冴えてる彼女の贈り物 (暗黒騎士)
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冴えてる彼女の贈り物
四月上旬。
俺は春の穏やかな陽光に包まれながら、のんびりと通学路を歩いていた。
隣を歩いているのは、可愛いけどいまいちモブキャラっぽさが抜けないのが残念な俺のメインヒロイン――加藤恵。
まぁ、そこそこ澄んだ瞳にそこそこ白い肌をして、そこそこに胸があり……要するにいろんなパーツが中途半端すぎて、可愛いのに目立たないという稀有なポジションを確立しているやつだ。
「なぁ加藤。今から俺の家に来ないか?」
「別にいいけど、またゲームするの?」
「当たり前だ! 俺の家に来てそれ以外の選択肢があるとでも思ったか!?」
「それ自慢できることじゃないよ」
「何だ、不満なのか? いつもは何だかんだで楽しそうにやってるくせに」
「……んー、たまには違うことやりたいかなーって」
加藤はフラットな表情のまま、何となくと言った調子で呟いた。
……いつもと違うことか。
「ゲームがダメなら、アニメかラノベってことか」
「……今さら言うのもなんだけど、安芸くんって生粋のオタクだよね」
「いやぁ、そんな褒められると照れるな。それほどじゃないさ」
「……そういうポジティブシンキングは素直に尊敬するかも」
加藤は苦笑して、適当な調子で言う。
「そういうんじゃなくてさ、せっかく二人で遊ぶんだから外に出かけようって言ってるんだけど」
「……俺の耳がおかしいのか、加藤がデートの誘いをしてきた気がするんだが」
「まあ、そんなようなものだよね。といっても、安芸くんだって毎回わたしを家に連れこんでるわけなんだけど」
「あれの目的はゲームじゃん?」
「……だからって、クリアできなかったら今夜は帰さないはひどいと思うよ?」
「そろそろ加藤にもゲーマーとしての誇り的なものを備えてほしいと思って」
「いらないけど、まあそれはともかく、ほらこっちに来て」
「駅に行くのか? ……うーん、予想できるリア充の遊び場というと……六天場モールにでも用があるのか?」
「わたし、別にリア充じゃないんだけど。……あ、でも」
「何だ?」
「安芸くんと一緒なんだから、周りから見たらリア充かもしれないね?」
「………………おう」
加藤はそう言ってはにかむように笑う……などということは別になく、いつも通りにフラットな調子で言った。
うーん、もうちょっと感情が込められてたら萌えられたんだけどなぁ。
「わたし今、安芸くんが何を考えてるのか手に取るように分かるかも」
「惜しいよ、惜しいよ加藤……っ! もう少し仕草を工夫するだけどヒロインキャラにギリギリ加入できるレベルになったかもしれないのに……!」
「あ、工夫してもギリギリなんだ」
「そりゃ、加藤はもとからキャラが死んでるからな」
「………………改めて聞くとひどい言われようだよね、わたし」
あ、ちょっと落ち込んだ。
相変わらず加藤は表情の変化に乏しいが、それでも最近は何となく分かるようになってきた。
うーん、素直に言い過ぎたかな。
「それで、今どこに向かってるんだ?」
俺たちはちょうど電車に乗ったところだった。
まだ加藤の目的が何なのかは分からない。
っていうか六天場モールじゃないの?
この先にあるのは何とかシネマっていう映画館ぐらいのものか。
「映画を見に行くんだ」
「へえ、どんなの?」
「ほら、安芸くんがこの前お勧めしてくれたアニメあるよね。見てみたら好きになっちゃったから映画も見たいなって思って……でも一人で入るのもなんか嫌だし」
「ああ! アレか! 何だよ、そんな好きなら言ってくれれば前売り券あげたのに」
加藤が言っているのは半年前ほどにアニメの評判が良く、映画化が決定したラノベ原作の作品のことだ。
ちなみに俺はすでに三回見ているが、いまさらもう一回増えたところで変わらないだろう。
むしろ全く知らないラブロマンスとか見せつけられるよりはずっとマシだ。
「よし! そうと決まったら早く行こうぜ!」
「待ってよ安芸くん」
「フフフ、俺に追いつけるかな」
「女の子を置いてけぼりにする人って、どうかと思うけどなぁ」
「ぐっ……」
「わたしは、あなたのメインヒロインなんでしょ?」
「……なんか加藤。今日はいつもと違うな」
「そうかな? 別にどこぞのツインテ幼馴染なんかがいないからとかじゃないよ?」
「お、おう」
「……ああ、駄目駄目。今のわたしはショートボブ。ロングの執念深い女じゃない」
やっぱり、春になってからちょっと面白い属性がついたらしい。
「映画、楽しみだねー」
「まあ結末まで完全に記憶してるわけだが」
「……お願いだから、ネタバレはやめてね?」
「……善処しよう」
そんなこんな俺たちは、映画館に足を踏み入れた。
♢
「面白かったねー」
「……うーん、やっぱり三度も見ちゃうと作画の拙さが気になるな。なぜ映画版なのにあんないまいちな作画なんだ」
「でも、ストーリーは良かったでしょ?」
「だからこそ! 作画が気になるんじゃないか!」
「……………安芸くんってさ」
「何だ?」
「ほんとめんどくさいよね」
