやミューズだけじゃない!」
僕は、そう思った。
「それを知ってもらうライブをするんだよ!」
「で、具体的にはどうするの?」
そう思ったから聞いた。そう思えたから聞いた。僕の物語で、彼女らの物語だから。
「実はね!すごいいい考えがあるんだよ!」
あ、嫌な予感がする!ものすごーい嫌な予感がする!大体こういう出だしで始める話ってロクなもんじゃないもの!経験がそう言ってるもの!
「一緒にライブを?」
場所を移して、UTX。目の前にはツバサさん。
「やっぱり僕いらないよね!絶対お邪魔だよね!」
「・・・はい。やっぱりミューズはここで終わりにしようと思います。まだそのことをメンバー以外の人に伝えられてはいないのですが・・・」
「あれ?ついに無視?だったらやっぱり帰っていい!?」
けれどぎゅっと穂乃果に掴まれた裾は微動だにしない。
そんなことお構いなしに、やっぱりいつもの調子で穂乃果の言葉は弾んだ。
「でも!スクールアイドルの素晴らしさをみんなに伝えたいんです!」
「・・・なるほど。私たちスクールアイドルが心から楽しいと思えるライブをやれば、たとえ私たちがいなくなってもドーム大会に必ず繋がっていく。というわけね」
「はい!」
「あなたらしいアイデアね。面白いわ。皆がハッピーになれるというのも悪くないわね」
チラと、なぜか僕の目を見るツバサさん。
「いいわ。協力する」
ただし、とツバサさんは付け加える。一つの条件を。
「みんなで一つの歌を歌いたい。スクールアイドルみんなの歌。せっかくみんなでライブをするならそれにふさわしい曲というのがある。それをあなた達に作ってもらいたい」
それが、唯一の条件。
その条件に穂乃果は。
「やりたいです!それすごくいいです!私もそうしたいです!」
爛々と目を輝かせながらはしゃいでいた。新しいおもちゃを買ってもらった子供のように。
颯爽とお茶を飲み干して、飛び出していった穂乃果を呆気にとられながら見送る僕とツバサさん。
ツバサさんはそんな穂乃果に微笑みながら。
一言。
「・・・・熱い」
で。
有言実行。颯天のごとく。
早速、穂乃果は行動に移していた。
スクールアイドルってのは、その名の通り学校のアイドルだ。ということは学校があるだけアイドルの数はある。理論上はね。
流石に全部とはいかないだろうが、全国に相当数のアイドルたちがいるはず。
そのアイドルたちに、出来る限り全員に僕らはメールを送った。
内容は、わざわざ言わなくてもわかると思う。
「うわー!すごいです!メールを送ったらすでに何件か返信が!」
花陽は驚きと喜びが入り混じった表情でそう言った。
「ほんと!?」
「でも、中には話を聞いてからにしたいってグループもいて・・・」
まあ、当然だろう。いきなりメールで言われたって全部は信用できない。
「確かに、いきなり出て欲しいって言われても戸惑ってしまうわよね・・・」
「電話でちゃんと説明したほうがいいかもしれません」
絵里先輩も海未も当然の対応だ。
だけど。
「のんびり構えていていいの?時間はもうそんなに残されてないのよ?」
にこちゃんの言う通り。時間がなかった。
もう三月も半ば。桜の蕾もちらほらと開花し始めたころだ。
ミューズは終わってしまう。残された猶予は数えるほどもない。
「じゃあどうするの?」
真姫ちゃんが聞いた。
「会いに行こうよ!」
「そう、会いに行く・・・・ってヴェエ!?」
あ、なんか久しぶりに聞いたその声。
穂乃果の言葉は真姫ちゃんの眠っていたその声を引き出したようだ。
「「「「「「「「「会いに!?」」」」」」」」」
どうやら驚いたのは真姫ちゃんだけでなかったらしい。声には出さなかったけど、僕も含めて。
「ほんきなん?」
「行ける範囲は限られるだろうけど。直接会って、直接話したほうが気持ちも伝わるよ!」
穂乃果らしい、無鉄砲で無謀な、けれど他の人には誰も口に出せない希望だった。
「でも、どうやって?」
ことりの疑問は皆の総意らしく、穂乃果の次なる言葉をみんな待っていた。
「簡単だよ!」
驚いた。策があるらしい。いつもの穂乃果とは違うということか、これが成長なのか。
少しだけ、僕は穂乃果をみくびっていたらしい。
「真姫ちゃん!!電車賃貸して!!」
「「「「「「「「なるほど!」」」」」」」」
「なるほどじゃない!!」
ごめん。僕の勘違いだった。全然穂乃果は穂乃果だった。
と、いうことで。
「よし!じゃあメンバーを振り分けるよ!」
ホワイトボードには、行く場所とメンバーが早々に決まって書かれている。
ひとまず、ホワイトボードをそのまま写そう。
東京。隅田川。
花陽、にこちゃん、ことり。そして僕。
ふんふん。僕は隅田川か。いいんじゃないかな、一番近いし。僕だって暇じゃないしね。
そして原宿。
真姫ちゃん。穂乃果、絵里先輩。そして僕。
・・・まあ、ね。ちょっとくらい僕も貢献しないとね。
最後に井之頭公園。
残っているのは凛。海未、希だった。そして僕。
「これで決まりだね!」
「いやツッコめええええええ!!!」
部室に盛大なシャウトが響いた。
「ツッコめよ!!ボケてんだろどう考えても!なんで僕がオール参加になってるんだよ!?僕だけ労働環境おかしいだろうが!疲労パンパンだろーが!!」
「しょうがないじゃん。もうこれで決まったんだから」
「しょうがなくないよね!?完全に穂乃果たちのさじ加減一つだよね!?嫌がらせだよねどう考えても!?」
「いい?雪」
僕の悲痛な訴えを絵里先輩は手を肩において優しく諭す。
「悔しいけど今はあなたのその”女たらし”が役に立つ時なの。ここは我慢してちょうだい?」
「褒められてるの!?けなされてるの!?どっち!?」
一つだけわかるのは絵里先輩が本当に悔しそうだというだけだ。思いっきり下唇を噛んでいる。
「そうだよ。雪君のそのどーしようもないほど女の子にだらしない性格が、今やっと人様の役に立てる時が来たんだよ」
「もう絶対けなしてるよね!悪意の塊みたいなもんだよね!」
ことり、泣いていい?ホントにここで涙枯らしていい?
「良かったわね。雪」
「いや良くないよ?けなされた挙句に不当な労働を強いられてるわけだからね?」
なんで真姫ちゃんはそんなに嬉しそうなの?そんなに僕に対して思うところあったの?
とやかく言っても、いつものように、いつもの通り。結局、僕に選択肢はないわけで。
~隅田川~
「1、2、3、4、5、6、7、8」
木陰から、スクールアイドルと思しき女の子たちが練習しているのを三人で覗き見る。
どこも練習風景はそう変わらない。頑張っている女の子たちの姿だ。
「ど、どうしよう・・・!一生懸命練習してるよ?」
だから、声をかけるのも躊躇う。
「雪」
「ええ!?僕!?」
「当たり前でしょ!?なんの為に連れてきたと思ってるのよ!」
グイグイとにこちゃんに背中を押され、僕は散歩を嫌がる犬みたいに足をブレーキ代わりにしていた。
だって気まずいんだもん。大体、初対面の人になんて声をかければいいかもよくわからないのに、ライブに誘えってそれ無茶過ぎない?
と、思っていたら一人足りないことに気付いた。
僕、花陽、にこちゃん。でここにいるのは三人。
そう。あと一人、ことりが足りない。
「こんにちわ♪初めまして。ミューズの南ことりです♪ちょっとお話しいいですか?」
なんか百点満点のスマイルで一人、ことりは練習していたアイドルたちのもとに向かっていた。
「うわー!」「かわいいー」
一気にアイドルたちはスクールアイドルから、普通の少女に戻っていた。恐るべしことり。
「な、なんでしょうか————————————?」
やれやれ。やっぱりこれ、僕いらないんじゃないかな。
~原宿~
「ステージに立ってほしかったら勝負よ!!」
いや、ポケモントレーナーか!!なに!?目が会ったら問答無用で勝負とかそういう世界でしたっけこれ!?
また、しちめんどくさいことになった。
「あのー、お話しを聞いてもらうだけでいいんで。勝負とかでなくてですね」
二度目ともなり、多少は慣れた僕が出来る限り円滑に、かつ常識的に話を進めようとすると。
「勝ったら出てあげるわ!」
あれえ?もしかしてこの人たちも人の話を聞かない系女子?
まったく。こんなのに誰が乗るんだ「ふふーん♪いいわ!面白そうじゃない!」あれえ!?言ったそばから!?絵里先輩!?あなたこっち側の人間だと思ってたのに!
「ミューズの本気見せてあげる!」
ていうか、勝負ってなに?持ってないよ?僕ポケットに収まるモンスター持ってないよ?欲しいけども。欲しいけども!
驚く穂乃果が使いものにならない今。僕が何とかするしかない。
「いけ!ユッキー!」
「・・・なにそれ?僕のこと?僕のことじゃないよね!」
「ふぶき!」
「いや使えねえから!技とかないから!」
「あるわよ、ツッコミの性、心の闇、女たらし、劣等感がね」
「なにそれ!どんな効果があんだよ!」
「ツッコミの性はひたすらツッコむわ。心の闇は、発動したと同時に数日間はひきこもる。女たらしは相手がメス以外だと使えないし、劣等感は使ったら最後逃げ出すわ」
「一個も使えねえ!ユッキー全然使えねえ!ほとんどゴミじゃねえか!コラッタのほうがまだ使えるレベルだよ!」
「ちなみに特性は天然よ」
「うるさいわ!もうほんと何から何までやかましいわ!」
「うぐ・・・・負けたわ」
「なんで!?なにに負けたの!?今のやりとりのどこに敗北感じ取ったの?感受性豊かだなおい!」
「しかと見せてもらったわ。漫才を」
漫才だった——————————————っ!漫才で勝負を決するつもりだった—————————————っ!
ということで、勝利。
~井之頭公園~
「よろしくお願いしまーす」「ライブやりまーす」
「みんな凛たちと一緒だ」
良かった。最後はマトモそうだ。
ビラを配っている二人の女の子たちを見ていると、一番初めにビラ配りを手伝った時のことが甦る。あの頃はまだ三人で。人も一人も来なくて。まさかここまで大きくなるなんて思ってもみなかった。
「どうします・・・?突然、話しかけるわけには」
「あ!あの!」
さて一体どうやって話しかけようか、悩んでいたところに女の子のうちの一人が向こうからやってきた。
「この前、一緒に猫を探してくれた人・・・ですよね」
「ああ!この間の!」
いわれて気づいた。そういやそんなこともあったと。
後ろの空気が冷え込んでいるのには気づかずに、僕はそのスクールアイドルの女の子と談笑する。
「そ、それで・・・・お礼とか、したいので。連絡先!教えてください!」
まるで大仰に、意を決したようにがばっと携帯を差し出してくる女の子。
「・・・いいよ。その代わり僕らのライブに出てくれない?」
「ライブ、ですか?」
「そう」
二人は顔を見合わせて。
「「はい!!」」
良かった。OKしてくれた。
これで僕も、ちょっとは役に立ったかな。
ピースサインしながら後ろを振り返ると。
「・・・・チッ」
「・・・・ペッ」
「・・・・・・」(ポキポキ)
あれ?なんか歓迎されてない感じ?なんで?僕ちゃんとミッションコンプリートしたよね!?褒められることはあってもなんであんな殺伐とした雰囲気になんの!?
「メールが来ました!東京だけでなく、全国から何校も!」
「すごいわ!」
「これで二十校目だにゃー!」
カキカキと、ホワイトボードにネコチャンマークを書き加える凛。参加してくれるスクールアイドルの証だ。
僕は・・・まあ、その。見てるだけだった。金輪際、スクールアイドルの女の子たちと関わることを禁止された。なぜだ。
「ハロー」
「あんじゅさん!」
そういえば、手伝いに来ると言っていた。後ろには英玲奈先輩もツバサさんもいる。
「わー、かわいい衣装」
「穂乃果ちゃんに言われて急いで作ったんだ♪」
「沢山必要でしょ?手伝うわ。お互い、強引な相方を持つと苦労するわね」
「ねえ雪ちゃん!どっちが似合う!?」
「雪?ちょっと聞いてるのあなた?」
「痛い痛い、ちょ、引っ張らないで」
目を合わせ、二人苦笑しているとも知らずに僕はツバサさんと穂乃果に虐げられる。
「いてて・・・・」
なんとか部室から脱し、フラフラ校舎内を歩いているとピアノの音が。
「ぐぬぬぬぬ・・・」
「にこちゃん」
音楽室を覗くと、先客が。
「ぎゃあ!雪!」
ちらと、僕も同様に見やると、そこには真姫ちゃんとツバサさん。あれ?あの人さっきまで部室にいたよね?瞬間移動?
人間離れしたツバサさんの行動に、だけどツバサさんだからと言われれば納得してしまう。
そんなことを考えながらにこちゃんを見ていると。
「・・・・ふん!なによ!」
「嫉妬?」
蹴られた。
「そもそも!この前聞いた真姫の曲をやるんじゃないの!?仲よさそうにまた新しい曲作ってるし」
「やっぱり嫉妬じゃん」
はっはっはと、笑いながら言ったら、今度は殴られた。
「うちも聞いたんやけど、あの曲はミューズの九人で歌いたい曲やからって」
いつの間にか後ろにいた希が答えてくれた。
その答えに、にこちゃんも不満はないみたいだ。
生徒会室。そこには英玲奈先輩と海未がいた。
みんな、なにかしらライブのために尽くしている。何もしていないのは僕だけだった。
でもなぜだろう。以前ほど焦燥感も不快感もないのは。
それは、僕が成長しているからだと、少しは己惚れてもいいのかな。
「・・・・ま、でも僕も何かやろうかな」
「みなさん!こんにちわ!今日は集まっていただき本当にありがとうございます!今回のライブは大会と違ってみんなで作る手作りのライブです!自分たちの手でライブを作り、自分たちの足でお客さんに呼び掛けて、ライブを成功に導いていきましょう!」
そして街頭にはライブをするために集まったスクールアイドルたち。こうしてみると、その数の多さが知れる。
「お姉ちゃーん!!」
「雪穂!手伝ってくれるのー?」
「うん!」
「もちろんでーす!」
隣には亜里沙ちゃんもいた。
「でも私たちまだスクールアイドルじゃないのに参加しちゃっていいのー!?」
ていうか、なんで君たち拡声器で会話してるの?近所迷惑だからやめなさい。
「「「「「「「「だいじょーぶ!!」」」」」」」」
「・・・百人乗っても?」(ボソ)
「「「「「「「「だいじょーぶ!!」」」」」」」」
うわー、ノリいいなー。
段々ガヤガヤと騒がしくなってくる。ライブのため今から準備するためだ。
一方では風船を膨らませたり、飾りつけを作ったり。穂乃果がいったように手作りで、全てをまかなっていた。
「すげーなー」
ただ、馬鹿みたいに僕はそう呟いた。こんなに人数と力があれば、秋葉のビルを飾り付けることだってできるんだ。
その光景に圧倒されて、圧巻されて。魅了された。
「よし。僕もがんばろ」
「いらっしゃいませー!スクールアイドルが考えた美味しいメニューありますよー」
「どれどれ君たち、順調かね?」
「オーナー!」
そう僕がしたこと。それは、この一種お祭りとも呼ぶべきこの場所に出店を開くこと。
「どうしたのかにゃ?」
「いや、ちょっと、オーナーなんて縁がない響きだと思ったら・・・泣けてきちゃって」
お祭りといえば、出店。お祭りといえば少々値段の張ったものでもお祭りだからと許される。財布の紐も緩くなる。
そして僕の財布もあったかくなってみんなは楽しくなって一石二鳥いや、一石三鳥くらいあるんじゃなかろうか。
「加えてスクールアイドルが考えたという付加価値をつけることによってうんたらかんたら」
「はいはい。商売の邪魔だからどいてなさいよ」
にこちゃんはにこにースマイルでかなりの量をさばいていた。
「やっぱり僕の睨んだ通り、にこちゃんには販売員の才能があるよ!」「なにその現実的すぎる才能は!」
海未の書いた書道が掛けられて。形は不揃い、所々ちょっと曲がったりしている。でもなんていうか、これが彼女らの最高のステージだった。
どこにもない、唯一で無二の。彼女らのステージだ。
「あのー、この白米スムージーって」
すぐさまドロップキック。
「なんでもないですよー?あ、このストロベリー味とかお勧めだなー僕は」
花陽め。後できつく言っておこう。
最後に大きなハート形のアーチを掛けて。
完成だった。
「よーし!みんなで練習だ!」
テンションの上がった穂乃果がまた無茶なことを言い出す。辺りは夕暮れに染まっていてもう夕方だった。
「ていうか、ライブ明日よ?」
真姫ちゃんのいう通り。
「そうよ、それにアライズだって急に」
「構わないが?」
うわー、メラメラしてるー。英玲奈先輩闘争心メラメラさせちゃってるー。
だけど、そんなのお構いなしなのが穂乃果だ。
そんな穂乃果にみんな、やる気になっていた。
「・・・・ね、メール。見てないわね?」
「・・・・うぐ」
そんな中、絵里先輩が近づいてツンツンと指でつついてきた。
メール。先日、絵里先輩から送られてきた一通のメール。なんの脈絡もないそれを、僕は開けなかった。
だって、開かなくても内容はわかっていたから。
「・・・・あのね、私たちはやっぱりスクールアイドルであることに、こだわりたいの」
たった一言。その一言がきっと一番伝えたかったことなんだろう。
「はい」
だから、僕は返事した。わかってたことを、知っていたことを。それでも無様に祈っていたことを。
「あの!私たち、みんなに・・・伝えなきゃいけないことがあるの」
穂乃果の言葉に、一挙手一投足に。みんなが集中していた。穂乃果はそういう不思議なものを持っている。具体的になにかといわれると、ちょっとわかんないんだけど。
「ミューズは・・・私たちミューズは・・・このライブをもって活動を終了することにしました」
穂乃果の後ろには寄り添うように海未とことりの姿。
「私たちは、スクールアイドルが好き。学校のために歌い、みんなのために歌い、お互いが競い合い、そして手を取り合える。そんな限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが大好き!」
静まり返った現場で、穂乃果の声だけが響き渡る。
僕は、一つ、大きな息を吐いて。
僕にできることは何だろうって、ずっと考えてた。劣等感に苛まれたこともあった。
でも、それでもやっぱり僕は探してる。自分のできることを。自分のしたいことを。
それが、今。終わりを迎えている。
どうしようもないほどの、終わりを。
「ミューズはその気持ちを大切にしたい!・・・みんなと話して、そう決めました」
これほどまでに時間を恨んだことはない。今の一瞬が永遠だったならなんて叶わない願いを痛いほど必死に願ったこともない。
やっとできた自分の居場所。やっと見つけた大切なもの。それこそ命より大事だと思う、そんなものに出会えるのはきっと奇跡だ。
「———————————————っ」
ああ、もう穂乃果の言葉が聞こえない。耳に靄がかかったように、自分でロックをかけてしまっている。
もしも、過去に戻れたら。
いや、きっと戻っても一緒だ。変わらないんだ。僕も、彼女らも。きっと同じように間違えて、正されて、笑いあう。そんな気がする。
だから、だからこそ。今を僕は生きなきゃ。いつだって今にしか僕らは生きられないのだから。
「私たちの力を合わせれば、きっとこれからもラブライブは大きく広がっていく!」
大きく深呼吸して、前を見据えた。最後くらい僕は泣かない。涙で前が見えなくなるのはもうちょっと後でいい。
すすり泣く声があちこちで聞こえて。
穂乃果の目に涙が溜まっていくのを見て。
海未とことりが背中を支えているのを知って。
「だから!明日は終わりの歌は歌いません!スクールアイドルと、スクールアイドルを応援してくれているみんなのために歌いましょう!」
そして、穂乃果は最後の言葉を紡ぐ。
「想いを共にしたみんなと一緒に!」
次の日。ライブ当日。
晴天に恵まれたライブ日和。
「雪」
「ツバサさん」
僕はUTXにいた。ライブ会場が一望できる特等席だ。もうすでに人は全員集まっている。
昨日よりも何倍も増えた人たちで。
何倍も増えた人たちが同じ衣装を着て、同じ歌を歌って、同じ踊りを踊る。
それはきっと、想像しているより何倍も圧倒的なものなんだろう。
「なにしてるの?早く行きましょう」
「僕は・・・・ここで見てますよ。綺麗な景色を」
僕はスクールアイドルではない。だからあそこにいるのは無粋だ。
真っ白いキャンバスに、黒は似合わない。
「何言ってるの?あなたも行くのよ。あそこに」
「はい?」
僕の言葉の真意が伝わらなかったのかと、もう一度口を開こうとするとあんじゅが来た。ついで英玲奈先輩も。
その手には、衣装が携えられている。
ツバサさんもあんじゅも英玲奈先輩も、もうとっくに衣装に袖を通していた。
嫌な予感がする。そして嫌な予感というものは、大体あたるものである。
ニンマリと笑うツバサさんに、僕の頬は引きつるばかりだった。
どうやら僕に、白になれと言う気らしい。
「穂乃果!」
「————————っ」
「あなたたちの言葉に、これだけの人が集まったのよ」
「・・・・すごい」
「これは大会じゃないから今はライバルでもない!」
「私たちは一つ!」
「———————で?雪ちゃんは?」
「もうとっくに着いてる頃だと思うんですが・・・・」
「ふふ。それはサプライズよ!」
ずーっと、黙って穂乃果とツバサさんたちのやりとりを聞いていた。
すぐ後ろで。
はいここで問題です。すぐ後ろにいながら気づかれなかったのはなぜでしょう。
答えはCMのあと!
「ゆ、雪ちゃん・・・その恰好」
「ええやん♪」
「うん♪よく似合ってるよ♪」
とはいかなかった。
ニーソックスに揺れるスカート。ウィッグを付けた髪はなんだか慣れない。赤くなった顔をそれでも必死に笑顔にして。
「ねえ、ツバサさん。これはいったい?」
「だって、あなたがいないと始まらないでしょ?」
そんなことないよ。全然始まるよ。僕は袖で見ているだけでよかったのに、それが
どうしてこうなった。
「いいよ!すごくいいよ!雪ちゃん!」
「でも!こんな僕が!」
「雪、振り付けは?」
絵里先輩に聞かれる。
「完璧」
「歌詞は?」
今度は真姫ちゃんに。
「二番までアカペラで歌える」
「じゃあ大丈夫じゃない」
にこちゃん。なにが?どこらへんが?一番重要なスクールアイドルって点が僕には欠けていると思うんですけど。
けれど僕のこういう願いが叶えられたためしはなくて。例外なんて認めてはもらえなさそうだ。
踊るしかない。
歌うしかない。
ほんっとに、しょうがないなーまったくもう。僕は望んじゃいなかったのに。こんな形は。
「雪ちゃん、顔がにやけてるにゃ!」「ふふ、隠しきれてないよ」
凛と花陽にそういわれ、思わず顔を手で隠す。
けど。
「・・・いいんだ。隠す気はないから。今日の僕は、ちょっと違うよ?」
こうして、ライブは始まった。
あっという間で、濃密で、忘れがたい瞬間が火をつけたように。
うふふ。あはは。
「じゃあ撮るよー?」
笑い声が木霊する。幸せな時間に、幸せなメンバーと。
ああ、僕はきっと今この瞬間を迎えるために生まれたんだ。
ちょっと大げさかな?でも全然そんな感じはしない。
もっと、もっとってのは人間の欲深さだけど。
でも、幸せだ。そう思うのも幸せのうちの一つだ。
欲ってのは人が幸せになるために必要なものなのだと僕は思う。否定するのではなく、受け入れる。
そう言えるのは、僕が受け入れたから。汚い僕も、それでも綺麗でいようと、いたいと願う僕も。
僕はきっと生きていける。この先何があっても、例え地獄のような毎日になったとしても。
それでも今日この日があれば。僕の中に今日という日がある限り、ずっと、生きていられる。
そう思わせてくれた、教えてくれたミューズは最高で。スクールアイドルは素晴らしい。
カメラが、定点した。
「じゃあ練習したあれ!やるわよ!」
ツバサさんの声が聞こえて、シャッターに乗せてみんなの声が響いた。
「「「「「「「「「「「「「「「ラブライブ!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」
と。
過去を振り返って惜しんで、未来を見上げて不安になって。
それでも僕は、ちゃんと前に進めるだろう。
だって教えてもらったから。
いつだってどこでだって、大事なものがあると。
ふふ。ねえそう思うだろ穂乃果。
今が最高だって。
どうも!はいふり!高宮です。
ということで劇場版編最終話、いかがだったでしょうか。
え?長い?まあまあ。
いやね、前回次がラストだって言っちゃったもんだから引くに引けなくなっちゃって。えーっと、なになに一万六千文字?ああ、いつもの約三倍ですね。なんてことないなんてことない。
・・・・なんで俺前回次がラストなんて言っちゃったんだろ。激しく後悔しています。
まあ最終回出血大サービスってことで!いいでしょ?
気づけばこのssも70話を超えて・・・そう考えると感慨深いものもありますが、でもまだ終わりじゃないですから!もうちょっとだけ続くんで!ちゃんとラストまで考えてあるんで!ちゃんと考えてるタイプの作家だから!作家じゃないけど!
ということでこれまで読んでくれた人たちに感謝と、そして同時にこれからもあとちょっとだけよろしくお願いします!
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EX 惚れ薬なんて使っても大抵ロクなことにならない その1
「ふふ・・・・ふふふ・・・・・ついに、ついに完成したわ」
真っ暗な部屋の中で、そこだけ怪しく光る一角。
まるでどこぞにでもいるようなマッドサイエンティストのような笑みを浮かべる少女は、試験管やフラスコが乱雑するその机から一つの小瓶を手にしていた。
「ようやく。ようやくこの時が来たのね」
傍には失敗した名残だろうか。黒焦げになった器具の残骸が見るも無残に並べられている。
「これで・・・これで」
どうやらその小瓶は少女にとって待望のものだったらしい。プルプルと握りしめながらそれでも壊さないように慎重に愛おしそうに胸に抱く。
「これで、雪は私のものよ」
フフ、アハハ。アーハッハッハ。
薄暗い部屋で少女の笑い声が響く。
ヒーッヒッヒッヒ。フフフ、アハハ、ハーッハッハッハ、ヒャーッハッハッハッ。アハハハ、はーっはーっ。クフフ、プッククク。アーックク。
・・・・・いや、笑いすぎじゃね?
時は十二月。年の暮れ。
何時になってもどんな世界でも年の暮れは忙しいというのは共通見解だろうな。
「ちょっと!海田君!ボサッとしてないで書類の整理の一つや二つできないの!?このボサ男!」
慌ただしく動いている生徒会室で、一際慌ただしいのが目の前の少女。
「ごめんよ。書記さん。でもボサ男はないんじゃない?ボサ男は」
元々長い黒髪が今では腰まで届き、その長さに今は後ろで一つにポニテいる。
ちなみに”ポニテいる”というのは誤植ではない。ポニーテイルにしている女の子という意味の造語だ。僕が今作った。
ザク。
「うぎゃあ!目が!目がぁ!」
「余計なことしてないでその紙にハンコ押して」
多分僕の考えが顔に出てしまっていたのだろう。しょうもないことを考えていたということが。
だからって、重要な書類を正確無比なコントロールで僕の顔面に手裏剣のように投げつけないでほしい。おかげで目の前が真っ暗だ。
生徒会は現在、溜まりに溜まった書類の整理、及び諸々の雑務に追われている。
それもこれも、生徒会長である僕が私生活での問題から職務を放棄していたのが原因である。
生徒会長とは文字通り、生徒会の長なので僕がいなければ仕事は終わらないし、始まらない。
なので、こんな締め切りギリギリに追われる漫画家みたいな殺伐とした雰囲気が生徒会室を支配しているのだ。
「漫画家さんって大変だなあ」
「」(スッ)
「すいません。やります」
また余計な一言を発したせいで、書記さんが音もなく書類を構えたので僕は大人しく目の前の書類と向き合った。
書記さんはなんなの?忍者の末裔か何かなの?
今現在、生徒会室には僕と書記さんの二人しかいない。ので、この殺伐とした空気を変えてくれる人はいない。
あんじゅは大事な書類を職員室にもっていっているし、他の生徒会役員も各々にできることをやってくれている。
つまり、ここは僕と書記さんで頑張るしかないわけだ。
・
・
・
しばらくカリカリとした音や、ハンコを押し紙の擦れる音が響く中。
「ねえ、書記さん」
「・・・・・・・なに?」
随分と不機嫌なのはこの溜まりに溜まった仕事のせいだよね?僕に話しかけられたからとかじゃないよね?
「いや、ほら、気を紛らわせるためにおしゃべりしようかなって」
「・・・・・そうね。ずっと黙っているのも、気が滅入るし」
おお。珍しく書記さんが僕の提案をすっと受け入れてくれた。珍しいのが悲しいところだが。
んーっと一つ伸びをして、書記さんは続きを促す。
「で?なんの話する?アライズのことはやめてよね。手が止まっちゃうから」
なぜかちょっと嬉しそうな書記さんに苦笑いしながら、僕は最近気になっていることを率直に質問してみた。
「書記さんって、最近髪伸ばしてるよね。なんで?」
「っ!」
僕が聞いた瞬間、ようやく来たかというような期待の空気と、なにか隠していたものが見つかったかのような焦燥感が同時に書記さんから漂う。
「・・・・・べ、別に。・・・・願掛け」
「願掛け?」
最後のほうは声が小さくて、辛うじて聞き取れたのだが願掛け?僕の聞き間違いだろうか。それとも、女子の間ではそういうおまじないというかそんな感じのものが流行ったりしているのだろうか。
「なんの?」
「それ聞く?」
願掛けとか書記さんはあんまりしないタイプだと、僕は勝手に思ってた。
それを書記さんもわかっていたのか、それとも単純にこういう話をするのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら声を荒げた。
「え?聞いちゃダメだった?」
誰かに知られたら効果が無くなる。なんてよくある話ではあるが。
「・・・・別に、そういうわけでも、ないけど」
どうにも、先ほどから書記さんは、書記さんに似合わず歯切れが悪い。
「・・・・・知りたい?」
上目遣いで、ともすれば泣きそうにも見える顔で書記さんは聞いてきた。
「いや、まあ、別に無理にとは」
ぶっちゃけ、暇つぶしくらいの軽い会話のつもりだったのだが、事態は思わぬ急展開。
もはや、仕事の手もいつの間にか止まっていた。ていうか止めていた。
書記さんは僕に向き直り、ギュッと握った握りこぶしを自らの膝の上に乗せ、尚も表情は変わらない。
「知りたい?」
あれれ?なんだか会話がループしている気が。これはあれかなハイって答えないと終わらないRPG仕様なのかな?
なんだか異様な緊張感に包まれ、僕も迂闊に言葉が出せない。
これに答えると否応なしに何かが変わってしまうような。
「は、はい」
だけど、僕はそう答えた。答えるしかなかった。
「!あ、えっと、その・・・」
僕がそう答えるとは思ってなかったのか、あたふたしだす書記さんに僕は、なんとなく見ていられなくて目を逸らした。
そんな書記さんの後ろに禍々しいオーラを放つ物体があることなど露知らず、書記さんは何か、意を決したように口を開いた。
「髪を伸ばしているのは、髪を切らないのは、海田君に—————————」「書記さん」
一言。たった一言。
その一言で完全に場を支配していた。
「ツバサ、さん」
真っ青になった書記さんの顔は恐怖という二文字が張り付けられている。
なんだろう、なんだか僕だけ置いてけぼりな気分。
外は快晴なのに、ここだけどんよりと重苦しい。
「ちょっと、話があるのだけれど」
「ひっ」
書記さんが怯えるのも無理はない。ツバサさんは表面上笑顔だが、後ろには般若がまるでスタンドのように圧倒的オーラを放っていた。
十分後。
何事もなかったようにニコニコと笑顔のツバサさんと、ブツブツと何かをつぶやいている書記さんが戻ってきた。
僕は。
「・・・し、仕事しなきゃー」
心の中で書記さんごめんと謝りつつ、見なかったフリをした。だって怖いんだもんツバサさん。
「あら、まだ仕事こんなに残ってたの」
やっぱりツバサさんはいつも通りの声色で意外だというように口を開いた。
「ええ、まあ」
なんとなく、罰が悪くて僕は顔をそらす。前任であるツバサさんはそれはそれは仕事もカリスマ性も注目度も信頼度も僕なんかとは違って完璧だったからどうしても比べてしまうのだ。
「いつまで?」
「冬休みに入るまでには・・・・」
そう僕が白状すると、ツバサさんはふんすっと立ち上がるとブレザーを脱いで腕まくりをする。寒くないのだろうか。
「じゃ、手伝うわ。ちゃちゃっと終わらせましょう」
「え?・・・・いいんですか?」
正直、有り難い。元生徒会長なだけあってまだ任期三か月ほどの僕より全然仕事ができる。ていうか、元のスペックが違う。
「ええ。だから頑張りましょ?」
「・・・・はい!」
この時の僕は、まだ知らなかった。このツバサさんのにこやかな笑顔の裏に潜む、とんでもない狂気を。
どうも約一か月ぶりの高宮です。高宮のことは嫌いになっても那珂ちゃんのことは嫌いにならないで上げてください!
最近あったことといえば、藍井エイルさんのライブに行ったり、GWを例年通りグダグダと過ごしたりしてました。ずっとパワプロしてました。パワフェス難しくね?
・・・・野球の話していいですか?
ホークス強いね。願望だけど百勝行ってほしい、去年惜しかったから。それに今季は東浜に期待してます。千賀、武田、東浜。この三人は将来ホークスを背負って立つピッチャーになってほしいです。
バッターはやっぱ柳田かな。ちょっと躓いたけど。
ということで、今回短かったけど次回もよろしくお願いします。
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EX 惚れ薬なんて使っても大抵ロクなことにならない その2
「んーっ!さすがに疲れたわねー」
ツバサさんは一つ、大きく伸びをした。
流石のツバサさんでも疲れるくらいの量だったらしい。
「ありがとうございます、ツバサさん。後は僕らだけでも処理できますから」
「そう?」
途中、何か現実から目を背けるように仕事のスピードが格段にアップした書記さんと、相変わらず仕事が遅い僕でも片付くレベルまで仕事は終わっていた。
本当に、ツバサさんには頭が上がらない。
「あ!じゃあ、息抜きに何か飲み物でも買ってきましょうそうしましょう」
「え、あ、ああ。すいません」
ニコニコといつものような完璧なスマイルでツバサさんはそう言うと、スタスタと若干足早に生徒会室を後にした。
「・・・ねえ、書記さん。ツバサさんなんか変じゃなかった?」
そんな完璧さが逆に不自然で、僕は思わず書記さんにそう問いかけていたのだが、対する書記さんといえば。
「抜け駆けしようとしてごめんなさい抜け駆けしようとしてごめんなさい抜け駆けしようとしてごめんなさい抜け駆けしようとしてごめんなさい抜け駆けしようとして」
ブツブツとまるで幽鬼のようになにかを繰り返し呟くだけで、僕の言葉などまるっきり耳に届いていないようだった。
「・・・・ま、いっか」
渡り廊下の端っこ。自動販売機が横並ぶその一角にアライズのリーダー綺羅ツバサはこれからの自身の行いによって起こる現実にひどく高揚していた。
「計画、第一段階。まずはクリアね」
高揚しているからだろうか、心の中で思えばいいことをわざわざ口に出してしまっている。
「ふふ。ようやく完成した”コレ”を使う時が来たのよ」
ポケットから小瓶を取り出すと、うっとりとした目つきでそれを眺め大事そうに抱える。
「そう、この”惚れ薬”をね!!」
誰に言うでもなく、ツバサは口にした。せざるを得なかった。自分は大発明、惚れ薬というファンタジー世界の代物を発明したにもかかわらず、彼を渦巻く状況的に誰にもそれを自慢できないのが少し不満だったのだ。
だからせめて自分だけはこの成果を、奇跡を、その身にしっかりと刻んでおこうと思った。
「ふふ。今日まで待った甲斐があったわ。ようやくチャンスが訪れた。我ながら完璧よ。仕事がまさに今、ピークを迎えるその瞬間に手伝いに行きなんの違和感もなく飲み物を雪に差し出す。正に今が絶好のチャンス」
惚れ薬が出来たのは今から約一週間ほど前。どうやら彼女はそれから着々とそのチャンスを待っていたらしい。
適当に飲み物を選び、ボタンを押す。ガタンゴトンと出てきた飲み物を抱え、ツバサは雪に差し出す予定の飲み物に惚れ薬を仕込もうとする。
「問題は、どうやって仕込むかだけど。穴をあけるわけにはいかないし、飲みかけに入れるのは不安だわ」
飲みかけに入れてその後すぐに雪がドリンクを飲む確証なんてない。むしろ飲まないほうが確率高い。だってあの雪だし。こちらの思った通りになど動いたことが今まであっただろうか、いやない。(反語)
この一週間、どうしてもその方法だけがいい手が思いつかなかった。どんな方法も彼の前には通用しないようで。
あの雪。その言葉が彼女をどうしようもなく不安にさせた。
だからもう彼女はもどろっこしいものをうじうじ考えるのはやめにした。
ではどうするのかというと。
「そんなの勿論。真正面から堂々と行くに決まってるわ」
にやりと、真っ黒な笑みを浮かべて、ツバサはプシュッと何の躊躇いもなくペットボトルの蓋を開けた。
いざ、生徒会室前。
ツバサは両手に飲み物を抱えて扉の前にたたずんでいた。
震えながら。
ダラダラと嫌な汗が頬を伝い、背中から寒気がする。気持ち悪い。
いざ、目の前にしてしまうとどうしようもなく震えが止まらなかった。さっきの自信はどこへやら。完全に別人である。
失敗したらどうしよう。もし私が惚れ薬を仕込んだとバレたらどうしよう。糾弾され、嫌われたらどうしよう。
あり得ないと、自分の情報に漏れはないと自信はあるのに、その考えが拭えなかった。
(いけるやれる大丈夫頑張れ)
似たような事を頭の中で念仏のように唱えるツバサ。ぎゅっとこぶしを握り締め頭を振る。
そう、だってこれを成功させれば長かった戦争も終結するのだから。
戦争、そうこれはもう戦争だった。恋愛とはいついかなる時も戦争なのだ。
「・・・・・・スーハースーハー」
もう何度か目の深呼吸を繰り返し、ドアノブに手をかける。
(平常心・・・・平常心・・・慌てることなく・・・余裕をもって・・・あくまで、自然に、自然に。そうよ、ただ飲み物を買ってきたと伝えて渡すだけでいいんだから)
自己を鼓舞しながら勢いをつけてガチャリとドアを開けた。
「あああの!ここれ!のののの飲んでくれない?????」
グルグルと視界は巡って、口の中は上手く呂律が回らない。
一言で言って、不自然そのものだった。
突き出された飲み物を雪はキョトンと呆けた顔で見る。
「あ、はい」
まあ、そういう反応になるのは当然だった。ツバサさんが飲み物を買ってくると言って出て行ったのだから。
雪は不自然なツバサさんに首をかしげながらも飲み物を受け取って。
「・・・・・・・えっと」
困惑していた。
なぜなら、真っ赤に充血した瞳で真っすぐに、痛いほど真っすぐにツバサがこちらを見てくるのだから。
「なにか?」
「いえ、ベツニ」
そういうツバサは明らかに何かを待っていた。その何かを雪は知りえないのものの、ただごとではないのだろうとその視線から受け取る。
だが、何を待っているかてんで心当たりのない雪はとりあえず仕事を終わらせようと、机に向かうと。
「飲まないの?」
「ええ?いや、まあ」
グリンと、それ首痛めないの?というような角度に首を曲げるツバサに恐れおののきながら飲めというならと、雪はペットボトルを手に取る。
その間も相変わらずこちらを仰視してくるツバサ。明らかに冷静さを失っていた。
「・・・あの、飲みづらいです」
「あ!そ、そうよね!」
そう指摘するとギュンと後ろを向くツバサだったがそれでも気になるようでちらちらと後ろを盗み見ている。
そんな視線に気づきながら、雪は書記さんに助けを求めようと視線を寄越すが書記さんは何かに怯えるように必死に顔を隠していた。
うーんと唸る雪。なにをどう考えてもツバサさんはおかしい。
がいくら考えても雪の頭では答えにはたどり着きそうもないので、彼は即座に諦めた。
そして頭を使って少々疲れた、というか元々の疲れも相まって彼は特に何も考えずにツバサの持ってきた飲み物に口をつけてしまった。
なぜ既に空いているかなど気にも留めずに。
ごくごくと飲む雪。どうやら喉が渇いていたらしい、半分ほど飲んで口を離す。
・
・
・
「・・ど、どう?」
ツバサはドキドキとした自分の鼓動を両手で押さえながら、おずおずと訪ねる。
「どうって、何がですか?」
薬を盛られているなど微塵も考えていない雪は、キョトンとした顔で聞き返した。
(あ、あれ?・・・・失敗?)
マウス実験では成功した。確かに人体実験はやっていないものの、ほぼ、惚れ薬は完成していたはずだ。いや、そう思っていただけで実際は目の前の現実が事実。
「な、なんか体が熱くなるとか。胸がドキドキするとか、そういうの、ない?」
「・・・・・いえ、別に」
少し考える仕草をしたものの、雪はそう返答する。
端的に言って、失敗だった。
失敗したという事実。ツバサのショックはでかい。
目の前の雪は、相変わらずなんの疑いも持っていないような顔でこちらを見つめている。
「か、海田君。そろそろ、仕事してもらっていいかな」
どんよりとしたオーラを身に纏った書記さんにそう言われ、ああごめんと謝りながら雪はそのまま書面に向かってしまう。
ツバサの居場所がなくなったこともあり、気落ちしたまま彼女はそのまま部屋を後にしてしまった。
パタリと、後ろ手に扉を閉め、彼女はひとつほふっと気を吐き。
「失敗?いや、でも、計算上はあれで良かったはず。・・・・やっぱり、薬なんかに頼ってちゃダメってことなのかなぁ」
何もない白い天井を見つめ、小さな独り言が思わず口をつく。その表情は切ないような、悲しいような。そんな顔だった。
「うん!そうよね、薬じゃなくてちゃんと雪を落とせってことね!いいわ!やってやろうじゃない」
しかし、そこで諦めないのがツバサという人間である。メラメラと瞳に闘志を燃やし、これからの戦略を計算していく。
こうして、ひっそりと終るかに見えた惚れ薬仕込み事件だが、事態はまだ終息を迎えてはいなかった。
事態が動いたのは、次の日の朝のこと。
「おはよう」
「おはよー」
道行く生徒に朝の挨拶を交わしながら、ツバサは何の気もなしに登校していた。
そこに特別性はなんらなく、いつもと同じようにいつもと同じ日常だった。
「?」
その日常の中に、いつもとは違う、明らかに異常な人だかりが。
校門に差し迫ったその場所に、ツバサと同じ制服の人間。どうやら全員女子のようだが、歩道を圧迫するくらいには大人数の人間がその人だかりを形成している。
ツバサはそんな非日常に、不思議に思いながらピョコピョコとその人だかりの原因を探ろうとする。
が、あまりに人が多すぎて全く見えない。
「ねえ、これ、どうしたの?」
ので、ツバサは聞いた。一番近くにいた生徒に。
「え?あ、つ、ツバサさん!?」
その生徒は、見ると一年生のようでアライズであるツバサの姿に一瞬ぎょっとした。
「え、えっと。それが・・・・・・・私にもよくわからなくて」
顔を赤らめ、緊張した面持ちで答えた一年生にツバサは笑顔でありがとうと告げる。
感謝を伝えられたその生徒はフワーっと天にも昇るような嬉しさを抱え、そんな生徒を尻目に見知った声がする。
「あれー?これ何の騒ぎー?」
「あんじゅ」
今登校してきたであろうあんじゅも、もの珍しげに首をかしげていた。
「それが、私にもわからないのよ」
二人して、再度人の塊を見る。ときおりキャーっといった黄色い悲鳴も聞こえ、ますます訳が分からない。誰か有名人でも来ているのならまだしも、そんな情報二人のもとには入ってきていなかった。
こくりと二人は頷いて、その騒ぎの元凶を務めることを決意する。
「すいませーん。通してくださーい」
「ごめんねー、ちょっと通るねー」
人混みをかき分けながら二人は進む。
段々とその中心に近づきつつ、ツバサは。
(なに、なんか嫌な予感がする!)
その己の予感の正体を探るべく、より一層人をかき分ける。
と、ある一点でようやくその人混みから解放された。
プハっと、息を吸い込みながらツバサはその人混みの中心となっている人物を見た。
そして、目が点になった。
「僕は今日君に会えて良かったよ。こんなに美しい華があるって、知れたから」
「や、やだ。もう!
「はは。照れた顔もかわいいね」
「やめて、皆見てる///」
名も知らぬ女生徒が、名前も素性も知っている生徒に詰まるところ口説かれていた。
つまり、海田雪に口説かれていた。
どうやらこの人だかりは、そんな非日常に思わず足を止めてできてしまっていた人だかりらしい。
「なにを、やっとんじゃああああ!!!」
見た瞬間、あまりの光景に呆けてしまったツバサだったが一瞬で温度が沸点を超しドロップキックを繰り出す。
ズシャアアと滑っていく雪を本当に軽蔑したような顔で睨むツバサ。
「こんな朝から往来で何をやっているのかしらあなたは」
「あ、ツバサさんおはようございます」
「あ、おはよう。今日は冷えるわねー。ってバカか!状況を考えなさいよ!状況を!なに呑気に挨拶してるのよ!」
あまりにも自然なあいさつに一瞬怒りを忘れてしまう。雪の人たらしの才に戦々恐々としながら、それでもツバサの心は怒りを忘れていない。
「この状況は何?一体全体どういうことなのか一から十までじっくりと説明してもらおうじゃないの」
仁王立ちでそう問い詰めるツバサに雪は蹴られた頭をさすりながら立ち上がる。
「やだなあ。ツバサさん嫉妬ですか?」
「は、はあ!?」
急な一言、不意打ちにツバサは思わず顔が赤くなる。
「大丈夫ですよ。僕の中でツバサさんはいつも一番ですから」
優しくツバサの手を握り、まるで背景にバラが咲いているかのような錯覚に陥りながら雪はそう言う。
ツバサの表情はというと、なんというかこの世の不思議を見たような。世界七不思議のひとつを見たような、そんな表情をしていた。
(なにこれ!ていうか誰これ!?)
ツバサの頭の中はパニックである。そんなツバサをよそにもう一人、普段の雪をよく知る人物。
つまりはあんじゅが。
「ぎゃあ!」
雪をカバンで殴って昏倒させていた。
「ちょ、何やってんのよあんじゅ!」
「ごめんなさい。思わず、腹が立って」
目から完全に色彩が消えた瞳を見て、ツバサはそれ以上何も言えない。加えて、あんじゅに共感してしまった自分がいたことも否めなかった。
とにかく、あんじゅとツバサは一旦、この色欲魔。もとい雪を生徒会室に隔離及び拘束していた。椅子に座らせ、手足を縄で縛っている。
「で、えーっとこれがその今朝の犯人というか、元凶の海田君ですか?」
「ええ、今朝のことは話した通りよ。書記さん」
朝、仕事のために早く登校していた書記さん。昨日危機は脱したとはいえまだまだ余裕を持てるスケジュールではないのだ。それは雪も同じで、だからいつまでたってもこない雪に若干のイラつきをため込んでいたころ、突然あんじゅとツバサが気絶していた雪を連れ込んできたのだ。
そのときは書記さんが、「ああ、ついにヤっちゃんたんだ。いや、いつかヤるとは思ってたけど」というような犯罪を覚悟した瞳をしていたので、ツバサとあんじゅで、生徒会室からは位置的に校門は見えないため朝のことを知らない書記さんに説明していたのだ。
「でも、にわかには信じられないですね。海田君は確かに女の子と、複数の女の子と仲が良いですけど。それはもうえ?付き合ってんの?っていうくらい仲が良いですけど。でもそんな渋谷にいるチャラいナンパ師みたいな真似するとは思えませんけど・・・・」
むしろ、チャラいナンパ師よりも質が悪い気がします。と書記さんは自分の考えを述べる。
「確かにねー。あんな雪君初めて見たもの」
「・・・・・でも、事実よ」
今朝のことは複数の人間がしっかりと目に焼き付けている。ツバサも会話までしたのだ、人違いなどありえない。
「・・・・・・んん」
そんな会話で目が覚めたのか、雪は意識を取り戻した。
人知れず、このまま目覚めなかったらどうしようと不安になっていたあんじゅはとりあえずホッとする。
「あれ?ツバサさん?と、あんじゅに書記さんも。どうしたんですか?そんなに僕を見つめて」
そこまで言ってようやく雪は自身が拘束されていることに気付く。
「・・・・・・えーっと、これは?」
中々スリリングな状況にも関わらず、雪の表情は実に落ち着き払っている。慌てふためく様子など一切受け取れない。
「雪。一つ、あなたに尋ねるわ「ああ、大丈夫ですよ」」
ツバサが口を開くと、被せるように雪は言葉を重ねる。
「つまりあれですよね。普段攻められてばかりのツバサさんが偶には攻めたいという意思表示ですねこれは。大丈夫です。僕は女の子を攻めるのも好きですが、攻められるのはもっと好きなので」
「全然違うわ。ていうか攻められてないし」
爽やかな笑顔で、なにかとてつもないようなことを言っている気がする。
ていうか本当にこれは雪なのか。自分たちが知っているその人物像と繋がるようで繋がらない。
ツバサは心の中で訝しんだ。
ニコニコとした目の前の男はどう考えたって海田雪であるが、なぜか確信を持ってそうだと言えない。隣を見ると、どうやらあんじゅも書記さんも同じことを思っているような顔だった。
「大丈夫ですよ。ツバサさん。たとえツバサさんがどんなアブノーマルな性癖を持っていたって僕は受け止めますから」
言った瞬間再度あんじゅからのカバンアタック。雪は気絶してしまう。
「・・・・ごめん、我慢できなくて」
「いや、いいのよ」
なんとなく、お通夜のような空気。
「そ、それよりも!どうしてこうなったんですか?流石にここまで海田君はひどくなかったですよ」
「そうね。原因、があるはずよね」
違う人間、でないとするならば何か変わった原因があるはずだ。
「何か、変わったことはなかったの?」
「昨日、帰るまでは普通でしたよ?ね、ツバサさん」
「ええ、そうね。昨日までは、昨日———————」
そこでツバサは心当たりを発見する。発見してしまう。
昨日、普段はない、一人の人格が変わるほどの出来事。
そう、惚れ薬だ。
(あれだ。絶対あれだ!)
もう逆に、それ以外にありえない。どういう原理かはわからないが惚れ薬が雪を女ったらしへと変貌させてしまったのだ。
・・・いや、まあ元からそうだと言われればツバサも強くは否定できないがあの薬がそれを悪化させてしまった可能性はある。
さて、原因はたぶん分かった。が、それをあんじゅと書記さんに言うわけにはいかない。知られてはいけない。
仮にも自分はアライズのリーダーなのだ。その自分が薬に頼って雪を手に入れようなどと知れたらどんなバッシングを受けるか。想像しただけで身震いする。
だから絶対に知られるわけにはいかない。
「どうしたの?ツバサ?」
「へ?な、なにが?」
「いえ、ものすごい汗ですけど」
「え?あ、ああ!暑っつい!暑っついわねここ!暖房効きすぎじゃないかしら!?」
「いや、節電対策に朝は暖房はつけてないですけど・・・」
「え?そ、そうなの!?」
ダラダラと冷や汗をたらし、しどろもどになるツバサに二人は訝しんだような視線を送る。
「ツバサ、あなた・・・・」
「ちが、あんじゅ!違うの!何にもしてないの!ちょっと魔が刺しただけなの!ちょっと薬の力で幸せを掴もうとしただけなの!改心したの!いけないなって思ったの!思ったのよ!」
もう全部自分から喋ってしまっていた。
「薬って、なあに?」
「・・・・あ」
ツバサは珍しい凡ミスに気づき、顔を真っ青にする。
「えーっと・・・・なんの話ー?ツバサー、わかんなーい」
きゃはっと開いた手を口元にもっていき、キャラじゃない自分で必死にごまかそうと頑張るツバサだったが。
「———————とりあえず、正座」
聞いたことないような低い声と怖い顔のあんじゅに。
「はい」
そう答えるしかなかった。
「ていうことはなに?昨日、ツバサは雪君にその自分で作った惚れ薬を飲ませたってこと?」
「・・・・はい」
「それで、海田君はこうなってしまった可能性が高い、と」
「・・・・はい」
「「・・・・・・・」」
一通りの話を聞いた書記さんとあんじゅは思わず二人、目を合わせる。
目の前で正座をして、目に見えて落ち込んでいるツバサに、いやいやと二人は首を振る。
「惚れ薬ってたって、そんな、ねえ?非現実的ですよ」
「そうだよー。そんなのネットのデマだよ、だからネットは一日、一時間って言ったでしょ」
どうやら二人とも、信じていないらしい。それもそうだろう、いきなり惚れ薬を使ったなんて言われても真実味に欠ける。
「それに、飲んだ直後はなんともなかったんでしょう?」
「そうですよ。どうせ海田君のことだから他の女に病気でもうつされたんですってきっと」
もはや性病扱いだった。
「・・・・・・」
だが、ツバサの表情は晴れない。
「い、一応。どんな材料で作ったの?」
そんな顔に、若干焦りつつあんじゅは尋ねた。どうせその辺の雑草とかを魔女みたいにグルグルかき混ぜて作ったのだろうと推測を立てつつ。
「まずヒルガオの花を乾燥させたものと、ナンテンの葉か実の粉末、そしてシャクナゲの花を乾燥させたものに、カマキリの黒焼きの粉末を用意してその材料のすべてを4・3・2・1の割合で調合し、それを二つにわけるの。そしたら片方をチャンスをつくってお茶などに投入し目指す相手、つまり雪にのませる。残りの半分に月桂樹の葉の粉末を混ぜ合わせ、相手に飲ませたのと同じ日に自分で飲む。そうすれば雪は私のものになるはずだった」
「・・・・・結構、本格的だったのね」
あんじゅはなんとも言えない表情でそう呟く。話を聞いて、真実味が増してしまった。
「とにかく。元に戻す方法はないんですか?このままじゃ大変なことになっちゃいますよ」
「そうよね、なんか、ないの?ツバサ?」
二人は完全に意気消沈しているツバサに尋ねてみるものの、ツバサは首を振って返答する。
「・・・だって、惚れ薬よ?それを解除する方法なんて知りたくないわ」
まあ、一理はあるだろう。惚れ薬の逆、それすなわち嫌われるための薬ということだ。そんなもん誰が好き好んで調べたりするだろうか。
「でもじゃあどうするのよ!雪君があんなバカみたいな男になっちゃったのはツバサの所為なんだからね!」
「あー!それ言う!?そんな身も蓋もないこと言っちゃう!?」
「ええ言うわ!言っちゃうわよ!ツバサが薬なんて卑怯な手を使って雪君を我が物にしようとしてたってね!」
「アーアーアー!聞こえない聞こえない!聞きたくない!」
ぎゃーすかと喧嘩しだす二人に書記さんがオロオロしながらどうしようかと思案していると。
「きゃ!」
書記さんが一歩後退したその瞬間、足を滑らせ転倒してしまう。
「おっと。大丈夫?」
「・・・か、海田君」
が、幸い、と言っていいのか悪いのかたまたまそこにいた雪に後ろから抱きかかえられる形で助けられる。なんか背景に薔薇とか浮かんでいるくらいその笑みは爽やかな笑みだった。
「ダメだよ。気を付けないと」
「ご、ごめんなさい。・・・いや、そうじゃなくて!海田君縄は?いつ抜け出したの!?」
後ろには衝撃で倒れた椅子と縄を抜け出した跡がある。
その事を書記さんは問い詰め、ずいっと顔を近づけていたのだが雪はまるで話を聞いていないように書記さんの顔を見つめる。
「な、なによ///」
たじろぐ書記さんはそれでも眼だけは逸らすまいと雪を睨み返した。
すると、雪はすっと首元に自らの手を持っていきなんだか良い雰囲気。
「ななな、なにを///」
グルグルと焦ったように目が回る書記さん。雪は、そんな書記さんを尻目にパッと手を放した。
「ほら、花、付いてたよ」
「へ?あ、ああ。花、花ね」
「この花は、アイビーだね」
「アイビー?」
「そう。花言葉は、永遠の愛。もしかしたら、書記さんのことが好きになっちゃってついてきちゃったのかな」
「————————っ///」
「・・・はい。これあげる」
「そ、それって・・・どういう・・・」
どうやらこういうところは変わらないらしい。書記さんは言葉の意味を考え真っ赤になった顔を隠すように俯いてしまう。
(い、今の見た?あんじゅ)
(う、うん)
その一連の行動を客観的に捉えていた二人はある事実に気付く。
(書記さんの足元に、落ちてたプリントを滑らせてたわ)
(それだけじゃないよ。書記さんの頭に花なんてついてたらいくら何でも私たちが気づいてるよ。つまり雪君が自分で付けて、自分で取ったんだ!)
二人にしか聞こえないほど小さい声で、事実を確認しあう二人。
(こ、これは・・・とんでもない化け物を生み出してしまったようね)
たらりと冷や汗を拭いながら、改めてツバサは自らの過ちを悔いる。
「じゃ!もう授業に遅れちゃうんで行きますね!」
雪は何の気なしにそういうと、本当にこの部屋を出ていこうとしてしまう。
「ど、どうしようツバサ!」
「おおおお、落ち着いて!落ち着いてタイムマシンを探すのよ!」
「いやツバサが落ち着いて!」
「しょ、書記さん!アイツを捕まえて!」
「え、永遠の愛。永遠の———————」
花を大事そうに握り締める書記さんは、どうやらこちらの言葉が耳に届いていないらしい。うわごとのようにブツブツと呟いては時折にやけている。
「・・・・あれはもう駄目ね」
「うん。かわいそうに。雪君の被害を最小限に抑えるためにも、私たちで食い止めなきゃ」
見るも無残になった書記さんの姿に、二人は雪を体を張ってでも止めることを決意するのだった。
とはいえ、流石に勤勉な学生であるところのツバサとあんじゅは授業をさぼってまで雪を監視するわけにはいかない。
一番頼りになるはずだった同じクラスの書記さんはもう使い物にならない。
なにか策を練る時間もなく、仕方なくお昼までは様子を見るということで落ち着いた。雪が今どういう状態になっているのかという詳細な情報を集めるという名目で。
で、そのお昼。
あんじゅとツバサは早速、自らの行いを悔いることになった。
「海田君、お弁当忘れちゃったの?」
「じゃあ私のお弁当あげる!」「私も!」「あちきも!」「僕も!」「おいどんも!」
「はは、みんな。流石にこんなに食べきれないよ。みんなで分け合おう?」
雪の周りには女生徒だけでなく、男も教師も校長もみんなB級青春映画さながらに笑顔がはじけ飛んでいた。
「いや何があったの———————!?」
ツバサは思わずそう叫ぶ。
「女の子まではわかるけど、まさか男子も落としていたなんてね。流石雪君」
「言ってる場合!?なんでちょっとしたり顔なの!?なんでちょっと感心してるの!?」
「ちょっとみんな!いい加減にしてよ!」
ツバサとあんじゅが廊下から教室を覗き見ていると、一際大きな声を上げる女生徒が。
よくよく見てみると、その女生徒は書記さんだった。もしかしたら雪の呪縛が解けて、この空間が異様なものだと気付いたのかもしれない。
「海田君にあーんってするのは私の役目なんだから!!」
・・・違った。全然違った。めちゃめちゃ毒されてた。
「違うわ!私よ!」「あちきよ!」「僕だ!」「おいどんだ!」
「ていうかさっきからどんな人間がいんのよこのクラス!教師から校長まで雪の魔の手にかかってるじゃない!コンプリートしてるじゃない!」
「しょうがないよツバサ。だって雪君だもん」
「アンタは止める気あるのないのどっち!?」
うんうん頷いているあんじゅにツッコむツバサはぜえはあと息が荒い。
「なによ!今まで海田君なんか見向きもしてなかったくせに!」「うるさい!この泥棒猫!」「なにをー!」「ばーかばーか!」
いつの間にか、教室内は阿鼻叫喚のキャットファイトと化していた。
「・・・このままじゃやばいわ。戦争よ、戦争が起こるわよ」
ツバサの脳内では雪による雪パンデミックが巻き起こっている。帝王のようにふんぞり返っている雪の周りにはいろどりみどり、よりどりみどりの女の子たちが。
このままではツバサの妄想も現実に。
二人は、目の前の現実と妄想がそう離れてはいないことを感じ、ごくり、と生唾を飲み込む。
「———————あれ?ていうか、雪は?」
混乱に紛れ、よくよく見てみると確かに雪はいない。
二人は顔を見合わせ、サーっと顔色が悪くなる。
言葉を交わすことなく互いにうなずき、雪を探しに行くことになった。
が、探す、などというひと手間は今の雪には必要なかった。
なぜなら。
「・・・・ひどいわね」
雪が通った後には女という女、後輩から先輩から同級生から教師から果ては学食のおばちゃんまで、一様に頬を染めて恋する乙女となっていた。
だから、それを辿っていけば自然。雪に追いつくというわけだ。
「くっ!見てられないよ・・・」
「目を逸らしちゃダメよあんじゅ。この”悲劇”を、二度と繰り返さないためにも」
「・・・・うん!」
気分はさながら、荒廃した国を救う勇者である。ていうか悲劇呼ばわりだった。どうやら今の雪は完全に悪しきものと定義されたようだ。
「あ!いた!」
そうして、女の子達の残骸を辿っていくとやはり雪にたどり着いた。
「ちょっと!どこ行くのよ!」
「待って!ツバサ!」
今まさに、校門を出ていこうとする雪を捕らえようするツバサに、あんじゅは腕をつかんで引き留める。
「なに!?」
「あれ見て」
すごい形相で振り返るツバサにあんじゅは冷静に指をさして答える。
「・・・・え、英玲奈じゃない」
そう、そこにいたのはあくびを噛み殺し、遅すぎる登校中の英玲奈であった。
「あれ?雪じゃないか。どうしたんだ、まだ昼休みだろ?」
「英玲奈先輩こそ。それに今日授業はお昼までですよ」
「ありゃ、・・・いやー、寝坊しちゃってさ」
英玲奈は、ごく普通にいつものように雪と喋っている。今のところ。
「英玲奈なら、雪君の魔の手にかからないかもしれない」
「・・・確かに。そういうの、関心ないものね」
あんじゅの言葉にツバサは納得したらしく、大人しく見守ることにした。ここで出て行って雪に変に感づかれたらお終いだ。それよりは英玲奈に任せて雪を懐柔させてしまったほうが早い。
二人はアイコンタクトだけでその考えを共有し、すぐさま英玲奈とコンタクトがとれるように大げさにアクションをとる。
幸い、雪は背中を向いているため、サインは送り放題だ。
もちろん、後ろを振り向かれた瞬間ゲームオーバーなのでそこは英玲奈次第ではある。
(気づいて!!英玲奈!)
手を振ったり変な踊りをどったり、とにかく雪に気づかれないように目立とうとする二人。
「・・・・あれ?なにして——————」
(しー!しー!)
英玲奈が気付いたのはいいものの、あっさりとこちらの存在をバラそうとするので必死に口元に指をあてて喋るなのポーズ。
「・・・・・・」
どうやら、とりあえずは伝わってくれたらしい。流石はスクールアイドル一のグループを組んでるだけはある。正に以心伝心である。
さて、ここからどうやって現状の雪を伝えて、なおかつ雪を懐柔させることができるかが問題なわけだが。
「ど、どうしようツバサ・・・」
「やるしかないでしょ」
ツバサは、ザッと一歩前にでるとジェスチャーでなんとか現状を伝えようとする。
まず雪を指さし、狼のように舌なめずり。
次に、かよわい女の子のようにおいおいと崩れ、そこにあんじゅがやってきて狼をやっつける。
まるでお遊戯のように、できるだけわかりやすく。
現状出来る最善。これが二人には今できる表現の限界だった。
はーっはーっ。と顎に伝う汗をぬぐうツバサ。どう?と、英玲奈の顔を伺う。
「—————————————(^_-)-☆」
どうやら、伝わったらしい。ウインクを決め、自信に満ちた顔をしている。
ぱぁっとツバサとあんじゅの顔は明るくなる。正直、英玲奈の勘の鈍さでは厳しいかとも思っていたが通じてくれたようだ。これが今まで苦楽を共にしてきた絆だ。絆の勝利だ。
「よし!雪、今からホテル行こうか!」
「全然違ううううううう!!!」
あまりの違いに、もはや身を隠すことも忘れツバサのドロップキックが決まった。喜んでいたのも束の間。絆はあっさり幻と消える。
「なにがどうなったらそうなるのよ!ちゃんと見てた!?何が詰まってるのよその脳みそには!」
馬乗りになってガクガクと頭を揺さぶるツバサ。
「い、いや。私が狼になって雪を襲えってそう言ってるのかと」
「ちっがうわ!逆!全然真逆よ!雪が襲ってるの!狼のごとく!かよわい女の子を!大体、なんで私がアナタにそんなことジェスチャーで伝えなきゃいけないのよ!襲うなら自分で襲うわよ!」
「ツバサ、ツバサ。ちょっと落ち着いて」
遅れて駆け付けたあんじゅに宥められ、ようやく一呼吸置く。
「えっと、つまりどういうことだ?」
ツバサの叫びではイマイチピンとこなかったらしく英玲奈は小首をかしげる。
「あーもう!めんどくさいわねえ!つまり—————————」
「ツバサさん」
説明しようとしたその時、今まで沈黙していた雪が唐突に口を開く。
「な、なによ」
身構え、緊張した面持ちでツバサは答えた。今までの経験上気を抜いているとすぐ雪の魔力に取りつかれてしまうからだ。
「よっと」
「きゃ!」
そんなツバサをひょいと抱きかかえ、雪はすぐそばに優しく降ろす。
「駄目ですよ、女の子が馬乗りなんてしちゃ」
「あ・・・、ご、ごめんなさい」
笑顔の雪に、思わずツバサは自らの行動を反省する。確かに淑女のすることではなかった。
「大丈夫ですか?英玲奈先輩」
「え?あ、ああ。あれくらいどうってことない」
振り向き、英玲奈を気遣う雪になんだかバツが悪いツバサである。
「そうは言っても、英玲奈先輩も女の子なんだからもうちょっと自覚したほうがいいですよ」
「そ、そうか?」
「あ、そうだ。英玲奈先輩に似合うと思ってこれ。ちょっと、目つぶっててください」
「な、なんだ?」
「いいから」
完全にツバサとあんじゅが蚊帳の外となっているが、本人たちはそんなこと微塵も気にせずに。
英玲奈は言われた通り、素直に目を閉じる。こうして黙っていると、顔だけは本当に整っているのだと気づく。
「——————————ほら、やっぱり似合う」
目を開けると、英玲奈の頭には花飾りが。
「——————————こ、こういうの私には」
「綺麗ですよ。英玲奈先輩」
「そ、そうかなあ///」
「て、照れてる。あの英玲奈が。どんな少女漫画を見せても「ふーん」って言われたのに」
「て、照れてなどいない!・・・ちが!違うからな!」
二人のふーん、って表情に英玲奈は焦る。
「そういうんじゃない!ちょっと不意打ちだったというか、とにかく私は照れてない!私を照れさせたら大したもんですよ」
「なんで長州力?」
「雪、やはりあなたは生かしては置けないわ」
覚醒した雪の力を改めて感じたツバサ。地鳴りでもするみたいに、オーラが漂っている。
「・・・・・・・」(ダッ)
「あ、逃げた!」「追うのよ!」
「ちょっと待て!私の弁解を聞いてくれ!ツバサーーーー!」
恐怖を感じたのか、それとも別に目的があるのか雪はものすごい速度で歩道を駆けていく。
書記さん同様、使い物にならなくなった英玲奈を置いていき、二人は雪を追った。
「————————————————くそ!見失ったわ!」
「あっちにまだいるかも」
「手分けして探しましょう。見つけたら連絡すること。・・・・・死ぬんじゃないわよ」
「・・・・ツバサもね」
まるで今から戦地に赴く歴戦の戦士のように熱くこぶしを交わす二人。ただ雪を探しに行くだけでよくもまあこんなにシリアスにできるものだ。
二人は背を向けると一度も振り返ることもなく、自らの道を走り出していった———————。
一方、その頃雪は。
「お姉さん、これ、落としましたよ」
「・・・え?羽、ですか?いえ、私のじゃありませんけど」
「あれ?おかしいな、お姉さんから落ちたと思ったんですけど。”天使の羽”」
「——————や、やだもう天使だなんて///」
「そうですよね。お姉さんは天使じゃないですよね」
「え?」
「天使なんかよりもっと身近で親しみやすい。ただの綺麗なお姉さんだ」
「—————————///」
「もし良かったらここに連絡くれませんか!?・・・・って、すいません。欲張っちゃいました・・・。すごく、お話ししやすかったから・・・今のは忘れてください。それじゃ」
「————————あ、あの!待って!・・・・ちょっとだけなら、またお話ししましょ?」
「え?良いんですか!?」
「ええ、むしろ、その。こちらからというかなんというか」
「良かった!じゃあ僕の連絡先教えますね。えっと——————」
完全にナンパをしていた。それもお茶を一杯、今夜だけなどという甘っちょろいもんじゃない。完全に人一人オトしていた、完全に攻略していた。完全にCGフルコンプする勢いであった。
かと思いきや、その女性と別れた数分後。
「あれ?もしかして、黒木メ○サさんですか?」
「へ?・・・い、いや。違いますよー」
雪の標的とされたその女性は、まんざらでもないさそうに笑顔で断る。(ちなみに黒木○イサとは間違っても似てない。ただロングヘアででかいサングラスをかけてるだけだ)
「そうですか?すごい似てるんだけどなー。僕、黒木メイ○さん好きなんですよ。だから絶対そうだと思ったんだけどなー」
「そ、そんな///でも!私も黒木メイサさん好きなんです!」
「そうなんですか?じゃあ良かったら黒木メイサさんについて語り合いましょう」
「ええ、ぜひ!」
なんか、手口がリアルだった。完全にプロのやり方だった。
嫌悪感も警戒心も、彼の前では無意味だというのか。
彼はもうだれにも止められないのか。
いや、いた。一人、確実に彼を止められる者が。
鎖でガッチガチに縛り上げることができる者が。
「・・・・・雪君?なにしてるの?」
「———————ことり」
雪の受難は続く。
どうもダイヤモンドは砕けない。高宮です。
その2で終わるつもりだったんですが、思いのほか伸びたので次回も続きます。
あ、あとUA数二十万突破です!ありがとうございます!二十万がどれくらい凄いのか、それとも全然凄くないのか。未だによくわかってません。
そんなこんなで次回もよろしくお願いします。みもりんのCD買ったよ!はやみんのアルバムも買うよ!超いいよ!ライブ行きたいよ!
