Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ (北洋)
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第0話 貫け、奴よりも速く

本作は「スーパーロボット大戦OGs ジ・インスペクター」のアニメ終盤戦後のキョウスケ・ナンブが「マヴラヴ オルタネイティブ」の世界に飛ばされちゃったぜ! 的なお話です。
オリジナル要素満載になる予定なので、拒否感を抱く方もいるかもしれません。ご了承いただけるかたはどうかお付き合いください!
感想・ご指摘大歓迎!
更新・感想へのご指摘はリアル仕事の暇見て行うので、遅くなる可能性大ですが、生優しく見守ってくれる嬉しいです。
ではどうぞ!


 新西暦と呼ばれた時代。

 それは地球人類が、地球外知的生命体や謎の侵略者との戦いを繰り広げた戦乱の時代である ──

 

 

 ── 多くの命がその激動の時代を駆け抜け、散っていった。

 ある者は愛する者を守るために。またある者は目指した未来を手につかむために。一戦一戦に命と全身全霊を賭し、戦いに向かっている……キョウスケ・ナンブも、そんな男たちの1人だ。

 

 【シャドウミラー事件】 ── 並行世界からの侵略者たちとの戦争の最終局面で、キョウスケは、並行世界から転移してきた自分自身と決着をつけるべく愛機「アルトアイゼン・リーゼ」を駆っていた。

 並行世界のキョウスケは地球を目指し、単機での大気圏突破を敢行している。キョウスケらの目的は敵機の地球到達の阻止。必然的に大気圏に突入しながらの戦闘となり、機体のオーバーヒートを告げる警告音がコックピット内に鳴り響いている。

 アルトアイゼンに大気圏突破能力は備わっていない。

 離脱限界値を越えてしまうと、アルトアイゼンは自力での重力圏からの脱出は不可能 ── そうなった場合の結末など火を見るより明らかだったが、キョウスケは決して引こうとはしない。

 理由は、コックピットモニターに映し出されていたあるモノだ。

 モニター上の敵機……そのコックピットブロック装甲に、鋼鉄の拳が埋まって残っていた。

 

(アクセル ── 届いていたぞ、お前の一撃は)

 

 キョウスケは戦場に散った好敵手を想う。

 敵機に埋もれているのは、アクセル・アルマーの乗機「ソウルゲイン」の玄武剛弾だ。敵機の装甲板に埋もれコックピットに届かなった拳弾。だがあと少し……あと少しで敵のコックピットに到達する……そんな絶妙な位置にアクセルの遺産はあった。

 アルトアイゼンの力で一押しすれば、おそらくソウルゲインの拳が敵のコックピットを貫くだろう……だが。

 

 

(── やれるのか、俺に? そもそも装甲を貫けたとして、コックピットの位置がそのままだとは限らない。その場合、こちらが確実に撃破される ──)

 

 一瞬の逡巡。

 0.1秒に満たぬほどの。

 考えるまでもなく、キョウスケの腹は決まっていた。

 

(上等だ。分の悪い賭けは嫌いじゃない!)

 

 キョウスケはコンソールを操作し、フットペダルを踏み込む。選択された武装はアルトアイゼンの右腕部の固定武装「リボルビング・バンカー」 ── 常軌を逸する程に巨大なそのパイルバンカーを振りかざし、アフタバーナーから爆炎を噴きだしてアルトアイゼンは加速する。

 肉薄するキョウスケのアルトアイゼン。だが敵機から迎撃弾がアルトアイゼンの装甲を抉り、行く手を阻む。

 

『キョウスケ、援護するわ!』 

「エクセレン!」

 

 サブモニターにキョウスケの恋人 ── エクセレン・ブロウニングの姿が映し出された。長い時間を共に過ごしてきた戦友にして、キョウスケが女性として愛する掛け替えのない人物だ。

 エクセレンの乗機「ライン・ヴァイスリッター」のハウリングランチャーが火を噴き、敵機の迎撃を妨害する。ハウリングランチャーは並のPTなら数機まとめて葬る威力を誇るが……直撃したにも関わらず、敵機に大きなダメージは確認できなかった。

 ほんの一瞬だけ、迎撃の手が緩んだだけだ。

 

「それで十分だ!」

 

 

 その瞬間を、熟練したキョウスケの目は逃さなかった。まるで脊椎反射のように、スロットルとフットペダルを全開にし、機体が分解しかねない勢いで敵機に吶喊する。

 再開された敵機の迎撃により、アルトアイゼンの装甲がさらに深く削られていく。直撃弾の嵐 ── 機体各所の機能不全及び脱出勧告がモニターに表示され、耳触りな音がコックピット内に響いた。

 だがアルトアイゼンは撃墜されるよりも速く、敵機に体当たりすることに成功した。

 アルトアイゼンと並行世界のキョウスケの乗機 ── 並行世界のアルトアイゼンは、大気圏の熱に侵されながら地球へと落下していく。

 

「まだだ……ッ!」

 

 叫びと共にコントロールレバーを操作するキョウスケ。

 

「貫け……! 奴よりも速くッ!!」

 

 埋まっているソウルゲインの拳に、リボルビングバンカーの鉄杭が撃ち込まれた。敵機のコックピットが鋼鉄の拳に押しつぶされていく。

 接触回線を通じて、並行世界のキョウスケの断末魔が耳に届いた。

 

『馬鹿なぁッ!? 未来が……過去にぃぃぃぃっ!?』

「俺は生きる! 未来をッ、エクセレンと共に ── ッ!!」

 

 炎に包まれた2機のアルトアイゼンは、重力に引かれるまま青い母なる星へと堕ちていく……全身を苛む熱気……感覚と言う名の生きている証拠を享受しながら……キョウスケの意識は、一度、そこで途切れた ──……

 

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【西暦2001年 11月11日(日)  日本 新潟BETA上陸地点】

 

 地獄、あるいは死屍累々、そう表現するのは適切であろう光景が伊隅 みちるの眼前には広がっていた。

 

 11月11日の正午過ぎ、伊隅 みちるは新潟にある海岸線沿いにいた。青い海に白い砂浜、もし季節が夏ならば、ここが海水浴場だと偽っても決して疑われることはない ── そんな光景が確かに作戦開始前には広がっていた。

 しかし今はどうだろう?

 海岸線の青と白のコントラストは暗赤色の体液で上塗りされ、海水浴客の代わりだとばかりに大小様々な異形の骸が山積みになっていた。戦闘が終了して既に30分が経過していたが、今なお化け物の体から流れ続ける赤黒い体液は海を汚し続け、独特な硫黄臭をあたりに撒き散らしているはずだ。

 もちろん、人型ロボットのコックピット内にいるみちるの鼻に、腐臭と言っても良いその硫黄臭が届くことはない。だが外部の光景は、常に網膜投影されて写し出されている。一般人ならば間違いなく嘔吐しているであろう凄惨な光景だったが、みちるにとっては別段珍しくもない見慣れた光景だった。

 伊隅 みちる。彼女は特殊任務部隊「A-01」の部隊長であり、階級は大尉。大尉ともなれば、人型ロボット ── 戦術機による化け物 ── BETA(ベータ)掃討作戦は何度も経験してきている。彼女はベテラン、あるいはエースとも呼ばれる類の人間だった。

 

 佐渡島ハイヴから新潟に上陸BETA掃討後、みちるが率いる「A-01」は残存BETAが存在しないが哨戒にあたっていた。

 小隊別に行動し、非常時に連携が取れる程度の距離に散開、警戒しているが動体反応はない。

 と、別行動中のB小隊から通信が入ってきた。

 

『こちらヴァルキリー2。隊長、こちらではもう動いているBETAはいないようです』 

「ヴァルキリー1了解。こちらもおそらく大丈夫だろう。だが油断しすぎるなよ、BETAはクソったれな下等生物だが、タフさだけは折り紙つきだからな」

 

 通信の相手 ── B小隊小隊長にて「A-01」のナンバー2「速瀬 水月」は、みちるの言葉に苦笑いで応えた。

 

『まったくですよ。ぶっ殺すだけでも一苦労だっていうのに、今回の特殊任務はBETAの捕獲って言うんだから……博士の鬼上司っぷりには白旗を上げたい気分ですね』

「ふっ、同感だ。……まったく、博士は何をお考えになっているのか。BETAの捕獲など……?」

 

 殲滅するだけでも相当な被害……最悪壊滅しかねないBETAという怪物たちを相手に、生きたままのサンプルを捕獲すること。それが、今回みちるの所属する特殊部隊「A-01」に与えられた特殊任務だった。

 みちるたちの乗る全長18m程の人型ロボット ── 戦術機をもってしても苦戦必至のBETAという化け物。それを捕獲せよ、とのお達しなのだ。当然、殲滅よりも任務成功の難易度は高くなる。

 結果だけ言えば、みちるたち「A-01」は任務は達成していた。しかし戦死者1名という痛手も被っていた。みちるにとっては、大切な部下を1人失ったということに他ならない。

 

(香月博士……いつものこととはいえ、読めないお方だ)

 

 NEED TO KNOWの原則。

 知る必要がないから知らせない。ただそれだけのことだ。詮索したところで望んだ答え帰ってくる保障は何処にもない。知らされない以上、目の前の任務をこなすしか選択肢は最初からないのだ。軍隊では珍しくもない、日常茶飯事のことだった。

 

 ……結局、残存BETAの存在は確認されずCP(コマンドポスト)から撤退命令が下ったのは、それから30分が経過した後だった……。

 

「聞いたな。総員、撤収準備にかかれ」

『『『『了解』』』』

 

 みちるが発した命令に隊員全てから言葉が返ってきた。

 その時だった。

 みちるの戦術機のセンサーが『何か』を拾ったのは。

 戦術機大の金属反応が出ている。反応が見られているのは、みちるの小隊が担当したエリアだった。

 

(金属反応? BETAの死骸以外に、戦車や戦術機の残骸が転がっていたのは確かだが、この反応はあまりに大きい……これではまるで、無傷の戦術機が、BETAの死骸の真ん中にいるみたいじゃないか……?)

 

 もしそんな機体が残っていたのなら、みちるたちが哨戒中に絶対発見しているはずだ。さらに言うなら、哨戒中に表示されている金属反応はなかった。

 仮にBETAの死骸に埋まっていたとしても、金属反応が一切検知されないとは考えづらい。

 

「…………」

『隊長? どうかしましたか?』

 

 水月がみちるの回線を開いて訊いた。

 みちるは無言のままだったが、しばらくして口を開いた。

 

「……ヴァルキリー2、少し気になる事がある。それを調べたいのだが、貴様は、残りの隊員を指揮して撤収準備を進めていてくれ」

『はっ、別に構いませんけど……何かあったんですか?』

「なに、大したことじゃない。すぐに済む」

 

 そう、すぐに終わる。該当場所に向かい、目で見て確認するだけだ。長年衛士をやっていると、時々このような違和感を覚えることがあった。些細な事なのだろうが、確認しなければいけない、経験からくる衛士の勘がみちるにそう告げていた。

 水月は怪訝そうに眉をひそめたが、それも一瞬だけだった。

 

『了解です。「伊隅ヴァルキリーズ」これより撤収準備に入ります!』

「頼んだぞ、速瀬」

『任せてください。隊長を置いてけぼりにするつもりで、チャチャッと準備を終わらせますから』

 

 悪戯好きな子どものような笑顔を浮かべる水月に、みちるも微笑で返すと、金属反応が出た地点に戦術機を向かわせた。

 ……数分後。

 みちるは目的地に到着し、奇妙な光景を目にすることになる。

 

「……なんだ、こいつは?」

 

 海岸線には無数のBETAの死骸が積み重なって山のようになっている。それは変わらない。だが見慣れないモノが増えていた、先ほどの哨戒中には発見できなかったモノが、だ。

 

 折り重なった死骸のほぼ中央部分に巨大ロボットが横たわっていた。

 

 戦術機より大きな巨体に、頭頂部にはエアバランサーとは思えない鋭利なブレード、さらに両肩には巨大なコンテナが装備されている。中でも特徴的なのは、右腕部にある巨大なパイルバンカーだった。

 見たこともない戦術機……少なくとも、みちるの所属している国連軍と日本帝国軍に、このような戦術は登録されていない。加えて言うと、そのロボットは全身が目を引くメタルレッドで塗装されており、哨戒中に見逃すはずもない程度には派手だった。

 そして何より奇妙だったのは、そのロボットが横たわっている場所だった。

 ロボット周囲にあるBETA死骸と、触れている地面が球形に抉り取られたようになっていった。まるで重機か何かで、無理やりロボットが倒れる場所を確保したかのような奇妙な感覚。

 戦闘終了後にも関わらず、そのロボットは新品同様の光沢を放っていたことも、みちるの中の違和感に拍車をかけていた。

 妙だ……しかし、みちるにはこの状況を捨て置くこともできない。

 

「……こちらヴァルキリー1、生存者発見の可能性あり。繰り返す ──」

 

 この後、赤いロボットのコックピットからは1人の男性パイロットが発見される。

 みちるの一報は衝撃となって、戦場跡を駆け抜けることになったのだった ──……

 

 

 

 

 

 

───それは、語られなかった他なる結末。

 

         とてもちいさな、とてもおおきな、とてもたいせつな

 

                            あいとゆうきのおとぎばなし───

 

 

 

 

 

to be continued ──……

 

 




本作は「マブラヴ オルタネイティブ」本編開始後、途中から(BETAの新潟上陸事件後)キョウスケが転移してからの話になります。
原作本編であった「総合戦技技術評価演習(だったかな?)」以前の話は割愛します。ですので、原作を知らない人には理解しにくい内容になる可能性が高いです。また本作は「二次創作もの」なので、「マブラヴ オルタネイティブ」に多い専門用語・戦術機・BETAの説明はあまり挟まない予定です。
更新は遅くなると思いますが、どうかよろしくお願いします。



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主人公および搭乗機体紹介

主人公【キョウスケ・ナンブ】と愛機【アルトアイゼン・リーゼ】紹介です。



・主人公

 名前:南部 響介(スパロボ世界での呼び方=キョウスケ・ナンブ)

 性別:男

 年齢:22歳

 身長:180cmほど

 所属:地球連邦軍ATXチーム⇒未所属(西暦2001年11月11日現在)

 階級:中尉⇒住所不定無職(西暦2001年11月11日現在)

 趣味:賭け事 特に分の悪い賭けが好き

 特殊能力:特になし しいて上げるなら異様に強い悪運

 決め台詞など:スパロボwikiをご参照ください。

 蛇足:北洋の作品「スパロボ学院」にキャラ崩壊して登場している。

 

・主人公搭乗機

 名称:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)

 分類:試作改造型パーソナルトルーパー

 形式番号:PTX-003C-SP1(ver.Alternative)

 全長:23.8 m

 重量:66.6t(転移の影響で変化)

 主機:不明 ブラックボックス化し半永久エンジンと化す(転移の影響で変化)

 武装:リボルビング・バンカー(右腕部の固定武装、超大型パイルバンカー)

    プラズマホーン(頭部に装備されたブレード、帯電白熱化させ敵を切り裂く)

    5連チェーンガン(左腕部の固定武装、実弾式の機関銃で戦術機の36mm突撃機関砲の徹甲弾と互換性あり)

    アヴァランチ・クレイモア(両肩コンテナに装備された火薬入りチタン製弾丸を撃ち出し、敵を蜂の巣にする特殊武装。使用する弾丸が特殊なため、補給の目途が立つのかは不明)

 オプション装備:ビームソード(PT用の近接格闘非実体剣。何故か持っていた)

 特殊兵装:ビームコート?(本来はビームに耐性のある塗料を塗ることで対ビーム耐性を高める仕様。転移の影響か、光線級(レーザー級)のレーザーに対する耐性を持つようになっている)

 原作との相違点

 転移の影響で外観は変わらないが機体仕様に変化がみられている。強度が増強しているのにかかわらず重量の低下している装甲、出力が上がり起動に燃料を必要としなくなった主機、レーザー耐性を持ったビームコート(?)などがあげられる。特筆すべきはビームコート(?)で、同一部位への照射であれば重光線級の最大照射を最大20秒間耐えることが可能との計算値が出ている。後にアルトアイゼンは【光線級殺し】の異名を頂くとかいただかないとか……枯渇した弾丸はマブラヴ世界で補給予定です。外見はアニメ「ジ・インスペクター」で出てきたバリバリボルテッカ ── テッカマン・ステークをイメージしています。 

 その他の説明:スパロボwikiをご参照ください。

 

 




このような設定で物語を続けて行く予定です。
と言っても、予定は未定ですがw
次回から第1話の開始です、よろしくお願いします!


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第1部 報いなき栄光 ~The stranger ~
第1話 その女、香月 夕呼 1


更新速度を上げるため、1話分を数回に分けて(場面変化あたり切る予定)更新していく予定です。


【西暦2001年 11月20日(火) 日本 横浜基地 営倉】

 

 肌の熱を吸い取っていく硬い地面の感触が、キョウスケ・ナンブを覚醒させた。

 

 空気が冷たい。冬、とまではいかなくても、秋の終わりも近づいている……そんな感じの深々とした冷気がキョウスケを包み込んでいた。加えてキョウスケが眠っていた場所も、寒さをより強く感じさせる要素を多分に含んでいる。

 四方をコンクリで覆われた小さな部屋の床で、キョウスケは薄い毛布1枚に包まって眠っていた。廊下に面した壁だけが取り払われ代わりに鉄格子が嵌め込まれており、ご丁寧に成人男性では脱出不可能な小さな採光窓にも鉄格子がしっかり設置されている。

 営倉と呼ばれる懲罰房の一種 ── キョウスケのいる場所がそこだった。

 

「……っ」

 

 頬を残る鈍痛に思考がクリアにされていく。キョウスケは、昨日、尋問官に顔面を殴打されたことを思い出した。営倉には鏡がないが、青痣になっているだろうことは感覚的に分かる。ちなみに営倉にある物は、排便用の和式便座が1つあるだけで衛生的な環境だとはお世辞にも言えない。

 昨日 ── 尋問官の口ぶりでは11月19日だったらしいが、キョウスケは見覚えのない軍事施設の医務室で目を覚ました。1週間以上眠り続けていた……これは医務室にいた従軍看護師の証言だ。 

 当然だが、その間の記憶は一切キョウスケには残っていない。

 覚えているのは……【シャドウミラー事件】の際、シャドウミラーとアインストとの決着をつけた後現れた並行世界の自分 ── キョウスケ・ナンブ……奴の駆る並行世界のアルトアイゼンを撃破した瞬間、自分は既に大気圏に突入してしまっていた……と言う事実だけ。

 キョウスケの愛機、アルトアイゼン・リーゼには大気圏突入能力がない。冷静に考えれば……最悪の場合は空中で爆散、運が良くても海面か地面に叩きつけられて大破は免れなかったはず……しかし自分は生きていた……しかも無傷で。

 

(絶体絶命の状況を……運よく乗り越えたのはこれが初めてじゃない。……それはいい、だが、俺が今置かれている状況が腑に落ちん……)

 

 旅客機の墜落事件、ビルトラプターの空中分解、ソウルゲインによるアルトアイゼンの被撃破……思いだせるだけで、キョウスケは3回も死んでもおかしくない事件を生き延びている。墜落後、運よく生存してた所を救助されたと考えれば、医務室で自分が起きたことも納得できる……が。

 問題は、その後有無をを言わさず尋問室に連行され、1時間近い尋問の後にここ ── 営倉にぶち込まれたことだった。

 

(……敵対組織……例えばノイエDCの残党に捕縛された……? そう考えれば納得できるが、説明はつかない点が多すぎる)

 

 キョウスケは軍人だ。自分が置かれている状況も把握せず、尋問されたからと言って自軍の情報を相手も漏らすほど愚かではなかった。名前や年齢程度の事しか口にしないキョウスケに、ついに痺れを切らした尋問官の鉄拳が顔面に降ってきたが、その程度で済むのであれば幾らでも殴られてやる思っている自分がいた……問題は今後、自白剤の類の薬を使われる可能性がなくは無い……ということだ。

 キョウスケが捕縛された組織が人道的とは限らない。

 

(今の状況ではどうしようもない、か……口を閉じることだけが今の俺にできる精一杯の抵抗……せめて、現状の把握だけでもしておきたい所だが……)

 

 目覚めてからキョウスケが得た情報は少なすぎて、何も分からないのが現状だった。

 

(しかし妙だ。あの尋問官はしきりに「日本帝国軍」、「国連軍」と口にしていた……地球連邦軍の間違いではないのか……? それに日本は帝国主義ではない。アメリカは分かるが「ソ連」などと既に解体した国の名も口にしていたが……ロシアの間違いではないのか? 戦術機という聞いたことのない単語も耳にしたが……いったい、ここは何処(・・・・・)なんだ?)

 

 考えれば考える程に生まれてくる疑問。

 湧き上がる違和感。

 しかしそれらを解決する手段を今のキョウスケは持ち合わせていなかった。

 

「エクセレン……お前は無事なのか……?」

 

 恋人の名前が自然と口から洩れ出ていた。彼女はあの大気圏戦闘の最後の瞬間まで一緒にいた。敵機に吶喊(とっかん)したキョウスケと違い、エクセレンのライン・ヴァイスリッターなら余裕をもって重力圏外へと脱出は可能だろう。

 しかし、今の自分のように不測の事態が起こらないとも限らない。

 懸念が水底に落ち積もるゴミのようにどんどん貯まっていくキョウスケの思考、だが、それを遮る音が廊下から響いてきた。

 カツンカツンと乾いた革靴の音がキョウスケの営倉の方に近づいてくるのが分かる。足音はやはりキョウスケの営倉前で止まった。

 顔を上げると、昨日キョウスケの殴った尋問官が、小銃を携えた護衛を2人連れて立っていた。

 

「出ろ。お楽しみの時間だ」

「…………」

 

 頬の傷が疼き、悪態をつきたい気分に駆られたが抑える。抵抗のまなざしを向けても無為に相手の反感を買うだけだろう……はじめから、重い腰を上げるしかキョウスケに選択肢は用意されていなかった。

 

 

 

      



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第1話 その女、香月 夕呼 2

【2001年 11月20日(火) 国連横浜基地 捕虜尋問室】 

 

 昨日、営倉に連れてこられた道を逆に辿り、キョウスケは尋問室に2度目の訪問を果たしていた。

 小さめの会議室のようなその部屋は薄暗く、中央に金属製の机と椅子が一組置かれており、小さ目のスタンドライトが備え付けられているだけだ。他に目につく物といえば、錆びた鉄製のバケツと何が入っているか分からない怪しいロッカー、出入り口と反対側に設置された黒い窓ガラス ── ここが軍事施設だと考えるなら、尋問風景を観察するための防弾性のマジックミラーだろう ── があるだけだった。

 護衛の1人を入り口正面に、もう1人を背後に立たせた尋問官がキョウスケの対面の椅子に腰かけた。

 

「名前は南部(なんぶ) 響介(きょうすけ)、日本人を両親に持つ生粋の日本人であり、年齢は22歳……だったな?」

 

 冷めた目でめねつけ、スタンドライトの灯りをキョウスケの顔面を向けてくる尋問官。対してキョウスケは沈黙したまま。

 

「さて、私も暇ではないのでね。昨日よりは有意義な1時間にしたいものだな、南部 響介」

「…………」

「ダンマリか、まぁいい。捕虜の扱いは国際規定に準ずるため、我々が貴様に無用な危害を与えることは絶対にない……だが、我々も人間だからね。我慢の限界というモノがある。あまりに非協力すぎると、昨日のように思わず手が出てしまう事もある。もっとも、そうならないようには善処するつもりだが」

 

 キョウスケの頬には、尋問官に昨日つけられた打撲傷が残っていた。つまり目の前の尋問官は「必要なら死なない程度に痛めつけることもできるのだぞ」と、キョウスケに警告しているのだ。

 

(……まぁ、殺すまではするまい)

 

 尋問をする。ということは、相手側がキョウスケから何か情報を引きだしたい、ということだ。むざむざ情報源を潰すことはしないだろう。

 無論、暴力はやりすぎることもあるし、当然、キョウスケには痛みも伴うが……尋問官の顔を直視しながら考える。

 

(今は耐えるしかない……こいつから情報を引きだし、現状を把握することが今の俺にとっては最重要だろう)

「だから南部 響介、昨日よりも協力的な態度を見せてもらいたいものだ。私も自分の手が傷つくのはあまり好きじゃないからな」

 

 手の甲を擦りながら言う尋問官。しかし口元は嗜虐的に歪んでいた。

 

「では聞こう。南部 響介、君は何者だ? あの11月11日、日本帝国軍が作戦行動をしていた新潟の海岸線沿いに、何故、貴様はいた?」

「知らん。昨日、俺は何も覚えていないと言ったはずだが」

「そんな筈はない。何の目的もなく戦地に赴く人間など考えられん。潜入任務か秘密工作か……どちらにせよ、どの軍にも属さず戦場で単独行動する人間などいるはずもない。

 それにだ、南部 響介、仮に貴様が新潟に住んでいた一般市民だとしても、貴様の体つきはどう見ても一般人のモノではなく軍人のソレだろう?」

 

 誤魔化せんぞ、と尋問官は目を細めたて言った。

 キョウスケの体は一般人とは比較にならない程引き締まっている。またボディービルダーのような魅せる筋肉ではなく、従軍し戦いの中で自然に出来上がった戦うためのモノだった。

 確かに、一般人と言い張るには無理がある。

 

「さらに言えば、貴様の搭乗していた赤い戦術機……整備の者の調べでは、帝国軍、国連軍、米軍にソ連……どの組織にも同様の機種は無いとのことだ。

 貴様はそんな戦術機の中で倒れていたのだ、疑われないとでも思っていたのか?」

「戦術機……?」

 

 まただ。尋問官が常識のように口にする「戦術機」という単語、やはりキョウスケには聞き覚えがない。どうにも奇妙な違和感を覚える。

 キョウスケが助け出された、赤い、戦術機……

 

(……まさか、アルトのことか……?)

 

 思い当たる節はそれしかなかった。

 最後の戦いでキョウスケが乗っていたアルトアイゼン・リーゼは、メタルレッドの塗装を施された試作強襲用PTの改修機だ。あの戦いの後、キョウスケが意識を失っていたとすれば、アルトアイゼン・リーゼのコクピットの中以外は考えられなかった。

 

(とすれば、戦術機とはPTやAMのような人型機動兵器のカテゴリの1つで、彼らはアルトを戦術機と勘違いしている可能性が高い……が、問題は俺が戦術機というカテゴリを知らないことだ)

 

 新しく開発された新機種のマシンならキョウスケが知らなくても無理はないが、知なないモノがカテゴリとなれば話は別だ。

 PTとAMは概念が違っているから別カテゴリに分類されている訳で、戦術機という新しい概念の機動兵器が登場したなら、パイロットをしているキョウスケの耳に入らない筈がないからだ。

 だがキョウスケは知らなかった。尋問官の態度は自然で、戦術機という単語が世界にごく当たり前に存在しているように思えてくる。

 心の隅にこびり付いていた違和感は拭えず、徐々に大きく膨らんでいく。

 

(……少し、探りを入れてみるか)

 

 キョウスケは尋問官に質問することにした。

 

「すまんが……戦術機とは……一体何だ?」

「はぁ?」

 

 間の抜けた声を漏らす尋問官。

 

「貴様、冗談は寝ていうんだな。戦術歩行戦闘機(・・・・・・・)の略に決まっているだろうが、この時勢で知らないのは疎開先で生まれた赤子ぐらいのものだぞ?」

「そうだったな……で、その赤い戦術機がどうかしたのか?」

「……理解力が乏しいようだな。その赤い戦術機と、それに乗っていた貴様は一体何者なのか答えろと昨日から再三言っているのだが……いい加減理解してもらえたかな、南部 響介?」

 

 尋問官の眉尻が上がった。昨日の殴打といい、気が長い男ではなさそうだ。

 赤い戦術機とはアルトアイゼン・リーゼの事で間違いないようだ。

 

(……尚更、答える訳にはいかなくなったな……)

 

 キョウスケを捕縛している組織 ── おそらくノイエDCの残党ではないだろう ── がキョウスケの持つ情報を否が応でも欲しているのなら、地球連邦に敵対している組織である可能性が非常に高い。

 アルトアイゼンが改造機だとしても、地球連邦の主力量産型PTであるゲシュペンストの面影は残っている。そこからキョウスケが地球連邦のパイロットであることは容易に想像できるわけだが……

 

(妙だ。ならば、何故、俺が何者かなどと質問をする? 連邦の情報を吐けと迫るのが普通だと思うが……)

 

 ……どちらせよ、「シャドウミラー事件」が終結し束の間の平穏が訪れている筈の地球に、火種となるような組織に油を贈るようなことをキョウスケはできないと判断した。

 

「答えろ、南部 響介。貴様は何者で、一体何が目的だ?」

 

 キョウスケは無言を答えとした。

 尋問官のこめかみに青筋が浮かび始める。

 

「あの赤い戦術機は何だ? 貴様はどこの軍の所属だ?」

「…………」

「何故BETAどもの死骸のど真ん中にいた? …………ちっ、またダンマリか。どうやら貴様は貝のように口を閉じることしか能が無いらしいな。

 いいだろう。そちらがその気なら、こちらにも考えがある」

 

 尋問官は椅子から立ち上がると、尋問室の隅にある怪しいロッカーに近づき扉を開けた。しばらく中をあさった後、小さな黒い箱を持ってキョウスケを睨みつけてきた。

 嗜虐的な笑みを隠すことなくキョウスケの傍に寄ってきて、目の前の机に黒い箱を、ドン、と叩きつけた。

 

「真に残念だよ、南部 響介。貴様がもう少し協力的であったなら、我々もこんな手を使わずとも済むと言うのに ── おいっ、こいつを押さえつけろ!」

 

 突如上がった尋問官の大声に、

 

「「はっ!」」

 

 待機していた護衛の2人が反応して、

 

「なにっ……ぐぁ……ッ!」

 

 キョウスケは上半身を机に叩きつけられた。そのまま乱暴に体を扱われる。1人の護衛は全体重と力を使いキョウスケを机に押し付け、もう1人の護衛によって袖を捲られ関節を固められた。

 抵抗しようとしたが、鍛えられた軍人2人の力でキョウスケは身動き1つとれない。尋問官はキョウスケを見下ろしたまま黒い箱を開けた。

 中からは、何らかの薬剤を封入したガラス製のアンプルが取り出された。

 尋問官はアンプルを開封し、注射器の中に吸い出し始める。

 

「ペントタール。知っているだろう? その昔、ナチで研究されていたという自白剤の一種さ。なに、すぐに済む ──」

 

 アンプルの中身を吸い尽くした注射器に細い注射針が取り付けられた。慣れた手つきで注射針の先まで薬液を満たす尋問官の姿に、キョウスケは寒気を覚えた。

 自白剤……あまりにも非人道的な情報の聞きだし方だ。

 

「── ただし廃人になる可能性は否定できんがね」

「く……っ、捕虜の扱いは国際法に準ずる……そう言っていた筈だ」

「勿論だとも。ただしそれは、生きている人間(・・・・・・・)に対してのみ適用されるべき法律だ」

「なん、だと……?」

 

 キョウスケは自分の耳を疑った。

 今、尋問官は何と言った? 生きている人間……確かにそう言った。まるでキョウスケが生きていない ── 死んでいる人間(・・・・・・・)のように言い放った。

 しかしキョウスケは間違いなく生きている。机に押さえつけられれば痛いし、この状況に焦って心拍数は上昇している。死人ならこんな反応は絶対にありえない。

 

「白々しいな、南部 響介。死人に化けて、貴様は一体何をするつもりだったのだ? 我々が戸籍情報を調べないとでも思っていたのか? んん?」

「どういうことだ……? 俺が、死んでいるだと?」

「理解力に乏しい貴様の頭にも分かるように教えてやろう。

 南部 響介は戸籍上もういないことになっている。南部 響介は帝国軍の衛士だったが、1999年の明星作戦で米軍が無通知で発射したG弾に巻き込まれ、MIAと認定されていた。

 つまり貴様は、骨も残っていない南部 響介に化けた【何者か(・・・)】なのだよ。だから私は貴様が【何者か】聞いていのだ」

「…………」

「もう下手な芝居は止すんだな、この偽物め」

 

 

 尋問官の嘲笑が部屋に響いたが、キョウスケの頭には届かなかった。

 自分の死という事実に少なからず衝撃は受けていたが……そんな些事よりも重要なひらめきが頭を過っていたからだ。

 今まで感じていた違和感の正体 ── キョウスケが置かれている現状を、全て説明できる明確な答えにキョウスケは辿りついていた。

 

(そうか……そういうことか……並行世界(・・・・)。ここは俺の生まれ育った世界ではない、別の世界ということか……)

 

 並行世界 ── つまり可能性によって無限に分岐したパラレルワールドの1つに、キョウスケは迷い込んでしまった。こう考えればキョウスケの感じた違和感すべてに説明がつき、戸籍上死んでいるキョウスケが生きていることも説明できる。 

 俄かに信じがたく正気を疑われる答えだったが、並行世界を証明する生き証人がキョウスケの周りには沢山いた。

 「シャドウミラー」そして「ベーオウルフ」と呼ばれた自分の存在がそうだ……「シャドウミラー事件」の最後の戦いで、キョウスケは並行世界の自分と共に大気圏に突入してしまった……それが直接の原因かは分からないが、何の因果か、自分のではない別の世界に飛ばされてしまった。

 「シャドウミラー」のいた世界がそうだったように、おそらく、この世界でも歴史が違っている筈だ。戦術機という、PTではない人型機動兵器の存在がその証拠だろう。

 

(念押しだ……ここが並行世界だという確証を……!)

