ソードボッチ・オンライン (ケロ助)
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外伝編 ※一章を読んでから見てください
たとえばこんなストーリー


多忙で全然書けない……。今回は番外編のifストーリーです。ただ書きたかっただけなので、本編には欠片も関係ありません。多分。


『ラプラスの悪魔』

 

理系を捨ててる俺でも耳にしたことがある、有名な学説だ。

 

「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在すれば、この知性にとっては、不確実なことはなにもなくなり、その目には未来も過去同様に、全て見えているだろう」

 

つまりは、ある瞬間における全ての物質の力学的状態と力が未来を決めている。悪魔ではない人間にそれを見ることはできないが、未来は今この瞬間に決まっているということになる。

 

結局、未来は変わらない。やり直したとしても、変えることは叶わない。

 

けれど、願わずにはいられない。

 

あの日、彼女の手を取れていたらと。己の愚行を阻止したいと。

 

・ ・ ・

 

「サチ!」

 

「ハチマン!」

 

俺は立ち塞がるモンスターたちを薙ぎ払い、サチの手を掴む。その手を勢いよく引き彼女を胸元に抱き寄せると、押し寄せてくるモンスターたちの攻撃から、自分を盾にしてサチの身を守る。

 

ドカドカと繰り出される攻撃。しかしこの層のモンスターがいくら寄って集ろうと、俺のHPを削りきるには五分あっても足りないだろう。MMORPGの特徴として、適正レベルより高すぎると死ねなくなる。死にたいわけじゃないが、ダメージがほとんどダメージにならないのだ。

 

「ハチマン……」

 

「この程度なら問題ない、もう少し我慢してくれ」

 

腕の中で心配そうな声を出すサチ。俺のHPバーは、今やっと一割ほど削られたところだ。

 

俺のHPは問題ないが、貫通攻撃なんかがくると俺の体を越えてサチにダメージが入ってしまう。

 

攻撃の手がほんの少し収まったところを狙い、片手でサチの体を抱き寄せたまま立ち上がる。合図を出したわけではないが、彼女も合わせて立ち上がると、両手を背中に回してくる。

 

俺は残った片手で両手剣を振るう。ソードスキルは発動できないが、少しずつならモンスターを倒していける。しかし、このままではキリがない。

 

「キリト、先にアラームを壊せ!」

 

「このっ、簡単に言ってくれるなぁ……!」

 

頬を引きつらせたキリトから恨み言が溢れる。なんだよ簡単だろ。

 

「ハアァァァ!!」

 

叫びながらソードスキルを連発し、怒涛の勢いで突き進むキリト。突っ込めと言っておいてなんだが、勢いよすぎだろ。関西人なの?

 

バキン!と破砕音を響かせ、トラップアラームは砕け散る。そこからはキリトの独壇場だった。聖杯戦争かと誤解するほどのバーサーカーぶりを発揮したキリトによって、部屋中のモンスターは駆逐される。

 

「はぁ……」

 

ようやく一息ついて壁にもたれかかり、そのままずるずると腰を下ろす。なんとか乗り切ったか……。

 

「だ、だずがっだぁ……」

 

引くほど情けない顔をしたダッカーの言葉に不覚にもイラっとしたが、彼をぶん殴る元気もなければ、圏外で殴ってオレンジになるのも馬鹿らしい。

 

「ハチマン……」

 

「おう……」

 

まだ俺の胸に縋り付いて震えているサチ。彼女の頭を撫でようとした手を反射的に止め、ふと思う。

 

いや、今回くらいは構わないだろう。妹専用のアクションとはいえ、一回くらいなら小町への不義理にもならないはずだ。……浮気の前に自分に言い訳している男みたいだな。

 

なんだかんだと自分に言い訳をしながら、サチの頭をぽんぽんと頭を撫でる。安心したように、彼女の震えは少しだけ収まった気がした。

 

・ ・ ・

 

「重っ……」

 

「……ハチマン?」

 

凍えるような声が耳元でする。モンスターを殲滅してから五分ほど経ち、さっさと帰ろうということになったのだが、サチが立てないと抜かしたのだ。ゲームなのだから腰が抜けるもなにもないような気がするが、結局は脳からの電気信号によるものなので、あり得ない話ではないのかもしれない。

 

しかしそこからが良くなかった。誰がサチを背負うかという話題になった瞬間、キリト他三名は一斉に転移結晶を使って消えた。転移先が聞き取れないほど早口だったぞあいつら……。

 

結局サチを置いていくわけにもいかず、背負うことになったのだが、立ち上がる際に思わず口から溢れでた言葉によって、現在窮地に立たされている。

 

「いや待て待て違う待て。重いというのは悪い意味じゃない。軽い気持ちとか口が軽いとか頭が軽いとか、軽いって言葉にはマイナスイメージが付きがちだ。逆説的に重いというのはプラスになる。それにお前自体だけでなく装備品の重さを加味した上でだな、俺の筋力パラメータと照らし合わせると重いという結論が」

 

「うるさい」

 

「おう……いや、その、すいません」

 

謝ると、それ以上は話すことはないというようにサチは無言を貫く。

 

俺は転移結晶を二つ取り出し、首に回されているサチの手に握らせる。

 

「……帰るぞ」

 

「うん」

 

背中に確かな暖かさを感じながら、俺たちは帰る。

 

この温度だけはデータなどではなく、本物だと信じて。




短いですが、ifストーリーでした。

どっちがお好みですかな?変えませんけどね。


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たとえばこんなストーリー、その後

ここで突然だが、このフルダイブ型VRMMORPG『ソードアート・オンライン』のパーティーシステムについておさらいしてみよう。

 

俺がこのシステムを初めて利用したのは、第一層ボス攻略会議でキリトに誘われた時だ。ウインドウから招待したい相手に送ることができ、送られた側が眼前に出現したメッセージウインドウで応じることで、パーティーを組むことができる。

 

パーティーを組めば、モンスターを倒した際の経験値やコルなどが、メンバー全員に分配される。

 

このパーティーの最大人数は六人。その上に更にレイドというシステムがあり、これは八パーティー、四十八人までとなる。中々の大所帯だ。

 

結局、俺が何を言いたいのかというと、俺が所属している『月夜の黒猫団』のメンバーは俺を入れて全部で七人。ケイタ・テツオ・ササマル・ダッカー・サチ・キリト、そして俺だ。パーティーを組むには一人多い。

 

ならば黒猫団の中で最もレベルが低く、プレイヤースキルも突出したもののない彼女に、最近購入したプレイヤーホームで大人しく待っていろ、と言うのは間違っているだろうか?

 

「いやだから、帯に短し襷に長しっつーか……二パーティーに分けると効率が悪いし、危険度も増す。ならお前が戦う必要もねぇだろ」

 

「でも……」

 

ようやく戦わなくてもよくなったというのに、表情の優れないサチ。自分の身体を抱き締めるサチに、ギルドリーダーのケイタがフォローを入れる。

 

「大丈夫だって、サチ。前衛はキリトとハチマンがいれば充分過ぎるくらいだし、お前は戦うのも嫌いだったろ?」

 

「つーか、サチは鈍臭いからあんまし戦力にならなかったしなー」

 

「もー、何それー?ひっどいなー」

 

ダッカーなんかに貶されたサチは、口に軽く手を当てて笑う。普段なら頬を膨らまして怒るところだが、今回ばかりはその軽口に少し気が楽になったのだろう。ダッカーも戦闘ではあまり役に立っていないが、今回はほんの少し役に立ったらしい。

 

「でもやっぱり、私だけ何もしないなんてできないよ。……み、みんなが命懸けで戦うなら、私も……」

 

「だからー、お前がいた方が危険なこともあんだって」

 

分かんないかなー、とダッカー。だからー、お前の方が危険なんだけどな。あの事件の後、ダッカーが泣いてもキリトが説教を止めなかったのは記憶に新しい。

 

「なら、サチにはホームの管理とか夕飯とか頼みたいんだけど、それじゃ駄目か?」

 

人差し指を立て、キリトが提案する。なるほど、それは妙案だな。

 

「確かに、今は金も無いしな。作ってくれるなら、外に食いに出るより安上がりだろ」

 

全員のコルを合わせてギルドホームを購入したが、そのお陰で俺たちは今素寒貧だ。ダンジョンに潜れば金は稼げるが、今この面子でいけるようなダンジョンではそこまで稼ぎは良くない。加えて武具のメンテ代も必要になる。このデスゲームで武具の出費をケチることは命取りになるからな。

 

ダンジョンから帰ってきた後に外出とか絶対にしたくないし。

 

「良いじゃん、なんなら弁当とかも作ってもらえたら嬉しいし」

 

なーと、ササマルに同調するテツオ。

 

「う、うん……」

 

それでもサチは納得がいかないらしく、歯切りの悪い返事をする。ここで援護射撃をしておくか。

 

「あれだ、安全っちゃ安全だが、家事清掃って結構大変だしな。現実で専業主婦の仕事を年収に換算したら、大体千二百万くらいになるらしいし」

 

ここで働くとなると、大半は命懸けになる。俺は外に出ず専業主夫として圏内でゆっくりしたいが、そういうわけにもいかないから、今現在パーティーを組んで戦っているわけだが。

 

「えっと……」

 

「ハチマン……」

 

「あ?」

 

呼ばれた方を向くと、何故か全員が困ったような、照れたような表情を並べている。サチに至ってはアワアワと顔を赤らめて、慌てふためいている。

 

もしかして、風邪でも引いたのか?それはないな、ゲームだし。

 

状況が掴めずにいると、ケイタがつかつかと歩いてきた。そして俺の両肩に手を置いて一言。

 

「お前に娘はやらん」

 

「なんの話だよ」

 

「一度やってみたかったんだよね」

 

いや、むしろお前はこれからそれを言いにいく世代だろ。カラカラと笑うケイタの背中を、サチがポコポコと叩いている。

 

「いやぁ、ハチマンも中々やるな。どさくさに紛れてプロポーズとは!」

 

「なー!」

 

おいおい、なんだよ俺。いつの間にプロポーズなんてしちゃったんだよやるなこいつー……ってなるか。

 

「してねぇだろ……。つーかどの言葉でそうなった?」

 

「専業主婦とか言ってたじゃん」

 

「曲解し過ぎだろ。あくまで喩えとして出しただけだ。お前らヤブ蚊かなんかなの?」

 

ササマルの言に即座に切り返す。あれをプロポーズとして捉えられては、俺は今後自分の夢を語ることができなくなる。何を発言しても叩かれてしまう。有名人の辛いところだ。

 

大体、そんなことを言ってしまえばキリトの方がよっぽどだ。以前鼠がケタケタ笑いながら、キリトとアスナの半同棲生活を話していた。それも黒猫団に入る少し前までは行動を共にしていたのだから、少なくとも半年近くは二人きりだったはずだ。

 

何故離れたのかまでは知らないが。

 

「とりあえず、ダンジョンに行かないと時間無くなるぞ」

 

キリトが空を指差す。無駄話をしている間に太陽が真上まで昇っていた。ウインドウなどで確認するまでもなく、結構時間が経っている。

 

「おー、じゃあ出発しようぜー。サチは今日は大人しく留守番してな。話は帰ってきてからだ」

 

「う、うん……」

 

テツオが言い残して歩き出すと、ケイタたちも動く。俺はその後に続いて歩き始める。

 

「……みんな、いってらっしゃい!」

 

あまり似合わないサチの大声に、俺たちは振り返る。そして顔を見合わせると、全員で声を揃えて返す。

 

「いってきます!」

 

「……ます」

 

俺が遅れたのは、慣れていないからとしか言いようがない。ぼっちの俺では鍛えようのないシステム外スキルだったのだから、仕方がない。忘れよう。

 

そして再び転移門に向かって歩き始めた俺の左腕を、何かが掴む。サチだ。

 

彼女は顔を耳元に寄せてくると、静かな声で囁いた。

 

「…………ッ!」

 

俺は思わず耳を押さえ、サチを見る。サチは薄く笑うと、ホームの方へ駆けていった。

 

一方俺は未だ動けずにいる。電脳世界のアバターであるはずなのに、18歳。〜ちっちゃなムネのドキドキ〜が激しい。

 

「ハチマンー?」

 

「お、おう……」

 

キリトに呼ばれ、ようやく歩き出す。

 

なんだよ、最近ちゃんと仕事してるじゃん、ラブコメの神様。

 




戦いの最中ですが、小休止として短めのを更新してみました。サチ派の人がいると嬉しい。

しかしラブコメ苦手だな……。主人公の性格のイメージの問題もあるけど。


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たとえばこんなストーリー3

死だけがリアルなクソゲー。それがこのデスゲーム『ソードアート・オンライン』、通称SAOだ。

 

キリトや周りの人間がどのように考え、俺が感じることのなかった何かをこのゲームから受け取っていたところで、俺はずっとこの主張を続けてきた。どれだけこの世界の風景が美しくても、どれほど現実的(リアル)であっても、それは本物ではないのだから。

 

だがそれでも、その一点張りだった俺でも、現状のピンチは本物であると言わざるを得ない。なんなら絶体絶命なまである。

 

「じゃあ、部屋割りはこれで良いかい?」

 

ギルド『月夜の黒猫団』リーダー、ケイタがテーブルに1枚の羊皮紙を置く。SAOでは普通の紙より羊皮紙が割と一般的だったりする。

 

「異議なし」

 

「おー」

 

羊皮紙に書かれた部屋割り、つまりはつい先日購入したギルドホームの領地分配をしている状況だ。黒猫団は俺を含め7人という、大所帯とは言えないが、一軒家で暮らすには少し多い人数である。

 

加えて黒猫団は最前線のプレイヤーではない。ゲームである以上、攻略が進み高層になるほど(コル)は簡単に稼ぐことができる。逆説的に中層プレイヤーの黒猫団の財布はあまり暖かくない。毎日のように攻略しているとはいえ、装備のメンテや使い捨ての道具など、安全にレベリングをするために必要な経費は馬鹿にならない。

 

そこから可能なレベルで節約し、コツコツと貯蓄をしている。

 

前置きが長くなったが何が言いたいかといえば、キリトと俺が少し寄付をした程度で、購入できるホームの大きさは変わらない。言ってしまえばこじんまりとしたギルドホームなのだ。

 

当然、共有スペースも必要になるのでその辺りも考慮する必要がある。

 

「いや待て。おかしいでしょ、なんで俺の部屋無いの?」

 

いじめなの?異議なしって言ったやつ誰?考慮する必要があるとは言ったが、俺が考慮されていなかった。いや、むしろ考慮した結果がこうなのだとすれば、今すぐここから出て行けということなのだろうか。

 

「悪い、書き忘れてた」

 

そう言ってつらつらと書き加えるケイタ。素直な謝罪が傷口に沁みた。

 

「ハチマンはサチと同じ部屋で」

 

「異議なし」

 

「おー」

 

「いやだから待てって」

 

「え?」

 

恥ずかしそうにもじもじしているサチを除いた全員がキョトンとする。

 

またオレ何かやっちゃいました?と冷や汗をかきそうになるが、むしろやっちゃってるのはこいつらである。

 

「あぁ、そういうことか。でもハチマン、このホームにこれ以上広い部屋は無いんだ。お前たちの部屋が1番大きいんだよ」

 

「キリト、全然違う。2人なんだからもっと大きい部屋にしろとかじゃない。1人にしろ」

 

分かってる風のキリトだったが、全然分かっていなかった。全然アホの子だった。

 

「でも、もう部屋は空いてないし、誰かがペアになるんならハチマンとサチしかないだろ?」

 

「なんで部屋数足りないホーム買っちゃったんだよ。それにそこが1番おかしいだろ」

 

組み合わせに悪意を感じる。ぼっちゆえの敏感センサーがビンビンです。このまま悪意に晒されれば、城を出て1人きりでモンスターと戦い、攻撃力不足を感じて亜人の奴隷を購入することになる。

 

「だって……、なぁ?」

 

ケイタの同意に、うんうんと頷く黒猫団男子メンバー。ちなみに俺は入っていない。やはりこの世界でも俺は孤高だったらしい。

 

「それに、サチもその……、困る、だろ」

 

反撃の手段を変更する。こいつらは何だかんだサチには甘いのだ。サチが本気で拒否すれば部屋割りを変える可能性は高い。

 

「困、る……」

 

口元で両手を握りしめながら、でもと続ける。

 

「ハチマンが、嫌じゃ……な、ければ」

 

「……っ」

 

ボッ、と擬音が聞こえそうなほど赤くなるサチ。正直俺ははそれ以上だ。

 

「おおーい、キリ公!ハチ!ギルドホーム買ったんだってな、引っ越し蕎麦でも……」

 

勢い良くホームの入り口を開け放ち、ギルド『風林火山』のリーダー、クラインが入ってくる。扉の向こうに視線をやれば、風林火山の他のメンバーも来ているようだ。

 

正直今回は本当に助かった。今のタイミングでクラインが入って来なければ、うっかり告白を越えてプロポーズしていた。

 

「……?何だぁ、キリ公。どういう空気なんだ、これ?」

 

「ハチマンと嫁のラブコメ中」

 

「嫁ェ!?」

 

グワバッ!と首が千切れそうなほどの勢いで此方を凝視するクライン。俺は咄嗟に首を左右に振るが、クラインの虚ろな瞳に映っているかは定かではない。

 

「あの黒髪のかわい子ちゃんが……」

 

黒猫団(ウチ)の紅一点、サチ」

 

互いに存在は耳にすれど初対面だったらしく、キリトが紹介する。

 

クラインは無遠慮にサチをマジマジと見る。凝視されて気恥ずかしくなったらしく、サチは俺の後ろに体を隠す。それが引き金になったのか、クラインはその場でパタリと仰向けに倒れる。

 

「クライン!?」

 

「リーダー!?」

 

風林火山のメンバーが慌てて駆け寄り、首元に手を当てて脈を測る。

 

「し、死んでる……」

 

「デスゲームでやっていいジョークじゃねぇだろ……」

 

へんじがない、ただのしかばねのようだ。おおクライン!しんでしまうとはなにごとだ!

 

風林火山のメンバーが、クラインの死体の手を組ませたりと、悪ふざけを続けていると、クラインがゆっくりと生命活動を再開する。

 

「ハチマンよぉ……、お前ェぼっちだなんだと口では言っておきながら、やるじゃねぇか。羨ましいぜ、こんちくしょー」

 

「おお、いや違うって言ってんだけど……」

 

体を起こしたクラインは、涙が出やがるぜとか言いながら目元を拭う。SAOって血涙も出るんだな。どんな精神状態をナーヴギアは読み取ってんの?

 

「いいんだ、みなまで言うんじゃねぇ!春は誰にでも訪れるもんだ!……きっと、俺にだってその内……!」

 

拳を握りしめ、なにかを決意しているクライン。

 

「幸せになりやがれよ、ハチ!」

 

「とりあえずさっきから送り続けてくる決闘の申請を止めろ」

 

台無しだった。

 

そこからまあまあの時間をかけ、赤い涙と決闘の申請を出し続けるクラインに事情を説明する。この件はあくまでケイタたちの悪ふざけであり、クラインの想像するようなことは何もない。なんなら部屋も無い。

 

弁解を続けるにつれて、腕を握るサチの力が増している気がするが、SAOに痛覚は存在しないはずなので気が付かないことにした。

 

・ ・ ・

 

引っ越し蕎麦の約束は次回に持ち越し、とりあえず風林火山を撃退することに成功した。というか、この世界に蕎麦があるのか?全体的に西洋文化のイメージだったが、レストランなどを探せば見つかるものなのだろうか。

 

もしそうであれば、ラーメンがあるかもしれない。SAOに閉じ込められて約1年。諦めていたラーメンへの情熱が再燃する。今度1人でレストランを巡ってみよう、そう決意したところで本日2組目の来客があった。

 

「久しぶりだナ、キー坊、ポチ。アルゴ様が引越しの祝いに来てやったゾ」

 

「お、お邪魔します」

 

情報屋『鼠』のアルゴと、意外にもギルド『血盟騎士団』副団長のアスナが2人組でやってくる。

 

「アルゴにアスナ。久しぶりって言っても、この間のボス攻略以来だろ」

 

「前はもっと頻繁だったダロ。ポチなんか毎日オレっちを呼び出してたからナ」

 

「むしろ俺が毎日呼び出されてた気がするんだが……」

 

主にぼったくり目的で。SAOから帰還することができたなら、『絶対許さないノート』に新たな名前が追加されるであろうことは確定している。

 

「それデ?今はどういう状況なんダ?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる鼠。アインクラッド1の情報屋は伊達では無い。空気から何かあったと判断しての質問だろう。だが、この出歯鼠にタダで教えてやる必要はない。

 

「なん」

 

「部屋割りで揉めてるんだ。ハチマンがサチと同部屋なんだけど……」

 

なんで言っちゃうんだよ……。

 

「なるほど、それはかなり面白そうダナ」

 

「ど、どどど同部屋!?」

 

ある意味1番正しい反応をするアスナ。良かった、お前だけは俺の味方だったんだな。

 

唯一の味方の出現に、うっかり惚れそうになっていると、アスナは二つ名の由来を示すが如くの神速でサチを庇うように抱きしめる。

 

「だ、男女で同部屋とか馬鹿じゃないの!?眼ゾンビ!変態!ハチマン!」

 

「いや待て落ち着け待て。最初以外は否定する」

 

「最後はお前の名前だよ」

 

「落ち着いて、アスナさん……」

 

というかこいつも全然敵だった。やはりぼっちはどこまでいっても独りらしい。

 

「サチさんも!気を付けないと男の人なんて、みんなケダモノなんだから!キリトくんなんて何度も何度もわたしの身体を触って……」

 

「ちょっ、アスナ!?あれはわざとじゃないって何度も……!」

 

大慌てでアスナの発言を遮るキリト。そのまま乱戦状態に突入!というか、俺も詳しく聞きたいですね。具体的にどの辺をどう触ってどんな感触だったのかとかその辺。

 

「なに想像してるの、ハチマン」

 

「ばっかお前想像とかしてねぇよ。これはアレだ、世界平和について考えてただけだ」

 

本当だよ?男がそればっかり考えてると思ったら大違いだ。それよりあれだ、とやや強引にだが話題を逸らす。

 

「部屋割りでいつまでも揉めてたら、攻略進まねぇだろ」

 

「文句言ってるのは君だけなんだけど」

 

「いや、言うだろ。俺も男、なんだし……」

 

「…………」

 

しまった、失言だった。サチの顔をまともに見ることができず、顔を逸らす。視界の端で、彼女も俯いているのが見えた。

 

それも束の間、深呼吸をするサチ。そして覚悟を決めた表情で、こちらを真っ直ぐに見る。

 

「でも、もう決めたの。私はハチマンに遠慮しない。だって、遠慮なんてしてたら、君はいつまでも逃げちゃうもん」

 

だって、と続けるサチ。

 

「昨日もだいぶ勇気を出したつもりだったんだけど、帰ってきてからも何も言ってくれないし」

 

「うぐっ……」

 

「だから、捕まえることにしました。ぜーったいに逃げられないように、どんな時もいつでも……」

 

フフ……、とサチの目が怪しく光る。やだサッチー怖いよ、あと怖い。

 

とはいえ、ここまで言われてしまうと勘違いのしようがない。きっとこの感情は俺の予測通りのもので、サチの言葉通りのものなのだろう。けれど、俺はこの偽物の世界でそれを見つけてしまったら、きっと帰るために今まで切り捨ててきたものを、捨てきれなくなる。

 

少しでもこの世界に思い入れを持ってしまえば、俺はきっと動けなくなる。家族の元に、彼女たちの元に帰るという思いのみで動かしてきた足を、止めてしまう。

 

だから。

 

「……帰るまで。生きて帰るまで待っててくれ。全部、現実世界で伝えるから」

 

これが精一杯だ。

 

俺の言葉を受けたサチは、ふわりと美しい笑顔を浮かべる。かと思いきや。

 

「べー」

 

舌を出して、駆けていく。

 

俺の胸に残った確かなものは、今回ばかりは見逃すことにした。




平成最後に更新!


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第1章
プロローグ


初めまして、ケロ助です。

二次創作は初投稿します。温かい目で見守ってください。


駄目で元々。失敗しても当たり前、成功したら男前。昔、そんな言葉をドラマで聞いたことがあった。だから、今回も無理だろうと思っていた。買えなくて当たり前だと思っていたんだ。

 

《ソードアート・オンライン》という、VRMMORPG。そのソフトは初回ロットがたったの一万本。それほど希少な物を購入することができた。つまり俺は、男前なのだろう。

 

しかし、ゲームソフトは手に入れたものの、SAOを起動するには『ナーヴギア』というハードが必要になる。このハードが十万円を超す高級品だ。

 

いくらスカラシップによる錬金術が使える俺とはいえ、そうそう手が出せる代物ではない。まあ、妹の小町が親父に頼んで、ポケットマネーで買ってもらったんだが。

 

そして、いよいよ正式サービス開始の日だ。開始時間まで、後十分程。

 

俺は今、自分の部屋でナーヴギアを手に、時計とにらめっこしている。やばい、ただゲームの開始を待っているだけなのに、かなり緊張する。

 

妹の小町も、プレイするのは俺なのに、結構そわそわしながら俺の横に座っている。千葉の兄妹が二人きりでベットに座って……、いかんいかん。俺たちは千葉の兄妹でも、健全な方の担当なのだ。

 

「お兄ちゃん、明日は小町の番だからね?ナーヴギアを買ってもらったのは小町なのに、お兄ちゃんがどうしてもって言うから、初めてをあげるんだよ?あ、今の小町的にポイント高い」

 

「妙な言い回しするな。分かってるさ、明日はお前がやればいい。ただ俺は、妹のお前がするにあたって、本当に安全なのかを自分の目で確かめる為に先にプレイするんだ。言わば毒味なんだよ。あ、今の八幡的にポイント高い」

 

「はいはい。でもお兄ちゃん、働きたくないと公言してるお兄ちゃんが、実際に体を動かしてる気分になれるSAOでモンスターを狩ったりできるの?面倒臭くなっちゃうんじゃない?」

 

「その時は、宿屋で寝れば良いだけだろ」

 

「いや、それSAOでなくて良いよね。現実世界で寝たら良いよね」

 

うへぇ、と言わんばかりの表情の小町。

 

「まあ、その、なんだ。ゲームなんだし、働くことと違って楽しめるだろ。それに、ゲーム内で俺を養ってくれる人を見つければ、後々の為にもなるしな」

 

「ゴミいちゃん、MMOでの女性アバターは大半がネカマだよ」

 

そんな感じで、会話をしていたら十分はあっという間に経った。

 

「いよいよだね。感想聞かせてね」

 

「ああ。じゃあ、ちょっくら行ってくる。『リンク・スタート』」

 

こうして、俺の剣の世界での生活は、幕を開ける。



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チュートリアル

コメントやお気に入りをしてもらってしまった……。

こういうのって、一人一人お礼を言って回った方が良いのだろうか……?

ともあれ、コメントやお気に入りありがとうございます^_^


意識が現実を離れ、仮想世界へと連れ込まれる。

 

まず行うのは、アカウント登録。名前と容姿を自分で決め、仮想世界での俺となる、アバターを作成するのだ。

 

とにかく早くSAOの世界に入りたい俺は、名前を『hachiman』と捻りもなにもないものにし、顔や髪型も軽くいじると、決定ボタンを押す。

 

これでアバターが完成し、ようやくSAOへと足を踏み入れる。

 

視界がホワイトアウトしたかと思うと、そこは石造りの広場だった。おお、小町よ。ついにお兄ちゃんは、異世界へやって来たぞ。

 

「おおー、すげー!」

 

俺のすぐ後に、この広場に現れた少年が素直な感想を述べる。いやはや、全く俺も同意見だ。壮大というか、細かいところまで作り込まれていて、よく処理落ちしないな。そんな感想しか出ないのかよ。

 

あれだ、一番立派な建物に雪ノ下とか住んでそうな感じだ。パンが無ければお菓子を食べれば良いのに、とか言ってそう。実際、あの時代はパンに使う小麦粉より、お菓子に使う小麦粉の方が安かったらしい。これ、豆知識な。

 

おっと、いかんいかん。このままでは、この世界に来ただけで満足してしまう。折角だから、できるだけ満喫しよう。

 

試しにフィールドで、mobを狩ってみても良いが、SAOには《ソードスキル》なるシステムがあるらしい。どうせなら、ソードスキルを使ってmobを快適かつ効率的に狩りたい。

 

となれば、必要なのは情報だ。このゲームにはチュートリアルらしいチュートリアルが存在しないようで、初心者にはあまり優しくないゲームだ。始まってすぐにフィールドに出て、まともに狩りができるのは千人のβテスターくらいのものだろう。

 

俺のようなニューピーは、そのβテスターに教えを請うか、地道にNPCから情報を貰うかの二択だ。そして、プロのボッチである俺に、ネット上とはいえ見ず知らずの人間に、話しかけるようなコミュ力は無い。

 

それから二時間ほど、だだっ広い《はじまりの街》を走り回った。成果はそこそこだな。クエストの受け方や、アイテムの説明など様々な情報が手に入った。

 

ただ、ソードスキルに関しては、イマイチだった。やはり自分で体を動かしてみるしかない、ということだろう。

 

・ ・ ・

 

「ふんっ」

 

フィールドに出て、どれくらい経ったか。未だ、ソードスキルを完璧に身に付けたとは言い難い。たまになら発動するが、百パーセントではない。

 

やっぱり、独力には限界があるかと考え始めた頃、俺のいる丘の下に二人のプレイヤーを発見した。赤髪と黒髪の男達は、青いイノシシ型のmob《フレンジーボア》を狩っていた。

 

というより、黒髪の男が赤髪の男にレクチャーをしている。よし、百八のボッチアーツの一つ、気配を完全に消した上での盗み見を使わせてもらおう。

 

それから、数分彼らの行動を観察し、ソードスキルのノウハウを得た。なるほど、溜めが必要だったのか。こういう技術面は、サービス開始前にネット検索をした時には無かった情報だからな。

 

ふと時計を見ると、時間は十七時二十五分。おお、四時間以上もゲームに熱中していたのか。そろそろログアウトしないと、小町がうるさいかもしれない。

 

そう思ってメニューを開き、ログアウトボタンを探す。しかし、いくら探そうと、見つかることはなかった。

 

……どういうことだ?バグか?いや、もしバグなら、俺よりも早く気付いた人間がいるはずだ。VRMMOは、完全にゲーム世界に入り込むため、フルダイブ酔いという症状が、個人差はあれど発症する。

 

俺は比較的軽い方だったから、四時間もぶっ続けでプレイできたが、そうじゃない人もいる。確実にその人達がGMに連絡を入れているだろう。

 

これだけのバグだ、全プレイヤーにメッセージが飛んでくる自体になるだろう。俺だけ忘れられてるとかじゃないよね?

 

他の可能性を考えていると、いきなり視界が変わる。ここは……、はじまりの街の中央広場?訳が分からず周りを見ると、俺と同じように混乱しているプレイヤーが山ほどいる。これ、全プレイヤーが集まってるんじゃないのか?

 

混乱の中、空が赤く染まっていく。そこから、このSAOの正式サービスの《チュートリアル》が始まった。

 

そこからは、あまり覚えていない。現実を受け入れきれずに、脳がパンクしたようだ。いきなり、「この世界での死は、現実での死ということだ」なんて言われても、ついていけるわけがない。

 

死ぬと言われて、頭に浮かんできたのは、小町・母ちゃん・親父・カマクラ。それに、戸塚や平塚先生。そして、雪ノ下と由比ヶ浜。

 

俺は、帰らなければならない。小町、お兄ちゃん働きたくないとか言ってる場合じゃなくなったよ。正直、俺一人ががんばったところで、ゲームのクリアが早まるわけじゃないだろう。

 

けれど、じっとしていることなんてできない。一刻も早く、百層のダンジョンをクリアして、現実に戻らなければならない。周りのプレイヤーは、顔や性別がリアルのものになったと騒いでいたが、顔見知りのいない俺には関係無い。

 

必ず戻る。お前らを悲しませはしない。そう決意して、俺は広場から走り出す。



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第1話

悩み過ぎて文章が書けない今日この頃……。

頭が悪過ぎて、ヒッキーぽさが出ないよぉ。


硝子が割れるような音と、青いエフェクト光が発生する。砕け散って消えたのは、斧を携えた亜人型モンスター。名前はコボ……、コ◯゛ちゃん?

 

「ふう」

 

ひと息ついて、辺りを見回す。索敵スキルの範囲内に他のモンスターは引っかからない。リポップまで少し間があるか。疲れたし、休憩にしよう。

 

SAO開始から約一ヶ月。現在位置は、変わらず第一層。一ヶ月もかけて、一層さえクリアすることができていない。しかも、このダンジョンに潜る前に手に入れた情報によると、死亡したプレイヤーは二千人とのことだ。

 

実に全体の五分の一が、第一層から出ることも叶わず死んでいった。基本高スペックな俺も、明日死なない保証はない。今日このまま街に帰れないかもしれないのだ。

 

そんなネガティブな思考を独り加速させながら、一応周囲に気を配りつつ安全圏を目指し歩く。その途中、戦闘の真っ只中のプレイヤーを見つけた。フードを被ったプレイヤーは、俺がさっき倒したのと同じモンスターと戦っている。

 

閃光……?なんだ、ただのソードスキルか。いやいや、速すぎるだろ。刃がまるで見えない。ソードスキル後の硬直で、ようやくその人物の獲物が細剣だと分かる。

 

「……さっきのは、オーバーキルすぎるよ」

 

今度は黒髪の少年が現れる。どうやら、レイピア使いの戦い方に異議を申し立てているらしい。少し揉めているようだが、俺には関係ないし、気付かれてもいない。

 

これは《隠蔽》のスキルを取っているから、ではない。生まれつき影が薄いのだ。最初からスキルスロットが《ステルスヒッキー》で一つ埋まっているのだ。しかも熟練度は生まれてからの十七年で、かなり上がっている。なにそれ俺最強すぎる。

 

「っと、ポーションが思ったよりも少ないな」

 

数時間は篭っていたわけだし、一度町に戻るか。

 

・ ・ ・

 

「ポチ、さっきぶりだナ」

 

フィールドから安全圏内、つまり街中に入り、気を緩めたところに声を掛けられビクッとなる。いつも視界の外から話しかけるなと言ってるのに、この女……。

 

「……」

 

「無視すんなヨ」

 

首根っこを掴まれ、ぐえっと声が出る。あ、僕のことだったんすか〜。人違いかなと思って〜と誤魔化してみるが、手を離してはくれない。ハラスメントコードが出ないのおかしくない?

 

「……何の用だ、鼠」

 

相変わらず手を離そうとしない少女、通称《鼠のアルゴ》。情報屋という職業(このゲームにジョブシステムは存在しない)の彼女は、顔にドラちゃん的なおヒゲが描かれてることから分かるように、結構頼りになる。

 

「いやぁ、オレっちとしたことがさっきは教え損ねた情報があってナ。知りたいだろうと思って、わざわざ会いに来てやったんダ」

 

いや、どうせお金取るんでしょう?ただのセールスなのに恩着せがましいとか、どんな商売方法だよ。

 

「はあ、幾らだよ」

 

「毎度あリ」

 

小さくため息を吐いて、鼠にこの世界の通貨であるコルを支払う。ニヤリと笑った鼠は、うって変わって真面目な表情で話し始める。

 

「今日の夕方、このトールバーナの町でボス攻略会議が開かれる」

 

・ ・ ・

 

現在午後四時、トールバーナの噴水広場には、俺を含めて四十五人ほど集まっていた。今日までの一ヶ月、鼠以外のプレイヤーと殆ど会話をしていない俺は一緒に座る知人もいないので、一人腰掛ける。

 

「はーい!それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな!俺は《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

広場の中心でウィットに富んだ自己紹介をしてくれる騎士様。青い髪の騎士様のジョークに、周りも俺と同じく白けるかと思いきや、大盛り上がり。

 

「今日、オレたちのパーティがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

どよめきが起きる。「おぉ……」とか、「マジで!?」と驚いている人も何人かいる。いや、ボス攻略会議だよな?ボス部屋見つかったから、会議が開かれるに決まってるだろ。

 

「一ヶ月。ここまで一ヶ月もかかったけど、オレたちはボスを倒し、このデスゲームもいつかは攻略できるってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない!それが、今ここにいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、みんな!」

 

今度は歓声が起こる。俺も少し感心した。現実世界でもこういう台詞を使う人間はいた。だが、このデスゲームの世界では言葉の重みが違う。カッコイイ台詞言ってる俺カッコイイでは済まない。

 

「じゃあ、まずは六人でパーティーを作ってくれ!」

 

……え?ちょっと何言ってるかハチマンワカラナイ。開始から今までパーティーを組んだことなんか一度もないし、なんならこの一週間は鼠女以外のプレイヤーと会話もしてない。

 

最後に他のプレイヤーと会話したのは八日前……。

 

『あの、すいません。聞きたいことが……ありません』

 

『あ、はい……』

 

聞きたいことがないんだったら、何で話しかけてきたんだろう。俺の顔を見て質問が霧散したように見えたが、気のせいのはずだ。

 

よし、帰ろう。鼠に唆されてやって来たわけだが、参加条件が満たせないのだから仕方ない。一レイドが六人パーティー八組という制限があるらしい。

 

四十五人を六で割ると、七組と余りが三人。俺がソロで一組を埋めるわけにはいかない。そもそも、俺が一人参加したところで戦力がそう変わるとは思えない。

 

俺以外の余った二人は、今日ダンジョンで見かけた神速フェンサーと黒髪の少年だ。フェンサーの方だけで俺よりも戦力になるだろう。更に、そのフェンサーにアドバイスをしていた黒髪の少年も、同等以上だろう。というか、あいつら知り合いだったのか。

 

できるだけ目立たないよう立ち上がり、広場から立ち去る。

 

「なあ、アンタもあぶれたんだろ?俺たちもだからさ、パーティー組まないか?折角やる気があるのに勿体ないし」

 

「う、お、おお……」

 

「じゃあ、よろしくな」

 

突然声をかけられ、キョドっている内にパーティーの誘いを受けたことになったらしい。目の前にパーティー申請のウィンドウが現れる。



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第2話

やってしまった……。途中で投稿とかマジで……。

しかも全然話進まないし。ボス部屋まで何千文字かかるのか。そして会話文すくねぇ。よし、一気に進めれたら進めたい!


邪気の無い笑顔に気圧され、イエスボタンを押す。晴れて俺は、黒髪の少年とフードのフェンサーとパーティーを組んだ。視界の左上、そこに見慣れない名前とHPバーが現れる。《キリト》と《アスナ》……で合ってるのか?

