篠ノ之箒は想い人の夢を見るか (飛彩星あっき)
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第一章
はじまりの日


 私は、地獄の真っただ中にいた。

 

 肉の焼ける異臭が鼻腔を、パチパチと脂が燃える音が耳朶をそれぞれ刺激する。

 煙を吸い過ぎてむせ返りそうになり、喉を痛める。

 目に映るのは、見渡す限りの炎の海と瓦礫の山。

 

 その中に、一人の少年が空から「舞い降りた」。

 地獄とは対照的な、大きな翼を持つ白亜の鎧。そんな奇怪な代物を纏った少年はひどく泣きはらし、歪んだ顔を私に向けてくる。

 

 そんな彼がゆっくりと近づいてきて、手を伸ばせば届く位置にまでやってくる。

 普段の彼に近づかれるなら、私も本望だ。だが今は、そんな気分にはとてもなれなかった。

 

 泣くな、お前は何も悪くないのに。

 胸中に浮かんだ、たったその一言。それだけ口に出したい。

 

 彼が泣いているところを見るのは、私にとって何よりも耐え難い苦痛。そう思えた。だがどんなに頑張っても声を発することはできず、首から下も石になったかのようにピクリとも動かない。

 それでも何か、何でもいいから彼の支えになってあげたい。

 

 その思いだけで必死に顔を動かし、なんとか彼に優しく微笑んでみせる。

 

「ごめん……」

 

 掠れた声で目の前の少年はそう言うと。震える右手で刀を持ち上げて、切っ先を私に向けてくる。

 それが意味するところは一つ。

 だが、不思議と恐怖心はなかった。

 

 ――さぁ、早くやってくれ。これが私とお前の「救済」なのだから。

 

 口には出せなかったものの、少年も私の気持ちを汲み取ってくれたのだろう。

 彼は涙をぬぐうと、一瞬目を瞑ってから再び目を見開く。そうしてから刀を振り上げた。

 そして……。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 天を裂くほどの絶叫。それと共に、白い光の刃が私の肉体を引き裂いていく。

 刹那、涙と血しぶきが私の視界いっぱいに舞いあがる。

 どこか儚さと美しさが同居している光景を目にして私は「ああ、これで良いんだ」と安堵し、ゆっくりと瞳を閉じた……。

 

◆◆◆

 

「……うき、箒!」

 

 小学校時代からの親友・凰鈴音の声と、頬を軽くはたかれる感覚がして私――篠ノ之箒の意識は現実に引き戻された。

 

「やっと起きたのね、ったく。こんなところで溺死されたら、こっちがたまったもんじゃないわよ」

「鈴、か?」

 

 まだ寝ぼけ半分の頭を覚醒させながら、周囲を見渡し情報を収集する。

 強烈な硫黄の香りが鼻をつき、水音が聞こえる。湯気の立ちこめる湯があたり一面に広がっていることも含めると、ここは温泉であることに間違いはあるまい。

 どうやら、あまりの気持ちよさに気を失ってしまったようだ。

 

(そうだった、卒業旅行に来ていたんだったな……)

 

 先週行われた、中学の卒業式の帰り道。

 鈴が商店街の福引で当てたらしく、受験勉強を手伝ってくれたお礼として半ば強引に誘われたのがきっかけだった。

 私と鈴は高校も一緒なので、一番誘うのに適していたとは本人の言である。

 

「もう出たら? 何かおかしいし、顔真っ赤だし。のぼせちゃったの?」

 

 鈴は友人や近しい者に対しては遠慮がない性格をしているため、一気に顔と顔を近づけてくる。その様はどこか、人懐っこい猫を思い起こさせる。

 

(しかし、いくらなんでも距離が近すぎる。さっきの夢のようだ……)

 

 そんなことを考えだした途端、にわかに顔に熱が帯びていき、思考も定まらなくなってしまう。

 

「そ、そうだな……いったん外の風に当たってくることにしよう、うん!」

 

 浴槽からあわてて出ると、そのまま一直線に柵へともたれかかる。そこから見える景色は絶景の一言で、緑の芽吹こうとしている山々が連なる様は筆舌に尽くしがたい美しさといえた。

 そんな風景を視界に入れながら、あれこれと物思いにふけろうとした。その矢先だった。

 

「な~に考えてんのよ。もしかして、好きな人のこととか?」

「う、うぇぇ!?」

 

 背中から悪戯っぽい声と湿った人肌のぬくもりが唐突に感じられたため、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 慌てて振り返ってみると、素っ裸の鈴があくどい笑みを浮かべて私に抱き着いていた。どうやら私の背後を足音も立てずにストーキングしてきたらしい。

 

「あんたもしかして……いや、ごめんね。あたしそういう趣味はないから」

「何の話だ、おい!?」

 

 勝手に一人で邪推し声を荒げる。だが思い返すと、そうとられても仕方のないことばかりとっていたとも感じていた――鈴が顔を近づけた際、夢の内容を思い出して真っ赤になったのは特に失態だったと思う。

 全く、なんとタイミングの悪い……。

 

「分かってる分かってる、ホントはそんなことないってことくらい、ね?」

「本当に分かっているのか!?」

「まぁ何はともあれ、こんなとこで辛気臭い顔はナシで……しょっ!」

 

 文句を口にする私をよそに、鈴はその手を私の胸へとゆっくりと向けていく。そして――。

 

「お、おい鈴……! 風呂場でそんなこと。というかお前、どこ触って……!」

「ちょっとあんた、またおっぱい大きくなったんじゃない?」

 

 鈴の手がワキワキと私の胸の上で動く。こいつめ、私がコンプレックスにしてるのを知っている癖に……! 

 もういい。目には目を、だ! こいつの痛いところを突いてやる!

 そう決心してから振り返り、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら口を開く。

 

「背中越しでも、お前のつるぺた体系は目に見えるようだよ。小学生のころから進化してないんじゃないのか?」

「~ッ、うっさい! このホルスタイン女ぁ!」

 

 仕掛けた側が返り討ちに遭い、涙目で引き下がるというのも何とも情けない話ではある。そしてそのまま、鈴は脱衣所まで一直線に逃げるようにして去っていった。

 

「やりすぎたか……?」

 

 しばらく考えてからまた湯に浸かり、ゆっくりしようと思った。だが、頭の隅から涙目の鈴の姿がいつまでも離れない。どうにもあいつを放っておけるほど、私は鬼にはなりきれないようだ。それに一人でずっと入っていられるほど、私は特別温泉が好きというわけでもない。鈴の後を追い、私も温泉から出て脱衣所へと繋がる扉を開く。

 すると、あいつは変なものを見るような目で私を見てきた。

 

「あれ、もういいの? あんた堅いってか……その、年よりくさいからさ、もっと長くいるもんだと思ってたのに」

「お前がいないのに入ってても、そんなに楽しくないからな」

「……やっぱあんた、そっちの趣味があるんじゃ、痛っ!」

「調子に乗るな」

 

 流石にこの話を蒸し返されるのは勘弁だったので、軽く頭をはたいてから浴衣に着替える。普段から寝間着として着ている私にとって、浴衣の着付けなんてものは身体に染み付いている――それこそ、普通の洋服を着るのとそう大差はないと言っても良い。

 だが鈴はそうでもないようで、帯を持ちながら悪戦苦闘している。もたついているところを見ると「鈴ってそういえば中国人だったな」と今更ながらに感慨深いものを感じてしまう。

 しばらく右往左往した後、鈴は若干涙目になって私に助けを求めてきた。

 

「……箒ぃ、着付けて」

「まったく、言うと思った。仕方のないヤツめ」

 

 呆れ笑いを浮かべつつ、帯を受け取って鈴に着せていく。スリム――悪く言えばちんちくりん――の鈴の身体は、思った以上に着せやすかったのは胸のうちに秘めておく。

 

「ほら、これで終わりだ」

「よしっ、じゃあ早速行こっか!」

 

 軽く背中を叩き鈴を一歩前へと移動させた直後。ぱぁっと明るい笑みを浮かべた鈴はそんなことを言ってきた。さっきまで涙目になってたのはまるで嘘のようだ。本当に感情の切り替わりの早いやつである。

 

「行こうってどこへ?」

 

 戸惑いながら私が当然の疑問を口にすると、あいつは「どこでもいいじゃない、そんなの」と言ってそのまま脱衣所を後にした。

 

(まったく、本当に仕方のないやつだ……)

 

 その小柄な背中にほんの少しの間だけ呆れ笑いを送ってやってから、私は鈴の背中を追いかけることにした。そうして歩くこと数分ちょい。着いた先は土産屋だった。

 どうせ明日には帰るのだから、その時に買えばいいのにとは思ったものの、もう着いてしまったものは仕方がない。なので適当に商品を眺めていると、鈴の声が耳に入ってきた。

 

「ねぇねぇ箒、これって似合うと思わない?」

 

 はしゃぎ声を響かせながら、鈴が未購入のブレスレットをつけて私に見せる。黒とピンクのツートンカラーのそれは、確かに鈴に似合っていた。

 よほどお気に召したようで、今日一番の笑みまで浮かべている。まるで運命の相手でも見つけてきたかのようだ。

 

「ああ、確かにな。これをつけて五反田に見せてみたらどうだ? 案外ころっと落とせるかもしれんぞ」

「弾? バカ言うんじゃないわよ、何で星の数ほどいる男の中からあいつを選ばなきゃならないのよ」

「ひどい言い様だ」

 

 あまりにもな物言いに、私は苦笑しながら返す。私も五反田は眼中になかったが、それにしたってさすがにこの言葉には少し同情せざるを得ない。

 

「箒はその胸を最大限利用すれば、彼氏くらい余裕でゲットできるんじゃない?」

「そんな男は願い下げだ」

 

 また私のコンプレックスを――とは思ったものの、さっきの返答は無意識だったとはいえ鈴のコンプレックスを刺激しているのに等しい。お互い様と言うものだろう。

 それに何より、天丼ネタはもうごめんだ。小学校時代にこいつと会ってから、何度同じやり取りをしたことか――!

 

 鈴もそう思っていたようで、やけに気まずい沈黙が土産屋の中を満たしていく。

 さすがに何とかしなければ。そう思った私は、鈴が腕からはずして棚に戻したブレスレットを間髪入れずに拾い上げてレジへと向かう。

 

「え、ちょっと箒」

「誘ってもらった礼だ。これくらいプレゼントさせろ」

「でもこれ、結構いい値段するわよ?」

「問題ない」

 

 にやりと笑いながらそう言うと、有無を言わす暇を与えず購入。代表候補生である私にとって、この程度の出費など屁でもない

 

 飛行パワードスーツ・インフィニット・ストラトス(IS)

 宇宙開発を目的として開発されたそれは「数世紀先をいく」と専門家に言わしめる性能を誇り、様々な用途で使用されている。

 災害救助、国防、深海探査――そして花形とも言える、スポーツ競技。

 

 数年おきに開催されるモンド・グロッソ(国際大会)をはじめとするそれは特に人気が高く、代表ともなれば国家の威信を背負っていると言っても過言ではない。

 私はそんなISの国家代表の卵、代表候補生なのだ。少なくない給料を支払われている。

 

「へへ、ありがと箒。必ずお返しするね」

「お前が代表候補生なり、どこかの企業所属になったときで良いぞ……なれるならな」

 

 悪どい笑みをわざと作って煽りながら、鈴に買ったばかりのブレスレットを手渡す。こいつのことだ、素直に「なれるさ」とかいうよりよっぽど嬉しいはずだ。

 実際鈴は、その負けん気の強さだけで、私の進学先であるIS学園――ISについて学ぶ世界唯一の学校である――への切符を手にしている。倍率はゆうに一万倍を超え、小学生のころから準備する奴の多い学校に一年足らずの猛勉強で入ったのだ。こいつの根性は並大抵のものではないだろう。

 そんな彼女がIS学園に入るのだ、いやでもスカウトの目にはつくに違いない。

 

「言ったわね箒! いいわよ、絶対プロになってやるんだからね!」

「ああ、楽しみだなそれは……大会とかの大舞台で、お前を負けしたらさぞかし快感だろうしな」

「そいつぁこっちのセリフだっての!」

 

 早速私の手から乱暴にブレスレットを受け取ると、鈴はやはり乱暴に腕へとはめていく。その声はかなり上機嫌であり、やはり私の判断は間違っていなかったのだなと思うとこっちも笑いがこみ上げてくる。

 そんな風に二人で笑いあってから、私たちは一緒に部屋へと帰っていった。

 

◆◆◆

 

 それから数時間後。

 明かりを消した部屋の布団の上で、私は寝付けずにいる。寝ようとすると昼間見たあの夢の事がフラッシュバックしてしまい、どうにも目を閉じる気になれないのだ。

 

「昼寝で見るのは、今日が初めてだな」

 

 あの夢を最初に見たのは、私が十一歳になった日。つまり、四年前の七夕の日だった。

 内容はいつも同じ。地獄のような場所で、石化したかのように動けなくなった私を、泣きながら少年が斬り殺す。

 ただそれだけの、ある種シンプルとさえいえる内容。

 

 最初に見たときはあまりの内容に思わず泣いてしまったが、不思議と嫌悪していない自分も同居しているのにも気づいていた。

 

 やがて中学にあがるころになると、もう恐れを抱くことはなくなっていた。

 最初は「成長し、夢を夢と分別が付くようになっただけだろう」と思ったものの、すぐにそれは違うというのは分かった。

 なにせ私はあの少年に対し、なんともいえない暖かな想いを抱いていたのだから。

 

 頭が変になったのかもしれない。何度も何度もそう思った。

 

 一度自己分析をやってみて、お姫様願望なのではないかと結論付けた事もある。

 だがそれなら何故斬り殺される? という面が引っかかる。もしそうなら、斬られる事を私が望んでいるはずはないだろう。

 

 「矛盾だらけなのも、所詮夢だし仕方ない」と結論付け、気にしないようにした事もあった。

 けれどもこう何度も何度も見せられてはとても「気のせい」などとは思えなくなっている。

 

「酢豚……あたしの、元気の源……」

 

 背中越しに突然声が聞こたので、ゆっくりとそっちを向いてみる。そこには涎をたらしながら気持ちよさそうに寝ている鈴の姿がある。その顔は私にとって、どこか羨ましかった。

 

「もしこいつが、あの夢を見ていたらどうするんだろうな……」

 

 能天気な寝顔を見ているとふと、そんな考えが頭に浮かんできた。さばさばした性格の鈴のことだ、まったく気にしないのかもしれないし、逆に気にしすぎてしまうのかもしれない。どっちにせよ感想の表現が大きいことは想像に難くない。

 ただ、鈴の場合は私と違い、すぐに誰かに頼っているんだろうなとも思う。こういう時無駄に腰が重いというか、だれにも頼らず悶々としてしまうのが、私の悪い癖だと自覚はしている。

 

「いっそこいつなり、姉さんなりに相談してみるか……」

 

 鈴はともかく、非科学的の一言で門前払いされてしまうかもしれないと思って姉さんには相談できずにいた。そうやって勝手に思い込むのもよくないかもしれないし、第一そういわれるだけでも気が楽になるかもしれない。

 

「意外と臆病なのかもな、私って……」

 

 勝手に一人でそう思い、くすりと笑っていた時だった。突如背中に悪寒が走る。

 その原因を探ろうと耳を澄ませると、遠くの山から聞こえてくる音がおかしいことに気が付いた。もう夜も深いのに鳥の鳴き声はせわしなく聞こえ、それから程なくして羽音も旅館まで届いてくる。

 それからほどなくして、飛行機が空気を切り裂くような音も聞こえてきた。そのボリュームはだんだん大きくなってきているところを見るに、「何か」がこの旅館に近づいてきている。それは間違いなかった。

 

「まさか、この音は……?」

 

 確証はなかったが、その音は私がよく聞きなれている音――「あるモノ」の飛行音――に酷似しており、背筋を伝う悪寒はその音が大きくなるにつれ、どんどん強くなっていく。

 

「鈴、頼むから起きてくれ」

「……思考回路がショートする……」

 

 あわてて布団から上体を起こし、鈴の肩を揺らして起こそうとする。しかしながら、二年前の流行りを寝言で口ずさんでいる親友を現実に引き戻すことは叶わなかった。こんなことをしている間にも、音はどんどんと大きくなっていく。

 

 もはや鈴を起こしている時間はない。

 そう判断した私は布団から跳び上がり、そのまま窓際へと向かって景色を眺める。月明かりに照らされた山の上には私の予想通りのものが浮かび、しかもそれはこちらに近づいてきていた。

 全身に機械を纏った、人型の飛行物体――すなわち、IS。

 

「来い、打鉄ッ!」

 

 窓から勢いよく飛び降り、懐から取り出した銀色の鈴が付いた紐に強く意識を向ける。

 刹那、私の身体は光に包まれ、一瞬のうちに戦国時代の甲冑のような装甲を纏った姿となる。安定性に優れた日本製第二世代『打鉄』。これが私の専用機だ。

 代表候補生の中でも、時期代表を有力視されている者にはISを専用機として与えられる。実験機やワンオフ機を支給される場合もあるが、私の場合はただの量産タイプの機体だ。

 

 展開が完了するとともに、私の身体は空を自由自在に飛びまわれるようになる。重力の鎖を軽々と振り切りながら量子格納されていた近接ブレード――早い話が日本刀だ――をコール。虚空に粒子が舞い、次の瞬間には右手に刀が握られる。

 一昔前なら「SFの話」で片づけられた技術が、普通に搭載された兵器。それがパワードスーツ・ISである。

 そんなものを倒せるものは限られており、基本的には同じISのみ――つまり、この場であれを倒せるのは私だけなのだ。

 

「はぁぁぁぁッ!」

 

 私の実家がやっている剣術の技を容赦なく敵の胴体に浴びせ、そのまま振りぬく。

 本来なら「絶対防御」というシステムが働き、シールドエネルギーと呼ばれるものが減少するだけで、見た目には何の損傷もないはずなのだが……、

 

「き、機械だと!? そんな馬鹿な……」

 絶対防御は働かず――というより、最初から搭載していないかのように――そのままクリーンヒット。そして損傷部からは機械の配線が露出する。

 

(まさか……無人機!?)

 

 理論上は提唱され、姉さんが作った試作機も見たことがある。

 だがそれは到底実践に耐えうるものではないと結論付けられていたはずだ。何故そんなものの完成系がここに存在し、しかもただの旅館なんかを襲っているのか。

 余りに現実離れしすぎる光景を前に、私の頭はどうにかなりそうだったが、隙を見せるわけにはいかない。後ろには守るべき親友がいるのだから。

 すぐさま刀を握る手に再びあらん限りの力をこめ、目の前の敵を凝視する。

 相手のカメラアイは時折不気味に赤く点灯し、私を凝視し返す。まるでこちらの心の奥底を、覗き込むかのように。

 

 睨み合う時間がどれだけ続いただろうか。急に敵は左腕を上げ、私ではない方向へと向ける。手に付けられた砲口の先にあるのは、旅館の建物――それが何をするかは、明らかだった。

 

「やめろ、あそこには鈴が……ッ!」

 

 私の叫びは、無慈悲にも放たれた光の凶弾が放たれる轟音にかき消される。木造建築がビームに耐えられるはずもなく、一瞬で穿たれた大穴から勢いよく炎が吹き上がる。

 直後、人々の悲鳴が夜の山に木霊した。

 

「貴様、どういうつもりだッ! 狙いは私の打鉄じゃないのか!?」

 

 蛮行が許せないのもあった。だが、敵の目論見が分からない不気味さに憤っている割合の方が大きかった。なにせこんな辺鄙な山奥でISを持ち出してテロを行う理由など、私の持つISの奪取くらいしか考えられなかったのだから。

 しかし、奴は迷いなく無関係な人間を襲った。

 

 鈴は無事なのかといった心配を始めとする様々な考えが頭の中を埋めていったが、なんとか雑念を振り払おうと努める。

 

「今は余計なことを考えるな。まずは――奴を!」

 

 いったん距離をとってアサルトライフルをコール、そのまま引き金を引く。

 興奮状態にあったため、全弾命中はしていたかどうかは分からない。だが大部分は奴に直撃したと思われる。にもかかわらず、奴は怯みもせずにそのまま空中に立っていた。その様子から察するに、とても効いているようには見えない。

 それが余計に、私の焦燥を煽り立てた。

 このままでは、勝利する頃には日が昇ってしまう……! 

 

 そんな焦りが、隙を生んだ。

 いつの間にか距離を詰めてきた敵の太い腕が私の頭上に位置取っていたのだ。そのまま腕は振り下ろされ、私は地面に墜落。小規模なクレーターを地面に形成する。

 

「くそッ……」

 

 恨み言を口にしつつ起き上がり、慌てて体勢を整えようとした――だが、時すでに遅し。

 敵は両腕を前に突き出し、砲口をこっちに向けてきていた。既に光を帯びており、発射まで数瞬といったところだ。

 打鉄がウィンドウに「あの攻撃を受けたら命はない」という旨の文言を表示させてくる。

 だが、もはや避けるタイミングなどない。

 

 つまり、絶体絶命だった。

 

「すまない、鈴……」

 

 最早詰んだ。後は武士らしく潔く目を瞑り、静かにその時を待つ。

 ――だが、いつまで経っても意識がある。打鉄を身体に纏っている感覚も残っている。

 流石に「何かおかしい」と思って目をゆっくりと開いてみる。

 

 すると、そこには異常な光景が広がっていた。

 

 最初に目に飛び込んできたのは、眩い光だった。

 それは敵の放ったビームの赤紫色と、純白の翼を広げたISがかざす、左手のエネルギーシールドの光が混じったもの。

 

「おと、こ?」

 

 私を庇ってくれたそれはISに違いない。

 だって、ISの攻撃はISでしか防げないのだから。

 だが、纏っている操縦者の体つきや剥き出しの顔は明らかに男のものだった。

 ISは女性にしか操れないという欠陥があるにも拘らず、だ。

 

 敵のビームが途切れると、ありえないはずの存在である男性操縦者はシールドを消し、代わりに剣を右手に呼び出す。そこからは一瞬だった。

 男は瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる高等技術で接敵すると、剣先から光の刀身を展開。そのまま一刀のもとに切り伏せる。両断された敵はそのまま地面に倒れると、次の瞬間には轟音を上げて爆発四散した。

 それを無言のまま見届けた男はそのまま翼を広げると、夜の山へと飛び去っていった。

 私はただ、彼を見ているだけしか出来なかった。

 

 男の操縦者だったと言うのも驚きだが、それ以上に私が驚いたのは「その男の顔」だった。

 彼が倒れる私を一瞥した際に見せた顔。それに私の意識の大部分は釘付けになってしまっていた――なにせその顔は、私の良く知っているモノだったのだから。

 そう、夢の中で毎晩のように見ていた、あの顔。

 それが手の届く範囲に、肉眼で見える先に――いる。

 

「あ……」

 

 彼の顔を見た途端、様々な感情が浮かんでは消えていく。

 何でかは分からないが嫉妬に似た怒り。

 胸を突き刺すような悲しみ。

 会えた、という喜び。

 そして――胸の奥が熱くなるような、なんとも形容不可能な、ぐちゃぐちゃな感情。

 

 それらが一瞬のうちに心の中を支配し、そしてごちゃ混ぜになって私の理性をかき乱していく。

 

「……まって、くれ!」

 

 ようやく正気に戻った私はそう叫びながら、男の去ったほうへと手を伸ばす。

 だが、その手に何も掴むことはできなかった。

 

 疲れからだろうか、その直後私の身体は指一つ動かせなくなり、視界は徐々に暗転していく。

 

 現実に、あいつが。また私の目の前に現れたのに。これではまるで、夢の、時と…………。

 

 おぼつかない思考を最後に、私は意識を手放していった。

 



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深まる謎

 激しくぶつかり合う金属音によって凰鈴音が起こされた時、隣で寝ていた篠ノ之箒の姿はなかった。

 

「箒、どこ……っ!」

 

 上半身だけを起こして辺りを見渡すと、窓の外の光景が鈴の視界に飛び込んでくる。

 全身装甲の奇怪なISを相手に、専用機を纏って戦う親友の姿。

 それを見た途端に鈴の意識は寝ぼけ半分から完全に覚醒し、すぐさま布団から勢いよく飛び出す。

 

「はやく逃げなきゃっ!」

 

 枕元に貴重品を置いておく癖が幸いして、鈴はすぐさま財布と携帯、それに箒から買って貰ったブレスレットだけを持って部屋を飛び出した――その刹那。

 ずがぁぁぁん、という凄まじい音が頭上から鳴り響いたのを鈴は耳にした。

 それから数十秒すると急に夜なのに明るくなり、多くの人の悲鳴まで聞こえてくるようになった。

 焦げ臭い匂いまで立ち込めている。どうやら火の手が上がったらしい。

 

「まずいわね……」

 

 それだけ口にすると、鈴は左手で口と鼻を覆いながら急いで移動を再開する。

 鈴の今いる場所は、幸いにもまだ火に襲われてはいなかったが、木造建築であるためすぐに燃え広がっていくだろう。事態は急を要するといえた。

 階段を降り、徐々に煙が立ち込めてくる廊下を急ぎつつも慎重に走りぬけ、あと少しで出口というところまで迫ったその時だった。

 

「嘘、でしょ……!?」

 

 目の前は既にかなりの勢いで吹き上がる炎に包まれており、とても通れる状態だとはいえなかった。

 そのうえ鈴が通ってすぐ、彼女のちょうど後ろのほうの天井が崩落して通行止めになってしまっている。 これでは、二階に戻って飛び降りることすらもはや叶わない。

 

「背に腹は変えられないわよね……。やっぱり」

 

 多少の火傷は覚悟の上、今は生きる方が大切だ。

 そう決めて、炎の海へと身を投げ出そうとした時。 背後から「何か」が落ちてくるような音が聞こえてきたので、鈴は足を止めて振り返る。

 そこには鈴や箒と同じ年齢くらいの、端整な顔つきの青年が立っていた。

 彼は真横に向き直ると、壁に向かって走り出す。それと同時に、その身体を眩い光が包み込んだ。

 光が晴れた途端、そこにあったのは「ISを纏った男性の姿(ありえない光景)」だった。

 

「きゃっ!」

 

 そのまま男は物凄いスピードで壁へと突撃。間近でそれを見ていた鈴は風圧から思わず悲鳴をあげ、尻餅をついてしまう。

 

「な、何だったのよ……今の」

 

 あまりにも突飛な光景――そもそも山奥の温泉旅館にISが襲撃する事自体が異常なのだが――を目にした鈴は、今の光景が幻覚ではないのかと疑った。

 だが現実には壁に大穴が開いており、外へと出られるようになっていた。

 

「よいしょっと……あっ!」

 

 床に打ち付けられて痛む身体を起こすと、すぐ傍の床にブレスレットが転がっているのに鈴は気付いた。拾う暇があるのならば、一刻も早く逃げるべきではある。

 だが鈴には、どうしてもそれができなかった。

 慌ててしゃがみこんで拾い上げ、それから外へと脱出する。

 その直後、炎はちょうど鈴のいた場所まで燃え広がっていった。間一髪といったところだろう。

 

「あっぶな……っ!」

 

 つい振り返って炎を目の当たりにした鈴だったが、すぐさま前方から聞こえてきた斬撃の音に再び視線を前に戻される。

 そこにはあの男が謎の機体を真っ二つにし、そのまま飛び去っていく光景があった……。

 

◆◆◆

 

 目を覚ましたとき、私の視界に飛び込んできたのは見覚えのある天井の木目だった。

 

「ここ、は……?」

 

 小さな声でそう口にしながら、首だけ動かして辺りを確認する。

 果たしてそこは、家の私の部屋だった。

 念押しといわんばかりに窓から外を眺めてみると、ちゃんと家屋の隣にある篠ノ之神社の本殿の姿も見えた。

 

 なぜ、いつの間に戻ってきたのだろうか? 確か私は、温泉宿に鈴と一緒に遊びに行っていたはずなのに……。

 

 そう疑問に思った瞬間、気を失う直前の記憶がフラッシュバックしていく。

 突如襲ってきた無人機。攻撃され、炎上する旅館。そして――私を助けてくれた、夢の中に出てくる少年と同じ顔をした男。

 

「いったい、あれは何だったのだろうか……」

 

 夢じゃないかと思い、慌てて枕元におかれていた鈴――打鉄を握り締めて念じ、展開しようとする。

 指輪は鈍い光を数秒の間放ったものの、その後は何の反応も示さない。それは損傷が激しいときに起こる、特有の現象であった。

 

 つまりあれは、現実。

 

 そう認識した途端、にわかに鈴の事が気になってくる。

 内向的な私とは反対の、やや強引な性格をした幼なじみ。

 人懐っこくて負けず嫌いで、誰に対しても世話焼きな私の親友。

 

「あいつは、無事なのか……?」

 

 いてもたってもいられなくなり、まだ疲労の残る身体に鞭打って立ち上がって部屋から出ようとした。そのときだった。

 部屋のふすまが開かれ、背の低いツインテールの少女と対面する形になってしまう。

 

「あ、箒。起きてたんだ」

「鈴……生きていた、のか……」

「なに、生きてちゃ悪いっての?」

 

 不満げな顔をした鈴が私のベッドに近づいてくる。その顔が近づくにつれ、私の視界は徐々におぼろげになっていく。

 

「いや、そんな訳ない、だろ……。よかった、本当に良かった……!」

 

 鈴が生きていた。

 

 それが分かった途端、私の目から涙が溢れては零れ落ちていく。そんな私を鈴は「仕方ないわね」と微笑みながら抱きしめ、そっと頭をなでてくれた。

 

「箒こそ、目を覚ましてくれて本当に良かった。あんたがここに運ばれてきて、もう丸一日過ぎてたんだもの。目を覚まさないんじゃないかって、心配だったんだからね」

 

 声は穏やかだったものの、鈴の手や身体は小刻みに震えていた。

 

 どうやら私も、こいつにかなりの心配をかけていたようだな。

 

 しばらく抱きしめあってから「無事でよかった」と二人で笑いあう。それからベッドの脇に置かれていた緑色のリボンを手にとり、長い黒髪をいつものようにポニーテールに纏める。

 そうしてから再び鈴のほうを向くと、彼女の右腕に包帯が巻かれているのに気がついた。

 

「鈴、どうしたんだその怪我は?」

「ん、ああこれ? 平気だって。ちょっとした擦り傷よ。痕も残んないみたいだし、大丈夫だって! でもね……」

 

 明るく振舞っていた鈴が、急に表情に陰を落とした。いったい何があったのだろうか? 疑問に思ったものの、その答えは鈴の視線を追うとすぐに分かった。

 ブレスレットに、少なからず血の痕がこびりついていたのだ。

 

「……昨日貰ったばっかりなのに。本当に、ゴメン!」

「いいんだ鈴。私はお前が無事ならばそれでいい」

「でも……」

「まったく、仕方のないヤツだ」

 

 優しく微笑み、今度は私が鈴の頭を撫でてやる。ふふ、これでおあいこだな。

 

「何がおあいこよ。まったく!」

 

 どうやら言葉に出ていたようで、鈴が口を尖らせて不満を言う。だが、その顔は満更でもなさそうだった。

 

「束さん待ってるから、呼んでくるね」

 

 私が撫で終えてすぐに、鈴ははっとした表情になる。私が起き上がった喜びにかき消され、今の今まで忘れていたようだった。

 

「姉さんが? いたのか」

「そりゃああんたの家なんだし、いるに決まってるでしょ」

 

 まだ頭が回っていないみたいだな……。

 

 姉さんはたまにIS学園や委員会のほうで作業をしたりあちこちの研究機関に招かれたりはするものの、基本的にはうちの土倉を改造したラボで作業をしている。いて当たり前なのだ。

 

「私が目覚ましがてら呼んでくる。鈴はここで待っててくれ」

「何言ってんのよあんた。病人はおとなしくしときなさい、ほら布団に戻った戻った!」

 

「そうか。なら頼む」

 

 鈴はこくりと頷いてから風のような早さで病室を出ると、代わりに静寂が訪れた。そんな空間に取り残された私の頭の中には、否応なくあの少年についての思考が張り巡らされていく。

 

「あれは一体、何だったのだろうか」

 

 確かにあれは男性操縦者だった。それは間違いない。

 一応似たような装甲を持ったパワードスーツにはEOSというものもあり、それは男性でも操縦できる。だがEOSではあの攻撃は防げないし、空を飛ぶことも叶わないだろう。

 

 纏っていたISにも謎が多い。

 やけに最初のIS・白騎士に形状が似ていたのだ。

 しかも手に握られていた光の剣は、日本代表だった私の知り合いである千冬さん――織斑千冬の駆るIS『暮桜』の武装『雪片』に酷似している。

 

「そういえば、あいつが私を斬った剣も雪片だった……!?」

 

 剣の事に意識を向けていたからだろうか。今まで考えたこともないほうへと思考は動いていく。

 

 夢の少年が握っていた剣。それは確かに雪片だった。だがそれは、ある矛盾を生じさせている。

 雪片が初めて使われたのは三年前のモンド・グロッソ。つまり私が夢を見始めてから世に出た代物なのだ。しかし私はそれを四年前には知っている。

 

「どういう、事なんだ?」

「なにがどういうことなのかな~、箒ちゃん」

 

 毎日のように聞いている、どこか愉快さを含んだ声がふすまごしに聞こえてくると、すぐに一人の女性が部屋に入ってきた。

 ひとり「不思議の国のアリス」とでも言わんばかりの奇抜なファッションに身を包み、頭の上でひょこひょことウサギの耳を模した機械を動かすその女性こそ、私の姉である篠ノ之束である。

 

「あ、いえ。その」

「大丈夫大丈夫! この束さんのお膝元の篠ノ之家で盗み聞きの心配はないって! それに……」

「それに?」

 

 急に言いよどんだ姉さんの様子がおかしかったので、思わず尋ねる。しかし姉さんの口からではなく、扉の外から答えは聞こえてきた。

 

「箒、今日の昼に出たニュースよ。読んでみて」

「鈴、これ……はっ!」

 

 鈴はスマホの画面を、私に見えるように突きつけてきた。そこに掲載されていた記事に衝撃を受けた私は、それを食い入るように見つめる。

 

 ――男性操縦者、温泉宿に出現か。

 

 見出しにはそんな文字が躍っており、そのすぐ近くにはあの男の写真が掲載されていた――もっとも手ブレやノイズがひどく、とても顔までは確認できないのだが。

 せいぜい体格で男だと分かる程度の解像度しかなかった。

 

「よく、こんな眉唾な話を載せる気になったものだな」

 

 逆に冷静になった私は、記事を読み終えるなり素直な感想を吐き出した。

 ここまで汚い画像ならばもう、オカルトだと信用されなくても仕方ないだろうに。

 

「目撃証言も多数あったからね~。それに、鈴ちゃんだって見てたみたいだし」

「鈴もあいつを見たのか?」

 

 あれだけ派手な騒ぎを起こしていれば、鈴だって目撃していてもおかしくはない。私の夢を知らない鈴には、あの光景はどう映ったのだろうか?

 

「…………あの人に、助けられたの」

 

 だが、返ってきた答えはあの戦いについてではなかった。伏せ目がちに鈴は衝撃の真実を口にする。

 

「助けられたって、どういう……?」

「言葉通りの意味よ。大っきな音がして、慌てて逃げてたのよね。そしたら途中で転んじゃってさ。これがその時の傷よ」

 

 そう言いながらゆっくりと袖をめくり、また包帯が巻かれた腕を見せてくる。転んだときに出来た傷と言うことは、さっきの擦り傷というのは本当のようだ。

 鈴は弱みを隠してやせ我慢をするきらいがある。そのため心のどこかでは疑っていたのだ。

 

「そのときたまたま近くにいたあいつに、助けられた……それだけよ」

 

 本当はまだ何かありそうな気もしたが、それ以上追求するのは野暮だと感じたので黙っておく。

 それに、鈴が嘘をついているとは思えなかった。少なくとも助けられたのは事実なのだろう。

 

「それで、その後そいつがどこへ行ったのか分かるか?」

「そこまでは。あたしが外に出たときには、敵が真っ二つになって倒れたとこだったし」

「……分かった。ありがとう」

 

 これ以上は無理だったか。

 

 だが、思った以上に有力な情報を聞くことができた。

 あの男は旅館にいたのか。建物への攻撃は彼を狙っての事だった可能性もあるとみて間違いないだろう。

 さて、次は姉さんに話を聞こう。知りたいことが二つある。

 

「姉さん。男性操縦者って、どうやってISを動かしてるのかわかります?」

 

 一刻も早く知りたいほうから先に尋ねる。

 私の姉、篠ノ之束は稀代の天才であり、ISの開発者である。ひょっとしたら男性でも動かすことの出来る条件を知っているかもしれない。

 

「ごめんね箒ちゃん、束さんもどうして女性にしか動かせないのかはわからないんだ。まぁ、一人くらいイレギュラーがいても不思議じゃないとはいっつも思ってたことだけどね」

「そう、でしたか……。ところで、旅館を襲ったISについては、何か分かりましたか?」

 

 姉さんでも分からないものは仕方がないので、次の質問に移る。あのISはやはり、無人機だったのだろうか。

 

「箒ちゃんが眠っている間に、残骸の解析はしてみた。あの機体は一年前に束さんが造った試作無人機『プロトゴーレム』にそっくりだね。内部機器の配置なんかモロだよモロ。全く誰だい? 無断でパクったバカは」

 

 私の確信を、解析結果は裏付けたかたちになる。

 つまり襲撃者は、姉さんと同等の知識や技術を持っていることになる――いや、男性操縦者の存在を知っていた以上、姉さんすら凌ぐかもしれない。

 空恐ろしい想像に肝を冷やしていると、スマホを弄っていた鈴が急に険しい表情になってその画面を再び私たちに見せてくる。

 

「ねぇ、ちょっとこれって……」

 

 ――謎の男性操縦者、今度は英国に出現

 

 鈴のスマホの液晶に表示された画面には、そんな突飛な文章がつづられていた。

 想像を絶する文面に思わず声を上げそうになるも、必死にこらえる。とにかく、まずは記事を確認しなければ……。

 

 

 記事によると、イギリス北部にあるIS関連企業の工場に男性操縦者のISが襲撃したという。

 奴は建物を全焼させたため、死傷者も多数出ているらしい。監視カメラが無事だったため、ご丁寧に映像まで残っている。

 

「再生、するわね……」

 

 私と姉さんが読み終わったタイミングを見計らって、鈴が震える指で動画の再生ボタンを押す。

 ノイズ交じりの映像だったものの、確かにあの「白い翼を生やしたIS」が映っている。

 顔もはっきりと映っていた。男は悪どい笑みを浮かべ、次々と光の剣で攻撃を仕掛けていた。

 

「なんで、あの人が……」

 

 臨時ニュースが終わってしばらくして、最初に口を開いたのは鈴。そしてその言葉は、私の思いを代弁しているに等しかった。

 

 直後、姉さんのバッグから振動音が鳴り響く。どうやらメールのようだ。姉さんは携帯を取り出すと、しばらく液晶とにらめっこをしていた。

 

「ふんふん……IS委員会の要請があって束さん、イギリスに行かなきゃなんなくなった」

 

 メールの送り主はISに関する国際組織である「IS委員会」のようだ。確かに、この一連の異常事態を調査するにあたって、姉さんほど適した存在はいないだろう。

 

「ねえ束さん、あたしも連れて行って。箒も行くわよね」

「おい、鈴! 私はともかく、何でお前がついていく必要がある!?」

「うん、いいよ鈴ちゃん」

 

 鈴がついていきたい理由は分けるものの、実際に同行する必要はないと思っていた。

 だが、姉さんは二つ返事で了承する。一体何故だろうかと悩んでいると、姉さんが口を開く。

 

「だって鈴ちゃんは至近距離であの男を見ているんだし、何か分かるかもしれないじゃん。それにさ、折角の卒業旅行がぱぁになったんだし、代わりくらい用意させてあげたっていいじゃない」

「さっすが束さん、話が分かるわね! で、箒は付いていくの、行かないの? どっちにするかさっさと決めなさい」

 

 どうするのか、か……。

 

 思えば私は、あまり今まで自分の意思で決めたということがなかったように思う。

 代表候補生になったのも半分くらいは「姉さんがISの開発者だから」という面はあるし、剣道を始めたのだって実家が剣術の道場も開いていたからという理由によるものが大きかった。

 

 だから、これが初めて「完全に自分の意思」で決めることなのかも、しれないな……。

 

 意を決してから、私は口を開いた。

 

「もちろん、私もついていきます。奴が何者なのか一番知りたいのは、私ですし」

 

 偽らざる本音をぶつけると、姉さんと鈴は笑顔で頷いたのだった……。 

 

◆◆◆

 それから二日後の、午前11時50分。

 私たち三人はいったん、香港空港に降り立った。

 イギリスに最も早く到着できるルートを検討したところ、一旦ここで降りてロンドン行きの便に乗り換えるのがベストだったからなのだが……、

 

「え!? 運行休止、ちょっと待ってよ!」

 

 いったんロビーに着くと、黒山の人だかりができていてなにやら揉めているのに、私たちは気付いた。

 私と姉さんは何がなんだか分からなかったので、鈴にどうなっているか聞いてくるように頼もうとした。そんな時、あいつはこう叫んだのだ。

 鈴の視線の先には、赤い文字がでかでかと表示された電光掲示板がある。どうやらそこに書かれた文字が、トラブルの発端のようだった。

 

「どういう事だ、鈴」

「ルート上の天候悪化で今日のイギリス行きの便は休止なんだってさ。こんなことなら」

 

「どうする? 二人とも」

 

 ボストンバッグ片手に鈴が尋ねる。三時間もあれば、軽い市内観光くらいはできそうだが……。

 

「とりあえずお昼まだだし、街に出て何か食べようよ。束さんはお腹ペコペコだよ」

「じゃあ、そうしますか」

 

 そう返事をすると私は、出口の近くに立つカタログスタンドにあった市内観光用のパンフレットを一つ手に取り、外へと出て市街地行きのバスに乗る。

 バスは十分近くで市街地に着き、私たちは終点であるバスターミナルに降り立った。

 

「さて、どこにします……」

 

 姉さんに問いつつターミナルから出ようとした、丁度その時。

 

(――殺気!?)

 

 右斜め向かいのビルとビルの隙間から、あまりにも強烈な敵意が感じられた。なので、私はすぐさま懐の鈴――打鉄に意識を集中させる。

 だが、殺気はすぐさま霧散してしまった。

 

「一体、何だったのだ……?」

「何が?」

 

 思わずぼそりと呟いたそれを、鈴は聞いていたらしい。きょとんとした顔で聞いてきた。

 

「いや、なんでもない。それじゃあ行こうか」

 

 私は微笑を浮かべると、香港の繁華街に歩を進めていった。



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香港事変・前

「ねぇ……ホントに油売ってよかったのかなぁ?」

 

 女人街と呼ばれる、香港でも最も有名な露天街のとある店の商品を眺めていると、真後ろにいた鈴が不安そうな声で問いかけてきた。

 

「ん? おかしなことを聞くね、鈴ちゃん。キミが一番最初に言ったんじゃない。観光したい、ってさ♪」

 

 鈴の問いに答えたのは隣で私と同様に、色々と眺めていた姉さんだった。

 確かに、元はといえばマシントラブルで生まれた時間で観光しようと提案したのはほかならぬ鈴本人である。

 

「だからって、一泊するってのはどうなのよ……」

 

 鈴は続けてぼやく。

 そう、姉さんは「どうせ観光するなら、世界有数の夜景といわれるビクトリア・ピークにも行きたい」と考えた。

 結果として、今日はここ、香港で一泊ということになったのである。

 

「切り替えは大事だぞ、鈴」

 

 振り返らずに財布を取り出して会計を済ませつつ、私は口にする。

 

「でも……!」

「大声を出すなよ鈴……っと!」

 

 ここでようやく振り返ると、さっき会計を済ませたばかりのふたつのベレー帽のうち片方を鈴の頭に被せてやる。

 

「え…………っと、箒。これは……?」

「この間のブレスレット、結局血で汚れてしまっただろ? だから改めての入学祝いというかなんと言うか、なのだが。気に入らなかったか?」

「……そ、そんな訳ないでしょ! ただ、その……」

 

 若干恥ずかしげに私が言うと、鈴はきょとんとした顔になって一瞬固まってから答えた。

 なんとなく先に続く言葉は分かっていたが、からかってやるとしよう。

 

「その、何だ?」

 

 ニヤニヤしながら聞いてみると、鈴は顔を真っ赤にして、

 

「その、貰ってばかりじゃなんというか……あたしの気が済まないのよっ!」

「ふふっ、何だお前、そんなことを気にしていたのか? 温泉街でも言ったとおり、お前が操縦者として大成してからお返しは貰うつもりだから安心しろ」

 

 あまりにも予想通りの返答に噴きつつ、帽子越しに鈴の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「それにな、鈴。今回はおそろいのものが欲しかったというのもあるんだ、ほれ」

 

 続けざまに言いつつ、自分の頭にもベレー帽を被せる。

 私はポニーテール、鈴はツインテール。髪形の邪魔にならないようにわざわざ吟味してチョイスしたそれは、いい旅の思い出になりそうだ。

 

「……そっか、あんたとずっと一緒に旅行にも行けてなかったものね。修学旅行も休んでたし」

 

 しんみりとした顔になりながら、鈴は言う。

 中二のときには私はもう代表候補生になっており、その日は急に試合が入ってしまい休まざるを得なくなってしまったのだ。

 

「あの時は本当に、歯がゆい想いをしたものだ……お前が京都のジェラート屋が凄く美味しかったなどといって写真を何度も見せ付けてくるから、余計にな!」

「そういうあんただって、お返しとばかりに物凄くおいしそうなお菓子の写真を送ってきたじゃないのよ!」

「お土産に買って帰ってやったんだからいいだろ!」

「それ言うならあたしだって、お土産に八ツ橋買って帰ったでしょうが!」

 

 くだらないことでひたすらヒートアップしていると、急におかしくなって二人同時に笑いあう。

 

 やはり、鈴と一緒にいるとどうしようもなく楽しいな。

 

 そう思っていると、急に横からかしゃり、という音とともに光が一瞬私たちを照らす。

 

「ちょっと束さん。勝手に撮らないでよっ!」

「そうですよ姉さん、撮るなら言ってください!」

 

 声をほぼ同時に発して、私たちは姉さんに抗議する。

 

「え~。いいじゃん、旅の思い出なんだし。ねっ?」

「れはそうかもしれませんが、ちゃんと許可を取ってからにしてください。それなら文句はありませんから」

 

 照れ隠しにぷいっと顔をそむけつつ、同時に横目でデジカメの画面に映るさっきの写真を眺める。

 当然ながらさっきの光景が映し出されていたが、こうして第三者の目線で見ても楽しげであった。

 これなら姉さんがつい撮ってしまうのも理解できる。

 

「ところで二人とも、この後はどこへ行きたい? まだ日が暮れるまでは結構時間あるけど」

 

 本当に藪から棒に、姉さんが明るいテンションで訊いてくる。腕時計で確認してみたところ、現在は午後一時。まだまだたっぷりと時間はある。

 

「そうねぇ……お腹も減ったし、ご飯にしない? 屋台で買い食いとかどうかしらね」

「私はあれだ、ヒスイ市でヒスイを買っておきたい」

「あぁ……お守りね。いいかも! それから時間があったらさ、ちょっとだけでも有名なお寺を見てまわりたいかな」

 

 矢継ぎ早に私たちは、バッグから取り出した観光パンフレットを片手にあれやこれやと語り合う。

 恐らくこれくらいなら、全部まわることは出来なくもないだろう。

 

「二人とも、中々欲張りだね~」

「折角の旅行なんだし、楽しまなきゃ損でしょ!」

 

 吹っ切れたようで、先ほどとは百八十度変わった意見が鈴の口から飛び出す。

 それに続ける形で、私も姉さんに話しかける。

「姉さん。カメラの撮影、お願いしますね?」

「もっちのロンだよ、任せておいてね! この束さんお手製、最高性能で規格外のデジカメで……って、ちょっと待ってよ!」

 

 長々とした説明を始める姉さんを無視して、私たちは香港のストリートを歩いていったのだった。

◆◆◆

 

 全部回り終え、数十枚の写真がデジカメのフォルダ内に溜め込まれたころには、ちょうど夕日も沈みそうになっていた。

 そのあたりで私たちはバスに乗ってビクトリア・ピークまで移動。今はそこの高台から夜景を眺めている最中だ。

 

「すっご~い! やっぱり来て正解だったわね!」

 

 柵に寄りかかりながら、鈴が大声を上げる。絶景なのは認めるが、はしゃいでる姿はまるで小学生にしか見えなかった。

 恐らく容姿のせいもあるのだろうなとは思ったものの、もちろん口には出さない。

 

「箒、あんたなんか失礼なこと考えてなかった?」

「いや、考えてないぞ!?」

 

 突然私のほうを向き直った鈴が疑いの目を向ける。まったく、相変わらず勘の鋭い奴だ……。

 

「じゃあ、何考えてたのよ? やましいことじゃないなら、言えるわよね?」

 

 今度はその顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、私を小突く鈴。さすがに本当のことは言えないので、どうにかごまかさなければ……。

 

「篠ノ之神社のあの場所とここ、どっちが絶景なのだろうかと思ってな」

「あの場所ってあたしとあんた、それに束さんしか知らないあそこ?」

「そこ以外の場所がどこにある」

 

 とっさに思いついた嘘に、鈴は目を丸くしてから食いついてきた。よし、何とか話題を逸らすことは出来たな……。

 ちなみにあの場所とは篠ノ之神社裏の林にある、少し開けた平地のことだ。海沿いの街の風景を独占できるそこは、私たち三人のお気に入りの場所であった。

 

「そりゃあんた、世界的に有名なこっちのほうが綺麗でしょ。でもあたしは、あっちの方が好きかな」

 

 ふいに真面目な顔になると、優しげな声音でそう告げてくる鈴。

 もっとも言い終えてすぐに照れくさくなったのか、顔は赤くなっていき、ぷいっと顔を背けてしまったが。

 

 そうか、こいつもあの場所を大事に思ってくれていたのだな……。

 

 私が鈴と初めて仲良くなれたと思えた「あの日の思い出」を大事にしてくれている。その事実に思わず頬が緩んでしまう。

 それと同時に、思わずついてしまった嘘について申し訳ないという気持ちも芽生えてくる。

 

 よし、素直に言って謝ろう。

 

 そう決意し、鈴を呼び止めようとした時だった。

 

「いやぁ~絶景絶景、箒ちゃんも鈴ちゃんもこっち来なよ。最高の眺めだよん!」

 

 突然右側から声がしたので慌てて向くと、そこには柵の上に立っている姉さんの姿があった。

 いつもの事とはいえ、あの人は何をやっているのだ……。

 

「箒、どうするのあれ……?」

「はぁ……止めるしかないだろうさ。鈴、一緒に来てくれ」

 

 ため息交じりに鈴の問いに答えて、それから一緒に姉さんのほうへと向かう。もう完全に、鈴に本当のことを切り出すタイミングを失ってしまった。

 

「姉さん、またこのようなことをして……危ないじゃないですか!」 

 

 柵のすぐ近くで姉さんに呼びかける。さすがに危ないので引っ張ろうとは到底思えなかった。

 

「え~、そうかなぁ? まぁ二人がそう言うなら……とうっ!」

 

 渋々といった表情を一瞬浮かべてから姉さんはぴょんと空高く跳び、柵のすぐ近くの位置へと着地する。私の姉は頭だけでなく無駄に運動神経がいいのだ。

 もっともそのせいで、こんな風に奇行も絶えなかったりするのだが……。

 

「どしたの箒ちゃん、顔色悪いよ?」

「誰のせいだと思ってるんですか! まったく……」

 

 少し不満の色を含ませた声で姉さんに答える。こんな事をしたところで反省するような人ではないというのは十分に分かっていたが、それでもやらずにはいられなかった。

 

「まぁまぁ、いいじゃない箒。束さんも無事だったんだしさ、ね?」

 

 鈴がなだめるように割り込むと、すかさずバッグからデジカメを取り出して言葉を続ける。

 

「そんなことよりさ、三人で写真撮らない? 記念撮影よ記念撮影!」

 

 その提案が話題逸らしなのか、それともただ単に鈴がしたいだけなのか。そのどっちが本心なのか、私はあいつの満面の笑みから読み取ることは出来なかった。

 だが、単純にいい提案ではあるとも思ったので二つ返事で了承。姉さんのすぐ横へと移動する。

 

「それじゃ、せーのっ!」

 

 鈴がやってくると同時に、あいつが撮ってくれるよう頼んだ中国人の女性がシャッターを押す。戻ってきたカメラの画面を確認すると、そこには満面の笑みの鈴と姉さん、それに穏やかな笑みを浮かべている私が写っていた。

 

「今日最高の一枚よね、これ!」

「いやぁ、でもマシントラブル様々だよね♪」

「こうなる運命だったのかもな、最初から」

 

 鈴、姉さん、そして私の順に口々に言い合い、それから笑いあう。この時だけは嫌なことも夢の事も忘れて、本当に楽しい時間を過ごせたのだった……。

 

◆◆◆

 

 バスが来るまでまだそれなしにあったので、時間までは自由行動という話になった。鈴は少し離れた位置から眺め、姉さんは屋台のほうへ行って買い食い。そして私は相変わらず柵の近くで景色を見ていた。

 

「運命、か……」

 

 壮観な景色を目にしながら、さっき自分で言った言葉を自嘲ぎみに呟いてみる。

 

 ここに立ち寄ったのも運命なのだとしたら、あの夢も……。

 

 そんなことを考え出した途端、思考の渦が私を飲み込んでいった。

 もしそうなのだとしたら、あの夢は一体私に何を暗示させようというのだろうか。そして、あの男の正体は一体……。

 

 考え出したらきりがないくせに、いつまで経っても思考は堂々巡りを繰り返す。まるでタチの悪い迷路に迷い込んだかのようだった。何故こうなってしまうのか? 

 

 ……とにかく何でもいいから情報が欲しいんだな、私は。

 

 しばらく悩んでから、自分の中でそう結論づける。手がかりがないからこそ、思考もいつまで経っても進展しないのだろう。

 イギリスのあの廃工場で、何か手がかりがつかめればいいのだが……。

 

「箒、どしたの?」

 

 私の目の前で手をぶんぶんと振ってあるのを目にすると、慌てて声のしたほうを向く。そこには心配そうな表情を浮かべている鈴の姿があった。いつの間に近くに来ていたのだろうか。

 

「いやちょっと、考え事をしていてな」

「そっか。まぁあんなことがあったからね、仕方ないかも」

「鈴、それで何の用だ?」

「何の用って……もうバス来ちゃうから、呼びに来たんだけど」

 

 苦笑いしながら、鈴はおおよそ100メートル先にあるバス停のほうを指差す。確かに、一台の観光バスが今まさに停車しようとしている最中だった。

 

「ああ、すまない鈴。ぼけっとしていた。それじゃあ、私たちも向かおうか」

「そうね」

 

 ならんでゆっくりと歩き始め、バスへと向かおうと振り向いた時。後ろからとても真夜中とは思えない眩しい光が急に差し込んでくる。

 そしてその光は、私の良く知るものでもあった。

 

「ISの展開光!?」

 

 思わず光の正体を口に出しながら振り向くと、そこには肩に二枚の物理シールドが取り付けられたISが立っていた。

 

 なぜ、こんなところに!?

 

 そうは思ったものの、悩んでいる猶予など一刻たりともない。慌てて私も懐にしまってある銀色の鈴を握り締め、専用機である打鉄を展開する。

 だが、一歩遅かった。

 

「な……鈴!」

 

 女は私が展開を終える前にスラスターを吹かせて接近してくると、右手で隣にいた鈴を抱きかかえる。こいつ、人質をとるのが狙いだったのか!

 

「だが、そうはさせるか!」

 

 敵の手には武器は握られておらず、また片手は鈴でふさがっている。これなら奪還できる可能性もないわけではない。それに賭けて急ぎ近接ブレードを展開。そのまま鈴に当たらないように注意して斬りかかったのだが……。

 

「甘いなっ!」

 

 敵は間髪いれずに、まるで三国志の武将が使っていたような戟を展開。片手でそれを振り回し、私の攻撃をやすやすと防いでしまった。そのまま敵に体重を加えられ、私は体勢を崩してしまう。

 その隙に敵ISは急速反転すると、そのまま地面を蹴って飛翔する。

 

「篠ノ之箒! 凰鈴音を返してほしければ、街外れの墓地まで来い!」

 

 最後にそう言い残すと敵ISはどんどん遠くへと離れていき、最後には点にしか見えなくなっていく。

 鈴に当たるのを恐れた私はアサルトライフルを展開できず、ただその場に立ち尽くすばかりだった……。



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香港事変・後

 鈴が連れ去られてすぐに私は打鉄を展開して麓まで一気に駆け下りる。

 指定された墓場までなるべくISを展開しないほうがいい。そう思っていたとはいえ、さすがにバスで30分かけて下山している余裕など今の私にはなかった。

 そこから走り出しつつ、姉さんからの通信で聞こえてくる、鈴を連れ去った犯人の情報を頭に入れていく。

 

 敵のパイロットは元中国代表候補生候補の森 玲夜(シン・レイヤ)といい、祖父がイギリス人であったために候補生試験に落ちた女性らしい。

 

 ロシア代表に日本人が選ばれたというケースからも分かる通り、あまりISの国家代表には出身に左右されない面を持つ。

だからこそ「中国はIS界隈でも血統主義を貫いてる」というのは、あまりにも有名な話だった。

 

 その報復として玲夜は候補生を三人殺し、現在は塀の中にいるという。

 だが、どんな魔法を使ってかは知らないが脱獄し、専用機を駆って私たちの前に姿を現した。しかも、その専用機は窮奇(きゅうき)という名前以外、姉さんでも分からない機体だという。

 だが、そんなことはどうでもいい。相手が誰であろうと、私は一刻も早く鈴を救い出さなければならないのだから。

 

「鈴……ッ!」

 

 思わず、あいつの名前が口から漏れる。鈴――凰鈴音は私にとって、ただの親友ではない。

 私たち、篠ノ之家を一家離散から救ってくれた、かけがえのない恩人なのだ。

 

 小4の頃、ちょうど私のクラスに転校してきたあいつは言葉の壁もあり、周りに対して強気に出て孤立していた。

 その頃、私も周りから距離を置かれていた。

 姉さんの発明――ISによって世界が変わり始めていた時期だったというのもあるが、人付き合いが人並み以上に苦手だったというのもある。

 そんな、いわば「あまり物」の私たちが仲良くなるのには、そう時間はかからなかった。

 いつも一緒にいるようになり、何度も二人で篠ノ之神社の秘密の場所で遊んだりもした。

 

 そんなある日のことだった。私たち一家に、重要人物保護プログラムというものが適用されようとしたのは。

 要するに家族を人質にして姉さんへの脅迫を防ぐべく行われる、政府主導の一家離散。長い名前の割にはひどく単純であり、かつ私にとっては受け入れ難いものだった。

 

 家族の事も家そのものも大好きで、せっかく友達も出来たのに、それなのに……。

 

 鈴にいつもの場所で打ち明けると、あいつは姉さんに直談判してこう言ったのだ。

 

「あんた、天才なら妹のお願いくらい叶えてあげなさいよ!」

 

 その一言を聞いた姉さんは政府に交渉、プログラムの適用をなんとか回避する事に成功。そうして今に至る。

 ちなみにそれがきっかけで鈴は姉さんとも親しくなり、ある時期なんかは私よりも距離が近かったとさえ言えるようになっていた。

 

「絶対に、助けてやる……!」

 

 決意を再び口にしていると、目の前に一台の無人タクシー――完全自律式AIが運転するタクシーの事だ――が停車し、ドアをぱかり、と開く。

 

「その無人タクシーは束さんが今手配したやつだから、早くそれに乗って。目的地もすでに入力してあるから!」

 

 再び繋がった姉さんからの通信が、そう告げる。

 正直に言って、戦う前から体力を消耗するのは避けたかった。このタクシーは渡りに船といったところであろう。

 

「ありがとうございます姉さん。それでは!」

 

 急いでタクシーに乗り込むと、繁華街を抜けて目的地へと一直線に進んでいった。

 

◆◆◆

 

 タクシーを降りてすぐの場所にある門の先には、広大な西洋風の墓地が広がっている。

 その奥にある小さな丘の上に、窮奇を纏った森 玲夜が座っているのが見えた。

 

 鈴は、どこだ……!?

 

 慌てて探したが、鈴の姿はすぐに見つけることが出来た。玲夜の背後に立っている一本の大きな木に縄で縛り付けられている。

 気絶させられているのか、その瞳は閉じていた。

 

「探したぞ、森玲夜!」

 

 声を張り上げて玲夜に聞こえるように口にしながら、同時に懐の銀色の鈴に意識を集中。打鉄を展開し纏う。

 

「私の名前を知っている……まぁ、どうでもいい事か」

 

 ぼそぼそと呟きながら玲夜は立ち上がると、その手に大型の戟を展開。数回頭上でぐるぐると振り回してから矛先を私に向ける。

 

「葵ッ!」

 

 玲夜が構え終える前に、私も近接ブレード「葵」の名をコールしながら展開。そのまま両手で構えてから切っ先を玲夜に向け、接近に備える。

 

 さて、どう出る……?

 

 窮奇の外見からして武装構成は打鉄とほぼ同じだと私は考えている。

 基本的に肩に近い部位にあるシールドで攻撃を防ぎ、強力な威力を誇る大型の近接武装で一気にシールド・エネルギーを削る戦術を得意にしているに違いない。

 つまり一撃とはいかないまでも、少ない手数で勝負は決まるといっていい。

 

 したがって私たちはお互い不用意に動かず、そのままの状態で睨み合いが続くこととなる。

 射撃武器で威嚇するのが、こういったときの常である。しかし私は鈴に直撃するのを恐れているために飛び道具は一切使えない。

 玲夜も武器が片手では振るえないものであるため、銃を展開するそぶりは見せなかった。

 

 隙は、ないか……?

 

 じっと凝視し、一瞬のほころびを見つけようと試みるが、向こうも相当な手練。そう簡単に隙など見つかるはずもない。

 玲夜も同じなのだろう、ただでさえ鋭い目をさらに鋭くして、私をにらみつけていた。

 その間に冷たい夜風が何度も私たちの間を吹きぬけ、私の身体を冷やす。

 

 勝負が始まったのは、七回目に夜風が吹いた時だった。

 どこかから飛んできたであろう新聞紙が宙に舞い、私と玲夜の目線の高さを通り過ぎる。

 一瞬視界が奪われた途端、私はスラスターを全力噴射して窮奇に迫る。

 

 とうぜん玲夜も同じ事を考えているのだろう。私のスタートと同時に、少し離れた位置からもスラスターの駆動音が聞こえてきた。

 

「なっ……!」

 

 ほぼ同時にスタート――正確には私のほうが少し早いのに、玲夜は私よりも遥かに間合いを詰めていた。そのため、思わず驚愕の声を漏らしてしまう。

 なぜ、こんなにも差がついたのか。その理由はすぐに分かった。

 

 ――瞬時加速。

 

 そう呼ばれる高等技能を使い、奴は私よりもすばやく移動することが出来たのだ。

 まさか、そんな技術までもっていたとは……!

 

「きぇぇぇ!」

 

 耳をつんざくほどの大きな声で玲夜は叫ぶと手にした戟を持ち上げ、すぐさま振り下ろす。

 私は急遽スラスターを右に傾け、全力で噴射し回避を試みるが、神速で振られたそれを回避することは出来なかった。

 右側の非固定部位のシールドに直撃し、シールド・エネルギーが減る。

 幸いにも掠っただけなうえ、当たった場所はシールド。ダメージはそんなに食らわずに済んだが、敵もすぐさま再攻撃のモーションに入っている。

 おそらく、このまま一気にたたみかけようと考えているに違いない。

 

 そうは……させるか!

 

 二発目の攻撃が来る前に急いで体勢を立て直す。そして少しだけ横に動いて玲夜の懐へと潜り込むと、お返しといわんばかりに剣を振り上げ一撃を叩き込む。

 そのまま反撃が来る前に急いで振り切り、一撃離脱を試みた。

 玲夜が攻撃している途中、という状況下で仕掛けた攻撃だ。盾は肩アーマーに接続されている以上、防御には使えまい!

 

「甘いなっ!」

 

 だが、玲夜のほうが一枚上手だった。彼女はシールドを機械のサブアームですばやく動かし右へと配置。そのまま私の斬撃を鮮やかに防御。盾の表面からは嫌な音が鳴り響き、ろくにダメージなど与えられなかっただろう。

 

「だが、これなら回避できまいっ!」

 

 私はブレードから右手を離すと、急いで「銃を握る」イメージを思い描く。

 刹那、私の手にはアサルトライフルが握られる。ゼロ距離ならば、流石に鈴に当たらないはずだと判断しての行動だった。急いで引き金を引き、シールドを動かしているアームを狙い撃つ。

 すると銀色の支柱は間接部から火花を発してスパークし、もくもくと煙をあげる。

 

「ちっ……思った以上にやるな。だがなぁ!」

 

 玲夜は高速でシールドを強制切除すると、それを足蹴にして私にぶつける。そんな行動をとってくるとは露ほども思っていなかった私は、その攻撃を真正面から受けてしまう。

 そしてその隙が、私にとっては致命傷となった。

 

「しまった……っ!」

 

 その後に続く、玲夜の戟による振り下ろしはそのまま胴体に直撃する。

 

「くぁっ……おのれっ!」

 

 うめき声とともにブレードを握り締め、そのまま振り上げて一閃。お返しにこっちも一気にシールドを削る。そうして玲夜がひるんでいる隙に、一旦スラスターを後方に吹かせて間合いをとった。

 

 次で、勝負は決まる……ッ!

 

 互いにもうシールドエネルギーはろくに残っていない。後一撃、手にした得物で先に攻撃を仕掛けたほうが勝つ。

 まるで振り出しに戻ったように、再び距離を置いて武器を構える私たち。またしても玲夜の背後に鈴がいるため、銃火器は使えない。

 窮奇の姿を頭に入れつつ、さっきの瞬時加速による突撃を参考におおよその最大速度を割り出す。

 敵が切り札を先に使ったのは不幸中の幸いだった。れくらいの速度で接近してくるか分かれば、いくらかは反撃のしようもあるからだ。

 

 コンピューターの割り出しが終わるまで、じっと玲夜を凝視する。相変わらず、隙らしい隙も見当たらない。

 

 代表候補生として、あちこちの国の同じ代表候補生と戦った私でも滅多に遭遇しないほどの技量だ。本当に厄介な……!

 

 内心舌打ちしたのと同時に、コンピューターの割り出しが終了する。

 そして、気絶していた鈴が目を覚ましたのも同時だった。

 

「んぁ……あれ、ここは……?」

 

 寝起きの鈴が発した呟きも、打鉄はくっきりと拾い上げる。

 そして、それは私の注意を一瞬玲夜から引き離すには十分だった。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 僅かな隙を突いて、玲夜は猛スピードで特攻をかける。そのスピードは事前に計算したとおりだったため、何とかなるに違いない。

 

 そんな甘い考えは、奴の奇策によって裏切られる。

 

 なんと玲夜は、自らの戟で残ったシールドの接続部を切り落として軽量化を図ったのだ。

 これによってほんの少しだけスピードが上昇し、私の思惑を外す事に成功する。

 

「なっ!」

 

 声が飛び出てしまうものの瞬時に意識を引き戻し、防御しようと慌てて行動を起こす。

 だが、ブレードを横にして守るという選択は拙かったようだ。相当な勢いが加わった玲夜の攻撃に耐えられず、ブレードは中腹のあたりで真っ二つに折れてしまったのだ。

 

 まずいっ……!

 

 焦りを顔に出しながらも、急いでアサルトライフルを展開しようと試みる。

 この状態ではもう、四の五の言ってはいられまい……!

 

 私がライフルの展開を終え、玲夜が最後の一撃といわんばかりに戟を振り上げた時だった。

 

「箒! そいつの手の武器を奪っちゃいなさい!」

 

 突如、墓地のほうから声が聞こえてくる。鈴が張り裂けんばかりの大きさで叫んだのだ。

 

 そうか、その手があったか……!

 

 鈴の助言を耳にした私は窮奇の右手を蹴り上げつつ、左手に向けてアサルトライフルを連射。戟を握る手に攻撃を集中させる。

 

「こいつ、何を……くっ!」

 

 最後にスラスターを噴射しながらタックルし、強引に戟を取りこぼさせる。これで勝利の方程式は全て整った!

 

 乱雑にアサルトライフルを地面に投げ、玲夜が拾うよりも早く戟を手にして奪い取る。とにかく奴が予備の武器を展開するまでに勝負を決めなければ、私の負けになってしまうのだ。

 

「てやぁぁぁっ!」

 

 そのまま横なぎに戟を振り、一気に玲夜に攻撃を仕掛ける。

 幸いにも、このような長いリーチを持つ武器を扱う技も私は習っている。

 

 篠ノ之流剣術は戦国時代に誕生した流派であるため、戦場で武器を失った際に敵の武器を利用する場合も考慮に入れてあったからだ。

 

「な、馬鹿な……!」

 

 血反吐を吐きながら、玲夜はISを解除しつつ倒れる。白目を剥いたその顔は驚愕に満ちていた。よほど自分の勝ちを確信していたのだろう。

 

「さて、と」

 

 私は安堵の息を吐きながらIS反応を検知し、窮奇の待機形態である腕輪からコアを抜き取る。これ以上ISの展開をされたらたまったものではない。

 

 そうして危険を取り除いてから、鈴のほうへと急いで向かう。

 

「鈴、大丈夫か!?」

「ええ、まぁ……特に怪我はない、わね」

「そうか。とりあえず、今から縄をほどくぞ」

 

 打鉄を解除した私は鈴を解放した。

 もっとも、思いのほかきつく縄で縛られていたため、完全に解放するまでにはそれなりの時間を要したのだが。最後のほうには手の皮が剥け、ひりひりとした痛みに襲われる始末。

 まったく、玲夜も厄介な置き土産を残したものだ。

 

「……ありがと、箒。助けてくれて」

 

 恐怖から解放された安堵と、助けられたことへの喜び。それにさっきまでの状況を落ち着いて思い返せるようになったからそこの恐怖感。

 それらがブレンドされたなんとも形容しがたい顔で、鈴は私に頭を下げる。

 

「いいんだ、鈴。お前の命が無事ならそれで……そういえばお前、ブレスレットはどうしたんだ?」

 

 私の質問に、鈴は指をさすことで答える。

 視線をその先に移すと、木の枝に引っ掛ける形でブレスレットがあった。あんなところにあったのか……。

 

 私はゆっくりとそっちへと向かうとブレスレットを取り、鈴に手渡す。

 

「あいつ、ここに着くなりすごい表情でね、あたしのブレスレットを奪っていったのよ……何だったのかしら?」

 

 きょとんとした表情で鈴は呟くが、なぜ奴が「温泉街のお土産」に過ぎないブレスレットを奪い取ったのかなど分からなかった。

 

『箒ちゃん、お疲れ様! 今IS委員会の中国支部に通報したから、もう少ししたら来ると思う。それまであいつの監視よろしくね』

 

 姉さんの通信が入ると同時に、サイレンの音が聞こえてくる。どうやらもうIS委員会の人たちは近くにまで来ているようだった。

 

 ふぅ、これでやっと一安心、だな……。

 

「ちょっと箒、箒ぃ!」

 

 視界がぼやけ、意識が徐々に遠のいていく。激戦の後の疲れが安堵とともに一気に押し寄せ、もはや立っているのもつらかった。

 

 結局このまま私は意識を失ってしまい、次に目を覚ましたのは飛行機の中でだった……。



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貴族少女とサムライガール

 起きてすぐに朝食をとると飛行機はロンドン空港へと着陸したが、身体には森玲夜と戦った時の疲れが残っていた。

 打鉄とてダメージが蓄積しており、とても展開できるような状態ではない。もし今すぐにでも敵に襲われたら、今度こそひとたまりもないだろう。

 そしてそれは、十分にありうる可能性でもある。

 

「箒ちゃん。もしかして敵が襲ってきたらどうしよう、とか考えてない?」

 

 知らず知らずのうちに、顔に出てしまったようだ。姉さんが私に声をかけてくる。姉さんの後ろでは鈴も心配そうな顔をしている。これでは隠し通すのは無理だろう。

 

「……これだけ短期間に、二回も襲撃があったんです。怖いに決まっています」

「まぁ、無理もないわよね」

 

 鈴が相槌を打ちながら、ようやくベルトコンベアに流れてきた荷物を持ち上げる。これで全員分の荷物が手元に戻ってきたので、並んで到着ロビーに通じている自動ドアをくぐる。

 

「確か、空港まで迎えが来ているのでしたっけ?」

「うん。向こうにも香港での事件の話はしているから、ちゃんと護衛として役に立つ人をよこすってさ」

 

 左右に視線を走らせその迎えの人を探しながら、姉さんと言葉を交わす。温泉街と香港、どちらでも襲ってきた敵はISである。そのため、護衛はIS乗りだと見て間違いないだろう。専用機持ちならば敵ISの急襲にも対応できるからだ。

 

「ねえ箒、あそこにいるのってもしかして……セシリア・オルコットじゃない?」

 

 鈴が入口近くの一点を指差す。そこにはブロンドのロングヘアの少女が立っていて、頭上に「Shinonono」と書かれた紙を掲げていた。

 

「ああ、確かにセシリアだな」

「箒って、セシリア・オルコットと知り合いだったの!?」

 

 鈴は驚きの声を上げるのも、まぁ無理もないだろう。セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生であり、ただでさえそれなりの知名度を有しているのだから。

 ……もっともモデル業や女優業のほうが有名で、本職であるIS乗りとしての知名度は日本ではそこまで高くないのだが。

 

「前に一度、試合をしたことがある。その時に仲良くなってな、色々話したりもした」

 

 私と鈴で話し込んでいると、セシリアもこっちに気がついたようだ。手をぶんぶんとふりながらこっちに駆け寄ってくる。

 

「箒さん、お久しぶり! 香港では大変でしたわね」

「ああ、本当にな……あと一歩で死ぬかと思ったよ」

「……ところで、そちらの方は?」

 

 きょとん、とした顔でセシリアは鈴を見る。初対面だし無理はないのだが。

 

「箒の友達の凰鈴音よ。よろしく、セシリアさん」

 

 すっと右手を差し出しながら鈴が言う。普段のこいつを知っているからか、その仕草や言葉からは若干のぎこちなさを感じずにはいられなかった。

 

「温泉街で襲われたとき、一緒にこいつもいたんだ。かなり近い位置で例の男の姿を見ている」

「そうでしたか」

 

 セシリアは私が追加した情報を聞いて頷くと、すっと右手を鈴に差し出した。

 

「改めまして鈴さん、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットです。わたくしの事はセシリアでいいですわ」

「えっ……そう。それじゃあよろしく、セシリア。いやぁ、代表候補生が相手だと緊張しちゃっててさぁ」

「私だって代表候補生なのだが?」

 

 安堵の息を漏らしてセシリアと握手を交わす鈴の頭に軽くチョップを入れる。

 鈴と私はずっと一緒だったし、あまり代表候補生としての広告活動もしてこなかったから仕方ないという面もあるのだが、それでも何となくイラっときた。

 

「んっ……もういいかな?」

 

 私たち三人の会話がひと段落着く頃合を見計らってから、姉さんが会話に入ろうと一歩前に出て口を開く。

 

「じゃあ、早速IS委員会のイギリス支部へと向かおうか。案内して」

「はい。出てすぐのところに車を待たせてありますわ」

「ちょっと待ってくれ、セシリア。今からあの工場跡に向かうのではないのか?」

 

 セシリアと姉さんの会話と、私の中の行動予定がどうにもかみ合わない。まだ陽は高いから、現地に向かう列車だってあるはずだ。なのになぜ……?

 私が口にしてすぐに姉さんはしまった、とでも言わんばかりの表情を浮かべてから解答を話しはじめる。

 

「箒ちゃんの打鉄を修理がてら、改修しようと思うんだ。正直このままじゃ今後はキツいと思うしさ。それは箒ちゃんが一番よく分かっている事だと思うけど?」

「なるほど……それなら確かに、一日遅らせる必要がありますね」

 

 確かに、姉さんの主張は的を射ている。

 無人機といい窮奇といい、量産機では苦戦を強いられるような敵との戦いが続いているのだ。少しでも伸び代があるなら伸ばしておきたい。

 それに今はセシリアがいるとはいえ、工場跡までの道中に無人機や窮奇以上の高性能機が私たちを襲撃する可能性だって十分に考えられる。保険をかけておくのに越したことはないだろう。

 

「じゃあ、早速行こっか」

「ところでセシリア。あたしお腹減ったんだけど、向こう委員会の建物に食堂ってあるの?」

 

 姉さんの一言を皮切りに出口まで歩きはじめてすぐに、鈴がお腹に右手を当てながらセシリアに問う。現在は午後一時すぎで昼食はまだだった。じつのところ、私も少しだけ空腹だったりする。

 

「ありますけど、必要ありませんわ」

「何で? まさかお昼抜きって言いたいわけ?」

「そうではありませんわ……この通り、車内に既に用意してあるんですもの!」

 

 いかにも高級そうな車のドアを開けて、中を指差しながらセシリアは胸を張る。言われたとおりに覗いてみると、確かに車内に備え付けられたテーブルの上にはバスケットが鎮座していた。

 

「へぇ……気が利くねぇ」

「束さん、見て。すっごく綺麗!」

 

 先に乗車した姉さんと鈴がはしゃいぎながらフタを開けると、そこには色とりどりの具材が挟まったサンドイッチが整然と並べられていた。

 容姿にこだわるセシリアの作ったものだけあり、十二分に美しい見た目をしている。

 

「さ、遠慮なさらずに召し上がってくださいな」

『いただきますっ!』

 

 発車と同時に手を合わせ、三人で号令。それからいっせいにBLTサンドをひとつ取り出して口に運ぶ。すると……

 

 ……なぜかIS委員会イギリス支部へとたどり着くまでの記憶が、すっぽりと抜け落ちていた。

 

◆◆◆

 

 車内で昼食を済ませたはずなのに不思議なことに腹は減ったままだったので、とりあえず委員会の建物の一階にあった食堂で昼食をとる。

 そしてそれから、姉さんは整備室にこもって私の打鉄の改修作業に入る。その間、私たちは待合室で談笑していた。

 年も同じで、三人全員が四月からはIS学園の生徒となる。それだけ共通点があれば話題には事欠かず、ふと窓の外を見た時にはもう陽は沈みかけていた。

 

「いいなぁ、専用機。あたしも欲しいなぁ……」

『やっほ~、箒ちゃん! 完成したから整備室まで来てねん♪ それじゃっ』

 

 話題が専用機のことになり、鈴がそんな事をぼやいた瞬間。頭上に備え付けられたスピーカーから姉さんの声で完成したというアナウンスが入る。

 すぐさまセシリアに案内してもらって整備室に入ると、そこには白い布で覆われた打鉄が鎮座していた。

 

「じゃじゃーん。これが箒ちゃんの新たなる力、その名も打鉄・正宗だよっ!」

 

 打鉄のすぐ前で腕組みをして待ち構えていた姉さんはドヤ顔でそう言うと、両手で覆いかぶさっていた白い布をどかす。

 すると、そこには私の新しい機体が鎮座していた、のだが……。

 

「なんか、あまり……」

「通常型の打鉄と変わってませんわね」

 

 あまりにも代わり映えのしない打鉄を目の当たりにして「さて、どうコメントするべきなのか……」と悩んでいるうちに、鈴とセシリアがそれぞれコメントする。

 

 実際、視界に映っているISは大半が通常の打鉄と同じパーツを使用していた。少なく見積もっても七割は通常の打鉄と同じパーツである。

 おそらくだが、ISについて何も知らない一般人に見せても「同じ機体だ」という反応が返ってくるに違いない。

 

 変更点はぱっと見た限りだと、両肩のシールドが左だけになった代わりに大型化したのと右腕の突起、それに手持ち武器である剣の形状くらいだ。

 

「しょうがないでしょ~。元々完成していた機体を半日で弄ってるわけなんだし、これが限界だってば。でもまぁ、ジムからジムⅡくらいには性能アップしてるよ」

「それで姉さん、具体的な改善点をお願いします」

 

 相変わらず姉さんのたとえはよく分からなかったので、単刀直入に訊くことにする。

 

「よくぞ聞いてくれました! この打鉄正宗の大きな改善点はまず、内部の伝達回路の全面改修がメインなんだよね。これによって篠ノ之流剣術の切れ味が格段に増すと思うよ」

「なるほど……それは助かります。他には?」

「右腕のでっぱりには小型のマシンガンを内蔵。それとシールドは近接戦の時の取り回しを考えて片方だけにしておいたよ。その代わり大きさは鈴ちゃんサイズから箒ちゃんサイズにまでボリュームアップしておい――ぐべぁ!」

 

 顔を真っ赤にした鈴の放ったパンチが、思いきり束さんの顔面に入る。相変わらず貧乳関係のネタになると容赦がないな……。

 

「あたしがそういうの嫌いなの、知ってたよね。束さん」

「あれ、そうだったっけ? ごめんごめ~ん、束さん物覚えが悪くってさぁ!」

「物覚えが悪い人が、こんなもの造れる訳ないでしょ……」

 

 何事もなかったかのようにひょっこりと立ち上がり、ハイテンションを維持したままの姉さん。その顔には傷一つついていない。そんな姿を見てため息を吐く鈴。どうやらもう諦めたようだ。

 

 セシリアはそんな光景を見て若干引いていた。まぁ、初見なら間違いなく引くだろうな。私たちにとっては「いつもの光景」でしかないが。

 

「あ、箒ちゃん。最後に新しい近接ブレード『長船』は『葵』から耐久性と威力がか~なりアップしているから、今までよりも強力かつ正確な剣を放てるようになったよ」

「え、あ……は、はい」

「それじゃあ箒さん、アリーナの方で試運転と参りましょうか。借りられる時間も限られてますし、明日の準備もありますし」

 

 セシリアのその言葉に頷いた私は、打鉄正宗に乗り込む。

 どうやらフィッティングに関しては原型機のデータを使いまわしているらしく、その必要はなかったらしい。機体はすぐさま私に馴染み、起動した。

 

「では……篠ノ之箒、打鉄正宗、出る!」

 

 カタパルトに鉄の脚をひっかけながら勢いよく言うと、私はアリーナの中へと飛び出した。

 

◆◆◆

 

 打鉄正宗は姉さんの言う通り、私に馴染む形に仕上がっていた。特に反応速度の向上がめざましく、なめらかに動くことができた。これならば、少しは今後の戦いも優位に運べるというものだろう。

 

 少なくとも無人機とは互角以上に戦えるような気はする。気のせいでなければいいのだがな……。

 

 その翌朝。ロンドン駅から午前8時に出る列車に乗り、私たちはイギリス北部のIS工場跡地へと向かった。

 

「到着するまで、あとどれ位かかるんだっけ?」

 

 ミネラルウォーターの入ったペットボトルを手に取るついでに、鈴が対面に座るセシリアに問う。

 

「そうですわね……だいたい二時間でしょうか」

 

 腕時計をちらっと確認しつつ、セシリアが答える。ちょうどいい、まだまだ時間はあるようだ。

 到着までに例の「夢の中の男」について、景色でも見ながら最終確認をしよう。そう決めた私は、視線を窓の外に向けた。

 

 外はまるで洋画の一場面のような平野が続いており、代わり映えのしない光景が続いている。

 

 ――と、思ったのだが。

 

「あれは……! 無人機か!?」

 

 左上にごく小さな、まるで人のような形をした黒点がいくつか浮かんでいるのを発見した私は慌ててセンサー部だけを部分展開。そのまま視界を限界までズームして確認する。

 案の定、それは温泉街で私たちを襲った無人機だった。しかも今回はあの時とは違い、一機だけではない。なんと三機もいる。

 

「みんな、無人機が現れた! 私はこれから迎撃に向かう!」

 

 早口で捲し立てつつ、窓を勢いよく開け放つ。もはや一刻の猶予もない。

 窓が開閉可能なタイプだったのは不幸中の幸いというものだろう。

 

「お待ちになって箒さん、わたくしも加勢いたしますわ」

 

 私が邪魔にならない部分だけ装甲を展開し、窓の淵に足をかけた時。セシリアが一歩前に出て申し出てくる。

 

「ああ、そうしてもらえると助かる! では……行くぞ!」

「はいな!」

 

 身を乗り出すのと同時に懐にある銀色の鈴に強く意識を向けて打鉄正宗を展開。そのまま私は、敵無人機めがけ天高く飛翔した。



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跡地にて

 敵のビームを避けながら直進すること数十秒、私は敵ISと近接戦闘を行えるくらいの距離にまで接近する。

 セシリアの専用機『ブルー・ティアーズ』は砲撃戦を主軸に据えた機体なので、私とは違い一定の距離を保っていた。

 

「……剣!?」

 

 敵の一機が私の接近を確認し、武装を量子展開する。

 それは私の背丈の半分ほどの大きさもある、中世の西洋剣を模したものであった。

 

『敵発見。これより攻撃を開始』

 

 温泉街に現れたそれと同じく、無機質な声で無人機は言い放つ。

 そして有言実行と言わんばかりに攻撃を開始し、私に向かって両手で構えた剣を振り下ろそうとする。

 だが……、

 

「遅いッ!」

 

 鋭い横薙ぎの斬撃を敵よりも素早く浴びせ、無人機の肘から上を切断。

 突如腕がなくなったことでエラーでも生じたのか、無人機はその場に数瞬だけ、糸の切れた人形のように硬直してしまう。

 そしてそれは、スナイパーにとっては十分すぎるほどの隙であった。

 

「セシリアッ!」

「お任せください、箒さんっ!」

 

 私の掛け声と同時に、セシリアはその手に握っている大筒状のレーザーライフル『スターライトmk-Ⅲ』を素早く無人機に向け、トリガーを引く。

 刹那、無人機の身体を光の矢が貫き、物言わぬ屑鉄と化したそれは地上に落下していく。

 

「まず一機!」

 

 セシリアのその言葉を耳にしながら、打鉄正宗のスラスターを吹かせ右隣に浮かんでいた無人機へと接近。そのままの勢いを維持して篠ノ之流剣術「流星刺突剣」を繰り出す。

 だが、無人機はこちらの行動を読んでいたようである。

 私の接近に対し、敵は「一時的にPICをカットする」という奇策に走ったのだ。

 これにより無人機は重力に引っ張られ、私の剣が当たらない位置にまで落ちていく。

 

「正直予想外だな。だが、それも――」

「私たちのコンビネーションの前には、無駄な努力だと言わせていただきますわ!」

 

 ブルー・ティアーズの非固定部位には板状のパーツが4枚あるのだが、それらがセシリアの指示と共に分離、独立して飛行を開始する。

 これこそ彼女の機体、その名前の由来ともなった特殊武装「ブルー・ティアーズ」のビットだ。

 ビットは無人機が落下した先に移動すると先端の銃口からビームを放ち、それを串刺しにする。

 

「これで二体目!」

 

 私が口にすると同時に、最後の一機めがけて攻撃を開始する。

 まずはセシリアがビットを使い敵の逃げ道を封じ、それと同時に私の「打鉄正宗」の右腕に装備されたマシンガンを乱射してシールドエネルギーをじわじわと削っていく。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 そしてじゅうぶんな位置にまで接近すると、近接ブレードで袈裟切りを放ち急速離脱。

 これくらいの損傷なら、まだ敵機は動ける。それは温泉街での戦闘の際に身をもって分かったことだ。だが……、

 

「これで終わりですわ!」

 

 傷口にビームのシャワーを浴びせれば、また話は変わってくる。

 私が離れてすぐに、セシリアはビットを盾に並べて一斉射撃。正確に損傷部位に熱線を浴びせていく。

 数秒と持たずに無人機は内部から爆発、残骸は真下の草原に転がっていった。

 

「楽勝、でしたわね!」

「……ああ!」

 

 素直に喜んでいいのかは少し迷ったが、とりあえず敵を退けた事実に変わりはない。

 私たちはISの装甲ごしにハイタッチすると、鈴と姉さんの待つ列車へと移動を開めた。

 

◆◆◆

 

 数キロ離れた位置にまで列車は移動していたものの、私たちのISをもってすればすぐに追いつくことはできた。運転手に頼んで一旦停車してもらい、ドアから中へと戻ってくる。

 

「お疲れ箒ちゃん、打鉄正宗にして正解だったでしょ?」

 

 パソコンのモニターを眺めていた姉さんが、顔を上げて問いかける。画面をさりげなく覗いてみると、グラフやら数値やらがびっしりと表示されていた。

 どうやら今しがたの戦闘データをまとめていたようだ。

 

「ええ、昨日の試運転の時と同じく、最高の反応速度でした。これならば今後は、少なくとも無人機に対しては心配ないでしょう。セシリアもいますしね」

 

 微笑みながら私はそう結論付づけ、自分の席に座ろうとしたのだが、そこは鈴に占拠されていた。何やら物憂げな表情で、窓の外をひたすら眺めている。

 

「おい、鈴。悪いが自分の席に戻ってくれ」

「え……あ、箒! 何時の間に帰ってきたの!?」

 

 声をかけられ初めて、鈴は私の存在に気が付いたようだ。まったく、さっきからずっといただろうに……。

 軽く腰を上げて鈴が通路側の席に移動し、改めて自分の席に座る。

 私が出て、続けざまに鈴が座ったためだろうか。椅子はまだ暖かかった。

 

「なぁ鈴。お前、どこか具合が悪いのか?」

「いや……そんなんじゃ、ないわよ」

 

 私が隣に座っても、どこかぼけっとした印象を鈴から受けた。

 流石に親友が可笑しな状態というのは気がかりだったので、穏やかな声で尋ねてみたものの、曖昧に笑ってはぐらかされてしまう。

 それはまるで、私がいつもやっている誤魔化し方のようだった。

 

「皆さん、少しよろしいでしょうか」

 

 私と鈴の会話が途切れたタイミングを見計らってセシリアが席を立ち、そう発言する。

 

「どうしたのさ、いきなり」

「襲撃に遭ったIS企業について、皆さんはどこまでご存知なのか確認したいと思いまして」

 

 姉さんの質問に対し、セシリアは即座に返答する。確かに、襲われた場所がどんな企業なのかという情報は大事だ。

 

「HOインダストリーという名前の企業で、イギリス北部に工場を構える小さな企業。その程度しか私は知らない」

「あたしも……それくらいかしらね」

「束さんも、そんな企業の名前は事件前までは知らなかったからね」

 

 私たち三人が続けざまに答える。

 私と鈴はイギリス行きの準備やら何やらで、姉さんは無人機の調査で忙しく、ほとんど情報を手に入れる時間がなかったのだ。

 今しがた私がセシリアに話したそれも、インターネットの受け売りに過ぎない。

 

「なるほど、本当に最低限の知識しかないようですわね。では、こちらをご覧ください」

 

 セシリアはタブPCを操作すると、日程表と思しきリストを表示させる。

 その中間くらいの位置には、問題の企業の名もあった。

 

「セシリア、これは何だ?」

「イギリスの企業用のISコア、その貸出しについてのスケジュールですわ」

「貸出しって、どういうこと?」

 

 あまり意味が分からなかったので、鈴の質問は私の疑問を代弁しているのに等しかった。

 

「倉持やデュノアみたいなIS関係の大企業がないから、イギリスは国内のIS関係企業に交代制でコアを貸し出してるんじゃなかったっけ」

「篠ノ之博士の仰る通りです。12の企業が2週間交代でコアを持ち回りで利用、新装備や基礎フレームの実験に使われていますわ。もちろんHOインダストリーも、この12の企業に含まれています」

「一体それと襲撃に、何の関係があるって…………まさか!?」

 

 姉さんの説明とセシリアの補足を聞き終えてすぐ、鈴が話し始めたものの、その言葉は途中で止まってしまう。

 そしてそれから数秒後、鈴は「まさか」の内容を口にした。

 

「その日はHOインダストリーに、コアがあったっての?」

「ええ、確かにそこにありました。ですが盗まれてはおらず、無事にコアは回収されましたの」

 

 ISコアは全世界合わせても500弱しかなく、どの組織も喉から手が出るほど欲しいもののはず。そんなものを無視してまで、襲撃した本当の理由とはなんなのだろうか。

 あまりにも理解不能だったため、思わずため息が漏れる。

 どうやらみんなも同じ気持ちだったようで、三人の口からもため息が聞こえてきた。

 

「目的もなしに襲撃、愉快犯か何かかしらね? 全く、胸糞悪いったらありゃしないわ!」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、鈴が語気を荒げる。

 温泉街に襲来した無人機に香港の窮奇、それに今しがた襲いかかってきた三機の無人機。

 この一週間に三回も理由すら不可解の襲撃に遭った私と鈴としてみては、とても他人事とは思えなかった。

 

「ああ……全くだ」

「箒さんへの襲撃も激化しているようですし。やはり、何か関係があるのでしょうか?」

「分からんが、IS学園に入る前にはケリを付けたいな。せっかくセシリアや鈴と一緒の学校で過ごせるというのに、何かにつけて襲撃となっては最悪としか言いようがない」

 

 セシリアの問いに答えたついでに、私は心情を吐露する。

 

「そうよねぇ。もし修学旅行の時に襲われたりしたら、もう最悪ってレベルじゃないかも」

 

 鈴が会話に割り込み冗談とも本気とも取れるような発言をかました、その瞬間。

 突如激しい頭痛が私を襲うのと共に、あるビジョンが頭の中に浮かび上がる。

 それは私が夜空の下、黒いISと戦っているというものだった。地表には神社や寺が多数あったことから、おそらくそこは京都なのだろうと推測できる。

 

「箒さん、どうしました?」

「具合悪いの?」

 

 一瞬とはいえ、あまりの痛みに頭を押さえたせいだろう。セシリアと鈴が心配そうに尋ねてくる。

 

「あ……いや、心配ない。もう大丈夫だ」

「箒ちゃん、きっと襲撃続きで疲れが出たんだと思うよ。到着までまだまだ時間はあるしさ、少し寝たらどうかな?」

 

 姉さんも心配げに私に話しかけてくると、何ともありがたい提案をしてくれた。ここは素直に甘えるべきだ。

 そう判断した私は頷き、背もたれに寄りかかる。

 さっきのビジョンについてゆっくりと考えたかったというのもあったが、実際姉さんの言う通り、連戦の疲れもあった。

 更に言えば、恐らく移動の疲れもあるに違いない。瞳を閉じてすぐに、私の意識は思考を巡らす暇もなく沈んでいった……。

 

◆◆◆

 

 私が目を覚ました時には、既に列車は私たちの降りる駅に到着する寸前だった。

 慌てて準備をして下車すると今度は駅前に停まっていた迎えの車に乗り込み、田舎道を走ること四十分弱。

 ようやく私たちは、問題の跡地へと足を踏み入れた。

 

「やはり……映像で見るのとは別物だな」

 

 瓦礫や落下してきた鉄骨、破損した機器の残骸が散乱し、足の踏み場に難儀する廊下。そこを何とか歩いて奥に進みつつ、私はそう漏らす。

 

「確かにそうよね。焦げ跡の匂いとか何とも言えない雰囲気とかは絶対に、画面からは読み取れないんだし」

 

 鈴が足元に視線を向けたまま返事をしたのを最後に、私たち四人はそれぞれ別行動で調査を始める。

 

「箒ちゃん、ちょっとこっち来て」

 

 数十分経った頃だろうか。突如、奥のほうから姉さんの声が響き渡った。なので私は急ぎ声の方へと向かう。

 そこは重要区画だったらしく、シャッターが閉じられていた。

しかし、何か鋭利な刃物で切られたように四角い穴が足元から2~3メートルの位置に開いていたため、隔壁としての役割は果たされていない。

 

「これは……凄まじい切れ味の武器を使ったんでしょうね」

「うん、それは束さんも分かってる。でも、こんな分厚い壁を一撃で斬れる武装なんて束さん、一つしか知らないんだけど」

「それは、一体何なのです?」

 

 ごくりと唾を飲みながら、姉さんの答えを待つ――もっとも、私の頭の中でもある程度までは目星がついていたのだが。

 

「零落白夜。ちーちゃん……初代ブリュンヒルデのIS『暮桜』の単一仕様能力を使えば、特殊合金製の分厚いシャッターを一刀両断できるかも」

「ですが姉さん、この断面を見てください」

 

 遠目からでもどこか切断面に違和感を覚えたため、センサー部だけを部分展開して見てみる。

 すると思った通りの結果が見えてきたので姉さんを呼び、見てみるように促す。

 

「この入射角は明らかに、篠ノ之流のものではありません。いえ、それどころか……もしかしたら、剣の素人の可能性も」

「何? 素人が零落白夜を使える機体に乗ってたって事? まっさか~! あんなに使い勝手の悪いものを、ヘボいパイロットが使える訳ないじゃん♪」

「私だってそう思いますよ。ですが、こんなにはっきりと千冬さんじゃないって証拠を出されたら、私だって……あれ?」

 

 姉さんとの会話の最中、隔壁の向こうに高エネルギーの反応を検知したと打鉄正宗のAIから伝えられた。

 だから私は慌ててその文面を視界スキャンし姉さんに送信。そのまま隔壁の穴を通って閉ざされた区画へと向かう。

 

「うっ!」

 

 壁の向こうに広がっていたのは、腐り始めた死体がいくつも血で赤黒く汚れた床の上に横たわっているという、とてつもなく悲惨な光景だった。

 その奥にある一台のデスクの上に、光るキューブ状の何かがあるのに私は気づいた。

 打鉄正宗のエネルギー反応と照らし合わせてみても、それが先ほど感知したものの正体であるのは間違いない。

 視界をズームし確認すると、そこには「この場にあってはならないもの」が写っていた。

 

「あれは……。だが、セシリアの話によると、回収された筈では……」

 

 ――ISコア。

 そう呼ばれているキューブ。それが机の上に置いてあった。

 理由はともあれ、そんなものを発見して放っておける道理もない。私はスラスターを吹かせて机の前まで移動し、コアを右手に掴もうとした。

 ちょうどその時だった。コアの右隣にあった資料に、私の目は奪われる。

 なにせそこには「篠ノ之箒」と、私の名前が日本語で書かれていたのだから。

 

「なんだ、これは」

 

 背筋に悪寒が走ったものの、ここまできて読まないわけにもいくまい。

 そう考えて紙束を手に取る。

 「篠ノ之箒」「スフィア」「引き継ぎ」「椿」……。

 その資料は血で汚れており、一部の単語しか読むことはできなかったが、依然として貴重な史料であることに変わりはない。

 私がコアと資料を手に取り、万が一にでも取りこぼさないよう量子格納した、その瞬間。

 「ぴし」という音を立てて壁に亀裂が入るのと同時に、天井から大小さまざまな瓦礫が降り注ぐ。

 

『箒ちゃん!』

「わかってます!」

 

 スラスターを全力噴射し、通ってきた隔壁の隙間から脱出。

 途中でISを展開し鈴を抱き抱えているセシリアと、同じくISを展開している姉さんと合流。一気に外まで駆け抜ける。

 

 私たちが外に辿り着いてすぐ、建物は自重によって完全に崩壊。後には瓦礫の山だけが残された。

 

「危ないところでしたわね」

「ホントだよ、全く……」

 

 安堵の言葉を口にする二人を背にしつつ、私は先ほど回収した二つの物を展開してみる。

 すぐにそれらは呼び出され、私の手のひらに展開された。

 

 これは、手掛かりになりえるものなのか。

 それとも、謎を増やすだけなのか。

 

 前者であることを願いながら私は姉さんたちにコアと資料を見せ、話を始めたのだった……。

 



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サイレント・ゼフィルス

 日差しが眩しくて、私はいつもより少し早く目を覚ます。

 なので、私は鈴が寝ているうちに身支度を整えることにした。

 顔を洗ってから着替え、最後にベッドサイドに置いておいた緑色のリボンで髪をポニーテールに纏める。

 

「ふぅ……」

 

 そうしてからため息をひとつつき、私は部屋の窓から景色を眺めた。

 見渡す限り、どこまでも青が続いている。 

 

 あの工場での騒ぎから数日後。

 私たちはセシリアとともに、船で日本へと帰っている最中である。

 陸路や空路に比べれば海路の方が襲撃のリスクは少なく、仮に襲われても早期に敵を発見できる可能性が高いと踏んだためだ。

 

「椿、か……」

 

 さっき冷蔵庫から取り出しておいたミネラルウォーターを口に含み、それから一言呟いてみる。

 それは工場跡で拾った紙に書かれた単語の中で、最も意味不明だったものだ。

 

 篠ノ之箒――つまり私はISの操縦者だし、姉に開発者の篠ノ之束がいることから分からないでもない。

 引継ぎは、恐らくISの操縦記録の引継ぎあたりのことを指しているのだと思われる。

 そう仮定すると、スフィアというのはコア内部にある球体状の記憶装置を指しているのだろう。

 

 このように他の単語は意味が分かるのに、椿だけ理解不能なのだ。

 

「夕方には家に着くし、それから考えればいいか……」

 

 また呟いてから、もう一口だけ水を飲む。

 喉から手が出るほど気にはなっているが海の上では設備も乏しいため、調査できることは限られている。

 なので、本格的に姉さんが調べだすのは家に帰ってからとなっていた。

 口惜しいが、今は待つしかあるまい。そう思って椅子から立ち上がった瞬間だった。

 

「いや……やめ、て……いやぁぁぁぁぁっ!」

 

 突然に悲鳴が聞こえたので振り返ってみると、ベッドの上で鈴が苦しそうにもがいていた。

 よほどひどい悪夢を見ているのだろう、額からはいくつもの大粒の汗が流れている。

 

「おい鈴、大丈夫か!?」

 

 

 慌ててベッドまで駆け寄り、身体を軽く揺すって起こしてやる。

 悪夢にうなされるつらさを、私は身をもって知っている。そんな状態の親友を放っておくなんてとてもじゃないができない。

 

「ぅぁ……ほう、き……」

「大丈夫か鈴。ほら、これでも飲め」

 

 優しくそう言って、持ったままにしていたボトルを鈴に手渡す。

 鈴はそれを奪うように私の手から受け取ると、ぐびぐびと一気に飲み干した。

 

「……ふぅ。ごめん箒、もうだいじょぶ」

「そうか……なら良かった」

 

 鈴の笑顔を見て安心したのも束の間。

 すぐに鈴の手が小刻みに震えているのに気づいて、私の心は沈んでしまう。

 いったい、どれだけ怖い夢を見たのだろうか……。

 

「箒……朝っぱらから怖い顔しないでよ、もう!」

 

 ベッドから起き上がりながらそう言うと、鈴は大きく伸びをする。

 そうしてから鈴は洗面所へと向かったため、再び部屋は静かになった。

 だが、静か過ぎるのも考え物だ。ついついあの紙束や鈴の悪夢について考えはじめ、気が滅入りそうになる。

 だから私は気を紛らわせるため、ベッドサイドに置いてあったリモコンを手に取り赤いボタンを押す。

 直後、テーブルの脇にあるテレビが点灯して番組を垂れ流す。

 最初に映ったのは恋愛ドラマだった。今の気分じゃないのでチャンネルを変えてみるも、どこも碌な番組をやっていない。

 

 そうやってパチパチとやること回数にして4~5回、時間にして数分。ようやく私の興味が惹かれる映像が、液晶に姿を現した。

 それはISに関する情報番組で、画面には濃い青色をした機体のCGが映っている。

 か細い脚部装甲に昆虫の羽を思わせる非固定部位のスラスター、細長いビームライフル。

 そのどれもが既存の機体とは似ても似つかないはずなのに、私はそのISに強いデジャブを抱いてしまった。

 

「サイレント・ゼフィルス……?」

 

 下に書かれた英語を読み上げる、このISの名前だろうか。

 

「箒さん、起きてらっしゃいますか?」

 

 そんな時、部屋の扉がノックされてセシリアの声が聞こえてきた。急いでドアへと向かい、彼女を部屋の中へと招き入れる。

 

「セシリア、おはよう。どうした?」

「朝食にお誘いに参ったのですが……あら?」

 

 つけっぱなしのテレビから流れる音声が耳に入ったのだろう。セシリアは少しだけ奥に進むと、テレビの画面が見える位置にまで移動していく。

 

「ゼフィルス、そういえばもう発表の時期なのですわね……」

「え……セシリアってば、このISのこと知ってんの?」

 

 いつの間にか部屋に戻ってきて、ベッドに座りながらツインテールを結っていた鈴が、セシリアの独り言に応じる。

 

「そりゃあ、まぁ……。だってわたくしの専用機、ブルー・ティアーズの後継機にあたるISですし」

「うっそ!? あんたの専用機とこのゼフィルスっての、ぜんぜん似てないじゃない!」

 

 声を張り上げながら、鈴が画面を指差す。まさか今見ているものを知っている人がすぐ近くにいるとは思いもしなかったのだろう。

 

「重要なのはBT――遠隔操作の武装を積んでいる事であって、見た目ではありませんから」

「ふ~ん、そういうもんなんだ……。ところでセシリア、この機体のパイロットってもう決まってるの?」

 

 急に作ったような笑顔を浮かべて、鈴はセシリアに尋ねる。

 

「ええ。IS学園に通っていらっしゃるサラという代表候補生の方の専用機になることが決定していますが……。なぜそんなことを聞くんですの?」

「え、わかんない……箒なら分かるわよね?」

 

 急にこっちに話を振ってきたが、私にも分からない。一体こいつは何が言いたいのだろうか?

 

「あたしの専用機になったらいいなって、そう考えてたのよ! 言わせないでよ、全く!」

 

 思いっきり顔を赤らめて、鈴は早口でまくし立てる。

 なるほど、専用機を持っている私とセシリアでは思いつかないわけだ。

 

「イギリスのISですのよ、ゼフィルスは。仮にパイロットが決まってなかったとして、鈴さんがどうやって乗ると言うんですの……」

「自由国籍権を行使して、よ。あたしはIS適正Aなんだし、やれるって!」

 

 自身の適正の高さを楯にしてドヤ顔を決める鈴だったが、その理論は残念ながら穴だらけといわざるを得ない。

 

「適正Aなんて、結構いるぞ?」

「それにBTを搭載した機体は、通常の適正のほかにもBT適正と言うものを要求されまして、それが高くなければ操縦は困難なのですが」

「ああもう分かった分かった! どうせパイロットは決まってるんだから諦めるって! ほら二人とも、朝ごはん食べに行くんじゃなかったの? さっさと行くわよ」

 

 勢いよくベッドから立ち上がると、鈴はすたすたとまっすぐ部屋から出て行った。

 

◆◆◆

 

「なるほどねぇ……鈴ちゃんは専用機が欲しいんだ」

 

 姉さんと合流して朝食を食べ終え、コーヒー(セシリアだけは紅茶だが)を飲みながら四人で今朝の出来事を話していた。

 

「そりゃIS学園に通う女の子なら、誰だって欲しいに決まってるじゃない。それに専用機があれば……」

「専用機があれば?」

 

 急に言いよどんだため、私が続きを話すよう促してみる。

 そういえば鈴は専用機が欲しいと、温泉街でも言っていたっけな。

 

「う、ううん。何でもないの!」

 

 鈴は両手を身体の前でぶんぶんと振りながら、必死で誤魔化す。

 一体何なのだろうか、気になる……。

 

「鈴ちゃん、もしあのコアが問題なかったらそれ使ってさ、専用機作ってあげようか?」

 

 私があれこれ思案していると、姉さんがとんでもない事を口走った。そのせいで思わず飲みかけのコーヒーを噴き出しそうになってしまい、数回むせ返ってしまう。

 それは隣にいたセシリアも同様だった。げほげほと大きく咳をしている。

 

「篠ノ之博士、何をいっていますの!」

「専用機をそんな簡単に渡して、いい筈がないでしょう!?」

 

 慌てて私とセシリアで姉さんに抗議するも、当の本人はどこ吹く風と言った状態だった。

 

「え~? 別にいいじゃない、鈴ちゃんはずっと箒ちゃんと束さんと仲良しなんだし、入学祝いって事でさ」

「世界最高クラスの飛行パワードスーツを入学祝いに送る人が、どこの世界にいるって言うんですの……」

 

 「はぁ」と思い切り嘆息してから、セシリアは再び紅茶を啜る。

 

「ん? おかしなことを言うね、目の前にいるじゃないか……って冗談はさておき、鈴ちゃんならすぐに学園で優秀な成績を残せるだろうから、けっこう早い段階で専用機を手に入れることができると思うよ」

「入学して二ヶ月後の個人戦のトーナメントで優勝する、とか?」

 

 鈴がそういうと、姉さんは首を横に振る。

 その前に試合をする機会なんて、果たしてあっただろうか……? 

