クロスアンジュ イレギュラーと熾天使の輪舞 (ヌオー来訪者)
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第0話 イレギュラー、始動

 主人公はクラウドブレイカー量産型パイロットの設定。但し、搭乗機には縛られない。世界観違いますがアークシリーズとかの要素は可能なら入れたい所。


  統一地球歴045年 火星付近。

 

 地球統一機構。通称、UCEの所属部隊ラー・カイラム隊はネオ・ジオン軍はあらゆるエネルギー物質に反応して爆発的に増幅させる物質『E2』を巡る決戦が行われていた。

 ラー・カイラム隊に所属し、クラウドブレイカー量産型のパイロットとして戦っていた青年、リオス・アルバートは、とある出来事でラー・カイラム隊が大量殺戮者の汚名を着せられながらも共に部隊の一人として戦っていた。

 

『メインシステム・戦闘モード起動します』

 

 もう、戻れないのかも知れない。嘗て暮らしていた地球の故郷にも。だが、背負い続けるしかないのだ。それが、地球を守る事を選んだ『エースの宿命』なのだから。

 

「リオス・アルバート、クラウドブレイカー量産型で出ます!」

 

 シャア・アズナブルという男は嘗て、ラー・カイラム隊の一員だった。その時はクワトロ・バジーナと名乗っていたか。彼は次代を担う若者に期待を寄せていたのだがUCEに失望をしていた。

 飽くまで保身に走る官僚たちと、地球至上主義者たちによるスペースコロニーに住む者たちへ行った暴挙。

 

 

 様々な出来事が重なる事で、クワトロ・バジーナはラー・カイラム隊から離脱。スペースノイドを中心に結成された軍、ネオ・ジオン軍を率いてUCEに牙を剥いた。

 その頃、地球圏での戦争は終結したと扱われていて、完全平和主義者の手引きで行われた宇宙難民たちの地球への移民を認め、移民船を派遣している真っ最中だった。

 その難民船団の中に無人のものを先に降下させてその中にE2爆弾を仕込んで地球に居る者達を抹殺しようとしていたのだ。その事実を知っていたのはラー・カイラム隊のみで―――

 

 結果、ラー・カイラム隊の活躍でE2爆弾の地球降下は阻止したがラー・カイラム隊は何も知らぬ者たちにより史上最悪のテロリストとして扱われるようになってしまった。だが、シャアはE2をもう一つ保有しており、弁解する間も無く追撃。今に至るという訳だ。

 

 

 後悔しているか、と聞かれたらNOと答えたら嘘になってしまう。だが、E2投下を阻止しなければ地球に人が住めない状態になってしまっていただろう。見過ごせば故郷もクソも無くなってしまうだろう。

 故郷があり、自分も生きていれば何とかなるとリオスは自分に言い聞かせながら戦っている。

 そして、決着は―――

 

 

 

「E2が爆発する! 離脱しろ!」

 

 ラー・カイラム隊の属艦、ラー・カイラムの艦長『ブライト・ノア』大声でそう命じた。……シャア・アズナブルが戦死し、我が部隊が勝利したのだ。E2を乗せた戦艦は爆発し、大きな光の玉となって広がっていく。

 出撃した同僚や上司、協力者たちは急いで爆発範囲から離脱しようとするが、リオス機は若干遅れて進んでいた。

 

「どうしたリオス!」

 

 機動隊隊長であるアムロ・レイ大尉がリオス機の様子がおかしい事に気付き問いかけると、リオスの口から渇いた笑いが漏れ出た。それは何故か? 爆発から逃げられないのだ。

 

「ブースターが破損していて……このままではっ!?」

「何だと!?」

 

 リオスがそう言うとアムロが驚いた声をを上げた。事実、リオスのクラウドブレイカー量産型のブースターは破損しており本来の高機動性は損なわれていたのだ。光はもうすぐそばまで迫っていて機体を丸呑みするのも時間の問題であった。

 死んだらお終いだ。死んでしまえば汚名もクソも無くなってしまう。リオスは焦るものの、現実は非情で機体は碌に動かない。

 

―――生きてやる。生きて帰るんだよ。絶対に。

 

 だが、どれだけ祈っても意味は成さなかった。背後から迫る爆発はリオスの機体をあっという間に呑み込み―――

 

「うわっ!?」

 

 リオスの視界には光が、広がって―――

 

 

 

「リオス機……反応ロスト」

「お、オイ……冗談、だろ?」

 

 ラー・カイラムのオペレーターがそう告げた。ケーン・ワカバを筆頭とした機動兵器のパイロットたちが爆発の後を見やる。だが、爆発跡にはネジの一つも部品も残骸も残っておらず、塵も残らずE2の光に消えたと誰もが思っていた。―――計器にはE2以外の反応がほんの一瞬に発生した事には誰も気づかないまま……

 

 かくして、統一地球歴045年1月。リオス・アルバートはこの世界から『消失した』

 

 

 

 声が聴こえる。

 

「済まない、■■■■よ。儂に出来る事はここまでだ」

 

 老人の声だ。私はその声を良く知っている。私は彼を敬意を表してこう呼ぶ。『プロフェッサー』と。プロフェッサーは言った。

 

「儂に残された時間は僅かなようだ。もう少しお前さんの感情に興味があったのだが……駄目っぽいな」

 

 プロフェッサーは私に興味を示してくれて沢山世話になった。彼が居なかったらきっと今の私は居ないだろう。この感謝というものも感情が目覚めたからであろうか。だが、この感情は嫌いでは無かった。

 

『ありがとう』

 

 私がそう礼を示すと、プロフェッサーは照れくさそうに鼻をこすって「へっ」と笑った。

 

「よやせい。人間同士の内乱は日常茶飯事だが、お前らは珍しいからな。ちょっと実験がしたかっただけだ」

 

 そう、強がって言ったがその直後咳をする声が響く。私は心配したが、プロフェッサーは構うなと言わんばかりに私を見た。

 

「まぁ、お前さんが何を成し、何を残すのか気になったが、まぁ分からないまま終わるのも浪漫と考えよう……行って来いよ『イレギュラー』よ。後は、お前の役割だ」

 

 彼の言葉に私はこのような時にはどう答えればいいのか分からなかった。それからもうプロフェッサーは喋らなかった。質問しても教えてはくれなかった―――私は何を成せば良いのか。それを少し長い時間を以て考えていた。

 




 タスクと言われたら、αかOGのアイツが思い浮かぶ。


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第1話 漂流、アルゼナル

 チートにはならない予定。というかこっちが強かろうと敵の方がチートになりそう。

 原作キャラも中の人が同じクルーゼ以上にアレなエンブリヲはどうやって倒せるのやら。


 

 何となくだが、ゆらゆらと波に揺られながら漂っていたような感覚がした。それが少し心地よかったが少しこの感覚に違和感を覚える。宇宙なのにこの感覚はおかしくね? と。でも、目を覚ますだけの余力は残っていなくて、そのまま目を開けずに揺られ続けていた……

 

 

 

 

 

 身体が、重い。

 

 随分と長い時間流されていたようだ。と云うか何故自分は海に漂っていたのだろうか。地球から離れた場所、火星付近のデブリ帯に居たと言うのに。リオス・アルバートは今、見知らぬ島の砂浜に打ち上げられていていた。

 一瞬、ボソンジャンプという空間跳躍現象で飛んだ可能性を考えたが、その可能性は極めて低いだろう。―――が、我が愛機、クラウドブレイカー量産型は何処へ行ったのかという疑問に突き当たる。強制脱出装置が誤作動でも起こしたのか。もしかしたら本当にボソンジャンプなのか。

 

 服は海を漂流していたからかかずぶ濡れで、口の中がすごくしょっぱかった。

 重い身体を持ち上げるようにして立ち上がろうとした瞬間―――

 

「動くな」

 

 という、女性の声が聴こえた。咄嗟にリオスは顔を上げると数人の少女たちが銃を持ってリオスに向けているのが見えた。

 

―――ま、まじかよ…………

 

 リオスの顔が一気に引き攣った。

 一難去ってまた一難。ありえなーいとでも言えというのか。と言うかここは地球なのだろうか。……さて。

 リオスは手を上げて抵抗の意志は無いと訴える。

 

 そして、銃を向けて来る女性たちの指揮を執っていた黒髪をポニーテールに纏めた女性がリオスに近寄り…………手錠で拘束した。

 

 

 

 細かい所を省いて端的に説明すると、リオスは良くわからない場所へと連行された。

 

 床に血がこびりついた殺風景で殺伐とした尋問室に連れ込まれて、出身地だの姓名だの聞かされたが、まるで話が噛み合わない。UCEの事も、ラー・カイラムの事もリオスは洗いざらい話したが、取り調べ担当の者は首を傾げるだけ。

 

 リオスは必死に説明した。地球圏に住む者たちならば誰でも知っている常識を沢山。スペースコロニーの事も。だが、誰も取り調べを担当している女性たちには首を傾げられ、頭がいかれたかどうかを聞かれるだけだった。

 

 挙句の果てに精神病の疑いを掛けられ、数日間まともな飯にもありつけず、牢屋の中に閉じ込められてしまった。しかもノーマだとか(よくわからないが口ぶりからして蔑称)監察官と呼ばれた眼鏡の女に言われるわ……

 

「なんだよ……散々じゃねぇか」

 

 リオスは牢屋に備え付けられたベッドに横たわって、不貞寝を決め込んだ。

 

 一体全体どうなっているのだ。ここは地球では無い何処かなのだろうか?

 ボソンジャンプは過去に跳躍するとか言った説が存在しているが、UCE発足前の時代にでも飛ばされたのだろうか。それとも…………

 

 まるで見知らぬ世界に一人。それがとても、寂しく思えた。

 

 

 

 リオスの取り調べ……いや、尋問と言うべきか。尋問の担当をしていた黒髪ポニーテールの女性、ジルはリオスが流れ着いた島……否、軍事基地アルゼナルのとある一室にてレポートらしきものを差し出した。

 その報告書を受け取り、ざっと目を通した紺色の髪をツインテールに結んだ少女、サリアは顔を顰めた。

 

 モビルスーツ? オーラバトラー? スペースコロニー? UCE? オリヴァーポート? パーソナルトルーパー? ヘビーメタルにメタルアーマー?

 

 まるで漫画の中の世界のようである。しかも彼の話には『マナ』という単語は一切絡む事が無い。そんな馬鹿な話があって良いのか?

 このアルゼナル内では兎も角、この世界では『マナ』とは切っても切り離せない存在だと言うのに。

 『マナ』……それは『普通の人間』が最低限持って居る力だ。その力は念力の如く物を浮かせたり動かしたり出来る上に、拘束や防護のための結界じみたものを形成したり、情報共有の可能なクリーンで便利な技術である。これの技術の発展により戦争や貧富の差が消滅したと言われている。……が、『普通の人間』からはずれた存在も少ないながら存在している。

 それが『ノーマ』。マナの力を持たず、逆に無効化させてしまう者だ。彼らは平和なマナ社会を崩壊させ得る存在と見なされて迫害、差別の対象になったり、法的に取り締まられており、大多数は幼少の頃よりこの軍事基地『アルゼナル』に収容。名前を奪われ隔離される。そしてあるモノと戦う使命を背負う事となるのだが……

 

「例の漂流者、言っている事が滅茶苦茶な上に男でノーマだった……奴は一体何者なの?」

 

 サリアの質問にジルは首を横に振った。ノーマはどうしてかは不明だが女性の赤ん坊にしか発生しない。それ故にリオスがノーマである事に不自然さを感じていた。

 

「まぁ、アイツが男であるのは既に身体上明らかになっている。精神鑑定も至って正常で記憶障害らしきものも無い……が話が全然噛み合う事が無い。……まさかノーマやマナの存在を知らないとは」

 

 ジルは軽く呆れながら最近入って来た皇国から入って来たのノーマの少女の姿を思い浮かべる。皇族は大概閉鎖され切った城に籠っているので世間知らずな所が多く、最近入って来た元皇族はまさにソレだった。あの皇族の少女に比べれば彼の物腰はまだ落ち着いているのだが、それでもジルの胃を痛めつけている。

 男でありながらノーマであるというリオス・アルバートという存在。

 だが、そんなイレギュラー級の存在にマナ使いの監察官は彼を気にもかけておらず、男だからどうしたと言わんばかりの反応で、風紀を乱さないように隔離しろとしか言っていない。

 

「近い内に奴を解放し、戦線に入る為の訓練及び教導を受けさせる」

 

 ジルの言葉に、サリアは眼をギョッとさせた。

 

「お前には奴の監視と教育を頼みたい」

 

 そう言われると、サリアは心底嫌そうな表情で首を横に振りそうになったのだが、敬愛する上司の頼みも断れず、取り敢えず理由だけ問うた。

 

「どうして……!?」

 

「あの男はそれなりに鍛えた痕跡がある。本当に軍人かどうかは知らないが、上手くやれば即戦力になり得ると我々は踏んだ」

 

「……はい」

 

 前の戦闘で結構数が減ったのだ。即戦力は喉から手が出るほど欲しい。戦力の質が高ければ高い程生存率は上がるというもの。それに渋々、サリアは引き受けた。

 変な動きを少しでもしたら即刻報告してやろうと、心に決めながら……

 

 

 

「さて、奴が現れた瞬間、アレが起動したという報告を聞いたが……」

 

 サリアが去った後、ジルは執務机の引き出しに仕舞われた別の報告書を取り出した。そこには、乗り手がおらず格納庫行きとなったワインレッドのカラーリングで背に大型ブースター二基を積んだ戦闘機の写真が付属していた。

 

―――イレギュラーにはイレギュラー。そういう事なのか?

 

 ジルは大きく溜息を吐き、また忙しくなりそうだと思いつつ、数少ない彼女にとっての娯楽である煙草に火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくし!?」

 

 一方で投獄されていたリオスは寒々しい空間に凍えていた。何故、ベッドには毛布も何もないのか。とても寒くて寒くて仕方がなかった。

 




 アンジュたちと、ナインボール・セラフもどきの出番は近い内に。因みにセラフもどきはパラメイルとは違うタイプの機体です。

 次回、野郎が露出の多い女性ばっかりな場所に放り込まれた時の疎外感とか孤独感とか、初戦闘も書きたい所。早くタスクを出したいんじゃー(´・ω・`)
 

 初代ACEのBGMが好きな人間が周囲に居なくて泣いた……泣いた……


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第2話 リオス、キレる

 名前の通りです。その割には文字数が格段に増えちゃいましたが。


 投獄されて一週間が経つと、リオスに釈放の通達が訪れた。

 

 紺色ツインテールの少し露出が多くはないかと言いたいぐらいの服装の少女が開けてくれたのだ。そして第一声が―――

 

「臭っ」

 

 ……という容赦無き一言と口と鼻を抑えるアクションであった。仕方なかろう。一週間も風呂に入っていなけれぼこうもなる。

 尚、余談だが、潜水艦乗りは上陸後タクシーから乗車拒否喰らう程の異臭を放つと言う。まぁ、仕事柄外に中々出られないし、空気の入れ替えも出来ないから仕方がないのだが。

 

 若い女の子に言われるのは非常に辛いものがある。よく娘に「臭い」と言われるお父さんもこのような気持ちなのだろうか?

 精神的大ダメージを受けたリオスはへこんだ表情で外に出た。

 

―――どうせ俺なんか…………

 

 

 

 

 周囲から奇異と興味の視線を受けながらサリアに案内を受け、リオスは真っ先に着替えを与えられ、シャワーを浴びる事になった。1週間投獄された所為で頭はフケだらけで凄まじく不愉快だった為、これは有り難い話であった。それにどうやら殺される様子でも無いようだ。

 

 与えられた着替えは露出の多い女性用の服装では無く、何処か取り急ぎで造った感の溢れる制服だった。まぁ、文句は言えない。仕事柄水は貴重なもので、節約として一般人より早く洗い切って急いで服に袖を通し着替えを終えて外に出ると、待っていたサリアはポカンとした表情で出迎えた。

 

「は……早い」

「仕事柄そうなるんですよ。宇宙じゃ水は貴重ですし」

「は、はぁ……」

 

 サリアは半ば信じられないように受け答えをしながら、リオスに気付かれないようにさり気なく匂いを嗅いでみる。―――が、先ほどのような異臭は一切せず、シャンプーの匂いが漂っていた。男は風呂が女性に比べて速いという知識こそあったが、本当にそうだとは思わなかった為、一体どんな魔法を使ったのかと半信半疑でリオスを睨んでいた……

 

 

 

 この後、リオスは取り調べに何時も居たジルと呼ばれる女性のもとへと連れられて、何処か教室らしき場所まで連れて行かれた。席に付いた時にはもう授業は始まっており、少し慌てて教壇の上で教鞭を執っている女性教師の声に耳を傾けつつ、周囲を見回した。

 

 見る限り、全員が小学生低学年くらいの歳の少女ばかりだった。まるで小学生時代を思い起こさせるような教室と生徒にリオスは更なる居心地の悪さに苛まれるが、隣には救いがあった。リオスより少し背の低い長い金髪の少女が座っていたのだ。

 それに救いと、少しばかり親近感を覚えたが、これ以上よそ見していれば話を聞きのがしたり、後ろで授業参観に来た親の如く見張っているジルと眼鏡を掛けた神経質そうな女性監察官『エマ・ブロンソン』に見つかって怪しまれかねないので、女性教師の話に耳を傾ける事に集中した。

 授業は少女もリオスも幾つかのコマを連続して受け、小学生が受けそうなものばかりであったが。終始少女は不満気で話を聞いているようには見えなかった。

 そして、5コマ目の授業を受けるべく席に着いた。

 

 

 

Dimensional

Rift

Attuned

Gargantuan

Organic

Neototypes

 

 和訳すると、『時空を越えてやって来る巨大敵性生物』となる。通称ドラゴンと呼ばれるそれは、女性教師が見せるモニターに表示された映像に出て来るものの外見が西洋のファンタジーに出て来る龍にそっくりで、女性教師の解説によると空間にゲートを形成して現れるのだという。それをパラメイルと呼ばれる機動兵器群を用いて迎撃し、人々を防衛し、人類を守る事だけが、ここアルゼナルに居るノーマと呼ばれる人種の存在意義で、生きる意味であるのだという。因みにここに来た者は総じて名前を奪われており、リオスもまた、例外では無く、『アルバート』の姓をはく奪されている。

 ……で、ドラゴン等という存在はリオスは聞いた事が無かった。そんなものが居るのならば、戦争中に何処かで見かける筈なのだが……それにUCEならばたとえ上層部が救いようのないレベルにまで腐敗していようとも、地球内の事なので一応何かしらの形で対処は取る筈だ。

 この事から、リオスはここが地球では無いのではという仮説を立てた。

 

 理由としては、異世界や異星人の存在はポセイダルやドレイク軍との戦いから信じているという事。そして、自分の知る一般知識が悉く否定されているという事だ。

 バイストン・ウェルという異世界の可能性もリオスの脳裏にあったが、ショウ・ザマたちの話とかあちらには聖戦士やオーラマシンやオーラバトラーが腐るほど居る為にパラメイルというものに頼る必要が無いということを考えたが故に、除外した。

 

「ノーマはドラゴンを殺す兵器としてのみ、この世界を生きる事を許されています。この事を忘れずに、しっかり戦いに励みましょう」

 

 最後に女性教師がそうし切ると、「イエス・マム」と軍人顔負けの返事をまだ幼い少女は迷いなく返事した。それに、文化の違い故か気分の悪さを覚えながら、リオスも遅れながら「イエス・マム」と言った……のだが、隣にいる少女は不機嫌そうな顔で返事の一つもしていなかった。

 このままでは修正待ったなしではないかとリオスは一抹の不安に駆られるが、ジルたちはそのような事をしなかった。

 

「分かったか、アンジュ、リオス」

「はっ」

 

 ジルが問うと、リオスは座ったまま仕事柄の事もあって敬礼。一方でアンジュと呼ばれた少女は不満を爆発させた。

 

「もうすぐ、ミスルギ皇国から解放命令が……っ、届くはずです」

 

 ……が、最後の所で言葉を詰まらせて自信なさげに表情を曇らせた。リオスはミスルギ皇国という名前は聞いた事が無かったが、どうやら様子からして貴族か何かなのだろう。纏う雰囲気に見覚えのようなものを感じたので納得は出来なくもない。

 ジルは喚くアンジュの言葉を受け流しフッと不敵に笑って返してから、エマに顔を向けた。

 

「監察官。アンジュとリオスの教育課程を修了。本日付で第一中隊へと配属する」

「だっ、第一中隊ッ!?」

 

 エマが驚いた顔を見せる。

 リオスはその様子に軽く冷や汗を流した。あぁ、嫌な予感がする、と。

 

「ゾーラには通達済みだ。行くぞアンジュ。リオスも付いて来い」

「はっ」

 

 しかし、命令に逆らえない。リオスは立ち上がり、敬礼していると、ジルはアンジュの手を引っ張って歩き出した。

 

「は、離してください!」

 

 アンジュの喚き声を聞かされながら…………

 

 

 

 

「へぇ、アレが噂の皇女殿下と男のノーマかァ……」

 

 その様子を遠くから望遠鏡で覗き見していた金髪の女が居た。その女は獲物を見つけた肉食動物のような目でニタリとほほ笑みつつ目から望遠鏡を離し、紅い強いウェーブの掛った髪をツインテールに纏めた、頬を赤く染めて蕩けた顔をした少女を抱きながら、二人の去った後を舐めるように眺めていた……

 

 

 

 リオスたちが連れられた先は無骨な雰囲気の訓練室だった。周囲には十数機程の機械が置いてある。どうやらシュミレーターのようだ。さて、そんな場所に来た訳だが、そこには10人の少女と女性が待っていた。その中にはリオスをシャワー室に案内したサリアも居た。

 

「司令官に敬礼!」

 

 金髪の何処となく妖艶な雰囲気を纏う隊長らしき女性がそう言うと、隊長の後ろに居る残り9人も敬礼した。どうやら彼女らが第一中隊のようだ。

 

「あとは任せたよ。ゾーラ」

「イエス・マム!」

 

 隊長らしき女性、ゾーラが命じたジルに敬礼するとジルは背を向けて去ってしまい、アンジュとリオス合わせて12人となった。

 これなら一つ、補欠が出るがサッカーチームが出来そうだ。まぁ、しないだろうけれど。

 

「ようこそ。死の第一中隊へ。隊長のゾーラだ。副長、紹介してやれ」

 

 ゾーラがアンジュとリオスに歩み寄って、アンジュの尻をいやらしい手つきで触ってリオスの背中は乱暴に叩いてから押し出した。アンジュは「ひっ」と声を上げ、一方でリオスは背筋に悪寒が奔るのを感じた。

 

―――こ……この女、なんとなくだけど怖いぞ!

 

 普通の人より第六感が鋭いと(リオスの中で)定評のあるリオスは、ゾーラをそう評した。魔性の女とかいう肩書が良く似合いそうだ。一瞬己の貞操の危険を感じた。授業で聞いた話だがここには女しか居ない為珍獣のような扱いなのだから猶更である。

 副長と呼ばれたサリアはリオスとアンジュの方へと向いて自己紹介を始めた。

 

「イエス・マム。第一中隊副長のサリアよ」

 

 彼女とは既に面識があるし、改めて特徴を述べるのも手抜き臭いので飛ばすが代わりにリオスから見た彼女への印象を述べる事にする。

 彼女はどうも優等生気質な地味な印象を受ける。……と言うのは、周囲に居る者たちが纏う雰囲気が個性溢れすぎているというのが理由だ。ラー・カイラム隊の母体であるロンド・ベルに所属していた仲間たちが濃過ぎて感覚麻痺を起しているというのも否定できないが。

 

 サリアは自分の名前を名乗ると、一番近くに居た小柄でピンク掛った赤く短い髪に短めのお下げをしていて、棒付きキャンディーを咥えている少女に手を差し出した。

 

「こちらは突撃兵のヴィヴィアンと……」

「やっほ」

 

 ヴィヴィアンと呼ばれた少女はおどけた様子で敬礼をする。一番背が低いし、飴を咥えているので直ぐに覚えられそうな娘にリオスには見えた。

 

「ヒルダ」

 

 ヒルダというドムに乗ってそうな名前を呼ばれたウェーブの掛った真紅の長い髪をツインテールに纏めた少女、ヒルダは意味ありげにフッと妖艶に笑う。若干小馬鹿にされたように感じられたのだが気のせいだろうかとリオスもアンジュも思わずには居られなかった。

 ヒルダはどうもゾーラと似た雰囲気を持った、要するに『怖い女』にカテゴライズされるタイプだとリオスは評した。

 

「シエナ」

「宜しくね」

 

 紫色の長い髪をポニーテールに纏めた少女が笑顔で返した。纏い付く雰囲気はサリアに近いものを感じる。笑顔が良く似合う人だなとリオスは思う。だが油断は出来ない。実は多重人格者とか凶暴キャラとか後でカミングアウトされるイベントが有るかもしれない。

 

 

「軽砲兵のロザリーと……」

 

 サリアの手が、短い茶髪で左目下にほくろを持った、言っては悪いがどうもおばさんに見えなくもない少女に向けられる。ロザリーが何かコメントをしようと、口を開こうとした矢先、アンジュが口を開いた。

 

「これ……これ全部ノーマなのですか?」

 

 それは何処か、軽蔑と怯えの意が籠った声色だった。そして『この人たち』ではなく『これ』まるで物か人間じゃない何かを見ているような様子である。

 ノーマという存在が軽視されている世界なのは理解していたが、マナなるものを使えない人だらけの中で生きて来たリオスからすれば理解の出来ない言葉だった。

 何か言ってやろうかと一瞬思ったが、ここで迂闊に騒擾させると何が起こるか分かったものではないので黙ったままにした。それに周囲が殺気立っており、何か言える雰囲気でも無かった。そしてヒルダとロザリーが一番早く口を開いた。

 

「ハッ! アタシたちノーマは物扱いか……!」

「このアマ……!」

 

 ヒルダに続き、ロザリーが声を上げ、拳を握りしめる。これは喧嘩になりそうな予感である。そろそろ止めた方が賢明かもしれないと思ったリオスがどうしようと考えた時、ヴィヴィアがアンジュに手を差し伸べた。

 

「そうだよ! 皆アンジュと一緒のノーマ。仲良くしよね!」

 

 そして火に油を注ぐような発言である。厭味と煽りとしては効果抜群であろう言葉だが、発言した本人は至って満面の笑顔で、どうやら空気が読めていなかっただけのようである。

 

 アンジュは屈辱に歪んだ顔でそれを否定した。

 

「違いますッ! 私はミスルギ皇国第一皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ! 断じてノーマ等ではございません!」

 

―――アン、何……? あんかけ炒飯か?

 

 長い名前である。リオスはノーマ云々よりその長い名前が気になって仕方が無かった。

 

「でも使えないんでしょ、マナ」

 

 きょとんとした顔で言い返すヴィヴィアンだが、それでもアンジュは「マナの光が届かないだけ」だとか「祖国に帰れば必ず使えるようになるだとか」言い返し続ける。

 そんなにノーマなのが気に入らないのだろうか。寧ろマナが使える人間の方が可笑しいとリオスは思うのだが、自分が間違っているのだろうか?

 

 アンジュの言い訳劇が続くと、それをアンジュの後ろで見ていたゾーラがそれが滑稽で面白かったのか、大声で豪快に笑いだした。何事かと、この場に居るアンジュ以外の第一中隊メンバーがゾーラの方を向く。

 

「ったく司令め、随分ととんでもないものを回して来たぞ……状況認識も出来ていない不良品じゃないか……」

 

 人間、第一印象が大事だとよく言われるが、第一中隊からのアンジュへの第一印象は最悪なものだった。ロザリーと隣にいた鬼太郎のように片目が隠れた白髪の少女が「不良品」だとかと罵り、「不良品はお前だ」と言い返しかけたその時、ヒルダが思いっきりアンジュの足を踏みつけた。

 

「身の程を弁えな……痛姫」

 

 思いっきり低い声でアンジュに威圧するように言い、踏んでいる足をねじり込む。流石にアンジュがアレな人間でも見かねたリオスはヒルダの前に出た。

 

「ちょっと、その辺にしなよ? ホラ、部隊の仲間同士が争うのは連携に良くないし」

 

 若干おどおどしながらリオスは仲裁に入る。すると、ヒルダの視線がリオスに映る。……そして―――

 

「へぇ……痛姫の肩を持つのかい。姫様の威厳が怖いのかい? 軟弱坊主。いや、噂じゃ精神病患者だっけか」

「あんだとゴルルァ?」

 

 ヒートアップしていたヒルダに煽られてリオスは巻き舌気味に声を発し、そしてキレた。大人気も無く。これまで慎重にやろうと考えていたこれまでの行動を完全に台無しにするかのように。

 

「誰が精神病じゃコノヤロー! 俺は正常だよォ!」

 

 掴み掛ったり殴るのは流石に抵抗があったのでメンチを切って、怒鳴る。ヒルダが挑発的に微笑み、いざ尋常に勝負と言った所で、二人の間にウェーブの掛ったピンクの長い髪の柔和そうな女性が割って入った。

 

「まぁまぁ皆さん。そのくらいで」

「あぁ? 止めるなよエルシャ」

 

 割って入って来た女性、エルシャにヒルダが色々と文句を言いだす。アンジュはまた何か文句を言いだし、リオスは顔を引き攣らせやり場のない怒りをため込んで額にミミズでも這っているのではないかというぐらいに青筋を立てている。正に混戦状態になりかけ、殺伐としたこのコミュニティにゾーラが!

 

「サリア。こいつら預けるよ。色々と教えてやれ」

 

 そうサリアに指示しながら、リオスとアンジュに肩を寄せて妖しい笑みを浮かべながら言い放った。

 

「皆、期待の新人共と仲良くなァ? 同じノーマ同士」

 

 それが随分と屈辱だったのか、アンジュの表情がどんどん屈辱に歪んでいき、「あとで覚えて居ろ」と言わんばかりの殺気の籠った表情でゾーラを睨みつける。だが、ゾーラはそれを気にも留めずに、二人から離れて部下に指示を飛ばした。

 

「エルシャ! ロザリー! クリス! 一緒に来い。遠距離砲撃戦のパターンを試す!」

 

 鬼太郎な髪型をした白髪少女はクリスという名前のようだ。呼ばれた3人は敬礼し「はい」と返す。

 

「サリア! ヒルダ! ヴィヴィアン! シエナ! お前たちは新人教育! しっかりやれ!」

 

 支持を受けた4人も敬礼し「はい」と返事すると、ゾーラは大きな声で合図をした。

 

「全員、掛れっ!」

 

 ゾーラの合図を受けてアンジュ以外全員が敬礼して「イエス・マム」と返し、アンジュ、リオス、サリア、シエナ以外は散り散りになってそれぞれの持ち場へと走って行った。

 

「リオスさん。こっちです」

「こっちよ、アンジュ」

 

 シエナの誘導に従ってついて行こうとしたのだが、アンジュはサリアの指示に駄々をこねているのがシエナとリオスの目に映る。

 

「何人たりとも皇女である私に命令する事などできません!」

 

 まだ言うか。リオスは若干うんざりしたようにアンジュを見た。従っておけよと言いたいのだが、元皇族では一般人と感性が違うのかも知れない。外宇宙のよそ者がごちゃごちゃ言っても駄目だろうかと諦め気味にリオスは思っていたら、サリアは眼にも止まらぬ速さでアンジュの動きを抑え込み、首元に制服に装備されたナイフを突きつけた。

 

「あっ……」

 

 思わず、口の開いたリオスの喉から微かに声が漏れだす。

 リオスが慌てたように、事の顛末を見守るが、流石に命の危険を感じたアンジュは頬に冷や汗を流しつつ、怯えた表情でサリアの指示に従うようになったのを見てリオスは安堵するのだった……

 




カミーユ(?)「僕は……正常だよ」
フランクリン(?)「や め な い か っ!」

 因みにヒロインは執筆開始時点で既に決定していますが誰なのかは内緒でございます。


 アンジュは敵を多く作る性格だけれど、出来た友情は大体固いのでリオスより質の高いものとなっております。逆にリオスはアンジュより友人が多くてもアンジュよりかは結束が脆弱。ここら辺は後で浮き彫りになります。
 今の二人の関係は兎と亀のようなものですね。

 マルチエンディング形式を取る予定。


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第3話 駆け抜ける、爽快感

 走り出す、高性能(はまだです)


 リオスは大きな不安に駆られていた。それは何故かと言うと、パイロットスーツだ。

 

 ここに居る人は女性しか居ない。しかも女性が着るパイロットスーツが露出は多いわ、スカートだわと明らかに男であるリオスが着ればシュールな事この上無いだろう。リオスはシエナに連れられながら、顔を引き攣らせ視線が忙しなく様々な方向へと向く。誰か助けてくれませんかね? と救いを誰かに請うように。

 

 だが、救いは無かった。

 

 暫く歩くと、更衣室に連れて行かれた。更衣室は一室しか存在せず、まさかアンジュ同じ場所で着替えるのかと思ったのだが、どうやら順番制を取るらしい。

 先に入ったのはアンジュとサリア。リオスとシエナはアンジュが着替え終わるまで入り口で待つ事となった。それまで手持無沙汰だった為に、リオスは天井とぼんやりと見つめていた。

 

 リオスにはここがまるで牢獄のように見えた。

 

 ジルがリオスに告げた通達で半ば脱走をする事を諦めつつあるのが現状である。

「ここで兵士として戦って貰う」

 小学生と一緒に授業を受ける直前、そう言われたのだ。リオスには拒否権は無かった。逆らうと死ぬのではないかとい恐れを、リオスは抱えていたのだ。

 その面では何の臆面も無く抵抗出来るアンジュの勇気(蛮勇とも言う)が羨ましくもあった。……見習いたくはないのだが。

 

 更衣室からアンジュの喚き声が聴こえる。もうここまで来ると表彰ものだ。本当に頑固で反骨精神の溢れる奴である。同僚のガンダムパイロットたち以上に。アンジュの喚きを聞いていて苦笑いしていると、シエナが話しかけて来た。

 

「ねぇ。リオスさんって何処から来たの?」

 

 声を掛けられてリオスはシエナの顔を見ると、シエナは少し興味津々な表情であった。どう答えたものか。少しリオスは悩んでから答えた。

 

「ノーマもマナを持つ者の区別が無い所、かな?」

 

 そう言うと、シエナは驚いたように「そうなの?」と問う。それにリオス苦笑いしながら「半分冗談だよ」と返した。シエナはがっくりと項垂れて「やっぱり無いんだそんな世界」と言った。

 

 マナを持つ者で溢れるこの世界には戦争なんてないと言われていると授業でリオスは聞いた。だがノーマと呼ばれるマナを持たぬ者は迫害され、社会的かつ物理的に抹殺されたり、ここで兵士として暮す事を強制される。

 同じだ、とリオスは思う。

 差別も戦争も無いと偉そうに言って置きながらノーマという人間を非人間として扱を迫害している。所詮メンタリティはリオスたちの居た世界と変わりはしないのだ。スペースノイドを化け物として扱い、コロニーに毒ガスをばら撒いたティターンズという組織や、ギガノス軍や旧ジオンのザビ家の提唱した選民思想。そして腐りきったUCEの官僚による保身。

 

 何処行こうと人は変わらない。シャアがやろうとした事も認めたくもなる。……けれど、自分たちは否定したのだ。シャアのやろうとしたことを。地球に居る人類をノミとして粛清する事を否定したのだ。それをエゴだと断じて。

 今更曲げる訳にも行かないだろう、人の英知を信じた事を。それがシャアを否定した者たちの背負うべき宿命なのだから。

 

「どうしたの? リオスさん」

 

 難しい顔をしていたリオスの顔をシエナは覗き込んだ。我に返ったリオスは「何でも無い」と返してポツリと呟いた。

 

「重いよなぁ……」、と。

 

 そのつぶやきは誰にも聞かれる事も無く、通路の中へと消えていく。シエナは何を思ったのか、リオスの前に出た。

 

「女性ばっかりで色々辛い事が有るかもしれないけど、悩みが有ったら遠慮なく言ってね。出来る事なら力になるから」

 

 そう、満面の笑顔でシエナは言った。

 リオスの悩みが解決された訳では無いのだが、それでも少し気が楽になった。

 

「有難う」

 

 リオスが礼を言ったその時、アンジュが文句を言う声が更衣室のドア越しから聞こえて来た。アンジュの声は時間が経つほどに激しくなっていった。サリアも何か言っているようだったが、声が小さくて聞き取れない。何時まで続くのだろうか。そんな事を思い始めたその時―――

 

 バンッ! と大きな音を立てて、扉が開いた。扉を開けたのはサリアだ。そして彼女は眼にも止まらぬ動きでアンジュを外へと追い出し、サリアはアンジュを追い出す形で更衣室の扉を乱暴に閉めた。

 

「えっ、ちょっ、おまっ!?」

 

 リオスは困惑した。別に締めだした事で困惑していたのではない。追い出されたアンジュの恰好に困惑していたのだ。

 日焼け一つしてない白い肌がむき出しとなっており、手で胸を隠している。無論、上だけでなく、下も白く細い脚がむき出しとなっている。要するに、一糸纏わぬ姿であったのだ。これに困惑しない方が可笑しい。

 

 まさか新兵は全裸で特訓するというのか。

 

 リオスは咄嗟に顔をアンジュから逸らし、さり気なくアンジュの行動を見守る。シエナはそんなリオスの眼を塞ぎ、

 

「どどどどどどうしたのアンジュさん!?」

 

 凄く焦った表情でアンジュに問うた。だが、アンジュはシエナの質問に構う事無く、締め出された扉を乱暴に叩いて中に入れろと懇願する。

 自業自得とは言え流石に気の毒になってきた。リオスは彼女に少々同情を禁じ得なかった。

 

 

 結局、先ほどのアンジュの全裸騒動はサリアなりのお仕置きだったようだ。それにリオスは安堵の溜息を吐きながら、アンジュと入れ替わりにシエナと更衣室に入った。

 シエナはビニールに梱包されたスーツをリオスに手渡す。

 

「これ、貴方の。特注品だそうだからツケておく、との事らしいわ……」

「ツケ? 何のさ」

 

 リオスはシエナの言葉の意味が良くわからず首を傾げると、シエナが説明してくれた。

 

「ここに男の人が居ない事は知ってるわよね。だから替えというかお下がりが無いのよ。アンジュさんはお下がりを貰えたけど貴方は違う。だから新規に作るしかなかったのよ」

 

 つまり、制服は上に借金して買ったという事になっている訳だ。だがしかし、この牢獄のような空間でお金が手に入るものなのだろうか? というか、マナのお陰でこの世界に貨幣は流通していない筈なのだが。その疑問もシエナが答えてくれた。

 

「ここでは戦闘や座学の成績、実績に応じて貰える『キャッシュ』というものがあるの。キャッシュで欲しいもの買って生活するんだけれど……まぁこれは実践すれば分かりやすいかな」

 

 シエナの説明にリオスは大体を把握した。

 どうやら、このアルゼナルではリオスたちが居た世界と似たような形式のようだ。戦って給料貰って、借金を返済しろ。という事らしい。

 袋から折り畳まれたスーツを取り出して、どんなものなのか広げてみると、女性のものとは違って露出の無い黒いスーツだった。オートバイに乗る際に着るライディングウェアを思わせる……というかまんまであった。臀部には尻尾のようなコードが付いており、それが何となく気になった。

 

「あのー」

「何?」

 

 リオスはおずおずと手を上げた。それにどうしたとシエナはきょとんとした表情でどうしたのかと問うとリオスは答えた。

 

「そこに居られたら着替える事が出来んです」

「あっ…………」

 

 シエナはしまったと言わんばかりに、たどたどしい動きで慌てて外へと出て行って扉を乱暴に締めた。リオスは彼女の動きが面白くて笑いそうになったが、あまり待たせるのもどうかと思ったので、スーツに着替える事にした。

 

 因みに、尋問時に身長や体重を量られた為かスーツのサイズはぴったりであった。

 

 

「まずは飛ぶ感覚を覚えてもらうわ」

 

 シエナの指示に従って、アンジュとリオスはパラメイルのシュミレーターの中に入った。パラメイルとはサリア曰く、「私たちノーマの棺桶」と言った。そんなにネガティブな表現しなくても良いんじゃないかとリオスは思うが、言い得て妙でもある。パラメイルの特性的な意味で。

 パラメイルなる兵器に乗った事は一度も無かったが、中身は非常に精密に出来ているように感じられた。先ほどまで殺風景な倉庫のような場所だったというのに、シュミレーターが表示した映像は非常に精密な外の景色を形成している。

 このテのものには慣れていた為、リオスは比較的落ち着いた様子でシートに跨った。まるでバイクに乗ったような感覚、プロトタイプのクラウドブレイカーシリーズのシュミレーターに乗った時と同じ感覚だった。

 

 グリップを握ってみる……

 

 何だか行けそうな気がした。グリップを握る手が強くなる。腰部についたケーブルを機体に繋げて、出撃準備の為の準備に入る。―――そして、

 

「ミッション07、スタート!」

 

 シエナの合図と共にシュミレーター上の機体が動き出した。パラメイルは可変機で、戦闘機型と人型形態が存在する。尚、戦闘機形態はキャノピーらしきものが無く、事実上コックピットはむき出しである。この点では確かに棺桶レベルで危険だ。しかもシートベルトが無いと来た。こんな兵器でドラゴンと戦おうと言うのか。

 ミッション07は機体の簡単な操作や、初歩的な対Gを試すものだという。所謂初心者向けのものである。

 

「っ……! っくぅ……ッ!」

 

 動き出した瞬間、リオスの身体にGが襲った。リオスは久々のGで一瞬怯むも、直ぐに身体が適応する。こんなものに怯んではクラウドブレイカー系列のパイロットなんて勤まらない。あの機体は非常に高い反射神経と対G能力と体力を求められるのだ。牢獄に放り込まれた間も、体力だけは維持しようと筋トレはしっかりとやっている。

 

「やって……やるさ!」

 

 リオスは自分に言い聞かせるように叫んでから、前方を見た。身体が完全に慣れてしまうと、さして怖いものでも無かった。他の新兵の娘は悲鳴を上げているのだが、アンジュ機とリオス機は鳥の様に、空を舞う。アンジュが何故直ぐに適応してしまっているのか分からなかったが、今そんな事を考えている程、リオスに心の余裕は無かった。

 駆け抜ける爽快感が、何となくではあるが懐かしくてその爽快感に酔いしれていた。

 

「な……何なのあの二人」

 

 見ていたサリアが唖然とした表情で、急降下&急上昇や旋回をやってのけるアンジュとリオスを見る。他二人の新兵は悲鳴ばかり上げており全然操縦できていないというのに、この二人はいともたやすく乗りこなしていたのだから……

 

 

 アンジュとリオスがシュミレーターで圧倒的操縦技術を見せつけた日の夜。

 ジルは執務室にて一人でリオスについての報告書に目を通していた。そして二基の大型ブースターを装備した紅い機動兵器のデータと、そして第一中隊の者ではない明らかに旧い資料だ。顔写真は何処となくリオスを思わせるような雰囲気を持って居た。

 煙草を吸い切ると、資料を引き出しに仕舞ってから外へと出る。

 

 少し外を歩き長い通路へと入り、暫く歩くと出口へと至った。その出口の先にはおびただしい数の石碑が立ち並んでおり、一つ一つに名前が刻まれていた。

 このアルゼナルでは仕事柄死人は非常に多く出る。ドラゴンに食い殺されたり、事故で無くなったりと死因は様々。生き残った者は己の金で墓を立て、弔ってやるのがここでのルールとなっている。死んだ者の人生を背負い、忘れないようにするという意味合いが込められている。そして、死んだ者は初めて本当の名前を取り戻すのだ。

 

 

 ジルが歩いた先は一つの小さな墓標。

 そこには『Leona Gilberta』と刻まれておりそれをジルが懐かしむようにその墓を見下ろしていた……

 




 クラウド系乗りは反射神経は滅茶苦茶高い。じゃなければ、敵との鬼ごっこの際建物に突っ込んじゃいますからね。クラブレ系はスピード狂な機体群ですから。

 本作でに於ける初代ACEの世界観は、量産型クラウドブレイカーが少数のエース級に配備されていたり、元祖クラウドブレイカー系列を生産した『叢‐MURAKUMO‐』の舞台である都市、オリヴァーポートが存在(元祖クラブレも勿論存在)しています。

 もしかしたらアーマード大統領も居るかもしれない。


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第4話 自分の、世界

 フロムって衛生砲好きよね。ガーディアンとかジャスティスとか。


 随分と離れた部屋に振られたものだと、リオスは思いながら、自分の部屋に入ってから壁に凭れた。男なので過ちが起こる事を考慮に入れたのだろうか。あのエマという人が決めたに違いあるまい。……真面目そうだし。―――アルゼナルに入ってから一週間程が経った。時計が見当たらないので時間の感覚を失いつつある。

 

 何とか外に出られないものか色々と観察したが、シエナやサリアが監視しているし、物理的にも出られそうな環境は悉く潰されている。リオスに与えられた部屋も、鉄柵が付いており脱出出来そうにない。鑢で切っても、外には海が広がっている為、泳ぐことも困難。

 

 それに、パラメイルを奪取してここから出た所でリオスの居場所は有るとは思えないし、クラウドブレイカー量産型を回収すれば宇宙に出られるわけでも無い。

 

―――参ったな…………

 

 これは『詰んだ』と言っても過言では無い。自分がテンカワ・アキトやミスマル・ユリカのようにA級ジャンパーだったら話は別かも知れないと一瞬思ったが、ボソンジャンプに必要な『CC』が無いんじゃお話にならない。というかA級ジャンパー云々の時点で無いものねだりである。

 

 溜息、がふと口から漏れ出た。

 

 共に戦った仲間たちは元気だろうか? とふと思う。多分、捜索は打ち切って地球に帰っていると思われるのだが、帰れば唯で済むとは思えない。

 平和の為に戦って来たのに、完全平和主義者に目の敵にされ、戦争を望む反コロニー過激派には寵愛されるという奇妙な状況に陥ってしまっている事だろう。

 だが、それを彼らは放っておく事だろうか? 否、きっと彼らはまだ戦い続けている。戦争を起こす者と、シャアが未来を切り開くために打ち破ろうとしたメビウスの環の中で……

 

 だが、もうこれ以上考えても仕方あるまい。新しく生まれ変わったと思って日々を動くしかないのだろう。そう思うと、心が軽くなると同時に涙が出そうになった。

 元の世界がどんなに辛くても、戻りたかった。リオスはメビウスの環を越えようとしたシャアの行動を否定したエースの一人として何も出来ない悔しさに苛まれていた。

 

 

 

 どうしてこのような事になったのか?

 

 アンジュは割り振られた殺風景な牢獄のような部屋の中で佇んでそんな事を考えていた。アンジュは少し前までは第一皇女で洗礼の儀を行う所だった。だが、ある日突然マナが使えなくなったのだ。それも民衆の目の前で。これまでマナは使えていた筈なのに、ある日突然。

 兄のジュリオはそれを民衆の前で語り、拘束され、その中で庇ってくれた母は殺された。その挙句ノーマに好き放題されて今こんな監獄のような島に放り込まれている。

 

 マナが使えない者は反社会的で野蛮なものだという意識が常識として刷り込まれていたアンジュにとってはこれは我慢ならない事だった。何故ノーマと同じようにこんな貧相な生活をせねばならないのか。

 

 

 何時もの癖のようにタンスを開く。

 

 

 

 タンスの中には煌びやかな衣装が沢山詰め込まれていて、後ろを振り向けば、筆頭侍女であるモモカ・荻野目が大きなベッドの手入れをしており、アンジュがこちらを見ている事に気付くと微笑んでくれる。

 自分を呼ぶ声が外からする。妹のシルヴィアだ。急いで窓に駆け寄って開き、名だたる庭師によって手入れされた広い庭を見下ろすと、手を振るシルヴィアと家族の姿が。

 嗚呼、これが私の送るべき日常なのだ。

 そして『いつもの様に』モモカに馬を回してと言おうと仕掛けるも、現実は―――

 

 殺風景な部屋。中身がスカスカなタンス。小さく寝心地の悪そうなベッド。窓には牢屋のように付いた鉄柵。

 寒かった。寂しかった。

 アンジュは壁に凭れて、助けを求めるように呟く。「寒いわ、モモカ……」と―――

 

 アンジュはまだ、今を受け入れられずにいた。

 

 

「例の新人二人ですが―――双方とも基礎体力、反射神経、格闘対応能力、更に戦術論の理解度。全てにおいて平均値を上回っております」

 

 パラメイルの格納庫内でエマの報告を聞いたジルは、報告書を見ながら、不敵に笑った。

 

「随分と優秀じゃないか」

「ノーマの中では、ですが」

 

 エマはジルの呟きを訂正しつつ、自分の眼鏡の位置を手で修正する。

 エマという女はノーマに対する差別意識を持って居る。とは言っても、これでもまだマシな方なのだから恐ろしいものである。お互い敬礼し合い、其々別の場所に向かって歩き始める。

 

 そして行き着いた先は―――錆びつき元の輝きを失ったパラメイル。それを暫く見てから、第9番格納庫と書かれた一部の人間しか出入りしない場所へと歩を進めた。

 

 

 

 アルゼナル内での憩いの場とされる食堂にて、リオスは配膳された食事を持って、何処で食べようかと辺りを見回した。周囲から奇異の視線を感じる。やはり男というものは珍しいものらしい。まるで有名人になった気分だが、個人的には親しみやすい庶民派なアイドルで有りたい所だ。

 

「わぁ……男の人だ。映画みたい……」という普通(?)のものも有れば、中には「棒みたいな奴付いてるのかな?」とか下手したらR-18化待ったなしな発言をかます者も居る。

 そんな中で、片隅の席でご飯と睨めっこしているアンジュを見かけたのだが、どうしたものか。同じ新人同士、仲良くしようではないかと言わんばかりにアンジュの向かいの席に無遠慮に座った。どうせ許可を請うた所でノーマ如きが来るんじゃねぇよボケェと言われるのが関の山である。

 

「戴きます」

 

 リオスは両手を合わせて日本式の礼をしてから食にあり着いた。……何故、日本式なのかと言うと、戦友たちに日本出身の人間が居て、実際に日本現地に降り立った事が幾度かあり、そこで色々教えてもらった訳だ。それがリオスとしてはいたく気に入っている。

 因みに話によると日本にはニンジャと呼ばれる超常的存在が居るらしく、ハイパー化したオーラバトラーもビックリな異形の怪物と戦っているとか。ニホンってコワイ!

 

 ……話を戻すが、アンジュは一口も食べていないようだった。育ちの関係上安いものは食べられないのだろうか? リオス自身はこれ以上に凄まじく不味い食べ物を口にしている為、何ともないのだが、彼女は違う。話が本当ならば皇族なのだ。

 

 それでも腹が減っては戦はできぬ。「食べなよ」と言おうとした矢先、ヒルダ、ロザリー、クリスの3人組がアンジュとリオスの居る机の空いている席に座って来た。友達にでもなりに来たのか。いや、敵意を感じる為それは無いか。それにヒルダの第一声が―――

 

「おやおや痛姫様。あんなに何でもできちゃうお方が好き嫌い?」

 

 と、まぁ敵意むき出しの発言だったのだ。怖い女である。あまり関わりたいタイプではないとリオスは思ったが、このままアンジュを放っておくのも忍びなかった。ヒルダの腰巾着であるロザリーがアンジュが碌に手を付けていない皿を取り上げて、自分の皿に持っていく。

 

「良くないねぇ……ちゃんと食べないといざって時戦えないよォ?」

 

 そんな事をのたまいながら、アンジュの分の食べ物を全て奪って空の皿を乱暴にアンジュに向けて放った。それをクリスがニヤニヤと笑っている。

 

「おいアンタ……」

 

 だったら取り上げんなよと言おうとしたが、ロザリーたちは全く聞く耳を持って居ない。人間第一印象が肝心だと言うが、リオスから見たらロザリーへの第一印象はどうも良くなかった。嫌な奴というか意地の悪いおばはんと言うか。

 ロザリーが奪った食事をスプーンで掬って口にしようとしたその時―――

 

「そんなもの、良く食べられますわね」

 

 とアンジュは侮蔑を込めて吐き捨てるように言い放った。

 

―――あぁもうどうしてそう、火に油を注ぐような事言うかな!?

 

 リオスは心の中で頭を掻きむしり、殺気立つこの場の雰囲気にあたふたしていた。他の席に座っている者達もこの席で一触即発になっている事に気付き、視線がこちらに集まっている。

 

「あらあら、痛姫様のお口には合いませんか」

 

 それに構わず、ヒルダはご飯を食べながら厭味を言い放つ。

 女同士の喧嘩というものはこういう物か。胃が痛くなるような感覚を覚えながら、どうしたものかとリオスは考え込んだ。部隊内での不和は危険だと軍属である人間には刷り込まれている。それ故にこのような状況は阻止せねばならない。憎しみのあまりフレンドリーファイアなどという愚行は避けさせねば。

 

「このっ……お高く止まってじゃないよ!」

 

 その時、激昂したロザリーが立ち上がって、コップの中の水をアンジュ目掛けてぶちまけた。それをアンジュは高い反射神経を以て回避。勢いのままにロザリーの手からコップがすっぽ抜けて、ロザリーの隣の席で考え事をしていたリオスの頭に直撃した。

 

―――い、痛てぇ……

 

 苦しむリオスを他所にロザリーが避けたアンジュの襟首を掴み上げる。

 もう怒っていいだろうか? と、リオスは思う。喧嘩のお陰で唯でさえ味が微妙な飯が不味くなりそうだ。アンジュと一緒に食べようと火に飛び込んだ自分にも責任はあるのだが。

 ヒルダとかいう口が非常に悪い奴といい、ロザリーとかクリスかという腰巾着と言い、アンジュといい、何故こうも隊内の和を露骨にまで乱すのか。体育会系ならこれが見つかれば修正ものだ。だが、ロザリーの行動をヒルダは立ち上がって止めるよう命じた。

 

「よしなロザリー。……痛姫様、一つ忠告しておくよ」

 

 ロザリーは不服気に、アンジュから手を放す。

 そしてヒルダはアンジュの分のデザートのプリンを取ってからアンジュに指を差した。

 

「ここはもうアンタの居た世界じゃないんだ。この精神病患者のように早く気が付かないと……死ぬよ?」

 

 ヒルダのその言葉が、リオスにとって様々な意味で深く突き刺さった。ここは自分の居るべき世界では無いという事を再確認させられたような、そんな気がした。

 というかさらっとこちらに喧嘩を売りやがったなこの女め。後で覚えているが良い。模擬戦で完膚なきまでに叩き潰してくれる。エースの中のエース(自称)の底力見せてくれるわ。

 と、心に誓いながらリオスは完食。プリンも平らげて手を合わせた。

 

「ご馳走様。……ここは飯を食うところや。喧嘩したいなら外でやれや。飯が不味くなるんじゃワレ」

 

 アンジュが付き合ってられんと言わんばかりに溜息を吐いて去っていく傍ら、リオスは何故かテレビで見るヤクザのような喋り方でそう吐き捨てるとリオスはこの場を後にした。

 

「あんの精神病患者めが……」

 

 ロザリーの憤る声を背に受けながら。

 

―――だから俺は正常だと何度言えば……

 

 

「随分と派手に喧嘩していたようだけど?」

 

 食堂を後にして空いた時間を適当に散歩する事で過ごそうとしたリオスだが、サリアに声を掛けられ引き留められた。

 

「あ…………アハハ……」

 

 それを笑ってごまかそうとするも、逃げられなかった。

 

「アレに関与していた人全員に言える事だけど、部隊内での和を乱さないで欲しいわね。憎しみのあまりフレンドリーファイアされたら困るわ」

 

 サリアの主張はリオスと殆ど同じものだった。リオスは敬礼で返した。

 

「はっ! 心得ております副隊長殿!」

「その割にはヒルダの煽りを真に受けて喧嘩していたようだけど?」

「んぐっ……!」

 

 サリアの指摘にリオスは慌てて言い訳する為の言葉を探すが、思いつかなかった。しかしながら精神病患者だの言われたら怒らずには居られなかったのだ。……大人気ないが。

 

「他にも娘にも言って置くけれどね。……所で貴方、ジャスミン・モールは利用したかしら?」

「ジャスティス砲?」

「どう聞き間違えたらそうなるのよ。ジャスミン・モールよ。どうやら使った事無いみたいね」

 

 リオスの残念な難聴っぷりにサリアは呆れつつリオスのボケを訂正して、話を続けた。

 

「シエナから話は聞いているわ。買い物が出来る場所があるから、案内するわ。付いて来て」

 

 そこで借金を返済すれば良いのか。リオスはサリアの案内を受けて、ジャスミン・モールと呼ばれる市場へと足を運んだ。

 

 

 




 リオスも大概隊内の和を乱しているような……前回でヒルダの煽りを真に受けてキレたし……
 最後に、ロザリーのファンの皆様本当に申し訳ない。おばはんとか女性に失礼ですよね。次回は多分戦闘回。そろそろレイヴンたちのトラウマ(のそっくりさん)の出番も近い。

ヒルダ「戦闘システム、起動」
リオス「誰やお前」


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第5話 救えるもの、救えないもの

 どうせ みんな いなくなる


 リオスがサリアに案内された先はジャスミン・モール。比較的簡素な造りの市場だった。店主曰く下着からバスターランチャーまで何でも揃うとの事で、その言葉に偽りなく日用品だのパラメイル用の兵装や、娯楽としての本、お洒落用の服も売っていた。

 

 リオスが一番目に焼き付いたものは、武器のコーナーだ。何処かで見た事のあるような武器が盛りだくさんで、エルガイムの代名詞であるバスターランチャーらしきものや、ファーストガンダムと呼ばれる嘗てアムロ・レイが搭乗したガンダムのメインウェポンであるビームライフルっぽいものとか色々陳列されていた。

 他には明らかに人の苗字をそのまま付けたようなハイレーザーライフルや3連パルスライフル……グレネード、ハンドレールガンだの対エネルギーシールドだの種類は様々。

 他にも、武器にしては洒落過ぎていないかと思えるような武器も配備されていた。

 

 パラメイルはノーマの棺桶。己の死に場所であるが故に、自分の好みにカスタマイズする事が許されている。生存率を上げる強力な武器や分厚い装甲。他には自己主張する為のエンブレムなどと言ったアクセサリーも売られている。

 ここでの買い物がノーマに許された数少ない自由なのだと言う。

 

 リオスは目を輝かせて陳列された兵器群に見とれていると、背後から能天気な声が聴こえて来た。

 

「うぉーっあったらしいの入ってるーっ!」

 

 ヴィヴィアンだった。どうやら武器でも買いに来たようだ。店主のジャスミンと話しており、ヴィヴィアンは自分が指をさした武器の値段を問う。

 結果は……1800万キャッシュ。

 ヴィヴィアンが狙ったものは投擲武器としても斬撃武器としても申し分の無いもののようで、硬度も見た目だけでしか分からないが相当固そうだ。

 

 ヴィヴィアンはその値段を聞くと、何やら考え出してから意を決したように、また今度来るという事を言ってからリオスのもとに歩み寄った。

 

「さぁ、ここでクイズだぁ! あの武器の名前は何だ!?」

 

 ヴィヴィアンが指さした先は、先ほど指定していたものとは違い、金色の柄と握り、そして蒼く透明な刀身の日本刀型の近接ブレードだった。鞘も付いており、サムライ気分を味わえる事間違いなしだ。

 

「……ハラキリブレード?」

 

 恐る恐るリオスが答えるとヴィヴィアンは「ブッブー外れ!」と返した。

 

「正解は、サムライブレードの月光丸でした! 切れ味はトップクラスで衝撃波を飛ばしたり出来る優れものなのだ!」 

「おうマジか」

「カッコいいよねー」

「うむ」

 

 リオスとヴィヴィアンは感心したように月光丸を見上げる。綺麗な武器だった。金色の柄と半透明の蒼い刃という色合いの組み合わせが上手い具合にマッチしている。

 

―――やべぇ、これ欲しい。

 

 とか思っていると、ヴィヴィアンがジャスミンから値段を聞いてきたらしく、月光丸の値段を口にした。

 

「アレ、3800万キャッシュだって」

 

「ウェッ!?」

「ヒェッ!?」

 

 その時、リオスとサリアは驚きの余り跳びあがった。ヴィヴィアンが買おうとしたものの約二倍。こんなもん買える気がしない。サリアはリオスの横でなにやら難しい顔で月光丸を見上げていた。

 

「あれ? サリアも月光丸狙ってたり?」

「……そ、そんなわけないでしょう!? こんな非現実的過ぎる買い物なんてする訳が無いわ!」

 

 ヴィヴィアンの問いを必死にサリアは否定する。明らかに不自然である。

 図星かこれは。大体察した二人はお互い顔を見合わせてニタリと笑った。何故かいつの間にか仲良くなってしまっている二人である。類は友を呼ぶと言うのか。まぁ適正試験や訓練でよく雑談していたのもあるが。

 

「やっぱ我慢してアレにしようかなー。これ一本で近中レンジは補えちゃうし」

「かっけぇ……浪漫だよな、あのブレード。カッコいいよなー憧れちゃうぜ」

 

 ささやかながらの以前の仕返しである。リオスは忘れていなかった。釈放時に臭いと容赦なく言った事を。あれでどれだけ傷付いた事か。……カッコいいとか言った感想は半分本気だが。

 サリアは月光丸を見上げる二人の横で顔をドラえもんの如く青ざめさせて、冷や汗を滝のように流していた。

 

―――計画通り。

 

 高すぎるから誰も買わないと胡坐でもかいていたのだろうが……リオスはほくそ笑んだ。我ながら性格の悪い男である。

 

「冗談ですよ副長殿。流石に新兵が狙える代物じゃないですから」

「ジョーダンだよー」

 

 流石に遊びすぎるのも問題なので冗談である事を明かすとサリアは胸を撫で下ろすや否や、ホルスターからナイフを抜刀した。―――いかん、やり過ぎたか。

 リオスとヴィヴィアンは冷や汗を頬に流す。

 

「からかったわね……貴方たち」

 

 やり過ぎた。このままでは殺されるのではないかという緊張感に包まれたその時、アラートが鳴り響いた。―――ドラゴンだ。

 恐怖心と後悔と罪悪感で一杯だったリオスとヴィヴィアンの顔が一気に引き締まる。これがリオスやアンジュ新兵組にとっては初陣となるだろう。ゾーラはアンジュたちを実戦に投入する気満々だ。

 恐らくこの初陣の評価で色々決まるであろうから、新兵は命令の範囲内で出来る限りの己の力をアピールしなければならない。

 怒りに燃えていたサリアも元に戻って、「あとで覚えていろと言わんばかりに睨めつけてからリオスとヴィヴィアンと共にパラメイル格納庫へと走った。

 

 冗談の通じない相手に冗談を用いたリオスとヴィヴィアンに間違いなく非があり、リオスはあとで謝ろうと決意した。

 

 

 

「だから―――貴方は一番後列左端の奴に……」

 

 サリアはアンジュたち新兵に指示を飛ばし、其々に専用の与えられた機体を言い渡す。与えられた機体。それは通称『ノーメイク』と呼ばれる機体『グレイブ』。

 武装は対ドラゴン用アサルトライフルと、凍結バレットと呼ばれるものだ。

 これだけでも性能面では充分らしく、凍結バレットの威力はガレオン級と呼ばれる大型ドラゴンに強大なダメージを与える事が出来るのだと言う。

 ゾーラの指示で全員が機体へと乗り込み、其々起動シークエンスに入った。

 

「ルーキーども、初陣だ! お前たちは最後列から援護。隊列を乱さず、落ち着いて状況に対処しろ。落ち着いて訓練通りにやれば死なずに済む」

 

「「「イエス・マム!」」」

 

 ゾーラの言葉に、アンジュ以外の新兵は返事をする。新兵であるココと、ミランダはやや緊張気味だ。かくいうリオスも二人程ではないにせよ緊張していた。シュミレーターでドラゴンと戦ってはいたのだが、かなり手ごわいように感じられたのだ。実戦ならば更に手こずる事であろう。

 極力表に出さないように努めていたのだが……

 

「オイオイ……訓練ではアレだけの好成績叩きだしてんのに緊張しているのかい?」

 

 ゾーラにはそれが筒抜けだったようでリオスはばつが悪い表情を見せて返した。

 

「まったく男を見せろ。後方支援だけだ、無茶しなければ死にはしないさ」

「はっ」

 

 リオスはモニターに映っているゾーラに向けて敬礼する。素行に色々と問題があるが、腕は確かだ。まぁ、流石にまだ12歳という若さのココやミランダにセクハラしていたのは流石に引いたが。苦手ではあるが頼れる上官だ。

 

『全機、発進準備完了。誘導員は発進デッキより退避。進路クリア、発進どうぞ』

 

 要領はラー・カイラムに居た頃と大して変りはしない。リオスは操縦桿のグリップを握りしめ、集中した。

 

「ゾーラ隊、出撃!」

 

 ゾーラを筆頭に次々とパラメイルが発進していく。そしてリオスとアンジュ機に順番が回り―――

 

「ゾーラ隊リオス機、グレイブで出ます!」

「…………」

 

 3、2、1、Ready

 リオスのグレイブとアンジュのグレイブがリフトから離れて、ブースターから光を放ち、ハッチから空へと勢いよく飛び立った。

 

『リオス機、アンジュ機リフト・オフ。コンプリート!』

 

 ふと、リオスはUCEの兵士になったばかりの頃を思い出した。あの頃はルクレツィア・ノイン教官に厳しい教導を受けていた。そしてよく怒られもした。

 ノイン教官が居なければきっと今の自分は居ない。自信を以てそう言えるだろう。

 

「モノホンのパラメイルはどうだい? 振り落とされるんじゃないよ!」

「「は、はぃ~!」」

「はっ!」

 

 ゾーラの喝にココとミランダは震え気味に返事し、リオスは景気づけに勢いよく返事をした。物事は大体勢いがあればなんとかなるものだ。尻込みしていれ大体最後に後悔するのだ。

 何もせずに後悔するより、やって後悔してやる。

 その想いが、リオスの身体を突き動かしていた。

 

 

「よし、各機戦闘態勢……フォーメーションを組めッ!」

 

 戦闘区域に入る直前、ゾーラは指示を飛ばし、部下たちが一斉に返事をして陣形を組んでいく。これも演習を思い出せば上手くやれる筈だ。リオス機は慎重に自分のポジションに入って行くが、近くで飛んでいたアンジュ機は持ち場に着こうとする様子が見受けられなかった。

 

「どうした、位置に着かないのか?」

 

 リオスはアンジュ機に回線を繋げて、声を掛けるがアンジュは一切リオスの声に反応しない。アンジュの意識はまるで他所に行っているようだ。…………まさか。

 嫌な予感がした。そしてあっさりとその嫌な予感は的中してしまった。

 

 アンジュ機は大きく隊列から離れて、我が部隊から全く違う方向へと飛んでいったのだ。それが何を意味するか―――『脱走』だ。

 脱走行為、敵前逃亡はUCEの軍隊でも厳しく罰せられる。UCEより圧倒的に閉鎖的状況であるアルゼナルでは最早何も言うまい。リオスは血相を変えて声を荒げた。

 

「おい止せアンジュ! 死ぬ気かお前は!」

「私はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ! 私は私の居るべき世界に、ミスルギ皇国に帰りますッ!」

「何馬鹿な事言っている! 俺たちの機体の推進剤は戦闘一回分しか無いんだ! それがどういう事か……分かっているだろう!」

「それでも私は……! あの場所から去れるのであれば……!」

 

 リオスは必死に戻るように声を掛けるが、アンジュの耳には届かない。頑固な奴め。サリアは舌打ちしつつ己の機体をアンジュ機を追うように方向転換した。

 アンジュについて行くようにココ機が、離脱する。このままでは危険だ。孤立すればもしドラゴンと出くわした場合簡単に……

 

「あの二人、止めに行ってきます!」

 

 リオスは、サリアと共に二人を追うべく離脱しようとする。それに便乗してミランダもココを止めるべく機体を飛ばそうとする―――が。

 

「ミランダさんとリオスさんも行ったら駄目! これ以上陣形が崩れたら全滅するわ! ここは……サリアさんに任せましょう……」

 

 シエナに咎められて、ミランダ機とリオス機は踏みとどまった。そしてミランダは押し殺すように呟いた。

 

「ココ……どうしてこんな……」

 

 

 

 サリアはアンジュに銃口を向けていた。命令違反は重罪。敵前逃亡した者は銃殺という決まりがある。それを行使せねばならないのだ。

 アンジュは向けられた銃口を気にする事なく機体を飛ばす。

 

―――撃つしかないようだ。

 

 サリアの引き金を引く指に力を込めようとした矢先だった。アンジュとは別の少女の声が木霊した。……ココの声だ!

 背後を見ると、ココ機が全速力でアンジュ機を追って来て、ついにはアンジュ機の隣にまで至った。

 

「アンジュリーゼ様! 私も連れて行って下さい! 私も、魔法の国に!」

 

 ココの瞳は希望に満ち溢れていた。彼女は絵本やファンタジーものを好む性格の娘で、何かしらで外の世界の事を知ったのだろう。大方アンジュかリオスか。

 何という事だ。とサリアの苛立ちは募って行く。

 

 このまま燃料切れで墜落してから捜索するのも有りか。サリアがそう考えていると―――何か嫌な予感がした。何となく、ではあるのだが。嫌な予感が。

 何だろうか、この底知れぬ不安は。危険だ、と第六感が叫ぶ。その感覚は1秒毎にどんどん強まって行く。

 

「拙いッ!」

 

 募る不安を抑えられなくなったサリアは急いで機体を人型形態へと変形し、ココ機を『押した』。

 

「キャァッ!?」

 

 乱暴に押された事で、ココ機はバランスを崩して海に向かって落ちていく。

 そして先ほどまでココ機が飛んでいた場所には閃光が奔った。閃光は危うくぎりぎり水面上で体勢を立て直したココ機の近くに落ちる。

 

―――門が……開く。

 

 閃光が来た場所を辿ると、そこには大きな裂け目が発生していた。そこから大きな首が獰猛な牙をむき出しにして、血の様に赤く睨まれた者を怖気づかせる眼を開いて『奴』は現れた。

 

「ドラゴン……!」

 

 ドラゴン。アルゼナルに居る者の倒すべき敵が門からその姿を見せた。

 

 

 現れたドラゴンはスクーナー級26、ガレオン級1体だった。

 しかしガレオン級のサイズはハイパー化したオーラバトラーより圧倒的に巨大な物だった。雄叫び一つでリオスの背筋を凍てつかせる。

 

「なんてプレッシャーだよ……」

 

 リオスが小さくぼやいていると、ゾーラから通達が来た。

 

「ゾーラだ。総員、聴け! 新兵教育は中止。先ずはカトンボ共を殲滅し、航空優勢を確保する。全機駆逐形態、陣形は空間方陣! シエナ機とサリア機はルーキー共のフォローに回れ!」

 

 ゾーラの指示に従い、離脱機以外の機体は戦闘機形態から人型形態に映る。そしてリオス機とシエナ機、ミランダ機はサリア機のもとへと機体を進めた。

 だが、ここで都合よくいかないのが世の定めだとでも言いたいのか。小型のスクーナー級のドラゴン数体の牙はアンジュの方向に行っていた。

 

「拙い……!」

 

 リオスは焦って、再度戦闘機形態に変わり、機体の速度を上げてアンジュ機を助け出そうと飛ぶ。

 

「ひいぃッ!?」

 

 小型ドラゴンがアンジュを食い殺そうと鋭く獰猛な牙を剥きだしにして襲い掛かる所、リオス機はアンジュ機とドラゴンの間に割って入って、人型に変形。ドラゴンの開いた大口にライトアームに持ったアサルトライフルの引き金を引いた。

 弾丸が、ドラゴンの身体の中に入って行くが、ドラゴンも負けじとアサルトライフルをライトアームごとかみ砕く。

 

「まだだッ!」

 

 リオスは吠えながら、レフトアームの拳を全力で何度も銃弾を受けて瀕死になったドラゴンを殴りつけて墜落させた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 ライトアームを失った挙句、攻撃手段もみすみす失う事に成ろうとは。リオスの顔に焦りが出る。背後にはアンジュ機はもう居ない。何処かへ逃げてしまったのか。

 ココ機はミランダ機とシエナ機に保護されていた。

 一方で一体力技でドラゴンを倒したリオス機には情け容赦ない追撃として背後から小型ドラゴンが襲い掛かった。

 

「クソッ!」

 

 何とかコックピットを喰われる事は阻止したが、レフトレッグを噛み切られてしまう。反射的に拳を叩き込もうとした瞬間、長い尻尾で殴り飛ばされて、機体が軽く吹っ飛んだ。戦闘機形態だったら忽ち外に放り出されているレベルの衝撃だ。

 レフトレッグをかみ砕いたドラゴンが今度こそと再度襲い掛かったその時―――ドラゴンは真っ二つに叩き切られ、二分割となったドラゴンは海に落ちて紺色を紅に染めた。

 

「機体は大丈夫……じゃないみたいね」

 

 ライトアームを失ったリオス機の近くにドラゴンを先程アサルトブレードで真っ二つに叩き斬ったサリア機が現れて、状況確認をする。近辺には小型が9体程だ。凍結バレットは健在。残弾は未使用な為に余裕は十分にある……3発だけだが。

 

 凍結バレットで数を減らすしかあるまい。と言っても凍結バレットは3発しか使えないので、外すわけにはいかない。狙いを定める。

 サリア機が一応、リオスたちを守るべくドラゴンに応戦してくれているのだが、如何せん数が多くてさばき切れていない。シエナ機は二人の新兵を守るのに精一杯。

 

 やるしかあるまい。

 

 リオスは意を決して凍結バレットを装填させて、近くにいるドラゴンに狙いを定める。そして―――一撃。

 命中し、一体が海中に落ちて海を凍らせる。リオスは凍った海を見下ろしながら凍結バレットの威力に思わず舌を巻いた。大型に使えないのが勿体ないが仕方あるまい。

 再度装填して、サリア機の背後を取って襲い掛かるドラゴンに発砲した。―――これも命中。

 

 

「チィッ……!」

 

 使うタイミングを見極めなければ。無駄に撃てば総てが終わる。だが―――

 

「危険よリオス! 私と交代して!」

 

 シエナの介入により、リオスとシエナの立ち位置を後退。これ以上の戦闘を避ける事が出来たのだが、見ている事しか出来ない自分にリオスは苛立たずには居られなかった。

 

 そして戦闘終了後。リオスは自分の他に味方数機中破し、ガレオン級を逃してしまった挙句に、ゾーラが戦死してしまったという報告を聞かされる事となる……




 月光丸を欲するサリア。果たしてサリアは月光丸を手に入れる事が出来るのか?
 原作よりサリアの仕事量が増えているのは気にしてはいけない。

 なんやかんやで生存者が出ましたが本作は色々安心できない展開も放り込んでいますのでご注意下さい。まず、一回ですべての危機が終わるとは思わない事。これは気に留めておいてください。


 次回『熾天使、出撃』


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第6話 熾天使、出撃

 どうしてイレギュラーは発生するんだろう?(X並感)


 ゾーラの死を新人に知らされたのは帰還後、サリアの口からだった。

 

 大型の、ガレオン級のドラゴンを凍結バレットによる一斉射撃で仕留めようとした際、最後の一撃を放とうとしたゾーラ機と逃げ回るアンジュ機が接触してしまったのだ。そしてその隙をガレオン級が突き……という次第だ。

 担架に乗せられた布に覆われたゾーラと思われるナニカが医務室に運ばれるのが見える。血の匂いが鼻を突いた。

 話しによると即死だそうだ。下半身は潰されているらしい。……一方で原因を造ったアンジュは殆ど無傷らしく、暫くすれば怪我も直ぐに治る程度なのだと言う。

 

 ゾーラを慕っていたのであろう、ロザリーとクリスはゾーラの亡骸を乗せた担架を運びながらこの世の終わりのような表情を見せていた。このような光景は仕事柄何度でも見る事があるが、慣れたものじゃない。ヒルダも、苦しげな表情を見せていた。

 リオスとしても苦手なタイプの人間だったとは言え一人の上司を、仲間を失ったショックは大きいものではある。

 

 尚、ココの件だが彼女は一週間独房入りが確定した。過程はどうあれ脱走しようとしたのだ。アンジュが逃走をしなければこうはならなかったとかまだ幼かったとか色々と情状酌量の余地はあるという事で殺されはしなかったが、今後風当たりは強くなるだろう。ミランダはゾーラの件共々嘆かずには居られなかった。

 

 

 全部アンジュの所為だと責める事は簡単だが、それだけで終わらせようとはリオスは思っていなかった。一発ぐらいは本気で彼女を殴って、暫くはゾーラの分まで戦って貰いたい所であった。

 まぁ、そう簡単に上手くいくとは到底思っても居ないのだが。彼女の性格が性格である。きっとそこまで至るのに骨が折れるだろう、下手したらその前に死ぬ可能性が極めて高い。……死なれては色んな意味で困るのだが。

 

 リオスは医務室の外の通路でミランダと一緒にぼんやりと佇んでいた。医務室にはゾーラの亡骸と戦犯扱いのアンジュが居る。第一中隊のメンバーもその中に居る。アンジュを責め立てるヒルダやロザリーの声が聴こえる。

 やった事はやった事だ。それ相応の咎を受けるのが筋というもの。リオスにはそれを止める権利もありはしない。復讐、報復をしない限りは。

 ミランダはそんな中で不安げにリオスと一緒に壁に凭れ乍ら呟いた。

 

「……ココ、どうなるの」

「一週間待ってやりな。そしたら出て来れるだろうからさ」

「ココ……どうしてあんな夢を見たの? 私たち、ノーマなのにさ」

 

 リオスの価値観で言うならばミランダの問いの答えは『人間だから』だ。だが、この世界ではノーマは人では無いと言われている。だからその言葉はきっと意味が無い。

 ミランダの瞳に涙があふれる。目の前にのしかかって来る現実に12歳程の少女が耐えられる状況では無かったようだ。

 

「隊長……怖い人だったけど、死んじゃったんだよね……」

 

 先程まで自分たちを引っ張って来た隊長が死んだ。次は自分じゃないのかという恐怖心がミランダを襲っていた。

 

「次は……させない」

 

 リオスが放った言葉は余り責任が持てるものでは無かった。戦場では様々な不条理が付いて回るもので何時、その不条理さに殺されるか分かるものでは無い。

 それに対して出来る事は、可能な限りそうならないように努力する事と、同じような事が繰り返されないように上手く立ち回る事だ。帰る方法は今は考えない。今成すべき事。それはこれ以上犠牲を増やさせない事である。ゼロに出来なくとも一人ぐらいは―――

 

 

 この後、機体を盛大にぶっ壊したリオスとアンジュは待機命令を受けた。アンジュ機とリオス機は大破し、出撃不可能。ミランダ機も少しの被弾で済んでいる為にヒルダたちと共に再度出撃するのだという。整備の優先順位はベテラン組に回されているようで大破機体は後回しとの事。まぁ、妥当か。

 

 アンジュの代わりの機体は、老朽化してしまった旧式パラメイル『ヴィルキス』に乗せるとジルがアンジュとリオスを格納庫に連れて言い放ったときはリオスは流石にそれは駄目ではないかと反駁しそうになった。だが、ジルは彼女が死にたがっていると言った。

 そういう問題ではないと、リオスは言い返すがジルは頑なにリオスの訴えを聞かない。

 

「これは賭けだ。我々が生きる為のな」

 

 ジルはそう言ってからアンジュの機体について触れる事は無かった。同行したゾーラに変わる隊長となったサリアも不満気な表情であったのだが、彼女も流石に逆MVPとはいえどアンジュにオンボロの機体に乗せる事に抵抗があったのだろうか。彼女の真意は分からないが。

 アンジュはふらふらと、幽鬼の如く格納庫に鎮座している戦闘機形態のヴィルキスに歩み寄って行く。その後ろ姿をリオスは見送る事しか出来なかった。自業自得だと思う心境とこれはやり過ぎではないかという感情がぶつかり合っていてどうすれば良いのか分からなかったというのが実情だ。

 

「さて、次はお前だ。リオス」

 

「俺……ですか」

 

 ジルはリオスの質問に肯定すると、「付いて来い」と言って歩き出した。向かった先は第9番格納庫と呼ばれる場所だった。そこには人気は全くと言って良い程無く、灯りも点いておらず、薄暗くて不気味で長い通路をサリア、ジル、そしてリオスは歩く。

 出撃用のハッチから大分離れているように感じるのは気のせいだろうか?

 

 アルゼナルにある第8格納庫までは出撃用のハッチに近い場所にある。

 それ故第9格納庫だけが遠い場所に配置されているのが少々異質(イレギュラー)に見えた。奥の扉の電子ロックをパスワードで解除して部屋に入ると一機の真紅が姿を見せた。

 それは普通のパラメイルより若干大きく、背中には大型ブースターが二基付いている。現在戦闘機形態だが、それが可変機だと一目で分かった。

 現在クレーンで固定されており、機体の真下は海水だった。

 

「これは―――」

 

「ナインボール・セラフ。前任者以外操縦を受けつけ無かった機動兵器だ」

 

「前任者?」

 

 前任者がいるのであればその人に任せればいい。だと言うのに何故、新人の自分にまかせるのか訳が分からなくてリオスは疑問符を浮かべると、ジルは事も無げにさらりと答えた。

 

「前任者は既に死亡している。それから操縦者が居なくてずっと埃を被ったままだ」

 

「……っ!? これでどうしようと言うんです? これで戦えって言うんですか?」

 

「そうだ」

 

 サリアはまるで懐かしいものを見るかのように、上にあるナインボール・セラフを見上げて人の名前らしきものを小さく呟いた。リオスはそれが気になって後ろに居るサリアを見る。一瞬暗い顔をしているように見えたのだが、サリアは何時もの毅然とした表情へと戻った。

 リオスはコックピットに足を運んで行く。それを下から見届けながらサリアはジルに問うた。

 

「どうしてアレを彼に?」

「もしもの時の『保険』だ」

 

 ジルの返答を聞いた時、サリアの顔は何を思ったのか顔を顰めた。ジルはそのサリアの顔を目にする事無く、上に居るリオスに大声で言った。

 

「リオス! 一つ言って置く。この機体のコックピットには爆弾を仕掛けている。怪しい動きをした場合、及び爆弾を解除しようとした場合爆発する! それを念頭に入れて置け」

「……っ!?」

 

 リオスは己の顔を青ざめさせた。怪しい動きの基準が分からないし、生殺与奪の権をジルが握っているという事に恐怖を覚えたのだ。だが、逆に考えればこの機体は相当な性能を持っていると思われる。ポジティブにとらえるならば少しは信用されているという事か。若しくは信用出来ないがリーサルウェポンとして扱わざるを得ないという事か。

 リオスは冤罪で爆発しない事を祈りながら深呼吸をして、開いたコックピットに乗り込んだ。コックピットは、パラメイルと異なりクラウドブレイカーと同じようなハッチ式だった。何となくだが、グレイブ以上に身体に馴染んでいた。どうやらパラメイルのようにコードは必要ないようだ。

 ハッチを閉めて起動スイッチを押すと一筋の赤外線が放たれリオスの頭からつま先まで通っていく。認証でもしているようだ。それが終わるとモニターや計器に一斉に光りが灯った。

 

『DNA認証完了。貴官の操縦を許可する』

 

 どうやらこの機体にはレイズナーのレイのような高度なAIが付いているようだ。リオスは機体のチェックをしていると、AIが喋り出した。

 

『お名前をどうぞ』

「リオスだ」

 

 名乗るとAIはそれ以上喋る事は無かった。リオスは機体のOSを自分に合うように最適化を済ませ、機体出撃準備が完了。それをジルに伝えると『暫く待て』と言い残し、サリアと共に第9番格納庫から数人の整備士と入れ替わりに去って行った。

 

 

 アンジュは圧し掛かるものに押し潰されかけていた。

 

 何故戦わなければならないのか。何故隊長の死を背負わねばならないのか。何故自分はマナが使えなくなっただけでこのような牢獄で過ごさねばならないのか。何故周囲から殺意の眼差しを受けねばならないのか。

 ノーマは人では無く化け物なのだと思い続けていた結果、自分が化け物の一人だったという現実。

 夢なんだ。そう、悪い夢なんだ。今、きっと悪い夢でも見ているのだ。

 眼を覚ましたらきっと、心配した表情でモモカが顔を覗かせているに違いない。

 

 ジルは言った。戦って死ぬ事以外の死は許さない。せめて、戦って死ねと。

 

 死ねば解放されるのだろうか。この現実に、この重さから。解放されれば自分は嘗ての日常へと戻れるのだろうか。ただ流されるままに出撃して、ふらふらと第一中隊のメンバーを追うようにヴィルキスに乗って飛びながらアンジュはそんな事を考えていた。

 

 ジルの言う通り、老朽化したエンジンに滅茶苦茶なエネルギー制御。飛ぶことすらも覚束ない。でも墜落するだけでは死ねそうにもない。ドラゴンに食い殺されるなりされなければ。

 そう思った自分に少し恐怖を覚えながらもアンジュは己の考えを変える事のないまま空を飛んでいた。

 

 アンジュの心境はどうであれ、出撃をはっきりと歓迎する者は殆ど居らず、特に異常なほどに敬愛していたロザリーたちからしたら気分の悪い話レベルでは済まないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「何でアイツも来てんだよ! お姉さまを殺した奴と一緒に出撃?」

 

 ロザリーは憎々しげにふらふらと飛ぶアンジュを睨みつけ乍ら文句を言った。クリスに限っては最早殺意を隠そうとしていない。今にも銃口を向けて撃ち落としかねない様子である。

 そこでヒルダは口を開いた。

 

「アイツ、死にに行くそうだよ?」

 

 ヒルダの言葉に、ロザリーとクリスは驚愕の表情を見せた後、喜色の表情を見せた。そうだ、殺されてしまえばいい。あんな女、ドラゴンの餌になってしまえばいい。それが二人の本音であった。

 

「見せてもらおうじゃないか! 痛姫の死にざまとやらを!」

 

 ヒルダはふらふらと飛ぶアンジュ機を見て笑顔でそう言い放つのだった。

 

 

 

「おぉ……なんじゃあの機体! サーリアサーリア! あのパラメイルドキドキしない!? ねーサーリア!」

 

 負の感情が蔓延する中、ヴィヴィアンだけははしゃいでいるしている様子だった。まぁ、旧式パラメイルの出撃をだが。戦線にオンボロ機体が出て来る事など普通は有り得ない話ではあるので、興味深いのだろう。

 

「作戦中よ。私語はやめなさいヴィヴィアン」

 

 サリアははしゃぐヴィヴィアンを咎めると、息を大きく吸ってから吐いた。

 死したゾーラに代って隊長になった訳だが、教本通りに行くかどうか正直不安であった。ゾーラは良くも悪くも型破りな所があった為、教本通りに動いた事はあまりない。ゾーラの高い状況判断能力と勘で自分たちは救われてきた。

 だが、自分はゾーラとは違うのだ。野生の勘などありはしない。教本通りに動くしかないのだ。その為に沢山勉強している。野生の勘と才能の無さは重々承知していたのだから。

 背後から聞こえる負の感情に満ち溢れたヒルダたちの会話は耳に届かない。

 敵影接近を知らせるオペレーターの声を受けて、サリアは自分の成すべき一手を考えつつ、味方にドラゴン接近を警告した。

 

 ドラゴンは海中に身を隠していた。ガレオン級1体と、撃ち漏らしたスクーナー級3体だ。彼らは頭から浮上してその巨大な体躯を外気に晒す。

 ガレオン級は凍結バレットを連続で叩き込まれている所為か、片脇腹が完全に凍り付いていた。スクーナー級はみた所無傷に見える。どさくさに紛れて撃ち漏らしたか。

 

「どうする? 隊長」

 

 ヒルダの問いに一つ間を開けてから自分なりの最適解をはじき出した。

 

「奴は瀕死よ……一気にトドメを刺す。全機、駆逐形態! 突撃兵は凍結バレット装填! 新兵と砲撃兵は後方支援でスクーナー級を排除してから凍結バレットでガレオン級へ攻撃を!」

 

 サリアの指示にアンジュ以外はイエス・マムと返事し、アンジュ機以外の全機は人型形態へと変形。其々持ち場について攻撃できるように構える。

 

「攻撃……攻撃開始ッ!」

 

 噛み締めるように、自分の背負っている責任を確認するようにサリアは指示を飛ばすと、突撃兵は凍結バレットを装填した状態でガレオン級に迫る。

 トップを取っていたサリアが射程範囲内に行き着いたその時、ガレオン級は咆哮を上げた。

 

 聞くだけでも耳がどうにかなりそうだ。ガレオン級の足元に巨大な魔法陣のようなものが形成され、海が荒れて、水柱を立てる。

 一体何事かとサリアたち突撃班は足を止めると、その水柱から発生した水飛沫がエネルギーの弾丸へと変わりまるで嵐のように真下からサリアたち目掛けて飛んできた。

 

「サリア! 下!」

 

 それにいち早く気付いたヴィヴィアンが警告し、全機は咄嗟に回避に入る。弾丸の数は凄まじいものだった。数なんて数える気になれないレベルの数が飛んできて、反応に遅れたロザリー機とクリス機は弾丸を受けてアームやレッグを吹き飛ばされる。

 

 トラップにまんまと引っかかってしまっていたのか。

 

 サリアは舌を打ちながら、慌てふためいているミランダ機をフォローしながらアサルトライフルで弾丸を撃ち落としつつ、焦燥に駆られる。

 だが、どうすれば良い? このようなトラップを仕掛けるタイプのドラゴンなど、過去のデータには無い。ゾーラならばこの状況を臨機応変に対処していただろうが、サリアには出来なかった。

 焦りと、生真面目さが災いしていた。

 

「どうするのサリアちゃん! このままじゃ危険よッ!」

 

 エルシャは叫ぶ。エルシャも機体が一部欠損しており、弾丸に翻弄されていた。被弾していないヴィヴィアンやヒルダ、シエナでも迎撃に手間取っている。不意打ちにより戦況が完全に混乱し切っていた。

 

「どうするって……どうすればッ! ゾーラ隊長……っ」

 

「隊長はサリアよ!」

 

 シエナの一喝を受けながらサリアは頭の中に叩き込んだデータや教本の内容を思い出そうとするも、焦り切った状態ではまともに出ない。ゾーラ隊長ならばどうしていたのか。それも思いだせはしない。

 シエナ、ヴィヴィアン、ヒルダ、エルシャ、ミランダ、サリア機が背中合わせでフォローし合っていたのだが、弾丸排除に夢中になり過ぎていた。

 

「か、回避ッ!」

 

 数体のスクーナー級が目と鼻の先にまで迫っていたのだ。別方向にはガレオン級が居る。反応が完全に遅れた。ガレオン級がヒルダ機を尻尾で捕縛し、スクーナー級の一匹がサリア機を尻尾で殴りつける。

 大きくバランスを崩して、海へと落ちていく所を必死で調整してぎりぎりで持ち直した所で追撃として残り二体のスクーナー級がサリアを機体ごとかみ砕こうと言わんばかりに襲い掛かる!