 

わざわざ、「キリトさんって読むんですか?」と聞くのもあれなので、黙って彼らの一段後ろに座る。こいつらが話しかけてくるタイプじゃなくて良かった。

 

「よーし、そろそろ決め終わったかな?じゃあ……」

 

「ちょお、待ってんか!」

 

声のした方を見ると、トゲトゲのヘアースタイルをした小男が、人垣を割って階段を飛び降りている。よくあの頭でナーヴギア被れたな。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや。ボスと戦う前に、言わせてもらいたいことがある。こん中に、今まで死んでいった二千人に、詫びぃ入れなあかん奴がおるはずや」

 

前に座るキリトの肩がピクリと反応する。

 

「キバオウさん、君の言う奴らとはつまり、元βテスターの人たちのこと、かな?」

 

「決まってるやないか!」

 

スケイルメイルをじゃらりと鳴らし、キバオウは続ける。

 

「β上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えよった。奴らはウマい狩場やら、ボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで、β上がりの奴らが!そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをはき出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

キバオウの言葉に、集まったプレイヤー達はざわつき、辺りを見る。βテスターでも探しているのかよ。探す気もないくせに、周囲に合わせてポージングを取っているだけの茶番だ。

 

ただ、俺の前に座る黒髪の少年キリトの反応は、周囲の大勢とは違っていた。ポージングを取るでもなく、俯いて何かを耐えているように見えた。

 

……恐らくだが、キリトはβテスターだ。ダンジョンで見かけた時、キリトはアスナにアドバイスをしていた。素人の俺から見れば、見事としか言いようのない剣さばきのアスナに忠告なんて、そうそうできはしない。

 

自分を生かすために全力な素人が、同じキャリアのプレイヤーにアドバイスなんて、それも命のかかったデスゲームでは簡単じゃない。できるとしたら、このゲームでの生き方を他のプレイヤーよりも知っている人物だ。

 

証拠というには薄っぺらく、確信は無い。だが、恐らくそうだろう。今のキリトの態度が、その推論を後押ししている。

 

……まあ、なんというか。キリトがβテスターでも、俺は構わない。むしろパーティーメンバーなんだから、心強いまである。なのに、あのトゲゾーにアイテムや装備品を奪われては、ただでさえ三人しかいない俺のパーティーは、非常に困る。他意は無い。それだけだ。

 

俺は覚悟を決め、スッと立ち上がる。

 

「お——」

 

「発言、良いか?」

 

ーーおい、よく聞け、と格好良く言うつもりが、前の方に座っていた黒人っぽいスキンヘッドのバリトンに遮られる。

 

「……おお、今日は良い天気だな」

 

とだけ言って座る。あと一瞬座るのが遅ければ、振り返ったキリトに立ってるのを見られるところだった。恥ずかしくて目が合わせらんない。元から全然合わせてないけど。

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元βテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪、賠償しろ、ということだな?」

 

「そ……そうや」

 

エギルと名乗ったプレイヤーの迫力に、キバオウが気圧される。仕方がない、エギル……さんは顔の迫力もなかなかだが、かなりの高身長で背中には両手用戦斧。俺なら既に土下座してる。

 

「このガイドブック、あんたも貰っただろう?道具屋で無料配布されてる」

 

エギルさんが取り出したのは、表紙に《鼠マーク》の描かれた小さな本。俺も鼠から購入して読み込んでいる。あれれー?おっかしーなー。俺は鼠にお金払って買ったんだけどなー。

 

「……貰たで?それが何や」

 

「配布していたのは、元βテスターたちだ」

 

キバオウはグッと唸り、周囲はどよめく。

 

「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、俺たちはどうボスに挑むべきなのか。それがこの場で論議されると、俺は思っていたんだがな」

 

エギルさんがキバオウを一瞥すると、キバオウは複雑そうな表情を浮かべて集団の前列に戻っていく。それを見たエギルさんも、元の場所に戻った。

 

「よし、じゃあ再開していいかな」

 

そこからは、ボスの説明やボス戦での各パーティーの役割、アイテムや金の分配などを決めた。全部を説明し終えたディアベルの解散の号令で、明日に備え各々自分の宿に戻り始める。さて、俺も帰って寝よう。

 

「おーい、ハチマン……で良いんだよな?明日のことで、ちょっと話したいことがあるんだ」

 

「…………」

 

後ろの無言のやつ何なの?と尋ねることはできないので、代わりに大きくため息を一つ。

 

「……なんだよ」

 

「いや、だからさ。明日のボス戦での役割をさ。三人いるから、スイッチやPOTローテの順番とか、他にも色々とあるだろ?」

 

「……スイッチって何?」

 

「えっ!?パ、パーティーを組んだこと、一度もないのか?」

 

びっくりくりくりといった表情のキリト。そのままギギギと首だけを動かして、アスナを見る。

 

「わたしも知らない」

 

ガックリと肩を落とすキリト。何だその大丈夫かなぁ、みたいな目は。俺だって、この世界なら役に立てる自信はある。……多分。

 

・ ・ ・

 

ボス攻略会議の翌朝、俺たちは発見されたばかりのボス部屋のまえにいる。あれから、スイッチとPOTローテはきっちり教えてもらった。

 

「みんな……もう、オレから言うことはたった一つだ!…………勝とうぜ!!」

 

ディアベルの演説にうおお!!と歓声が巻き起こる。そして俺たちは、ついにボス部屋へと足を踏み入れた。

 

《イルファング・ザ・コボルドロード》

 

第一層のフロアボス。その取り巻きのモンスターは、《ルインコボルド・センチネル》。武器は斧とバックラーだが、HPバーの最後の一段が赤くなると、曲刀カテゴリの湾刀に持ち替え攻撃パターンも変わる。

 

なお、以上の情報はβテスト時代のものであり、現行版では変更されている可能性もある。

 

ーーアルゴの攻略本より抜粋ーー

 

四十五人全員が部屋に入り、入り口の扉が自動で閉まる。薄暗かった部屋が一気に明るくなり、赤い身体の巨大なコボルドが飛び出してくる。あれがコボルドロードか……。

 

俺たちの担当は取り巻きのコボルドの殲滅。コボルドロードと戦っている面々が、安心して戦えるようにするためだそうだ。

 

「スイッチ!」

 

キリトがコボルドのソードスキルを、自分のソードスキルで相殺させノックバックさせて隙を作る。そこへアスナのレーザーの如き《リニアー》(刺突剣のソードスキルらしい)が煌めく。

 

うわーい、この二人とっても強いわ。働かなくてもいいって素晴らしい。

 

「ハチマン、スイッチ!」

 

「……おう」

 

俺いらなくね?と思うが、ご指名されては仕方がない。社畜とはそういうものだ。

 

またコボルドを一体倒し、ふうと息をつく。ボスの方はどうなっているかと見ると、コボルドロードの体力は最後の一段が赤く染まっている。

 

コボルドロードは轟然と吼え、斧とバックラーを投げ捨て、腰の後ろから新たな武器を抜く。

 

「みんな下がれ!俺が出る!」

 

青の騎士ディアベルが、一人コボルドロードに突っ込んでいく。素人の俺は特に何も思わなかったが、キリトは怪訝そうな顔をする。それより俺が気になったのは、湾刀というわりにコボルドロードの武器が反っていないことだった。

 

「駄目だ!全力で後ろに飛べ!」

 

キリトが叫ぶ。それと同時にディアベルの身体は宙に舞う。

 

今のは……何だ?曲刀のソードスキル?なら何でディアベルは吹き飛ばされた?情報通りの曲刀なら、ディアベルが防げないはずがない……。

 

呆然とするしかない俺たちの前で、ディアベルは空中で更に追撃を喰らい、地面に叩きつけられた。

 

「ディアベル!」

 

いち早く硬直の解けたキリトが、慌ててディアベルに駆け寄るのを見て、俺も後を追う。キリトがポーションを渡そうとするが、ディアベルはそれを受け取らなかった。

 

「何故一人で……」

 

「お前も……βテスターだったら、分かるだろ……?」

 

「……ラストアタックボーナスによるレアアイテム狙い。お前も、β上がりだったのか……」

 

「……頼む。ボスを、倒してくれ。みんなの、ために……」

 

それだけを言い残し、青髪の騎士は、砕け散って消えた。



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第3話

今度こそ、第一層を終わらせる。


ウチの部長様の方針は、『飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教える』だ。俺はなるべくそれに従ってきたし、これからもそうするつもりだった。

 

ただ、ここに雪ノ下はいない。ましてや騎士様は、俺に依頼したわけではない。だから、これは俺が勝手にするだけだ。『別に、倒してしまって構わんのだろう?』というやつだ。

 

「キリト、あの赤豚のソードスキルの正体について教えろ」

 

俺の問いに、キリトは俯いたまま答える。

 

「あれは《カタナ》のソードスキルだ。β時代にモンスターしか使えなかった、高位スキルだよ」

 

キリトはそう言って立ち上がると得物を抜き、暴れ回るコボルドロードに体を向ける。

 

「行くんだろ。勘違いだろうが、俺もディアベルに頼まれたんでな」

 

「勘違いじゃないさ。ありがとう、ハチマン」

 

礼を言われる筋合いはない。俺は俺がこの世界から脱出するために戦うだけだ。いつの間に来たのか、アスナも俺たちの隣に立つ。

 

「わたしも行く」

 

アスナは邪魔そうに、フードを脱ぎ捨てる。美しく長い栗色の髪と、整った顔が露わになる。初めて見たが、フードの中身に思わず一瞬見とれてしまった。あの光景がフラッシュバックするが、今はそれどころではない。

 

「分かった……頼む」

 

なんとも短いやり取りだが、俺たちはそれでいい。俺とアスナは抜剣し、キリトは先行してコボルドロードに突っ込んでいく。手順はさっきと同じってことか。

 

「う……おお!!」

 

コボルドロードのカタナとキリトの片手直剣がぶつかり、互いに激しくノックバックする。

 

「スイッチ!」

 

俺とアスナは同時に前に出る。相変わらず化け物染みたリニアーがコボルドロードに刺さる。しかしさすがはフロアボス、体力はコボルドとは比べ物にならない。俺のソードスキルも大したダメージにはなっていないだろう。

 

「次、来るぞ!」

 

キリトの掛け声で、俺たちは散開する。地道にこれを続けていくしかない。一発で大ダメージを与えられるような技を、俺たちはまだ会得していない。

 

地道な攻防が十五回ほど繰り返された時だった。上段から来るように見えたコボルドロードのカタナが、くるっと回って下からになる。恐らくはカタナのソードスキルの一つだ。

 

「しまっ……!!」

 

キリトはソードスキルをキャンセルして、必死に体を捻るもソードスキルを正面から受け、アスナを巻き込んで吹き飛ばされる。数メートル飛ばされ、衝撃のせいで立てずにいる。

 

そこへ、コボルドロードが追撃を入れる。くそっ、この位置からじゃ間に合わない!

 

「ぬっ……おおお!!」

 

ガキンッと、コボルドロードのスキルを相殺した。俺ではない。両手斧使いのエギルが、キリトとアスナを守ってくれた。

 

「あんたがPOT飲み終えるまでは俺たちが支える」

 

「……すまん、頼む」

 

エギルの言葉を合図に、他のプレイヤーたちが一斉にコボルドロードに向かっていく。俺はダメージを受けていないんだ、立ち止まる理由はない。

 

POTを飲んで、一時休憩に入るキリトを横目に、俺は再びコボルドロードに向かって走る。キリトが戻ってくるまでに、少しでも多くHPを削ってやる。

 

そして、幾度か攻防が繰り返されたころ、キリトが立ち上がる。

 

「全員、全力攻撃だ!囲んでいい!!」

 

うおおお!!と、もはや誰のものか分からない怒号が響き渡る。そんな中でも、あいつの声はよく聞こえる。

 

「アスナ、ハチマン!最後、一緒に頼む!!」

 

「「了解!」」

 

不覚にも、アスナと声が被ってしまった。こんな時なのに、笑えてしまう。

 

「行っ……けぇッ!!」

 

俺たち三人のソードスキルはコボルドロードを斬り裂き、コボルドの王はその姿を青いガラス片に変え、消えていった。

 

・ ・ ・

 

ボスの消滅とともに、取り巻きだったコボルドも消え去る。ああ、やっと終わったんだな。これで第一層をクリアできたんだ。

 

俺たち三人は、地面にへたり込んだまま、恐らく同じようなことを考えただろう。そこへ、両手斧使いのエギルがのしのしと歩いてくる。

 

「見事な剣技だった。コングラッチュレーション、この勝利はあんたのもんだ」

 

エギルがキリトに向けて、拳を差し出す。キリトは照れ臭そうに拳を合わせようとする。

 

「何でや!なんで、ディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

突然の叫び声。一斉に全員の視線が叫び声の元へ集まる。叫んだのはキバオウだ。キリトは意味が分からない、といった表情で聞き返す。

 

「見殺し……?」

 

「そうやろが!あんたは……ボスが使う技を知っとったんやろ!あんたが最初っからそれを教えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんやないか!!」

 

キバオウの悲痛な叫びに、周囲がどよめき始める。「そういえば……何で」「……攻略本にも載ってなかった」などと、疑問を次々と呟いていく。

 

くそっ、この流れはマズい。昨日、エギルによって収まったβテスターへの不満が、ここに来てまた高まってる。このままでは疑心暗鬼になって、先導できるβテスターを排除してしまう。情報を捨ててしまう。

 

戦ったのは今日一日だけだが、確信がある。βテスターは、キリトはSAOの攻略に必要な人材だ。実力もさることながら、情報や咄嗟の判断力も、俺の比じゃない。

 

考えろ。βテスターを守るために、何をすればいいか。ディアベルの依頼を遂行するために、何をすればいいか。キリトや鼠が吊るし上げをくらわないために、俺のすべきことを。βテスターでない俺の言葉では、重みが足りない。あと一手必要になる。

 

 

こいつらは間違っている。恐らく本人たちも、間違っていることに気付いているのだろう。けれど、それでもどうしようもない憤りを、行き場のない怒りをぶつけたくなる。その対象として選ばれたのが、βテスターだ。

 

大きく深呼吸をする。これは賭けの要素がかなり大きい。そして、失敗すればβテスターを更に危険に晒すことになる。成功したとしても、問題の解決にはならない。一時的に引き延ばすだけだ。あとは、キリトたち次第になる。

 

そしてどちらの場合でも、俺は生きて現実に戻ることはできなくなるかもしれない。生きて帰っても、雪ノ下や由比ヶ浜には罵られることになるな。……雪ノ下はいつものことか。

 

覚悟を決める。生きて小町の元へ帰るのが最重要事項だが、キリトたちがいなくなって、結局クリアできませんでは意味が無くなるのだ。よし。

 

「キリト、とりあえずPOT飲んどけ」

 

思いつめた表情で立ち上がろうとしたキリトの肩を押さえ、ポーションを手渡す。キリトはさっき以上に困惑している。

 

「は?いや、ハチマン。今はそれどころじゃ」

 

「いいから、飲め」

 

無理矢理、キリトのHPを回復させる。キリトは出鼻を挫かれ、戸惑っている。やるなら、今しかない。

 

「キバオウ、あんたの言う通りだな。βテスターたちはクズ野郎だ」

 

システムウィンドウを開き、装備している武器をデータに戻す。そして、短剣を装備しなおすと、振り向きざまに抜剣して。

 

「だったら、ここで殺しておこう」

 

キリトを斬った。

 

「なっ……!!」

 

俺のカーソルが、緑からオレンジへと変わる。犯罪を犯したプレイヤーという証拠だ。予想以上にキリトの反応速度が早く、短剣はキリトの肩を掠めただけだが、充分だ。

 

「ハチマン、何で……!」

 

肩を押さえ、混乱状態のキリト。周りのプレイヤー全員も、訳が分からず戸惑っている。

 

「何で、じゃないだろ。今回のボス戦、お前らβテスターが適当な情報を流すから、危うく全滅しかけたんだぞ?実際に一人死んでる。まあ、死んだのはクソβテスターのディアベルだったから良かったものの」

 

「な、なんやと!!」

 

ディアベルを侮辱され、キバオウだけでなく他のパーティーメンバーも怒りを露わにする。

 

「何を怒ってんだよ。ディアベルは明らかにβテスターだろ?最後の最後、お前らを下がらせて自分一人でラストアタックを狙いにいった。ボーナスを独り占めするためにな。そんなやつ、死んで当然だ」

 

「こっの……!!ディアベルはんはそこらのβテスターなんかとちゃう!ワイらのことをちゃんと考えて……!」

 

「お前の言葉を借りるなら、考えてなかったから二千人も死んだんだろ?」

 

「っ!!」

 

「だから、これ以上引っ掻き回されないように、βテスターはここで殺しておく必要がある」

 

キバオウから目線を外し、キリトに向き直る。裏切られたショックなのか、キリトは呆然と立ち尽くしている。ここからが賭けだ。

 

俺は、短剣をキリトに向け、心臓めがけて突き出す。

 

ガキン!と、俺の掴んでいた短剣が弾かれ、床に転がる。弾いたのは、レイピアを俺に向けたまま、キリトを庇うように立つアスナ。

 

「邪魔すんなよ。お前はβテスターじゃないだろ」

 

「わたしはβテスターじゃない。けど、キリトくんやディアベルさんも、βテスターの人たちも死んでいい理由はない。殺させはしない!」

 

構えを解かず、警戒を続けるアスナに思わず笑みがこぼれる。俺の予想では、エギルあたりが庇うかと思っていたが、これは予想以上にいけるかもしれない。

 

「どけ。そいつらは二千人ものビギナーを殺した、言わば大量殺人鬼だ。これ以上俺たちが犠牲にならないようにするには、βテスターを殺すしかない」

 

「貴方は間違ってる。この一ヶ月で身に染みたはずよ。自分の身一つを守るので精一杯だった。βテスターの人たちは、自分たちだけ強くなろうと思ったんじゃない。まず自分たちが強くなって、私たちを守れる力を付けてから、私たちを守るつもりだった!」

 

アスナの言葉は、キバオウたちにも届いただろうか。アスナのような考え方のプレイヤーが増えれば、βテスターは大丈夫だろう。それにしても、アスナは完璧に仕事をこなしてくれた。

 

「……愛してるぜ、アスナ」

 

「へっ!?な、なななにこんな時に急にふざけ……!」

 

思わず感謝の言葉が口から出てしまった。だが、そのお陰で隙ができた。素早く短剣を拾い、今度はアスナに斬りかかる。

 

「やめろ、ハチマン……!」

 

「…………」

 

今度はキリトに防がれ、鍔迫り合いになる。

 

「アスナは、傷つけさせないッ!」

 

「ふっ……」

 

俺は力を抜いて、鍔迫り合いの状態を脱する。キリトと色んな意味で怒ってるアスナ。そして他の全員が抜剣して、俺を包囲している。

 

「多勢に無勢だな。仕方ない、βテスターを殺すのは諦めよう。死んだ二千人に対して、助けてやれなかったのは俺たちビギナーも同じだ」

 

短剣を鞘に納め、堂々とキリトの横を通り第二層へと繋がる階段へ向かう。オレンジを攻撃しても、グリーンがオレンジになることはないが、攻撃すれば残り少ない俺のHPバーはすぐになくなるだろう。誰も、人殺しにまでなる勇気はあるはずがない。

 

……無防備に背中を見せてるんだけど、誰も麻痺毒とか持ってないよね?あれを使われたら、監獄エリアに一直線なんだけど。

 

すれ違いざまにキリトにだけ聞こえるよう、別れを告げる。攻略は任せた。

 

そして俺は第二層に一番乗りし、それ以降は街に入ることも叶わずずっと圏外や、フィールド内の安全圏で生活することになる。NPCめちゃくちゃ強いんだもん……。



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第4話

時系列はアニメの方でいきます。レベルとかは適当になっちゃいますが。


七ヶ月。このSAOが始まってから、それだけの時間が流れた。その内の六ヶ月を俺は、主街区などの街に入れずに過ごしてきた。本当によく生きてこれたな。

 

ホームレスプレイヤーになってすぐの頃は、部屋で眠ることはできた。宿付きでエクストラスキルまで手に入れることができると鼠にからかわれ、《体術》スキル修得までの四日間をあのオッサンNPCの下で過ごしたからだ。

 

死に物狂いで修得したあと、鼠をマジでぶん殴りに行ったが、街に逃げられそれも叶わず。まあ、今日まで俺が生き延びてこれたのは、八割方鼠のお陰なので、今では完全に下僕扱いだが。

 

武器や防具の強化修理は、殆どをあいつに依頼して街でしてもらっていた。料金増し増しなのは言うまでもない。自分で鍛治スキルを取ろうかとも考えたが、設備を整える金が無いし、そもそも設置場所が無い。

 

金がねぇ、家もねぇ、鼠に頭も上がらねぇ。オラこんなゲーム嫌だ。

 

鼠が金を継続的に踏んだくるお陰で、暇なのも相まってずっとモンスターを狩り続けていた。そのため、俺のレベルは攻略組クラスを維持できているだろう。

 

しかし、そんな生活も今日までだ。現在二十七層。俺は今日、カルマ回復クエストを完遂し、アイコンのカラーを緑に戻したのだ!これであとは、鼠とのフレンドを解除すればおさらばできる!

 

「おいポチ。悪いこと考えてそうな顔だナ。カルマ回復できたのも、オレっちのお陰だってことを忘れるなヨ」

 

「いやだから何でいちいち背後を取る?」

 

天下一武道会とか出てたの?そういう修行を積んだの?

 

というか、今更だけど鼠のやつ、俺の名前間違えてるし。半年も突っ込まないままの俺超紳士。せめてハチだろ。

 

「それデ?めでたくグリーンに戻ったわけだが、これからどうするんダ?」

 

「お前に二度と会わないように生きる」

 

……ダメージ判定が出ない絶妙な力加減でぶん殴られた。もうシステム外スキルだろそれ。

 

・ ・ ・

 

鼠と別れ、最前線からかなり下の十一層の森。何故俺がこんなところにいるかと言えば、やはりあの鼠女のせいだ。

 

なんでもここ一週間ほど、キリトが前線に出てこないらしい。夜中になると狩場でレベル上げはしてるらしいが、昼間は殆ど姿が見えないとのこと。

 

位置を確認すると、十一層辺りをうろついているので、確認して来いと言われた。メッセージ送れば良いだけだろ。つか自分で行けよ。

 

「文句言いながらもちゃんと会いに行く俺マジ社畜」

 

独り言ち、森を歩く。キリトとか、会いたくないランキングのトップスリーに入るぞ。遠くから何をしているか確認して、会わずに帰れば問題ないだろう。

 

「きゃあ!」

 

聴こえてきた悲鳴に、全身が反応する。聴こえてきた方向へ走り出す。途中、武器を背中から抜き放ち、戦闘態勢を整える。

 

聞き覚えがある。……あの声は。

 

「雪ノ下ッ!」

 

柄にもなく声を張り、茂みを抜けたその先にいたのは。

 

雪ノ下ではなかった。

 

「……ハチマン?」

 

しまった……。雪ノ下ボイスに惑わされて、キリトと鉢合わせてしまった。俺は迷うことなく回れ右をして、逃げ出す。

 

「っておい!何で逃げるんだよハチマン!」

 

慌てて追いかけてくるキリト。逃げるに決まってんだろ。なんなら転移結晶使うぞ。

 

「あっ、キリト!?」

 

引き止められたのはキリトなのに、俺が思わず立ち止まる。さっきの叫び声と同じ声。その隙を突かれ、キリトに捕まってしまう。あらやだ、この子目がガチなんだけど。

 

キリトは筋力パラメーターに物を言わせ、俺を羽交い締めにして持ち上げる。

 

「久しぶりに会ったのに、逃げることないだろ」

 

「おい、デュエルしろよ」

 

「は?」

 

しまった。ついデュエル脳を発揮してしまった。今の俺はデュエルで何でも解決していたあの頃とは違う。つか、そろそろ降ろしてくれないかな。

 

明らかに年下の少年に抱き上げられ見世物にされるとか、かなりはずかしい。ハチマンのライフはもうゼロよっ!

 

「まあ、なんだか分からないけど落ち着いて。ここは危ないし、ホテルで話そうぜ?」

 

追いかけてきた棍使いのケイタ(後から聞いた)の進言により、俺はキリト達が拠点としているホテルへと強制連行されることとなった。

 

・ ・ ・

 

「えっと、まず紹介しといた方が良いよな?右からケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー、サチ。こないだから俺も入れてもらった、ギルド《月夜の黒猫団》のメンバーだよ。それでこっちの目の腐ってるのが、ハチマン。一層の時、パーティーを組んだことがある」

 

「ちょっと?ここはゲームの中なんだから、俺の目は腐ってないでしょ?むしろ煌めいてるだろ」

 

「いや、かなり腐ってるよ」

 

キリトの言葉に、月夜の黒猫団のメンバーもうんうんと頷いている。マジか、戸塚と撮ったプリクラくらいキラキラしてると思ってたんだけどな。

 

「SAOは感情表現が過剰だからな」

 

俺のこの目は感情から来るものだったのか。あと、キリトくん。フォローになってねぇよ。

 

「ところで、ハチマンさんは結局何をしに来たんです?」

 

うっかり泣きそうになっていると、ケイタが爽やかに聞いてくる。そういや、鼠のパシリでキリトの様子を見に来たんだった。もう任務は完了したし、メッセージを送って終わりだ。

 

……今のキリトを何て説明すればいい?こいつ何でこんな下層にいるの?最前線で活躍してるって鼠に聞いてたんだが。気は進まないが、本人に聞いてみるしかないか。

 

「キリト、聞きたいことがある」

 

「……悪い、みんな。ハチマンと二人にしてくれ」

 

俺が切り出すと、キリトが人払いをする。俺を気遣ってなのか、それともギルドメンバーに聞かれたくないことがあるのか。

 

ケイタ達が部屋を出ていき、扉が閉められる。これで、ノックをされない限り完全な防音状態。聞き耳スキルというものもあるらしいが、取っているやつは殆どいないらしいので、気にしなくていいだろう。

 

「ハチマン、グリーンに戻れたんだな。おめでとう。それと……ごめん」

 

「あ?何のことだ?」

 

「全部アルゴに聞いたよ。あの時、ハチマンが俺たちβテスターを守るためにオレンジになったんだって。本当なら俺がやるべきだったのに」

 

俺はあの鼠女に、ボス部屋であったことを一言も話してはいない。キリトが聞いたのは、鼠が自分で集めた情報を元に推測したものだろう。だから、それは勘違いで、間違いだ。

 

「……俺は、俺のためにやった。むしろお前を殺そうとした俺を、お前は恨んでいいんだ」

 

「殺そうとした、か。なら、あの時何で俺にPOTを飲ませたんだ?しかも、わざわざ使えもしない短剣に持ち替えたりして」

 

「…………」

 

咄嗟に言い訳が思い浮かばず、黙ってしまう。

 

「本当はすぐに会いに行こうと思ってたんだけど。ほら、俺たちフレンド登録してなかったから、全然見つけられなくて」

 

「俺も、見つからないよう、隠れてたしな」

 

鼠にも、高いコルを払って口止めしていた。

 

「守ってくれて……今まで生きててくれてありがとな、ハチマン」

 

照れ臭そうに頬を掻くキリト。俺も照れ臭かったので、そっぽ向いてぶっきらぼうにおう、と答えることしかできなかった。




和解回。言いづらい和解回。ヒッキーぽくない和解回。


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第5話

続きです。

亀更新ごめんなさい。


「ところでハチマン、聞きたいことって?それと、どうして俺のいる場所が分かったんだ?今までどうやって暮らしてきたんだ?」

 

キリトから質問責めにあう。近いし一度に答えられないし。

 

「あー、あれだ。大体全部鼠のせい……お陰だ」

 

「アルゴ?」

 

「ああ。あいつに頼まれてお前の様子を見にきた。最近お前が前線に出てきてないから、情報を集めて来いってよ。場所もあいつに聞いたからな。あの時間帯なら、大抵あの森にいるって」

 

「…………」

 

キリトは顎に手を当て、黙り込む。

 

「ハチマン、お前……騙されてないか?情報屋のアルゴが他人に情報を集めさせるとは思わないし、俺が最近何処で何をしてるかも分かってる口ぶりじゃないか?」

 

……いや分かってたよ?もちろん分かってましたよ。鼠は裏が取れた情報しか売らないし。フレンドだから位置が分かるとはいえ、いつ何処に行くかは、キリト次第だ。

 

場所が変わる度に鼠からメッセージが来るならまだしも、俺は最初に指定された場所に行っただけだ。会いたくないから、気づかないふりをして会えなかったことにしようとなんてしてない。

 

「とにかくだな、キリト。何で攻略組のお前がこんな下層にいる?」

 

「え?あ、ああ。それなんだけど……」

 

一週間ほど前、キリトは素材アイテムを求めてこの層にやってきたらしい。その途中、モンスターに苦戦する月夜の黒猫団を手助けした縁で、ギルドに加入したらしい。

 

「それで、その……みんなには本当のレベルを隠しててさ。レベル差があり過ぎると怖がられたりするだろ?俺は黒猫団のみんなと対等でいたいっていうか……」

 

「口裏を合わせろってことか……」

 

「う、まあ……そうなるかな」

 

バツが悪そうに、目を逸らすキリト。元々俺も合わせてないが。叱られた子どものようにシュンとなるキリトに、少し罪悪感を感じるが、よく考えると俺は怒っても叱ってもいない。

 

だが、キリトの行為はあまり褒められたものではない。確かにMMOでは、高レベルのプレイヤーが低レベルプレイヤーを手伝って、経験値を一気に稼ぐというのはよくある行為だ。

 

けれどここはSAOというデスゲームで、しかもキリトはレベルを隠している。

 

普通なら、高レベルプレイヤーのお陰、となるところを、黒猫団のメンバーは自分たちの実力と勘違いしてしまう可能性がある。もっと稼げるダンジョンにこもれるのではないかと、高望みする。

 

忠告はしておくべきかと考え直し、口を開こうとした時、扉がノックされる。

 

「キリト、そろそろ終わったかい?時間が時間だし、話なら食事をしながらにしないか?」

 

「あ、ああ。ハチマン、久しぶり……っていうか初めてか、一緒に飯食べるの」

 

「いや、俺は……」

 

「ほら、行こうぜ」

 

プロのぼっちゆえに、誘われれば思わず断るのだが、言い切る前にキリトに遮られる。ふぇぇ、どいつもこいつも強引だよぉ……。

 

「ほらほら、二人とも早く」

 

部屋から出て、酒場のある一階へ続く階段を降りていると、黒猫団の誰かさんに急かされる。名前は聞いたけど、誰が誰なのか分かんねえよ。

 

「こほん。それじゃあ、キリトとハチマンさんの再会を祝して、乾杯!」

 

ケイタの音頭でかんぱーい!と、各々が盃を掲げる。いや、別にお祝い事じゃないんだけど。些細なことでもとりあえず乾杯しちゃうの?毎日がエブリデイな人たちなの?

 

開始早々、どうやって帰るかを考える俺に気を遣ったつもりなのか、キリトが話を切り出す。

 

「そういえばハチマン、今日『ユキノシタ』って叫んでなかったか?知り合いと俺たちを間違えたのか?」

 

「……そうだな、勘違いだった」

 

「探してるのか……?」

 

SAOの感情表現は過剰だという。ならば、俺は相当酷い顔をしていたのかもしれない。キリトに心配をかけてしまったようだ。

 

「いや、多分プレイヤーじゃないな。ゲームをするやつじゃなかったし」

 

そうだ。雪ノ下がSAOを、ゲームをやってるはずがない。ナーヴギアなんて買うくらいなら、パンさんグッズでも買うだろう。由比ヶ浜も、頭のわりには財布の紐は固い。こんな無駄遣いはしないだろう。

 

「…………」

 

重い沈黙が流れる。沈黙は金という言葉があるし、黙り続けていればボーナスというシステムがSAOでは採用されるべきだと思う。ぼっちの俺は基本喋らないため、働かずとも儲かることになる。

 

「あ!そ、そうだキリト。ハチマンさんにも、ギルドに入ってもらったらどうかな?二人は知り合いなんだろ?今のままだと、キリトに前衛を任せすぎてるし、もう一人前衛がいればサチも転向しなくても大丈夫になるしさ」

 

「ああ、そうだな。ハチマンまだソロだろ?折角だし一緒に……」

 

「いや、断る」

 

また空気が重くなる。いや、あの、そんなにシュンとしなくてもいいんじゃないですか、キリトさん。

 

いたたまれない気持ちになった俺は、少しフォローをしておく。

 

「その、あれだ。パーティーの定員は六人だから、俺が入ると一人あぶれるし。そもそも、俺の戦い方はパーティーとかギルドとか、向いてねぇんだよ」

 

そう言い、背中に吊るしている剣をガチャリと鳴らす。

 

「ハチマン、両手剣にしたんだな」

 

ずっと圏外をソロで過ごしてきた俺は、モンスターに囲まれることが少なくなかった。片手直剣だと、攻撃力不足を感じることが多々あったのだ。

 

ソードスキルで一気にHPを削っても、スキル後の硬直を他のモンスターに攻撃される。硬直時間は、たとえ盾を装備していても動けない。ならば、多対一を想定した戦い方をするしかない。

 

そんなときに出現した両手剣スキルを、俺は迷わず取った。それからずっと使ってはいるが、まだそこまで熟練度は高くないな。

 

「そんなわけだから、周りに誰がいると戦いづらくてな。ギルドには入れん」

 

言うと、立ち上がる。帰るならここだ。このタイミングなら、誰にも咎められまい。

 

一応飲み代を払うべきかと思って、なけなしのコルを払おうと、ウィンドウを操作する手を、ガシッと掴まれた。

 

「それでも……それでも構わないから、ギルドに入ってください」

 

掴んでいるのは、サチと呼ばれている少女。こんな積極的に動くタイプじゃないと思って、油断した。他のギルメンも、「サチが大胆に……」「よっぽど前衛やりたくないんだな……」などと零している。

 

内気な少女をここまで追い詰めんなよ!てか近い近い柔らかい!くっそ、データの塊なはずなのに何でこんなに柔らかいの!?プロのお兄ちゃんとして、妹と手を繋ぎ慣れてる俺でも、女子と手を繋ぐなんてドキがムネムネする!

 

「あの、あれ……はなひて」

 

「お願い、ハチマン……」

 

「い、いや、このSAOは一人用なんだ。なっ、キリト?」

 

思わず骨川流の断り方を駆使するが、キリトはグッと親指を立てるだけで助けてくれない。あの指斬り落としてやりたい。また俺をオレンジにしたいのか。

 

ってか、いきなり呼び捨てとかコミュ力が高すぎる。スカウターが爆発するぞこの女。コミュ力たったの五の俺では、到底太刀打ちできない。

 

NOと言える日本人代表の俺だが、今回は勝手が違う。雪ノ下によく似た声で、優しく甘えるような甘い物言い。雪ノ下と対比して優しすぎる。雪ノ下がこんなに優しかったら、五回は告って全部フラれるところまで容易に想像できる。いや、全滅なのかよ。

 

手を取ったままのサチは、畳み掛けるように上目づかいで「ダメ?」と聞いてくる。なんならついでにキリトまで、土下座しそうな勢いで「頼む!」と両手を合わせて頭を下げている。

 

ふと思い出す。半年ほど前、まだこの世界に来ていなかった頃の喧騒。俺は静かに過ごしていたから、うるさかったのは周りのリア充どもだけだったが。

 

結論。

 

押し切られてギルドに入れられました☆



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第6話

原作の時系列を見てみると、キリトくんは2ヶ月も黒猫団にいたようです。

その間のボス攻略とかどうしてたの?と思ったので、投稿します。


人の噂も七十五日。

 

それが良いものだろうが、悪いものだろうが、噂なんて所詮は一過性のものに過ぎない。一年の約五分の一もあれば、大抵の人間は飽きて忘れてしまう。一発屋みたいなものだ。

 

しかし例外として、不特定多数の記憶に残り続ける噂もある。いわゆる都市伝説。

 

誰が見たわけでもなく、誰から聞いたかさえあやふやなくせに、記憶に深く食い込む。その大半は恐怖から来るもので、恐怖とは感情の根源だ。

 

つまり、大勢のSAOプレイヤーに《初代犯罪者(オリジン・オレンジ)》として半年以上も恐れられている俺は、感情の根源らしい。

 

・ ・ ・

 

ギルド《月夜の黒猫団》に加入させられてから、三週間ほどたった。俺は半年間の情報不足を埋めるべく、暇さえあればキリトから色々と聞き出していた。

 

その一つが、尾ひれと背びれが付き都市伝説と化した、俺の噂だ。

 

《初代犯罪者》《βキラー》など、半分事実の半分嘘っぱちな悪評が出回っている。

 

「オリジン・オレンジだと長いから、最近はオリジンって呼ばれてるみたいだ」

 

オリジンかぁ、どういう意味なんだろう?おし〜えて〜おじい〜さん〜。それはおんじか。

 

それはさておいて、今はメンバーとは別行動中である。こんな時でなければ聞けないことを、存分に聞きまくる。

 

「明日、二十八層のボス攻略らしいな」

 

「……情報誌で大々的にメンバー募集してたな」

 

キリトは自分のレベルを黒猫団に隠している。俺もキリトに合わせて、黒猫団のメンバーとそう変わらないレベルだと偽っている。それでも攻略組に遅れを取らないよう、キリトとよく夜中に前線に赴いてレベリングをしているが、ボス攻略に参加すれば、レベルが彼らにバレてしまう。

 

フレンド登録をしていれば、対象が今何層の何処にいるかが分かる。ボス攻略は大抵の場合昼間から行われるので、居場所を探られれば一発で攻略組だとバレるだろう。

 

「言いたいことは分かってるさ。参加しろって言いたいんだろ?」

 

「……いや、一層以降参加してない俺が言えたことじゃねぇが」

 

俺は二層から二十七層のボス攻略に参加していない。特に、二十五層のボスはかなりの強さだったらしい。犠牲者も数人いたと聞く。

 

その場にいなかった俺に、どうこう言う資格は無い。ずっと安全な場所にいた俺に、キリトに危険を冒せという権利は無い。

 

「キリトー!ハチマーン!そろそろ行こうぜー!」

 

元祖黒猫団唯一の前衛、メイス使いのテツオが駆けてくる。キリトはああと短く返事をして、歩き出す。俺はその後ろ姿を、黙って追いかける。

 

ダンジョンに向かうと、幾ばくもしないうちにモンスターに出会う。いつもの陣形として、俺、キリト、テツオが前衛。他は下がって待機。

 

キリトが攻撃を相殺し、俺が殺さない程度にダメージを与え、他の誰かがスイッチで倒す。そうやって経験値ボーナスを譲り、彼らのレベルを上げていく。

 

「よっしゃ、レベル上がったぁ!」

 

槍使いのササマルがガッツポーズを取る。テツオやダッカー達とハイタッチを交わし、最後にキリトとする。あの、俺のところに来ないのは、俺の存在を忘れてるからじゃないんですよね?いや、したいわけじゃないけどさ。

 

俺が両手で剣を持っているからに違いないと納得し、悪いモンスターはいねがーと索敵をする。狩りつくしてしまったのか、近くに反応はない。

 

キリトも同じく索敵をしていたらしく、それを聞いてケイタが休憩を提案した。ダンジョン内の安全圏に移動すると、ササマルが「疲れたー!」とか言いながら倒れ込む。

 

俺も少し離れた場所に腰を下ろし、ポーチから水の入った瓶を取り出す。はあ、MAXコーヒーが恋しい。NPCレストランとかに行けばコーヒーはあるが、MAXコーヒーはないからな……。

 

千葉に想いを馳せながらちびちび水を飲んでいると、槍使いに戻ったサチが隣に腰を下ろす。肩がビクッと震える程度には驚いたが慌てることはない、即座に距離をとればいい。

 

「ハチマン……何してるの?」

 

「……休憩なんだから、休んでるに決まってるだろ」

 

「そうじゃなくってさ……もうっ」

 

サチはプクッと頬を膨らませると、距離を詰めてくる。俺は近付かれた分だけ離れる。ちょっと、あんま親しげにされると友達なのかと思っちゃうだろ。

 

この三週間、サチはこうして度々話しかけてくる。大抵は黒猫団に入るまでの半年間のことを聞いてくるので、俺とキリトのこと(海老名さん的な意味でなく)を疑ってるんじゃないかと疑っている。

 

「…………」

 

俺から喋りかけることはないし、サチも何も言わないため沈黙が流れる。そんな時、ふとキリトやケイタ達の会話が聞こえてくる。

 

「攻略組は明日二十八層のボスかぁ。いつか僕らも攻略組の仲間入りができたらいいよな」

 

「俺達が血盟騎士団や聖竜連合の仲間入りってか?」

 

「なんだよっ。目標は高く持とうぜ?まずは全員レベル三十な」

 

きゃいきゃいと騒ぐ彼らとは対照的に、俺の隣に座る少女の表情は優れない。

 

「……すごいよね、最前線の人達。明日には二十九層に行っちゃうんだよね。私達、いつか追いつけるのかな……」

 

「…………」

 

膝を抱えるサチの本心は理解できなかった。ただ、その細い体が小さく震えているのは見て取れる。

 

生死のかかったデスゲームで、無責任に言葉をかけることはできなくて、他にその震えを止める方法を知らない俺は、ただ黙っているだけだった。

 

・ ・ ・

 

その日の夜。ホテルの部屋で一人、ドロップアイテムの整理をしていると、コンコンとドアがノックされる。俺の部屋に訪れるのは一人くらいしかいないので、「どうぞ」と簡潔に答える。

 

扉が開き部屋に入ってきたのは、やはりというか、キリトだった。暗い表情のキリトは、無言で部屋の入り口に立ち尽くしている。

 

無言で立たれると怖いんですけど……。

 

「……ハチマンは、やっぱり卑怯だと思うか?」

 

「あ?」

 

唐突な言葉に、思わず聞き返したが、すぐに何のことか理解した。このタイミングだ。明日のボス攻略の話だろう。

 

「俺は黒猫団に入るまで、ソロだった。はじまりの街でクラインを見捨てた俺に、誰かと組む資格なんて無いって思ってた。それにソロでも平気だと思ってたんだ」

 

キリトの拳はここが現実世界だったならば、血が出てるんじゃないかというくらい、強く握りしめられていた。

 

「でも今は、楽しいんだ。黒猫団のみんなと、ハチマンと一緒に戦うのが。今の関係を壊したくないんだよ……」

 

恐らく小町と同じくらいの年頃だろう。キリトのあどけなさの残る顔からは、悲しみの感情が伝わってくる。

 

この少年をここまで追い込んだのはこのデスゲームだ。だが、追い詰めたのは紛れもなく俺だった。一層のボス戦の時、俺はこの少年に期待し、押し付けた。

 

キリトを守ると銘打って自分は早々にドロップアウトし、残りを全てキリトに背負わせた。

 

「怖いんだ……。本当のレベルを教えたら、みんな離れていきそうで……」

 

キリトや俺の参入で、月夜の黒猫団は本当に強くなっている。チーム全体のレベルも上がってきているし、彼らにはこのゲームを攻略するという気概がある。このままいけば昼間ケイタが言っていたように、攻略組へ仲間入りすることも不可能ではない。

 

だから、わざわざキリトや俺のレベルが特別飛び抜けていることを申告しなくても、いずれレベルが追いつかれることもあり得る。けれど、それは理想論だ。

 

ならば、それを諭すのは年上の役目だ。最低な方法しか知らないが、この際そこは目を瞑ってもらおう。

 

「……違うな。お前は恐れられることを気にしてるんじゃない。失望されたくないんだ。テクニックがあるから強いんじゃなくて、レベルが高いから強かったんだなって、そう黒猫団の奴らに思われたくないんだ。お前は、ゲームで強さを見せびらかしてるガキだ」

 

「…………っ!」

 

反論しないのは、キリトに少しでも自覚があったからなのか。

 

「レベルが違うくらいで離れていくんなら、とっとと離れた方が互いに傷が浅くて済むだろ」

 

「……そうかもな。ハチマンの言う通りだ。俺は、強さを見せびらかしてたのかもしれない。……けど、黒猫団のみんなと、ハチマンと離れたくないっていうのも本当なんだ。だから……みんなに本当のことを言うよ」

 

俺はポカンと口を開けていただろう。これだけ言われれば、キリトは怒るか出て行くかだろうと思っていた。その素直さは、どこか彼女に似ていた。

 

キリトは宣言通り、自分の部屋に戻るとギルドメンバー全員を呼び集めた。俺は、キリトの後ろで壁にもたれかかって、様子を見守る。

 

「夜遅くに悪い。けど、みんなにどうしても聞いてほしいことがあって集まってもらった」

 

「何だ?キリトのやつ、かしこまって」とか、「告白……?」などの色々な推測が飛び回る。告白には違いないけど、それ意味違くない?