・・・・では、まだ次回。
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EX 惚れ薬なんて使っても大抵ロクなことにならない その3
「・・・・・ことり」
「なに、やってるの?雪君?」
駅前の人通りが多い場所で、南ことりは自身の目を疑っていた。
なぜなら、目の前にいる海田雪という人物が俗に言う”ナンパ”をしていたからだ。
「・・・・えっと、私、用事あったんだった」
そのただならぬ雰囲気に気圧されたのだろう。雪にナンパされていた女性は空気を読んで足早にその場を去っていった。
「誰?あの女の人」
「・・・・・お姉ちゃんだよ。ちょっと東京案内をしていたのさ」
「嘘!雪君のお姉さんの顔くらい覚えてるよ!・・・・どうしてそんな嘘つくの?」
吹雪のような凍える空気を、流石の雪も感じたようだ。たらりと冷や汗が頬を伝う。
「違うんだよ。バイト先の知り合いのお姉ちゃんでさ。偶々会って道を聞かれたから答えてたんだ。あまり無下にはできないだろ?」
さらりと、いつの間にかことりのすぐ傍に近寄り無害な笑顔で雪は答える。
「ふーん。本当かなー」
ぷいと頬を膨らまし、そっぽを向くことりに雪はここぞとばかり攻めに転じる。
「本当さ。・・・・だって、僕の心の中はいつだってことりしかいないんだから」
肩に手を回し、怪しげに顔を近づける雪。ああ、これでまた彼の毒牙にかけられた被害者、もとい女の子が増えてしまった。
と、思いきや。
「・・・・・やめて」
パシっとことりはその手を払いのけ、普段の笑顔からは想像もつかないほど真剣で怖い表情をしていた。
その予想外な反応に一瞬、雪は固まった。
「・・・おいおい。眉間に皺が寄っちゃってるよ?せっかくの可愛い顔が台無しだ」
が、すぐに調子を取り戻し笑顔をその顔に張り付ける。
「————————っ!///」
可愛い、そう言われ一瞬で顔が真っ赤に茹で上がることり。
ダメか。やはり、女の子である以上雪には敵わないのかもしれない。
が、ことりはぶんぶんと頭を振ると冷静さを取り戻したのかまたぞろ鋭い視線に戻った。
「顔、赤いよ?」
「うるさい!」
自覚はあったので、声が大きくなってしまうがそれでもことりは冷静だった。今までの雪の魔力に憑りつかれた女の子たちとは、どこかが違った。
「・・・あなたは、誰?」
「やだなあ。僕の顔忘れちゃったのかい?雪だよ。海田雪」
にこやかな笑顔で、自分の顔を指さす雪はだれがどう見てもやはり海田雪だ。
「あ!今まで色んな女の子にフラフラとしてたのを怒ってるの?ごめんね、でも大丈夫。もう僕にはことりしかいないってわかったから。僕の中にはことりだけだよ」
ぎゅっと手のひらを握って、熱い視線で見つめて。これまでと同じように雪はことりに迫った。
が。
「やめて。雪君の顔で、雪君の声で。そんなこと言わないで」
ことりの表情は変わらず不穏だ。
「・・・・え、っと」
これには流石の雪も動揺したらしい。わかりやすく、狼狽えている。
視線が彷徨い、数歩後ずさる。
おかしいのは明白で、その理由だけがことりは分からない。
「・・・・・・・あ!」
ことりが真意を探ろうと次に言葉を発する前に、雪は逃げた。人と人の合間を縫って、隠れるように。
「・・・なんだったんだろう」
ことりだって別に本気で雪が別人だと思っているわけではない。ただ、なんとなく感じた違和感。それを探ろうとした結果、逃げられてしまったのである。
逃げ足が早いのか、すでに周りに雪の気配はない。
だが、やはりおかしいのは間違いない。なにか変な食べ物でも食べたのか。それとも、また何か問題でも抱えてしまっているのか。前者だったらどれだけ良いだろうと、ことりは願望を胸にしまい、仲間に頼る。
そう、今は部室にいるはずのミューズに。
「あ、もしもし?うん・・・用事?終わったよ。それでね、雪君のことなんだけど—————」
「あんじゅ!そっちにいた!?」
「ううん。ツバサは?」
「駄目。こっちにもいなかった」
ぜえぜえと肩で息をつくのは汗だくになったツバサ。傍らには困ったといった様子のあんじゅも当然いる。
「まったく!どこ行ったのよアイツは!」
ギリギリと歯噛みし、心底悔しさを滲ませるツバサ。それもそのはず、今こうしている間にも雪は誰かをその毒牙にかけているかもしれないのだ。そう思うと歯噛みもする、地団駄もする。
「それはそうと、ツバサ」
「なに?」
「雪君を戻す方法は見つかったの?」
雪を探すのはいい。だが、問題はどうやって雪を元の状態に戻すかだ。それが分からないうちに捕まえてもまだ同じように逃げられては骨折り損というものだ。
「それについては、ウチの開発班に任せてあるわ。残った惚れ薬から成分を抽出してそれと反対の効果のものを作れば理論上は元に戻るはずよ」
「可能性はあるの?」
「・・・・・・・」
黙って目を逸らすツバサ。
「わからないってわけね」
思わずため息をついてしまうあんじゅにツバサは口を尖らせる。
「しょうがないじゃない。惚れ薬だってあんなのほとんど偶々みたいなもんだし・・・・」
「まあ、とにもかくにも雪君を捕まえることしか、今の私たちには出来ることがないわけだけど」
「そ、そうよ!だから他のことは任せて私たちは雪に集中しましょ!」
「あと、回ってないところと言えば・・・・音ノ木坂くらい?」
「・・・一番可能性はあるけど、出来ればミューズの子たちには知られずに解決したかったわ」
そんなツバサの思いとは裏腹に、ツバサの携帯に一件の着信が。
「あら、どうやら、悪い予感が的中してしまったみたいよ」
「まさか・・・・」
携帯が指示す着信相手は。
絢瀬絵里だった。
「もう、やめてよ」
海田雪は静かに抗議した。
目の前にいるもう一人の自分というやつに。
「なんでさ。僕は君なんだぜ?ということは君は僕でもある。その僕がやることを”僕”に咎められる理由はないはずだよ」
あたりは真っ暗で、何もわからない。上も下も、右も左も。どこが前でどこが後ろなのか。なにも、分からなかった。
だが、海田雪は不思議と落ち着いていた。焦ることも怒ることもなく。それはなんとなく知っているからだろう。ここがどこなのかということを。
「ここは、僕の闇そのもの。そして君は僕が生み出してしまった、もう一人の僕だね」
海田雪は動けない。椅子のようなものに縛られて身動き一つできない。縛ったのはきっともう一人の自分だ。
なぜこうなったのか、その元凶はわからないが気付いたらこうなっていた。そして自分が女の子をそれも知り合いの女の子たちを恥ずかしげもなく口説いているのをずっと見せられ続けている。
どんな苦行だ。そう思った。
「ご明察。とはいえ、簡単な問題だったかな。なにせ他でもない”僕”のことだからね。自分のことは自分が一番よくわかってるってやつ?」
パチパチと馬鹿にしたように笑顔で拍手する自分。鏡かと思うほどにどこからどこまでも自分そっくりだ。
いや、自分なのだ。目の前にいるのは。
拍手の仕方も、笑顔の作り方も、人を誤魔化すときの仕草も。嫌というほど突きつけられる。目の前にいるのが紛れもなく自分なのだと。
「もう一回いうけど、やめてくれないかな。こういうの」
「こういうのって?なんのこと?」
きょとんと、小首を傾げてとぼける。いつも自分がそうしてきたように。
「だから、その、ナンパ。みたいなことだよ」
「ぷふーっ。なに恥ずかしがってるのさ。純情ぶっちゃってさ」
顔が赤くなっている海田雪を、もう一人の自分は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「言ったろ。僕は君だ。それ以上でもそれ以下でもない。僕はただ、”僕”に従っているにすぎないんだよ?」
「僕は、こんなこと望んでない」
「嘘だね」
即答。一瞬の間もなく、まるで台本にそう書いているとでも言うように。
「僕はこう思っているはずさ。あーあ、いつも女の子に囲まれて気を使って、偶にははっちゃけたいってね」
「・・・・思ってない」
「おいおい。言ったろ?嘘だね、と。そしてこうも言ったはずだ。君は僕で、僕は君だと。つまり、僕が言うことは君の言うこと、言いたいことでもある。嘘なんてないのさ」
それきり、海田雪は黙ってしまう。目の前の人物が言うことに、自分が言うことに、嘘はない。それがわかるから。
「まあ、君は黙ってみてなよ。僕が代わりに君の欲望を満たしてあげるから」
くるりと振り返ったもう一人の自分は、それきり消えていなくなる。
「・・・・はあ、分かってないなぁ。僕にしては」
虚空を見つめ、そう呟く声も聞かずに。
「はぁはぁ・・・ゆ、雪を捕まえたって本当!?」
「綺羅さん。落ち着いて」
ツバサは、息も絶え絶えに開口一番そう訊ねる。
場所は音の木坂。先ほど、絵里から電話をもらいツバサとあんじゅは急いでこの音の木坂へと来たのだった。
「え、ええ。それもそうね」
ツバサはスーハースーハーと大きく深呼吸をして。
「で!雪はどこ!?眠らせて隔離して女の子と一切合切縁遠い場所に拉致しなきゃ!!」
くわっと目を見開き、早口にそう言った。
「だから落ち着くにゃー」
凛にそう宥められるほどに。
「・・・・事情は聞きました。綺羅さんが雪に薬を盛ったせいで、雪が色欲魔と化していると」
「うぐ・・・・」
絵里に冷静に現状を突きつけられ、先ほどまでの勢いが萎むツバサはぐうの音も出ない。
「それで?犯人、じゃなかった。雪君は?」
見かねたあんじゅが助け舟を出してくれるが、代わりに雪が犯罪者に仕立て上げられていた。
「それが、ごめんなさい。逃げられちゃったの」
しゅんとしたことりが答える。用事が終わり、学校に向かうため駅前を歩いていると雪に会って、変だったので問い詰めようとしたら逃げられたのだと。
「私たちとまったく同じね。あの子ったら逃げ足だけは早いんだから」
ギリギリと爪を噛み、焦ったように呟くツバサ。それもそうだろう、このままでは自分の失態がさらに多くの人に広まってしまうかもしれない。あの綺羅ツバサが、好きな男を薬で落とそうとしたなど、知られたら恥ずかしさで死ねる。
しかし、これでまた事態は振り出しに。
「・・・・雪君を元に戻す案はないん?」
「待ってください!そもそも雪がし、色欲魔になっただなんて話を信じるのですか!?あの雪ですよ!?天地がひっくり返っても、女性をナンパだなんて、ふしだらなことするような人には思えません!」
「そりゃー、いつもの雪ちゃんならね。でも今の雪ちゃんは薬で狼になってるにゃ。ナンパくらいで済めばいいけどにゃー」
「な、ナンパくらいって、凛ちゃん」
「もうキスとかしてるかもよ?ぷくく」
「な!ありえません!!許しません!」
「は、離してよー!く、首、くるし。もう!凛に当たらないでにゃ!」
「——————————————あ、もしもし?パパ?・・・ええ、そうよ。すぐに手配して。はぁ!?できない!?可愛い娘の頼みが聞けないって言うの!?・・・・惚れ薬の一つや二つ開発するなんて容易いでしょ?現に開発した人がいるんだし。・・・空想じゃないわよ!ちゃんといるの!どうやら失敗したみたいだけど、ウチはそうはならないでしょ?」
「・・・・・・こ、これは」
ツバサは額に吹き出る脂汗を止められない。部室は一見普通、平常を保っているように見えるが、ツバサにはわかる。皆どこかおかしい、ネジが緩んでしまっていることに。
海未と凛は些細なこと(雪)で口喧嘩してるし、花陽はずっと表情が暗いし、希はブツブツと黒魔術の本を音読している。真姫は言わずもがな。
「だから嫌だったのよ。どうせ、こういう状況になるんだから・・・・!」
異様な状況に半分涙目のツバサ。あんじゅは恐怖に目を逸らしている。
「はぁ・・・・ほらほら皆!落ち着いて!とりあえず雪を元に戻す方法は、真姫と綺羅さんに任せて私たちは雪を捕らえに行きましょう?」
絵里が場を鎮めようと、手を叩く。
「そうだよ!たまった鬱憤は全部雪ちゃんにぶつければいいんだよ!」
「・・・確かに、その通りですね」
「こうなったのもすべて薬に負けた雪君の所為やしね」
穂乃果の一言により、場の言い知れぬ怒りの矛先が雪に向かってしまったが。
(・・・ごめん、雪)
心の中でツバサは謝った。場の雰囲気が完全に一揆に向かうそれと化してしまっていたからだ。
「・・・・ことりちゃん?」
そんな中、ことりだけはずっと俯いたまま何かを考え込んでいた。
「・・・・・・・・え?あ、ああ。あれだよね。ほんともう雪君には困ったものだよね、骨の一本でも折ってやりたくなっちゃうよ」
「・・・いや、流石にそこまでは思ってないけど」
柔らかい笑顔で物騒なことを言うことりに流石の穂乃果の表情も引いている。
「どうしたのですか?なにか、悩み事でも?」
以前のことりの留学騒動がよぎり、海未の声色からも表情からも心配しているのが窺える。
「ううん。悩みっていうか・・・・」
ことりの頭にあるのは雪を拒絶した時に見たあの狼狽えた姿だ。あの時はなにかまた問題でも・・と思ったが、どうやらツバサの話を聞く限り、そういうわけではなかったらしい。
「はぁ・・・・もう、心配させないでよ」
「え?」
「あ、違うの。こっちの話。気にしないで?」
疲れたといった感じが前面に出てしまっていることりに、結局海未は心配しっぱなしだったがことりが大丈夫と繰り返すので信じることにしたらしい。
「そ、それにしてもそんなにひどいの?」
クルクルと髪を弄りつつ、興味ないという雰囲気を醸し出しながら、あと表情だけが隠し切れずに口元が突き出ている真姫が聞く。
「・・・うーん。雪君が天然の悪魔だとしたら、今の状態は養殖の魔王って感じ?」
ミューズメンバーでは唯一の体験者。ことりが語る。
「・・・・わかるような、わからないようななんやけど?」
「私はわかるわ。その例え」
うんうんと激しく頷くツバサ。どうやら体感したものには通じるらしい。
「えっとね、雪君が天然の悪魔ってのはわかるでしょ?」
これには、一同激しく頷く。
「その天然の部分を、狙って人の手で操作したらああなるんだろうなって感じ?」
「つまり、今までは天然というある種のブレーキがあって、悪魔どまりでしたが、今はそのブレーキが外れて魔王になったと?」
「より質が悪そうね」
流石は海未と絵里、飲み込みが早い。
「待ってにゃ!それだと雪ちゃんはわざと女の子を口説いてるってことかにゃ!?」
「そう、じゃないかなぁ?」
ことりは小首を傾げるが、内心ではその説を一ミリも疑ってなかった。
一度は鎮静化したかに見えた雪への怒りが、ぶわっと勢いを増して燃え盛る。
(もう一回いうわ。ごめんなさい雪。でもこの怒りが私に向かなくて本当に良かったって思ってる。・・・本当にごめんなさい)
心の中で何度も謝罪するツバサだが、勿論残念ながら雪には届かない。
「ところで、にこっちは?」
「そういえば、まだ来てないにゃ」
皆が怒りを内に込め終わり、希がキョロキョロと辺りを見回したのと同時。勢いよくドアが開かれ。
「はぁはぁはぁ・・・・!なんなのよ!もう!」
「にこっち」
「ああ!?・・・って、なに?なんの集まり?——————あ、アライズ!?」
肩で息をしたかと思えば、急に怒り出し、きょとんとしたかと思えばアライズに驚く。忙しそうだった。
「なにしてたの?にこ?」
「な、なにって・・・・」
絵里の問いに、にこはそっぽを向く。その顔は心なしか赤く染まって見えなくもない。
まさか。そう絵里が思った瞬間。元凶はいともたやすく向こうからやってきた。
「にこちゃん。逃げるなんてひどいじゃないか」
「ひぃぃっ!」
ドアのすぐ後ろで壁に手をかけ、にこの右腕をつかんでいるのは、雪だった。
「逃げられたら、追いたくなるのが心情だろ?」
「知ら、ないわよ!」
にこは捕まれた腕を振りほどく。
「・・・・・君も、僕を拒絶するのか」
ぼそりと、雪は解かれた腕を見ながら呟くがその声は誰かに届く前に霧散して消える。
「・・・・雪君」
声は届かなかった。が、その表情は届いた。ことりに、皆に。
真っ黒になったその表情だけは。
「ありゃ。なんで皆お揃いなの?あ、ツバサさんもいる」
が、それも一瞬で、すぐに元の軽い感じに戻った。
「———————、」
「ヴェええ!?」
ツバサは呼びかけられた瞬間、真姫の後ろに隠れた。
「・・・まったく、恥ずかしがり屋さんめ。ねえ?あんじゅ——————」
そしてあんじゅは右に倣えとことりの後ろに。
「ふぅ」
一つ、しょうがないといった様子で真姫の後ろに歩み寄る。
「やあ、真姫ちゃん。今日もいつも通り可愛いね。抱きしめてもいい?」
「———————ヒュ」
唐突すぎて、真姫の思考が追い付かず息を吸い込む音だけが発せられる。
「・・・・駄目よ」
が、やはりことりと動揺持ち直した真姫はツバサを庇うように一歩前に出る。
「いい。雪、あなたは薬でちょっとおかしくなってるみたいなの。だから解決するまで大人しくしてて頂戴?」
絵里は雪の後ろでそう優しく諭しにかかるものの。
「・・・やだなあ絵里先輩。僕がおかしくなってるだなんて。僕は正常ですよ。ほら、ちゃんと触って確かめて?」
ぎゅっと絵里の手を握り、自身の鼓動を聞かせるべく胸に手を当て密着する雪。
「確かに、雪の鼓動だわ」
「ね?だから、安心して僕に身を委ねてもいいんですよ」
チャンスと思ったのだろう。雪はここぞとばかりに距離を詰め、甘い言葉をささやく。
———————スッ。
(・・・・あれ?)
が、しかし。絵里はその距離をもう一度、適切なそれへと戻す。
てっきりその他大勢のモブと同じように絵里も落ちると踏んでいた雪は、拍子抜けしたような表情だ。
くるりと後ろを振り返り絵里は言う。
「私は、薬で言わされた言葉なんかに惑わされたりはしないわ。だから、正気に戻って」
「——————————————、」
ピクリと、その言葉に雪の眉間に皺が寄る。
今までどんな女の子でも雪には敵わなかったのに、絵里には効かなかった事による悔しさか。それとも—————————。
どちらにせよ、絵里は打ち勝った。
と、傍目には見えていたがツバサだけは見えていた。絵里が必死に唇を噛んで嬉しそうな表情を押さえ込んでいたことを。
「ゆ、雪。あなたやはり・・・色欲魔へと変貌してしまったのですね」
「・・・うん?」
今度はその一部始終を見ていた海未がフルフルと拳を震わせている。
「どうやったら正気に戻りますか?やはり一度気を失わせるほかないのでしょうか」
本当に切なそうに、手に持っているのは金槌。
「だーかーらー!別に正気なんだって、僕は」
じりじりと後ずさりしながら、多少イラつく雪。近づいたらヤバいと、本能が警鐘を鳴らしている。
海未の瞳は真っ暗で、底のない谷のようだ。
一定の距離を保つために一歩一歩、後ろへ後退する雪。
そこで、ドン。と、壁にぶつかる。
「穂乃果、良かった。ちょっと海未に言ってやってよ。僕は狂ってなんかいないんだって」
振り向くと壁だと思ったものは、穂乃果だった。
「雪ちゃん。あのね、雪ちゃん。別に穂乃果はそういう積極的な雪ちゃんも素敵だなって思うよ。良いと思います」
なぜ最後が敬語だったのかという疑問はさておいて、雪はこの場で初めて現れた味方についテンションが上がる。
「そうだよね!良かった、穂乃果だけだよわかってくれるのは!」
抱き着いて、抱きしめて。互いの鼓動が聞こえるその距離で。
耳元で穂乃果はこう囁いた。
「でも、浮気は駄目だよ」
ゾクリ。
背筋に広がる寒気。自分の闇なんかより、よっぽど純粋で深刻な闇を見た気がした。
「は、花陽。花陽は分かってくれるよね!男はしょうがないんだよ!だってハーレム好きなんだもん!」
いつの間にか、強弱が、上下が、逆転していた。
「雪君。それはね、絶対に言っちゃいけないんだよ?例えどれだけそう思っていたとしても、それは絶対に、言っちゃ、いけないの」
カチカチカチカチカチカチ。
ボールペンを何度も何度もノックして、花陽は力強くそう言った。雪の表情は引きつっている。
「でも、大丈夫だにゃ。雪ちゃんは薬で一時的にそうなっちゃってるだけだから。元に戻ったら忘れてあげるにゃ」
「そうやね。だから今の内に、結婚しよっ!?」
いつの間にか四方八方を囲まれて、視界が塞がれていた。
「まったく、アンタはいつもいつも面倒ばっか起こして」
「丁度いいわ。この際デリカシーと言うものを叩き込んで起きましょう」
「それはいいですね。正気になった時も忘れないように心根の奥深くまで染み込ませましょう」
「ねっ!結婚しよ?ここにハンコ押すだけでいいから」
「希ちゃん、それはちょっとずるいんじゃないかな?穂乃果も結婚したいのに」
「」(カチカチカチカチカチカチカチカチ)
「ねえ、雪ちゃん。監禁されるのと拷問されるのどっちが良いかにゃ?」
「大丈夫よ。場所は私が提供するし、薬も西木野病院のを使うから」
雪はあまりの圧にぺたりと座り込み、最早何もできない。強気にも出られずに、押し込まれている。恐怖で涙目だった。
「う、うわーん!」
ついに、雪は耐え切れずに逃げ出してしまう。職員用トイレの一室、個室に引きこもり。内部に引きこもる。
・
・
・
「え、えっと・・・・」
ツバサはようやく口を開くことができた。今まで息を飲むという表現がこれほど当てはまる状況もそうはなかっただろう。
「これで少しは懲りたかしら?」
「雪ちゃんも大概だにゃー」
「少しは大人しくなってくれるといいのですが」
口を開くことができたのは、重苦しい閉塞感が雪が逃げて一気に終息していったからだ。
「もしかして、今までのは演技?」
「・・・・演技?演技してたのみんな?」
ツバサはもしや、あまりの変わりようから雪を薬から脱却させ自らの力で自己を取り戻させようとわざとああいった態度をとっていたのかと思った。それほど先ほどと今では態度は天と地ほどの差があった。
が。
「演技?なぜ、そのようなことをする必要があるのですか?」
「別に凛、女優とかじゃないよ?」
「わ、私が演技だなんておこがましいです・・・・」
「あ、パパ?ごめんなさい。もう一つ頼んでいい?・・・ええ、ちょっとした睡眠薬と自白剤と強心薬を」
「あーん。せっかくハンコ押してもらおうと思ってたのに」
どうやら、そういう美しいことではなかったらしい。
「・・・・・ツバサ、もうあまり刺激しない方がいいよ。・・・・私たちのために」
「そうね・・・・・・」
二人は心なしか体重が減った気がしていた。
「女の子怖い女の子怖い女の子怖い女の子怖い女の子怖い」
「だから言ったろ?分かってないな、って」
暗闇に包まれた中で、同じ顔の人間が対となって会話をしている。
「うるさい!いつも見てたんだ!知ってたんだ!なのに・・・・なのに・・・」
一方は、頭を抱えてしゃがみこんでいる。
「知ってるのと、体験するのとは違うよ」
もう一方は椅子のようなものに縛られている。相変わらず。
「・・・・君は僕だ。それは認めよう。だけど、君には務まらないよ。あのじゃじゃ馬たちの相手はさ」
ガチャリと片方を縛っていた鎖は取れる。
腕をさすりながら、片方は立った。
「・・・・・・・・・・」
しゃがみこんだまま、片方は黙り込む。
「でもきっと、僕にも務まらないんだ。あの人達一筋縄じゃいかないから。だからさ」
そして片方はしゃがみこむ。もう片方と同じように。
「一緒にやろうよ。なにせ君は僕なんだから。僕のことをやる義務があると思わない?」
「・・・・・・・」
尚も、片方は黙ったまま。片方に差し出された掌を見つめる。
「君は、僕は、認めて欲しかったんだよね。見て欲しかったんだよね」
「・・・・・うるさい」
パシリと差し出された掌は払いのけられる。
「僕は、お前を認めない。僕を認めない”僕”を、認めない」
それを最後に、片方は暗闇の奥のほうへ消えていく。
「・・・あれは僕ってことは僕にもあんな恥ずかしいこと出来るってことなのかなぁ。うーん、考えないようにしよう」
払いのけられた手をさすりながら、片方は振り返る。
現実へと。
別に女の子を口説きたい訳じゃなかった。ただ、目立ちたいだけだった。見て欲しかっただけだった。認めて欲しかっただけだった。ただ、自分という存在を認識して受け入れて欲しかっただけだった。
(でも、それはもう既に叶っているからさ。無理に出てこなくたっていいよ。無理に悪ぶろうとなんてしなくていいよ。君は、僕なんだから)
「雪君」
ことりの声が聞こえた。彼の名前を呼ぶことりの声が。
「あのね雪君。雪君はね、いつも優柔不断で誰かを放っておくことができなくて。皆の幸せを願うくせに、自分の幸せには無頓着で。他の人には優しいのに、自分には優しくない。そういう人なんだって知ってるよ。みんなみんな、知ってる。だから、戻ってきて。薬なんかに負けないで。どんな雪君も、私は————————」
ことりの言葉は最後まで続かない。なぜなら、扉が開いて目の前には・・・・・。
用務員の小太りのおっさんが立っていたからだ。
「・・・ま、まさか。薬が悪化してなんやかんやでおっさんに・・・・!?」
「いや違ええええよ!!!こっち!!」
勢いよく、すぐ隣の扉が開いた。
「あ、ああ。ごめんなさい」
ことりは自身が扉を一つ間違っていたことに気づき、用務員のおっさんに頭を下げる。用務員のおっさんはそのまま何も言わずにそそくさと出て行った。
「えっと、ね。つまり、何が言いたかったかというと」
間違えた恥ずかしさからか、あたふたしだすことりに、雪は笑う。
「いいよ、大丈夫。僕も、分かってるから」
「・・・・あれ?もしかして雪君。元に?」
「ん?何の話?」
ぱあっとことりの顔は見るからに明るくなり。
「皆に報告しなきゃ!」
と、走りだそうとする。
「それはいいけど、ことり。一個いい?」
「うん!なに?雪君!」
満点の笑顔で心底嬉しいという感情が漏れ出ている。
「ここ、男子トイレだからね」
音の木坂は女子高である。よって校舎に男子トイレはない。
が、ここ職員用トイレだけは特別である。職員には男性はいるのだから。
「あ、————————————////」
顔を真っ赤にしたことりに、再度、雪は笑った。
「まあ、何はともあれ一件落着ってことね」
「もう、これに懲りたら変な気は起こさないでねツバサ」
ツバサとあんじゅ、そして雪は音の木坂を後にし、UTXへと向かっていた。
なぜなら生徒会の仕事は依然として余裕はなく、一人で切り盛りしていた書記さんがついにヘルプを求めてきたからだ。
「わ、分かってるわよ。それにしても、雪。アナタ本当に覚えてないの?」
若干誤魔化したフシのあるツバサにジト目を送りながら、あんじゅは雪のほうへと顔を向けた。
「ええ、さっぱり。話を聞いても半信半疑ですよ。僕が、その、女の子に手を出してたなんて」
「それはもうひどかったんだからね。気を付けてよ?」
「気を付けてって、何にだよ・・・」
そんな会話を繰り広げている間に、UTXへとついてしまう。
(ごめんね、ことり。嘘、ついちゃった)
雪の心情など知る由もない二人は、目的の場所へと着いたというのにあれこれと苦労話を語っている。
「ん。ごめんなさい、電話だわ」
「先行ってるよ?ツバサ」
「ええ」
ツバサは二人をしり目に電話をとる。着信は自宅からだった。
「何?用かしら?・・・・ああ、惚れ薬の成分ね。もういいわ、解決したから」
一歩遅かったな。とツバサは心中で思うが、とりあえず電話越しの相手に謝辞を述べる。
『ええ、それで、とりあえず結果を報告しておこうと思いまして」
「結果?」
『はい。詰まるところあれは惚れ薬などというものではありませんでした。一種の強心剤というか、まあある種のトランス状態にさせるものでした。あれに惚れさせるといった効能はありませんでしたよ』
「ふーん、つまりどっちにしろ失敗だったわけね」
再度謝辞を述べ、ツバサは電話を切る。んーっと伸びを一つしてから、あれ?ちょっと待てよ。と、ツバサは疲れた脳みそを回転させる。
「じゃあなんで雪は、あんなに女の子を口説き落としていたのかしら」
今まで、雪の行動は惚れ薬の効果で女の子に見境がなくなっていたのだと思っていたが、それはたった今否定された。ということは、あの行動は、紛れもない雪自身の意思——————?
「なーんてあるわけないわよね!園田さんの言う通り天地がひっくり返ってもありえないわ」
あははと笑い飛ばすツバサだったが、次第にその笑いにも力がなくなってくる。
「・・・・やめやめ。考えても仕方ないことだわ」
「あ!ゆゆゆゆ、雪!かかかか、帰っていたののののおのののか」
「英玲奈、ぎこちないわよ」
「あはは、なんか迷惑かけちゃったみたいで」
「海田くーん!早く手伝ってよー」
「書記さーん!今行くー!」
廊下から手を振る書記さんに手を振り返す雪を見て、ツバサは考えるのをやめた。
どちらにせよ、今までの雪が変わってしまうわけではないのだから。と。
「ちょっとー!私、手伝ってあげてもいいわよー」
どうも、最近薄幸少女って良いよねってあんハピ見ながら思った高宮です。
最近グリモアというアプリにはまってます。アプリゲーにしてはストーリーが重厚で気に入っています。
あとFGOでは酒呑童子ちゃんをお迎えするべく、呼符と石を使って二百連くらいしましたがカスリもしませんでした。マリーちゃんが三体でました。マリーちゃんのファン辞めます。
ということで次回もチェケラ!
あ、あとEXを時系列順に組み換えました。読みにくかったら戻します。ではでは。
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EX 雪、ミューズに守られる。の巻 その1
海田雪の生活は安定していた。
依然よりも目に見えて支出が減り、余計なお金が必要なくなったというのが一番の理由だが、安定した一番の理由はやはり掛け持ちのバイトを辞めたことだろう。
これまで彼の生活はバイト頼りであり、補助金だけでは到底暮らしていくことができなかった。
そのため、五個も六個もバイトを同時に掛け持ちしていたのだ。それもどれもが保証されていなかったり、違法スレスレだったりと彼が年齢を偽っても働かせてもらえるような悪環境だった。
そのバイトを辞めることができた。”普通”になったというのが、彼が安定になった一番の幸せだろう。
だが、人生において安定=良いことだとは限らない。
借金をしていた人が、借金を完済するためあくせく働いていたのに返し終わった途端働かなくなってしまった。なんて、よくある話だ。
とはいえ、海田雪がそうなったわけではない。
彼が安定を手に入れたのは、ひとえに仲間のおかげであり、誰かのおかげである。それを重々承知している彼は所謂”燃え尽き症候群”にはならなかった。
ならなかったのだが、いかんせん彼は完璧ではない。どころか優秀というわけでも秀才というわけでもない。
「・・・・ごくり」
だから、こうなってしまったのは必然というべきものだったのかもしれない。
緩んだネジから亀裂が生まれるように。それは起こるべくして起こったのかもしれない。
「ちっくしょー!」「なんでそこで抜かれるんだ!!」「あー!!」
周りはまさしく阿鼻叫喚。喜ぶもの、嘆くもの、悲しむもの、うなだれるもの、怒り狂うもの。喜怒哀楽が入り混じる空間。
その中で一人。自身の手にした一枚の紙片。その紙片をぎゅっと固く握りしめ、呆然としている者が一人。
「あ、当たった・・・・・」
そろそろ状況を説明しよう。呆然としているのは彼、海田雪。
ここがどこかと問われれば、都内某所の”競馬場”だった。
なぜ彼がこんなところにいるのかと問われればそれは前述のように、ネジが緩んだからに他ならない。
生活が安定し、ミューズが解散し、春休みに突入した今。彼は暇を持て余していた。
一年前までなら、書き入れ時だったのだがバイトをする必要がなくなった今、彼は超絶に暇だった。
今まで自分が使っていた時間。バイトとミューズという二大巨頭。彼の軸とも言えるその二つを同時に失った彼は、急に時間が余った。
普通の人間なら、趣味やら勉強やらとにかく時間を潰す術を知っている。
だが、彼。海田雪にはその普通は当てはまらなかった。急にポンと時間を渡されても上手い活用法がわからない。
結果、家でぼーっとするだけというある種ヤバい人間になりつつあるのを、これじゃイカンと思い直しとにかく外に出ようと一念発起。
ニートまっしぐらだった己の生活を改めるべく、とりあえず散歩を始めてみたのだ。
だがこれがいかんせんつまらない。結果退屈になるだけ。
一回目で既に辟易とした雪は、そこで見つけた。
否、見つけてしまった。
そう、競馬場を。
競馬というものがどういうものなのか。勿論彼は知っていた。彼の父親がよくラジオで競馬中継を聞いていたのを子供ながらに覚えていたからだ。
だが、彼は競馬をしたことがない。知識なんてゼロだ。
それでも、何か惹かれるものがあった。
フラフラと、まるで光に集まる蛾のように。彼はそこに入っていった。
その競馬場は簡素、というか廃れているようなもので、中央に馬券を買う窓口。目線を上にあげると、競馬中継しているテレビがあるだけのいたってシンプルな作りだった。
辺りを見回す、ほど広くはないが他に来ているのは酔っ払ったおっさんや背広を着たお兄さんやら、こんな真昼間からこんな所にいる時点でまあロクな人間ではないだろう。
そんな人達は目の前の新聞や、自身の予想に忙しいのかシンとした静脈音すら聞こえてくるほど静かだ。
閑古鳥も思わず引いてしまいそうなそんな場所で、中継のテレビだけが騒がしい。
(やべ・・・思わず入っちゃったよ)
外見からしてその廃れた中身は予想できたが、あまりに想像通りで逆に怯える雪。
そもそも、馬券などやり方も買い方もわからない。それに多分法律では二十歳以下は買えないんじゃかっただろうか。こういう類は。
やっぱり引き返そう。いくら暇だからと言っても、こんな時間の潰し方はダメだ。ダメ人間になるぞ。
そう思い直し、引き返そうとする雪。
すると、そんな雪の耳にテレビからコメントが聞こえてくる。
『えー、三連単配当は五万四千九百五十円。54、950円です』
五万四千九百五十円。競馬は百円からが最低の掛け金だ。つまり、百円で三連単を買ってもし当たれば、五万四千八百五十円の利益。
ごくり。と、雪は生唾を飲み込む。
たった、十数秒。三連単を買うだけで、それだけの大金が手に入る。
コメントが頭で反芻され、よからぬ欲が彼をじわじわと支配していく。
(いやいやいや!三連単だぞ!三連単!素人が当てられるようなもんじゃない!)
ブンブンとそんなよからぬ欲を打ち消すように頭を振る。
そうだ、帰ろう。こういう時は大抵ロクなことにならないと僕はニューヨークで学んだはずだ。
それに散々ニューヨークで違法を働いてしまったのだ。ニューヨークという異国にはしゃいでしまっていたとはいえ、これ以上犯罪者に片足をツッコむわけにはいかない。
片足っつうかもう全身泥に浸かっている気がしないでもないが、泥まみれになっている気がしないでもないが。雪はそんなことからは目を逸らす。
とにかく、過去の失敗を踏まえ学習能力を発揮し踵を返す雪。
『それでは、もう間もなく馬券購入締め切りです』
ピタリ。彼の足が止まる。思考が駆け巡る。ニューヨークでの失敗と、今回の賭け。今までの人生体験を照らし合わせても、どう考えても分が悪い。
無茶だ。
無謀だ。
無粋だ。
「おばちゃん!1-9-3の三連単で!!」
「・・・はいよー」
買・っ・て・し・ま・っ・た。
財布から百円玉を取り出して、唯一の窓口であるおばちゃんに叩き付ける。
ま、まあ百円だし?外れてもそんな痛くないし?ていうか当たるわけないし?
そんな感じで自分で自分に言い訳する。しゃがみこんで頭を抱えて、馬券を手にして。
周りも異常な人間ばかりだが、彼も相当奇妙な人間に映っていることだろう。
一瞬で自分を客観的に見てしまい三連単を買ってしまった高揚感が一気に萎む。
恥ずかしそうに立ち上がる雪。
いや、まあそもそも。三連単など当たるはずがないのだ。オッズが高いということはそれだけ当たらないということで、難しいということだ。
それがこんな競馬の”け”の字も知らないようなガキに当てられるわけがない。ましてやこんな風に締め切りギリギリに考えなしに勢いだけで買ってしまった馬券などは特にだ。
まったくもって自分という人間がつくづく嫌になる。なんど同じ失敗を繰り返せばいいのだろう。百円といえどお金はお金だ。いくら生活が安定したといえどこんな風に娯楽、ましてやギャンブルに使える金などないというのに。
レースがスタートする前に、意気消沈してしまう雪。
ああ、本当に僕はダメな人間なのだと。やはりダメ親父の血が流れているのだと。
ミューズという支えがなくなった今。自分はこんなにも脆いのだと痛感し始めた頃。競馬中継からスタートの合図が。
周りは先ほどと打って変わって、異様な熱気に包まれる。「いけ!」「そこだ!」「追い込め追い込め!」等、先ほどまで静けさを保っていた狭い空間は一気に熱気を帯びる。
そんな空気にあてられながら、雪も鬱屈とした気分のままテレビを見た。
周りのような熱気もなく、最早結果に興味もなかった。
ただ、自分を猛烈に嫌いになっていた。
そして、レースはあっという間に終結する。
『出ました!結果は・・・・先頭から1-9-3。1-9-3です!』
実況の声が木霊して、競馬場の中は阿鼻叫喚の渦だ。
そんな中で、海田雪だけがポカンと口を開けていた。
(1-9-3?1-9-3・・・って、なんだっけ?あれ?どっかで見たぞこの数字)
当たるわけがない。自分の父親だって何度悔しがる姿を見たことか、その確率がどれほど低いかなんて身をもって知っている。
だけど、確かめないわけにはいかなかった。確かめずにはいられなかった。
震える手で、震える両手で、自身が手にしているその馬券を。
1-9-3と書かれたその馬券を。
何度も何度も目をこすった。何度も何度も結果と自身が手にしているその紙片とを見比べた。
結果は変わらない。1-9-3と表示されているし、自身が手にしている紙片もまた、紛れもなく1-9-3と書かれている。
「あ、当たった・・・」
ビキナーズラック。超高校級の幸運。今までの人生の中で一番のラッキー。
色んな言葉が駆け巡ったが、どれも現実味がない。
でも、当たった。その事実だけが彼の体を奮い立たせた。
「なんだよ・・・・人生捨てたもんじゃねえなおい!」
思わず声が漏れ出る。
「おばちゃーん!当たった当たった!1-9-3の三連単!!」
はしゃぎ有頂天になった雪。小躍りなんかしながら、窓口に換金しに行く。周りの恨めしそうな視線など気にもせずに。
「・・・ん?ああ、1-9-3ね。1-9-3」
丸い老眼鏡を近づけたり遠ざけたりしながら、思い出したようにお金を取りに行く。少しボケが入っているのかあちこちを引っ掻き回し、ようやく。
「はい、三連単の一倍ね」
封筒のようなものに雑に入れられたお金。それを雪は受け取る。
軽い。あまりにも簡単であまりにも軽かった。
そしてそんな軽い封筒に影響されるように受け取った瞬間、よからぬ思いが。
(こんな奇跡あるんだなぁ。・・・・これ、もう一回やったら当たるかな)
立派なギャンブラー、いや、依存症に一歩近づいていく雪。こうやって歯止めが利かなくなっていくんだよ。みんなは気を付けようね。
そんなことを言っている間に、雪の思考は物凄いスピードで進んでいく。今なら小宇宙とか燃やせそうだ。
(こんなチャンス滅多にないぞいやでもなー流石にこれ以上はヤバいきがするしなーでもこの流れは確実に”俺”に来ているしなーいやでもなーそもそも違法だしなーでも違法ってんなら今までも別にやってるしなーいやでもなーだからって今回もやっていいって理由にはなんないしなーでもこんなに楽にお金を手に入れられるのなんてこういう機会しかないしなーいやでもなー失敗したら意味ないしなーでもそもそもこれがラッキーと考えれば失敗しても所詮プラマイゼロなんだよなーいやでもなーいやでもなー・・・いやでもなー)
こういうのを天使と悪魔の囁きと言うのだろうか。久々に一人称がブレていた。
(いやでもなー買うならもう一回1-9-3かなーいやでもなー今度はちゃんと考えて買いたいしなーいやでもなーそもそもいくら突っ込むかって問題がなー)
あ、天使死んだ。
いつの間にか天使と悪魔ではなく、悪魔と悪魔になっていた。というか雪が悪の権化みたいになってた。
「よし!決めた!おばちゃん!もう一回1-9-3三連単、一万円分ね!」
迷いとかなかった。罪悪感とか微塵も感じられなかった。完全にクズになってた。お金って怖いね。
「はいはい」
おばちゃんはろくに顔も見ないまま、すっと馬券を取り出してくれる。
三連単を一万円分。つまり百円で等倍なので、一万円ならその百倍。もし勝てば5、495、000円なり。五百四十九万五千円。549万5千円だ。
(もし負けても残りの4万円は手元に残り、勝てば莫大な利益。やっべー、僕って天才かもしれない)
自身の別に大したことない策に酔いしれながら、間もなく第二レースが始まる。
しかしまあ、こういうのは大抵当たらない。そんな簡単に当たるなら世の中苦労していない。
特に雪は苦渋をがぶ飲みしているのでそこらへんはちゃんとわかっているはずなのだが、やっぱりお金って怖いね。
周りの熱気に雪も加わり、大声で馬の名前を叫んだり罵倒したりしながら、レースは進む。
血走った雪の目はレース終盤をくっきりと捉える。一秒、一瞬でも見逃すまいと。
そして。
『一着ぅうううう!!!一着は一番「ジャスタウェイ」続いて、3-9と並びましたぁあああ!』
結果が発表された。
「・・・・・・・・・・」
大きく口をあんぐりと開けたのは勿論雪。
まさかまさかの二連続。それも一番確率の低い三連単。ありえない。天文学的確立である。
今度は震えるなんてもんじゃない。全身から変な汗が噴き出し、背中なんてこの一瞬でビチョビチョだ。
目はキョロキョロとせわしなく、頭の中は空白で。
「あががががが」
歯と歯は噛み合わず、既に手に持った券は汗でしわくちゃになってしまっている。
傍から見れば具合が悪いどころじゃない。完全に正気を逸していた。
これが500万円の魔力か。
「・・・あ、当た」
そこでハッと気が付き、雪は自分で自分の口を塞ぐ。
(さっきの三連単を一万円買ったことはきっとここにいる人たちには知られているはず!だとしたら当たったなんて反応をしてみろ・・・・!)
雪の思考は再度フル回転。
雪、三連単当たったと大はしゃぎ➡周りに「ああ、あいつ当たったんだ」と知られる➡一万円分当たったということはその額は➡・・・強盗だ。奪い取ってやろう。
こう思うに違いない。と雪は確信する。先ほど当たった時の反応といい、ここの奴らはやる、平気でそういうことをやる人間だ。大体こんな平日の昼間っからこんな所にいる大人がロクな大人であるはずがない。犯罪者だ。犯罪者。
ちなみにここで雪のスペックを思い出すと、不法入国経験あり。年齢詐称、飲酒、喫煙、賭博罪。これは現在進行形。
他人のことなんか言えたものじゃないはずだが、勿論本人は自分のことなど棚に上げ、周りの大人たちを勝手に犯罪者に仕立て上げていた。
(危ない。危うくバレる所だったぜ)
とりあえず、危機は脱したと雪は額の汗を拭う。
(しかし、どうする?多分、というか絶対ここに500万円以上あるとは思えないぞ)
かといって、彼は他にどうやって換金するのかなんて知らない。なぜなら、素人だから。今日が競馬デビューだったから。
とにかく、ここにいてもしょうがない。危険なだけだ。
そう思い、雪はそろーりそろーりと出来るだけ気配を消して競馬場を去る。
「や、やった!まずは第一関門突破——————」
ドン。
危機が去ったことによる一瞬の気の緩み。その瞬間を背後から狙われた。
「すいません!すいません!もう本当ごめんなさい!この通りですから!靴でもなんでも舐めるんで!ホント金目の物とかマジ持ってませんから!競馬で500万とかマジ当ててませんから!」
振り向きざまに瞬間土下座。地面に額をこすり付け何度も謝っていた。
「あ、あのー。顔をあげて下さい。ちょっと当たっただけですから、怪我とかしてませんから」
ぶつかったのはなんとも人の好さそうなお兄さん。早い話が雪の早とちりだった。
だったのだが、雪は冷静さを失い幻聴が聞こえるようになる。
(ちょっと、アタリ屋してただけ!?)
いや、言ってない言ってない。
「あの、本当に大丈夫ですか?なんかおかしいですけど」
(なんかおかねほしい!?)
だから言ってない言ってない。
(ま、マズイぃいいい!警戒心と焦燥感から聞こえるわけない言葉が聞こえてくるぅううう!皆僕の胸にある紙切れを狙っている気がするぅ!)
ギョロギョロと忙しなく動く目ん玉に、恐怖を感じ取ったのだろう。人の好さそうなお兄さんも関わっちゃまずいと思ったのか、足早に去っていった。
そんなことにも気づかず、雪はなおも一人で戦場にいる兵士のように四方八方を警戒していた。
(だ、ダメだ!ここは人通りが少ないとはいえ、周りが開けすぎている!どこからスナイパーが狙っているかわからん!)
雪の頭の中では、暗殺者に狙われる総理大臣並みに危険が及んでいた。
少し光が目に入っただけで、地面にヘッドスライディングするし。少し人が多いからって人を恐れる獣のごとく人を近づけないし。
(はぁはぁ。ダメだこのままじゃいずれ死ぬ)
完全に憔悴しきっている雪に、ようやく救いの手が差し伸べられる。
「・・・・雪?アナタ何やってるのよ。こんな所で」
クリクリと自身の毛先を遊ばせややつり目がかった美人。
「真姫ちゃん・・・・」
そう、そこにいたのはお嬢様でありお金持ちの、西木野真姫だった。
どうも!リーヨリーヨリーヨリーヨ、高宮です。
えー最近ひっさびさにイナズマイレブンを引っ張りだして遊んでます。やっぱ曲が良いアニメ、ゲームっていいわー。
個人的には2が一番好きです。ウルビダさんとか。本名が可愛い。
あと佐久間とかー、アフロディとかー、不動とかー、バーンとガゼルとかー、ヒロトとかー緑川とかー。
主に敵キャラを好きになる傾向があります。
では、また次回で。
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EX 雪、ミューズに守られる。の巻 その2
「ま、真姫ちゃん・・・!」
前回のラブライブ!
普通の生活に慣れていない雪、突然時間が出来てしまいどう暇を持て余そうか考えていたところなんと競馬に手を出してしまったの!
自分はなんてダメなんだろうと自己嫌悪に陥っていたその時!雪は三連単をなんと見事的中させた!
その事でわかりやすく調子に乗った雪はもう一度お金を賭け、そしてまたまた天文学的確立で500万をあっ、という間に直ぐ沸かせてしまった。まさにお金のティファールだわ。
そんなこんなで今。500万の馬券を手にした状態で目の前には真姫が。
さあ、どうなるの?どうするの?雪!(cv矢澤にこ)
「雪、何やってるの?こんな所で」
暗い路地の隙間。振り返ると通りには太陽の光に照らされている真姫ちゃんがいた。
どきりとした。心臓が飛び跳ねた。
だって、僕の胸の内には今、500万円の馬券が握られている。変な汗でしわくちゃになったそれがでも確実に握られていた。
「な、なにって・・・・・」
とっさに僕の頭はいい言い訳を思いついてくれない。バカバカ!もっと勉強しておくんだった!なんの!?
混乱しすぎて一人で突っ込んで一人でボケる始末だ。これは手に負えない。
「???」
真姫ちゃんが首を傾げる。そして段々とその瞳が、人を訝しむときのそれとなっていく。間違いない。だって、あの瞳には何度もお世話になったもの。最早旧知の仲ともいえるもの。
「雪、あなたまさかまた面倒なことに巻き込まれてないでしょうね」
ピンポンパンポン!正解!!大正解!!
これがクイズ、雪の現状を当てましょう!のコーナーだったら真姫ちゃんに一億ポイントくらい入っている。後のバラエティにありがちな最終問題でのポイントインフレですら敵わないレベル。
なーんて、言ってる場合じゃない。
本当に、どうしてこう僕の周りの人たちは僕の事を僕以上に理解しているのだろうか。もう本当に勘弁して欲しい。そんなに顔に出やすいかな僕。
ペタペタと自分の顔を触っていると、不意にその手が掴まれる。
いつの間にか、真姫ちゃんの顔がすぐそこに。
「ま・き・こ・ま・れ・て・な・い・で・しょ・う・ね~!」
「一字一句をはっきりと!流石真姫ちゃん!言い発声だね」
なんとか言い逃れしようと張り付いたような笑顔と、薄っぺらい賛辞のことば。
「巻き込まれたのね!?」
「確定事項ですか!?」
ついに巻き込まれた前提にされた。いえ、まあ、事実ですけどね。
でも正確に言うとちょっぴり違う。いつもはそうだけど、今回ばっかりは自分で巻き込まれに行ったというか、そもそも巻き込んでいったというか。
「だから真姫ちゃん、とりあえず手を放して?痛いよ」
「駄目よ!どうせ放した瞬間、あなたは空気のようにするりと逃げていくんだから!知ってるんだから!」
僕そんなイメージ!?ていうかダメだ、興奮して頭に血が上っている真姫ちゃんはまともに話を聞いてくれそうにない。
「わかった!わかったよ!もう言うよ!」
観念した僕は真姫ちゃんにのみ、秘密を話すことにした。だってこのままじゃ真姫ちゃんに射殺されそうだったもの。それくらい鋭い視線だったもの。
・
・
・
「なるほど、そういうことだったのね」
かくかくしかじか。事の顛末を僕は真姫ちゃんに話した。
結果。
「・・・・・このクズ」
訝しむ目線が、蔑む目線にレベルアップしたよ!ヨカッタネ!
いや、良くない良くない。
心の中でかぶりを振る。
ていうかすいません、結局僕、射殺されそうなんですけど。蔑む目線のほうがダメージでかいんですけど。このまま飛び降り自殺とかしそうな勢いでガリガリ削られちゃってるんですけど!
「ニューヨークでカジノ、こっちで競馬?あなた気づいてる?今順調に人生転落していってるわよ」
「言わないで!わかってるから!自己嫌悪に殺されそうになってるから今!」
目の前の現実から逃げるように目の前を両手で隠す。
「で、どうするのよそれ」
真姫ちゃんは深い深いため息と共に、僕にそう問いかける。依然として侮蔑の視線は変わってない。
「どうするって・・・換金?」(ハート)
できるだけ軽ーく、できるだけ了承してもらえるように僕は笑顔と共にそう答える。
「はぁ」
ため息つかれた!今日何度目かのため息をつかれたよ!まるで頭の痛い子を見るようにこめかみに手を当てているよ!
「いい?雪。あなたのやっている事は犯罪です」
びしりと指を突き付けられる。
突きつけられた僕。
うるうると瞳には涙が。
「しょうがないじゃーん!!悪いことだってわかってるけどー!でもこの一生に最後の幸運にすがってもいいじゃーん!」
暗い路地、通りには人通りはまばらとはいえ人っ子一人いないわけじゃない。
地べたに座り込み、うわーんとみっともなく号泣する僕を道行く人たちは何事かとこちらを見る。
「わわ、ちょ、なに泣いてるのよ」
一転オロオロしだす真姫ちゃん。
「わかんないよー、真姫ちゃんにはわかんないよー」
「わ、わかるわよ!」
「わかんないよー!」
「わかる!」
「わかんない!」
くだらない言い合い。だけど、段々とそれはヒートアップしていく。
「・・・わかんないよ」
冬の寒い日に眠る床の冷たさも、夏の暑い日の仕事のけだるさも、いつの間にか昇っていた太陽の明るさも、いつの間にか落ちていた日の侘しさも。
きっと、真姫ちゃんにはわからない。
「・・・・・・・・」
別に、真姫ちゃんにこんな表情をさせたいわけじゃないのに。こんな、悲しい顔をさせたいわけじゃないのに。
それでも、たった一言ごめんと謝ることができずに。
僕はうずくまって俯いている。
「それでも、私はわかりたい」
絞りつくしたような、か細い声。
だけど、ちゃんと聞こえた。塞いだ顔の真正面から、ちゃんと聞こえた。
ゆっくりと顔を上げる。
「・・・なんで、真姫ちゃんが泣いてんのさ」
「うるさい!」
溜まった涙が、今にも溢れそうで。
「ごめんね。真姫ちゃん」
僕は謝る。知っているから、真姫ちゃんが、みんなが、そうやって僕の事をちゃんと見て理解しようとしてくれていることを。
だって、僕はそれがなによりもどんなことよりも嬉しいんだから。
「分かればいいのよ。私も、その、分かっていくから」
恥ずかしいのか、顔を背けてそう言う真姫ちゃんに僕は「うん」と、返事をする。
「じゃあ!これ換金してきてもいいよね!?」
だから、けろっと表情を一転して、僕は努めて明るく、努めて前向きにそう提案した。
「な・ん・で!?そういう話になるのよ!」
「ひふぁいよ。まいちゃん」
あれ?おっかしーな、今の流れだと「しょうがないわね」ってなるはずなんだけど。
けれど現実、目の前の真姫ちゃんは怒ったように(というか怒っている)僕のほっぺたを引っ張っている。
「ふふ、もう怒ったわ。黙っていようと思ってたけど、雪がそういう態度に出るなら私も改めさえてもらうわ」
真姫ちゃん?真姫ちゃーん!顔が怖いよ!影が差してるよ!
なぜだか携帯を持っている真姫ちゃん。なにするつもり?ねえ?まさかと思うけど、まさかだよね?
「あ、もしもし?穂乃果?ええ、みんなを集めて今すぐきて」
うわー!やっぱりー!
ぎゃー!と頭を抱え、真姫ちゃんの携帯に手を伸ばすが届かずに。
プツリと、通話は切れてしまった。
「真姫ちゃんのバカ!なんで言っちゃうのさ!」
「ふん。たっぷりと怒られるといいわ!」
よし、逃げよう。
即効、即決、即脱出。
どんな問題も、いかに迅速に対応するかが大事だってテレビで言ってた。
「逃がすと思った?」
首根っこをつかんで、にっこりと笑っているはずのその真姫ちゃんの顔は、なんでか怖い。
まったくもって僕はいつになったらこういうパターンから抜け出せるのか、たまには褒められたいものだ。
まあ、自業自得ではあるのだけれど。
「もう!雪ちゃんってば、いくら穂乃果でも怒るんだよ?」
まるでプンスカという擬音が聞こえてきそうになるくらい絵に描いたように怒っている穂乃果。
「め、面目ない」
対して僕は暗い路地で(なぜか正座させられ)シュンとするしかなかった。
「雪、なにかつらいことがあったらいつでも頼ってきて下さいと言ったはずです。私は、あなたをそんな子に育てた覚えはないというのに・・・・!」
いや、僕も海未に育てられた覚えはないんですけど・・・。
勿論僕は今、怒られている身。そんなこと口が裂けても言えない。ただ黙って反省の意を示すのみである。
「海未の言う通りよ、雪。あなたは今までいっぱい苦労してきたんだから、もっと”私"を頼ってもいいのよ。私を」
大事なことだから二回言いましたよこの人。本当に純粋に僕を心配してます?
さっきも言ったが、勿論それは口に出さない。心の声にとどめておく。
「ちょっとえりち?それ別の思惑が透けてるで?」
やっぱりだった。やっぱり純粋に僕を心配しているわけじゃなかった。
やっぱり口には出せなくて、でもやっぱりちょっとばかしやっぱり表情くらいにはやっぱり出てたかもしれないやっぱり。
「雪ちゃん、流石だニャー!ねえねえ!500万円でどこ行く!?デ●ズニーランド?熱海?ハワイ?この際世界一周旅行もいいよね!」
「ちょ、ちょっと凛ちゃん。ダメだよそれは。違法だよ」
あれれ?凛ってば、500万円を使う気でいらっしゃいますよこの子。まったくもう、道徳心をどこに置き忘れて行っちゃったの?
とはやっぱり、以下略。
・・・・まあ人のこと、言えないんですけど、ね。
そうだよね、違法だよね。なんかニューヨークで感覚がマヒしてきちゃった。
花陽の一言がボディブローのようにじわじわと聞いてくる。早く!早くゴング鳴らして!早くメンタルを回復させて!
カンカンカーン、と僕の頭の中ではもうとっくにゴングは鳴っているのにそれでも皆は許してくれない。
「ていうか一回こいつ警察の厄介になったほうがいいんじゃない?本気で」
「おふざけ一切なしのマジトーンでそんなことを言わないで!悪かったよ!悪かったと思ってるよ!」
我慢できなかった、にこちゃんの見たことないほど辛辣で冷え切った瞳に我慢できなかった。
K.O負けだった。人として。
「大丈夫だよ、雪ちゃん」
甘い声、甘い匂い、甘い囁き。
「こ、ことり」
ふわりとした優しさでことりは僕を包む。
そして。
「雪ちゃんがお金に困っても、大丈夫。私が全部してあげるからね。家事も炊事も仕事も、ぜーんぶ私がやってあげるから。だから良いんだよ。安心して雪ちゃんは好きなことやって」
あ、ダメなやつやこれ。この甘い誘いに乗ったら一瞬で堕落するやつやこれ。
なまじ具体的にイメージできるぶんつらい。家でスウェットでお菓子貪りながら競馬中継見て、偶に外出たかと思えばパチンコとか。それどんな僕の父親だよ。
僕がことりの神々しささえ感じる包容力オーラに気おされていると、不意に真姫ちゃんにべりっとことりとの距離を剥がされる。
「そ、それで?結局どうすんのよ!」
若干赤みがかかった頬でそう僕に問いかける真姫ちゃん。
「ど、どうするって」
「そんなもん決まってんでしょ!破棄よ破棄!捨てなさいそんなもの!」
「えー!もったいないにゃー」
「もったいないものですか。お金というのは、ちゃんと、汗水たらして自分の力で得ることに意味があるのです」
うう、耳が痛い。
そりゃ、にこちゃんや海未の言っていることが100%正しいと僕も思うけど、でもやっぱり500万円は惜しいと思う僕もいて。
僕が結論を出し渋っていると、なんだか僕をのけものに話がヒートアップしていく。
「でも500万円だよ!500万円!野口さんがいったい何人いると思ってるのかにゃ!」
「り、凛ちゃん、一万円札の人は野口英世じゃなくて福沢諭吉だよ」
「この際どっちでもいいにゃー!今は500万円をどうするかって話だにゃー」
「穂乃果はダメだと思うそんなの!見たでしょ?ニューヨークで!雪ちゃんがお金持ったらたいていロクなことにならないんだから!」
「確かにね。でも、凛の言うこともちょっとわかるわ」
「えりち?」
「だって、雪は今まで散々苦労してきたのよ?それこそ私達が想像すらできないレベルで。だったらちょっとくらいこういう偶然があってもいいんじゃないかなって」
「ほら!絵里ちゃんもそう言ってるにゃ♪」
「そ、それを言われちゃうと穂乃果もそうかなって思うけど・・・」
「穂乃果!」
「し、仕方ないじゃん海未ちゃん!それに、500万円あったら・・・結婚とか、できるかも」
「そうやね!仕方ないやんね!雪君今まで頑張ってきたからその報いとして!結婚資金として!」
「希!あんたなんで急にそっち側になってんのよ!」
「もう!みんな!仮に500万円あっても皆が好きにできるわけじゃないんだよ?」
「ことり、右手にゼクシィ持ちながら言われても説得力ないですよ?」
「・・・・けっ、こん」
「かよちーん!かよちんの脳みそがキャパオーバーしちゃったにゃ!」
その後もあーだこーだそーだそーだ言いながら、皆の熱はどんどん上がってとどまるところを知らない。
ていうか皆、いくら春休みだからってこんな平日に集まって暇なのかな?
「ちょっと待って、皆お金に惑わされすぎよ!たかが500万円で!」
「真姫ちゃんには聞いてないもーん」「な、ナニソレ!」
つんとした態度をとる凛に憤慨する真姫ちゃん。でも仕方ないね。500万円をたかがって言えちゃう真姫ちゃんだもんね。
その後も言い合いは苛烈を極め、どんどんと話は攻撃的になっていく。
そうした中で僕は——————————。
「うん!決めた!」
「ゆ、雪ちゃん?」
穂乃果が驚いた表情で僕を見る。
路地裏が騒がしくなってきたところで、僕はおもむろに立ち上がり。
「な、なにするにゃ!」
ビリビリと元々しわくちゃだった馬券を僕は粉々に破いた。
「よし!きれいさっぱり」
「よ、良かったのですか?」
海未が心配そうに見つめてくるけれど僕はそれに反して笑顔だった。
「良いんだ。別に」
惜しくないわけじゃないし、既に後悔し始めている僕だけれど。でも、やっぱりこれでよかったのだと思う。
「だって、僕のせいで皆の仲が悪くなるなんて、嫌だし」
過熱していく言い合いの中であれ以上、もう一歩踏み込んだら。もしかしたら、決定的な何かに、なっていたかもしれない。
皆に限ってないとは思うけど。
でも僕としてはそっちのほうが余程心配で、そっちのほうが余程後悔したくない。
「それに、海未の言う通り汗水垂らして働いて得たお金のほうがいいもんね」
「雪・・・」
「ありがとね。皆僕のために、守ってくれて」
「雪ちゃーん!!」
「うおっ」
勢いよくダイブしてきた穂乃果の体を、僕は支える。
「ごめんね雪ちゃん。せっかく当てたのに」
「いいよ別に。いい夢見たと思うことにする」
きっともう二度とできない経験だろうから、忘れない。
500万円あれば、きっと僕はもっと全うな生活が送れるのだろう。それこそ、絵に描いたように幸せになれるかもしれない。
だけどそれは海田雪の人生ではない。なくなってしまう。
僕は今まで苦労してきて、だからこそ皆に会えて、皆と今の関係が築くことができたんだと思う。
だから平気だ。例え今まで通り、苦労の絶えない人生だったとしても。
平気なのだ。
「だから、帰りにコンビニでジュースでもおごってよ」
「穂乃果のおごりね」
「ええー!私!?」
「私、お茶でお願いします」
「凛はリンゴジュース!」
「ウチはー」
「ちょっと!みんなは関係ないじゃん!」
「あはは」
・・・ああ、やっぱりちょっとだけ高級焼肉とか、行ってみたかったなあ。
最後までかっこつかないことを考えていると、不意に後ろから真姫ちゃんがクイクイと袖を引っ張ってきた。
「ん?なに?皆行っちゃうよ?」
振り返ると真姫ちゃんは立ち止まっていて、いつの間にか沈んでいた夕日に顔が照らされている。
恥ずかしいのか、はたまた夕日のせいか顔は朱色に染まっていて。
チョイチョイと手招きされたので僕は顔を近づける。
「その、どうしてもっていうときは養ってあげても・・・いいけど」
聞き取るのが困難なくらいか細い声、だけど僕の耳にはしっかりと届いた。
「うん。じゃあ、どうしようもなくなった時は、その時は真姫ちゃんに一番に相談するね」
「———————ええ」
夕日に染まった真姫ちゃんの顔は、晴れやかな笑顔だった。
どうもKey珈琲高宮です。
サンシャインアニメ始まりましたね。どうなることやらと親の目線のような気持ちで見てます。
イリヤもあるし、リライトもあるし、ダンガンロンパもある。楽しい夏になりそうだぜ!
あとなんか最近りっぴーを立て続けにテレビで見れてよかったです。さんまさんと喋ってるりっぴーに感動しました。
あと宣伝ですが、カクヨムで「花咲探偵は推理しない」という作品を投稿してます。なんちゃって学園ミステリーものです。興味がある方もない方も是非に。
一か月空くと書くことが溜まっていいね!これからは月一更新くらいにしようかしら。
なんてこと言ってるとすぐに見放されそうなので、これからも必死に頑張ります。
それでは次回でお会いしましょう。
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EX 高3の夏。
ピンポンと、家の玄関からチャイムが鳴る。
「え?嘘?もう、雪君来た!?」
小泉花陽、17歳。現在高校三年生。夏。
「ちょ、ちょっと待っててー!!」
外は太陽が燦々と降り注ぐ例年と変わらない猛暑で、アスファルトは音を上げている。
そんな陽炎揺らめく猛暑に、花陽は鏡の前で自分の姿を確認していた。
「・・・・大丈夫、だよね?」
何度も何度も、頭の中でシミュレーションをして。この日のために新しい服まで買った。
髪をサイドに上げて、肩紐の白いフリルのついたワンピース。そしてリボンのついた白いソックス。
普段は絶対にしない格好だ。冒険してみちゃった♡では、もしかしたら済まないかもしれないレベルで。
それでも、この服にした。勇気を出した。きっと、他人から見たら笑われてしまうちっぽけな勇気だろうけれど。
こんなことをしているのには勿論、理由がある。
「・・・・デート、で、いいのかなぁ」
鏡の前で、緊張と不安の入り混じった吐息が漏れる。
ひとまず、詳しいことは一週間前に戻る必要があった。
~一週間前~
「花陽さー、映画に興味ある?」
「え?」
駅前のマックで、偶然会った雪君とお茶していた時に唐突にそれはやってきた。
そもそもミューズが解散になって、皆が卒業していってから雪君とはそんなに会っていない。会う理由も、義務も、必然も、なくなってしまったから。
それでも偶に会えばこうして話はするし、昔と同じように笑ったり怒ったりできる。
そういう関係は、貴重なのだと最近気づいた。
「聞いてる?花陽?」
「へ?あ、うん。聞いてるよ」
ええと、なんの話だっただろう。物思いに耽ると周りが見えなくなってしまうのは今でも欠点だ。
「じゃあいつにする?花陽が空いてる日でいいよ」
「ん???ご、ごめん。話、よく聞いてなかったみたい」
「ちょっとー、しっかりしてよ花陽ってば」
「ごめん」
えへへと笑いながら雪君の言葉を待つ。
「だから、映画行こうって話だよ」
・
・
・
たっぷりと、三秒間。私の中の空気が止まった。
なんて?今、雪君は「映画に行こう」って聞こえたんだけど、え?
私の聞き間違いじゃないかと思って、私は悪いと思いつつもう一度聞き直した。
「雪君、今、なんて?」
「だから・・・・・もういい」
「え?」
私が聞き直した瞬間、なぜだか雪君の顔はぶすっとふくれっ面になって。
「あーあーあー、花陽ってそういう意地悪の仕方するんだー。じゃあもういい、一人で映画行く」
そっぽをむいて、ふくれっ面のまま雪君はチューチューとジュースを吸っている。
「ままま、待って待って!いじわるじゃないよ!?行く行く!映画行きますぅ!」
やっぱり聞き間違いなんかじゃなくて、雪君は映画に行こうって誘ってくれたみたいだった。
「・・・本当に?」
ストローを咥えながら、雪君は訝しむような視線を送る。
「」(ブンブン)
そんな視線に私は、勢いよく顔を縦に振った。きっと、顔を真っ赤にしていたことだろうと思う。
「そっか!じゃ、日にち決めよう!」
そんな私の態度に雪君は元気を取り戻して、明るい表情で身を乗り出した。
雪君は、段々とこの二年間で色んな提案をするようになった。
あそこに行きたい。あれが見たい。これがやりたい。
きっと今まで我慢してきたんだと思うそれらを、雪君は願望として口に出すようになった。
それはとても嬉しくて、よく皆で行ったけど。
でも、今回は。
「ね、ねえ。それって、もしかして二人?」
おずおずと、私は怖いものを見るように俯いたままそう言った。
「うん。そうだよ」
ケロリと、雪君はそう言った。
きっと、私の気持ちの半分も理解していない雪君は「チケットが二枚しか取れなかったんだよね」と、何でもないことのようにそう言う。
「そ、そっか」
けれど私は。そんな雪君にとっては何でもないことが。
こんなにも、嬉しい。
単純だなぁ。と自分でも思うけれど、こればっかりは仕方ない。嬉しいんだもん。
「そうそう。バイトの先の班長・・・じゃねえや、上司の人がさ。欲しいって言ったらくれたんだよ。ホントちょろいよねー、今度は何頼もっかなー」
うわー、味を占めてる。ろくでもない事してる時の顔してる。
若干呆れつつも、私は口を開く。
「ダメだよ雪君。もらったのなら、ちゃんとお礼は言わなきゃ。特に上司さんからなんだから」
「言ったよ、ちゃんと「おお、サンキュな」って」
「いや友達?」
上司に貰ったんだよね?そんなフランクでいいの?友達の中でも結構下に見てる感じだったよ今の。
「いいのいいの。とにかく、一週間後くらいでいい?ちゃんと予定開けといてね」
「う、うん」
「じゃあ、僕これからバイトだから」
なんだか、結構な勢いでトントン拍子に話が進んで私は結局その時には気づかなかった。
その一週間がどれほど大変になるか。と。
大変なものその一。
お洋服。
というか、その一しかない。
そう。デートなんてしたことない私にとっては最初で最大の難問だ。おしゃれなお店なんて一人じゃ恥ずかしくて行けないし、いつもは真姫ちゃん達についていくか、ネットショッピングで済ませてしまう。
まさかこんな所で弊害がでるなんて。楽してた自分を叱責したい。
「こ、こういう時は・・・」
そう、ヤフーさんの知恵袋が一番!