 

「五月はじめのクラス代表トーナメントだよ。専用機もちのいないクラスに割り当てられたら、まず間違いなく鈴ちゃんは代表になれるだろうし、さ」

 

 私が考えていると、姉さんがその解答を吐き出す。

 なるほど、クラス代表戦があったか。

 

 クラス代表戦というのは読んで字のごとく、各クラスの代表によるトーナメント戦である。

 優勝したクラスの生徒全員に半年間のスイーツ無料券がプレゼントされるため、一年で最初の大イベントとなっていると、入学案内のパンフレットには書かれていた。

 

「悪いけどクラス代表戦には出たくない、かな……」

「あら、何でですの?」

 

 もじもじしながら鈴が言うと、すかさずセシリアが質問を飛ばす。

 

「だって、箒やあんたと同じクラスになりたいじゃない。一人だけ違うクラスってその、すごく……イヤ」

「鈴の場合は違うクラスになったとしても、休み時間のたびに私のいる教室へ遊びに来そうだけどな」

 

 にやにや笑いながら、なぜか容易に想像できた光景を語った。その時だった。

 ずがぁん、という派手な音とともに船が大きく左右に揺れ、私たちは椅子から転げ落ちてしまう。

 慌てて私とセシリアが頭部装甲を部分展開してハイパーセンサーを起動すると案の定、船外には数機のIS反応があった。

 

「行くぞ、セシリア!」

「はい!」

 

 そのままISを全面展開した私たちは、スラスターを全力噴射して外へと飛び出した。

 

◆◆◆

 

 デッキに出ると、すぐさま敵を発見することができた。

 温泉街とイギリスで襲ってきた無人機が2機、横にぴったりと並んで飛んでいる。

 やってきた方角からして、視界の端に見える陸地――既に日本の領海であり、位置情報を確認すると九州のあたりだった――からやってきたに違いない。

 

「またあいつらか、性懲りもなく……!」

「箒さん、手早く倒してしまいましょう。でないと船が危ないですわ」

 

 そんな事はセシリアに言われるまでもない。

 私はスラスターを噴かせ天高く飛び上がると、右手に内蔵されたマシンガンを乱射しながら敵無人機の一体に接近する。

 セシリアは前回と同じく、少し遠い位置からスターライトによる狙撃を行っていた。

 

「てやぁぁぁっ!」

 

 ゴーレムの攻撃を回避して、強烈な一撃を頭部レンズアイの真ん中に叩き込む。

姉さんの解析結果によるとその部分にセンサー類が集中しているため、弱点になっているのだという。

 

「こっちもこれで終わりですわ!」

 

 スターライトで牽制してから四方に展開したビットで逃げ道を封じ、実弾タイプのBTを二発腹に叩き込む。

 有人機ならともかく、絶対防御をもたない無人機には致命傷となった。

 腹に大穴が開かれ風通しの良くなった人形は落下し、そのまま海の藻屑となる。

 

「妙にあっけなかったな」

「そうですか? 前回に比べて一機減っていますし、こんなものではないのでしょうか」

 

 そういうものなのか? 敵の攻撃も前回に比べ、妙に雑だった気もするのだが……。

 そう私が思った時だった。

 突如陸地から赤い光の奔流が、私たちの間を通り過ぎたのだ。

 

「なんだ!?」

「箒さん、あそこですわ!」

 

 セシリアの指差した方へ視界をズームさせると、攻撃を仕掛けてきた敵ISの姿を確認できた。

 そいつは埠頭に立つ青いISで、右手に握ったビームライフルからは小さく煙がのぼっている。恐らくはその銃で私たちを狙撃したのだろう。

 

 

「どうしてあのISが!? あれはまだ本国での建造の途中の筈ですわ!」

 

 セシリアが困惑の色を含ませた顔で叫ぶが、無理もない事だろう。

 なにせそのISは今朝、テレビで見た機体そのものだった――いや、一か所だけ異なる点がある。頭部に白いマスク状の装甲が追加されているのだ。

 絶対防御の存在がある以上、基本的にISには頭部アーマーは必要ない。

 つまりそのパーツは、パイロットの素顔を隠す仮面の役割なのだろう。

 

「サイレント・ゼフィルス……」

 

 私がその名を口にすると、ゼフィルスのパイロットは少しだけ口角を吊り上げ、笑ったのであった……。



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ゴーレム

 謎が多すぎる……。

 

 戦闘中であるにも拘らず、私の頭の中では疑問符がいくつも浮かんでは消えていた。

 あの夢、無人機、例の男、あの書類、そして……未完成のはずの機体が目の前に存在すると言う、この事態。

 

 サイレント・ゼフィルス。

 あれが外見通りにブルー・ティアーズの同型機ならば、第三世代相当ということだ。厄介な性能を持っているに違いない。

 無人機を開発した連中の仲間であることを加味すると、イギリス本国で建造されているというオリジナルより性能が上の可能性も否定はできないだろう。

 

「箒さん、危ない!」

 

 甲高い声が耳をつんざき、私の意識は思考の渦から引き戻される。慌てて意識を視界に移すと、ゆっくりと手にした細長いライフルを私に向けるゼフィルスの姿があった。

 急ぎ右へと移動しようとしたものの、結局回避することは叶わなかった。

 私の様子が変わったのを察知したゼフィルスが、急にライフルを構えるスピードを早めたためだ。手の動きはまるで西部劇のガンマンのように素早く、そして手馴れている。

 

 そこから察するに、ゼフィルスのパイロットがそれを入手したのは昨日今日のことではないのだろう。

 

「箒さん、厄介ですわね……あれは」

「見れば分かる!」

 

 セシリアも代表候補生だけあり、さっきのいち動作だけで敵の技量を察したようだった。

 

「とにかく間合いを詰めるしかないな」

「箒さんの打鉄で遠距離戦を挑むのは、少々厳しいのは確かです。ですが……」

「何だ!?」

 

 なぜかセシリアが言い淀んだので、思わず苛立ち混じりの声で問う。私たちのすぐ後ろには鈴たちの乗っている船が依然近くに浮かんでいるため、今も危険に晒されている。早く倒さねばならんというのに、一体何を悩む必要があるというのだ!

 

「近づけばゼフィルスが距離を置こうと逃げるのは必至。そうなれば必然的に」

「……市街地戦に、なるな」

 

 私がセシリアの言葉を遮って口にする。どうやら正解だったようで、彼女は小さく頷いた。

 セシリアの指摘通り、ゼフィルスの立つ埠頭のすぐ後ろには市街地が広がっている。それなりに背の高いビルが乱立しているため、住人の数も少なくはないだろう。

 

「ですが、このまま海を背に戦っても勝機が薄いのも確かです。それに背後には……鈴さんや篠ノ之博士もいらっしゃいます」

「じゃあ、どうすればいいんだ!?」

 

 苛立ち混じりに喚く。結局このままでは、どこで戦おうと民間人に被害が出てしまう。どうすればいい!?

 こうしている間にもゼフィルスは私たちにビームを数発叩き込んできており、光の弾丸が私たちを掠める度にシールドエネルギーは微減していっている。

 それでも直撃を避けながら周囲を見回していると、ちょうど東の方向に大きなドーム上の建物があるのが見えた。もしかして、あそこは……!

 

『箒ちゃん、これを見て!』

 

 姉さんも船の中で私たちのために動いてくれていたようだ。マップデータとともに目標ポイントを送りつけてくる。そこはさっき、私が見つけたドーム状の建物である。どうやら姉さんも同じ考えらしい。

 確かにこの指示の通りに動くのが一番被害が少なく、かつ早く倒す方法なのだろう。天才科学者も同じ考えだという

 

「姉さん!? なるほど、この手しかないな。セシリアもいいな?」

「ええ、よくってよ!」

「じゃあ、早速やるぞ!」

 

 威勢のいい声とともに、私たちは大きく右に迂回しながらゼフィルスに迫る。こうすることで、なるべく流れ弾を船に当てないで済む。そう判断しての行動だった。

 奴との距離は1500メートル強。ISの機動力を持ってすれば、すぐにたどり着くことはできるだろう。

 

 ゼフィルスはその場から一歩も動かなかったものの、ただボケッと突っ立っていたわけではもちろんない。奴は手早く何度も何度もライフルを撃ち込んでくる。

 

「箒さん。ゼフィルスのビットはシールドビットと呼ばれるもので、私のBTビットとは若干異なります。攻撃力は射撃に特化したBTビットに比べて劣りますが、その代わりに防御力と機動力に優れます」

 

 まだビットが出ていないうちに、特性を説明するべきだと判断したのだろう。セシリアからプライベート・チャネルで通信が入る。

 シールドと銘打たれているだけあっても防御が高いのはわかるが、なぜ機動力が高いのか。

 その理由は推測でしかないが、ピンポイントで防御する以上、攻撃箇所に急行する必要があるからなのだろう。

 

「そうか……それは厄介だな。つまりは、私の打鉄の刀を思い切り直撃させでもしない限りは破壊できないということだろう?」

「そうですわね」

 

 セシリアと戦ったことのある私には分かることだが、高速で飛び回る上に小さいビットへと攻撃を当てるというのはとても困難である。

 半年前のセシリア戦ではそれでも何とか二基はつぶせたものの、どちらも射撃によるものだ。近づき斬らなければ破壊できないとなると、今回は無視して本体を狙うしかない。

 

 その事実を目の前にして、思わずため息が漏れてしまう。

 

「それにしても……妙ですわね」

「何がだ?」

 

 セシリアと私で十数発ものビームを回避した時、突然セシリアが怪訝そうな声を発する。

 実のところを言うと、私も敵の動きが妙だとは感じていたが口には出していなかった。だからとりあえず、セシリアが妙だと感じたところから聞くことにする。

 

「BTビットを展開しない理由がないのに、展開していませんわね。これだけ開けた場所なら、かなりの効果が期待できるはずなのに」

「……実は、私も同じことを思っていた」

 

 セシリアと半年前に戦ったときに知ったのだが、ビット兵器は理論上、本体を動かしながらでも起動は可能らしい。

 だが現状としては、高い適正――イギリス国内でもセシリアは最高クラスらしい――を持っている者でさえ動きながら飛ばすことは出来ないという。他ならぬセシリアが言っていたのだ、それは間違いないだろう。

 したがって現状、ビットという兵器は「離れた場所で展開し、敵を圧倒する武器」という位置づけとなる。

 

 つまり、今のような間合いで使うのが最も適しているはずなのだ。それなのに、一向に使うそぶりを見せない。

 

 隠し球という線もなくはないが、代表候補生二人を相手にそんな事が出来る操縦者などそうはいない。

 

「適正が低いか、急な出撃ゆえに故障したままにしているか、それともビットだけ未完成なのか……とにかく、使えない可能性が高いですわね」

「不幸中の幸い、という奴か」

「ですがゼフィルスの本体もかなりの性能を有していますわよ、箒さん」

「分かっている!」

 

 そんなことはセシリアに言われるまでもなかったし、敵の技量が高いのもまた事実。

 だが、ゼフィルスが最大の武器――ビットを使えないというのがかなり私の心に余裕を与えたのも、また事実だった。

 私は敵のライフル攻撃を紙一重で避けつつ急速接近、打鉄の脚で埠頭のコンクリートを踏みしめる。もちろんその時には既に、青い装甲のISは空へと舞い始めていた。

 だが、

 

「そちらの方へは行かせませんわよ」

 

 セシリアのBT兵器が市街地方面に陣取り、ゼフィルスを海側の空へと引きずり出す。すくなくともビルの乱立する場所よりかは的の少ない海で誘導するほうがやりやすいからだ。

 流れ弾が海面に直撃するよう考慮して上から下に撃っているため、思い通りにはなかなか誘導できない。

 しかし、それはセシリア一人「だけ」だったら、の話でしかない。

 

「させるかっ!」

 

 私たちの狙い通りの方向とは違う方向や、市街地へと向かおうとするゼフィルスに先回りし、私は刀で斬りかかる。

 それは難なく回避されてしまうものの、私たちの想定するコースへの誘導には成功していた。

 

 よし、ここまで来れば……!

 

 それを繰り返すこと数回したあと、今度は海から地上にあるドーム状の建物の上へと誘導させるように攻撃。

 ついに私たちはゼフィルスを狙い通りの場所までおびき寄せる事に成功する。

 

「今だ、姉さん!」

『オッケー。それじゃ、ポチっとな♪』

 

 私とセシリア、それにゼフィルスのすぐ上の空間が一瞬歪み、不可視の分厚い壁が形成される。

 

「これでもう、わたくし達はここから出られませんわ」

 

 セシリアが口にする。もう周りの被害を気にせずに良くなったためか。その声は若干上ずっており、顔には勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

「……ちっ。スタジアムを利用するとはな」

 

 首を下に向けたゼフィルスのパイロットが初めて口を開き、恨み言を吐く。その下にはドーム状の建造物、すなわちISスタジアムが広がっていた。

 ISの競技――ここの場合は障害物ありのバトル用である――に使われるそれは基本的に屋根がなく、使用時には上空にバリアを形成する。

 もちろん、それはISのものとは比較にならないほどの堅牢さを誇っているために外側からはともかく、中から壊すのは不可能に近い。

 

 そのバリアを利用したのが、今回私たちが行った作戦だ。

 

 ゼフィルスを誘導し、姉さんがハッキングしてバリアを形成。そのまま巨大な籠の中に閉じ込める。

 たったそれだけの作戦だが、実行に移すのには中々骨が折れた。

 

「さて、後はお前を片付けるだけだな」

 

 そうは言ってみたものの、相当辛い戦いになるのは間違いないだろう。なにせ、エース級の乗る第三世代ISが相手なのだから。

 

 だが、やるしかない!

 

 頭の中で喝をいれ、刀を両手で構えて突進したその時だった。

 

「……ククッ、上手く嵌めたつもりか?」

 

 ゼフィルスのパイロットは嘲笑を浮かべると妙に甲高く、癪に障る声を発する。

 そしてそのまま、私たちに背を向けると瞬時加速でスタジアムの中へと逃げ込んでいった。

 

「逃がしませんわ――ッ!」

 

 セシリアが手にしたライフル『スターライトmk-Ⅲ』でゼフィルスを狙撃しようと、構えたその瞬間。

 下に広がっている岩山と林から、それぞれ一本ずつの赤い光が私たちに向けて放たれる。運よく外れたそれは上空のバリアに直撃し霧散したものの、私たちの肝を冷やすには十分だった。

 

「無人機……だと!」

 

 物陰から青白い光を放ちながら現れたのは温泉街やイギリス、そしてついさっきも戦った無人機。それが二機。両機とも、右手には背の丈より大きなハルバートが握られている。

 

 嵌めたつもりが、嵌められていたのか……!

 

 思わず歯噛みする。

 

 確かに目算通り、街の被害や姉さんたちに気を配っての戦いはせずに済むだろう。

 だが敵の数は想定よりも増え、おまけに待ち伏せされていた。

 その事実を鑑みるに、罠を仕掛けられている可能性もある。

 

 こっちに地の利など、既になかった。

 

「無人機……ねぇ。くくっ、こいつの名前も思い出してないのか」

 

 ゼフィルスのパイロットは岩山のてっぺんにに降り立つと手を額に当て、愉悦に顔を歪める。

 発言の意味がわからない上にこの行動である。

 

 正直に言って気味が悪く、思わず吐き気すら覚えるほどだった。

 

「まぁいい。教えてやる。こいつはゴーレム。お察しの通り世界……いや、史上初の無人ISさ」

「ゴーレム……」

 

 どこか、その名前には聞き覚えがあった気もしないでもないが……。

 

 いや、待て! ゴーレムなんてどこにでもある名前だろう!

 

 強引に断定し、何とか悪寒を振り切るとそのまま右腕の内蔵火器を展開。ゼフィルスを纏う悪趣味な女に上空から狙いを定める。考えるのは、後でこいつを捕まえてからでいい!

 

「フン……甘いなァ!」

 

 ゼフィルスから「何か」が切り離され、私の攻撃は彼女に届く前に弾き落とされる。

 本体と同じ濃青色に彩られたそれは、BT搭載機の象徴。すなわちBTビットであった。

 さすがはシールド・ビットというべきだろうか。何発かは直撃した筈なのに、傷ひとつ付いていない。

 

「そんな……使えない、はずでは……?」

 

 私の隣に陣取るセシリアの口から、驚愕交じりの声が漏れ出る。私も同じ気持ちだった。まさかこいつ、使えないふりを演じていただけだったとは……!

 

 女はそのままビットを私たちの周囲に旋回させると、ビームを矢継ぎ早に発射してくる。

 もちろん敵はビットだけではない。無人機改めゴーレムも、その巨大な腕を私たちに向け、光の奔流を浴びせようと躍起になっている。

 

 まずは、ゴーレムから片付けるっ!

 

 口には出さなかったものの、セシリアも同じ事を考えていたらしい。

 私たちは顔を見合わせて頷きあうと、まずは迫り来るゴーレムに対して攻撃を仕掛ける。

 

「ハァァァッ!」

 

 掛け声とともに右手を刀から離し、内蔵火器を連射。微量ではあるがダメージを蓄積させようと試みる。

 むろん、その間にもゼフィルスのシールドビットは宙を舞い、私に攻撃を仕掛けようとしていた。だが、

 

「そうはさせませんわ!」

 

 セシリアのビットも宙を舞い、ゼフィルスのそれに対して断続的に攻撃を行っていた。

 どうやらシールドビットは第二世代ISの射撃はともかくBTビットを完全に防ぐ事は出来ないらしい。黄色い光が濃青色の盾へと当たる度、衝撃によって微妙にその方向をずらしていく。

 そのため、ゼフィルスからの攻撃を受けずに私はゴーレムの懐に潜り込むことができた。

 

 もちろんゴーレムはハルバートによる反撃をしてきたものの、大型化した物理シールドを前面に可動させ防ぐ。

 

「てやぁぁぁぁっ!」

 

 一瞬のうちにゴーレムの肘を狙って振りぬき、その間接部を破壊する。無人機である以上、可動部の機械には負荷がかかっているため脆い筈。そう判断しての行動だった。

 そしてそのまま刀を量子格納。それと同時に落下するゴーレムの腕から窮奇のときと同様にハルバートを奪い、手早く両手で持つ。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 すばやく横薙ぎに振りぬき、ゴーレムの胴体の装甲に横一文字の亀裂を生じさせる。予想以上のダメージからフリーズし、一瞬動きを止めるゴーレム。まだだっ!

 

「てぇい!」

 

 亀裂のちょうど中央にハルバートを突き刺して取っ手代わりにし、残りのゴーレムへと投げつける。

 奴の火器であるビーム砲は発射までタイムラグがあること、ゼフィルスのビットはセシリアと戦っていて介入する暇がないことから、ほぼ確実に命中させることが出来そうだ。コンピューターの概算でも、爆発予想範囲からゴーレムは逃げられないとある。

 

 これは決まった!

 

「悪いが、そうは問屋が卸さないって奴だ」

 

 ゼフィルスのパイロットが口角を吊り上げながら口にした、その瞬間。下から一条の光が放たれ、ゴーレムに突き刺さる。

 

「動けた、だと……!?」

 

 思わず、見たままの光景を口に出してしまう。なんともたちの悪いことに、どうやらゼフィルスのパイロットは相当な演技派――いや、それ以前にかなりの操縦者だった。

 

 だが、驚いている暇はなかった。思ったより近くで爆発が起きてしまったために、私の打鉄にダメージが届いてしまう。

 被害は甚大で、アラートがけたたましく鳴り響いている。しかも……、

 

「箒さん!」

 

 セシリアの金切り声とほぼ同時に打鉄のシールド――私が慌てて構えたものだ――には更なる衝撃が加わり、砕け散る。残ったゴーレムのうちの一機が、その太い腕を思い切りぶつけたのだ。

 私はその余波で吹っ飛ばされ、木を何本かなぎ倒しながら地面に激突する。

 さながら、あの日の戦いと同じように。

 

 負けて、なるものかっ……!

 

 激痛が走る身体に鞭打って無理やり立ち上がると、再び刀を量子展開。ゴーレムの攻撃に備える。

 だが、やはり今回もゴーレムのほうが一手早かったようだ。すでに私めがけ、ハルバートを振り下ろそうとしている最中だった。

 

 今度こそ、終わりなのか……ッ!?

 

 瞳を閉じ、悔し涙で頬を濡らす。もう、今回はもう、誰かが助けに来ることもないだろう。

 結局私は謎を何一つ解くことも出来ず、自分の力で何一つ守ることも出来なかった。

 

 それが、たまらなく悔しかった。

 

「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 覚悟を決めたその時。聞きなれた声が上空から聞こえ、それと同時に激しい金属音がすぐ近くで聞こえる。

 

 あの声は、もしかして……。いや、しかし……!

 

 恐る恐る目を開くと、そこには馬鹿でかい青竜刀を背中から突き刺し倒れるゴーレムの姿があった。

 そして、空を見上げると……、

 

「箒、大丈夫だった!?」

 

 私の親友――鈴が見たこともないISを纏い、空を舞っていたのだった。



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甲龍

 突如現れた謎のISというシチュエーションにはこの春休みで慣れてしまった。

 だが今回は操縦者は謎ではないし、現れたISも敵ではなく味方だった。

 なにせ私の小学校時代からの友人・凰鈴音が動かしていたのだから。

 鈴の駆るISは、一対のトゲ付きの球体状を非固定部位として浮かせた機体で、左手には巨大な青竜刀が握られている。

 青竜刀はゴーレムの脳天めがけて投げられたものと同じ形状をしており、おそらくは二本で一セットの武器なのだろう。

 

「その機体はどうしたんだ、鈴……」

「説明は後! それより箒、早く使って!」

 

 鈴が銀色に光る、細長い形状をした物体を私めがけて投げ渡してくる。

 

 それは打鉄・正宗専用の予備パーツとシールド・エネルギーがインストールされているユニットで、姉さんの因幡にストックされていたものである。

 

 「スポーツとしてのISの試合」ではとうの昔に使用禁止となっているものであるが、今回のような襲撃に備えて持ってきていたのだ。

 

「ありがとう、鈴!」

「お礼なら後で、それを渡してくれた束さんにしなさい!」

 

 この会話を終えたあたりで、ようやくゼフィルスのパイロットも我に返ったらしい。

 ちょうど私が応急修理用のユニットを差し込んだあたりで、ゼフィルスは細長いレーザーライフルを私に構え始めた。修理中は私の身動きは封じられる。このままでは直撃は免れないだろう。

 だが――。

 

「させるかぁッ! 『龍咆』!」

 

 鈴の威勢のいい叫び声とともに非固定部位の球体の表面がスライド。そこにあった砲口が一瞬光った直後、ゼフィルスのライフルが大きくひしゃげる。

 

 一体何が起こったのだろうか? 私には皆目検討がつかなかった。

 

「セシリア、何が起こったかわかるか?」

「さぁ、わたくしにもちょっと……」

 

 一応セシリアにも聞いてみたものの、やはり分からないようだった。困惑した表情でゼフィルスを注視している。

 私たちが戸惑っている間にゼフィルスは充電のためにビットを戻すのと並行し、使い物にならなくなったライフルを投げ捨てる。次の瞬間それは爆発を起こし、暗いアリーナの中を一瞬照らした。

 

「ちっ、まさか衝撃砲がここまで厄介だとはな……予想外だったよ」

 

 舌打ちしてから、ゼフィルスのパイロットはそう吐き捨てる。その口ぶりから察するに、まるで以前から鈴の機体を知っているかのようだった。

 

「あんた、あたしの甲龍について知ってんの?」

 

 少しだけ驚いた顔をして、鈴がゼフィルスのパイロットに問いかける。なるほど、あの機体の名前は甲龍というのか……。

 

「さぁな……倒して吐かせてみればいいんじゃないのか?」

「実にあたし好みの答えね……いいわ、とっととぶっ倒してあげるッ!」

 

 鈴の叫びがアリーナじゅうに響き渡ったかと思いきや、次の瞬間には甲龍のスラスターの発する轟音にかき消される。

 

「猪突猛進とはな……そんな安直な行動で、この私を墜とせると思うなッッッ!」

 

 ゼフィルスは充電が完了したビットを再展開、そのまま鈴に向けて不規則な軌道で迫っていく。

 もちろん鈴にとって、これが初めての命がけの戦闘だ。そんなあいつに、いきなりビットの相手は荷が重過ぎる。

 

 そう思い、急いでセシリアとともにビットに攻撃を集中させて悪あがきをしようとしたのだが――。

 

「それがどうしたぁッ!」

 

 鈴は軽快なステップで、レーザーの雨あられを紙一重で回避していく。

 それが機体性能によるものなのか、それとも鈴自身の実力やBTビットとの相性か。はたまたビギナーズラックによるものなのかまではわからない。

 だが正直に言って助かったし、役に立っているのは確かだ。

 

 そのまま鈴はシールドビットのひとつに近づき破壊しようと試みる。銃口から光の奔流が迸る寸前に右に僅かに避け回避。

 そのまま次弾発射までのタイムラグを利用し、大きく振りかぶって攻撃を加えようとする。

 

 だが、その直後私たちはありえないものを目の当たりにする。

 

 なんとレーザーがまるで蛇のように曲がりくねって軌道を変え、鈴めがけて襲いかかったのだ。

 

「きゃっ!」

 

 鈴の背中にレーザーが直撃し、短い悲鳴が聞こえる。予想外の攻撃にびっくりしたのか、鈴はほんの僅かの間だけそのまま硬直してしまう。

 そしてそれは、ゼフィルスのパイロットにとっては大きな隙に等しかった。

 いくつものビットの光弾が直進したり曲がったりしながら、続けざまに鈴を襲う。

 散々やられた相手に仕返しができて気分が晴れたのだろう。ゼフィルスのパイロットは露出させている口をわずかに吊り上げていた。どうやら、もう勝った気でいるらしいな。

 

 だが、そうはいかないっ!

 

「はぁぁぁぁっ!」

「させませんわッ!」

 

 私がスラスターを全力噴射してビットのひとつに突っ込み、同時にセシリアがBTビットを射出して鈴を援護。ビットの、そして曲がるレーザーの動きを阻害する。ゼフィルスのパイロットは頭に血が上って視野狭窄に陥っていたのか、鈴のことしか見えていない。

 そこが大きな仇となった。

 私はシールド・エネルギーと損傷をほぼ完全に回復できたし、セシリアはBTビットの充電をほぼ完全に回復させることができたからだ。

 

 ビット――セシリアのとは違い、動きながら撃てるという厄介極まりない代物だ――を考慮すると手数では向こうが有利だが、単純なISの総量ではこちらが圧倒的に有利。勝負はこれからといったところだ。

 

「ちっ、ならば!」

 

 四つのビットのうち二つをゼフィルスは自分の手元に戻し護衛に、残り二つを私とセシリアへの攻撃にそれぞれひとつずつ向かわせる。

 そしてそれと同時に、予備武装と思しきアサルトライフルをコールし構える。

 

 だが敵の動きなど、今の私には関係ない。やるべきことをこなし、勝利に繋げるだけだ。そのためには――。

 

 多少強引にでもビットを破壊し、敵の戦闘力を大幅に削ぐ!

 

「これでまず……ひとつッ!」

 

 どうせ回避しても例の「曲がるレーザー」に当たると踏んで回避せずに直進。せっかく補充された盾を犠牲にしてシールドビットを切り裂き、一つだけ破壊する。

 そのまま私は急速反転。私の背中を狙い撃ってきた、本来ならばセシリア担当のビットに向けて接近。

 セシリアのビット2基による援護射撃によって動きを阻害されているので、シールドビットは私が近づくまで満足に行動できない。そしてそのまま――。

 

「二つめっっっ!」

 

 大きく振りかぶって斬り捨てる。これで残りは自衛用の二つのビットと本体だけだ。あとは……三人で総攻撃を仕掛ける!

 

「いくぞっ!」

「はいな!」

「ええッ!」

 

 三人で掛け声を発して、一斉に攻撃開始。予想外にビットを破壊されたからか、敵は焦って私たち三人に均等に攻撃を仕掛けている。本来ならば、一番近い鈴に攻撃を集中させるのがセオリーのはずなのに……。

 

 うまくは言えないが、鈴が現れて以降のゼフィルスのパイロットにはどこか妙なずれを感じる。

 操縦技能やビットの操作技術は高いのに、なにか勝負慣れをしていない。そんな印象を持たざるを得ないのだ。

 ……いや、そんなことは倒してから考えるべきだろう!

 

 私が雑念を払いつつゼフィルスに接近し、敵のビットの一基から放たれるビームを受け持つ。

 セシリアがビットを4基全て使い、もう一基のビットの弱点――すなわち砲口に向けていろいろな角度からレーザーを撃ち込む。

 本命である鈴が、マシンガンによるダメージをものともせずにそのままゼフィルスに向けて突撃する。

 そして――。

 

「てやぁぁぁぁっ!」

 

 鈴は手にした青竜刀をふたつ、縦に連結してから振り下ろす。焦ったゼフィルスが急にビットからレーザーを撃ちだそうとするも、私たちに向けてレーザーを発車した直後だったためにもはや間に合わない。

 

 これで、私たちの勝利だ!

 

 そう思ったときだった。突如としてばりぃぃん、という大きな音が天井から響きわたったのだ。

 

 そしてその直後、大きな翼が特徴的な純白のISが姿を現す。

 

「あの……ISは、まさかっ!?」

 

 私は、その機体に見覚えがあった。

 温泉街で助けてくれたあのISの姿に重なっていたのだ。

 そして手している刀は、かつて私の目の前でゴーレムを一刀両断したそれだ。見間違えるはずがない。

 

「嘘……あれって……」

 

 思わず鈴の動きが止まる。

 私もセシリアもそれは同じだったが、ゼフィルスはそうではなかった。

 

 彼女は一瞬で正気に戻ると鈴に回し蹴りを放ち、そのまま天高くビットを引き連れて飛翔する。

 

 目指す場所はむろん、男がバリアに空けた穴。

 

 結果だけ見ると、男は私たちを助けに来たのではなく、ゼフィルスを助けに来たかのようだった。

 

「すまない、助かった」

 

 厄介なことに、実際その通りだったようだ。

 ゼフィルスのパイロットは男のすぐ脇に移動すると、そんな言葉を口にする。

 

 だが――。

 

「……え?」

 

 それはゼフィルスのパイロットが発したものだったか、セシリアか鈴か、それとも私かわからなかったが、とにかく目の前で起こった異常事態にみな一様に目を丸くしたのは事実である。

 

 なにせ、ゼフィルスの味方だと思われていた白いISが、光の剣で彼女の腹を思い切り刺したのだから。

 

 「ありえない」といわんばかりに目を見開いたゼフィルスのパイロットの女は吐血し、そのままISを解除しながら落下していく。

 男はそれを無感動に見下ろすと、左腕の複合ユニットを大砲に変形させ、荷電粒子砲を放つ。光の奔流は女を飲み込み、瞬く間に肉片一つ残さずに消滅した。

 

「……貴様、一体何者だ。そして何がしたい!?」

 

 近接ブレード「長船」の切っ先を向けて問う。

 

 先ほどまでのゼフィルスのパイロットの反応を見れば、こいつらが仲間だったのは一目瞭然だ。だが、彼女を刺し殺したのも事実である。

 一応、そこだけならばまだ「証拠隠滅」という可能性もなくはない。だが、こいつは温泉街で絶体絶命だった私を助けてもいるのだ。

 

 それを考慮に入れると、こいつが何をしたいのかがよく分からなくなってくる。

 

「…………チッ」

 

 男は私を見ると嫌そうに顔を歪めて舌打ちし、荷電粒子砲を向けてくる。

 

 これはまずい! 

 

 そう思ってとっさに右へと回避して障害物として設置されていた雑木林に逃げ込む。直後、光の奔流が木々を次々となぎ倒していく。

 立ち止まっていてはやられると判断した私は、ジグザグに移動して何とかかわしていく。

 

 これを回避しながら近づき、どうにか切り結べれば勝てる、か……?

 

 そんな甘い思考が支配しそうになるのを、かぶりを振って否定する。

 

 数の上ではこっちが有利だが、ゼフィルスとの戦いで機体も精神も多大な疲労がたまっている。

 

 代表候補生である私やセシリアでさえそうなのだから、初実戦の鈴なんかもっとそうだろう。

 今は私ばかり狙われているが、いつ鈴に矛先を向けるかも分からない。

 

 もしそうなったら、あいつは今度こそ……。

 

 そう考えると、今すぐにでも撃退に移行するべきなのだろう。

 だが敵は一撃一撃の威力が段違いに高いうえ、殺すことに何のためらいも持っていない。

 もちろん、このまま大人しく避けていれば帰ってくれるとも到底思えない。

 

 くそ、どうすれば……!

 

 内心舌打ちしていると、ふいに砲撃が止む。

 何事かと思って林を抜けて上空を見上げると、上空には四つの荷電粒子砲の軌跡が描かれていた。慌ててセンサーを確認すると、内陸方向に五つのIS反応があった。うち四つは打鉄のもので、残りひとつは――。

 

「暮桜……千冬さん!?」

 

 思わず、表示された名前を読み上げてしまう。

 流石に世界最強のブリュンヒルデが相手となれば、どんなに強かろうと確実に苦戦する。

 しかも四機の打鉄と、満身創痍とはいえ私たち三人もそこに加わるのだ。

 さすがに勝てる見込みなど、もはや万に一つもないだろう。

 

 男は唾を吐き捨てると海側へと瞬時加速で離脱。そのまま打鉄の砲撃をかいくぐってレーダーの範囲外まで逃げていった。

 

「はぁ……」

 

 一連の戦いに終止符が打たれたことを確認し、深くため息を吐きながら打鉄正宗を解除して座り込む。流石に今回は今まで以上に疲れた。なにせ、今までで一番多くのISを相手にしたのだから。早く帰って布団で寝たい……。

 

 だが、その思いは叶いそうにはなかった。

 打鉄四機は私たちに近寄ってくると、セシリアと鈴に向けて大型荷電粒子砲の銃口を構える。そして――。

 

「そこの所属不明のIS、およびブルー・ティアーズのパイロットはただちにISを解除せよ。警告に従わない場合は攻撃を開始する」

 

 と、打鉄部隊を指揮している千冬さんの声が上空から聞こえてくる。

 もちろん反対する理由もない――というか、できない――ので、セシリアと鈴はそれぞれISを解除。そのまま一人につき二機ずつの打鉄に抱えられてアリーナの外へと運ばれていく。

 私の元へは、千冬さんの暮桜がやってきていた。

 

 さて、どう説明するべきか……。

 

 そんなことで頭を悩ませている間に私は千冬さんに抱きかかえられ、アリーナを後にしたのだった。



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IS学園

1ヶ月ぶりに投稿しました。
今回は2話分更新しています。


 あの後、船内にいた姉さんも因幡を展開して合流し、私たちは千冬さんたちによって最も近い自衛隊の駐屯地へと連れられた。

 そこから大型のヘリに乗せられて、今は移動している最中である。ヘリの中には私たち4人と操縦士、それに千冬さんしかいない。

 

「ねぇ、これってどこに向かっているのかしら……?」

 

 右隣に座る鈴が窓の外を眺めながら、私に問いかける。

 私もつられて外の景色を見たが、一時間前に眺めた時とほぼ同じでただひたすら海面が広がっているだけだった。

 

「……恐らくはIS委員会の日本支部だろうな」

 

 数秒だけ考えてから、答えを口にする。

 ISのコアは貴重なものであり、それが未知の専用機と一緒に突如現れたのだ。

 おまけに操縦者である鈴は、中国生まれの日本育ちときている。これでは非情にややこしいことになるのは明らかだろう。

 だから国際組織であるIS委員会が一度、このISに関する処遇を決めるはず。そう私は考えたのだ。

 セシリアも同じ考えのようで、私の言葉を聞いて頷いていた。

 

「篠ノ之、私たちが向かっているのはIS委員会日本支部ではない」

 

 だが、千冬さんの一言であっさりと否定されてしまう。

 

「敵はIS委員会の中にもいる可能性があるからね、できるだけ盗み聞きされてないところのほうが箒ちゃんたちもいいでしょ?」

 

 すかさず、姉さんの補足説明が入る。確かに委員会の人間が敵にいるならば、今まで簡単に待ち伏せされたのも頷ける。

 しかし、それならどこへとこのヘリは向かっているのだろうか。

 

「箒さん。恐らくあそこに向かっているのではないかと」

 

 セシリアが窓の外のある一点を指差しつつ、私たちに向けて言う。

 そこには大きな人工島が浮かんでいて、近未来的な外観をした建物がいくつも立ち並んでいた。

 

「あそこって……IS学園!?」

 

 指差した先を眺めて、鈴が驚きの声を上げた。

 鈴の言うとおり、そこにあったのはIS学園。世界で唯一のISに関する教育機関にして、倍率1万倍をゆうに超える超エリート校。

 そして、春から私たちが通う高校でもある。

 

「IS学園はIS委員会が管理する学校ですが、内部に不審な人物が入らないよう徹底されてますからね……。確かに、盗聴のリスクを考えたら最善の選択ですわ」

 

 セシリアの言葉を聞き、私も納得する。確かに日本国内、いや、世界中どこを見渡しても、ここ以上に安心して話せる場所はそうそうないだろう。

 そう考えているうちにヘリは学園のすぐ上にまで到着し、着陸の準備を始めたのだった。

 

◆◆◆

 

 学園に降り立ってすぐ、姉さんは甲龍の待機形態――どんな形なのか、私は知らないが――と例のコアの入った袋を抱えて、校舎に隣接した第一整備室に向かっていった。

 その背中を見送ってから、私たちは正反対の方へ向かって石畳の上を移動していく。

 

「実技試験の時も来たけどさ、やっぱここって広いわよね」

 

 鈴が歩きながら口にした言葉に、私は頷く。

 IS学園は人工島をまるまる一つ使用しているので、他の学校とは比べものにならないほどの敷地面積を誇っているのだ。

 

「着いたぞ、この建物だ」

 

 校舎から離れた場所で足を止めると、千冬さんは目の前にある比較的大きな建物を指差しながら言う。

 そのまま中へと入っていき、一番奥の部屋へと私たちは足を踏み入れる。そこには長テーブルを挟んで、ソファが二つ置かれていた。

 どうやら普段は進路相談など、面談の時に使う部屋のようである。

 

「どうした、お前たちも早く座れ」

 

 手早く奥のほうのソファに座った千冬さんに促されて、私たちは手前のほうのソファに腰掛ける。いい素材を使っているのか、ふわりとした心地よい触感が尻を包み込んだ。

 

「まずは篠ノ之。初めてあの男や無人機と戦った温泉宿での一件から今回の戦闘まで、お前の身に起こったことを全て話してもらう。いいな?」

「はい。では、あの夜の戦いから……」

 

 パソコンを鞄から取り出しながら千冬さんは私に尋ねたので、私は憶えていいる限り全ての事をなるべく詳細に話した。

 

「――と、いうので全部です」

「……なるほど、な。結局のところ、お前たちも敵が何者かはよく分からないのか……」

「はい……。なにせ向こうからの襲撃という形ばかりでしたし、敵は中々に用心深い面がありますから」

 

 二十分もかけて私が話し終えると、千冬さんは顎に右手を当て、左手でメモをとった紙を眺めつつ私に問う。だが、私としてもこう返すしか出来ないのが現状だ。

 

「ほんっと、どこ行っても襲撃ばっかでやんなっちゃうわよね……」

 

 私の返答に付け足す形で、鈴がぼやく。最初の温泉街の事件からこっち、ずっと私とともに襲撃に付き合わされた――しかも香港では人質になり、さっきの戦闘まで丸腰だったのだ。文句を口にするのだって無理もないだろう。

 

「気持ちは分からんでもないが、ぼやいていても仕方ない。……さて、まず話すべきは敵の白いIS――あの男性操縦者についてだな。篠ノ之、お前の打鉄の戦闘映像をもう一度見せてくれ。部分展開は私が許可する」

 

 やはり、真っ先に考えなければならないのはそれだろうな……。

 

 どう考えてもそこが一番の謎であり、一連の騒ぎの中心であるのは間違いない。

 私は頷くと、頭部のみを部分展開、パソコンに向けてさっきのデータを送信する。千冬さんはその動画を神妙な顔つきで一通り眺め終えると、結論を出した。

 

「思ったとおり、だな……。篠ノ之。この男のISが使っている刀から発生している光の刃、あれは零落白夜でほぼ間違いない」

「……っ!」

 

 予想はしていた。

 だが、いざ本来の使用者の口から断定されたとなると思わず絶句し、何も言えなくなってしまう。

 

「温泉宿やイギリスでの事件についてのニュースを最初見た時は、正直言って私も信じられなかったよ。この世に二つとない筈の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が、被っているなんて、な」

「えっ……それってどういう……」

 

 千冬さんの言葉に反応したのは、この中で最もISに関する知識の浅い鈴だった。

 もっとも専用機の知識――それも単一仕様能力などの少し踏み込んだ部分は入学してから習う範囲のため、仕方ないといえばそうなのだが。

 

「いいですか、鈴さん。単一仕様能力というものはコアと操縦者の密接なシンクロによって開花する、唯一無二の能力を指しますの。つまり、たとえ家族間であっても同じ能力が発現するなどというのは、ありえないんですわ」

 

 セシリアによる説明を聞いて、鈴も事態の異常さが分かったようだ。額からは冷や汗が流れ、ごくりと唾を呑む音が聞こえる。

 さらに付け足すとなると、基本的に単一仕様能力は二次移行(セカンド・シフト)と呼ばれる「進化」を経ないと発現しない。

 つまりあのISは進化を経験した専用機であり、私の打鉄やセシリアのブルー・ティアーズよりも格上の存在ということになる。

 

「無人機や男性が操縦しているケースがある事も含めて考えると、連中はISというパワードスーツの根幹となる部分すら無視、あるいは改変する技術力があると見て間違いないだろうな」

「サイレント・ゼフィルスを所持していた事からすると、各国の中枢との繋がりすらある可能性も十分に考えられますわね」

 

 千冬さんの結論に続けてセシリアが私たちが忘れていたことを補足する。

 

「しっかし考えれば考えるほど、でたらめよね……。束さん以上の頭脳もそうだけど、どこであれだけの数のISやコアを人目に付かずに造って…………あっ!」

「鈴、どうした?」

 

 腕を頭の後ろで組んでぼやいていた鈴が突然言葉を切り上げ、何かに気付いたような声を上げる。何か、手がかりになることでも思い出したのだろうか。

 私が尋ねると、鈴はおそるおそる口を開いた。

 

「もしかして、だけどさ……。あのイギリスの工場で無人機は……いえ、ゼフィルスも白いISも造られていたんじゃないかって思ってさ。だって、あるはずのないコアも置いてあったワケだし」

「お待ちになって、鈴さん。あそこにはISの周辺機器を生産するための設備しかなかったですわ? それなのにあそこで……」

「隔壁の、向こう……」

 

 知らず知らずのうちに私の口から漏れたつぶやきは、セシリアの反論を遮る形となる。

 私しか足を踏み入れていない、あの隔壁の向こう側の区画。

 血で汚れた床と死体の山、そしてあの書類とコアの置かれた机があったことしか確認できなかったが、あそこはまだ奥まで空間が広がっていたのは確かである。

 もっとも、建物が崩落した今となっては確認する術もないのだが。

 

「ふむ……確かにな。推測のひとつとしてなら、可能性があると見ていいかもしれないな。まぁ、束があのコアを解析してから続きを話すとしよう。さて、次は……」

「……あたしの、甲龍について。ですよね?」

 

 鈴が複雑そうな顔で言葉を先回りすると、千冬さんは「うむ」と短く返答してから続ける。

 

「あの場にいた打鉄のパイロットの証言によると、お前のISの待機形態は右腕にはめていたブレスレットだそうだが……間違いではないな?」

 

 どういう事だ……? 

 

 あれは私が、土産屋で買ってやった物のはずだ。そう思いながら、頭の中であのブレスレットを思い描く。

 だがどうしても、あの黒とピンクの二色で彩られたプラスチック製のアクセサリーがISの待機形態だなどとは思えなかった。

 

 私が盛大に戸惑っていると、鈴は数拍おいて首肯する。

 相変わらず、複雑そうな表情を浮かべたままで。

 

「箒さん。信じられないというお気持ちは分かります。ですが間違いありません。わたくしもすぐ近くで、鈴さんがISを解除する光景を見たのですから」

 

 私の胸中を察してだろうか。セシリアが私の肩に手を置きながら告げてくる。

 鈴もセシリアも、嘘はついていないのだろうという事は二人の目を見れば分かるのだが、なぜか「事実だ」と納得したくなかったのだ。

 あれだけ不可解な出来事に、遭遇したにもかかわらず。

 

「…………分かった。信じよう」

 

 数十秒もの間をあけてから、私はそう口にする。

 甲龍についての話はまだ始まったばかりだ。こんな出だしのところでいつまでも足踏みしているわけにもいかないからな。

 

「ちーちゃん! 出たよ出たよっ、とんでもない解析結果が!」

 

 私の言葉を聞いて、鈴が話を再開しようとしたその時。姉さんが物凄い勢いで扉を開けて入ってくる。

 よほど凄い結果が出たのだろうか、そのテンションも普段より三割ほど増している印象を受けた。

 

「うるさいぞ束……。それで、どんな結果が出たんだ?」

 

 まずは何よりも解析結果を優先すべきと判断したのだろう。いったん鈴への聴取を中断し、千冬さんは姉さんに尋ねる。

 

「ふふん、まずは鈴ちゃんのISのあの『見えない攻撃』についてからだね♪ あれは衝撃砲……まぁ簡単に言うと、空気砲を拡大解釈したものだったよ。砲身も砲弾も空気を圧縮してつくるから見えないし射角も自由自在。回避のしづらい魔法の攻撃ってところかな」

 

 空気の弾丸、か。どうりでゼフィルスのパイロットはやけに回避しづらそうに感じていたはずだ。そういう装備だと知っていたとしても、対処は難しい部類なのは間違いない。

 

「篠ノ之博士。それは現在の……いえ、あなたなら再現可能な技術なのですか?」

 

 セシリアが挙手し問う。現在の姉さんでも作ることのできない技術だった場合、甲龍の出どころが敵からというのが確定する。

 もっとも、現状の情報だけで考えても、敵が造ったという可能性は色濃いのだが。

 

「う~ん……君のISに搭載されてるBT技術よりは簡単だし、原理さえ分かればすぐに作れると思うけど」

「そうか。それ以外に、何か特徴的なことはあるのか?」

 

 衝撃砲の話に区切りをつけ、千冬さんが話を先へと促していく。

 

「それがね、甲龍には他に特異な点は特にないんだよ。どうも燃費や安定性に主眼を置いた構成をしているみたい。ただ……コアが、ちょっとね」

「コアがどうしたの?」

 

 やはり自分の乗っていたISのことは知っておきたいのだろう。鈴は真っ先に姉さんがごまかした部分を聞きだそうと試みる。

 

 しかし、コアが一体どうしたというのだろうか。

 

 悩む私をよそに、姉さんはその答えを言い放つ。

 それは私が――いや、誰も予想だにし得ないほどのとんでもない事実だった。

 

「甲龍に使われているコアのナンバーは234。箒ちゃんなら、この意味分かるよね?」

「えっ? 箒さん、それってどういう……」

「私の打鉄のコアと、ナンバーが、同じ……」

 

 私が呆然と事実を反芻していると姉さんは畳み掛けるようにして、更なる真実を告げる。

 

「さらに言うと……あの工場に落ちていたコアのナンバーは342。この番号と同じものは、ここIS学園の訓練機に使用されているんだよね」



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記憶

 コアナンバー。

 

 文字通りISの「(コア)」となるキューブ状のパーツの底面と内部データのブラックボックス内に刻印されたそれは唯一の識別票で、姉さんにしか出来ない方法でナンバリングされている。

 しかし、同じ番号が被っているコアが出現した。

 

 これだけでも十分に異常事態なのだが、もう一つ問題があった。

 それは――。

 

「ね、ねぇ……。コアナンバーをダブらせるメリットっていうか、理由って何か……あるの?」

 

 そう、今おっかなびっくりといった様子で鈴が尋ねたとおり、コアナンバーをわざわざ重複させる意義が全くもって理解できないのだ。

 敵がコアを新造できる能力があっても、わざわざ面倒なだけでしかないナンバーの打ち込み作業などしなくてもいいとは思うのだが……。

 

「敵の造った偽者のコアは稼働時間が有限だとかシールドエネルギーが本物の8割しか出力されない等、何らかの欠陥があるのでは? それをどこかで本物と取り替えて盗むつもりだった、とかでしょうか……?」

 

 セシリアがどこか自信なさ気に、仮説を口にする。なるほど確かに、それならわざわざ本物に似せる意味も出てくるだろう。

 しかし。

 

「一理ないとまでは言わん。だがゼフィルスや例の無人機――ゴーレムだったかを見る限り、奴らの造ったコアは本物と遜色ない働きを示していた。そんな連中がいまさら、本物を欲しがるものなのか……?」

「それにさっき、イギリスで拾ったほうを念のために分解してみたんだけどね。束さんお手製のものと寸分たがわず同じだったんだよ。だから完全に、本物をわざわざ盗む必要なんてないんだよね」

 

 千冬さんと姉さんの鈴どい指摘により、仮説は完全に否定されてしまう。

 まあセシリアも無理やり推測していたようではあったので、そこまで落ち込んではいなかったが。

 

「コアに関しては悪いけど、束さんもお手上げだね。さすがに意味が分からないよ」

「そうか……お前がそういうのなら、とりあえずこの件についてはひとまず置いておこう。埒が明かん」

 

 千冬さんはそう結論付けると次の話に進むべく鈴のほうを向き、言葉を続ける。

 

「凰。途切れてしまったが、お前の甲龍についての話を再開させてもらう。今日、あれが起動するまでの流れを、憶えている限りでいいから細かく話してくれ」

 

 鈴はどこから話せばいいのか決めあぐねていたのだろう。千冬さんの言葉に頷いてから話し始めるまでには少しの間があった。

 

「箒……。今朝、あたしがうなされてたのは憶えてる?」

「えっと……ああ、そうだったな」

 

 色々なことがあったせいで忘れていたが、確かに今朝、鈴はひどくうなされていた。

 しかし、それがIS――甲龍の起動と一体何の関係があるのだろうか。

 皆目見当がつかないので、鈴が話し出すのを待つ。

 

「あの夢、ね……。あたしがISを纏って戦ってるって内容だったのよ」

「その夢に出てきたISが、甲龍だったんですか?」

 

 緊張した面持ちでセシリアが問うと、鈴はゆっくりと首を縦に振る。

 

「……なるほど、分かった。凰、その夢に関することは他にも憶えているのか?」

「セシリアと箒、それに何人かのIS操縦者と一緒に、上空で赤い全身装甲のISや、男の乗ったISと戦ったりしてたのと、すぐ下の陸地から炎が燃え広がってたのと、それと後は…………」

「どうしたの? 鈴ちゃん」

 

 急に鈴が悲しげな顔で黙ったため、姉さんが優しげに問いかける。

 あれだけうなされた悪夢なだけに、どうやら夢の中でよほど酷い目に遭ったようだ。

 

「鈴、無理してつらい事を話さないでもいいんだぞ」

 

 背中を軽くさすってやりながら、私はなるべく優しげな声音で鈴に言う。

 私自身、現在進行形でおかしな夢に悩まされている身なので、ある程度なら鈴の気持ちも分かる。

 

「……いい、箒。今から話すわ」

 

 数度だけ深呼吸してから鈴はそう言い、自身が夢の中で経験した結末を続けて口にした。

 

「あたしね。夢の中で敵のISの槍に貫かれて殺されたの。やけに感覚もリアルな夢でね……本当に刺されたんじゃないかってくらい痛かったわ」

「……ッ!」

 

 私が見ている夢と、どこか似ている……だと?

 

 そう思わずに入られなかった。ISが出てくるところといい、妙なリアリティや生々しい感覚を抱かせることといい、まるで瓜二つではないか。

 

 どうする、今私の夢の事も言うべきか……?

 

 一瞬そうしようかと思った。だが今言ったところで鈴の話の腰を折ることになるし、第一確実に信じてもらえる話だとも思えないのでぐっと堪えて話の続きを黙って聞く。

 

「起きてから、朝ごはん食べたとこまでは皆と一緒にいたわ」

「そして食後すぐゴーレムとゼフィルスの襲撃に遭い、わたくしと箒さんは迎撃のために外へと出て行った、と」

 

 セシリアの念押しに頷く鈴。このときは一緒にいたので知っている。問題はこの後だ。

 

「箒たちが出て行った後、束さんも因幡を展開して外に出て行ったの」

「情報収集の必要もあったからね。デッキの陰に陣取って部分展開してたんだよ」

 

 姉さんが情報を付け足す。

 あの指示によって敵に嵌められはしたものの、それがなければ街に被害が出ていた。

 ゼフィルスの予想以上の強さを鑑みるに、その損害は私たちの想像を絶するものになっていた可能性もある。

 

「束さんが出て行く間際『避難して』って言ったし、どの道あたしもそうするつもりだった。けどパニックに陥った人たちの波もあってか、気付いた時には知らない場所に立っていたの」

「それで、お前はどうしたんだ?」

 

 私が話の続きを促すと、鈴は驚くべき答えを言い放つ。

 

「そこは貨物室のすぐ近くだったみたいで、扉も開いてたからつい中に入ったの。そしたらそこにEOSがあったのよ」

「まさか鈴、お前EOSを動かそうとしていたのではないだろうな!?」

「さすがにそれは……と言いたいところだけど、最初はそうするつもりだったわ。でも冷静になってみると非武装の、しかもEOSなんかじゃ相手にならないって気づいて、やめた」

 

 私が声を荒げると、鈴は即座に答える。

 EOSとはパワードスーツの一種で、武装すれば戦闘にも使うことができる――もっとも絶対防御もPICも持たないので、その操縦性や機動力はISとは雲泥の差なのだが。

 したがって救助活動や今回の船のように貨物の運搬等の雑務をこなすために使用されているケースがほとんどだ。

 私も代表候補生としての訓練の一環として乗ったことがあるのだが、まるで身体がいうことを効かなかったのを憶えている。

 

「それで……乗らなかったようだけどさ。その後は鈴ちゃん、どうしたの?」

「思わず悔しくて、声を大にして叫んだの。どうして箒が苦しんでるのに、あたしはセシリアみたく一緒に戦えないのか。束さんみたいに後ろから助けになることすら出来ないんだろうって」

「鈴、お前……」

 

 何か言葉をかけてやろうと思ったのに、できなかった。

 もし逆の立場だったら、私もこんな風に考えてしまうのだろう。

 そう思うと、とても他人事のように感じられなかったから。

 

 専用機も持たない無力な自分が悔しくて、なにも出来なくて、そして――。

 

「痛ッ!」

 

 考えれば考えるほど、まるで自分の事のように感情移入していく。

 すると突然、頭の奥から激痛が走る。

 まるで何か、大事なことを思い出そうとしてできないような、そんな感覚も同時にする。

 

「箒さん、どうしましたの?」

「――あ、ああ……。急に頭痛がしただけだ。痛みも引いたし大丈夫だ」

 

 急に叫んだせいだろう。セシリアに心配そうな表情で詰め寄られ、肩を軽くゆすられる。

 するとさっきまでの痛みが嘘のようにひいていった。一体なんだったのだろうか?

 

「すまない鈴、続けてくれ」

「ホントに大丈夫なの? まぁいいわ……。それでひとしきり叫んだら冷静になってね、いま自分が箒のためにできる事は無事逃げることだけだ。そう思って貨物室の外に出ようとした時だったわ。声が、聞こえたの」

 

 怪訝そうな声音で千冬さんが「声?」と短く尋ね返すと、鈴は「そうです」とだけ返して話を進める。

 

「誰もいないのに聞こえたわけだから、最初は幻聴なんじゃないかって疑ったわ。でもよく聞くと、その声は私の頭の中から聞こえてたの。『力が欲しい?』というただ一言だけ、何度も何度も繰り返しね」

「それで鈴さんは、その言葉に返事をしたんですの?」

「あまりにもしつこかったからね。つい『欲しいに決まってるでしょ! しつこいったらありゃしないわね』って怒鳴っちゃった」

 

 傍から見たら完全におかしな人よね。周りに人がいなくて助かったわ。苦笑しながら鈴はそう続ける。

 

「その後すぐ、ブレスレットが突然光って……気付いたら、あたしの身体には例のIS――甲龍が装着されていたのよ」

「しかし鈴お前、よくいきなり戦おうと思ったな」

「箒さんの助けになりたいとは仰っていましたけれど、慣れていない機体で戦うことに恐怖を感じたりはしなかったんですの?」

 

 私とセシリアが矢継ぎ早に尋ねてみると、鈴は「そうよ、そこ!」と大声を張り上げる。

 

「最初はそりゃ戸惑いもあったし、正直に言うと不安だったわ。けどすぐに……なんか上手く言えないけど、身体に馴染んだのよ」

「甲龍がか?」

「そ。まるで中学の頃の制服みたいに着慣れているっていうか、そんな印象だったわ。不思議なことに操縦方法とかも頭の中に入ってきたし、まるであたしのために最初から用意された機体みたいな感じだった」

 

 鈴の証言から察するに、おそらく甲龍ははじめから鈴専用になるように調整(フィッティング)済みだったという事なのだろう。

 しかしそれなら、どこで甲龍の製作者は鈴のデータを取ったのだろうか? 

 いくらISの開発者とその妹と顔馴染みで、しかもIS学園の門を叩けたとはいえ鈴は一般人。知名度もそこまで高いとは思えない。

 

 仮に鈴のデータを何の障害もなく、かつ私たちに気付かれない形で入手したとしよう。

 

 ならば何故、それをあんな山奥の温泉宿の土産屋に置いたのだろうか。

 商店街の人たちが福引の出目を操作したとは到底思えない以上、あそこに行ったのは偶然だと私は思っている。

 

 それに、百歩譲って仮に温泉宿に行ったのが仕組まれたからだとしよう。

 だがあの土産屋でブレスレットを買わなかった可能性も――もっと言えば、土産屋そのものに寄らなかった可能性も十二分にある。

 現に私が買ってやらなければ、鈴はあのブレスレットを手にする事もなかったに違いない。

 

 考えれば考えるほど、意味が分からない。

 

「それから貨物室の搬入口を開けて外に飛び出して、打鉄用の予備エネルギーを束さんから貰って戦場に駆けつけたの。あとは、箒たちも知っての通りよ」

 

 私があれこれと悩んでいるうちに、鈴の話は終了したようだ。

 

「さて、凰の甲龍についての話も終了したわけだが、あとは……篠ノ之が研究所で拾ったという、あの書類だけか。束、何か分かったか?」

「それが……ダメだったんだよ、ちーちゃん。だから分かるのは血が付着していない部分だけ」

 

 予想はしていたものの、さすがに姉さんでもあれだけ汚れた紙の復元は無理だったか。

 つまりあの紙から得られる手がかりは、完全にあの四語――篠ノ之箒、スフィア、引継ぎ、椿――だけということになる。

 改めて考えてみても、椿という単語のみがやたらと浮いている。そう私には思えてならない。

 実際鈴やセシリア、姉さんに船の上で聞いてみたときも、やはり三人とも椿という単語に違和感を覚えていた。

 だが、千冬さんは別だった。

 

「機体名なのではないのか? 名前に椿という文字が入っていてもおかしくはないだろ」

 

 と書類の中ごろにある例の文字を手で指しつつ、私たちが思いつかなかった推測を導き出すと続ける。

 しかし機体名か。暮桜と花の名前のついた機体に乗っている千冬さんならではの発想だな……。

 

「ちょうど椿の一文字だけが孤立する形で、前後の文字に血がかかっている。椿一文字ならともかく『椿なんとか』や『なんとか椿』なら、名前としてもおかしくはないだろう。まぁ、肝心のその残りの部分が分からないから困りものなのだがな」

「血で汚れてるし……『アカツバキ』とかそんなんだったりして」

 

 苦笑気味に千冬さんが締めると、姉さんがふざけてそんなことを言う。

 

 あか、つばき……?

 

 なぜか、その単語が引っ掛かる。

 まるでいつも口にしていた言葉――それこそ、専用機の名前のような……。

 

「――ッッ!」

 

 そう考えた途端、さっきの頭痛とは比べ物にならない激痛が迸る。まるで何者かが、大事なことを思い出すことを拒んでいるかのようだ。

 

 だが、ここで退くわけにはいかん! 

 

 自分に喝をいれ、必死に「アカツバキ」という言葉を手繰り寄せていく。そして――。

 

 一機のISの姿が、頭の中にぼんやりとだが浮かんでくる。

 

(そうか、これが……紅椿)

 

 一度もこんな機体は見たことがなかったし根拠もなかったものの、直感がそう告げていた。間違いないと。

 

「ちょっと、箒ちゃん!?」

「箒ッ!」

 

 そして紅椿の姿を見た途端、私の意識は急激に遠のいていく。

 姉さんと鈴の心配そうな声を聞きながら、私は意識を手放していった……。



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 目を覚ますと、私の視界には白い天井が飛び込んできた。

「ここは…………恐らく、IS学園の保健室か」

 静かな部屋で意識を徐々に覚醒させつつ、一人呟く。

 気を失う前の記憶を思い返して照らし合わせてみても、それ以外の選択肢はあり得ないだろう。

 

「アカツバキ、か……」

 

 そっと、気を失う寸前に思い出した言葉を口にしてみる。不思議なことに、もう頭痛は起こらなかった。

 だがその代わり、あんなに鮮明に見えた機体のシルエットはぼんやりとしか思い出せなくなっていたが。

 

「機体――ISだと分かっただけでも、先に進んだのかもしれないな」

 

 そう口にしつつ、念のため右にあった窓から外の景色を眺める。

 そこからは青く輝く海が見え、さらにその先には私たちの住む街の姿があった。

 つい二週間前まではあそこに住んでいたというのに、今ではどこか懐かしさまで覚えてしまっている自分に気付く。

 

 まったく、私らしくない……。

 

「これから先、どうなってしまうのかな……」

 

 両手で布団の端をぎゅっとつまみつつ、一人ごちてから軽く自嘲気味に笑う。

 らしくないな。これからどうなるかなんて、本当はある程度予想がついているというのに……。

 

 そんな感じでしばらく一人でいると、少しはなれた位置から「ぷしゅ」という、自動ドアの開く音が静かな室内に響き渡る。

 足音はふたつ。あいつらに違いない。

 

「箒、起きてたんだ」

 

 シャッという音とともにカーテンが引かれて私の目の前に現れた鈴は、目を合わせるなりそう口にした。

 

「ああ、ちょっと前にな」

「そっか」

 

 軽く微笑みを浮かべて鈴と言葉を交わしているとさらにカーテンが大きく引かれ、セシリアも内側へと入ってくる。

 

「いきなり頭を抱えて倒れた時は、どうなることかと思いましたが……今は回復なされたようで何よりですわ」

「自覚はなかったようだが、どうも結構疲れが溜まっていたみたいだな……心配かけてすまない。もう大丈夫だ、少し休んだら気が楽になった」

 

 半分本当で、もう半分は嘘。そんな配分で私は回答する。

 疲れが取れたこと自体は事実だが、さすがに倒れた原因までをも馬鹿正直に口にするのははばかられるからな。

 

「ところで箒、今後の予定なんだけどね……。あたしたち、IS学園(ここ)に留まることになったわ」

 

 話がひと段落ついたのを見計らって、鈴が重要事項を伝達する。

 果たしてそれは、私の予想通りの内容だったのだが。

 

「委員会から直々の命令で、私たち三人は入学式までIS学園で身柄を保護するそうですわ」

「妥当な判断だろうな。ここは世界一の堅牢さを誇っているし」

 

 IS学園には教員用の機体や訓練機、生徒の専用機が合わせて三十機近くも配備されており、世界一の保有数を誇っている。

 さらに世界各地から将来の国防の要や国家代表、各企業のテストパイロットの卵。そんな人たちが生徒としてやってきているため、セキュリティも頑丈ときている。

 

 加えて言えば、今はそれに人類最高(レニユリオン)地上最強(ブリュンヒルデ)までいるのだ。

 いかに襲撃者が常識の埒外の存在だといえど、さすがにこれでは手出しは出来ないはずだ。

 

「まぁ、ここにいれば安心だろうな。……そういえば、私はどれくらい眠っていたんだ?」

「おおよそ三時間くらい、といったところでしょうか」

「そうか、ありがとう」

 

 急に気になったので、二人に尋ねてみる。思ったよりかは短いというのが正直な感想だった。

 

「あんたが眠っている間、あたしも色々と大変だったんだからね? 専用機の登録だとか言われてやったら多い書類の山にサインしなきゃいけなかったり、電話帳みたいな分厚さのマニュアルは渡されるし……はぁ」

「ははは……それは災難だったな」

 

 早口でまくし立ててからため息を吐く鈴に、私は曖昧に笑ってそう返答する。

 私は二年前に専用機持ちになったので、もちろんながら経験済みだ。ひどく大変な作業として記憶に残っている。

 

 しかも鈴の場合、専用機――甲龍の出自が不明である。

 マニュアルはともかく、書類に関しては私たち代表候補生の専用機持ちとは比べ物にならない分量を書かされたにちがいない。

 

「わたくしは整備室をお借りしてブルー・ティアーズの修理と、それから本国へあの機体(ゼフィルス)に関する報告を」

 

 サイレント・ゼフィルスはイギリスが現在進行形で開発しているISだ。なのに出自は不明ながらも、完成形として目の前に現れた。報告するのは当然といえる。

 

 セシリアはセシリアで、かなり大変だったみたいだな……。

 

「篠ノ之、起きたか……それに三人ともここにいたか。ちょうどいい」

 

 またもや扉が開く音がし、千冬さんが室内に入ってくる。

 

「千冬さん……どうしました?」

「ああいや、急に追加で決まったことがあるそうでな。伝言に来た」

 

 追加、か。どんな内容なのだろうか? 

 

 皆目検討がつかなかったので、千冬さんの口が開くのをじっと待つ。

 

「お前たちのクラスの担任だがな。昨年までイタリア代表を務めていたアリーシャ・ジョセスターフとなるそうだ……全くあいつめ、いつの間に教員免許なんかを」

「えっ……アリーシャって、あのテンペスタのアーリィ!?」

 

 私が驚いて声を出せない間に、真っ先に反応したのは鈴だった。

 だが、その驚きはただ単に「有名人が自分の担任になる」というだけのものではない。

 

 元イタリア国家代表、アリーシャ・ジョセスターフ――通称「(テンペスタ)のアーリィ」。

 

 数えるほどしか存在しない二次移行(セカンド・シフト)――自己進化の一種だ――を完了させたIS「テンペスタ」を駆り、二度に渡る世界大会(モンド・グロッソ)で縦横無尽の活躍をした女性。

 どちらの大会でも織斑千冬(ブリュンヒルデ)に唯一接戦したことから、全世界的にファンは多かった――というか、鈴なんかは大ファンでグッズも集めていた。

 

「でも、あの方は確か、昨年の起動実験で……」

 

 セシリアの言うとおりだった。

 

 アーリィは昨年の末に行われた新鋭機「テンペスタⅡ」の起動実験の際に発生した事故に巻き込まれ、現役続行は不可能な身体となり引退ブリュンヒルデとのリベンジは叶わなくなったはず……。

 

「確かに、今の私はこんな身体サね。だけど、キミたちの戦ってきた無人機くらいなら軽く捻れると思うサ」

 

 突然声がすると、またしてもドアが開く。

 直後、肩から胸元まで露出するように着物を着崩した長身の女性が現れた。

 刀の鍔を模した眼帯を右目に着け、右腕は上腕から欠損。白い肌のあちこちには火傷の痕まで存在する、痛々しい姿。

 

 変わり果てていたものの、あのアーリィその人だった。

 あまりに唐突な登場に、またも絶句してしまう。

 

「おい、お前……いつからここに来たんだ?」

「ついさっきサね。まぁ、日本に来たのは二日前で、本当はあと一日くらいは京都観光と洒落込むつもりだったんだけどサ」

 

 左手をひらひらと振って千冬さんに返答すると、私たちのほうを向く。

 

「春からキミたちの担任を務めることになった『(テンペスタ)のアーリィ』ことアリーシャ・ジョセスターフなのサ。気軽に『アーリィ』と呼んでくれて構わないサね」

「えっと、あ……はい! よろしくお願いします!」

「わたくしも、ぜひご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますわ!」

 

 ぱぁっと明るい顔になった鈴とセシリアが、アーリィさんに頭を下げる。

 セシリアの場合は同じ欧州人のため、憧れ以上の感情を抱いているのだろうか。鈴以上にガチガチに固まっていた。

 

 二人に「そんな反応されても困るのサ。春からは毎日顔を合わせるっていうのにサ」と軽い感じで返すと、今度は私に目線を合わせる。

 

「ところでキミが篠ノ之博士の妹さんで、一連の事件の中心にいっつもいる子で間違いないサね?」

「あ、はい。篠ノ之箒と申します」

 

 セシリアたちほどではないにしろ、多少固まった態度で返事をする。やはり私にとっても、彼女は雲の上の存在だったことには変わりはないからだ。

 アーリィさんはその言葉にしきりに頷いてから、私に顔を近づけてくる。

 

「……ところでキミ、好きな人っているサね?」

「はぁ?」

 

 放たれた質問があまりに予想の斜め上のものだったので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 一体、それが何の意味を持つというのだろうか……?

 

 そう思うと同時に、頭の中では「ある可能性」も浮かび上がってくる。

 

 もしかして、この人はあの夢について知っている……?

 

 もし知っていた場合、何かを得られる可能性はある。

 だがその場合、アーリィさんが敵である可能性も十二分に考えられる。 どう答えるべきか……。

 

「怖い顔サね。ちょっとした冗談だったというのにサ♪」

「…………は?」

 

 慎重にあれこれ悩んでいる最中にアーリィさんから発せられた言葉を聞き、思わずフリーズしてしまう。

 

「おいお前、からかうのもそれ位にしておけ」

「からかってなんかいないサ。想い人の一人や二人いた方が楽しいし、操縦者としてもいい影響を及ぼすかもしれないから聞いてみただけサ」

「そういうお前はどうだったんだ?」

「ご想像にお任せするサね……それとその言葉はそっくりそのまま、あんたに返すサ。ブリュンヒルデ」

「なんだと貴様」

 

 悪戯っぽい笑顔で、千冬さんをからかう。私と鈴には命知らずの行為にしか見えなかった。

 千冬さんはアーリィさんにアイアンクローを仕掛けようとするも、さすがは世界第二位といったところだ。あっさりとかわして入口まで駆け出していく。

 

「それじゃあ三人とも、またあとでサね!」

 

 アーリィさんは早口でまくし立ててすぐに自動ドアが閉まり、その姿は見えなくなった。

 

 突然現れて、消える時も突然。

 二つ名の通り、まるで嵐のような人だな……。

 

「なんか……テレビで見た印象とは」

「だいぶ、違いますわね」

 

 アーリィさんがいなくなり、にわかに静けさを取り戻した保健室の中。鈴とセシリアがそれぞれ感想を述べる。

 確かに、公の場に姿を現していた時のアーリィさんはもっとしっかりとした印象だった気がする……。

 

「まぁ、あれがあいつの本当の姿だ……さて、そろそろ私もお暇させてもらおうか」

「千冬さん、どこ行くんです?」

「おかしな事を聞く奴だな。私は日本代表で、この学園に所属しているわけではないんだぞ?」

 

 そう指摘されるまで、私は千冬さんがてっきりこの学園に残るものだと勘違いしていた。

 何故だか分からないが、そんな確信に近い思いがあったのだ。まあ、上手く言葉にはできないのだが。

 

「それじゃあな、小娘ども。三年間しっかり勉学に励めよ」

 

 最後にそう言い残すと、千冬さんも部屋から出て行った。

 

「さて、私達もそろそろここから出ましょっか。箒、今日くらいはしっかり休んどきなさいよ。それじゃ!」

「休むのも、代表候補生の立派な仕事の一つですからね」

 

 鈴とセシリアも部屋から出て行って、ついに完全に静謐を取り戻した保健室の中。

 特にやることもないので横になると、私の意識は再び手放されていった……。

 

◆◆◆

 

 IS学園校舎のすぐ近くの庭園で、一匹の猫が戯れていた。

 

「お待たせ、シャイニィ」

 

 背後から聞こえる飼い主の声に、猫――シャイニィは振り向く。

 そこには隻眼隻腕、赤髪の女性――アーリィが立っていた。

 シャイニィは短くにゃあと鳴くと、ぴょんと跳ねてアーリィの腕に乗る。そうしてから、彼女たちはあてがわれた教員寮の一室を目指して歩を進めるのだった。

 

「ブリュンヒルデ」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、世界最強の称号を一人ごちる。

 公式でのインタビューや引退会見では、しきりに千冬との再戦について口にしていた。

 しかし、実のところアーリィはそこまで彼女との再戦に興味がなくなっている。

 

(以前の私なら、どうだったのかナ……?)

 

 まるで別人について考えをめぐらせるように、アーリィはかつての自分を思い返す。

 あの私(・・・)なら、彼女との再戦――決着を渇望していたのだろうか……。

 

 とりとめのない事を考えていると、十数メートル先の道を二人の女子生徒が並んで歩いているのを見かける。

 背が高い金髪が一人と、小さな体躯の三つ編みが一人。仲睦まじげに談笑しながら歩いている。長期休みにも帰国せずに居残り、切磋琢磨している生徒も少数ながらいるのだ。

 

「だから、あの合体技はちょっと……」

「いいじゃねえかよ、気にすんなっての」

 

 戦術の話だろうか、なにやら二人して会話をしながら通り過ぎる。アーリィに気付く気配はないようだった。

 

「ギリシャのフォルテ・サファイアに、アメリカのダリル・ケイシー……まさか、見かけるとは思わなかったのサ」

 

 アーリィはそっと、彼女らの名を口にする。

 現IS学園に所属する代表候補生である彼女らは、試作機のテストを任されてこの学校にやってきている。

 つまり相当優秀なパイロットであり、次世代の国家代表となることをほぼ約束されたも同然なのだ。

 

「予想はしてたけど、実際見てみると複雑なモンだネ。こういうのってサ」

 

 だが、アーリィの口調はどこかおかしい。

 まるで目の前の存在について語っているのに、どうにも輪郭をつかめていない。どうしようもなくぼやけている。

 そんな、言葉だった。

 

「何でもないのサ、シャイニィ」

 

 じっと主に目を向ける飼い猫に微笑むと、アーリィは再び歩を進めるのだった。




今回で入学前の話は終了です。次回から学園編ですね。


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第二章
入学


 漆黒のISを纏う、銀髪の少女――ラウラ・ボーデヴィッヒの姿が、直下で燃え盛る炎によって照らし出された。

 

「貴様……一体何者だっ……!」

 

 ラウラは鼻腔をイヤと言うほど刺激する焦げ臭い匂いに顔をしかめつつ、オッドアイの双眸で「白い翼を生やした男」をひたすら睨み据える。

 一方の男は、そんな彼女を無感情に見下ろす。腕組みを崩そうともしていないあたり、彼は明らかにラウラの力を見くびっている。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 怒りの咆哮とともに少女は勢いよくスラスターを全力噴射。愛機の手にプラズマ手刀を展開し、高速で接近する。

 目の前の奴が男性操縦者(イレギュラー)だとか、なぜ零落白夜(世界最強の武器)を持っているのかといった謎は、今のラウラにとってはどうでもいい事だった。

 ただ、目の前の男を殺せればそれでいい――!

 

「終わりだぁっ!」

 

 叫び声と同時に男の喉首めがけ、ありったけの憎悪でもってプラズマ手刀を振り下ろす。

 それは満身創痍のラウラにとって、最後の力を振り絞った渾身の一撃。

 ――だが、腕組みを解いた男は高速で武装を展開。呼び出した光の剣で、あっさりとラウラの攻撃をいなしてしまう。

 

「…………」

 

 無言のまま、間髪入れずに男はカウンターとして剣でラウラを斬ると続けざまに回し蹴りを放つ。吹き飛ばされたラウラは地面へと強かに打ち付けられ、身に纏う漆黒のISの展開を解除させられる。

 決着が、ついた瞬間だった。もはやラウラに残された選択肢はない。

 

 ――あとはせいぜい、首を刎ねられるのが関の山か。

 

 顔を上げたラウラの視界に見えたのは、気だるげに近づいてきた男の姿。やがて間合いに入ると、彼は両手持ちにした剣を頭上に振り上げる――だが、いつまで経っても剣は振り下ろされない。

 観念して目を瞑っていた少女がゆっくりと瞼を開く。すると、そこには何故か剣を量子格納する男の姿があった。

 

「……ちっ」

 

 彼は舌打ちとともに少女を一瞥。そのまま背を向けて白い翼を最大限に広げ、どこかへと飛び去っていった……。

 

◆◆◆

 

「待て、逃げるなっ!!」

 

 静寂の支配する真っ暗闇の中で、少女――ラウラの絶叫が響き渡った。彼女は目を開けると同時に上体をベッドから起こし、続いて辺りを見渡す。そこはさっきまでの瓦礫の中ではなく、祖国(ドイツ)から遠く離れた異国の、空港近くのホテルであった。

 

「夢、か……」

 

 意識をにわかに完全な状態まで覚醒させたラウラはそう胸中で断じてから、すっと足をベッドの外へと伸ばす。身体には黒と赤で彩られたレッグバンドを除いて何も纏ってはいないため、白い肌にいくつも浮かんでいる大粒の汗がフローリングへと零れ落ちていった。

 

「……喉が渇いたな」

 

 ラウラは一人そう言うと、ベッドのすぐ脇に置いてあったミネラルウォーターのボトルを少し荒っぽい手つきで掴む。

 あの日以来ラウラはよく悪夢を見るようになったため、汗だくになって起きることが増えた。寝床のすぐ脇に水を置くのはもはや欠かせない。

 

「雪片……」

 

 500ミリリットルのボトルを一気に半分以上飲み干したラウラは、言葉を紡ぎつつ窓際のソファに腰掛ける。それはあの日、彼女を斬ろうとした刀――織斑千冬(ブリュンヒルデ)の持つ、一撃必殺の光剣の名であった。

 

(ブリュンヒルデの祖国、日本……。何か手がかりがつかめると、いいのだが)

 

 正面の窓から見える景色を眺めつつ、ラウラはぼんやりと考えを巡らせる。あんな悪夢を見た後というだけあって、二度寝する気にはなれなかった。

 眼前には夜中でも煌々と明かりの灯されている空港と、天高く輝く月くらいしか見えるものはない。

 

「あの日と同じ三日月、か」

 

 コップを傾けつつ、ラウラはそっと口にする。

 こんな日にあの日と同じ月の形で、しかもあの夢を見てしまう。

 そのことにラウラは、どこか運命じみたものを感じずにはいられなかった。

 

「まぁ、明日になれば何か分かるか……あの女と、顔を合わせられるのだから」

 

 そう口にしてから、ラウラは残りの水を一気に飲み干すと、部屋の隅に掛けてあった真新しい制服を一瞥する。それは本国の命令で送り込まれた、明日から通うことになる学園の制服であった。

 学園にはラウラと同じく、あの男と顔を合わせたことのある少女も入学する予定となっていた。

 

 恐らく何か、聞きだせるはずだ。

 本来の目的とは違うものの、彼女の中ではそれが主な目的となっている。

 

「待っていろ……必ず手がかりを、つかんでみせる」

 

 ラウラは学園のある方角に視線を向けると、鋼鉄のごとき決意を感じさせる声音で口にした……。

 

◆◆◆

 

 春休みに起こった一連の事件。その最後を飾ったサイレント・ゼフィルスの襲撃から、早くも二週間。ついに私たちは、晴れてIS学園に入学することになった。

 入学式を終えた私たちは現在、三人で割り当てられたクラスへと向かっていた。

 幸いなことに、私たちは全員一組である。幸先のいいスタートを切れて心も踊る。なにせ春休みは散々だったからな……。

 

「晴れてよかったわね、箒」

 

 私の席――窓際の最前列である――の近くに立っていた鈴が窓の外に視線を向けると、爽やかな声音で言う。確かに二日続いた雨は止んで、雲一つない快晴が広がっていた。絶好の入学式日和だといえるだろう。

 

「嵐の前の静けさでないと、いいんだがな」

「箒さん、嵐って……。こんな学校の中で、そんな大事件が起こるとはとても思えませんが」

 

 やはり私の席に集合していたセシリアから指摘が入る。

 確かにIS保有数は世界最大規模であり、戦闘力に関しては他に類を見ない施設だ。そんな簡単に事が起こるとはとても思えない。だが、過信は禁物だとも思えてならないのだ……。

 

「まぁまぁセシリア。(テンペスタ)なら、うちの教室で待っているのは確定してるわよ」

 

 そんな私の心配をよそに、鈴が軽口を飛ばす。この二人がイギリスで出会ってからまだ一ヶ月足らずだが、こんなやり取りが出来る程度には仲は良くなっていた。

 元々誰とでも打ち解けやすい性格の鈴だったが、ここまで近しい距離になった相手はいなかったんじゃないだろうか? 下手したら私より早く、しかも深く仲が進展しているのかもしれない。

 

 そんなことについて考えを巡らせていると、ついついちょっとした嫉妬を覚えてしまう。

 

「どったの、箒」

「別に、なんでもない……ところでお前らの制服、凄い改造っぷりだな」

 

 あまりこの話を続ける気にもならなかったので、少しだけ不適な笑みを浮かべてから二人を同時に眺める。

 IS学園は年頃の女子に配慮して、制服のカスタムを認めている――もっとも大半の生徒はスカートの長さを調節するくらいが精々だ――のだが、目の前にいる二人はそうではなかった。

 セシリアはロングスカートに加えて裾と袖に黒いフリルを追加しており、鈴は大胆に肩と腋が露出するような切れ込みを入れている。

 

「え、これくらい普通じゃない?」

「鈴さん……流石に普通じゃないって自覚くらいは持った方が……」

「これでも地味にした方なのよね~、最初はノースリーブにする予定だったんだし。ところで箒、あんたは改造しなくて良かったの?」

「いい。制服な以上、本来は改造可というのがおかしい話なんだしな……」

 

 そうは言ったものの、私だって制服の改造には興味はあったりする。

 だがどう改造するか思いつかず、結局ノーマルのままにしてしまったのだ。こんなこと恥ずかしくて、鈴やセシリアには言えたものじゃない。

 

「ほかに大幅な改造している方は……やっぱり、いらっしゃらないのかしらね?」

「他のクラスや上級生にはいるんじゃない? こんど探してみようかしら……って、凄いカスタマイズね、あの子」

 

 鈴がちょうど教室に入ってきたばかりの少女に視線を移すと、私たちもつられてそちらを向く。視線に気付いたのか、向こうもこっちを一瞥している。

 

 ズボン状に改造した制服を着た、腰まで伸ばした銀髪をした少女。

 これだけでもいやというほど目を惹くというのに、片側の瞳を眼帯で隠している。浮世離れしていたその風貌は、まるで物語の世界からそのまま飛び出てきたかのようだ。

 だが、私が注目したのは容姿ではなかった。

 

「どこかで、会ったような……」

「えっ、今の銀髪の子と?」 

 

 無意識のうちに声に出ており、鈴が小声で反応する。

 実際には、初対面なのは間違いない。だが、どうしてもそう思えてならないのだ。

 

「だとしたら、どこかの代表候補生の方かしら……でも、あのような方はお見かけしたことはありませんわね」

「私もあんな見た目の奴とは試合をしたことはない。だから、引っかかっている」

 

 セシリアのつぶやきに、私も声を続ける。私やセシリアのようなIS保有国の代表候補生――しかも専用機持ちともなると、数多くの練習試合を経験している。加えて、学園に送り込まれる代表候補生はテストパイロットや専用機持ちといった「次期国家代表の卵」がほとんどだ。だから、もし彼女が同年代の代表候補生ならば、どこかで一度は戦っているはずだ。

 だが私はもちろん、セシリアも戦ったことがないという。

 つまり、彼女は一般入学の生徒に違いない。

 しかし、それなら「なぜ見たことのある奴だ」などと思ったのだろう……。

 

 実は、過去にも二回だけ同じ経験をしたことがある。

 一回目は代表候補生になった際、更識という同時期に就任した青髪の少女と出会ったとき。

 そして……。

 

「箒さん、わたくしの顔になにかついてますか?」

「ああいや、なんでもないんだ」

 

 そう、もう一回の経験。それは一年前にセシリアと初めて出会った時の事だった。

 なぜか目を合わせた瞬間から初対面だとは全く思えず、それどころか腐れ縁みたいな感覚すら覚えたのだ。困惑した気持ちのまま握手したのを、今でも鮮明に憶えている。

 既視感の度合いで言えば、更識のときや今回よりセシリアの時のほうがひどかったと断言できた。

 

「全員揃ってるナ? それじゃあホームルームを始めるサね。ほらそこ、突っ立ってないでさっさと席に着くのサ」

 

 銀髪が席に着いてすぐ、教室に隻眼隻腕の女性――アーリィさんが入ってくる。

 さすがにこの間のように目立つ赤い着物を着ておらず、同じ色のジャージを着ていた。格好から察するに実技担当なのだろう。

 

「私が諸君の担任を務めることになった『(テンペスタ)のアーリィ』ことアリーシャ・ジョセスターフなのサ。気軽にアーリィと呼んでくれてかまわないサね。よろしくナ♪」

 

 教壇に立ち、マイペースに自己紹介を始めるアーリィさん。

 もっとも、生徒の大半は唖然としたまま固まったままだった――まぁ、まさか世界第二位の操縦者が担任になるなんて、予想できるほうがおかしいのだが。

 

「じゃあ早速、自己紹介してもらおうかナ。そうだな……出席番号順でいいサね。それじゃ、お願いするのサ」

 

 出席番号一番の相川清香さんが立ち上がり、自己紹介が開始される。もっとも女性にしか操縦できず、かつ数も限られているIS界隈は意外と狭い。それが同じ国の同じ年頃となるとなおさらだ。大抵どこかのイベントや実機の試乗、進学のための塾などで顔を合わせている。

 したがって日本人の多い一組で、私の知らない顔は数人しかいなかった――もちろん、その中にはさっきの銀髪も含まれている。

 

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットです。気軽にセシリア、と呼んで頂いてかまいませんわ、どうぞよろしくお願いしますわね」

「篠ノ之箒だ。日本代表候補生で、専用機も持っている。姉は開発者の篠ノ之束だが、私個人はただのIS操縦者に過ぎない。みんな、よろしく頼む」

「凰鈴音よ、実家はモノレールの駅を降りてすぐの商店街にある中華料理屋なんだけど、そっちもよろしくねっ♪」

 

 粛々と自己紹介は進んでいき、私たち三人もそれぞれの分を滞りなく済ませておく。

 ちなみに鈴は専用機について紹介しなかったが、これは最初の実技の時間に説明を入れるらしく、それについては触れないようにと釘を刺されているからだ。

 

 さて、何事もなく自己紹介はさらに進み、あの銀髪の少女が締めを飾る事となった。すっと立ち上がり、直立不動のまま凛とした声を彼女は発する。

 

「ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。この学校に来たのは新型機の試験運用のためだ」

 

 ――ドイツの代表候補、だと……!?

 

 立つや否やいきなり銀髪――ラウラの放った単語に、思わず困惑してしまう。

 ドイツと前に試合をした時は、確かアンナとかいう金髪の少女が向こうの代表候補生として戦ったはずだし、もちろん観客席や控えの選手にもこんな一度見たら忘れられない外見の奴はいなかった。

 

 じゃあ一体、このラウラというのはどこから……?

 

「今年の二月まではIS特殊部隊『黒ウサギ隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)』の隊長を務めていた。技量ならばそこらのIS乗りには負けない自信はある」

「――ッ!」

 

 ラウラの口から放たれた「IS特殊部隊」という言葉。それに思わず私は絶句する。

 IS特殊部隊というのは読んで字のごとく、軍のIS部隊のことを指す。アラスカ条約との兼ね合いから、その役割は専ら国防にのみ向けられているエリート中のエリートだ。その隊長ともなると、奴――ラウラ自身が言った通り、並みのIS乗りなどとは比較にならない実力者ということになる。

 そんな国防の要の一人が学園に来るなど異例中の異例。定石破りにもほどがあるといえた。

 

 さらに言えば、特殊部隊の人間ならば何故、私たちとの試合に出さなかったのだろうか。

 通常そういった部隊の人間はより多くの研鑽を積ませるべく、対外試合や合同演習に引っ張り出される。

 現に私も自国他国を問わずIS特殊部隊の人間とは戦ってきたし、代表候補生出ない相手とも試合を組まされたこともある。

 

 

「以上だ」

 

 私が悩んでいるうちに、ラウラは自己紹介を終えて席に着く。これで全員分が終了し、そのままアーリィさんは授業を開始する。

 もっとも、私の頭の中には授業内容など入ってこなかったのだが。

 

◆◆◆

 

 一日中悶々と悩んでいても、時間というものは勝手に過ぎ去っていくものである。私が気付いた時には、もう放課後だった。

 

「明日からは、こんな事にはならないようにしないとな……」

 

 ぼんやりと黒板の方をみながら決意する。結局、今日の授業内容は一切頭の中に入ってきてはいなかった。

 恐らく初回な以上は復習程度の内容だったのだろう。そのことは不幸中の幸いだったといえなくもない。とはいえ、一応あとで鈴からノートを借りるつもりではあるのだが。

 

「今日はこれからどうする?」

 

 別に教室に長居する必要もないので立ち上がると、ちょうど鈴とセシリアがこっちの方へと向かってきた。

 

「他の生徒はどうするって言っていた?」

「訓練機の貸し出し申請を昼休みのうちに済ませた方はアリーナへ、その他の方は部活見学が大勢を占めているといった感じですわね」

「そうか……」

「箒はやっぱ、剣道部に入るの?」

「さぁ、まだ何も決めていないからな……」

 

 中学の時は全国大会で優勝こそしたものの、結局代表候補生の仕事が忙しくて半ば幽霊部員だった――もっとも、学校そのものもかなりの頻度で休んでいたのだが。

 この学園ならばそんな事にはならない可能性も高いが、どうするか……剣道は好きなのは間違いないが、今はいろいろと立て込んでいるわけだし……。

 

「まぁとにかく、一度わたくし達も見てまわりましょうか」

「そうだな」

 

 そう言って三人で教室を出た、その時だった。

 入口のすぐ近くの廊下に立っていた銀髪の少女の声が、突如私の耳朶を打つ。

 

「おい、篠ノ之箒。少しいいか?」

 

 こうして私は、ラウラ・ボーデヴィッヒと初めて言葉を交わすこととなった。

 



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ラウラ・ボーデヴィッヒ

 ラウラの突然の呼びかけに私が反応したのは、少しの沈黙のあとだった。

 

「……何の用だ」

 

 ラウラは私の言葉を聞くと、目つきをより一層真剣なものにしてから再び口を開く。

 

「お前達が関わってきた事件、それについての話を聞きたい」

「っ……!」

 

 春休みの事件について問われると、思わず私は絶句してしまう。

 全世界的にニュースで報じられた以上、その可能性については考えていなかったわけではなかった。

 だが、まさかこんなに早く、しかも現在進行形で私の悩みの種になっている相手から尋ねられる。そんな可能性は考慮していなかった。

 

「……どうして、それを知りたいんだ?」

 

 やはり沈黙の後、尋ね返す。

 このラウラという女が、ゼフィルスのパイロットのように「あの男」の味方だとは考えにくい。

 もしそうならば、とっくの昔に襲い掛かってきているはずだ。なにせ暗殺や奇襲のチャンスはきょう一日だけでもたっぷりあったのだから。

 加えて言うならば、連中の仲間ならこんな回りくどい手を使う必要はない。

 

 だが連中の仲間ではないからといって、むやみやたらに信用するわけにもいかないだろう。

 ラウラはドイツの代表候補生。母国の命令で接触し、男性操縦者や無人機といった敵の超技術を探りに来た可能性だってあるのだから。

 

「あの男は私達、シュヴァルツェア・ハーゼの仇だッ!」

 

 私とは正反対にラウラは即答する。

 彼女の赤い右目には激しい憎悪と敵意が渦巻いており、視線だけで人を軽く射殺せそうですらあった。

 

「ねぇ箒、あたしはあいつが嘘をついているようには見えないわ」

「……ボーデヴィッヒ、話してもいいぞ。ただし、そっちの身に起こったことを話すというのならば、だが。どうだ?」

「それで構わない。それはそうと……こんなところで立ち話もなんだな、ついて来い」

 

 私は鈴の感想に無言で頷き、そのままラウラに向き直って問いかける。こっちとしても一つでも多くの目撃情報を知っておきたいのだ。願ったり叶ったりというものである。

 

「うむ」

 

 するとラウラはまたしても即答。そのまま私たちは言われるがままついていき、校舎を後にしたのだった……。

 

◆◆◆

 

 IS学園のある人工島には様々な設備がある。雑貨店や映画館。果ては各種宗教の施設まで存在するのだ。さすがは世界的に学生を集めている教育機関といったところだ。

 

 私たちが移動した先はその中の一つ、校舎から二十分ほど歩いた場所にあるカラオケボックスの個室だった。

 

 あまりにも使い古された密会場所だったが、それゆえに隠れて話すにはもってこいの場所といえた。

 

「――というのが私と鈴、それにセシリアが経験した事件についてだ」

 

 まずはこちらから話すことになったため、今しがた私が遭遇したあの男絡みの事件の全てをラウラに語ったところである。

 

「ふむ、やはり直接聞いて正解だったな。スタジアムに伏兵を忍ばせていたことや、工場で拾ったという書類、それにその甲龍とかいう専用機。それらについては初耳だ」

「……それで、何か分かりそうか」

「分からん……流石に意味不明の部分が多すぎる。だが、手札が増えたこと自体は喜ばしいといったところか」

 

 期待交じりの声音でラウラに尋ねてみたものの、返事は芳しくないものであった。

 だが意味不明なのには同意だし、それに私たちだって大した手がかりを持っているわけでもない。

 

 恐らく奴らを追うものなら誰でも、ラウラみたいな反応を返すのが精一杯だろう。

 

「じゃあ、今度はあんたの番よ。何があったか話してちょうだい」

「その約束でしたしね。それに、こちらも手札を増やしたいのは同じですわ」

 

 私とラウラの会話が途切れたタイミングを見計らい、それまで補足説明を担当していた鈴とセシリアが催促する。

 ラウラは無言で頷き、それから再び口を開いた。

 

「去年の十二月。黒ウサギ隊の基地に、突如緊急警報が鳴った」

「IS特殊部隊の基地に警報ですか、穏やかではないですわね」

 

 セシリアの言葉に、ラウラは短く「ああ」と言いながら頷く。

 

 コアの数が限られていることと、基本的にISはその高い機動力から国土のほぼ全てをカバーできること。

 それらの要因のためにIS特殊部隊は大抵の国の場合、たった一部隊しか存在しない「切り札」である。

 つまりISを投入するとなると、よほどの事――自国以外のISが国内で展開、攻撃を開始したケース――でもない限りありえないのだ。

 

「襲撃されたのはドイツ北部にある、軍の研究機関だった」

「研究施設、か……奴らはそこを狙った可能性が高いな」

「ちょっと待って、箒」

 

 私が感想を呟いていると、横から鈴に呼び止められてしまう。

 狙いがその研究施設しか思い浮かばない以上、そこまでおかしな考察ではないとは思いたいが……。

 

「連中はとんでもない技術力を持っているのよ? あたしたちが原始人の石器を盗みに行くようなものだわ」

 

 言われてみればそうだ。

 連中は無人機(ゴーレム)に男性でも操縦可能な技術、それに他国が開発中の機体(サイレント・ゼフィルス)をあっさりとコピーできる諜報能力まで備えているのだ。

 

 そんな奴らがわざわざ攻め込んでまで手に入れたい――もしくは潰したい技術など、皆目検討がつかなかった。

 

「その研究施設は、私の生まれ故郷だった」

「それは、どういう意味だ?」

 

 私がいぶかしんでいる間に、ラウラから放たれた一言。

 それが意味するものには心当たりがなかったわけではない。

 だが、本当だとはにわかには信じがたいものでもあった。

 

「言葉通りの意味だ。私は遺伝子強化素体(アドヴァンスド)として生まれて、そこで七歳になるまで過ごしていた」

「ねぇ、遺伝子強化素体って何?」

 

 予想はしていたとはいえ、私とセシリアはその言葉に思わず絶句してしまう。

 いっぽう話についていけていないのだろう、鈴が話しに割り込んでくるかたちで尋ねてきた。

 

「遺伝子強化素体……ほんの十年前まで、ヨーロッパの一部地域で盛んに研究されていた遺伝子操作で生まれた子供の総称ですわ」

「その頃、私たちはまだ子供だったからな……鈴が知らなくても無理はない」

 

 セシリアの説明の後に、私がフォローを入れておく。

 

 遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 

 元々はデザインベビーの延長線上にあるその研究は、主に軍事目的で行われた。

 

 最初に目をつけた国で、かつその分野でトップを独走していたのはラウラの生まれ故郷、ドイツ。

 姉さんから聞いた話によると、戦争や国防が変わる前(IS誕生の前夜)にはそれなりの人数が実戦配備(・・・・)されていたらしい。

 

 倫理に反した研究として常に批判の目に晒されてきたものの、ひたすらに続けられてきた遺伝子強化兵士の製造。それがぴたりと止んだのは、私の姉さんがISを開発したからである。

 

 姉さんは「コアを遺伝子強化素体を生み出す非人道的な国には提供しない」とはっきり宣言したのだ。

 

 もちろん、既に存在した素体たちがそのまま生きることは保障されていた。

 しかしながら製造してきた兵士は基本的に身体能力は高いものの、当然IS操縦のために最適化(・・・)も専門の訓練もされていない。そのため、乗せたところで「少し腕の立つパイロット」程度がせいぜいなのだ――そもそも強化素体は男性が多いので、乗る乗らない以前の問題というのもあったのだが。

 

 つまり目の前のラウラは、実力でこの地位まで上り詰めたということになる。

 

「その施設では今はIS操縦のための有効な人体の研究を行っていたが、それは表向きの話でな」

「本当は今でも強化素体の研究は続けられていた。それもIS操縦者としての高い適性に特化したものを、か?」

 

 私が割り込む形でおそるおそる口にすると、ラウラは「まぁ、後で分かったことなのだがな」と付け足してから頷いた。

 その表情は険しく、彼女自身この研究を快く思っていないことが窺える。

 

「なるほど、狙う理由としては十分にありますわね」

地上最強(ブリュンヒルデ)レベルの兵士がずらっと並べば、奴らだって勝てるかどうかは怪しいしな……」

「うっわ、千冬さんとおんなじ顔のパイロットがずらっと並んだ光景想像しちゃった……」

 

 私とセシリアの反応に比べ、鈴の反応はかなりふざけていたのだが、確かにそれは怖い――というより、もはやギャグの領域な気もする。

 

 しかし、千冬さんのクローンか……。

 

 なぜか妙に、その言葉が引っかかる。

 クローン人間は強化素体と違って数十年前から禁止された技術のはずなのに、どこかがもう既にやっている。そんな気がしてならなかったのだ。

 ――それも、ブリュンヒルデのクローニングを。

 

 まぁ、今は関係ない話なのだが。

 とにかく続きだ。ラウラの聞き終えない限りは何も始まらない。

 

「心情的にはどうあれ、わが国にISが侵入してきたというのは由々しき事態だ。私たちはすぐさまISを出撃させたが……手も足もでなかった。三機の第三世代型がたった一機の、男が乗っているISに」

「奴の技量には、ずば抜けたものがあるからな……」

 

 ゴーレムを一刀両断する近接戦闘。接近する際に使用した瞬時加速。そして隙のない砲戦能力。

 どれをとっても代表候補生以上で、国家代表に比肩するレベルの実力者といえた。

 

「その戦闘で隊員の多くは傷つき、研究所にいた人間も多くが死んだ。……もっとも軍上層部としては、研究データが露見や奪取されなかった方が幸いだったみたいだがな」

 

 途中セシリアの合いの手をはさみ、ラウラの話は終わる。

 

 それにしても、ドイツ政府の一部はそこまで腐っていたのか。ラウラには悪いが、これなら「あの男」にも正しいという側面はあるのかもしれない。

 現に私を温泉街では助けてくれたし、多くの命を救っている。

 

 だが、逆に多数の人間を殺しているという事実もあるし、私を襲ったこともある。

 人間というものは善だ悪だと単純な分類のできない曖昧なものではあるとはいえ、ここまで両極端の事例を持っているとなると分からなくなってくる。

 

「それで……その後はどうなりましたの?」

「研究所についての情報が露見する訳にはいかないので、箝口令が敷かれることにはなった。それと同時に極秘裏に男性操縦者についても調べていたのだが……」

「何の成果も得られないまま、あたしたちが遭遇したあの事件が起こった、と」

 

 鈴の続けた内容に、ラウラは静かにうなずく。

 

 あの男やそのテクノロジーについて興味津々なのは、どこの国も同じなのだろう。

 セシリアも私も、政府から少しでも情報を見つけ次第報告しろという命令を受けている。どこも躍起になっているのだ。

 

 ましてドイツの場合、当時は男性操縦者について知っている唯一の国だった。黙って捜査するのは当然といえる。

 

「話は以上だ。本当は話してはいけない事柄も多数含まれていたのだが……まぁいいだろう。そっちだって、本当は言ってはいけない事も口にしたのだろう? お互い様だ」

「あたしの甲龍の事、とかね」

 

 鈴とラウラ、互いに冗談めかしながら口にする。

 これで話は終わりだろうがとりあえず、敵ではないはずだ――いや、味方になってくれるかもしれない。

 意を決して、私が口を開こうとした刹那。

 ラウラはこちらの思惑を先読みしたかのように、私の考えていた事と全く同じ内容を口にしだした。

 

「篠ノ之箒。私個人としても、貴様たちに手を貸す――いや、手を組むことはやぶさかではない」

「本当かっ!?」

 

 願ってもみないことだ。

 専用機持ち――鈴は素人同然とはいえ――が四人に増えるだけでも嬉しいのに、しかもそれがIS国防部隊の隊長なのだ。

 あの男はともかく、他の刺客と戦う際に遅れをとる事はないはずだ。

 

「こちらとしても、味方が増えるのは心強いからな。あまり言いたくはないが、我が祖国には信用できない部分が多すぎる」

「確かにね。人体改造を今でもこっそりやってたみたいだしね、そりゃ信用できないわよ」

「だがな、私としても何も見ないで手を組むわけにはいかない」

 

 鈴の軽口をスルーして、ラウラはそう続ける。

 確かに私たちは、まだ実力を直接は見せていない。

 それに、いままでの戦いの大半も実力で勝ったとは言い難い。

 

 温泉街のゴーレムは、あの男に手伝ってもらった。

 香港の窮奇は、鈴の口添えで勝てたようなものだ。

 サイレント・ゼフィルスやあの男の戦いに至っては鈴の乱入や敵同士の仲間割れ、それに千冬さん(ブリュンヒルデ)の加勢がなければ死んでいた。

 

 自分の手で戦って勝ったのは、イギリスでのゴーレムとの戦いだけ――それだって、セシリアに手伝ってもらっている。

 

「……なら、どうする?」

「簡単な話だ、篠ノ之箒」

 

 あえて分かりきっていることを尋ねると、ラウラはまっすぐに私の目を見てそう言うと、少しの間を空けてから続きを紡ぐ。

 

「今から一対一で、私と戦え」




今後についての簡単なお知らせですが、第二章からは基本的に2話1セットで投稿したいと思います。
今回のように一日2つか、もしくは二日に分けての連続投稿みたいな形になるかと。

では、また。


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決闘

 学園にある複数のIS競技用アリーナのうち、第二アリーナは放課後、試合形式の訓練専用に開放されている。

 普段ならそれなり以上に申請があると学校案内には書いていたものの、流石に新学期の初日だからだろうか。誰の申請もなかったらしく、すぐに借りることができた。

 

「いくぞ……打鉄・正宗」

 

 右手に握り締めた銀色の鈴へと静かに意識を集中させることで、専用機を展開する。

 数秒の眩い光の後、打鉄・正宗は私の身体に滞りなく装着を完了させた。

 

「箒……勝てるよね?」

「ああ、きっと大丈夫だ」

 

 カタパルトに脚を乗せた瞬間に聞こえてきた、少し不安げな表情の鈴の声。

 それに私は振り返り、笑顔とともに明るい声で返す。

 

 いくら一人で勝った訳ではないとはいえ、あれだけ命がけの死闘を短期間に連続してこなしたのだ。

 国防部隊のそれと同等――もしくはそれ以上――に、戦闘経験も蓄積しているに違いない。そう確信している。

 

「それじゃあ箒さん、行ってらっしゃいませ」

「そうだな……では、篠ノ之箒――発進するっ!」

 

 セシリアに返したその言葉を合図にカタパルトを起動。そのまま私の身体はアリーナ上空十数メートルへと、急速に運ばれていく。

 

 規定のラインに到達し停止すると、すでにラウラは向かい側で腕を組み、待機していた。

 私が来たことで試合開始が可能な状況が整ったので、空中投影式のディスプレイが中央にでかでかと表示され、カウントダウンが開始される。

 

 さて、ラウラはどう出てくるのか……。

 

 自分の武器である長刀・長船を呼出(コール)しつつ、じっとラウラの纏う漆黒のIS――ウィンドウには「シュヴァルツェア・レーゲン」と表示されている――を凝視する。

 

 セシリアの専用機(ブルー・ティアーズ)と同じく、欧州製の第三世代型ISではあるそれは、ただひたすらに無骨な外観をしている。無骨さだけなら、打鉄を抜いて全IS一といえるかもしれない。

 

 特に非固定部位(アンロック・ユニット)の右側に搭載された超大型の砲口がひときわ目を惹いた。

 こんなものを装備し、わざわざ量子格納もせずに見せつけているのだ。恐らく砲撃戦のISに違いない。

 

 私の打鉄が近接型な以上、長期戦になればなるほど不利になる。そう私は確信した。

 

 ならば試合開始と同時に、一気に接近する以外に道はない……!

 

 ひとり胸中でそう決意すると同時にウィンドウの数字が「0」を表示する。そして、それと同時にブザーがけたたましく鳴り響く。いよいよ試合開始だ。

 セオリーどおりというべきだろうか。ラウラはすぐにこっちを向いたまま急速に後退しつつ上昇する。しかも同時に非固定部位を細かく動かして狙いを定めてきたため、私の打鉄には「レールカノンにロックオンされている」という旨の警告文が赤いウィンドウとともに表示される。てっきり荷電粒子砲の類かと思ったていたら、レールガンだったようだ。

 もっとも、直撃しなければどちらでも関係ない。数刻置いて発射されたそれを、私は右に僅かにずれる事で回避する。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 掛け声とともに気合を入れ、右腕に内蔵された固定武装のマシンガンを乱射しながら接近。

 

 そのまま至近距離まで近づき、切り裂くっ!

 

 その目論見はラウラのISから出現した、ワイヤーに繋がれた近接武器――レーザー手刀。そうウィンドウには表示されていた――に阻まれることになる。

 なるほど遠距離戦闘に特化しているかと思いきや、その実全領域に対応しているという訳か……流石は第三世代というだけのことはある。

 

 視界に映るレーザー手刀の数はなんと六本。その全てがPICを用いてか、蛇のようにうねうねと不規則な軌道を描いて私に襲い掛かってくる。

 こんなのを全部回避するなど、今の私の技術では到底不可能だ。

 

 だが、無理なのはあくまで全弾回避(・・・・)だけだっ!

 

 急いで私は左手にマシンガン「焔火」をコールしつつ、長船を右の片手持ちにする。

 そして両手に装備した武器を駆使し、片っ端からレーザー手刀を切り払ったり撃ち落とす。

 最後の襲撃から今までの十数日の間にこなしたセシリアとの訓練の成果から、私の射撃の腕は以前よりも多少だが向上している。

 とはいえ相手は不規則な動きをする小さな物体なうえに、高速機動中の片手撃ち。一番動きの鈍い個体を狙うのがせいぜいだった。

 

 剣で三本、ライフルで一本を撃ち落して近接に成功。残り二本は当たってしまったのでシールドエネルギーは微減している――とはいえ接近できたのだから、安い代償だともいえる。

 

 もはや脅威は何一つない。すばやくマシンガンを量子格納して近接ブレードを両手で持ち直す。

 

 あとは、近づいて切り伏せるだけ!

 

 ラウラの機体がいかに第三世代の重装甲型で、こっちが結局は第二世代の改造機といっても、近づいてしまえばこっちのもの。

 篠ノ之流(わたし)の剣と打鉄・正宗(姉さんのIS)なら、やれる……!

 

 十分に間合いをつめ、ブレードを頭上まで振り上げる。

 そして、あとは振り下ろすだけという段階にまで入った時だった。

 

 にわかにラウラの目が異様に鋭くなり、こちらを射殺さんとばかりに睨みつけてきた。

 その眼力たるや凄まじく、奴の眼帯に覆われた左目からも感じられるほどだ。そのただならぬ威圧感に、思わず一瞬だが硬直してしまう。

 

 何か、ある……!

 

 私はその直感を信じ、スラスターを噴かせて一旦距離を置く。

 近づかなければ勝てないのは百も承知だが、このままあそこにいると何か取り返しのつかないことになる。そんな気がしてならなかった。

 

「ほう……いい勘だ」

「春に色々経験したからな。勘もよくなっているんだろう」

 

 マシンガンを再展開しつつ、ラウラの言葉に返答。

 実際あれらの戦いがなければ、気付かずにそのまま試合終了だった可能性は高かったに違いない。

 

 しかし、あの視線の正体は何だったのだろうか……。

 

 ラウラの駆る「シュヴァルツェア・レーゲン」は第三世代型のISなので、真っ先に思い浮かぶのはイメージ・インターフェースだ。

 さすがにそれがどんな効果を持ったものかまでは分からない。だが、接近するまでラウラは使う素振りすら見せなかった。

 

 加えてあれだけの凝視から察するに、おそらくその効果が適応されるのは狭い範囲。

 さらに言えば、かなりの集中力を要するものであるに違いない。それならきっと、奴の切り札を避けて攻撃する手段は何かあるはずだ。

 

 何とかしてあの視線の正体(ラウラの切り札)を封じつつ攻撃できる手段はないものか……。

 

 待て、視線……。そうかっ!