 

「……俺はみんなを騙してた。すまない!本当は俺はレベルがみんなよりずっと上なんだ!」

 

声を張り、頭を深く下げる。

 

「なんだ、そんなことか」

 

「びっくりさせるなよ〜」

 

予想外の軽い反応に、今度はキリトがポカンとする番だった。

 

「いや、俺はみんなを騙して……」

 

「レベルを聞くってマナー違反をしたのは僕らだし、正直に答える義務もないよ。それに、僕らに不利益は何もないし」

 

うんうんと頷く黒猫団のメンバー。清々しいくらい理に適っている。強いプレイヤーが仲間で困ることはないだろう。

 

「えっと……じゃあハチマンもそうなの?」

 

「お、おお……」

 

いきなりサチが矛先を俺に向けてくるので、驚いてろくな返しができない。騙していたのは俺も同じなので、謝った方がいいだろう。

 

「その……悪かった」

 

「気にすんなー」

 

またも適当に返され、力が抜ける。キリトも脱力しているようだ。その正面で顎に手を当てて考え事をしていたケイタが、思いついたように言う。

 

「このタイミングでってことは、もしかして明日のボス攻略に参加するつもりなのか?」

 

「あ、ああ。そのつもりだ」

 

「そっか、じゃあ明日はキリトはいないのか」

 

「ハチマン!?お前はボス攻略行かないのかよ!?」

 

「いや、前にも言ったけど、俺チーム戦とか向いてないし。ボスとか怖いし」

 

俺の両手剣は、mobを一度に多く相手するのには適しているが、対人や対ボスには向いていない。しかも、攻略組ともなれば俺の顔を憶えているプレイヤーもいるかもしれない。元オレンジとしては、そんな場所にわざわざ行きたくない。

 

「いや、おかしいだろ!」

 

キリトの悲痛な叫びに、ギルドメンバー達はくすくすと笑う。明るい空気でその場は解散になり、各々部屋へと戻っていく。

 

翌朝、第二十八層ボス攻略が行われる。




二十七層どこいった……。


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第7話

キリトくんのキャラ崩壊が激しい回。生暖かい目で見守っていただきたいです。キリトだけじゃないかな……。


宿屋の一階には共有スペースが設けられている。というか、食事処の二階を俺達黒猫団は間借りしている。木製のテーブルには白いクロスが掛けられていて、日本人には親しみやすいスペースという感じだ。

 

俺はその空間の窓際二人掛けの席に一人座り、コーヒーを啜っている。もう昼前だが、この店はあまり栄えていないらしく、俺好みの静寂な空間だった。

 

コーヒーはやはり甘いのがいい。SAOの中なら、いくら砂糖とミルクを入れても健康を害することはない。本物とまではいかないが、かなりMAXコーヒーに近い味わいのコーヒーになる。

 

カランカランと来客を報せる鐘が鳴る。折角一人でコーヒーを静かに楽しめる空間に、誰か入ってきたようだ。うるさいリア充連中でなければいいのだが。

 

「あれ、ハチマン?どうしてここにいるの?」

 

名前を呼ばれ、目だけを動かして見る。首を傾げ、てくてくと俺の方に近付いてくる黒髪の少女は《月夜の黒猫団》の元祖メンバーの紅一点のサチ。

 

今日は二十八層ボス攻略でメンバーが減るため、レベリングは中止して各自街で息抜きでもという話になったのだが、もう帰ってきたらしい。

 

自分の泊まってるホテルにいるだけでそんなに不思議そうな顔されると、「お前まだいたの?」と言われてる気がしてちょっと傷付くんだけど……。

 

「ボス攻略に行ったんじゃなかったの?」

 

サチは言いながら、俺の正面に座る。あの、あんま顔を近付けないでくれる?好きになっちゃうから。

 

「それはだな……」

 

椅子にもたれかかるようにして距離を取りながら、疑問に答えようとした時、また来客を報せる鐘が鳴る。ドアをぶち破る勢いで入ってきた全身黒の少年は、俺を見つけると鬼の形相で叫ぶ。

 

「ハチマァァン!!お前ボス攻略逃げただろ!?」

 

「なるほど……」

 

サチが納得していた。どうやら説明の手間を省けたらしい。前線では《黒の剣士》という二つ名で通っているキリトは、顔を真っ赤にして怒っている。《赤鬼のキリト》とか二つ名が付きそう。

 

「落ち着け。俺はボス戦に参加するなんて一言も言ってない」

 

「朝いなかっただろ!だから先に行ってるんだと思って……!」

 

「鼠に呼び出されてな」

 

「嘘だろ!アルゴのこと苦手なくせに!」

 

キリトはうがー!と頭を抱えてもんどり打つ。おいおい、飲食店で暴れるな。というか、お前の早とちりだろ。俺は明け方にこっそり宿を抜け出しただけだ。

 

「にしても早かったな。まだ出発して一時間くらいしか経ってないだろ」

 

「ボスを誰かさんだと思ったら早く狩れたよ」

 

「ちょっとキリトさん、荒みすぎてませんか?相談に乗る……冗談です、やめろ馬鹿、抜刀すんな」

 

キリトが背中の剣に手をかけたあたりで言葉を止める。これ以上ふざければ斬ると、彼の目は語っていた。圏内なのに安全な気がしない。

 

「キリト、諦めなよ。ハチマンだし、目が腐ってるし」

 

「ちょっと?ハチマンを悪口みたいに言うのやめてくれる?あと目は関係ないし」

 

くすくすと笑うサチを、ジトッと睨む。

 

「……はあ。次は絶対お前も参加しろよな」

 

大きくため息をつき、やっと剣の柄から手を離すキリト。えーめんどくさいなーと思っているとキリトが再び剣の柄に触れる。

 

俺は慌てて両手を挙げ、降伏の意を示す。こいつ、エスパーかよ……。

 

・ ・ ・

 

その夜、俺は一人部屋で準備をしていた。これから新しく解放された二十九層に赴き、下見を兼ねてモンスターをいくらか狩るつもりだ。

 

二十九層のボス攻略に参加することが確定してしまったため、レベル上げをしなければならないからだ。現在レベル四十六だが、このゲームで用心するに越したことはない。

 

キリトも次の攻略に参加すれば、あとは参加しなくても文句は言えないだろう。働かないためには努力は惜しまない。

 

だいたい、すでに人間関係ができあがっている場所に俺が馴染めるはずがない。唯一キリトがいるが、キリトが他の人間に誘われてしまえば詰みだ。一手で詰みとか、俺は詰将棋かよ。

 

引き続きポーションの個数を確認していると、コンコンと部屋の扉がノックされる。キリトかなと思ったが、無視することにした。

 

これでよし。あとは明日の朝に「いやー、よく寝たー。十二時間くらい寝たわー」とか言えば誰も責めることはできない。ソースは俺。数学の点数を見た母ちゃんが夜部屋に来たのを、これで何度か回避した。

 

ちなみに、自分からノックの話題に持っていってはいけない。「昨日、誰か部屋に来た?」とか言うとやぶ蛇だ。

 

「ハチマン、寝ちゃった?」

 

扉の向こうから聞こえてきた遠慮がちな声で、サチだと判る。こんな時間に何事かと気になりはしたが、一度目を無視した手前反応すれば責められる可能性があるので、再び無視する。

 

気を取り戻して再びアイテムウィンドウを操作し始めるとガチャ、と音が聞こえた。

 

「やっぱり起きてた……」

 

入り口でサチは不機嫌そうに言う。いや、何で鍵開いてるんですか……。オートロックじゃないの?

 

「……聞こえなかったんだよ」

 

「嘘だね。面倒だから無視してたんでしょ」

 

言い当てられぐう、と押し黙っている間にサチはずんずん部屋の中に入ってくる。そのままベッドに座る俺の隣に座る。だから近いってば。

 

サチはいつものメイル姿ではなく、薄い水色の寝巻きに枕を抱いている。

 

「何か用か?」

 

「うん……」

 

……待てども、サチは口を開かない。ただ枕をギュッと抱きしめている。その枕、部屋から持ち出せるってことはmy枕なの?

 

こんな時間に小町以外の女子と部屋で(しかもパジャマ)二人きりになったことないから、ハチマンどんな顔すればいいか分からない。笑えばいいのかな?

 

数分間の沈黙の末、サチはようやく話し始める。その内容は、少なくとも俺には一生考えても予想できないものだった。

 

「ねぇ、ハチマン。……一緒に寝てもいい?」

 

「…………あ?」

 

たっぷり間を置いてから聞き返した。恐らく、もう一度聞いたところで、理解できないだろう。けれど、聞き返した。




レベル修正。

指摘されるまで気付かないとか……


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第8話

続きです。キャラ崩壊と戦闘シーンの無さは大目にみてください。ボス攻略の所をこれからたくさん書いていくので。


これが戸塚からのお願いだったなら、俺は二つ返事で頷いていただろう。だが、今俺の隣に腰掛けているのはサチという少女だ。ていうか、ぶっちゃけ引いた。

 

え、ビッチなの?それとも俺のこと好きなの?

 

後者はないな、うん。勘違いでフラれて黒猫団に居辛くなってギルドを抜けるところまでは想像できた。

 

とまぁ、こんなことを考えても結論は出ない。俺が今考えるべきは、どうやってこの場から脱出するかだ。「ごっめ〜ん、これから用事があるんだ〜、てへっ」とか言って出られる雰囲気ではない。

 

「ごめんね、今からどこか行くつもりだった?」

 

「まあ、キリトにボス戦に出るよう言われたからな。その下準備だ」

 

「そうなんだ……」

 

そういって、サチはちらりと俺を見る。フル装備をしていることから、予想したんだろう。案外、それを理由に出られるんじゃないか?

 

「ああ、だから悪いが」

 

「……どうして?」

 

「あ?」

 

サチの言葉に遮られ、最後まで言わせてもらえない。何がどうしてなのかも分からず、サチの言葉の続きを待つ。

 

「……どうして、そんなに頑張れるの?ボス攻略だって、死んじゃうかもしれないんだよ?ハチマンだって、怖いって言ってたじゃない」

 

サチは枕を強く抱きしめる。

 

「私、怖いよ……。死ぬのが怖い。ほんとははじまりの街から出たくなかった。でも、みんなはこのゲームを攻略するんだって……そんなの私にできるわけないよ」

 

俺は黙って、彼女の静かな叫びを聞いていた。

 

「ただのゲームなのに、どうして死ぬの?死ななくちゃならないの?私はただ、みんなと一緒に楽しくゲームがしたくてこのゲームを始めただけなのに……」

 

彼女の悲痛な声は、ナーヴギアを通して俺の脳へと伝播する。

 

「毎日モンスターと戦わなくちゃいけなくて……。怖くて、夜も眠れなくて……」

 

彼女はずっと前から限界だったのだ。恐らくはこのゲームが始まったその瞬間から。

 

街から出たくなくても、SAOの中で唯一の知り合いである黒猫団について行くしかなくて、一人で街に残る勇気もなかった。どんどん攻略組に追いつこうとするメンバーとの間にズレを感じて、置いていかれた気になる。

 

だから、彼女はこうして俺に甘えてきた。理解を求めてきたのだろう。せめて、眠りに就く間だけでも安心したくて。このゲームへの恐怖を共有する者として。

 

けれど、サチに必要なのはそんなものなのだろうか。

 

口を開こうとしたところでコンコンと、ノック音とともに聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「ハチマン?二十九層行くだろ?どうせなら一緒に……」

 

俺の返事を待たず扉を開けたキリトは、俺とサチを見て固まる。いや、そういうんじゃないですよ?とはいえ「俺達そういう関係じゃないから」とかわざわざ言うのも、自意識過剰に思える。

 

「えっと、悪い……邪魔だったかな?」

 

「……ううん、大丈夫。ハチマン、無理言ってごめんね」

 

「お、おお……」

 

行ってこい、という意味だろうか。

 

「じゃあ、行くわ……」

 

「いってらっしゃい」

 

無理矢理貼り付けた笑顔に見送られ、部屋を後にする。後ろ髪を引かれる思いではあるが、残ったところで俺に何ができるのか。

 

「ほんとに悪かった……」

 

「そういうんじゃねぇよ……」

 

拝むように頭を下げるキリト。他の宿泊客に見られるから、やめてくんない?

 

その後、俺とキリトは二十九層で三時間ほどレベリングを行い、レベルは共に一ずつ上がったところで、明日のことも考え、ホテルへと引き返した。

 

なんとなく部屋に戻りたくなかった俺は、適当な言葉を並べてキリトの部屋に泊まった。ベッドはダブルサイズだったので、男二人でも充分寝ることはできたが、小町と戸塚以外と同衾とか考えられなかったので、床で寝た。

 

床硬え……。

 

・ ・ ・

 

尖った耳、皺だらけの顔、小さな体躯の亜人型モンスター。ゴブリンと言えばイメージがしやすい。まさに魔法の国の銀行員なんかをしてるゴブリンそのものだった。

 

彼らは棍棒を武器に、二人から三人を一組として襲い掛かってくる。ソロの時に囲まれれば厄介だが、今は頭数もレベルもこちらが圧倒的に上だ。

 

確実にラストアタックを取らせ、一人ずつ屠る。レベルマージンが三十近くある俺には、かなり楽な作業だ。余裕ですねぇ、ヌルフフフと笑いながら倒せるくらい余裕だ。

 

現在十五層の迷宮区。着実に黒猫団はレベルを上げている。俺やキリトのレベルも、夜中に最前線でレベリングをこなすことで、そこそこのラインを保っていた。

 

「このままガンガンレベル上げて、攻略組の仲間入りだー!」

 

「いや、いっそ追い抜こうぜ!」

 

「無理だろ!」

 

ドッと笑いが巻き起こる。キリトもやれやれ、といった表情で肩を竦める。

 

「馬鹿言ってないで、さっさと次の準備だ」

 

「へーい」

 

ケイタの声を受けて、気を引き締める。まあ、声の感じだとあまり引き締まっている気はしないが。

 

「サチ、どうかしたのか?」

 

「……ううん」

 

声のする方に目を向けると、キリトが心配そうにサチを覗き込んでいる。

 

彼女とは、昨晩以降会話はしていない。元々進んで会話をしているわけではなかったし、勘違いだと分かっていても意識してしまう。何を話していいか分からない。

 

「?」

 

「……っ」

 

不意に目が合いそうになるのを、欠伸をするふりをして誤魔化す。慌ててやったからかなり下手な欠伸になったな。

 

「うおっ」

 

顔を逸らした先にキリトの顔が。いつの間に回り込んだんだよ……。心臓に悪いし、顔近くない?

 

キリトはそのまま顔を俺の耳元に寄せてくると、小声で言う。

 

「ハチマン、今日も二十九層行くだろ?」

 

「まぁ、二十九層のボス攻略に参加しないといけないらしいからな」

 

「……その、行きたい場所があるからさ、ついてきてくれないか?」

 

「嫌だ」

 

元はソロだったのに一人で行動できないとか、こいつはぼっちとは言えないな。なんにせよ、誘われたら断るのが俺の流儀だ。

 

「……いや、頼むって。今日の夜も迎えに行くから、部屋で待っててくれ」

 

言うだけ言って、キリトは離れていく。なんて自分勝手なんだ。もう激おこプンプン丸だ。もう古いなこれ。

 

・ ・ ・

 

その日の夜、宣言通り迎えに来たキリトに連れられ、二十九層へ向かう。方向からして、どうやら圏外に出るつもりはないようだ。買い物についてきてほしいって意味だったのか?

 

さっきから何度か行き先を尋ねても「まぁまぁ」しか言わないキリト。NPCと入れ替わったのかと思っちゃったじゃねぇか。

 

そして到着したのはNPCレストラン。深夜だというのに、結構な賑わいを見せている。なかなか高級そうだな。

 

「ていうか、来たかったのここなの?お前女子?」

 

「それ偏見だろ。……待ち合わせなんだよ。ここを指定したのは向こうだ」

 

ぐいぐいと背中を押され、店内に入れられる。待ち合わせだと?俺のことを知ってる人間といえば、あの女しか思い浮かばない。今すぐにでも帰りたいが、キリトが入り口に仁王立ちしていて通れない。

 

嵌められたことに今更気付くが、もう遅過ぎる。ふーっと短くため息を吐いて切り換えることにする。こうなれば、さっさと用を済ませて帰るしかない。

 

「おっ、居た居……た?」

 

キリトの態度を訝しんで、目線を追うとそこには、鬼が居た。

 

外から見て賑わっているように見えたのは、『そいつ』の周りを避けた結果入り口付近の席が埋まっていたからだったようだ。

 

店の中央奥を陣取る『そいつ』は、店内だというのに抜剣して、こちらを睨みつけている。。もちろんこの場所は圏内で、ダメージが通るはずはないのだが、それでも言いようのない恐怖がこみ上げてくる。

 

呪いスキルとかあったっけ?それとも呪いの仮面でもドロップしたのだろうか。月が落ちてきそうだな。

 

「……おいキリト。確かにボス戦に参加するとは言ったが、早すぎない?」

 

「あれはボスじゃない……と思う。とりあえず圏内なら殺される心配はないと思うから、行くぞ」

 

キリトに腕を引っ張られ、俺達は『そいつ』へと近づいていく。この恐怖は、近所の通る度に吠えまくる大型犬を彷彿させる。柵の向こうに居るのに迫力ありすぎなんだよ……。

 

「え、えっとだな。話してなかったんだけど、今日は二十九層にハチマンが参加するってことで、その顔合わせというか。攻略に不都合が出ないよう、打ち合わせっていうか」

 

恐怖に顔を引きつらせて、しどろもどろになりながら真実を語るキリト。

 

「えっと、初めてじゃないと思うけど、こっちが」

 

キリトの言葉はだんっ!とテーブルを叩く音に中断させられる。え、やだ怖い。小町が絡んだ時の親父並みに怖い。

 

「初めまして。ギルド『血盟騎士団』副団長のアスナです」

 

拳でテーブルを叩いた人物は、ゆっくりと顔を上げ、器用に貼り付けた笑顔で自己紹介をしてきた。

 

「貴方は?」

 

「え?アスナ、ハチマンと前に会って」

 

「黙っててください」

 

「はい!」

 

キリトは全力で気をつけの姿勢を取る。

 

「貴方は?」

 

アスナと名乗った少女は、寸分違わぬトーンで言いきった。昔のRPGの村の入り口にいるNPCかよ。このまま答えずにいると、彼女は「ここは◯◯村だよ!」と延々と繰り返す村人Aのように同じ質問をし続けるだろう。

 

「ギルド『月夜の黒猫団』所属、ハチマンだ」

 

「そうですか」

 

アスナはふう、と息を吐くと腰に帯びた鞘に刺突剣を納刀する。そしてもう一度こちらに顔を向けると、言い放った。

 

「では、キリトさん。そしてハチマンさん。貴方達は即時今のギルドを脱退して『血盟騎士団』へ入団してください」




to be continue...


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第9話

俺ガイル2期……ヒッキーがイケメン過ぎる。いろはすはまだかなぁ。


栗色のストレートヘアに整った顔立ちで、白と赤で彩られた戦闘服に身を包む少女。ギルド《血盟騎士団》副団長のアスナ。

 

彼女の提案……というより命令は、あまりにもモラルに反するように思える。

 

「お、おいおい。それはいくらなんでも無理だよ。俺たちは黒猫団では数少ない前衛だ。それにレベルで考えても、俺達たちが黒猫団から抜けるのはあまりにも……」

 

戸惑いを見せるキリト。キリトの言いたいことは予想がつく。今黒猫団から俺たちがいなくなるのは、かなりリスクが大きい。前衛の要である俺たちがいなくなれば、黒猫団は以前キリトが手助けしなければならなかった状態に戻る。

 

サチが再び前衛に駆り出され、その上でチームのバランスが悪いのだ。攻略組に追いつくどころか、命の危険がある。

 

「黒猫団には、血盟騎士団の方で前衛ができるプレイヤーを派遣します。今までのように急激なレベルアップは難しいでしょうが、安全マージンをきちんと取れば危険は無いでしょう」

 

「……その派遣されるプレイヤーは血盟騎士団のメンバーか?」

 

「いいえ、黒猫団のレベルにあったプレイヤーで、まだギルドに加入していない人を見つけて派遣することになると思います」

 

その質問は予想済みと言わんばかりに、完璧な回答をされる。なるほど、それなら足を引っ張ることもないだろうし、ソロプレイヤーの方にとっても悪くない話だろう。

 

「待ってくれ。ケイタたちは攻略組に参加したいと思ってる。このまま順調にいけば近いうちに最前線に到達できるんだ。攻略組の人数が増えるのは、あんたたちにとっても悪い話じゃないだろ?」

 

キリトが言うと、アスナは眼光を鋭くする。

 

「それはあなたたち高レベルプレイヤーを下層で持て余す理由にはなりません。それに、高レベルプレイヤーに頼ってレベルを急激に上げた人に攻略組が務まるんですか?」

 

「それは……」

 

キツい言い方だが、アスナにも一理ある。最前線の攻略組は常に危険に晒される。安全マージンを取っていようと、対峙するのは未知の敵ばかりで、ボスとも戦うことになる。

 

俺たちも最前線までギルドが上り詰めてしまえば、今までのようにメンバーを気にかける余裕がなくなるかもしれない。俺たちが守ることが前提となってしまっている今の黒猫団では、攻略組は難しい。

 

しかし、確かに彼女の意見は正しいのだが、気になる点もある。俺は小さく挙手してから発言をする。

 

「それ、俺たちに何のメリットがあるんだ?」

 

「はぁ?」

 

思いっきり馬鹿にした表情のアスナ。「何言ってんの?魔法使いなの?」とでも言いそうだ。まだ三十路超えてねぇよ。

 

「いやだから、結局黒猫団は攻略の速度が遅れる。俺たちは前線に駆り出される。メリットが一つもないわけだ」

 

「メリットって……あなたが最前線に加われば攻略が早くなって、このゲームから早く解放されることに繋がるでしょ!ただでさえ二十五層の攻略で多くの人が犠牲になった、戦力は幾らあっても足りないのよ!」

 

「だったら尚更だ。俺のスキルはボス攻略には向いてない。ボス戦じゃ役に立たないですぐに死んじまう。SAOがクリアされるのが早まろうが、自分が死んだら意味ないしな」

 

「何を……!」

 

怒りで言葉も出ない様子の副団長殿。

 

「みんな命懸けで戦っているんだから、あなたにもその責任はあります!」

 

彼女の言葉は正しい。このゲームに囚われているプレイヤーの中で、トップクラスのレベルである俺やキリトには、少なからず戦う義務がある。誰かがやらなければならないなら、俺に白羽の矢が立とうと不思議ではない。働きたくないけど。

 

けれど、そうなると救われない少女が一人いることを俺は知っている。今も不安を胸に眠れぬ夜を過ごしているだろう少女。

 

確かに、キリトや俺に頼った今の黒猫団の在り方は決して良いものではないだろう。それはまやかしの安息で、不確定な安全だ。しかしそれで彼女の心痛が少しは和らぐのなら、些細な安心感を与えることができるなら、今の黒猫団を悪と断じ斬り捨てることはできない。

 

「あなただって一層の時は……!」

 

失速するように言葉は力を無くし、最後はほとんど聞き取れなかった。俯いて拳を握り締めるアスナ。隣のキリトが肘で軽く突いてくる。

 

「……まぁ、ボス攻略に参加しないって言ってるわけじゃない。次の攻略は俺も参加させられるし。ただ、ギルドから脱退する理由はない」

 

「……分かりました」

 

そう言うとアスナはすっと立ち上がり、俺を一瞥して店を出ていく。横からはキリトの非難するような視線が突き刺さる。いや、お前も無理って言ってたじゃん……。

 

「相変わらずだナ、ポチ。キー坊もこんな奴と同じギルドなんて大変だロ」

 

店のどこに潜んでいたのか、ケタケタと笑いながら現れる情報屋、鼠のアルゴ。やっぱりいたのか。というか、今回はこいつからの呼び出しだと思っていたんだが。

 

「アルゴ……見てたんなら助け舟でも出してくれよ。アスナの様子おかしかったし」

 

「相当溜まってたんだろうナ。二十五層のこともあるしナ……」

 

……第二十五層ボス攻略。当時俺はまだオレンジプレイヤーで、定期的に物資や情報を運んできてくれる鼠から話を聞いただけだ。いつもなら何を言うにもまず金を取る鼠が、ぽつりと溢した。

 

「犠牲者十二人。過去最多の死者を出した最悪の攻略か……」

 

「……転移結晶を使う間もなかった。一撃で……」

 

キリトは渋面を作る。こいつはその場にいたんだったな……。

 

「けど、二十六層からはまた犠牲者もいないし、特別二十五層が強かっただけだって言われている。なのにアスナは何であんな……」

 

「……多分、だからこそだろ」

 

あの二十五層の悲劇は、いい感じに慣れてきて攻略もスムーズになってきた、という頃合いを見計らったように起きた。いつまたああいう層があってもおかしくない。

 

彼女は、それを恐れている。誰よりも真剣に、深刻に考えているのだろう。

 

「とにかく、明日もあるんだし今日は帰ろうか」

 

「賛成だ」

 

「おいおイ、おねーさんと積もる話があるんじゃないカ?」

 

にやりと笑う鼠女。何言ってんだこいつ。俺には姉なんていない、必要もない。俺の兄妹はたった一人、妹の小町だけだ。

 

・ ・ ・

 

先週から寝床にしている宿屋に戻り、真っ先に自分の部屋へ向かう。鼠女め、しつこく情報を引き出そうとしてきやがって。まぁ、あいつが必要そうな情報なんて何一つ持っちゃいないんだけどな。大抵のことはオレンジ時代にすっぱ抜かれてるし。

 

窓から入る街灯の明かりのみの薄暗い部屋。これから寝るつもりなので、照明を点けることなくベッドへと向かう。

 

装備を解除し、寝転ぼうとコンフォーター(英語で言うと格好よく聞こえる)に手をかけた。

 

「…………」

 

思わず自分の目を疑った。え、小町ちゃん。お兄ちゃんこれどうしたらいいのかな?軽くパニックになって小町に助けを求める。いないんだった……。

 

結論から言うと、黒髪の少女が俺のベッドで眠っていた。こいつマジで何してんの……。眠れないとか言ってなかった?一尾の人柱力みたいなこと言ってなかった?

 

「んん……」

 

びくっと肩が震える。俺は自分の部屋にいるだけで悪いことは全くしていないのに、怯えてしまう不思議。

 

「あれ……ハチマン?」

 

目をこすりながら上半身だけ起こすサチ。まだ半覚醒状態なのか、ぽーっとした表情だ。ていうか、あれだ。彼女もかなり美少女の類いに入るので、そういう無防備な顔を見せられると正直ドキッとする。

 

「今日は帰ってきたんだ……」

 

「おい待て聞き流せないぞ。はって何だはって。……もしかしてお前昨日もここで寝たの?」

 

「うん」

 

当たり前でしょと言わんばかりの表情で頷くサチ。眠気が取れないのか、人魚みたいな体勢をしている。

 

「なんだかここならよく眠れそうな気がして、借りちゃった」

 

てへ、と可愛らしく笑うサチ。いや、てへじゃねぇよ。これからそのベッド使う時、妙に意識しちゃいそうだろ。

 

「……それなら、場所変えるか?そろそろ宿も更新だったろ」

 

宿屋の部屋代は、十日分までなら先払いできる。だが、それ以上居続けるなら、一度契約が終わってからもう一度取り直さなくてはならない。その時に場所を変えればいい。内装は全く変わらないけどな。

 

結構本気で提案したのだが、お気に召さなかったのかサチはじとっとした目で頬を膨らましながら俺を睨む。

 

「……はぁ。もういいっ」

 

がばっと布団に潜るサチ。いや良くねーよ、俺だってベッドで寝たい。

 

あなたは、ベッド諦めますか?それとも、人間食べますか?という二択が頭に浮かんだが、どちらも却下だった。食べれねぇよ……。

 

仕方がないので、元はサチに割り当てられた部屋を使うことにしよう。

 

立ち上がり部屋を出る時、小さな声で「馬鹿……」と聞こえた気がした。



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第10話

両手剣のソードスキルはインフィニティ・モーメントより、見た感じで書きます。


二十九層開放から十日ほど経過した日の夜。最近の日課になりつつある深夜のレベリング。俺の前には二体の蜘蛛型モンスター。二体の蜘蛛は、俺を撹乱させようと一体は真横にカサカサと移動し、もう一体は遠距離から糸の塊を飛ばしてくる。

 

アメコミのヒーローを彷彿させるその攻撃を首の動きだけで躱し、ソードスキルのモーションに入りながら足を動かす。動いた蜘蛛とは反対方向に、射撃蜘蛛を挟むように位置取る。

 

すかさずカバーに入る蜘蛛。ややこしいな。ともあれ二匹の蜘蛛が並ぶ瞬間を待っていた。

 

ソードスキル《アバランシュ》。両手剣の初歩スキルで、踏み込みながら袈裟斬りを放つ。両手剣ヴァージョンのスラントというのがしっくりくる。

 

違いは二つ。射程範囲と威力。俺の放ったアバランシュは蜘蛛を二匹まとめて一刀のもと、斬り捨てた。

 

「……ふう」

 

蜘蛛たちが爆散エフェクトを放ちながら消え去ったのを見届け、一息つく。また、つまらぬ物を斬ってしまった……。

 

「おー!アバランシュで二体同時か、流石だなハチマン」

 

「……なんでいるの?」

 

パチパチと惜しみない拍手を送ってくる、全身真っ黒けのキリトに問う。

 

「なんでって、レベリングに決まってるじゃないか。ハチマンもだろ?」

 

「いや、だからなんでさも当たり前のように俺の居場所見つけてんの?フレンド登録してないよな?」

 

「そうだな、しようぜ」

 

「しないから。してないのに居場所バレてるのに、フレンド登録とかしたら俺のプライバシーなくなるだろ」

 

ただでさえ最近は、サチとかいう隠れビッチにプライバシーの侵害をされ続けているのだ。信じられるか?寝ようとしたら必ず部屋の中に侵入してくるんだぜ?……どうやって入ったんだよ。もしかして妖怪か何かですか?

 

とにかく、妖怪ヴォッチの俺としては一人の時間を確保したい。メダルとかいらないから一人の空間が欲しい。ゆえに、キリトの申し出は断るしかない。

 

「でも、フレンド登録しておかないといざという時不便だぞ?メッセージは飛ばせないし、位置も分からない。簡易メッセは同じ層にいないと無理だし。黒猫団でもたまに話題に上がるよ。ハチマンは時々ふらっといなくなるし」

 

「あの、俺も一応黒猫団なんですけど……」

 

その言い方だと、確実に俺が呼ばれてない集まりがあるよな?やだ、俺の悪口とか言われてたらキツい。

 

「おーい!キリトー!」

 

ちょっと泣きそうになっていると、騒がしい声にビクッとさせられる。声の方向を見ると、赤いバンダナに無精ひげの青年が、こっちに向かって駆けてくる。

 

「……クライン」

 

呟くキリトの表情は暗い。先日のキリトの独白に、そんな名前があった気がする。

 

「ようキリト!こないだのボス攻略はお前ェ、とっとと帰っちまうからよ。……ってうお!?誰だ!?」

 

クラインと呼ばれたひげバンダナは、俺を見てオーバーに驚く。夜なんだから真っ黒な服装のキリトの方が見えにくいだろ。この距離まで認識されないとかひどくね。

 

「ああ、こっちは俺のギルドメンバーのハチマン。ハチマン、こっちはギルド《風林火山》のリーダー、クラインだよ」

 

「あ、ああ!そうか!よろしく頼むぜ、ハチマン!」

 

「……うす」

 

ビシッと敬礼するクラインに、俺は軽く会釈をする。

 

「なんだよキリト〜。ちゃんと友達作ってんじゃねぇか、心配させやがって!」

 

「やめろって」

 

髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、キリトは腕を使ってクラインの手を退けようとする。手持ち無沙汰な俺は、なんとなく手を開いたり閉じたりする。

 

それから、キリトとクラインは仲良く(クラインから一方通行だが)談笑していた。俺はというと、たまにポップする蜘蛛を狩っていた。正直言うと帰りたかったのだが、帰ろうとするタイミングでクラインが話を振ってくるので、うまく抜け出すことができなかったのだ。

 

「それじゃ、俺は仲間待たせてっからよ。邪魔して悪かったな、また会おうぜ」

 

「ああ、そうだな。……少なくともボス戦で会うだろ」

 

ぶっきらぼうに答えるキリト。クラインはやれやれといった風に小さく息を吐くと、こっちに歩いてくる。え、俺?

 

思わず後ずさりするが、ガシッと肩を掴まれる。「ひいっ!ごめんなさい!」と口に出しそうになったが、なんとか耐えた。クラインはそのまま顔を俺の耳元に寄せて言う。

 

「キリトのこと、頼んだぜ」

 

その後肩を二回ほど叩くと、クラインは手を振りながら去っていった。その後ろ姿を見て、結構いい奴なのかもなと思う。

 

「ハチマン、今日は帰ろう」

 

「……おう」

 

俺はかれこれ二時間ほどダンジョンに籠っていた。恐らくキリトもそのくらいだろう。まぁ、だからというわけではないが、俺たちは帰路に着く。

 

周囲を警戒しつつ、たまにポップするモンスターを狩りながら転移門を目指して歩く。転移結晶を使えば一瞬だが、あんな高価なものそうそう使えない。

 

「そうだ、ハチマン。最近サチとなにかあったのか?」

 

「……なんもねぇよ」

 

サチとは最近昼間は会話もしてないしな。夜は追い返したり、追い出されたりしてるが。くっそ……サチのベッドで寝たこと思い出して恥ずかしくなってきちゃっただろ。

 

「ここのところサチがずっと不機嫌で、みんな困ってるんだよ。心当たり無いか?」

 

「寝不足なんじゃねぇの?知らんけど……」

 

睡眠が足りないと脳の働きがにぶくなり、イライラしたりするものだ。頑張りすぎている受験生とかもこれに当てはまる。

 

受験が近づいてきて焦る。睡眠時間を削って勉強する。睡眠が足りなくて脳の働きが落ちて、イライラする。睡眠不足で問題が解けなくて更にイライラする。これの繰り返しだ。

 

サチもクリアできないイライラと理解者がいないことへの怒り、それらと睡眠不足が相まって、ぷんすかしているのだろう。

 

「え?ハチマンってサチと付き合ってるんじゃないのか?」

 

「…………」

 

唖然として、言葉も出なかった。いるよなこういう奴。ちょっと女子と話してたら「あいつ絶対お前のこと好きだって」とか言ってくる奴。結局罰ゲーム告白のための下準備だったわけだが。ちくしょう、おかしいと思ったんだよ、下村が急に話しかけてくるから。

 

キリトは「え?違うの?」とおろおろしている。ギルド内恋愛禁止に決まってんだろ!剣士たちの恋愛事情は複雑なんだよ!