早速パソコンを開いて、ポチポチとキーボードを打つ。
「えっと、初めての、デート、なのですが・・・・って聞けないよ!」
「ちょっとー、花陽うるさいわよー」
「あ、ご、ごめんなさい。お母さん」
いくら匿名だと言っても、いくら顔も名前も知らない人たちだと言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。思わず大きな声が出てしまった。
「ど、どうしよう」
早くも詰みだ。
だけど、きっと。
雪君だってこういう試練を乗り越えて、今に至っているんだ。
「そうだよ。雪君だって頑張ってるんだ。私だって頑張らなきゃ」
そう思ったらなんだかふいに力が湧いてきて。
私にしては珍しく瞳に燃ゆる炎をはためかせて——————————。
早速、私はおしゃれなお洋服屋さんが立ち並ぶ道の一角に、立ち尽くしていた。
(無理、無理無理無理無理!!)
涙を目に浮かべて、道の角からひょこっと顔を出した状態の私。炎なんてあっという間に鎮火していた。
まず何が無理って、歩いている人たちからもうすでにオーラが違うというか。私なんかが歩いていい道じゃない気がする。髪を染めてつばの大きい帽子を被ってサングラスしてないとダメな気がする。
「・・・帰ろう。所詮私には無理な話だったんだ」
ああ、こんな時に広いつばの帽子を被ってサングラスをかけているセレブ気取りな知り合いがいればなぁ。
そんな都合よくはいかないだろうけれど。
俯き、視線はコンクリートを映したまま私はくるりと体を反転させた。
そして。
「花陽?」
いた。
つばの広い帽子を被って、サングラスをかけているセレブ気取り、ならぬ本物のセレブが。
「ま、真姫ちゃん?」
「あなた、何してるのよ。こんな所で」
「え、っと。買い物」
しまった。なんだか咄嗟に嘘をついてしまった。なんとなく、雪君と二人でデ、デートだなんて言わないほうがいい気がして。
「ふーん・・・珍しいわね」
ドキドキといろんな意味で心音が早い。真姫ちゃんの顔が見れない。いや、サングラスのせいという意味ではなく。
「ま、真姫ちゃん。手伝ってくれない?こういうとこ、慣れてなくて」
少し強引かもしれないけど、今このチャンスを逃せばきっと私は二度と行けないのでここで逃げるわけにはいかない。
「・・・いいけど」
真姫ちゃんはポカンとした表情で意外だと言いたげ。
「意外ね」
あ、口に出して言った。
「花陽はこういう所には興味ないのだと思っていたわ」
「興味は、あるよ。ただ、勇気が出ないだけで」
「そう。じゃ、今度からもっと誘うことにするわ」
サングラスを外した真姫ちゃんの顔は、優しさに満ちていて。
「うん!」
私は、やっぱり、どうしようもなく嬉しくなってしまうのであった。
そいうことがあって、今日。
当日。
「大丈夫?花陽?今日暑いよねー」
「あ、うん。大丈夫、だよ」
映画館までの道のりを歩いて移動している。これから駅に乗って、降りたところに映画館があるのだ。
「暑いなぁ」
この暑さはきっと、夏のせいじゃない。
ぽかぽかと心の芯まで熱くって、暑い。
パタパタと服で仰ぎながら私はチラチラ、彼を見る。
私より少し、背が高い彼。後姿がかっこいい彼。首筋に汗が光っている彼。白いシャツをまくっている彼。
「ねえ、少し焼けた?」
「ん?ああ、そうだね。今のバイト屋外だし」
「そっか」
こんなどうでもいい会話が、心の底から嬉しい。そう思う私は、安上がりだろうか。
燦々と照り付ける太陽が、そろそろうっとうしくなってきた頃。
「あれ?結構人多いね。休日だからかな」
駅のホームには、雪君の言う通り沢山の人で溢れかえっていた。
あんまり人の多いところは得意じゃないけど。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
雪君が振り返ってくれるから。ずっと、見ていてくれるから。得意じゃなくても頑張れる。
駅のすぐそばにあるショッピングモール。そこに目当ての映画館は内包されていた。
「あ、そういえば聞きそびれてたけどどんな映画なの?」
「・・・・・・」(スッ)
あ、あれ?なぜだか雪君。やましいことがある時のように顔を逸らしたよ?
「ほら、着いたよ花陽。ポップコーン食べる?」
「う、うん」
なんだろう。なぜだか、すごく嫌な予感がする。
「あ、塩味ね」
「だ、誰か!誰かいないのか!?」
「落ち着くんだカトウ!」
「ケン!後ろ後ろ!」
「ぎゃああああ!!」
私は、光る画面を見つめながらポップコーン(塩味)を持った手が固まっていた。
あまりの恐怖で。
なんか、わかんないけどこういう時って普通恋愛映画とかじゃないのかな。なにゆえゾンビ映画?
チラと隣を見ると、雪君も同じようにポップコーンを持った手が固まっている。
ただし、こちらは別の理由のようで。
瞳をキラキラ輝かせ、ゾンビたちの血飛沫や惨殺シーンを喜々としてみている感じ。
「いやー、面白かったね。KATOTYANKENTYAN」
「そ、そうだね」
完全にタイトルで騙された。だって絶対このタイトルからホラー映画ってわからないもの。
「雪君は、ホラー映画好きなの?」
「うん。最近気づいたんだけどね」
だからあんまし詳しくはないんだ。と罰が悪そうに笑う雪君に、私は「そっか」と、返すのが精いっぱいで。
少しは人と話せるようになって、どもることも少なくなったけど。やっぱりそれでもいつまでも、得意にはなれない。
いつまでも、心で思ってることが100%声に出して伝えられはしなくて。
それでも。
伝えようと、伝われと。そう思うこの気持ちはいつまでも色褪せない。
だから。
伝われ—————————————伝われ。
「あのね、雪君。聞きたいことがあってね」
「うん?」
一歩前を歩いている雪君に、私は聞く。
「なんで、私だったの?なんで、誘ってくれたの?」
ずっとそれが聞きたかった。別に、私じゃなくたってこういうのを一緒に楽しめる人は雪君の周りにはいっぱいいるはずなのに。
なのに、私が選ばれた。その理由が、私はどうしようもなく知りたい。
「・・・・なんでって、特に理由はないけど」
ガーン。
と頭をバットで叩かれたように思いっきり私は膝から崩れ落ちた。
「は、花陽?」
そうだよね。特に理由なんかないよね。
しくしくと心で泣いて、私はなんでもないように立ち上がる。
「・・・・あれって」
誰かに見られているとも知らずに。
「どうかしたかにゃ?真姫ちゃん」
「・・・・凛。あれを見て」
「あれ?あれって・・・雪ちゃんと、かよちん!?」
「———————なるほどねえ、花陽があんな所にいたのはそういう理由ってわけ」
「ね、ねえねえ!真姫ちゃん!?あれどういうこと!?ねえ?どういうこと!」
「ちょ!うるさい凛!落ち着きなさい。尾行するわよ」
「え?尾行するの?」
「ええ。何か間違いが起こらないようにね」
「真姫ちゃん。・・・・・ちょっとヒクね」
「うるさいわね!ほら、いくわよ!」
「今日は楽しかったね。花陽」
「う、うん」
「特にあそこのゾンビの動きは気持ち悪くて良かった」
行きとは違い空いた電車の車内で私たちは隣り合って、映画の感想を言い合っていた。
言い合いというよりかは、ずっと雪君が喋って、それを私が聞いていただけだけど。
雪君は、どうやら満足したみたい。
それは、本当に良かった。
(・・・良かった、けど)
私はなんだかモヤモヤがとれなくて。
どこかで期待していた。なにか意味を求めていた。
”二人で”。そんな特別を。
だけど、雪君にとってはそんなことなんでもなかったんだ。いつものようにいつものごとく。
”普通”だった。
それが、私はショックなんだ。
(そう、私はショックを受けたんだ)
足を土台に肘をついて、口元を覆って。はぁ。と、思わずため息が漏れるほどには。
「うん?どうしたの?」
「ああ、・・・ううん。なんでもないの」
心配そうに見つめてくれる雪君に、私は両手を振ってなんでもないと告げる。
「あのさ、さっきの話だけど」
「うん?」
「僕は別に、誰でも良かったわけじゃないと思うんだ。なんか、上手く言えないけど、花陽とが、良かったんだと思う」
私はその言葉に大きく目を見開いて。
「まあ、他人事かよって・・・感じですが」
そして。
恥ずかしそうに俯く彼に。
大きく笑った。
「ちょ、え?なに?」
「ふふ。ごめん」
電車内で大きな声で笑ってしまったからか、周りの静かにしろって視線が痛い。
けど。
あと少しだけ、伝えたいこと。伝えよう。
「でもね、雪君。そんなの気にしなくていいよ。雪君は雪君のまま、天然で繊細でちょっと落ち込みやすくて、ネガティブで。鈍感な、あなたでいて下さい」
これ以上ないくらい、私は笑顔でそう言った。嘘偽りない、100%純粋な。
私の気持ち。
「——————ひどいなぁ」
「ごめんね」
そっぽをむいた雪君の顔はもう見えないけど。でももう、私は見なくてもどんな表情をしているかわかる。
そういう関係は、やっぱり素敵だ。
「・・・・いいのかにゃ?行かなくて」
「まあね、同じ車両に乗ったはいいけど。あの雰囲気じゃ、流石にいけない——————ってちょっと凛!」
「」(ストン)
「あ、あの子。普通に隣に座りやがった・・・!」
「あれ?凛?」
いつの間にか、凛ちゃんが雪君の隣にいた。
「凛ちゃん!?ど、ドウシテココニ!?」
「はぁ。まったく・・・・私もいるわよ!」
真姫ちゃんまで!なんだか意味ありげな視線を送られている。
「あの、皆。そろそろ静かにしないと」
「雪ちゃん。雪ちゃんはなんでかよちんと二人っきりでいたんだにゃ?」
「目が死んでるわよ。凛」
「ああそれは———————」
雪君が喋ろうと口を開いた瞬間、私は、はっしと口元を手で押さえる。勿論雪君の。
なんとなく、知られたくはない。今日のこの出来事は二人きりの秘密にしたい。
そんな私の願いを、必死に目線で訴えようとするけれど。
「?」
やっぱり、口で言わないと伝わってはくれない。
「ねえ?どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
「ちょ、痛い痛い。爪、爪が食い込んでるから!凛!」
「私も聞きたいわね。雪の口から。直接」
「あれ?真姫ちゃん?僕の足踏んでるよ真姫ちゃん?真姫ちゃん!」
ああやっぱり、こうなるんだ。
きっとこれが、雪君の宿命で、呪いなんだと思う。
なんとなく呆れながら。
難儀だなぁなんて傍で見てて思う。きっと私もその原因なのだろうと思いつつ。
今日もみんなで笑っている。
どうも少女革命高宮です。
最近、神のみぞ知る世界に再ハマリしました。自分の中でリバイバルブームが来ています。
神のみで好きなキャラは栞です。あの口調が大好きです。
あと女神編のEDの最後に信じてるよって各ヒロインが言うセリフも大好きです。
ゲーム化してくんねえかな。
と、全然関係ない話から一転、次回予告しようと思います。考えてみればそういうことやってなかったわ。
次回は、リクエストから裏オークションの話です。
ではもう寝ます。また次回もよろしくお願いします。
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EX 裏ファンクラブストーリー
がやがや・・・がやがや・・・。
とあるUTX学院の講堂。そこには幾人もの制服に身を包んだ少女たちがざわめきながら座っている。よくよく見てみると、その制服はバラバラでUTXのもあれば音の木坂、井之頭公園近くの学校までてんで法則性はない。
唯一、目立つ共通点をあげるとするならば皆怪しげな露店で売っているようなお面や、SM嬢がつけているような例のアレなど、顔を隠す何かを身に着けているということくらいだろう。
そんな少女たちの数はそれほど多くないにもかかわらず、その熱気はまるでさいたまスーパーアリーナかと錯覚するほどだった。
お目当てのミュージシャンのライブを待つかのように、興奮と期待を孕んだ空気は今か今かと膨張している。
そして。
膨張した空気は、音を鳴らして破裂した。
決して粗暴ではないが、だが確かに高揚した空気で震えていた。
講堂のステージ。カーテンで遮られていたそれは少女たちの歓声と共に幕を開ける。
「レディースアーンドレディース!!夢と希望に満ちた少女共ぉ!今宵も裏ファンクラブ決起集会”雪の降る夜”にお越しいただき誠に感謝する!」
やや芝居がかった口調で少女たちを煽るのはこれまた舞踏会で付けるようなお面を装着している少女だ。
その少女の登場に騒がしかった講堂からはピタリと騒々しさが失われ、代わりに統率のとれた軍隊のような静けさが灯る。
だが、その高揚感は失われることはなく口には出さずとも空気はうずうずと隠しきれていなかった。
「・・・・うむ。今宵もよい集会となりそうだ」
長い黒髪を携えて、講堂を回し見るその女生徒はどうやら今日の司会らしい。手にはマイクと丁寧にも台本が握られている。
「あ、あれが会員ナンバー0011”黒髪の乙女”先輩・・・!初めて見た」
「す、凄いね・・!」
「そこ!オークションまで私語は慎みたまえ!」
女子二名が、ひそひそと周りには聞こえない範囲で喋っていたのを黒髪の乙女と呼ばれる生徒は見逃さない。
「は、はいぃ!」「す、すみません!」
思わずその場で立ち上がってしまう女子生徒二人に、壇上に立つ黒髪の乙女は問う。
「貴様らは新入生か?」
「そ、そうです!」
緊張と不安からか、ダラダラと冷や汗をかく二人に対し黒髪の乙女はふっと笑う。
「そうか、ならば覚えておくといい。今後もここに居続けたいのなら、な」
ブンブンブンと何度も首を縦に振る二人は、その後ゆっくりと着席した。
「さて!それでは始めよう!」
号令と合図のもとに、壇上に何かが運び込まれる。どうやら裏方までいるらしい。
この集会の規模が気になるところだが、それよりも何よりも皆は壇上に注目していた。
裏方が去り、壇上には黒い布で覆われたそれが存在感を放っている。
「さあ、今宵も皆の”愛”を見せてほしい!今宵の捧げる最初の供物はこれだ!!」
そう言って黒い布は勢いよく剥がされる。
中から出てきたのは重厚なガラスケースに厳重に隔離された一枚の写真だった。
講堂は広い、その小さな写真が一体何の写真なのか、わかるのは一列目にいた少女たちだけだった。
その少女たちは息をのんだり、感嘆の意を漏らしたりと様々な反応を見せる。
その反応でほかの少女たちにも分かった。あれが、今宵の集会を彩るに相応しい一品なのだと。
そう、その写真に写っている人物こそがこの集会の目的であり、理念である。
「ああ、すまない。後ろのほうからは見えづらかったかな?」
またもや黒髪の乙女が合図をすると、上から巨大なスクリーンが下りてくる。
どこから用意したのか、もったないぶってないで最初から出せばいいのに。なんてことを少女たちは思わなくもなかったが、それよりもなによりもそのスクリーンに表示される顔にくぎ付けになった。
そう。そこに表示された一人の男。
「これより”雪の降る夜”開始と致す!まずは”海田雪”の寝顔の写真!我こそはと思うものは挙手を!!!」
確かな盛り上がりを見せるその講堂で、だがただ一人その場の空気にそぐわない人物がいた。
(なによこれ・・・・いつの間にこんなことになってたの・・・?)
綺羅ツバサ。UTX学院に所属するアライズのリーダーである。この春から晴れて最上級生となった彼女はなぜか狐のお面を被り茶髪で長髪のウィッグを被っていた。
では、そのなぜ?を突き止めるために話を数日前に遡ろう。
~数日前~
四月。新生活が所々で始まり、世間が少し浮かれるこの時期。
ツバサはなぜか絵里から呼び出され、音の木坂の校舎内を歩いていた。
ミューズは解散し、秋葉原で行われたスクールアイドルたちのライブは既に伝説。
過去の栄光となっていく中で、案外と当の本人たちには変わりが見られない。
その恋の行方も含め。
いったいどうするのか。まったく他人事のように考えながら、ツバサは目的地の前へと立っていた。
アイドル研究部の部室前。何度か訪れたことはあるが、一人というのは初めてだ。
今この時期に、しかも卒業した絵里から連絡があったために来たものの。一体全体何の用なのかさっぱり見当はつかない。
まあ考えても仕方ない。大した心の準備もなく、何の気もなしにツバサは扉を開けると。
「まったく、まさか私たちが残した”同盟”がこんな形で悪用されているなんて」
「仕方ないでえりち。こればっかりは」
「でもでも!雪ちゃんは私たちだけのものだったはずにゃ!」
わいわいと、ミューズ九人が勢揃いしているその場で誰一人ツバサには気づいていないようで。
「そうです。聞けば雪の写真等、プライベートなものがやりとりされているらしいじゃないですか。許されざることです、これは」
「ぷ、プライベートなものはダメ・・・だよね?大丈夫、正義は私たちにあるよ」
「花陽ちゃんのいう通りだよ!穂乃果たち以外に雪ちゃんをどうこうしようなんて、由々しき事態だよ!ねえ?真姫ちゃん」
「なんでそこで私に振るのよ。まあ別に?どこの誰が雪のことをどうしようと勝手じゃない?」
「そんなこと言って真姫?あなた家の人に詳細を調査するよう依頼してたわよね?」
「見てたの!?にこちゃん!」
そろそろ収集がつかなくなってきた頃、ツバサは自身の存在を示すようにコンコンとすでに開け放たれている扉をノックする。
「ああ!来てくれたんですねツバサさん!」
「ええ。で?一体全体なんなのこの騒ぎ?」
なんとなーく、漏れ聞こえてきた内容から大体の内容の察しはつく。またどうせ雪絡みなのだ。
(ホント、これだけの女の子をひっかき回して罪な
「ええと、それがですね———————」
カクカクシカジカ。穂乃果は事情を知らないツバサに申し訳なさそうに説明する。
「はぁ!?雪の事を密かに見守っていた同盟が、乗っ取られた!?」
ツバサは予想外のその内容に素っ頓狂な声を上げる。
「お恥ずかしい話ですが、その通りです」
「しかも、どうやらその乗っ取った連中は裏オークションなるものを開いているらしいわ。だから綺羅さんにはこれに潜入して止めてほしいの」
絵里の神妙な面持ちにツバサはごくりと息をのむ。
「って、ちょっと待って。そもそもその同盟ってなによ?」
危うく誤魔化されるところだった。シリアスな雰囲気に流されるところだった。
「・・・・・・・えっと」
ツバサの質問にミューズの皆は視線を逸らす。誰がどう見てもやましいことがあるとそう空気が語っている。
「はぁ」
ツバサはそんなミューズに頭を抱えながらどうしたもんかと悩む。
十中八九ロクなことではないのだろうが、ここで無理矢理聞き出したところで悩みの種が一つ増えるだけだ。
「で?潜入ってなに?なにすればいいの?」
ここですんなりと依頼を受けるあたり、どうやらツバサも同じ穴の狢らしい。
「それはですね!」
一転、表情が明るくなった穂乃果に、「現金ねえ」なんて笑いながら。
ツバサはウィッグを被らされ、さらにまっこと面妖な狐のお面を被らされていた。
「どうやら私たちの調査だと、その裏ファンクラブの裏オークションでは裏の顔を使って裏のやり取りをするんだそうで、裏が裏だから裏で裏は裏うらうらうらうらうら」
「いや意味わかんないけど!?」
最後らへんなんてうらうらうらって承太郎じゃないんだから。
ダメだこの人たち。と、ツバサは適当に目の前の人達に見切りをつけて一番まともそうなにこちゃんに話を聞く。
やや緊張した面持ちで話をするにこちゃん。
その話を統合すると、どうやら数か月前からミューズ間で凍結していた雪を見守るといった趣旨の同盟が乗っ取られ現在裏ファンクラブとして暴走、活動しているらしい。
勿論ツバサの手前、言葉を柔らかくしているだけで過去の実態は裏ファンクラブとやっていることは大差なかった。いやむしろ裏ファンクラブよりもひどいかもしれない。
まあつまり裏ファンクラブは忠実にミューズの暗黒面を受け継いでいるということになる。
「で?この格好で潜入して潰して来いって?私一人で?」
「私たちミューズは全員マークされているはずです。そこでカウンター的にツバサさんが行ってくれればいいダメージになると思うんです」
「わかったわ」
「わかったんですか!?」
正直、ツバサには何のメリットもないことだ。ここからどう説得しようか考えていた海未は拍子抜けしてしまった。
「奴らは大罪を犯した」
「こ、ことり・・・・」
今まで、ずっと沈黙を貫いてきたことりが、唐突にその重い口を開く。
「暗黒なる我らが内に触れればどうなるか、とくと思い知らせてやるがいい」
「いや何言っているのかよくわからないしキャラが違いすぎて怖いわ」
魔王?雪のこととなるとそこまで暗黒面に落ちちゃうの?あの可愛らしい笑顔が今じゃ一欠片も見当たらないんだけど?
~そして、現在に至る。
目の前の異常な光景に、大体ミューズの面々が今までどんなことをしていたのかを察してしまったツバサは顔を引きつらせながら見ていた。
一個一個ブツが出るたびに、空気が色めき立ち、艶やかになっていくのを感じる。
やれ寝顔の写真やら、雪の愛用している作業服のメーカーやら、身に着けている下着の種類が出てきたときは流石のツバサもドン引きだった。
しかしそんなツバサを置いてけぼりにしながらも、集会は滞りなく進められていく。
どうやらこの集会、裏オークション以外にも会員が雪の魅力を熱く語っていたり、雪の情報を報告していたりと、本当にファンクラブといった様子らしい。
(ていうかなに?なんだか倫理観とか常識とか、私の積み上げてきたものが全否定されてる気がするんだけど・・・)
このままじゃ頭がおかしくなりそうだ。
そう思ったツバサは、頭を抱えてさっさと本日のメインに進んでくれることをただ願う。
(雪・・・!あなた一体、何をどう生きていたらこうなるの?)
「さあて!それでは最後に本日のメインディッシュ。恒例のアレをやる。皆、準備はいいか?」
どうやら答えは聞くまでもないようで、皆、視線で「早く・・・!」と訴えている。
そんな中、ツバサはただ脳内で「キタ!」とガッツポーズ。
そう、ツバサの目的はこのオークションだった。オークションで出品される雪グッズとでも呼ぶべきものを片っ端からひとつ残らず強奪し、あとは穂乃果たちに何か策があるらしい。「任せて」と言われた手前、信じるほかない。
とにかく一刻も早くこの魔空間から脱出したかった。早く家に帰りたかった。
「今日のメインディッシュの前に、各々愛を見せてくれ!」
まるでオラに元気を分けてくれ!とでも言うかのように黒髪の乙女は大きく両手を広げた。
すると、その光景に呼応するように仮面をつけた少女たちはスッと立ち上がる。
(なに!?なに!?)
勝手がわからないツバサはただオロオロと混乱するしかない。
仕方ないので覚悟を決めて俯きながらツバサも立つ。
「私はーーーーー!!海田雪さんのことがー!!大好きですーーーーー!!」
「私のほうがーーーー!雪様のことをーー!愛していますーーーー!!」
「なに!?もうなによこれ!帰りたい!今すぐ帰りたい!」
ツバサは顔を両手で覆って、目の前の現実から目を背ける。
あちこちで似たような愛の告白が大声で叫ばれる中、ツバサはなんとなく悟った。
きっとこれはお金の代わりなのだと。流石に金銭のやりとりはまずいと思っているのか、それともただ純粋に考えたのかは知らないが愛の気持ちを叫び、一番愛がこもっていた人が商品を受け取るとかそういうシステムなのだと。
ああ、そんなことをわかってしまう自分がつらい。出来のいい頭が憎らしい。
そして何より、一番憎いのは浅はかにもお金で解決できると思っていた自分だ。
よくよく思い出してみれば、オークションなのにお金の話が一切出なかった。ミューズは知っていたのだ。このシステムを。
ポッケに入れた百万円は絶対に見せないようにしようと心に誓って。
「ちょっと待ったーーーー!!」
ツバサは講堂に響く一番大きな声で、皆を遮った。
予定外のことにザワザワと少女たちは波打つ。
もういい、もうこんな小賢しい真似は必要ない。
ミューズでも、アライズでもなく。ただ、綺羅ツバサとしてこの集会を止める。
ウィッグを脱ぎ捨て、仮面を外す。
困惑していた空気は、次第に驚愕と緊張に塗り替えられ。
「あれ?あれって・・・・つ、ツバサさん!?」
なぜ?なぜ?と辺りは騒然となる。
そんな中で、ツバサはこの集会を止めるために、周囲を説得するための言葉を発するべく息を吸いこむ。
雰囲気を察して、辺りは押し黙った。ツバサが何を言うのか、その一挙手一投足に注目が集まって。
そして。
「私のほうが雪のこと好きなんだからーーーーーーー!!!」
・・・いやそっちいいいいいい!?
講堂にいた少女たち全員が心の中でツッコんだ。
てっきり何かお叱りを受けると思っていた少女たちは、顔を赤くしながら告白するツバサに妙な親近感を覚えつつもなんとなく考える。
もしや、ツバサさんも会員の一人なのでは?
と。
がしかし、その憶測は勇み足だ。
暗転。
「きゃああ!」
「な、なに!?」
少女たちは急のことでパニック状態。それはツバサも同じはずだが、どうやら彼女一人は落ち着いているらしい。
そのことを周りの少女は不審に思ったのも束の間。
今度は明転する。
一体なんだったのか、今日は天気が悪いなんてこともないし機材の不備だろうか?こんなこと、過去一度もなかったが。
そんな空気が伝染していく中。
「あっ」
一人の少女が口を開けた。
その声に、皆の視線が壇上に集まる。
そこにいたのは。
「・・・・・こ、高坂、穂乃果」
壇上のまん真ん中で、同じく怪しい仮面をつけた穂乃果が立っていた。ていうか仮面の意味ねえ。
「皆、もうこんなことやめようよ」
どうやら、説得する役目は彼女が担うらしい。
「こそこそ写真撮ったり、録ったり、盗ったりするのはもうやめようよ」
いや、後半二つはミューズだけですけど。と、ツッコめる人間はここにはいない。
「そんなことしても、雪ちゃ、じゃなかった。海田君は喜ばないよ。ちゃんと海田君に胸を張って、誇れるくらい好きだって言えるようにしようよ」
きっと、これは作戦なのだろう。まずツバサさんが自分たちを引き付けている間に、裏を制圧して壇上に登り説得するという。
だが、そう気づいても少女たちにはあまり意味はなかった。
いけないことをやっている自覚はあって、だからこそ、コソコソとしなくちゃいけない。こうして誰かに怯えながら、それでも抑えきれない気持ちを発散しながら。
そんなことを、良しとしている人間はここには誰一人いなかった。
勇気さえあれば、きっかけさえあれば、関係さえ作れれば、誰だって真っ当に、真正面からぶつかっていきたいと。
そう願っていた。
「これからも、海田君を”見守って”行けるようにさ」
その言葉は静かな講堂に響く。
伝わったかどうかはわからない。これでこの少女たちが改心したのかどうかは、それこそ神のみぞ知ると行った所だ。
だから、人間ができるのはここまで。
穂乃果はゆっくりと壇上を降りる。
こうして、裏ファンクラブ騒動は一応の終息を迎えたのであった。
講堂からぞろぞろと人が出ていく中で、ツバサは憔悴しきった顔でミューズの面々と接していた。
どこにいたのか、穂乃果だけではなく九人全員ここにいる。
「で?この子はどうするの?」
「えー?一応、裏ファンクラブの現リーダーって感じですしねぇ」
縄で縛られて捕縛されているのは黒髪の乙女と呼ばれていた人物。プルプルと震えて怯えている。
「まあとりあえず仮面を剥いでそのお顔を拝ませてもらいましょう」
「だ、ダメ!」
海未がその仮面に手をかけようとした瞬間。今までの余裕など一切なく、金切り声を挙げて黒髪の乙女は拒否の姿勢を見せた。
「あ、あの・・・・あれ。私!とてもシャイなので!仮面を剥がされると恥ずかしくて死ぬんです!」
「いやシャイの人があんなノリノリで司会なんかしないでしょ」
一部始終をはっきり見ていたツバサが言う。
「あ、じゃ、じゃあ!仮面を剥がされると封印していた悪魔が呼び起こされるってことで」
「えいっ♪」
「こ、ことりちゃん!?」
「なんかー、ごちゃごちゃうるさかったから」
てへっと、にっこりとした晴れやかな笑顔で言うことりに誰も何も言えない。
「・・・・・あ」
その仮面の下から除く顔に、ツバサは顔を驚愕に染める。
「しょ、書記さん!?」
そのツバサの言葉とともに、書記さんはワッと顔を覆って泣き始めた。
「泣けばいいとか思ってる?♪」
「ひっ!」
だが、どうやらことりには泣き落としは通じないらしい。
「やだ!ごめんなさい!ちょっとした出来心で!そしたら案外人が集まっちゃったから!人見知りのくせに調子乗ってましたすいません!!」
ずるずると引きずられ、ことりと共に闇に消える書記さんに合唱を捧げるツバサ。
「さて、じゃあ私は帰ろうかしら」
正直もう疲れた。早く帰ってあったかいお風呂に入って、あったかいお布団で寝たい。
「あ、待ってください。今日はありがとうございました」
「高坂さん。いいのよ別に。・・・ていうか、なんでまだ仮面つけてるの?」
「あ、えへへ。これ付けてたら仲間と勘違いして、私の言葉も聞いてくれるかなっておもって」
「そう」
意外と打算的だった。最後の言葉の見守ってという一言からも、ツバサはひしひしと感じる。
それはつまり、裏を返せば手を出すなと言っているように聞こえて。
「まったく、ダメですよねあんなストーカー行為は。普通に犯罪ですよ」
「わかってると思うけど、一応言うわね。お前が言うな」
なんて言葉を交わしつつ、ツバサは家路へとつく。
途中、「けっきょくみゅーずでてこなかったねおねえちゃん」「ま、間違えましたわ・・・・」という大人しそうなツインテールの小学生と口の近くにほくろがある幼い姉妹を見つけたが最早ツッコむ気力もわかなかった。
「ほんと、どういう人生送ればそうなるわけ?」
~一方その頃の雪。
「今日の晩御飯なんにしよっかなー」
呑気そのものだった。
どうもプリズマイリヤが半端じゃないことになってる!高宮です。
次回予告すればちょっと執筆速度上がるとか思ったけど、全然そんなことなかった。全然いつも通りだった。何ならちょっと遅かった。
ついでにやってこなかったシリーズで、本編の補足をすると。
会員ナンバー001~009はミューズの面々です。0010はあんじゅです。
まあ、それだけなんですけどね。本編に入んなかったんで、補足までにここで。
新しく発売されるPS4が欲しいです。こっから欲しいゲームが無限に出てくるんですけど。受験生へのいじめですか?
それではまた次回もよろしくお願いします。
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EX お父さんスイッチの「お」は、お父さんって最近呼ばれてないなあ。の「お」
嫌われスイッチ、というものがこの世の中にはあるらしい。
そのスイッチを押すと瞬く間に周りの人間から嫌われるという誰が何のために作ったのか、皆目理解不能な代物だ。
四次元ポケットもタイムマシンもないというのに、そんな一ミリも役に立ちそうにないものが実在しているというのだから、世の中というのがいかに理不尽かがわかる。
さて、冒頭でなぜそんな話をしているのかというと。
「・・・どうしよっかなーこれ」
その嫌われスイッチなるものが、僕の手元にあるからだ。
別に、人に嫌われたいなどというド変態M思考なわけではない。
ただ、もらったのだ。もらった、というよりかは強引に押し付けられたと言ったほうが正しいかもしれないが――――――————。
ある日の忘年会のことだった。僕は行かないと言ったのに、バイト先の社長。もとい班長に強引に連れていかれたことがそもそもの始まりだった。
ただの普通の飲み屋で、普通のおっさんたちと何の楽しみもなく夜は更けていく。
社長たちのおごりだというので、せめてたらふく食ってやろうと焼き鳥を何本も手に持っていた時、班長は僕の隣にやってきた。
「おう、どうだ。楽しんでるか?」
酒に酔った真っ赤な顔でそう尋ねる班長に、僕は焼き鳥を串から抜きつつ答える。
「まあ、料理は旨いですけどね」
暗にそれ以外は別に楽しくないと言った皮肉をこめた僕に班長は大声で笑いながら。
「じゃあその焼き鳥一本くれよ。旨いんだろ?」
「ヤダ」
僕は即答した。一本だって目の前のおっさんにはやりたくない。
「ケチだなぁ。じゃあ、あれだ。交換ってことで」
「あ、ちょっと!」
班長は僕の返事など聞かずに僕の皿から勝手に串を一本取っていく。
班長はいつも横暴だ。こっちの意思などお構いなしにいつもマイペースに物事を進めていく。
僕がぶーたれていると、班長はなにやらゴソゴソと自らのポッケを探り出す。
「あれ?・・・かっしーな。確かここら辺に・・・・あった」
何かを見つけたのか、「ほれ」と僕の手に強引に押し込む。
押し込んだそれは、何かのリモコンのような。薄型の基盤に見るからに怪しい「押すなよ!?押すなよ!?」って言っているように聞こえる赤いスイッチが一つ。
「なんですか?これ」
「これはな、嫌われスイッチだ」
「嫌われスイッチ?」
意気揚々と自慢げに語る班長だが、残念ながらその嫌われスイッチなるものは班長が考えているほどメジャーじゃない。へえ、あの!嫌われスイッチ!凄いですね班長!とは全然ならない。期待しているところ悪いけど。
「なんだ?お前知らんのか」
若干蔑んだような目で見られた。
なんで?え、そんな常識的なものだったのこれ?僕の常識にはまったく必要なさそうだけど。
仕方がないとでも言いたげに、大げさにかぶりを振ってから班長は喋りだした。
「これはな、ここのスイッチを押すとなんと、周りの人間から一人残らずもれなく全員に意味もなく嫌われるという優れものだ。その名も「嫌われスイッチ」どうだ。すげーだろ」
「いや、まあ凄いですけど」
凄いけど・・・・いらねえ。つか、使えねえ。
なに?周りの人間から嫌われるって。なにその一つのメリットもないガラクタ。商品として見合ってねえだろ。
すると、そんな僕の心情を察したのだろう。班長は弁明のつもりかダラダラとしゃべりだす。
「お前これの凄さわかってねえーな。いいか、これはな、かの有名なハツメール博士が発明した画期的なガラクタ、じゃねえや発明品なんだぞ。ハツメール博士はな、アインシュタインと並んでいた発明家ニュートンの弟子の従兄弟の家政婦のペットの餌を売っていたオジサンの子供の友達を誘拐しようとしていたところをすんでのところで阻止した警察に厄介になっていた万引き犯、を尻目に川で身投げしようとしていた人だったんだぞ」
「限りなくどうでもいい人じゃねえか!!」
長々と聞いて損した。つーか最後発明家ですらなくなってるし。ただの身投げ野郎だし。
つか、結局何なのこのスイッチ。誰が何の目的で作ったのこのガラクタ。いつからあるの?このガラクタ。
「ガラクタって言うんじゃねえ!立派な発明品なんだぞ!」
「いやあんたも一回ガラクタ言ってるし」
「社長ー、そろそろ店変えるそうですー」
「お、そうかー。じゃ二次会はカラオケな!俺渚のシンドバット歌うから!!」
ほんとマジでこの人は一回でもちゃんと僕の話を聞いたことがあるだろうか。
急いで残りの焼き鳥を口に放り込んでいる間に会計は済まされ、夜風が冷える店の外へ。
「おい!お前も来るか?」
「行きませんよ。もう帰って寝ますから」
「そっか、気をつけて帰れよ!」
遠くに消える一団を、ため息をつきながら見送った。
もう一年の締め括り。吐いた息が真っ黒な夜に消えていく。
「あ、これ突き返すの忘れてた」
手にしたるは、一つのスイッチ。
とまあ、こんな経緯で僕の手元には今現在。嫌われスイッチなるものがあるわけだが。
見た目は何の変哲もないスイッチで金にもならないし、かといって押して確かめる勇気もなかった。
「うん。こういう時は捨てるに限るな。大体こういうのは持っててもロクなことにならんし」
経験則として、僕の人生は大体そうなる。そうなる星の下に生まれてしまっているのだ。
・・・あれ?なんか涙出てきた。
僕の物悲しい人生はおいておいて。僕は窓を開けると清々しい風と共に嫌われスイッチフライアウェイ!した。
「・・・よし」
綺麗に星の彼方へ飛んで行ったのを確認し、僕は一息つく。
まったくもって嫌われスイッチだなんてシャレにならない。大抵のことに我慢できる自信がある僕だが、人に、それも周りの人間から嫌われるのだけはダメだ。無理だ。死ぬ。
だが、この時の僕は気づいていなかった。自分の星を。自分の運命の強靭さを。
「ニャ?」
どうあがいたって、僕は茨の道を傷つき、歩いていくしかないのだということに。
「ニャウ」(ポチ)
「さーって、学校いこーっと」
そうして僕は何も知らずに呑気に学校へと登校する。
「それでね———————」
「へー、そんなことがあったんだー」
「昨日のテレビでさー」
いつも通りの騒がしさの教室を開けるとより一層、喧騒の音が増す。
はずだった。
「「「・・・・・・・・」」」
「・・・ん?」
一瞬、ほんの一瞬だけなんか、空気が固まる。
いつもは皆おしゃべりに夢中になって誰が入ってこようがお構いなしに騒々しさは変わることはないのだが。
今日だけ、いや、違う。
”この時だけ”ピタリと喧騒が止んだ。
それはまるで、友達と仲良くファミレスでだべっていたら空気を読まずに先生が隣に座ってきたような。はたまた修学旅行でせっかくの自由行動なのに行くところ行くところ引率の先生と丸被りしてしまうような。
一種の気まずさ、あるいは憎悪にも似た感情が教室を漂う。
が、それもほんの一瞬で。
すぐに教室はまた元の喧騒を取り戻した。
(え・・・何?今の)
だが、それを無視することができないのが僕である。そういう空気は人一倍敏感に感じ取ってしまうのが僕である。
確実に自分が入ってきたことによる教室の空気の悪化。
(いやいやいやいや・・・・押してない押してない。つか、たまたまだよ。たまたま)
脳裏によぎるのは社長からもらった「嫌われスイッチ」だが、あれはフライアウェイ!したはずだ。
・・・とりあえず、今は教室内は普通である。
僕は気を取り直して自らの机に座る。
・・・・気のせいだろうか。僕の周りの人の机がいつもよりずっと離れていると感じるのは。
あれだよね!まだ授業始まってないからだよね!少しでも友達と近くでしゃべりたいみたいなそういうあれだよね!でもそれだったら椅子だけでよくない!?わざわざ重い机まで移動させなくてよくなくない!?
「ほらー、チャイム鳴ったぞー。座れ座れー」
始業の開始を知らせるチャイムと共に担任が現れ、散り散りになっていた生徒たちは大人しく自分たちの席へと戻っていく。
「はい。じゃあ出席とっていくから」
「いや、ちょっと待って!!」
僕はいつものノリで思わずそう叫んでいた。
なぜって、だって、机が一ミリたりとも戻ってないから。むしろさっきより遠ざかっているから。ここだけなんか異空間みたいに切り離されたようになっているから。
「あ?なんだ海田、なんか文句あんのか?」
「・・・・い、いえ。なんでも、ないです」
明らかに嫌悪の表情。明らかに僕のことを嫌っている言葉たち。
そんな担任の、担任にあるまじき態度に僕はすごすごと座りなおす。
周りをチラとみると、「ちっ」「なにあれ」「構ってほしいのかな」「うざ」泣きそうだった。ていうか折れそうだった。自分の中の何か太いものがボキリと折れそうだった。
これはもう、疑いようがない。
嫌われスイッチが押されたのだ。それ以外考えようがない。こんな急激な嫌われ方。皆僕に親の仇のような視線を送り続けている。
だよね!押されたんだよね!?何かのはずみに押されてしまったんだよね!?ただ純粋に知らないうちに僕が嫌われたってわけじゃないよね!?ね!?
キリキリと胃が痛い。皆ちゃんと前を向いているはずなのに、嫌ってますからオーラが絶え間なく僕を突き刺す。
うう。一体僕が何をしたっていうんだ。ただスイッチを押しただけなのに。いやていうか、押してないからね。確実に僕押してないからね。なんであんな凄いスイッチなのに押したか押してないかの判定そんなアバウトなんだよ。なんでそこだけファミコン並みのスペックなんだよ。今時「本当にいいですか?」くらい聞くぞ。
ああ、ダメだ。このままじゃ学校どころじゃない。
そもそも本当に押されたのかどうかも怪しいが押されたと仮定して、その解除方法がわからない以上、うかつに人に会うべきじゃない。僕の精神衛生上を鑑みても。
案外一晩たったら何事もなかったかのように元に戻ってる。なんてオチかもしれないし、今はとりあえずおとなしく家に帰ろう。
そう考えて、僕は手を挙げる。早退するべく保健室に行くのだ。
中学の時さんざん仮病で早退した僕のスキルが役に立つ時が来た。まず気持ち悪いと症状を伝え、吐くふりをする。そうすると保健室の先生が「朝ごはん食べてきた?」と尋ねてくるので「食べてません」と答えればいっちょ上がりだ。吐きたいけど何も吐くものがないという状態が完成する。ここまでくればあとは帰る支度をするだけ。
そう、大丈夫。きっと大丈夫、だって大丈夫だから。大丈夫って思っていれば大丈夫なんだ。
必死に自分を鼓舞し続け、折れそうになった心を必死に支える。
「す、すいません。あの、気分が悪いんで保健室行っていいですか?」
できるだけ不快感を与えないように、授業が始まる前にさっさと申告を———―————。
「ああ?気分が悪いだあ?」
したつもりだったのだが、どうやら僕がアクションを起こしている時点で積みだったようだ。
控えめに上げられた僕の手は、恐怖か怯えかプルプルと震えていた。
なんだろう、本当に気分が悪くなってきた。本当に吐き気がしてきた。
「・・・まあいいだろう。さっさと帰れ」
そこには心配するそぶりなど一つもなく。不快だからさっさと帰れと言っているオーラが隠しきれていなかった。ホントにこの人教師?
「は、はい」
とにもかくにも、これで晴れて早退できる。今の僕の顔色を見れば保健室の先生も素直に帰してくれるだろう。
そんな僕の心の機微を感じ取られたのだろうか。
「—————————あうっ」
僕は教室の何もないところで無様に転んでしまう。
「クスクス」「ださっ」
僕にしか聞こえないような小さな声でけれどはっきりと聞こえるその言葉。
足を引っかけられたのだと、その時気づいた。
(こ、こ、こええええええ!!)
なにこれ!女子高!?女子高だっけここ!?やり口が陰湿だよ!女子特有のあのなんか怖い空気が教室に流れているよ!!
地べたに這いつくばりながら、僕は戦々恐々としている。早く!早く立ち去らねば!
逃げるように校内を走り、僕は勢いよく保健室の扉を開ける。
「あの!すいません!ちょっと気分が悪いので早退させてください!!」
最早気分が悪い演技など、している余裕はなかった。
「・・・とても気分が悪そうには見えないけど?嘘はよくないわね。殺すわよ」
殺すの!?仮病一つで殺されるの僕!?
いやていうか!ものすごく嫌悪してる顔してる!保健室の先生にまで嫌われちゃうの!?保健室の先生なんて一番優しいポジションじゃないの!?そんな人にまで嫌われて救いないな僕!
「・・・はぁ。とりあえず、熱計ればいいんじゃないかしら?」
ものすごく嫌そうに、保健室に一歩たりとも入ってほしくないと言いたげな顔で、それでも仕事だから。仕方ないと自分を言い聞かせて仕事に従事してる感満載だった。
「チッ」
舌打ちした!僕が保健室に入った一歩目で舌打ちしたこの人!
「はぁ・・・うえっ」
しまいにはえづきだしましたよ!まるで汚物扱いしだしましたよ!
もうツッコんでいないと泣き出しそうだった。ていうか本音を言えばちょっと泣いてるからね。視界が潤んできてるからね。
「はい」
スッと、できるだけ近づかないように、できるだけ触れないように慎重に体温計だけを渡される。
うん、もう帰ろう。あったかいスープとか飲もう。
必死に見えないように、いや隠す必要もない。汚い僕のことなんか見たくないのか、保健室の先生はずっと顔をそらしている。
体温計を擦って、数値を偽造し気持ち悪がられながらもなんとか早退することに成功した僕。
下駄箱で、靴を履き替えようとした。
が、すぐに違和感に気づく。
おもむろにその正体を探ろうと靴の中をのぞくと、きらりと光るものが。
「これ・・・・画鋲だ」
その正体に背筋がぞっと寒くなる。いや、ていうか誰が入れたんだよ。この短時間でこんな巧妙な罠誰が仕掛けたんだよ!もうこえーよ!嫌われスイッチこえーよ!
嫌われスイッチじゃねーよこれ、そんな可愛いもんじゃない。憎まれスイッチだよこんなの。もしくは押したらあの、あれ、誰彼構わず命を狙われますスイッチだよこんなの。
やや乱暴に画鋲を放り捨て、僕はダッシュで家へと帰る。
一晩、一晩時間がたてばすべてを解決してくれるはずなんです。時間さえ、時間さえくれれば!!
そう一縷の望みにすべてをかけて。
途中、野犬に襲われたりカラスの糞が落ちてきたり車に轢かれそうになったりしたけど、無事に家までついた。
「いや無事じゃねえーよ!!」
もう先ほど轢かれそうになったドキドキか、はたまた走ってきたために心臓の動悸か判別すらつかない。
ていうか嫌われスイッチ半端ねええええ!なにこれ!一生分の不幸が今まさに己の身に降りかかってるんだけど!死にかけてるんだけど!
ゼエ、ヒュー、と肺が痛い。とにかく寝よう。そして家から一歩も出ないようにしよう。
そう思って、僕は家の扉をガラガラと開ける。
すると。
「・・・・・・」
ボロボロの長屋は、僕の家は音を立てて崩れ落ちていった。まるでコントでも見ているかのようにある種芸術的ですらある。
「神様あああ!神様にまで僕は嫌われてしまったんでしょうかああ!そうだとすると嫌われスイッチやっぱはんぱねえええ!!」
いや確かにボロボロだったよ。いつ崩れてもいいくらいにはボロボロだったけども。今!?このタイミングで!?なに!?最早世界を滅ぼせるんじゃねえの!このスイッチ!
スイッチのあまりの威力に僕は後悔する。あの時、あの飲み屋で安易に班長からもらわなければよかった。あの人がすることにロクなことなんてないと知っていたはずなのに。
もう、なんか疲れたよパトラッシュ。今日という一日を早く終わらせたい。いつもの日常に戻りたい。
不思議と昨日までのあの日々が、物凄く遠い昔のように思える。昨日まで笑いあっていたあの日々にはもう戻れない気がする。
そんな思考が底辺へと真っ逆さまに落ちて行っても、僕の不幸は終わらない。
こんなものじゃない。僕の人生は谷あり谷あり。つまりどこまでいっても落ち続ける人生なのだ。
「ねえ・・・あれ」
「うん。やっぱりそうだよ」
とぼとぼと行く当てもなく彷徨っていた時。
「————————っ!?」
ガッ!!
という鈍い音が頭の中で響いて。
そこで、僕の意識は途切れた。
どうも!ニャンコ先生!高宮です!
いつの間にかこのssも八十話を超えていました。人間で例えるならもう寿命ですね。老害とならないようにこれからも頑張ります。
次回もシクヨロでーっす!(精一杯の若さ)
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EX お父さんスイッチ以下略 その二
目を覚ました。真っ暗な空間の中で、朝焼けのまどろみなどはなくただただ得も知れない恐怖に脳裏が冷やされる。
「・・・・・・えっと」
記憶が混濁している中なんとか僕は現状を確認しようとした瞬間に気付いた。
手足が椅子に縛り付けられているということに。ガチャガチャととりあえず動かしてみるも鎖の前に無残に敗退。
とりあえず動かせる首を巡らせて辺りを伺い見る。
わかるのは誰かの部屋だということ。暗闇にもだいぶ目が慣れてきてベットや机など、生活感が感じられる部屋だということが判明した。
なんだか所々に見たことがあるような。ないような。
(拉致られた・・・のかな?)
段々と意識が覚醒していく中で思考もクリアになっていく。
とりあえず僕以外には誰もいないが、普通に警察案件。普通に事件だろうこれ。どうしようまじで。
なんか改造とかされんのかなーとか、バッタの改造人間にはなりたくないなー虫とか嫌いなんだよなーとか。
その時の僕は半ばあきらめたかのように目が死んでいた。それというのもなんとなーくこの部屋の主がわかってしまったからだろう。
ガチャリ。と、扉が開く。
「ことり」
南ことり。亜麻色の髪の少女で、昔馴染みである。
そのことりの登場に僕はたいして驚かない。なんとなく見たことがあったのは前に一度ことりの部屋に来たからで、その時もなんだかヤバい目にあった気がする。
僕が封印した記憶に苛まされている間、ことりは一切の表情を忘れたかのような無表情で、後ろ手に静かに扉を閉めた。
「な、なんだよー。脅かさないでよ。もうびっくりしちゃうなーもう」
ダラダラと冷や汗が止まらない。背中がビチョビチョだ。こんなんならショッカーのほうが大分マシな気がする。
なぜって?だって今、僕には特殊な状況が発生しているからだ。
そう、嫌われスイッチ。あれが押されてしまっている以上。きっとことりからも嫌われているはずなのだ。
クラスメイトからはもう本当に近寄らないでほしいといった扱いだったので、心をバッキバキに折られた。
もし、ことりにも似たような扱いを受けたら。僕は今度こそ死ねる。なんの躊躇もなくビルから飛び降りる自信がある。そんな自信いらねえ。
ことりだけじゃない、穂乃果にだって海未にだって。他の皆にも絶対に嫌われたくはない。
・・・・・スイッチだってことはわかっている。だけど、それでも嫌だ。みんなに憎悪の感情をぶつけられるのは死よりも痛い。
だから絶対に会っちゃいけなかった。行けなかったのに。
(なんで向こうから来るんだよ・・・!)
不幸が歩いてやってきた。死神でも憑いているんじゃかろうか僕の人生は。
「・・・・・・・」
「こ、ことり?」
なんて考えている間中、ことりはずっと無言だ。部屋の暗さも相まって少々怖い。
いや、ていうかそもそもなんで拉致られたんだろうか僕は。きっとことりも多分に漏れず僕のことを嫌っているはずで、ならばわざわざ近づいてこないと思うのだが。
だが、僕のその考えは甘かった。それはあくまで男子的な考えであり、女子の嫌いと男子のきらいは違う。そんなことついさっき味わったばかりだというのに。
「キモイ」
「え?」
「キモイキモイキモイキモイキモイキモイ!ねえ!なんで生きてるの!?なんで私の視界に入ってくるの!やめてよ!ねえ!」
理不尽。圧倒的理不尽。
女子の癇癪を起こすスピードは恐ろしい。生理的に無理、なんかムカツクなど理由などあってないようなものなのだ。
そんな思考に現実逃避をするくらいには今の僕の心身的ショックは計り知れなかった。鏡を見ればきっと白目をむいていることだろう。
普段の可愛い天使のような笑顔。いつも僕のことを案じて心配してくれる女の子。
そんなことりの姿は今は微塵もない。
鬼のような形相で、僕のことを心底嫌っているとわかる視線。幾千の槍が飛んでくるかのような罵詈雑言。
「ねえ、なんで黙ってるの?」
「ヒィェ!ご、ごめんなさい!」
思わず謝ってしまうくらいにはその迫力は凄まじかった。VRなんか比じゃない。どうやら僕の現実はヴァーチャルを凌駕したらしい。
「うるさい黙れ」
「・・・・・・ごめんなさい」
理不尽!正にこの世の如し!
「大体なに?いつもいつもこっちのアピールなんかてんで無視してるくせに偶に出てくるアライズには結構コロッといくのは。どう考えても正ヒロインが一番大事なのはわかるよね?」
「・・・・・・・」
えっと、あれ?これ何の話?
「天然とかホントそういうのもういいから。もうそんなんじゃ誤魔化せないからね。あーもうホントムカツク。死ねばいいのに。日本中の女の子から刺された挙句に東京湾に沈められればいいのに」
ことりさん!?嫌われスイッチだよね!?嫌われスイッチで心にもないことを言っているんですよね!?途中から嫌に具体的になってきましたけどそういうことですよね!?
若干涙目。というかもう泣いてる僕の顔を見て、ことりは心底嬉しそうで。
「あーほんとウザイ。ムカツクから————————————————痛めつけちゃおーっと 」
真っ黒なハートが瞳の奥に見える。きっと幻覚だろうけど、なんだかヤバいということだけは現実だと分かった。
ことりは自分の机の引き出しから”ムチ”を取り出す。先が動物の尻尾のようにふさふさしているタイプのやつだ。
だがそんな可愛らしいもんじゃないことは誰だってわかる。
ガタガタと椅子を動かしてどうにかして逃げようと「むーだ♪」ダメでした。
僕を縛っている鎖の余りをことりは自身の左手に巻き付けて、どうやら僕を絶対に逃がす気はないらしい。
右手にムチ、左手には鎖。なにこれ?いったいこれどういう状況?SMクラブに来た客みたいになってるんだけど!
そんな僕の焦りも意にも介さずに、ことりはうっとりとした表情で僕を眺める。
右手のムチの感触を確かめているのか、机に何度も打ち付けて。
そしてことりは僕に近づく。
ゆっくりと。
恐怖を纏って。
逃げたい。超逃げたい。脱兎のごとく逃げたい。
けれど、それを許してくれないのはことりが握っている鎖であり、この異様な空間である。
「ちょ!なに!?なんで脱がすの!?」
おもむろにことりは僕のシャツに手を伸ばす。何をするのかと思いきや、ボタンを外していくという暴挙。
「え?だぁってー、”素肌の方が痛いでしょ”?」
痛めつけるつもりだ—————っ!!心の底から痛めつけるつもりだ———————っ!!
「ちょ!やだ!やめて!!」
「もう、大人しくして・・・・おい、動くな」
「ヒェっ」
本当にイラついたのだろうか、普段の何倍も低い声でプラスα真顔で本気のトーンで釘を刺された。
ことり、そんな声も出るんだ。
なんてあまり知りたくなかった新たな一面が垣間見えたことで僕のシャツは無様にも脱ぎ捨てられる。心なしか、シャツが泣いているように見えたのは僕の深層心理を反映してのことだろうか。
上半身素っ裸で、目の前には鎖とムチを持った少女。
もう一度だけ言わせてください。なんだこれ。特殊すぎるだろこの状況。16歳には刺激が強い!
「うふふ」
「ぎゃう!!」
本当に強い!物理的に強い!
「こ、ことりさん。もうちょっと手加減して」
「なに?聞こえなーい」
ああ、もうムチで叩かれることは許容している自分が憎い。なんでこんなに無抵抗なんだろうか。
僕ってばどこまでいっても社畜気質なんだな。
ダブルで悲しくなってきた。心身共にダメージあるぞこれ。
「ねえ?痛い?痛い?」
素肌にビシバシ決まるムチは常にクリティカルヒット。ガリガリHPもMPも削られていく。
「う、うう・・・・」
「あらあら、泣いちゃった?」
悪魔だ!地上界に降りてきた悪魔が今ここに!
「ホント泣き顔まで気持ち悪ーい」
あ、死ぬ。
瞬時に僕はそう悟った。クスクスと嘲笑されるように最大限こちらにダメージを与えようという意図が明確に伝わってきて、僕は死ぬ寸前だった。
「その顔もナヨナヨした性格も、傷も体もあなたの過去も未来も全部嫌い。嫌いで嫌い嫌い嫌い嫌い」
一言一言が馬鹿正直に僕の心に差し込まれて。
そして、いつの間にか目と鼻の先にことりの顔が迫った時。
「大っ嫌いで—————————————大嫌い、」
「むぐっ!?」
はむっと。まるで自然に、そうなるのが必然だとでもいうように。
僕は。ことりにキスをされた。
下唇を甘噛みされ、上唇は優しく触れる。
「————————————っ」
とろりと溶けだしそうな表情で、ことりは唇を離した。
「ねえ?どんな気持ち?今、どんな気持ち?女の子にこんなに痛めつけられて、挙句の果てに初チューまで奪われて。ねえ?なっさけなーい 」
ニタニタと真っ黒な笑顔と心から楽しそうなその声色。
まだ残っている柔らかい感触と、チューをしてしまったという高揚感が入り混じった何とも言えない夢見心地ではある。
僕は起こったことにパニック状態で、つい言ってしまった。
「は、初めてじゃ、ないし」
意地だったのだろうか。なけなしのちんけなプライドだったのだろうか。けれど、この時ほど自らの言動に後悔したことはない。
「・・・は?」
ことりの表情から笑みは消え。さきほどまであんなに楽しそうに嬉しそうにしていたのに、纏った空気は正反対。
「初めて、でしょ?あなたみたいな屑で愚鈍で甲斐性なしで安定性も将来性もない男の子が女の子とチューなんかできるわけないもんね」
「嘘じゃないし」
「・・・ああ、もしかして二次元の女の子とは経験済みですってこと?大丈夫?頭?」
「そんなんじゃないよ!」
心配された!根も葉もない憶測で勝手に頭を心配された!
「え・・・じゃあ、もしかして・・・男?」
「違うわ!」
なんでそうなるんですかね?普通に女の子とって発想はないのか。
「誰?」
「え?」
まあ、当然その疑問に行き着くわけで。
「・・・・えーっと」
ありていに答えを言ってしまえば。ツバサさんと絵里先輩である。
あれはいつだったかことりが働いている店でツバサさんに一回。絵里先輩がミューズに加入するかどうかで悩んでいた時、僕が説得したあの時に一回。他にも、ツバサさんには第二回ラブライブ決勝進出の時に一回された。
まあ、どれもほっぺなんですけど。
でもほら三回もされればキッスに進化するとかそういうシステムない?ないかー。
「言わないとお仕置きだよ?」
鞭をしならせて、ことりはあまりにも恐ろしい。
あんまり言いたくないのは、意地を張った手前ほっぺでしたなんて恥ずかしいからだけど。
でも言わなかったら、もっと恥ずかしいことにされそうだったので僕は言う。今のことりならそれくらいやりそうである。
「ツバサさんに絵里ちゃん」
ぶつぶつと何度か口の中で言葉を繰り返していることり。後ろにあるドス黒いオーラが増えている気がするのは気のせいだと願いたい。
「————ふっ」
あ、笑った。それも嘲笑交じりに、見下す感じで。
「あー、あれ?もしかしてほっぺのやつ言ってる?あんなお子様のやつと一緒にしないでもらえない?ほーんとお子様なんだから」
ケタケタと心底おかしいとでも言いたげに笑うことり。
「ねえ、どうする?ここで一生監禁される人生か、それとも私のペットとして醜く生きていくか」
「いやそれどっちも変わんないですよね!?」
その二つは実質同義だ。選択させているようでいて、実際のところ出口は一つ。
ならば、作るしかない。出口がないのだというのなら作るほかにない。
(ごめん。ことり)
心の中で一言。ことりに謝ってから僕はおもむろに椅子を後ろに傾けるべく体重をかける。
「きゃっ!」
するとどうだろうか。僕の体をぐるぐる巻きにしている鎖の先をことりは握っているわけで。
つまりは僕が椅子を思いっきり引けば、おのずとことりの体はつんのめる。
「てやっ!」
そこをすかさず頭突き!かちわるおでことおでこ。手放す意識。離れる鎖。勝ち得る自由。
「ごめんねことり」
今度は口に出して謝罪をする。いくらなんでも女の子に頭突きをするというのは罪悪感でいっぱいだ。
それでも、僕はやっぱり脱出しなくちゃいけない。こんなふざけた空間には一秒たりともいたくはなかった。
目を回して倒れこんでいることりに両手を合わせて、僕は外へと出た。
一時の危機は脱出できた。とはいえ、まだまだ危険はいっぱいだ。主に僕の精神衛生上という意味で。
僕は先ほどの教訓を生かし、逃げ隠れるように物陰から物陰へと移動する。
前方確認はもちろん、後方から上空から地下まで。危険確認は怠らない。
いつまた襲われて意識昏倒の事態になるかわからないからだ。
そして、慎重に慎重に自分の家へと進む。
「ここだな」
ことりの家から僕の家へと変える場合に通らなければならない場所が一つ。
そう、音の木坂学院である。
こっそりと木陰に隠れながら僕は大きく深呼吸をする。
最大の難所であると同時に、ここさえ抜けてしまえばもう他に恐れるものは何もない。
偶然ばったりと出くわさない限りは。
普段ならこれで安心できる。だが、今回はそうもいかない。嫌われスイッチのなにか神様的な運命のいたずらが作用しないとも限らない。
ありえないって?いや、これが現にあり得るんですよね。さっきのことりだってきっと普段なら会わなかっただろうし。
そも、ありえないというのなら嫌われスイッチという存在があり得ない。
「そうだよ。ありえないよこんなの。元に戻ったら絶対班長に文句言ってやる。絶対に給料を上げてもらう」
こんなことを考えるあたり、実はまだまだ余裕なんじゃないかとも思う。
が、そこはほら。僕の人生経験上こんなに簡単に問題が解決するはずなどないわけで。
困難は向こうから笑顔で手を振ってやってくるし、回避しようとした問題は後になって倍返しを食らう。
それが、僕の人生である。
残念ながら、そう、本当に残念だ。
「「「「「「「「みーつけた!!!!!」」」」」」」」
「・・・・・あ、見つかっちゃった」
本当に嫌になるほど自分の人生というやつが恨めしい。
「せめて一人ずつにしてくれませんかね神様」
元に戻ったら絶対に神様に給料を上げてもらおう。
「あ、ちょっと!にこちゃんもうちょっと優しく縛って!いたっ!絵里先輩痛い!つーかあれ?ツバサさんまでいるし!海未はなんか呪いの言葉紡いでるし!なんなのもう!」
嫌われスイッチ編。次回へ続く。
「続くんだ!やっぱ続くんだ!もう終わってもいいんだけどね僕は!あれ?真姫ちゃん?その注射はなに!?ねえ!?つーかなんで誰も喋らないの!?怖いんだけど!!」
・・・・次回へ続く。僕が、生きていれば。
「ぎゃああああああ!!」
どうもキーブレード使い高宮です。
ps4がほしい。俄然ほしい。最近欲しいゲームタイトルがありすぎて何が欲しいのかも忘れました。
とりあえずキングダムハーツは楽しみにしています。受験が終わったら買う。
あとはポケモンとー、モンハンとー、フェイトとー、ffとー。あれ、結構覚えてるな。
ということで次回もよろしくお願いします。
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EX お父さんスイッチ以下略 その三
嫌われたくないという気持ちがあるのは、そう悪いことではないんではないかと僕は思っている。
人間誰だって、誰かに嫌われたくないもので、そこから生まれる優しさというものにもきっと意味はあるんだろうと。
では、反対に人に嫌われたいという気持ちが人間にはあるのだろうか。
あの人に好かれたい、この人に特別視されたい。という欲求はあっても、その逆。
あの人に嫌われたい。この人に憎まれたいというのはあまりない気がする。
まあ多様な二-ズが存在するこの世の中。びっくりするような性癖の持ち主がいるこの世の中だ。
一概に絶対いないとは言い切れないが。
少なくとも、僕は自分の中にそういう特殊な欲求がないことがよーく分かった。
なぜかって?
そりゃこの状況で何一つ喜んでいない僕の心がそう告げているからだ。
「——————、———」
「—————————————————。」
「————————————————————————っ」
「っ!—————・・・!」
詳しくは割愛するが僕は今、目隠しをされて腕と足を拘束され一歩も身動きができない状況である。
ずっと遠くで声が聞こえる。実際はもっと近くにいてこの声の主たちが何をしゃべっているのか聴き取れはするのだろうが、僕の精神衛生上何を言っているのか聞き取ってしまったら崩壊するのは火を見るより明らかなので右から左に受け流している真っ最中だ。
嫌われスイッチで絶賛嫌われている最中の僕である。この状況はある種想定通りとはいえるが、だからと言って喜べない。
「?」
なんて思っていると、いつの間にかぴたりと声ならぬ音が止んでいた。
不思議に思うが確かめる術はない。すべては受動的。僕からはどうすることもできないのだ。
そう思っていたら、なにやらヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
「—————どうする?」「やっちゃう?」「——————東京湾—————」「コンクリ——————」「何キロくらいいるかなあ」
・・・あ、これ僕死んだな。
漏れ聞こえてくる言葉たちがあまりにも直球で、鋭い殺意が隠しきれてなくて、オブラート突き破って出てきている始末だ。
ていうか確実に東京湾に沈める計画してるじゃん!確実に人一人消そうとしてるじゃん!
え?ここで!?ここで死ぬの!?ここで僕の物語終わり!?最終回!?主人公ヒロインに殺されて最終回って斬新通り越して狂気だよ!!
やだ!死にたくない!!まだやりたいこといっぱいある!あの、あれ、あれとか!今流行りのあれとか!ごめんすぐに思いつかないけどやりたいこといっぱいあるんだってたぶん!一日考えれば!
なんてことを口早にまくしたてる僕。例え嫌われスイッチが絶対だろうが、皆の中にある良心を僕は信じる。
皆なら嫌いな相手をただ排除するなんてやり方、しないはずだと。
ヴィイイイイイン。
「しないよね!?なんかチェーンソー的な物騒な音が聞こえてくるけど!?刃物が高速回転する音が聞こえてきてますけど!?しませんよね!?」
シャッ。シャッ。
「ごめんなさい!謝ります!謝りますから刃物研がないで!」
ダンッダンっ!
「おっかっしーなー!銃声音が聞こえるぞー!?ここ日本だよね!?知らない間に海外連れ込まれたとかないよね!?」
ジュバヒカサババア!
「何!?なんの音!?もはやわからない!わからなすぎて怖い!」
ビリビリビリ!
「えーっと、これはー、あ、わかった!電気椅子!電気椅子だろ!」
ウィーン、ガッシャン。ウィーン、ガシャコン。
「うーん、これはなんだろ。わかんないや・・・・じゃねーだろ!なんでクイズ擬音当てましょうのコーナー始まっちゃってんの!?セリフまたいでノリツッコミしちゃったよ!」
アムロイッキマース!
「ガンダムだった———————!さっきの擬音の正解ガンダムだった————————!つーかなんつーもん持ち込んでんだ!一年戦争にも耐えられるもんこんなところに持ち込んでんじゃねえよ!」
カツライッキマーッス!
「いやそれ頑侍ぅうううう!パクリのパクリで最早わけわかんないだろが!!」
ぜえはぁと、一気に肺が空気を求める。
視界を遮断されたせいか、テンション挙げて突っ込まないと恐怖心が顔をのぞかせてしまう。チラチラと覗かれてしまう。
沈黙が怖い。普段ならそう気にすることもないが、この状況下での沈黙は即ち死を意味しそうで。
「あの!すいっまっせーん!せめて!せめて目隠しをとっていただけないでしょうか!?逃げないんで!もうあきらめるんで!」
最低限の交渉の余地くらいはあるだろうと、そう思って思い切って提案してみたのだが。
・・・沈黙が破られることはなく。その後の音沙汰はない。
穂乃果や海未、皆本当に僕のことを嫌いになったのだろうか。嫌われスイッチの効力を疑う余裕は既にないが、もしかしたらって心のどっかで期待はしてた。
ことりに粉々にされたけど。
ああ、だめだ。こうしてると自分に殺される。
自信がなくて、誰かに好かれてるなんて思えなくて、自分が必要とされているなんていう舞い上がりを許さない。
そんな自分に、殺される。
「————————っ!」
いきなり差し込んできた光に、目が慣れていなくて開けられない。
ただ、目隠しを取ってくれたという事実だけが僕の心に何か暖かいものが流れてくるのが分かった。冷たく冷えていく心に。
やっぱり、話せば通じるんだと。人間誠心誠意心を込めて伝えれば、例え相手から嫌われていても通じるんだと。
そう、思って僕は目を開いた。
「いや誰ぇえええええ!?」
そこにいたのは、”まったく知らない人だった”。
意味が分からず、もう一回冷静に相手の姿を見たけどやっぱり誰だかわからなかった。
別に僕が忘れている昔馴染みとか、実は前に一度会っているといった感じでもなくて
その子(三つ編みの女の子)は、僕の顔をじっとみつめてるだけで一言も言葉を発する気配はない。
(・・・いや怖いわ!!)