 

 拘束されながらも、キョウスケの頭は冷静だった。

 尋問官が注射針を刺す血管を見繕っていたが、そんなことは知ったことではない。

 

「おい、エアロゲイターを知っているか!?」

 

キョウスケは自分の世界の軍人なら絶対に知っている言葉を口にした。

 

「静かにしろ、南部 響介。針を外してしまうだろう」

「知っているのかと聞いている!? エアロゲイターだ! かつて地球を侵攻した宇宙人を知らないのか!!」

「宇宙人?」

 

 尋問官の手が止まる。

 

「エアロゲイターなど聞いたことがないな。我々の敵 ── 人類の敵は、異星起源種『BETA(ベータ)』だ。エアロゲイターなどという組織は存在しない」

 

 尋問官の答えでキョウスケは確信した。

 キョウスケは並行世界に飛ばされたという現実。そして謎の組織に囚われ、尋問を受けているという現状を理解した。また、自白剤投与直前の絶体絶命に追い詰められている、ということもだ。

 自白剤を投与されれば、知っている情報が全て相手に伝わってしまうだろう。

 キョウスケの持つ情報がこの世界で役に立つとは限らない。情報源として価値が無くなれば、おそらくキョウスケは闇に葬られる。

 役に立たない死人を生かしておく理由はない。自白剤で廃人になれば、確実にその未来に行きついてしまうに違いないだろう。

 

(くっ……こんな見ず知らずの世界で死んでやるわけにはいかん……! エクセレン、お前ならこんな時どうするッ?)

 

 走馬灯のように、脳裏に恋人エクセレン・ブロウニングの姿が浮かびあがる。

 わぉ、キョウスケったらダメダメね~。

 ケタケタ笑いながらキョウスケを指さしてくるエクセレンのイメージ。絶体絶命にも関わらず、なぜこんなイメージが浮かんでくる? もう少し感動的でもいいんじゃないかとさえ、自分のイメージにも関わらずツッコミを入れたくなるキョウスケだった。

 だがエクセレンは確かによく笑う女性だった。

 このままでは彼女に会うことが二度とできなくなる。それだけは絶対に嫌だった。絶対にこの状況を切り抜ける、そのためにキョウスケは頭を巡らせる。

 

(戦ってこの場を切り抜ける……のは不可能だ。身動きが取れない、それに護衛は小銃を持っていた。仮にここを脱出してもアルトの場所が分からなくては…………ん?)

 

 ふと、尋問室に設置されていた黒い窓ガラス ── マジックミラーに視線が向いた。

 黒で振り潰されているため、こちらから向こう側を見ることはできない。だが向こうからは尋問室の中の様子が見えているはずだ。

 

(……誰かが見ている)

 

 マジックミラーを挟んでいるため、キョウスケに向こう側は何も見えない。

 だが視線を感じた。戦場で培った勘が、それをキョウスケに告げていた……間違いなく、ミラー越しに誰かがいる。

 

(……この世界の俺は既に故人……死んだはずの男が謎の機動兵器に乗って現れた……軍人の興味を引くには十分なネタだろう…………。

 この尋問官がこの基地の上級士官だとは考えにくい。おそらく、俺の尋問を命じた人間があの向こう側にいる筈だ……!)

 

 尋問官に命令を下せる人間……自分に下手をすれば廃人になる自白剤を投与するのは惜しいと、その人物に思わせればいい。

 それ以外の答えがキョウスケには思いつかなかった。

 

「さぁ南部 響介、注射の時間だ」

 

 護衛が押さえた腕に、尋問官が血管を浮き上がらせるための駆血帯を巻き始めた。

 

(時間がない! あの向こうに人がいるとは限らないが……このままではオケラだ。舌戦は苦手なんだがな……四の五の言っていられんか!!)

 

 キョウスケは腹を括り、「自分の運命」という名のチップを視線に乗せ、マジックミラーを睨みつけた。

 

「おい、そこの隠れているお前! 俺は情報を持っているぞ! 知りたければ、このお状況をどうにかするんだな!!」

「南部 響介、騒ぐんじゃない!」

「それにな、お前たちの言う赤い戦術機は俺にしか動かせんぞ! 俺に自白剤など投与してみろ、あの機体の秘密は永遠に分からんぞ! それでもいいのか!」

 

 腹の底から喉を震わせた声に、尋問官たちは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 

「おい、黙らせろ!」

「はっ」

 

 頭を押さえつけていた護衛が、キョウスケの脇腹に膝を入れてきた。固い骨が肉に食い込み、反射的に苦痛の声と共に肺の中の空気が外に飛び出す。しかし ──

 

「聞こえているんだろう!!」

 

 ── キョウスケは叫ぶの止めなかった。護衛が二の手三の手を打ちこんでくるが意にも介さず、

 

「さっさと俺を助けるんだな、この ──」

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 国連横浜基地 尋問室 マジックミラー裏の部屋】

 

 尋問室に設置されたスピーカーを通じて、キョウスケの絶叫が響いてくる。

 

『── 卑怯者の女狐め!!』

「あらまぁ、随分な言い草だこと」

 

 ミラー越しに女性が3人並んで尋問室の様子を見ていたが、その中の紫色の髪を女性が冷ややかに呟きを漏らしていた。

 マジックミラー越しだから当然なのだが、女性たちのいる部屋からは尋問室の中が手に取るように見えていた。彼女たちはキョウスケが尋問室に連行され、護衛に押さえつけられ、自白剤を打たれそうになっている今この瞬間まで1秒たりとも逃さずに観察していたのだ。

 ちなみに紫色の髪の女性の傍に銀髪の少女が寄り添うように立っており、その背後に特殊部隊「A-01」の隊長「伊隅 みちる」の姿があった。

 紫色の髪の女性は微笑を浮かべながら言う。

 

「伊隅~、アンタの拾ってきた男、中々面白いわね。見えてない筈なのに、私のこと女だって言い当てたわ。透視能力(クリアボヤンス)でも持ってるのかしら?」

 

 女性は品定めをするようにキョウスケを見つめている。しかしそれは人が人を見るような温かい視線ではない。機械の性能を1から10まで分析しようとする冷たいモノだった。

 

「情報が知りたければ助けろ、ね。自力でどうにもならないことを認めているあたり、訓練兵よりは状況判断能力には優れているようね。

 おそらく、私がこんなあからさまな挑発に乗るような女じゃないってことも、薄々は理解しているんでしょうね」

「ですが、それすら承知の上で最後の賭けに出ていける。その程度の胆力は兼ね備えた衛士のようですね」

 

 傍に控えていたみちるが意見を述べる。

 

「そのようね。伊隅、アンタの部隊にもそろそろ男手(・・・・・・)が欲しくなってきたんじゃない?」

「……香月博士、まさか最初から……?」

「さぁねぇ~、私はただ『戸籍上死んでる男』っていう見世物を見世物小屋に見に来ただけだもの。天才であるこの私 ── 香月 夕呼にだって息抜きは必要なのよ。分かってくれるでしょ、伊隅?」

 

 紫髪の女性 ── 香月 夕呼の声に、はっ、とみちるは礼儀正しく返事をした。

 夕呼も笑みで応えると、傍に寄り添っていた銀色の髪の少女に声を掛けた。キョウスケの方に視線を向けたままで、だ。

 

「ねぇ社、あなたはどう思うのかしら?」

「…………あの人は嘘はついていません」

 

 社と呼ばれた少女の答えに夕呼は頷いた。

 

「そう、分かったわ。じゃあ、あのムッツリ君は助けてあげることにしましょ」

「は……? しかし博士、貴女は今さっき……」

 

 挑発には乗らない、そう言った筈だ……と口にしそうになるのを、みちるは必死で抑えた。軍において上下関係は絶対だ。上官に意見するなどもってのほか……天才であり尚且つ、基地副指令という立場にいる夕呼に意見するなど論外もいいところだ。

 夕呼は掴みどころない飄々とした態度でこう言った。

 

「べっつに~、天才だってたまには気まぐれを起こすこともあるわ。それより伊隅、彼、針刺されちゃいそうだけど? いいの?」

「はっ!? ちゅ、中止だ! 尋問はただちに中止しろ! いいか ──」

 

 みちるは尋問室に回線を開き、命令を達した。

 ミラー越しに尋問官たちが狼狽えているのが分かる。

 その様子を夕呼は、本当に見世物でもみるように笑みを浮かべながら、社は無表情のまま眺めていた。しかし社の瞳はどこか困惑の色を湛えている。まるで見てはいけないモノを見てしまった子どものように、目を伏せる。

 

「……あの人は、あの人と同じ……でも……」

 

 社は、誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟くのだった。

 

 

 

 

 




第2話に続きます。


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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 1

 

 

 香月 夕呼の登場により、非人道的な尋問から解放されたキョウスケ・ナンブ。

 

 彼の迷い込んだ世界は、彼が元いた世界とは別の並行世界の1つだった。

 香月 夕呼なる女性に疑念を抱かない訳ではなかったが、疑心暗鬼になってばかりでは事は前に進まないことをキョウスケは知っている。

 キョウスケは香月 夕呼と名乗る女性に従うことに決めた。

 元の世界に帰るためにも、この世界で死なないためにも……この世界での協力者が必要だったし、何よりも情報が必要だったからだ……。

 

 彼女に言われるまま、血液検査やCTスキャンなど幾重もの身体検査を受けさせられた後、キョウスケは彼女の部屋へと案内されるのだった……。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー

 

 

 

 

【西暦2001年 11月20日 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 研究室で夕呼が発した第一声は、キョウスケを驚愕させるに十分すぎる言葉だった。

 

「ようこそ、国連横浜基地へ。並行世界(・・・・)からの来訪者さん、いえ、迷い人……と呼んだ方がいいのかしら?」

 

 見るからに高級な執務席に腰かける夕呼は、いきなりの直球に言葉を失ったキョウスケとは対照的な余裕のある笑みを浮かべていた。

 

 横浜基地 ── それがキョウスケが捕縛されている基地の名称らしい。

 キョウスケは自分の居場所を再確認することにした。

 香月 夕呼の研究室は横浜基地の地下19階に存在し、相当セキュリティレベルが高いようで、高級士官であろうはずの彼女の周りには護衛が1人も見当たらなかった。現に彼女の右腕に見えた(キョウスケから見てだが)伊隅 みちるも、夕呼の研究室への立ち入りは許されず、研究室にはキョウスケと彼女の他には、たった1人の小さな女の子がいるだけだ。

 (やしろ) (かすみ) ── ウサギ型のヘアバンドをした小柄な外人の少女が、夕呼の傍に寄り添うようにして立っていた。一見、ツインテールの銀髪をした可愛らしい女の子にしか見えないのだが……夕呼の研究室に入れるということは、伊隅 みちるよりも高いセキュリティパスを持っていることになる。警戒のまなざしを向けているが、迫力がなさすぎて、まるでウサギに睨まれてでもいるような錯覚をキョウスケは覚えた。

 要するに、だ。

 夕呼の研究室には、キョウスケと夕呼と霞しかいなかった。

 夕呼たちが武装している様子はなく、体つきも華奢で、キョウスケがその気になれば研究室を占拠できそうにさえ思える……もっとも、それは不可能に近いのだが。

 なぜなら、キョウスケの首には金属製のリングが着けられていたからだ。見ようによってはアクセサリーに見えなくもないそれは、高性能爆薬が仕込まれた起爆リング……もし、夕呼に危害を加えるようなことがあれば首から上が無くなる……という寸法だった。

 

(まるで犬だな、これでは)

 

 装飾品をあまり身に着けないキョウスケにとっては違和感しか与えない代物だった。それが自分の命を左右するのなら尚更だ。だが命を握られているという事実は、尋問官に尋問されていたときもそうだったため、キョウスケがあまり動揺を感じることはなかった。

 しかし夕呼の発言に関しては別問題だ。

 

(俺がこの世界の人間ではないとなぜ分かった……? どこかで下手を踏んだか……?)

 

 会話での駆け引きはキョウスケの得意とする所ではない。いままで会話の中に問題があったとしても不思議ではなかった。

 沈黙を守るキョウスケを見て、夕呼は笑みを浮かべたまま、

 

「人払いはしてあるわ。もちろんカメラ、盗聴器の類も設置されていないから安心して。私の大事な研究を余所のバカどもに盗まれたら堪らないもの、もっとも、盗めたとしてもバカども理解できるとは思えないけどね。

 だからアンタは安心して発言していいのよ。アンタが並行世界の人間だと知っているのは私と社ぐらいのものだし」

 

 社 霞 ── 夕呼の傍にいる無害そうな少女ですらキョウスケの正体に気付いていると言う。その事実にキョウスケは衝撃を覚えたが、ある意味で手間も省けたように思えた。

 

(……元の世界に戻るために協力者は絶対に必要だ。俺は科学者ではないからな…………香月 夕呼、完全に信用するには危険な女だが、頭がキレるのは事実のようだし相当の高級士官のようだ。協力者の立場は良い方が俺にとっても都合は良い)

 

 尋問室での賭けが吉と出たと感じながら、キョウスケは口を開くことにした。

 

「なぜ分かった? 俺がこの世界の人間ではないと、どうして思ったんだ?」

「ふふん、な・い・しょ」

「…………」

 

 おどけてみせる夕呼に、キョウスケの眉間のしわが増えた。

 

「おぉ、怖い。嘘よ、嘘。冗談に決まってるじゃない、ちゃんと答えるわ」

 

 いきなりの肩すかしにキョウスケの眼光が鋭くなったが、それで貫けるほど夕呼の面の皮は薄くなかったらしい。……傍にいた霞は夕呼の服を掴んで、彼女の背後に隠れてしまったが。

 

「エアロゲイター、地球を襲った宇宙人だって、大声でアンタが自分で言っていたじゃない。取りあえずは、アレが決め手よね」

「アレでか……正気の沙汰とは思えんな……」

 

 並行世界にいるという事実を確かめるため、尋問室でキョウスケが発した単語ではあったが、普通に考えれば信じてはもらえない。あの状況を逃れるための嘘、あるいは狂人の戯言と捉えるのが普通だろうし、キョウスケだってきっとそうする。

 自分を信じるには根拠が弱すぎるように思えてしかたなかった。

 

「あら、その目は信じてないわね? ……ま、しょうがないか。私だって、その言葉を信じるに足る私にしか分からない理由(・・・・・・・・・・)がないと、絶対に信じてないでしょうしね」

「……何の事だ?」

「こっちの話よ。アンタには関係ないわ」

 

 夕呼が一瞬だけ霞に視線を向けた気がしたが、すぐにキョウスケを見つめ直し、話は再開する。

 

「勿論、他にも理由はあるわよ。一番はあの赤い戦術機よね。人型でジャンプユニットが搭載されていてどう見ても戦術機なのに、コクピットの構造や操縦系統からして戦術機じゃないんだもの。整備の連中が私に泣きついてきたのって、これが初めてかもしれないわ」

「そうか……確かに整備は難しいかもしれないな」

 

 世界が違い設計概念が違えば混乱するのは当たり前の事。キョウスケのいた世界が多世界の技術が入り乱れすぎているだけで、この世界の整備士の反応は至極真っ当なものだと感じた。

 

「装甲素材も未知の物だし、第1世代戦術機よろしくのバカげた超重装甲に関わらず、第3世代と比較にならない程巨大なジャンプユニット搭載させてるし……一言で言えばメチャクチャよね。戦術機の運用思想から考えれば、絶対にありえない戦術機 ── それがあの赤い戦術機なのよ」

(既存概念にない未知の兵器……確かに、動かぬ証拠ではある。もっとも、単に新しい概念の兵器が開発されたと考える方が一般的だろうが……この女だけが知る「俺を信じるに足る理由」というモノは余程の信頼されているようだな)

 

 夕呼の背後に隠れてキョウスケを観察していた霞に目が行く。視線が合った瞬間、彼女は顔を夕呼の背後に隠してしまった。どうやら相当警戒されているらしい。

 夕呼の話は続く。

 

「ま、前例(・・)もいたことだしね。アンタを並行世界の住民だと信じるのに、さほど時間は必要なかったってわけ。

 これで私の話は終わり。さあ、次はアンタの話の番よ」

「了解した。貴女には全てを話しておいた方が良さそうだ」

 

 香月 夕呼 ── 彼女を信用することはキョウスケにとって危険な賭けだろう。命を握られ対等な関係では決してないけれど、この世界で生き抜き元の世界へ戻るために協力者の存在は必要不可欠だった。

 

(この女はサマ師かもしれんが、仲間になる以上はこちらの手札を開示せんとな)

 

 横浜基地で目覚めるまでの出来事、元の世界での出来事、機動兵器や大気圏での最後の戦いの事をキョウスケは夕呼に語って聞かせた。

 

 戦争をしている宇宙人はBETAではないということ。

 人型機動兵器の名前が戦術機ではなくPTやAMと呼ばれていること。

 コロニーが建設され宇宙に人類が移住していることや、地球上が地球連邦という括りで統一されていること。

 その1つ1つに夕呼は興味深げに耳を傾けていた。

 

 語るうちに時間は経過し、ついにキョウスケの手持ちカードは底をつく。

 

「── 以上が、俺の話せる事のすべてだ」

「そう、そちら側の世界も大変そうね……こちら側の世界ほど(・・・・・・・・・)じゃないけど」

 

 

 今まで、余裕たっぷりだった夕呼の表情に影が差した。

 そちら側とあちら側 ── 「シャドウミラー」のアクセル・アルマーや自分の部下となったラミア・ラブレス、彼らとの会話でたまに出てくるフレーズだった。

 あちら側 ── アクセルたちの世界で「シャドウミラー」は窮地に追い込まれ、こちら側 ── キョウスケたちの世界に力を蓄えるために避難してきた。それは強敵だった「シャドウミラー」が絶対的に追い詰められるほど強大な力が、あちら側に存在していたことに他ならない。

 キョウスケは感じていた。

 夕呼の言う「こちら側」にも、アクセルたちに似た……それ以上に重いモノが含まれている……と。

 キョウスケの懸念を尻目に、夕呼は執務席から立ち上がった。

 

「さて、と。じゃ、行ましょうか?」

「行く? 一体どこへだ?」

「アンタ、バカぁ? 決まっているでしょ。アンタの赤い相棒の所へよ!」

 

 先ほどの影はどこへなりを潜めたのか、夕呼は大仰な手振りで天井を指した。

 夕呼の指先は地上、それも赤いキョウスケの相棒 ── アルトアイゼン・リーゼのある場所を指しているに違いなかった。

 夕呼は好奇心に満ちた瞳を向けてくる。

 

「アンタの身の上と世界の状況は大体把握した。なら次は例の戦術機の実動データとアンタの腕前の程を見せてもらわなくちゃね。

 伊隅たちには既に準備を始めてもらっているわ。……あ、いけない、まりも呼ぶの忘れてたわー……ま、いっか」

「……模擬戦、か」

「そんなとこね。南部 響介、アンタしっかりやりなさいよ。あまりにヘッポコだったら就職先を紹介してあげないからね ── あ、それと霞はもういいから例の部屋に戻ってなさい」

 

 霞はコクリと頷くと、トテトテと早足で夕呼の研究室を出ていく。

 夕呼もそれに続いたため、キョウスケも後を追い研究室を後にしたのだった ── ……

 

 

 

 




その2に続きます。


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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 2

【西暦2001年 11月 20日 国連横浜基地 戦術機ハンガー】 

 

 捨てられずに確保されていた自前の赤いパイロットスーツに着替えたキョウスケは、横浜基地内の戦術機ハンガーへと足を運んでいた。

 

 多くの戦術機が格納されている戦術機ハンガーの中で、キョウスケの愛機 ── アルトアイゼン・リーゼはそれらから少し離れた場所に安置されていた。

 ほとんどの戦術機が灰色や薄めの青で塗装されている中、アルトアイゼンのメタリックレッドが派手に自己主張していた。また華奢な戦術機とは対照的に、肩幅は広く全高も頭1つか2つ分大きくて離れた場所にあっても嫌でも目に付き ── 戦術機が運動選手で例えるなら長距離走の選手だとすれば、アルトアイゼンはハンマー投げかプロレスリングの選手のような印象を受ける。

 アルトアイゼンまではまだ距離があったため、キョウスケは格納されている戦術機たちに視線を流した。

 長距離走の選手のようと評した華奢な機体と、アルトアイゼンには程遠いが装甲の厚くやや鈍重そうな印象を受ける機体の2種類が置かれている。

 

(これが戦術機……見た分ではPTと大きな違いがあるようには思えんな。華奢な方はヒュッケバイン、装甲の厚い方がゲシュペンスト、といった所か)

 

 キョウスケは流し目のまま、地上15m程の高さにある戦術機搭乗用の通路を夕呼と一緒に歩いていった。

 その道すがら、キョウスケは夕呼が戦術機に対して簡単に説明してくれた。

 

 華奢な方は、日本製の第三世代戦術機「94式戦術歩行戦闘機 不知火」と言う。見た目通りに機動性・運動性を重視した機体で、高コストだが非常に優れた能力を発揮する主力量産機とのことだった。

 装甲の厚い方は、アメリカ製戦術機「F-4 ファントム」を日本でライセンス生産した第一世代「77式戦術歩行戦闘機 撃震」と呼ばれているらしい。旧式ながら生産ラインが確立しているためコストパフォーマンスが非常に高いとのことで、この点でもゲシュペンストシリーズに似ているとキョウスケは感じていた。

 

(アルトはどちらかと言えば、第一世代戦術機に近いのかもしれないな)

 

 物思いにふけって歩いている内に、キョウスケは愛機の元に辿りついた。

 横浜基地で整備でも受けたのか、アルトアイゼンに大気圏での最後の戦闘で受けたダメージの影は見当たらなかった。新品同様の姿をしたアルトアイゼンを見上げて、キョウスケは改めて安堵の表情を浮かべる。

 これまで、数えきれない程の無茶と無謀を繰り返してきたキョウスケとアルトアイゼン。それでも大気圏への単機突入という荒業を敢行したのは今回が初めてだった。不安が無かったと言えば嘘になるが、今はアルトアイゼンの無事を喜びたい……それがキョウスケの素直な気持ちだった。

 

「さて、南部。準備はいいかしら?」

 

 夕呼が振り返って訊いてきた。

 

「この赤い戦術機 ── いえ、パーソナルトルーパーのアルトアイゼン・リーゼだったわね。さっきも言った通り、アンタにはこの機体を使って模擬戦をしてもらうわ。目的は機体の実動データの収集。

 あ、もちろん、それだけじゃなくアンタの実力の程を見るためでもあることを忘れずに」

「ああ、分かっている」

 

 頷くキョウスケに夕呼は模擬戦の説明を続けた。

 

「場所は横浜基地郊外の廃墟ビル群で行うわ。そこでこの基地の特殊部隊の隊長 ── ま、アンタもさっき会ってる伊隅なんだけど、彼女と部隊の副隊長のツートップを相手にしてもらう。ビル群までは私と神宮司 まりも軍曹が指揮車で誘導して、模擬戦のデータをモニターするから」

(神宮司 まりも……この女が研究室で口にしていた女の名だな)

 

 神宮司軍曹とはまだ面識はなかったが、おそらく女性であろうとキョウスケは当たりをつけた。というより、まりもという名で男だったら、名付け親の神経を疑うレベルではあるので神宮寺軍曹は女性で間違いないだろう。

 対して模擬戦の相手には聞き覚えがあった。

 

(伊隅……研究室直前まで付いて来ていたあの女軍人か。俺を発見したのも彼女らしいが、模擬戦の最初の相手とは奇妙な縁もあるものだ)

 

 もう一人の相手 ── 特殊部隊の副隊長はキョウスケにとって完璧に初見の相手になるだろうが、戦場で敵に出会ったと考えれば特に支障はない。

 夕呼の話に再び耳を傾ける。

 

「模擬戦ではペイント弾を使ってもらうわ。着弾した場合、着弾箇所は破損し使用不可になるという設定でね。着弾箇所により戦闘続行不可能と判断した場合、その場で模擬戦は終了よ。

 あと近接格闘武器は接触判定ということにするけど、アルトアイゼンの右腕の杭打機の炸薬は除去させてもらったわ。間違って撃たれでもしたら大変だもの。あと先端部にはとチタン製の防護キャップを装着してもらうから」

「ああ、異論はない」

 

 模擬戦でも死傷者が出ることはあるにはあるが、危険な要素を取り除いておくは当然のことだった。相手は敵兵ではないのだから、誤って死傷させてしまう訳にはいかない。

 キョウスケはハンガーで見た戦術機の姿を思い出す。機動性重視の第三世代戦術機「不知火」と、重装甲の第一世代戦術機「撃震」が横浜基地には配備されていた。

 アルトアイゼンのリボルビング・バンカーが直撃すれば、不知火は言うまでもなく、撃震だろうと軽々と胴体に風穴が空くに違いなかった。夕呼がアルトアイゼンに施した処置はキョウスケも納得できるものだった。

 

「あ~、あとね、両肩のコンテナに満載してた爆薬入りのベアリング弾だけど、あれも危ないから除けさせてもらったわ。模擬戦中は使用できないからそのつもりでね」

「……ペイント弾は搭載できないのか?」

「あのね~、ほとんどの戦術機にはアンタの機体みたいな固定の武装はほとんどないのよ。全部、外付けの装備ばかりなの。理由は簡単。弾を撃ち尽くした銃や刃こぼれした長刀なんてデッドウェイト以外の何者でもないから、すぐに破棄して交換できるようにそうなっているの。

 この機体の左腕のチェーンガンは突撃砲用のペイント弾が偶然装備できたけど、コンテナに搭載しているのは銃弾ではなく特製のベアリング弾なのだから、一般に普及しているペイント弾なんか搭載できるわけないでしょ?」

「……そうか、残念だ」

 

 並行世界の弊害ではあるが、仕方のないことではあった。

 しかしペイント弾ではなく、ロックオンを被弾判定にすればアルトアイゼンのペイント弾の問題は解決するのでは?

 キョウスケの考えを読んだように夕呼が答えた。

 

「ロックオン判定もなしよ。こっちのOSとそっちのOSは概念とか設計が違ってるから、調整するには絶対に時間が必要だわ。たかだが一回の模擬戦のためにそこまでできないわよ」

「確かに、その通りだな。了解した、こちらはその条件で乗ろう」

「突撃砲や長刀は好きに使ってもらっていいわ」

「いや、俺とアルトはこのままで構わない」

 

 誤作動を起こすかもしれない、まだ信用していない並行世界の見知らぬ武器を使う気にはキョウスケはなれなかった。

 あらそう、夕呼は呟くと会話を続けた。

 

「どうでもいいけど、アルトってその機体の愛称?」

「ああ、そうだが」

「アルトアイゼン・リーゼって長いものね、確かにアルトの方が言いやすいわ。

 それにしてもアルトアイゼンってドイツ語よね? 既に地図から消滅した国の言葉が使われてるのも奇妙な話だけど、日本語に直訳すると『古い鉄』でしょ? リーゼは『巨人』、合わせて『古の鉄巨人』ってことかしら? 言い得て妙ね。

 でも日本にいるんだから不振がられないように名前を変えたらどうかしら? 古鉄二式とか虎徹改とか?」

「なるほど。『不知火』などに代表される日本風の名前に変えてみろということか。その方が違和感は抱かれない可能性は高いな ── だが断る」

 

 このキョウスケ・ナンブの最も好きなことの1つは ──── なぜか妙なフレーズが頭の中によぎっていくが、キョウスケの思考はハンガーを駆けて来る靴音によって引き戻された。

 キョウスケたちが歩いてきた道を、軍服を着た女性が走り寄ってくる。腰までかかる美しい茶色のロングヘアーを躍らせながら、軍服を着た美女は夕呼に向かって叫んだ。

 

「ちょっと、夕呼 ── じゃなくて香月博士! いきなり呼びつけるなんて、一体何の用なんでしょうか!? こっちも忙しいのですが!」

「あら~、まりも。遅かったじゃない、待ってたわよ」

「待ってたわよ~、じゃないわよ! いつもいつも、人を好き勝手に呼びつけて……私だって忙しいんですからね!」

 

 キョウスケそっちのけで文句を言う女性だったが、夕呼は微笑を浮かべたまま、そうよね、ごめんね~、と適当な心の籠っていない言葉で流されていた。

 まりも、と呼ばれた軍服の女性の剣幕も夕呼には暖簾に腕押しだった。彼女たちの問答を見ていると、似たような光景が頻繁に繰り返されいる気がしてならない。言っても無駄だと悟ったのか、まりもがキョウスケに視線を向けてきた。

 

「……はぁ……ところで香月博士? こちらの男性はどなたなのです?」

「例の男よ」

「例の……新潟で発見されたと言う……あの……?」

「まりも。アンタも興味あるでしょ? この男と赤い戦術機に?」

 

 アルトアイゼンを見て、PTではなく戦術機と夕呼は言った。事情を知らない人間にPTという単語を使う必要はないという判断だろう。この世界の人間にとって聞き慣れないPTという言葉を使って勘ぐられるよりは、戦術機呼ばわりされる方がキョウスケにとっても都合は良かった。

 この世界の人間と無暗に敵対するつもりはキョウスケにはない。夕呼以外にも協力的な関係の人物を作っておくことは、キョウスケが元の世界に帰るための間接的な手助けとなるかもしれない。

 出会う人間全てに真相を打ち明ける必要はないが、友好な関係を築いておく必要はあった。

 

「俺はキョウスケ・ナンブ、貴女の名前は?」

「申し遅れました。私は国連太平洋方面第11軍、横浜基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊で教導官をしている、神宮司 まりも軍曹であります……それにしても」

 

 まりもがキョウスケにいぶかしげに見てきた。

 

「キョウスケ・ナンブ……? どう見ても日本人のはずなのに、なぜ姓と名を逆になのるんだ?」

(しまった……! この世界の日本人は姓名の順で名を名乗るのに、つい……下手を踏んだか……?)