 

 悩みながらひたすらレールカノンの砲弾に対して回避行動をとっていた私の中に、ある案が思い浮かぶ。

 一か八か、やってみる価値はあるだろう。そう判断した私は、推進器を全力噴射して再びラウラへと接近するという選択肢をとる。

 

 レールカノンを右へ左へと細かく動いてひたすら回避。どうしても避けられなかった最後の一発だけは右肩のシールドで防御。さすがの威力だ、一撃でシールドの三分の一が消し飛んでしまった。

 

 レールカノンを避ければ、次はレーザー手刀の波状攻撃。

 今回は……っ!

 

「ふんっ!」

 

 左側から攻め込んできた三本に、右肩からパージした半壊の盾をパージして投げつける。

 こうする事で半分は盾の残骸に突き刺さり、一時的にその動きを止める。

 右側から迫ってくる残りの三本程度になら、十分に対処可能だ。しっかりと両手で構えた長船で払いのける。

 

 これで、奴の手札は切り札を残して全ていなした。残りは……っ!

 

「うおおおおおっ!」

 

 スラスターを上方に全器、思いっきり向けてラウラの頭上に位置取る。

 そしてそのまますばやく前方に微量吹かし、絶妙な間合いを維持したまま背後に陣取る。

 続けて頭のほうから、その場で一回転。眼前にラウラの背の見えるかたちとなる。

 

 よし、ここまでは上手くいったっ……!

 

 背中にまで高速移動して回りこんだ理由。それはもちろんラウラに第三世代兵器を使わせないためである。

 ハイパーセンサーによってISの操縦者は全周囲に視界を拡大しているが、普段見えていない範囲が見えるというのは中々慣れるものではない。

 もちろんその「違和感」を減らすのも優秀な操縦者になるための必須条件である。

 だが、完全に違和感を「なくす」のはたとえ国家代表であっても難しい。だからもしかすると、背後なら高い集中力を要する「切り札」の効果範囲外なのではないのか? そう考えたのだ。

 

「はぁっ!」

 

 短い掛け声とともに、転地逆の姿勢のまま長船で一閃。思い切り背中に手痛いダメージを与える。

 本当は非固定部位―ーそれもレールカノンと接続されている右のものを破壊したかったし、そこを狙ったつもりだった。

 しかし、寸前で僅かに動かれてしまい狙いが逸れた――もっとも、それでも大ダメージを与えられたのだから儲け物というべきであろう。

 

「こいつ……まさかこっちの!?」

 

 ラウラの呪詛を耳に入れつつ、剣を横薙ぎに振るう。

 奴とてこのまま案山子のようにボケッと突っ立っているわけではない。今にも振り返って迎撃に移ろうとしているのだ。

 そして、振り返ってしまえば「切り札」を使われる危険性もグンと跳ね上がる。

 

 もはや、時間との戦いといってもよかった。

 

「まだ、だぁっ!」

 

 袈裟斬り、横薙ぎ、真一文字に振り上げ……。

 

 気合を入れるのも兼ねて再び叫び、がむしゃらに斬りまくる。そして完全にラウラが振り向くぎりぎりで急速離脱を行って距離をとる。

 今回のように上手く行き過ぎることはもうないだろう。だがこれと同じ、もしくは別の手段で奴の視界から消えながら斬りつけるのを繰り返せば……勝てるっ!

 そう、私は確信していた。

 

「貴様、その太刀筋は……一体?」

 

 ラウラはさっきの場所から動かないまま両手で剣を構えている私を眺めると、にわかにそんな事を問いかけてきた。

 その表情はどこか呆然とした感じであり、戦いの場に似つかわしくない印象さえ受けてしまう。

 

「私の剣――篠ノ之流剣術が、どうかしたのか?」

「篠ノ之流……だと?」

「ああ、私の実家で教えている剣術だ」

 

 私の返答に、ラウラはその表情をさらに愕然としたものに変えていく。

 

 一体、何がそんなに気になるのだろうか?

 

「そうか……篠ノ之流剣術……それが知れただけでも、十二分に来る価値はあった」

 

 一人ぶつぶつと呟いたかと思うと急にそれを切り上げ、こっちを真剣な面持ちで見つめるラウラ。

 

「ならば……絶対に勝たなければならんな」

 

 最後にそう呟いて締めた、次の瞬間。

 奴も私同様、高等技能である「瞬時加速(イグニッション・ブースト)」を行う。

 その鈍重な外見からは到底考えられないような瞬発力と、ラウラの無駄が一切ない立ち回りによって、私は一瞬にして間合いを詰められてしまった。

 

「しま……間に合わない!」

 

 慌てて後方へと逃げようとするも、すでにラウラは目と鼻の先にいる。

 

 ならばさっきのように飛び越えて、もう一度……ッ!

 

 そう瞬時に判断し、全速力で駆け出そうとした。その刹那。

 

 あの鋭い目つきとなったラウラが右手を掲げて「何か」を発動。そのまま私の身体はまるで石化したかのように指一本として動かなくなる。

 まるで、あの夢の中の私自身のように。

 

「勝負あったな」

 

 ラウラのその言葉の通り、あとはひどく一方的なものだった。

 動けない的にレーザー手刀や至近距離からのレールカノンの砲弾をひたすら浴び、瞬く間にシールドエネルギーが0になってしまう。蹂躙といってもよかった。

 

 実にあっけなく、そして味気のない。

 そんな幕切れだった。

 

「くっ……」

 

 地面に降り立ち、満身創痍の打鉄・正宗が強制解除された刹那。

 ラウラはISを纏ったままゆっくりと私の目の前に降り立つと、衝撃的な言葉を口にした。

 

「あの男の使っていた剣捌き……それは間違いなくお前の剣――篠ノ之流剣術だった。もっとも、奴の方が何倍も強かったのだがな」

「な……に……?」

 

 そのことは、私にとっては残酷な真実だった。

 なぜなら、それはすなわち篠ノ之流剣術の長い伝統も、私の誇りも、奴によって汚されていたということなのだから。

 

「……奇策を使われ、背中を斬られたときは一瞬焦りはした。……が、結局これくらいの実力か。今のままでは私とともに戦うレベルではないな。すまないが、共闘の話はなかったことにさせてもらおう」

 

 ラウラはそれだけ言うとすぐさま後ろを向き、自分のピットへと向かって飛び去っていく。

 私はその後ろ姿が消えるまで呆然と眺め、それから声にならない叫びを上げたのだった……。

 



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決意

 どうやってアリーナから帰ったかは分からないものの、気がついたら私は自分の部屋の中にいた。

 明かりもつけずに暗い部屋の中、ベッドに腰掛けてぼんやりと窓の外の景色を眺める。まだ汗だくのISスーツのままだったが、着替える気も起きなかった。

 

「はぁ……」

 

 思わず、深いため息をついてしまう。

 そうしてからゆっくりと、何がこんなに気分を沈めているのか。

 そこから、考えを巡らせ始めることにした――といっても、すでに答えなど分かりきっているのだが。

 

 まずひとつは、ラウラに惨敗したこと。

 一度は奇策をもってして、奴の裏をかいて斬りつけることには成功してはいるし、シールドエネルギー総量で言うならば半分近くは削られているはずだ。

 そういった事実を見ると、惨敗というのはおかしいかもしれない。

 

 だが所詮はそれだけだともいえるし、少なくとも私にはそうとしか思えなかった。

 結局二度(同じ手)は通じずに軌道を読まれ、負けてしまったのだから。

 

 つまるところ私は思っていたよりも、素の力というものが足りてなかったのだ。

 

 ラウラとの戦いの前にも思っていたように、春休みに起きた一連の戦いでは毎回誰かの力を借りていた。自分ひとりで戦って勝ったことは一度もないのだ。

 結局分かっていたつもりだっただけで、思い上がっていた。それをイヤと言うほど思い知らされた。それがひとつ。

 

 もうひとつは、あの男が篠ノ之流剣術(私の剣)を使っていたということ。

 

 篠ノ之流剣術は「弱き者を守る」という名目を掲げる流派であり、私もそれを理念に掲げる剣を学んでいることに誇りを持っている。

 

 それをあの男は、単純な悪意と暴力で汚した。

 

 幼少期から慣れ親しみ、代表候補生となった今でもIS戦術に組み込むほどに大事にしている篠ノ之流剣術をあの男に悪用され、しかも私はそれよりも劣る腕前だった。

 その事実に対してどうしようもなく腹が立ち、そしてどうしようもなく悔しかった。

 

 もっとも、それ以上に情けないという気持ちの方が強かったりする。

 気付くチャンスなら一度だが確かにあったのに、ラウラに指摘されるまで奴の太刀筋に気がつかなかった――いや、考えてすらいなかった。

 

 今思い返してみれば確かに、奴が温泉街で無人機(ゴーレム)を切り伏せたあの太刀筋は、間違いなく篠ノ之流のものであった。

 

 生きるか死ぬかの瀬戸際にあったとはいえ、それくらい気付いてしかるべきだろうに……。

 

「電気もつけないで、何やってんのよあんたは」

 

 あきれ返ったような声がすると同時に、部屋の電灯が付いてにわかに明るくなる。

 ゆっくりと入口のほうを振り返ると、そこには声の主でありルームメイトでもある私の親友・鈴の姿があった。

 

「いやちょっと、考え事を……な」

「真っ暗闇であれこれ考えたって、絶対いい事なんて思いつかないって」

 

 そう言いながら、鈴は窓側のベッドにまで歩いてくると、そのまま私の隣に座る。

 無遠慮といえば、そうなのかもしれない。だが、こんな距離感は今に始まったことではないので特に何も言う気はない。

 

「どうせ今日の試合のこと、考えてたんでしょ?」

「それ以外にないだろう……」

「ま、そーよねぇ。確かに、今男漁りのことなんて考えてるワケないんだし」

 

 冗談交じりの返事から数秒おいて、鈴は再び口を開いた。

 

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラー……。相手を動けなくする効果があるんだって」

「そうか……あれがAICか。セシリアに聞いたのか?」

 

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。

 

 日本語名で慣性停止結界といい、その名の通り対象物の周囲に完成を停止させる結界を展開。相手は動けなくなってしまうという第三世代兵装だ。

 

 私がドイツの国防部隊と試合をした時にはまだ完成していなかったが、いよいよ実戦投入できる段階まで進んでいたのか……。

 

「うん……。集中力も相当要る兵器らしいから、箒のとった戦法は悪くない。そう言ってたわ」

「そんな事も言っていたのか、あいつ……」

 

 セシリアがそれを本心から言っていたというのは痛いほど分かる。

 だがさっきも考えてた通り、私にとっては所詮奇策が一回だけ通用したという認識でしかない。

 

 気を遣ってくれたあいつには申し訳ないが、逆効果だったといえた。

 

「ところで箒。そろそろ食堂閉まっちゃうし、晩ご飯食べに行きましょ」

「そんな気には、すまんがなれない……一人で行ってくれ」

「もうっ! お腹空いてると、いい考えだって浮かんでこないわよ?」

「余計なお世話だ――ッ!」

 

 なぜだか急に鈴のお節介が鬱陶しくなって、ついつい突き放すような言葉を吐き出していた途中。にわかに頬に衝撃が走る。

 数秒して痛みも襲ってきて、そこで初めて鈴にはたかれたのだと気付いた。

 

「あんたねぇ、一回負けたくらいで何!? そんなのあんたのキャラじゃないわよ!」

 

 続けざまに鈴の怒鳴り声が聞こえてくる。

 こいつ、私の気も知らないで好き勝手なことを……!

 

「悩んで悪いか! 篠ノ之流剣術はあの男に悪用され、しかもラウラには惨敗するほどの実力しかない! これじゃあどうやったって……」

 

 「どうやったって」の先は声に出せなかった。なんて口にしたら良いのか分からなかったからだ。

 

 どうやったって、汚されるのを止められないのか。

 どうやったって、あの男には勝てないのか。

 もしかしたら、どうやったって、強くなれないのか。

 

 どれが本心なのか、自分でも分からなかった――いや、全部本心なのだろう。ただ、どれを口にすべきかは分からなかっただけで。

 

「だからってそんな、落ち込んでますポーズしたところで何も始まらないでしょうが!」

「じゃあどうすればいい!? 専用機持ちになったばかりのお前なんかに、何が分か――」

「強くなって、ゴールデンウィーク明けの学年別トーナメントでラウラにリベンジする。まずはそれを目標にすれば良いじゃない」

 

 あっさりと口にしつつも、口調は諭すように優しい。

 そんな鈴の気遣いに癒されるとともに、さっきまで八つ当たりを行っていた自分がにわかに恥ずかしくなる。 

 

 そうだな、まずはできる限りの事をやってからにしよう。

 

「ありがとう鈴、吹っ切れた。ただ、な……」

「何よ」

 

 気持ちの整理をつけてくれた鈴には感謝してもしきれない……のだが、それでもひとつだけ反論しておきたいことがあった。

 

「そんなに悩むのって……私のキャラじゃないのか? 人並みに悩んでいることだってあるんだぞ」

「はぁ? いつも即断即決じゃない、あんた」

 

 私の反論はすぐさま「訳が分からない」とでも言いたげな顔をした鈴に否定される。

 そんなにいつも悩んでいなかったか、私? 

 

 前にも鈴に、こんな感じで励まされたことがあったような気がしてならないのだ。

 私が一人で落ち込み悩んでいるところに、鈴が強引に入ってきて立ち直った。

 そんな経験をしたような記憶が、ぼんやりとだが確かにある。

 

「なぁ鈴、前にもこんな感じのことってあったような気がしないか?」

「あんたあたしの話を聞いてなかったの? あんたが悩んでいたことなんて……あ、出会った頃の話じゃない? それ」

 

 推測してくれた鈴には申し訳ないのだが、恐らくそれは違うだろう。

 

 あの時は私だけでなく、鈴も悩みを抱えて落ち込んでいた。そこから二人で頑張って、なんとか壁を乗り越えた。

 上手くは言えないが、そんな感じなのだ。

 

 私の記憶にあるのはさっきも言ったとおり、ひとり悩んでいる私を鈴が引っ張り上げてくれた。そんな記憶なのだ。

 

 鈴が憶えていないということは、やっぱり気のせいだったのだろうか……。

 

「まぁ、そんな事はどうだって良いじゃない! それより、今後どうするかについて考えましょ」

「そうだ、な……ッ!」

 

 鈴の提案に頷き、立ち上がった刹那。

 私のお腹から「きゅるる~」という間抜けな音が大きく鳴り、部屋中に響き渡ってしまう。

 

「…………ご飯食べてからにしましょ」

「……そうだな」

 

 少しの沈黙のあと発せられた鈴の誘いに乗り、私は食堂まで歩いていくのだった。

 

 ……それにしても、だが。知らん振りを決め込まれるのも結構くるものがあるな……。

 

◆◆◆

 

 食後に私と鈴は特訓について話すつもりだったが、そこにセシリアも加わっていた。

 あの試合を見て思うところがあったらしく、食堂で鉢合わせした際に誘ったら二つ返事で快諾してくれた。

 やっぱり、持つべきものは友人だ。

 

 

「まず、何が足りてないかですわね……」

「私と鈴は基礎、だな」

「やっぱそこかしらね」

 

 とりあえず最初に、メモ用紙の一番上に「基礎」と大きく赤い文字で書き込んでおく。

 さっきの戦いで私とラウラとの技量差があるというのは分かったし、鈴にいたっては専用機持ちになったばかり。地の力が足りていないといっていい。

 

「基礎はいいけど……後はどうするの?」

「それぞれの目標や機体にマッチした特訓を追加、といった形だな」

「たとえば鈴さんだったら近接戦闘型ですし、まずは近づくために必要な立ち回りの練習などでしょうか……」

「なるほどね……確かに、あたしに一番足りてないのはそれね。二人はどうするの?」

 

 鈴に言われてみて、私とセシリアは顎に手を当ててしばらく考え込む。

 個別練習で何をやるか、いざ言われてみると中々に答えに窮するものだな……。

 

「そういうことなら、担任であるこの私も一肌脱ぐのサ」

 

 そうこうして悩んでいると、開けっ放しになっていた扉のほうから特徴的な明るい声が聞こえてくる。

 すぐに、声の主は部屋の中へと入ってきた。

 

「あ、アーリィ先生!? いつからここに?」

「食堂でお前達を見かけてからだナ。気配を消してこっそりついて来たのサ」

「全然気がつきませんでしたわ……」

 

 セシリアの驚き呆れたような声に、私も胸中で頷いておく。

 そういえば姉さん(人類最高)千冬さん(地上最強)もかなりの精度で気配を遮断できるから、アーリィさん(世界第二位)ができても不思議ではない、の……かもしれない。

 

「まぁ細かいことはどうでも良いのサ。そんな事より三人とも、強くなろうとしてるんだナ? 担任として、うれしい限りサね。全力でサポートさせてもらうのサ」

「え、でも……教師が特定の生徒に肩入れなんて……」

「ナに言ってんのサ。専用機持ちは持ってない者の模範でなくちゃならないのサ」

 

 鈴の疑問にアーリィさん――いや、アーリィ先生はすぐさま答えを口にする。

 それは、私たち専用機持ちの代表候補生は入学前から何度も――それこそ、耳にたこが出来るほど聞かされてきた事でもあった。

 

「で、でもラウ――じゃなかった、ボーデヴィッヒも専用機持ちだけど、そっちは指導しなくてもいいの?」

「良いのサ。育成には時期ってモノがあると、私は思うのサね」

「時期?」

 

 私には意味が分からなかったので、思わずおうむ返しに口にしてしまう。

 

「そう、時期サ。一度負けたお前たちなら、今ならその悔しさをバネにして人一倍、強くなれると私は思うのサ。……まぁ例えるなら、骨折したところの骨が前より強くなるようなものサね」

 

 なるほど、な……。

 

 確かに立ち直った私なら、前よりも強くなれる。

 今ならもっときつい訓練にも耐え、もっと高みを目指せる――根拠はないものの、そんな確信はあった。

 

「それに……キミ達を見ていると、どうしても昔の自分自身を思い出してしまうのサ。特に篠ノ之は、ナ」

「昔の……アーリィ先生、あっ」

 

 そうだった。アーリィ先生――(テンペスタ)のアーリィは現役時代、あの織斑千冬《ブリュンヒルデ》のライバルだった。

 公の場ではいつも「次こそ千冬を倒し、ブリュンヒルデの称号を勝ち取る」といった旨の発言をするくらいには意識していたことから、この人のモチベーションだったことは間違いない。

 

 そのはずなのに。どこかアーリィ先生の言葉には空虚さみたいな、そんなものが含まれている。そんな気がした。

 

「どしたの、箒?」

「ああ……いや、なんでもない」

「ン、どうしたのサ? まさかエッチなことでも考えてたのかナ?」

「してませんッ!」

 

 思わず怒鳴って返しながらも、胸中では心の中を読まれなかったと少し安堵する。

 なにせブリュンヒルデはそれをやってのけるのだから。もしかしたら目の前の世界第二位(アーリィさん)もできるのではないのか。そんな気がしたのだ。

 

「いいサね? それじゃあ早速、明日からの特訓メニューについて話し合うのサ」

 

 こうして私たちは消灯時間を過ぎても延々と話し合い、その結果――。

 アーリィさんともども、寮監の先生に頭を下げる羽目になったのであった……。

 



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帰省

 時間が経つのは早いもので、IS学園に入学して約一ヶ月が過ぎてしまった。

 丁度ゴールデンウィークにさしかかり、私は今、生家である篠ノ之神社にやって来ていた。

 

「ずいぶんと帰ってない気はしていたが、それもそうか……」

 

 小声で、ポツリとつぶやく。

 温泉街から帰って来て、そこから二週間は海外。その後一か月半IS学園に滞在していたのだから、合わせて二か月は家に帰っていないことにはなる。

 改めて考えてみると、かなりご無沙汰だったのだ。どこか懐かしく感じてしまうのも無理はない……のかもしれない。

 

 しかし数か月でこれなら、もし当初の予定通り保護プログラムが行われていたら……。

 

 そんなことを考えていると思考はずいぶん昔の事柄にまで飛び火していき、空恐ろしい空想が頭の中を過った。

 しかし、空恐ろしいと同時に胸の奥で何かが叫んでいるような気もする。

 

 まるで一度それを経験していたような。そんな感覚。

 そしてそれを自覚した瞬間、目の前に映る家が更に懐かしく感じられるような錯覚すら覚えたが――鳥居をくぐったところで姉さんの姿を見た途端、それは霧散してしまった。不思議なこともあったものである。

 

「やぁやぁ、お帰りなさい箒ちゃん。学校の方はどうかな?」

 

 相も変わらず奇妙な格好をした姉さんは土倉――今は研究室になっている――の方から駆け寄りつつ、テンションの高い声でそう尋ねてくる。場所が場所なだけに、格好も声も不釣り合いなものに感じられてしまう。

 

 

「…………まぁ、それなりには楽しいですよ。セシリアも鈴もいますしね」

 

 それはそうと、姉さんの問いかけに答えるのにはたっぷり数十秒の黙考が必要だった。

 

 鈴やセシリアたちとの特訓やバカ騒ぎは確かに楽しいし、以前にもまして笑顔でいる機会は増えたとは思う。

 だがラウラとの一件もあるし、それに何より私はそんな日々にどこか「欠落感」のようなものを感じずにはいられない時があるのだ。

 

 それを意識する度、どうしようもない違和感が私を支配する。

 

「そっかそっか~。箒ちゃんは男漁りができないのが不満なんだね! だからそれなりなん……むぐっ!」

「何アホなことを言ってるんですか! そりゃまぁ、私だってちっとも興味がないわけではない、ですが……」

 

 姉さんを締め上げつつ(さすがに少し手加減してはいるが)そこまで口にしたところで、ついつい言いよどんでしまう。

 声に出した通り、私だって男性との付き合いとかに興味はないわけではない。年頃の女なのだから当然といえば当然なのだが。

 しかし、それと言いよどんだ理由は何か別なところにある気がする。そう思えてならなかった。

 

「まぁいい出会いもその内あるって! ……それより、ずいぶんと力も強くなったねぇ……結構鍛えられたのかな?」

 

 私が締める手を緩めると、間髪入れずに姉さんは抜け出しながらそう口にする。

 

どうやらこの一ヶ月の猛特訓で、ほんとうに鍛えられていたらしい。アーリィ先生を心底疑っていたわけではないが、部外者からそう言われると実感が持ててどこか嬉しくはなる。

 

「さて、おふざけはこのくらいにしておいてっと……。そろそろ本題に入ろっか。あまり時間もないんでしょ?」

「ええ……明日の学年別トーナメントの準備もありますから」

 

 感慨にふけっているうちに発せられた姉さんの言葉に慌てて返答する。

 今日帰省したのは、昨晩姉さんから「大事な話がある」という内容のメールを貰ってから決まった事なのである。

 

「それじゃあ、着いてきて。さすがにここじゃあ話しにくいし」

 

 それだけ言うと姉さんは背中を向け、土倉の方へと歩を進める。それに連れられて私も土倉の中へと移動する。

 古めかしい建物の外観とは裏腹にコードや機械類、モニターで内部はデコレーションされており、一種のミスマッチさを感じずにはいられない。

 

「それで……話というのは」

「奴の使う技術について、分かったことがあったんだ」

 

 姉さんは鉄製の椅子に座りながらそう口にし、それから手元のリモコンを操作する。すると、正面のモニターに敵の白いISがサイレント・ゼフィルスを刺殺している場面が大写しになった。

 

「こいつの剣が雪片にそっくりなのは前にも言った通りだし、箒ちゃんも気づいてはいるでしょ?」

「ええ」

 

 首肯しながら、私は奴の手にしていた刀をもう一度凝視する。確かに手にしているのは雪片だ。

 特徴的な零落白夜の光が迸っている点からも、それは間違いない。

 

「だけどね、束さんはもう一つのヒントをあの剣から見つけたんだ」

「もう一つの、ヒント?」

 

 まったく見当もつかずに首をひねっていると、姉さんは正面のモニターに奴の剣の拡大画像を表示させる。

 奴の剣は、前後へとスライドする装甲の隙間にビームの刃を形成するという変わった方式をとっている。

 おそらく、これが何か重大な意味を持つのだろう。

 

「うん。奴の剣には、展開装甲って技術が使われていたんだ」

「展開、装甲……?」

 

 姉さんの口から発された用語を、おうむ返しで口にする。

 初めて聞いた言葉なのだが、どこか懐かしい。そんな気もしないでもない。

 

「そう。第4世代型ISのセールスポイントとして束さんが用意していたんだけど、結局完成しなかった技術。それがあいつの剣には使われている」

「……やはり、連中の方が姉さんより技術力は上なのか」

 

 無人機や男性操縦者を持っている以上、わかりきっていた事ではある。

 にもかかわらず、思わずそう口にしてしまった。

 

「束さんも最初見たときは「まさか」と思ったよ……けど、どう見てもそうだとしか思えないんだよね」

「それで、その展開装甲というのはどんな装備なんです?」

「早い話が万能装備だね。パッケージ(装備一式)を換装せずとも、状況や用途に応じてその場でしゅばばっと切替可能な装甲と武装。そういえば分かるかな?」

 

 字面から可変式の装甲とは容易に想像がついたが、まさかここまで凄まじい代物だったとは。

 思わず絶句すると同時に、かなりの危惧感を覚える。

 現在はまだ奴のIS程度にしか装備されていないが、量産化されて無人機にも積まれだしたりでもしたら……。

 

「大丈夫、まだ使われてるのは武器だけっぽいから。あの白いのの本体には使われていない」

 

 こっちの不安を察したのだろうか。姉さんが気遣うように口にする。

 実際完成し、試作品が戦場に出ている以上は気休め程度でしかないのかもしれない。だが、それのおかげで幾分か冷静になれたのも事実である。

 ――だからだろうか。さっきまでは考えもしなかった「ある可能性」が急に頭の中に現れたのは。

 

 もし私の考えが正しかったのならば、連中は恐るべき計画を実行に移そうとしている……!

 

「ところで姉さん、その展開装甲というのは誰でも使用可能なのですか?」

「使うだけならまぁ、誰だってできるよ。けど、完全に使いこなすとなると話は別だね。ベリーハードってヤツだよ」

 

 おそるおそる確認のため問いかけてみたが、その答えは予想通りかつ最悪のものだった。

 

「個人差はあるとはいえ、代表候補生クラスでも半分引き出すのが精々だろうね。それこそ、完全に使いこなせる人となったら……」

「織斑千冬……世界最強(ブリュンヒルデ)くらいのもの、ですか?」

 

 言葉を遮る形で口にしたそれを聞くと、姉さんは神妙な顔つきで頷く。

 そしてそれから、今度は私に問い返してくる。

 

「よく分かったね。どこかで何か掴んだの?」

「はい、実は……」

 

 そのまま私は、ドイツでラウラが経験したという一連の事件について話した。

 国家機密等もかかわる以上は面と向かってでしか話せないとは元々思っていたし、元々話そうとは思っていたことではある。

 尤も、こんな形で口にするとは思ってもみなかったのだが。

 

「最強のISと最強のパイロットを量産し、配備する……それが奴らの計画なのかもしれません」

 

 最後にそう付け足して締める。

 姉さんはずっと神妙な顔で黙って聞いていたが、私の話が終わるやいなや「確かに、ない話じゃないと思う」とだけ口にしてから続ける。

 

「というか、そう考えた方が自然かも。ちーちゃんのクローンと第四世代ISがあれば、敵う相手なんて誰もいないだろうし……世界征服だってできちゃうかも」

「世界征服……」

 

 普段なら「ま~た姉さんの誇大妄想が始まった」とでも笑い飛ばすところだろう。

 しかし、今回ばかりはそうも行かなかった。なにせ相手の規模や技術が、いやというほど説得力を付与させているのだから。

 

「研究データを奪えなかった以上、今のところは安全かもね……代替案だって、そう簡単には実用化できないとは思うし」

 

 私は「そう……ですね」と軽く相槌を打ちつつ、今まで戦ってきた相手についてもう一度思い出してみた。

 

 まず思いつくのは無人機(ゴーレム)だが、あれが展開装甲を操れるほどのAIを積んでいるとは考えにくい。

 確かに柔軟な思考回路こそ積まれているものの、所詮は無人機の範疇を出ていない。精々が代表候補生レベル――もしくは、それより若干下だ。

 

 次にお抱えの操縦者――玲夜やゼフィルスのパイロット――についてだが、確かに手強かった。

 しかし、国家代表レベルか言われると疑問が残る。

 

「けど、どの道もうこれは箒ちゃんの……いや、子供の出る幕じゃないよ。流石に危険すぎる」

 

 真面目な顔を崩さない姉さんは、諭すように告げてくる。

 確かに、私自身代表候補生レベルを大きく逸脱した事件になっているというのは感じてはいるし、大人しく守られた方がベターだというのも分かる。

 ――だが、その忠告はどうしても受け容れられなかった。

 

「嫌です」

 

 そう思った途端、自分でもびっくりする位自然に口が動いていた。

 私の言葉にしばらく目を丸くしていた姉さんだったが、しばらくして元に戻ると「どうして?」とだけ短く聞いてきた。

 

 さて、どうするべきか? あの夢について話すべきか……。

 

 ほんの少し逡巡したものの、すぐさま決心はついた。ここを逃せばもう、自力であいつにたどり着く事はできなくなってしまう。

 隠し通している場合では、断じてなかった。

 

「実は――」

 

 意を決して声に出し、今までの不可解な事象について洗いざらいぶちまける。

 

 夢に出てきた男のこと。

 例のISのこと、雪片のこと。

 夢の中で殺されたこと。

 鈴の悪夢と酷似していたこと。

 そして――ときおり現実で、奇妙な既視感に襲われること。

 

 全て話し終えたとき、意外なことに姉さんの顔は明るかった。興味津々といってもいいかもしれない。

 

「信じて、くれるんですか……?」

「まぁね。普段の束さんならこんなの信じなかっただろうけど、今回は流石に……ね。前にも言ったと思うけれど……」

「多少非現実的な方が、それっぽい……ですね」

 

 またしても、続きを横取りして口にすると「ご名答♪」という明るげな声が返ってきた。

 

「それで、許してはくれますか……?」

「箒ちゃんの事情は分かったし、首を突っ込みたくなる気持ちも分かったよ。けど……実際問題、どうするつもりなの?」

 

 私が質問すると、さっきまでとは一変して再び真面目な顔つきに戻った姉さんにそう問われる。

 委員会のような組織に依頼するとなると、間違いなく介入できなくなってしまう。

 つまり、私達だけで何とかするための人脈や戦力が必要になってくる。姉さんの疑問も至極当然といえるだろう。

 

「そのことについてなら、考えがあります。明日からの学年別トーナメントで私たちの誰かがラウラに勝ち、再びあいつに共闘を持ちかけます」

「向こうも国の命令にこっそり背いてるんだもんね……上手くいけば味方にはなってくれるだろうけど……」

「大丈夫。ちゃんと勝てます」

 

 一点の曇りない自信でもって、私は口にする。

 そのために今日まで必死に訓練してきたのだ。絶対に負けるわけにはいかない。

 

「……オッケー! そこまで言うならいいよ、束さんと箒ちゃん達だけで何とかしよう!」

「はい!」

 

 姉さんの言葉に私も大きく頷いて返すと、直後姉さんは穏やかな笑みを浮かべる。

 それは十年近く一緒に暮らしてきたにも関わらず、初めて見る表情であった。

 

「それにしても……変わったね、箒ちゃん」

「どこがですか?」

 

 やばい、本当に分からない。

 そんなに変わったところがあるなどとは、とても自分では思えないのだが……。

 

「どこか臆病というか、自分がないというか……そんなトコがあったのに、今はほとんど感じないよ」

「そう……ですかね?」

「うん。成長したっていうのかな、こういうのって。束さんは変わり者だからよくわかんないけど」

「自分で言いますか」

 

 私が苦笑している間に姉さんは細長い「何か」を机の下のガラクタの山から引っ張り出し、私の前に差し出してくる。

 

「これ、は……?」

「篠ノ之家に伝わる刀、確か名前は……緋宵、だったような」

「名前はいいですが、どうしてそんなものが……?」

 

 こんなところにあるのか、姉さんが持っているのか等色々と尋ねたかったが、あまりにも唐突過ぎて上手く言葉にできない。

 そうしているうちに、姉さんは続ける。

 

「なんかお父さんが昔くれたんだよね。ちょうど保護プログラム云々を阻止しようって時にさ」

「そう、だったんですか……」

「でもどうしてこんな物をくれたんだろうね? 束さんが剣については疎いの知ってる癖に」

 

 そんな事を言いつつも、姉さんの表情は満更でもないといった風だった。

 口下手なあの人の事だ。どうせ「困難が待ち受けていても切り開いていけるように」という願いでも込めて渡したんだろう。

 

 

「分かりました、こいつはもらっていきます。確かに姉さんが持っていても宝の持ち腐れでしょうしね」

 

 悪っぽい笑みとともに、姉さんの手から日本刀を受け取った。刹那、ずしりとした重みと、懐かしさが一気にこみ上げてくる。

 

「言ったな、この~!」

「それじゃあ、私は明日の準備もあるのでこれで! もう話すこともないですよね?」

「うん……あっ! 箒ちゃん!」

 

 私が背を向け、ゆっくりと出口にまで歩いていったその時。姉さんが呼び止めたので振り向く。

 

「ここまで大口叩いたんだからね? ……勝ちなよ」

「言われるまでもありません」

 

 それだけ短く口にすると、今度こそ外へと出て行く。

 まだ日は高く、これなら夕方前までには学園に戻れそうだ。

 

「待っていろよ……」

 

 それはラウラに対してか、それともあの男に対してか。

 誰に向けたか自分でも分からない言葉を呟くと、私は長い石段を駆け下りていった。




あと4話で第二章はお終いの予定ですので、今の章では今回のみ単発の投稿です。
なんか非常に遅れてしまい申し訳ない。


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戦いの日(前)

 一旦実家に帰った、その翌日。

 登校してすぐに、私たち三人の目に飛びこんできたのは電光掲示板に表示された組み合わせ表だった。

 

「もしかして、姉さんが何か仕込んだのか……?」

 

 思わず思考が口に出てしまう程度には、それは余りにも作為的に過ぎた。

 

 一日目の最終試合、その第一アリーナでの試合が私とセシリア。

 そして同時刻に行われる、隣の第二アリーナでの試合。それが鈴とラウラだったのだ。

 

 これなら鈴がラウラを倒せればそれでよし。もし出来なくとも組み合わせの都合上、私かセシリアのどちらかが二回戦であいつと戦える。

 時間の惜しい私たちにとって、願ったり叶ったりなシチュエーションだ。早くあいつとの試合が終われば終わるほど、仲間に引き入れてからの時間が増える。

 

「いくら何でも都合がよすぎるし、無いって言えないのが……ね」

「まぁ良いじゃありませんの。都合が悪いよりは」

「……ま、そうだよな」

 

 ふふっと軽く笑って、セシリアの言葉に返す。

 そうだ、今はあれこれ考えている時間など無い。よい結果だったなら笑って受け入れるべきだろう。

 

「さて、まだ時間はあるわけだが……どうする?」

「あたしはそうねぇ……。クラスのみんなの試合見てようかな。何か参考になるものもあるかもしれないし」

「わたくしも鈴さんとご一緒させていただきましょうか。箒さんはどうするおつもりで?」

「私は――」

 

 正直、試合を見に行かない理由も余り無かった。だが、何となくそんな気にはなれなかった。

 だから咄嗟に。

 

「機体の最終整備や、戦術の確認に時間を使いたいから一人にさせてくれ」

 

 こんな、どこかそっけない返しをしてしまう。

 

「まぁ確かに、試合寸前まで相手と一緒ってのはあれかもしれませんわね。では箒さん、これで失礼します」

 

 そう言ってからセシリアと鈴は私に背を向け、アリーナの観客席に伸びる通路へとゆっくりと歩を進めていった。

 二人の背中を見届けてから私も外へ出て、整備室のある校舎へと歩き出そうとしたのだが――。

 

「ラウラ……?」

 

 視界の端に映った銀髪の少女の姿に、思わず足を止めてしまう。

 彼女は人気の無い芝生の真ん中に突っ立っており、その右手には眼帯が握られている。

 そして、普段は隠されている側の瞳は――遠くからでも分かる程鮮明に、輝いていた。

 

 何なんだ、あれは一体……?

 

 ただ金色というだけではない。どこか怪しげな光を瞳そのものから放たれているのだ。

 代表候補生として色々な国の人間とも私は出会ってきたが、あんな瞳は今まで見たことはなかった。

 それに、普段あいつは隠しているのだ。絶対に普通ではないと断言できる――そして恐らく、それを見られたくないのだという事も。

 

「誰だ?」

 

 突っ立って、ぼけっと考えていたのが不味かった。

 ラウラは私の存在に気がつくと、そのまま早歩きで私の元へとやってきた。

 

「……見たのか」

「すまない。偶々目に入ってしまった」

 

 隠し通せるとも思っていなかったし、隠すほど卑怯にもなれなかったから、素直に頭を下げて謝罪する。

 

「こんなところで、外していた私にも責任はある。気にするな」

「……ところで、その眼はどうしたんだ? まさか奴らに何か……」

 

 しかしそうは言っても、やはり気にはなるものである。ついついそんな質問が口から、半ば無意識に飛んでしまった。

 すると、ラウラの表情はにわかに険しいものになり、さらに私に一歩詰め寄ると。

 

「訂正しろ! この瞳が……越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)が、あいつのような汚らわしい奴に関わっているなど、二度と言うな!」

「……申し訳ない。口が過ぎた」

 

 再び謝る。確かに少し――いや、かなり軽口が過ぎた。

 

「フン」

 

 荒い鼻息とともにラウラは背を向けると、私とは反対方向――つまり、アリーナの方向だ――へと早足で歩き去っていった。

 私はしばらく立ち尽くし、その姿を呆然と眺めているのだった……。

 

◆◆◆

 

 結局あの後も、ラウラのあの瞳――あいつがうっかりと口にしたところによると、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)というらしい――の事が妙に引っかかっていた。

 

 一体、あの瞳は何なのだろうか。

 あの怒りようから見て、あいつの言っていたとおりあの男には何のかかわりも無いんだろう。

 もしかすると、黒ウサギ隊(あいつの仲間)から手に入れたものという可能性もあるかもしれない。

 

 そして、それを何故隠すのか? まさか奇異の目で見られるのを嫌っただけではあるまい。

  

 そんな取り止めの無いことばかりが整備中にもちらついて作業は遅れに遅れてしまい、結果試合開始の三十分前にようやく終了する有様だった。

 

「さて……ここからは集中せねば、な」

 

 ピットにて、軽く頬をはたいてから万全の体制にしておいた打鉄を展開。そのままカタパルトに運ばれてアリーナの中へと移動していく。

 急加速していく中、反対側のピットからセシリアも同様に運ばれていくのが見える。

 その姿を見ると、否が応でも緊張感が高まっていった。

 そしてそれと同時に、あいつと試合が出来るという悦びもこみ上げてくる。

 

「わたくしとあなたの試合は、これで二度目ですわね」

「ああ、そうだな……。悪いが、また勝たせて貰おう」

 

 微笑を浮かべたセシリアから話しかけてきたため、私も不敵に微笑んで返す。

 そうだ、ここで負けるわけにはいかないのだ。あいつと戦って、勝つためには。

 もっとも、そう思っているのは向こうも同じだろうけれど。

 

 互いにその後は一言も発さず、数十秒の間をおいて試合開始の合図が聞こえる。

 さて、まずとるべき最善の行動は……!

 

「いくぞっ!」

 

 奴の苦手とする近接格闘戦に即座に、最速で持ち込む。それ以外にあるまい。

 

 そう判断した私は、即座に瞬時加速を発動。自分でも物凄いと感じるほどのスピードで懐に飛び込む。

 

「読みやすい手ですわね……まぁ、嫌いでは、ありませんがねっ!」

 

 当たり前のことだが、セシリアとてド素人というわけではない。

 すぐさまスターライトを構え、私に向けて数発叩き込むモーションへと移行する。

 当然、こっちも向こうがそう出るのは予想済み。だから今こそ、新たな技を披露する時!

 

「はぁぁっ!」

 

 掛け声と、成功する筈という確信を乗せて私が放ったのは、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

 短い間に連続して瞬時加速を細切れに行うそれによって、レーザーを何発も回避。目論見どおり――いや、それ以上だろう。なにせ一発も喰らわなかったのだから――にセシリアの懐に潜り込むことに成功する。

 

 この距離ならば、近接戦を得意としていないブルー・ティアーズに負ける道理はない!

 

 そう、思っていたのだが――。

 

「まだですわっ!」

 

 切り替え早く、スターライトを格納して近接用ナイフを取り出したセシリアは私の刃を手際よく防ぐ。

 それと同時に後方へとスラスターを噴射させつつ、置き土産と言わんばかりにビットを四基展開してくる。

 

「ビット……厄介な」

 

 舌打ちしつつ、四枚の板によって形成された包囲網を潜り抜けようとすばやく下降。

 そしてそれと同時にアサルトライフルを展開、ビットのひとつに狙いを定める。

 だが――。

 

「早いッ!?」

 

 そう、予想以上にセシリアのビットの挙動は素早く、中々狙いを定められないのだ。

 その動きは、春休みに戦ったサイレント・ゼフィルスのものすら凌駕しているように思えてならないほどだ。

 

「ちっ……」

 

 無意識のうちに、私の口から舌打ちの音が漏れ出る。

 ビットの面積はISの比ではないレベルで小さい。そのため、ただでさえ命中させるのは少々難儀する。

 そこに高速移動まで加わったら、もう厄介というレベルを遥かに超越しているといっても過言ではない。

 

 だがまぁ、やるしかない、か……!

 

「そこっ!」

 

 起動を予測し、弾丸をばら撒く。

 そして運良くそれらの数発が当たったのを確認すると、そのまま再び全力で飛翔。

 同時に、肩のシールドを後方にスライドさせて攻撃を防ぐのを忘れずに行っておく。全弾回避――それも背中を向けての状態で――など、到底不可能だ。

 ならば、少しでも本体への損害を減らすほか無い!

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮とともに空を駆け、一直線にセシリアへと再び向かう。案の定背後からレーザーが殺到するが、シールドのお陰でダメージは最小限に留まっている。

 問題なのは正面にいる本体だけだが、これがかなり厄介だ。

 さっき接近した時も思ったのだが、アーリィ先生の訓練の成果かやたらと精度が向上している。

 しかもこっちは、奥の手の連装瞬時加速を先出ししているのだ。今回はセシリアも、私がそれを使う可能性を考慮した撃ち方をしてきている。

 最早一発も食らわずに接近など、夢物語といって良いだろう。現に、もう三発近く被弾している。

 

 だが、たどり着くまでにシールドエネルギーが尽きなければいいだけの……事だっ!

 

「くっ……しつこい!」

「ああ、しつこいさ! それにこれ以外に勝ち筋は無いのでな!」

 

 セシリアの漏らした呪詛に返答する形で、そう叫びながら尚も前進する。 

 そうだ、今はこれしか方法が無い。

 もしかしたら他の道があるのかもしれないが、そんなのを探す余裕もないし、そもそも私はそんなに器用な女ではない。

 

「てやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 掛け声とともに近接用のブレードを展開して、それをそのまま振り上げる。

 セシリアもそれに応じて、インターセプターを展開して迎え撃たんとする――それを待っていた。

 

「はっ!」

 

 叫びながら右腕を刀から離し、内蔵式マシンガンの上に装着された小型シールドでナイフを受け止める――いや、当てにいく。

 これで問題なく、攻撃は通るはずだっ!

 

「まだですわっ!」

 

 苦渋に満ちた表情でセシリアは宣言すると、腰アーマーに搭載された実弾型のBTを私の目の前に展開し、そのまま発射してくる。

 避けることなど到底不可能であり、思い切り直撃を食らってのけぞってしまう。

 

「だが……」

 

 ほぼゼロ距離といってもいいほどの至近距離で放たれたグレネード弾だ。いくら何でもお互い無事では済むまい。

 そんな事を吐き出しながら、晴れていく前方を注視する。思った以上に距離をとられていなければいいのだが……。

 

「どこだ…………っ!?」

 

 しかし、目の前にはセシリアの姿はない。一体どこへ隠れたのか。

 そう思いつつ、別の方向に気を配ってみると――。

 

「下ですわっ!」

 

 そこにはビットをいつの間にか格納したセシリアが、スターライトを構えて私に向けている姿があった。やはりさっきの攻撃の反動は凄まじかったらしく、打鉄・正宗の各部には細かい傷がいくつも見受けられる。

 奴との距離はおおよそ十数メートル。素早く間合いを詰めようと思えばいけなくもない……はずだ!

 

「次で決着をつけるっっっ!」

 

 高らかに私はそう宣言すると、一気に姿勢を変更して急降下を開始する。

 その、直後――。

 

「隠しておきたかったですが、仕方ありませんわねっ……!」

 

 そんな言葉とともに、今までとは違う独特の威圧感をセシリアが発する。

 同時に、一旦充電の為に引っ込めようとしているビットを再展開。私を包囲するように飛ばしてくる。

 

 あいつも隠し球をもっていたのか。しかし、何か嫌な予感がする……!

 

 直感的にそう感じて剣を両手で構え直しつつ、獲物に群がる獣のように動くビットを注視していた。

 

 ちょうど、その時だった。

 ずがぁぁん! という、まるで建物が崩れ落ちるかのような轟音が、私の耳朶を打つ。

 

 

 慌てて打鉄・正宗の機能で音の発生源を確認してみると、それは隣の――とはいえ数キロはゆうに離れているのだが――第二アリーナから鳴り響いた音のようだった。

 

「ぐっ……!」

 

 間髪入れずに、さっきの音に近い――いや、全く同じ轟音が私たちの入るアリーナにも響き渡る。

 刹那、天井のシールドバリアーが破られ、一機の黒いISが侵入してくる。

 

「何だ……あいつは?」

 

 無意識に、そんな言葉を弱々しく紡ぐ。

 

 目の前にゆっくりと下降し、ある程度の位置で静止するIS。

 それは形状こそ日本製によく見られる、鎧武者を模したかのような装甲をしている。

 

 だが、普通なのはそこだけだった。

 

 装甲は黒のペンキを缶ごとぶちまけたかのように、ただひたすら黒い色をした全身装甲(フルスキン)

 

 さらに言えばセンサー類はおろか、装甲と装甲の継ぎ目すら存在しない。

 明らかに、常識の埒外にあるISだった。

 

「こんなことをできるのは、間違いないですわね」

 

 セシリアの問いかけに首肯すると、その続きを私があいつに代わって口にする。

 

「ああ……確実に、奴らだ」

 

 そう口にすると、私たちは己の握り締めていた武装を「黒いIS」に向けるのだった……。




あと3話で第2章は終わりにします、予定より1話少なくなりました。
次回は連続投稿です。どうかよろしくお願いします。


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戦いの日(中)

「ゴーレムではない、のか」

 

 眼前のISを見据えつつ、自分に言い聞かせるよう小さく囁く。

 襲撃者のISは色こそかつて戦った無人機(ゴーレム)と同じく、まるで夜闇の如き黒。もっとも、そこ以外に共通点など一切ないのだが。

 あいつのように無骨な外観の大型機というわけではなく、せいぜい私たちより一回り大きいだけ。むしろ、形状そのものは非常にスマートだといえる。

 ――というより、そもそも私はその外観に見覚えがあった。

 

「暮桜……」

 

 思わず口から漏れたのは、織斑千冬(世界最強)の愛機たるISの名。

 そう、その襲撃者は暮桜に酷似してた――いや、酷似というのは正確ではないだろう。なにせ、色以外は全く同一なのだから。

 

「チッ」

 

 知らず知らずのうちに、目の前の光景に舌打ちする。

 どうやら連中は何らかの手段で、千冬さんと同等クラスの戦力を補充することに成功したみたいだ。

 ここまで早く解決方法を見つけるとは、流石に想定できるわけがなかった。

 

 しかも最悪なことに、目の前の敵からは……。

 

「箒さん、この表示は……」

 

 セシリアの掠れる声に無言で頷き、ちらりと機体横に投影させておいたウィンドウを一瞥する。

 そこにはでかでかと「生体反応あり」の赤文字が輝いていた。

 

「……慎重に、戦う必要がありそうだな」

 

 中に入っているのがどこのだれかなど、あいにく見当はつかない。

 

 だが、殺すのはなるべく避けておきたかった。

 

 もし敵が入っていたのならば、捕まえることができれば有用な情報を吐かす事が出来るはずだ。

 いっぽう、無関係の人間が無理やり入れさせられている――奴らならそれくらいやりかねん――可能性もある。もしそうならば、それこそ殺せば大変な事になる。

 

「やれやれ……偽者とはいえ、ブリュンヒルデ相手に手心を加えて戦えと? 無茶ですわね」

「それは重々承知なのだが……やるしかなかろう?」

 

 セシリアの軽口に合わせ、こっちも軽口を返す。そうして少しばかり心を平静に戻してから、より一層険しい目で敵ISを睨み据える。

 こっちの所作に反応してか、敵もその手に握っている大型ブレード――単一仕様能力(バリアー無効化攻撃)までは再現されていないようだ。そこは不幸中の幸いと言えなくもない――を構え直した。

 

「では――いきますっ!」

 

 その掛け声とともに、セシリアはスターライトmk-Ⅲによるけん制を行い、私は打鉄を一気に加速させる。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 接敵し、掛け声とともに刀を振り下ろす。それと同時に、敵もそれを迎え撃つべく剣を向け、ふたつがインパクトしようとする。

 その刹那、私はわざと近接ブレードを量子格納させると同時に、敵の攻撃を避けつつ前進する。

 迎撃対象がいなくなったことによって敵の剣は空を切ってしまい、僅かながらも隙ができる。

 

 無論、そんな大きなチャンスを見逃すわけにはいかない。

 

「箒さんっ!」

「ああ!」

 

 相方に返事をしつつ、素手のまま剣を横薙ぎに振るうモーションを行う。

 そして丁度中間に差し掛かると同時に剣を再展開。勢いを保ったまま大きく一文字を敵の胴に刻み付ける。

 全身装甲と操縦者保護機能を加味した上での、最大威力の一撃。流石に大きく効いたのか、敵はそのままPICが停止したため地上へと落下していく。

 念には念をと、セシリアの飛ばしたビットが敵の握るブレードに照準を定めた。その時だった。

 

 敵ISの装甲がまるで雪だるまが溶けるかのようにどろりと崩れ落ち、中から一機の、何の変哲もない打鉄が姿を現したのである。

 しかも――。

 

「相川、さん…………」

 

 黒いISの中に入っていた打鉄の操縦部には、私と同じクラスの生徒・相川清香の姿があった。ISスーツ姿の彼女の瞳は閉じられており、意識がないのが分かる。

 

「……っ。危ない!」

 

 セシリアの声とともにわれに返ると、相川さんの身体が打鉄から力なく抜け落ち、地面へと急速に落下しようとしているではないか。このままでは大事故は免れない。

 慌てて私は瞬時加速を用いて落下地点まで移動し、なるべく衝撃を和らげるようにして彼女の身体を抱きとめる。

 それから数秒遅れで打鉄も落下し、轟音とともにスクラップへと成り果てていく。

 

「間一髪、間に合った……」

 

 冷や汗の滴る顔で私は呟き、それから改めて相川さんの身体を地面にそっと寝かせながら確認してみる。

 ぱっと見た感じではあるものの、彼女にとくに目立った外傷はなかった。少しだけほっとしてしまい、ため息が漏れる。

 

「箒さん、これからどういたしましょう」

「第二アリーナに向かわねばな……鈴が危ない」

 

 正直に言って倒した敵の中から「排出」された女子生徒にかまっていられる余裕などなかった。

 だから彼女をアリーナに詰めていた教員に任せて、私とセシリアは急いでアリーナの外へと移動してようとしたが――。

 

「待って、後は教員部隊に任せてちょうだい。あなた達は下がって」

「……ッ!」

 

 彼女の口から発された、至極まともな発言。それに思わず歯噛みしてしまう。

 教員達からすると、これはもう生徒でどうこうできる問題ではないと認識していると捕らえているのだろう。それは何もおかしなことではない。

 

「あなた達はここで防衛……」

「いえ、私たちが外へ出ます。生徒の防衛は先生方が」

「何を馬鹿なことを!」

 

 だが、私は連中と戦うと決意したのだ。そう言われて「はいそうですか」と返すわけにはいかない。先生の言葉を遮るようにして発言を被せ、否定の意を表明する。

 

「万が一のことがあったときのために、ここの防衛を強固にする方がよいかと」

「いい加減に……!」

「お待ちくださいな」

 

 先生が声を荒げようとした瞬間、セシリアが会話に割り込んできて続ける。

 

「外見や太刀筋からも、あの敵が暮桜のコピーであるのは一目瞭然」

「何が言いたいの?」

「織斑千冬も箒さんも、その剣のルーツは篠ノ之流ですわ」

「…………そういうことね」

 

 声には出さなかったものの、私も胸中で先生と同様セシリアの意見に納得する。

 千冬さんは私の兄弟子で、幼少期から何度も手合わせをしてきた間柄だ。

 私が代表候補生になってからは、お互いISを纏った状態で剣を交えたことだってある。それも一度や二度ではない。

 

 またセシリアも、私を通じて篠ノ之流との交戦経験は多い。

 私たち以上に篠ノ之流と戦ったことのある人など、この学園ではアーリィ先生くらいなものだろう。

 

『なるほどナ…………。黙って聞いていたが、確かに理屈は通るサね』

「アリーシャ先生!」

 

 うわさをすれば何とやら、とでも言えばいいのだろうか。セシリアの主張が終わってからすぐ、司令室にいたアーリィ先生から通信が入る。

 こんな時だけあり、その声音は普段の明るいものとは違って真剣そのものであった。

 

『いいサね。許可するのサ。オルコットと篠ノ之は外に出て迎撃に当たるといいのサ』

「ありがとうございます!」

 

 

 勢いよくそれだけ返すと、すぐさまアリーナの出口の方へと全力噴射。私が前、セシリアが後ろという布陣で外へと一目散に駆け出していった。

 

『鈴を助けてやりナ。今のお前達なら出来る、期待しているサね』

 

 最後に秘匿通信回線(プライベート・チャネル)でそれだけ告げてくると、本部との通信は途絶した。

 

「ちゃんと聞いたな? セシリア」

「ええ、いきますわよ!」

 

 互いに確認しながら、左側のピットへと突入する。

 

「セシリア……口添えありがとうな」

「ふふっ……良いってことですわ。それに、わたくしもあいつらと戦いたいのは同じですし」

 

 そんな会話をしながら内部へと突入した途端、さっきのと同じIS―黒い暮桜が目に飛び込きた。

 

「待ちぶせかっ……!」

 

 余りの姑息ぶりに、思わず舌打ちする。ピット内という配置と剣を構えている所から、奇襲を狙っていたのは間違いない。

 私はとっさに左側へと全力でブースター噴射を試みたが、さすがに敵の方が早かった。右肩の物理シールドにかすってしまい、少しだけシールドエネルギーが削られる。

 

「だがっ!」

 

 素早く起き上がると、私は素早く剣を叩きこむ。

 刀身はそのまま敵の懐へと吸い込まれるように入っていき、大きくそのシールドエネルギーを削り取っていく。

 そして刀を振りぬき、離脱した次の瞬間。四条の熱線が寸分違わず同じ場所――私のつけた傷跡の部分だ――へと殺到する。ビットを自身の周囲に展開したセシリアによる、一斉射撃である。

 

「……っ! 今度は四十院さんか!」

 

 さっきの繰り返しだとでも言わんばかりに、クラスメイトの四十院さんが溶け出したISから排出される。もちろん、彼女の意識がないところまで同じである。

 

「……すみません、彼女も頼みます!」

 

 司令室に通信をかけ、それからやってきた教員機が四十院さんを運んだのを確認。そうしてから、私とセシリアは外へと出る。

 するとそこには、頭のおかしいとしか言いようのない光景が広がっていた。

 

「……狂っているな」

「見た感じですが、大会に使われていなかった訓練機は全部餌食になったようですわね」

 

 なんと、そこには八機もの黒い暮桜が待ち構えていたのだ。

 いくら本物の織斑千冬と暮桜(ブリュンヒルデ)よりも大幅に劣化している――これまで戦った二機から判断するに、そうとしか思えない――とはいえ、流石に分が悪すぎる。

 無視してやり過ごせるのなら、そうした方が賢明なのは分かる。だが敵も既に臨戦態勢だ、そうは問屋が卸さないに違いない。

 

「やれやれ……こっちには、時間がないというのに」

 

 やむを得まい。こうなったら戦うしかないな……。

 

 気合を入れ直してから両手で刀を構えなおし、一番近いところにいる敵――すぐ傍の電柱のうえに立ち、刀を向けている――へと切っ先を向けた。

 その時だった。

 

「箒さん、ここは私にお任せを」

「……正気か?」

 

 妙に強気な発言とともにセシリアが私の肩を叩き、一歩前へと進み出た。

 あまりにも予想外の言葉に反応が数瞬遅れた私は、思わず目を丸くして返す。

 

「ええ。開けた場所に出た以上、この程度の物量差など……物の数ではありませんわ」

 

 その自信は一体どこから来るんだ? 

 ブルー・ティアーズは一対多を想定しているISなのはわかるし、その最大の特徴であるBTビットはこういった「開けた場所」でこそ最大限の威力を発揮するのも重々承知している。

 とはいえ、流石に一人で相手取るのは難しいのではないだろうか。

 

 私がそう思っているうちに、セシリアはビットを全基展開。それらを遥か天高く飛翔させいく。

 

「本当はあなたとの戦いで初お披露目……いえ、ラウラさんとの対決まで取っておきたかったのですが――こうなっては仕方ありませんわね」

 

 不敵な笑みとともにつむがれた言葉。その直後にビットから光の奔流が四条放たれ、それぞれが黒い敵へと殺到していく。

 しかし、自機の近くから放たれる単調なビット攻撃など些細な脅威にしかならない。黒ISどもは各機とも回避行動を危なげなくとり、あっさりと不発に終わってしまう――かに見えた。

 

「甘いですわ!」

 

 叫び声とともにレーザーは蛇のように不規則な軌道を描き、敵の背後へと再度突撃。

 流石に想定外だったのだろう。今度こそターゲットに命中し、ダメージで少しの間のけぞる。

 

偏向射撃(フレキシブル)……だと。お前いつの間に」

 

 偏向射撃(フレキシブル)

 搭乗者の意思でレーザーを自由自在に曲げられるその能力は、ブルー・ティアーズ系列機のひとつの到達点。

 まさか、そんなものを僅か二ヶ月ちょいの間に手に入れているとは正直、思わなかった。

 

「あなたと鈴さんのいない時、こっそり特訓しておいたのですわ」

 

 不敵な笑みを浮かべつつ、再び放ったレーザーを操作。今度は四本とも一機だけを標的とし、変幻自在の動きで射抜く。

 しかしセシリアはああも軽く言って見せていたものの、偏向射撃などそう簡単に身につくものではないだろう。

 その「私と鈴のいない間」には、ずいぶんと血の滲むような努力があったに違いない。

 

 私なんかよりよっぽど迷いなく道を突き進めるんだな、あいつは…………。

 

 

 ほんの少しの間だけ私がそう考えているうちに、セシリアは「早く行け」と左手でジェスチャーを発してくる。

 

「すまない……恩に着る!」

 

 早口で伝えてから、すぐさまスラスターを前面開放して最大噴射。急いでその場から離れる。

 確かに、偏向射撃さえあればこの場を保たせることは十二分に可能なはずだ。なにせあの能力がいかに数で勝る相手に対して有用なのか、そして単純に厄介なのか。

 それはサイレント・ゼフィルスとの戦い(春休みの最後の決戦)で、私もイヤと言うほど味わっているのだから。

 

「頼むから無事でいてくれ、鈴……!」

 

 背後から聞こえてくるレーザーの発射音と爆発音を耳にしながら、私は鈴のいる第二アリーナへと向かって行ったのだった……。




次回は近いうちに掲載いたします。次で一区切りです。


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戦いの日(後)

難産でした。特に最後の方が。


「鈴ッ!」

 

 セシリアと別れてから数分後。ピットにたどり着いた私は、強引にアリーナのシールドを蹴破って中へと入る。するとすぐさま、黒いISを相手取っている鈴の姿が眼前に飛び込んできた。

 既に非固定部位の片側は大きく欠けており、双天牙月のうち一本は壁に突き刺さっている。

 そのことからも分かるとおり、鈴は相当苦戦しているようであった。

 

「箒……あんた、どうしてここに!?」

「そんな事はどうでもいい!」

 

 そう言いながら、黒いISに対してアサルトライフルをけん制がてらに撃ち込む。少しだけ敵がひるんでいる間に私は接近し、黒い奴へと向かう。

 それと入れ替わる形で、鈴は私のいる出入り口のところまで一目散に撤退していった。

 

「何があった……?」

 

 通信越しにとりあえず尋ねてみたものの、あらかた想像はついていた。

 目の前にいる黒い暮桜は、他とは一線を画すほどの異常な強さを秘めている。さっき鈴と戦っている姿を一目見ただけでも、その差は一目瞭然だ。

 そしてこの第二アリーナという場所を鑑みるに十中八九、あのISの中に乗っているのは――。

 

「ラウラとの試合が始まって、大体五分くらい経った頃かしら……急に空のシールドが破れて、そしたら一機のゴーレムが入ってきて……」

「ゴー、レム……そいつは今どこに!?」

 

 鈴の解説が始まると、いきなり予想に反した存在を私は耳にする羽目になる。

 すぐさま詳細を求めると、あいつは「アリーナの端の方」とだけ補足する。

 一瞬だけ視界を向けてみたが、そこには黒色の装甲片やチューブ、それに特徴的なデザインの頭部が転がっていた。

 

「急いでいたので気付かなかった……ッ!」

 

 鈴に返事していた丁度その時に、敵も接近してきて刀を振るう。私は急いで長船を打ち込み、つばぜり合いの状況に持っていく。

 

「それで、その後はどうなった……!?」

 

 じりじりと押し押されつつを繰り返しながら、隙を見て思い切り押し込む。それと同時に、鈴に通信を送って尋ねる。

 ラウラの乗る黒いISは、この異常なISのいわば「第一号機」に違いないのである。なにかしら他と違う点があっても不思議ではない。情報の収集は大事だ。

 

「あたし達が戸惑っていた間に、ゴーレムはラウラに何か細長いものを投げつけたの。それからすぐにあいつのISに電流が流れて……」

「今の形になった、のか!?」

 

 返答しながら距離をとり、そのまま再展開したアサルトライフルでけん制。

 

「うん。それでその後、ゴーレムは今のラウラに倒されたわ。で、その後はアンタが見た状態ってわけ」

「なるほど……なっ!」

 

 聞き終えた以上、もう間合いをとって時間稼ぎをする必要はない。その言葉とともに急速噴射して接近しようと試みる。

 連動したかのように、向こうも瞬時加速。瞬く間に二本の刀が交差し、火花を散らす。

 

「太刀が重い……ッ!」

 

 さっきぶつかって見た時も感じたことなのだが、こいつの太刀は途轍もなく力強い。一瞬でも力を入れ損ねれば、こっちが斬られてしまう。

 まるで本物の千冬さんを相手どっているかのようだった。

 

「だが、負けるわけには……ぐぅっ!?」

 

 だからと言って、鍔迫り合いばかり気を回しすぎたのは悪手だった。敵は素早く右足を上げると、私の腹目がけて鋭い勢いの蹴りを放つ。不意打ち気味に放たれたそれをかわす手段はなく、ノーガードで直撃してしまう。

 シールドエネルギーの減りこそ微量であるものの、体勢を一瞬でも崩されたというのはかなりの痛手だった。ただでさえ押され気味だったのが、完全に向こうに主導権を握られる形となる。

 

「ぐっ……!」

 

 このまま一方的に蹂躙されるのだろう、打鉄が消えるのも時間の問題だ。

 その後、どうなる?

 

 何度も私を殺そうとしてきた連中のことだ。とうてい見逃してくれるとは思えない。もうすぐ私の命も尽きてしまうのだろう。

 しかし、それを鈴が指を咥えて見ているだけだろうか? 否、あいつのことだから、満身創痍でも突っ込んでくるに違いない。となると、鈴だって殺されてしまう。

 その後やつは外に出てセシリアを、アーリィ先生を、クラスメイトたちを――学園のみんなを、きっと殺そうとする。

 

 嫌だ。そんなのは嫌だ!

 

 そう、思った瞬間。

 頭の中に今まで以上に鮮明な光景が浮かび上ったかと思えば、五感を不快な情報に支配される。

 

 見渡す限り、火の海と化したIS学園のある人工島。

 肌を刺激する、地獄を思わせる熱さ。

 鼓膜を破らんとする音量の悲鳴。

 肉の――脂の燃える異臭。

 煤臭い口内。

 

 体感時間で大体三十秒ほど、そんな地獄に落とされてから――私の中で何かが「目覚めた」。

 

「やれやれ、おまえはどこでもVTシステムに囚われるのか。心底呆れた奴だな」

 

 ひとりでに口が開いたかと思うと、そんな言葉を紡ぎ出す。

 そして同時に、自分の意思では指ひとつ動かせなくなってしまう――まるで誰かのラジコンにでも、成り下がったかのように。

 

「さて、やるか――!」

 

 高らかに私でない私――もうひとりの「私」はそう宣言すると、瞬時加速でラウラの攻撃を回避しつつ右後方へと移動。

 そして逃げた先にあった双天牙月を乱暴に引き抜くと、連結を解除。左手に握った片方だけを構え、もう片方を無造作に投げ捨てる。

 これで私は右の長船と左の双天牙月で、日本刀と青龍刀の変則二刀流とでもいうべき状態となった。 

 

「我ながら凄まじく不恰好だな……だがまぁ、一刀よりかはいくらかマシだ」

 

 クク、とあたかも悪役のように、もう一人の「私」は笑う。

 そして笑いながら、ぶんぶんと両の手の刀で目の前の空気を切り裂く。

 

 乗っ取られている状態とはいえ、身体の感覚は私にも問題なく伝わっている。

 そのため、私の使う形から外れた酷くアンバランスな振り心地にゾクリとする。

 

 だが同時に、確かに二刀流の方が馴染んでいる気がする自分もそこにいた――二刀流など、試してみた事すらないというのに。

 

「あいつのように零落白夜は使えんが……やれるだろう」

 

 にやりと口角を吊り上げながら言い、次の瞬間には非固定部位の大きな翼に搭載された鞘から二本の刀を抜き取る。

 次の瞬間には大出力を活かし、滑らかに地面スレスレを跳んで敵の懐に悠々と飛び込んでいた。

 口ぶりや迷いのない挙動から察するに、どうやらこっちの私のほうが度胸も勝負強さも所持しているらしい。

 

「てやぁぁぁぁっ!」

 

 私と瓜二つの掛け声を発しながら、もう一人「私」は両の手で剣を十字に振り下ろす。

 刹那、鈍い斬撃音と共にラウラの機体へと一気に重篤なダメージが叩き込まれる。

 そして間髪入れずにもう一度、再び縦からの斬撃。

 

 たった二撃のみの攻撃。

 それだけで、もう一人の「私」はあの黒いのを完全に機能停止へと追い込んでしまった。

 

「まぁ、これ以上ぶっ飛ばすのは勘弁しておいてやる……か」

 

 やはりどろり、と溶ける装甲から排出されたラウラを抱きかかえつつ、もう一人の私はいくつもの感情が入り混じった声を口から紡ぎ出す。

 それから彼女を地面に寝かせてから教員数人が駆け寄ってくるのを確認すると、もう一人の私は「後は任せた」と小さく呟く。

 直後に体の自由は戻ったが、同時に疲労感も襲い掛かってくる。

 

 全く、超常の存在ならば疲れも持って言ってくれてもいいのにな、もう一人の私よ。

 

 ついさっき存在を知ったばかりの「私」相手に苦笑しつつ、私は意識を手放していった…………。

 

◆◆◆

 

「またこのパターンか……」

 

 目が覚めたとき、私は夕日の差し込む保健室のベッドの上で横になっていた。

 だからだろう、そんな言葉がため息混じりに零れてしまう。

 それにしても……たった二ヶ月の間にこれで三回目、か。ちょっと多すぎやしないだろうか?

 

「何がまた、なんだ?」

「おぅあ!!?」

 

 突然隣からきょとんとした声が聞こえてきたので、素っ頓狂な叫び声をあげてしまう。

 慌てて声のしたほうへ振り向くと、そこには赤と金のオッドアイの銀髪少女――ラウラの姿があった。

 

「なんだ、ラウラか……って、いいのか?」

「ん、何がだ?」

 

 今度はラウラがきょとんとする番だった。首を軽く傾けると、すぐさま尋ね返す。

 彼女の幼さの残る外見のせいだろう。今の仕草だけを見て判断するなら、とてもドイツの軍人だとは思えない。

 

「いや、その目を隠さなくて。十分隠す時間はあっただろうに」

「ああ。もう良いんだ。なにせ……」

 

 言葉を一旦溜めると、ラウラは私に向けて手を差しだしてくる。

 

「お前は私の仲間だからな」

「仲間……」

「ああ、そうだ。あれに打ち勝ったお前は十分強い。それに……私を助けてくれた、だろ?」

 

 いささか唐突感はあったが、素直に仲間だと言ってくれたのは嬉しいものがある。

 差し出された手をを握り返しながら、そんなことを思った。

 それにしても、記憶を保持したままの状態で操られていたとは。連中め、なんと恐ろしいことを……。

 

 体感的には結構長く握ってからお互い手を放すと、ラウラはゆっくりと口を開く。

 

「この瞳――越界の瞳は、疑似ハイパーセンサーでな。あの研究所で表向き開発されていた技術だったんだ」

「しかしなぜ、それをお前が?」

「あの日、奴が去った後で瓦礫の中から見つけたディスク。そこに入っていた」

 

 まったく、運が良かったのか悪かったのかわからんな。そうラウラは自嘲気味に続けて締める。

 

「なるほど、入手した経路は分かった。しかしよく手術を受ける許可が出たな」

 

 いくら合法範囲だったとはいえ、極秘研究――しかも、おそらく試作段階――であることには変わりない。とてもIS特殊部隊の者があっさり施せる手術とはとても思えなかった。

 

「クラリッサ……私の副官をはじめ、多くの隊員たちが私の意を汲んで上層部に掛け合った結果だ……あいつらには、本当に感謝している」

「そうか……だからあの時、あんなに怒っていたのか」

 

 それだけ口にしてすぐに、頭を下げる。

 知らなかったとはいえ、慕ってくれている者を蔑ろにしてしまったのは本気で申し訳ない事をしてしまった。

 

「もう良いってことだ。今後は気を付けてくれ……。それより、今後のことだが」

「今後、か……。まさか連中が学園に、しかもこんなに早く襲い掛かってくるとはな」

 

 顎に手を当て、考える。

 学園にいればある程度は安全だとはいえ、正直いつかは攻めてくるに違いないとは思っていた。

 だが、ここまで早くに実行に移してくるとは思ってもみなかった。早くても一学期末あたりだろうと高を括っていた面は否めない。

 

「しかも、あの謎のテクノロジー……あれは一体なんだったんだ?」

「さぁ、私にも何が何だか分からんのだ」

 

 無意識に名前こそ「VTシステム」と口にしていたし、効果自体もある程度は察しがつく。しかしそれを差し引いても謎が多すぎる。

 

「特に訓練機にいつ仕込んだのか……そこが一番の謎だな」

 

 ラウラがそう口にする。

 確かにそこである。

 戦闘中に仕込んだシュヴァルツェア・レーゲンと違い、訓練機は敵からの直接的な接触などないのだ。

 学園内のセキュリティは頑丈だし、不審者が侵入したとは考えづらい。いったいどうやって……。 

 

 

「訓練機に関しては、外部からのハッキングがあったのが確認されたのサ」

 

 にわかに声だけが聞こえてくると、戸棚の陰になっていた場所から私たちの担任――アーリィ先生が姿を現した。

 

「うええっ……! いつの間に!?」

「最初から、サね」

 

 素っ頓狂な声を上げながらも尋ねると、満面の笑みとともにそんな台詞を返される。

 という事は、さっきの全部聞かれて、いた…………?

 

 そう考えた瞬間にはもう、堪えきれずに赤面してしまう。枕に顔をうずめたい気分だ……!

 

「ま、私は千冬と違ってそういうのは嫌いじゃないサ。結構結構」

 

 「青臭いのも大変結構サね。青春ってヤツなのサ」と言って締めると、アーリィ先生は心底愉快そうにけらけら笑う。

 

「ハッキング……ですか?」

 

 私と違って気にしていない風のラウラは、アーリィ先生に問うた。

 

「ああ、そうサね。専用機――いや、第三世代とは違ってセキュリティの弱い訓練機が餌食になったって感じっぽいのサ」

「だから私のシュヴァルツェア・レーゲンには直接接触したのか……」

 

 ラウラが納得したかのように呟く、なるほど確かにそれならゴーレムを派遣した筋が通る。

 

「システムについてはお察しの通りサね。パイロットごと取り込み、織斑千冬のコピーにさせる能力。名前はヴァルキリー・トレース――VTシステムというらしいのサ」

「VT……システム」

 

 その名前は「もう一人の私」が口にしていたものと同じだったため、思わずその単語を反芻してしまう。

 偶然にしては出来すぎている気もしないでもないが、そのままといえばそのままな気もするが……。

 

「モンド・グロッソの優勝者一式のデータも入っていたサね。ま、今回は織斑千冬のデータ以外は使われなかったみたいだけどサ」

 

 アーリィ先生は軽く笑いながら「優勝しなくて良かったサね」と付け足したが、正直に言って反応には困る冗談だった。

 

「ま、そんなことはどうでもいいのサ……私としては、全員無事だった事の方が大事なのサね。よくやってくれたのサ」

 

 戸惑う私をよそに、アーリィ先生は左手で私たちの頭をなでると、そのまま出口の方へと歩を進める。

 

「あとはまぁ、生徒同士でってことでサ。それじゃあナ!」

 

 朗らかな声でそれだけ伝えて先生は出ていくと、入れ替わりで

 

「箒!」

「箒さん!」

 

 という大声と共に、鈴とセシリアが室内へと入ってくる。

 

「二人とも……まぁ、私は大丈夫だぞ。この通りぴんぴんしている」

 

 私は笑顔でそう言って、心配してくれていた二人を安心させようと試みる。

 

 あのシステムの出所は、もう一人の私の正体は。

 

 いくつか謎は残ったが、今だけは考えないようにしよう。

 かけがえのない友人たちと一緒に無事と勝利を喜びながら、夕焼けの差し込む保健室で私はそう思ったのだった

 

◆◆◆

 

「連中も、案外万能じゃないのサねぇ。システムひとつまともに作れないとはナ」

 

 夕焼け色に染まった廊下で一人、アーリィは携帯端末を眺めながら呟く。その画面にはイタリア語で「ドイツの違法研究所」とだけ記載されていた。

 

「まぁ、よく考えたらそりゃそうサね。しかし、伝えなくてよかったのかナ……」

 

 思い悩んだかのような表情で口にしてから、アーリィは今しがた出て行った部屋の方へと耳を澄ます。

 そこからは、少女たちの発する楽しそうな声が響き渡っていた。

 

「ま、空気は読んだ訳だし……いいってもんサね」

 

 最後にそう言って自分を納得させると、アーリィはその場を後にした。




これにて第2章終了。
次から話が本格的に動き出します。


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第三章
新たなる始まり


お待たせしました、第三章開幕です。
ちなみに現在既存の部分を一部改稿中です。よろしければそちらもどうぞ。


 あの事件から、早くも二ヶ月が過ぎた。

 事件後すぐに学園の第二世代機(訓練機)のアップデートが施されたためVTの襲撃――もちろん直接的な襲撃もだが――もなく、私たちは無事IS学園での初めての夏を迎えることができた。

 

 ――の、だが。

 

「なぜ、ここに限って……、ゲフッ、風邪など……」

 

 期末試験を終えた私たちに待っていた一学期最大のメインイベント・臨海学校。その前日から私は体調を崩し、結果見事に欠席せざるを得なくなるという事態になってしまった。

 

「今回は、結構楽しみにしていたのになぁ……」

 

 本来、私はどちらかというと学校行事に胸躍らせるタイプではない。なのだが、今回は鈴と久しぶりに一緒に行けるという事で結構楽しみにしていたのだ。何せ中学時代は一度も――京都への修学旅行でさえも――あいつと一緒に楽しめたことはなかったのだから。

 それに今回は、鈴に加えてセシリアにラウラ、仲良くなった一組のみんなも一緒だったのだ。思った以上に堪えてしまっている。

 

「ハァ…………」

「おっ待たせーっ! どう、元気になった?」

 

 ため息をこぼしたその瞬間。部屋の扉が「ばぁぁぁん」というけたたましい音とともに思いっきり開かれ、人懐っこいツインテールが私のベッドまで駆け寄ってくる。

 

「おい鈴、静かに入れ! ドアが壊れたらどうするつもりだったんだ!」

「大丈夫だいじょーぶ、こん位でぶっ壊れるわけないって」

「まったく、気をつけろよな……」

 

 こいつのことだ。極端な話、そのうちエスカレートして扉をISで壊すまでやりかねん。

 そんな姿がありありと想像できるから……その、怖い。

 

「……で、話し戻すけどさ。体調良くなったの?」

「見ればわかるだろ。もう大体治った」

 

 親友に対し、微笑みながらそう言う。なんだかんだでこいつに心配されるというのはいいものだ。胸に熱いものがこみあげてくる。

 

「そ、良かった。ところでこれ」

 

 鈴は手にしたバッグからデジタルカメラ――私が鈴に、出発直前に貸し出したものだ――を取りだし、私に手渡してくる。

 

「頼まれてたとおり、かなりの枚数撮ってきてあげたから」

 

 鈴は説明を入れつつ、カメラを受け取った私の横へと移動して一緒に液晶を覗き込む。

 まず初めに映し出されたのは、セシリアに鈴、それにラウラの水着姿だった。

 

「ラウラってさ、いままで学校指定の水着しか持ってなくて、これが生まれて初めて自分で選んだやつだったんだって」

「生まれが生まれだしな……そういう経験はなかったのも無理はないよな……」

 

 画面の向こうの、つい二か月前に友情が芽生えた銀髪の少女。普段はどこかクールな彼女が赤面しているさまを見てると、ついつい頬が緩んでしまう。

 あぁ……こんな姿を見られたのならば多少無理してでも行くべきだった……ッ!

 

「随分残念がってるわね……顔に出てるわよ。気持ちはわかるけどね……あ、でも」

「でも、なんだ?」

 

 しゃべってる途中で何かを思いついた風の鈴は唐突に言葉を途切れさせると、悪戯っぽい笑みを顔に浮かび上がらせる。

 こういう時、こいつが決まって言いそうなことといえば……。

 

「もしあんたが行けたとしてもさ、一緒に泳げはしなかったんじゃない? そのスイカが収まるような水着なんて……あだっ!」

「やっぱりそれかっ!」

 

 人の胸をつん指で突きながらおちょくるバカの頭にチョップ。まったく、鈴は隙さえあればこっちの胸をイジってくる。まるで変態おやじのようだ。

 今はいないからいいものの、ここにもう一人の変態(姉さん)までいたら相乗効果でとんでもないことになる。何度被害にあった事か――っ!

 もっとも、こういう時鈴にどうやり返すのかも決まっているのだが。

 

「そういうお前も、わざわざまな板を隠す必要などなかっただろ? 海パンで泳いだ方がよかったんじゃないのか?」

「~~ッ! あんたはいっつもそうやって!」

「先にやったのはそっちだろうが!」

 

 「何ともまぁ進歩のないやり取りだ」と我ながら呆れつつの反論だったが。これはこれで日常が戻ってきた感覚がして嫌いじゃない。

 そんな風に考えてみると、自然に笑みがこぼれてくる。どうやら鈴も同じようで。私たちは同時に声をあげて笑い合った。

 

 ――あぁ、やっぱり私たちはこうでなくっちゃな……!

 

 ひとしきり笑い合った後、鈴と共に再び写真を捲っていく。

 スイカ割りやビーチバレー、かき氷を頬張る写真に、三人以外のクラスメイト達と一緒に写っているモノ。そしていくつかの風景の写真が容量いっぱいになるまで詰め込まれている。

 そんな中、私の目に留まったのは一枚の、夜の海岸の写真だった。

 

「あぁ、これ? 旅館抜け出して散歩してたら、なんか綺麗だったから撮ったのよ」

 

 鈴の言うとおり満月とそれを反射した海面、月明かりに照らされた岩場の写るそれは極めて幻想的で、名画に匹敵するほどだとさえいえた。思わず撮ってしまったというのも頷ける。

 

 だが、問題はそこではなかった。

 この風景を見ると、私の頭の片隅で何かが警告を発するのだ。とても大切な、それでいて忘れてしまった「何か」を思い出せ。そう訴えかけるかのように。

 そしてその感覚は、ここ四か月ほどの間に何度も経験していたことでもあった。連中の襲撃や、あの夢を思い出すときに決まって起こる既視感に酷似しているのだ。

 

 しかも、今回のそれは今までの中でもかなり強い部類に入る。

 ――こんなことになるならば、無理を通してでも行くべきだった……っ!

 

「ご、ごめん箒……やっぱまだ見せるべきじゃなかったわね……」

 

 つい一人で考えて、苦虫を噛み締めたような顔をしていたのが不味かった。鈴はバツの悪そうな顔をすると、私の手からデジタルカメラを取り上げようとする。

 

「あぁいや、違うんだ……。その……あの日、旅館で襲撃に遭った時のことを思い出してつい、な」

「そういや、あの日も満月だったわよね……」

 

 咄嗟に吐き出したでまかせが功を奏した。鈴は取り上げようとする手を止めると、それ以上は何もしてこなかった。

 嘘をついたのは若干心苦しかったが、残りの写真に何かしらのヒントが隠されている可能性は捨てきれない。心の中で鈴に謝ると、素早く一枚一枚確認していく。しかし、あの海岸のもの以外に「特別な写真」は存在しないようで、頭に警告が流れたのはあの一度きりだった。

 

「ありがとう、しかし……本当に行きたかったな」

 

 鈴にデジタルカメラを手渡した際、ついぽろりと本音を零してしまう。ただでさえ悔しかったというのに、そこに記憶や例の夢に関する事まで付加されてしまえば尚更だ。

 

「まぁそりゃね……そこでさ、箒。これ行ってみない?」

 

 急に笑顔を作ると鈴は、折りたたまれた一枚のプリントをポケットから取り出すと、私の目の前に広げて見せる。

 そこに書かれていたのはIS委員会主催のIS展、その学園ブースに出る代表生徒募集についてだった。

 開催地はフランスのオルレアン。

 募集人数は全五名で、一年生からの募集だそうだ。

 

「臨海学校の代わりってわけじゃないけどさ……これ、あたし達と一緒に行ってみない? ラウラもセシリアもあたしも、あんたが行くっていうなら付き合うって決めてるし……さ」

「フランス、か……デュノアのある所だな」

 

 デュノア社。

 ISメーカーとしては世界的に有名な老舗で、量産機シェア第三位の名機(ラファール・リヴァイヴ)の製造元としても知られている――尤も、第三世代機の製造に難航し、現在は経営危機に陥っているという噂もあるのだが。

 

「そのデュノアなんだけどさ……アーリィ先生から聞いたんだけど」

「何をだ?」

「新型。今回の展示会で発表するとかなんとかって噂があるんだって」

「――ッ!」

 

 アリエナイ。

 

 鈴の言葉を聞いてすぐ、そう口にしそうになったのを何とか堪える。だが、えもいわれぬような感覚は頭の中にこびりついたままだった。

 

 デュノアが、こんな時期に新型を出すなどあり得ない。

 

 どうしても、そう思えてならないのだ。そしてその感覚は、今まで――ついさっきも――味わったあの奇妙なものと酷似していると来ている。

 

 ――デュノアも、連中と何か関わっているのか?

 

 もちろん、確証などあるわけではない。あるのはしょせん、直観だけだ。

 だが、私はその直感だけを信じてみたくなっていた。今までも直感に従っていれば何かしらの形で真相に近づけた気がするのだ、決して分の悪い賭けだとは思ってはない。

 なら、乗るしかないじゃないか!

 

「あぁ、いいぞ。行こう。私たちみんなでデュノアの新型を冷やかしにでも行こうじゃあないか!」

 

 笑顔で鈴にそう言うと、あいつも狂喜乱舞する。なんだかんだこいつも、私が欠席して一緒じゃなかったことが悔しかったらしい。

 そう思った途端、私の口元も思い切り緩み、気づけば二人して笑い合っていたのだった……。

 

 パリ郊外。

 世界のISシェア第三位を誇る大企業、デュノア社。

 その研究棟地下にある、格納庫にて。

 

「えぇ、ええ! 遂に完成しましたわ!」

 

 薄明りの中。

 中性的な美貌を狂気混じりの笑みで歪ませ、背後に鎮座する機体へと視線を向けながら。

 

 ひとりの少女が、芝居がかった声を響かせる。

 

「デュノア社の、あなたの、私の夢!」

 

 (おびただ)しい血によって、真紅のカーペットが敷かれたかのような床。

 その上を、少女は踊りながら言葉を紡いでいく。

 

「ええ、夢の結晶! ()()()()()()I()S()がここに完成致しましたとも!!」

 

 最奥に鎮座する、漆黒の鎧。

 それに背を向けながら、少女は高らかにそう言い放つ。

 

「や、約束が違……貴様ッ!」

「約束は果たしましたよ社長……いいえ、()()()

「……は?」

「デュノアの――いえ、()()()()()の夢だったじゃないですか」

 

 そんな饗宴を見ていた唯一の観客――デュノア社長は床に這いつくばり、呻くが。

 少女の理解不能な言葉に遮られていく。

 

「親子……まるで意味が分から――」

「アハッ、まさかお忘れになられたとでも?」

 

 言いつつ、少女は両脚をISの装甲へと通していく。

 

「データ欲しさに()()()()()()()IS学園に送り込んだこと」

 

 今度は両腕を武装しながら、少女は目を閉じ言葉を紡いでいく。

 

「何を……男装……!?」

 

 だが、その発言は男にとって、あまりにも支離滅裂にしか思えなかった。

 勿論事実ではないが――()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええ、その通りですよお父様」

 

 得物のビームフラッグ。

 その柄をハンガーラックから手に取ると、少女はゆっくりと鋼鉄の靴で床を踏み抜いていく。

 真新しい脚部装甲で鮮血を跳ね飛ばし、びちょりという嫌な音を響かせながら。

 

「実の娘を苦しませてまで、手に入れようとした次世代機」

 

 少女の言っている事の一割も、男には理解できなかった。

 

 確かにデュノアは第三世代の開発で後れを取っていた。

 事態の打開する術を喉から手が出るほどに欲しているのも事実である。

 

「それを今更――欲しくないと?」

 

 だからこそ。

 こんな得体のしれない女の持ってきた技術に食らいつき、提案に乗った。

 だが。

 

「そう貴方は仰るのですねぇっ! お父様ぁっ!」

 

 娘?

 男装?

 

 完成直後、研究者を皆殺しにした少女が、冷酷な笑みと共に発した言葉の数々。

 それらに疑問符を浮かべながら、男は自身が夢見た最強の兵器。

 自社製次世代機の武器に頭部を刺し貫かれて、その生涯へと幕を下ろしていった。

 

「……あはっ、想像以上。濡れてきちゃった♪」

 

 静寂が支配する中。

 先程とは打って変わって、ざっくばらんな口調で感想を漏らす女。

 その視線は、先程自分が手にかけた男へと向けられていた。

 

「ほんっと、馬鹿な男」

 

 まだ自分が自分である前の記憶を、少女は思い返していく。

 

 幸せが崩れた矢先、絶望へと叩き落された日のことを。

 次いで、すべてが崩れたあと。

 ()()()()()()()が、最期に「愛してる」等と宣って果てた時のことを。

 

「……本当に大切に思ってたなら、庇いなさいよ。抱き締めなさいよ」

 

 泥棒猫の娘と叩かれた記憶。

 頬を押さえながら、夜に一人泣いた記憶を次いで思い返してから。

 それと共に愚痴った――瞬間だった。

 

 少女の前に、同じ顔をした幻覚が現れたのは。

 

「何ですか? またそうやって、いつもいつも」

 

 じっと悲しそうな瞳で見てくる相手へと、少女は苛立ち混じりに吐き捨てる。

 だが、返ってくる言葉はなく。

 

「何よ……事実じゃない! 悲しかったんでしょ!? 辛かったんでしょ!?」

 

 ぎりっと音が出るまで歯を食いしばってから、怒りを露わに吐き捨てる。

 

「知ってるわよ、だって憶えているんだもの!」

 

 少女は幻覚の――前の自分の事は、誰よりも理解していた。

 なにせ、同じものを多々共有しているのだから。

 

 だが。

 

「なのに、他人のことばかり! どうしてあんたは!」

 

 思い返すのは、想い人へと別れを告げた日の事。

 

『君が生きていてくれれば、僕は死んでも構わない』

 

 あの船の、彼の部屋で。

 そう笑って告げた三日月の夜の事。

 

 今の自分には到底納得などできない言葉が頭の中に響いてきて。

 

「どうして、幸せになろうとしなかったのよ!!」

 

 激情に任せて、少女が吐き捨てた――その時だった。

 彼女の纏うISへと通信が入ったのは。

 

「……うざっ」

 

 小さく吐き捨ててから、通信を繋ぐ。

 主人もその眷属共も、少女にとって癇に障る対象に他ならなかった。

 誰も彼もが好きではないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「無事こちらは終わったわよ。ええ、復讐完了。例の無人機のデータは数時間後にでもそちらに」

 

 とはいえ、仕事はきちんとこなすのが少女のやり方だった。

 こういう面だけは生前の身体の持ち主と変わらないため、苛立つ事もあるが――適当にこなす方が腹に据えかねる。

 

 難儀な性格と少女自身思うが、変えられそうにもないままであった。

 

「そんじゃ、次はオルレアンで……ええ、血祭りにあげてやるわよ」

 

 けたけたと笑いながら通信を切ると、少女はISを乱雑に脱いで飛び降りる。

 それから、ついさっきまで纏っていた鎧を愛おしそうに見つめていった。

 

「うふふ、第三どころか第四だなんてね……やればできるじゃないですか、お父様」

 

 せいぜいが現行の専用機と変わらない性能だろうと、製造中は考えていた。

 造らせてから殺し、嘲るのが目的。

 実用面で足りないスペックは、余りある自身の腕でカバーする。

 

 その筈だったが、出来上がったのはまさかの世代跳躍機。

 

 嬉しい誤算に、少女の口角が吊り上がっていく。

 

「さて、あとは……あっ」

 

 何かに気付いた少女は間抜けな声を上げると、微笑する。

 夢中になりすぎるあまり、新たなる愛機のネーミングを忘れていたのだから。

 我ながら抜けたところがある――等と少し思ってから、少女は思い返す。

 

「……そうね……救国の聖女(ジャンヌ・ダルク)ってとこかしら」

 

 炎と瓦礫だけが広がる、視界の中。

 磔刑に処され、焼かれた聖女のように。

 僅かに持っていた物さえも失った、あの屈辱の記憶を。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()永劫に忘れないように。

 少女は、機体の名を決めていった。

 

「ククッ、まぁ……妾の子が聖女ってのも、おかしな話ですけれど」

 

 そして少女は、狂ったように笑い始める。

 

 ――新たなる戦いの幕は、こうして人知れず切られたのであった……。

 




感想お待ちしております。
それではまた、どうぞよろしくお願いします。


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二人の少女

 鈴たちが臨海学校から帰ってきて一週間後。

 

 無事夏休みに突入した私たちは、無事イベント会場となるフランスのオルレアンへとその足を踏み入れた。

 今年でISがこの世に産み落とされて十周年となるため、歴代最大と大々的に宣伝されているイベントである。会場には三つものアリーナが新造され、学園の代表生徒は模範演武を披露することとなっている。

 

 到着したその日から三日、時差ボケも直さずにリハーサルに明け暮れた。

 想像していたよりも遥かにハードなものが待ち構えていたので、とても「楽しい旅行」なんて感想は今のところは抱けそうもない。正直ちょっと鈴を恨んでいるのはここだけの話だ。

 

 そして現在。私たちはそのうち一番東側にあるアリーナでの披露を終え、更衣室で着替えている真っ最中だ。

 

「はぁ~よかった、今回は襲撃な……むぐっ!」

「(鈴さん、ナギさんの前でそういう話は禁止って決めたでしょう!)」

 

 ため息をついてすぐに失言しかかった鈴の口を、間髪入れずにセシリアが塞ぐ。

 今回のイベントの募集人数は五人。私たちは全員合わせても四人。もう一人は事件ともあの男とも無関係であった。

 

 鏡ナギ。

 私たちとおなじく一組所属で、長い黒髪に赤いヘアピンがトレードマークの美少女だ。彼女はクラスのムードメーカーではあっても、代表候補生でも専用機持ちでもない。正真正銘の一般生徒である。

 

 そんな鏡さんの前で事件の話をするのは憚られる。前日に四人で集まってそう決めたというのに鈴と来たら……!

 

「ごめんごめん、ついうっかり、ね? でもまぁ、たぶん聞こえてないわよ」

「まったく、そういう気の緩みが戦場で命取りになるというのに……」

 

 鈴のいい加減な言葉にラウラが釘を刺す。相変わらずすぐに戦闘関係に言葉が及ぶという部分は治っていないのは何となく気になったが、今回ばかりはラウラの言うことに同意する。なにせ鈴との付き合いは長いだけに、あいつのそういう点は誰よりも一番よく知っているのだから。ついうっかり、の一言で姉さんや周りに知られたくない秘密をばらされたことは一度や二度ではない。

 二人だけの秘密にしてくれといった昨日の今日で、体重が増えたことをペラペラ話し出したときは一週間は口を利かなかったけか……。

 

「襲撃って……学年別トーナメントのあれが特別だっただけでしょ? みんな心配しすぎだって!」

 

 鏡さんの言葉を耳にして、とりあえずは安堵する。

 確かに私たち三人以外にとって、襲撃とはあの一件だけなのだ。それならば鏡さんの言う通りの認識でも不思議ではない。

 まぁ……それに、ないことに越したことはないんだしな。

 何かありそうという直感だけでここに来たとはいえ、あまり戦闘にはなってほしくはない。まして一方的に奇襲されるというのは最悪だ。できれば穏便に真相に迫りたいのだが……。

 

「ところで、この後自由時間だけどさ。みんなはどうするの?」 

「私はデュノア社のブースに行ってみようと思っているが」

「あ~。例の新型ね。アーリィ先生の言ってた。私も行ってもいい?」

「…………ああ、もちろんだ」

 

 事件に巻き込まれるのではないか? と思って少し悩んだものの、鏡さんの右手に巻かれた紐を見て首肯する。それは今回のイベント期間だけ、彼女用にパーソナライズされた打鉄の待機形態だった。

 専用機持ちと模範演武を行うために最低限の性能向上に加え、万が一のことを考えての措置だとアーリィ先生から聞かされていた。

 

 まぁとにかく、これさえあれば最悪何かが起こっても逃げ切れる可能性は高い。ここで断るのも不自然だし、発表までに会場に着けないほうがいやだ。

 

「新型、かぁ……何かの間違いで私の専用機になったりしないかなぁ」

「……ぶふっ!」

 

 五人でアリーナを出てデュノア社のブースへと歩いていると、鏡さんがポツリとそんなことを呟く。その物言いがちょっと前の誰かさんに酷似していたため、失礼ながら聞いた途端に噴き出すのをこらえられなかった。

 

「な、なにいきなり……私そんな変なこと言った?」

「い、いや……すまない、そういうわけじゃないんだ。ただ、鈴も春休みには似たようなことを言ってたなって思いだして……」

「ちょっと箒、勝手なこと言わないでよ! そんなこと一言も言ってなかったじゃない!」

 

 鈴の、私と鏡さんの会話に割り込む形の抗議。一言もかはともかく、あまり口には出していなかった記憶もあるが……。

 

「ですが鈴さん、口には出さずともオーラが滲み出ていましたわよ?」

 

 鈴の言葉の後に間髪入れずセシリアが割り込み、春休み当時のことを口にする。やっぱり私だけじゃなく、セシリアも感じていたようだな。まぁ、あれだけわかりやすく顔に出ていたら当然だが。

 

「……それで鈴の奴、専用機持ちのマニュアルの分厚さに半泣きになってたな。春休みが終わるまでに覚えきれない、助けて箒って」

「あんなに無駄に分厚いのがいけないのよ! 電話帳じゃあるまいし。……あんたも、軽々しく専用機ほしいなんて思わな…………きゃっ!」

 

 その後も女五人で仲良く会話に興じながら移動していると、先頭を歩いていた鈴が前を歩いていた人と衝突し、思いっきり転んでしまう。

 まったく、前方不注意だからこんな事になる……の……だ…………!?

 

「大丈夫?」

「あ、はい。大丈……夫です…………」

 

 鈴とぶつかった少女を見た途端、時間が止まったかのような感覚さえ覚えてしまう。

 

 可憐。

 一言で言ってしまえばそんな言葉が似合いそうな、金髪の少女。どことなく中性的な印象を抱かざるを得ず、もし男装したならば絶世の美少年に化けることすら可能に違いない。

 もっとも、私にとってそんなことは微塵の価値もなかった。

 

 私にとっての、一番の問題。

 それはセシリアやラウラに会ったときに感じた、奇怪なまでの既視感が目の前の少女からも漂っていたことだ。

 しかも、今までの何倍――いや、何十倍も強烈なものが。あまりの凄まじさに、思わず意識を失ってしまいそうになるほどだ。

 やはりこの既視感も、何かのヒントなのか?

 

 しかも気のせいだろうか。向こうもこっちを凝視しているように感じる。

 立ち上がってすぐに私を見たまま、石像にでもなったかのように微動だにしない。

 

 まさかこの女も、同じような「何か」を私に感じているのか……?

 

 警戒心と恐怖心が心の中を支配し、震える右腕をゆっくりと懐への打鉄へと移動させていく。

 

「どうしたのあんた、それに箒も」

「お知り合い……なのです?」

 

 しかし、そんな一触即発の雰囲気は鈴とセシリアの心配そうな声によって霧散してしまった。少女は二人の言葉を聞くと微笑みを浮かべてから口を開く。

 

「いえ、篠ノ之箒さんにまさかこんなところでお会いできるなんて思っていなかったので……」

「私を知っているのか!?」

 

 思わず驚きとともに発してしまう。私の名前を知っている、もうこれはかなり怪しいといっても過言ではないのではなかろうか。

 しかし私の言葉は、ラウラと鈴の笑い声によって迎えられてしまう。

 

「箒、お前は日本代表候補生だろう」

「それにあんたは束さんの妹でしょうが。普通の代表候補生より知名度は高いんじゃない?」

「ぐぅっ……!」

 

 た、確かに言われてみればその通りだ。ちょっとISに関して聞き齧っていれば、篠ノ之箒という名を知っていても何ら不思議ではない。こんな事だけで短絡的に決めつけにかかっていた自分が恥ずかしくなってくる。

 

「ま、まぁとにかく、だ。私のことを知っていてくれているのは嬉しいな。ところで君は?」

「私……ですか? イザベル・デュノアっていいます。家もすぐ近くにあって、その……」

「ISに興味があったからここに来た、と。ところでデュノアといえば……」

 

 「デュノア」という名字が気になって聞いてみたが、イザベルと名乗る少女は軽く笑ってから首を横に振った。

 

「時々聞かれますけど、あの企業とは何の関係もないですよ。というかデュノアなんて、ここら辺だとありふれた苗字ですし……」

「そ、そうだったのか……すまない、無知で」

「いえいえ。それでは、()はこれで」

 

 最後にぺこりと礼をしてからイザベルは背を向け、ゆっくりと私たちの一団から離れていく。そんな彼女の姿を、私は半ば呆然としながら見送っていた。

 

 僕、だと……?

 

 確かにイザベルは最後、そう口にした。

 その前に一度「私」という一人称を使っていたにもかかわらず、だ。

 

 些細な事と言われればそうかもしれない。だが、なぜかその言葉を聞いた途端に再び強烈なまでの警告が頭の中を支配してしまっていた。

 

 彼女を追うべきか……? だが、デュノアの新型も気になる……。

 

「何してんのよ箒! ぼさっとしてると置いてくわよ」

「うぇっ…………あ、あぁ悪い。今行く!」

 

 鈴に呼ばれて意識を戻した後、横目で辺りを再度確認しつつ返答をする。

 さらっと見た感じだと、イザベルの姿は人ごみに紛れて確認することができない。これでは追うことなどほぼ不可能だ。皆との約束を反故にして単独行動を選ぶのは気が引けたため、こっそり安堵の息をつく。

 

 そうしてから、私はみんなと並んで移動を再開するのであった。

 

◆◆◆

 

 イザベルと別れて、数分後。

 私たち五人は会場中央に近い場所にある、デュノア社のブースへたどり着いた。

 新型の発表と目されるステージの開幕まであと数分ということもあって、すでに会場前には黒山の人だかりができている。

 

「うっへぇ……すっごい人だかりね」

「あのデュノアだからな。とはいえ想像以上なのは確かだが」

 

 鈴とラウラがそんなやり取りをしているのを耳に入れながら、数十メートル先にあるステージの上を眺める。

 白い壇上にはまだ何も置かれておらず、ちょうど一人の少女が舞台袖からゆっくりと壇上に現れるのがはっきりと見えた……のだが。

 

「イザベル……?」

 

 思わず、小さな呟きとなってその名が漏れる。壇上に現れた金髪の少女の顔は、ついさっき私たちが出会った存在と全く同じ顔をしていたのだ。

 だが、雰囲気はまるで違う。イザベルは太陽を思わせる明るい雰囲気を纏っていたのに対して、壇上の少女が纏うのは漆黒という言葉が似合いそうな冷たいオーラ。まるっきり正反対である。

 そのせいもあって、二人がイコールとは到底思えなかった。

 

「どういう、ことだ……?」

「私にもわからん。とりあえず今は黙ってみているしかあるまい」

 

 確かに、ラウラの言う通りだった。今すぐに行動を起こして変わるものでは断じてない。現在は警戒を怠らず、大人しく出方を窺うしか選択肢はなかった。万一のために懐から打鉄(銀色の鈴)を取り出し、手のひらの上にきちんと存在するのを確認する。

 そうしてから、顔を上げた。その時だった。

 

「篠ノ之、箒…………?」

 

 いつの間にか舞台の中央に立っていた少女の、私の名を呼ぶ声。それがマイクによって最後尾にまで届いてきた。

 彼女の視線はこっちに向かって真っすぐ伸びており、その顔には「唖然」という言葉そのものといってもいい表情が浮かんでいた。

 

「……フフ。私ってやっぱり持ってるのかしら。探す手間が省けたってものよね♪」

 

 ほんの少しだけ続いた、沈黙の後。

 少女はにわかに口角を吊り上げると、腰に下げていた剣を鞘から勢いよく抜く。そして彼女が刀身を天に掲げた途端、眩いばかりの光が周囲を包み込んだ。

 

「これがデュノアの、新型……」

 

 思わず、放心したまま口にする。

 それは既存のどの機体よりも小型化された手足を持ち、非固定部位も中型のスラスターユニットが左右一対ずつと極めて単純な構造をしたIS。ところどころ赤と銀色の装飾が施されており、さながら騎士の甲冑のようですらあった。

 

「さて、始めるわよ…………あの悪夢の続きを、ね!」

「悪夢…………だと!?」

 

 私の言葉をよそに、少女は旗のような形状の武装を呼出。そしてそれを思い切り床に叩きつける。轟音が鳴り響き、ステージは一気に黒い炎に包まれる。

 

 そして空から、見たこともない不気味な形状をしたISが三機も舞い降りた。

 全身装甲(フルスキン)で、センサーがゴーレムのそれに酷似しているダークグレーのIS。

 そのことから察するに、新型の無人機に相違あるまい。

 

「当たってしまった、か……! 打鉄っ!」

 

 真相を知りたいとは心の底から願っていたが、そんな願望は瞬時に頭から吹き飛ぶ。今はこの場を速攻で鎮圧するのが先決!

 私が、鈴が、セシリアが、ラウラが。同時にそれぞれの待機形態に思念を送り、専用機を次々と身に纏っていく。

 

「行くぞ、皆!」

 

 私は掛け声を発するとともに刀を急速呼出し、目の前の邪悪なIS達に向けて瞬時加速で迫っていった……。



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第四世代

 

 敵は無人機三機に、デュノアの新型の計四機。

 いっぽう、こちらの戦力は五機――尤も、鏡さんはISを文字通り「持っている」だけにすぎないから、実質四機といってもいい。数の上では一応同等という事になる。とはいえ、敵のほうがアドバンテージを得ているのはほぼ間違いない。

 なぜなら敵機はそのどれもが新顔、その力は未知数である。唯一分かるのはあの壇上の新型が一番強いということだけだ。一方こっちは度重なる戦闘で敵に手の内を明かしてしまっている。すでにスタートラインからして大きく違うのだ。

 

「どうする、ラウラ?」

 

 やや接近した距離で敵の出方を見極めつつ、ラウラに通信を飛ばす。新たに味方に加わったこの少女はなにせ、現役のIS部隊長だ。こういう集団戦における指揮はこの場にいる誰よりも優れている。

 

「ステージ上での口ぶりからして、あの有人機は間違いなく箒、お前を狙っている……。仕方ない、そっちはあいつと戦え。無人機は私たちで何とか引き離す」

「やはり、そうなるか……わかった」

「倒し次第そっちに加勢する。無事でいろよ」

「そっちこそ……な!」

 

 最後にそう答えてから、再び瞬時加速で接近。いまだ壇上から一歩も動かない金髪の少女めがけ突きを繰り出す。一方の少女は相も変らぬ薄ら笑いのまま、ビームの旗を駆使してそれを防御する。

 

「あら……ずいぶん見ないうちに剣の腕もなまったのね。がっかりさせるんじゃないわよ」

「何を言っている、貴様……!」

 

 訳のわからぬ、うわ言のような女の言葉。それに苛立ちつつも右足で蹴り上げ、怯んだ僅かな隙を狙って体当たりをお見舞いする。少女はそのまま壁に強かに激突――したかに見えた。だが。

 

「甘い!」

 

 少女は旗を格納すると両手にアサルトライフル――ラファールのものと同じ「ガルム」だ――を展開。振り向きもせずに壁へと弾丸を撃ち込んでいき、ちょうどISが通れるような大穴を穿つ。あまりの手際の良さと技量に、敵ながら関心を思わず抱いてしまうほどの鮮やかさだった。

 

「アハハ、アテが外れて残念だったわね!」

 

 少女は壁を超えた途端に私に向けてガルムをゼロ距離射撃。急速に減っていくシールドエネルギーに恐怖を覚え、慌てて私から引き剥がす。

 少女は手にした銃を投げ捨て旗を再度展開すると、天高くへと飛翔していく。

 

「あら? 折角被害が及ばないところまで行ってあげたのに……来ないのかしら? つれないわね」

「馬鹿にするなッ!」

 

 少女の嘲りに一瞬で沸点を超えてしまい、怒りの咆哮とともに地を蹴り宙へと浮かんでいく。そこまで言うなら、この刀の錆にしてやろうではないか! 

 駆け上がることものの数十秒。こちらも敵と同じ高度に位置取り、互いに得物を相手に構えて硬直状態へと移行する。

 

「これでやっと、邪魔者なしでやれるわね」

「無人機は介入を避けるために放ったとでも?」

「そんな可愛げない呼びかたしないでよ、あの子たちには(エトワール)って立派な名前があるんだから」

 

 露骨なまでにあざとい態度で、こっちを見下しながらそんなことを口にする少女。

 そのまま彼女は手をひょいとこちらに向けると「プレゼントフォー・ユー、なんちゃって」などと抜かしながら、一通のデータを私の打鉄に送り込んでくる。

 罠かもしれないとは思ったものの、ここまで性能差があるのにそんな手を使ってくるとは到底思えない。震える手で「開封」ボタンをクリックしてみる。

 

 ホログラムのモニタにでかでかと映されたのは、彼女の駆る機体の写真。そしてそのすぐ横には「ジャンヌ・ダルク」と、丁寧に機体名まで添えられている。

 いくら何でも皮肉が過ぎる名前だとは思ったが、正直に言ってそんなことはどうでもよかった。

 

 私が真に注目した場所。

 それは機体名のすぐ前に書かれた、ある言葉だった。

 

「……なにが第四世代だ、ふざけるな!」

 

 第四世代型IS。

 確かに機体名と「デュノア社製」という言葉の間にサンドイッチされたそれは、私のいらだちを加速させるのには十分であった。

 現在世界中で開発され、ようやく試作段階にまで漕ぎ着けているのが第三世代。にもかかわらず、こいつらは第四世代、だと…………!? まるで世界中の努力を嘲笑うかのような所業が、個人的にはとても気に食わない。

 

「クッ、ククク……ハハハハハ! 第四世代がふざけている、ねぇ……。それをあなたが言うのかしら? 世界初の、第四世代ISの搭乗者様が!!」

 

 嘲りを続けたかと思えば意味の分からないことを言い、勝手に怒り出す。

 はっきり言って不気味そのもので、思わず顔を背ける――だが、なぜか彼女の放った言葉に惹き込まれてしまっている自分もいることに気づいてしまう。

 

 第四世代、それを私が…………しかも、世界で初めて搭乗した。

 世迷い事も甚だしいのに、どうしても否定することができない。まるで喉に何かがつっかえているみたいで気持ちが悪い。

 

「まぁ、いいわ。それより……殺し合いましょう!」

 

 少女はそう言うと、非固定部位のブロックを展開させてブースターに変形。そのまま瞬時加速を用いてこちらの懐まで全速力で突っ込んでくる。奴は接近中に旗を左手に持ち変え、右手で剣を抜く。こいつ、剣による斬り合い(こっちのフィールド)でのが望みか……ならば!