怖い、とてつもなく怖い。なまじミューズの皆より怖い。
ていうか、連れ去られたときは確実に皆だった。
それがなにがどうすれば見知らぬ人へとチェンジされるのだろうか、一体全体何がどうなってこうなったというのだ。
混乱しているときに限って事態は急速に展開していくものだ。
「あ、ごめんね!見張り頼んじゃって!」
「」(フルフル)
「穂乃果!」
あまりのことに気も回らなかったが、どうやらここはどこかの倉庫らしい。ただっ広い空間にポツンと僕だけが浮いている。
「はい!これご飯買ってきたから!見張り交代!」
僕のことは華麗にスルー。三つ編みお下げの子にバトンタッチでその子は倉庫の裏に消えていく。
どうやらそこが休憩室になっているらしい。
「いやだから誰だよ!怖いよ!なんで一言も喋らないんだよ!」
正体不明がここまで怖いとは。もう僕の中にはあの子でいっぱいだ。
「ねえ、穂乃果。誰?あの子」
「・・・・・」
やっぱり、穂乃果は答えてはくれない。まるで僕がいないかのようにポチポチと携帯をいじる。
そうか、無視か。
地味だがつらい。なにせ無視したことはあっても穂乃果の方から無視されたことなんてないのだから。
・・・・それほど僕のことを嫌っているということなのだろう。
とはいえ、僕だってこれ以上無駄に傷つきたくはない。
無視されること以外に実害はないのだから、黙っていればいい。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
ああ、つらいな。
多分人生の何よりも今が一番つらい。
こうやって時間があるということがこうも自分に刃向かってくるとは思わなかった。
考えるということを止められれば一番いいのだろうが、人間そう簡単にはいかない。
考えるなと頭で考えるほど、逆にどつぼにはまるようにいつの間にか考えてしまう。
「・・・!」
俯いているしかできなくなっていた時、穂乃果は唐突に立ち上がった。
やっと口を開いてくれるのかとも思ったが、どうやらただ交代の時間が来たらしい。
「穂乃果、代わりますよ」
次にやってきたのは海未だった。
「ありがとう海未ちゃん」
「いいんですよ。一人で相手するのはつらいでしょう?」
「うん、もう本当に同じ空気吸いたくないから、ちょっと外出てくるね」
僕の心にクリティカルヒット。油断していたため9999のダメージ。
かいだ ゆき は しんで しまった。
「なにやってるんですか?気持ち悪い」
死なせてよ!!もう死なせてくれよ!こんなんなら死んだほうがマシだボケぇ!
一体、僕が何をしたというのだろうか。そんなに僕は悪いことをしたのだろうか、もう前前前世から呪われてるとしか思えない。
その後も海未からは静かに僕の心をえぐってくる言葉の数々が、まるで鋭いナイフのように何度も突き刺される。
どうやら海未はそういうタイプらしい。
人間、嫌いなやつを目の前にした時の行動は案外違うものなんだなと、これまた現実逃避。
そうやって現実逃避を繰り返しながら、僕は時間をやり過ごす。
タロットカードでものごっつ悪い結果をこれでもかと押し付けてくる希。
なんか変な薬を嗅がされ、飲まされ、打たれた真姫ちゃん。
まるで虫けらのように踏まれ、蹴られたにこちゃん。
めちゃくちゃ気を遣って、本当は嫌だというのが顔に出ていた、無理に話をつづけてくれた凛。なんか一番つらかった。
どういうところが嫌いで、どういうところにイラついて、どういうところが生理的に無理かを懇切丁寧に教えてくれた絵里先輩。
一度蔑んだ目でこちらを見ただけで帰ってしまったツバサさん。
扉の前で僕に会うのを本当に嫌がって、謝罪しつつ結局監視を断念したあんじゅ。
普通に出てこなかった花陽。
しめて11名。先に会っていることりを含めて12名。そのローテーションが終わった。
何時間たったのだろう。それとも何時間もたっていないのか。もう僕にはわからなかった。
とにかく、どんな目的で僕を拘束しているのかはわからないがこれで解放されることだろう。ようやく地獄が終わる。
そう、思っていた。
のに、しばらくするとまた穂乃果が僕の目の前に座った。
つまり、ローテーションが一巡してまた初めからということだ。
「いや死ぬぅぅううううう!!」
疲労と精神汚染で死ぬよ!耐えられないよ!体のいい拷問だよ!
「もういいだろ!出してくれ!大体穂乃果達は僕のこと嫌いなんだろ!?なんでこんなことするんだ!」
「・・・・・嫌いだよ」
・・・一々傷つくな僕!わかってることだろ!
「・・じゃあいいじゃないか!僕のほうから穂乃果達に関わったりしない!」
「駄目だよ。私たちの知らないところで、君がいるっていう事実が耐えられないの。だからせめて監視して安心感が欲しいの」
他人行儀な呼び方で、見たこともないような冷たい表情で、聞いたこともないような凍える声で、穂乃果はそう言った。
つまり、これが永遠に続くという事実を穂乃果は言った。
嫌われスイッチの効力がいつまで続くのかはわからない。もしかしたら今この瞬間にも切れるのかもしれないし、ずっとこのままなのかもしれない。
「まあでも皆限界だし、本当に私たちに二度と会わないっていうのなら、解放してあげてもいいけど」
それでもいいかもな。と、僕は天を見上げて思った。
二度と会わないという条件付きではあるが、この現状より酷いことなんてないだろう。
みんなに会うというただ一点を除けば、ここが見逃してもらえる最後のチャンスかもしれない。
この町から出て行って、知らない土地で知らない人と巡り合うそんな人生だってそんなに悪くはない。
「でも、きっとその人生を僕は胸を張って歩んでいけない」
逃げることの多い僕の人生だけど、逃げてよかったことより後悔した数のほうが多い。
だからってことでもないけど、でも、皆から逃げないってそれだけは決めたんだ。
少しでもマシな人間になりたい。そう願った気持ちは今も忘れちゃいない。
「・・・・なにしてるの?」
椅子を揺らして僕は無様に突っ伏した。それでも芋虫のように這いつくばりながら、出口を目指す。
「笑いたければ笑うがいいさ。僕は、またもう一度穂乃果たちに会いたい」
こんなふざけたスイッチで諦められるなら、もうとっくに僕は皆と一緒にいることを諦めてる。
諦められない僕ができるのは、所詮こんなものさ。
鎖の擦れる音と、椅子の引きずる音が倉庫にこだまする。伸びた鎖を手に取られれば僕はもうこうやって前に進むことすらできなくなる。
それはわかっているけれど、他にできることなんてない。愚直にただ真っすぐに進むことしかできない。
穂乃果もどうやら同じことを思っているらしい。先ほどからずっと鎖を見たまま動かない。
僕を哀れと思っているのか、それとも。
僕は一縷の望みを持って、進んだ。
「・・・うっ。鎖を、とれば」
伸ばした手は震えており、あと数センチで鎖に手が届く。
「———————————、」
「?」
よくわからないが、どうやら穂乃果の手は止まっているらしい。
塵も積もれば山となる。千里の道も一歩から。
僕はようやく、この地獄から脱出した。
「———————————”頑張って、雪ちゃん”」
穂乃果の優しい笑顔には気づかずに。
で、ようやく地獄から抜け出せたのはよかったものの、どうすれば嫌われスイッチの効力を元に戻すのか。それがわからなきゃ話にならない。
「アテは一人だけ」
そう、この現状を作り出した張本人。嫌われスイッチを僕にもたらした人。
「班長ー!!!」
「ん?」
幸い、倉庫から班長達がいる仕事場まで距離はそう離れておらず、僕は乱れた息を整える暇もなく仕事場へ突撃していった。
「嫌われスイッチを元に戻す方法を教えてください!!」
知らないなんて言わせない。ここまできて知らぬ存ぜぬなんて通させない。
「嫌われスイッチ?・・・ああ、あれ押したのか。だから俺今こんなにお前のこと嫌いなんだな」
嫌いって直接言うなよ!・・・でも、あれ?不思議とまったく傷つかない。穂乃果たちの時は世界の終わりかってくらい傷ついたのに。
「ああー、あれなー、でもなー、なんか教える気になれないなー」
だらけた顔で、足を組み替えながらそう告げる班長に僕はどう処理していいかわからず持っていた鎖を地面に打ち付ける。
「班長、悪いんですけど僕今本当に余裕がないんです。今ならカッとなって人を殺した人の気持ちちょっとならわかるんですよ」
「・・・わかった。教えよう。だからいったん鎖は置こう?な?」
「いいから、早く」
「スイッチ!スイッチをもう一回押せば元に戻ります!」
スイッチを、もう一回押す。
「・・・」
だらだらと、冷や汗が止まらない。なぜって、スイッチ本体は僕が窓から投げて星になったからだ。
あれ?じゃあ、もしかして元に戻る可能性潰えた?
いやいやと、僕はよろける足取りでとりあえず投げたと思しき場所を手あたり次第探した。
路地裏。ごみ箱。屋根の上。人の家の庭。
「ない」
どこにもスイッチらしきものはなかった。
「はぁ・・・・」
深いため息が思わず漏れる。探すって言ったってもうどこを探していいのかわからない。
マジ?こんなことってある?結局自分の責任ということじゃないか。
罪悪感と後悔に押しつぶされている。
そんな時だった。
「ニャア」
猫が僕の前をトコトコと通り過ぎたのは。
何かを加えている猫は僕の目の前でそれをポトリと落とし「ニャア」と毛づくろいを始める。
つまるところ、その何かとはスイッチだった。
「あったぁああああ!!」
黒い基盤に赤いスイッチ。見るからに押すんじゃねえぞってオーラが漂っているスイッチ。
確実に嫌われスイッチだ。
「動くな・・・動くなよ」
じりじりと間合いを詰める僕。相手が人間ならいざ知らず、猫だ。動物だ。慎重にいかなければ。
なんて考える暇すら与えてはくれないようで。
「ニャ!」
「ああっ!」
猫は脱兎のごとく逃げ出した。もちろんスイッチを加えたままで。
「逃がすかぁ!」
僕は鎖をぶん回し、縄のように猫を見事捕まえた。
「フフフのフ。僕の執念を甘く見ないでくれたまえよ」
「ニャ、ニャア・・・」
僕の執念というべきか怨念というべきか、そんなオーラに気おされたのだろう。スイッチを置いて猫は逃げて行った。
やっと、やっと終わる。この、悪魔みたいな時間が。
長かったような、長かったようなやっぱり長かったような。
どれをとっても長い時間だった。
と、同時に焦りもある。
もし、これを押しても変わらなかったら。
もし、ただ純粋に僕が嫌われていただけだったら。
そんな思いを振り切るかのように僕は。
スイッチを、押した。
「やー、ホント大変だったよー」
はははと部室で笑っているのは僕。周りには物凄ーく落ち込んでいるミューズフューチャリングツバサさんアンドあんじゅ。なげえな。
「・・・本当にごめんなさい」
珍しくシュンとした絵里先輩その他を見れて、なんだかちょっと楽しい。
結論から言って、僕の世界は元に戻った。嫌われスイッチの効力は失われ、平和が訪れた。
「いいんですよ、悪いのはぜーんぶ班長です」
そう、だからちょっとばかし給料が上がったっていい。ちょっとばかし不自然なボーナスをもらったって全然いい。
「あれ?そういえばことりは?」
「ことりは・・・その・・・」
どうも海未の歯切れが悪い。どうやらチラチラと後ろを気にしているようだったのでひょっこりと覗き見る。
「あ・・・・・」
そこにはうずくまって顔を隠したことりがいた。
「・・・・・・うわーん!」
「え?」
なぜかことりは僕の顔を見るなり、顔を真っ赤にして泣きながら走り去っていった。
と、いうのもことりに限らず皆どうやら記憶は残っているらしく相当の罪悪感を抱いているらしい。みんな人が良いんだから。
「・・・・何をしたんですか?」
と思っていたのに、さっきまでのしおらしさは吹っ飛んで、海未の怖い顔が目前に。
「し、してない!何もしてない!僕は被害者だ!」
今回に限っては本当に僕何も悪くない!
悪くないって言ってるのに皆の表情が怖い。
結局こうなるんだよねー。はいはいいつものパターンいつものパターン。
皆にもみくちゃにされながら感じる幸せってやつもたまにはいいもんだ。なんてそんなことも珍しく思う。
・・・本当に、たまにでいいけれど。
どうも復活のルルーシュじゃなかった高宮です。
もう十一月も終わりに差し掛かってまいりました。最近はめっぽう寒くなってきて、年の瀬を感じます。
そんな年の瀬になんなんですが、次回からまた本編に話を戻していこうと思います。彼と彼女たちの物語の結末をちゃんと最後まで描ききりたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。
あ、話のネタはいつでも募集はしておりますので。本編が終わってからまたやりたいと思います。
最後に、コードギアス新アニメやったね!復活のルルーシュってこれ見るしかないやつやん!
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思春期特有のソレ
愛って何だろうか。
恋って何だろうか。
最近よく考える。と、いうわけではないのだけれどふとした瞬間に疑問が沸く。
答えなんて一度も出たことなくて、だというのに飽きもせずに考えている。
甘い恋愛漫画を読んでも、淡い青春映画を見ても、結局僕にはその真髄とやらを得ることはできなさそうで。
きっと思春期特有の意味もないものに意味を見出そうとする、それなのだろうとは思いつつ。
僕は、今日もまた考える。
恋って、
愛って、
なんなんだろうか。
と。
高校二年生。
新入生でもなく、新鮮なわけでもない。
とはいえ、最上級生というわけでもないし、勿論最下級生というわけでもない。
将来のことを考えなければならない時期ではあるものの、誰もまだ切迫感は持っていない。
一番中途半端な時期、それが高校二年生なのだろう。
中だるみで非行に走る人や、勉学が疎かになってしまう人などこの学年には多いのではないかと個人的には思う。
そんな、高校二年生になった僕はというと正に今現在。
飛行に走っていた。
飛行機に向かって、走っていた。
「はっ・・・はっ・・・あ、アブねぇー」
飛行機というのは大抵離陸時間よりも大分前にラウンジについていなければならない。
そこで自身が乗る飛行機の行き先き番号と一致する場所で待っているのだが。
僕は飛行機に乗るのは初めてではない。
が・・・二度目だ。
しかも一度目は不法入国での搭乗だったため、正規の手続きで乗るのは初めてと言ってもいいのである。
だから、しょうがないのだ。
番号を間違えて、全然違う場所で飛行機の離陸を待っていたとしてもそれはもうしょうがないのだ。
「いやー、まさか番号を間違ってるなんて思わなかったよー、雪ちゃんのドジ」
「うぐ・・・、現に間に合ってるんだからいいじゃんー」
まさか”穂乃果にドジを指摘される日がこようとは”。
そう、今僕は飛行機の中にいる。
成田空港発、福岡空港行。
隣には飛行機に乗るということでニコニコと嬉しそうな穂乃果が一人。
そして僕の二人で、今まさに東京を離れ福岡に飛ぼうとしている。
まあ、国をまたいだことのある僕らにとってみれば東京から福岡なんてさして感動することもない。
「わーみてみて!雪ちゃん!雲の中だよ!!」
・・・うん、まあ、何事も新鮮に感動できるってある意味長所だよね。
「雪ちゃん。やっぱり元気ない?」
穂乃果は心配なようで僕の顔をまっすぐに覗き見る。
「そんなことないよ」
穂乃果のまっすぐな顔に僕もまっすぐに返す。
もしも、僕がそう見えているのなら。
それは、きっと—————————————。
「じゃあテンション上げていかなきゃ!」
「うん、でも機内だから。周りの人の迷惑になるから」
なんだか海未のいつもの苦労がわかってしまう。いつもご苦労様です。
「そっか、それもそうだね」
握ったこぶしをパッと開いて、穂乃果はようやく落ち着きを取り戻したようだ。
僕も、穂乃果も、いつもの自分じゃない。
なぜなら————————。
「でも、楽しみだね。”お姉さんに会いに行く”の」
そう、なぜなら。
僕たちは今から福岡の教会に住み込みで働いている姐さんのところに行こうとしているのだから。
時は一週間ほど前に遡る。
「ふー」
「お疲れ様」
額に汗を浮かべ、ネクタイを緩める僕にあんじゅは優しくねぎらってくれる。
桜吹雪が舞う四月。
慣れていないであろう制服に身を包んだ新入生が緊張した面持ちで体育館に集まる入学式。
それが今日だった。
式自体は既に終え、体育館は閑散としている。
残っているのは片付けをしてくれる有志の皆と生徒会くらいだ。
「大変だったかしら?」
「ツバサさん」
その有志代表を、なぜかツバサさんが務めている。
「まあ、未だに慣れないですよ。人の前に立つのは」
生徒会長という立場になって、もう随分と立つ。それなりに人前に立つ機会も増えたし、最初よりは緊張というのも和らいだ気がするけど。
「ふふ、いいんじゃない?緊張しているあなたは可愛いもの」
「むぐ///」
ツバサさんは最近何かあったのか、僕をからかう回数が増えている気がする。
どうしていいかわからなくて、僕は顔を背けることしかできない。
笑顔で楽しそうに僕をからかうツバサさんを見ているとそう悪い気はしないのだが、それでも男の子のプライドというものも少しは傷ついたりして。
・・・まあ、今更な話ではあるが。
ふと、過去のことを振り返って乾いた笑いが漏れる。
「ツバサ?あっちで有志の子が呼んでるよ?」
なんてことを考えていると、ドキリとするようなあんじゅの冷えた声が聞こえた。
「・・・・・・・仕方ないわね。はーい!今行くわ!」
ツバサさんはどこか不服そうに頬を膨らませながら、呼ばれた有志の集まりに加わる。
「もったくもう、ツバサは本当にしょうがないんだから」
隣を見るとあんじゅも同じく頬を膨らませている。ふとした瞬間にどことなく似ていると感じるのはこれまでのアライズとしての年月がなせる業だろうか。
あんじゅとツバサさんは家族というわけではないけれど、それでも長く濃密な時間を過ごして友情以上の絆があるのだと最近気づいた。
そんなことを考えながら体育館を見渡せば談笑しながら片づけをするものや、現場を指示する先生も。どことなく緩やかな雰囲気に包まれている。
(ふ、二人っきりだ~~~~///)
そんな緩やかな雰囲気に似合わずにあんじゅはちょっと緊張しているようで。
「ゆ、雪君は昨日のテレビみた?」
どこにその要素があるのか僕にはわからなかったけど、あんじゅと会話を続けていた。
その時だった。
”それ”が僕のもとにやってきたのは。
「あー、海田雪ー!お前に手紙が届いてるぞー!」
体育館に先生の大きな声が木霊する。
「手紙?」
なぜ学校に?
学校に手紙が来ることなんてあるのか。珍しいこともあるもんだと、暢気に構えてはいられない。
学校に、それも僕個人に来る手紙なんて悪い予感しかしないからだ。
「それじゃ、渡したからな」
「は、はぁ」
先生から手渡しされ、僕は困惑気味に受け取った。
茶封筒に学校の住所と、宛名と送り主の名前。
「なぁに?それ」
「さあ?」
あんじゅが覗き込んでくるものの、僕だってその正体に心当たりなどない。
宛名を見ても、その名前に見覚えなどない。
とにかく、それ以上の情報を得られない以上、茶封筒を開けて中身を確認するしかない。
ビリビリと上のほうを破いて、出てきたのはやけに目立つ赤い手紙。
『カイダ ユキ殿
ソフ キトク スグカエレ』
「いや電報て!」
何時代の連絡方法だよ。この平成の時代に。
いや、それよりもなによりも。
「こ、これ・・・」
あんじゅは驚愕に目を開き、震えている。手紙の異質さも相まってなんとなく不気味ではある。
が、一番不気味なのはその内容だ。
ソフキトク、スグカエレ。
つまり、祖父が危篤なのですぐに帰れということらしい。
その内容も十分に驚くべきものなのだが、一番驚くべきものは。
「祖父って・・・誰よ?」
「ええ!?」
あんじゅが驚くのも無理はない。
僕にとって血縁関係者というのは父と、姉、の二人しか知らない。
親戚がいるのかいないのか、新年の集まりにも、お盆に帰省したことすらない僕にはそんな簡単な事実すらわからない。
ましてや祖父、おじいちゃんなんて会ったこともない。
そんなおじいちゃんが、今なぜ手紙を送ってきたのだろう。それもわざわざ学校に。
「いや、危篤だからでしょ!?」
そんな表情をあんじゅに悟られてしまったのだろう。僕なんかより焦ったような顔で突っ込まれる。
「うーん・・・まあ、そうなんだろうけど」
正直、顔も名前も、あ、いや名前はこの宛名に書いている名前なのか。は、一旦置いておくとして。
とにかく会ったこともない爺さんが危篤だといわれても、一つもピンと来ない。
思い出も、人となりも、何もかも知らないのだから。
「すぐ帰らなきゃじゃん。えっと・・・住所は、福岡?お爺さん福岡に住んでるの?」
封筒の裏にある住所を見て、あんじゅは質問する。
だけど、そんな簡単なことにも僕は答えることができない。
福岡は、こっちに戻ってくる前にいた所だ。それに、姐さんが今現在住んでいる場所でもある。
偶然かはたまた——————————————。
僕は今までさんざん失敗してきた。自慢じゃあないけど、迷惑をかけた人たちの数は両手では足りない。
そんな僕だけど、別にわざと失敗しようとしているわけでも、他人に迷惑をかけるのが好きなわけでもない。
性分だと割り切ることは簡単だけど、でもやっぱりできるのなら失敗なんてしたくない。迷惑をかけて、心配をかけるのはもうこりごりだ。
「———————————と、いうわけなんだけど」
だから、僕は皆に相談した。
学校近くのファミレスにミューズが、いや。”元・ミューズ”が勢ぞろいしている。呼んだのは僕だけど。
もう卒業した絵里先輩や、希、にこちゃんも当然集まってくれた。
上手くやるやり方も、ごまかす方法も、僕には思いつかないし、何より、それを隠し通す自信が僕にはない。
だから肉を切らせて骨を断つじゃあないけれど、皆に相談を持ち掛けた。
たとえそれで余計な心配をさせてしまうことになるかもしれないけれど、それでも。
ただ、黙っているよりよっぽどマシな筈だから。
「「「「「「「「「うーん・・・・・」」」」」」」」」
僕の話を一通り聞いたみんなはまるで鏡写しのように腕を組んで頭を悩ませ唸っている。
・・・やっぱり失敗だっただろうか。
実のところ、この選択が正しいと胸を張っては言えない。
僕が考え付く他の選択肢よりはマシというだけで、別にこの選択肢も先につながるのはバッドエンドかもしれない。
もっと考えれば、いい方法があるかもしれない。もっと僕が悩めば、皆に心配かけずに解決できるのかもしれない。
黙って行けばいいのかもしれない。
「はぁ?雪、あなた本気でそれいってるの?」
そんなことを何の気なしに、ポロッと口をついたのがどうやら火に油を注いでしまったらしい。
真姫ちゃんの本当に怖い顔を見てそう悟った。
「はぁ・・・少しは成長したと感心していたのですがね」
「え?え?」
「人なんてそうそう変わらないってことでしょ?」
海未とにこちゃんまで呆れたような表情で僕を見る。
「雪は私達の気持ちをこれっぽっちもわからないのね、私たちはあなたのことこんなにもわかってあげられるっていうのに」
「え、絵里先輩まで」
どういうことか、まったくわからない僕はみんなを困惑しながら見るしかない。
「どうやらみーんな、同じ気持ちやんな」
「なに?どういうこと?教えてよ」
みんなが僕をいじめる。どうやら教えてくれる気がないようで、自分で考えろと言っているらしい。
「・・・・・降参。わからない、教えてよ」
しばらく考えてみても、一向にその欠片すら掴めない。
だから両手を挙げて降参したんだけど。
「雪ちゃんはダメダメだにゃー」
「本当に雪君ってば頭悪いよね」
ダブルで馬鹿にされた。ことりと凛の両隣から言葉のダブルパンチをもらった。結構痛いんだよ?これ?
「えー、じゃあヒント!ヒント頂戴!」
いつの間にか、当てよう!皆の気持ち!のコーナーと化していたが止める者は誰もいない。
「あのね雪君、人の気持ちがわからないときは相手の立場になって考えるんだよ?」
優しく諭されてしまった。花陽にまるで幼稚園を相対しているかのように優しく諭されてしまった。
なんとなく自己嫌悪。
ともかく、花陽の言うことはごもっともなので、僕は素直に相手の立場になって考えようとした。
目を閉じて、想像する。
相手の立場、つまり僕がみんなに似たような相談をされたシチュエーションを。
似たような相談・・・・似たような・・・えーっと・・・。
カチコチと頭の中を妄想するため改変する。
よし。
例えば穂乃果たちが緊急の用事でどこか遠くに行ってしまうという相談をされたとしよう。
そして、穂乃果たちが自信なさげに「やっぱり黙って行けばよかったかなぁ」なんてことを言ったとしよう。
「うん。腹立つな」
何に腹が立つって相談を持ち掛けておいて、やっぱ黙って行けばいいかな。なんて自分勝手なことを言っていることが何よりも腹が立つ。
————————ああ、そうか。
それと全く同じ気持ちだと言いたいんだなみんなは。それと全く同じことを今まさに僕はやったんだ。
言った瞬間は気付かなかったけれど、こうして諭されてようやく気付くあたり、やっぱり馬鹿かもしれないと思った。
他人に言われるのはちょっとばかし腹が立つけれど。
「ようやく分かりましたか?」
まったくしょうがないなヤレヤレとでもいうかのようにかぶりを振る海未に僕は「ごめん」と謝った。
みんなの気持ちはわかっていたはずだったけれど、やっぱりそれは、分かったような気になっていただけだった。
きっと、その繰り返しなんだろうな。と、僕は僕を顧みる。
わからなくって、理解した気になって、間違えて、一つを知って。
でもきっと、全部はわからない。
どれだけ知りたくても、努力をしても、きっと全を知ることはないのだろう。
「じゃあ、じゃあどうしたらいい?」
全を知ることはできない。永遠にわかったふりを続けるのみで。
「それを、みんなで考えるんでしょう?」
それでも。
それでも、きっと一を知ることはできる。積み重ねることはできるんだ。
絵里先輩のそう言った優しい顔を、僕はきっといつまでも憶えているのだと思う。
「とは言っても、うちらに出来ることは話聞いてあげることくらいしかできんしなあ」
「それだって、満足にはできないわよ。なんてったってにこたち”大学生”ですから」
にこちゃんは最近やたら大学生を押してくる。そこにどんな意図があるのかはわからないけど、なんかランドセルを自慢する小学生みたいだ。
それはさておき、希の言う通りではある。
相談した本人がいうのはどうかとは思うが、ぶっちゃけ皆にしてもらうことってのはたぶんない。
「こればっかりは雪君がどうしたいかってことだけだしね」
ことりの言う通りこれは僕の問題で、僕が解決しなきゃいけないし、僕しか解決はできないのだ。
じゃあなんで相談したかというと、皆に黙っているのはいけないという妙な支配感からだったのだが。
「雪ちゃんはどうしたいんだにゃー?」
凛はドリンクバーから自分でアレンジしたオリジナルミックスジュースを吸いながら僕に問いかける。
あ、苦い顔してる。あんまり美味しくなかったのかな。
「僕は・・・」
どうしたいんだろうか。
もちろん、ずっと考えていた。もはや週休二日制で悩んでいる気がする。毎日何かの悩みに追われている気がする。そろそろ時給とか発生してもいいレベルで。
でもやっぱりどこか他人事のようで、真剣には考えられなかった気がする。
だからこそ皆に相談しようと思えた余裕があって、だからこそ、答えは出ない。
自分のことのはずなのに、今までとなにも違うことなんてないはずなのに。
今までと同じような真剣さが僕は持てなかった。
「じゃあ行こうよ!お爺さんのとこ!」
そんな僕の心の機微を読んだのか、それともやっぱりいつもの衝動なのか。
「穂乃果、またあなたはそんな簡単に」
「えー?簡単だよ?会いたいから会う。それでいいじゃん!家族なんだから」
家族だからと、穂乃果は言った。
けど、本当に僕と手紙の主のお爺さんは家族なんだろうか。
勿論、血はつながっているのだろう。わざわざこんな手の込んだイタズラってこともないだろう。
だとしても、会ったことも、喋ったことすらないその人と、果たして家族といえるのだろうか。
「そうだね、会いに行こうか。一緒に」
「ゆ、雪君!?」
僕の一言に、ことりは焦ったような表情であわあわしている。
「ゆ、雪がこんなに早く結論を出すなんて・・・・!」
見れば、絵里先輩も同じく驚愕に瞳を染めている。そんなに僕が素直なのは珍しいのか。
別に、それを成長とは呼ばないのだろうけど。
それでも、たまにはいいと思ったんだ。
あれこれ考えずに、考えなしに行動するというのも。
「やったぁ!決まりだね!早速準備しなきゃ!」
そう、まるで穂乃果のように。
————————————————と、いうような経緯で僕は今、上空一万メートルを超えているところである。
「ね、お爺さんってどんな人?」
「さあ、会ったことないからなあ」
お爺さんに会いに行くにあたり、ついでというかちょうどいいというか、姐さんにも会うことにした。
一度こっちにこいとは言われていたので、それは二つ返事でOKをもらったんだけど。
やっぱり姐さんはお爺さんについての情報はくれなかった「どうせ会うでしょ」と、必要以上に教えてはくれない。
まあ、それもこれも、あとほんの数時間でわかることではあるのだが。
そう、彼方まで続いている雲の上の青い青い空を見ながら思った。
「フフフ・・・・」
同じ機内にいた人物には、気づかずに。
どうも皆さんマシュうううううう!!高宮です。
FGOいい最後でしたね。あの、最後にマシュが盾を言論に持ち替えてダンガンロンパしていくところは涙なしでは見れませんでした。
いや、そんなゲームじゃねえよFGO。
すいません、いつの間にかダンガンロンパの話になってました。V3の話になってました。
ああはいはい、例によってまだクリアできてませんよ。ゲーティアに心おられてますよ。
あ、本編と関係ねえや。いつものことですが。
ということで、2016年最後の投稿です。皆さんこの一年はいかような一年だったでしょうか。
できればいい一年だったと晴れやかな気持ちで年を越してほしいと思います。
僕?僕は・・・ほら・・・センターあるんで。
終わればまた作戦をガンガン投稿しようぜ!に変更していくんで、よろしくお願いします。
詳しくは久しぶりに使う、最早この機能いらねえんじゃねえかと思い始めた活動報告にて。
年明けから新作投稿もやる予定ですんでそっちも詳しくは活動報告で。どうぞよしなに。
それでは皆さん。よいお年を!
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現実感のないアレ
「ここかー」
飛行機に乗って約一時間半。幸いにも事故等はなく、無事に福岡の地に降り立った僕と穂乃果の二人はガラガラとキャリーバッグを引っ張りながらとりあえず地下鉄に乗って姐さんがいる教会へと来ていた。
比較的大きい、のかな?別段信心深いというわけでもない僕は勿論、隣にいる穂乃果も教会なんて行った経験などなく。
当然、その規模なんて知る由もない。
なんとなく勝手なイメージとして、原っぱが一面に生い茂る気高い丘にポツリと十字架を掲げた建物が建っているようなものかと思っていたが。
どうやら現実はそう雰囲気あるものでもないようで、僕らがいるのはただの住宅街で、あまり人通りというものは多くはない。
外見だって、かろうじて建物の上に十字架がくっついているだけで、それがなければここが何の建物かすらわからないだろう。
「ねえねえ、雪ちゃん。見てみて!」
と、周りの様子を伺いつつ心の準備をしていると、いつのまにやら隣にいたはずの穂乃果は教会のものであろう花壇へと顔を近づけていた。
そこには季節感や統一感などまるで無視したような、赤、青、黄色と色とりどりの花が咲いている。
なんとなく、姐さんが植えたのだろうかと頭をよぎった。
不器用で、喧嘩ばっかりで、暗く、沈んだ瞳。
中学生までの姐さんのイメージだ。花を愛でるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないそんなイメージとこの前、と言ってももう何か月も前だけど、会った時のイメージはだいぶ違っていた。
今回も、またイメージは違っているのだろうか。
それとも、前のままなのか。
「行こうか。穂乃果」
それを確かめるため、なんてそんな大それたものじゃないけど。
でも、会いに行こう。ただ、会いに行こう。
そう、ただの家族に。
僕は両手を、静かに教会の扉にかけて。グッと、少しの力と勇気を出して。
教会に足を踏み入れた。
「いやー、びっくりしたねー。まさかまだお姉さん帰ってきてなかったとは」
結論だけ言って、姐さんにはまだ会えていない。
ぐったりと教会の椅子に腰かけている僕に、穂乃果は優しく声をかけてくれる。
そう、姐さんはどうやらどこかに出かけているらしくて、神父さんにここで待っていればいいという申し出を受けたのが今のこの現状だ。
まったくもって僕は依然として間が悪い。
ここで一つ懺悔でもすればそれも少しは改善されるのだろうか。
若干本気で考えかけた頭を振って、穂乃果の声に耳を傾ける。
「優しそうな人だったね神父さん」
「・・・ん」
中は思ったよりも広く、横に長く広がった椅子は木目調で、窓は色がついたガラスやラッパを持った天使など、なるほど確かに教会だ。
そんななかで、カトリックの制服に身を包んだ顎髭を蓄えたおじさん。神父さんは僕らのことを聞いていたらしく歓迎してくれた。
「緊張してる?」
「・・・・ん」
穂乃果に項垂れている顔をひょっこりと覗かれて、なんだか恥ずかしくって顔をそらす。
「そっかー、”あれ”以来だもんねー」
あれ、姐さんがひょっこりと東京に来てそんでもって色々と僕が恥かしい思いをしたあれだ。
できることならもう忘れてしまいたいのに、そう思うほど鮮明に記憶はよみがえってきて、なんか、こう、死にたくなる。
「あ、あれ。なんか、始まるみたいだよほら!」
気を紛らわさないと、まだ姐さんに会えてすらいないのにその段階でこれじゃあ先が思いやられるというものだ。
「あ、本当だ」
僕が指をさした先には、まっ白な無垢な服装に身を包んだ子供たちが何人だろうか、ざっと一クラス分くらいだろうか。結構いる。
この少子化の時代に、こんな教会にこれほどの子供たちが集まっているなんて案外少子化というのもそう深刻ではないのかもしれない。
神父を先頭に、子供たちは壇上に上がっている。
横並びに三列ほどの列を作り、どうやら歌を歌うらしい。讃美歌?詳しくないのでよくわからないが、神父のオルガンの音色と子供たちの清らかで澄んだ歌声に不思議と聞き入っていた。
ちらと、横を見ると穂乃果も同じで目を閉じて歌を聴いている。
周りには僕らのように若い人はおらず、子供たちのお母さんと思しき人たちと、おばあさんやおじいさんばかり。
・・・どうも、キョロキョロしてしまう。
ここで姐さんはいつも日常を過ごしているのかと思うと、気になって仕方がない。
「どうです?あなた方もご一緒に」
いつの間にか、一曲終わっていた。
神父さんがこちらに近づき、僕らにそう提案する。
「い、いえ。僕は」「はいはい!私やります!」
穂乃果は待ってましたと言わんばかりに、元気よく手を挙げて体をぴょこぴょこと跳ねさせる。
「ちょっと穂乃果」
子供たちに混ざって歌うなんて明らかに悪目立ちするであろうその行為を、素直な瞳でやりたいと言うそんな彼女を静止させようと、僕があたふたしていると。
「大丈夫ですよ。主の前では、人はみな平等です。なんて、少し神父らしいことを言ってしまいましたね」
微笑むように笑う、優しい笑顔。その神父さんに僕はそれ以上何も言えずに子供たちに混ざる穂乃果を遠巻きに見つめていた。
最初は戸惑っていた子供たちも、すぐに穂乃果の明るさに引き込まれ打ち解けて。
すっかりなじんだ様子で、今は一緒に歌を歌っている。
「・・・すごいなぁ」
なんて他人事のように呟く声に、帰ってくるものは当然何もない。
いつでもどこでも誰とだって、穂乃果は穂乃果であり続ける。彼女を見ているとそれがとても容易いことのように思えてくるけれど、実際にはそんなことないといろんな場面で実感するんだ。
澄んだ歌声に、聞きなれたものが一つ加わって。けどそれは不協和音では決してなく。
上手く馴染んで浸透して、もうそこの一部でありながら、それでも自分というものを見失わない。
————————————思えば高坂穂乃果とはそういう女の子だった。
「・・・・なんでそうなった?」
「さあ?」
いつの間にか、姐さんがいた。
僕の後ろで、呆れたように頭を搔きながら佇む姐さんがいた。
「いつ来たんだ?」
「えっと、さっき」
僕は後ろを振り向かずに、姐さんの質問に答える。
どうしゃべっていいのか、何を話せばいいのか。ここに来る間ずっと考えていた。空港で今度は会いに行くなんて言っておきながら、いざそうなると足がすくんで一歩が出ない。
「そうか、・・・ん」
姐さんは僕の言葉に僅かばかりに答えると、手に持っていた荷物をこちらによこす。
「なにこれ?」
「・・・クロワッサン」
はあ。
なんとも気の抜けた返事をしてしまった。中身を見ると、いや、見るまでもなく確かに周囲には美味しそうなクロワッサンの匂いがする。
暖かいその温度を感じるに、どうやら焼きたてらしい。
そういえば、空港にもこれと同じクロワッサンがお土産として売られていた気がする。ロゴが一緒だ。美味しそうだと思ったからよく覚えている。
ん?姐さんも空港にいたということだろうか。それとも同じ会社の別店舗?
「なんであいつ連れてきたんだ?」
なんてことを考えていると姐さんから質問が飛んでくる。さっきから質問ばかりだ。きっと、姐さんも僕と同じようにわからないんだ。どう接していいか。
中学のような関係のままだったらこんな気まずい思いはしなくてよかった。お互いがお互いを都合よく利用して、寂しさを埋める人形のような役割だったから。
でも、そんな関係はもう辞めだ。まっとうではないかもしれない、だけど、少なくとも、以前よりはましになりたいと。
そう願うから。
「一人だったら、どうしていいかわからないから。穂乃果は、道を示してくれるんだ」
答えに、ちゃんとなっているだろうか。
二人で行こうといったのも、ただ単純に一人じゃ行けなかったからに過ぎない。
穂乃果と行こうといったのも、穂乃果なら僕と姐さんの間を取り持ってくれるかもしれないという変な期待だ。
まったくもってはた迷惑だと思う。
穂乃果はそんな僕の願いに、気づいているのかいないのか。理由は聞いてこなかったけど。
「ふーん」
なんだかちょっと不機嫌な姐さんに僕は目を合わせようともしない、それ以上会話も広がらない。
僕と彼女の間に流れているのは讃美歌だけで。
相変わらず気まずいけれど、そこを立ち去ろうとも、僕はなぜか思えなかった——————。
「ほのかちゃん!つぎ!つぎこれ!」「ちょ!つぎわたしだよ!?」「これ!みて!これ!」
穂乃果、大人気である。
教会の裏庭には、滑り台やら砂場などといった、小っちゃいながらもちょっとした遊具があって、そこで子供たちに囲まれている。
ううむ。流石はμ´sといったところだろうか。
こんな所でアイドル性を発揮している彼女を見ながら、隣の姐さんはため息を零しながら「おら!お姉ちゃん困ってるだろ!ちゃんと順番守れ!」と叱りながらその雑多な空間に混ざっていく。
僕はそんな姐さんを鳩が豆鉄砲を食ったように見ていた。
だって、僕の中にある姐さん像といえばとがったナイフのように鋭利でとてもじゃないが子供と戯れているところなんて想像できない。ミスマッチにも程がある。
拳銃とお花畑という単語くらいにはミスマッチだ。
だがしかし、目の前の姐さんはそんな僕の予想を大きく裏切って、子供たちと戯れている。
カンチョーされそうになるところを鬼のような瞳で牽制していたり、突進してくる子供を投げ飛ばしたり、投げ飛ばしたり、投げ飛ばしたり—————————————。
・・・一体何をやっているのだろう。
なぜか姐さんの前には投げ飛ばされるのを今か今かと待ちわびている子供たちが列を成していた。
子供たちは誰もが満面の笑みを咲かしている。
「はぁ、はぁ。やー、人気者だね。お姉さん」
子供たちと遊んでいたせいか息を乱した穂乃果が隣にやってきて口を開く。
そう、穂乃果の言う通り人気者だ。
まったくもって似合わない、と言ったら変だろうか。
でもあまりにイメージがなくて、それは不意打ちのように僕の心の水面を揺らす。
中学のころとは違う。そんなのとっくに知っていたけれど、頭で理解しているだけなのと、やっぱりこうして直で見るのとは全然違った。
「ほんと、助かってるのよ。たまにここで子供たちの面倒見てくれるから」
「ねー、おかげでゆっくり買い物できるわー」
いつの間にか、近くにいた三人ほどのお母さんたちが傍で談笑していた。
ここでも穂乃果はするりと三人の会話に混ざっている。
その会話の断片から漏れてくるのはどれも高評価で。
・・・本当は喜ぶところなんだろう。
肉親が、たった一人の肉親が遠い地で一人、頑張っている結果を見ているのだから。
だけど、僕の心から溢れてくるのは戸惑いばかりで。
そんな自分が、また一つ嫌になる。
「ほのかちゃん!」「あそぼ!あそぼ!」
「はいはーい!呼ばれちゃった」
あははと、快活に笑う彼女はそのまま再度子供たちの輪へと加わる。
本当に人気だ。将来はそっち系の職業に進んだほうがいいじゃないかと思うほどに。
僕は考えれば考えるほど、ドツボにハマるタイプだということは過去の経験から嫌というほど味わっている。
馬鹿じゃないんだ。そう何度も囚われてたまるか。
僕は考えることを放棄してそのまま、ぼーっと辺りを見回した。
反抗する方法がこんなもんしかないのはなんとなく情けないが。
するとふと、ある一点で視界は止まる。
小学校低学年くらいだろうか、きっとこころちゃんと同い年くらいなその少女。
ここが仮に道端なら、知らない少女に声をかけている僕はきっと通報されているだろう。
「君は、みんなとは遊ばないの?」
そんな笑えない想像をしながら、僕は少女に声をかけた。
別に幼女趣味というわけではなく、単に、その子が子供たちの輪から一人だけ外れていたからである。
言わなくてもわかるとは思うけどね!一応ね!
「・・・・・・・」
とはいえ、少女のほうからすれば知らない男から声をかけられたことに変わりはなく少女は僕の問いに答えはしない。
怯えているという風ではなく、なんて答えたらいいかわからないような、そんな顔で。
「あっ」
少女は一人、教会のほうへと走って行ってしまった。
子供は苦手だ。何を考えているのかよくわからないし、変な遊びには付き合わされるし、どう対応していいかわからない。
だから、僕は特に追いかけようとは思わなかったけどなんだかその子のことはちょっとばかし心に残った。
「どんだけ遊んでたのさ」
「いやー、子供ってすごい体力だよねー。私、体力落ちたかな?」
辺りはもうすっかり夕方で。
お昼過ぎからずっと穂乃果は子供たちの相手をしていた。
もう汗びっしょりで腕をまくり、神父さんにもらった団扇を仰いでいる。
今は、教会の二階にある部屋、教会なのになぜか畳張りの和室で休息中といったろころだ。
和室のほかにもキッチンや台所といったように、どうやらここで生活できるような設備は整っているらしい。
まあ、ここじゃなきゃ一体どこで姐さんは生活しているのかという話にはなるのだが。
「ほらよ」
「わ、ありがとうございます」
姐さんはキッチンから急須を持ってきて、僕たちにお茶を注いでくれる。
穂乃果は子供とはすぐ打ち解けたくせに、姐さんには緊張しているようで、襖から現れた瞬間にぐだっていた姿勢を直していた。
ま、姐さん顔怖いしね。
「なんだよ」
そんな僕の心の声が聞こえたわけではあるまいが、姐さんは大きく鋭い瞳で僕をひとにらみ。
「いや、お茶とか入れられるんだなと思って」
そんな姐さんに僕はそっぽを向きながら本心をあるがままに伝える。
「馬鹿にしてんのか」
相変わらず鋭いままの瞳を受け流しながら僕はお茶をひとすすり。
「で、爺さんのとこに行くんだろ?」
先に本題を切り出してきたのは、姐さんのほうだった。
ああ、そうだ。忘れていたけど、ここに来たのはそれが目的だった。
危篤だというのに随分と悠長だけれど。
「お姉さんは」「あ!?」「ヒェッ」
お姉さんと、穂乃果が口にした瞬間、分かりやすく姐さんの態度は硬化した。
恐ろしいほどドスのきいた低い声に穂乃果は涙目でビビりまくっている。
僕はお茶をずずっとひとすすりしながら、「ああ。なんか懐かしいなー」なんて感じていた。こんなんに郷愁を覚えるって僕の過去は一体どうなっているんだ。
できることならやり直したい、一から全部。
そしたら、もっと上手くやるのに。
「えっと、千早さんはお爺さんのこと何か心当たりとか・・・」
伺うように上目遣いで尋ねる穂乃果。どうやらよっぽど怖かったらしい。
まあでもその質問は的を得ている。
僕のお爺さんであるならば、姐さんのお爺さんでもなければおかしいではないか。
そんなことに僕は穂乃果の質問で気づいた。遅いなと、自分でも思う。
「あー。さあ?連絡なんてもうここ何年取ってないしな」
その言葉からなんとなく姐さんの過去を想像する。
お爺さんと姐さんの住んでいる地域が一致していること、けれど、一緒には住んではいないこと。そして姐さんの性格。荒れた中学。
関係が良好とはいかないらしい。
「ま、とりあえず行けばわかんだろ。危篤ってんならさ」
そう言って彼女は立ち上がった。
僕のお爺さん。まったくもって想像できないしその言葉に違和感以外の何物をも生まないけれど。
まあそれもこれもあれも全部。
会えばわかることだ。
その前におっちんでなければいいなー。
と、まったく他人事のように僕は思った。
同時に会えばこの他人事のような感覚もなくなるのかな。とも。
そして感動の対面は案外あっけなく来る。
「もっと遠いところだと思ってた」
「何にがっかりしてんだよ」
バスで二駅。きっとあの教会から歩いてこれるような距離に、お爺さんの家はあった。
「・・・・うえー」
「なんで疲れてんの?」
「誰のせいだと思ってんのさ!誰の!」
おお、なんかぷんすかと怒っている。
多分だけど、バスの席のことだろう。姐さんと僕は一番後ろの両窓際に座った。別段隣というわけではなく、その距離は空いている。
ちらと僕らの間に視線を彷徨わせてどちらに座るか悩んだ挙句、結局真ん中に座っていた穂乃果はそのことで気を揉んだのかもしれない。
悪いことしたなー、とは思うけど普段振り回されてるからこれくらいチャラだろう。
穂乃果から目を離し、ようやくお爺さん(の家)と対面。
周りは田んぼばっかりでさっきの住宅街でも思ったがここら辺は大分田舎らしい。
大きな塀に囲まれて、大きな門が鎮座ましましているそのお屋敷は、その中でだいぶ目立っていた。
なんとなく既視感がある。と、ここで思い出したけどそういえば一度実家というものに来た気がした。
それは父が最後になけなしの勇気を振り絞って助けを求めた実家。
勘当されていた父は、結局門前払いをくらってさらにヤケがヒートアップしたのだが。
まああそこ受け入れられていたとしてもロクデナシは治らなかっただろうけど。
「ああ、そりゃアタシのせいだな」
そんなことをなんとなしにポロッと漏らしたら、姐さんが意外なことを口にした。
「その頃アタシここに住んでたから、爺さんと婆さんが会わせなかったんだろう」
「・・・・ふーん」
ここで驚愕の新事実!なんとこの家にはお婆さんもいるらしい!
・・・言葉の明るさとは裏腹に僕の心は影を落としている。
ほんと、なーんにも知らないんだなー、僕は。
乾いた笑いすら出てこないそんな中で。
門の前に、知っている人が一人。
なまじ薄いつながりの家族よりも知っている人。決してここにいるはずのない人。
「・・・ツバサさん?」
うずくまって丸まっているその人は、紛れもなくツバサさんで。
「ふえ?雪?・・・雪!」
顔を上げたその顔は、心細さと儚さをごちゃ混ぜにしたような顔で今にも決壊しそうなダムのように泣きだしそうだ。
僕を認識したとたん、勢いよく走って突撃されたけど僕は運よく倒れこまずに済んだ。
「雪!雪!よかったぁ!ちゃんと会えた!」
ええーっと。
どうやらよっぽど心細かったのか、もの凄く頬ずりをされている。強く抱きしめられている格好で。
「あわわわ。おね、千早さん!落ち着いて!」
あんたは剣豪かと言いたくなるほどに殺気をビュンビュンと飛ばしてくる姐さんを宥めている穂乃果。
うーん。これはややこしくなってきたなあ。
どうやら今回の僕はどうにも他人事が抜けないらしい。イマイチ緊張感にかける。
まあでもとりあえず他人事のように話を聞こうか。
なんで、ツバサさんがこんなところにいるのかって話をさ。
どうも新年あけましておめでとうございます。2017年Ver高宮です。
どうせ新年あけたっつってもまったくもって実感はわかないのですが、2017年てそれマジ?
全然しっくりこない。2016年だってなんだかしっくりこないうちに終わったっていうのに。
このままじゃあっという間にすぐに死ぬティファールですね。
とりあえず今年の目標は作戦を「時間大事に」から「ガンガン投稿しようぜ」に変更していくんで。何卒宜しくお願い致します。
それではまた次回で。
あ、ちゃんと新作のやつの活動報告も更新します。
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寡黙なソイツ
「で?なーんでツバサさんがこんなところに?」
僕は安心から泣きじゃくっていた状態から回復したツバサさんに問いかける。
ここが東京の郊外だというのならまだわかる。だが、現実ここは飛行機を一時間弱飛ばしてようやくたどり着く福岡だ。
まさか、自家用ジェット機なるお金持ちの証明のようなものでここに・・・!?
「ないない、流石にないわよ」
「そう言って前はリムジンとか使ってましたよね?」
「うぐ、あ、あれは。ちょっとカッコつけたかったというか・・・普段から使ってるわけじゃないわよ?」
ばつが悪そうに下を向くツバサさん。だがそんなしおらしい態度をとってもダメなものはダメだ。
「・・・・・・」
無言の圧をかけ続け、ようやく折れてくれたツバサさんは深いため息と少しの恥じらいをもって教えてくれた。
「最初はちょっとした興味本位だったんです。なのにドンドン自分でも歯止めが利かなくなっていって、気づいたら後をつけてこんなところにまで」
「いやそんな万引きGメンに捕まった主婦みたいな言い訳されても」
ていうかちょっと待って、後をつけるって誰が?誰を?
「んー?さあ、誰でしょうか!?っていふぁいいふぁいいふぁい」
ちょっとムカツク返しをされたのでこちらもついつい手が出てしまったが。
はぁ、まったくツバサさんの考えることは時々理解が追い付かなくなる。
「で?なんでここに?」
僕は同じ質問を再度する。勿論聞いていなかったわけではなく、タイムリープしてるわけでもない。
後をつけていたというのなら、少なくとも教会辺りで出くわしてもいいだろうに、なぜこんな田舎のお爺さんの家の前で待っていたのか。
それが疑問だった。
「ああ、それは後をつけてたら迷子になって、ほら雪宛てに来てた手紙の住所を思い出してとりあえずここで待ってれば会えるかなって」
実際会えたしね。もしかしなくても私天才じゃないかしら?
フフフ、とドヤッた笑みを携えているツバサさんだがその記憶力やらなんやらをもっと有効活用したほうがいい気がする。世の中のために。絶対。
うーん、なんだろこの複雑な気持ち。
お爺さんに会いにいくという僕の人生の中でトップ3に入るくらいは重要なイベントのはずなんだけど。
ちら、と僕の周りを見やる。
僕が連れてきた穂乃果はツバサさんの言葉をポカンと聞いているだけで、面食らっているらしい。そりゃそうだよね。僕もこんな状況じゃなきゃそのリアクションだわ。
姐さんは、姐さんは・・・・まじかこいつって顔だ。うん、正しい。一般的常識観点から言って100%正しい。
「あー、とりあえず中に入りましょうか」
全然覚悟も決意もなにもかもをすっ飛ばして僕はなんの重みもなくその一歩を踏み出すことになった。
ツバサさんと穂乃果を両脇に抱えたまま。不安という名の鎖につながれて。
「ごめんください」
大きな大きな門構えが立派すぎてもう何も言えない。ちらりとのぞく庭はなんか白い砂利が敷き詰められていて、いかにもこだわっていそうな松の木や盆栽の数々。
和風のお屋敷は海未の家にも負けず劣らず、いや大きさでいえばこちらのほうが大きいのではないだろうか。
そんな大きな家のインターホンは普通なのだが、押しても押しても反応がない。
「ったく、こんなんはズカズカ入っていけばいいんだよ」
「ああ、姐さん!!」
姐さんは苛立ちを隠さないままに文字通りズカズカと勝手に入っていってしまう。
ああもう、いいのかな、こういうの不法侵入で訴えられたりしないかな。
手錠経験者としてはもうあんなのは二度とごめんなのだが。
そんな僕の気持ちとは裏腹に姐さんは勝手知ったるように先に行ってしまう。
「まあでもほら、千早さん前は住んでたって言ってたし、大丈夫だよ」
「ねえ雪、さっきから気になってたんだけど。あの人あなたのお姉さんなの?」
えっと、一遍に喋りかけられても答えられないから。
でもまあ穂乃果の言うことも、もっともで。前に住んでいたというのならそれはもう実家と呼んでも差支えはない。と、思う。
普通はね。
ここでの問題は、果たして姐さんがここを実家と思っているのかどうかで、さらに問題は向こうが姐さんをどう思っているかということだ。
・・・ああ、また僕の悪い癖だ。一歩先に進めば答えは転がっているのに、それをせずに立ち止まって考え込んでしまう。
今回はそれをやめようと思ってここに来たはずなのに。
「とりあえず、行こうか?」
もう一度、僕は思考を捨てて一歩を踏み出す。きっとこれがいい方向に転がると信じて。
とりあえず家の中には入れた僕たちは姐さんを先頭になんの迎えもないままに居間へと勝手に侵入していた。
大丈夫なんだろうかと、若干不安が増大した矢先に。
「なにものじゃっ!!」
鋭く鈍い怒号が一喝。お爺ちゃんを思わせるような年季の入った声だった。
廊下の先から聞こえたと思ったら、すぐに襖が開けられる。
しわくちゃな肌と寂しい頭頂部。着ている甚平から覗く手足は細く所々に生えている毛は軒並み雪のように真っ白で。
ああ、なんとなく似ている気がする。
あの父親が年を取ればこんな感じだろうかと柄にもなくそんなことを思った。
「・・・あの、ごめんなさい」
「—————————————!!」
僕の言葉など届いてはいないだろう。それほど衝撃を受けた人の顔をしていた。目を大きく見開いて、僕の顔を一点に見つめる。
「おいこらじじい。テメエ、生きてんじゃねえかよ」
「・・・・ふん。お前さんか」
姐さんに対しては大した感傷もないようで、帰ってくるのはそっけない返事のみだ。視線を一瞥することすらない。
「何の用だ。勝手にぞろぞろ入ってきおって」
どうやら歓迎されているわけではないらしい。お爺さんの言葉からはとげとげしい切っ先が向けられている。
「チッ。てめえが呼んだんだろが」
対する姐さんの言葉にもとげとげしい切っ先が。あ、こっちはいつもか。
お爺さんは僕たちのことを一瞥すると、廊下を歩いて行ってしまう。どうやらついてこいということだろうか。
それとも、単に拒絶されただけか。
とにもかくにも、どうやら僕のお爺さんは危篤というほど危険な状態ではないらしい。
「え、えっと。あれが、雪のお爺さん?」
戸惑っているのは僕だけではなくて、ツバサさんも穂乃果も大体似たような反応だった。
うーん、父親といい先ほどのお爺さんといい。どうやら僕の家系はまともな人間がいないらしい。いやまあ、僕だって人のことは言えないんですけど。
でも僕の”コレ”も家系のせい、血のせいって考えると少しは楽になる気がする。
ん?これがすでにダメな考え方なのかな?
「とりあえず、ついてこいってこと?」
穂乃果の戸惑った声に姐さんが渋々といった感じで答える。
「・・・じゃねえの?ったく、いつも言葉が足りねえんだあの偏屈ジジイ」
「ていうか、早くいかないともう行ってしまうんじゃないですか?」
ツバサさんの言葉に全員の顔色がサッと沈む。
「チッ」
姐さんの舌打ちと共に、勢い良く襖を開ける。もし見失ったらこの広い家だ。もう一度探すのは骨が折れる。
と、思っていたのだが。
「いるじゃねえか」
お爺さんはどうやら待っていてくれたらしく、廊下の先で立ち止まってこちらを一瞥していた。
と、思ったら今度はスタスタとこちらを見ることもなく歩いていく。
「なんか、素直じゃないのね。雪に似てる」
ちょっと、それは聞き捨てならない。僕はあそこまでめんどくさくない。・・・・よね?
そんなことを話しながら、僕らはそのお爺さんについていった。
廊下を曲がってまた襖を開けるとそこは一段と広い部屋で畳何畳分あるんだっていうくらい広い部屋。
真ん中にポツンと置かれた長い木製の焦げ茶色のテーブルが逆に寂しい。
「あら、ごめんなさいね。インターホンまで行こうとしたのだけれど、間に合わなかったみたい」
そこにはお爺さんの隣にお茶を運んできたおばあさんがいた。
こちらも同じように皺くちゃな肌、真っ白い髪の毛。薄いまつげ。品性を感じさせる声。
すべてに年齢を感じさせる。歩いてきた人生を、鑑みてしまう。
目の切っ先がとがっているお爺さんとは裏腹に、おばあさんは丸っこくて優しそうな雰囲気を持った人だった。
この人たちが、僕のお爺さんとおばあさん。
ここに来るまでの間。どんな人なのだろうと色々想像していた。
元気なお爺ちゃん。優しいお爺ちゃん。弱ったお爺ちゃん。ボケてしまったお爺ちゃん。
でも、その想像のどれも現実のそれとは違っていて。
無口で偏屈な頑固なお爺さん。
おばあさんは、まだ良くわからない。
そもそも、僕がなぜ会いに来たのかすら自分の中で定まっていないのに。これからどうしよう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
((き、気まずっっっっ!!))
ああまた、考え込んでしまった。おかげで両隣の二人が本当に苦しい表情をしている。
僕はおろか、姐さんもお爺さんもおばあさんも誰一人として喋らない。
喋ろうとしない。
僕と父親のように、きっと姐さんとこの人たちの間にも色々あったのだろう。家にもう何年も帰っていないと言っていたからきっと会うのは久しぶりのはずだ。
その色々を僕は知りもしないのだけれど。
「ちょっと、何か話しなさいよ・・・・!」
「そうだよ雪ちゃん。空気が重すぎるよ・・・!」
「えーっと」
二人の必至な抗議を受けるもそれに答えられるとは思えない。
そもそも人見知りなのに、こんな状況で場を回せるほどのコミュ力なんて持っていない。
そりゃ、知り合いならちゃんと話せるだろうが目の前にいる人たちは祖父祖母とはいえ初めて会うのだ。
何を会話していいのかなんてわかるわけない。
「で、なんで危篤だなんて嘘ついたんだよ」
そう思っていた僕の心を気遣ってくれた、わけではきっとないのだろうが。
重い重い空気を吹き飛ばすように姐さんは口を開いた。
「・・・・・お前に話すことはない」
が、そんな唯一の突破口もお爺さんによってしっかりと閉ざされてしまう。
重い空気に険悪なムードが混じってもうおどろおどろしい。
「ああ、そうかよ。じゃアタシは席外しとくから。おい、行くぞお前ら」
「え?私たちもですか?」
「たりめーだろ」
え?ちょっと待って!一人にする気!?
口に出して言うことはできないため、そう目で訴える。
「あとは、お前の問題だろ」
訴えたのに、言葉で一刀両断。正論も正論で、何も言い返せなかった。
結局、一人。浅はかな僕の期待など綺麗さっぱり拭き取られたってわけだ。
本当に姐さんは二人を連れて、部屋を出て行ってしまった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
残るのは沈黙だけで。先ほどのより一人で背負わなければならないぶん、なお重い。
「えっと、危篤っていうのは?」
ようやく、縫い合わさったように開かなかった口が開いてくれた。
ただ一言しゃべるだけなのに、口の中が異様に乾く。唇はパサついて変な汗が額に浮かぶ。
「それは嘘だ」
先ほどまでずっと黙ったままのお爺さんもようやくちゃんと質問に答えてくれた。どうやらよっぽど姐さんは嫌われてしまっているらしい。
「な、なんでですか?」
まあ今時電報で知らせてきたのだ、若干それを疑ってないわけではなかったが本当に嘘だったとは。
危篤とまで言いながら嘘をつくって、よほどの事情があるのか。あるならそれを聞く権利くらいはあるはずだ。
「・・・・・」
「おじいさん」
お爺さんは再び口を閉じてしまう。え?なに?そんな深刻な何かなの?怖いんですけど。
おばあさんが必死に急かしているも、あまり効果は見受けられない。
さてどうしたものか。話してくれない以上、僕は何も知ることができない。こんなところまでわざわざ飛んできたのに。
僕はじっと黙ってお爺さんを見ていた。話してくれるまでいつまでも待つつもりだった。
あ、でも帰りの飛行機はすでにとってあるからそれまでには話してほしいけど。
「家の前にある田んぼ、見たか」
一言と一言の間がえらく広いが、とにかくお爺さんは口を開いた。
田んぼ、田んぼと言えば家の前に広がっていたあの広い奴だろうか。
「あっと、たぶん」
「そうか、どう思った」
どう?どう思ったって?
「広いな、って思いましたけど・・・」
田んぼ評論家でもないのに、田んぼを見た感想なんてそうそう出てはこない。
だからこんなアホの子みたいなことを言ったってしょうがないでしょ?
「あれは、私が長年かけて作り上げてきた最高の田んぼだ」
お爺さんはそれまでとは違って、遠い目で誇らしげにそう呟いた。
「若い時からコツコツと、小さい田んぼから地道に育ててここまできた」
その言葉からは何物でもない、ただ純粋に田んぼへの愛情と自負が感じられる。
「だというのに、アイツは・・・・」
「おじいさん」
一転して、その言葉には怒りと憎しみが。アイツ、なんとなく父親のことだろうと思った。
おばあさんが宥めて、会話は戻る。
「お前は、アイツの息子で、間違いはないか」
そういえば、名乗っていなかった。展開が急にコロコロ変わるものだから、ゆっくり自己紹介すらできていない。
「はい、海田雪です」
「————————そうか」
その言葉は・・・いったい何の感情だろう。憎しみでも、誇りでも、優しさでも、ましてや喜びでもない。
その感情を推し量ることはできなかったけど、どうやらお爺さんは話の続きを話してくれるらしい。
「では、そんなお前に提案がある」
提案?それが、今回呼び出された真相?
一体全体なんだっていうのだろうか。危篤と嘘までついたほどの提案って、僕の頭じゃ完全にキャパオーバー。
だから、考えるより答えを先に聞いた。
「ウチを継げ。それが今回お前を呼び出した内容だ」
重く、低く、苦しい声。
その声のすべてに乗ったその言葉は、あまりにも唐突で。
そしてあまりにも今の僕には重すぎた。
どうもうわーい!たのしー!高宮です。
最近はもっぱら徹夜してゲーム、バイト、ゲーム、ゲーム、バイト。
という半ニート生活を享受しています。
そんな半ニートが書いた新作、ポケットモンスター~カラフル~投稿しておりますのでこちらもよろしくお願いします。
それではまた次回。
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知らないアノ人
「ウチを継げ」
そう目の前のお爺さんに言われて、僕はあまりに想像してない言葉だったせいで頭の中が真っ白になる。
家の前にある田んぼはそれは立派なものだった。
広さもそうだが、なんというか血と汗の結晶というのはこういうことかと肌で感じて。
そして自分にはそんなものがないから、だからより一層その凄さが身にしみた。
「・・・・・・・」
それはわかってる。
この田んぼに人生をかけてきたとお爺さんは言った。
それもわかってる。
きっと後継者不足でそこで僕のことを思い出したのだろう。
急に呼び出してきた理由もわかる。
でも。
「少し、考えさせてください」
僕は、はい。と首を縦には触れなかった。
「あ!雪ちゃん!!」
「終わったの?」
「あ、うん」
姐さんと一緒に他の部屋へと移動していた二人の元へと戻った僕は。
「なんの話だったの?」
当然沸くその穂乃果の質問に。
「うん、ちょっとね」
「・・・・・・・・」
曖昧な返事と、曖昧な笑顔でごまかした。
まるで人生の縮図だ。と思う。
こうやってきっと僕はずっと生きていくんだろうな。
なんて悟ったような事を思っていると。
「・・・・・・」
「えっと、ツバサさん?」
近いな。単純に、距離が。
さっきからジト目で僕の表情を、一挙手一投足を見逃すまいと見つめ続けるツバサさんに僕は目を合わせられない。
「ふーん」
そんな僕の仕草に思うところがあるんだろう。ツバサさんは距離をとってくれたけど、訝しむ目線は変わらない。
どころか激しくなった気さえするのは、やっぱり僕がやましいことがあると思っている証拠だろうか。
「皆さん、お腹すいたでしょう?」
僕よりちょっと遅れて、おばあさんが部屋に入ってくる。
「はい!!凄く!」
流石穂乃果、遠慮という言葉を知らない。
とはいえ、僕らは朝から何も食べていないということに、ようやく今気づいた。
穂乃果のがっつきようも仕方ないか。
かくいう僕だっておなかが減った。
どれだけ悩んでいたって、どれだけ深刻な場面だって。
おなかは空くんだ。
「ウチで取れた野菜、食べていきなさい」
寡黙で怖い雰囲気さえあるお爺さんとは対照的に、おばあさんは優しくて暖かい笑顔とともに僕らを居間へと連れて行ってくれる。
「手伝います」
「あら、ありがとうね」
ツバサさんが先ほどの僕への表情とは打って変わってアライズのツバサさんのように綺麗な笑顔でおばあさんを手伝う。
キッチンには普段使いしているのが伺えるような使用感。居間は和室で、ていうかきっと全部和室だろうけど、大きなテレビと大きな机がデン!と居座っている。
なんか、部屋が多い割には部屋の模様は変わらない。そういう風にしているのか、それともめんどくさいのかはわからないけど。
「うぐぐ・・・わ、私も!私もなんか手伝います!」
何を感じたのか、見るからに焦った様子の穂乃果がキッチンへと駆け寄ると。
当然ながら、僕と姐さん二人きりの空間になる。
「なあ、お前あの二人の事どう思ってるんだ?」
「はい?」
思わず飲んでいたお茶を吹き出すくらい、それは突拍子もなく、また姐さんのイメージにあまりにもかけ離れた質問だった。
「こんなとこまでついてくる女の子なんてそうそういないだろ。あのー、なんだっけ?ツバサ?なんてほぼほぼストーカーだったじゃねえか」
言っちゃったよ!!結構なタブーを!!誰も言えなかったことをさらっと言いやがったよこの人!!
「で、どうなんだよ」
「どうって言われても・・・」
僕は目をそらすことしかできない。その目線の先にはキッチンでぎゅうぎゅう詰めになっている二人がいたけど。
一体どう思ってるか?そんなの僕が聞きたい。
彼女たちのことをどう思っているかなんて一言では言い表せないってこともあるけど。
きっと一言じゃなくても僕はそれを言葉にはできないんだろう。
だって、言葉にしたら————————。
きっと、何もかもが変わってしまうだろうから。
少し早い晩御飯は、今までの人生のどの晩御飯よりものどを通らない晩御飯だった。
会話がないわけではない、おばあさんと穂乃果。おばあさんとツバサさん。
特筆すべきことを話していたわけではないけど、さりとて不自然な会話でもなかった。
普通に世間話。それを普通じゃない雰囲気にしていたのは、きっと会話に参加していなかった三人だ。
僕はずっとお爺さんの言葉が脳内に反芻していたし、姐さんは姐さんできっと思うところがあるんだろう。
この数時間でお爺さんが自分からあまりしゃべらないなんてことは分かりきっていたから、この三人に会話はない。
そんな空気が伝染していったのか、次第に穂乃果たちの口数も減り、最後には誰もしゃべらなくなった。
(ちょっと!!)
そんな空気に耐えられなかったのだろう。右隣にいるツバサさんにおもいっきり足を踏まれた。
(・・・なんですか?)
(なんですか?じゃないわよ!なにこの空気!なんでこんなに心臓が痛いのよ!なんでこんなにしんどいの!?)
小声で聞こえないように最大限配慮しながらも、僕相手にスパークするツバサさん。
確かにしんどいのは同感だ。最早晩御飯の味などわからない。
(雪!あんたちょっとくらい喋りなさいよ!)
そういわれてもなあ。大体何を喋ればいいのか。今まで一度も連絡を取ったことなんてないし、昔話なんてあるはずもない。
そもそも僕は初対面の人とスムーズにコミュニケーションが取れるほど卓越してなどないのに。
(家族でしょ!そんなん晩御飯おいしいね、とかそんなんでいいのよ!)