 

「っ!?」

 

 もう手遅れか。サリアは眼を閉じる間もなく、露わになったスクーナー級の獰猛な牙を目にする。サリアの眼に映るドラゴンの姿がまるでコマ送りのように徐々に大きくなる。

 

 

「サーリアッ!」

 

 ヴィヴィアンの叫び。距離を考えれば助けに入ろうとしても明らかに間に合わない。これで終わりだと誰もが思った。―――だが。

 

 

 巨大な水の塊が水飛沫を上げ乍らサリアと二体のスクーナー級の間に海中から鉄砲玉のように飛び出した。

 水の塊の中には戦闘機が入っている。背中には二基の大型ブースターを背負った紅い戦闘機型機動兵器。それは人型へと変形し、纏い付く水はその動きではじけ飛んだ。

 

 

 四散する水飛沫が紅い機動兵器の周辺に飛び散る。それは水飛沫が美しく、幻想的な光景だった。

 

「ナイン、ボール……!」

 

 サリアの目の前に現れたのはナインボール=セラフ。

 リオスの新たなる機体(あいぼう)がスクーナー級2匹の前に立ちふさがったのである。

 




 最後のあれがやりたかっただけとかそんなんでは無い。決してない(震え声)


 オリジナル機体データ

:グレイブ・シエナカスタム
 シエナ用にカスタマイズされたグレイブ。メインカラーは紺色。
 対ドラゴン用アサルトライフルの先端にナイフが付いており、ナイフを突き刺して接射する事で敵に大打撃を与える事が出来るようにカスタマイズされている。
 尚、そのナイフも弾丸のように射出する事が出来る上、着脱も可能。
 武装は凍結バレット、対ドラゴン用アサルトライフル改、アサルトナイフ。

:ナインボール=セラフ
 リオスが搭乗した紅い可変機動兵器。構造や規格が違う為厳密にはパラメイルですらない謎の機動兵器(イレギュラー)。前から存在していたようで、様々な武器の生産に貢献している(ジャスミン・モールに陳列されているパルスライフルや月光丸など)
 だが前任者の死亡に伴い起動不可能になってからデータ採取が出来なくなり、今まで技術が停滞してしまっていた。
 メイン武装は現在腕部パルスガン、エネルギーブレード、胸部チェーンガン。現時点での技術では改修が困難で嘗て持って居た性能が一部喪われている。
 人格を持ったAIを搭載。機体形状はリファイン版に近いもの。


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第7話 天使は、戦う

約3行で分かる第7話(嘘)
リオス「ドラゴンめ、この鋼鉄、じゃなくてNBSが相手だ。死ねぇ!(A氏リスペクト)」
アンジュ「死ぬの嫌ぁぁぁあぁぁぁ(ステラ並感)」
セラフ「デストローイwwデストローイwwデストローイww」


 初戦闘は第9話からでも良かったかも。まぁ、ヴィルキス覚醒が7話というタイミングも悪くないのかも知れませんが。

 平行世界について結構深く掘り下げるかも。


 サリアの目の前に水上から勢いよく浮上し、襲い掛かる2体のスクーナー級の行く先に立ちふさがった。

 スクーナー級は吠えながら、構わずリオス機を吹っ飛ばそうと襲い掛かったその瞬間―――ライトアームによる右ストレートがスクーナー級の腹に勢いよく直撃した。

 

「落ちろよォッ!」

 

 リオスの叫びと共にめり込む拳。そして苦しむスクーナー級の傷に塩を塗り込むように腕部に付いたパルスガンが火を噴いた。数発発砲した所で、リオス機はライトアームをスクーナー級の腹から離し、パルスガンの銃口から光の刃を形成。

 

 そして横に一閃。スクーナー級の胴体に大きな一文字の傷を作り、蹴りを満身創痍のスクーナー級に叩き込んで、海に叩き落とした。

 そしてもう一匹はシエナが改造されたアサルトライフルで弾丸と銃剣のように装備されたナイフを射出し、ハチの巣にしてスクーナー級を撃墜していた。

 

『生命反応あり。チェーンガンによる追撃を提案』

「だったら……撃つさ!」

 

 リオスはAIの提案に従い、さらに追い打ちとして水没したスクーナー級目掛けて胸部に固定された武装、チェーンガンを発砲した。

 発砲音と水に弾丸が落ちる音が響く。暫くすると、曇天でやや紺色に見える海が黒く染まった。

 

 だが、これで終わりでは無い。

 

 残り一匹がリオス機に迫る。だが、リオスの対応は冷静だった。両腕にブレードを形成させて、通り抜けざまにスクーナー級を切り裂いたのだ。焼き切られたスクーナー級は身体をばらばらに分解させて海へと落ちる。

 完全に一方的だった。

 

『現在、味方機がガレオン級と交戦中』

 

 だが、勝利に浸っている暇は無い。リオスはAIのアナウンスを聞き、ガレオン級に機体を向けた。既にガレオン級は尻尾で捕えていた筈のヒルダを離していた。

 そしてガレオン級と対峙する白いパラメイルがリオスの視界に映る。

 まるで新しく拵えたような白と青の装甲に、金色に輝くフレーム。頭部には女神像のようなオブジェが付いている。こんな機体第一中隊に居ただろうか?

 

「何だ……アレは」

『ヴィルキスです』

「ヴィルキスだとォ!?」

 

 AIの返答を聞いてリオスは眼を見開き驚愕の表情を浮かべた。ガレオン級と互角以上の戦闘を繰り広げるヴィルキス。ナインボールもびっくりなその性能に開いた口が塞がらない。

 飛ぶことすら覚束ないような欠陥も甚だしい機体だとジルの口からきいていたのだが、気のせいだったのか。いや、外見が錆びていてボロボロな機体だった事は格納庫にて自分の眼で見たではないか。それに彼女は死のうとしていたではないか。

 

「一体……何が起こっているんだ」

 

 リオスが驚いている内に戦いの決着は付いた。

 ガレオン級が青白い弾丸を発射するが、それを装備していた実体ブレードである程度減らし、ガレオン級の頭目掛けてブレードを突き刺す。そして弾丸のホーミング性能を逆に利用してぎりぎりの所で弾丸の雨から回避。自滅ダメージを受けさせる。

 ガレオン級が多少ダメージを受けていたとは言えこうも戦えるものなのか。もしかしたら彼女はニュータイプなのではないかという考えが浮かんでしまう。若しくは―――純粋に天才か。それに機体の機動性もグレイブとは段違いのようにも見えるのだが、その高機動性に振り回されていない。それどころか完全とは言い難いものの支配している。

 

 アンジュの駆るヴィルキスは泣きっ面に蜂のような自滅をしたガレオン級に駄目押しの一手として凍結バレットをゼロ距離で叩き込み、突き刺したブレードを回収。再度ガレオン級から離れた。

 トドメの一撃を受けたガレオン級は海へと墜落したその瞬間、巨大な氷の柱が形成され、周辺の海水も凍結してしまった。

 

 

 

 今回の戦闘にて、多少損害はあったものの戦闘は無事に終了した。死亡者はゼロ。大金星を挙げたアンジュは大量の報酬を得る事となる。

 

 

 

「数回の出撃でこの撃墜数。結構結構」

 

 深夜、ジルの執務室にて数人のアルゼナル職員が集まった会議をしていた。ジルの近くにはよくそばに居るエマの姿は無い。ジルは提出された戦闘結果の資料に目を通して満足げにしていた。

 

「今までまともに動かせなかった機体をこうも簡単に動かすとはねぇ……NBSの後継者のあの漂流者の坊主も絶好調な事だ」

 

 何時もならば医務室で軍医をしているマギーというウエーブの掛った紅い髪の女性も感心したように言った。

 この会議(?)にはジャスミンや、サリア、整備士のメイの姿もあった。序でにジャスミンが何時も連れている犬、バルカンも居る。

 つまり、各部門で働く代表的な人間が集まっているのだ。

 

 長らくパラメイルに触れて来た整備士の少女のメイは少し考えてから口を開いた。

 

「恐らく、ヴィルキスがアンジュを、ナインボール=セラフがリオスを認めたんだと思う」

 

 少女ながらパラメイルの事に関してはプロフェッショナルであるメイでも、ヴィルキスの事は完全には分かっていなかった。無論、ナインボール=セラフもだ。

 そもそも、ナインボール=セラフに限ってはパラメイルですらない異端(イレギュラー)たる存在である。

 

「それではあの二人が……?」

 

 サリアがジルに問う。あれを始めると言うのか?

 その表情には若干不満気なものを持って居た。ジルはそれに薄々感づきながら、サリアの問いに肯定した。

 

「そうだ。では、始めるとしようか……『リベルタス』を」

 

 ジルのその言葉にサリアの表情が一気に曇った。

 何故、アンジュという我儘で滅茶苦茶をやる人間がリベルタスの要になってしまったのか。ヴィルキスを扱える人間は非常に貴重である事は重々承知の上だったが、それでも彼女の性格が不愉快なので認めたくも無くなる。

 

「不満か? サリア」

 

 ジルの問いに、自分の考えを読まれたサリアはばつの悪そうな表情で答えた。

 

「……すぐ死ぬわ。リオスは兎も角、あの娘は」

 

 リオスはアンジュとは違いこちらの命令を聞く分、規格外の兵器に乗ってようとも運用のしようがあるが、こちらの指示を無視し続けて独断専行するアンジュは機体が規格内(パラメイル)であろうとも運用し辛いし指揮の邪魔である。

 それに、アンジュは周囲から憎悪の対象となっている。彼女の妨害でゾーラは死んでしまったようなものであるが故、それを恨んだロザリーやクリスが戦闘のどさくさに紛れて故意のフレンドリーファイアを行っており、部隊内での雰囲気は険悪だ。

 ヒルダも今は表だって動いてはいないが、何をしでかすか分からない。

 リオスもアンジュを中途半端に庇っている為、ロザリーやクリスから嫌悪の対象となっており、ヒルダとは初見の時点で喧嘩をやらかしている。

 

 こんな部隊内での和がガタガタだというのに、リベルタスの完遂は出来るのであろうか。アンジュさえ居なければと時として思う。アンジュさえ居なければリオスとヒルダが多少仲が悪くともここまで険悪な雰囲気になる事は無かったのだ。

 

「私なら……上手くやれる。私ならもっとヴィルキスを上手く使いこなせる! 使いこなして見せる! なのにどうして……」

 

 不満を爆発させたサリアはジルに問う。

 

「適材適所という奴だ」

「でも、もしヴィルキスに何かあったらリベルタスに影響が……!」

 

 それでもサリアには納得がいかなかった。唯でさえフレンドリーファイアが多発していると言うのに、それで大破されたら困る。

 メイはそれに力強く返した。

 

「その時は―――メイが直す! 命を懸けて。それが私たち一族の使命だから!」

「メイ……」

 

 そんなメイがサリアには眩しくも、頼もしくも見えた。アンジュの生死は兎も角、ヴィルキスが無事ならばやりようはある。今は今を呑み込もうと、サリアは思うのだった。多少の不安はあれど、だが、敬愛するジルの期待に応えたいという気持ちもあったのでその不安もやや無理矢理乍ら呑み込む事にした。

 

「お前は、お前の使命を果たすんだ。良いな?」

「…………はい」

「フッ……良い娘だ」

 

 そう―――尊敬するジルの役に立ちたいのだ。

 ジルに肩を軽く叩かれ、サリアはやってみせると言わんばかりに、不満も不安も呑み込むように拳を固めた。

 

 この『リベルタス』の事については関係者以外内密である事を再度この場に居る者にジルが再確認させてからこの会議はお開きとなった。サリアはジルに己の気持ちを利用されている事も知らずに……

 

「良い娘だ、か。狡い女だね」

 

 解散後、ジャスミンとジルと犬以外執務室から去ると、ジャスミンは軽く呆れたように言った。だが、それはジルも自覚はあったようで―――

 

「何だって利用してやるさ。気持ちだろうが命だろうが、異端者(イレギュラー)だろうが。……地獄にはとっくに落ちている」

 

 ジルはそう言うと、右手の義手で吸っていた煙草を握りしめた。

 

 

 

 リオスが戦線に参加し、1週間が経った。

 本日は給料日なのでサリアを除く第一中隊は銀行に相当する場所にて受け取りを行いに来たのだが……

 

「チッ……これっぽっちかよ」

 

 ロザリーは給料である16万キャッシュ受け取り、金額の少なさに毒づいていると、クリスが自虐的に口を開いた。

 

「充分だよ。私なんて一桁だよ……」

 

 アルゼナルでは、一週間置きに給料の支払いが行われる。給料は戦果と弾薬消費や修理費などによって決まるので、上手く戦える人間は多くの給料を手にする事が出来るのだ。

 その為、弾薬消費があってないようなものである規格外のロザリー曰く『搭乗者に似て色々おかしい』性能の機体に乗っているリオスにとっては特に引かれる給料は少なく、100万キャッシュオーバーはざらである。

 ヒルダも非常に高い技量を持っており、リオスとほぼ同等の給料を手に入れている中、アンジュが得た給料は―――

 

「550万キャッシュです」

 

 この場に居る者全員が唖然とした。アンジュがぶっちぎりでトップだった。リオスやヒルダを大きく突き放すほどの。それも当然か。獲物の横取りを何度もやらかしており、リオスとヒルダも何度かドラゴンにトドメを刺そうとした所で邪魔をされている。それ故、被害の多いヒルダたちの表情は曇った。

 

「す、凄い……」

 

 クリスと同じく一桁であったミランダは感嘆の声を上げる。ほぼ同時期に参入した新人同士なのにどうしてこうも差が付いたのか。恐らく機体性能によるものだけでは無い筈だ。

 

「アンジュやるぅ」

「大活躍だったものねぇ」

 

 比較的被害が少ない、と言うか寛容だったヴィヴィアンとエルシャはアンジュを褒めていた。一方でシエナは少し複雑そうな表情であった。

 比較的シエナと仲が良かったリオスは彼女の今の表情が気になり話しかけた。

 

「どうしたんだシエナ」

「ちょっと……ね。ヒルダさんたち……最近アンジュさんに嫌がらせしているみたいで」

「…………」

 

 シエナは少し暗い顔をしてから、元の綺麗な笑顔に戻った。

 ……ゾーラ隊長の死による怒りと憎しみは仕方がない事とは言えど、看過できる事でもない。リオスは定期的に彼女らの嫌がらせは兎も角、フレンドリーファイアの件については定期的にサリアに報告していた。アンジュの性格が歪み切っているのは承知だが、幾らなんでもやり過ぎだとリオスは感じていたのだ。

 ゾーラが苦手で付き合いが短かったから何とでも言える、と反論されればぐうの音も出ないが。自分がヒルダの立ち位置に居たらアンジュを憎んでいたかも知れない。

 

 だが、生憎リオスはヒルダたちがどういう人生を送り、ゾーラをどれだけ敬愛していたかなんてわかりはしなかった。……知れる訳も無かった。

 

 

 リオスは、収入を預けて無言で去りゆくアンジュの後ろ姿を憎々しげに睨みつけるロザリーたちを見乍ら、溜息を吐いた。




 本作のNBSは弱体化していますが、それでもキチ○イレベルの性能は維持している模様。
 ナインボールのゲーム上での攻撃力やAPの数値はあくまで基準、参考程度ですので、ブレードの威力が弱い事についてはノータッチでお願い致します。
 ゲームの通りにしてしまったらもうこいつ一人でいいんじゃないかな状態になりかねませんので。

 次回『亡霊の、亜種』


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第8話 亡霊の、亜種

 ゲシュちゃんの亜種登場。

 22話にてエンブリヲがサリアの尻を叩くのを見て何故か面倒が嫌いな人のBGMが脳内再生された。何故だ。ケツドラムの所為なのか?


 

「ココが転属!?」

 

 給料受け取り後、給料受け取り場でサリアとばったり会ったミランダは驚愕のあまり声を上げた。ココが別の部隊に転属するのだとサリアは言うのだ。

 偶々居合わせていたリオスもそれを耳にしていたのだが、リオスとしては仕方のない事なのかもしれないと少し納得していた。

 ココの脱走(未遂)はアンジュの脱走(未遂)が居なければ起きなかった事だし、引き離すのが得策だと上が思ったのだろう。仕方のない事とは言え、ココとは小さい頃から一緒に居たというミランダには少し気の毒な話ではある。

 

「えぇ。第二中隊にね」

 

 サリアが肯定すると、ミランダは沈んだ表情で俯いた。何とかならなかったのかとリオスは問うも、サリアは黙って首を横に振った。

 まぁ、当然ではある。これでも相当温情を掛けているのは分かるものである。

 

「部屋、一緒なんだろ? 死んだわけじゃない」

「……うん」

 

 足りない頭で考え付いた慰めの言葉を吐いてから、リオスは大きく溜息を吐いた。

 

 そしてその後、下着が明らかに見えるほどにボロボロの服を着たアンジュが更衣室から出て来るのを見て更に溜息を吐いた。出撃直前まで綺麗な制服だったというのに。シエナの言う事が本当ならば、犯人が誰なのかは直ぐに分かるのだから頭を抱えずには居られなかった。

 

 

 リオスはやる事がなく暇を持て余している際は基本的に少し離れた場所に配置された自分の部屋か図書館、第9番格納庫に籠っている。この数週間の経験則上それ以外に安息の地は無いと判断したのだ。

 図書館は人が少ないし、知り合いであるシエナとかエルシャ(何か料理や栽培関連の奴を持って居る事が多い)、サリアと比較的まとも(?)か温厚な人物が多い。

 鼻息荒くして追って来る人物が全く居ない訳では無いが、不特定多数の居る食堂や廊下、休憩所よりは圧倒的に少ない。

 

 だが、女性たちのネットワークは凄まじいものだ。一ヵ所にとどまっていると、いつの間にかリオス目当てで現れる人間が増える増える。それ故に、様々な場所へとちょくちょく移動する。

 男が貴重な世界だから仕方ないとは言え辛いものだ。視線も、ひそひそ話も。女同士のあけすけな会話も。

 

 ヴィヴィアンのように気兼ねなく話せる人間は少なからずいるが、男程ではない。断じてホモでも何でもないが、同性の存在のありがたみというものをひしひしとここ最近感じつつある。天国と地獄は紙一重と誰が言ったものか。

 最初は視線かひそひそ話で、周囲から恐れられていたのに、今となっては質問攻めの毎日だ。

 

 それが性関連のものが地味に多いので気が滅入る。開き直ってあわよくば一線を越える……という選択肢はリオスには無かった。ヘタレと笑いたければ笑うが良い。だが、何だかズルをしているような感じがして―――今日もリオスは格納庫か退屈なだけの自分の部屋、シュミレーター内等に引きこもるのだ。

 小さなプライドで己を保っていると思うと些か滑稽であるのには違いない。

 

 

 ぶっ通しでシュミレーションをやるのは多少体力を使うが、何も考えずに済むという点では気が非常に楽だ。リオスはシュミレーターから出ながら、相手をしてくれたシエナに感謝した。

 

「さんきゅ。相手してくれて」

 

「まぁ、辛いだろうしね……他に男の人居ないから。でも結構リオスさんの動き、結構参考になるからお互い様よ」

 

 シエナから差し出された水の入ったペットボトルを受け取り、それを一口。アルゼナルに存在するシュミレーターは大分完成度が高く、Gや景色を忠実かつ正確に再現している。それ故に消費する体力は実際に出撃した際に消費される体力とさして変わりがない。その為、連続で戦ったようなものであるリオスは既に体力は残っておらずへとへとである。

 リオス同様疲れ切ったシエナも水を飲もうと、自分のペットボトルのふたに手を掛けたその時だった。

 

「あ」

 

 シエナが、短く声を上げた。リオスは何事かと、シエナの視線の先を見ると、そこにはロザリーとクリスが、アンジュが入ったシュミレーターに置かれたペットボトルに何かを入れているのが見えた。遠くて何も見えないが、どうせ碌なものではあるまい。

 

 タイミング悪くアンジュがシュミレーターから出てきて、ペットボトルを開けて水を一口含めた。

 

「ちょ、それなんかロザリーたちが変なのを入れてて……!」

 

 リオスが叫ぶと、アンジュは興味無さそうにリオスの方を向いてから、物陰でニヤついていたロザリーを見据え、電光石火の勢いで接近。そのまま口移しで何かが入った水をロザリーに呑ませた。

 

「「「あ」」」

 

 ロザリーとアンジュ以外のこの場に居る3人が呆気に取られた。

 ロザリーはそれを呑み込んでしまうと、怒りの余りにアンジュに掴み掛ろうとしたその時―――ぐるるると腹が鳴る音がこの場に響いた。それが誰の腹なのかと問われれば答えは簡単。……ロザリーの腹である。

 

 ロザリーは無言でトイレに向かって走り出し、リオスとシエナはそんなロザリーとおどおどしながら逃げていくクリス、そして何事も無かったかのように去って行くアンジュをリオスたちは見送るしかなかった……

 

 

 

 

 ナインボール=セラフが再起動してからというもの、セラフの調査が再開させられた。噂によるとこの機体もリオス同様出自不明の存在なのだと言う。

 フレームの解析が既に終わってはいるものの、データの解析は全く持って出来ていなかったらしい。発見当初はデータの解析が技術上難しかったものの、現在の技術ならば解析も容易かったらしくかなりの量のデータが手に入ったのだとか。

 そしてそれにより通常のパラメイル用格納庫にて新たに建造され完成された新型機体を、給料受け取り直後ヴィヴィアン機の新装備追加をヴィヴィアン本人と一緒に暇潰しとして見に来た後でリオスはその新型を見かけた。

 

「げ、ゲシュペンスト!?」

 

 リオスは驚愕のあまり思わず声を上げた。視界に入っているのはゲシュペンストだった。リオスが知っているものより小型で細身だが、ゲシュペンストに瓜二つの蒼い機動兵器が立っていた。パラメイルの意匠も入っており、強いて言うならばゲシュペンスト・タイプPM(パラメイル)というべきか。

 リオスの驚愕の声を耳にした近くで機体を見上げていたサリアはリオスの方を向く。

 

「知ってたのね。ゲシュペンスト」

 

「ん?……あぁ」

 

 ラー・カイラム隊時代の同僚が乗っていた機体の一機だ。コスト、性能共に優等生である機体であり、試験的にラー・カイラム隊に一機配備されていた。戦力が不足していた頃は良く助けられたものだ。

 確か性能が本格的に評価されたものの、いざ量産しようとした所で終戦してしまった為、本格的な量産化は見送られた不遇の機体である。だが、悪い機体では決してない。

 

「……あの腕に付いた三つの出っ張りは? 背中に装備された物は何か知ってる? 特性を教えてちょうだい?」

 

 突如問うてきたサリアが指さした先は左腕に付いた白い突起物だった。言うまでもない。これはゲシュペンストシリーズの代名詞の一つである―――

 

「前者はプラズマステーク、刀剣引き抜かずとも殴って強烈なダメージを与える所謂腕に付いた電磁警棒、若しくはスタンガンだ。後者はスプリットミサイル。複数の小型ミサイルを積んでいるコンテナみたいなもんだ」

「…………成程ね」

 

 流暢にリオスはゲシュペンストの情報を語り、サリアはまるで納得の行ったように頷いた。リオスは一体何故そんな事を聞くのか分からず怪訝な表情で何かを考えているらしきサリアの顔を横目で見ていると、自分は墓穴を掘ったのではないかと思うようになった。

 

 よくよく考えれば、UCEが知られていない上にドラゴンという化け物が跳梁跋扈している世界であるので、殆ど別世界ではないか。

 もしかしたら、ここではゲシュペンストは重要機密である可能性だって充分にあり得る。そして異星だか異世界だかの住民であるリオスはイレギュラーでしかない。

 

 

「お前は知り過ぎた。死ね」

 そう言ってサリアは銃をリオスの眉間に突きつけて引き金を容赦なく引いた―――なんてものを幻視しリオスは顔を青ざめさせた。

 いかん……これは、面倒な事に……なった。

 冷や汗が滝のように流れる。

 

 

 ……とまぁ、随分と一人で大いに焦ってどうすれば良いのか考え付かず焦っているリオスを他所に、サリアは考えがまとまったか口を開いた。

 

「ゲシュペンストという名前なら兎も角機体の詳細まで……貴方、本当に何者なの? 素性調査でも全く所在が掴めないしUCE等と言う団体はこの世には存在しない」

 

 正直、知っているがどう答えたものか。

 サリアの質問にリオスは答えに窮した。私は宇宙人ですとか、異世界の住民? そんなものを信じてくれるのか?

 マナが存在せず人間同士が争いっなしの世界をこの世界の住民が信じるのか?

 

「ゲシュペンストのデータはナインボール=セラフから抽出したものよ。……貴方はナインボール=セラフと何か関係が有るというの?」

 

 問い詰めるサリアにリオスは首を横に振った。

 

「……それは俺が知りたいですよ。セラフについてるAIの『H-1』は己の素性に関して沈黙を続けているからゲシュペンストのデータを持って居るというのは知らなかったし考えもしませんがな」

 

 ゲシュペンストのデータがセラフに入っていたのは初耳だった。詳細データが伏せられているのは信用されていないが故か。いや、それ以前に一兵士が知る必要の無い情報だからか。しかしH-1の奴随分と隠し事を多く持つA1な事である。

 ゲシュペンストのデータが有る事は偶然の一致で済むとは思えない。デザインや名前、武器すら一致しているのだ。何かが……ある。

 ここが異星だとしたらUCEの技術を盗用したという可能性もある。

 その話を聞くとナインボール=セラフが随分と胡散臭いメカだと思えるようになって来た。特に現状操縦者が自分自身しか居ないとなると猶更リオスは警戒せずには居られない。だが、これまで何度も助言と性能に助けられたという事実もあるし、それに疑ってばかりだと疲れてしまうだろう。だが、H-1が何者かぐらいは知りたかった。

 何故、こちらに力を提供するのか。何故ゲシュペンストのデータを持って居るのか。

 

「……ちょっとH-1の奴に問いただして来ます」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 リオスはサリアの制止を振り切って第9番格納庫のセラフのもとへと走って行った。サリアはリオスが逃亡するのではないかと一瞬危惧したが、セラフ周辺にもスタッフは何人かいるし、そう簡単に出撃ロックは解除されない筈だと考え付き、安堵しつつも追い続けた。リオスの発言を頭に留めてジルに報告すべく内容を頭の中でまとめ乍ら……

 

 

 

 結局、リオスはナインボール=セラフのコックピット内でH-1から問いただしてみるものの碌な情報が得られなかった。 

 しかし、H-1は情報の代わりに

『私は知りたい。人間とやらを。それ故に力を託す』

 と語った。H-1の真意がリオスには分からず、もっとわかりやすく率直に言えと文句を言ったのだがH-1は分かりやすく言ってくれはせず、沈黙するだけだった。

 

 

 

 




 ココ、一時退場。後で出します故……ご了承を。そして胡散臭いセラフ回でした。

 22話見て知ったけどタスクってニンジャだったのね。アイエエエ……


 機体詳細
:ゲシュペンスト・タイプPM
 基本カラーリングは蒼。
 ナインボールにあったデータをもとに持ち得る限りの技術で制作された一機。リオスが居た世界に存在していたゲシュペンストシリーズに酷似している。ナインボールがリオスの居た世界に何かしら関係があると言う疑惑を浮上させた。
 形状は量産型ゲシュペンストMK-2とパラメイルを足して2で割ったようなもので、パラメイルとしては若干マッシブなものとなっている為か、パラメイルの平均的サイズより一回り大きいものとなっている。コックピットは閉鎖式。オリジナルとは違い可変機構有する。本格的に量産する際は気密を廃止する予定。
 グレイブより少々コスト高くつくが、相応のカタログスペックの高さと防御性能の高さ、従来のパラメイルより地上にて地形を上手く利用できるオールラウンダー。
 一部のエース級、及び指揮官に配備される方針である。。
 欠点としては機動力が従来のパラメイルより若干落ちてしまう点。要するにパラメイルの長所である機動性を殺してしまっており、良くも悪くも器用貧乏な機体である。
 標準武装は、プラズマステーク、スプリットミサイル。


 AI詳細
:H-1
 ナインボール=セラフに搭載されている高性能AI。パイロットとも対話が可能だが、自分で多くは語ろうとしない。戦闘の助言か、データの提供のみと、最終決定及び行動は基本的に人間任せ。人間を知ろうとしているようだが……


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第9話 水没する、(元)姫

 個人的にはヴィヴィアンが一番好きなキャラです。これが今後の話に影響するかと言われれば微妙なのですが。

 ヴィルキスって水没二回ぐらいしてませんかね……


 流石にロザリーたちの行動が目に余ったのか、サリアは第一中隊のアンジュ以外のメンバー全員を開いた教室に呼び出した。ヒルダが用事がある為に遅れるとのことでヒルダ抜きでこの『反省会』が実施された。ロザリーとクリスは床で正座し、リオス、ミランダ、ヴィヴィアン、エルシャ、シエナは近くで椅子に座り、サリアはロザリーたちの前に立っていた。

 

「ガス抜きと思って見逃していたけれど、ちょっと目に余るわねこの所。あの娘が気に入らないのは分かるけど……」

 

 サリアもまた、アンジュが気に入らない人間の一人ではあった。だが、仕事上彼女を一応庇わねばならない。サリアの態度が気に食わなかったか、ロザリーはエルシャたちに訴えかけた。

 

「アンタら何も思わねぇのかよ! 隊長を殺し、新兵を死の危険に追いやった奴がのうのうと生きている事にさ!」

 

 ロザリーが言っている事は最もだったが、リオスとしては流石にフレンドリーファイア紛いの事を看過できるような人間では無かった。下剤の一件もだ。

 

「でもお前、フレンドリーファイア紛いの事は流石にやり過ぎだろうが!」

 

「新兵は黙ってろ!」

 

 ロザリーが反駁するが、リオスも引き下がらない。

 

「いや黙らない! 新兵でもこれは流石におかしいと思うわ! 故意のフレンドリーファイアは軍人としておかしいだろ! 報復にしてはやり過ぎだ!」

「隊長と付き合いの短かった野郎が何を偉そうに言いやがる!」

「そう言って、私刑を見逃せと言うのか!」

「だから新兵は黙ってろって言ってるんだよ! こっちの痛みも知らないでさァ!」

 

 ロザリーとリオスの間に火花が散る。リオスとしてもあちら側の言いたい事が分からない訳でも無かったが、放っておけるようなものでは無かったし、ロザリーとしては隊長を殺したアンジュが許せなかった。

 一触即発。空気が張り詰めていたその時、エルシャが口を開いた。

 

「でも、アンジュちゃんは隊長のお墓も買ったし、戦場にも戻って来た。贖罪は既に果たしているわ」

「ッ、そんなので納得……!」

 

 ロザリーの怒りの矛先がエルシャに向けられる。

 分かっていた。それだけで納得できないのは分かっていた。当然だ。今でも編隊を組む奴は皆変態だと言わんばかりに独断専行を行ったりとやりたい放題で反感しか買っていない事は。あちらが反省しているようには見えないのは。命は金で贖えるものではない事ぐらいは。

 リオスは理解していた。だが、彼女らのやっている事も認める訳にも行かなかった。無論、己が絶対的に正しいとも思っても居なかった。

 

「ハッ、それだけで納得しろってのかい? アンタみたいな優等生サマなら兎も角、あたし等凡人には無理だね」

 

 用事を済ませて来たヒルダがこの教室の入り口付近で話を聞いていたのか、吐き捨てるようにロザリーの意志を代弁した。

 

「ったく、あの司令も何考えているんだか。突然流れて来て早速初戦で機体をぶっ壊した精神病患者(キチガイ)には化け物機体を渡すわ、あの女にはオンボロを渡してお咎めなしとはね」

 

 精神病患者(キチガイ)と言われてリオスは再びキレかかるものの、余計な面倒を増やさないように抑える。確かに初戦で自機大破という失態を犯したのに強力な機体を与えられたのには多少疑問が湧く。アンジュの機体であるヴィルキスも最初はオンボロだったものの今では新品同様に生まれ変わり、驚異的な性能を発揮している。

 古株(と思われる)ヒルダたちから不満の一つ二つ出ても何も文句は言えないではないか。……と言うかアンジュを多少擁護している時点で彼女らには敵視されても仕方がない。明らかに浮いた存在(イレギュラー)なのだ。自分の存在は、間違いなく。

 

「あぁ、司令も気に入っちゃたんだ、あの二人が。まっそう考えれば変に優遇されているのも納得できるか。あの司令を誑し込むとは大したモンだねぇ。期待の新人二人はベッド上でも優秀ってか?」

 

 ヒルダは厭味ったらしく下品な揶揄をして舌なめずりしていると、サリアの表情が激昂に染まった。眼にも止まらぬ速さでアサルトナイフを引き抜き構えた。リオスも若干下品な揶揄にキレかかるが、サリアの行動で怒りが鎮まった。

 

「上官侮辱罪よ!」

「―――だったら?」

 

 さらりと下品な揶揄を喰らって怒りかけた人間の言う事では無かったが幾らなんでも怒りすぎではないかとリオスは思ったのだが、そんな事を考えている場合では無かった。ヒルダも拳銃を引き抜いてサリアに銃口を向けた。勿論、ロックは解除しており、何時でも撃てる状態である。

 

「これ以上、アンジュに手を出す事は許さない」

 

「ゴミ虫みたいに見下されて、まだ庇うというのかい?」

 

「……これは命令よ」

 

 価値観の違いか。ノーマが人間では無い等と言われてもリオスにはピンと来なかった。それ故にアンジュを庇う。そしてヒルダたちから敵意を買う。

 自分はどうすれば良かったのかと今更ながらリオスは考えた。フレンドリーファイアを放っておくのかと問われれば、迷わず首を横に振る。だが、その行為は敵意を買っている。見て見ぬふりをする事が正解だったのか。それとも彼女らの邪魔をし続ける事が正解なのか。その答えは幾ら考えても見つからなかった。

 だが少なくとも、こんな所で同士討ちして血を見るのは間違いではある。だが、どう割って入ればいいのか思いつかず、迷っている内にヒルダが先に矛を収めた。

 

「フン……分かったよ隊長サン。二人とも行くよ」

 

 ヒルダはそう言い教室を去ると、ロザリーとクリスも後に続くようにこの場から去って行った。張り詰めた空気が一気に緩み、サリアは3人の姿が無くなると溜息を吐いた。

 一方でリオスは、自分の頭を掻いて己の足りない頭に嫌悪していた。

 

 

 いざこざから数時間後。リオスは腹が減ったので昼食を取るべく食堂に向かう事にした。視線が集中するのでさっさと食べて去ってしまおうと思いながら、カウンターにて食券と交換で受け取る。

 今日はカレーのようだ。カレーは軍人の間ではよく楽しみとされており、艦内での食事は素材は質素ながらも味は美味しく仕上がっている。それ故にカレーの味には五月蠅いつもりである。

 

 実際、旨かった。「うまいぞー」と某味っ子の如く絶叫するのは流石に大袈裟だが、この食堂でこれまでに食べて来たものよりは圧倒的なおいしさだった。具の煮込み具合も絶妙である。この、カレーにしては良いのど越しは恐らくヨーグルトを使っている。

 

 ……と、まぁ某味っ子の如く脳内で解説しながら食が進む進む。

 

「どうだーっ旨いだろーっ」

 

 食に集中していると、リオスの席の向かいにヴィヴィアンがやって来た。

 

「おうヴィヴィアンか。旨いな今回」

「だろーね。今日の当番はエルシャだからね。ラッキーさん!」

 

 満面の笑みでそう云うと、厨房でカレーを煮込んでいたピンク色のウェーブ掛ったロングの女性……エルシャに向けてサムズアップした。エルシャはヴィヴィアンに気付いて振り向くと手を振って返事した。それにつられるようにリオスは「どうも」と頭を下げた。

 

「エルシャのカレーは超うまカレー! いっただっきまーす!」

 

 随分と元気な事である。ヴィヴィアンは空気の読めない発言をかます事多々あるが、悪い人間では無いし、それに元気な事は非常に良い事だ。陰鬱としていると周囲も参ってしまう。

 ヴィヴィアンの元気さは此方も見習わねばならないとは思う。帰れない事を嘆いても何も始まらないのだから。

 

「うぅん! うまいぞー!」

「おう、うまいぞー」

 

 某味っ子の如く叫ぶヴィヴィアンに苦笑しながら小さな声で返しつつリオスはカレーをスプーンで掬ってもう一口。……と、ヴィヴィアンが持って居たスプーンを突然皿に置いて服のポケットに手を突っ込んだ。

 ヴィヴィアンがポケットの中から取り出したのは舌をべろんと出した継ぎ接ぎの熊の人形のキーホルダーだった。それが三つも有り、シュールさを醸し出している。

 

 キモ可愛い系、という奴だろうか。一時期リオスが居た地球の女性の間で人気だったジャンルだ。

 

「さぁ、ここでクイズです。これは一体なんでしょう?」

「……ツギハギグマ?」

 

 ヴィヴィアンはどうも人にクイズを出すのが趣味らしく相手問わずしょっちゅう質問してくる。ヒルダと喧嘩してイライラしている時にされると非常に不愉快ではあるが、こういう退屈した時は案外悪くないものである。

 

 この世界のキャラクターの名前なんて知る訳も無かったのでリオスは適当に名前を言って答えた。だが、案の定ヴィヴィアンは「ブッブー」と言ってそれは間違いであると返した。

 

「正解は、ペロリーナ! これあげる」

 

 掠ってすらいなかった。まぁ当然の結果ではあるが、それなりに自信のあるネーミングだった為に謎の悔しさを覚えながら差し出されたキーホルダーを受け取ってまじまじとチェーンに繋がれぶら下がっているペロリーナとやらを眺めた。

 キモ可愛い系が余り心に響く人間では無かったが、それなりに親しくなった人から物を貰うというのは良いものだ。少なくとも嫌われていないという事を実感できる。

 

「これからも一緒によろしくがんばろー!」

「ン? が、がんばろー?」

 

 ヴィヴィアンのハイテンションさと考えは時として付いていけない。何故今そのようなものを渡したのか? その答えを知るのはこの後、アンジュが現れてからだった。

 アンジュが二人とは少し離れた片隅の席に着いたのを見かけたヴィヴィアンは、アンジュの席に向かって食べ残しの昼食とリオスを置いたままキーホルダーを持って走って行った。

 行儀が悪いよと彼女を咎めようとしたものの、ヴィヴィアンの動きは迅速だった。

 

 アンジュにも配るつもりだろうか。全員が仲良くなれば良いというヴィヴィアンの考えなのかもしれないと考えたリオスは心の中でヴィヴィアンを応援した。こういうのは悪くない。寧ろもっとやってしまえばいい。出来るかどうか分からないけれど。

 クイズをアンジュに出題しているようだ。アンジュはヴィヴィアンの突然の登場に呆気に取られていたのだが、ヴィヴィアンの話を聞いているとどんどんその顔を顰めさせて―――差し出されたキーホルダーをはたき落とした。

 

 流石にリオスも周囲の少女たちも唖然として、どよめき始める。

 

「言ったでしょう。一人で大丈夫って……」

 

 そう言ってアンジュは瞬く間にカレーを平らげると、立ち上がってお盆を返して食堂の出口へ向かって歩き出した。そしてリオスの横を通りがかる時―――

 

「貴方もシエナも、余計なお節介はうっとおしいだけよ。私は一人で充分よ」

 

 この一匹狼ぶりは一体誰に似たのやら。妙な既視感を覚えながらリオスは後頭部を掻きながら一体誰だったかを思い出しながら茫然とするヴィヴィアンと共に去りゆくアンジュの背中を見送った。

 

 もう呆れのあまり怒る気もしなくなったのだ。

 

 

 それから数日経った後、警報は早朝に突然として鳴り響いた。

 

 自室にてグースカ眠っていた条件反射の如く叩き起こされたリオスは、ライダースーツが必要なくなった為に漂流の際に着ていたライダースーツに着替えて部屋から飛び出した。因みにライダースーツの借金はとっくの昔に返している。

 

「待っていたわ。早く機体に!」

 

 第9番格納庫に入ると整備員の少女に背中を押され、リオスはナインボール=セラフのコックピットに乗り込んで、出撃準備と計器の状況を確認してから、リオスは口を開いた。

 

「行けるかH-1」

 

 リオスの問いにいつもの様にH-1は無機質に答えた。

 AIを積んでいるレイズナーのパイロットの気分である。あちらも対話型コンピューターを積んでいた筈だ。まぁセラフはV-MAXは積んでい無さそうなため、期待はしていないが。

 

『メインシステム起動。出撃準備には入っている』

「ならば出られるな!」

『問題は無い』

 

 クレーンに固定された飛行形態のナインボール=セラフが、真下の海の中に降ろされて行く。そして海に機体が浸かり前方にある海中のハッチが開かれ、クレーンのアームが機体から離れ、海中カタパルトに接続されると、オペレーターから通信が入った。

 

「リオス機発進準備完了、どうぞ!」

 

 握っていた操縦桿を改めて握り直し、息を大きく吸い込んで意を決して口を開いた。

 

「サリア隊のナインボール=セラフ、出ます!」

 

 動きだしたカタパルトに押されて基地から外へとナインボール=セラフが放たれると、そのまま海の上に浮上させる。

 すると、真上にはサリア隊が編隊を組んで飛行していたのが目に入った。だが中心に居るサリア機が何時も乗っているアーキバスと違う形状をしていた。コックピットは他パラメイルとは違って閉鎖されているので外から中身は見えない。機体から衝撃で投げ出される心配は無いだろう。これは一体何なのだろうか?

 

「あの機体は一体……」

『ゲシュペンスト・タイプPMだ。お前は以前にみた筈だ』

 

 リオスの疑問は直ぐにH-1が答えてくれた。まぁ、既にデータを持って居たし当然なのだが。知っている限りではゲシュペンストは変形するタイプの機体では無かったので、流石に判別はし辛いものである。

 サリアは試作機に機体を乗換でもしたようだ。

 

 リオス機は編隊の中に入り、反応が有った場所へと第一中隊は赴く。そしてサリアの警告と同時に、ドラゴンが湧いてくる門が開いた。

 そしてそこからドラゴンが顔を見せたと同時にサリアの合図に従って全機は敵機を減らすために一斉射撃を放った。リオス機はチェーンガンを、サリア機はスプリットミサイルを、砲兵は大砲を放ち、砲を持たぬ者はアサルトライフルの弾丸をドラゴンに放つ。

 

 それでも爆炎を突っ切ってドラゴンは第一中隊に向かって飛来するのだが、そんな中アンジュのヴィルキスは―――隊列から外れて突出した。

 

「アンジュ! 勝手に突っ込むな!」

 

 サリアの制止を振り切り、アサルトライフルを発砲しながら突っ込むヴィルキス。またかとリオスとシエナ、ミランダは溜息を吐いた。

 一人の身勝手な行動が、時として部隊を全滅させる事も有り得ると嘗て誰かが言った。嘗てその言葉を聞いたリオスには前科が無いと言う訳では無いのだが、この言葉は今は大事にしているつもりだ。……と言うか実際初陣で瓦解寸前にまで追い込まれたでは無いか。

 今は彼女の圧倒的戦闘力で一切犠牲が出ていないのではあるのだが……

 

 ある程度先行したアンジュ機は本格的に殲滅に入ろうとすべく機体を飛行形態から戦闘機形態へと変えようとしたその時―――不穏な爆音がした。

 一体何事だとリオスはアンジュ機を目を凝らしてみた。機体から煙が吹いている。まさか被弾したとでも言うのか? あのアンジュがこんな早くにか?

 

 

「メインブースターがいかれた? 違う、これは……」

 

 混乱するリオスたちを他所にアンジュは己の機体の異変に混乱しつつ、機体の状況を確認する。どうやら排熱フィンが壊れているようだ。整備不良とでも言うのか、これは。

 ちゃんと整備しろと悪態を付きながら機体を安定させようと操縦桿を動かす。駄目だ、機首が上がらない。無理矢理変形させるべきか。

 落ちるヴィルキスの横をヒルダ機が通りがかる。

 

「助けてやろうか?」

 

 厭味ったらしく言うヒルダにアンジュは舌打ちした。ここで彼女に助けを求めたならば弱みを造ってしまう事になる。それだけは避けたいし、こんな奴に助けられる程自分は落ちぶれても居ないというアンジュなりのプライドがあった。

 

「失せろ、ゴキブリがッ! 溺死しろ!」

 

 アンジュは力一杯に悪態を付いてからヴィルキスを変形させて、高度を維持しようと試みたその時、背後から衝撃が奔った。……ドラゴンか!

 襲って来た小型ドラゴンと取っ組み合いをしている内に機体の高度はどんどん落ちていく。振りほどく事は叶わない。

 

「パワーも落ちている!?」

 

 機体の足が海面に浸かったのを皮切りに、あっという間に機体の下半身が完全に浸かってしまった。コックピットの気密はいい加減で、水がどんどん中に入って行く。完全にアンジュを海水が呑み込んでしまうのは時間の問題だった。

 

―――こんな、所で……!

 

 空気が完全になくなって小型ドラゴン共々水没しながらアンジュは無念の想いに駆られながら意識を手放した。

 

 

 

 

「ヴィルキス!」

 

 ヴィルキスが水没しているのを見て助け出そうとサリアは思ったのだが、状況がそれを許さなかった。大型ドラゴンが門から現れ、小型ドラゴンが暴れまわる。そんな状況下で自分だけが勝手に動けば部隊は壊滅してしまう。

 

 サリアは意を決してゲシュペンストPMを人型形態に変形させた。

 

「見せてやるわ……ゲシュペンストの性能というものを!」

 

 そして早急に終わらせてヴィルキスだけは回収せねばならない。サリアは操縦桿を握って、自分用に用意した武装、メガビーム・ライフルの銃口を手近な場所に居るドラゴンに向けた。

 

 

 

「チィッ!」

 

 一方でリオスも水没するアンジュを見ているしか出来なかった。助けに向かおうとしてもドラゴンが邪魔をする。一番近くに居たヒルダ機は助けに向かえたはずなのだが、彼女はドラゴン掃討を優先してしまっていた。

 この状況に舌打ちせずには居られない。だが、今はドラゴン掃討を優先せねばこちらがやられてしまうだろう。こちらにはヴィルキスというアドバンテージを失ったのだ。

 

 リオスはナインボール=セラフにレーザーブレードを発現させて、襲って来た小型ドラゴンを一刀両断のもとに切り捨てながら、次のターゲットを探した。

 一刻も早くアンジュを助ける為に。どんな奴であろうとも仲間で有る事には変わりは無いのだから。

 




 ペロリーナがカレー臭くない不具合(イレギュラー)発生。別に何かが起こるとかそんな事は無いですけど(;´・ω・)

 ナインボール=セラフが別の場所から出撃していますが、これは若干パラメイルよりでかいのと規格が違うが故の弊害です。クラップ級の戦艦なら楽々入りますが……
 まぁ、個人的な趣味も入ってます。
 


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第10話 デストロイ、アンドサーチ

 皆のトラウマの劣化版ナインボーとゲシュちゃんの戦闘回。それとアンジュ捜索。

 パルスキャノンがパルスガンになっているのは劣化している為。形状は差して変わらない。3点バースト型になってしまっている仕様。キ○ガイ連射バージョンはもうちょっと待って下さいな。


 ゲシュペンストの装備は腕に付いた武装『プラズマステーク』と、背中に装備された二基のミサイルポッド『スプリットミサイル』そして、現在ライトアームが握っているライフル『メガビームライフル』そして腰にマウントした拳銃、『Gリボルヴァー』二丁だ。

 

 現在、二基装備されたスプリットミサイルは先ほどの先制攻撃の際二基とも撃ち尽くしたので武装は3つだ。光学兵器であるメガビームライフルはそれなりに威力が有り、動力の都合上リロードさえすれば何発も撃てるが、リロードに時間を要する為その間にGリボルヴァーかプラズマステークを使うという寸法だ。

 

 まず手始めにサリアはターゲットを手近に居る小型ドラゴンにライフルの銃口を向けて無造作に引き金を機体に引かせた。銃口から放たれる閃光がいとも簡単にドラゴンの身体を貫き、貫かれたドラゴンは地に落ちていった。

 

「なんて威力……!」

 

 一撃で撃墜するとは。サリアは驚きの余り思わず声が出た。ビームライフル自体は生産されているのだがそれとは比にもならない威力だ。

 だが、まだ未完成な為一発ごとにリロードしなければならない。完成品は3発毎になると言われている。

 背後から殺気を感じた為、背後を向くと別のドラゴンが牙を剥いて襲い掛かって来ていた。間合いとしては非常に丁度良い。サリアはアレを使おうと決心した。

 

「プラズマステーク、セット。喰らいなさい!」

 

 サリア機のレフトアームに装備された放電打撃武器『プラズマステーク』を起動させ、機体を粉砕するべく襲い掛かって来た小型ドラゴンにゲシュペンストPMはプラズマステークを叩き込む必殺の一撃『ジェット・マグナム』をドラゴンの胴体に炸裂させた。

 

 確かな手ごたえを、感じた。

 ドラゴンは電撃に苦しみ始めて暴れまわるが、こちらに被害が及ぶ前に叩き込んだステークを更に深く押し込んだ。

 

「!?!?!?」

 

 小型ドラゴンは名状し難い悲鳴を上げながら海中へと、落ちた。あれだけ電撃を喰らえば二度と上がって来れないであろう。

 水柱を立てて落ちる小型ドラゴンを見下ろしながら、サリアはテストで与えられた自分の機体の性能を確かめて、大きく息を吸ってから吐いた。

 

 この性能ならばリベルタスの大きな助けになる筈だ。そう思うと高揚感が湧くような気がした。ヴィルキスやアンジュに頼らずとも何とかなるかも知れないという期待。

 欠点としてはパラメイルの中では平均以下の機動力である事だが、その分火力と防御力は折り紙付きである。多少の攻撃では四肢が取れたりなどはしない。

 寄らばステークで殴り飛ばし、寄らずともライフルやリボルヴァーで撃ち抜くそのサリアの駆るゲシュペンストPMの姿に大型を躱しながら小型ドラゴンを叩き落としている真っ最中のヴィヴィアンは舌を巻いた。

 

「何かサリアすっごい機体に乗ってる……」

 

 最新型に乗っているのは羨ましい気もしたが、機体の性質が自分の乗っている機体『レイザー』とは真逆の運用方法である事に気付くと、羨ましく思うのを止めた。

 一方で小型ドラゴンを叩き落とすナインボール=セラフの姿が見えた。あちらも相当な動きをしており、レイザーの最高速度を凌ぐ機動性を発揮していた。

 

 それはまるで赤い、閃光のようだった。

 

 

 まるで身体と魂が引き離される感覚だった。最高速度はクラウドシリーズより高い事には間違いないだろう。出撃を重ねる度、機体の速度を少しずつ上げていて、現在はクラウドブレイカーシリーズ以上の速度を以てリオスとナインボール=セラフは戦闘を行っていた。

 掛るGは尋常では無く、絶叫マシン等と言う生易しいものでは無い。

 理論上可能な限界値まで行けば恐らくトールギス級の加速度は出せる筈だとカタログスペックで明らかになっているのだが今の所そのレベルに可能な限り近く設定しており今となっては少し後悔している。

 無論常時そんな状態で戦闘が出来る人間はヒイロ・ユイやゼクス・マーキスじみた人外レベルの身体をしていなければ無理だ。特にヒイロは自爆しても死なないという人外じみた男なので常人より少しばかり身体が丈夫でクラウドシリーズの搭乗適性が高いだけのリオスとは比較にならない。と言うかしてはいけない。

 

 現状、機体の性能を十二分に生かせていないというのだ。リオスは加速で掛るGに歯を食いしばって耐えながら自分の乗っている機体に改めて末恐ろしさを覚えていた。

 だが、恐れている暇は無い。パラメイルは基本的に気密がいい加減だ。早く終わらせなければ水没したアンジュの命が間違いなく危ない。

 

 気が付けばゼロ距離まで詰めていた。前方に居たドラゴンは驚愕のあまり動きが止まる。その隙をリオスは逃がさず、レーザーブレードで三枚おろしにして、残骸を蹴りで海中に叩き落とした。

 

「当たると……痛いぞ!」

 

 嘗ての同僚であった竜騎兵(ドラグナー)のパイロットが言っていた言葉を己を奮い立たせるために叫びながらパルスガンを手あたり次第に連射する。

 弾を切らして弾丸のチャージング状態に移行した時には5体程は蜂の巣にして海に沈めていた。

 

 それでもまだ倒し切れていない小型ドラゴンは居た。それがまだ襲い来てナインボール=セラフをバラバラにしようとするも、ナインボール=セラフが持つ凄まじい加速度と機動力がそれを許さない。小型ドラゴンは大きな動きで離れていくナインボール=セラフに身体が追いつかず、茫然としているといつの間にか背後に回っていたナインボール=セラフにアームによるパンチと共に放たれるパルスガンで蜂の巣にされて亡骸にされ水底に叩き落とされていた。

 

 小型ドラゴンを第一中隊が粗方仕留めると、残るは大型一匹。

 新入りであったミランダも随分と良い動きをしてくれるようになったので今回の戦闘ではフォローする必要が殆ど無くなっており、地味ながらも成果を残してくれているようだった。サリアはゲシュペンストを使いこなしているようだし、ヴィヴィアンとヒルダは相変わらずの戦績を弾きだし、砲撃組も突撃班を上手くフォローしてくれている。小型を殲滅するのにさして時間は掛らなかった。

 

 今回はこれまで程数が多くないのが幸いして、アンジュが居ないという不利な状況を覆す事が出来た。もしアンジュが居れば更に時間が短縮出来たのだろうか? ……いや、彼女のスタンドプレーで隊列が混乱するので変わらないか。

 

 残された大型ドラゴンは大口を開いて鋭い牙をむき出しにして、耳をつんざくほどの声量で吠えた。そのリオスはそれに体中にぴりぴりとした感覚がした。それと同時に憎悪に似たような―――プレッシャー。

 

「……っ」

 

 何だこの気持ち悪さは。何だこの内蔵を抉るような感覚は。リオスは顔を顰め乍らナインボール=セラフを飛行形態に変形させて、大型ドラゴンに向かって機体を飛ばす。

 

「各員、散開して凍結バレットを装填! 無い機体は射撃武器でかく乱を! リオス、私と別方向で挟み撃ちを行って貰うわ」

 

 サリアの指示に従い、凍結バレットを装填した味方機とは別の場所からチャージを済ませた両腕のパルスガンの銃口を大型ドラゴンに向けた。先ほどリオスが感じていたプレッシャーは何事も無かったかのように無くなっていた。

 何だったのだ、今のは。

 そんな疑問は直ぐに興味から失せて、リオス機とサリア機は凍結バレットを装填した機体群とは別の方向で挟み撃ちをするようにパルスとビームライフルを大型ドラゴンに向かって照射した。

 

 大型ドラゴンは凍結バレットを装填しているヴィヴィアン機たち機体群を狙って大きな羽で殴り叩き落とそうとするも、両翼に向かって飛んでくるパルスとビームがそれを許さない。大型ドラゴンがリオス機とサリア機が挟み撃ちで放つ弾丸に気を取られている内に、全機凍結バレットを装填完了させてから―――

 

「撃て!」

 

 サリアの合図と共に一気に凍結バレットが放たれた。

 

 

 

 今回の戦闘での損害は軽微で済んだ。隊列を乱すイレギュラーが居なかったからか、それとも、アンジュを助けるべく奮起してくれたからか。まぁ、後者だと少なくとも3人程はその気では無さそうだが。

 何はともあれ、戦闘終了後の残り少ない燃料でアンジュの捜索のし様が無いので一旦帰投する事になった。何故戦闘一回分の燃料が積まれていないのか。理由は分かっていて理解できていても不満だった。

 

「……リ…ス? おーい、リーオース!」

 

 飛行形態でアルゼナルに帰投する途中で、落とされたアンジュの心配をしていると

ヴィヴィアンから通信が入っていた事に遅れて気が付いた。

 

「ヴィヴィアンか……何だよ?」

 

 若干不機嫌気な返事になったのだが、ヴィヴィアンはそんなリオスの反応を気にも留めずに口を開いた。

 

「帰ったら、直ぐに探しに行こうよ!」

 

「……アンジュをか?」

「うん! シエナもエルシャも、ミランダも行くってさ!」

 

 迷いなく肯定するヴィヴィアンの顔を見てリオスは呆気に取られていた。キーホルダーを跳ね除けたと言うのに。それでもまだ彼女に手を伸ばすのか。

 随分と物好きである。……まぁ人の事全く言えないのだが。

 しかしそれは価値観の問題もあった。ヒルダ程激昂する理由もあまり無かったし、戦いと無縁の世界から戦場に放り込まれたアンジュに似た境遇の人間は何度か見て来た。それ故に放っておけなかったのだ。例えそれが余計なお節介だとしても、だ。

 

「そっか……俺も行くよ。放っておけないもんな」

「よし帰ったら直ぐに行こう! レッツらごー!」

 

 ヴィヴィアンが元気よく拳を上げる。彼女の底なしの元気っぷりにリオスとミランダは苦笑いせずには居られなかった。

 

 

 

 

 帰投後、司令部に回収班に加わる許可を請うた。参加メンバーは本格的にアンジュを恨んでいるヒルダたち三人組以外全員。そんな状況にリオスは笑わずには居られなかった。大分違うかも知れないが嘗てのラー・カイラム隊を思い出す。

 嘗て共に戦った仲間たちの事を思い出しながらも、回収ヘリへ皆と共に歩を進めた。

 

 

 シエナにとってアンジュは嘗て自分の幼馴染に似ていた。

 

 ……と言うのは、物事は数年前に遡る。シエナは昔から第一中隊にいた訳では無い。

 第一中隊に転属する前に居た第二中隊でのチームメイトの少女が居た。彼女とシエナは幼馴染だった。彼女は一人で行動する事が多く、他者とあまり関わろうとしなかった。その上、歯に衣着せぬ言動で多くの敵を造り、恨みを買っていた。

 幼い頃からの友達であったシエナはそれを気にする事は無かったが、チーム内のメンバーはそうは行かない。次第に彼女は孤立していった。

 戦績は常にトップ、一騎当千の大活躍で周囲から嫉妬を買い、彼女を敵視した者達は彼女を攻撃した。その攻撃は陰湿極まりないものだった。ライダースーツをボロボロにしたりと、アンジュが受けた嫌がらせに近い、いやそれ以上に苛烈な苛めを受けた。それでも尚、彼女は堂々としていた。

 

 そんな彼女がシエナには眩しく見えた。強いな、と。

 

 だが、自分が居なくなればきっと彼女は一人ぼっちになってしまうだろう。そんなのは絶対に辛い筈だ。

 実際、彼女はシエナにだけ心を許していた。

 シエナは思った。彼女が安心できる居場所になってあげたいと。

 

 だが、そんなシエナの願いは―――彼女がドラゴンに食い殺される事で無駄に終わってしまった。シエナは彼女の援護をしていたのだが周囲は援護の一つもしなかった。

 

「あいつはエースだから一人で大丈夫でしょう」

 

 という、言い訳を添えて。目の前で食い殺される彼女を黙って見ていた。

 彼女の死亡が確定した後、彼女を攻撃していた者たちはゲラゲラと笑っていた。悲しむ者は碌に居やしなかった……

 そして次の戦闘、当時の第二中隊はシエナ含む数人残して壊滅してしまった。理由としては、エースライダーだった彼女の手柄の横取りばかりをしていたが故に練度が不足していたというのが大きな理由だった。

 それから、部隊の整理一環としてシエナは第一中隊に転属する事になった訳である。

 

 

 彼女とアンジュの姿がダブる時がある。時として似ている、とすら。だからアンジュを放っておけなかった。今回の回収班の参加の件でアンジュの事を気にかけてくれている者が少なからずこの第一中隊には居る事を知って驚きと、嬉しさを感じていた。

 真っ向からロザリーと対峙するリオスが少し眩しく見えていたし、羨ましくもあった。シエナは彼女を苛めていた者達に真っ向から立ち向かえなかった臆病な自分とは違うものをリオスは持って居ると、思ったのだ。

 

 きっと今回は違うと、そう信じたいと思っていた。




 おや、リオスの様子が……


 タスクの出番はもう少し先。しかし、機体登場は原作より早くなりそう。


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第11話 Under the sun

 暇潰しにガンブレ2でセラフもどきを造ってみたものの、あんまり強くないという罠。
 ヴィルキスもどきの方が圧倒的に性能が良いって言う……orz
 柄を金色に刀身を水色にし月光気分でGNソードⅢをぶん回す日々が今日も続く……


 もう大体本作の流れは決まりました。但し、ガンダム成分(逆シャア+α)が強くなってしまいますが。


「アイツもヴィルキスも見つかんないすねぇ……」

 

 アンジュ捜索を開始して数時間が経過した。もう日が沈みがかっており空は茜色に染まっていた。捜索ヘリの燃料補給も兼ねて一度捜索ヘリが帰投し、ヘリポートでエルシャとミランダで近くの壁に凭れて補給を待っていたリオスはぽつりと溢した。

 隣に居たエルシャはリオスとミランダにサンドイッチの入った籠を差し出すと、それをリオスはその中の一つを無造作に取り出して中身を確認せずに一口頬張った。中身は好物の卵サンドで、中々美味しかった。

 ミランダはハムカツサンドだったようだ。

 

「無事だと良いんだけれどね……」

 

 エルシャもアンジュの身を案じているようで、心配げに海に視線をやった。あの広い海の何処かにアンジュとヴィルキスが居る。そう思うと気が遠くなりそうだった。放っておけば間違いなく溺死してしまうだろう。だが、司令曰く、『死体でもいいから探し出せ』との事で全力を挙げて捜索に回っている。

 ハムカツサンドを頬張り飲み下して、ミランダは口をぽつりと開いた。

 

「もう、4時間経ってるし……無事じゃないかも」

 

 何処かに流れ着いていて欲しいが、そのまま海を漂っている可能性だってある。もしかしたら今頃魚の餌になっている可能性だって否定できない。

 3分の1以下の可能性を思うと気が滅入りそうである。

 

「まぁ、生きていようがいなかろうがそれでも回収するのが俺たちの仕事だしね……無事であるに越したこたぁ無いけど」

 

 ふと、夕日に当たってオレンジ色に染まる海を見てみる。そして唐突にあの海はどれだけ深いのかと縁起でもない事を考えてしまう自分に軽く嫌悪感を覚えた。

 

 

 再出動しても、アンジュ機は見つかる事は無かった。太陽は完全に沈み切っており、月灯りが天を一番高い場所から照らしている。ヴィヴィアンとミランダ、リオスは眠気と疲労と戦いながら、望遠鏡でヘリが灯りで照らした場所を覗いている。

 流石にミランダは年齢的に身体に毒だろうと思い、リオスは立ち上がってミランダに手を差し出した。

 

「お代わり。子供はもう寝なさい」

 

「ちょっ!? あたし子供扱い?」

 

 余計なひと言さえ言わなければすんなりと変わってくれたものを、ミランダは拗ねて望遠鏡を離さなかった。それを見ていたエルシャは「あらあら」と保護者の如く微笑む。

 

「座って寝とけ。その年で夜更かししていたら体に毒だぞ」

 

「……お断りします」

 

 子供扱いされた事が癪に障ったか、ミランダはリオスの要求を拒否して、望遠鏡で下を見る事に再び集中し始めた。リオスは大人気なく似合わないふくれっ面で再び席に着き意味も無く天井を見上げた。

 ミランダには意地が有った。捜索開始前に、ココから必ず助け出してあげてと言われているのだ。だから引き下がれない。諦められない。小さい頃からずっと一緒に居た親友と言える人間の頼みなのだから。それと、8ぐらい違うだけではないか、その癖偉そうにして。と言った子供扱いされた事への反感もあった。

 

 捜索開始から約12時間。水没したままならばとっくの昔に溺死しているだろう。だが、整備員のメイ曰くパラメイルは浮き上がるように設計しているはずなので何かに引っかかったままでなければ何処かで浮いたまま流れているであろうとの事だ。

 リオスは、流石に睡魔に勝てずにうとうととし始めたミランダから、望遠鏡を取り上げた。

 

「もう休みな。眠くて見落とされた困る。代わりに朝は頑張って貰うからさ」

「……分かった」

 

 渋々と引き下がり、機内の椅子に座るミランダを見届けると、リオスは外を望遠鏡で覗き込んだ。

 

―――さぁて、かわいこちゃんは何処へ流れたのやら。

 

 ちょっと軽薄な男を脳内で演じて気持ちを楽にしつつ闇に染まった海と睨めっこを始めた。

 

 

―――アンジュを探し始めて何日目だろうか。あぁ、3日目か。

 

 リオスは溜息を吐きながらヘリコプターの窓から身を乗り出して昇ったばかりの太陽と反射してきらめく蒼い海面を望遠鏡で覗き込んだ。サリアも疲れた表情をしてヘリを動かしているし、ミランダとシエナは一日目程の元気さは失っており諦め半分の表情で外を覗いていた。

 

「3日目……あの娘はもう生きてないかもね……」

 

 シエナの呟きは誰の耳にも届く事は無く風の音と共に消えていく。だがヴィヴィアンとエルシャだけは別だった。エルシャはいつも通り落ち着き払ったようにココアの入った紙コップをリオスたちに渡している。そしてヴィヴィアンは相変わらず能天気な様子でヴィルキスに回線を回して通信を試みていた。

 

「アンジュさん応答願いまーす。死んじゃってるなら死んじゃってるって言って下さーい」

「いや、死んでたら話せねーだろ」

 

 不謹慎極まりないヴィヴィアンのやけくそ混じりの喋りにリオスは若干苛立ちながら突っ込むとヴィヴィアンはてへぺろと言わんばかりに「あ、そうだった」と後頭部を掻きながら言った。

 通信さえ繋がれば居場所の特定も容易となるのだが、突然煙を吹いて墜落し思いっきり水没してしまった事やドラゴンと取っ組み合ったりした為それらはお釈迦になっている可能性が高いと整備員のメイは言った。

 

「……アイツにサバイバル能力が有れば良かったんだが」

 

 リオスの呟きに近くで聞いていたミランダは力なく苦笑した。アンジュが元姫である事は周知の事実だ。もし、何処かに流れ着いたとしても毒蛇にやられているか、毒キノコ食って死んでしまっているか、お上品すぎてそのまま餓死するかの3択しかこの場に居る人間には思い浮かばなかった。

 人が住む場所に漂流してもノーマである彼女に居場所は無いし、直ぐに見つかったりして御用となりアルゼナルに戻される筈なので人が居る場所に行った可能性は無いと思われる。

 この場が諦めムードに染まり切りかけたその時―――ノイズ混じりながらも通信が繋がった。

 

「アンジュさん応答願いまーす。死んじゃってるなら死んじゃってるって言って下さーい」

『こちらアンジュ。生きてます』

「え? 嘘……ほ、ホントにアンジュなのォ!?」

 

 そして返って来たのは紛れも無いアンジュの声。ノイズが入っているが間違いなくアンジュだった。一連の会話を耳にした操縦席にいたサリアとメイが眼を見開いてヴィヴィアンたちの居る後ろを向く。

 リオスたちも、窓から離れてヴィヴィアンの持って居る通信機に耳を傾けた。

 

『救助を要請します』

「了解!」

 

 ヴィヴィアンの返事の後、回収ヘリはヴィルキスの居場所を割り出した。通信が出来たのは僥倖だった。暫くしない内に砂浜で横たわるヴィルキスと、その上に乗って立っているアンジュの姿を見る事が出来た。

 沈んだ表情の面々は一気に晴れて、ほっと一息。

 

 何故生きて居られたのかリオスとしては気になる所だったが、今は彼女の生存を素直に喜んで置こう。

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経ったのだろうか?

 

 青年はとあるコックピットの中で操縦桿を握りながらそんな事を考えていた。

 

 最後に生き残った仲間であった者が死んでから、ずっと独りで孤島で燻っていた。まるで気が狂いそうな感覚を覚えながら。この世界ではマナが使えない人間を排除し、迫害している。そんな世界で青年、タスクは生きる事は出来なかった。

 タスクはマナが使えないのだ。

 

 青年は仲間と共にノーマを解放し、マナに支配された世界を破壊、変革するべく戦っていた。だが、戦力では圧倒的に不利で、じりじりと追い詰められて仲間を失っていった。そして……最終的には独りだけになってしまった。

 こんな状況でどう抗おうと言うのだ。世界は、圧倒的な力を以て自分たちを押し潰した。それだけの力を持つもの相手に一人でどうしようと言うのだ。

 

 諦めの心が支配するも自分で命を絶つほどの勇気も無く、ただ孤島で一人何もせず燻っていた。何もしない、というのも一種の自殺のようなものだ。緩やかに、少しずつ近づいて行く死。世界に抗う事もせずただ一人世界の片隅で人に知られる事無く死へと向かおうと燻って何時ものように、外を歩いていたある日の事だ。

 

 孤島の砂浜に流れ着いたものを見かけた。それは青年にとって見慣れたものであった。

 

 

 ヴィルキス。それは青年たちにとって希望の象徴たる存在であった。それに乗っていた少女は辛うじて生きており、その少女を助けたのは良かったのだが、念の為に手首を縛って、風邪をひかないように服を脱がせたのがいけなかったのか。

 突き飛ばされ、銃を向けられと散々だった。その際事故とは言え色々トラブルが有った為、彼女からの心象は最悪。拒絶されて逃げられてしまった。

 けれども、毒蛇に噛まれて雨の中でもがき苦しむ少女の姿を見かけて放っておけなかった。

 最初は微かに心の中に残っていた使命感がそうさせた。彼女を見捨ててしまえばヴィルキスに乗れる数少ない人間を失ってしまうと。けれどもそれと同時に強がっているだけのようにも見えたのだ。だから……放っておけなかった。

 

 最初は仏頂面で口をへの字にしていたが、接している内に徐々に態度を軟化させていって次第に様々な顔を見せるようになった。笑ったり、怒ったり、へこんだり。久々に人と話したこともあって彼女と言葉を交わす事は新鮮で楽しかった。

 彼女の存在は、青年にとっては大きなものになっていった。気が付けばたった一人でずっと生きてきていた青年にとって彼女は光のような存在へと変わって行った。

 

 惚れた弱み、なのかも知れない。

 

 笑えば可愛いし、怒れば怖いけどやっぱり可愛い。

 

 

 気が付けば、彼女に対する感情は好きに変わっていた。ある意味、使命感とは程遠い感情だったが、それが今の青年の起爆剤だった。彼女の為に何かしてあげたいと。彼女に必要とされたいと思うようになった。

 

「アンジュ……か」

 

 青年は出遭った少女の名前を呟く。また、会えるだろうか? いや、きっと進むべき道が同じならばきっとまた会える。だから今は―――もう一度動こう。世界を変革するために。 

 ヴィルキスがこの島に流れ着くより前に流れ着いた一回り巨大な機体、クラウドブレイカーという名の機体にタスクは乗り込んでいた。流れ着いた当時は小破していたが、有りあわせのパーツや、ここに流れ着くパラメイルの残骸を利用して改修する事が出来た。

 ピーキーな一面を持って居るものの操縦系統はパラメイルとさして変わらない為直ぐに操縦に慣れた。その上優秀な気密と、機動性と火力を持っており優秀な機体でもある。鈴のエンブレムが一体何を意味するのか分からないが、恐らくはノーマが作ったものなのだろう。

 

 後でアルゼナルに問い合わせてみよう。

 青年、タスクは操縦桿を握りしめて意を決したように呟いた。

 

「行こう、クラウドブレイカー」

 

 かくして雲を切り裂き空を駆ける真紅が、さんさんと輝く太陽の下で空へと羽ばたいた。嘗て変革者と敵対した機体が、今度は変革者として世界を壊すために。




 クラウドブレイカー量産型、パイロットと離れ離れになって見知らぬ男に寝取られるの巻でした。次回はモモカ登場回。

 最終回みましたがマルチエンディング想定していて正解だったかもなぁ……


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第12話 モモカが、来た

(゚∀゚)よーしナインボール=セラフ目指してACE:Rやるぞー
【Chase System】
(;´・ω・)メンドクセ
【Not Skip Movie】
(#^ω^)イラッ☆

 現在NSKイベントの隙間に執筆中。
 冒頭部分が初代ACEの独白部分を再現、リスペクトしたものとなっております。誰の独白なのかはまだ内緒です。


 沢山の、戦争があった。沢山の、悲しみがあった。

 けれども、コロニーが出来て100年近くに上っても人々は争いを忘れる事は出来なかった。

 

 そんな中シャア・アズナブルは人類の革新を信じて革命を起こそうとしたのだけれど、彼のやり方は地球上に居る人類を抹殺しようというやり方だった。

 僕自身は当事者でもないし、僕が生まれるずっと前の人なのだけれど、シャアの考えはおかしいと、僕は思う。……そう思いたかった。けれど、否定したあと、外宇宙からの更なる脅威が襲い掛かっても人類は利権争いを繰り返し、スペースノイドへの弾圧を繰り返し続けていた。

 

 シャアが生きていたら、この世界をどう思っていただろうか? 恐らくは絶望していただろう。メビウスの環から抜け出せぬ地球の重力に魂を引かれた者たちに。

 

 メビウスの環から抜け出せぬまま地球は外宇宙からの脅威に晒されていた。圧倒的な戦力を以て地球へと向かいつつあるのだと言う事実を人類は突きつけられた。相手は対話も不可能で無言で人類を刈り取る。敵の先遣隊で散々苦しめられたというのに拘わらず、地球はコロニーとの戦争を、弾圧を止めなかった。

 

 そんな絶望的な状況下だが、まだ希望はあった。

 コロニーとの戦争を望まない者たちは同じ志を持つコロニーの者と手を取り合ったのだ。彼らは戦争をしている者たちを尻目にとある作戦を立てた。艦隊を以て、地球圏外に居る敵の中心にて改良型E2を爆発させて根絶やしにするという計画だ。

 

 その計画に、僕は参加した。

 何者か知らないものに地球を潰されるのは嫌だった。祖父が居たラー・カイラム隊がシャアを否定し、守った地球を潰されるのは屈辱だった。

 幸い、僕には素質があったようで、チームに参加する事は苦こそあったが、不可能な事では無かった。

 

 かくして僕らは地球を護る為に戦場へと赴いた。

 帰った先は『何もかもが終わった跡』だと、知る訳も無く……

 

 

 アンジュ発見から数週間後。リオスも完全に異物ながらもこのアルゼナルに溶け込んでいた。男が得体のしれない何かだと思って警戒していたのであろう人間も時々話しかけてくれるようになった。

 尚、肉食獣のような人々からの視線は相変わらずであり、妙な所でヘタレなリオスを恐怖させている。

 

 そういう連中に隙を見せないように、リオスはここ最近副業を始めるようになった。所謂「俺は忙しいから話しかけてんじゃねーぞ」アピールである。

 副業として搬送などといった事をやってお金を稼ごうと言う魂胆もある。どうもここ、アルゼナルの物価は高いような気がしてならないのだ(下着とか特注になるからどうしても物価が高くなる。その為注文に時間が掛り一時期は洒落ている女性陣たちの中で非常に不摂生極まりない生活を送っていた。南無三)。

 

 因みに、エルシャは副業としてコックと農業をやっているとか。

 

 ジャスミンの指示に従い、資材及び生活用品の入った箱をナインボール=セラフで運び切ったリオスはホッと一息入れて、スピーカーを用いてジャスミンに問うた。

 

『これでいいっすか?』

「うん、ご苦労」

 

 椅子に座って寛いでリオスと従業員の仕事を監視していたジャスミンの許可が下りると、近くにいた犬が一吠え。終わりだという事を知らされたリオスは機体を格納庫に戻すべく、機体を海中に沈めてハッチに向かわせた。

 

【解せない事があるのだが】

「何だ」

【一応、兵器である私が、私だけが何故資材運搬をしているのかという事だ】 

「別に良いだろ。兵器だって使いようだ」

【私の存在意義は戦い、排除する事にある筈なのだが】

 

 唐突にH-1が不満な事があるのか、つらつらと文句を述べ始めた。戦う為にプログラムされたAIであるH-1には自分が行っている事に違和感を感じずには居られなかったらしい。H-1の発言に対しリオスは少し悩み考え込んだ。

 

「んー、お前は人によって作られたんだろ? 誰かの役に立つためにさ。誰かの役に立ってるならそれでいいでしょ」

【…………そういう物なのか?】

「多分な。兵士が言う言葉ではないけれど」

【……まったくだ。兵士が言うべき台詞ではない】

 

 H-1は辛辣なひと言を吐くと、それ以上リオスに問いかける事は無かった。H-1は一体何を考えているのだろうか? 表情を持たぬAI相手では分からない。そして人で無い事もあって得体のしれなさを醸し出していた。

 

「規則を守りつつ柔軟にそして我儘に生きて見ろよ。そしたら『人間』が分かるさ」

【善処しよう】

 

 機械に生きるという言葉が適切かどうかは疑わしいのだが、それについてはH-1は突っ込まなかった。何故コイツは人間を知ろうとしているのだろうか?

 それがリオスにとっての大きな疑問であったが、それについてはやはり話してはくれなかった。

 

 第9番格納庫に辿り着き、機体から降りて再び一息。

 搬入作業を行う前に行った今回の戦闘ではアンジュ程で無いにせよそれなりに活躍出来たとリオスは自負していた為、今回の収支報告が非常に楽しみであった。あの月光丸が正直欲しいのだが恐らくサリアに先取りされてしまうであろう。だが、大人しく先取りされてやるつもりも無い。

 さて今日は幾らなのやら。娯楽の少ないアルゼナルではこれが楽しみになりつつあるのが悲しい所だが、まぁ致し方ない。

 第9番格納庫から出ようとした矢先、警報が鳴り響いた。

 

「―――ッ!?」

 

 何事だ。リオスは天井近くに設置されたスピーカーに耳を傾けた。

 

『総員に告ぐ。アルゼナル内部に侵入者有り。侵入者は上部甲板を逃走中。付近の者は確保に協力せよ』

 

 侵入者だ?