「ぐっ……!? 俺のHPに致命的なダメージが!?」
「そんなに元気なら大丈夫そうだね。ところで、そろそろご飯食べよっか?」
「あー。腹減ったな。確か、この辺には美味いラーメン屋があった気がする」
「えーデートでラーメン屋ってどうなの? 別にいいけど」
「いいのかよ。……っていうかこれデートだったの?」
「………………わたしは、そのつもりだったかなぁ」
加藤の口調は相変わらずだが、心なしか落ち込んだように見えた。
拗ねたようなその態度が可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
らっしゃーせー、という店員の声を聞きながらラーメン屋に入る。
「ホントだ。このラーメン美味しいね」
「だろ!? この店は秋の覇権アニメのモデルにもなったんだぜ!?」
「あ、結局そこに行き着くんだ」
「何が?」
「ううん。何でもない」
♢
いつの間にか夜になっていた。
満天の星空の下、俺たちは家に向かって並んで歩く。
「ふー。お腹いっぱいだねー」
「ああ。ちょっと食いすぎた」
「流石に三杯はやりすぎたな……。アニメキャラがやってたからいける気がしたのに」
「二次元と現実を混同しちゃ駄目だよー?」
「……混同させた張本人のくせに」
「?」
「いいか、加藤。お前は俺のメインヒロインだ」
「……うん。面と向かって言われてもやっぱり照れないよね。字面が微妙なのかな」
「そんなことよりだな、つまり俺は、二次元のヒロインより、加藤、お前の方が可愛いと思ってしまったんだ」
「……う、うん」
「だから、お前の笑顔とか、お前との何気ない日常とか、そういうのをゲームで再現したい。そう思って俺はサークルを立ち上げたんだ」
「……うん」
「だから、ありがとう加藤」
「え?」
「お前がいなけりゃ、俺は多分ゲーム造りに触れることはなかった。だから感謝してる」
「……それは、わたしも同じだよ。安芸くんとまったく同じことを、今、私も思ってる」
「……そう、だよな」
「だからね、今日はそのお礼を込めて、プレゼントを持ってきたんだ」
「プレゼント?」
「……はい。どうぞ」
頬を染めた加藤が少し照れたような笑顔と共に差し出したのは……。
「ペンダント?」
「だ、駄目かな?」
「いいや、ありがとう。大切にするよ」
「う、うん」
「………加藤もしかして、照れてる?」
「そ、そんなことないもん! ……あ」
「"もん"ってそりゃまた、あからさまなツンデレを」
「……安芸くんなんか知らない」
ぷいっと顔を背けて、『わたし怒ってます』といった感じでスタスタ先を歩く加藤は、珍しくキャラが立っていて…………不覚にも、めちゃくちゃ可愛かった。
だから。
衝動的に後ろから抱き締めてしまったのも、むしろ当然の帰結なわけで。
俺はこれっぽっちも悪くない。
そのはず。
……頬を紅く染めた加藤が、上目遣いで俺を見てくる。
「安芸、くん?」
「……ご、ごめん。つい、なんか、加藤が可愛すぎて」
正気に戻った俺はパッと体を離した。
加藤がジト目で唇を尖らせる。そんな何気ない仕草も、今日は本当に可愛いと思えた。
さらりとした黒髪が揺れる。
「……そうやって、他の女の子たちも落としてきたんだ?」
「……べ、別にそういうわけじゃ」
「いいよ、それは。……ただ、わたしからもお願いがあるかな」
「どんなお願いだ? 正直さっきの行為を見逃してくれるなら何でもいいです」
「今から警察いけば、安芸くんを捕まえられるよね」
「それだけはやめてくださいお願いします! 何でもしますから!」
「いま、なんでもするって言ったね?」
「あ、ああ。男に二言はない。ドンと来い」
開き直って胸を叩くと、加藤が何かを言おうとして、ためらったように口を噤んだ。
どうしたんだ……?
加藤は珍しくもじもじしながら、やがて意を決したように言葉を紡ぐ。
「……もう一回、抱き締めて欲しいなって……ね?」
「……」
「な、何か、言ってよ……ああ、恥ずかして死にそう」
「……」
「あ、安芸くん?」
「……もう一回言ってくれ」
「え?」
「頼む! 最高に胸がキュンキュンする今の言葉をもう一回言ってくれ」
「えー……やだ。恥ずかしいから」
「お願いだ!!」
「願う前に、やることがあるんじゃないの?」
「……そ、そうだよな」
「ほ、ほら、早くしてよ」
もう、言葉は必要なかった。
俺は無言で、加藤を抱きすくめた。
「……ありがとう。嬉しいよ」
そんな言葉を聞きながら。
俺は、女の子の体は思ったよりも小さいんだなとか、そんなことばかり考えていた。
「なぁ、加藤」
「……何?」
「これさ、ゲームのシナリオに入れてもいい?」
「……うん。だって、わたしがメインヒロインで、安芸くんが主人公のゲームだもんね?」
「……主人公はゲームをプレイする消費者たちだよ。俺じゃない」
「少なくとも……わたしにとっては、そうだから」
野に咲く花のように可憐な笑みを携えて、加藤はぎゅっと、俺の体温を搾り取るように――強く、抱きしめてくれた。
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