 

 世界が違えば当然常識が違う。リュウセイ・ダテしかり、元の世界では名の次に姓を呼ぶのが当たり前で違和感のないキョウスケだったが、この世界の日本人にとっては違うようだ。

 夕呼が鼻で笑いながらフォローを入れた。

 

「ああ、彼ね、長いこと米国でテストパイロットしてたからアメリカにカブレちゃってるのよ。言わせんな恥ずかしい、みたいな? だから名乗り方には触れないであげて」

「テ、テストパイロット!? エリート中のエリートじゃない!? ではあの赤い戦術機は米国の新型試作機か何かなの!?」

「ま、そんなところ。それより、そろそろ移動しましょ? いい加減、伊隅たちも待ちくたびれてるだろうし」

 

 夕呼は興味深げにアルトアイゼンを見上げたまりもの背を押す。指揮車へ移動するつもりのようだ。

 と、夕呼はキョウスケの方を振り返って言った。

 

「廃墟ビル群には私たちが指揮車で案内するわ。くれぐれも、私たちを踏みつぶさないように気・を・付・け・な・さ・い」

「……分かった」

 

 すまない、と口に出そうになる。しかしそれは、今の状況では、絶対に口にしてはいけない言葉だった。夕呼とキョウスケの間に謝罪が必要なやり取りがあったことを、まりもに勘付かれる可能性があるからだ。

 疑惑を持たれる迂闊な発言は控えろ、と暗に夕呼は釘をさしていた。その疑惑を証明する手段はこの世界にないかもしれない……だが疑われることでキョウスケにもたらされるメリットは何もない。

 

「じゃ、またあとでね」

「ああ」

 

 夕呼たちに背を向けて、キョウスケはアルトアイゼンのコクピットに乗り込むのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 国連横浜基地周辺 廃墟ビル群】

 

 廃墟となり人が誰も住まなくなった一角が横浜基地の近隣にはあった。かつては商業エリアとして栄えたと思われる30-40m級の高層ビル群がそこにはあるが、かつての絢爛な様子は影も残さず、あるのはかつて行われた戦闘の傷跡が亀裂やコンクリート片として転がっているだけだった。

 ライフラインも完全にストップしているエリアだったが、高層ビルを障害物として活用した戦術機の市街地戦の模擬演習場として今でも使われ続けてはいる。

 栄光の残り香ではなく硝煙の香りが染みついたそのエリアに、伊隅 みちるは待機していた。

 薄い紺で塗装された第三世代戦術機「94式戦術歩行戦闘機 不知火」のコクピット内で目を閉じ、息を殺したまま待ち続けている。

 特殊部隊「A-01」の副隊長「速瀬 水月」を招集し、夕呼の命令通りに模擬戦の準備を完了し、既に1時間が経過していた。迎撃後衛(ガン・インターセプター)であるみちるだが、2機編成小隊の後衛を務めるために普段装備しない87式支援突撃砲を不知火のガンマウントにお収め、加えて87式突撃砲を構えて気合十分……しかし誰も来ない……細かいコンクリ片を巻き上げた風が空しく不知火の表面をなで、去って行く。

 

『……遅いですね』

「……そうね」

 

 結局、夕呼たちが廃墟ビル群に到着したのは、それから30分が経過した後だった ──……

 

 

 

 

 




書いてたら文字数が多くなったので更新しました。
また戦闘シーンまで書けなかった……次回こそ! 次回こそ戦闘シーンを書くぞ!
その3に続きます。


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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 3

【2001年 11月20日 国連横浜基地周辺 廃墟ビル群】

 

 アルトアイゼンのコクピット ── 指揮車から回線が開かれ、モニターに夕呼の姿が表示される。

 

『── ルールは説明した説明した通りよ。アンタの実力、見せて頂戴』

「了解した」

 

 模擬戦のルールを簡単に再確認した後、指揮車から模擬戦エリアの情報が転送されてくる。

 廃墟ビル群を正方形のラインで区切った部分の内側がそれで、アルトアイゼンのブースターを使えば端から端まで3分程で行き着ける程度の広さがあった。

 市街地戦の演習に使っていると言っていただけあり、模擬戦エリアは30-40m級の高層ビル跡立ち並び、敵機を目視で確認しにくいコンディションになっている。元々大きな市街地だったのか、片側4車線の道路があるためアルトアイゼンでも移動には困りそうにはなかった。

 とにかく、このエリアの戦域設定はさほど広い方ではなく、キョウスケは経験上この手の演習場のメリットを熟知していた。

 

「こいつらか」

 

 さっそくエリアの狭さの恩恵がキョウスケにもたらされる。

 彼我の直線距離はさほど離れていないため、演習相手の2機の位置情報がレーダーに点々と映し出されていた。ステルス機でもない限り、この広さの戦域の場合は相手の位置情報は筒抜けになることがほとんどだ。無論、自身の位置情報も相手に漏れていることは言うまでもないことだが。

 建築物を遮蔽物とし、レーダーを頼りに相手を追い詰めていくこと ── それがこの類の市街地戦のセオリーだった。

 ただし自分にとってのメリットは相手にとってのメリットでもある……それを理解して、キョウスケは情報を整理する。

 

(相手は2機、俺は1機……障害物の多い市街地戦では相手への接近が難しく、射撃武器は遮蔽物に妨害される。相手に攻撃を命中させる状況を作ることが、この模擬戦において最重要のキーポントだと言えるだろう……その点で俺は圧倒的に不利だな)

 

 レーダー上の2つのマーカーを見て、自分の置かれている状況を再確認するキョウスケ。

 

(相手を追い込めば有利……ということは、2機でなら挟撃など隊形を柔軟に組み替え相手を追い詰めることができるということ……対して俺は1機。追えば当然敵は逃げる。加えて位置情報はお互いにバレバレだ。どうするか?)

 

 キョウスケは考える。

 しかしアルトアイゼン単機でとれる戦法などタカが知れていた。一般的な汎用性をかなぐり捨てて、長所だけをリボルビング・バンカーの鉄針の先の如く鋭利に研ぎ澄まし続けた機体……それがアルトアイゼンだ。

 単機で可能な戦術など、突進、突撃、吶喊(とっかん)ぐらいのものだろう。キョウスケが思考の末に導き出した戦術もやはりそれしかなかった。

 

(……となれば、早々に1機を片づけしかあるまい)

 

 方法を決めた次は、模擬戦のルールを再確認するキョウスケ。

 ペイント弾の被弾箇所は撃破扱いになり、致命箇所に命中するば即撃破となり、格闘兵装は接触判定となる。被弾=即撃破……つまり、現実では銃弾をアルトアイゼンの重装甲で防げるとしても、この模擬戦においてのみ装甲は意味をなさず、過剰な重装甲はデットウェイトに等しいということになる。しかも武装の制限まで課せられている。

 考えれば考えるほど、悉く、アルトアイゼンに不利な状況だった。

 キョウスケは悪意を感じていた……もちろん夕呼のだが。

 

(……まぁ、いい。もしかすると、彼女は窮地を逆転するような戦力を必要としているのかもしれん……単純にサディストなだけかもしれんがな)

『くしゅんっ、誰かが私の噂をしているみたいね。いや、天才は辛いわ』

『どうせ悪評でしょ?』

 

 指揮車の通信機が神宮司 まりも軍曹の声も拾っていた。夕呼は戦闘要員ではないようで、実際の模擬戦の判定等はまりもが行う手筈になっていた。

 2人は呑気に会話を交わしていたが、もう少しで模擬戦が開始となる予定だった。

 キョウスケは模擬戦開始前に確認することにした。

 

「1つだけ確認したい。ペイント弾などの判定以外で、なにか特別な縛りはあるか?」

『いや、特に設定はしていない』

 

 まりもの答えにキョウスケは胸をなで下ろした。

 

「では、設定されているルール ── つまり、敵機に攻撃する際は指定のペイント弾または格闘兵装を使う……これ以外は何でもあり……ということでいいんだな?」

『あぁ、別に構わないが……一体、何をするつもりなんだ?』

『いいじゃないの、まりも。それは始まってかからのお楽しみよ』

 

 モニター上の夕呼がちゃかし、キョウスケを睨みつける。

 

『ただし、何かあっても責任は取らないからね。自分で責任取んなさいよ』

「了解。気を付けよう」

 

 夕呼の言う責任とは、おそらく模擬戦におけるパイロットの戦死を指しているに違いない。

 彼女はアルトアイゼンのバンカーにチタン製のキャップを装着したり、クレイモアを除去したりと可能な限りの安全を確保しようとしていた。キョウスケも模擬戦ごときで相手を殺傷するつもりも、自分の命を落とすつもりもなかった。

 

『総員、傾注(アテンション)

 

 まりもの凛とした声がコクピットに響き、画面上に映し出される。

 

『これより臨時模擬戦を開始する。判定は私、神宮司 まりも軍曹が行う、異論はないか?』

『ヴァルキリー1、了解』

「アサルト1、了解」

 

 相手機からオープン回線による返答が聞こえた。特殊部隊「A-01」の隊長という伊隅 みちるの声だった。

 

『よろしい。ルールは事前に伝えてある通りだ。双方、持てる力の全てを出し、この演習を自身の糧とするように。ではカウントを開始する。カウント0にて模擬戦の開始とする。いいな?』

『こちらヴァルキリー1、こちらはいつでもいい。佐々木 小次郎の真似事はもう飽き飽きだ』

「アサルト1、問題ない」

 

 遅れてきたことに対するみちるの皮肉だったが、キョウスケは関係ないとばかりにコントロールレバーを握り締めた。手にしっくりと馴染む。世界は違うが、自分の居場所に帰ってきた……そんな感覚がキョウスケを包み込む。

 

『ではカウントを開始する。3……』

 

 まりもの声が聞こえてくる。

 キョウスケはコンソールに表示された機体コンディションを最終確認する。機体損傷度を示すボディアイコンは全身ブルー ── 無傷であること表し、ジャネレーターの出力は安定している。

 

『2……』

「ん……?」

 

 心なしか、ジェネレーター出力が上昇しているような錯覚を覚えた。しかしジェネレーターの出力係数はコンピューターから抜き出さないと正確な値は分からない。キョウスケは頭の片隅に疑問は追いやり、正面を見据えた。

 

『1……』

 

 レーダー、敵機ポジション確認。視認領域に敵機はいない。まずは近づく必要があった。

 そのための案は先ほど考え付いている。

 後は実行に移すだけだ。

 

『0、これより模擬戦を開始せよ!』

『ヴァルキリー1、了解!』

「アサルト1、了解!」

 

 まりもに返答を返し、回線の設定先を指揮車のみに変更する。

 キョウスケはレバーを操作し、アルトアイゼンの動きを確認した。右腕、左腕、脚部、スラスターの可動、ロックオンなど……簡易チェックを十秒ほどで済ませ、再度レーダーに目を落とした。

 2点のマーカーは模擬戦開始前の位置からまだ動いていない。

 おそらく、キョウスケを誘っているのだろう。こちらが動けば数の利を活かし射撃戦で応戦し、動かなければ挟撃あたりでキョウスケを追い詰める。そんな所だろう、とキョウスケは想像する。

 

「動かないのであれば、こちらにとっても好都合だ」

 

 キョウスケが選択する戦法はやはり突撃だった。下手の考え休むに似たり。アルトアイゼンの苦手とするものより得意とする戦法で勝負する方が勝ち目は見えるだろうし、キョウスケの性にもあっていた。

 キョウスケはアルトアイゼンを主脚歩行させ、廃墟になった高層ビルに近づく。そしてリボルビング・バンカーの鉄針を軽く叩きつけてみた。風化しているのもあってか、ビルは粘土細工のように崩れボロボロのコンクリ片に姿を変える。

 

「やはりか。これなら問題ない」

 

 キョウスケは武装を選択し、アルトアイゼンの頭部に装備されたブレード部 ── プラズマホーンにエネルギーを通電した。頭部ブレードが帯電し、白熱化する。

 

(この模擬戦、俺とアルトに絶対的に不利に設定されてある。普通に戦闘すれば敗北は免れないだろう。……面白い。なら賭ければいい、この一発で敵を落とせるかどうかをな!)

 

 キョウスケはコンソールを操作しジェネレーターの出力をMAXにまで上げた。原因は分からないがやはり出力が上がっているのか、これまでにない激しい駆動音がキョウスケの耳に届いた。

 ジェネレータの生んだ出力を全て背部スタビライザーとアフターバーナーに回し、TDによる姿勢制御を緻密に行う。

 レーダーの敵座標を再確認……伊隅 みちる率いる敵小隊はまちぶせをしているのか、やはり動いていない。

 

(伸るか反るか、失敗すれば敵の良い的になるだけだ。ふっ、イチバチ上等、分の悪い賭けは嫌いじゃない!)

 

 モニター前方には障害物となる廃墟ビルがそびえている。眼前のビルの先にはさらにビルが幾重に立っており、その直線上にはみちるの小隊のマーカーが示していた位置がある。

 キョウスケはアルトアイゼンの姿勢を前傾気味に制御し、フットペダルを踏み切ってアフターバーナーの火を解放した。

 

「行くぞアルト! 俺たちの戦い方を見せてやろう!」

 

 アルトアイゼンは弾丸のように飛び出していく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 伊隅 みちるは「94式戦術歩行戦闘機 不知火」のコクピットの中で、データリンクを介して更新される戦域情報に目を通していた。

 敵 ── 南部 響介の駆る謎の赤い戦術機はレーダー上で動き始めていた。

 

『隊長、やっと動き出しましたね。ほんとに巌流島の武蔵かっての』

「そう言うな速瀬。待たされた分、そこら辺に震動センサーを設置しまくってやったじゃない。これで私たちは相手より正確にその位置を把握できる」

 

 振動センサーとは対BETA戦で使用するセンサー類の一種で、地面及び大気の揺れを感知し敵の位置と総数を判定するために使用される。

 狭いエリア内での市街地戦では、障害物に隠れた敵の位置をより正確に把握した方が絶対的に優位に立てる。みちると水月はキョウスケたちが到着するまでの時間で、エリア全域をカバーする数の振動センサーを設置していた。

 

『そうですね。相手には悪いけど、香月博士から何してもいいって許可も下りてますし、待たされた分無様に地べたに這いつくばってもらいましょう』

「そうね ── よし! 水月、これより戦闘態勢にはいる! 全周警戒を厳にしろ! 顔を出した瞬間を蜂の巣にしてやるのよ!」

『アイマム! でもこれペイント弾ですけどね!』

 

 みちるは水月の不知火と背を合わせて、87式突撃砲のセーフティーを解除、弾種類は36mmHVAP弾(劣化ウラン貫通芯入り高速徹甲弾)を武装選択する。水月も同様に指先1つでフルオート斉射が可能な体勢を取り、キョウスケを待ち構えた。

 レーダー上のキョウスケは道路を走行していると思えない速度で、直線的にみちるたちに接近してきていた。

 

「ヴァルキリー2、やっこさんの進撃速度が異常だ(・・・・・・・・)。光線級がいないのをいいことに、上空を全力跳躍(ジャンプ)しているようね」

『ヴァルキリー2了解! たくっ、対BETA戦セオリー無視するにしても、もう少し頭使えないのかしら』

「言ってやるなヴァルキリー2。拾ってきた私が言うのもなんだが、所詮、その程度の男だということさ」

 

 みちるはレーダー上でキョウスケが接近してきている上空に向けて銃口を構えた。水月も同様で、アルトアイゼンを視認すると同時にペイント弾の矢を放つ姿勢だ。

 レーダー上のアルトアイゼンは、尚も直線的にみちるたちに近づいてくる。振動センサーも跳躍(ジャンプ)ユニットからの推進剤噴射による空気振動を拾っており、キョウスケの初期位置とみちるたちの位置の間には幾重にも廃墟ビルがある以上、上空を飛んでこなければ直線的な移動は不可能だった。

 しかし震動センサーは空気振動と共に、まるで突撃(デストロイヤー)級BETAが建築物に突撃している時のような震動波を検出していた。

 

(故障かしら? 後で整備班に診てもらわなくっちゃ)

 

 振動センサーも使い回ししている機械だ。故障したのが実戦でないときで良かったとみちるは思いながら、キョウスケを待ち構える。レーダー上の進路は直進のままで方向転換する気配はない。

 楽勝だと、みちるは安堵して待った。

 そんな時だった。

 不知火の外部集音器が妙な音を拾ったのは。

 ズン、ズン、ズン、ズンドゴ ── 聞き慣れない音にみちるの表情が歪む。

 

(何だ、この音は? 推進剤噴射の音ではない……? まるでコンクリートが何かにぶつかって砕けるような……)

 

 振動センサーに目をやるが、先ほどと同じ空気と地面の振動を感知し続けていた。

 みちるの衛士としての勘が告げる。

 本当に敵は空から来るのか? と。

 レーダー上のアルトアイゼンはもう近接格闘可能な距離にまで迫っている。

 みちるの脳裏にある懸念が奔った。

 

(いやまさか……そんなはずはない。装甲重視の撃震にだって不可能だ。そもそも戦術機でそんなことをする必要性がどこにある? いやしかし……あの赤い戦術機は……いや、そんなはずがない……!)

 

 下らない考えだ。みちるは頭を振ってそれを振りきり、上空に現れるはずのアルトアイゼンに集中した。

 しかし彼女を否定するように、何かが崩れる音が聞こえた。それもすぐ近くで。みちるの背筋に電気が奔った。

 

『さぁ来なさい! 美味しくいただいてあげちゃうから!』

「は、速瀬! 駄目! そこから離れ ── ッ!!」

『え ──── ッ!?』

 

 次の瞬間、意気揚々と上空を狙っていた水月機の正面のビルが、轟音と共に弾けた。コンクリ片が不知火の全身に直撃する。間髪入れずにコンクリが作った煙の中から、巨大な赤い何かが跳びだしてきた。

 キョウスケ・ナンブの機体 ── アルトアイゼン・リーゼだった。

 

『え? きゃ!?』

 

 アルトアイゼンは右腕で水月の不知火の頭部を鷲掴みにすると、廃墟ビルに叩きつけた。回線越しに水月の悲鳴がみちるに届く。しかし思考が停止し体がすぐには動かなかった。

 

(何よこれ!? 逃げて、水月!!)

 

 みちるの思いも虚しく、アルトアイゼンの左腕のチェーンガンが唸りを上げてペイント弾を吐き出し、ものの1秒で不知火がペイント弾の赤に埋まっていく。アルトアイゼンの傍に倒れた水月の不知火……18m級の戦術機がまるで血だまりに沈む少女のように華奢に見えた。

 すぐにアルトアイゼンの双眸がみちるの不知火を捉えた。

 

「くっ……!?」

 

 反射的にみちるは跳躍ユニットから推進剤を噴かせて短距離跳躍 ── 直後、みちるが立っていた場所をペイント弾の嵐が通り抜けていった。

 廃墟ビルを越え、みちるはアルトアイゼンが見えない位置に不知火を着地させた。そして自分が嘲笑してみせた対BETA戦セオリー無視の全力跳躍でアルトアイゼンから距離を取る。

 

「くそっ!? 何なの、あの男は!?」

 

 水月がやられた瞬間がフラッシュバックし、みちるは毒づきながらも機体を操縦し続けた。結局、振動センサーも故障してはいなかったわけだ。アルトアイゼンはただ単純にビルに体当たりをして、鉄骨すら破壊して、自分たちに向かって来ていただけだったのだから。

 みちるは不知火に持たせていた突撃砲を投棄し、ガンマウントに装備していた87式支援突撃砲を装備させる。油断から部下に屈辱を味あわせてしまった自分がみちるは許せなかった。

 

「もう油断はしない。遠くから狙い撃ちにしてやる」

 

 冷たい声を響かせるみちるの耳に、審判であるまりもの声がオープン回線で聞こえてきた ── ヴァルキリー2、頭部、胴体、脚部に致命的損傷、大破とする ── と。

 みちるの不知火は廃墟ビル群の上空に飛行機雲を作りながら、飛んで行った ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

「逃がしたか」

 

 アルトアイゼンのコクピットでまりもの宣言を聞きながら、キョウスケはみちるの逃亡先をレーダーで確認していた。

 足元には赤く染まったヴァルキリー2の不知火が転がっている。大破という扱いなので、模擬戦が終わるまでそのままの体勢でいることを強いられているのだ。

 キョウスケの取った戦法とは要するにただの突撃(・・・・・)だった。

 機体を前傾姿勢にして、ビルの鉄骨をプラズマホーンで切り裂きながらビルを突破して敵の眼前まで進む。敵に接近できれば、そこからはアルトアイゼンのフィールドだ。本来ならリボルビング・バンカーを撃ち込むケースではあったが、模擬戦で負傷者を出す訳にはいかない故、至近距離での5連チェーンガンの掃射を選択した。

 結果、不知火は見るも絶えない醜態をさらす羽目になったが、死んでないのだからキョウスケは気にしていなかった。

 続けて、キョウスケはすぐにアルトアイゼンのダメージチェックを行う。コンディションブルー。装甲表面に傷がついた程度で、特に機能不全に至っている箇所はない。

 

「さすがだな、アルト」

 

 キョウスケは相棒の堅牢さに感謝した。

 横浜基地で見た戦術機の装甲や強度では、キョウスケが行った無鉄砲な戦術はおそらく実行不可能だろう。戦術機を見て、そうと踏んだキョウスケは、だからこそこの奇襲は効果があると判断したのだ。

 しかし何故だろう? 扱いなれたアルトアイゼンのはずなのにキョウスケは違和感を覚えていた。装甲が以前より固くなり、機体が心なしか軽くなった印象を受けていた。

 

(だが1機逃してしまったな。欲を言えば、今ので蹴りを付けたかったが……む!?)

 

 その時、ロックオンアラートがキョウスケの耳を劈いた。

 脊椎反射のようにフットペダルを踏込みショートブースト、アルトアイゼンを3身ほど前進させると、音もなく青色のペイント弾が飛来して廃墟ビルを染めていた。そこはついさっきまでアルトアイゼンがいた場所だった。

 

(狙撃か!? やっかいだな!)

 

 キョウスケはアルトアイゼンを廃墟ビルに張り付かせた。実際の狙撃なら、廃墟ビルごと撃ち抜かれているかもしれないが今はペイント弾だ。遮蔽物に身を隠せば、銃撃をしのぐことはできる。

 キョウスケはレーダーを確認する。離れたビルの屋上にみちるの不知火は陣取っていた。道路を疾走すればすぐに狙撃できるような位置だ。

 

「……さて、どうするか」

 

 実際の狙撃銃なら、アルトアイゼンの装甲で耐えることができるのかもしれないが、模擬戦ではペイント弾に被弾すれば撃破扱いになる。先ほどの精密狙撃で分かったが、みちるの練度は相当のものだ。

 下手に姿を曝せば、その瞬間に決着はついてしまうだろう。

 

(ビルを破壊して進む手はおそらくもう使えない……所詮、奇をてらったものだからな……やはり少しずつ進むしかないか……)

 

 しかし進軍速度が遅ければ、みちるの不知火は狙撃ポイントを移動してしまうだろう。ある程度の速度は絶対に必要だった。

 

「となればやはり突撃するしかない。しかし飛び出して、ペイント弾を全て躱すことがアルトにできるか? ……ん? ペイント弾?」

 

 キョウスケは再認識した。この戦闘が模擬戦だと言うことを。

 実践では不可能なことでもこの模擬戦では可能になるし、その逆もまたしかりだ。ペイント弾は当たれば即撃破だが、当たらなければ撃破にはならない。

 キョウスケは思いついた戦法の成功率を頭の中で計算した。

 

(一か八か、いや、イチキュウといった所か? だが動かなければこのままなぶり殺し、あの女の動揺を誘えればあるいは……?)

 

 キョウスケは決心した。

 並行世界に飛ばされ訳も分からぬ内に模擬戦をやらされている身ではあるが、自分が使えるという所をアピールしておかねば、香月 夕呼には切り捨てられる可能性がある。

 はっきり言ってキョウスケは香月 夕呼が苦手だったが、この先、彼女以上にキョウスケが元の世界に戻るために役に立ちそうな人物が現れる保障は何処にもない。

 

(エクセレン……俺は必ず帰るぞ。だから今は俺の全てを賭けて、全力を尽くすのみだ!)

 

 キョウスケはレーダーでみちるの位置を確認した。

 アルトアイゼンのフルブーストなら十数秒で到着できる距離に、今はまだいる。やるなら今しかなかった。

 キョウスケは再びアルトアイゼンのプラズマホーンを起動する。

 

「分の悪い賭けだが……嫌いじゃない!」

 

 アルトアイゼンは廃墟ビルの壁目がけ、ゆっくりとプラズマホーンを振り下ろした ──……

 

 

 

 




もうちょっとだけ続くんじゃ(第2話が)
ドイツ軍は「傾注(アハトウング?)」とか言っていたけど、国連軍は何といっていただろうか? 適当に書いてしまいました。
知っている人がいたら教えていただけるとありがたいです。


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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 4

【2001年 11月20日 国連横浜基地周辺 廃墟ビル群】 

 

 振り下ろされたプラズマホーンが、廃墟となったビルの壁をまるでバターのようにた易く切り裂いていく。比較的破損の少なかったビルの壁がゆっくりと切り取られ、アルトアイゼンの半身を覆い隠せるほどの大きさのコンクリが正方形型に抜き取られた。

 正方形の元廃墟ビルの壁 ── コンクリ壁にリボルビング・バンカーを突き立てた。元々軽くアルトアイゼンが軽く叩けば砕けてしまう程脆くなっているコンクリ壁だ、チタン製の防護キャップ越しでもバンカーは易々と壁を貫いてしまう。

 キョウスケはさらにアルトアイゼンの右手をコンクリに突き立てた。そして持ち上げる。正面から見ると打ち貫いたコンクリ壁が、アルトアイゼンの半身を覆い隠す盾のように立ち塞がって見えた。

 

「……やはり性には合わんな」

 

 即興で考えた手法ではあったが、コンクリ壁を盾のように構えるアルトアイゼンを想像してキョウスケは苦笑した。 

 アルトアイゼン単身でみちるの精密狙撃を躱しきることは困難だ。例え回避しきれなくとも、実際の戦場でならアルトアイゼンの装甲を頼りに敵に突っ込んでいけるのだが、この模擬戦では被弾即撃破設定のペイント弾が使用されている。

 しかしペイント弾は所詮ペイント弾だ。

 風化した廃墟ビルの壁でもペイント弾ぐらいは防ぐことができる。狙撃銃というモノは機関砲と違い一般的に連射が効かない。コンクリ壁でもアルトアイゼンがみちるの不知火に接近するまでの時間は稼げるはずだ。

 

「ふっ……こんな手、ゼンガーに笑われるかもしれんな」

 

 全てを一刀両断する漢の姿が目に浮かび、自分の手が所詮小細工だと思わされる。だが戦場にある全てを活用して勝利する、それがキョウスケたちPT乗りに課せられる使命でもあった。

 

(こんな時にエクセレンがいてくれればな……いや止そう、この程度の状況、俺1人で切り抜けてみせる)

 

 今はいない相方への思いを頭の隅に追いやり、キョウスケはコクピット内のレーダーを再確認した。

 みちるの不知火はまだ狙撃ポイントを変更していない。相手にもこちらの動きは把握されているはずだ。アルトアイゼンが跳びだすのを待ち、狙撃不可能な位置に移動されたなら狙撃ポイントを変更する腹づもりだろう。

 相手の射程外のポジションを常に確保する ── 射撃戦のセオリーであり、射撃が比較的不得手(と言っても一般以上の技量はある)なキョウスケでもきっとそうする。自分の被害は最小限に、相手の被害は最大限にという考え方だろう。

 

(そうはさせん。時間をかければ不利になっていく一方なら、3,4発の狙撃は覚悟の上で距離を詰めるしかあるまい)

 

 キョウスケは再びアルトアイゼンのジェネレーターの出力を上げた。先ほど、ビルを破壊しながらの突撃を敢行した恩恵で、背部のアフターバーナーはいつでも全開で噴かせられる程に温まっている。

 加えてみちるの不知火の占拠しているビルまでは、一直線に大きな道路が伸びており、加速するには最適の位置取りではあった。もちろん、道路が広いため狙撃手にも絶好の見通しではあったが。

 キョウスケはコクピットの中で微笑んでいた。一か八かの緊張感が頭を冴えわたらせ、同時に体と脳が熱くなっていく。

 

「俺とお前、どちらが先に根を上げるか勝負だ!」

 

 機体側面のスラスターを噴かせ、横っ飛びに近い形でアルトアイゼンは道路の中央に躍り出た ──……

 

 

 

     ●

 

 

 

 …… ── 身を乗り出した獲物を見逃す伊隅 みちるではなかった。

 

 不知火に片膝をつかせた狙撃体勢で、南部 響介がしびれを切らすを待っていたみちるにとって、彼の行動は千載一遇のチャンスだった。

 40m級のビルの屋上は、アルトアイゼンの立つ大きな道路の全てが見下ろせる位置だった。標的である真紅の戦術機は飛び出すと同時に推進剤を吐き出し、みちるが見たこともない加速でこちらに接近を始める。

 

(速い。あの時の異常な加速はこれか)

 

 水月がやられた時のレーダーの動きを思い出す。

 アルトアイゼンは戦術機が全力跳躍した時に等しい速度で進んでいた。だから空中を跳躍してきているとみちるは判断したのだが、廃墟ビルを破壊しながらその速度を出していた敵機は、障害物のない道路上で未知の加速を見せつけていた。

 相手との距離はかなり確保した。不知火でも全力跳躍で1分程は稼げる計算だったが、あの加速では持って20秒……10数秒かもしれない。常軌を逸した驚異的な加速力だった。

 

(でも、あの速度ではブラックアウトを起こすのがオチね。それに接近するまでに撃ち落としてあげる。客観的に考えて、勝つのは私よ)

 

 みちるの心は平静だった。

 アルトアイゼンがコンクートの壁を構えているのが目に入ったが、全身を覆い隠せている訳ではなく、みちる機を目視するため頭部は剥き出しだった。

 小細工だ、と心の中で嘲笑し、みちるは頭部を狙ってトリガーを引き絞った ──……

 

 

 

     ●

 

 

 

 …… ──ロックオンアラート。

 

 キョウスケは反射的にアルトアイゼンの頭部をかがめ、右腕部に把持したコンクリ壁を構え直した。

 全速力で加速しているアルトアイゼンは機敏な回避運動を行えない。故の防御策としてコンクリ壁を用意したが、自身の速度と狙撃銃の弾速が合わさって弾道の目視確認は困難だった。

 元々加速で振動し続けているコクピット内にいては、被弾時の衝撃を知る事は難しい。直後、指揮車のまりもからアナウンスが入る。

 

『アサルト1、頭部ブレード被弾、以降使用を禁ず』

(奴の狙いはセンサー類の詰まった頭部か! なるほど! モニターが死んでは狙撃から逃れる術はないな!)