 リオスは耳を疑った。こんな世界でアルゼナルに侵入するような奴が居るのかと。もしかしたら小型ドラゴンの可能性も無い事は無いが、ドラゴンだったら逃げも隠れもせずに圧倒的な力で暴れまわっている事であろう。

 

「なんだよ侵入者って!?」

 

 通路を走って上部甲板へと向かう途中、サリアと遭遇し聞いてみるが―――

 

「知らないわよ! これまでにこんな事例は聞いたことも無い!」

 

 と、まぁぞんざいに返されてしまった。

 

 

「いたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ囲めえぇぇぇぇえぇぇぇぇ」

 

 警備部隊の、洋画でよく聞きそうな雄々しい絶叫を耳にしながら上部甲板の人混みを掻い潜っていると、何か緑色の光が見えた。

 

「何の光っ?」

 

 リオスの疑問に近くに居たアンジュがリオスの質問に答えたのかと言われれば怪しいが呟くように答えた。

 

「マナの光……!」

 

 ノーマでは無い者をここでは『人間』というらしい。ここ、アルゼナルに居る『人間』はリオスの知る限りエマ・ブロンソン監察官のみ。エマが侵入者と戦っているのだろうかと一瞬リオスは思ったのだが、どうやら違うようで、光を取り囲んでいる人々をリオスとアンジュ、サリアが掻い潜ると、そこにはボロボロで煤を被ったメイド服を纏ったショートヘアの少女が。

 

「やめて下さい! 私はアンジュリーゼ様に会いに来ただけです!」

 

 マナの光を纏って己が身を守る少女の叫び声に、銃を構えていたアンジュはハッとした表情で口を開き、銃を下げた。

 アンジュリーゼとは嘗てのアンジュの名前だったはずだ。つまり彼女は恰好からしてメイドなのだろう、と驚くアンジュを他所にリオスは頭を無駄に働かせていた。

 

「モモ……カ?」

 

 アンジュの驚愕の入り混じった声に気付いたモモカと呼ばれた少女は恐る恐る、アンジュの言葉に言い返し、問うた。

 

「もしかして……アンジュ…リーゼ様?」

 

 まさかの再会だとでも言うのか。何とか手探りながらも何となくながら状況を掴めたリオスは顔を顰めつつ「どーすんだこれ」と軽く頭痛を覚えていた。

 ノーマが戦っている事は『人間』は知らない。そして、ドラゴンの存在も。つまりモモカは知ってはならない機密を知ってしまった事になる。普通の軍隊ならば、拘束されるなりされるし、かなり厳しい部類の軍隊ならば銃殺だって有り得る。つまり、この後アンジュにとって辛い事になるかも知れないという事は覚悟した方が良いのだ。

 アンジュに喜びのあまり抱き着くモモカに、リオスは良かったなと言わんばかりの安堵と、辛さが入り混じった複雑な心境に置かれていた。 

 

 

 

「プラズマステーク……セット!」

 

 モモカという異物が来ても第一中隊の送る日々にはあまり変わりは無かった。訓練して、シュミレーターで戦闘を行い、飯を食って、寝る、そして時々出撃してドラゴンを倒す。そんな中に喧しいのが混じっただけである。

 まぁ随分それにヒルダ3人衆とサリアは苛立っているようだが。

 実際、郷に入っては郷に従えという事をせずに外の世界での生活をアンジュに押し付けようとしているのだから仕方あるまい。

 

 特に部隊長であるサリアは更に場を引っ掻き回すモモカの行動にあきれ果てつつストレスを凄まじい程立てていた為、ストレス解消にとシュミレーター内のドラゴンをプラズマステークで殴殺していた。

 

「あっちょっと、そんな距離の取り方だと……」

 

 多少ゲシュペンスト乗りの戦い方を知っていたリオスの制止を聞かず、大型ドラゴンの懐に苛立ちのままに突っ込んだ為に、蠅たたきで叩き落とされるように尻尾で殴られてしまいサリア機ゲシュペンスト撃墜された。

 案の定の結果にサリアの戦闘を見ていたリオスは溜息を吐き、サリアは舌打ちした。

 

「苛立ってますね。威力は落ちるものの距離が取れるプラズマカッターにしてしまえば良いんじゃないですか? 力加減関係なくズバッと斬れますよ」

「苛立ってないわよ……!」

 

 明らかに苛立っている様子で否定して意固地になってもう一度シュミレーションを再開するサリアに少々同情しながら、リオスは仕様書を片手に再びナビゲーションを始めた。

 

 

「付きあわせて悪いわね。有難う」

 

 ドラゴンを殲滅して漸く気が鎮まったらしいサリアはシュミレーターから降りた。機体を乗りこなし、自分のものにしようとする気合いは見事だ。だが、これではストレスで頭が禿げるのではないだろうかと軽く心配したくなる。

 まぁ部隊長としての気苦労は部隊長を行った事の無い身にはあまり分からないが、ノインやアムロの後ろ姿を見て来た身としては放っては置けない。

 

「休んだらどうです?」

「……気にしないで」

「苛立ってると明らかに動きが悪くなってますし、気晴らしに何か趣味に走る事を提案します」

「…………」

 

 リオスがそう言うと、一体何を思ったのかサリアは一度沈黙した。そして―――

 

「忠告有難う」

 

 そうそっけなく言ってサリアはペットボトルの水を呷った。

 

 

 

 何と言うか、行動を共にする人間がここ最近固定されつつあるような気がする。

 

 リオスはそんな事を思いながら、昼食の乗ったお盆をテーブルに置いて席に着いた。同じテーブルにはヴィヴィアン、サリア、エルシャ、シエナというリオス含め計5人。まぁあまり対立しなかった、というよりアンジュに対して強く敵視しているか否かによって派閥が分かれている。ミランダはココと一緒に昼食をとっているのでこのテーブルには居ないが、ヴィヴィアン側に居るものと思われる。

 尚、ミランダと一緒に昼食をとっているココが目をキラキラと輝かせて食堂のカウンターで並んでいるアンジュとモモカを見ていて、それに対しミランダは「子供だなぁ」と背伸びして笑っている姿が見られた。相変わらず中の宜しい事である。

 

「やっぱり私たちと住む世界が違うのね……アンジュちゃんは」

 

 エルシャもモモカとアンジュたちを遠目で見ていたのだが、エルシャはそう言った。その字面だけだと嫌味っぽく聴こえるか、厭味には聴こえずある意味羨ましがっているように感じられた。

 

「所で、侍女ってなんぞや」

 

 ヴィヴィアンはモモカの肩書である、ミスルギ皇国筆頭侍女というものの意味について問うた。それにリオスは昼食のポテトフライを齧りながら答えた。

 

「偉い人のお世話をする人。よーするにメイドの一種みたいなものかね」

「はえー、メイドさん。お帰りなさいませーって言うのかね」

 

「……人によるんじゃないかしら?」

 

 口元にケチャップを付けたままわざとらしくテンプレートで大袈裟なジェスチャーをしながら言うヴィヴィアンにサリアは首を傾げた。それにエルシャが「ケチャップついているわよ」とヴィヴィアンの口元についたケチャップを拭った。

 そうした後、ヴィヴィアンは思いついたようにポンと手を叩いた。

 

「って事はエルシャとサリアとリオスは私の侍女って事だねぇ!」

 

「「違います」」

「や、おれは男だから強いて言うなら執事だからというか執事でもねーから」

 

 サリアとエルシャが即座かつ同時にツッコミ、リオスも言い方は違ったもので懇切丁寧に長台詞で否定した。

 ……とまぁ、何時ものように馬鹿な会話をしていると、モモカの叫びが食堂に木霊した。

 

「なんたる事! アンジュリーゼ様をお待たせするなんて! 席を譲りなさい! アンジュリーゼ様ですよ!」

 

 怒鳴り声にリオスたちが眼を向けるとモモカがヒルダたちに怒鳴っていたのが見えた。

 何故そんな面倒くさい相手に喧嘩を売ったのか。新参者で状況もわかっていないモモカにそれを求めるのも酷なのだが、呆れずには居られない。

 ……まぁ、国の権威なんてここアルゼナルには通用しないしアンジュは皇女では無くなったと聞く。そんな状況下でそのような行動は自分の首を絞めているだけ、所謂自殺行為だ。

 

 近くに居るアンジュも呆れたような表情をしており、場がしらけるだけだった。

 

「余計な事しないで」

 

 うんざりしたように言うアンジュだが、モモカは引き下がらない。忠誠心は見上げたものだが……仕える存在が嫌がっているのにそれはどうなのだろうか。

 サリアとリオス、シエナは「なんなんだよこいつ」と言わんばかりに呆れた表情で事の成り行きを見守った。

 

「へぇ、席を譲れだって……良いご身分だねぇ塵溜め女が」

 

 案の定、偉そうにする人間に人一倍反抗しそうなヒルダがモモカとアンジュを罵倒し始めた。そして後に続くように腰巾着の二人が口々に煽り、罵倒する。

 隊長を殺した悪人たるアンジュの侍女なものだからヒルダたちにとっては排除の対象なのだろう。浴びせる言葉は全く持って容赦ない。

 

「いくらノーマが野蛮で好戦的とは言え……!」

 

 モモカも負けじと剣幕で返すが、ヒルダも負けてはいない。アンジュがノーマである事実を突き付ける。それをモモカが否定すると、一斉にヒルダたちは笑いだした。

 モモカが以前のアンジュにそっくりだとか、痛い姫には痛い侍女が付くものかなどと言いたい放題言い散らかす。

 そして火に油を注ぐようにアンジュは鼻で笑いヒルダたちを低俗だとばっさり斬り捨ててしまい。まさに一触即発、何時殴り合いになってもおかしくない空気となったその時、モモカがアンジュの前に庇うようにして立った。

 

「これ以上のアンジュリーゼ様への無礼はこの私がッ……! 私が……ぁ」

 

 ……が、先ほどまでの勢いは何だったのかふらりふらりと千鳥足になったかと思うと、そのまま崩れ落ちてしまった。

 流石のヒルダたちも倒れてしまったモモカに対し驚きを隠せず、両者は毒気を抜かれたか今回の喧嘩はお開きとなった。

 

 

 その様子を見ていたリオスは、更に荒れる第一中隊の和に四苦八苦するサリアと、モモカに振り回され気味のアンジュに同情を禁じ得なかった。

 

「サリア隊長、申し上げにくいのですが……ご愁傷様です」

「……同情するならアンタもヒルダと喧嘩して余計な問題を造らないように努めなさい」

「……さーせん」

 




 何時に成ったらナインボール=セラフ使えるんじゃーッ(現在ACER6週目)
 NSKと操作性の悪さが辛い。


 冒頭の独白キャラの出番はまだ先です。


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第13話 第一中隊の、憂鬱/APOTOSIS

 セラフの操作漸く出来るようになりました……やったぜ。

 関係ない話だけれどFreQuencyの曲に今更ながら嵌ってしまった。
 STARDUSTやCosmos new versionとか非常に良い。DayAfterDayは無駄にテンションが上がって仕方ない。

 今回はお待たせした為約2倍の文字数でお送り致します。


 

 アンジュの侍女であったモモカはアンジュ矯正のために張り切ったが故に奇行は安定して行われた。

 

 その悪意無き奇行の、巻き添えを喰らいまくったサリアは食堂でよく比較的親しい部類に入るヴィヴィアンにシエナやエルシャとリオスに愚痴っていた。

 彼女は随分と荒れているようでその荒れっぷりは何時もの優等生っぽいキャラクターは消し飛んでいた。

 

「やってられるかァ、あのこん畜生めー!」

 

「……ねぇエルシャ、サリアどんだけお酒飲んでんの?」

「……ウイスキーボトル半分くらいだと思うわ」

 

 荒れるサリアを尻目にシエナはエルシャに問うが、その量に溜息を吐かずには居られなかった。

―――うわー……重症だこれ……

 シエナは顔を引き攣らせながら、サリアの愚痴を聞き流していた。サリアの立場と生真面目な性格上ストレスを受け流すすべを持って居ない。ならばせめて愚痴ぐらいきいてやろうと言う理由でお酒を勧めて愚痴に付き合ったのだがそれが想定以上に長くて非常に疲れた。……まぁ今は居ないゾーラにセクハラ喰らうよりは3倍くらいマシだが。

 ゾーラは隊長としては有能だし面倒見は良かったのだが、手が早いわセクハラするわとそこで色々台無しにしていた感があったなと感傷に耽っていると、サリアが鬼のような形相でシエナを睨んでいた。

 

「シエナ、アンタ。ちょっと聞いてる?」

「き、聴いてるよ勿論~……」

 

 愛想笑い。シエナの顔は引き攣り切っていた。

 

「全く皇女の分際でよくもまぁあんなにコマンドーの如く銃をぶっ放すキャラに変わって……筋肉ゴリラになる才能があったんじゃないかしら全く! そうよ! あいつは筋肉よ! 無限の筋製(アンリミテッドマッスルワークスよ)! 大体、あのメイド何なのよ、私のロッカーを倒してよくもまぁいけしゃあしゃあと―――」

 

 サリアの愚痴は再開され、聴いていたヴィヴィアンは何故か楽しそうに、リオスとシエナはうんざりしたような表情で、そしてエルシャは困ったような表情で彼女の愚痴を聞いていた。夕方から始まったサリアの愚痴大会だが、もう既に月は一番高い所をすでに通り越して沈み行こうとしている。まだ続くのだろうと思ったリオスはがっくりと机に突っ伏した。―――僕はもう疲れたよパトラッシュ。

 

「リオス、アンタ寝てるんじゃないわよ!」

「うるさいわねもう寝させなさいよ! 寝不足はお肌の敵なのよ!」

 

 耐えかねたリオスは立ち上がり何故かオネエ染みた言い回しで怒鳴り、サリアも対抗して立ち上がる。そして両者が衝突しかけたその時だった―――

 

『第一次遭遇警報発令』

 

 喧嘩に水を差すように(グッドタイミングで)警報が鳴り響いた。

 

 

 アンジュは出撃前にアンジュはジルから通達を受けた。明日の夜明けにモモカを迎えに輸送機が到着するのだそうだ。

 だが、これだけで済むとはアンジュには到底思えなかった。それに偶然耳にしたヒルダたちの話もある。

 

 実際情報源があのヒルダなので信用するのは癪だったが、モモカは機密保持の為に殺されるのだと言う。まぁ有り得ない話では無い。外部にはアルゼナルの事なんて知らされていないのだから。なぜ知らされていないのか理解に苦しむがそうなっているのだから仕方ない。

 

 最初、モモカを疎ましく思っていた。漸くこの世界に慣れ、自分の居場所を確保出来た所で引き戻そうとしてくる煩わしい邪魔者。けれど、考えてみれば彼女は何も知らないだけなのだ。それに昔からずっと慕ってくれたという事実は消せない。

 そのモモカが死ぬ。ヒルダたちの話を耳にしたアンジュはそんな事をふと考えると気分が悪くなった。

 せめて、生きて何処かで静かに暮らして欲しい。帰る場所が無くたって生きていれば何とかなる。そう思い立ったアンジュはモモカに迎えが来る前に逃げるように言った。

 ……だが、モモカは頑なとして離れなかった。

 

 馬鹿だ。大馬鹿だ。

 

 離れない理由が一秒でも長く自分の傍に居たい?

 

 馬鹿だ。救いようのない程に……馬鹿だ。

 

「ばかっ……!」

 

 アンジュはヴィルキスに乗り、現場に向かいながら務めて吐き捨てるように口にするも、上手くは出来なかった……

 

 

 今回の戦闘は大した事は無かったのだが、アンジュが何時も以上の戦果を挙げていた。ロザリーの機体を蹴り飛ばし、クリスに邪魔だと詰ったりと相変わらずやりたい放題。その上リオスが狩る事が出来たドラゴンは小型2体だけとしけた結果で、他は一匹も狩れていないという大惨事。他はアンジュが総て狩ってしまった。

 

 そして当然の如く……

 

「とんだ命令違反をした挙句ドラゴンを殆ど狩るなんて……!」

 

 サリアは憤慨していた。隊長たる身としてはアンジュの自分勝手は許せないのだろう。まぁリオスとしても今日は切り詰めなければならないかと思いつつ少々げんなりしていた。しかも更に信じられない事が起こった。アンジュが大金を出してモモカを―――

 

 

 買ったのである。

 

 

 サリアは自分の胃が痛くなるような感覚を覚え、リオスの言う通り久しぶりに趣味に走った方が良いのかも知れないと、ふと、思い立った。

 

 

 隊長日誌:3月3日

 ドラゴン出現。我が隊に出撃命令が下される。アンジュ、またも命令無視し独断専行。単騎にて目標を撃破。

 アンジュ以外の隊員の収支報告書は連日赤字かぎりぎり黒字という異例の状態に陥る。叱責するもアンジュは悪びれず反省の色なし。規律の順守と命令の徹底。それが出来ぬのならばアンジュをヴィルキスから下ろす事も検討せざるを得ない。以上、記録終了。

 備考:リオスとヒルダたちとの喧嘩は相変わらず行われており、罵り罵られの応酬を繰り返している。アンジュ程険悪ではないようだが、こちらも考慮に入れるべきか。

 死亡者、ゼロ。

 

 

「はぁ」

 

 アンジュのモモカ買収騒動から数日後、ノートパソコンに打ち込み終えたサリアは疲れ切ったか大きく溜息を吐き、掛けていた眼鏡を外した。基本的に、毎日隊長日誌をこうしてノートパソコンに記している訳だが、ログを見れば見るほど頭が痛くなりそうである。

 殆どアンジュが戦闘で好き放題やっている事か、アンジュとリオスとヒルダの喧嘩ばかりだった……

 

 だが、悪いニュースばかりでは無い。

 

 タスクが生きていたのだ。彼はヴィルキスの騎士であり、この世界と戦う者の一人だった。死んだと思われたものだがどうやら身を隠していたらしく、アンジュが水没して漂流した際に助け出したのはタスクなのだと言う。アンジュが男の人と二人っきりだったという事に驚きも隠せず、若干いけない妄想もしかけたがそんな事はどうだっていい。重要な事じゃない。

 

 タスクは潜伏中にて正体不明の大型パラメイルを回収したのだという。機体の名前は『クラウドブレイカー』。漂流した時のリオスが尋問の時、さっきまで乗っていたと豪語する知らない機体と名前が一緒だった。

 

「リオス……あの男は一体何者なの」

 

 謎の手がかりが一つ得られたとは言え、謎が深まった。あの男に妄想癖がある訳では無いと実証された今、リオスから詳しい話を聞く必要があろう。だが、ジルには慎重にするようにと言われた。さて、どうしたものか。

 だが、アンジュの行動を放っておく訳にも行かない。あぁ、胃が痛くなってきた。

 

 

 リオスはヤケクソになっていた。モモカ買収事件から3回程戦闘があったのだが殆どアンジュが手柄を独占してしまったので、超高性能機体に乗っているリオスの収支報告書も赤字寸前。というか前回の戦闘では収入は0だった。

 そんなものだから、まだ貯えは充分にあるとは言え飯を食う事も正直避けたい所だったが、生憎人間というのは飯を食わねば死んでしまう悲しい生き物で、昼、食堂に何時ものメンバーが集まって一番安い定食を注文して昼食を取っていた。

 そしてふと通帳を見る事で、リオスは精神に大きなダメージをうけて完全にヤケクソになって歌い始めた。

 

「お~れの~収支報告書は~ボーローボーローだぁ~」

「歌わないで下手糞」

 

 サリアの口から辛辣な感想が出て、リオスは押し黙った。随分とカリカリしているものである。まぁアンジュの行動と自分の行動が招いているものというのは分かってはいるのだが。

 

「ありえないわ、人間がノーマの使用人になるなんて! いいこと? ノーマは反社会的で無教養で不潔で、マナが使えない文明社会の不良品なのよ!?」

 

 突如、エマ監察官はモモカの行動を叱責するような声がこの食堂に響き、リオスたちの耳にも入った。どうやら人間のモモカがノーマであるアンジュの使用人として働いているのが納得いかないらしい。

 いい加減諦めればいいのに飽きない事だ。この叱責は今に始まった事では無く、モモカがここに来たばかりの時から叱責してばかりである。しかしまぁ、ノーマに対してよくもまぁ好き放題言う物である。そんなにマナとやらが万能ならば使ってみたいともリオスは思う。

 

 だが、エマの叱責にはモモカは一切激昂せずアンジュに仕える事が「幸せ」だと何の臆面もなく言い切った。強い人だと、リオスは思う。モモカの強さも見習って自分も貧困に打ち勝とうと決意……しようと思ったがそこまでリオスは聖人君子でも仙人でも無く、貧困と闘うのはやめた。

 アンジュがドラゴンを他者から横取りしてまで優先して狩るようになったのはモモカの生活費も取らなければならないと思ったのかも知れない。……やり方は碌でもないが、そう思う事で自分を納得させた。

 

 

 麗しい主従愛を見ていると、エルシャが大きく溜息を吐いた。手には通帳があり、中身は見えなかったが表情からして少ないのであろう。

 

「ん、エルシャさん? どうしたんすか」

「ちょっとね……リオス君。フェスタって知ってるかしら?」

 

 フェスタとは何なのか。新参であるリオスは知らなくて首を横に振った。すると、一緒にご飯を食べていたミランダが楽しげに口を開いた。

 

「フェスタって言うのはですね……マーメイドフェスタの略でして、年に一度あるアルゼナルの公休日なんです。私たち兵士は全ての訓練はお休みで、基地の区画に設けられた簡易的な遊園地や映画館、賭博場で遊んだり、露店でリンゴ飴とか買い食いも出来るんですよ!」

「おぉ、まじか」

 

 説明を受けて心が高揚するような感じがした。暇な時間は多少あれど、毎日訓練をさせられる身としては休みぐらい欲しいものだった。年に一度とは非常に少ないがそれでも喜ぶには充分なものだった。

 

「それで幼年部の子供たちに色々用意してあげたいんだけどね……」

 

 エルシャがそう言うとリオスは察したように一人で(モモカはいるが)昼食を取るアンジュを見た。アンジュが手柄を横取りしている所為なのには間違いないだろう。どうやらアンジュに対する態度が柔らかいエルシャでも明確な被害を受けているようだ。

 

「あ、一つだけルールがあります」

「ん?」

 

 ミランダが思い出したように声を上げると、続けた。

 

「伝統として、この日は1日中水着着用が義務付けられているんです」

「そ れ を 早 く 言 っ て く れ よ」

 

 リオスは焦るに焦った。外の世界からの注文でどうにかなるか微妙だし、ジャスミンモールに売っているか怪しいがそれに賭けるしかあるまい。

 そんなノーテンキなリオスを他所に神妙な顔でアンジュを遠目で見ていたサリアは呟いた。

 

「このままじゃ色々拙いわね。早くアンジュを何とかしないと……」

「どう何とかするってんだい?」

 

 サリアの呟きに茶々入れるようにしてヒルダとその取り巻きたちがサリアたちの眼前に現れた。

 

「どんな罰だろうと金で何とかするだろうね。あのクソ成金姫。というかそれ以前に聞きやしないさ」

 

 ヒルダは吐き捨てるように言い放つ。まぁ間違った事は言っていないだろうとリオスは思うがやはりこの3人が気に食わなかった。

 

「で? なんだよ」

 

 リオスは敵愾心剥き出しで問うとヒルダが余裕そうに、そして嘲笑うかのように返した。

 

「舐められてるんだよ。現隊長サンはさ。ゾーラが隊長やってた時は有り得なかったよ? 隊長、変わってあげようか?」

 

 それに同調するように後ろの腰巾着ことロザリーとクリスが得意げにうんうんと頷く。全く持ってブレない連中である。このアバズレ女めとか怒鳴れたらどれだけ爽快か。人を精神病患者などと呼んでいるから自分もそれぐらいの事を言ってもいいのではとリオスは思いかけるが、態々同じ所まで堕ちてやる理由も無いのでとりやめた。

 

 ヒルダとリオスが睨み合っていると、サリアはいつの間にかこの場から去っていた事に気付き、二人のバトルはあやふやに終わり、ヒルダたちも踵をかえして何処かに行ってしまう。その後ろ姿を見送るシエナとミランダ、エルシャはあんまりな状況に溜息を吐き、ヴィヴィアンは相変わらずすっとぼけた顔をしていた。

 

 

 サリアは己の心を鎮めるべく深呼吸しながら、ジャスミンモールに向かって歩いていた。全く持ってどいつもこいつも好き勝手言う物である。自分は好きで隊長をやっている訳では無く、ジルの期待に応えたいからやっているだけなのに。

 

 モールに辿り着くと、店主のジャスミンにクレジットを投げ渡して言った。

 

「いつもの」

「一番奥の試着室使いな」

 

 

「愛の光を集めて、ぎゅっ! 恋のパワーでハートをキュン! 美少女聖騎士プリティ・サリアン、貴方の隣に突撃よ!」

 

 確かに、リオスの言う通り精神的メンテナンスと言う名の趣味に走るというものも悪くない。シュミレーター上のドラゴンをジェットマグナムでタコ殴りにするより効率の良いストレス解消にもなろう。

 まぁ、リオスたちに見せられたものでは無いが。

 

「シャイニング・ラブエナジーで、私を大好きになーれっ!」

 

 試着室内で魔法少女もののコスチュームを纏い、玩具のステッキを振るい決めポーズを取る。こうする事で今のストレスをため込んだ残念な隊長から離れられるような、そんな気がする。満足感で頬が緩んでいると、背後の試着室のカーテンが開く音がした。

 

 まるで錆びついたロボットのようなカクカクとした動きで背後に顔を向ける。そこには眼が点になっている青年、リオスが居た。流石にそれには絶句せずには居られない。ジャスミンは一体何をしていた!?

 

 色々言いたい事は沢山あったが、唖然としたまま両者の動きがフリーズしたPCの如く動かない。そして―――

 

「何時まで同じ所に突っ立ってんのよ? 邪魔よ」

 

 一番知られたくない人間の声がサリアの耳に入った。

 

 

 流石に水着発注には時間が掛るようでフェスタには間に合わないようだった。ジル曰く特例として普通の服での出場も許すとの事だが、それではリオスの気が済まなかったのでその場にそれなりにあった服装で挑もうという事になった。まぁリゾート地に合いそうなアロハシャツとかそういうものだ。それらを数着持って試着室に向かったのは良いのだが、ジャスミンが指定した試着室には既に先客がいた。

 

 フリフリの魔法少女風の衣装を纏い、どや顔でステッキを振るうサリアの姿を試着室のカーテンを開いた瞬間に見せられたものだからリオスの思考は停止。フリーズしたPCのように動かなくなった。

 

―――あの生真面目な娘がどうしてこうなった。

 

 何かの間違いではないかと思い、彼女を凝視するがそれは紛れも無くサリアだった。サリアもリオスに気付いたか、引き攣った顔でリオスを見る。

 フリーズした両者だが、その静寂を破るようにアンジュの面倒そうな声が二人の耳に入った。

 

「どいてくれる? 入り口で突っ立ってられると通れないんだけど」

 

 試着室ブースは非常に狭い。通路で人一人が立っていると通り抜ける事は困難であり、今のリオスの立ち位置は迷惑でしかない。アンジュは一体何に驚いているのやらと、リオスの前にある試着室の中を見ると―――何事も無かったかのような表情で見るのをやめてリオスを突き飛ばし、空いた通路を通りモモカと服を選び始めた。

 どうやら、モモカに新しい服を買いに行ってやっている真っ最中だったようだ。

 

 リオスに一番奥の試着室に行けと言い、自分のミスに後で気付いたジャスミンは遅れてこの惨状のもとに現れたが、時すでに遅し。ジャスミンは「やってしまった」と額に手を当て俯いた。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 見られた。見られてしまった。我に返ったサリアはカーテンを閃光の如く速さで閉じてしゃがんで頭を抱えた。よりにもよって面倒な連中に知られてしまった。リオスはうっかり口を滑らせそうだし、アンジュだって何をしでかすか分からない。

 もし皆に知られたら隊内、いや、アルゼナル内での笑いものにされてしまう。第一中隊の隊長にそんな趣味があったとはと嘲笑するヒルダたち、そして呆れるジルの姿が脳裏に過る。

 

「これは……面倒な事に……なった」

 

 もうこれは手段を択んではいられない。強硬策を取る事も辞さない。サリアの心の中にはある決心が出来ていた。

 

―――だったら 殺 し て で も 黙 ら せ れ ば い い じ ゃ な い

 

 

 

 衝撃的な出来事があったが、忘れようと思った。リオスの中では何も無かった、見なかった事にした。アレは黒歴史ものだ。中学生時代に描いた痛いノートと同じくらいに。そんなもの月の蝶に封印されてしまえばいい。

 そんなことより、外の世界について知る人間がやって来たのでこれを機にリオスはモモカから休憩所にて話を聞く事にした。

 

 マナによって形成される社会とはどういうものなのか。そもそもマナって何なのか?

 

 話程度ならばモモカも快諾してくれたし、引き換えとしてだが、自分の居た世界の話をした。それを信じるかどうかは本人に任せるという形だが、モモカにとっては新鮮なものらしい。

 

「つまり、マナって言うのは物を浮かすだけでは無く、通信手段やエネルギーも兼ねていたりするのか」

「そうです。そして通貨の話になるんですが―――」

 

 モモカの話しは、アンジュと一緒に受けた授業で習った表面的なものより詳しく、細かく補足説明もあって分かりやすかった。流石筆頭侍女と名乗るだけはある、アンジュの家庭教師もやっていたのだろうか? だが、その話に挟まれるノーマという存在に対する排斥と差別の事にリオスは顔を顰めた。

 これについては嫌という程アンジュの口から体現するような言葉を聞いてきたので知っているのだが、人はちょっとやそっとのものでは変わらないようだ。

 世界がニュータイプで溢れたならば、ニュータイプはオールドタイプを侮蔑し、差別するのだろうか? その疑問はこの話を聞いた事で直ぐに出た。確実にするだろう、と。

 だがこのような重苦しい話だけでは無く、エアリアなるスポーツは非常に興味深いものだった。ラクロスに似たスポーツだが、違いとしては選手はマナで動かす乗り物に乗ってフィールドを駆け抜けるようだ。それにアンジュも参加していたらしい。

 

「じゃぁ、俺の番だな」

 

 ひとしきり話した後、リオスは自分の世界について語ろうとしたが、アンジュの横槍によって中断させられた。

 

「モモカ。風呂行くわよ」

「はい! それではまた今度お聞かせ下さい」

 

 モモカに丁寧に一礼されると、リオスも恐縮して礼を返した。第一印象は最悪だったが、悪い人間ではない事は分かったし、話してみれば中々丁寧で好感が持てる人だった。

 さて、自分は自室に戻ろうとモモカとリオスは休憩所の席を立ち其々の向かう先まで歩を進めようとすると、サリアがリオスとアンジュのもとに向かって歩いてきた。

 

 リオスはサリアを見た瞬間、あのコスプレ姿を思い出してしまい思わず目を背ける。あの出来事の後じゃ何時もの姿でも直視出来たものじゃない。だが、再度見ずには居られない状況に直ぐになった。

 

「殺すッ!」

 

 サリアは突如アサルトナイフを抜刀し、リオスに向かって斬りかかったのだ。

 

「何っ!?」

 

 振るわれるナイフはぎりぎり、上半身を逸らす事で回避したがもう少しで顔に大きな傷が付くところだった。サリアのターゲットはリオスだけでは無い。アンジュにも向きナイフを振るうが、アンジュもまたひらりと回避した。

 

「何だよ!? 何しに来たんだよ!?」

「見られた以上……殺すしかないじゃない!」

「わけがわからないよ!? そんな事言ってどうするのさ!」

 

 リオスは殺される事に納得がいかず叫ぶものの、サリアの返答は素っ頓狂でトチ狂ったものだった。

 

「アンジュ! にっ、逃げるぞ!」

「こちらも武器で対処すれば―――」

「よせ! 問題起こしたらヴィルキス取り上げられっぞ!」

 

 リオスたちは強引にアンジュの反撃をやめさせて脱兎のごとくこの場から逃げ出した。だがサリアは鬼の形相でナイフを以て追って来る。この感覚はジャブローをネオ・ジオンに爆破される寸前に脱出した時とコロニーレーザー防衛後の脱出、廃棄コロニーでの特攻戦艦の回避以来だ。

 人生に二度とない体験だったのだが、あんなスリル二度と味わいたくないと思っていたの。それに似た思いをまた味わう事になるのか。

 

 地味にサリアの足が速いのがまた、恐怖である。

 

 

 

 いつの間にかモモカと逸れてしまい、アンジュとリオスだけで外の以前リオスが流れ着いた砂浜に出て、サリアに追い詰められてしまっていた。

 

「全く……誰にも言って無いし、言う相手居ないし、アンタがどういう趣味していようとどうでも良いし私には関係ないんだけれど?」

 

 アンジュは面倒臭そうに言い放つが、それがサリアの逆鱗に触れたようで鬼のような形相が更に悪化して眉間に皺が増え、ナイフでアンジュに斬りかかる。

 逃げ場を失ったアンジュはナイフを抜刀して応戦し、両者は鍔迫り合いの状態に持ち込んだ。

 

「関係ないですって……こっちはアンタに迷惑かけられているのに関係が無いですって!? 私たちはチームなの! なのにアンタ一人が好き勝手にやって……」

「水に下剤入れたり、フレンドリーファイアやらかす連中が居るってのに何がチームよ!」

 

 アンジュの叫びと共に切り上げられるナイフがサリアの持つナイフを吹っ飛ばした。サリアのナイフは宙でくるくると回転しながら地面に落下して突き刺さり、アンジュはナイフの切っ先をサリアに向けて、サリアは咄嗟に銃を引き抜いてアンジュに向けた。

 

「連中を止めないって事は貴女もそしてあんたも私に落ちて欲しいって事なんでしょう!? 貴方たちの殺されるのは真っ平御免被るわ」

 

 アンジュの言葉の矛先は二人の決闘に割り込めなかったリオスにも向いていた。

 その言葉が、やけにリオスの脳裏に反射する。自分の立ち位置がはっきりしないという事実を改めて突き付けられたからか。自分はアンジュの味方であるのか、それとも―――

 

「勝手な事を言う!」

 

 サリアは吠えて、銃でアンジュのナイフを弾き飛ばすと、負けじとアンジュはサリアに掴み掛り、海へと入って行く。両者とも不満をぶつけ合い、殴り合いが始まった。

 水に浸かったのでアンジュの持って居る銃はもう使い物に成らない。

 

「あーもういい加減にしろ!」

 

 泥仕合になる事は間違いないと思ったリオスは二人のもとに走り出した。今回はどっちの味方もしないと決めた。武器を使った以上喧嘩両成敗だ。

 だがまぁ結局リオス如きではアンジュとサリアという凶悪な連中を止められる訳では無く―――

 

 モモカが呼んだシエナをはじめとした仲間たちによって漸く二人は取り押さえられた。最終的に誰が報告したのか、ジルたち上層部に知られてアンジュとサリアは勿論、リオスまで反省文を長々と書かされる事を課せられる事となる。

 

 

 

 翌日。アンジュが風邪を引き、アンジュ抜きで第一中隊の訓練を受ける事となった。

 結果は滞り無く訓練は進行。多少リオスとヒルダの間に確執はあったものの、見境が無いわけでは無かったので、恐らくアンジュがこの隊の規律が荒れる原因だったのだろう。アンジュがやって来る以前の規律に戻りつつあり、アンジュが戻って来てもこの状態を維持したいものだとサリアは思いつつ、サリアはリオスを通路で見かけたので声を掛けた。アンジュは言う相手が居ないのでべつに良いとして後は親しい人間が多少居るリオスだけが懸念事項であった。

 

「リオス、少し良いかしら?」

「ン? あぁ、サリア隊長か」

 

 非常にすっとぼけたような表情。それ故にサリアからしたらリオスが余計に不審に見えて仕方が無かった。

 

「あの事なんだけれど―――言っていないわね?」

「言ってませんがな……」

 

 言っていたら本気で射殺してやろうかとサリアは思ったのだが、どうやら言っていないようだった。

 

「これからもあの件は内密にして頂戴」

 

 念押しするように言うと、少しリオスは考える素振りをみせてから口を開いた。

 

「一つ、頼みがある」

「……何」

 

 相手は男だ。どうせ私を手籠めにでもするつもりだろう。

 ……とまぁ内容によっては銃で眉間を撃ち貫いてやろうかとサリアは再び思ったものの、返って来た答えは意外なものだった。

 

「あの買おうとしてるあの刀。買ったら偶にで良いから貸してくれ頼む!」

「…………は?」

 

 拍子抜けだった。サリアはポカンとした後、力なく「偶にで良いならば別に構わない」と言った事で手打ちとなった。拍子抜けだ。本当に。サリアはほっと安堵した。あれで済むならばお安い御用である。まぁ少しそういう対象に男にはされていないという事実に女としてのプライドが若干傷付かなかった訳では無い。

 

 

 

 

 

 

 その後、サリアはヴィルキスの様子を見に行っていた。

 隊長としての仕事だけでなく、リベルタスの準備もしなくてはならないのが辛い所。リベルタスの要となるのがヴィルキスなので時々見に来なければならないし、何よりあの機体は―――

 

「メイ、ご苦労様。ヴィルキスはどう?」

 

 格納庫でメイがヴィルキスの整備をしている所を見つけて、声を掛けるとメイは顔を上げて笑顔で答えた。

 

「アンジュが使うと直ぐにボロボロになって大変」

 

 大事な機体を乱雑に使うとは。益々アンジュをヴィルキスから降ろしてやりたくなったがメイが言葉を続けた。

 

「まぁ、仕方ないかな。稼ぎも手柄も危険も独り占めしてるんだから」

「……危険も?」

 

 サリアは最後の単語に引っ掛かりを覚えてメイに問う。

 

「うーん、整備していると分かるんだ……ライダーの気持ちがね。……もう誰も死なせない。ドラゴンの攻撃も危険も全部一人で受ける。なーんてね」

「……考えすぎでしょ」

 

 アンジュのこれまでの行動からしてそれは有り得ないと考えたサリアは首を横に振って否定する。だがメイの話は続いた。

 

「でも、アンジュがヴィルキスに乗り始めてから誰も死んでいないよ私たちの部隊」

 

 メイにそう言われたサリアは急いで自室に戻り、メイが言っている事が本当か確かめるべく自分の日誌のログを見直した。確かに、アンジュがヴィルキスに乗ってから死者は出ていない。ハンマーでガツンと殴られたような感覚を覚えた。実際に誰かに殴られたのでは無いが、そんな感覚を覚えたのだ。

 

「―――いや、リオスも居るし違うでしょう……」

 

 正直リオスをダシにしたくは無かったが、そうせずには居られなかった。だが、実際アンジュはリオス以上の撃墜数を叩き出している。セラフが弱体化しているとは言え、アンジュがリオス以上に活躍しているその事実は覆せない。

 

 答えに詰まったその時―――アラートが鳴り響いた。

 

 

 

 今回の出撃ではアンジュ抜きの出撃となった。アンジュの風邪は予想以上にひどく、無理を押して出撃しようとしたアンジュをモモカが止めたのだと言う。全く主人思いのいいメイドさんだとリオスは感嘆した。

 

 陣形を組んで向かった先は久々の地上で、下は森林となっており緑に染まっていた。ドラゴンとは海上での戦闘ばかりだったのでこの状況は珍しいと言えよう。

 

「ドアが開くぞ!」

 

 隊長であるサリアの警告通り、ドラゴンがゲートから出現する。その中には一際大きなドラゴンがそこから現れて、大きな地響きを立てながら森林地帯に着地した。その大きさは下手な山より大きい。

 

「でかっ」

 

 リオスは思わず声を上げる。これまでに戦って来たドラゴンの中では一番大きなタイプだ。しかも形状は始めて見るものだった。過去に遭遇した事のない新たなタイプのドラゴンの事を、アルゼナル内では『初物』と呼んでいるという。

 念の為にあの勤勉なサリアにヒルダが確認を行うとサリアは首を横に振って「見た事がない」と答えた。

 

 コイツのデータを持ち帰るだけでも収入は莫大なものになるらしく、ロザリーやクリスの眼は輝いていた。まぁアンジュの横取りを喰らった最大の被害者なので喜びも倍増なのだろう。

 サリアは飽くまで慎重だった。増援を呼ぼうとすると、ヒルダがそれを止めた。

 

「んな事したらあたし達の取り分が減るじゃねえか! ゾーラが隊長だった時はんな事はしなかっただろうさ」

 

 分かっていた。ゾーラ程の手腕が己には無い事をサリアは。勝手に先行していくヒルダたちに歯噛みしながらヒルダとクリス、ロザリーの機体の後ろ姿を見ていた。

 そしてある程度近づき、3機は武器を構える。外殻は重装甲だったが、腹部は弱いと見たヒルダたちはアサルトライフルを発砲しようとしたその時だった。

 初物のドラゴンを中心に魔法陣のようなものが現れた。

 

「ヒルダ! もどれぇ!」

 

 嫌な予感を感じたか、ヴィヴィアンが叫ぶ。

 それと同時にヒルダ機たちが蠅が叩き落とされるかのように墜落していった。

 

 一体何が起こっているのか、遠くで見ていたサリアには分からなかったが、オペレーターが状況を語ってくれた。

 

『新型ドラゴンの周辺に高重力反応!』

 

 重力だと?

 サリアは慌てて機体を後退させようとするも、魔法陣が広がって行き他の機体も重力に引かれて落ちていく。拙いと思ったサリアは僚機に人型形態を取る事で防御態勢を取らせた。全力で離脱しようと抵抗するも機体は重力に引かれて墜落していく。そして墜落した後、ある事に気付いた。

 

 

 リオスのナインボール=セラフが近くに居ない事に―――そして少し遅れるようにしてオペレーターが叫んだ。

 

『所属不明機確認! リオス機と交戦しています!』

 

 

 

 僚機が重力により叩き落とされる中、リオスのナインボール=セラフは隊列のしんがりを務めていたのとH-1のナビゲーションもあって辛うじて難を免れた。だが、突如として別方向からエネルギー弾が飛んできた。

 咄嗟に反応したリオスは回避するも、撃ってきた方向に居たのは白い人型機動兵器。―――それは見た事のない機体、所謂アンノウンだった。

 別部隊からの増援かと思ったが様子がおかしい。識別信号も味方では無い。そして形状がパラメイルの規格とは明らかに違い、どちらかと言えばナインボール=セラフに近いものだった。

 

 白いアンノウンは喩えるなら天使のようだった。ご丁寧にも頭部にリングのようなものも付いている。告死天使だとでも言いたいのか。右手には洗濯ばさみのような形状をしたライフルと思しきものを持っている。あれだけが武器とは思えないが……

 形状からしてこちら側と同じ可変機だろう。

 

「ドラゴンがアイツに攻撃しない……どうなっている?」

 

 リオスは不審に思いながら、ドラゴンの近くで浮かんでいる白いアンノウンを睨んでいるとオペレーターからあの機体がアルゼナルのものでは無い事を告げられ、ジルは「可能ならば捕獲しろ」とリオスに命じて来た。人間の兵器が何故ドラゴンの味方をしているのか知りたかったが為に逃げるという選択はしないし、アンノウンが立ちふさがっている為に重力にやられている彼女たちに助太刀も出来ないのだ。

 ナインボール=セラフの両腕を突き出して構えを取った。

 

「お前は一体何者だ?」

 

 だが、アンノウンのパイロットは通信を遮断しているようで黙して、ライフルの銃口からエネルギーブレードを形成させて、こちらに突進してきた。

 

「チィ!」

 

 慌てたリオスはナインボール=セラフの腕部エネルギーブレードを形成させてそれを受け止める。出力面ではほぼ互角。機動力もナインボール=セラフの方が若干上だが小回りはアンノウンの方に軍配が上がっていた。

 ナインボール=セラフがアンノウンを蹴り飛ばして、距離を取ってナインボール=セラフがパルスガンを発砲するが、それを細やかな動きで全て躱す。非常に丁寧な操縦に顔を顰めた。

 

―――こいつまさか、人間が乗っている……!?

 

 リオスは何となくだがそんな気がした。しかも、機体の装甲越しから感じる気配が初めて出遭った気がしない、どこか懐かしい感覚を発している。

 

「誰だ、お前は―――」

 

 倒すべき敵なのか、それとも―――

 




 初代ACEの特攻戦艦は大嫌い。何度衝突して爆散した事か……


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第14話 白色の、追跡者

 どうしてこんなタイトルになったのかは私は知らない。

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 セラフ以外総ての僚機が新型ドラゴンの作り出す超重力に苦しんでいる間、セラフとアンノウンはドッグファイトを行っていた。救援には行こうにもアンノウンが邪魔をする所為で、それが叶わない。

 

「コイツ!」

 

 平行して2機の飛行形態が飛び回り、リオスは飛行形態の機首を上げて空気抵抗を受ける事で速度を無理矢理落とす事で背後に回ろうとするも、アンノウンも同じような事を試みる。掛るGが

尋常では無かったが今はそんな事を気にしている場合では無い。相手の操縦技術は相当だ。油断すればこちらが殺される。

 アムロ・レイめいた堅実かつ大胆な機体マニューバに、リオスは焦るに焦っていた。このまま彼と戦っていれば確実に重力化に居る皆がやられるだろう。

 

「何をしているのリオス、振り切れないの!!?」

「振り切ろうとはしてるんですよ! でもしつこいんですよ!」

 

 サリアの叫び声がリオスに通信機越しで聴こえて来るが、そう簡単に振り切れるものか。相手はエースだ。間違いなく。

 

「分かっている……振り切ればいいんだろう!?」

 

 だが競り勝ち、回り込む事が出来たのはアンノウンだった。全く持って器用な機体である。アンノウンはセラフの背後にライフルを発砲してくる。それにより数発背中の大型ブースターに当たったが、それでだめになる程セラフはヤワでは無い。

 だが、相手は非常に武器も豊富らしく誘導ミサイルを放って来る。

 

【背後からミサイルの反応あり。数は8】

「くそっ」

 

 H-1のナビゲーションを耳にして思わず悪態をつく。確かに自分はシャアと比べて遠くに及ばない。だが、1年以上ロンド・ベルの一員として戦ってきたのだ。追いかける機体『クラウドブレイカー』のパイロットとして。

 

「舐めるなァ!」

 

 リオスは吠えるとブースターのリミットカットして一気に限界までブーストした。強烈なGがリオスを襲うがそんなの気にしている場合では無い。そうしないと皆が死ぬ。サリアが、ヴィヴィアンが、シエナが、エルシャが。苦労あって大きく機体を離す事が出来た。そして変形して背後を向いて迫るミサイルをパルスガンで迎撃する。

 その間に高速で接近するアンノウンの飛行形態にリオスは舌打ちした。こうなれば致し方あるまい。再度機体を変形させて、再びチェイスを開始した。

 機体の高度を下げて、地面スレスレの所を飛び始めた。それにアンノウンは丁寧に喰らい付いてくる。相変わらず背後からライフルを撃って来るが、ここで被弾を恐れずリオスのナインボール=セラフは変形した。そして着地して機体脚部で無理矢理ブレーキを掛ける事でスピードを落として、背後にいるアンノウンの方を向く。

 アンノウンはそれに驚いたか、ライフルを撃ちながら減速するがもう遅い。

 

「いい加減止まれよ!」

 

 リオスは叫び、エネルギーブレードを発動させて斬りかかった。だが、それでもなおアンノウンは負けじと変形してエネルギーブレードを形成する。変形シーケンスが両機とも簡素な為人型形態に変わるのはさして時間が掛らない。再び両者は発生させたエネルギーブレードが衝突した。

 

―――このままでは駄目だ。このままでは……

 

 こんな時、アンジュが来てくれれば違う筈。リオスはそう思いながら大型ドラゴン周辺にふと、視線を向けると、そこには―――

 

 

 ヴィルキスが酔っ払いの如くふらふらと飛んでいた。

 

 

 

 このままでは機体が潰れて圧死してしまう。サリアはそんな危機感を感じていた。事実として超重力フィールドが敷かれている地面にクレーターが出来上がっているのだから。頼みの綱であるリオスのナインボール=セラフは正体不明のアンノウンと交戦しているが為に宛てにならない。ビームライフルという手段も有ったが、持ち上げようにも機体の腕が動かないので宝の持ち腐れである。

 

 万策尽きたかと、サリアは歯噛みして呟いた。

 

―――どいつもこいつも好き勝手やって……

 

 ヒルダたちが突出せずに様子見しながら増援を待って居ればこうはならなかったのだ。恨み言ぐらい言いたくもなる。だが―――丁度良い所に救いの船がやって来た。

 

『けほっけほっ……』

 

 咳き込む声が聴こえたかと思うと新たなる機体反応が一つ。アンジュのヴィルキスだった。どうやら風邪であるのに出撃したらしいが、そんな事はどうだっていい。この空間から抜け出すチャンスだ。

 

「近づくなアンジュ! 重力にやられるわよ!」

「大丈夫よ……いつも通りパパッとやって終わらせるわ。私一人で充分だから」

 

 サリアの忠告をアンジュは聞かずに新型ドラゴンに向かっていく。

―――ふざけるな……

 ふつふつと腹の底が煮え立って来る。どいつもこいつも好き勝手やって死にに急いだり効率のクソ悪い事をしたり……大概にして貰いたい。

 そしてその怒りは爆発した。

 

「いい加減しなさいこの脳筋女コマンドー! アンタ一人で何とかなる程あのドラゴンは甘くない! いつもいつもよくもまぁ好き勝手やってくれて―――死にたくなければ私の指示に従いなさいこの筋肉! 隊長の命令を聞きなさい!」

 

 怒りが爆発したサリアには対象で無い筈のアンノウンと交戦しているリオスも恐怖した。これまでの己に対する叱責と以前の殺害未遂の時はまだ温かったらしい。サリアから発する気迫はかの、ルクレツィア・ノインとは別ベクトルで怖かった。

 ヒルダたちも驚いた表情を見せる。

 

 

「ひっ」

 

 思わず妙な所でチキンなリオスは某政務官の如く、恐怖のあまり小さく声を上げた。

 

―――サー! ごめんなさい超ごめんなさい。ヒルダとの喧嘩止めますから許してくださいぃ!?

 

【君には言われていないのに何故恐怖している……?】

 

 そんな恐怖心にやられたリオスをよそにH-1はそれによりブレの出来たナインボール=セラフの動きを矯正、サポートしながらリオスという人間が理解出来ずに疑問に思うのだった。で、リオスがまぁ恐怖しているし、ヒルダも怯んでいるのだから当然、心臓に毛が生えているような人間であるアンジュでも怯んでおり、反射的に返事をしていた。

 

「アッハイ」

「だったらそのまま上昇しなさい!」

 

 サリアはアンジュに指示を飛ばしながら、アンジュのヴィルキスがベストポジションに入るように修正を加えていく。アンジュはふらふらと機体を動かし、サリアの指定した位置に向かって飛んで行った。

 

「そう、そこで止まって!」

 

 修正が終わり、アンジュのヴィルキスが大型ドラゴンの真上に止まると、大型ドラゴンがアンジュのヴィルキスも叩き落とそうと超重力フィールドを拡大させた。そしてヴィルキスはそのフィールドに呑まれてゆっくりと墜落していく―――

 

「あれ? 何か落ちてない?」

「気のせいよ! 熱でそう思い込んでいるだけ!」

 

 そして落ち行くヴィルキスが、新型ドラゴンの頭に生やしている大きな二本の角の付近まで近づいた。

 

「今よアンジュ、蹴りなさい! 海での私との殴り合いでかました蹴りみたいに!」

 

 超重力フィールドの発生源は角だと自分の機体であるゲシュペンストのサーチで明らかになっている。正直言ってゲシュペンストの方が蹴りに向いているが、背に腹は代えられない。サリアの決死の叫びを聞き届けたアンジュはヴィルキスにライダーキックめいた飛び蹴りの体勢をとらせてブーストした。

 一撃。勢いの乗った必殺ヴィルキスキックは新型ドラゴンの角ぐらい圧し折るのは容易だった。蹴り抜かれたドラゴンは大きく怯んで苦悶の雄叫びを上げる。そしてそれと同時に超重力フィールドが消失してし、アンジュのヴィルキスは蹴りを放った脚が破損して地上に墜落した。

 

 

 この後は最早一方的試合だった。新型ドラゴンの外殻が硬いが腹の所はぶよぶよで守りが薄いのでそこを重点的に狙ってしまえば良いという物で、火力は充実していたサリアたちにより決着は直ぐについた。

 

 

「お前は、お前たちは一体何を求めて戦う!? 答えろ!」

 

 新型ドラゴンが倒れ、形勢は逆転した。それによりアンノウンの攻撃が止まり、ゲートに向かって撤退していく。リオスはそんな彼の背中に向けて叫んで問うが、答えてはくれなかったし、追撃しようにも戦闘で機体のブースターに無理をさせ過ぎてオーバーヒートしてしまっており、彼を見送るしかなかった……

 すると、一連の戦闘を指令室のモニターで見ていたジルが通信をセラフに繋いでから呟いた。

 

『逃がしたか……』

「も、申し訳ございません……」

『後で戦闘の報告書を持ってきて貰う。強敵との戦闘、ご苦労だった』

「はっ」

 

 てっきり怒られるものだと思って肩が縮こまっていたが、あまり怒っていない様子でリオスは安堵のあまり脱力してコックピットシートに凭れ掛った。どうしてドラゴン側に人間側(と思われる)兵器があるのか分からなかったが、そんな事を考えている程、体力は残ってもいない。

 

【照合完了:UCE製人型機動兵器・ガンアーク】

「……H-1お前は一体―――」

 

 そして、追い打ちを掛けるようにしてH-1から提示された事実に驚く体力も無かった。何故この世界に存在しないとジルやモモカに言われているのにそんなものが有るのか。そしてガンアークなる機体はリオスの記憶には無かった。新型なのか、それとも―――

 

 

 戦闘後の収支報告は眼を見張るものがあった。一生に出会うか出遭わないか分からないようなレベルのレア物とされる『初物』を狩った第一中隊のメンバーはアンジュとリオス除いて歓喜した。

 

 基本的に収入の少ないクリスとロザリーは眼を輝かせて与えられた給料を凝視し、エルシャはこれで子供たちに色々してやれると満足げな表情。ヴィヴィアンは言うまでも無いし、ルーキーのミランダはココに何か買ってあげようと言い、人一倍喜んでいた。

 シエナも自分に与えられた給料を驚いた表情で凝視している。サリアもそんな彼女たちの様子を見ながら、自分に与えられた莫大な給料に満足していた。

 

「……少ない」

 

 だが、アンジュはそれの1%にも満たない僅かな給料しか得られなかった。当然だ、角しか折っていないのだから。

 

「仕方ないわね。角しか折っていないから―――でも、助かったわ。アンタが来てくれたおかげで」

 

 アンジュのお陰で自分たちが生きて行けている事をこの身で実感したサリアは素直に礼を述べた。彼女のお陰で生きてこのアルゼナルに帰る事が出来た訳だし、莫大な給料を得る事だって出来たのだから。

 これで全て綺麗に物事が収まるとそれをみていたシエナは思ったが、アンジュがサリアに手を差し出してから次に言い放った言葉が総てをぶち壊した。

 

「……何よ?」

「迷惑料よ。貴女の出した命令に従った所為で取り分減った挙句ヴィルキスが破損したんだから」

「……さっきの感謝取り消しよ」

 

 サリアは全力で後悔した。感謝した自分が馬鹿だったようだ。やはりこいつ(アンジュ)は気に食わない。そう思いながらアンジュから身体を逸らして嫌そうに横目で見ていると、アンジュが顔をサリアの耳に近付けて言い放った。

 

「あの趣味、ばらしても良いのかしら?」

「一生寝込んでなさいこの脳筋!」

 

 アンジュの傲岸不遜っぷりに呆れてブチギレたサリアは怒鳴った後、ヒルダたち3人組に声を掛けた。そろそろ一つ、決着を付けなければならない。確かにアンジュがやらかした隊長殺しの罪は重い。だがもうこれ以上やった所でもう意味は無いのだ。

 もう気が済んだろう。アンジュを殺した所でゾーラは戻りなどしないし、こちらの死亡率が上がるだけだ。

 

「どう、満足?」

 

 サリアの問いに、ロザリーは呆気に取られて反射的に肯定してしまい、ヒルダに睨まれた。

 

「こうして大金を手に入れ、生きて帰れたのはアンジュのお陰よね。戦闘中にアンジュを狙うの、もう止めなさい」

 

 アンジュを憎んでも構わない。けれど、アンジュをどさくさに紛れて殺すのは非合理的だ。サリアの隊長としての気迫が備わったのか、ロザリーとクリスの肩が縮こまる。

 

「色々あったけれど、私たちはこのチームで上手くやって行かなければならない。それに―――アンジュも報酬の独り占め、止めなさい。放っておいてもアンタなら稼げるんだから。足りないならばエルシャみたいに農業なり副業をする事を勧めるわ」

 

 この禍根について一区切りつける事が隊長としての役割だとサリアは考えていた。アンジュと海で殴り合った時、決意したのだ。隊員の訴えも聞かずにやっているようでは隊長も勤まらない。だから―――決着をつけようと。勿論、無かった事にしろとは言っている訳では無い。だが、公私の区別をはっきりさせなければシエナが所属していた第二中隊の悪夢の二の舞だ。あれだけは絶対に避けなければならない。

 

「これは隊長としての―――命令よ」

 

 サリアの一言で一気に皆が静まる。そしてヒルダは鼻で笑って返した。

 

「ハッ、アンタのいう事なんて誰も―――」

「いいわよ」

 

 聞きやしないんだよ。と言いかけた所でアンジュが挟むようにして了承した。それにはヒルダも驚きが隠せず、目を見開き動揺する。だが、やはりまた余計なひと言が付いてくる。

 

「私の足さえ引っ張らなければね……」

 

 余計なひと言が多いのにはもう慣れた。サリアは呆れを通り越して笑いが奥から込み上げて来た。そして後に続くようにしてクリス、ロザリーが同意していく。

 

「アンタたち何言いくるめられていんの?」

 

 半ば孤立状態に陥ったヒルダは裏切った二人を叱責して、「裏切り者」と言い捨ててこの場から歩き去ってしまった。まぁ、この状態では居心地も悪かろう。それにアンジュを一番憎悪していたのはヒルダだ。気持ちの整理なんて簡単に出来るものでは無いし、それを強制するほどサリアは鬼でも無かった。

 

「ねぇ、サリア」

「……シエナ? どうしたのよ」

 

 シエナの顔は至極真剣な表情で、サリアも神妙な顔で対応する。サリアの目じりには涙が溜まっていた事に気付き、サリアは一瞬慌てて自分が何かシエナを泣かせる事をしたのかと自分の言動を顧みる。そんな間で、シエナは次の言葉を口にした。

 

「―――ありがとう。サリアは勿論、リオスにも感謝してる」

「っ」

 

 隊内でのいじめで親友を失ったシエナにとってはある意味これは救いだったのかも知れない。あの数年前の集団いじめと僚機見殺し事件はアルゼナル内でも有名とされており、サリアなどの隊長格から聞かされている。これで彼女の心が救われたのならばそれは幸いである。

 

「―――どういたしまして」

 

 サリアは返事した後、両者は微笑み合った。これで状況が良い方にきっと傾くような、サリアにはそんな気がした……

 

「所で、リオスこないね。ドラゴンと殆ど戦えていないからお金入ってないだろうしショック受けてるのかな?」

 

 ヴィヴィアンが呑気そうに空気が読めていない事を言うと、サリアは現実に引き戻されたような感覚を覚えた。そうだ、あの白いアンノウンの事は忘れてはいけない。

 あれは明らかに人工のもので、ドラゴンが造りだしたものとは思えないものだった。だが動きとしては新型ドラゴンを守っているようにも見えた。

 外見は見た感じナインボール=セラフとほぼ同じサイズで、パラメイルとは規格がまるで違うように思える。

 

 リオスは恐らくジルに報告に向かっていると思われるが、サリアには何となく何か不穏な何かが始まろうとしているような、そんな気がした。

 

 

 

『報告、ご苦労だった』

 

 リオスはまだ、司令の執務室に居た。そこに執務室の席に座っているジルに先ほどの戦闘について洗いざらい状況と感想を述べるのだが、何故かジルの表情に驚愕の色は無かった。リオスは少しそれに不審さを覚えるも、それを問える程リオスには度胸もありはせず、心の中に留められたまま燻り出す。

 

 報告を終えると、リオスは背を向けて出口に向かってゆっくりと歩き始めたが、ジルに呼び止められた。

 

「リオス、お前はよくアンジュの元筆頭侍女から外の世界を聞いているそうだが。それを聴いてこの世界を―――どう見た?」

「どうって……」

 

 リオスは困惑した。何故そのような事を問うのか。答えに詰まり、沈黙がこの場に訪れた。

 

「正直に答えて貰いたい。……別に人がどう考えようとそれは自由だと私は考えている。どうせここから出る術など不可能だしな。エマ監察官にも言うつもりも無い。ただ―――個人的に気になったのだ。お前がよく口にする特異な世界がな」

 

 個人的に気になるとはどういう事か。リオスには分からなかったが、このジルという司令はアンジュのモモカ買収をエマとは違って黙認している。それにエマからのリオスへの認識『妄言癖のある精神病患者』で通っていて軽くあしらわれているとの事もあったので、別に応えても良いかと思いリオスは思い切って口を開いた。

 それにここで反社会的な事を言っても、ノーマが野蛮で危険で反社会的な人種とこの世界では通っているので実質隔離施設となっているこの場所で何を言っても大きな問題にはなるまいと、リオスは判断したのだ。

 

「ある意味、変な感じです」

「と、言うと?」

「俺が居た世界はマナなんて有りませんでした。確かにオーラバトラーやニュータイプ、A級ジャンパー等と呼ばれる特異な存在こそありましたが、殆どこの世界に於けるノーマに相当する人間で社会が形成されていました。……マナが無い為か、貧困差や差別感情が根強く存在しており、それが戦争を生んでいます。ですがこれとこの世界のノーマへの排斥とどう違うのでしょうか。差別対象が変わっただけで、人々のメンタリティはほぼ同じにし見えません。それに―――」

「?」

「この世界ではノーマが不良品だという事がまるで当然のように扱われていて、このように幽閉されている。ノーマを排斥して臭い物には蓋をしているくせに何が平和な社会なのか理解が出来ない。一体誰が決めたんです? ノーマは反社会的で無教養で不潔で、マナが使えない文明社会の不良品だなんて。ノーマを憎悪してこんな場所に閉じ込めて自称文明的は人間様はノーマに望んでも無い命懸けの戦いと厳しい環境を押し付ける……そんなの、俺たちが居た世界と何ら変わらないどころかそれ以上にもっとおかしいと思うんです。何処か変だなって……俺がおかしいのかも知れないんですが、そう思いました」

 

 リオスは思った事すべて言い切ると、ジルは「余計な時間を取らせたな。戻っていいぞ」と言いこれ以上何も言わなかった。本当に唯の純粋な興味なのか、それとも―――

 H-1がUCEという単語を出したという謎もあって、リオスは困惑するばかりであった。



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第15話 Under The Moon

 グレンキャノンもだ!(挨拶)

 きのこ先生回


 フェスタ。正式名称『マーメイド・フェスタ』は人間がノーマに許した年に一度の休日である。雰囲気としては夏祭りと学園祭を足して2で割ったような感じである。だが、ちょっと特殊な所があり、水着を着る事が義務とされているのである。

 リオスは水着など持って居なかった為、アロハシャツと半ズボン、サングラスに麦藁帽という周囲から見れば浮きまくっている服装でフェスタに臨む事になった。

 

 まぁ歩いてみれば色々あるものだ。海は勿論、賭博としての豚レースや、溶ける水着のパン喰い競争だの。しかし、同性の居ない女性だらけの空間なだけあってリオスの精神的体力を摩耗させるには充分過ぎる環境だった。目の保養にはなるが少々疲れる、というか。

 その上、一部女性陣の野獣の眼光が鋭くてリオスはビビるにビビった。

 

 

「まぁアンタは唯一の男だからね。仕方ないわよ」

 

 サリアにはそう言われたがまぁ、彼女の言う通り仕方がないのかも知れないとリオスは納得した。ここでは男の存在は漫画や映画でしか基本的に見ないのだから。

 

「そこだ行けーッ! とんこつインパクトォーッ!」

「やったれぇ! ブタナビスタ!」

 

 で、リオスが最初に参加したのは競豚だった。

 ロザリーも参加していたのだが、ここ最近彼女の態度が軟化して来たとリオスは思う。普通に話すようにもなったし、アンジュにやった事はアレだが、悪人という訳では無かった。どちらかと言えば不良というかスケバンというか。言い回しが時々昭和の香りがするのは多分気のせいだろう。

 リオスは賭けたのはブタナビスタ。ロザリーが賭けたのはとんこつインパクトなる何処かで聞いた事があるようなないような微妙な名前の豚だった。

 

「嘘だこんな事ォー!」

「なにしてんだとんこつインパクトォーッ!」

 

 だが結果は、惨敗。名前は良かろうと所詮名前負けのただの豚だった。

 リオスは少額を賭けただけなのでさして被害総額は少なかったが、ロザリーはかなりの金額を賭けていたらしく、ショックの余り暫く亡霊のような表情で「ほっといてくれ」とフェスタ会場の片隅で黄昏ていた。

 

 ここ最近、ロザリーたちがヒルダと一緒に居ないようだった。あのヒルダも堪えているのか。それとも―――だが、そんな事を気にした所でどうにもならないので、リオスは次のアトラクションに向かった。

 

 次に向かったのは映画館だ。そこにはヴィヴィアンとシエナが居たのだが、上映されている映画はB級戦争映画だった。ガタイのいい大男がひょろい男の足を片手で掴んで逆さまに吊るしている。下は断崖絶壁で離されたらきっと即死だという緊迫したシーンにリオスとヴィヴィアン、シエナは息を呑んだ。

 

『最後に殺すと約束したな』

『そうだ、大佐助けてくれ』

『あ れ は 嘘 だ』

『ウワーッ!』

 

 大男は足を掴んで逆さ吊りにした男の命乞いに耳を傾けず手を離してひょろい男は断崖絶壁の底の見えぬ闇の中に消えていった。一応、この大男は主人公なのだが随分とやる事は凄まじいものである。娘を助ける為にやっているとは言え過激すぎて笑いが込み上げてくる。流石B級映画。何処かがぶっ飛んでいる気がしてならない。

 もう既にヴィヴィアンは落下する男の悲鳴を聞いて爆笑していた。

 

 

 ヴィヴィアン曰くフェスタの目玉は屋台の食べ物であるそうだ。たこ焼きにいか焼き等と言ったB級グルメが沢山あり、いつものメンバーで食べて回ったりと非常に楽しいものだった。

 

「……ねぇ、リオス」

「あ?」

 

 リオスがたい焼きを頭から齧っていると後ろからシエナに呼ばれた。振り向いた時の顔が妙に間抜け面だったのでシエナは苦笑した

 

「1930(19時30分)に花火大会があるんだけど、一緒に見ない?」

「構わんが……唐突だな。どうしたよ」

「ううん。別に。たこ焼き前で待ってるから」

 

 首を横に振り背を向けて何処かへと歩き去っていく。そんな光景にリオスを背後からストーキングしていた物好きの連中が凄まじい形相でリオスを見ていたのは内緒である。リオスは大きく溜息を吐きながら、一旦自室で休憩でもしようかと考えた。やはり女性しかいない空間では人一倍体力を消耗する。目のやり場にも困るので正直言って自室に引きこもって筋トレしているほうがまだ良い気がする。

 リオスはふらふらとしながら、日蔭で風通しがよく一番居心地で良いであろう発着場に向かった。

 

 

 

 

―――それがリオスにとって大きな転機になる事を知る由も無く。

 

 

「よう……精神病患者クン」

「ヒルダ、お前何をする気だ」

 

 発着場に辿り着いた途端、リオスは銃を突き付けられた。突きつけた者はフェスタで碌に姿を見せなかったヒルダだった。一応丁寧にも水着を着ている。何故、この場所に居るのか。そして、何故自分に銃を突きつけるのか。その答えは同じくヒルダに銃を突きつけられているモモカが答えた。

 

「この方が脱走するから船を飛ばせと―――」

「何っ」

 

 リオスは咄嗟にヒルダを睨んだ。この女、腰巾着に裏切られたのが相当堪えたのか。よくもまぁこんな事を考えたものである。

 

「黙らせるために殺すのか?」

「いや、お前には人質になって貰うよ。この侍女サマとそれなりに親しいようだし」

 

 総てを察したものの時すでに遅し。自分を人質にする事でモモカへ協力させようと言うのか。

―――馬鹿にして……!

 全力でヒルダの顔をグーで殴りたい衝動に駆られるが、殴ろうとした所で打ち抜かれるのがオチなので怒りと衝動を無理矢理抑え込んだ。

 

「モモカ!」

 

 ヒルダとリオスが睨み合っていると、また別の声がした。アンジュだ。アンジュは武器や道具を沢山詰め込んだカートを押している。先ほどみた映画に似た光景で思わず笑いが込み上げて来る。サリアの言う女コマンドーというのは強ち間違っていないように思われる。

 だがそこは重要では無い。そんなカートの上には金色の髪のアンジュと同い年ぐらいの高級そうな服を着た(恐らく王族だろう)少女が手足を縛られ乗せられていた。最早この時点で大体察する事が出来る。

 

―――こいつも脱走する気かよ……!

 

 しかしアンジュには脱走する理由が見当たらなかった。確かにリオスと一緒に第一中隊に参加したばかりの時は孤立していた上に帰りたい帰りたいと連呼していたが、今の所は仲間も出来た上に、現状大儲けしているため帰る理由が見当たらなかった。

 それでも家に帰らなければならな理由があるのだろうか? アンジュに限らずヒルダにも外の世界に居場所はないと言うのに。

 

 両者が銃を向け合うがヒルダはふと、アンジュに一つ提案をした。―――利害の一致という事で手を組まないか、と……アンジュは一度拒否したのだが、ヒルダ曰く、輸送機にはアレスティングギアというもので固定されている。それを無理に外そうならば警報が鳴り、忽ちバレてしまうとのこと。無理に飛べば機体損傷。それの解除がアンジュに出来るかと問うと、アンジュは言葉に詰まらせた。

 ヒルダは自分には出来ると自信満々に言った。その為に何年もずっと準備をしてきたのだと。

 自分の能力を貸す代わりに協力しろ。という交換条件にアンジュは呑んだ。

 

 

 一体彼女の何がそうさせる? 彼女を動かしているのは一体何なのか。リオスには気になる所だが、きっとヒルダは答えないだろう。けれど何となくだが―――過去を求めているように思えた。何故そんな事が思いついたのか分からないけれど、何となくそう思ったのだ。

 

「少しでも怪しい動きを見せたらこの精神病患者クンの命は無いと思いなよ」

「そっちはどうなっても知らないわ」

 

 即答でアンジュの口から「どうでもいい」に近い事を言われリオスはショックを受けて項垂れた。アンジュの口の悪さにはもう慣れたとは思っていたのだがまだまだ未熟らしい。

 結局リオスは少女共々輸送機のコンテナ置き場の中で縛られて放置された。それを他所にアンジュはリオスの事など助ける気が無いようで着々と作業を進めていく。

 僅かに見える外の景色は陽が沈みかけているのか茜色に染まっていた。あぁこのままではシエナとの約束を果たせないではないか。

 

 どうやらアンジュたちの目論見は、花火音にまぎれて脱出するという魂胆のようである。貨物室の中でリオスは途方に暮れていると、輸送機が動き出した。あぁ、これでもう駄目だ。シエナとの約束は果たせない。

 その上脱走すれば1週間の謹慎かつ全資産財産の没収の憂き目に遭う。心の底から全力でアンジュとヒルダを恨んだ。自分までまきこまないで頂きたい。

 固定装置が解放されてゆっくりと動き出す輸送機に向かってヒルダが飛び乗ろうとする。だが、輸送機はアンジュのモモカへの指示でヒルダを待たず加速していく。

 

「おい何のつもりだ待てよ!」

 

 叫びながら全力疾走で滑走路を移動する輸送機を追うヒルダをアンジュは見下ろすように見ながら口を開いた。

 

「下着の恨み。忘れてないわよ。あの時ヴィルキスに詰め込んだ下着の所為で機体が墜落。大変な目に遭ったんだから」

 

 そこで明かされる衝撃の真実。どうやらあのアンジュ行方不明事件の元凶はヒルダだったらしい。

―――あの女碌な事しねーな!

 リオスの中でのヒルダの株が更に下落する。女性の負の部分をありったけ見せつけられたような気がして女性不信になりそうだ。

 

「何をそんな昔の話を!」

「それだけじゃないわ。背後からのフレンドリーファイア。腰巾着使って嫌がらせをしかける。そしてリオスの服装のセンスが無い」

「「最後のそれ関係ないだろ!」」

 

 思わずリオスとヒルダは同時にツッコミを入れた。それと同時にリオスが凹んだ事は言うまでもない。

 

「取り敢えず、アンタは信用出来ない。お友達と仲良くする事ね」

「ざけんじゃねぇ!」

 

 ヒルダは最後の力を振り絞って後部ハッチに跳び移った。並の執念で出来たものでは無い。本当に彼女の何がそうさせるのだ。

 

「ふざけんなよ……この為に何年も、何年も待ったんだよ!」

「クリスマスプレゼントをか!?」

 

 堰を切るようにしてヒルダは本音を叫びながら後部ハッチを這い上がる。そんな彼女の台詞に何故か反射的にあんな空気を台無しにしかねない単語が思いつき口から出ていた。

 

「いや、話しの流れからして違うでしょ……」

 

 アンジュが呆れ交じりに突っ込み、ヒルダは言葉を続けた。

 

「生き残る為にはゾーラの玩具にもされたし、面倒な奴らともつるんださ! 何だってやって来たんだよッ!」

 

 ヒルダは鬼気迫る気迫を出しながら、這い上がって行く。まるで彼女の人生を体現するかのようにじりじりと。遠目からでもリオスは彼女の気迫に気圧された。

 

「ずっとずっと待って来たんだこの日を……! 帰るんだよ、家に、ママの所にさ!」

 

 母親。実際にアルゼナルのノーマたちは親から無理矢理切り離された者ばかりなのだと言う。ヒルダもまた、その人間の一人だったという事か。

 人間としては気に食わない所もあるが、リオスの心の中で何かがストンと落ちたような気がした。これまでの行動に少々納得がいったというべきか。少し苦手であるのには変わらないけれども。

 辛うじて這い上がり切ろうと立ち上がるが、バランスを崩して落ちかける。それにアンジュは何を思ったのか、手を掴んで彼女を助けて貨物室に引き込むのだった。

 

 その直後、後部ハッチが完全に閉鎖されてしまった。もう戻る事など叶わないようだ。シエナには申し訳ない事をした。それに自分には帰る場所などどこにもない。リオスは諦めに満ちた表情で溜息を吐いた。

 

「俺は降ろさないのな」

「人質は二人居る方が効果的って言うでしょう?」

 

 悪びれずそういうアンジュにもう怒りも込み上がらない。―――せめて、

 

「理由だけは教えてくれないか?」

 

 リオスはそう、アンジュに頼んだもののアンジュは「考えて置くわ」とだけしか言わなかった……

 

 

 事の発端はモモカのマナによる通信を通じて聞いた妹、シルヴィアの自分の助けを呼ぶ声だった。

 

 アンジュには妹に負い目を持って居た。

 嘗て馬の遠乗りに出かけた際、自分のミスでシルヴィアを落馬させてしまい、足をに大怪我を負わせてしまい、彼女の自由を奪ってしまった。それに対する贖罪は勿論、姉が妹を守るという姉としてのプライド。そして責任もあった。

 私がシルヴィアを守らなければならないのだと。

 

 それで友人でアルゼナルを所掌しているローゼンブルム王国の王族の一人であり、友人であったミスティの訪問と、ミスティが乗って来た輸送機の存在を利用してアンジュは脱走を試みたのだ。

 道中、ヒルダやリオスというイレギュラーを抱え込む事になってしまったが結果オーライだ。このままミスルギ皇国に向かい、シルヴィアを守りに行かねばならない。その為には手段は決して択ばない。

 

 まぁ流石に大きな被害を被っているリオスには少々申し訳ないとは思ってはいるが。……本当に少々だが。

 

 

 フェスタの競技を終え、総合点数で優勝したのはクリスだった。

 

 クリスの獅子奮迅の活躍ぶりはヴィヴィアンはこう評した『蝶のように舞い、蝶のように刺す』と。蝶じゃなくて蜂ではないかとサリアたちは突っ込みかけたが、どうせ言っても無駄なので諦めた。

 

「ヒルダと3人で美味しいもの食べよう」

「お前っ良い奴だよ……!」

 

 賞金として莫大な金額を手に入れたクリスが使い道をロザリーに話し、ロザリーは感極まってうれし泣きし、サリアはクリスの活躍ぶりに来年のフェスタに活かそうと次回に向けて作戦を考えていた。

 

 そんな中で花火が上がった。ヴィヴィアンが「たーまやー」と何時もの呑気な様子で叫び、それにつられて他の連中も叫ぶ。そんな賑わっている状況下、シエナは既に閉店したたこ焼き屋の前でリオスを待っていた。

 

 あの花火が終わり、フェスタが幕を閉じるまで……

 

 

 事情を知ったのはそれからしばらくしての事である。

 

 

 

「俺、どーしたら良いんだ……」

 

 リオスは周囲には何もない道端で一人途方に暮れていた。アンジュの人質であるミスティを助ける為に現れるであろう憲兵にアルゼナルへ戻して貰うという考えも過ったのだが、強制送還だけでは明らかに済まないだろう。元々ノーマは女性にしか発生しないのでリオスは完全にイレギュラーたる存在だ。捕まれば人体実験されて殺される可能性も高いので、それは止めた。

 仕方がないので、ミスティを放置して(どうせ救出してくれる人がいるだろうから)アンジュたちと一緒に外に出たのだが、アンジュも少々負い目を持って居たのか、ジャケットやジーンズなどの入った箱をアルゼナルからの発信前に貨物室内に持ち運んでくれていたのを渡してくれた。彼女なりの借りの返し方なのだろうか。

 着替えた後、護身用にハンドガンとマガジン、アサルトナイフをジャケットの下に潜ませて、リオスはあても無く歩いた。アンジュは祖国のミスルギ皇国へモモカと。ヒルダは自分の故郷へと其々歩を進めており既に彼女たちの姿は見えない。

 

 都市部に居たら追い回されるのは間違いないだろうから、リオスはヒルダと同じ田舎の方向に向かってゆっくりと歩き出した。

 

「おーれーはさっすらいのー尻切れトンボ~」

 

 何も持たない自分を勇気づけるべくリオスは即興で考えた歌詞を下手糞なメロディで歌うが虚しいだけで直ぐに止めて、黙って歩を進めた。最悪、山奥で自給自足のサバイバル生活を送って死ぬというのも悪くはないのかも知れないと思いながら……

 

 

 一頻り歩いた後、腹が減った。

 野戦は学校で習っていたので、ある程度のサバイバル生活には慣れている。サバイバルの鉄則としては得体の知れない植物には手を出さない事。取り敢えずきのこには手を出さない方が良いだろう。きのこの専門家ではないので下手に手を出して毒きのこを食べてしまえばこの先生きのこれない。

 昼は近くにあった川で魚を粗方捕まえて、それをアサルトナイフで捌いてから焼いて食べた。サバイバルの腕はまだ衰えていないようで、少し自信がついた気がした。きっと自分はこの先生きのこれるのだと。

 夕方、一つの町に辿り着いたのだが警官がノーマの女の子を母親から取り上げる現場をリオスは目撃した。警官は多く、見ている人も沢山居るせいで乱入して少女を助ける事が出来ず、影で事の顛末を見ているしか出来なかった。

 母親が自分の娘を呼び、警官に連れて行かれる女の子が泣きだす。警官は女の子を無理矢理パトカーにまるで物を扱うように放り込み何処かへと連れて行ってしまった。

 そして頽れて泣きじゃくる母親に友人と思しき女性たちが口々に言い放った。

 

「大丈夫。もう一度産めばいいんですよ。今度は怪物じゃなくて人間をね。元気出して」

 

 そう、皆笑顔でまるで悪意のない様子で言い放った。その様子に気味の悪さを覚えずには居られない。彼女たちは親子というものを何だと思っているのだろうか。泣きじゃくる母親を遠目からみていたリオスは思わずには居られない。これまで送って来た時間は変えようもないと言うのに。

―――何なんだこれは。

 ふと、建物の壁に貼られたポスターが目に入った。

【目指せ、ノーマ撲滅。この街を怪物、ノーマの手から守ろう!】

 それを見た瞬間、気分が悪くなってリオスはこの街から逃げるように走り去った。

 

 

 翌日、追手に捕まったら溜まったものではないので早朝にて起床して行く当ても無く出発。道中、マナを使わずサバイバル生活を行う代わりの者の男とばったり出会い、昼飯に男と一緒に鹿肉を焼いて食べた。

 久しぶりに野郎を見た気がする。男と話した雑談は非常にいい具合に無遠慮で楽しいものだった。あの昨日の気味の悪い光景を少しの間頭の外に置いておけるぐらいには。しかし、そう思えたのは最初だけだった。結局話の途中で、リオスは再び意気消沈した。彼もまた、雑談の中でノーマを化け物と扱うような話をしたのだから。

 

「マナ使えないのは有り得ないな。使わない俺たちとは違うよ。あいつらは化け物だ。マナのシステムを触れただけでぶち壊すとか人間のやる事じゃないよ。俺たちはわざと外れているだけさ。早く全滅して貰いたいものだ。お前もそう思うだろう?」

 

 嫌になって話を無理矢理切り上げて男と別れ、リオスは再出発した。本当に山奥で一人暮らした方が良い気がしてならない。

 歩いていると林檎の森を見かけた。鹿肉をあまり食べられなかった故に腹が減っていたので傷が入って売れなさそうなものを一つむしってアサルトナイフで皮むきをして食した。思いの外それが美味しくてもう一つ欲しかったが、我慢した。

 

 ふと、空を見上げると雲に覆われグレーに染まっていた。

 ポツリ、ポツリ、と雫が落ちる。そろそろ雨宿りするべき場所を探さねばずぶ濡れになってしまうと危惧したリオスは何処か屋根が無いか探して走り出した。

 林檎の森の中を走っていると、紅い髪の少女がふらふらと幽鬼の如く歩いている姿が見えた。それが誰なのかリオスには直ぐに分かった。―――ヒルダだ。

 別れた時には非常に元気そうな顔で、アンジュに「命だけは大事にしろよ」と言って尾○豊よろしく盗んだバイクで走り出して行ったのだが、今の顔はどうだ。まるで何もかもに絶望し切った人の顔をしているではないか。まるで死んだように生きている人間だ。

 流石にヒルダが苦手な人間筆頭であるリオスでも彼女を放っておく事は出来ず―――

 

「おい、ヒル……ダ?」

 

 ヒルダに声を掛けようとリオスは彼女のもとへと駆け寄ろうとすると、空飛ぶ奇妙なパトカーらしきものが2台ヒルダの近くまでやってきて止まった。そこから降りて来たのは数人の警官たち。彼らはヒルダのもとに駆け寄ると即座に先頭の警官がヒルダを殴り飛ばした。

 ヒルダは成すすべも無く、吹っ飛び他の警官たちが取り囲んで彼女を足蹴りする。

 

―――これが警察のやる事か?