どうやらだいぶ精神的に参っているらしく、ツバサさんの形相は鬼のようだ。
家族、家族か。
本当にそうなのだろうか。
いやもちろん、血はつながっているんだろう。実感なんてないが。
似ているところなんて見つからないし、別に見つけようともしてないけれど。
家族なのだという感覚は、正直ない。
(あ・・・っと、ごめん)
僕の表情が暗かったせいだろう。ツバサさんは、はっ、と何かに気づいたように僕に気を使ってくれた。
ああ、こういう時だ。こういう時に自分が一番嫌になる。
「これ、おばあさんたちが収穫したんだよね」
そんな自分を払拭するように僕は結構な勇気を振り絞って会話の糸口を見つける。
「え、ええ。ちょうど今が旬の野菜をね」
食卓には色鮮やかなキャベツや、ホクホクのジャガイモなどが並んでいる。
味はよくわからないけど、きっとこの状況じゃなきゃ美味しいと思うんだろうな。
・
・
・
結局、頑張った甲斐も虚しく会話は長続きせず食事は終了した。
「・・・・・つ、ツバサさん」
「高坂さん・・・・私達、頑張ったわよね」
「もう、疲れたよ・・・パトラッシュ」
「なんでボケる体力はあるのよ・・・」
二人はぐでーっと机の上に倒れこんで意気消沈といったご様子。
ごめん二人とも。僕の力じゃどうしようもなかったよ。
「・・・・・・」
そしてその空気を作り出している一人。
姐さんはずっと黙ったままだ。
色々な思いは、きっと僕よりも多いのだろう。
積み重ねた思い出も、ここで過ごした日々も。確実に僕よりも多い。
「風呂・・・入るか」
「!」「!?」
そんな姐さんがやっと口を開いたかと思えば。
僕のほうを真っ直ぐ見て、真剣な表情で言うからツッコミづらいな。
ほらもうー、さっきまで死んでた二人が蘇っちゃったじゃないか。
僕への視線が突き刺さるように痛いんデスケド。
「入るわけないだろバカ」
冷たくあしらう僕に。
「いいじゃないか、姉と弟だぞ?」
えー、なんだってこの人説得してくるの?しかも表情が真剣だからガチかと思われるじゃん。
「だ、ダメダメ!もう高校生ですよ!」
痛い穂乃果。そんなに力強く腕を引っ張らないでも入らないから。
「そうよ!姉だか、知らないけどね!ポッと出てきて勝手すんのも大概に・・・・」
「ああ!?」
右隣に来たツバサさん。最初の威勢はどこへやらで、姐さんの威嚇に借りてきた猫状態だ。
「うう・・・」
「ま、負けないでツバサさん!」
おいおいおーい?何故に二人して僕の背中に隠れるの?姐さんの虎のような目線が全部僕に注がれてるんですけど?ただでさえ居心地悪いのに、さらに悪くなりそうなんですけど?
もう、帰っていいですかね?
「チッ、もういい。お前ら来い」
「はい?」「え?」
唐突なご指名に二人とも面食らっている。僕?僕はほら、もう脱出態勢に入ってますから。
「拒否権はないぞ」
怖い顔。中学時代によく見た顔だ。
「ひゃい」「・・・・まあ、雪よりましか」
ツバサさんはげっそりと、穂乃果は怯えている表情で了承するしか道がなかった。
ご愁傷様と心の中で手を合わせて、僕はその部屋を後にした。
「つ、疲れた・・・・」
「」
なぜにお風呂に入る前よりもげっそりとしてるんだろうか。穂乃果に至っては白目をむいて今にも魂が天に昇りそうな勢いである。
僕?僕はずっと黙ってテレビを見てました。内容は頭に入ってはこなかったけれど。
対して姐さんは何か目的を達成したのか、少し満足気に見える。
「ほら、フロ空いたぞ」
簡潔に僕に促してくる姐さんと、また姐さんと三人っきり(おばあさんはいるけど)になると知り驚愕に顔を染める二人を見送りながら、僕はお風呂へと向かった。
「ええー・・・」
道は教えてもらったので向かうと、そこにあったのはお風呂である。
いやまあ当然なんだけど、お風呂といっても檜風呂。しかも外を見るとあれだ薪をくべるタイプのやーつだった。
あるんだ。こういうの本当に、この現代に。
そういえば最初の出だしも電報だった。それを思うとこれも当然だという気さえしてくるが。
まあ何はともあれ、流石にお風呂はこれ一個しかないし入らないという選択肢もない。
「どうすんのこれ?」
ないのだが、いかんせんやり方がわからん。
ああ、姐さんが一緒に入るかと真面目な顔で言っていたのはこれか。僕一人じゃ物理的に入れないと。
ようやく意味が分かった時にはもう遅い。一人でやらなければ。
「ってあれ?」
そう思って薪をくべるべく釜戸へと来たのだが。
「炎、ついてんじゃん」
てっきり消火されていると思っていたけど、案外炎は轟々と燃え盛っている。
というか、燃え盛りすぎじゃね?ちょっとした火事くらいに燃えてるんだけど?大丈夫なのこれ?
こういう釜戸で焚くお風呂って初見じゃ火加減わかんないよね。
とにかく、火がついているというのなら何も問題はない。熱々の檜風呂、ちょっとワクワクする。
「ええー・・・・」
先ほどと同じ反応で申し訳ないけど、こればっかりはしゃーない。
だって、ワクワクしてお風呂の脱衣場で服を脱ぎ、ワクワクしてお風呂の扉を開いたら。
ガッツリお爺さんが入っていたんだもの。僕のほうを驚いたように見ていたんだもの。
いやどこの国のTOLOVEる!?少なくともこの国のTOLOVEるじゃないよ!
心の中でスパークする僕の表情は引きつったままだ。
勿論、お爺さんの表情も引きつったままだ。
・・・ちょ、待ってよ。入ってるなら入ってるって言ってよ。いや確かに姿が見えなかったけどさ。
もう寡黙とかそういうレベルじゃないよ。軽いホラーだよ。心臓止まりかけたよ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
流れる空気は最悪で、間違いなく僕が生きてきた中でベスト3に入る気まずい瞬間だ。
そんな中、裸で突っ立っている僕を気遣ってくれたのか、お爺さんは黙ってスッとスペースを空けた。
いや入れと!?今日会ったばかりのほぼ他人レベルのお爺さんとお風呂一緒に入れって!?それどんな拷問だよ!?
はい当然のように断れませんけどね!!
僕は、渋々お湯に全身浸かる。
ていうか炎がついていた時点で察するべきだった。あの姐さんが僕のために火を残してくれてるはずなかった。
ああー、全然癒されない。この時間が地獄でしかねえ。
くそー、さっきまでのワクワク返せよー。完全に前フリになっちゃったじゃねえかよー。
せっかくの檜風呂も、せっかくの一人の時間も台無しだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
スキップ!イベントスキップ機能を!!はよ!!
「お前・・・・」
「はい?」
瞳を閉じてただただ時間が過ぎるのを願っていると、ふと、お爺さんが口を開く。
「いや、なんでもない」
・・・いやなんだよ!!なんでいいかけてやめるんだよ!!意味深なことやってんじゃねえぞ!!
「・・・・・」
またダンマリだよ!好きだなそれ!!
あ、ヤバい。これ疲れる。心が二倍増しで疲れる。
無常の心でさざ波をたてずに行こう。
「クシュン」
・・・いやくしゃみ!!女子か!
「ふー」
おもむろにお爺さんは立ち上がって、どうやら頭を洗いに行くようだ。
シャンプーをとって、泡立てる。シャワーを・・・シャワーを・・・・いや、そっちじゃなくて、もっと右・・・いや、行き過ぎ行き過ぎ、もっと真ん中、あ、惜しい!
ってなんやねんコレ!!なんで僕がお爺さんのシャワーに一喜一憂しなきゃなんねえんだよ!
そんでスッととれよシャワーくらい!!てめえん家だろ!!
ああもう無理!無の心とか僕には無理!!
上がろう。これ以上ここにいたら、僕の心は壊れてしまう。
「雪ちゃん!お帰り!」
「うん・・・ただいま・・・」
「なんでアナタまで疲れてるのよ」
色々あったんだよ。聞かないでよ。
「そんでさ。僕からも一つ聞いていいかな」
僕がお風呂から上がって、確実に部屋には変化が起こっていた。
穂乃果、ツバサさん、そしておばあさん。
うん、ここまではいい。さっきと何ら変わらない。
見た目にも、空気にも。明るくなったとは思わないし、暗くなったとも思わない。
「で、この子誰?」
なんだろうなあ、なんでこう僕の人生はスッと物事が終わらないんだろう。なんで絶対面倒ごとがあるんだろう。
自分の人生が嫌になるのはこれで何度目か。
それでも結局やるしかないんだ。だって、ほかの誰でもない。自分の人生なのだから。
「あ、まだ続くんだこれ」
でもたまにはなんの問題も起こらずに終わってもいいんじゃないでしょうか?ねえ?
どうもオルガアアアアアアア!!高宮です。
なんだろうなあ、一か月ぶりだというのに僕の日常が驚くほど変化してない。
浪人決まったくらいでなんの変化もないわー。なにも書くことがないわー。
でも大丈夫、鉄華団なら退社後のアフターケアも完璧だから。
ということで地球にのこったタカキと家族ぐるみの付き合いをしたい僕を次回もよろしくお願いします。
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幼少時代のアレ
「で、この子は誰?」
僕がお風呂から上がると、不思議なことに人が一人増えていた。
長い黒髪が顔を覆っている幼女。どう考えても知り合いじゃない。
いやまあ、あり得ないことを言っている自覚はある。
普通の家で人が一人増えるなんてありえない。親戚の集まりじゃないんだぞ。意味がわからん。
「ほら、お菓子食べる?」
「なにして遊ぼっか?穂乃果、なんでもできるよ?」
と、困惑しているのはどうやら僕だけのようでなんか普通に喋っている。普通に打ち解けてる。
「いやいやいや、説明してよ」
ていうか、いやちょっと待て。
なんか、なんだろう、どっかで見覚えがあるぞこの子。
どこでだったか、いやでもこんな子供との面識なんて確実にないぞ僕は。
「はっ・・・!まさか!!」
まさかと思うが、隠し子!?
頭がその考えに至った瞬間、雷に撃たれたような衝撃が走る。
この既視感も、隠し子だと言われれば納得がいく。会ったことはなくても、どことなく似ていると言われればそうなのだろう。
「あれ?だとしたら誰の!?」
一番重要な点を失念していた。
お爺さんと、おばあさん。は、現実的に不可能だろう。
あれ、だとしたら自然に候補は絞られて・・・?
「ねえ、お父さん。二人目、欲しくない?」
「ツバサさん!!?」
思いっきり大きな声が出た。なぜだかツバサさんが右隣にぴったりとくっついていた。
つか二人目って何!?一人目もいないからね!?
「雪・・・・ちゃん?」
なんで穂乃果は驚いてるんだよ!!ちょっと考えればわかるでしょ!?
「フフフ、穂乃果さん?あなたも結婚式の二次会くらいには呼んであげるわ」
悪魔みたいな顔したツバサさんと、なぜだかキーッと悔しがっている穂乃果。
そろそろ声に出してつっこもうか、そう逡巡していると。
「なにしてんだてめえら」
「ひゃ!」
恐ろしいほどに冷たい声と共に姐さんがぬっと現れた。
どうでもいいけど、姐さんの子とかじゃないよね。大丈夫だよね。
ヤンキーにありがちな、できちゃった結婚とかじゃないよね。
「お前の中の私のイメージがよーくわかった」
どうやら途中から声に出てたらしい、ばっちりと聞かれていた僕は姐さんのヘッドロックの餌食になる。
「いてて・・・で、本当に誰さこの子は」
気が済むまでヘッドロックをかけられ、頭がぐわんぐわんなりながらも僕は再度確かめる。
「それがね、近所の子なんだって」
僕をからかうのに飽きたのか穂乃果が真実を教えてくれる。
ま、ですよね。隠し子とかよりよっぽど現実感のあるその言葉に僕はほっと一息胸をなでおろす。
「一人でこの家まで遊びに来てるそうよ」
ツバサさんは、姐さんにガン付けられて不貞腐れているのか体育座りのまま教えてくれた。
ふーん、一人で、ねえ。
僕はちらとその子を見る。
先程から一言も喋らないし、微動だにせず畳の上に座っている。
あれ?隠し子じゃないとしたらこの僕のデジャブはじゃあ一体なんなんだろう。どっかですれ違ったりしたのかなあ。
うーんうーん、と頭を悩ませる。子供と触れ合うイレギュラーなんてこの僕にないと思うんだけど。
あ。
いや、あった。イレギュラーなこと。
思い出した。そういえばここに来る前、姐さんがお世話になっている教会に行ったんだった。
そんでもって、そこで会ったわ子供に。
きっとその時にちらっと見たのだ・・・・いや。
そんな自分の考えを否定する。
もう一つ思い出した。
いた。教会の庭で遊んでいる子供達の輪から一人外れていた子供が。
自分から声を掛けたのに忘れていた。あまりにもその後にインパクトが沢山ありすぎて。
だから決して、僕の記憶力のせいだとか忘れっぽいわけではない。
「でも、さっきから少しも心を開いてくれないんだよ~」
穂乃果が泣きついてみても、その子供の口は開かない。
もしかしてずっとそうやってたのかな、だとしたら大分鬱陶しいけど。
「ごめんねえ、ちょっとお布団敷くの手伝ってくれない?」
そんなとき、おばあさんが人手を求めて僕らがいる部屋に来た。
「はいはい!手伝います!」
「それくらいお安い御用です。おばあさま」
ここぞとばかりに二人は元気よく挙手をする。
いかん、タイミングを逃した。二人め、気まずい空気を吸いたくないからってエスケープしやがった。
機を逸した僕は、当然その部屋に残らざるを得ない。
ご飯は食べた。お風呂にも入った。この空間から逃げる手がない。
「どこ行くの姐さん?」
「トイレだよ」
ついに、姐さんまでいなくなってしまった。
「・・・・・」
「・・・・・」
うわあ、きっついなあ。
ただでさえ、心休まる時がないというのに尚更きつい。
なんで見ず知らずの幼女と二人っきりにならなきゃいけないんだろう。
子供と何話せばいいのかなんてわからない。
「えっと、名前は?」
それでも沈黙に耐えきれずに僕は会話のきっかけを探すように口を開いた。
「・・・・・・・」
はい無視頂きました-!つらい!!
子供の無視ってなんでこんなに心に来るんだろう。
完全に一発KOを食らって、僕の心はポキリと折れた。
もう黙ろう。
そう決意して、数分後。
「・・・・伊織」
「うん?」
小さな声でぼそりと聞こえたその言葉は、確かに「伊織」と聞こえた。
「伊織」
僕が聞き返したからだろう。もう一度、彼女は口を開く。
あまりに間が開いていたので一瞬なんのことかわからない。
「ああ!名前?伊織っていうの?」
数分前に名前を聞いたことを覚えていて、今名乗る気になったのだろうか。
どれだけ気分屋さん?マイペースにもほどがあるよ。
「・・・・・」
いや、違うな。
頬を赤らめて、気恥ずかしそうに目をそらす彼女の姿を見て僕は考えを改める。
きっとずっと話したかったのだ。
ずっと僕の質問に答えようとして、でも答えられなくて。
そして、ようやく間が開いたけど自分の名前を言うことができたんだ。
その気持ちは、痛いほどよくわかる。
僕だって同じだからだ。
話すことが苦手で、諦めて、一人はつらいとそう思っていたくせにそれでもその道しか選べなくて。
穂乃果がいなかったら、きっとこの子のようになっていただろう。この年になってもまだ。
まったく、感謝しかないね。
「僕はさ、雪って言うんだ。海田雪」
さて、名前を教えてもらったんだ。こちらも自己紹介しないと不公平というものだ。
「・・・・あ、えと」
「呼び方は、なんでもいいよ」
困ってる様がなんだか可愛くって思わず微笑んでしまう。
ああでも、なんでもいいって言っちゃうと困っちゃうかな。
「じゃ、じゃあユキさん。で」
伊織ちゃんの態度はしどろもどろでせわしなく、慣れていないのだと一目でわかった。
「ん、よろしくね。伊織ちゃん」
いつの間にか最初の緊張も、気まずさもふっとんでどこかに消えていた。
「な、な、な!雪ちゃんが幼女を懐柔している!!!」
程なくして、布団を敷きにいくという口実でここから脱出した二人が帰ってきた。
穂乃果はショックを受けたように膝から崩れ落ちている。懐柔なんて難しい言葉よく知ってたね。
「やっぱりだわ!やっぱり雪はロリコンだったのよ!道理で私になびかないはずだわ!!」
やっぱりって何!?なにその前々から疑ってたけど決定的証拠がなかったみたいな言い方!
いやていうかちげーよ!?ロリコンじゃないよ!?幼女を手中に収めようとかしてないからね!?
「お前、一体どういう生活してんだ?」
なんでこういう時に限っているんですかね!?姐さんは!
なにこの三竦み。なにこの状況。
「・・・コワイ」
ヒシ、と僕の腕を弱々しく握る伊織ちゃん。怖いよね。僕も怖い。
「あ、ご、ごめんね」
「それはそうと雪に近づいていいのは私だけだから」
「もう、ツバサさん。そういうのが怖がられるんですってば」
伊織ちゃんを体で後ろに隠しながら、僕はツバサさんを宥める。
「ちょっと!なんで私が悪者みたいになってるの!?」
あ、ごめんなさい。ちょっと涙目になっちゃってるツバサさんを見て反省。
「そういえば、家の方は大丈夫?もう暗いけど」
ていうかこの暗い中、一人でこの家まで来たのかな?近所といってざっと見た限り田んぼばっかりで近くに家なんてなかったけれど。
「・・・・・」
ああ、しまった。
どうやら僕はまた地雷を踏んでしまったらしい。
ここにきてから、失敗ばっかりだな。
いやここに来る前からか。何かで成功したことなんて、僕にあっただろうか。
「泊まるかい?ここに」
だから、失敗なんてしたくないから。せめてよりマシな選択肢を選べるように。
僕らは考えなくちゃいけないんだろう。
「ちょ!雪ちゃん!?」
「いいの?勝手に?」
二人は各々こんな反応だったけど。
「大丈夫でしょ。あんなに部屋余ってるんだし」
絶対二人で住む家とは思えないほど広いわけだし。こんな時くらいしか活用方法ないだろ。
「いや、そうじゃなくてね———————————、」
「ん?」
ああー(/ω\)。
恥ずかしい。またやってしまった。
「ごめんねえ。あんまりお客さんこないから布団の数が足りなくって」
部屋は余りあるほどに足りているのに、布団が足りないらしい。
数は一個。つまり。
「あの、私帰ります」
「待って待って」
ここで帰してみろ。僕のことだ絶対引きずる。帰る最後の方までなんなら帰ってからも引きずる。
「僕はほら、畳でもなんでも寝れるから。伊織ちゃんは布団を使いなよ」
大丈夫。慣れてるし。
「駄目よそんなの。一応家主みたいなものでしょ?」
僕の提案を一蹴するツバサさん。他に案でもあるのだろうか。
「ということで、穂乃果さん。あなた色々鈍そうだから畳でも大丈夫よね。ああ、安心して。雪の隣はちゃんと私が守るから」
「なんでさ!ツバサさんの方こそ偶には畳の感触でも味わったらいいじゃん!雪ちゃんの隣はわ・た・し!」
なんだろう、二人とも気のせいかもしれないけどちょっと仲良くなった気がする。ツバサさんの穂乃果に対する呼び方が変わってるし。
「ほら!ちゃんと布団も三つに並べたんだよ!」
スパン!と、勢いよくふすまを開けると、確かに言う通り布団が三つ並べられている。
「真ん中は喧嘩するから雪ね」
喧嘩?真ん中がいい理由ってなに?
なんかよくわからないけど、一ミリも嬉しくない気遣いをされたところで一つ気づいた。
・・・なんかもっこりしてる。
「あれ?」
穂乃果も気づいたようで真ん中の布団だけやけにもっこりしている。
ていうか絶対人いる。かくれんぼしてる幼稚園児みたいになってるもん。
そしてここにいない、かつこんなことをする可能性のある人間は。
「もう、穂乃果~。いつまでそんな子供っぽいことしてるのさ」
「・・・・いや雪ちゃん!?」
あれ?
「私ここ!!いるから!ていうかさっきまで会話してたよね!?」
「いやー、ごめん。ついさ、こんなことをするのって穂乃果以外思いつかなくて」
「穂乃果ももうそんな子供じゃないよ!!」
ぷんすかと怒る穂乃果。じゃあ一体誰だろう。
僕がクエスチョンマークを頭の上に浮かべていると、思いついたようにツバサさんが言う。
「じゃあ私の布団で一緒に寝ましょう!大丈夫!体をくっつければ二人で一つの布団でも大丈夫!」
大丈夫じゃないね。それ。主にツバサさんの頭が。
「ちょっと待って!それなら穂乃果の布団のほうが大きいよ!たぶん!一ミリぐらい!」
よくそんなミリ単位のことで大きな声で言えたね。すごいよ。何がすごいってまったく心が動かないのがすごい。
そんなバカをやってると、不意にガバリ!と布団がめくれる。
そこに横になっていたのは姐さんだった。
いや確かに消去法で考えれば自明の理なんだけど、なにやってるんだあの人。柄じゃないにもほどがあるぞ。
「何か問題でも?」
一段とドスの利いた声で、一段と影を増した表情で言葉をぶつけてくる姐さんに。
「いえ」
「何もありません」
「すいませんでした」
「・・・・・グス」
なぜか僕まで謝ってしまった。伊織ちゃんに至っては泣きそうだ。
「じゃ、じゃあ。僕らあっちで寝るから」
「ちょ!待ってよ雪ちゃん!」
「そうよ!私達を見捨てるつもり!?」
ひどいなあ。言い方が、ただ姐さんとねるだけじゃないかあ。ハハハ。
乾いた笑いしか返せなかった。
「えっと・・・」
「いいよ、遠慮しないで。僕はここで寝るよ」
部屋の真ん中にポツンと敷かれてある布団。伊織ちゃんは何度か僕とその布団に視線を巡らせて。
そして何か一つ意を決したように口を開いた。
「あの、一緒に・・・・」
言葉足らずではあったけど、言わんとしてることはわかった。
「・・・そうだね。一緒に寝ようか」
その言葉に僕は甘えることにしよう。
まったく、人生何が起こるかわからないなあ。
だって、今日会ったばかりの子と一緒の布団で寝ることになるんだから。
伊織ちゃんは小さくて、僕のそう広くない胸の中にすっぽりと収まる。
「あの、お家には」
「大丈夫、おばあさんが連絡したよ」
「そう、ですか」
ほっとしたような、バツが悪いような。そんな顔。
「家に、帰りたくない?」
僕は、努めて重くならないように気を付けながら。あくまで世間話を装ってそれを聞いた。
答えは、コクリと頷く伊織ちゃんの反応。
「そっか」
家に帰りたくない。その理由はわからないけど、きっと色々あるんだ。こんな小さな子だって。
「僕もね、帰りたくなかったよ」
そしてそれは僕だって例に漏れず。色々あった。色々あってここまできた。
「寝よっか」
それ以上は何も言わずに。
大丈夫だなんて無責任は言えないし、絶対なんてわからない。
それでも、できることまでしないわけにはいかないんだ。
「うん」
体温の温もりと、月明かりに照らされて。
僕らは眠りに落ちた。
どうも少女革命高宮です。
・・・次回もよろしくお願いします。
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遠足気分なアイツ
僕らがお爺さんの家に来てから二日目の朝がやってきた。
「うあー」
おっさんみたいな、寝起き特有の掠れた声を出しながら僕は目覚める。
カーテンも何もないこの部屋は、朝日を直に浴びることになるようで。照りつける、というほどまだ高くは登っていないけどそれでもやっぱり眩しさに目を細める。
まだまだ四月の朝は冷え込むようで、掛け布団を剝ぐと少し肌寒い。
よっこいせと、トイレでも行こうと立ち上がりかけてふと、妙な重力に引っ張られていることに気づく。
「ああ、そういや、一緒に寝たんだっけ」
小さな手。子供の手。
そんな可愛らしい手が、すーすーと寝息を立てながら僕のジャージを引っ張っている。
うーむ。
どうしたもんかと寝ぼけた頭で考えて、ま、いっかとどうでもよくなった僕は二度寝するべく布団に出戻りした。
・
・
・
「で、なーんでこうなってるんでしょうか」
二度寝して、朝ご飯の匂いに釣られて起きた僕は現状の視界に疑問を投げつける。
可愛らしい寝息を立てていたはずの伊織ちゃんは、なぜか嬉しそうな顔のツバサさんに代わっている。
なんだこれ、と反対方向を向けば。
「あ、だ、ダメだよ。雪ちゃん、こんなとこで」
穂乃果の夢の中の僕は何やってるんでしょうか。ていうかなんで二人がこの布団に潜り込んでいるんでしょうか!?
おいおい、寝起きからツッコませるんじゃないよまったく。
ていうか狭い。狭いな。
さすがに一つの布団に高校生が三人って、キャパオーバーもいいとこだ。
もしこの状況が誰かに見つかったらまずい。いや、別に何もしてないけれども。あらぬ誤解は受けないほうが身のためだと、僕はこの一年ちょっとで学んだ。
よいしょっと、起き上がろうとした瞬間。
「げふっ!」
「随分とご身分の良い寝起きなことで。なあ?」
「ね、姐さん」
僕のおなかに思いっきり体重をかけてヤンキー座りで座ってきた姐さんに、僕は弁解のしようもない。
いやあるけど、でもどうせ聞き入れてくれないのは目に見えてる。般若のような顔してるもん。般若のモデルは姐さんなんじゃねえのってくらいそっくりだもん。
「朝ご飯できたけど、お前はいらないよなあ。もうお腹一杯だろ?」
「い、いえ。要ります」
なぜか敬語になってしまうのは姐さんの迫力のなせる業だろう。
「なあ、そこの二人も」
「「ビクゥ!!」」
あ、起きてたんすね。じゃあさっきの寝言は何だったんだよ。
ダラダラと目に見えるほどに冷や汗でビショビショになりながらの朝は、とてもじゃないが爽やかとは言いづらかったのでした。まる。
そんな寝起きを迎えて、朝食はこの世のものとは思えぬほどにぴりついていた。
なんだこの家、来てから一時も休まるときがないんだけど。常にピリピリしてるんだけど。
誰もしゃべらないのは昨日の夜と同じだが、こと姐さんのプレッシャーは一流の殺し屋かと言いたいほどに強くて。
こと、両隣の二人のビビりようはまるで生まれたての小鹿状態だ。なんだか可哀想ではある。
そんな朝食を終えて、伊織ちゃんがグイグイと裾を引っ張ってきた。
「ん?」
今朝はいつの間にか一人で起きて、どうやら朝食の手伝いをしていたらしい。出来た子だ。
でも僕は知っている。そんな年齢と離れた落ち着きと気の周りようは普通じゃ身につかないことを。
そして、普通じゃないのはきっと——————。
「おべんきょ、見て?」
俯き加減で初々しく、伊織ちゃんはそう言った。
昨日までは自分のことを話すのは苦手そうだったのに、一夜を共にするというのはそれだけ距離が縮まる行為らしい。
まあね!普通しないよね!
「・・・っ!?」「—————っ!」
そんな伊織ちゃんの態度を見て、両隣の二人が騒がしい。いや喋ってはないんだけど。
「ちょっと、どういうこと?」
あ、喋った。
「なんで仲良くなってるのかな?な?」
おかしいな。口を開くほどにピリピリが増している気がする。三割増しで緊張感が高まった気がする。
「なんでって、なんでだろう」
いや僕だってそんな明確に仲良くなった理由を語れるわけないじゃない。一晩一緒に寝たって言ったら、この修羅に金棒を与えるようなもんだってわかるし。
厳しい世の中になったなあ。いやまあ元からか。
元から、僕なんかには厳しい世の中だ。
あ、泣きそうだ。
いかんいかん、と僕の心を奮い立たせて伊織ちゃんに向き直る。
「じゃ、あっちの部屋いこっか」
「・・・うん」
お勉強を見る、なんだかお兄ちゃんみたいな行為だ。
なんて呑気に構えていると。
「待った。お勉強ならそこの万年赤点ギリギリ男より、私の方がいいんじゃないかしら?」
ツバサさんが焦ったような表情で待ったをかける。ていうかよお、今関係ねえだろお赤点ギリギリはよお。ギリギリなだけで取ってはないし!
まあ、そりゃ万年成績上位に名を連ねていらっしゃるツバサさんよりは頭ヨクナイですけど。
「う、うう。小学生くらいの勉強だったら私だって!」
はーい穂乃果は黙ってて、僕より成績悪いんだからー。
「いやいや、二人共大丈夫だ。頭のデキは関係ないから」
「ですよね!って千早さん!?」
にっごり、と濁った笑みを浮かべて後ろに立っている姐さん。ああ、なんとなく次のセリフがわかってしまった。
「な、なんでしょう?私達今からお勉強会するんですけど?雪と」
「いや伊織ちゃんとね」
なんで僕がお爺さんの家まで来てお勉強会しなくちゃならないんだよ。どう考えてもおかしいだろ。
「ダメだ。お前らは今からたっぷり教会の手伝いをしなくちゃならないんだからな」
「」
「」
やっぱりね。姐さんの企んでる顔はわかる。
白目をむいて、ムンクの叫びみたいになってる二人。わかるなあ、その気持ち。
「ちょ!なんで!?」
ツバサさんが思わず敬語を使わずに反抗した。
「なんで?お前ら、まさかタダで下宿しようってんじゃねえだろうな」
「うぐぐ」
それを言われてしまったら。ツバサさんはそんな顔をしていた。
「で、でもでも!私達家の手伝いもやったし・・・」
泊めてもらっている立場な以上、あまり強くは言えないけれどでも抵抗の意志は見せる穂乃果。
「それだけじゃなあ。朝も、どこかの誰かとお楽しみだったみたいだし?」
あ、なんか根に持ってるな。ていうか、楽しみなんかなかったですけど。
「やだやだやだやだ!雪ともっと親密になるって決めたのにぃ~!」
「助けてよ雪ちゃーん!!」
二人は首根っこをつかまれて、ズルズルと姐さんに引っ張られていった。
そんな二人を穏やかな目で手を振り送ってから。
「さて、じゃあ行こうか」
「う、うん」
伊織ちゃんが引いていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
ああ、穏やかだなあ。
田舎で済んだ空気と、畳の匂いに囲まれながら少女と和やかな時間を送る。
理想だ。正に理想の老後がそこにあった。
「お兄ちゃ——————あ」
どこかわからないところでもあったのだろう。僕に質問しようと口を開いた瞬間、伊織ちゃんは顔を真っ赤にした。
「あはは、いいよ。お兄ちゃんでも」
実は密かに憧れだった。雪穂も亜里沙ちゃんもこころちゃんもお兄ちゃんとは呼ばないし。
ここあは呼んでくれるけど、にーたん呼びだしね。
「う~///」
ポカポカと胸を叩いてくる伊織ちゃん、なんだか面白くって自然と笑顔になってしまう。
ずっと机に向いて疲れたのだろうか、そのままぽふり、と僕の胸になだれ込んできた。
暖かく柔らかな日差しと、湯たんぽのような心地いい体温と、まるでミルクのような甘い香り。
ああ、穏やかだなあ。
何度だってそう思った。
そんな平和な空間に。
「おい」
ピリリと辛い声でぴしゃりと空気を締める一声が。
ちょっとビックリしながらそっちを振り返ると、クイと顎で裏を示す。
裏、つまりは畑やら田んぼやらが広がっている場所だ。
ただ、それだけ示すとお爺さんは何も言わずどこかへ去って行ってしまったが。
えー?なに?言葉足らずにも程があるって前も言ったっけなこれ。
「ついてきて、だって」
「・・・わかるの?」
伊織ちゃんが唐突に口を開くので驚いて僕は聞き返した。
「うん。おじいちゃん口数少ないから」
態度で何が言いたいかを当てなきゃいけないらしい。なにその恐ろしいほどにつまんないクイズ。
「その、あの人とは長いの?」
なんとなく、お爺さんと言えなくて、咄嗟に濁してしまう。
「おじいちゃん?幼稚園の頃からだよ」
へー、幼稚園の女の子と一体全体どうやったら知り合うのだろうか。
・・・いかんせん犯罪臭しかしない絵面しか浮かんでこんのだが。
「おじいちゃんがね、幼稚園の給食のお野菜とかお米とか作ってるの」
「ああ、そういうことか」
よかった夕方のニュースになるようなことじゃなくて。洒落にならんからな。
「って、それより早くいかないと置いてかれるんじゃ」
なんて僕が危惧していると。
「大丈夫だよ。おじいちゃん絶対玄関で待っててくれてるから」
焦った僕とは正反対にお爺さんのことを知っている伊織ちゃんは落ち着いて廊下を歩いていく。
「・・・・まいったな」
ほんと、遠い血縁者よりも身近なご近所さんだよ。
「うーん・・・・」
「おい、そっちの草まだ残ってるぞ」
「あ、はい」
そんなわけで、お爺さんの後についていった僕らは予想通り畑に案内されて。
「腰が痛い・・・」
なぜだか畑作業を手伝うことになってしまった。
あんなに穏やかに思えた陽気な日差しは、背中をじりじりと照りつける鉄板のような不快さを伴っているし。
あんなに気持ち良かった緑の自然が、今は顔も見たくないほどに並んでいる。
「さっさとせんと夜になるぞ」
作業は難しいことはない、単なる草むしりだ。
が、これが百メートルほどの広さの畑となると話は別だ。
単純に広い、単純に量が多いというのはこれほどまでに苦痛なのかと。
普段はどうしてるのか、聞いてみたいが。
「——————、」
僕に一声かけると、即座に遠くの方に離れて行ってしまうので話ができない。
なんなんだ。僕にここらの田んぼを継がせたいんじゃないのか、それで手伝わせてるんじゃないのか。
さっきからキツイことばっかなんですけど。一ミリも心揺らがないどころか、僕にできるか不安しかないんですけど。
「お兄ちゃーん!」
「ん?」
ブンブンと手を振って、大きな声で伊織ちゃんが僕の名前を呼んだ。
振り返ると、おばあさんと一緒に何か持っている。
「休憩だ」
すっと横を通ったお爺さんにそういわれて、僕はほっと胸を一つなでおろした。
うっすらと額に浮かぶ汗をぬぐいながら独り言を吐くように。
「もう、春だなあ」
なんて。
いつの間にか、太陽はすっかり天高く上り、時刻はお昼にちょうどいい。
「おお!」
労働の対価には十分なお弁当がそこにはあった。
おにぎりや唐揚げ、天ぷらにさつま揚げ。
揚げ物ばっかやん。いや、別にいいけども。
「ごめんねえ、男の子が好きなものよくわからなくて」
「あ、いえ!なんでも大丈夫です」
どうやら気を使わせてしまったらしい。おばあさんの言葉に、申し訳なく思うと同時に食べきれるだろうかという不安もある。
まあ、お爺さんもいるし大丈夫かな。
「あ、お爺さんと伊織ちゃんのはこっち」
そう言っておばあさんが取り出したのはもう一つの重箱で。
そこにはポテトサラダや、プチトマトなど彩鮮やか、かつ健康的でヘルシーな料理が並んでいた。
うわあ、おいしそう!
基本的に好き嫌いはないけれど、後の作業のことを考えれば胃もたれしないこっちが良さげだ。
ま、文句言える立場じゃないし、そもそも文句というほど不満なわけでもないけれど。
外で食べるお弁当は、それだけで美味しいものだ。
「疲れたー!!」
「穂乃果、うるさい」
「き、筋肉が。筋肉がピクピクしてる」
三人が三人、完全に死んでいた。
一日中働かせられた。馬車馬のように働かせられた。
「二人は、なにしたの?」
畳に完全に五体投地の状況で、口だけ動かす。
「倉庫の片づけ」
「掃除」
うわー、バリバリの裏仕事ー。
「雪は?なにしたのよ」
「草むしり」
「「うーわー」」
二人して引かれた。草むしりごときでみたいな目で見られてる。なんだよ、結構頑張ったんだよこれでも。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「ん、大丈夫」
そういえば、伊織ちゃんは家に帰らなくて大丈夫なのだろうか。もうそろそろ日が落ちる時間だけど。
いくら慣れているとはいえ、流石に二日連続で泊まるのは無理だろう。
「ったく、へばるのが早いんだ。お前らは」
唯一、ピンピンしている姐さんが厳しい。おかしい、二人の話だと一番働いているはずなんだけど。
「・・・・じー」
「・・・・じ~」
えー、なんだろう。鬱陶しいなあ。
いつの間にか、二人が上体を起こしてこちらをジト目で見ている。
「なに?」
疲れてるから手短に頼むよ。
「仲良くなってる」
「・・・私がそこのポジションに収まるつもりだったのに」
二人の言葉に、僕と伊織ちゃんは顔を合わせる。
「いやー、伊織ちゃんといると楽しくって。ねえ」
「お、お兄ちゃんって呼んでいいって、言ったから」
どうやらまだ穂乃果たちには人見知りするらしい。お昼の声の張り方が噓のようだ。
「あ、もしもし。警察?」
「すいません冗談です」
結構本気のトーンだった。本気で携帯取り出してた。
なんて茶番をやってると。
ピンポーン。
と、不意にチャイムが鳴った。
「あ、おかーさんだ!」
伊織ちゃんは今まで見たことない元気さでドタドタと玄関へ。
取り残された僕らは、顔を見合わせて。
「行きましょ」
ツバサさんの一言で玄関へと歩き出す。
・
・
・
「うちの娘がどうもお世話になりました。ほら、ちゃんと挨拶」
てっきり、家庭環境に問題があるとばかり思ってた。
けれど、そこに出てきた母親はぱっと見いい人そうで。時折笑顔を交えながら感謝された。
伊織ちゃんも、今までのどの笑顔よりも楽しそうだ。
「お兄ちゃん、また明日」
「うん。また明日」
手を振って、いつまでも後ろ向きに手を振る伊織ちゃんを見送った。
「ほーんと、女の子と仲良くなることにかけて雪の右に出るものはいないわね」
ツバサさんがとげとげしい。
「明日はちゃんと遊んでもらうからね!」
いや子供か。穂乃果はちょっと論点がずれてるね。
ブツブツ言いながら、家へと戻る二人も見送って。
「夜は冷えるんだよなあ」
僕は一人、満天の星空を見上げながら、白い息を吐いた。
どうも!祝!!90話!!!高宮です!!!!
いやー、とうとう90話まで来ちゃいましたね。軽く引きます。
始めた当初はどこまで風呂敷を広げるのかも、いつまで続けるのかも決めてませんでした。まあ、今も決めてないですけど。
とりあえず、書きたいと思うことが尽きるまで頑張ろうかと思います。
それでは次回91話もよろしくお願いします。
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血の鎖ってヤツ
「えっと、じゃあどこ行こうか?」
「穂乃果はね!雪ちゃんが行きたいところに行きたい、な?」
「なーにが、行きたい、な?よ!雪?今日は私のお願い聞いてもらうんですからね!」
うーむ。困った。
お爺さんの家に来て三日目。明日は朝一番にまた飛行機で帰るということを考えれば確かに自由に遊べる日は今日しかない。
それを汲んでか、お爺さんも今日ばかりは畑の手伝いをしろとは言わなかった。
だからここぞとばかりに、迫ってくる二人に僕は強くは言えない。
ツバサさんはともかく、穂乃果なんて僕が無理言ってついてきてもらっている立場なんだし。
「なにさ!ツバサさんなんて本当は誘われてないんだからね!本当は、穂乃果と雪ちゃんの二人っきりだったんだから!」
「いや、二人っきりではないと思うけど」
お爺さんに会いにいくという目的だったわけだし、それに姐さんだっていたし。
ていうか今もいるんじゃないのそこらへんに。
なぜか姐さんの姿は今はこの家には見当たらず、できれば観光地を案内とかしてもらいたかったんだけど。
あれかな、面倒を察知して雲隠れかな?
「まああの姐さんだし。素直に観光案内とかされたら、逆に心配するけれどさ」
「ちょ、雪ちゃん!その名前出さないで!」
「そうよ!いつ、どの死角から脅してくるかわかんないんだから!」
うわー、姐さん完全に妖怪認定じゃないっすかー。どんなことしたらそこまで怯えられる存在になるわけ?ちょっとした伝承レベルだよそれ。
なんて言っていると経験上、本当に出てきそうではある。
「とにかく、今日は。今日こそは。穂乃果と雪ちゃんの二人っきりで遊ぶんだから」
「ちょっと!何さらっと私を外してるわけ!?」
いや、遊ぶのはいいんだけど。
さっきから、ちっとも議題が進みやしない。どこに行くかっていう問題が、一向に解決しないのである。
出来の悪い会社だなあ、なんて他人事のように思うけれど。
きっとその原因は僕にあるんだろう。
「ねえ、雪ちゃんはどこ行きたい?」
「本当に、雪の好きな所でいいのよ?」
「えっと、困ったな」
気を遣われているのか、それとも本気でそう思っているのか。
真偽のほどは定かではないが、そう言われて僕は困るタイプの人間だということはきっと二人はわかっているはずだ。
わかっていながらそれでも僕に決めさせようというのだから、なんだか裏でもあるのかと勘ぐってしまう。
だって本当に行きたい所なんてわからない。
この土地に何があるのかわからないということではなく、もっと根本的な問題として。
僕は、どこに行きたいのかがわからない。
昔から自分というものを持っていなかった。どこそこに行きたいと口にしたことも、思ったことすらない。
それは異常だ、とそう言われればそれまでなんだろうけど。
でもだって。それが普通だったんだからしょうがないじゃないか。その異常が、僕にとっては日常だったんだから。しょうがないじゃないか。
なんて拗ねてみせても、状況は変わらず。
「・・・・」
今まで考えても出てこなかったものが、急に出てくるはずもなく。
僕はただ、押し黙ってしまうばかりだ。
「そ、そんなに難しく考えなくていいのよ!もっと、こう!軽く!ふわっとなんかないの!?」
「んなこと言われたって」
ツバサさんが空気を察知し、僕に発破をかけてくれるけれど。それに僕は答えることができない。
きっと、僕のこんな性格をなんとかしようとしてくれているのだろう。もしかしたらその為にこんなとこまでついてきてしまったのかも。
「・・・大丈夫だよ雪ちゃん」
そんな僕の状態をみて、穂乃果は口を開く。
「大丈夫、皆ちゃんと雪ちゃんを待ってるから。おいていくなんてしないから」
「・・・穂乃果」
その言葉は、きっと本心で。
その言葉は、きっと総意なのだろう。
いや、だったらいいな。
そうだったら、いいな。
「じゃあ、もうちょっと考えさせて」
なんて希望的観測に浸りながら、僕はそう言った。
なんだかちょっと恥ずかしくて、頬を搔いてしまう。
そして、そんな「待った」を言えるってことは少しは成長したってことでいいんだろうか。
少しは自惚れても、いいんだろうか。
「うんうん!たっぷり考えなさい!私は雪が行きたいところならどこでもいいから!」
うーん、ツバサさんのそのセリフがプレッシャーになるんだけど。自覚はなさそうな顔だ。
なにせ、とっても嬉しそうなんだから。
なんてことをやっている間に、すでに太陽は昇りもうすぐお昼の時間だ。
うん。全然思いつかないな。びっくりするほど頭が真っ白だ。
「あなたねえ。生徒会の時はどうしてるのよ」
あまりにも考えこんでしまう僕に呆れた様子のツバサさんは朝の優しさを忘れてしまったらしい。
この間に、洗濯物を手伝ったり、掃除を手伝ったり、洗い物を手伝ったりしていた二人はついにやることもなくなりただぬぼーっと天井を見つめるマシーンと化していた。
「生徒会の時は、だって、みんながそういうの考えてくれるから」
レクリエーションであったりタイムテーブルであったり。そういうある程度自分で考えなさいってやつは全部みんなに任せていた。
「まったく、今度会ったら甘やかさないようにってちゃんと言っておかなくちゃ」
ぶつぶつと呟く言葉の端々からそろそろ決めてくれない?な空気がビンビンに伝わってくる。
でもなー、したいことが本当にないんだから仕方がない。
遠慮してるわけでも、ここで出来ないことがしたいというわけでもなく。
本当にないんだ。ゼロだ。ゼロ。
この数時間でわかったことはただそれを再確認しただけで。
結局、僕がしたいことってのは見つかることはなかった。
だから、それは本当に僕にとっては救いだったんだ。
「あれ?伊織ちゃん?」
縁側の向こう。広い庭園にいるはずのない少女がそこに立っていた。
昨日、お母さんに連れられて元気に帰っていった少女。
「どうしたの?学校は?」
ピンクのリュックサックに、麦わら帽子。黄色い水筒が目を引く出で立ち。
僕は気になりつつも庭に出てしゃがみ、伊織ちゃんと同じ目線になって尋ねた。
「・・・・」
けれど、伊織ちゃんはフルフルと首を横に振るだけで口を開いてはくれない。
格好からして、元々今日は学校ではなかったのだろう。きっと、遠足か何かかもしれない。
でも、どのみちここにいるのはおかしいわけで。
「お兄ちゃんたちさ、今日これから遊びに行くんだけど、どこかいい場所知らない?」
「ちょっと」
そのツバサさんの「ちょっと」は、ちょっと何も事情聴かないで、のちょっとなのか。それともちょっと自分で考えなさい、のちょっとだったのか。判別はしかねるけれど。
でも、ほら。やっぱり、僕には向いていないってこういうの。
人には、向き不向きがある。そして僕は自分から何かを選ぶということが致命的なほどに不向きなのだ。
それがわかっただけで、ねえ?
「・・・植物園」
「おっけ、じゃあ今から行こうか」
消え入るような声でそう呟いた伊織ちゃんの声を僕はしっかりと見逃さない。
ついでに、後ろでため息をついているツバサさんも、なんでか笑顔の穂乃果も。
そして。
「遅い」
玄関開けたら二秒で蹴りを入れられた姐さんも。
ていうか、なに?朝から待ってたわけ?玄関で?ずっと?僕たちが出てくるのを?
汗だくになった姿をみて僕は思う。
バカなんじゃなかろうか。
そんなこんなで僕たちは一緒にお弁当を持ち寄って、植物園へと来ていた。
「わー!すごいよ雪ちゃん!シロクマ!」
「うん、そだね」
どうやらここは動物園と植物園が同じ敷地内にあるようで、入り口から近い動物園へと僕らは立ち寄る。
そこまで大規模な動物園ではないし、特別な動物がいるわけでもないんだけど穂乃果は物凄くはしゃいでいる。
「よくはしゃげるわねえ。この年にもなって」
対してツバサさんは冷めてるご様子で、あまりテンションは上がっていないようだ。
「あ、ツバサさん。ふれあいコーナーあるみたいですよ」
「え!?嘘!?どこ!?」
僕が指さす前に自力で見つけると、ツバサさんはさっさと一人でふれあいコーナーへと走っていってしまった。
「ふわぁぁぁぁぁ!」
楽しそうで何よりです。
うさぎたちと幸せそうに触れ合うツバサさんをみて、そういえばと思い出す。
「あれ?姐さんは?」
残ったのは僕と伊織ちゃんと姐さんのはずなんだけど、その内の姐さんが見当たらない。
「あっち」
すると、伊織ちゃんが指し示す。
ふれあいコーナーを。
「姐さんも行くんだ・・・」
なんか、ちょっとイメージになさ過ぎてどう受け取ればいいのかわかりませんでした。
そんなこんなで無事、動物園コーナーを抜け。
森林生い茂る、綺麗な植物園コーナーへと僕たちは足を踏み入れていた。
「きゃー、雪!虫よ!虫!」
「え?あ、うん。そですね。虫ですね」
「きゃー、雪ちゃん!ハチだよ!ハチ!」
「あ、うん。そだね。ハチだね」
そりゃ植物園なんだからハチくらいいるでしょ。ミツバチだから大丈夫だよ。
なぜだかいつの間にか手を繋いでいた伊織ちゃんのポジションを二人が見事に埋めていた。
「きゃー、雪!花よ!花!」
「いやおかしいでしょ!植物園なんだから花くらいあるよ!ていうか、それがメインだよ!」
なんだろう、両端から謎のプレッシャーを感じる。お前らニュータイプかよ。
「・・・お腹すいた」
「そうだね。お昼にしようか」
ポジションを取られて若干不機嫌になった伊織ちゃんが不機嫌そうに声を出す。
僕はそんな少女のご機嫌を取るべくキョロキョロと座れそうな場所を探した。
「ふっふっふ。そんなこともあろうかと、これを持ってきたわ!」
そう得意げに言うと取り出したるはレジャーシート。
流石ツバサさん。略して”さすツバ”。用意がいいね。
「よし、じゃあ景色がいいところを探そう」
せっかくの植物園だ。場所取りは大事だよね。
そこではたと、僕はまた気づく。
「そういえば姐さんは?」
「あっち」
そしてこれまた伊織ちゃんが示す先には姐さんが。
「なんだ、こんな所にいたら踏まれちまうぞ。そら」
てんとう虫を逃がしてあげる姐さんがいた。
「いやどんだけ!?どんだけキャラに似合わないことするんだよ!違うだろ!姐さんはもっとこう非道で嗜虐的でもっとこう荒々しい悪魔みたいな人間だろ!?」
「お前私をどんな風に見てたんだ!!」
えー?軽く言って不良?
口に出した瞬間に、ドロップキックが飛んできました。
爽やかな風が吹くゆったりとした昼食タイム。
殺伐とした空気が流れてなければ、最高のお昼なんだけど。
そんな殺伐とした空気を出している姐さんは放っておいて、僕らは優雅にお昼としよう。
「これ!ほら!この玉子焼き!穂乃果が焼いたんだよ!」
「うん、知ってるよ。手伝ったからね」
そんでもってほとんど僕がやったからね。
「ちょっと雪!こっちのガランティーヌもちゃんと食べてよ!」
「いやそっちは知らないな!」
ガラ・・・なんだって?全然知らない!全然字面だけでどんな料理かわかんねえよ!
ていうかこんな片田舎で何作ってんの!?何そのセレブアピール!?
「ほら!早く食べなさいよ!」
「待って待って!どう食べればいいの!?ていうか何料理なのそもそも!?」
「早く食べなさいと冷めちゃうよ!」
「うんお弁当って基本冷めてるけどね!!」
ぐいぐいと両頬に突っ込まれて痛い。せめて口に入れてくださいませんかね!
だから、この状況から逃げる道は。
「い、伊織ちゃんのお弁当も、美味しそうだね?」
伊織ちゃんしかない。
「うん。お母さんが、作ってくれたから」
おお、よかった。ちょっと機嫌が直ったみたいだ。
嬉しそうに微笑みながらミートボールを頬張る姿を見て、僕はほっと胸をなでおろす。
「ほんとはね。芋掘り遠足だったんだ。お母さんたちと一緒に行く」
その一言で、僕は察した。
ああ、きっとそこにお母さんはいなかったんだろう。と。
忙しそうな、見るからにキャリアウーマンっぽいお母さんだった。仕事か何かが急に入ってしまったのかもしれない。
「そっか」
それ以上追求することはしなかった。
しなかったのに、伊織ちゃんは口を閉じようとはしない。
「朝までね、一緒に行くって約束してたのにね。お母さんお仕事だって」
見ると、伊織ちゃんは泣いていた。
雫がポロポロとこぼれ落ち、頬を伝う。
僕は慰めればいいのか、涙を拭けばいいのか分からずにただ、「そっか」と息を吐くことしかできない。
隣にいるツバサさんも、あの姐さんでさえどう声を掛けていいかわからない。そんな様子だった。
ただ、こういう時に。
真っ先に頼れる女の子が僕にはいた。
いつもそれに振り回されていたし。いつもそれに助けられていたように思う。
「じゃあさ!海に行こう!!」
スクッと立ち上がったかと思うと、暗い雰囲気を一辺に吹き飛ばしてくれる。
そんな嵐みたいな、女の子が—————————。
「海だーーーーー!!」
四月のこの時期の海とあって、流石に浜辺には人っ子一人いない。
どうして僕らはこう、まともな時期に海に行かないんだろうか。真姫ちゃんの別荘に行った時くらいじゃないか?真夏の海って。
潮風に吹かれ、身震いしながら僕は浜辺に腰を下ろす。
「キャーーー!」
「つめたーい!」
「やったわね!」
三人の甲高い声を聞いていると、さっきまでの空気が本当に嘘のようだ。
ずっと浮かない顔をしていた伊織ちゃんも、今は本当に楽しそうで。
それを遠目から眺める僕らは、まるで子供を見守る親みたいだ。
「どうだ。女子のキャッキャウフフな光景は」
「変な言い方しないでよ。姐さん」
最初の頃から比べれば、ここ二日で大分マシになった姐さんとの会話。
「・・・・」
「・・・・」
時々止まるけど、でも、以前のような居心地の悪さみたいなものはもうない。
ここから、少しずつ。マシになっていくのだろうか。
今はまだ、そこに答えは出せないけれど。
「どうなんだよ。結局」
「なにが?」
質問の意図がよくわからず、僕は聞き返す。
いつもはっきりくっきりばっさりの姐さんらしくない、言い淀んだ質問だ。
「言わなきゃわからないのか?」
「・・・・そりゃわからないだろ」
別に僕がエスパーというわけでもなければ、姐さんと以心伝心できるほど心を通わせた自覚もない。
それでも、少しだけ心当たりがあるのはなぜだろう。
「どうするんだよ。今のままじゃいられないのは、お前だってわかるだろう」
依然として、核心を突いた言い方はしない。あくまで、最終的な決定権を僕に任せたまま。
「どうするって言われても、どうしようもないのが現実でしょ」
そのまま、僕も相手の土俵に乗っかって話を続ける。
「そうやって、相手の出方を伺って。何かいいことあったか?」
「少なくとも、悪いことはなかったよ」
「いつまでびびってるんだ。お前は」
「いいじゃないか、怖がったって。それの何が悪いってんだ」
「お前、何でここまで来たんだ。何かを、決断するためじゃないのか」
「独りよがりな決断なんて、何の意味も持たないよ」
噛み合っているようで、実質嚙み合っていない会話は。
「・・・」
「・・・」
やがて沈黙を呼ぶのには最適な会話だった。
姐さんは明らかにイラついていて、僕は体育座りから抜け出さない。
姐さんの言うことはもっともで、的確に、そして明確に的を得ていた。
確かに僕は何かを決断するために、そして、何かを変えるためにここにきた。
自分のルーツってやつを知れば、何かが勝手に変わるのだと。そう期待して。
だから考えるよりもまず、足を動かそうとして。でも結局できなかった。
だって、そういう生き方を僕はしてこなかったから。いつまでもいつまでも、うじうじと考えて。
そうして出した結論に、いつまでもケチつけてる。
そんな人生だったから。
「イイ人たちでしょ?」
「・・・そうだな」
「本当に、僕には勿体ないくらいの。イイ人たちなんだ」
もう、釣り合わないとか。なんで僕なんかの側にいてくれるのかとか。まあ、たまに寝る前とかふと考えたりするけれど。
それでも、それに囚われるようなことは無くなった。
まあ、これだけ生きてて前進したのなんて。前進したと実感できることなんて、それくらいしかないのだけど。
「だからこそ、怖いんだ。安易に出した結論が。全てをぶち壊しにするんじゃないかって」
それが怖い。それだけが怖い。
自分が一人になるのはいい。自分が破滅するのはいい。
だって、自分だったら頑張ればいいだけの話だから。自分が我慢すればいいだけの話だから。
そんなものはいくらだってできる。
だけど、他人だとそうはいかない。
自分は何もできないし、見てるほかない。
それが、どうしても怖い。自分の手でそうなってしまうことが。
「・・・そうか」
姐さんは黙って聞いていた。さっきまでの問答なんてなかったかのように。
ともすれば最低な、自分のこと以外の気持ちを何も考えていない。ただの、僕の感情を。
「ふーん」
「・・・なに?」
じっと、僕を見つめてくる姐さんの視線が居心地悪い。
「いいや、大事なんだな。と思ってさ」
貶すようでも、冷やかすようでもなく。
ただ、純然たる事実だと、そう言うように。
「良かったな。そういうやつらに出会えて」
「・・・うん」
二人して、海を見ながら。
揺れる波の音と、三人のはしゃぐ声をBGMに。
中学の頃を思い出す。
本当に何もなかった。あの空っぽの時代を。
色で言えば灰色の、あの時を。
「まあ、考えて出した結論なら。私は応援するよ」
そんな時間を過ごしながら、姐さんは立ち上がる。
きっと時間にして数秒の、けれど永遠にも感じられたその時を断ち切るように。
「なんか偉そうだ」
そんな態度が気に入らなくて。僕は不満げに声を漏らす。
「偉そう、じゃなく、偉いんだ」
パンパンと、ズボンについた砂を払いながら姐さんは言葉を続ける。
相変わらず、イヤミったらしいほど長い脚だ。
「姐さんだからな」
何気なく言われたその一言に、僕は不覚にも、どうしようもなく泣きそうになる。
まるで今、ようやく本当に僕らは家族になれたようなきがして。
「もう、私はいらないんだな」
だからこそ次の一言を逃した。僕だけじゃなく、姐さんの切ない声を。
「あっ」
なんて言葉を返そうか、迷っている間に。
姐さんは「おら、そろそろ帰るぞー」なんてお母さんみたいに三人を呼びに行く。
その後ろ姿を見ながら、僕はもう一度ここに来ようと思った時のことを思い出して。
ここに、来てからのことを思い出して。
「よし」
ちょびっとだけ、勇気が湧いた。
夕陽が綺麗に赤く染まる中、人もまばらな電車の中。
「ねえ、何を話していたの?」
席は一杯空いているのに、僕の膝の中で眠る伊織ちゃんと。
僕の右肩で居心地良さそうに腕を抱きながらスースー寝ている穂乃果。
となれば、残るはツバサさんで。
「何って、別に、大した話じゃないですよ」
姐さんは、いつもならくっつきすぎだと怒るのに。今はただ、黙ってドアに寄りかかっている。
「そう、教えてくれないのね」
少し寂しそうに、けれども少し嬉しそうにツバサは口を開く。
「でも、良かった。無理矢理にでもついてきて」
「いや、本当にそうですね」
良かったという部分にではなく、無理矢理にという点に同意する。
「学校じゃあ知れないあなたのこと、沢山知れたもの」
瞳を閉じて、ツバサさんはそう言った。
一体、僕のどんなことを知ってしまったのか聞いてみたい気持ちは臆病風に吹かれて消えたけど。
ツバサさんは瞳を閉じたまま。僕の肩に寄りかかってくる。
そうして、一日が終わる。
明日はもう、帰る時間だ。
どうも皆さんフレームアームズガール!高宮です。
一か月ぶりだというのに、後書きに書くネタがなんもない。この一か月何してたっけ?と、自分で思い出せません。重症だと思います。
ということで、次回もよろしくお願いします。
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「終わりなき道」
海から帰って、僕らは家に帰ってきた。
伊織ちゃんはちゃんと母親と学校に連絡して、迎えに来てもらうことになっている。
そして僕らも、遊び疲れて心地よい疲労感のまま。
今までと同じように、微かに最期を惜しみながら。
黙ったままのお爺さんと、考え込んでる僕と、素知らぬ顔でご飯を口に運ぶ姐さんを尻目に談笑に興じる他の三人。
そうやってなんでもないご飯を食べて、暖かいお風呂に入って。
伊織ちゃんをちゃんと見送って。
明日の飛行機の見送りを約束されて。少し寂しそうな表情を見送って。
そしてクーラーの効いた部屋で布団にくるまって寝る。
わけには、僕だけはいかない。
だって、僕は観光に来たわけでも、ツバサさんや穂乃果と親交を深めに来たわけでもない。
そして姐さんに会いに来たわけでも勿論ないのだ。
そう、僕の目的は僕の願いはもっと別のことで。
「待たせて、すいません」
「・・・・ああ」
しゃがれた声からは今まで生きてきた年月が伝わる。
その皺だらけの肌からは、今までの苦労が透けて見える。
その一挙手一投足から、これまで積み重ねてきた何もかもが僕を圧倒する。
年を取るというのはそれだけでこうも違うのかと、自分の覚悟が揺らぎそうになる。
「————————————、」
揺らぎそうになって、ツバサさんの顔が、穂乃果の顔が、皆の顔が。
そして姐さんの顔が浮かんで。
僕は覚悟を思い出した。覚悟を決めたのではなく、思い出した。
「この家を継ぐがどうか、そういう話でしたよね?」
「ああ」
今度は間髪入れずにお爺さんは答える。
相変わらずその表情からも声からも、感情は読み取れない。
そもそも、なんの面識もない僕になぜ家を継がせようと思ったのか。それすら僕には曖昧だ。
聞けば答えてくれるのか、くれないのか。気にならないわけじゃあないけれど。
でも。
それで僕の気持ちは変わることはないんだから、結局は意味のないことなんだろう。
「家を、畑を継ぐという話。すいません、断らせてください。ごめんなさい」
畳の部屋で、中央にある真っ黒い机を挟んで対峙する僕とお爺さんの距離は、きっと目に見えるそれよりも遠く離れている。
だけど、だからこそ。
どれだけ遠かろうが、この気持ちだけは伝えなきゃいけない。この僕の中での決定だけは許し、理解してもらわなければならない。
頭を下げて、僕はそう口にした。
「なぜだ?畑の仕事が辛かったからか?」
「違います」
畑の仕事が辛くないという意味ではなく、それが理由ではないという意味で。僕は頭を上げ、目を見て否定する。
「じゃあ、なぜだ?」
威圧感たっぷりのその声は、不服そうに僕を責め立てる。さっきまで感情なんか見えなかったのに。
それほど意外だったのだろうか、でも僕の中ではきっと来る前から決まってた。
ここに来てようやく自分の中の気持ちに気付いたのは、きっと愚鈍だといわれるべき類のものだろうけれど。
「——————————僕には将来やりたいことなんてわかりません。どころか今自分が何をしたいのかそれすらはっきりとはしない」
それは家庭環境のせいなのか、それとも元来持った性格なのか。原因がなんなのかに興味はないし知ることもできない。
だけど。
「それでも、一緒にいたいと思える人達がいるんです。一緒にいたい人達がいるんです」
お爺さんは口を挟まずに聞いてくれる。こんなどうしようもない僕を。
”どうしようもないことを決めてしまった僕を”。
「確かに、こんなあやふやな僕には願ってもない安定するチャンスなのかもしれない。手を伸ばせばまともに仕事に就ける、そんなチャンスはそう何回もないのかもしれない」
でも、それを手放してでも。手に入れたいものがあるんだ。
例え誰もかれもを傷つけてしまうのだとしても。
だって、こんな僕なんだ。両手が塞がるほどの願いは持ちきれない。
「俺は、あいつを息子だとは思っていない」
お爺さんのその声は、また感情のわからないそれに戻った。
僕がその機微を受け取れないだけかもしれないけれど。
「だが、お前のことは自分の孫だと思ってる」
「————————!!」
初めて言われたその言葉。ずっと不安だった、欲しかったかもしれないその言葉に。
でも僕は、不思議と冷静だった。
「・・・じゃあ、なんで今まで連絡しなかったんですか?」
怒っているわけでもなく、ただ純粋に疑問として自分の中にあったそれを僕は勢いで外に出す。
きっとお爺さんの言葉がなければ出さないはずだったそれを。
「それは・・・・」
そこで初めてお爺さんは言い淀んだ。口数少ない人だけれど、そんなことはこの数日で初めてだった。
「それは、爺さんが弱かったからだ」
「姐さん!?」
二人っきりだったはずの部屋の襖がいつの間にか開いていて、そこに姐さんは凛と立っていた。
「なんでここに?」
大事な話をしているなんて、姐さんはわかってたはずだ。
「当たり前だろ。”私だって、雪の家族だよ”。家族の決めたことを私には聞く権利がある」
・・・・ああ、確かに。それは本当に、当たり前で。確かなことだ。
妙にすっきりと納得してしまって、僕はそれ以上何も言えなくなった。
そんな僕を見て、姐さんは口を開く。
「爺さんはな、ずっと怖かったのさ。お前に恨まれているんじゃないかとな」
「・・・・・・」
恨む?なぜ?だって、僕とお爺さんなんて会ったことすらないはずだ。僕はその存在すら、手紙が来るまで忘れていたんだから。
でも、そんな疑問もお爺さんの悲痛な表情でかき消されていく。
「母さんが死んで、”アイツ”が自暴自棄になって私を捨てて。お前とここに来たことがあったんだろ?」
「・・・・うん」
それは覚えている。門前払いされたことも・・・。
「え?もしかして、そのことを?」
「それ以外、お前との接点があるか?」
ない。姐さんはいつものように冷酷に真実を突き付けてくる。
つまり、その時のことをずっと気に病んでいたのだ。目の前の無口なお爺さんは。
ありえないだろ、そんなの。だって。
「家族だから。悩んでたんだ。家族だからずっと気にしてたんだ。なんてことない、私と同じにな」
その言葉はぶっきらぼうに言い放たれた割には、なんだか僕を暖かく包んできて。
それが厄介なほどにやけに優しいもんだから、僕はもう。なんて言っていいか。本当にわからない。
本当に、わからない。
「これが、その証拠」
そう言って、ただ座りつくす僕に姐さんは一冊のアルバムを渡してきた。
中身を見なくても、それがなんなのかは流石に分かった。
「——————————、」
パラリ、パラリ、とめくって。写っていたのは赤ん坊だったころの僕と姐さん。二人の赤ん坊を抱きかかえて幸せそうに笑う母さんと。そして、父さん。
アルバムは重たくて、重たくて。
だけどその重さに似合わずにページはすぐに白紙になる。きっとその頃はすぐにいっぱいになると思っていた、残りのページ。
「大事そうに、押入れにしまってあったよ」
「・・・そ、っか」
さっきから、言葉がうまく出てきてくれない。まるで、喋り方を忘れてしまったかのように胸がいっぱいで、アルバムを抱えたまま動くこともままならない。
何分が経ったのだろうか。それとも何分も経ってなかったのかもしれない。
僕はようやく口を開くことができた。
「それでも、でもやっぱり継ぐことはできません。今、大事なものは僕にとっては変わらない」
馬鹿で、真っ直ぐで。意地悪で、素直で。楽しくて、辛くて。
キツイときに一緒にいてくれて。
笑いたいときに一緒にいてくれて。
泣きたいときに一緒にいてくれる。
そんな皆と、僕は一緒にいたいんだ。
あの時も、その時も、この時も、それはずっと変わらずに、その思いを持ち続けて、そしてそれは今もなお色褪せずに僕のずっと真ん中を通っている。
いつかは離れ離れになるのだとしても。
それが訪れるのはもっとずっと先のことでいい。もっとずっと先の話でいい。
「そうか」
お爺さんも今度は「なぜ」と、問うては来なかった。
伝わったかは分からないけれど、納得してくれたかはわからないけれど。それでもきっと、理解はしてもらえたと思う。
そうして、僕のきっと人生の中でもベスト3に入るくらい、マトモなやり方で自分の気持ちを衝突もなく伝えられたのだった。
「・・・って、どうした?もう爺さんは行っちまったぞ?」
「どうしよう姐さん」
お爺さんは僕の言葉を聞いて納得してくれ、そして部屋を去った。
「ああ、そうだよな。お前の人生を決めることだったんだ。急かしちまったな」
そんな余韻を感じたのだろうか、姐さんは普段使わないような声色で優しく肩に手を添えてくれる。
「いやそうじゃなくて、正座しすぎで足が動かないんだけど?ちょっと、どうしようこれ?」
「・・・・・・・」
ああ、台無しだっていうその瞳。バンバン感じてるから取り敢えず助けてくれます?
「っていうことが、昨日の夜にあったんだけど」
一夜明けて今日。東京へと帰る日はこれ以上なく晴天でこれ以上なく暑い日だった。
「そう、良かった・・・でいいのかしら?」
「・・・多分?」
昨日の夜のことを話さないわけにもいかないので、僕は二人にちゃんと打ち明けていた。だって、姐さんの口からポロリと出たりしちゃったらまた怒られそうだったし。
二人とも、微妙な反応なのは予想の範疇。
そりゃそうだろう。途中経過も何もなしに、結果だけを聞けば「ああ・・・そうなんだ・・」くらいの反応の話だ。
ただ。
「怒んないの?」
僕は恐る恐るにそう尋ねた。
勝手に一人で決めたこと。相談なんか何もしなかったこと。
てっきり文句くらいは言われると思ったけど。
「なんで?雪ちゃんが、そう決めたんでしょ?なら、怒ることなんて何もないよ」
「そうよ。ま、少しくらい話してくれてもよかったとは思うけどね。もう慣れっこよ」
二人とも、緑茶をすすりながらもうベテランのような雰囲気を醸し出している。
頼りになるなあもう。
自分でも口角が上がるのがわかってなんだか恥ずかしいけれど。
それでも、やっぱり自分の選択が自分の中で今一度浸透して、間違ってはいなかったと思える。
そして実を言えば、もう一つ。
決めたことが、あの夜にあった。
————————————————昨日の夜。
「それで?そこまではっきり爺さんに言ったってことは、身の振り方を決めたってことでいいんだよな?中途半端ってのは私は一番嫌いだぞ」
さっきまでの姐さんとは思えないほど冷たい声と、視線で僕を射止める。
「ああ、決めた」
だから、それに負けないように。僕もしっかりと姐さんの両の瞳を見据えてそう言った。
「・・・そうか」
そんな僕の態度を予想してなかったのだろう姐さんは多少面喰ったようだけど。
「それで?どうするんだ?決めたってことは、アイツらの気持ちに向き合うってことだろう?」
誰もが口にしなかった、できなかったその問題に姐さんだけはズバズバと切り込んでくる。
当事者ではなく、けれど関係者である姐さんはきっとその辺は言いやすいというのがあるのだろう。
「ほら、さっさとゲロッちまえよ。誰を選ぶんだ?あの金髪か?それともツンデレ?一緒に来てる二人って線もあるよな」
・・・関係ないかな?ただ言いたいこと言ってるだけかなこの人。
一ミリも笑ってないその表情で淡々というもんだからわかんないけど。
「あと、あれか。幼馴染なんだっけ?あのアホ面と一緒にいる三人は。黒髪ツインテもいたな。やたら声の大きな元気っ娘も、大人しそうな眼鏡もいたし、お前んちに警察が来た時にも女を連れ込んでたよな」
「変な言い方しないでよ」
きっと、僕のこの決断を聞いたら姐さんは・・・。
姐さんは・・・・どうするんだろうな?
やっぱり怒るかな?それとも突拍子もなさすぎて笑う?