 

 頭部ブレードに青いペイント弾が付着していた。キョウスケは構えたコンクリ壁が頭部を庇うように位置を調整する。刹那、コンクリ壁が青く染まった、間一髪だ。

 コクピット内のモニターは盾にしているコンクリ壁で視界がほぼ全て奪われている。キョウスケをレーダーを頼みにみちるとの距離を詰めていく。離れていた距離が半分ほどに縮まった時、まりものアナウンスが再び耳に届いた。

 

『アサルト1、左下腿部に被弾。以降、主脚歩行を禁ずる』

(くッ、退路を断たれた! 本当に大した腕だ!)

 

 高速移動するアルトアイゼンの、コンクリ壁でカバー仕切れていない左脚部をみちるは狙ってきた。しかも正確に命中している。射撃の腕に相当自信がないと無理な芸当だった。

 主脚歩行が禁止されたということは、ブーストを止め立ち止まった場合、アルトアイゼンではほぼ身動きが取れないのに等しい状態だ。その隙をみちるが見逃してくれるはずはなかった。

 しかしキョウスケはみちるとの距離をもう4分の1にまで詰めてきていた。みちる機をチェーンガンの射程圏内に捉えている。これ以上接近しすぎると、相手がビル上にいるため射角が狭まり命中率が極端に落ちてしまう可能性が高かった。

 

「これでどうだ!」

 

 キョウスケの指に呼応して、5連チェーンガンが唸りを上げる。アルトアイゼンを見下ろす不知火に向かって、赤いペイント弾が矢継ぎ早に発射された。

 続けて、レバーとフットペダルをキョウスケは操作する。シートから弾き飛ばされそうになる程の勢いで制動がかかり、強烈なGがキョウスケの体に圧しかかった。

 アルトアイゼンの動きが一瞬止まった後、キョウスケはさらに操作を入力した ──

 

 

 

     ●

 

 

 

 …… ── その瞬間、みちるは見逃さなかった。

 

 網膜投影された映像を介して、赤色の弾が飛んでくるのが分かる。

 即座にみちるは不知火を操作、立てていた片膝でビル屋上蹴ってバックジャンプしつつ、87式支援突撃砲から弾を撃ち出した。

 不知火が居た場所をアルトアイゼンのペイント弾が、空を切り裂いて飛び抜けていった。そして直後にまりものアナウンス。

 

『アサルト1、左腕部被弾。以降、左腕部の使用を禁ずる』

「よしッ」 

 

 みちるは勝利を確信した。チェーンガンさえ封じれば、突撃砲を持っていなかったアルトアイゼンにもう射撃兵装は残っていない。

 丸腰の相手など、距離を取って一発ペイント弾を撃ち込めば決着がつく。いや、後数秒の内にこの模擬戦は終了するだろう。

 みちるは不知火を前進させ、レーダー上に表示されているアルトアイゼンの位置に銃口を向けた ── が、赤い戦術機は影も形も視界に入ってこなかった。

 

(馬鹿な! あの一瞬でどこに消えた!?)

 

 レーダーにマーカーは間違いなく表示されている。ビルを破壊していた時に振動センサーが拾った波形は検出されていない。不知火の足元のビルに潜り込んだ訳ではなさそうだ。

 みちるの思考 ── この間、1秒にも満たない。消えた相手の居場所をみちるの経験値が告げていた。

 

「上か!?」

 

 87式支援突撃砲を上空に構える。

 そこには今にも自由落下を始めようとする、巨大な赤い影が日の光を遮って浮かんでいた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── コクピット内の騒音で、キョウスケが放った舌打ちはかき消された。

 

 アルトアイゼンの急制動からフルブーストによる上空飛翔 ── キョウスケが実戦でプラズマホーンを使用する際によく使う機動パターンだったが、みちるの目から逃れるには至らなかった。十八番の機動パターンでも、ほんの一秒程、こちらの姿を眩ませることしかできなかった。

 本来ならそれで十分のはずだったが、上昇する前にアルトアイゼンの左腕部に被弾してしまったのが痛い。5連チェーンガンが使用できれば、今頃、みちるの不知火をペイント弾の赤で染め上げているはずだった。

 

(クレイモアが使えれば、な……無い物をねだっても仕方がないが)

 

 空にされてしまった両肩のコンテナが恨めしい。

 重力に引かれてアルトアイゼンが自由落下し始めた頃、みちるの不知火からロックオンされた。右腕のコンクリ壁で胴体部分を覆い隠すが、発射されたペイント弾はアルトアイゼンの右脚部に見事に命中してしまう。

 

『アサルト1、右脚部被弾、着地と共に扱いを大破とする』

 

  両脚部が機能不全になった以上、着地すらままならず歩くこともできない。それでは、陸でひっくり返ったカメも同然だ……普通の人間なら、ここで勝負を捨ててしまってもおかしくない。

 勝ちが揺るがないと感じているのか、みちる機から第2射は飛んでこない。

 

(進退窮まったか……いや、違うな。こんなモノに頼ってしまったのがいけないんだ)

 

 キョウスケはモニターに映るコンクリ壁を睨みつけた。

 

(盾など、俺とアルトらしくもない。何を弱気になっていたんだ、俺は? 見知らぬ世界に飛ばされたからか? 馬鹿馬鹿しい、世界が違っても俺たちが俺たちであることに変わりはないはずだ。そうだろう、アルト?)

 

 キョウスケがレバーを力強く握ると、答えるようにアルトアイゼンの出力が上がり、機体が動いていく。

 

(そうだ! どんな時だろうと、俺たちはただ撃ち貫くのみ!)

 

 キョウスケはコンソールを操作し、武装選択を右腕部のリボルビング・バンカーにセットした。同時にシリンダー内の炸薬が無いことを示すエラーが、大きく赤くモニターに映し出される。

 だがキョウスケは構わず機体を操作する。アルトアイゼンの体を守っていたコンクリ壁を蹴り飛ばした。

 コンクリ壁が砕け、岩の塊となり、ビル屋上のみちるの不知火に向かって降り注ぐ。

 それが不意を突く結果となったのか、コンクリの塊が不知火の機体に直撃し、体勢がグラついた。

 

「今だ! 撃ち抜け ── 」

 

 本日何度目かのフルブースト。それが自由落下の勢いに加わり、アルトアイゼンは銃弾並の速度で不知火に向かって降下していく。

 しかしみちるの不知火もすぐに体勢を立て直し、トリガーを掛けた指が動くのがキョウスケには見えた。

 それがどうした。

 キョウスケは弱気を心の中で殺し、叫ぶ。

 

「── リボルビング・バンカァッ!!」

 

 アルトアイゼンの右腕が唸りを上げ ── 不知火の銃口から青が吐き出される。

 ほぼ同時。

 そして直後、2機の機影は交錯。

 アルトアイゼンの重量と勢いに押されて、2機はビルを倒壊させながら大地に激突するのだった ──……

 

 

 

 

 

 




5……という2話エピローグみたいなのに続きます。


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第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 5

【西暦2001年 11月20日 国連横浜基地周辺 廃墟ビル群 指揮車内】

 

 

 廃墟ビルが崩れもうもうと煙が立ち込める様子が、指揮車内の監視モニターに映し出されている。

 

 模擬戦の末、破壊されてしまったビルの姿を見た神宮司 まりもは、思わずため息を漏らしていた。

 

「め、滅茶苦茶だわ。あの子たちの実機演習も近いのに……あぁ」

「ぼやかないぼやかない。面白かったし良いじゃない、ねえまりも?」

「良かないわよ!」

 

 飄々とした夕呼の態度に思わずまりもは声を張り上げてしまう。

 

「大体、夕呼があの男を追い詰めるからいけないのよ! 機体のスペックを引き出せそうにない模擬戦の設定、数も不利で武器まで制限して、どう考えても勝ち目ないじゃない! そりゃあ、勝つために無茶をせざるを得ないわよ!」

「ふーん、やっぱりまりももそう思う?」

「当たり前じゃない! 誰が考えたって、こんな状況理不尽だわ!」

 

 大声を上げてしまうまりも。夕呼は対照的に微笑を口元に浮かべていた。

 

「理不尽な状況ねぇ……まりも、それでいいのよ。私が彼に与えたかったのは圧倒的に不利で、勝ち目が限りなく少ない状況……わざと作り出してんですもの、まりもがそう感じるのは当然のことよ」

「はぁ?」

 

 まりもには夕呼が理解できなかった。

 

「なんだってそんなことをするのよ?」

「理由は2つあるわ。1つは単純に機体の性能より、あの男の能力を見たかったからよ」

「……能力って、引き出せなきゃそれで終わりじゃない。

 あの赤い戦術機のデータの収集にしろあの男の能力にしろ、夕呼ならもっと上手くできたんじゃないの? 模擬戦だって金や人材が必要になる……費用対効果を考えないあなたじゃないでしょう」

「ああ違う違う。そうじゃないのよ、まりも」

 

 そう言うと、夕呼は指揮車の記録装置を操作して、模擬戦の最後一瞬をモニターに表示させた。

 40m級のビルの屋上で赤い戦術機 ── アルトアイゼン・リーゼと不知火が激突する瞬間が超低速再生される。

 炸薬を抜いたアルトアイゼン右腕の杭打機 ── リボルビング・バンカーが不知火の腹部を命中していた。事前の措置としてバンカー切っ先に装着させたチタン製のキャップがあったが……それごと、不知火の腹部を貫通して見事に大穴を開けてしまっている。 

 対して不知火が発射した87式支援狙撃銃の弾は。

 

 ── 至近距離で放ったにも関わらず、アルトアイゼンの巨大な胴体を逸れて(・・・)空中に消えて行った。

 

 夕呼は再生を中止し、満足気な表情を浮かべていた。

 

「衛士としての技能だけじゃ駄目なのよ。

 私が一番知りたかったのはあの男の運 ── 強運(・・)よ。絶体絶命な状況でも生きて結果を残してしまうような、圧倒的な運があの男にあるのか見たかった。私の手駒になるには、技能よりもそれが最低限必要な能力(・・・・・・・・)なのよ」

「強運、ねぇ」

 

 今一つ納得できない、そんな表情をするまりもに夕呼は言う。

 

「だからね、いくら衛士として技量が優れてても、私の直属の部下としては使えないわけ。例えるなら、まりも、アンタじゃ衛士としての技能は十分でも『A-01』は務まらないのと同じことなのよ」

「はぁ、なんでよー?」

「だってアンタ、運、悪いもの。貧乏くじ貧乏くじ」

 

 夕呼のあまりのいいぐさにズッコケそうになるまりも。

 大げさに模擬戦を実施しておいて、結局見たいのはそんな下らないことなんかい! と心の中で夕呼にツッコミを入れながらも、模擬戦の最後の瞬間、アルトアイゼンを逸れた不知火のペイント弾のことを思い返す。

 単純にみちるのミスか、それとも接触の衝撃で照準がズレたのか、弾が外れたのには何かしらの理由はあるだろう。だが普通に考えれば、至近距離で撃った弾が外れることは考えづらい……もっとも、相手がただ単に規格外なだけなのかもしれないが。

 一言で、運、とまとめるのは少々乱暴な気がする。

 しかし、運、の要素も多分に絡んできているのは間違いないだろう。

 かといって、この模擬戦におけるまりもの役割は変わらないわけだが。

 モニターに映された不知火の損傷状況を確認する。勝敗の結果は目に見えて明らかだった……が、まりもは気になった。突き抜けたリボルビング・バンカー ── 真っ赤に染まった不知火のボディアイコンの腹部を指さし、夕呼に訊く。

 

「それより、コレどうするのよ?」

「大丈夫よ。言質(・・)も取ってあるから、まぁ、まさかここまでやるとは思ってなかったけどね」

「……そういうば、2つ目の目的って何なの?」

「ふふ、ひ・み・つ」

「はいはい、そんなことだろうと思ってたわよ」

 

 茶化して話を有耶無耶にしようとする夕呼 ── 見慣れた親友の態度に、まりもは本日2度目の大きなため息を漏らした。

 こういう時、まりもは夕呼を深く問い詰めないようにしていた。訊いても機密事項で教えられなかったり、教えられても理解できないことが多いからだ。

 話し込んでいても時間が過ぎていくだけなので、まりもは模擬戦の結果を報せるため、アナウンス用のマイクに手を伸ばした。

 

「ヴァルキリー1、腹部に致命的損傷、大破 ──」

 

 

 

     ●

 

 

 

『── よって、アサルト1の勝利とし、状況を終了する。2人ともご苦労だった。撤収準備に入ってくれ』

「アサルト1、了解」

 

 キョウスケは事務的に返答し、指揮車にのみ開いていた回線を全周波数に対してオープンにした。

 アルトアイゼンは倒壊したビルの瓦礫の下に埋もれてしまっていて、相当の重量が機体に圧し掛かっている。ヒュッケバインなどの軽量型のPTでは自力での脱出は不可能だろうが、アルトアイゼンは馬力に任せて上体を起き上がらせる。

 瓦礫が退き、光が差し込んだことで状況がはっきりと確認できるようになった。

 アルトアイゼンはみちるの不知火を押し倒す形で倒れていて、リボルビング・バンカーの切っ先が不知火の腹部に深々と突き刺さっていた。

 チタン製の防護キャップは、アルトアイゼンの加速が加わった一撃に耐えられなかったようで木端微塵に砕けていた。

 

(あの状況で寸止めなど……器用なマネができるはずもないか)

 

 シリンダー内に炸薬が搭載されていないのが不幸中の幸いだったかもしれない。もし反射的にトリガーを引いていたら、不知火は上下真っ二つに裂けてしまっていたかもしれない。

 戦術機とPTは構造が似通っている。世界が違うとはいえコクピットが腹部にある……流石にそれはないだろうが、キョウスケは背中に冷たいものを感じながら通信を入れた。

 

「ヴァルキリー1、応答しろ。無事か?」

 

 返事がない、ただの屍のようだ ── ゾッとするフレーズがキョウスケの脳裏にかすめる。

 

「ヴァルキリー1、応答せよ」

『…………』

「おい、悪い冗談はよせ。おい…………開放方法を知らんからな、アルトでコクピットを引き抜くぞ」

『……ッ、まったく、乱暴な男だな』

 

 回線からみちるの声が聞こえ、キョウスケはほっと胸をなで下ろした。

 頭を押さえる彼女の姿がモニターに映し出される。出血は見られないので、激突の衝撃で脳震盪でも起こしていたのだろう。

 

『模擬戦はどうなった?』

「悪いが、俺の勝ちだ。正直、かなり危うかったがな」

『そう……あの状況から負けるなんて、私もまだまだね。いえ、貴方が凄いのかしら? 使っていたのが実弾なら、手も足も出なかったかもしれないな』

 

 みちるは嘲的な笑みを浮かべて言った。

 確かに実弾を使用していれば、余程大口径の銃弾でなければアルトアイゼンの装甲は撃ち抜けないだろう。キョウスケを追い詰めたみちるの精密狙撃も、意に介さずに勝負を決めることができたかもしれない。

 多少の被弾は目を瞑り、圧倒的な突撃速度による一撃離脱 ── アルトアイゼンの真価はそこにある。

 それを封じられた今回の模擬戦は、それだけアルトアイゼンとキョウスケに不利なものだった。勝利はしたが、結果がどちらに転んでも不思議はなかった。

 対戦相手であるみちるの技量も、当然この辛勝に寄与していたことは言うまでもない。

 

「貴女の実力も相当のものだった。できれば、もう敵には回したくはない」

『謙遜だな。まぁ、いいさ。それより撤収命令が出ているだろう? いい加減、退いてくれないか』

「ああ、すまない」

 

 キョウスケは不知火を押し倒したままの体勢で会話していたことを思い出し、リボルビング・バンカーを引き抜いてアルトアイゼンを立ち上がらせた。

 そして不知火に手を差し出す。

 不知火はアルトアイゼンの手を握り返してきた。

 しかし一向に立ち上がる気配が見えない。

 

「どうした?」

『……動かない……どうやら、下半身への伝達系統がイってしまったらしい。申し訳ないんだけど、肩、貸してもらえるかしら?』

 

 みちるの不知火は、リボルビング・バンカーで空いた穴から下が確かに微動だにしない。アルトアイゼンに手を引かれて、上半身だけ瓦礫の山の上で起こしている状態だ。

 原因は火を見るより明らかだった。

 キョウスケはばつの悪い雰囲気の中、わかった、と返すと肩を貸すためにアルトアイゼンの姿勢を屈めた。

 と、そこで気づく。

 アルトアイゼンにはアヴァランチ・クレイモア用の大型コンテナが肩に取り付けられており、貸す程のスペースが存在しないことに。

 

(……やったことはないが、アルトのフレーム強度なら大丈夫だろう)

 

 キョウスケは仕方なく、みちるの不知火をアルトアイゼンで抱きかかえる。右腕部を上半身から肩口にかけて保持し、左腕部で動かなくなった不知火の膝裏部分をしっかり持って勢いよく立ち上がった。

 アルトアイゼンの太い腕がみちるの不知火を容易く抱え上げた。

 

『ちょ、ちょっと! 何するのよ!?』

「生憎肩に背負っているブツがデカくてな、運んでやるにはこうするしかない」

『そうじゃなくて! これじゃ、まるでお姫様抱っこじゃない!?』

 

 アルトアイゼンの抱きかかえ方は、確かに俗に言う「お姫抱っこ」に似ていた。不知火がアルトアイゼンの首に手を回せば完璧だが、首が太いのに加え肩のコンテナが邪魔、加えてみちるがしようとしないため中途半端な「お姫様抱っこ」になっている。

 キョウスケは首を傾げた。不知火を一番安定して運べる方法を取っているだけなのに、みちるは声を荒げていた。

 

「それがどうかしたのか?」

『恥ずかしいでしょうが!!』

 

 何故怒っているのかキョウスケには理解できなかった。

 一般的に考えて動けない機体を運ぶには搬送用トレーラーを使うのが最適だが、模擬戦に同伴しているのは夕呼たちの乗る指揮車だけだ。トレーラーが来るのを待つのも一つの手だが、それだと相当時間がかかってしまう。

 アルトアイゼンが不知火を連れて帰れるのなら、それはそれで良いのではないだろうか。

 

「大丈夫だ。アルトなら問題なく基地まで戻れる。それに、意外と軽いしな」

『さ、最低! 女に体重のこと言うなんて!』

「おい。殴るな。腕のフレームが歪むぞ」

 

 がつんがつん、と不知火の鉄拳がアルトアイゼンに飛んでくる。アルトアイゼン的には痛くも痒くもないのだが、華奢な不知火の腕が大丈夫なのかキョウスケは心配だった。

 

 

 

 それから横浜基地への帰路……みちるから罵詈雑言を浴びせられ続け、指揮車の夕呼には冷やかされ、まりもは何故か羨ましそうな視線を向けていたように見えたが……それはきっと気のせいだ。キョウスケは思う。

 

(女の考えていることはよく分からん)

 

 針のむしろに立っているような気分で、キョウスケは基地へと足を運ぶ。

 蛇足だが、案の定、不知火のフレームは歪んでいた。

 

 

 

      ●

 

 

 

【国連横浜基地 戦術機ハンガー】 

 

 キョウスケ、夕呼、まりも、みちるの4人はハンガー内の移動用通路 ── アルトアイゼンの真正面に集合していた。

  

 そこでキョウスケは対戦相手であった伊隅 みちると初めて対面した。

 当然の事だが、世界や所属も違うため、キョウスケの赤を基調としたパイロットスーツとみちるのそれは違っていた。

 しかしキョウスケは目を疑う。

 みちるのパイロットスーツは四肢を守るように金属製の防具が取り付けられている。それはいい。しかし体幹部に問題があった。

 

「な、何をじろじろ見ている?」

「いや、別に」

 

 模擬戦が終了してから、みちるのキョウスケに対する態度が妙に刺々しく、ナイフのような視線から逃れるように彼は彼女のパイロットスーツから目を逸らした。 

 みちるのパイロットスーツの体幹部は薄い皮膜のようなもので覆われていて、体の輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。それはもう、女性的な胸の中央部が小さく盛って見える程度にははっきりと、体のフォルムが見えてしまうため非常に目のやり場に困る。

 これでは裸で外を出歩いているようなものではないか ── キョウスケは思う。

 

(痴女か?)

 

 キョウスケはとりあえずみちるから視線を逸らしておくことにした。

 

「な、何だその態度は? あからさまに目を背けて、私の強化装備姿がそんなに気にくわないって言うのか? 

言っておくが、この衛士強化装備は国連軍衛士しか着用を許されない名誉あるものなんだぞ?」

「そうか」

「そもそも貴様の服装はなんだ? 強化装備も着ずに戦術機に乗り込むなど言語道断だ」

「そうだな」

「今回は怪我がなかったから良かったものの、次からはちゃんと強化装備を着用しなさい!」

「そうする」

 

 どうやら強化装備というのは、こちらの世界のパイロットスーツのようなモノらしい。キョウスケの来ているパイロットスーツにも防刃効果や耐G効果は備わっている。誰が好んで全裸同然のパイロットスーツに着替えるものかと思ったが、反論すると話が長引きそうだったため適当に相槌を打っていた。

 

「それにしても、今回は派手にやらかしてくれたわね」

 

 夕呼がキョウスケに話しかけてきた。

 派手、とはおそらく倒壊させたり大穴を開けた廃墟ビルのことだろう。

 

「ま、あの不利な状況から巻き返しただけでも賞賛には値するけど」

「ルール以外なら何をしても良い、そう確認したはずだ」

「そうね、何かあったら責任は取らせる、とも言ったけど……ま、面倒な話は後にしましょう。先に、アンタの今後の予定を伝えておくわ」

 

 今後の予定 ── 見知らぬ異世界に飛ばされた身としては、夕呼のような科学者に協力者として傍にいてもらいたい。いや、置いてもらわなければ行く当てがない。元の世界に戻る切っ掛けを見つけるためにも、キョウスケは横浜基地には残らなければならなかった。

 一抹の不安は、模擬戦で辛勝を演じてしまったことだったが、終わってしまったことをグダグダ言っても仕方ない……キョウスケは息を飲んで夕呼の次の言葉を待った。

 

「とりあえず、おめでとうは言っておくわ。ようこそ、国連横浜基地へ」

「では……」

「ええ、今日からアンタはこの横浜基地のスタッフの一員よ。

 戦術機操縦技術はそれなりにやるみたいだから、有事の際は伊隅の部隊に臨時編成させて働いてもらうことにするわ。それ以外の時はこの戦術機のデータ取りとか」

 

 アルトアイゼンを指さす夕呼。

 今日のような模擬戦ではアルトアイゼンの真価は発揮できない上、装備の実射試験も行えていない。この世界の武器 ── 87式突撃砲などとの互換性の確認もできていないため、アルトアイゼンのデータ取りは当然必要だろう。

 

「あとは私の研究の手伝いとか、あー、そうね、まりもの手伝いとかもしてあげて。

 まー、要約すると今日からアンタの役割は私付きの『雑用係』よ。もしくは『なんでも屋』ね」

 

 雑用係。聞こえは悪いが、夕呼の傍には置いてもらえるなら今はそれでも構わない。今はこの世界での立場を手に入れることが先決だった ── キョウスケは夕呼の言葉に頷きを返した。

 

「異論はない。こちらこそ、よろしく頼む」

「そう。じゃあ契約成立ってことで、はい、これ」

 

 夕呼は1枚の紙切れをキョウスケに手渡してきた。

 紙切れには数字が書いてある。

 0が沢山並んでいた。数えるのが嫌になるほどの0……1,2,3,4……とりあえず8個は並んでいる。ギャンブルで鍛えたキョウスケの直感が告げていた。 

 これはヤバい、と。

 数字以外に書かれている文字に、キョウスケは恐る恐る目を通す。

 

 

 

 

 『請求書』 

 

 

 

 

 そう、書かれていた。

 内訳は「ビル全壊1棟、ビル半壊8棟および不知火修理改修費用」と書かれている。掌に気持ち悪い汗が噴きあがってきた。

 

「なんだ……これは?」

「あら、忘れたの? 私は確かに言ったわよ、『自分で責任取りなさいよ』って」

 

 キョウスケの記憶に夕呼と交わした言葉が悪夢のように蘇る。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『何かあっても責任は取らないからね。自分で責任取んなさいよ』

「了解。気を付けよう」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 模擬戦の開始前、指揮車の中の夕呼にキョウスケはそう答えていた。

 

「あんな廃墟でも横浜基地の資産ですもの。壊したモノは弁償する、大人なら当然よね?」

「い、いや、しかし……」

 

 元々壊れてる廃墟ビルを弁償というのもおかしな話だ。

 しかし夕呼はキョウスケの反論内容を読み透かしたように言う。

 

「ま、百歩譲ってビルはよしとしましょう。

 でもアンタ、不知火を半壊させたわよね? 命令伝達系が完全にオシャカになって使い物にならなくなってるわよ、アレ? どうするの? 戦術機がいくらするか知ってるの? まさか、お咎めなしで済むとおもってたのかしら。おめでたい頭よねー」

 

 戦闘で機体に損害がでるのは当たり前のことだ。しかし模擬戦では機体に与える損傷を最小限にとどめるため、ペイント弾を使ったり、実際の状況を想定しての戦闘を行っている。

 しかしキョウスケは打ち抜いた(・・・・・)

 不知火を腹をリボルビング・バンカーで。

 結果、不知火は半壊してしまっている以上、夕呼の言い分から逃れるのは難しい。

 

(……大体、安全管理が不十分なんじゃないのか? 安全を考えるなら、バンカーは取り外すべきだ……ん?)

 

 夕呼は事前にアルトアイゼンのクレイモア用ベアリング弾を除去させていた。クレイモアにはペイント弾に換装できない特殊なベアリング弾を使っていたし、不知火に実射するわけにはいかない……この処置は納得できるものがあった。

 だが振り返ってみるとどうだろう?

 なぜ、夕呼はリボルビング・バンカーは取り外さなかったのか? リボルビング・バンカーが右腕部と一体型になっているとはいえ、切っ先を取り換える程度なら可能なはずだ。

 それをチタン製の防護キャップを被せるだけで済ませた……一応、安全対策を行っていることにはなるが……いやブースト全開で打ち込んでしまったキョウスケが、曲がりなりにも対策を施していた夕呼に文句を言えるはずもない。

 

「夕呼に弱み握られるなんて、可愛そうに」とまりも。

「終わったな」とみちる。

 

 もう一度「請求書」を見る。

 見間違えではない。

 目を見開いても、0は確かに八つ以上ならんでいた。

 

「今回は私が立て替えておくわ。利子はなしでいいわよ。あ~、私って優しいわ~」

 

 いけしゃあしゃあと悪魔が嘯く。

 

「南部 響介、これから頑張ってね~」

「…………ふっ」

 

 キョウスケの意識が遠のき、白く燃え尽きてしまったのは言うまでもない ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【西暦2001年 11月20日 夜  香月 夕呼の研究室】

 

 

 

 模擬戦が終了しても夕呼の仕事は終わらない。深々と肌寒くなってきた晩秋の深夜、彼女は自分の研究室に籠って書類の整理を行っていた。

 

 あの後、立ったまま気絶してしまったキョウスケ・ナンブは、訓練兵を使って彼に割り振られた部屋のベッドに送り届けさせた。まさか気絶するとは思っていなかったが、これでイニシアチブは夕呼の物になったも同然だろう。

 何かしらの弱みを握ればキョウスケを動かしやすくなる。

 理由はなんでも良かったが、ビル倒壊&不知火半壊と、彼は見事に墓穴を掘る形で弱みを提供してくれた。それが借金と言う名の虚ろなものでも、何かの役に立つ時がくるかもしれない。

 転移者であるキョウスケ・ナンブが、夕呼たちを裏切らないという保障はどこにもない以上、何らかの保険は必要だった。

 

「尻尾を現すかもと思ったけど、そうでもなかったわね」

 

 研究室に夕呼の独り言が響く。

 夕呼は眺めていた数枚の書類をデスクの上に放り出した。

 彼女が模擬戦をキョウスケたちに不利に設定した理由 ── 2つあった内のもう1つが、その書類に記されていた。

 

 

【11月11日 検査結果】

 名前:南部 響介

 血液型:エラー

 血液成分:エラー

 体細胞組織分析:エラー

  再検査の必要性あり。

 

【11月12日 検査結果】 

 名前:南部 響介

 血液型:エラー

 血液成分:エラー

 体細胞組織分析:エラー

  再検査の必要性あり。

 

【11月13日 検査結果 ── 同様の記述が数枚に渡って書き綴られており、それは11月18日 ── キョウスケが目覚める前日まで続いていた。

 夕呼がデスクに置いた書類、その最後の1枚に目を落とす。

 

 

【11月20日 検査結果】 

 名前:南部 響介

 血液型:O型

 血液成分:正常値内

 体細胞組織分析:問題なし

  異常なし。再検査の必要性認めず。

 

 

(何だっていうの? 単なる検査のミス?)