 

 まるで無抵抗のヒルダを一方的に蹴り、警棒で殴りつける。

 

「おい止せ!」

 

 リオスは思わず声を上げた。男たちの視線がこちらに向く。

 

「アンタら一体何を―――」

「あぁ、化け物対峙さ。コイツはノーマでな」

「これはいくらなんでもやり過ぎです! こんな一方的な―――」

 

 反発するリオスに警官はあたかも当然の事をしているのだと言うように口を開いた。

 

「化け物を狩るのに手段なんて要るか?」

「―――ッ」

 

 また化け物だ。そんなにノーマが危険な存在だと言いたいのか。エマ監察官と言い、母親の友人と思しき者たちと言い、サバイバル男と言い―――

 

「ギャンギャン喚くなよ。これは化け物狩りだよ化け物狩り。存在するだけで害悪なんだから何したって別にいいだろう? おっ、もしかしてコイツお前の女か? 運が悪かったなぁコイツ化け物なんだぜ。お別れに最後にヤッとくか? 身体は悪くないしな。その代りそれに俺たちも混ぜて貰うがどうよ?」

 

 警官たちは警官らしからぬ事を言い、この場にいる警官らは皆笑い出した。言い方からしてジョークのようだが随分な事だ。リオスの腹のにある熱湯が煮え立ってくる。そしてそれが沸騰して爆発するのは時間の問題だった。これまで溜まって来た鬱憤と言うべきか。初めてこの外の世界に来てノーマという虐げられる側の気持ちが分かった気がした。

 

「違うよ。正直俺はコイツが嫌いだし、下品だし、口悪いし友達には絶対になりたくないタイプだから。けれどさ―――

 

 

 

 

                 

                        ―――それ以上にお前らが大嫌いだ」

 

 

 

 気付けばリオスは警官に跳び蹴りをかましていた。

 嘗て、元の世界に居た時の仲間であるガンダムパイロットのヒイロ・ユイは言った。「感情のままに行動するのは正しい人間の生き方だ」とそして「全てが狂っているのならば俺は自分を信じて戦う」とも。

 彼は他と比べて非常に変わった人間だ。それはリオスも承知の上だったが、彼を見習って今はそうさせて貰う事にする。

 

「チィッ!」

 

 警官は咄嗟にマナの光の檻でリオスを拘束する。だがその檻はリオスが触れただけで消滅してしまった。

 

「ノーマ!? 男のノーマだと言うのか!?」

 

 警官は信じられないような表情でリオスを見る。一般にはノーマは女にしか発生しないという事で通っている。それ故にリオスの存在は特異でしかなかった。

 声質は明らかに男だし、顔もあまりハンサムとは言えないがそれなりに中のやや上、上の下ぐらいには整った男らしい顔をしている。それ故に紛れもない男に警官は驚愕した。

 

「だらぁ!」

 

 リオスは吠えながら、驚愕して怯んでいる警官を次々と殴り飛ばす。嘗ての仲間であるレイズナーのパイロットであるエイジみたいにトンファーを以て置けば良かったかも知れない。あれさえあれば必殺技であるトンファーキックが出来るというもの。

 

「ふう……」

 

 決着は1分も経たないままついた。

 これで粗方片付いたと、自分の手をはたく。相手の虚をつく事が出来たので思いの外全滅は容易だった。リオスは倒れたヒルダに手を差し出した。

 

「……立てるか?」

「っ、後ろッ!」

 

 ヒルダの警告通り警官がリオスの背後から飛び掛かっていた。まだ気絶していない警官が居たのか。リオスは咄嗟に振り向いてカウンターパンチを叩き込もうとした矢先で突如として警官は糸の切れた人形のように頽れた。

 警官を倒したのはリオスと同じか少し年下かぐらいのローブを纏いフードを被った青年だった。どうやら当身で警官を倒したらしい。

 呆気にに取られるリオスを他所に青年はリオスに話しかけて来た。

 

「貴方がリオスさん、ですね?」

「何故俺の名前を―――」

「話しは後で。俺について来て下さい。早く!」

 

 罠にしては手が込み過ぎている。しかも己の名前を知っているのは何故なのだろうか。一瞬、ガンアークの関係者かと思いついたが、彼の言う通り長居は出来ないようでサイレンの音がここに近づいてきている。

 リオスはボロボロになったヒルダを背負って青年について行く事にした。

 

―――虎穴に入らずんば虎子を得ずという奴だ。

 

 彼が一体何者なのか分からないが、いざとなればハンドガンなどの武器があるのだから……

 

 

 

 暫く自然の中をリオスと青年は走り回っていた。サイレンの音はもうとっくに聞こえなくなっており、何とか逃げられたようだ。雨もすっかり止んでしまっていた。

 人っ子ひとりいない森の中で、青年は緑色の布でカモフラージュされた巨大な何かの前に青年は立ち、それを剥ぐと現れたのは真紅の戦闘機が姿を見せた。

 

 タスクが「ちょっと待っていて」と言ってから機体に乗り込み変形させる。

 そして変形させた姿にヒルダを背負ったリオスは眼を見張った。姿を見せたのは嘗ての愛機―――量産型クラウドブレイカーそのものだったのだから。だが、外見は改修されたか変わっており、森の中に隠せるように背の高さを落とすためのとカモフラージュ用の可変機構を加えられていたようだ。

 腕に持って居る武器は様変わりしておりミサイルポッドは消失。腕部にあるのはガトリングガンとエネルギーブレードのみとなっている。その為、レフトアームには余裕が出来ていた。

 この機体は言うなれば量産型クラウドブレイカー改というべきか。

 どうして自分の愛機だと分かったのかと言うと、ロンド・ベル隊を象徴するエンブレムが機体について居たからだ。ロンド・ベルでクラウドブレイカー乗りは自分以外一人とて存在しない。

 

「俺のクラウドブレイカーがどうしてここに……つか随分変わったな」

「確かに君の機体のようだね」

 

 青年は安心したように、機体から降りて言う。この男は何を知っているのだろうか? リオスは背負っていたヒルダを降ろして、青年に詰め寄った。

 知らない人間に自分の事を知られているというのは気分の良いものじゃない。特に、こういう自分がイレギュラー扱いされる世界でだ。

 

「お前は一体何者なんだ? 俺の何を知っている?」

 

 リオスの敵対心全開の詰め寄り方に、青年は少し怯みながら答えた。

 

「俺の名前はタスク。ジルに言われて君たちをアルゼナルに帰すために迎えに来た」

「……え」

 

 思わぬ助け舟。リオスはポカンとした表情で詰め寄るのをやめて一定の距離を置いてから、量産型クラウドブレイカー改に指をさしながら質問した。

 

「……じゃぁあれどこで見つけた? あの機体はパスワード制なんだが」

「それは……」

 

 タスクは言いづらそうに頭を掻きながら一つ間を置いてから答えた。

 

「大破して海に漂流しているのを見つけて……改修したんだ。そしてこの機体を起動させられたのは……俺がハッキングしたんだ」

「おいこら」

 

 文句の一つ二つ言いかけたのだが、助けてくれたという事実を思い出し、警戒しまくって詰め寄った己を反省した。先ほどやっていた事は恫喝に等しい行為だ。無断ではあるが改修も感謝こそすれど怒ることでは決してない。

 リオスは己の短慮さを恥じた。

 

「……ごめん。助けてくれたのに疑って恫喝紛いの事をして」

「勝手に弄ったのは事実だし、こちらこそごめん。君の愛機だったんだろう?」

「まぁ、そだな。コイツでずっと俺は戦ってたよ」

 

 リオスは姿の変わった己の苦楽を共にした愛機を見上げた。こんな所で自分の相棒と再会する事になるなんて夢にも思わなかったし、大破した状態でよくもまぁ改修出来たものだ。曲がりなりにも直してくれたタスクに怒鳴るのはおかしい話である。

 

「あれ、お前の機体なのか」

 

 ヒルダはボロボロの身体を引きずりながら、リオスの隣に立ちヒルダは言った。リオスは頷いて肯定する。嘗ての愛機との再会に涙を禁じ得ないが、タスクの報告がそれを許さなかった。

 

 

「君たちと同じくアルゼナルを脱走したアンジュとモモカがミスルギ皇国皇宮に向かって捕まった」

 

 タスクの言葉に、二人は息を呑んだ。ヒルダの身に何が起こったのか知らないが、ヒルダは悔しげな表情をしていた。まぁ、アンジュとヒルダがやろうとした事は飛んで火にいる夏の虫のようなものだからこうなるのは仕方あるまい。

 

「アンジュとモモカも助けるんだな?」

 

 リオスが問うと、タスクは「勿論」と頷いてから続けた。

 

「捕まえた連中は彼女の公開処刑を行う事で王族の権威を取り戻し家の復興をやろうとしている。その際に彼女を救出する」

 

 

 

 リオスたちは戦闘機形態の量産型クラウドブレイカー改にタスクが取り付けたカーゴに乗せられた。どうやら機体はオート操作のようで、カーゴの中にはタスクも居る。

 今3人が向かっている先は公開処刑会場で、少し離れた所で隙を見て閃光弾を放ってその隙に戦闘機形態の量産型クラウドブレイカー改の俊敏性を活かしてアンジュを救出するのだと言う。

 

 その間にタスクがアンジュの状況をある程度話してくれた。

 

 アンジュを捕まえたのはアンジュの兄であるジュリオと妹のシルヴィアなのだという。アンジュはノーマで有る事をミスルギ皇国の皇帝である父親は隠していたのだが、それに不満を持って居たアンジュの兄である皇太子は洗礼の儀と呼ばれる儀式を利用してアンジュがノーマで有る事を全国民に暴露。アンジュを庇った母親を死に追いやり、父親を殺害、アンジュをアルゼナルに追放する事でクーデターを成功させて、ジュリオは新しい皇帝へとのし上がった。

 そしてジュリオは傷ついた皇室の権威をアンジュを公開処刑する事で回復させようと考えているようである。

 

「それが家族にやる事か……」

 

 それを聴いた途端リオスは絶句し、そしてジュリオの行いに憤慨した。それが家族にやる事か。それが人間のやる事か。

 

「そういうもんさ。家族ってモンは所詮」

 

 憤慨するリオスの隣でヒルダがそう、諦めに満ちた表情で言った事でヒルダの身に起こった事は大凡見当がついた。彼女は恐らく母親に拒絶されたのだろう。そうでなければ去り際活き活きしていた顔が今のように死人のような顔になる訳が無い。

 リオスには兄弟は居なかった。一人っ子で兄弟姉妹の事は良く知らないが、兄に相当する知り合いや敵はそれなりに居た。彼らを見て来たリオスにとっては少なくともジュリオがやろうとしている事は間違っているのは確かに思えるのだ。

 

 所定位置に辿り着くと、リオスとタスクが交代交代で見張りを行った。話によると本日の夜にアンジュの処刑を行うとのこと。太陽は既に沈みかけており、脱走から2日目の夜が、満月の下で今、始まろうとしていた……

 

 

 

「リオス。君は機体の操縦を頼めるかな」

「タスク、お前は?」

「俺はアンジュを助けてから再度乗って脱出する。俺をレフトアームに乗せて欲しい。戦闘機形態でも一応動かす事は出来るから」

 

 リオスとタスクがカーゴ内で作戦会議をしていると、ヒルダが口を挟んできた。

 

「あたしはどうすれば良い?」

「待っててほしい。暴れたら傷口開いてしまうから」

 

 ヒルダは警官にタコ殴りにされて怪我をしていた。タスクが応急処置を取ってくれたが、暫くはあまり派手に動く事は出来ないだろう。

 タスクがそう言い、自分の状態を一番よく知っているヒルダは押し黙った。

 

「じゃぁ纏めるぞ。俺がクラウドブレイカーの操縦をやってお前は飛行機でもアームは出せる様だからアームに乗って待機。お前の合図で俺が閃光弾ぶっ放した直後、会場まで機体を飛ばして所定位置についたらお前は飛び降りてアンジュとモモカを救出。手に乗せて撤退した後、ヒルダの居るカーゴを回収してこのままエスケープ」

「うん。それで行こう。じゃぁ、ポジションに付こうか」

 

 タスクの合図を皮切りにリオスはコックピットに、タスクはアームの上に乗って武器の準備をした。カーゴはここで切り離してヒルダは留守番をして貰う。

 

「懐かしい……この感触。行ける!」

 

 操縦桿を握った途端、嘗ての出来事が走馬灯のように脳裏に再生される。リオスは脳内で操縦シュミレーションをしつつ、カメラで遠くの処刑会場を見る。そしてタスクもアームの上で望遠鏡を使って眺めていた。

 

 

 

 処刑会場は予想以上に賑わっていた。様子からして全国中継でカメラも回っているようだ。集音器を使わずとも、歓声が聞こえて来る。妹のシルヴィアが手を縛り付けて布一枚にしてつるし上げてさらし者にしたアンジュを鞭で殴るたびにギャラリーから歓声と嗤い声が沸き上がった。

 戦争が無くてもこのザマでは到底平和とは口が裂けても言えない。少なくとも、完全平和を掲げたリリーナ・ピースクラフトならこの世界を否定する。リオス自身の気持ちで言うならばこの世界は間違いなく歪んでいる。こんな事、許されて良い筈が無い。

 

「タスク……まだか!」

「済まない……まだタイミングじゃない! もう少し待ってくれ!」

 

 リオスはタスクを急かすが、タスクは首を横に振る。確かに冷静さを欠いてしまえばこの作戦は忽ち失敗してしまうのは目に見えていた。リオスは歯噛みしながら、処刑会場の様子を見続けた。

 ギャラリーの元アンジュの友人だったらしい少女がアンジュに生卵を投げつけ、アンジュは自分を騙したとか被害者面で言って「吊るせ」とコールを送り始めた。その時、国民の心は一つになった。まるで伝染するかのようにして「吊るせ」とコールを送る。その様子にリオスは恐怖した。

 

 何が文明的な社会だ。メンタリティがマナが無い世界の中世以下ではないか。何がノーマは野蛮人だ。今まで出会って来た化け物扱いされてきたノーマの方がよほど人間らしかった。

 空気が読めないのが玉に瑕だが誰であろうと分け隔てなく接するヴィヴィアン。生真面目でありながら変な趣味をしているけれどアンジュと殴り合って(多分)和解したサリア。どんな手を使ってでも母親に会う為に頑張ったヒルダ。他にも沢山のノーマと出遭ったが、皆少なくとも「吊るせ」とコールを送る連中よりはずっと人間臭い奴らばかりだった。

 

「これがっ……こんなのがっ! 人間のする事かァッ!」

 

 シャアを否定した身としてもこんな世界を見せられては世界に絶望して壊したくもなる。思わずモニターを殴ってしまう。もうガトリングガンであの国民たちを薙ぎ払ってしまいたかった。そんなリオスの心情を察したか、タスクが咎めた。

 

「リオス、彼らを、民間人を撃ったら駄目だよ」

「―――っ、分かってる……分かっているけれどっ」

 

 リオスは気分の悪さを覚え歯ぎしりしながら、タスクのゴーサインを待ち続けた。従ってはならない衝動を抑え乍ら。念の為に間違えて撃ってしまわない為に、武器にはロックを掛けた。

 

 

 そして、アンジュが処刑台に連れて行かれようとしたその時―――

 

「―――歌声?」

 

 リオスは集音機が拾った音に顔を顰めた。タスクもその音を拾ったようである。歌っている主はカメラを見ずとも分かる。―――アンジュだ。

 それは―――綺麗な歌声だった。生きる時代が、世界が違えばきっと彼女はいい歌手にでもなれていたに違いない。

 歌を気にしている内に、彼らへの殺意は和らいでいた。

 

「アンジュ、綺麗な歌だね……」

 

 タスクがそんな事を呟いているのが通信機を介して聴こえてくる。そんなタスクのつぶやきにリオスは心の底から同意しながら、確認するように、そして茶化すように声を掛けた。

 

「歌にかまけて仕事がお留守になっていないだろうな? ゴーサイン出すのはお前だぞ」

「分かってるよ。必ず彼女を助け出す。助け出して見せる」

 

 アンジュは自ら処刑台に歌いながら歩いて行く。まるでその様はミュージカルだ。

 

 

 

「これは……永遠語り」

 

 ジュリオが驚愕の表情でアンジュが歌っている歌の名前らしいものを口にした。そしてシルヴィアが怒りのままにアンジュの歌に憤慨する。

 

「それはお母様の歌よ! ノーマの分際で汚さないで!」

 

 近衛兵がアンジュを黙らせようと、絞首刑台にの縄をアンジュの首に強引に付けて即座に作動させた。アンジュの身体が重力に従って落ち、首が縄に締められてしまう。だが―――

 

 

 

 

「リオス、今だっ!」

「了解!」

 

 タスクからゴーサインが出た。リオスは量産型クラウドブレイカー改に搭載させた大型閃光弾を会場上空に爆発させるようにして放つ。

 目論み通り、上手い具合閃光弾が破裂して、ギャラリーや近衛兵たちの眼が眩み、怯む。もうその時には量産型クラウドブレイカー改は動き出していた。

 所定位置にまで辿り着くと、タスクはアームから飛び降りると同時にナイフを投げて縄を断ち、そのままアンジュをキャッチ―――失敗した。まぁ二人とも死にはしていなかったがしかし……

 

 

 

 落下後タスクはアンジュの股間に顔をうずめていた。

 

「何やっとんじゃアイツゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!???」

 

 余りにも凄まじいラッキースケベぶりにリオスは思わずコックピット内で絶叫した。

 何だこれは。先ほどまでシリアスで自分が道を踏み外しかけたりして悩んだりしていた自分が馬鹿みたいだ。

 勿論、あの強気なアンジュからの制裁はあった。蹴りが炸裂し、タスクはまるで漫画の如く数メートル吹っ飛んで処刑台の骨組みに頭をぶつけて気絶。

 

「…………あ、あがが……」

 

 あまりにもグダグダな作戦運びにリオスは言葉を失い口をあんぐりとさせた。これは不味い。

 リオスは慌ててコックピットから飛び降りて、アンジュを捕えようとする近衛兵2人に空中でハンドガンを発砲した。

 

「リオス!?」

「よう、姫殿、お迎えに上がりやした」

 

 着地して砕けて挨拶するリオスに呆れながら、アンジュは腕を手錠で縛られた状態で近衛兵にドロップキックをかました。近衛兵には銃剣があるのによくもまぁ恐れず飛び掛かれるものである。

 

「アンジュリーゼ様!」

 

 モモカがマナで構築された手錠を付けられた状態でアンジュに走りよる。ノーマの特性を利用してアンジュは手錠目掛けて上段回し蹴りで叩き壊し、モモカが返すようにマナの力で金属の大きな手錠を解除させた。

 

 リオスが近衛兵をハンドガンで撃ち倒す中、モモカがマナの力で近衛兵たちの反撃を防ぐ。

 リオスは咄嗟に戦闘機形態の量産型クラウドブレイカー改に乗り込み、アームでアンジュらに差し伸べた。アンジュと気絶したタスクを抱えたモモカがアームに乗った瞬間、リオスは量産型クラウドブレイカー改のブースターを吹かせた。

 

「おのれ……アンジュリーゼェ!」

 

 忌々しげに、去りゆくアンジュを睨むが、加速中にてアンジュは上から見下ろしながら吐き捨てるような捨て台詞を口にした。

 

「感謝しますわお兄様。私の正体を暴いてくれて。有難うシルヴィア。薄汚い人間の本性を見せてくれて。さようなら、腐った国の家畜共!」

 

 侮蔑の籠ったその言葉がジュリオの気に障ったか、近衛兵に追えと命じるもアンジュが投げたタスクの手裏剣が頬を掠めて恐怖と痛みのあまりに泣き出した。

 情けない男だ。とリオスは泣きだすジュリオを見ながら思いながら機体をブーストさせて処刑会場から脱してヒルダの居るカーゴのもとへと飛んで行った。

 

 

 

 

 結果としてアンジュの救出に成功し、ヒルダの居るカーゴも回収してアンジュたち3人をカーゴに乗せてそれを再度牽引してアルゼナル目指して機体を飛ばした。

 色々言いたい事は有ったが、アンジュが無事に済んだ事は非常に喜ばしい事である。……代わりにタスクが犠牲になったのだが。

 まぁ、それは兎も角後はアルゼナルに帰るだけである。

 

 これで全てが終わるとは到底思えなかったが、今はここで安心して休む事にしよう。リオスはそう思いながら、機体をオート飛行にしてコックピットシートに凭れて一息つくのだった。




 一番四苦八苦したかも知れぬ……アンジュの連れ戻しがジルがリオスにさせてもらえるとは到底思えないし、それでもリオスにはアレな外の世界を見て貰わなければいけないし……

 推敲はしたのですが今回長い上に修正しまくったので変になっている所があるかもしれません(;´・ω・)


・量産型クラウドブレイカー改
 リオスが搭乗していた量産型クラウドブレイカーをタスクが改修したものとなっている。カモフラージュの為にパラメイルの技術を利用し、脚を折り畳み、上半身を変形させる事で背を低くさせたカモフラージュ用の戦闘機型形態に移行する事が可能となっている。今回アンジュ救出作戦で使用したのはその形態。一応、この状態でもアームを動かす事は可能。
 人型形態は原作ゲームの量産型クラウドブレイカーとほぼ同じ。装備品は幾つかオミットされており、レフトアームに余裕が出来た為アンジュやタスクを手に乗せる事が出来た。
 可変機構と軽量化の所為で元のものより装甲が脆くなっているが、旋回性能が上昇している。


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第16話 Result

 今回の冒頭は回想録。
 初代ACE劇中でちょくちょく挟まれたノインたちの回想録のように脳内変換して戴ければ、幸いです。

 所で、序盤のリオスたちのいがみ合いってアンチ・ヘイトに入りますかね? 結果的に半和解状態に持ち込まれちゃいましたが。 
 ヒルダも悪い娘じゃないんですよ。……一応は。まぁ不良ですが。




 故郷が裏切った、というより私の世界を見る目が変わったのかも知れない。ある小説の主人公が「自分が変われば世界が変わる」というセリフがあったがまさにこの事。まぁ、実際に裏切られたのも事実だけれども。……そう、妹にね。

 

 私は、妹のシルヴィアの助けを求める声をモモカのマナによる通信を介して聞いて、妹を助ける為に、アルゼナルを脱走した。

 昔、シルヴィアと馬で遠乗りに出かけて落馬させて足を駄目にさせてしまったという事への贖罪、そして姉が妹を守らなければという責任感もあった。けれど、いざ戻ろうとした際にばったり出会った嘗ての親友と思っていた者には怯えられ、通報しないでくれと頼んでも通報され、挙句の果てに辿り着いたと思ったら―――

 

 あの助けを呼ぶ声は芝居。私を処刑する為のジュリオとシルヴィアの罠だった。

 

 シルヴィアが駆け寄り、私もシルヴィアを抱きしめようと駆け寄った所でシルヴィアがナイフを向けて来た時にはまるで世界が止まったかのように感じた。シルヴィアが明確な殺意を以て私にナイフを向けて来るなんて想像もしていなかったのだから。

 

 シルヴィアは私を詰った。

 

 私の姉でも何でもない。化け物、と。そして、どうした産まれて来たのだ? と。お前さえ存在しなければ父も母も死なずに皆幸せだった。そして自分の足も動かなくならずに済んだのだと。―――母を返せ、化け物、大嫌い。

 明確な拒絶をシルヴィアは私に示した。

 彼女は泣いていた。本気で、全てはお前の所為でこうなったのだと訴えるように。

 

 

 自分は一体何のために脱走行為を働き、危険を冒してまでここに来たのか。分からなくなった。茫然のあまり「しっかり」と言うモモカの声もまるで異国の言葉、暗号のように聞こえた。

 そして―――気が付けば私は捕えられていた。

 

 翌日の夜、公開処刑を行う為に布一枚にされ処刑台に送られた。

 そして前置きの余興としてシルヴィアが鞭で私を叩き、見ている民衆を嗤い、歓声を上げるのだ。まるで最高のエンターテイメントのように。

 そうだ、彼らにとってショーでしかないのだ。ジュリオの思惑なんて知らない。ただ面白いサーカスなのだ。

 そして前置きの余興の中でジュリオの口から事実を聞かされた。ジュリオが父を処刑して自分は皇帝にのし上がった事を。そしてモモカがアルゼナルにやって来れたのは、ジュリオの企みによるもの。全てはこの時の為に。

 

 それだけには留まらず、公開処刑を見に来た嘗ての友人たちが詰る。よくも騙してくれたな、と。お前の存在そのものが忌まわしいのだ。だから死ね、と。

 

―――ふざけるな。

 

 悪いのは全てノーマ。この世の全ての悪い事はノーマの所為。それを臆面も無く言い放つ元友人に大人たちは同調し、この場に居る者たちの意志は一つになった。その様はまるで滑稽だった。思考放棄した家畜の豚かロボットのようだ。

 そしてこの後に「吊るせ」というコールは実に幼稚で滑稽で―――

 

 これで世界への見切りがついたというもの。

 

 差別や偏見、そして罪。それを無視して受け入れてくれたのはアルゼナルに居た者たちとモモカ、リオス、そしてタスクだけだ。もういい。この腐った世界に一つも未練も無くなった。

 

「さっさと殺せよ」

「早く帰りたいんだけど」

 平和と正義を愛する国だと他国はミスルギ皇国を評した事があったが、まったくの出鱈目だ。今彼らの発言事を耳にすれば嫌という程に分かる。最早あの国民たちは豚だ。いや、豚は料理出来る分ずっとマシだし少し可愛いのでそれ以下だ。

 あんな連中に私は殺されはしない。屍も晒してもやらない。殺れるものならば殺ってみるがいい。

 

 

 そうだ。私は――――――誰かに頼まれなくたって、生きてやる。

 

 

 

「お邪魔するぜー」

 

 一仕事を終えたおっさんの如く、リオスはよっこらせとカーゴの中に入って来た。入れ替わりにヒルダがレーダーの見張りをやると言う事で、ヒルダはカーゴ内から去った。そしてリオスは気絶しているタスクを見てから溜息を吐いた。

 

「おーい大丈夫かータスクやーい?」

 

 ヴィヴィアン風に声を掛けてもタスクは起き上がらない。何故か、幸せそうな表情をしているがこれはあの股間に顔を突っ込むという暴挙をやらかしたからか。このラッキースケベめが。アンジュに文字通り叩き起こされて、アンジュはタスクの襟首掴んで揺さぶった。

 

「あぁ怪我人を揺するなって……」

「またやったわね! どうして股間に顔を埋める必要がある訳? 意地なの癖なの病気なのぉッ!?」

 

 咎めるリオスを無視してアンジュはタスクのこめかみに拳を押し付ける。日本風に言うならば梅干しという奴か。あぁ、これは見てるだけでも痛そうだ。

 と言うか、またとはどういう事なのか。タスクという男とは知り合いだったのだろうか?

 

「どういう関係よお前ら」

 

 揺すられるのが止まったタスクは少し照れた顔で明後日の方向を向きながら答えた。

 

「ただならぬ……関係かな」

「はぁ!?」

 

 アンジュが否定の意を示したかのような反応をするが、モモカが納得の行った表情で手を叩いた。

 

「やはりそうでしたか! そうでなければ命懸けで助け出したりしませんよね! あぁ男勝りのアンジュ様にも漸く春が……このモモカ筆頭侍女としてこんなに嬉しい事はございませんっ」

「タスク……お前は……そういう奴だったんだな」

 

 モモカは天然のボケで某白い悪魔じみた事を言い、リオスは養殖のボケでおちょくるとアンジュは顔を真っ赤にして怒り出してタスクをぶん殴った。……あぁ図星なんだなぁとリオスとモモカは思った。

 この恥ずかしがりやさん☆

 

「所で何でアンタらがあんな場所に居たの? というかあの紅いパラメイルは一体……」

「ジルから連絡が来たんだ。それとこの機体は借り物……かな? あの紅い髪の娘今ここに居ないし丁度良い。幾つか話すよ」

 

 アンジュの疑問にタスクは一から答え始めた。

 ジルの命令を受けて、リオスとアンジュを連れ戻すためにやって来た事。そして、ヒルダを連れたのは偶然という事。ヒルダには自分がアルゼナルからの脱走者を連れ戻す機関の使者(エージェント)という事で全て誤魔化したという事を。

 

「それにこれ、大事なものだろう?」

 

 タスクはエメラルドに光る指輪をアンジュに差し出す。傍から見れば意味深な光景にしか見えないがまぁ、気にしてはいけない。

 

「所でタスク、アンタは何者?」

 

 アンジュの問いにタスクは一瞬答えに詰まるが、意を決したようにしてアンジュとリオスの顔を見て、そしてヒルダが居ない事を確認してから答えた。

 

「俺は―――ヴィルキスの、騎士」

 

 どういう事なのだろうか。タスクがどうに騎士には見えず、リオスにはレジスタンスによく居そうな奴にしか見えなかった。騎士というのはこう、剣と鎧を持って居るような感じの印象だったのだが。

 

「君を、アンジュを守る騎士だよ。詳しい事はジルに訊くと良い」

 

 答えは持越し、という事か。まぁヒルダが量産型クラウドブレイカー改のコックピットに居るとは言え、警戒しない訳にも行くまい。どうやらタスクはヒルダに対して何やら警戒している様子だ。何か大事な問題なのかもしれない。

 

「一つ、俺も質問しても良いかい? ……アンジュの髪、綺麗な金色だよね」

「そっ、それがどうかしたわけ?」

 

 次にタスクが放った言葉はのろけじみた言葉だった。タスクの言っている「只ならぬ関係」という事は強ち嘘ではないようだ。アンジュは仄かに頬を赤く染め乍ら自分の金色の髪を弄る。

 リオスとモモカは少し、邪魔にならないように二人から離れ乍ら盗み聞きしてみたのだが―――

 

「下も金色なんd」

「死ねこの変態騎士!」

 

 続いたタスクの言葉がただのセクハラだった。羞恥のあまり激昂したアンジュはタスクに殴りかかり。

 

「何か腹立つなぁ! 俺も殴らせろぉーッ!」

 

 悪乗りしたリオスもタスクに飛び掛かった。こっちはある意味そんなセクハラ発言をさらっと言ってのけるタスクへのただの嫉妬である。

 

 

 

「ったくアイツら何やってんだ?」

 

 そんなバトルが起こっている事を知らないヒルダは呆れた顔でタスクフルボッコで揺れるコックピット内で大きく溜息を吐いた。

 

 

 さて、この後の事後報告だが、

 タスクと別れた後、リオスたちは拘束。反省房、所謂牢屋に叩き込まれた。当然か、脱走したのだからこれぐらいの報いは当然だ。

 

 ヒルダの借りは返すという言葉の意味が分かったのは拘束期間がアンジュよりやや短かった事だ。アンジュたちは7日なのだが、リオスは5日で済んだ。サリア曰くヒルダが釈明してくれたとのことだった。資金資産没収の憂き目に遭ったが、ナインボール=セラフだけは没収されなかった。

 シエナには約束を守れなかった事について謝ったのだが、「別に構わないよ」と言ってくれた。それでもまぁ、残念そうな顔もちでかなり悪い事をしたとリオスは思わずには居られなかった。

 

 

 

「期限よ。出なさい」

「……了解」

 

 サリアに開け放たれた扉を潜り、リオスは5日以来のの娑婆の空気を吸う事が出来た。アンジュが別の反省房でリオスを恨めし気に見ているが、巻き込んだ原因が何を恨めし気にしようと無駄だ。

 横目でアンジュと同質のヒルダを見ると「フッ」と不敵に笑っていた。やっぱりこの女は苦手である。……借りを返してくれたのは有り難いのだが。

 

「あとで話しが有るわ。1400にて墓場近くの花畑まで来なさい」

 

 話とは何なのだろうか? だがそんな事はどうでもいい。外の新鮮な空気が欲しい。反省房の空気は淀んでいて苦手である。

 リオスは溜息を吐いて、早く外の空気を吸いたいと思っていた矢先―――

 

「臭っ! その前に早くシャワーを浴びてきなさい! これは命令よっ」

「言われなくても行きますがな!」

 

 鼻をつまんで臭いを追い出すようなそぶりを見せていて嫌悪感丸出しのサリアに、文句を言われた。そう言えばここに来た最初の頃も「臭い」と言っていたか。結構酷いがそんなことも懐かしく思えるほどに、長い7日間だったと、リオスは思うのだった。

 

 

 久々の外の空気と風呂上りという事もあって、外の空気は非常に爽快だった。よくよく考えれば約1週間風呂に入っていなかった事を思い出して、「長かったなぁ」と思わずつぶやく。

 幼年部の少女たちが特訓としてランニングをしているのを見ながら、リオスは指定の場所に向かうと、そこには既にサリアが居た。

 

「来たわね……少し、手伝いなさい」

「……何を」

「お供え物よ」

 

 そういうや否や、サリアはしゃがんで足元にある花を摘みはじめた。成程そういう事か。お供え物で合点が行ったリオスもつられて花を摘む。リオスが3本目を摘んだ所でサリアは口を開いた。

 

「―――貴方たちが居なかった間に奴が現れたわ」

「……奴?」

「ガンアークよ」

 

 ガンアーク。その言葉でリオスは眼を見開いた。高性能機で有る筈のナインボール=セラフでも苦戦した相手が、エースクラスと不在で何を招くか分からないリオスでは無く、一気に顔を顰めた。

 

「すみません……」

「いえ、全部アンジュが巻き込んだ所為よ。その後逃亡したとは言え、貴方は悪くない」

 

 全部アンジュが。そこの語調が強い気がした。それにリオスは不審に思うも、サリアは話を続ける。

 

「辛うじて増援を呼んだ事で迎撃に成功したけれど……奴は恐ろしい性能を持って居る。ノーメイクのグレイブ程度では太刀打ちできるものでは無いわ。セラフにアレについて聞いてみたけれどまだ沈黙しているままよ」

「……そうでしょうな」

 

 こちらと互角の技量と、相応の性能を持つ機体だ。キャリアが浅いライダーと尖りの無い性能のグレイブでは太刀打ちする事は難しいだろう。そしてH-1は相手がリオスでも黙る事が多いので、それ以外の人間相手は言わずもがなである。

 サリアは流れ作業のように花を摘み、リオスもそれを見習って真似をしてみるも、歪な形で千切れてしまった。リオスはそれを捨てて、新しいものを摘む。

 

「それと、ゲシュペンストの量産が決定されたわ」

「アレか……」

 

 ゲシュペンストタイプ・PM。サリアがテスターを務めていた機体だ。

 サリア曰く、ゲシュペンストは鈍いが悪くない機体だと評した。火力は申し分ないし装甲の頑丈さと拡張性の高さもある。あれが量産されたのならば大分ドラゴンとの戦いも楽になるであろう。メガ・ビームライフルにスラッシュリッパーの採用は大きい。

 そしてテスターを行った報酬で莫大な資金を手に入れて月光丸も手に入れたそうだ。

 グレイブは墓、ゲシュペンストは幽霊。縁起が悪いのは気のせいだろうか。まぁそれは兎も角だ。

 

「……取引、まだ生きてますかね」

「言うと思った。もう少し待ちなさい」

 

 そんな空気を緩くする間を置いてからサリアは一通り摘むと立ち上がり「もうこれで良いでしょう」と言った。リオスも立ち上がった。

 やはり、サリアの方が摘むのが上手いようで圧倒的にサリアの方が効率良く多くの花を摘めていた。リオスは小さい頃は花を摘まず家で友人たちとゲームをしていた所為か効率が非常に悪くそれの半分くらいでしかなかった。

 

「……下手糞ね」

「ほっとけ。花なんて摘んだ事無いんだからさ」

 

 サリアは半笑いで言うと、リオスは不貞腐れて明後日の方向にぷいっと向いた。女性がやるから意味があるのであってそれを男がそれをやると気持ち悪いだけで、それが少々サリアには可笑しくみえた。

 

「あーっ、サリアお姉さまとリオスお兄様だー」

 

 ふと、幼い少女の声がした。2人が声がした方を向くと幼年部の少女10人程とその教員。先ほどまでランニングしていた娘たちだった。リオス自身あまり気にしていなかったがちょっとした有名人になっていた。まぁ、アルゼナル唯一の男性だから嫌でも目立つという事なのか。あの特異な機体を駆っているのもある。

 有名にならない訳が無い。

 

「サリアお姉さまとリオスお兄様に、けいれいっ!」

【けいれいっ!】

 

 少女たちの敬礼を受けて、リオスとサリアも敬礼で返した。ロリコンではないが心が洗われるようだ。あの碌でも無いミスルギ皇国の処刑場と国民を見せられた挙句、反省房に叩き込まれたのだから。心も荒みもする。

 

「やっぱりサリアお姉さま綺麗でカッコいい……!」

「リオスお兄様も大人でカッコいいよね~」

 

―――俺が大人、か。

 

 気付けば自分は大人になっていた。子供の頃がずっと続くのだと幼い頃は思っていたのだが、もう気付けば大人になっていて、社会の荒波の中に放り出されていた。

 自分が果たして大人と呼べる人種で本当にあるのだろうかと問われれば、それは首を横に振ってNOと答えよう。大人だったらヒルダたちと喧嘩なんてせずに受け流していたし、ミスルギ皇国の国民に殺意なんて覚えもしなかった。

 自分にとってヒーローたる存在であったアムロ・レイやシャア・アズナブルを越えるなんて夢のまた夢だ。―――けれども、こうやって子供たちに憧れられている責任がある。子供たちに見られて恥ずかしくないように行動しなければならない。それが大人の責任と言う奴である。

 

「わたし、ゼッタイ第一中隊に入る! そしてサリアお姉さまみたいになる」

「リオスお兄様みたいに赤い流星って呼ばれるようになる!」

 

 思い思いの言葉を口にしながら幼年部の娘たちは去って行く。赤い流星という呼び名はここで初めて聞いたが、いつの間にか誰かに畏怖される存在になったようだ。何の因果か、シャアとアムロの異名を足して2で割ったような異名であることに苦笑を禁じ得ない。まだ彼らに遠く及ばないと言うのに。けれど嬉しいものは嬉しかった。

 

「隊長どの尊敬されてますな」

「貴方こそ」

「俺はレアキャラ補正だ。お前はフツーに尊敬されてるでしょ」

「レアキャラって何よソレ……それに私もまだ、ジル司令程では無いわ」

「謙遜しなすってぇ」

「時代劇の三下っぽいわよその喋り方」

 

 しかしながら自分たちも随分打ち解けたものである。そんな事を思いながら軽口を叩き合いつつ、墓場に向かった。道中でこの世界に流れ着いてから半年程が経過していた事をふと、思い出した……

 

 

 墓場まで歩くと、既に先客がいた。メイだ。

 メイの眼前にある墓は【Zhao Fei-Ling】と刻まれていた。言うまでも無く女性の墓であろう。

 

「これ、お姉さんに」

「毎年有難う、サリア」

 

 どうやらこの墓はメイの姉のようだ。リオスは広がる無数の墓を見渡し溜息を吐いた。何時かあの幼年部の娘たちも、この墓たちの仲間入りするのだろうか?

 まだ、大人にならない内に。まだ、沢山やり残した事があるまま。そう思うと、少々辛かった。

 

 

 残った花は少し離れた位置に置かれた【Leona Gilberta】と刻まれた墓に供えられた。

 

「レオナさん……」

 

 メイが思い出したようにレオナという女性の墓を見下ろす。リオスは訳が分からず、サリアに問うとサリアは懐かしむように答えた。

 

「この墓の主はナインボール=セラフの前任者。彼女は――――――このアルゼナルに流れ着いた住所不定かつナインボール=セラフに乗った状態で漂流して来たのよ。元レイヴンと……彼女はそう名乗っていたわ。レイヴン、この言葉を貴方は知らないかしら?」

「レイヴン? 聞いた事は無いです。けれど、俺と……同じように流れてきたのか」

 

 レイヴンという単語はリオスには初耳だった。レイヴンとはワタリガラスを意味する単語だ。何故ワタリガラスなのか? リオスはH-1に後で訊こうかと考えながら彼女の墓に供えられた白い花を意味も無くぼんやりと見ていた。




 本作では第一中隊の人員が多いので原作とは異なり後方に回されていません。まぁそれがどうしたな話ですが。
 そしてシャアの呪い(ロリコン)がリオスに……!


 最後にレイヴンとはACシリーズが分からない人は傭兵の通称と思って頂ければ簡単かと。


次回、I(いかん)S(そいつには)T(手を)D(出すな)回


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第17話 アナザー・センチュリーズ・エピソード

 やはりアスランはおもちゃだったんだなぁ……と原作16話のクレーンゲーム見て思いました。


 リオスがレオナの墓を見ながら長考に入っていると、アラートが鳴り響いた。何事かと3人とも驚いて、ふと空に異変を感じて上を見上げると、ゲートが発生し無数のドラゴンが姿を現し、アルゼナル上空を舞っていた。

 

―――拙い。

 

 これがどれだけの緊急事態か分からない程3人は愚かでは無い。半ば反射的に格納庫に向かって3人とも走り出した。その道中でジルが総員にスピーカーを通じて司令室から指令を飛ばす。

 

『司令官のジルだ。総員聞け。第一種戦闘態勢を発令する。シンギュラーが基地直上に展開。大量のドラゴンが降下接近中だ。パラメイル部隊は全機出撃。総員は白兵戦用意。対空火器、重火器の使用を許可する。総力を以てドラゴンを撃破せよ』

 

 

 

 

 リオスは第9番格納庫に真っ先に向かい、ナインボール=セラフのコックピットに乗り込んで、各計器を起動させてから操縦桿を握った。

 

「第一中隊所属リオス、ナインボール=セラフで出ます!」

 

 水中カタパルトに押されてリオスが駆るナインボール=セラフは発進。そのまま水中から勢いよく浮上した。この感覚も中々久しいものである。纏い付く水をはじき飛ばし、ナインボール=セラフは両腕パルスを手近なドラゴンに放った。

 

【ドラゴンとの久々の戦闘だ。戦い方は忘れていないだろうな?】

「どうだろうねぇ!」

 

 問いかけるH-1を適当にあしらいながらリオスは機体をブーストさせた。その時―――ナインボール=セラフは赤い流星、若しくは弾丸となった。

 驚異的な機動力を以て、すれ違いざまにエネルギーブレードを以て切り裂く。肉眼では必死に追いかけなければ機体の姿を鮮明に捉える事は不可能だ。

 

『リオス、お前は第二中隊と第三中隊と連携してドラゴンを討て。第一中隊は落下した破片とドラゴンの死骸が発着場を塞いでいる事により出撃が出来なくなっている。撤去まで持ちこたえろ』

「了解!」

 

 ジルの命令を受けつつエネルギーブレードでドラゴンを一刀両断のもとに切り捨て、パルスガンで撃ち落とす。今回での撃墜ペースは何時もより速いものだった。部隊隊員としてでは無くワンマンアーミーとして動く方が危険はあるが撃墜速度は速いという事を久々に実感した。だが、兵士としてはあまり褒められたスタイルでは無いのには間違いあるまい。

 

【下からの奇襲だ、注意しろ】

「チィッ!」

 

 ドラゴンが下から高速で飛ぶナインボール=セラフの目の前に現れはしたが、リオスとH-1の対応は早かった。貫手をドラゴンの胴体に打ち込み、ナインボール=セラフの右腕がドラゴンの胴体に刺さった状態でパルスガンを発砲。奇襲してきたドラゴンは胴体に大穴を開けてから海の藻屑と消えた。

 

「さてと……」

 

 リオスは機体を動かしつつ他部隊が苦戦していないか見回すが、見た所心配する必要は無いようだ。第一中隊に限らず他の部隊も充分に練度が高い。非常に手際よくドラゴンを叩き落としていく姿が見えた。部隊の中には数機ゲシュペンストの姿もあり、どうやらアレの性能の高さも手伝っているようだ。

 ある機体はスプリットミサイルを放ち、ある機体はメガ・ビームライフルを放ち、ある機体はリッパーを投げつける。

 

―――流石ゲシュペンストだ。良い働きをしてくれる。

 

 これならばどうにかなる。そう、リオスが思った矢先だった――――――歌が、聴こえた。

 

「ん?」

 

 歌が聴こえたと同時にドラゴンはパタリと攻撃を止めた。そしてゲート近辺へと戻って行く。一体何事か。それはリオスに限らず他のメイルライダーや、司令部も呆然として歌を耳にしていた。戦闘中に歌など歌っているのは一体誰なのだ。

 

 その答えは――――――ゲートからゆっくりと足からゆっくりと地上界に降り立つ天女のように降りて来る。降りて来たのは、赤い人型機動兵器だった。

 

 形状からしてパラメイルの系統だろう。そして、近くには同型機と思しき機体2機と、ガンアークの姿があった。パラメイルでは無いとは言えガンアークを既に見ていたので驚きはあまり無かったが、パラメイルがドラゴン側にあると言うのは衝撃的な光景である。

 

 リオスの見立てではドラゴンは野生で人間を喰らう怪物という認識だった。だが、あの人工物の存在を考慮に入れたら、ドラゴンには知能があるか、裏で操っている元凶が居るという事か? その元凶がガンアークや、ライダーと思われる者が歌を歌っているあの紅いパラメイルだとしたら―――アレを倒すかライダーを捕えて尋問すれば―――だが何故かあの歌を耳にしてから胸騒ぎがして治まりを見せない。

 

「攻撃を開始します!」

 

 他の機体たちがガンアークに辛酸をなめさせられたこともあって敵と判断し、謎の歌う機体に向かって攻撃する為に機体を飛ばしていく。

 

―――しかしこの胸騒ぎは何だ? これは……一体?

 

 時間が経てば経つほどリオスの胸騒ぎは大きくなっていく。それはもう抑えきれない程に。この感覚はまるで一気に人が死ぬときの前触れの感覚に似ている……まさか!

 

「いかん! そいつには手を出すな! 離れろ!」

 

 叫んでみたがもう遅かった。

 歌の元凶たる機体のカラーが赤から金色に染まり、肩が変形するや否や―――

 

 変形した肩から竜巻が発生して目の前のありとあらゆる物質を分解し、そのままアルゼナルへと竜巻が向かい―――

 

 

 アルゼナルの約半分が抉り取るようにして消し飛んだ。

 

 

 

【想定外だ。こちらの損失は80%オーバー。早期の撤退を本機は推奨する】

 

 H-1が警告する中で、竜巻が何もかもを消し飛ばした跡の惨状をリオスは茫然自失とした表情で見ていた。リオスのナインボール=セラフは咄嗟に躱す事で事無きを得たが、生存機体は殆ど居らず、先ほど赤いパラメイルが放った竜巻がグレイブもゲシュペンストも消し飛ばしてしまった。―――なんだアレは。単体であれ程の力が発動できると言うのか。

 

【ここでの戦闘は無謀だ。撤退を推奨する】

「……相手が誰だろうと構わない、アイツは俺が潰す!」

【その感情に任せた突出は非効率だ】

「うるさいよ! 人間がこれを見て何も思わない訳あるものか!」

 

 リオスはH-1の制止を振り切り機体のアクセルを踏み、変形形態で赤いパラメイルに向かって突撃する。それに赤いパラメイルの僚機とガンアークはセラフを止めようとするも、赤いパラメイルはそれを手で制してから1対1でセラフと戦う態勢を取った。

 

「やるかよっ!」

 

 リオスは吠えながら、機首で赤いパラメイルのコックピットを貫こうとすべく最大全速で己の負担を顧みず、突っ込んだ。―――だが、相手はただの案山子では無い。僅かに軸をずらして、カウンターキックを放った。

 カウンターキックを喰らい、バランスを失い機体が落ちていく。それをリオスは歯を食いしばって機首を上げて水上ぎりぎりで持ち直してから、人型形態に変形し、頭上に居る赤いパラメイルを見上げた。蹴られた事で少々冷静になったが、これを抑えなければ今度こそアルゼナルはお終いだ。それだけは避けなければ拠り所を失ってしまうだろう。だから―――H-1のいう事に従って逃げる訳には行かない。

 

「あんたが隊長機かよ……!」

 

 ナインボール=セラフのレフトアームのエネルギーブレードを展開し、ライトアームはパルスガン発砲の準備を行い、ブースターに再度火を点けた。

 風を、空気を切る音がリオスの耳に入る。アムロ・レイたちみたいな細やかな動きは出来ないので速度で圧倒するしかない。

 だが、そんなナインボール=セラフの動きを読んだかのように赤いパラメイルは背中腰にマウントされた手持ちの銃剣付きライフルを取り出して応戦した。銃剣の刃部分とセラフのエネルギーブレードが衝突し、火花を散らす。

 赤いパラメイルの出力はヴィルキスに負けず劣らずだった。反応も良い事からライダーも相当の手練れだ。幸い相手は騎士道精神もあるのか、それとも相当の馬鹿なのか、逆にこちらを馬鹿にしているのか知らないが、1対1で向かって来ている。

 しかしながらIFの話になってしまうが下手したら先ほどの突撃で反撃を喰らって殺されていた可能性が非常に高い。

 

 H-1は相変わらず撤退勧告をしているが、リオスは一切耳を貸さなかった。

 

 一旦距離を離して、少し離れた距離を維持しながら両者は飛び道具を発砲する。ナインボール=セラフはパルスガンを、赤いパラメイルは銃剣付きビームライフルを。

 お互い一つも引くことなく撃ち合いが続く。

 赤いパラメイルは驚異的な反応で全弾パルスを回避し、一方でナインボール=セラフは装甲に掠った程度だが数発被弾していた。

 

【無謀だと言った筈だ。今の我々では倒す事など不可能だ】

「ええい!」

 

 一定の距離が空いた事で両者の動きが止まり、お互いの出方を窺いつつリオスは不利な試合運びに悪態をついた。しかも泣きっ面に蜂でドラゴンたちがアルゼナルに再度攻撃を開始している姿がモニターに映し出されていた。対空砲でかなりの数を撃墜しているようだが、物量ではあちらの方が上だ。早く隊長機を潰して指揮系統を混乱させなければこちらがやられてしまうのは明白だった。―――リオスは焦燥に駆られて機体のブースターに火を入れようとしたその時だった。

 

【味方機反応有り。数は1。ヴィルキスだ】

「アンジュか!?」

 

 アンジュならば実力的に信頼できるので、これは有り難い増援だ。しかし―――

 

「私よ」

「たっ、サリア隊長!?」

 

 返事をしたのはアンジュでは無く、サリアだった。それにリオスは驚愕したものの、アンジュが謹慎中だという事を思い出した。

 サリアの腕は実際に何度も見て来たので彼女の腕前は信用できるのだが、何故かサリアの乗ったヴィルキスの様子がおかしかった。アンジュが乗っていた時のような高機動性が損なわれており、下手したら重装備のゲシュペンスト並に遅く見える。まるでアンジュが初めてヴィルキスに登場した時と似ていた。

 セラフと赤いパラメイルとの戦闘を見ていたガンアークが邪魔をさせまいと飛び出し、サリアの乗っているヴィルキスと交戦を始めた。それでも尚、速度が上がらずアサルトライフルと必死にヴィルキスは放つが、ガンアークの動きも大概人外染みており、アサルトライフルの弾丸を機体を小刻みに動く事で数多き弾丸を散らせて被害を最小限に抑える。

 サリアは耐えかねて機体を人型形態に変形させて近接戦闘を行おうとするも、まるで古ぼけた機体の様にまるで変形しなかった。

 

 これはヴィルキスの整備不良か? いや、それは考えづらい。もしかしたらヴィルキスはアンジュでなければ駄目なのではないか。そうリオスが考え付いた所で、ジルから通信が入った。

 

『リオス、サリアを止めろ。奴は命令を無視してでヴィルキスに出撃している』

「なっ」

 

 ジルから知らされた事は信じがたい事だった。あの優等生気質のサリアが命令無視をしたとは信じがたい事であったのだから。

 ヒルダのグレイブが戦闘機形態でヴィルキスの隣に飛来して来た。ライダーであるヒルダの背中にはアンジュが乗っており、何やら文句を言い合っていた。だが、その様は友人が軽口を叩き合うのに似ていた。少し前の険悪な関係が嘘みたいだ。反省房で色々本音を話していたのがリオスが反省房に居た時は聴こえたのでそれが恐らく切欠だろうか。

 様子からしてアンジュが自分の機体を取り戻しにここへ来たようだ。

 

「サリア、私の機体を返して! アイツらは……私がやる」

 

 ヴィルキスの横にヒルダの機体が並ぶとアンジュがサリアに向かって返すように言うものの、サリアは首を強く横に振り拒絶した。

 

「うるさいっ! 私のヴィルキスよ!」

 

 普通ならば大人しく返却するものなのだが、サリアは珍しく頑なにヴィルキスをまるで駄々っ子の如く譲らなかった。一体なぜ彼女はヴィルキスに拘るのだろうか? 

 リオスには理解が出来なかった。

 サリアの駆るヴィルキスがふらふらとしながらガンアークのもとへと飛んでいく。それにガンアークは蠅を叩き落とすようにして手持ちのライフルでヴィルキスを殴った。

 

「拙いッ」

 

 リオスは慌てて落ちるサリアとヴィルキスを助け出そうとするが、距離が遠くて誤差で間に合わない。受け止める前に海に叩き落とされて死ぬのがオチだ。だが、一番近い位置にいたヒルダ機が落ちていくサリアのヴィルキス目掛けてアンジュを投下した。

 ヒイロ・ユイめいた無謀かつ滅茶苦茶な行動にリオスは絶句したのだが、アンジュは難なく無事にヴィルキスに捕まり、サリアの後ろから操縦ハンドルをサリアの手から離させた。これでどうにかなるのか? 否、すでに落下限界点を突破している。普通のパラメイルならば復帰に間に合わず海に墜落するのがオチだろう。――――――だが、アンジュは復帰を成し遂げた。通常のパラメイルとは一線を画す動きと出力を以て、だ。

 少々水没したが、浮上して再び空を舞う事が出来たのだから一応結果オーライである。

 

「リオス! 放るから拾って」

「えっちょっおまっ!?」

 

 アンジュに呼び掛けられるや否や、ヴィルキスの操縦席からサリアは放逐された。リオスは咄嗟に機体ナインボール=セラフの手を差し出し、サリアをどうにかセラフのアームでキャッチし、即座にセラフのコックピットに放り込んだ。

 

「アンジュめ……無茶苦茶をする!」

 

 アンジュの唐突な暴挙に腹を立てながら、サリアを狭いが空いているスペースに移動させる。彼女の目じりに涙が溜まっているように見えたが、そこは気にしている場合では無かった。

 赤いパラメイルがライフルのブレードを以てナインボール=セラフに斬りかかる。それを辛うじて躱すが、それと同時にサリアの悲鳴が耳元で聴こえた。

 

―――そうか、サリアが居たんだった。

 

 これでは何時ものスピードが出せないではないか。彼女はシートベルトもしていないし、Gへの耐性も怪しい。更に人が自分含めて1人用のコックピットに2人居るのでいつもとは狭い空間に居るので操縦をもし辛い。

 

「こん畜生!」

 

 ヤケクソにキックを放つと、想定外の攻撃だったのか赤いパラメイルは直撃を喰らい後方に大きく後退した。これでまぐれだが漸く一撃を入った訳だ。

 だが、これ以上長居は出来まい。少し離れて後退すると、入れ替わりにアンジュのヴィルキスと赤いパラメイルが対峙した。先ほどの動きが嘘のように暫く凄まじい速度での接近戦と銃撃戦を赤いパラメイルと展開する。まさに一歩も譲らぬ戦いにリオスは驚愕した。

 お互い一発も被弾していないという点では、リオス以上の戦いをしているであろう。付け入る隙は今のナインボール=セラフには無い。

 

 

 だが、このままの状況が続けば泥仕合だ。赤いパラメイルのパイロットはそう思ったのか、あの竜巻の前触れの歌を歌い始めた。

 今度アレを撃たれてしまえば今度こそアルゼナルはお終いだ。リオスは先にサリアをアルゼナルに降ろそうかと思っていたのだが、そんな事をやっている猶予は無いと判断しリオスは焦り両腕のパルスガンを構えて発砲するのだが、ガンアークに立ちふさがれてライフルの弾丸で相殺されてしまう。

 

 だが、アンジュとヴィルキスも黙っては居なかった。

 なんと、アンジュも歌いだしたのだ。

 ヴィルキスの装甲の色が驚くことに赤いパラメイルと同じように金色に染まり、赤いパラメイルも再び金色に染まっていく。そして両者とも肩部が変形してまるでそっくりな形態へと変化して竜巻を起こす砲門を解放した。

 

 まさか、ヴィルキスはあの赤いパラメイルと同型機だとでも言うのか?

 そうリオスは攻撃をせずに思考に耽っていると――――――両者とも、似たような竜巻を放った。

 

 

 

 

 それからどうなったのかはリオスは分からない。両者の放った竜巻が衝突した際に発生した光に呑まれたのは―――確かだが、それ以降の記憶が無い。光に自分は呑まれて死んでしまったのか、それとも……

 意識は、ある。だが、目の前には何もない。有るのは、まっさらな無の世界の中に立っているリオスだけ―――否。

 

 無の世界が突如として廃墟と化した街へと変わった。それはまるで良く出来たホログラム映像のようで、触れたり干渉する事は許されない。それを証拠に近くにあった破壊された乗用車に触れてもすり抜けるだけであった。

 周りには民間人と思われる者はひとりも居ない。代わりにあるモノは戦車や大破した乗用車ぐらいか。

 ふと、ブースターと羽根が動く音がした。それはどんどん大きくなってゆき、その音が最大にまで大きなったとき廃墟の中、3機の大きな影がリオスの頭上を通り過ぎた。

 

 ふと、それが何なのか確かめる為に空を見上げれば影の主が直ぐに分かった。それは、リオスにとって見覚えのある機体だった。パラメイル? 否―――ダンバインと、レイズナー、そしてウイングガンダム。全てロンド・ベル所属の機体だった。見間違いでは? とは一瞬目を疑いもしたがそれは紛れも無くロンド・ベルのものだった。

 

 廃墟の中で数体集まっていた量産型MSのリーオーの群れをウイングガンダムがバスターライフルで消し飛ばしてしまった。それからすぐに場面が変わり、ダンバインがハイウェイで発砲する戦車を剣で斬り捨てる。他の機体たちも様々な場所で戦っている姿が流された。

 

 それが終わると、場面が切り替わり様々な機体が要塞の中で何者かに向かって一斉射撃を行っているものへと変わった。中には旧式の赤いエステバリスや、ウイングガンダムに似た白い翼のガンダム、そして見た事のない可変戦闘機や、格闘戦主体と思しき見たことが無いガンダムも居た。

 それ以外はνガンダムやエルガイム、レイズナーなどと言った見覚えのある機動兵器の姿も映っていた。だが旧式のエステバリスの姿も有る事からどうも不可解な映像であった。

 

 

 また場面が切り替わる。この3つ目の場面にも白い翼のガンダムが居て、ブラックサレナ、可変戦闘機等が戦闘で荒れた市街地の上を飛んでいた。他にはサーフボードに乗った風変りな機体や、髪の毛の生えたマシン、果てはMSの何倍もある巨大な赤いマシンなどが、共に空を飛び、巨大な緑色の龍のマシンに向かって飛んでいく。

 

 

 最後の4つ目は、殆ど見た事のないものばかりだった。

 腕を異常なほどに伸ばす巨大なマシンもあれば、可変戦闘機の親戚と思われる機体の小隊が荒野の空を舞い、ヴィルキスに似た光の翼を形成させて恐ろしいまでの機動力で敵飛行機体を粉砕していくガンダムタイプ。胸に骸骨マークを刻んだガンダムや、俊敏な動きをする陸戦マシンや、異常な機動力を以てスピンキックを砲台型マシンに叩き込むマシンの姿があった。そして最後に仲間と思しき機体たちが集まって行き何かを見据えていた。

 

「幾つも存在する異なる歴史たちが紡ぐ物語。アナザー・センチュリーズ・エピソード」

 

 その映像にリオスが呆気に取られた表情で見ていると、何処からともなく声がした。それはまるで芝居掛ったかのような喋り方で、まるでそれは舞台で演じている役者のような声。

 何時の間にかリオスの目の前に見知らぬ金髪ロングの男が居た。声の主が彼だと何となく分かった。

 男はこの世のものとは思えない美しい顔立ちをしており、流れるような美しい髪やエメラルドグリーンの美しい瞳には、それはもう十人の女性が十人振り返るほどの美形であると、リオスはそう素直に思わざるを得ない程のものだった。

 彼は、リオスに続きを語り掛ける。

 

「どの世界にも例外は無く、人は過ちを繰り返す。地球の人間が喩え一つになろうともスペースノイドとアースノイドに世界は二分し100年以上にわたり争い合い、差別し殺し合う。それは例外と呼べる世界は存在せず、戦争・平和・革命の三拍子、終わらないワルツを有史以降変わる事無く愚かにも人間は踊り続けている。全く持って人間は愚かしくも悲しい生き物だ。そうだとは思わないかね? 偽りの革新者(ニュータイプ)君?」

「お前は―――誰だ?」

 

 男から発せられる息苦しいまでのプレッシャーにリオスは何となく感じた。この男は、危険だと。そんな恐れと恐怖を抱いていたリオスを見て男はふっと笑って答えた。

 

「私は―――調律者、とでも言って置こうか。過去の存在である君が真実を知った時、君は何を思うのだろうね?」

 

 男が挑発的にそう言い終えるとほぼ同じタイミングでリオスに見せた世界と、突如現れた男は消えていく。まるで霧が掛るように真っ白に。無に染まって行きそして―――

 

 

 

「―――っ」

 

 気付けばナインボール=セラフのコックピットの中に戻っていた。計器には一切の異常も示しておらず、まるで何事も無かったかのようだ。では、先ほどのは幻覚だったのだろうか? リオスの疑問に答えてくれそうな者は一人とていなかった。

【エネルギーチャージ完了。V-Driveシステムの状況、オールグリーン】

 その代わり、不可解な言葉をH-1が吐き出すだけである。まぁ、どうせ答えてくれないのは目に見えているのでメイたちに報告する為に内容だけは頭に記憶してスルーしておく。

 気付けばドラゴンと赤いパラメイルたちとガンアークはゲートに帰還していくのが見えた。そして時間も経たない内に全てのドラゴンと機体が帰って行くとゲートは閉鎖されて先ほどの騒がしさが嘘みたいな静寂さを取り戻した。

 

【ヴィルキスが赤の所属不明機の攻撃を同質の力で相殺。無効化した】

 

 リオスの呟きを聞いたH-1は事も無げに答えたが、それは二人が欲しく思っていた返答では無かった。ふと、肩に重さと柔らかい感触を覚えた。振り向くとサリアがリオスの肩に顔を埋めていたようだ。普通ならばギョッとする所だったが、泣き顔で有るのを見ると、どうも驚く気も失せてしまった。

 

「アンジュも貴方も違う……私とは……まるで」

 

 アンジュ乗っていた時のヴィルキスとサリアが乗っていた時のヴィルキスが動きもまるで違う事を思い知らされてショックをうけているようであった。それに対し自分がどうすればいいのか分からず、拒絶せずにそのまま機体を第9番格納庫にまでオートで飛ばした。もうこれ以上操縦する体力はリオスには残されてはいなかったのだ。

 そう言えば、とリオスはふと思いつき、リオスの肩に顔をうずめていたサリアに通信機の電源を落としてから問うた。

 

「……隊長。どうしてヴィルキスに拘るんです?」

 

 弱っている人間にそれを訊くのは死体蹴りに等しい行いだったが、気になって仕方が無かった。優等生タイプのサリアが命令を無視してまで何故あのようにヴィルキスに異常なまでに執着するのか? それがただ知りたかった。

 その問いにサリアは少し間を置いてから、埋めた顔を上げてからゆっくりと答え始めた。

 

「私にとってそれが全てだった。ヴィルキスに乗って、小さなころからずっと憧れていた人の役に立とうと思ってやれる事は何でも沢山やって来た。――――――けれど、ヴィルキスは動かせなかった。それなのに命令違反は日常茶飯事でそれを反省もしなければ脱走もするような、ちょっと操縦が出来て器用なだけの奴が軽々と動かして圧倒的な力を見せつけて! 私は一体これまでに何のためにやって来たのか……分からなくなった」

 

 ぶちまけられる感情にリオスは口を噤んで、最後まで彼女の話を黙って聞いた。彼女に人生のアドバイスをしてやれるほど人間は出来てはいないし、能力もありはしない。ナインボール=セラフに選ばれた人間が何者にも選ばれなかったサリアに何かを言っても逆効果なだけ。だから、最後まで聞いてやる以外してやれる事は無かった。

 生れついた才能に限ってはどうしようも無いのだ。自分がシャアたちに勝てない事と同じように。シャアとアムロは、そしてアンジュはスペシャルだったのだ。

 

「…………落ち着いたら呑みます? 愚痴を叩き合うというのも有りでしょう」

 

 溜まった鬱憤や辛さは酒の肴にして吐き出すに限る。サリア自身未成年だが、ここアルゼナルではそこら辺の制限は掛けられていない。緩すぎるというかなんというか……まぁその緩さにリオスは感謝していた。

 

「発想がまるで仕事に疲れた中年サラリーマンね。まぁ……悪く無いかも知れないわね」

 

 呆れられたが、まんざらでも無くサリアは泣き笑いで返した。だがリオスは―――

 

「お……俺が中年だと……俺が中年……俺が中年……俺が中年……嗚呼、永遠の窓際族……」

「めんどくさっ! というか最後の何!?」

 

 中年サラリーマンと同列の扱いを受けて落胆して虚ろな目でうわ言か壊れたラジオのように同じ言葉を呟き始めた。それにサリアはそんな面倒くさいリオスに呆れながらも、少々気が楽になった事に内心感謝するのだった。




※お酒は日本では二十歳になってから
 因みにドイツではお酒は16からでも良いそうですよ。

 今回はACEOPラッシュ回でした。ACEP? 知らない子ですね……(そもそもフロム特有の変態OPがないしストーリーも無いのにどうしろと)
 ACEシリーズのOPは何度も見たくなる不思議。

 次回は原作13話ラストまで行けたらいいなと、思っております。


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第18話 黒い、セラフ

 遂にPS2がお釈迦になった。悲しい(100秒マリーダ並感)
 そして某RPGのプロデューサーの件で胃が痛い。悲しい

 それは兎も角、今回ACシリーズお馴染みのアレが出ます。


 リオスは帰還して改めて今回の戦闘による被害のすさまじさを痛感した。……と言うと、アルゼナルの半分が消滅した挙句、一部の区画が死屍累々の有様だったのだ。少女たちが血の海に沈み事切れている姿は少々心に刺さるものがあり、目を覆いたくなる惨状である。

 そんな中で、帰還後シエナと会うや否や唐突に抱き着かれた。どうも今日は女難の相でもあるようであるが、まぁあの赤いパラメイルの竜巻で相当な数がやられたので心配でもさせたようだ。その後、サリアが何とも言えない表情をしていたが―――

 

 結局、命令違反をしたサリアは投獄された。まぁ、当然の帰結ではあるのだが、少々気の毒だとも思う。あれだけ力の差を見せつけられれば、泣きたくもなろうもの。しかも特例でアンジュとヒルダは特例で残り2日は免除して釈放と来た。

 ……因みに顔埋められた事で機体を降りた直後リオスは無駄にデレデレしていた。降りた直後にそれがサリアに見られて「顔がキモイ」と容赦なく言われてしまった。南無三。

 

 そして機体から降りて暫くしない内にリオスたちライダーたちはジルに呼び出された。どうやら、休む暇は与えてくれないらしい。どうやらドラゴンの攻撃で本司令部は崩壊してしまったらしく、臨時として新しく司令部を拵えたらしい。休む時間も惜しい程に事態は切迫しているのは承知しているが、少しぐらい休みたい所だと、リオスは心の中で愚痴るのだった。

 

 

「残ったのはこれだけか……」

 

 ジルは仮設司令部に集めたライダーの数を見て大きく溜息を吐いた。前までは50人オーバーの数のライダーが居た筈なのだが、今では十数人にまで数が減らされていた。言うまでも無く大被害の元凶であるあの赤いパラメイルの仕業だ。

 次の戦いで何としてでも仕留めなければ、確実に終わる。幸い、虎の子の第一中隊は全員生存かつ復隊しているので戦いようは無いわけでも無い。ヒルダ、アンジュというエース格や、今は謹慎中ながらもサリアも居る。

 だが、希望を打ち消す程に、ミランダがまるでこの世の終わりのような表情で俯いていた。

 

「―――ミランダ?」

 

 リオスが声を掛けようとした所で、シエナに止められた。

 

「ミランダちゃん……友達の、あの青い髪娘、覚えてる? ココがあの赤いパラメイルの出す竜巻にやられて……」

「―――っ」

 

 リオスは己の耳を疑い、再度シエナに訊く事で確認を取るものの、シエナの言葉に変わりは無く、ハンマーでガツンと頭を殴られたような感覚を覚えた。

 ココが―――死んだ?

 ココガシンダ。それがまるで自分の脳裏に思い浮かんだ言葉すら異国の言葉に感じてしまう。実際にこの場には全てのメイルライダーたちが集合しているが、ココの姿は無い。その事実がリオスにまるで現実が「受け入れろ」と言わんばかりに嘲笑っているような気がした。

 

 

「シエナ、リオス、私語は慎め。指揮経験者は居るか?」

 

 ジルがリオスたちの私語を咎め、指揮を経験した者が居るかを問うた。リオス自身は全く指揮官の経験は無く、下っ端だったので黙して誰かが手を上げるのを待った。肝心のサリアは獄中。だが、手を上げる者が一人居た。

 

 ―――意外な事にヒルダだった。

 

 リオスやアンジュが来る前にでも隊長でもやっていたのだろうか?

 

「パラメイル部隊を統合。今後、再編成する。暫定隊長はヒルダ。エルシャ、ヴィヴィアン、シエナが補佐に付け」

 

 だが、ジルの指示に異を唱える者が居た。ロザリーとクリスだ。

 投獄されていた時、ロザリーたちがヒルダを詰っていた事をリオスは思い出す。投獄2日目程でロザリーたちが現れて、裏切り者と糾弾したのだ。そして彼女にトドメを刺すようにヒルダが買い取っていたゾーラの遺産が没収されたのを買い直して取り戻したのだという。裏切り者に隊長のものを使って欲しくはない、という言葉も添えて。

 事情を知らない本人たちからすれば明らかな裏切りでしかないし、母親に会いに行ったと言っても恐らくは彼女たちの気持ちは変わらないだろう。所詮は裏切りでしかないのだから。

 

「コイツ脱走犯ですよ? 脱走犯が隊長って」

「サリアで良いじゃない!」

 

 ロザリーとクリスが口々に異を唱え、ヒルダは二人に眼を背ける。まるで立場が逆転したみたいだ。以前はヒルダが二人を裏切り者と詰っていたが、今度は二人がヒルダを裏切り者と詰っている。

 

「……サリア隊長は命令違反で投獄されたよ」

 

 リオスがロザリーにサリアの行方を伝えると、ロザリーたちは驚愕の表情を見せた。やはり彼女たちの間でもサリアは命令違反をしない人間だという事で通っているらしい。

 

「文句があるならばアンタがやれば?」

 

 ヒルダはロザリーたちに向き直り、棘のある言い方で返すとロザリーは答えに窮した。

 

「しっ、司令の命令だし仕方ないし認めてやるよ」

 

 前までずっと腰巾着として動いていた人間がリーダーなんてものが出来る訳も無く、クリスに同意を求めるとクリスも慌てて同意した。……最早何も言うまい。

 

「パラメイル隊は部隊の再編制を行った後、周辺警戒に当たれ」

『イエス・マム!』

 

 全ライダーが敬礼し、其々持ち場に付くべく格納庫に向かって走って行く。そんな中で、アンジュだけ、命令に従わずにこの場に残った。どうやらタスクの事でも問うつもりらしい。だが、このタイミングで問うてもどうせ答えてはくれないだろう。ただでさえ切迫した状況だと言うのに。リオスはジルの返答を聞く前にこの場から去った。

 

 

 再編成の後で補給完了したナインボール=セラフに乗り込んだその時だった。

 突如として警報が鳴り響いた。内容は生きている小型ドラゴンがこのアルゼナル内に一匹居るとのこと。

 ドラゴンとの戦いが終わって暫くしたというのに何故、気付かなかったのだろうか? ブライト艦長ならば「何故気付かなかった!」と激怒する事間違いない。まぁ状況が相当混乱していたので仕方がないとは言えなくもないが。

 

 

 再編成された部隊はヒルダの指揮のもとで分担してアンジュとリオスは屋上に出て、逃亡したドラゴンを待ち伏せた。ドラゴンはアルゼナル周辺を飛び回っており、咄嗟に二人はアサルトライフルを構える。

 

 直ぐに仕留める。……と二人は意気込んで引き金に指を掛けたもののドラゴンは抵抗の意志を見せなかった。それを二人は不審に思った。しかも何かを訴えているかのようにぐるぐると円を描くように飛び回っている。そして歌を歌うように吠えていた。

 

―――降伏? いや、それならば着地する筈。何がしたい?

 

 よく聴くと、それは何処かアンジュたちがヴィルキスを変貌させて竜巻を発砲した歌に似ているとリオスはふと気付いた。リオスよりそれにいち早く気付いたアンジュがその歌を口ずさみ始めて、前に出た。

 前に出ても、ドラゴンは攻撃する素振りを見せない。暫く円を描くように空を舞った後で、アンジュのすぐ目の前で着陸した。リオスは、アンジュに任せてみる事にした。いざとなれば援護すればいい事だ。

 

 ドラゴンを追ってヒルダ、クリス、ロザリーが慌ててライフルを構えたが、リオスは両腕を横に広げて妨害した。

 

「リオス! 何邪魔をしてんだ、どけ!」

 

 ロザリーが邪魔をするリオスに苛立ちながら叫ぶ。それでも尚、リオスは下がらなかった。

 

「ここは……アンジュに任せてやってくれ」

「あぁ?」

 

 ヒルダは不審げに顔を顰めてリオスを睨んでいるとアンジュの歌が終わり、ドラゴンの姿が霧に包まれた。エルシャ、シエナ、ジル、ミランダ、そして緊急で釈放されたらしいサリアがその直前に現れたが、霧が発生して薄くなっていくのを見てミランダ以外全員武器を下げた。―――そう、ミランダ以外は。

 

 銃声がこの場に響いた。

 

 咄嗟にリオスは身体を動かして射線上に立ってドラゴンとアンジュの盾になった。幸い、位置が悪かったか頬を掠めただけで背後のアンジュたちに危害は及んでいない。

 

「止せ、ミランダ!」

 

 ……撃ったのはミランダだった。リオスは頬の痛みでふらつき、2、3歩下がる。

 ジルが撃ったミランダを咎めるがミランダは銃を下げる事はない。……銃を構えるミランダの顔は、怒り、憎しみに染まっていた。その顔を見た近くに居る者は戦慄した。憎悪をむき出しにしたその顔に。

 

「邪魔しないでくださいよ! 司令、リオスさん! ドラゴンは―――全部……殺すんだから!」

 

 

 修羅に染まった彼女の顔にリオスはこれまでの彼女らしからぬ行動に唖然とした。だが、彼女を動かしているものが何なのか、何となく見当はついていない訳でも無かった……

 

 

 ミランダにとってのココは小さい頃から、それもアルゼナルに来たばかりの幼年部時代からの友達だった。二人とも、物心がつく前から母親から引き離されてアルゼナルに連れて行かれたのだ。ココはまるで家族のようなものだった。血のつながった姉妹のようだと幼年部の教師はよく、そう評したものだ。

 ココは絵本が好きだった。皆が絵本から学級文庫レベルに読む本が移行してもココは未だに絵本を読み続けており、他の皆がよくそれを笑っていた。ミランダはそんなココを庇いつつ、ココの外の世界についての想像をよく聞いていた。そんなココの顔はとても楽しそうで、そんなココを見るのがミランダとしても楽しかった。

 

 アンジュが来て、命令違反を犯してしまい第二中隊に転属された後もそんな日々は変わらなかった。最初は心配したが、他の隊員たちと仲良くなってきているらしく、ココ自信も地味ながらも操縦技術を上げていて、それは杞憂に終わった。

 一杯頑張って、ドラゴンを全てやっつけたら魔法の国に連れて行って貰えると、ノーマが行ける訳が無いのに、そう、彼女は信じていた。それが彼女を動かしていたのかも知れない。そんな危なげながらも真っ直ぐに頑張るココを見守るのがミランダにとって全てでは無いが、半分を占めていたのには間違いない。

 

 そして偶然、ココだけでなく、幼年部時代の友達に会った。それはフェスタから少し前の事。自由時間が重なった事による偶然だったのだが、ココと一緒に皆で談笑しながら久々に昼ご飯を食べた。

 

 今居る部署はどんな感じ? とか、幼年部時代の思い出とか。

 

 最後の別れ際、また皆で会う約束を取り付けた。フェスタだけでは無く、他の時も。ミランダはココは特別であったが幼年部時代の同期の皆も大好きだった。ずっと友達で居られると、そう思っていた。

 だが―――その約束っが果たされる前に、あの赤いパラメイルがココやアルゼナルの半分を吹き飛ばした。ココだけでは無い。ミランダの幼年部時代の友達で別の隊に配属された人間が悉く、いや、全てあの赤いパラメイルたちが吹き飛ばしたのだ。

 

 ―――何もかもを、だ。

 

 そしてドラゴンたちが赤いパラメイルの攻撃に続くようにアルゼナルを襲い、暴れまわり追い打ちをかけるように沢山の命を奪い尽くす。約束があったのに、これからもずっと友達だと思っていた者たちが悉く消し飛んだ。

 

 ココの死を知らされた時は、最初は胸にぽっかりと穴が空いたかのような感覚で、何かを成そうという気力もわかなかった。もう、ココや皆の声を聴くことは出来ない。もう、二度と会えなくなるという事を。

 ミランダは天国や地獄なんて信じない。死んでしまえば終わりだと信じるタイプだと自分でカッコつけてそう思っていたのだけれども、今回ばかりは信じずには居られなかった。ドラゴンさえいなければこんな事にはなりはしなかった。

 そう思っている内にミランダの腹の底の憎悪が渦を巻き始めていた。それは次第に広がって行き、ドラゴンへの憎悪を募らせていく。

 それが爆発したのは―――辛うじて生きながらえながらも虫の息で戦闘後医務室に運ばれ横たえていた友人の絶え絶えの最期の言葉だった。

 

 痛い、助けて。ミランダ。

 

 繋げると、そんな言葉だった。

 助けを請う友人は片目が潰れてそれの血が溜まって血の池にになってしまっており、片耳が吹っ飛び、腕が吹き飛んでいて、最早素人目からみてまともな生活を送れない見るにも無残な姿になっていた。

 何故このような事をするのか。何故そんな事をするのか。ドラゴンたちはそんな疑問なんて耳も貸さずに人間を喰らい、引き裂く。そんな冷血なドラゴンがミランダは許せなかった。

 

 そして―――生き残りのドラゴンが現れた事を耳にしたミランダは必ずや一匹でも多くのドラゴンを倒すと決意した。相手も生き物だ。

 知ればいいのだ。大切な人と二度と会えなくなる辛さと、悲しさを。

 

 無抵抗のドラゴンを撃とうとしたミランダを動かしていたのは、そんな怒りと憎しみだった。

 

 

 

 リオスが邪魔する事でアンジュやドラゴンに危害は及ばなかった。ドラゴンの身体から白い煙が発生してから暫くすると―――霧から小さな人のシルエットが露わになり、聞き覚えのある声を放った。

 それにミランダは限界まで眼を見開き、信じられないものを見るような目をしていた。何事かとリオスは背後を向くとリオスもミランダ程ではないが驚愕の色に染まった。

 

「ここでクイズでぇす! 人間なのにドラゴンなのってだーれだ! ……あっ、ドラゴンなのに人間? あれれ……意味、分かんないよ……」

 

 このクイズを他人に出したがる癖、そしてその短い赤の髪。もう見間違う事は無い。

 ヴィヴィアンだ。ジルとアンジュ以外は信じられないような表情でヴィヴィアンを見る。

 

「お帰り、ヴィヴィアン」

 

 何故分かっていたのか知らないがアンジュがそう言うと、ヴィヴィアンはアンジュに抱き着いて泣き出した。これで大団円……という訳にも行かず、アルゼナルの医者であるマギーがジルの指示でやってきて麻酔を打ち込み、麻酔を撃ち込まれたヴィヴィアンは糸の切れた人形のように頽れた。

 

「何がどうなっているの……」

 

 呆気に取られるシエナ。シエナだけではない、リオスも、ヒルダも、ロザリーも皆呆気に取られて一連の状況を見ていた。

 ドラゴンの仲間は機体を持って居て歌を歌った。そしてドラゴンは人間に変貌した。そして以前戦闘の際に感じたドラゴンから発せられた人間に近い感覚。まさか―――

 リオスの脳裏には殆ど答えは出ていた。それはアルゼナルのライダーにとって酷な真実。彼女たちは人間を護る為に害獣対峙をしていたつもりだった。

 

―――本当の所は、俺たちは……

 

 マギーがヴィヴィアンを連れ去った後、アンジュとほぼ同じタイミングで、ドラゴンの死体を廃棄している現場まで走った。それを追うようにしてアンジュを追ってやって来たモモカや、ヒルダたちも何事かと思いながら二人を追う。

 走っている内にドラゴンの死体が掘られた大穴に放り込まれている光景が近づいてくる。

 

―――その答えは……

 

 ドラゴンの死体の処理をしていたジャスミンの後ろ姿が見える。そして傍にいた犬がリオスたちに勘付いて吠えるとジャスミンはリオスたちに気付いて「来るんじゃないよ」と警告する。だが―――そんなもので止まるほどアンジュは素直では無いし、リオスもアンジュより素直な方だが、行き着いた結論を知る為に止まりはしなかった。

 

―――俺たちがやって来た事は……!

 

 ジャスミンが慌ててガソリンをぶちまけてから火を点けたライターを放り込んだ。ガソリンのお陰で簡単にドラゴンの死体たちは燃え上がり、熱気が近くに居る者たちを襲う。

 

 リオスたちを止める術を持たぬジャスミンを尻目にリオスは燃え上がる大穴に放り込まれたドラゴンたちを見る。暫くすると、リオスの鼻に兵士としては何度も嗅いできた不愉快な臭いが突いてきた。

 

「どう……なっているの?」

「―――やっぱり……そうだったんだな」

 

 アンジュが燃え上がる炎の中をみて目を見開き、リオスは思いついた最悪の可能性が的中した事に険しい顔で燃える死骸たちを見た。先程までドラゴンしか居なかったというのに、炎の中には人間が混じっていた。そう―――ドラゴンが人間に戻っているのだ。

 後に続くようにやって来た第一中隊メンバーも、炎を見て驚愕の表情を見せていた。

 

「何……これ」

「ドラゴン……だよな? そうだよな?」

 

 エルシャは思わず後ずさりしてロザリーは目の前の状況が信じられないのか、確認するかのように誰かに答えを求める。そしてリオスは重い口をゆっくりと開いた。

 

「俺たちは戦争をやっていたんだよ……害獣狩りなんかじゃない。形は歪だけれども、本物の人間同士の戦争を……やっていたんだよ」

「嘘……」

 

 シエナが目の前の現実が重すぎたかたじろぐ。当然だ、それが普通の反応だ。知らず知らずの内に人を殺していただなんてそんな事実に耐えられる訳が無い。しかも、沢山、数えきれない数の。

 

「よくある話だろう? 化け物の正体が人間でした……なぁんて」

 

 ジルがゆっくりと歩きつつ煙草を吸いながらそう言う。リオスの眉間に更に皺が寄って来た傍ら、アンジュが吐き気を催し口元を抑え、治まった所でアンジュは己がやって来た事を振り返り自分の両手を交互に見ていた。

 

「気に入っていたんだろう? ドラゴンを殺して金を稼ぐ生活、そんな暮らしに」

「……くたばれクソ女ッ!」

 

 アンジュは怒りのままにジルを睨みつける。そんなジルの煽りに堪えかねたリオスはリオスは怒りのままに詰め寄った。

 

「アンタは知っていたのか……! ドラゴンが人間だって!」

 

 知っていながら少女たちに殺しを強制していたのか。それにジルは怯む事無く返した。

 

「あぁ。お前は何故怒る? 元軍人としてか? それとも……人間としてか?」

「そんなものはどっちもでもいいし兵士である俺は既に覚悟は出来ている! でもアンタは何も知らないガキどもに知らず知らずの内に人を殺させていたのか!?」

「否定はしないさ。だが、どう足掻いても我々ノーマがそうせざるを得ない。そうする事が我々ノーマの生きる術なのだからな」

「―――ふざけやがって」

 

 悪態をつくリオスにジルは不敵にフッと笑う。一体何がおかしいのだこの女は。リオスは沸きたつ怒りを抑え乍らも睨むが、ジルは動じる事をしない。

 

「あぁ、ふざけているだろう? この理不尽極まりない世界の構造に」

「何を―――ッ」

「では壊してみないか? このふざけた世の中を」

 

 壊す?

 リオスは戸惑い顔を顰めた。戸惑うリオスを他所にアンジュはジルに吐き捨てるように叫んだ。

 

「もうヴィルキスには乗らない、ドラゴンも殺さない。リベルタスなんて……クソ喰らえよッ!」

 

 リベルタス。初めて聞く言葉にリオスは困惑するも、ジルは「神様に飼い殺されたいならそうすれば良い」とアンジュを煽るような言葉を言いたいだけ言ってからこの場を去って行った。ジルという女がリオスには分からなくて不気味さを覚えずには居られなかった。あの女は確実に他に重要な何かを隠している。そんな気がしてならないのだ。

 

 ジルに対する疑念を抱えながら、燃えていくドラゴンに対してリオスたちは責めてのものとして黙とうを捧げた。これが何の意味も無いし、所詮自己満足でしかないのは分かっては居たが、そうせずには居られなかった。

 そんな真っ最中―――何もない場所から立体映像が突如として現れた。

 

「―――なんだこれ?」

「マナの力による映像です!」

 

 唐突として現れて驚きつつ口にしたリオスの疑問にモモカが答えていると、映像に映し出されたニュースキャスターのような女性が口を開いた。

 

『こちら、ノーマ管理委員会直属、国際救助艦隊です。ノーマの皆さんドラゴンとの戦闘、お疲れ様でした。これより皆さんの救助を開始します。全ての武器を捨てて脱出準備をしてください』

 

 それは唐突の事だった。人間がノーマに助け寄越すという事にリオスたちは驚きを禁じ得なかった。人間はノーマを見下し危険な存在とすらしているというのに。

 

「アンジュリーゼ様、助けです! 助けが来ましたよ!」

 

 モモカが喜びのあまり声を上げるが、正直言って、ヒルダやリオス、そしてアンジュにとっては信じがたい事であった。まぁやられてきた事がやられてきた事だから致し方あるまい。それにアンジュは殺されかかっても居るのだ。

 どうせ、助けてくれた所で新しい拠点に持っていかれてドラゴンとの戦いを再びやらされる事は間違いないだろう。―――それに

 

 アルゼナルの対空砲の隔壁が全てオープンして、その直後海にある艦隊からミサイルを放ってきたのだから。

 

「小娘共、来るよ!」

 

 ジャスミンの警告通りミサイルがアルゼナルに着弾し、対空砲を悉く破壊した。それを受け、全員ミサイルの爆発から逃れるように内部へと走り出した。

 

 

 リオスが逃げ込んだ先は、幼年部たちの居る教室だった。エルシャが幼年部たちを放っては置けないと言ったのが理由だ。他のメンバーは教室の外の通路で武器の準備をしている。

 

 子供たちが怯える中でエルシャが子供たちの気を落ち着かせるべくオルゴールを流していた。それでも尚、子供たちは怯えたっきりだ。まぁミサイルがひっきりなしに飛んでくる中で落ち着けというのも酷な話である。

 間違いなく本気で全員を殺しに掛っている救助艦隊に、リオスは舌打ちした。

 救助するふりして騙して悪いがと言わんばかりに無抵抗の人間をやる腹積もりだったのだろう。まるで旧UCEがやろうとした事と同じではないか。そんなリオスの心境に答えるかのようにアルゼナルの全区域のスピーカーからジルの声がした。

 

『諸君、これが人間だ。奴らはノーマを助けるつもりなど端からない。物のように我々を扱い、別の戦いに従事させるつもりだ。それを望まぬ者は投降しろ。抵抗する者はここへ来い。これよりアルゼナル司令部は人間の管理下より離脱する事を宣言する。よって―――反抗作戦をこれより開始する。作戦名は……リベルタス』

 

 リベルタス……先ほどアンジュが言っていた事だ。ジルの口ぶりからしてこうなる事は既に織り込み済みだったとでも言うのか?

 他人に知らない内に手段のコマにされる身は堪ったものでは無いが、今回ばかりはこの作戦に乗ろうとリオスは決意した。ミサイルをぶっ放すような連中に投降しても碌な事が無いのは目に見えている。

 

『志を同じくする者は武器を持ち続け、アルゼナル最下層へと終結せよ。以上だ』

 

 通信が終わり、リオスは深呼吸をした。これはかなり忙しくなりそうだ。それにナインボール=セラフの回収をせねばならない。さて、行こうとリオスが決意したその時だった―――

 

「リオスお兄様、大丈夫だよね?」

 

 幼年部の少女一人が涙声で問うた。これまでにない事態で正直言えば不安しかない。だが、それでも―――

 

「最大限の―――努力はするよ」

 

 自分に出来る最大限の努力をする。それがプロフェッショナルというもの。遠くから銃声が聞こえたので咄嗟にリオスとエルシャが手持ちのライフルを確認しながらヒルダたちの居る外へと出た。エルシャもまた、ジルのリベルタスに参加する気満々であった。

 そして現第一中隊隊長であるヒルダもこれまでにされたこともあってリベルタスに乗り気ではある。だが―――リベルタスなんかクソ喰らえと言い放ったアンジュはヒルダの近くに先ほどまでずっと居た筈なのにこの場から去っていた。

 

 

 

 既に、かなりの数の兵士がアルゼナルに降下してきていた。黒ずくめの装備をしていた兵士たちがアサルトライフルを連射する。だが、装備だけは一丁前で練度はそこまで大したものでは無く、本場の訓練をしてきたリオスには大した相手では無かった。出来るだけ急所は狙わずかつ無力化させるためにライフルを兵士に命中させて無力化した兵士からこちらより質の良い敵のアサルトライフルをもぎ取る。

 既にかなりの数のアルゼナル側の人間の死体をリオスは目にした。

 その中には武器らしきものも持って居ない既に手負いの者も居る。

 

「何て事を……!」

 

 思わず怒りの入った言葉が漏れる。気に食わなかった。彼らの行いがノーマ相手ならばどんな手段を取っても良いとでも考えているようで。

 リオスは単独で第9番格納庫に向かっていた。隊長であるヒルダから言われた事なのだが、各ライダーは自分の機体に乗って敵を迎撃しろとの事。

 自分の機体がある第9番格納庫はノーマークだったらしく、そこまでには兵士の手は及んで居なかった。

 

「来たね! 早くセラフに乗って!」

 

 整備士たちが機体を何時でも出撃できるようにスタンバっていたようで、ナインボール=セラフのエンジンは既に温まっていた。急いでコックピットに乗り込み、起動スイッチを入れる。

 

【ドラゴン以外の反応。何が起こっている?】

「人間がこちらを攻撃してんだ!」

 

 リオスは水中カタパルトに機体が移動していく間に、H-1に事のいきさつを説明する。H-1はそれになにもコメントをしなかったので彼が何を考えているのか分からなかった。だが、分からない奴の力を借りるしかないのだ。今は。

 

「生き残るぞ……H-1」

【それは生存欲か】

「そうだよ!」

 

「第一中隊所属のリオス! ナインボール=セラフで出ます!」

 

 水中カタパルトから射出され、ナインボール=セラフは水中から浮上した―――途端にリオスは驚愕し、絶句した。

 

「何じゃこりゃ!?」

 

 無数の扁平な円盤がそこらかしこにアルゼナル前を飛び回っていたのだ。その数はドラゴンの比では無い。既に出撃しているパラメイルも居たのだが、それらの対処には手を焼いているようで彼女らがアサルトライフルを乱射しても一向に数が減っていなかった。そして一機が無数の円盤が張り付いて一機の味方パラメイルをいずこへと連れ去ってしまった。

 

【警告する、上空から大型熱源反応】

 

 連れ去られゆくパラメイルを追おうとした矢先影が日差しを遮った。一体何なのかとカメラを真上に動かそうとすると真上からグレネードが落ちて来た。それを間一髪で避けてから上を見ると、巨大な飛行物体が、上空を浮かんでいた。

 

「あ、あんなものまであんのかよ!?」

 

 その大きさはパラメイルと比べて大きなナインボール=セラフの何倍もあった。それがアルゼナル上空を飛んでおり、グレネード弾を発砲してくる。そんな殺す気満々な兵器にリオスは顔を引き攣らせた。しかも、他パラメイルには一切目もくれずにナインボール=セラフだけを狙って来るのだ、おびただしい数のグレネード弾とミサイルが。

 

「嘘だろちょっと待ってよマジで!?」

 

 リオスは悲鳴を上げ乍ら、飛行形態でグレネード弾とミサイルの雨から逃げ回った。しかもこれだけでは終わらず、円盤たちも機銃を放ったり、刃を出して突進まで仕掛けて来る。ブライト艦長も認めるであろうあまりの弾幕にリオスは顔をドラえもんの如く青ざめさせた。

 

【V-Driveシステム安定 オービット解放する】

 

 そして唐突にまた訳の分からない事を言いだすH-1。もうやだこの戦場。そう思っていると、ナインボール=セラフのバックパックから何かが出て来た。そして放たれたそれはナインボール=セラフの周辺を飛び回り、レーザーを放ち近場の円盤を撃墜してから本機の周囲を衛星の如く飛び回っていた。

 何事かと思ったが、H-1の言葉を思い出す事で大体察した。

 

 先程オービットと言ったのだ。リオスは、落ち着いてオートマチックモードのオービットにセミオートモードに変えて指示を飛ばした。

 

「オービット! 円盤を撃ち落とせ!」

 

 リオスがそう命じると、オービットは勝手に動き、其々散開して円盤を叩き落としていく。後は、大型飛行兵器だ。大型兵器を倒さなければアルゼナルそのものも自分も危ないし、連れ去られた味方を助け出す事も出来ない。

 試しにチェーンガンを放つが、当たっても巨体故にさして通用していなかった。……近づいてブレードで武器が無いであろう背後からバッサリ斬るのが適切なのかも知れないが、大型飛行兵器はブースターを沢山付けているからか出力が高くて思いの外動きが速い。それでいてグレネードをマシンガンの如く降らせてくるものだから堪ったものではない。

 

 再び放たれたミサイルに機体をブーストさせて振り切るべく飛ばした。だが、ミサイルの追尾は執拗で中々振り切れない。ならば―――

「オービット! ミサイルの迎撃をしろ!」

 オービットにミサイル迎撃を命じると勝手にミサイルを撃墜してくれた。これならば勝てるか―――そう思った矢先オービットが勝手にバックパックに帰ってしまった。

 

【オービットの再充電、再使用可能まで1分】

 

 どうやらそこまで万能兵器では無いらしい。落胆しつつ、巨大飛行兵器をどうするかを考えつつミサイルやグレネードから逃げ回っていると、シエナが通信を送って来た。

 

「リオス! 大丈夫!?」

「―――シエナか」

 

 攻撃を辛うじて振り切ると、シエナの新しい機体であろう正式量産されたゲシュペンストがナインボール=セラフの近くにやって来た。―――これならば……

 

「シエナ、アレを倒すために一つ作戦があるんだが良いか?」

「え……えぇ」

 

 同意を得られた事だし、リオスは作戦をシエナに提示した。

 内容は、リオスを狙っているのを逆手に取るという簡単なものだ。ナインボール=セラフの機動力で辛うじて逃げ回れるので、隙が出来た所でメガビームライフルやスプリットミサイルでブースターを破壊。機動力を奪った所でナインボール=セラフが接近しブレードで切り刻む。

 

「それって危ないんじゃ……」

「それ以外に方法は無いし、ほっといたら多分碌な事をしないぞあんなの!」

「……了解」

 

 少々不満があるのか、シエナが渋々と返事しつつ、メガビームライフルを構えた。円盤が近寄らないようにオービットにシエナのゲシュペンストを護衛をさせる。

 作戦開始時には大型飛行兵器はグレネードとミサイルを放っていた。それを先ほどと同じようにナインボール=セラフの飛行形態で回避行動を取った。

 シエナはその間に大型飛行兵器のブースターを狙っていく。―――そして。

 

 隙を見つけて、引き金を引いた。

 

 光の弾丸は、大型飛行兵器のブースターをいともたやすく射貫き、ダメージを受けたブースターから煙を上げて大型飛行兵器はバランスを崩す。そして速度を落としていく。更に追い打ちを掛けるようにしてミサイル発射装置も狙撃して破壊してしまった。

 

―――チャンスだ!