 

「馬鹿言ってないで帰るぞ」

 

ため息を吐いて呆れてますよアピールをすると、さっさと歩く。これ以上つきあっていられない。俺が付き合うのは、将来俺を養ってくれる人だけだ。

 

・ ・ ・

 

次の日の夜も二十九層でモンスターを探す。迷宮区は攻略組と鉢合わせる可能性がかなり高いため、マッピングが済んでいるダンジョンを選ぶ。

 

二十九層では上の下クラスの森を歩いていると、蜂型のモンスターと鉢合わせる。ハチマンが蜂と鉢合わせる……誰もいなくてよかった。雪ノ下でもいたならば、ごみを見るような目で見られること請け合いだ。由比ヶ浜は……理解できないんだろうな。

 

柄にもなく感傷に浸りながら、蜂モンスと戦う。空中をぶんぶん飛ばれると、速度の遅い両手剣スキルは当たらない。仕方なくソードスキルを封印し、ちまちまとダメージを溜めて倒す。

 

この辺りは相性が悪いな……。一息ついて、周りを見回す。ふと、視界の端になにかが映る。この世界で最も関わった時間が長いだろう少女は、こちらが気付いたことに気付き手招きをする。

 

俺はそれを無視して反対方向に歩き出す。やっぱり場所を変えよう。ここは効率が悪い。

 

「おいポチ。オレっちを無視するなんて偉くなったナ」

 

「あ、どうも。いたんすね。いやー、気付かなかったー」

 

首に短剣を当てられ、白々しく身の潔白を主張する。護身用の短剣とか持ってるのかよ。

 

「ところで、お前に手伝ってほしいことがあるんだガ」

 

「ことわ」

 

「ポチの情報はキー坊に三百コルで売っていいよナ?」

 

「るわけわけないじゃないですか是非やらせてください」

 

まるで情報のバーゲンセールだな……。個人情報保護法って知ってる?と聞きたくなるが、怖くて聞けなかった。どれだけ弱味握られてんだよ。

 

「ヨシ、なら今から迷宮区のこの位置にあるアイテムを取りにいってくレ。そのアイテムはポチのものにしていいかラ。それと、助っ人も一人派遣しておク」

 

「いや、助っ人とかいらねぇって」

 

俺の呟きを無視して、印の入った地図を渡してくる鼠。「じゃあナ」と短く別れを告げ、素早く去っていく。自分で行かない理由は、単純に危険だからだろう。情報屋の彼女には最前線の迷宮区は厳しいものがある。

 

「はぁ……」

 

幸せを幾つか逃がしながら、迷宮区へと向かう。

 

・ ・ ・

 

迷宮区にたどり着くと、もう深夜だというのにかなりの数のプレイヤー反応があった。索敵があまり意味をなさないレベル。

 

「帰るか……」

 

会いたくないランキングの上位陣たちが蠢く魔窟になんか入りたくない。鼠には後で、他の誰かに先を越されていたとか報告すれば問題ないだろう。

 

「……なにしてるの?」

 

凛とした声に振り向くとそこには、ランキングの第一位をキープし続けているアスナさんが。

 

「お前こそなにしてんだよ……」

 

なんで攻略組でそこそこの規模のギルドの副団長が、こんな時間に迷宮区に一人でいるんですか……。

 

しかし、考えてみれば偉い人間ほど単独行動をするものだ。会社でも重役は個室があるものだし、会談なんかも秘書はいれど基本的には一人だ。つまり、偉い人はぼっちであり、ぼっちは偉い人なのだ。Q.E.D証明終了。違うか、違うな。

 

「わたしはアルゴさんに言われてきたんです。ここに来れば案内人が……」

 

そこまで言ってアスナはまさか、という顔をする。ええ、そのまさかです。あのくそ鼠女。よりにもよって助っ人ってこいつかよ……。

 

「よし、じゃあこれ地図な」

 

鼠印の地図を渡し、颯爽と立ち去る。これでよし。万事解決だ。

 

「待ちなさい。あなたも一緒に行くのが筋でしょ」

 

逃げられませんでした☆

 

腕を取られ、引きずられていく。ハラスメントコードってなんでしたっけ……。

 

歩くこと、十数分。出現するモンスターを次々と狩っていくアスナ。ちなみに俺は一匹も狩ってない。アスナの反応が早すぎるんだもん。

 

ポップした瞬間に、これでもかというほどソードスキルを叩き込む。もしかして虫系嫌いなの?叫んだりしないところをみると、極度の虫嫌いではなさそうだが。

 

……やっぱり俺いらなくない?

 

「あ、あった。これでしょ?」

 

「……みたいだな」

 

渡された地図と、現在地を見比べ確認する。場所に間違いはない。つまりはこの宝箱が鼠の言っていたアイテムだろう。

 

「トラップとかはないんだろうな?鼠が場所を知っていたのも気になるんだが」

 

「……ないと思うけど、転移結晶を準備しておいた方がいいかもね」

 

それが正解だな。二十七層ではこの手のトラップが多かった。階層は違うが、念には念を入れるべきだろう。俺は転移結晶を二つ用意する。

 

「ほれ」

 

「……え?」

 

ポカンと口を開けるアスナに転移結晶を片方押し付け、宝箱の前で膝を折る。これはあれだから。普通にレアアイテムだったら、開けた人のものになるでしょ?

 

「開けるぞ」

 

宝箱の蓋に手をかけ、上向きに力を加える。

 

「……スイッチ?」

 

「スイッチ……みたいね」

 

中から出てきたのは、クイズ番組で使われてそうな赤いスイッチ。

 

「え、押していいの?」

 

「やめなさい。まずはアイテム名を確認して……ひいっ!」

 

アスナの小さな悲鳴に何事かと振り返ると、いつの間にかポップしていた蛾のようなモンスターがいた。そしてアスナは突然の虫さんの来襲に驚き、咄嗟にバックステップをした。

 

カチリ。

 

「…………」

 

え?今この子スイッチ踏んだ?スイッチは役目を果たしたのか、青いエフェクトを放ちながら砕け散る。アスナは虫退治に夢中で踏んだことに気付いていない。俺はとりあえず転移結晶を握りしめ、次に起こるなにかを警戒する。

 

ゴゴゴゴゴ……と、目の前の石壁が動き始める。現れたのは、巨大な扉。

 

「これって……」

 

「ボス部屋か……?」

 

こうして俺たちは、図らずも二十九層のボス部屋を発見することとなった。



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第11話

偶然にもボス部屋を発見することとなった俺とアスナだったが、もちろんこのままボスに挑むわけがない。他の攻略組プレイヤーにこのことを伝えて参加者を募るわけだが、ここで俺と副団長さんの意見が分かれた。

 

「……明日の朝、攻略会議を開いて午後から挑みましょう」

 

「あ?馬鹿か。んなもん集まるわけねぇだろ。それに、まだボスの情報も充分とは言い難い。明日の午後から会議で、攻略は明後日だろ」

 

「ボスの情報はほとんど集まっています。明日一日を無駄にする理由はありません」

 

「万難を排するべきだって言ってんだよ」

 

「元々それは不可能です。……一層の時がそうだったでしょ。なにが起きても柔軟に対応するしかないのよ。それに、半日あれば準備はできるはずです」

 

アスナは真っ直ぐに俺を睨みつける。穢れは無けれど、どこか危ういその瞳から逃げるように、俺はつい目を逸らしてしまう。

 

ーーー半年も逃げてきたお前になにが分かるーーー

 

彼女の目はそう訴えているように思えて、睨み返すことができなかった。

 

「……知らねぇぞ」

 

「もう犠牲者を出すつもりはありません。血盟騎士団の名にかけて、このゲームをクリアしてみせます」

 

そう告げて、アスナは去っていった。俺は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、ただ見送る。

 

「………ちっ」

 

俺は小さく舌打ちをしてから、その場を離れる。このまま帰る予定だったが、小一時間ほどこの行き場のない感情をモンスターにぶつけることにした。

 

・ ・ ・

 

宿に戻ってから鼠にメッセージで問い質したところ、やはりあれはクエストだったらしい。「守護者の元へと続く道標が置いてある。取りにいけ」とNPCに言われたんだそうな。

 

マッピングされていたのに、宝箱は見つかっていなかったところをみるに、フラグを回収する必要があったのだろう。あのクエストを鼠が見つけていなければ、ボス部屋はまだ見つかっていなかったというわけだ。

 

それに、普通ならあの状況で怪しさ満点のスイッチは押さない。あそこで虫嫌いの閃光さまが踏み砕かなければ、もう少し発見は遅れただろう。嫌な仕掛けだ。

 

それが災いして、俺は今攻略会議の真っ最中だ。そして、やはり問題は起こるのだ。

 

「午後から攻略やと?いくらなんでも急すぎるやろ!」

 

トゲトゲメットがアスナに食ってかかる。そりゃそうだろう。俺だって夜中に急に「明日午前会議、午後から攻略」と決定済みの連絡が回ってくれば驚く。

 

「なんと言われようと、今回の攻略の指揮は発見者である、我々血盟騎士団が取ります。従えないのであれば抜けていただいて結構です。欠員はこちらで充分埋められます」

 

横暴とも言えるアスナの態度に、俺は口を挟む。

 

「あの……俺従えないから帰っても……」

 

「あなたに拒否権はありません」

 

これ以上喋れば殺すと目が語っていた。アスナっていうかむしろアシュラだった。『ア』しか合ってねぇじゃねぇか。というか、なんでこいつこんな刺々しいの?ご両親、サボテンかなんかなの?あと、サボテンを漢字で書いた時の中二感は半端ないと思います。

 

そこからはそれ以上意見する人間はおらず、ボスの情報の整理が始まった。これには既に情報屋としての地位を確立した鼠が呼ばれ、分かっている情報を挙げていく。

 

「まずボスの名前は《ジ・アーミー・フォーミック》。今回は亜人型でなく昆虫型ダ。よってソードスキルは無いと考えていいダロ。それと取り巻きにちっこい蟻が出てくル。詳しい攻撃方法は不明ダ。まだ誰もやっていないクエストの報酬とかで判るかもナ」

 

やはりまだ不明瞭な情報があるらしい。鼠はちらっとアスナに視線を送るが、彼女の意思は変わらないらしい。

 

「では、今より四時間後に攻略を開始します。それまでに十二分な準備をお願いします」

 

それだけ言うと、アスナはすたすたと歩いていく。さて、俺も一度宿に戻るか。

 

そう思い、踵を返したところで視界の端に、こちらに向かってくる人影が。気づかなかったことにしようと走りだす前に、声をかけられて引き止められる。

 

「君がハチマンくんかね?」

 

「人違いです」

 

「ちょっと。団長がわざわざ挨拶に来てくださってるんだから、ちゃんと挨拶しなさい」

 

誤魔化して逃げ出すも、団長と呼ばれた赤い騎士の傍に控えていたアスナに首根っこ掴まれ、それも叶わず。あなたさっき向こうに歩いていったじゃないですか。なんでいるんですか……。

 

「聞いていた通り面白い男のようだ。私は血盟騎士団団長、ヒースクリフだ。これからよろしくお願いする」

 

「はぁ……どうも」

 

会釈すると、ヒースクリフは満足したように笑い、そのまま去っていく。入れ替わるようにキリトと鼠が近づいてくる。クラインも一緒のようだ。

 

「笑えるくらいビビってたナ、ポチ」

 

「ビビってねぇよ……。つか笑ってんじゃねぇか」

 

いや、ほんとだからね?歳上で初対面だから萎縮してただけだから。それビビってんじゃねぇか。

 

「ハチマン……」

 

頷きながらぽんと肩に手を置いてくるキリトとクライン。いやだからビビってねぇって。

 

・ ・ ・

 

窓の外には、昼間の往来が見える。最前線ではないこの層の主街区には、昼間でも人通りが多い。まぁ、今日に限っては最前線でま人通りは多いだろう。

 

攻略開始まで二十分。そろそろ集合場所に向かうべきだ。俺は重たい腰を上げる。

 

ガチャと、ノックも無しに唐突に部屋の扉が開かれる。俺の部屋を訪れるとすれば、候補は二人だが、ノックをしないのはこいつだけだろう。

 

「……ノックくらいしろよ、サチ」

 

「いつも無視するじゃない、ハチマン」

 

肩あたりで揃えられた黒髪の少女は、毎夜のごとく押しかけてきていたので、学習したのだろう。相変わらず、どうやって扉を開けているのかは分からない。

 

「ハチマン、行っちゃうの?」

 

「……ただボス攻略に行ってくるだけだ。数時間で戻ってくる」

 

「ちゃんと……帰ってくるよね?その……」

 

その先を言わないのは、口に出してしまえば本当にそうなってしまいそうだからか。

 

「この前キリトだって無事に帰ってきたし、俺も第一層では生き残ってる」

 

「うん。……キリトは強いから」

 

ちょっと?その言い方だと俺が弱いから死にそうって聞こえるんですけど?深読みしすぎですか、そうですか。

 

「まぁ、なんだ。俺の役割は取り巻きの掃討だしな。役回りならキリトのがよっぽど危険だ。それに、また最近はボス戦で犠牲者も出てねぇし、そんなに危険はない……」

 

と思う。現にキリトたちは今まで何十回と生き残ってきている。不安要素はあるが、二十五層を除けば理不尽な難易度のボスはいないのだろう。

 

顔に憂愁の影がさすサチ。何かを言いたそうに口を開くが、音を発することなく閉じられる。代わりにサチは正面から俺に寄り縋ると、後ろに手を回してきた。

 

「待ってるから……」

 

俺はその震える肩を抱き締めることなんてできず、ただぶっきらぼうに答えた。

 

「ああ……」

 

・ ・ ・

 

「それにしても、フォーミックってどういう意味なんだろうな」

 

ボス部屋へと向かう途中、キリトがそんな質問をしてきた。それは俺も疑問に思っていた。今回のボスは蟻型という情報だ。蟻なら英語でアントのはず。

 

「『formic』っていうのは蟻の、って意味です」

 

キリトの隣にいたアスナが答える。聞いていたらしい。というか、自分のパーティーメンバーと打ち合わせとかしなくていいの?

 

「へぇー。なら今回のボスは蟻の軍隊って感じの意味か」

 

「恐らくは。他には蟻酸って意味もあるけど、軍隊とは繋がらないし……」

 

キリトとアスナの会話を、俺はぽへーっと聞いていた。いつの間に仲良くなったんだろう……。

 

歩き始めて二十分ほどして、ようやくボス部屋の前にたどり着く。これだけの人数がいると、かなりモンスターを引きつけてやばかった。回廊結晶という便利な移動手段もあるのだが、転移結晶以上に高価でそうそう買えるものではない。

 

「それでは行くとしよう。みな、健闘を祈る」

 

ヒースクリフの言葉と共に、ボス部屋の扉が開かれる。

 

俺は二百日ぶりに、ボスの部屋に足を踏み入れた。



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第12話

キバオウさんとの感動の再会は、ヒースクリフさんによって邪魔されました。

ところで、アニメはいろはす登場しましたね。アニメ派の方々、これからですよ。


灯り一つない晦冥。俺たちの周りは、開いたままの扉から射し込む光により薄明るい。

 

俺は恐る恐る、けれどもその恐怖を周りに悟られないように歩く。正直、ボスとか超怖い。戦闘が始まったらすぐに転移結晶で逃げ出したい。

 

攻略部隊の全員が部屋に入り終えると、入り口の扉が勝手にしまる。代わりに巨大な暗闇の空間に、次々と灯りがともる。ここまでは第一層の時と同じだ。

 

違うのは、この部屋の主たるボス《ジ・アーミー・フォーミック》。見た目はよく見かける蟻に近い。だが、その六本の脚にはそれぞれ鋭そうなブレードが付いており、顎は体長の三分の一を占める。

 

さらに、全身に誂えたような黒い鎧を纏っている。よく見ると、体色は青なんだなとか死ぬほどどうでもいいことが分かる。

 

キシャァァ!!と、エイリアンみたいな声で鳴くボス蟻。それが合図だったのか、大量の子蟻たちが次々にポップする。

 

「なっ、数が多すぎる!」

 

誰かが叫ぶ。この量は、いつにも増して多いらしい。蟻の軍隊とはよく言ったものだ。

 

「作戦に変更はない!F、G、H隊!雑魚を引きつけろ!」

 

おお!と、何人かのプレイヤーがヒースクリフに応える。返事こそしなかったが、F隊の俺も前に出て子蟻のヘイトを取る。子蟻と言っても、その体長は俺とそう変わらない。

 

今回俺はキリトとは別の班で《ビッグ・アント》を片付けるのが役目だ。メンバーが六人に足りていないギルド《風林火山》と一時的に同じパーティーに振り分けられた。

 

「おうハチマン!死ぬんじゃねぇぞ!」

 

「……ああ。依頼されたからな」

 

仲間を引き連れていくクラインから離れ、俺は一人で子蟻たちの前に立つ。俺の両手剣スキルでは、ぼっちの方がやりやすい。周りを気にしなくていいからな。

 

一、二、三……七匹か。ぞろぞろと集まってくる子蟻の数を数えて、安堵の息を吐く。確かに数は多いが、この程度ならどうってことない。

 

ソードスキルの構えを取る。そして、全方位を囲む子蟻に向けてそれを放つ。ソードスキル《ブラスト》、二連撃の全方位範囲技で、一度目の左薙ぎの勢いを利用してもう一度薙ぎはらう。

 

七匹中三匹がクリティカルで爆散エフェクトを放ちながら消えていく。思ったより硬いな。

 

考えを改めるべきだ。元々俺は両手剣のAGI要求値を満たすため、鎧をおざなりにしている部分がある。今も簡素なコートを身に纏っているだけ。

 

四方から一気に攻撃を食らえばまずい。ならばこそ、余計に一度に大量に仕留める必要がある。

 

そのために一度距離を取る。SAOのMobたちのAIはかなり優秀だ。こっちの攻撃パターンを学習するので、同じスキルばかりでは読まれることがある。

 

それに数の利を理解しているようで、配置はちゃんとプレイヤー囲むように迫ってくる。しかし、一気に距離を取れば同じ方向から詰めてくる。まず逃がさないことを優先するためだろう。

 

その習性を利用し、四匹の子蟻を纏めて葬る。ハチマンが斬る!

 

両手剣上位ソードスキル《ライトニング》。両手剣スキルにしては手数の多い技で、重範囲攻撃を立て続けに四発放つ。理系は詳しくないが、普通ならこんな重たい剣を四回も左右に振れないだろう。だが、ソードスキルのアシストがあれば可能だ。

 

パキンパキンと、小気味好い音が四回鳴る。一分弱で七匹の討伐に成功した。

 

しかし息つく間もなく、次々と新たな子蟻がポップし、俺めがけて大行進を行う。時間差で現れるそいつらを、完全に纏めて斬ることはできないので、二体ずつくらいをソードスキルを使って確実に仕留める。

 

戦いながら横目でボスの様子を伺う。遠目からはボス蟻の攻撃は単調なように思える。距離が開けばカサカサと近づいて長い顎で攻撃。近づかれたり囲まれたりすれば脚のブレードを振り回す。

 

何十回とボス戦をこなしてきた彼らなら、この程度すぐに慣れる。現にボスのHPゲージは五本のうち二本が削られている。大きいダメージを受けたプレイヤーもいないようだ。

 

キリトもノーダメージとはいかないが、イエローに達さない程度のダメージだ。べ、別にキリトのことなんて全然気にしてないんだからねっ!

 

ともあれ向こうもこちらも上々な出来だ。むしろ出来過ぎなまである。

 

また迫りくる子蟻たちを、確実に排除する。クラインたちも順調に狩れている。

 

そんな状態が続く。俺の視線の先では、盾持ち片手直剣のヒースクリフがボス蟻の頭のヘイトを取っている。同じ片手直剣のキリトとは真逆と言っていいスタイルだ。

 

とにかく堅い。あの大顎を躱し、いなし、防ぐ。防御重視の戦法かと思えば、隙を見てソードスキルを確実に叩き込む。対人戦で勝てるやついないんじゃないのか?

 

子蟻を斬っては見るを繰り返していると、ふとヒースクリフと目が合う。団長殿は俺を見てふっと笑うと、視線を前に戻す。戦闘中によそ見とか余裕だな。俺もか。

 

それからどれくらい経ったのか。倒した子蟻の数がそろそろ三桁に届くのではなかろうかという時、悲鳴のような怒声のような、そんな音に注意を引かれる。

 

見ると、ボス蟻の体力が最後の一本の、それも赤色まで減っていた。さっきの奇声はあのボス蟻の叫び声だったわけだ。

 

「全員、包囲だ!このまま押し切る!」

 

ヒースクリフの指示で、AからE隊のプレイヤーがボス蟻を全方位囲む。キリトやアスナもその中にいる。

 

見渡した視界の中で、気がかりな点があった。ヒースクリフが薄く笑みを浮かべているとか、キバオウがちゃんと他人の指示に従っているとか、そんなことはどうでもいい。

 

アスナのHPゲージは黄色だったが、これまでのボスの様子なら回復するまでもないだろう。恐らくはアスナもそう判断したからそのまま包囲の陣に加わったのだ。

 

だから、そこじゃない。

 

ボス蟻の顔の向きだ。あいつは死かけのこの状況下で、上を向いている。

 

「かかれ!」

 

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 

突撃するプレイヤーたち。俺の脳裏には第一層の光景がフラッシュバックする。

 

上を見るボス蟻の腹部の先から、液体が噴射された。

 

「なっ!」

 

標的になったのは、正面から肉薄していたアスナたち五人。もろに噴出液を被る。とっさに後ろに下がったヒースクリフには寸前で届かなかったようだ。

 

昔読んだ図鑑に載っていた。蟻の攻撃手段は顎のみではない。エゾアカヤマアリなどの蟻は、腹部から蟻酸を飛ばすことで有名だ。そしてこの場合の蟻酸の効果は、

 

「麻痺属性……!?」

 

アスナの声に、ボス蟻に迫るプレイヤーたちがぎょっとする。優勢に見えた戦況が一気にひっくり返った。ボスを担当する三十人の内の五人が一気に麻痺したのだ。

 

その怯えを狙い、ボス蟻は接近していたプレイヤーたちを六本の脚を器用に振り回して撃退する。

 

「ぐっ……まずい!アスナ!」

 

解毒結晶を使おうと、懸命に腕を動かそうとするアスナ。しかし身体は動かず、うめき声が漏れるだけだ。キリトはアスナを守るため走り出すが、ボス蟻の脚に阻まれ足を止める。

 

「くっ……!」

 

ボス蟻はアスナを両断するため、大顎を向ける。

 

「……だから言っただろ。もうちょい調べてからやるべきだって」

 

「ハチ……マンくん……」

 

ギリギリ間に合った。アスナの体を後ろに引き、大顎の間に両手剣を挟み込む。

 

ぐっ……なかなかの威力じゃねぇか。これを盾で防いでたあいつは化け物だな。それに、調子に乗って百匹近くも子蟻を狩ったつけがここで回ってきた。

 

継続的にかかる負荷に、俺の両手剣《カタフラクト》の耐久値が持たない。パキン!と甲高い音を立て、カタフラクトは砕け散り、つっかえの取れた大顎は俺の両腕を持っていく。

 

部位欠損。見た目ほどのダメージはないが、継続ダメージに加え数分間は俺は武器を持つことすらできない。

 

腕を捥がれ、俺は後ろに倒れこむ。実質俺は戦闘不能だが、役割は充分果たしただろう。

 

「あとは任せろ、ハチマン」

 

頼り甲斐のある背中を見せつけてくるのは、黒猫団のエース、キリト。

 

「君たちは私が必ず守ろう」

 

更にはヒースクリフまでもが俺とアスナを庇うように前に立つ。スター状態並みの安心感だ。

 

「ハチマンくん!」

 

麻痺状態を脱したらしいアスナが顔を覗き込んでくる。解毒結晶を誰かに使ってもらったのだろう。そこまで考えて、俺は意識を手放した。

 

・ ・ ・

 

目を覚ますと、目の前にサチの寝顔があった。それなんてエロゲ?

 

というかふざけてる場合じゃない近いやばい近い。え、なんで一緒に寝てんの?そういうことなの?

 

こいつ寝顔可愛いなとか考えたところで、腕が動かないことに気づく。う、腕枕だと……?戸塚にもしたことないのに!

 

「ハチマン、起きろー」

 

間延びした声と共にキリトが室内に入ってくる。添い寝状態の俺たちを見て一瞬固まるも、なにかに納得したように数回頷くと俺の枕元に座る。尻近いんですけど。

 

「ボスは倒したんだな」

 

「ああ、ハチマンのお陰で犠牲者もゼロ。ちなみにラストアタックは俺だ」

 

ぐっと親指を立てるキリト。あなたちょっとLA取りすぎじゃないですか?こないだも取ってきましたよね?俺なんか一回も取ってないのに。まぁ、二回とも雑魚担当だったし、当たり前か。

 

「ところでキリト。これ腕が挟まれてるんだが、無理矢理抜くと……」

 

「多分、発動するな」

 

サチの頭とベッドに挟まれた腕を指して聞くと、キリトは余命を宣告する医師のような表情で告げた。

 

……ですよねー。ハラスメントコードが発生しますよねー。

 

「寝かせてやれよ。起きないハチマンを四時間くらい看病してたんだ」

 

……一緒になって寝てるようにしか見えないんだが。寝るだけでいいとかどんな夢ジョブだよ。この経験を生かして将来は看護士になってずっと寝ていたい。

 

「それじゃ、俺は部屋に戻るよ」

 

「おい」

 

俺の制止を無視して、キリトは部屋を出ていく。

 

俺はこのあとキリトを呪いながら、隣から聞こえてくる微かな寝息にドギマギしつつ眠れない数時間を過ごした。



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第13話

インターバル回?になります。息抜き息抜き。


つい昨日、攻略組は第二十九層のフロアボスを撃破し、とうとう第三十層へと到達した。

 

俺は今、三十層主街区《ワインガ》を歩いている。三十番代到達ということで、街中はかなりの賑わいを見せている。和気あいあいとする人々を見ていると、ここがデスゲームだということを忘れそうだ。

 

あふれ返る人波の中、ゆっくりとしか動けないが目的地へと向かう。それにしても多いな……。ふはは、人がゴミのようだー!と高いところで叫びたくなるくらい多い。

 

俺がこんなバーゲン中のスーパーの一角みたいな場所にいるのには、もちろん理由がある。昨日のボス攻略中に折れてしまった両手剣《カタフラクト》の代わりを見繕いにきたのだ。

 

予備がないわけではないのだが、あれはモンスタードロップで他の物より数段性能が高かった。だからこそ愛用していたのだが、折れてしまったものはしょうがない。

 

諦めて予備を使おうとしたところ、キリトの「開放された最前線の武器屋を回るとたまに掘り出し物がある」という助言で、掘り出し物を探してみることにした。

 

「あ、ハチマン。あっちのあのお店じゃない?」

 

「ん?あ、ああ」

 

くいくいと袖を引っ張られ、その方向を見る。引いたのは半歩後ろを歩いていたサチだ。確かに武器屋のようだ。このままでは流されてしまうので、強引に店の方角へ歩いていく。

 

「ちょっ、置いていかないでよ?私道とか分かんないよ……」

 

不安そうに俺の腕を掴むサチ。確かにこの人ごみじゃ、道もなにもあったもんじゃないが。

 

「なら先に戻ってていいぞ。多分この層でお前が装備できるものはないだろ。まだ要求値を満たせないんじゃないか?」

 

サチのレベルを考えると、この階層で買ったとしても、装備できるほどステータスが高くないだろう。元々俺が武器を買いに行くということで、ついでにサチの武器を見繕ってやれとキリトたちに言われたから一緒にいるが、この層では意味はない。

 

後からこっそり「看病してもらったんだから、そのお礼とかしとけ」とケイタに耳打ちされた。つまり、俺のポケットマネーで武器を買ってやれってことらしい。別にいいけどさ。

 

「ううん。ハチマンと一緒に歩くの楽しいし」

 

「……そ、そうか」

 

ふわりと笑うサチに、不覚にもドキッとしてしまった。くっそ、勘違いしちゃうだろうが。こいつ俺のこと好きなんじゃないの……。

 

まぁ、実際はそんなことないんだろうけど。これだから過敏症は困る。多分、本人には自覚はないだろうし、実際なにも無いのだ。けれど、そこに意味を見つけようとする。過剰に反応してしまう。

 

きっとアレルギー反応みたいなものだ。なんともないことを、異常だと誤診して過敏に反応する。アレグラでどうにかなんないかしら……。

 

「おう、ポチ」

 

武器屋の前には、頰におヒゲを描いた少女が佇んでいた。というか鼠だった。俺はおうと軽く手を上げ、挨拶を返す。

 

「サッチーも久しぶりだナ」

 

「こんにちは、アルゴさん」

 

意外なことに、彼女らには面識があったらしい。そんな俺の視線に気付いたのか、鼠はニヤリと笑うと掌を差し出してくる。知りたければ金を寄越せという意味だろう。こいつは誰がどんな情報を買ったか、という情報も売るからな。

 

「だ、駄目だよ!ハチマンには教えちゃ駄目!」

 

慌てて鼠の口を押さえるサチ。いや、別にお金払って聞いたりしませんよ?というか鼠が窒息……いや、圏内だから大丈夫か。

 

「分かっタ!分かったからやめロ!……ごほん!今日はキー坊に頼まれて、ポチの新しい武器探しに協力しにきただけだからナ。ほれ、これが武器屋のリストダ」

 

鼠から一枚の羊皮紙を受け取る。よくもまぁ、開放から一日でこれだけ調べ上げたもんだな。リストの店は二十件ほど。その全てがNPC店だ。流石に一日で最前線に店を構えるやつはいないか。

 

「情報料はキリトにツケといてくれ。というか、その紙もキリトに渡しておいてくれればよかったのに。むしろなんで直接来ちゃったの?」

 

「オレっちのことどんだけ嫌いなんだよ……」

 

「ハチマン……」

 

サッチーがドン引きしていた。いや、そうは言いますけどね?半年もぼったくられ続け、弱みを探られ続けたらこうなるよ。こいつ誘導尋問半端ねぇから。

 

「まぁいイ。せっかくサッチーがデートを楽しんでるみたいだしナ。オレっちも野暮じゃなイ。じゃあナ」

 

「いや、デートとかじゃないから……」

 

言うだけ言って、鼠はとっとと立ち去る。本当に紙だけ渡しにきたのかよ……。実はいい奴なの?そういえば、この前のアスナとの鉢合わせの件聞くの忘れてたな。

 

「じゃあ、行こっか」

 

「おう」

 

・ ・ ・

 

二店舗ほど周り、武器の品定めをしていると、同じように武器を品定めしていたサチが思い出したように聞いてきた。

 

「ねぇ、ハチマンって職人になろうとは思わなかったの?」

 

「あ?なんだよ急に」

 

「だって、ハチマン戦うの嫌がるじゃない。ボスもできるだけ参加しないようにしてたって聞いたし……」

 

二十八層でばっくれたことや、二十九層で帰ろうとしたことを聞いたらしい。

 

「いや、なんつーか先立つものがなくてだな」

 

主に鼠女のせいで。俺が生産系スキルの存在を知った時には、すでにオレンジで鼠のカモだったからな……。

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、アルゴさんと同じ情報屋になろうとか思わなかったの?それなら特別なスキルとかも必要ないし……」

 

「いや、ある意味システム外スキルが必要になってくる。むしろ、俺に一番足りないスキルが必要だ」

 

コミュニケーションスキルとか。実際、一層の頃に少し考えたが、大勢の見知らぬプレイヤーに話を聞いて回ったり、NPCを探して回ったりとか、そっちの方が無理だ。そもそも、鼠がいる時点でシェアを奪える自信がない。

 

サチは苦笑を浮かべながら「そ、そうだね……」と言葉を漏らしていた。

 

「あ」

 

「ん?」

 

背後から聞こえてきた声に、俺とサチは同時に振り向く。そこには赤と白の団服に身を包んだ副団長殿。

 

「お、おう……」

 

「…………」

 

え、なにその目。それとなんかサチがものすごい力で肩を掴んでる。アンチクリミナルコード発動してるもん。それ攻撃判定出てるじゃねぇか。

 

二人の少女に睨まれるという状況が暫く続いたが、その膠着状態はアスナのため息によって終わりを迎える。

 

「……はぁ、こんにちは。昨日はお疲れ様でした。……そちらの方は?」

 

「あぁ、こいつは黒猫団のサチだ。んで、こっちが血盟騎士団の副団長」

 

「アスナです」

 

アスナにサチを、サチにアスナを紹介する。二人は笑顔で握手を交わす。 お互い、SAOでは希少な女性プレイヤーだ。気が合うのではないだろうか。

 

「アスナさん、凄いね。攻略組なんて……」

 

「サチさんも……」

 

そこからガールズトークが始まる。あの店はどうだのあの服がどうのと、ここだけSAOから現実に戻ったのかと錯覚してしまいそうだ。というか、アスナも服とか興味あったんだな。攻略にしか興味がないのかと思ってた。剣が恋人とか言いだしそうだ。

 

しかし、それは俺の勝手なイメージの押し付けだったようで、彼女もまた年相応の乙女なのだ。

 

「今日はサチさんの装備を買いに?」

 

「あ、ううん。私はまだこの層の装備は扱えないから……。今日はハチマンが昨日のボス攻略で武器を折っちゃったみたいだから、それの代わりを探しにきたの」

 

ふと、話題の矛先が俺に向かう。アスナの表情が暗くなる。

 

「そ、その……昨日はごめんなさい。新しい武器の代金はわたしが……」

 

「いや、いらん。そろそろ買い替えるつもりだったし。それに俺は養われることはあっても、施しは受けないことにしてる」

 

「ふふっ、なにそれ?」

 

丁重に断ると、アスナはなにがおかしかったのかくすりと笑う。

 

「どういうこと?」

 

一人、昨日の事実を知らないサチが疎外感を感じたのか、ふくれっ面をする。あざといなその怒り方……。しかし一色と違って可愛いのが問題だ。

 

それは置いておくとして、サチには昨日の攻略の全貌は話していない。調子に乗って武器を壊し、その隙に軽く攻撃を受けて気絶したとだけ伝えている。だから、ここでアスナが全て喋ってしまうとまずい。

 

「……へぇ」

 

時すでに遅し。チャンスの神様は前髪しかない。美容院でどんな注文したらそんな髪型になるんだよ。

 

どう誤魔化すか考え込んでいるうちに、全てをアスナが語ってしまったらしい。サチさんの声に温度を感じない。

 

「じゃあ、適当に武器選んでさっさと帰ろっか?つもる話もあるし」

 

「え、いやあの、適当は困るっていうか……その、まだ時間がかかるかなって……」

 

怖い、サッチー怖いよ!あと怖い。

 

これから起こるであろう惨劇を思い、恨みの篭った腐った目をアスナに向けると、申し訳なさそうに胸の前で小さく手を合わせていた。



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第14話

まだまだ続くぜインターバル回!それってインターバルじゃなくね……?

急いで書いたので、内容が薄い……いつものことか。


実の娘に国を盗られ、さらには自分に協力してくれた末娘も戦いの最中失った悲劇の老王リアは、こう言った。

 

『お前の光は、今、何処にある。』

 

ボスに剣を折られ、さらには自分が救った少女に裏切られサチに正座で説教されている俺は、こう言おう。

 

『お前の瞳の光(ハイライト)は、今、何処にある。』

 

・ ・ ・

 

結局武器を買う時間はなく、いや正確には棒きれみたいな武器(しかもなぜか刺突剣)を買わされ、「買ったよね?じゃあ帰ってゆっくり楽しくお話できるね」と笑顔で連れて帰られ、自室で正座の真っ最中。

 

とりあえずサチの眼が怖い。まるでゴミを見る眼だが、恐らくこれはSAOの感情の過剰表現が理由だろう。本来なら彼女の眼はゴミ虫を見下す程度のものだったはずだ。いや変わらねぇな。

 

「ハチマンが気を失ってキリトに背負われて帰ってきたとき、私がどんな気持ちだったか分かりますか?」

 

床に正座をしている俺の前で、ベッドの上で正座するサチ。腕を組んで怒っているアピールなのだろうが、基本的に強く出ることが苦手なのだろう。どこかぎこちない。ベッドの上で正座の意味あんの?

 

「ハチマン?」

 

「いや、あれだろ。その……みっともない、みたいな」

 

自分で言って悲しくなってきた。というかキリトにおぶられたのかよ。まだクラインとかにおぶられた方がマシだったぞ。

 

「そんなこと思ってません。確かにあとでハチマンに取り巻きの小さい蟻にやられたって聞いたときは、だから行かなきゃよかったのにって思ったけど……」

 

「思ってんじゃねぇか……」

 

「うっ……」

 

サチは居心地が悪そうに体を捩る。よし、ここからは俺のターン!

 

「つかそもそもボス攻略に行った時点である程度の危険はつきものだったわけで、ボスにやられてようが取り巻きにやられてようが似たようなものだろ。つまりわざわざ詳細を仔細に詳らかに語る必要はない。話はここまでだ、俺は用があるから」

 

「誤魔化されないよ。それに最後の方同じ意味だから」

 

チャンスとばかりに攻勢に回り、そのまま逃げようとしたが無駄だった。肩を押さえられ立ち上がることすら叶わない。

 

「……ハチマン、君が優しいのはいいことだと思うけど……私、心配だよ」

 

「……優しいわけじゃねぇよ。ただ、あの場でそれができたのが俺だけだったから、俺がやっただけだ……」

 

「そうかも、しれないね……」

 

サチはそう言うと俯いてしまう。……また俺は彼女にそんな顔をさせてしまった。しかもその上、俺は彼女になにもしてやることができない。彼女が求めるものを、俺は持ち合わせていない。

 

この虚構の世界で、俺がなにより嫌ったはずの欺瞞だらけの世界で彼女が、そして俺が求めてやまないものは決して手に入ることはないのだろう。

 

そして、俺にはそれを求める資格もない。

 

・ ・ ・

 

サチの説教も終わり(あの後急に怒りが再燃したらしく結局めちゃくちゃ怒られた)、今は改めて武器を買いに三十層主街区にいる。

 

昼間には二軒ほどしか見れていないため、一軒一軒に大した時間はかけず、手早く武器を見て回る。

 

どこも性能が普通な上に、結構なお値段がする。これなら予備武器でモンスタードロップ粘ったほうがいいんじゃねぇの……。

 

レベル上げも兼ねて、三十層のフィールドを散策するという結論に至り、手に取っていた武器を置く。そのまま踵を返し店の入り口に向かって歩き出すと、NPCの店主がムッとした表情で「冷やかしかよ」とぼやく。

 

すいませんねと心の中で謝りながら入り口の扉を開け放つと、丁度店内に入ろうとしていた人物とぶつかりそうになる。

 

「おっと、すまん……って、あんさんかい」

 

軽く手を上げ、謝罪をしてきた人物を見て、俺は一瞬固まる。この特徴的な髪型、関西訛り。昨日の攻略にも姿を見せていた攻略ギルド《アインクラッド解放軍》、通称《軍》のリーダー、キバオウだ。

 

とにかくこの場を立ち去るため、俺はうすと軽く会釈してキバオウの横を通り過ぎるが、やはりというか、呼び止められてしまった。

 

「おい、犯罪者(オリジン)はん。昨日も言おうと思っとったんやけど、グリーンに戻ったんやな」

 

……その渾名まだ使ってる人いたんだな。呼ばれることないからもう廃れたのかと思ってた。

 

「ふん、黙りかい。ならワイは好きに喋らせてもらうで」

 

「……なんだよ」

 

「ワイはあんさんのことなんて恨んでへん。ついでに全く気にも止めてへん」

 

「…………」

 

「あの場におったプレイヤーがまだあんさんのことを恨んどるなんて、自意識過剰やで。……ただ、ワイは個人的にあんさんが嫌いやけどな」

 

言うだけいうとキバオウはふんと鼻を鳴らし、店の奥へ消えていった。自意識過剰という言葉だけが、なぜか胸の奥につっかえた気がした。

 

・ ・ ・

 

「メテオ・フォール」

 

決められたポーズを取り、スキルを発動させる。ソードスキル《メテオ・フォール》。右切り上げ左切り上げときて、最後に唐竹で止めを刺す三連撃。

 

一応範囲攻撃ではあるが、どちらかといえばHPの多いモンスを確実に倒す技だ。

 

俺が今メテオ・フォールで倒したのは、《デス・ハウンド》。よくいる犬型のモンスターだ。ただ、群体動物なだけあって昨日の蟻ほどではないにしろ、かなりの数が集まってくる。

 

しかも、俺の苦手なスピードタイプで、結構本気で苦戦している。武器も予備なため範囲攻撃では削りきれないし、アバランシュのような範囲の狭い攻撃はほとんど当たらない。まずいな、逃げるか……。

 

俺はドッグデイズからダブルダッシュで逃げるため武器をしまう。隙の小さい体術スキルで道を開けさせ、そこから逃げ出す。そう計画立てて、今から実行に移そうと構えを取ったとき、目の前のデス・ハウンドが真っ二つに叩き斬られる。

 

ぽかんと呆気にとられていると、次々にハウンドたちが倒されていく。

 

「これはこれは、珍しい。大事ないかね?」

 

赤い鎧の騎士団長、ヒースクリフの姿がそこにあった。珍しいとかこっちの台詞だっての。今日は知り合いに会いすぎだろ、厄日か?というか、団長も副団長も単独行動しすぎじゃない?