 

 住んでいた世界が違うから、使っている技術が違うから、そんな言葉でこの検査結果をかたずけていいものかと夕呼は悩む。

 得体の知れない検査結果……だから夕呼はあえてキョウスケを追い詰めた。

 根拠のないただの勘だが、追い詰めれば何かしらあるのではと思ってしまったから。もちろん、キョウスケが夕呼の研究対象に相応しいのか ── 類まれなる強運(・・)を持ち合わせているかも、同時に検証したわけなのだが。

 

(もう少し観察は必要ね。南部 響介が、あの計画(・・・・)成功の手助けになる可能性は残ってる)

 

 夕呼はキョウスケ関係の資料を整理して、デスクの引き出しの中に隠した。

 そして現在取り組んでいる研究を再開するのだった ──……

 

 

 

 

 




第3話に続きます


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第3話 邂逅、2人の異邦人 1

【???】

 

 温かい羽毛の柔らかな感触がキョウスケを包み込んでいる。

 思考が霧の中にいるようぼやけてにはっきりとしない。深々と冷えた空気から逃げるように、キョウスケは温かい温もりの中で体を丸めた。羽毛に ── ベッドに包まれて、ずっとこのままで居たいという気にすらなってくる。

 窓の外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる、朝だ。

 今日は非番だったか、待機任務を割り振られていたか……低血圧と言う訳でもないが、朝一番のせいか頭が回らず瞼が重い。宙を浮くような心地よい虚脱感にキョウスケは身を委ね、堕ちて行ってしまいたい錯覚に囚われた。

 

「あなたー、朝よー。起きなさーい」

 

 聞き慣れた声がキョウスケが寝ている部屋の外から聞こえてきた。

 女性の声。

 アインストとの戦いでキョウスケが命を賭け金(チップ)に取り戻した、彼にとっての幸運の女神の声だった。

 部屋の扉の開く音と、女性の足音がキョウスケに近づいてくる。

 

「キョウスケー、朝ごはんできたわよ。今日は目玉焼き黒焦げにならずにできたんだから」

(エクセレン……そうか、俺たちは結婚したのだったな)

 

 アインストとの決着の後、エクセレンはキョウスケと結婚し寿退役した……ような気する。今ではキョウスケが帰ってきた時には自慢の料理の腕を振るってくれ……俗に言う飯マズ嫁という役割を演じてくれている……ような気がする。

 何しろ思考があやふやで考えが纏まらない。確かに結婚していたような気がするが、目も開かないため妻であろうエクセレンの顔を見ることができなかった。

 

「マイダーリン、ウェイクアップ♡」

 

 ゆさゆさ。

 エクセレンが羽毛布団に包まったキョウスケの体を揺すってきた。 

 ああ、分かっている……でも、あと5分だけ。気怠すぎて声も出せないキョウスケは、布団を頭まで被って抵抗した。

 

「ウェイクアップ。今日の朝ごはんは目玉焼きとーお汁粉とーチャーハンよ♡ だから早くお・き・て」

(また朝からヘビーなモノを……どうせお汁粉はしょっぱかったりするのだろうな……)

 

 朝のメニューでキョウスケの起きる気力は一気にそがれる。

 ゆさゆさ。エクセレンはキョウスケの体を揺するのを止めない。

 ゆさゆさ、ゆさゆさゆさ、ゆさゆさゆさゆさ ── 揺すられる頻度は多くなっていく。遠慮がちだが慣れた手つき、霞がかった頭の中が徐々にハッキリしてきて ──

 

「起きてください」

 

 ── 聞き慣れぬ少女の声で、キョウスケは目を覚ますことになった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第3話 邂逅、2人の異邦人

 

 

 

【西暦2001年 11月21日 国連横浜基地 B4 キョウスケ自室】

 

「……おはようございます」

「……ああ、おはよう」

 

 銀髪の少女 ── 社 霞がキョウスケの目の前に立っていた。

 先ほどとは打って変わって安物のマットレスの上でキョウスケは目覚めた。羽織っているのは羽毛布団ではなく、薄いタオルケットと煎餅みたいな掛布団1枚だけ。枕ももれなく低反発なんて高級品ではなかった。

 眠気がまだ残っている。どうやら、寝ているところを起こされたらしい。誰に……と考えて、やはり朝で頭が回っていないことにキョウスケは気づいた。

 下手人は目の前にいる社 霞しかいないだろう。

 

「……今は何時だ?」

「……11時です」

 

 片言で返事をする霞。 

 キョウスケも軍属生活が長いため生活は規則正しい方なのだが、えらく寝坊してしまったものだと内心焦った。別世界に来てまだ日が浅いため、体内の時間感覚が狂い体が不調なのかもしれない。

 

「わざわざ起こしに来てくれたのか。ありがとう」

「…………いえ」

 

 短い返事の後、霞には目を背けられてしまった。

 社 霞 ── 昨日、香月 夕呼の部屋で出会った小さな女の子だが、彼女には初対面のときからキョウスケを何処か避けている節がある。もっとも、ただの人見知りなだけかもしれないが。

 だがそんな人見知りをする女の子が、わざわざキョウスケを起こしにくるだろうか? ふと疑問に思ったキョウスケだったが、

 

「これです」

 

 霞は絶妙なタイミングで、部屋を訪ねた理由らしき紙切れと1枚のカードを手渡してきた。

 紙には「1800、B19の研究室に来るように。時間厳守。それまでは自由。香月 夕呼」と書かれており、カードには「Ⅳ」と開錠可能なセキュリティレベルが記されいた。要するに霞はこの紙を手渡しに来たメッセンジャーで、しかし部屋の中のキョウスケは眠っていたので仕方なく起こした、という経緯のようだった。

 紙切れ……昨日の悪夢がキョウスケの脳裏に蘇る。借金。どうしたものかとも思うが、今のキョウスケにはやりようが無いので考えないことにした。

 キョウスケは紙切れとカードを上着の中にしまう。

 

「了解した。時間通りに行くと香月博士に伝えてくれ」

「…………ばいばい」

 

 霞は小さく手を振って、部屋を出て行ってしまった。

 キョウスケの言葉に返事はなかったが、小さく頷いていた気がするので大丈夫だろう。

 

「……夢か」

 

 夢で聞いたエクセレンの声がまだ耳に残っているような気がする。夢の中でキョウスエケとエクセレンは籍を入れ、連れ添っていたようだ。頭が冴えてきて、少し気恥ずかしく感じるキョウスケだったが、別段悪い気はしない。

 元の世界に戻れば、そういう未来の可能性もあるということだ。エクセレンとはあの大気圏突入時の戦闘以来会っていない。彼女のことだ、無事だとは思うが……思いを馳せながらキョウスケは腰を上げた。

 いつの間にか寝かされていたベッド ── 上着のまま寝かされたらしく、皺のできた上着とシーツのそれを伸ばす。布団とタオルケットも折りたたんでベッドの隅に置いた。

 

「さて、どうする?」

 

 国連横浜基地 ── キョウスケにとっては未知の領域である。

 営倉から尋問室、地下24階に戦術機ハンガーと、イベントは盛りだくさんな道のりを経験してはいたが、他にどのような設備があるのかは検討がつかない。

 かといって、夕呼に呼び出された時間まで引き籠っている気も毛頭なかった。

 悩むキョウスケの気も知らずに、腹の虫がざわめきだした。

 

「とりあえず、飯にするか」

 

 どんな基地にでも食堂的な場所は存在するものだ。

 横浜基地がどれだけ広大な敷地を持っていても、スタッフが寝泊まりする部屋からそう離れているとは考えにくい。それに案内掲示板ぐらいは用意されているはずだ。

 キョウスケは備え付けのシャワーを浴びた後、愛用の赤のジャケットを羽織り、食堂を目指し部屋を出て行った。

 

 

 

 




第3話です。
場面が切り替わるか、分量が長くなったら更新します。
あと、12/11に取り組んでいる研究の方針が決まる+年末大勢のため、更新速度は遅くなります。ご了承ください。


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第3話 邂逅、2人の異邦人 2

【西暦2001年 11月21日 国連横浜基地 PX】

 

 横浜基地は広く、キョウスケは案の定迷い、食堂 ── (ポスト)(エクスチェンジ)に到着したのは出発から30分が経過した頃だった。

 

 時刻は既に正午前。

 食事時ということもあってか、PXは軍服の人間たちで溢れ返っていた。列を作って受け渡し口に並んでおり、手にはトレイが持たれている。割烹着を着た恰幅の良い女性が、受け渡し口で配膳しながら厨房に指示を飛ばし取り仕切っているのが分かる。

 並んでいる面々は、特に代金を払うことなく食事を受け取っていた。昨日の夕呼の話が本当なら、既にキョウスケも横浜基地の一員なので、列にならんで食事を受け取る権利は発生しているはずだ。

 物は試しと、キョウスケは列の最後尾に並んでみることにした。駄目ならその時はその時だ。数日水だけでも生きてはいけることを、軍役の長いキョウスケは経験上知っている。

 列に並びながらPX内の様子を確認した。

 PXにいる面々はハンカチなどを机に置き、それぞれが席の所有権を確保してから列に並んでいた。折角の昼食だ、仲間と語らいながら食事をしたいのだろう。その気持ちはキョウスケにもよく分かったが、なにぶん転移してまだ2日目で、友人と呼べる知り合いはまだいない。

 そうこうする内に順番が回ってきた。

 

「いらっしゃい、何にする!」

 

 配膳している恰幅のいい中年女性が元気よく訊いてきた。「京塚」と胸に名札が下げられている。

 

「何でもいい。おすすめを頼む」

「あいよ、じゃあ合成さば味噌煮定食でいいね!」

(合成?)

 

 聞き慣れない単語がキョウスケの耳をくすぐった。

 

「あら、アンタ、もしかして新入りかい?」

 

 「京塚」という名札を付けた女性は、キョウスケと目が合うと訊いてきた。白米をよそったお椀をトレイに置くと、さらに質問してくる。

 

「いつから来たんだい? この基地の人たちは皆ここで食事するからね、私には新入りがすぐに分かるんだよ」

「そうなのか。俺は昨日付けで横浜基地に配属になった南部 響介という。よろしく頼む」

「響介ってのかい。配属記念ってことで、合成さば味噌は特別大きいのにしといてあげるよ。しっかり食べて、人さまのためにしっかり働くんだよ!」

 

 京塚は手際よくサバ味噌とサラダを皿に盛りつけると、トレイに置き、豪快に笑顔を向けてきた。悪い人物ではなさそうだ。

 列も混んでいたため、キョウスケは京塚に礼を言い受け渡し口から離れることにした。

 横浜基地のスタッフ全員の食事を賄っているというだけあってか、PXはかなり広かった。しかし列に並んでいた時から思っていたことだが、何処の席にも私物が置かれていて席取りが施されている。

 昼時なのも手伝って、相席も不可能そうな位に人がPXには入っていた。腰を落ち着けられそうな場所が見当たらない。

 

「ん……?」

 

 いや、あった。

 他の席から少し距離を撮った場所に、長机が1つと空いている椅子が6が丸々残されていた。PXに集う他の面々は席取りした場所に直行するため、そのスペースを無視しているようにキョウスケには思えた。

 とにかく、騒然としたPXの中で席を確保できたのは運が良い。

 キョウスケは角の席に腰かけ食事を摂ることにした。

 メインディッシュの合成……とかいうサバ味噌に箸をつける。

 

「……うまく、はないな。何だ、これは?」

 

 もにゅもにゅ、ともぐちゃくちゃ、ともつかぬ柔らかい奇妙な食感。確かに魚の風味はしてタンパク質的な味わいもするが、味噌で煮込んで誤魔化されている感じが隠せない。箸で探してみて小骨の1本も見当たないのは、処理がしっかりされているからなのだろうか? 外見はサバの味噌煮だが、サバの味噌煮らしくない奇妙な食べ物だった。

 合成という言葉が鼻に突く。

 野菜嫌いの子どもに野菜を食べさせるための騙し料理のようなものか、とキョウスケは思いながら箸を動かし続けた。新兵時代に食べたクソマズいレーションに比べたら、随分とマシな味ではあった……比較するのも悲しい話だが。

 

「あれー、誰か座ってますよー」

「どうしたタマ? お、本当だ、珍しいじゃねえか」

 

 咀嚼を続けるキョウスケの耳に、一組の男女の声が聞こえてきた。

 顔を上げると、桃色の髪を両端で結った少女と、茶髪の少年がこちらを見ていた。2人とも軍事基地に似合わない白い学生服を着ている。間違いなく成人はしていないその2人には、白い学生服がとても良く似合っていた。

 その分、キョウスケは湧き上がってくる違和感を禁じ得なかったが。

 

「武さん、どうします? 席が足りないから、皆は座れないよ」

「別にいいんじゃねえの。委員長たちはまりもちゃんに呼ばれてるし、俺たちの誰かが先に食い終わっちゃえば大丈夫だろ?」

 

 タマと呼ばれた桃色の髪の少女に武と呼ばれた少年が答えた。それはそうだけど、とやや不満気味なタマをなだめた後、武はキョウスケの方に近づいてくる。

 

「すいませーん、隣、相席いいですか ── って、あれ?」

「構わんが、どうした?」

 

 武がキョウスケの顔を見て動きを止めた。

 しばらくじっと見つめた後、何か思い出したように頷き、机にトレイを置いてキョウスケの隣に座る。

 

「もしかして、昨日ハンガーで気絶してた人じゃないですか? 夕呼先生に言われて、俺、部屋まで確か運んだような気がするんですけど……」

「……そうだが。そうか、君がな。迷惑をかけたようですまない」

 

 朝起きたらベッドの上にいたキョウスケだったが、戦術機ハンガーから目覚めるまでの記憶がないので、夢遊病でもない限り誰かがベッドまで運んでくれたのは間違いない。

 

「武さん、その人と知り合いなんですか?」

「いや、昨日ちょっと話したじゃん。例の人」

「ああ、例の借き ── けほんけほん。れ、例の人ですかー」

 

 そこのちっこいの、ワザとらしく咳ごむな。借金と言いそうになったのは分かったぞ、とキョウスケは心の中で呟いた。

 

「例の人ではなく、南部 響介だ」

「南部さんですね。覚えました。そ、それにしても見慣れない服装してますねー」

 

 強引に話題をそらそうとするタマが、キョウスケ自前の赤いジャケットをさして言った。キョウスケにスタッフ用の制服はなだ配布されていない。自前の服を着る以上、目立つのは無理もない話だ。

 しかしそれは、キョウスケにとっても武やタマの制服に言えることだった。

 

「お前たちこそ、その学生のような恰好はなんなんだ? ここは軍事施設だと聞いているが」

「あ、知らないんすか。この制服は訓練生の制服で、座学なんかの時に着るようになってるんですよ」

「訓練兵? お前たちがか?」

 

 ええそうですよ、と当然のように答える武にキョウスケは少しばかりの驚きを覚える。

 キョウスケの世界でも少年兵は珍しい存在ではなかった。

 特にキョウスケのいた部隊では若いパイロットが多かった。だからと言って、キョウスケは少年兵の存在を良しと思っている訳ではない。相応の覚悟や理由があって戦場に立つ者を止めることはできないが、必要以上に戦争に関与させるのは如何なものかと思うことも多い。部隊に10代が多かったからこそ感じる葛藤だった。

 この少年たちも兵役に付く何らかの理由を持っているのだろう。なら引き留めるようなことをキョウスケはしない。キョウスケたちが大人がするべきことは、望まぬ者が戦場に駆り出される必要のない世界を作り出すことなのかもしれないと、ふと思ってしまう。

 

(訓練兵か……そういえば、昨日の軍曹は教導官だと言っていたな)

 

 模擬戦で審判役をしていた神宮司 まりも軍曹のことを思い出した。

 

「お前たち、もしかして神宮司軍曹の教え子か?」

「そうですよ。この後も、午後から戦術機に関する座学の予定です」

 

 武が答えた。

 

「南部さんは昨日何やってたんです? 夕呼先生がらみの仕事ですか?」

「まぁ、そんなところだ」

「うわ、大変ですね。あの人、人使いが荒いからなぁ」

 

 実感がこもった言葉で返す武。

 昨日の一件だけで、夕呼が人を顎で使いまくる人間だとはキョウスケも感じていた。無論、社会での立場が上がれば上がるだけ抱える仕事も多くなるから、下の人間に仕事を回すのは当然のことだが……彼女の場合は立場云々ではなく、元からの人間性のような気がしてならなかった。

 初対面のためか、あまり会話は弾まない。

 転移して2日目のキョウスケは、この世界で通じる共通の話題をほとんど持ち合わせていない。唯一、武たちと話ができそうな話題と言えば、やはり香月 夕呼か神宮司 まりもの話ぐらいしかなかった。

 気を遣わせてしまったのか、武がキョウスケに話かけてくる。

 

「夕呼先生はこの基地の副指令もやってるんですよ」

「ほぅ」

 

 武の発言にキョウスケは納得した。 

 B24という厳重なセキュリティの中に研究室を持つぐらいだ、相当な高級士官だとは踏んでいたが、まさか基地のトップ2だったとは。ならばあの傲岸不遜な態度も理解できる。キョウスケの軍人生活で関わった基地司令と呼ばれる人種には、ロクな人間がいないことが多かったからだ。

 一番印象深い出来事をあげるなら、欠陥品と分かっている試作機のテストパイロットを嫌がらせのために命じられ、あげく機体が空中分解してしまったことがあった……よく生きていたものだと、自分でも思う。夕呼はそこまで酷くはないと思いたいが、そのこともあって、キョウスケにとって基地司令という職はあまりいい印象を覚える人種ではなかった。

 

「でも、実質的には横浜基地で一番偉いみたいですよ」

「なぜだ?」

「えーと、これは噂なんですけど……なんでも基地司令の弱みを握っているって噂があるんです」

 

 武の言葉に対するキョウスケの問い、それにタマが小声で答えた。

 

「まぁ噂なんですけどねー、あはははー……」

「それより、南部さんは午後から何するんです?」

「俺か? …………」

「黙っちゃって、どうしたんですか?」

「いや、1800に予定はあるのだが、それまで体が空いていてな。どうしたものかと考えている」

 

 食事が終わってしまうと、約6時間の自由時間をキョウスケは得ることになる。

 だが、これだ、というやりたいことが決まっている訳でもなかった。

 戦術機ハンガーに向かいアルトアイゼンの調整をするのか、それとも横浜基地内を知るために巡ってみるのか、あるいは武たちの座学の風景を見学に行くのも戦術機の知識を得るため選択肢としてはありかもしれない。

 静かな所で考え事をしてから、何かをし始めてもいいかもしれない。自室に引き籠るのだけはごめんではあるが。

 武がキョウスケに言う。

 

「この基地かなり広いですから、見て回るだけでも結構時間つぶせますよ。でも1800に予定って奇遇っすね。俺も丁度その時間に予定が入っているんですよ」

「そうか、存外縁があるかもしれないな」

「そうですね ────」

「あー、武―!」

 

 武の言葉が、女の大きな声で遮られた。

 細身の緑色の髪の少女が、食事の受け渡し口に並ぶ列の最後尾から手を振っていた。武と同じ白い学生服を着ている。同様の服装をしている女子が3人、緑髪の少女と一緒に列に並んでいた。

 

「ねーねー、その人、誰―?」

 

 緑髪の少女が元気いっぱいに叫ぶ。

 

「ああ、この人は南部さんって言って昨日の例の ──」

「それより、僕、お腹すいちゃったよー! 武は何定食にしたの?」

「人の話聞けよ、コラ」

 

 緑髪の少女は京塚のいる受け渡し口に少しずつ進んで行った。他の女性たちもそれに続く。

 大きな眼鏡をした栗毛の女の子と、紫色の髪の毛を結い上げた女の子と黒髪の女の子だ。その3人は緑髪の少女に比べて女性的な体つきはしているが、学生服が似合っているので歳は同じ程度ではないかとキョウスケは感じる。

 合計で4人。キョウスケが座っている席の座席数は6つだった。武とタマ、そこにキョウスケを加えると人数は合計7人となり、1人が座れない計算になる。

 武と彼女たちは座学を共にする仲間だろう。自分がここで居ることで、武と彼女たちが一緒に食事ができないのはいささか心苦しい。

 武たちと話をしながら合成さば味噌煮定食も平らげてしまったことだし、キョウスケは席を開けるために退散することにした。

 

「俺はそろそろ退くとしよう。……えぇと」

「あ、白銀です。俺の名前は白銀 武って言います」

「そうか、白銀。縁があったら、また会おう」

 

 キョウスケは席を立ち、タマにも挨拶をすましトレイを返却口に持って行く。

 京塚にも礼を言ったのちPXを後にした。

 約束の時間 ── 1800まで何をするか、キョウスケは歩きながら考えることにしたのだった。

 

 

 




その3に続きます。


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第3話 邂逅、2人の異邦人 3

アンケートに回答くださった皆様ありがとうございました!
今後も頑張るのでよろしくお願いします!


【西暦2001年 11月 21日 国連横浜基地内】

 

 

(今の俺に一番必要な事は、早くこの世界について知ることだ)

 

 PXでの食事を終えた後、横浜基地内を巡りながら考えていたキョウスケが至った結論がそれだった。

 

 見知らぬ並行世界に飛ばされてきてまだ2日目。

 キョウスケはあまりにこの世界について知らなさすぎる。

 この世界の情勢、使われている戦術機という兵器、そして戦っている敵。キョウスケはどこか既視感(デジャヴ)を覚えるが、何かが決定的に違っているこの世界に違和感を隠せなかった。自分が違和感を覚えるということは、おそらく相手にもそれに等しいものを与える結果に繋がるだろう。

 PT乗り ── この世界では戦術機の衛士と呼ぶらしいが ── 戦術機に関する知識をまったく持っていないことは、どう考えても不自然だろう。だからこそキョウスケは、戦術機に関する知識ぐらいは最低限持っておく必要があると考えていた。

 

(白銀 武……あの訓練兵は戦術機に関する座学を受けると言っていた。講師は神宮司 まりも軍曹、面識はある。香月 夕呼に呼ばれた時間までの時間つぶしと言えば、多少不自然でも押し通せるはず……これは渡りに船かもしれん)

 

 基地内を歩き回った為、時刻は既に午後1時 ── 1300を回っていた。座学がいつごろまで予定されているか分からないが、ぐずぐずしていると知りたい情報を聞きそびれてしまう。

 キョウスケは基地内ですれ違った職員に、訓練兵の教練場所を尋ねると足を運ぶことにした。

 

 

 

      ●

 

 

 

【国連横浜基地 訓練兵校舎 3-B】

 

 訓練兵校舎の構造はハイスクールのそれに酷似していた。

 学年ごとに階層分けされ、Aから順に30人ほどが入る部屋に区分けされており、キョウスケにさえ今は昔の高校生活を連想させる程度には学校のような姿をしている。

 学生服姿の訓練兵が廊下でたむろでもしていれば、尚更そのように感じたのだろうが、廊下どころか教室内にも人の姿は見当たらなかった。1階、2階は完全に無人……3階も3-Aには人っ子一人いなかった。

 その事が、ここがキョウスケの知るハイスクールではないと強く認識させた。

 この校舎は基地内にある訓練施設……しかし横浜基地はあくまで基地として機能しているはずなので、訓練兵の本格的な教練施設は別の場所にあるのかもしれない……キョウスケは自分を納得させるためそう考え、3-Bの前で足を止めた。

 

(いるな、神宮司軍曹だ)

 

 窓ガラス越しに神宮司 まりもが教壇に立っている姿が目に入った。

 教本を片手に講義している。その姿は非常に様になっていた。彼女は教師だと教えられれば、素直に信じてしまうくらいには似合っている。

 閑散とした教室内の机には、白銀 武を始めとしたPXで見た6人が座り講義を聞いていた。

 廊下から覗きこんでいても始まらない。キョウスケは扉をノックし、教室の中に入ることにした。

 

「講義中にすまんが、少し失礼する」

「貴様は……南部 響介? ……一体何の用でしょう?」

 

 訓練兵の前のためか、まりもは凛とした口調でキョウスケを問いただす。

 

「見ての通り講義中です。部外者は立ち入り禁止ですので、退席願いたいのですが」

「そう邪険にするな。香月博士に1800に呼び出されたのだが、見ての通り、それまでは体が空いていてな。聞けば昨日知り合った軍曹がここで講義をしているというじゃないか? どのような講義をするのか、少し気になってお邪魔した」

「む……」

 

 まりもは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。もしかすると、訓練兵や気心の知れた相手なら兎も角、昨日知り合ったばかりの男に講義を聞かれるのは恥ずかしいのかもしれない。

 しかしまりもはすぐに凛とした顔つきに戻し、キョウスケに言った。

 

「だが既に衛士の貴方が聞いてもつまらない内容ですよ? 衛士にとっての常識や敵性体BETAに関する、しかも軍連兵向けの内容……いまさら聞いた所で時間の無駄だと思うのですが」

(丁度いい。むしろ、願ったり叶ったりだ)

 

 知らないから聞きたい。正直に答えれば、阿呆か変人扱いされるだろう。

 

「軍曹、俺は1800まで時間を潰したいんだ。それに基本を復習することは悪い事じゃない」

「それはそうですが……分かりました。しかし飛び入りということは、教本はお持ちではないでしょう?」

 

 武たち訓練兵は教本を机の上に開いてまりもの話を聞いていた。

 教室には黒板はあったが、ブリーフィングルームではないためかスクリーンが設置されているようには見えなかった。もしかすると、黒板の裏あたりに内蔵されているかもしれないが、今は使っていないため存在の確認はできない。

 両手の軽いキョウスケを見て、まりもは一瞬困ったような表情を見せ言った。

 

「一度習得済みなら教本など必要ないとは思いますが、まぁ、白銀の隣にでも座ってご自由になさってください」

「すまない軍曹、感謝する」

 

 キョウスケは閑散とした空き机の中から、武の隣の席へ向かった。

 教壇前を横切る際、キョウスケに教室内の奇異の視線が突き刺ささった。武を含む男1女5の視線だ。全員、PXで見覚えのある顔だった。今がまりもによる講義の最中でなければ、年相応の好奇心から騒ぎ出しているのは間違いないだろう。

 キョウスケは武の隣の机を彼の机に引っ付け、椅子に腰かけた。

 

「すまんが、教本を一緒に見せてもらえないか? 最近のがどうなっているか知りたくてな」

「あ、はい、いいですよ。……それにしても南部さん、驚きましたよ。いきなり教室に入ってくるんだから」

「そうだな、悪かった」

「いや、別に責めてる訳じゃないっすよ。基地内探索、しなかったんですね?」

「したぞ。ただ広くて迷いそうになってな。迷って時間に遅れては本末転倒だろう」

「ははぁ、それでまりもちゃんの講義で時間つぶそうと思ったんですね」

 

 まりもちゃん、確かに武はそう言った。軍隊で上官を呼び捨て、あるいはあだ名などで呼ぶことは一般に不敬だとされる。もちろん、上官本人が許したなら問題ないのだが……武の言いぐさは、キョウスケはATXチームの元隊長ゼンガー・ゾンボルトを「ゼンガーたん」と呼ぶのと同じようなものだ。

 詳しい事情を知らないのでツっこまないが、まりもが「ちゃん」づけを良しとする女にはキョウスケは思えなかった。

 まぁ、講義を聞きたい本心を隠す言い訳を相手から提供してくれたので、ツッこまずキョウスケはそれに乗ることにした。

 

「ま、そんなところだ ──」

「こら、そこ私語を慎め!」

 

 小声での会話はまりもの叱責で中断された。

 

「白銀ぇ、教官をちゃんづけで呼ぶなと何度言えば分かるんだ! 南部殿、貴方も静かに聞くつもりがないのなら出て行っていただきたい! 私は教導官としてこの子たちを指導する義務がある、貴方の気まぐれで邪魔されるわけにはいきません」

「……すまん」

 

 何だろうこの気持ち。凄く恥ずかしい、でも気持ちい ── じゃない! 自制できない悪ガキどもじゃあるまいし、講義中の私語を注意されるなど成人した身としては恥ずかしいことだ。

 自分から希望しておいてこの体たらく……キョウスケは素直に反省し、まりもの講義に耳を傾けることにした。武も反省したのか真面目に教壇のまりもに目を向けている。

 

「では続ける。マニュアルのp155、御剣」

「はい!」

「敵性体、BETAについて簡潔に述べよ」

 

 紫色の髪の毛をした女の子 ── 御剣というらしい ── が、まりもの声に従い椅子から立ち、透き通る声で返答する。

 

「BETAとは、地球外惑星を起源とする敵対的生命体であり、Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race ── つまり、人類に敵対的な地球外起源種の総称です」

「ではその目的は?」

「不明です。BETAは人類と一切コミュニケーションが取れず、炭素系生命体(・・・・・・)であるということ以外何も解明されていません」

「よし、座っていいぞ」

 

 御剣は静かに着席した。

 キョウスケの世界がエアロゲイターやインスペクターと言った外敵の脅威に曝されていたように、この世界にも人類を脅かす敵が存在していて、それがBETAという存在のようだ。

 しかしBETAについては、初期の頃のエアロゲイターのように詳細がほとんど分かっていない……という風にキョウスケには聞こえた。そして嫌な既視感(デジャヴ)をキョウスケは覚える。相手が異星人なら金属生命体でもないかぎり、人類と同じ炭素系物質で体は構成されているはずだからだ。

 並行世界の地球人であるシャドウミラーは言わずもがな、エアロゲイターもインスペクターも地球人と同じ姿形をしていた。キョウスケに確認する機会はなかったが、彼らの体はタンパク質で作られていることだろう。考えるまでもない、キョウスケにとっては当たり前の常識だった。

 しかし御剣は『炭素系生命体』という言葉を強調していた。

 キョウスケはそこに既視感を感じ、ざわめきを胸に覚えたのだ。

 

(まさか……な。あんな生命体が他にいるはずがない)

 

 炭素系生命体であるかは分からない。

 だがキョウスケの世界には、機動兵器を用いずに人類にとっての脅威となった敵が確かに存在していた。

 アインスト。

 その名は、今も宿敵としてキョウスケの記憶に深く刻み込まれている。

 キョウスケは黙ってまりもの講義の続きを聞く。

 

「では続けて彩峰、形態的特徴について述べよ」

「はい。BETAは主にその大きさによって数種類に分別されています」

 

 黒髪の少女 ── 彩峰がまりもの問いに答える。

 

「その大きさは最小で2m、最大で数十mに及びます。各分類間には生物学的特徴は見られず、既存の生物学的分類が不可能な数種類の生命体が、単一社会を形成し共生しています」

「よし。では続けて、我々人類の刃『戦術機』に対して振り返りを行う。そもそも、何故『戦術機』という兵器が必要になったのか……その理由を榊、言ってみろ」

「はい! BETAの保有する対空兵器のせいです」

 

 大きな眼鏡をかけた女の子 ── 榊が返答した。

 

光線(レーザー)級BETAと呼ばれるBETAの対空戦力により、既存の航空兵器のほとんど無力化されたため、BETAとの近接戦闘とハイヴ突入による攻略を可能とする兵器として開発されました」

(光線級? 異星人の名の前に分類名を付けるとは……)

 

 BETAという異星人が生身でも相応の戦闘能力を有しているため、便宜上つけられた名称と考えるのが妥当だ。しかし戦術機がPT大の大きさを有しているということは、敵に対抗するにはそれだけの大きさが必要になってくる……という事でもある。冷静に考えて、大きいモノが小さいモノを踏みつぶすのは簡単だが、小さいモノが大きいモノに抵抗するのは難しいからだ。

 キョウスケの中で、BETAとアインストのイメージが重なる。

 敵は機動兵器に乗った異星人ではなく、機動兵器級の大きさを保有した炭素系生物ということではないのか? アインストには2m程度の小型種は存在しなかったが、BETAがアインスト同様にデタラメな化け物であるのなら、小型の種類がいても不自然ではない。

 

「よし。ではマニュアルのp156を開け。代表的なBETAと人類・戦術機の比較図が乗っている」

(……やはりか)

 

 武が捲ったページには、およそ機械とは思えないBETAのシルエットと戦術機の大きさが示された図があった。

 『大型種』と書かれた中段の図のBETAは戦術機とほぼ同じ大きさをしていた。そして成人男性よりも大きな『小型種』。中でもとりわけ目を引いたのが、レジセイア種程ではないが戦術機の3倍はあろうかという大きさの『大型種』のシルエットだった。

 どれもこれも黒塗りのシルエットで描かれているため詳細な姿は分からない……が、戦術機やPTとは違う非機械的な印象を受ける。

 キョウスケには経験上理解できた。

 BETAは機動兵器大の大型生物、あるいは生体兵器だと。

 まりもの講義は続く。

 

「光線級BETAは小型のもので全長3m程、つまり便宜上は小型種に相当する。だが小型のヤツですら、380km離れた高度1万mの飛翔体を正確に捕捉し、30キロ以内の侵入を許さない」

(なん、だと……?)

「20mクラスの奴はさらに脅威だ。高度500mで低空侵入する飛翔体を、約100m手前で撃墜してしまう程の高出力レーザーを放つ。だが奴らの最大の脅威は射程でもレーザーの威力でもなく、異常なまでの探知能力と命中精度だ。

 分かり易く言ってやろう。どれだけ巧みな回避運動を取ろうとも、重金属雲の中にいようとも、500m以上の高さで飛行すれば奴らは100%命中(・・・・・・)させてくる」

 

 キョウスケは愕然とした。

 命中=撃破ではないにしても、通常は考えられない数値である。

 さらに言えば全高20m、高度50m、距離100キロ……この距離の関係を理解したからだ。

 地球には丸みがあり、水平線の向こう側はその丸みに隠れて見ることはできない。仮に100kmの射程を有する射撃兵装があったとしても、水平線の向こう側に隠れていれば被弾することはない……が、飛行している物体は別だ。 

 高度500mにある物体が地球の丸みの影に隠れようとするなら、その距離は最低100km必要になる。

 要するに、飛行しながら光線級BETAに接近する場合、100km先だろうと水平線上から顔を出した瞬間に大出力レーザーで撃ち抜かれるとうことだ。しかも光学兵器である以上、レーザーやビームは目視してからの回避が非常に困難だ。

 キョウスケの世界では、ビーム兵器などに対してバリアや緊急回避プログラムなどを搭載しているし、何より人が扱う武器であるため命中率はさほどいいわけではない。

 だが、その命中率が100%……要するに必中だとしたら?