意外と受け入れたりして。
わかんないや。
ていうか以外と皆のこと知ってるんだな。会ったこととかあったっけ?少なくとも僕は紹介してない。
なんて類のことを発言すると。
「・・・知らねえよ。そんなには」
どうやら自覚してなかったようで、姐さんは少し驚いたように目を見開くとぷいっとそっぽを向いてしまった。
(うわー、レアすぎてこれ多分もう一生見られんだろうなあ)
口にしたらまた元の姐さんに戻りそうだったから口にはしなかったけど。
・
・
・
そしてわずかな沈黙が場を支配して。
待ってくれてる姐さんのためにも言わないという選択肢はすでにない。
そう、いうんだ。だって、結局当事者である皆に言わないという選択肢はそれこそ本当にないんだから。
だから、ここで立ち止まってちゃ話にならない。
「で?だれを選ぶんだ?お前は」
姐さんは話しやすいように促してくれる。
こうやってようやく知る姐さんの優しさに甘えながら、僕は口を開いた。
「そうだね。選ぶ、選ぶか・・・」
「?」
「選ぶ、なんていう表現を使うとしたら。うん、僕は」
そして僕らは東京に帰る。
一つの幕を閉じるために、カーテンコールを下すために。
「誰も選ばないよ」
いつまでもぬるく甘いお湯につかってるわけにはいかないから。
答えを、出しに行くんだ。
次回最終回。
「進んだ先に」
どうも皆さんお久しぶりです高宮です。一か月ぶりというこの体たらく誠に申し訳ございません。
ポケモンのほうはゴリゴリ更新していたのに、こっちはまったく更新できませんでした。
ということはこれくらいにして、さあいよいよ次回最終回です。ここまで読んでくださって皆さんありがとうございました。
とはいえ、次回もあるし、ちょっとした報告もあるので次回も変わらずお待ちいただければ幸いです。
この一か月はその報告のための前準備と思ってもらっても結構ですよ!
あ、EX系の話のネタはこれまで通り受付てますんでそちらもよろしくお願いします。
ではでは、また次回お会いしましょう。
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そして僕らは進んでいく
「じゃあ、ここでお別れね。また明日。雪」
「ええ、さようならツバサさん」
空港について、帰り道が別なツバサさんと別れ、僕と穂乃果はついぞ二人っきりになった。
この突発的な旅行で最後になってようやく初めて。
「あっと・・・帰ろうか」
「うん」
なんだか変な感じだ。どこからともなく風が吹いて二人の間を駆け抜ける。
どんよりとした雲は重たく感じ、忙しない人の動きは僕らと時間の動きが違うようで。
久しぶりの東京はやっぱり人が多い、なんていうつまらない感想しかでてこなくて。
それはきっと僕の心がつまらないからだろう。
今から起こるあれやこれやに憂鬱になっているからだろう。
きっとそれを、穂乃果は感じ取っているに違いない。さっきの返事で、そう思った。
何年一緒にいるんだろう。その日々を長いと感じたことはないけれど。
最近、ふとした瞬間に振り返る。そして気付くんだ。今までの道のりの長さを。
そして同時に、これからの道の短さを。
「穂乃果」
僕は彼女に呼びかける。自分でわかってしまうくらい、真剣でどこか悲痛さを帯びたその声で。
「なぁに?雪ちゃん」
そのことをわかっているはずなのに、それでも穂乃果はいつもの笑顔を崩さない。
太陽みたいに明るくて、悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるほどに眩しいその笑顔。
その笑顔に何度救われて、その笑顔に何度悩まされたのか、数えるのも億劫だ。
「帰ったらちゃんと伝えるって言ったよね?」
「・・・そうだね」
「明日、皆を集めてほしい。そこでちゃんと伝えるから」
「わかったよ」
穂乃果は理由を聞かない。
なんで穂乃果を連れてきたのかも、お爺さんと何を話していたのかも。
なんで僕が決断できてしまったのかも。
何も聞かない。
「ちゃんと聞くね」
一歩前を歩いている彼女の顔は見えない。
どんな表情をしているのか想像できなかったけれど。
どこかそのことに僕は、ほっとしていた。
~遡ること五日前~
「こ、こ、告白されたああああああああ!?」
ツバサさんの絶叫が生徒会室に響いたのは、お爺さんの電報が届くほんの前日だった。
「しー!しー!ちょ、声が大きいですって!!」
僕はそんな彼女の口を慌てて塞いで、いないとはわかっていても周りをキョロキョロと見回してしまう。
「ど、どこが!?はろばぱろぷんて!?」
「落ち着いてください、セリフが滅茶苦茶です」
正しくはどこの誰に、だと思う。
「どこの!?誰に!?」
多少落ち着いたのか、ツバサさんはひどく充血した瞳で僕の顔を覗く。クワッて感じで。
あ、これ全然落ち着いてねえや。
「・・・それは、まあ。言わないですけど」
なぜこんなことになっているのかと言えば、事の発端は二日前。
僕の家のボロボロの長屋に最早オブジェクトと化した郵便受けがある。
そこになぜだか九枚のラブレター、が、あったのだ。きちんと九通りの封筒に入った可愛いらしい女の子からのラブレターが。
誰が、いつ、何のために入れたのか。
それらの疑問はその封筒を開ければ解決することくらいはいくら何でもわかっていた。
でもあまりにも唐突で、唐突すぎて。
心の準備も何もかも、出来ていなかった僕は未だにその封を開けられずにいる。
「だから、どうしたらいいかって。そういう相談なんですけど・・・」
「・・・な、なるほどね。そっかそっか、うんうん。そういうあれね。なるほどなるほど。ふーん」
平静を装っているのであろうツバサさんは、動揺が隠しきれていない。
いやなんでツバサさんが動揺してるんだよ。すげえ目が泳いでるじゃん、バタフライしちゃってるじゃん。
「ちなみに、なんで・・・その・・・私なの?」
ツンツンと指を突っつきながら、なおもバタフライは距離を残しているらしく全力で水飛沫をあげている。
「いや、だって。こんなこと相談できるのツバサさんしかいないし」
ツバサさんがこういうの一番慣れてそうだったし。
「ダメ、でしたか?」
自分でいうのもなんだけど、僕はあまり人に頼るという行為に慣れていないから。
だから気づかない内になにか失礼なことをしてしまったかもしれない。
そう思って聞いたのだが。
「いえ、正解よ。大正解。特にミューズの皆には言ってないでしょうね」
「え、ええ。まあ」
あんまりにも力強く言うツバサさん。どうやらこのラブレターの差出人が誰だかもう検討がついているみたいだ。
「・・・やっぱ、皆なのかな」
ぼそりと、自分でも気づかない声量で言ったその一言を、どうやらツバサさんは捉えたらしく。
「なんだ。中身読んだんじゃない」
「いや、読んではないですけど」
ツバサさんのその反応と、九という数字。
皆の顔が浮かぶのは仕方ないというものだ。
「そういうのばっかり鋭いんだから」
「褒められてます?」
「いいえ、けなしてます」
あ、けなされてたんだ。
ストレートに言われたからかな、その衝撃も真っ直ぐ僕を貫いてるんですけど。オブラートっていうクッション挟んでもらってもいいですかね?
「でも、だとしたら。一体どんな内容なんだろう」
「・・・え?」
僕の言葉に、今度は意味が分からないといった様子のツバサさんが素っ頓狂な声を出す。
「いやだって、てっきりラブレターかと思ってたけど。皆が出したのならきっと僕への不満とか。口では言えないダメなところをあれやこれやと上げ連ねて日頃の鬱憤を晴らそうとかそういうヤツだきっと!」
「今更だけど普段どんな関係なのよあなたたち!」
わなわなと震える僕にツッコムツバサさん。だってー、皆が僕にラブレターとかありえなさすぎてー、もうギャグじゃん?
「いいから、もう開けて見てみなさいよ。ごちゃごちゃ考える前に」
「・・・でも、開けたら爆発するとか」
「ないから!!」
ない?絶対?絶対ないって言いきれる?
そんな僕に呆れてツバサさんは一言そう言った。
きっと最初から気付いていたその一言を。
「・・・・開けるのが怖いの?」
「そんなんじゃないですけど・・・」
そんなんじゃあないけれど、続く言葉が笑っちゃうほど出てこなくて。
生徒会室はシンと静まり返ってしまう。
「あ、えと・・・・ごめんなさい」
どうしていいかわからなくて、取り敢えず口に出た言葉は謝罪のそれで。
「そんなんじゃないのなら、ちゃんとみなさいよ」
ツバサさんはいつもより冷たい声で、けれどいつもより僕を、いや僕らを案じたその言葉を僕に投げてツバサさんは部屋を出ていってしまう。
—————僕は、僕はいったいどうすればいいのか。
その答えを得る、だなんてそんな大層な思いもなにもなく。
僕はなし崩し的にその封を開いたのだった。
「—————————————————————————————————。」
「ああ、そっか」
後ろ手に扉を閉めて、ツバサはそれ以上一歩も動けやしなかった。
雪にちゃんと見ろなんて言って、きっとそれを一番していなかったのは自分だ。どこかでまだ大丈夫だなんてそんなことを思ってた。
こんなにちゃんと考えて、そして行動に移すだなんて。思ってなかった。
「ダメだなあ。私」
座り込むことも、憤ることも出来ず。
ただただ、綺羅ツバサはそこに佇んでいた。
————————。
なんてことがあったのが、お爺さんに会いに行く前のことで。
それからずっと考えていた。
あの手紙のことを。
これからのことを。
これまでのことを。
答えを出せるのかなんて自信はなかった。だって、これまでがこれまでだったし。
でも、もう決めた。
僕の中では、これ以外考えられないし。これ以上の方法はない。
きっと僕らは出会ったときから・・・。
「みんな、もういるのかな」
真っ青でどこまでも広がる空も透き通るほどの日の日差しも、どこかで鳴いているセミの声も。
何もかもが僕には届かない。
僕の中には、もう。
九人のことしかなかった。
音ノ木坂の階段を登るのもいつぶりだろう。
休日に学校に部外者が入っていいのだろうか。
まあ、今更か。
段々と見えてくるその校舎、こんなにでかかったっけと首をひねる。
その一挙手一投足が、なんだかフワフワしていた。
やることなすこと、全部変に芝居がかってしまう。
「ふー」
どうしていいかわからなくて、経験なんてないから。
だから、確実にわかることをしよう。
皆が待つ、あの部室へ。
行くことしよう。
「あ」
扉を開くと、そこには皆がいた。
凛がいて、花陽がいて。
ちょっと離れて真姫ちゃんがいて。
絵里先輩がいて隣に希がいて。
椅子がないわけじゃなだろうに壁に背中を預けているにこちゃんがいて。
ぴんと背筋を伸ばす海未がいて。
いつもの笑顔がどこにも見えないことりがいて。
そしていつになく真剣な表情をしている穂乃果がいた。
「来ましたね」
海未の言葉に僕はこくりと頷く。
頷いて、でもその次の言葉が。
きっと僕の番のはずのセリフが頭から浮かばない、口から出ていかない。
ここは本題じゃない。だから何だっていいはずなのに。
なのに、何も出てこない。
・・・・バシリ!
音が響く。空虚で乾いた音が部室内に木霊する。
「大丈夫?ほっぺ?」
「うん。ありがとう絵里先輩」
皆が驚いた顔を僕に向けたけれど僕は気にしない。
自らの手のひらと頬が同じように赤く腫れるけれど、気にはしない。
そうさこれは僕の問題だ。僕がしっかりしなきゃいけないんだ。
だって、これからすることは”皆を裏切ることなんだから”。
「えっと、今日ここに皆を集めてもらったのは・・・僕です」
「知ってるわよそんなこと」
だよね真姫ちゃん。髪の毛をいじりながらも緊張してるのがわかるよ。
僕だってそうさ、いつになく緊張している。ラブライブに雪で遅刻しそうになったあのときよりも。
「皆の手紙、読んだよ」
「・・・・・!!」
皆の緊張感が一段と走る。
アレをもらってすぐお爺さんに会いに行ってしまったから、あやふやになっていたソレを僕は掘り起こす。
「あれからずっと考えてた。どう返事をすればいいのか、誰を想って誰を想わなくていいのか」
そして。
「返事、するね」
きっと僕らは出会ってしまったことがもうすでに破滅だったのだろう。
出会ったことが罪で、同じときを共有したことが罰だったのだろう。
「僕は、誰とも付き合わない。男女の関係にはならない。ここにいる、ここにいない誰とも」
「なんでって、聞いてもいいのよね?」
ここにいる全員が気になっているそれをにこちゃんが代弁する。
「勿論。ちゃんと話すよ、わかってもらうために」
僕の決断をちゃんと理解してもらうために。
「手紙を読んで、その、皆の「好きです。」て文字を見るまで正直信じられなかったし、そんでもって同時に嬉しかったよ」
だってそうだろう。ほかの誰でもない僕を好きだなんて言ってくれる、こんないいことはない。
最高に幸せで最高に嬉しい出来事だ。
そう、それが一人からの好意であるのなら。
「皆が僕を好きだって言ってくれて嬉しいし、僕もきっと皆のことが好きなんだと思う」
恋だの愛だのそんな難しいことはわからない。いや、わからなかった。
だから、僕は僕がわかる範囲で感じられる範囲で必死に考えた。
僕の望みはどうやったら実現するのかを。
「皆は僕が好き。でもさ、僕は逆なんだ」
「逆?」
それまで皆、僕の一人語りに黙って耳を傾けていた。
花陽の言葉に僕はまた頷く。
「そう、僕は皆が好きなのさ。誰か一人だけじゃない、皆が好きなんだ」
でもそれは誰でもいいってことじゃなくて、皆じゃなきゃいやなんだ。
皆いつまでも一緒ってわけにはいかないのなんて百も千も万も承知だ。
だけど、僕は誰かひとりを選んで誰かが泣いてしまうのなら。
だったら、皆を泣かせようと思った。
誰かを選んで、誰かが傷つくのなら。
皆が傷つくほうがいいと、思った。
これが、一生懸命に無い知恵ひねって考えた結果。
僕の答え。
「皆を幸せにするなんて、そんなカッコイイこと言えないし。多分無理だ」
「だから、皆を不幸にするほうがいいって本気でそう思っとるん?」
「本気さ。今日集まってもらうのはこれを伝えるためなんだから」
全部を救うためなら少数を切り捨てていいと思うほど僕は徹底できない。
少数を救うためなら全部を捨ててもいいと思えるほど僕は愚かにもなれない。
だから、僕に出来る最善を考えてこの結果に至った。
これが僕の最善。
これが僕の選択。
「でも、そんなのってないにゃ・・・・」
皆、納得いっていない表情をしていた。
そりゃそうだ、これじゃまだ”皆が傷ついていない”。
僕が、不幸になってない。
「うん。だからさ、代わりってわけじゃないけど。誓いとして」
一拍おいて、皆の顔を順繰りに見て。
「僕は、今後一生誰とも付き合わない。結婚しない。手も握らない。子供もいらない」
だからその代わりに、皆も僕のこの要求を飲んでほしい。
僕も誰とも付き合わないから、皆も誰とも付き合わないでほしい。
この最後の一文は僕の我儘だったから、皆には伝えなかったけれど。
「・・・・・・・・」
「僕は皆とは付き合わない。けど、みんなと一緒にいたい。だから、これからも一緒にいてください」
頭を下げて、非難される準備はこれで整った。
「どれほど無茶苦茶なことを言ってるのか、自覚はありますか?」
海未の底冷えするような声に、僕はしっかり、目を見て「わかってる」と答えた。
バリン!!
「・・・え、絵里先輩」
「あら、ごめんなさい」
持っていた湯吞みが割れた音だった。割れた破片が手に刺さっていた。
・・・これ、死ぬかもしれないなあ。
いやある程度は覚悟してたけど。
「で?結局まとめると、私たちの告白は全員分断る。誰かを傷つけるくらいなら皆を傷つけたほうがいいから、で?自分も今後一生女の子とは縁を切って視界にすらいれないから、それで許してほしい。そう言ってるという認識でいいのかしら?」
「は、はい。その通りでございます」
ちょいと言い過ぎな部分はあるけれど、今ツッコんだら僕が突っ込んでこられそうだったダンプカーとかで。
「それで?その関係のまま、一緒にはいたいって?」
絵里先輩は酷く怒っているらしく、今まで見たことないほど瞳孔が開いている。
「・・・・はい」
ここでひいちゃだめだ。ここで逃げたら男だけじゃなく人間が廃る。・・・もう廃ってるかもしんないけど!
来世では、全うに生きよう。
「・・・」
「・・・」
数秒の沈黙。皆、僕があまりにも突拍子もないことをいうもんだから考えているのだろう。色々と。
そりゃそうだ、絶対にくっつきはしなくてそれでも離れることすら許さない。そう言っているのだから僕は。
「———————————、いいわ」
そう、こんなこといいわなんて簡単に言われるわけないんだ。
って、ん?
「いいって、絵里ちゃん。本気?」
「ええ、本気よことり」
いや先輩。その目の座り方は僕からみてもヤバイと思うのですが?
皆、絵里先輩の言葉と僕の言葉でこんがらがっているようだった。
「・・・・どうやら、えりちは決めたみたいやね」
「こうなったら頑固にゃー」
「でも!こんな重大なこと!すぐに決められるわけないでしょ!?」
「ま、真姫ちゃんの言う通りだよぉ。誰か助けてほしいよ」
うーむ、てんやわんやだなあ。
いや、他人事っぽく言ってみてもその当事者は僕なんだよね。
罪悪感で今なら死ねるなあこれ。
「絵里先輩は、それでいいんですか?」
黙っているのが怖くて僕は思わず聞いてしまう。だってこんなにすぐに決めるなんて思ってなかったから。
皆、ゆっくり考えてよ。僕の気持ちは変わらないからって立ち去るつもりだったのに。
「何度も言わせないで。私が自分で考えて、自分でいいって決めたの」
その言葉からは否が応でも確固たる信念を感じる。
「な、なんで。そんな直ぐに・・・・」
「そんなの決まってるじゃない?わからないの?」
え?わかりませんけど?ていうかそういうのを直ぐに察せられるような人間なら多分こういう状況に陥ってないですけど?
「好きだからよ。あなたのことが好きだから。一緒にいたいって思うから、それが一番だから。だから答えなんて最初っから決まってるのよ」
まるで当たり前のように、まるでなんでもないことかのようにそう言って絵里先輩はただ前を見つめていた。
好きだから。シンプルでだからこそ偽りようのないその言葉に、僕はどうしようもなく納得させられてしまう。
愛だの恋だの複雑なその言葉を理解できたわけじゃないのだろうけれど。
でも、その一端くらいは。端っこの隅っこくらいは共感できた。
「そう、だね。絵里ちゃんの言う通りだよ、ね」
「ことり?」
そんな絵里先輩の真っ直ぐな言葉に次第に皆諦めたような覚悟を決めたようなそんな空気になっていって。
きっとここが、僕の。いや、僕らの人生のターニングポイントになっていったのだろう。
「答えなんて、そんなの決まってるじゃん。私も、雪ちゃんが好きだもん。離れることなんてできないよ」
「ことりちゃんの言う通りやね。惚れたが負け。うちら全員、もう雪君に負けてるんやから」
「え、ええ!?皆、本当にそれでいいの?」
「凛は最初っからそう思ってたけどね!大丈夫!かよちんの分まで凛が雪ちゃんを幸せにするにゃ!」
「ちょっと!なに勝手に脱落させようとしているの!凛ちゃん!」
おいおい、皆正気かよ・・・。
当事者の僕が思うのなんだが、大分狂ってる提案だと思うのだけれど。
「ま、まあ!?私は別にどっちでもいいけど皆が言うんなら?別に?雪の提案に乗ってあげないこともないけど?」
「・・・ツンデレ」
「真姫よ!真姫!いったいどんな渾名よそれ!!」
ごめん、つい。
「はぁ、ことここまで来たら最早仕方がないのかもしれませんね」
「海未まで」
皆、皆なんでこんな要求すぐに飲んじゃうんだ。一体どんな人生歩めばそんな風に思えるんだ。
「仕方ないので、この書類にハンコを押して下さい」
「ん?」
ハンコ?書類?
「今後、永久に雪が私たち以外の女と淫らに近づかないこと。今後、私たち以外の女と付き合ったり手をつないだり二人きりになったりしないこと」
あー、そういうあれですか。契約書的なそういう感じね、はいはい。
今の一瞬でそれを作ったんだ。なんていうか、あれだね海未は将来物凄く仕事ができそうだね。
なんて頬をひきつらせながら感心していると。
そして。
と海未は言葉を紡いだ。
「もし、もしも気が変わったら。私たちの誰かとお付き合いをしてもいいと思えたのなら、その時はちゃんとそれを伝えること。絶対に、一人で抱え込んで胸の内にしまったりしないこと」
まるで最後の一滴まで搾り取るように掠れた声で海未は確かにそういった。
でも、それは約束できない。だってそれができないから、そんな選択を選べないから僕はこうやって頭を下げているのだから。
そしてそんな僕でもわかることを海未がわかっていないはずはなく。
「嘘でいいんです。この場限りの嘘でいいんです。そのたった一言、わかったって、約束するって。言ってください」
だらりと垂れた頭は僕に海未のつむじしか見せてくれない。だから、綺麗なつむじだなどという場違いな感想が生まれてしまう。
「そうすれば、私は雪のことを信じられます」
ぎゅっと固められた体は、机の上に放り出されたその体はわずかながらに震えていて。
そんな海未を目の前にして、僕は。
僕は。
「うん。わかったよ」
それ以上傷つけることができなかった。
中途半端。誰も彼をも傷つける未来をとっておいて、結局僕はこのざまだ。
だけど。
だけれども。
「———————————よかったぁ。ありがとうございます」
こんな、こんな笑顔を見せられてしまったら。もう、しょうがないじゃないか。
どうしようも、ないじゃないか。
「じゃ、ここに血判を押して下さい」
あ、それはやるんだ。てか血判って言った今?ハンコじゃないの?
「はい、これでちゃんと親指を切るんですよ?」
「どっから取り出してきたそのサバイバルナイフ!?なに!?マジか!?マジでやんのか!?」
「そりゃそうでしょう。あなたどれほどふざけたことを言っているのかの自覚はあるんでしょう?だったら血判の一つや二つ、性転換の一つや二つ。押してしかるべきじゃありませんか?」
「おかしくないでしょうか!?最後の一つはおかしくないでしょうか!?」
性転換ってなに!?しろってか!?タイまで行けってか!?つか一つや二つって一つしかねえから!大事な一個をこれからも大事にしていきたいですから!
「大丈夫です。あなたが男であろうが女であろうが、私は平等に愛して見せます」
「何が!?一個も大丈夫じゃないんですが!?そんな歪んだ愛はいらねえよ!」
おいこら!いい加減にしろよ!ボケすぎなんだよ!こちとらめちゃくちゃ真剣な話してんの!超シリアスムードなの!頼むから空気読んでくれよ!
ぜえはあと息を整えているとにこちゃんが口を開く。
「それで?あんたは本当にそれでいいの?」
「いや性転換はできれば勘弁してください」
「そっちじゃないわよ!」
え?なに?何の話だっけ?もうわけわかんなくなってきちゃったんだけど。
「だーかーらー、あんたは一生誰とも付き合わない。それでいいわけって言ってんの」
いい?とにこちゃんはいつになく真剣な瞳で僕と向き合う。
「一生ってね、長いのよ。とてつもなく。私たちこれから何十年も生きていくの。その一生を、ここで決めちゃっていいの?軽い気持ちで出す言葉じゃないのよ?」
ああ、きっと本当ににこちゃんは僕のことを案じてくれているのだ。
僕の言葉の一つ一つを真剣に受け取って、そして想ってくれているのだ。
「わかってるよ。にこちゃん、軽い気持ちで言ってるわけじゃないよ。僕の一生は、本当に一生だよ」
だからこそ僕もより一層気持ちを伝えなければならない。
「そう、ならいいのよ。早く血判を押しなさい」
「マストですか!血判は!」
どんだけ重要視してんだ!血判に何見てんのこの人たち!
でもまあこれで、僕の要求は。
至上類を見ない自分勝手な願望は。
皆に案外と受け入れられてしまったのである。
「最後に聞くよ。雪ちゃんは本当にそれでいいんだね?」
今まで一度たりとも口を開かなかった穂乃果が最後の最後にようやく口を開く。
何度も聞かれたその言葉、それほどまでに僕の願いは歪だという証拠だ。
「うん、考えて、真剣に考えてそれで出した結論だ。後悔はないよ」
いやより正確に言えば”後悔はしない”が正しいのだろうけれど。
「そっか。雪ちゃんは変なところで一途で、そんで頑固だもんね」
諦めたようなその口調に内心が痛まないわけではないけど、でもその痛みも全部受け入れないと。
じゃないと皆を傷つける資格なんざありゃしない。
「わかったよ。絶対に約束破っちゃ嫌だよ?」
「うん」
「絶対に途中で投げ出したりしたら許さないからね?」
「うん」
「後で間違いだったって気づいても正すことなんて私達がさせないよ?」
「・・・うん」
「なら・・よし!」
ああ、結局のとこ穂乃果はこう言っているのだ。
共犯だから、だから一人で背負うなんてダメだからね。
そう言っているのだ。
(結局、一番大事なところは持ってかれちゃったな)
その荷は一人で背負うつもりだったのに。
悪役は僕一人で十分だったのに。
一番重要なとこは許してはくれなかったな。
その日はそれ以降何もできなくて(血判はマジでやらされた)帰って布団に突っ伏してたらすぐに睡魔に負けてしまった。
これが僕らの終着点であり結末だ。
これからも長く続いていくのであろう人生はこと恋愛ということに関して言えば僕は死ぬ。
でもそれでいい、それがいい。
死んでもいいと思えるほどの出会いだったのだから—————————。
「ええっ!?なんであんじゅが泣くの!?」
最後に一つ僕はみんなに頼みごとをした。
アライズの皆と書記さんにこの僕の状況を話すことを。
「・・・・ごめんね。ちょっと急だったから」
そしてちゃんと許可をもらいこうして皆に打ち明けたのだけれど。
教室に僕ら四人ぽっち向かい合って座っている中で。
開幕あんじゅを泣かしてしまった。いやまあ、それほどまでにクズ対応だってことはわかってはいるけれど。
でもそれでも、どんな理由でも女の子を泣かせるのはつらい。
「あっ、待って!」
「ごめん、ちょっと一人にして」
あんじゅはおもむろに立ち上がると僕の制止もむなしく、立ち去ってしまう。
「英玲奈先輩」
「いや、仕方ないなこれは。誰のせいでもない、強いて言えば神様のせいだ。お前は悪くないよ」
珍しく、なんて言ったら怒られそうだけれど。それでも珍しく英玲奈先輩は僕を励ました。
「でも、そうか。お前は、そういう選択をしたんだな」
「・・・はい」
「あんじゅのほうは気にするな。勿論ツバサもな。あとは私が何とかしておく」
僕の話を聞いてからフリーズしたように動かなくなってしまったツバサさんを横目に僕は「すいません」と謝ることしかできない。
「あの!僕頑張りますから!今まで以上に頑張りますから!だから!だから、これからもよろしくお願いします」
僕は精一杯の気持ちを伝えて、そして教室を立ち去るしかなかった。
そういう選択を僕はしたのだ。
後日、改まって書記さんにも同じ話をした。
「雪君の、雪君のバカー!!!」
綺麗な右ストレートをもらってしまった。それ以上何も言わずこれまた走って行ってしまった。
そうして、幾ばくもの月日が経って。
生徒会を無事終了し、卒業して大学に進んで。
やがて僕らは大人になった。
どうもいくぞ!やるぞ!ドラクエ11!高宮です。
一か月ぶりで申し訳ございません。決してドラクエをやっていたわけではございません。決してマルティナに心を奪われていたわけではございません。バニーガール最高とか思ってませんから。
ということでね、これまで長い間、えー、約二年半ですか。二年半!?マジ?そんなやっちゃってたの?軽く引きますね。
ということでこれだけ長くやれたのもひとえに読んでくださった人たちのおかげです。
ありがとうございました。
と、いうわけでねこれにて最終回です。とはいえ、EXもありますし、お話のネタもまだ消化してないものもあるのでもうしばらくお付き合いくださいませ。
ということで次回からラブライブサンシャイン-輝きの向こう側へ-編が始まるぞ!お楽しみにね!
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EX Printempsからの恋文
~Dear 海田雪君へ~
突然のお手紙ごめんなさい。
思えば雪君とは幼稚園からのお付き合いでした。あの頃の私は男の子が怖くて、雪君のことを避けていましたね。今更だけど、ごめんなさい。
そんな私にも雪君は優しくしてくれました。本当は一番辛いのはあなただったのに、それでも人に優しくできるあなたを本当に尊敬すると同時に、そんなあなたとお友達でいれたことを誇りに思います。
でも、もう友達では嫌なんです。今まで通りじゃあ、満足できなくなってしまったんです。
これは私のわがままです。だから雪君が、何か、悩んだり、それで傷ついたりする必要はありません。
ただ、アナタが好きです。
本当に、心の奥底から好きです。大好きです。
~From 南 ことり~
海田雪君へ。
えっと、何から書いていいか迷うので、私の話をしようと思います。
私はいつも引っ込み思案で、凛ちゃんの背中に隠れて大好きなアイドルのこと以外は本当に消極的な人間でした。
そのアイドルだって、憧れ以上の物が自分の中にあるってわかってたのに、どうしても、一歩が進めませんでした。
自分のことに自信が持てませんでした。って、それは今もまだ怪しいけれど。
でも、自分の気持ちにも自信が持てなかった私を。
その一歩を支えてくれたのは雪君です。その一歩を後悔させないでいてくれたのは、雪君です。
今では、自分の気持ちにだけは、この気持ちだけは真っ直ぐと自信が持てます。
それは、雪君のおかげです。
思えばあの時から、私はあなたに恋をしていたのだと思います。
その姿をチラチラと、目で追っていました。ごめんなさい。
良ければいいお返事を、なんて、贅沢は言いません。
だから、この一言だけ、貰ってください。
好きです。
小泉花陽より。
雪ちゃんへ。
こんにちは!ずっと一緒にいるけれど、手紙なんて初めてだからなんだか緊張するね(>_<)
メールじゃ味気ないから、手紙で私の気持ちを伝えることにしました。
私以外からも来てると思うけど、ちゃんと目を通すんだよ?そんで、ちゃんと受けとめてね。
思えば最初に出会ったのは、家の近くの公園だったよね。現実は少女マンガみたいにはいかないなあ、だって、全然ロマンチックじゃなかったもん。
あそこから、始まったんだよね。
あの時から、私はずっと雪ちゃんのことが好きでした。これからもずっと雪ちゃんのことが好きです。何をしても、何をされても好きです。
好きだよ。
穂乃果より。
「・・・・・・・」
海田雪は三通の手紙を読み終わって、そしてまた、手紙を開いた。
つづく。
どうも!もう九月が終わる!なんでだよ!高宮です。
いやー、ラブライブ新プロジェクト発表されましたね。楽しみです。
さて、前回、次回はサンシャイン編をやると言ったな、あれは嘘だ!
今回合わせて三回はこのラブレター編をやります。
そんでそのあとは提供いただいたネタをやります。
ということは?サンシャイン編は?それが終わった後だ!
ということで次回は多分早いです。よろよろ。
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EX BiBiからの恋文
海田雪へ
矢澤にこよ。人生で手紙を書くなんて初めてだし、多分もう無いと思うから一生大事にしときなさいよ。
なにせにこは宇宙スーパーアイドルだから、この手紙も数年後にはオークションで凄い価値になってるから。だからと言って売るんじゃないわよ。
あんたのことを好きになったのにはきっと色んな理由があるんだと思うけど、そんなのはどうでもいいことだわ。
こころもここあも虎太郎も皆あんたのことが好き。まあ私も好き。
あんたは多分、自分のことが好きじゃないんだろうけど。少なくともここにあんたのやること成すこと全部好きって言える人間がいるってことは覚えておきなさい。
きっとあんたの人生でそれは無駄じゃないと思うから。
返事はいらないから。あんたが私のことをどう思おうが、私はあんたを離さない。
だから、返事はいらない。
私があんたを好きだって、それだけを覚えていてくれれば、それでいいから。
宇宙スーパーアイドルより。
雪へ。
なんでこうなったかって、アンタが一番わかってないだろうけど。私もわかってないから、今これを書いている最中でも出すかどうか迷ってるから。
唐突に手紙なんてきて困ってる?きっとアンタの中じゃ唐突なんだろうけど、皆の中じゃ、私の中じゃ、全然唐突なことじゃないから。
手紙でくらい、素直に言いたいね。
好きです。
これを書くのに、買ってきた便箋全部使っちゃった。だって、可愛いのって枚数入ってないんだもん。
この一言がずっと言いたくて、ずっと言えなかった。
ずっと見てた。ずっと想ってた。ずっと、ずっと。
ずっと、好きだったよ。
あーあ、本当はもうちょっとロマンチックなヤツがよかったし、本当はこういうのって男の人から言うもんじゃない?
ま、それを待ってたらきっとおばあちゃんになっちゃうから私のほうから言うって決めた。
好きです。好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き。
大好き。
一回書いちゃうと慣れるのかな?今は、結構スラスラ書けた。
ていうか、本当はもっと書きたい。
けど、もう余白ないし、これで終わりにする。
好きだよ。愛してる。
西木野真姫。
海田雪様へ。
絵里です。いつもはこんなことしないから、少し気恥しい気持ちがあります。あなたはどうですか?今これを見て、何を思って、どう感じましたか?
皆の手紙は読みましたか?読んで、どう思いましたか?嬉しかったですか?困りますか?
私は、不安です。これを書いている今も、きっと出した後も、ずっと不安だと思います。
自分の気持ちを知られるのが怖い、本当は知ってほしいのに、それで傷つくのがどうしても怖い。
でも、そんな気持ちを全部乗り越えちゃうほどに。
あなたが好きです。
笑う顔が好き。怒る顔が好き。困ったときの眉毛が好き。泣いてる顔が好き。歯並びが好き。声が好き。匂いが好き。手のぬくもりが好き。
たまに冷たくするところが好き。でもいつも優しい所が好き。爪の形が好き。ぐうたらな面を見せてくれるところが好き。励ましてくれるところが好き。
あんまり得意じゃない勉強を頑張るところが好き。ミューズを応援してくれるところが好き。人が悲しい時に一緒に悲しんだりできるあなたが好き。
凄いわよね。あなたのことを想うとこんなにも言葉が出てくる。溢れて溢れて止まらない。
好きって気持ちは凄いものだと、あなたに教えられました。
だから、願わくば。
例え私が選ばれなくても、その選択があなたを幸せにしますように。
そして欲を言えば。
それが私であったなら、これほどの幸福はありません。
絢瀬絵里より。
どうも!天使の3Pをさんピーって読んだのは俺だけじゃないはずだ!高宮です。
夏アニメが終わる頃、夏が終わったのだと実感します。
秋アニメはいっぱい面白そうなのあるな!楽しみだぜ!
では、また次回もよろしくお願いいたします。
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EX LillyWhiteからの恋文
海田雪様へ。
突然のお手紙で困惑しているかと思います。
いつもながらに意味が分からないかとも思いますが、しかし、並大抵の覚悟でこの手紙を出したのではないということだけは理解してください。
私も、皆も。
思えば、貴方はいつもそうでしたね。
何をするにも誰かに振り回されて、貴方自身の口から何かを主導ですることなんて数えるほどもないのではないでしょうか。
それを不幸だとは簡単には言えませんが、それでも、きっとそれは悲しいことなんです。
だって、その関係は対等ではなく、その想いは一方通行なのですから。
少なくとも、私はそんな貴方を見ていて時々そういった感情に襲われる時があります。
でも、そんな時でも貴方は笑っていましたね。
ずっと辛いことがあって、ずっと消えない傷があって。
それでもそんなことを感じさせない程に笑っていた貴方を私は本当に凄いと思うのです。純粋に。
辛い時に泣くことは弱さではありません。
それは人にとって必要なもので、なくてはならないものだと思います。
でも貴方はその涙を見せようとはしませんでしたよね。
中学の時も、穂乃果が倒れた時も、その他にも私が知らないこともたくさん。
辛いことは誰よりもあったはずなのに、それでも結局笑って戻ってきましたよね。
誰かが泣いていた時、貴方は自分だって辛いはずなのにそれでも人のために行動できる人だと知っています。
それはとても強いことで、同時に私はそれが怖いのです。
いつか、限界が来てプッツリと糸が切れてしまうのではないかと。
心配症なのは自覚しています。余計なことだとも。
きっと私がいなくても、貴方はちゃんと生きていけるのでしょう。
だから、これは私の我儘です。
できればこれからも。
ずっと貴方の傍で心配させてください。
ずっと貴方の傍にいさせてください。
ずっと、貴方を支えていきたいし、支えられたい。
私の気持ちはそれだけです。
園田海未。
海田雪君へ。
好きです。
凛より。
「ん?」
八通もの想いを受け取って。
小さな文字で消え入りそうな文字で記された凛の手紙を読み終わった。
最後に残った封筒、宛名は「東條希」だった。
先程までと同じように丁寧に封を切って。
「・・・・・」
中身はピンク色の婚姻届けだった。多分これあれだ、ゼク〇ィの付録のヤツだ。
きっちりと半分は埋まっているし、なんだったら僕が書くはずの部分も既に記入済みである。
残るはハンコを押すだけで、婚姻が完成するというなんともまあアレなラブレターだった。
つかこれラブレターか?ラブレターでもないよね最早。
「ふぅ」
全部の想いを受け取って、少し疲れて目頭を揉む。
さて、僕もちゃんと、考えて。
そして、決断しなければ。
じゃなきゃ、この想いを受け取った者としての責任を果たせないのだから。
どうも!グリモア!高宮です。
秋アニメも順調に始まって、さて何を見ようかとウキウキしてます。
個人的には三月のライオンかな。血界戦線も楽しみです。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。
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EX 通知の音がリズムよく鳴る時なんか笑っちゃう
これはある日の定例会議の様子。
携帯端末からの光が点滅して、誰かからの連絡が来たことを知らせている。
~雪を見守る部屋~
--------穂乃果@和菓子屋穂むらさんが入室しました--------
18:19 穂乃果@和菓子屋穂むら「みんないる?」
--------園田海未さんが入室しました--------
--------☆凛☆さんが入室しました--------
18:19 園田海未「もちろんです」
18:20 ☆凛☆「いるよー」
--------真姫さんが入室しました--------
18:20 真姫「いい加減これもマンネリ気味よね」
--------のぞみさんが入室しました--------
--------花陽さんが入室しました--------
--------エリーさんが入室しました--------
18:20 のぞみ「真姫ちゃん、そんなん言うて毎週ちゃんとおるんやね」
18:20 真姫「うっさい!」
18:20 花陽「このやり取りも毎回やってるよね・・・」
18:22 エリー「それで?今週の”雪を見守る会”の内容は?」
--------宇宙スーパーアイドルさんが入室しました--------
18:24 宇宙スーパーアイドル「ちょっと待って!今虎太郎をお風呂から上がらせるから!!」
18:24 ☆凛☆「にこちゃんお風呂?」
18:24 宇宙スーパーアイドル「そうよ、だからちょっと待って」
18:25 園田海未「いつも大体この時間なのですから時間をずらすとかすればよかったじゃないですか」
18:25 宇宙スーパーアイドル「仕方ないでしょ!今日はなんでか早く入りたいっていうから」
18:25 真姫「どうでもいいいから早く始めましょう」
18:26 のぞみ「お、やる気やねえ」
18:26 真姫「違う!!」
18:26 エリー「はいはい、にこは急がなくていいからで後でログ見て」
18:29 宇宙スーパーアイドル「わかったわよ」
18:30 穂乃果@和菓子屋穂むら「えっと、じゃあいいかな?」
18:30 園田海未「にしても、珍しいですね。穂乃果から切り出すなんて」
18:30 花陽「そうだね。いつもは大体絵里ちゃんか海未ちゃんだもんね」
18:32 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん、大事な話がしたかったから」
18:32 ☆凛☆「だったら直接でも良かったんじゃない?」
18:32 穂乃果@和菓子屋穂むら「ううん。多分直接話すより、こっちのほうがいいと思う」
18:32 真姫「私大体何の話かわかっちゃった」
--------ことり(・8・) さんが入室しました--------
18:33 ことり(・8・) 「ごめーん、遅れた( ;∀;)」
18:33 エリー「大丈夫よ、まだ始まったばっかりだから」
18:33 ことり(・8・) 「良かった~、で?今日はどんな議題?」
18:34 穂乃果@和菓子屋穂むら「えっとね、雪ちゃんのことなんだ」
18:35 のぞみ「真姫ちゃん当たってた?」
18:36 真姫「まあね」
18:36 エリー「穂乃果、雪の話って”いつもの”じゃあないのよね?」
18:37 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん、そうだよ。いつもしてるような報告会じゃなくて、私たちの気持ち確認しようと思って」
18:39 花陽「確認って、今更じゃないかな?」
18:40 園田海未「そうです。皆、雪のことを大事に思ってる。それ以上なにを確認するというんですか?」
18:40 穂乃果@和菓子屋穂むら「そうなんだけど。今後のことっていうか」
18:40 ☆凛☆「・・・もしかして、雪ちゃん彼女が出来たの?」
18:40 真姫「え?」
18:40 ことり(・8・) 「は?」
18:40 園田海未「」
18:40 のぞみ「jんjべh」
18:40 のぞみ「ごめん、間違えた」
18:40 園田海未「すいません、私も」
18:41 花陽「えっと、凛ちゃん?なんでそう思うの?」
18:41 ☆凛☆「だって、雪ちゃんでこんなに改まって今後のことって言われたら」
18:41 宇宙スーパーアイドル「ちょっと、戻ってきてみれば何よこの有様」
18:42 エリー「みんな落ち着いて、雪に彼女は出来てない、それだけは確かよ」
18:42 のぞみ「なんで絵里がそんなこと知ってるん?ってのは今は置いとくね」
18:43 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん、えっと。今ので分かったと思うけど、もし雪ちゃんが誰かと付き合ったら。みんな耐えられる?」
18:43 宇宙スーパーアイドル「なるほど、そういう話ね。今日は」
18:44 宇宙スーパーアイドル「でも、それなら協定を結んだじゃない。とりあえず卒業するまで雪には告白しないって」
18:45 ことり(・8・) 「そうだよ、雪ちゃんがこの中の誰か以外に付き合うなんて」
18:45 穂乃果@和菓子屋穂むら「絶対ないって言いきれる?」
18:47 ☆凛☆「ない、よね。だって雪ちゃんだもん」
18:48 園田海未「そう、ですね。もし良いひとがいたら」
18:48 花陽「今の雪ちゃんを変えれるぐらい良い人がいたら」
18:48 のぞみ「ない話じゃない」
18:48 エリー「でも、そんな話がしたいの?雪が誰かに取られるかもって話を」
18:49 穂乃果@和菓子屋穂むら「ちょっと違うかな。でも、もしそうなったとしたら皆はどう?」
18:49 穂乃果@和菓子屋穂むら「もう一回言うけど、耐えられる?」
18:50 ことり (・8・) 「私は、たぶんムリだなぁ」
18:50 ☆凛☆「凛は、わかんない。想像できないよ、雪ちゃんが誰か一人と一緒なんて」
18:51 真姫「私はちょっと想像できた。で、絶対無理だわ」
18:52 のぞみ「真姫ちゃんってネット上だと素直やね」
18:52 真姫「うるさい、で、のぞみはどうなのよ」
18:53 のぞみ「耐えられるわけないやん。でも、どうしようもないとは思う。それは雪君が決めたことやし」
18:54 花陽「そうだよね、でも、私諦められない。しつこいって嫌われちゃうかもしれないけど」
18:55 園田海未「でも多分。雪はしつこくされても嫌うことはないんでしょうね」
18:56 花陽「それって、私たちだからってうぬぼれてもいいのかな?」
18:56 エリー「どちらにせよ、普通じゃいられないでしょうね」
18:56 宇宙スーパーアイドル「まったく、どんだけ皆雪のこと好きなのよ」
18:57 のぞみ「にこちゃんもね」
18:58 穂乃果@和菓子屋穂むら「穂乃果も、皆と同じ気持ちだよ。雪ちゃんを誰かに取られるのは嫌だ」
18:59 穂乃果@和菓子屋穂むら「想像しただけで、気持ち悪くなっちゃうくらいヤダ」
18:59 穂乃果@和菓子屋穂むら「でも、でもね」
19:00 穂乃果@和菓子屋穂むら「皆にだったら、私はいいんだ」
19:01 穂乃果@和菓子屋穂むら「皆にだったら私、負けてもいい」
19:02 エリー「穂乃果・・・」
19:02 穂乃果@和菓子屋穂むら「そりゃ、負けないぞって、今までやってきたけど。でも結果として皆にだったら私は雪ちゃんの幸せを願えるんだ」
19:03 穂乃果@和菓子屋穂むら「みんなはどうかな?」
19:05 宇宙スーパーアイドル「そんなの、今簡単に答えなんて出せないわよ」
19:05 ☆凛☆「でも、確かに知らない人よりか皆のほうがいいってのはわかるよ」
19:06 花陽「私も、そう、かも」
19:07 園田海未「でも!私は、そんなに物分かり良くなれません」
19:07 のぞみ「そうだよね、そんな簡単に割り切れないと思う」
19:08 真姫「ていうか、こんなこと気にして何になるの?」
19:10 ことり(・8・) 「それでも、いずれ来る問題だよ。その時になって慌てるより心の準備くらいはしておくべきだと思う」
19:11 エリー「そうね。ここら辺で、一回考えてみるべきなのかも」
19:12 穂乃果@和菓子屋穂むら「そこでね、提案があるんだけど」
19:13 穂乃果@和菓子屋穂むら「皆、告白しない?」
19:15 園田海未「どういうことか、聞いてもいいんですよね?」
19:15 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん、えっとね。やっぱり雪ちゃんと今の関係のままってのもそれはそれでいいと思うんだ」
19:15 穂乃果@和菓子屋穂むら「でも。もし、もし雪ちゃんと他の人がお付き合いしたら私は多分後悔すると思う」
19:15 穂乃果@和菓子屋穂むら「後悔だけはしたくはないから、私は告白したい」
19:15 穂乃果@和菓子屋穂むら「だけど、私だけ告白するのはやっぱり違うと思うし。するとしたら私はみんなと同じスタートラインに立って勝負したい」
19:16 穂乃果@和菓子屋穂むら「それが私が考えた提案、なんだけど」
19:17 花陽「そ、それって。協定を破棄しようってこと?」
19:17 穂乃果@和菓子屋穂むら「ううん。協定はもうないと思うんだ」
19:17 園田海未「ない?協定は、卒業するまで雪と特定の関係にならない。そのはずでしたよね?」
19:18 宇宙スーパーアイドル「そう、そういうことね」
19:18 ☆凛☆「どういうこと?」
19:18 エリー「つまり、”私たちが卒業した”。だから、もう協定はない」
19:19 のぞみ「って、穂乃果ちゃんは言いたいんやないかな?」
19:20 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん、そういうこと」
19:21 ことり(・8・) 「確かに、全員が卒業したらとは言ってなかったね」
19:21 園田海未「そ、そんなの!言わなくても当然じゃないですか!」
19:22 真姫「でも、確かにそれだと先に卒業したエリーたちは不利よね。自然に会える時間は少なくなっていくもの」
19:24 ☆凛☆「そっか、それに比べて凛達は一緒に卒業できるもんね」
19:25 花陽「一緒にいる時間も、私たちの方が多くなる」
19:25 園田海未「そ、それは」
19:27 穂乃果@和菓子屋穂むら「だからね、協定は破棄した方がいいと思うんだ。その上で、さっきの穂乃果の提案だけど」
19:28 のぞみ「それで、同じスタートラインってわけやね」
19:28 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん」
19:29 園田海未「・・・具体的にはどうするのですか?」
19:30 穂乃果@和菓子屋穂むら「賛成してくれるの!?海未ちゃん!」
19:30 園田海未「そうとは言ってません!ただ、皆の言い分に納得したのは事実です」
19:31 穂乃果@和菓子屋穂むら「そっか!えっとね!具体的なことはまだ何も考えてないんだけど!」
19:32 宇宙スーパーアイドル「そんなことだろうと思った」
19:33 エリー「やっぱり穂乃果は穂乃果ね」
19:33 穂乃果@和菓子屋穂むら「ちょっと!それどういう意味!?<`ヘ´>」
19:34 エリー「穂乃果は穂乃果だなって意味よ」
19:35 穂乃果@和菓子屋穂むら「・・・どういう意味?」
19:36 真姫「とにかく!具体的にどうするのか、ちゃんと話し合わないと」
19:36 ことり(・8・) 「そうだね。皆で同じスタートラインって言ってもどうしていいかわからないし」
19:37 宇宙スーパーアイドル「それなら私に一個考えがあるわ」
19:38 ☆凛☆「え!?にこちゃんに!?」
19:38 宇宙スーパーアイドル「凛、次会った時覚えてなさいよ」
19:39 ☆凛☆「ごめんなさいにゃ」
19:39 宇宙スーパーアイドル「全然反省してないのが文字面から伝わってくるんだけど?」
19:40 のぞみ「で?にこちゃんの考えって?」
19:41 宇宙スーパーアイドル「別に大したもんじゃないけど」
19:42 宇宙スーパーアイドル「皆で一緒に手紙を書くってのはどう?」
19:42 花陽「手紙?」
19:42 宇宙スーパーアイドル「そう、それならタイムラグなんてないし。皆一斉に雪に気持ちを伝えられるじゃない?」
19:43 エリー「そうね、それが一番現実的かもね」
19:44 園田海未「まあ、そうですね。やるとしたら、それくらいでしょうね」
19:45 ことり(・8・)「それに、それだったら気持ちを伝えるも伝えないも自分次第だしね」
19:46 ☆凛☆「そっか!別に告白しなきゃいけないわけじゃないんだ!」
19:46 真姫「そうね、ここで大事なのは皆平等に機会があるってことだし」
19:46 穂乃果@和菓子屋穂むら「うん。穂乃果もにこちゃんの考えがいいと思う」
19:48 エリー「じゃあ、いいかしら?まとめると、皆で雪に手紙を書く。自分の気持ちを伝えるか伝えないかは自分次第ってことで」
19:49 のぞみ「うん、ええんやないかな」
19:50 園田海未「いつまでもこのまま、とは、いかないわけですよね」
19:51 真姫「どんな結果になっても恨みっこ無しよ」
19:52 宇宙スーパーアイドル「当り前でしょ、泣いても慰めないわよ」
19:53 真姫「・・・そうね、慰めは不要だわ」
19:53 花陽「私、頑張ってみる」
19:54 エリー「それじゃあ、日程は皆が手紙を書けたらまた決めましょう」
19:54 園田海未「そうですね。では、今日はこの辺でお開きでしょうか」
19:55 のぞみ「やね、随分時間たっちゃったし」
19:56 宇宙スーパーアイドル「うそ!もうこんな時間!ごめん、家事あるからここで落ちるわ!」
--------宇宙スーパーアイドルさんが退出しました--------
19:57 エリー「それじゃあ私もこれで」
--------エリーさんが退出しました--------
19:57 花陽「みんな、おやすみ」
19:57 ことり(・8・) 「また明日学校でね」
--------花陽さんが退出しました--------
--------ことり(・8・) さんが退出しました--------
19:58 真姫「久しぶりに有意義だったわ」
--------真姫さんが退出しました--------
19:58 海未「まさか、こんなことになるとは」
19:58 穂乃果@和菓子屋穂むら「ごめんね、海未ちゃん。黙ってて。でも面と向かってだと言いづらいこともやっぱりあったと思うから」
19:58 海未「怒ってはいません。ただ、今から文面をどうしようか、考えていました」
19:58 穂乃果@和菓子屋穂むら「あはは。そうだね、それは、穂乃果も考えなきゃ」
19:59 海未「ええ、本当に。一番大事な部分で、アナタは気遣い屋ですから。本当に、似ています」
19:59 穂乃果@和菓子屋穂むら「似てるって誰に?」
19:59 海未「いいません」
--------海未さんが退出しました--------
19:59 穂乃果@和菓子屋穂むら「うわ!ずるい!明日聞くからね!」
--------穂乃果@和菓子屋穂むらさんが退出しました--------
19:59 のぞみ「穂乃果ちゃんは凄いなあ。皆が考えつかん、考えついても言えないようなこともさらっとできちゃうんやね」
19:59 ☆凛☆「そう、だね」
19:59 のぞみ「凛ちゃん、気負うことはないよ。ただ、後悔だけは、せんといてな」
--------のぞみさんが退出しました--------
20:00 ☆凛☆「わかってるよ」
--------☆凛☆さんが退出しました--------
こうして、彼女らは一つの決断を下す。
その答えを必死になって彼は下した。
彼ら彼女らの人生における分岐点になるであろう一つの決断を。この瞬間に決定づけられた。
だが、これで終わるわけではないし。この先どうなろうとも道がたがえたわけもない。
なにせ、これからも人生というのは途方もないほどに長く続くのだから。
どうも!もう十月終わんじゃん!高宮です。
さて、ここで一つ重要なお知らせがあります。
ミューズ編もやりたいことやりつくし、彼ら彼女らの道にも一つの答えが出たということで。
次回から、ラブライブサンシャイン~輝きの向こう側へ~編をやりたいと思います。
色々なことは次回の本編をお持ちいただくとして、一つ言えるのは主人公は変わりません。
まあ、重要なお知らせっつってもそれだけなんですけど。
あとこのssのタイトルは変わりませんし、新しくssを作るわけでもないので。
お気に入り等はそのままで問題ありませんよ!なんなら二つ三つと付けてくれても良くってよ!
ということで、次回もまた一からよろしくお願いいたしますね。
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346編
時は移ろい場所は変わる。
-春ー
「ね、ねねね寝坊したー!!」
うららかさと穏やかさに満ち溢れた朝に、似つかわしくない大きな声が響く。
「なんで起こしてくれなかったの志満姉ちゃん!?」
「起こしたわよ何度も」
静岡県沼津市。駿河湾に臨む伊豆半島の付け根、愛鷹山の麓に位置する港町であり、年々人口は減少の一途をたどっている。
まあ、一言で言ってしまえばよくある田舎だ。
取り立てていい所といえば新鮮な海産物くらいなもので、昔はそれで観光客も呼べたらしいが娯楽の多様性が富む昨今、それだけではやはり厳しい。
「じゃあねー、行ってきまーす」
「ああ!美渡姉ちゃん待って!送ってってよー!」
「やだよー、遅刻するじゃん」
そんなのどかさを誇る田舎で、この少女。
「そんなぁ!」
オレンジがかった髪の毛は肩のあたりで伸びるのをやめている。ごく平均的な体躯を制服に包み元気が詰まった少女。
「うえええーん、結局盛大に遅刻したぁぁ」
「あはは、千歌ちゃん朝弱いもんね」
「ごめんね曜ちゃん。待っててくれたのに」
時刻は既に一時限目が始まっていた時間で、高海千歌はようやく教室へと着いた。
当然こってりと絞られて休憩時間、机に突っ伏している状態だ。
「いいよー、そんなの」
そんな高海千歌と楽しく談笑しているのは。
「そんなことより、明日は入学式でしょ?」
渡辺曜は言葉とは裏腹に不安げな顔を見せる。
「そうだねー、何人入ってくるんだっけ?」
「えっとー、確か12人・・・」
「・・・厳しいね」
渡辺曜の表情も納得だろう。なにせこの学校。
私立浦の星女学院は、年々人口が減少していくこの田舎町の煽りを例外なく受けている。
減る人口と共に、入学希望者も年々右肩下がり。
ついに今年の入学者数は12人という数字をたたき出してしまったのである。
「噂だけどさー、統廃合するかもしれないってよ」
「ええっ!?そ、そんなあ!」
渡辺曜の言葉に、高海千歌も驚愕する。
人は少なくなるものの彼女はこの学校が好きだったし、ここにいる人達と過ごす空間が好きだった。
思い入れも、思い出も、なくなってしまうかもしれない統廃合を快くは思わない。
「まあ、噂だけどね」
「うん・・・」
その気休めの慰めもあまり意味を成さないくらいには、その噂は年々現実へと迫ってきている。
今年は大丈夫だったが、来年は?再来年は?三年後、四年後は?
自分たちが卒業するまで、いや、卒業してもちゃんとこの学校は残っているのだろうか。
何年後か、ふと思い立って母校に立ち寄るなんてことが、できるのだろうか。
「ほら、次体育だよ千歌ちゃん。着替えよ?」
「そう、だね」
そんな不安に駆られることもしばしばあるものの、考えても仕方がないことだと、高海千歌はまた明るい表情へと切り替えていく。
「そう、ですか・・・」
場面は変わりここは浦の星の生徒会室。
「はい・・・精一杯頑張ったんですけど」
生徒会室にいるということは、役員なのだろう。三人ほどの人数が悲痛な面持ちで集まっていた。
その中心にいる人物、長い黒髪に口元のほくろがチャームポイントの少女もまた、切れ長の瞳をより一層鋭くしていた。
「資料作って、プレゼンして・・・これ以上何をすればいいんでしょうか」
その視線の先には、紙の束。用意してきたであろうそれは無残にも役目を果たすことができなかった。
「いえ、いいのです。貴方たちはよくやりました」
「会長・・・」
「これ以上は私たち生徒にできることもないでしょう、後はどうやって終わっていくか。そちらに力を注ぎましょう」
悲痛な面持ちは変わることはなく、言葉だけが殊勝で、それが逆に空気を重くしていた。
「はい!これで、この話はお終いです。いいですか?最後にちゃんと笑って終われるようにする。それも生徒会の仕事ですよ」
「・・・はい」
納得はしていないのだろう。生徒会にまで立候補した人間たちだ。なんとかしたいと思って入った人間もいただろう。
が、結果は良いとはいえず。
集まった人間は生徒会室を後にした。
残ったのは。
「ふぅ・・・結局、こうなってしまいましたか」
会長ただ一人。
「にしても、またあの人は・・・・」
虚ろに俯いた表情も一瞬だけ、すぐにその顔は苦々しくも拗ねたような表情へと変わる。
誰もいない空に向かって一人、愚痴を垂れていた。
学校が終わり、高海千歌と渡辺曜は家へと帰る途中で道草を食っていた。
「あ!おーい!果南ちゃーん!」
「・・・千歌、学校は?」
「終わったよー」
ダイビングスーツに身を包み、水を滴らせる少女。
「果南ちゃん、またダイビングしてたの?」
「うん、今日はお客さんも少なかったし」
松浦果南は上半身だけウエットスーツを脱いで、陸に上がって一息つく。
一つ言っておくと、当然下にはビキニタイプの水着を着ていることを明記しておこう。
目の前には雄大に広がる大海原。ここでダイビングをしていたのだろう。
水が滴る髪の毛を絞りながら、松浦果南は尋ねた。
「今日はどうだった?学校は」
「うん、いつも通りだったよ」
そんな一見すれば他愛のない会話も、高海千歌の顔には少しの影が入る。
「そっか」
それに気づかない松浦果南ではなかったので、それだけ言うと彼女はまたスーツを着て。
「じゃ、私まだダイビングの練習しなきゃだから」
「練習?」
「そ、お父さんまだしばらく入院しなきゃだから」
「お父さんの状態はどうですか?」
そこで初めて遠くから見ているだけだった渡辺曜が会話に参加する。
「うん、もうだいぶ良くなったんだけどねえ。退院するのはもうちょっと後みたい」
だから、と松浦果南は言葉を続ける。
「私がその間、家をちゃんと守んなきゃね」
言葉とは裏腹に、その笑顔は無理をしていた。
もっとも、それが分かるのは高海千歌のように近しい人間のみだったわけだが。
「そうだね、じゃあ。頑張ってね果南ちゃん」
「うん、千歌も暗くなんないうちに帰りなよ」
「はーい」
それだけ言うと、ドプン、と松浦果南は潜ったっきり海面には静かに水面が揺らいでいた。
「・・・じゃあ、帰ろうか」
「そうだね、曜ちゃん」
こうして、長いようで長くないいつもの一日が終わる。
たった一人、最後の人物の登場を残して。
「あー、”先生”!結局今日来なかったね!」
「ぁ-、千歌ちゃん。大きな声出さないでー」
もそもそとまるでゾンビのように廊下を這いつくばり、どてらを着込み着ぶくれした体とオデコには冷えピタ、マスクで汗をかいているこの男こそが。
「あーもう、ちゃんと寝ときなさいって先生」
「げ、
「そんなの私が持っていくから、病人は大人しく寝てなさい!」
そう、この男こそが。
「い、いや。実はお腹の方も」
「・・・・ていやっ!」
「ああっ!」
この男こそが。
「あんたねえ!病気だって言ってんのにこのタバコはなに!?」
「えっと・・・それは違うんですー、タバコじゃなくて、あの、薬みたいな?」
「寝ろ!!」
この男が、っていうかあの、すいません。
「うわー、ひどいよぉー、横暴だよぉー、いいじゃないか少しくらいー」
「あんたの少しは信用ならんのよ!!いいから少しはちゃんと休め!」
「あはは、先生、大変そうだねー」
聞いて?ねえ?この男こそがって、結構かっこよく紹介しようとしてんだから、聞いてくれませんか?
「うるさい!こっちは今それどころじゃないのよ!仕事まで早退したんだから!」
「うわ凄いこの人、地の文に突っ込んでるよ」
あーもういいよ、そんなんいうなら一生紹介してやんねえし、一生締めにも入らねえから。ずっとああああって言ってるからな!
「いや子供か!ってなにこれ!僕も突っ込めてるすげえ!ついに病気で頭おかしくなったか!?」
「ナレさんも大変だねえ」
あ、わかってくれる?
「いやナレさんって誰!?ナレーターだからナレさん!?ていうかマジなんで普通に会話してんの!?」
さて、そろそろ面倒になってきたので、この男の紹介だけをして今回は終いとしよう。
「ほら!早く部屋に戻って!」
「ううううううー」
海田雪。男。25歳。社会人三年目。
「はは、お大事にね、先生」
浦の星女学院、国語教諭。
あれから、十年の月日が経ったこの町で。
「千歌ちゃんも、風邪には気を付けてね」
また、新たな風が吹き。
新たな物語が、今、始まる。
「よしわかった、正攻法で行こう。一本だけ吸ってもいい?」
「だめ!!!!!」
「ううううぅぅぅ」
・・・今、始まる。
どうも!ヨーソロー!高宮です。
ということでついに始まりました、これからはサンシャイン編でございます。
とはいえタイトルが変わることはありません。輝きの向こう側へってマジ奇跡的なシンクロを見せているのでこのまま行こうと思います。あの頃の俺グッジョブ!
ということで、次回からのサンシャイン編もまたこれまでと同様によろしくお願いいたします。
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フルマラソンなんて走れる気がしない
人生とは長く、希望に満ちている。
そんな夢を抱いている人がこの世界には一体何人いるのだろうか。
人は、それが夢だと気づくのは一体いくつの時なのだろうか。
僕は、それに気づくのが結構早かった。いや、早すぎた。
だからこその失敗も、だからこその成功もあったけれど。
それでもこうして生きていけるというのは案外、人間というのは図太いという証拠なのだろう。
「それで、ここが二年の教室。明日から通うことになる教室だよ」
「はい」
夕日が赤く染め上げるこの教室を僕は転校生に紹介する。
内装は取り立てて何を特筆するものもなく、転校生もさして興味はなさそうだ。
「あ、ほら見て桜内さん」
「・・・なんですか?」
浦の星女学院の教師として、僕は彼女に学校を紹介していた。
「この学校のいい所、景色がいいんだ」
窓の外、雄大に広がる大海原を一望できるこの教室は高台にあるこの学校の特徴でもある。
ま、これしかないんだけどね。特徴。
「・・・ただの、海ですよ」
「あれ?興味なかった?」
おっかしーな、学校説明会の時とか結構鉄板なんだけど。これ。
「早く、次の場所を案内してください」
ロングな髪をなびかせて、クールビューティーな彼女の顔はどこか思い詰めたように糸が張り詰めている。
新しい環境に対して緊張しているのか、はたまた別の理由からか。
「もうちょっとにっこりしてれば、もっと可愛いのに」
「なっ!!」
不意を食らった彼女の顔は夕日に負けずに赤く染まる。
「何を!教師なのに!!」
「あはは、ほらそっちの方がいいって、友達だってできるよ」
大人になって、僕はなにが成長したのか。
まるっきりそんな自覚がないのだから、本当に困るけれど。
でも、教師としては。
「大丈夫、君なら出来るよ」
「うううー」
生徒の顔を変えられるようには、なったのだと思う。
「さ、これでこの学校のことは粗方回ったかな」
「そうですか、ありがとうございました」
それから少しして、僕らは職員室で向かい合う。
「それと、制服だけど学年ごとにスカーフの色が違ってね。一年は黄色、二年は赤、三年は緑だから————————」
「私は赤、ですね」
「うん、そうだね。っと、あったあった」
学校から支給される制服が入った段ボールを開けて、しっかり中を確認する。
彼女の言う通り赤いスカーフが目立つこの学校の制服を僕は彼女に手渡して。
「これで、君は晴れてこの学院の生徒だ。これからよろしくね」
「・・・はい」
うーん、さっきのことが尾を引いているのかな?なんだか不服そうな顔をしているけれど。
それでも彼女は丁寧に挨拶を残して、職員室を去る。
「どうでした?彼女は」
「うん、ちょっと緊張してたけど、たぶん大丈夫だよ”書記さん”」
一息つくと、後ろから黒髪ストレートが腰まで届きそうなスーツ姿がまぶしいメガネの女性が声をかけてきた。
「その名前で呼ばないでって言ってるでしょ」
「ごめーん」
「直す気ないのに謝らないで」
「ごめーん」
「この・・・!」
僕が浦の星女学院を選んだ理由は本当に特にないんだけれど、まさか書記さんが一緒の職場にいるなんて驚いた。
「ふーん、私はすぐわかったけどね。だって海田君、変わってないんだもの」
「書記さんは、変わったよねえ」
そうだ、最初に声をかけられた時も書記さんだと気づかなかった。
「へ、へえー。ど、どこが?」
ん?なんだか変な期待を感じるけれど、思ったことでいいんだよね?
「あー、なんか出来る女の人って感じになったよね」
「ほ、ほぉー」
必死に隠しているようだけど、口角が上がっているのを隠せてない。どうやらセリフ選びは成功したらしい。
・・・あー、大人になってこういうことばっかり長けていく。
人のことを窺って機嫌を取るスキルばかりが身についていく。
別に嘘じゃないのだけれど、なんていうかそういう自分を僕は好きになれなくなってしまったのだ。
「か、海田君も」
「え?」
「海田君も、カッコよくなった、よ?」
・・・褒められてる?
これはあれかな、自分だけだとなんだから僕も褒めてくれているのだろうか。
律儀だなあ書記さん。こういう所は変わっていない。
「えー?それって前はそうでもなかったってことじゃん」
「そ、そんなことない!前も、カッコよか————————」「あー、疲れた疲れた」
二人っきりだった職員室に、ガラガラと割り込む音と共に体育教師の木村さんが入ってきた。
いつもジャージ姿の飾り気のないさっぱりとした女性である。
「話しかけないでもらえますか?」
「あっれー?」
その瞬間、先ほどまでの潤んだ瞳も上気した頬も幻だったんじゃないかと錯覚するほど冷え切った表情で僕は一方的に罵られた。
凄い、人ってこんなに一瞬で変われるんだ。
「大体、いつになったらアナタは仕事を覚えるのです?昨日も風邪で休んで、教師の自覚というものを持ってください」
「すいません」
「あはは、今日もやってますねえ」
書記さんは二人っきりになると普通なのに、こうやって第三者が周りにいると極端に僕と距離を取る。
なんでも昔馴染みだと知られて妙な勘繰りはされたくないらしいんだけど、気の使い過ぎだと思うなー、僕は。
「プール掃除、お疲れ様です木村先生」
「あ、どうもどうも」
「それでは、私は今日はここで」
「お疲れ様でーす」
若干の気まずさを覚えているのか、そそくさと帰り支度をして。
「お疲れ様です」
とだけ一言残すと本当に今日は帰ってしまった。
僕のバツの悪そうな顔を尻目に見ながら。
「にしても、今日の入学式の生徒の数、見ました?」
「ええ、まあ」
そも、木村先生の言う通り。今日は入学式なのでさしたる仕事もなかったのだが。
だからこそ、今日は残っている先生方も少ない。
元々少ないんだけどね。
「ぶっちゃけこの学校大丈夫なのかなー、そろそろ次の就職先とか探したほうがいいのかなー」
ギーコギーコと椅子を揺らしながら、木村先生は愚痴を垂れる。
もっぱら、先生たちの主な話題。
この学校が統廃合されるかもしれないというそれが、この学校のトレンドだった。
「雪先生はどう思います?」
「僕ですか、まあ、どうなんでしょうね」
こんな三年目の一教師に学校の実態なんてわからない。
けど、まあ、この学校が後どれだけ持つのか。その期限が迫ってきているのを感じるのも確かだ。
その昔、似たようなケースを目にした僕とすれば、それはなおのこと。
「どの道、僕らはやるべきことをやるだけでしょう?」
「それはそうですけど」
不安なのは、何も生徒だけじゃあない。
でも、それを感じ取られるわけにはいかないのだ。先生ってのは。
若輩者が何言ってんだって感じだけど。
「もしリストラされたら、一緒に次の就職先探しましょーねー」
「あはは、検討しておきます」
取り敢えずは、でも、そんな冗談を言えるくらいにはまだ余裕がある。
それがこの学校の現状だった。
「じゃ、僕もこれで」
「はい、お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でした」
「あー、どうなんだろーなー!」
帰り際。僕は海に向かって項垂れていた。
いやー、あんな感じで良いこと言ってたけどサ!実際ヤベくねえ!?ヤベえよね!
どうすんの!?学校なくなったらどうなんの!?次の就職先とか手筈整えてくれんの!?統廃合なった学校で雇ってくれんの!?
こちとら一回実家に帰るなんていうバックアップすらねえのによお!現実のバカヤロー!