 

待機していた体術スキルを解除して、息を吐く。

 

「ども。じゃあ俺はもう帰るんで……」

 

「君の話は少し聞かせてもらった」

 

「……はぁ」

 

圏外だというのに、ゆったりと会話を始めるヒースクリフ。聞いたというのは、恐らくアスナから第一層の話をだろう。彼女があの件をどう考えているかは知らないが。

 

そもそも、あれは俺が俺のためにやったことであって、鼠やキリトが曲解している節がある。アスナは二十九層で再会するまで怒っていたが。むしろあそこで怒らせたまである。

 

「君のやり方は実に興味深い。実際、今日までβテスターとビギナーがここまでうまく連携を取れているのは、君の功績と言っていいだろう」

 

「…………」

 

「だが君は思いの外脆いようだ。そのような手段を選ぶわりには、ね。それとも、今まではそのか弱さを補う心の支えがあったのか……」

 

ヒースクリフは微笑を浮かべる。

 

「ただ、君のやり方はこの世界に向いていないな、この世界で必要なのは力だ。今の君のやり方では、いつか本当に救いたい人間を救うことはできないだろう」

 

いつかの平塚先生と同じことを言ったヒースクリフは、軽く手を振りながら去っていく。

 

「……うるせぇよ」

 

広野で独り言ちる。

 

本当に救いたい人間どころか、俺は結局誰も救ってなどいない。誰も、救えない。

 

本当に、救えない。




はい、今回のヒロインはキバオウさんでしたね。キバオウさんは25層で軍が大打撃を受けてから、前線には出張ってないそうですが、見逃してくださいマジで。


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第15話

速筆の人が羨ましい。


びゅうびゅうと風が吹き荒ぶ。もう六月の中旬だというのに、冷たい風は俺の体温を奪っていく。つーか六月なのに寒すぎるだろ。さては炎の妖精が海外に行ってるか、体調を崩してるな?

 

アインクラッドを突然の寒波が襲った夜、俺とキリトは別段示し合わせたわけではないが、同じタイミングで《月夜の黒猫団》のリーダー、ケイタの部屋を訪ねていた。

 

「いや、それは受け取れないよ」

 

ケイタは俺たちが渡したものを押し返す。思わずキリトと顔を見合わせる。

 

「いや、ケイタ。受け取ってくれよ。別にケイタ個人にってわけじゃなくてさ、黒猫団全体のためになんだけど」

 

「駄目だ。僕らはただでさえ君たちに頼りきりなんだ。そんなところまで頼ってしまったら、僕らはもう攻略プレイヤーじゃなくなる」

 

困ったように頬を掻くキリト。ケイタも頑として譲る気はないようだ。

 

俺たちはつい先日の二十九層ボス攻略で得た分配金をケイタ、というか黒猫団に譲渡しようとしているのだ。とはいえ、俺はサチに武器や服を買ったため少しだが。

 

「それは君たちが命を懸けて得た報酬だ。僕らはそれに関与できていない。なのにその報酬を僕らに渡すっていうのか?僕らはなにもしていないんだぞ?」

 

「そんなことないさ。ボス攻略に参加できるプレイヤーだけが偉いわけじゃない。それに、これは黒猫団全体の強化に使って欲しいんだ」

 

「けど……」

 

渋るケイタ。いい奴だが、ちょっと面倒くさいな。

 

「俺もキリトも装備を買い替える予定は当分ない。なら使わない金を持ってるだけ無駄だし、この金でお前らの強化ができれば俺たちの負担も減る」

 

「……わかった。せめて、今計画してるギルドホーム購入の足しにさせてもらうよ」

 

「そりゃあいい。それなら他の奴らも気にしないだろ」

 

「だな」

 

ケイタの提案に、俺もキリトも賛同する。いつまでも安いホテルだと鍵がないのか、侵入者が絶えないからな。鍵付きの部屋でゆっくり休みたい。

 

「用はそれだけだし、俺は部屋に戻るわ」

 

「なら俺も戻るよ」

 

俺が部屋を後にすると、続いてキリトも出てくる。いつも背後をついてくるところを見るに、恐らくキリトは現実ではストーカーかピクミンだったのだろう。……違うか。

 

「今日もレベリング行くだろ?部屋で準備してくるから、少し待っててくれ」

 

あどけなさの残る笑顔を見せると、キリトは慌ただしく自室に戻っていった。やっぱりあいつストーカーなんじゃねぇの……。

 

「あ、ハチマンっ」

 

てとてとと駆け寄ってくるサチ。

 

「なにか用か?」

 

「今からハチマンの部屋に行こうと思って」

 

「いや、今から三十層に行くから……」

 

「うん、待ってるね」

 

……満面の笑みで、なんならスキップしながら俺の部屋へ向かうサチ。帰ってくるまでずっと俺の部屋にいるつもりですか……?座右の銘は「押して駄目なら諦めろ」な俺だが、女子と同衾とかマジ無理。

 

「ハチマン、行こうぜ。……ハチマン?」

 

「……おう」

 

どいつもこいつも、本当に諦めが悪い。ただ、諦められない物事があるというのは、諦めてきた俺からすれば些か滑稽に映る。……いや、違うな。羨ましいのかもしれない。

 

諦めを覚えずに済んだ彼らが、諦めざるを得なかった俺には、眩しいのだ。

 

・ ・ ・

 

三十層のダンジョンは動物や獣人などの亜人型モンスターがメインのようだ。ゆえに、亜人型のモンスならソードスキルを放ってくる敵もいる。

 

「スイッチ!」

 

「おう」

 

キリトが狼男っぽいモンスター《ウルフナイト》のソードスキルを相殺、俺がスイッチで止めを刺す。ちなみに武器はまだ予備のままだ。

 

ウルフナイトはガチガチの防具を着けているくせに俊敏な動きをする厄介なモンスだが、二人掛かりならなんということはない。

 

次に現れたウルフナイトのスキルを、今度は俺が相殺し、キリトが《バーチカル・スクエア》を叩き込んであっさり倒す。

 

「やっぱり二人なら余裕だな。この調子でどんどん狩っていこうぜ」

 

「無理だから。俺の武器の耐久値もあるし、そろそろ帰って寝ないと死ぬ」

 

「サチと一緒にか?」

 

「じゃあな」

 

「待て待て待てって!」

 

キリトは慌てて引き止めてくる。さり気なく手を握ってくるのやめろ。

 

「もう一度聞くけど、ハチマンってサチと付き合って」

 

「ない」

 

食い気味に答える。キリト、母ちゃんいつも言ってるでしょ?可愛い子はね、あんたが存在を知ったときにはもう彼氏がいるんだよ。

 

「でも、ほとんど毎晩お前の部屋に行ってるよな?」

 

「…………」

 

返答に詰まる。実際、一緒に寝ているわけではないのだ。いや、断じて。今日のようにレベリングに行っている日は、彼女はほとんどの場合俺の部屋で寝ているか、たまに起きて待っているかだ。

 

この起きて待っているのが厄介なのである。見つかればその日、俺は宿で寝ることは叶わない。説得しても帰らないし、代わりに俺がサチの部屋に向かえば、最近は鍵が開いていない。

 

他のメンバーを頼るも、帰ってきて間もないキリトすら反応なしなのだ。よって、俺はその場合他のホテルへ逃げ込むことになる。鼠以外の誰ともフレンド登録はしていないから、キリト以外に見つかることはない。

 

キリトの追跡スキルを使えば、俺の隠蔽では逃げきれない。ステルスヒッキーはデジタルには通用しないのだ。

 

「はっきり言ってハチマンの行動次第で次の日のサチの機嫌が決まるから、少し困ってるんだが」

 

「いや、それ俺悪くないでしょ……」

 

なぜかキリトが責めるような視線を送ってくる。確かに最近のサチは、機嫌が悪いと怖い。今まで散々怖がっていたモンスに「邪魔」と言い放ち、ソードスキルを連続でぶち込んで消し去ったときは思わず転移結晶を使いそうになった。

 

「まぁ、あれだ。もしもの時は任せろ。俺が本気を出せば土下座も靴舐めも余裕だ」

 

「お、おう……」

 

キリトがドン引きしていた。ここ、笑うところですよ。……キリトは俺に過剰な期待を寄せてる節があるからな。

 

「……俺、男兄弟いないけど、なんかハチマンって駄目な兄貴みたいだ」

 

過剰な期待を寄せているというのは、俺の自意識過剰だったらしい。やだ恥ずかしい!

 

「弟とかいらん。妹がいれば充分だ」

 

「まぁ、俺もこんな目の腐った兄貴いらないかな」

 

くすくすと笑うキリト。酷すぎませんかね、キー坊……。わざわざディスらなくてもよくないですかね。

 

「……帰るか」

 

改めて切り出す。無駄話が長引いたため、通ってきた道のmobたちが復活している。また倒しながら帰らなきゃならないのかよ……。

 

「なぁ、やっぱりもう少しやっていかないか?少しずつ攻略組のプレイヤーとレベルに差が出始めてるし……」

 

「それは……しょうがないだろ」

 

俺のレベルは現在四十八。キリトはその一つ下だ。攻略組のトップは大体五十か五十一程度だろう。

 

元々は俺はオレンジゆえ、キリトはソロプレイゆえに攻略組のトップかそれ以上のレベルだったのだが、ここ二ヶ月ほどは黒猫団のレベル上げに専念している。

 

下層で得られる経験値の値は実質決まっていて、レベルと階層の値が一定以上差が開くと、どれだけモンスターを狩ろうともレベルが上がることはない。

 

よって、昼間は下層で経験値なしの俺とキリトは、いくら夜に経験値を稼ごうとも、一日中最前線やその近くでレベリングをしている攻略組とはどう足掻いても差が出始める。

 

「黒猫団は全体のレベルも上がって、段々と最前線に近づいてきてる。なのに俺たちが最前線から遅れてきてる……」

 

そう言うと、キリトは不安そうな顔で俯く。第一層や、第二十五層のようなことになるのではないかと危惧しているのだろう。

 

ふと、ヒースクリフに言われた言葉が頭を過る。だがそのためにキリトが壊れてしまっては意味がない。俺は脳内の赤い騎士を追い出すと、キツい言い方にならないよう気をつけながら言う。

 

「……心配しすぎだろ。あいつらもレベルは上がってるし、経験だってそれなりに増えた。なによりあいつら自身、攻略組に加わる意思があるんだ。守るだけじゃなくて、その……」

 

なんだか気恥ずかしくなって、その先の言葉を紡ぎ出せない。頬を掻いて誤魔化していると、キリトがふっと笑った。

 

「そうだよな。一緒に戦えば問題ないよな……きっと」

 

「……おう」

 

・ ・ ・

 

「昨日の夜、キリトとハチマンから貰ったコルを合わせて、なんと目標金額に到達しました!これから俺はギルドのホームを買いに行こうと思う!」

 

うおおー!と歓声があがる。朝からやけにハイテンションだと思ったら、昨日の俺とキリトの寄付でホームが買える値段に届いたらしい。……昨日渡したときに言ってくれればよくね?

 

「じゃあ、夕方には戻るから」

 

そう言って、ケイタは転移門を使い姿を消す。見送りは終わったし、宿に戻って寝よう。

 

「ケイタが帰ってくるまでに一稼ぎしねぇ?」

 

「あ?」

 

何人たりとも俺の眠りを妨げるやつは……と湘北高校のエースばりにガンを飛ばすと、お調子者のダッカーが提案していた。

 

「家具とか買うのっ?」

 

「おうよ。全部揃えて、帰ってきたケイタをびっくりさせてやろうぜ!」

 

サチもノリノリなことに俺はもうびっくりです。

 

「今日は二十七層のダンジョン行こうぜ。稼ぎやすいって聞いてるし」

 

「お、おい……」

 

キリトが制止するも、テンションの高い彼らには聞こえない。キリトは不安そうに俺に視線を送ってくる。まぁ、二十七層くらいなら、トラップに気をつけさえすれば問題ないだろ。

 

そもそも、なにを言っても今のこいつらが聞き入れるとは思えん。

 

「トラップが多いからな。本当に気をつけろよ……」

 

「そうだな。転移結晶はいつでも使えるようにしとけ」

 

渋々、といった表情のキリトは念押しする。俺も具体的な指示を出す。へーいとダッカーたちはアイテムウィンドウを操作し、転移結晶をオブジェクト化すると、ポーチにしまう。

 

「サチ、お前も俺かキリトが言ったらすぐに転移しろ。周りとか気にしなくていい」

 

「……ふんっ」

 

「……おい」

 

つんとそっぽを向くサチ。ちょっと?真面目な話なんですけど……。

 

「だから昨日帰れって言ったのに……」

 

はぁ、とため息をつくキリト。いや、だってケイタにお金渡したから、ホテル代なかったんだもの……。

 

・ ・ ・

 

「いやー、案外楽勝だったな!」

 

「あったぼーよー!こりゃ、俺たちが攻略組に参加する日も近いな!」

 

二十七層の迷宮区、今その通路の一つに黒猫団はいる。ここまでの狩りは順調だ。連携も充分取れているし、安全マージンもほどほどにはある。

 

「おっ、隠し部屋発見!」

 

「おい待て馬鹿。どう見てもトラップだろ。攻略組が開けてない宝箱があるわけねぇだろ」

 

偶然にも隠し部屋を発見し、すぐさまその中の宝箱に飛び付こうとするダッカーを諌める。攻略組が開けていない宝箱などあるはずがない。開いていないということは『開けたあと、再び閉まった』可能性が高い。

 

つまりは罠だ。どのタイプかは分からないが、わざわざ引っかかる筋合いもない。

 

「なんだよー。万が一ってこともあるだろ?それに転移結晶は準備してるし、キリトやハチマンがいれば平気だろ」

 

「おい……」

 

俺の制止を振り切り、ダッカーが宝箱に触れる。

 

けたたましい警告音と、部屋を染める赤い光。四方から溢れ出てくるモンスター。

 

紛れもないトラップだった。




よく考えたらレベル高すぎたなと思い、修正しました。


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第16話

「転移しろ!早く!」

 

キリトの怒声で、全員が我に返る。呆然としていたのは一瞬のことだが、既にわらわらと四方からモンスターが現れ続けている。

 

「転移!タフト!」

 

最初に動いたのは、トラップにまんまとはまったダッカー。つまりは一番危険な場所にいる。加えてあいつの役割は軽快な動きが売りのシーフ。マージンの充分でないこの階層でモンスターの攻撃を受けるのは危険だ。つまり、あいつの判断は正しいと言える。

 

だが、彼がこの部屋から脱出することはなかった。

 

「転移、できない……」

 

サチの小さな呟きが鼓膜を打つ。ダッカーだけではない。誰一人として、転移結晶が発動していない。

 

「嘘だろ……?結晶無効化エリアだと?今までそんなもの存在しなかったのに……!」

 

キリトが驚愕の声を溢す。全く同意見だ。この世界での転移結晶は、唯一の緊急脱出装置で、確実な命綱だった。それが使えないこの部屋からの脱出方法は、敵を殲滅することだけだ。

 

そしてもう一つ、ギルドメンバーの生還を第一に考えるべきだ。そう思い至ったと同時に駆け出す。

 

「ひっ!う、うわぁぁ!」

 

大量のモンスに囲まれたダッカーは取り乱し、足を縺れさせて転倒する。そこに殺到するゴブリン、ゴーレムなど様々なモンスター。

 

俺はそれを両手剣ソードスキル《ブラスト》で薙ぎ払った。五体ほどいたモンスターは、青い破片となって砕け散る。

 

「ハ、ハチマン……」

 

「立て。攻撃は考えなくていいから、自分の身を守れ」

 

情けない顔のダッカーの腕を掴んで起こし、指示を出す。そしてどんどん近づいてくるモンスターにソードスキルを打ち込む。

 

「キリト!」

 

「わかってる!みんな、攻撃は俺とハチマンがする!みんなは固まって防御陣形を取ってくれ!」

 

「わ、わかった!」

 

キリトの指示で離れ離れになっていた、ダッカー、テツオ、ササマルは集合し、背中を預けて防御態勢を整える。

 

「サチ!早くしろ!」

 

「む、無理だよ!モンスターが多すぎて……!」

 

そのやり取りに、弾かれたように後ろを見るとサチがモンスターに阻まれ、一人合流できずにいる。くそっ、モンスターを倒すことに集中しすぎたか!

 

体の向きを変え、《ブラスト》で近くのモンスターを斬り捨て、突進系の《ライトニング》で突き進む。だがそれを上回る速度でモンスターは押し寄せる。

 

ちっ、予備の両手剣では攻撃力が足りない。一度に薙ぎ払える数が少なすぎる。

 

「ハチマン!」

 

俺の進路を阻害するモンスターの頭部に、投擲用のピックが突き刺さる。キリトの投擲スキルだ。頭を貫かれたモンスターたちのヘイトが俺からキリトに変わる。

 

モンスターを受け持ってくれるということだろう。なら甘えさせてもらう。

 

愛してるぜキリトと心の中で叫びながら、モンスターの隙間を縫うように駆け抜ける。

 

「サチ!」

 

キリトがヘイトを引き受ける数にも限界がある。俺はサチを取り囲むモンスターたちを数体斬り伏せ、サチに手を伸ばす。

 

「ハチマン!」

 

攻撃を短槍でパリィしていたサチは、モンスターを押し返すと俺の手を掴むべく駆け出す。

 

俺の手とサチの手が触れる寸前、その距離は一気に開く。俺の手が斬り落とされたと気づいたのは、その一瞬後だった。

 

思わず目を見開いて攻撃のあった方向を見ると、恐らくはこの部屋のボスクラスのモンスター。通常なら全く問題ないレベルだが、注意が散漫すぎて捉えられなかった。

 

今度は後頭部や背中に鈍い不快感が走る。今度は後ろから雑魚モンスターの攻撃だ。よろけて転びそうになるのを耐え、視線をサチに戻す。

 

俺に泣きそうな表情で駆け寄ってくるサチ。その背後で、モンスターが笑ったように見えた。

 

モンスターの凶刃はあっさりとサチの背中に振り下ろされ、彼女のHPバーは軽々とレッドゾーンを超え、呆気なくゼロになった。

 

「サ……チ……」

 

彼女の名前を呼ぶ。けれど返事はなく、彼女の身体はゆっくりと俺に向かって倒れ込み、俺は必死で受け止める。そして寂しそうな笑みを浮かべた彼女は、俺の頬に手を当て顔を寄せてくる。

 

彼女のその唇が俺の唇と重なる寸前、彼女は青い光となって砕け散った。光は一瞬のうちに虚空へと消え、そこには彼女のいない空間が残る。

 

全身の血が沸騰したかのような感覚に襲われた。残った腕で剣を握り、そしてーーーーー

 

・ ・ ・

 

気がつくと、黒猫団がホームにしている《タフト》の街の転移門前にいた。どうやら、俺と黒猫団は生き残ったらしい。たった一人、サチを除いて。

 

「ごめんなさい!俺の……俺のせいでサチが!」

 

ダッカーが土下座で涙ながらに謝罪をしている。テツオやササマルも涙を流して蹲る。ああ、こいつらは現実の高校の知り合いなんだったか。

 

「先に戻る……」

 

「あ……ハチマン……」

 

これ以上この場に居たくなくて、こいつらを見ていたくなくて、ぼそりと告げて歩きだす。キリトが手を伸ばしてきたが、その手は俺には届かず、そっと下ろされた。

 

俺はいつものように歩く。隣を歩くサチに、歩くのが速いと文句を言われたことがあるが、彼女はもういない。

 

ほんの数分で、黒猫団に所属してからずっと根城にしてきたホテルに到着する。中に入り、迷わず階段を上がって俺に充てがわれていた部屋の扉を開ける。

 

思えば、この部屋にはいつもサチがいて、俺はあまりこの部屋で寝たことがなかったかもしれない。いつも彼女に占領されていた。

 

確か、この部屋は今日までの料金を先払いしているはずだ。ならば久々にゆっくりと眠らせてもらおう。

 

どさっとベッドに倒れ込み、考える。

 

サチが、死んだ。そう、間違いなく彼女は死んだ。それなのに、今の俺はどうだ。このデスゲームの中でかなり親しい部類の人間が、目の前で、自分の力不足ゆえに死んだというのに、感情の表現が過剰なこのゲームでも、涙一つ流せない。

 

以前、もうそれなりに昔のことになってしまったが、雪ノ下さんに『理性の化け物』や『自意識の化け物』などと称されたことがある。

 

感情の無い化物、なるほどその通りだ。俺は化物で、その姿はよほど醜いことだろう。笑ってしまう。

 

ベッドの寝心地を確かめるように寝返りをうつと、枕元に硬い感触を感じた。なにかと思い、手を突っ込んで確かめる。出てきたのは録音結晶と呼ばれる、現実世界でいうところのボイスレコーダーだった。

 

俺の部屋にあったのだから俺の物、または彼女の忘れ物だろう。なにか録音されているのかしら、と再生ボタンを押す。

 

無意識に期待したのかもしれない。もしかしたら、彼女の声が聞けるのではないか、と。僅かな断片でも、偶然記録されていれば、と。

 

その期待は、いい意味で裏切られる。聞こえてきたのは、紛れもなく彼女から俺へのメッセージだった。

 

『あ、あー。ハチマンへ。聞こえてますか?大事な話なので、最後までちゃんと聞いてください。本当はこういう話は面と向かって言うべきなんだと思うけど、恥ずかしいのでこういう形をとりました。

 

まず、このところ態度が悪かったことをお詫びします。ごめんなさい。ハチマンに怒ってたわけじゃないの。ハチマンが悪いんじゃなくて、私が悪いの。

 

思い通りにいかなくて、素直になれない自分にイライラしてた、なんて言い訳かな。

 

でも、やっぱりハチマンもちょっと悪いと思います。分かってて気づかないふりをしてるから。

 

気づいてたかな?気づいてたよね?気づいててくれたら嬉しいな。

 

ハチマン、好きです。大好きです。

 

ふふ、おかしいよね。一緒に寝て、なんて言えるくせに、好きって恥ずかしくて言えないなんて。もちろん、ハチマンには現実に大切な人たちがいることはわかってたんだけど、伝えておきたかったの。

 

目が淀んでるところとか、いつも話しかけるとビクってして小動物みたいで可愛いところとか、口では意地悪を言うくせに、いざとなったら助けてくれる優しいところとか、全部ひっくるめて大好き。

 

最初は、ただの親近感でした。私みたいに臆病な人がいたんだなって。この人なら、私の気持ちを理解してくれるかなって。

 

けど、ハチマンは全然臆病なんかじゃなくて、とても強い人でした。けれど、すぐにでも折れてしまいそうな悲しい人でした。

 

アルゴさんに聞いたの。第一層でハチマンがキリトたちのためにした事。噂で聞いた犯罪者がハチマンだっていうのも、そのとき知りました。

 

それを聞いて、私はとっても不安になりました。確かにハチマンはすごい人です。たった一人で数百人のβテスターの人たちを救っちゃうなんて。

 

けれど、そんなに優しいハチマンだからこそ、これ以上無茶してほしくなかった。ボス攻略なんてしてほしくなかった。攻略なんてしてほしくなかった。きっとまた誰かを救うために、優し過ぎる君は無茶をしてしまうから。もっと自分を大切にしてほしいです。

 

私ね、初めてハチマンの部屋に行ったとき、本当は一緒に逃げてって言おうと思ってたの。どこか、誰も私たちのことを知らないところに。怖がりな人なら、一緒に逃げてくれるって思ったから。

 

でも、ハチマンの眼を見て、無理だなって分かった。きっと断られるって。臆病なだけの私とは違って、君は強さも持っていたから。

 

怖がってばかりの私は、怖いのに頑張ってるハチマンに憧れました。多分、そのときから好きだったんだと思います。

 

私はいつまでも怖がってばかりだから、きっとすぐに死んでしまうんだろうって、そう思っていました。だけどハチマンを好きになって、いつまでも生きれたらいいなって、そう考えるようになりました。

 

願わくば、君の隣で生きていきたい。この世界の中でも、この世界をクリアしたあとでも。わがままかな?

 

だから、死なないでください。あまり危ないことをしないでください。

 

私なんかじゃ、君を全て理解することはできないかもしれない。けどね、せめて、わかるところだけでもわかり合いたいの。少しでも多く、君を知りたい。

 

ここは現実じゃないけれど、感じる体温は偽物でも、触れ合う温かさはきっと本物だから。

 

ふふ、遺言みたいになっちゃったね。このあと会うのが恥ずかしいな。

 

時間、まだ残ってるみたいだからもしものときのために、言っておくね。私が死んでも、自分を責めないでください。キリトにもそう伝えておいてね。

 

私が死んでしまったら、それは多分どうしようもないことなの。最初はどうしてゲームなんかでって思ってたけど、現実の世界でも一緒。事故や病気で突然死んじゃうことだってあるから。

 

だから、あんまり気に病まないでください。

 

……えっと、本当に遺言みたいになっちゃったね。それじゃあ、ここで終わります。

 

またね、ハチマン。』

 

……俺は滲む視界の中、ゆっくりとウインドウを操作する。

 

『ギルドを離脱しますか?』の問いかけに、Yesを選択した。



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第17話

こんにちは、ケロ助です。

サチが死んでしまいました。ぶっちゃけSAOで1番好きなヒロイン(?)だったんですがねぇ。じゃあ殺すなよという意見は置いといて。

俺ガイル原作にはヒッキー視点以外がほぼ無いため、避けてきましたが今回は違う視点があります。それでは始まり始まり〜。


ヒーローは、まぁ、好きだ。

 

日曜のスーパーヒーロータイムは欠かさず見てる。Yesもスマイルもファイブも好きだ。……あれはヒロインか。

 

ただ、ヒーローが好きだからといってヒーローになりたいわけじゃなかった。というかなれると思ってない。そういうのは中学で卒業した黒歴史の一つだ。雄英学園も無いしな。

 

待てども特殊な力が目覚めることはなかったし、天界から連絡が来ることもなかった。前世の記憶も戻らない。

 

だから、ヒールで構わないと考えた。

 

別に率先して悪役に徹したわけではないが、俺に思いつくのはそんな方法ばかりで、それができたのは俺だけだった。それが一般世間的に言えば、俺とは無縁のその他大勢から言わせれば、ヒールだった。それだけのことだ。

 

悪役が悪と断じられる所以は、目的のためなら周りに被害をもたらすことも厭わないところだ。その点は俺にも当てはまり、よって悪役だと言える。

 

依頼の完了という目的のためだけに、全体に嫌な結果を押し付ける。そして結局は誰も救えないまま、上辺だけの解決が為される。

 

そう、誰も救えない。悪役には誰も救うことなどできはしないし、悪役を救うものもいないのだ。

 

・ ・ ・

 

【ハチマンがギルドを脱退しました】

 

そのメッセージウインドウが目の前に現れたときは驚いたが、正直心の中ではこうなることがわかっていた。

 

サチを救えなかったことに、最も責任を感じているのはハチマンだろうから。

 

だから、俺は急ぎ足でハチマンがいるであろう場所に向かう。黒猫団が、ハチマン……いや、むしろサチがいつも使っていた部屋に。

 

部屋に着くとノックもせず、ドアノブを回す。この部屋はいつも、『フレンド/ギルドメンバー開錠可』という設定にされている。普通なら本人が部屋にいるときは『開錠不可』に設定して、勝手に開けられないようにするものだが、ハチマンは常時この設定だ。

 

ハチマンは「安い宿は鍵が掛けられなくて困る」なんてボヤいていたが、聡い彼ならとっくに気づいていただろう。

 

けれど、部屋の鍵はいつも開けたままにしてあった。それはきっと彼女のためで、照れ隠しであんなことを言っていたんだと思う。

 

「キリトか」

 

扉を開けた途端に聞こえてきた声に、少し肩が震えてしまう。あまりにも冷たい声だった。いつもの捻くれた、それでいて優しい兄のようなハチマンではなかった。

 

俺は短く「ああ」と答えと、意を決して話し始める。

 

「……ハチマン、どうしてもギルドを抜けるのか?」

 

「…………」

 

ハチマンは答えない。答えるまでもない、という意味だろうか。

 

「お前に伝言だ。『仕方ないことだった、自分を責めないで』だとよ」

 

「伝言……?」

 

とそこで、ハチマンがあるアイテムを手に持っていることに気づく。おそらく録音結晶だ。だとすればあの中に入っているのは……。

 

「そうか、サチの録音結晶か」

 

「……あぁ」

 

「……なぁハチマン、考え直してくれよ。俺たちがバラバラになることないだろ?その……」

 

言葉を選びながら、ハチマンを引き止める。

 

「サチも望んでない……か?」

 

「う……」

 

言わないようにしていた言葉を、ハチマンはあっさりと口に出す。わかっている。俺なんかがサチを語っていいわけがない。俺よりもずっと彼女を見てきたハチマンには、最も言ってはいけない言葉だ。

 

「俺は悪くない」

 

「え?」

 

唐突な言葉に、意味がわからず疑問の声が出る。

 

「昔から世間は俺に厳しかった。クラスでなにか起こればまず俺が犯人扱いされる。なんなら犯人にされたこともあった。なら俺だけは俺に甘くなろうと思った。俺が悪いんじゃない、世間が悪いってな」

 

らしくなく多弁になるハチマン。堰を切ったように溢れ出す感情が抑えきれていない。

 

「だから、今回もそう考えようとした。……そう、考えようとした。サチを殺したのはモンスターで、そのモンスターを呼び寄せたのはトラップ。そのトラップを発動させたのはダッカーだ」

 

「…………」

 

「けど考えるほどに、その考えは自分の中で否定されていった。ダッカーをもっと強く止めなかったのは俺で、そもそも二十七層に行くことに反対したキリトに加勢していればこんなことにはならなかった。トラップが発動したあとサチの側から離れたのは俺で、そもそもトラップの危険性があった部屋にサチを入れなければこんなことにはならなかった。サチを殺したモンスターを殺しきれなかったのは俺で、そもそもキリトの言う通りもっとレベルを上げて、武器も新調していればこんなことにはならなかった。そもそも二十九層のボス攻略で、アスナを助けなければ……!」

 

「ハチマン!」

 

はっと我に帰った様子のハチマン。いつもなら絶対に言わない本音を曝け出す。心が相当参っているんだろう。

 

「落ち着け、仕方ないなんて言いたくないのは俺も一緒だ。……けど、一人で背負うなハチマン。その罪は俺とお前の二人の罪だよ……」

 

「違う、そうじゃねぇんだ。……責任がどうのじゃない。俺はずっと探していたんだ……」

 

なにを、と疑問を口にする前に、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。入ってきたのはもういないサチを除く黒猫団のメンバー全員。

 

「ハチマン、黒猫団を抜けるのか……?」

 

リーダーのケイタが、真剣な表情で問う。俺と同じように、ハチマンを引き止めにきたんだろう。

 

「…………」

 

答えないハチマンに、嫌な予感がした。録音結晶を砕けそうなほど握りしめる彼の眼に、決意のようなものが見て取れたからだ。

 

「……そうだな。サチも死んだし、目当ての女がいなくなったんだ。もうこのギルドに用はない」

 

「なっ!」

 

予感が当たった。あいつは第一層で行ったことをもう一度するつもりだ。驚愕で言葉も出ないメンバーに向けて、ハチマンは更に言葉を紡ぐ。

 

「血盟騎士団から誘われててな、好待遇で迎えてくれるって話だ。こんなしょぼくれたギルドにいるよりよっぽどいい話だ」

 

「待てよハチマン!俺たちを裏切るのかよ!」

 

テツオが怒りを露わにする。違う……、ハチマンは以前俺たちのためにその話を蹴っている。けれど、その事実はこの場では俺とハチマンしか知らない。

 

「やめろ、ハチマン……」

 

「裏切る?まぁ、足手まといを見限ることをそう呼ぶなら、そうなんじゃねぇの?」

 

「お前……!」

 

「だいたい、なんのメリットもないのにここまで付き合ってやっただけ感謝してもらいたいくらいだな。数少ない女プレイヤーがいたから我慢していたが、それもなくなった。ならここにいる理由はねぇだろ」

 

ハチマンは、ニタリと口を割いて嗤う。

 

「それに、どうせお前らすぐに死ぬだろ。俺は巻き添えを食いたくない……」

 

「ハチマン!やめろ!!」

 

俺はハチマンに掴みかかる。ハチマンの狙いがなんなのか、俺にはまだ理解できていない。けれど、これ以上彼の口から言わせたくなかった。遅すぎたかもしれないけど、俺はハチマンに悪役になんてなって欲しくはなかった。

 

胸ぐらを掴まれたハチマンは、それでも笑っている。俺には見えないが、確実にハラスメント警告が発動しているはずだ。ハチマンの指一本で俺は黒鉄球地下の監獄エリアに送られる。

 

「……離せ」

 

俺の腕を振り払うハチマン。そして、そのまま出口に向けて歩く。

 

「お前らみたいな雑魚に、攻略組なんてできるわけないだろ。自惚れるな。これは、ゲームであって遊びじゃない。死だけがリアルの悪趣味なクソゲーだ」

 

そう言い残して、ハチマンは去っていく。

 

俺はまた彼を止められなかった。何度も同じことを繰り返している。

 

SAOが始まってから今日まで、俺は全く成長していない。アバターのレベルは上がっても、本体は無力な子どもだと改めて思い知らされた。




結構原作のヒッキーの性格を守ってきたつもりでしたが、今回は無理です(あくまでもつもりです)。

今回は、ヒッキーのやってることを外から見ると、分かる人以外には意味わかんないよね、的なことを書きたかったのです。


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第2章
第18話


おかしい……この時期時間に追われるようなことがあってたまるのでしょうか……。

最近変わったことといえば、バイト先を変えて労働基準法を大幅に破って労働しているだけ……間違いなくそれですね☆


第三十層、フロアボス《ライトニング・ユニコーン》

 

その名の通り、雷を纏う角を額に生やした馬。事前情報により、対麻痺POTの準備は万全で、苦もなく撃破。犠牲者ゼロ。

 

第三十一層、フロアボス《オベリスク》

 

石柱を体とする石の巨人。体の硬さにより武器を失うプレイヤーは少なくなかったが、攻撃は低速で命中率は低い。犠牲者ゼロ。

 

第三十二層、フロアボス《ボア・グラディエーター》

 

頭が豚、体は人の半豚半人の亜人型モンスター。片手斧を巧みに使うかなり手強いボス。血盟騎士団団長ヒースクリフの神懸かり的なヘイト保持による充分な休憩が取れた。犠牲者ゼロ。

 

第三十三層、フロアボス《クラッシュ・ドラゴン》

 

翼の捥がれた破壊竜。飛行機能はないが、広範囲高威力のブレスと、長い尾を全方位に振り回す攻撃が厄介。モーションに入った後でブレスを中断させる方法は見つからず、逃げ遅れたプレイヤーと、そいつを助けに行った仲間の一人が直撃。犠牲者二人。

 

その後第四十五層まで、フロアボス攻略において犠牲者はなし。

 

俺はその全てにソロとして参加し、生き残ってきた。

 

黒猫団の動向については、知らないし調べる気もない。ただ、キリトは三十層以降一度もボス戦に顔を出していない。

 

ただ、鼠が度々仄めかしてくるので、生きてはいるのだろう。まぁ、キリトが死ぬところなんて想像できないが。

 

なんにせよ、LAマニアの異名を持つキリトが攻略にいないことで、LAボーナスは幾分か多数のプレイヤーの手に渡った。俺も今終わった第四十五層のボス《フレイム・ナイトリーダー》からLAボーナスを入手していた。

 

《ブラックセンス》、波打つような刀身のフランベルジュと呼ばれる長剣。両手剣カテゴリなので使うことができるのだが、ステータスが足りず装備できない。

 

これが両手剣以外ならすぐさま換金したのだが。ステータス要求値が高いということは、それなりに強い武器なんだろうし。

 

そのうち使えるようになるだろう、とブラックセンスの詳細ウインドウを閉じる。

 

アクティベートなどする気は更々ないが、武器のメンテナンスをしなければならない。ここからだと一番近いのは第四十六層の主街区だろう。

 

俺は颯爽と四十六層に続く階段へ向けて歩き出す。

 

「ちょっと待ちなさい。今日は逃がしません」

 

後ろから襟首を引っ掴まれて仰け反る。

 

「……おい」

 

このやり取りも恒例になりつつあった。文句を言いつつ振り返ると、確信の通りそこにいたのは、栗色の髪を靡かせる少女。白と赤の団服に身を包む彼女は不機嫌そうな表情で腕を組む。

 

「おい、じゃないでしょ。ほんとに君は毎回……」

 

今度はため息を吐くアスナ。ため息吐きたいのはこっちだっての。毎回毎回襟首掴みやがって、襟首以外掴めねぇのか。怒るところそこかよ。

 

「わかってると思いますが、一応言います。ギルド《血盟騎士団》に入団してください」

 

「わかってると思うが、一応言う。断る」

 

意趣返しというほどでもないが、彼女の言葉をそのまま使って断る。

 

このやり取りは既に十数回行われたものだ。もはや定型化されている。「いいじゃないの〜」に対する「ダメよ〜、ダメダメ」みたいなものだ。

 

「ソロに限界があるのはわかってるはずです」

 

「ぼっちにチームプレイなんか強いる方が限界がある。それに戦うだけならソロで充分だろ」

 

「危険な状況になったら、一人でどうやって対処するのよ」

 

「そうならないために一人でやってんだろ。一人だから切り抜けられない状況なんてそうない、ボス攻略くらいのもんだ。そのボス攻略のときは余ったパーティーに所属してるんだから、文句を言われる筋合いはないな」

 

段々とアスナが不機嫌になっていくのがわかる。怨念とか出してそう。鬼呪装備でも持ってんの?