 

 そう思った矢先だった。

 少女は旗のビーム部分を消し、代わりに棒の先端から矢じりめいた形のビームを展開。投げ槍の要領でこっちに投擲してくる。戸惑っているうちに槍はほんの十数メートルを駆け抜けていき、左腕に直撃してしまう。

 鋭い痛みに顔を顰めるも、今は奴との剣戟に備えるべき。そう思って集中の糸を切らさずにいたのだが。

 

「アハハハ……♪ 狙い通り!」

「なっ!?」

 

 投げた旗が急速に粒子となって後方で消え、笑い声をあげる少女の手に再び呼び戻される。その姿を見た私は思わず絶句し、一瞬隙を晒す。

 本来ISの装備品を浮遊ないし展開、収納できるのはその機体の周囲に限定される。当然ながらもう十数メートルも離れてしまっている旗を回収などできるわけがない。

 なのに、なぜ……?

 

 無理やり頭を切り替え、目の前の少女との近接戦闘に全力で集中する。

 旗を戻したことから察しが付いていたとおり、彼女は私と剣で切り結ぶつもりは毛頭なかったようだ。剣をポイ捨てすると、両手で旗を握りしめて襲いかかってくる。

 一発の威力は刃物であるこっちのほうが勝っているものの、リーチや取り回しの面では圧倒的に刀のほうが不利だ。こっちが一撃与えようともがく間に、少女は何手もこちらに打ち込んでくる。剣を受け止め、柄で殴り飛ばし、バトンのように振り回し。変幻自在の戦術で全身をまんべんなく攻撃する。

 このままやっていても、分が悪いのは明らかだ。減っていくシールドゲージを視界に挟むと、思わず舌打ちが漏れる。

 

「ならばっ!」

 

 こんな状況になっても、わざわざ付き合ってやる義理はない。すぐさま刀を収納するとアサルトライフルを展開し左手に装備。右腕の内臓機銃とともに近距離で一斉射する。

 鸚鵡返し以外の何物でもなかったし、できればこんな戦法を使ってみたくもなかったが……状況が状況だ、手段など選んではいられまい。

 

「ハッ、猿真似かしら!?」

 

 向こうは旗部分を再度展開し、さながらビームの盾のように用いて銃弾を弾く。かなりの状況判断力と手際の良さだ。最初に命中した弾数から察するに、おそらくシールドエネルギーは三桁も減らせていないのではなかろうか。

 だが……そんなのは今どうでもいい!

 

「今だっ!」

 

 旗で守り、動きが止まったこの間にスラスターを展開し上昇、途中で右肩のシールドをパージするように指示を送って途中で切り離す。そして、それが足元まで落下した時点で私は――盾の中心部を全力で蹴り飛ばし、奴めがけて叩き落とした。

 質量をもった砲弾と化したそれはサイズ的に防ぐのは難しく、かつ想定外だったのか少女は躱すこともできずに思い切り頭上から直撃。ダメージはともかく、怯ませることには確実に成功する。

 

 心の中でガッツポーズをしつつ、素早く落下し斬り込もうとした途端――。

 

「クソがっ!」

 

 今まで以上に汚い言葉遣いになった少女がそう叫んだ刹那。私の頭上に黒い槍と剣が四本ずつ出現し、それらが一斉に降り注いでいく。

 

 なんだこれは……想定外に決まっている……!

 

 弾き落とすには手遅れと感じ、すぐさま防御態勢に移行。さっきシールドを捨てたのがここで響いてきたか……っ!

 思わず、数分前の自分に舌打ちしてしまう。ダメージが瞬く間に蓄積し、しかもあちこちに直撃するために身動きもロクにできない。

 こんな状況を、あいつが見逃すはずもなく――。

 

「食らえっ!」

 

 ちょうど降り終えたタイミングを見計らい、少女はビームフラッグを全力で振り下ろす。上から強烈な激痛が走るとともに、衝撃から高度はどんどん下がっていく。

 不味い、このままでは地面に激突する――!

 

「くっ!」

 

 地面スレスレの位置になってスラスターを巧みに操り、落下時の衝撃をできるだけ和らげる。転倒すれば一巻の終わりだ!

 結果、轟音を鳴り響かせながら地面を抉ったものの、立ったままの姿勢は保つことには成功。最悪の事態だけは何とか回避する。

 とはいえ、まだまだピンチなことには変わりない。速やかに体勢を整え、天高い位置に浮かぶ相手を見据える。位置取りは今や、向こうのほうが圧倒的に有利だ。

 どうするべきかと一瞬逡巡したが、答えなど決まっていた。とにかく近づかなければ話にならない。

 このままでは一方的にハチの巣にされるだけだ。

 

「やるしかないッ!」

「できるかしらねェ!」

 

 再び瞬時加速をして迫る私と、それを迎え撃つ敵。

 実のところ近づいたところで勝てる自信も、それどころかもう一度近づけるという保証すらない。だが、今は不安を覚えている暇はない!

 意識の奥底で鎌を向けてくる、恐怖という名の死神。その刃を振り払いつつ、敵が新たに展開したガルムの銃口を注視していた――その、時だった。

 

 突如新たなISの出現を告げるアラートが鳴り響き、直後向こうの握っていたガルムが右下からの銃撃を受けて爆散した。

 

「……どういう、ことよ!?」

 

 冷や汗を額から滴らせた少女は、ゆっくりと弾丸の飛んで来た方向へと顔を向ける。その表情から、こんな横やりは全くの想定外だった事が窺える。

 私も、同じくその方向へと視線を向ける。

 すると、そこにいたのは――オレンジ色に彩られたデュノア社の旧式機(ラファール・リヴァイブ)の改造機を身に纏った金髪の少女の姿があった。少女の顔は目の前のジャンヌ・ダルクを纏う少女と同じ――つまり、どちらかがイザベルなのか……?

 

 しかも、そのISは私が向いたときには既に量子化を始めて半透明となっていた。

 戦闘中に解除するなど正気の沙汰ではないのに、なぜ……。

 

「……痛っ!」

 

 そんなことを悩む間もなく、私の頭の中に激痛が走る。

 この痛み、さっきイザベルを見たときに味わったのと同等か、それ以上に……!

 

 戦闘中という事もあって、強引に痛みを引きずりつつも再び意識を現実に引き戻す。敵も突然の事態に硬直していたのが不幸中の幸いとでもいうべきか……。

 そうして前を向き直したとき、眼前に会った光景は。

 

「嘘……あんた、まさか…………ぐぁぁっ!」

 

 私と同じく激痛に苦しむ、少女の姿があった。旗は手から落ちて地面に突き刺さり、両手は頭を抱えているために無防備。

 今ならば倒すことだってできるかもしれない。そう思って一気に接近し、剣を振るおうとした時だった。

 

「舐めるなっ!」

 

 少女の咆哮とともに、私の前に六本の黒槍が出現。それらがさっきと同じように降り注ぐ。

 こんなもの、相手にしている暇などないというのに!

 

「はっ!」

 

 脚を止めずに右手のマシンガンを展開。最小の弾数で、素早く、そして可能な限り撃ち落とす。多少のダメージは覚悟の上、この好機を逃してなるものか!

 全身のブースターというブースターに意識を集中し、出せる限りの推力を絞りだし全力疾走。何としても、何としても今のうちに――!

 

 そして。

 剣を振り上げ。

 敵の頭上に。

 振り下ろそうとした。

 瞬間。

 

 突如横から鋼鉄の細腕がカットインし、私の刀はそこに吸い込まれていった。

 何事かと左に視線を向けると、そこにいたのはさっき見た新型の無人機――エトワール。

 

「こいつ、いったいどこから……!?」

 

 呆然とした呟きは甲高い金属音にかき消され、直後エトワールの放った回し蹴りを受けて間合いが開く。

 その間にジャンヌ・ダルクを駆る少女は相変わらず頭を抱えつつも、非固定部位の装甲を全面展開。大型のスラスターを形成してそのまま後ろを向こうとする。

 

「ちっ、勝負は預けたわよ!」

「ま、待て!」

 

 少女はそう捨て台詞を吐くと、どこかへと全力で飛び去っていく。

 その背中を追う気力もない上に、目の前には残された一機のエトワール。さっきの一撃こそあったものの、ほとんど無傷。

 対して私は満身創痍。しかもラファールは理由こそわからないが戦闘中に量子格納している。再展開など望むべくもないだろう。

 つまりは、相手こそ違えど再び一対一。

 そう思い、刀を強く握りしめた刹那。

 

「よくやったのサね篠ノ之。あとは私に任せて、アンタはその子を連れて逃げるのサ」

 

 この場には似つかわしくない声が聞こえたと思ったら、片腕のない着物姿の女性――アーリィ先生がゆっくりとこの場へと向かってくるのが見えた。

 

「先生! 何を……!?」

 

 いくらかつて織斑千冬(世界最強)と張り合えた実力者といえど、大事故を経た今でも戦えるとは、とても。

 そう私が考えている瞬間にはもう、先生はISの展開を始めていた。伝説の機体が閃光とともにその姿を、再び顕現させていく。

 

「テン、ペスタ……」

 

 思わず、その機体の名を呟く。

 本で。テレビで。モンドグロッソの大会会場で。何度も何度も見た、イタリア製のIS。それが私の目の前に、いる。

 片腕がないことを考慮に入れても、凄まじいまでの威圧感がそこにはあった。

 

「さて、と……久しぶりの戦闘。歯ごたえぐらいはあって欲しいサね」

 

 まるで悪役のような声音でアーリィ先生はそう口にすると、非固定部位の四基のスラスターを展開。エトワールに向けて突撃していった。



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蘇る嵐

「まさか、久しぶりの相手が無人機とは…………思ってもみなかったのサ」

 

 しっかりと眼前の機械人形を見据えつつ、己が愛機たるテンペスタを身に纏った世界第二位――アリーシャ・ジョセスターフは、装甲を展開していない左腕で頭をボリボリと掻く。

 現役時代に「ISバトルならどんな奴でも相手にするのサ」と言ったのは他ならぬ自分ではあったものの、まさか人間ですらない相手から挑みかかってこられるとは。流石に想定の範囲外だった。

 

 歴戦の猛者でも緊張を覚えるし、腕を失ってからの初戦と来れば尚更である。彼女の額から、大粒の汗が一滴滴り落ちた。

 

「まぁ、いいサ……所詮は勝てばいいだけの話だからサね!」

 

 その宣言に前後して、相対していた無人機――(エトワール)が先手を打った。

 同じ無人機であるゴーレムとは打って変わって、異様なまでに細い腕をアーリィヘと向けると握り拳を解いて平手を形成。次の瞬間には掌に隠されていた砲口からビームが、彼女の左腕めがけて発射された。

 彼女を倒すには残ったほうの――つまりは左腕を潰せば優位に立てるという判断からの行動であろう。

 

 いっぽうのアーリィはエトワールが腕を向けたあたりで、まずは左腕にも装甲を展開。女性らしいたおやかな細腕は、一瞬のうちに武骨な鋼鉄のそれへと変貌を遂げる。

 それと同時に非固定部位である左右二対の、曲線を主体としたブースターユニットを稼働。その推力でもってして左へと瞬時に移動し、赤いビームの奔流を紙一重で躱す。

 

「ビームか、現役時代のころにはあまり流行って無かったサねぇ……まぁ、あの頃のは試作段階だったしナ」

 

 「尤も、お前さん相手に語っても意味のない事サね」と自嘲的に呟いたアーリィがとった次の手。それは欠けた右腕の肩から先に量子展開されたワイヤーを無数に出現させ、瞬く間に人間の腕のように編み込み義肢にするというもの。

 さらにアーリィは回避行動をとりながら、冷たい右腕で右目の眼帯を毟り取った。するとそこから、最新式の高性能義眼が露わとなる。

 

 そして最後に右腕にも装甲を展開すると、そこには在りし日の「疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)」の姿が蘇っていた。完全復活した伝説のISは二発目のビームも難なく回避し、先ほどの箒とデュノアの新型との闘いでできた陥没地点の真ん中に着地する。

 

「面白いものを見せてもらったお礼サ。本気で行かせてもらうサね」

 

 そう言いながらアーリィは生成したばかりの右腕を突き出すと、その掌を中心にして猛烈な風が吹き荒れる。

 

 名は体を現すという言葉の通り、彼女の愛機「テンペスタ」は自機を中心にした周囲の風を自由自在に操るという特殊能力を有している。風は瞬く間に手に収束し、そして一本の槍が生成されていった。

 

 この能力こそが、テンペスタが世界第二位になれた要因である。

 一切武器を持たず、有り余るリソースをすべて回した機動力でもって間合いを詰め、接近戦に持ち込んで倒す。それが彼女の十八番の戦法だった。

 

「ほいサ!」

 

 アーリィは風の槍を大きく振りかぶり、エトワールに向けて投擲。槍が彼女の手を離れたのと同時にエトワールも手をやや持ち上げ、三発目の掌からのビームを放とうとする。

 だが、流石に間に合わないと判断したのだろう。作業を中断して左へと回避しようとするも、そのときには既に槍は目前に迫っていた。風の武器は絶対防御のないエトワールの細い右腕に直撃。それを易々とひしゃげさせ、たったの一撃で鉄屑へと変貌させた。

 

「そら、まずは私とおそろいにしてやったのサね」

 

 仕留められなかった負け惜しみの色を含みつつアーリィが口にするのと、エトワールが無感動にデッドウェイトをパージするのは同時だった。人と同じ形をしておきながら、四肢を切断されたというのに何の反応も示さない。

 その行動は彼女に改めて「目の前の敵は人間ではない」と確認させるには十分だった。

 

「まったく、気持ち悪いったらありゃしないのサ!」

 

 吐き捨てるように言いつつ今度は風の刀を生成すると両手で握り、瞬時加速を用いて隻腕の無人機に迫る。見るからに大型のスラスターから繰り出されるそれは、並の機体のものとはわけが違う。

 コンマ数秒で剣の間合いに辿り付くと、短いモーションで横薙ぎに切りかかっていく。しかし――。

 

「んなっ!?」

 

 エトワールのあまりに想定外な行動に、アーリィは驚愕の声を上げる。だがそれは無理もない事だ。

 なにせエトワールのとった戦法はISの、いや、人間の常識では考えられないものだったのだから。

 

 エトワールはまず上半身と下半身を接続しているジョイントが外され、きれいに半分に分離。そして上半身はスラスターを展開してくるりとアーリィの上を通り抜ける形で背後をとり、やや遅れて下半身は自爆。その衝撃でもって一瞬で正気を取り戻したアーリィをけん制、怯ませる。

 

 そうしてできた隙をついて、エトワールは己の欠損部位を量子展開。瞬く間に五体満足になると、やはり細い右脚から鋭い蹴りを繰り出した。

 

「クッ……!」

 

 蹴りとはいえ、金属の脚で行われたものである。はっきり言ってしまえば鉄の棒で思い切り殴られたのと何も変わらない。

 シールドエネルギーこそ微減で済んだものの、衝撃による隙は馬鹿にならない。現にエトワールはその時間を最大限活用し、両腕から最大出力と思しきビームを迸らせようとしていた。いくらテンペスタといえど、これを至近距離からまともに受けて無事で済む道理はない。

 

 アーリィは短く舌打ちすると、体勢を立て直しつつ再び瞬時加速を使用。回避こそ不可能だったものの、傷口を最小限に留める。

 

「ふぅ……今のは流石に危なかったサね。さて……もう一度行くのサ」

 

 そう宣言しつつ、再び風邪を収束させ武器を生成していく。今度は左手に細身の剣、右手にやや刀身の短めの剣というスタイルをとり、突撃をかける。

 

 一方のエトワールは左腕でこそ従来通りにビームガンとして使用しアーリィを迎撃していたが、もう片腕は違った。右の掌にぽっかりと空いた穴からは赤色の光の剣が形成されていたのである。

 

 なるほど篠ノ之たちの戦ったゴーレムとは違って、近接武器も内蔵したという訳か。

 直接は戦ったことのない旧型機と比較しつつ、アーリィは尚も駆ける。

 

 そして二機は僅かな間隔の後に激突。互いの実体無き剣が激しくぶつかり合うが、すぐにテンペスタが主導権を握る。

 同時にもう片腕の剣でアーリィはエトワールの、おそらくコアの存在する位置――ゴーレムのコア収納位置からの推測だ――めがけて刃を素早く突き刺さんとするが、敵の対応も早かった。

 先ほどとは打って変わって今度は真っ正面から対応するらしく、もう片腕もサーベルにして自身への直接攻撃を防ごうとするが……一足遅かった。

 

「ハァっ!」

 

 短い掛け声とともにアーリィの握っていた剣の先端が少し揺らぎ、刀身が新たに長いものへと変化する。唐突な武装のリーチ変更にエトワールは追いつけず、その背中に風の剣の先端を生やす結果となった。

 果たしてそこにコアもあったらしく、一撃で目の前の敵はただの人形に早変わりした。

 

「ふぅ……。なるほど、これは厄介サね」

 

 エトワールが地面に倒れることで生じた音を耳にしつつ、アーリィは呟く。

 箒達から「人間にはできない動きもする」とは聞いていたし、実際その映像は目にしていたものの、まさかここまで進化しているとは思わなかった。

 それが、彼女が真っ先に抱いた感想である。

 

「向こうは……」

 

 テンペスタのモニタで、離れた位置にいる残りの専用機持ちたちの戦況を確認する。

 学園のブースから一番近い位置にいたのが箒だったため彼女の援護を優先したが、正直エトワール三機に襲われている向こうも気になっていた。加えて、先ほどまでの激戦でアーリィはエトワールの驚くべき性能を知った。

 

 あんな奇天烈な技を使う相手に、教え子たちは無事でいるのだろうか。そう思いながら表示されたウィンドウを視界に入れたが、そこに写っているのアイコンは青が四……いや、合流した篠ノ之を含めて五つだけだった。エトワールを全機破壊できているという事実に、アーリィは胸をなでおろした。

 

「なるほど、杞憂ってもんだったのサね」

 

 アーリィは辺りにもう敵がいないことを確認するとISを解除。途端に鋼鉄の右腕が消失し、再び隻腕の女性に戻る。そしてそのまま、教え子たちの集合しているであろう方角へと向かって歩を進めた。

 

 ISに乗ったまま移動した方が早いのは当然分かっていたが、しばらく一人で考えたい気分だった。脅威がひとまず去った今、少しくらい遅刻しても構わないだろうとも彼女は思っていた。

 

「にしても、教え子よりも倒すのが遅いってのもどうなのサね」

 

 「少し腕が鈍ったのかナ」と付け足して台詞を締めると、アーリィの意識は別のことを考え始める。

 遂に、連中が本格的に動き出した。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの子たちに話す日も、案外近いのかもしれないのサね」

 

 いよいよその時が来たとき、あの四人は……特に篠ノ之箒はどんな反応を返すのだろうか。怒りか、悲しみか、それとも――。

 それだけは、アーリィにも皆目見当がつかなかった。

 

 

 ――箒たちが新たなる敵と戦っていた、ちょうどその頃。

 

 会場から数十キロ離れた場所にある山に、「彼」はいた。

 自身の専用機である白亜の機体を山林の中に鎮座させ、手にしたタブレットとそのISを交互に見やっている。

 

 愛機である白いISのあちこちには激しい傷痕が残っており、装甲も先端部を中心にところどころが欠けていた。また非固定部位の翼から脚部装甲に至るまでハッチが開放されており、整備中だとわかる。

 

「これは、思った以上に酷くやられてたんだな……」

 

 「彼」は一人呟く。あの男と戦ったときはいつも無事では済まずに手ひどい怪我を負うものだが、今回は特に酷い。パッと見た感じ、もしIS自体の持つ自然回復能力だけを利用するなら一週間ないし十日は戦闘不能とみていいだろう。

 そんなに待っていられるほど「彼」は気の長い性格ではなかったし、だいいち状況がそれを許さない。

 

 なにせ連中による本格的な攻撃は秒読み段階に入っていると知ってしまったのである。他ならぬ宿敵――「彼」と同じ顔をし、同じ外見の機体を駆る少年――と戦った際に奴の口から語られた情報だ。間違いなどあろうはずがない。

 

 「彼」は足元に置いておいた工具箱からスパナを取り出すと、さっそく修理にかかった。とはいえこの環境下で、しかも乏しい道具を用いてできることなどたかが知れている。いくつかの部分を直すのと、自然回復を早めるための処置が精々であった。

 

 とはいえ、やらないよりは確実にマシだというのも確かだ。「彼」は時折工具を取り換えつつ、黙々と作業をこなしていく。一時間もかからずにそれらはすべて終わり、それから少年は地面の上に仰向けに寝転がる。

 視界一杯に広がる青空を眺めながらあれこれ考えようとするも、頭の中を支配するのは先日の戦いのことばかりだった。

 

「今回も、ダメだった……」

 

 悔しさを声音に滲ませて、「彼」は呟く。何度も刃を重ねるうちに、こちらも強くなってはいるという実感はあるものの、それでも依然としてかなりの実力差が残っているというのもまた確かだ。

 

 しかも一度戦う度にこうして修理に時間がかかる。こうしている間にも奴らは着々と計画を進めているというのに。

 

 いっそ三次移行(サードシフト)でも起こってくれれば、一気に倒せる確率が上がるのに。そう思ったことも一度や二度ではなかった。

 

 しかしその度にちらつくのは、愛機が二次移行したときに「彼」の幼馴染が見せた、悲しそうな顔だった。しかもそれは時が経つにつれてあの日の儚げな笑みに変わっていき、二重に「彼」を苦しめる。

 

「いや、奇跡に頼るなんてダメだ……今の俺の力で、勝たなければ」

 

 脳裏によぎる弱音と幼馴染の顔。それらを振り払うようにして宣言すると、「彼」は真横に置いていたタブレットを起動させる。

 今は亡き天才科学者が作ったそれは、世界中から連中にかかわりのありそうな情報をある程度自動で収集してくれるという優れものであり、戦いを続けていくためには必要不可欠のツールでもあった。

 

 それを開いた途端に「彼」は衝撃とともに、大きく目を見開いた。

 

「なんだって!?」

 

 書かれていたのは、デュノア社による反乱という衝撃的なニュース。しかもSNSに掲載されていたという写真を見る限り、連中は「彼」の知らない無人機まで投入しているではないか。

 もはや計画は秒読みどころか、実行に移されている。

 

 しかし何よりも「彼」の目を惹いたのは、デュノア社の新型を駆る少女だった。なにせその顔は、かつて彼の仲間だった少女のものに瓜二つだったのだから。

 

 そのような光景を目の当たりにしても、「彼」の心の片隅では必死に冷静さを保とうとしていた。あいつらが仲間を弄ぶのは今に始まったことじゃない、怒りで我を忘れると連中の思う壺だ、と。

 しかし、その程度の心構えで簡単に収まるものでもない。それなりの時間をかけ怒りを鎮めてから、次に取るべき行動を「彼」は考える。

 

 入ってきた情報によると敵はパリ郊外のデュノア社の実験場まで撤退し、現在はその周囲を制圧すべくフランス軍と戦闘を繰り広げているらしい。制圧後は、獲物がかかるまで籠城する腹積もりだろう。

 ならばそこに攻め込めば、戦う機会だけは得られるに違いない。

 

 その時が決着の一戦になる……いや、しなければならない。

 そう思いながら「彼」は機体を量子格納してから荷物を纏め、一路パリへと歩を進めるのであった。




新作も始めましたが、こちらをメインにしたいと思います。今回の話書いてて想像以上に楽しかったしスラスラ書けたので。多分三章が終わるまではそうかと。

それでは。


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夢のあとで

 世界的IS企業の凶行という、未曽有の事件から数日後。

 無人機による猛攻により国家IS部隊を撃退、現在は静寂が支配した街と化したパリ。

 

 そのシャンゼリゼ通りに、ひとりの少女がいた。

 

 デュノア社の()()()()()を駆る、今回の事件の首魁。

 ジャンヌ・ダルクの操縦者の少女が、往来のど真ん中を踊るように歩いていた。

 

「うふふ、もう最高ですね」

 

 脅してセットさせた髪を夜風になびかせ。

 ()()()()()()が好きそうな、いかにもセレブ御用達のブティック。そこから強奪した、黒い服に身を包みながら。

 

 散々今まで見せてきた、邪悪な笑みとは対照的な穏やかな笑顔で。

 

 夢見る乙女のように、少女は軽やかにステップを踏んでいた。

 

「ああ、幸せ……」

 

 ()()()()()()()()()を思い返しながら、少女はゆっくりと目を瞑っていく。

 

 前世は途中から最低だった。

 最期の最期まで、何もかも奪われて――にも拘らず、自己犠牲という名の欺瞞で死んでいった。

 

 結局、守るといった男は何の役にも立たないまま。

 

 今世は初めから最悪だった。

 いけ好かない男によって生み出され。

 初めから、反りが異常に合わない女の記憶を有して。

 

 苦痛に喘ぎ、眠れない夜を何度過ごしたことか。

 

「やっと、やっと私も掴めたんだわ」

 

 だが折れずにいられたのは、それらの記憶を怒りの炉にくべられたから。

 最悪の相手に首を垂れたのは、絶対に勝ち取ると決めたものがあるから。

 

「ああ、やっぱり私は正しかった」

 

 嘆いても、悲劇のヒロイン等とこき下ろすのであれば。

 縋っても、誰も助けてくれないのなら。

 世界が私を不幸にしてくるのであれば。

 

 もう――私は何にも、誰にも救いを求めるつもりはない。

 

 自分で、どんな手を使ってでも。

 

「絶対、幸せになってやるのよ……」

 

 瞳を開けた時、少女の目は据わっていた。

 

 満たされたか? 

 答えは否ではないが、まるで全然足りていない。

 

 もっとだ、もっと寄越せとギラつく目で少女はオルレアンの方角を見て。

 

 次なる欲望のはけ口として。

 殺すべき相手を頭に浮かべていく。

 ありったけの憎悪を含めた嘲笑とともに、今度こそあの女どもの首を斬る。

 お預けを食らっただけに、きっとその味はより甘くなっているに違いない――。

 

「堪らないわね……」

 

 思わず少女がに舌なめずりをしたのと、量子通信がかかってきたのは同時だった。

 小さく舌打ちすると自身の専用機(ジャンヌ・ダルク)へと思念を送り込み、投影モニタを顔前へと展開していく。

 

「何の用かしら?」

 

 

 快も不快も、通信がかかってきたことへの苛立ちも。

 全てをひた隠しにしたポーカーフェイスで、少女はモニタ越しに映る相手に対し話しかける。

 少女はこの男を苦手としていたし、嬲られた夜を忘れたわけでは決してない。

 だが、彼女も所謂「忌み子」として扱われた事もあるだけに。

 

(見捨てれば、寝覚めが悪いですものね)

 

 等と、不本意ながらも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『進捗はどうだぁ?』

「どうもこうもないわ……現在、フランス軍とゴーレムがじゃれてる。あと数時間後には片が付くんじゃないかしら」

 

 男はねっとりと、女は淡々と。

 一組の男女は画面越しに業務連絡を交わす。

 互いに相手への思うところがあるとはいえ、今は大事な作戦の最中だ。

 

『早めに始末しろよぉ、おフランスの代表候補生様よぉ?』

「…………わかったわ」

 

 今にも叫びそうになる心の逸りを抑えながら、少女は淡々と声を返していく。

 まもなくして通信は切れると、再びパリの街をを静寂が支配する。

 

 そんな中、少女は立ち上がると舌打ちを一つ漏らした。

 

「私は、あのバカ女じゃないわよ」

 

 あいつの露悪的な態度は気に障る。

 ――しかもそれが、かつて彼女が愛した男の顔と同じならば尚更。

 そう考えると、さらに怒りはふつふつと煮え滾っていく。

 

「分かったわよ……やりゃあいいんでしょ、やりゃ」

 

 舌打ち交じりに少女は吐き捨て、適当なビルの壁へと立てかけてあった剣を帯刀。

 流れるような動作でもって引き抜き、世界最強のIS、第四世代機を降臨させる。

 

 次の瞬間には己が得物たる旗を構えた少女は、瞬時加速を使って一目散に疾駆。

 

 すぐに一陣の風は夜空にも吹き荒れて、戦場には漆黒の聖女(ジャンヌ・ダルク)が降臨した。

 

 旗のビームを展開し、闘牛士(マタドール)めいて己の半身を隠しつつ、こわばった表情を浮かべるラファールたちを愉快そうに眺める。

 

「さぁて、狩りの時間とでも洒落込もうかしら」

 

 少女は侮蔑の笑みとともに言葉を放つと、廃墟と化しつつある市街地を駆けて行った――。

 

 

 オルレアンでの戦闘が終わってから五時間が経ったデュノア社のブース前は、不気味なほどに静まり返っていた。

 いくつか設置された臨時の避難スペースからの喧騒が遠くから微かに聞こえてくるのも、それに拍車をかける。ここだけ別世界のように切り離されたかのようだった。

 そう、あの夢の世界に似ていて……。

 

「……ッ! 何を考えているんだ。私は……!」

 

 無意識に邪悪な方へと向かっていった思考を否定すべく、震える声でそう紡ぐ。

 別に頭の中だけで否定してもよかったが、口に出したのは危機感が半端なものではなかったから。

 本当にこのまま危険な領域へとふらふらと歩いて行ってしまい、二度と帰ってこれなくなるかもしれない。

 そう思うと身体がこわばり、私の背中にゾクリとした感覚が走る。とにかく、思考を切り替えなければ――。

 

「何考えてるって?」

 

 そう思ったのと同時に、背後から幼馴染の声が聞こえてきた。

 振り返って確かめてみると、果たしてそこには鈴の姿があった。ピンク色のISスーツに制服のジャケットを羽織っていた彼女は点在する瓦礫のせいで数度蛇行しながら私のもとへとやってくると、すぐ真横で立ち止まった。

 

「……何でもない」

 

 ちょうど停止したタイミングを見計らって口を開くも、返事を何も考えていなかった自分に気づく。だからだろう、慌てて紡ぎだされたそれはいつも通りのはぐらかしだった。

 

 そろそろ話さないとマズいのではないか。

 正直何度かそう思ったこともあるのだが、どうしてもそれができなかった。言おうとするといつも感情が邪魔をして、ついつい二の足を踏んでしまうのだ。

 

 いったい私は何を怖がっているのか。

 信じてもらえない事ももちろんあるが、それだけではないのもまた確かだった。

 

「それよりお前、何の用だ?」

 誤魔化すようにして視線を瓦礫の散らばるステージへと向けつつ、鈴へと尋ねた。

 時計を確認してみても、アーリィ先生から言われた集合時間まではまだ一時間近くあるし、一人にさせてくれともあらかじめ皆にも告知しておいたはずだ。

 それなのにやってきた鈴には少し苛立ちも感じるが、同時にあの恐怖の世界から引き戻してくれたという感謝の念も抱いていた。

 

「別に。ただあたしも、散歩してたらこっちに来てみたくなっただけよ。悪い?」

 

 嘘だな。瞬時にそう判断できる。付き合いの長い私でなく、セシリアやラウラでさえも同じくらいのスピードで見破れるに違いない。

 それくらいコイツも、嘘をつくという行為を苦手としていた。

 

 つくづく似た者同士なんだな、私たちは。

 にわかに頭に浮かんできたのはそんな内容の思考だったため、ついつい微笑が口の端から漏れ出る。向こうも私の態度に気づいてか、ため息一つつくと再び口を開く。

 

「この際だから、はっきり聞いてみる。あの、さ……あんたの隠していることって何なの?」

 

 「なんだ」と尋ね返そうとしたものの、そんなことをする余裕も与えずに鈴は畳みかけるようにして言葉を続ける。

 あんなことを考えていた矢先にこれか……。

 

 まぁこれだけの事件が短い期間の間に篠ノ之箒という人間を中心に起こったんだ、疑うのだってごくごく自然なことなんだろう。

 

 それに、いつまでも隠し通せるものでもないのは、ほかでもない自分が一番よく知っている。私も隠し事をするのは致命的に下手糞なのだから。

 さらに言ってしまえば、もうすでに姉さんには伝えている事柄でもある。あの口の軽い天災の事だ、鈴に尋ねられれば電話越しにしゃべってしまうのは想像に難くない。もはや逃げ道はないに等しかった。

 

 ならばもう――言うほかあるまい。

 

「……実は、だな」

 

 現実での不可解な出来事とリンクしていた、夢という名の「事実」。ずっと胸の内に秘めていたそれを夜空の下、ひたすら鈴へとぶつけていく。

 

 己が死ぬ夢、そしてあの少年の事。

 鈴やセシリア、ラウラとは初対面の頃から既視感がどうしてもぬぐえなかった事。

 時折強烈なデジャヴを感じて、頭痛を催してしまう事。

 紅椿というISの事。

 そして今日襲ってきた敵の少女とイザベルの顔、それにも見覚えがあるという事。

 

「これが、私が隠していた全て、だ」

 

 口にし終えると、満天の星空へと視線を移す。一気に話したからか、妙に喉の渇きが気になる。

 ……いや、緊張のほうが大きいんだな、この後への。

 

 私の数少ない友人である凰鈴音という少女が、どう反応するのか。恐らくもう間もなく訪れる瞬間、それに対する覚悟は全くできていない。 

 

「箒」

 

 何分経っただろうか。静寂を切り裂いて、鈴が私の名を呼ぶ。おっかなびっくりといった体で視線をゆっくりと鈴へと向けると――。

 

「こんの……馬鹿ぁ!」

 

 強い衝撃が頬を襲ったかと思うと、次の瞬間には視界には再び満天の星空が広がる。唐突な事態だったからか、殴られたのだと気づいたのは数秒して痛みが襲ってきてからだった。

 

「あんたねぇ……どうして今までこんな大事なこと、黙ってたのよ!?」

 

 立ち上がろうとしている間に、鈴から詰問というかたちでの追撃が飛んでくる。手は殴ったときから変わっていないんだろう、堅く拳を握ったままだった。

 

「信じて、くれるのか……?」

 

 呆然と、半ば無意識に放たれた私の言葉。それに対して鈴は「当たり前でしょ」と小さく呟いてからため息を零すと、再び口を開いた。

 

「あんたってさ。ほんとあの時から何も変わらないよね……こういうとこ。一人で悩んで勝手に突っ走っちゃってさ。あたしや周囲の人に頼ろうともしないで。……ねぇ、私ってさ、そんなに信用ならない?」

「そんな事……ッ!?」

 

 言いかけて、気づいた。

 結局のところ私は心のどこかで気を許してはいなかったんだという事に。

 だから勝手に裏切られると、信じてもらえないと疑心暗鬼になって、誰にも頼れなかった。

 仲間を欲するような態度を見せておきながら結局心の底から信じていたわけでもない、言ってしまえばただ利用していたに過ぎない。そんな自分が途端にひどくみじめに、恥ずかしく思えてくる。

 

 はっきり言ってこんなの、使えなくなったゼフィルスのパイロットを始末していた連中と何ら変わりないではないか!

 

「すまない、鈴。いままで私は、お前を信じ切れていなかった。本当に……申し訳ない」

 

 俯いていた顔を上げ、目の前に立つツインテールの幼馴染に向けて深々と頭を下げる。

 思えばこの六年、こいつには迷惑をかけっぱなしだった。保護プログラムの時も、私が孤立するのを心配して一緒の学校を志望校にしてくれた時も、いつも。

 

 この四カ月は命のやり取りにまで付き合ってくれた。それなのに私は勝手に壁を作って接していた。なんと罪深い事だろうか。

 

「ふ、ふん! わかればいいのよ。わかれば……それにまぁ、アンタの気持ちも分かるし、ね」

「えっ?」

「あたしだって、日本に来たときはだれも信用できなかったんだ……心の底から、ね。だから保護プログラムが起きるあの日まで、アンタには心の底では疑ってかかってたんだ」

「そう、だったのか……」

 

 言われて当時の事を思い出したが、そんな素振りをしていた場面など皆目見当がつかなかった。

 鈴の言っていることが本当ならば、コイツは実は誤魔化すのが私なんかよりもずっと上手だったという事になり、嘘が下手なのはこの中で私だけだったという事になる。

 別にだからといって何か変わるわけでもないが……なんか悔しい気もする。

 

「だから、そこまで気に病むんじゃないわよ。あたしはもう、許した」

 

 私が感慨深く昔のことを思っていると、そっぽを向いた鈴からそんな言葉が吐き出される。

 こいつの事だ、さっきからの一連の流れが急に恥ずかしくなったんだな。そう思うと少しだけにやけてくる。

 

「と・に・か・く! 今後は隠し事しないこと、いいわね? 次やったら絶交したついでにあんたの打鉄をスクラップにしたげるんだからね?」

「じゃあお前が隠し事したときは、私がお前の甲龍を再起不能にしてやろう」

「……なにそれ」

「お前こそ」

 

 ひとしきり軽口を言い合ってから、笑い合う。今まで幾度となくこなしてきたことだったが、ここまで清々しい気持ちでできたのは滅多にない――というより、初めてだ。色々吹っ切れると快感の度合いも上がるのだと、しみじみ思ってしまう。

 

 鈴はどう思っているんだろう? そう思いながらあいつのほうを見てみたが、あいつも心の底から楽しそうに笑っていた。

 

 それを見て、ますます笑みが止まらなった。

 

 そんな私たち二人だけの時間。その幕切れを告げたのは、私の携帯の着信音だった。ポケットから取り出してみると、液晶には「セシリア」とだけ素っ気なく表示されている。

 

「もしもし」

『箒さん、鈴さん! 大変ですわ!』

「何があった?」

 

 私が質問する間に通話相手は変わり、今度はラウラの、焦りの色を含んだ声が電話越しに聞こえてきた。

 

『デュノアが宣戦布告を行っていてな、現在も生放送の真っ最中だ。アーリィ先生が呼んでいる、急いで戻れるか?』

「ああ、すぐに向かう……行くぞ、鈴!」

「ええ!」

 

 こうして、私たちは光のある方へと並んで走っていったのであった。




これにて第三章は半分終了。後半は近いうちに投稿したいですね。

感想お待ちしております。ではまた!


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決戦直前

5分後にもう一話投稿します。
こっちの方は、あまり大筋が進まなかったので。


「みなさん、御機嫌よう。オルレアンでの催し物は楽しんで貰えたかしら?」

 

 この世の悪意を凝縮したかのような、下卑た笑み。それを整った顔に浮かべながら、テレビに映るジャンヌ・ダルクを駆っていた少女の臨時番組は幕を開けた。

 ついさっきまで行われていたというフランス軍との戦闘が終了したという話を皮切りに、次々と言葉を並べていく少女。

 番組内では、シャルロット等と名乗っていたが。

 

 そして、最後には。

 

「止めたいなら、第四世代に詳しい奴でも連れてきなさいな……もっとも、そんな奴がいるとは思えないケドね。それじゃ、楽しみに待ってるわよ」

 

 などとふざけたことを言い放ち、奴からテレビ局宛に送られたという動画は途切れた。

 

「……だと、サ。どうするサね、これから?」

「行くしかないでしょう……最悪、私だけでも」

 

 あの女の狙いは私たち――いや、私。

 それはあの会場でこちらを見た途端に邪悪な笑みを浮かべ、攻撃に転じたことからも間違いない。

 ダメ押しと言わんばかりに、さっきの放送ではあからさまに私達へと向けた文面も奴は口にしていたのだ。

 第四世代に詳しい奴。それが私のことを言っているのはほぼ間違いない。

 

 事実として奴は昼間の戦闘中、私を指して「第四世代のISを使っていた」と言い放っていたのである。

 実際はそんな物に、心当たりなど全くないのだが。

 

「とはいえ、連中はフランスの国防部隊すら退けてるのサね。勝ち目はあるのかナ?」

「勝ち目……」

「ありますわ!」

 

 アーリィ先生の言葉を鸚鵡返しにするかのように呟きつつ、何かないのかと思考を巡らせた。その途端、隣から自信たっぷりの声が響き渡った。セシリアだ。即答するだけに、何か相当な秘策があるのだろうか……?

 

「あぁ、セシリアの言う通りだ」

 

 それに対し、相槌を打ったのはラウラ。続けて鈴も無言ながらも首を縦に振り、そして鏡さんも強気の表情を崩さない。私とアーリィ先生だけが置いてけぼりという状況だ。なんだか少し気に食わない気がする。

 

 だから、ついつい語気を荒げ

 

「その勝ち目というのはなんなのだ」

 

 と、セシリアに問いかけてしまっていた。

 

「無人機相手に、あたし達三人はとっても有利な機体を使っているのよ」

 

 鈴がそういうと同時に、ラウラが机の上のPCに自身の専用機から抜き出した映像データを送信。昼間の戦闘シーンがモニター上に映し出される。

 

 その内容はまさに、ワンサイドゲームと呼べるものだった。

 

 連中の使っていたIS――エトワールは奇想天外な動きをし、鈴らを翻弄した。しかしながら、連中はあっさりと鈴らの兵装によって捕捉され、わずか五分もしないうちに全滅したのである。

 

 セシリアはBTビットでアクロバティックな動きをする敵を執拗に追いかけ、時には偏向射撃を用いて光の矢で串刺しにした。

 

 鈴は衝撃砲によって敵に読み取られない射角から攻撃し、目には目をと言わんばかりに読めない戦法には読めない攻撃でもって対処し撃破。

 

 ラウラに至ってはAICを用いて安全に攻撃を通し、そもそも敵に何もさせなかった。

 

 確かに三者三様ではあるものの、皆無人機には相性のいい機体に乗っていた。狙ったわけでは間違いなくないのだろうが、ここまでくると何か運命じみたものを感じてしまう。

 

「ふむ……確かに、お前たちの言う事ももっともサね」

 

 しばらく考え込んだ末、アーリィ先生は結論を出した。この人も私を庇う形でエトワールとは交戦しているため、そのときに無人機特有の厄介さを味わったに違いない。このまま首を縦に振ってくれるか――。

 と、期待していたのもつかの間。

 

「だけど、鏡はどうするのサね?」

 

 先生の指摘に、私は何も返すことができなかった。

 興奮していたがために、専用機持ちでもないクラスメイトの事を忘れるなんて……自分の思慮の浅さを見せつけられたような感じがし、恥ずかしさと申し訳なさでみるみるうちに胸が締め付けられていく。

 

「立ち回り自体は問題はありませんでしたけれども……戦闘についていけるかは別ですわね」

 

 セシリアが言った通り、映像の中の鏡さんは単調な攻撃ではあったもののエトワールのビームを回避したり、専用機持ち達のために牽制射撃を放ったりはしていた。

 

 とはいえ無人機が完全に牙を剝いた際には太刀打ちできないのもまた事実で、奴らのアクロバティックな動きには対応しきれていたとは言い難い。

 

「それに、打鉄では連中の機体に襲われた際に心もとないのも事実だ」

 

 またラウラの言葉は、私にとっては身に染みて分かっていることだ。なにせ温泉で襲われた際に使っていた機体こそ、なんの改造も施されていない打鉄そのものなのだから。

 様々な事情があったとはいえ旧型(ゴーレム)相手でさえ負け、殺されかけたのだ。それが、今度はエトワール相手となると……考えたくもない。

 

「かと言ったって、この子だけ別にしてっていう訳にもいかないだろうし……単独で鏡さんを襲って人質にする可能性だってゼロじゃないんだから」

 

 そして鈴の指摘だが、これまた私達にとっては苦い記憶が思い返されるものだった。

 香港で人質という手を使ってきた奴が敵にいた以上、またやってくる可能性は十二分に考えられる。となると、ついて行って貰った方が援護できる以上、まだ安全な可能性もある。

 

「まぁ、ボーデヴィッヒの言う通り普通の打鉄じゃあ心もとないってのが一番の懸念事項サね」

 

 悩む私達に、アーリィ先生はまず方針を決めるかのようにそう告げる。ついて行くにせよ別行動をとるにせよ、まずは自己防衛できるように機体を何とかしなくてはならないのも確かだった。

 

 しかし、打鉄を改造できる人間などここにはいないのだ。

 

 専用機持ちなら多少なりとも弄る事は出来るとはいえ整備程度のもの。おまけに基本的に自分の機体しか扱わないため、セシリアたちは役に立たない気もする。

 

「……倉持技研の連中に、イチかバチか頼んでみるしかなさそうサね」

 

 八方ふさがりかと悩む私たちにアーリィ先生が提案したのは、打鉄の製造元である倉持技研に話をつけるというものだった。

 あの企業もこのイベントには参加していたので、少なくとも頼み込めないという事はないが……。

 

 などと、思っていたら。

 

「話は聞かせてもらったぞ諸君!」

 

 唐突に入口の方から激しく場違いな、それでいてどこかで聞いたことのあるかのような大声が聞こえてきて、私達はみなその声に反応して身体を強張らせてしまう。

 

 なんなんだいきなり!? そう思いながらまだバクンと乱れた鼓動を刻む心臓を抑えつつ声のした方を見てみると、そこにいたのはISスーツの上から白衣を着た、異様に鋭い犬歯が特徴的なくせ毛の女性が立っていた。

 

「篝火さん!?」

 

 女性の名は篝火ヒカルノ。姉さんの高校時代の同級生にして倉持技研の第二研究所所長。そして私が代表候補生になった際、打鉄に初期調整を施してくれた方でもある。

 

「よ、篠ノ之の妹。久しぶり」

 

 手をひらひらと振って返事してからこっちまで早足で向かってくると、私の右腕をいきなり掴み始めると続ける。

 あぁ、なんか嫌な予感がする……。

 

「聞いたぞ箒。お前さん、お姉さんに打鉄を改造してもらったんだって?」

「え、ええ……」

「ならなんでもっと早く、私に見せに来なかった!」

 

 そう言いながらヒカルノさんは腕を抑えている方とは反対の腕で私の胸に手を伸ばすと、思いっきりそれを揉み始める。思わずその感触に「ひゃぁ!?」と情けない悲鳴を上げてしまい、顔に熱がこもっていくのが感じられる。

 

 前からヒカルノさんが私をからかう際、胸を揉んでくるのは知っていた。だが、何度やられてもなれるものではない。というか、自分だって立派なものを持っている癖に……!

 

 どうしてこう、私の周りの女はみんな、私のを揉みたがるのだろうか。理解に苦しむ。

 

「ま、夏には学園へと見に行く予定だったんだけど。諸事情で行けなかったこっちも悪いんだけどさ! あっはっはっは」

 

 笑いながら解放してくれたヒカルノさんから慌てて距離を取り、そんな彼女の姿を冷めた目で見つめる。まったく、そう思っているなら最初から揉んだりなんかしないでほしい。

 

「そんな事より……本当に打鉄の改造に付き合ってくださいますの?」

 

 私達の会話がひと段落すると、セシリアからの質問が間髪入れずにヒカルノさんへと飛んできた。

 

「ういうい。当然改造はしてあげようじゃないか。なんなら篠ノ之のも含めて二機ぶん」

「本当ですか!?」

「でも、タダでってのはいくら何でも都合がよすぎない?」

 

 舞い上がる私を制するように鈴が口にした懸念は、確かにそのとおりだった。なにか交渉材料になるものでもあれば話は別なのだが、何かないか…………いや、ある。

 

 そう思い、頭の中であれこれと考えていた時だった。

 

「おうさ、だから二つほどいただきたいモノがあるのよね」

「打鉄改のデータと、あとは何ですか」

 

 こちら回答に満足そうに頷いたヒカルノさんは視線を私からアーリィ先生に向けると、同時に彼女に向けて指をさした。

 

「あんた達がくすねて行ったあの無人機のパーツ、アレを使わせろって事さ」

「え、そんな事をしていたんですか!?」

 

 私がそういうと、アーリィ先生は目を思いっきり明後日の方向へと逸らす。問い詰めてみると、アーリィ先生が撃破したもののみならず、鈴たちが戦ったものも拝借するよう指示していたのだとか。

 

 交渉材料になるのはいいことなのだが、そんな火事場泥棒めいた真似を元世界第二位がやっていたなんて……なんか複雑な気分である。

 

「まぁまぁ、そんなに非難なさんなって。そのおかげでアンタらの機体も強くなれるってもんなんだしさ」

「その通りサね。時には常識はずれの行動ってのも必要なのサ」

 

 アーリィ先生の言葉を受け、ヒカルノさんは「気が合うねぇ」と笑って言いながら近づき肩を組み始める。

 

 この二人が似たベクトルの人間性なのだというのは薄々感づいていたが、いくら何でも距離が縮まるのが早すぎだろう。どうにも人付き合いの苦手な私には理解しがたい部分だったりもする。

 

「と、いう訳でだ……さっそく工事に取り掛かるとしよう。うちのブースは幸いにも被害はなかったし、改修できるくらいの設備もあるし。でも、そっちの子がどうするかで改造プランは変わるかな」

 

 私が差し出した打鉄の待機形態を受け取りながらヒカルノさんはそう言うと、やや離れた位置にいた鏡さんに話を振った。

 私達の方がISに詳しいからと勝手に話を進めてしまったが、最後に決めるのは考えるまでもなく鏡さん自身である。彼女は少しだけこっちに歩いてくると、勢いよく言い放つ。

 

「勿論、私もいっしょについて行くよ。あんな奴らのせいでせっかくのイベントが滅茶苦茶になったんだもの、一発くらい殴らないと気が済まないよ!」

 

 鏡さんは「一人だけ逃げるなんてありえない!」と付け足すと、その場でシュッと拳を突き出す。その表情にはさっき鈴と話すまでの私と違い、一点の曇りもなかった。

 事情も背景も違うとはいえ、こんなにも悩まないでいられる彼女を、ちょっとだけ羨ましいと感じてしまう。

 

 同時に、さっきまでの自分がますますアホ臭く思えてくる。ごちゃごちゃ悩んでばかりなんて馬鹿だった。戸惑いや迷いなんてさっさと捨ててしまえばよかったのに。

 

「ふふっ……一発殴る、か。たしかにそうだな。私もいい加減あいつらには頭にきていたところだったしな」

 

 そう思うと、自然に笑みが零れてこんな事を口にしている自分がいた。それを鈴はどこか感慨深そうに眺め、セシリアとラウラは何があったと言わんばかりの表情で見つめていた。だが、二人もすぐに微笑を浮かべると小さく頷いた。

 

 ここにいた全員の気持ちが、一つになった瞬間である。その事を考えると、何とも言えない喜びが胸の中を支配していく。

 

 そんな時だった。ふと窓の外の、かなり離れたところで何かが動いているのが見えたのである。

 なぜかそれが、私には無視できないものに感じられてしまった。その衝動にかられてじっと目を凝らすと、暗がりを人が走っているのがぼんやりとだが見えてきた。

 

 ――そこにいたのは、あのラファールを纏っていた少女。イザベルが背中を向けて走っている姿があった。

 

「すみません、少し失礼します!」

 それを見た私は気が付くとそんな事を吐き捨て、一も二もなく走って追いかけて行った。

 

 奴は絶対、何かを隠している!

 

 

「待て!」

 

 会場の端まで辿り着いた段階で、ようやく何度目かになろうという大声はイザベルの耳に届いた。

 もともと距離が相当離れていたうえに彼女の脚は意外に早く、私も色々あった後だったため追いつくのには相当時間をかけてしまっていた。

 

 とはいえ、追いつくことはできた。その事実が焦っていた心にしみわたっていく。

 もし仮に彼女を逃がしてしまっては、あの女と戦う際になにか――とても重要なピースを欠かした状態で戦う羽目になる。

 そんな予感がしていたから、安心感も並大抵のものではなかった。

 

「なんの用ですか? 箒さん」

 

 そんな私の内情など知る由もないイザベルはこちらに振り返ると言葉を紡ぐ。まさしく淡々といっていいかのような素っ気ない口調であり、どことなくこちらを避けようとしている雰囲気が漏れ出ているように感じられた。

 

「こんな夜遅くに、どこに行くつもりだ?」

「……別に、何だっていいじゃないですか」

 

 そう口にしてまた背を向けようとするイザベルの肩を掴み、まだ話は終わっていないという意思表示を行うとすぐさま続ける。絶対に、ここで逃がしてなるものか!

 

「それと聞きそびれていたが、さっきの戦闘中のラファールはどういうことだ。そして君はなぜあのデュノアのIS乗りに顔が似ている?」

 

 質問ばかり重ねるのもいかがなものかとは感じたが、逃げられる前にぶつけないと一巻の終わりだ。だからこんな風にまくしたてる。もはやあれこれと恥ずかしがっている場合ではない。

 

「……ノーコメントってわけにはいかないよね、何てったって……君はあの箒だし」

「は?」

 

 意味の分からないことを口にすると、イザベルは私の腕を突き放す。その力は意外に強く、代表候補生である私と同等かそれ以上のものであるとわかる。

 そしてそのまま彼女は手を胸に当てると、周囲をゆっくりと光が覆っていく。

 

「質問には答えられないけど、一つだけアドバイス。自分の中の自分を信じて。君ならきっとできるさ、それじゃ!」

 

 光が晴れ、ラファールを身に纏ったイザベルは昼間ぶつかってわかれた時のような、まるでこっちが本物といわんばかりに似合っている口調でそんな事を口にする。

 そしてそのまま翼のような大型の非固定部位のスラスターを噴かせて、遠くの空へと消えて行った。

 

 私はそれに「待て!」という言葉とともに手を伸ばすも追いつかず、打鉄を展開しようにもヒカルノさんに預けたためできない。結果として手は空を切る。

 掌が、小さくなっていく光の点を視界から覆い隠すのみだ。

 

 それはまるであの日、旅館であの男を追いかけようとした時のよう。そう感じてしまうと、名状しがたい歯痒さが私の心を覆っていったのであった。



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死闘開幕

 「彼女」がオルレアンを発ち、ゴーストタウンと化したパリに着くまでには三日を要した。

 

 最速で移動すれば半日で着きはするものの、道中で敵に遭遇することを考慮に入れるとそうはいかなかった。「彼女」はできる限り、敵の配置している無人機に見つからないように進む必要があったのだ。

 そのためISを使ったのは一回きりなうえ、悪路を通って迂回していたために予想以上に時間がかかってしまったのである。

 

 そして巡回していたゴーレムの目を盗んで市内に潜入するとあるアパートの二階の、ドアが開きっぱなしになっていた一室に素早く転がり込んだ。

 

「……どうやら、間に合いはしたみたいだけど」

 

 「彼女」は背負っていたリュックサックを下ろしつつ呟き、それから慎重に窓際へと移動していく。三日前に起きたフランスの国防部隊とデュノアの戦闘によって住民は皆逃げ出してしまい、花の都は無人の街と化している。

 この日は酷くどんよりとした雲が空を覆っていたため、物寂しい印象は尚更強いものとなっていた。

 

 そんな街の中で、動いているモノの姿があった。

 デュノア社が放った無人機である。それらは市内のいたるところを徘徊しており、カメラから不気味な赤い光を発していた。

 ゴーレムは対ISのために構築されたプログラムが使用されており、奴らがキャッチできる反応はISのコアのそれのみである。

 

 そのため人体反応を捉える機能はなく、目視されない限りは何とかなる。そのことは「彼女」にとって、不幸中の幸いだったといってもよい。

 

 なにせ「彼女」が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは……突破は無理、かな」

 

 窓ごしの偵察を終えた「彼女」は苦笑する。

 外のゴーレムは中々に隙の無い配置をしており、赤いセンサーを不気味に光らせ市内いたるところを警備している。

 街外れのアパートに忍び込むだけでも骨の折れる作業だったのだ、ここからさらに中心に進んだらどうなるのか。そんな事は、考えなくとも分かる。

 

「仕方ない、か。箒たちが来るまで待とう」

 

 部屋の中央にあるソファに向かいつつ「彼女」は、オルレアンでのイベント会場で出会った代表候補生の名前を発した。直接本人と話していた時とは違い、その名前を親しげな声音で口にしている。

 

 まるでずっと前から、親友同士であったかのように。

 

「あのアドバイスで、きちんと分かってくれたかな……」

 

 そうして名前を出したのをきっかけにして、篠ノ之箒のことへと「彼女」の思考は移っていく。

空別れ際に発した「自分の中の自分を信じて」という言葉。その意味を理解できていた場合、今後の戦いにおいて大きなアドバンテージを得ることができるのは間違いない。

 

 なにせ、それに成功したならば――()()()()()()()()()()()()

 しかもその切り札は「彼女」が知っているそれよりもさらに経験を積み、一層強力なものになっている。もし使いこなせれば、今後の戦いの行方すら大きく左右する存在になる。

 

 それだけのスペックを、箒の中に眠る()()()()は秘めているのだ。

 

「……ふふっ、大丈夫か。だって、あの箒だし」

 

 しかし「彼女」からは深刻な表情はすぐに失せ、代わりに柔和な笑みがその顔に浮かぶ。

 なにせかつての親友は、なに一つ「彼女」の記憶の中のそれと変わっていなかったのだから。

 

 「彼女」と一緒の時間を過ごした時の記憶をほとんど失い、そこから長い年月を経ても尚変わらない親友。

 それを信頼するな、というほうが「彼女」にとって無理な話であった。

 

 こうして一つの問題に片が付くと。

 次に「彼女」の中に浮かんできたものはひとつ。

 

(あれは……間違いなく)

 

 オルレアンを襲撃したISのパイロットにして、フランスでの一連の事件の主犯。そして――「彼女」と同じ顔をした、デュノアの新しい指導者。

 見たことも聞いたこともなく、()()()()()()()()()()()()()デュノア社製の第四世代機を駆り、瞬く間に箒を下そうとした少女。

 その正体について「彼女」は見当がつかなかったわけではない。

 しかし、それは……。

 

「まぁ……考えてもしょうがないのかな、今は……まだ、ね」

 

 そう言いながら「彼女」はソファに背中を預け、ゆっくりと瞳を閉じた。何しろここまでかなりの強行軍で移動してきたのである。少しは休まなければ、今後の戦闘に支障がでるどころか、戦力であるラファールを呼ぶことすら難しそうであった。

 

 こうして、無人の市内に一人の伏兵が忍び込み、ひそかに開戦の時を待っていた。

 「彼女」の()()()はイザベル・デュノア。

 

 そして、その真の名は――。

 

 

 オルレアンでの戦いから三日後の正午。

 

 イベント会場で買い取ったワゴン車をひたすら走らせた私たちはついに、パリ市内へと突入。そのまま無人の道路のど真ん中に停車した。奴らによる襲撃からすぐに市民は市外へと避難していたため、辺りには人の姿は見えない。

 

「さて、いよいよ市内に入ったサね……ここからは」

「分かってる」

 

 ラウラはアーリィ先生の言葉に短く答えると、私達は勢いよくドアを開いてややお互いに距離をとってすぐにISを展開。瞬く間に道路には六機のISが姿を現した。

 

「朝見たときも思ったけどさ……箒のはここまでくると、もう打鉄の原型留めてないわね」

 

 甲龍を身に纏った鈴は私と鏡さんを交互に眺めると、そんな感想を漏らす。それくらい、私たちの打鉄は別物と化してしまっていた。

 

 エトワールの残骸から胴体部分を中心に使っての装甲強化を施し、ついでにそれに負けないくらいのスラスターを増設した鏡さんの「打鉄改・鎧火(ガイカ)」。それは確かに、もともとの打鉄の防御型というコンセプトを踏襲している。長年打鉄を専用機にしてきた私も鈴と同様、順当な強化だと感じていた。

 

 だが、私の纏う「打鉄改・村正」はそうではない。

 

 非固定部位をエトワールの脚部装甲を流用した大型スラスターを改造した大型の翼上のスラスターにし、脚部を今回のイベントで倉持が披露した最新式の打鉄のそれに換装。

 肩のシールドこそそのままではあるものの、完全に機動力特化の近接主体機へと変貌を遂げていた。

 

「ああ、これならば奴らとも対等に戦えるはず……いや、戦って見せるさ」

「お二人とも、そこまでですわ……さっそく、敵さんがいらっしゃいましたわよ」

 

 セシリアの発言を耳に入れると同時にモニターを表示させると、町の中心部から赤い点が向かっているのが確認できた。

 その数、なんと十。こちらよりも駒の数としては上回っている。

 だが……正直、今の私にとっては試し斬りの相手にしか見えなかった。十数秒後に発生する戦闘に備えてゾクゾクする心を抑え、臨戦態勢を整える。

 

 そして――こちらに向け、一条の赤い破壊光線が飛来。それは道の中央へと直撃し、私たちをここまで運んでくれたワゴン車を一撃で大破炎上させる。

 もう数十秒あそこにとどまっていたらと思うと、自然と汗が頬を滴り落ちて行った。

 

「よし……全員、ここを手早く切り抜けるのサ!」

「りょーかい、っと!」

 

 鈴、司令官であるアーリィ先生の指示に応えつつ青龍刀を合体。言い終えるとともに右前方に位置取る三機のゴーレム集団に投擲。ブーメランのように回転する刀は、左から高速で迫る。

 ゴーレム集団のうち二機は回避できたが一番右にいた個体は間に合わず、胴体に刀身を思い切りめり込ませて真っ二つになり爆散していった。

 

「おっと、逃がしませんわよ」

 

 そして逃げた二機にも、別な一手が襲いかかった。セシリアの放ったBTビットによる砲撃である。

 奇怪な挙動で回避運動を再び行うゴーレムに対し、同じく奇怪な軌道を描く偏向射撃でもって対抗。二機のゴーレムのコアは光の弾丸に貫かれ、瞬く間にその動きを停止。数トンの鉄塊は地面に墜落し、轟音とともにコンクリートで舗装された道を砕く。

 

 恐らくこの中で、誰よりも抜群のコンビネーションを披露できる鈴とセシリア。そんな二人のコンビネーションの裏で、アーリィ先生が投擲した風の槍がゴーレムに直撃。計四機が物言わぬ人形と化した。

 これでもう、数の上では互角。

 

「よし、こちらもいくぞッ!」

 

 そう言いながら、私は瞬時加速とともに武装を展開する。エネルギーライフル「狼煙」を展開。元はエトワールの腕だったそれはそれぞれの打鉄に一個ずつ装備され、新たな遠距離武器として私達の手にあった。

 

「食らえッ!」

 

 トリガーを引き、黄色い閃光が銃口から迸る。それは前方に陣取るゴーレムが構えていた右腕へと瞬く間に直撃し、爆発とともに肘から先をスクラップに変貌させた。

 こうすることでこいつらは一瞬硬直するのなど、散々戦ってきた私にとっては常識と言ってもいい。

 その隙を見計らってさらなる瞬時加速を行い、距離を一気に詰める。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そしてそのまま、銃口からビームの刃を発振。

 これが、狼煙がほかのビームライフルと大幅に違うところであった。

 元になったエトワールの腕が遠近一体の武装だったのを活かし、すぐさま斬撃に移れる。これによって量子展開の隙を極力減らすことができるのは、刀使いである私にとっては嬉しいところであった。

 

 ゴーレムの胸にあるコアを一突きして倒す。

 続いてそいつの残骸を盾にしつつ、空いていた左手に近接ブレードを展開する。そうして二刀流スタイルになった私は、すぐ隣数メートル先にいる次の標的へと迫った。

 

「やはりしっくりくるな……」

 

 あのVTシステムによる内部からの襲撃時、私の身体を乗っ取った「別の私」がやったその型は本当にスムーズに動かすことができる。今、改めてやってみてもそう思う。自分でもびっくりだ。

 

 そんな風に思っていると、私の視界の右に黄色い光が走り、少し離れた位置にいたゴーレムに直撃した。鏡さんの「狼煙」から発射されたビームである。

 教科書通りの姿勢で放たれたそれは正確に敵機の胸を貫き、その直後に大きな爆発が発生した。

「どう、私も結構やるでしょ?」

「ふふっ、確かにな」

 

 打鉄乗りどうし微笑みながらそんな会話を繰り広げているうちに、残りのゴーレムたちは第三世代機とテンペスタからの猛攻に晒されていた。

 曲がるビームに見えない砲弾やレーザー手刀。そして変幻自在の風の武器。おまけに全員が優秀なパイロットときている。そんなものに耐えられるはずもなく、一機また一機と無人機はその数を減らしていき、遂には全滅してしまった。

 ちょっぴりだが、ゴーレムに同情してしまうほどの布陣だったと思う、今のに限って言えば。

 

 ある意味だが、奴らが心を持たない機械人形でよかった……のかもしれない。そんなくだらないことを考えていると、アーリィ先生の言葉が聞こえてきた。

 

「よし、次が来る前に前進サね。全軍突撃ってナ!」

「了解!」

 

 指揮官の言葉に大声で返事をすると、私もその後ろにいた鏡さんも全身のスラスターを噴かせ、市街地中心部へと向かっていった。奴が待つと言ったデュノアの実験場は、ちょうどここの正反対の位置にある。

 

 そのため、街を突っ切らなければならないのだ。もちろん、通行料タダで進ませてくれるとは思ってはいない。また何らかの妨害が来るのは間違いない。

 

 いいぞ、来るなら来い。全て叩き斬ってやる!

 

 私はそんな事を思いながら、新しくなった打鉄で曇天の空を飛んでいった。

 

 

 それから十数分。私達は迫りくるゴーレムを何機も何機も屠っていった。

 

 奴らは曲がり角から、ビルの上から次々に殺到し、こちらに向かって死の光線をひたすらに放つ。それらをひたすらに遠距離からの攻撃で沈め、速度を維持したままでの戦闘を敢行する。

 こうなってくると当然、遠距離主体の機体がこちらの主力となった。

 

 セシリアのブルー・ティアーズは勿論の事、鏡さんの打鉄・鎧火も予備まで展開したビームライフル二丁で次々に射抜き、沈黙させていった。射撃の腕ならば、彼女はすでに私以上と言ってよかった。

 

 というのも、鏡さんは一発か二発で確実に、かつ迅速にコアを射抜いて沈黙させているのだ。

 機体の補正もあるとはいえ、それは私も同じこと。所詮は得手不得手の問題だとわかってはいても、少しだけ悔しいと思えてしまう……が、それも一瞬の事だった。

 

 なにせ目の前の交差点から、ゴーレムが唐突に現れたのだから。

 

「こいつめッ!」

 

 叫びとともに量子格納されていた近接ブレードを展開し、そのまま通りざまに素早く一閃。進行方向に沿った刀身は流れるように敵機の胴体に吸い込まれ、そのまま両断されていく。

 ハイパーセンサーのおかげで、後方で真っ二つになって倒れ伏す様子も確認できた。その綺麗な断面を見ると、さっきの劣等感も晴れたような……気もする。

 うん、やはり私はこっちの方が合っている。

 

 そんな事を思いながら突っ切ることさらに数分。セーヌ川を飛び越え、シャンゼリゼ通りの方向へとひたすら飛んでいく。ここからさらに突っ切った先にある郊外のほうに、奴の待つデュノア社のビルがあるのだ。

 

「それにしても、やけに静かだな」

 

 呟きながら、索敵を完了したというモニターを凝視。そこに現れた反応は0であり、不思議と川を渡ってから敵は何の干渉も行ってはこなかった。

 もちろん、敵が量子格納されているだけという可能性は十分ありうる。そのため緊張感や胸の荒い拍動は、戦闘時と何ら変わらない状態を維持していた。

 

 警戒は怠らないに越したことはないが、こうも焦らされるとどうしても落ち着かないな……。

 

「ねぇ、なんていうか……こういうとこが静かなのって不気味よね」

 

 周囲を見渡しながら、鈴はそんな事を口にした。

 

 確かに世界的な知名度を誇る花の都、それも観光地として特に有名なシャンゼリゼ通りに人っ子一人いないというのは不気味極まりなかった。とてももの悲しいというか、あの夢のようだというか……ッ!

 

「危ない!」

 

 画面端の赤い文字に気づいた私が叫ぶとともに、その声に気づいた鈴は急速回避。しかし間に合わず、右足首に一発の銃弾が着弾。

 それは見る見るうちに甲龍のシールドエネルギーゲージを削っていき、やがて七割になったところで停止した。

 

「いったいどこから!?」

「前だ!」

 

 セシリアの若干パニック気味の問いかけに答えたのはラウラだった。指された指の先を見てみると、そこには凱旋門の上で冷酷な笑みを浮かべる、あのジャンヌ・ダルクの操縦者である少女の姿があった。

 両腕の身に黒い装甲を展開し、手にはIS用に大型化された対物ライフル。

 最小限の範囲ですぐさま展開し、そのまま素早く狙い撃ったのは明らかであった。

 

「ふふっ、ようこそパリへ……早かったじゃない。待ちきれなくってこっちから来ちゃったわ♪」

「貴様ッ!」

 

 私が声を荒げていると、奴は門から身を投げ出す。落下する身体にはすぐさま光が凝集していき、それが晴れたころには世界初の第四世代機(ジャンヌ・ダルク)がその姿を現した。

 漆黒の装甲は奴の全身にまとわりつき、その手には攻防一体の万能装備の旗が握られていた。

 

「さぁ、始めましょうか。第二ラウンドをね!」

 

 女がそう言いながら旗を振りまわすと、前方のいたるところに眩い光が出現。それが収まると、そこには新型無人機(エトワール)の姿があった。

 その数、七。そのすべてがオルレアンで攻めてきたものとは違い、オレンジ色の装甲をしていた。おそらく何らかのチューンナップを施した特別仕様なのであろう。

 

 こうして、この場には瞬く間にジャンヌを含めた八機の敵が出現した。

 

「……やるぞ、みんな」

 

 近接ブレードをもう一度力強く握りながら口にすると、瞬時加速で敵へと迫る。

 

 奴の言うところの「第二ラウンド」は、こうして幕を開けたのであった。



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混戦

 私が接敵までに要した時間、わずかに十二秒。

 全速力のIS二機の激突が花の都、パリのメインストリートにて発生した。私が持つ近接ブレードと第四世代(ジャンヌ・ダルク)が持つ万能兵装の旗が空中でぶつかり合い、激しい火花が散る。

 

「はっ、随分とISを強化したじゃないの! 私のエトワールを使ったわね!」

「ああ、有難く使わせてもらった!」

「結構結構。でないと……張り合いがないってものじゃない」

「そうか、それはよかった」

 

 そう言いつつ剣を押し込むと、奴もすぐさま旗を押し返してくる。まさに一進一退の攻防である。

 

「それにしても……あんたが第二世代を2段階改造した機体で、私が第四世代……アハハッ、本当に皮肉なものよねェ?」

「訳の分からないことをペラペラと……!」

「何よ、まだ忘れたままなワケ? ほんっと……そういうところがさぁ、前々から大嫌いだったのよねッ!」

 

 少女はより一層激しい口調で吐き捨てつつ、左手を旗から離す。つづいて自動で鞘からスライドしてきた剣を手に取ると、こちらの無防備な場所めがけて突き刺さんとする。

 そうは……させるかっ!

 

「こちらも!」

 

 叫びながら左手を近接ブレードから離し、再び狼煙(ビームライフル)を展開。すぐさま銃口からビーム刃を延伸し、ジャンヌの剣をガードする軌道で振るう。残念ながらジャンヌの剣はビーム耐性があるらしく、剣を溶かすことは叶わなかったため、メインウェポンのみならずサブウェポンも空中で衝突する。

 その結果として、両腕ともに武装がクロスしているという珍しい状況が形成。そして、残る攻撃手段は。

 

「はぁぁっ!」

 

 硬直状態に陥ってすぐに、素早くキックを繰り出す。

 こちらの打鉄の非固定部位に武装がない以上、できる攻撃はこれしかない。ダメージは微々たるものだが衝撃はそのまま伝わるため、体勢を崩すには有効な手段として多くのIS操縦者たちが近接戦に使う技である。

 対して向こうは――何も、動こうとはしなかった、が……。

 

「ならこれはどうかしらねッ!?」

 

 凶悪なまでに攻撃的な笑みを浮かべた、少女の言葉が終わると同時。私の頭上の空間が歪んでいくのが、ハイパーセンサーによって開かれた視界によって確認できた。

 そこから現れたのは、数本の赤黒い槍。それらは登場後すぐに、真下に位置している私めがけて勢いよく放たれていった。

 間違いない、こいつ――原理不明のあの技を使ったかッ!

 

「ちっ……」

 

 舌打ちとともに途中まで出かかっていた蹴りをヒットさせ、当初のもくろみ通り奴の姿勢を崩すことには成功した。だがもうすでに、落ちてくる槍に対処する時間はない。回避はおろか、手にした武器で迎撃するのも不可能だ。

 そして向こうは蹴られた衝撃を上手く活かし、さらにこっちが一瞬逡巡していた隙を狙って後方まで瞬時加速で後退。これで一方的に、こちらだけが不利という状況になる。

 くそ……やはり、強い。

 

「箒さん!」

 

 あまりの性能差を再び目の当たりにし、やや気持ちが弱まり始めた私の耳に声が届く。

 セシリアだ。そしてそれと同時に数条のレーザーが曲がりながら頭上に殺到。敵の放った槍を全て突き刺し、軌道を変更させていった。

 

「何もアンタ一人で倒す必要はないんだからね!」

 

 エトワールのうちの一機と切り結んでいた鈴が通信越しにそう口にするのを聞いて、はっと我に返る。

 そう、コイツの言う通りだ。これは試合ではないし、この間の戦いのように一騎打ちを強要されている訳でもない。

 

 なにも第四世代など、一人で倒すべき敵ではないのだ。

 

「ハッ、何人いようが同じことよ!」

 

 そんな私達のやりとりを茶番だとでも言わんばかりに、少女は吐き捨てる。

 そして彼女は続けて剣を持ったままの左腕を胸の前に伸ばすと、いくつかの槍が鈴とセシリアの付近に出現。二人めがけて何本もの棘が突撃を始める。

 

 本気で狙っていたわけではなく牽制のようであり、二機とも後方に向けたスラスターの急速噴射で難なく回避。だが、そのせいでエトワールへの反撃の隙を許してしまう。

 

 二人の対峙していた二機の無人機は、それぞれ右手に実体型の武器――セシリア側が大型のメイスで鈴側がランスだ――を、左手にビームの刃を展開した二刀流で迫る。

 これを相手にしながら、私のほうまで気にかけるのは不可能だろう。

 

 ラウラも二機のエトワールと対峙。アーリィ先生と鏡さんは固まって路上に陣取り、残り四機を一気に相手取っている。前に言った通り機体相性はいいため、全員苦戦はしてはいない。

 とはいえ、複数機と戦うというのは時間がかかる。しばらく援護は期待できまい。

 

 結果として、再び一対一になってしまった形となった。

 

「さぁて、もう一度行こうじゃないかしら!」

「クッ……!」

 

 向こうが瞬時加速で迫ってくるのを正面から見据えつつ迎撃の準備を整え、頭の中では対処法を必死で探し出そうとする。

 このまま近づかれてしまっては機体性能的にも厳しいだけでなく、向こうの都合が悪くなれば、再びあのどこからともなく飛んでくる槍が出てくるのは間違いない。

 

 そこをどうにかしない限り、私に勝ち目はないだろう。くそっ、どうすればいい……!

 

 考えている間にも、刻一刻と第四世代(ジャンヌ・ダルク)は迫りくる。流石最新鋭機とだけあって、加速性能は私の打鉄のそれとは大違いだ。もう目と鼻の先にまで……。

 

 あぁもう……考えても埒などあかない。!

 

 ならば敵より早くたたき込み、反撃される前に距離をとる一撃離脱。それしかあるまいと結論づけ、素早く二刀流スタイルのまま敵機へと斬りかかっていく。出し惜しみはなしだ、今度は最初から最強のスタイルで勝負に行ってやる!

 

「せいっ!」

 

 いの一番に繰り出した右の実体剣で、ジャンヌが振り下ろさんとする旗を受け止める。それらが一瞬の後に交差していくのを見届けると、すぐさま次の一手を打つ。左手に構えたビーム刃を突き刺すモーションへと移る。

 

 もちろん、相手とてそんな攻撃を野放しにするわけもない。すぐさま反撃の手段を講じてくる。

 だが……そうはいくかッ!

 

 気合を入れつつ銃のビーム刃を収納。そのまますぐにトリガーを引き、敵機の胴体にレーザーを撃ち込む。光の矢は僅か数十センチの空間を瞬時に飛んでいき、第四世代の胴体へと吸い込まれていった。

 

「こいつ……ッ!」

 

 食らった直後こそ呆然としたような表情を浮かべていた敵の少女だったが、すぐさまその顔を憤怒に歪ませ怨嗟の声を吐き出す。そしてその直後に反撃に移らんと、握りかけだった剣をしっかりと掴み始める。

 このままの距離を保っていたら、がら空きになった左側を攻撃されるのは目に見えている。

 

 当たり前だが、はいそうですかと食らってたまるものか。私は脚部装甲の前面に配置された大型のスラスターを展開し、それを急速噴射。素早くジャンヌから距離をとり、奴の旗と剣の攻撃範囲から逃れる。

 

 いくら第四世代とはいえ、結局は近接特化型。つまり、距離さえ開いてしまえばジャンヌ・ダルクの打てる攻撃は必然的に絞られてくる。

 第二世代のアサルトライフル(ガルム)も持ってはいるが、それでは防御に秀でた打鉄に与えるダメージなど微々たるものだ。

 つまり、奴が取ってくる手は間違いなく……。

 

「逃げたところで!」

 

 まだ怒りを引きずった声で吐き捨てると、再び打鉄に警告反応。

 見れば背面の数か所から同時に黒い剣が展開され、それらは私めがけて一気に迫りくる。幅を持たせて放射状に広がっており、かなり広い部分をカバーして放たれているので回避は困難――否、不可能だ。

 

 チッ、ここは仕方ない! 

 胸中でそう吐き捨てると、すぐに全身のスラスターを操って方向転換。百八十度身体を回転させて剣と向き合うと、右肩のシールドを素早く前面に展開する。

 

 直後、金属音が断続的に響き、思わず肝が冷えていくのが否が応でも分かる。横目でモニターのシールドエネルギー残量を現すバーを見てみると微減しているのが確認できた。

 

 もし判断ないし、展開があと数秒遅れていたとしたら……。そんな事を無意識についつい考えてしまいつつ、ジグザグに移動しながらシールドのジョイントを切除。凸凹に歪んだ鉄塊は観光地の車道に落着し、大きな穴を穿つ。

 シールドが落ちた際の音を私の耳が捉えた、ちょうどその時だった。

 

 かなり離れた位置で二つの火球が確認され、薄暗い曇天のパリの街をそこだけ光が彩った。

 

 振り向かずにその場所の反応をレーダーで確認してみると、一番離れた位置に固まっていた四機のエトワール――鏡さんとアーリィ先生の受け持ちだ――が二機に減っていた。嘘のように、あっさりと。だから。

 

「何があった?」

 

 と、気づいた時には通信越しに尋ねる言葉が、口をついて出てきてしまっていた。

 

「なんかさっきまでと違って……」

「槍の妨害が来なかったのサね。だからやれたのサ」

 

 鏡さんの言葉に続ける形でアーリィ先生が一気にまくしたてると、通信は切れる。

 妨害というのは間違いなく、ジャンヌ・ダルクが放っているそれだろう。流石に無人機にまで備わっているとは思えない。

 現に奴はセシリアと鈴相手にも同様の手を使い、エトワールの援護に回っていたのだから。

 そこからわかること……それは、二つ。

 

 ひとつは奴――いや、第四世代といえど、複数機を相手取るのは厳しいという事。わざわざ無人機を出してきたことからも、それは既に分かっていたことともいえるが。

 そしてもう一つ。奴の槍や剣を使った神出鬼没の戦法。その射程範囲は想定していたよりも遥かに長いという事。

 割と私に近い位置で戦っていたセシリアと鈴はともかく、あれだけ離れていたあの二人の戦場にまで届くとは……これは思った以上に厄介だな……。

 

 そう思いながら地面スレスレを絶え間なく移動し、空中に陣取っている奴を睨み据える。そして時折横目に、鈴たちの戦いを観察する。

 奴にダメージを与えるにせよ、無人機を撃破して一気に攻め込むにせよ、どのみちネックとなるのがあの剣と槍。

 となるともう、同時攻撃を仕掛けるしかあるまい。こちらの攻撃のうち、どちらかを無理やり通すのだ。

 

 かなり強引かつ、危険極まりない作戦ではあるが、今はもうそれしかなかった。たとえこんなのでも、座して死を待つよりかは幾らかはマシだ。

 こっちが倒れる前に、どうにかして状況を好転させなければと思っていた、その時。

 

「えっ?」

 

 唐突にジャンヌの背後のビルの壁がひび割れたかと思うと、次の瞬間にはガラガラと音を立てて崩れ去ったのだ。

 その中からはオレンジ色のISが凄まじいスピードで飛び出し、疾風のごとき速さで少女へと迫っていく。ビル内からIS反応などなかったのに、何故なんだ……?

 

 私のみならず、敵にとってもあまりにも想定外の出来事だったのだろう。オレンジ色に対する迎撃は一切なかった。なすがままに接近を許してしまい、そして――胴体に、パイルバンカーの一撃が直撃した。

 

「クソッ……なんであんたが、ここにいる……!」

 

 ジャンヌの操縦者の、呆然とも怒りともつかない声。それは私の感想の代弁でもあった。なにせそこには、三日前の昼に私たちの決闘に割り込んだ少女の姿があったのだから。

 あの日の夜に意味深な言葉を発し、今現在戦っているISの操縦者と同じ顔をしたその少女の名は、イザベル・デュノア。

 彼女はすぐさま次の一撃を加えようとしたが、シールドへと旗による斬撃が直撃、失敗してしまう。

 

「ハッ、答える気はないっての!? ならいいわ、その記憶の残滓ごと消してやる!」

 

 忌々し気に口にすると、敵機の特殊兵装が起動。いくつもの光がオレンジ色のラファールの上に迸り、剣と槍が一気に降り注ぐ。それらの直撃をまともに受けて無事でいられるはずもなく、瞬く間にラファールは満身創痍にまで追い込まれてしまう。

 

「これで終わりよッ!」

 

 そこに叩き込まれたのはジャンヌ・ダルクの旗による、全力の一撃。それは消えかかっていたラファールへと猛烈な勢いで繰り出され、直撃。下から掬いあげられるように放たれたその攻撃によって、イザベルは斜め上へと飛ばされ、みるみるうちに離れていく。そして、ある背の高いビルのガラス面に直撃し、その姿は見えなくなった。

 

「はぁ……クソ、なんで今あいつがここに……ッ!」

 

 振り向きざまに放った少女のその言葉は途中で打ち切られたが、それも無理のないことだろう。

 なにせ今、私は奴のすぐ近くにまで接近している真っ最中なのだから。

 そして同時に、背後からはいくつもの爆発音が前後して響く。エトワールを護っていた槍も剣も、全部イザベルを倒すのに出払っていたのだ。

 イザベルの安否は気になるとはいえ、隙だらけの空前のチャンス。

 それを見逃すほど、私も仲間たちも甘くない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ここに来て、近接ブレードによる斬撃がジャンヌ・ダルクに届く。

 上から全精力を込めて叩き込んだそれを受け、第四世代は先ほどのイザベルとは正反対に、地面へと墜落。数回にわたって身体を強かに打ち付けられ、ようやく道路のど真ん中で停止した。

 

「どうだっ!?」

 

 見下ろしながら、心の底からの叫びを吐き出す。

 戦闘開始からかなりの時間を経て、ようやく戦況はこちらに傾きつつあった……。



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再誕する疾風

 それは、完全なる偶然であった。

 

 「彼」がパリに侵入しシャンゼリゼ通りの付近に存在する、背の高いビルに潜んでいたのも。

 

 「彼女」が第四世代に挑んだ末、そのビルに叩きつけられる軌道を描いたのも。

 

 --そして二人がちょうど、同じ階に向かっていたことも。

 

 「彼」がその階に辿り着いたとき。まだ「彼女」が飛んできているのに気づいていなかった。

 したがって「彼」がそのフロアに脚を踏み入れた途端、突然窓を割って誰かが入ってきた時には心底驚いていた。

 

 想定外の事態に混乱しつつも慌てて駆け寄った「彼」は、身に纏っていたオレンジ色の装甲が消える寸前の「彼女」を危なげなくキャッチした――その直後。

 「彼」は驚愕に目を見開くと、たった今抱きかかえたばかりの「彼女」を見やる。華奢な体つきの、中性的な顔つきの少女。それは紛れもなく、かつての仲間と同じ容姿をしていた。

 

「お前、もしかして、シャ……」

「イザベル。()()そういう名前なんだ」

 

 「彼」が本当の名を言いかけたとき。少女――イザベルはその言葉を遮って、仮初の名を口にした。

 そう離れてもいないところでは、いまだ戦闘は続いている。お互いに沈黙を保っていたためもあってか、その音は離れた位置に立つビルの中まで届いていた。

 

「そういえば、だけどさ……。そっちは、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 しばしの沈黙を破ったのは、イザベルのほうであった。儚げに微笑みつつ、彼女はすぐ隣にいた「彼」に尋ねる。

 質問の内容は普通に考えればおかしなものであったが、この二人の間では何ら自然なものであったらしい。ほんの数秒の感覚を開けてから、その問いに「彼」は答えた。

 

「もうあの日から、だいたい四年になる」

「やっぱり……そうだったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 イザベルのその言葉に「彼」は一瞬だけハッとした表情を浮かべたものの、すぐさま平静を装う。そんな「彼」のありようを見て、イザベルは再びその顔に微笑を浮かべた。

 

「変わってないんだね。そうやって……すぐ顔に出るところ」

「……悪いかよ?」

「いや、悪くない……。君のそういうところも、僕はす……」

 

 言いかけて、途中で言葉を止める。

 一方の「彼」の方は、突然黙り始めたという事態に対して首を傾げていた。そんな「彼」の様子を見てイザベルは苦笑すると。

 

「本当に、そういうところまで変わってないんだ……」

 

 と、外の戦闘の音にかき消されるほどの声量で呟いた。

 イザベルがまだ別の名を名乗っていた頃――初めて「彼」と出会った時からあの日までの、九か月と少し。そんな「彼」のある一点のみにおける「察しの悪さ」に、「彼女」は何度も何度もどうしようもない怒りを覚えたものだった。

 いや、「彼女」だけではない。他の何人もの少女たちがそうだった。

 

 その中には、あの――。

 

「……ごめん。僕、もう行くよ」

 

 昔へ昔へと行こうとする思考を打ち切って「彼女」――イザベルは「彼」に背中を向けると、できる限り明るい声を発した。これ以上「彼」と一緒にいたら、未練が残ってしまうかもしれない。それを恐れての行動だった。

 

 イザベルは「彼」から十分に距離をとると、自らの意識の底からある記憶を引っ張り出していく。こうする事で記憶の残滓は彼女の魂と結びついていき、橙色の装甲が徐々にうっすらと展開されていく。

 そして、最終的にはかつての彼女の専用機である、ラファール・リヴァイヴの改造機を形作っていく――かに見えた。

 

「えっ……?」

 

 しかし、展開の最終段階になって。イザベルの纏おうとしていたISは再び半透明に逆戻りしていき、どんどんと端から装甲は粒子となって溶けていく。

 

 そして最終的には霧散してしまい、生身の小娘一人だけがポツン、と立っている状況になってしまった。元々ISそのものを持たずして、無理やり戦うためにイザベル自身が編み出した戦法だ。そう連発できるものでもないし、不安定なのは分かり切っていた。

 

(とはいえ、もう少し持ってくれてもいいじゃないか……!)

 

 自分と同じ顔をした敵との戦いに再び加勢できないし、そして何よりかつての仲間の窮地を指をくわえてみているだけしかできない。その事実は、イザベルの瞳から悔し涙を流させるには十分なものであった。

 

 涙の線が頬を濡らしていく、その時。背後から声がした。

 

 「少女」にとって最も愛しい存在――「彼」の。

 

「……()()()

 

 かつて、まだ今の名前(イザベル)を名乗る以前の「少女」の真名をもじった、二人だけのあだ名。それを聞いてすぐさま振り返った彼女の目には、再び大粒の涙がにじんでいた。

 いっぽう「彼」は腰に下げていた袋から一つのアクセサリーを取り出し、すぐ前にいる仲間へと投げ渡す。

 

「これって……もしかして」

 

 危なげなく「彼」からの贈り物をキャッチした「少女」は、驚きとともに掌の物を見やる。それは橙色のペンダントであり、かつての彼女が肌身離さず着けていたものであった。

 

「お守りとして持って来ていたんだけど……まさか、こんな形で役に立つなんてな」

「ありがとう……これでまた、戦えるよ」

 

 「少女」は涙を拭いながら言うと、どこか照れくさそうに笑う「彼」を見やる。そんな姿を見ていると、心の奥底が温かくなっていくのを彼女自身、強く自覚していった。

 

「ほんと、こういうのってズルいよね……」

「なにがズルいって?」

 

 「少女」のかすれるような声での呟きはさっきとは違い、今度は「彼」の耳にも届いていた。すぐさまさっきまでのシリアスな顔からきょとんとした顔に変わった「彼」から質問を受けてしまう。

 

 どうして今回は聞こえたんだか……。

 

 そう「少女」が悩んだのは、ほんの一瞬だけであった。

 

(きっともう、逃げるなってことなのかな)

 

 思えばずっと逃げてきたと、「少女」は自分自身を分析する。

 

 いつも「彼」が自分の大事な言葉を聞き逃したり誤解したときは強く出て訂正しようともしなかったし、他にも「彼」を好いているライバルに無意識に遠慮していたところがあったのも否めない。

 

 遠慮に関していえば、今現在もひょっとしたらしているのかもしれないと「少女」は思う。なにせ同じ曇天の空の下で戦っている黒髪の少女が「彼」の一番好きな相手だというのを知っているのだから。

 

 だけどもう、逃げない。

 

 そう決めた「少女」は、口を開く。

 

「もう行かなきゃだけど、さ……。その前に一つだけ、聞いてほしいことがあるんだ」

 

 前置きだけ言ってから「彼」が振り向くまでの間に深呼吸し、覚悟を今一度決める。もはや少女に退路はなかった。

 

「――僕……()()()()()()()()()()()は、君の事が異性として好きなんだ。愛している」

 

 四年越しに少女――シャルロット・デュノアは、一世一代の賭けに出る。震える声で自らの想いを口にしたのだ。

 誤解という逃げ道を若干回りくどい言い回しで。難聴という逃げ道を大声でそれぞれ塞ぎ、魂を込めて吐き出された告白である。

 

 それを聞いた「彼」はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「…………ごめん、シャル。その気持ちには答えられない」

 

 恐る恐ると言ったかたちで「彼」は、シャルロットの言葉に拒絶の意を示した。どうにも優しすぎるところのある「彼」だけに、その声音はひどく申し訳なさそうなものであった。

 

「そっか……うん、分かってたんだけどね。だって、本当は箒の事が一番好きだったんでしょ? 昔から」

「……ごめん」

「謝ることじゃないってば」

 

 苦笑しながらシャルロットはそう口にすると、再び「彼」から背を向ける。今だけはもう、その顔を見ていたくはなかった。

 

「じゃあ、今度こそ僕は行くよ」

 

 シャルロットはそう口にすると、静かにペンダントに意識を集中させていく。四年のブランクがあるとはいえ、彼女専用にフィッティングされた機体である。すぐさま馴染みのあり、そして懐かしさもある展開光が辺りを包み込んでいった。

 そしてほんの数秒をかけ、ビル内に一体の、橙色のISが姿を現してた。

 

「さよなら、一夏」

 

 脚部装甲によって目線の位置が高くなったシャルロットは「彼」を見下ろすようにそう言うと割れた窓を通り、来た道を引き返していった――その瞳に、涙を浮かべながら。

 

 少女――シャルロット・デュノアは、蘇った疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)とともに、戦線へと復帰していった……。 

 

 

「クソが……!」

 

 異常なまでの速さで剣を抜いた第四世代(ジャンヌ)のパイロットは怒りに目を剝くと、鋼鉄の脚で大地を蹴る。コンクリートを得あるほどの勢いで黒いISが宙へと身を乗り出し、続けて瞬時加速で前方にいる私の方へと迫りくる。流石最新鋭機だとでも言おうか、その速度は打鉄のそれとは比較にならない。

 

 これは回避は困難だな……まぁ、もとより避ける気もないが。

 

 そう思いながら剣を握り直し、敵機の襲来を待っていた――だが。奴の前進は、斜め上から飛来した数条のレーザーによって形成された通行止めに阻まれてしまう。ビットを自機周囲に展開したセシリアによる偏向射撃(フレキシブル)が数度迂回し、その方向からジャンヌを襲ったのである。

 

「お生憎様! わたくしもおりましてよ!」

 

 叫び声とともに、続けざまにスターライトによる狙撃と腰の実弾型ビットが放たれる。対してジャンヌ、武装をアサルトライフル「ガルム」に切り替えて応戦。回避行動をとりつつ弾丸をばら撒き、大きなダメージ源になりうるミサイルを続けざまに爆破する。しかし。

 

「かかりましたわね!」

 

 セシリアの勝ち誇った声とともにジャンヌの右側にスターライトのレーザーが突き刺さり、奴にダメージが入る。ミサイルの爆発に遮られ、見えなくなった場所を通る形による奇襲だ。

 

「このッ!」

 

 近くに私がいることを警戒してか、ジャンヌは苛立ち混じりに吐き捨てた言葉とともに後退。続けてガルムを左手に持ち変え、右手に旗を再展開。それと並行して、例の攻撃を仕掛けてきた。

 今度の狙いは当然、セシリア。ブルー・ティアーズの上斜め後ろに十本くらいの槍が出現すると、すぐさまそれらは落下していく。まともに喰らえば大ダメージは間違いない。

 だが、私たちがそんな事を許すものか!

 

「鈴!」

「分かってる!」

 

 私への言っている最中に、鈴は連結状態のままだった双天牙月を勢いよく投擲。ブーメランめいて回転するそれはセシリアのすぐ上を通過していき、今まさに振り下ろされんとしていた黒槍の凶刃を一網打尽にした。その光景を前に、目に見えて狼狽えるジャンヌ。

 

「おまけぇ!」

 

 そんな敵に対し、鈴は非固定部位の衝撃砲で追撃をかける。空気を圧縮した不可視の弾丸は流石に対処困難だ、いける!

 ――と、思われたが。

 

「こんなものッ!」

 ジャンヌは咆えるとともにその場で旗を横に一閃。刹那、空気の弾丸が霧散し、消失していく。

 

 思えば衝撃砲はゼフィルスも知っている武器だった、原理はヤツも先刻承知の上なんだろう。とはいえやつとは違い、ジャンヌを駆る少女は見事に対処して見せていたのだが。

 

「やはり第四世代のパイロットだけあって、只者ではないという事か」

「そりゃあそうよ、どっかのヘボパイロットとは違ってねェ!」

「それは私の事を言っているのか!?」

 

 ジャンヌのガルムによる攻撃を回避して、言葉を返す。どうやらまだ、私が第四世代のパイロットだったなどという妄言を吐くつもりなようだ。随分としつこい性格をしているな……!

 

「他に誰がいるっての!? 姉に泣きついて、世界最強の機体を手に入れた癖に!」

「……ッ! 誰が、そんなプライドのないこと……するものか!」

 

 完全に奴の作り話。

 その、はずなのに。

 背中にはいつも謎に触れたときのような、得体のしれない怖気が走り、足が竦みそうになる。今にも恐怖で心が満たされ、戦意を喪失してしまいそうになってしまう。

 私はそれを必死に否定しようと大声で反論を叫び、瞬時加速で奴の懐へと潜り込まんとする。相手は手負いだ、これからどんな形でこちらの心理に対して攻撃してくるか分かったものではない。一刻も早く、倒さねば……!

 

「したじゃないの! え?」

 

 突撃を開始した瞬間、奴は再び口を開くと何かを紡ぎだす。それと同時に汗が滝のように噴き出し、悪寒はさらに加速していく。

 この先を耳にするのは、絶対に阻止しなければ――!

 

()椿()()()()()()()()()()()()()()!?」

「あか、つばき……!?」

 

 至近距離で放たれ、私の耳朶を打ったその単語。それを聞いた途端に全身により一層の悪寒が走っていく。息は荒くなってどんどんと力が抜け、姿勢を保っているのがやっとの状態にまで追い込まれる。

 くそ、こんな状況なんて……!

 

「アッハハッ。隙だらけねェ!」

 

 残忍な笑いとともに、直上に数十本の槍と剣が出現。こんなもの全部喰らってしまえば、当然シールドエネルギーなんて尽きる。

 何とかしなければ。そう思いながら必死にビームライフルを向けるも、震える手で照準は定まらない。数発がラッキーパンチのごとくヒットし、ほんのわずかな数が軌道を逸れたに留まった。これで終わり、なのか……!?

 

「させないのサ!」

 

 そこにアーリィ先生による、風の衝撃波での援護が入っていく。それらは槍を連鎖式に干渉させて軌道をそらし、間一髪助かった形となる。

 こんな千載一遇のチャンス、逃すほうがどうかしている。おぼろげな意識へと強引に喝を入れ、私は奴から距離を取り鈴とラウラが陣取る位置にまで後退する。

 

「逃がすか!」

 

 ジャンヌはそれに対して近接戦を試みたものの、すぐ前を数条のビームが通過し、ほんの数瞬だけ追撃の手が緩む。セシリアと同じく後衛に陣取っていた鏡さんによる援護射撃だ。これによってできた隙を利用し距離をとりつつ、鏡さん、セシリアとともにビームをけん制がてらに放っていく。

 

 数発は命中するも、向こうが放ってきたガルムによってダメージが入ってしまった――とはいえ、威力はこちらの方が圧倒的に上なのだが。

 

「離れたところでッ!」

 

 怒りの叫びとともに再び、例の攻撃が入っていく――だが。

 

「何度も同じ手を!」

 

 ラウラ、怒り混じりの声と同時に瞬時加速。こちらの直上に現れた「落下する得物」と目線が合う位置にまで移動すると、右腕を勢いよく前へと突き出していく。刹那、それらは空中で微細に揺れつつも停止し、落下は中断される。停止結界(AIC)によるものだ。

 

 その間に、こっちは安全圏まで避難、みんなは風の分身やビームによってひとつひとつ撃ち落としていく。その隙に必死で調子をもとに戻そうと深呼吸をしたりして、なんとか戦えるレベルにまで心身を回復させていった。

 

「そろそろタネ切れが近くなってきたんじゃないのかナ?」

「タネ切れ? それって、どういう……」

 

 隣で敵を煽るアーリィ先生。その言葉の意味が理解できなかったのか、鈴が疑問を通信に乗せて口にしていた。

 

「なぁに、簡単な話サね。奴のあの攻撃は、自機の量子展開可能範囲が長い事を利用したばら撒きってだけなのサ。つまり……」

「量子格納されている分を使い切れば、あの攻撃は使えなくなる」

 

 ラウラが言葉を引き継ぎつつ、大型レールガンを発射。しかしそれは回避されてしまい、ちょうど後ろのビルの壁に着弾。壁面は音を立てて崩れていく。

 

「そういう事サね」

 

 半壊したビルの上に着地しつつ、露骨に顔を歪めるジャンヌ。どうやら図星のようで、苛立った顔はかなり離れた位置にいてもはっきりと分かるほどだ。

 ラウラが撃墜してから例の攻撃が飛んできてはいないという事実も、その推論を裏付ける証拠となっていた。

 

「……ぅ」

「なに?」

 

 俯いた奴が何かを呟いた。次の瞬間。

 

「私は、お前やあいつのような、負け犬とは違う!」

 

 天を裂かんとする勢いで怒りの咆哮を発した敵は旗のビームを槍の穂先のように形成すると、瞬時加速で迫りくる。

 頭に血が上り切っているのか、それとももはや打つ手はないのか。その攻撃は酷く単調で、それでいてどこか惨めさを感じさせるものだった。

 

「待つのサね!」

 

 アーリィ先生の制止が飛んできたが、既に機体は応戦のために瞬時加速のモーションに入っていた。数瞬のうちに互いの距離は目と鼻の先になり、その刹那――。

 

「ハッ、かかったなバカ女!」

 

 悪辣な笑みを浮かべた敵はそう吐き捨てると、再びあの攻撃が襲来する。今回のは巧妙に展開位置が調整されており、斜め上の位置に展開されたそれらは後ろからだと、非固定部位や打鉄本体が邪魔で援護が難しい状態になっていた。フレキシブルならあるいは可能かもしれないが、そんな猶予は残されてはいない。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 奴の旗による攻撃と、飛来する剣と槍。それらを同時に着弾させられ、恐怖と痛みで絶叫を挙げながら落下していく。抵抗もできない状態のまま数度路面に叩きつけられた後に滑っていき、仲間たちと大幅に離れてしまった位置でようやく停止する。

 

「……くそっ!」

 

 ブラフを見抜けかった自身の判断ミスと、敵の非道な戦術に対して悪態をつきつつ、急いで立ち上がって状況を確認していく。

 シールドエネルギー残りわずか。

 叩きつけられた際に取りこぼしたため、ビームライフルは数十メートル先に忘れ物。

 そしてメイン武装の刀は落下時の衝撃で刀身半ばで折れている。

 おおよそ考える限り、私のIS乗りとして戦った経験中ワーストワンは堅いという、ひどいコンディション。

 ――だが、まだ闘志だけは残っている!

 こんなところで負けるなど、真っ平御免だ!

 

「う、お……おぉぉぉぉぉぉ!」

 

 叫びながら立ち上がる。敵はすぐそこまで来ていた、早く姿勢だけでも元に戻さなければ今度こそ――ほんとうに、危ない。

 

「ハッ、無駄よ無駄! 所詮第二世代なんてこんなモンよ!」

 

 嘲り笑いを発しつつ第四世代(ジャンヌ・ダルク)は旗を格納すると腰の鞘から剣を引き抜き、こちらに向けてくる。何故かその光景は、私には異常なまでに遅く感じられた。

 まるでコマ送りで、再生でもしているかのように。

 そんな光景を見ている中、必死で考えていく。何かできることは、ここから逆転する手はないのか、と。

 何かあるはずだ、きっと何かが……。

 

『自分の中の自分を信じて』

 

 そんな時思い出されたのは、三日前の夜。敵と同じ顔をした少女――イザベルの発した言葉。

 意味はよく分からないため、ずっと心の片隅でしこりとして残っていた言葉だが、その彼女の言う「自分の中の自分」とは、もしかして。

 

()椿()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

 奴の言葉の通り、第四世代に乗っていたという私、なのかもしれない。だが、信じろとはどういう事なのか。

 そこだけは皆目見当はつかない。第一信用した程度でどうにかなるものでも……。

 

「これで終わりよッ!」

 

 敵の言葉に我に返ると、奴は剣を大きく振りかぶっていた。

 

 その

 光景は

 まるで

 あの夢の

 ワンシーンの

 ようで……。

 

「紅椿!」

 

 気づけば私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刹那強烈なまでの赤い光が周囲を覆いつくし、そして――。

 

 気がつけば、私の身体には見たこともない、それでいて懐かしい赤い装甲が、装着されていたのであった……。



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紅椿

 巨大な非固定部位のバインダー。

 両手に握られるは、近接ブレードが二振り。

 そして――四肢を覆いつくす、真紅色の装甲をした巨大な鉄塊。

 

 現在進行形で身に纏い、ハイパーセンサー越しに映る専用機のその姿こそ。

 

 ずっと心のしこりとなっていた、懐かしい機体。

 紅椿(あかつばき)に、他ならなかった。

 

「バカな、記憶のないはずのお前が……ネクロ=スフィア展開だと!?」

 

 酷く動揺し、旗を構えてすらしないシャルロットから零れ出た言葉。

 まだ確定はできないが、確信はある。

 それこそあの書類にあった「スフィア」という言葉の、正体で。

 

 そして――私は昔から、その言葉を知っている!

 

 だが、今は――今だけはッ!

 

「はあああっ!」

 

 狼狽するシャルロットへと、全力で接敵。

 鉄脚で地面を蹴り、可動式のスラスターを一方に揃えて全力噴射。

 

 何分何秒、この状態を維持できるか分かったものではなく、シャルロットがいつ動揺から戻ってしまうか分からない以上、取れる戦法などひとつだけ。

 

 そう、短期決戦の一手だけ!

 

「こ、のっ!」

 

 打鉄のものとは比べものにならない加速性能により、一気に距離が詰められると。

 二本の刀と旗が、真正面からぶつかり合う。

 

 ここに初めて、第四世代同士の本格的な戦闘が幕を開けた。

 

「やはり、違う……!」

 

 零れた愛機への感想は、激突する金属音にかき消えていく。

 

「これなら……いける!」

「ちょっと新しい玩具を――いいえ!」

 

 舌打ち交じりに吐き捨てると、シャルロットは。

 

「玩具を取り戻したからって!」

 

 わざと吹き飛ばされつつ、脚部スラスターを点火。同時に展開装甲を操作することで、非固定部位を大型スラスターへと変貌させていく。

 そうして高機動形態となり、瞬時加速で距離を取りながら。

 旗を高く、掲げて。

 

「こいつらと遊んでなさい!」

 

 奴のやや前方。

 その左右に一体ずつゴーレムが量子展開され、砲口をこっちに向けながら直進し始める。

 

「無人機……まだ隠し持っていたか!」

 

 舌打ちし、刀を構えてこっちも突撃。

 まず先行していた一機が繰り出すビームを屈んで回避。続けざまに懐にもぐりこむと、右の刀で両断し撃破する。

 

「次っ!」

 

 紅椿を手にした今、そして()()()()()()()()とも戦った事もある今。

 こんなものは時間稼ぎにもなりはしない。

 

 空いていた左の刀を虚空に振って斬撃を飛ばし、今まさに私を狙っていた二機目を縦に斬り伏せる。

 

「あは、これで十分よ!」

 

 そんな私の姿を一瞥したシャルロットはそう口にすると、近くのビル。その側壁を鉄拳で粉砕。

 

 中から現れたのは――コンテナ?

 

「補給完了ってね!」

 

 鉄の空箱をこちらに蹴り飛ばし、瞬時加速で高く跳躍。

 そんなものに当たるわけが――いや、補給したと言っている以上、ここはッ!

 

「賢いわねえ」

「……ッ!」

「けど、ばぁっか!」

 

 避けた位置に槍飛ばしをしてくる読みで、回避せずにいたが――それが拙かった。

 奴は箱のすぐ真後ろに槍を展開し、死角から串刺しにせんと放ってきた!

 

 だが、それでも!

 

「はぁっ!」

 

 ギリギリでジャンプし回避した際、見えた光景はシャルロットがビル屋上のコンテナを用いて補給する姿。

 おそらくこの一帯のあちこちに、似たような補給システムをあらかじめ仕込んでいたのだろう。

 

「このままでは埒が……!」

 

 ネクロ=スフィア展開には時間制限があるという事実。

 それが私に焦りを生んでいく。

 

 瞬時加速を用い、次なる補給ポイントに向かう前のシャルロットへと一撃必殺を加えんと迫る――が。

 

「急いてはことを何とやらって……ねぇっ!」

 

 ジャンヌの指を器用に鳴らした、次の瞬間。

 私の周囲に大量の槍と剣が一気に出現。

 逃げ場はないとばかりのオールレンジ攻撃で迫ってくる。

 だが――紅椿を!

 

無礼(ナメ)るなっ!」

 

 瞬時加速と同時に剣を薙ぎ、前方から迫る凶刃を斬り払い、撃ち落とす。

 打鉄とは違うのだ、これくらいっ!

 

「あははっ、そうくる!?」

 

 しかし、奴は言葉とは裏腹に――私の行動を読んでいた。

 

 こちらが剣と槍に気をまわしている間に瞬時加速で急速接近。

 左手の剣を捨て両手でしっかり旗を掴むと、大ダメージ必至の突きを放ってきた。

 

「しま……!」

 

 喰らったら確実にやばい、そう思わせる程の攻撃が迫る中。

 急激に私の視界はスローモーションになっていく。

 躱す?

 しかしそうすれば、奴は全周囲に剣を展開して――だが……!

 

「……どうすれば!?」

「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇッッッ!」

「させない!」

 

 トドメと言わんばかりに、奴が旗を振り上げた――刹那、突如として銃弾が旗を持つ手に殺到。

 ダメージと衝撃により、シャルロットは攻撃を中断せざるを得なくなってしまった。

 何が起きたのかは分からんが――とにかく!