「うー。どうしよー、この歳でリストラなんてヤバイ。絶対ヤバイ。ようやく仕事も慣れてきたのにー」
三年、まだ実績もクソもない。そんな中途半端な人間を果たしてどこかが雇ってくれるだろうか。
そんなことを考えながら、海を見つめる。
ここに赴任してきて知ったのだけれど、僕はどうやら海というのが好きらしい。
学生の頃にも何度か皆で行った海。決していい思い出ばかりとは言えないけど。
それでも、海に来ると遠いどこかで皆と繋がっているようなそんな錯覚に浸れるから。
「よし、帰ろ」
ふと考える。ちゃんとした大人ってやつに僕はなれているのかと。
小さい頃はとにかく大人になりたくて、早く自立して一人で生きていけるように。そう願っていたけれど。
この年になってみて、そんな自立した大人ってやつに、なれていると自信を持って言えるのかな。
「ただいまー」
「おかえりなさい先生」
こんな生活を送っている僕は。
「わー、美味しそう」
旅館「十千万」。僕はここで居候という形で、住まわせてもらっている。
「はーい、今日はサバの味噌煮ですよぉ」
この旅館は高海家で経営している地元密着型の旅館であり、その部屋の一室を貸し出してもらっている状況なのだ。
あ、ちゃんとお金は払っているということはしっかりと言っておこう。
そこは昔とは違う。
「志満姉ちゃん、お水!」
「それくらい自分で取りなさい。千歌」
長女の高海
とても同い年とは思えない。
「そーだぞー、はい先生。ごはん」
「あ、どうもどうも」
僕に茶碗を手渡してくれるのは、ショートカットな髪の毛とはつらつとした顔立ちが似合っている次女。
高海
とても年下とは思えない。
「えー、先生だけずるーい」
「先生はいいの、お客様みたいなもんだから」
そして三女の高海千歌ちゃんは、うん。年下だ。自信を持ってそう思える。
「お客様はリビングで一緒に食事しないよー」
「う、うるさいなあ。先生はいいの」
「えー?なんでー?なんでー?ねえなんでー?先生なんでー?」
「うわっとお!僕に聞くんだそれ!」
こっちに飛び火来ないように黙ってた意味ねえな!
なんてやりとりも、ガンッという大きな音に遮られる。
「ご飯は、静かに食べましょうねえ?先生」
「なんで僕だけ名指し・・?」
鬼のような怖い笑顔で怒られた。すげえ視線で訴えかけられている。
「ま、ままま。食べようよお姉ちゃん。冷めちゃうよ」
「それもそうねえ」
美渡さんが助け舟を出してくれたおかげで、僕はその恐ろしい空間から抜け出す。
張本人はケロッとした笑顔だったので、案外本気では怒ってはいなかったのかもしれない。
・・・こんな食卓を囲むことになるなんて、数年前は思わなかった。
家族団らん、まさに幸せの象徴ともいえるそれに、自分が加わっているなんて。
人生どうなるかなど、わかりはしないということだろう。
そんな団らんを終えて、美味しいご飯を胃袋に収めた僕は部屋へと一人帰る。
旅館の部屋の一室。そこを貸切にしてまで僕に貸し出してくれたこの家の人たちには感謝してもしきれない。
それ相応の額を支払っているとはいえだ。
「先生ー?」
そんな感傷に浸っていると、コンコンと、扉がノックされる音がした。
「どうぞ」
「おっじゃましまーす」
僕が引き戸を開ける前に、千歌ちゃんがドーン!と入ってくる。
「うわー、相変わらず汚いね」
「えっと、すんません」
千歌ちゃんに指摘され、僕は恥ずかしく頬をかく。
「いやー、これでも片付けてるつもりなんだけどさー」
「ビールに酎ハイに空き缶だらけじゃん。千歌の部屋の方がきれいだよー」
生徒にそれを言われると本当に反省しかないんですけれども。でもなー、なんでか片付けてもすぐこうなっちゃうんだよなあ。
「もー、先生はダメな大人だね!」
めっ!と、人差し指で叱られて大人としては立つ瀬がない。
「えっと、千歌ちゃん?今夜は一体どういう用件で?」
これ以上は先生としてもつらいので、手早く済まそう。
「ああそうだ!先生の部屋が汚過ぎて一瞬忘れてた!」
ぐさぐさ刺さってるからねー、千歌ちゃんの言葉が真っ直ぐ僕に心にぐさぐさと刺さってるからねー。気を付けようねー。
言葉は刃物になるんだからねー。
「あのね!先生!」
「うん、なに?」
「スクールアイドルって知ってる!?」
・・・・・・。
一瞬、頭がすぽーんとどこかに行ってしまったかのように、思考が抜け落ちる。
「先生?」
「え?あ、ああ」
そんな顔を隠す余裕もなく、千歌ちゃんは覗き込むように僕を伺う。
「知ってるよ。先生だもん」
「そっか!あのね!千歌、スクールアイドルやろうと思うんだ!!」
そんな僕の表情の裏の意味までは知る由のない彼女は自分の話へと意識が向かう。
その隙に心の中を立て直して、僕は彼女に向かいなおした。
「それは、学校のために、かい?」
「うん!って、よくわかったね、先生!」
わかるさ。わかるよ。
ぴょこぴょこと動くアホ毛に瞳を輝かせる千歌ちゃん。
ああ、そうか。
過去はいつまで経っても過去のまま。
現実に食い込んでくることはないのだと、思っていたけど。
こういう風に思いがけず立ち向かってくることもあるんだなあ。
「なんとなく、ね」
「先生はどう思う?」
勢いだけできっと、そこに計画性はないんだろう。
あの時のように。
そこあるのは、得も知れない自信だけ。
「いいんじゃないかな。好きにすれば」
だから、僕は本心からそう言った。ただ純粋に。
「えー、なんか冷たーい」
むーっと、忙しく動く彼女の表情を見ながら僕はたはは、と笑う。
いつだって、ゴールは明確じゃない。
区切りをつけることはあっても、ゴールテープを切る瞬間は人生においてないのだと思う。
生きている限り、ずっと走り続けなければいけないのだから。
だけど、それでも。
スタートラインは、きっとある。
彼女らにとって、今ここが、そのスタートラインになるのだと。
この時の僕は、多分、そう思っていたのだろう。
どうも!がんばルビィ!高宮です!
新編始まって早々書くことねえ!どうしようもねえ!なんにもねえ!
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。
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大抵部活申請って手間取る
「えーっと、それではまずは自己紹介からかな」
麗らかな春の陽気が続く今日この頃に、まだ着慣れていないであろう制服に身を包んだ新入生がきっちり12人。
皆、各々椅子に座っている様からは緊張感が醸し出されている。
教室が広く感じるくらい少ない、とはいえこの学校全体を合わせたって100人にも満たないのだ。これも仕方ないと言えよう。
そう、仕方ない。大人になるにつれてそうやって諦められることが増えてきた。
「海田雪。25歳、担当は国語。一年間、君たちの担任をします。よろしくね」
パチパチパチパチ。
掴みは上々のようでキラキラした瞳と人数のわりに力強い拍手をもらい、僕は内心ほっとする。
新入生の生徒も期待と不安で胸を一杯にさせているとは思うが、当然先生である僕だってそれは同じことだ。
そのことに同じ立場になってみてようやく気付いた。
そう、”今度はちゃんとやらなきゃいけないんだし”。
「じゃあ、初日ということで簡単に自己紹介していこうか」
笑顔は崩さず、近寄りがたさを出さずにでも必要以上に近づかない。
穏やかで平和な学園生活。
それが僕がこの三年で学んだ先生というポジションの立ち位置だ。
「堕天使ヨハネと契約して、フフッ、あなたも私のリトルデーモンに、なってみない?」
が、しかし。
早々にしてその平和の二文字が崩れ去る音が聞こえる。
(え?何?なんて言ったのこの子今?)
あまりにも唐突過ぎて、あまりにも毛色が違い過ぎて僕は思わず目が点になる。
それは生徒たちも同様のようで面喰ったようにポカンとなった空気。
最初は誇らしげにそう言っていた彼女も、だんだんと空気を察したのか。
「・・・・・—————————っ!」
その空気に、やってしまったという表情の後一瞬にして彼女。
頭の上で髪でわっかを作るこだわりが光るセミロングな女の子。
「えええー」
そのすべての出来事が一瞬過ぎて、対処のしようもない。フリーズする僕とwith生徒。
「・・・ごめんな、ちょっと待っててもらっていいかな?」
まだ信頼関係も何も築けてないこの状態で、この異常とも呼べる状況をどうにかしないわけにはいかない。
例え多少踏み込んでしまうのだとしても。
「ちょっと待ってよ、津島さーん」
「ひゃあああ!?」
なぜか玄関の靴箱で運動靴に履き替えてる津島さんに声を掛けたら思いの外、絶叫で返された。
「大丈夫?」
「せ、先生・・・?」
あ、よかった先生という認識はされてたみたいだ。
あんな一瞬しか出会ってなかったから、心配だったけど。
「えっと、取り敢えず教室に戻ろう?」
教師としては初日のそれも初回の授業からサボりは見過ごせない。
「い、嫌です」
まあ、見たところ不良ってわけでもないしちょっと頭を冷やせば戻ってきてくれ・・・あれえ?
「あ、あんなことまたやっちゃって、高校では普通で行こうって決めてたのに・・・」
ブツブツと聞こえるか聞こえないかくらいの声で彼女はそう言った。
結構力強く拒否されるとは思ってなかったから半分くらい聞き取れなかったけど。
まあでも理由はわかるし戻りづらいのも分かる。
本当なら一緒にちょっとくらいサボってもいいんだけど。
残念ながら担任という立場である僕がそれをするわけにはいかない。
これでも多少の責任感はある。
ここは一つ、大人が励ましてあげるとするか。
「大丈夫さ!君のその”痛い”発言も皆笑って忘れてくれるって!」
「ぎゃああああ!!」
あれえ?間違えた?なんか傷口に塩を塗りたくられたのかってくらい悶絶してるけど。胸の奥をかきむしろうと必死だけど。
「も、もうヤダ!お家帰る!!」
「ちょちょちょ、流石にそれは!」
思わず腕をつかんで押しとどめようとする僕と、必死に玄関先へと邁進しようとする津島さん。
「離して!もう私帰るんだから!」
「ちょっと待ってよ!あともうちょっとで終わるから!ほら!一回!一回だけ!一回だけならいいでしょ!?」
なんだこれ?なんか変な会話に聞こえる。なんかセリフだけ聞くとラブホ前で必死に食い下がる男みたいな感じになってないこれ?
「海田君、何してるんですかアナタこんなところで」
「うおおお!?」
絶対零度よりもなお一層冷たい声。思わず全身が逆立って震える。
なんてことだ懸念が現実に。いや別になにもやましいことはしていないのだけれど。
「書記さん?ちょ、書記さーん?なんか髪が凄いことになってる!浮き上がってるから!鎮めよ!一回鎮めよ!?」
なんかこの世の終わりみたいになってた。怒髪天貫いてた。キタロウよりキタロウみたいになってた。
「今の隙に!!」
「ああ!ちょ!」
僕が書記さんに震え上がっていたその瞬間を狙って、するりと僕の手から津島さんは逃げおおせていた。
逃がすまいと掴みかけた腕はしかし、寸でのところで引き戻される。
「今のは、どういうアレなのかしらあー?」
あれ?なんかコォオオオ、って聞こえるんだけど?冷気が見えるんだけど?瞳が赤く充血してるんですけどぉ?
「あの、書記さん痛い。肩が、肩が、もげそうな勢いで、爪が、爪が、食い込んでるから」
涙目になりながら訴えかける僕の安否は、はたして無事なのだろうか。
と、他人事のようにそう思った。
「えっと、それじゃあ一限目を始めます」
「先生ー、なんでボロボロなんですか?」
無事じゃすまなかったからです。
などという波乱に満ちた初日も午前で終わり、僕は職員室でぶーたれる。
「だ、だから謝ってるじゃない。勘違いだったって」
「ベッツにー、なんにも言ってないんですけどー。ただ肩が痛いなって呟いただけですけどー?」
「うぐぐぐ、もう、めんどくさいなあ」
二人っきりの職員室で、僕は口を尖がらせながら書記さんに抗議をしていた。
書記さんの早とちりで僕の肩がもっていかれたことを。別に全然いいんだけどさ。全然気にしてないんだけどさ。
「だ、大体、海田君だって悪いんだからね。あれほど女子生徒との距離感は気を付けなさいって言ったでしょ?」
「気を付けてるよー、これでも」
「ただでさえ、アナタには前科があるんだから、もっと気を付けてってこと」
「・・・・」
「あ、ごめん。言い過ぎた」
はっと気づいたように書記さんは少し、バツの悪そうに誤った。
「いいや、書記さんの言う通りだ。気を付けるよ」
「そ、そう?なら、いいんだけど・・・ただでさえ、女子高って特別な場所なんだから」
わかっている。書記さんが僕のことを心配してくれていることくらいは。
「ま、それと肩の痛みは全然関係ないんだけどね!」
「も、もう!」
なんて笑いあっていると不意にコンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「あ、あの。失礼します」
「どうぞー」
この学校のいい所は良くも悪くもアットホームな所だろう。生徒も先生も数が少ないためか、皆仲が良くて友達のような距離感だ。
だから結構この職員室も生徒がゆるく出入りしたりする。
その中でこんなに礼儀正しいのは。
「三年、
若干緊張した面持ちでそう名乗る彼女は、黒髪がきらめいており口元のほくろがチャーミング。凛とした佇まいはこの学校の生徒会長の名に恥じないものである。
「はいはーい、ってあれ?」
一瞬、黒澤さんの方に向いていた体を元に戻すと、そこにはもう書記さんの姿はなく。瞬間的に自身のデスクへと戻っていた。
・・・徹底ぶりが凄いな。
「先生?」
「あ、ああ。鍵ね、鍵」
そんな書記さんに相変わらず面喰いながら、よっこいせっと、椅子から立ち上がり僕は並ぶ鍵の中から目当てのものを取る。
「はい、鍵」
「ありがとうございます」
「にしても、今日会議だっけ?僕も行った方がいい?」
「いえ、少し仕事が残ってて・・・」
そう、何を隠そうこの僕が、生徒会顧問である。
とはいえ、教師陣が人数が少ないために回ってきたお仕事なので実質その名前に見合う働きはしていないのだが。
「あ、それで先生。前回言っていた、学校の統廃合の件ですが」
「うん・・・その様子だと上手くいかなかったみたいだね」
「はい・・・・」
黒澤ダイヤという女の子は良くも悪くも真面目である。
それだけじゃなくて柔軟性もあってかつ冷静に物事を見れる生徒だと思う。
そんな彼女は生徒会長に相応しく、またそれに賛同し集まってくる生徒たちも優秀そのものだ。
「そっか、でも、皆頑張ったと僕は思うよ」
形だけの慰め、形だけの優しさ。
そんな優秀な生徒たちが頑張って、それでダメたったら仕方ない。
今の僕はそう思うことにしている。
「・・・・はい」
当然、そんな上辺だけのものは彼女にはすぐに見抜かれる。
ああ、なんてつまらない大人になってしまったのだろうかと。彼女に会う度に思ってしまう。
「・・・じゃあ、僕は仕事に戻るね」
なんとかしたいと思わないわけじゃあないけれど、あの頃のような力は僕にはもうなかった。
あの頃の彼女たちといればなんでもできそうでいた力は。
「あ、あの!」
「うん?」
会話の終了を暗に示唆して、僕は自身のデスクへと戻って行こうとした時。
彼女は職員室に響く一際大きな声で僕を呼び止めた。
「勉強、そう!勉強を見てもらえませんか!?」
まるで用もないのに呼び止めてしまったかのように、多少の焦りを含みつつ。
多分、今思いついたであろうその用事を僕に向かって嘆願する。
「勉強?試験は随分と先だよ?」
新入生ならば確認という名の学力テストがあるが、彼女は三年生だ。そんなものはない。
「え、ええっと・・・受験生、ですから」
目を泳がせて苦し紛れに出てくる言葉は、しかし、教師からすれば無視できないものだった。
例えこの学校がなくなってしまうのだとしても彼女たちの未来は変わらず訪れるのだから。
「そっか、そうだった」
にしても真面目な彼女らしい、他の生徒ならもっと遠慮なしに話したいことをぶつけてきていたのに。
どちらが悪いという話ではないけれど、でも、いざとなったときちゃんと彼女は口に出すことが出来るのだろうか。
ちゃんと、自分のやりたいことを、やりたいように出来るのだろうか。
(なんて、ちょっと考え過ぎだな)
最近、センチメンタルになることが増えた。
シュボッというライターが着火する音が部屋に響く。
「・・・・フー」
「先生、生徒会室は禁煙ですよ」
「あはは、いいじゃんいいじゃん。誰も見てないんだし」
年々、この煙草が手放せなくなってきた。今や、僕の金の使い方は酒かタバコという、ダメな大人まっしぐらな使い道をしている。
だぁってー、他に使い道ないしー、家賃と食費を払って残ったお金を全部ギャンブルに突っ込まないだけ褒めてほしいわー。
「私が見てます」
「だからこうやって、窓に向けて換気してるじゃん」
「はぁ、もう、先生は」
呆れられた。こめかみをもみもみしている黒澤さんは、諦めたように勉強道具を出していた。
「あ、本当にするんだ勉強」
「だからそう言ったじゃありませんか」
黒澤さんは、先ほどまでのどこか緊張した空気などそれこそ換気してしまったように強気になる。
しおらしくて可愛かったのになー。
なんていうと今のご時世TPOだか平成教育委員会だかに訴えられそうなので思うだけだけど。
「いやー、てっきり話したいための嘘だと思ってたから」
ごめんごめんと僕は謝る。彼女の真面目さはわかったてたつもりだったけど、どうやら本当に”つもり”だったようだ。
「な、ななななな、なな!」
「なに?」
ガタガタと椅子を揺らしながら、頬を赤らめななな言っている彼女。何?ジョイマン?ジョイマンなの?Twitterで小説のような文章書いちゃうの?
「何言ってるんですか!!そんなこと!あるわけないじゃないですか!何言ってるんですか!本当、何言ってるんですか!!」
わーお、すっごい怒られた。え?そんなに?そんなに怒られること言ったかな僕。
ブンブンと行き場のない怒りが両手に表れてるので僕は取り敢えず平謝りする。何が悪いかわからなくても謝ることは大事なんだよ?
「まったくもう!そんなだから先生は!!」
「わかった、わかったから。ほら、勉強!勉強しよう!ね!」
取り敢えず宥めるためにタバコを消して、僕は椅子を持って隣に座る。
「ほら、どこがわからないの?」
「・・・日本史、ですわ」
あー、日本史かー。なんで専門外のこと聞いてくるんだろ。僕国語教師ですよ?
まあ、生徒から頼られるなんて教師冥利に尽きることだし、答えてあげなきゃあね。
そういや前はよくこうして勉強を教えてたなー。
なんて思いなおして、二人して机に向かっていると。
「たのもー!!」
勢いよく扉が開き、軋む音と共に見慣れた一人の少女が入ってくる。
「あれ?先生じゃん!なんでここに?」
「それはこっちのセリフ、”高海さんこそどうしてここに”?」
「ぶー、千歌ちゃんで、いいのにー」
そう、騒々しく入ってきたのは笑顔満開の千歌ちゃんで。
「どうも」
ひょこっと、後ろにくっついているのは渡辺曜さんだった。
「・・・・・何してたんですか先生?」
「いや何って、勉強を—————————————もごっ!」
ジト目でなぜか敵対心を感じる渡辺さんの視線に僕は弁解しようと口を開こうとした。
のだが、その寸前で黒澤さんに手で塞がれてしまう。
「別に、なんでもありませんわ。アナタ達にお話しするようなことは、何も」
あれー?なんか心なしか黒澤さんまで敵対心を感じる!バチバチにやりあっている音が聞こえる!幻聴かな!?幻聴だよね!病院いこ!
若干の気まずさを感じていると。
「あれー?先生、怪しいなあー?何してたのかなー?なー?」
ちょっと千歌ちゃんマジで黙ってて!つか!空気読んで!このままだと矛先が僕に向くって知ってるんだ!長年の勘で!
「んんっ。それより二人とも、生徒会室に何か用だったんじゃあないかい?」
芝居がかっているのは百も承知で僕はなんとか矛先を降ろすように努める。
「誤魔化したね曜ちゃん」
「うん。誤魔化した」
「誤魔化しましたわね」
なんなんだよ!なんなんだよその一体感!君ら本当は仲良しだろ!
「まあ、そんな冗談はさておいて」
置いとくんだ、そんでもって本当に冗談だよね千歌ちゃん?さっきから後ろの渡辺さんの目が一ミリも優しくなってないんですけど!?鋭いまんまなんですけど!?
「これ!部活申請しに来ました!」
「部活?」
僕の怪訝な声もそのはず、彼女らは二年生だ。それに統廃合されるかもしれないという噂を知らないわけではないだろう。
こんな時期に新しく部活を作ろうなんて、彼女らくらいのものだ。
「はぁ・・・またですか」
「はい!またです!」
うん?二人の言い草だと、以前にも一度来たのかな?部活申請しに。
ちらと、千歌ちゃんが黒澤さんに手渡した申請書をチラ見すると、そこには『スクールアイドル』の文字が。
あー、本当だったんだ千歌ちゃんが言ってたアレ。
別に疑ってたわけじゃないけれど、行動が速い。
「前も言いましたわよね?承認はしないと、しかも、一人が二人になっただけじゃありませんか」
確かに、黒澤さんの言う通り、その部員が名前を書く欄には高海千歌と渡辺曜の二人しか埋められていない。
「高海さん。部の申請には最低五人が必要だよ?」
「知ってるよー先生。だから勧誘してたんじゃないですかぁ?」
「えー?なんで僕の方が笑われてるの?確実にツッコミたい所が二、三個あるわー」
なにを当たり前のことをプークスクスみたいな感じで笑われた。絶対納得いかねえし、ていうか部の申請も下りてない段階で勧誘してたの?それなんて悪徳商法だよ。
「悪気はなかったんです」
「そうだね、君に足りないのは頭だね」
しおらしくしてる千歌ちゃんに足りないものは確実に頭だね。
「うおっほん!よろしくて?」
「あ、はい」
「すんませんでした」
冷たい黒澤さんはの声に、思わず僕まで謝ってしまっていた。あれ?本当に僕ってば教師かな?
「とにかく、この学校にスクールアイドルは必要ありませんわ」
「なんでです!」
引き下がれない千歌ちゃんは、黒澤さんの明らかな拒絶の意志にも立ち向かう。
黒澤さんと面を向かって、目と鼻の先で対立する。
「アナタに言う必要はありませんわ!」
次第に、ヒートアップしていく二人の声は比例するようにつんざき、大きくなっていく。
「まあまあ」
渡辺さんが宥めてようやく彼女らは距離を取った。
「大体、やるにしても曲は作れるんですの?」
「曲?」
ラブライブに出るためには、オリジナルの曲が必要だ。その曲を作れる人がいなければ端からそれは夢物語の域を出ない。
「東京の高校ならいざ知らず。こんな田舎でそんな人がいるんですの?」
それは言外に諦めろと、現実を知れという一言だった。
「うぐぐぐぐ」
その現実を見ないふりをするほど、千歌ちゃんはバカではなかったらしい。
「お、覚えてろよおー!」
「いや悪役みたいな捨て台詞吐いていったよあの子」
入ってくるときも勢いがあれば、また出ていくときも勢いがあった。なに?あの子静かにドアを開閉できないの?そういう病気なの?
「おーい、廊下走るなよー」
そんな僕のなけなしの教師としての注意も届いたかどうかは怪しい。
「先生」
「え、どうしたの?渡辺さん」
去り際、扉を閉める直前で彼女は流し目で僕を見た。
「千歌ちゃんに手えだしたら・・・コロス」
ピシャリと、扉が閉まる音が静まり返った部屋に、こだました。
「いや、どんな捨てゼリフぅぅぅぅぅぅ!?」
僕のツッコミも、こだました。
どうもピギィ!高宮です!
ということでね、前回言うの忘れてましたけどね、はい、100話目です。
ね、なんかさらっと来ました。100回。
ね・・・なんか・・・ね。
感慨深いのかな、どうなんだろうな、わかんないなこれ。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。
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スイッチとか基本的に切っておいた方がいい
「はぁー、どうしよっかなぁこれ」
新生活も初めの緊張感からやや抜けだし、生徒諸君も各々の色を見せ始めた頃。
一番最初に思いっきり色を出し過ぎてしまった生徒、津島善子のことを考えていると自然そのような言葉が出る。
「どうしたの?先生、ため息ついて」
「ん?なんでもないない」
まだまだ始まったばかりではあるが、徐々に生徒とも打ち解け、こうして休憩時間に僕と話そうと集まってきてくれる生徒も出始めた。
歳も近いし先生というよりは友達感覚であろう彼女たちに、笑顔で返しながら昨日見たテレビの話なんかを聞く。
女子高であるこの高校ではそもそも男という人種が稀である、という一因もあるかもしれない。書記さんに言われてそう思うようになった。
「ね、スクールアイドル部の噂聞いた?」
「あ、聞いた聞いた、私勧誘されちゃったもーん」
スクールアイドル部、十中八九、千歌ちゃんたちだな。
「あはは、それ皆声掛けられてるやつだよー。私も声掛けられたもん」
「ええ!?ちょっとヤダー!先生今の無しにしてぇ!」
恥ずかしそうに笑う彼女も、その友達の彼女も声を掛けられたという。手当たり次第に声掛けてんだ。相変わらずの計画性のなさだなあ。
にしても、だ。
あれだけ生徒会長に拒否されたにも関わらず、家でもめげた様子が一切ない。
計画性の無さはさておいても、そのやる気と意志の強さだけは感じる。
「ハハ、大丈夫。うぬぼれてても通知表には書かないから」
「ちょ、当たり前じゃん!ていうか慰めになってないし!」
そのやりとりに笑いあって、チャイムが鳴る前に自分の席へと誘導する。
これが正しい生徒と先生の関係だ、などと思いながら僕は今日も彼女たちを相手に授業をするのだ。
「先生、提出物を届けに来ました」
「お、ありがと。桜内さん」
昼休み、職員室でコーヒーをすすっていると提出物を届けに来た桜内さんに呼ばれた。
当然のように担任である前に僕は国語教諭である。特にこの学校では職員が少ないために一年、二年、三年で教える先生は統一されている。
で、あるために二年の桜内さんも国語は僕が教えているのだ。
「—————うん。確かに、全員分確かめました」
ひーふーみー、としっかり数えて受け取った。
「では、これで」
「あ、ちょっと待ってちょっと待って」
「・・・なんです?」
「はい、手えだして?」
「はい?」
用事は終えたとばかりに立ち去ろうとする彼女を呼び止めて、僕はニコニコしているのを自覚しながら手を促す。
訝しげに僕を見ながら、それでも恐る恐る掌を差し出してきた彼女に僕はトントンと筒状の箱から一粒取り出す。
「これは?」
「チョコだよ」
「・・・・はい?」
言葉の意味が分からなかったのか、なぜそれを渡されたのかがわからなかったのか、依然彼女の顔から怪訝さは消えない。
「桜内さん、ちょっと疲れてるみたいだったからさ。ほら、甘いものは疲れによく効くっていうじゃん」
「言うじゃん・・・って、いいんですか教師がお菓子なんて」
「あー、いいのいいの。見つかんなきゃね」
その代わりに秘密だよ、と僕は微笑みながらそう告げる。
「ほらほら。体温で溶けちゃうよ?」
「・・・・変な先生ですね」
ああ、良かった。クスリと笑って、彼女は一粒のチョコを貰ってくれた。掌に少しだけ溶けて残ったチョコをペロリと舐めてから。
「ありがとうございます」
と、丁寧にお礼をして彼女は職員室を後にする。
少しは、元気になってくれたようだ。ついでにどこかに感じていた心の壁も少し取り払われたような気がする。
「で?何かしら今のは?」
「うひゃあ!」
書記さん!!後ろから急に出てくるの辞めてくんない!?癖?癖なの!?
「・・・・・・」
「な、なにさ」
冷たい瞳で見つめられるとあることないこと自白させられそうではあるが、ここはぐっと心を強く持って抵抗する。
だって何も悪いことしてないもん!生徒のためを想ってしたことだもん!糾弾されるいわれはないもん!
「・・・まあ、そういう人よね。アナタは」
あれ?なんか、怒られないぞ?
てっきりいつものようにいつものごとく言葉のマシンガンで蜂の巣にされるのかと覚悟していたのでわずかながらに肩透かしを喰らった感じだ。
ちょっとした笑みまで見せて、書記さんは自分のデスクへと戻っていった。
「いやー、本当に海田先生はそういうのが上手いですよねえ」
なんか木村先生にまで肩をポンポンされた。え?なに?何この空気?やめてくんない?その顔やめてくんない?なんか腹立つな。
つか全然隠せてなかったし、なんか職員室中に知れ渡ってるんですけど?なにこれ?ねえなにこの空気!
僕の昼休みは、もったりとした変な空気と戦うことで全部潰れた。
そんな日の放課後。桜内さんの疲れていた原因がわかった。
「また、ダメだったの?」
「うん、でも、あと一歩、あと一押しって感じかな?」
「ほんとかなぁ?」
「ホントだよ!だって、最初は頭を下げて「ごめんなさい!」だったのが、最近は「・・・・ごめんなさい」になってきてるもん!」
「それ確実にウザがられてませんか高海さん?」
「あ、先生!!」
「・・・む」
放課後の中庭、談笑する生徒や部活にいそしむ生徒に交じって千歌ちゃんと渡辺さんはミューズの曲をかけながら軽く踊り、会話していた。
そんな会話に唐突に割り込んだ僕だったが、千歌ちゃんは嫌な顔一つせず、むしろ嬉々として口を開く。
「聞いてたの?」
「聞こえてきたんだよ」
「・・・・盗聴魔」
「渡辺さんはなぜ僕に当たりが強いので?」
ニコニコ笑顔の千歌ちゃんとは対照的に渡辺さんは思いっきり嫌そうな顔をしているのを隠そうともしない。
「先生!桜内さんのこと何か知ってる?」
「何かって?」
「あと一歩で曲書いてくれそうな気がするんだよね!だから!さ!ほら!弱みとか!」
「こらこらこら」
弱み握って曲書かせようとしてるんですけどこの子。とんでもないプロデューサーだな。
「ていうか、曲書いてくれそうな人見つけたんだ」
それがまず驚きだ。結構な無理難題だったと思うんだけど。
「あのね、桜内さんピアノ弾いてたんだって」
曲を止め、ベンチに座って休憩する彼女たちに僕はふーんと答える。
ピアノ、か。
「それで何度もアタックしてるんだけど、これがなかなか」
どうやら苦労しているのは桜内さんだけではなかったようだ。
千歌ちゃんたちもどうやらそれなりに本気らしい。
「まあ、いざとなったら!」
そう言って、千歌ちゃんは幼稚園生が持っているような初心者向けの音楽の本を掲げる。
「「いや無理無理」」
おっと、ハモッた。
「チッ」
舌打ちされた!教師なのに僕!渡辺さんは僕の職業を一回思い出したほうがいいと思います!
「じゃあ曜ちゃんは衣装書いてきたの!?」
バカにされたのが悔しかったのか、不服そうに唇を尖がらせる千歌ちゃんにせっつかれる渡辺さん。
「えー、あー、まあ」
歯切れが悪いのは僕がいるからだってわかってる。わかってるからそのお邪魔虫を見るような視線をやめて?
ちゃんと退散しますから。
「千歌ちゃん」
「なぁに?先生?」
ジト目で送られてくる意志を受け止めながら、僕は職員室へと戻る。
その道すがら、最後に一言だけ告げた。
「頑張れ」
と。
「先生、今日は生徒会の仕事ですわよ」
「うん、わかってるよ」
毎回、確認の意味を込めてなのか職員室まで迎えに来てくれる黒澤さんと共に僕は生徒会室へと向かう。
律儀だなあ、なんてその後ろ髪を見ながら。
「千歌ちゃんたちさあ」
僕は前置きなんて何もなく、思いついたかのようにさらりと話す。
「結構、本気みたいだよ」
「・・・そう、ですか」
後ろ姿しか見えないから、彼女が今どんな表情をしているのかはわからない。
わからないから、勝手に話を続けた。
「もしかしたら五人集めてくるかもしれないね。曲を作れる人も見つけて、作詞も、衣装も、振り付けだって考えて」
そして作ってしまうかもしれない、スクールアイドルを。
彼女たちになれるかはわからない、けれど可能性には満ちたそんなスクールアイドルを。
その時は。
「その時は、君はどうする?」
君という人間は、黒澤ダイヤという人間は一体どういう選択肢をとるのか。
「・・・私の意見は変わりません。五人に満たない部活は申請できませんし、仮に」
仮に、ともう一度呟いて彼女は続ける。
「五人集めてきてもスクールアイドル部は、もう、認めません」
「・・・そっか」
「軽蔑しますか?私を」
不安げに揺れるその声に僕は教師として、そして大人として答えなければならない。
「しないよ、そんなの」
過去に何があったのかを知っている僕だけど、きっと知らなくたって軽蔑なんかしない。
「大丈夫、君には確かなモノがある。確かな意志がある。だったらその選択が例え間違いだったとしても、誰かが、確かな意志を持って直してくれるもんさ」
だから僕は確信を持ってそう言える、彼女はそう言えるだけの人間だと僕は知っているから。
僕のようなクズだって直そうとしてくれる人たちはいたんだ。
だったら、僕なんかよりよっぽど立派な彼女に救いの手がないわけがない。
そんな言葉に、彼女は泣きそうな顔で振り返って。
「・・・そういう、ものですか?」
と、尋ねるので。
「ああ、そういうもんさ」
と、僕は答えた。
きっと不安なのだと勝手にその心を想像しながら。
「・・・これで備品は全部だね」
「はい、ありがとうございました先生」
生徒会室に備え付けられている倉庫の備品を確認し終えて、僕は一つ伸びをする。
最近の生徒会の仕事はこんなんばっかだ。
薄々気付いている、この学校を終わらせる準備をしているのだと。
僕は教師だ、そして大人だ。
それなりに出会いと別れというものを繰り返してきた。
「・・・・またアナタたちですの?」
「はい!生徒会長!」
だから多分、生徒たちよりかは心の整理もつけやすい。けれど、生徒たちはどうなのだろう。
一体どうやって心の整理を付ければいいのか。
僕はまだ、その答えを持たない。
「何度も言いましたが、お断りします」
「ですよね」
懲りずに部活申請しにきた千歌ちゃんたちに黒澤さんは、これまた同じように断る。
あはは、と苦笑いする渡辺さんとは対照的に千歌ちゃんにめげた様子はない。
「ていうか!先生はどっちの味方なの!?」
「っとっとっと?なんでこっちに矛先来た?」
一歩後ろからあたたか~く見守っていたのに、千歌ちゃんはいつも僕に爆弾を投げつける。
「さっき頑張れ、って言ってくれたじゃん!」
「・・・・はぁ?」
ほらもう!黒澤さんまでこっちを睨み付けるようになっちゃったじゃん!どうしてくれんだ!
「いや、それはほら。僕の個人的な応援というか」
「先程わたくしには大丈夫だよって言ってくださいましたよね?」
いやなにこれ!?なにこの板挟み!?
「・・・・・サイテー」
「渡辺さんは僕を誤解している節があるなあ!」
取り敢えず長年の経験で培われた誤魔化しスキルをフルに使うしかないなこれは!
「あれ、あのー、ほら!あれあれ!あれってどうなったんだっけ!?ほら!あれがあれしてああなったやつ!」
「全っ然誤魔化し切れてませんわよ?」
おっかしいなあ!全然空気が変わんねえ!依然としてピリピリしたまんまだよ!わさびか!
「・・・はあ、先生のことは後にやるとして」
あ、後にはやるんだ。スルーはしてくんないんだ。
「曲作りはどうなりましたの?」
廊下でのやりとりのせいだろうか、どこかとげが以前よりは感じられなくなったその問いに、千歌ちゃんはうろたえながら答える。
「う、えっと。もうちょっとっていうか、あと一歩っていうか」
千歌ちゃんは僕に言ったのと同じ言葉を連呼するのみで、進展はしていないのがうかがえる。
「・・・でも、”ユーズ”も最初は三人だけだったんですよね」
その言葉に、黒澤さんはピクリと反応を示す。
「”ユーズ”?それはもしや、
ひくひくと、口角が上がる様は誰がどう見ても怒っていた。
「あ、あれ、ミューズって読むんだ・・・」
その一言がどうやら引き金になったらしい。
「言うにことかいて名前を間違えるですってえ!?」
「μ'sはスクールアイドルにとっての伝説聖典聖域!!宇宙にも等しき生命の源ですわよ!?」
「片腹痛いですわ!!!」
ズン!ズン!ズン!と、一言ずつに一歩一歩距離を詰めてく彼女の迫力には流石の僕も何も言えなかった。
ていうか神格化されてんなあ、宇宙にも等しき生命だったんだ。あの人たち。
よもや、名前を間違えるという痛恨のミスを犯した千歌ちゃんに疑念の念が浮かぶのは当然だろう。
彼女たちは本気でスクールアイドルをやろうとしているのか、と。
「質問ですわ」
そしてそう言ってやりたかったに違いない彼女は、しかし落ち着いて言葉を選んできた。
もしかしたら僕が彼女たちは本気だ、と言ったからなのかもしれない。
「μ'sが最初に9人で歌った曲、答えられますか?」
「えっと」
「ブー!!っですわ!」
わずかに千歌ちゃんが逡巡した瞬間に黒澤さんはノーを突きつける。にしても早くねえ?クイズ番組でももうちょっと余裕あると思うよ?
「”僕らのLIVE君とのLIFE”通称『ぼららら』ですわ」
次、と黒澤さんは続ける。
「第二回ラブライブ予選でμ'sがA-RISEと一緒にステージに選んだ場所は?」
「ステージ・・・?」
「ブッブー!ですわ」
輝いてるなあ黒澤さん。
困惑している二人を尻目に得意げに彼女は語る。
「秋葉原UTXの屋上。あの伝説と言われるA-RISEとの予選ですわ」
よく知ってるなあ。
彼女たちはスクールアイドルの中で確かに伝説となった。だけど、それはあくまでスクールアイドルとして、だ。
メディアに露出するわけでもなく、歌番組に呼ばれるでもない。
そんな彼女たちの詳細を事細かに覚えているのは、それは相当な。
相当な、ファンに違いない。
「次、ラブライブ第二回決勝。μ'sがアンコールで歌った曲は—————」
「し、知ってる!『僕らは今のなかで』!」
負けじと千歌ちゃんも持っている知識でなんとか戦おうとしている。
そんな彼女にフッと笑いかけて。
「ですが、曲の冒頭、スキップしている四名はだれ?」
うわー、すごーい。僕も覚えてないやそれ。
そんなマニアックな問題に、名前を間違えていた千歌ちゃんは敵うはずもなく。
「ブッブッブー!ですわ!」
グングングン!と詰めていた距離はもはやゼロに近い。
「綾瀬絵里、東條希、星空凛、西木野真姫!!こんなの基本中の基本ですわ」
「いや、違うと思う」
思わず口出しちゃった。けど、そんな僕には気にも留めないで話は続く。
「生徒会長って、もしかしてファン?」
となると、当然そこに行きつくだろう。
千歌ちゃんの言葉に多少誇ったように黒澤さんは。
「当たり前ですわ、私を誰だと思って・・・・んんっ!」
そこではたと気づいたように黒澤さんは咳払いをした。気持ち良く語っていた調子でつい本音が漏れてしまったようだ。
そんな中で僕は、たった一人。いつだって気付かされる。あの頃の僕は凄い人たちと一緒にいたんだなあって。
「一般教養ですわ」
「いや、違うと思う」
僕は同じツッコミを口にしながら、黒澤さんは「とにかく!」と、話をまとめる。
「スクールアイドル部は認めません!」
最後通告のように黒澤さんはそう断言した。
「・・・一体なんの騒ぎですか?」
「あれ?書記さん?」
部屋に充満する重苦しい空気を払拭しに来たのか、まあ、偶々だろうけれどなぜだか彼女がやってきた。
重苦しい空気よりもなお、重苦しい顔で。
「学園中に、放送されているのですけど?一体これはどういうことですか”海田先生”」
「ほ、放送・・・?」
つか、なんで僕また名指し?見えてる?生徒たちのこと見えてる?僕にだけ見える亡霊とかじゃないよねこの子達。
「あ」
するとその言葉で気付いたのか、千歌ちゃんは声を漏らす。
そういえば、千歌ちゃんが今いる場所は放送用の機材に囲まれている。この学校は生徒会室に放送用の機材が置いてあるのだ。
そんな機材に、黒澤さんの迫力に押されていた千歌ちゃんは、がっつり、その右手をスイッチのある場所へと体重をかけていた。
なるほどね!そうかそうか!そういうことね!今までのぜーんぶ放送されてたってことね!
「海田先生・・・どういうことか、じっくりお話しを聞きましょうかしら?”生徒指導室”でな!」
「いや般若みてえな顔してる!そんでなんで生徒でもないのに生徒指導室なんだよ!」
なんで僕ばっかり集中砲火!?これが大人なの!?これが教師というものなの!?
「先生・・・・ドンマイ」
「いや君らの所為だけどね!!」
ポン、と肩をたたいてくる彼女らにシャウトが響き渡った。
「ほら、行くわよ」
「あ、本当に行くんだ!マジ?マジで行くの?結構な恥だと思うんだけど!ねえ!聞いてる?」
ズルズルと引っ張られながら、次回に続く!
「なんだそれ!」
どうも!高宮ズラ!高宮です。
うっわ、マジで今年終わるじゃん。本気でへこむわー、年々過ぎ去るスピードがえぐいわー。すぐそこまで桐生が来てるじゃん。夢の9秒台じゃん。
ということで次回もよろしくお願いします。
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帰国子女って響きなんかいい
「それでね!海の音を聞きに、果南ちゃんのところでね!三人でダイビングしたんだよ!」
「うんうん」
「でね!でね!三人で笑って、すっごく楽しかったんだ!」
「あー」
「それで!なんと!梨子ちゃんが!スクールアイドル、一緒にやってくれるって!」
「それな。わかるわかる」
「先生!!聞いてないでしょ!?」
「いや、ほんと。僕もそう思うわー」
「むむむ・・・、はっ。そうだ!」
家の廊下、割と街全体が見渡せるそこで僕は一人黄昏ていた。
何やら隣で千歌ちゃんが唸っているが、それはさておいて。
一体全体何を黄昏ているのかと言えば、目下の懸念事項の一つ。
そう、我がクラスの不登校生徒のことである。
津島善子、初日の自己紹介で盛大に事故った以降、一度も授業に来ていないその生徒のことで僕は頭を悩ませていた。
”心機一転”、再スタートを切ろうという時に出たその問題の芽をどう処理するか。
最近の主な考え事である。
「—————————ってあれ?なんか、静かになったな」
横でずっと喋っていた千歌ちゃん、適当に対応していたせいで怒ってしまったのだろうか。
そこで初めて隣を見るも、そこには誰もいない。
その事実を確認して、視線を彷徨わせる。
長い廊下、軋む音、その先になぜだか千歌ちゃんはいた。
「なにしてる・・・・の?」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
短い息を漏らすのは、千歌ちゃんの足元にいる生物。
詳しくは犬。名はしいたけ。
「へへん。先生が私の話を聞かないからだよ」
悪い顔をしている。ものすごーく悪い顔をしている。
ああ、まったくもって似合わない。君にそんな顔は似合わないよ。
だが、そう思ってももう遅い。
冷や汗が頬を伝って落ちる前に。
脱兎のごとく(いや犬だけど)しいたけは僕に襲いかかってきた。
「きゅぅーん、きゅぅーん」
「ああ、なんでこうなるんだ」
「あっはっは!本当にしいたけは先生のことが好きだねえ」
してやったり顔の千歌ちゃんを見上げながら、僕は今まさに襲われている。
しいたけに。
腰を、カクカクやられている。
「まったく、ひどい目に遭った」
「先生がちゃんと話を聞いてくれれば、私だってあんなことしなかったんだよ?」
なぜか説教スタイルで、千歌ちゃんの部屋で怒られている僕。
畳の上で正座はキツイなあ。
「ごめんごめん、で、なんだっけ?」
えへへ、と悪びれる素振りを見せながらなんとかナナメになったご機嫌を直してもらうべく奮闘する。
「もう!梨子ちゃんがスクールアイドルやってくれるって話」
「え、本当に?良かったね!」
マジで聞いてなかったんだ。
頬を膨らませてそんな顔をする千歌ちゃんに、僕は危機管理能力をフルに活用させて話を逸らす。
「で、でもあれだね!曲とか、そう!曲とかできたの!?」
「・・・まだ」
くっ。曲が出来ていればそっち方面に話を持って行けたのに。
「あ、そうだ」
グルグルとどうすれば機嫌を直してくれるかを考えていると、ふと、思い出したかのように千歌ちゃんは口を開けた。
「先生知ってる?最近、小原家のヘリが飛んでるんだって」
「ああ、そういやそうだね」
小原家。
その家はまあ、一言で言ってしまえば地主みたいなもんで、ホテルを経営しているめっちゃお金持ちの家だ。
そーいや、浦の星にも出資してるって聞いたことあんな。
「それでね、なんか小原家の娘さん?が、帰ってくるんだって」
「・・・それ、誰から聞いたの?」
小原家の娘さん。
その言葉に僕は肝を冷やす。
心当たり。
しか!
ない!!
「え?クラスの皆」
が、僕のそんな内心なんて知る由もない千歌ちゃんは僕のうろたえた様子を不思議に見つめる。
「クラスの皆、クラスの皆か・・・」
信憑性で言えば高いような低いような。
いや、教師の僕が知らないんだ。噂レベルの話だろうと高を括ってもいいはず!
「ははは、千歌ちゃん。それはあくまでも噂さ。だってその娘は今頃海外にいるはずだからね」
「へー、詳しいんだね」
「—————————ああ、まあね」
ともかく。
と、僕は一言場を正して。
「噂話なんだ、それより千歌ちゃんはやるべきことあるでしょ?」
「そうだね、早く曲を作って、衣装も作って、あと!振り付けも作らなきゃ!」
うん、まだなんにも出来てないんだね。
いや、じゃなくて。
「宿題。今日忘れてたでしょ?」
「・・・あー」
今度は、千歌ちゃんが苦い顔になる番だった。
なんて、言っていたのに。
「あ、センセえええええーーー!!」
「え?千歌ちゃん?」
そんなことがあった次の日、放課後の帰り際に僕は千歌ちゃんに呼び止められた。
波打ち際の砂浜がそばにある道路で、歩いていた僕の真上からその声は聞こえる。
同時に、物凄いプロペラ音と物凄い風圧。に負けない程の千歌ちゃんの声。
そう、ヘリコプターだった。千歌ちゃんの声がする方を向けば、不思議なことに確実にソレが見える。
「シャイニー♪」
そしてもう一つ確実に見えたもの。
「小原家のヘリ。つーことは」
忘れていた。僕の嫌な予感は大体当たるのだと。
昔から。
「り、理事長!?」
「イエース!でも気軽に”マリー”って呼んでね!」
巻き舌調で喋る彼女は、
透き通ったようなブロンドを横で束ねているのが目立つ女の子。見るからにハーフ。
この学園の生徒”だった”女の子だ。
「ね!センセ!」
「え、海田先生知り合いなんですか?」
驚いたように桜内さんが僕の方を振り返る。
ヘリに乗っていたのは千歌ちゃんだけでなく、桜内さんと渡辺さん。
どうやら砂浜でスクールアイドルの練習をしていたところ、あのヘリでここまで連れてこられたらしい。
あー、びびった。一瞬誘拐かと思ってここまで追っかけてきちゃったじゃん。
まあ、あのヘリの正体に気付いた時点でそれはないとわかっちゃいたけど。
「あー、うん。まあ」
「そ、そうなんですか・・・」
「え?なに?なんでちょっと落ち込むの」
「おおお、落ち込んでなんかないです!」
あ、そう?
「ハーイ!ちょっとちょっと!?ワタシを一人にしないでくれませんか!?」
「あ、ああ、ごめん」
せっかくの見せ場だと言うのに置いてけぼりにされたのが嫌だったのか、オッホンと咳払いしてもう一度彼女は自己紹介する。
「この学園の新しい理事長に就任しました。マリーデース!皆、よろしくね!」
相変わらず、海外訛りが抜けていない日本語でもう一度自己紹介をする彼女は、千歌ちゃんの手を握ってブンブンと振る。
「あ、あの!新理事長!」
なされるがままの千歌ちゃんは、戸惑ったように声を出す。
「マリー!だよ?」
「ま、マリー、さん。でも、その制服って・・・」
顔をグイと近づけて訂正する小原さんに千歌ちゃんは多少面喰いながら、当然の疑問を口にする。
そう、僕もずっと気になっていた彼女の身に着けているソレ。
つまりは彼女の制服に。
「これ?ちゃんと三年生のリボンちゃんと用意したつもりだったんだけど・・・変かな?」
「変、というか、理事長がソレを着てるのが不思議といいますか」
渡辺さんは苦笑いとともに口を開く。そして多分ここにいる誰もが、もしや、と一つの予想が頭に浮かんでいた。
そしてきっとそれは事実なのだろう。
意を決して、僕も口を開いた。
「理事長、理事長は、理事長。なんですよね?」
「イエース!そしてマリーと呼んでくれなきゃイヤデース!」
「あー、はいはい」
「ムー、センセは久しぶりだと言うのにそっけないなあ」
いやほんと、質問に答えてもらっていいかな。今後の対応の問題だ。
そしてなぜ桜内さんは僕とマリーちゃんの間を不安そうに目配せしているのかい?
「でも!生徒兼理事長のワタシに!そんな態度取っていいのかなぁ?」
ふっふっふと不敵な笑みを浮かべながらそんなことを言う彼女に、僕は頭を抱えたくなる。
すいませーん、先生なんにも聞いてないんですけどー。こういうのって、生徒と同じタイミングで知るのはおかしいと思いまーす。
「カレー牛丼みたいなものデース!」
「いや意味わからん」
「わからないデスか?」
「わかりませんわ!」
そこまで話が進んでようやっとこの部屋にいる最後の一人、しかめっ面の黒澤さんが口を開いた。
「まったく、一年の時にいなくなったと思ったらこんな時に帰ってきて。一体どういうおつもりですの?」
マリーちゃんは一年生の時に留学しており、高校三年間は帰ってこないという話だったはずだ。
それが二年で帰ってきた。彼女の能力を考えれば留学期間を短縮するほどの結果を出した、そう言われれば納得はできるが。
いや、ちがうちがう。
問題から目を背けるな、今僕が一番頭を悩ませなきゃいけない事実が一つあるだろう。
「それに高校三年生が理事長だなんて、なんの冗談ですの?」
そう!それ!それが本当かどうかがすげー気になる!
「そっちは冗談ではないわよ?」
そう言って彼女は予め懐に忍ばせていたのか、一枚の紙。証明書を取り出す。
そう、新理事長になったことを示す公的な証明書だ。
「・・・マジだったかぁ」
「ワタシのホーム、小原家のこの学校への寄付は相当なものなの」
まさかの金の力!すっごい納得できる!
「ふふん、これからヨロシクね!センセ!」
ああ、すっごい嫌な笑顔だ。
「ええと、それでマリーさん?は、なんで理事長なんかに?」
僕がこれからの教師生活に落ち込んでいると、桜内さんが話を戻す。
「実は、この学校にスクールアイドルが出来たって聞いてね」
「え?たったそれだけのために!?」
千歌ちゃんの驚きも妥当であろう。かくいう僕も驚いている。金持ちの考えることはわからん!
「もちろん!ダイヤやセンセにも会いたかったし!」
それに、と彼女は付け加える。
「ダイヤに邪魔されちゃ可哀想だしね、応援しに来ました!手始めに、デビューライブは秋葉ドームで!」
「きき、奇跡だよ!」
「そ、そんな!いきなり!」
いやいやいや、なにそのこち亀の中川てきな解決策。千歌ちゃんも乗らない。桜内さんの尻込みしてる反応が正しいんだから。
「ジョークデース!」
「・・・ジョークですか・・・」
本気にしかけた千歌ちゃんは一気に力が抜ける。完全に勢いに振り回されていた。
「実際は!」
そう言って、彼女は歩き始める。
どうやら、その会場に今から行くらしい。
僕らは全員、顔を見合わせて一つため息をついた。
「ね、先生はマリーさんと知り合いだったの?」
すたすた歩いていると暇を持て余した千歌ちゃんが余計な一言を挟む。
「ちょっと千歌ちゃん?近い、距離が」
「曜ちゃん、そうかな?」
僕の腕にぴったりくっついている千歌ちゃんと、僕をにらむ渡辺さん。
グイグイと腕を引っ張って距離を取ろうとする渡辺さんに僕は問いたい。僕の何をそんなに警戒してらっしゃるのかと。
とはいえ不幸中の幸いか、このまま黙ってれば話は逸れていきそうだ。
「でも、それは私も気になります」
ってあれえ!?まさかの反対側からの追撃きたぁ!?
逃れられると思っていたのに。桜内さんの不安そうな表情に僕も少し考える。
・・・いやまあ別に、隠しているわけでもないんだけど。
面白い話ではないから、知らないなら知らないままで。って思うのは僕の我儘か。
「別に、一年生の頃。担任をしていたってだけさ」
「え?そうだったんだ!」
「だから!千歌ちゃん!近づくの禁止!」
「えー?」
僕の一言に、千歌ちゃんはぎゅんと近づき、渡辺さんはそれをたしなめる。
桜内さんはなんか、ほっとしてんな。どういう理由で?
そして感じる後ろからのものすごい殺気。
ちら、と見ると黒澤さんのものだった。
「・・・・・・」
いやー、無言の圧が凄いっす。
・・・早くつかねえかなー!
「あ!そっか!」
珍しく何かを考えていた風の千歌ちゃんは、一つの答えに至ったらしく。
「マリーさんが今三年生ってことは、二年前の話だよね?」
「それがどうしたの?」
渡辺さんが尋ねる。
「いやー、だったら先生がまだ家にいなかった頃————————————」「おっとお!!」
なあにを口走るかと思いきや。とんでもねえ事実をサラッと言いやがるなこの子!
「むがもごもご」
しゅばっと速攻で千歌ちゃんの口を手で塞いで物理的に喋れなくした後。
(千歌ちゃーん?その話は秘密だってあれほど言ったよねえ?)
「ふがふが」
自分でもびっくりするくらいの俊敏さと圧力で千歌ちゃんを強引に頷かせることに成功。
まったく、生徒と同じ家に居候しているなんてことが周囲に割れたらまた厄介なことになるからって口止めしといたでしょうが。
なんていう焦りと共に、僕は周囲への注意力が散漫になる。
「ご、ご、ご」
「あれ?」
渡辺さんだけでなく、隣にいた桜内さんも、そしていつの間にか近くに来ていた黒澤さんまで。
「「「強姦魔!!!」」」
「ひでぶっ!?」
まさかのトリプル右ストレートを食らって。
・・・早く、目的地についてくれと切に願った。
「ここデース!」
頬っぺたを赤く腫らしながらついたさきは、学校の体育館。
「ここで?」
「ハイ!ここを”満員”に出来たら、人数に関わらず部として承認してあげますよ?」
早速の理事長権限。
桜内さんの質問にマリーちゃんは答える。
さらりと、酷な答えを。笑顔で。
「本当!?」
千歌ちゃんは部として認めてもらえる、その一言に食いついた。
まあね、気持ちはわかるよ。
「でも、満員に出来なかったら?」
桜内さんの当然の疑問にも、マリーちゃんは笑顔で答える。
「その時は解散してもらうほかありません」
それは当然のリスクとリターン。
あまりにもリスクが大きいだけで。
「・・・やるしかないよ!他に手があるわけでもないんだし!」
どうやら千歌ちゃんは覚悟を決めたようだ。
だけど気付いているのだろうか、その約束の”穴”に。
黒澤さんを説得する方がまだ可能性はあると、僕は思うんだけど。
それでも、僕は口を出さない。
あの頃とは違う、立場も、年齢も。
決めるのは僕ではなく、歩いていくのは僕ではないのだから。
だから、僕はただ見守るだけだ。
教師として。
「そうだね!」
渡辺さんは千歌ちゃんの言う事に納得したらしく、どうやら桜内さんも堅い表情だが了承したらしい。
「オーケー、行うということでいいわね?」
「はい!」 それを確認して「それじゃあ」と、要は済んだとばかりにマリーちゃんは体育館を出ていった。
「・・・それじゃあ、僕も帰るよ。皆、遅くならないようにね」
このまま居残っていると、残りの左頬も腫らして左右対称になってしまいかねないので、僕は颯爽と現場から去る。こういう時は時間が解決してくれるってばっちゃが言ってた!
体育館から出ると、黒澤さんが壁に寄り掛かっていた。
「黒澤さんも、暗くならない内に帰りなよ?」
「わかっています」
口ではそう言ってるものの、その足は動く気配はない。
「・・・どう、思いますか?」
皆でいるときはあれほど凛としていたのに、今、二人っきりになると不安そうにその瞳は揺れている。
「なにが?」
突然の旧友の登場に面喰っているのは、当然の反応だろう。
「マリーのことです」
当然でしょうとその瞳は言いたげだ。
僕はちょっとだけ昔のことを思い出す。
ちょっとだけ昔、のはずなのに今では遠い昔のことのように感じるあの頃のことを。
似たような状況の三人と、あの頃よりも切羽詰まった現実。
あの頃の僕は無力で、なんにもわかってなくて。
その無力さに、歯嚙みをするしかなかったけれど。
今の僕は大人だ。そして教師だ。
もう十年だ。あの頃からもう十年が経った。
「さあね、わかんないよそんなの」
「・・・無責任ですね。先生の癖に」
「先生だからさ」
口をとがらせて、拗ねたように言う黒澤さんに僕は笑顔で返す。
「僕なんかよりも、よっぽど黒澤さんの方がよっぽどわかってるんじゃない?いろいろと」
だって。
「だって、友達なんだから。さ」
あの頃の僕と、彼女たちのように。
「・・・・失礼します」
どこか考えるような表情で、彼女はそれだけ言って立ち去った。
「楽じゃねえなあ・・・大人って」
一つ、煙草に火をつけて。
煙といっしょにそんな言葉を吐き出す。
大人になれば自由なんだと思ってた。
大人になれば楽になるんだと思ってた。
現実はそんな簡単じゃあなかったと、大人になってから気付く。
ああなれば、こうなれば、なんて。
意味がないのだと、大人になってから気付く。
「「「あーーー!!!」」」
「はは・・・気付いたのかな」
後ろで響く三つの大きな声に思わず笑い声が出てしまうけれど。
「頑張ってね、みんな」
そう呟いてから、僕は家路へとついた。
あの体育館を満員にするにはとてもじゃないがこの学校の生徒全員を持ってきても足りない。
圧倒的に、足りない人そのものを。
この事実を。
彼女らはどうするのか。
僕はまだ、知らない。
どうも!新年あけましておめでとうございます。高宮です。
ということでね、ええ、2018年も始まって早二週間っすよ。しんどい。ずっと三が日が続けばいいのに。
でもまあサンシャインの映画も無事に決まって、順風満帆ですな!
その順風満帆さにあやかりたい所存でございます。
では今年もどうぞよろしくお願いします。
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慢性的人手不足
「先生ー、行ってきたずらよ?」
「ああ、ありがとう。国木田さん」
授業と授業の合間の休憩時間、僕は次の授業の準備をするべく教室にいた。
そんな僕の背中から話しかけてきたのはセミロングの髪の毛はさらさらと輝いて、顔の造形は一年生の中でもトップクラスだと評判の、評判というところで僕個人の意見ではないことを重々承知していただきたいのだが、ほら僕ってば教師で大人だからね!淫行条例とか怖いからね!
とにかく評判の
「それで、どうだった?」
やや不安げになりながら僕は国木田さんに尋ねる。
尋ねた時の彼女の顔で大体は察したのだが。
「ダメだったずら。玄関のドアは開かなかったです」
肩をすくめながらそういう彼女に、僕は「そっか」とあまり重くならないように返す。
津島善子さんの不登校はどうやら時間が解決してくれるようなものではないらしい。
入学の初日の自己紹介でやらかしたことがある人なんてまあまあの割合でいそうなものだが、彼女にとってどうやらそれは他人が考えるよりも重い事実だったらしかった。
そこで、津島さんと幼稚園が一緒だったという国木田さんにプリントを届けるついでに様子を見に行ってもらっていたのだ。
「開かなかったかー」
結構な勝算があったこの作戦だったが、結果は見ての通り。
まあ致し方ない。
「うん、ありがとう。今度は僕が行ってみるよ」
正直、こういうので大人の教師が行く、それもまだ信頼関係も何も築いていない時にいっても嫌がられるだけだと思ってたけど。
幼稚園の時の友達でもダメとなると、これは僕が行くしかない。
信頼関係はその時築けばいいわけだし、ハードルは高いが。
多少なりともナーバスな気持ちがないわけではないが、きっと津島さんのほうがもっとナーバスに違いないと思いなおして。
その日の放課後、僕は津島さん家に行くという決心をした。
「で?その後ろの黒澤ルビィさんは何をやっておられるので?」
それとは関係なく、なぜかずっと国木田さんの後ろで隠れているのはツインテールにおどおどした表情がくっついた黒澤ルビィさん。
苗字でお分かりかと思うが、生徒会長黒澤ダイヤさんの妹である。
「ああ、気にしないでほしいずら。ただの人見知りですから」
いや、気にするよね。不自然極まりないよね。
「じゃ、私たちはこれで」
「あ、うん」
ペコリと一つ丁寧にお辞儀して、国木田さんはトコトコと廊下を歩いていく。
その後ろに顔だけひょっこりだした形をキープした黒澤さんをつれて。
「いやどんな友情?」
千差万別、人それぞれあれどあんな形のものは見たことない。学会とかあれば名前つけてくれ。
まあ、あれでも本人たちが納得しているならいっか。と、思い直したところで授業開始の合図が鳴る。
「・・・いや授業は!?」
さらっと見送ってしまったけど、あの子ら僕の授業受ける気ないな!さらっと抜け出しやがった!
なんてこともありつつ放課後。
僕は、住所録を手に津島さんの家の前まで来ていた。
家はわりかし普通の一軒家。学校からの距離も通えない程ではない。
わずかにあった不登校になった他の可能性も順調に消えたところで、僕は意を決してインターホンを押す。
『はい』
・・・津島さんの声ではない。少女というよりかは年齢を感じさせる声。
「あ、どうも。津島さんの担任の海田雪です」
きっとお母さんが出たのだろう。これは幸先がいい、家に入れてくれる確率がグーンと上がった。
『あー!あー!あー!』
名乗った途端に声色が一段階も二段階も上がって。
それ以降、ピタッと声が出なくなった。
するとドタドタと家の中から音がして。
「先生!お待ちしてました!」
満面の笑みでお母さんが出てきた。
いや、お母さんが出るのはいい。予想通りだ。
けどなんでそんなに笑顔なんです?てっきりもっと暗い感じかと思ってたけど。なんか怖い。
いやしかしこれは逆に考えれば案外すんなり行くのでは?そう思い、僕はお母さんに連れられるまま家へと入った。
「いやー、もう家の子はすぐ変なこと言うでしょう?心配なんですよぉ。今もねえ、家にこもりっきりで」
マシンガントーク。マシンガントーク。マシンガントーク。
井戸端会議をしている奥様方なみのトークの速さと話題の移り変わりの凄さがエグイな。
なんかふっと気を抜くとすぐ次の話題になってる。
「最近もねえ、芸能界とか不倫とか多いでしょう」
いや何の話題だよ!気を抜くと話題が変わるとかそういうレベルじゃねえよ!?瞬間移動したよね今!
「あ、あの。すんません、娘さんの話が聞きたいんですけど」
「ああ!ごめんなさいねえ!なんかお話が弾んじゃって!」
いえ、弾んでたのお母さんの方だけでしたけどね!僕は一方的にボールぶつけられてただけですけどね!
「善子ったらねえ、昔っから変な言葉とかが好きでねえ」
どうやらお母さんの会話を聞くに、入学初日のあれは突発的なものではなく普段からの習慣から出た行いらしかった。
とはいえ、それでここまで塞ぎこんでいるということは、自分ではやるつもりがなかったからに他ならない。
きっと高校ではそういうことから卒業しようとしていたのだろう。いわゆる高校デビューというやつを。
「善子ー、善子ー」
コンコンとドアをノックしてお母さんが呼びかける。
しかし、部屋の主からの返事はない。
「あら?おかしいわね、寝てるのかしら」
「いやちょ!お母さん!?」
そう言ったお母さんはなんの躊躇もなしに娘の部屋の扉を開けた。
デリカシーとかどっかに置いてきちゃったんですかね!
「寝てるみたいね」
当の本人の津島善子さんはというと、自分のベットでスヤスヤとお昼寝中だった。
「あ、もうこんな時間。私買い物兼井戸端会議の時間だわ」
いやどんな時間だよ!さっきあんだけ喋ってたのにまだ喋りに行くの!?
「じゃ、先生。後はご自由にどうぞ」
ホホホ、と笑いながらお母さんはそれっきり、マジで買い物兼井戸端会議へと外出してしまった。
「・・・世のお母さま方は皆あんなんなのかな」
圧倒されながらも、一人、ポツンと取り残された僕は。
「お邪魔しまーす」
んんっと喉を鳴らして、起こさないように抜き足差し足で津島さんの部屋へと侵入するのであった。
僕も大概デリカシーは持ち合わせていないらしい。
「ん・・・・んん」
津島さんが起きたのはそれから十分も経たないくらいだった。
「・・・・・はへ?」
寝起きで髪はボサボサ、目は重そうにまぶたとまぶたがくっつきそうになっている。
「ああ、おはよう」
僕はそんな彼女の傍、具体的に言うならばベットの横。床に座って彼女の顔が背中に来てしまうようなそんな場所で。
読書に耽っていた。
「—————————っ!?だ、誰!?」
数秒間のタイムラグ、覚醒しつつある頭が混乱したように津島さんはベットの端っこに逃げ隠れる。
直後、そのドタバタから上に置いていた荷物というか置物がバラバラと頭の上に落ちてきたけれど。
「大丈夫?」
「いたた・・・ってそうじゃなくて!誰ですかアナタ!」
慌てっぷりが面白かったのでしばらく見守っていたが、そろそろ名乗らないと通報されそうな勢いだったので。
「覚えてないかな?キミの担任の海田です」
実質一回会っただけだし、その一回もさんざんだったから覚えてないのも無理はない。できるだけ印象を良くしようと爽やかに自己紹介してみるけど。
「たん・・にん・・?」
何それ美味しいの?くらいの勢いで、目が点になるのは津島さん。
「な、なんで担任の先生が・・・?」
「お母さまがいれてくれたのさ」
「そ、そんな・・・誰も入れないようにしてたのに。う、うう」
ついにきたか、来てしまったか。そんな心の声がこちらにも漏れ聞こえてくる。
「まあまあ、落ち着いてよ。それにしても凄い部屋だね」
改めて彼女の部屋を見回してみても、異質というか異様な部屋である。
一面真っ黒に覆われたこの空間は天体やら黒魔術やら悪魔やら、偏った趣味嗜好のグッズに埋め尽くされていた。
にこちゃんの部屋が僕の中ではダントツ凄かったのだが、これはそれを超えてくるかもしれない。あらゆる意味で。
「好きなんだ?こういうの」
「う、うう・・・」
まるで隠し事が見つかった子供のように頭を抱えてうなる津島さん。
「・・・や、やめようと思ってたけど。つい、中学生の時の癖が抜けなくて・・・」
悲痛さが伴ったその声の主は今にも泣きそうだ。
「それで、学校に行きづらくなっちゃった。と」
僕の言葉に、小さく頷く津島さん。
まあ、気持ちはわからんでもない。
「ていうか先生、さっきからそれ何読んで・・・って!!」
「ん?」
「そ、それは!私が中学生の頃にしたためていた堕天使日記目録!!」
あ、やっぱそうだったんだ。解説ありがとう。
津島さんが青ざめた表情で見つめていた先には、僕が手にしていたごてごてした装飾で飾られたそのノート。
「な、なぜそれを・・・!?」
「ああ、君が寝てる間ちょっと読んでたんだ」
「寝てる間・・・?ちょっと・・・?読んだ・・・?」
わなわなと震えている彼女の顔は顔面蒼白と呼ぶにふさわしく。
「で、で、で」
「で?」
「出てってーーーーー!!」
バタン!!