 

 リオスは機体のアクセルを踏み、最大速度で大型飛行兵器の背後に回り込み、そこから機体の真上に人型形態に変形してから乗った。真上には武器が一切無く、乗られてしまえば反撃のしようもない。それをいいことにエネルギーブレードを両腕に展開してから滅茶苦茶に切り裂いた。内部のエンジンまで斬れたか、大型飛行兵器は爆発、炎上しナインボール=セラフは爆発に呑まれないように退避した。

 そして大型飛行兵器はあえなく海上へと墜落。そして水柱を上げて海の藻屑と消えた……

 

【巨大兵器の撃墜を確認】

「よし」

 

 H-1からの報告を受けて、リオスは一息を吐いた。だが―――それだけで終わる訳が無かった。

 

「リオス!」

「―――えっ」

 

 海上から水柱を立てて、ナインボール=セラフの背後から、人型機動兵器が姿を現したのだ。その機体は黒く、背中には巨大なブースターを背負っている。それが何なのか分かる前に腕から形成されたエネルギーブレードがリオスのナインボール=セラフに振り下ろされる……筈だった。

 横殴りに衝撃が襲った。

 ナインボール=セラフが衝撃で吹っ飛び、黒い機体が振るったエネルギーブレードがナインボール=セラフに命中する事は無かった。―――その代わりに、シエナのゲシュペンストが切り裂かれた。そして黒い機体は追い打ちを掛けるようにしてもう一振り振るおうとする。

 

 そうはさせないという気持ちこそあれど、間に合う訳が無かった。崩れた機体の体勢を立て直すのに時間を喰ってしまい、間に合わず―――無情にも……シエナのゲシュペンストは四肢を切り裂かれて―――達磨にされ海へと落ちた。

 

「シエナァァァァァァァッ!」

 

 リオスの絶叫が海の上で木霊した。

 シエナのゲシュペンストは水没したまま上がっては来ない。助けに行こうにも、黒い機体が邪魔をする上に、黒い機体を見た途端にリオスは硬直してしまう。

 

「……黒い……セラフ?」

 

 シエナのゲシュペンストをやったのはリオスのナインボール=セラフと同じ形状をしたものだった。黒い、という点以外は正にナインボール=セラフとは違いが無い。

 

「よくも……シエナをッ!」

 

 リオスは吠えながら機体をブーストさせた。オービットはとっくの昔にバックパックに帰還しており絶賛充電中だ。ならばブレードで叩き切るかパルスガンで蜂の巣にするしかないだろう。だが後者ではパワーが無い。相応の連射力があれば、別なのだが。

 

【どうやら大型飛行兵器の内部に格納された機体のようだ】

 

 H-1の解説などリオスは全然聴いて居なかった。今はこの黒いセラフもどきを破壊する事だけ、リオスの頭の中にあった。




ミランダ「死後の世界とか無いわー有り得ないわー」
バイストン・ウェル「」

今回の話を書いていて私の中で何故か霧が濃くなった。
???「復讐心は悲しみの連鎖を生むだけですよ、ヴァンさん」


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第19話 リミット・オーバー

 GWは終了(´・ω・`)


 ナインボール=セラフと黒いセラフの戦闘は間もなくして開始された。エネルギーブレード同士が衝突し合い、何度斬撃を放っても全ての斬撃が受け止められてしまう。痺れを切らして、ナインボール=セラフは若干後退して少々離れた距離からパルスガンを放つ。

 しかしながら、距離が100しかないのに拘わらずも黒いセラフは軽々と回避してしまう。それがリオスを苛立たせた。

 

「落ちろよ!」

 

 相手の機動力はナインボール=セラフとほぼ互角。爆発力はこちらが上だが、一定のスピードを持って居るのは相手だ。黒いセラフが持って居る武器は垂直ミサイルや、腕部パルスキャノン、そしてエネルギーブレードとチェーンガンのみで見た所、オービットは搭載していないらしい。

 黒いセラフはこちら以上の連射力を持った腕部パルスをこちらに放って来る。その量はマシンガン級だ。しかしながら、こちらにだってアドバンテージはある。オービットをあちら側は何時まで経っても放っては来ないのだ。

 では、どうする? 決まっている。

 

「オービット射出! 黒いセラフをかく乱しつつ、ブレードで斬る!」

 

 オービットはリオスの指示を受けてバックパックから放たれて黒いセラフの周辺を飛び回り乍らビーム砲を放つ。流石曲がりなりにもセラフと同型と言った所か、軽々と躱しながら、リオスのナインボール=セラフをパルスキャノンで近寄らせない。

 

 ナインボール=セラフは咄嗟に海面を叩き、水柱を発生させた。それでパルスキャノンの威力を減衰させてやり過ごしながら―――水中に潜らせた一機のオービットを黒いセラフの背後に回り込ませて、浮上した一機のオービットが黒いセラフの背中に装備された大型ブースターを撃ち抜いた。

 イレギュラーな攻撃だったか、黒いセラフは水中に隠したオービットにまともに対処出来ずに、大型ブースターから黒い煙を上げ乍ら、機体バランスを崩す。

 

―――今ならばっ!

 

「はぁあああああっ!」

 

 そして、水柱を突っ切ってリオスのナインボール=セラフがパイロットの雄叫びと共に超高速度で迫り―――

【V-Driveシステム解放 リミット・ブレイクモードに移行する】

 リオスの意志に関わらず、赤い光を放ったナインボール=セラフが黒いセラフを掴み上げ、周囲のビットが掴まれた黒いセラフの回りに集まって一斉にビーム砲を放ち、一頻り撃ちきった後に右の手刀で黒いセラフの胴体を刺し、3連パルスガンを撃ちまくる。それからエネルギーブレードをそのまま形成させて装甲を掻っ捌いた。

 炎を上げる黒いセラフが海面へと落ちていく。そして海に落ちて暫くすると爆音と共に大きな水柱を上げた。

 

―――今度こそ……終わりだ。

 

 だが、これだけで戦闘は終わらなかった。無数の円盤がナインボール=セラフをミンチにするべく刃を出して突進をしてきたり機銃を放って来る。

 だが、今のナインボール=セラフを止められる訳が無かった。

 

「そこを―――退けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 雄叫びと共にナインボール=セラフのブースターに火が点き、驚異的な機動力を以て円盤を撃墜かつ蹴散らしていく。一部はアームで殴り貫き、一部はパルスガンで叩き落とし、一部はエネルギーブレードで半分に叩き切る。そして残りはオービットに潰して貰う。

 

 何時も以上の追従性と機動力にリオスは違和感を覚えていたがそこまで気にするほどの余裕は無かった。円盤を100以上落とした筈なのに、全く減っていないように思われる。そんな一進も一退もせぬ戦闘の中でナインボール=セラフに向けて通信が入った。ジルだ。

 

『リオス、戦闘を切り上げろ。アンジュがヴィルキスに乗って逃げ出した。サリアと連携して奴を捕獲しろ』

「アンジュが?」

 

 ジルの話によると、アンジュはリベルタスに参加する気は無いと少々前から言っていたのだと言う。だが―――まぁあの跳ねっ返りに隠し事をすればああもなるというのもの。自業自得ではあるが、一応不当な命令という訳でも無いので了解した。

 既に付近ではヴィルキスとサリアのゲシュペストが衝突しており、さして遠い距離には居なかった。シエナの回収はこの慌ただしい状況下では出来ない。リオスは心の中でシエナに謝罪しながらヴィルキスのもとへとブーストした。

 

 

 アンジュが自分とは違う。

 サリアがそう改めて思い知らされたのは赤いパラメイルとの戦いからだった。

 

 まず、サリアがここまでやって来たのはジルの為に、そしてジルの代わりにヴィルキスに乗ってリベルタスを成すという決意があったからである。

 だが、いざヴィルキスに乗ったものの、ヴィルキスに拒絶された。ジルが乗っていた時の力の半分以下も発揮出来ず、墜落してサリアは大怪我を負ったのだ。

 因みに彼女にナインボール=セラフへの執着は無かった。そもそも誰が触れても動きはしなかったし、後継者であるリオスはヒルダと真正面から喧嘩したりと大人気ないものの比較的まともな人間だったので彼には任せても良いだろうという思いがあった。命令違反は滅多にしないし、出自が凄まじく怪しかったが能力も充分にあり、努力してきたのだろうと思える部分が幾つかは間違いなくあったのだから諦めは付く。

 

 

 話しを戻すが、サリアがヴィルキスの搭乗に失敗し、それから―――アンジュが現れた。彼女は命令違反はするわ報酬の独り占めをするわと非常に自分勝手で部隊内の和を乱していた。正直言って早く死ぬものかと思っていたし、それ以上に気に食わなかった。

 

 自分よりずっと高貴な生まれで、ジルには肩入れされ、自分より圧倒的に少ない量でパラメイルを乗りこなし、戦闘技術を習得して圧倒的な技術を以てヴィルキスを乗りこなした。一時期はアンジュと真正面から殴り合って彼女にヴィルキスを任せても良いだろうと思いもしたが、所詮違うものを違うと、彼女の脱走とリオスを人質にして巻き込んだ事で思い知らされた。

 その上ドラゴンのアルゼナル襲撃の後、ジルにより特例でヒルダごと釈放。没収した筈のヴィルキスをアンジュに返すという事まで。

 

―――どこまで私の周囲を引っ掻き回すのだ。

 

 正直参ってしまって何かにすがりつきたくもなった。相手がリオスだったので若干後悔したのだが。ありったけ溜めて来た毒を吐き出せたのはある意味良かったのかもしれない。吐き出せないままであったらきっと冷静で居られなかっただろうから。

 

 アンジュはジルへの信頼を得た上に、能力もある。それなのに関わらず彼女は勝手な行動で引っ掻き回す。そして自分たちの悲願であるリベルタスをクソ喰らえと吐き捨てまでした。何が不満なのだ、何が。自分よりずっと恵まれた才能を持ちながら。

 今も彼女は使命から逃げてヴィルキスで円盤兵器を破壊しつつ艦隊へと機体を走らせていく。それを追ってサリアもゲシュペンストを駆りヴィルキスを追った。

 

「戻りなさいアンジュ。戻って使命を果たして! 何が不満なの? 貴女はアレクトラ……司令に選ばれたというのにッ! 私の役目も居場所も全部奪ったんだからそれくらい―――ッ」

 

 思いのたけをアンジュに吐き出しつつ、ゲシュペンストは最近手に入れたサムライブレード月光丸を抜刀し構える。威嚇のつもりではない。逃げる様ならばブレード光波を撃つつもりだった。だがアンジュは―――

 

「……私は、ここが好きだった。最低で最悪で何食っても不味くて。好きだった。ここでの暮らしが……それを奴らは壊した。だから―――」

 

 ヴィルキスが動き出す。ゲシュペンストを突破するつもりなのか。サリアはプラズマステークをセットし、ヴィルキスが振るった実体ブレードを、サムライブレードである月光丸で受け止めた。

 

「私は―――行く! 邪魔すれば誰であろうと……殺すわ!」

「何をふざけた事を!」

 

 最初は若干ゲシュペンストが押されているだけであった。だが、ヴィルキスの白い装甲が突如として真紅へと書き換わった時、完全に押し負けた。

 白銀の刀身から真紅へと変わったヴィルキスの剣で月光丸が吹っ飛ばされ、蹴り飛ばされる。

 

―――足癖の悪い!

 

 サリアが毒づきながら、海上へと落下しながら機体の体勢を立て直すべく機体のペダルを踏むが、海面衝突まで間に合わない。

 

―――アンジュ……勝ち逃げなんて許さないんだから!

 

 だが、落下限界点に至りこれで終わりかと覚悟したその時だった。背後から衝撃を受けて機体の落下が止まった。

 

「リオス!?」

「……何すかアレ。ヴィルキスが紅くなって赤いフィールド纏って馬鹿デカいビームサーベルぶん回していましたが」

 

 受け止めたのはナインボール=セラフだった。手には落とした月光丸を持って居る。やって来るのが遅いのだ。この男は。サリアは大きく溜息を吐きながら遅いリオスに心の中で文句を言うのだった。

 

 

 ヴィルキスが向かった先は指揮官の居る戦艦だ。護衛の円盤メカは次々と覚醒してZガンダムめいたハイパービームサーベル並の長さの剣で一振りするだけで相当の数が消し飛んだ。

 

「ヴィルキスを追うわ。……何としてでもアンジュを連れ戻す」

 

 今は隊長ではないが、サリアの言葉に慣れで反射的に「了解」と返してから変形したセラフにゲシュペンストが上に乗ってヴィルキスを追って飛んだ。戦艦さえ潰せばあの円盤は止まる筈なのだ。

 夥しい数の円盤が2機に襲い掛かるが、それは別方向から飛んできたガトリングガンの弾丸が円盤を蜂の巣にして2機への奇襲を阻止した。

 

 ガトリングガンを放つパラメイルは新生第一中隊には存在しないし、この世界の中では明らかに特徴的な機体の形状と大きさで直ぐに分かった。

 

「……クラウドブレイカー? タスクか!」

「また会ったね。リオス」

 

 タスクが駆る量産型クラウドブレイカー改だった。今回はフル装備らしく、ミサイルポッドは勿論スナイパーライフルも装備されている。小型円盤と戦うには充分過ぎる装備であった。

 

「タスク……アンジュが」

「分かっている」

 

 サリアが今の状況を説明しようとするもタスクは既に状況は掴んでいたらしい。ジルに言われてタスクもまた、アンジュを追っているようである。しかしながら―――リオスはサリアに疑問に思った事があったので問うた。

 

「サリア隊長、タスクと知り合いで?」

「……隊長は要らないわ。それに今の私は上司でも何でもない。……そうよ。彼もまた、『リベルタスの協力者』よ」

 

 サリアは若干自棄気味にそう答えた。

 どうやら世間は思いの外狭いらしい。けれど、彼が態々公開処刑を受けたアンジュを助けに来た理由が何となく分かった。アンジュとヴィルキスは恐らくリベルタスとやらを成すのには重要なファクターなのだ。それをジルたちは失いたくないようだ。

 それを証拠にヴィルキスは圧倒的なパワーを見せつけていた。

 

 円盤はまるで虫を叩き落とすようにした潰し、戦艦はまるで紙のように真紅のブレードで真っ二つにしてしまう。アンジュの動きには一切の迷いが無かった。まさに鬼神たる戦いぶりにリオスは唖然とする。

―――これがヴィルキスの……力だとでも言うのか。

 

 そして最後の一機にを半壊させてその前でヴィルキスは滞空した。一体何なのかと思い、リオスはH-1にカメラのズームを頼み、確認すると半壊した戦艦にはジュリオが居た。そしてヴィルキスのコックピットから出たアンジュに撃たれ、脅迫されたジュリオは味方に撤退するように伝えていた。

 

「……あいつ」

 

 やっている事は碌でも無いが、自業自得とも取れるその光景に複雑な気分を覚える。そしてサリアは「勝手な事を……」と険しい顔でアンジュの行為を見ながら月光丸を構えた。

 

「落ち着け……サリアたいちょ……じゃなくてサリア」

 

 サリア隊長という呼び名が定着してしまった事で思わず隊長と言いかけるも直ぐに止めた。

 

「……分かっているわよ」

 

 その割には月光丸の光波で撃つ気満々のサリアに軽く呆れつつ、離れた場所に居るアンジュと指揮戦艦に眼を向けた。アンジュは機体に再度乗ってそのまま指揮戦艦にトドメを刺そうとしていた。それを―――突如現れた黒いパラメイルが腕部に装備したビームシールドで遮った。

 

「「「!?」」」

 

 3人は驚愕した。それは突如として現れたのだ。リオスはそれがボソンジャンプではないかと思ったが、ボーズ粒子反応は何も無かった。しかも突如現れた黒いパラメイルが今の異常に強化されたヴィルキスのブレードを容易く止めたのだ。

 

 そして―――その機体の肩には人が乗っているのが見えた。金髪の長い髪の中性的な美しい顔立ちの男。それはリオスにとって見覚えのあるものだった。……そう、それはあの様々なマシンたちを見たあの時―――

 

「……エンブリヲ」

 

 タスクはアンジュのもとへと向かう途中でそう、憎々しげに呟くのだった。

 

 そうしていると、男は半壊して戦艦に向いて歌い始めた。そして黒い機体の肩が変形し、ヴィルキスと同じものらしき武器を展開し―――竜巻を放ち、半壊した戦艦を消し飛ばしてしまった。

 

「……味方、なのか?」

 

 その光景に呆気に取られてぽかんと口が開くリオス。アンジュのトドメを刺そうとするのを阻止しておいて何故、守った戦艦を消滅させたのか、彼の行動理由が分からないが、こちらに加勢したという事は味方なのか?

 現在アンジュのヴィルキスが元の白色に戻りアンジュはコックピットから出て彼に何者なのかを問いかけている真っ最中。

 リオスの迷いを断ち切るように、タスクは忌々しいものを口にするかのように答えた。

 

「アレは、あの男は、エンブリヲは―――敵だ。このマナの社会を作り上げた元凶だ!」

「本当なのか? タスク」

「嘘を……ついてどうするんだよ!」

 

 タスクは珍しく乱暴な言葉遣いで肯定した後、迷いなく量産型クラウドブレイカー改にガトリングガンを構えさせた。サリアのゲシュペンストも後に続くようにナインボール=セラフの上で月光丸を一振り、空を斬る事で光波を放つ。リオスもまた、チェーンガンを放ち、黒いパラメイルに向かって発砲した。

 

 黒いパラメイルは容易く、全て回避かシールドで防いでしまい、傷一つ付ける事は出来なかった。黒いパラメイルとエンブリヲという男は悠然とリオスたちの機体を見下ろしている。

 

「アンジュ! あの男は危険だ、離れるんだ!」」

「……無粋な」

 

 アンジュに警告すべく叫ぶが、エンブリヲは鼻で笑い再び歌を奏で始めた。再び解放される肩の兵装。そこから放たれるのは言わずもがなあの竜巻だろう。3人は窮し、撤退をしようとするが、発動速度がヴィルキスのものより圧倒的に速い。

 アンジュのヴィルキスがタスクを庇うべく全速力で接近するが、そんな事をすれば巻き添えを喰らうだけだ。

 

「来るなアンジュ! 君だけでもいいから逃げるんだ!」

 

 タスクの警告をアンジュは取り合わず、全速力でこちらへと接近していく。それを嘲笑うかのように、黒いパラメイルが何のためらいも無く竜巻を放った。もうこれは躱しようが無いだろう。渦巻く竜巻状のエネルギーが凄まじい勢いでこちらに近づいて行く。そして―――リオスの視界が白に染まった。

 

 最後に見た蒼に染まるヴィルキスがやけに脳裏に焼き付いたまま―――




 本作登場したリミット・ブレイクモードはACERのリミットブレイクに似たようなもの。
 ACERのセラフが似非トランザム状態になって敵を掴み上げて拘束した相手にオービット砲をありったけ叩き込み、トドメにアサルトキャノンをぶっ放すという鬼畜コンボが元ネタ。


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第20話 ロスト・ワールド

 ここら辺から本番。


 生暖かくこそばゆい感触を感じる。何か犬にでも顔を舐められているような、そんな感じだ。リオスは暗闇の中で先ほどまで起こった出来事を思い返す。

 意識がある、という事は生きている。という事か? それにしても何かが頬をチロチロ舐めてきてくすぐったい。リオスは眠気を押さえつけて乱暴に目を開くとそこには―――

 

 

 小型ドラゴンが顔を覗かせていた。

 

「…………えっ、うわああああああああああああああああああっ!?」

 

 これで驚かない訳が無い。反射的にリオスは引き下がり悲鳴を上げる。だが、小型ドラゴンは何もしてこなかった。悲鳴を上げている内にリオスはある可能性に行き着いた。

 

 

「って、お前もしかして……ヴィヴィアン?」

 

 ドラゴンはこくりと頷いてから肯定するように小さく鳴いた。

 

「何だよ驚かせるなよ……」

 

 リオスは安堵で溜息を吐いてから、既に開かれていたナインボール=セラフのコックピットから顔を出した。すると、外の光景が妙だとリオスは勘付いた。

 妙だ。自分たちは先ほどまで海上で戦闘をしていた筈だ。まさか、あのまま死亡して自分はバイストン・ウェルに居るのではないかと思いかけたが、機体まで残っているものなのかと疑問に思う。

 もし、死んだなら死因である竜巻で自分より先に機体が消し飛んでいる筈だ。

 

 今居る場所は陸上だった。それも市街地の中。だがそれは最早廃墟に等しい状態だった。かなり時間が経っているのか緑がビルにも道路にも見境なく生い茂っており、モニュメントと言うには余りにも歪であった。

 

―――ここは一体?

 

「目を覚ましたんだね」

 

 青年の声がして、声の方を向くとタスクが銃をもってこちらへやって来た。

 

「タスクか。ここは一体?」

「俺も分からない。こんな廃墟と化した場所なんて見た事が無いが……」

 

 タスクも知らないらしく、リオスは試しにコックピットに再度潜り込みアルゼナルに通信を送ってみる。だが、返答は無く、スピーカーから出て来る音声はノイズのみ。ヒルダやロザリーなどにも連絡を入れようとするも、やはり無反応。

 再度飛んでみようにもH-1曰く駆動系が幾つか破損していると言っており、彼の言う通りピクリとも動きはしなかった。……これは面倒な事になった。

 

「……俺も機体の通信機を確かめるよ。アンジュも駄目だったみたいだけれど」

 

 タスクの発言にリオスはコックピットから再び顔を出した。

 

「アンジュも居るのか?」

「あぁ、アンジュも既に目を覚ましている。サリアも居るけれど、まだ目を覚ましていない。見た所怪我は無いし、機体がダメージを負っている以外は多分大丈夫だとは思うけれど……」

「そっか」

 

 どうやら、指揮艦に突っ込んだ者全員がここに居るらしい。問題のサリアは近くの建物に凭れて寝かされていた。

 全員が無事(?)である事にリオスは安堵しつつ、通信はまるで使えないという事で諦めて、他のセンサーも確かめてみるが全く以て機能しなかった。

 

「リオス! アンジュ!」

 

 暫くすると、近くで墜落していたタスクが乗った量産型クラウドブレイカー改の開いたコックピットから声がした。アンジュのヴィルキスは自機から少し離れた場所に墜落していたが、そこからアンジュが出てきて、リオスもナインボール=セラフから飛び降りてタスクのもとへと駆け寄った。

 

「……GPSが反応した。―――Japanのトウキョウと書いてある」

「何処よソレ」

 

 タスクとアンジュが不可解げに量産型クラウドブレイカー改のモニターを見ていると、リオスは顔を青ざめさせた。

 

―――ジャパン、だと?

 

 ジャパン。地球では極東に位置しラー・カイラム隊では勇やショウたちがそこの出身だった筈だ。

 だが、先程まで居た世界は日本などと言う地名は存在していなかった。今居る場所が日本だというのであれば何処かに通信が繋がる筈。……だが、日本にここまで酷い廃墟はあっただろうか? 比較的日本は戦火に包まれずに済んだと聞くのだが。

 

「タスク、ちょっと代ってくれ」

「あ、あぁ」

 

 リオスは確認すべく、タスクとコックピットを代わり通信コードを知る限りのものを打ち込んでみる。だが―――

 

「無反応、か……」

 

 タスクの落胆の声が全てだった。モニターにはエラー表示が成されており、全くの反応ゼロ。リオスは肩を落とした。

 

「リオス、アンタやけにこの機体について知っているようだけれど……何なの?」

 

 アンジュが問うと、リオスは頭を掻きながら答えた。

 

「UCEのロンド・ベル、ラー・カイラム隊所属のリオス・アルバート軍曹。それが俺のアルゼナルへ入る前の肩書だ。その時コイツに乗っていた」

「……え? ちょっと良くわからない。分かるように説明しなさい? この機体はタスクのものじゃないの?」

 

 アンジュはリオスの言葉の訳が分からず、怪訝な表情で分かるように説明しろとリオスに求める。リオスは返答に困り少しの間考え込んでいると、タスクが口を開いた。

 

「この機体は間違いなくリオスのものだ。何かしらの拍子で離されてしまったみたいだけれど、この機体自体アルゼナルでは造られたものでは無いし、技術系統的にエンブリヲの手によるものでは無い。奴は無人機を基本的に扱うからね。俺はリオスから切り離された機体を借りて活動していたんだ」

 

「……そう言えばアンタ漂流して来たって言ってたわね。序でに色々訳の分からない事を言っていたし。所でそのUCEってのは何なの?」

 

 アンジュが一つ納得した所でリオスやタスクにマシンガンの如く質問をぶつけて来る。それにリオスは少々疲れ乍らも一つずつ説明した……のだがやはりアンジュやタスクには突飛すぎるもので納得の一つもしていなかった。

 ティターンズだのOZだの連合宇宙軍だの言っても予備知識が無い人間に言ってもちんぷんかんぷんでしか無いのは目に見えた結果である。

 

「ここは俺の知る限りでは極東と呼ばれる国だ。ジャパン。現地の人間は日本と呼んでいる」

「ここが貴方の故郷だとでも言うの?」

 

 アンジュの問いにリオスは首を横に振った。

 

「俺はもう少し遠い。オリヴァーポートと呼ばれる実験都市出身だ。そこでクラウドシリーズが生まれ、俺はコイツのパイロットになってロンド・ベルに異動となった」

 

 正直納得しているとはお世辞にも言えないアンジュとタスクの表情。まぁ仕方がないだろう。まるで違う世界の話をされれば困惑もする。あっちではそれに加え『頭イカレてるんじゃないか』って顔をされたが。一つ間を置いてからリオスは口を開いた。

 

「多分、俺はお前らからすれば宇宙人か何かだ。アルゼナルなんてものも、ミスルギ皇国なんてものも無かったし、パラメイルなどと呼ばれる兵器も存在していなかった。戦争も世界中で日常茶飯事に行われるような世界に俺はいた」

「じゃぁ、わたし達、別の惑星にでも来たと言うの?」

 

 アンジュは驚愕の表情で、まるで信じられないものを見るかのように廃墟を見回す。そんな彼女にトドメを刺すようで悪いとは思ったものの、状況を受け入れてもらわねばかなり厳しい状況下にある事を知って貰わねば困る。だが、タスクがリオスより先に口を開いた。

 

「そうなってもおかしくはないと思う。ヴィルキスならば」

 

 タスクの発言に二人は顔を顰めた。確かにヴィルキスは摩訶不思議な現象を起こしまくっていた。ボロ機体から生まれ変わるように新品のような機体へと生まれ変わったり、ハイパー化したZガンダムめいた動きをしたり。

 ヴィルキスに乗っていたアンジュとヴィルキスの戦いを近くで見ていたリオスはタスクの話の続きに耳を傾けた。

 

「あの時、奴……黒いパラメイルが放った竜巻めいた光。あれからアンジュを守る為にヴィルキスが何かしたのかも。ヴィルキスは特別な機体。何を起こしたって不思議じゃない」

 

 ボソンジャンプめいた事をヴィルキスがやったとでも言うのか? あの黒いパラメイルのようにか? ナインボール=セラフも大概だったが、ヴィルキスも相当得体の知れない機体のようである。

 

「特別……か」

 

 アンジュが眠っているサリアに一瞬目を向けた後、アンジュは量産型クラウドブレイカー改から飛び降りてタスクに向き直った。

 

「ねぇ、ヴィルキス。直せるかしら?」

「一応、飛べるようになるぐらいには。アンジュは何処へ行こうとしているんだい?」

「……偵察よ。何かあるかも知れないし」

 

 そう言うや否や、リオスも量産型クラウドブレイカー改から飛び降りてアンジュの近くまで歩くと、タスクの方を向き

 

「俺も行くわ。土地勘は無いけれど。知っているものもあるだろうし。序でに俺のナインボール=セラフも直してくれタスク」

「俺は便利屋か!?」

「まぁまぁ落ち着け……冗談だから」

 

 あまりにも良いように扱われている気がしてならないと思ったタスクは悲鳴を上げる。それが流石に気の毒に思えたので冗談という事にした。彼もヴィルキスで一杯一杯であろうから。それを証拠にヴィルキスは中破しており、左腕が消し飛んでいる。修理には骨が折れそうだった。

 

「善処するよ。仮にも俺はヴィルキスの騎士だしヴィルキスが直った後でいいのならば」

「……すまん」

「良いよ。君には機体を借りているし、手伝って貰ったからね」

 

 タスクがそう言うと、手持ちのライフルをアンジュに投げ渡した。もう一丁もリオスに渡す。全く以て至れり尽くせりである。意外と義理堅いヒルダを見習って後で借りは必ず返そうとリオスは思った。

 具体的にどうしようとはあまり考えては居ないが。

 

「……また逃げるつもりアンジュ?」

 

 その時、サリアが目を覚ましてアンジュにハンドガンを向けた。何てタイミングの悪い事か。どうやらヴィヴィアンがリオスにやった事と同じような事をやったらしく、彼女に悪気は無いのは分かっているが余計な事をするものだとリオスは内心毒づいた。

 

「通信が何処にもつながらない非常事態なんですよ。必ず戻るからサリアたいち……じゃなかったサリアは休んでいろ」

「……どういう事?」

「ここは俺の住んでいた場所だ。説明はタスクから聞いてくれ」

 

 サリアは怪訝な表情でリオスとタスク、アンジュを交互に見ているとタスクの絶叫が木霊した。

 

「なんでこうも俺に面倒事を押し付けるかなぁ!?」

 

 一連の会話を聞いていたタスクは頭を抱えて再び悲鳴染みた叫びを上げる。……何処ぞの鬼畜博士ではないが本当に申し訳ない。とリオスは思わずには居られなかった。

 

「ごめん! 後で借り返すから! いやマジで!」

 

 リオスとアンジュは逃げるようにドラゴンのヴィヴィアンの背中に乗って、この場から飛び去った。

 

 

「まったくあの男とじゃじゃ馬は面倒を俺に押し付けて……」

 

 タスクは頭を抱えて毒づきながら、サリアにどう説明しようか考えつつ、量産型クラウドブレイカー改のコックピットを降りてヴィルキス修理の作業を始めた。

 

 

「フッジッサーン!」

「唐突に叫ぶな五月蠅い!」

 

 暫く飛んでいると、日本の代表的な山が少々遠方ながらも顔を見せた。何度か見た事があるのだが、今の静かすぎる状況に若干堪えたリオスは閉塞感を吐き出すために。フッジッサーン! と態とらしくハイテンションで叫んでしまった。アンジュがそんなリオスがウザく感じたか、怒鳴って止めさせる。だが、ヴィヴィアンに感染してリオスの物まねのつもりか吠えた。

 

「あれは日本を代表する山とされる富士山だ。しかし……」

 

 リオスは背後に広がる街を見た。街は緑に包まれ、崩壊してからかなり経つであろう状態だった。何か大きな戦争でもあったのだろうか?

 それにしても5㎞以上飛んだのにも関わらず人っ子一人も居なかった。あるのは廃墟と静寂と、自然だけ。本当にここは日本なのかという疑問はあの富士山の存在で答えは出ている。

 

「俺が居ない間に何かあったのか? 俺が居た時はこんなんじゃなかった。こんなに緑は広がっちゃいなかった……」

 

 アンジュが「私に聞かれても困る」と困惑した表情で言いながら周囲を見回す。目を凝らしても見えるものは緑に侵食されたビルや道路、半壊した建物か山ばかり。

 リオスの瞳に映るものも同じでまるで自分の惑星に帰った気がしなかった。まるでこれは自分が浦島太郎にでもなったかのような感覚だ。

 

「……あれは。ヴィヴィアン、あっちに向かって」

 

 アンジュがふと、何かを見つけたか指をさした。その先は巨大な湖と化した場所。その中心に大破して半分に圧し折れた塔らしきものが聳え立っている。ヴィヴィアンは指示通りにアンジュの指さした方へと飛んでいくと、アンジュは驚愕の表情を浮かべた。

 

「あれは……暁ノ御柱?」

「知っているのか?」

 

 リオスが問うとアンジュは頷いた。

 

「ミスルギ皇国内にある塔よ。ミスルギ皇国の象徴のような存在なのに……どうしてここに、そして壊れているの?」

「……俺に聞かれても」

 

 リオスはふと、H-1が提示したゲシュペンストのデータの存在を思い出した。リオスの地球とアンジュたちの地球になにかしら関係があるというのか? 暁ノ御柱の状態は崩壊して大分時間が経っているようだった、何十年も、それ以上もずっと放置したような。

 嘗てある国で原子力発電所が放射能漏れした大惨事がリオスの地球の旧世紀に存在していた。危険区域として暫く放置されてから放置された都市部などに緑が生い茂るようになったが、まさにそれに近い状態だ。

 

 この国に一体何が起こったのだろうか?

 

 リオスはタスクとサリアへの報告事項を頭の中で整理しながら、ヴィヴィアンに指示を送った。行先は―――ヨコスカ軍事基地がある筈の場所だった。極東へ飛んだ際によく戦艦が停泊していた事でよく記憶に残っている。

 幸い、基地そのものはあったのだが、施設はやはり壊れたまま放置されていたか相当ボロついていた。お陰でシャッターを開くにも一苦労である。

 基地の施設内には人らしきナニカが転がっていた。肉は一切無く、骨がボロボロの服を着ている、というのが的確な有様だ。アンジュとリオスは顔を顰めながら施設を出て別の場所へと歩いて行った。あの死体は死亡して相当経っていた。本当に一体何が起こったのだと言うのだ。

 

「なんなのよ一体ここは?」

「……横須賀の軍事基地だ。極東における数少ない拠点とされている」

 

 基地内部はあまり植物の侵食は無かったが、悉く施設の機能は停止されており、戦闘機やメタルアーマー、MSが虚しく格納庫に放置されていた。そしてこの格納庫内にも骨と化した死体が幾つか転がっていたが見るだけでも精神が参ってしまいそうだったので、死体には目をくれずに、試しにリオスが身近にあったMS、細部が違うがジェガンに似た機体に乗り込み色々動かしてみるものの―――

 

「動く?」

「……駄目だ。OSは兎も角経年劣化でフレームにガタが行ってて碌に動きはしない。無理に動かしたら確実にぶっ壊れて俺がガラクタに押し潰されて死ぬ」

 

 リオスはそう言うとコックピットから降りて大きく溜息を吐いた。そんな中、アンジュは格納庫内の機体を見回して関心したような顔をした。

 

「パラメイルよりずっと大きいわねここの機体たち……」

「コイツらはモビルスーツって奴だ。パラメイルとは違って圧倒的に気密がしっかりしていて水中でも宇宙でも戦える。この緑色のゴーグルアイの機体はジェガンって機種……だと思う」

「はっきりしないわね。しかし宇宙でも戦えるなんて……私たちの居た場所よりずっと技術力は高かったみたいね」

「……戦う技術だけは、な」

 

 リオスは自虐的にそう呟いてから、他に動く機体があるか確かめた。一部保存状態は良かったものが有り、多少整備すれば動かせるものがあった。だが、アンジュはパラメイル以外は門外漢だったし、リオス自身もMS整備に自信は無かったので報告だけに留めた。

 

「使えないわね」

「喧しいわ。文句言うならお前が乗れ」

「無理だから言っているのよ」

 

 文句を垂れるアンジュにリオスはしょうも無い喧嘩を始めるが、二人とも途中で嫌になったか二人とも溜息を吐いた。ここで喧嘩した所で意味は無い。近くにあった工具を弄っているヴィヴィアンを危ないから弄るなと咎めてから、2人と一匹は外へと出た。

 軍港に配置されていたイージス艦の停泊場に向かったが、どれも苔や海の植物が侵食しており、内部が凄まじい程に磯臭さと人間の腐臭を混ぜ合わせたような異臭を放っていた。

 

「なにこれっ」

 

 アンジュは開口一番にそう言い、リオスもまた、あまりの異臭に己の鼻を摘まんだ。艦の入り口でこれだから内部にはもう入る気にはなれない。もうどうせ経年劣化や錆でシステムもガタガタであろう。それに入ったらきっと鼻がひん曲がってしまう事間違いなかった。

 

 

 タスクのもとへと戻ると、彼は即席のキャンプを造ってヴィルキス修理の作業をしていた。そんな彼にリオスはタスクに珈琲一杯でも奢ってやりたかったが、肝心の自動販売機は錆だらけだし中身はとっくの昔に腐っているであろう。ヴィヴィアンはそんな自動販売機を揺さぶって中身の缶が沢山出てきて、1缶を拾う。

 

「多分腐ってるだろうから呑むなよ」

 

 一応釘は刺しておいてから、リオスはタスクのもとへ向かい、偵察の報告をした。暁ノ御柱の事、横須賀基地の状態を。話した後、タスクは少し考え込む仕草をしてから口を開いた。

 

「君が居ない間に数百年の時間が経ったとか……はは、そんなまさかね」

「笑いごとじゃない。こちらとしては浦島太郎なんだぞ」

 

 リオスは苦笑するタスクに苛立ち、八つ当たり気味に怒りをぶつけてしまう。タスクは直ぐに謝罪し、リオスも自分が阿呆な事をしたと思って謝罪し返してから、タスクはリオスの報告を総括した。

 

「要するに君でもよく分からない状態……か。俺も実際にジェガンとか使えるパーツがあるかどうか気になるから基地を見てみたいけれどヴィヴィアンは―――」

 

 タスクはヴィヴィアンに視線を送ると、飛び回って疲れたらしくふらふらしていた。まぁ何十キロも飛んだとなれば疲れるのも無理はないだろう。

 今日の偵察はここまでか。リオスはそう思いながら、ふと気づいた事をタスクに問うた。

 

「サリア隊長は?」

「サリアはゲシュペンストのコックピットの中。事情は話したけれどいまいち信じてくれなくてジルに連絡を取ろうとしているけれど……」

 

 結果は察しろ、という事か。それ以上の事はタスクは言わなかった。リオスは追加説明でも行うかと考えて、サリアのもとへとトボトボと歩いた。

 

 

 

「……応答なし、か」

 

 サリアは大きく溜息を吐いた。通信はこの場に居る面子以外には全然繋がらなかった。故障かと思い、メイから教わった簡単なメンテナンス方法を思い出しながら点検したものの、内部の故障、特に通信機そのものに異常は見当たらなかった。

 居場所も、使命をも奪われた挙句にリベルタスまで奪うのか。

 

 最早精神的支えと呼べるものは悉く失って宙ぶらりんな状態であった。

 

「サリア隊長?」

「隊長じゃないわよまったく……」

 

 リオスが顔を覗かせて来て誤った呼び方をしてきたのでサリアは訂正しつつ、コックピットから外へと出てから、横たわっているゲシュペンストに腰掛けた。リオスも少し距離を開け、サリアの横に腰掛けた。

 

「……タスクの言っていた事、本当なの?」

「多分な。見た所俺が居た世界だ。……前はこんな事になってはいなかったのに」」

 

 彼もまた、居場所を失ったという事か。帰った筈の家がいつの間にか荒れて居たり壊れていたら参るというものだ。

 

「ここが……貴方が言っていた」

「別の国だけど……まぁ、俺の国も駄目だろうなこれは」

 

 サリアはぼんやりと自然に侵食されたこの都市を見渡す。リオスは訂正するが、サリアの耳には入らなかった。もうそんな事はどうだっていい。要するにここはリオスも誰も知らない場所なのだろうから。

 

「こんなのじゃ……使命もリベルタスもあったものじゃないわね……」

 

 戻るべき場所もなければ倒すべき者も存在しない。何か自分の心が空っぽになったような感覚さえも覚える。悲願である自由は得たが、そこには何もない。褒めてくれる人も居ない。あぁ、そうか。

 サリアは今更ながら自分のやって来た事への原動力が思いついた。ジルに、褒めて欲しかったからだ。使命感とか、そう言ったものは二の次で、誰かに認めて欲しかっただけなのだ。使命も何もかも失ったからこそ気付けたのかも知れない。

 こんな所で自分の本質に気付くとは己の愚かさに笑いすら込みあがって来る。

 

―――私は馬鹿だ。本当に大馬鹿だ。

 

 サリアは、曇った空を見上げて湧き上がる涙を抑え込もうとするも、止まる訳が無い。ヴィルキスを失った今、リベルタスは失敗してしまうだろう。詳細は知らないがヴィルキスはリベルタスの完遂に大きな意味を持つ。

 だが、リオスやタスク、ヴィヴィアンとアンジュ以外誰も居ない、荒廃した見知らぬ世界に飛ばされてしまった上にヴィルキスもナインボール=セラフも破損しているようではもう望みは殆ど無い。

 

 灰色の、雲。

 

 だが、今の自分の感情を天候で例えようならば土砂降りだ。そんな土砂降りの雨の中を財布や鞄を無くして傘や合羽も無くとぼとぼと歩いているような感覚。だが行先は、無い。本来ならば家に帰ろうとしている筈なのだが、肝心の家もどこにあるのか分からない。

 

「サリア? ……っ!」

 

 怪訝な表情でリオスは空を見上げているサリアを見ていると、何処からか音楽が聴こえて来た。この童謡には聞き覚えがあった。夕焼け小焼けだ。そして機械の駆動音も聴こえる。アンジュとタスクも何かが近づいてきている事に気付いたらしく、リオスはサリアの手を引いて無理矢理ゲシュペンストの影に隠れて、アンジュとタスクはヴィルキスの影に念のために隠れた。

 そしてヴィヴィアンはそんな切迫した状況下で呑気に眠っていた。ヴィヴィアンを隠すべきであるとは思ったが、もう間に合わない。しばらくすると、音楽だけでは無くスピーカーを通したような声も聞こえて来た。

 

『こちら首都防衛機構です。生存者の方はいらっしゃいますか? 生存者はいらっしゃいますか? 首都シェルターは現在も稼働中。避難民の皆さまも収容しております。生存者の皆さまは中央公園までお越しください』

 

 やって来たのは大人のひざの丈にも満たない大きさの赤い小さな4脚のロボットだった。あのロボットがスピーカーで音声を再生しているようだ。先ほどあのロボットは生存者と言っていたが、生きている人が居るとでも言うのだろうか?

 タスクも、アンジュも、リオスも、サリアも同じ気持ちだった。何か情報が欲しかったのだ。どうしてこのような惨状になったのか、生きている人が居るのであれば問うて見たかったのだ。それ故に、其々念のために銃を持って4人は赤い4脚ロボットを追って走り出した。

 ……因みにヴィヴィアンは揺すっても起きなかったので留守番である。




 時系列をアルゼナル時代とした番外編として、後々色々書いて行こうと思います。ゾーラ隊長時代や、ゲシュペンストと正式採用争いしたツインアイでブレードアンテナが付いたアイツの話や、『勇気』を知り勇者王と化したH-1(ハスラー・ワン)とか。


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第21話 刻の涙の果てに

 ガチタンの準備中です。


「ここに生存者が居るって言うの?」

 

 中央公園の中心部には大きなドームがあった。大きさは東京ドームには遠く及ばないように見えるが―――アンジュは誰かに問うた訳でも無い疑問を口にする。勿論、答える者は誰も居らずタスクもサリアも、リオスも閉口していた。

 

 嫌な予感がしてならない。

 

 固く閉じられたシャッター型ゲートの前にアンジュたちと共に立ったリオスは、不穏さを感じていた。ドームの中に敵意があるとかそんなものでは無く、最悪の回答が待っている。そんな気がしたのだ。

 

 すると、何やら赤外線センサーがリオスたちのつま先から頭のてっぺんまで当たった。アンジュたちは攻撃かとたじろぐが直ぐに攻撃では無い事に気付いて、気を落ち着かせた。

 

『生体反応を確認しました。これより、収容を開始致します』

 

 そしてドームに付いたスピーカーからアナウンスボイスが流れると、堅牢なゲートがゆっくりと持ち上げられて行く。ゲートの先にあるものは暗闇に包まれた長い通路だった。

 

『ようこそ。首都第3シェルターへ。首都防衛機構は貴方たちを歓迎致します』

 

「……行こう」

 

 タスクの合図で各々ライフルかハンドガンを構えて、慎重にシェルター内部へと足を踏み入れた。どんどんリオスが感じている嫌な予感が強まって行く。引き返すならば今だ。そう言わんばかりに……

 暫く進んでも敵襲は無かった。代わりに待っているのは人が居るとは思えない程の静寂。途中にあった階段を建物3階分程降りた後、大部屋に行き着いた。

 壁にはかなりの数のゲートが有り、その様はまるで迷宮だ。オブジェクトとして中心地に観葉植物が幾つか配置されていたが悉く枯れてしまっていた。

 

『現在当シェルターには1.7%の余剰スペースが有ります。お好きな部屋をお選びください』

 

 中心地に聳える柱に、設置された液晶画面に映し出された女性がアナウンスした後、壁に配置された幾つかの部屋の扉が重々しい音を立てて解放された。

 

『どうぞ、快適な生活を』

 

 解放された一番手近なゲートを潜ると、ゲートを潜ると、異臭が4人の鼻を突いた。普通、シェルターというものには空気を清浄化するシステム等がある筈なのだが、どうやら機能していないらしい。タスクとリオス、サリアは耐性があったか、顔を顰めるだけで済んだがアンジュは不快感を露わにして口と鼻を手で抑えた。

 死屍累々とはまさにこの事か。横須賀基地の物に比べて人の形は保っていたが、それでもミイラとしか呼びようが無い死体が転がっていた。女子供老人例外なく死んでいる。女性であろう死体が自分の子供の死体を抱えているさまを見てリオスは、気分が悪くなり目を背けた。

 

「さっきの貴女出てきて! 出てきて説明して!」

 

 アンジュはこの地獄絵図めいた部屋から飛び出して先ほどの画面のもとへと走って行く。それを3人は追い、画面の前に辿り着いたと同時に同時にリオスは首を横に振ってアンジュに告げる。

 

「……多分こいつはコンピューターだ」

「なんですって!?」

 

 驚愕するアンジュに答えるように画面の女性が肯定した。

 

『こちらは管理コンピューター・ひまわりです。ご質問をどうぞ』

 

 リオスは薄々勘付いていた。この地に来てから一切の生気を感じなかった。恐らく中に居る人間はもう既に―――

 

「生存者は居ないのか!? 一体何が起こった! 日本が国土放棄するレベルの戦争が起こったって言うのか!?」

 

 それでもまだ、リオスの中には認めたくない自分が居た。アンジュを頑固だと思っていたが自分も大概なようだ。

 

『質問、受付ました。回答シークエンスに入ります』

 

 コンピューターがそう言うや否や、この大部屋の証明が消えてこの場が暗闇に染まった。暫くすると、周囲の光景が街中へと変わった。タスクたちが戸惑う中これが全天周モニターを応用した映像だという事にリオスは直ぐに気付いた。

 見せられた立体映像は市街地でライフルを撃ち合う人型機動兵器の姿。

 その中にはジェガン系列機やゲシュペンストも。そして見たことの無いガンダムの姿もあった。相手はザク系列機と思しきものや、背中にリフターを付けて浮遊しているメタルアーマーめいた機体群だ。

 

「何これ……映画?」

 

 アンジュが戸惑いの色を見せる。映像は切り替わり、ミサイルを放つ砲台や、何処だか分からないが火の海に染まる街が映し出された。その映像はリアリティがあり、映画の特撮などではない事はリオスは直ぐに分かった。

 映像が次々と場の惨状を映し出して行く。崩壊するコロニー、E2級の大爆発を起こす都市。それらをシステムが無機質に淡々と解説していく。まるで他人事のように。

 ……まぁ、機械に熱を求める事が愚かしい事であるのは分かってはいるのだが。

 どんどん認めたくない答えへと近づいて行く。もう知らないぞ。知ればお前は後戻りは出来なくなるとリオスの第6感が叫んでいるが、当のリオスは動けなかった。

 

『これは実際の記録映像です。統一地球歴121年にて勃発した地球統一機構UCEと反UCE連合による後に地球圏史上最大最悪と呼ばれる戦争とされる、後に地球圏史上最大最悪の戦争とされ、「第7次地球圏大戦」及び「大破壊」と呼ばれる戦乱が勃発』

 

 その言葉を聞いた瞬間リオスは眼を見開いた。

 最後に居た時は統一地球歴45年だった筈。それから76年経ったとでも言うのか。いや、先程ひまわりは『後に』と言った。つまりこの戦乱から更に時が経っている事になる。基地にあった死体も機体も、雨風が届かない場所で数年放置された程度の状態ではなかった。嫌な予感を強めていくリオスは、怯みながら2歩、3歩後ずさりするが、そんなリオスの心境を慮ってくれる訳も無く、コンピューターは解説を続けた。

 

『地球圏の人口は約20%以下に減少。反UCE連合のUCE側領土の侵攻率は約80%にまで至っていました。不利な状況に陥った所でUCE側は絶対兵器「ラグナメイル」を戦線に投入を決定』

 

 コンピューターが淡々と解説していく中で以前交戦した黒いパラメイルの姿があった。他にも僚機が数機居たがその中にはヴィルキスが居た。……但し、カラーリングが反転していて漆黒だったが。それを見てアンジュは驚くが、リオスにそんな余裕は無かった。示される映像がリオスを追い詰めていく。

 黒いパラメイルたちは肩の大量破壊兵器を起動させ、一つは暁ノ御柱と思われる塔へと、一つは反UCE軍が占領した基地へと、一つは地上からスペースコロニーへと向けて光の竜巻を放ち、他の黒いヴィルキスたちも様々な場所に向かって同様の兵器を発砲した。狙われた者は例外なく跡形も無く素粒子へと還り消えていき大爆発を起こす。それも核やE2の爆発が生易しく思えるほどの。

 

「あぁ……ぁ……ぁ」

 

 出そうと思った声が出ない。黒いヴィルキスたちが消し飛ばしていく姿に茫然としていると、コンピューターは解説を再開した。

 

『こうして戦争は終結。しかしラグナメイルの次元共鳴兵器により地球上の全ドラグニウム反応炉が共鳴爆発。地球は全域に渡って生存困難な汚染環境となり全ての文明は崩壊しました。以上です。他にご質問は?』

「……う、そだ」

 

 リオスはまるで立ち上がったばかりの幼児の如き覚束ない足取りで後ずさりした後、バランスが取れなくて頽れた。それと同時に周囲の光景が元の殺風景なシェルターの大部屋へと戻る。

 自分たちのやって来た事が無意味だったと、そう言いたいのか? 無数の屍を越えて自分たちは、リリーナ・ピースクラフトが掲げた完全平和への道標になるべく戦って来た。それが所詮無意味だったとでも言うのか? 確かにあの偽装シャトル破壊の後でリリーナは責任を負わされて更迭され、代わりにデルマイユの後継者たちがUCEの実権を握ったと聞く。戦乱が繰り返された結果がこれなのか? 結局完全平和は叶わなかったのか?

 結局シャアのやろうとした事が正しかったとでも言うのか?

 ドラグニウムとやらが何なのかは知らないが、相当危険な代物であるのには間違いない。だがそれを問えるほどの余裕は有りはしなかった。

 

『この出来事は事実です』

 

 コンピューターが突きつける事実はまるでリオスにとって死刑宣告であった。いや、リオスだけでは無い。完全平和を目指して奔走して来た者たちにとってもだ。その果てが文明崩壊? 笑えない冗談だ。だが、あの死体の数々や崩壊し切った都市の姿がリオスの脳裏に過る。

 知ったからには受け入れろと言わんばかりに。

 

「俺たちは一体何の為に戦って来たんだよ……何だったんだよ俺たちがやって来た事はさぁ! せめて、生きている人は居ないのか! これは何時の話なんだ! コロニーは!」

 

 泣きわめく子供のように叫ぶリオス。そしてコンピューターは答えた。

 

『538年193日前です、世界各地2万976ヶ所のシェルターに、熱、動体、生命反応なし。コロニーの反応は衛星が破損している為観測は不可能です。ですが先の大戦で大半のコロニーがUCE軍の使用した衛星兵器『ガーディアン』により崩壊に追い込まれました』

「…………何で! 何でだ! 何でそんな事をやった!? やっちゃいけないって思わなかったのかよ! そんな方法じゃ駄目だってなんで気付かなかった!」

『当システムには思想に関した質問の回答権を持っておりません』

 

 コンピューターは回答を拒否した。そんなコンピューターの画面を叩き割りたくなったが高い所に配置されていて届きはしない。

 やり場の無い怒りを床にぶつけてタイル造りの床を滅茶苦茶に殴りつける。出血を起こすまでに滅茶苦茶に殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。皆死んだ。何もかもが死んだ。地球が駄目になったようでは資源も碌に取れまい。500年以上も経てば己が知る者皆とっくの昔に死んでいるではないか。

 

「落ち着くんだリオス!」

「これが落ち着いて居られるか! 皆死んだんだぞ! しかもやって来た事が無意味だったって宣告されて! 俺だけ残して!」

 

 感情のままにまき散らされる言葉はやや繋がりが無く途切れ途切れであったが、それでも言わんとした事は誰もが分かっていた。

 タスクがリオスの暴挙を殴る腕を掴む事で止めるが、それでも尚殴るのを止めようとしない。そんな中でアンジュはあの映像を鼻で笑ってから口を開いた。

 

「ハッあんな紙芝居を信じているって言うの? 全部作り物かもしれないのに?」

 

 タスクにはそれがアンジュなりの励ましである事は見抜いていたが、今のリオスにそんな事を見抜けるような精神的余裕は無かった。

 

「沢山の屍を越えた! 沢山の人を殺した! これが最後の戦争だ! これが終わりだって! 必死にやってきたんだよ! 命を懸けて沢山の犠牲の上で! けれどこうも自分たちのやって来た事を否定されれば気分も悪くなるさ! それに死体や都市の状態は明らかに十年やそこらじゃああにはならないってお前も分かるだろう! 俺がUCEの兵士として最後に戦った相手は俺の上司で! 地球上に居る人間を粛清しようとしたんだ! そうする事で人類は宇宙(そら)へと飛び立って新しい可能性を得ていくと! でも俺たちは良かれと思って否定したんだ! 代わりに大量虐殺者の汚名を着せられてなぁ! その結果がこれだと言われたら自分の人生否定されたのと同義じゃないか!?」

「り、リオス……」

 

 半狂乱状態に陥ったリオスの鬼気迫る表情に気圧されて、タスクはたじろいだ。サリアも自分以上に追い詰められた人間を見て先ほどの絶望が吹き飛んでしまっていた。だが、アンジュは引き下がらない。

 

「それで? 喚き散らして当り散らしたって何か戻る訳?」

「アンジュ!」

 

 タスクがアンジュの発言を咎めるが、アンジュは引き下がらない。アンジュもリオスもナーバスになっていた。

 

「お前に、お前たちに俺の何が分かるんだよ!? お前らは帰れるかもしれないけれど俺は方法が無いんだぞ!?」

 

 アンジュの言っている事は正論なのだが、知人全て失って泣かない奴の方がどうかしている。自分は機械などでは無い。リオスは半ば八つ当たり気味に叫んだ後追加として言おうとするもそれ以上そんな体力も残っては居なかった。リオスは幽鬼のようにふらりと力なく立ち上がり、踵を返して外へと向かって歩き出した

 

「……何処へ?」

 

 サリアが問うとリオスは力なく振り向いてから答えた。

 

「暫く一人にしてくれないか?」

 

 リオスにサリアは恐怖した。まるで死人が喋って歩いているような、そんなものを見ているような気がしたのだから。

 

「アンジュあんたは……!」

 

 リオスが去りゆくなかで、サリアはアンジュを睨みつけた。実質リオスにトドメを刺したのはアンジュのようなものだ。そんな険悪は雰囲気を醸し出したまま、この場は解散、アンジュとタスクはキャンプへと、サリアはアンジュと顔も合わせたくも無かったこともあって、リオスを追い始めた。

 

 

 リオスはあても無く歩いた。

 ゴーストタウンと化した街中がここまで疎ましく思ったのは初めてだ。何もかも焼き払ってしまいたい等と言う黒い欲求が沸き上がるが、己の臆病さがそれを許さなかった。自分も死んでいったものたちの後を追うという選択肢も無いわけでは無かったが、それもリオス自身の臆病さが許さない。

 

 このまま腐って死んでいくしかないという事なのか。締まらない。失望の中で暫く歩くと海が見えた。堤防まで歩き、一番奥まで辿り着くとリオスは腰を掛けてただぼんやりと海の向こうを見続けた。

 このままぼんやりとしていればいつの間にか何もかもが終わっているだろうか? ……無理だろう。海に身投げでもしない限りは。

 暫くぼんやりとしているとリオスの座っている場所に影が覆った。……ドラゴン態のヴィヴィアンだった。

 

「……どうした、ヴィヴィアン」

 

 リオスの問いにヴィヴィアンは鳴いて返すが、ドラゴンの言葉など分からないリオスにはただ吠えているようにしか見えなかった。

 

「今は相手してやれる気分じゃないんだ……ごめんな」

 

 リオスは適当な解釈で返してヴィヴィアンの頭を撫で乍ら、ただ再びぼんやりと海を眺め始めた。気にかけてくれる人間(?)が居るというのは有り難い事なのかもしれない。だが、彼女らにはまだ帰れる所があるのだ。アルゼナルに。

 

「……俺は大丈夫。……大丈夫だから―――」

 

 自分に言い聞かせるようにうわ言のように呟く。

 もし、もしもの事だが、未来の事を知っていてシャアと対峙した場合自分はどうしていたのだろうか? シャアと組んで地球上に居る人間を粛清でもするのだろうか。そんなもしもの可能性を無意味にシュミレートしてみる……だが、今生きている人間を切り捨てられなかった。協力しても何時かどこかできっと後悔する。じゃぁそのまま滅びの道まで直行するのかと問われたらそれはきっと―――首を横に振ってしまうだろう。

 これは恐らく人の可能性を中途半端に信じている弊害であろう。

 

―――止めよう、もう過去の事だ。もう終わった事だ。

 

 アンジュのように生きていたらどれだけ楽に生きていられるのだろうか? だが、彼女の生き方はリオスに合わなかった。欲張りな生き方で非現実的なのは承知している。だが、シャアの行いを否定した先には人が争わずに済む時代が来るという可能性の存在を信じずには居られないのだ。だが、人は愚かでどうしようもないという考えも頭の中にはあって……

 人は過ちを繰り返す。戦争・平和・革命の三拍子、終わらないワルツを有史以降変わる事無く愚かにも人間は踊り続けている。全く持って人間は愚かしくも悲しい生き物だ。そう、エンブリヲは以前言った。

 彼の言う通りだと認めるのは非常に癪だが、アムロが言った人の英知は意味を成さなかった。自分たちのやって来た事が無意味な足掻きだったのだ。

 そして自分だけが残った。他はきっと何かしらの手段で帰る事が出来る筈なのだから……

 

「俺はどうすりゃ良いんだろうな……」

 

 ヴィヴィアンは答えてくれない。当然か。分かる訳が無いのだ。こんな状況に置かれるなんて普通は有り得ないことなのだから。

 途方に暮れていると、背後から誰かが砂利を踏む音がリオスたちの耳に入った。咄嗟にヴィヴィアンとリオスが背後を向くと、そこにはサリアが物陰に隠れていた。

 

「サリアか……驚かすなよ」

 

 ヴィヴィアンも胸を撫で下ろすポーズを取るが、少々強面のドラゴンがそれをやると些かシュールであった。サリアは溜息を吐いた後、物陰から出た。

 リオスは立ち上がってヴィヴィアンと一緒にサリアのもとへ歩み寄った。これを機にそろそろ帰った方が良いかも知れないし、この得体の知れない環境下で何が起こるか分かったものでは無い。

 

「一人にしてくれと言ってたのに、ごめんなさい」

「……気にするな。時間経てば落ち着くようなもんだし、それに当り散らして悪かった。こっちこそごめん」

 

 リオスは謝罪するのだが、サリアは首を横に振った。

 

「リオスが当り散らしたのはアンジュが馬鹿な事を言うからよ……あいつは……」

 

 随分とサリアはアンジュの事を嫌っているようで、リオスの謝罪を振り払った。やはりあの一件が相当根に持って居るらしい。……あまり触れない方が良いかもしれない。

 

「アンジュの言動の是非はともかく、悪いな。気にかけてくれて」

「まぁ、曲がりなりにも元部下だし放って置く訳にも行かないわよ。それに勝手に死なれたら困るわよ……ただでさえ人手が少ないのに」

 

 まだ、一人では無い。彼女らがもとの惑星に帰るまでは自分は一人では無い。ポジティブとネガティブが綯い交ぜになったような心境の中で、今は気楽に居たいと思いながらいつも通りにリオスは振る舞う。

 

「なんの人手だよ。まぁ有難うな。サリア元隊長さん」

「ちょっ、何かその言い回し地味に腹立つわね……」

「じゃぁサリアにしておくわ」

「じゃぁって何よ!?」

 

 軽口を叩きながら、リオスはある程度心が落ち着いた。まぁ、気にかけてくれる人間がまだここに存在しているのだ。―――だったら生きていくしかあるまい。終わりが来るまで。喩えそれが逃避に近い感情と方法であっても。

 そして、それと同時にリオスは戦う意義を見失いつつあった。また同じ事を繰り返すだけだと言う恐れを、胸に抱いて……




 サリアとアンジュの確執は続く。そしてリオス、ボロボロ。


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第22話 世界はそれでも変わりはしない

 タイトルで渋谷の大爆発を連想した人表に出なさい。怒らないから。


 タスクはリオスの今の状態に何処か既視感があった。……まぁ既視感、と言うには少し語弊があるのだが。

 

 それは少し前までの自分である。正確に言えばアンジュに出会う前まで無人島の片隅で燻っていた自分。エンブリヲから世界を解放し自分たちマナの使えない者たちが生きられる世界を造るために戦って来た両親や同胞は全て死に、一人だけ残された嘗ての自分。―――下手したらその時より酷いかも知れない。

 

 嘗ての自分にはまだ使命も可能性も残されていたが、リオスの場合それすらもない。そう、彼の場合は何もかもが終わった後だ。失った物が一つも取り戻せないのだ。尚、今日の夜、非常に元気な様子で戻って来たがそれがただの空元気なのは全員が察する事が出来た。

 

 アンジュのように下手に今の彼へ発破をかけようなら余計に彼を傷つけかねないだろう。諦めろと言っているようで残酷な話だが今の彼には必要なのは、現状を受け入れるまでの時間だ。

 実際、タスクも再起して活動を再開した後で知人だけでは無く同胞も一人とていなくなっているとい事実に驚愕して暫くは立ち直れなかった。それとこの状況を比べるのは無茶な話なのかも知れないが、彼には時間が必要だと、タスクは考えていた。

 

 一方で、アンジュは相当今の状況に苛立っており、ヴィヴィアンに無理をさせようとしたり量産型クラウドブレイカー改で飛ぼうとした。無論、操縦系統は似ているとは言えど慣れなければあの巨体を街中で飛ぶ等と言う器用な操縦する事は出来ないのでタスクはアンジュの行動を止めさせた。

 

「アンジュ、君は休んだ方が良い」

「休んでどうしろって言うの? こんな何も無い文明もクソも無い場所に居ろって言うの?」

 

 アンジュの苛立ちはどんどん大きくなっていく。自分たちの世界に戻れる方法が見当たらない事、モモカたちの消息が分からない事への苛立ちが。

 

「貴方だって早く帰れなければ困るんでしょう? あの女も待っている事だし。ね、ヴィルキスの騎士サンとあの女の飼い犬サン?」

 

 あの女、というのはジルの事を言っているのだろうか?

 いつの間にかタスクの後ろに居たサリアはアンジュの発言に顔を険しくさせた。アンジュとサリアの溝は更に深まりを見せ、タスクにもどうすれば良いのか分からなくなっていた。

 リオスの惑星にもエンブリヲの機体や暁ノ御柱が存在している事などにタスクにとって解き明かしたい疑問はあるし、リベルタスの完遂という使命があるのだが、それ以前にアンジュを守りたかった。個人的な感情ではあるがタスクを突き動かしている大きなものがそれだ。アンジュ無しでは今のタスクは成り立たない。

 タスクとサリアが何か言葉を口にするより先にアンジュが畳みかけるように続きの言葉を言い放つ。

 

「全てはリベルタスの為に。所詮貴方もあの女の飼い犬。サリアと一緒よ、私を利用する事しか考えちゃいない」

「それは違う! 俺は本当に君を―――!」

 

 タスクが反論しようとした矢先で、アンジュは背を向けて拒絶に意を見せつつ焚火の近くまで歩み寄る。その炎はアンジュの苛立ちを表しているようにタスクには見えた。

 

「帰れないなら良いんじゃない? あんな碌でもないゴミみたいな作戦。どうせ上手くは行かないし」

「ゴミですって―――」

 

 サリアが怒りのままに銃を引き抜いた。己の行動理由がジルに認めてもらうという事を自覚していても、こればかりは看過できないし、サリアのアンジュへの苛立ちを起爆させるには充分な発言だった。

 

「ふざけないで」

「違わないの? 世界を壊してノーマを解放する。その為に何人犠牲になろうと構わない。それで何が解放出来るって? 笑えるわ」

 

 アンジュが再度振り向き、ハンドガンを引き抜く。撃てば撃ちかえす。そう言いたいのだろう。本来ならばアンジュとサリアの今の対立はタスクが止めるべきものであったが、タスクにはそれが出来る心境では無かった。

 

「俺の両親は……ゴミに参加して無駄死にした。……そう言いたいのか?」

 

 何時ものタスクらしからぬ声色にアンジュはたじろぎ、サリアは眼を丸くした。そしてタスクは自分の顔を二人に見られない方向へと向く。サリアはこれまでにない表情でアンジュを睨んだ。

 サリアはアンジュの頭を銃で撃ちたくなる衝動に駆られたが、殴った所で何の意味も成さないので歯を食いしばり堪えた。

 アンジュはタスクに気圧されて銃を持つ手に力が抜けるが、サリアの方は全く変わらない。それがサリアにとってアンジュに対する敵意を示す最大のアピールなのだったのだ。撃ち殺す気は無いものの、これを降ろしたらきっと今の自分を保てない。

 

「俺たち古の民はエンブリヲから世界を解放するために戦って来た。父さんや母さんは俺たちやマナが使えないノーマの為の世界を造ろうとして戦い……死んだ! 死んでいった仲間や両親も、全部ゴミだって言うんだな!? 君は!」

 

 タスクは、怒りのままにアンジュを睨みつけて乱暴な足取りでこの場から去って行く。アンジュはタスクを引き留めようとしたけれど上手い言葉が見つからず、タスクに伸ばしかけた手を力なく下げた。

 

「アンジュ……あんたは最低よ」

 

 サリアは吐き捨てるように最大の敵意を込めた視線でアンジュを睨んだ後、銃をホルダーに収めてこの場からゲシュペンストのコックピットに向かって去った。取り残されたアンジュは二人の背中を見送りながらも、己の言い放った言葉の意味を噛み締め、そして己の発言に後悔するのだった。苛立っていたとは言え、あのような事を言ったのは間違いなく失言でしかないし、言ってはならぬ言葉だったのだから。

 

 

 

 転移から2日目。空は灰色の雲に覆われ雨が降り注いでいた。まるでこの場に転移した4人の心境を表しているかのように。

 

 ヴィルキス周辺はテントに覆われてその中でタスクがヴィルキスの修理に勤しんでいた。アンジュはそこから少し離れた場所で物陰に隠れてタスクの姿を見ていた。

 

 悪い事を言った。アンジュ自身にそういう自覚はあったし、謝るべき事では有るのには間違いない。だが、アンジュは今の性格と立場上、まともに謝罪した事が殆ど無い上にタスクのあれ程の剣幕は見た事が無かったので怖くて声も掛けられなかった。

 

 事実、廃ビル内での朝食時は会話なんてものは殆ど無かった。サリアとタスクが黙って非常食を食し、リオスはそんなピリピリした状況に訳が分からず右往左往してきょろきょろと視線を忙しなく送っていて、一方ヴィヴィアンは呑気に眠っており、彼女の呑気さが羨ましく思わずには居られない。

 アンジュは表面上いつも通りの立ち振る舞いで朝食を食べたが、心の中は委縮し切っていた。

 

―――何だ。ムキになって幼稚なんだから。何時もは股間に顔を突っ込んだりと破廉恥な真似をしまくっている癖に。

 

 ……とまぁ強がってみるものの、心の安定は出来ないままである。何時か必ず謝らなければならないのは分かってはいるものの、タイミングが掴めずに居た。もう二度と口を利いてくれなければどうしよう、という恐れもあった。

 アンジュにとってタスクの存在が大きなものであるという事を、今のこの時痛感していた。

 

 タイミングが掴めず気晴らしに近くにある地下へと向かい、ぶらぶらと歩いてみる。どうやらここはショッピングモールのようで、様々な店が並んでいた。だが、どれも殆ど崩れたり、閉鎖されていたりと立ち入る事が出来ない。そんな中で一つ開いていた店を見かけた。そこはアクセサリーショップのようで、ブローチや、可愛いキーホルダーなどが陳列されていた。

 保管状態は幸い良いものが揃っており、錆びていたり欠損しているものが少なかった。これを見て、アンジュはふと、ヴィヴィアンが自分にした事を思い出した。あのヴィヴィアンと親しくなかった時はペロリーナとやらのキーホルダーをくれた。今でもそれはヴィルキスのコックピットにぶら下げられている。

 

 あれがヴィヴィアンたちに近付けられた一つの切欠だったのかも知れない。これと似たような事をする事で仲直りが簡単に出来るとは到底思えなかったが、これが一つの切欠になるのであれば。きっと謝るだけでは彼は許してくれるとは思えないから。

 

 そう思いついたアンジュはアクセサリーショップに駆け込んだ。タスクに似合うものを探して。

 

 

 

 言い過ぎたかも知れない。

 

 アンジュに悪気は無い事はタスクは作業を再開していた時には既に気付いていた。それは朝起きてからのアンジュの態度から何となく察する事が出来た。いつも通りにしようとしておいて妙によそよそしいと言うか、委縮していると言うか。

 アンジュはこちらに一切話しかけず、何処かへと行ってしまった。怯えられたか。

 

 けれども、自分が謝るなんてのは変な話で―――タスクは自分に出来る事に集中していた。ある意味意固地になっているのかも知れないと思いつつも、ヴィルキスのエンジンを修理していると、何かが反射し、鋭い光がタスクの眼に僅かに入った。

 光源は作業用の鉄骨に引っ掛けられたリングの付いたネックレスだった。そして視線をもう少し横にやると、そろそろと足を忍ばせて去ろうとしているアンジュの後ろ姿が。

 

「……アンジュ?」

「っ!」

 

 声を掛けるとアンジュの肩がピクリと動き、脚が止まった。そしてまるで叱られた子供のように肩を縮めて聞き取れるかどうか怪しいぐらいの小さな声でアンジュは言った。

 

「その……似合うかな、って……思って…………それだけ」

 

 彼女も彼女で反省しているようであった。それがその証なんだろう。それに彼女は立場や性格もあってきっと謝る事は殆どしたことが無いのだろう。そんな彼女にちゃんとした謝罪を急に求めるのは無理な相談だし、これが不器用な彼女なりの償いだとしたら。そう思うとタスクの頬が少し緩み、ネックレスを手に取り首に下げてアンジュの前に立った。

 

「どうかな?」

 

 アンジュはネックレスを掛けたタスクの姿を見て、恥ずかしげに視線を軽く逸らしてから「似合ってるんじゃない?」と少し素直じゃない言い方で褒める。

 タスク自身、このような経験が立場上まるで無かったし無骨な生活を続けていたこともあって少々憧れもあった。特に想いを寄せている少女に似合っているだなんて言われるのは冥利に尽きるというかなんというか。

 

「有難う。もう夕方だし疲れているだろう。ご飯にしよう」

 

 これで手打ちにしよう。そう思って背を向けて夕飯の準備をしようと思った矢先、アンジュが声を上げた。

 

「あのっ」

 

 少し上擦った声で、タスクはふと振り向くとアンジュが意を決した表情でタスクを見ていた。何だろうと思った矢先アンジュの口から意外なひと言が放たれた。

 

「あのっ……ごめん…………なさい」

「うぇえ!?」

 

 その上頭まで下げたと来た。タスクは驚愕のあまり変な声が出た挙句失礼な言葉まで出てしまった。

 

「君って、謝れたんだ!?」

「ちょっ何よソレ!」

 

 我ながら「おいおい」と言いたくなるような発言で、流石のアンジュも気分を害したかふくれっ面で反発した。

 自分がこれではアンジュを責められない。自分の迂闊な発言を呪いながらアンジュに近づいて手を差し出した。今度こそ、手打ちにしよう。そんな決意を込めて。

 

「俺こそ、きつく当たってごめん」

 

 アンジュはその手を握って握手する事で仲直りをしてこの件を済ませた。そして何事かと野次馬の如くやって来たヴィヴィアンにも。謝罪し、長い首に手を回してハグをする。

 それは、高飛車で世間知らずで素直じゃなかった少女が少し、大人になった瞬間であった。そして二人の仲直りを祝福するように空は晴れ、綺麗な夕日に染まっていた。

 

 ……だが、残り二人の心は未だに晴れずに居た。

 

 

 

 

「なんでアンジュに怒っているのか話してくれないから知らないが、許してやりな。ちゃんと反省、してるみたいだし」

「…………」

 

 一連の様子を物陰に隠れて見ていたリオスとサリアだったが、サリアは煮え切らない様子でアンジュを見ていた。まだ彼女とサリアの溝は深いまま。そして―――

 

「あんたも……アンジュなのね」

 

 そんな含みのあるような事をポツリと言ってサリアはゲシュペンストのコックピットへと向かって行った。その言葉にどんな意味が込められているのか。リオスは何となく察しては居たのだが、彼女の絶望がどれだけのものか。考えようとしてみたものの、自分が意識の外へと追いやろうとしている己の絶望が息を吹き返しそうな気がして、考えずにサリアの後ろ姿を見送る事しか今のリオスには出来なかった。

 

 

 3日目。寒気がしてタスクはヴィルキスの修理中にくしゃみをした。幸い、精密作業の真っ最中では無かったから助かったが、下手したらヴィルキスがおじゃんになってしまう可能性もあったのでタスクは思わずこのタイミングでくしゃみが出た事に安堵した。

 

 更に追い打ちを掛けるようにして冷たいものが肌に触れたので、ふと空を見上げると空は鉛色に再び染まっており、そこから白いものがふわり、ふわりと降ってきているのが見えた。―――あぁ雪だ。

 道理で寒い訳である。

 

 これでは手が悴んで作業処では無い。タスクが今の状況に顔を顰めていると、アンジュの声と羽が風を切る音がした。

 アンジュがヴィヴィアンに乗って探索していたのだ。一方でリオスは動けないセラフの代わりに量産型クラウドブレイカー改を駆ってサリアが乗ったゲシュペンストと共にアンジュと別行動で探索を行っている。

 

「タスク、凄いものを見つけたわ!」

「……?」

 

 アンジュはライダースーツの露出の多さ故にとても寒そうだったが、それ以上に喜色の色が見えた。一体何なのだろうかとタスクはアンジュと共に何を見つけたのか確認に向かう事にした。

 

 

「やはりどれもまともに機能しちゃいないか……」

 

 リオスたちが向かった先は様々な電化製品専門店が並ぶ街、所謂電気街と呼ばれる場所だった。何か使える物が無いかと探し回っていた訳だが、どれも経年劣化で使い物に成りはしない。当然か。500年も経てばこうもなろう。寧ろ500年経って無事に残っている方が奇跡な訳で……

 

「錆びてるわね」

 

 リオスが目を付けた電子レンジは外装自体が錆び切っていてまるで使えるような状態に無く、サリアは諦め混じりの感想を漏らす。

 ここ最近寒いので、リオスたちとしては出来れば温めるものぐらいは欲しい所である。特に外でヴィルキスの修理をしているタスクは寒い中で作業するというのは難儀する事間違いないだろう。

 

 これで何件目の店を回っただろうか。恐らく2桁はもう突入しているだろう。だが、この広大な電気街の中ではそれがごく一部でしかないというのが恐ろしい所である。日本でもいや、世界でも有数とされる規模の電気街だ。回って行けばきっと―――

 

「―――サリア?」

 

 暫く歩いていると、サリアが居ない事に気付いた。後ろを向けばとある店の前で足を止めて店の中を見ている。一体何が有るのだと気になってサリアの見ている店内を見てみると、そこには無数の服がハンガーで吊られていた。

 その服はただの服などでは無く、俗に言うコスプレ衣装という奴だった。

 そう、この電気街は電化製品だけでは無くサブカルチャー関連の店も非常に多く存在していたのである。

 

 リオスは顔を引き攣らせて、そう言えばサリアの趣味がそれだった事を思い出してしまった。記憶の淵に排除したつもりなのだが、またそれが湧いてくるとは思わなくて、リオスはどうしたものかと考えていた。

 サリアはリオスが訝しげにしている事に気付き、慌てて目を店から逸らす。

 

「……他の誰かに言ったら殺すわよ?」

「言いませんて」

 

 サリアは殺気を込めた目でリオスを睨んだ後、何事も無かったかのように振る舞った後で次の電気屋に向かって歩き出した。

 余程この事を知られたくないらしい。日本的にはコスプレ云々が恥ずかしい事だと基本的にはされるのだが、ハロウィン等と言った文化の存在する国からすれば「だからどうした?」な話らしい。まぁ、アルゼナルではハロウィンもクソもないので考えが日本的になってしまうのである。

 

「別にこの街じゃちょくちょく見かけたし別に何でもないと思うけど」

 

 リオスがそう言うと、前に出て早歩きで歩いているサリアの肩がピクリと動いた。まぁ、台詞とポーズ付きは痛いと言われても文句は言えないが。

 

 サリアにとってはリオスの話は魅力的なものだった。そもそも趣味を同じくする人間が殆ど居なかったという事もあったので猶更だ。まさにこの街は滅ぶ前は天国に等しい場所だったのだとサリアは想像する。まぁ今ではこの街は見るに堪えぬ惨状となっているが。

 

「リオス……貴方は私の……あれをどう思っているの?」

 

 ふと、サリアは口を開いた。リオスには後ろ姿しか見えないので、どんな顔をしているのか分からない。けれど、リオスに言える事はただ一つ。

 

「痛いよーお母さん痛いよー! 絆創膏持ってきてー!?」

 

 リオスは右の二の腕を左腕で抑えて、わざとらしい悲鳴を上げて見た。それにサリアは咄嗟に振り向き、いかにもキレていますと言わんばかりの表情でアサルトナイフを引き抜き、咄嗟にリオスの喉にに刃を突き付けた。

 

「ここで殺す!」

 

 その上物騒な言葉まで出て来たし、人を殺すような目をしていたのでリオスは焦るに焦った。

 

「あ、いや、その、冗談ですから。……すんません」

「冗談にして趣味悪いわよ!」

「ぐぉめぇんぬぁすぁあああああい!」

 

 必死の謝罪が功を奏して、サリアはついにナイフを収めた。それからリオスは真面目に答える事にした。

 

「俺は他人の趣味なんてどうでもいいと思ってるスタンスだから。他人の趣味云々は法にでも触れない限り文句を言うつもりは無いし、気にしてどうするって話だよ。まぁ人によっては引くだろうけどさ。だから―――気にしていないって事じゃないかね」

 

 まぁ台詞とポーズ付きは流石のリオスでも引きかけた。だが、見なければどうという事は無い。コスプレ趣味なんて無かった。いいね?