 

「今だッ!」

 

 怯んでいるジャンヌに対し蹴りを叩き込むと、そのまま仕切り直すべく、後方へと瞬時加速を用い後退。

 

 再び互いの距離が開くと、乱入者はちょうど私達の中間地点へと舞い降りていく。

 

「ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡだと、何故……!?」

「イザベル!?」

 

 ほぼ同時に叫んだ通り、現れたのはオレンジ色のラファールを身に纏うイザベル。

 装甲にはへこみひとつなく、ジャンヌに負わされた傷も見当たらない。まるで新品のようだ。

 

「どういう、ことだ……!?」

「止めに来たよ。僕であって僕でない者……いや」 

 

 イザベルはそこまで言うと、手に近接ナイフを展開すると。

 

「偽骸虚兵」

 

 はじめて聞いたはずなのに――既にもう、何度も聞いていて。

 そして、忌々しいとさえ思えるその単語をイザベルが口にしたのと同時。

 眼前の敵機へと切っ先を向けた時だった。

 

「……お前、どうして」

 

 ブツブツと小さな声で、シャルロットが呟いている声を紅椿が拾い上げた――直後。 

 

「どうして、そいつを!」

 

 狂ったような叫び声をあげると、奴は私を無視してラファールへと、物凄いスピードで突撃を開始した。

 

 両手にライフルを展開し、ひたすら撃ちまくって。

 無造作に槍や剣を展開し、苛烈な遠隔攻撃を加えながら。

 

「お前、なんで! なんでいつもそうなんだ!?」

 

 ジャンヌは撃ち尽くしたライフルを乱雑に捨て、両手で旗を構えると振り下ろして攻撃。

 一方のラファール側も飛んでくる刃も銃弾も全て回避し、第四世代へと切り結んでいく。

 

「なんでって……箒は、僕の友――!?」

「まだそんなこと、言ってるのか!?」

 

 シャルロットは咆哮と同時にラファールへと旗を押し付けていくと、さらに怒り混じりの声で続ける。

 

「そんな理由で、勝てもしない第四世代と戦うのか!? 見捨てれば――見捨てるべきだろう!?」

「……どうして、そんな悲しいことを……?」

「それは、それはお前がァッ!」 

 

 怒りのボルテージが上がるにつれ、叫びは大きくなると。

 

「他人ばかり構って、自分を幸せにしないからだろうがッ!」

 

 同時に旗に力が込められていき、イザベルの胴へと思いっきり直撃。

 

「そんな記憶ばかり、私に押し付けて――()()()()()()()!」

 

 トドメと言わんばかりに旗の先端からビームを放ち、止めを刺さんと行動する。

 

「させるか!」

 

 ここでようやく、私も動いた。

 シャルロットの方へと迫り、剣を振るうが――。

 

「邪魔だッ!」

 

 視線すら合わせずにシャルロットは短く吼えると、旗から片手を離しライフルの引き金を引く。

 直線的な動きをしていた私は狙いやすかったんだろう。ビームはあっさり、吸い込まれるようにして命中してしまう。

 

「クッ……!」

 

 左側の非固定部位にあるスラスターに着弾し、片翼がもがれたも同然の状態。

 同時に警告音と赤い文字のウィンドウが出現してしまって、その場で一旦止まらざるを得なくなってしまう。

 

「こいつと遊んでろ! 私はやる事がある!!」

 

 叫びと共に展開してきたのは一機のゴーレム。

 まだ本調子ではない私に向けて、腕部の砲口からは光の奔流が迸っていき――。

 

「ちっ……!」

 

 無理は承知のうえで、その場から離れようとした瞬間。今度は右のスラスターに鈍い衝撃が走ると、煙を吹いて故障していく。

 

 見れば槍が突き刺さっていて――何が起きたのかなど、一目瞭然だった。

 これで両翼がもがれたも同然で、戦闘不能と大して違いはなくなってしまう。

 

「くそ、このままでは……!」

 

 呻いた、刹那。

 

「――何!?」

 

 警告音が突如として鳴り響いたと思うと、一条の粒子ビームがゴーレムへと飛来。

 機械人形を大破させ、さらに敵のいた場所のコンクリートすらも穿つ。

 

 新たな乱入者に私も奴も――いや、この場にいるイザベルを除く全員が唖然とする中。

 

 そいつは上空から瞬時加速で、私の元へと舞い降りていった。

 

「……お前は!?」

 

 最初に、硬直が解けて口にしたのは私だった。

 なにせそいつは、あの温泉宿での戦いで。

 光の速さで無人機を討った――雄々しくも美しい翼を持つ、白いISだったのだから。

 

「すまない、遅くなった……」

「いち、か……」

 

 初めて奴が、私に声をかけてきた瞬間。

 戦いのさなかであるにも拘らず懐かしさと、何とも言えない感情が胸を締め付けて堪らなくなって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最悪……最悪最悪最悪! まさかあんたまで……!」

 

 だが、シャルロットは。

 歯を強く噛みしめ、怨嗟の籠った声でそう口にしたかと思うと。 

 

 みるみるうちに顔色が悪くなっていき、そのまま右手で頭を抱えだす。

 

「うぐぅ、来るな……記憶が、やめろ、頭が割れる!」

「ごめん……けど、これで終わらせる」

 

 記憶の混濁でも起きているのか。

 頭痛に喘ぐシャルロットへと、男は。

 手にした剣から光の刃を伸ばし、第四世代の真上へと振り上げた――瞬間。

 

「僕を守るって言ったよね……?」

 

 まるで御伽噺の姫のように弱々しく、甘えるような声で。

 シャルロットはそんな世迷いごとを吐き捨てていく。

 

 刹那――男の剣が止まった。

 

「なのに、僕を殺すの……?」

 

 剣を止め、攻撃をやめてしまうが――無理もない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私は、何を思っている……?」

「なぁんちゃって、ねっっっ!」

 

 急激に、元の悪辣に歪めあげた顔に戻ったかと思うと。

 シャルロットは旗を振り上げ、今まさに攻撃態勢を取ろうとしていた少年へと一撃を叩き込む。

 

「くっ!」

 

 反撃に、少年がとれる対策はなかった。

 突かれた衝撃で吹き飛ばされ、おまけに追撃として刃の雨が降り注いだことで、一気にシールドエネルギーが減衰していく。

 

 剣の先端から光の刃は切れていき、ただの鉄の剣へと逆戻りしていったが。

 

「まぁだっ!」

 

 あいつに対するシャルロットの怒りは、この程度ではおさまらなかったのか。

 吹き飛ばされていく先へと展開したのは。

 

 なんと。

 

「タンク、ローリー……!?」

 

 茫然とする鏡さんの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間。

 奴は槍と爆弾を続けざまに上空へと展開。

 刃がタンクを穿ち、続けざまに火薬が内部で炸裂。

 

「一夏ぁぁぁっ!」

 

 辺り一面が大爆発の炎で照らされる中。

 私は男の名を、今度は大音響で鳴らしてしまった。

 

「なぁにが守るよ。私以下の実力だった癖に」

 

 まだシールドが尽きていなかったものの、身動きがとれない一夏を見ながら。

 シャルロットは吐き捨てつつ、腰から剣を抜刀。

 鈍く光を反射する刃をペロリと舐め、それから劫火の方へと歩を進めていく。

 

「お友達ごっこも、ラブコメごっこもウンザリなのよ、私は」

 

 邪魔はするなとばかりに数機、無人機をセシリア達の方へと展開しながら、そう口にするシャルロット。

 

 これで、乱入で助けが来るなどという望みは断たれたも同然。

 

 ラファールも紅椿も満身創痍で、戦えるだけの体力はもうISに、残ってはいない。

 

「せいぜい仲良しこよし、あの世でやってなさい」

 

 このままの状態でいれば、私たちはなす術なく殺されるのは必至だ。

 

「さて、首を刎ねておさらばってね!!」

 

 どうにかして、シールドを回復でもできれば――そう、思った時。

 炎と振り上げられた剣が、触媒となって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――ッ!?」

 

 脳裏に浮かぶのは、朝焼けに包まれた海の上。

 そしてその上空を飛ぶ、私の紅椿とあいつの白いIS。

 

 対峙する敵の、全身装甲の機体に。私たちはひどく追い詰められて、それで――。

 

「思い……出した」

 

 最後に激痛が一瞬走り抜けた、瞬間。この機体の、紅椿の。最大の特徴を思い出した。

 

 そうだ――これさえ、あれば!

 

「これを……受け取れ!」

 

 意を決し、心の声を信じると。

 身体とIS、その両者の、最後の力を振り絞ってを必死に働かせて。

 

 目の前の戦場へと近づきつつ、機体へと念を込めていく。

 

「箒……!」

「貴様……!」

 

 一夏の嬉しそうな声と。

 シャルロットの呪詛と――同時。

 

 赤い光に混じって黄金の粒子が周囲を舞うと、凄まじい速度でまずは紅椿のシールドエネルギーが復活。

 続いて手の装甲越しに掴んだ少年の白いISも同様にシールドを回復させていく。

 

 これこそ、()()()()()である紅椿の、真の力――単一仕様能力「絢爛舞踏」の力だった。

 

「ありがとう……箒」

 

 驚きと哀しみとが入り混じったような表情で奴が見てくるのを、私は装甲が消えて行く中で見つめていた。

 

 単一仕様能力を使った事で紅椿の展開が限界を迎えたらしく、徐々に打鉄のそれへと戻っていたのだ。

 非固定部位など、既に打鉄のそれへと戻ってしまっている。

 

「いいから、早く――」

 

 すらすらと、ひとりでに言葉が出てきて。

 

「奴を、()()()()()!」

 

 なぜかそんな、明らかにおかしなことを口走ったのと。

 

「……分かった」 

 

 あいつが悲壮感を漂わせ、呟いて。

 茫然自失としたシャルロットへと瞬時加速で向かっていったのは、ほぼ同時。

 

「やめなさい、来ないでっ!」

 

 完全にパニックに陥ったシャルロットが右手を掲げると、ありとあらゆる箇所から刃が展開する――が。

 

「援護……するよ!」

 

 しかもラファールに撃ち落とされれば、もはやあいつを阻むものなどなかったも同然。

 

「すまない」

 

 展開しなおしていた光の剣を、勢いよく振り下ろしていく。

 一撃でそれはジャンヌの装甲ごと操縦者を切り裂き、第四世代へと尋常ならざるダメージを与えていく。

 左腕などボトリと音を立て、装甲ごとパリの路上へと転がりだす。

 

「ふざ、け……ないで……」

 

 よろよろ、ふらふらと後退しながら。

 残った右の腕で斬られた胸の傷を抑えながら、焦点の合っていない目で茫然と口にしていくシャルロット。

 

「殺してやる……お前ら全員殺してやる……!」

 

 最後まで呪詛を吐き散らかしながら、攻撃を行おうと武器を展開するが……数も最早、出涸らし同然で。

 

 着弾位置まででたらめで、見当違いの場所へと刃の雨は降り注ぎ、コンクリートを穿っていく。

 

 敵――それも散々苦しめてきた相手――とはいえ、その姿には憐憫を感じずにはいられない。

 

「こんな……どうして、私は……」

 

 やがて力が入らなくなったのか、右の手から装甲が抜け落ちて。

 

「……幸せに、なりたかっただけな……」

 

 最期にシャルロットはそう口にすると、脚が装甲から抜け落ちていき。

 暗雲たち込めるパリの路上で息絶えると、直後。

 

 彼女の骸を振り始めた雨が濡らしていく。

 

「偽骸などとは……相変わらず悪趣味……………………ッッッ!?」

 

 光景を、私は朦朧とした視界のままで見届けると。

 彼女の亡骸へと近づいた白いISとイザベルに視線を向けていった時。

 

 私の頭に、今日何度目か分からない激痛が走ると、猛烈な勢いで記憶のピースがはめ込まれて。

 頭の中で、あらゆる事が思い出されていく。

 

「私は……確かに……!」

 

 そうだ。

 

 私は昔、確かにこの男とIS学園に通っていて。

 毎日のように一緒にいて、一時期は部屋まで同じで。

 そして――確かに、好意を抱いていた。

 

「一夏……!」

 

 ついに思い出し、自らの意志で。

 

 口にした、その時だった。

 

「――待ってたぜ、お前が思い出すこの時をよぉ‼」

 

 ふいに、邪悪な声が。曇り空の下に木霊した――瞬間だった。

 

 上空から新たなる乱入者が、凄まじい勢いで戦場へと舞い降りたのは。

 

「おま、えは……!」

 

 今も降下を続けているISへと、視線を移す。

 一夏と同じ顔で、同じISを纏うもの。

 しかし似ても似つかない邪悪さを持ち、春休みの最後の戦いで、ゼフィルスとの戦いの後に乱入してきた存在。

 

 いや。

 

 それ以前に――()()()()()()()()()

 

「箒!」

 

 緊急事態の発生を確認して、無人機との戦いを中断した鈴たちが私のもとへと駆け寄ろうとする。

 だが、満身創痍なうえに距離が離れすぎており、とても今からでは間に合う訳もなかった。

 

「させるか!」

 

 それでも、まだ妨害を試みられる範囲にいる人間は一人だけいた。

 一夏は専用機のスラスターを全開にして、私へと手を伸ばそうとするが――。

 

「遅ぇんだよ!」

 

 一歩、ほんのあと一歩だけ遅く。

 

 私は上空からやって来た、全ての元凶に攫われてしまった。

 飛び上がると同時に私の右手首へと手を伸ばしていくと、打鉄の待機形態を乱雑に毟り取られる。

 

「あっひゃっひゃ!」

 

 楽しそうに笑う奴の声が聴覚を通じて不快感を増幅させていく中。

 ()()で苦楽を共にした専用機は、ゴミのように投げ捨てられてしまった。

 

 私が抱えられている以上、誰も手出しはできず。

 徐々に高度が上がっていくのを皆指を咥えてみているしかできない。

 

 そんな状況を見せられる方も、また歯痒い。

 

 「箒、箒……箒ぃぃぃぃッ!!」

 

 一夏の必死の叫び声が、耳に入る中。

 

 私の意識は徐々に、暗闇へと落ちていくのだった……。




これで第三章終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。


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最終章
異界からの訪問者


 IS学園の専用機持ちたちと、第四世代機を駆る女――シャルロット率いる無人機軍団との、パリ市内での戦闘。

 辛くも最新鋭機に勝利した果てに、箒が謎の男に連れ去られてから数時間後。

 戦場となっていたメインストリートから数区画は離れた、何の変哲もない路上にて。

 

 「彼女」は、眩い光を放ちながら、暗雲立ち込めるパリ市内へと現れた。

 

「ここが、あいつが狙う()()……」

 

 銀の大型バイクに跨った「彼女」はメットを脱ぐと、呟く。

 

 金の長髪を風になびかせ、深紅の瞳で周囲を見渡しつつ、現在位置を特定しようとしていた。

 

「さぁて、どこに跳んだのやら……」

 

 移動に際してのエネルギー等のコストを削減した結果、どこに()()()のかはほかならぬ「彼女」にすら定かではない。

 すぐに戦闘に巻き込まれた場合のことも考えての判断だったが、近くに敵影は見当たらなかった。

 

「こんな事なら、最初っから東京を指定した方が良かったかもね……っと」

 

 呟きつつ、視線を移すと、目にはこの場の象徴ともいえる建物――エッフェル塔が飛び込んでくる。

 

「パリかぁ……ったく、大分遠いじゃないの」

 

 メットを被り直すと「彼女」は、バイクを走らせて花の都を走りだす。

 

「天下の花の都だってのに、随分静かだなぁ……それになんか、変なにおいもするし」

 

 鼻をつく異臭と、人っ子ひとりいない大都会。

 あまりの異常事態だったため、無意識のうちに「彼女」は口にしてしまう。

 これでは、情報収集もままならない。

 

「なんでこんな――ッ!?」

 

 まったく見当をつけられなかった「彼女」だったが、交差点を曲がってすぐに絶句してしまう。

 なにせ、そこにあったのは「彼女」の疑問を一発で氷解させていく代物だったのだから。

 

無人機(ゴーレム)!? あいつ、この近くで暴れてたの!?」

 

 崩壊したビルへともたれかかるようにして、放置された黒い装甲の巨人。

 まるでバラバラ死体のように、ひび割れたコンクリートの上に放置された機械人形。

 

 それら無人機の残骸を見た途端に、すべての謎が瞬時に解けた。

 

「間違いない。あいつ、ここにいやがった……!」

 

 仇敵の使役する眷属。

 無人機「ゴーレム」が倒され、放置されている。

 

 その意味が、彼女にはわからない筈もなかった。

 

「早速手掛かりがあるなんて、ラッキーだったのかも」

 

 一旦停車し、敵の証拠物件を眺めつつ口にする。

 さっそく手掛かりを見つけられるなんて、幸先がいい。

 

 ()()の付近を転移先にしなくて助かったのかもしれない……。

 

 そう、彼女が思った途端の出来事であった。

 

「明かり?」

 

 「彼女」の目に飛び込んできたのは、遠くにある背の高いビル。その上階に明かりが灯っている光景であった。

 

「人が、いる……!?」

 

 想定外の事態に困惑はしたが、速やかに正面のモニターを利用しビルの詳細情報を検索。ものの数秒もしないうちに、そこが世界第三位のISメーカーの本社ビルであるとの情報を入手する。

 

「デュノア社か……でも、なんであそこだけ?」

 

 顎に手をあて、「彼女」は考える。

 

 破壊された無人機を鑑みるに、敵がここで敗走したのは間違いない。

 そして()()()の性格上、わざわざ残って奇襲するなどとは考えにくい。

 

「まったく、鬼が出るか蛇が出るか……まぁ、会わないって選択肢はないけ――ど!?」

 

 考えても分からないし、ひょっとしたら敵の動向が掴めるかも……。

 

 そう決断した「彼女」が再びハンドルを握り、走りだした――その時だった。

 

 背後から一条のビームが飛来したかと思うと、「彼女」のバイクへと着弾していったのである。

 

「生き残りがいやがったか!」

 

 機体本体に光の矢が届く前に、不可視の障壁によって霧散。

 正面モニターに表示された、「Shield Energy」というバーがほんの少しだけ減衰する中、獰猛な表情を浮かべて「彼女」は振り向く。

 

「ゴーレムが三機――うち一機は手負い、初戦の相手にゃ十分か!」

 

 そう叫ぶと同時、「彼女」は正面の液晶を素早く操作。すぐさま画面中央に表示された赤いボタンを勢いよく押し込む。

 

 すると今度は「IS mode change」と表示され、次の瞬間には「彼女」の身体を光が包み込み――。

 

「さて、やるかぁぁっ!」

 

 銀色に輝く、大きな翼持つISを纏った「彼女」が、光の晴れた先に立っている姿があった。

 

 手にした大型のビームカノンの銃口からは煙が吐き出され、半壊状態の一機が同時に倒れ伏す。言葉と同時に光の矢が発射し、敵の一機を穿ったのである。

 その手腕からも、「彼女」の腕が並大抵のものではない事が窺える。

 

「待ってろよ、一式(イッシキ)白夜(ハクヤ)……いや」

 

 瞬時加速をしつつ「彼女」は静かに紡ぐと。

 

安崎(アンザキ)裕太(ユウタ)ッ!」

 

 別の名を叫びつつ、ビームカノンの先端からビームの刀身を発生。別の無人機へと切り結んでいく。

 

 「彼女」はある戦いの始まりの日、偶然専用機を手に入れ、おぞましい戦いに身を投じた少女。

 一夏と呼ばれた少年と同じく、()()()()()()()()()()()からやってきた一人のIS操縦者であり、元IS学園一年三組クラス代表。

 

 名を、神崎(カンザキ)優奈(ユウナ)といった。

 

 

「……どう思う?」

 

 蛍光灯に照らされた通路の中。

 箒から聞いた夢の話を終えて、壁際に寄りかかったあたしはそう尋ねる。

 

 あの戦いを終えてからそれなりに経過した現在、戦場となったストリートから離れた位置に建つデュノア社の本社ビルの中へと場所を移していた。

 

 というのも、共闘した謎の少女――イザベルが戦闘直後に倒れてしまったのだ。

 

 流石にその場に放置するのも、気が引けたため。医療設備の整っているであろうここの医務室へと運びこむこととなった。

 

 現在、中ではアーリィ先生がイザベルの様態を見ている真っ最中。

 

 そして、残されたあたし達はというと。今のうちにでもある程度、情報交換をしようという事になった。

 

 春休みの温泉街での出来事から始まる、一連の襲撃。

 ドイツの研究所に襲いかかったという、ラウラが体験した出来事。

 それにあたしが先日箒から聞いていた、夢の話。

 

 全てをひととおり話し終えると、しばらく沈黙が続いたが。最初に口を開いたのはセシリアだった。

 

「問題はなぜ、夢の中の人物が現実に干渉してきているのか、ですわね」

「名前は……一夏」

 

 その言葉に続き。戦闘後に箒が呟いた名前を、再確認するように言う。

 以前は一切名前を言っていない事や、前後の箒の発言内容を鑑みるに。間違いなくあのタイミングで「思い出した」形だろう。

 

 そして「思い出した」という事は……少なくとも、絵空事ではないという事だ。

 

 さらに言えば、奴は――。

 

「あと、はっきり鈴と発言していた」

 

 ラウラの言った通り、そう。奴は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの戦いが終わった後、あたしが詰問しようと一夏に近づいた際のことだった。

 

「すまない……()。俺は、一人で戦わせて貰う」

 

 一夏はそんな事を言うとこっちの制止を振り切って、馬鹿でかい非固定部位でもって飛翔。淀んだ厚い雲を穿ち、どこかへと飛び去っていったのである。

 その速度はあまりにも速く、あたしの甲龍ではとても追いつけないほどだった。

 

 あの時のことを思い返すと、どうにも悔しくて仕方がない。

 

「箒さんのそれは、明らかに普通の夢ではありませんわね……」

 

 口惜しさから歯噛みしていると、今までの事を纏めるかのようにセシリアが言った――そんな時だった。

 

「もしかしたら……なんだけどさ」

 

 と、今まで黙って聞いていたナギが、突然何かを思いついたかのように話しだした。

 

「どうしたのよ、何か分かったの?」

「あぁいや、勝手に思いついただけだから!」

 

 ぶんぶんと慌てて手を振って否定するナギだったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 ラウラの無言の視線による圧力に屈したのか。ナギは「ホントに思いついただけだからね?」と前置きしてから、続ける。

 

「ありえない話だけど、さ……篠ノ之さんのISが勝手に意識から情報を読み取って、コアの力で具現化させてる……とか。ほら、コアってまだまだ篠ノ之博士ですら未解明のところも多いって言うし……」

 

 恥ずかしげに語るナギのその言葉は、確かにありえない話であり。あまりにもオカルトじみている。

 

 もし仮にそうだったとしても、いくつか説明がつかないところがあるし。ましてや一夏という名前を思い出すなんておかしなことだと思う。

 

 だけど、それでも。どうにも否定し難い――と思っていた、そんな時だった。

 

「……爆発!?」

 

 突如として、世闇に沈む街の中からまばゆい光が煌いたかと思うと、同時に爆発音が静寂の中に轟いた。

 

 急ぎISのセンサーを起動させ確認すると、何機かの無人機が集合していく姿が表示されている。おそらく市中にばら撒かれた連中の生き残りが、シャルロットの喪失とともに統制が乱れ。こうして中心部へと向かってきているのだろう。

 

 だが、おかしな点がひとつあった。

 

 味方を示す青いアイコンがひとつ、無人機を示している赤に混じって存在しているのだ。

 

 仲間なら全員ここにいるのに、どうしてそんなのがいるのかはわからなかったけれど。どうやら奴らの敵であるのは間違いないようだった。

 どれだけ強いのかは想像もつかないけれど、次々と赤の数は減っている。

 

「いったい、誰が……?」

 

 一斉に入口まで走りつつ、表示された戦況を見て口にする。

 

 いまだに事態への対応を決めかねているフランス軍は、パリ市内に向かってすらいないどころか。おそらくいまだにシャルロットが討伐された事すら知らないはずだ。

 

 かといって、あの一夏という男が戻って来たとも考えにくい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()  

 

「……どうする気ですの?」

 

 だから、セシリアは廊下を突っ切って、外に出るなり。あたしへと訊ねてきた。

 

 さっきの戦いでダメージレベルがCを突破し、展開不可能なセシリア達と違って。唯一あたしだけは展開が可能である――とはいえ、万全とは言えない状態だ。もし敵だったら、取り返しのつかないことになるのは間違いないだろう。

 

 だけど。

 

「行くわ。ここで逃げちゃ、何も分からないままだし」

 

 そっとブレスレットに意識を向けてから、言う。

 

 もたもたしていたら逃げられかねないし、現に今も赤アイコンは減り続けている。会うと決めた以上は、素早い行動が求められた。

 

「止めても聞かんのだろうな、お前のことだから」

「良く知ってるじゃない」

 

 展開を終えて、甲龍が宙へと浮いた途端。ラウラが諦めたような顔をして言ってきたので、微笑みながらそう返す。

 

 そうだ、あたしはそういうヤツなんだ。一度この事件に関わるって決めたんだから、絶対に付きまとって首を突っ込みまくってやる。たとえ箒から「もうこの事件に関わるな」と言われたとしても、それは変わらない。

 

 それに、命の危機なんて――今更何だっての!

 

「……死ぬなよ」

「分かってる!」

 

 ラウラの言葉に再び返すと、闇に染まった中へと飛び。たった今戦場と化した地点へと一息に向かっていく。

 距離にして数キロ。障害物のない空を飛び、光が瞬く場所へと駆ていく。敵はもう、三機にまで減っていた。

 

 そうして距離を詰めていくと、戦っている青アイコンの正体もハイパーセンサー越しに見えてくる。

 

 ――銀色のISを纏った、金髪の女。

 

 鬼気迫る表情でゴーレムと切り結び、倒している事から。間違いなく奴らの敵ではあるんだろう――なんて、思っていた時だった。

 

「アクシア・アルテミス……あの機体の名前?」

 

 突如甲龍が補正をかけ、謎の機体のすぐ下に、名前と思しき文字列を表示させていく。

 

「なんで、名前が……!?」

 

 いきなりの事に呆然としてしまうが、理由はすぐに知れた。

 

 甲龍は元々、事件のさなかに偶然手に入れた専用機なのだ。

 敵から渡ってきたものとなれば、事件の中心人物の一人のデータが入っていてもおかしくはないはずだろう。

 

「ホント……これで目の前のが、何も知らなかったりしたらお笑いよね……」

 

 言い終えてから、ふと視線を下へと向けると。敵のゴーレムが背中を向けている姿が見える。

 

 この位置取りなら!

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 この機体を初めて覚醒させた、あの日のドーム内でのように。思いっきり青龍刀をブン投げる。

 

 やはり結果も前と同じように、敵ゴーレムは大ダメージを受け、数度のスパークを発すると動かなくなっていった。

 

「次ッ!」

 

 束さんから聞いた話だが、こいつら無人機――少なくともゴーレムは――が、想定外の事態に遭遇した時に多かれ少なかれフリーズする。

 現に今、謎の女に向けてビームランチャーを構えていたゴーレムは隙を晒している真っ最中だ。これを逃す手はない!

 

 そう思い非固定部位を速やかに展開し、衝撃砲を発射。

 ゴーレムが気付いた時にはもう遅く、不可視の弾丸は鋼鉄の肉体を貫通し大ダメージを与えていく。

 

「よし、これで全滅……」

 

 目の前で敵の上半身と下半身が千切れるのを見て、気が緩んだのがいけなかった。

 

 どうやら上半身だけでもまだ生きていたらしく、無傷で残った右腕の銃口を、まるで最後っ屁と言わんばかりに向けてくる。

 

 しかも躱そうにも、もうさっきの攻撃でシールドエネルギーが尽きたらしく。煙を上げる甲龍はちっとも動いてはくれない。

 

 光が漏れ始め、このままでは――と思った、その時だった。

 

「無人機は案外しぶといから、たとえ大破させたとしても最後まで油断しない――って教えてくれたの、()だったんだけどな」

 

 ビームの矢がゴーレムの腕を貫き、誘爆。

 眩い光とともに攻撃手段は失われ、危機は去ると。爆発音とともにそんな声が聞こえてくるのを、まだ生きていたハイパーセンサーははっきりと捉えた。

 

「あんたも、一夏みたいにあたしの名前を……!?」

 

 爆風が晴れ、初めて目が合うと。

 

「久しぶ……いや、初めまして。凰鈴音さん」

 

 謎の女は、微笑みながらそう口にしたのだった……。

 

 



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禁忌の箱が開く時

 連れ去られ、どれだけ経ったかは定かではないものの。

 目を覚ましたら、見知らぬ場所にいた。

 

 四肢は鎖に繋がれ拘束されていて、脱出はおろか部屋を歩き回る事さえ叶わない。

 首だけを動かし、確認できる限りの情報を収集しようとする。見た限りだと四方をコンクリートの無機質な壁に覆われ、正面に鉄の扉があるだけだった。まるで――いや。

 

「牢獄そのもの、か……しかし、どこのだ?」

「俺の秘密基地って言ったところかな? ()()()さんよぉ」

「お前は…………」

 

 口に出して呟いた、その直後。

 真っ正面にあった鉄扉が開かれると、そこからは一人の男が現れた。

 ――散々夢に出てきたあの男・一夏と同じ顔をした、私の敵が。

 

「おいおい、まさかまだ思い出せてねぇのか? 一夏の名前は思い出せたのにか?」

「黙れ、その顔で喋るな……不愉快だ」

「チッ、相変わらず一夏一夏かよ。第二の……俺なんてどうでもいいってか?」

 

 怨嗟を露骨に出しながら、奴は顔を近づけつつ口にする。

 そんなこいつのやり口は、顔こそ違えど。心の――記憶のどこかで引っ掛かっていた。

 

 確かに、私はこんな風に捻くれ、突っかかってくる奴を知っている。

 

 だが、どこで、どんなふうな時に見かけた?

 

「同じ学校に通っていた事もあるってのに……薄情な奴だぜ、ったくよ」

 

 必死で思い出そうとしている私のもとに、奴は続けざまにこう語る。

 

 同じ学校――とはいうものの、こんな奴が小中学校時代にいた記憶などない。

 目の前の男は性格はともかく、少なくとも顔の出来そのものは並外れて良く、所謂イケメンという奴だ。もしそんなのがいたら、嫌でも記憶に残っているだろう。

 

 高校については、男という時点で初めから論外――いや、待て?

 

 ()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえ、それは今現在通っているIS学園ではなく。ジャンヌと戦っていた際に思い出した、あのIS学園での話だ。

 

 なにせ私が思い出したほうのIS学園は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの記憶自体が間違いだという可能性もあるが、あまりにも断片的ながらリアルだった。嘘とは考えにくい。

 

 問題はどうやって、本来女子高であるはずのIS学園に通っていたかだが……そんなのはもう、こいつの特異性を考慮に入れると。たったひとつしか思い浮かばない。

 

 そう――()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()

 

 うっかり口走った「第二の」という単語もそれを裏付ける。一夏を一人目と考えるとつじつまが合う。

 問題はこいつが記憶の中のIS学園で、どういった経緯で私と敵対するようになったのか……。

 

「――ッ!?」

 

 と、そこまで考えた時。

 

 急に強烈なまでの痛みが頭を駆け抜けると、またしても断片的な記憶が次々と浮かび上がってきた。

 

 だが、それらはいつものとは違い。戦闘などといった危機的なものではなく、酷く平凡な、学園での生活のものだった。

 セシリアと鈴、ラウラにイザベル――いや、シャルロットかもしれない。それに、あの一夏という少年。

 その五人と私の六人は、どうやら前のIS学園ではよく一緒にいたようで。何をするにしても大抵一緒にいた――もっとも、どこかぎこちなさみたいなものも感じられるのだが。

 

 そして、大抵そんな私たちを。陰から羨望や嫉妬の目で見ている、ひとりの男の姿があった。

 

 ――どこにでもいそうで、しかし。どこか陰気な感じの少年。

 それを見た途端、その男と一夏と同じ顔をした目の前の少年が重なって見えた。

 

 顔こそ今のような端正なものではないし、受ける印象こそ全く違うものの。確信めいてそう思えたのだ。

 

 思い出せ、奴の名は……名前は……!

 

「安崎、裕――」

「その名で呼ぶんじゃねェ!」

 

 何とか痛みに堪えた探索の果てに、ひとりでに紡がれた名。

 

 それを口にした途端、目の前で余裕を崩していなかった男は激昂とともに叫ぶと。私の首を絞めだした。

 

「ぐっ……!」

「次その名を口にしてみろ……予定も計画もかなぐり捨てて殺してやる! いいか、俺の名は一式白夜だ!」

「……かはっ! げほっ……!」

 

 殴りかかるような声音で言い切ると、男――白夜は私の首から手を離し。そのまま怒り混じりの早歩きで部屋を出て行く。

 

「もう少し時間があれば、()()()()みたいにいたぶってやれたものを……」

 

 捨て台詞を吐いた白夜がバタンと力強く閉めた、扉の音が響く中。酷い息苦しさでむせ返りつつも、再び頭の中へと痛みとともに、記憶の追加が発見されていく。

 

「くぅぅぅぅっ……!」

 

 そうだ。あのIS学園は、あいつは、そして一夏は……!

 

 次々提供されていくピースによって、記憶のパズルは八割がた完成。逆に思い出せないところが断片的となったものの、今の私には何もできはしなかった。

 

 身体は鎖で繋がれ、武器となる専用機もなく。当然外部との連絡手段もないものだから一夏はおろか、鈴たちにすら危機を伝えられない。

 

 くそ、これではどうしようもないではないか……!

 

「く……頼む、無事でいてくれ……!」

 

 そんな私ができる、唯一の事は。ただみんながあいつに()()倒されないよう。祈る事だけだった……。

 

 

「というのが、今まで起こった全ての出来事よ」

 

 バイク――驚いたことに、ISが変形してこうなった――を走らせる、神崎優奈と名乗る金髪の女に抱き着きながら。

 あたしはデュノア社の廊下でそうしたように、今までの顛末を突然現れたIS操縦者に話していた。

 

 優奈の方から何があったのか聞きたいと申し出てきたため、一旦情報交換をしようという事になったのだ。だからいまこうして、デュノア社に向かう道中で話をしていたという訳である。

 

「あんの野郎……やっぱり、こっちでも好き勝手やってやがったのね……」

 

 話し終えると、優奈は小さく、それでいてドスの利いた声で発しだす。

 その口ぶりといいさっきの「鈴」発言といい。彼女が何か、確信に近い位置にいる存在であるのは間違いない。

 

 けど、フランスの事件も知らなかったなんて。この人は一体どこから来たんだろう……?

 

「まぁ、着いたら教えたげるから、もうちょっと待ってて」

 

 こっちが考えていると、ふと前から優奈の声がしてはっとしてしまう。どうして、あたしの考えていた事が分かったの……!?

 

「分かるよ、だって……鈴、あなたと私は戦友だったんだから」

「えっ……!?」

 

 この人、何を言っているんだ!?

 あたしと優奈が出会ったのはつい十数分前だし、一緒に戦ったのだってさっきのゴーレム戦だけ。それなのに、なんで……?

 

 想像もしていなかった言葉に、思わず声を漏らしてしまった。

 

「――いやまぁ、厳密にはあなた自身じゃないっていうか……ちょっと、違うんだけどね」

「どっちよ!?」

 

 何とも煮え切らない言葉を追加でかけられ、困惑気味に叫んでしまう。

 

 そんな風に言われるくらいなら、最初から気になる事なんて言わないでほしい――と、思っていると。

 

「あ、着いたみたい」

 

 優奈が言った通り、曲がってすぐにあたし達の今の集合場所であるデュノア社が見えてきた。

 外で待っていてくれたラウラもこっちに気付いたみたいで、驚きと呆然といった感じの表情でバイクに跨るあたし達を見て来ていた。

 

「そいつが、戦っていた……」

「とりあえず、敵ではないっぽい。それに色々話を聞かせてくれるみたいだしね」

 

 停車し、あたしだけ先に降りると。声をかけてきたラウラに返答。

 なぜか甲龍に優奈の機体のデータが入っていたことは、ややこしくなりそうだし言わないでおいた。

 

 どうにも不信感を拭えないといった感じだし、気持ちもわかるけれど……少なくとも、あのゴーレムへと向けていた表情は嘘ではないはずだ。

 

 それに、あんなピンチに助けてくれたんだ。信じてみたってバチは当たらないだろう。

 

「にしても、随分信用してくれないっぽいなぁ。まぁ無理もないけど、さ」

 

 未だ警戒を解かないラウラに苦笑しつつ、優奈降りつつ液晶を操作。すると今度は「Sleep Mode」とだけ表示され、次の瞬間にバイクは粒子となって霧散。

 代わりに彼女の胸元に、青いクリスタルで出来たペンダントが装着されていく。

 

「……バイクになるISなんて、聞いたことがないな」

「まぁ、実際珍しいからね。無理言って私のだけに拵えてもらったモンだし」

 

 やはり訝しんだままのラウラの言葉に、優奈はあっけらかんとした態度で返す。そうしてから出現したばかりのペンダントを外すと、そのままあたしへと投げ渡してきた。

 

「これで、少しは信用して貰える?」

 

 待機形態を渡し、少なくともISでは戦えない状態になった優奈が問う。よほど生身が強くでもない限り、これで危険性はぐっと下がったはずだ。

 

「……こんなとこにいても仕方なかろう、ついてこい」

 

 そんな様子を見て、やっと警戒を解いたのか。

 ラウラがそう言ってから、あたし達はデュノア社の中へと入った。

 そうしてしばらく歩いて、医務室の前へと向かう途中。ちょうど曲がり角のところで、あたし達はナギと鉢合わせをした。

 

「鈴、ラウラ! ちょうど良かった! ……そっちの人は?」

 

 少し慌てたような表情をしたナギが、こっちの姿を確認するとそう口にする。一体何があったんだろうか。

 

「さっき無人機と戦ってたISのパイロットよ。知ってる事を話してくれるみたいだから、ここまでついて来てもらったわ」

「そうだったの。私は鏡ナギ、よろしくね」

「あ、あぁ……うん。私は……神崎優奈。優奈で、いいよ」

 

 ナギに対し、どこか歯切れの悪い返しをする優奈。そんな自己紹介が終わってから、再びナギが口を開く。

 

「それより、早く来て」

「いったい何があったってのよ?」

「……アーリィ先生の携帯に、非常事態だという連絡が入ったの。すぐテレビをつけるようにって」

「それで? 何が起きているというんだ?」

 

 続きを促すラウラに、ナギはしかし。

 

「見てもらった方が、多分早いと思う」

 

 と、急かすように先導し、医務室への扉を開けるだけだった。

 

 あたしもラウラも、もちろん優奈だって。これじゃ何が起きたか分かるはずもない。

 とりあえず入り、テレビへと視線を――その時だった。

 

「何よ、これ……?」

 

 思わず口をついて出てしまったのは、そんな声だった。なにせ、映っているものが異常すぎる。

 ゴーレムとエトワールの軍勢を背後に控えさせている中、あの男が真正面に立っている写真が表示されていたのだから。

 書かれているキャプションによると、どうやら世界中のマスコミに送られて来たものらしく。こいつらの素性も目的も何も語られていないとのこと。

 

 しかも――。

 

「知らない機体まで……!?」

 

 そう、背後に控える無人機軍団のさらに後ろには、今まで見たこともないデザインのISまでいたのだ。

 

「ダーク・ルプス……」

「それが、あの機体の名前……?」

 

 呆然と尋ねた、その時だった。

 テレビのすぐ近くにいたアーリィ先生が優奈の姿を確認すると、慌ててこちら側へと近寄ってきて。

 

「神崎優奈……そうか、お前もこっちへ来たのサね」

 

 と、目を驚愕に見開きながら口にした。

 

「ええ、一夏には半年ほど先を越されましたけど。それで、アーリィさんはどれくらい戻ったんです?」

「そこまで完璧じゃないサね。結構抜け落ちてるところがあってサ。もっとも、ここで寝てるこの子は違うっぽいけどナ」

「そう、ですか……」

 

 混乱するあたし達をよそに、優奈とアーリィ先生は勝手に本人たちだけしか分からないような会話を進め、納得しだす。

 

 そんな姿を見ていると、ふつふつと怒りが沸いて来て――。

 

「ちょっと、ふたりだけで納得しないでよ! 何があったのよ!? っていうか、あいつらはなんなのよ!?」

 

 と、気づいた時には。声を荒げてしまっていた。

 

 すると、あたしの声に反応した優奈はこっちへと向き直ると。

 

「分かってる、約束だしね。今から全部話すよ……アーリィさんも、いいですよね?」

「元々こうなった以上、ここで全部話すつもりだったサ。それがこの子が起きてからか、今かの違いだけサね」

 

 途中でイザベルに目を向けたアーリィ先生からも同意が得られると。優奈は。

 

「かなり荒唐無稽な話に感じると思うけど――これ全部、ホントに私がこの目で見てきたことだからね」

「……荒唐無稽さで言ったら、今までの無人機やVTシステム。それに男性操縦者だって大概ですもの。並の事では驚かないと思いますわ」

 

 セシリアのその言葉に、優奈は一瞬だけ複雑な表情をしてから、続けざまに口を開くと。

 

「じゃあ言うね。まず……あたしもあいつらも、一夏も。この世界の人間じゃない。異世界から、やってきたんだ」

 

 いきなり、凄まじい言葉を放ってきたのだった――。

 



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明かされた真実(前)

 異世界がある。

 

 優奈からその情報を聞いた直後、あたしたちは一斉に驚きに叫び声をあげてしまったものの。すぐにみんな神妙な顔になりだした。

 

 なにせ今までの事件が事件だったし、現に……さっきのナギの仮説にだって、否定しきれないような印象を受けた。きっと、みんな口ほどには驚いていなかったんだろう。

 

 しかもあたしは、異世界があるという言葉を信じるとして。ひとつだけその裏付けになりそうなものを持っていた。

 

「さっき話し忘れたけど……前にこれを手に入れた時、束さんが言ってた。コアナンバーが同じのが、もう別のところでISとして稼働してるって」

 

 静寂に包まれた医務室内に、あたしの声が響き渡ると。セシリアがそんな事もあったなといった風に頷く。

 

 そんな様子を見てから、続ける。

 

「それに、この機体には優奈の機体――アクシア・アルテミスの名前もデータに入ってた」

「となると……その機体は、間違いなくあたしの世界の鈴が使ってたものだね。状況からして、一夏の()()()と入れ替わったって感じかな」

 

 さっきの戦いの際に起きた現象について口にすると、セシリア達の間にどよめきが走り。いっぽうの優奈は手元に取り出したタブレットを操作しつつ、そう結論付ける。

 

「まぁ異世界と言っても、そんなに大きく違うところはないよ。白騎士事件を契機にISが世界中に広まったりとか、女尊男卑の風習が広まってたりとか」

 

 優奈はタブレットの液晶をこっちへと向けてから、続ける。

 

「でも、たった一つだけ。大きく違うところがあったんだ」

「男性、操縦者……」

 

 想像がついていたとはいえ、見せられた新聞の一面記事の画像を目にすると。思わず見出しの文字列を口に出してしまっていた。

 

 そしてその下には、あの。ついさっきまでパリにいた少年の顔写真がでかでかと掲載されていた。

 

「世界最強の弟……、どういう事だ?」

 

 そんな中。あたしも気になっていた「男性操縦者はブリュンヒルデの実弟」という中見出しについて、ラウラが質問する。

 

 こっちの世界基準で考えると、世界最強と言えばあの人だけれども……。

 

「あぁそっか。下の名前は知ってても、フルネームは知らなかったんだね……。じゃあ、あらためて。彼の名は織斑一夏。専用機の名は白式(びゃくしき)

「向こうの世界でも世界最強だった織斑千冬の、実の弟だったのサ」

「千冬さんに、弟……」

 

 優奈とアーリィ先生の言葉に驚いて、つい呟きつつも。一つ謎が解決したと心の中で納得する。

 

 まぁそれなら他人よりかは、似たような単一仕様能力が発現したとしてもおかしい話ではないからだ。

 

「それがきっかけとなって、世界中大騒ぎになった。そして、次に行われたのは――」

「他の男性操縦者探し……?」

 

 ナギの言葉に無言で頷いた優奈は、そのまま続ける。

 

「そう。世界中のIS保有国はどこも、男性対象の適性検査が行う事となった。軽くISに触れさせて動けばラッキー、ダメで元々みたいな感じでね」

「とはいえ、全然見つからなくってサ。もう半月も経つ頃には絶望的なムードも漂っていたっけナ」

「でしょうね……」

 

 途中でアーリィ先生が続けた説明を聞いて、セシリアが反応する。確かに、そんな簡単に見つかるんなら苦労はしない。

 

「最初は期待されてたけど……私がIS学園への入学手続きを終えた頃にはもう、軽く伝えられる程度だった。けど、いたんだよ――もう一人だけ。しかも日本に」

「それがあの、一夏と同じ顔をした男ってこと?」

 

 こっちの質問に、優奈は複雑な顔をして頷くと。再びタブレットを操作しだす。

 

 そこに写っていたのは、さっきの一夏の時と同様に。男性操縦者が見つかったという号外だったが――。

 

「誰、これ……!?」

 

 そう、ナギの言う通り。そこにあったのは、あまりにも一夏()とは似ても似つかない顔をした、ひとりの少年の写真が載っていた。

 

 ところどころニキビが目立つ不細工な顔、ぼさぼさの髪……正直に言って、現在あたし達が遭遇した男性操縦者の容姿とは似ても似つかなかった。

 

「こいつが今、あなた達が戦ったもう一人の一夏……一式白夜の昔の姿にして、二人目の男性操縦者」

「安崎……裕太」

 

 下のほうに書いてあった名前をラウラが読み上げ、優奈とアーリィ先生が頷く。

 

 何があったかは知らないけれど、この記事の不細工が何らかの手段を使って強化され。名前すら変わって襲いかかってきたのは間違いないみたいだ。

 

「そしてこいつが見つかったことが、私の世界に破滅をもたらすことになったの――」

 

 ひと通りの前提情報を出し終えたのか、優奈はそう区切ってから。

 

 ついに異世界での顛末を、本格的に語りだしたのだった――。

 

 

「そしてあいつの発見が、全ての始まりだった……」

 

 四肢を拘束されたままの私は、現在。痛みの引いた頭で少しずつ情報を過去の方から整理していっていた。

 

 奴に捕えられてからこっち、断続的に起きてしまった頭痛と記憶の引き戻しにより、最早記憶のパズルのピースは八割がた揃ってていて。今や忘れている方と憶えている方の割合は完全に逆転していた。

 

 そんな状況で、他に出来る事もなかったからこそ。まずは情報を整理しようと考えたのだ。

 

 ここを出て行けた際、鈴たちに伝える必要があったし……何より、パズルを組み立てていけば、失くしたピースを追加で見つけられるかもしれなかったからだ。

 

「それから半月近く経った後の、四月……」

 

 まずは、男性操縦者が見つかったところまで思い出し終えると。次に移行したのは入学してからの事だった。

 

 一夏と裕太はアラスカ条約や各国の思惑によって、そして私はISの生みの親の実の妹だからという事で。今も通うあの学校――IS学園に入学を果たした。

 

 最初ISを嫌っていた筈の私は、あの学校へと入る事を拒んでいた記憶がある。

 しかし、日にちがたつにつれ。確かに楽しみにしていた自分がいた事も思い出していたのだ。

 

 一夏に会える。

 

 その事がモチベーションになっていたのは間違いないが、奴と私の間にあった間柄が何かまでは思い出せない。

 

 友人なのか、親友なのか……はたまた、好き、だったのか。

 

 どうしても、そこだけは記憶に靄がかかって仕方がない。

 

「とにかく、今は次へ行こう……」

 

 仕切り直すと、入学式以降の記憶の組み立てに入る。

 

 私が所属するクラスは1年1組で、そこは日本人が多めに所属したクラスだったと記憶している。

 そして1組には二人の男性操縦者――一夏と裕太も。重要人物だからと纏められ、所属していた。

 

 こうして、桜舞う季節の中。二人の少年はIS乗りとしての道を歩く――いや、歩かされることになった。

 

「だが、ふたりを取り巻く状況は。何もかもが一緒という訳ではなかった……」

 

 そう、同じ人間ではない以上。それは当然の事。

 もし、何か一つでも裕太の方が優れていれば。最終的にあそこまでの地獄と化すことはなかったのかもしれない。

 

 だが現実は。何もかもが一夏の方が優れていたのだった。

 

 まず一つ目に、機体の違い。

 

 確かに二人とも男性操縦者という事もあって、学園の方で専用機が配られることになった。

 実機が届けられたのは、入学してから十日と経っていない日の事であり。クラス代表の座を賭けて二人とセシリアが総当たりで試合を行う当日だった。

 

 だが、二人の機体は酷く格差があったのだ。

 

 世界最強の弟であるという事もあって、一夏の方には姉さんが弄った強力な第三世代機・白式が与えられた。

 今も二次移行を経て使ってる事からも分かる通り、かなりの強さの代物だ。

 

 いっぽう、後ろ盾も何もなかった裕太に与えられたのは。元は学園の訓練機だった、何の変哲もない打鉄が一機である。

 当然、道具の面で裕太は不利を強いられ。試合の結果も一夏が惜敗だったのに対して裕太は惨敗。

 

 この結果は、ただでさえ外見やら雰囲気やらで差の開いていた二人の評価にさらに大きな溝を作る事となってしまった。

 

 次に、才能の違い。

 

 勿論二人とも、実技試験までISに触れた事はなかったため。スタートラインに関しては完全に同じだったと言ってもいい。

 しかしだからと言って、才能まで一律同じだったかと言われれば違う。

 

 そして、こっちでも一夏の方が圧倒的に恵まれていた。

 

 彼は世界最強の弟というだけのことはあって、すぐさま成長。夏休み直前の、臨海学校に差し掛かる頃には。代表候補生には及ばないものの、それでも三ヶ月での伸び具合とは思えないほどに上達していた。

 

 いっぽう、裕太はというと。あまり才能はなかったらしく、一夏との差はどんどんと開く一方だった。

 先のセシリア戦での敗北と周りからの評価はさらにモチベーションを下げたらしく、碌にアリーナで奴の姿を見たことはなかった。

 

 勿論そんな状態で、授業中の実技が上手くいくわけもなく。最後のほうになると、ひたすら怒鳴られてばかりだった。 

 

「だが、最大の違いは……」

 

 監視カメラの類がないとも限らない以上。聞かれたら拙いので、その先はそっと心の中で紡ぐ。

 

 ――周囲の人間の有無、と。

 

 私を含めて、一夏の周りには常に人がいた。鈴、セシリア、ラウラ、イザベル――いや、()()()()()()といった専用機持ちの友人に加えて。担任はあいつの姉にして世界最強だった千冬さん。

 さらには容姿のみならず、誰とも分け隔てなく接する事のできる性格だったから。あいつは多くのクラスメイト達とも親交を深めていった。

 

 だが、裕太はそれとは正反対に。いつも一人だった。

 

 もちろん女子高に通わされ、兵器の扱いを無理やり学ぶ事となった一般人という経歴が前提としてある以上。奴に同情したり、心配する生徒や教師も少数とはいえ、確実にいた。

 

 だが奴は、それらの救いの手を跳ね除けていた。

 

 それが元来の性格なのか、学園で摩耗しきったせいなのかなど。今となっては分からない。

 

 けどその結果、彼の周りには誰も寄り付かないようになっていき。次第に彼に話しかける人間すらいなくなっていった。

 

 数多くの仲間に囲まれた織斑一夏と。どこまでも一人だった安崎裕太。

 

 まさに「光と闇」という言葉が相応しい二人の間には、当然のように。言葉じゃ言い表せない位の溝ができていた。

 

 どんなに些細な事でも諍いが起きて、そして決まって周囲から非難される。

 

 二人の関係が終わったのは、ちょうど夏休みの直前。

 

「全ては、私が専用機を手に入れた日――臨海学校二日目の事だったな……」

 

 そっと、首を右手――かつても今も、専用機が巻かれていた箇所へと向けて呟く。

 そう、あの日。私は姉さんに頼んで作ってもらった専用機の紅椿を受け取り。晴れてみんなと同じ、専用機持ちへとなったのである。

 

 そしてその直後、姉さんの策略により。ある事件が起きた。

 

 アメリカとイスラエルの共同開発IS「銀の(シルバリオ・)福音(ゴスペル)」がハワイ沖でコントロールを奪われ、暴走したのである。

 

 その迎撃に参加したのが、私と一夏だったのだが――作戦は、失敗に終わった。

 

 私が酷く浮かれ、力の在処を見失ってしまったからだと記憶している。

 

 その事を思い出すと悔しさまで浮かび上がってくるが。今はこの辺にしておこう。とにかく、次々思い出さなければならないのだから。

 

 とにかく、この作戦によって一夏は負傷、昏睡。ともに迎撃に出ていた私も戦意を喪失させてしまった。

 そしてセシリア達、専用機持ちの皆もまた。その落ち込みようは半端ではなく。夕暮れ時の作戦本部には絶望的なムードが漂っていた――いや。

 

「だが奴は……奴だけは違った」

 

 安崎裕太。奴だけは、あの状況がどういったものか分かっていながら。ひたすら一夏と私への罵倒をしだしたのだ。

 

 憎んでいた男性操縦者の片割れの負傷と、コネで専用機を手に入れたIS開発者の妹の作戦失敗。

 日ごろ私達を憎んでいたあいつにとって、よほど面白かったんだろう。その口はあまりにも饒舌に過ぎた。

 

 その結果、どうなるかなど。誰がどう考えたとしても分かる。

 奴はこちらの猛烈な批判に遭ったのだ。千冬さんに副担任の山田先生、そしてこの場に未だ居合わせていた姉さんにも罵倒され――その結果。作戦本部だった旅館から姿を消してしまったのである。

 

 しかし、それを追うものなど誰もいなかった。

 

 私達は奴の言葉が腹に据えかねた結果、戦意を取り戻して福音との戦いに備えていたし。千冬さんたち教師陣も次の作戦を練り上げるのに忙殺され。姉さんに至っては言わずもがなだ。

 そして一般生徒はそもそも避難していたため、一連の事件をしらないままだった。

 

 翌朝、私達が復活した一夏とともに福音を倒してから捜索が行われたものの、見つけることはできず。結局、発見できたのはさらに翌日。学園に帰る日の朝であった。

 

 奴がいたのは、学園所有のビーチから離れた場所にあった廃屋の中。

 

 だが、その時奴は――。

 

 

「首を吊って、死んでいた……!?」

「うん。発見時には……もう」

 

 驚愕するナギに、あくまでも事実を淡々と告げる優奈。

 ダメ押しと言わんばかりに、タブレットには安崎裕太が死んだ記事の載った新聞が表示されていた。

 

「最初こそ、貴重な男性操縦者を死なせた事に対する批判は強かった。けれど、学園関係者からの証言やらなにやらが出てくるたび、批判は薄くなっていって――」

「篠ノ之博士が録音していた、福音事件の際に裕太が発した罵詈雑言の記録。それが流出した事が決定打となったサね。当時ロクに学園の内情について知らなかった私でも、あれはドン引きだったサ」

「でも、死んだのなら……どうして、あいつは今この場にいるというんですの!?」

 

 セシリアの言う通りだ。これだけなら――言い方は悪いが――その男性操縦者が、自業自得で死を選んだだけの話でしかない。

 

「……私だって当時は、これで終わりだと思ってたよ。……でもね、これで終わりじゃなかった」

 

 そう言って優奈が変えた画面。そこに写っていたのは、今までのように新聞記事ではなく――。

 

「――いいえ、()()()()()()()()何としてでも男性操縦者というものを失いたくない、量産したいという人間たちの欲が、思惑が……終わる事を許さなかったの」

 

 安崎裕太蘇生計画「Σ-1」と書かれた、おぞましい書類だった……。



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明かされた真実(後)

「ねぇ、これって……どういう、事?」

 

 ヤバいものを見せられた後、あたしが口に出来たのはたったそれだけだった。

 

 異世界だのなんだのはある程度信じられても、流石にこんなのは理解の範疇を越えすぎていた。

 

「にわかには信じられないと思うけど、そのままの意味だよ。ISを利用した死者復活計画が、私の世界にはあったんだ。そしてその結果……安崎裕太は今の力を、手に入れた」

 

 そんなこっちの反応など、当然織り込み済みだったんだろう。優奈はすぐさま返答した――その時だった。

 

「死者を蘇らせる研究だと!? 馬鹿げている!」

 

 ラウラは勢いよく、腰かけていた椅子から立ち上がると。優奈へと近づきつつ声を荒げる。

 

「うん。私だって馬鹿げてるって思ったもの。こんな計画を……()()()()()()()()()()()()()()()

「お姉ちゃん……?」

 

 ラウラへの返事の中に混じっていた言葉に困惑していると。優奈は液晶に表示された書類の、ある一点を指さす。

 

 そこには確かに「神崎(カンザキ)(レイ)」と書かれていた――。

 

「私がその計画を初めて知ったのは、夏休みも終わり際になっての事だった……」

 

 そして、優奈は語りだした。

 

 男性操縦者の片割れが蘇り、そして悪魔と化すまでの道程を――。

 

 

 初めて裕太の蘇生計画なんてものを聞いたのは、さっきも言った通り。夏休みも半分を過ぎた頃で、ちょうどお盆の頃だった。

 

 いつも研究所に籠りきりで、碌に帰宅しないお姉ちゃんが帰ってきたかと思ったら。いきなり私の部屋へとやって来て。

 本来ならば口外厳禁のその話を、私にしてくれた。

 

「安崎裕太……あいつを蘇生させる!?」

 

 自分の姉がISに関する研究をしていたのは、知っていたけれど。どういう事をしているのかまでは、当時の私は把握していなかった。 

 

 だからこそ、目の前の女性が何を言っているのかにわかには信じられなかったし、正直荒唐無稽な話にしか聞こえなくて。

 

「何言ってるの! 死人を蘇らせるなんて、そんな馬鹿な真似ができるワケが……」

 

 と、さっきのラウラみたいに返してしまった。

 

 だけど、お姉ちゃんが言うには、ある条件を満たした場合にのみ可能かもしれないという事で。そして安崎裕太は、それを満たしていた。

 

 ――その条件というのは、数カ月以上専用機を持った状態で。かつ死亡時にもISを、待機形態でもいいから身に着けていた事だった。

 

 

 お姉ちゃん曰く。元々の死者蘇生計画の発端は、一夏達が見つかる半年前。一人の日本代表候補生が交通事故に遭って、亡くなった事からだったという。

 

 専用機としていた打鉄に搭載されていたコアが、その子についての詳細なデータを記録していたの。身長、体重の推移記録から簡単な会話パターン。それに趣味嗜好に戦術パターンと言った風にね。

 

 そしてその中に、解析不可能なデータが存在している事が突き止められ。ある仮説が立てられた。

 

 専用機には魂のようなモノを、記録ないし一部を移譲し保管する能力が備わっている。だからこそ形態移行などと言った「現代の技術では到底行えなかった」ものを、実行に移せるのではないか。

 そしてそれを利用すれば、死者の復活もできなくもない……って。

 

 だけど実証する機会を、その時はまだ与えられなかった。

 

 当然のように遺族の猛烈な反対にあって、実験ができなかったから。

 

 やがてコアも初期化されて、別の企業へと渡っていき。さらに早々ISパイロットの死亡事故なんて起きなかったものだから、このまま忘れられようとしていた――そんな時だった。

 

 ちょうど日本国内で、専用機持ちの死人が出てしまったのは。

 

 世論は十日もしないうちに、あいつの自業自得に落ち着いたと言っても。

 

 安崎裕太という人間が世界的に貴重な男性操縦者っていう存在だったのは間違いないうえに。その損失は、日本にとっては計り知れないものだった。

 

 だからこそ、それを生き返らせられるならと、藁にも縋る思いで。反女尊男卑の思想を持つ政府高官たちはお姉ちゃんの研究所に、実験の依頼――いいえ、強行させていった。

 

 なんとしてでも生き返らせろ、それが無理でも男性操縦者の条件を解き明かせ。金ならいくらでもだす――ってね。

 

「理屈は、分かったよ。それが出来なくもないかもしれないってことも……」

 

 ひと通りの説明を聞き終えて、まず私が口にしたのはそんな事だった。

 

 理解したくはなかったけれど、それができるかもってことだけは……イヤでも分かったから。

 

 だけど、納得できたかというと。

 それはまた、別の話だった。

 

「でもね! あいつは……あんな奴、生き返らせる価値なんてない!」

 

 思わず激情に任せてそう叫んだのを、今でも憶えている。

 

 あいつがどんな奴だったかなんて、同じ学校に通っていればイヤでも思い知らされてたし。

 それにお姉ちゃんだって報道で、生き返らせるに値する人間じゃないこと位、分かってると思ってた。

 

 けど、あの人は首を横に振ったんだ。

 

「彼にだって、もう一回チャンスがあってもいいとは思わない?」

 

 その後、お姉ちゃんはこう続けていった。

 

 あいつがおかしくなったのは全て巡り合わせと能力の低さのせいで、生まれつきじゃあない。それらが原因で歪んでしまっただけだ。

 もし裕太も織斑一夏と同等とはいかなくとも、普通にある程度の運動神経や知識、それなりに戦える専用機を持っていれば、こうはならなかった。

 

 そして自分達は生き返らせるとともに、それらを施す準備がある――と。

 

「大丈夫。彼だって話せばわかってくれると思うし……それに、もう二度とあんなことにならないよう、私達がなんとかするから」

 

 しめくくりにこう言った姉を、その時の私は何か別の人を見るかのように、冷めた目で見ていたのを憶えている。

 この人は今研究者として今、欲望に取りつかれていて。世界的な名声を得たいがために、こんなおぞましい計画に手を染めている。

 

 ついさっき並べた言葉だって、所詮は建前に過ぎない。

 

 私とこの人は家族だから。長年同じ家で付き合ってきたからこそ。 

 そう、嫌でも分かってしまったんだ。

 

 だから、私が言ったのは。

 

「……分かったよ。そこまで言うなら。でも、もし生き返ったとしても。きちんとあいつが更生するまで人前に出さないでよね」

 

 という、たったのこれだけだった。

 

 心の中では「どうせもう、実験は止められないし……。それにこんなの無茶苦茶すぎるから、どう考えたって失敗する。そうなってから、改めてどれだけバカなことをしていたのか教えてあげればいい」って、そう思ってた。

 

 そんな私の言葉を最後に耳にしたお姉ちゃんは「分かった」とだけ返すと、再び研究所の方へと戻っていった。

 

 でも――今になってみると。あの時、何としてでも阻止しておくべきだったって思う。

 

 もし、ここで止められれば。パンドラの箱が開くこともなく。

 

 あんな地獄が生まれる事だって、なかったんだから……。

 

 

 ここから先、研究所で起こった事は資料でしか知らないけど。

 

 お姉ちゃんが私に話した翌日から、ついに本格的に計画が始動。

 

 名前も「Σ-1」なんて適当なものから、正式名称の「ネクロ=スフィア脳接続(ブレインリンク)計画」へと名を変え、いよいよ蘇生へと向けて動き出した。

 

 計画実行から五日目の夜。打鉄から引き出したデータ……「ネクロ=スフィア」と、コア内に残留していた特殊な粒子の振動。それらを利用して、お姉ちゃん達はついに冥界の門を開くことに成功。

 

 元の肉体の代わりとして用意された人工の肉体のバイオ脳の中へと。確かに魂としか言いようのないものが呼び戻された。

 

 だけど勿論。蘇らせてリハビリさせて、体が馴染めばハイおしまい……ってわけにも流石にいかなかった。

 

 なにせ研究所の誰もが、あいつがどうやって死に至ったのか知っている。

 

 あいつ本人も「やった事は仕方ないし、反省はしている。しかしこのままIS学園に戻っても、また同じことを繰り返すだけで仕方がない」と主張したそうよ。

 

 そしてその主張はさっきも言った通り、元々のプランにあったものと同じだったから。そのまま改造計画がスタートした。

 

 まず、肉体の改造。

 

 用意された人工の肉体は寸分違わず前のを再現していた……つまり低スペックのままで、大した実力を発揮できそうになかった。

 

 だからお姉ちゃん達は改造を施すことにしたのだけど……ここで、政府から無茶な要求がなされることになった。

 

 死人を生き返らせたという偉業と、男性操縦者という希少な存在。

 

 それらをアピールするためには、そんなものでは不足に過ぎる……ってね。

 

 当初、お姉ちゃん達は普通に運動神経を改善、肉体もISスポーツ向けにする程度で、残りは彼の努力次第といったレベルで留めるるつもりだったからこそ。そんな度が過ぎていたものは到底許容することはできなかったし、いざなにかあった時の対処にも困ると再三にわたって説得したという。

 

 けれど、上からの圧力により。結局はやらざるを得なかった。

 

 最新式の人造筋肉を至るところに搭載させ、チューンナップを施した結果。

 死ぬ前とは比べ物にならないどころか、国家代表候補生にすら匹敵する力が、奴の手に渡った。

 

 やがて、奴が身体に慣れてきたころになって戦闘訓練も開始されたが。死ぬ前とは百八十度違う、圧倒的なまでの力を得たあいつの戦闘能力は、かなりのものだったそうね。

 

 どんな国家代表候補生候補のデータすら敵じゃなく、ついには、元々ここまで落ちる原因となった存在――セシリアのデータすら倒した。

 

 苦戦の末に打ち倒し、アリーナから出てきた時のあいつの顔。相当歪んだように笑っていたそうよ。

 

 そしてその笑顔を間近で見たのをきっかけに、お姉ちゃんはあいつに不信感を芽生えさせていった――けど。

 残念なことにこの結果は、多くの者達を虜にするのに十分な魔力を持っていた。

 

 お姉ちゃんが距離を置き、これ以上の強化に躊躇するようになったのと正反対に、彼らは裕太の荒々しくも強い力に熱狂。

 

 元々「強ければ何でもいい」って政府高官はおろか。過剰な強化にあれだけ反対していた研究員たちですら、掌を返したように次々と思考を手放していった。

 

 もっと激しく、興奮できるような戦いを。歪んだ世界の……女尊男卑社会の打破をと。

 

 見果てぬ欲望を見続けた彼らは。裕太が欲するがままに強化を彼に与え続け。気づけばその力は代表候補生を抜き、完封するまでになり――やがて、国家代表にすら並ぶものとなっていった。

 

 そして九月も半ばが過ぎ、いよいよ世間にお披露目する日も近くなった頃になって、彼が最後に要求したもの。

 

 それはいまだ醜いままの顔の、整形手術だった。

 

 奴曰くこのままだとアンバランスだし、結局一夏と比べられてしまう。だから()()()()()()()()()()

 

 その話を最初に聞いたお姉ちゃんは、さすがに「そこまではどうしようもない」と断ったし。奴もその場では一応納得はした。

 

 だけど、他の連中――特に、政府の奴らが許さなかった。

 いずれ広告塔にする以上、見栄えはいい方がいいってね。

 

 で、改造……というか、整形が行われることになったけれど。もちろんイケメンと十把一絡げに言われてもどうしようもないじゃない?

 

 だから、あいつ本人に希望を聞くことになったの。

 

 そこで裕太が答えた顔ってのが――織斑一夏とまったく同じ顔だった。

 

 もちろん当時は誰も、それを望んだ理由が「一夏とその周りの専用機持ちへの嫌がらせ」なんて気づけるはずもない。でも普通に考えたらさ、その望みが異常だってこと位には気づけたはずじゃない?

 

 だけど、既にタガの外れた連中は既に考える事を放棄していて。結果、他の時と同じように、奴の望みは叶えられる事となった。

 

 整形手術が行われる直前、奴はこう口にしたという。

 

「こんな俺の望みをここまで、何でも叶えてくれてありがとうございます。ですがこれが俺が望む、最後の願いです。手術台が成功したら、この最強の力で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ってね。

 

 その発言を聞いた時、お姉ちゃんの中の疑惑は確信へと変わったそうよ。

 

 死者を蘇らせる研究と男性操縦者。

 

 その二つが融合し、同調した結果。

 飽くなき欲求は邪悪な方向へと超越して、破滅の未来へと針を指し示しだし。

 

 しまいには、途轍もない悪魔を生み出してしまったと。

 

 それを知ってしまったお姉ちゃんだったけれど。出来る事なんてもうほとんどなくて。精々があいつの新しい専用機を奪って隠し、自分の懐に仕舞う程度だった。

 

 手術が成功して、三日後。

 

 奴の顔から包帯がとれ、二人の男性操縦者の顔が全く同じとなったのは。奇しくもIS学園の学園祭とだった。

 

 そして、その新しい顔を手に入れた男が。どこからともなく、今までの機体と違う()()を展開した時。

 

 私達の世界はついに、破滅の時を迎える事となった……。 



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悪魔が顕現した日

 あいつがいなくなっても、学園での生活がそう変わりはしなかった。

 

 確かに臨海学校が終わってからしばらくは世間の注目の的となり、騒がれたものの。ほどなくしてIS学園は一学期を終えて夏休みに突入。

 

 そうこうしているうちに、奴の素性も露呈したため。二学期を迎える頃には平時の落ち着きを取り戻していた。

 ――その裏で、あんな恐ろしい事態が進行しているとは知りもせずに。

 

 後の戦友にして三組のクラス代表――神崎優奈の、姉が行っていた研究。

 

 それを知ったのはあとの事だったが。死者を蘇らせる計画は、姉さんも知らない状態で行われていて。

 

「そして、あの日……あいつは再び、私達の目の前へと姿を現した……」

 

 時計の針を進めていき、記憶が辿った次の地点は9月中旬。

 

 私とセシリア、それにラウラがクラスの出し物だった喫茶店の、店番をやっていた時。

 奴は再び私たちの前へと姿を現して、邪悪な笑みを浮かべると。

 

 「待ちに待った時が来たぜ、なぁ! 一夏さんよぉ!」と、意味がいまいち不明瞭な事を口にしたかと思うと……。

 

「突如として打鉄を展開して、手にしたビームライフルの引き金を引き。そして――セシリアと、ラウラを……」

 

 あの二人の眉間を撃ち抜き、殺したのだった――。

 

 

「専用機さえ奪えば……なんて思惑は、しかし。あっさりと覆されたんだ」

「どういう事? 専用機は取り上げたんじゃなかったの?」

 

 ここから話が大きく動こうかというその時、ナギの発した質問は実にもっともだった。

 

 実際奪えば大した抵抗はできないと踏んで、優奈のお姉さんもISを奪ったのだろうし。

 

「取り上げはしたよ。でも、奴は……何もないところから、かつての専用機――打鉄を展開した」

「専用機がないのに、どうやって展開したっていうのよ!?」

 

 そう、叫びながら質問したが。同じところをセシリア達も気になっていたんだろう。みんなもあたしに同調しているかのような、そんな目線を優奈に向けていた――そんな時だった。

 

「強い意志をもってすれば、数分だけ……機体を展開することができるんだよ」

 

 布団が捲れる音がするとともに、そう答えたのは。

 戦闘終了から今の今まで眠っていた、イザベルだった。

 

「シャルロ――ごめん、今はイザベルだっけ。もう大丈夫なの?」

「呼びにくいならシャルロットでいいよ。それより、これ」

 

 優奈にイザベル――シャルロット?――は返答すると、首からぶら下げていた専用機の待機形態を取り。たった今話しかけた相手へと投げ渡す。

 

 そして、その直後。

 一陣の風が、室内に吹き荒れたかと思うと――。

 

「専用機が操縦者を憶えるのと同じように、操縦者は専用機の姿かたちを意識……ううん、()()()()()()()()()()

 

 ブロンドヘアの少女は、確かに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを見て思わず唖然とした、あたしの脳内に浮かんだのは。

 親友が前の戦闘でやった、あの謎のISの展開だった。

 

「もしかして箒の紅椿だか何だかも、こうやって展開して――」

「その可能性は高いね。突然出てきたとなると」

 

 優奈がこっちの質問に答えている間に、ラファールは出てきた時同様、風を発生させながら消失。病み上がりなのに無茶をしたせいか、そのまま操縦者は倒れそうになる。

 

 それを見たラウラが抱え込み、ベッドへと座りこませようとした、その時。イザベルは畳みかけるように、追加の情報を口にし始めた。

 

「とはいえ……見ての通り、結構体力を使う割には数分しか持たないし……それに、特殊なコツが必要なんだけどね」

「それでも、奇襲性は相当高いですわね……こんな風に突然展開されては、うまく対処もできないでしょうし」

 

 セシリアの指摘の通りだったらしく、優奈は「その通り」と短く返してから、続ける。

 

「実際、不意打ちのアドバンテージは並大抵のものじゃなかったみたい。あっさりと研究所は陥落し、元の専用機――打鉄を奪還する事に成功した」

「新しい専用機じゃなくって……?」

「コアが欲しかったのサ。前の、恨みつらみをしっかり吸い込ませた……あいつにとって、特別なコアがナ」

 

 あたしの質問にアーリィ先生が答えるのを待ってから、優奈は続ける。

 

「あいつは奪った機体を展開した途端、強引に二次移行を敢行。生き返ってからの戦闘データと、奴の邪念を吸い上げた機体は――白式と、同じ形をしていた」

「よほど一夏への恨みが強かったのだな。そんな形状に、迷いなく固められるほどには。それで、その後はどうなったのだ?」

 

 ラウラが感想を言いながらも続きを催促せざるを得なかったように、あたしもこの後が気になっていた。

 

 少なくとも、優奈がお姉さんから専用機とデータスティックを貰っている辺り。ここで零が死んだわけではないっぽいけれど……。

 

「けど、あまりにも強化が過ぎたせいか……その場でいきなり移行できたわけじゃなかった。奴は機体ごと大きな繭のようなものに入ると、その中で……専用機の姿をゆっくりと、変えていった」

「図らずも、隙が出来たってわけね」

 

 あたしの感想に優奈は頷くと、今度はラウラの手にあったアクシアの待機形態を指しだす。

 

「うん。実際、そのおかげでお姉ちゃんは逃げる事が出来たわけだから……不幸中の幸い、だったんだろうね。ちなみに、あいつは最後にこう言ったそうよ……『お前たちには感謝する、望み通り女尊男卑社会は砕いてやるから有難く思うがいい』ってね」

「なにが女尊男卑社会の破壊よ! ただ自分の復讐がしたかっただけじゃない!」

 

 思わず叫んだ言葉には、優奈たち異世界組も思うところがあったんだろう。

 皆一様に真剣な顔をしだしてから、再び優奈が口を開く。

 

「お姉ちゃんはそれを聞いた直後に、逃げたけど……。その際横目に入ったのは繭を形成しつつも、隙間から触手を生やして。冷凍保存されたオリジナルの遺体を持ち出す、あいつの姿だったらしい……」

 

 そして、優奈の話はいよいよ。

 

 あたし達もよく知るIS学園へと、その舞台を移していった――。

 

 

 事件が起こった、ちょうどその時。私は1組のメイド喫茶の列に並んでいた。

 

「なぁなぁナギさんよ、これは流石に凄いね……うちのクラスの倍以上の列ですぜ」

「そりゃうちには代表候補生がたくさんいるし、なにより織斑君がいるからね。ぶっちゃけ一時間半で済んでるだけ奇跡だよ」

 

 ちょうど列整理に来ていた、別クラスの友人のナギにそんな風に返されたのを、今でも覚えている。

 

 だって――その直後、だったんだから。

 

「あ、ごめん」

 

 突如として携帯が鳴り、急いで取り出すと。液晶にはお姉ちゃんの名前が書かれていた。

 

 うちは両親ともに海外で働いていたし、学園祭のチケットをあの人に渡したけれど――正直、来てくれるとは微塵も思っていなかった。

 

 だから、そんな中でも来てくれたんだ……なんて思って。

 

 あんなことがあった後にも拘わらず、少しうれしかったのを憶えてる。

 

「もしもしお姉ちゃん、来れるんだったらもっと早く教えてくれても、よか――」

「今すぐ、第一アリーナに、ピットに……来て……」

「え?」

 

 でも、そんな喜びの感情は。電話越しに聞こえてきた、逼迫した声で吹き飛ばされた。

 

 そして次に訪れたのは、困惑の感情。

 

 どうして何の出し物もやってない、第一アリーナなんだろう?

 なんでそんなに焦ってるんだろう?

 そしてなんで直接、私のクラスの方へと向かってこないんだろう――と、そこまで考えた時だったっけ。

 

 今度はいくつかの疑問も、全部一気に吹っ飛んだ。

 

 なにせ――目の前を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「安崎、裕太……!?」

「――優奈! 今すぐそこから離れて!」

 

 電話口からそう聞こえてきたのと。ちょうどすぐそこにある教室から、ビームが発射されたような音がしたのは。ほとんど同時だった。

 

 あまりにも異常なことが立て続けに起きて固まり、思わず携帯電話を落としてしまったものの。

 

 変に頭は冷静で、それで――。

 

「ナギ! 逃げるよ!」

 

 私はすぐ近くにいた友人の手を引いて、そのまま階下へと人混みを避けつつ走っていこうとした。

 

 その、時だった。

 

「優奈! 窓の外……無人機が!」

「無人機!? 今そんなの後にして――」

 

 滅茶苦茶な事を口走っていた辺り、今からして思うと。自分で考えていた程には冷静じゃなかったんだろう。

 

 そんな事を言ってナギの手を引いたまま、逃げるのを続行しようとしたけれど……。

 

「う、そ……!?」

 

 流石に窓の外の光景を見てしまえば、思わず足を止め。その場で数秒、固まらざるを得なかった。

 

 なにせ、そこにあったのは。

 異常な数でもって空を覆いつくす、ゴーレムの群れだったのだから。

 

「どうなってるの。これ……!? 安崎が、死人が生き返って、無人機を引き連れてきたとでもいうの……?」

「――ッ!」

 

 必死でクールダウンさせようと足掻きながら、それでも懸命に足を動かしていると。

 引っ張られていたナギからそんな問いかけをされてしまい、思わず絶句してしまった。

 

 だって私は、一般人よりかは。この時何が起きていたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だけど、今の状況でそんな事を口にして揉めたりした結果。あいつらに殺されては仕方がない。

 

 そう判断した私は黙ってナギの手を引き続けて走り続けた。

 幸い、教員部隊も専用機持ちも第一アリーナの近くには展開していなかったから……攻撃に当たる心配()()はなかったため。あっさりと目的地にたどり着きはした。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 校舎で起きていた阿鼻叫喚の地獄絵図とはえらく違って、静寂に包まれたアリーナのピットの中。

 壁にもたれかかっていたお姉ちゃんを発見すると、私はいてもたってもいられず。駆け寄りながらそう叫んだ。

 

 そして叫びながら、頭の中ではどんな質問をするべきかについて、ひどく迷っていたと記憶している。

 

 蘇らせるのに成功したのは見れば分かる、でも更生するまで人前に出さないって約束したじゃない、とか。

 

 どうして無人機が一緒に襲いかかってきたの、あいつらのコアは? とか。

 

 いろいろ問い詰めてやりたいことは、あったけれど。

 

 それでも、家族だったから。最初に出てきた質問は。

 

「その怪我、どうしたの!? 大丈夫!?」

 

 などという、酷くありきたりなものだった。

 

「ゴメンね。優奈……あなたの言う通りだった。あんなの、生き返らせるべきじゃなかった……」

「今更……そんなの、今更だし、そんなのどうでもいいよ! 私はね、大丈夫かって聞いてんの!」

 

 あんなことを引き起こした元凶の一人だってことも分かるし、それに思うところはごまんとあったけれど。それでも、家族だったから。

 

 どうしたって涙で滲んだ視界の中、出てきた言葉はそんなのだった。

 

「いい、よく……聞いて。これを織斑千冬を介して、絶対に篠ノ之博士に……渡して。でなきゃ、あいつには、私達の作ってしまった悪魔は倒せ、ない……」

「悪魔!? どういう、こと?」

「それと、これ……あなたの、専用機。もう、パーソナライズとフィッティング、終わらせて、る、から……」

 

 そう言って渡してきたメモリーと待機形態を受け取りつつ。涙を拭ってからふと、ピットの壁へと視線を移すと。この場で必死に調整をしてくれたんだろう、血がべっとりと付着したコンソールが目に入った。

 

「専用機貰ったって、戦えるわけないでしょ!」

「戦わなくてもいい、生き残って。それで、なんとしてでも、あいつを倒して……」

 

 そう言ったきり、お姉ちゃんは動かなくなって。

 

 そしてそれと同時に、壁をぶち抜きながらゴーレムが一機。私達の元へとやってきたから。悲しむ時間も与えられなくって。

 

 ナギを守るためにも、生き残るためにも――もう、悩んでいる時間なんてなくって。

 

「うぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 もう心の中ぐっちゃぐちゃのまま、ヤケクソになりながら。

 

 叫んで初めてこの子――当時はただの《アクシア》って名前だった――を展開して。

 

「お前らぁぁッ!」

 

 いきなり専用機を持っていない奴が展開したことで、相手のAIが混乱している間に。急いでビームガンを出し撃ち抜いた。

 

 それだけで倒せたのは、本当に運が良かったのもあったけれど……それ以上にクラス代表として、実戦経験を多少なりとも多く積めていたってのがあったね。

 あの時ほど、クラス代表に推薦された事に感謝した時はなかったよ。

 

「っはぁ……はぁ……どうしよ、ねぇナギどうしよう……!? これってどう考えたっておかしいよね!?」

 

 こうしてゴーレムをぶっ倒して、戦いは終わったけれど。まだ安心できる状態にはなっていなかった。だから言動もおかしかったし。私以上に戦う力もなければこの現状に関する知識もないナギへと、そんな言葉を投げかけてしまっていた。

 

 でも、それでも。逃げなきゃって、直感的に思ったのか。

 

 無意識のうちに同じく混乱するナギを抱えて、アリーナから出ようとした――その直後だった。

 

 織斑先生――千冬さんの声が、校内放送で聞こえてきたの。生きている人間は直ちに、地下区画の脱出艇へと乗り込めってね。

 

 アリーナ内にも地下区画への直通エレベーターがあったから、それに乗り込んで脱出艇へと向かったんだけれど……。

 

 今度は船の中で行われた、安崎の尋問でもまた。恐るべき事態を知ることになったの……。

 

 

 セシリアとラウラが殺され、奴が更に攻撃をしかけようとする中。

 慌てて我に返り、紅椿を展開し迎撃したところまではしっかりと憶えている。

 

「そして意外にも、あっさり倒せたことも……」

 

 そう、奴は生きていた頃の実力そのままで来ていたのだ。

 あくまで奇襲が成功しただけで、大した実力もなく。すぐにシールドエネルギーを全損、無力化できた。

 

「そして尋問しようと、あいつを連行し脱出艇まで逃げたが……セシリアとラウラをそのままに、してしまった」

 

 外の無人機は一夏達や教師部隊が応戦していたとはいえ。私は校舎内の人達を避難誘導する役割があったから。セシリアとラウラの死体を運ぶ余裕なんて全くなかった。

 

 なにせまだ、優奈の姉のデータを何も知らなかったうえに、安崎の尋問もしていなかった。

 

 それに……()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『模倣(ネクロノイド・)偽骸(トレース)』。それが奴の打鉄の第二形態が発現した、とんでもない単一仕様能力だった」

「模倣偽骸……何か、名前からして既に最悪なんだけど」

 

 あまりにも邪悪な固有名詞に反応したのはナギだった。確かに、その名前からは悪意がダダ漏れになっている。

 

 けど、それよりも。

 

 あたしにはどうしても、気になる事があった。

 

「ねぇ、優奈。安崎って一夏と同じ顔になったのよね?」

「それなのになぜ、前の安崎と同じ顔の奴が出てきたのだ?」

 

 ラウラも同じところが気になってたのか、あたしに便乗する形で問いかけると。

 

「それも全部、その単一仕様能力のせいサね。偽骸模倣は三つの能力の複合で、ひとつは無人機を生成する能力」

「ふたつめは、零落白夜のコピー能力」

「そしてみっつめは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――なん、ですって!?」

 

 あまりに凶悪で、死者を冒涜するその能力に唖然とする中。いちばん最初に反応したのはセシリアだった。

 

 そして、ラウラも顔面蒼白になった途端。恐ろしい結論に気づいて、背筋に寒いものが伝いだす。

 

「うん、多分考えている通りだよ。私は向こうの世界で、あいつに操られたセシリアとラウラ……()()()()()()()()()()()()()

 

 流石に内容がアレなだけあり、優奈も弱々しく告げると。イザベルが続ける。

 

「さっき戦ったもう一人の僕も……あいつの力で造った偽骸(ぎがい)虚兵(きょへい)――つまり、死体人形だよ」

「ッ!」

 

 優奈から単一仕様能力を聞いた時から、薄々感づいていたこととはいえ。いざ実際に聞かされると、気持ちのいい話ではなかった。

 

 動く死体と戦ったなんて、あまりにもおぞましい。

 

「時間を逃げた直後に戻すけれど。ディスクが渡った事と、裕太を尋問したことで。流石にこのままではどうしようもないって結論になった」

「だからこそ委員会を通じて世界中のIS操縦者に応援を要請したし、篠ノ之博士に連絡をとった」

「そのタイミングで、私も学園の潜水艦の方へと向かったのサね」

 

 イザベル、アーリィ先生、そして優奈の順で。次々話を続けていくが。疑問もあった。

 

 果たしてこんな化け物みたいな状況、いくら天災なんて異名を持つ束さんであってもどうにもならないだろうって。

 

 現に、完全解決に至っていないからこそ。こうやって今、世界の壁を越えて問題は続いているワケで……。

 

「とはいえ、篠ノ之博士でも、打開策を見つけるのは困難を極めた。あの人でも流石にこんな研究、いままで一度もしてこなかったわけだし」

「でしょうね。束さん、意外と人の命に関しては敏感だから」

 

 白騎士事件にせよ、何かにつけてISに関してちょっかいをかけてきた事件にせよ。

 どんな時でも少なくとも、こっちの束さんは人の命を奪ったり、弄んだりするのを忌避――いえ、嫌悪してきた。

 

 そんなあの人にとって、いきなり資料が揃っていたとしても。時間がかかるのは必然だと思った。

 

「研究を続ける間、逃げ回る事に終始した僕達だったけど……偽骸虚兵との戦いは、心身ともに掃討疲弊していった」

「仲間を手にかけなきゃいけない上に、もう助からない子はその場で頭を潰す形で介錯させてあげなきゃいけない……どんどんと、精神的に余裕がなくなっていった」

「おまけに、敵の親玉は一夏と同じ顔をしてる……正直、死んだ方がラクなんじゃないかって、何度も思ったよ」

 

 優奈、シャルロット、また優奈の順に喋るその顔は。とても辛そうだったが、無理もない。

 

 あたしだって、そんな状況だったら死にたくなるに違いなかったから。

 

「でも、十ヶ月の逃亡を経て。世界が荒廃する中、ついに篠ノ之博士が完成させたの……奴の力を削ぎ、この地獄から抜け出す秘密兵器をね」

「なんですの、それは……?」

「強化パッケージ『花鳥風月』。そしてそれこそ僕や箒、それにアーリィさんがこの世界に記憶を引き継げた、最たる要因だよ」

 

 セシリアの言葉に返したのは優奈ではなく、イザベルだった。

 

 しかし、一体それはどういう……!?

 

「でも、突貫工事で仕上げたそれは……博士にしては珍しく。大きな欠陥のある代物だったのサ」

 

 だけど、最後に付け足したアーリィ先生の言葉で。一気に話は不穏な方向に向かっていく。

 

 そう、予感させていった……。

 



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ひとつの終わりと新たな始まり

「箒ちゃん、頑張って作りはしたけれど……ごめんね」

 

 事件発生からおおよそ、二ヶ月後。

 

 研究室から出てきた姉さんがそう言って、頭を下げてきたのを憶えている。

 

 頭を上げるよう言った私に対し、姉さんは専用機持ちを集めるように言い。その先で、ある装備について話しだした。

 

 それこそ、奴を倒せる一縷の望みであり。

 

 その名は――。

 

「花鳥、風月……」

 

 追加パッケージ「花鳥風月」。

 

 非固定部位の代わりに展開する形で装着するもので、外見上の特徴としては大きな花弁を模したそれの効果は。コアネットワークを通じて、奴のコアの「ネクロ=スフィア」を簒奪。適正や単一仕様能力を弱体化するのと同時に、こちらの魂へとそれらのデータを転移させる事。

 

 だが、同時にもう一つの効果が、連動して強制発動するようになってしまっていて。それは――。

 

「魂ごとネクロ=スフィアを異世界へと転送する……。いや、()()()()()()()

 

 そう。神崎零のデータはあまりにも専門外で、姉さんでも完全に手綱を握ることはできず。

 ネクロ=スフィアを手に入れた時の副次効果――というより、デメリットと言った方が正しいか――で。それを吸収した魂が次元の壁を突き破ってしまうという、あまりにも大きな欠点があった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()」とは姉さんの弁で、詳しい原理は結局よく分ずじまいだったが。それが大きなデメリットであることに、間違いはなかった。

 

「魂を飛ばせば、奴に力が戻ることはなくなる……はずだった」

 

 仮にデメリットがない状態で、奴からネクロ=スフィアを無事に奪ったとしても。私達が殺されてしまえば元の持ち主に奪い返されてしまい。すべては元の木阿弥に帰す危険性がある。

 

 だから、安崎――すでに「一式白夜」と名乗っていたか――と戦い、確実に倒すのならば。確かに異世界へと持ち逃げしたほうが確実なのは間違いなく。感情を抜いて考えれば一長一短の兵器かもしれない。

 だが……。

 

「魂の転移以外にも、花鳥風月にはいくつか……無視できない欠点があった……」

 

 まずひとつに、四人そろった状態でないと使えず、しかもある程度開けた場所を必要とする事。

 次に、転送は「花」「鳥」「風」「月」と名付けられたユニットの順に、しかも二人ずつしか行えない事。

 

 そして。

 

「使える人間が、あまりにも限られすぎていた……」

 

 神崎零のネクロ=スフィアの研究成果が下敷きになっている以上、使えるのは専用機持ちだけで。この時点で多くの一般生徒や、千冬さんは選外となっていた。

 

 しかも、もう一つ条件があった。

 

「適性がA以上の、専用機持ちだけ……」

 

 そして、その条件を満たせるものは。もう、世界中どこを探しても四人だけとなっていた。

 

 アーリィ先生――いや、アリーシャに、当時生徒会長だった更識楯無さん、シャルロット。

 

 それと……。

 

「私の、四人だけ……」

 

 最初、それを知った時。泣き喚いたのを憶えている。

 

 確かに安崎の力は奪えよう。元の弱いあいつに戻すとはいかなくても、十分戦える程度にまでは弱体化する事はできよう。

 

 そしてその後、優奈と一夏達はあいつを殺してくれるに違いない。

 

 だけど、私たちは……私は、もう二度と。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう考えると怖くなって、夜じゅう泣きじゃくって。

 

 でも、それでも。一夏には生きていてほしくって。

 

「だから結局、使う事にしたんだった……」

 

 

 花鳥風月を使った転移作戦が行われる事となって。私達実行部隊は奴がもう来ないだろう場所へと移動し、実行に移した。

 

 検討した結果、決定したのは。一度あいつが徹底的に滅ぼした場所――IS学園。

 

 地下区画まで念入りに破壊したそこに、もう一度襲っては来まい。そう判断した結果だった。

 

 だけど、アーリィと楯無さんの分が終わった時。感づいたあいつが攻め込んできやがったんだ。

 

「クソッ! こんな時に!」

 

 吐き捨てると同時に、目の前のゴーレムを切り倒して。上空で一夏と一騎打ちしている白夜――安崎を睨む。

 

 力を奪われたとはいえ、それでもかなりの戦闘能力が残ってるらしく。明らかに一夏が押され気味であった。

 

「篠ノ之博士! シャルロットと箒の転送は!?」

『八割がた終わった!』

「分かった、でも早く!」

 

 とにかく、持てる限り持ってきた銃火器で弾幕を張って。無人機どもに邪魔させないように支援する。

 

「……ほんっとに空気が読めないわね!」

 

 鈴が叫びつつゴーレムを両断した、その時。

 

 事態を揺るがす動きが起こった。

 

「そいつぁ悪かったな、空気読めなくてよ!」

 

 一夏との鍔迫り合いの最中、わずかな隙を見つけた白夜は白式を蹴飛ばし移動。

 

 瞬時加速でもって、鈴の近くへと移動すると――。

 

「そら死ねよ、二組!」

 

 思い切り、鈴の腹を突き刺した。

 

「――鈴! クソッ!」

 

 それを見た途端、とにもかくにも鈴の死体を破壊しなければと思い、銃口をそっちに向ける。

 

 なにせこのままだったら、数秒もしないうちに――偽骸虚兵にされてしまうのだから。

 

 だけど、そうやって。遺体の破壊に行動を向けたのが拙かった。

 

「――抜かれた!?」

 

 必然的に弾幕は薄れた、その瞬間をついて。ゴーレムの一機がシャルロットへと急接近。そして――。

 

『金髪の分だけ、先に終わった――!』

「クソッ!」

 

 篠ノ之博士の言葉と、ゴーレムがシャルロットの腹に剣を突き刺したのは同時だった。

 

 転送は行われたものの、死体を潰していない以上。偽骸虚兵にされてしまう危険はどうしたって残ってしまう。

 

「お前ェェェッ!」

 

 安全に持ち運ぶつもりだったのか。大してスピードの出ていなかったゴーレムに突撃しようとした――その時だった。

 

「一夏、優奈! まずい……!」

「どうした、箒!?」

「準備完了しているのに……そのままなんだ!」

「――ッ!?」

 

 それを聞いた時、頭の中が真っ白になる感覚がした。

 

 あとでわかった事だけれど、シャルロットの転送完了と死亡が同時に起こったせいで――システムがおかしくなったのが原因であり。

 

 突貫工事のツケが、こんなところで巡ってきた。

 

「篠ノ之博士!? どうすれば――」

『待って……でも、もうこれしかないかも……』

「束さん!!」

「なんでもいいから! 早くして!」

 

 パニックになりながら、私と一夏がほぼ同時に催促したが。

 

『誰かが箒ちゃんを直接……外的要因で、肉体の生命活動を停止させれば……十中八九、いけるけど……』

「――ッ!?」

 

 あまりの事態に唖然としたけれど、もう迷っている時間はなかった。

 

 箒だって覚悟を決めてここに来たのは知っているし、それに第一、このまま眺めててもどうしようもなかったから。

 

 でも、それを一夏にさせるのはあまりにも、あまりにも惨い――だから、私がやる。 

 

 そう口に出そうとした――その時だった。

 

「お前が安崎を足止めしてくれ……俺が、箒をやる」

「――いいの? 私が代わ――」

「煩い!!」

 

 悲壮な表情と叫び声で制止されて、幼馴染は自分がやるなんて言われたら。

 もう「私があんたの代わりにがやる」だなんて、口が裂けても言えなかった。

 

 だから。

 

「分かった。あいつの足止めと、シャルロットの遺体回収は……私が、やる……」

 

 と言って、今にもシャルロットの遺体を安崎の元へと運び出そうとするゴーレムへと瞬時加速するのが精一杯だった。

 

「あいつにやらせる以上、私も……!」

 

 一番つらい仕事をあいつ自身が志願したんだから。私だって最低限、やるべきことはこなす。

 

「……!? こんな時に!」

 

 そう思いながら照準を合わせたものの、もう既に弾はなく。近接ブレードを展開して瞬時加速で迫ろうとする。

 

 そうして私がゴーレムを倒し、落下するシャルロットの遺体に剣を向けたのと。

 安崎がシャルロットの遺体に偽骸模倣を発動させるべく手を伸ばしたのと。

 一夏が涙とともに、すでに動けなくなっていた箒を斬り殺したのは――完全に、シンクロしていて。

 

 それらが一気に行われた瞬間。眩い光が、辺りを包み込み。意識がどこかへと飛ばされる感覚がして――。

 

 

「気づいたら二次移行していたうえに、異世界にいたぁ!?」

「うん。私と一夏は自分達のともこことも違う異世界……それも、地球とは別の惑星に飛ばされてたんだ」

 

 いきなりの展開に驚いていると、優奈から補足説明が入る。

 地獄を抜けだし――いえ、追放されたと思ったら。また地獄だったという訳か。

 

「後で知った事だけれど……。あの時シャルロットの身体に着いたままの花鳥風月に触れてたのが原因だったらしくて……私の手には、あれが握られていた」

 

 そう言って優奈が指さしたのは、イザベルのラファールの待機形態。

 

「それでその後、どうなったサね……」

 

 異世界組とはいえ、ここから先の展開については何もしらなかったアーリィ先生が。ここにきて初めて質問する。

 

「そっちの世界を彷徨う事数ヶ月。どうしたもんかと悩んでいた時。運よく私達は篠ノ之博士と出会うことができたんだ」

「篠ノ之博士……?」

「うん。あそこの篠ノ之博士……いえ、束さんはもう外宇宙に一人で進出していてね、ホント天文的な確率だったけれど……たまたま、出会うことに成功したの」

 

 ナギの言葉に、しんみりとした感じの優奈は返す。

 

 それにしても、まさか束さんが本来の夢の宇宙進出を果たしている異世界もあっただなんて……。

 

「会った後、さすがに三人だけだったからかな。あの人はいろいろと教えてくれたよ。なかでも一番重要だった情報が――私達のISが転移した衝撃で、新しく得た力のことだった」

「新しい力……?」

 

 尋ねてはみたものの、おおよその見当はついていた。

 

 一夏に優奈、それに安崎がここに来るための能力と言えばもう……ひとつしかない。

 

「そ……白式もアクシアも、転移の瞬間に花鳥風月を取り込み強化したみたいでさ。単独での異世界転移能力を得ていたんだ」

「だからこうやって、ここに来れたと……?」

「でも、問題もいくつかあって……」

「安崎もその力を、手に入れた事サね?」

 

 優奈の言葉を先取りしたアーリィ先生が言うと。彼女は頷き、続ける。

 

「そう。同時にシャルロットに触れたのが拙かった。私と安崎の機体にはそれぞれ花鳥風月が取り込まれたけれど……その力は、まるごと一つを取りこめた一夏のとは、大きく差があった」

 

 大きな差と言われても、あまりの超技術の話だったから。あたしには皆目見当がつかなかった。

 

「白式はシールドエネルギーを半分使うだけで跳ぶことができるから、すぐに旅立っていったね。一回試しにと元の世界に戻って甲龍とかを回収した後、束さんが安崎の向かった世界を特定すると。私からラファールを受け取ると出発していった……けど、私はそう都合よく、トントン拍子で跳ぶことはできなかった」

「お前のは何か、厳しい条件があるのか?」

「そうなんだよね。しかも結構面倒な条件でさ……それが原因で、半年も差が開いたのよね」

 

 優奈の言う「条件」なんて誰一人として分からなかったらしく、一同首を傾げていると。優奈が続ける。

 

「転移の際にさ、コアを砕く必要があって……異世界へと移動するのにはその……300個ほど必要でね」

「さ……300!?」

「それってコアの総数の、半分近くじゃありませんの!」

 

 セシリアの言った通り、その数はおおよそISコアの半分。そこまでしないと跳べないとなると、不便極まりない。

 

「しかも安崎の野郎は偽骸模倣と組み合わて、無人機のコアを使えばいいから実質ノーコストっていうね」

 

 舌打ちしながらそう言い、一旦言葉を打ち切った優奈へと。あたしは問いかける。

 

「そこから半年、必死で集めて……こっちへと来た感じ?」

「うん。束さんにもいくつか新しくコアを作ってもらって、私が地上の資源から材料を集めてね。最初は一年近くかかる計算だったけれど、座標を指定しなければ100個減らせるって話になって……」

「今日ようやく、向こうの篠ノ之博士に別れを告げて……ようやくこっちの世界に来れた。そんなとこサね?」

 

 アーリィ先生が最後にそう口にして、優奈が頷く。

 これで、全てが繋がった……!