 空中を移動するしかない戦闘機や爆撃機が駆逐され、制空権を奪われてしまう様がキョウスケには容易に想像できた。

 

(超々射程かつ高命中率の射撃兵器か……これが量産でき、連射が効けば最悪だな)

「ちなみに小型の光線級BETAは最低100体以上の群れで行動し、レーザー照射間のインターバルは約12秒だ。BETA全体での数は確かに少ないが、我々人類にとって最大の脅威であるのは間違いないだろう」

(……短いスパンでの射撃ができるのか。数もある……随分とイカれた性能だな)

 

 最低で100体ということは、100本以上のレーザーの束が12秒間隔で降ってくるということだ。進軍せず迎撃するだけなら、これ以上に優れた兵器は存在しないだろう。

 しかも射程は100km以上。どれだけ戦域が広くても、マップの端から端まで余裕で照射できる射程距離だった。こんな化け物がもしキョウスケの世界に存在していれば、既存の戦略を根本から考え直さなければならないかもしれない。キョウスケの世界で戦闘機からAM ── リオンができたように、陸地を戦車ではなく人型起動兵器が占有し始めたように……発想転換を迫られる瞬間はどの世界にもあるはずだ。

 

(人の言葉には尾ひれが付きやすいものだ……その光線級とやらも、実際に見てみれば案外拍子抜け……ということもありうる)

 

 噂話とは違い軍隊で教える情報だ。極端な過大表現はしていないだろう。

 戦術機の耐久力が高く、レーザーの威力が低いのならば多少の無茶は効くのだろうが、まりもの言い草ではそれは期待できない。おそらく、1発被弾すれば即撃墜レベルの威力を誇っていると思われた。

 だがキョウスケも自身の愛機 ── アルトアイゼン・リーゼの堅牢さには並々ならぬ自信を持っている。特機の一撃にも耐えうるアルトアイゼンの装甲なら、どれだけ高出力のレーザーの直撃があったとしても、一瞬で撃墜されることはほぼないはずだ。

 無論、PTだって限界はあるし壊れはする。

 確かに、100以上のレーザーの束を浴び続ければ、アルトアイゼンといえども危険ではある。撃破 ── 戦死だってありうる。しかし逆に言えば、レーザーを浴び続けなければいいのだ。

 

(そのためには戦術、そして戦略が重要になってくる。厄介で危険な相手であればある程、当然、対策は練られていくものだ。問題は、その対策はアルトに合っているかどうかだな)

 

 アルトアイゼンは汎用性を捨てて、高速突撃・一撃離脱を極限にまで突き詰めた機体と言っていい。明言すればバランスが悪い。他の戦術機が足並み揃えて行う作戦を、十二分にこなせない可能性も出てくる……世界が違い運用思想が違えば、それは尚更顕著になる。

 

(この世界で脅威とされる光線級BETA、当然対策は練っておくべきだ)

 

 キョウスケはそう考えた。

 だが判断材料が少なすぎる。

 世界と敵の情報を得ることが、この先キョウスケが生きていくためにすべき必要最低限だった。一語一句聞き逃すまいと、キョウスケはまりもの講義に集中した。

 

「光線級BETAの登場で、匍匐飛行のできない航空機は最前線から駆逐されてしまった。人類は戦略の発想転換を迫られ、対BETA用兵器の開発計画が開始された。その結果、1974年に完成してした人類史上初の戦術歩行戦闘機がF-4『ファントム』、日本がそれをライセンス生産した機体が『撃震』という訳だ」

 

 タケルの教本に『F-4 ファントム』の全身図が載っていた。細部は異なっているが、『撃震』は『ファントム』のマイナーチェンジ機と言っていい似かより具合だった。

 

「では鎧。戦術機には第1世代から第3世代まであるが、それぞれの主な特徴を述べよ」

「はい!」

 

 PXで武に手を振ってきた緑髪の少女 ── 鎧が答えた。

 

「第1世代、つまり日本における『撃震』は、重装甲による高防御性能により衛士の生存率を高める目的で作られています」

(確かに不知火に比べ、装甲はかなり厚かったな。しかし第3世代 ── 不知火を見る限り、おそらく、重装甲による生存率強化は失敗に終わったのだろうな)

 

 戦術機ハンガーで見た撃震と不知火の機体フォルムの違いから、キョウスケはそう推察した。なぜなら、重装甲化で生存率が高まるのなら、第3世代と呼ばれる不知火にそのコンセプトが引き継がれていない訳がないからだ。

 そうなった原因はキョウスケには分からなかった。だが光線級BETAが一枚かんでいるのはほぼ間違いないだろう。

 鎧の回答は続いた。

 

「第2世代は機動力の強化を主眼に置いて開発され、第3世代は反応性の向上を主眼に開発されています」

 

 模範的な鎧の回答にまりもが頷く。

 

「よろしい。最新鋭の戦術機は、BETAの攻撃を可能な限り回避することで生存性を高めようとしているわけだ。無論、その名の通り飛行することも可能だが、光線級BETAがいる限り地上での乱戦を余儀なくされるため機動性は非常に重要になってくる。

 しかし戦術機が最も必要とされる場面は、平野などの戦場で行う対BETAではない。戦術機は世代を重ねるごとに兵器としての完成度を高めている訳だが、戦術機の最大にして究極の開発目的を ── 白銀、言ってみろ」

「はい! それはハイヴの攻略です!」

 

 武が大きな声で答えた。

 武の表情が何故か険しくなっている。人類の敵BETA、いつか武も立つであろう彼らとの戦いを想像し、自身の気を高めているのかもしれない。しかしその表情には何処か焦りと悲壮感が漂っているような気がして、キョウスケはならなかった。

 武の言葉にまりもが頷きで返す。

 

「その通りだ。BETAの前線基地 ── ハイヴ、ここを潰さない限りBETAどもは巣からはい出るアリのように無限に湧き出してくる。逆に言えば、ハイヴを攻略できればBETAのクソ野郎どもは終わりだ。アリの巣のような地下茎構造になっているハイヴを攻略するには、人型であり3次元機動が可能な戦術機が必要になってくる。戦車では崖は下れないからな」

 

 なるほど、とキョウスケは納得した。

 戦術機クラスの大型種がいて、BETAが生物である以上ハイヴ ── 巣の中には、スズメバチのようにBETAが巣食っていると考えるべきだ。さらにアリの巣のような地下茎構造の基地になっているのなら、平地でなければ活躍できない戦車より、上下にも動け自由度が高い人型の方が良いに決まっていた。

 航続距離や速度では戦闘機、射程距離や使用できる砲弾の口径の大きさでは戦車など、専門には敵わないものの何でもそつなくこなせる悪く言えば器用貧乏、よく言えば万能さこそ人型機動兵器最大のメリットである。

 状況が変化し何が起こるか分からない状況でこそ、何にでも対応できる人型のメリットが活きてくるわけだ。

 汎用性が高さ。その点で、戦術機とPTは非常に似ていた。コクピットや機体の構造が違っていても、人型である以上、量産機に求められるものは大きく変わらない。

 だが決定的に違う事があった。

 

(敵が化け物故の技術進歩の遅滞)

 

 キョウスケの世界の敵は異星人、この世界の敵は化け物 ── 敵のテクノロジーを取り込めるのかどうか、が大きな違いだとキョウスケは感じていた。

 参考になる手本があるとないとでは、技術の躍進に大きな違いが出てくる。

 まだキョウスケが知る範囲(・・・・)で分からないだけかもしれないが、少なくとも戦術機に(エキストラ)(オーバー)(テクノロジー)のような超技術が使われているとは思えない。炭素系生命体であるBETAを捕獲したところで、戦術機を強化する技術が手に入るとは思えない。

 余所の力の残滓を拝借して自分たちを強くしたハイエナのようなキョウスケの世界のPTと違い、自前の努力で地力を伸ばしてきた侍のような存在がこの世界の戦術機と言うわけだ。

 

(EOTのような切っ掛けが無かった世界……逆に、何かの切っ掛けで一気に化ける可能性を秘めているのかもしれんな)

 

 もっとも、それは技術者ではないキョウスケの仕事ではないのだが。

 

「では戦術機の内部構造などを詳しくみていこう ──」

 

 まりもの講義は続く。

 コクピット構造の違い、装甲素材、関節部品や使われているサーボモーター、衛士強化装備についてなど……およそ衛士 ── つまりパイロットに必要な最低限の知識がまりもの口から語られていく。

 

 キョウスケは、まるで砂漠に落ちた水のようにそれらを吸収していくのだった ──……

 

 

 




その4に続きます。


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第3話 邂逅、2人の異邦人 4

【西暦2001年 11月 21日 国連横浜基地 B19 廊下】 

 

 

 

 キョウスケは午後の時間のほとんどをまりもの講義の傾聴に費やし、戦術機とBETAに関する基礎的な知識を得た後、まりもと武たちに礼を言い教室を後にしていた。

 時刻はもうすぐ午後6時 ── 軍隊式に述べるなら、1800を迎えるまであと少しといった時間帯だ。

 予定があると言一度部屋に戻った武と別れた後、キョウスケは霞から預かったセキュリティパスを使い、横浜基地の地下19階まで下りてきていた。「Ⅳ」と書かれたパスカード……やはり相当なセキュリティレベルを有しているようで、地下へ地下へと進むに従い人気が消え、終いにはキョウスケ1人の足音がやけに響くようになっていた。

 昨日の記憶を頼りに夕呼の研究室を目指すキョウスケ。赤い文字で壁に書かれた「B19」という文字が、何個も何個も視界の隅を横切っていく。

 夕呼の研究室まであと少し。

 キョウスケは歩きながら、まりもの講義の内容を振り返っていた。

 

(BETAか……つくづく、俺も化け物と縁があるようだな)

 

 キョウスケの経験上、人間の敵のほとんどは人間だった。立場の違い、貧富の違い、正義の違い……様々な違いから人間同士は容易に諍い合う。だがそうでない稀有な敵も確かに存在した。

 それがアインスト。

 常識で説明できない化け物であり、キョウスケと浅からぬ因縁を持つ宿敵だった。

 アインストとの戦いが終わって転移してしまったこの世界。そこで待っている敵は人間ではなくBETAという名の人外だった。ただの偶然だ。そう笑ってかたずけて良いものか……どうしてもキョウスケの頭に僅かな疑念は残ってしまう。

 杞憂にすぎない。

 仮にBETAとアインストに関連性があるとしよう。並行世界におけるアインストがBETAだと学者よろしく仮説を立てたとしても、それで何が変わる訳でもない。キョウスケは思った。

 

(エクセレンの待つあの世界に帰る。それだけだ)

 

 情報が必要だ。そして事情を理解し、自分をバックアップしてくれる協力者が要る。

 香月 夕呼。何を考えているのか読めない女だ。しかし今のところ、彼女はキョウスケが元の世界に戻るための役に立ちそうな唯一の人間だった。

 そうこうする内に、キョウスケは夕呼の研究室の前に到着していた。時間は1800の約5分前。知り合いの某方向音痴のように、約束の時間に遅れるような真似をキョウスケはしない。

 

「南部 響介だ。入るぞ」

 

 スライドするドアを潜り、キョウスケは研究室の敷居を跨いだのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【国連横浜基地 香月 夕呼の研究室】 

 

「あら、いらっしゃい」

 

 執務席に腰かけたまま、夕呼は見抜きもせずにキョウスケを迎え入れた。

 昨日とは違って霞の姿は見えず、広い研究室の中には夕呼が1人いるだけだ。人の代わりと言わんがばかりに、資料らしき紙きれが無数の山を作り、辞書ほどの分厚さの本がそこかしこに転がっていた。

 夕呼はコンピューターに向かい何かの作業をしていたが中止し、キョウスケの方を向いた。

 

「時間の5分前か。アイツと違って時間には随分と正確なのね」

「香月博士、俺は何の用で呼び出されたんだ?」

「あら、せっかちね? まぁいいわ、さっそく要件に移りましょ」

 

 夕呼は引き出しから何かを取り出し、デスクの上に置いた。

 キョウスケに手招きをし、置いた物を指さす。近づいてみるとキョウスケの顔写真が貼られたIDカードと、鷲の羽を模した階級章らしきバッチが目に留まった。

 

「まず最初の要件。アンタ、昨日気絶しちゃったから渡し損ねてたIDカードと、衛士の身分を証明するウィングマークよ。霞に持って行かせようかとも思ったんだけど、流石に無くされたりしても面倒だったからご足労願ったってわけ。他にも用があったしね」

「なるほど。所属は……特殊部隊『A-01』、コールサインは『ヴァルキリー0』か」

 

 コールサインは隊長が1、副隊長が2と言ったぐあいに与えられることが多い。

 昨日、夕呼は有事の際は伊隅の部隊に臨時編成すると言っていた。正規の隊員ではないから0なのかもしれない。あるいはこの世界の住人ではないが故につけられた番号の可能性もある。

 

「衛士がずっと私の雑用してるのも変な話でしょ?」

 

 夕呼が訊いてきた。

 

「大丈夫よ、伊隅の了解は得てるから。コールサインが気に入らないなら別に『アサルト1』にしてもいいんじゃないかしら? その辺は伊隅とでも相談してちょうだい」

「了解した」

「あ、そうそう、アンタってさぁ元の世界での立場ってどの位だったの?」

 

 夕呼の唐突な問いにキョウスケが答える。

 

「ATXチームという部隊の隊長をしていて、階級は中尉だった」

「ふーん、そう。中尉ねぇ。じゃあこっちでの階級もそれにしときましょう。明日には階級章を用意させるわ」

 

 あっけらかんと決断を口にする夕呼。

 武の話だと夕呼は横浜基地の副指令らしい。確かに尉官を持っていれば行動はしやすくなるだろうが、いくらなんでも部下の階級を即断しすぎではないだろうか。

 キョウスケにとってはありがたい話なのだが、せめて適正を調べてからの方が良いような……しかし、キョウスケの考えを読んだように夕呼が言う。

 

「アンタはこの世界の人間じゃないんだから、不自然に思われないのが一番大事なのよ。アンタの居間の立場は私の直属部隊『A-01』の衛士にして、あの赤い新型戦術機のテストパイロットなのよ? アンタないかもしれないけど、衛士になるってことは、最低でも少尉以上の立場を手に入れるってことなんだから」

「そうなのか」

 

 キョウスケは、講義前のまりもが自分に敬語を使っていた理由に合点がいった。

 まりもがキョウスケを衛士だと思っているなら、軍曹である彼女より間違いなく階級は上と捉える筈だ。

 

「加えて赤い新型戦術機のテストパイロットやってるエリートってんなら、少尉より中尉か大尉くらいの方がハクも付くし説得力があるでしょう? そりゃあ少尉でテストパイロットしている人間もいるでしょうけど、嫌なら少尉でもいいのよ?」

「いや、中尉の方がありがたい。呼ばれ慣れてもいるしな」

「そう? まぁ、そういう訳だから、次からは立場相応の振る舞いをお願いね」

「分かった」

 

 とは言うものの、戦術機の操縦経験のないキョウスケには、後進の育成が少々やりづらかったりしそうだが。

 

「で、次の要件なんだけど」

 

 夕呼が続けて言う。

 

「この後なんだけど、アンタにはアルトアイゼンだっけ? あのロボットの実動データ取りを今日もやってもらうわ」

 

 夕呼の言葉に先日の模擬戦のことを思い出した。

 

 2対1、しかもアルトアイゼンの武装は制限され、一撃必壊の設定のペイント弾を使った四面楚歌もいいところの模擬戦だった。キョウスケは当然劣勢に追い込まれ、何とか辛勝したものの、模擬戦相手の不知火を半壊させてしまった。

 明らかにキョウスケに不利な模擬戦設定……理不尽だと言えばその通りだが、戦場でそんな甘えは通用しない。

 それにまりもの講義を受けた後のキョウスケには、あの設定も戦術機を運用する上では至極当然なものに思えていた。 

 戦術機には第1世代から第3世代まである。

 第1世代は装甲を重視した設計だったが、第2世代から機動力重視へと方針転換が見られ、第3世代も第2世代と似たコンセプトで作られた発展系という印象を受けた。

 重装甲化しても敵の攻撃を受ければ大部分は撃破される……そのような歴史的背景があったのは容易に想像できた。装甲強化で生き残れるのなら、装甲を捨て、機動性を獲得する必要性が少ないからだ。

 こちらの攻撃を当て、いかに敵の攻撃を受けないか ── これが戦術機運用思想の基本骨子になっているはずで、あの模擬戦の設定もそれに準じているはずだった。

 とはいえ、アルトアイゼンには絶対的に不利だったし、借金も背負わされた。散々な目にあったキョウスケには、あの模擬戦が面白くないものだったのは間違いない。

 正直に言えば、同じような模擬戦はもう御免だとキョウスケは思っていた。

 

「今からか? もう夜になるぞ?」

「しょうがないでしょー、私にだって都合ってものがあるんだから」

 

 夕呼はため息交じり言葉を吐き出した。

 

「まだ実射試験もしてないしね。87式突撃砲などの既存の兵器との互換性があるか、それも確認できてないわ。あと加速力とか、あの機体の純粋なスペックを測りたいし、そのために今から実験をしようと思ってるのよ」

「なんだ? もうとっくにやっているものだと思っていたぞ」

 

 実験 ── 特に武器の実射実験など、嬉々として行いそうな印象を夕呼に抱いていたキョウスケは少し驚いた。

 

「正規パイロットがいるんだから、そいつにやってもらった方がいいでしょ? まず操縦系統が違うし、何より扱い間違えたら、乗ってる衛士が負傷しそうな仕様の武器もあるし」

「まぁ、否定はせん」

 

 キョウスケは苦笑した。特にアヴァランチ・クレイモアを搭載しているコンテナは、発射時に引火でもしたらそれは目も当てられない惨事になるだろう。

 

「もう準備は始めて貰っているわ。最後の要件が済み次第、ハンガーに移動して実験場に移動する予定よ」

「最後の? まだ何かあるのか?」

「まぁね。たくっあのガキ、時間通りに来なさいって言っておいたのに。もう5分もオーバーしてじゃない」

 

 腕時計で時間を確認した夕呼がぼやいた。

 その時、まるでタイミングを見計らっていたかのように研究室の入り口が開く。

 霞あたりが夕呼を訪ねて来たか? そう思いながらキョウスケは後ろを振り返った。

 

「白銀?」

 

 入り口には白い学生服を着た見知った少年 ── 白銀 武が息を切らせて立っていた。

 

「すいません、夕呼先生! 少し遅れました!」

「そんな事言わなくても分かってるわよ。あんまり時間に遅れてると信用無くすから、次からは気を付けなさい」

「はい、以後注意しま ── って、南部さん? なんでここに?」

 

 武は驚きからか目を見開いていたが、キョウスケからしてみればそれはこちらの台詞である。

 確かに武は1800に予定があるとPXで呟いていた。その予定に間に合わすために、講義終了後使っていた教本を自室に急いで戻しに行っていたのは確かだ。

 しかしその予定が、キョウスケと同じ香月 夕呼からの呼び出しだったとは夢にも思わなかった。

 それに香月 夕呼の研究室は横浜基地のB19にあり、かなりのセキュリティレベルを有している。例え武が夕呼から呼び出されたと知っていても、ただの訓練兵が1人でこんな地下深くまで潜ってくるなど誰が考えるだろうか。

 付き添っている上官の姿は見当たらない。

 武は本当に1人だけでセキュリティを抜けて、研究室まで来た様子だった。

 だがその思いは武の方も同じ様子で、

 

「南部さん、夕呼先生の研究室で何してるんですか? 確かに呼び出されたと言ってましたけど、まさか地下19階まで来てるなんて……まりもちゃんだって、ここには通してもらえないはずですよ?」

「それはこちらの台詞だ」

「あら? アンタたち、もう顔合わせは済んでるの? なら、話が早いわ」

 

 夕呼は微笑を浮かべて続けた。

 

「南部、改めて紹介するわ。ソイツの名前は白銀 武、アンタと同じ並行世界から来た人間(・・・・・・・・・・)よ」

「なに?」

「俺と同じ? え? え? 夕呼先生、どういうことですか?」

 

 夕呼の告白にキョウスケは衝撃を受けた。

 自分以外に同じ立場の人間がこんな近くにいる。

 だが少し冷静になって考えれば推察はできずとも、納得できることではあった。

 夕呼はキョウスケが並行世界の人間だとすぐに受け入れた。それこそ拍子抜けするほどにあっさりと、だ。キョウスケのように並行世界や異世界、別次元からの侵略者と戦い続けた人間なら兎も角、普通の人間がその事実を受け入れるのには時間がかかるはず。

 しかしキョウスケにとってのアクセル・アルマーのように、前例が身近に存在すれば話は別だ。前例がいたこと ── それが夕呼の言っていた「その言葉を信じるに足る理由」だったのかもしれない。

 

(白銀 武……歴戦の猛者にはとても見えんが)

 

 ついつい武を自分やシャドウミラーと比較してしまうキョウスケ。長年最前線にいる自分やアクセル・アルマーやラミア・ラブレスに比べると、武は多少鍛えられ体つきが良いだけの悪く言えばただの子ども、良く言っても新兵程度にしか見えなかった。

 

「並行世界の人間って……夕呼先生! 南部さんも、この世界の未来について知っているんですか!? 俺と同じ世界の出身なんですか!?」

「あーあー、もう五月蠅いッたらありゃしない。白銀、少し黙りなさい。叫ばなくっても説明してあげるわよ。アンタたちを引き合わせて、互いの状況を共有してもらうのが今日の最後の要件なんだから」

 

 ため息交じりに応える夕呼、それを尻目にキョウスケは武の言葉に違和感を覚えていた。

 武は未来と言った。

 キョウスケの世界にも「某ネコ型ロボット」よろしく、未来から転移してきた人間はいなかった。予知能力者なら身近に実例が居たので、武にも似たような能力を持っているのではと思えたが、どうにも武の言葉尻には鬼気迫るものが潜んでいる。

 予知ではない、まるで未来を実際に見てきたかのような……そう錯覚させる切迫した何かを武は持っていた。

 仕切り直しと、夕呼は一度咳払いをして続けた。

 

「南部、白銀はねアンタと同じ並行世界からの転移者 ── この世界にとっての異邦人よ。ただしアンタと違ってこの世界とほぼ同一と言っていい世界、その同一軸線上の未来から飛んできた、言わば時間跳躍者(タイムリーパー)と言っていい存在ね」

 

 本当に未来からやって来たとは驚きだが、並行世界の壁をぶち抜いて、この世界に迷い込んだキョウスケが言えることではない。

 

「断片的に抜け落ちてはいるみたいだけど、白銀はこの世界の未来の記憶を持っているわ。その未来ではある計画(・・・・)が発動されてしまい、地球人類は地球を棄て、新天地を求めて外宇宙へ旅立ったそうよ」

「……馬鹿な、BETAとやらに負けたというのか?」

「移民船の旅立ちと同時に一斉反抗作戦が発動されるのだけど、その結果がどうなるのかは神のみぞ知る……といった所かしら? もっともその反攻作戦はね、成功しても地球の半分以上が人の住めない環境になる可能性もあるの。だから白銀にはその計画が発動しないよう、未来の記憶を使って私に協力してもらっているという訳」

 

 キョウスケとその仲間たちは、数多の異星人や侵略者を撃退してきた。彼には俄かに信じがたい事実だったが、武の苦虫を噛み潰したような表情がそれが事実だと物語っていた。

 並行世界を渡り歩いたというギリアム・イェーガーの言葉が、キョウスケの脳裏に思い出される。

 無数に分岐した無限の可能性 ── それが並行世界。

 キョウスケたちが敗れ、地球が蹂躙されている世界もその中にはあるかもしれないし、あり得ない話だが、キョウスケ自信が世界を滅ぼす悪魔になっている世界だってあるかもしれない。

 武の居た世界も、無限の可能性の内の1つでしかない。

 しかし理解できることと納得できることは別な訳で……キョウスケだって敗北し地球を逃げ出す未来を知っていれば、それを防ぐために躍起になるだろう。

 夕呼は説明を続ける。

 

「この世界では、白銀の方に一日の長があるわ。南部、アンタが元の世界に帰る目途は今の所立っていない。すぐに戻れない以上、それまでの間はこの世界で生活をしていかなければならない。

 この世界で生きていく上で最低限必要な常識なんかは、白銀から学び取りなさい。いちいちレクチャーしてあげられる程、私は時間が余っている訳じゃないからね」

「了解した。言う通りにしよう」

「白銀」

「は、はい!」

 

 急に話を振られ、武は飛び上がるように返事をした。

 

「南部はここやアンタの世界の住人じゃないわ。でも彼は歴戦のパイロットよ。アンタなら、南部から何か学び取れることがあるかもしれない。彼の面倒を見ながら、色々と学びなさい」

「りょ、了解です!」

 

 敬礼を返す武に夕呼は満足げに頷くと、執務室の椅子から立ちあがった。

 

「じゃ行きましょうか。折角だから白銀も来なさいな」

「え? どこにですか?」

「南部の機体のデータ取りよ。どうせ夜は暇なんでしょ? 別世界の機体を見れば、抜け落ちた記憶を思い出すいい刺激になるかもしれないわよ」

「あ、行きます! 行かせてください!」

 

 早足であるく夕呼の後ろを武が付いて行く。

 アルトアイゼンの武装の実射試験 ── 果たして、どのような結果になるか? キョウスケは一抹の不安を覚えながらも、黙って2人の後に続くのだった。

 

 

 

 




第4話に続きます


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第4話 激突、犬と狼

【西暦2001年 11月21日 午後19時43分  国連横浜基地 戦術機射撃演習場】

 

 研究室を後にしたキョウスケたちは、各々準備を整えた後に戦術機用の射撃演習場へと足を運んでいた。

 

 古の闘技場(コロッセオ)を彷彿とさせる円環状の空間。実際のそれとは比較にならない広さを誇るそこは、ターゲットドローンを用いた戦術機の射撃訓練および、照準誤差の微調整や銃器の有効射程を計るため障害物は何もない。

 アルトアイゼンは平地になっている演習場の中央に陣取り、ランダムに出現するターゲットドローンに射撃を繰り返した。ちなみにターゲットドローンはクレー射撃の的のように壁から射出される物もあれば、立札のように地面から急に生えてくる射的の的型の物もあった。

 まず、キョウスケは87式突撃砲との互換性を調べるため、アルトに突撃砲の引き金を引かせていた。事前に夕呼が調整していたのか、アルトのOSは突撃砲を認識し、銃口から徹甲弾を吐き出していく。

 命中率は7割強。キョウスケが狙った所に飛んでいくのだが、微妙に弾道がズレることがあり、突撃砲とアルトアイゼン間の微調整が必要だとの結論に至った。

 

『次、74式近接戦闘長刀』

 

 指揮車から送られた夕呼の声にキョウスケは無言で頷く。

 雑用係とばかりに夕呼に運転手を命じられ武が持ってきた物資搬送用トレーラーから、キョウスケはアルトアイゼンの全高の半分はあろうかという太刀を持ち上げさせた。片刃で刃面は曲線を描いていているが、切断の衝撃に耐えるためか刃面はかなり分厚い。

 

(獅子王刀とはずいぶんイメージが違うな)

 

 元の世界に存在した機動兵器用の大型日本刀 ── 通称シシオウブレードとついつい見比べてしまうキョウスケ。万物を切断するシシオウブレードと比べ切れ味の程は……とアルトアイゼンに長刀を振るわせた。

 ターゲットドローンの代わりに地面から出現した鉄板を長刀は両断した。切れ味はまずまず。だがシシオウブレードと比較するには対象が脆すぎる……もっとも、互換性の確認を行っているため切れ味は二の次なのだが。

 アルトアイゼンはマニュピレーターに長刀をしっかり把持し、キョウスケの命ずるままに鉄板を次々と斬り捨てて行く。動作は問題なかった。

 

『じゃあ次、左腕5連チェーンガン』

「了解」

 

 夕呼の声に呼応するように、ターゲットドローンが壁から射出される。

 キョウスケは空を飛び交うドローンをすぐさまターゲッティングしトリガー。銃声と共にドローンが次々と砕け散る。

 続けて地面から顔を出す射的の的型のドローン、同様にアルトアイゼンは正確に撃ち抜いていく。的の距離は徐々に離され、有効射程を過ぎた頃に5連チェーンガンは的を外れた。

 

『有効射程は87式突撃砲より多少長い程度みたいね。威力の程は……やっぱり、ドローン程度じゃ計れないか』

『そりゃあ、当たれば割れる仕様ですから』

 

 夕呼と武の声が聞こえてきた。

 確かにこの射撃演習場での試験は、各種武装との互換性や射的距離を見るには十分だろう。87式突撃砲に使われている弾の口径は36mmとキョウスケは聞いている。ならば突撃砲で破壊できるドローンを、アルトアイゼンのチェーンガンが砕けぬ道理はない。

 要するに最低でも突撃砲程度の威力はある。この試験で威力に関してはそれしか分からないのだ。リボルビング・バンカーやアヴァランチ・クレイモアに関しても同様の事が言えた。

 指揮車の中から夕呼が言う。

 

『でも主だった武器の互換性は見れたわね。場所を変えましょう。ある場所に丁度いい標的を用意させてあるから』

「ちょっと待て。バンカーは兎も角、クレイモアの試射はしないのか?」

 

 接近戦で最も威力を発揮するとはいえ、アヴァランチ・クレイモアも立派な射撃兵装である。有効射程なら射撃演習場で見ることも可能なはずだった。

 モニター上の夕呼は眉をしかめて返答した。

 

『しないわ。そんな物騒な弾を散弾銃みたいにばら撒かれたら、ドローン以外に被害が沢山出るでしょ? 演習場を穴だらけにするつもり? それに弾も同じものを作れる保証はないし』

「それは、まぁそうだな」

 

 アヴァランチ・クレイモアに使っているのは、高性能火薬入りのチタン製特注ベアリング弾だ。敵機の装甲を貫通した後、内部で爆発し敵を破砕するのだが……チタン製のベアリング弾は作れても、内部に火薬を詰め込む技術や火薬の配合などはすぐに再現することは難しいだろう。

 何より、クレイモアのためだけに生産ラインを確保できるだろうか? 量産するなら広く出回っている銃弾の方が、コストも効率も使い勝手も良いに決まっている。虎の子のベアリング弾を試射で撃ち尽くすようなことは、キョウスケだってしたくなかった。

 

『その弾の威力はおいおい見ることにして、とりあえず移動しましょ』

『夕呼先生、どこへ行くんです?』

『例の廃墟ビル群よ。ダイヤモンドより硬い例のアレ(・・)、用意させてるから』

 

 アレとは何なのか、2人の会話を聞いてもキョウスケには皆目見当がつかなかった。少なくともターゲットドローンや、長刀で斬り捨てた鉄板よりは耐久力のある代物なのは間違いないだろう。

 モニター上の夕呼は口元に笑みを浮かべていた。

 何かを企んでいる。まだ丸1日程度の付き合いだが、キョウスケにはそんな気がしてならない。

 

(そいつは重畳(ちょうじょう)……の真逆のような気がしてならん、これがな)

 

 キョウスケの勘はよく外れる……ただしギャンブル限定で、だが。

 まるで不幸を引き寄せているような最近の星回りに、キョウスケは誰にも聞こえぬように小さくため息をついた。

 夕呼は指揮車を、武は運搬用トレーラーを、キョウスケをアルトアイゼンを動かして横浜基地近隣の廃墟ビル群に向かうのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第4話 激突、犬と狼

 

 

 

【西暦2001年 11月21日 午後20時23分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】 

 

 