と、拒絶の意志と共に勢いよく追い出された僕。
「・・・えっと、デリカシー置いてきすぎちゃった?」
正解。
しかし、時すでに遅し。で、あった。
「くっそー。やらかしたなぁ」
千歌ちゃんの家に帰るまで、ずっとうだうだうだうだ言っていた僕。
これで次に会うハードルが軒並み上がってしまった。せめてもの救いのお母さまだけはなんとしてでも好感度をキープしておかなければならないのだが。
津島さんから悪い印象でも与えられたら手詰まりだ。
しかしまあ、あえて良かった点を与えるとするならば彼女の悩みが聞けたことだろう。
予想通りだったとはいえ、それを彼女自身の口からきけたのが大きい。これがあるのとないのでは月とスッポンだ。
「ただいまー」
「あ、先生ー。おかえりー」
「ただいまです、美渡さん」
そんなこんなで家の玄関を開けると、僕よりさらにうだうだしている声が聞こえてきた。
「もー、先生聞いてよ。千歌ってばスクールアイドルになるなんて言ってんのよ」
そこには妹がまた馬鹿なこと言い出したと呆れる姉の姿がある。
「それでさー、うちの会社の人何人いるかー、だって。なんか体育館を埋めなくちゃって息巻いてんの」
なるほど、使えるツテは使わないととてもじゃないがあの体育館を埋めることなんてできやしない。
手っ取り早く家族ってのは悪くないと僕は思う。
「先生?なに笑ってんの?そりゃ、笑っちゃうような話だけどさー」
「え?僕、笑ってました?」
どうやら自分でも気づかぬ内に口角が上がっていたらしい。いかんな、気を付けよう。だらしないとみられる。
「でもほら、いいんじゃないです?楽しそうで」
「そうかなー?」
「そうですよ、それがなんであったって、真剣に何かをやんのって凄いことだと僕は思いますよ」
今はまだ、何も成していない彼女たちだから、口だけだと言われたってしょうがないけれど。
それでも多分、彼女たちにはそんなの関係がないのだ。自身の中にある気持ちが本物だと知っているから。
「・・・・・まあ、そうかも」
それを知っているのは、きっと僕なんかよりずっと近くで見てきた美渡さん自身であろう。
伏目がちに納得した彼女に、僕は千歌ちゃんの居場所を尋ねた。
千歌ちゃんは部屋にいると言うので、階段を上がっていると上からぐでーっと力の抜けた彼女が現れる。
「やあ、千歌ちゃん。美渡さんに断られたんだって?」
「あ!先生、おかえんなさーい」
「うん、ただいま」
どうやら相当人集めに苦心しているらしい、体全体からそれがひしひしと伝わってくる。
「先生、先生たちは見に来てくれるよね?」
がっしりと肩を掴まれ、切ない表情でまるで子犬のようだ。
「あー、まあ、言うだけ言ってみるけど」
「ソレじゃあだめなんだよ!先生も知ってるでしょ!あの体育館を埋めなきゃなんだよ!?」
「うん、知ってる知ってる。知ってるから、ぐわんぐわん肩を揺らさないでね。落ちちゃうからね。危ないからね」
言葉の強さと比例するように肩の手も力が入る。
「えー!?じゃあ先生も何か案出してよお!」
なにが「えー!?」なのかとんと見当もつかないけれど、そこまで言うなら一つだけ考えがないことはない。
その旨を告げると。
「ホント!?え!?なに!?なに!?」
さっきまでの消沈した気持ちなど知らん!とでも言うように、顔をキラキラ輝かせ、鼻息荒く近づいてくる。
「ほら、駅前とかでビラ配りすればいいと思うよ。というか、現状できることなんてそんくらいでしょ」
かつては穂乃果たちもやったビラ配り。ここは東京より田舎だし、ご近所さんづきあいとかありそうなイメージ。
あやかれるもんはあやかって損はないだろう。
「ビラ配りぃ?なんか地味」
「こらこらー、バカにすんなよ。噂によるとあのμ'sもやってたらしいよ」
「ウソ!?μ'sも!」
「ほんとほんと」
その一言で、魔法のように再度顔を輝かせた千歌ちゃんは。
「やる!!」
と、力強く宣言した。
彼女にとってそれほどμ'sは特別なんだろう。
「よーし!そうと決まったら早速チラシ作んなきゃ!ありがと!先生!」
実に生き生きとした顔でそんなことを言っている彼女に適当に相槌をしながら。
もし、もしもあの体育館を埋めるなんてことが出来るたのなら。
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
なんて、肥大化した妄想ってやつだろうか。
「がんばって」
「うん!」
彼女の満面の笑みを見て。
そう思った。
「あ」
ようやく肩から手を離してくれたために、僕の体重は振り子のように後ろへと推進して大きな音を立てて転んでいくのだが。
それはまた別のお話で。
「ご、ごめん先生!大丈夫!?」
遠くの方で聞こえる声と、チカチカする視界の中で。
千歌ちゃん、君は明日宿題二倍だ!!
というのもまた、別のお話で。
どうも!一狩り行こうぜ!高宮です。
ついにモンハンワールド買ったぜ!超楽しいぜ!時間が過ぎるのが早いぜ!
キャラメイクした瞬間、「こいつの名前はレオナルドだ!それ以外考えられない!」っていう経験あるぜ!今回正にそれだったぜ!オトモアイルーの名前は必然的にワタナベになったぜ!娘ができたら杏って名前にして東出昌大と結婚させんだぜ!そんなゲームじゃないんだぜ!
ということで、次回もまた一狩り行こうぜ!
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輝いていく瞬間
「うん、そんなわけでね。行ってみないかい?今日、多分駅前でやってると思うんだよね」
「え、ええ・・・・?」
津島さん家に入り浸り初めて早数日。
最初の方こそ一々僕の姿に辟易していた津島さんも、最近ようやく心の扉を開いてくれた気がする。
談笑することも増えて、彼女の昔の話とか、僕の話とか。
色々と話すことも増え、打ち解けてきたと思う。
「そ、そんなことよりも。今日も暗黒ミサの会の時間よ」
要因としては津島さんの好きそうな堕天使とか闇落ちとかなんとかかんとか調べに調べて詳しくなったのが大きいのではと、自分では思うけれど。
やっぱりあれだよね、同好の士がいるってのはなんであれ嬉しいものだよね。
津島さんも例外にもれず、最近の肌つやが良くなってきた気がする。
まあ、生徒のそんなところを見ているのもどうかとは思うが。
「はーい、堕天使様」
「ちょっと!おざなりに呼ばないで!」
努力の甲斐も会ってか、僕はこの暗黒ミサの会を手伝わされている。
暗黒ミサの会なんていうと大げさだが、実際は生配信サイトで配信しているちょっと変わったユーチューバーみたいなもんだ。
僕の仕事といえばカメラの向きを変えることくらい。
「はぁい、皆様、こんばんわ」
今日も今日とて、そんな津島さんの真っ黒な衣装を見ながら僕はこれから先の展開について頭を悩ませているのである。
夕方、道路も真っ赤に染まり帰宅ラッシュに電車が悲鳴を上げている普段と変わらない時間に。
今日はいつもと違った、津島さんの反応があった。
「ね、ねえ」
「ん?どうしたの?津島さん」
帰り際、最近は玄関先まで見送りに来てくれる彼女が伏し目がちに口を開いた。
「その、さ。なんでいつも、そんなに来てくれるの?」
目線は下を向いたまま、聞きたいけれど聞きたくない、そんな雰囲気に言葉が包まれていた。
彼女が欲しい答えを僕は知らない。
彼女が欲しくない答えも、僕は知らない。
だからありのまま、ただの僕の気持ちを伝えることにしよう。
「なんでだろうねえ?」
「っ!な、なにそれ!」
「いや本当に、口にするのは難しいよ。君が生徒だから、僕が担任だから、君が子供だから、僕が大人だから、気まぐれ、義務感、正義感・・・」
きっと今口にしたそのどれもが正しくて。
きっとそのどれもが正しくはないのだろう。
「そうさなあ、強いて一番を上げるならば、”可愛いから”かな?」
「かわっ!?」
「うん、可愛い可愛い生徒が頭抱えて悩んでる。そんな姿を見て放っておける奴はきっと、教師という人間じゃあない」
「・・・ああ、そういう」
なんだか顔を赤くしていた彼女は、僕の答えにちょっとだけ気落ちして。
望んでいた答えでは、なかったかもしれない。そう僕が思った時に。
「そう。そうね、多分先生はそういう人だわ」
彼女はそれでも、晴れやかな笑顔でそう言った。
納得したのだろうか、こんな答えでよかったのだろうか。
そんな、僕の不安を吹き飛ばしてくれるくらいには、いい、本当にいい笑顔だった。
「そーいえば、先生って初めて呼んでくれたね」
「ええ!?そ、そうだった?」
もしかしたら、僕の知らないところで彼女は一人、問題を解決したのかな。
彼女のそれまでとは違う、なにか憑きが落ちたかのような態度で僕はそう思った。
「ああ、それと。明日も、その、やってるのかな?」
「え?やってるって、何が?」
「だから!ビラ配りよ!ビラ配り!」
ああ、ビラ配り。
そう、冒頭で誘ってなんだかんだでうやむやになっていたあれ。
「って、なに?行ってくれるの?」
「ま、まあ?先生にいつも来てもらうのも、悪いし・・・」
口をもごもごさせながら、行く態度を見せてくれる津島さんに僕は。
「そっか、うんうん。そっかそっか」
「な。なによその態度は!」
「いえいえ、なんでもございませんよ堕天使様」
「だから!それはあの部屋だけって約束でしょ!」
「はーい」
なんだか、外に出てくれるってのが嬉しくてついからかってしまう。
いいんだ、別に学校には来なくっても。
なんていうと先生失格かもしれないが、それでもいいんだ。
ちゃんと外とのつながりが、居場所がどこかにあるのなら、それが学校以外の場所だってなんだっていいんだ。
君が笑顔になれるなら。
まあ、願わくばそれが学校であるならば教師としては嬉しいんだけど。
「じゃ、じゃあ!明日10時に駅前集合だからね!お、おしゃれしてきてね!わかった!?」
「わかったけど、なぜおしゃれ?」
「い、いいでしょ!変な格好の人と歩きたくないだけ!」
そういうもんかな?年頃の女の子だもんね、そりゃファッションなんかにも気を遣うか。
「それから変な人もつれてこないこと!」
「はいはい、わかりましたよっと」
「返事は、一回!」
「はーい」
「伸ばさない!」
「はい」
変な人って具体的にどんな人だろう。
そんなことを考えながら家路についた僕でした。
「で、人にはおしゃれだなんだと言っておきながら、その恰好は何かな?津島さん」
「う、うっさい!触れないで!」
そんなことがあって翌朝。
僕が駅前の集合場所で津島さんを今か今かと待っていると。
サングラスにマスク。全身を水色のフレンチコートで覆った怪しさ百点満点の女の子が僕の目の前に立っていた。
多分、怪しい人ってどんな人ですかって聞かれたら大抵の人はこういう人を想像するんじゃないかな。
「だって、そのビラ配りしている人たちって私と同じ学校の人なんでしょ?だったら、私の噂が広がってるかもしれないじゃない!そんで駅前に中二病で怪しさ満点の女の子がいたけどあれってそうだよね!なんて噂がまた広がるじゃない!」
「怪しさは君が生み出したんだけどね」
「うっさい!」
それに、そんなに噂にはなってないよ。
って、以前から何度か言ってるんだけど。
「教師と生徒は別物なの!特に女の子は独自のネットワークがあるんだから!」
と、言われてしまい一向に信じてもらえなかった。
とはいえ、そんな恰好をしている人をよもや人生で二度も見ることになろうとは。
にこちゃんだけだと思ってたなあ。こんな格好する人は。
「で?そのビラ配りしてる子達って?」
「ああ、もういるよ」
なんで付いてきてくれたのか、定かではないけれどもしかしたら、津島さんはスクールアイドルに興味があるのかもしれない。
以前言った居場所に、彼女たちがなってくれたら嬉しいと思うけれど。
でも、それは僕が作るものではないから。
僕はもうそっち側には立てないから。
だから今は些細なきっかけ作りが精々できることで。
「よろしくお願いします」
「よろしくおねがしまーす!」
「全速前進!ヨーソロー!」
三人が三人、思い思いのビラ配りをしているのを、僕らは黙ってじっと見ている。
桜内さんはおどおどしながらも、一枚一枚丁寧にビラを配っているし。
千歌ちゃんはノリと勢いで他の人を巻き込みながらうまく配っている。
驚くべきは渡辺さんで、その愛嬌と持ち前の明るさで沢山の人を集めて写真まで取ってる。てかマジですげえな。なにあれ。彼女だけ最早ビラ配りじゃないよ、チェキ会の域だよそれ。
「・・・・一枚、貰ってこようかな」
「え?」
ポツリと漏らしたその声は、マスクにぐぐもって良く聞こえない。
けれど確かに「貰ってこようかな」そう言ったはずだ。
「行ってみるといい。君のその恰好じゃ怪しまれることはあっても、津島さんだとは気づかないよ」
「・・・・うん」
何か、思うところがあるのか。確かなことは津島さんしか知りえないものの、その変化はきっと良いことだと思うから。
だから僕は、黙って背中を押して見守ろう。
「あ、でも先生はどっかに隠れててよ?先生がいたら、生徒だってばれちゃう」
「えー?そこまで神経質にならんでも」
「ダメ!」
マスクとサングラスだから詳しい表情はわからないけれど、でも多分膨れた顔をしているのだろう。雰囲気で伝わる。
「わかったわかったよ。そこらの陰に隠れてるよ」
あんまりにも押しが強いので、根負けした僕はそう言って津島さんから離れていく。
「それじゃ、頑張ってね。一人で」
「~~~~!!うっさい!」
顔を真っ赤にして(多分)津島さんは僕のからかいをはねのけてすたこら歩いていく。
ものの、威勢が良かったのは数歩だけで歩けば歩いていくほど、その足取りは緩く散漫になっていく。
「あー、完全に不審者だな」
挙動は不審者のそれと完全に一致しており、街行く人々からは奇怪な目線を向けられている。
そのことに気付いているのか、それともいないのか、津島さんはそれでも曲がりくねりながらも千歌ちゃんたちのほうに歩いていくのをやめはしない。
「っ!?」
「あっ、すいません」
と、ここでハプニング。
千歌ちゃんの元へ向かっていた津島さんだったが、その千歌ちゃんがなにやら桜内さんと話していたかと思うと、急に桜内さんの背中を押したために津島さんとぶつかりそうになったのだ。
話の内容は大体察しがつく。
見ていれば桜内さんが一番ビラをさばけてない。だから、千歌ちゃんが励まして背中を押したのだろう。
千歌ちゃん、背中を押すってのは何も物理的に押すってことじゃないんだよ?
今度ちゃんと教えておこう。
「・・・あの、お願いします!」
その千歌ちゃんに励まされたからだろうか、桜内さんは意を決したように勢いで津島さんの眼前へとビラを突き出した。
「ガルルルル」
こらこらこらー、獣みたいな唸り声出ちゃってるよー、堕天使なのに。
「あ、あのー」
当然、そんな反応に困っていた桜内さんと、いくらか逡巡していた津島さんは。
「—————————っ!」
結局、突き出されたビラを格好も相まってまるで強盗のように強奪し、奪取したことで幕を閉じた。
うん、まあ、ね。外に出てたことで一歩前進ってことで。内容は問わない、よ?
最初から上手くいく人なんていないって、かの有名なエジソンも言っていたらいいなって思うし。
「それただの願望じゃない!」
「あ、おかえりー」
「あ、ただいまー。じゃなくて!」
こうして、取り敢えず一歩前進した津島さんでした。
そんなこんなで、太陽が何度目か地球を回ったころ。
ファーストライブの日がやってきたのでした。
「そういえば、グループ名は決まったの?」
ファーストライブのその朝。
天気はあいにくの雨模様で強風と雨風が吹きすさぶ、状態で言えば最悪のライブ。
そんな中でも千歌ちゃんは一人、僕の心配なぞどこ吹く風でいつもの元気な笑顔で言う。
「うん!
「千歌ー、ご飯食べてからもの喋りな」
「ごめん、美渡姉ちゃん」
へー、Aqoursねえ。
「いい名前じゃん。由来とかあるの?」
「へへ、でしょー?由来はないんだけどねー。三人で浜辺にあれこれ書いてた内の一個だから」
だから誰が書いたかもわかんないんだ。
なんて、結構重要なことをなんでもないことのように話す千歌ちゃん。
雑だなー、なんて思いながら、でもきっと彼女にとっては本当になんでもないことなのだろう。
「はは、そりゃまたらしい決め方で」
だから僕もただ笑った。
そして。
日曜日の陽気さはどこにもないこの天気の中。
彼女たちのライブは始まる。
「あ、こっちだよ。書記さん」
「ああ、海田君」
僕は言われた通り、僕にできる限りの先生たちには声をかけた。
「他の先生は?」
「多分もう、会場にいるんじゃないかな?」
「そ、そう」
僕と二人なのが気になるのか、途端にソワソワしだす書記さん。今更そんな緊張する間柄でもないのにな。
「にしても、無謀ね。あの会場を満員にしなければならないって聞いたわよ?」
だからか、ずっとそっぽを向いたまま書記さんは会話を続けた。
「うん、そうだね。無謀だ」
「ミューズでだって、ファーストライブは散々だったんでしょ?」
言外に彼女たちがそれを超えられるの?そう言っているんだ書記さんは。
超えられる、とは思わないし、思えない。
だって僕はまだ彼女たちの本気を見ていないから。
彼女たちの”本当”を、見ていないから。
「とにかく見るだけでも、見てみようよ」
評価なんてそれからだって十分だろ。
「そう、ね」
大人になると、色んなことに気付いて。色んなことを知ってしまう。
だから限界が見えてしまう。見えてしまったものを、見えなかったことにして頑張れるほど僕たちは器用には作られていない。
だから眩しいんだ。彼女たちの輝きが、ただ輝いていられることがこんなにも羨ましい。
(津島さんは来るかな?)
僕は直接は彼女に何も言ってない。どころか、あれから千歌ちゃんたちの話は一切出なかった。
だから、今日津島さんが来るかどうかを僕は知らない。
それでもなんとなく来るんじゃないだろうか、と思うのは教師のエゴだろうか。
「ここだ」
なんて思いつつ、僕は体育館の。
今日の会場の扉を開ける。
結果だけを言えば、体育館は満員にはなっていなかった。
両手で数えれば足りてしまうくらいの人数で、会場は実に寂しい拍手が木霊している。
それでも、頑張ったよって。あの時の穂乃果たちよりマシだよって。
そんなお為ごかしな慰めは、きっと彼女たちには通じない。
だって頑張ったから。本当に頑張ったから。
彼女たちのできることを、彼女たちのしたいことを。精一杯、誰にも文句を言わせずに、口だけで終わらずに。
だから本当に報われて欲しかった。
穂乃果たちと一緒で、本気、だったから。
「私たち、スクールアイドル!Aqoursです!」
それでも、この人数を見ても、彼女たちは歌うらしい。千歌ちゃんの力強い声が会場に響く。
そうか、同じ決断をするんだね。十年前の彼女たちと。
だったら、僕は絶対に目をそらしちゃいけない。他の誰が途中で帰ってしまったって。
僕だけは、絶対に。
彼女たちは歌い始める。
自分たちで練習した踊りと、自分たちで作った曲を、自分たちでこしらえた衣装で。
しかし、きっと神様は意地悪な性格をしている。
歌が盛り上がっていく中盤に差し掛かったころ。金属の嫌な音が会場に響き渡ったかと思うと、彼女たちを照らしていたスポットライトが、音源が、ブツリと切れてしまった。
雷でも当たって、電線でも切れたのだろうか。
体育館の天井を打つ雨音と、生徒たちの不安げな声が会場を支配していた。
最悪、考えうる最悪のシチュエーション。
十年前よりもそれはよっぽどひどい。
ステージに立っている千歌ちゃんたちも、不安そうにその瞳は揺れてる。
それでも、やがて千歌ちゃんは歌いだした。
アカペラでも、声が届かなくても、機材がなくても。
けれど、そんな空元気だって限界が来る。
段々と萎んでいく声に、涙が混じる。
ここでやめてもいいんだ。
そう、言ってしまうのは簡単だ。
きっと誰も責めはしない。しょうがないと、肩を叩いて励ましてくれることだろう。
事実、しょうがない。これはしょうがないと、割り切る以外のそれ以外の方法がないくらいの出来事だ。
だけど。
だけど。
そう言って諦めがついてしまうものなのか?
そうやって肩の力を抜けるものだったのか?
千歌ちゃんたちにとっての、学校の重みは。
救われないかもしれない。
意味がないかもしれない。
何無駄なことをって、笑われてしまうかもしれない。
でも、そんなのは百も承知でやり始めたはずだ。
そんなのはわかったうえの決断だったはずだ。
だったら、やめてはいけない。例え学校が救われなくたって、例えこれが最後のステージになったって。
いやだからこそ、歌わなくては、踊らなくては。そうでなくちゃ、スクールアイドルとは呼べない。
彼女たちはまだ、何物にも成れていないのだから。
やがて千歌ちゃんの歌声も聞こえなくなった時。
僕が「やめるな」と声を出そうとした時。
その輝きはやってきた。
はいどーも!イモトじゃなくてJKと南極に行きたいんだよ僕は!で、お馴染みの高宮です。
よりもい、いいですねえ、久々にはまったアニメです。
それ以外にも今期は良作揃いで毎日がうれしい!たのしい!
ということで次回も、そんな毎日に一花咲かせるべく頑張りますんでどうぞよろしくお願いいたします。
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ライブの後の喪失感は逆になんだか心地いい
人が輝ける瞬間はきっと、そう多くはない。
人生で何度も訪れるわけではく、もしかしたら一回として訪れない人だって中にはいるのかもしれない。
そう思えば逆に、”人が輝く瞬間を見る”という行為もそう何度も人生の中では訪れないのであって。
もしかしたら自分が輝くのよりもずっと少ない可能性だって——————————。
そう考えると僕は。
僕という人間は、そんな、人が輝いた瞬間を人生で二度も見ることが出来る。
そんな幸運は、他の誰よりも持っていたのかもしれない。
「バカ千歌!!あんた開始時間、間違えたでしょ!?」
静かな、そして寂し気な体育館に響く大きな声。
その声は頼り甲斐に満ち満ちていて。
全員が一斉にその瞬間振り返るには十分な、明るい声だった。
「み、美渡姉ちゃん!?」
最初に姿を見なかったから、今日は来ないものだと思ってた。最後までスクールアイドルには懐疑的だったし。
雨と暴風吹き荒れる外を見れば、美渡さんが連れてきたのか数十台の車が止まっている。それこそ、学校の駐車場が満杯になるくらいには。
もしかしたら、その先にだって溢れるくらい沢山車があるかも。
そう期待を抱かせるには十分で。
そして、そんな期待を具現化したように急に電気が戻る。
「あ・・・・・・」
隣にいた書記さんが思わず声が漏れてしまうほどに、それは圧巻の光景だった。
この学校の教師から、多分誰かの保護者。
この学校の生徒から、多分他校の生徒。
美渡さんの知り合いから、多分ここにいる誰も知らない人まで。
宣伝の効果も、美渡さんの頑張りも、このライブを作ろうと必死になってやっていた生徒たちも、全部、何一つ欠けていたらこの光景は見れなかったはずだ。
玄関はびしょ濡れになった靴で埋まり、体育館は人の熱気と密度の濃さで埋め尽くされていた。
「—————————っ」
その光景に、ステージ上の千歌ちゃんたちは感極まっている。
老若男女問わず、千歌ちゃんたちを見に来た。期待してきた。
その眼差しを一身に背負って、さあ、君はどうする?
なんて投げかけも、千歌ちゃんには必要ないだろう。
そして、止まった時は再び動き出す。
今までよりも何倍も力強い声で、歌で、踊りで。
きっと感謝の意を表そうとしていた。
やがて曲は終わり、会場はさらなる熱気で包まれていた。
自然と笑顔が綻び、拍手が止まらない。
「思い出すわね。昔のこと」
「・・・そう、だね」
十年前より何倍もいい結果を出した彼女たちを見ながら書記さんは呟いた。
それは僕に向けた言葉ではなかったかもしれないけれど、それでも僕は答える。
「でも、彼女たちはμ'sじゃないし、僕はもう大人になった。あの時とは違うよ」
同じ結果になるとはまだ言えない。
だけど、だからこそ。
「僕は応援するよ。昔と一緒で」
「そう、そうよね」
人が多くて書記さんの表情はあまりよく見れなかったけれど。
でも多分、笑顔だったと思う。きらきら輝いたものを見る良い笑顔だったと思う。
そんな大成功といってもいいファーストライブが幕を閉じて数日。
「あああ!先生だああああ!!!」
「うん、今日もテンション高いね。高海さん」
あれから数日たったというのに、千歌ちゃんのテンションは落ちるどころかむしろ日に日に上がっているような気さえしてくる。
学校の廊下で会っただけだというのに、雄叫びと共にタックルしてくる彼女を受け止めながら、渡辺さんの辛辣な言葉も受け止める。
「ちょっと!先生!千歌ちゃんに近づかないでください!」
「見ればわかると思うけど近づいてきたのは千歌ちゃんの方だからね!」
「男の人は皆そう言うんです!汚らわしい!」
「衛生兵!誰か衛生兵を呼んできてくれ!僕の心を直してくれる衛生兵を!」
早くしてくれ!できれば暖かい毛布、暖かい食事、及び暖かい家庭を用意して!
「そうよ、千歌ちゃん。先生との距離が近いのよ」
「そう言う梨子ちゃんだってぴっとり背中にくっついでるじゃん!」
「ち、ちが!これは!先生が千歌ちゃんに手を出さないようにって!」
「おーい、君達の中で僕どんな存在?」
放課後の生徒もまばらになってきた廊下でそんなやり取りをするくらいには、千歌ちゃんだけでなく三人のテンションも上がっていた。
「それで?最近どう?スクールアイドル活動は」
「うん!順調だよ!」
あの時、ちゃんとどこかで見ていたのだろう。理事長である小原鞠莉さんは彼女たちの活動をノリノリで承認してくれたという。
生徒会長は、未だに良い顔はしていないが。
「順調ついでに、ちょっと頼み事、なんだけどぉ」
なんだか裏を感じる笑顔で千歌ちゃんは僕に言う。渡辺さんはふくれていたようだけど。
「ほほう、これが順調ねえ」
「お願い!流石に三人じゃ厳しくて」
両手を合わせて懇願してくる千歌ちゃんの目の前には埃と荷物でいっぱいの部屋。
「ここを、部室としてもらったんだね」
「そうなんです。でも、あまり使われてなかったようで」
そこはしばらく物置部屋として教師たちが使っていた部屋だ。
が、そんなことを言うと千歌ちゃんからぶーすか文句を言われそうなので敢えて伏せておくけど。
「しゃーない、手伝ってあげるよ」
「ほ、本当!?わーい!先生大好きー!ぐえ!」
「はいはい、千歌ちゃんはこっち」
千歌ちゃんの首根っこを捕まえながら渡辺さんはキッとこちらを凄い形相で睨んでくる。
一体僕が何をしたというのだ。
もし、千歌ちゃんの家に居候しているとしれたらどうなるのかな。
恐ろしい想像に身震いしつつも、僕は部屋の荷物を片付けるところから始める。
「そーいえば先生、ライブ見に来てくれてありがとうね」
ある程度片付けも終わりが見え始めて、それまで掃除に専念していた千歌ちゃんは口を開いた。
「いいや、いいものを見せてもらったし」
「え?先生いたの?」
「いたよぉ渡辺さん。だからそんなに嫌そうな顔しないでね」
「・・・どうでした?私たちのライブ」
桜内さんはやや不安そうに言葉が揺らぐ。まだ、自信がないのだろうか。
「良かったよ。アクシデントもその他諸々、全部含めて良かった」
「本当に!?」
僕の言葉に千歌ちゃんは目を輝かせて前のめりになる。
「でも、千歌ちゃんはまだステップがおぼつかないし、渡辺さんはターンが苦手だね。桜内さんはもうちょっとお腹から声を出したほうがいい」
完成度という点で言えば改善点はまだまだある。
「うぅ、厳しいよ先生」
「でも、それでもあのライブは良かった。そう言えるだけの力があった」
だから、と僕は言葉を続ける。
「これからも頑張ってね。応援してるよ」
最後に残った荷物、多分図書室の本であろうそれを千歌ちゃんに手渡しつつ僕は伝えた。
「うん!」
「先生に言われなくても頑張ります」
「あ、あの!これからもよろしくお願いします」
元気一杯の千歌ちゃんと、不満げな渡辺さんと、丁寧な桜内さん。
存外、本当に良いスクールアイドルになるんじゃないだろうか。
今はまだ憶測だけど、この時は本当にそう思った。
三人が数冊の本を図書室に持って行った後。僕は一人、窓から顔を出しながら部室に残っていた。
「何やってるんですか?先生、もう生徒会の時間ですよ」
「ああ、ごめん黒澤さん」
「・・・彼女たちを見ていたんですの?」
僕の視線の先には図書室があり、そこに千歌ちゃんたちはいた。
なにやら国木田さん、そして目の前にいる生徒会長の妹である黒澤ルビィさんと話し込んでいるようで、内容は、聞かなくてもなんとなくわかる。
誘っているのだろう、部活に。スクールアイドルに。
スクールアイドルの活動を続けることを認めてもらったとはいえ、部活として続けるには結局五人必要だ。
「楽しそうだよね。本当に」
「・・・・・」
スクールアイドルが本当に学校を救う。そんな御伽噺のようなお話を僕は知っている。
彼女たちがそんな風に輝けるかどうかはわからない、だけれども。
「楽しそうで、嬉しそうで。それが僕には一番嬉しい」
「・・・・それは、暗に私は楽しくなさそうだと、そう仰っているんですか?」
ぎゅっと、口を真一文字に結んで。
そこで初めて僕は振り返った。
そんな言葉を言ってほしかったわけじゃなかったから。
艶やかで綺麗な黒髪は床に垂れ、硬い瞳はじっと、床を見つめている。
「そうは言ってないよ。ただ、
「・・・・・」
黙りこくってしまった黒澤さん。
少し踏み込み過ぎなのかもしれない。でも、どこか抜け殻になったような彼女を見るのは僕も辛いんだ。
「
「先生」
その、氷のような一言に。
その、切ないような表情に。
僕はそれ以上何も言えなかった。
「・・・ごめん。今のは余計なお世話だった。忘れてくれ」
揺らいでいたのは僕の方か。
揺さぶられて、期待していたのは僕の方だ。
マリーちゃんが、いや。
小原さんが返ってきてからずっと。
また、もしかしたら彼女たちが一緒になる日が見れるかもしれない。
また、もう一度やり直せるのかもしれない。と。
そんなことは、ありえるわけがないのに。
失ったものはもう二度と、戻ってくることはないと僕自身が一番よくわかっているはずなのに。
黙って、僕はそのまま気まずさで部室を出ていってしまう。
どうやらまだまだ、大人になるのは難しいらしい。
こんな時にふと空想する。
もしも、僕が彼女たちと同じ学校に通っていたら。
もしも、十年前の僕だったらどうしただろうか。
そんな意味のない空想を。
あれから数日、僕の元に千歌ちゃんがやってきた。
「はい!センセ!部活承認してください!」
職員室の片隅で千歌ちゃんが元気な笑顔でそう言うので、僕は。
「五人集まったのかい?」
と尋ねると。
「うん!花丸ちゃんと、ルビィちゃんが!」
千歌ちゃんは変わらぬ笑顔でそう言った。
見れば後ろには新加入の二人もいて、おずおずと頭を下げる。
あれから、なんだか気まずくて黒澤さんとは喋っていない。
勿論教師である僕は、彼女のクラスに授業をしに行くこともあるし、顧問である僕は彼女と同じ部屋で会議を見守ることもある。
けれど、会話がない。
会話だけがない。
「そうか、それは良かったけど。部活承認なら生徒会長の元に行くのが筋だろう?それをすっ飛ばしてってのは褒められないなあ」
だからだろうか、多少意地悪な言い方になってしまった。
「ふっふっふ」
それでも千歌ちゃんはそんな僕の様子には気づかずに不敵な笑みで答える。
「じゃーん!生徒会長の承認ならもう貰ってまーす!」
・・・腹立つ顔をしている。
「そんなの僕には一言も言ってなかったじゃないか」
「だぁって、先生ここんところ家でもなんだか暗かったじゃん」
「—————————!」
見抜かれていたのか、家では隠して振る舞っていたつもりだったけど。
存外、聡い子だ。
「だから、秘密にして驚かしてあげようと思って」
「・・・まさか君に気遣われるとはね」
「なにー?先生、私のことちょっとバカにしてる?」
膨れた面でそう言うので、僕は思わず笑ってしまう。
そうだ、こういう子だった。
知ってか知らずか周りを無理やりにでも明るくさせてしまう。
そんな子だったよ。
君達は。
「わ、笑ったなー!」
「はは、ごめんごめん。でも、バカにはしてないよ?」
「本当にー?」
「本当に」
むぅっと信じていない顔をしていたのでぐりぐりと頭を乱暴に撫でる。
本当になんだか千歌ちゃんを見ていると昔のことを思い出す。昨日のように。
暖かくて懐かしい、そんな良い思い出を。
「じゃあ、はい。承認しました」
理事長と生徒会長のハンコが付いたその紙っ切れ。
最後の空白を埋めて僕は千歌ちゃんに手渡す。
千歌ちゃんはその紙っ切れをまるで宝物みたいに大事に抱えて、仲間の元へと走っていった。
廊下は走らないように。僕のそんな忠告も聞こえてはいないらしい。
「本当に良い生徒だよ」
聞こえてはいないだろうから、つい、そんな余計なことまで口走ってしまうけど。
「なあにが、「本当に良い生徒だよ」よ!?ええ?あんなに堂々とイチャイチャしくさりやがって!おおん?」
なあんて良いこと言って締めようとしていたのに、後ろを振り返ると般若と見間違うほどのそっくりさん。もとい書記さんが仁王立ちで構えていた。
見れば職員室中がなんだかちょっと恥ずかしいモノを見たような、誰も彼もが顔を赤らめている。
怒気で赤らめている書記さん以外。
「しょ、しょしょしょ書記さん?」
「アンタさあ、ここがどこだかわかってる?職員室よ?職員室。よくもまあそんなに堂々と出来るなあええ!?」
「痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!痛い!ヘッドロックが決まっちゃってるから!マジでシャレになってないレベルで決まっちゃってるからあ!」
あと口調が田舎のヤンキーみたいになっちゃってるから!怖い顔と怖い口調でもうリーチかかっちゃてるから!
「アンタにゃ、口で言っても分かってないようだからもう体に覚えさせるしかないようだね!」
「どこのお仕置きババア!?」
ぎゃああああああ。
と、いう悲鳴が職員室に響き渡ったのはそれから数秒後のお話。
ちゃんちゃん。
「なんだこのオチ!?」
どうも!クリアカード編高宮です。
受験終わって家に引きこもってゲームばっかしてます。
なので書くことが全然ありません!当たり前だね!
ということで次回もまたよろしくお願いいたします!
ってここまで書いて忘れてました!お気に入りが1000件突破しました!減ってなければね!
これもひとえに読んで、そしてポチっとしてくれる皆々様のおかげでございます!
ということはつまりなに?少なくともこの作品を1000人は読んでるってこと?なにそれ?怖くね?下手なこと書けないじゃん。ちんこちんこ!
これからも変わらずこんな感じでやっていきますので、どうか、どうかよろしくお願いいたします。
次は1111人を目指して、レッツ!バディファイト!
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諦めないで
「ふぅ・・・・」
松浦果南は、実家でもあるダイビング教室のそのベランダで一人ため息をついていた。
今の今まで、お客様を相手に何時間もダイビングをしていたせいか体がひどく思い。
ここの所、その体が軽くなったことはないのだが。
「そろそろ、学校かぁ」
お父さんが入院したという”建前”で学校を休学していた彼女だったが、それもお父さんの退院と共に明ける。
本来なら喜ばしいことだ。
お父さんが退院したことも、学校に通えることも。
今まで会っていなかった友達に久しぶりに会う緊張はあるかもしれない。だけどため息をつくほどじゃあない。
そう、理由はもっと他にあった。
「・・・・・・せんせぇ」
夕陽の日差しが彼女の顔を真っ赤に染めて、その声色はどこか儚げな色っぽさを備え付けていた。
「せ、先生・・・・」
「大丈夫だよ、津島さん。案外誰も君のことなんて考えてないって」
「先生!それ慰めてない!」
「あれ?」
千歌ちゃんたちのスクールアイドルが正式な部として認められて早数週間。
僕は朝早くから津島さんのお迎えに上がっていた。
なぜなら津島さんが学校に行く気になったからで、それがあのファーストライブと関係しているのかは彼女自身しか知らない。
まあ何はともあれ、教師としては生徒が学校に来てくれるのはいつだって嬉しいもので。
だから精一杯のフォローのつもりだったのだが、どうやら津島さんはお気に召さなかったようだ。
ずっと膨れたほっぺが萎まない。
「善子ちゃん、先生の言う通りずら。誰も入学初日のことなんて気にしてないずら」
「ほら!国木田さんもそう言ってるし」
学校の廊下、まだ誰も人気のない場所で僕らは三人でひたひたと歩いている。
国木田さんはどこから聞きつけてきたのか、津島さんが今日学校に来ると知って早めに登校してきたらしい。
物凄く友達思いなのだろう、それは教室でのルビィちゃんとのやり取りを見ていてもわかる。
「うぅぅ、先生も花丸も私が暴走しそうになったら止めてね?」
泣きそうな顔で不安そうな津島さん。
入学初日のことが相当トラウマになっているらしい。僕らは幾度も中二病が出そうになったら止める契約を結ばされていた。
「わかってるずら。ね、先生」
「大丈夫、大丈夫。任せてよ」
正直、そこまで強く言えるほど自信なんてないけれど。
それを言ってしまったら津島さんの不安は一生消えないだろうし、学校にだって行く気がなくなってしまうかもしれない。
僕の所為でその可能性を広げてしまうわけにはいかないのでここは精一杯強がるだけだ。
「それじゃあ僕は職員会議だからここでお別れだけど、津島さん」
教室の前までついて、僕は最後に彼女に一声かける。
「・・・何?先生」
一抹の不安と、胸に広がるドキドキで気分すら悪くなりそうになっているその表情のままそれでも僕にちゃんと目を合わせてくれる。
そんな彼女はきっと、この学校でもやっていけるはずだ。
いいや、やっていってほしい。
一人の教師として、そう切に願う。
「人間関係なんて最初が一番肝心なんだから、君はもう一度失敗した身だ。だからもう当たって砕けちゃえ!」
「最低!」
あれ?励ましたつもりなのになぜか怒られているんだけど?ポカスカと殴られているんだけど?
「仲良しずらね~」
「な・・・!仲良くなんかない!」
あ、良かった。矛先が国木田さんにいった。
殴られた右腕をさすりさすりしながら僕は、まあ嫌な緊張も取れたみたいだし結果オーライってことで。と、思うことにした。
「じゃあ、本当にここでバイバイだね。津島さん、程よく頑張ってね」
「何その適当なアドバイス、もうちょっと教師らしいこと言いなよ」
そっぽをむいて口を尖がらせて、津島さんはそう言った。
「はは、ごめん。苦手なんだこういうの」
僕はそんな彼女に笑って謝る。
こんな彼女を見てもらえればいいと思った。そうすればきっと、友達だって出来るよと。
流石にそこまでは口にはしなかったけれど。
「それでは、職員会議を始めます」
職員室に書記さんの澄んだ声が響く。
生徒も教師も人が少ないこの学校では、勤続年数などあってないようなもので。完全実力主義の社会へと変貌していた。
日本式の年功序列など、なにそれおいしいの状態であり、アメリカンなスタイルが横行している。
帰国子女である小原鞠莉さんが理事長だということも少なからず影響があったかなかったかでいうと多分ないのだろう。
そんな場所でも書記さんはものの見事にのし上がっており、今では肩書きがいくつあるのか僕も分かってない。
高校の頃は人見知りで、変なところでは行動力があったけどまさかこんなに変わるなんてねえ。
いいや、変わってはいないか。あの頃からいつも、僕の至らないところを助けてくれた。
「海田先生?聞いているのですか?」
「あ・・・すいません」
などという回想すら、書記さんのレーザービームのような視線に遮られる。
「まったく・・・・いつまでも変わらない」
「え?」
「なんでもありません」
語尾が良く聞きとれなくって、聞き返したのがいけなかったらしい。レーザービームは強度を増して僕を貫いてくる。
「えーっと・・・何の話でしたっけ?チッ、海田先生が余計なことするから忘れてしまったじゃないですか」
「凄い、物凄い理不尽が飛んできたんですけど」
何?これが社会?これが大人になるということなの?だったら僕まだ子供のままでいいんですけど。
鬼の形相で僕をにらみつける書記さんにブーブー文句を言っていると、いずれ本当に絞められそうなのでここは大人しく引き下がる。
大人だからね!僕は!
「ああ、そうそう」
すると書記さんは話す内容を思い出したようで。
「浦の星女学院、つまり我が校は正式に沼津の高校と統廃合になることが決定しました」
淡々と、あくまで事実だけを述べるAIのように書記さんはそう言った。
そこに感情はなく、そこに意思はない。
だからこそ、その場の職員の誰も声を荒げる者はいなかった。
あったのはただ、諦めのため息と、遂に来たかという終焉の気だるげだけだった。
かくいう僕だってその一人で。
そっか、来ちゃったか。
そんな感想しか抱けなかった。
運命に抗う術も。
現実に反抗する気概も。
もう、僕にはなかった。
大人になるにつれ、なんてつまらなくなるのだろうと日に日に思う。
特に、キラキラした生徒たちを見ていると余計に。
だからこそ皆、思い出にすがって。あの頃の自分に元気をもらっているのだ。
あの頃は自分でそれが生み出せていたはずなのに。
「つきましては、生徒に伝えるタイミングなど事が事ですので慎重に決めていきたいと思います」
冷静な書記さんは確認事項を詰めていく。
必要なことだ。それを書記さんに背負わせてしまったことが申し訳なく感じる。
(そっか、でも何も今日じゃなくてもよかったのにな)
せっかく、せっかく津島さんが学校に行こうと決心した船出だったのに。
どうやらお天道様は微笑んではくれなかったらしい。
その後も確認することだけを淡々と進めていき。
「では、これにて職員会議を終わります」
ありがとうございました。
その言葉が響いて、職員室はやや閑散とした雰囲気になる。
「海田君」
「え、なに?書記さん」
僕もそれに倣って朝の授業の準備にとりかかっていたところを、書記さんに呼び止められた。
もしや、さっきのことを怒られるのだろうか。
え?うそ?マジで?
ちょっとぼーっとしてただけじゃん。それを目ざとく見つけられただけじゃん。あ、こういう態度がいけないのか。すいません、反省します。
などと心の中で言い訳を必死に考えていると、予想に反して優しい声色で書記さんは口を開いた。
「辛いだろうけど、まだ顔には出さないでね。アナタ、嘘つくのが下手なんだから」
「・・・わかってるよ」
少々、拗ねた言い方になってしまったかもしれない。
僕なんかよりよっぽど僕のことをわかっているのが、なんだかちょっとこそばゆい。
それでも確かに書記さんの言う通り、僕は嘘が下手くそだという自覚もある。
昔はそんなことないって思ってたものだけど。
「書記さんこそ大丈夫?辛いこと、全部書記さんがやってるんじゃない?」
「そんなことないわ、他の先生方だっているし。私がなんでもやってるわけじゃないもの」
「そう」
「そうよ」
でも、と書記さんは引き締まった顔で言う。
「生徒に伝えるタイミングとは言ったけど、バレるのも時間の問題よね」
「・・・かもね」
それだけを言うとやがて時計の針は始業へと刻々と近づいていき、僕らは別れの言葉を言い合う。
もう、後何度出来るのかわからない言葉を。
「センセー!この学校、統廃合されるって本当!?」
その日の放課後、津島さんはやや辛そうにはしながらも頑張って中二病を隠し通せていたその日。
何人かの生徒が、教室に残っていた僕を呼び止めた。
「・・・だ、誰から聞いたの?」
ちょいちょいちょいちょーい、え?早くない?ばれるの時間の問題どころの騒ぎじゃないよね?超特急で広まっちゃってるよね?光の速さで広まっちゃってるよね?
僕?僕じゃないよね?うっかり無意識のうちにぽろっとどこかで喋ってしまったわけじゃないよね?
そんなことになったら教師どころか僕は人間やめなくちゃならないんですけど?ジョジョ?
「もう噂になってるよ」
「ね、皆話してる」
うーむ、驚くべきは女子の噂の進行スピードの速さか。
人の口に戸は立てられぬとは言うけれど、早すぎじゃないかい?まだ一日も経ってないんだよ?
「で、事の真相はどーなの?センセ」
「・・・そのことについては今現在調査中なのでお答えできません」
「何その政治家みたいな逃げ方!」
「あ!物理的にも逃げた!」
いやほんと、政治家さんって勉強になるわ。
こういう時は超ダッシュだよね。
なんて逃げ回っていると、教師としての能力やら大人としての品格やら(元々そんなものあったかはさておき)色々と疑われそうなので僕は優雅に物置小屋へと避難した。
「あれ?どーしたんですか?先生」
「・・・そっか、しまった。ここはもうスクールアイドル部の部室だったっけ」
思いっきり誰もいないと思って落ち着くためにタバコまで口にしてしまっていた。
キョトンとした桜内さんに見られてしまった。
「おタバコ、吸われるんですか?」
「いやー・・・あの・・・これはね、」
なんとか上手い言い訳を考えようと脳みそをフル回転させる。
「・・・・・」
も!海田雪は失敗した!そんなに要領のいい脳みその造りをしていなかった!
悲しいね!泣きそうだ!
「あの、別に責めてるわけじゃありません」
そんな僕の必死の形相が伝わってしまったのだろう、少々不服げに桜内さんは口を開く。
「私、そんなに怖いですか?」
「いやいや、そんなことないよ、そんなことないそんなことない」
「そんなことないの一点張りじゃないですか」
あれ、何だろうこの感じ。まるで詰将棋みたく一手一手詰められていくこの感じ。
桜内さんの顔がどんどん不機嫌になっていっている気がする。
「あ、そういえば他の皆はどーしたの?桜内さん一人?」
部室には桜内さんしかいない、ことを利用して話題を変えようと試みる。
「・・・さあ、もうすぐ来ると思いますけど」
「ただーいまー!ってあれ?どうしたの先生」
「千歌ちゃん・・・今ほど君の登場を心待ちにしたことはなかったよ」
桜内さんの言葉が部室に響きその数秒後、まるで計ったかのように千歌ちゃんは部室の扉を開けて現れた。
「千歌ちゃん・・・・だと・・・・?」
後ろに渡辺さんもくっつけて。
しくじった。つい、普段の通りに下の名前で呼んでしまったのが運の尽き。
物凄い顔の渡辺さんが僕をにらみつけている。
さあ、どうなる?海田雪!
次回へ続く!
「に、なるわけねえだろ?ああん?」
「あ、ですよねー」
まるで田舎のヤンキーのような首の曲げっぷりで渡辺さんの顔が近い。
ていうか、一応僕教師なんですけど?あ、聞いてない?ですよねー。
「た、大変ですぅ!」
「お、お邪魔しまーす」
そんなピンチに現れたのは、ていうかまあ僕が部室にいるのだから当然なのだけれど部員である国木田さんと、なぜか津島さんだった。
そして最初に慌てた様子で声を荒げていたのは黒澤ルビィさんで。
「よし!人数も増えてきたことだし!僕はそろそろ退散しよっかな!」
と、体よくこの場からパージしていきたかったのだが。
「逃がすわけねえだろ?おおん?」
「戻ってー!いつもの渡辺さんに戻ってー!お願いだからー!」
がっつり出口を塞がれた。
「って、そんなことをしている場合じゃなくて、学校が、統廃合されるって」
本当に焦っているのだろう。いつも内気なルビィさんが珍しく声を張りあげる。
僕としてはまあ、なんで津島さんがここにいるのだろうとか、早く首元の握った拳をどけてくれないかな渡辺さんとか色々思うところはあるわけだけれど。
一番は、そうか、この子たちにもその噂。いや噂ではなく事実なのだがそれが伝わってしまっているのだということだった。
学校を救おうとスクールアイドルを初めてまだ間もない彼女たちには、それは辛い現実なのだから。
「・・・千歌ちゃん」
渡辺さんの悲痛な声が千歌ちゃんに届く。ていうか凄いね、そんな声と表情でも一切力が緩まないんだね。どこで鍛えればそうなるの?
彼女の顔は俯いたままで良く見えない。
「————————————————————じゃん」
「え?」
俯いた顔から、言葉が零れる。
それに桜内さんが聞き返した直後だった。
「一緒じゃん!!音ノ木坂と!μ'sと!」
どーやら、まだまだ彼女たちの物語は続いていくらしい。
彼女の言葉を聞いて真っ先に僕はそんなことを思った。
どうも皆さま、お久しぶりでございます。高宮です。
え?なに?約二か月ぶり?まじで?嘘でしょ?嘘だよね?誰か嘘だって言ってくれ!
あい、ということで次回も頑張るのでよろしくお願いします。
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試行錯誤をした結果、前より悪くなることってあるよね
「一緒じゃん!μ'sと!音ノ木坂と!」
なぜかテンションの上がる千歌ちゃん。
先ほどこの浦の星女学院が統廃合されるっていう情報を聞いたばかりなのに、そのポジティブさには舌を巻く。
「で、でも千歌ちゃん!統廃合されるなんてもし本当だったら・・・」
桜内さんは至極まっとうな意見を述べる。いや、桜内さんだけじゃない。
この部室にいる皆、同じ不安げな表情を抱えていた。
それもそうだろう、自分たちの学校が統廃合されるなんて聞かされたら、悪い冗談だとしか思えない。
「そこのところ、どうなんですか?海田先生?」
ジトリと、いやーな目線でそう尋ねてくる渡辺さんに僕はうっと言葉が詰まる。
だってそうだろう、今朝の職員会議で生徒には慎重に伝えるよう口を酸っぱくして言われたのに。
もうさっそく僕がばらしたなんてことになったら職員室での地位は地の底に落ちる。いや、元々そんなものないんだけど。
だけど、書記さんに失望したような瞳で見つめられるのは、もう二度とごめんだ。
「・・・・さあ、どうだろうね」
だからこんな白黒ハッキリしない中途半端な僕が出来上がってしまったわけだけど。
「はぁ?アンタそれでも教師?」
田舎のヤンキーのような首の曲げっぷりで渡辺さんはメンチを切ってくる。
そうですよ、これでも教師です。ほんと、自分でもなんで教師になれたのか不思議ではあるんですけどねー。
あははは、と形作ったような笑顔で渡辺さんの追求を躱していると。
「いいんだよ!曜ちゃん!これから巻き返していけば!だってμ'sもそうやって学校を存続させたんだし!」
対照的に瞳をキラキラさせた千歌ちゃんは、渡辺さんを宥めてくれる。よかったそろそろ首の閉まり方に限界を感じてたところだったんだ。
「で、でも、今から何をどうすればいいのか・・・・」
黒澤ルビィさんは、不安げに声を震わす。差し迫った窮地が目の前にあって怯えるなというほうが無理だ。
「・・・もっと活動をしていくためには人気アイドルになるしかないずらか」
「そうだよ!やっぱりスクールアイドルだよ!そのためにもほら!ちょっとずつだけどサイトにアップした動画を見てくれてる人も増えてるよ!」
「ああ、今日はそのために呼ばれたのね」
国木田さんや千歌ちゃん、桜内さんなんかもパソコンの前に集合してサイトを一心に見つめている。
なんだかその後ろ姿を見ていると、若かりし頃のあの頃と重なったりして。
「先生、何にやけてるんですか?」
「え、にやけてたかな?津島さん」
一人、その輪に加わっていなかった津島さんにそう言われて、僕は顔を確かめるように撫でる。
気付かなかった。けれど津島さんの顔を見る限り本当ににやけていたようだ。
「いや、なんだかな。僕も年を取ったなあ、なんて思っただけだよ」
「なんだか先生、おじさんみたい」
「・・・うん、クリティカルヒットしたなあ今の」
笑顔を取り繕っては見るものの、吐いた血は隠せない。
おじさんじゃないやい!まだまだ若いやい!
「で?なんで僕まで屋上に駆り出されているのかな?」
そんな話をしていた部室から、あれよあれよという間に連れてこられた屋上で僕は一人愚痴を垂れる。
会話の流れはもっとスクールアイドル活動を頑張ろう、そういう話になっていた。
「だって!カメラマンがいないんだもん!先生にも手伝ってもらわなきゃ!」
千歌ちゃんは一人、大きな声でそういうが、約一名僕の参加に納得いってない人が。
「千歌ちゃん、なんでそれが先生なの?他に手伝ってくれる人を探せばいいじゃん」
「そんなこといわないで曜ちゃん。先生が一番暇そうだったんだから」
わー、そんな理由なら僕もう帰っていいかな。てか千歌ちゃん?そういうの本人の前で言うのはどうかと思うよ?
渡辺さんの鋭い訴えかける視線がなければ僕だって手伝うのはやぶさかでないのだが。
ま、可愛い生徒のためだ。多少の針のむしろは我慢しよう。
「それで?頑張るって言っても具体的にはどうするんだい?」
統廃合はもうほぼ決定的なものだろう。
だけど僕は知っている、そこからだってできることはあることを。
諦めることが悪いことだとは僕は思えない。だって世の中にはどうしたってひっくり返せないことがある。例えば、僕が大金持ちになって貧乏なんてしらない生活を送ることはどうやったって不可能だ。
だけど、やっぱり諦められないことがあって、それに向かって頑張ることを僕は無駄だとは言えないんだ。
それは無駄であってほしくないというただの願望かもしれないけれど。
「さっきパソコンで見たんだけど!津島さん!」
「・・え?な、なに?」
スクールアイドル部ではない彼女は、多分国木田さんの付き添いでここにいるんだろう。
そんな彼女はあまり居場所がないようでさっきから僕の横にくっついて皆を眺めていた。
だからだろう、急に名前を呼ばれてびっくりしたように口を開いた。
「動画投稿サイトで動画、投稿してるよね!」
「な、なぜそれを・・・・」
ああ、僕が何回か手伝わされたあの堕天使ヨハネの動画。あれを千歌ちゃんも見たらしい。
「すっごく可愛かった!だから!あれをやろう!一緒に」
勢いとノリだけで喋っているなあ、千歌ちゃん。
けれどそんな勢いに津島さんは動揺している。一緒に、その最後の言葉に。
「な、ななんで!?」
そもそもアレを津島さんは卒業しようとしているのに、まったく千歌ちゃんってばタイミングが悪い。
「衣装だってないし!設定はどうするのよ!?」
あれあれ?なんだろう、乗り気のように聞こえるのは僕だけかな?
「衣装はほら!善子ちゃん持ってないの!?」
そこで津島さん頼りなのがなんとも行き当たりばったりなのだが。
大体、そう都合よくこの人数の衣装なんて持ってるわけが・・・。
「あるけど!」
「あんのかい!」
しまった、思わず声を出してしまった。あるんだ。そっか、確かにあの衣装何着かバリエーションがあったような気がする。
全部似たような感じだったから忘れてた。
「設定は・・・今決めよう!」
津島さん、凄い嬉しそうな顔が隠せてないよ?
「大丈夫かなぁ?」
「うーん、善子ちゃんが嬉しそうだからいいじゃないずらか?先生」
自分が好きなものを可愛いと言われて、そりゃ嬉しくないはずがない。
・・・ま、国木田さんの言う通りいい顔してるからいっか。
それに津島さんの動画はあれで結構人気がある。実際に可愛いし。
案外本当に起爆剤となりえるかもしれない。
と、いうことで。
「堕天使ヨハネ、降臨よ」
津島さん、ならぬヨハネちゃんは自宅から持ってきた衣装と共に学校の屋上に爆誕した。
すっごい生き生きとしているので僕はこれ以上何も言えない。止めてくれと頼まれてはいたけれど。
「よ、ヨハネ様のリトルデーモン、黒澤ルビィです」
僕はといえば言われた通りにカメラを構えて皆の自己紹介動画を取っていた。
カメラアングルや日差しなどを考慮しながら順調に動画を取っていく。
そういえばこのメンバーになってから僕は、彼女たちを初めて見る。
正直まだまだ恥ずかしさや荒削りな部分は見え隠れするものの、中々どうして誰かを惹きつけるという部分は持っていると思う。
なんて素人の僕の意見なんて露程にも役には立たないだろうが。
「よし!これをアップすれば人気急上昇間違いなし!だよ!」
千歌ちゃんはテンションアゲアゲで、ノリノリだ。
着てる衣装がそうさせるのか、それとも元々これくらい気が大きかったのかその瞳は爛々と輝いている。
「でも確かに、堕天使アイドルって見たことない・・・かも」
「ね!梨子ちゃんもそう思うよね!?」
「それよりも先生、ちゃんと撮れてるんですか?」
「うん、ばっちし皆可愛く映ってるよ」
だからほら、そんな疑いの目を向けないでよ渡辺さん。
「じゃあ早く動画をアップしようずら」
堕天使アイドルとしてのその第一歩、それが今まさに、歩まれようとしている。
「なんですの?これは」
はずだったのだが。
「え、えっと・・・その・・・」
生徒会室に、彼女たちスクールアイドル部と生徒会長が対峙するように向かい合っていた。
生徒会長、黒澤ダイヤさんのあまりの眼光の鋭さにさしもの千歌ちゃんも言葉が詰まっていた。
用件は、そう。
「このハレンチな動画はなんですの?と、聞いているのです」
「それは堕天使アイドルというコンセプトでして」
上手く答えられない千歌ちゃんに代わって冷や汗をかきながらも桜内さんが生徒会長の質問に答える。
「堕天使アイドルぅ?こんなハレンチなものを、許可した覚えはありませんわ」
「で、でも!現に人気は上がって」
千歌ちゃんの言う通り、あれから動画をアップして数時間も経たぬ内に動画再生数は伸び、ランクもアップしていた。
特に、黒澤ルビィさんが人気だったように思う。コメントの類では。
だがしかし。
「人気ぃ?ほぅ、本当にこれで人気が上がったと?」
生徒会長の目の前には一台のパソコン。これを見ろと言わんばかりにAqoursのホームページが。
そこには先ほど動画をアップした時は確かに上がっていたはずのランキングが、今はガンガンと下がっている。
いや、元に戻っていると言った方が正しいか。
「あんなイロモノは確かに一瞬は注目されるかもしれませんが、そんなもの一過性のものに過ぎませんわ。結局、力が足りないのを見抜かれてこの結果」
全て、生徒会長の黒澤ダイヤさんの言う通りだった。
目の前の結果もさることながらそんな正論をぶつけられた皆は押し黙るしかない。
「とにかく、私はこんなことをするためにアイドル活動を認めたわけではありません」
でもそれは、きっと、多分、生徒会長なりのアドバイスのつもりで。
現にアイドル活動そのものを否定しているわけじゃないその文言を聞いて、僕はそう思った。
皆がどう思っているのかは、わからないけれど。
「・・・ごめんなさい、お姉ちゃん」
しおらしく、最初に謝ったのはルビィさんだった。
姉妹だからだろう、姉の気持ちが伝わったらしい。
「・・・まあ、わかればいいですわ」
言うべきことは言い終わったのかゆっくりと椅子に腰かける彼女に他の面々も納得したのか反省の意を込め、その場を後にしようとしていると。
「で、なぜ先生はそんなに親密そうにそちら側に立っておられるのかしら?」
まるで集中線が引かれたかのように目元がアップになって、僕を映す。
そんな彼女の視線に耐えられるのなら、きっと僕はもっと上手く立ち回ることができていたのだろう。
「先生は、確か生徒会顧問でしたよね?普通彼女たちの行動を諌める立場のはずですよね?」
どうしよう、さっきから正論しか言われてない。正論すぎて何も言い返せない。本来ならば、教師が止めるべき案件だったことはわかっていた。
だけどしょうがないじゃないか。知っているのだ、彼女たちの想いも頑張りも。
「違うよ生徒会長!私が手伝ってって頼みこんだの!」
「そ、それはどういう意味でしょうか?千歌さんが頼んだから、先生は手伝った・・・と?」
「そうだよ!」
「あ、あの千歌ちゃん?気持ちは嬉しいんだけど。僕なんか凄い嫌な予感がしてるんだ。そろそろお暇させて——————————」
「千歌さんが!頼んだから!先生はお受けになった!と?」
「うん?うん、そうだよ」
なんだろう、僕のレーダーが知らせている。即刻この危険を排除せよ、と。
「ほ、ほう・・・・。禁止・・・」
「え?」
「禁止ですわ!即刻!先生とスクールアイドル部の接触を禁止させていただきます!」
「ええ!?こ、困るよ!」
突然の宣言に、千歌ちゃんは慌てたように声を上げる。
がしかし、顔を真っ赤にしたダイヤさんには届かないようで。
「禁止ったら禁止ですわ!」
「困るよ!この部活の顧問になってもらう予定だったのに!」
「ちょいちょいちょいちょーい!千歌ちゃん!?初耳なんですけど僕それ!」
「えー?だってもう皆と仲良くてー、部活の顧問を引き受けてくれる優しい先生なんて思いつかないし」
てかそもそも顧問決まってなかったのかこの部活。
「お待ちなさい!禁止と言ったのが聞こえなかったのですか!?それに!先生はもう既に生徒会顧問の役職に就いておられるのですよ?当然、兼任なんて不可能!」
フハハハハハと、なぜか勝ち誇ったような笑みで千歌ちゃんをこころなしか見下ろすダイヤさん。
「ぐぬぬぬぬ」
流石に兼任は無理、という現実を突きつけられると千歌ちゃんは言い返せない。
「ま、まあまあ、二人とも落ち着いて」
「梨子ちゃん!いいの!?このままじゃ先生取られちゃうよ!?」
「それは(絶対に)ダメだけど、今日のところは帰ろう?」
「そうずら、このままじゃ分が悪いずら」
おっとっとー、皆、僕の意見はガン無視ですね。いいですいいです、慣れてるんで。
なんてやりとりをした後、彼女らは生徒会室を後にした。
残ったのは静けさと。
「絶対に負けませんわ」
と、呟いた生徒会長の声と。
「いや、なにに?」
僕の困惑した声だけだったという。
どうも!三か月ぶりの高宮です!皆!元気にしてたかな!?僕は元気だったよ!
ということでね、なんか更新が捗らない日々が続いていましたがこれから!明日から!頑張るので!
次回も変わらずによろしくお願いします!
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「まだ怒ってるのかい?生徒会長」
「怒ってませんわ」
先ほどまで千歌ちゃんたちとやりあっていた生徒会長は今は生徒会室で一人、自分のテリトリーである机に座っている。
その綺麗な黒い後ろ髪を見ながら僕はなぜだが謝罪していた。
空気がそう言ってたからね!空気を読める大人になったんだ!
「先生は、あの子達に甘すぎます」
「そうかなあ?」
「そうです!」
こうも力強く返されると僕としては目線を逸らすしかない。
事実として多分、彼女の言う通りだと思うし。
「でもそれは、似てるからだよ。”君達と”」
「・・・・・・」
僕の言葉に、黒澤ダイヤは反応しない。
「だからどうしても、ね。肩入れしてしまうんだ」
二年前のことがどうしても頭から離れなくて。
もう終わったことだというのに。こういうところは昔から変わらなくて嫌気がさす。
「わかってます。先生は、本当は優しいってこと。嫌というほど知ってますわ」
「・・・・」
今度は僕が黙る番だった。
振り返った彼女の顔があまりにも可愛らしく笑うからか、それとも予想外のその言葉に面食らったからか。
「教師をからかうんじゃありません」
「本当のことですのに」
「じゃあ、素直に受け取っておくよ。ありがとう」
きっとそのどちらもなのだと思いながら、僕は感謝の意を示す。
そうここで動揺しないのが大人だ。ここで目線がバチャバチャ泳がないのが大人だ。ポーカーフェイスを決め込むのが大人だ。
「・・・ホント、大人になりたいよ」
夕日も海に飲み込まれていく時間、いつまでも学校に残っていても仕方がないと黒澤さんは下校していった。
その後に続くように、さて僕も帰るかと帰り道である砂浜を歩いていた時。
「あれ?どうしたの?津島さん」
「あ、先生」
砂浜の上、道路側から向かい合うように津島さんはトボトボと歩いていた。
顔は俯いてどこか寂しげだったから、思わず声をかけてしまったけれどよかっただろうか。
「今、帰り?」
「うん」
「そっか、気を付けて帰ってね」
「・・・あ、あの!先生!」
「ん?」
思い切って言った。まるでそんな風に僕を呼び止める津島さんは、どこか深刻そうで。
「・・・・あの、その、えっと・・・・」
だけど中々次の一言が出てこない。
「・・・海」
「え?」
「ここの海ってさ、本当に綺麗だよね。僕初めてここに来た時ちょっと感動したんだ」
砂浜から階段を上がって、道路側に降り立つ。
そのまま帰ろうかと思ったけれど、どうもそういうわけにもいかないらしい。
津島さんが横にいて、僕らはやっと目線が合った。
横目に見える海は今まさに太陽を飲み込まんとその大口を開けているようで。
「好きなんだ」
「・・・へ?」
「ここの景色。最初は気付かなかったけれどね。だからわざわざ歩いて帰ってる」
東京にいたら知らない景色だった。知らないままでもよかったかもしれない、だけど知ってしまった今はもうそんなことは言えなくなってる。
知れてよかった、そう思ってる。
「津島さんはさ、好き?ここの景色?」
「・・・うん。好き」
俯いていた顔は、自然と正面をとらえている。その視線はまっすぐにキラキラした水面を映していた。
「あのね、先生。話、聞いてくれる?」
さっきみたいな、深刻そうな表情ではなくて。
穏やかなその言い方に僕は言葉なく頷いた。
「私、もう満足なんだ。皆が私の趣味を可愛いって面白いって言ってくれて。一緒に堕天使にまでなってくれて。満足なの」
それは今までのムキになって辞めようとしていた彼女とはまた違う言葉で、違う気持ちだった。
「だから、堕天使はもう辞める」
「・・・そう」
「皆にもね、言ってきた。アイドルにも誘われたんだよ?でも、やっぱり私じゃ無理だと思うし」
なんとなくそれはわかってた。千歌ちゃんのことだ、絶対に誘うだろうと。
僕としては津島さんなら皆の中でも上手くやっていけると思ってた。いや、実際に今だって思う。
居場所、それにあの子達はなってくれるだろうと。
「ね、先生も思うでしょ?私がアイドルなんて」
乾いた笑いで僕を見る彼女、その顔はどこか寂しげだと思うのは僕のエゴだろうか。
「・・・僕は見たかったけどね。君のアイドル姿」
「え?」
「きっと君に似合うと思った」
「————————————————————。」
「でも、決めるのは君自身さ。なんだって最後に決めるのは自分なんだから」
そうだ、他人の意見なんて所詮他人の意見でしかない。それ以上でも以下でもなく。
だから自分の芯と言えるべきものを僕らは長い時間をかけて作り出さないといけないんだ。
じゃないと、ほら、僕みたいなダメ人間が育ってしまう。
「君はどうしたいんだい?どう、したかったんだい?」
「私は———————————————————いいのかな?」
「悪いことなんてないさ、なんにもない」
その彼女の言葉に、全部が詰まってる。あとはもう行動するだけだ。ただ一歩を踏み出すだけ。
それが一番難しいことだってことも僕はわかる。
たまにそんなことないんじゃないかって思わせてくれるような人もいるけれどね。
「だから、好きなことをするしかないんだ。幸せになるにはね」
自分にしかわからないんだから、幸せの定義も好きなことだって。
「先生・・・・」
少し、授業っぽくなってしまっただろうか。大人になるとどうも説教臭くなっていけない。
でも少しでも伝えられることがあるのなら、伝えたいことがあるから。
だから、僕は教師になったんだ。
「私、本当は———————————————————」
津島さんは思い切った表情で口を開く。
けれど。
「それを伝える相手は、他にいるんじゃない?例えばそう、そこにいる人たちとか」
「・・・あ、皆」
いつの間にか僕らが話してる間に千歌ちゃんたちは僕らを見つけていた。
きっと津島さんを探しに来たんだろう。その息は上がっている。
伝えたいことがあったのはどうやら津島さんだけじゃなかったらしい。
「先生・・・」
少しだけ心配そうにこちらを見る津島さんに僕の顔は緩んでいた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
と。
「・・・皆!私、本当は友達が欲しかった!私のことを認めてくれる受け入れてくれる仲間が欲しかった!」
心の叫び、それはきっとずっと思い描いていた願いだろう。
「善子ちゃん、アイドルやろう!」
千歌ちゃんは笑う、まるで太陽みたいに輝く笑顔で。
きっとそれが全ての答えだった。千歌ちゃんが言った一言が。
「いいの?変なことをするよ?変なことを言うよ?それでも、いいの?」
「いいー!それでも!いいよ!」
大きな声、強い意志が伝わってくる一言に津島さんの顔は泣きそうな切ない表情になる。
みんな本当はわかってるんだ。この結末が一番いいんだってことは。
でも選べない。意地で、事情で、恥で、現実で。
そんな中その全部を乗り越えて一緒になった彼女たちはきっと強い。
アイドルとしても、人間としてだって。
笑いあい、輪の中に入っていく彼女たちを見て、そんなことを思った。
「で?先生は顧問にはならないの?」
「・・・千歌ちゃん、言ったでしょ。もう僕は生徒会の顧問なんだって」
そんなこんなで正式に津島さんがメンバー入りした夜。
僕の部屋でぐーたれる千歌ちゃんに言われた僕は何度目かの説明をしているところだった。
「だぁってー、本当に先生しかいないんだってー」
梨子ちゃんも善子ちゃんも言ってたよ。
そう押してくる千歌ちゃんの顔はこのまま押し通してしまおう、そんな気概を感じる。
「いや別に僕だって嫌なわけじゃないけどさ」
そう、嫌なわけじゃないのだ。どころか、僕はやりたいとも思っている。
きっと楽しいだろうと、過去の自分に重ねてそれはきっと楽しいことなのだろうと。
「じゃあやろうよ!」
けれどことはそう単純ではないのだ。
昔ほどには。
「やろうよ、でやれれば苦労はしないのさ。大人はね」
大人になるにつれて、しがらみも世間も事情も変わってくる。
どんどんと選択の重みが増してきて。足の重さが変わってくる。
「えー?変わんないと思うけどなあ。大人だって一緒だよ」
そういう千歌ちゃんの顔は多少なりとも拗ねていた。
「やれる環境があって、やりたいって想いがあって。他に何がいるの?」
純粋な顔でそう言われて、僕は何も返せなかった。
なにか、見知らぬところから心の奥底をずぶりとやられたような。引っぺがされたようなそんな感覚に陥る。
・・・時々鋭いことを言うから、千歌ちゃんは侮れないんだ。
たまに穂乃果と被るのはそういうところだろうか。
「千歌ちゃん」
「ん?なに?先生」
「君は、その鋭さをテストでももうちょっと出せたらいいのにねえ」
「ううう!な、なに!?急に!テストは今関係ないでしょ!?」
ふふふ、と笑いながら。僕の心は決まってしまった。
奇しくも、千歌ちゃんに背中を押されたような形になってしまったことは本当に不服だが。
さて、後はあの生徒会長をどうやって説得するかだけど。
大人の頑張りってやつを見せるとしますか。
どうも!アポクリン汗腺!高宮です。
九月、もう今年もあと少しですね。頑張りましょう。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。
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