 

「全ては私の世界が発端だし、別の異世界を巻き込むことになって本当にひどい話だと思う。けど、それでも……あいつを倒すのに、お願い、力を貸して!」

 

 そう思った瞬間だった。

 今までよりもいっそう真剣な表情をしたかと思うと、優奈は。勢いよく頭を下げてから、そう口にした。

 

 さっきも話の中で言っていたとおり、やはり自分の世界――さらに言えば姉が、このおぞましい事件を起こした発端だったのだから。強く責任を感じているに違いない。

 

 けれど……。

 

「頭上げなよ」

「鈴……」

「まぁ確かに、アンタの世界が余計なことをしたせいでこうなったとは思うけど。少なくともあんたのせいじゃないし。それにね……もう細かいことはともかく、あの安崎とかいう野郎をぶちのめしたいのは。あたし達も一緒なんだから!」

「じゃあ……!」

「うん。一緒に戦いましょ、優奈!」

 

 こうして、八月のとある夜。パリで。

 

 あたし達は異世界から来た少女と、手を組んだのだった。



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そして、少女たちは戦場へ

 対暗部用暗部「更識」の本部は、埼玉と東京の境目にほど近い場所にあった。

 

 更識家の屋敷も兼ねているそこは、築三百年をゆうに超える日本家屋であり、庭の池の水面は鏡のように月を映している。

 

 そんな池の前、浅葱色の着物を纏った「彼女」はいた。

 

 跳ねた水色のくせっ毛を短く切り揃えた「彼女」は、どこからともなく扇子を取り出すと広げる。その表面には達筆で「嵐の前」としたためられていた。

 

「フランスでの事件の顛末は、既に通信越しに聞いたけれど……箒ちゃんが拉致されたという事は、いよいよ動く可能性が高いわね? ()()()()

 

 「彼女」は庭の一角に立つ木の方を一瞥すると、再び池へと視線を移してから口を開いた。

 

「ええ。そして箒を攫った以上、いよいよあいつが本格的に動き出す可能性は高い。そう判断します」

 

 数拍して、木の陰に隠れていた少年が返す。

 すると「彼女」は新たな扇子を取り出し広げると、少年のいる方へと見えるよう、手を動かした。

 

「そしてその決戦の場は、安崎裕太が前の世界で恨みを募らせた国――つまり、日本の可能性が高く」

「ええ、恐らくですが……想像通り、あいつはIS学園にも侵攻可能な都市部を拠点とするはずです」

 

 扇子に書かれた「関東周縁部」という文字を視界に捉えた一夏が、頷きつつ「彼女」の言葉に同調する。

 

 一式――いや、安崎の性格上、絶対にIS学園に兵力を差し向けるに違いない。

 

 たとえそれが、本来の目的に不必要な事だとしても。

 そう一夏も「彼女」も、ハッキリと確信していた。

 

「どうします? 今なら逃げることもできますけれど」

「冗談言わないの、ここで逃げちゃ対暗部用暗部失格だし――それにね」

 

 そう「彼女」は途中で言葉を区切ると、一夏のいる方へと向き直る。そうしてから再び扇子を持ち変え、続ける。

 

「今でもI()S()()()()()()()()のままだって。そう……生まれ直した時からずっと、私は思って――!」

 

 「生徒会長」と書かれた扇子で口元を隠して口にしていた「彼女」だったが、しかし。最後まで言い切る事は叶わなかった。

 

 突如咳き込むとその場にしゃがみだし、慌てて扇子を落として手を口に当てはじめる。

 

「……でも、そんな身体じゃ」

「バカ言わないの」

 

 ()()()()()()()()()()で扇子を拾いながら「彼女」は返すと、そのまま続ける。

 

「それに今、簪ちゃんは海外遠征に行ってて今いないのよ。前とは違って、何も気にせずに戦えるってもんじゃない。違う?」

 

 あくまで強気でそう口にし、一歩も譲ろうとしない「彼女」に対し、一夏はしばらく黙ってから再び話しだす。

 

「……あなたから勝手に借りてたもの、お返しします」

 

 それだけ言うと、目の前の木の出っ張った枝のひとつへと、二対になった菱形のストラップを括りつける。

 

「あら? もう制止するのはやめにしたのかしら?」

「あくまで返すだけです。ついて行くのは認められません」

「そう。じゃあ勝手にさせてもらうわね」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら言いつつ、木の向こうにいる少年の表情を「彼女」は想像する。

 何度言っても聞かない自分に呆れているのか、それとも少し怒り気味なのか――などと、考えていた時だった。

 

「この後については、そちらに任せます。それと……今まで半年間、ありがとうございました」

 

 最後にそれだけ言うと、徐々に一夏の気配が遠のいていくのを「彼女」は背中越しに感じた。

 

 こうして、再び。月明かりに照らされる庭園には「彼女」一人となっていった。

 

「まったく、本当に感謝しているのなら……顔位見せなさいっての」

 

 まぁ……直接見に行ける距離だったのにそうしなかった私も私だけれどね。

 

 そんな事を思いつつ、いまだ血で汚れた手で「彼女」は一夏のいた場所へと向かう。

 そうしてから枝に引っかけられた愛機を手に取ると、そのまま扇子に接続させる。これで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「彼女」は安堵と懐かしさの入り混じった感情をひととき味わうと、今度は夜空へと顔を向ける。

 

「今から追いかければ……」

 

 まだ屋敷を出てそう時間が経っていないから、きっと本気で追いかければ一緒にいる事も不可能ではない。

 

 そんな一瞬過った、未練がましい感情を「彼女」は首を横に振って切り捨てると、またも池へと視線を戻した。

 

「……いや、よそう」

 

 そうだ、彼にはもう心に決めた人がいる。今から自分が未練がましく、追いかけても迷惑だ。

 加えてこれから、戦いに赴くことを考えると――余計な感情は不要なんだから。

 

 両頬を軽く叩きながら「彼女」は思考を切り替え、扇子を仕舞うと。ゆっくりと屋敷へと戻っていく。一夏と違い、敵が動き出してからでも決して「彼女」の場合は遅くはないのだから。

 

 「彼女」の名は更識(サラシキ)刀奈(カタナ)

 

 ()()日本の対暗部用暗部「更識」の頭領の娘として生を受けた少女にして、ひそかに一夏に資材や資金を提供していた協力者。

 

 そして此度の身体は病気により蝕まれ、かつての栄光とは程遠い存在となった少女。

 

 人はかつての彼女を、更識(サラシキ)楯無(タテナシ)と呼んだ。

 

 

 優奈と仲間になってから、二日が経過した。

 

「ねぇ、そういえばなんだけどさ……向こうの世界の私って、どうなったの?」

「え、ナギ? いきなりどうしたのさ?」

 

 シャンゼリゼ通りに放置されていた、ゴーレムとエトワールの残骸を物色している最中。ふとあの話を聞いてからずっと気になっていたことを、異世界人の少女へと訊いてみる。

 

「途中から私の名前が出てこなくなっていたわけだし……」

「そりゃ当たり前かぁ。気になっても……」

 

 目の前で倒れっ放しになっていたゴーレムを、工具を使って分解する手を止めて、頬を掻いた優奈は。しばらく黙って作業を続けてから、口を開いた。

 

「……少なくとも、私が最終作戦をやる前までは大丈夫だったよ。そのあとの事は…………ゴメン、一夏に聞いて」

「一夏にって……いったんあの人が戻った時に、どうなったか聞かなかったの?」

「そりゃあね。私もほかに考える事がたくさんありすぎて……正直、そこまで気を回せていなかったし」

 

 なんとも微妙な返しをした優奈に突っ込むが、さらなる返事も煮え切らないものだった。

 でもまぁ、同じ状況だったら……私もテンパってたかもしれないなぁ。

 

 なんて、思っていると。

 

「やっぱりコアはない、か……」

 

 ぼやきながら優奈は物色を終えると、私のいるアクシアのバイク形態の近くへと戻ってきた。

 

「回収できたのはジャンヌだけって感じ?」

「そうだね。こいつだけ」

 

 優奈がそう言って、腰にぶら下げていた剣をあらためて手に取る。

 それは偽骸虚兵になったシャルロットの死体が使っていたもので、私達を苦しめた第四世代機体の待機形態である。

 

「ちっ、あとひとつ見つけられなきゃ、面倒なことになるってのに……」

 

 頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと髪の毛をかき回す優奈。 彼女が数日前に語ったところによると、安崎の現在の居場所さえざっくりと分かれば、コアをふたつ使えば一瞬で移動できるそうな。

 

 そういう訳で、現在。私達は機体を直して戦力回復を行いつつ。

 皆で手分けして、いまだに無人のままのパリ市内の無人機残骸からコアを手に入れるべく巡っていたのだった。

 

 でも、もうフランス軍がジャンヌと戦った場所も、私達がここまでたどり着くまでに戦った道程も、鈴と優奈が出会ったという場所も見ていて。ここ、シャンゼリゼ通りが最後の戦場だったんだ。

 

 それでも、見つからないとなると――。

 

「よし、いったん戻ろう。乗って……ナギ?」

 

 考え事をしている間にも、もう既に優奈はバイクに跨っていた。

 

 そんな彼女に対し、私は。一度自分の指にはまっていた指輪を見てから……。 

 

「最悪の場合は、なんだけどさ」

「何よ急に。見つからなかった場合の、他の移動手段での想定でもしてたの?」

 

 全くの見当違いの事を言ってきた異世界人に対し、私は「ううん」と首を振ってから、続ける。

 

「私の打鉄を使うってのは? だって代表候補生でもない私がこんなの持ってても、役に立たな――」

「ナギッ!!」

 

 だけどその提案は、優奈にとっては何かの地雷だったらしく。

 

 カッとなりながら彼女はバイクを降り、両手を私の肩へと置きだした。

 

「いい? 戦わなくってもISだけは持っていて。絶対防御と逃げる足としてだけでも結構、違うんだから。でないと、あんたの命に関わるんだし」

「わ、わかった……」

 

 あまりの剣幕に、しどろもどろになりながらも返事をした直後。優奈は再びバイクの方へと戻っていくと跨りだす。

 

 この反応から察するに、もしかして――と、思ったのと。優奈のバイク正面のモニターにアーリィ先生と鈴が映ったのは、全くの同じタイミングで重なった。

 

「鈴にアーリィさん? どしたの?」

『いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいサね?』

「じゃあ、いいニュースからお願い」

 

 私がバイクの後部に跨ったのに前後して優奈が答えると、鈴は画面越しにキューブ状の物体を、私達へと見せつけてくる。

 

「コア、あったんだ!?」

『もしかしたらと思って、調べてみて正解だったわ。開発部のカギのかかったロッカーを破壊したら、こいつが中から出てきたわ』

「おぉう、中々にバイオれーんす……」

 

 専用機を部分展開しながら語る鈴に、汗を流しながら答える優奈。その表情は何とも言えないものをしていた。

 

「ところで、悪いほうってのは?」

『いよいよ安崎が、現れた地点を特定できたサね』

「――ッ!」

 

 一瞬優奈は絶句すると、その間に鈴が畳みかけるように口を開いた。

 

『近いうちに戦いが始まるのは明白よ。だから――飛ばして、もどって来なさい!』

「分かった! ナギ、しっかり掴まってて!」

 

 こうして、コアが揃った直後。

 

 私達は風雲急を告げる情報を耳にして、集合場所となっていたデュノア社の医務室へと、バイクを飛ばしていったのだった。

 

 

「しっかしまぁ、まさか目的地が東京とはね……」

「でも鈴さんも、狙われる場所に着いては薄々感づいていたのではなくって?」

 

 安崎……一式白夜が東京を制圧下に置いて、数日前のパリと同じく無人機の闊歩するゴーストタウンに仕立てあげてから。ちょうど一日が経った。

 

 あたし達は現在、全ての機体修理や武器の調達を終了させ。いよいよ、敵の本丸へと乗り込むための、直接的な作業に取り掛かっていた。

 

「まぁあいつの……安崎の性格を考えれば、他に候補なんてないからね」

 

 放置されていた中から見つけ出した、ちょうどいいワゴン車へと。アクシアの後部から伸びる硬質ワイヤーを括りつけている作業中。一人バイクに跨り、正面モニターに座標を入力していた優奈が返答する。

 優奈曰く「これで一気に東京までブッ飛ばせるから、大船に乗ったつもりでよろしく♪」だそうだけれど――。

 

「本当にここから日本まで行けるワケ?」

 

 同じく作業中だったナギが、あたしも疑問に思っていた事を口にした。

 

「何度も言ってるじゃん。私の花鳥風月は束さんに改造して貰って、同じ次元内ならコア2個でワープできるようにして貰ったって」

 

 それに対し、優奈は今までとほとんど同じ返しをする。

 

 けれどこっちはワープなんて初体験なんだから、疑いを持つのは当然だったし……こうして直前になっても、不安は拭えないでいた。

 

「まぁ、気持ちはわかるサ」

「同じ異世界の記憶持ちでも、流石に実物を見たことはないからね」

「とはいえ今から普通に行く手段はない以上、信じるしかあるまい」

 

 同じく作業をしていたアーリィ先生にシャルロットが口にした後、ラウラが結論付けた通り。他に手段がない。

 

 今は飛行機も船も止まっているし。第一、時間がかかりすぎる。

 もう、この異世界人の女に頼るしかないのだ。

 

「さぁて、準備完了! あとはコアを貰えれば、飛ぶだけだけど……覚悟は良い?」

 

 バイクに座ったまま、液晶に座標を入力していた優奈が振り返ると。そう尋ねてくる。

 その顔には「怖いなら残ってもいいよ?」と書かれている……ように見えた。

 

「バカにするんじゃないわよ。覚悟なんてとっくにできてるに決まってるじゃない! ねぇみんな!?」

 

 優奈の方からみんなの方へと振り返り、確認をとると。誰一人として首を横に振るやつなんていなかった。

 

 もう、みんな覚悟なんてとっくの昔に決めてるんだ。今更過ぎる。

 

「分かった。なら、行きましょっか! じゃあ、悪いけどコアを……」

 

 優奈はこっちの様子を見ると、笑みで返す。

 その後、イザベル――いえ、シャルロットに向けて続けると。向かっていった彼女からまずデュノア社にあったコアを、次にラファールカスタムのコアが手渡される。

 

「本当に、こっちでいいのね?」

 

 優奈はシャルロットが()()()()()()()()へと一瞬視線を移してから、そう質問する。

 

 あいつは第四世代の方が役に立てると思う。そう言って、機体の乗換えを自分から提案してきたのだ。

 

「うん。こっちの方が戦いにおいても役に立てると思うから」

「じゃ、悪いけど……使わせて貰うよ」

「気にしないで。今、一夏と箒を助けに行けるなら……安い、ものだから」

 

 シャルロットの発言を聞いて尚、どこかすまなそうなままの優奈だったけど。しばらくしてから、意を決し。わかったと短く返答すると彼女からコアを受け取る。

 

 これで、あいつが言っていた「準備」はすべて終了。あたし達は全員、後方のワゴン車へと乗り込んだ――瞬間。

 

「さて、シートベルトをしっかり締めといてね!」

 

 優奈はそう言うとともに、バイク側面に一つずつ量子展開された、奇妙な形のボックスへとコアを投入。

 

「花鳥風月・改『オルテュギア・シフト』……発動!」

 

 すると直後。パリィィンという、何かが割れるような音がした前後。ライトグリーンの何かがアクシアを中心に展開。周囲はその色の……何といえば良いんだろう、オーラとでもいうか。

 とにかく、不思議なヴェールがあたし達の進行方向上を彩っていくと。シャンゼリゼ通りは見る見るうちに、まるでライトアップされたコースのような状態となっていった。

 

「どう、なってるの……?」

「ここをひとっ走りブッ飛ばせば、あらかじめセットした目的地まで一気にジャンプってワケよ。さぁて……行くとしますか!」

「え、ちょっとまだ心の準備が……きゃあああああああ!」

 

 あたしの質問に、外からスピーカーを使って返答した直後。優奈はフルスロットルで走らせていく。

 流石ISを改造したバイクなだけあり、その速度は並大抵のものじゃなくて。アーリィ先生以外は皆悲鳴を上げてしまい、車内は阿鼻叫喚の地獄と化した……が。

 

「3、2、1…………よし、今から――飛ぶよ!」

 

 すぐに優奈の言葉が聞こえてきた刹那。緑の道が途切れた――その刹那。

 

「っつ……うそ、本当にIS学園だ……!」

 

 鈍い衝撃とともに「何か」に着地した感覚がしたと思ったら、ナギの言った通り。

 窓の外に広がる光景はIS学園の第一グラウンド。それそのものだった。

 

 あまりに常識外れの行為を体感したせいか、この時ばかりはアーリィ先生とシャルロットも唖然としていて。口をポカリと開けていた。

 

「さぁて、着いたよ! 本日は神崎交通をご利用いただき、まことにありがとうございました……なんてね」

「あんたね……もう少しまともな運転の仕方はなかったワケ!?」

「しょうがないじゃん。こうしないと跳べないんだから。結構スピード必要なんだし」

 

 ドアを開けつつ、ふざけた事を言った奴に文句を言い。それに対して言葉を返された――その時だった。

 

「ど、どういうことですかこれ……って、アーリィ先生!?」

 

 少し離れたところで、何が起こったか分からないといった風に混乱していた生徒や先生たちの中から。一人の女性がそう言いながら、こっちへと向かってきた。

 

 あたし達のクラス――1年1組の副担任、山田真耶先生だ。

 

「あ~その、えっと……いろいろあったのサ。色々とナ。この部外者含めてナ。詳しくは今から話すから、取調室でいいかナ?」

「ええまぁ、構いませんけど……」

 

 後ろで優奈がISを仕舞う中、山田先生が答えて。春休み中に千冬さんへと事情を話した、あの取調室へと再び向かったのだった。

 

 

「なるほど、無茶苦茶ですけど……あんなの目の前で見せられちゃ、信じないわけにもいかないですね」

 

 ひと通りの話を終えた後、山田先生が言ったのはそれだけだったが。そこに優奈が続ける。

 

「奴らの狙いは私達が先でしょうし、ここから出て行けばしばらくは安泰でしょう」

「でも、彼の性格上。いずれ間違いなく攻め込んでくるサね」

「というか、決定打をこの四か月与えずにいただけでも奇跡的だと思います。一刻も早く残った生徒の避難と、防衛体制の確立を」

 

 安崎の事を熟知しているアーリィ先生とシャルロットがそう続けたことにより、山田先生は顎に当てていた手を戻すと。

 

「分かりました。すぐに地下区画を開放し、残ってる生徒たちを避難させ――」

 

 と、答えたその時。

 

 けたたましいまでのサイレンが、学園中に鳴り響くと。先生ふたりの携帯が一気に鳴り響いた。

 

「何があった!?」

 

 警戒心をあらわにし、勢いよくソファから立ち上がるラウラに。

 

「これはIS学園の戦闘警報……ってことはあいつ、もう部隊を差し向けてきやがった!」

 

 と、優奈が歯噛みしながら答えたのだった……。



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月の女神は鮮やかに

 頭上から聞こえてくる戦闘音は、エレベーターが下るにつれてどんどんと小さくなっていき。やがて完全に聞こえなくなった。

 

「まさか、地下に脱出経路があるなんてね……」

 

 あたしはそう言いつつ、優奈から預けられたタブレットの画面に視線を移す。そこにはIS学園のマップが表示されており、最下層にあたる部分には細長い「道」が存在していた。

 

 曰く、地下にはいざという時のための要人脱出用のパイプラインが繋がっているらしく、敷設されたリニアを使えば東京との境目まで一気に行けるのだという。

 

 安崎も知らないであろうそこは、襲撃の危険性もほぼゼロと来ている。まさに至れり尽くせりだ。

 

「それにしても、上の戦闘は大丈夫なのか?」

 

 エレベーターの駆動音以外は聞こえない中、ラウラの声が響く。実際乗り込んでからしばらく聞こえてきた音はかなり大きなものであり、地上で行われている戦闘の苛烈さを否が応にも感じさせた。

 

「大丈夫だとはおもいますけれど……残っている非戦闘員の皆さんが心配ですわね」

 

 ナギが学園に残り、専用機を展開しながら避難誘導に当たっていたが、それでも心配なんだろう。

 セシリアがそんな呟きを漏らした――刹那。

 

 軽い音が響くとともに、エレベーターは目標地点である最下層エリアへとたどり着いた。

 

「優奈、負けるんじゃないわよ……」

 

 ふと、上を向きながら口にすると、あたしはエレベーターから降り、目の前にある巨大な扉の前へと駆けていった。

 

 

 セシリア達を先に行かせてからおおよそ数分後。

 

 教員部隊に先行する形で、私はIS学園近海を飛んでいた。

 

「さて、コアを奪える相手は……敵情報を!」

 

 音声コマンドを通じて、アクシアに命令する。

 鈴たちに合流するためには「オルテュギア・シフト」用のコアがなんとしてでも最低2つは必要な以上、奪える敵は厳選しておきたかった。

 

 数秒でモニターが投影されると、敵の戦力について纏まった文字列が表示されていく。

 

「ゴーレム十機にエトワールだったかが五機……それに一体だけとはいえ――!」

 

 センサーに表示されている、敵部隊の情報。その一番下に表示された名前を見た途端、苛立ち混じりに舌打ちをしてしまった。

 

 流石に投入してこないとは思ってはいなかったとはいえ、あまり戦いたい相手とは言えなかった。

 

 とはいえ、いきなりあんな化け物を教員部隊に任せるのも荷が重い以上。ここは私がやるしかない!

 

「腕がゴリラみたい太くて、尻尾の生えた奴は私が相手をするので、皆さんはゴーレムを中心に撃滅してください!」

 

 学園の教師部隊にそう告げると、まず私一人でさらに先行。

 

 瞬時加速で一気に突っ込み、最奥で待つ敵の切り札へと突撃。

 それと同時に敵部隊も銃口からレーザーを放ち、ついに戦端が開かれた。

 

 とにかく、あいつだけは真っ先に倒さねば!

 

「ぅおらぁぁぁぁッ!」

 

 大型ビームカノン「テンペスト・ソニック」の先端から光の刃を展開。大きく振りかぶると、進行方向上にいたゴーレムを真っ二つに切断。露出した内部機構からコアをぶっこ抜いてから、右半身の残骸を蹴飛ばし加速。同時に刃を収納し、次は強奪品の量子格納。それらと並行して、目の前にいたエトワールへと銃口を向ける。

 

 あいつはこの世界で初めて作られた無人機で、鈴曰くおかしな動きをして回避するらしい。

 

 だけど、躱せるものなら――。

 

「躱してみろッ!」

 

 瞬時に意識を銃に集中させ、拡散モードへと移行。扇状に発射された細かなビームの雨は分離した上半身と下半身。その両方を撃ち抜き、煩い羽虫を串刺しにした――途端。

 

 まるでゴリラか化け物を思わせるような腕の、掌を向け。そこに搭載された粒子砲を発射してくる奴がいた。

 どうやら最前線での異常を察知し、わざわざ出向いてくれたみたいだ。

 

 私の世界を滅茶苦茶にした、最低最悪の量産型無人IS……その、名は!

 

「ダーク・ルプス!」

 

 怒りとともにその名を咆哮し、武器を仕舞いながら回避。するとこっちの動きを見た向こうは、背部に装着された大型テールブレードを発射してくる。

 

 チッ、やっぱりそいつを使ってくるか……!

 

 あの機体は手のビームも得物の超大型メイスも厄介だが、一番厄介なのはアレだ。

 

 なにせ異常に早いうえ、不規則な軌道を描いて襲いかかってくる。回避がとにかく難しいのだ。

 だから!

 

「これに刺さってろ!」

 

 急ぎ展開したのは、分厚いステーキを思い起こさせる大型シールド。ここに着く前、束さんのラボで用意していたものだ。

 そしてこれこそが、あの武器への一番の対処方法だった。

 

 ブレードの着弾方向へと構え、先端を食いつかせると。すぐさま構えたのとは反対の腕にビームカービン「エクスコード・バビロン」を展開し、ワイヤーを切断。

 

 予備がないことは重々承知なので、これで奴が変幻自在の武装を使ってくることはもうなくなった。

 

 だけど、まだ油断はできない。

 

 なにせダーク・ルプスは無人機でありながら単一仕様能力を持っているからだ。

 

 その能力の名は「千変鉄華」。

 

 自機の本体に限ってとはいえ、遠距離からのビーム攻撃のダメージを9割カットできるというもの。

 遠距離攻撃主体の私にとっては、半端じゃなく鬱陶しい機体特性でしかなかった。

 だが……やるっきゃない!

 

「うおぉぉりゃああああッ!」

 

 叫び声をあげながら、私は瞬時加速でダーク・ルプスへと接近していった――!

 

 

「あの作戦の時、僕たちはここから学園へと戻っていったんだ。あいつに気づかれずに、行くにはここしかないって思ったし」

 

 シャルロットがパスコードを入力しながら、そんな事を口にした。

 

 いくら徹底的に破壊を行ったとはいえ、こんな地下も地下までは流石に攻撃の手は及ばなかったんだろう。安崎が気付かないのも無理はないのかもしれない。

 

「それで、これはどこまで繋がっているのだ?」

「神奈川と東京の境目のあたりまで」

 

 確かに対岸のどこかならともかく、まさかそんな先の場所までとは恐れ入った。

 

「まぁ今は長ければ長いほど助かるから、何でもいいけど」

 

 あたしとラウラ、それにシャルロットも乗り込むと。いよいよリニアは発車し、目的地へと向けて一直線に進みだす。

 

 楯無さん……花鳥風月を使用した専用機持ちの、最後の一人だったっけ。どんな人なんだろう?

 

「ねぇ、その楯無さんってどんな人なの?」

 

 ふとどうしても気になり、聞いてみる。

 確か、向こうの方のIS学園の生徒会長だったと思うけれど。

 

「自由奔放っていうか……うまく説明できない……かな?」

「ただ……とにかく、強くて好き勝手する奴だってのは、確かサね」

 

 リニアに揺られる中、そう尋ねると。シャルロットから返って来たのはそんな曖昧なもので、しかもアーリィ先生から追加された情報までふんわりとしていた。

 

 一体、そんなに説明しづらい人なのかしら?

 

「ただ暗部の当主で、おまけに前はロシアの代表だったのならば……腕だけは、確かだろうな」

「こっちの世界にいるけれど、出てこれないってことは何か問題でもあるのかしらね」

 

 ラウラの発言を聞き、その人がどうしているのかに、思いを巡らしていた――そんな時だった。

 

「着いたサね、無駄話はここまでにしナ」

 

 アーリィ先生の言葉通り、リニアが止まると。窓の外には確かに駅のような場所に到着している姿が目に入った。

 

 それじゃ、ここからは気を取り直して……!

 

「行くわよ、皆! 何としてでも、箒を取り戻してやるんだから!」

 

 あたしの言葉を聞き終えると、皆でリニアを降り。そのまま地上へとつながる隠し通路を一気に駆け上がっていくのだった。

 

 

「このォッ!」

 

 アクシアのビーム刃でメイスの柄を素早く狙い、折ろうとする。

 

 だが、こっちがその戦法を取るのを読んでいたんだろう。奴は一瞬でメイスを粒子に変換して収納すると同時、鋭利な鉤爪となった手を開き、掌に搭載されたビーム砲で攻撃をしかけようと目論む。

 

 だけど……。

 

「それならぁッッ!」

 

 左手をフリーにすると同時にビームカービンを再展開。

 銃口を敵の掌へと向けてトリガーを引き、逆にビームを流し込んでやる。

 刹那、至近距離で大爆発が発生。

 だが、そんな大惨事にも拘らずダーク・ルプスは冷静に対処。すぐさま右腕をパージし、左手にメイスを再展開するが――。

 

「もう、遅いッ!」

 

 全てのビーム系銃火器の先端からビーム刃を展開でき、近接戦闘へとほぼ時間をかけずに移行できる私のアクシアの方が、何手も早かった。右のビームカノンに左のビームカービン。どちらの先端からも光刃を高速展開する。

 そして右で敵の右手を破壊し、左で首を刈る。

 

 ダーク・ルプスは特異な無人機で、頭部にコアも演算ユニットも集中している。

 そのため首さえ刈れば無力化でき、その点においてだけは他の無人機よりも処理がしやすいのだ。

 

「よし、これでふたつ確保!」

 

 晒し首にした中からコアを取り出すと、残りの鉄屑は海へと投げ捨てる。

 

 さて、教員部隊のほうは――。

 

「残りエトワールが2にゴーレムが3って感じか……」

 

 背後に意識を向け、戦闘の経過を確認する。

 

 ゴーレムは結構な数撃墜していたものの、エトワールがまだ2体も残っていた。流石にここまで来たら数で押し切れはするだろうけど、だからと言ってこのまま飛んでいくのはとてもじゃないがしたくなかった。

 

 それに私自身、緊急時のために「オルテュギア・シフト」発動コストが、もう1セットあればという欲はある。

 

 だから。

 

「細身のは私が! 皆さんは引き続きゴーレムの殲滅を!」

 

 叫ぶと同時に瞬時加速で方向転換。続けてビームカノンでエトワール共に対し一発ずつ光の矢を発射する。

 

 もちろん移動しながら適当に撃った弾など当たる訳もないが……あくまでこれは挑発行為。

 あの奇怪な人形が、こっちにヘイトを向けてくれるなら儲けものだ。

 

「かかった!」

 

 果たしてその通りとなり、エトワールはどっちもが瞬時加速を用いて接近戦を仕掛けてくる。

 

 よし、狙い通り……! 後はッ!

 

 今回はコアを奪う以上、射撃でぶっ殺すという訳には行かない。

 だからこそ、未だにばしゅん、ばしゅんという音を立てながら連続(リボルバー・)瞬時(イグニッション・)加速(ブースト)。小刻みに左右に動きつつ、敵機と目と鼻の先まで移動すると――。

 

「まずひとつ!」

 

 こっちの速度についてこれず、反応の遅れたエトワールの胸を切り裂き。直接コアを抜き取って一撃必殺の手を放つ。

 

 無人機は四肢をもがれても動いたりするため、しぶとい敵ではある。

 だが、心臓を抜かれた人間が生きてはいられないように、コアさえ抜いてしまえば。ものの数瞬で物言わぬ人形と化すのだ。

 

「よし、次だ!」

 

 言葉で喝を入れつつ、自由落下をはじめようとしていたエトワールの残骸を蹴り。凄まじい速さで接敵しようとした――その時だった。

 

下半身(ブーツ)特攻戦術(アタック)!?」

 

 脚を後ろに向け、スラスター点火と同時に腰部ジョイントを切除。下半身を丸ごと質量弾として用いだした。まるで昔見たアニメに出てきたロボットがやった戦法のようだ。

 

 有人機では絶対にできない行為であり、驚愕はしたものの……何のことはない、撃ち落とせばいいだけだ!

 

 そう、思っていたのだが。

 

「思ったより――!」

 

 そう、思ったよりも。軽くなったうえに高い推力で移動する下半身を狙うのは困難だった。しかもそれが、小刻みに揺れているのだからなおさら。

 

 だったら、もう相手にしないで躱すしか!

 

 そう思い、上へと回避した――瞬間。

 

「待ち伏せ……!?」

 

 そう、回避する方向を読まれていた。エトワールは私が射線上に入った途端、ピンと突き出した両腕の先端にある銃口からビームバルカンを発射。豆鉄砲とはいえ、何発も食らっては結構なダメージとなり、じりじりとシールドエネルギーが削られていく。

 

 そしてそれと並行して、奴は下半身の予備を展開。再び五体満足の状態となる。

 

 どうする、多少強引でもやるか……いや!

 

「仕方ない……一本使うしかない、か!」

 

 普段なら多少時間はかかっても、ダメージの少ない方法で仕留めにいっていただろう。

 時間が惜しい以上、こんな戦闘にいつまでもぐだぐだやっている暇はない。

 

 だからこそ、量子空間に入れておいたリカバリーユニットをひとつ消耗するのを覚悟の上での、荒っぽい戦法を取ることに決めた。

 いや、戦法って程高尚なモノじゃないな。

 

「行くかッ!」

 

 だって、ただのダメージ覚悟の突撃なのだから!

 

 ばしゅんという連続瞬時加速の音とともに、カンカンという、装甲に光の弾丸が当たる音が追加される中。敵のエトワールへと向けてかなり荒っぽい全身をしていた時だった。

 

「やはり!」

 

 あれだけ有効な戦法、またやってこないとは到底思っていなかったが……ここでか。

 

 エトワールは再び脚を後ろに向けだす、不審な予備動作を行いだした――が。

 

「ンなもん、一度種が割れれば――」

 

 発射される寸前に、ライフルを構え。下半身部へとビームを発射。

 下半身攻撃は発射された後ならともかく、される前ならばそこまで当てるのには苦労しない。瞬く間にビームは敵機へと直撃し、弾丸そのものをズタズタにして使い物にならない状態にする。

 こうなってしまえば、たとえ下半身の予備がまだあったとしても。しばらく取り換えには隙ができるはず。

 

 つまり――もう、邪魔するものは何もない!

 

「死ねッ!」

 

 両手にカービンを展開して、今度はエトワールの両腕のジョイント部を破壊して抵抗力を完全に奪うと、間合いに入った途端に右の銃のみビーム刃を展開。装甲表面を切り裂き、露出した内部から四つ目のコアを奪い取って沈黙させる。

 よし、これで――。

 

 そう思いながら学園の方を見ると、向こうも丁度ゴーレムを全機撃墜したらしく。これで学園に差し向けられた敵は全滅する事に成功した。

 

「それじゃ、私も――向かうとするか!」

 

 敵が全て海の藻屑となり、攻撃を受ける心配のない空の下。私はコアを一つ取り出すと、今しがた奪ったばかりのものと合わせてふたつ。それぞれの手に持つと――。

 

「花鳥風月・改――発動!」

 

 瞬時加速で障害物のない空の上を突っ走り、再び単一仕様能力を用いて()()のだった。



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少女たちの戦い、そして…

 悪趣味な男だ。

 

 箒が牢獄から拘束されたまま連れ出され、敵の母艦の艦橋に連れ込まれた際。最初に感じたのはそうだった。

 牢獄にいた際は分からなかったが、安崎の母艦は彼女もよく知る「家」のような場所だったのだから。

 

「どうだ、懐かしいか……懐かしいよなぁ!?」

「……かつての脱出艇を、そのまま持って来ていたとはな」

 

 唇を引き結んだ箒が目の前の悪辣な男に対して言えたのは、ただの事実。

 たった、これだけだった。

 

「いいや、無人機の母艦としての機能とPICによる空中浮遊能力も付与してある。そしてぇ!」

 

 狂気の笑みを浮かべた一式が叫ぶと同時、中央にあったかつての作戦表示用モニターには外の映像が大写しにされ、続けて画面が四分割される。

 

 鈴、セシリアとラウラ、イザベル――シャルロット、そしてアーリィと、いつの間にかこっちに来ていた神崎。

 彼女らは幾度かの小競り合いを乗り越え、無人機軍団の本拠地となっていた新宿の街へとたどり着いていたのである。

 

「このように、あいつらが苦しんで死ぬ姿を見るための特等席となってるのさ!」

「悪趣味な……!」

「悪趣味で結構。さぁて、この俺が手を下すまでもなく――物量の前で死ぬ姿、じっくり堪能させて貰おうか?」

 

 じゅるり、と舌なめずりして。一式はモニターへと視線を再び戻す。四肢の拘束さえなければ、箒は今すぐにでもつかみかかりたいところであった。

 

「くそッ!」

「もちろんその後はオメェを殺して、力を取り戻してから一夏を殺してやるがな!」

 

 ギャハハという笑い声とともに付け足した安崎の言葉に、箒はただ歯噛みすると同時に祈る。

 ――絶対この戦いに勝って、誰でもいいからこいつを殺してくれ、と。

 

 

「あんの野郎……いくら何でもふざけやがって!」

 

 アルタ前をバイク――アクシア・アルテミス高速機動形態「ザンスカール・ガーランド」――で爆走する神崎優奈は、かつての脱出艇が空に浮かんでいる姿を見て激昂した。

 

 まさか勝手に持ち出し、しかも不遜にも母艦にしている。そんな事実など、彼女からしたら許せることでは到底なかった。

 

 その後ろに二人乗りの形で座り、赤い髪を風に靡かせるアリーシャもまた、安崎の悪辣な真似に嫌悪感を隠せないでいる。

 

 そんな彼女達の周囲には何機ものゴーレムにエトワール、それにダーク・ルプスが次々と射撃武装で攻撃してきており、少しでも気を抜けば大ダメージは必至の戦況だった。

 

「シールドはまだ平気そうサね。だけど――」

「数が多すぎる!」

 

 アーリィが風のシールドでテールブレードを防御してから、同じく風のカッターでワイヤーを切断。優奈がハンドルから離した右手でビームカービンを撃ち、無人機軍団の数を減らしていく。

 

 もう既にこうやってかなりの数を倒していたにも関わらず、一向に数の減る気配は見えなかった。

 

 このままでは、ジリ貧になって押しつぶされる未来しかない。

 

「どうするサね? 二人で本格的に展開して潰すしかないかナ?」

 

 現在優奈のアクシアはバイクモード、アーリィは腕だけの部分展開。

 これでも戦えてはいたものの、やはり十全とは言い難かった。

 

「そうね。でも……時間がかかる以上、どっかで隙を突かないと」

 

 返答しつつ後ろを向き、あまりの敵の多さに舌打ち。それからまた前に視線を戻した――その時だった。

 

 優奈の頭の中に、かなり乱暴なアイディアが浮かんだのである。

 

「悪いけどアーリィさん、しっかり掴まってて!」

「何する気サね!?」

 

 アーリィの言葉に対し、優奈は大ジャンプする形で答えた。

 跳躍と同時、すぐ近くに建っていた背の高いビルの()()()()()()。そのまま上へ上へと垂直に登っていき。そして――。

 

「ぬおんどりゃああああぁぁぁッ!」

 

 登り切るやいなや、気合を入れながら飛び上がった優奈。

 

 弧を描いて反転すると同時に、ハンドルから手を離してアクシアのビームカノンを展開。ロングバレルの射撃兵装をしっかりと構えると、敵のへと大出力のレーザーを発射。光の奔流はダーク・ルプスこそ撃破できなかったものの、数多のエトワールとゴーレムを消し炭へと変えていく。

 

「今だッ!」

「応サねッ!」

 

 そして、その隙を利用して。二人の周囲は白い光に包まれていき――。

 

「てりゃああああッ!」

「はああああああッ!」

 

 目くらまし代わりの閃光が晴れた途端、二人は全身に展開した状態で瞬時加速で突撃。処理が追い付かない状態の敵集団を一気に殲滅していった。

 

 だが――。

 

「クソ、まだおかわりあるっての!?」

 

 たった今壊滅させた敵集団に代わって。新たな無人機の軍勢が相手の母艦から出撃して向かってくるのを見れば、優奈も舌打ち交じりにそう口にせざるを得なかった。

 

「流石に敵の懐と言ったとこサね。まぁ、そう簡単に近づけるとは思ってなかったけどサ!」

「まぁ後々、安崎本人と戦ってるときに邪魔される可能性が減ったと考えるしかないんじゃない!?」

「違いないサね!」

 

 軽口を叩きあいながら、かつての戦友同士は再び、地獄のような戦場へと突っ込んでいくのであった。

 

 

「邪魔だぁっっっ!」

 

 小柄な体躯からは及びもつかない大絶叫を口から放出し、小柄な体躯の少女――凰鈴音は両の手に握る青龍刀で次々と立ちはだかる無人機――ゴーレム――をなぎ倒す。

 

 その姿はさながら「真紅の閃光」といったところだ。

 

「こいつらとも、思えば長い付き合いになるわね」

 

 目の前に、まるで死肉に群がる蝿のごとく集まるゴーレムを見て、鈴は感慨にふける。

 

 中学の卒業旅行で立ち寄ったあの温泉宿で最初に目撃し、次はイギリス、帰国の途に着いた際の海辺の街。それからフランス、しまいには東京だ。もはやここまで来ると腐れ縁とも思えてくる。

 

 もしかしたら、この機械人形こそがあたしの運命の相手なのだろうか?

 

 ふと無意識下で思った戯言を、鈴は青龍刀で目の前の人形とともに切り伏せた。

 

「冗談じゃないっての」

 

 半ば八つ当たりに近い形で高電圧縛鎖(ボルテック・チェーン)で左前方に展開するゴーレムの一体を捕縛。そのままハンマーめいてぶんぶんと振り回して左翼の敵部隊に衝突させる。

 

 刹那、ズガァァア! という激しい破砕音が鳴り響き、多数のゴーレムが連鎖的に破壊されていく。固まって配置したのが完全に裏目に出てしまったのだ。

 

「喰らえっ!」

 

 とどめと言わんばかりに鈴は衝撃砲を、ガラクタの山と化したゴーレム軍団に叩き込む。爆発が爆発を呼び、炎の海は瞬く間に暗雲たち込める東京の街を照らしていったが――。

 

 敵は、まだ街を埋め尽くさんばかりに存在していた。

 

「まだ、これだけいるって……どういうことだっての!」

 

 咆哮とともに、鈴は敵部隊へと。双天牙月を構えて突撃していった。

 

 

「これがダーク・ルプスとやらか……」

「ええ。随分と禍々しい見た目をしていますわね」

 

 ビルの屋上にてセシリアとラウラは会話を交わしつつ、たった今隣のビルに着地した、獣じみた外見の無人機に視線を移す。

 

 その周囲には幾重にもゴーレムとエトワールの残骸が積み重なっており。二人が無人機キラーとして覚醒していた事を伺わせる。

 

「流石に放置はできなくなった、と言ったところでしょうかね?」

「だろうな。そして私達を確実に仕留めるために送り込まれたんだ、相当厄介に違いない――来るぞ!」

 

 ラウラがセシリアに返答した直後、ダーク・ルプスはテールブレードを展開。

 

 間一髪で横に瞬時加速した事で、運良く二機とも回避したものの、その切れ味は凄まじく。背後にあった貯水タンクを横薙ぎしただけで真っ二つにしてしまった。

 

「なるほど、優奈さんが言っていた通り……随分回避困難な武装のようですわね――ですが!」

 

 水が勢いよく噴き出し、濡れるビル屋上からセシリアは飛び立つと同時。ビットを展開して床スレスレを低空飛行させていく。

 

「こっちにも、変幻自在な武器はあってよ!」

 

 一斉に放たれる、変幻自在に曲がるレーザーの雨。それらはダーク・ルプスに殺到すると、次々と表面装甲へと着弾していく。

 

 だが無論、この機体には「千変鉄華」がある以上、ダメージは与えられないが――。

 

「動きが一瞬止まれば――」

「それで十分だッ!」

 

 そう、あくまで牽制。セシリアのビットが光の矢を吐き出した途端、ラウラは自身の背後から襲いかかってきたテールブレードをAICで拘束、レーザー手刀で切除。

 

 続けざまに瞬時加速で敵機本体に迫り、得物の超大型メイスが振り下ろされる寸前になって。今度はダーク・ルプス本体にAICによる拘束を仕掛けたのであった。

 

「あとは――セシリアッ!」

 

 プラズマ手刀によって両手のジョイントを破壊し、続けざまに胸部装甲に大きな裂傷を与えるとラウラが叫び。

 

「ええ、よくってよ!」

 

 セシリアがそれに応じるかたちで、腰のBTミサイルビットを発射。着弾寸前にレーゲンが後方に瞬時加速を用いたバックステップで回避し、ダーク・ルプスのみが大ダメージを受け。その身を炎に焼かれて撃墜される。

 

「とりあえず、一機はそれなりに苦戦せずに行けましたが……」

「ああ。まだ随分と残っているようだな」

 

 最強の無人機が爆破炎上し、ビルの屋上が崩れ行く中。浮上したラウラがセシリアの言葉に応える。

 

 彼女らの前方にはゴーレムとエトワールだけとはいえ、おびただしい数の敵機が迫ってきており。まさに多勢に無勢といった様相を呈していた。

 

「まったく、どうしてこんなに好かれる事になったのやら」

「さぁな。私達が魅力的だからだとかか?」

 

 苦笑とともにセシリアが言い、ラウラが軽口で返した瞬間。敵部隊は本格的な攻撃を開始。ここに、新たなラウンドの幕が切って落とされた。

 

「さて、片っ端から振っていくとするか!」

「ええ! こんな人形に落とされるほど、安い女になった覚えはありませんしね!」

 

 気合を入れ直すと、少女たちは再び終わりの見えない戦いへと身を投じていった。 

 

 

「ジャンヌ・ダルク……想像以上に、凄い力だ」

 

 旗を槍のようにして突き刺す事で、敵エトワールの心臓部を貫いたイザベル――否、シャルロットは驚愕とともに口にする。

 

 前の専用機からは一世代飛ばし、いきなりの第四世代だ。あまりの違いに唖然とするのも無理のない話だった。

 

「やっぱり、これを選んで正解だった……かな!」

 

 言葉と同時、シャルロットは自機の周囲に次々と近接ブレード「ブレット・スライサー」を浮遊させ展開。それらはやがて、彼女の周囲に円を描きながら回転を開始し――そして。

 

「いけっ!」

 

 号令とともに次々と発射され、刃は空を切ると無人機の軍勢へと着弾。機械人形を次々と串刺しにしていく。

 

 だが、エトワールとゴーレムは撃破できても。圧倒的な性能を持つ無人機に、小手先の技など通用しなかった。

 

「ダーク・ルプス……四年ぶり、かな」

 

 随分久しぶりに見た、悪魔じみた外見の敵に向けてシャルロットは言う。記憶を取り戻してからこっち、その存在を忘れた日はなかった。

 

「さて、君には本気を出さないといけない……よね!」

 

 シャルロットは叫びながらテールブレードとメイスを巧みに使い、剣を全て弾いた無人機へと突撃。敵もまた近接戦闘でケリをつけようと、瞬時加速で迫る。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 超大型メイス「オーガス・クレセント」を受け止める、ジャンヌの旗――バトン・デ・フェール。

 

 前の世界では圧倒的重量でもって猛威を振るい、打鉄程度ならば一撃で粉砕していた悪魔の兵器ではあったものの、ジャンヌは旗の力でもって拮抗する。流石、第四世代は伊達ではないと言ったところだろうか。

 

 だが、戦いは何も得物の鍔迫り合いだけで決まるものではない。

 

 ダーク・ルプスは拮抗状態になった瞬間に一瞬で演算ユニットから答えを導き出すと、直後背部のテールブレード「ウィルオ・ザ・ウィスプ」を発射。別アプローチからの攻撃によって撃墜を試みるが――。

 

「悪いけど、そうはさせないよ」

 

 テールブレードの着弾寸前、インターセプトするように一枚のオレンジ色の盾が出現。鋼鉄の刃は突き刺さって身動きが取れなくなると、続けざまに展開された剣が伸びきったワイヤーを切断する。

 

 展開範囲の異常に広いジャンヌだからこそできる、対ダーク・ルプス戦術だった。

 

「さて、やっぱりこれがないとね」

 

 左手を旗から離すと同時に、シャルロットはいまだ敵の刃が刺さったシールドを装備する。それはパリで待機していた時にラファールから移植されたものであり、第四世代に搭載するにあたって微改造が施された代物だった。

 

「行くよッ!」

 

 盾の装甲が変形、展開され、裏側に装備された最強の武器が姿を現した。かつての「灰色の(グレー・)鱗殻(スケール)」を現地改良し、圧倒的な威力でもって一撃で無人機を葬る呪われし杭。

 

 その名を「禁忌の魔剣(ダインスレイヴ)」といった。

 

「はああああああああっ!」

 

 叫びとともに杭は悪魔の頭を砕き、コアと演算ユニットを同時に損傷した最強の無人機は仰向けに倒れ伏す。

 

 だが、戦いはこれで終わったわけではなかった。

 

「――まだ、かなりいる……?」 

 

 少しの安堵を味わっていたシャルロットだったが、直ぐに鳴り響きだしたアラートによって、現実へと引き戻される。

 

 間一髪サイドステップで避けた前後、凄まじい勢いでテールブレードが向かってくると地面に着弾。ぱっくりとアスファルトに裂傷を作り上げていく。

 

「しかもダーク・ルプスも三機……か」

 

 一機倒すだけでも精神的にも肉体的にも疲弊するのに、まだ三機も残っている。

 その事実は、シャルロットに冷や汗を流させるのには十分であった。

 

「まぁでも、前の時よりはいくらかマシだし――これくらい!」

 

 かつて、ここではない次元で第二世代を駆っていたときはもっとつらい戦いを強いられていた。

 

 そう自分に言い聞かせるとともに、シャルロットは新たな敵の集団との交戦を開始したのであった。

 

 

 

 高層ビルの階段を上りきり、更識楯無が屋上へとたどり着く。

 

 東京を一式の無人機軍団が制圧してすぐに屋敷を飛び出して、下水道や警戒の手薄な道をひたすら止まらずに突き進んだ結果、ついに敵が待ち受ける都心部に到達したのである。

 

「さて、あとは私が……これで」

 

 懐から取り出した扇子に括り付けられたストラップ――ミステリアス・レイディに視線を移しながら、楯無は呟いた。その機体には現在新装備である、専用機専用パッケージ「オートクチュール」が搭載されていた。名を「麗しきクリースナヤ」という。

 

 前は結局完成しなかったそれは半年前から極秘裏に、しかし着々と更識家の邸宅地下で製造されていた。

 

 すべてはこの世界で再び起こる動乱に、備えるため。

 

「テストなし、ぶっつけ本番だけど……やるしかないわ」

 

 眼下に広がる街の中から聞こえる戦闘の音を耳にしつつ、楯無はいよいよその意識を扇子のストラップへと集中させていった。

 

「久しぶりね、ミステリアス・レイディ」

 

 光が晴れると同時に、専用機を纏った楯無が微笑みながら口にする。

 装甲面積が通常の機体よりも少ない代わりに透明な液状のフィールドが形成されており、さながら水のドレスを思わせる。

 そして、そんな機体の背中には、赤い双翼を模したユニットが搭載されていた。

 

「さて、いくわ……コフッ!?」

 

 気合を入れていざ、という時。ここまで無理をしてきたツケを支払わされる羽目となった。急に吐血すると、楯無は展開したその場に崩れ落ちる。

 

「くそ、こんな時に……!」

 

 専用機を展開した以上は敵味方双方のセンサーに捉えられ、居場所も筒抜けとなってしまっている。早くしないと敵がやって来て、何もできずに倒されてしまう危険性だってあるのだ。

 

「早く、しないと……!」

 

 槍を杖代わりにして立ち上がり、急ぎ体勢を立て直すも。既に敵はすぐそこまでやって来ていた。楯無のすぐ目の前には、大型のビームランチャーを構えたゴーレムが一機、差し向けられていたのである。

 

「まず……!?」

 

 いかにかつてのロシア代表にして学園最強といえど、病んだ身体に本調子ではないとくればどうしようもない。アラートの鳴る中、急ぎ逃げようとしたものの、もう既に回避に間に合う余裕はない。

 

 このまま終わるの――と、思った時だった。

 

「だらっしゃああああああ!」

 

 突如として咆哮が響き渡ると同時に、光の刃が通り抜けていく。

 そうしてゴーレムが真っ二つとなり地面に墜落する中。銀のISを纏った少女は、金のポニーテールを揺らしながら楯無へと向き直った。

 

「まったく、すぐ近くに反応があったから来てみれば……楯無会長! あんた、こんなトコで何してんですか!?」

「優奈ちゃん……どうしてここに!?」

 

 驚愕とともに、楯無は問う。

 

 神崎優奈。かつての世界での専用機持ちの一人で、度重なる実戦で磨かれていったガンナー。

 

 装備している機体も細部こそ異なれど、神崎零から貰ったという機体「アクシア」そのものだ。

 

 だが、彼女と同じ名前の人間はこの世界にいないはずだ。なにせ、神崎零と安崎裕太がこの世界にいるのかいないのかは、最初に念入りに調べたことなのだから。

 

 となると、この目の前のは――と、楯無がそこまで考えた時だった。

 

「一夏と安崎がいるんだから、私がいたっておかしくないんじゃないですか!? それに……ねッ!」

「それに?」

 

 四方八方から向かってくる敵に対し、今度は両手に展開したビームカービンで次々応戦しながら優奈が叫び、続きを楯無が問うと。さらなる叫びが返される。

 

「あなただって、やる事あるから来たんでしょ!?」

「――ッ!?」

「だったら、さっさとやってくださいよ! 見ての通り、こっちも余裕ないんでね!」

 

 ダーク・ルプスのテールブレードの切断作業中に、優奈が最後にそう口にすると。楯無は一度胸に手をあててから意を決し、口を開く。

 

「まったく、ちょっと見ないうちに随分強くなったじゃない……優奈ちゃん。いいわ、ここからは私のターンよ」

 

 死ぬことと死体を使われる事に怯え、頻繁に泣いては不安がっていた金髪の少女。

 

 元凶の一人の妹だから、みんなと違って戦える力があるから逃げるわけにはいかないと言って涙を拭い、恐怖を押し殺して戦場に立ち続けた新米専用機持ち。

 

 そんなかつての優奈を思い出してから、その成長を微笑とともにもう一度眺めてから。

 

 楯無は全ての敵機をマルチロックオン――かつて最愛の妹の機体に搭載されていたものの改良版だ――で捕捉。

 

 この場にいるすべての無人機を、標的に捉えてから。

 

「ワンオフアビリティー『セックヴァベック』――発動ッ!」

 

 叫び声とともに、以前は間に合わなかった最強の力を覚醒させた。

 

 

「何が起こったっての……!?」

 

 鈴の困惑気味に放ったその言葉は、楯無以外の全ての専用機持ちが共通して感じたものであった。なにせ、起きた事象が異常すぎる。

 

 全ての無人機が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ワンオフアビリティ、セックヴァベック。早い話が、見えない水で溺れさせてるようなもの……らしい」

「優奈――って、誰?」

 

 突如かかってきた仲間からの通信に反応した鈴だったが、すぐ近くにいる水色の髪の女を見かけた途端、鈴の意識はそっちへと向けられていった。

 

「その話とかも後でしたげるから……鈴、今のうちに敵戦艦に突撃を!」

「――分かった!」

 

 一番敵戦艦に近い鈴から中心に、高層ビルの頂上の戦艦へと瞬時加速で突撃を開始する。すでに邪魔者は殆ど動きを止め、なんとか脱出した唯一の機種――ダーク・ルプスも次々と、セシリア達によって狩られている真っ最中であった。

 

「箒ッ!」

 

 衝撃砲で戦艦の底部に穴をあけ、侵入を試みようとした――その時だった。

 

 ちょうど隣あたりの位置の装甲がXの字に切り裂かれると、一機のISが出現してのである。

 

「な、アンタ……安崎!」

「また殺してやるよ、二組!」

 

 そのまま左腕の複合兵装を変形させ、荷電粒子砲にして鈴を狙い撃つ。咄嗟の事だったために回避が間に合う訳もなく、非固定部位を含む右半身に着弾。一気にシールドエネルギーが削り取られていき、徐々に機体が消え失せていく。

 

「くそ、ここまで来て……!」

 

 落下を始める鈴は、安崎を睨み付けながら悔しそうに口にする。優奈とセシリアによる援護射撃がなければ、このまま撃ち殺されても不思議ではなかった。

 

「なにか、方法は――ッ!?」

 

 そこまで考えた際、鈴の脳裏に。パリで聞き、実際に目にしたこともある「秘策」が浮かび上がってきた。

 あの方法さえ使えれば、このまま墜落して死ぬ危険性もなく、また箒だって助かるかもしれない。

 

 だが、専用機を持って三ヶ月目の自分に出来るのか――!?

 

 一瞬過ったそんな不安を、鈴はかぶりをふって切り捨てると。自分の意識の中で、一つの形を強く思い浮かべる。

 

 この春、まだ無力だった自分が手に入れた力。箒達と並びたち、ともに戦えるまでに至った力を――!

 

「甲龍ッ!」

 

 名を呼んだ、その瞬間。

 

 鈴の華奢な四肢に再び鋼鉄の鎧は纏われていき、まるで何事もなかったかのように再び展開された。

 

「な……!?」

 

 そんな姿を見て、一式が一瞬困惑した隙を鈴は見逃さなかった。彼女は機体のスピーカーを最大にして起動させると――。

 

「箒! 紅椿を、自分の中の自分を信じて!」

 

 敵の本陣に未だ拘束されている親友へと、渾身のメッセージを届けた――!



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強襲、悪夢の四天王

 鈴の声が、確かに聞こえてきた瞬間。私は心の中にひとつの鎧の形を描き出していった。

 

 そう、ほんの少し前にフランスでイザベル――シャルロットに聞いたのと同じ言葉、そしてパリで一度やった行為。

 

 自分を信じ、思いを込めて。

 

 心の中で真紅の装甲、非固定部位と次々形成していき、そして――。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 現世に蘇った記憶の鎧は、瞬く間に四肢を拘束する鎖を破壊。自由になった直後、私は忌々しいモニターを破壊し外へと飛び出していった。

 

脱出艇だった船の装甲へとX字状に切れ込みを入れて、戦場の真っただ中へと突入していく。

 

「鈴!」

 

 風が頬に当たっていった瞬間、ハイパーセンサー越しに見えてきたもの。それはISが半透明の状態となった親友が、重力に引かれて落下していく光景であった。

 

 黙って見ている事など到底できず、半ば無意識のうちに地面へと向かって非固定部位のスラスターを噴かそうとした――そんな時だった。

 

「篠ノ之! お前は今自分のことだけを考えるのサね!」

 

 オープン・チャンネルごしにアーリィ先生の声が響いたのに前後し、テンペスタが無事に鈴を空中でキャッチ。窮地を救ってくれた親友の心配はこれで必要ではなくなった。

 

 ……では、あとは!

 

「遅いっっっ!」

 

 瞬時加速を敢行するのに並行して、進行方向上にいたゴーレムへと攻撃。腕部の展開装甲を変形させ、剣を振り下ろすのと同時に衝撃波が発射され、温泉街で襲ってきた奴の同型機は瞬く間に、物言わぬ鉄屑と化していった。

 

 そんな時だった。

 

「させるかよッ!」

 

 急速にこちらに接近し、剣を構えた一式――否、安崎が迫る。

 

 クソ、最も厄介な敵と、こんな不安定な状況で戦わねばならんとは……! だが、まだだ!

 

「お前と遊んでいる暇はない!」

 

 諦めるにはまだ早い!

 

 そう思い、なるべく時間のかからない方法での牽制を試みつつも降下する動きが鈍ることは決してない。どんな危機的状況であっても、ここまで来たんだ。負けてたまるものか!

 

 だが。

 

「遅いんだよッ!」

 

 もう既に、奴は瞬時加速を使用して一気に接近を終えていた。

 

 移動途中の適当な位置で剣を投擲、私へと一撃必殺の光刃を喰らわせようとした――その時だった。

 

「――させるか!」

 

 一陣の風。

 

 そう形容するのが相応しいと思うほどに早い「何か」が瞬時加速とともに推参すると、風を切って迫りくる光の剣は真っ二つになり破損。鉄屑となった刀は、もぬけの殻となっている新宿の大地へと墜落していった。

 

 やがてその「何か」は優奈のすぐ前に立ち止まると、白い翼を持つ鎧を纏った姿を私達の前へと晒していく。

 

 光る剣を持ち、安崎と同じ顔を――いや、()()()()()()()()()()()()()

 

 その、名前は――!

 

「いち、か……!?」

「な、お前は……織斑一夏!?」

「遅いっての! ヒーローさん!」

 

 一夏の加勢に優奈は一瞬驚きを浮かべたものの、すぐに満面の笑みに代わってそんな事を口にした。

 

 この二人、前の世界ではそこまで親密ではなかったはずなのだが……。

 

「優奈……お前まで、来ていたとはな」

「どっかの誰かがチンタラしてて安崎倒さないもんだから、代わりに私がぶっ倒しにきてやったのよ!」

 

 その言葉に一夏は複雑な笑みを浮かべ、そんな彼の様子を見てから優奈は瞬時加速で移動。一夏の隣へと一気に距離を詰めて合流する。

 

「まぁ、こっから先どっちが先に倒しても恨みっこなしってコトで!」

「……分かった。だが、俺があいつを倒す事だけは変わらん」

「あっそ。それと――箒! アンタは楯無さんのところまで下がってて! 後は私達に任せてちょうだい!」

 

 あいつとの会話を終えると、優奈はこっちへ向いてそう指示を下してくる。

 

 実のところ、私も安崎には思うところはある……というか、出来ることならこの手で斬り捨ててやりたい。

 

 だが、今のネクロ=スフィア展開には限界があるうえ、拘束から脱けだした直後で身体もあまり調子がよくないと来ている。

 ええいッ――仕方、ないか。

 

「分かった! だが、確実に倒せよ!」

「あったり前じゃない! ね、一夏」

「……そうだ。だからお前は逃げてくれ、箒」

 

 なるべく明るく返す優奈と、どこかぎこちない口調の一夏。

 

 そんな二人の言葉を耳にしてから、私は楯無さんの待つ陣地へと一直線に降下していくのであった――!

 

 

 

 攻め込んだあいつらを東京で待ち構えて皆殺しにして、それから絶望した箒を殺す。

 次に更識のところに上がり込んで殺す。

 そうしてから、力を全部取り戻して。今度は一夏を無様に這いつくばらせ、首を刎ねる。

 

 その計画だった筈なのに、全てが瓦解しやがった!

 

「クソが……クソがぁぁぁッ!」

 

 聞いてねぇ、神崎のクソアマが来てるなんて!

 聞いてねぇ、こんなに早くパリから東京に攻めこんで来るだなんて!

 聞いてねぇ、更識の奴が専用機を持ってここまでしゃしゃり出てきて、こっちの無人機の群れを無効化するだなんて!

 

 どうしていつもいつも、俺の計画は、望みは――なにひとつ叶わねぇんだ!

 

「ふざけるな、ふざけるなぁぁッ!」

「ふざけてるのはアンタでしょ、このゾンビ野郎ッ!」

 

 予備の剣を展開した直後、瞬時加速して突撃したものの、優奈は距離を引き離してライフルで攻撃。

 しかも、そこに加えて。

 

「お前だけは、俺がぁッ!」

「織斑、一夏!」

 

 俺と同じ顔をした宿敵が、猛烈な勢いで上から斬りかかってきた。

 クソ、あいつを苦しめるためにこの顔にしたってのに……今はそうした事が、忌々しくて堪らない!

 

「皆の仇!」

「黙れ、この糞野郎!」

「どっちがぁぁぁッ!」

「黙れ、黙れ! 黙れぇぇぇぇッ!」

 

 乱暴に蹴りを叩き込んで、それから瞬時加速。距離を適度に話しつつも、牽制するために武器を構える。今のままの精神状態で戦っても勝てやしねぇが、だからと言ってクールダウンなんて出来るもんじゃない。

 

 クソ、どうすりゃいいんだ……!!? どうすりゃ!!!!

 

「誰も俺を認めなかった、お前と違って! そんな奴等、死んで当然だろうが!」

「……どこまでも、身勝手な!」

 

 少しでも落ち着くため、ずっと抱えていた呪詛を吐き捨てて、それに対して優奈が歯ぎしりしてから怒りの感想を吐き出していった。

 

 その、ときだった。

 

『一式様』

「なんだ!? 今俺は忙し――」

『四天王機、全機ともに最終調整完了。いけます』

 

 突如、プライぺート・チャンネルに割り込んできた、抑揚がない、機械的な女の声。

 それに対し最初は苛立ち混じりに返答したが……俺の言葉を遮ってまで告げてきた情報は素晴らしいものだった。

 

 これなら、いける!

 

『こちらの無人機による物量作戦は既に崩壊しています。かくなる上は、出すべきかと』

「……分かってる。出し惜しみするべきじゃねェって事くらいは……な」

 

 黙っている間に()()()は補足を入れてくるが……大丈夫だ、それくらい俺でも分かっていた。楯無以外の全員がこっちに向かってきている今、数の上での劣勢を覆すにはそれしかないってことくらいは……な。

 

 いいぜ、お前ら。

 

 こうなった以上は特別だ、本気でやってやる!

 

 瞬時加速で優奈から離れ、脱出艇に張り付くと。俺はある場所へと向けて大声で呼び出す。

 

「ここまで追いつめた事は褒めてやる! だが……いや、だったら! 出すっきゃねぇよなぁ!」

「お前、何を言って、まさか新型が!?」

 

 いきなり俺が脱出艇に向けてそう告げるのを、優奈は驚きと恐怖が入り混じった表情で見つめだす。まぁ元IS学園の才媛様だろうからすぐ察しはついたみてぇだが、現実は受け入れられないって具合だろうな……。

 

 まぁいいぜ、すぐに受け入れざるを得なくしてやるからよぉ!

 

「四天王機、全機発進しろ!」

 

 命令と同時、脱出艇は猛烈な勢いで崩壊。その中から、どの機体とも似ても似つかない奇抜なデザインの機体が四機も出陣。一気に敵へと迫る。

 

「クソ……一夏、アンタは箒達を守りに行って! 今あそこを狙われたらまずいッ!」

「分かった!」

 

 一夏を戦えない奴等への援護に向かわせたようだが、まぁちょうどいいかもしれねぇ。お楽しみは最後に、俺と四天王全員で潰すってかたちで取っておけるんだからな。

 

 さぁて、まずは無駄にこっちに刃向かおうと向かってきた奴等の殲滅からだ!

 

「やれ……四天王! 奴らを八つ裂きにしてやれ!」

 

 俺の掛け声に応じて先陣を切ったのは、透明な翼を持つ白いIS――「眷属機ホワイトウィング」。高速で飛翔し、鋭利なる両翼「スラッシュ・ヘルダイバー」でもって、ラウラを切り裂かんと迫る。

 

「どんなに素早くとも、所詮は――!?」

 

 動きをとめようとAICを使う気だったんだろうが、残念ながらそうは問屋が卸さない。

 

 こっちの機体は翼を一瞬煌かせると、次の瞬間そこから衝撃波を発射。瞬く間に第三世代兵装は故障し、ダメージが銀髪女を襲う。

 

 単一仕様能力、破壊魔鏡(ダイクロイック・ミラー)

 

 敵の第三世代以上の能力の発動、もしくはこっちの第三世代以上の機体に対する単一仕様能力を無効にして破壊する、対代表候補生どもに特化した力だッ!

 

「何だと――ぐぁぁっ!」

「ラウラッ! くそ、こっちにも!」

 

 両翼の斬撃によって吹き飛ばされたラウラに、救援として駆けつけようとしていたシャルロット。

 

 そんなあいつに迫ったのは鋭角的なシルエットを持ち、全身から電撃を放つ黒い機体――「眷属機ブラックリヴェリオン」。

 

 二体目の四天王機は右腕の大型のクロー「ファング・オブ・ディスオヴェイ」で、第四世代機を串刺しにせんと接近する。

 

「だけど、こっちだってぇッ!」

 

 シャルロットはさっきダーク・ルプス相手に披露していた楯殺しの発展武装を展開、そのまま応戦しようとするが――。

 

「甘ぇんだよ、やれ!」

 

 俺の言葉と同時に、こいつも単一仕様能力を発動。

 

 ドラゴンの翼を模した非固定部位。そのスリットを展開すると、そこから強烈な電撃を放出させる。

 

「出力が、どうして急に――くッッ!」

 

 電撃がシャルロットに当たると同時に、奴の機体の能力は大幅に減衰。逆にリヴェリオンの出力は瞬時に増強されていき、強力無比な攻撃が第四世代へと直撃する。

 

 単一仕様能力、幻影叛逆(トリーズンファントム)

 

 電撃を与えた相手に対して発動し、瞬時に敵の出力を半減させてその分こっちに加える、反逆の牙。

 

「シャルロットさん!? この……!」

「待つサね、こっちにも来る!」

 

 セシリアとアーリィが固まっていたところを襲撃するよう命じたのは、禍々しい外見が特徴的な紫色の機体――「眷属機ヴァイオレット・ヴェノム」。

 

 毒々しい外見の機体は、非固定部位の複合ユニットから赤い光の翼を展開、そこからビームを放たんとする。

 

「ですけど、そのような攻撃!」

 

 だが、この程度の攻撃を躱せないってワケじゃないのは承知済み。

 セシリアはそんな憎たらしい言葉を吐いて回避すると、続けてアーリィが口を開きだす。

 

「今度はこっちの番なのサ!」

 

 そう言って奴が展開したのは、見えざる風の槍の投擲。

 同時にセシリアはBTビットを展開して、俺の眷属へと向けて攻撃を放たんとする――が。

 

「そいつを待っていたぜェ! お前らが同時に第三世代兵装を使う、この時をなァ!」

 

 俺の言葉と同時に、ヴァイオレット・ヴェノムは非固定部位に収納されていた触手上のユニットを展開。

 アーリィとセシリアが放った風の槍とビットへ向けて伸ばすと――。

 

「な、なんですって!?」

「喰った……!!?」

 

 そう、奴らが驚いた通り。触手の先端に搭載された食虫植物を模したようなクローアームが展開され、俺の眷属に害なす武器を丸ごと()()()

 

 これこそが、こいつの本領発揮の条件だが――。

 

「まぁ見てろ、まだ終わりじゃないぜェ!」

 

 飲み込んだ直後、本体から怪しい緑色の光が漏れだすのを、セシリアとアーリィも警戒はしているんだろうが……まぁ、何が起こるかは分かるまい。

 

 なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前の力を見せてやれ!」

 

 光が収まると同時に命令を下すと、奴の周囲の空間が湾曲。そして――。

 

「あれは、ビット……!?」

 

 出てきたのは、奴の言う通りBTビット。

 ほとんどブルー・ティアーズのものと同じだが、色だけは紫となっている。

 

 だがなぁ。驚くのは……まだ、早いんだよッ!

 

 セシリアとアーリィが唖然としている隙に、複製したビットはいったん消失、その性質を変化させていく。

 

 強烈な風がヴァイオレット・ヴェノムも巻き込んで吹き荒れると――次の瞬間。

 

「な、消えた――くっ!」

 

 おどろくセシリアとアーリィだったが、最後まで言葉を発することは叶わない。

 なぜならすでに、あいつらの後ろには俺の眷属の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 単一仕様能力、捕食超越。

 

 敵の能力をコピーするのに加え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()最強最悪の力。

 

 その力の前には、二代目ブリュンヒルデだろうが何だろうがゴミ屑みてぇなモンだ。

 

「皆!?」

「気をつけろ優奈、お前のほうにも――来ているぞッ!」

「そして、お待ちかね最後の機体だ!」

 

 今まで見せたことのないISの登場によって形成逆転され驚く優奈に、箒を守りつつも一夏は忠告するが……もう遅い。最後の一機は既に放たれ、あいつのアクシアへと向けて突撃を開始している。

 

 さぁて、お楽しみはこれからだ!

 

「ダーク・ルプス……違う、あれの有人機タイプか!?」

 

 間一髪のところで超巨大メイスをライフル先端の光刃で受け止めつつ、焦り混じりに感想を口にしていた優奈。

 

 奴の言う通り、この機体の名は「ダーク・ルプス・レクス」、つまりは原型ともいえる存在だ。

 

 だが、オリジナルの機体にはない装備もたくさん持ってるんだよ!

 

「な、腕が!?」

 

 テールブレードを想定してたんだろう。どう見ても背部に集中力を割いていた優奈は、あまりにカモが過ぎた。だから非固定部位がいきなり出現して、そこから腕が生えてきての殴打。それに奴は対処ができなかった。

 

 頭上から叩きつけるように攻撃して僅かな隙を作ると、即座に四本腕すべてに実弾ライフルを装備。かなりの量の弾幕でもってアクシアを潰さんとする。

 

「まだだッ!」

 

 小癪な事に、奴はそう吐き捨てると同時に前面へとスラスターを集中して瞬時加速。

 後退し、得意の遠距離戦闘へと持ち込む腹積もりのようだ。

 

どうやら、まだ諦めやがらないらしい……めんどくせぇ女だ。だけどな!

 

「こいつは、遠距離だってやれるんだよ!」

 

 非固定部位を収納し、新たに展開したのは大型のキャノン砲。そこから超硬度のISの装甲すら貫く槍状の弾丸を発射する――が、間一髪のところで奴の右側に逸れ、ダメージは回避されてしまった。クソッ、当たればあの女を殺せたってのに……!

 

「狙いが甘――!?」

 

 だが、怪我の功名とでもいうべきか。奴をビビらせるには十二分の威力だったらしい。

 

 まぁ、無理もねぇか……後ろのビルが、たった一発で崩れちまったんだものな。

 

「なんて威力……!?」

「そら、どんどん行くぜェ!」

「だったら!」

 

 次弾を装填したこっちに対し、向こうがとったのは射線上に身を乗り出しての突撃。なんだ、破れかぶれにでもなったのか……!? まぁ、こっちとしては好都合だがな。

 

 なんて、呑気に考えていた時だった。

 

「オルテュギア・シフト――発動!」

 

 奴はそんな言葉を叫ぶと、次の瞬間。なんとレクスのすぐ真上へと、いきなりワープしだしていた。

 

 だけどなァ!

 

「死ねッ! ――ハサミ!?」

 

 元々ダーク・ルプスの原型ってことはな、近接戦が得意ってことなんだよ!

 

 優奈が驚いた通り、再び四本腕モードに戻ったレクスが使ったのは超大型シザース。それをメインアームの両手を使って持ち、躱し損ねた奴のライフルを真っ二つにしてやる。

 

「だけど、そんなもので!」

 

 だが、本体にダメージを与えられなかった以上、奴が抵抗するのも当然だった。すぐに爆散寸前のライフルを放り投げ、目くらまし代わりにして。

 今度は両手にビームカービンを展開し、銃口から刃を伸ばしだす。

 

「これで、終わりだぁぁぁぁッ!」

 

 緊急の回避によって致命傷は避けられたものの、それでも完全に躱すことは叶わなかった。仮面に覆われた頭部に直撃し、徐々に罅割れて崩れ落ちていく。

 

 とはいえ本体は無傷。戦闘に支障はない、か……。

 一瞬焦ったものの、逆にラッキーだぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――ッ!?」

 

 完全に崩壊した仮面の下、そこにあった無表情な女の顔を見た途端に。優奈は目を見開き、衝撃のあまり固まってしまったが――まぁ、無理もない話だろうな。

 

 なにせ、そこにあったのは――。

 

「おねえ、ちゃん……!?」

 

 偽骸虚兵と化してから、今まで温存していたあいつの姉。そして、俺を蘇らせた恩人兼バカ女――神崎零のものだったのだから。



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生者と死者の姉妹

 お姉ちゃんともう一度会えたのなら。

 そんな事を考えたことは、一度や二度という訳じゃなかった。なにせ暇を見つける度、それについて考えていたのだから。

 

 地獄のような逃げ回る日々の中、たまにあった安崎が襲い掛からなかった時。

 花鳥風月を使った作戦の後、飛ばされた異世界の惑星を一夏と二人で彷徨っていた時。

 束さんに拾われて、二人で転移するための準備に追われていた時。

 そして、こっちに転移してパリで使えるコアを探していた時。

 

 いつも、そんな話ばかり考えていた。

 でも、どんなに悩んだところで答えなんて出るモンじゃない。

 罵倒したい気持ちもあったし、恨み言のひとつやふたつ、ぶつけてやりたいって気持ちは間違いなくあった。

 けれど同時に、単純に再会できることを喜びそうだとも思った。

 そしてこの話は、悶々と考えたすえに「答えが出ない」って結論になって打ち切るのが常だった。

 

 空想の世界の中でも優柔不断を繰り返していたから、今でも私の中に答えなんてないままで……。

 

「あ、あ……あ……」

 

 そんな状態のままで再会した私は、絶句したまま新宿の空の上で固まってしまっていた。

 むろん敵は戦場で、こんな分かりやすい隙を見逃すほど甘い存在ではない。

 

「やれ、ダーク・ルプス・レクス!」

「了解」

 

 短いやり取りのあと、私は上の方から鈍い衝撃を受けた。振り上げられた超巨大メイスが思いっきり、頭に叩きつけるようにして直撃したからだ。

 

「ぐっ……あああああっ!」

 

 硬直する的なんていいカモだったに違いない――なんて、現実味のない頭の中でぼんやり考えていた時だった。

 墜落していく身体に、時間差で異常な激痛が迸る。

 勿論、こんな状態で受け身もクソもない。

 みるみるうちに高度は下がっていくと、背中を打ち付けるかたちで路面へと衝突。コンクリートを穿つ形で着地していく。

 

「クソッ!」

 

 シールドエネルギーの減りもバカにならなかったため、急いで展開したリカバリーキットをコネクタに突き刺して回復を図る。最後の一本だったけれど……この際仕方ないだろう。

 

「気に入ってくれたか……俺のとっておきの偽骸虚兵ちゃんはよぉ?」

 

 ダークルプスレクスの右肩に手を置き、舌を出して嘲る安崎の野郎。

 あまりにも漫画の悪役めいたそんな顔と、恩人の筈の私の姉をいいようにこき使うイかれきった感性。そんなのを見せられた途端、私の頭の中は怒りを通り越して――。

 

「――気に入ったよ。私の前にこんなのを寄越してくる、その思い切りの良すぎるクソ度胸()()はね」

 

 不思議と氷のように心は冷めきり、冷静になっていた自分がそこにはいた。

 

「そうかい。それじゃ、後は姉妹水入らずやってくれや。きっちり観客として見ててやるからよ!」

 

 侮蔑丸出しの言葉を吐き捨て、少し離れた場所へと移動する仇敵。だが今は、もうそんな奴はどうでもいい。

 とにかく今はあの死体人形こそ、私の戦わなければならない相手なのだから。

 

「今……分かった」

 

 立ち上がると同時、思考が無意識のうちに口から漏れ出る。

 

 今……初めて分かったんだ。

 私は今まで、本当の意味では偽骸虚兵との戦いを経験していなかったという事に。

 

 セシリア、ラウラ……その他諸々とも確かに戦いはしただろう、同じ学び舎で過ごした間柄だっただろう。だけどどれだけ、生前の彼女達と絡んだ?

 結局そんなものはテレビの向こうの芸能人と、大して違いなどありゃしない。

 

 だから今こうして、自分の知っている――愛していた人が敵になって初めて知った。

 

 命すら躊躇いなく弄び、私に二の足を踏ませる道具にしか思っていない。そんなあいつのおぞましい感性を。

 一夏が……いや、他の皆が、どれだけ異常な精神的ダメージを負って戦ってきたのかを。

 

「ったく、こんなモンと戦ってられたね……よくさぁ!」

 

 ほんっと、何も考えないで戦ってた私って馬鹿だ!

 そんな風に思いながら吐き出した言葉とともに瞬時加速。牽制代わりの射撃もせずに、間髪入れずに光刃を展開する。さっき射撃武装を撃ち込んだ際、ダメージがほとんど全く通らなかったためだ。

 

 つまりあの機体も無人機(ダーク・ルプス)同様に千変鉄華が健在だという事に他ならない。

 

 だったら、接近して叩くしかない!

 

「甘い」

 

 射撃武器を封じている奴が、敵の近接攻撃という選択肢を考慮できないハズなど当然ない。ダーク・ルプスは非固定部位のワイヤーを射出して、迎撃行動に移る。

 

 だけど……そんなモノっ!

 

「どっちが!」

 

 こっちが想定していないとでも思ったか!

 そう思いながら左手を突き出し、大型シールドを展開しようとしたが――。

 

「速……ッ!?」

 

 厄日なんだろうか。

 ここでも、私の見通しは裏目に出てしまった。思わず苦々し気に吐き出してしまった通り、こいつのテールブレードは異常に素早く、不規則だったのだ。それこそ、いつも戦っていた量産型とは比較になんてなりゃしない。

 発射された凶刃は一度目の攻撃でシールドの取っ手を弾き、取りこぼさせる事で守りの要を奪っていく。

 そして間髪入れずに戻ってくると、今度は本体にめがけて攻撃を炸裂させる気なのだろうが……黙って、やられてたまるか!

 

「だったらッ!」

 

 戻ってくる凶刃。それに対し、私は盾代わりとして左腕を差し出した――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「自分から腕を失くすとはなァ!」

「ンなモン……勝つためなら幾らでもくれてやるっ!」

 

 左腕装甲を貫通したテールブレードは肘関節から先を千切る形で奪っていき、戦利品とでも言わんばかりに突き刺したままの状態で本体へと巻き戻されていった――その刹那。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――!? そういう手を、使ってきたか」

 

 奪われた左手に握らせておいたハンドグレネードを時限式に設定して使用すると、敵の背中へと届いた時に爆発するようタイマーをセット。しかも幸運なことに、追い打ち狙って展開していたのであろうキャノン砲も潰す事に成功する。

 まさに、骨を切らせて肉を断つといったところだろうか。

 それに――。

 

「よし、まだ大丈夫……!」

 

 欠損部位に意識を集中させると、すぐさま粒子が集中していき、新しい腕が装甲ごと展開されていく。量子空間にあらかじめいくつかストックしておいた()()()()を展開したのだ。

 

 こうやって腕を再展開すれば……損耗なんて大したことなんかじゃ、決してない!

 

「な、腕が……神崎優奈! お前!?」

 

 人間を辞めているのは自分達だけだとでも思っていたのか。こっちの人間離れし過ぎていた一連の流れを見た安崎が困惑と焦りを浮かべながら、そんな事を言う。

 そんな姿を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「人工筋肉とハイパーセンサー搭載の義眼……すでに半分人間ではないという事か」

 

 だが、流石に偽骸虚兵とはいえ科学者にはこっちの身体状況などバレバレだった。こっちの腕から血が出ていなかったことを見て、そう結論付けたが……正解だ。

 代表候補生ですらなかった私が偽骸虚兵や無人機に勝つためには生身を捨てる以外の選択肢などなく、半分人間を辞めている状態だった。正直言って、生身だった頃と同じ部分は半分くらいしか残っていない。

 

 だが……。

 

「越界の瞳を移植された、偽骸虚兵がッ!」

 

 向こうだって全身の筋肉をリミッター解除した偽骸虚兵なのに加え、恐らくドイツの研究所襲撃の際に手に入れたデータを使っているんだろう。黄金に輝く越界の瞳を移植されている。

 そんな奴に、人のことなんてとやかく言われたくはないッ!

 

「ぬおりゃああああああッ!」

 

 ごちゃごちゃの頭のまま瞬時加速し、予備のビームカノンの先端から光刃を展開。

 いまや向こうの遠距離武器を潰した以上、反撃手段なんて四丁の実弾ライフル程度しかなかった。

 

 つまり――距離を詰める事なんて、簡単にできるッ!

 

 そんな甘い見積もりは、背中から漏れ出た量子展開の光が嫌味なほどに完全否定していった。

 

「テール・ブレー……ド!?」

 

 量産タイプとは異なり、予備と思しきテール・ブレードもきちんと持っていたのだ。

 四天王なんて名乗っている敵である以上、当たり前と言われればそうかもしれない。私の判断ミスだ。

 だが、現実問題として予想できていなかった私に、射出された刃を躱すのは不可能だった。

 

 それどころか防御もままならず、無防備の身体に狂気の刃は迫ってきていて――。

 

「かはっ!」

 

 心臓スレスレ、つまりは人工筋肉に置換していない場所へと着弾。

 搭乗者保護機能がなければ即死する部位に食らった瞬間肺から空気が抜けていく感覚がして、一気に意識が飛んでいく。

 それらを同時に味わった前後。今度はテール・ブレードが突き刺さったままの身体がどこかへと投げ飛ばされる感覚が襲い掛かって、そして――。

 

「ぁ……うぁ……」

 

 刃が抜けると同時、投げ飛ばされるかたちどこかのオフィスビルの中へと突入。ガラスの突き刺さった身体のまま何度も身体を床に打ち付けた挙句、デスクに直撃して停止する。

 しかも、最悪な事に。

 その拍子に落ちてきたボールペンが――左目に、直撃した。

 

「ぐっ……あああああッ!」

 

 あまりにもな激痛が襲い掛かってきては、流石に飛んできた意識も急速なまでのペースで呼び戻された。強烈な痛みは気付け剤代わりにはなったけれど、視界を片側潰されてしまう。

 

 予備の眼球は持って来ていないし、こうなってはハイパーセンサーもクソもあったモンじゃない。

 

「勝負あったみてぇだな。けど、こんだけ痛めつけちまったら、偽骸虚兵にしてもすぐには使えねぇか?」

「いえ、眼球は私のものを使えば何とかなるでしょう。むしろ、機体のほうが問題かと」

「あぁ……そうか。まぁ、ダークルプスの改造型でもあてがって、暫らくしてアクシアが回復次第そっちに乗せるかたちでいいか」

 

 もう勝負ありとでも思っていやがるのか。朦朧とした意識の中聞こえてきたのはそんな声だった。

 

 ふざ、けるな……! 倒したら手に入れて、それで手駒か!? 人を何だと思っていやがる!!

 

「人をまるで、将棋の駒みたく、扱いやがって…………ッ!」

「偽骸虚兵になることの、何が悪い?」

「……は?」 

 

 怒りを吐き捨てた途端に返された、抑揚のない声で発せられたそんな言葉。

 それを聞いた途端思わず固まってしまって、結局出てきてしまったのはそれだけだった。

 

 しかもそうしている間にも、奴は畳みかけるように妄言をほざきだす。

 

「それに……あなたも、偽骸虚兵になれば。また一緒に暮らせるはずだが?」

「何、バカな事言ってんの……アンタ研究者だったじゃない?」

 

 崩れたビルの中、目に刺さったままのボールペンを引っこ抜きながら言う。

 

 確かに安崎を蘇らせた元凶である以上、私の姉・神崎零は愚かな女だ。それは間違いない。

 だけど流石に、ここまで耄碌した事を言う人じゃなかった。

 

 死体を弄ばれ、こんな事を言わされてる。そんな事実に対し、物凄く腹が立っていることは事実だけれど――それ以上に、とても悲しかった。

 心臓が圧迫されるようにズキズキ痛んで、もう立たないでもいいかなって一瞬思えるくらいには。

 

「――ははッ、これじゃ私もなりたいって、言ってるようなもんじゃん」

 

 心の中に入ってきた、魅力と恐怖が入り混じったカクテル。それを意識してぶちまけると、地面に手をついて立ち上がる。

 

 本当はPICがあるから普通に飛べばいいけれど、何というか……意地がこの行動をとらせていった。

 

「……なるのか?」

「じょーだん。にしても……本当にアンタ、バカだよ。()()()()()()()()、さん」

「なんだと?」

 

 意味を掴みかねない。

 そう顔に書いた()()を捉えつつ、アクシアの手綱を握って立ち上がる。

 

 まだ、倒れるわけにはいかない。

 

 この哀れな人形をちゃんと壊してあげるまでは、死んでやるもんか。

 

「もうちょっとこうさぁ……お姉ちゃんの口調に寄せるとか、出来ないワケ? あんたの親玉さ、人形遊びの才能なさすぎだと思うよ?」

「その必要を感じない。高い戦闘能力とそれを活かす性能の機体。それさえあれば、十分だと思うが?」

「だから、あんたはダメなんだよ。大根役者さん?」

 

 バレルがひしゃげたビームカノンを投げ捨てると、最後の予備を展開。もう量子空間内にはリペアキットもないうえ、残っている武装もこれを除けばひとつだけ。しかもそれはとっておきの切り札と来ている。手札は泣きたくなるくらいに少ない。

 だが、これで絶対に――勝つッッッ!

 

「今更そんなもので、私のダーク・ルプス・レクスに勝てるとでも思っているのか?」

「勝てるよ――いや、勝つさ。あんたが本物の神崎零じゃないって……意地でも、証明するためにもッッッ!」

 

 リノリウムの床を蹴り、後ろに瞬時加速。同時に非固定部位のワイヤーで背後の壁を破壊し、狭い室内という圧倒的不利な場所からの脱出に成功した。

 よし……あとはッ!

 

「射撃武器がこちらに効かないのは知っている筈。依然こちらの有利に変わりはない」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 ライフルを構えたこちらに向けてきた敵の言葉は、あまりにも的外れすぎて。ついつい返さなくてもいい返答をしてしまった。

 それと同時に最小出力したレーザーが断続的に発射され、針のような細さの光の矢は次々と狙った場所へと着弾していく。

 

「看板を――!?」

 

 そう、私が狙ったのはダークルプスの背後に立つビルの看板の接合部位。支えを壊された鉄塊は重力に従いながら、ついでにダーク・ルプス・レクスを踏み潰さんと迫る。

 もちろん、巨大な質量を持つモンに直撃すればいかにISとはいえども、ただで済むはずがない。

 

「だが、そんなもの」

 

 当たればかなりの威力を持っているとはいえ、そうそうこんな動きの遅いものが当たるわけもない。ましてや四天王なんて仰々しい肩書き背負ってるやつが相手だ、あっさりと瞬時加速するだけで躱されてしまう。

 だが――()()()()()()

 

 この位置取りなら、本命をぶちかますには十分だからッ!

 

「何を……する気だ?」

 

 本当は安崎の野郎をぶっ殺すときに使いたかった、とっておきの武装。

 右の掌へと集まっていった粒子が構成、展開されたのはそんな貴重な「切り札」に他ならなかった。

 その名も――。

 

「ロストマンズ・バレット――こいつが正真正銘、最後の切り札だッ!」

 

 束さんに造ってもらった、最強最悪の武装。

 それは()()()()()()()()()が最も優れていると自負していた量子展開技術と、外宇宙を放浪するようになって見つけた希少金属の融合によって実現した、狂気の弾丸。

 製法も特殊で面倒だったためたったの一発しか作れなかった、最強の攻撃力を持つ実弾兵器。

 

 それは発射と同時に拳銃型の発射装置が崩壊すると同時、あちこちに赤く禍々しいラインの走る黒い弾丸をまっすぐとダーク・ルプス・レクスへと向けて吸い込まれるようにして着弾する。

 

 ――そう、思っていたが。

 

「零! こいつで守れッ!」

 

 土壇場で、あの野郎が観戦するだけとほざいていた言葉を反故にしやがった。いきなり偽骸模倣の力で生成したゴーレムを近場に展開すると、それを射線上にインターセプト。

 身代わりとして私の切り札が直撃したのは、何の変哲もない雑魚敵だった。

 

 クソ、この、あと少しだったのに……!

 

「安崎ィィッ!」

 

 感情の昂ぶりを抑えきれず、叫ぶ。

 そしてその間に目の前の木偶人形の体内にて、恐怖の弾丸の威力が実演されていった。

 

「――刃?」

 

 ダーク・ルプス・レクスが呟いたとおり、ゴーレムの胸部の着弾地点か生えてきたのは一本の剣の刀身。そして最初のに呼応するかのように何本も何本も刃が次々と、乱雑に生えていって――。

 

「La――!?」

 

 幾重にも重要部位を刺し貫かれた無人機は体内から引き裂かれていき、まるでウニのようになった状態で地上へと墜落していった。

 

「なんて弾だよ……危なかったぜ」

「当たっていればほぼ確実に相手を殺せる、対有人機用の弾丸と言ったところか」

 

 あまりの威力に戦慄する安崎と、こんな時だってのに偽骸虚兵特有の冷静さで解説する零。

 

 奴の言う通り、この弾丸は確実に安崎を苦しめて殺すための武器だった。僅か数センチの鉄塊に可能な限り実体剣を量子格納させ、着弾した相手のISコア反応を確認次第手当たり次第に展開。敵の内臓をズタズタに切り裂くかたちで、苦しめて殺すための必殺武装。

 

 本当はこれで安崎を殺すつもりだった。

 それが叶わなくなった今、こいつでお姉ちゃんの死体をきっちり壊してあげるつもりだった。

 なのに……なのに!! 

 こんな無人機なんかに――!

 

「一発しか撃てない、から……!?」

 

 その時、思い浮かんだ方法があったけれど……あまりにも、危険極まりない戦法だった。

 

 強引な方法で最強の力をリロードさせ、敵を倒せるであろう奇策。

 

 だが、これをやるとなると――ほぼ確実に死ぬ。

 それが心に二の足を踏ませていたが……。

 

「いや、やるしかない!」

 

 自分で自分に喝を入れ、叫びだす。

 

 何のためにここに来た? 安崎を殺すためだろうが!

 それが出来なくなった今、やるべきことは何だ? 姉の死体を破壊し、解放してやることだろう!?

 それに――命が惜しかったら束さんのところに残っていればよかったんだ。なのに、ここまで来た!

 

 だったら、やるしかないだろうがッッッ!

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ビームカノンの先端から光の刃を展開すると、連続瞬時加速。出来るだけ速く、一ミリでもダーク・ルプス・レクスへと接敵する。

 

 なんとしても、何としても! 

 

 絶対に……届かせる!

 

「無策で特攻か! バカ臭ェ! おい、引導を渡してやれ!」

「よろしいのですか? そうしたら、あれを偽骸虚兵化できなくなりますが?」

「構わねぇよ。もうあんなのイラネぇからな!」

 

 ここに来てようやく、運が私に味方をした。アホ丸出しの会話をしている間、当然あいつらは攻撃してこなかったからだ。

 おかげで大分接近できたけれど――さすがに、目と鼻の距離ってところまでは届かなかった。

 約十三メートルといったあたりで会話を区切ると、何度も飛ばしてきた背中の凶刃が私へと迫る。

 

 だが、私は。

 

「こいつを――待っていたッ!!」

 

 既に軌道が確定し、テール・ブレードが刺さる直前に私がしたこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてすぐさま、ついさっきまで装備していた専用機を足場にして空中で跳躍。直後、凶刃はアクシアへと着弾していく。

 コアを停止させた状態だったために、相棒はたったの一撃で貫かれ、瞬く間にスクラップの仲間入りを果たしてしまった。

 

「ごめん、アクシア!」

 

 そんな姿を見て、思わず口をついて出てきたのはそんな言葉だった。元はあいつの機体だったこともあって。最初は愛着なんてこれっぽっちも、ちっとも湧かなかったのにな……。

 

 でも、今は大切なお姉ちゃんから貰ったプレゼントだって、胸を張って断言できる。

 

 だからこそ――。

 

「うぉぉぉぉぉぉりゃああああああああああ!」

 

 心が、パネルラインの一つ一つに至るまで憶えているからこそ!

 

「な、に……!?」

 

 こうして、私の心に、確かに刻まれているからこそ!

 

「お姉ちゃんッッッ!」

 

 いま、こうしてッ!

 確かな形としてッッ!!

 何もなくてもッッッ!!!

 

「ネクロ=スフィア展開……なぜ、お前が!?」

 

 迷いなく――展開できる!

 

「理解でき……」

「喰らえッ!」

 

 突然の再展開に驚愕したんだろう。淡々としていた顔に焦りが生まれた敵の二人は硬直していった。

 

 そして戸惑っている今が、最初で最後の好機ッ!

 

 そう思いながら、ロストマンズ・バレットを展開と同時に発射。

 ここまで近づけばもう、狙う必要なんて微塵もなかった。吸い込まれるようにして着弾した凶刃は死してなお使役される、哀れな操り人形(マリオネット)の中で幾重にも剣を展開していく。

 

 だが。

 

「まだ、だ……!」

 

 偽骸虚兵と名乗り普通に動いてはいるものの、その実態は死体そのものである。

 こんな致命傷を受けてもなお、短期間はまだ生きられるみたいだった。

 

 フラフラになりながらも最後の力を振り絞ってメイスを構え、私の元へと瞬時加速で接近してくる。

 

 だけど、もう。

 

 こんな動きの敵に負けるほど、私は弱くはなかった。

 

「……うあぁああああっ!」

 

 こんな時になって、形容しがたい感情が心の中を制圧していく中。それを振り払うように絶叫をして、突き出したライフル。

 

 その先端から伸びるビームソードが、お姉ちゃんの纏うダーク・ルプスの胸を確かに貫いていった……その、刹那。

 

「優、奈……」

 

 全身をズタズタに切り刻まれているにも拘らず、偽骸模倣による洗脳から解き放たれたダーク・ルプス・レクスは穏やかな表情をしていた。

 

 死体に魂がほんのひとときだけ戻ったのか。

 それとも身体に刻まれた記憶がそうさせたのか。

 はたまたまだ本当は洗脳が解けておらず、騙し討ちをするためにそうしているのか。

 

 科学者でもない私には、皆目見当がつかなかった。

 

 けれど、そんな顔を見てしまっては。

 抑えていた感情も、全て噴き上がってしまいそうになってしまって――。

 

「お姉……ちゃん……!?」

 

 ただ、それだけ口にした――その時だった。

 

 限界を迎えたダーク・ルプス・レクスの爆発が起き、わずか数分にも満たない展開で終わったネクロ=スフィア展開の愛機は、最後に爆発から身を守ってくれてから消失した。

 

「あぁ……全部、終わった……」

 

 変なタイミングでテンポを置いたせいか。生身のまま落下する私は、妙に冷静だった。

 

 安崎に殺されるか。

 それとも、墜落するか。

 

 どっちかは分からないけれど、もうこれで私の戦いが終わるのは間違いない。

 

 にも拘わらず、不思議と心は穏やかであった。

 

「最期に良いモン、見れたなぁ……」

 

 もう二度と見られないと思っていた、家族の笑顔。それを再び描き出して、呟く。

 

 全く、あんな顔するなんて卑怯じゃないか。

 まだ安崎倒せてないし、その光景を拝めてないってのに――なんだか満足して、逝けそうじゃないか。

 

「まぁ、冥途の土産にゃ十分ってコトか……」

 

 呟きながらも、ぼやける視線の先に見えたモノ。

 それは雪羅の荷電粒子砲を構える安崎の姿と、こっちへと向かってくる「紅」の姿だった――。



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想いを、あなたへ

 四天王と名乗る、見たこともない敵の新型機四体。

 そのうちの一機であり、優奈の姉――神崎零の偽骸虚兵の駆る、ダーク・ルプスの強化型のような機体。

 

 あまりにもえげつない姉妹対決が、目に飛び込んでいく。

 

「優奈ぁッ!」

 

 確かに神崎優奈という少女は、あまりよく知っている相手だったとはいえない。

 だが、一緒に戦った仲間がこんな風に外道の手にかかる光景は、とてもじゃないが見ていられなかった。

 

 だから、私はいてもたってもいられず叫んでしまった。

 

「くそ……また、またこうなのか!?」

 

 まだ少し疲労感の残る中、悔しさに歯噛みしながら呟く。

 

 打鉄は、今この場にない。

 紅椿を意識の力で展開することも考えたが、とうていもういちどは無理だろう。自分が一番、その事についてはよく分かっていた。

 

 つまり、専用機はいま私の手にはなく。

 戦うなんて、とてもじゃないが不可能であった。

 

「いつだって……いつだって、そうだ!」

 

 悔しさは勝手に口を動かしていき、気づけば叫んでいた。

 そう、いつだって私は戦いたいのに、戦えない。

 

 前の世界のクラス対抗戦の時に、初めてゴーレムが襲ってきたとき。専用機がないから戦えなかった。

 学年別タッグマッチ、ラウラがVTに捕らわれたとき。すでに打鉄のシールドエネルギーが尽きていて戦闘続行できなかった。

 最終作戦の際、鈴が目の前で殺されていくのを眺めていたとき。花鳥風月を使っていたために、指のひとつも動かせなかった。

 

 そして――先ほどまで、奴が奪い取った脱出艇の中で捕らわれていた時!

 

 いつだって、いつだってそうだ!

 みんなが苦しむ姿を見たくないのに! 私だって戦いたいのに!

 

 それなのに、置いてけぼりにされてしまう!

 

「紅椿さえ、あれば……ッ!」

 

 悔しさに思わず、口に出してしまった――刹那。

 目に飛び込んできたのは、目の前でISを纏っている楯無さんの姿。

 

 槍を構えて警戒態勢を怠らないあの人の姿を見た途端、疑念は、確信へと変わっていった。 

 

「いや……紅椿は、ここに、ある……」

 

 この世界にはないはずのミステリアス・レイディを、同じくこの世界ではロシア代表でもなんでもない楯無さんが装備している。

 それの意味することは、ただ一つ。

 

 一夏はこの世界に、かつての私たちが愛機としていたISを持ち込んでいる!

 

 そう思った瞬間、気づけば私は詰め寄っていっていた――私たちの世界で、最初に見つかった男性操縦者の少年のもとへと。

 

「一夏、私の専用機を……紅椿をもっているだろう!?」

「……持っていたら、なんだって言うんだ?」

「こっちに渡せ!」

 

 ビルの屋上のコンクリートの上で横になったまま、目を覚まさないままの鈴。

 病に伏せった身体に鞭打ち、今も槍を構えて私たちを守ってくれている楯無さん。

 

 間違いなく一夏が出どころの専用機を持っている存在達に視線を移してから、詰問する。

 どう考えても都合よく、紅椿だけ持っていない――そんな馬鹿な事はないだろう。

 

「――そんなものは、持ってはいない」

「嘘だッ!」

 

 そう思っていたからこそ、一夏の白々しい答えに声を荒げて返してしまった。

 

 私の知る一夏は危機的状況で、ここまで稚拙な嘘をつく男じゃなかった。

 なのに、なのに……!

 

「……あぁ、本当は持って来ているさ! だけど、今のお前に、俺は――」

 

 私の態度に腹を立てたのだろう、あいつは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。

 そうやってまた、お前は――!

 

 一瞬そんな考えがよぎり、頭にくる感覚がしたものの……すぐにこいつの考えに思い至ってはっとする。

 

 そうだ、こいつからしたら――いや、誰だってそうだ。親しい人間が目の前で死ぬところなんて見たくないに決まっている。

 それが一度死別し、奇跡的に再会したとなれば尚更だろう。

 

 だからこそ、勝ち目の薄い戦いに放り込むような真似をしたくない。そんなものは、体の良い自殺に他ならないのだから。

 

 そう考えれば、別に一夏の考えが分からないとは思えなかったが。それでも、私は――!

 

「なぁ、一夏。このままここにいたって、どうしようもないと私は思うんだ」

「それは……」

 

 薄々こいつも気づいていたんだろう、こちらの指摘に対して一夏は言葉を詰まらせていった。

 このままここで粘り、守りに徹していたところで事態が好転するはずもない。遅かれ早かれ四天王と称する機体に圧殺されるのがオチだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前が守りたいものがあるように、私にだって皆を助けたいって気持ちがあるんだ。それに第四世代なんだ、全くの役に立たないってこともないとは思う」

「箒……」

 

 そんなこっちの言葉に、一夏はしばらく黙ってから――。

 

「いち、か……?」

「……紅椿は、戦闘データを得て強くなる機体だ。おまけに一度死というかたちで敗北を経ている以上は、凄まじい強さのアップデートが行われていたっておかしくはない。もう……それに賭ける以外の方法はない」

 

 奴から投げ渡された紅の紐を受け取っていると、言い訳がましい言葉を投げかけられて――思わず、微笑が漏れてしまう。

 なんだろう、上手くは言えないが……こいつはこんな奴だったな――なんて、思わずにはいられない。

 

「ありがとう、一夏!」

「いいから行くなら早く行け」

 

 確かに、一夏の言う通りだった。

 四天王機と闘う皆は、そのどれもが非常に苦戦している最中。

 このままではそう長くないうちに均衡が崩れ、墜落してしまうのは目に見えていた。

 

 これは――急ぐしかあるまい!

 

「久しぶりだな、紅椿……」

 

 一夏から私の手に渡った待機形態の紐。それを手にして呟く。

 あの日から随分と時間がかかってしまったが……無事、私の手元に戻ってきた。

 

「よし、あとは――!」

 一度目を閉じ、精神を集中。

 臨海学校のあの日からの戦闘を、いちどすべて思い返していく――感覚を、少しでも取り戻していくために。

 

 そして最後に、落ち着くように深呼吸をしていくと――。

 

「いくぞ、相棒っ!」

 

 叫ぶと同時、何度もそうしてきたように紐へと意識を集中。

 すると、すぐさま眩い光が包み込んで――。

 

「はぁぁぁぁぁッ!」

 

 次の瞬間、私の身体には再び真紅の装甲が覆われていく。

 そしてそれと同時、圧倒的な出力をすべて利用して戦場へと瞬時加速にて舞い戻っていく。

 

「待っていてくれ、みんな!」

 

 改良した打鉄ですら比較にならないほどの、圧倒的な大出力。

 それを利用して、一気に距離を詰めていく。

 

 ネクロ=スフィア展開などではない実物な以上、憂慮すべきものはシールド・エネルギーのみ。

 これでもう、時間を気にせず戦える!

 

 そう、思っていた時だった。

 

「箒! そっちに一機いった――!」

 

 近くにいたシャルロットの声が聞こえてきて、咄嗟に回避行動をとった――次の瞬間。

 

 あまりにも強力な、まるで自然現象のそれと見紛うほどの電撃。

 その軌跡が、紅椿のすれすれの位置をスレスレの位置を通過していく。

 

「……まさか!?」

「第四世代機。排除開始」

 

 黒いIS――モニタの表示を信じるならば、眷属機ブラックリヴェリオンという名のようだ――が飛来。スリットから電撃を放出。

 

 そんな姿が、目と鼻の先にあった。

 怒り顔の描かれた仮面からは、やけに無機質な声が漏れていく。

 

 どうやらこいつは、最新鋭機を排除するように命じられているに違いあるまい。

 だからこそ、第四世代機を駆るシャルロットと私は狙われた。

 

 つまり現状、ほかのところへの加勢はブラックリヴェリオンを別の戦場に連れて行ってしまうことに他ならない。

 

 ならば!

 

「シャルロット! ともにあの機体を倒すぞ!」

「分かった!」

 

 私が空烈を、シャルロットが旗を構え、それぞれの先端をブラックリヴェリオンへと向ける。

 ここに、二機しかいない第四世代機と、奴の最高傑作と思しき四天王機。

 

 その戦いが、幕を開けた。

 

「無人機包囲陣、展開。排除開始」

 

 誰も見たことのない領域の戦闘。

 その初手は、敵からだった。

 

 奴はいきなりそんな言葉を口走ったかと思うと、強烈な光が私たちを取り囲むように発生。

 晴れると同時、四方八方をゴーレムが埋め尽くしていく。

 

「今更ゴーレム、だと……!?」

「それよりも、こんな戦術さっきはやってなか……来るよッ!」

「Code『Break SwordR3P2』――発動」

 

 抑揚のない声でつぶやくと同時、ブラックリヴェリオンは思いもしなかった行動に出る。

 なんと、自身の展開した剣で、直掩機のゴーレムを真っ二つにしたのだから。

 

「何を……!? ぐぅぅぅっ!」

 

 あまりの事態に困惑していたが、すぐにその答えは知れた。

 いきなり発生した爆発が紅椿の非固定部位に直撃、いきなりシールドエネルギーを減らしにかかってくる。

 

 原理はわからんが、これは――間違いない。

 

 あの機体……いや、あのブレイクソードなる剣は、味方一体を犠牲にすることで、対象座標に爆発を起こす。

 正確なところはわからないが、似た能力であるのは間違いあるまい!

 

「だったら!」

 

 シャルロットもそこのところは把握していたのだろう。

 一気に剣を展開すると同時、自機の周囲へと円を描くようにして展開する。

 

 そして――。

 

「はぁぁあぁぁあああっ!」

 

 叫び声と同時、一気に投擲。

 囲んでいたゴーレムの軍勢を、一気に破壊してコストを払えない状態に追い込もうとする――が。

 

「く、まだいるのか……!」

 

 確かに、目論見通り破壊はできはした。

 だがブラックリヴェリオンは何事もなかったかのように再びゴーレムを展開。

 

 しかも今度は遠近とか武装に一定の緩急をつけ、一気に全滅させないような配慮までなされている。

 

「こんなの、キリがない!」

「だったら、本体を狙うしかあるまい……!」

「無人機の牽制は僕が! 電撃には気を付けて!」

 

 シャルロットからの言葉に頷くと、並行して瞬時加速。いっきに敵の本陣へと斬りかかりに突撃していく。

 奴はそれに対し、右腕のクローユニットと新たに手に持ったランスメイス。それらを用いた独特の構えで迎撃に入る。

 

 そして、ドラゴンの翼めいた非固定部位の中間部にある、スリットを開放すると――あの、強烈なまでの電撃を放ってきたのである。

 

「――ッ!? それを、使ってくるか……!」

 

 あれに当たったが最後。第四世代すらあっさりと負かす「何か」を秘めているのは、今までの光景を見れば分かることだ。

 だが――。

 

「当たらなければ……何する、ものぞ!」

 

 躱してしまえば、何の問題もない!

 そう判断し、一瞬だけPICを切って下に落ちる。

 かつてイギリスで無人機にやられた事をそのままやり返し、電撃を潜り抜ける。

 

 そしてすぐさま上へと瞬時加速し、刀を構えた――その瞬間だった。

 

「Code『Cipher GalaxyR8C1』を起動」

 

 敵の宣言と同時、開いたままとなっていたスリットから今度は虹色の光線が放出。

 何をやってくるのか分からず警戒していたが、次の一手は私の予想とは何もかもが違っていた。

 

 だって、その光を浴びせる相手は――。

 

「ゴー、レムに……!?」

 

 シャルロットが呆然と吐いた通り、奴は不可解な光線をゴーレムへと浴びせかけていったのだ。

 なぜ味方に――! 何をする気なのだ!?

 

 そう思った瞬間の出来事だった。

 

 ゴーレムは光を浴びると同時、その機体の形状を一気に変貌させていったのである。

 

 そして、最終的には……。

 

「ブラックリヴェリオンが――」

「二体になった!?」

「驚くのは、まだ、早い」

 

 だが、奴の言う通り。

 驚くのは本当に、そこだけではなかった。

 敵の機体の出力が、なんと――。

 

「二倍になっている、だと!?」

 

 見間違いか、センサーの故障かと最初は思った。

 だが、奴の自信に満ちた声音はそれをバッサリと切り捨てていく。

 

 どうやら、あの分身が出ている限り――ただでさえ二体になって厄介なのに加え、攻撃力は倍加するという事かッ!

 

「シャルロット!」

「分かってる、無人機と分身は僕が!」

 

 叫んで意思疎通を図ると、シャルロットは旗を構えてスラスターを全開にして接近する。

 分身はあの電撃を放てないのだろうか、不思議なことに奴は、目と鼻の先に敵が近づいてくるまで何もしないでいた。

 

 だが、もうシャルロットの方に意識を向けている暇などない。

 なにせ――。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 私も、奴と闘わなければならないのだから!

 瞬時加速と同時に、二刀流の構えを形成。本物のほうのブラックリヴェリオンへと迫る。

 

 そして、奴の構えたランスメイスと私の刀の、二つの得物がぶつかり合おうとした。

 その、瞬間だった。

 

「蹴り――!?」

 

 今まで武器と単一仕様能力――つまりはISに頼っていた戦い方からは想像ができない、肉体を活かした攻撃。

 鋭く風を切る蹴りが下から振り上げられ、空烈が叩き落とされてしまった。

 

 間違いない、この肉体凶器としか言いようのない攻撃――!

 

 タイ代表候補生……。

 

「ヴィシュヌ……ッ!」

 

 名前を言い当てたと同時、苦し紛れに放ったガルム――かつて収納したままにしていたものだ――を放ち、仮面を叩き割る。

 

 果たしてそこには、かつてIS学園の脱出艇に派遣された、仲間だった少女の顔があった。

 

 首筋から頬まで伸びる一文字の傷跡は、死んだときにできたもの。

 一式に斬られ、あいつは専用機のドゥルガー・シンごとインド洋に沈んだはずだったが――!

 

「篠ノ之箒、殲滅する」

「無理に偽骸化した弊害か……!」

 

 幸か不幸か。

 

 ヴィシュヌの死体は損傷が激しく、あまり出来の良い偽骸虚兵にはならなかったようだ。

 片言で抑揚のない声は、とても人間のものには見えなかった。

 

 タイ代表候補生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー。

 

 ほんの僅かな時間しか一緒にいなかったものの、思慮深く仲間思いの彼女には多くの生徒たちが助けられていたのを覚えている。

 その中には優奈やシャルロットといった専用機持ちもいた。

 

 そして、その中には私も――だからッ!

 

「お前の身体は、私が……私が、休ませてやる!」

 

 決意とともに叫んだ――その瞬間。

 奴は再びスリットを開き、電撃攻撃を放たんとする。

 

「まず――!?」

 

 だが、それと同時に。

 

 紅椿が、新たな力を発現させていくのであった。

 展開装甲が次々可変していき、五つの装甲板が防御シールドのように前面にせり出すと――電撃を、完全に無効化していった。

 

『戦闘経験値、一定以上に達しました。新装備『五光』構築完了。敵機がこちらを対象に単一仕様能力を発動した場合、その発動と効果を――』

「無効に、するッ!」

 

 新たな武装が完成した途端、流れてきた電子音声。

 

 その先を読み上げるようにして叫んだ前後、五光を収納してブラックリヴェリオンの胴体へと刀身を滑り込ませていく。

 

「させない」

 

 片側はランスメイスに防がれるが、その力はあまりにも高く、紅椿であっても押され気味だった。

 無理もない、敵は分身を作ったとたんに戦闘能力を倍加させているのだから。

 むしろここまで対抗できている、第四世代が異常という話であった。

 

「く、だ、だが……どうすれば!」

「箒、今だ!」

 

 しかし。その鍔迫り合いはあっさりと決着がついた。

 シャルロットの叫びとともに、爆発音が背後から鳴り響く――すなわち、分身の素体となっていたゴーレムが撃墜されたのだ。

 

 直後に、眷属機ブラックリヴェリオンの出力は半減。元の数値へと戻っていく。

 

 これならば、いける!

 

「はぁぁぁぁぁッ!」

 

 たとえ別の魂が入っていたとしても、間違いなくかつては私たちの仲間だった少女。

 

 それを殺すのは、ただ何も考えずに無人機を壊すのとはわけが違う。

 

 だからこそ気合を入れ、迷いを断ち切って、それから攻撃。

 漆黒の闇より現れた死体人形を真っ二つにして、その役目を終わらせていく。

 

「すまん、ヴィシュヌ!」

 

 顔に斜め一文字の傷が入った、緑髪の少女へと謝罪すると同時。

 展開装甲を可変させて推力にすべてを割き、安崎のもとへと跳んでいく。

 

 ヴィシュヌの死を悼みたい気持ちも間違いなくあったが、まだ戦闘は続いている。

 

 すまん、許してくれ――今はッ!

 

「優奈ぁッ!」

 

 シャルロットにブラックリヴェリオンの置き土産である無人機を任せて、必死にスラスターを噴かせて優奈のもとへと向かっていく。

 今にも地面に墜落しかけていた少女を抱きしめた途端、ギリギリの位置を荷電粒子砲が通過。

 それを躱そうと、無理に機体を動かしていった衝撃で右腕が千切れ、断面からはいくつかのスパークが迸る。

 

 幾ら元凶の妹だとはいえ……こいつ、こんな身体になってまで戦う事を選ぶだなんて……。

 

「ふざけるな、俺のダークルプスレクスが、零が……こんなクソ女なんかに!?」

「安崎裕太、貴様……!」

「零だけじゃねぇ、ヴィシュヌまで……!」

 

 まるで駄々をこねる幼子のようでありながら、邪念を隠しもしない元凶。しかも、私の想い人と同じ顔をしているのだから始末に負えない。

 

 そんな歪な存在に対して、怒気を含んでその名を叫び刀の切っ先を向けた――その時だった。 

 

「ぐっ、なんだ……急に、ぐぁぁぁっ!」

「何が起こっている……?」

 

 いきなり安崎は頭を抱えだしたかと思うと、足元から徐々に粒子となって消失していったのだ。

 どういう事、なのだ? これは……!?

 全く私には見当がつかないが――どうする、べきだ!?

 

「この、お前、これはどういう……がぐぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 悩みに悩んだ結果、優奈を地面に降ろしてから突撃しようとした――その途端。安崎は最後に異常な大声で喚くと同時に粒子となって消失。

 

 ふと周囲を見てみると、四天王の残りの二機も完全に姿を消していた。

 

「消、えた……のか?」

 

 あまりの事態に、流石のわたしも戸惑っていると……。

 

『作戦大成功! 箒ちゃん、すぐそっちに行くから待っててね♪』

「え、ね、姉さん……!?」

 

 オープンチャンネル越しに静かになった東京の街の中で。姉さんの声が響き渡ったのであった。

 

 

「まさか神崎達は、別世界の姉さんとも会っていたなんてな……」

 

 第一アリーナのピットへ向かう道の途中で、さっきまで一緒にいた()()()()()()()()()()()()の顔を思い浮かべて呟く。

 

 優奈達が花鳥風月を使った最終作戦の後、飛ばされたという異世界の別惑星。そこで出会った姉さんこそ、昨日私達を助けてくれた存在に他ならなかった。

 

 彼女は白式とアクシアの転移のデータを用い、コアを必要としない新たな転移システムを構築。二人を助けるべく、こっちの世界へと急行したのだった。

 

 おまけに――。

 

「牢獄閉鎖次元の構築……か。とても私には思いつかない作戦だな」

 

 そう、安崎達は今はこの世界にもいない。元の私のいた次元にもいない。

 

 今奴がいるのは、異世界。

 それも三人目の姉さんが安崎を倒すために構築した牢獄の世界であった。

 

 安崎殲滅作戦「ディメンジョン・エリミネーター」。

 

 IS学園とその周辺だけを再現した安普請の次元。

 被害を気にする事なく戦え、また逃げ場のない場所。

 そんな便利な戦場を仕立てあげてから、専用機持ちを中心とした戦力を送りこんで倒す。

 

 とはいえ、奴も奴で次元転移能力を持っている。その発動に必要なコアを造られるまでに、出来る限りの準備をしなければならない。

 

 今までの安崎の生産ペースから推測される準備期間は一週間。すでに三日が経過しているため、残り四日。その間に準備を出来る限り早く終え、倒す。

 そのために皆が整備室で新装備のシミュレーションや最終調整に追われる中、やや離れた場所にある第一アリーナのピットにて、一夏は黙々と一人で作業をしていた。

 

 最終決戦に向けて、白式に新たな装備を追加しようという事だったが――。

 

「な、なんだこれは……!?」

 

 中央に置かれた白式の状況がピットに入るや否や飛び込んできて、ついつい私はそんな声を上げてしまった。

 なにせ、そこにあったのは()()()()()()()()()()()()の機体からパーツを取っていき、強引に接合させたフルアーマー・タイプだったのだから。

 

 腰アーマーにはブルー・ティアーズのビットが。

 非固定部位には打鉄弐式のミサイルポッドとシュヴァルツェア・レーゲンのカノン砲。

 それに――。

 

「衝撃砲……?」

 

 そう、非固定部位にはまだ他にも、甲龍の衝撃砲までもが搭載されていたのであった。

 

 だが……なぜ? と、悩んでいた時だった。

 

 死角になっていた位置からツインテールの端がひょっこりと見え隠れし始めたかと思うと、鈴その人がすぐに私の傍まで駆け寄ってきたのである。

 

「どう? あたしも手伝った、フルアーマー白式は!」

「鈴! これっていったいどういう……」

「あたしがくれて――いや、返してやったのよ」

 

 親友が言い放った言葉は、私をフリーズさせるには十分な威力を持っていた。

 なぜ……あれだけ専用機を欲しがっていたお前が?