 

彼女がこれほど俺に固執するのには、とある理由がある。

 

黒猫団を抜けてすぐ、どこから聞きつけたのかアスナは血盟騎士団の業務の一環として俺を勧誘にきた。

 

そこでアスナはサチの死を知り、少し感情的になった。簡単に言えば、彼女は俺を責めた。それに対して俺も子どものように逆ギレしてしまい、アスナに対して「ごっこ遊びに付き合う気はない」と言ってしまった。

 

その発言に烈火の如く怒ったアスナは、ことあるごとに血盟騎士団を認めさせようとしてくる。

 

「まぁ、落ち着きなよ二人とも」

 

睨み合いを続ける俺とアスナの仲裁をするように割って入ってきたのは、ギルド《聖竜連合》のリーダー、リンド。元々はディアベルのパーティーにいたプレイヤーだが、同じパーティーだったキバオウと仲間割れし、聖竜連合を結成した。

 

「ハチマンくん、KoBが嫌なら、ウチにくればいい」

 

KoBというのは血盟騎士団の英名《Knight of Blood》の略だ。ちなみに聖竜連合はDDA、アインクラッド解放軍はALS。正式名称は忘れた。SAOといい、三文字が好きな連中だ。

 

「……リンドさん、それはお断りしたはずっすけど」

 

ゲームの中ではリアルは関係ない、と敬語を使わない連中(キリトや鼠など)もいるが、わざわざ不遜な態度で波風を起こしたくない俺は、明らかに歳上のプレイヤーには敬語を使うようにしている。

 

「そうです、彼は血盟騎士団に所属します」

 

「しないから」

 

どさくさに紛れてなに言ってんの。

 

「しかしだね、アスナさん。血盟騎士団には君やヒースクリフさんがいる。他にも凄腕プレイヤーが多数だ。その上ハチマンくんまで取られてはバランスが取れないだろう?」

 

肩を竦めるリンド。この人もなに言ってんの……。強すぎるからそれ以上強くなるな、なんて本気で言ってんのか?

 

確かに普通のMMOならば、組織ごとの強さが違い過ぎればバランスを取るのもありだろう。突出しすぎた存在は、ゲームをつまらなくさせる。

 

けれど、これはデスゲームなのだ。強さは幾らあっても足りないし、バランスなど気にしても得はない。なんなら強過ぎるギルドに攻略を一任してしまえば、自分は危険を冒すことなくゲームをクリアできる。

 

それをリンドがしないのは、この世界で強ギルドの地位を守りたいからだ。二大、三大ギルドの一角などという呼び名に拘っているからだ。

 

あまりよくない噂も最近出始めている。リンドはこの世界が相当お気に入りらしいな。

 

「ふむ、一理あるが、決めるのは彼だな」

 

「だ、団長!」

 

横合いから聞こえてきた声に反応し、アスナが姿勢を正す。とうとう団長殿まで出てきたよ……。

 

俺はげんなりしながら「……ども」と軽く会釈する。っていうか、なんでどっちに入るか、みたいな感じになってんの?

 

「私は団長としての仕事が忙しくてね、なかなか攻略には赴けないから君のような対Mob要員がいてくれるのは助かるのだがね」

 

だからバランスが崩れるというほどではない、とでも付け足せば完成だろうか。ヒースクリフは微笑を湛えたまま続ける。

 

「アスナくんもお気に入りのようだし、君には相応の地位を用意するが?」

 

「ヒースクリフさん、抜け駆けはなしですよ。ハチマンくん、DDAでも相当のポジションを用意しよう」

 

なんか知らんがおっさんが二人で俺を取り合っている。やめて!私のために争わないで!

 

「……入る気ないですし、そういうの不満が生まれるんじゃないすか?」

 

「ならばこうしよう」

 

そう言って、ヒースクリフは紗蘭と剣を抜き、剣と盾を構える。え、入らないと殺すってやつですか?

 

戦慄する俺の眼前にピコンという音とともにウインドウが現れる。内容は『ヒースクリフさんからデュエルを申し込まれています』というものだ。

 

「…………」

 

「どうした、抜かないのかね?」

 

「……いや、これ俺がやる理由ないでしょ。勝っても負けてもメリットないし。そもそも俺は対人戦苦手で、対戦相手は最強と名高い団長さんじゃ割に合わない」

 

「そうですよヒースクリフさん。抜け駆けはなしだと言ったはずです」

 

突っかかるリンド。そうですよとか言っといて自分のこととか、この人やっぱり馬鹿だろ。

 

「ならば、要求を提示したまえ」

 

リンドを無視して、ヒースクリフは構えを解くと、俺に告げる。一瞬頭に『世界の半分を寄越せ』という文言が浮かぶが関係ない。

 

このまま《No》を選び、転移結晶で逃げようかとも思ったが、次回に持ち越しになるだけだろう。俺にはやらなければならないことがある。血盟騎士団などに入って、その阻害となるのは避けたい。

 

……俺は、彼女を殺した世界を終わらせる。

 

そして、彼女を殺す原因を作ったあの男を、現実世界で探し出して殺す。

 

俺は覚悟を決めると、大きく息を吐く。

 

「……じゃあまずは場所を変えません?」




彼が恨むのはレッドなんて小さなものではありません。だってレッド関連してないし。


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第19話

アニメはかなりぶっ飛んだ構成になってましたね。相変わらず川なんとかさんはカットされるし。


彼の要望通り、わたしたちは場所を血盟騎士団がホームにしている四十層の主街区の外れに移した。

 

さっきまで団長とハチマンくんを取り合っていたリンドさんは、デュエルで決着をつけると決まるや否や「これでは勝ち目がないな」なんて言って去っていった。

 

彼もギルドのリーダーとして忙しい日々を過ごしているため、団長やハチマンくんとの一対一に勝利する自信はないのだろう。たとえハチマンくんに勝てても、その後団長に勝てるはずがない。

 

団長とデュエルをして勝てるプレイヤーなんて、いるはずもない。それほどまでに団長は圧倒的に強い。

 

もうそれなりの期間、血盟騎士団としてアインクラッドを攻略しているけれど、わたしもそれ以外の誰も、団長のHPバーが黄色になったところを見たことがない。

 

卓越した盾捌きと、的確な剣撃。間違いなくこのアインクラッドで最上級の腕前だ。

 

始めの頃はβテスターで、LAマニアや黒の剣士と呼ばれているキリトくんが最強かと思っていたけど、彼でも団長には及ばないだろう。

 

「さて、要望通り場所は変えたが、これだけではないんだろう?」

 

「……ええ。デュエルは《初撃決着モード》でお願いします」

 

そう言うと、ハチマンくんは背中に吊るした長剣に手をかける。まさか、要望ってそれだけ?

 

団長も同じことを考えたようで、怪訝そうな表情で尋ねる。

 

「それだけかね?」

 

「いや、そりゃ他にもありますけど、デュエルで勝てなきゃ言うだけ無駄じゃないですか。残りは勝てたら言いますよ」

 

ハチマンくんはそう言って、肩を竦める。確かに、ハチマンくんが勝てなければ、通るのは団長の意見のみ。

 

「……だけど、捻くれてるなぁ。勿体ぶっちゃって、格好いいとか思ってるの?」

 

「ちょっと、聞こえてますよ。むしろあれこれ要求して、あっさり負けちゃったりした方が恥ずかしいだろうが。つかお前なんでいるの?暇なの?帰って副団長として仕事しろよ。仕事ないなら攻略しろよ」

 

「むっ。そういう君こそ、全然最前線でマッピングとかしないじゃない」

 

「あ?俺はあれでいいんだよ。俺は攻略組に元オレンジって知れ渡ってるからな。俺がダンジョンにいたら他のプレイヤーが攻略に集中できねぇだろ。むしろ俺は攻略してないときが、一番攻略してるまである」

 

元々濁っている彼の目は、言葉を重ねる度にどんどん腐っていく。

 

「……はぁ。もういいわよなんでも。けど、血盟騎士団に入ったらきちんと攻略に参加してもらいますからね!」

 

「……いや、なんでお前が偉そうなんだよ。今から勝負するの団長さんだろ」

 

「あれがアスナくんのいいところでもある」

 

「それでいいのかよ……」

 

うへぇ、といった表情をするハチマンくんの前に、再び決闘申請のウインドウが現れる。ハチマンくんは軽くため息を吐くと、一瞬だけわたしを見た気がした。気のせい……?

 

気だるそうに指を動かすと、二人の正面にデュエル開始のカウントダウンが出現した。

 

五十秒。団長は腰の剣を抜く。

 

三十秒。ハチマンくんは背中の長剣を面倒そうに抜剣する。

 

十秒。団長は盾を正面に構え、ハチマンくんは両手剣を握り直す。

 

「先手は譲ろう」

 

「いや、元から後の先タイプでしょう?」

 

ゼロ秒。デュエルスタートと同時にハチマンくんは駆け出す。彼の言った通り、団長のスタイルは後の先を取るものだから、譲られようとそうでなかろうとハチマンくんは攻め込むしかない。

 

そして彼の得物は両手剣。一撃が重くリーチも長いが、フロアボスの攻撃さえ容易く受け止める団長とは相性が悪すぎる。ソードスキルを撃ったとしても、防がれるか躱されるかして、硬直を狙われて負ける。

 

だとすると、彼の取れる選択はソードスキルを使わず、団長の間合いに入らないように攻撃することくらいだろう。

 

そんな風に分析していると、彼はわたしの予想に反した行動を取った。彼は走りながら、ソードスキルの構えを取る。

 

MMO初心者だったわたしも、一年以上このSAOで過ごしてきて大体のスキルやアイテムは把握している。ハチマンくんは両手剣を右下段に構えている。

 

彼が使おうとしているソードスキルは六連撃の《ファイトブレイド》。確かに両手剣の中では最も対人向けの技だけど、団長に通じるとは思えない。

 

団長は微笑を崩さず、初撃が来るであろう場所に盾を構える。

 

と、ハチマンくんのソードスキルが発動する寸前、彼が妙な行動を取ったように見えた。

 

「……なに!?」

 

団長の表情が驚愕に変わる。団長は盾をソードスキルの軌道上に完璧に配置しているにも関わらず、後ろに下がる。

 

けれどそのときにはハチマンくんのソードスキルは発動していて、両手剣の広範囲のダメージ圏内からは逃れきれず、盾で受ける。

 

ハチマンくんの右切り上げは、その盾を斬り飛ばし、そのまま団長の身体に斬り傷をつける。

 

「なに、今の……」

 

思わず声を出す。あり得ない光景を目撃してしまったのだから、驚愕するわたしを責められる人間はいない。

 

団長の盾がただのエフェクト光へと四散する様子を呆然と見ていた。手ぶらの団長は眉間に皺を寄せてハチマンくんを睨んでいる。

 

団長が負けた……?しかも、それだけじゃなくさっきの現象は一体……?

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

「え……?」

 

わたしはハチマンくんの声に反応して、そっちを見る。今日は一体何度驚愕すればいいのか。

 

額に冷や汗をかく彼の腹部には、先ほどまで団長の手にあったはずの片手直剣が深々と刺さっていた。

 

「まさか……あの一瞬で?」

 

二人の中間地点に、『Draw!』という判定のウインドウが出現した。

 

「あり得ない……」

 

我知らず呟く。耐久値が少なくなっていれば、攻撃によって残りを削り切ることでそれが盾であろうと砕くことはできる。けれど団長がそんなミスをするとは思えないし、なによりその場合は盾が切断されるなんてことはない。

 

それよりなにより、あり得ないのは団長の方だ。ハチマンくんの動きに気を取られすぎて団長の攻撃は見逃したけれど、先に攻撃を始めたのは間違いなくハチマンくん。

 

両手剣が他と比べて攻撃速度が遅いとはいえ、後出しでソードスキルよりも早く攻撃を当てるなんて、もはや人間業じゃない。

 

「…………」

 

団長は静かにハチマンくんを睨み続けている。ハチマンくんはといえば、お腹に突き刺さったままの団長の剣を四苦八苦しながら抜いている。

 

「……引き分けだが、どうする?どちらの条件も通すか、あるいはどちらも通さないか」

 

「考えるまでもなく後者でしょう。あなたの部下にされるんなら、俺の要求はほとんど通らないんだから」

 

ハチマンくんは引き抜いた剣を団長に投げ渡す。

 

「その要求とはなんだったのかね?」

 

「大したものじゃないですよ。引き分けても負けても意味はなさなくなる」

 

「では、仕切り直すかね?」

 

「遠慮しときますよ。取って置きの反則技を初見で躱した挙句反撃してくるような化け物に勝てる気がしないんでね」

 

肩を竦めて、剣を鞘に収めるハチマンくん。そしてそのまま帰ろうとする彼を慌てて止める。

 

「ちょっと!さっきのはなにか説明しなさい!」

 

「嫌だ。……俺は一応負けてない、ということは血盟騎士団にも入っていない。ならお前の命令に従う理由もない」

 

本当に、心底気だるそうに答える彼に、心底怒りが沸き起こる。どうしてこの男はいつもいつもこうなのか。

 

はぁ、とこめかみを押さえて大きくため息を吐く。顔を上げると、ハチマンくんは逃げ去った後だった。気持ちを落ち着かせるための行為だったけれど、余計に苛立ちを募らせてしまったようだ。

 

「……彼がこの場面、状況であれを使うとは。図らずも面白いことになりそうだ……」

 

「え……?」

 

団長の声は小さすぎて、よく聞き取れない。歩き始めた団長の後ろをついて歩く。両手剣のソードスキルを受けても、団長のHPバーはイエローになることはなかった。

 

・ ・ ・

 

第四十層主街区《レトワルト》。さっきまでヒースクリフと対峙していた場所から足早に離れ、そろそろ大丈夫かと立ち止まる。

 

アスナがつけていないことを索敵で確認し、その場に崩れ落ちる。

 

うああああ!恥ずかしいよぉぉぉ!勝てなかったよぉぉぉ!自信満々に「勝ったら言いますよ」とか言っといて引き分けちゃったよぉぉぉ!

 

……もうボス攻略行きたくない。記憶を消すアイテムとか存在しないのかな……?アスナがあの場にいた時点で想定外だし、引き分けだなんてシステムがあったのも予想外だ。

 

というか反則技まで使っても勝てないヒースクリフはなんなの?もうあいつ一人でボス攻略すればいいんじゃねぇの?

 

「ちょっと、他人の店の真ん前で打ちひしがれるのやめてくれる?あたしの店の評判が悪くなったらどうすんのよ」

 

「あ……?」

 

見ると、不機嫌そうな顔の少女がそこには座っていた。ただ座っているのではない。《ベンダーズ・カーペット》という、アイテムを路上に広げるためのアイテムを使用している。

 

つまりはこのピンク色の髪の少女は商人プレイヤーだ。そしてここは彼女の露店の前、ということだろう。

 

「……あ、ああ。悪い」

 

軽く謝罪をして、立ち上がる。所有者以外はカーペットの上のアイテムを動かせなくなるという魔法の絨毯の上には、様々な種類の武具が並んでいる。ということは、この少女は鍛冶屋か。

 

「なに、興味ある?買っちゃう?それともメンテとかする?」

 

「あ、いや……間に合ってる」

 

「えー!買いなさいよー。ほら、これとか結構いい出来なんだけど。あんたは……両手剣使いなのね。ならこれは?ほれほれ!」

 

ピンク髪の少女は両手剣をぐりぐりと顔に押し付けてくる。刃物顔に押し付けてくるとかなんなのこの娘。ええい、ウザい硬い冷たい鬱陶しい!

 

「いや、いらねぇって。俺も一応攻略組だから、そのレベルの武器じゃ役に立たないし」

 

「うっわ!ひとが気にしてることあっさり言いやがったわよこいつ。……はぁ、でもその通りなのよねぇ。まだまだ鍛冶スキルの熟練度が足りてなくて」

 

ガチ凹みのピンク髪。なんだか悪いことをしてしまった気分だ。地面に『の』の字書くとか落ち込み方古いだろ。

 

「なんていうか……あれだ。最前線じゃ無理かもしれないが、この層あたりならいけるだろ。熟練度はこれから上げればいいんだし」

 

「そうよねー、じゃあ手伝って?」

 

「は?」

 

え、急に笑顔になったんだけどこいつ怖い。じゃあってなんだよ、じゃあって。全く文脈に繋がりが見えない。

 

「だからー、あたしの鍛冶スキルが上達するように、あんたがインゴットとか色々持ってきてくれればいいのよ」

 

「それ俺になんの得があるんだよ。働き蟻か」

 

俺は働かない方の三割でいたいと思います!

 

「ならメンテとかタダでやってあげるから。これでおあいこでしょ?」

 

「釣り合ってねぇだろ……。ていうかそれも練習として利用するつもりだろ」

 

「……ばれたか」

 

チッと舌打ちする少女。貢がせておいて更に練習台にまでするとか、こいつ以外と頭いいな。

 

「あっ!心が痛い!さっき誰かさんに酷いこと言われたから心が痛いなー!」

 

「ぬぐ……」

 

そこを突かれると、多少の罪悪感がある俺としても心が痛い。

 

「まーまー、少年。そう難しく考えないっ。あんた攻略組なら迷宮区とかでレベリングするんでしょ?そん時にドロップした必要ないインゴットとか、分けてくれればいいのよ」

 

「そういうのはそれ系のプレイヤーに依頼をだな……」

 

「いーからそういうの。メンテもタダでしてあげるし、なんならあたしがマスタースミスになったら半額で武器作ってあげるわよ?」

 

「……タダじゃねぇのかよ」

 

呆れた商売人魂だ。

 

「はいけってーい!じゃあ早速明日からよろしく。あたしはリズベット」

 

そう言ってピンク髪の少女ーーリズベットは右手を差し出す。俺は握手には応えず、名前だけを告げる。

 

「……ハチマンだ」




ユニークスキル登場!まぁ、察しはついてましたよね。

ただ、彼がどのユニークスキルを持っているかを把握しているあの人には一歩及ばず。そしてユニークスキルはまだ内緒ということで。

たった一撃の勝負を書くために3000文字使ってしまいました(笑)

書きたいことは山ほどあるし、伏線なんかも入れたいんですが、まだまだですね。精進します!更新おそくてごめんなさい!

言い忘れてました。お気に入り600突破ありがとうございます!


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第20話

読み直した結果、血盟騎士団の前のホームは三十九層だということが判明しましたごめんなさい。ちょっと大所帯になったんで、段階的にホームを移していって、最終的に五十五層のグランザムということにしてくださいごめんなさい。


本格的な冬が訪れてきたこの頃。このSAOにも、冬は来る。正式サービスの開始が一年と一月ほど前なため、冬が来るのは二度目だ。

 

アインクラッドは大寒波に見舞われ、特定の層を除いてほとんどの層に雪が降り積もっていた。ふわふわと雪が天から舞い降りてくる光景は、なかなか乙なものである。……これだけ積もるとちょっぴりワクワクしてしまうから困る。

 

しかし仮の体であるアバターでも寒さは感じてしまう。別に寒さを無視したからといって、風邪をひいたり凍死したりするわけではないと思うが、精神的にキツいものがある。

 

俺は寒さに負けて買ってしまったマフラーを口元に引き上げる。このマフラーは装備品というよりは、装飾品だ。ステータスに関与しない分、筋力パラメーターに負担がほとんどかからない。ゆえにボス攻略の場で身に付けていようと、さほど問題はない。

 

第四十六層フロアボス《スノーラビット・イン・ワンダーランド》の攻略の最中、そんなことを考えていた。

 

真っ白な体に紅い目。後ろ足のみで立ち、スーツを纏ったそれは絵本に出てくるあれと一致する。しかし白ウサギと違うのは、こっちのウサギは巨大なメイスを携えている、という点だろう。

 

顔もリアルに作り込まれ過ぎていて気持ち悪いが、絵本の絵もこんな感じだったような気がする。

 

俺は血盟騎士団、聖竜連合、その他小さなギルドの混成部隊が雪ウサギと対峙するのを横目に、今日も取り巻きを掃討する。

 

「寒っ……」

 

不意に来た冷たい風に体を震わせる。この寒い時期に、よりにもよってボスは雪ウサギ。迷宮区内は雪は降らないが、気温は外と変わらない。それどころか、日光が当たっていない分余計に寒く感じる。

 

ソードスキル《ブラスト》。わらわらと集まってくる取り巻きのモンスターを、二連撃ソードスキルで全体的に削る。四体のモンスのHPが二割まで減少し、俺はソードスキルを使わずにその残りを削り切る。

 

mobが四体とも消え、リポップまで時間ができる。俺は一息つくと、ボスとの戦いに目を向ける。戦いが始まる前に言われたヒースクリフの言葉を思い出す。

 

『君ばかりが見せるのは些か不公平だ。先日のお礼に、今日は私が披露しよう』

 

薄い笑みを顔に貼り付けたまま、ヒースクリフはそれだけ言って去っていった。先日、というのはどう考えても前回のボス攻略でのデュエルのことだろう。俺の反則技に対し、ヒースクリフも反則的な反応速度で引き分けた決闘。ちなみに、世間的には俺が逃げて決闘は行われなかった、という結論に至ったらしい。

 

あの技を使用する際にはヒースクリフからは見えないように隠したつもりだったが、やはりもう暴かれていたのか?あれは攻撃力が高すぎて、本来ならデュエルで使っていいものではないが、ヒースクリフはタンク型で防御、体力ともに高い。

 

だからクリティカルさえ出なければ七割削る程度で済むと考えて使用したが、考えが浅かったか。……いや、初見で躱したあの男が規格外すぎる。多分野生の勘とかいうやつだ。

 

これがバスケのゲームだったら、《天帝の目》とかめっちゃ使ってきそう。むしろゲームじゃなくても使ってきそう。……なら、僕は影だ。

 

影が濃いほど、光はその輝きを増す。つまり影が薄い俺では光を際立たせることはできない。QED証明終了。……パスするどころか、パスをもらえないまである。そもそもぼっちの俺には相棒がいない。

 

「っと」

 

馬鹿なことを考えている間にリポップしたmobを、ソードスキルで両断する。素早いタイプのモンスではないので、当てるのは容易い。

 

残りのmobたちは、俺ではなく他のプレイヤーにタゲを取ったようだ。集まりすぎて困っている様子はないし、放っておいて構わないだろう。

 

俺はまたボスを相手取っているパーティーたちに目を向ける。ヒースクリフのあの言葉が、どうにも気になってしまう。

 

雪ウサギはその短い腕で器用に杖、恐らくは片手棍に分類されるであろう武器を振り回している。タゲを取っているのはやはりというか、ヒースクリフだ。

 

そしてそれは唐突に、しかし静かに起こった。

 

雪ウサギがソードスキルの構えを取ると、ヒースクリフは俺が見ているのを確認するように視線だけを一瞬向けてくる。

 

そして元々強大な膂力に、システム的にアシストされた片手棍が暴威を振るって、ヒースクリフに襲いかかる。

 

ヒースクリフはそれを、左手に持つ盾で弾き返した。

 

「…………は?」

 

俺はここがボス部屋だということも忘れて、呆気に取られていた。いや、俺だけではない。あの瞬間を見ていたプレイヤー全員がその場に凍りついたように立ち止まり、ヒースクリフに釘付けになる。

 

ソードスキルを弾かれてノックバックする雪ウサギ。その無防備な腹部をヒースクリフは狙う。二撃、三撃と入れ、そこから繋げるようにソードスキルの構えを取る。

 

しかしそれは元片手直剣使いの俺も見覚えのない構え。そして放たれた剣撃は、見たことのないものだった。

 

そのまま全員が唖然と見守る中、ヒースクリフは一人で雪ウサギを斬り殺した。

 

クリアの文字と共に全員に経験値とコルが分配されたが、誰一人として身動ぎしない。視線の先にあるのは血盟騎士団団長ヒースクリフ。

 

 

フロアボスという、この層における最難関をほとんどただ一人で打倒した。

 

誰もが言葉を失う中、真っ先に口を開いたのは意外にもアスナだった。

 

「だ、団長!今のは一体……?」

 

「ふむ。アスナくんにも見せるのは初めてだったな。あれはエクストラスキルだ」

 

ついうっかり、という表情のヒースクリフ。どうやら副団長であるアスナにも秘密にしていたらしい。なんだ、うっかりか。ヒースクリフも可愛いところあるな。……無いな。

 

秘密にされていた当のアスナは、少し食ってかかる。まぁ、副団長にまで秘密にしてたら、組織内の信頼関係が薄れるしな。

 

「……団長にも考えがお有りでしょうけど、私にくらいお話しして頂いてもよろしかったのでは?」

 

「君の言う通りだな。しかしあれを見せてしまうのは色々と都合が悪くてね。出現条件も分からない。余程のことがなければ披露する気はなかったのだが……彼に触発されたのだよ」

 

そう言うとヒースクリフは全員の視線を誘導する。その先には俺。

 

「……やはり、先日の彼のスキルも?」

 

「恐らく同じ類のものだろう。いくら調べようとも、あのようなソードスキルは見つからなかった」

 

たった今、圧倒的な力を見せたヒースクリフ。そいつと同等のスキルを所持していると示唆された俺。視線はこの二箇所に集中する。

 

というか、俺のことまでバラす必要ありましたかね。嫌がらせ?もしかしてこの前相討ちになったことを根に持って、その腹いせに嫌がらせしてるんじゃねぇだろうな。

 

「無論私の方も調べたが、やはり同じスキルを持つ者は存在していない。つまりは今現在、我々専用のスキルということだ。……仮に、『ユニークスキル』とでも名付けよう」

 

「ユニークスキル……」

 

部屋全体がざわつく。『ユニークスキル』、何故かなんの違和感もなく、その言葉を受け入れることができた。元々用意されていた言葉だったかのように。

 

「それで、ヒースクリフさん。そのスキルの名は?」

 

ここでリンドが前に出てくる。スキル名を聞くのは、そのスキルを持っている者を探し、自分のギルドへ勧誘するためだろう。まだ専用と決まったわけではないし、これから何人かに出現するかもしれない。

 

「『神聖剣』、スキル欄にはそう表記されている」

 

「神聖剣……」

 

俺も、アスナも、リンドも、その名を呟く。

 

「ハチマンくん、君のも教えてくれないかね?」

 

不意に、しかも遂に名指しでヒースクリフに尋ねられる。……嫌だ。この流れで絶対言いたくない。そもそも今後を考えるなら、ここで全否定をしておくのが吉だろう。

 

「……いや、なんのことか分かんないですね。俺はその、ユニークスキル?とかいうのは持ってないですし。ヒースクリフさんの勘違いじゃないですか?」

 

「……はぁ」

 

俺がすっとぼけると、アスナは頭痛でもするのかこめかみを押さえる。この場で俺の『ユニークスキル』を目撃したのはヒースクリフとアスナだけだ。

 

見ていない連中はヒースクリフの言葉で、俺が持っているという認識を得たわけだが、あれだけの威力を誇るスキルがそうそうあるとは誰も思わないし、あっても俺なんかに出現すると普通は誰も信じないだろう。

 

ならば俺自身がそれを否定すればヒースクリフの言は、自分から注目を逸らすための狂言となる。

 

「ならば私の盾を両断したスキルを教えてもらえるかね?」

 

「……いや、それは」

 

「両断?」「盾を?マジかよ」などとちらほら呟きが聞こえてくる。まずい、一瞬でも返答に詰まったこっちが不利だ。そこまでして俺のスキルを暴こうとしてくる理由はなんだ……?

 

他のプレイヤーが根掘り葉掘り聞いてくるならいざ知らず、ヒースクリフは既に強力なユニークスキルを獲得している。なら出現条件の特定が狙いか……?

 

なんと答えるべきか考えていると、ヒースクリフは追撃をかけてくる。

 

「どうした?答えたまえ」

 

「ひ、秘密?」

 

「…………」

 

うわぁお、視線がとっても痛い。ただでさえぼっちは視線に敏感なのに、このままでは肌荒れを起こしてしまう。

 

「……じゃ、じゃあ俺はこれで」

 

軽く会釈して、足早に立ち去る。誰も止める者はいない。今の俺は誰にも止められない。

 

ともかく、これが第四十六層のボス攻略の全容である。

 

・ ・ ・

 

ボス部屋を離れ、四十六層の迷宮区を歩く。転移結晶を使うのはもったいないので、レベリングを兼ねて主街区へと戻っている途中だ。例のスキルの熟練度上げも忘れない。

 

ピコン、という電子音がメッセージの受信を報せる。唯一フレンド登録している鼠かと思ったが、ウインドウを開くと届いていたのは簡易メッセージ。しかも差出人はヒースクリフだった。

 

『血盟騎士団は君を受け入れる準備がある。煩わしい喧騒に嫌気が差したなら、いつでも来たまえ。』

 

……あの野郎。自分のスキルを公開したのも、俺を巻き込んだのも、これが狙いか。確かに、『神聖剣』という話題のユニークスキルを所持しているヒースクリフの軍門に降れば、俺がユニークスキルを持っていてもそこまでの話題にはならないだろう。

 

「随分と性格の悪い……」

 

苦笑し、ウインドウを閉じる。あれで誤魔化せたとは思えないが、確証がなければ言いふらされることもないだろう。少なくとも大勢から質問責めにあうことはないだろう。

 

「Ha、ようやく会えたな『初代犯罪者(オリジン)』」

 

「あ?」

 

唐突な声に振り向くと、そこには不気味な出で立ちの男が一人立っていた。



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第21話

PaNさんとの邂逅後編。相変わらず話は進まないのです。


フードの付いた黒いポンチョを纏う男。フードを深く被っているため、顔は半分ほど見えないが、左側に大きな傷が見て取れる。十字なら人斬り抜刀斎の可能性もあったが、一文字なので恐らく飛天の剣は使わないだろう。

 

「Ah、間違いねぇ。その目、その濁りきった瞳。犯罪者(おれたち)の仲間だ」

 

……めちゃくちゃ失礼なこと言われてるんですけど。いや、確かに元オレンジですけどね。

 

過去例をみないレベルの罵倒に、少し目頭が熱くなる。だが、それでも目の前の男から注意を外さないようにする。背筋を汗が伝う。

 

ぼっち生活で鍛えられた観察眼が告げている。この男はヤバい。

 

「……犯罪者(オレンジ)じゃないな、殺人者(レッド)か?」

 

犯罪を犯すとプレイヤーアイコンがグリーンからオレンジへと変わるがゆえに、犯罪者はオレンジと呼ばれる。しかしその中でもさらに禁忌を犯した者がいる。

 

デスゲーム、死が現実であるこのSAOでプレイヤーを殺した者、プレイヤーキラーのことは、レッドまたはPKと呼ばれる。

 

カーソルカラーは実際に赤になることはないが、その脅威から彼らはレッドと呼ばれるのだ。

 

「どっちでも大して変わらねぇだろ?」

 

「……っ!」

 

生唾を飲む。この世界で傷を付けようと、現実世界で本人の体が傷付くことはない。だからといって傷を付けていいというわけではないが、死にさえしなければ回復結晶一つでHPは全快する。

 

しかし殺してしまえば、現実で本当に死んでしまうのだ。彼女が二度と戻ってこられないように、現実世界のプレイヤーの脳は焼き切られる。

 

その天地も差がある二つの行為を大差ないと、目の前の男は平然と言った。

 

「おいおい、ここはゲームだぜ?楽しんでなにが悪い?」

 

「……これはデスゲームだぞ」

 

「Ha、だからこそだろ?スリルがあるってもんだろ。俺たちはみんな等しく茅場晶彦にこの世界に閉じ込められた被害者だ。この世界で生きていくことを強制された。仕方なくゲームをしてんだ。なら現実でなにが起ころうと、茅場のせいってことだろ?なぁ!」

 

黒ポンチョの男は突然距離を詰め、服の下から中華包丁のような剣を抜き、斬りかかってきた。

 

俺は咄嗟に両手剣で斬撃を防いでしまう。

 

「ちっ……!」

 

「あぁ?」

 

中華包丁を防いだ俺の両手剣は、受けた場所からボッキリ折れる。折れた刀身も、残った柄も青い光となって消える。手ぶらになった俺は二メートル程度後ろにバックステップで下がる。

 

「反応は上々……まぁ、使ってる武器はゴミだが。ボス攻略の後だからか……?」

 

怪訝な顔をする黒ポンチョの男。そりゃそうだろうよ、俺だって実際に折ったのは三回目だ。両手剣なんてそうそう折れる武器じゃない。……ちくしょう、後で盛大な説教を喰らうことが確定してしまった。そう遠くない未来を嘆きながら、ポーチに手を突っ込む。

 

黒ポンチョの男は武器を肩に担ぐと、ニヤリと笑みを浮かべて武器を持たない方の手を差し出す。

 

「俺たちのギルドに来いよ、オリジン。もっとこのゲームを楽しもうじゃねぇの」

 

「……馬鹿か。たった今殺されかけて素直に手下になると思ってんのか?そんな厳つい顔して脳内お花畑なの?」

 

「こりゃ手厳しいな。だが、あんなもんただの挨拶だろ?それに、手下じゃなくて仲間だぜ?」

 

「断る」

 

即座に跳ね除ける。

 

あぁ、確かに俺とこいつは仲間だろう。どうしようもなく同じ穴のムジナだ。自分のために人殺しを目論む俺と、楽しむために人殺しをする奴。

 

だが、俺にはそんなことはどうでもいい。こいつが誰を殺し、どうゲームを楽しんでいようが関係ない。俺が殺したいのは茅場晶彦だけだ。

 

その邪魔をするなら相応の対応はするが、今こいつとの一対一で勝てるという確証はない。なら、答えは一つだ。

 

「ちっ、ただの腰抜け野郎だったか。……やれ」

 

「ヒャッハー!」

 

「……や、やっと、殺れる」

 

黒ポンチョの男が指を鳴らした瞬間、俺の背後から二つの声が聞こえてきた。その声はかなり近い。俺の索敵に引っかからないほどの隠密を修得している、ということだ。

 

恐らく振り返る前に何発かもらうことになるだろうが、そもそも振り返る必要もない。

 

「転移、《レトワルト》」

 

「なっ!」

 

「ちっ!」

 

前方に苛立ち、後方に驚きの声を浴びながら、俺の体は一時的にエフェクト光と化した。

 

・ ・ ・

 

エフェクト光から自分の体へと再構築される。それと同時に四十層主街区、レトワルトの転移門広場へと到着する。

 

はぁぁ、びびったぁ!てっきり黒ポンチョが攻撃してくると思ったのに、後ろに二人もいたとか……。ホントやめてもらえますかね不意打ちとか。

 

ようやく落ち着いてきたところで、改めて自分の体を見る。左の肩に二箇所、右腕に一箇所負傷した痕跡がある。圏内に入ったため、ダメージは止まっているが、傷はまだ残っている。

 

あの一瞬で二箇所か……。ダメージ値は大したことはないようだが。

 

振り向いて武器くらいは確認しておくべきだったかと軽く後悔しながら、次に接触してきたときの対処法を考えていると、不意に声をかけられる。

 

「ポチじゃないカ。お前がここにいるってことは、四十七層のアクティベートは終わったのカ……ってんなことお前がするわけないナ」

 

よくわかってらっしゃる。鼠とこんな場所で会ったのは驚きだが、都合がいい。

 

「……二つ、調べてもらいたいことがある」

 

鼠の目を見据えてそう告げると、鼠は意外だというように目を丸め、すぐにニヤリと笑った。

 

「なんでも教えてやるヨ」

 

・ ・ ・

 

それから数日経ち、鼠から調べがついたとの連絡が入る。ついでに手が離せない用があるからお前が来いと場所を指定される。こっちはお客さんですよ?お客様は神様です!鼠も商売人としてはまだまだだな。

 

指定されたNPCレストランへ入ると、フードを被ったおヒゲの少女がヒラヒラと手を振っている。応待してきたNPCに「あれです」と告げ、鼠の元へ向かう。

 

「げっ……」

 

「随分なご挨拶ね、ハチマンくん」

 

座席の陰に隠れて近くに来るまで見えなかったが、鼠の正面にはコーヒーを上品に啜るアスナ。いつも通り不機嫌そうな表情を浮かべている。

 

「いや、だからお前なんなの?暇なの?それとも俺のことが好きなの?」

 

「思い上がりは身を滅ぼすわよ。ていうか、滅ぼしてあげましょうか?」

 

「落ち着けアーちゃん。ポチが痛いのはいつものことだロ」

 

細剣の柄に手をかけるアスナを、鼠が宥める。鼠なら煽ってくるかと思ったが、まぁいい。

 

俺は席に着かず、というか着けず立ったまま質問する。

 

「なら鼠との用が終わってないのか?」

 

「そうだけど、君が先で構わないわよ。わたしも聞く必要がある話みたいだし。というか、座ったら?」

 

「いや、そのだな……」

 

眉をひそめるアスナ。いや、あなたたちがですね、四人掛けのテーブルに向かいあって座っているから、俺はどっちにも座り難い状況なわけでありまして……。

 

悩んでいると、それに気付いたのか鼠がいやらしく口角を上げる。

 

「ほらポチ、こっちに来イ。おねーさんと一緒に座りたいだロ?」

 

するとなぜかムッとするアスナ。

 

「話を聞くなら対面の方がいいでしょ」

 

「いや、なに張り合ってんだよ……」

 

どちらを選んでも外れなら、第三の選択肢を選ぶまで。俺は近くの誰も座っていない四人掛けのテーブルの一つに座る。

 

「……で、調べられたんだろうな」

 

「オレっちを誰だと思ってんだヨ。情報屋のアルゴ様を舐めんな、と言いたいところだが、依頼の完遂率は五十パーってとこダ」

 

「なら分かった範囲でいい。幾らだ?」

 

「いや、今回は後払いでいいヨ。オレっちとポチの中だしナ」

 

クック、と含み笑いをする鼠。……なにか企んでないよな?薄ら寒いなにかを感じながらも、話を進める。

 

「まず、ポチが襲われた黒いポンチョの顔に傷のある殺人者だが……お前これホントに知らないのカ?耳も駄目になってんじゃないカ?」

 

「『も』ってなんだ。目以外は否定するぞ」

 

「目は肯定するのね……」

 

アスナが軽く引いていた。

 

「まぁ、いいカ。その男のプレイヤーネームは《PoH》。殺人(レッド)ギルド《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》のリーダーだナ」

 

「殺人ギルド……」

 

ならば背後から仕掛けてきた二人も、そのギルドの一員ということか。

 

「奴はルールの穴を突く悪事に関しては紛れもない天才ダ。詐欺やらPKやらの手口には大体奴が関わってると考えていいだロ」

 

「……かなり前にあった鍛治詐欺や、圏外で食料に毒を仕込んで無抵抗の相手を殺す手法もか」

 

「そうだナ。PoHに関してわかってるのはこの程度だナ。もう一つ、ヒースクリフの《神聖剣》についてだが……」

 

ゴクリと唾を飲み込む。俺が鼠に依頼したのは、例の殺人者《PoH》の素性と、ヒースクリフの持つユニークスキルが本当にただ一人に与えられたものなのか、という二つの情報だ。

 

「オレっちの持つネットワークを駆使しても、神聖剣なるスキルを持つプレイヤーはヒースクリフ以外いなかっタ」

 

「まだ疑ってたの?」

 

自分のギルドの団長の言葉を疑われた副団長が、少しムッとしたように言う。

 

「考えてみろ。デスゲームとはいえオンラインゲームで、ただ一人にしか与えられないスキルなんてあり得ねぇだろ。不公平にもほどがある」

 

「それは……」

 

神聖剣はとてつもなく強力なスキルだ。フロアボスのHPをたった一人で、あっという間に三本も削ってしまえるほどに。それほどのものを、プレイヤーからは一切干渉できない基準で特定の誰か一人に与えられるというのは、オンラインゲームとしてはあり得ない。

 

「まぁ、ユニークスキルがあってオレっちたちが不利になることはないんダ。ありがたく攻略に役立てればいいんじゃないカ?」

 

ニシシ、と笑顔を浮かべる鼠。俺が最も引っかかっているのはその点だ。ユニークスキルは、茅場晶彦に利点が一つもないのだ。

 

あの男はチュートリアルで、目的は達成したと言った。この世界が目的だと。

 

「……まぁ、いいか。情報はこんだけだろ?幾らだ?」

 

ウインドウを開き、コルを支払う準備をする。しかし鼠は人差し指を立てると、チッチッチっと否定する。

 

「今回の報酬はコル以外のもので払ってもらおうカ」

 

「あ?俺レアアイテムとか全然持ってないぞ?」

 

「いや、オレっちが聞きたいのはポチの《ユニークスキル》のことだ」

 

「…………」

 

それが狙いかよ……。ヒースクリフのユニークスキルを探らせれば、俺も持っているという噂にも辿り着く危険性は考えていた。だがここまで一切俺のことには触れてこなかったため、油断していた。

 

しらーっと座っている副団長さんも恐らくグルだろう。なんなら情報源はこいつかもしれない。……そこまで知りたいもんですかね。

 

「今更支払えませんは無しだゼ、ポチ」

 

ヒラヒラとメモ帳らしき冊子を揺らす鼠。これは脅しだ。吐かなければ、俺のトラウマの暴露大会が始まる。明日から外を歩けなくなってしまう。

 

「ほら、さっさと言って。時間の無駄じゃない」

 

殴ってやろうかこの女。

 

「まずはスキル名からダ。嘘吐いたらわかってるだろうナ?後でウインドウ可視化してもらうからナ」

 

嘘も通用しないらしい。俺は意を決し、その名を告げる。

 

「……あ、《暗黒剣》」

 

「…………」

 

「…………」

 

一瞬、時が止まったかと勘違いするほどの静寂が身を包み、次の瞬間。

 

「うひゃひゃひゃヒャ!あ、暗黒剣!ぶはっ!駄目だお腹が痛イ!ポチが、ポチが暗黒剣!あはははははハ!」

 

「……くっ。ふふ……」

 

腹を抱えて転げ回る鼠女と、こっそり爆笑する血盟騎士団副団長。俺は糸の切れた操り人形のように机に突っ伏す。

 

……だから言いたくなかったのに。

 

次の日は布団に包まり、叫んでいただけで一日が終わってしまった。




暗黒剣の詳細はまた後ほど説明します。最近お気に入り登録が急増して嬉しいです。そのうちおまけでも書こうと思っています。サチが生きてたらシリーズとかちょっと書きたい。


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第22話

結構書いてるのに、話題にならないことで話題のケロ助です。
現在忙しすぎてなかなか早く書けませんが、来週はそんなに忙しくないような気がします。

……俺、夏休みになったらたくさん投稿するんだ……。夏休みだいぶ先だけど。


「はぁ!?また折ったぁ!?あんたふざけてんじゃないの!?」

 

キーンと耳鳴りがするほど大声で怒鳴られる。当の怒鳴ったピンク髪の少女、リズベットはまだギャーギャーと喚いている。しかしそれも仕方のないことなのかもしれない。

 

彼女と出会い、契約という名の都合のいいごんぎつねにされてから二週間。俺がへし折った彼女の作品の数は、先ほど七本になった。

 

「どんだけ耐久度重視にしたと思ってんの!?それを三時間で折って帰るって……わざとでしょ、わざとなんでしょ!?」

 

「いや、わざとじゃねぇって……」

 

柳眉を吊り上げるリズベットを、どうどうと落ち着かせる。

 

「考えてみろ、折ったのは俺じゃなくて、攻撃してきたモンスターだ。つまり俺は悪くない。なんならあの剣の仇は取っておいた」

 

「尤もらしいこと言ってんじゃないわよ!あんたが無茶な使い方するからでしょ!うわーん!」

 

剣のついでに、少女の心も折ってしまったらしい。産み出した我が子とも言えるべき作品を次々と破壊され、涙腺が崩壊したようだ。

 

「仕方ねぇだろ……。つかお前にも話しただろ」

 

「下手くそ〜!ゴリ押し〜!たまたまレアスキル持っただけの素人〜!」

 

「…………」

 

反論できないけど言い過ぎじゃないですか?わんわん泣き続けるリズベットに、なにもできず立ち尽くす俺。俺も泣きたくなってきた……。

 

なぜこうも武器を壊してしまうかというと、もちろんそれには理由がある。ひとえに、俺の持つユニークスキル《暗黒剣》のせいだ。

 

暗黒剣は両手剣からの派生(だと考えている)ユニークスキルで、使用するには『両手剣』を『片手』で持たなければならない。片手直剣や他の武器では発動しない。

 

特性としては、とにかく攻撃力の高さだろう。両手剣も高攻撃力広範囲のスキルだが、暗黒剣はその上を行く。というか、攻撃力だけ見れば同じ武器を使っても、両手剣の五倍近くの威力を出せる。神聖剣が攻防自在ならば、暗黒剣は攻撃偏重といったところか。

 

だが、やはり強大な力にはそれなりの代償が存在するのだ。

 

「暗黒騎士(笑)〜!」

 

「おい馬鹿やめろお願いします」

 

今現在、アインクラッドで唯一衆目にユニークスキルを曝した男、ヒースクリフ。元々騎士団長な上にユニークスキルが《神聖剣》なので、付いた二つ名が《聖騎士》ヒースクリフ。

 

それを聞きつけた鼠女が俺に付けたあだ名が、《暗黒騎士(笑)》だった。

 

鼠には高いコルを払って口止めし、同席していたアスナには全力で土下座して口止めした。アスナは快く(ドン引きして)承諾してくれた。

 

中学生の頃の俺ならば喜んだかもしれないが、今の俺はもう厨二病を患ってはいない。こんな二つ名を付けられ、あまつさえその名で呼ばれるようなことがあれば、宿に戻って一日中布団の中で叫ぶまである。

 

「暗黒騎士(笑)〜!」

 

「つかなんでお前が知ってんだよ……」

 

俺はまだ泣き止まないリズベットの容赦ない罵倒の嵐に耐え続けることとなった。……こいつに教えたのだーれー?