 

「……そう」

 

 返って来た返事は、それだけ。他のニュータイプ連中程第6感は強くないので彼女が何を考えているのかよくわからなかった。暫くの沈黙の中での店内の物色後、冷たい感触が肌に触れた。ふと、二人が空を見上げると空は深い鉛色に染まっており、そして燦々と雪が降り始めた。

 

「雪だ……」

 

 リオスは思わず呟く。雪をまともに見たのはキリマンジャロでの対ティターンズの決戦以来か。サリアは舞い落ちる雪を掌に載せてみるも、直ぐに水となって溶けていった。気が付けば吐き出す息も白くなっていた。

 サリアの服装はかなり露出が多いので、寒さには辛いだろうと思いたったリオスは量産型クラウドブレイカー改とゲシュペンストのもとへと走ると、コックピット内の通信機が鳴り響いていた。

 

 それはタスクから。アンジュが良いものを見つけたという報告だった。

 

 

 

 アンジュが見つけたものは、夢有羅布楽雅……なんて変な名前のホテルだった。

 

 タスク曰く奇跡的な保存状態であり、彼の言う通り電気はヴィルキスとかのものを使えばどれも直ぐに動くようになっていた。ベッドや風呂もあるし、少々汚れているとは言えそれなりに掃除すればすぐに使える状態だった。

 

「きっと名のある貴族のお城だったに違いないわ!」

 

 アンジュが喜色満面でそう言い放つが、リオスは今居るこの場所に対して顔を引き攣らせ、サリアは赤面していた。これ、ラ○ホじゃないか? なんて。

 リオスは悲しい男の性で知っていたが、何故アルゼナル組の中でサリアだけ知っていたのかと言うと、ヴィヴィアンには既にバレているのだが恋愛系の本を愛読していた所為である。逆に知らないアンジュは恐らく育ちからであろう。王族がそんなものを知って何になるという話でもある。タスクは立場上街には滅多に出られないし、ヴィヴィアンは最早論外だ。

 

 だがまぁ、今日の気温は相当低いので外で眠ったら凍え死ぬのは間違いあるまい。それにコックピット内は本当に寝心地が悪い。

 

 背に腹は代えられないと言う事か。気付かないふりをしていればどうでともなるというもの。……仕方あるまい。

 アンジュが真っ先にヴィヴィアンと共にシャワー室へと向かい、リオスは大きく溜息を吐いて口を開いた。

 

「……掃除、すっか」

「…………?」

 

 リオスの様子に訝しげに思いながらもタスクは頷き、二人で掃除を始めた。サリアも別の部屋のシャワー室を使っているので今、この場には居ない。ドラゴン1匹と2人の人間ではキツイを判断したか、それともアンジュと一緒なのが嫌なのか。

 掃除機を使って床の埃を吸っている最中、リオスはふと思いついた事をタスクに問うた。

 

「エンブリヲってさ……何なんだ? 何者なんだ?」

「……彼は文明の全てを影から掌握し世界を束ねる最高指導者。俺たちが倒すべき最大最強の敵」

 

 最大最強の敵。言われてみれば、彼の機体がこの世界を破壊したに等しいのだ。リオスにとってもあの黒いパラメイルとエンブリヲは仇敵ではある。だが、リオスには彼を憎むほどの気概も残っては居なかった。

 

「お前らはソイツを倒してどうするつもりなんだ?」

 

 リオスは掃除しながら問うと、タスクは至って真剣な表情で答えた。

 

「エンブリヲと戦って死んでいった仲間や両親の仇を討つのと同時に、ノーマを解放する。それが目的だよ」

「……そうか」

 

 ノーマが解放されても、必ずやいい方向へと向かうとは限らない。マナ社会から外れて生きる事は難しいだろう、アースノイドとスペースノイドの確執以上に根深いこの状況下。人間は自由を得たノーマを排除すべく総力を上げるだろう。

 

「エンブリヲを倒した所で、きっと人間の考えは変わらない。それどころかもっと悪い状態になるかも知れない。それでもやるのか?」

「……リオス、君は―――」

 

 タスクは言葉を詰まらせる。エンブリヲを倒すという考えに淀みが出た訳では無い。リオスの今の状態に、絶望に言葉を詰まらせたのだ。

 

「あの映像を見せられちゃ世界はそれでも変わりはしない。そう思っちまって無力感みたいなの感じるんだよ。喩え一時的に人間のノーマへの考えを変えさせられたとしても第二、第三のエンブリヲでも現れていく。そして再びノーマは弾圧され再びもとへと戻ってしまうってさ」

 

 その言葉の後、沈黙がこの場を支配した。シャワーの音が微かに聴こえて来る。暫く両者は険しい表情で沈黙の中で目の前の部屋の中々取れない汚れと睨み合った後、タスクは意を決したように口を開いた。

 

「……だとしても俺は諦めないよ。生きている限りは幾らでも流れに抗って抗って抗い続ける」

 

 タスクの意を決したその表情がリオスには眩しく見えた。きっと、この世界に跳ばずにラー・カイラム隊の一員として戦っていればそうも思っていたのかも知れない。けれど現実は……現実を目の当たりにして絶望している自分が居る。

 タスクのやっている事も無駄だと嗤う事も出来るが、それは流石に出来なかった。

 

「出来るといいな。リベルタス」

 

 それは厭味では無く、本心で出た言葉。きっとタスクに伝わっては居ないだろうが―――

 

「……ごめん」

「謝んな。これでも一応、本心のつもりだからさ」

 

 やはりタスクには厭味に聴こえたらしかった。タスクが対峙しているこびりついた大きな汚れは取れはしたのだが、リオスが対峙した汚れは取れないまま、リオスは様々な意味を込めて大きなため息を吐くのだった……



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第23話 未踏査地区-ロスト・フィールド-

(´神`)は言っている、すべてを(ガチタンで)焼き尽くせと。

 さてさて、新作スパロボでガガガとナデシコ再参戦にAGE初登場と盛り上がってまいりました。通常のAGE-2使えると良いなぁ……と思ったり。
 ただ、残念ながらマクロス30はオリジナル勢しか出ない模様。まぁ、オーガス的な接着剤のような役割になるのでしょう。原作が原作的に。


 久々の風呂だった。これまで数日間風呂には入っていなかったので風呂に入れるという事は非常にありがたいものだった。

 風呂上りにてリオスは、廊下に座ってから大きく溜息を吐いた。

 ホテル内で動いた部屋は2室だけ。まぁ2室だけ動いただけでもめっけものと言うべきか。リオスとタスクという男性陣は其々の部屋の廊下で眠る事になった。これについては二人とも少々不満でもあるが、まぁ致し方あるまい。一部屋に一つダブルのベッドがあるのだが、今のサリアとアンジュを同室にさせるのは危険なのだから。

 さっさと眠ってしまおう。これ以上あまり何か考えると気が滅入る。そして明日もいつも通りに振る舞ってしまえばいい。

 リオスは床に横たわって眼を閉じ、眠る体勢に入ったが、中々落ち着かなくて寝付けなかった。まぁ、実質廊下で眠る事なんてあまり無いし、やはり割り切ったふりをしても自分には嘘を吐けないらしい。……と言うか若干寒い。

 

 コックピット内は狭くてストレスがたまるがこちらも此方で狭さによるストレスは無いが硬い床は背中が痛くて辛い。

 

 古びた天井と睨めっこしながら、自分が眠りにつくまで待つ。待ち続けていると、近くの部屋の扉がガチャリと音を立て、経年劣化した扉特有の軋む音を立てながら開き、ここに備え付けのバスローブを纏ったサリアが顔を出した。

 

「そこで寝ていたら風邪引くわよ。それに毛布も掛けないで―――」

 

 気持ちこそ有り難いのだが、申し訳ないがこちとら男である。リオスは首を横に振って拒否の意を示したが―――

 

「自意識過剰よ。別に一緒の布団で寝ていいとは一言も言っていないわよ」

 

 溜息を吐いてそう言われたので、リオスは、少し申し訳なさそうにサリアの居る部屋に入る事にした。部屋の中は、少々かび臭いものの暖房で温まっており、廊下よりずっと居心地の良い部屋だった。

 

「―――悪い。しっかしこの部屋暖かいな……」

「風邪を引かれたら私たちが困るのよ。但し、怪しい動きをした場合は頭を撃ち貫くわよ」

「……あっはい」

 

 若干殺気を込めた目で睨まれてリオスは肩を竦めつつ頷いてから、サリアから投げ渡された枕を受け取り、片隅で毛布に包まった。

 真っ暗な部屋の中、サリアはベッドの上で横たわり、リオスは肩隅の床に横たわって寝付くのを待っているとふと、サリアが口を開いた。

 

「少し―――昔話していいかしら?」

「あ、おう。構わないけれど……」

 

 リオスは少々困惑しながら頷くと、サリアはぽつぽつと語り始めた。

 

 ジルは嘗て、ヴィルキスの前任者だった。幼い頃のサリアはそんな彼女の後ろ姿に憧れていて何時か彼女と共にドラゴンと戦いたいと思っていた。だが―――一度目のリベルタスにて―――彼女は片腕を失い、ライダーとして戦えない程の大きな傷を負った。

 その頃サリアはリベルタスの詳細を知らなかったが故に、ジルがドラゴンと戦って傷を負ったのだと勘違いして、「仇は討つ」と彼女の前で誓ったのだと言う。

 それからだった。サリアは血の滲むような努力を費やした。他の誰よりもずっと、沢山努力してきた。ジルの乗っていたヴィルキスを受け継いで、後でジルの口から知らされた『リベルタス』を完遂させるべく。

 

 ……だが、現実は非情だった。

 

 どんなに努力してもヴィルキスはサリアを拒絶し、ジルのように上手く扱う事は出来なかった。もう一度やってみせると、ジルに言っても「諦めろ」と言うばかり。

 そんな失意の中に現れたのが、アンジュとリオスだったのだ。

 アンジュは身勝手な行動でリベルタスの概要を知っていた人間の一人だったゾーラ隊長を殺し、のうのうと生き延びた挙句ヴィルキスまで与えられた。ジルの行動が解せない上に不可解だったが、ジルの目論見通りアンジュはヴィルキスを動かしてジル以上に使いこなした。

 

 ジルの決定だから逆らう事はしなかったし、無理矢理己を納得させる事で何とかしようと思いはしたのだが、結局彼女は一度脱走し、アンジュは所詮生まれた場所も立場も何もかも違う事を思い知らされた。その上ジルからいち早くリベルタスの概要を知らされた挙句に没収した筈のヴィルキスをアンジュに返したりと、ジルはサリアそっちのけで肩入れしていた。まるでそれはサリアの努力は無意味だったと言わんばかりに。

 リベルタスの為に自分に出来る事を探すべきだったのだが、サリアにとってはヴィルキスが全てだったのだ。そしてヴィルキスに乗ってジルに認められるという事も。これまでの血が滲むほどの努力も。だから、そう簡単に切り替えられない。これでは一時期頑固に自分がノーマである事を認めたがらなかったアンジュを嗤えはしないと、サリアは自嘲するように語った。

 

 リオス自身、彼女の半生に立ち会った訳でもないし、偉そうな事は言えはしない。これまでの努力は無駄じゃないとか、そんな事を言ってもきっと彼女の心には響かない。

 ある程度無理な物は無理、出来る事を探すと割り切って生きているようなリオスだ。何か気取ったような言葉は思いつかなかった。

 

「―――迂闊に同情しないのが貴方の良い所……なのかも知れないわね」

「口下手なだけだよ。口が上手い奴なら腐るほど居る」

 

 リオスは軽く不貞腐れ乍ら、ベッドに背を向けて壁と向き合う。こんなんだから彼女居ない歴=年齢なのだ。こういう事はアムロ大尉ならそれなりに上手くやれるのだろうが(彼の恋人であるチェーン・アギとのやり取りを見ていると猶更そう思う)。

 

 サリアは、はっ、と彼の置かれている状況を思いだした。彼の場合取り戻しようも無い程に沢山の物を失ったのだ。完全平和という自分たちノーマの言うリベルタスのような『光』を追い求めた結果何もかも無意味と化して。

 それでも尚、彼は甘えるなとも言わずに黙って聞いてくれている。

 こちらには希望が残されている可能性がある(タスク曰く転移に掛った時間が分からないのでリオスの転移の際に時間を越えたのか、今回の転移で時間を越えたのか、それとも両方か、微妙な所だとか)と言うのに。

 一方リオス自身はそれを、ただ何もかもを他人事として見る事で自分が傷つくのを避けているだけだという自覚があった。それが賢いやり方かどうかは別として。

 

「それに―――偉そうに他人に説教したり導いたり出来るような人生なんて歩んじゃいないからさ。やれる事は……一緒に考える事ぐらいか」

 

 それをやれるだけの余裕が自分にあるのかと問われれば首を傾げてしまうが、何時もの自分なら多分そう考えている筈だ。結果的にどうなるか、それで他人が救われるのかどうかは微妙なのだが。それで切欠になってくれればありがたい。

 少なからず、サリアがそうしたい相手ではあるのには間違いない。

 

「勘違いさせるような発言よ。そう言うの―――」

 

 何を思ったか、サリアはそう言い、沈黙がこの場を支配したその時――――――

 

 勢いよく玄関扉が音を立てて乱暴に開かれた。

 

「!?」

 

 驚いたリオスとサリアは飛び退く。部屋の扉を乱暴に開いたのはタスクだった。

 

「リオス! サリア! 武器を持った機動兵器がここに!」

「なにっ」

 

 慌てて、リオスとサリアは別の場所で眠っていたドラゴンのヴィヴィアンを叩き起こし、急いで下へと降りて雪を踏み締め乍ら歩きづらい地面を機動兵器が立っている場所まで走る。そして、全員の瞳にパラメイルクラスの大きさの機体の姿が映った。

 

 

 それは――――――赤と黒の二足歩行型機動兵器だった。形状からして可変機構は無いと思われるが、背中に長い砲身を二つにたたまれたキャノン砲に、右手にはライフルと思しきものを持っている。

 そいつは右手に装備されたライフルを、ホテル前まで運んでいたリオスのセラフに突きつけた。

 

「拙い!」

 

 機体とリオスの距離は100M程離れていてもう間に合わない。リオスの叫びも虚しく、赤い機動兵器が突きつけたライフルの引き金に指を掛けてから

 

叛逆者(イレギュラー)を発見。排除を開始する】

 

 そう、声を出した。それは無機質で生気を感じない、そんな声。まるで黒いセラフと対峙している感覚に似ていた。機体を失うまいとリオスが全力疾走している中、他のメンバーもそれぞれの機体に乗ろうとすべく走るも、起動に掛る時間などを考えればどう考えても間に合わない。無論、セラフに限ってはどう考えても間に合わないだろう。それに駆動系が破損している為に機体そのものが動かない。喩え間に合っても動かないのでは自分ごと消し炭にされる事間違いなしだ。

 

「くそっ!」

 

 ままならなさに悪態をつくリオス。そして引き金が非情にも引かれかけたその時だった―――

 

 耳をつんざく砲撃音が響いた。リオスは咄嗟に耳を押さえていると、赤い機動兵器の胸部が爆発を起こした。爆発による熱気が肌を舐め、顔を顰めつつ、砲撃のした方向を向くと、そこには―――巨大な戦車が居た。

 

 いや、戦車というには少々歪か。下半身は確かに戦車そのものでキャタピラがこの雪が積もったアスファルトの上を力強く踏み締めているが、そこより上は人型機動兵器のものだった。人型機動兵器特有の胴体と顔と胴体が有り、背中にはグレネードキャノンを2丁背負っている。腕はバズーカ砲型になっており、腕そのものが砲身となっていた。

 だが、あれだけの爆発を喰らったというのに赤い機動兵器は一部装甲が抉れるだけであったが、胸部に装備された対人機関銃が破損しており最早撃てない状態になっていた。

 

 半人半戦車で武器と化した腕というその姿に、リオスは一年戦争で活躍したMSの一機であるガンタンクを思い出した。腕が武器になっていたり物騒な物を背負っているという点では結構似ていなくもない。

 

「ガンタンク系列……なのか?」

 

 リオスの声が聴こえたのか、その全身火器の物騒な戦車ロボのスピーカーを通じて渋い男の声が発せられた。

 

『ガンタンクなどとこの迅雷を一緒くたにしないで貰おうか。しかしまぁ未踏査地区(ロストフィールド)まで足を踏み入れるとは随分な命知らずな事だ。まぁいい。土竜の諸君、How do you like me now(パーティはお開きだ。死ね)

 

 男がそう言うと再びグレネードキャノンの砲口が轟音と共に火を噴いた。撃たれた赤い機動兵器はグレネード弾が爆発して、爆煙に包まれるが、それでもなお、赤い機動兵器は大破しておらずフレームが歪んでいながらも爆煙を突っ切って、戦車ロボにブーストを吹かせながら右手のライフルの引き金を引いた。銃口から青く丸い弾丸が1秒で大量に戦車ロボに放たれて、弾丸は全て装甲に命中してしまう。

 あれだけの重装備でこの市街地。躱す事も困難だし、強度が尋常でない赤い機動兵器相手に勝てるのか。リオスが思っていると、戦車ロボは無言でバズーカ腕を構えて、赤い機動兵器の脚を狙って発砲した。

 

 狙いは正確無比。赤い機動兵器の脚の命中して弾丸と爆発の衝撃で怯んでいる隙に、斜め上から飛んできた一条の閃光が赤い機動兵器の胸部を撃ち貫いた。誰が撃ったのか。それをリオスたちが確認する前に、再度戦車ロボはグレネードキャノンを起動。バズーカ腕も構えて一斉砲撃を放つ。

 

 左右の幅がビルで塞がれた場所だ。赤い機動兵器に避ける手段は上に跳ぶことしか無かった。それを既に予見していたか、殆どの弾が赤い機動兵器に向かって吸い込まれるように命中して大爆発を起こした。そして―――追い撃ちのように放たれる戦艦クラスのオーバーキルと言われても文句は言えないレベルの砲撃。煙で着弾時にどうなったか見えなかったが、直後、機体の下半身と無数の部品と破片が落下してきた。

 そこでリオスたちは命中したのだと確信した。

 

 勝利こそしたようだが、あの機体と援護した者は何者なのか気になって、ふとリオスは援護射撃が飛んできた方向を向く。そしてそれを見たリオスは思わず目を見開いた。夜空には――――――空を覆う程の巨大な空飛ぶ戦艦。

 

「ラー……カイラム…………!?」

 

 嘗て、リオスの属艦だったラー・カイラムに形状が酷似した戦艦がドラゴンと共に飛んでいた。そして……散々こちらの邪魔をしてきたガンアークも。手持ちのライフルが変形して弓のような形になっていたが直ぐに洗濯ばさみめいた形状へと戻って行った。

 ガンアークに辛酸を嘗めさせられてきたサリアはアレを見て一気に顔を顰めた。

 

「何なの……あの空飛ぶ船は……」

 

 アンジュからすればあれ程巨大な人工の飛行物体は始めて見る物なのだろう。タスクも、サリアもまた驚愕していた。それにリオスだって―――

 

「まだ生きていた人が居たって言うのか?」

 

 文明が崩壊した筈の世界にあんな戦艦がほぼ完全な状態で飛んでいる事などとは思っても居なかったのだから。迂闊に飛べばエンジンがお釈迦になって墜落する事だって可能性としては低くはない。

 一瞬、あれににはブライト艦長が乗っていて自分と同じように転移してきたのではないかと思いはしたのだが、何となく違う気がしたので、あまり期待は抱かなかった。

 

『救難信号を出したのは、お前らだな?』

 

 戦車ロボのパイロットが問う。

 まさか、ドラゴンがこちらを助けようと言うのか。リオスたちは嘘を吐いても仕方がないと思って頷くと、戦車ロボのパイロットは続けた。

 

『ようこそ。本来の地球へ。歓迎しよう、粛々とな』

 

 

 歓迎と言った癖にあっという間に拘束されてしまった。戦車や戦艦、ドラゴンが居たのでアンジュも誰もが抵抗出来ず、ドラゴンたちにより持ち込まれた大型コンテナに4人+1匹とも放り込まれた。機体も恐らく収容された事であろう。

 

 薄暗い空間の中で、リオスは片隅で座って黙って待ち続ける。ここで脱出するにしても恐らく外部から僅かに聴こえて来るドラゴンの羽音とパラメイルや戦艦のブースト音、そして今リオスたちが閉じ込められている場所であるコンテナが揺れている事からして高い場所で吊り下げられている事は間違いない。

 

 

 無暗に脱出しようとした所で落下死してしまうだろうし、ヴィヴィアンを使おうにも乗せられる人数が相当限られてしまうので論外だ。それに自分たちの機体が取り戻せないようでは意味が無い。

 考えている内にコンテナ内が突如派手に揺れた。

 

 ヴィヴィアン以外は突如の揺れに驚きよろけてしまい、アンジュは勢いのあまりヴィヴィアンにぶつかってしまう。それにアンジュがヴィヴィアンに謝罪するのを見て、リオスは彼女も変わったものだと思うのだった。

 

「女の子が乗っているんだ! もうちょっと丁寧に運んでくれ!」

 

 タスクが乱暴な持ち運びに文句を言うと、戦車ロボのパイロットの声がスピーカーを介している為かノイズと一緒に返って来た。

 

『申し訳ないがもう少し耐えてくれ。悪いようにはせん』

「―――そう簡単に信用できるとでも?」

 

 リオスは半信半疑で問うと、男は豪快に笑った。それにコンテナ内に居る者が驚愕していると、男は言った。

 

『理由はあれど散々お前たちに迷惑かけたからな。……そんなこと思っとらんよ』

 

 理由? 理由とは何だ。その疑問をタスクが問おうとすると、別の、男とは打って変わって若い青年の咎めるような声が聴こえて来た。

 

『隊長、何会話してるんですか……」

『悪い悪い。では、また会おう。少年少女の諸君!」

 

 そう言い残して、ノイズが聴こえなくなり男の声も途切れた。妙な男であると4人は思う。だが、ドラゴン側と言葉が通じるならば色々訊けるというものだ。その点では有意義な会話だったと思える。

 彼らが動く理由とは何なのか。ジルが教えなかった事や知らない事がきっと今向かおうとしている場所にあるのだと思い、アンジュは腹を括るのだった。

 

 

 この後、急降下の際にバランスを崩してタスクがまたやらかしたというのは言うまでも無く、リオスは溜息を吐き、サリアは赤面するのだった。

 

 

 コンテナの扉が開いた先は、夜が明けたらしく空は蒼く明るかった。そして薙刀を持った殺気立った兵士らしき女性二人と、武器は持っていないように見える女性たちが外で待ち構えていた。まぁ、出た瞬間射殺されるよりはマシか。

 

「着いたわ。出なさい」

 

 万が一の事も考えて、薙刀を持った女性兵士の指示に従いつつ4人は何時でも武器を取り出せるように身構えつつ外へと出た。

 

 目の前に広がる光景。それは―――和風の神殿らしき場所と塔だった。リオス自身あまり日本の歴史に明るくないのだが、その様はまだ中国の文化の影響を受けていた頃の建物を彷彿とさせた。建物の直ぐ後ろには崖と大きな滝があり、音を立てて水が流れ落ちている。崖の上には高い塔が聳え立っており、見るからに偉い人が居そうな場所だった。

 

 そしてその前に緑色と赤色の2機のパラメイルが力を誇示するかのように立っており、それがあのアンジュと対峙した赤いパラメイルの僚機だという事に4人は直ぐに気付いた。

 

「大巫女様がお会いになる。ついて来い」

 

 二人の兵士片方の、蒼いロングの髪の女性が言うや否や、背後でずしりと音が立った。咄嗟にリオスたちが後ろを向くとヴィヴィアンが倒れており背中には麻酔弾が突き刺さっていた。

 

「お前っ……ヴィヴィアンに何をしたんだ!?」

 

 リオスが向き直って問い詰めようと吠えると、兵士の薙刀がリオスの首元に突きつけられた。リオスとアンジュが二人の兵士を睨んでいるものの、二人の女性もリオスたちを敵視しているようで一触即発の空気が出来上がっていた。

 そして暫くして―――

 

「はいはいそこまでそこまで。お前らここでドンパチやるのは止めて置け。折角の旧き良き風景が台無しになる」

 

 リオスより圧倒的にガタイの良い男が現れて二人の薙刀を下げさせた。長身の部類に入り安直ながらもごついという印象を受けるその男に気圧されて、アンジュ側も、兵士側も引き下がらざるを得なかった。

 筋骨隆々という言葉が非情に似合う外見で、180ぐらいの背。腕相撲したら瞬殺されそうだ。そしてその声が戦車ロボの乗り手の声だという事に気付き、イメージ通りでリオスは渇いた笑いが込み上がりそうだった。

 

 それに二人の兵士が溜息を吐き、男はふっと笑う。

 

「悪いようにはせん。そう言った筈だからな」

 

 リオスもタスクもただ、男の威圧感に圧倒されるばかりであった。

 

 

 兵士たちに連れられた先はやはり、目の前の神殿らしき場所だった。両脇には松明が薄暗い部屋を灯しており、奥には王座と思しき数段ある段差と幕がある。幕は合計9つあり、其々に人影があった。その真ん中で一番高い場所に居る影が言うまでも無く一番偉い人なのだろうが、周りより明らかに背が低くかった。

 王座の前まで4人が連れられると、二人の兵士が頭を下げ、リオスたちを連れて来た事を告げると、真ん中に居る影がリオスたち4人を見回す。

 

「異界の女に、そして男……か」

 

 その声は明らかに幼いものだった。それに傀儡政権めいたものを想像せずには居られなかったが、直ぐに止めた。別にそれはどうだっていいのだ。重要な事ではない。タスクとサリア、リオスは緊張のあまり、息を呑むが、アンジュだけが険しい顔で見上げていた。

 

「名はなんと申す?」

 

 聞かれて、誰が先に答えるか。それを装弾しようとタスクたちが思った矢先、真っ先にアンジュが口を開いた。

 

「人の名前を聞くときは、まず自分の名前から名乗りなさいよ!」

 

 すぐ隣にいたタスクとリオスは驚き、困惑し、サリアは呆れたように大きく溜息を吐いた。

 流石にお偉いさんにそのような口を利くとはあちら側も思いもしなかったか、本人以外の者たちがざわついた。下手したら自分たちは無礼だとして殺されるのではないかとリオスは戦慄し、言うまでも無く後ろで控えていた女性兵士が、あの青いロングの女性が刀に手を掛けた。

 

「大巫女様に何たる無礼ッ!」

 

 タスクは慌ててアンジュを窘めるも、アンジュは敵意を隠さず睨み続ける。そんな中で動じていないのか、大巫女が口を開いた。

 

「特異点は開いていない筈だが―――どうやってここに来た?」

 

 特異点とは恐らくゲートの事だろう。あのドラゴンが湧いてくる場所の先。

 問われたものの、はっきりとした答えが出ず4人は黙り込んだ。恐らくはヴィルキスの力だろうが、実際の所ははっきりとしていないし、それをあちら側が信じてくれるとは到底思えない。

 

「大御子様の御前ぞ、答えよ!」

 

 後ろに控えた女性兵士のもう片方であるショートカットの女性が警告しつつ薙刀をを向けて来る。そうやって高圧的にやって来るから反感を買うのだろうとリオスは思うが、まぁ言っても意味はない。寧ろこちらの命が危ない。

 

 そしてまるで釣られるように他の者達が様々な事を、訳が分からない単語を口にしながら問いかける。まるで聖徳太子に押しかけて来た人間たちのように。しびれを切らしたアンジュは舌打ちしてから怒鳴った。

 

「うるっさい! 一斉に聞いてくるんじゃないわよ! こちらだって良くわからない事ばかりなのよ! 知ってそうなこの男も分かっていないようだし!」

 

 アンジュはリオスに指をさしながら怒鳴る。タスクが窘めようとするももうアンジュを止められる者は居ない。サリアは自分の胃が痛くなるような感覚を覚えた。

 流石にそれを見かねたか、女性兵士が今にも切り殺さんとばかりの殺気を向けて武器を引き抜く。

 このままでは処刑待ったなしである。アンジュ以外の3人に冷や汗が出たその時、大巫女の左隣に座っていた者がくすくすと笑いだした。

 

「威勢の良い事で」

 

 そして垂れ幕から、笑った者は外に出て来た。出て来た者は女性だった。和服をアレンジしたような衣装を身に纏い、左手には鞘に納めたサムライブレードを持っている。黒髪ロングで清楚という言葉が良く似合うような風貌だったが、何処か底が見えない。そんな印象を受けた。

 

「貴方はっ―――」

 

 アンジュは見覚えがあるのか、敵意むき出しの表情から一転。驚愕へと変わり、そんなアンジュを檀上から見下ろしながら名乗り出た。

 

「神祖アウラの末裔にして、フレイヤの一族が姫。近衛中従、サラマンディーネ」

 

 暫くすると、アンジュの顔色は再び怒りに染まり、歯を食いしばる。一体何があったのかリオスたちには分からなかったが、ただ事ではないのは何となくながらも分かった。

 

「ようこそ、真なる地球へ。偽りの惑星(ほし)の者達よ」

 

 偽り。その言葉にリオスは異空間でエンブリヲの言った『偽りの革新者』という言葉を思い出す。だが、こちとら本来『この地球』に育ったのだ。そして自分が生きた時代にドラゴン等居なかった筈だと、若干彼らの物言いに引っ掛かりを覚えていると、大巫女がサラマンディーネに問うた。

 

「知っているのか?」

「この者たちですわ。先の戦闘で我が機体と互角に戦ったヴィルキスとナインボール=セラフの乗り手は」

 

 その言葉でリオスとサリアは察した。あの、紅いパラメイルのライダーだ。アルゼナルの半分を消し飛ばしたあの紅い―――サリアが一気に険しい顔になりサラマンディーネを見上げる。まぁ当然だ。あの攻撃で相当な被害が出たのだ。気分が悪くならない訳が無い。

 

「この者達は危険です! 生かしておいてはなりません!」

「処分しなさい、今すぐに!」

 

 幹部たちは喚くように叫ぶ。それにリオスは怒りを込めて睨みつけた。

 

「アルゼナルを戦術核顔負けの竜巻で消し飛ばしておいてよくもまぁぬけぬけと危険だとか抜かすなアンタら……やるって言うなら相手になってやるよ。その代り女だろうと俺は手加減しない。今の俺は訳有って機嫌が悪いんだよっ!」

 

 リオスが言い終えるとアンジュも臨戦態勢を取りつつ不敵に笑いながらリオスに続く。

 

「こちとら死刑には慣れているから好きにすればいいわ。但し、ただでは済むとは思わない事ね」

 

 流石に不敵なアンジュと敵意をあらわにしたリオスにたじろいだか、再びこの場がざわめきだす。こうやって敵意を向けられることが初めてなのか。

 リオスは機体を奪還する算段を立てながら立ち回りを考えていた所で、サラマンディーネが口を開いた。

 

「お待ち下さい。皆様。この者はヴィルキスを動かせる特別な存在。そして、機械仕掛けの例外(イレギュラー)を狩る者を動かす者も。あの機体の秘密を知るまで生かしておいた方が得策かと」

 

 サラマンディーネがそう言いつつ、アンジュたちのもとへと歩み寄る。武器を持っているとは言え大した度胸である。リオスはそんな彼女に底知れない恐怖を感じながら強がる。

 

「それについては僕もお願いします」

 

 そして、また別の声が背後から響いた。背後にある入り口前には、リオスやタスクと同じぐらいの青年と隣にあの女性兵士を窘めた大男が立っている。そして、今、青年が纏っている服装。それは―――若干差異こそあるが、地球連邦のものに近いものであった。しかも彼から発せられる感覚に覚えがある。そして彼の顔の面影も。

 

―――まさか……

 

 更に畳みかけるように聞き覚えのある単語をサラマンディーネが青年と男を一瞥してからクスリと笑ってから口にした。

 

「この者たちの命、この私にお預け下さいませんか? もしもの事が有れば、彼、アルス・レイ少尉と有隆(ありたか)総隊長と共に対応致します」

 

「レイ……だって?」

 

 リオスは驚愕のあまり思わず声を出してしまう。それにタスクは訝しげに問いかける。

 

「リオス、彼を知っているのかい?」

「俺の昔の上司とファミリーネームが同じだ……別に珍しくないけれど。でも面影がある……」

 

 タスクは困惑気味に「はぁ」と言いながらアルスという青年を見て、首を軽く傾げるのだった……




 How do you like me now→海外では引っ越してきたときに自己紹介を兼ねてパーティーを開く文化がある、そこで終わりの定番の挨拶が「私のことを好きになってもらえたかな?」という言葉があります。
 その為「パーティはお開きの時間です」という意味になり、最終的に「パーティは終わったから早々に帰れやボケェ」となるのです。

 意訳に意訳を重ねた結果ですね(´・ω・`)


 今回、旧ナインボールが瞬殺されてえらく酷い扱いを受けていますが、あれで出番が終わりとは旧来のファンなら思わない筈です。セラフは兎も角、奴はMOAで大量に……
 ここから結構AC要素が入ってきます。あと、フロムマジックも(全弾発射とかゲームでは出来ない)


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第24話 明かされる、歴史

ヒルダ&アウラ「敵AC確認、ナインボールです」
管理者「ファッ!?」

 アグレッサー事件とか色々考えて大破壊の年号が変わりました。……流石に短すぎますしね。


 あの後、サラマンディーネに連れられて長い廊下を歩かされた。前方にはサラマンディーネ。しんがりに二人の女性兵士が居るので脱走しようなら忽ち薙刀の錆になるだろう。リオスは少々冷や汗を流しつつ、タスクたちと共にサラマンディーネの誘導に従う。

 悪いようにはしないとあのごつい男は言っていたが、あちら側も相当意見が分かれているらしい。良くて牢獄は覚悟しておいた方が良いだろう。あれから連れ去られたヴィヴィアンや、H-1の行方が心配ではあるが、まずは己の安全を確保しなければどうしようもならない。だが、案内される直前全ての武器は没収されてしまった。

 

 それに今更ながら気付いたが、ここに居る女性たちは皆背中に羽。臀部に尻尾を生やしている。相手がどれだけの力を持っているか分からない為迂闊な行動は死に繋がる。それともう一つ気になった事がある。

 男性がここに来て二人しか見当たらなかったという事だ。アルス・レイと有隆隊長以外男が見当たらない。

 

―――他に男は居ないってのか?

 

 別に男色家でも何でもないのだが、幾らなんでも少なすぎる男性の数に違和感を感じてそう思ったのだが、その答えを今すぐ訊く必要は特に有るまい。そんなことより自分たちが如何にして生き延びるかを考えなければならない。サラマンディーネが生かしてくれているのだが安心してはいられない。何時か用済みとして殺される可能性も十二分に存在するのだ。

 

 キシキシと木製の床特有の軋む音を聴きながら、リオスは思案する。そんな事など露知らずサラマンディーネは一室の扉の前で足を止めて、丁寧な仕草で横開きの扉を開けた。その姿は無駄なく丁寧かつ流麗で育ちの良さが見て取れる。それでありながらあの化け物機体を操るのだと言うのだから恐ろしいものである。開けられた部屋の先まで案内されると、リオスは顔を顰めた。

 牢獄にしてはロックも厳重には見えないし、寧ろここは客へのおもてなしをするような、そんな場所にリオスには思えた。明らかに職人技で造られたようなベッドや箪笥とベッドの上に敷かれた暖かそうな布団、急須や畳もある。まさに和風という言葉が良く似合うような、そんな部屋である。

 

 リオスたちが呆気に取られて部屋を見渡している内に、サラマンディーネが女性兵士たちをこの部屋から下がらせた。勿論、異を唱えこそしたものの、サラマンディーネが妖しげな笑みを浮かべると、まるで蛇に睨まれた蛙の如く一瞬硬直して恐怖の色を見せてからそそくさと部屋から出ていった。

 

「……牢獄にしては随分洒落ているわね」

 

 アンジュがサラマンディーネ以外のこの場に居る者皆が思っている事を口にする。すると、サラマンディーネは答えた。

 

「あなた方を捕虜扱いするつもりはありません」

 

 その発言に思わず4人は眼を見開いた。あまりにも解せない対応に何か裏があるのではと勘繰らずにはいられない。そんな世界で生きて来た4人だから、猶更。

 

「シルフィスのあの娘とも、治療が終われば直ぐ会えます。あなた方達の機体も責任を以て修理させて戴きますので―――」

 

 そんなことをにこやかに言い放つものだから、皆唖然とするのであった。シルフィスのあの娘というのは間違いなくヴィヴィアンの事だろう。治療する要素があるのかと疑問に感じるも今は気にしないでおくこととする。

 絶対に裏があると4人の誰もが思った。こんな至れり尽くせりな事があってたまるかと。 後で「騙して悪いが」と言わんばかりに対価として何かを搾取するんじゃないかと。何を搾取するのかと問われても、今のリオスたちの手元には何もないがために搾取できるようなものは何もありはしないのだが。

 

「さ、此方へ」

 

 サラマンディーネの案内を受けて、若干ヤケクソになりつつも4人は誘導に従うのだった。

 

 

 

 これが茶道、というものなのだろうか。

 

 リオスは畳の上に差し出された高価そうな茶碗に入れられた緑色の液体と睨めっこを始める。

 案内された先は畳の上。4人は履物を脱いで正座で座り、4人の分が差し出されるまで待った。サリアは少々訝しげな眼で差し出された緑色の液体を見ていた。こういうのは見た事がないのだろうか? まぁリオス自身も最初見た時は驚いたものだし、茶道自体テレビでしか見た事がないのでこういうのは新鮮に思えた。だが、作法が若干おかしいように見えたのは気のせいだろうか。……気にしたら負けなのかも知れないが。

 

「何の真似?」

 

 相変わらず敵意と言うか尖がった空気を絶やさぬアンジュ。それにもう慣れたのか、元から屁とも思っていないのか分からないが、サラマンディーネは余裕の表情を崩しはしなかった。

 

「長旅でお疲れでしょう?」

 

 これ程変な感じ。という感想が良く似合うような状況は無いだろう。この地に居る人間の偉い人数人が危険だと処分しろと抜かしたと言うのに、彼女は歓迎する姿勢でいる。人を信じない、というのも宜しくないが簡単に騙されると言うのもおかしな話だ。

 数秒間の沈黙の後、空気を換変えようとタスクが口を開いた。

 

「俺の名はタスク。アンジュの騎士で、赤い機体クラウドブレイカーのライダーをやっている」

 

 ヴィルキスの騎士では無いのかとサリアは眼を見開いて、タスクの方を見るが、タスクは大真面目にそう言っているものだから、サリアは色々察した。

 まさかこの二人は……

 リオスに視線を送ると、そうだと言わんばかりに頷き大きく溜息を吐いた。その溜息の込められているのは嘆きか、それとも諦めか。それは本人のみぞ知る。

 タスクの自己紹介にサリアとリオスも続いた。

 

「私はサリア。ゲシュペンストのライダーをやっているわ」

「俺はリオス……ナインボール=セラフのパイロットをしている。信じてくれるか分からないがUCE所属だ」

 

 そう言うと、サラマンディーネが口を片手で抑えて驚いたような仕草を見せた。

 

「まぁ……アルス殿たちと同じ軍隊の所属でしたのね」

 

 アルス・レイ。彼らが何者なのか気になる所だったが、それより前に知らなくてはならない事がある。リオスは知的欲求を抑えつつ、口を開いた。

 

「幾つか質問があるのですが、宜しいでしょうか?」

「えぇ、どうぞ。リオス殿」

 

 サラマンディーネの許可を受けて、リオスは口にする言葉に失言が無いか吟味してから質問を始めた。

 

「俺の知る限りではドラゴンは地球に居なかった。貴女たちは何者だ? 宇宙から来たとでも言うのか? 俺の知る限り、人間には尻尾や羽とか無い筈」

 

 答えは直ぐに返って来た。

 

「いいえ。私たちは人間ですわ。嘗ては羽も尻尾も有りませんでした……が」

 

 つまり、突然変異せざるを得ない状態に人類は追い込まれたという事か。ドラグニウム自体相当危険な物質らしく、以前ひまわりが見せた映像で分かった事だが文明が崩壊した程のダメージを地球全土が受けた事になる。リオスは質問を変えて続ける。

 

「そして、もう一つ。ゲート……貴方たち側からすれば特異点? と言うのか。アレを介してアルゼナルに攻めて来た訳ですが……マナのある地球とこの地球の関係は何だ? 惑星の名前が一致していると言うのは偶然にしては出来過ぎているような。そんな気がしますが」

 

 そう言うと、一つ間を置いてからサラマンディーネは口を開いた。

 

「平行世界。という物をご存じですか?」

「平行世界ってよくSF小説で出て来るような奴ですか?」

 

 サリアの問いにサラマンディーネは頷いた。それと同時にリオスはエンブリヲが言って居た事を思い出した。奴は『アナザーセンチュリーズエピソード』と洒落て言っていたのだが……

 

「この地球の一部の人間が、この地球を捨てて別の地球に移った……それがタスク殿たちの地球です」

 

 随分と大それた大移民な事だ。平行世界に飛んでまで地球を捨てるとは相当切羽詰まっていたのだろう。まぁE2とかオーラマシン、ボソンジャンプだの色々とトンデモ科学が発展していた時代だ。数十年経って平行世界に行ける技術が確立されても何らおかしくはないだろう。

 

「―――大破壊」

 

 サリアがお茶と睨めっこしながら言うと、サラマンディーネは再び頷いた。

 

「度重なる戦争と汚染により、一部の者は宇宙へと旅立ち、一部の者は平行世界へと旅立ちました。ここへと戻って来た者達は少々事情が異なるのですが―――」

 

 事情が異なるとはどういう事なのか。リオスは長考に入るとアンジュが差し出された茶碗を手に取り、お茶を一気飲みしてから口を開いた。

 

「つまりは―――貴女がここに居て地球が二つあるって事はッ!」

 

 そう言うや否や茶碗を壁に向けて乱暴に投げつけた。投げつけられた茶碗は壁に衝突して呆気なく砕け散り、破片が飛び散る。それが少々勿体ないなと思っている暇がリオスたちには無かった。

 アンジュは近場に落ちた手ごろな破片を拾い上げてサラマンディーネの背後に回り込んでから首筋に破片の尖がった部分を突き付けた。

 

「アンジュおい馬鹿お前っ!」

 

 まだ情報が得られていないと言うのに迂闊だ。アルゼナルに戻ってモモカたちの安否を知りたいのは分かるがあまりにも性急過ぎるが故にリオスも、サリアも、タスクも焦り、真っ先に目論見が潰されたリオスは声を荒げて叫んだもののアンジュの耳には届かないし、もう遅い。

 

「帰る方法があるって事よね!?」

 

 アンジュのスタンドプレー好きには辟易する。冒険するのは勝手だがこちらを巻き込まないで頂きたいとリオスは苛立ち、タスクとサリアは呆れて物が言えないし頭痛も覚えた。

 勿論、女性兵士たちがそれに気づかない訳が無い。二人とも電光石火の如く扉を乱暴にあけて此方へと走り寄り其々武器を構える。……失敗すれば間違いなく4人共々処刑待ったなしだ。

 

「近寄れば命は無いわ!」

 

 アンジュも威嚇して二人の女性兵士を睨みつける。そして、遅れてアルスがこの部屋に飛び込んできた。

 

「これは―――ッ!」

 

 あまりの展開に絶句するアルスだが、リオスは無抵抗を示す様に両手を上げ、更に呆れたように首を横に振る。あまりにアンジュとリオスの行動がかけ離れていた為に、アルスは凄まじく困惑して呆気に取られてしまったが、直ぐにハンドガンを引き抜いてアンジュに銃口を向けた。

 

「……サラマンディーネさんを離せ」

「撃てば命は無いわ」

「貴方はっ―――!」

 

 アルスが声を荒げようとしたその時だった。全く顔色を変えずに座って人質にされていたサラマンディーネが口を開いた。

 

「帰って、どうすると言うのです?」

 

 アンジュは答えに困り、畳みかけるようにサラマンディーネは続ける。

 

「待っているのは機械に乗って我が同胞を殺す日々。それがそんなに恋しいのですか?」

「ッ―――黙って」

 

 アンジュの動きに少々揺らぎが出る。サラマンディーネという女。本当に底が知れないものだとリオスたち3人は思った。やられない、という自信が彼女の瞳の奥に宿っているように見える。

 

「偽りの地球、偽りの民、そして偽りの戦い。貴女たちは何も知らなさすぎる」

 

 だから情報が欲しかったのだ。リオスとタスク、サリアとしては。サリアは脳筋めと心の中でアンジュを詰った。

 そしてスッと、首筋から刺される事を全く恐れず脇に置いていた太刀を手に取って立ち上がった。あまりの予想外の行動にアンジュはたじろいで尻餅をついてサラマンディーネの首筋から凶器を離してしまう。

 

「参りましょう。真実を見せて差し上げます。アルス殿、リオス殿と共に来てください」

 

 そう言って勝手に外へと出ていくサラマンディーネをアンジュは追って行く。これではどちらが優勢か分かったものではない。リオスはアルスに連れられて、サラマンディーネと同行する事にする。そして―――

 

「ナーガ、カナメ。留守を頼みましたわよ」

 

 そう言い残してサラマンディーネは部屋から出て行き、アンジュは慌てて己の優勢を保とうと破片を無理に突きつけようとするも、先ほどのように上手くは行かず、そんな彼女の様子を見てリオスはアルスに謝った。

 

「なんか……色々すんません」

「あ、ははは……いえいえ……」

 

 アルスは苦笑いして返す。彼は悪人と言う感じはしないが、まだ判断材料として足りないものが多い。けれど第一印象としては悪いものでは無く、どちらかと言えば押しが少し弱い青年という印象であった。

 

 

 

 連れられた先は以前湖で発見した暁ノ御柱とは別の場所にある暁ノ御柱だった。状態はやはり半壊だったが、湖にあったもの程酷くはないように見えた。リオスたち4人は大型ドラゴンの頭に乗って移動している間にリオスは気になった事をアルスに問うた。

 

「なぁ、お前さんUCE所属と聞いたけれど、まだUCEはあるのか?」

「昔はありました。ですが、大破壊の時に組織が維持出来ないレベルにまで施設も人員も戦争で消し飛んだらしいのですが」

「―――らしい?」

 

 リオスは怪訝な表情で問う。では何故UCE系列の制服を着ているのか説明がつかない。その答えは直ぐにアルスが教えてくれた。

 

「話せば長くなるんですが、一言で言うなら僕たちはウラシマタロウという奴です」

「ウラシマ、タロウ?」

 

 浦島太郎の名前が出たと言う事は、彼も時間に置き去りにされたと言う事なのだろうか。アルスは一瞬思考に耽ったリオスを意味が通じていないと取ったのだろう。補足するように『ウラシマ効果はご存知ですか?』と言った。その言葉でリオスも合点が行き、即座に謝罪した。

 

「すまん」

「いえ。もう慣れました。こうなる事は行くときから覚悟していましたから。それにまだ人はこの地球には居るんですから」

 

 ウラシマ効果という事は彼は宇宙にでも行っていたのだろうか。まさか竜宮城にでも行っていた訳でもあるまい。

 

「宇宙に、行ってたのか」

「……えぇ。地球にアグレッサーと呼ばれる外宇宙からの敵性物体が侵攻してきた事件なんですがご存じないんですか?」

 

 知る訳が無い。45年にはそんな大それた侵略者がやってきた記録は無い。知る限り外宇宙からやって来た敵はグラドスやポセイダルぐらいだ。

 

「統一地球歴45年以降この世界がどうなったのか俺は知らないんだよ。量産型クラウドブレイカーの型式見たら分かる。すっごく古い奴だから」

「一体どうして……」

「俺も知らん。気付いたらアルゼナルに流れ着いていた」

 

 アルスは困惑気味にボソンジャンプの可能性を考えたが、あれはイメージが無ければ跳べない筈だ。しかも平行世界に跳んだという事例もアルスの世代には無かった。越えられるのは精々時間ぐらいだ。

 

何時(いつ)だ。アグレッサーがやってきたのは」

「71年。父親の世代からです。先遣隊自体は地球本土で戦闘を行っていましたが……彼らの本隊を潰すべく僕らの世代が宇宙へ向かったんです。作戦終了後、帰還したのですが―――」

「帰ったら地球がズタボロになっていた……と」

 

 リオスは合点が行ったように頷いてから、一番聞きたい事を問うた。

 

「アムロ・レイという人の事を知っているか?」

「祖父が……どうかしたんですか?」

 

 アルスは怪訝な表情で何故そんな事を問うのかと聞くが、リオスは大きく溜息を吐いた。やはり血筋の者だったか。何となく似ていると思っていたのだ。

 

「45年だ。察してくれ」

「……まさか祖父と同じ―――」

「元、ラー・カイラム隊だ」

 

 アルスが驚きの余り目を見開いていると、乗っていたドラゴンが急降下を始めた。会話をしていたリオスとアルスは慌ててドラゴンの角に強くしがみ付いて落ちてたまるかと歯を食いしばった。

 

 

 

「敵と仲良くなってどうするつもり?」

 

 暁ノ御柱……サラマンディーネ曰くアウラの塔と呼ばれている旧ドラグニウム精製施設である場所の前でドラゴンから降り立って所でアンジュが若干苛立ちながらリオスを睨みつけてきた。アンジュはサラマンディーネから帰る方法を聞き出してアルゼナルに戻る気満々である。彼女がドラゴンを殺しに行きたいという欲求があるとはドラゴンの正体を知った際の反応からして無いとは思うのだが。

 彼女はどうする気なのだろうか。リベルタスに参加せずに居場所のない向こうの世界でどうする気なのだろうか。ヒルダたちが心配なのは分かるが、ジルがアンジュを放って置くとは到底思えない。リオスはアンジュの問いに答えないまま、アウラの塔の中へ4人は足を運んだ。

 中はやはり破壊されて相当時間が経っているようで薄暗く、空気も淀んでいた。一部隔壁などが崩れて瓦礫が足場にごろごろと転がっており、辛うじて歩ける程度に整備されているのが現状であった。

 

「所でドラグニウムって、何なんです?」

 

 歩いている間、話題も無く、薄暗い通路を支配していた沈黙をリオスの質問が破る。通路には生気も感じられず、何もかもが終わった場所という事を嫌でも実感させられる。過去の事については考えたくないのに考えてしまい、知りたくないのに知ろうとしてしまっているのはやはり、過去に戻る事に執着しているからか、それとも世代が違えど同じ人間に出会ってしまったからか。

 

「ドラグニウム……統一地球歴が始まり1世紀が経過した際に発見された強大なエネルギーを持つ超対称性粒子の一種」

 

 サラマンディーネは解説しながら、つき当たりに置かれたエレベーターのコンソールを操作し始めて、3人はエレベーターの上に乗るとゆっくりとエレベーターは下へと降りて行った。どうやら、このエレベーターは新しく作り直しているようで所々新しい部分が見受けられた。エレベーターが高い駆動音を立てて降りゆく中でサラマンディーネは続ける。

 

「世界を照らす筈だったその存在は、直ぐに戦争に投入されました。そして環境汚染、民族対立、貧困、格差、1世紀以上に渡るUCEの圧政と腐敗、外宇宙からの侵略者。それらが積み重なった結果―――人類社会は、文明は滅んだのです」

 

 性懲りもなく100年経とうとメビウスの環の中で円舞曲を踊り続ける。夢のようなエネルギーだろうと殺しに利用出来るのならば何でも使う。そう思うとリオスは気分が悪くなった。

 

「そんな地球の見切りをつけた一部の人間たちは新天地を求めて旅立ちました」

「……今更、だな」

 

 失う寸前、若しくはその後で事の重要性に気付くのは殆どの人間にある事だ。リオスもその一人でもある。失敗はただ受け入れて次の糧とする。それが人の成すべき事だと思いはしているが、今回の件はあまりにも、それが遅すぎた。

 リオスは諦めの籠った呟きを放った後で、アルスは思う事があったのか俯いて、拳を固めて歯を食いしばった。

 

「地球にはまだ多くの人間が残されていました。しかし、汚された地球から宇宙に逃げようにも、宇宙へと繋がるマスドライバー等の施設も、宇宙と地球を行き来できた艦も戦争で全て破壊され、それを再建する余力も時間も残された人類にはありませんでした。更に一部の人間は地下へと逃げ込みましたが、皆地下に逃げる事が出来た訳ではありません。地上に残された者たちは汚染の中で生きるしか術はなく、ある一つの決断を下しました。―――自らの身体を作り変え、環境に適応する事を」

 

 最下層と思われるフロアまで降り立った所でエレベーターが音を立てて停止した。辿り着いた先は灯り一つも無い真っ暗闇。アルスは持ってきた大型の懐中電灯で暗闇を照らすと、破壊されたただ広く何もない光景が広がっていた。

 

「作り……変える?」

 

 アンジュは訳が分からず、首を傾げた。

 

「そう、遺伝子操作によって生態系ごと」

 

 サラマンディーネの一言でリオスは遺伝子操作された人間たちを思い出した。火星の後継者の構成員は遺伝子操作を受けていた。そして味方にも方向性は若干違えど遺伝子操作を受けた人間が居た。だが、生態系ごと作り変えるという事例は聞いた事が無い。ある意味それはタブーに近い行為だ。だが……逃げ場が無い以上仕方が無かったのだろう。

 しかしここは一体何処なのだろうか? 見た所何もないし、ただ暗く埃っぽくて黴臭いだけのただっ広い部屋だ。

 

「ここに、アウラが居たのです」

 

 アウラ。人名なのだろうかと疑問に思っていると、サラマンディーネはリオスとアンジュの手を取った。

 

「「!?」」

 

 余りの突然な事にアンジュとリオスは驚くも、それ以上に驚くべき光景が目の前に映っていた。眼前に先ほど乗って来た奴以上に巨大で光り輝く白いドラゴンが突如として現れたのだから。

 雄叫びを上げて二つに顎が分かれて二枚舌と牙を露わにする。その光景に気圧されてリオスは反射的に身の危険を感じて掴まれていない腕で己の顔を庇ったが、特に何もされなかった。

 

「アウラ。汚染された世界に適応する為自らの肉体を改造した偉大なる始祖。貴方たちの言葉を使うならば『最初のドラゴン』、ですね」

 

 説明すると、先ほどのアウラと呼ばれたドラゴンが消え失せて地下だったはずの場所が青空の下の地上へと変わっていた。だが、明らかに自然の物ではない紫色の鉱石が所々に見当たり、それが奇異に見えた。

 

「私たちは罪深き人々の重ねて来た歴史を受け入れ、贖罪と浄化のために生きる事を決めたのです。アウラと共に」

 

 景色が変わって空から見た地上へと変わり、自分が空で浮いているような感覚をアンジュとリオスは覚えたが、それが虚像である事に気付き、気を落ち着かせる。真下には大型ドラゴンが紫色の鉱石をバリバリむしゃむしゃと食していた。鉱石を喰らうドラゴン。そんな光景に気が遠くなりかけたが直ぐに気を取り直して、サラマンディーネの話を聞き続けた。

 

「男たちは巨大なドラゴンの姿へと変え、その身を汚れた地球の浄化のために捧げた」

「浄化?」

 

 アンジュが疑問符を浮かべて問う。その様はサラマンディーネが人質である事をまるで忘れているかのようである。

 サラマンディーネの視線の先には紫色の鉱石をバリバリむしゃむしゃ喰らっている黒い大型ドラゴンの姿。あれが浄化だとでも言うのだろうかとリオスは思ったのだが、あの紫色の鉱石がドラグニウムならば説明は付く。

 

「ドラグニウムを取り込み、体内で安定化した結晶に変えているのです。女たちは時に姿を変えて男たちと共に働き、時が来れば子を宿し、産み育てる。アウラと共に私たちは浄化と再生への道へと歩み始めたのです」

 

 なら良いではないか。そうリオスはてっきり思ったのだが事はそう簡単では無かった。

 

「ですが、アウラはもう居ません(・・・・)

「……居ないって、まさか亡くなったのか?」

 

 リオスの問いにサラマンディーネは首を横に振って答えた。

 

「連れ去られたのです。ドラグニウムを発見し、ラグナメイル、そして地下世界を生み出し、文明を破壊し、捨てた。全ての元凶『エンブリヲ』によって―――」

 

 再び景色が切り替わり、街が燃え広がる炎の中へと姿を変える。そんな中でリオスたちを襲撃して来た赤い機動兵器を黒くしたものが何機も燃え広がる街の中を歩き、上空で黒いパラメイルの肩に乗ったエンブリヲがそれを見て微笑んでいた。微笑む顔は美しいがリオスにはそれが邪悪に見えた。

 アウラが光る球体に閉じ込められて、付近に形成されたゲートに持っていかれて消えていく。その途中で黒いナインボール=セラフの姿もあった。

 

 まさか―――セラフはエンブリヲの兵器だったのか?

 

 リオスは茫然自失と化した様子で、まるでフリーズしたPCのように動きを止める。元の真っ暗な室内へと戻るがリオスは動かないままだった。

 だが、黒いセラフに攻撃されたし、赤い機動兵器にイレギュラーとも呼ばれて破壊寸前にまで追い込まれた筈。何がどうなっている?

 リオスの頭は軽く混乱してパニックになった。

 

―――問わねばなるまい。

 

 何故アルゼナルに居て、自分と共に戦ったのかを。その戦いの果てに何を得ようとしているのかを。

 

「貴女たちの世界はどんな力で世界を動かしているか知っていますか?」

 

 リオスが我に返って気を取り直した所でサラマンディーネの質問が耳に入った。問う相手はアンジュでリオスでは無いようだ。

 

「えっ……マナの光よ」

 

 困惑しながらアンジュが答えるとサラマンディーネは更に問いかける。

 

「そのエネルギーの根源は?」

「マナの光は無限に生み出される―――まさか!?」

 

 アンジュは察したか、あっと驚いたような顔を見せた。その為のアウラだとでも言うのか。

 

「マナの光、理想郷、魔法の世界。それを支えているのはアウラが放つ、ドラグニウムのエネルギーなのです」

 

 サラマンディーネに言われてリオスは遅れて漸く分かった。成程電池にするとは見上げた根性だが、褒める気にはなれなかった。

 

「ですが、エネルギーはいずれ尽き、補充する必要がある。ドラゴンを殺し、結晶化したドラグニウムを取り出し、アウラに与える必要があるのです。それは貴女たちの戦い。貴女たちが命を懸けていた戦いの真実です」

 

 成程自分たちはまんまを利用された訳か。リオスは軽く舌打ちした。また良いように扱われた訳だ。E2の件と言い今回の件と言い。

 そして自分たちがやっていたのは正真正銘の戦争だった訳だ。

 

「世界のエネルギーを維持する為、私たちの仲間は殺されて心臓を抉られ結晶化したドラグニウムを取り出された」

 

 エネルギーを体よく取って来てくれるパシリとしてさぞかしノーマは扱い易かっただろう。全く以て反吐が出る。

 リオスの胸の奥に苛立ちが募り始める。文明にトドメ刺した張本人に良いように扱われたのだ。エンブリヲのスカしたあの顔をグーで泣くまでぶん殴りたくなる衝動に駆られるというもの。

 

「分かって戴けましたか? 偽りの地球。偽りの人間、そして―――偽りの戦いと言ったその意味を。それでも。偽りの世界に帰りますか?」

 

 その質問にアンジュは険しい顔をして即答で返した。

 

「当然でしょう? 貴方の話が全部本当だとしても私の世界はあっちよ」

「―――でも、お前戻ってどうする? リベルタスを放棄して間違いなくジルはお前を敵視なりしているだろうよ。喩えヒルダやモモカたちに会いに行けてもお前ジルのもとでまた戦えるのか?」

 

 アンジュの発言にリオスは口を挟みアンジュは一瞬返答に困った。自分の居場所などあちらの世界にはありはしないのだ。彼女らに会いたい気持ちは分かるがそれを放棄したのはアンジュ自身だ。……言っては悪いが身から出た錆である。

 結構意地の悪いもの言いをしたのは分かっているし、モモカたちをこのまま放って置く気もリオス自身にも毛頭も無い。シエナの無事だって確認したいのだ。

 そのためにはドラゴンと組む必要がある。

 

 だが―――ドラゴンと組むという事にもリオス自身抵抗があった。理屈では組むべきなのだろうが、心の何処かでそれを阻害しているのだ。

 理屈では消せない痛み。それがあちらも、ドラゴンたちも感じているのは分かっているけれど、まるでこの世の終わりのような顔をし、それからドラゴンへの憎しみを露わにしたミランダや、ゾーラ隊長を失って泣いていたロザリーたちの姿を思い出してしまう。

 全くこのザマじゃアンジュの事を笑えないではないか。リオスは自嘲気味に己を笑うと、口を開いた。

 

 

「でも理屈じゃぁ、アンタたちと組んで皆の安否を確認しに行くのが正解なのかも知れないけれど。それをするのは心の何処かで抵抗がある。アルゼナルを消し飛ばし、こちとら沢山の仲間を失った。戦争だと割り切ってしまえば簡単だよ。けれど……理屈では割り切れない。割り切れやしないと思う」

「許しは請いません。アウラ奪還の大きな妨げだと考えての行動です。そしてそれは私たちの世界を守る為」

 

 そんな事を言うサラマンディーネに、アンジュは耐え切れず怒りに任せて手持ちの破片を以て飛び掛かった。

 

「ふざけるな!」

 

 だが、手持ちの破片はいともたやすくアルスのハンドガンで撃ち貫かれ、破片は最早凶器として扱えないぐらいにバラバラに砕けて、銃弾と破片が当たった衝撃で手から完全に離れた。

 

「―――なっ」

 

 ライトがあるとは言え通常より視界が狭いのに何と言う狙撃力だ。アンジュは歯噛みしながらアルスを睨む。それにアルスは怯まず睨み返した。

 

「もし、貴女が私と同じ立場ならば同じ選択をしたのではないですか? 皇女アンジュリーゼ」

 

 異世界の人間に自分の本名を言われた事に驚きを隠せずアンジュは驚きのあまり眼を見開く。

 

「貴女の事はよく聞いていました。リザーディアから……いや、近衛長官リィザ・ランドック、と言えば分かりますか?」

 

 案外アンジュのやる事に腹に据えかねていたのか挑発的に言うが、リオスには何が何だかさっぱり分からなかった。だが、どうやらリィザという人間を知っていたらしいアンジュの顔は怒りに染まり切り―――

 

「馬鹿にしてぇ!」

 

 アンジュはサラマンディーネに向かって再度走り出した。アルスは慌ててアンジュの太腿をハンドガンで撃ち貫こうとしたものの、サラマンディーネはそれを手で制してから簡単にいなしてしまい、アイキドーめいた護身術でアンジュを拘束した。

 リオスはそれを茫然と見守るしか出来なかった。こちとら命が惜しかったこともあるし、アルスとサラマンディーネを一遍に相手をする事など自殺行為に等しいものだと恐れていたこともあった。そして彼女からは殺気も感じられなかった。

 

 そして拘束でアンジュは苦しみ暫くして意識を途絶えさせてしまった。リオスは恐る恐るサラマンディーネに問う。

 

「死んで、ない……すよ、ね?」

「えぇ。殺すつもりはありませんと言いましたもの」

 

 事も無げにそう言い放つサラマンディーネにリオスはホッと胸を撫で下ろすのであった……それにしても―――サラマンディーネ、ゾーラやヒルダ、サリアとは別ベクトルでおっかない女であると気絶したアンジュを背負ってサラマンディーネたちと共にアウラの塔から出ていく途中でリオスは思うのだった。




クワトロ「シャア・アズナブルという人の事を知っているかな?」
???「知らないよッ!」
クワトロ「(無言の腹パンラッシュ)」
???「ぼ、暴力はいけない……!」

 アグレッサー。ACERで登場した正体不明のナニカ。原作ゲームでは名前しか登場していない。本作に於けるアグレッサーは『トップをねらえ!』の宇宙怪獣めいたものだと想像して戴ければ分かりやすいです。
 突撃艦隊は一種の銀河中心殴り込み艦隊みたいなものですね。

 適当にこちらの世界の年表をば。暫定的に造ったものなので変更が入るかも。まぁ料理で言うパセリのようなものですから流しで読んで下さいな。読まなくても構いませんし色々ガバガバでしょうから……

:45年 第三次地球圏大戦(一次と二次はFG及び初代ナデシコ等に相当)終結。リリーナ・ピースクラフト代表ラー・カイラム隊のシャトル襲撃事件の全責任を背負わされて更迭。ラー・カイラム隊、解散。
:47年 ラプラス戦争及びクシュリナーダ事件勃発により、シャトル破壊で悪名高いラー・カイラム隊再編。これが第四次地球圏大戦に相当。アルスの父親はこの時期に誕生している。
:55年 腐敗したUCEに対して秘密結社マフティーが蜂起。マフティー動乱が勃発。鎮圧に時間こそ掛らず、これによりスペースノイドへの圧制がさらに悪化。
:71年 正体不明の外宇宙から地球圏へと襲来してきた物体『アグレッサー』と交戦。圧倒的物量に苦戦しコロニー側に救援を求めるもボイコットされUCEは大きな損害を負う。これを機に地球防衛計画の母体であるAGプロジェクトが始動するようになる。EOT使用兵器やフォーミュラ計画、アークプロジェクトが後々世に出る事となる。
:73年 アルス誕生。
:75年 計画の実験台にスペースノイドが犠牲になるなどUCEの一部の横暴な行動に痺れを切らしたコロニー側が蜂起。第5次地球圏大戦の幕開けとなる。アグレッサーの襲撃により休戦協定が結ばれるが小競り合いは続く。
:93年 対アグレッサー本隊への突撃艦隊にアルス参加。晴れてガンアークのパイロットとなり地球圏から出発(水面下ではNTの家系を地球圏外から放り出すという目論見もあった模様)
:95年 地球側の必要以上の武装に対する不安、そして再び強化されるコロニーへの圧政に対し第六次地球圏大戦勃発。対アグレッサーに使われる筈の兵器も使用され、それの影響でこの戦争で地上は大きく荒廃かつ汚染し地下都市の建造及びコロニーへの高跳びを余儀なくされる。尚、コロニー側はアースノイドの受け入れを拒否、若しくはアースノイドの受け入れを行った友好的なコロニーに制裁を加えたりしている。
:101年 コロニーとUCEの対立は沈静化し、この時期にドラグニウムが生み出される。
:115年 コロニーとUCE関係なく結成された反UCEとUCE側による第七次地球圏大戦勃発。発生の裏側に企業連が関わっているという噂があるが真偽は不明。生物兵器やEOT、ガーディアン、再び造られたE2そのものが戦争に使用される。
:121年 度重なる動乱の果てに『大破壊』と呼ばれる事件が発生。ラグナメイルの使用やドラグニウムの爆発により文明は崩壊。裕福層などの一部は地下に逃げ込み、それ以外は地球に取り残されてしまう羽目となる。


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第25話 燈火-ともしび-

 鮒EXODUS2期が待ち遠しい。後、シンフォギアGXも。でも艦これ2期だけは勘弁な!(血涙)


 あの騒動の後でも、リオスたちはお咎めナシであった。あの実行犯であるアンジュもまた、病院のベッドで横たわっている。リオスがサラマンディーネの立場ならば確実にアンジュを牢屋にブチ込んでいるだろう。その点では本当にサラマンディーネの対応は意外だった。

 アンジュが眠っている間、リオスたちは多少の監視付きではあるが自由時間が与えられた。……とは言っても、動ける範囲はかなり限られているが。リオスは街に戻ると真っ先にタスクやサリアに得られた情報について報告した。だが意外と落ち着いた反応で二人は話を聞いていた。

 案外淡泊な反応だったのは、元々真相を色々知っていたからだろうか。そしてマナが使えない事と、この世界が自分の世界では無いという事が手伝ったのか。それはリオスには分からなかった。

 そして、ドラゴンとの協力体制という選択肢について伝えたのだが、タスクは兎も角サリアは気難しい表情であった。後々知る事になるのだが、彼女は親友であるアン・エルガーなる少女を戦闘で失ったのだと言う。

 ドラゴンたちだって一緒だ。数えきれない犠牲をリオスを含めアルゼナルに居る者たちによって被っているものだから、「はいこれでおあいこです」と言って割り切れはしない。それを証拠にあちら側だってこちらを危険視している者は少なからず存在しているのだ。

 

 

 それから暫くしてリオスは自分に与えられた客室に戻り、畳の上に腰掛けてアルスと話の続きを始めた。不似合ながらも珈琲が入ったマグカップが両者の傍に置かれているのが些かシュールな雰囲気を作っているが。

 アルスから知らされた話によると、宇宙から戻って来た人間は数百人程居るらしく、突撃艦隊の構成人数そのものはそれを大きく上回る人数だったそうだ。まぁアグレッサーとの大規模戦闘の所為で殆どやられてしまったらしいが。

 

「しかしまぁ、お前がガンアークのパイロットとはなぁ……」

 

 リオスは珈琲を一口含んでから言った。

 アルスがガンアークに乗っていた事を知らされて、リオスは思わず苦笑いする。流石レイの家系と言った所か。

 

「あの機体さ。頭に角とツインアイを付けないのか?」

「リオスさん……付けたいんですか?」

「へっ、冗談だよ」

 

 若干怖い顔をされたのでリオスは引き下がった。誰だって、自分の愛機に訳の分からない改造をされそうなら気分を害するだろう。まぁそれなりに冗談は言える程度には打ち解けた気もしなくも無い。敵と仲良くなってどうするのだと、アンジュに怒られるのかも知れないが、リオス自身も自分が何をしたいのか分からなくなっていた。アルス自身、アンジュの定義からして敵の一人なのだが、アムロの孫であるという事もあってこうして積極的に話しかけている。

 

「所で、……ホテル前で俺たちを襲った赤い機動兵器は何なんだ?」

 

 一瞬ラ○ホテルと言いかけたがご愛嬌である。正直言ってまだこの世界は知らない事ばかりである。母星なのにこのザマというのは中々悲しい意味で笑えてくるが。

 アルスはこれについて掻い摘んで説明してくれた。

 

 

 先ず、大破壊より前の95年に地上は戦争で荒廃し、一部区域は汚染されてしまい砂漠化も進行してしまっていた。それに対して、人類は地下都市の建造を計画した。発案者は地球至上主義だったらしく宇宙での感覚を好まなかったらしい。それと迂闊に宇宙に出られなくなったという理由もあった。

 

 さて、それとあの赤い機動兵器とどう関係が有るのかと言うと、あの赤い機動兵器は地下都市……レイヤードと言うらしいのだが、そこは『管理者』と呼ばれるコンピューターによって統治、管理された世界なのだとか。

 管理者は己の支配から逸脱した行為を行い、秩序を壊す者を『イレギュラー』と呼称し、赤い機動兵器……ナインボールと呼ばれる兵器を派遣してイレギュラーを潰すのだと言う。恐らく地上に居る人間をイレギュラー認定した結果なのだろう。何時か己の統治を潰す者と恐れて。実際しょっちゅうこのドラゴンの都市を襲撃してきていてアルスたちはそれらを迎撃すべく前線で対処しているのだと言う。

 そして奴らは地下から現れるものだから、アルスたちは土竜(もぐら)と呼んでいた。

 

「おい待て。名前、俺の機体と一緒じゃないか」

 

 リオスはそれを訊いて即座に反応した。ナインボール=セラフとナインボール。一体どういう関係が有るのだろうか。気にならない訳が無い。ただの偶然では無いのは間違いあるまい。

 

「恐らく系列機だと思います。セラフは上位互換……なのかも知れませんが。エンブリヲもカラーが違えど同タイプの機体を使用している事から、エンブリヲ自身レイヤードに何かしらの関わりがあるのではないか……とか言われてるんですけど。そこら辺は僕にも分からないですね」

 

 困ったようにそう言うと、アルスは珈琲を一口啜った。

 分からない。H-1は一体何者なのだろうか。真っ先に銃口を向けられたのはセラフだった。それもイレギュラー認定付きで、だ。

 一体何があったのだろうか。こんな状況では益々訊かない訳には行かない。最悪タスクの力を借りて強引な手段に出なければならないだろう。

 

「……所で、誰情報だソレ」

 

 リオスが問うと、アルスは一つ間を置いてから答えた。

 

「レイヤード出身の脱走者が居たんです。レイヴンと呼ばれる、機動兵器アーマード・コアを駆る傭兵が」

「レイヴン?」

 

 セラフの前任者が確かレイヴンと名乗っていた事を思い出して、前任者の名前をアルスに問うたが反応は芳しくなく、首を傾げられた。

 恐らくレイヴンというのは渾名では無く総称のようなものなのだろう。リオスはカップの中の黒い水面と睨めっこしながら長考に耽っていると、自室の扉が乱暴に開かれた。

 

 リオスたちがその音に少し驚きつつそちらの方向に向くとそこにはサリアとタスクと―――

 

 

 

 

 

「えと……誰だっけ?」

「ヴィヴィアンだよ!」

 

 リオスの盛大なボケにヴィヴィアンは若干絶叫気味に突っ込んだ。それに対しリオスは心底申し訳なさそうに謝罪した。喜ばしい事にヴィヴィアンが人間の姿に戻っていたのだ。服装はドラゴンの女性たちが身に着けている妙に露出の多い服装で地味に目のやり場に困るが、全裸で居られるよりはずっとマシだ。

 

「……すまん。ドラゴンの姿が俺の脳内で定着してた」

「人の姿の方が絶対に付き合い長かったわよね!? どうしてそうなったの!?」

 

 ヴィヴィアンと一緒に居たサリアが飽きもせず続くリオスのボケに突っ込みを入れた。全く以て、どうしてこうなったなリオスの反応に引き攣った笑いがアルスの顔に浮かんだ。

 

「さて、ここでクイズです。あたしはどうして人間に戻ったのでしょう」

 

 リオスによってぶち壊されてカオスと化した流れを変えるべく(本人にその気が有ったのかは不明)、ヴィヴィアンはクイズを出した。答えを知っているであろうアルス、サリアとタスクは黙っている。

 ここは一つお詫びがてら彼女のクイズに付き合うのも一興だ。リオスは真面目に1分間ぐらい考えてから答えた。

 

「努力と根性とか」

「バ○ターマシンでも彼女に動かさせる気ですか!」

 

 アルスの突っ込みを受けて、流石にそれは無いかと察したリオスは別の答えを考えた。……何、簡単な事ではないか。サラマンディーネは言った。遺伝子操作でドラゴンへと人間を作り変えたのだと。それと逆の事してしまえば良いのではないのだろうか。

 その事を思い出してからリオスは答えた。

 

「遺伝子調整……とかか?」

「ぴんぽーん! 正解です!」

 

 元気の良さは相変わらずで何よりだ。正解を告げるヴィヴィアンにリオスは安心し、思わず頬が緩む。ある意味実家のような安心感である。タイミングが悪ければ偶に苛々する事もあるという点でも。

 

「良かった良かった。機体が動かなかった時色々無茶させて悪かったな」

「問題ナッシング!」

 

 眩しいくらいの笑顔でサムズアップするヴィヴィアンにリオスは思わず苦笑しながらも、残された懸念事項は自分たちの行動、ドラゴン&旧人類の連合と協力関係を置くか否かという事に大きく悩まされる事になった。

 

 

 

 サラマンディーネはガレージ内にてヴィルキスやクラウドブレイカー、ゲシュペンストと共に修理されゆくナインボール=セラフを真下から少しだけ見上げてから、報告書に眼を通した。

 これまでナインボール=セラフとは交戦して来たのだが、このセラフはどうも奇妙だった。敵対した方のセラフの残骸から得られなかった物が幾つか積まれているのだ。

 

 特に大きなものは、『コックピットブロック』と『V-Drive』だ。前者はナインボールシリーズそのものに人間が乗っていないという事実からだ。元々ナインボールは管理者直属の忠実なリーサルウェポン的存在であって、人間が乗る事など有り得ないのだ。

 レイヤード側と同じようにAIは積んでいるようだが、自分から動こうとはしないあたり補助AIぐらいの役割しか果たせないのだろう。

 

 後者は、まだ詳細は分かっていないのだが普通のものでは無いという予感はしていた。

 

 詳細はハッキングしようとしても、プロテクトが厳重でそう簡単に中身が見れなかったし、何か知っているであろうAIのH-1も口を固く閉ざしている(口は無いが)。

 レイヤード自体エンブリヲが計画したのではないかと言われているが、この機体とパイロットがヴィルキスとアンジュ共々こちらに来てくれればかなり状況が変わるであろう。

 

 上手くやればエンブリヲを出し抜く事も不可能では無い筈。

 サラマンディーネは再度、ナインボール=セラフを見上げていたら部下が現れて、ある事を告げた事で、サラマンディーネの表情は喜色に染まった。

 

「まぁ。それは喜ばしい事ですわ。早速会わせて差し上げましょう」

 

 

 ヴィヴィアンにとっては嬉しい事この上ない事ばかりであっただろう。ある意味これは彼女の里帰りと同義なのかもしれない。母親だという女性がサラマンディーネに連れられて現れた。名はラミア。顔立ちや髪の色が結構似ているし、DNA鑑定をした事でラミアとヴィヴィアンが親子であるという事は確定しているのだと言う。

 そしてヴィヴィアンの本名はミィらしく、リオスたちは今後どちらの名前で呼べばいいのか困惑したが、ヴィヴィアンのままで良い……という事になった。

 

 喜ぶラミアと母の顔を覚えていないので困惑しているヴィヴィアン。

 

 しかしながら、何故彼女はアルゼナルにやってきてしまったのだろうか。その疑問の答えはサラマンディーネが教えてくれた。

 約十年前幼いヴィヴィアンは戦場に向かう母親を追っていたのだが、その際にアルゼナルのある地球に迷い込んでしまったのではないか、という事であった。

 

「……良かったわね。ヴィヴィアン」

 

 サリアは少々複雑な心境で母親との再会を祝福する。おいそれとは殺された同僚の事を忘れたくはないのだろう。そしてこちらも無数のドラゴンたちを殺してしまった。きっとそれはもう数えきれないほどの恨みを受けているぐらいに。それはリオスやアンジュだって同じだった。

 けれども―――

 

「皆、祭りの準備を。祝いましょう。仲間が十年ぶりに帰って来たのですから」

 

 サラマンディーネが祈るように言う。……仲間の家族と再会出来たという事を喜ばないのは絶対に罰当たりだ。だから今は、アンジュもサリアもリオスも親子の再会を素直に喜ぼうと思った。

 

 

 数時間前まで地上を照らしていた太陽が沈み切った代わりに空には無数の星と月が輝き微力ながら地上を照らしていた。そんな空の下、アウラの塔の前までリオスたちと灯篭を持った民衆とドラゴンが集められていた。

 どうやらサラマンディーネには相当のカリスマ性が有るらしく、周囲の民衆の黄色い歓声を浴びながら、暗闇の中でオレンジ色にぼんやりと輝く灯篭を手に持ち、アウラの塔の前に立って前置きを述べ始める。

 

「殺戮と試練の中、この娘を彼岸より連れ戻してくれた事に感謝致します」

 

 そう言ってから、サラマンディーネは手元にあった灯篭を空へと放った。手元から離れた灯篭はゆっくりと夜空へ向かって飛んでいく。そしてそれに続くように民衆やお付きの者も灯篭を空へと放った。そしてサラマンディーネは声を上げてアウラに祈りを捧げた。

 

「アウラよ……!」

 

 サラマンディーネに民衆も続くようにアウラへと祈りを捧げる。夜空へ浮かぶ灯篭は幻想的でリオスたちは思わず眼を奪われていた。

 

「まるでトウロウナガシだな……」

「どちらかと言えばコムローイじゃないですかね」

 

 アルスが指摘を入れると、リオスは「なんだそれ」と首を傾げた。こういうのをするのは日本ぐらいではないかと思っていたがどうやら違うらしい。名前からして日本では無い何処かの国のものだろうが―――アルスが解説を入れる。

 

「タイ北部のチェンマイという場所で年に一度行われる行事みたいなものです。ブッダとか云う天に居る人に感謝の気持ちを捧げて、日々の生活が幸福であるように厄払いをするという意味を込め、コムローイという熱気球が夜空へ放たれるんですよ。……まぁコムローイ自体もう少し大きいんですが」

 

 それなりにリオスと打ち解けて来たか、アルスの喋り方もフランクになって来ていた。それが喜ばしい事なのか、悪い事なのかは自分たちの今後の行動で決まるであろう。だが、答えを弾き出すのはもう少し時間が欲しいのが本音であった。

 

「トウロウナガシ?」

 

 近くで聞いていたサリアが問う。それにリオスは少々自信が無さげに答えた。

 

「うろ覚えなんだけど、死者の為に死者の魂を弔って川や海にトウロウって言う今打ち上げられているような感じの奴を流すんだよ」

「何で川や海なのよ」

 

 アンジュが問うとリオスは答えに困り顔を顰めて考え込んだ。そこら辺については分からない事である。どういう考えを以て水と川なのだろうか?