 

「あー……それなんだけれどねぇ……やっぱさ、思ったんだ」

「思ったって、何を?」

「こんな形で、棚ぼたで専用機持ちになるよりさ……自分の力で取ってみたいって」

「……! そう、か……」

 

 もう長い付き合いだというのに……言われてはじめて、こいつの性格を再確認させられる事となった。

 

 そうだ、欲しいものは自力で手に入れる。凰鈴音という少女の魅力的なところだ。

 

 そこだけはどっちの世界でも変わらず持っていて、今はそんなこいつの長所が、なぜだかいつもより輝いて見えた。そんな気がした。

 

「それじゃ、あたしはもう用が済んだわけだし……またあとでね!」

「ああ、じゃあな鈴!」

 

 こうして鈴が去っていくと、しばらくのあいだ沈黙が続いていく。

 

 しかも間の悪いことに白式の改造に関しては終わっているらしく、一夏はすぐに白式を待機形態のガントレットに量子格納して装着。

 

 結果として静寂が訪れ、機械音のひとつすら発生しないときている。

 

 正直、こんな状態のままふたりっきりだと……嬉しいやら悲しいやらで、おかしくなってしまいそうだ。

 

 何か話さなければ――と、思っていた時だった。

 

「なぁ、こっちの篠ノ之神社でも、夏祭りってやるのか?」

「夏祭り……」

 

 唐突に語りかけてきた一夏の言葉に呆然とした私は、ついついおうむ返しにその単語を口にしてしまっていた。

 

 篠ノ之神社の夏祭り。

 

 その時の記憶は、全てを思い出した私にとっては何よりも大事な記憶だった。まだ安崎によって世界が壊される前、あの私達だけの秘密の場所で見た花火。もう絶対忘れたくない記憶。

 

 だってあの日、あの空の下で私は――。

 

「箒?」

「あ、あぁ! もちろん、こっちの世界にもあるぞ! 同じ時期にな。もちろん花火だってある!」

「そっか……」

 

 聞きたいことだけ聞いて満足したのか、それとも考える時間がほしかったのか。

 この後、数分にわたって静寂の時間が続いたあと、しばらくしてから一夏は口を開くと――。

 

「……箒。この戦いが終わったら、あそこでまた一緒に花火を見ないか?」

「あ、ああ……もちろん、いいぞ」

「って、ちょっとこれじゃ死亡フラグっぽいな……」

 

 苦笑しながら言ってきたそんな台詞は、あまりに相変わらずとしか言いようがなかった。

 どこか空気が読めていなくて抜けている。そんなこいつにどれだけ私や皆が振り回され、ため息を吐かされたことか……。

 

 昔だったらきっと手を出してしまっていたし、現に今も拳を少しだけ強く握ってしまっていたが……。なんだろう、あんまりにも変わっていない事が嬉しかったから、それは勘弁してやることにした。

 

「それじゃあ私はこれで、作戦まで一人で待機し」

 

 そう言って、ピットを出ようとした――その時だった。

 

「あの日! 言いそびれた事って何だったんだ?」

「――い、ちか……?」

 

 憶えてくれていた!?  そんなところまで、きちんと!

 

 そう認識した途端、心臓の鼓動が急激に早まっていくのが自分でも分かった。

 あれから今日までいろいろなことがあり過ぎたから、記憶の片隅に押しやられていても文句など言えはしまい。そう思っていたのに、きちんと大事にしてくれていただなんて――!

 

 泣きたくなるくらいに嬉しくて、急激に目頭が熱くなっていくのを必死でごまかす。

 そんな私の都合などお構いなしに、一夏は続けるように口を開いていった。

 

「ずっと気になってたんだよ。二学期も、あの世界での戦いのときも、そして今も……ずっとな」

「ほんとう、か……?」

「ん? ああ、勿論な」

 

 まったく、この朴念仁め……相変わらずだな!

 

 なんて、前だったら絶対に思っていた事を務めて考えるようにしたものの、それでもやはり鼓動は早くなり、だんだんと息苦しくなっていって――。

 

 だから、私は。

 

「だったら! 終わったら教えてやる! これなら、絶対に気になって生き残れるだろうからな!」

 

 この場にいられなくなるほど鼓動が高まる中。

 

 何とか口が回る程度に鼓動を抑えて口にすると、ピットから逃げるように出て行ったのであった。

 

 

 顔を真っ赤にさせた箒がピットから出て行くのを確認してから。

 通路の角から、ひょこっと出ていく。

 

「なーに二人して死亡フラグ立ててんだか。正直どうかと思うぜ?」

「優奈……」

「よ。向こう出て行って以来だね、二人きりなるのは」

 

 同じ異世界人に対しひらひらと手を振り、出来る限りフランクに話しかけてやる。

 その顔にはどこか安堵の表情があって、なんだか私の方が面喰ってしまう。

 

 まぁ、ふたりきりで過ごした時間も長いわけだし……なんて、ちょこっと思いながら。

 

「悪い、ドジった。機体がああなっちゃ戦えないわ」

 

 手にしたボトルを手渡しながら、私は笑って告げていった。

 もはや非戦闘員に成り下がった私が喉を潤すよりも、これから世紀の大勝負が残っている奴が飲んだ方が絶対にいい。

 

「……身体はどうなんだ?」

「見ての通り大丈夫だっての。目のほうも、束さんが予備を持ってたから元通りだし」

 

 パチパチわざとらしくウィンクをしながら、アピールして。

 それから。

 

「でもまぁ……ちょっと、傷は残っちゃった。見る?」

「バカ言うなよ。女の子が肌をチラチラ見せてくるモンじゃないって」

 

 けたけた笑ってからかってやろうとしたが、こういうとこは案外真面目なヤロウなんだよなあ……。

 真顔でそう返されてしまっては、流石に捲し上げようとした服を戻さざるを得ない。

 

 ちなみに「ちょっと」なんて言ったけど、割とやせ我慢で。

 ホントは結構ぱっくりといっていたらしく。

 大きく、痛々しい傷痕が残る形となってしまった。

 

「これじゃあもう、水着なんて着れないなぁ……なんて」

 

 とはいえ助かっただけでも儲けものだから、文句は言ってられないのかもしれないけど。

 

「お前は本当に良くやってくれた。本当は俺がもっと早くあいつらと――」

「そういうのはナシにしない? タラレバ話すと、その……きついじゃない!?」

 

 ひらひらと手を振って、一夏の言葉を遮る。

 考えればきりがない上に、場所も時間も選ばない飢えた猛毒。

 そんな不毛なモンを飲もうとしているヤツがいたら、止めてあげるのが戦友ってモンだろう。

 

「それにしても、代わりに俺がやれたら――」

「箒は自分が斬るんだって譲らなかった癖に。そんなアンタなら、分かるんじゃない?」

「……ああ」

「私、自分でやれて満足してるんだ……安崎殺すのは、あんたに譲るよ」

 

 お姉ちゃんの身体をあの下衆野郎から解放できたのは、私の中では大きな意味を持っている。

 客観的に見たって、四天王のうちの一機を倒したんだ……代表候補生でもないのにと考えたら、よくやった方じゃない?

 

「いいのか?」

「この身体で戦場に立てっての?」

 

 正直我慢してるが、割と痛い。

 

 こんなになる前の私だったら確実にギャン泣きしてるわ、これ。

 

「その代わり確実に、この目で拝ませてくれよ?」

 

 目を直したの、そのためだし!

 

 なんて、強がって言ったのがまずかったんだろうなあ……嘘、あんまり上手じゃないし。

 その後は沈黙が続いて、なんだか言った私の方が気まずくなってしまって。

 

「いいISだね、白式」

 

 ついガン見していた一夏の愛機に対する感想を、口にしてしまう。

 今時ブリュンヒルデの真似事とかきついだろ、欠陥機だろ――なんて、昔は思っていたけれど……。

 

 今はその白い鎧が、実に頼もしく感じる。

 

「お前のアクシアも、いい機体じゃないか」

「えへへ、お褒めに与り光栄でございます」 

 

 目の前の少年が私の返しに笑いだして、つられて私も笑顔になってしまった。

 ああ、こいつといると少し気が晴れる――なんて、思っちゃって。

 

 つい。

 

「あの、さ」

「なんだよ」

 

 こんな時だってのに。

 

 答えなんて、分かり切ってるのに。

 

「私と付き合わない?」

 

 人恋しさに衝き動かされて。

 

 こんなバカげた言葉を、口にしてしまっていた。 

 

「……ほらさ、向こうの世界から生身持ってきてるのって私とあんただけじゃん、もう」

 

 ホント何言ってんだろ私、なんて思いながらも。

 言い訳がましい言葉を、口が勝手に紡ぐ間。

 

 あいつはずっと黙ったままで。

 

「なぁんて、冗談ですよーだ。笑えた?」

「優奈……お前……」

「んだよ、人がせっかくリラックスさせてやろうと――」

『みんな! 転移する準備ができたから、すぐ管制室に来て。今からブリーフィングやるよ!』

 

 私の声も、気まずい空気をも遮って。

 天井のスピーカーから聞こえてきたのは束さんの声。

 声だけでどっちかまでは分からなかったけれど、こんな時だってのに賑やかなのはどっちのも変わらない。

 そんな気がしたし、それに私は救われて。

 

「行ってらー、私は医務室のモニターで見させて貰いますよっと」

 

 手をひらひらと振り、目的地へと向かおうとする一夏を見送ろうとしていた最中。

 

 ふとひとつ、聞き忘れた質問を思い返して。

 

「あんたホントは、箒が何言おうとしてたか()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 気づけば、すでにドアの向こうへと移動したあいつに声をかけてしまっていた。

 

「咄嗟に嘘をついちまったんだよ。それに、あいつの口から……そういう言葉は聞きたいんだ、俺は」

「嘘つきロマンチストめ」

 

 まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。

 

 大事な幼馴染の本音だもんね、大事にしたいよね……そりゃ。

 

「だったら、是が非でも生き残んなきゃね!」

 

 激励のつもりで言ったその言葉は、しかし。あいつには別の意味に捉えられたようで。

 

「お前まで死亡フラグ立ててるんじゃねぇよ!」

「素直に応援って受け取っとけ、この唐変木の嘘つき男!」

 

 それでも何だかんだ笑顔で突っ込んできた一夏に言い返すと、今度こそピットは私一人だけになってしまった。

 

「思えば、私も遠くまできたもんだ」

 

 まだ痛くて、立てない中。

 次元違いとはいえ、第一アリーナのピットは私の専用機持ちとしてのルーツの地。

 そんなところに一人でいたからだろうか、静寂の中で呟いた言葉はそんなものだった。 

 

「それにしても……あーあ、フラれちゃった」

 

 人生初告白だったんだぜ? なんて、自嘲しながら。

 

 思いはあいつらへと、向いていく。

 

「ほんっと、ロマンチックな復讐だぜ……ったく」

 

 次元を超えて幼馴染ご本人と再会して。

 復讐終えたら相思相愛で。

 一度は喪っただけに、その絆はより強固になっちゃっていて。

 

「想い人が返ってくる復讐だなんて、ほんっと……ゲロ甘かっての」

 

 私だって――本当はそれが良かったのに、なんて思うと。

 強烈な自己嫌悪と寂しさが同居していって。

 

 それを吹き飛ばすために。

 

「でも、正直……めちゃくちゃ羨ましく思えてきたじゃないか……まったく」

 

 相変わらずのやせ我慢をしながら――私は。

 

 苦笑交じりに、そんな言葉を呟いていった……。

 



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あの日の記憶、そして今…

 一式白夜率いる屍と無人機の軍勢と、織斑一夏達の戦いのために用意された異世界。

 IS学園周辺だけを再現したそこの東にある、商業エリア。

 

 そこは現在戦端が開かれた場所であり、「彼女」の潜んでいる場所でもあった。

 

「ホワイトウィングだけでも、十分に戦えるか……」

 

 戦場となっているエリアから数区画離れた場所にある、映画館。

 

 ひとりしか観客のいないシアターのスクリーンには、今まさに起こっている戦闘が映し出されていた。

 「彼女」が用意した、偵察用ゴーレムからのリアルタイム映像。それを眺めているのである。

 

「都合がいいわ」

 

 そっと戦況を確認し、呟く。

 

 眷属機1機とダーク・ルプスが1ダース。そこに数機のゴーレムとエトワールの軍勢。

 

 それらを上手く戦略でコントロールし、一夏達を追い詰めている姿を見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少なくとも「彼女」はそう判断していた。

 

「流石は凰乱音……元台湾代表候補生って言ったところかしら」

 

 死体となって使役されている、ホワイトウィングのパイロットの少女。

 

 その名を出して賞賛したのと、通信がオンになったのは殆ど同じタイミングだった。

 

「――いよいよ、か」

 

 通信を受け取る体勢に入った「彼女」の顔。

 それは喜びが半分、苦しみが半分といった配分だった。

 

 この通信次第でやりたかったことができる。

 それは嬉しいが、あまり話したい相手ではない。

 

 そんな事実関係が、「彼女」にこのような顔をさせる原因であった。 

 

「敵の侵攻は開始されていて、ホワイトウィング率いるダーク・ルプス隊と交戦中」

 

 素気なく「彼女」から告げられた事実を聞くと、通信の向こうにいる主――すなわち一式白夜は続けていった。

 

『とりあえずは計画通りに進行していると、言ったところかァ?』

「こちらの、作戦実行の許可は」

 

 いてもたってもいられず、尋ねてしまう。元々あまり敬意をもって接していた相手ではなかったとはいえ、今の今までは、ここまで露骨な態度を取ることもなかった。

 

 もう、一刻も早く戦いに行きたくて仕方がない。

 

 そんな感情が、「彼女」を突き動かしていたのである。

 

『分かった……なら、()()()を殺しに行って来いや!』

「――! 了解ッ!」

 

 

 だからこそ、通信越しにそう聞こえた途端。「彼女」は獰猛な笑みを浮かべ、上ずった言葉で返した。

 

『さて、俺のほうは馴染むまでもうひと眠り必要みてぇだから……後は、しっかりやれよ』

「いよいよ、あいつに会える――」

 

 通信が切れてすぐにシアター内から出て、建物の外へと向かいながら「彼女」は呟く。

 

 これでやっと、お膳立ては整った。

 

 殆どの敵はこっちに集中し、向こうにいる専用機持ちはターゲットくらいなもの。

 仕える()()()()()()()()主人からの許可は貰ったため、邪魔をする要素はすべて排除した。

 

 あまりにも都合のいい状態に、思わず口角が吊り上がった――その時だった。

 

「ここも……昔一緒に行った事のある場所……なのよね」

 

 ふと、ついさっきまで自分のいた映画館を見て、黒いローブを翻しながら「彼女」は呟いた。

 

 厳密には他の次元のとはいえ、確かにこの建物については()()()()()()()()()()()()()

 

 確かあの時は、二人して観たいものが全然別で、それであいつが折れて――。

 

「――ッ! また、だ……!」

 

 ふと、そこまで考えた瞬間。突如として勢いを増していった頭痛のひどさに、「彼女」は呻く。

 

「違う、あれは、()()()()()()()()()

 

 生まれてこの方ずっと痛みを抱えていたし、多少の痛みならもはや感じないようなものと言っても過言ではなかった。

 

 とはいえ、持っている記憶にアクセスする度に一時的に強まってしまう。

 

 にもかかわらず、どうしても無意識のうちに過去がフラッシュバックする。

 

 そんな自分自身が「彼女」は、嫌いだった。

 

「まぁ、いい……どうせもう少しで、終わる」

 

 そう、もう少しでこんな自分とは別れられる。

 

 仮にそれがどうあれ――もはや、その点だけは決定事項と言ってもいい。

 

 だから、今は急いで向かう。

 

 それだけしかない。

 

「いくよ……」

 

 先ほどまでの苦悩を振り払うように、そっと右手に身に着けた待機形態――ミサンガに意識を集中。()()()()()人の姉が作った機体をその身に纏う。

 

 毒々しい紫色に彩られた禍々しい外見の機体――眷属機ヴァイオレット・ヴェノムを。

 

「よし、やるか……」

 

 言葉と同時、悪辣な貌の描かれた仮面を展開し被る。

 そうしてからコンクリートの地面を蹴って連続瞬時加速。()()はできなかった高等技能で、瞬く間に戦場へと迫りくる。

 

 これだけの速度と、急襲という状況的な有利。それらを合わせれば、どんな敵でも対応は困難だ。

 そう判断した結果、このような戦術をとったのである。

 

「――見つけた!」

 

 突然の乱入に戸惑う敵の、専用機の集団。その中にいた少年が駆る、白いIS。

 それを見つけると、「彼女」は仮面の裏で口角を吊り上げ、獰猛な笑みを形作る。

 

 いい、そのまま戸惑っていなさい――あと数秒だけ。

 

 そんな言葉を飲み込むと同時、非固定部位のバインダーから捕食用のワイヤーアームを展開。僅かに躱し損ねた少年の機体、その非固定部位の翼の先端を貪り食らっていった。

 

 数秒して、紫の機体もまた一撃必殺の力と次元移動を獲得。

 二つの能力を得た途端、力の限り「彼女」は叫ぶ。

 

「花鳥風月――発動!」

 

 昂る声で、これからすぐに起こるであろう戦いに想いを馳せながら、「彼女」は次元転移能力。その名を叫んで発動させていく。

 

「待っていなさい……()()

 

 最後に静かにそう呟き、その身体は完全に粒子となって消失。この決戦の舞台からは姿を消していった。

 

 「彼女」は、元IS学園1年1組の生徒の死体。それを使って生み出された偽骸虚兵。

 

 地獄のような戦いに巻き込まれ、死んでからは一式の偽骸虚兵にされ使役された少女の成れの果て。

 

 その、名前は――。

 

 

 医務室に戻る途中、廊下の端にある休憩スペースへと立ち寄ってベンチに座る。

 やはり、まだ少し体が痛んで仕方がない。

 

「ちょっち無理……したかな……?」

 

 そう言いつつ、さっき激励した相手の事を思う。おそらくはもう、この次元にはいない頃だろうか。

 

 早く戻らないと、あいつが安崎を倒す所拝めないかもなぁ……なんて思っていた。

 そんな時だった。

 

「あれ? 優奈……どうしてこんなとこに?」

 

 ふと入口の方から、親友だった子と同じ声。

 懐かしさともどかしさで胸が苦しくなってしまって、まだ慣れない声。

 それが、聞こえてきた。

 

「ナギ……あんたこそ、まだ学園に残ってたんだ」

「専用機持ちだからね、これでも。雑用係として残る事にしたんだ」

 

 私のすぐ隣へと座ってくるナギ。そんな子と私の距離は、良く知っているあいつと同じくらいの近さだった。

 

 その事実と、今の彼女がやっている仕事の内容が呼び水になったんだろう。

 

「昔も、よくあんた――いや、私が良く知ってる世界の、だけどさ……」

「優奈の世界の私が?」

「こんな風に、色々と手伝ったりしてたのを思い出したんだよね……あちこち転戦しているときに、さ」

 

 気づけば、無意識のうちにそんな風に口にしてしまっていた。

 

 少しは本当のことを言ってもいいかな……なんて気持ちがなかったかと言われると、嘘ではないんだと思う。

 

 だけどまさか……あっさり口にしてしまうとは、正直自分でも思わなかった。

 

「いろいろって?」

「例えば親しい子を亡くした子への心のケアとか避難……誘導とか」

 

 向こうから尋ね返されて、やはり無意識のうちに吐き出してしまった言葉。

 

 それが、自分で自分を苦しめる要因となってしまう。

 

「避難誘導?」

「うん。追い返した地域の生き残った人たちを逃がしたりも、してたから……」

 

 そんな仕事も、私達IS学園はやっていた。

 

 戦闘後の街での救助作業や生存者をより安全で防備のしっかりとした場所――もっとも連中の強さは異常だったから、焼け石に水だったけれど――へと送り届ける。

 そういった作業に携わっていたのは専用機持ちだけではなく、一般生徒もだった。

 

 だけど。

 

「けど、何処に行っても歓迎なんてされなかったっけか……」

 

 そう。

 国内外を問わず、私達を待っていたのは罵倒と白眼視だった。

 

 なにせあいつ――元凶はIS学園に通っていた。現在進行形でISを使っている。

 それは疑いようのない事実。

 だから、手っ取り早い矛先として私達の方へと向けられたんだろう。

 

「お姉ちゃんが生き返らせたんだから、私に向けられるのは分かるんだけどね。でも……皆まで巻き込まれるのは、凄く複雑な気がしてた」

 

 そう、私に悪意が向けられるならまだ分かる。

 神崎零があれを蘇らせたのは知れ渡っていたし、私が妹だってのも、周知の事実みたいになっていたんだから。

 

 でも、専用機すら持っていない皆まで迫害されるのは、絶対に違う。その思いは今でも変わらない。

 

 あの日なんか何の関係もないナギにまで及んで、頭に石を投げられて、それで――。

 

「きっと私だったら、しょうがないとか言っちゃいそうだなぁ……」

 

 そんな折、ナギの言った言葉。

 

 それは――。

 

『――しょうがないよ。私達はIS学園の生徒――ISを使う側、なんだもの』

 

 あの日の夜。

 避難誘導を終えた後、医務室で乾いた笑いとともに。

 頭に包帯を巻いたナギが言った言葉に。

 あまりにも。

 そっくりで。

 

「何だよ……それ、そんなの、理不尽じゃない!」

 

 気づけば、あの日と一字一句同じ言葉を叫んでしまっていた。

 

「あ――ごめん、なさい……」

「……こっちこそごめん。なんかデリカシーない事言っちゃって……」

「悪くない、あんたは悪くないから……その、私が勝手に思い出して、つい叫んじゃっただけ……」

 

 一気に気まずい空気が流れ込んできて、しばらくの間は互いに黙ってしまった。

 時おり嫌にお互いが缶ジュースを飲む音が響く中、ついついある事を考えてしまう。

 

 ――ずっと、心のしこりになっていたモノを。

 

「ひょっとしたら――」

 

 あの日、別れ際に聞かされた質問について話してもいいかもしれない、と。

 ここまで似てるなら、あの日の問いに対しての正しい答え。

 

 それを、教えてくれるかも――。

 

「何か聞きたい事、あるの?」

 

 聞いたら楽になれるだろうか。

 

 そんな風に思っていると、願ったり叶ったりといったタイミングで、向こうから心配そうにそう尋ねられる。

 だが――怖いという感情が、私の邪魔をする。

 

 あの問いに対する選択肢はふたつにひとつで、しかもどっちも辛い選択。

 一応捻りだした答えはあるけれど……もしナギが、その答えと反対の方を口にしたら――。

 そう思うと、怖くて堪らない。

 

 だから、私は。

 

「……こっちのあんたも、実家は寿司屋なわけ?」

 

 結局は別人なんだから、話す事じゃない。

 

 そんな嘘で自分を誤魔化して、どうでもいいことを尋ねる風を装うしかなかった。

 だけど、どうも見抜かれてしまっていたようで――。

 

「嘘、下手過ぎない? まだ会ったばかりの私でも、そう思っちゃうくらいにはさ」

 

 とだけ、苦笑交じりに帰されてしまった。

 どれだけ時間がたっても、こればっかりは上手くなれなかった。

 

 もう少し上手かったら――。

 

「まぁ、言いたくない事なんて誰だってあるもんだよね。それなら、言いたくなった時でいいよ。その時はその……力に、なるから!」

 

 一人悶々と、考えている中。

 ナギが私の肩に手を置いてそう口にすると、出口の方へと向かっていく。

 

「――ッ!?」

 

 さっきまでの話のせいだろうか。

 

 その後ろ姿が、私の世界のナギと別れた時のそれと被って――。

 

「――あのね!」

 

 そう考えると怖くなったことと、ナギ本人からついさっき聞かされた言葉。

 ふたつの要素が重なり合った結果、いてもたってもいられず叫ぶ。

 

 直後、振り向いたナギに――ずっと引っ掛かっていた問いを、放った。

 

「私の世界のナギに聞かれたんだ。自分が偽骸虚兵になっ――」

 

 しかし、その言葉は最後までナギには届かなかっただろう。

 

 私がついに言おうとした、その瞬間。

 

 ちょうど私とナギの中間あたりの壁が破壊され、轟音が鳴り響いたのだから。

 

 そしてすぐさま、一体のISがその姿を現す――まるであの日と同じく、私とナギを引き裂くように。

 

「眷属機、ヴァイオレット・ヴェノム……!?」

「こいつは預かったわ。返して欲しければ、第一アリーナで私と戦いなさい」

 

 呆然と呟いているその隙に、奴は非固定部位の触手でナギの腹へと殴打、気絶させるとそのまま抱えだす。

 それから、仮面に覆われた顔をこっちへと向け。

 私に挑戦状を、叩きつけてきた――。



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白翼は虚なる街に堕つ

 ヴァイオレット・ヴェノムが次元を超えて襲撃してきてから、十数分後。

 

 私は痛む身体を無理やり動かし、最後にして無謀な戦いに挑もうとしていた。

 

「本気、なの……ゆーなん」

 

 敵の待ち構える第一アリーナ。そのカタパルトに足を載せた際、束さんが心配そうに見上げてくる。

 

 確かにこれからやる事は、きっと愚行以外の何物とも呼べないだろう。止めてくるのも無理もない。

 

「まったく束さんったら…………マジじゃなきゃ、こんな事しないっての」

 

 そんな風に思考が深刻になってきたのを隠して、取り繕った笑顔で返す。

 もっとも、嘘の下手くそな私の事だ。どうせバレていたのだろう。束さんの顔は変わらず険しいままだ。

 

 だけど――私が、やらなければ。

 

「それに私がやらなきゃ、ナギが危ないんだ。行くしかないでしょ」

 

 なんとしても説き伏せるべく、今度は本心からの理由を口にする。それと同時に、ピットのメインモニターに映っているアリーナ内の映像へと目を向けていった。

 

 気絶したナギが、ヴァイオレット・ヴェノムの触手状のワイヤーアームに拘束されている姿。

 これこそ、私が戦いに赴かなきゃいけない理由だった。

 

 四天王機のパイロットはナギを人質にして、私と一騎打ちをするように迫ってきたのだ――もし横槍を入れるようなら、命はないと脅迫して。

 

 この時点でもう、戦いに行かないという選択肢は存在していなかったが、もう一つ大きな理由が私にはあった。

 

 もしかしたら、あの仮面の下にあるのは――。

 

「……そんなアクシアで、慣らし運転もしてないのに?」

 

 そんな考えを打ち切るかのように、束さんから声をかけられるが……正直、正論以外のなにものでもなかった。

 

 新宿から回収されたアクシアは通常のそれとは大きく異なり、原型を留めていないとすら言ってもいい。

 なにせ私が、何かあった時に困ると無茶ぶりした結果……かなり強引な修復を施されたからである。

 

 純正パーツが足りないからって、同じく新宿の街に転がっていたダーク・ルプス・レクスの残骸を強引に癒着。

 そのせいで今のアクシアは敵味方のパーツが混じった、クソコラみたいな機体になっていたのだから。

 

 この形態に名前は特別決まっていなかったけど……まぁ、アクシア・パッチワークとでも名付けておこうか。

 

「大丈夫だって、アクシアもダーク・ルプス・レクスもお姉ちゃんが設計した機体なんだし……その、パーツの親和性、結構高かったんでしょ?」

「それは……そうだけど! そっちの身体の事だってあるんだし――」

「ゴメン。こればっかりは――束さん?」

 

 急に向こうからの反応が無くなったかと思うと、気づけば私のすぐ傍まで移動。同じくいつの間にか手に持っていた注射器をこっちの生身部分へと刺してきた。

 

「束さんお手製の、速効性の鎮痛剤、打っておいたから。暫らくは痛くないハズ。それと……」

「それと?」

「ここはIS学園だから、まだまだ訓練機も専用機もたくさん残ってる。危なくなったら逃げろ」

「束さん……ありがとう」

 

 最後にそれだけ言うと、気持ちを落ち着かせるべく。

 

 いちど目を閉じて、深呼吸をしてから――。

 

「神崎優奈、アクシア・パッチワーク……出る!」

 

 カタパルトを作動させ、最後の戦いへと赴くのだった――!

 

 

 ゴーレムの腕部ビーム、エトワールの変幻自在の急襲。さらにはダーク・ルプスの超威力のメイスとテール・ブレード。

 

 ただでさえ異常に厄介なところに、奇襲をかけてきたヴァイオレット・ヴェノム。

 それのせいで、一旦戦線はガタガタになってしまっていた。

 

 とはいえ、アーリィ先生の指揮の下でなんとか立て直し、現在はった一機の敵を除けば、かなり優位に事は進んでいる。

 

 だが――問題は、その一機だった。

 

「やはり、あいつを倒さんことには始まらん、か……!」

 

 満月に照らされた、最後の四天王機。

 ミントグリーンに輝く翼を威嚇的に広げ、全身に配置されたスリットからスラッシュディスクをばら撒き続ける白翼の悪魔を見上げ、恨みごとを口にしてしまった。

 

 眷属機ホワイトウィング。

 

 奴の持つ単一仕様能力「破壊魔鏡(ダイクロイックミラー)」は第三世代以上の特殊兵装および単一仕様能力の発動と効果を無効にし破壊。その威力の分だけ自身の出力を瞬発的に強化するというものだ。

 

 はっきり言って、思い切り相性が悪いとしか言いようがない。

 

 なにせここにいる全員が第三世代以上で、破壊魔鏡に引っ掛かる武器や能力を何かしらは持っている。苦戦するのも当然といえよう。

 

「一応、倒す手段はないこともないが……」

 

 そう言って、画面横に表示された単一仕様能力――「絢爛舞踏」の、発動可能という表記を見る。

 

 新宿で回収された、ダーク・ルプス・レクスの残骸から得られた四天王機のデータ。

 それによると破壊魔鏡は連続使用ができないという。冷却装置を作動させないといけない関係で、微妙にだが隙が出来るらしい。

 

 だから誰かが囮になって、能力を発動しさえすれば……ほんのわずかな瞬間だけは、無防備という事になる。

 

 だが、その手段には危険が伴う以上、他の方法があれば――。

 

「箒さん」

 

 そんな時だった。私のすぐ隣で牽制射撃を行っていたセシリアから声をかけられる。

 その眼には決意のようなものが宿っているようにも見えたが……まさか!?

 

「お前が、囮になるとでも……!?」

「ええ、このままここでジリ貧になっても、良くないのではないかしら。それに――今一番戦力になっていないのは、わたくしなのですし」

 

 実際セシリアのブルー・ティアーズは第三世代能力の実証機、ゆえにほとんどをビットに依存している。そのため白翼の眷属機の絶好の獲物となってしまっていた。能力を封じられてしまっては、上手くは戦えないのである。

 

 せいぜいが非固定部位を九十度回してキャノンのように使い、腰の実弾ビットもただのミサイルのようにして発射する。そんな、ただの砲撃機のような使い方しかできないでいた。

 

 だが――。

 

「……敵の本体が何らかの理由で動けない、今しか絶好の機会というものはないですわ。議論をしている余地があって?」

 

 確かにそれも、セシリアの言う通りだ。

 

 まだ安崎が現れていないのは、奴の性格上ありえない事ではある。

 なにせあいつはこっちが足掻く姿を嘲笑したり、死体人形にしたりしたがる。そんな、倫理観の欠けた奴なのだから。

 

 にも拘わらず戦闘は眷属機任せにし、本人はまだこの戦場に現れていない。これはもう、何らかの理由で()()()()()

 

 それ以外には、とても考えられなかった。

 

 だから――。

 

「すまん、セシリア……頼む」

「合点承知、ですわ」

 

 どうしても奴を倒したい以上、ここは提案に乗るしかなかった。

 

 短いやり取りを終えた瞬間、瞬時加速でもってセシリアはホワイトウィングへと接敵していく。

 

 砲撃機のまさかの接近に、仮面越しにも敵パイロットの困惑が見えたような気がした――その時だった。

 

「今、ですわ!」

 

 叫ぶと同時、腰の実弾型ビットを発射。随意ででたらめな軌道を描き出す。

 

 それを見た眷属機がとる行動など、ただ一つ。

 

 僅かにセンサーを光らせた後、ホワイトウィングは光り輝く翼から特殊な衝撃波をブルー・ティアーズめがけて発射。既に撃たれた弾頭は勿論のこと、腰部の発射装置までも粉々に打ち砕いていく。

 

「ぐっ……ですが!」

 

 大ダメージに顔を歪ませるセシリアだったが、この機を逃すわけには行かないとばかりにスターライトを構え、白翼の二対の翼へと狙いを定める。

 

 ホワイトウィングが次の能力を使えるまでのインターバルは僅か5秒。つまり、今攻撃を集中させるほかないのだ。

 

 私も紅椿の荷電粒子砲「穿千」を展開、構えていったが――展開装甲を変形させる時間よりも、仲間達の攻撃のほうが早かった。

 

 セシリアのスラ―ライトが右上を、アーリィ先生の風の剣が左上を、ラウラのカノン砲が右下を、シャルロットの展開した剣が左下をそれぞれ破壊。

 

 浮遊自体はPICがあるために継続はしているものの、全ての翼をもがれた状態へと一気に変貌していく。

 

 こうなってはもう、破壊魔鏡は――使えまい!

 

「――!!!?」

 

 敵パイロットも、ここに来て焦りを見せはじめたのだろう。

 

 猛烈な勢いで全身のスリットを解放させると同時に、出し惜しみは無しだ。そう言わんばかりにスラッシュディスク「B.G.Max」を全て投擲。

 

 シャルロットの展開したシールドやアーリィ先生の風の盾で幾らか弾き飛ばせたものの、やはりすべて回避することは叶わない。

 いくつかは絶対防御の範囲にまで着弾、じわじわとシールド・エネルギーを削り取っていく。

 

 そして、それへの防御にかまけていたのも悪手だった。

 

「――再展開!?」

 

 予備が量子空間に存在していたのか、はたまたネクロ=スフィア展開であるのか。そこまでは私には分からない。

 

 だが、現実にホワイトウィングは徐々に、その輝く翼を量子の光を集めて構成していこうとしている。

 しかも同時に、セシリアへと斬りかかるつもりだろうか。近接ブレード「M.K.Derma」を展開して構えだした。

 

 まずい、このままでは――!?

 

「させるかッ!」

 

 だが、ここでこちらの仲間が一人、動いた。

 

 敵のアクションが開始された段階で、ラウラが叫び声とともに地面を蹴って跳躍。

 

 スラッシュディスクの攻撃を受けつつも意に介さず、スラスターを全力にして接近すると、右手を敵機めがけて突き出し――。

 

「これでッ!」

 

 慣性停止結界――AICによって、白翼の一切合切の行動を封じ込めることに成功する。

 

 だが、いくら停止させたとはいっても、それは無力化とは程遠い。

 

 周囲にはダーク・ルプスをはじめとした無人機の群れがいるうえに、ホワイトウィングの翼自体は展開を完了している。

 何かのはずみに拘束が解けた瞬間、奴は光輝く翼で再び私達へと猛攻を開始してくるのは想像に難くない。

 

「セシリアッ!」

「はいなッ!」

 

 そんな事はセシリアとラウラも分かっていたため、短いやり取りの後にブルー・ティアーズの右腕にはある装備が量子展開されていく。

 

 丸ごと右の腕部装甲を覆うように展開された、機体と同じ青の超大型アームユニット。

 

 その先端部の四箇所に、非固定部位のビットが接続されていくと巨大なクローが完成。続けざまにガントレット本体にもいくつかスリットが展開されると、余剰エネルギーが光のように漏れ出す。

 

 これこそ姉さんが開発したブルー・ティアーズ用大型近接ユニット「ブルー・ティアーズ・スターライト」だ。

 

 近接戦闘があまり得意ではないセシリアのために開発された、不得手を補うための武器。

 

 圧倒的破壊力での攻撃はたとえ拙くても十分な脅威となり、また圧倒的な破壊力は近接戦に持ち込まれた時に、短期決戦で敵を仕留めるための物。

 

 つまり今のような状況には、もってこいという事であった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そんな巨腕の攻撃が胴体にクリーンヒット、超至近距離でのビームが撃ち込まれると同時。エネルギーの余波がレーザーとなって掌から漏れ出る。

 

 それらはフレキシブルによって複雑怪奇な軌道を描き、ホワイトウィングの全身へと襲いかかる。

 

 特徴だった翼は全基が砕け散り、スラッシュディスク投擲口のいくつかからは細い光の矢が流し込まれ、一撃で四天王機を撃破まで追い込んでいった。

 

 そして最後に。

 

 顔面に被っていた、白黒の仮面が剥がれ落ちると――。

 

「乱、音……!?」

 

 そこにあったのは、こちらの世界にもいる鈴のいとこ――凰乱音の、貌であった。

 

 ()()()()()()では確か、台湾の代表候補生だったはずだが……あいつらに殺され、使われていたとは。

 

 などと、苦々しく思っていた時だった。

 

「――自爆!?」

 

 ラウラが呟いた通り。眷属機ホワイトウィングのスリットや損傷個所から物凄い光が漏れ出て、次の瞬間には強烈なまでの大爆発が辺り一帯を包み込んでいく。

 

 当然、すぐ近くでこんなものをまともに受けてしまったラウラとセシリアが、タダで済むはずもない。

 

 凄まじい勢いでシールド・エネルギーを削られていくと――。

 

「箒!」

「後は……任せましたわ……!」

 

 最後にそれだけ言うと、その身体を粒子へと変えて消えていった。 

 

 姉さんが新たに作成した次元転移システムは、シールドエネルギーの全損とともに緊急機関プログラムが強制作動するようになっており、よほどのことがない限りは帰還できるようになっていたのだ。

 

 無事にそれが発動したことに、胸をなでおろしていたが――。

 

「まだサね。ここにいる敵を切り上げない限り――」

「安崎のもとへは、いけない」

 

 アーリィ先生と一夏の言う通りだった。

 なにせまだ、周りには何十何百もの無人機の群れがいる。

 

 セシリアとラウラのためにも……これらを出来る限り早く叩き潰し、出来る限り早く突破しなければ!

 

「はぁぁぁあああああああぁぁぁぁっ!」

 

 そう思いながら、私は敵の集団へと瞬時加速で斬りかかりに行くのであった――!

 

 

 戦闘開始から数分が経過したが、圧倒的にこっちが不利だった。

 

 幸い奴は人質解放だけはしっかりとしてくれたので、ナギはIS学園側によって回収。さらにアリーナ全域にシールドバリアが張られた。

 

 そのため、戦いに専念できるとはいえ――。

 

「超大型メイス……こんなに、使いづらいなんてね!」

 

 花鳥風月のついででコピーしたと思われる雪片と、超大型メイスで打ち合う最中。

 思わず舌打ちしつつ、呻く。

 ただでさえ馬鹿でかいために扱いが難しく、しかも今のアクシアは酷く不安定なパッチワークときた。

 

 いくら当たれば凄まじい威力と言えども、とても使えた代物じゃあない。

 

「だったら!」

「――だったら?」

「こうするんだよ!」

 

 そうと決まれば話は早い。蹴りつけて距離を取り、メイスを投げ捨てる。今の状態だと、収納の時間も惜しい。

 

 そうして次の武器としてライフル「テンペスト・ソニック」を構え、数発の光の矢を撃ちこんでいくが――。

 

「こっちもか……!」

 

 射撃――それも、もとから持っていた武器によるものにおいても、機体のアンバランスさは私を苦しめる。

 

 なにせ元々それなり以上の大きさの火器であり、しかも今のアクシアは両手の長さが滅茶苦茶。そんな状態で両手持ちの銃を無理やり片手撃ちなどして、まともに当たる方が異常という話だ。

 

「それ、なら……!」

 

 けど――そのくらいのハンデで、今更泣き言なんて言ってられるか!

 

 数度の試し撃ちを経て、通常時とパッチワークとの誤差をある程度把握。

 誤差を修正させ、それから数発の牽制射撃。

 

 そして――ついに、新たな武装を解禁させる。

 

「コイツの威力は、あんたらが良く知っているはずだろう!?」

 

 背中に意識を集中させると、敵ISの代名詞的存在だった武装――テールブレードを射出。

 

 ワイヤーに繋がれた恐るべき凶刃は変幻自在の軌道を描きながら、ヴァイオレット・ヴェノムへと迫っていくが――おそらく躱される、ないしは弾かれるだろう。

 

 なにせぶっつけ本番で初使用の私と、それ専門の訓練も受けている敵。他の部分ならいざ知らず、有線兵器に関しては間違いなく大きな実力差が存在しているに違いない。

 

 だからこそテールブレードはあくまで(デコイ)で、本命は再びの近接戦闘にある。

 

 そうする、筈だったのだが――。

 

「当たっ……た……!?」

 

 拙い私のテールブレードなんて捕食用のワイヤークローで弾き返して、反撃する事だって出来たはず。

 

 なのに、すんなりと吸い込まれるように凶刃はヴァイオレット・ヴェノムの仮面。その表面の薄皮一枚だけを切り裂くように当たっていった。

 

 まさ、か……!?

 

「わざわざ零さんの時と合わせてみたのよ……どう、中々洒落が効いてると思わない?」

 

 やはりとでも言えばいいんだろうか。奴は私の予想と同じ内容の事を言いながら、壊れかけの仮面を勢いよく剥ぎ取る。

 

 仮面に備え付けられていたであろう、ボイスチェンジャーが壊れて肉声が届くが――その、声は。 

 

 私の親友の物と、全く同じで――。

 

「ナ、ギ……!?」

 

 その名が口から漏れ出ると同時、まるで時が止まったかのような錯覚を私へと与えていく。

 

 いくら予想はある程度できていたとは言っても、これは――!?

 

「そういえば……一応MIA認定だったモノね。まさか、ワンチャン生きてる――なんて思ってたのかしら?」

 

 大好きだった親友と同じ貌、同じ声。

 なのに中身は全然違って、喋る言葉も私を嘲るもの。

 

 一度お姉ちゃんと戦って慣れてたと思ったけれど……これは、想像以上にきついものがあった。

 

「……ンな甘い考えは、持ったことは一度もない」

 

 無理やり捻りだした声で、答える。一応それだけは本当だった。

 あの世界での戦いでのMIAイコール完全な死というのは、私たち全員の共通認識だったのだから。

 

 だけど、そう返せたからと言って何にもならないのも事実。

 

 だって今、私の頭の中はぐっちゃぐちゃの、あまりに酷いゾーンへと突入していっていた。

 

 吐きたい、受け容れたくない、目を背けたい。

 

 そんな気持ちの数々を抑えつけ、手にしたレーザーライフルの先端から光刃を展開。この後にやって来るであろう近接戦闘へと備える。

 

 目の前のはナギじゃない、敵だ――!

 

「あの日の質問、憶えてるわよね? 生前の私が、あんたに訊いたヤツよ」

「――ッ!?」

 

 必死に自分に言い聞かせている中、向こうから続けざまに言葉の矢が放たれる。

 

 その直後、気分の悪さは最高レベルをあっさりと更新していく。もう、逃げ出したくてたまらない。

 

「偽骸虚兵になったら殺してくれるかってヤツよ!」

 

 忘れられる訳はない。

 さっき自分で話そうとしたことも分かってる。

 

 けど、他の人の口から発せられるのは、死ぬほど嫌だった――それが親友の口からだったのだから、なおさら。

 

 だけど、けど……。

 

「まだ、マシだ……!」

 

 瞬時加速で()()()()()()()()()()()()が迫る中、何としてでも近接戦までに調子を整えようと足掻く。

 

 あれはナギじゃない、ヴァイオレット・ヴェノムだ。

 それにあの事を口にされたのだって、安崎に言われるよりは百億倍マシじゃないか。

 

 強引な自己暗示で戦意を無理やり向上させ、光の刃で敵機と切り結んでいった、その瞬間だった。

 

「で、結局私は殺せるのかしらね?」

 

 口撃も、緩める気は毛頭ない。

 

 そう言わんばかりに、敵は嘲り顔で問いを発してくる。

 

 殺せるか、だと……!?

 あぁ、やってやる……やってやるってんだ!

 

「――黙、れ! 殺す!」

「あははっ! そりゃそっか、実の姉も殺せたんだもの……所詮親友の一人や二人、今更手を汚してもいいって感じかしらね?」

「煩い! お前は私の友達の――友達だった、ナギじゃない!」

「へぇ……じゃあ。貴女がさっき助けたナギもさ、その友達だったナギじゃないよね?」

 

 事実ではあったし、それを言われるとどうしようもない。

 そして、そこを突かれてしまったら、割り切った気持ちもどこか弱まっていく。

 

 そんな問いを喰らってしまって、鍔迫り合いの最中だというのに。

 

 思わず、一瞬無防備になってしまった。

 

 それが、拙かった。

 

「所詮口だけ……零さんを殺したのも、ただの勢いとその場のノリでやったんじゃないの?」

 

 徐々に剣が押し込まれていき。

 

「ちが――」

「はっきり言いなさいよ!」

 

 しどろもどろになりながらの反論の後、向こうからの強い言葉とともに力任せに振るわれた剣。

 

 それが、アクシアの光刃の出処であるライフルへと到達して。

 

「まったく、期待して損しちゃった……もういいよ」

 

 最後にトドメと言わんばかりに、冷たく放たれた言葉と。絶句していたためにできた隙。

 そこが決定打となってしまった。

 

 ついに剣は腕を貫通し、一気に手数を奪っていった。

 

「消えなさいよ」

 

 最後に蹴りとともに、冷たくあいつに言われると同時。私の身体はアリーナの壁面へと直撃。

 

 凄まじい勢いで衝突した結果として崩れおちた瓦礫。

 それが、倒れた身体に向けて降り注いでいった――。

 



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私達の居場所

 身体の持ち主の生まれ故郷の、駅前のホテル。

 私はその一室で蘇――否、生まれた。

 その際、初めて知ったものはふたつ。

 

 ひとつは偽骸虚兵としての必要な知識。戦いから一式白夜の世話までの全て。

 もうひとつは、偽骸虚兵が偽骸虚兵として生きるために必要なモノ――身体の持ち主の、死の直前のイメージ。

 

 これらだけで、自我の形成を完了させていく。

 

 その、筈だった。

 

「――ッ!?」

 

 だが、私は直後。ベッドの上で悶絶する羽目になってしまった。

 原因は、本来なら必要のない筈のものまで流し込まれていったためだった。

 

 肉体が、まだ別の魂の器だった十六年の月日の間に覚えてしまっていたモノ。

 

 蓄積され、刻み付けられた――生前の、鏡ナギの記憶。

 

 それが私の頭の中に流し込まれ、今の記憶と統合した瞬間……ずっと収まらない頭痛が、はじまった。

 

「うぐっ……どう、して?」

 

 どうして?

 

 たった四文字しか、私の頭の中にはなかった。

 だが直後、それは複数の恨み言と問いかけへと細分化されていく。生前の記憶と今の苦痛がそうさせたのだ。

 

 どうして、守ってくれなかったんだ?

 どうして、流れ込んでくる記憶を拒否できない? 他人のものとして鼻で笑えない!?

 どうして、死体人形になる前に、この身体を壊してくれなかった!?

 

 疑問は痛みを加速させ、やがてベッド脇に嘔吐する頃には憎悪へと変わっていった。

 偽骸虚兵の本能の賜物なのか、自分の意志でなのかは分からない。

 

 だけど、私の中では後者であると決めた――せめてこれくらいは、私という個人が決めた「モノ」として持っておきたかった。

 

「痛がってるってェ事は、つまり、だ。成功ってことでいいのか?」

 

 そんな時だった。

 ドアが開く音と同時に悪辣さが音という形を取った、そんな声が入口のほうから聞こえてくる。

 

 この声は私も――この身体も知っている。二人目の男性操縦者のものだ。

 ここに居るのも、尋ねてくるのも何の不思議もありはしない。

 

「そのようです。無事、身体の記憶の継承に成功したかと」

 

 けれども。

 続けざまに聞こえてきた、無機質で抑揚のない、女性の声。

 それを聞いた途端、時が止まったかのような感覚がした。

 

 だって、その声はずっと昔から、()()()()()()()()()()()

 

「零、さん……」

 

 そう、神崎優奈の姉にして、この事件を引き起こす要因となった人物。

 神崎零のものだったのだから。

 

「よう鏡ナギ。いや、今は俺の手駒の偽骸虚兵ちゃんか」

「……は、い」

 

 そんなこっちの呟きは幸い、安崎――否、一式白夜()には聞こえなかったらしい。何の反応もなしに、自分の話を進めだしていった。

 下手に詮索されても気分が悪かったので、とりあえず戸惑った風を装い短い言葉だけ返す。

 

 そんな私の、あまり上手とは言えないアドリブにも引っかかってくれたのか、はたまた最初から興味なんてないのか。

 どっちかは分からないけれど、言葉はそのまま続けられていく。

 

「お前さんは簡単に言えばモルモットってヤツに選ばれたんだ。運が良かったなぁ、えぇ!?」

「モルモット……?」

 

 意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。

 だが、分からない程愚かでもない。

 

 そんな程度の知能を持たされたことが、この時ばかりは憎かった。

 

「死体からの記憶のサルベージと、注入。こうすりゃ一夏の野郎は躊躇すると思ってな。どうだ、我ながらナイスアイディアだと思うぜェ?」

 

 何がナイスアイディアなものか。

 確かに、一夏を追い詰めるのならこれ以上とないアイディアだ。

 

 生きていた頃と死んでからの今、両方の意見が一気に頭に浮かんできて、気持ち悪さが倍増していく。

 

「で、零。他にお前から見て分かった事ってねェのか?」

「記憶の定着に難があるかと。処置を施してすぐに実戦へと投入という訳には行きませんね、これでは」

「なるほどな……。他にはどんな問題があるってんだ?」

「かねてから懸念していた通り、コストの問題です。やはり手間がかかる以上、全員には施せません」

「別に代表候補生共にさえ施せりゃア、文句はねェよ」

 

 私を蚊帳の外に置いて、二人だけの会話が続いていく。

 頭痛が酷く痛む中、聞く耳を立ててみる。

 だが、一兵卒でありもう被験体にされた後となっては仕方のない話でしかなかった。

 

「一応ケアや術後の観察も必要なんだろ? んじゃ、後は頼むぜェ」

「承知致しました」

 

 相変わらずねっとりとした口調で去り際にそう告げると、こっちの相変わらずの冷たい声音で零さんが返す。

 

 こうして部屋の中には偽骸虚兵が二人だけとなった。

 

 その、直後だった。

 

「……すまない」

「……え?」

 

 最初に告げられたのは、短い言葉での謝罪。

 相変わらず無機質で、ロボットめいていたけれど――どこか、心がこもっている。

 

 そんな、気がした。

 

「今回の戦闘で偽骸虚兵になったのが貴女だけだったから、止めることはできなかった」

「……まるで私を、使いたくなかったみたいな物言いですね」

 

 その問いに、零さんは答えなかった。

 代わりに、しばらくの沈黙の後。彼女のほうから別の話題を振られる。 

 

 あまりにも、衝撃的だった真実を。

 

「こんな話が、慰めになるかは分からないが――実は、私も少しは記憶が残っているようだ」

「零さんも……!?」

 

 気が動転しそうになる。

 

 私を実験体にした以上、先に自分に施術したみたいな話ではない筈。

 だったら、どうして……?

 

「理由は分からない。だが、時折――生前の記憶を夢に見ることがある」

「……いつ頃の、ですか?」

「時期も状況も毎回違う。詳しくは分からないけれど、法則性はないようだ」

 

 私の問いかけに零さんはそう答えると、しばらく沈黙が続く。

 

「別人なのに記憶があり、戸惑っているのはあなただけじゃない。それは覚えていて欲しい。それと――」

「……それと?」

「たとえ他人の記憶を引き継いでいても、身体を乗っ取っていたとしても。それでも、幸せになる権利はある――そう、私は願っている」

 

 話を締めくくった途端、思わず噴き出してしまう。

 はっきり言って、事実は慰めにもならない。それに前後の脈絡がちょっと無理やりだ。

 

 だけど……そんな下手な慰め方を、私は知っていた。

 

 だって――。

 

 そんな雑な慰め方は、子供の頃。優奈と喧嘩した後に零が慰めてくれた時とほとんど同じ。なぜだか笑いがこみ上げてくる。

 

「――零さんのそういうとこ、前と何にも変わってないですね」

 

 視界が不思議と滲む中。思わず笑ってしまう。本当にこの人は、偽骸虚兵の筈なのに何も変わっちゃいない。

 私達は生前のそれらとは違うと思ってたし、そう信じたいのに。

 

 何故だか今は、それが無性に嬉しかった。

 

「……そろそろ一式様の元へと行かなければならない。失礼する。それと」

「それと――?」

「この話は、一式様には内緒」

 

 その笑顔は、どこかぎこちなかった。

 でも、それで十分だった。

 

「ふふっ……もちろんでしょ」

 

 

 ぽた、ぽたという血の流れる音と圧迫感。

 それに鎮痛剤が切れたのだろう、襲いかかってきた強烈な痛み。

 それらを知覚すると、私は意識を引き戻されていった。

 

「今、のは……」

 

 ポツリと、呟く。

 倒されてからさっきまで、私の意識の中で流れた映像を――あいつの、生まれた日の記憶を思い返してみる。

 

 ご丁寧にもあいつの視点で、どんな心境であったのかまですべて知れた。

 

「そっか、あいつも……苦しんでた、のね」

 

 偽骸虚兵なんて、全部が全部悪意の塊とは言えない。それは、戦う前から知っていた。

 だってあの日、お姉ちゃんの笑顔を見られたから。

 

 でも――まさか、あそこまで普段から人間っぽいところがあったなんてのは、知らなかった。

 

「いや、人間……だよ。ありゃあもう」

 

 あんな言動、死体人形にはできない。安崎の奴隷なだけではできない。

 

 だから、人間だ。

 

「それにしても、幸せ……かぁ。ひょっとして、あの時のも……」

 

 そう……あの時。

 

 お姉ちゃんが偽骸虚兵の呪縛から解放されて、優奈と私の名前を呼んでくれた後。言おうとした事。

 

 今ようやく、死に際になって理解した。

 

 そしてそれに気づいた途端、私は――。

 

「ははっ、まだ……さ……」

 

 そう、まだだ。

 

 まだちっとも幸せなんかじゃない。まだ何も掴めちゃいない。

 

 ただあの野郎に奪われ続けて、必死でお姉ちゃんの死体ひとつ取り戻しただけだ。

 新しいものをなにか一つでも、手に入れてもないままだ。

 

 やりたい事も、夢もなにも叶っちゃいない。

 本当はまだまだやりたい事、たくさんあったもの――今になって気づく辺り、私って相当度し難いけどさ。

 

 それになにより、ね。

 

 ナギを――あいつを。苦しめたままいなくなるなんて、それこそ本当に逃げじゃないか。

 

 なんだろう……お姉ちゃんを殺したのに、今になってこんな事、考えるなんて……。

 

「――きっと……理屈じゃ……ないん……だろう……なぁ……」

 

 そう、理屈じゃない。

 

 こっちの世界のみんなを見て狼狽えるのだって。

 どうしようもなく心が苦しいのだって。

 今こんなに、やりたい事が見つけられたのだって。

 

 ネクロ=スフィアって――心って、こんなに奇跡を起こせるんだなって。

 

「死ぬわけには、いかなくなった……なぁ……」

 

 そうだ、まだ死ねない。止まれない。

 

 どこにも辿り着けないまま、死んでたまるか。

 

「んじゃぁ……行くかァ……」

 

 そう呟いた途端、光が溢れ出してきて――。

 

 

 

「テールブレード!? まだ生きてたか……」

 

 瓦礫の下から這い出た凶刃。それはナギにとって想定外の攻撃ではあった。

 

 とはいえ、所詮は満身創痍の状態で放たれた攻撃。あっさりと大型ソード「ブラッディーイビルローズ」を軽く振り、叩き落とす。

 

 そうしてからバックステップで距離を取り、大型ライフル「スタペリア・ドラゴン」の照準を崩れ行く瓦礫の山へと向けた――その瞬間だった。

 

「死にぞこない……」

「はは……死にぞこない、ねぇ……。まぁ、生き汚いのは否定しないけどさ……」

 

 千切れかけの右腕、欠落した頭部ユニットのアンテナ、中折れしたライフル。

 

 まさに満身創痍という言葉が相応しい、そんな状態のアクシアとともに優奈が姿を現した。

 

「まだ抵抗する気!? そんな身体で、そこまでする必然性も意味――」

「意味なら、ある……」

 

 腕を新しいものに交換しながら、死にかけにも拘らず不敵に笑ってくる。

 得体の知れなさを感じると同時、頭痛がより一層増してくる。

 

 強まる痛みをなんとか表に出さないまま、ナギが注視していた時。再び優奈の口が開かれる。

 

「私――決めたんだ」

「決めた、ですって?」

 

 何を言っているのか分からない。

 

 ナギが最初に抱いた感想はそれだった。

 

 優柔不断で、本心を無駄に隠してばかり。言いたいことも言えないで、こうして手遅れになっても胸の内を吐き出せもしない。

 

 そんなメンタルの弱いお前が、何を決めた、だと!?

 

 怒りの感情が渦巻く中、こうして尋ね返した――刹那。

 

「決まってるじゃない。まだ――」

「まだ……なんだっての!?」

 

 不自然に言葉を切りつつ、テールブレードを仕舞い込む優奈を警戒して、引き金に手をかけ始めたのと。

 

「まだ……何もしないまま、終われない、から!」

 

 死にかけにも拘わらず、優奈が力の限り叫んだその言葉。

 

 その直後、彼女の身体には異常な輝きとともに異変が訪れる。

 

 眩い光が全身を包み込んでいくと、生傷が次々と修復されていったのだ。

 

「操縦者保護機能の過剰起動による復活ってとこかしら、面倒くさいわ……ね!?」

 

 忌々し気にナギは吐き捨てる。

 

 機体の機能を使った超回復それ自体は、何度か前の世界での戦いで見たことがある。ああなるともう一度倒さなければならないので、二度手間なのだ。

 

 だが、その直後に優奈の身体に起こった異変は初めての経験であった。

 

 だからこそ、彼女も言葉を詰まらせてしまったのである。

 

「あんた、その眼は何……!?」

 

 光り輝く瞳。しかし、その虹彩の色は決してハイパーセンサーのそれ――すなわち金の輝きではない。

 

 右は血に染まる紅――優奈が移植した、ハイパーセンサー搭載の義眼の色。

 左は鮮やかなる緑――まだこうなる前の頃、優奈の生まれつきの瞳の色。

 

「どうして、急にそんな――!?」

 

 困惑気味にナギが口にした――その直後。

 

 ひときわ大きな光が、アリーナを包み込んだ。

 

「バカな……何をした! それにこの光は……何の光!?」

「アクシア三次(サード)移行(シフト)形態(フォーム)――」

 

 光の中、聞こえてくる優奈の声。

 そして――その光は、超大型のソードメイスによって振り払われると。

 

「覇王狼龍アクシア・フリージア!」

 

 新たな力を得た、覇王の名を持つアクシア。

 それが、姿を現したのである。

 

 銀の装甲は黒の混じったそれに変わり、四肢はダーク・ルプス・レクスを思い起こさせるように肥大化。

 

 背中にはキャノン砲にドラゴンの翼を模したブースターユニット。

 さらには先端にテールブレードが搭載された、ドラゴンの尻尾のような部位まで装着されている。

 

 その姿は、とても今までのアクシアの――それどころか、あらゆるISとも異なっており、恐ろしいまでの威圧感と重厚感を見る者に与える機体だった。

 

「なに、が……何が覇王よ! そんな虚仮脅しで、私のヴァイオレット・ヴェノムを倒せるとでも!?」

 

 死に際から一転復活、さらには威圧感に満ちた機体への進化。

 あまりにも予想外かつ都合の悪い事態に一瞬怖気づいたものの、ナギはその感情を振り切るように叫ぶ。

 

「これでも……これでも、食らえッ!」

 

 そうしてから手にしたビームランチャーの引き金を引くと、優奈へと向けて発射するが――。

 

「な……ダメージが、通ら、ない……!?」

 

 呆然と呟いた通り、空中投影ディスプレイに映るアクシアのシールドエネルギー残量は微動だにしていなかった。

 

 そんな現象を目の当たりにしたナギの頭の中には、あるひとつの能力の名が浮かび上がっていく。

 

 彼女も所属する一式軍、その量産機であるダーク・ルプスの持つ単一仕様能力。

 

 同じ四天王機――ダーク・ルプス・レクスが持っていた、あらゆる射撃式の光学兵装を無力化する最強の防御系の能力。

 

 その名は……。

 

「千変、鉄華……くっ!?」

「さぁて、行くかぁぁぁぁッ!!!」

 

 呆然と能力名を紡いだ、その直後。機体も肉体も完全に回復させていった優奈の、大地を割らんとするほどの声量での叫び声が第一アリーナ内へと響き渡っていく。

 

 それと同時に瞬時加速でもって接近し、手にしたソードメイス「花開明天」を振り下ろすが――。

 

「この、死にぞこないが……!」 

 

 ヴァイオレット・ヴェノムの大型ブレードに阻まれ、鍔迫り合いの状況にまで持って行かれてしまう。

 

「流石に四天王……そう簡単に力押しなんてできない……かっ!」

 

 中々押し込めない事実に優奈が呻くが、事実その通りであった。

 

 四天王機はその全てがダーク・ルプスを軽く捻る事のできるパワーを有しており、いちばん華奢なホワイトウィングですら並のISを遥かに凌ぐ格闘能力を持っている。

 

 そのため優奈の新たなアクシアでも、パワー負けは必至に思われたが……。

 

「だったら!」

 

 優奈の言葉に呼応して、非固定部位のウィングユニット。その中間あたりの位置にあるスリットが展開していく。

 

 それを見た瞬間、ナギの頭の中には真っ先にある能力が浮かび上がる。

 

 零の作った四天王機。

 

 その中の一機の持つ、単騎決戦では格上にさえ絶対勝利できる、叛逆の名を冠した凶悪な能力――!

 

幻影(トリーズン)叛逆(ファントム)ッッッ!!!」

「ブラックリヴェリオンの! だけど――!」

 

 まだ進化し、追加された能力に優奈が慣れていなかったためであろう。わざわざ能力名をコールしての発動。その事実が、ナギに味方をした。

 

 スリットが開く前、声を聞いた段階で地面を蹴って上昇し上空へと飛び上がる事で、電撃攻撃の難を逃れたのである。

 

 どんなに強力な能力とはいえども、当たらなければどうとでもなるのだから。

 

「オリジナル造ったのどこか、考えなかったわけ!?」

 

 嘲る声とともに触手の先端と右手に、ゴーレム用のハンドアックスを展開。それらを一気に投擲し、優奈へと牽制代わりの攻撃を仕掛ける。

 

 これならば千変鉄華も関係なしにダメージを与えられる。そう思っての攻撃だったが、命中したのは手で投げた一個のみ。

 しかも胸に命中したそれも大したダメージを与えられないまま、あっさりと抜き取られてしまう。

 

 その事実に、ナギが舌打ちしていた――その時だった。

 

「勿論、考えているよ」

 

 優奈も相手の動向に応じて、戦術を転換した。

 今度は背中に搭載された大型キャノン砲――ダーク・ルプス・レクスが装備していたものの強化改良版で、名を「超銀河砲」という――を展開して発射する。

 

「その攻撃――!」

 

 しかしナギとて、ここまでの大ぶりの攻撃を待ってやるほどお人よしではない。

 

 すぐさまスラスターを全開にして回避すると同時に触手を一本だけ、元いた位置へと伸ばして待ち構える――敵の切り札を、捕食超越で奪い取るために。

 

破壊魔鏡(ダイクロイック・ミラー)ぁぁぁっ!!」

 

 だが、しかし。

 

 そんなナギの思惑は、翼の先端部に仕込まれたクリアパーツから発せられた破壊光線によってあえなく潰えてしまった。

 

 眷属機ホワイトウィングの持つ、第三世代以降の能力を無効にし破壊する単一仕様能力。

 

 それと同じものが吸収を拒み、待ち構えていた触手は圧倒的な破壊力をその身に受けて千切れ飛んでいったのである。

 

「まさか、四天王全部持ってるなんて、言うつもり……!?」

 

 戦慄とともに呟いた言葉は果たして正解であり、その決定的証拠とでもいうべきモノが、優奈の次の行動であった。

 

 テールブレードを自機のほんの僅か前方へと勢い良く突き刺し、それを起点にすると高く跳躍。

 

 天高く飛翔したアクシアの後部。そこから()()()()を射出してくる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 捕食用ワイヤーアーム。それがキャノン砲の後部から射出された途端、すぐに次のアクションが何なのかを理解していった。

 

「捕食超越する気!? だけど、喰えるものは私の同じ能力しか――!」

「だーれが、アンタから食うって言った!」

 

 突然、優奈が声を上げると。自らの機体へ触手を方向転換。幻影叛逆の発生装置と、テールブレードにそれぞれを喰らわせる。

 そして――。

 

「喰らえッ!」

 

  叫ぶと同時、近づいてくるヴァイオレット・ヴェノムの上下左右。

 そこに黄金の渦が次々と形成されると間髪入れず、漆黒の鎖に繋がれたテールブレードが次々出現していく。

 だが。

 

「そんなモノ当たらない!」

「当てるためじゃない!」

 

 当てるのが目的じゃない。あくまでもメインはこの次。

 そう優奈は叫ぶと。

 

「お楽しみはこれからだ……なんて、ね!」

 

 悪戯っぽく笑った顔とともに、鎖から電撃が放たれる。

 

「そういうことか……クソ、こんなに厄介な組み合わせを最初っからだなんて!」

「どう? これで大分弱まったんじゃない!?」

 

 想定外の事に竦んだのか、動揺するナギ。それに対し、幾らか余裕そうに答える優奈。

 

 捕食超越によって組み合わされた、電撃放出式デバフチェーンユニット「ダークリベリオン」。

 それにより、だいぶ出力は下がったのだが――。

 

「鬱陶しいけれど、それでも……ッ!」

 

 もがき、悪態をつきつつ、ワイヤーアーム「カイメラ・ラフレシア」を展開。

 さらに捕食用のクローに大剣を持たせるなどという、本来は想定されていない強引な手法で抵抗しようとするが――もはや、何をやっても後の祭りであった。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 翼の基部に近い位置にある、ボックス状のユニット。

 

 そこから腕が二本生えてきたかと思うと、触手本体を拘束。

 へし折って無効化すると、眷属機ヴァイオレット・ヴェノムの、全ての武器を奪い取り、接近。

 

 そして。

 

「神崎、優奈ぁぁあぁぁ!」

「ナギィィィィィいいいッ!」

 

 二人の叫びが、木霊した――!

 

 

 悪意が胎動を始めた、かつての一年一組の教室。

 

 そこの繭の中にて、一機の悪魔が目を覚ました。

 

「……人形の分際で、主人に生意気な口を利くのはいただけねぇよな……やっぱりよォ」

 

 悪魔……一式白夜が思い返すのは、眠る前の配下の言動。

 あまりにも敬意を感じられず、自らの目的にしか興味がないかのような態度。それが気に入らなかった。

 

「まぁ、下手に洗脳処置を施さねぇ方がいいって、零の判断だったし……仕方ねぇか。こうなってもよ。だけど……バカな真似をしたもんだぜ、あいつも……ククッ」 

 

 悪辣な笑みを浮かべると、一式は無人機へと向けてあるコマンドを入力。校舎周辺の警護に当たっていた機体群が、一気に一組の教室の窓の外へと集合していく。

 

「さて、だ……まとめて始末してやるか……」

 

 言葉と同時。数十機のゴーレムから光が失われていき、続けて巨大な渦が無人機の軍勢のすぐ近くに形成されていく。

 旧式機のコアを利用して次元の扉を開き、そこからIS学園へと無人機を送り込むのである。

 

「ま、これであいつらは終わりだろうな…」

 

 たとえ人形が勝っていても、敵が勝とうとも、どのみち満身創痍の状態であることには変わりはあるまい。

 そんな状態で次々、学園警護用の無人機を送りこめば――どうなるか、など馬鹿でも想像がつく。 

 

「さぁて、まずは神崎優奈を始末完了、か……ククッ」

 

 悪辣な笑い声が、暗闇に包まれた一年一組の教室に響き渡った。

 

 

「……やっぱり私、あんたのことを殺せない」

 

 ソードメイスをギリギリになって収納した優奈。

 そんな彼女が出した、どうしようもなく、甘い「答」。

 

 そんなものを聞いた途端に頭痛が激しくなり、怒り狂って目の前の女を殺しにかかっていただろう。

 

 だが、この時。

 

 「ナギ」の頭の痛みは強まるどころか、不思議とどこかへと霧散していっていた。

 

 それは生まれて、初めての事であった。

 だから不思議と、怒りよりも興味のような感情が勝った。

 

「何、何馬鹿な事! 私は生きてた頃のナギとは別人……なのよ!?」

 

 愚問だと、「ナギ」は自分でも思う。

 だが、それでも聞いてしまった。聞かずにはいられなかった。

 

「知ってる」

 

 それに対して、優奈は短い言葉だけを返す。

 

 今更だ。目の前の女は鏡ナギではない。

 

 一夏を躊躇させるための計画。そのモルモットに選ばれた結果生まれた、記憶だけを受け継いだ別人だ。

 勿体ないから、神崎優奈をも躊躇させられるからと捨てられず、このように四天王機をあてがわれた存在でしかないのだろう。

 

 「ナギ」を殺せないのは、阿呆な事なのだろう。

 だが、それでいい。

 煎じ詰めれば愚者の答えであったとしても、私が満足できるなら何の文句もないさ。

 

 この時優奈は、本気でそう思っていた。

 

「姉は――零さんは殺した、癖に……」

「だからこそだよ」

 

 そっとそれだけ言って、優奈は目の前の少女を抱きしめる。

 

 あまりにも辛そうで、一人で抱える姿は見るに堪えなかったのもある。このまま放っておけば、淡雪のように消えてしまいそうな印象を抱いたせいでもあるだろう。

 

 だが、大半は理解できない感情に突き動かされた。

 

 そんな背景で取った、行動だった。

 

「あの時のお姉ちゃんの微笑みと、今までの記憶――それがあったからこそ、この答えを導き出せた」

「記憶……」

 

 二人がISごしに密着してから、続けられた優奈の言葉。その中にあった、たったひとつの単語が引っかかる。

 

 それこそ彼女の全てを狂わせ、歪め――それでも、何よりも欲していたものだったのだから。

 

 どうしたって、無視などできようはずがない。

 

「記憶が、ずっと、辛かった……」

 

 ひとりでに本音が漏れていったのも、そんな言葉を聞いたからだった。

 

 そうして、続けていく。

 

「あんたと過ごした鏡ナギは何時でも楽しそうだった。満ち足りていた」

「……そっか」

「でも、あれは私じゃない。私と鏡ナギは別人だって、はっきりと認識できてた……だから、辛かった」

 

 抱きしめてきている、生前の親友はどんな顔をしているのだろうか。

 どんな気持ちで、短く返したのだろうか。

 

 一瞬思いはしたものの、どこか暖かみのある言葉だったように感じられる。

 その事に気づくと、彼女の思考はまた別の方へと向かっていき。新しく問いかけを優奈へと投げかけていく。

 

「ねぇ……あんたはさ、辛いって思ったことはないの? 私との記憶が、苦しめてきた事って……」

「……あるよ。そりゃある」

 

 問いへの答えを聞いても、返す言葉を「ナギ」は持てなかった。

 

 だから、代わりに自分のことを続けて話しだす。

 

「……辛いものを全て捨てたかった。そうすれば、楽になれると思ってた」

「そんな時も、あるよね……そりゃ」

「ごめんね、優奈」

「謝る事ないよ。あんたはあんたなりに、苦しんだって知ってるから」

 

 そう、知っている。だって記憶を見たのだから。

 優奈はそう言いながら抱きしめた身体を離すと少しだけ距離を取り、まっすぐに目の前の黒髪の少女を見つめる。

 

 親友と同じ顔をして、同じ体を使って、しかし別の人物。記憶の混濁による頭痛と仕えたくもない相手に使役され、ずっと苦しんできた少女。

 

 そんな、不幸な境遇でありながらも精一杯足掻いた目の前の存在に向かって、ゆっくりと口を開いていく。 

 

「だからさ……もう、いいじゃん。苦しむのも辛いのもやめ。私もそういうの、なんかあんまり好きでもないしね」

「優奈……許して、くれるの?」

「だから、謝る必要ないって言ったじゃん」

 

 右の手を差し出しながら、呆れたように笑む優奈。もう、「ナギ」が遠慮する必要はなかった。

 

 そんな中、彼女の中で思っていたのは自分を何と名乗ればいいのかという事。

 この次元にも鏡ナギはいるし、前の世界の鏡ナギとは別人なのは互いに承知している。

 

 こっちにも鏡ナギはいるんだし。

 新しい名前を、考えなくっちゃね……。

 

 頭痛のない頭で「ナギ」は考えてから、ヴァイオレット・ヴェノムの手が動いた――そんな、時だった。

 

「警報――――?」

「えっ――――?」

 

 ガラスが割れるかのような、鋭い音。

 それがしたかと思うと同時にアラートが鳴り、優奈は慌てて上空へと視線を移す。 

 

「エト、ワール……」

 

 呆然とナギがつぶやいた通り、エトワールの三個小隊。それが、アリーナの上空へと転移してきていた。

 あまりの事態に呆然としていた二人をよそに、無人機の軍団は掌に搭載されたビームカノン「ヴェイガンナー」を一斉射していく。

 

(このままだったら――!?)

 

 咄嗟に身体が動くが、もう遅い。

 どうしても庇う前にヴァイオレット・ヴェノムに光の矢が、届いてしまう。

 

 そうコンピュータが計算をはじき出し、優奈は本気で狼狽する。

 

 折角、分かり合えた。

 友達が、できた。

 

 そんな、奇跡のような出来事が起きたってのに――!

 

(ダメ……嫌だ、そんなの――!)

 

 思わず涙が溢れ、視界が滲んでゆく。

 

 だけど、最期まで見届けなきゃ。

 

 逃げないって、決めたんだから。

 

 完全に気が動転している中、それでもと、優奈が決意した――その時だった。

 

「させないッ!」

 

 優奈が出てきたのと反対側のピット。そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がすると同時、一機のISがインターセプト。光の弾丸は全て、その機体が構えたシールドが完全に防御していく。

 

 唐突な新たな敵機の出現。

 

 それにコンピュータの処理が追い付かなかったのか、戸惑っているかのように止まる敵機。

 

 その隙に乱入してきたIS――打鉄改弐のパイロットが、黒髪を靡かせて優奈たちのほうを向く。

 

「ナ、ギ……?」

「残ってて正解だったでしょ? 優奈。間に合ってよかった!」

 

 言うと同時、再びナギは無人機へと向きなおる。

 そうしてから右手でライフルを無人機群へと撃ちこみ、左手で優奈へと細長い、銀色のシリンダーを手渡していった。

 

「ナギ、これって――」

「早くそっちの私に、使ってあげて!」

「――分かった!」

 

 返事はしたものの、既に優奈は動いていた。

 

 なにせ貰ったものはIS用の緊急修理ユニット。

 国際規格のそれは一式軍製の機体にもコネクタは存在し、問題なくシールド・エネルギーを回復させていく。

 

 こうして、最強の眷属機は再び戦えるようになると。

 

「……ごめん。さっきは、人質にして……」

 

 そのパイロットは心底申しわけないといった風に、目の前の同じ顔をした少女へと、謝罪したのだが――。

 

「今はそんな事、どうでもいいの! とにかく、これで安全でしょ? 早く逃げて!」

 

 と、まくし立てられていった叫び声で返されてしまった。

 

「その通りだよ。あんた、戦えないだろうし早くピットに――」

「……ばーか」

 

 続けざまに、戦闘準備を整えた優奈にも説得されたが、その言葉を遮って「ナギ」は立ち上がる。

 そして――。

 

「私だって、戦えるっての」

 

 予備のライフルを構えると。瞬時加速で接近してきたエトワールを一機、光の矢で串刺しにして撃墜。

 そうしながら、続けざまに叫んでいく。

 

「四天王舐めんなよって話だって! それに無人機の弱点は、さっきまで一式軍に所属して()()私が一番よく知ってるし。でもね!」

「でも?」

「ホントは、無人機の撃墜スコアだけでもあんたに勝ちたいだけ!」

 

 満面の笑みで告げられた、そんな言葉。

 

 それに対して優奈は苦笑すると、アクシア・アルテミス時代からの武器であるビームカノンを構えながら続けていく。

 

「負けず嫌い、なんだね……ま、私もだけどさ!」

「知ってる。記憶、持ってるんだから!」

「そりゃそっか!」

 

 すっかり戦う気になっている「ナギ」と、それを認めるかたちの優奈。

 そんな二人に、ナギは呆れ笑いで告げる。

 

「……戦えるっていうんなら、文句は言わないよ。でも、危なくなったら逃げてよね、私!」

「分かってるっての。ってか、あんたこそ」

「じゃあ、話もまとまったわけだし――やるよ、皆」

 

 その言葉と共に、優奈はもう一度味方の二人を見る。

 鏡ナギ。

 かつて喪った親友と、同じ顔の少女たち。

 そんな二人と、こうして肩を並べて戦える。

 たとえそれが、別人だったとしても――!

 

「ったく、ちょっと嬉しすぎるな……こりゃ」

 

 どうしようもなく滲んでいった視界を手で拭い、優奈は呟く。

 

「生きてりゃいい事、あるもんだ……!」

 

 もう、泣いてなんていられないのだから。

 

「あんたこそ……やれるの?」

「私、四天王二機も倒したんだよ? こんな奴らに負けるほど弱くないっての」

 

 そうしてから、優奈はソードメイスの切っ先を無人機の軍勢へと向けていく。

 

「……ねぇ、優奈。確か学祭の日に攻め込まれた時も、こんな感じじゃなかった?」

「――そうだった。確かに、こんな感じで空をゴーレムが埋め尽くしてたっけ」

 

 敵の、無人機の集団を睨み据える。

 

 以前なら絶対に倒せない。

 

 そう諦めていた数だが……今の優奈には、有象無象にしか感じられなかった。

 

「やるよ、ヴァイオレット・ヴェノムッッ!!」

「蹴散らすか、アクシア・フリージアッッッ!」

 

 オッドアイとなった瞳が、煌く――。



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最後の、戦い

 進化を果たした己が愛機の情報が頭の中へと次々と流れ込んでいく。

 

 基本動作、装備、操縦形式、性能、単一仕様能力、活動限界時間、センサー範囲。

 ひとつひとつがクリアされていくたび、自分とISが一体化していくような気分を覚えていく。

 

 そして、それが終わるとようやく身体の硬直が解け。進化するために形成していた繭の中から出て行った。

 

 その、途端。

 

「クソが!」

 

 口をついて出てきた悪態とともに、目の前にあった机を蹴り飛ばす。

 

 まさか、あんな形で決着がつくなんざ思ってもみなかった。

 ナギの奴が裏切るのはこの際いいが、あくまでそれは神崎優奈と共に死ねばの話だ。

 

 こんなの、聞いてねぇ!

 

「でもまぁ……いいか」

 

 どれだけの時間暴れただろうか。

 

 ひとしきり恨みつらみを吐き出すと、俺の怒りはどこかへと霧散していった。

 

 なにせ――。

 

「この新型の力があれば、後で殺しに行っても全然問題なんざねぇワケだしな」

 

 そう、俺の新たな専用機。

 打鉄第三形態は異常な進化を遂げており、世界中のISをかき集めても倒せる機体なんざ存在しない程の代物となっていた。

 

 だから、あいつらが死ぬのが遅かれ早かれ決しているようなモンだ。あくまで死期が伸びただけ。

 精々、残された時間で別れの挨拶でもしてやがれ。

 

「にしても……忌々しい位、俺の世界と同じ形をしてやがるな……」

 

 心の中で侮蔑と嘲笑を終え。それから気を取り直して部屋を見回すと、舌打ち交じりに吐き捨てる。

 強い恨みの感情が進化には必要だった以上、ここ以外の場所はありえなかったが――正直、あまり気乗りはしなかった。

 

 なにせ、ここは――IS学園一年一組なのだから。

 

「あそこに座ってた時の事は、嫌でも忘れられねェ……いや、忘れてたまるかよ」

 

 教卓の右斜め前の席に視線を移してから呟く。そこは俺が、まだ安崎裕太だった頃に座っていた席だった。

 はっきり言って、最悪の席だった。

 

 ちょうど隣が織斑一夏だったため、授業中も休み時間もあいつと比べられる温床となっていたのだから。

 

 今思い返しても、悪意のある配置だとしか思えない。

 これに限らず、いつもどこでも悪意に晒されていた。一夏と比べらた。

 

 そしてその度に嘲笑われ、生きている価値のないゴミとして扱われた。

 

 操縦が上手くない、勉強についてこれない、経験が足りていない……。

 様々な理由があったにせよ、こっちはISに乗ってまだ三ヶ月も経ってない素人だってのに――。

 

「なのに、同じ境遇のあいつが無駄に世界最強の血縁者という恵まれた立ち位置にいたせいで!」

 

 織斑一夏。

 

 奴がいて、しかもどんどんと力をつけていったのが、全ての元凶だった。

 仲間と共に成長していく奴と、孤独にいくら頑張ろうとも追いつかない俺。

 

 いつも無様で惨めだった!

 何度も自殺を考えた!

 それでもできない自分に嫌気がさした!

 

 そんな日々が続いて行ったあと、あの事件が起きて。

 

 だからあの臨海学校の時、俺だって我慢の限界で言ってやったんだ。そんな環境にいた俺を、誰が責められるというんだ!?

 

 それなのに、皆して寄ってたかって俺を悪者扱いして、責めてきやがって――!

 

「いや、一人だけ責めてこない奴がいたな……」

 

 ヒートアップしていく怒りの中、俺を生き返らせてくれたバカ女――神崎零のことを思いだす。

 確かに奴には打算もあったろう。復活させて名声を得たいという欲は隠していなかった。俺が本性を剥き出しにした途端に裏切られもした。

 

 だが、その前までは。

 

 あいつの言動からは本気で心配してくれている。そう感じさせるだけの、()()は確かにあった。

 

 世話係として愚痴に付き合ってくれた事もあったし、遅れに遅れていたISの勉強を教えてくれたのもあいつだ。

 そんな奴だったからこそ、他の研究員共のようにただ見捨てて殺すなどという事はできなかった。

 

 本来ならば非戦闘員なんて踏み絵目的以外では偽骸虚兵にしないが、特別に零だけはそうした。

 それだけじゃない。一式軍の参謀や開発主任の座も与えてやり、代表候補生どもよりも重用してやっていた。

 

 そのまま戦うには少し性能不足だったから何度も身体のアップデートを行わせ、俺も強化のために越界の瞳のデータを奪いに行ってやった。

 

 もちろん戦力が欲しかったし、俺一人じゃ無人機や四天王機の設計なんてできなかったのもある。

 強化だって……あいつの働きに見合った対価を与えただけだと言われれば、確かにそうかもしれない。

 だが、それだけじゃない()()も確かにあった――そう、失ってから初めて気づいた。

 

 そんな中、俺の頭の中には無意識のうちに、ある出来事が思い出されていった。

 

 昔、まだこの身体を作り直してもらう前。零に質問した時の事。

 生き返ってすぐだったから異常に不安になった俺は零に聞いた事がある。

 

「俺でも一夏に勝てるのかな?」

 

 と。

 どうしようもなく情けなく、格好悪過ぎる質問だった。事実、後ろにいた研究員たちは苦笑を浮かべていた。

 だけどあいつだけは親身になって答えてくれた。

 「勝てるよ」って、微笑を浮かべながら答えてくれたっけな……。

 

「そうだな、俺は一夏に勝てる」

 

 いや、勝たなきゃ何のためにここまでしたのか全く分からねぇ。

 無力な屑のままじゃ終われない。

 

「……まだ、俺は止まれないんだよ!」

 

 その言葉と共に、いったん待機形態に戻っていた専用機へと意識を集中させる。

 直後、俺の身体には新たなる機体――もはや打鉄とは呼べないレベルにまで強化が施された、最強のISが纏われていく。

 こいつで、一夏達をまずは……八つ裂きにしてやる。

 

「行くぞ……クロノグラフ・メイガス!」

 

 

 なんとか無人機の群れを、ある程度蹴散らしてからの移動。

 それを続けて、遂にIS学園の校舎が見えてきた。

 その途端の、出来事だった。

 

「何なの……あの光は!?」

 

 シャルロットが呆然と呟いた通り、校舎を破壊する勢いで光の柱が立ち上っている光景が目に飛び込んでくる。

 あそこに一式――否、安崎がいるのは間違いないのだが、何が起きている……!?

 

「とにかく、急ぐサね!」

 

 アーリィ先生が発破をかけたのを機に、私達は全員が瞬時加速。一機に校舎前までたどり着いた――直後。

 

「待ってたぜ、テメェら!」

 

 突如として声がしたかと思うと、針のように細い粒子ビーム。それが私のすぐ横を掠め、わずかにコンクリートを抉りとる。

 明らかに当てる気がないとしか思えない、その攻撃の飛んできた方向――すなわち、半壊した校舎の屋上。

 

 そこへと、視線を向けていくと――。

 

「一式白夜……いや、安崎裕太!」

 

 一夏の叫んだとおり、私達の仇敵――安崎がいかにも悪質な笑みを受けべ、こちらを見下ろしていた。

 

「その名で俺を呼ぶたぁ、随分と惨たらしく死にてぇみてぇだが……まぁいい。今日の俺は気分がいいんだ。その程度の無礼は赦してやる。有り難く思うがいい」

 

 世迷いごとをほざく間に、奴の機体を観察してみる。

 

 なにせ、あまりにも今までの物。つまりは、白式に擬態した打鉄とは異なりすぎていたのだから。

 黒を基調とし、ところどころを錆色で彩られたその機体とかつての共通点など、手にした武器が剣である事くらいしかない。

 

 三次移行を果たしたであろうという事は、容易に想像がつくとはいえ――ここまで変わるもの、なのか……!?

 

「この機体の名はクロノグラフ・メイガス! 貴様らを冥府に叩き落とすために、俺の憎悪が生み出した最強の機体だ!」

「クロノグラフ・メイガス……!?」

「それじゃ、まずは最初の能力を発動させるとしようじゃねぇか……()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 呆然と名前を呟いた、その時だった。

 

 奴はいきなりそう叫ぶと、剣の先端から四つの光が同時に、かつすさまじい勢いで拡散。

 紫、白、黒の三色。

 

 特殊な攻撃手段だと警戒し、身構えていたが――。

 

「な……!?」

 

 思わず一夏がそんな声をあげたのも、無理のないことだった。

 なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()。おまけにそこからは、それぞれのビームに対応した色の光の球体が出現。穿たれた穴のすぐ上で待機をはじめていく。

 

 起きた現象も訳が分からないが、これを使って何をするかも到底予想できない。いったい、何を――考えている!?

 

 そう思っているにも、拘らず。

 

 なぜか嫌な予感が、拭えなかった。

 

「箒! やるぞ!」

 

 私と同じ懸念を、一夏も抱いていたのだろう。

 瞬時加速とともに剣を構え、安崎を倒さんと迫る。

 

「おっと、ご清聴願おうか」

 

 だが、そんな私達に奴は剣を向けてきた――次の、瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まさか、こいつは――!?

 

「A、I、C……」

「ご名答。クロノグラフ・メイガスはお前ら代表候補生共の能力! その全てを、この剣一本で再現できるのさ。凄いと思わねぇか?」

「一夏の、零落白夜だけじゃ飽き足らない……とでも、言うのか!?」

「まぁな。だが――驚くのは、まだ早いんだよ!」

 

 必死で拘束から逃れようともがく中、奴の減らず口は続いていく。

 

「ところでお前……この球体の色、どこかで見た事ねぇか?」

「い、ろ――!!?」

 

 厭味ったらしく、与えてきたヒント。それで漸く気がついた。

 これらは眷属機の機体名そのものだと。クソ、言われてみればそのままではないか……!

 

 あいつがやられた機体をそのままもう一度使うとは思えず、頭の中から始めから除外していたが――実際、これを使ってどうするのか。

 

 なにせ再生産するにしても、わざわざ回りくどい手段を取る必要なんてないのだから。

 

 じゃあ、何を――!?

 

「さぁて、それじゃあ本日の、もうひとりの主役の登場だ! 来い、眷属機ダーク・ルプス・レクス!」

 

 そんな私の思考を読んでか知らずか、奴は残った四天王機だけはそのまま普通に展開してきた。

 ほんの一瞬だけ剣を赤く光らせ、円を描くと。そこから最強の無人機の原型機が姿を現す。

 

 どうやら先ほどまでの四天王機とは違い、完全な無人機らしい。かつて優奈の姉の貌が見えていた箇所からは、ゴーレムらと同じような無機質な赤いカメラ・アイをのぞかせている。

 

 これで全ての四天王機。

 それらの要素が、何らかのかたちであらわれたが……何が、起こるというのだ?

 

「俺は再生産した眷属機ダーク・ルプス・レクスを対象に、クロノグラフ・メイガスの真なる単一仕様能力を発動! Maximum Crisis(マキシマム・クライシス)ッ!」

 

 高らかに奴が叫んだ、その瞬間。

 

 ダーク・ルプス・レクスに紫の光球が接近。やがて吸収されていくと、その身体を大きく変質させていく。

 

 ただでさえ肥大化していた両腕がさらに肥大化。

 それに呼応するように両脚も太くなっていき、四肢が異様に発達していく。

 

 まさか……!?

 

「これにより――四天王機を融合させ、新たに最強の無人機を降臨させる!」

 

 頭の中に思い浮かんだ、最悪の想像。

 

 それはすぐさま、安崎の口から吐き出されていった説明によって肯定されていく。

 続けざま白い光球が入っていくと、今度は背中の大砲と隠し腕が退化。代わりに超巨大なウィング・バインダーが展開され、さらには尻尾まで生えてくる。

 

 既にかなりの威圧感を伴っているが、あとひとつ追加されると……どうなると言うのだ……!?

 

「見ろ、ここに降臨するは我が最強の悪魔! 心の闇が、ネクロ=スフィアが生み出した、全てを司る究極の覇王である!」

「究極の、覇王……」

 

 シャルロットが呆然と呟いた、その直後。最後に黒い光球が化け物に変質したダーク・ルプス・レクスに吸入。更にその姿を異形の物に変質させていく。

 全身に棘やヒレが生えていき、禍々しく銀色に輝く装甲へと変質。

 そして最後に質量を完全に無視して巨大化、首が伸びはじめ――おそるべきドラゴン型ISが、姿を現していった。

 

「その名は――至高龍アーク・レイッッッ!!」 

 

 左右に伸びる長大な翼。異様な大きさの四肢。 

 禍々しく鋭利な外観。

 全身くまなく流れる、メタリックグリーンのエネルギーライン。

 

 捉えた全てを焼き尽くさんという鋼鉄の意志を感じる眼光。

 

 それらすべてを兼ね備えた、狂気の無人IS。

 

「さぁ、アーク・レイ! 全世界最強の力で、奴らを殲滅しろ!」

 

 それが、異世界のIS学園の上空へと降臨したのであった……。



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覇王咆哮

 粒子ボルテックスの奔流が至高龍の頭部から発射されたのを私達は間一髪、瞬時加速で回避する。

 

「くっ……なんて威力だ!」

 

 回避した先にあった白い塔。その途中の部分が一撃で溶かしつくされ、頭頂部が鈍い音を立て地面に倒れ伏す。

 

 IS学園の象徴ともいえる建造物をドロドロに破壊するその姿は、まるで奴が生前の恨みを晴らさんとしているかのように見えた。

 

「おっと! 主砲だけが脅威だって思っちゃ困るんだな。これがよォ!」

 

 あまりの威力に愕然としている私達に向け、アーク・レイの背後に陣取る奴が叫ぶ。

 その直後、機械龍であるにも拘らずアーク・レイはまるで、本物のドラゴンか怪獣のように咆哮。それとともに翼のスリットから砲門を展開。

 禍々しく、そして毒々しいまでに赤いビームを一斉射してくる。

 

「なんて密度だ……!」

「こんなの、モンドグロッソでも味わえないサね……」

 

 なるべくは出来るだけ回避。

 それでも躱しきれなかった分はシャルロットの展開したシールド、アーリィ先生の風の盾。それに一夏の零落白夜の盾を使って守りつつ、呻く。

 

 無論私達とて、あれだけの重量級の機体の武装が主砲だけなどと、思っていたわけではない。

 

 だが、まさかここまでの超密度砲撃を喰らわせて来るとは思ってもみなかった――!

 

「百連装ビームガンのお味はどうだ、えぇ!?」

「百連装……そんなに、だと!?」

「まぁ、これも序の口なんだがな! お次は全身百個超のビットでの、オールレンジ攻撃(アタック)よ!」

 

 いうやいなや、全身の棘上の物体をいくらか射出。本体との接合部に隠されていた銃口が牙を剝き、四方八方から襲いかかってくる。

 

 一つのビットにつき銃口が三つ。数はゆうに五十を超える。普段対峙しているセシリアのものとは比較にならないほどの攻撃密度だ。

 

 ――当然、この間も本体からの攻撃が続いているのだから、なおさら。

 

「だったら!」

 

 ここで、シャルロットが動いた。

 ジャンヌの特性を利用し、回避しきれないと判断された部分。

 それらに対して、展開可能な空間範囲の広さを利用したのである。

 

 次々と呼び出されていく剣は射出されたビットを貫き、十数もの遠隔操作兵装がただの鉄の塊と化していく。

 

「ビットを落としたくらいで!」

「ビットだけじゃないよ!」

 

 奴の言葉を遮り。シャルロットは剣を自機周囲に360度展開。正面に来次第、次々と至高龍に投擲していく。

 

「これなら!」

 

 超巨大な至高龍にとって、通常のISサイズの剣など針の刀に等しいだろう。

 だが、まるでマシンガンの弾めいて、これだけ投擲すれば――!

 

 そんな私たちの想像はどうやら、甘い妄想に過ぎなかったようであった。

 

「非対称性、透過……!?」

 

 非対称性透過シールド「覇王障壁」。

 紅椿がウィンドウ上に表示してくれた文字列を睨み、自分でも気づかないうちに音読してしまう。

 

 姉さんではない以上、どんな原理がそこに用いられているかは理解できよう筈もない。

 だが、目の前で全ての剣を無傷で耐えきった事と、その文字列の凡その意味。それが分からない程、愚かでもなかった。

 

「どうだ!? 全ての攻撃は無意味ってワケよ!」

 

 舌を出し、嘲り。至高龍の胸元の安全地帯から安崎は挑発を繰り返す。

 

 あれだけの余裕を見せられるのも、至高龍のバリアがあるからこそだろうが……どうやって、突破すればいい?

 

「落ち着くサね、篠ノ之。あんなのは連続しては張れないナ……だから」

「張り終えた隙を狙って、攻撃する……?」

 

 私の出した答えに、アーリィ先生は満足げに頷くことで返した。

 確かに、丸裸のところを狙えばダメージを与えられる。

 

 それに、もし発生装置を壊すことができれば――。

 

「――確かにそうだ。連続して張れなどしねぇよ。非対称性透過シールドなんざ」

「自分から弱点を!?」

 

 一夏の驚く声が聞こえたが、私からしたらそこまで意外というわけでもなかった。

 なにせこれだけ強力無比で極悪な機体を随伴させているのだ。多少の弱点を教える余裕なんて奴の性格上、有り余っていてもおかしくはない。

 

 それに――わざわざ伝えるということは、それを上回る策なり武装なり能力を持っているはず……!

 

「どうした? 教えてやったんだから攻撃して来いよ!」

「――ッ!?」

 

 予想通りの内容と挑発を手招きしつつ一式は口にしていくと、続ける。

 

「運さえよければ発生装置を壊せるかも知れねぇんだしよ!」

「じゃあ、運試しといくよっ!」

 

 売り言葉に買い言葉といったふうに、シャルロットは奴の言葉に乗ると、動いた。

 再び大量の剣を円周上に、しかし前回と違って二円を展開。袈裟状に配置してから、一気に放射させていく。

 

 だが。

 

「けどなぁ、迎撃はしないとは言ってねぇよ!」

 

 ウィング・バインダーが再び開き、砲口から再び赤い破壊光線が飛来。次々とシャルロットの攻撃を蒸発させていく。

 やはり、届かない……!?

 

「そら、お返しだ!」

「それで終わりじゃないよ!」

 

 声が聞こえるや、いなや。

 至高龍の背後を取るかたちで、オレンジ色の武装――ラファール・リヴァイヴの盾の改造されたものが出現。

 

 瞬く間に変形すると中から鉄杭を露出させ、そして。

 

「喰らえッ!」

 

 杭がシールドというケースから飛び出し、龍の首へと一直線に向かって飛んでいく。

 

 ダインスレイヴ発射型「フォビドゥン・アリアンロッド」。

 

 優奈が勝手に作ったというダインスレイヴを、姉さんが更なる改良を施し。飛ばして質量弾にもできるようにした代物である。

 ジャンヌの高い奇襲性と、質量弾というシンプルイズベストな武器の持つ、高い破壊力。

 それらが合わさったものを、再展開される前に叩き込む。

 

 流石にこれには、至高龍とて……!

 

「相変わらずそれか……パイルバンカーかよ。お前は変わらねぇなァ……シャルロットさんよぉ」

 

 猛烈な勢いで風を切り、迫るダインスレイヴ。

 至高龍はそれを、振り向きもせずに対処した。

 

 剣山のように刺々しい、背中。そのおびただしい数の鋭角上のパーツ――ヒレの先端。

 そこからビームが発射された結果として鉄杭は溶け、蒸発させられてしまう。

 

 背中も妙に尖っていると思ってはいたが……そんな、無茶苦茶な使い方までできるとは……!

 

「にしてもあれだな! 俺の至高龍に最初に突っ込んだ栄誉、褒めてつかわす! なんつってなァ!」

「な、に……?」

「ならば、覇王たる俺に刃向かった褒美を与えねばならなるまい!」

「褒美、だと……!」

「あぁ、そうだ! 一曲付き合ってくれよシャルロット・デュノア! お前は至高龍ではなく、この俺自らの手で葬ってやる!」

 

 奴はそう口にすると、同時。

 手招きをしつつ至高龍の胸元から瞬時加速を用いて、上空へと飛んで行った――!

 

 

 風を切り、優奈の覇王狼龍のテールブレードがダーク・ルプスを引き裂く。

 同時にキャノン砲が上空のエトワール二機を次々撃破。大量の武器を駆使し、次々と無人機を葬り去っていく。

 

「そしてこれで二十五機目ェッ!」

 

 地上では一機の同型機がソードメイスの質量攻撃によってすぐさま鉄塊へと変わっていく。

 

「私はこれで三十機! ふふっ、楽勝♪」

 

 異世界の私はというと、ヴァイオレット・ヴェノムの非固定部位。そこに搭載された大型クローアームを巧みに使い、次々とエトワールを撃墜していっている真っ最中。

 

 今なんて投げつけられた下半身を掴み、そのまま返すといわんばかりに上半身へと投げ返して衝突事故をおこさせている。

 

 よくまあ、そんな器用な使い方ができるねって、思わず関心してしまった。

 

 ほんとに、体は私と同じ「鏡ナギ」のものなんだろうか――なんて、思わずにはいられない。

 

「あぁもう、なんでそんなに倒せるかなぁ!?」

 

 圧倒的なスピードで機械人形の屍の山を築きあげていく二人にぼやきつつ、目の前のエトワールへと牽制射撃を仕掛ける。

 

 一応、エトワール自体はパリで戦っていたし、どういう戦法をとってくるのかはある程度知ってはいた。

 だから何発かは当てることはできたし、ある程度は役に立っていたとは思うけれど……。

 

「優奈、これで――」

「ラストっ!」

 

 背中合わせに二人は構え、最後まで生き残っていたダーク・ルプスを、それぞれの得物で真っ二つにしていく。

 これで正真正銘、無人機軍団は全滅。第一アリーナは鉄屑の残骸まみれで足の踏み場もない有様だった。

 おまけにその前の、目の前の二人のケンカで壁は崩れ落ちている有様。

 

 これ、しばらく使い物にならないんじゃないかなぁ……?

 

「ねぇ、そっちの私」

「え、あ……はい!?」

「射撃、なかなか良かったわよ。GJ」

「あ、ありがとう……」

 

 微笑みとともにサムズアップされた事や、四天王なんて圧倒的な強者に褒められたこと。

 それはうれしいんだけど――でも、自分と同じ顔の人に褒められるってなんか、変な気持ちがする。

 なんだろ、まるで自画自賛しているみたい。

 

「あーあ……私の負――」

「何言ってんの? 試合はまだ終わってないじゃない」

「――え?」

 

 戸惑いの声をあげたのは、私も優奈も同じだった。

 だって、もう無人機はいないのに――。

 

「ほら、あんたのボーナスステージ。あれ倒したら一億点あげる」

 

 どうにも意図をつかみかねていた私達へと、もう一人の私はヴァイオレット・ヴェノムを通じてウインドウを空中に投影。

 

 そこにあったのは――。

 

「あれって……安崎!?」

「なに、あのドラゴン……!?」

「さぁ? そこまでは私も。余所見運転してたわけじゃないし」

 

 私達の質問はそっけなく、冷たく返されてしまったが、実際確認なんてしてる暇はなかった。

 あのドラゴンについては、リアルタイム映像からの情報以外は何もわからないけれど――ヤバいのだけは、間違いなく伝わってきた。

 

「で、行くのか行かないのか……早く決めなさい」

「さっき一夏にさ、あんたに安崎殺すのは譲るって言ったりしたけど……」

「けど……やっぱやめるって?」

「というか、明らかに私も行かなマズいじゃん、あんなの。どう考えても、普通のISじゃない」

 

 二人会話しつつ、優奈は覇王狼龍をかつてパリでそうしたようにバイクモードへと移行。展開されたメットを被ると同時に跨っていく。

 

「まだ敵機が来た場合は――」

「分かってるわよ。私とヴァイオレット・ヴェノムが全て壊してやるっての」

「それなら安心だね――あ」

 

 あとはグラウンドの転移装置に向かうだけっていう状態になった優奈だったけど、急に何か思い出したようで、呟く。

 

「私が勝ったらナギ、デートしよう!」

「は……? それ今言う必要ある?」

「あるよ! 私が勝って戻ってくる! そのモチベ上がる!」

 

 今まで見せたことのない、眩しい笑顔を向けてくる優奈。なんだろ、パリで会ってからこんな顔したっけ――とか思っちゃうレベルには、別人みたく明るい。

 

 それを見せられたもう一人の私は、呆れたのか、つられたのか。

 とにかく微笑を浮かべると、口を開く。

 

「はいはい。勝ったら映画でも買い物でも遊園地でも、いくらでも付き合ってあげるわよ」

「約束だからね!」

 

 最後に言い残すと、もの凄い速さでバイクは第一アリーナから飛び出していった。

 

 その、直後。

 

「もっと、優奈と一緒にいたかった」

「え?」

「この身体の持ち主がね、最期に思った事よ。ほんとに最期の最期だってのに……何考えてたんだか」

 

 ぽつりとつぶやいた、言葉。

 それにどう返せばいいのか、私にはわからなかった。

 死の間際なんて経験していないし、優奈と会ったのもほんの一週間前。当然私は死体人形じゃない。

 

「まぁ私が叶えても、意味はないかもしれないけれど」

「きっと――ううん。絶対あるって!」

 

 けど、それだけは理屈を抜きにしても断言できた。

 だって、親友にあれだけの笑顔をさせたんだもの。

 

 それを意味がないなんて言うのは、きっと死んでいった別世界の鏡ナギに失礼だと思う。

 

「そっか……ありがと」

 

 私の言葉に、もう一人の私がどう考えたのか。正確なところは同じ人間じゃないからわからない。

 けど、そっと笑ってそう言ってくれた以上は。好意的に取られたには違いない。

 

 それがなぜか、妙に嬉しく感じていると――。

 

「ったく、あいつが帰って来るまで、優奈の昔話でもしてあげるつもりだったのに――」

 

 光とともに、再び無人機の軍勢がこっちへと送り込まれていった。

 

「空気、ほんっとに読めないわね!」

「ほんとうにね……安崎ってやつは、昔からそうだったの?」

「当り前じゃない。今まで攻め込まれてるんだし、わかるでしょ?」

「それもそうだね」

 

 なぜか世間話をする感じで、目の前の敵を眺めながら会話を続ける。

 

 そして――。

 

「さて、もうひと頑張り――いくか!」

 

 私達の更なる戦いが、始まった……!

 

 

「まさか、君からダンスのお誘いを受けるなんてね。思ってもみなかったよ」

「この身体になって変わったんだよ! もう俺はクラスの端で虐められていた俺じゃねぇ!」

 

 展開したソード「アルタイル・エッジ」と、クロノグラフの七色に輝く剣の鍔迫り合い。

 その最中、僕と奴は言葉を交わしていく。

 思えば一式――ううん、安崎とこうして会話したのは、()()()()()かもしれない。

 

 女の子として再び転入しなおした直後、見かねて訓練に誘った――あの時の。

 

「お前からのダンスのお誘いは、前にそういや断ったことがあったっけなァ!」

「君が一方的に……ね!」

 

 口を動かしつつ、同時にクロノグラフの胸部装甲へと蹴りを入れ、続けざま瞬時加速し距離をとる。

 ジャンヌは第四世代とはいっても全距離対応仕様のISで、向こうはバリバリの接近戦特化型。

 

 まともに正攻法で撃ち合って、勝てる相手じゃなかった。

 

「ってか、僕が誘ったのは踊り方のレッスンだった気がするけど!」

 

 言いつつ、展開したガルムと周囲に浮かせた剣での波状攻撃。

 しかし、安崎はこちらと同じ能力で相殺。さらには増量した剣をお返しとして投げつけてきた。

 

 いくら偽骸虚兵になっていた僕との戦いで一度味わったとは言っても――やっぱり、躱しづらい攻撃だ……っ!

 

「くっ!」

「レッスンだァ? よく言うぜ!」

 

 怯む僕に、ピンクに光った剣の一振りで発生した不可視の斬撃波――甲龍の「衝撃砲」とおなじものだ――が迫り、右の非固定部位が粉々に砕け散る。

 

 これじゃあ、推力とバランス制御……その両方がっ!?

 

「優しい僕ちゃんをアピールするために、俺を利用しやがった癖にッ!」

 

 奴の怒りはまだ収まらなかったのか。続けて刀身は青く発光。ビット変わりの光弾が大量に展開されていくと、全身へとくまなく襲いかかっていく。

 躱そうにもあまりの量と、半壊したジャンヌ。

 とてもじゃないけど、できるはずもなかった。

 

 最低限は展開したシールドで防ぎはしたものの、次に脚部の装甲を穿たれ、さらにスラスターを破壊されてしまう。

 

「施しを与えてあげる優しい子。そう思われたい腹積もりだったんだろうが!? 一夏の気を惹くために!!!」

 

 まだも叫び、今度は剣は薄灰色に発光。

 全身にいきなり増設されたミサイルが遅いかかり、そして――。

 

「俺はそんなお前の偽善が大嫌いだった!!! だから殺してやったんだ!!!」

「――僕も、お前なんか嫌いだよ」

 

 最後にそう言い返した途端、全弾が着弾。

 シールドエネルギーが、残りたったの一桁となり。

 

 推進機能とPICをすべてだめにしてしたジャンヌが、推力を失って落ちていった――。

 

 

 仲間が落ちるその瞬間を、私は至高龍との戦闘の最中に見てしまった。

 

「シャルロット――くそっ!」

 

 助けに行きたい。

 たとえ強制帰還システムがあるとはいっても、万が一という事は容易にあり得る――なにせ、相手はあの一式白夜なのだから。

 

 だけど、至高龍の圧倒的な火力はそれを許さなかった。

 

「まだ、だ……よっ!」

 

 悔しさに歯噛みしていた、そんな時だった。

 

 シャルロットのそんな言葉が通信越しに聞こえてくると、あいつは量子空間にあったであろうすべての武器を放出。至高龍の周囲に並べていく。

 

 そして――。

 

「最後のお返し、だよ……!」

 

 すでに倒していたと、至高龍の方は狙わないと安心しきっていたのだろうか。

 それとも――覇王障壁で防げばいいと思っていたのか。

 

 どれかは定かではないものの、全弾が命中。しかし、非対称性透過シールドがダメージを防ぐ。

 

「悪いけど、アンコール……だ!」

「おっと、そいつァ却下ァ!」

 

 しかし本命かに思われたネクロ=スフィア展開の第二陣。それらはすべて、先ほどのように全身の火器により蒸発させられてしまう。

 届かない、のか……!?