 

・ ・ ・

 

この手は、いつも届かない。

 

正確には、肘から先は斬り落とされ、砕け散る。

 

斬り落としたモンスターはニヤリと笑い、俺に見せつけるように武器を振り上げる。

 

彼女を守らなければ。けれど残った隻腕では両手剣を振るうことはできず、ただ目の前の惨劇を見せ付けられる。

 

振り下ろされた凶器は彼女のHPバーをあっさりと削り取り、ゼロにする。

 

そして俺に覆いかぶさるように倒れ込む彼女は、俺の目の前でただの青い光となって砕け散る。

 

もう、この光景は何回目だろうか。この気持ちは何度目だろうか。

 

俺は調子に乗っていたのだ。このレベルなら、この層ならなにが起ころうと問題はないと。

 

「ゲームであって、遊びではない」と、茅場晶彦が一番最初に説明したルールを聞いていたにも関わらず、図に乗った。なんでもできる気になっていたのだ。

 

口では気をつけろなどと偉そうに抜かしておきながら、一番気を抜いていたのは俺だった。その結果がこれだった。

 

俺の傲慢さが、この結果を招いたのだ。

 

恐怖に怯える彼女を無責任な言葉で唆し、挙句殺した。

 

だから、これはきっと呪いなのだ。

 

優しい彼女が遺したものではない。

 

俺が、俺自身にかけた呪い。

 

・ ・ ・

 

俺はクエストで草木の生えない砂漠へとやってきていた。

 

この間開放された四十七層は、四十六層とは打って変わって寂しい砂漠地帯だ。とはいえ、季節は冬なので、昼でもそこまで気温は高くならないし、夜は極寒になる。

 

元々砂漠の夜は寒いというが、下手したら四十六層よりも寒い。

 

俺は次々とポップするサボテンやらガイコツを薙ぎ払いつつ、目的地へと進む。

 

クエスト名《女王の秘法》。

 

砂漠のある場所にある女王の墓。そこに眠る女王の宝を回収するクエスト。ぶっちゃけ墓荒らしである。

 

なんでも、その墓に眠る女王は生前魔女と呼ばれた悪女で、美貌を武器に男を籠絡し、王の妻となる。その後すぐに毒を盛って夫を殺し、女王へと即位した。

 

しかし女が王になるなどあり得なかった時代で、それはかなりの異常事態であり、多くの人間が反発した。女がしたように、毒を盛り、罠を仕掛け、刺客を差し向けた。

 

けれど女王は秘術を用いてそれを凌いだという。そして最後には自分の権力を知らしめるために巨大な墓を作らせ、その中でゆっくりと死んでいった。

 

女王の死後、彼女の秘法を求め数多の冒険者が墓地へと足を踏み入れたが、無事に戻ってきたものはいない。

 

怪談話でよく聞いた内容だが、今回のクエストはその理由を探れ、さらに色々と持って帰ってこいというものだ。

 

……なんて言うか、全体的に馬鹿じゃないの?墓荒らしやめればいいだけじゃん……。

 

そうは言いつつも、クエストをクリアすればボスなどの情報が入ることはままあり、そのために誰も受けていないまたはクリアできていないクエストが鼠から回されてくる。

 

色々と弱みを握られている俺としては、鼠からの依頼は受けないわけにはいかない。よってあまり気の進まない墓荒らしも社畜のようにこなさなければならないのだ。

 

それからしばらく歩くと、巨大な四角錐の建造物が見えてくる。

 

砂漠と墓というキーワードで予想はできていたが、今回のダンジョンはやはり例の石造りの建物のようだ。

 

俺は肩を落とし、若干うんざりしながら、その遺跡の中へと足を踏み入れる。

 

中は侵入者を阻むためか、迷路状になっていて、進むだけで面倒臭い。さらにトラップも多々仕掛けてあり、容赦なく俺の命を狙ってくる。

 

俺は慎重に迷路を進み、二時間ほどかけてようやく女王の眠る部屋へとたどり着く。

 

中央に棺が安置された部屋に一歩足を踏み入れ、そこでふと思う。ここまでの道のりは、確かにモンスターやトラップが少なからずあった。

 

そのどれもがダメージを与えるものであり、確かに最前層ゆえにモンスターのレベルや、トラップによるダメージもそれなりに大きい。

 

けれど、ソロの俺でさえ時間はかかれどあっさりとここまでたどり着いた。それなのに誰もこの遺跡から帰ってきたものはいないという。

 

つまりどういうことか。

 

ガタリ、と部屋の中心部から物音が聞こえてくる。

 

生前も死後も、危険なのはあの迷路ではない。

 

石の棺の蓋がずれ、ズシンと音を立てて落ちる。

 

伝説に引き寄せられた冒険者、そして暗殺者を殺してきたのは、すべて『彼女』の仕業なのだ。

 

そして棺の中から起き上がり姿を見せたのは、

 

俺のよく知る人物だった。

 

「……いらっしゃい、ハチマン」




スランプ!というほど元々上手くないので通常!ただ筆が全く進みません。


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第23話

よく知る人物、というのには若干の語弊がある。立ち上がった人物は身体を隠すローブを身に纏い、深々とフードを被っている。ゆえに、顔は見えない。

 

俺の名を呼び、歓迎の言葉を口にした人物。女王の棺から姿を現したその人物の声に、俺は聞き覚えがあったのだ。

 

このアインクラッドで死の恐怖に晒され、毎晩震えて過ごした少女。俺を心配し、涙を流してくれた黒髪の少女の声。けれどきっとこれは違う。あの男が用意した醜悪なゲームなのだ。

 

それでも、わかっていながらも、俺はその名を口にする。

 

「……サチ」

 

それが引き金だったかのように、ローブの人物は目深に被っていたフードに手をかけ、ゆっくりと脱ぐ。

 

やはり、そこにあったのは俺が無意識に求めた人物の顔とは違う、見知らぬ女性の顔だった。

 

「ハチマン」

 

ニヤリ、と彼女の声を使って俺の名前を呼ぶ女性。ウェーブのかかった黒髪を靡かせ、ゆっくりと近付いてくる。

 

俺は女性と同じ速度で後ろに下がりながら、思考する。このクエストの名前は《女王の秘術》。幾多の冒険者を屠ってきたといわれるクエストの最終関門が、この女性との対峙なのだろう。

 

ナーヴギアによって閉じられたこの電脳の世界で、俺が誰と関わったかを検索するのは簡単だろうし、その音声データを集めるのも容易い。

 

「ふざけんな……」

 

沸々と内から込み上げる感情が、言葉となって口から出る。

 

俺は右手で両手剣の柄を持ち、一息に引き抜く。こんな胸糞悪いクエスト、とっとと終わらせて帰って寝よう。気分は悪いが動揺して相手を斬れない、というほどのことではない。

 

「私を斬るの?」

 

「…………」

 

mobがなにかを呟いたが無視し、今度は俺から距離を詰める。モンスターのアイコンは基本的には赤。そしてそこからレベルが自分より高いほど、色が濃く見える。つまりは黒に近づいていく。

 

だが、目の前の人型のアイコンは緑。ということはプレイヤーという扱い、またはNPCだ。この二つのどちらかを攻撃してしまえば、俺はまたオレンジになってしまうだろうが、関係ない。とにかく早くこのクエストを終わらせてしまいたかった。

 

大きく踏み込み、両手剣最上級スキル《カラミティ・ディザスター》を放つ。

 

「酷いなぁ、ハチマンは」

 

エフェクト光を帯びた俺の剣は、同じくエフェクト光を帯びた片手槍のソードスキルにより弾かれ、俺とそいつは互いにノックバックを起こす。

 

仰け反った際に、女王の纏っていたローブが破れ、服装が露わになる。古ぼけたローブの下には、彼女が好んで着ていた水色のライトアーマーが装着されている。

 

「私のこと、嫌いになっちゃった?」

 

ニヤニヤと薄い笑みを浮かべ続ける女王。

 

「私はハチマンのこと、大好きなのに」

 

「っ!」

 

カッと頭に血が上った気がした。拳を握りしめ、自分でも驚くほど低い声を出す。

 

「それ以上……喋るな」

 

柄から、左手を離す。

 

「ハチマンは、帰ってくるって約束は守ってくれたけど」

 

歯を食いしばる。

 

「私のことは、守ってくれなかったね」

 

「黙れっ!!」

 

俺は剣を全力で振り抜いた。

 

そして、剣はサチ(・・)の身体を二つに分ける。

 

「……は?」

 

間抜けな声を出し、たった今、殺意をもって斬ったものを振り返る。

 

女王は、段階的にサチへと近づいていた。最初は声のみ。次は服装。その時点でわかりそうなものだったが、彼女の挑発に俺は完全に乗せられていた。

 

俺が激昂して放ったソードスキルが彼女の身体に届くほんの少し前に、女王の顔は彼女のものへと変化する。

 

ソードスキルは始まれば途中で中断することは叶わず、俺の使う暗黒剣はシステム的に破壊可能ならどんなものでも両断する。

 

彼女の槍も鎧もすべて無視し、HPバーを吹き飛ばす。

 

咄嗟に手を伸ばすが、スキル後硬直で身体はうまく動かず、俺の手は彼女まで届かない。

 

そして彼女は青いエフェクト光となって、消滅する。あの時と同じ、寂しそうな微笑を湛えて。俺はその青い光が完全になくなるまで、その場所を見つめ続けた。

 

サチの形をしたあれが、彼女ではないことは理解している。狂気の天才科学者が作り出したゲーム、その中の悪趣味なイベントの一つだ。

 

夫を謀殺し王位を奪うと、自分に差し向けられる刺客を次々と追い払った女王の秘術。それが、恐らくは対象が攻撃できないような人間への変化なのだろう。

 

まずは声で動揺させ、プレイヤーアイコンの色で押し留める。グリーンを攻撃すれば自分が犯罪者になると、ここのプレイヤーたちは嫌というほど知っている。

 

次に装備。サチの使用していた片手槍とライトアーマーを女王は装備していた。見た目が変化しただけで、防御力は二十七層程度のものに下がってはいないはずだ。

 

最後に顔、というよりは全身が変化するのだろう。あれは完全に彼女そのものだった。

 

「ああ、そうか……」

 

つまりは予想外だったのだ、俺もあの女王も。

 

システム的に俺が暗黒剣を取得していることが分かっていても、その対策はできない。誰でも受けられるクエストで、個人への対策などしないだろう。

 

そもそもこのクエストはある程度の攻防を重ね、段階的にプレイヤーの斬れない相手へと変化し、そこからが本当の意味でクエストの開始だったのだ。

 

けれど、俺はクエストが始まる前に女王を真っ二つにしてしまった。いや、斬った瞬間に始まったのかもしれない。

 

彼女が本物でないことくらいわかっている。わかっているのだ。それでもどうしようもない感情が、俺の中で暴れまわる。

 

それを抑えるように、胸を押さえつける。ふと、視線を前に向けて自身のプレイヤーアイコンを見た。

 

……その時、俺の中でなにかが崩れた気がした。

 

・ ・ ・

 

どれほどの時間歩いたのだろうか。ひたすらにマッピングされていない場所を歩き続け、ついに到達した。

 

俺は見上げるほど巨大な扉に手をかけ、躊躇なく開けると眼前には今までと同じように、灯り一つない暗闇が広がる。

 

ゆっくりと、暗闇の奥にいるはずの守護者に向かって足を進める。

 

広い部屋の中央部まで来ると、次々に壁面の灯籠に火が灯っていき、部屋全体が明るくなる。同時に俺の前に姿を現したのは、岩でできた巨大なゴーレム。

 

「ボォォォオオオオオ!!!」

 

「……ふざけんな」

 

ボスの威嚇を聞きながら、俺は両手剣を片手で構える。

 

一切の手心は加えない。一片の油断もしない。

 

ボスの名前、HPバーの出現とともに、取り巻きのmobたちが次々とポップする。押し寄せるモンスターの配置を確認し、一番近くのモンスターを斬りつけた。

 

暗黒剣の威力が高いのはソードスキル限定であって、通常攻撃は片手で振おうと変わらない。リズベットが作った耐久度重視の両手剣では、一撃でmobを倒すことはできない。

 

俺は倒しきれなかったmobを無視し、ボスに向かって駆ける。近寄ってくる蝿を追い払うかのように、ボスは太い腕を払う。俺はそれを跳んで躱すと、即座にソードスキルの構えを取る。

 

暗黒剣ソードスキル《ペイン》。俺が使える暗黒剣スキルの中でも、最も反則技(ユニークスキル)らしい技と言える。

 

俺は両手剣を掲げ、勢いよく地面に鋒を叩きつけた。それによって生じた衝撃波は、俺の前後左右関係なく、周りの全ての敵にダメージを与える。

 

HPが減ることと連動しているのか、ゴーレムの身体である岩石が一部かけ、青い光となって消滅する。

 

周りの邪魔がなくなったところで、続けざまにソードスキルを撃ち込む。ソードスキル《イビル・ディード》。身体を限界まで捻った、渾身の右薙ぎ払い。

 

その一撃は、五本あるボスモンスターのHPバーの一本の半分を削る。あと九回もこれを繰り返せば、それでボスモンスターを倒せてしまう。

 

鼠やアスナには五倍程度と嘯いたが、暗黒剣の威力はゲームバランスを大きく崩すものだ。他にも、色々と嘘を吐いた。俺のユニークスキルがヒースクリフの神聖剣のように、メリットばかりのものなら本当のことを話したかもしれないが、暗黒剣には致命的なデメリットが多い。

 

「グギャァァアアア!!」

 

「ちっ!」

 

二発目のスキル後硬直で、ゴーレムの攻撃を避けれないと判断し、両手剣で防ぐ。盾の代わりとして使用された両手剣はまだかなり耐久値が残っていたはずだが、役目を終えて二つに折れる。

 

暗黒剣のデメリットは、スキルを取得した瞬間からの強制的なパリィの禁止。そもそも俺のスキル欄からはパリィが消え、代わりに暗黒剣が追加されていた。

 

ゆえに基本技能であるパリィを俺は一切使えず、どんな低威力の攻撃であろうとも、それを武器で防いだ瞬間に武器は全損する。

 

折れた武器の柄を捨て、システムウインドウを開く。ゴーレムからの攻撃を躱しながら、なんとか新たな武器を装備し、オブジェクト化する。

 

あと八回だ。

 

武器を抜き、ゴーレムの腕を斬り落とす。あと七回。

 

四回、五回、六回と斬りつけ、HPを削っていく。ゴーレムの岩も殆どなくなってきている。本来なら五十人近くが集まって袋叩きにするモンスターと、たった一人で渡り合えているというのだから、ユニークスキルというのはどうしようもなく反則だ。

 

……あの時に、これがあったなら。取得してから、そう思わない日はなかった。

 

俺は剣を構え、目の前の敵を睨みつける。これは最低な男の復讐だ。偽物の世界の借り物の力であっても、遠慮なく使わせてもらう。

 

渾身のソードスキルを放ち、ゴーレムの岩塊が全て砕け散り、ガラガラとその場に積もる。




ご意見伺います。真摯に受け止め、言い訳させていただきます。

先に言っておきますね。なんか違う気がする。


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第24話

お気に入り1000超えありがとうございます。


崩れ落ちる岩の欠片。巨人を形どっていた岩は細かくなりすぎて、ザラザラと砂の滝のようだ。

 

元がかなり巨大だったため、その場には一メートルほどの高さの砂山ができる。

 

俺はその砂山から目を離さず、じっと睨み続ける。討伐はできていない。そもそもまだボスのHPバーは二本は残っていた。これはなにかの前触れだろう。

 

俺の予想通り、動きがあった。

 

もぞり、と砂の山が動く。……中になにかいるな。もぞもぞと砂から這い出そうと体を動かしているのだろう、砂山が形を崩していく。

 

「ハァァアアアア……」

 

苦しんでいるのだろうか、悲痛な声を零しながら砂を掻き、懸命に這い出てくる。攻撃してしまおうかとも考えたが、よく見ればそのモンスターにはHPバーがない。

 

つまり今斬ったところで、ダメージは与えられないということだろう。この不快な生命の誕生を、指を咥えて待っているしかない。しかし、この世界でこのルールだけは絶対のもので、不死属性のものは俺の暗黒剣であっても壊すことはできない。

 

ゆっくりとしか動かないそいつにイライラしながら数十秒も待つと、ようやくボスの中から出てきたモンスターが砂からの脱出に成功する。体長はおよそ二メートル。随分と小さくなったものだ。

 

そして気味の悪い動きで立ち上がると、俺に目を向ける。

 

そのモンスターの姿は、枯れた木のような、干物のようなものだった。恐らくあながちどちらも間違いじゃない。あれは木乃伊だろう。砂漠に権力者の巨大な墓、石巨人と来れば残っているのは木乃伊くらいのものだ。

 

キュイン、という電子音が鳴り、ボスモンスターに再びHPバーが戻る。大した前触れもなく戦いは再開されたらしい。

 

ボスの残りHPは二本弱。全快して初めから、などということはないようだ。

 

ボスの形態が変わるだなんて情報は知らなかったな。いや、俺はあのクエストを終えてから一度も街には戻らず、ひたすら迷宮区を攻略していたのだ。情報があっても、俺の耳に入ってこなかっただけかもしれない。

 

けれど、それはこいつを殺せない理由にはならない。今の熟練度で使える暗黒剣のスキルは三つのみ。ならばすることはさっきと変わらない。

 

湧いてくるmobを蹴散らし、真ん中のボスに確実に一撃を与える。それを繰り返すだけだ。

 

ゆっくりなんてしていられない、我慢の限界だ。これ以上あの男の好きにはさせない。俺はさっさとこの世界を終わらせる。

 

奥歯を噛み締め、剣を握る手に力を込める。近付いてきたmobを斬り伏せ、ボスの懐まで潜り込む。

 

「ふっ!」

 

体を捻り、ソードスキルを放つ。

 

……だが、そこにボスはいない。見失った、と気付いたときには俺のHPバーは五分の一ほど減少していた。

 

後ろからの衝撃で、仰け反った姿勢のまま前方に吹き飛ばされる。剣を持っていない腕で受け身を取り、激突による追加ダメージは避けたが、それなりのダメージを受けた。

 

いつの間にか背後にいたボスは、相変わらずなんの武器も持っていない。乾ききって固まっているはずの顔が、いやらしい笑みを浮かべているように見える。

 

……落ち着け。俺は早鐘を打つ心臓を押さえて、落ち着かせようとする。

 

今までにやってきたゲームでも、鎧武者が鎧を脱いだ途端に速くなった、なんてことはよくある。驚くほどのことではない。

 

だが最悪なことに、俺はパワー重視ののろまで、スピードタイプのモンスターと相性がかなり悪い。mobならばラッキーパンチが当たれば、暗黒剣の威力でごり押しできるが、体力の多いボスはそうはいかない。

 

つまり、この震えは不意を突かれた驚きからくるものではない。ただ単純に悟ったのだ。ここで俺は死ぬだろうと。そして、そのことに怯え震えているのだ。

 

「くそっ……」

 

今更、本当に今更だ。死の覚悟もできないまま、無謀にもたった一人でフロアボスに挑んだというのか。違うだろ。

 

勝てない勝負しかしないなんて、八百長と変わらない。今回だけは諦めるわけにはいかないのだ。たとえ死ぬことになろうと。

 

黙って突っ立っていても、なぜか攻撃は仕掛けてこないミイラ。これ幸いと俺はポーションを取り出し、一息に呷る。ポーションの回復は即効性はなく、徐々に回復していくものだ。

 

俺はそれを待たず、もう一度ボスに向けて駆け出す。まだHPには多少の余裕があるし、攻防の最中に回復するだろうという判断だ。

 

今度はスキルは撃たず、普通に剣を振るう。先ほどと違い意識をボスに集中させて動きを追おうとするが、視界の端に捉えるだけで、反応が追いつかない。

 

その場から身を投げ出すように転がる。ボスの攻撃が足先にかすり、微量のダメージを負う。

 

「動きが追えないなら……」

 

独りごちた瞬間、ボスが目の前に立っていた。

 

「ぐっ……!」

 

咄嗟に体を捻るが、攻撃をまともに受ける。だが見えた。奴の攻撃の正体は、素手。俺も会得している体術スキルだ。それにプラスで本体の速さが加わり、不可避不可視の攻撃になっている。

 

だが体術スキルはもともと他のスキルと組み合わせて使われることが多く、単体ではそれほど威力はない。だから防御の低い俺でもまだ生きていられるのだ。

 

受け身をとり、ポーチに手を突っ込んでポーションを呷る。こうなればどっちが先に倒れるかだ。

 

俺はソードスキルの構えを取り、ボスに一歩近づく。姿を見失うと同時に、全方位範囲技《ペイン》を放つ。

 

射程の短い体術スキルを使うボスなら、必ずこの技の範囲内にいるはずだ。姿を追えずとも、相打ちでダメージを蓄積させることはできる。

 

「グギィア!」

 

予想通りダメージを与えることができ、ボスが呻く。しかし同時に予想外の出来事が起こった。今の形態になって初めてダメージを受けたボスは激昂し、体術スキルを乱打した。

 

「くそがっ!」

 

乱発される拳を咄嗟に防ぐ。もちろん受け切れず、両手剣は破壊され、HPも半分ほど持っていかれる。

 

「グャァァァアアア!!」

 

半狂乱のボスは間を置かず追撃をかけてくる。新しい武器を出す暇も、ポーションを飲む暇すらない。

 

もう俺に打つ手はない。手持ちの武器はまだあるが、ウインドウを開く余裕はなし。俺の反応速度ではボスの攻撃を躱しきれず、パリィもシールドもシステム的に不可。

 

やはり俺には無理だったのだ。同じユニークスキル使いのヒースクリフはフロアボスに勝利を収めたが、俺は敗北した。出来が違う、ということか。

 

自嘲気味に笑い、目を閉じる。もういいだろう。これだけ努力したんだ。許してはもらえなくても、言い訳くらいはできる。

 

……俺は二度と開かれないだろうと瞑った目を、もう一度開けることになる。理由は単純。聞き覚えのある快活な声で、皮肉っぽく呼びかけられたからだ。

 

「よう、ハチマン。こんなところで居眠りなんて、余裕だな」

 

「…………キリト」

 

漆黒を纏った少年は、二本の剣を交差させてフロアボスの攻撃を受け止めている。

 

「お前、それって……」

 

「まぁ、多分それだよ。でも、詳しい話は後……だ、なっ!」

 

そう言うとキリトは力を込めてボスを押し返し、声を張る。

 

「みんな!頼む!」

 

「応!」

 

キリトの声に呼応して、フロアの入り口付近からいつの間にいたのか、プレイヤーたちが次々と駆け出す。血盟騎士団、聖竜連合、風林火山、その他のプレイヤーやギルド……そして、月夜の黒猫団。

 

オォォォオオオ!と幾人もの声が重なり、空気を震わせる。あっという間にボスモンスターを囲み、陣形を取る。その指示を出すのは血盟騎士団副団長のアスナ。

 

ボスミイラは周囲をぐるぐると見回す。一気に人数が増え、戸惑っているようにも見える。

 

「ボスの体術スキルは威力は低いですが、速すぎて躱すのは困難です!盾装備(タンク)は周囲を警戒して、襲われた人をカバーしてください!」

 

アスナの指示に、最前列のタンクたちが応答する。他のプレイヤーにも指示を出し終えたアスナは俺を一瞥し、フンと鼻を鳴らすと戦線に向かう。

 

「ほら」

 

「…………」

 

キリトが無造作にポーションを放ってくる。俺は反射的に受け取り、掴んだそれを見つめながら尋ねる。

 

「お前は行かなくていいのか」

 

「俺はお前の護衛だよ。ハチマンのスタイルじゃ、体術を捌くのは無理だろうからな」

 

ニヤリ、と口角を上げるキリト。確かにその通りだ。俺は完膚なきまでに叩きのめされた。

 

「積もる話はあるけど、まずはボスを倒してからだ。だから、ポーション早く飲めよ」

 

「……おお」

 

キリトに急かされ、ポーションに口を付ける。

 

「……あのボスだけどな、多分音に反応してるぞ」

 

「全員知ってる。お前から連絡がなくなってから、アルゴが多分ハチマンはボスに単独で挑む気だろうって、色々情報集めてたからな。これだけの人数集めたのもアルゴだよ」

 

「……マジかよ」

 

俺の行動先読みしすぎだろ……。

 

・ ・ ・

 

「おぉぉぉおおお!」

 

「ハァァァアアア!」

 

ボスのHPがレッドに突入し、俺以外のプレイヤーが総攻撃。ガリガリとボスのHPを削り、止めはキリトとアスナの連続攻撃で終わる。

 

アスナの正確な攻撃も脱帽ものだが、キリトの攻撃には驚愕を通り越して呆れてくる。

 

もともと単発威力重視の片手直剣使いのキリトは現在、二本の片手直剣を両手に一本ずつ装備している。確かに俺の両手剣を片手に持つ行為と同じくシステム的には可能なのだが、その状態ではソードスキルを使えない。

 

しかしキリトは見たことのない連撃を、ソードスキルのエフェクトとともに放っていた。つまりはそういうことだろう。

 

「三人目か……」

 

誰かが呟く。ヒースクリフ、俺に続く三人目。いや待て三人目?ということは俺のユニークスキルは既に世間様に知れてんの?

 

心当たりに視線を送ると、ふいっと逸らされる。やっぱりあなたですか。というよりは、団長殿の仕業ですかね。まぁ、知られて困ることは教えてないが。

 

ともかく、フロアボスも倒した。ここに長居する理由はない。俺は踵を返し、入り口から街へ戻ろうとするが、後ろから肩を掴まれる。

 

「待てよ、ハチマン」

 

掴んだのはやはりというか、キリトだった。




長くなるので一度切ります。


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第25話

大変長らくお待たせしま……別に待ってないよね、いっか。

最近またSAOガイルが増えてますね〜。ただ、アルゴの一人称が『俺』だったり『オイラ』だったり『ワタシ』だったりするのがちょこっと気になる……。なんでもいいんですがね(笑)


俺はただ、理由を探していた。言い訳を見つけようと、躍起になっていただけなのだ。

 

強くなることに執着してここまで駆けてきたが、強くなりたかったわけじゃない。いつまでも行き止まりになってくれないから、仕方なく走り続けただけだ。

 

どんなに必死でレベル上げをしても、限界が来る前に次の層が解放される。次の層が解放されれば、またレベル上げをしなければならない。どんどん攻略の速度は上がっていて、ソロの俺のレベル上げの速度はどんどん落ちていった。

 

この辺りが限界だろう、と胸を撫で下ろしたとき、ユニークスキルなんておかしなスキルを習得した。それはかなり強力なスキルで、ソロであろうと関係なく強さを手に入れられた。

 

むしろ俺に発現したユニークスキルは、独りであることを強要するかのようなスキルだった。

 

『暗黒剣』。両手剣と同じく高威力広範囲の上位互換と言ったところか。このスキルの特徴は三つ。

 

一つ、『超高威力』。膨大なボスのHPでさえ、十発も当てれば削り切れるほどの威力。

 

一つ、『防御不可』。武器によるパリィの禁止。通常状態では剣を合わせただけで、必ず俺の武器が砕ける。

 

一つ、『装備破壊』。ソードスキル中に限り、相手の全ての装備を剣盾問わず両断できる。防御不可とは真逆の特性。

 

この三つの特性が示すのは、俺のパーティー行動の難関さだ。

 

通常モンスターのみを狙ったスキルは、弾かれたり捌かれたりしたところで他のプレイヤーにダメージを与えないようにコードが働く。しかし暗黒剣は最初から自分の周りを全て攻撃する。その上超高威力で、防御も無視する。

 

つまり、周りにプレイヤーがいる状況では暗黒剣は使えない。だが暗黒剣を使わなければ、防御を禁止された俺は生き残れない。

 

だから俺は、今まで以上に独りで強くなることを強要された。

 

これはきっと呪いだ。

 

優しいサチが俺にかけたものではない。俺が、俺自身に歩みを止めさせないためにかけた呪い。

 

・ ・ ・

 

「お前、どうして今回こんな無茶をした?なにがあったんだよ」

 

「…………」

 

真っ直ぐ俺を見据えて質問してくるキリトに、口をつぐむ。

 

「……質問を変えるぜ。お前はアルゴに紹介されたクエストでなにを見た(・・・・・)?」

 

「っ!」

 

どくん、と心臓が大きく鼓動を打った気がした。キリトから目を逸らし、唾を飲み込む。

 

「……なんでもねぇよ」

 

「嘘つけよ。いつでも慎重で、いろいろ考えてから動くハチマンが一人でボス攻略なんて、よっぽどのなにかを見たんだろ?」

 

「そうだぜ、お前ェ。らしくねーぞハチマン」

 

キリトに乗っかるように、クラインが言う。

 

……らしくない、か。確かにその通りだ。全く、どれもこれも俺らしくない。

 

そもそもこのゲームが始まったとき、戦うという選択肢を選んだことこそらしくない。昔の俺なら絶対に一層で怯えて暮らすか、下層でちまちま生活費を稼ぐ毎日を送っていただろう。どっちにしても、攻略組なんて絶対に選ばない。

 

それでも俺があの日、戦うことを決意したのは、ただ純粋に帰りたかったからだ。小町の元へ、家族の元へ、奉仕部の二人の元へ。

 

きっと、俺が求めたものはあそこにあったから。

 

欺瞞に満ち溢れた居心地の悪い空間になってしまったあの部室に、俺はもう一度足を踏み入れるために、あの日剣を取った。一度諦めそうになったあの光景が、諦めざる得ない状況になった途端に恋しくなったのだ。

 

俺一人が攻略に加わったことで攻略が速くなるなんて、これっぽっちも思っていない。俺一人が踠いてこのデスゲームを終わらせられるなんて、欠片も期待していない。

 

けれど、彼女たちのことを思い浮かべる度に、我慢できなかったのだ。歩みを止め、ただじっと誰かが世界を終わらせてくれる時を待つ自分を想像しただけで、怖気が走る。

 

きっと俺の介入はこの世界になんの変化も起こさないのだろう。けれど、世界が変わらずとも、自分が変わらずとも、なにも変えられずとも、なにもせず手をこまねいている自分を嫌いになるよりはマシだ。

 

そう思って、足を進めた先で俺はアルゴに会った。キリトに会った。アスナに会った。黒猫団に会った。サチに会ったのだ。

 

俺が言葉を発さないことで、場に沈黙が訪れる。そんな静寂の中、ざりと砂を踏む音に全員の注意が向く。俺も俯いたまま視線を音のした方へ向けると、アスナが一歩こちらに足を動かしていた。

 

一瞬だけ逡巡したように目を逸らすが、拳を握り意を決したようにアスナは口を開く。

 

「……あなた、死のうとしたんでしょ」

 

「……アスナ?」

 

彼女の言葉に、キリトが疑問の声をあげる。

 

「サチさんのことがあってから、あなたはずっと追い詰められた目をしてた。まるで……迷子の子どもみたいな目」

 

「……はっ」

 

思わず、嗤う。アスナという少女は攻略にしか興味がないのかと思っていたが、存外俺のことを見ていたらしい。迷子というのは的を得ている。

 

「……そうだな、迷ってる。けど、俺は道に迷ってるんじゃない。俺に帰る資格があるのか、それで迷ってるだけだ」

 

彼女は、この世界から脱出することなく、このゲームに囚われたまま死んでしまった。目の前で見殺しにした俺に、彼女が望んだ生を、現実世界で生きることが許されるのだろうか。

 

「……ってるだろ」

 

「……あ?」

 

聞き取れなくて、聞き返した。喋ったのはキリトではない。アスナでもクラインでもない。キリトから少し離れた場所で沈黙を守っていた黒猫団。そのリーダーであるケイタから発せられた声だった。

 

「無いに決まってるだろ!帰る資格なんてあるわけない!」

 

「ケイ……タ?」

 

涙を溜めて叫ぶケイタに、キリトは呆然とする。

 

「ボスとたった一人で渡り合える力を持ってて、あの時だってお前の力ならモンスターなんて一掃できたはずだ!それ以前に、トラップの可能性を理解してたなら、サチを部屋に入れなければ良かったんだ!それくらい、お前ならすぐに思いついてただろ!」

 

「おい、やめろってケイタ」

 

テツオが制止しても、ケイタは止まらない。

 

「お前とキリトがいて、助けられないわけがないじゃないか……!お前に分かるかよ!帰ってきたら突然メンバーが一人死んでたなんて言われたんだぞ!仲間の死を後から知った気持ちが!友達の最期のときに、その場にいることすらできなかったんだぞ!」

 

涙を零し、その場に崩れ落ちるケイタ。そうだ、彼らは彼女と現実世界からの友人だ。その友人が、今まで一緒に生き延びてきた友人がある日突然死ぬ。しかも、自分の知らないところであっさりと。

 

知り合って数ヶ月程度の俺なんかとは、比べ物にならない。

 

「どうして……!どうして守ってやれなかったんだよ!」

 

「っ……!」

 

俺は奥歯を噛み締める。それでも、言うまいと、言ってはいけないと止めていた胸の内の思いが言葉になるのを止められなかった。

 

「……俺だって、俺だって守りたかった!けど、届かなかった……!俺はあのとき、サチの手を掴むことはできなかった!」

 

俺のレベルで、できないはずがなかったのだ。レベルマージンは二十はあったし、俺は対mobに特化している。

 

なら届かなかったのは、純粋に俺の技量の拙さの問題ではないか。あのときポジションがキリトと逆だったならば、サチは助かったのではないか。

 

そう考えるたび、叫びたくなる。

 

だから、できる限り強くなろうと思った。限界まで強くなって、その上でシステム的に不可能だったのだと、そう言い訳できるようにしたかった。

 

くだらない。なんと浅はかな。自分を軽蔑する。

 

そんなものが言い訳にならないことなど、わかりきっているのに。

 

「その上……俺はまたサチを、殺した。斬って捨てた」

 

「……そういう、ことか」

 

キリトが苦虫を噛み潰したような顔になる。ケイタたちもハッとした表情を浮かべた。俺の言った言葉の意味を理解したのだろう。

 

キリトはかぶりを振ると、声を張る。

 

「けど、だけどそれはクエストだったんだ。茅場が仕組んだ醜悪な罠で……」

 

「違う……」

 

キリトの言葉を遮って、否定する。否定された本人も、周りの人間も戸惑う。

 