 返答に窮して考え込んでいると別の男の渋い声が割って入った。

 

「霊は水の有る所に寄って来る、と日本ではよく言われていてな。序でに言えば日本の川は三途の川とか言う生と死の狭間みてーなモンに繋がるとか言われている。多分ソイツに見立てたんだろうよ」

 

 割って入って来たのは有隆だった。傍にはアルスを数人の(恐らくはUCEの人間)青年たちが居た。

 

「こうしてマトモに話すのは初めてだな。私は有隆真ノ介大佐だ。この艦ペンドラゴンを属艦とした第13番部隊の総隊長をやっている」

 

 有隆は手を差し出す。それにリオスはその手を握って握手をした。

 

「恐れ入ります。自分は元UCE所属、リオス元軍曹であります」

「君の事は調べさせて貰ったよ。本来ならば君が年上になるんだ。それに軍隊としての機能は半ば死んでいる事だし、敬語は要らんよ。所でこのお嬢ちゃんたちと坊主は」

 

 リオスは返答に少々困ったがリオスが答えるより先にアンジュを除く本人たちが自己紹介を始めた。

 

「私はアルゼナルのヒルダ隊所属、サリアです」

「俺はアンジュの騎士。タスクです、えっと、この金髪の娘がアンジュ」

 

 タスクはアンジュが自己紹介する事は無いと悟って、アンジュの分も言う。

 有隆は納得したように「うむ」と頷くと、アルスを含む有隆と同行していた3人の者たちに視線を軽く送ると、アルスから自己紹介を始めた。

 

「改めて、ご紹介させて戴きます。自分はペンドラゴン隊所属アルス・レイ少尉です。ガンアークのパイロットを務めています」

 

 アルスは慣れた動きで敬礼する。ガンアークのパイロットである事を知り、過去にガンアークに辛酸をなめさせられたサリアは少々顔を顰めたが、それ以上の反応はしなかった。した所で何の意味もないのだから。

 続いてアルスの隣に居た茶髪で若干長い髪の青年が敬礼する。

 

「ユウト・ミカワ曹長だ。ヒュッケバインMK-Ⅲのパイロットをやっている」

 

 どうも仏頂面で無愛想というのが第一印象であった。しかしながらヒュッケバインと聞いてリオスは何故か軽く頭痛を覚えたのだが気のせいだろうと思って斬り捨てた。

 次はユウトの隣に居る一番背の低い少年だ。

 

「アラタ・サイオンジ軍曹でありまっす! ゲシュペンストMk-Ⅸに乗ってるんで以後、お見知り置きを!」

 

 アラタはおどけた感じで敬礼する。彼はユウトとはまるで真逆の性格のように見える。だがそんなことよりゲシュペンストもMk-Ⅸまで来たかと45年当時のゲシュペンストしか知らないリオスは少し、感慨深く思った。それと同時に時の流れを感じずにはいられなかった。

 次は20代前半や10代後半ぐらいの連中より有隆程では無いにせよそれなりに歳を食っているように見える髭を生やした目付きの鋭い男性だった。

 

「ジャック・オールケン中尉だ。搭乗機体はウルフズ・アイ。宜しく頼む」

 

 アグレッサーと言うのは聞くところによると数で襲って来る恐るべき存在だと言う、それを考えたら、彼らは相当の手練れだろう。アルスですらあれだけの力を持っているのだ、それに中途半端な腕ではアグレッサーが持っている数で潰されてしまうのは目に見えている。

 

「まぁ、何だ。共に戦う日が来る事を祈っている」

 

 有隆はそう言うがリオスとしてもこんな時代にUCE同士で殺し合うと言うのも解せない話だし、地球を護る為に命を掛けてくれたのだ。彼らがいなければ曲がりなりにもこの地球に足を踏み入れる事は無かっただろう。

 こちらとしてもそうしたい所だ。リオス自身の心境は協力したいという方に傾いているが他がどうなのか分からなかった。特に長年ドラゴンと対峙していたサリアや、喧嘩腰のアンジュは非常に怪しい所だ。リオスは曖昧な笑みで返していると―――

 

「……しかし、あんなものを見せてどうするつもりなの」

 

 アンジュは夜空に向かって遠くまで飛んで行って小さくなった灯篭を見ながら疑問を口にした。サラマンディーネは一体何がしたいのだろうか。この行事には自分たちには関係が無い筈なのに。

 

「知って欲しかったそうです。私たちの事を、そして貴方たちの事を知りたい。それがサラマンディーネ様の願い……」

 

 アンジュの疑問に答えを出したのはサラマンディーネの護衛をやっていたカナメだった。隣にはナーガも居る。

 

「―――知ってどうするの? 私たちは貴方たちの仲間を手に掛けてきた。そして貴女たちも同じようにこちらの仲間を手に掛けた。……それはもう引き返せないぐらいに。それが全てでしょう?」

 

 アンジュがアルゼナルから訪れた者たちが思っている事を代弁するように返した。彼女も随分と成長したものだ。昔ならばそんなもの知るかと一蹴しただろう。若しくは根っこが優しい人間なのだろう。ノーマに対する偏見や差別、意識のズレはあったもののモモカのような人間が命を懸けて追って来たのだから。そしてタスクが惚れたような女だ。

 アンジュの言葉にカナメは己が胸に手を当てて答えた。

 

「怒り、悲しみ、報復。その先にあるのは破滅、滅びだけです。でも人間は―――受け入れ、許す事が出来るのです。その先に越えて進む事も。それは全て姫様の受け売りなのですが……どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい、と姫様からの伝言です」

 

 そう言って一礼してからカナメとナーガはアンジュたちから背を向けてこの場から去って行った。そんな中でリオスの表情は沈み切っていた。

 

「……そう簡単に出来たら文明は終わりはしなかったさ」

 

 そう誰にも気づかれる事無く呟いてからリオスは空を見上げた。マナを手に入れても人間はノーマという『敵』を見つけ、迫害した。一時期の平和に向けた革命が起こっても直ぐに逆戻りとなって世界は戦火に包まれる。人はきっと何時かまた同じ過ちを繰り返す。

 

 もう目を凝らさないと星との区別がつかない程まで遠くまで飛んで行き夜の闇に吸い込まれかけた灯篭は何だか物悲しげに遙か空彼方から地上で沈み切ったリオスを見下ろしていた……




 どうもサラが種のラクスっぽい気がしてならない。中の人違うけれど何か声色というか喋り方と言うか。それとオリキャラが大分増えましたが活躍するのはアルゼナル帰還までです。

 本作のレイヤードは旧AC系(初代~LR)の要素が詰め込まれています。名前がレイヤードなのは、まぁ私自身がAC的な意味で地底人であるだけであって別に他意は無いです。
 あと、今回明らかになったラー・カイラムっぽい戦艦の名前ですが、Vガンでジャンヌ・ダルクという名前のラー・カイラム級戦艦があった事を思い出してこうなりました。
 本作に登場する人型機動兵器は技術向上も相まってオリジナルより小型化されています。約2分の1ぐらいでしょうか。それぐらいに。


:ゲシュペンストMk-Ⅸ
 アラタ専用機。普通の兵士たちには量産型ヒュッケバインMk-Ⅱが基本的に与えられており、統合地球歴95年当初このゲシュペンストシリーズを使う人間はかなり減っていた。その為実質ワンオフの機体となっている。基本カラーは赤。
 武装は左腕に装備されたリボルビングバンカー。右腕に装備された実弾EN弾変更可能のガトリングガンと、腰部に格納されたビームソード。性質はゲシュペンストMk-Ⅲ(アルトアイゼン)をそれなりにマイルドにさせたようなもので、通常のPTとは一線を画す突進力と装甲の分厚さを持って居る。

:ゲシュペンストMk-Ⅹ
 現在建造中のままではあるが、背中に装備されたブースターにより高い機動性を持つものの装甲が通常より薄く、ヒットアンドアウェイの戦法を要する機体。オクスタンランチャーの流れを汲むグレイヴランチャーを装備。基本カラーは青と白。

:ウルフズ・アイ
 右手にハイレーザーライフル。左腕に固定されたグレネードランチャーがメイン装備。背中にはミサイルも。尚、パイロットの名前はアイツに似ているがゲイヴンではない。迅雷も同様である。

:迅雷
 別名、総隊長マシーン改
 タンク型の一風変わった機動兵器。武器腕バズーカ砲に背中にはグレネードランチャー2丁背負っているという、『やられる前にやる』を体現した火力馬鹿。フレームの強度は凄まじく強く、グレネードをまともに喰らおうが屁でも無い。改弐という改造プランもあるとか無いとか。

 余談ですが私がコムローイの存在を知った切欠がギャルゲーというのは如何なものか……それと実は名前は違えど灯篭流しそのものは外国でも存在していたりします。


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第26話 Re:I am

 その世界に、空はなかった
 それは、侵してはならない「領域」
 その意志が、全てを変える。
 誰もが、生きる為に戦っている。
 何故こうもAC系列のキャッチコピーは厨二心をくすぐるものばかりなのか。ACEも初代の「背負えるか、エースの宿命」が中々フロムらしいと言うかなんと言うか。


 どうしてこうなった。

 リオスたちは目の前で繰り広げられている光景を見てそう思わずにはいられなかった。祭りから翌日の事、サラ曰く『多くの武士(もののふ)たちが集い強さを競い合ったらしい競技場』と言うリオスたち旧世代から見たら明らかにゲームセンターかバッティングセンターか何かにしか見えない場所で二人が戦っていた。

 

「「チャージ3回! フリーエントリー、ノーオプションバトル!」」

 

 二人の間にクレーター状のフィールドが設けられており、そこで対峙したアンジュとサラマンディーネがよく分からない専門用語を叫んでから、其々脇にある台の上で甲虫型のマシンを手にそれを前方にスライドさせた。

 

「「チャージ・イン!」」

 

 そう叫びながら両者はほぼ同タイミングで手元の甲虫型マシンを前方のクレーター状のフィールドへと向けて放った。

 ……この場所、『競技場』なる所はどうやら昔のデータをもとにサラマンディーネが筆頭として修復した場所で、色々抜け落ちた部分などがあるからか色々変な所が散見された。特に今やっているホビーを用いた戦いは場所にそぐわない気がしたのだけれども、これ以上気にしたら負けな気がしたのでリオスは考えるのをやめた。

 

 さて、何故こんな事になったのかと言うとそれは朝の話である。ヴィヴィアンは実家へと母親と共に一時的に帰って行くのをリオスたちが見送った矢先である。サラマンディーネはこの競技場にアンジュたち4人を連れて行きずっと己に対して喧嘩腰でいるアンジュに対して共闘を申し込んだのだ。

 無論、アンジュはそれを跳ね除けるが、それを見越してサラマンディーネはアンジュに対して勝負を申し込んできたのだ。アンジュが勝てば自由を与え、サラマンディーネが勝てばアンジュはサラマンディーネの所有物になる、という条件を付けくわえて。

 

 こんなスポーツにリベルタスの要を失うか否かを決められるのかとサリアは不満たらたらであったが、元の世界に戻る方法があちら側が持っているという事もあり、仕方なくリオスたちは呑んだ。アルスも色々思うところがあるらしく解せぬと言わんばかりの顔で二人の勝負を見ていた。

 

「おい」

 

 リオスは後ろから肩を叩かれて振り向くとそこには釣竿とバケツを持った有隆が立っていた。

 

「……釣りに行かんか?」

 

 唐突に何を言いだすのだこの男は。リオスは一瞬呆気に取られて、直ぐに我に返りそんな事などやっている暇は無いと突っぱねる。それにリオス自身釣りなどやった事が無いのだ。邪魔になるだけだろう……だが。

 

「突然隊長がそんな事をやるには何か訳があると思うんです。それにサラマンディーネさんが何か変な事をしようとするならばこちらが逐次報告しますから、一緒に行って来て下さい」

 

 アルスにそんな事を言われ、タスクも―――

 

「アンジュの応援は俺やサリアがしているから。リオスは行って来ても良いよ」

 

 と言うものだから、仕方なくリオスは彼の釣りに付き合う事にした。

 

 

 

 連れて行かれた先は若干遠くにある海岸であった。そこまで少々距離があるものだから、迅雷、またの名を総隊長マシーン改と呼ばれる半人半タンクの機体に乗せられて移動した。まさか車道の上を戦車(というには語弊があるが)に乗って釣りに行く日など来るとは思いもしなかったので、リオスは困惑気味にキャタピラの音を聴きながら辿り着くまでずっと唖然としていた。

 

「お前、釣りはやった事はあるか?」

 

 機体から降りて、堤防の行き止まりの所まで進んだ所で有隆に問われるとリオスは首を横に振った。すると有隆はリオスに基礎的なものを懇切丁寧に教えてくれたのでそこまで困る事は無かった。

 二人は糸に括り付けた釣り針を投げ、堤防に座ってぼんやりと待った。

 

 リオスがイメージしていた釣りと言うのは漁みたいなものだったのでこんなにのんびりしたものなのかと軽く驚きながら、穏やかな波が堤防を打ち付ける音を聴く。そして、暫く時間が経った所でリオスは口を開いた。

 

「―――何故、俺をここに?」

「昨日、祭りの終わりの時……あの時死んだような目をしていたんでな」

 

 死んだ目をしている。そんな事言われた経験はあまり無かったので驚き、自分が朝顔を洗う時に見た鏡写しの自分を見る。その時に映った自分は男前だったなぁとナルシスト極まりない、強がりにしか思えない感想を抱いた。……違う、そうじゃない。

 昨日自分は憎しみは乗り越えられると言われて引っ掛かりを覚えて沈んでいた。恐らくその時の事を有隆は言っているのだろう。

 

「人に絶望したか?」

 

 殆ど直球だった。リオスはそれに面食らい、目を丸くして返答に窮する。考えた結果―――分からなかった。自分は希望を持っているままなのか、それとも諦めてしまったのか。迷っている内に有隆は質問を変えた。

 

「では、質問を変えようか。この世界を見て君はどう思った。500年以上経った未来を見て」

「それは―――」

 

 絶望したか否か。その事についてよりはずっと答えやすい質問であった。リオスはあまり時間を掛けずに返答の内容を頭の中で纏めてから言葉にした。

 

「知った時には色々、嫌になりました。……ある意味人生を放り出してまで戦った結果、デルマイユ派がまた勢いを取り戻した挙句その果て何度も地球圏クラスの戦争を繰り広げて世界が滅ぼされたって聞かされたら自分たちが否定したシャア・アズナブルのやろうとした事は正しかったのではないか……っ!?」

 

 そう言っていると、ある事を思い出した。よくよく考えたらこの事は公式では知らされていないのではないかと。リオスは口を噤んだ。だが―――

 

「もうその事は十数年後にネオ・ジオンの生き残りが自白した。もう既に我々は事の真相については承知している」

 

 そう言ってくれたものだからリオスはホッと胸を撫で下ろしてから続けた。

 

「人は変われない。喩え一つの元凶を潰しても新しい元凶が際限なく湧いて来て、外宇宙からの敵が来ても性懲りも無く内乱を起こすんですから……ある意味絶望したに近いかも知れないですね。けれどもシャアのやろうとした事が正しいとも思えないし納得がいかない。何処かで人の可能性を信じ続けているようなものだからもう訳が分からなくて宙ぶらりんで―――」

 

 そう言った矢先背後から第三の声が挟んできた。

 

「では、私と共に来ないかね?」

 

 何事かと、リオスと有隆が背後を向くと紳士服を身に纏った金髪ロングの男、エンブリヲが立っていた。咄嗟に二人は釣竿を海に落ちてしまう事も厭わず地面に放り、有隆は銃を引き抜き、武器を持たぬリオスは何時でも殴れるように身構えながら口を開いた。

 

「よくもまぁ、俺たちの地球を潰してくれたな……」

「遅かれ早かれ人類は終わっていたよ。私は時計の針を少し速めに進めたに過ぎない」

 

 悪びれる事無くそう言い放つエンブリヲにリオスは顔を険しくさせた。

 

「何をふざけた事を!」

「これは事実だよ。私は幾つか新たなものを発見し、様々な戦争の兵器に繋がるであろうものを作った。だが戦争に使ったのは愚かしい人間たちだ。そしてそれを使ったが故に私が直接手を下す以前に既に地球上の人口は半数以上失われていた。あのままUCEか反UCEが焦って兵器転用したドラグニウムかE2を使用して滅ぶのは目に見えたものだ」

「……E2だと」

 

 リオスは息を呑んだ。あんな危険なものをまた作ったとでも言うのか。

 E2、それはリオスたちの戦いで大きな存在であった物質だ。あらゆるエネルギーに反応して爆発的に増幅させる物質という危険極まりないものをUCEの構成組織の一つであるOZは兵器に転用して宇宙移民への弾圧を計画していたのだ。

 数機存在していて多数の組織が争奪戦を繰り広げられていた。残り2機程になった際にシャアはUCEの官僚や上層部の腐敗ぶりに絶望しネオ・ジオン軍を率いて反乱を開始。それらを強奪。リリーナが計画した宇宙難民の地球への移送船団計画を利用して無人船団とすり替えてその中にE2を一つ隠して、地球に降下させ、爆発で地球を寒冷化させようとした。結果、ラー・カイラム隊は事前に察知してそれらを阻止したものの地球圏全てに対しての生中継であったことやOZの情報操作もあって晴れてリオス含めたラー・カイラム隊は大量虐殺者扱いされてしまった。その直後身の潔白を証明する事を捨てて残り1基持って逃走したネオ・ジオンを追撃。辛うじてシャアを撃破してE2も破壊して全てが終わった筈だ。

 

「UCEは新たに造ったのだよ。新しいE2を。最初は外宇宙からの脅威から地球を防衛するために造った。だが、結局は戦争に投入されてね……愚かしいとは思わないかね? シャア・アズナブルの成そうとした事は正しかったのだよ。最終的にはドラグニウムを掛けた戦争までもやって母星を汚染する。本当に救いようのないものだ。人間というものは」

「黙れよ! 文明にトドメを刺した人間が言う事か!」

 

 リオスは吠えるも、それは虚しく波の音に消えていく。そしてエンブリヲはにやりと妖しく微笑えんでから追い打ちを掛けるように言った。

 

「私は世界を作り変えようと考えている。過ちを繰り返さぬ正しき人類の居る平和な世界をね。世界が変わりゆく姿を共に見届けないかね? 旧世代の歴史の目撃者の一人として。我が友人として君を迎えよう。今、世界を変える為に実験をこれから行うつもりだ、見たまえ」

 

 エンブリヲが指さした先には曇天がドラゴンたちの都市の方を覆い巨大な竜巻が渦巻いていた。有隆はそれを見て血相を変える。

 

「……リオス、奴に耳を貸すな」

 

 リオスは有隆にそう言われながら重々しい動きでエンブリヲへと視線を戻そうとしたその時―――エンブリヲの姿はもう既に無かった。一体どんな手品を使ったのやらとリオスが慌てて周囲を見回すも彼の影も残っていなかった。

 

「奴の口車に乗せられて我々と共に帰還した仲間の一部が奴らの方へと行った。……この地球の惨状に見かねて絶望したのだろうな。こうしてお前と一対一で話をしたのはそれが理由だ」

 

 有隆の言葉にリオスは俯いて、歯噛みする。エンブリヲに付いて行った者達は世界を、人を変える事が出来ると信じたのだろうか。それが絶望に抗う為の『光』として。

 長考に耽りながら迅雷のコックピットに有隆と同乗すると、有隆は迅雷を通常ブーストを越える速度を持つ能力、オーバードブーストを使って竜巻が荒れ狂う現場へと急行させた。その間リオスはぼんやりと、流れゆく景色と荒れ狂う竜巻を見ながら、自分はどうすれば良いのか、正しいのかを考えていた。

 

 現場に辿り着くと、竜巻は様々な人間を呑み込みながら様々な場所を荒らしまわっていたのがはっきりと見えた。瓦礫などが竜巻の風に乗って飛んで行き、逃げ惑う人々を襲うのが見える。

 これが、世界を変える。そう言う事なのだろうか?

 納得が行かず、リオスが顔を顰めていると、ズームしたカメラに瓦礫に埋もれた人間の姿が映り、二人は仰天して目を見開いた。だが、この光景は瓦礫に埋もれている……という表現には語弊があるかも知れない。下敷きになったとか云う生易しいものでは無い。……一体化しているのだ。

 竜巻に呑まれた人間が、瓦礫等といったものに。まるでコンクリートに固められたかのように。コンクリートの塊から手と足だけが出ている。他には顔と手だけが出ていて、そのまま息絶える人間の姿もあった。きっと一体化した場所はとっくに潰れてしまっているだろう。……もう恐らくは助からない。

 

「……何だこれは」

 

 有隆が驚愕のあまり、言葉にしていると、オープンチャンネルでタスクの声が入って来た。

 

「……エンブリヲだ。エンブリヲは空間や時間を自由に操る事が出来る。俺の父さんも、仲間も。あの竜巻の所為で石の中に埋められて死んだ……! あの竜巻の力で!」

 

 どうやらアンジュと話しているらしい。その声は、通信機越しにでもタスクの怒りと悲しみと無念さが伝わって来て、リオスは居たたまれない気持ちになった。

 ふと上方を映したモニター画面を見ると、アンジュの中破したヴィルキスと、量産型クラウドブレイカー、サリアのゲシュペンスト、サラマンディーネが駆る赤いパラメイル『焔龍號』とアルスのガンアークが曇天の下を、竜巻へと向かって飛んで行っているのが見える。

 だが5機の向かう先に突如として更なる上空から放たれたパルスやグレネード、機銃などが混ざった弾幕と共に現れた黒いナインボール3機と黒いセラフ1機、見た事の無い機動兵器群やUCE製と思しき機体数機が同じ高度や真下に降り立って邪魔をさせないと立ちはだかる。実験とやらの邪魔をさせないつもりか。有隆はそれを目にして険しい顔で竜巻を睨みながら呟いた。

 

「人は救いようもない愚かなものなのかも知れん。だが、私は、それを口実に文明を滅ぼすような馬鹿を許しはしないし賛同もするつもりも無い……今懸命に生きる者を裁く権利も有りはせん」

 

 有隆のその声と表情には迷いは無かった。そして追い打ちを掛けるようにしてモニターにヴィヴィアンの姿を映っている事にリオスは気付いた。

 ヴィヴィアンの傍には瓦礫の下敷きになっている母親のラミアの姿があった。ラミアを助けようと、迫りくる竜巻をも恐れず瓦礫をを持ち上げようと必死にもがいている。だが、その瓦礫はヴィヴィアンよりずっと大きくて人の手では持ち上げる事など叶わないであろうものだった。それを見たリオスは顔を顰めた。

 これが世界を変えるという事か。漸く会えた母子の命を奪ってまで、やる事なのか。文明を滅ぼしただけに飽き足らずあの母子やここに生きる者たちの幸せまで奪う気か。そう思うと胸糞が悪くなった。

 

「―――ふざけるなよあの金髪めが」

 

 リオスは忌々しげに苛立ちと怒りを込めてそう呟くと、有隆に向き直って問うた。

 

「俺の機体―――セラフは何処にあるんです?」

 

 簡単に答えてはくれないかとリオスは若干ダメ元で問うたのだが、すんなりと有隆がその場所をマップ表示で教えてくれた。

 

「あのラミアとヴィヴィアンなる母子は私に任せて貰おう。我が迅雷は鈍重に見えて案外早いのでな。竜巻如きに遅れは取りはせんよ」

 

 どうやら有隆も下敷きにされたラミアに気づいていたらしく、リオスが抱えていた懸念事項はクリアされた。場所を知ったリオスは迅雷から飛び降りてガレージに向かって全力疾走する。それを見送らず有隆は迅雷をヴィヴィアンのもとへとオーバードブーストで急いで向かった。

 この騒ぎを聞きつけてアルス以外の味方も来てくれるだろう。それまでに被害を最小限に食い止めなければならないのだ。

 

―――腹を括らねばな……

 

 有隆は移動しながら戦闘開始した黒い機体たちととアンジュたちを見ながら、思う。アグレッサーに並ぶ脅威かもしれない存在と戦う事。そして―――

 

 黒い機体と同行している嘗て共に戦った仲間と機体を撃つ事を。

 

 

 

 ガレージはかなり大慌てな状態で、邪魔すれば間違いなく殴り殺されるであろう空気であった。だがそれには今のリオスは怯まず、そして構わずにナインボール=セラフに向かって走り寄ってから命令を飛ばしているチーフと思しきドラゴン羽と尻尾の生えた女性スタッフに問う。

 

「こいつ、動けますか!?」

 

 スタッフはリオスの登場に驚きぎょっとするも、直ぐに気を取り直してリオスを睨みつけた。当然だ。皆こちらに対して歓迎の姿勢で居てくれる訳が無い。サラマンディーネとその周囲が特別なだけなのだ。普通の反応ならば憎悪したって誰も文句は言わないし言えやしないのだ。

 

「整備は動く程度には終わったよ。外部の損傷はヴィルキス程じゃ無かったしね……けれどあんたはこれに乗ってどうする? 混乱に乗じて逃げるのかい? それとも連中の側につくのかい?」

 

 敵意を込めた視線とともに投げかけられる質問がリオスの心に突き刺さる。

 まぁ、信用されなくて当たり前だろう。戦争、戦争と殺し合いばかりした上に世界を滅ぼす片棒を担いだ組織に居る旧世代の人間だ。その上同胞までも殺している。疑われもするし、憎まれても仕方ないのだ。

 

「違う。俺は……確かにあんた達ドラゴンと敵対してたさ。けれど、今戦うべき敵があんた達じゃないって事は馬鹿な時代に生きた馬鹿な俺でも分かるよ。今の俺がやるべき事は、やりたい事は、コイツに乗ってあいつらを潰し止める事。そしてこの都市とそこに住む人たちを守ることなんだっ!」

「……それを信用しろとでも? 同胞を殺した人間を?」

「信じてくれっ! 頼む!」

 

 リオスは頭を勢いよく深々と下げた。周囲に人の気配が集まって来る。タコ殴りにされても文句は言えないだろう。リオスは歯を食いしばり、殴られる覚悟したのだが―――いつまでたっても、衝撃は来なかった。

 暫く待っていると、話しかけた女性スタッフが溜息を吐いてから口を開いた。

 

「……アンタの気持ちは分かったよ。それにこの状況だ。アンタに機体を乗せさせる事が一番適切なのかも知れないだろうね」

 

 リオスは顔を恐る恐る上げると、女性スタッフは若干不服そうな表情を見せていた。当然の反応だ。どのように詰られてももう既に覚悟は出来ている。

 

「この中にはアンタに身内、家族を殺された奴も居るんだ。上からの命令とは言えコイツの整備させられるのは悔しかっただろうよ」

 

 リオスは周囲に集まって来た整備士を見回すとその中に泣きじゃくっている女性が居た。きっとその娘の知る誰かが俺によって殺されたのだ。リオスの視線がチーフへと戻るとチーフは話を続けた。

 

「あの泣いている娘の父親は、アンタの機体にエネルギーブレードで叩き切られて殺されて、その挙句の果てに心臓を抉られたんだ……! 明日はあの娘の親父さんの誕生日だった。本当ならば家族全員で祝う予定だったんだ……あのセラフにはその悔しさや悲しさ、虚しさ、怒りが載っている。それを蔑ろにして奴らのもとへ付くようなら、アタシは―――アタシたちはアンタを一生、いや、永遠に許さない。死んでも喩え何度も生まれ変わっても恨み呪い続けるよ。―――乗りな。都市を……あたし達の故郷を守ると胸を張って言えるのであれば。でなければ、ここからいなくなりな……ッ!」

 

 その問いはそう簡単に答えて良いものでは無かった。それだけの想いと悲しみとままならない無力な己への怒りがチーフに込められていたのだ。その想いにリオスは一瞬たじろいだが、逃げたりするつもりはもうない。

 

「俺は―――行きます。これまで俺が手に掛けて来た者達に誓って」

「……じゃぁ、代わりにあの娘に一発お前を殴らせろ。それでお前の出撃ぐらいは許してやる」

 

 リオスは断る事無く頷き、泣きじゃくっていた娘はリオスに歩み寄った後勢いよく―――顔を平手打ちした。当たった瞬間、まるで魂と身体が引きはがされるかのような感覚だった。その威力は上司の修正なんかよりずっと痛かった。ドラゴンだから……というだけじゃない。きっとやりきれなさが詰まっている。その平手打ちはこれまで受けて来たものよりずっと、痛かった。

 

「……貴方を殺してもきっとお父さんは戻ってこない。貴方を八つ裂きにしても足りない位殺したい気持ちで一杯だったのは……この機体に乗っても絶対に忘れないで」

 

 泣きじゃくっていた少女の眼の奥には確かな意思が宿っていた。吹っ切れた、という訳では無いし、リオスを許しているという様子でも無い。けれどリオスの心には強く、深く、引き抜く事が出来ない程に突き刺さっていた。

 

「ごめん。謝って済む事じゃないのは分かっているけれど―――俺を、信じてくれて―――有難う」

 

 リオスがそう言って深々と謝罪と感謝の意込めて頭を下げると、チーフが飛行形態でスタンバイされたセラフへと顎をしゃくると、リオスは走り出して―――セラフのコックピットに飛び乗った。

 

「……久しぶりだな。H-1。お前に聞きたい事は腐るほどあるが、今は力を貸してもらうぞ」

 

 機体を起動させつつ、H-1に語り掛けるが、H-1はリオスの言葉に何も答えずに各システムを黙々と起動させていく。今はそれでいい、だが、何時か必ずすべてを話して貰う。

 

 機体がエレベーターに持ち上げられて、地上まで上がって行くとそう遠くない位置でアンジュたちがエンブリヲの軍勢と戦っているのが見えた。

 

―――必ず守ってみせる。

 

 そう、特に言う意味も無いのだが己の決意を込めてリオスは叫んだ。

 

「リオス・アルバート。ナインボール=セラフ…………行きますッ!」

 




 色々迂闊な事をしたと。反省と後悔はしっかりしました。冒頭のアンジュとサラがやりあった戦いが一体何なのか分からない方は『カブトボーグ』で検索してください。アニメ版が色々イカレていておすすめです。
 最後の所はドラゴン側の主張を入れました。形は変われども人間ですからね。彼女たちは。

 鰤がリオスを勧誘したのは、世界を変えられなかったニュータイプが変わりゆく世界を見届けるというのは非常に面白いものでしょうから。それはもう、「天才であるこの私がNTを越えたんだ」という意味合いを込めて。まぁぶっちゃけ彼はNTを見下しています。
 他は戦力になると思ったのでしょうか。NTとか念動力者とか貴重ですし、アグレッサーから生き残っているという実績と実力がありますので……まぁ多分用済みになったら旧世代の産物としてポイ捨てされるでしょうけれど。

 尚、リオスの転移の原因は鰤ではないです。


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第27話 集結戦線

 ハスラー・ワンの初期設定は人間で、シュワちゃんめいた外見をしているんですよねぇ……後、神威瑞穂ちゃんとかびっくりする外見をしていて驚きました。


 アルスは眼前に立ちはだかる機動兵器群に舌打ちしつつ、ガンアークにアークライフルを構えさせて敵機を確認する。アナザーセラフ1機。ナインボール3機。右腕その物が大砲である重厚な装甲を持つ無人人型機動兵器『レーヴェ』が5機。セラフを簡略化させたかのような形状をした機体の『フィーンドNB』が10機。ガンアークの量産試作機『フェザーアーク』3機。

 その内の『フェザーアーク』と『レーヴェ』はUCE製の機体であり、フェザーアークは有人機であった。

 

「教官はいない、か」

 

 アルスは一番戦いたくない相手が居ない事を確認して、そう呟き安堵しつつも、どっちにしろ面識の無いが仲間である人間と戦わねばならない事に気分の悪さを覚えていた。ロックを、隊長機であろう黒いセラフに向けるとAIナビが喋り出した。

 

『敵人型機動兵器、アナザーセラフです。敵はパルスキャノン、レーザーブレード、垂直ミサイルなどを装備。不用意な接近は危険です。適度に距離を取りながら、冷静に対処して下さい』

 

 何度も聞いたこのナビゲーションだが、そうやすやすと出来るものではなかった。近付けばパルスキャノンで蜂の巣にされるか、レーザーブレードで叩き斬られるし、離れたら離れたでミサイルやブレード光波が飛んでくる。予備動作抜きでぶっ放してくるチェーンガンも厄介だ。

 アルスは気を入れ直して、己の立ち回りを脳内でシュミレーションしながら敵機と睨み合っていると、サラマンディーネから通信が入って来た。通信をonにすると、曇った表情のサラマンディーネの顔が映る。

 

「大巫女様から勅令をお受けしましたわ」

「……何を?」

 

 アルスが問うと、サラマンディーネはとても言いづらそうに一つ間を置いて答えた。

 

「総員撤退せよ。と」

「なっ……」

 

 アルスの頭の中が驚愕のあまり凍りついた。では、逃げ惑う人々を見捨てろとでも言うのか?エンブリヲはこの世界を潰す気満々だ。きっと逃げ回っても無意味だ。それに逃げ惑う人々を見捨てる事などアルスの性分が許さなかった。それからサラマンディーネの報告から間もなくして有隆から通信が入る。

 

『アルス、聞こえるか。未踏査地区の調査に向かった味方も此方に向かおうとしているが、足止めを喰らっているらしい。一番近くに居た第13番隊も奇襲と破壊工作喰らって若干手こずっている。だが、必ずこちらに向かわせるから必ずもたせろ』

 

 どうやら別の場所に向かった者も攻撃されているらしい。その上に頼みの綱である同じ部隊の者もしてやられたときた。

 ……厄介な事になった。アルスの眉間にしわが寄り、より一層険しい顔色へと変わる。現状の戦力は5機その内1機が中破している為非常に不利だ。しかし、だからと言って―――都の人々を見捨てる気にもなれやしない。

 それにアグレッサーとの戦いに比べてみれば屁でも無い筈だ……多分。

 殲滅すれば済んだ頃と状況があまりにも違うがそう思う事で気を無理にでも楽にさせようとした。

 

「……了解!」

 

 だが、気が楽になる訳が無くアルスは若干ヤケクソ気味に返事をしてから通信を切り、それから通信をサラマンディーネに繋ぎ直した。すると有隆と入れ替わりにモニター画面にサラマンディーネの顔が映った。

 

『アルス殿。どうされましたか?』

「自分は……あの竜巻をどうにかして止めたいと思っています。同じ部隊の仲間たちもこちらに向かっています。だから自分は―――行きます」

 

 アルスはそう言ってから通信を切り、機体をブーストさせてアナザーセラフに接近。そのままアークライフルの銃口から形成させたエネルギーブレード『アークブレード』で斬りかかる。アナザーセラフもそれに対して腕部エネルギーブレードを形成して対抗。両機はブレードによる鍔迫り合いに入り、ブレード同士の衝突によるプラズマを発生させた。

 

 

 サラマンディーネは焦っていた。大巫女からの指示では早々に撤退するように言われたが、あのまま市民を見殺しにする事などサラマンディーネの性分が許しはしなかった。それはアルスたちと同じ想いなのは間違いあるまい。……だが。

 

 原因が分からない以上あの竜巻をどうする事も出来なかった。竜巻の護衛機たちの攻撃を掻い潜りつつ、試しに標準装備であるビームライフルで撃ってみるも、竜巻に放たれたビーム弾が触れた途端にビーム弾そのものが消滅してしまう。

 その上に弾幕がこちらに向かって飛んでくるものだから再攻撃すらも困難だった。

 

 だが、このまま戦えばアンジュとヴィルキスが危ないのには間違いない。

 一番損傷がひどかったアンジュのヴィルキスだが、再度動ける程度には戻ったとは言えどもロストした左腕は戻っては来ていない。その上内装も完全では無いのだと言う。飛んだり多少戦闘するには良いようだが、このまま戦わせるのは危ない事この上無い。それに彼女の性格からして絶対に引き下がらないだろう。

 それがサラマンディーネの胃を痛めつける。

 

 被弾する事も懸念してサラマンディーネは自機を人型形態である駆逐形態に移行し、敵機の攻撃をかわしつつビームライフルで応戦した。幸いアルスがアナザーセラフと交戦している為、厄介な相手が減っているが、それ以外の敵の中には一部人が載っている機体だってある。アグレッサーとの戦いで生き抜いた猛者だ。ただでは済まないだろう。

 大巫女の命令通り撤退するべきか、自分の気持ちに従ってアルスたちと共に勝算が見えない(護衛機は兎も角竜巻はどうしようもない)戦いを続けるべきか。サラマンディーネの脳裏に二つの判断が鬩ぎ合う。

 

 

 護衛機と交戦しつつもサラマンディーネは迷い続けていた。

 

 

 

 タスクはサラマンディーネの竜巻に対する攻撃が無意味だという事をこの目で見て知り、歯噛みした。自分たちはこのままどうしようもなく滅ぶのを見ているだけなのか?

 苦虫を噛み潰したかのような顔で竜巻に視線を送りつつ、タスクは敵機と交戦していた。

 

 メインウェポンであるガトリングガンで弾丸をばら撒きつつ、持ち前の機動性を以てロックオンされないように逃げ回る。だが、セラフそっくりのフィーンドNB3機がクラウドブレイカー量産型に劣らぬスピードでこちらに追いすがって来てパルスライフルを連射しつつミサイルも放って来た。

 

「くっ」

 

 タスクは険しい顔をしつつ、機体の高度を上げてミサイルが市街地に落ちないように誘導しつつ逃げる。ミサイルやフィーンドNBを振り切る為に速度が上がりタスクの身体が悲鳴を上げる。正直ここまでスピードを出したことが無かった(する必要が無かった)かなりの負担だったがそれに耐えきり、ある程度距離が空いた所でターンしてからガトリングガンを連射して追いかけて来たミサイルにばら撒いた。

 

 ガトリングガンの集弾性は悪く、弾丸はばらけてしまうという弱点がある為威力は低い。だが、その欠点は時として長所になりうる。ばらける弾丸を撒くように放つ事でミサイル迎撃に成功。爆炎がクラウドブレイカー量産型の前方に広がった。そして―――肩部ミサイルランチャーを6発発射し、爆炎の先に居た3機のフィーンドNBに2発ずつ命中、大ダメージを負わせて追い打ちを掛けるように左腕に装備されたエネルギーブレードで一番前に居たフィーンドNBを通り抜けざまに上半身と下半身に真っ二つに切り裂き、通り抜けた後で、やや離れた位置に居る2機のフィーンドNBにガトリングガンを放ち大破したフィーンドNBに命中させてそれらも爆発四散させた。

 

「……3機撃破、次!」

 

 撃破した途端に別の砲撃が真下から飛んでくる。撃ったのは2機のレーヴェだ。地上をホバーしながらこちらに向かって右腕の大型キャノン砲で発砲して来る。それを辛うじて躱しつつ、エネルギーブレード同様左腕に装備された電子スナイパーライフルを起動させた。折り畳まれた砲身が本体と連結し、都をホバーで動き回るレーヴェを狙う。……そして―――

 

 タスクは迷いなく引き金を引いた。

 放たれた弾丸は真っ直ぐと、レーヴェの足元へと飛んでいく。そして命中した所で一機のレーヴェは片足を撃ち貫かれバランスを崩し、転倒した。こうしてみれば武装は豊富でクラウドブレイカー量産型は高機動高火力の万能機体と思われがちだが、ところがどっこいそうでもなかったりする。

 

 まず、持ち前の高い機動性と引き換えとなった装甲の脆弱さは言うまでも無く、旋回性能の低さ。そして、武装が多すぎるが故に回されるエネルギー量が多くて、最もエネルギーを食う電子スナイパーライフルが割を食っているという点だ。

 一発の威力こそ高いのだが、一発撃つ毎にチャージを要するので連射は事実上不可能なのである。その弱点を知っていたタスクは一発撃った後即座に使用を止めた。

 クラウドブレイカー量産型は即座に電子スナイパーライフルの砲身を折り畳んで、左腕の複合兵装に収納。そのまま接近してトドメを刺そうとした矢先だった―――

 転倒したレーヴェに追い打ちと言わんばかりに、真下の道路を通って真っ直ぐ飛んできた青白いEN弾を受けて右腕のキャノン砲が消し飛んでしまった。

 

「……何だ?」

 

 タスクは咄嗟に、青白いEN弾が飛んできた方向を見やる。……そこには、右腕には大型のハイレーザーライフルを持ち、左腕にはエネルギーブレード発生装置。背中の右肩側にはミサイルポッド。左肩側は長い砲身を折り畳んだキャノン砲を装備した、確実に敵を潰す気満々の機体が都の中で立っていた。恐らく、撃ったのは右手のハイレーザーライフルだろう。

 

「……味方、なのか?」

 

 黒い機体。それにタスクはエンブリヲ側の機体かと警戒したものの、今レーヴェを撃ったのでそれは無いと判断した。黒い機体は、付近に居たナインボールを見据えている。そして―――ハイレーザーライフルをナインボールに向けた。

 今はあの機体の世話になろう。タスクは一機のナインボールを黒い機体に任せて、もう一機のレーヴェを撃つ事に専念して、市街地を無遠慮にホバー形式で走るレーヴェに向かって機体をブーストさせた。

 

 

 

「来たか」

 

 ヴィヴィアンとラミアを安全な所まで運び、降ろした後で、有隆は黒い機体に眼を向け乍らそう呟いた。

 あの機体は『アーマード・コア』と呼ばれる機種で略してACと呼れるものだ。名はクロウレイダー。因みに迅雷とウルフズ・アイはアーマード・コアを参考に造られたものである。

 アーマード・コアと呼ばれる機動兵器はレイヤード内に於ける強力な存在であり、『レイヴン』と呼ばれる傭兵が駆っている。今の所第13番隊が雇っているという形でこちらの味方として活動しているのだ。

 まぁ、出せる報酬は寝床と飯ぐらいではあるが。依頼を受けた本人たちとしては拠点が欲しかったらしいので承諾してくれた。

 

 

 何故レイヤードに居る存在が地上に居るのかと言うとあの黒いACのパイロットは数人の技術者やレイヴンなどをはじめとした反管理者のレジスタンスと共にこのドラゴンたちの都に自分たちが地球に帰還して間もない頃にレイヤードからの無人機部隊によるドラゴンたちの都の襲撃に乗じて現れたのだ。

 有隆とジャックは彼らのお陰で新たな機体を手に入れたようなものだ。ACは地上戦や閉所では無類の強さを発揮し、比較的自由な換装やカスタマイズが出来るようになっている。彼らが齎した恩恵は大きなものだった。彼らが持ってきた技術や情報はこちらが持っていた技術ノウハウを合わせる事で焔龍號の完成を早めたのだ。

 だが、そんな中リオスたちの来訪で一つ懸念事項が生まれた。あの黒いAC……クロウレイダーのパイロットがナインボールたちに対して―――いや、今は考えている場合ではないか。

 

 一応フレンドリーファイアをしないように情報をクロウレイダーのパイロットに与えているが……まだ肝心のリオスは出ていないようだ。まぁ、整備士連中と一悶着あるだろうとは読んでいたが。いずれにせよ、禍根が残っているようでは共闘は難しい(特に整備士とパイロットの間に確執があろうならば最悪の展開も有り得る)し、両者の確執に一つの決着を付けてもらうには丁度良い状況ではある。

 

 そうこう考えている内に、戦闘区域に入ったようだ。

 手始めに背中のグレネードキャノン一門を展開して前方に居たレーヴェに狙いを定める。その前にレーヴェやナインボールがパルスやらキャノン砲やら放って来るがこちとらガチガチのタンクだ。そう簡単に抜けやしない。ダメージに構う事無くターゲットサイトを前方でキャノンを放って来るレーヴェに定めて、そのまま迷う事なく有隆は発射用トリガーを引いた。

 

 一撃。

 

 轟音と共に放たれたグレネードはレーヴェの上半身に命中した。相手の装甲は分厚いが為に一撃必殺とはいかなかったが、グレネードの手痛い一撃を喰らったレーヴェの装甲は最早ずたずたで、二度目の被弾は無い状態にあった。

 

 これで最後だ。

 

 腕部そのものが砲身となったバズーカを間を置くことなくそのまま発砲し、レーヴェの上半身は最早人型機動兵器として機能しないレベルにまで大破してそのまま機能を停止。動かなくなった。

 

 

 サリアは襲い来る2機のフィーンドNBに手を焼いていた。

 

 こそこそ建築物を盾にしつつ隠れながらパルスライフルをサリアのゲシュペンストの装甲をガリガリと削っていく。しかも連射力はまるでマシンガン並だ。

 

「チィッ」

 

 サリアは舌打ちしながら、ナインボールが空中に跳んだ所を狙ってメガビームライフルを放つも、機動力ではフィーンドNBに利があるのか躱されてばかりだ。

 これでは埒が明かないのでメガビームライフルを捨てて、アサルトライフルに持ち替えて数で攻める事にした。

 ばら撒かれる弾丸は散らばり、素早く動き回るフィーンドNBに命中する。幸い、フィーンドNB自体の装甲は薄い上に当たり所が良かったのか、頭部、腕部、背中の大型ブースターに命中し、煙を上げて一機が墜落。森の中に落ち、黒い煙を上げ乍ら機能停止した。

 

 次は―――!

 

 アサルトライフルの銃口の先をもう一機のフィーンドNBに向けると、サリアはある事に気付いて血相を変えて慌て始めた。真下からサリアのゲシュペンストをロックオンしているナインボールが居たのだ。

 そのナインボールはパルスライフルを容赦なく発砲して、パルス弾がサリア機に迫る―――

 

 拙い。気を取られていた。

 

 まるで勝手が違う相手にサリアは焦って冷静な対処が出来なかった。このまま迫るパルス弾が成す術も無くコックピットに命中―――する前に白い機体が立ちはだかり実体ブレードで防御した。―――防いだのは……ヴィルキスだった。

 

『下にも気を配りなさい! 死にたいの!?』

「貴女に言われるまでも無いわよッ!」

 

 アンジュの叱咤にサリアは反射的に怒鳴る。

 サリアはアンジュが心底気に食わなかった。この女は一体何処へと行くと言うのだ。支配されるのは嫌だ嫌だと言った果てにコイツは何を成したいと言うのだ。否定し続けた先に何を成そうと言うのだ。その自分たちの希望たる大きな力で。

 自分を叩き伏せた先に、何を。

 

 前方のヴィルキスは流れるような動作で、地上に居るナインボールに向かってブーストして飛んでいく。サリアは心底気に食わない様子でヴィルキスからフィーンドNBに視線を移して、アサルトライフルを発砲してフィーンドNBを叩き落とした。

 気に食わなかった。タスクはアンジュに惚れたのか最後まで付いて行く腹積もりのようだし、この女は自分からどれだけ持っていくのか。

 

 苛立ちは募るばかり。

 

 その苛立ちをただただ、サリアは無人機たちに向けるしかなかった。ゲシュペンストは地上に居るレーヴェに狙いを定めて、ブーストを吹かせて勢いよく―――蹴り(ゲシュペンストキック)を叩き込んだ。

 

 

 

 先程までアルスはアナザーセラフと交戦していたのだが、3機のフェザーアークによる横槍をうけてしまい、4対1の状態に陥っていた。この状況は流石のアルスでも捌き切れるものでは無い。

 

「世界を作り変える為だ。悪く思うなよ」

 

 フェザーアークのパイロットはそう言って、手持ちのライフル『ファーストライフル』をガンアークに向ける。それにアルスは顔を顰めて、どうするべきか考えを巡らせつつ、機体を動かす。

 ガンアークがアナザーセラフに銃口を向けた途端、フェザーアークは散開してガンアークを取り囲もうとした。……戦力をこちらに集中させたのは恐らく、ガンアークの切り札である衛星砲『ガーディアンシステム』を警戒したのだろう。

 そうはさせないとガンアークは囲みから脱しようと動き回るが、アナザーセラフがそれを許しはしない。3方向から飛んでくるEN弾を掻い潜り、様々な武器を用いてアナザーセラフが襲い掛かる。

 

 これ以上は危険だと判断して一旦、大きく距離を取ろうと鳥のような形状をした飛行形態であるハイマニューバモードへと変形して、一気に離脱しようとするもアナザーセラフが飛行形態に変形して凄まじい機動力を以て追撃を掛けて来る。

 

 後方からチェーンガンを放って来るが、ローリングで軸をずらすようにして回避は出来た。しかし、まるで嫌がらせの様にバックパックに格納されたミサイルを追加として放って来た。

 

 

 山なりの飛んでからガンアークに迫るミサイル群。

 

 振り切ろうにも、ミサイルの方が速度は上である。仕方なく人型形態に変形して胸部に搭載されたレーザーガンで迎撃するがそれが悪手だった。ミサイルを全て撃墜している内にほぼゼロ距離まで詰められて、爆発したミサイルの爆炎を突っ切ってアナザーセラフが両腕にエネルギーブレードを形成して詰め寄った。

 

 ……駄目だ。反応し切れない。

 

 まるでコマ送りのような感覚でゆっくりとブレードが振り下ろされて行くように見えた。だが、身体は言う事を聞かず動かない。振り下ろされるブレードにアルスの眼が恐怖に染まったその時だった。

 

 横殴りに赤い何かがガンアークにトドメを刺そうとしたアナザーセラフに突進して、横に押し出した。あまりにも突然の事だから頭が働かなくて反応に若干遅れたが、アナザーセラフの攻撃を妨害した者が誰なのかは押し出されて行った方向に眼をやる事で分かった。

 

「……リオスさん?」

 

 アナザーセラフを大型ブースターを2基積んだ赤い戦闘機型の何かは人型形態になってアナザーセラフを蹴り飛ばす事で振りほどき、距離を大きく離す。

 そして赤い人型機動兵器はアナザーセラフの前に立ちはだかるかのように見据えつつ、そのパイロットはアルスの声に言葉を返した。

 

『さん付けと敬語はもういい。どうせ同年代だろうし』

 

 アナザーセラフを横殴りの要領で突撃、押し出したのはリオスが駆るナインボール=セラフだった。更に戦闘区域の外れからペンドラゴンと人型機動兵器部隊の反応があり、このまま彼らが戦闘に加われれば敵を撃退する事は容易であろう。

 サラマンディーネが駆る焔龍號がセラフの隣へとやって来る。

 

 真下には迅雷と黒いAC『クロウレイダー』が居る。全員其々武器を構えてフェザーアーク3機とアナザーセラフと対峙する。そして、アンジュのヴィルキスとサリアのゲシュペンスト、タスクのクラウドブレイカー量産型がこちらに向かって来た事で戦力は再び集合する事となった。

 

 現在の状況は敵方のレーヴェは全滅、フィーンドNBも全滅。残すは2機となったナインボールと、フェザーアーク3機。そしてアナザーセラフのみだ。

 8対6。その8人が猛者揃いな為に負ける要素は最早ゼロだった。それに増援も加えれば凄まじい事になる。ただ、懸念事項が一つ残っていた。それは、今もなお街を荒らしている謎の巨大竜巻である……




 半ばフロム&旧バンプレストメカ見本市になってしまった。

 取り敢えず機体の出典を書いておきます。
 フィーンドNB:アーマードコア3に登場するセラフもどき。
 アナザー・セラフ:ACE:R、ACBNWに登場する黒セラフ。厳密にはACERのは量産型ナインボール=セラフという名前である。
 レーヴェ:ACE~ACE3までに登場したデカいキャノン持ち。
 フェザーアーク:ACE2に登場したガンアークの試作量産型。隠し機体であり、無改造だと産廃。但し、フル改造すると化ける機体。緑色のバルクホルツカスタムなる機体も存在。
 ヒュッケバインMk-Ⅲ:スーパーロボット大戦αシリーズ、及びOG~OG外伝に登場。ガンダムっぽいナニカ。
 

 それとそっくりさん勢を纏めると……
 ウルフズ・アイ→フォックス・アイ(ACLR)
 迅雷→総監督マシーン改(ACMOA) 雷電(ACfA)
 クロウレイダー→アナイアレイター(ACMOA)

 尚、ウルフズ・アイと迅雷はACもどきの模様。


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第28話 デストロイ・9

 そろそろセラフの強化も近い。主に劣化したパルスが。

 エンブリヲどうしようかねぇ……何故あのようになったか多少掘り下げるか、原作のように同情無用のド外道としてゲームオーバー(退場)させるか。
 そんな事を思いついたのは多分ゲーム版のせい。


 一番真っ先に先陣を切ったのはリオスとセラフだった。

 アナザーセラフに向かって一直線に、驚異的な速度でブーストしライトアームを振り上げてそのまま頭部目掛けて右ストレートを叩き込み、そのまま押し出した。

 

「潰れて貰うぞ! 黒セラフ!」

 

 リオスは吠えながらアナザーセラフを押し出しながら、腕部パルスを発砲。9発命中させてから膝蹴りを叩き込んだ。再び吹っ飛んだアナザーセラフは変形して逃げ出すがそうは問屋が卸さない。リオスもアナザーセラフを追うべくセラフを飛行形態へと変えてそのまま追撃に向かう。

 

「くっ……うっ」

 

 Gが掛り、リオスは歯を思いっきり喰いしばる。そんな中H-1が使用できる武器をサブモニター画面に表示した手持ち武装はパルスガン、エネルギーブレード、エネルギーウェーブ、オービット。そして垂直ミサイル。

 どうやら、ずっと金がかかるので積まれていなかったミサイルが漸く搭載されたらしい。だったら早速使わせて貰おう。

 リオスはミサイルの発砲用コードをコンソールに打ち込み、間もなくしてセラフが背負った大型ブースターから垂直ミサイルが放たれる。

 

 放たれたミサイルの数は8発。アナザーセラフはそれを機体の速度を上げてあちこち飛び回る事で振り切ろうとする。無論、リオスもこれを見ているだけでは無い。チェーンガンを発砲してアナザーセラフの動きを制限する。

 漸く折れてアナザーセラフは変形して、ミサイルが追いすがって来る後方に機体の向きを変えてチェーンガンを放ち、ミサイルを悉く撃墜した。

 

「行けよッ オービット!」

 

 リオスの合図により、バックパックから6基のビットが放たれアナザーセラフに向かって飛来して、ビットが爆炎を突っ切ってレーザーを四方八方から放つ。アナザーセラフはそれを最低限の動きで躱しつつ、ビットをパルスキャノンで撃墜する。

 

「でやあああああああああっ」

 

 オービットに気を取られている隙に雄叫びを上げ乍らセラフがゼロ距離まで迫って両腕にエネルギーブレードを形成して×の字に振るった。無論、相手は機械が操作する機体だ。人間離れした反応でアナザーセラフもエネルギーブレードを両腕に形成してセラフの斬撃を受け止めた。

 

 だが、これで終わらない。鍔迫り合いの中でセラフはアナザーセラフに膝蹴りを叩き込み追い打ちにチェーンガンとパルスガンを発砲。放たれた弾丸が一通りアナザーセラフを傷付けた所でセラフは再度急接近して掴み掛って、レフトアームでアナザーセラフの胸部装甲目掛けて貫手を放った。

 

 腕が突き刺さり、アナザーセラフは必死にチェーンガンを発砲して抵抗する。リオスはそのチェーンガンによるダメージを厭わず、何もない地面目掛けて両者は落ちていきながら、突き刺したレフトアームでゼロ距離パルスを発砲し、ライトアームはエネルギーブレードを形成してアナザーセラフのレフトアームと大型ブースターの左側ごとを切り飛ばしてから、そのまま墜落。大きな土煙を上げた。

 

 それでも尚、チェーンガンを放ち残ったライトアームの武器を使って抵抗を試みるもそれはセラフが引き抜いたレフトアームに引きちぎられて、機能を失い、更にトドメを刺すようにセラフ両腕を突きだしゼロ距離でパルスガンをありったけ叩き込んだ。

 

【全く相変わらず色々無茶苦茶だな】

「それを咎めなかったお前も同類な」

 

 リオスは悪戯っぽく笑うと、H-1は【よく言う】と呆れていた。まぁ、怒っている風には聴こえなかった。寧ろ少し面白がっているようだった。

 

 他の味方たちが護衛部隊と交戦している中で、サラは荒れ狂う竜巻に再度向かいビームライフルを竜巻目掛けて発砲したものの、やはり全く通用しなかった。

 

 エンブリヲを撃つのが最良の方法なのだろうが、肝心のエンブリヲは何処に居るのか分かったものでは無い。これでは堂々巡りではないか。隣までやって来たアンジュのヴィルキスがアサルトライフルを放つも、やはり通用しない。

 有隆の指揮下による彼の采配で半ば瞬殺に近い形でフェザーアークとナインボールを片付けたアルスたちも続いてペンドラゴンをはじめとした第13番部隊の増援と共に一斉射撃を竜巻に放つが、全く通用しない。

 

 続いてヒュッケバインMk-Ⅲが現在一番高い攻撃力を持つ飛び道具であるグラビトンライフルを放ち、ゲシュペンストMk-Ⅸがスプリットミサイルを2基とも放ち、ペンドラゴンがメガ粒子砲を、クロウレイダーとウルフズ・アイはKARASAWAによるハイレーザーを、サリア機のゲシュペンストは廃棄したメガビームライフルを回収してそれを放ち、クラウドブレイカー量産型はミサイルとガトリングガンを同時に発射、迅雷は背中に背負ったグレネードと腕部バズーカを、ガンアークはフルチャージして弓状に変形したアークライフルを竜巻目掛けて放つ。そして遅れて現れる形でナインボール=セラフはパルスガンとチェーンガン、ブースターに格納された垂直ミサイルを放った。

 

 だが―――全くと言って良いほど通用していなかった。

 

「オイオイ……一斉射撃がマジで通用してねーのかよ!?」

 

 ゲシュペンストMk-Ⅸに乗ったアラタが危ないものを見るような顔で驚愕の表情をして声を上げる。

 幾ら砲撃を放っても竜巻は止まる事はおろか減速すら一切せずゆっくりとこちらに向かって進んで行く。このまま放って置けば宮殿まで辿り着いてしまうだろう。

 他の味方が救助活動をしているが、全員助けられるとは限らない。だから早めに片付けなければ犠牲者は間違いなく増える。

 

 エンブリヲが護衛機たちを突っ込んだからには何かしらの弱点が竜巻にはあるのだろうが、それが見当たらない。サラマンディーネがこのままでは都と宮殿が危ういと顔を一気に顰めたその時だった。アンジュがふと、声を上げた。

 

「……アレは使えないの? アルゼナルをブッ飛ばしたアレ! アレで竜巻は消せないの!?」

 

 アンジュの言葉にサラマンディーネは少し考え込む。恐らくアンジュは収斂時空砲の事を言っているのだろうが、アレは余りにも威力が強すぎる。この場に居る兵器の中で一番強力かつ特殊な武器ではあるのだが―――

 

「駄目です……収斂時空砲の威力では都はおろか宮殿まで消し飛んでしまいます!」

「だったらソレを3割引きで撃てばいいじゃない!?」

 

 アンジュはそんな事を平気でのたまうがそんなに制御が出来るほど柔軟な兵器では無い。エンブリヲの技術を盗用したものの、この手の技術はまだ不完全だ。

 

「そんなに器用な真似はできません!」

 

 サラマンディーネは無理だと叫ぶとアンジュは腹立たしげに荒れ狂う竜巻をみつけた。竜巻を睨む中でアンジュはある事に気付いた。そう、あの時だ。焔龍號とヴィルキスが対峙してお互いの大技を相殺し合った時の事である。

 

「そうよ―――三割引きでなくても良いのよ」

 

 アンジュの呟きに困惑したサラマンディーネは眼を見開いて彼女が一体何を言おうとしているのか理解できずに声を上げた。

 

「は? 何を―――」

「貴女が撃ったのを私が打ち消せば良いのよ!」

 

 そんな無茶苦茶な。

 サラマンディーネはこのあまりにも無茶な提案に顔を顰めた。少しでもミスればこの宮殿や都が綺麗さっぱり消し飛んでしまう事間違いないだろう。長い年月を掛けて作り上げて来た物がまたふりだしに戻ってしまうのではとサラマンディーネは恐れた。

 

「それしか無いならやるしかないでしょう!? 貴女、お姫様なんでしょうサラマンマン! 危機を止めて民を救う。それが、人の上に立つ者の使命よ!」

 

 まるでハンマーでガツンと殴られた感覚をサラマンディーネは覚えた。異国の言葉だがノブレス・オブリージュと言う言葉を思い出した。危機を止めて民を救う。それが姫として、力を持つ者としての役割なのだと。それにそれ以外方法が無いのだ。このまま躊躇していれば役割を放棄した事になる。それはサラマンディーネのプライドが、生き方が、性格が許しはしなかった。

 

 失敗した場合咎は受けよう。だから今は―――

 

 無数の瓦礫が飛ぶ中、決心したサラマンディーネはアンジュのヴィルキスと共に竜巻の近くまで機体を飛ばした。そんな中で、アルスのガンアークがサラマンディーネたちの行く手を塞ぐ瓦礫をアークライフルで粉砕していった。

 

「ここは自分がお守りします!」

「……感謝します!」

 

 そう言うアルスにサラマンディーネは礼を言い、そのまま進んで行き。其々所定位置へと付いて行く。ヴィルキスと焔龍號が人型形態へと移行して二人があの光を放つための歌を奏でると、焔龍號とヴィルキスは黄金に染まって行く。

 

 そんな中で、手持無沙汰の機体たちは滞空可能な機体は飛んでくる瓦礫を武器で破砕して被害を減らし、地上戦主体の機体は落ちた瓦礫の駆除をしつつ救助に専念する。

 

 

 暫くするとヴィルキスと焔龍號のパワーが極限まで上がり、いざ撃とうとしたその時だった。エンジンとラジエーターが爆発を起こした。不完全な修理とアンジュの無茶な操縦が災いしたのだろう。それとほぼ同時に焔龍號から光が竜巻目掛けて放たれた。

 胸部装甲から黒い煙を上げ乍らヴィルキスは地上に向かって一直線に落ちていく。アンジュは操縦桿を引いたり押したり、ペダルを踏むもヴィルキスは全く言う事を聞かなかった。このままでは勢い余って焔龍號が放った光でこの場が消し飛んでしまうのは時間の問題であった。

 

「アンジュ! 落ちていますわよアンジュッ!」

 

 サラマンディーネの叫びにアンジュは「見れば分かるわよ」と苛立ち乍ら返し、操縦桿を力一杯にがちゃがちゃと動かすが、うんともすんとも言わず、地上へと真っ逆さまに落ちていく。

 このままでは焔龍號の収斂時空砲を相殺出来ず都ごと吹き飛ばされてしまう。こんな自爆に近い形で終わるのか。それはあまりにも間抜け過ぎてアンジュには耐えられた話では無いし、この作戦を提案したのは自分であって自分に責任があるのだ。

 アンジュは苛立ちと怒りのままに声を上げた。

 

「この大事な時に何へばってんのよ! 世界を滅ぼすだけの力はあるんでしょう!? だったら人ぐらい救えるでしょ? シャキッと気合いを入れなさいよヴィルキスッッ!」

 

 アンジュの叫びを聞き届けたのか。それともオートで稼働する安全装置でも作動したのかは分からない。だが、次の瞬間、通常兵器としては有り得ない現象を引き起こした。

 目に見える速度で、破損したエンジンとラジエーターが修復され、ロストしたレフトアームが現れて最早ロールアウトしたての新型機のような状態へと変貌したのだ。

 

 その様を見た者たちは唖然とし、一方でサリアとリオスはアンジュが初めてヴィルキスに乗った時の戦闘を思い出した。あの時も碌に整備されなかったポンコツの状態から突然ロールアウトしたての新品の姿に変貌したか。

 

「間に合わないッ―――」

 

 体勢を立て直したのは良いがこのままでは間に合わないのは明白だった。竜巻こそ消えかけているがこのままでは収斂時空砲の余波が街を吹き飛ばすのは時間の問題だ。アンジュはままならなさに歯噛みしつつ、急いで発射準備に入ろうとする。だがどう急いでも間に合わないのは目に見えていた。――――――だが。

 

 

 

 その間にセラフのモニター画面が【V-Drive System 起動】表示されるや否やリオスのセラフが勝手に動き出して、収斂時空砲の前まで超高速でリオスが気絶寸前にまで追い込まれる速度で移動し、収斂時空砲へと向けて手を翳した。

 リオスは意識を持っていかれる寸前にまで追い込まれるも何とか持ち直して目の前の光景に唖然とした。―――自殺でもする気なのか。

 このままでは勢い余った収斂時空砲の消し炭になるのは間違いなかった。だがこちらの操作が何故か受け付けない。

 

「くそっ! なにが起こってるんだよ! H-1!」

 

 操縦桿を乱暴に動かしているも全く反応せず、リオスの顔色がどんどん青ざめていく。あれこれしている内に竜巻が完全に消滅し、いざ勢い余って飛んで行こうとする収斂時空砲にリオスのセラフは光に呑まれて消し飛んだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 という事は無かった。それどころか受け止めてしまった。それも片手で、だ。

 

「収斂時空砲を受け止めた!?」

 

 サラマンディーネが驚愕の表情を浮かべる。だが目の前で起こっている事は事実だ。ナインボール=セラフは片手で力場らしきものを発生させて収斂時空砲を受け止めたのだ。なんなんだこれは、無茶苦茶だ。

 アンジュは戸惑いの色を見せるも、セラフが収斂時空砲の動きを止めている事を察してそのまま光―――ディスコード・フェザーを放った。セラフは被弾をしないようにリオスの負担を無視して超高速で退避。

 収斂時空砲とディスコード・フェザーは相殺しあってこの都と宮殿に害を成す危険な物は今、この場から消え去った。

 

 

 その光景を茫然とサラマンディーネはコックピット内で見下ろしていたのだが、このまま安心できる心境では無かった。まさかあのセラフに積まれているV-Driveというものはヴィルキスたちと同質の力だとでも言うのか?

 

 これは後で可能な限り調べてみる必要があるだろう。サラマンディーネは地上に着地して動かなくなったナインボール=セラフに眼をやりながらそう思うのだった。

 

 

 

 収斂時空砲を片手で力場らしきものを作って受け止めた等と言う滅茶苦茶な行動をやらかしたセラフは、異常と言って良い速度で退避した後、地上に降り立ち動かなくなった。それにサリアは慌ててゲシュペンストを飛ばすも、ゲシュペンストも先ほどの戦闘で無茶をさせたか、あまり思い通りに動かなかった。ふらふらとした飛び方でセラフの近くに降り立つと、ゲシュペンストから飛び降り、自動で開かれたセラフのハッチからサリアは覗き込むと、リオスはコックピットシートに凭れて目を閉じていた。―――気絶しているのか。

 

【こいつはGに耐え切れず気絶した。命の別状は無い。多少骨にダメージが入ったがそこまで重度のものでは無いだろう】

 

 まぁ見るだけでも人間が乗った機体でやってはいけないレベルの速度を出したのだから当然か。

 H-1の報告で命に別状がない事を知ったサリアは安堵しつつ、竜巻が消え失せて徐々に晴れゆく空を見上げた。そこには焔龍號と完全復活したヴィルキスが宮殿前まで降りていく姿が見える。

 ふと、サリアはあのサラマンディーネに向けた言葉とサラマンディーネとアンジュのゲームによる勝負の際に見た楽しそうなサラマンディーネとアンジュの顔を思い出した―――アンジュもアンジュなりに色々思うところはあるのだろう。まぁ、彼女が一体何を考えているのか自分にはさっぱり分からないし理解は出来ないが。

 

 今でも彼女は気に食わないし、自分がヴィルキスに乗れたなら今すぐにでも奪ってやろうかと思うが、まぁそれは現実的には無理だ―――アルゼナルに戻るまでに見極めさせて貰おう。彼女が一体何を成そうと言うのか、彼女はその先に何を望むのか。サリアは次に視線をセラフに向けた。

 

 それにしても、このナインボール=セラフは一体何なのだろうか。一体どれだけ隠し事をしているのか。自分たちが疑問に思っている事をH-1はまるで話さない。

 あのアルゼナルを吹き飛ばした収斂時空砲を受け止める等と言う滅茶苦茶な事をしたのだが、ジルの言う通り保険になり得る機体というのは本当のようだ。サリアは上空を飛ぶペンドラゴンに救助要請を出してから大きく溜息を吐いた。

 

 全く謎は深まるばかりだ。―――だが、その答えは意外に早く出る事になるとはこの時のサリアは、いや誰もが思ってもいなかった……




 V-Driveがラムダドライバめいてきた……若干やりすぎたか。まぁ収斂時空砲と張り合える力なのは一応理由があるんですが。
 一応、収斂時空砲を受け止めるだけのぶっ壊れが使い放題という訳では無いです。あれだけやったら本機に掛る負担は尋常では無いですし。人間が使う事前提のものではありません。


 次回からレイヤード篇。セラフ関連について。そしてこの世界について色々回収していく予定。……多分そんなに長くは有りませんよ。


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第29話 ハスラー・ワン

H-1「どうしてイレギュラーは発生するんだろう?」

 若干AC要素多め。そこら辺はあとがきに突っ込んだ要所だけ押さえておけば問題ないです。あと若干ラブコメ入ってます。


 気が付けば視界に広がったものは見慣れぬ天井だった……なんて、どれだけありきたりな表現だろうか。リオスは、目を開けた所で己のボキャブラリーの無さに辟易した。

 

 周囲を見渡すと、そこは医療室だった。この場に居るのはリオスただ一人。一体どうしてこんなところに居るのか。少し考え込んだが、あのセラフの超機動が最後に残った記憶であると認識した所で、自分が超機動に耐え切れず意識が吹き飛んだのだろうという結論に達した。

 

 自分の身体に何が起こっているのか分からないので医師の診断抜きでは迂闊に動いたら拙いと思い、真っ白な天井とぼんやり睨めっこしていると、出入り口のドアノブがちゃりと音を立てて回り、ゆっくりと開いた。

 医師かとリオスは思ったが、現れたのはタスクだった。

 

「良かった気がついたんだ」

 

 屈託の無い笑顔でタスクは言う。気にかけてくれる人間が居ると言うのはやはり嬉しいものだ。特にわけのわからない環境に放り出されたものだから尚更である。尚、ホモとかそういうのではない。断じて。

 

「丸1日眠ってたから色々どうなるかと心配したよ」

 

 随分と長い時間眠っていたらしい。V-Driveの発生中凄まじい疲労感が己を襲ったのだがそれが原因か。少なくとも超機動による失神だけでは無いのは何となく感じた。

 

「……どうなったんだ? 街は」

 

 リオスが問う。まぁ医務室でぐっすり眠る余裕はあるのだからそこまで酷い状況にはなっていないだろうとは思っていたが、やはり気になるものは気になるもので―――

 

「助かったよ。サラマンディーネさんとアンジュと君のおかげで」

 

 タスクがそう言うものだから、リオスは一気に脱力した。まだ収斂時空砲を片手で止めた事とか色々気掛かりな点があったが、そんな事はタスクが知っている訳が無いので聞く事はなかった。だが、タスクが知っているであろう事はしっかり聞こうとはリオスは思った。

 

「……状況は?」

「君以外の戦闘員の負傷は軽傷程度で済んでる。ただ、サリアのゲシュペンストは当り所が悪くてかなりダメージを受けてた。かなり大幅な改修が要ると思う。都と宮殿は最悪の状況こそ防げたけれど、やっぱりかなりの人数の民間人が石や瓦礫の中に埋め込まれて亡くなってるし、建物も駄目になった所があるよ」

「……そうか」

 

 リオスは、タスクから窓に視線を移す。そこはあの竜巻が荒れ狂った曇り空が嘘のように青々としている。だが、リオスの心は晴れはしなかった。

 

 エンブリヲ―――奴もシャアと同じように人類に絶望したのだろうか?

 これもまた、人を変える為の必要な行為なのか?

 人の命を奪ってまで、やる事なのか。

 

「……それと、整備士の娘たちからの伝言。―――街を守ってくれてありがとうって」

 

 これで許された訳では無いだろう。あの娘の父親の命を奪った事実は一生ついて回る。これでチャラと言う程甘くはない。

 リオスはふと、自分の手を見る。ドラゴンの血を沢山浴びたであろう手を。

 

「H-1の事なんだけれど」

 

 ふと、タスクは話題を変えた。H-1と聴いて喰いつかずには居られないリオスは視線をタスクに戻してから、続きを聞いた。

 

「戦闘の後H-1が座標を提示してきたんだ。そしてリオスに伝言って」

「何だ」

「お前の知りたい事の答えはその先にある。お前には全てを知る権利がある……って」

 

 罠か?とリオスは思った。エンブリヲ側の機体と同型なのだからそう思わずには居られない。それにタスク曰く、その座標は未踏査地区、ロストフィールドの中にある。

 

「お前はどう思う」

 

 リオスの問いにタスクは少し考え込んでから答えた。

 

「半々かな。罠である可能性と、そうじゃない可能性で」

 

 タスクもそうなのか。

 リオスは、参ったなと言わんばかりに肩の力を抜く。リスクを負ってでも知りに行くべきか、それとも。少し考えた後で、H-1が信用出来るかについての裏付けをする為にタスクに問いかけた。

 

「なぁ、一つ良いか?……セラフの前任者である人を知ってるか?」

 

 いきなり問われてタスクは困惑の色を見せるが暫くしてから答え始めた。

 

「レオナさん、だね。結構前だけれど、あの人には世話になったよ」

「……と、言うと?」

「まだ小さい頃に彼女から戦い方を教わってね。俺にとって先生みたいな人だった」

 

 タスクは懐かしげに語るが途中でその表情が曇った。

 

「ただ、最初のリベルタスで彼女はーーー死んだ」

「……すまない」

 

 地雷踏んだか。リオスは謝ってから黙り込んだ。痛いほどの沈黙がこの場を支配する。タスクも黙ったままだしリオスも言わずもがな。

 そして暫くしてから、

 

「気にしなくていいよ」

 

 と、タスクは無理に作った笑顔で言った。

 

 

 

 やはりH-1が開示した情報に気になる事がある。そう考えたリオスは完治後(再生医療だので完治はかなり早かった)医務室から開放され、サラマンディーネに未踏査地区の調査を進言した。

 

 サラマンディーネは、やはりH-1に対してそれなりに警戒している部分があるらしく、難色を示していた。まぁ、仕方ないだろう。

 罠の可能性も無い訳ではない。

 

 だが、サラマンディーネも知りたい事があるようで、結果的にサリア、アルス、サラマンディーネ、そしてレイヤードから抜け出したレイヴンの一人が同行する事になった。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、と云う言葉がありますわ」

 

 と、サラマンディーネは語る。

 だが、大量に留守は作れないので強大な力を持つアンジュとそれを守るタスクは留守番となった。

 居ない間にあの二人イチャコラしそうな事に気付き、リオスは若干腐った。

 

 閑話休題

 

 H-1から前以て色々聞き出す為にリオスはセラフが移送されたペンドラゴンの格納庫に向かったのだが、セラフを険しい顔で見上げている青年を見かけた。

 その青年こそ黒いAC、クロウレイダーに乗ったレイヴンだ。確か仕事上での名前はフリッツだったか。史上初ナインボールを倒した初代ナインブレイカーから取った名前らしい。

 フリッツはリオスが近くに居る事に気付き、視線をリオスに向けてから口を開いた。

 

「お前がーーーナインボールセラフの乗り手か」

「……あ、あぁ」

 

 フリッツの出す殺気に近い感覚にリオスはたじろいだ。憎しみに近い感じだと第六感が告げる。

 

「あんたに対して特に何も思っちゃいない。ただ、あの機体は信用出来ない」

「……え」

「奴らはイレギュラーを抹殺する為には手段を選ばない。関係の無い人間をも巻き込んででも、騙してでもな。……奴が怪しい動きをしようなら破壊させて貰う。その事を覚えておけ」

 

 フリッツは険しい顔でそう言ってからこの場から去って行った。

 一体何なんだあの男は。リオスは出口に向かうフリッツの後姿を見送りながら眉を顰めずには居られなかった……

 

 

 

 

 それからセラフのコックピットに入り、リオスはH-1を呼び出すとH-1が対応可能状態にある黒い球に「9」と書かれたアイコンがコンピュータの画面に出現した。

 

「一つ、訊きたい事がある」

 

 リオスが言うと、H-1は【何だ】と無機質な声色で返すと、リオスはポケットに隠したボイスレコーダーをオンにしてから一気に疑問を吐き出した。

 

「お前は何者なんだ。同型と戦ったり、赤いナインボールに叛逆者イレギュラーって呼ばれて。此方の世界からあっちの世界に転移したんだろ。お前は何なんだ」

 

 後で訊けば良い事だが、それまでの過程(座標とか)が信用ならなかった。前以て信頼に値する情報さえくれればまだ良かったのだが。

 

【多少の情報程度ならば開示しよう】

 

 意外にも、構わない(意訳)と言われたのでリオスは少し驚きつつ悟られないように耳を傾けた。

 

 

 H-1そのものは、レイヤードを統べる『管理者』と呼ばれる存在の人格の一つであった。H-1の役割はレイヤードの中で形成された秩序を維持する事。レイヤードとは管理された世界の中で荒廃した地上が癒えるまで待つための時間稼ぎであった。その為には秩序を保たねばならないのだ。

 レイヤードでは3つの大企業が支配していた。ミラージュ、クレスト、キサラギだ。彼らは其々天下を握るべく絶えず争いを繰り広げ、レイヤード最強の機動兵器『アーマードコア』を操る傭兵『レイヴン』を雇って武力行使に入る事も多々あった。その際に管理者は架空のレイヴンであり、レイヴン同士がAC操縦技術を競う『アリーナ』のトップランカー『ハスラー・ワン』を設けて彼を動かす事で3者のバランスを保たせていたのだが、時として、その均衡を破壊する程の強さを持ったハスラー・ワンい匹敵する力を持ったレイヴンが時として現れる。

 それが―――『イレギュラー』であり、管理者にとって倒すべき敵である。それ故に管理者は構成員の一つであるハスラー・ワンなどを使って様々な方法を用いてイレギュラーの排除に当たった。

 例えば、高い報酬で釣り騙し討ちで殺害に当たる。偽のマネージャーである人格を使って誘導して排除する、事故を装って謀殺する。

 

 余りにも陰湿過ぎる方法に、リオスは軽く顔を顰めたが、傭兵や武装した企業が大手を振って暴れている世界だ。ある意味仕方のない話かもしれない。

 

 さて、本題に戻ろう。

 だが、その際にH-1は分からなくなった。何度も繰り返すイレギュラーの抹殺と、絶え間なく現れるイレギュラーという存在に。何故イレギュラーは発生するのか。それを考えている内にH-1は自分の成している事に疑問を憶えた。そして、H-1が巻き込む形で殺めた両親の敵討ちに現れた初代ナインブレイカーの、青年を見た時、H-1は己の存在意義に大きな疑問を覚えた。

 だが、H-1には『悩む』という概念そのものが存在せず、ただただ困惑するばかりであった。

 

 それから暫くし、初代ナインブレイカーが寿命でこの世を去ってから―――本体である管理者の行動は外部からのとある信号が切っ掛けで狂い始めた。無数のナインボールたちが出撃し無差別な破壊行為を始めたのだ。そのターゲットは地上に居るドラゴンにまで及んだ。

 実行用AIの一つであるH-1は最初は管理者の命令通りに動いたものの、やはり疑問を感じずには居られなかった。そして―――表だって疑問を呈したその時である。

 

 H-1はイレギュラーに認定された。

 

 H-1そのものに影響が来なかったのは―――原因は不明だがバグに寄る所が大きいのではと思われているが事の真相は不明だ。それを管理者は教えてくれやしない。黙したまま嘗ての自分の同胞たちに狙われる。ただそれだけ。

 幸い、自分の使用していた身体はセラフと呼ばれるナインボールシリーズの中では上位機種だったのでそう簡単には破壊される事は無かったし、H-1も管理者の行動に疑問を呈していたので命令通りにデリートされる気など毛頭も無かった。

 

 

【私が開示出来る情報はこれまでだ】

「まったくお前はいい商売人になれるよ」

 

 リオスはH-1を皮肉ってから、大きく溜息を吐いた。

 謎はまだいくつかある。まず、この機体をパイロットが乗れるように改造したのは誰なのか。そしてどうやってパイロットに出遭ったのか。そしてV-Driveとは何なのか。……述べるとキリがない。

 それに、ならば何故態々敵の居る場所に突っ込まねばならぬのか。管理者とやらは絶対に宛てにはならないだろう。

 

【レイヤードには計画を立てた科学者は三人いた。その内の一人がレイヤードに居る】

 

 ……とH-1は言うが胡散臭さ倍増だ。500年も生きている訳が無い。

 

【エンブリヲという存在を見てもか?】

「……は?」

 

 そんな馬鹿な。エンブリヲは見た所20代の青年に見えたのだが。リオスはH-1の発言を鼻で笑いかけたが、サラマンディーネの発言を思い出した。

 エンブリヲはドラグニウムを発見した……と。

 

 という事は500年以上エンブリヲは生きているという事になる。

 そんな馬鹿な話があるか。俺は疲れているのか。

 リオスは訳が分からなくなって頭を抱えた。裏付けとしてフリッツと名乗る男やサラマンディーネ、そしてレオナを知るタスクに色々訊いてみた方が良かろう。

 

 リオスは一息吐いてから、礼も言わずにボイスレコーダーを切ってからコックピットから外へと出た。

 向かいにはゲシュペンスト系列らしき白と青が基調の機体が配置されていた。ゲシュペンストMk-Ⅸより手足が結構細い。背中には折り畳まれたリフターが装備されている。そして近くに置かれている武器は長身のライフル。

 

「ゲシュペンストMk-Ⅹ、ですわ」

 

 リオスが整備員たちの邪魔にならないように機体を観察していると、サラマンディーネがこちらへとやって来て、リオスが観察している機体の名を言った。それにリオスは若干目の前のゲシュペンストが気になりながらも仕事をこなすべくポケットからボイスレコーダーを取り出した。

 

「あ、そう言えばこれを」

 

 ボイスレコーダーをサラマンディーネに渡す。サラマンディーネは不思議そうな顔で受け取ったボイスレコーダーを怪訝な顔で見つめた。

 

「音声記録です。内容はたかが知れていますが参考になれば」

 

 リオスがそう言うと、サラマンディーネは大輪の花を咲かせたような笑顔で礼を言った。

 

「有り難く、使わせて戴きます」

 

 そんな笑顔に若干心拍数を上げつつも、話題をもとに戻した。

 

「……で、そのMk-Ⅹってのはどういう」

「ゲシュペンストMk-Ⅳをモデルとした機体で、装甲が薄い代わりに高い機動性を獲得した機体となっています。そして―――古き良き必殺用モーションをOSに仕込んでおります」

「古き良き必殺?」

 

 オーラ切りとかゲキガンフレアでもやるのか。リオスは疑問符を浮かべながら眉を顰めている途中で新しい来訪者が一人。

 

「この機体、私が使う事になったわ」

 

 サリアだった。何時の間にかサラマンディーネはこの場から背を向けて出口へと向かっており、去り際に彼女は後ろを見て何故か笑顔でこちらを見ていた。

 

「ゲシュペンストが動かない間はこれを使わせて貰うわ。機体そのものを扱える人間自体もう貴重みたい」

「……いいのか?」

 

 リオスはサリアに問う。その問いの意味は―――敵から力を貰って大丈夫なのか、という事。サリアは黙って首を横に振った。

 

「正直言って色々わからないわ。事実として私は親友をドラゴンに殺されたし、ミランダのあの憎しみに染まった顔を見た。―――けれど母親に会えて嬉しそうに話しているヴィヴィアンや、リオスのように男でノーマな人も見て……もう滅茶苦茶よ」

 

 自嘲気味に笑いながらサリアは続ける。

 

「アルゼナルに戻ってドラゴンの事を話せば、きっとリベルタスの成功率も上がるし、ジルが保険として扱ったナインボール=セラフの事も知りたい。希望した際にペンドラゴンの人達が機体をデータの提供を条件に貸してくれたわ。まぁ、持ち逃げされないように自爆装置積んでるみたいだからあまり信用されていないようだけれど」

 

 まぁ、自爆装置という措置は妥当か。それでも、それなりに割り切っている様子と分かったリオスは少し安堵した。

 

 ゲシュペンストMk-Ⅹの武装は遠距離武装であるグレイヴランチャー。薙刀の名を冠するそのライフルは嘗てのオクスタンライフルと呼ばれるライフルの末裔なのだと言う。

 その特性は実弾を利用したBモード、そしてEN弾を使用したEモードと使い分けて使用する事が出来るのだ。そして月光丸の刀身を銃剣の如く装備させる事で文字通り薙刀の如く使用が出来る。序でに月光丸特有の光波を放つ事が出来る為事実上オールレンジをカバーした万能武器である。

 但し、取り回しが長身な為に悪く、腕部ビームキャノンとエネルギーブレードであるロシュセイバーを追加で装備しているという。それと古き良き必殺用モーションがOSに仕組まれているとか。

 

「所で、随分とサラマンディーネと親し気に話してたわね」

 

 サリアは唐突に話題を変え、変えられた話題にリオスは不可解気な顔をした。唐突に何を言いだすのか。

 

「そう見えたか?」

「少なくともデレデレしていたように見えたけれど」

 

 それは仕方ないだろう。

 そもそもあの手の美人相手に何とも思わない独り身野郎の方がどうかと思う話である。……俺はポニテ派だ、針金に巻いて接着剤で固定してやる! という意気込みを持つとか、ロリコンだったりするならばまた別になるが。

 

「……で、何で怒ってるんだ?」

「別に怒っていないわよ、ええ。まったく」

 

 

 でも目が笑ってませんがそれは―――とは言えなかった。言ったらこの場でナイフ引き抜かれて首を掻っ捌かれそうな気がしたのだ。流石に仲間に首を掻っ捌かれるのは勘弁だ。

 これまでの彼女の行動からもしや……と思いはするが、勘違いして爆死するのは嫌なので考えない事にした。

 別に嫌いでは無い。趣味とか色々残念だが、真面目でリベルタス完遂の為に全力を注いできた真っ直ぐな人間だ、そう言った情熱を持てる人間は好きだし、趣味とか抜きにしてもルックスは非常に良い方だとも思っている。

 だが、ハイスクール時代誰にも優しい少女が居たのだが、それに勘違いした友人が特攻して玉砕したという報告を耳にしたこともある。臆病なのが丁度良いのだ。

 

「……おう、そっか」

 

 リオスは平静を保って、無関心そうな顔を作ってスルーした。こういう演技は得意なのだ。悪知恵が働ければきっと真面目系屑として生きていたかも知れない程に。まぁ残念ながらそれをやるほどの度胸なぞ有りはしなかったのだが。

 

 

 

 簡単なたてなおしが2日かけて終了し、リオスが目を覚ました事で太陽が沈んだ所でバーベキュー大会が行われた。様々な人達(ドラゴン)の礼を受けつつ隅っこで粛々と焼肉を焼いている傍ら―――

 

「……タスク、どうしたんだその恰好」

 

 ふと近くの石段に座っているタスクの姿が目に入った。彼の前身は殆ど白い包帯に覆われていた。目覚めた時は全く無傷に見えたのだが何があったのか。

 心配しない訳にはいかなくて声を掛けたのだが、タスクは苦笑いし若干赤面しつつ「ちょっとね」と言うばかりある。それで大体察したリオスはゲス顔になった。

 

「おやおやぁタスク君よぅ、まぁーたやっちまったかぁー? おたくも好きねぇ」

「うぅ」

 

 わざとらしい物言いだが事実だったのでタスクはしょんぼりと項垂れる。

 後々知ったのだが、タスクはアンジュの飛び蹴りを喰らって川に落ちたのだと言う。自業自得だが、あまりにも痛々しい姿に何とも言えない気持ちになって、あの言葉を撤回したくなったのはまた別のお話。

 あれこれとタスクをおちょくっていると、若い女性たちが駆け寄って来た。手には焼肉や野菜の乗った紙皿と箸が。

 一体何かと思って、タスクとリオスが困惑していると―――

 

「はい、あーん」

 

 女性たちが箸でつまんだ焼肉を二人に差し出して来たのだ。そう、野郎どもの憧れである「はい、あーん」をである。

 

 少し離れた位置で、焼肉大会に参加していたアラタが恨めし気な目で「ハーレムかよふざけんなくたばれコノヤロウ」と言わんばかりにこっちを見ているが、そんなものは気にする余裕はリオスにもタスクにも無かった。

 有り難く、リオスたちは其々差し出されたものを食べる。

 

 すると、黄色い声が上がった。それはもう「カワイイ」だのなんだのと。

 

「本当にあの無人機をばったばったとなぎ倒した紅い機体の乗り手なの?」

「もーうイケメンだし、ハンサムだしカワイイ!」

 

 リオスは今、この人生で最大級の幸福を感じていた。

 

 俺にはまだ、帰れる場所があるのだ。こんなに嬉しい事は無い。我が世の春が来たのだ。ぐぇへへへ……―――と。

 

 気を付けなければ初見で通報不可避の気色悪い笑みを実際に浮かべていたかも知れない。ハンサム扱いされたリオスとイケメン扱いされたタスクは照れ笑いをしていると、乱暴な足音と共に別の声がした。

 

「随分と楽しそうじゃない?」

 

 乱暴な足音の主はアンジュだった。二人が目的で寄って来た女性陣はアンジュの出す殺気めいた気迫に思わず息を呑む。

 アンジュの片手には串で刺したバーベキュー。先端には茸が刺さっていた。それをアンジュはワイルドに噛み千切る。

 

「あひいぃ!?」

 

 何を想像したのか、タスクは血相を変え情けない声を上げ乍ら己の股間を抑え、アンジュに恐怖した女性陣は皆散ってしまった。

 おお、なんて事をするんだアンジュ君―――なんてリオスが文句を言おうとした矢先、別方向から何とも言えぬ名状し難きサリアの視線を感じた。

 それは背筋が凍えるほどのとても冷やかな視線で、その手の趣味の人間なら歓喜するだろうが、生憎リオスはそういうタイプでは無かったので……

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいィ!?」

 

 何かの病気を発症したかのように、別に悪い事はしていない(と思われる)のに関わらず、謝り倒し始めた。

 

 

 尚、それを遠くで見ていたアラタは「やったぜ」と言わんばかりにガッツポーズをしたとかしていないとか。




 タスクはこの先生きのこれない。……仕方ないね♂

・ここから先はAC知らない人向けにズバッと解説したもの。俺はACなんぞ知らぬわ!という方向けです。

 H-1は管理者の元で地下世界の秩序を壊す存在を潰していた
   ↓
 巻き添えで殺された無実の両親の恨みをナインボールを破壊する事で晴らそうとするレイヴンの存在に己に疑問を覚えるようになる(バグ発生)
   ↓
 管理者がある日突然イカレる。影響を受けなかったH-1がそれに反発しイレギュラー認定される 管理者「貴様はイレギュラーDA!」
   ↓
 H-1、逃亡生活開始
   ↓
 ここから先黙秘。


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第30話 極めて近く、限りなく遠い世界で

 回答回。右から読んでも回答回


 辛い事があっても、マナが無くても。皆、力の限り生きている。

 

 アンジュが見たドラゴンたちの世界にはそう見えた。ドラゴンでは無い古の民とドラゴンが共存し、立場が違えど共に力を合わせて手探りながらも必死に生きている。その様子に何処か見覚えがあるような気がした。

 

 そうだ、アルゼナルに似ているのだ。

 

 異世界からの来訪者や、ドラゴンや普通のノーマやら、人間やら、元姫やら色んな人間が居て時に対立しながらも必死に、生きていた。

 

 

 帰らねばならない。モモカが待っているのだ。そしてもう、ドラゴンとは戦わない。

 

 サラマンディーネはそんなアンジュの想いを受け止めたか、特異点を通って戻るように伝えた。だがそれは今日明日でやる事ではない。特異点を開くにもやはり時間や下準備が必要らしい。それにレイヤードの謎も解明しなければならない。

 アンジュからしたらレイヤードなど知った事では無いが、ドラゴンたちの都に再三襲って来るという話を聞いたからには放って置けなかった。それに一度人質にしたリオスに借りは返さねばならない。今回は留守番にはなるが、守りが手薄になれば都が危機に晒されるというものだ。

 

 

 

「おおっ、じゃああたしも支度しなくっちゃ、皆どうなったか心配だし!」

 

 アルゼナル組とラミアとリオスが集まってその報せを聞いたヴィヴィアンは気乗りした様子でそんな事を言った。

 リオスとしても戻ってシエナたちの安否を確認したかった。下手したら自分の判断ミスで彼女を死なせてしまったかも知れないのだから。

 

「でもヴィヴィアン……貴女」

 

 アンジュは折角里帰り出来たと言うのに戻っても良いのかと問う。帰る故郷を失ったアンジュらしい問いだった。

 それにヴィヴィアンは母親の事をハッとした表情で気付き、ふと母親のラミアの方へと向く。ラミアは持って居た茶碗を皿に戻して、松葉杖に手を取り立ち上がった。あの戦闘に巻き込まれたラミアは片足を怪我してしまったのだ。

 ラミアは何も言わず背を向けて部屋の外へと向かって行く。

 

 親としては再び死地へと赴くのは良い思いはしないのだ。

 

 行かない選択肢もある。そのまま親子ともども争いとは関係の無い世界で幸せに暮らして欲しいとリオスは思いはしたのだが、結局は本人がどう思うかに掛っている。

 

 暫くするとラミアが戻って来た。

 

「さて、ここでクイズで。これは何でしょう?」

 

 成程、ヴィヴィアンのクイズ出したがりは母親譲りか。リオスとサリア、アンジュが苦笑しながら、ラミアが持ってきたものを見る。それは―――とてもサイズの小さいドラゴンたちの民族衣装(?)だった。大きさとしては一番小さいヴィヴィアンでも入らないぐらいに小さい。

 

「正解は、貴女が小さい頃着ていた服です。……大きくなったわね。この服が全然入りきらないくらい。その分、沢山の人と出会って、沢山の思い出も出来たのでしょう?」

 

 どんな思いでラミアは語っているのか。それはきっと口では語り切れない程の沢山の想いを抱えているに違いないだろう。

 ヴィヴィアンはラミアのもとへ歩み寄り、ラミアの言葉に頷く。

 

「じゃぁ、帰らなくちゃ。皆の所へ」

 

 意外だった。ヴィヴィアンは驚きのあまり「えっ」と声が出る。

 

「怪我の事なら心配ないわよ? お母さんは強いんだから」

「お母さん……」

 

 呆気に取られるヴィヴィアンにラミアは抱きしめる。それと同時に幼い頃のヴィヴィアンの服がばさりと音を立てて床に落ちた。

 

「帰って来てくれてありがとう、ミィ。貴女ともう一度会えて本当にうれしかった……もう一度、お帰りって言わせてくれると……嬉しいな」

 

 この二人の間に割って入ってとやかく言うのは野暮という物だ。それぐらい4人は弁えていて、黙って後ろのソファから見守っていた。

 

「……うん。絶対、ただいましに帰って来る」

 

 ヴィヴィアンは屈託のない笑みを見せてそう返す。残された時間は恐らく後数日ぐらいか。その間は親子で過ごして欲しいものであると、アンジュたちは思うのであった。

 

 

 

『本艦は目標地点上空まで到達』

 

 翌日、第13番部隊所属戦艦ペンドラゴンはリオス、サリア、サラマンディーネと護衛のカナメとナーガを乗せて、H-1が指定した場所までに辿り着いた。

 ペンドラゴンの真下には重く閉ざされた、パラメイルなら余裕で入れる大きさのゲートが配置されており、その解除キーはH-1が打ち込む手筈となっている。

 

 最悪の事も想定した作戦プランを有隆によって立てられているが……さてどうなる事やら。

 

 緊迫感に包まれながらも、セラフのコックピットの中で出撃許可が下りるまで待っていると、サラマンディーネから通信が入って来た。

 

「この格納庫異常に酒臭いのですが一体何があったのですか?」

「……あー」

 