 運搬用トレーラーの速度に合わせたため、廃墟ビル群に到着したのは出発から30分程経過した頃だった。

 時刻は20時を回り、すっかり日は落ちてしまっている。人の住んでいないビル群は、昨日の昼の顔とは違う夜の顔をキョウスケに見せていた。人の作った光源が何一つなく、満月の光だけがビル群を照らしている。薄暗さが、まるで幽霊でも出そうなおどろおどろしさを演出していた。

 先日、キョウスケが破壊したビルの大穴は修繕されずに残っている。倒壊したビルもそのままだ。ライフラインが寸断した地域を演習場として利用しているだけで、修繕するつもりは毛頭ないのだろう。

 ビル群に到着してから、キョウスケは夕呼の指示に従いアルトアイゼンを進ませた。薄い闇の中、アルトアイゼンのメタリックレッドは月の光でよく映えている。

 主脚歩行でアルトアイゼンを進ませ、キョウスケは夕呼に指定されたポイントへと到着した。

 

「こちら南部。指定ポイントに到着した」

『了解。白銀』

『観察用モニター、暗視モードOKです。指揮車、安全域に退避完了。いつでも開始できますよ』

 

 指揮車のスピーカーが武の声を拾っていた。夕呼を手伝うためにトレーラーから乗り換えたようだ。

 

『回線はオープンで固定して。南部、聞こえるかしら』

「問題ない、感度良好だ」

『よろしい。では、アルトアイゼンの右腕固定武装の威力評価試験を行いましょう。あとついでだから、その他諸々の試験もここで行うわ』

「了解した。だが始める前に確認したい。この場所を選んだ理由だが……」

 

 キョウスケは夕呼の思惑を推測し、尋ねた。

 

『ここなら好きなだけ暴れられるでしょ? あぁ、どうせ借金のことでも気にしてるんでしょう? アンタはもう横浜基地のスタッフなんだから、大概のことは経費で落ちるわよ』

「当たり前だ」

『じゃあそんな小さい事気にせず、しっかいやんなさい。なんなら、アンタの機体の実動データを高値で買い取る、ってことにしてあげるから』

 

 ふふん、と微笑を浮かべる夕呼。どうにもこの女は信用ならん、キョウスケは眉尻が上がっているのを自覚しながらも、この件に関して深く考えることを止めた。

 内向したところで、キョウスケがやることに変わりはないからだ。プロとして、やるべきことをやる。ただそれだけだと、キョウスケはレバーを握り直した。

 

「で、俺はどうすればいいんだ?」

『その座標に標的を設置するよう言っておいたんだけど、何か見えないかしら?』

「……あるな。何だ、これは?」

 

 アルトアイゼンの真ん前に奇妙な物体が転がっているのが見えた。

 何かの殻。

 そう表現するのが適切に思える。モニターに映っている質感から判断するに、クロサイの角のように生物の一部が硬質化してできた物体のように思える……が、それはあまりに巨大すぎた。

 全高十数m ── アルトアイゼンの胸部分ほどの高さがある。まだら模様が描かれているその甲羅には、槍の先端のように鋭く太い衝角が備わっていて酷く凶暴そうに見えた。

 キョウスケは察してしまう。

 似たように巨大でデタラメな存在を知っていたから。

 

「これは、まさかBETAの……?」

『あら、優等生ね。アンタの推察の通り、それはBETAの体の一部 ── 突撃(デストロイヤー)級BETAの装甲殻よ』

 

 教本に載っていた大型BETAの黒塗りのシルエットが、キョウスケの頭の中で装甲殻に重なって見えた。

 BETAは炭素系生命体だとキョウスケは聞いていたが、目の前の装甲殻に肉は付いていない。おそらく死骸から装甲殻だけを剥ぎ取ったものだろう。

 

『それは研究用の資料として保管されていたものよ。ちなみにその装甲殻の硬度はモース硬度15以上、分かり易く言えばダイヤモンド以上の硬度を持っているわ。それで右腕固定武装 ── リボルビング・バンカーの威力を試してみて』

「研究用? いいのか、そんなものを?」

 

 貴重な物なのでは、と思い訊くキョウスケに対し、

 

『いいのよ。BETAなんて、それこそ腐るほどいるし』

 

 夕呼は苦笑しながら答えた。

 腐る程いる。巨大な装甲殻を持つ化け物が珍しくもなく、我が物顔で地上を闊歩している様はゾッとするものがある。おそらく、壮観の一言では済まない地獄絵図になりそうだとキョウスケは感じた。

 しかしそのような光景は今まで何度も見てきていた。ダイアモンド以上の強度があるとは驚きだが、キョウスケが遭遇したアインストとて分析した結果を知らないだけで、似たような強度は誇っていたかもしれない。

 装甲殻を見てキョウスケは思う。

 

(アルトの力が通用するか、いい指標にはなりそうだが……)

 

 アインストにリボルビング・バンカーは通用した。

 例えカニのように装甲殻に覆われていても、炭素系生命である以上中身は柔らかい肉の筈だ。装甲さえ撃ち抜けば、BETAの息の根を止めることは可能なはずだった。

 

(……動かない的で試すと言うのもどうにもマヌケな話だな。生きているBETAを連れて来いとも言えんが、やはり相手は本物でなければな。これではただの茶番だ)

 

 キョウスケは夕呼に言った。

 

「分かった。これを撃ち抜けば満足なんだな?」

『そうよ。遠慮しなくていいから全力でいっちゃって』

「了解。良く見ていろ」

 

 キョウスケはコンソールに触れ、リボルビング・バンカーのセーフィティを解除した。同時に炸薬を搭載したシリンダーが回転し、着火用の撃鉄が上がる。普段ならここでモーションパターンを選択し、敵に突撃をかますのだが、今回の的は動かない装甲殻だ。

 キョウスケはマニュアルモードでアルトアイゼンを動かす。

 アルトアイゼンは右腕を振り上げ、装甲殻にバンカーの切っ先を叩きつけた。ギィン、と鋭い音と共に切っ先が装甲殻に食い込み、レバーを握るキョウスケの指に連動してバンカーの撃鉄が落ちる。

 瞬間、衝撃に空気が震えた。 

 火のついた炸薬の勢いが鉄針に無駄なく伝わり、撃ち出されたそれが装甲殻を貫通する。さらに衝撃が亀裂となって現れ、装甲殻は音を立てて砕け散った。

 その様を見た夕呼がキョウスケに拍手を送ってきた。

 

『お見事。杭打機なんて馬鹿げた武器だと思っていたけど、伊達で装備しているわけじゃないみたいね』

『すげぇ! 1発で粉々かよ! やっぱりパイルバンカーは男のロマン武器だぜ!』

 

 指揮車から賞賛と共に、あとはドリルがあれば完璧なのになぁ、と武が意味不明なことを口走ってくる。

 キョウスケとしては、動いていない的を撃ち抜いたところで何の感慨も沸かないのだが、リボルビング・バンカーが装甲殻に通用するという結果に不満は無かった。

 アヴァランチ・クレイモアと違い、バンカーに使っている炸薬は特殊なモノではない。機体に常備している炸薬のストックが尽きても、こちら側の世界で生産することは可能だろう。

 夕呼がキョウスケに向かって訊く。

 

『攻撃力の検査はこんなものでいいかしら?』

「そうだな。これ以上は時間の無駄だろう」

『あら、どうして?』

 

 夕呼の質問に、キョウスケは思っていた事をぶつけてみることにする。

 

「動いていない相手に当てた所で、それが実戦で使えるとは限らん。兵器の真価は戦場でこそ問われるものだ」

『あら、そう? 嬉しいわー、私たちって結構気があうかもしれないわね?』

 

 モニター越しに、夕呼が怪しさ満点の笑顔を向けてきた。

 キョウスケの背中に冷たい何かが奔る。

 

「何故そうなる?」

『ふふ、知りたい?』

「……いや、いい」

 

 聞いてはいけない。というか、聞きたくない。

 キョウスケは耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、夕呼はお構いなしに喋りはじめる。

 

『そうよねー、兵器の真価は戦場でないと計れないわよねー。この後、機体の防御性能とか突破能力とか色々調べたかったんだけど、やっぱり戦場でないと調べれられないわよね?』

「…………」

『何かいいなさいよ?』

 

 何を口にしても結果は同じに思えた。

 この廃墟ビル跡に来たとき、夕呼が言っていた言葉を思い出したからだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『ここなら好きなだけ暴れられるでしょ?』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 つまり、そういうことだ。

 キョウスケはため息をつきながら答えた。

 

「……言ったところで無駄なのだろう?」

『あら、よく分かってるじゃない ──── あ~、もしもし、始めちゃってくれる?』

 

 画面越しで、夕呼が何者かに連絡を取っているのが分かる。

 キョウスケは腹を決めてレーダーを確認した。

 黒く何も映っていなかったレーダーに、点々と赤いマーカーが増えていく。1つ、2つ、3つ……合計で12個の赤い点が円環状にアルトアイゼンを取り囲んでいた。もちろん、識別信号は赤 ── 敵だ。

 

(レーダーがジャミングされていた? どうやったかは知らんが、舐めた真似をしてくれる)

 

 直後、コクピット内にロックオンアラームが鳴り響いた。

 夜のため暗く、敵機を視認するのが困難だったが、センサー類が直近のマーカーに狙われていることを報せてくれた。3時の方向。キョウスケはアルトアイゼンに防御体勢を取らせる。

 闇の中の敵が発射した砲弾がアルトアイゼンに命中した。昨日の模擬戦とは違い実弾(・・)だった。しかし被弾箇所は脆いセンサー部ではなく装甲だったため、揺れはしたがアルトアイゼンに大きなダメージはない。

 

『へぇ、120mm砲弾に耐えるのね。大したもんだわ』

「……香月博士、これは貴女の差し金か?」

『そうよ。アンタのお望みどおり、ここを戦場にしてあげたわ。敵は不知火壱型丙をリーダーとした自動操縦(オートパイロット)の撃震部隊 ── 戦争の犬達(ウォー・ドッグ)とでも呼びましょうか』

 

 実弾で狙われているなら、キョウスケの命も危険に曝されていることになる。銃弾を手札(カード)に、命という賭け賃(チップ)をやり取りする場 ── それが戦場だ。香月 夕呼が気まぐれで作り出した状況であったとしても、キョウスケにも死の可能性があり銃弾が飛び交うのなら、そこは確かに戦場とも言えるだろう。

 キョウスケは兵士、アルトアイゼンは兵器、戦場こそ彼らの居場所として相応しい。しかし、懸念がある。

 

「確認する。これも……昨日のような茶番ではないだろうな?」

『言ったでしょ。戦場にしたって。戦場で手加減は無用、もちろん兵器使用は自由。リーダー機を行動不能にすればアンタの勝ちよ』

 

 夕呼は真剣なまなざしでキョウスケを見つめる。

 

『だから見せてちょうだい、南部 響介とアルトアイゼンの本当の力 ── 真価を、ね』

「いいだろう」

 

 キョウスケはアルトアイゼンの主機出力を上げた。アルトアイゼンの咆哮のように、エンジンが唸りを上げながら回転数を増していく。

 レーダー上の12の光点は既に動き出していた。マーカーだけでは、どれがリーダー機か判別することは不可能だったが、そんなことはどうでもいい、とばかりにキョウスケはコントロールレバーを強く握りこんだ。

 

「どんな相手だろうと、ただ撃ち貫くのみ!」

 

 直近のマーカーに向け、アルトアイゼンは夜の闇の中へ飛び込んで行った ──……

 

 

 

 

 

 




その2に続きます。
アニメのマブラヴで無人機を有人機が操っていたけど、どういう仕組みで動かしているんでしょうか?


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第4話 激突、犬と狼 2

【西暦2001年 11月21日 20時56分 国連横浜基地近隣 廃墟ビル群】

 

 満月の夜。アフターバーナーの赤い炎が、薄闇のビル街を照らしながら切り裂いていく。

 

 リボルビング・バンカーの撃鉄を上げ、フットペダルを踏み込みながら、キョウスケはTDバランサーの駆動率を上げた。アルトアイゼンの重心偏移を改善するために使われているバランサーが、出力上昇することで本来の重力制御と感性制御能力を一時的に取り戻す。

 重力を打消し、機体を上空へと押し上げて余りあるアルトアイゼンの超推力をTDバランサーがさらに後押しする形で、直進力がもう1段階の高みへと到達した。

 狙いはレーダー直近の敵マーカー ── あまりの加速でモニターの画像が歪むが、夜間迷彩を施した撃震が銃口をこちらへ向けているのが分かった。常人ならGのため眼球に栄養する血流が押し出されブラックアウトする程の加速力、しかしキョウスケにははっきりと敵機が見えている。

 自動操縦(オートパイロット)のためか撃震の動きは鈍い。撃震の指先がトリガーを引くよりも速く、アルトアイゼンはその懐に潜り込んでいた。

 

「遅い!」

 

 リボルビング・バンカーを突き立て、撃震の重量を意に介さず直進し ── トリガー。

 轟音と共に撃震にできた巨大な風穴が、機体を上下に分断し、直後、爆散した。

 

「まず1つ!」

 

 TDバランサーの最大出力で慣性を軽減し、キョウスケは手足の振りを利用してアルトアイゼンを反転させた。

 すぐさまレーダーを見る。残り11個の赤い光点は初期の位置から動いており、猛スピードで移動したアルトアイゼンを追って数機が密集している箇所もあれば、はぐれて単機で動いている機影もあった。

 キョウスケは自機とはぐれ撃震との位置関係を瞬時に把握、再度加速し、最短距離を直進した。ある程度距離が空いていたため、はぐれ撃震の放つ36mm弾が前進するアルトアイゼンに飛礫となって降り注ぐ。

 

(ダメージチェック)

 

 視界の隅でコンソールのダメージコントローラーを確認、36mmの徹甲弾は装甲で弾かれ内部構造に達してはいない。

 おそらく、弾が通った軌跡が装甲表面に薄く残されているだろうが、87式突撃砲の小口径ではアルトアイゼンの装甲を抜くことはほぼ不可能だろう。

 だが120mm砲弾は別だ。当たり所が悪ければどうなるか分かったモノではないため、そうそう何度も当たってやるわけにはいかなかった。

 キョウスケは自動操縦されたはぐれ撃震が120mmを放つ前に、コンソールで5連チェーンガンを武装選択する。

 

「釣りだ、取っておけ!」

 

 ヴォォォォ、と唸りを上げて回転する5つの砲身から銃弾が吐き出され、厚いと思っていた撃震の装甲を撃ち抜いた。爆発こそしなかったものの、はぐれ撃震は黒煙を上げてビルの屋上に崩れ落ちた。

 

(予想よりは脆いな。射線を合わせられる前に頭数を減らす)

 

 アルトアイゼンの装甲が幾ら厚いとはいえ無敵という訳ではない。複数の撃震が120mm砲弾で弾幕を張ってくれば、さしものアルトアイゼンでも無傷という訳にはいかないはずだ。

 キョウスケは4機が密集しているポイントを発見した。跳躍ユニットを噴かせて素早くアルトアイゼンに接近を試みている。散開する恐れもあるが、今なら飽和射撃で全機を的にすることができる位置取りだった。

 

「クレイモア ──」

 

 キョウスケは臓物が下に引き寄せられる感覚を覚えながら、アルトアイゼンを上空へと急上昇させた。そして両肩部に備えられたコンテナのハッチを解放した。中には特製のベアリング弾をたんまり貯めこんだ、灰色の四角い銃口が顔を出している。

 FCS ── 火器(Fire)管制(Control)装置(System)が撃震4機をロックオン。

 当然敵機も120mmで応戦してきたが、意にも介さずキョウスケがアルトアイゼンを急降下させる。

 

「── 抜けられると思うなよ!」

 

 コンテナからベアリング弾が発射され、発射口から地表へと鋭角に拡散して降り注ぐ。4機の撃震は弾道に捉えられ、周囲の廃ビルごと装甲に微細な穴をあけた後、爆散し消滅した。

 キョウスケはアルトアイゼンを廃ビルの影に着地させ、関節各部などから機体内に貯めこんでしまった熱を放出する。

 

「残り6機か。リーダー機はどいつだ」

 

 残弾確認を行いながら、レーダー上の敵機の動きを観察する。戦闘機動中も含めレーダーの動きを思い出すと、5つのマーカーの常に後方に隠れようとしているマーカーが1つ……自機を守るため、他機を盾にしている機影がいた。

 

「こいつか。こいつだけは慎重にやらねばな」

 

 夕呼の話ではリーダー機にのみ衛士が乗っている筈だ。

 キョウスケが思っていた以上に戦術機は打たれ弱い。アルトアイゼンが特別なだけかもしれないが、重装甲の撃震ですらリボルビング・バンカーが直撃すれば大破した。第1世代より機動力重視で、装甲の薄い第3世代の不知火が直撃すれば間違いなく大破、死亡するだろう。

 その分命中させるのが困難になるかもしれない。だがらと言って、下手な個所に当てて相手を死傷させる訳にもいかなかった。

 夕呼が手配した以上、不知火に搭乗しているのは横浜基地の人間(・・・・・・・)だろう。いわば、同じ釜の飯を食うことになる身内 ── 仲間だ。実弾を使い実戦形式で何でもありとは言え、無暗にその命を奪うことはできない。機体に代えは効いても、パイロットの代えは存在しないからだ。

 

(狙うならセンサー類の詰まった頭部。破壊すれば、パイロットを傷つけずに戦闘続行は不可能になる)

 

 狙いを決めたキョウスケは、主脚走行で加速したのちブースターを使用してアルトアイゼンを飛翔させた。

 

 

   

      ●

 

 

 

【同時刻 指揮車内】

 

「凄く速い! 凄く強い! 凄いロボットだ!」

「ちょっと白銀。アンタ、少し五月蠅いわよ」

 

 指揮車内では、興奮気味に叫ぶ武を夕呼が諌めていた。

 暗視カメラで戦闘結果を記録しているモニターを、武はそれこそ食い入るように見つめている。

 

「でも先生、たった数分で撃震を6機ですよ! 6機! 俺も前の世界で相当戦術機に乗ってましたけど、あんなロボット ── いや、それを乗りこなすような衛士に出会ったことはないですよ! 既存の戦術機にないあの加速力、俺も操縦には自信があるけどあの機体に通用するかなぁ? バルジャーノン思い出すなぁ、一度乗ってみたいなぁ」

「はいはい、後で南部にでも頼んでみなさいよ。たくっ、子どもの玩具じゃないんだから……私の知ったことじゃないわ」

 

 ため息交じりに苦笑する夕呼に対し、武の饒舌は止まらない。

 

「でも先生、大丈夫なんですか?」

「ん? 何がよ?」

「いやだって、もう撃震が6機落とされてるんですよ? しかもモニターで確認できたけど、修理も不可能なぐらい見事に大破してます。いくら撃震って言っても、費用が馬鹿にならないんじゃ……」

 

 戦術機は高い。それは世界の一般常識だ。武の疑問も当然のものだった。

 

「あー、そんなこと」

 

 夕呼はあっけらかんと言った。

 

「大丈夫よ。あの部隊の撃震はね、退役まぢかで解体寸前の初期ロットをかき集めて使っているの。例えるなら廃品の再利用みたいな物だから、いくら破壊されても痛くも痒くもないわ」

「そうなんですか。でもこの実験、南部中尉の圧勝で終わりそうですね。あのロボットと南部中尉の勢いを退役まじかの撃震が ── それも自動操縦じゃ、止められる気がしません」

「それはどうかしら?」

 

 武の意見に夕呼が口を尖らした。

 

「あの部隊には不知火壱型丙がいるわ。それもこの香月 夕呼がスペシャルチューンした実験機よ。アルトアイゼンの実動データを集めるだけに、撃震11機を生贄にささげたんじゃ割に合わないもの、こちらの試作品(・・・)の実験もさせてもらわよ。

 それに白銀、アンタも分かってるでしょ? 最後に物を言うのは、機体のスペックじゃない。無論スペックが重要なのは言うまでもないこと、でもそれを操り、性能を引き出せるだけの技量や精神を衛士が持っているかがそれ以上に重要なのよ。

 今まさに八面六臂の動きを見せてるアルトアイゼンでも、長所を引き出せるパイロットがいなければ宝の持ち腐れだわ。それこそ、その名の通り『古い鉄(・・・)』に戻って倉庫番をさせられるのがオチね」

 

 リボルビング・バンカー、アヴァランチ・クレイモアと接近戦に偏重した武装、正気を疑う程の加速性能と装甲、しかしその代償として柔軟さと機敏さは他機に劣ってしまう ── 長所を活かせなければ、汎用性が失われしまっている分非常に扱いづらい……要するに、アルトアイゼンは非常に乗り手を選ぶ機体なのだ。

 話を終えた後の夕呼の口元には微笑が浮かべられていた。

 

「機体と衛士の組み合わせ、それこそが肝要なのよ」

「あ、その表情は自信ありと見ましたよ。不知火に乗っているのは相当ベテランの衛士ですね?」

「まぁね」

 

 続けて夕呼は武にこう言い放った。

 

「あれに乗っているのは、アンタも良く、知り私が最も信用している、横浜基地屈指の戦術機乗り ── かつて『狂犬(・・)』と呼ばれた女衛士よ」

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 戦争の犬達(ウォー・ドッグ)Side 不知火壱型丙コクピット内】

 

 神宮司 まりもは、網膜投影される戦域情報を冷静に分析していた。

 

 機体操縦権を一任されている11機の撃震の内、既に6機が落とされてしまっている。まりも使える駒は残り5機。しかしそのどれもが退役まぢかの中古品で、純粋な戦力としてみれば南部 響介の赤い戦術機にと渡り合うことは不可能だった。

 その証拠にものの数分で6機撃墜されてしまっている。

 

(南部中尉は強い、おそらく真正面からぶつかっては勝ち目はない……でも戦術機の性能差が全てじゃないわ)

 

 6機という高い代償は支払ったが、敵の主だった武装を見ることはできた。赤い戦術機 ── アルトアイゼン・リーゼというらしいが、アレと接近戦は禁物だとまりもは判断する。

 

(砲撃戦で相手の長所を殺し、そのまま戦闘不能に持っていく)

 

 どんな手を使っても構わない……夕呼はまりもにそう言った。

 先日、不利な状況下で伊隅 みちるを破った南部 響介を見ているまりもは、今日のこの戦闘のために、前もってできる限り自機に有利となる状況を準備したつもりだった。

 それが11機の自動操縦撃震部隊であり、夜という環境であり、全機に施した夜間迷彩でもあった。メタルレッドカラーのアルトアイゼンは月の光に照らされ、まりもには目視でも確認できる。だが逆は難しいだろう。

 そして、万全を期して用意したあのエリア(・・・・・)

 まりもは、躊躇せず使うべきだと結論した。

 

(私が南部中尉ならば、機体の突破能力を活かして早々にリーダー機の首を取る。それが最も効率的、そして正解。だからこそ裏をかきやすい)

 

 夜間迷彩を施したまりもの部隊は、南部 響介からは暗視モニターを使っても確認しにくく、各機の明確な差を見て取るのは難しいはずだ。要するにまりもの乗る不知火壱型丙がどれなのか、時間をかければ分かっても、目視でパッと判別はできない。

 となれば、相手は十中八九レーダーを頼りに仕掛けてくる。

 

(状況開始から常に1機の撃震を後方に回し、それを守るように部隊を展開してきた。相手から見れば、リーダー機を守るような動きに見えるはず。問題はそれに乗ってくるかどうかね)

 

 レーダーを目として使っているなら、ほぼ確実に後方の撃震に狙いを絞ってくるはずだった。賭けではあるが、十中八九成功するだろう言わば鉄板。

 

(分の悪い賭けをするつもりはないわ。餌は撒いた、さぁ南部中尉、乗ってきなさい)

 

 まりもは部隊を操作しながら、その機を待つ。

 しばらくしてアルトアイゼンのマーカーが動いた。

 まりもが紛れている4機の撃震の後方 ── リーダー機に見える撃震に向かい、アルトアイゼンが突っ込んでくる。

 まりもが経験したことが無い速度肉薄し、左腕の5連チェーンガンの弾をばら撒いてきた。回避行動をとらせるも、1機の撃震が徹甲弾の雨に捉えられて爆散する。

 5機の戦術機で作っていた壁 ── 穴が空いたそこを、アルトアイゼンが突破していく。狙いは明らかに後方の撃震だった。

 

「かかった! いくわよ!」

 

 まりもは素早く反転し廃墟ビルに着地、不知火に持っていた長物を構させた。

 香月 夕呼から託された試作兵器 ── 試作01式電磁投射砲。特製のバレルが展開され、巨大な徹甲弾が装填される。

 ばく進する赤いアルトアイゼンの背を、まりもはレティクル越しに捉えた ──……

 

 

 

 




<機体紹介>
 不知火壱型丙 香月 夕呼スペシャル

 不知火壱型丙をベースに、香月 夕呼が秘密裏に入手したXFJ計画のデータとアルトアイゼンのデータにあったある機体のデータを元に魔改造したテスト機体。キョウスケが転移してから眠っている間に夕呼が色々やってたいた。
 BETAとの戦闘に出すつもりは最初からないため、問題点であった稼働時間の短さは一切改善していない。加えて間接サーボモーターなどをアルトアイゼンの物を参考に改造しているため必要電力量が増加しさらに燃費は悪化している。しかし跳躍ユニットを高出力の「ジネラルエレクトロニクス製F-140エンジン」をアルトアイゼンのバーニアを参考に改造したものを搭載し、背部・肩部等にバーニアを増設したため機動力は大幅に上昇している。
 フレームや装甲もアルトアイゼンの物を参考に強度を増したものが用意されたが、交換・調整前に今回の戦闘で出番が回ってきたため従来のままである。
 テスト機として意味合いが非常に強く、今後につなげるためのデータ取りをするための機体ともいえる。

<武装>
 試作01式電磁投射砲
 日本帝国兵器廠に提供した99式電磁投射砲のブラックボックスのコネで、XFJ計画で得られた実射データを秘密裏に入手した香月 夕呼が、アルトアイゼンの装甲を参考に試作させた複合合金で作らせた電磁投射砲。
 上記の複合合金の恩恵で砲身強度が飛躍的に上昇し、99型に比べると小型・軽量化に成功しているがそれでも砲身はかなり巨大。強度が増した恩恵で、突撃砲同様に砲塔を2つ装備し、小口径弾と大口径弾を打ち分けることが可能になった。
 小口径弾は99式で使用していたものと同様の性能。
 大口径弾は180mm劣化ウラン貫通芯入り高速徹甲弾(HVAP弾)を使用。通常の120mm弾と違い初速を上げるためのロケット推進装置はない純粋な銃弾で、サイズの割には搭載数は大めの12発。
 01式試作電磁投射砲の開発には、アルトアイゼンのデータに存在したある機体が参考にされているとの噂がある。
 ちなみに今回の不知火壱型丙夕呼スペシャルは、単体装備時の機動力テストも兼ねて重装備を避け、これしか装備していない。

その3に続きます。


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第4話 激突、犬と狼 3

【西暦2001年 11月21日 21時03分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】

 

 ……── リボルビング・バンカーが、敵リーダー機の頭部に突き刺さった。

 

 キョウスケは反射的にトリガーを引きそうになる。

 トリガーを引けば確実に相手の頭部はザクロのように砕け、戦闘不能になるだろう。しかしキョウスケはトリガーを引けなかった。

 モニターに映るリーダー機と思しき機影……それが不知火の物ではなく、撃震だと気づいたからだった。

 

(リーダー機は不知火だったはず……!)

 

 戦闘開始前、夕呼は確かにそう言った。

 ならば目の前の撃震は何者なのか? 

 答えはコクピット内に響いたロックオンアラートが教えてくれた。背後の戦術機集団からだ。この撃震が有人機でリーダー機であるなら、自身を狙わせるようなことをするはずがない。

 

(こいつは囮か! やってくれる!)

 

 キョウスケはリボルビング・バンカーで頭部を撃ち抜き、アルトアイゼンに制動を掛け反転させた。距離を取るため加速することも考えたが、この距離、このタイミングでロックオンされたらアルトアイゼンでは完璧な回避はほぼ不可能だ。背部に集中しているバーニア類を狙われるより、堅牢な前面装甲で攻撃を受ける方が良いとキョウスケは判断したからだ。

 反転するとアルトアイゼンを狙う機体がモニターに映り込む ── 夜間迷彩を施した不知火の長銃が月光で煌めいた。

 直後、コクピットが激しく揺られた。

 アルトアイゼンの肩が大口径弾で撃たれ、装甲が抉られていた。制動、反転、砲撃と衝撃が重なり、体勢を崩したアルトアイゼンをキョウスケは地面に着地させた。

 

(120mm砲弾よりは威力がある! だが見つけたぞ! あとはぶつけるのみだ!)

 

 廃墟ビルの上で砲撃体勢を取る不知火。しかしアルトアイゼンとの間には何の障害物も存在せず、空中で2機の間を直線で結ぶことすらできる。アルトアイゼンにとって、絶好の加速、突撃のための準備空間が広がっていた。

 キョウスケは再びアルトアイゼンを飛翔させるため、最初の一歩を踏み出させた。

 

「この距離、もらったぞ ──ッ」

 

 だが、その時、地面が爆ぜた。

 砲撃された訳ではなく、アルトアイゼンの直下の地面が爆発し、指向性の爆圧でアルトアイゼンの足が跳ねあげられる。損傷は軽微。だが、足場が砕け体勢を崩したアルトアイゼンは1歩後ずさるしかなかった。

 すると、今後は廃墟ビルの壁面が爆発した。黒煙と共に対BETA用と思われる散弾が吐き出され、アルトアイゼンの装甲を見舞った。

 大きなダメージはないが、黒煙で視界が妨げられ、気勢を挫かれてしまった。

 

(対BETA用であろう地雷に音感地雷を組み合わせたトラップゾーン! 小細工をッ、しかし、まんまとしてやられたという訳か!)

 

 罠に掛かった獲物を確実に仕留めようとする猟師のような、そんな印象を相手に受けた。

 アルトアイゼンがたじろいだ瞬間を見過ごさず、撃震から120mm砲弾が飛んでくる。キョウスケはアルトアイゼンを動かし、砲弾を回避するも、移動先の地面が再び爆発し音感地雷も連動して猛威を振るってきた。

 間髪入れずに別の撃震が120mm弾を発射。アルトアイゼンは被弾する。

 

(キリがない! 多少の被害は止むを得ん、はやくトラップゾーンを抜けねば……!)

 

 闇夜に加えて黒煙と視界は最悪だったが、ターゲットである不知火は煙の隙間から確認できた。

 相も変わらず廃墟ビル上で長銃を構え、アルトアイゼンを狙っていた。上等、とばかりにキョウスケはフットペダルを踏み込もうとする。

 だがその刹那、長銃の銃口から弾が発射された。

 先ほどの大口径とは違う小口径の銃弾が、もの凄い連射速度でアルトアイゼンに襲いかかってきた。コクピットを襲う振動。ダメージコントローラーが警告を発していた。

 だが再び鼻先を押さえられたキョウスケは、着弾音に反応して爆発する音感地雷に加え別個に降り注いでくる撃震の120mm弾に、反射的にアルトアイゼンに防御態勢を取らせてしまった。

 

 大量の弾幕と地雷の炎と黒煙が、廃墟ビル群の一角に立ち込める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 戦争の犬達(ウォー・ドッグ)Side 不知火壱型丙コクピット内】

 

 まりもは勝利を確信した。

 

 試作01式電磁投射砲の銃弾は確実にアルトアイゼンを捉えていた。 

 電磁加速され発射される弾は、火薬で撃ち出される突撃砲とは違い効率よくエネルギーが銃弾に伝わるため、結果的に威力は突撃砲のモノより高くなる。

 アルトアイゼンを捉えた弾は、初撃で使った180mm大口径弾よりも小口径だが、その分連射は非常に効く。その速度、毎分800発以上。突撃級の装甲殻ですら同一部位への連続命中で破壊することは可能なのだ、アルトアイゼンの装甲とてそれは同じはず。

 さらに銃弾の連続命中と地雷を使ったトラップゾーンが絡まり、満足に身動き1つとれないに違いない。まりもは黒煙で見えなくなったアルトアイゼンを狙い、電磁投射砲の引き金を引き続ける。

 

(どうする? このまま射撃を続けるか? 止めるか? いくらあの戦術機が硬いとはいえ、この電磁投射砲を当て続けていいのか?)