 

「とどめ、だ……」

 

 だが、そんな状況にあっても。シャルロットの顔はまだ絶望に沈んではいない。

 その答えは、あいつの最後の呟きとともに出現したものにより、容易に理解できた。

 

 ――ダインスレイヴ発射型。

 

 それが、ネクロ=スフィア展開によって至高龍の頭部。その目と鼻の先へといきなりの出現。

 

 今度はさっきと違い、反撃はされないであろうことを考えると――今度こそっ……!

 

「いける……!」

「ネクロ=スフィアか。愚かなり!」

 

 だが奴は余裕の笑みを崩さず、妙なことを口走ったかと思うと……。

 

「霧……!?」

 

 そう、一夏の発した通り。

 急に至高龍の全身からは、毒々しい色をした霧のようなものが出現。

 害なす鉄杭へと、浴びせかけていくと――。

 

「消え、た……!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何が、起こって――!?」

「――単一仕様能力『覇王瘴気』」

「な……!?」

「それによりネクロ=スフィア展開した武装を無効にし、破壊した」

 

 予想外にして、最悪の能力。

 それが、奴の口から語られていく。

 

 私達の最後の切り札にして、起死回生の一手。それこそネクロ=スフィア展開に他ならない。

 なにせ手札をありもしないところから増やせるのだから。

 

 圧倒的な戦力差になればなるほど、その凄まじい奇襲性から有用さが上昇していくのに……実質的に使用を封じられた、だと!?

 

「この戦場で、覇王たる我以外に心意の力を使う事は罷りならぬ! なんてな……あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 

 不愉快な嗤い声が響く中、歯噛みする。

 奴は言った、この機体は負のネクロ=スフィアが生み出した最強の無人機だと。ならば確かに、私達のそれを封じたとしても、なんら不思議なことはないではないか。

 

 おまけに奴は、新宿での戦闘でネクロ=スフィア展開によって煮え湯を飲まされていたのだ。それも二度。はっきり言って、対策を取らない方がどうかしている。

 

 クソ、どうして……どうしてそこに、気が付かなかったのだ……!

 

「消えろ、シャルロット・デュノアッッッ!!」

 

 後悔と、急激につらい感情が心を占拠していく中。奴は叫ぶと同時にジャンヌの能力を使用。

 

 大量の剣が降り注いで、ブロンドヘアの少女に直撃していき……。

 

「箒、あとは君たちに任せた……」

「シャルロット!」

「シャルッ!」

「必ず、至高龍を倒してね……!」

 

 儚げな微笑みを最後に、私達へと残していくと。

 

 シャルロットはその体を粒子に変え、消えていくのだった――。



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消える風、灯る焔

 シャルロットの撃墜後、にわかに静かになった戦場の中。

 一式の嘲笑交じりの叫びが響きわたる。

 

「見たか篠ノ之箒! 織斑一夏! アリーシャ・ジョセスターフ!」

 

 やけに薄気味が悪く、まるで憎悪がそのまま音という形をとってこの世に出てきたかのような。

 そんな声、だった。

 

「あの優等生ぶってたシャルロットが……おフランスの代表候補生サマが、手も足も出ずにこのザマだ! 俺に傷のひとつも付けられずにな!! つまり、今の俺からするとゴミ屑も同然ってわけだ!!!」

 

 鈍い黄金の輝きを宿す瞳は妙に煌いて、残忍な笑みと相まって異様な雰囲気をさらに加速させていく。

 そんな貌のままで、奴は続けていく。

 

「怖いだろう、逃げ出したいだろう!? 腹が立つだろう!!? だがな……かつての俺には、テメェらIS乗りは全員、こう見えていたんだよ!!!!」

「何が言いたい……サね?」

「言葉通りの意味さ。俺の身体はテメェらも知っての通り、低出力だった」

 

 アーリィ先生の言葉に呼応して奴はそう口にすると、続ける。

 ――怒りに満ちた声音で。

 

「それを通じて代表候補生や世界最強の弟を見ればな、こんな風に見えていたんだよ! さぞや楽しかったろうな!? ハンティングゲームはよ!!」

「だからって……私達は、最初からお前を……!」

「よく言う!!」

 

 私の言葉を力強い叫び声で遮る、一式。

 そのあまりの迫力と怨嗟の混じった声に怖気づいていた私を一瞥すると、奴は続ける。

 

「俺を見ずに、どいつもこいつも一夏一夏一夏一夏! 俺なんか、興味の欠片もなかったんだろうが!?」

 

 怒りの咆哮はなおも続き、まくしたてるように一式の言葉が次々と吐き出されていくが――否定は正直、できない。確かに奴に興味はなかったし、消えろと、臨海学校の際に思った事は事実なのだから。

 押し黙る私へと、さらに叫ぶ声は届いていく。

 

「笑いものか添え物か、噛ませ犬にしか見ていなかったんだろうな! お前らがどう思おうと、俺にはそうとしか見えなかった! だから俺はこの力を手に入れた時、お前らに復讐すると決めた! 嘲る女共を嘲り返し、嬲り、蹂躙してやると誓った!!!」

「復讐だと……何の関係もない人間まで、巻き込むのがそうだというのか!?」

 

 さすがに反論せざるを得なかい内容が飛び、気づけば私は声を荒げる。

 だからと言って、何の罪もない学園外のIS乗りや戦う術を持たない一般人。

 果ては異世界の人間まで、殺していい筈がない!

 

「全IS乗りを皆殺しにして、一人残らず偽骸虚兵にしてやる! それによってISによって虐げられた俺の復讐は完遂する!!」

「狂っている……」

 

 こちらの言葉など意に介さず、奴の言い放ったもの。

 それはあまりに壮大で、醜悪で、残酷だった。

 確かに、奴の置かれた境遇はよかったものとは断じて言えない。劣悪だといわれれば首肯せざるを得ない。

 だが、ここまで、狂えるものなのか……?

 

「あ、あああ……」

「篠ノ之っ!」 

 

 そんな私の手を引き、至高龍のレーザーから回避するのを手伝ってくれた人がいた。

 風をすべて機動力に変換し、引っ張ってくれたその人は、世界最強だけど……。

 

「アーリィ、先生……?」

「しっかりするサね!」

「――ッ!」

「まだ、戦いは終わってないのサね。負けたらどうなるのか、知らないわけじゃないナ!?」

「でもあんなのに、どうやって勝てば……!」

 

 そうだ、勝てるわけがない。

 どんな攻撃も覇王障壁に阻まれ、虎の子のネクロ=スフィアもすべて覇王瘴気の前には灰燼に帰す。

 

 その姿はまさしく奴がIS学園で培ったトラウマ――つまり「負けたくない」という感情によって形成された、心の闇による強固な鎧。

 攻撃はすべて防がれ、次々と迫りくるビームの力押しによってジリ貧になっていく。

 

 いくらブリュンヒルデといったところで――。

 

「気持ちで負けちゃ、勝てるものも勝てないサ」

「それは……」

「だから今から、あれに一撃食らわせるのサ。無敵のISなんて存在しないって証明のために……ナ!」

 

 私を励ますように、そう言い残すと。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 アーリィ先生は、瞬時加速で跳ぶ――最後にして最強の、敵に向かって。

 

「無策の特攻か、ブリュンヒルデともあろうものが! 不様な!!」

「世界最強の特攻は、そんじょそこらのものとは違うのサね!」

 

 言うだけのことも、世界最強の座に上り詰めたという事もあった。

 アーリィ先生は奴が新たに至高龍のウィングバインダー。そこに展開したミサイルと、全身から放出される赤いレーザー。

 

 それらをすべて風の攻撃でいなし、そして――。

 

「懐に飛び込みさえすればナっ!」

「なるほど、確かに違うな――だが! これはどうだ!?」

 

 次に、奴がしてきたこと。

 それは剣を青く光らせ、さらに棘を飛ばしての超密度のオールレンジ攻撃。

 さすがに、これは――と一瞬思ったが、気づく。

 

 こんなところで撃てば!

 

「この位置取りで、撃てるのかナ!?」

 

 一瞬で、ありえないほど狼狽した顔を浮かべる一式だったが、すぐに舌打ちと共にレーザーを発射。

 器用に躱され、いくつかは覇王障壁に着弾。その効果が消失するが――。

 

「やはり、すぐ回復するのサね……」

 

 そう。アーリィ先生がつぶやいた通り、すぐに障壁は再展開。再びすべての攻撃に対して耐性を得る。

 

「小癪な……つまりお前は、惨たらしい絶命がお好みってワケか?」

 

 そんな中、未だに苛立ちを隠せないままの一式が口にすると。

 

「できるモンなら、やってみるサね」

 

 すぐさま、アーリィ先生からの返答。それと同時に連続瞬時加速。

 至高龍の股から上へ上へと駆け上がろうとするが――。

 

「あぁ、やってやるとも!」

 

 一式のそんな言葉と同時、剣は橙色に明滅。再び、ジャンヌ・ダルクの能力が使用可能となっていく。

 しかも、今度は――。

 

「ダインスレイヴ!?」

 

 そう、つい先程シャルロットが切り札にしていた鉄杭が、発射される武装の中に混じっていたのである。

 

「くっ――!? さすがにそいつは――」

「こっちがいいんだろ? 分かってるよォ!」

 

 ダインスレイヴは、あくまで餌に過ぎなかった。

 開始した地点に対し、奴は大量の剣を投擲。まるでマジックショーの箱のように、世界最強の愛機を襲う。

 次々と剣は四肢の装甲を穿ち、非固定部位をずたずたに破壊され。しまいには、どんどんと装甲が粒子となって消滅していく。

 

 この、ままでは――! 

 

「まだ――サね!」

 

 言葉とともに、投げ込まれた閃光弾。

 おそらく先生は、あの光の中でネクロ=スフィア展開をする気なのだろう。

 

 だけど、そんな事をしたところで――!

 

「何も学ばねェとは、バカが! シャルロットの時のを見てなかったのか!?」

 

 悔しいが、一式の言う通りだった。

 奴が至高龍に銘じて吐きかけた霧――覇王瘴気が閃光弾で隠された中へと伸びていく。

 

 あれに浴びれば、最後。

 

 ネクロ=スフィアはすべからく溶かされてしまうというのに、何故――!?

 

「見ていたから、こうしたのサ」

 

 しかし、誰もが思った予想は裏切られていった。

 

 光の中から現れたのは、テンペスタを纏ったアーリィ先生。

 投げ込まれた風の弾丸が覇王障壁を作動させ、続けざま構えた風の槍が至高龍の胸を穿つ。

 これで初めて、至高龍にダメージが与えられたが――でも。

 

「どうして、覇王瘴気が……!?」

「……最初に展開した方が、多分ネクロ=スフィア展開だったんだ」

「――ッ!?」

 

 離れた位置にいた一夏から、通信で届いた言葉に絶句する。

 なるほど、確かに普通ネクロ=スフィア展開はあとに使用する、いわばセカンド・チャンスのようなものだ。それを先に使うなんて、普通は思いもしない。

 

 さらに言えば、奴は至高龍などという化け物を従えて完全に慢心しているし、さらに言えば頭もいいとは言えない。まさかそんな、万が一の可能性を考えなどはしないだろう。

 

 しかし――。

 

「お前、いつ変えやがった――?」

「べらべら無駄話をしている間サ。こっちに注目していなかったお前の不手際サね! この間抜け!」

 

 言葉と同時、今度は胸部の真正面へと躍り出たアーリィ先生の更なる攻撃。

 それにより、正面のクリアグリーンの装甲は粉々に砕け散ると――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの、球体は――!?」

「障壁を使う際、胸が光っていたのは設計ミスだったナ!」

 

 装甲が抉り取られ、露出した球体――曰く、覇王障壁の発生部。それに対しアーリィ先生は全力の風の剣の投擲。

 いまだバリアの回復しきっていない至高龍、その胸部に不可視の剣は直撃。

 無敵の盾の発生源は粉々に粉砕される。

 

 よし、これで――!

 

「楯がなくなってしまえば、なんとでもなるサね――ぐぅぅぅぅぅっ!?」

 

 一矢報い、勝ち誇ったように言い放ったアーリィ先生だが、しかし。

 突如としてテンペスタから強烈なまでのスパークが迸り、苦痛に喘ぐ声を発してしまっていた。

 

「どう、して……?」

「覇王障壁が破壊された時、新たに単一仕様能力『覇王断罪』を発動する事ができる」

 

 受け入れ難く、そして理解のできない現実。

 それに対し、ご丁寧にも奴は能力の発動を宣言することで返してきた。

 いや、発動宣言だけじゃない。わざわざこっちの機体に詳細まで送りつけてきた。

 ――まるで絶対に突破できない事を知らしめてやると、言わんばかりに。

 

「ダメージの、倍返し……?」

 

 覇王断罪。

 

 至高龍アーク・レイに対するシールド・エネルギーへのダメージが発生した場合に発動。その数値の倍だけ相手にダメージを与える事ができる。

 

 そう、奴から送られた文面には書かれていた。

 

「どうすれば……!」

 

 さすがに第二の防護壁は予想していなかったが、それは一夏も同じだったみたいだ。私のすぐ隣で、苦しげに呻きだす。

 

 だが、無理もないだろう。

 いくら零落白夜なら大ダメージを与えられるとはいえども、あの巨体のライフを一気に減らすほどではないのは誰だって分かる。

 覇王断罪の効果によって跳ね返され、一撃で返り討ちに遭うのが関の山だ。

 

 そして他の――私のものを含む、雪片以外の武器で攻撃したところで、ほんとうに微々たる量のシールドエネルギーを削り取って終わり。

 こんなの、勝てるわけが――。

 

「障壁を割ったところで、勝てると思ったか? ――笑止!!!!」

「うぁ……」

「胸が光るのが欠点だと? 違うな。わざと希望を与えてやったのサ。お前らに勝てるって錯覚させるために意図的に、まやかしの希望をナ――。あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 

 一式の言葉のすぐ後に聞こえてきたのは、とても世界最強のものとは思えないほどの弱々しいうめき声。そして再び、奴の楽し気な嗤い声。

 それと同時に、どさりという音とともにテンペスタはコンクリートにその身を打ちつけていく。

 

「あ、ああ…………」

「箒……!」

「無理だよ、こんなの……」

 

 そう、無理だ。

 私達の手札で、あれを倒す手段なんて……!

 

「さぁて……お次は! お前に死んでもらおうかァ。篠ノ之箒!!」

「あ……」

「安心しろよ。お前の偽骸虚兵は大事に扱ってやるさ。あちこちの一夏を絶望させるのにはこれ以上とねぇ素材だものな!」

 

 光の奔流が、やけにゆっくりと迫る中。

 私は、なぜかぼんやりと考えてしまっていた。

 

「箒ッ!」

 

 あぁ、安崎の言う通りだろうなぁ……。私のことを、あいつは大事にしてくれていたのだから。

 今も名前を呼んでくれた事が、何よりの証拠だ。

 

 だけど、できれば幼馴染としてじゃなくて、友達としてじゃなくって――。

 

「教師として、教えておくサね」

 

 目を瞑り、最期の瞬間に対して覚悟を決めた――その、瞬間。

 突如として何かに粒子ビームが着弾する音。そして直後に、そんな声が聞こえてくる。

 

「アーリィ、先生……?」

「強敵との戦いでは、たとえシールドエネルギーが1でも、諦めるナ」

 

 やがて声が聞こえなくなり、光が晴れる。

 すると、そこには。

 

「あ、ああ……」

「死に損ないが……!」

 

 もう、アーリィ先生の姿はなかった。

 

「だが、これでお前を守る盾はもう、いなくなったなァ!? えぇ!?」

 

 再び静寂に包まれる中、響く奴の声。

 それが、妙に小さく感じられる。

 だって――。

 

「これで、終わりだァ!」

「まだ、終わりじゃない!」

 

 叫び声と共に放たれた、至高龍の主砲たる頭部キャノン。

 そこから放たれた粒子ビームを、空裂のひと薙ぎによって切り払う。光の軌跡は真っ二つに折れ、後ろのほうの建物を粉々に破砕していく。

 

「私は――戦う!」

 

 そう、戦う。

 じゃなきゃ、何のためにセシリアとラウラがここまでの血路を開いてくれた? 何のためにシャルロットが奴に戦いを挑んだ?

 何のためにアーリィ先生が覇王障壁を破壊し、そのうえで庇ってくれた?

 ここで負けては、何にもならないではないか!

 

「お前に殺されるくらいなら――自分でこの首を刎ねる!」

「ふざけるな……ふざけるなッ!」

 

 怒りの咆哮。同時に飛ばされていくいくつもの棘。

 そしてそれらは背後から回り込み、紅椿へと攻撃を仕掛けようとする。

 

 もちろん反撃すればダメージは免れないが、かといって当たってやる気はない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 スラスターに点火し、逃げる。

 

「そこっ! ――くっ!」

 

 いくつかのビットなら破壊しても大丈夫だと思い、どうしても躱せないものはダメージ覚悟で破砕。破壊後、しばらくして襲ってきたダメージは直後に絢爛舞踏で回復させ、少しでも損傷を軽減させていく。

 

「箒を、やらせる……か!」

 

 一夏も同じだった。躱し、皆から託された武器である程度は破壊し、必死の抵抗を続けていく。

 

 しかし――それでも。

 

「――ッ!?」

「俺が殺すと言ったら殺すんだよ! 逃げる!? ふざけやがって!」

 

 さらに奴が展開したビット。

 その一部は高速で私たちの死角へと近づくと、目と鼻の先に銃口を向けてくる。

 

 ここ、までか――!?

 

「――ふざけてんのはお前だ、このゾンビ野郎!」

 

 そんな時だった。

 突如としてそんな声がしたかと思うと、続けざまに粒子ビームの発射音が耳朶を打つ。

 

 そしてわずか一瞬で、目の前の大量の遠隔操作端末は粉々になって消滅した。

 

「ゆう、な……!?」

「悪いね、遅くなった」

 

 金の髪を風になびかせ、一人の少女が私へと微笑みを向ける。

 

 その身に纏うのは、銀と黒のIS。

 

 尻尾が臀部から生えて、さらに非固定部位は巨大なドラゴンの翼を模したものとなっている。

 まるでその姿は、御伽話に出てくる竜人。

 パイロットも四天王を倒したほどの腕前である以上、この状況では頼もしい存在であるのは間違いなかった。

 

 だが、なぜこいつが――!?

 

「そのISは、というか、傷は大丈夫なのか……?」

「サードシフトして、回復したからこっちに来た。ちょっと、倒さなきゃなない理由もできたしね」

 

 龍のような一機のISを纏った優奈はそう言ってから、手にした剣を至高龍へと向けていくと――力の限り、叫んだのだった。

 

「覇王狼龍アクシア・フリージア! お前のドラゴンを倒して、一億点獲得しに来た!!」

 



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奇跡、今悲劇を超えて

「悪いね一夏、箒! ちょっと理由ができてさ、あのドラゴンは私が頂かせてもらうぜ!」

「神崎優奈! テメェはすでに敗北への階段を上り始めている!」

「へぇ……気取ってる言い回しなんかして。ポエムでも始めちゃった? 安崎君?」

 

 理由というのが何なのかは分からないし、至高龍は超強敵である以上、倒せるのならば誰でもいいとすでに思ってはいた。

 だが、一式の放った言葉も、決して間違いではないのだ。

 なにせ至高龍にダメージを与えてしまったという事は、あの能力の発動。その権利を与えてしまったのだから。

 

「覇王断罪、発動!」

破壊魔鏡(ダイクロイックミラー)ァァァッ!」

 

 案の定一式は発動を宣言。アクシアへと与えたダメージの二倍の衝撃が迫るはずだったが、その直前。

 優奈は龍の翼を模した非固定部位、その先端のクリアパーツからホワイトウィングと同じ力を発動。奴の作った眷属機同様に単一仕様能力を無力化し、さらに反撃として衝撃波が覇王断罪の発生部へと迫る。

 そして。

 

「そこが、発生源だったのか……!」

「よし……これで至高龍の防壁は、全て破壊したッ!」

「つまりあいつは、もうただのデカいだけのデクの坊ってわけよ!」

 

 至高龍の頭部。

 その額にある群青色のクリスタルを、粉々に打ち砕いた!

 

「この覇王狼龍はお姉ちゃんの作った全ての機体の結集体! あんたなんかに負けるほど弱くなんか、ないッッッ!」

 

 堂々と宣言しつつ、優奈は背部キャノンを展開、至高龍めがけて発射。ドラゴンヘッドこそ破壊できなかったものの、砲口と片目をつぶすことには成功する。

 

 これなら――と、思った矢先の出来事であった。

 

「クククッ……姉妹揃って、絶望の扉を開けるのが趣味とはなァ……」

 

 覇王断罪を無力化されてから、なすがままにされていた一式。

 しかし、砲口を潰された途端に、なぜか余裕たっぷりの表情を浮かべるとそんなことを口走る。

 何が、そんなにおかしい……?

 

「何が言いたい?」

「あんたの至高龍は、ただの砲台じゃない、もう」

 

 一夏が問い返し、優奈がそう言うが実際その通りだ。

 もはや断罪も障壁もなく、先ほどからこちらの攻撃は通り放題となっている。

 厄介な点は多すぎるビーム砲くらいなものだが、それさえもなんとかならない訳では決してない。極論、先ほどのアーリィ先生のように接近し叩けば無力化できる。

 

 なのに、あの余裕は何なんだ――!?

 

「確かに、テメェらの言う通りだ。もうデクの坊さ……()()()()()()

「まさかあんた!?」

「覇王断罪が破壊され、また至高龍のシールドエネルギーが半分以下となった時、アーク・レイの最後の単一仕様能力『覇王合神』を発動できる!」

 

 漸く希望の見えてきた私たちに対し、奴はダメ押しの絶望を与える。

 そう言わんばかりに、新たな発動を宣言した。

 

 障壁、瘴気、断罪に続く、四つ目の単一仕様能力だと――こいつ、そんなに持っているなんて……!

 

「次から次へと……!」

 

 怒りが漏らした言葉、それが吐き出されている間にも、至高龍の最後の特殊能力が発動されていく。

 だが正直、起きたことは理解はできても……微塵も、納得は出来なかった。

 胸の破損部位に入れた脚が、まるでオーブンに入れたチーズのように溶けて至高龍と一体化していったのだ。

 

「合体しただけ……!?」

「バカが! まだ終わりじゃねェ!!」

 

 それと同時、至高龍は大きくその姿を変えていった――まるで今までのが、前座とでも言わんばかりに。

 

 両側面に展開された、禍々しい紅の光翼。

 それが生えると同時、半壊したウィング・バインダーは内側から粉々になって破砕。崩れ落ちていくスクラップが音を建てて地面に散らばっていく。

 続けて片の目が潰され、さらには頭部クリスタルすらも粉々に砕け散った頭部。それも、新たに生えてきた鋭角的なものへと変更。

 胸部の傷跡も、一式との接合部を覆い隠すように新たに漆黒の装甲でコーティング。さらに続いて、全身にやたらと刺々しい増加装甲が癒着されていく。

 

「これぞ、全てのISの頂点に立つ最強の機体――その真の姿」

 

 最後に全身ありとあらゆるところから新しい棘が生え、エネルギーラインの色が緑色から、血を思わせる赤黒いそれへと変わっていくと――!

 

「その名も、天帝機アルティ=メシアであるッッッ!!」

 

 倒すべき、最後の敵。

 それが名乗りを、あげた――!

 

「さしずめ今までが防御モード、こっからが攻撃モードってところか……」

 

 優奈の呟きは、おそらくは真だろう。

 至高龍の豊富な防御能力と火砲、それらに物を言わせてこちらの手札や兵力を削るだけ削る。

 そうして刀折れ矢尽きたところに、攻撃形態である天帝機をぶつける。

 なるほど確かに、勝つためには合理的な手段ではあるのだろう――個人的には、物凄く気に食わんが……!

 

「貴様らにこの天帝機を攻略できる希望など、万に一つもない!」

「黙れッ!」

「覇王って名前被ったのが、そんなに嫌なのかっての!」

 

 言葉と同時、一夏と優奈はそれぞれの持つ遠距離武器を一斉射。

 白式のミサイル、カノン砲、BTビット、そして衝撃砲。

 アクシアの隠し腕まで含めたライフル4丁、背部キャノン砲、さらにはブラックリヴェリオンのものと同じ、電撃による攻撃。

 さらに私の、斬撃の軌跡によるエネルギー波。

 

 それらが、一斉に襲いかかるが。

 

「――単一仕様能力『天帝結界』」

 

 いくら攻撃形態と言っても、至高龍の進化形態。ましてや使うのは一式である。前の機体における覇王障壁と同様、天帝機にも防御手段は完備されていた。

 

 着弾の寸前、天帝機の周囲には薄緑色の半透明な膜じみた何かが出現。

 それは私達の攻撃のすべてを弾き返し、本体に対するダメージを完全に消失させていった。

 

「だけど、破壊魔鏡で――」

「先に言っておいてやる。天帝結界ある限り、天帝機は相手ISの効果を受けねェ!」

「な……!」

 

 絶句が一夏の口から洩れたが、仕方のない事だ。

 あれがある限り、あいつの切り札――零落白夜はただの光剣に成り下がり、一撃必殺の威力を叩きこめなくなってしまうのだから。

 

「……どこまでチキンなんだ、この野郎ッ!」

 

 続ける形で、忌々し気に呻く優奈。

 だが、それよりも私が注目していたのは――。

 

「奴の、足元を見てみろ……!」

「足元――ッ!?」

 

 優奈の言葉尻が詰まってしまったのを、不思議に思うものはこの場に誰もいないだろう。

 なにせ、天帝機の足元にあった、毒々しいまでに赤い渦。その中から、次々と現れたのは――。

 

「セシリア、ラウラ、シャルロット……簪」

 

 偽骸虚兵にされた、かつての友人達。

 

「ロランにベルベット……クーリェ。コメット姉妹まで……!?」

 

 一夏が言った通り、脱出艇に派遣された各国の代表候補生たち。

 

「四天王……お姉ちゃん――!?」

 

 そして、神崎零率いる四天王が。それぞれの機体を纏い、蘇ってきたのだから。

 

 唯一ヴァイオレット・ヴェノムだけはいないものの、それでも脅威である事には変わりなかった。

 

「単一仕様能力『天帝傀儡』! これにより、今まで俺が従えてきたクソ女共の人形を召喚した!!」

「最後の最後まで――!」

 

 怒りの言葉を吐き出す一夏と、一式の説明。それらに呼応するように、天帝機は咆哮。

 それと同時に、敵の偽骸虚兵の軍団はこちらへと一斉に瞬時加速。いきなり数の差で圧殺せんと迫る。

 

「そしてこいつらが存在する限り、天帝結界は絶対に破れない!!」

「へぇ……自分から弱点を教えるとはね!」

 

 ギリ、と歯ぎしりしてから優奈が狙った相手。それは眷属機ダーク・ルプス・レクス――すなわちあいつの姉、零。いくら形だけの人形とはいえ、家族をいいように使われて黙っていられないのだろう。

 瞬く間に背部のキャノン砲が咆え、異界から呼び出された眷属機は再び灰燼に帰す――筈だったが。

 

「これは――!?」

「まぁ、何かあるとは思っていたけどさ……」

 

 一夏の戸惑いと、冷や汗をかきながら返答する優奈。

 そんな二人の前では、赤い渦から再びダーク・ルプス・レクスが召喚され、何事もなかったかのように戦列へと加わっていく姿があった。

 

 恐るべき光景に絶句する私達に対し、奴は悪辣な笑みを浮かべながら口にする。

 

「天帝機ある限り人形どもは再生能力を得る。そして人形どもが一人でも生き残ってる限り、天帝機は天帝結界で守られる!!」

「つまり、絶対勝てるとでも言いたいワケ!?」

「違うって言いてぇのか!?」

「ああ、違うね! なぜならばッッッ!!!」 

 

 そう言って優奈は闘志に満ちた光をそのオッドアイに宿すと、天帝機へと視線を向けてから続ける。

 

「覇王となったアクシアは、ハイパーで無敵なんだから!」

 

 言い切るとすぐに隠し腕の右にアクシアのライフル。左にここに来るまでに拾ってきたのか、ホワイトウィングが使った大剣。

 それらを持ち、苛烈なまでの攻撃準備を整えていく。

 

「殲滅力の高い私が、全部ぶっ倒す! だからあんたが、あんたたちが本丸を倒せッ!」

「だが、再生……」

「無限なはずないし、再生にだって時間がかかる! その隙をついて倒すしかないでしょ?」

「それに、どのみち戦う以外の選択肢はねぇだろ、箒」

「ああ、そうだな……二人とも」

 

 一夏と優奈と共に、私も武器を構える。

 そうだ、今までだって抜け道があったのだ。

 だから今回だってきっと……いや、必ず何か、勝てる手段があるはず。

 

「行くぞ、一夏!」

「ああっ!」

 

 諦めて――たまるかッッッ!

 

 

 蘇ったルプスレクスの頭部を砕いて沈黙。続けて奪い取った超大型メイスを投擲、すぐ近くに陣取っていたホワイトウィングを叩き潰す。

 これで単一仕様能力も、しばらくは使える!

 

幻影(トリーズン)――叛逆(ファントム)ッ!」

 

 一番近くにいたグローバル・メテオダウンに強烈な電撃を浴びせかけ、その力の半分を吸収。瞬発的に増した戦闘能力でもって弱体化した敵を叩くと、続けざま捕食用ワイヤークローでオーランディ・ブルームを噛み砕く。

 

 

「うおりゃああああああああああ!」

 

 さらにダメ押しでテールブレードを超高速稼働。

 凶刃は迫りくる槍の大軍を複雑怪奇な軌道で躱してジャンヌ・ダルクに突き刺さり、そのまま第四世代機を質量弾にしてヘル・アンド・ヘヴンへとぶつける。

 

破壊(ダイクロイック)魔鏡(ミラー)ァァァァッ!」

 

 油断も隙もあったもんじゃないとはこの事か。

 背後から電撃攻撃を浴びせようと迫ったブラックリヴェリオン。それに対し衝撃波を浴びせて爆散。そのまま蹴りを叩きこんでからソードメイスで一薙ぎ。

 さらに隠し腕に持たせた超大型シザースで、迫ってきたスヴェントヴィトを真っ二つにする。

 

 正直悪趣味が過ぎると思うし、精神ダメージだってないわけじゃない。でも、今それを気にしていたら安崎に勝てるものも勝てなくなる。

 それに、こんな悲劇が続くのはもう嫌なんだよ。

 だから……だからっ!

 

「所詮、姿だけ!」

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 間違いなくこいつらには、偽骸虚兵と違って魂は入っていない。

 肌から髪の毛からすべてが黒に近い灰のモノトーンで、なんの言葉もしゃべらない。そんな形だけの真似っこ人形なんて、もう私の敵じゃない。

 だって!

 

「ナギやお姉ちゃんと闘ってたときのほうが、千倍辛かった!」

 

 叫び、今度は実弾ライフル。さらには背部キャノンを一斉射。

 先に倒し、そして今しがた再生を終えた人形達を一気に葬り去った――筈が。

 

「やっぱり再生スピード、早いな……!」

 

 舌打ちしつつ、今度は飛ばされてきたBTビット。それに瞬時加速で接近してきたレーゲン。それらを捕食用ワイヤークローで捕らえると喰らい成分抽出、単一仕様能力同士を融合。すぐさま幾つかの融合パターンが投影ウィンドウへと表示されていく。

 よし、こいつなら――!

 

「AICバインドビット、発射!」

 

 表示されていたパターンの一つ、動きを止める結界を作り上げるビット。それをすぐさま発射、漆黒の自律機動端末(BTビット)は人形たちを足止めしていく。

 

 けど、その瞬間。

 

 あいつが、動いてきた。

 

「――やっぱり、そうやってくるよねッ!」

 

 ミントグリーンの翼を広げ、放出されていく衝撃波。

 ちょうど射程圏内に入ったんだろう、せっかく作ったばかりのAICバインドビットは粉々に砕け散っていく。

 その発生源である、悪魔の四天王機――眷属機ホワイトウィング。

 正直一番厄介なあいつが渦から舞い戻り、再び戦線に復帰してきた。

 

「くそっ!」

 

 ここも破壊魔鏡の射程圏内である以上、留まっていたら捕食超越を行ったパーツ、つまりはワイヤークローまで粉砕されてしまう。

 見たことのない能力を沢山作れるこいつが、天帝機攻略の糸口になりうる以上。それだけは何としても避けなきゃいけない。

 そう判断し、連続瞬時加速で上空へと避難していくが――それが拙かった。

 

「――ッ!?」

 

 こっちがそう動くのはあっさりと読めたのだろう。逃げた先には、敵機が待ち構えていた。

 ヘル・アンド・ヘヴンと打鉄弐式のミサイルが唸り、それを躱して。続けざまに発射されたオーランディ・ブルームのワイヤーとダーク・ルプス・レクスのテールブレードを小刻みに揺れて回避。

 

「だったら!」

 

 お返しと言わんばかりにこっちもテールブレードを用意、攻撃態勢に移ろうとした――そのときだった。

 

「そんな手を、使うなんて!」

 

 わざとジャンヌの旗の攻撃を受けて吹っ飛ばされ、その衝撃を利用して通常よりもかなり早い速度で迫ってきたシュヴァルツェア・レーゲン。

 その手から発せられるAICを躱そうと、急速瞬時加速を行った。

 その、直後だった。

 

「――しまった!?」

 

 オーランディ・ブルームとシュヴァルツェア・レーゲン。

 それら二機はこっちの回避先へとワイヤーを投擲、器用にこっちの四肢をがんじがらめに拘束していく。

 

「クソ、ちょっとヤバいな……!」

「優奈!」

「まだ戦えるって!」

 

 かまうなと言う代わりにそう叫び、キャノン砲、隠し腕等のまだ動かせる武器を一斉にアクティベート。それらを用いて、接近してきた敵のいくらかを撃墜していく。レーゲンとブルームはこっちの死角に陣取っているのが最高に腹立つけど……それでも、何とかして見せるっきゃない!

 

「ミサイル――!?」

 

 だけど、そうそう甘くいくモンでもないのも――分かっちゃいたけど――確かだった。接近してきた敵機は、次々と私に対して千変鉄華じゃあ防げない代物――つまりは、実弾兵器を向けていく。

 打鉄弐式、ブルー・ティアーズを筆頭にミサイルやレールカノン、実弾ライフルにワイヤー兵器。

 それぞれの専用機に装備されている火器が次々と、覇王狼龍に向けて発射されていく。

 

 けどね……まだだッ!

 

「ぬおんどりゃああああっ!」

 

 取り急ぎ開放した非固定部位のスリット。

 そこから強烈な電撃を放ち、球形状のプラズマフィールドを強引かつ急速に展開。

 機体に着弾するほんの十数センチ手前で次々爆発が起こり、本体へのダメージを最低限まで抑え込んでいく。

 よし、攻撃は防いだ。次はこっちの――!

 

『ゆーなん!』

 

 そう思い、攻勢に出ようとした時だった。突如として次元間通信の映像ウィンドウに、見知った顔が現れたのだ。

 

「束さん!? どったの!?」

『覇王狼龍用の新装備、できた!』

「できたって……こんな早くできるモンなの?」

『束さんをあまり舐めんな、金髪。二人で作ればこれくらいでパパパっとだ』

 

 ちょっと理解不能な超スピードに戸惑ってると、画面に映る束さんが二人になった。

 後ろには私と知り合いの方が持ってきた、超高速成型機が映っている。

 まぁ確かに、あれを使えばすぐに出来上がりはするだろう。

 加えて超天才が二人になれば、それこそ二倍で済まないスピードでできるかもしれない。

 けれど――。

 

『もう一人の束さんの方は渋ってたけど、それでも説き伏せて作らせたんだよ! 私達の、勝利の鍵を!』

『お前の姉より、束さんの方が天才だってことを証明するためだからな。勘違いするなよ金髪』

「でも、どうやってこっちまで――!?」

『大丈夫! 出前をよこしたから!』

「出前?」

()()()()()()()()()なら、一瞬で次元転送可能なんだって……まったく、どんな技術力なのやら」

 

 その言葉と同時、鳴り響いたのは風を切る音。

 前後して、私に巻き付いたワイヤーが次々切断されていく。

 

 続けざま障害となっていたホワイトウィングとブルー・ティアーズ。その二機が大口を開けた、食虫植物の触手めいた「何か」に喰われて撃墜。

 生き残った敵ISの軍勢は警戒してだろうか、やや距離をとっていく。

 

 この、攻撃って――!

 

「どうして……ここ……に!?」

「死体人形は人間じゃないもの」

 

 来てくれたことは間違いなく嬉しい。

 だけど、しれっとそう言われると正直、複雑な思いはする。

 友達に対してそんな感情を抱いていると、ヴァイオレット・ヴェノムは捕食超越を発動。たった今撃墜時に成分採取した破壊魔鏡とBTビット。それらを組み合わせ、新たな力を融合させる。

 

「ベストマッチとはいかないけれど……まぁ、強いのができたわ!」

 

 呼び出されたのは、紫色のソードビット。

 ほとんどブルー・ティアーズのものと同じだけれど、刃はクリアグリーンの輝きを有しており、それがホワイトウィング由来であることを雄弁に物語っている。

 

「さぁて、行きなさい!」

 

 号令のもと、飛び交ういくつもの凶刃。

 敵も迎撃に出ようとするものの、片っ端から使われた単一仕様能力を爆破。出力を増して、無力化した相手を切り裂いていく。

 

 これで時間稼ぎは出来た。

 そう言わんばかりに向こうから近づき、拘束してきたワイヤーを次々大型ブレードで切り裂いていくと――。

 

「ほら、さっさと受け取りなさい」

「――うんっ!」

 

 聞こえてくる言葉に、思いっきり嬉しい気持ちを声に乗せ、応える。

 そうしてから大型のデータスティックを受け取ると、コネクタに突き刺して速攻でインストールを開始させていく。

 

 ――二人の天才が手がけた、最強の強化外装を!

 

 Infinite-stratos Burning-wing Option UNIT

 

 その文字列が空中投影ウィンドウに出現すると同時、インストールが終了。背中にまるで円形のユニットが背中へと取り付けられる。その左右には二対の矢印が付いていて、そして――。

 

「覇王双炎翼!!」

 

 その言葉と同時、矢印からは凄まじい勢いで紅蓮の焔が噴出。

 それらは翼を形作り、アクシアは炎を纏う機体となった!

 

「うおりゃあああああああああああ!」

 

 炎は動くたびに揺れ、進行方向上にいた敵を瞬く間に焼き尽くし、再生する度にチリひとつ残さず消滅させていく。

 最初こそなれなかったせいか、復活の方が早かったけれど……徐々に、こっちの焼くペースの方が早くなっていき、一度に戦っている敵の総数は減っていく。

 

 これなら、いくら蘇ってこようと!

 

「ナギ、テメェ!」

「あら? 私は運び屋やっただけよ? 恨むなら篠ノ之博士を恨みなさい。それとね!」

 

 さすがに看過できなくなったのか、安崎の奴。

 接近してくる箒と一夏ではなく、私たちの方へと注目を向けだす。

 

 そんな安崎に対し、あいつはねっとりとした笑みを浮かべると――。

 

「誰が好きこのんで、殺された経験ある相手に付き従うかっての! バァッッッッカ!!」

 

 中指を立てつつ、非固定部位から光の翼を展開。そこからレーザーを次々発射し、バリアの切れた天帝機の砲門をいくつも破壊していく。

 

「はは、あんたも言うじゃん!」

「そりゃ言うわよ。私だってね、鬱憤たまってんだから! ほら、あんたらも何か言ってやりな!」

 

 言葉に前後して展開されたウィンドウ。そこに映っていたのはみんなの姿。

 皆一様に安崎に険しい表情を向け、口々に罵倒の言葉を吐きかける。

 だけど、私が注目したのは言葉じゃなくって。

 

「シャルロットとアーリィさん、ちゃんと……だいじょぶだったんだ!」

 

 ついさっきこっちに来る前。至高龍に撃墜されたばかりの、仲間たち。

 ライブビューイングで堕とされた姿こそ見ていたけれど、無事かどうか確認できなかった人達。流石に満身創痍だけれども、命に別状はなさそうだ。

 

 そんな二人が鈴やラウラたちと一緒に映っているのを見て、心の底から安堵する。

 

「これで悩みはなくなったって感じ?」

「うん!」

 

 返事と同時、強烈な焔で渦から出現したばかりのダーク・ルプス・レクスを焼き払う。

 これで一時的に、場からすべての人形はいなくなった!

 

「そ。じゃあ、こっちも仕上げといこうかしら! しばらくそこで踏ん張ってなさい!」

 

 叫ぶ声と共に、ヴァイオレット・ヴェノムの捕食用ワイヤークローは地表に散らばる残骸。その中から四天王機のものを厳選して喰らっていく。

 右でダーク・ルプス・レクスの超巨大メイス、左でホワイトウィングとブラックリヴェリオンの二機分。

 それらを捕食、一気に三つの融合をなそうというのだ。

 

「ま、無理すれば三機の融合もできるのよ、覚えときなさい!」

 

 笑みを浮かべ、こっちを向いた直後。空中に、猛烈な雷が発生。

 あまりの勢いの凄まじさに、なぜかそれが捕食超越で生成された武器から発せられたものだと一瞬気づけないほどだった。

 

「四天王合体……黄泉雷冥槍(ヨミライメイソウ)って、ところかしら!

 

 偉く中二な名前が付けられた、各部から物凄い電撃が放たれている、刀身がクリアパーツの超大型ランス。

 柄に刻まれた「Anti Revival Crisis-Voltage Lance」の文字列が、対天帝傀儡のための武装だって事を雄弁に物語っていた。

 

 透明な刃の雷槍はバリアを消失させた天帝機の前面、すなわち赤い渦へと投げ込まれ。

 そして。

 

「何、したの……?」

 

 渦の中に槍が入ったとたん、強烈なプラズマが中心部から炸裂。それらは透明な刃を媒介に増幅、渦の表面に幾重にも稲妻の柵を作り上げていく。

 人形たちは再生、通り抜けようとしたものの。すぐに単一仕様能力を奪われ、さらには電撃を浴びて爆散。

 

「あれで何度も能力を執拗に無力化、同時に発動している敵の単一仕様能力、それをコントロールしている精密機器へと深刻なダメージを与えることができるの」

「それって、つまり――!」

「ええ、そう」

 

 あくまで単一仕様能力が効かないのは()()()()()()()()()()()()()

 つまり天帝結界がない今、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――これで、あいつの死体遊びは打ち止めよッ!」

 

 人形たちの無残な爆散。それが何度か繰り返された後、ついに。

 

「テメェらぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ!!!」

 

 安崎の不様な叫び声と、同時。渦は中から大爆発を起こして、消滅。

 これなら、もう天帝結界は発動しない!

 

 あとはッ!

 

「一緒に、行こ――」

「いってらっしゃい優奈。私はちょっと、無茶しすぎた」

 

 ともに天帝機を倒そう。

 そう思って振り返った時にはすでに、ヴァイオレット・ヴェノムは役目を終えたといわんばかりに全身を光の粒子に変換。強制帰還プログラムを発動させていた。

 

「こっち来るのに、急いで無人機どもを片付けたツケが回ってきただけ。気にしないの」

 

 見れば全身傷だらけな上、触手は無理な融合の断行の結果、焼き切れてしまっていた。

 本当に無茶して、こっちに来てくれたんだろう。

 

 そう考えるとありがたくって、気付けなかった自分が情けなくって涙が出そうになってくるけど……必死で堪え、笑顔を作ってから口を開いていく。

 

「うん、行ってくる!」

「一億点、稼ぎなさいよ?」

 

 後ろからそれだけ聞こえてくると、最後にして私たちの仲間となった四天王機は消失。その直後、炎翼でもって連続瞬時加速。異常な機動力でかなり先にいる一夏と箒へと追い付かんと迫る。

 そうだ、あいつだって楽しみにしているんだもの!

 絶対、私が倒すんだからッッッ!

 

「待ってやがれ、安崎ッ!」

 

 

 軋みを上げる紅椿と身体。

 そのどちらにも喝を入れ、今瞬時加速で疾駆する。

 ――倒すべき、敵に向かって!

 

「結界はすでにない、決めるぞ箒!」

「ああ!」

 

 隣に立つ一夏。手に握られた雪片の輝きも、いつにも増して強く感じられる。

 そんな気がした。

 

 だが――奴は!

 

「馬鹿が! これだけ時間を稼いだ以上、テメェらを倒す準備は整ってんだよ!」

 

 そんな言葉と共に、天帝機は物凄い勢いで私達の方へと首を向ける。

 そして――。

 

「すべてを滅する最強の光、その身で受けやがれ!」

「――ッ!?」

 

 破壊光線「ストライク・アンチスパイラル・バースト」。

 

 奴の機体に向けて紅椿が表示させたウィンドウ。その名前の下に書かれた概算ダメージ数値。

 それはなんと、驚異の……。

 

「じゅう、おく……!?」

 

 十億ダメージなどという、明らかにおかしな数値が書かれたいた。

 あんなもの、喰らってしまえば――!

 

「うぉぉおぉぉおおおおおおおりゃああああああああああああああ!」

 

 しかし、ここで、射線上にインターセプトする機影があった。

 

 ばしゅん、ばしゅんという連続瞬時加速の音を引き連れ、炎の翼をはためかせて。

 オッドアイの少女がそのすべての出力を前面に向けて、巨大なまでの焔の壁を形成。天帝機の常軌を逸脱している破壊の奔流。その総てを防ぎはじめる。

 

「優奈!」

「言ったでしょ、覇王狼龍はハイパーで無敵だって! だから……こんなモン!」

「何言ってやがる!」

「やるって言ってんだよ、私が!」

 

 叫び声と共に、まるで闘志を燃料にしているかのように炎の壁はその勢いを増していく。

 そして。

 

「防ぎきってやったぜ…………ざまぁみろ……」

 

 有言実行。

 優奈と新たなアクシアは本当に、天帝機の主砲。あまりにも異常な数値のダメージを誇る、狂気の奔流を防ぎきったのだ。

 

 ただし、その代償は大きく――。

 

「デート諦めてまで、さ……やってやったんだ……必ず、倒せ……よ?」

 

 すでに四肢の先端から粒子となって消失していき、強制帰還プログラムを作動させてしまっていた。

 炎の翼はその発生装置を全て破損させ、右の非固定部位は消滅。他の部位だって満身創痍そのものという有様。

 おまけに、既にPICもまともに働いていないのだろう。アクシアは急速に高度を落とし、自由落下しはじめる。

 

「ほら、最後の、置き土産も……してやっから――」

 

 だが、まだ優奈はやることがあるといわんばかりにネクロ=スフィア展開の力を行使。

 残った左の非固定部位の隠し腕と、両手には()()()()()()()()()()()

 

「テメェ、それはまさか……!?」

「私と……お姉ちゃんとナギ……こいつは……その……怒り……だ!」

 

 かつての戦い、新宿の街で。

 四天王を狩ったあの恐るべき弾丸。それが今、最強を謳う無人機の帝――天帝機へと発射されていく。黒い弾丸を吐き出した発射装置は粉々に砕け散ると当時、赤黒い弾丸は吸い込まれるように巨大な標的へと着弾していく。

 そして。

 

「刃マシマシ痛み(ツラ)め、ってね……!」

 

 舌を出して煽った優奈が消えていくと同時、三つの着弾地点。

 つまりは頭部と両翼に、刃でできた鉄の華を咲かせていく。

 これで機動力と、最大火力の砲口は失われた。

 

 あとは!

 

「神崎優奈、鏡ナギ!! くそ、この糞共が!!!」

 

 もうここにはいない相手への恨み言を叫びつつも、私達に対する悪足掻きを一式がやめることはなかった。

 まったく、その諦めの悪さをIS学園時代にやっていれば、すこしは違っていたものを――!

 

「来るな、来るんじゃねぇ!」

「はぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああッ!」

 

 空裂から発射された斬撃のエネルギー波が、敵の右手を穿ち。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 満身創痍の白式の、最後に残った射撃武装――雪羅が、敵の左腕をドロドロに溶かしていく。

 

 どうやら防御はすべてフィールドに頼り切っていたらしく、本体の装甲材質はそこまで強いものではないみたいだ。

 次々と一夏のフルアーマー白式から発射される武器が、展開装甲で形成されていくあらゆる武装が、奴の天帝機。その装甲と砲口を片っ端から破壊して回っていく。

 これでもう、至高龍の最後の状態にさほど差異はないという段階まで追い込むことには成功している。

 だから、もう――あと本当にひと踏ん張りだ!

 

「覚悟、一式白夜!」

 

 一夏の零落白夜による、残る全シールドエネルギーを用いた最後の一撃。それが天帝機の胸、最後に残った一式のクロノグラフ・メイガスめがけて振り下ろされていく。

 

「死んで、たまるかってんだよおおおおォ!」

 

 しかし、それはむなしく奴の抵抗に阻まれた。

 

 剣の色を虹色に変化させた一式はAICで白式を拘束。

 続けざまにBTビット、衝撃砲、浮遊する剣、ミサイル……それら私達代表候補生の武器全てを使い、強引に一夏を倒しにかかる。

 むろん動けなくなっているあいつに防ぐ手段など、ない――!

 

「一夏ぁぁあぁぁあああああああっ!」

「来るな、箒!」

 

 なら、せめて。

 絢爛舞踏で回復させて、なんとか!

 

 そう思い接近したのが、拙かった。

 

「――くっ!」

「箒ぃぃぃぃっ!」

 

 爆発の衝撃に飲まれ、私にまでダメージが及んでしまったのだ。

 幸い絢爛舞踏によってシールド・エネルギーに余裕はある。

 

「ひゃはは……一夏の野郎も倒してやったぜ……!」

 

 まるで臨海学校の最初の出撃の時のように。

 

 もう一夏はいない。残っているのは私だけ。

 それが辛い記憶を思い起こさせていくが――。

 

『箒ちゃん、今は簪ちゃんの仇を! あいつを!』

 

 次元間通信から聞こえてきた、楯無さんの声。

 それを聞いて、今はあいつに止めを刺すのが先決だと、無理矢理な形で不安を思考から追い出していく。

 だが、しかし。

 

「武器が……武器がなけりゃ、テメェもどうしようもねぇな……ええっ!?」

 

 奴の言う通り、雨月も空裂も、それどころか非固定部位まで損傷。

 展開装甲で新しい武器を作ろうにも、もはやどうしようもない。

 

「いや、まだだ――!」

 

 ネクロ=スフィアの力さえあれば!

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 機体は瞬く間に元に戻っていき、紅椿の二刀流による攻撃。いまだクロノグラフの強引な稼動によって硬直しっぱなしの奴へと斬撃を放つ。

 

 しかし。

 

「なぜ、倒せない……!?」

 

 崖っぷちであるのは、間違いない。

 もう残るシールドエネルギーはたったの1と表記されていたはずなのに。

 

 なぜか、その1がどうしても削れなかった。

 

「馬鹿、が……俺は天帝だぞ。負け犬になるわけが……ねぇだろうが!」

「何を言って……」

「天帝絶対防壁――俺のクロノグラフは……一撃で、ライフ全部と…………同じダメージを与えられねぇ場合は、シールドエネルギーが1残るんだよ……!」

 

 この期に及んで、奴はまだ保身に走っていた。

 そんな武器、私の紅椿にはあるわけがない。

 一夏なら、ともかく―――どうすればいいんだ!?

 

「万に一つも、てめぇらに勝ちはねぇ! また四天王機を呼び出し、至高龍を再生させて第二ラウンドに入ってやるぜ! あっひゃっひゃ!」

『至高……龍を、また……!?』

 

 通信機越しに聞こえてきたのは、シャルロットの唖然とした声。

 

 もし、そんなことになれば。

 今度こそ、勝ち目などあるはずがない。

 

 また至高龍から天帝機と闘って、勝つなんてできるわけがないからだ。

 

 涙があふれ出てきそうになるが、それをさっきアーリィ先生から言われたアドバイスによってかき消していく。

 まだだ、諦めるな、諦めてたまるか……!

 たとえ白式の……一夏のように、一撃必殺の武器を持たずとも、何か方法が……!

 

「一夏――一夏?」

 

 その名を口にした、瞬間。

 ある手段が思い浮かぶ。

 

 これなら、きっと――いや、もうこれしかない!

 

「諦めて泣くのか? 不様なもんだぜェッ!!」

「それは……どうかな?」

 

 そうだ、違う。

 

 これは好機だ、奴が自ら弱点を教えてくれたのだから。

 なにせ、あとはあいつに一機分のダメージを与えるだけでいい。

 それだけで、勝ちは確定するのである。

 だったら!

 

「何を言ってやがる? まぁ雪片でもありゃ、話は別だったかもしれねぇがなァ……ひゃひゃひゃひゃ――」

「あるさ、ここにッ!」

 

 絶対に持ってない筈の剣が、私の手に集った粒子から形成されていくのを。

 

 奴は、ありえないものを見るような目で見てきた。

 

 まぁ、無理もあるまい。普通しっかりと心に刻み付けられるのは、一番よくみている機体。つまりは自機だけのようなものなのだから。

 

 だけど、私は――私は!

 

「う、うおおおおおおっ!」

 

 毎晩毎晩、記憶のない頃もずっと! 

 

 この剣を、夢で見ていたのだから!

 

 だから、紅椿よりも打鉄よりも、なによりも思い出せると、胸を張って言える!!

 

「馬鹿な、どうしてテメェが! てめぇがあああああああああああああッ!?」

 

 最期の最期、叫ぶ奴に対し。

 

 破邪の剣は、炸裂した――!

 



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長い夢のあとで…

 何もかもが駆け抜けていったような、そんな感覚がしていた。

 

 向こうの世界で事件が起こり、死ぬまでの十六年。

 そして、こっちの世界で再び生を受けてからの十六年。

 

 合わせて三十二年も記憶があるというのに、全て終わった今となってはあっという間だった。

 

 湯船につかりながらふと、そんな感覚がよぎっていた。

 

「ここも、同じだったんだな……」

 

 総檜木の、しっかりとしたつくりの湯船。

 

 幼いころから気に入っていたここも、前の私――前の次元での篠ノ之家と同じものだと思い出して。懐かしさと寂しさの同居した、不思議な感覚に襲われる。

 なぜだか今日は、見るもの会う人ほぼすべてに、そんな感覚を抱いてしまっているのだ。

 

 いや、理由は分かっている。

 だって、きょうは……。

 

「夏祭りの日、だものな」

 

 そう、ちょうど「異界事変」と名付けられた一式白夜との戦いが終わって、二週間。夏祭り、その当日を迎えていたのである。

 あんなことがあった後だから、休んでいてもいいと姉さんや雪子叔母さんからも言われた。

 けれど何もしなかったら緊張に押しつぶされそうだったから、私も準備に参加してはいたものの……。

 

 それらもすべて完了してしまった今、こうしてまた悩み事が頭を過ってしまっていたのである。

 

「前の世界、そして今、か」

 

 それだけ呟き、口元を湯船に沈める。

 告白する勇気もそうだが、前の世界でのこともある。

 

 こんな風に、私だけ――生き残って……。

 

「せめて、誰かに相談できれば……」

 

 ふと、頭の中でいつもの仲間達を思い浮かべるが……どうにもこんな事を話しやすい顔は思い浮かばなかった。

 

 ラウラはこっちの世界でも恋愛の駆け引きとかに疎そうだし、鈴だって近くで見てきたのだ、こっちのあいつがそういうのが苦手なのはよく知っている。 

 セシリアならば、とも考えはした。しかし今あいつはイギリスで代表候補生、かつオルコット家としての仕事で忙しく、とても話せるような余裕はないだろう。

 

 姉さん――は、流石に論外として……。

 

「……僕なら相談に乗るけど?」

 

 と、思った瞬間だった。

 

 きっと脱衣所まで声が届いていたのだろう。

 私の家に居候している、同じ次元の出身者が、そんなことを言いながら浴室へと入ってきた。

 

「シャルロット……」 

 

 シャルロット――こっちの名はイザベル――は、この戦いで専用機、それも第四世代を手に入れた。おまけに事件が広く知れ渡ってしまったため、IS学園へと編入させられる事となったのである。

 

「学園への編入、親はなんて?」

「行ってきなさいって。前の世界の未練があるってコト、ばれてたみたい」

 

 こっちのシャルロットの両親は真実を知っても暖かく迎えてくれたらしい。娘の要望を尊重するのは、そこまで変でもないのかもしれない。

 

「だから、夏休み明けまでお世話になるから……話したい事があるのなら、言って」

 

 口にしつつ、同じ花鳥風月を使った少女は即浴槽へ。篠ノ之家の風呂はさすがに温泉ほど大きくはないとはいえ、それでも女二人が入っても全然スペースには困らない程度の大きさは誇っている。

 

「話してしまえば楽になることもあると思うよ?」

 

 足を延ばしながら、続けざまにシャルロットが口にする。

 

 実際、話さないでこのまま悶々としているよりはいいと思い……気づけば、言葉を紡いでいった。

 

「ああ、実はな……今更、悩んでしまって」

「何を?」

「私なんかが、幸せになっていいのか……とか」

 

 ずっと悩んでいた事を、かつてのライバルへと打ち明けた――が。返ってきたのはため息と苦笑だけ。

 

 意を決して言ったにも拘らず、反応がこれだけとは……と、思っていた時であった。

 

「箒ってさ……バカじゃないの?」

「ば、バカだと!?」

「そんなの、許可いるとでも思ってるの?」

 

 確かに、シャルロットの言う通りかもしれない。

 幸せになるのに、許可を貰わなければいけない。そんな風なものではないとも思ってはいる。

 

 だが、それは一般的な話であって――。

 

「っていうか、なんでそんな事を今更? 理由、聞かせてよ。少しは力になれるかもしれないし」

「あ、ああ……。言うまでもない事かもしれないが、私はあの世界の、異界事変の生き残りだ。たくさんの犠牲の上に立っている」

「自分だけ幸せになるのは……その、死んでいった人達に対して申し訳ないって感じ?」

 

 勝手に続けてきたシャルロットの言葉は、正解だった。

 私――いや、私達は数えきれない命を犠牲にした果てに生き残っている。

 それなのに、自分勝手な幸せを追求していいものなのだろうか。

 

 そんな懸念は日増しに強くなっていって――気がつけば、告白そのものの緊張よりも、そっちの方がストッパーになっていて仕方がなかった。

 

「さっきはあんな事言ったけど、全く気持ちが分からないわけじゃないよ。僕も四年前、記憶が戻ったころは同じ悩みを持っていたからね」

「今は悩んでないのか」

「うん。だってさ……約束、思い出したんだもの」

「約束……」

 

 たった二文字の、その言葉を聞いて。記憶の奥底に蓋されていた、ある記憶が蘇ってくる。

 

 あれは確か、まだ脱出艇で逃げてから一か月も経っていなかった頃の話だ。いきなり戦場を転々とし、死と隣り合わせの生活へと叩きこまれた私達は、日に日に消耗していっていた。

 そんなある日、私達は一つの約束をしたのだ。

 

 この戦いが終わったら、死んでいったみんなの分まで幸せになろう、と。

 

 その頃はまだ、倒せるかもしれないという希望が見ていたからこそ、そんな約束もできた。あの世界の荒廃もまだ緩やかだったから、

 だが結局奴の力はあまりにも強大が過ぎ、いつしか希望を上回る絶望が、そんなささやかな願いにすら蓋をしていたのだ。

 

「確かに、そうだったな……」

「倒した今、みんなのお願いを叶えなくちゃって思って」

 

 そうだ、もう奴はいない。向こうの世界、第二の操縦者による事変は起きようもないのだ。

 

 そうなった今、確かに約束を叶える義務もあるし、何より私自身、みんなのためにそれを成し遂げたいという欲もでてはきた。

 

 となると、最後の悩みは……。

 

「なぁ、こんな形で一夏と結ばれ――」

「許す、許すよ」

 

 何を言おうとしたのか、完全にお見通しだったのだろう。シャルロットはいちだんと声を強めて断言すると、続ける。

 

「ねぇ、箒。考えてみてよ、僕たちの友達だった()()()()セシリアやラウラ、鈴に簪ってそんな……こんな事があって、一人生き残って笑顔でいるのにキレたりする子だった?」

「……それ、は…………」

 

 違う。断じて否、だ。

 確かに一夏を巡って何度も衝突はしたし、喧嘩もした。

 だけど、それでも。

 そこまでの、嫉妬の範疇を越えた事を願う少女は一人としていなかった。

 

 そう、断言できる。

 

「それに楯無さんや優奈だって、絶対箒のことを心配してるよ」

「……そう、か」

「だからもう、キミの告白を邪魔する壁なんて、ひとつもないんだよ。分かった?」

 

 視線は合わせられなかったが、そっと頷くと、向こうから満足そうな視線を感じる。

 それからしばらく、私たちはただ湯の中で話すこともせず、しばらく沈黙が続いた後だった。

 そろそろ出よう。

 そう思った時、シャルロットの方から声をかけてきた。

 

「あとは自分の中の自分を信じるだけだよ、箒」

「信じる……」

 

 言われた言葉、それはかつてオルレアンでネクロ=スフィア展開を示唆するためにあいつが口にしたものと一字一句同じもの。

 それを信じた結果、紅椿を展開することも、記憶を取り戻す事もできた。

 

 あの最後の戦いだって、夢の中の雪片を作り出せたからこそ勝てた。

 信じる力――言い換えればネクロ=スフィアとか心とか呼ばれるもの。

 

 それはきっと、人類最強の武器なんだろうな……など、柄にもなく感じてしまった。

 

「それにしても、ここまで緊張したのは安崎戦の前でもなかったぞ。どれだけ奴は強敵なのだ……一夏という男は」

「はぁ……。箒、気付いてなかったの……?」

 

 ふと思って発した言葉に、シャルロットは本日二度目のため息を吐き出す。

 こ、今度は何だと言うのだ……!? そんなに可笑しな事を口走った記憶もないのだが……。

 

「恋愛とか告白が安崎より強い相手なんて、みんな知ってるってのに。あんなの、これから戦う相手に比べたらスライム同然だよ?」

「スライム、か……ふふっ。そうだな、ありがとう」

 

 最後にそれだけ言うと、浴槽を出るのだった。

 正直、まだ決心はついてはいないかもしれない。

 けれど、逃げたくなる気持ちだけはかき消す事はできた。

 

「ありがとう……シャルロット」

 

 

 服見たり、カラオケでバカ騒ぎしたり、ゲーセンでゾンビ撃ったり……そんな事をして、日が暮れるまで遊んだ。

 ずっと戦ってばかりの私にとってはしばらくぶりにできた、日常。

 

 ほんとうに楽しくて仕方なくって、時がたつのは早くて。

 とうとう、最後に行く場所まで着いてしまった。

 

 日もすっかり傾き、夕焼け色に染まる坂を登りきる。

 向こうが指定してきた場所が場所だけに、繋いだ手は緊張で汗ばむ。

 

 だってここはIS学園の端にある遊歩道、その小さな丘のてっぺんだったのだから。

 

「ほかに人がいないのは、都合がいいわね……」

 

 手を解いたあいつが、口にする。

 展望目的で作られた場所だけど、さすがに夕方。

 おまけに夏休みなうえに異界事変の後という事もあって、いるのは私達二人だけだった。

 

「もう、設置されてたんだ……」

「昨日ね。建ったって聞いたから、二人で行こうって思って」

「そっか」

 

 柵の近くまで寄って、その付近にあった真新しい石碑の表面をなぞりながら、口にする。

 このモニュメントこそ、私と一夏がどうしてもと頼んだお願い。それが叶った結果であった。

 ――異世界で死んでいったみんなの、慰霊碑。

 

「これだけ綺麗なら、みんなここで眠りたいって言うよね、そりゃ……」

 

 かつて脱出艇で逃げていた頃、お墓をどこに建ててほしいかって内容のアンケート。

 その結果、ぶっちぎりの一位を獲得したのがここだった。

 

「ただ、私の次元じゃないってのはどうかと思わなくもないけど……」

「瓦礫の山なんて見たって楽しくないでしょ?」

 

 聞こえてきた声に「そうだね」と苦笑交じりに返した、その直後だった。

 

「優奈。約束の名前、決めてくれた?」

 

 安崎を殺せず、一億点手に入れられなかった私に、お情けという形でデートを受諾してくれた。

 だけど、その代わりにと提示した条件。

 

 それは新しい名前を付けてくれというものだった。

 どのみちこっちの世界にも「鏡ナギ」はいるし、前の身体の持ち主とは別人な以上、新しい名前は必要。そう思って受諾した。

 

 あとは気に入って貰えるかどうかだけど……ここばっかりは、出たとこ勝負。

 

 意を決して、口を開く。

 

「ユキ……」

「ユキ?」

「そう、鏡ユキ。どう、気にいった?」

「なかなか素敵な名前じゃない」

 

 笑みと共に口にするあいつ――ユキ。

 その顔はなかなかっていう割に口元が緩みすぎてて、本当はかなり嬉しいんじゃないかなと邪推してしまう。

 

 それから二人、すこしだけ離れたところにある芝生の上へと並んで座ると、ユキの方から口を開く。

 

「今日は楽しかった。こんな風に遊んだの、初めてだったから」

「初めての相手が私で良かった?」

「言わせないでよ」

 

 ふっと笑うように返す言葉。それはかつてのナギとは当然ながらぜんっぜん別のもの。

 もし似たような状況になったら「え!? あったりまえでしょ、もう!」なんて、あの子なら軽くどつきながら返してくれたに違いない。

 

 別人だって割り切ったはずなのに――それでも、思いは止まりそうになかった。

「私も、楽しかった……けど…………さ」

「けど、何?」

「前のナギとは、違った……だって、あんたはユキだもんね」

 

 そう言って、慰霊碑の表面へと視線を向けていく――最上段右側に書かれた「Nagi Kagami」という文字に胸を締め付けられながらも。

 

「楽しかったからやっと、やっと受け入れられたんだ――親友だった、保育園から高校まで一緒だった鏡ナギはもう、この世にいないってコト」

「あんた私に言ったでしょ? 生きてるとは思ってなかったって」

「……理解と納得は違うっていうか…………やっと腑に落ちたっていうか……」

 

 正直自分でも、何を言ってるのかよく分からない。でも、これが本心だった。

 もう止めなきゃマズいって思ってるのに、こんな事考えたら失礼だって分かってるのに。

 それでも、なぜか口が止まらなくって。

 

「変だよね? ずっとナギは死んだって考えてたのに、ナギが死んだからユキがいるって知ってたのに、ユキは大事な友達なのに。こんな事考えるのも、あんたに話すのも失礼だってのに――」

 

 早口でまくし立ててしまい、おかしくなりそうになる心を強引な吐露でごまかしていた時だった。

 急に何かに押される感覚がしたかと思ったら、芝生の上へと頭が乗っかる感覚がする。

 

 押し倒されたんだと気づいたのは、ユキの顔が目の前に来た時ようやくだった。

 

 でもそれも、すぐにあの子の手で隠されて。

 

 そして、なんにも見えなくなった時の事だった。

 

「いままでありがとう、楽しかったよ」

 

 ふっと、耳元で聞こえてきた声。

 奪われた視界の中。映ったのは目の前の少女じゃなくて、私の大親友。

 

 ずっとずっと、いっしょにいてくれたあの子。

 

「バイバイ、優奈」

 

 間違いなく鏡ナギの、ものだった。

 

「ユ、キ……なに、それ……?」

「素敵な名前。そのお返し。体に残ってた留守録よ」

 

 震えるほど嬉しくて。

 でも、おんなじくらい寂しくて。

 

「言っとくけど、二度とやらないから」

 

 普通じゃこんなのきけないって知ってるから、喜びであふれそうなのに。

 でも、せつなくて。

 

「まったく、これくらい自分で伝えなさいって私は思うけどね!」

 

 悪態交じりに、恥ずかしそうに吐き捨てるユキを見て。

 

「ほ……んと、そうだよ……」

 

 そっぽを向きながら、それだけ返す。

 

 ユキの顔を見ていたら、我慢できなくなりそうだったから。

 

「あとあんたね? 無理すんなっての」

 

 もう本当に、限界が近かったのに。

 それでも、無理して我慢したかったのに。

 

「顔は見ないでやるから」

「――!!!」

「……いいのよ?」

 

 ぎゅっと抱きしめられて、とどめの一言を放たれれば。

 もう決壊する以外の選択肢は選べなかったし、それ以外の選択はいらなかった。

 

「勝手に、いなくなりやがって……!」

 

 そんな言葉をはじめとして、ずっと心の奥底に溜め込んでいた感情が、溢れ出る。

 

「私が、寂しがりやなの、知ってるだろ……!」

 

 あの花鳥風月を使った作戦からこっち、ずっと我慢していた気持ちがあふれ出して。

 

「なのに……なのに……勝手に、黙って……黙っていなく、なりやがって……!!」

 

 最後にそれだけ言い切ると。

 

 もう後は、声にならない嗚咽を発する事しかできなかった――。

 

 

「泣いた後は思いっきり笑うといいって、お姉ちゃんもよく言っていたっけ……」

 

 泣き止んだのは、すっかり日も暮れた後の事。

 夕日は西に消えて、完全に暗くなった空の下。私はそっとつぶやいた。

 

「そうすれば幸せになれるって……続くあれよね」

「だから決めた」

「何を?」

 

 きょとんとするユキへと、続ける。

 幸せになるために、私が決めたことを。

 これから先、死ぬまでの何十年か。絶対最期の最期まで守り通してやるって決めた決意を。

 

「たくさん美味いもの食って、たくさん綺麗な景色見て……死んだらお姉ちゃんとナギに全部自慢してやる!」

 

 本当に月並みで、しょうもないかたちでの()()

 それをこの世界で、この空の下で。

 隣にいる、新しい親友といっしょにやっていこう、そう決めた。

 幸せになって、この世界を存分に楽しんで――それで言ってやる。

 私の友達は、異世界での日々はこんなに楽しかったって!

 

「――ほんっと、あほねアンタ」

「知らないの? 記憶があるのに? 私は補欠合格の阿呆だぜ?」

 

 そうだ、私はアホだ。

 補欠合格だし、居眠りしてたら勝手にクラス代表に選ばれただけだし、ここまで来るまで散々悩んで泣いてぐるぐる同じところを回って来た。そんな女。

 

「でも……これだけは、絶対止めないし変える気もないかな……」

 

 そう言いながら、ユキと一緒に立ち上がろうとした――その時だった。

 

「あ、花火」

 

 ぽつりとあいつがつぶやいた通り、空には大輪の火の華が咲き誇り、私達を楽しませてくれていた。

 

「最初の復讐ってところかしら? あんた風に言うと」

「ま、そーなるか」

 

 ぎゅっと肩を抱き寄せ、笑顔で言う。生きてこうして、こんな綺麗なものを友達と見れる。

 なんかもうそれだけで、しぜんと口元が緩む。

 

「こんな笑顔遠くからしか見れないんだし……復讐ってのも間違いないかもね」

「でしょ?」

 

 お姉ちゃん、ナギ。

 あの二人だけじゃなく、失ったものは沢山ある。けど、こうして掴めた幸せだってきちんとあるんだ。できた友達だって確かにいる。

 

 だから今さ、私……すごく、幸せだよ。

 

 

 篠ノ之神社の花火大会。

 私と姉さんに一夏と千冬さん。それにこっちの世界の鈴しか知らない秘密の場所にて。

 かつての私はその直前に告白し、轟音にかき消されるという失態を犯してしまっていた。

 だから、今回は。

 

「絶対に失敗しないからな……」

 

 おそらく音とともに消された、そんな決意。それを口にすると同時、思ってしまう。

 

 毎年、ここから見ている筈なのに。

 それでも妙に懐かしく、感じてしまうと。

 きっと……いや、間違いなくとなりに私の想い人がいて、微笑みながら夜空を眺めているからだと思う。

 

「綺麗だな、箒」

「あ、ああ……そうだな」

 

 向こうの私と別れてから二年が経過し、もう十八にもなろうというのに。

 優奈以外の全ての知り合いを喪い、何もかもなくした経験まであるというのに。

 無邪気に花火を眺めるその姿。

 

 それもまた、記憶の中のあいつと何も変わってはいなかった。それが何というかもどかしかったし、嬉しかった。

 と、思っていたのだが。

 

「いち、か……」

 

 今ほど、花火の音が声をかき消したことを喜ばしく思う事は――たぶんこれから一生、来はしないだろう。

 あいつの頬を伝う涙を見た途端、無意識のうちに口から漏れ出たその言葉が伝わっていないのを確認した後、私は再び視線を前へと向けていく。

 それからは暫く、二人並んで花火を見る事に集中していった。ここの花火は全国的に有名で、百連発で一時間以上続くというものである。

 

 轟音と共に、次々と天空に描かれていく光の芸術をしばらく無言で見つめていたが、やがて。

 

「花火、終わって、しまったな」

「ああ……そうだな」

 

 たとえ長いとはいえ、終わりは来るもの。緊張と共に並んで眺めていた花火は、最後にひときわ大きな一発を天に描いて打ち止めと相成った。

 

 心の準備は、きっとまだできてはいないんだろう。

 さっきから心臓がバクンバクンと酷く不規則に鳴りっぱなしなのが、自分でも分かるくらいだ。

 

 もう花火も終わって、言わなければならないのに。風呂でシャルロットに言われた事もあるのに。

 それでも、いまいち決心がついていない自分が情けなくなる。本当に奴を殺す際に雪片を展開した人間と同じなのかと、我ながら思う。

 

 でも、逃げるわけにはいかないから。

 

「一夏……もう少し、ここにいないか?」

 

 とだけ、あいつの服の端を摘まんで、そっと口にする。

「……いいぜ」

 

 しばらくの沈黙のあと、あいつも思うところがあったのだろう。そう言って、再び視線を目の前――私達が守ったこの街と学園の方へと向けていく。

 それはまるで、あの日のように。

 

「何から、話したもんかな……」

 

 ぽりぽりと軽く頭を掻きながら、さきに口にしたのは一の方からだった。こっちに視線を合わせないまま、少し苦笑交じりにあいつは続ける。

 

「あの日から、俺の方は二年間だった」

「私のほうは十六年。だけど、実質的には四年だな」

 

 ちょうど記憶の蓋が開きかけたのが、その頃。時間差で開くように花鳥風月が作動したんだろう。

 それにしても、時の流れが次元によって異なる。その事に感謝しなければならない気もする。

 

 もし幼子のままあいつに襲われていたらとも思うし、それになにより、あの頃と同じくらいの年齢で再会できたという事も――。

 

「二年間だけだけど、いろいろあったんだよ。別の次元に行ったり、一人で戦ったりとか、本当に――色々」

「そう……か。私もいろいろと、本当にいろいろあったぞ」

 

 ひとり考えていると、あいつの方から語りかけられた言葉。それは私も期間こそ違えど同じだった。

 こっちの鈴やセシリアと仲良くなったり、重要人物保護プログラムを阻止したり……いろいろな出会いも、別れも重ねてきた。

 話したい、でも。

 

「話したいことは沢山あるけど、お前の顔を見るとうまく思い出せなくなる……」

「そっか」

 

 本当に細かいところまで話したい、口にしたい、知ってもらいたい。言いたいことはあふれかえっている。

 でも、話そうと口を開こうとすると、記憶に靄がかかったようにできなくなってしまう。

 

 どうしてか、きっとわかってる。

 だってまだ、本当に言いたいことを言えていないのだ。

 他のことなんて、全て些末事のように脇に追いやられているからこそ、こうなっているのだろう。 

 

 だから、多分――言わなければ、スタートラインにすら立てないんだろう。

 どういうべきかも覚悟も、いまだどうにも定まらないけれど――でも。

 

「もう、言うしかない……」

 

 小さな声で呟いてから、逃げるなと自分に言い聞かせ。

 

「帰ろうぜ、箒……箒?」

 

 それから私は、あいつに向き合い。

 

「な、なぁ一夏……私は、私は。お前のことが――」

 

 すうっと息を吸い、少しだけ期待の入り混じった穏やかな顔でこっちを見てくる一夏へと。

 

「ずっと、ずっと好き……でした!」

 

 あの前の人生で出会ってから二十年近く経って。

 

 ずっとずっと言いたくて言えなかった言葉。

 

 ついに、告白の言葉を声にしたのだった――。

 

〈完〉




というわけで、今回の更新をもって「篠ノ之箒は想い人の夢を見るか」完結でございます。まずはここまでお付き合い頂いた読者の皆様に感謝を、本当にありがとうございました!

処女作「明けの明星」から第二作「俺女」(ともにエターしてしまいました、読んでいた方々には申し訳ない)そして本作に引き継がれた「滅んだ異世界から来た一夏」「一夏と同じ顔を持つ敵」の二要素もこれで書ききったこととなります。もっとも、当初予定していたかたちとは大幅に異なったものになったのは否めませんが……。

思えばここに来るまで、平坦な道のりじゃなかったとは思います。
一年エタしたりとか、優奈というオリキャラを予定変更して出したりとか、突如某日曜17時台にやってたアニメ二作のネタをやりだしたりとか…ってほとんど私の無計画さが原因だ、これw

無事、書ききれたことに達成感があるのもまた事実でして。はじめて完結できたというのは、やはり嬉しいですね。

なお、今作の反省についての活動報告につきましては、完成次第投稿いたしますので、もしよろしければお読みいただけると幸いです。
次回作はどうなるか分かりませんが……そちらもお付き合い頂ければ幸いです。

それでは、最後にもういちど。
本当に約三年お付き合いいただき、有難うございました!


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おまけ、後日談
残雪


なんかやり残したことを思い出したので書いてみました。
久しぶりなのでかなり文章乱れてるかもです。


 なんだか最近、ユキの様子がおかしい。

 呼びかけても返事がなかったり、かと思えばぐいぐい来たり。

 突拍子もない提案をいきなりしてきたり。

 

「小樽、行ってみない?」

 

 その極めつけともいえるのが、今朝のこれだった。食後にいきなり、そんな提案してくるのは想定外すぎる。

 

 ただ、流石に変だなーとは感じつつも。

 

 聞こえてきた地名には、私も思うところがあるわけで。

 

「小樽……かあ」

 

 多分観光に行きたいとか、そういうわけじゃないだろう。

 だってそこは私とナギの生まれ故郷で、ユキの生まれた場所で。

 

 そして、あの子が――。

 

「あだっ!」

 

 いろいろ考えてると頭に鋭い痛みが走る。

 ユキのデコピンを食らってしまったと気付いたのは、ちょっと経ってからだった。

 

 いきなり何だよ、ったくもう……。

 

「ほら、決まり」

「何で?」

「そんな顔するから」

 

 そんな顔ってどんな顔だよぉ……なんて感想を抱きつつも。

 行ってみたいという感情が、私の中にもあることに気づく。

 

 あの場所はどうなってるのかとか、あの店はあるのかとか。

 そういうこと、気にならないかと言われれば嘘になる。

 

「いいね、行こっか」

「じゃあ、決まりね」

「……うん」

 

 準備のために居間を出ていくユキの後ろ姿。

 振り子みたいに揺れる黒髪を眺めながら、小さくため息をつく。

 

 やっぱり、なんか変だよなー……なんて、思いながら。

 

 

 あの花火の夜、慰霊碑前で誓った言葉の通り。

 綺麗な景色を見ようとあちこち旅行したけど……北海道は行ってなかったっけ。

 心のどこかで、避けてたのかもしれない。我ながらメンタル弱いな。

 とか思ったりしながら準備を始めて、新千歳行きの飛行機に乗って北の大地へと降り立ち。

 そこからさらに電車に揺られること一時間ちょっと。

 

 丁度お昼時に、私たちは小樽へと足を踏み入れた。

 

「なんつーか、変な感覚だなあ」

「まるでタイムスリップしたみたいね」

 

 駅のホームに降り立ち、ぐるりと周囲を見渡す。

 電車も構内も――果ては自販機のペイントや、ラインナップさえも。

 今は瓦礫の山となった、異次元の小樽と同じで……懐かしさから、そんな感想を漏らしてしまった時だった。

 

 いきなり、あの日の光景がフラッシュバックしたのは。

 

 ホームを出た先に――あいつらが襲ってきた日の光景が、広がっていたら……。

 

 なんて、あり得ないのにも関わらず。

 

「ほら、行くわよ優奈」

「ごめん、ちょっとまだ心の準備が」

「ここまで来て何言ってんのよ」

 

 そんな私の手を握り、ユキが先導する形で改札へと向かっていく中。

 ふと、昔のことを思い出してしまう。

 

 ばっちり思い出せる、あれはIS学園受験の帰りだ。

 

 試験結果が不安で堪らなかったナギが、まだ帰りたくないとか口にしてさ。

 そんなあいつの手を、私が握って帰路に着いた。

 そんな、雪の舞う夜のことを。

 

 まぁ、結局正規で通ったのはあいつの方だったんだけどさ……。

 

「あの時の逆みたい」

「何か言った?」

「ううん、なんでもねーっての」

 

 そんな風に懐かしんでたら、ユキの袖口のミサンガが目に入って。そうしたら、不安も消えていって。

 苦笑しながら、駅の外へと向かっていった。

 

 

 どこに行くか決めていいってことだったので。

 とりあえず提案したのは、運河沿いを歩くこと。

 なんというか、テンプレそのものなチョイスだけど……。

 

「徒歩圏内に名所って、贅沢なとこに住んでたんだなーって」

 

 散々通った道は、今の私にとっては観光名所なわけで。

 食傷気味だったはずの景色が今は、やたらと綺麗に見えていて。

 

 ホームからアウェーになって、初めてわかる事もあるものかもなあ……なんて。柄にもなく思っていた時だった。

 

 私の目に、あの橋が映ったのは。

 

「……あったんだ、こっちの次元にも」

 

 ユキに聞かれないように、小さく私は呟く。

 私には忘れられない場所だけど、ユキにとってはどうなんだろうか。

 

 記憶があるとはいっても、それはあの子のものなわけで。

 こっちから、話題にしていいものなのか……。

 

「あそこ、優奈は憶えてる?」

 

 ユキの方から指差されてしまっては、選択の余地などなかった。

 悩みが霧散する感覚の中、足を思い出の場所へと向けていく。

 

「当然でしょ、そりゃ」

 

 秘密のって言うには、ちょっとオープンすぎるけど。

 私とナギにとって、ここはそういう場所だった。

 

 小学校に上がり、子供だけでの外遊びが許されるようになってからの帰り道。

 通行人なんて気にせず、時間を忘れながら。

 夕日を眺めつつ、この場所でよく話をしていた。

 

 恋バナとか、ISについてとか、感想戦とか……それはもう、なんでもかんでも。

 盛り上がりすぎて、気づいたら真っ暗になってて……。

 

 なんて、一度や二度じゃない。

 

「懐かしいなあ、本当に」

 

 記憶が氾濫してきて、それが感情をぐちゃぐちゃにして。つい、そんな感想を漏らしてしまう。

 

 まだ数年しか経っていない筈なのに。

 別次元だから、厳密には違う場所の筈なのに。

 

「優奈は憶えてる? IS学園模試でE判取った日」

「えっと……ああ、うん。よく覚えてるよ」

 

 感慨深さと共に手すりを掴んだ瞬間、悪戯っぽい顔でユキが尋ねてきたので。

 苦笑を浮かべながら、私も答えていく。

 

 忘れもしない……あれは私が中三だった頃。夏のオープンが帰ってきた日の事だった。

 

 国数英がとくにボロカス。理社が辛うじて平均点。

 そのあんまりな点数に親は大目玉、お姉ちゃんは困った顔をして。

 

 いたたまれなくなって、ここに逃げてきたら、ナギがいて。

 

「『私が勉強すると思ったら大間違いだっての!』とか言ってたっけ」

「それは忘れろ」

 

 いやマジで、あの時のことは黒歴史過ぎる。

 それでどうやって受かる気だったんだ……倍率一万倍だぞ。

 

「『縛りプレイしてるだけだっての! ノー勉合格やってやるぜ!』」

「いやマジでやめて」

 

 恥ずかしいなぁ、中二病じゃん完全に……バカすぎて殴りたいとさえ思わない。ただの痛い子じゃねえか。

 

 ていうかナギの奴……ばっちりユキにバトン渡しやがって。

 向こうに行ったら覚えてやがれよ、あんにゃろ……。

 

「でも、あんたは頑張ってたじゃない。勉強もなんだかんだしてたし」

「ダメだったじゃん」

「結果は出したでしょ、おんなじ学校、通ったんじゃない?」

「補欠じゃねえかよぉ」

 

 補欠とはいえ倍率一万倍に受かったし、ナギと一緒の学校に行けたのは事実だよ。

 でも、結局それは最初に望んだものじゃなくって。

 

「望み、か……」

 

 そんなことを考えると、黒歴史の続きを思い出す。

 刃物めいて鋭い、そんな下弦の月が出ていた夜。

 この橋の上で叫んだ言葉のことを。

 

「絶対専用機を手に入れて、誰より強いIS乗りになってやる、か」

 

 あの日、別れ際。

 ナギから「望みを口にするとモチベが上がるしさ、ハイ優奈、今から絶叫!」なんて言われて。

 無茶ぶりだなオイ!? なんて思いながらも、出せる限りの声量で叫んだ言葉。

 

 それを今、ふたたび。

 ささやくように口ずさむ。

 

「できたのかな……なんてさ」

人の四天王機(ヴァイオレット・ヴェノム)を倒しておいてそれ?」

「だって……守られてばっかりだったし」

 

 頭に浮かんだのは、私を庇っていなくなったひとのこと。

 

「ほら、フォルテ先輩とか……って、知らないか」

 

 ギリシャ代表候補生だった、フォルテ・サファイア先輩。

 ナギがいなくなってすぐの、いちばん無茶苦茶だった頃の私に構ってくれた先輩で。

 自分だって最愛の人を亡くして、辛かった筈なのに――笑顔を向けてくれた人。

 私を勇気づけてくれた、大切な先輩。

 

 絶対にこの人だけは死なせたくない、なんて思ってたのに。

 

「私なんかのために……」

 

 もっと恩返ししたいことも山ほどあったのに。死に際まで、親身になって気遣ってくれたのに。

 結局返せたことなんて、遺言を二つ守っただけ。

 ダリル先輩の隣に名前を書いてくれっていうのと……死体人形になりたくないっていう……ただ、それだけで……。

 

「……フォルテ・サファイア。死体確保優先度A++……神崎優奈に阻まれ焼失、確保失敗」

「えっと」

一式軍(わたしら)、当時は狙ってたの。あの先輩のこと」

 

 なんて言いながら。

 そっと手を伸ばして、私の手を握ってくるユキ。

 

「もしあいつの手に落ちてたら、どれだけの人間が凍死してたと思う?」

 

 冷たい表情をした先輩が、大量の凍死体を作り上げる光景が頭に浮かんで――瞬時に、背筋がゾクッとしてしまう。

 のちの事を感情に入れれば結局、死に方の違いかもしれないけれど。それでも、そんなむごい死に方をする人がいなくてよかったとも思う中。

 

「だから、私はこう思うわよ」

 

 ユキは少しの間目を瞑ってから、私のほうを見て。

 それから、続きを口にしていった。

 

「あんた、思ってる以上に立派にやれてた(厄介だった)わよ……少なくとも、一式軍側(てきがわ)から見れば」

「そっか」

「だから、胸張ってなさい」

「……うん」

 

 そう言われても、やっぱり少しだけ、納得できない。

 でも、少しだけ、心が軽くなった気がする。

 

「でもまあ……最近の戦績はちょっとふがいないかもね」

「うぐ」

 

 専用機持ちの皆の中で。

 戦績は、下から数えた方が早い私。仕方ないじゃん、覇王狼龍じゃなくって量産アクシア使ってるんだし……なんて思うけど、言ったら碌なことにならない気がする。

 

 それにしても……最後に毒針さしてくるあたりは流石、紫毒の操縦者だなあ。

 

「ナギにもその内負けるかもね」

 

 なんて思っていたら、さらなる猛毒を私に注入してきやがるユキ。

 あの戦いでの功績を認められ、ナギは正式に日本代表候補に昇格。今ではホワイトウィングの再現発展機「烈風機クリスタルウィング」を専用機にしている。

 

「いや、量産アクシアでクリスタルの相手は……」

「言い訳?」

「いえ、なんでもないです」

「ま、せいぜい精進しなさい……でないと」

「でないと……なんだよ?」

「何か奢らされるかもね? @クルーズの一番高い奴とか」

「それは勘弁!」

 

 あまりにも容易に想像できる光景を想像して、帰ったら訓練量を増やそうと決意しながら歩き出す。

 

 思い出の場所、思い出と同じ顔の人。

 でも性格も、やり取りだって全く似ても似つかない。

 場所だって、厳密にいえば別のところなわけで。

 

 だけど。

 ああ、なんというか。

 こういうのも――悪くない。

 

 

 

 つぎに向かった先は、駅の近くにあるアーケード街。

 歴史ある場所で、自分の次元だとよく通った場所だった。

 

「あー、ここはあったけど……閉店してんのかぁ……」

 

 自分の思い出と比較して。

 ここはそのまま、あそこは違うなんてやりながら二人で歩いていると。

 

「優奈、あれ」

「ん? ああ、あにぱかぁ」

 

 ユキが指さした先にあったのは一枚のポスター。数か月前から放置されてるせいか、ちょっとだけ色褪せてしまっている。

 

「こっちでもやってんだねぇ」

 

 あにぱとは、毎年秋に行われる、小樽のアニメイベントのこと。

 なんだかんだ楽しみにしていたイベントだっただけあって、感慨深さもある。

 お祭り状態の町を練り歩くだけでも楽しかったけれど……私自身、結構、がっつり参加してたりもしたわけで。

 

「コスプレなんかもやってたわよね、あんた」

「やってたねえ」

「じゃあ、何のキャラやったのかも覚えてる?」

「もちろん、予言の巫女でしょ!」

 

 予言の巫女とは、私が大好きだった作品のヒロインのひとり。

 十一の妖怪氏族に分割支配された異世界の日本「妖怪国」を襲うとされる危機「大厄祭」。

 それを阻止するために現れた、金髪の少女。

 

 地毛がこんなだから、わりと様になるんじゃないかなーと思って選んだけれど。

 

「今思うと、ひっどいチョイスよね」

 

 この予言の巫女、まぁそりゃ作中散々な目に遭いまくる子だったわけで。

 親友目の前で亡くしたりとかもしてた――なんて考えたけど。

 

「でも、予言の巫女と一緒で……私にも、確かに救いはあったんだよ」

 

 ユキの方を向いていると、自然とそんな言葉が漏れていく。

 

 作中、彼女が好きな人と出会えたように――私だって、こんな素敵な友達と会えたんだから。

 

 ああでもちょっと恥ずかしいなこれ。

 

「好きな人と通りを歩いているこの時間が、私にとってはかけがえのない時間なのです……なんて」

 

 照れ隠しなのか、恥の上塗りなのか。

 自分でもわからないけれど。

 

 とりあえず、作中の言葉をもじってみたら……。

 

「あのさ」

「ん、何……?」

 

 しばらく沈黙が続いて。

 それから、ユキが口を開くと。

 

「あいっかわらず似てないわね……あんたのそれ」

 

 溜め息混じりにそんな、呆れ口調かつ辛辣なコメントをぶち込んでくる。

 

 ああなんか、いやーな事思い出しちゃった……。

 

「そんなんだから予選落ちなんでしょ」

 

 心のシールドエネルギーがごっそり減る音が、私の中で鳴り響いていく。

 

 ええ、覚えてるとも。

 

 それもばっちりと。

 

 調子に乗ってコンテストのほうにも出た私は、ユキの言う通り本戦前に門前払い。

 しかも審査員の一人が言ってきた言葉が……。

 

「妖怪国の前に自分も救えなさそう」

 

 その言葉を言われた途端。

 羞恥と負けず嫌いな性格と、なんかいろんな感情が一気に自分の中でぐちゃぐちゃに混ざって。

 

「おいコラぁ! なんでそんな事まで覚えてるんだァ!!」

 

 審査員に食って掛かった時のような叫び声を、往来で上げてしまう中。並行して頭に響き渡るのは。

 

『来年こそ予選突破してやるからなァ!』

 

 あの日、ナギへと涙目のまま言い放った言葉。

 翌年はIS学園受験で出られなかったし、もう数年前だし。さらに言えば、吠え面かかせたい相手だってもういないけれど。

 それでも、私は。

 

「出てみるか。また近い時期になったら、ここに来てさ」

 

 媒体は違ったけど、あの作品がこっちにもあるのは調査済み。

 だったらまた同じキャラで、今度こそ。

 いつか向こうで、しれっと自分は優勝した勝ち逃げ女に――やればできたんだよって、自慢するためにさ。

 

「いいんじゃないの。それで満足するなら出ても」

「何言ってんの、ユキも出ようぜ?」

 

 いつか、ここではない何処かでのリターンマッチの予行練習じゃないけどさ。

 そんな気持ちを胸に抱きながら、私は隣にいるユキの手を取ろうとした時だった。

 

「……あれ、あの写真って」

 

 写真屋の店頭に飾られた写真のうちの一枚。

 そこに写っていたのは、数年前と思しきコスプレコンテストのもので。

 しかも。

 

「うげぇ、こっちのナギも優勝してやがる!?」

「まさかキャラ選択まで一緒だなんてね……」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げた私のすぐ隣では、ユキも驚いていて。

 しばらくじっと、その写真を眺めていたら。

 

「……ははっ」

 

 何でか知らないけど、自然と笑いがこみあげてきた。

 ああ、私の幼馴染の顔ってめっちゃ強かったんだなあ……知ってたし、今も隣で思い知らされてるけど。

 なんてね。

 

 

 買い食いしながらあちこち歩いていると、もう日が暮れる頃。

 帰りの飛行機まだとってないし、今から東京に戻っても深夜になっちゃうしなあ……なんて思って。

 

「今から帰るってのもなんだし、泊まる場所探――」

 

 と、夕焼け空を見上げながら尋ねた時だった。

 

「ちょっといい?」

「どうしたんだよ急に?」

「どうしても……寄りたい場所があるのよ」

 

 かなり強引に手を引かれて、駆け出されて。結構、ガチめに困惑してしまう。

 

 一体何なんだよ、とは思いながらも。

 この街に来ること自体向こうが提案してきたことだし、よっぽどなんだろうとも思って。

 大して抵抗もせず、そのままついていくことにして。

 

 そうして、走ること数分。

 

「なあユキ、この道って」

 

 数度角を曲がり、観光地から離れた場所に差し掛かったあたりで、つい我慢できずに口を開いてしまう。

 この辺りは私にとって、絶対に忘れられる訳のない場所だったのだから。

 

 さっきまで巡っていた場所よりも、遥かに。

 

「あんたの想像通り、よ」

 

 今にもかき消えそうな声での呟きが、私の思考を裏打していく。

 やっぱり、そうなんだ……。

 

「着いたわ、優奈」

 

 目的地へと足を踏み入れ、それからユキは私の方へと向き直る。

 そこは、だだっ広い公園だった。

 遊具設備も充実していて、きっとここでナギと一緒に遊んだんだろうなあ……ガキの頃にさ。

 もし、私の次元にもあったらの話だけど。

 

「楯無さんの言う通り、なんだなあ……」

 

 今日一番の寂しさが口を乗っ取り、言葉を紡ぎ出していく。

 私の知っている小樽の、ここにあった建物。

 それは明治に建てられた歴史ある教会で、名は「神崎教会」といって。

 つまりは、私の家があった場所だった。

 

 

「……………………2023年3月19日、午後5時54分」

 

 不思議な感覚を味わっている私の横で、長い沈黙を保っていたユキが唐突に口を開き、告げてきた時刻。

 その日付は私にとって絶対に忘れられないもので。

 

「鏡ナギは、ここで死んだの」

 

 何を言われるかは分かっていたけれど、覚悟は全くできていなかったから。

 言われた途端に、息が止まってしまって。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。

 

「苦しいなら、やめとく?」

 

 だけど……その言葉だけは、絶対に違うと言いきれるから。

 動悸が治まらないまま、ただ小さく「続けて」と必死に声を絞り出し、答えていく。

 

「かくれんぼで地下倉庫に隠れた時の事。覚えてる?」

 

 無言で頷く。

 小学校の頃、家で友達みんなと遊んだ時。ナギと一緒に隠れて。

 絶対ここなら見つからないねって言いながら、ナギが見せてくれた笑顔。こっぴどく怒られた時の、むくれた顔。ふたりで慰め合った時の泣き顔。

 全部全部、今でも鮮明に思い出せるんだから。

 忘れてない、忘れられるわけがない。

 

「再襲撃が起きた時、ナギはちょうどこの辺りにいて、それで……」

 

 思い出を頼りに、逃げて。

 機を見て自力で脱出しようとしたのか……と、心で付け足す。

 

 実のところ、地下室はそれなり以上に広く頑丈だった。だからナギのとった選択自体はおかしなものじゃない。それどころか最善の選択だったと言い切ってもいい。

 

 敵に私の身内(お姉ちゃん)がいなければ、の話だけれど。

 

「しばらくして、テールブレードが風を切る音が聞こえてきて。ダメかもしれないって思ったけど、すぐに去っていったのが分かって」

「……そっか」

「そのすぐ後に、誰かの足音が聞こえてきた」

 

 あの時、私は何をしていたか。

 覚えてる、必死に探しながら戦ってた。ゴーレムを切り裂き、ダーク・ルプスを仲間たちと倒しながら。

 

 声の続く限り、ナギの名前を呼びながら。

 

「助かった。あんたに連絡しようって、思った……でもね」

 

 酷く心が揺れている中。ユキの言葉を、一字一句漏らさず拾えるのだけが救いだった。

 

「外に出たら、動いてる死体がいたのよ。それもとびきり最悪な奴が」

 

 言いつつ、ユキは羽織っていた上着を脱ぐ。

 何を見せるつもりなのかは、分かっている。

 今も全身に残る弾痕――そのうちの、右肩にある奴だろう。

 

「最初に貰ったのがここよ、ここ」

 

 その時のナギの事を思ってみても。

 悲しそうに笑うユキの声も。

 

 全部が、私を締め上げる。

 

「『なんだよ、結構当たるじゃねえか』だったわね、げたげた笑いながら。一発目、当てた後言った言葉」

「……何が結構当たるだ、腐れゾンビ野郎が」

「実銃授業、あいつ糞エイムもいいとこだったもの」

 

 クラスは違ったから見てないけど、想像に難くはなかった。

 ちょっと前までなら、これも怒りに変えてぶつけられたけど。生憎、その機会にはもう恵まれそうにないし……あってたまるか。

 

「反撃しようとした時、撃たれたのが右手の傷。次に撃たれたのがお腹」

 

 平坦に述べていくユキの言葉と、もう知ってる傷痕の数々。

 それらを材料にするかたちで、想像してしまう。

 

「血が止まらなくて、倒れて最期は失血死」

 

 最悪で、孤独で、痛くてたまらなかっただろう。

 幼馴染の、最期を。

 

「不意打ちで教えたことは、謝る」

 

 こんなこと、自分から「教えて」だなんて言えない。

 ユキだって、相当勇気がないと口にできなかっただろうし。

 だからユキの目をしっかり見据えて、はっきりと言葉にした。

 

「話してくれて、ありがとう」

 

 また沈黙が流れそうになって、私は慌てて付け加える。

 

「でも、どうして教えてくれたの?」

 

 別に言わなくても、いいことなのに。

 それに、あの日の事はユキにだって、辛いことだと思ったから。

 

「……今日で、ちょうど三年目だから」

 

 スマホを取り出し確認するけど、日付は全然別のもので困惑していたら「私が経験した日数だとそうなのよ」と追加してくれて。

 

 それから、ユキは続きを紡ぎ出していった。

 

「命日が近くなってから、最近……夢で、見るようになって」

 

 その重い言葉に、絶句する。

 私が呑気に寝ている間、どれだけ隣でこの子は苦しんでいたのか。アホさを恨む言葉が無限に湧き出る中をかき分け、必死で言葉を掬い上げようとする。

 

 けど、何も形にできなくて、もどかしくて。

 

「あの子、あなたが生きてくれることを願って。でも本当は自分も隣にいたかったなあって、そう考えて……この世を去ってね」

 

 冷たい風が吹きすさぶ中、告げてきた事実。

 それはすでにこっちのナギ伝手に聞いていて、知っていたけど。

 

 同じ身体の少女が、涙を浮かべながら話す姿は、想像以上に辛い。

 

「だから、ナギの代わりに……代わりにならなくちゃって、思ってた」

「なんだよ、それ」

 

 代わり、代わりって。ならどうして名前を欲しがったんだよ。

 と言おうとしたけど。

 

「でも、私って結構強欲で……早い段階から、気づいてた」

 

 そんな言葉で邪魔されて。

 

「優奈と同じ時を過ごしたい――それは私の、ユキの願いだって」

 

 そこまで私を思ってくれたことに、思わず嬉しくなって。

 

「だから楽しかった……あなたとユキとして隣にいられて」

「ならそれでいいじゃん! ユキはそれでいい!」

「けど最近……ナギが咎めるみたいに、何度も同じ夢を見てさ」

 

 同じくらい、弱々しい今のユキの姿が、見ていて辛くて。

 

「どうしようもなく欲深い自分が嫌になって」

「何言って……」

「だから……ここから先は、ナギになる事に決めたんだ」

 

 言ってることはあまりに滅茶苦茶だってのに。

 夕日に彩られる中、黒い髪に縁どられたその笑顔が、放たれた言葉が。

 本心を押し殺してる癖に、やけに眩しくて――思わず、一瞬見惚れてしまう中。

 

「もしかして、今日の昼までの場所巡りって」

 

 突如思い当たったことが口から、そのまま漏れ出してしまう。

 別にここに夕方来るだけなら、もっと遅く出ればいいのに。

 

 朝から出かけたのは、ユキとしての自分に別れを告げる前に。

 少しでも、私に覚えてもらうために……。

 

「アーケードでの言葉、本当は凄く嬉しかった。夢みたいだった」

「だったら」

「ダメ」

 

 短い言葉でぴしゃりと切り捨てつつ、目を閉じたユキは。

 そのまま後ろを向いて。

 

「さよなら、優奈」

 

 背中からでも――見えないけど見える、今のユキの顔。

 それを想った途端、もう我慢なんてできなくなって。

 

 私は、彼女へと駆け出して。

 

「ごめんね」

 

 強く強く、消えかけそうなユキという女の子の全てを。ただひたすら、必死になって抱きしめる。

 何か言っていたようだけど、ちょい前までさんざん言葉を続けたんだ。

 

 だからさ――今度は私のターンだろ?

 

「私、死んだことないし、そんな記憶ないからさ」

 

 箒達なら、上手く察してあげられたんだろうね。

 セシリア達なら気配り上手いし、そんなのなくたって察せたんだろうね。

 

「ずっと苦しんでたのに」

 

 でも私は神崎優奈って、アホな小娘で。

 大好きな友達がこんなに辛いって言ってるのに。

 

「気づけなくって、本当にごめん」

 

 あの日の決戦の時、機体がボロボロなのにも気づけずに。

 何も考えず「一緒に行こう」って言った時から何も変わってないな、私。

 

 どうしてこう無神経なんだって、自分でもイヤってくらいに思うけれど。

 

「けど……()()

 

 だったら、それならと思いつつ。

 目を瞑り、強く決意を固めてから私は。

 

 三日三晩マジで悩んでつけた名前を、強く強く呼びながら片手を離して。

 

「アホかあんたは!」

 

 無神経なりに、こいつをこの世に繋ぎとめてやるべく。

 まず手始めに――頭をぱちこんと叩いてやった。

 

「いった!? 何すんのよ! てか何で!?」 

 

 いきなりの平手打ちと怒声に驚きつつも、ユキが振り向いてくる。

 うん、そうでなくっちゃ。

 

「なんでもクソもあるか、バーカ!」

「ば、馬鹿ってあんたね……」

 

 呆けた顔しちゃってさぁ。

 まぁ、さっきまでの顔より何倍も可愛いからいいけど。

 

「ナギになる? できるわけないでしょそんな事!」

「いや、でも私は……記憶と身体が……」

「だから何だよ!」

 

 感情知ってたら似せられるというなら、私の予言の巫女はもっといい点とれてたし。

 見た目が同じなら同じだっていうなら、ここは別次元だけど故郷だって事になるし。

 

「似てない物真似じゃ全然納得できないんだよ!」

「その似てない物真似でギャン泣きした癖に……!」

「あんときは似てたから!」

 

 完全にガキみたいな反論だなあとは思うけど。

 実際、あの慰霊碑の前での言葉はナギそのもので。言われて凄く嬉しかった。

 でもね。

 

「二度とやらないって言ってただろ! 自分で!」

 

 今思い返してみると、だけどさ。

 本当に嬉しかったのは、その言葉も含めてだったんだ。

 

 デートして腑に落ちたとか言ってたけど、それも今考えると強がりで。

 本当はどこまでも、私はナギの死を認めたくなくて。

 

 でも、あの()()()のあと、ユキがそう言ってくれたから。

 

 やっと我慢できなくなって、泣くことができたあの時。ようやく止まっていた時計の針が動いたんだ。

 

「だから、二度目は絶対許さないし」

 

 だから、もう一度。

 ちゃんと言ってやるよ、ユキ。

 

「何より私、勝手にいなくなられるのなんて嫌なんだよ! 寂しがりだから!」

 

 そして、息を大きく吸ってから。

 

「私はユキが好きだ! ナギだって好きだった! どっちも同じくらい好きで、素直な時が特に好き! でも偽物は勘弁! だからこそあんたはユキでいてほしい! 分かった!?」

 

 こんな時に「ナギよりユキが好きだよ」なんて言えたらいいんだろう、なんて自分でも思うけれど。

 そんなのは結局、ありきたりなおべっかで。

 真実私が思ってることはこうなわけで――ああもう、ダメだ! 

 柄にもなく考えてたら、なんか頭がグルグルしてきた……。

 

 ていうか……あーもう。

 冷静になるとクッソ恥ずかしいな、これ。まるで告白じゃん……。

 けどまぁ、言いたいことは全部叩きつけてやったかな。

 

 どう返してくるかまでは……正直、分からないけれど。

 

 

 

「…………」

 

 俯き黙っているユキを見ていると、不安の方が大きくなってくる。

 どんな顔してるんだろう、なんか怖くなってきた……。10億ダメージのビーム防いだ時だって、こんな怖くなかったってのに……。

 

「えっと、その……いろいろ勢いで言っちゃってごめ――んぐぅっ!」

 

 気まずすぎて、取りあえず放った謝罪はしかし。

 瞬時加速めいて、いきなり距離を詰めてきたユキの唇で塞がれてしまって。

 

「んむう!?」

 

 なんだこの展開!? と驚く暇もなく、続けざまに強い抱擁がやってきて。

 

「ぷぁ……ちょ、ちょっと待って……なにこれいきなり……」

「素直なのがいいんでしょ」

「……はい?」

「だから……欲望のままに貪ってみたのよ」

「えっと、ユキさん……?」

「もういいでしょ? 充分言ったわよね? 次は私の番」

 

 私の顔を直視してくるユキの目はいつものクールさも、さっきまでの不安さもなりを潜めて。

 顔の方は耳まで、熱に浮かされたような色に染まっていて。

 

「最初に言っておくけど、もう遅いから」

「へ……」

「これから先、私なしじゃ生きられないようにしてやるから」

「それってさ、実質プロポーズ……」

 

 何言ってんだ、どう考えてもそうっていうか……さっき告白まがいの事したのは私が先っていうか……。

 嬉しさと恥ずかしさとが融合していて、もう何が何だかわからない。

 

「そう受け取ってもらって構わないわ。もう離れるのは無理だって、そう理解してもらえるならそれで」

「う、うん……」

「この子と一緒で……そういう猛毒だもの、私」

 

 自分の専用機(ミサンガ)を私に見せるユキ。

 機体名が機体名だけに上手いこと言ったつもりかよ、なんて思わなくもないけど。

 

 今はあえて、乗ってやることにして――言葉を返す。

 

「別にいいよ、もう毒塗れだし」

 

 ちょっとクサいかなと思いつつ。

 でも「毒」と言われたら、こう返すしかないような気はしていて。

 

 ナギを想う度、あったはずの未来が溢れて。

 ユキを想う度、これから先の未来を求めて。

 ずっと私は、この飢えた猛毒に一生蝕まれ続ける。

 

 

「でも、きっと」

 

 そのおかげで私はまた笑えるようになって、生きる意味を見つけられて。

 今日だってこうして、生きていけてるんだから。

 

 全くナギの奴、とんでもない劇物を最期に遺して逝きやがって……。

 

 

「何笑ってるのよ」

「なんでもない」

 

 そう言って笑った時、急に気付く。

 ナギの命日ということは、つまりユキが生まれた日でもあるわけで。

 あのゾンビ野郎はお祝いなんて絶対してなかっただろうし……うん、やる事なんてひとつだ。

 

「ねぇユキ」

「なに?」

「とりあえず、まずは宿とろっか」

 

 それで荷物置いたら、次は店閉まる前に買い物だな。アーケードのあの店、閉まるの早いし。

 なんて思いながら、愛する人の手を取って歩き出す。

 喪に服すよりもバカ騒ぎを優先したくなるあたり、さっそくユキにおみまいされたのかもしれない。

 

 でもさ。

 お祭り(エンタメ)好きで、いつも明るくて。

 私の隣にずっといてくれた。

 そんなあんたなら、許してくれる。

 

「だろ……ナギ?」

 

 いつの間にか夜の帳が下りた空を見上げて、そっと放った言葉。

 それは誰にも聞かれることなく、夜風に溶けて消えていった。

 



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