あのとき彼女のカーソルは間違いなく緑だった。その彼女を斬ったのだから、俺は殺人犯(オレンジ)にならなければおかしい。けれど、俺のカーソルは緑のままだった。

 

おかしいだろ。これじゃまるで、彼女を殺すことが罪じゃないみたいじゃないか。

 

「なら俺は……、どうやって償えば良いんだよ……」

 

なにをすれば良いのか、わからなくなった。

 

やはりあのとき感じた通り、サチの隣にいるべきはキリトのようなプレイヤーだったのだ。安心させる言葉の一つもかけてやれない俺のような臆病者ではなく、大丈夫だと口に出せる。そんなプレイヤーが。

 

「決まってるだろ。生きろよ、ハチマン」

 

「ケイタ……」

 

涙を拭い、立ち上がるケイタ。

 

「さっき言ったのは、僕の本音だ。僕はサチを救えなかったお前が憎い。だけど、それと同じくらい僕はハチマンに感謝してる。……テツオとダッカーとササマルを救ってくれたのは、間違いなくハチマンとキリトだからだ」

 

言いながら、ケイタは拳を強く握る。

 

「矛盾してるのはわかってる。関与してなかったからって、僕だけは悪くないなんて思ってない。……はじまりの街から怖がるサチを無理矢理連れてきたのは僕たちだ。だから、僕たち全員に十字架を背負って生き続ける義務があるはずだ」

 

「……だな。キリトとハチマンが入った時点で、サチを戦線から退かせるべきだったんだ」

 

口々に後悔を述べるテツオたち。そして、ケイタは俺に向かって手を差し出して、言う。

 

「戻ってこい、ハチマン。一緒に生き延びて、一緒に元の世界に帰ろう。……サチのためにも」

 

「…………」

 

俺は、差し出された手を見つめる。彼らのしていることは、単なる言葉遊びだ。故人のためだとか、そういう綺麗事を吐いているにすぎない。

 

だが、たとえ偽物でも綺麗なものに見えたのは、彼らが本気で言っているからだろう。

 

『死なないでください。あまり無茶をしないでください』

 

彼女の遺した言葉が、ふと頭の中で甦る。

 

「……悪い」

 

「ハチマン……」

 

けれど、俺はその手を取るわけにはいかなかった。悲痛な声を溢す彼らに背を向け、一言告げる。

 

「俺には、こんな死だけがリアルな偽物の世界に、生きる価値があるのかわからない……」

 

そのまま歩き出す俺の背に、キリトが決して大きくはない声で語る。

 

「ハチマン、この世界は本物だよ。サチが生きた世界を、死んだ世界を、お前が否定するな……」

 

「…………」

 

俺は振り返ることなく部屋から出て、元来た道を戻る。

 

一度通った道をもう一度。




感想、質問、意見、批評や評価などお待ちしてます。


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第26話

申し訳ないです遅くなりました。再開というほどではないんですが、書けたら書きたいと思って書いてます。

就活とかね、研究とかね……色々あるんです現在進行形で……。

第2章はもう少し続くし、続きはいつになるのやら。


第四十八層が開放されてから三週間ほどが経過した。既に第四十八層は攻略され、四十九層が開放されている。最近の攻略ペースからするともう次の層が開放されていてもおかしくはなかったが、とある理由により攻略速度は少し落ちているらしい。

 

俺にはとんと縁のなかったイベント。冬の代名詞とも呼べる今や世界中で理由もなく祝われている日が近付いている。

 

鼠との待ち合わせで、指定された場所には大勢のカップルや仲の良い男グループがイルミネーションを見て騒いでいる。SAOの男女比は圧倒的に男性が多いため、リア充はそれほど多くは無いようだ。

 

「だーれダッ!」

 

ガバッと視界を何かで遮られる。こんな嫌がらせをしてくる人間は世界広しと言えど、あいつしかいないだろう。そもそもあの女に呼び出されてここにいるのだから、選択肢は一つしか無い。なんなら声を出していなくても当てられるまである。

 

「鼠……、離せ」

 

「おや、相変わらずつまんねー反応だナ。最近は前にも増していっそう連絡してこなくなったシ、もしかしてポチはおねーさんのことが嫌いなのかイ?」

 

「いや……、」

 

結構世話になっている手前、はっきり言うことが出来ず、言い淀む。それを是と受け取った鼠が、泣くふりをしながら耳元で囁く。

 

「ポチに嫌われてるなんて……今回の報酬が釣り上がりそうだナ」

 

「おい馬鹿待て止めろ。この間もぼったくってたじゃねぇか」

 

いくら階層が上がるとともに貰えるコルが増えるとはいえ、あの金額はどうかと思う。俺が鼠に支払った金でそろそろ家が買えるのではなかろうか。

 

不満の意を込めた視線を鼠に送っていると、鼠はカラカラと笑い始める。

 

「冗談だヨ、ポチ。それで、今回聞きたいことっていうのハ?」

 

ようやく鼠の手から解放され、視界が戻る。俺はニマニマとする鼠に指を三本立てて見せる。

 

「今日は三つ、聞きたいことがある」

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

鼠とのやり取りから数日後、四十六層にある簡素な宿屋。その一室で、俺はベッドに腰掛けてウインドウを操作する。普段使うことが殆どない機能を利用しているため、中々上手くいかず少し手間取っている。

 

だが、若さゆえの学習能力の高さなのか、十分も使っていれば自然とコツが掴めてくる。問題が無いか一通り確認すると、決定ボタンを押し、作業を終了する。

 

はー、肩凝る気がするな。ここは仮想現実なので、そういうことは一切無いのだが、慣れないことをしたせいだろう。疲労感が押し寄せてきたので、そのままベッドに倒れ込む。

 

仮想空間とは思えない気持ちよさに、思わず眠ってしまいそうになるが、そういうわけにもいかない。今日は十二月二十四日、クリスマスイヴだ。

 

SAOに閉じ込められてから、二回目のクリスマスイヴ。最近流れ始めた噂に、今日限定でイベントボスが現れる、というものがあった。去年は特になかったはずだが、確か去年の今頃はまだ5層をクリアしていなかったはずだ。つまり、イベント自体はあったが、攻略度が足りていなかったために誰もイベントに気が付かなかった、という可能性もある。

 

考えていると、ピコン!と機会音が流れる。俺は再びウインドウを確認し、起き上がる。

 

俺はポーチから転移結晶を取り出すと第三十五層に移動し、目的地へ向けて走り出す。全力で走り続けて十分ほど経過しただろうか。目的の場所に辿り着く。

 

そこでは逆立った赤い髪の侍が刀を構え、銀色の甲冑に身を包んだ兵士たちと睨み合っている。侍の後ろではその仲間たちが同様に構えているのが見えた。

 

予想通りの展開になっている。俺は彼らの睨み合いを仲裁するため一歩前に出て、言葉を発そうとするがその前に赤髪の侍が俺を見つける。

 

「お、おおハチマン!やーっと来やがったかコノヤロー!」

 

「ああ、悪かったな、クライン。面倒なこと押し付けて」

 

赤髪の侍こと、ギルド『風林火山』のリーダー、クラインが安堵ゆえか少し涙目で俺を見る。俺が鼠を介したメッセージのせいでプレイヤー同士で戦わなければならないところだったのだ。ならあんな情けない顔をしても責められはしない、と思う。

 

「ハチマン……まさか、オリジンが本当に……?」

 

「団長の誘いを度々断っている元オレンジか……」

 

甲冑の兵士たちがぼそぼそと呟く。このお揃いのフルプレートアーマー。これはギルド『聖竜連合』の一部隊だ。

 

最近聖竜連合が犯罪行為、つまりオレンジになることも厭わずかなり悪どい手を使って狩場の独占や、アイテムの強奪などを行なっているという噂があった。

 

ならば今回のイベント、その報酬アイテムを独占するために何か行動を起こすだろうと踏んでいた。まあ、殆どは鼠に聞かされた話なのだが。

 

そこで俺は鼠から三つ情報を買った。『黒猫団の動向』、『黒猫団またはキリトの動向を調べにきたプレイヤー』、最後に『クラインと鼠を介して連絡する方法』だ。

 

最後の一つは情報というよりはお願いだが、大量のコルと引き換えに快く引き受けてくれた。

 

こうして俺は『キリトたちをストーキングしたクライン』と連絡を取り、さらに『クラインをつけた聖竜連合』と相対することになっている。

 

クラインはまさか自身がつけられているとは夢にも思っていなかったのだろう。だからこそ、さっきは情けない顔をしていたのだ。

 

「オリジンくん、君もあのアイテム狙いか?」

 

聖竜連合……DDAの隊長なのだろう。隊の中で最も装備の充溢した人物が俺に話しかけてくる。

 

「そっちも『蘇生アイテム』狙い……ってことで良いんすよね?」

 

そう、今回のクリスマスイベント。その報酬はプレイヤーを蘇生させることができるアイテムだと囁かれている。しかしこれはイベントが発生する当日になっても未だ噂の領域を出ない。

 

フラグ回収によるMobからの情報が全く足りていないのだ。あの鼠ですら確証を持てていない。そんな中でどうやって知り得たのか、ボスの出現場所を知ったのはキリトたち月夜の黒猫団のみ。

 

だからこそクラインはキリトたちをつけ、そこをDDAにつけられたのだ。

 

「ならばハチマンくん、やはり君はDDAに入るべきだ。目的が同じならば、共に手に入れて分かち合うのが一番だと思うんだが」

 

隊長の人はこの局面でも俺を勧誘してくる。だが、俺の答えはとうの昔に決まっている。

 

「リンドさんにも何度も言いましたが、お断りします。それに俺は蘇生アイテムなんて欲しくはないんで」

 

「……何だと?」

 

怪訝そうな表情を浮かべる隊長。それだけでなくDDAのメンバーや、風林火山の人たちも眉を潜めている。

 

「では何故ここに来ている?黒猫団と組んでいるのかとも思ったが……」

 

「俺は蘇生アイテムなんて信じてない」

 

簡潔に答える。動揺がさらに広がっていく。

 

「アンタたちも気づいているんでしょう?このデスゲームは、死だけが本物のクソゲー。俺たちが一年以上ナーヴギアを外せないのは、外せば本当に死んでしまうからだ」

 

そう、全員が考えた。もしかしたらこのゲームで死んでも、現実世界では目が覚めるのかもしれない。目が覚めずとも、クリアまで意識が戻らないだけかもしれない。

 

そんな淡い希望を抱いた時期があった。

 

しかしそうであるならば、今俺たちがここにいることと矛盾する。ナーヴギアから電磁パルスが発生しないのであれば、無理矢理取り外してしまえばいい。それで全員が目覚めてめでたしめでたしとなる。

 

そうなっていないのは、死が事実だからだ。『はじまりの街』のチュートリアルで姿を消した二百十三人が、確かに現実世界で死んでしまったからなのだ。

 

そして、脳をマイクロウェーブで焼き切られた人間を蘇生させる方法など、世界のどこにも存在しない。

 

彼女は確かにここで死に、現実世界で脳を焼かれ、もうとっくの昔にナーヴギアを外されて、その肉体はもう現実世界にすら存在しなくなっているはずだ。

 

「それでも俺がアンタたちを阻むのは、俺なんかよりよっぽどこの世界に詳しい奴が、俺なんかと違って諦めず、一パーセントにも満たない可能性に賭けて戦っているからですよ」

 

そこで一度言葉を切り、背負った身の丈程の剣の柄に手をかける。

 

「……だから、邪魔をしないでくれ」

 

DDAのメンバーにかなりのどよめきが起きる。こいつらは攻略組の一部隊。ならば俺が無敵の剣士ヒースクリフと引き分けたユニークスキル持ちだと伝わっているはず。

 

「落ち着け!」

 

隊長の声がシンとした雪景色に響く。

 

「ここは退こう。君が相手となれば引き退っても文句は言われない」

 

「退却ー!」

 

隊長の意思を大声で伝える副官のようなプレイヤー。思ったよりあっさり退いたことに少し驚いた。最悪の場合乱戦も覚悟をしていた。その時には暗黒剣スキルは使わず、両手剣スキルのみでなんとかするつもりだったが。

 

「ハチマン、お前ェ……」

 

剣から手を離し、脱力しているとクラインが泣きそうな表情で名前を呼んでくる。何だ、と答えようとして気づく。キリトと黒猫団の皆がエリアを移動してきた。

 

「ハチマン……やっぱり来てたのか」

 

疲れ切った表情のキリトが小さく溢す。俺は今回黒猫団の情報を買った時、それを鼠に口止めしていない。黒猫団が自分たちの情報を買った人物、という情報を買えば安価で俺の名前は手に入る。だから、この行動を予測されても不思議はない。

 

「いや、偶然通りかかっただけだ」

 

茶番と分かっているが、俺は惚けてこの場を去ろうとキリトたちに背を向ける。

 

「ハチマン」

 

もう一度、キリトに名前を呼ばれる。振り向くと何かが飛んでくる。それを反射的に掴んだ。

 

「これは……」

 

「すまない、ハチマン……」

 

謝罪だけすると、キリトたちは俺に背を向けて去っていく。クラインがキリトの肩を優しく叩き、黒猫団のメンバーは少しだが肩を震わせる。

 

ああ、やはりそうだったのか。いや、分かりきっていたことだった。意味のない行動だと理解しながら、俺はキリトに渡されたアイテムの詳細を開く。

 

それは確かに蘇生アイテムだった。

 

だが、蘇生することができるのは死んでから十秒以内のプレイヤーのみ。恐らくはナーヴギアが脳を焼くまでの猶予が十秒なのだろう。

 

やはり彼女をこの世に呼び戻すことなど不可能だったのだ。

 

力が抜け、その場に座り込む。寒さのせいか、それとももしかしたらナーヴギアとの接続不良でも起こしているのか、頭が全く働かない。

 

なにも考えることができない。ただただ虚脱感と虚無感のみが頭と体を支配しているような、そんな感じだった。

 

わかっていた。わかりきっていたことなのに、サチが生き返らないことにショックを受けているのだ。

 

DDAのプレイヤーたちを偉そうに諭しておいて、一番期待していたのは俺だったのだ。だからこの場所に来た。

 

俺はこれからなにをすれば良いのだろうか。

 

うまく働いてくれない頭で、これからのことを考えていたとき、ふと後ろから暖かいものに頭を包まれる。

 

「……ポチ」

 

声と口調で鼠だと判断する。鼠は後ろから俺の首に腕を回して抱きしめているらしい。その腕にさらに力が入る。

 

「ポチ、もういいんダ……」

 

なにがいいのか皆目見当がつかない。尋ねるべきかとも思ったが、それを口に出すことすら面倒だ。

 

一応女の子に抱きしめられているという事実にもなんの感情も浮かんでこず、ただぼーっとその状況に甘んじている。

 

「もう、泣いていいんダ」

 

「っ……!」

 

ふわふわとした夢見心地から、一気に現実に引きずり戻される。

 

思考がクリアになり、正常な働きを取り戻した脳で、はっきりとサチが蘇らないという事実を認識してしまう。

 

途端に目の奥が熱くなり、クリアになった思考に反するように、視界がどんどんぼやけていく。

 

「サ……チ……」

 

喉が震えるのは寒さのせいではない。

 

「サチっ……!」

 

頬を伝うのは溶けた雪ではない。

 

「サチ……サチ……っ!」

 

この心の痛みは、偽物ではない。

 

「生きよウ、ハチマン。それがサッチーの最後の願いだったんだカラ」

 

鼠の言葉で、頭の中に彼女の声が反芻される。

 

『死なないでください』

 

それは確かに彼女の言葉で、本当の彼女の想いで、本物の彼女の心だった。

 

顔を上げれば満天の星空も、舞い降りる純白の雪も、何もかもがぐちゃぐちゃになって見えた。



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第27話

コメントや評価とても嬉しいです。ありがとうございます。

ハチマンは少し吹っ切れたので、これからはちょこっと明るく進めます。何で明るくなるんだよとか言わないように。少し吹っ切れたんです。

そして正直本編が続かなくても、サチが生きてる番外編だけ書いてやろうかと思ってます。サチが好き。サチが書きたい。


ぼーん、ぼーんと除夜の鐘が夜空に響き渡る。

 

浮遊城アインクラッドにもこの慣習はあるようで、この音は年が明けるまでにあと百回ほど鳴らされ続ける。考えてみればクリスマスイベントもあったわけだし、正月があってもおかしくない。宗教は違うが。

 

そしてこの音が止み、俺たちがこの世界で二回目の年明けを迎えると同時に第四十九層のフロアボス攻略が開始されるらしい。らしいというのは、俺が参加しないからだ。

 

俺は第四十七層のボス攻略から、前線に顔を出していない。もちろん日々のレベリングと金稼ぎはこなしているが、最前線に向かうことは全くない。

 

今もこれからボス攻略が行われると知ってはいても、足が動くことはない。現在は四十五層の主街区の外れにあるベンチに座って、一人空を眺めている。

 

あれから一週間ほど経過したが、俺の心の整理はつかないままだった。

 

……なんであそこで泣いちゃうかな俺!鼠に泣き顔見られたし!なんなら泣かされたと言っても過言ではない。女子に抱きしめられたまま慰められ、涙を流すなんて……この八幡、一生の不覚。

 

何より誰より見られたくない人物に泣かされ、気が付けば日が昇り始めるまでそのまま抱きしめられていた。これをネタにまた揺すられること請け合いだ。

 

これ以上黒歴史を鼠に握られるとヤバい。ぼっちコンプレックスを拗らせて田舎から出るのが怖くなるレベル。リア充って爆は……ううん、なんでもない。

 

「……何してんダ、ポチ」

 

一人頭を抱えて唸っていると、後ろから声をかけられる。俺に声をかけるような人間は限られているし、ポチと呼ぶ人間なら限定されている。

 

今会いに行きたくないランキング上位のアスナ選手に大差をつけてトップを爆走する人物。紛れもなく情報屋、鼠のアルゴその人だ。一年を通して、同じ灰色のフード付きのローブを着ているが、中に着込んでいるのだろうか。

 

「どこ見てんダ」

 

「べ、別にどこも見てねーし」

 

冬は寒くて、夏は暑そうだなって思ってただけだし!

 

鼠はニマニマと笑みを浮かべながら、俺の隣に腰を下ろす。俺は鼠から逃げるようにベンチの端による。立って逃げるべきかとも考えたが、敏捷パラメータで鼠に勝てるはずもない。

 

「で、何の用だ?」

 

「用がなきゃ会いに来ちゃいけないカ?」

 

いちいち含みのある言い方をするが、いい加減慣れたものである。この一年と少し、同じような言い方で何度勘違いをしそうになったか分からない。でもやっぱりほんの一瞬反応しそうになっちゃうので止めてほしい。

 

「……今日のボス戦なら参加しないぞ」

 

鼠の目的を予想して言うと、鼠は少しバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「このタイミングだとそう思われても仕方ないカ……。けど、オレっちは自分じゃ戦えないからナ、ポチに……他の誰にも戦えなんて言えねーヨ」

 

鼠は視線を落として小さな声で言う。

 

そんなことはないのだ。彼女は、敏捷に特化したある種命知らずな装備で誰よりも早くマップの隅々まで走り回る。その行為が危険でないはずがない。それこそが、彼女の戦いなのだ。

 

だから、俺ははっきり言葉にする。

 

「お前は充分戦ってるだろ。俺は……今回はあれだ。一回休みっていうか……まぁ、毎回必ず参加しないと駄目なわけでもないだろ」

 

俺の言葉に鼠は一瞬目を大きく見開くが、すぐにニヤリといつもの表情に戻すと、ふんぞり返る。

 

「ポチの下手な励ましに免じて、そういうことにしておいてやるヨ」

 

「いや、励ましてないから」

 

「照れるナ照れるナ。それと感謝しろよ、ポチ。ぼっちのポチがこの多忙のアルゴ様と年末年始をすごせるんだからナ!」

 

本気でいらねぇ……と、うんざりした視線を鼠に送ったその時、鳴り続けていた鐘の音が止んだ。

 

「今年もよろしくナ、ポチ」

 

わざわざ顔を近付けながら新年の挨拶をしてくる鼠から逃れるために、体を反対方向に傾ける。ちょ、触るのは反則だと思います!色々と気恥ずかしさを覚えながら、何とか言葉を絞り出す。

 

「……おう」

 

鼠は満足したように、体を離す。この挨拶をこの世界でするのが最後になることを願う。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

新年と同時に始まった初ボス攻略から更に十日ほど経過した。サラリーマン大国の日本でさえ年末年始は休みの企業が多いというのに、攻略組とかいう組織はとんでもないブラックだ。八幡は絶対働かないんだからっ!参加してないけどな。

 

専業主夫という己の野望を再確認した俺だが、現在その攻略組に両手を拘束された状態で連行されている。右手にキリト、左手にアスナという完璧な布陣。やだ……右手が熱い……。キリトなのかよ。

 

「……おい、何度も言うようだが、ボス攻略の参加は自由だろ」

 

「緊急事態よ」

 

「ハチマン、悪い」

 

二人とも俺に一瞥もすることなく、ひたすら歩く。何かあったのか……?アインクラッド全域で売られている最新情報を載せた新聞は欠かさず読んでいるが、目立った記事はなかったように思う。

 

つまりその緊急事態というのは、新聞に載せて下層にばら撒けば著しく不安を煽るほどの事態、ということになる。

 

そのままずるずる連れていかれ、一度主街区の転移門を経由して辿り着いたのは、KoB(血盟騎士団)のホーム。アスナが門番に軽く手を上げるだけで、彼らは即座に道を開ける。きっと彼らは自動ドアを擬人化したものなのだろう。何それ誰得?

 

建物の中でも一番でかそうな部屋に入ると、やはり血盟騎士団団長ヒースクリフが微笑を湛えながら座っている。しかしそれだけではなく、黒猫団のメンバーやDDA、その他攻略組ギルドが集まっていた。

 

怪訝そうに周囲を伺っていると、始めにヒースクリフが口を開いた。

 

「まずはハチマンくん、あけましておめでとう」

 

「あ、おめでとうございます……じゃないでしょう。一体何の用ですか?」

 

「まずは座りたまえ」

 

ヒースクリフに勧められて、正面に座る。その両サイドをキリアスが固める。いや、流石にこの状況から逃げたりしねぇよ……。

 

「で、何ですか?連行される心当たりがないんですけど」

 

「犠牲者が出た」

 

その言葉に、俺はグッと息を呑む。この部屋のプレイヤーは全員承知しているらしく、どよめきはないが重い空気が流れる。

 

「今回第五十層、折り返し地点ということで、まずは先遣隊を送ることにした。その際、キバオウくんたちALSがその役を買って出るというので任せたのだが……。功を急いだのだろう。派遣した十五名の内、七人が死に、転移結晶で帰還したキバオウくんは今回の攻略には参加しないと宣言した」

 

七人……。しかもまだ本格的な攻略は行なっていない、様子見の段階でこの犠牲者数。俺がまだオレンジだった頃に聞いた攻略を思い出す。

 

「まるで、二十五層の時みたいな状態ですね」

 

「あの時以上よ。今回は折り返し地点で何か仕掛けられていることを警戒した上でこの状況なんだから」

 

忌々しそうに呟くアスナ。キリトやDDAのリンドも同じような表情だ。

 

「なら二十五層、四分の一ごとにこうなると考えた方が良さそうだな」

 

「うむ。もちろんこの層をクリアした後も警戒するに越したことはないが、クォーターポイントに強力なボスが配置されているのは間違いないだろう」

 

ヒースクリフが同意する。普段は俺に噛み付きまくりなアスナも異論は無いようで、真剣な表情で頷いている。

 

「それで、話は分かりましたけどまさか俺にそのボスと戦えとか言わないですよね。自慢じゃないですけど、俺防御は紙ですよ。瞬殺されるんですけど……」

 

「しかし君の反則的な攻撃力が今回必要なのも事実だ。散っていった同志たちの為にも、是が非でも頼みたいのだが」

 

「頼む、ハチマン。お前のことは絶対に俺たちで守ってみせる。だから、力を貸してくれ……」

 

キリトに頼まれると弱い。四十七層ではこいつに命を救われているし、それ以前にも色々ある。

 

「…………」

 

「異論は無いようだな。ではハチマンくんの防御を担当する者だが……」

 

沈黙を是と取られ、話を進められる。結局俺に拒否権はなかったような気がする。

 

「ALSからの報告では、ボスの攻撃にタンク隊が次々と吹き飛ばされたと。生半可な防御では、諸共やられてしまうでしょう」

 

アスナは言うと、遠慮気味に視線を送る。視線の先には、SAO全プレイヤーの中で最硬の男。

 

「ふっ、よかろう。この剣に誓って、彼を守り抜いてみせよう」

 

そう言って、剣を机に置く聖騎士(ヒースクリフ)。やだ心強過ぎて駄目になりそう。

 

「なんていうか、反則なチームだな」

 

「あん?」

 

「だって、攻撃力最強と防御力最強のコンビみたいなもんだろ?」

 

「いや、団長さん一人でどっちもこなしてるようなもんだろ……」

 

思ったより子どもっぽい感想だった。童顔だとは思っていたが、やはりキリトは結構年下なのだろうか。

 

呆れ気味にため息を吐きながら、ふと周りを見るとアスナがヒースクリフと話をしている。こくこくと頷くアスナに、ヒースクリフが指示を出しているのだろう。

 

話を終えたアスナが声を張る。

 

「それではこのまま第五十層ボス攻略会議を始めます!」

 

凛とした声に、一気に場の緊張感が戻ってくる。

 

「今回のボスの名前は《マーキス オブ ナベリウス》。ALSの先遣隊からの報告では、外見は三ツ首の巨大な犬だそうです。攻撃方法はほとんど未確認。ですがフラグMobからの情報では、『門前に座す番犬は地獄の業火を操る権利を得たる』とのことです。ブレス攻撃があると考えて良いでしょう」

 

軍の奴らはほとんど瞬殺されたようだな。先遣隊というほどの役割を果たせていない。恐らく先遣隊を買って出たのも、そのままALSだけでボスを攻略するつもりだったからだろう。

 

「人型ではないため、ソードスキルを使ってくることはないと思われますが……」

 

「クォーターポイントだからな。警戒するに越したことはないかもしれない」

 

アスナのセリフをキリトが続ける。確かに、俺が一人で挑んだ四十七層のボスも、途中で形態が変わった。思えば第一層の時から、HPが減少するとボスの攻撃パターンは変わってくる。

 

流石に犬が突然立ち上がって、剣を構えて三頭流、なんてことはないだろう。なんだよそれめっちゃ強そう。それにしても、三ツ首の番犬というと。

 

「……ケルベロス、か」

 

「名前は違うけど、聞いた感じだとそうだろうな。マーキス……が何なのかは分からないけど」

 

「あれはだな、男性用化粧品の」

 

「違うわよ。マーキスはイギリスの爵位です。ちなみに侯爵ですからね」

 

そうだったのか……。ならナベリウスが固有名詞だとすればナベリウス侯爵ということになるのか。結構爵位が高いな。それだけ強敵ということなのだろうか。

 

突然人差し指を立て、キリトが提案する。

 

「そういえばケルベロスって、ハープで寝るんだっけ?全員で子守唄でも歌ってみるか?」

 

「おい、頼むやめてください」

 

「馬鹿やってないで、攻略は明日の正午からですから、それまでに準備を整えておいてよね」

 

アスナに叱られて周りを見ると、いつの間にか会議は終了していたようで、参加者の半数ほどは既にいなくなっていた。俺も立ち上がると、KoBのホームを後にする。明日に備え装備の調整やアイテムの購入をしなければならない。

 

店に向かう足がいつもより重かったのは、いうまでもない。



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第28話

ボス攻略のためであれば許される。そう思っていた時期が俺にもありました。

 

リズベット武具店で折る用の両手剣を五本発注し、交換条件で無抵抗での完全決着モードの決闘を挑まれた次の日、俺は血盟騎士団に囲まれてボス部屋の前にいた。よく生きてたな、俺。

 

ようやくマスタースミスになったリズベットに、格安で作らせようとしたのだが、彼女は少し武器に愛着を持ちすぎている気がする。俺も折りたくて折っているのではないと何度も説明しているが、彼女が俺の来店を歓迎することは未来永劫ないのだろう。ちなみに結局両手剣はその辺りの店で適当に見繕った。

 

「……で、お前ら何のつもりなんだよ」

 

「今日一日、あなたは私たちの団長とパーティを組むんでしょう?なら、もうギルドに入ってるのと変わらないじゃない」

 

「いや、違うから。むしろ呉越同舟的な状態だろ」

 

四方八方からオブジェクト化した血盟騎士団の団服を手に、団員たちが迫ってくる。段々と手口がエスカレートしてきてるじゃねぇか、怖いよ。

 

全力で拒否を続けていると、「今日はこのくらいにしておいてあげるわ」というやられ役さながらなセリフを残し、血盟騎士団は団長の元へと向かっていく。

 

ようやく解放されて一息ついていると、苦笑を浮かべたキリトが歩いてくる。

 

「相変わらずだなぁ。この間は黒猫団も血盟騎士団に入る気はないかって聞かれたし」

 

「お前らも今じゃ立派な攻略組だしな」

 

ぶっきらぼうに返す。キリトは肩をすくめると、俺の隣に立ち続けた。

 

「そうだな、結構無茶したよ。睡眠時間とかも結構削ってさ」

 

軽く言っているが、かなり危ないことをしてるな。何度も言うようだが、この世界は死だけがリアルなクソゲーだ。安全マージンは階層より十レベル上だと言われている。攻略組に入るなら、最低でもこれ以上でなければ危険過ぎる。

 

それならば現在黒猫団の全員が六十レベルを上回っているのだろう。この短期間でこれだけレベルを上げるのは至難の技だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

昨日も顔を合わせているのだが、改めて気まずさが漂い、一瞬静寂が訪れる。

 

ふと、キリトの背中に目を向ける。以前の攻略から気になっていたんだけど、こんな状態だとソードスキルは使えないはずだが、やはりこれがキリトのユニークスキルなのだろうか。

 

俺の視線に気づいたのだろう、キリトが納得したような声を出し、わざわざ説明をしてくれる。

 

「……ユニークスキルだっけ?俺のは《二刀流》だよ。片手直剣を両手に装備した状態で使うんだ。ハチマンのは噂になってるけど、詳しくは知られてないよな。どんなのなんだ?」

 

突然ぐいぐい来るキリト。ちょ、近い近い怖い!相当なゲーマーであるキリトは、俺のユニークスキルに興味津々だ。正直教えたくないが、教えてもらっておいて答えないわけにもいかないだろう。

 

「……《暗黒剣》だ。両手剣を片手持ちの状態で使う。団長さんのと違ってデメリットも大きいけどな。副団長さんに言わせれば、攻撃偏重の博打スキルだってよ」

 

「なるほど……。ヒースクリフの《神聖剣》が盾持ち片手直剣の上位互換、俺の《二刀流》が盾無し片手直剣の上位互換、ハチマンの《暗黒剣》が両手剣の上位互換ってことか。この感じだと、他のユニークスキルも結構出てきそうだな……」

 

ブツブツと独り考察を始めるキリト。これはぼっち特有の所作だ。やはりキリトは現実ではぼっちだったんじゃないだろうか。

 

妙な親近感を覚えていると、ボス部屋の扉の前にいる血盟騎士団が声を張り上げる。

 

「それでは、現時刻をもって第五十層ボス攻略を始めます!厳しい戦いになると思いますが、現実世界に帰るために、全SAOプレイヤーのために、勝ちましょう!」

 

うぉぉぉおおお!!とアスナの激励に応えて吠える攻略組プレイヤーたち。そして、ボス部屋の扉が開かれた。

 

これは後から聞いた話だが、神統記という叙事詩の中ではケルベロスは五十の首を持つと書かれている。だからこそ、この折り返し地点のボスに選ばれたのかもしれない。

 

今回の攻略組の全員が部屋に入ると、自動で入口の扉が閉まる。そして入口付近から順に灯台に火が灯っていく。黒曜石の大部屋は明かりがついてもまだ薄暗い。その部屋の中央。そこで奴は眠っている。情報通りの三ツ首の鬣を生やした巨大な番犬は、背後の扉へと向かう人間をその体で阻んでいる。恐らく全長は六、七メートルはあるんじゃないだろうか。

 

「眠ってるなら先制攻撃を……」

 

誰かが呟く。俺はふう、とため息を吐いて声を出そうとしたが、その寸前でアスナが苦言を呈す。

 

「危険過ぎます。恐らく軍のプレイヤーたちも同じことを考えたはずです。その彼らが返り討ちに遭ったのなら、不用意に近付くべきではありません」

 

アスナの意見に全員が賛同し、俺・ヒースクリフ・キリトのユニークスキル持ちを十メートル地点、他の隊を十五と二十メートル地点に半分ずつ配置。

 

全員が抜剣した状態で、血盟騎士団の一人が投擲スキルでケルベロスを起こしにかかる。

 

風が吹いた。

 

目で追えなかったわけではない。だが、逆に言えば目以外では全く反応できなかった。俺が気付いた時には二十メートル離れた場所で構えていたはずのプレイヤーが一人、ケルベロスの牙に捕まっていた。

 

「ぐぁぁぁあああ!!」

 

その叫び声で、全員が一瞬の空白から呼び戻される。

 

「くっそ……!」

 

最初に駆け出したのはキリト。次いで俺たちより近い位置にいたアスナ。俺もその後に続いて走り出す。ナベリウスはプレイヤーを咥えたままで、近くにいた他のプレイヤーを前足で薙ぎ払う。

 

「あぁぁぁぁ!!」

 

「やめてーーーーッ!!」

 

アスナが叫ぶ。だがそんなものが通じる相手なら、最初から戦ってなどいないのだ。パキィン!と甲高い音と共に青いエフェクトが散らばる。クソが、間に合わなかったか!

 

「セヤァァァァ!!」

 

閃光の名に恥じないソードスキルが地獄の番犬を襲うが、意にも介さず左右の首をキョロキョロと動かしている。右の首が遠吠えを行うと、周囲に紅い体躯の猟犬、《デス・ハウンド》が多数出現する。

 

「退がれアスナ!まず俺たちが相手をするから、その間に体勢を整えさせろ!」

 

デス・ハウンドを一体倒したキリトがアスナに指示を送り、そのまま三ツ首の番犬に斬りかかる。ナベリウスはそれを躱し、右前腕でキリトに反撃し、キリトはそれを二刀流で受け止めた。

 

「ぐうっ!!」

 

その巨躯から放たれる攻撃は、見た目通り重いのだろう。俺が受けたなら恐らく一撃で死ぬ。

 

「頼みますよ、団長さん!」

 

叫びながら、暗黒剣をケルベロスに叩き込む。暗黒剣スキル《サイクロン》。飛び上がって回転し、遠心力と重力を加算した唐竹割を、ケルベロスの横っ腹にお見舞いする。

 

『ボォアアアア!!』

 

犬っころのHPバーの最上段が、三分の一程減る。やはりクォーターポイントなだけあって、今までのボスよりもかなりHPが多い。それでも通じるということに、俺は確かな手応えを感じていた。

 

直後、スキル後硬直状態の俺に向けて番犬が牙を剥く。

 

「任せたまえ」

 

ギィィィン!と金属音を響かせて、ヒースクリフが俺とナベリウスの間に入る。キリトが両腕で懸命にパリィをしているというのに、片手で防いでいる団長さんには余裕があるように見える。どんだけ強いんだこの人は……。

 

「団長!」

 

アスナを含む半数のプレイヤーが回復を終え、こっちに合流する。残りの半数は、デス・ハウンドの討伐をしているようだ。

 

「アスナくん、隊を半数に割り片方をキリトくん、もう片方を君が率いて三チームで当たろう。こちらは問題ない」

 

「はい!」

 

ヒースクリフの指示に、アスナたちは即座に応える。これで三対三のチーム戦になったな。

 

陣形としては正面右側に俺とヒースクリフ、正面左側がキリト隊。後方にアスナ隊となった。まずは俺が暗黒剣でヘイトを取り、ヒースクリフが防ぐ。

 

その隙に他の二隊がタンクを立てながらダメージを与えていく。前足での薙ぎ払い、噛み付き攻撃をタンクが防ぎ、受けたダメージはポーションで回復する。その間は他のプレイヤーがパリィしたり、俺がヘイトを取ることで時間を稼ぐ。

 

そんな攻防を続け、HPバーが二本ほど減った時、番犬は雄叫びを上げて俺たちから瞬時に距離を取る。常にではないが、時折あの高速移動をするな……。もしずっとあの速度で動き回られていたなら、俺たちはもう全滅していることだろう。

 

叫んだ番犬はこちらを向くと、右の顔が大きく口を開いた。

 

「……ッ!!ブレスだ!全員回避するかブレス用のガードだ!」

 

キリトが叫ぶ。確かに開かれた大口の奥にかすかに炎がチラついている。範囲は分からないが、防御を持たない俺はひたすら回避するしかない。全力でナベリウスの左側に走る。

 

真後ろのアスナ隊は良いとして、ブレス正面のキリト隊は範囲外に行けない可能性を考慮したのだろう、回避ではなく防御に徹するようだ。

 

タンク隊を並べ、その一歩前にキリトが立っている。炎のブレスが放たれる。約九十度の範囲で放たれたそれを、キリトは防御スキル《エアリー・シールド》で凌いでいた。

 

恐らく前に出たのはHPを減らしていたタンクへの負担を減らすためだろう。両手の剣をクルクルと回して風の盾を作るキリトを見て、俺は少し呆れ顔になっていただろう。

 

軽装のダメージディーラーが、タンクを守ってどうすんだよ。だがそこで庇ってしまうのは、キリトらしいな。

 

ブレスが終わると、俺とアスナたちが全力でアタックする。ここでヘイトを取っておかなければ、キリトたちが回復する時間がない。

 

俺はチャンスがあればひたすらに暗黒剣を叩き込み、防御は完全にヒースクリフに任せていた。もちろん躱せるものは躱しているが、スキル後硬直の上パリィもガードも禁止では、ボスの攻撃範囲から逃げるのは至難の技なのだ。

 

ブレスでどうしても受けてしまうダメージを除けば、俺は一度もダメージを受けていなかった。……ボス相手にすげぇな、ヒースクリフ。

 

「パターンが変わった!ブレス来るぞ!」

 

「私たちは総攻撃します!タンクはソードスキルは使わず、いつでも防御できるよう構えておいてください!」

 

アスナの声の直後、今までのように正面にだけではなく、薙ぎ払うようにブレス攻撃をする番犬。油断していた俺は躱しきれず、ブレスを浴びる。反射的に両腕で庇ったため、HPの半分と耐久度が結構減っていた市販の両手剣が持っていかれた。

 

咄嗟に考える。ブレス直後はナベリウスは数秒硬直するため、大ダメージを与える絶好の機会だ。ダメージを無視して新しく剣をオブジェクト化して攻撃するべきか……。

 

ウインドウを操作して剣を出そうとすると、それをヒースクリフが手で制した。

 

「私が前に出よう。その間にまず回復したまえ」

 

「すいません……」

 

駆け出すヒースクリフの背中を見ながら、指示に従いポーションを口に含む。単独でもずばずばとダメージを確実に与え、ナベリウスの攻撃は的確に防ぐ。やっぱ俺いらないんじゃねぇの……?八幡的にはヒースクリフの動きを制限してる気がしてならない。

 

数十秒経過し、HPが全快した俺は戦線に復帰する。そこからまた数度の攻防が続き、遂にボスのHPは残り一段となった。




長いので、一旦切ります。

川なんとかさんも彼女の一人称を間違っていることに、ごく最近読み返して気付きました。

多分これだけだと全く意味わからないと思います。


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