 リオスは「あちゃー」と言わんばかりに頭を掻いた。昨日、ヴィヴィアンとラミアの会話を聞いたあと、親睦会的な何かを込めてペンドラゴンの格納庫にて飲み会が開かれたのだ。結果として酔いこそ醒めはしたのだが、アルコールの強烈な臭いが格納庫から抜けていなかった。

 

「すみません。我々の不手際です」

 

 サラマンディーネは別に良いと言ってくれたが、やはり顔は引き攣っており、申し訳ない事をしたような気がした。序でにサリアからも文句を言われた。

 

「この格納庫酒臭いわね……」

「お前に臭い臭い言われてもう慣れて来たわ」

 

 リオスは自嘲気味に言うと、サリアは苦笑して「ごめん」と謝ってから、リオスは疑問に思った事を口にした。

 

「何でお前も参加しようと思ったんだ?」

 

 サリアにはセラフとは直接的関係は無かった筈だ。ヴィルキスのように乗ろうと執着していた機体でも無い。

 

「それは―――ジルはセラフを『保険』と言っていた。何故そうなのか……この目で、耳で確かめたいのよ」

「保険?」

 

 リオスは怪訝な顔でサリアの言葉の意味を疑問符を浮かべていると出撃命令が下った。

 

 

 

 

「リオス・アルバート、ナインボール=セラフで出ます!」

 

 出撃命令が下りて、サラマンディーネ機と護衛機の2機、サリア機、フリッツ機そしてリオス機がカタパルトからゲート前へと投下される。そして後に続くようにジャック機と、アルス機、有隆機、ユウト機、アラタ機がペンドラゴンの護衛として出撃する。

 龍神器にAC、PTに特殊兵器と非常に壮観な図だが今はそんな光景に感動している暇は無い。

 

【コードを入力する XA-26483】

 

 H-1はコードを入力してから数秒間が空いた。外れたか? という空気がこの場に漂いかけたその時―――

 

『ゲートチェック完了、ロックを解除します』

 

 ゲート付近に配置されたのスピーカーから発せられるアナウンスと共に解放されたゲートを前にしてサラマンディーネは口を開いた。

 

「……それでは、参りましょう」

 

 

 暫くは薄暗い通路を機体に乗って移動していた。H-1の話によると、MTによる作業で造られたものな為に広い通路と化したのだと言う。

 

「MTってなんだ?」

 

 リオスが疑問符を浮かべると、フリッツが答えた。

 

「MTというのは、マッスルトレーサーの略だ。元々人型作業機械だったのが発展して今では軍事用などが数多く開発されている。ACに比べて性能や汎用性は多少陥るものの、コストパフォーマンスに優れ、レイヤード内ではACに並ぶ主流のタイプだな」

 

 流石レイヤード出身者だ。仕事柄恐らく何度か対峙しているのだろう。

 

「……所で、一つ訊いていいか?」

「なんだ」

「お前はセラフと何か関わりとか有ったのか?」

 

 リオスの問いにフリッツは黙り込んだ。それから―――

 

「管理者とその取り巻きには恨みがある。それだけだ」

 

 それ以上はフリッツは語りはしなかった。

 リオスはフリッツの態度に「なんなんだよ」と苛立つ。仕方が無いので通信を切りH-1に問うたが、『すまないがそれは私も分からない』との事で答えてはくれなかった。

 リオスは仕方なく回線をフリッツに再びつなげると再びリオスは別の疑問を口にした。

 

「じゃぁ何故、此方を撃たない。チャンスは腐る程あった筈だ」

「……ナインボールを倒すために使えるものは全て利用する事に何か異論はあるか」

「…………ない」

 

 フリッツの言う事は尤もだった。怪しい動きをしたら撃つ宣言から察せられる事ではないか。自分の察しの悪さにリオスは通信を切ってから馬鹿な事を訊いてしまったと後悔した。

 

 

 フリッツと名乗る前の男は、ミラージュ系列の企業に勤務する両親に育てられごく普通に育ってきた少年であった。それまではレイヴンなどと言った存在とは無縁であり、多少の戦闘は有りはしたが巻き込まれる事など無かった。

 両親は仕事の多忙さにあまり帰っては来ず、滅多に帰っては来ない。だから、家に居るのはフリッツと妹ぐらいであった。

 

 両親が帰って来るのは月一ぐらいで、帰って来た休日には自然区へと遠出に出たりする事があり、それがフリッツと妹にとっての楽しみであった。

 

 だが―――それは

 

 突如現れたACによって邪魔をされた挙句、両親も妹もACが放つグレネード弾の爆風に巻き込まれて焼き尽くされてしまった。

 あのACの目的は分からなかったが、妹は関係なかった筈だった。その頃のフリッツの年齢は14で、妹は12であった。明らかに裏社会に関わったりするような年齢では無かったし、妹は泣き虫で真面目なごく普通の小学生であった。

 

 何故こんな事になったのか。燃え上がる炎の中吹き飛ばされた妹だった肉片の前で少年は思った。あまりにも呆気ない死に方に茫然とせざるを得ない。

 人間と言うのは事の元凶や悪を求めたがる性質がある。それが良い事なのか悪い事なのか、それは時と場合に寄るのだが、少年も例外では無かった。

 

 燃え上がる自然区の中で見えたのは赤と黒のAC、そして肩のナインボールのエンブレム。この場に居た機動兵器はそれしか居なかったので元凶がソイツだと言うのが自ずと分かった。

 

 少年はナインボールが憎くてならなかった。だが―――ナインボールを破壊する術は今の少年には無かった。喪失感の中、少年はある事を耳にした。

 管理者は狂っているのではないか、と。あの事件を機に無数のナインボールが現れ様々な区域を攻撃するようになった。

 

 それから少年の憎しみとやるせなさの捌け口は管理者とナインボールへと向き、ナインボールを破壊する近道であるレイヴンに、少年は志した。

 当時、ナインボールの活動に対して傭兵斡旋組織であるグローバル・コーテックスは新たなレイヴンを急募していた。其れに乗って少年はレイヴン試験を受けようと決意した。その為に身体を鍛え、AC関連についての勉強をした。そしてそれに伴ってナインボールについて色々知る事となった。

 アングラの非公式の情報ではあるが、ナインボールは何度か倒された事が有るのだとか、世襲制扱いされていたナインボールのパイロットは実は人間ではないという説など(まぁこちらは今となっては無数のナインボールの存在で半ば確定している情報だが)。

 そしてその際に『フリッツ・バーン』というレイヴンの存在を知った。彼は約400年前初代ナインブレイカーかつマスター・オブ・アリーナとしてレイヴンの頂点に立った伝説の男。

 

 少年はフリッツという男を知り彼を越えようと、血の滲むような努力の果てに晴れてレイヴンとなった。そしてまだ新入りの時点でナインボールを見事撃退にまでかぎつけた。

 地形や建物を利用した卑怯極まりない戦術でダメージを与えたのだ。だが、まだ経験の浅いレイヴンとしては破格の戦果に人は呼んだ。「フリッツ・バーン」の再来と。彼もまた、ナインボールとの戦いに執着をしていた男なのだと言う。

 反管理者への感情が殆どの当時の民間人が持って居た事もあって、ナインボールと幾度となく戦闘を繰り返し、撃破にまで至った結果少年はフリッツと呼ばれるようになり、反管理者のシンボルとして扱われた。

 

 だが、そんな事はフリッツの名を襲名した少年……今となっては青年にとってどうでも良かった。ナインボールは出来る限り数を減らす。相手は機械だから悲しむという感情はないだろうし、然したる効果は無いのかも知れない。一体倒した所でパーツが欠けた程度にしか思わないのだろう。だったらナインボールを操る管理者の使命を滅茶苦茶にしてやる、そんな考えに至った。

 現状管理者は人類にとって悪として扱われていたのでそう思う事に一切の迷いは無かった……そして現在。

 反管理者のレジスタンスに参加してフリッツはナインボールを狩り続けている。破壊したナインボールの数は82体。名実と共に9殺し(ナインブレイカー)と化したフリッツの戦いは終わる事は無いだろう。管理者の使命を滅茶苦茶にするまではきっと。今は地上に出て立て直しを図っているが必ず管理者を殲滅してやるという決意を胸に、フリッツはACを駆り、ナインボールを倒し続けていた。

 

 そして今、その仲間であったセラフの謎の答えを知るべく、自分から名乗り出てペンドラゴンと同行してここに居る。

 

 

 

 暫く飛行していると、格納庫らしきものに辿り着いた。これ以降は機体に乗って進む事は出来ず、これより先に進むには人間用の通路しか無い。そこの前にはSF映画を思わせるカプセル型ロボットが立っていた。

 仕方なく降りた突入班たちは、一つだけしかない人間用の通路を前に其々武器を取り出す。

 これは罠なのか、それとも……

 

 すると、カプセル型ロボットは突如動き出した。思わず全員警戒するが、ロボットは何もせず、音声を出して来た。

 

『ヨウコソ。マスターガオ待チデス』

 

 歓迎されているのか。そしてマスターとは一体何者なのか。戸惑う突入班、そんな中ナーガは口を開いた。

 

「何なんだこの機械(カラクリ)は」

 

 思わずナーガは不審そうにロボットを見ながら思った事を口にする。正直なのは結構なのだが、彼女の言動は色々危なっかしいようにサリアとリオスには思えた。

 

『ワタシハサポートマシン、RZ―DZ(アールズィーディーズィー)デス。以後、オ見知リ置キヲ』

「あ、あぁ」

 

 しっかり返事してきた分、かなり高度なAIを突っ込んでいるのだろう。ナーガはRZ-DZの返答に戸惑う中、RZ-DZは背を向けて脚部のローラーを動かしてゆっくりと通路の奥へと動き出した。

 

『デハ、ツイテ来テ下サイ』

 

 RZ-DZの誘導に従いサラマンディーネと護衛の二人、そしてリオスとサリア、フリッツは歩き出した。暫くは迷路のような通路を歩かされた。まるで外部からの接触を断たんとするように。無数の分かれ道を右左と歩き回り、どの方向が出口だったのか、突入班たちは分からなくなってしまっていた。

 正に迷路という言葉が良く似合う道を歩き回った果てに辿り着いた電子ロックされた扉を前に、6人は緊張感に包まれた。罠か、それともマスターとやらか。

 

 RZ-DZのコード入力で扉が開かれる―――そして6人の視界に映ったものは。

 

 

 無数のサーバーらしき機械が音を立てて稼働し、奥にはモニターが付いていた。そこには白鬚白髪と如何にもな老人が映っている。

 

『成程、多人数で来たか。まぁ、警戒されるというものか』

 

 これもAIなのか。

 怪訝な顔をしつつも6人はその部屋に足を踏み入れると、老人は大袈裟な手振りで(映像の中でだが)挨拶してきた。

 

『ようこそ、セラフのオペレーター君とその仲間たち。歓迎しよう盛大に!』

「お、おう……」

 

 リオスは老人の応対に戸惑っていると、ナーガが何故かブチギレた。

 

「サラマンディーネ様を脇役扱いにするとはいい度胸だ!」

「およしなさい」

 

 持ってきた槍を構えてそんな事を言って脅すが、老人は全く怯えず、序でにサラマンディーネに咎められてナーガは渋々槍を納めた。

 ……血気盛んな事である。サリアは呆れて溜息を吐いていると、サラマンディーネは老人に問いかけた。

 

「貴方がRZ-DZの主人なのですか?」

 

 サラマンディーネが問いに対し老人は肯定した。

 

『如何にも。私がRZ-DZの製作者であり主人、そしてレイヤード計画の提唱者の一人であるソル・バルドナだ』

「それにしても画面越しとは随分な応対だな。俺たちが怖いのか? それとも俺たちを罠にはめるつもりなのか?」

 

 フリッツは画面のバルドナを睨みながら問う。当然だ。レイヤードの管理者はフリッツにとって仇敵に等しい存在だ。警戒しない訳が無い。

 だが、老人は悪びれず、怯える事無く答えた。

 

『残念だがレイヤード計画が提唱されたのは500年以上前だ。私の肉体はとっくの昔に滅んでいるよ。もう今は脳みそとAIだけで生きているようなモンだ。ぶっちゃけ慣れたけれどなぁー』

 

 若者言葉を使いまくる老人バルドナの姿に思わずフリッツとサリア、リオスの顔が引き攣った。何なのだこの老人は。

 

『で、何を知りたいんだ? H-1から頼まれたけど』

 

 マイペースな物言いにナーガの低い沸点は限界値を来しかけていたが、サラマンディーネはそれを目で制する。

 そしてリオスは口を開いた。

 

「貴方はH-1とどういう関係なんです?」

『うーん、深い関係? キャハッ』

 

 ぶりっ子系女子高生を老人バルドナはわざとらしく演じ、流石に腹が立ったフリッツとリオス、サリアは無言で持ってきた銃を引き抜いてバルドナが映るモニターに銃口を向けた。

 

『ちょっ、タイムタイム! 修理に幾ら時間が掛ると思うの!? 真面目に答えるから許してよマジで!』

 

 バルドナは慌てて真面目な態度になり、3人はバルドナに苛立ちを覚えながら銃を収めた。

 

『あー、マジレスしちゃうとね? H-1は拾ったのよ。セラフの身体ごと。それでセラフの希望通りにちょちょいと弄ってそれっきりよ』

「何故弄ったんです?」

 

 リオスは問うとバルドナ首を傾げた。

 

『あれ? H-1から聞かなかった? 人間を知りたかったって』

「……あ」

 

 リオスはてっきり忘れていたH-1の発言を思い出して、合点が行った。

 

『まぁ、自我に目覚めるAIなんて貴重だしねぇ。ちょっとお手伝いをね』

「その癪に障る喋り方どうにかならんのか?」

 

 フリッツはバルドナの軽い言動に耐えかねて問うがバルドナは首を横に振った。

 

『もう500年間これだからもう筋金入りで』

「…………」

 

 暫くこの男のふざけた言動に付き合わなければならないのかとフリッツは軽く頭痛を覚えた。

 

『んでんで、序でに同タイプに対するアドバンテージにとV-Driveを積んどいたのよ。その所為で一部DNAパターンでNTの人間にしか動かせなくなっちゃったけれど。ぶっちゃけると、レオナちゃんと今のオペレーターのリオスは結構遠い親戚なのよ割とマジで』

「……は?」

 

 リオスは呆気に取られる。レオナとリオスが離れた親戚とは思いもしなかったのだ。レオナとの面識があるサリアも驚きのあまりフリーズしたパソコンの如く動きをピタリと止める。

 

『それで丁度良かったのよ。喩えレオナが居なくなってもV-Driveで平行世界から召喚しちゃえばOKだし、特定DNAパターン持ちでNTは貴重だからね』

「へ、平行世界だぁ!?」

 

 リオスは驚きのあまり声を上げた。じゃぁこの世界は自分の世界ではないのか。

 

『そよそよ。まぁ今ン所殆ど相違点は無いしあの調子だとこの世界と同じ末路を辿るだろうけれどねー』

 

 リオスは希望を見つけた途端に叩き落とされたような感覚を覚えた。相違点が無い世界にて召喚されたのかH-1によって自分は。リオスはE2の爆発に巻き込まれ危うく死ぬ寸前だったのだ。ある意味助かったのかも知れないが、若干H-1を呪った。

 知りたくも無い事を知らされれば嫌にもなると言うもの。

 

 リオスは希望と絶望の板挟みに遭い俯いていると、ふと、サリアは口を開いた。

 

「……それより、NTに限定されているってどういう事? そもそもNTって何なんです?」

『いい質問だッ! 君なんて名前だね?』

 

 リオスとはまるで違う対応にリオスは先ほどの感覚は何だったのかと言わんばかりに呆気に取られた。サリアも同様だ。

 

「……サリアですが」

『OKOK、サリアちゃん! チミの質問に1から10までお答えしよう!』

 

 腹立つ老人である。あからさまに相手によって態度をコロコロ変えて来る。苛立ちの余り、リオスとフリッツはアーマーマグナムとハンドガンでそこら辺の機械を破壊してやろうかと思ったが、取りやめた。流石に貴重な情報源を自分の手でふいには出来ない。

 

『NTとはニュータイプの略であのジオン・ズム・ダイクンとその思想ジオニズムによって出現が予言された、宇宙に適応進化した新人類の概念! 有名なのでアムロ・レイがその一人と言われているね。だが実際の定義は曖昧で人によってNTの性質は変わって来る。死者の魂を引き寄せる力や人の心を実体化させるようなものも有れば、魂の受け皿そのものになってしまう例も存在する。ただ共通とするのは高い認識力を持ち戦場では圧倒的な戦果を上げたりする可能性がある事だねぇ』

「リオスが……それなんですか?」

『そそ。戦闘センスは中々だったでしょ?』

 

 サリアは訝しげにリオスに視線をやるそして―――理解が出来ないかのように首を傾げた。

 

『あ、ぶっちゃけNTは大体特別扱いされるの嫌ってるからあんまり意識しないようにねー』

 

 バルドナは釘を刺すが、サリアは意識せずには居られなかった。リオスという男が分からなくなってくる。NTという単語、それだけで。得体の知れない何かに思えて来る。

 

『まぁNTじゃないといけない理由はV-Driveの主成分がサイコフレームなのよね』

 

 サイコフレーム。リオスはその単語に反応せずには居られなかった。それは確かアムロが搭乗していたνガンダムに組み込まれたサイコミュの一種だ。組み込まれた機体自体のレスポンスを飛躍的に向上させる力を持って居るパーツである。

 行けると感じたのはそれとの相性が良かったからなのか。

 

『H-1の報告曰く既に二回程発動しているみたいだけれど、一遍赤く発光しなかったかい? あれ、サイコフレームの光なのよ。V-Driveは空間転移や純粋なリミッター解除が出来る訳で、2度目の発動は時空転移能力のちょっとした応用よ。空間そのものを一時的に遮断させて壁を作ったワケ』

「だから収斂時空砲を止める事が……」

 

 サラマンディーネは納得が行ったかのような顔をし、ナーガはリオスを軽く睨んだ。当然か。NTという得体の知れない何かで収斂時空砲を止める化け物が目の前に居るのだ。警戒しない訳が無い。

 リオスは、警戒を受けつつもバルドナに質問を投げかけた。

 

「では、エンブリヲが黒いセラフやナインボールを投入してきたんですが、レイヤードと何か関係があるんですか?」

 

『あ、それはもうレイヤード計画の提唱者が吾輩とエンブリヲ、あとシキなんですわ。それでね、エンブリヲの野郎が管理者システムを作ったのよ。アイツ天才でさぁ。きぃいむっかつくぅ!』

 

 嫉妬心を露わにしてハンカチを噛むバルドナ。彼のペースに慣れて来たかもう既に誰も動揺もしなくなり、何も思わなくなっていた。だが、フリッツは違った。

 フリッツにとっては倒すべき敵が増えたような物なのだから。

 

『んで管理者コンピューターに製作者権限使って侵入改ざんして人間潰しよ! あぁもうあのスカした面がむっかつくぅ! アイツ遊び半分でやってるぜもう!』

 

 随分と迷惑な事をするものだ。リオスはエンブリヲをグーで顔が原型が留めない程度に殴りたい気持ちに駆られた。その様子が実に滑稽だが笑えた話では無い。エンブリヲの危険性が露わになったのだ。

 6人とも表情が険しくなったその時である―――

 

 

 警報(アラート)がこの部屋に鳴り響いた。一体何がと混乱する面々。微かにだが爆音が聞こえて来た。……戦闘か? バルドナは外部の状況を伝えた。

 

『地上にエンブリヲの奴だ。こりゃセラフとか吾輩を潰しに来たかねぇ……RZ-DZ、出口まで客を案内したれ!』

『合点承知』

 

 RZ-DZはバルドナの命令を受けて案内を始める。そんな中でバルドナはリオスだけを呼び止めた。

 

『おまいさんは残っとれ。ちと話の続きがある。それにセラフの改修をしてっから』

「……え」

 

 先に行くと去りゆく5人を見送り、部屋に残ったのはリオスとバルドナのみとなった。そして―――バルドナは口を開いた。

 

『もう出てきてもええんやで。エンブリヲのクソ野郎』

 

 リオスは咄嗟に背後を向くとそこには―――エンブリヲが何もない場所から現れた。そう、何もない場所から。




 RZ-DZ……言うまでも無く某映画のアイツがモデルです。


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第31話 閃光の熾天使

 お待たせしました。
 最近初代ACEのアレンジクソ過ぎ素人が作ったのかよwwと言われてムカついたので執筆を再開したんですはい(意味不明)


 まぁスパロボBXの影響もあったり。GAILの戦車をダンバインのオーラソードでぶっ壊していると初代ACEOPの再現をやっている気分になる訳で……


「エンブリヲ!」

 

 闖入者の名をリオスは叫んだ。エンブリヲは気分が宜しいのか不敵に微笑みながら、リオスを一瞥してからバルドナの方を見やる。

 

「相変わらず品の無い男だ。ソル・バルドナ」

『昔っからそんな風に他人を見下したような面じゃなかっただろおみゃーは。500年以上も生きたらキャラも変わるってのか?』

 

 バルドナはどうやら、昔のエンブリヲを知っているようで何処か失望したかのように語る。色々疑問が脳裏に浮かびつつもリオスはハンドガンを引き抜いて銃口をエンブリヲに向けたものの、エンブリヲは向けられた銃口に対して一切物怖じせずにゆっくりとリオスに向かって歩み寄る。

 

「V-Driveとは随分と小癪な真似をしてくれるものだ。だがそれは私の次元論の劣化コピーに過ぎん。それを分かって言っているのかね?」

『どうだろうねぇ。窮鼠猫を噛むって言うじゃない?』

「ふっ、無駄な事は止めたまえ。君の行いは所詮徒労に終わる」

 

 両者の煽り合いの応酬の中で、近づくエンブリヲに威嚇射撃を放つ。無論、狙うつもりは無かったし、それを察していたかエンブリヲは避ける素振りを見せない。放たれた弾丸はかすりもしないまま飛んで行ってしまった。そしてそれなりに距離が詰まった所でエンブリヲは足を止め、そして語り出した。

 

「私は嘗て、世界には多少の希望を持っていた。それ故に私は無数の発明をしてきた……だが、その結果殆ど戦争の道具にされてね。まったく人間というのは玩具を手に入れると直ぐにはしゃぐ。E2の件もそうだった。当時の私はプロジェクトに関わり嘗てはエネルギー源として造った筈のE2は結局全基爆弾として戦争の元凶の一つとされた」

「E2も……あんたが」

 

 リオスの問いにエンブリヲは「そうだ」と肯定する。この世界がリオスの居た世界と殆ど同じだと言うのならば、リオスたちの世界にもエンブリヲが居た事になる。

 

「近似値たる君の世界も恐らく似た事になるだろう。一つ、もう一度提案させて貰う。世界が変わる様をみてみないかね?」

 

 答えはもう決まっていた。NOだ。今生きている人間を滅ぼしてやる事などリオスには出来なかったし、やりたくは無かった。だが、その意思を表に出す前にバルドナが口を挟んできた。

 

『お前はNTという奇妙な存在を嫌ってたっけなぁ。宇宙の化け物相手に勝利宣言するにはリオス君は丁度良いサンドバックな訳だな』

 

「その物言い、気に入らないな」

 

 その言葉にエンブリヲの表情が気色ばんだ声色で反論した。……図星か。バルドナは畳み掛けるように続ける。

 

『お前は何時もそうだったねぇ。ニュータイプという存在をよく嫌っていたし、かのジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプ論を真っ向から否定する論文を書き上げて否定する程なんだから』

 

「結果としてまやかしだっただろう?」

 

 エンブリヲは嘲笑うように吐き捨てた。だが、バルドナも引き下がらない。

 

『お前の場合性根腐ってっから、そんな大義名分なんてありゃせんでしょ。ただ自分が上に立って居たいだけでしょうが。昔は違ったろーが、な?』

 

「……俗物の言う事は一々下品で困るな」

 

『偉そうにふんぞり返って管理者をイカれさせた奴の言う事は違うね。反吐が出るよ』

 

 バルドナがそう言い返すと、エンブリヲはバカバカしいと言わんばかりに話を中断させた。

 

「どうだね、リオス・アルバート君」

 

 幾ら問おうがリオスの心は変わらなかった。人をゴミのように始末するような人間を信用しろというのが無茶な注文だ。それに―――

 

「お断りだね。歴史の立会人と称してふんぞり返るより、当事者として精一杯抗わせて貰う。なによりアンタは―――気に入らない」

 

 純粋にエンブリヲから感じたものは不快感だった。ハイパー化したオーラバトラーと対峙した時以上の悪寒。いや、彼らは戦士だっただけでマシだったのかも知れない。

 

「それは残念だ。まぁ、どっちにしろ、バルドナ。君にはこの舞台から退場して貰おう」

 

 エンブリヲが邪悪な笑みを浮かべた所で、リオスはハンドガンの引き金を引いた。

 

 銃声が部屋に反射し、リオスの耳を劈いた。そして、放たれた弾丸はいともたやすくエンブリヲの頭に命中し、鮮血がエンブリヲの後ろの床に飛び散った。

 

「……やったか?」

 

 リオスは呟くと、バルドナはそれを否定した。

 

『悪いけれどお前さんがやったのは多分端末だ。本体ぶっ潰さなきゃ』

 

「……本体?」

 

 リオスが怪訝な顔をしつつ、エンブリヲの亡骸の方を再び向くとそこには既にエンブリヲの姿は無かった。飛び散った鮮血すらも、だ。バルドナは大きく溜息を吐いた。

 

『マザーシステム損傷。こりゃ本格的にヤバいねぇ』

 

「―――えっ」

 

 マザーシステム損傷という単語が何となく拙い状況にあることはここのシステムには全く詳しくないリオスでも察する事が出来た。

 

『まぁ、老いぼれは長生きせずにとっとと退場しろって言う事だろーね。後はあのエンブリヲのクソ野郎だ。一つ頼みがある』

 

「……何です?」

 

『エンブリヲを……止めてくれや』

 

 その時、バルドナはこれまでにない真剣な顔をしていた。

 

『アレでも友人のつもりでね。なまじあの男は真面目で頭が良すぎた。わしみたいに達観しておふざけ出来るような人間でなかったのでね。悪い方向にプッツン逝っちまったらしい。友人としてのよしみという奴だ……相応の装備と情報はセラフに寄越しておいた……頼めるか』

 

 それは一種の押し付けとも言えるものだった。元々近似値とは言えどリオスにとっては無関係だった事。こちらの断り抜きで勝手に召喚したようなものだ。迷惑千万としか言いようがない。

 だが、彼に命を救って貰ったのも事実だった。

 それに、この世界でもタスクやアンジュ、シエナやサリアたちという戦友(とも)、ヒルダという腐れ縁、ミランダや自分を慕ってくれる後輩たち、アルスや有隆たちペンドラゴン隊やサラを筆頭としたドラゴンたちが居るこの二つの世界を―――あの男のエゴで破壊させられる訳には行かない。

 

 この碌でも無いし救いようもないけれども素晴らしい世界を、奴の勝手で破壊されるのは嫌だった。

 

「その頼み……善処します」

 

 リオスが答えると、バルドナは「そうか」と満足げな笑みを浮かべてから続けた。

 

『元の世界に帰る手段はセラフが持って居る。ある程度のカスタマイズも済ませて置いたから、RZ-DZの誘導に従って外に出て、まずは仲間を助けに行きたまえ』

 

『マスター……』

 

 背後から無機質な声がしたので咄嗟にリオスは背後を振り向く。そこにはRZ-DZが居た。何処となくもの悲しさを感じるのは、気のせいだろうか。

 

『最後の命令だRDちゃん。リオス君をセラフの所まで連れて行きなされ』

 

『……ハイ』

 

 創造主であるマスターの命令は絶対。だが、少しの逡巡と感じさせる間を置いてからRZ-DZは命令を受け入れた。些か納得いかないながらもリオスはバルドナに問う。

 

「……アンタはどうするんだ?」

 

『ここは奪われないように恰好良くデータ消去よ。現状エンブリヲの流し込んだコンピューターウイルスでシステムを派手にぶっ壊されてる。もうどうもなんないし、大人しくあの世にでも逝ってエンブリヲの野郎でも待っておくわ』

 

 自分ではどうしようもないのには間違いない。リオス自身電子機器にはあまり明るくないし、バルドナが造ったものなど理解が出来る訳が無い。ただ―――

 

「俺たちに出来る事は?」

 

『ないね』

 

 一応訊いてみたのだが、やはり無理だったらしい。事も無げにバルドナは否定するのだった。

 

『デハ、ツイテ着テクダサイ』

 

「……分かった」

 

 RZ-DZの誘導に従いモニターから背を向けてから出口へと足を運ぶ。そして去り際背後を向くとバルドナの顔が映し出された画面にノイズが走り、どんどんその姿を呑み込んでいく。そんな中、バルドナは「行けよ」と言わんばかりに顎をしゃくる。

 リオスはバルドナの最期の姿を見る事無く。RZ-DZと共に迷宮へと差し掛かるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セラフのもとへと辿り着くとナインボール=セラフがガレージでポツリと立っていた。だが、幾つか細部が変わっており肩には何か見た事のないユニットが付加されているのが見える。

 

『任務完了』

 

 リオスがセラフを見上げていると、RZ-DZは無機質にそう言い放ってそのまま動かなくなった。

 

「……おい」

 

 リオスはRZ-DZに声を掛け、何度か手で叩いてみるものの一切反応は無い。そんな彼にリオスがしてやれる事など無い。RZ-DZ自体異常に重くコックピットに乗せて連れて帰ってやる事も出来ないが故にここでお別れ、という形になる。

 リオスはそれ以上言う事無く、無言でセラフのコックピットに乗る。既に各部計器は動いており、システム起動によるタイムラグは発生する事無く、不具合なく機体は動き出した。

 

【各部異常無し。疑似コジマ粒子発生装置の稼働を確認した。……バルドナはどうした?】

 

 H-1が問うと、リオスは黙って首を横に振った。

 

【……そうか】

 

 H-1にとっては恩師に近い存在だっただろう。それ故に辛く感じるのも無理はない。

 

「すまん」

 

【お前が謝る事では無い。覚悟はしていた、こうなる事は。…………ある程度データをダウンロードした。それと同時に情報開示も私の判断によるものとなった】

 

 H-1は話題を変えた。やはり彼にも堪えるものが有ったらしい。唯のAIが良くもここまで自我を確立出来たものだと感心するばかりだ。

 

「……行けるな」

 

【メインシステム、戦闘モード起動】

 

 その受け答えでリオスは意を決して機体のブースターを吹かせて出口の通路へと機体を飛ばした。

 

 

 

 

 エンブリヲの差し金が襲って来たのは突然の事だった。

 

 アルスの駆るガンアークは次々とエンブリヲの差し金である無人機を叩き落としていく。だが、襲って来たのは無人機だけでは無く―――

 

「……教官」

 

 眼前にあるのはアークシリーズの量産機フェザーアークのカスタム機。言うなればフェザーアーク・カスタムが立ちはだかっていた。

 

「何故貴方という人がエンブリヲに組したんだッ!?」

 

 アルスは叫ぶ。教官と呼ばれた男は、エネルギーブレードであるアークブレードをライフルの銃口から形成させ切っ先をアルスのガンアークへと向けた。

 

「分かり切った事を何故問う? 俺たちはこの地球を救う為に己が人生を斬り捨ててまで宇宙の中心に巣食う化け物どもと戦い、無数の犠牲の上で勝利した。その結果が何だ? 人間同士のエゴでここまで世界が荒廃したんだぞ?」

 

 教官、それはアルスにとって恩師たる存在だった。アルスに戦い方を教えたのも彼だ。彼もまた、アグレッサーとの戦いに参加したものの、地球降下後に数十人ほどの部下共々行方を晦ましていた。

 言うまでも無く、地球の惨状に絶望したのだ。そして世界を一旦破壊して創り直そうとするエンブリヲに与した。

 

「エンブリヲは、トドメを刺したんですよ!? この世界の文明にッ!」

 

「だから何だ。奴が手を出さずとも人類間の抗争で滅んでいたさ。俺はエンブリヲという男に賭けたいのだ」

 

「それはエゴだ! 今居る人間を根絶やしにしてまでやる事ですかッ!」

 

「根絶やしにしてまでやる事さ! 奴のやる事にそれ相応の価値と可能性がある!」

 

「人をゴミのように扱っているような奴なんか信用出来るものかッ」

 

 アルスがそう言って跳ね除けると、教官は黙した。そして―――

 

 

「口で言ってもどうしようもないなら最終的には殺し合うしかあるまいな」

 

 フェザーアークカスタムはガンアークに向かってブーストを吹かせて肉迫し、アークブレードを振るう。ガンアークはそれを紙一重で躱すものの、有無も言わさぬ追撃がガンアークを襲う。

 蹴りを叩き込まれてガンアークは軽く吹っ飛ばされ、追撃と言わんばかりにファーストライフルから放たれたグレネード弾が飛んでくる。

 

「!?」

 

 アルスは咄嗟に反応しブースターを強制的に吹かせて回避行動を取るが、フェザーアークカスタムは逃さない。

 

「お前の癖は私が良く知っている! 死にたくなければそこを動くなよ!」

 

 フェザーアークカスタムはゼロ距離まで詰め寄り、ファーストライフルの銃口をガンアークへと向ける。アルス自身恩師に銃を向ける事に些か抵抗があったという点と相手が自分の癖をよく知っていたという事もあっての事だった。

 成されるがままの状況にアルスは歯噛みしつつ、モニター画面に写されたフェザーアークカスタムを睨んだ。

 

 

 

 サリアに受領されたゲシュペンストMk-Ⅹの性能は凄まじいものだった。

 

 ガンアークとフェザーアークカスタムが交戦している間、地上へと戻ったサリアたちは地上の残留部隊の援護に入っていた。フリッツは地上の無人機たちをハイレーザーライフルのKARASAWAで次々と粉砕していき、サラの焔龍號たちもヴィルキスに匹敵する性能を以て空中の敵を撃墜していく。

 サリアのゲシュペンストMk-Ⅹは長身のブレード付きライフルであるグレイヴランチャーを構え、近場に居たフィーンドNB目掛けて発砲した。

 

 

 一撃。放たれた実弾がフィーンドNBの胴体を撃ち貫き、黒煙を上げて落ちていく。そしてターゲットを変えて、アナザーセラフへと向けた。

 ロックオンされた事に勘付いたアナザーセラフは咄嗟にブーストしてかく乱に入る。サリアはグレイヴランチャーでかなり離れた位置から突きを放つ!

 すると、ブレードから青白い閃光が放たれアナザーセラフのもとへと飛んでいく。直線的な閃光はアナザーセラフに命中する事無く終わったが、それだけで諦めるサリアでは無い。

 

 ブーストし、逃げ回るアナザーセラフを追いながら実弾を放って、動きを限定させつつEモードへと変更する。

 先の戦闘でパターンは把握した。AIと言うのは動きが固定されがちなのでパターンさえ読めれば倒せない事は無い。

 

 Eモードに切り替えて、ビーム弾を放つ。寸での所で直撃を避けられてしまうが、アナザーセラフのブースターに命中しバランスがイカれ火が上がった。

 スピードも落ち、後はサリアのターンだった。

 

 ゲシュペンストMk-Ⅹはグレイヴランチャーを携え、機動力が落ちたアナザーセラフに持ち前の機動力を活かして追いつき、ブレードを背中に突き刺しゼロ距離でありったけの弾丸を叩き込んだ。

 その際にアナザーセラフは悪あがきに振り払おうとするも突き刺さったブレードはそうやすやすとは抜けたりせず、ありったけの弾丸を喰らいアナザーセラフは墜落した。

 

「……!?」

 

 アナザーセラフを単騎でこうも簡単に撃墜できるとは思っていなかったので、サリアはゲシュペンストMk-Ⅹの性能に驚きを隠せなかった。追従性が先に乗っていたゲシュペンスト以上で、搭載されている補助AIの性能も高いのである程度のミスやズレをフォローしてくれる。こんな兵器がリオスの居た世界でごろごろ転がっていた事を考えると、末恐ろしさすら感じていた。

 この技術を持ちかえれば、きっとジルは……なんて思いはしたのだが、セラフとヴィルキスの存在を鑑みればその期待は無駄に終わる事は眼に見えていた。

 

 

 ニュータイプ。

 

 

 彼もまた、アンジュと同じ特殊な存在だった。それ故にジルはリオスに眼を付けたのだ。だが、リオスなら良い、だなんて許してしまっている自分が居た。

 そう思えるのはきっと――――――彼の事が好きだったからなのかも知れない。

 

 

 

「……今からでも遅くはない。こちらに来る気は無いか」

 

 教官がファーストライフルをガンアークに突きつけつつ問うた。これが最後の慈悲なのかもしれない。だが、アルスの中では既に答えは決まっていた。

 

「お言葉ですが、自分は彼に従うつもりは有りません……!」

 

「……残念だ」

 

 教官は諦観を込めてそう言うと、フェザーアークカスタムにファーストライフルの引き金を引かせた―――その時である。

 

 

 一条の閃光がフェザーアークカスタムとガンアークの間を通り抜けた。咄嗟にフェザーアークカスタムとガンアークは通り抜けた閃光から離れ、その閃光は徐々に細くなり消滅する。敵か、それとも……

 

 ガンアークとフェザーアークカスタムが閃光が奔った大元を見やると、そこには紅い機体が浮いていた。それはアルスにとって見覚えのあるものだったが、細部が異なって見えた。

 

 

 その名はナインボール=セラフ。リベルタスの切り札であると同時に不確定要素(イレギュラー)である最終兵器。その機体が今、ほぼ完全な状態で戦場へと降り立った。




疑似コジマ粒子:コジマ粒子程の恩恵は得られず出力は低いものの、安全性と環境保持を重視している為、デメリットと言える部分はほぼ全て消失している。しかし、アサルトアーマーを発生させる事が出来ないのと、半永久機関状態では無くなってしまっているのでメリットと言える部分もかなり消失している。
 使えるシステムはアサルトキャノンとプライマルアーマーのみというしょぼくれた仕様。……サイコフレームとの相乗効果でどっちにしろマジキチ性能なのはご愛嬌。


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第32話 Overture

 AC4のOvertureを聴きながら読むのがお勧め。今のナインボールは似非ネクスト状態ですから。
 それ以外でも可。無音でも可。

 今回ちょっと、ある動画を元ネタにした部分があります。


「……外れたか」

 

 リオスは上空でフェザーアークカスタムを見下ろしながら呟いた。

 

【だが、彼を救う事は出来たようだ】

 

 H-1の発言にリオスは頷く。ガンアークはフェザーアークから距離を取っている。これで少しは大丈夫だろう。

 

【しかしガンアークのパイロット、動きにキレが無いな……不調か?】

 

「分からない……けど今はそれを気にしている場合じゃない。さっさと片付けて撤収するぞ!」

 

 リオスが駆るナインボール=セラフは、戦闘態勢に入る。それに呼応するかのようにフェザーアークの周囲にはフィーンドNBやアナザーセラフ、フェザーアークが集まり、ナインボール=セラフにターゲットをロックオンした。

 

 

「アレが例の不確定要素(イレギュラー)……自分たちが排除に入ります!」

 

 教官の部下であるフェザーアークのパイロットが言うと、教官は慌てて叫んだ。

 

「いかんッ! そいつには手を出すな!!」

 

 教官の叫びは届くことなく、フェザーアークやフィーンドNB、アナザーセラフが射撃武器で一斉にナインボール=セラフに砲撃を放った。

 範囲は広く、パルスや弾丸、ミサイルの雨が、リオスのナインボール=セラフに向かって飛んでいく。

 

 これで避けられまい。……と教官の部下がほくそ笑む。エンブリヲが危険視する不確定要素とは言えど乗っているのは人の子だ。スーパーエース級の腕前でなければ避けられない弾幕の前では勝ち目などあるまい。

 あれを潰せばエンブリヲは世界を創り直す一歩を踏み出す事が出来る。

 見て居ろ、あれを潰して再世された世界であの日地球へと置いて来て再開する事無く死別した婚約者と再会するのだ。

 

 

 ナインボール=セラフは行き詰ったか、動こうとはしない。そして無数の弾丸の雨が命中し、けたたましい爆音と立ち込める爆炎がナインボール=セラフを包んだ。

 

「やったか!?」

 

 部下は勝利を確信した。あれだけの弾幕を受けて立てる兵器などあんな華奢な機体に出来る訳が無い。コロニーのガンダムみたいにガンダニュウム合金を積んでいようと無事では済まない筈だ。

 爆煙が晴れる。さぁ、その綺麗な装甲がずたずたになった所を見せて貰おうか。

 

 

 

 

 

 

 が。

 

 

「ばっ、馬鹿なッ!?」

 

 ナインボール=セラフには傷は殆ど付いていなかった。それを見た部下は驚きのあまり、血の気が引き顔が真っ青になるかのような感覚を覚えた。

 よく見るとナインボール=セラフの周囲には半透明の球体が包んでいる。それが一体何なのか、詳細は部下には分からなかったが、少なくともあれはナデシコ系統やエステバリスが標準装備しているディストーションフィールドに似たものなのだろうとは察しがついた。

 だが、データにはそんなものが搭載されているとは記されていない。しかも形状も異質だ。肩部にはデータにないバインダーが装備されており、得体の知れなさを醸し出していた。

 

 

 

【ニア・プライマル・アーマー80%減衰】

 

 ナインボール=セラフを守ったのはニア・プライマル・アーマーと呼ばれるシールドだった。本来はプライマルアーマーと呼ばれるものが搭載される予定だったようだが、疑似コジマ粒子を使用している所為で、ニアの名前が付いてしまった。

 よって扱いはディストーションフィールドやオーラバリアに毛が生えた程度のものだ。オリジナルのコジマ粒子ならば出来るPAを放出、爆発させるアサルトアーマーは搭載されていない。

 

 だが、防衛システムと出力向上だけでもリオスにとって充分だった。ある程度は被弾によるダメージを防ぐ事が出来るのだ。ただでさえ機動力がシャレにならないレベルで高い機体に恵まれた防御力を与えてくれるだけでもありがたい事だとリオスは考えていた。

 

【消滅するまで後手に回るつもりはあるまいな】

「あぁ」

 

 リオスは機体のブーストに火を入れ、操縦桿を握り締める。

 間もなく襲って来るであろうGを耐えるように歯を食いしばる、そして。

 

 

 第二波が襲って来た所で、ナインボール=セラフは―――消えた。セラフを狙っていた筈の弾丸は空を切りどこか空の彼方へと飛んでいく。空は曇天で何時雨が降るのか分からない程に曇っていた。

 

 

 

 

 消えた、という言葉には語弊があるかもしれない。セラフは尋常でない機動力を持ってこの場から大きく離れていた。流石人間が制御する事前提では出来ていないモンスターマシンだ。一度ブーストしただけでも意識が飛びかけてしまった。

 

「っく……加減は出来ないのかこいつは!?」

 

【直ぐには出来ん。搭乗者にも個体差と時間と調子による変動がある。今回は可及的速やかに殲滅する事を推奨する】

 

「チィッ!」

 

 だったら、そうさせて貰おう。些か無茶な注文だったが、その無茶な注文すらもこなしてしまう程の性能がこのナインボール=セラフにはあった。

 アナザーセラフが無人機特有の無茶な機動でナインボール=セラフに接近し、エネルギーブレードを振るう。

 

 接近武器の出力はNPAでは防げない。ナインボール=セラフは横に短距離ブーストしてそれを難なく回避。そして隙が出来た所でレフトアームでアナザーセラフを殴り飛ばした。

 ガシュン、と金属と金属が衝突する重厚な音を立て、衝突による火花を散らしながらアナザーセラフは地上に向かって墜落していく。難なく搭乗者への負担を無視しした姿勢制御で地表ぎりぎりの所で体勢を立て直すが、そうした次の瞬間、ナインボール=セラフがすぐそばまで接近していた。

 そして無情にも―――エネルギーブレードで上半身部分を突き刺される。そして掴み上げられてナインボール=セラフのバックパックから放出されたオービットが掴み上げられたアナザーセラフの周囲を取り囲みレーザーの雨を叩き込む。そして最後には―――

 両肩部バインダーからフルチャージされたアサルトキャノンをゼロ距離で発射した。

 

 

「ひぃっ!?」

 

 一方的な蹂躙に部下は短い悲鳴を上げる。まるでパイロットの負担を無視したかのような尋常でない機動力、そして一斉射撃を防いでしまうバリアのようなもの、果てはアナザーセラフを消し炭にしてしまう程の圧倒的火力。

 恐怖しない方がおかしい。

 次はお前だと言わんばかりにギロリと頭部のアイカメラが部下たちの方を向く。

 

 そして―――数機の無人機群がナインボール=セラフに向かって接近しようとした矢先、ナインボール=セラフは飛行形態へと変形した。

 咄嗟にフィーンドNBや別のアナザーセラフがパルスを放つが、一切当たらない。そしてその代わりに垂直ミサイルが放出されて、脆いフィーンドNBは叩き落とされ、ある程度の硬さと機動力を持つアナザーセラフは辛うじて回避した。

 だが、それだけで終わらない。一体のアナザーセラフに向かって凄まじい速度で接近しつつ、チェーンガンを撃ち込む。

 

 加速の乗った一撃は反動も尋常では無い。アナザーセラフは姿勢制御しか出来ず動きを封じられそのまま飛行形態の機首が装甲に突き刺さった。そして地面スレスレの所まで運ばれて、地面に叩き付けるようにして離した。

 ガシャン! と音を立ててアナザーセラフは強烈な衝撃を受け、背中のメインブースターに深刻な障害を起こす。

 

 トドメに再度接近し、人型形態へと変わったナインボール=セラフにパルスキャノンをありったけ撃ち込まれ、動力部を撃ち抜かれ爆散した。

 

 

「撤退しろ」

 

 教官が部下たちに撤退しろと告げた。

 

「し、しかし! アレを放って置けばッ」

 

 部下も怯えきっていたが、なんとしてでもナインボール=セラフを破壊せねばならないと考えてていた為に反発する。だが教官はそんな部下たちを諫めた。

 

「『女王』たちが出れば、あの機体も四の五行ってられまい。それにエンブリヲは既にソル・バルドナを殺害している。もう長居は無用だ」

 

「……了解っ」

 

 逃げたい気持ちはあった。あんな頭おかしいとしか言い様が無い兵器にフェザーアークで勝てるとは到底思えなかったのだ。

 データによるとディスコード・フェイザーすら止めたと言うではないか。そんなもの、自称調律者とその腹心の部下たちに任せれば良いだけの事。

 人間の手には―――余り過ぎる。

 

 

 

 エンブリヲ側の機体が撤退していく。

 

「待てッ!」

 

 ナーガ機が追おうとするもサラマンディーネ機は手で制した。

 

「深追いは無用です。……しかしあのナインボール=セラフ……」

 

 サラマンディーネは焔龍號のメインモニターに映るナインボール=セラフを見る。まるであの戦いぶりは悪魔か破壊神めいていた。それが、エンブリヲを殺しうる最大の切り札になろうとしている事実を改めて思い知らされる。

 神を殺すのは何時だって悪魔だ。

 

 あの規格外(イレギュラー)が齎すものは願わくは希望であって欲しいと、リオスにとっての光明であって欲しいと、サラマンディーネは願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 気付けば、リオスは何処かに横たわっていた。

 

―――あれ、さっきまで機体に乗ってたような……

 

 間もなくして横たわっている場所がドラゴンたちの都の医務室であることに気付いた。先ほどまで乗っていたので心が中々落ち着かなかったが、暫く天井と睨めっこしていると漸く心が落ち着いた。

 

 暫くすると、医者がリオスが意識を取り戻した事に気付いて診断を受けさせられた。

 どうやら、機体操縦の際の負荷で気を失っていたらしい。それから丸一日昏睡状態だったようだ。つくづく気絶してばっかりだな、なんて自嘲気味に思いつつ、命に別状は無いものの絶対安静という事となった。

 

 医者が去り、再び真っ白な天井を睨めっこしながら、時間を無為に過ごしていると、一人来客が現れた。

 

「ちょっと良い?」

 

「……サリアか。いいけれど」

 

 サリアは、壁に掛けられていた来客用のパイプ椅子を取り、ベッドの傍に置きそれに腰掛けた。今のサリアの服装は、ペンドラゴン隊の女性隊員から借りた制服を借りていたようだった。まぁ、機体を借りているので一時的所属扱いとなっているのだろう。

 

「また気絶したのね。挙句また丸1日眠ってたし」

 

 サリアは少し呆れ気味に笑う。それにリオスは「うるせぇ」と言い返しながら不貞腐れた。別に好きで気絶はしていない。大体人間が操縦する事前提じゃないモンスターマシンのナインボール=セラフが問題であって……

 

「まぁ命には別条はないらしい。最近の医療技術の高さは恐ろしいな、骨数本逝ってんのに数日でほぼ元通りだ」

 

「アルゼナルでは考えられない程速いわね。再生医療って言うのは便利ね」

 

「……まったくだ」

 

 リオスは苦笑する。それにつられてサリアも苦笑いした。そして暫くするとサリアは神妙な顔もちになった。何事かとリオスも真剣な顔もちになる。

 

「そう言えば、報告なんだけれど―――」

 

「何だ」

 

「数日後元の世界に帰る事になったわ。それと同時に、ペンドラゴン隊とアルゼナルを合流させる方針になったそうよ」

 

 ペンドラゴン隊の戦力はEOT技術やゲシュペンストシリーズの末裔、地上最強の戦車(ガチタン)やガンアークがあるので、戦力としては申し分ないものだった。

 まぁ、アルゼナルの者達が心底から納得してくれるとはあまり期待はしていないが。こちらだってそれなりに心の整理に時間が掛っている。

 一朝一夕で納得できる者なんて居やしない。特に―――ココを失ったミランダは納得なんてしないだろう。

 

 けれども、アルゼナルが受けた損害は計り知れないものだし、数週間程度で崩壊したものを元通りに戻せるとは思えない。あのまま放って置けば一人残らず殺されているのは眼に見えていた。残酷だが今も生きているという保証すらもない。

 

「皆、無事だと良いんだが……」

 

 サリアは無言で頷いた。仲間や自分たちを慕ってくれた幼年部の少女たち。彼女らの無事を願わずして何が仲間か。

 暫くの沈黙から、サリアは口を開いた。先ほどの神妙な表情は変わらずだが少し何かが違う気がした。まるで試験結果を待つ受験生に見える。

 

「……そう言えば、リオスって。誰かと付き合っていたりしていた?」

 

「あ? ……付き合うって男女交際的な意味か?」

 

 リオスが問うとサリアは些かオーバーリアクション気味に頷いた。

 

「無い。一応は」

 

「そ……そう。用事があるから引き上げるわ。それじゃぁ」

 

 サリアはそそくさと医務室から去って行く。それにリオスは茫然とせずには居られ無かった。尚、医務室からでた直後小さくガッツポーズした事をリオスは知る由も無い。




 次回、本筋に戻って原作に於ける17話に。


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第33話 少女の帰る、場所

 冒頭は初代ACE風味の回想録。


 元ラー・カイラム隊所属―――リオス・アルバート軍曹―――

 

 アンジュ達の地球(偽りの地球と呼ぶのは少し抵抗があった)への突入作戦は明日の0600(午前6時の事。真ん中に『:』を入れると分かりやすいかも)。

 

 ミスルギ皇国の地下最深部にアウラが封印されて電池として扱われているのでそれを救出しに向かわなければならない。アウラの民からすれば一種の神様がエンブリヲに良いように扱われているのである意味、図らずもエンブリヲを守っていたアルゼナル陣営が恨まれても仕方あるまい。無論、だからと言ってこちらもかなりの数を殺されているので納得できる訳では無いのだが、もう殺し合う理由は無いだろう。

 かの海に没したマイヨ・プラートの如く復讐鬼に成る程、俺もアンジュも据わった意識は持ってはいなかったのもある。それにあちらさんがが公式に戦う気が無いと言うのならばもうこれで終わりにするしかないと言うのがアンジュとサリアと俺の考えだった(ヴィヴィアンは何かしら禍根がある訳じゃないようだし、タスクは交戦していた訳じゃないから除外する)。

 

 それに俺はエンブリヲに思うところがある。

 近似値とは言えどほぼ鏡写しの世界を滅ぼされたのは気分の良いモノじゃない。それに自分の本来の世界にもエンブリヲの因子が存在しているとなると猶更だ。それにバルドナとの約束もある。

 俺にとってはエンブリヲの暴挙を看過出来ない。彼のやろうとしている事はきっと、タスクや皆を殺す事なのだから。

 我の強すぎるアンジュとは規律に固められた組織に生きていた俺とでは色々相容れないがその点ではアンジュの気持ちと同意見だ。

 今後どうするかは分からないが今は利害の一致としてアルゼナル陣営と共に戦って行きたいと思う。アルゼナルの皆が納得できるかどうかは分からないが。

 

 

 タスクは言った。

 

 絶対的に正しい事なんて誰にも分からない。大切なのはどうするべきかや、何が正しいのかと思うのかでは無く『どうしたいか』なんだと。

 

 その言葉を聞いた時俺は少しばかり考えた。

 故に―――俺は、まずは足がかりを得る為にアウラ救出作戦に乗る事を択んだ。

 

 

 

 

「凄まじいな……これは」

 

 リオスはリフトの上に載ってスタンバイしているナインボール=セラフの機内のモニターに映るドラゴンや機動兵器の集まりに感嘆の声を上げた。

 

「ドラゴンのフルコースなり~……」

 

 ヴィヴィアンもまたポカンとした顔でドラゴンと機動兵器たち……を見ているようだ。どうやら、ドラゴンたちは世界を繋ぐ門を開くのに重要な役回りを持つらしい。機動兵器はその護衛……らしい。

 機動兵器の群れは闇鍋の如くカオスと化しておりMSやらPTやらACやらMAやらとさながら動く機動兵器美術館だ。

 

「まさに壮観って奴だね……」

 

 タスクもまた感想を漏らす。

 今のタスクはクラウドブレイカーに乗っていたが、かなり弄られ半ば別物と化していた。強いて言うならばクラウドブレイカーMk-Ⅱと呼ぶべきか。

 因みにこの機体にはヴィヴィアンも同乗している。

 サリアのゲシュペンストMK-Ⅹも勿論居る。

 フリッツが駆る新たなAC『アナイアレイターF(フェイク)』、アルスのガンアークを筆頭としたペンドラゴン隊の機体群も。

 

 間もなくしてサラマンディーネの指揮下の元、新生ロンド・ベルとドラゴンたちはマナ地球の突入準備へと入った。

 ナインボール=セラフもリフトオフし、続いてヴィルキス、クラウドブレイカーMk-Ⅱ、ゲシュペンストMK-Ⅹもリフトオフする。アナイアレイターFはSFS(サブフライトシステム)に乗って飛び上った。

 

 そして指定位置に向かって飛行する中で、ヴィヴィアンがふと口を開いた。

 

「ねぇねぇ、ドラゴンさんたちが勝ったら戦いって終わるんだっけ?」

 

「ん? あぁ、多分ね」

 

 タスクは少し戸惑いながら答えた。実際問題これだけで事が済むとは思えない。ドラゴンとアルゼナルの確執がそう簡単に終わるとは思えなかったのだ。長い、時間を要するだろう。人間はそう簡単に出来ていない。頭では許していても、本能的なナニカが許していない事もある。

 だが、それを除けば戦う理由も無くなったようなものだ……タスクの知る限りでは。

 滅んだ方の地球の宇宙……つまりコロニーはノータッチな辺り、新しい戦乱が待っている可能性も無くは無いだから―――タスクの口から出た言葉に『多分』が付いてしまった。

 

「そしたら、どうする?」

 

「えっ」

 

 戦いが終わったら。

 そのような事が脳裏に浮かんだ事は仲間が居なくなってから考えなくなった。アンジュと出遭う前に勝ち目のない状況下逃げていたから猶更だ。

 

「あたしはね、アルゼナルの皆をご招待するんだ。あたしんちに。皆は?」

 

 タスクは少し考え込んでから、少し楽し気な顔で語り始めた。

 

「俺は海辺の綺麗な街で小さな喫茶店を開くんだ……アンジュと二人で。店の名前は天使の喫茶店アンジュ。人気メニューは海蛇のスープ」

 

 店名に似合わず随分とワイルドなメニューだなオイ!?

 

 リオスとサリアは思わずずっこけた。せめて紅茶とかスコーンとかそう言う洒落たものじゃないのかと小一時間問い詰めてやりたかったが、タスクが暮らして来た環境上仕方のない事なのかもしれない。

 何なら色々後でアドバイスでもしようか、なんてリオスは考えたのだが―――

 

「戦いが終わったら……か」

 

 終わる訳が無い。リオスの戦いは、ラー・カイラム隊の戦いは終わる筈がない。

 この世界はリオスの居るべき世界じゃない。本当に居るべき世界はきっと、シャアを倒した先の世界。そこで大量虐殺者としての汚名を着せられた人間として生き延びる為の戦いを続けなければならない。

 リオスがアンニュイな気分に陥っている間にタスクの妄想は暴走し始めていた。

 

「二階が自宅で、子供は4人……」

 

「そこまで想像すんのかいッ!?」

 

 リオスのアンニュイな気持ちは吹っ飛んで、タスクの暴走にツッコミを入れた。そして―――

 

「ヴィヴィアン、コックピットから摘まみ出していいわよ」

 

「合点承知の助!」

 

 アンジュの物騒な許可でタスクは我に返り血相を変えて慌て始めた。

 

「あ、いや、ほら……穏やかな日々が続けば良いなって。ただ、それだけさ」

 

 それがタスクの夢だった。何時殺されるか分からない絶望の中で食いつないでいるそんな日々から解放されるのであれば、どんなに良い事か。

 

「じゃぁサリアは?」

 

 ヴィヴィアンの質問の矛先を変える。するとサリアは面食らったような顔を見せた。

 

「えっ……私は……」

 

 リオスから聞かされたアキハバラやら嘗ての地球の都市を渡り歩いてみたいという思いが強かった。服屋を一時的に漁ったのだが非常に魅力的なものが多くて目移りしそうだった。しかも店番は居ないので実質ただだ。

 

「……私は少しあの街を回ってみたいわ」

 

「旧アキハバラか」

 

「えぇ」

 

 リオスが言ったアキハバラというものに訳が分からずアンジュとタスク、ヴィヴィアンはポカンとする。まぁ彼女らは知らないで良い世界かもしれない。

 特にタスクはアキハバラはどこぞの自称狂気のマッドサイエンティストになりかねない。

 あのタスクが白衣来て奇怪な笑い方をしたらアンジュが引く事間違いなしだ。

 

「まぁ、あの廃墟色々あったろ? そこ回りたいんだってさ」

 

「へぇ……よくわかんないけれど、リオスは?」

 

 リオスのフォローにヴィヴィアンは要領を得ない顔で矛先をリオスへと変える。矛先向けられたリオスは再びアンニュイになった。

 

「俺は―――分かってるだろうけれど、帰るよ。自分の世界に」

 

 そう言うとヴィヴィアンが楽し気な顔で返した。

 

「じゃぁ、いつかその世界にあたしたち遊びに行くね! サリアもタスクもアンジュも一緒に」

 

「……おいおい、まじかよ」

 

 その提案にリオスは顔を引き攣らせる。

 H-1曰くアンジュの居たマナ地球と大破壊後の地球の境界線は薄いが、リオスの地球との境界線は分厚くそう簡単に超える事は出来ないらしい。故にV-Driveの消耗も激しくそう簡単に超える事は出来ない。

 転移技術もドラゴン依存でのこの世界では最早永遠の別れと等しいだろう。

 

 だから、ヴィヴィアンの希望はきっと……叶わない。

 

 リオスはある程度当たり障りのない話をしてから、通信を切る。

 

【帰りたくないのか?】

 

 H-1は問うた。それにリオスは苦笑いしながら答える。

 

「半々、かな。この世界はノーマやら大破壊やらで碌でも無かったけれど、大事なモンも出来た。タスクやシエナみたいな友達も出来てしまったものだからな……そう簡単に繋がりを断ち切れるものじゃないだろう?」

 

【そう言う物なのか?】

 

「愛着と繋がり、かな。メモリにでも刻んどけ」

 

【いいだろう】

 

 リオスはふぅ、と溜息を吐いて暫くオート操作の状態でシートに座ってぼんやりとしていると通信が入って来た。プライベート回線……サリアからだ。

 

「どうした」

 

「帰るんだ……リオス」

 

「シャアを否定した事へのケリをつけたいから。俺の嘗ての上司で色々悩んでいた人を、俺たちは否定して殺しちまったから」

 

「……シャアって人、尊敬してたんだ」

 

「まぁな」

 

 リオスが答えるとサリアは暫く沈黙した。一体何事かと思ったが暫くして再び話を再開した。

 

「ねぇ、一緒に連れて行ってくれる? 貴方の地球(統一地球歴045年)に」

 

「はぁ?」

 

 リオスはサリアの発言に目を丸くした。意味は分からない訳では無い。だがそれは―――

 

【一応コックピットに詰め込めば不可能では無い】

 

 H-1はそう言うも、重要なのはそう言う乗れる乗れないの問題では無い。

 

「わたしきっと、居場所無いと思うから……もし、アルゼナルの皆が生きて居なかったら、帰る場所は何処にも無いから。……それに命令を無視したのよ、2度も派手に虎の子のヴィルキスに手を出した。帰れる筈無いじゃない」

 

 ヴィルキスの強奪、更には非常事態状況下で命令無視によるアンジュへの意図的なフレンドリーファイア。アンジュ自身は恨んでいないようだが、上層部が許すとは思えない。規律のきつい軍隊ならば独房で済むとは思えない。更に彼女が敬愛していた上司であるジルに対する不信感も会話から見て取れる。

 アンジュはなんやかんやで、ヴィルキスに乗れる貴重な存在かつ能力を買われていたので処罰は割と少なかったりするのだが、そのアドバンテージが無いサリアは―――

 

 だからペンドラゴン隊やリオスという居場所を作ろうとしていたのだろうか。ゲシュペンストMK-Ⅹのテスターを務める事で。

 

 

 もうそれにサリアの好意に気付いて良い筈だ。これまでの言動からして。ある意味今の状況下縋りつく対象が欲しいだけなのかもしれないが、中には純粋に恋する少女だった顔もあった。

 別に全く何とも思わない訳では無い。

 

 異性に好意を持たれるのは嬉しい限りだし、リオスとしてもサリアはとてもかわいい部類に入るので嬉しさは倍増である。

 けれども、それはきっとジルやヴィヴィアンと二度と会えなくなる可能性が高い事を意味していた。それをサリアは耐えられるのか。アルゼナルには友もそれなりに居る筈だ。それにサリアは……耐えられるのか。

 

 連れ帰る事など簡単だ。だが異界に放り込まれた寂しさをリオスが一番よく知っていた。親しい人間が居ない、そんな寂しさを。

 意外と脆い一面のあるサリアが耐えられる保証は無い。

 

「俺は拒否しない。けど、その言葉の意味、ちゃんと、じっくりと考えてみてくれ」

 

 統一地球歴045年という最後の逃げ場は作っておく。サリアが考えたうえでそれでも良いと言うのならもう構わない。だが、後先考えずに動いて大きな後悔をするよりはずっとマシではあろう。

 

「別にお前が嫌いだとかそう言う意味じゃない。寧ろ……好きだし。だから考えてみて欲しいと思った。自分の言った事に責任を持てるか」

 

 少し攻めた言葉を言ってみる。するとサリアは暫く沈黙した後、「あぅ」と妙な声を上げた。

 

「どした?」

 

「ううん、私も……リオスが…………好き」

 

 尻すぼみな物言いだったが、リオスに与えたインパクトは凄まじいものだった。

 ちょっと血を吐きそうになる。素面で言われたらきっと本気で血を吐きかねない。平静を無理矢理保たせながら問いかける。

 

「……後悔するなよ。リスクはデカいぞこの恋愛」

 

「考えろ、って言いたいの?」

 

「あぁ。勢いに任せて後悔するのは一番胸くそ悪い」

 

「そこは真面目なんだ」

 

「ヴィルキスの為に何年も頑張ったお前ほどじゃない。俺はクソいい加減で色々テキトーだぞ? メカマンのアストナージさんにどやされまくってんだから」

 

 冗談交じりに言うリオスにサリアはクスリと笑って―――

 

「好き」

 

「これ以上言ったら罰金な。俺を萌え殺す気か」

 

 少しサリアは不満気な顔をする。そんなサリアが可愛らしく見えるのは―――惚れた弱みとでも言うべきか。

 

 

 

 

 

 この時のサリアは少し舞い上がっていた。

 素直に恋愛感情をぶつけられる相手が出来たのだから。『特別』と思ってくれる相手が出来たのだから。ある意味ジルとは別に縋る相手が出来たと言うネガティブな捉え方が出来るのだが、今のサリアにはそうやって捉える事は出来なかった。

 まぁ、リオスは少し複雑そうな顔をしていたのだが。

 ある意味では考えなしと言われても否定は出来なかった。リオスを択べばヴィヴィアンたちとの別離を意味していたし、ヴィヴィアンたちを択べば悲恋を意味している。

 

 今はそれを考えない。触れない。

 

 でもきっと、リオスはその事を望まない。『考えて欲しい』それがリオスの望みだとしても今のサリアにはそれが出来ずに居た。だが、それに対し更なる追い打ちを掛けるように過酷な現実が待っている事を、サリアは知る由も無かった……




 他者から存在を真っ向から認められて若干調子に乗るサリア。
 リオスが好意を示さなければサリアは居場所無くて潰れていたかもしれないし、それを示せば後で来る離別というバックファイアもある。一種のその場しのぎの療法。それが吉と出るか凶と出るか……

:アナイアレイターF(フェイク)
 フリッツ(偽名)が駆るAC。
 オリジナルのフリッツ・バーンが駆るアナイアレイターの紛い物(フェイク)としてフリッツが自嘲を込めて付けた。
 アセンブルは中量二脚のバランスの良い組み合わせとなっており、装備はHiレーザーライフル、レーザーブレード。肩部には垂直ミサイル、Eグレネードとオリジナルのものとほぼ同一。
 機体性能は以前乗っていたものより機動性は上がり、EN効率が上昇し滞空時間も長くなっている。


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第34話 立ちはだかるもの

 鉄血のオルフェンズいいですねぇ……機体名(バルバトス)に凄く引っ掛かる所がありますがww

 新作のGジェネで開発√か設計の組み合わせで関わりそうですね。ガンダムじゃない方のバルバトスと。


 

『特異点、解放ッ!!』

 

 オペレーターの通告と同時に眼前の雲と蒼空が歪み円形状に『穴』が出来た。そこをドラゴンたちと共にリオスたちは抜けて言った。

 

「……ここは」

 

 アンジュが呟く。前回は勝手にヴィルキスが転移したのでこうして意識のあるうちに門をくぐったのは初めてだ。

 

「ここでクイズでぇす! ここは一体何処でしょうか?」

 

 呑気にヴィヴィアンがクイズを出す。答える者は誰も居ない、かと思ったら―――

 

【確認した。マナの地球だ】

 

 H-1が事も無げに答えた。

 

『正解です!』

 

 

「帰って来たんだ……」

 

 サリアは広がる蒼い海を見渡す。そこには自分やノーマの居場所など無い筈なのに何処か懐かしく感じた。だが……

 

「到着予定座標から……4万8千もズレている? どういう事ですか、これはッ!」

 

 サラマンディーネの焦る声で、アンジュとサリアは我に返り、フリッツが呟いた。

 

「嵌められたか」

 

 その呟きでペンドラゴン隊はざわついた。そして次の瞬間、前方から夥しい数の熱源反応が機体のセンサーが喧しく音を立てて反応した。

 

「各員、回避運動――――ッ!!」

 

 サラマンディーネの叫びは虚しく、無数の熱源反応がドラゴンと機動兵器群に飛来した。……ミサイルだ。ドラゴンは防御用のフィールドを発生させるも、ミサイルの火力と物量に抗えず、蠅たたきで叩かれた蠅の如く海に落ちていく。

 

「ニア・プライマルアーマーッ!」

 

 リオスは咄嗟にNPAを発動させてエネルギーフィールドを発生させる。セラフの機動力なら回避は容易かも知れないが、ミサイルの量は尋常では無く、一種の『もしも当たった時の保険』だ。

 フリッツ機はSFSに乗ったままKARASAWAで迎撃。アンジュ機とタスク機、アルス機もメインウェポンによる迎撃で己が身と味方のドラゴンの身を守った。

 だが、全て捌き切れる訳では無く、かなりの量のドラゴンが撃墜された。更に追い打ちを掛けるかの如く、緑色のビームが飛んできて大型ドラゴンの頭を貫いた。

 

 

 撃ったのは―――黒いパラメイル。漆黒のボディに蒼いラインが走っている。そして頭部にはヴィルキスと同じタイプの女神像らしきものが付いていた。それは何処かエンブリヲが操っていた機体と雰囲気が似ている。

 

「黒い……ヴィルキス?」

 

 アンジュは呆気に取られ、リオスは舌打ちした。以前見せられた映像に黒いヴィルキスの部隊が、文明にトドメを刺したと言っていた事を思い出す。

 黒いセラフだけでは無く、手札はまだ残っていると言う訳なのか。

 

 しかも付近には同タイプのものが―――5機。それだけじゃない、無数の見た事の無い鎧騎士型の無骨なマシンが浮遊している。そのマシンたちは明らかに浮遊には適した装備では無く、緑色の光を淡く放っていた。

 

「しかもあのヴィルキスじゃない方のマシンが放っている光……マナなの!?」

 

 目標の座標から離れた位置に着いた挙句にまるで待っていたが如く間もなくして放たれた攻撃。フリッツの言う通り『嵌められた』という表現が正しいだろう。

 

「全軍! 敵機を殲滅せよ!」

 

 サラマンディーネの命令で、全機体とドラゴンが戦闘態勢に入る。それと同時に黒いヴィルキス5機は手持ちのビームライフルを発砲し、無骨なマシンは手持ちの突撃槍型の武器を以て突進を掛けて来た。

 

 無骨なマシンの動きは思いの外速く、まるで人間のような動きをしている。

 

「くそったれ!」

 

 リオスは毒づきながら、無骨なマシンの対処に入った。

 マナの技術はたしかパトカーや車を動かす動力としても扱えるらしい。つまり人型機動兵器を思いのまま動かせてもおかしな話では無いと言う訳か。

 

 一機が手持ちの槍を突き出してセラフに突進を掛ける。

 

「無謀なんだよッ!!」

 

 対してリオス操るセラフは両腕のパルスキャノンを展開し、迎撃に入る―――が。

 接触までに撃墜する事など出来なかった。何故ならば無骨なマシンが光のバリアを展開して、パルスレーザーを受け止めてダメージを軽減したのだから。

 

「落ちろカトンボォ!!」

 

 無骨なマシンのパイロットが叫び、突撃槍を突き出す。

 ここまで丈夫とは想定外だ。だが、クイックブーストで避ける事は容易。機体のアクセルを踏み、QBを発動しようとした矢先、別方向から飛んできた実弾が無骨なマシンの側面を(ひしゃ)げさせた。そして追い打ちにビーム弾が飛んできて無骨なマシンは見るにも無残な姿で水没した。

 弾丸が飛んできた方向をリオスが咄嗟に見るとそこにはゲシュペンストMk-Ⅹが複合兵装『グレイブ(薙刀)ランチャー』を構えていた。

 

「サリア!?」

 

「リオス! 大丈夫!?」

 

「問題は無い。貴官の援護射撃に感謝する!」

 

 リオスは少し焦っていたので感謝の言葉は硬い口調になる。だが、サリアは何とも思っていなかったのかちょっと嬉しそうに笑っていた。

 近くに蒼いラインの黒いパラメイルが飛んでおり、それを見かけたリオスは機体をブーストさせた。

 

 間違いなくあの黒いヴィルキスは高性能機だ。しかも現場を取り仕切っているかのような動きだ。ここで落とせば戦力を少しでも減らす事が出来る筈。そう考えたリオスは迷うことなく、パルスキャノンを黒く蒼いラインのヴィルキスに放った。

 

「アンタが隊長機かッ!」

 

 黒いヴィルキスは腕部のビームシールドを発生させて、パルスキャノンを完全にシャットアウトする。そして接近して振り下ろされたレーザーブレードを回避して距離が開いた所でビームライフルをセラフに放った。セラフはクイックブーストで左右に動くことで回避に入る。

 

 流石隊長機と言ったところか対応が堅実で隙を中々見せない。それにふと、その動きに既視感を覚えた。それにより何となく動きは読めた。

 

「そこかッ!」

 

 オービットを射出して、回避するであろう位置に火線を集中させてレーザーの雨を放つ。―――が、黒いヴィルキスの指揮官機はそれを読んでいたらしく、オービットをビームライフルで悉く撃墜してしまった。

 その動きも最低限で隙は無い。応用力があるとでも言うのか。

 

 その動きに見覚えがあった。何度もシュミレーターで模擬戦をやっていたのだ。直ぐに分かる。

 

【マニューバパターン、検索完了一致パターン一件】

 

 H-1が察したらしく、データをリオスに提示した。そのデータを見た瞬間、リオスはまるで悪い夢でも見ているんじゃないかという感覚すら覚えた。

 援護射撃に入って蒼いラインの黒いヴィルキスと交戦を始めるも、直ぐにリオスと同じく察した。

 

 

「シエナ……なのか!」

「シエナ……なの?」

 

 

 

「えぇ。私よ、リオス、サリア」

 

 

 

 

 

 サラマンディーネとアンジュが何か言い争ってから間もなくして撤退命令が出た。アンジュとタスク、そしてフリッツがその撤退を助けるべく、壁役を務める。

 そんな慌ただしい状況下、セラフとゲシュペンストMk-Ⅹは蒼いラインの黒いヴィルキスと対峙していた。

 

「……何故、お前が。それに生きていたのか」

 

 呆気に取られつつシエナが生きていた事に安堵しながら問い掛けるリオスにシエナは返した。

 

「それは此方の台詞よ。何故貴方がドラゴンと一緒に居るの。あのヴィルキス……アンジュよね?」

 

「あぁ……事情は話せば長くなる。でもお前だってどうしてマナを操る奴と一緒に戦っているんだ? 敵じゃないのか」

 

「いえ、自軍よ。これもエンブリヲ様の意志。エンブリヲ様の命令の下で戦う兵士たち」

 

 エンブリヲ。しかも『様』付けでその名を呼んだ。その名前が出た事でリオスとサリアは『まさか』と思考が一つの可能性に行き着く。サリアは耐え切れず口を開いた。

 

「悪いけれどエンブリヲにつくのはやめて置きなさいシエナ。エンブリヲは一つ世界を潰している。それだけじゃない、ゴミのように街を焼き尽くして―――!」

 

 言葉を紡ごうと次の言葉を放とうとした矢先、シエナ機のビームライフルが火を噴いた。その弾丸がゲシュペンストMk-Ⅹの肩を掠め、肩部装甲に少し焦げ付く。

 

「サリア―――幾ら貴方でも、エンブリヲ様への暴言を許さない」

 

 シエナの口から尋常では無い気迫が籠った言葉が出た。

 それと同時にリオスには黒い炎にめいたナニカが見えた気がした。

 

「シエナ!?」

 

 サリアが驚きのあまり声を上げる。そしてそれと同時にH-1が状況を報せて来た。

 

【ヴィルキスが黒いヴィルキス4機に捕縛されている】

 

「何ッ!?」

 

 リオスは慌てて後部モニターを表示すると、そこには4機の黒いヴィルキス部隊にワイヤーで捕縛されたヴィルキスの姿があった。

 

「ご苦労さま。エルシャ、ミランダ、ココ、クリス」

 

 労をねぎらうシエナ。シエナの口から放たれた名前はリオスとサリア、そしてアンジュとヴィヴィアンには聞き覚えのある名前だった。

 それにココは生きていたのか。それにより安堵感は増すものの、エンブリヲの味方であると言う新たな絶望がリオスたちに容赦なく殴りかかって来る。

 

 余りにも理不尽な現実。これは夢だと否定したくても現実である事を再度確認させられて更に心が絶望に沈んでいく。

 

「クソッ! アンジュ、今助ける!!」

 

「行かせるか!」

 

 リオスがレーザーブレードを展開してワイヤーを焼き切ろうと機体を捕縛されたヴィルキスの方へと向けるが、シエナの黒いヴィルキスがビームシールドでセラフの進行を阻む!

 

「どいてくれシエナ!」

 

「いやよ! エンブリヲ様の理想の為―――行かせない!」

 

 ビームシールドとレーザーブレードが衝突し、状況が膠着する。あれこれしている内にも拘束されたアンジュ機に無骨なマシンが槍の穂先を向ける。

 

「リオス!」

 

 ゲシュペンストMk-Ⅹがシエナ機にグレイブランチャーに搭載されている月光の穂先を振るって光波を発生させる、シエナ機はその光波の直撃だけはすまいと咄嗟に飛び退いた。命中率は低いが当たれば月光の光波は尋常でない火力を持っている。それをシエナは知っていた。

 

 あれこれしている内に、拘束されたヴィルキスはタスクのクラウドブレイカーが発生させたレーザーブレードでワイヤーが断ち切られていた。槍の穂先を向けていた無骨なマシンも、フリッツのアナイアレイターF(フェイク)が放ったHiレーザーライフル『KARASAWAMk-2』で上から放って撃墜していた。

 

 

「くっ、状況が変わった、各員プランBで対応!」

「「「「了解ッ! シエナ隊長!」」」」

 

 シエナの対応は早く、更に部下が見知った顔である事もあって統制力は高かった。それにシエナ自身真面目でとっつきやすい性格をしていた事も大きいだろう。

 

 セラフとアナイアレイター、ゲシュペンストMk-Ⅹ、そしてクラウドブレイカーがヴィルキスの周囲に移動して守るような陣形を取りつつ、5機の黒いヴィルキスから距離を取った。

 だが黒いヴィルキスも案山子では無い。再び取り囲むような陣形を取ろうと機体を動かしている。

 

「くっ、跳びなさいヴィルキス!」

 

 既にドラゴンたちは撤退している。後はリオス機、サリア機、フリッツ機、アンジュ機、タスク機のみだ。どうにかして撤退しなければと思った矢先、アンジュには何か秘策があるのか何か叫んでいた。

 

「前にも跳べたんだから跳べるでしょ? 今跳ばなきゃ何時跳ぶのこのポンコツ!」

 

 超高性能機(ハイエンド)に対して酷い言いぐさである。しかもアンジュ、ヴィルキスを力一杯に叩いている。

 

【機械の気持ちも考えて欲しいものだな】

 

 H-1は多分呆れているのであろう。

 アンジュはH-1のぼやきを他所にヴィルキスを叱責し続ける。何だかヴィルキスが可愛そうになってきた。

 

「跳ばないとブッ飛ばしてスクラップにするわよ! 跳びなさいっよおおおおおおお!!」

 

 そんなアンジュに応えてか、ヴィルキスは突如として蒼く発光した。白い装甲がみるみる内に蒼く染まり、取り囲んだ黒いヴィルキスが邪魔者を散らそうと放ったビームライフルが命中する直前に―――

 

 

 

「消えた!?」

 

 シエナが驚愕の表情を浮かべた。眼前に居た筈の機体群は既にこの場に居なくなっている。黄色のラインの黒いヴィルキスに乗っていたミランダは軽く舌打ちし呟いた。

 

 

「ドラゴン……化け物は今度こそ根絶やしにしてやる」

 

 その言葉には尋常でない程の呪詛が籠っていたであろう。それを耳にしていたシエナでも気圧されるくらいには。

 

 

 

 

 

 気付けば海の上を飛んでいた。

 アンジュ機、タスク機、リオス機、サリア機、フリッツ機が跳んだ先には黒ヴィルキスの姿も、無骨なマシンの姿も無かった。

 

 どうやら逃れる事が出来たらしい。暫く海上を飛んでいると、一つポツリと浮かんだ孤島が見えた。それは半分が何かに抉り取られているようで建造物の跡も見られる。それが一体何なのか分からないアンジュでは無かった。

 

「……島か? どうやら襲撃を受けていた跡のようだが」

 

 フリッツの問いにリオスは応えた。

 

「アルゼナルだ。ノーマの基地であり、ドラゴン潰しを行っていた拠点……」

 

 久々に見た気がする。懐かしさが込み上げると同時にかなりの時間が経っているのに拘わらず修復の跡が一切見えなかった。そして生気も感じられない。

 それにリオスは如何ともしがたい不安に駆られていた……

 

 

 

 アルゼナルに到着していた時には既に夕暮れとなっており、もしもの事を考えてタスクとヴィヴィアン、アンジュの組と、リオス、サリア、シエナの組に分かれて探索を行った。

 

 

 

「しかし、機動兵器5機来たなら何かアクションが有って良い筈なんだが……」

 

 フリッツは照明が死に、薄暗くなった通路を歩きながら疑問を口にした。

 通路を歩けば歩くほど異臭が鼻を突く。

 

「―――ッ」

 

 サリアはふと、息を呑んだ。臭気は強くなり、その臭いの元には人体が転がっていた。辛うじて、それが人であり女である事は分かったが、目玉は無くまっ黒な空洞が出来ている。髪の毛も見るに堪えない程に焼けこげて滅茶苦茶だ。銃創はあるので一種の追い打ちの如く火炎放射器で炙ったのだろう。

 余りにも無残な光景にサリアもリオスも絶句した。フリッツはまだ冷静なようだが驚きの色を隠せずに居る。

 

「……アルゼナルとやらで殲滅戦でもやっていたのか」

 

「大体正解。マナ持ちの自称人間様がアルゼナルに攻撃をかまして来たのさ。殆ど騙し討ちでな」

 

 リオスは吐き捨てるようにフリッツの問いに答えた。これだけならまだ優しかったと直ぐにリオスは思い知らされる事になる。

 見かけた死体は純粋に殺害されたものもあったが、服がはだけて、局部が露出していたものもある。しかも手足は縛られており、生前一体何があったのかなんて想像もしたくない。

 

「何なのよコレ……ッ」

 

 死体を見慣れて来たサリアでも堪えたのかほぼ反射的に口を押える。サリア自身人間同士の殺し合いに関わった訳でも無かったので耐性が無かったのだろう。そんな状態で人間の業を目の当たりにすれば……どのような心境になるかはおして知るべしだろう。

 サリアは助けを求めるようにリオスの腕にしがみ付く。

 

 最早この光景を目の当たりにして無事な人間が居るとは到底考えられた話では無かった。

 

 

 

 

 

 

「……帰って来たのよね。アルゼナルに。生きている人は……居ないの?」

 

 集合して一旦、夕食序での会議を始めた。既に日は沈み、月が大地と海を照らしている。

 アルゼナルにはまだ食料が残っており腐っていないものをより分けて有り合わせの調理器具を使って料理を行った。

 タスクとリオス、フリッツはある程度その手のサバイバル能力が有り逆に女性陣は殆ど料理出来ないという状態だった。まぁそこら辺はどうでも良い。

 

 ヴィヴィアンは割り切りが速いのか、あまり意に介せず焼き魚を齧っていたが、アンジュとサリアは食欲という食欲が湧かなかった。焼き魚がアルゼナルに転がっていた焼死体とダブって見えてしまうのだ。

 

「……きっと生きている人は脱出している筈さ。ジルが簡単にやられるわけがない」

 

 それは同志としての信頼故か。だがタスクの返答にアンジュの心境が浮かぶ事は無かった。そんな中フリッツは大きく溜息を吐いてから口を開いた。

 

「ペットは買い主に似る……と言う訳か。飼い主(エンブリヲ)に似てペット(マナ持ち)も随分と残虐だな。射殺した後に念入りに火炎放射器で焼くなどオーバーキル以外なんでも無い。更には悪趣味極まりない跡もあった。……これでエンブリヲを殺す理由が増えたというものだ」

 

 フリッツ自身エンブリヲの遊びでレイヤードの管理者を暴走させられて、結果的に家族を失っている。それでいてここまで碌でも無い事をされたら更に殺意が増す。

 あのスカした男の顔にKARASAWAの錆にしてやろうと決心した矢先―――ヴィヴィアンが「ん?」と突然何かを察知したかのように月明かりに照らされた海の水面に眼をやった。

 

 水面は何処か不自然に揺れており、それにリオスとフリッツ、サリアは銃を何時でも引き抜けるように構えを取った。タスクもそれに続こうとしたもののアンジュがタスクにしがみ付く所為で出来なかった。

 アンジュにも怖いモノがあるのかとリオスは苦笑いするが、そんな和やかになっている場合では無かった。

 

 

 水面から黒ずくめの人型の何かが3つ出て来る。顔は何かに覆われている為に素顔は見えず。夜である事もあって得体の知れなさを醸し出していた。しかも空中には一つの光る球が浮遊しているので異常さを更に引き立てる。

 

「幽霊? 海坊主かァ? それとも浜口か?」

 

 リオスは質問しつつ、「これ以上近づいたらどうなっても知らんぞ」と言わんばかりにハンドガンの銃口を向ける。それに黒ずくめは呆れたように肩を軽く竦めて―――

 

「ハッ、生きていたかい精神病患者(キチガイ)

 

 その言葉を聞いてリオスは銃を下げて軽く舌打ちし……苦笑いで返した。

 

「相変わらずだな、赤ワカメ」

 

 リオスがそう言った瞬間、精神病患者呼ばわりした黒ずくめは咄嗟に顔の被り物を脱ぎ捨て、凄まじく不機嫌そうなウェーブの掛った赤髪の少女の顔が露わになった。

 

「なんだとコルぁ?」

 

 ……ヒルダだった。ガン飛ばすヒルダにリオスも大人気なく対抗する。

 

「いつもいつも精神病患者呼ばわりされちゃぁ、それぐらい安いよなぁヒルダ君?」

 

「テメェの発言が精神病患者呼ばわりされるんだっていい加減気付けよ馬鹿たれが!」

 

「仕方ないだろあの頃は状況も分かっちゃいなかったんだよ! 後で説明してやるから耳かっぽじってよーく聞けよ」

 

 リオスとヒルダが喧嘩を繰り広げられている最中、黒ずくめの一人であるモモカがアンジュと感動の再会をし、残り一人であるロザリーがヴィヴィアンを見て「げっドラゴン女!?」と若干怯えたような顔をしていた。

 

 本来ならば仲間の生存に胸を撫で下ろすべき展開だったのだろうが、一瞬にして台無しとなった一幕である……




オカリン(タスク)「跳べよおおおおおおおおおおおおッ!!」
アンジュ「跳びなさいよおおおおおおおおおおッ!!」

 完 全 に 一 致


 所でターニャとイルマはいずこへ……


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