 

 まりもの中で疑念が沸き上がった。

 試作01式電磁投射砲 ── その原型になった試作99式電磁投射砲ですら、アラスカでの実射試験で歴代のキルレートを塗り替えた代物だと、まりもは夕呼に聞いていた。

 戦闘不能に追い込むどころではない。

 相手を大破、死亡させてしまうのではないか?

 南部 響介。昨日知り合ったばかりの男だが、彼も既に横浜基地スタッフの一員なのだから無意味に殺していいはずがない。

 葛藤。 

 しかしまりもの優しさをあざ笑うかのように、目を疑うような光景が網膜投影され脳に送り込まれてきた。

 

「嘘、でしょ……?」

 

 黒煙と銃弾の雨あられの中から、アルトアイゼンが一歩、また一歩とまりもの不知火の方向に近づいて来ている。

 両腕で頭部とコクピットを庇い、全弾被弾しながらも前進してくる。

 また一歩前進した際、地雷に巻き込まれ黒煙で目視できなくなったが、まりもはその前に見たアルトアイゼンの翡翠色の双眸に寒気を覚えた。

 

「撃ち抜く、このまま!」

 

 まりもはトリガーを思い切り引き絞った。

 南部 響介と赤い戦術機は並じゃない。手心を加えれば、逆にこちらの喉元に牙を突き立ててくる狼だと、まりもの勘は告げていた。

 人は狼が襲ってきたらどうする? 逃げるか、自分の身を守るために撃ち殺すだけだ。

 試作01式電磁投射砲は静寂であるはずの廃墟ビルに、轟音を撒き散らし続けていく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 耳を劈く金切音の中、キョウスケは静かに反骨心を燃やしていく。

 

 相手の長所を封じ、自分の長所を最大限引き出す ── そんな状況に持ち込む相手パイロットの技量に敬意を表した。

 そして手心を加えようとした自分の自惚れを唾棄する。

 相手のパイロットは一流 ── プロフェッショナルだ。

 キョウスケにとて、自分がプロであるという自負はある。

 相手がプロとして全力を尽くしているにも関わらず、自分は相手の身を案じていたなど侮辱以外の何者でもない。

 全力には全力で対抗する。それが礼儀というモノだと、キョウスケは意を決した。

 

「ダメージチェック、アルトまだいけるな?」

 

 機体コンディションを現すボディアイコンが、四方八方からの砲撃のため黄色く染まっていた。120mm砲弾とレールガンの恐るべき連射能力で、装甲が相当持っていかれたことを現している。しかし危険域を示す赤色や、機能不全を示す黒はどこにも見当たらない。

 まだまだいける……アルトアイゼンが答えているように、キョウスケには感じられた。

 だがこうしている間にも、銃弾が暴風雨のように降り注ぎアルトアイゼンを徐々に窮地に追い込んでいく。レールガンの反動に加え度々作動する音感地雷の影響で、アルトアイゼンを加速体勢に機体を持っていくことができない。

 

(サマ師……いや策士と褒めておこうか)

 

 コクピット内で苦笑を浮かべながら、キョウスケは強引に機体を操作した。

 おそらく加速体勢に持っていくのは難しい。

 だが一歩は踏み出せた。

 アルトアイゼンが一歩踏み出す事に対BETA用地雷が作動し、視界を奪いと歩みを阻んでくるが、キョウスケはお構いなしに機体を前へ、前へと進ませた。

 

(まだだッ、まだ行ける……! 俺たちは自分の限界を知っている。知っているからこそできるんだ、全賭け(オールベット)を!)

 

 アクセルに敗れたあの時、キョウスケは自分とアルトアイゼンの限界を知った。そして限界を超えた。己と愛機の限界を知るキョウスケだからこそ、限界ぎりぎりの首の薄皮一枚までアルトアイゼンの力を引き出せるのかもしれない。

 

「アルト、今は待ちだ」

 

 分の悪い賭けだと、笑わば笑え。

 前へ、ひたすら前へ。着弾による衝撃が凄まじく、走行と呼べない代物の歩みだったが、少しずつアルトアイゼンは前進していく。アルトアイゼンの双眸が敵の不知火の姿が捉え、弾が尽きる、その時までキョウスケは歩みを止める気はなかった。

 トラップゾーンに敵を嵌めての集中砲火。これだけの手を2度も使えるとは思えない。

 切り札は先に切った方が負ける ── それが勝負の世界の定石だ。

 しかし銃弾の雨は止む気配見せなかった。

 押し切られる……そう、考えなかった訳ではない。だが、どんな時でも前進あるのみ。それがキョウスケとアルトアイゼンが命を賭けることのできる、唯一であり必殺の戦法だったからだ。

 すべてか無か(オールオアナッシング)

 アルトアイゼンはまた一歩足を踏み出していく。

 

 

      ●

 

 

 

 南部 響介は気が狂っている。そうとしか、まりもには思えなかった。

 

 銃弾をかき分けながら進んでくる戦術機など、見たことも聞いたこともなかった。

 しかしキョウスケとアルトアイゼンは近づいて来る。電磁投射砲の銃弾をその身で受けながら、一歩ずつ一歩ずつ着実にだ。

 

「早く倒れなさい!」

 

 まりもの表情に焦りが浮き彫りになってきた。

 既に射撃を始めてからゆうに1分以上が経過している。800発以上の弾丸を叩き込んで、アルトアイゼンは立っているどころか進んで来る。戦術機の常識を覆す程の堅牢さだった。

 

(本当に戦術機なの……?)

 

 疑念が過ったが、今はそれどころではない。

 まりもが前もって用意していた策は全て出し切った。

 電磁投射砲の速射でアルトアイゼンが止まらなければ、化け物のような堅牢さを持つ戦術機と、真正面から撃ち合わなければならなくなる。

 

(これで終わりにしなければ……)

 

 だがまりもの祈りも空しく、連射の熱が貯まり、コクピット内に電磁投射砲の使用中止勧告が表示された。

 電磁投射砲のステータスをチェックする。小口径弾の残量はまだ3分の1程残されているが、砲塔が連続使用の過熱により冷却材による処置が追いつかなくなっていた。これ以上の砲撃は砲塔の劣化を加速させ、スペアの砲身に交換を余儀なくされるが、そんな時間はどう考えても捻出できない。

 

(時間を置けば十分に冷却され、再使用は可能だけど……今、射撃を中止しては……)

 

 連射の恩恵で足止めできているアルトアイゼンを、むざむざ解き放つことになってしまう。

 

(それにあと少しで倒せるかもしれない……いえ、倒せないかも…………決めた。手札は多い方がいい。分の悪い賭けをするつもりはないわ)

 

 試作01式電磁投射砲には、大型口径弾用にもう1つの砲塔が搭載されている。

 直接過熱されておらず弾種の関係で連射は効かないため、このまま射撃を続けるより電磁投射砲の破損する確率は低いはずだと、まりもは判断した。

 まりもはトリガーを離し、次の行動を不知火と自動操縦された撃震部隊に入力する ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 斉射が止んだ。

 

「好機! 仕掛けるぞアルト!」

 

 全身傷だらけになったアルトアイゼンをキョウスケは走らせる。

 前方からのレールガンの圧力がなくなり、アルトアイゼンは主脚走行で体勢を整え、勢いを付けることができた。バーニアから噴出する炎がアルトアイゼンの巨体を地面から浮き上がらせる。バーニア噴射音に音感地雷が作動するが、加速し始めたアルトアイゼンを止めることは敵わない。 

 メインブースターとTDバランサーの出力を上げ、アルトアイゼンの体がグンッともう一息速度を上げた。

 狙いは不知火壱型丙ただ一機のみ。不知火は長銃を抱え、跳躍ユニットを噴かせてビル屋上から飛び立ったが、アルトアイゼンに捉えられない速度ではなかった。

 しかしアルトアイゼンの進行方向に残り3機の撃震が立ちはだかる。

 

「邪魔だ、退けぇ!」

 

 激震が弾幕を張ってくる。

 だがキョウスケは銃弾などお構いなしに、両肩のハッチを開放しアヴァランチ・クレイモアで3機を微塵に撃ち砕き、不知火を追った。

 激震の妨害で数秒を得た不知火は、先ほどの位置からかなり離れた場所に移動していた。キョウスケの覚えている伊隅の駆る不知火より数段速く、跳躍ユニットを相当弄っているのが一目瞭然だった。

 不知火は遮蔽物のない空中で長銃 ── レールガンを構え、狙ってくる。

 だが空中で体勢が安定しないためか、初弾はアルトアイゼンの肩をかすめ消えて行った。

 

「とったぞ!」

 

 5連チェーンガンを斉射し、加速を活かした体当たりを敢行するキョウスケ。

 

「ッ!?」

 

 しかし不知火の跳躍ユニットと、肩に増設されたバーニアを使った横っ飛びで躱された。

 やはり伊隅の不知火より、今相手にしている不知火の方が速い。単純な直進速度では相手にならないが、機敏な動きでの小回りの良さならアルトアイゼンを完全に凌駕していた。

 直線的な動きだけでは、タイミングを合わされて回避され続けてしまう可能性がある。

 こういう場合、元の世界なら相方のヴァイスリッターと連携して攻めていた。ヴァイスリッターがけん制し、アルトアイゼンが接近戦を叩き込む。アルトアイゼンを囮にして、ヴァイスリッターの長距離砲で狙撃するなどの逆もまた然り。

 だが今はいない。

 アルトアイゼンとキョウスケだけの力で何とかするしかない。

 

「いいだろう ──」

 

 長距離砲を装備し、高機動タイプの人型兵器 ── 目の前の不知火壱型丙に、どこかヴァイスリッターと似た趣を感じたキョウスケだったが、敵ならば倒すのみとコントロールレバーを握り直し操作する。

 

「── アルト、俺たちの戦い方を見せてやろう!」

 

 機体各所のバーニアから火が上がり、アルトアイゼンの巨体が旋回する ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

「行ける! 夕呼がカスタムしたこの壱型丙なら、機動力で負けてないわ!」

 

 まりもはアルトアイゼンを回避し、不知火を旋回させながら思った。

 万策は尽きた。あとは正面からぶつかるしかまりもに残された選択肢はない。

 だが香月 夕呼特製のこの不知火壱型丙ならば、アルトアイゼンから逃げ切ることは不可能でも、攻撃を紙一重で躱すことは可能だった。

 蝶のように舞い、電磁投射砲の大口径弾で蜂のように刺す。

 まりもは目論みを果たすため、不知火を旋回させ電磁投射砲を構える ── が、予測していた地点にアルトアイゼンの姿はなかった。

 アルトアイゼンは既に旋回を終え、不知火に向かって加速し向かって来ていた。

 

「そんな! あの速度で、不知火より旋回速度が速いなんて!」

 

 まりもは電磁投射砲の発射を諦め、跳躍ユニット全開で突進してくるアルトアイゼンを回避した。赤い鉄の塊が、猛然と空を裂きながら不知火の鼻先をかすめて行った。

 そしてまりもは見る。

 アルトアイゼンがメインブースターの勢いを止めず、全身にあるスラスターやバーニアを全開に吹かし、そこに機体に捻りを加えてターンしている様を見て愕然とした。

 非常識極まりない馬鹿げた旋回方法だ。Uターンというより、Vの字のターンであったが、あれなら機体の失速も抑えられ移動する距離も縮小できる。

 

(あのターン、もっと低速なら私にだってできる……でもあの巨体、スピードであの挙動……機体と衛士に相当なGが掛かっているはず! 下手をすれば失神、良くてもブラックアウトは起こしそうなものなのに……! 南部 響介、これがあの男の実力だって言うの!?)

 

 アルトアイゼンが5連チェーンガンでけん制しながら、不知火に再び突撃してきた。

 当たる訳にはいかない。あまりの突進速度にコンマ数秒で懐に潜り込まれそうになるが、まりもは長年の勘でそのタイミングを予測し、不知火を回避させる。

 だがアルトアイゼンは再びVターン。

 不知火の移動先を制限するように銃弾をばら撒きながら、体当たりしてくる。

 

「舐めるな!」

 

 不知火はアルトアイゼンを回避、すれ違いざまに電磁投射砲を発射する。しかしアルトアイゼンの速度に追いすがれず、弾は逸れ空に消えて行った ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── その隙を見逃すキョウスケではなかった。

 

 

 機体の速度を落とさず、相手との距離を詰める。

 アルトアイゼンという突撃戦法前提の機体に乗り続け、生き残り続けた彼に、そのためのスキルが身につかないはずがなかった。

 TDバランサーの最大出力が生み出した擬似無重力を最大限に活かし、バーニアの噴射と機体の振りで慣性を力任せに捻じ伏せる。直後、バーニアも最大出力で機体を前方に押し出す。

 言うだけなら単純で明快。

 しかし重く速度を持った物体程、直進するエネルギーを打ち消すのにエネルギーを要し、当然中のパイロットと機体に負担が掛かってくる。だからこそ、多くのパイロットがやれないのではなくやらないのだ。

 その瞬間だけ輝いても、機体やパイロットに限界が来ては他の敵の餌食になるだけ。

 だが一対一という状況に持ち込めばどうだろう?

 その後の戦闘が無い状況ならどうだろう?

 全力を出し尽くすことができる。アルトアイゼンも、キョウスケ・ナンブもだ。

 

(いけるな、アルト!)

 

 何度目かの強烈なGがキョウスケの体に圧し掛かってくる。無理やりな軌道制御でアルトアイゼンの各関節も悲鳴を上げていた。

 

(それでも、前に!)

 

 キョウスケの想いに応えるようにアルトアイゼンは無理を通して旋回し、加速し始めた。

 前へ。ひたすら前へ。

 どんな敵が立ちはだかろうとも。

 どれだけの策を弄されようとも。

 キョウスケとアルトアイゼンが取れる、最強かつ必殺の戦法はたった一つ。  

 馬鹿だと思われようとかまわない。だが馬鹿の一念が機人すら砕くことを、キョウスケはアルトアイゼンと共に常に証明してきた。

 

「零距離ッ、取ったぞ!」

 

 レールガン発射後の隙 ── 千載一遇の好機を、キョウスケとアルトアイゼンは待っていた。

 加速した機体を、そのまま弾丸のように不知火にぶつける。

 アルトアイゼンの巨体が、とうとう、敵リーダー機の不知火の体を捉えていた。巨体を押し当てたまま、アルトアイゼンはさらに加速する。

 

 空中で交錯した2機の機人は、まるで夜空を切り裂く流星のごとく、廃墟ビルを星屑のように砕きながら地上へと落下して行った ──……

 

 

 




その4に続きます。

蛇足ですが、レールガン強すぎだろ、とか、アルトなら余裕で突破できる、とか言う話はできればご遠慮願います。
これが私なりに考えたキョウスケとアルトアイゼンです。
ロマンと強さとカッコよさ、それがロボットとそのパイロットだと思っていますので。
次回も俺のアルトが愛と絶望の空を切り裂くぜ!

そんな感じでどうかよろしくお願いします!

ちなみにこの話のアルトアイゼンのVターンのモデルは、OGⅡのランページゴーストの突撃で見せたアルトアイゼンの旋回です。


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第4話 激突、犬と狼 4

キュピーン、スキル「悪運」発動。強運と悪運は絶対別物だろ、と思う今日この頃。


【西暦2001年 11月21日 21時15分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】 

 

 砕かれたビルの破片が雹のように降ってくる中、2機のロボットが月明かりに照らし出されている。

 

 月光によく映えるアルトアイゼン・リーゼと、対照的に闇に良く溶け込む夜間迷彩の不知火壱型丙。

 崩れたビルの瓦礫の上で不知火がアルトアイゼンに押し倒されていた。体格的にも出力的にも上のアルトアイゼンを押し返すだけの膂力を、不利な体勢もあり、不知火は捻出できないでいる。

 とどめ ── とばかりに、リボルビング・バンカーの切っ先が不知火のコクピットに突き付けられた。

 

「さぁ、決着(ショーダウン)だ」

 

 キョウスケの声に、オープンとなった回線で不知火のパイロットが答える。

 

『……私の……負けです』

 

 声は昨日知り合った女性軍曹、神宮司 まりものものだった。

 少なからず驚きを覚えたキョウスケだったが、彼女の宣言にバンカーの切っ先を納める。

 直後、指揮車の夕呼から状況終了の命が通達され、実弾を使った実戦試験はキョウスケに軍配が上がったのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第4話 激突、犬と狼 その4

 

 

 

【21時46分 廃墟ビル群 指揮車周辺】

 

 夕呼から撤収命令が下された後、キョウスケたちは夕呼たちの乗る指揮車の周辺に集合していた。

 

 試作01式電磁投射砲と120mm砲弾の攻撃により、アルトアイゼンの装甲はかなり傷ついてしまったが、貫通し内部構造を破壊した銃弾は1つもなかった。また内部構造のフレームや各種パーツが無傷であることが幸いし、アルトアイゼンは歩いてなんなく指揮車周辺に辿りついた。

 一方、まりもの不知火は、地面へ落着の衝撃で跳躍ユニットを破損、その他フレームにもダメージを負ったそうだが、主脚走行は可能だったためアルトアイゼンに追従して目的地に到達していた。

 指揮車から通信が入ってくる。

 

『2人ともお疲れ様』

 

 夕呼がモニター越しに微笑を向けてくる。

 

『おかげで良いデータが取れたわ。機体の突撃、突破能力は化け物級だし、それをあんな無茶苦茶な軌道で使いこなして平気そうなアンタも相当のものね。まりも、アンタはどう考える?』

『はっ』

 

 不知火のまりもが凛とした返事を返し、続ける。

 

『南部中尉の技量は相当……いえ、私のそれを凌駕していると考えます。11機いた撃震部隊を全て撃破、これは機体の性能による所は大きいでしょうが、あの馬鹿げた直進速度でブラックアウトも起こさず正確に撃震を撃ち抜くことは、私にはできそうもありません。

 加えて、最後に私を捉えた変則機動。あの速度であの機動、私にはできそうもありません……いえ、数いる衛士の中で、あの機動ができる衛士が果たしているかどうか……南部中尉は、まるであの機体に乗りこなすために生まれた最高の衛士、そのようにさえ思えます』

『最高、だってさ?』

 

 モニターの向こうで微笑を浮かべたまま夕呼が言った。

 

『良かったわね~、南部、まりものお墨付きがでたわよ。こう見えても、まりもは富士の教導隊にいたこともあるんだから。そんな女のお墨付きよ、胸張ってもいい栄誉だと思うわよ~? ベテラン衛士同士、いっそのこと付き合って結婚して子どもでも産んじゃえば? お国のために』

『ちょ、ちょっと夕 ── 香月博士! からかわないでください!』

 

 突拍子もない夕呼の暴言にまりもの顔がリンゴのように紅くなるが、

 

「教導隊、か」

『えッ、興味なし?!』

 

 反応の薄いキョウスケにまりもが大声でツッコんでいた。

 教導隊という単語はキョスウケにとって聞き馴染みのあるものだった。まりもが教導隊出身なら、キョウスケを手玉に取り追い詰めたことにも頷ける。キョウスケの知る元の世界での教導隊は、一癖も二癖も猛者揃いだったからだ。そんなことを考えているキョウスケを尻目に、モニターの隅ではまりもがギャグマンガのような涙を流して凹んでいた気がしたが、それはきっと気のせいだろう。

 あらゆるパイロットの模範となり、手本となるべきエリート集団。

 それが教導隊だった。

 まーた振られた、五月蠅いわね ── モニター上でいい年した女性2人が言い合っていたが、些細な事なので、まぁ放置する。

 

(レールガン……ビーム兵器が当たり前でなければ、俺の世界でもこの手の武器が発展していたかもしれんな。あの連射力は脅威だ。アルトでなければ間違いなく堕ちていた)

 

 実際、機体の性能に助けられ勝利したのは事実だった。

 心の何処かで油断が巣食っていたのかもしれないと、キョウスケは気を引き締める必要性を感じた。

 今回は緻密に準備されたまりもの罠に絡め取られたわけだが、似たような状況は戦場でならいついかなる時でも起こり得る。さらに相棒であるエクセレンとヴァイスリッターの不在だけでなく、様々な面でこの世界にいることはキョウスケにとって不利とさえ言えた。

 

(アヴァランチ・クレイモア……今回の戦闘で装弾数の4分の1を使ってしまった。けん制にも使ったためチェーンガンの残りも約3分の2、装甲も相当削られた……今後、補給の目途が立てばいいのだが)

 

 こればっかりはキョウスケにどうすることもできない、事情を知っている夕呼頼みだ。

 キョウスケが思案している内に、夕呼とまりもの言い合いはまりもの敗北と言う形でケリが付いたようで、夕呼が勝ち誇った表情で口を開いた。

 

『さてと、もう夜も遅いしそろそろ引き揚げましょうか?』

『はいはいはい! 白銀 武訓練生、南部中尉にお願いがあります!』

 

 急に、今まで黙っていた武が割り込んできた。

 

『白銀? なぜそこにいる? ……また香月博士の気まぐれですか?』

『まね。指揮車での記録作業、手伝ってもらおうかと思って』

「それで白銀。俺に何か用か?」

 

 キョウスケの問に、武はやはり大声で応えた。

 

『俺をそのロボットに乗せてください!』

「はぁ?」『はぁ?』

 

 キョウスケとまりもの声が重なった。

 

『俺、そのロボットに乗ってみたいんです! 南部中尉、お願いします!』

「駄目だ」

 

 即答。しかしキョウスケの返事は当然のものだろう。

 戦術機教練過程中の訓練兵を、異世界の操縦系統も違うPTに乗せられる訳がない。

 

『そこを何とかお願いします! 俺、いつか響介さんみたいな機動をしてみたいんです! そのために、そのロボットの動きを一度体験してみたいんだ!』

『白銀ぇ! いい加減にしろ! 南部中尉も困っておられるだろうが!』

 

 まりもの叱責が武に飛ぶが、

 

『まぁ、別にいいんじゃない』

 

 夕呼の一声がそれを跳ね除けた。

 

『馬鹿に付ける薬はないっていうでしょ? コクピットにハーネスで括りつけて、最大戦速でも味あわせてあげなさいな。ゆで上がった頭も少しは冷めるわよ』

『ちょっと香月博士! いいのですか?』

『いいのよ。私だって忙しいし、こんな問答で時間を浪費したくないから』

 

 酷く投げやりに聞こえる夕呼の言葉。おそらく、結果を予測したうえで言い放っているに違いない。あるいは、聞き分けのない悪がきの世話を押し付けようとしているような……そんな印象すらキョウスケは覚えた。

 

(俺が操縦するなら百歩譲って構わんが……)

 

 冷静に考えるなら、アルトアイゼンに武は乗せない方が良い。

 元々複座ではないためハーネスで体を固定して膝の上にでも乗せない限り同乗できない上に、武は耐G機能の備わった衛士強化装備を身に着けておらず、その状態で慣れない他人の操縦に揺られることになるのだ。

 元の世界でも、戦術機動を模したシュミレーターを使い、体調を崩した人間が続出した程度にはアルトアイゼンの突撃速度は凶悪だった。

 

(……結果は火を見るより明らかな気がするがな……)

 

 モニターに映る武の瞳は子どものようにキラキラと輝いていた。

 ロボットアニメを見ている時、友人のリュウセイ・ダテがこの様な目をしていたような気がする。絶賛興奮中のリュウセイにロボットアニメを見るのを止めろと言って、彼が受け入れるとは思えない……もし武が似たような状態にあるのなら、諦めさせるのは相当骨が折れそうだった。

 

「……紙袋は持参しろよ」

『はいッ、ありがとうございます!!』

 

 それはそれは、武は夢と希望に満ち満ちた笑顔で敬礼を返すのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【22時06分 国連横浜基地 戦術機ハンガー】

 

 ……── 武の夢と希望に溢れていた顔は、蒼白な病人のような面へと変貌していた。

 

 元々1人の乗りのアルトアイゼンに無理やり乗り込み、衛士強化装備も装着していない状況では、当然、武には必要以上の無理がかかってくる。

 横浜基地への帰還を開始した後、武の要望に応え、廃墟ビル群をぐるっと一周してから、アルトアイゼンはハンガーに戻ってきた。出発直後は、凄いよこのロボットさすがクワガタムシのお兄さん、と気のせいか武が戯言をほざいていたような気がしたが、アルトアイゼンが巡航速度に加速したあたりから徐々に口数が少なくなり、短時間だけ戦闘速度に加速してやると目に見えて表情が青ざめ、結局、速度を落としてキョウスケは基地へと帰還したのだった。

 時間をかなり消費したため、夕呼とまりもは先にハンガーへ到着していた。

 コクピットから武が頼りない足取りで脱出し、キョウスケは防護用ヘルメットを外しながら平然と地面に足を付けた。

 

「で、感想は?」

 

 夕呼が武に質問した。

 

「…………」

「何とか言ったらどうかしら?」

 

 もうやめろ、白銀 武の体力はとっくにゼロだ。

 操縦した自分が言うのもアレだが、少々手加減を誤ったようだとキョウスケは反省していた。本人が希望したとはいえ、戦闘速度まで一瞬でも加速したのが間違いだったかもしれない。

 明らかに体調を崩した様子の武だったが、意地があるのか、引きつった笑顔をキョウスケたちに向けてきた。

 

「し……白銀 武はクールに去るぜ……」と武。

「馬鹿ね」と夕呼。

「馬鹿だわ」とまりも。

「……いいから馬鹿なこと言ってないで、さっさと行け。紙袋も忘れずにな」とキョウスケ。

 

 ううっすいません、とキョウスケから紙袋を受け取った武は、まるで生まれたての仔馬のような足取りでハンガーから立ち去っていく。

 行先きは言うまでもないだろう。

 

「さてと、改めて二人ともお疲れ様」

 

 残ったキョウスケとまりもに夕呼が言った。

 

「今回の実動データは、今取り組んでいる戦術機開発に大いに役立つはずよ。試作01式電磁投射砲の実射試験もできたし、量産できれば、戦術機の火力不足も幾分改善されるはずだわ。

 それにアルトアイゼンの運用方法の実際と南部の技量も知ることができた。伊隅にはこのデータを渡しておくわ。これでもし実戦投入されることになっても、布陣の調整が相当やりやすくなると思う」

 

 それは吉報だが、キョウスケには気になることが1つあった。

 

「一つ確認したい。今回消耗した実弾や装甲の補給はどうする?」

「可能な限り手配させてもらうわ。もちろん、軍費でね」

(……可能な限り、か)

 

 キョウスケは期待を抱きすぎるべきではないな、と感じていた。

 この世界でアルトアイゼンの本領 ── 圧倒的火力と突撃速度による正面突破を全力で行えるのは、良くて数回(・・)と考えるべきなのかもしれない。

 アルトアイゼンの火器はこの世界の物より全体的に火力が高い。自機の火器は温存し、87式突撃砲のような互換性のある武器を使うことも考慮しなければならない。

 補給の目途が立てばこの問題は解決するが、それまでは切り札として手元に置いた方が無難だろう。

 

「分かった。香月博士、アルトをよろしく頼む」

「素直でよろしい。じゃあ今晩はこれで解散にしましょう。

 あと、アンタの明日以降の予定は追って伝えるわ。実機のデータは今回で大分集まったから、煮詰めて問題点が出るまで少し時間はかかる筈だから」

 

 アルトアイゼンは異世界の機体だ。戦術機のデータ解析より時間は喰うのは間違いないだろう。キョウスケは納得して頷きを返した。

 

「じゃあまたね。あ、まりもは私と一緒に更衣室行きましょう。少し汗かいちゃったからシャワー浴びたいし」

「はぁ……シャワーなら自室の物を使えばいいのでは?」

「いいじゃないの、偶には。こんな機会、滅多にないでしょう?」

「まぁ、私はどちらにせよ着替えねばならないので構いませんが……」

 

 まりもは例の衛士強化装備を身に着けていた。皮膜に覆われているものの、豊満な胸が強調されていて目のやりどころに困る。

 講義で衛士強化装備の高性能さはよく理解できたが、デザインに関しては製作者の趣味が多分に反映されている気がしてキョウスケはならなかった。

 

「では南部中尉、我々はこれで失礼します」

 

 まりもがキョウスケに敬礼を送ってきた。

 キョウスケも敬礼を返しながら言う。

 

「ああ、おやすみ、神宮司軍曹」

「はい、おやすみなさい」

 

 まりもと夕呼は連れ添ってハンガーから立ち去って行く。

 残されたキョウスケもパイロットスーツの下は汗で汚れているので、更衣室にシャワールームがあるなら使いたかった。

 すぐに更衣室に向かおうかとも思ったが、おそらくトイレに向かったであろう武のことが気になった。

 

「……俺の操縦な訳だしな、様子ぐらい見に行くか」

 

 キョウスケは武を探しにハンガーから立ち去った。

 

 

 

 

 案の定、武はハンガーから出て最寄のトイレに立て籠っていた。

 

 吐いてはいないようだが、気分が大分悪いらしく洋式の便座に座っていた所を発見され、キョウスケに連れ出された。

 武も相当汗をかいていたため、更衣室を目指して一緒に廊下を歩いていく。

 

「南部中尉、ご迷惑をかけてすいませんでした」

「気にするな。パイロットスーツもなしでアルトに乗れば、誰もがそうなる。俺がもっとしっかり止めるべきだった」

「いえ、我が儘を言ったのは自分なので……本当にすいません」

 

 武の足取りはやはり遅く、キョウスケはそれに合わせて歩いた。

 白銀 武。夕呼の話では、この世界の未来時間を生きて転移してきた、厳密には並行世界人と言うべきこの世界の住人だと言う。

 まりもの講義で知った、この世界の置かれている状況 ── BETAという異星起源種との戦いでユーラシア大陸の大半を奪われ、完全に後手に回ってしまっている状況で、武が時折見せる年相応の少年のような子どもっぽい態度。

 そこがキョウスケは妙に気になっていた。

 絶望的な社会情勢の中で生まれ、異星の化け物の脅威を刷りこまれてきた人間とは思えない、根本的な部分での明るさ、悪く言えば軽さが残っているように思えた。

 もちろん、絶望的な世界にもそういう人物はいるだろう。

 あるいは、それは同じ時間をもう一度体験している余裕から来るものなのかもしれない。

 それでも、武はどこかが違う。未来時間を生きてきたという点を除いても、異世界から来たキョウスケに似た「特別」さを持っている……そんな気がしてならなかった。

 

「南部中尉」

 

 武が足を止め、声を掛けてきた。

 

「一つ聞きたいことふがあるんですけど、構わないでしょうか?」

「ああ、いいぞ。どうした?」

「南部中尉は何のために戦っているんですか?」

 

 思いがけない問いに、反射的にキョウスケの眉尻が動いた。

 キョウスケの答えは決まっている。

 だがそれを語るのに廊下という場所は不適切だろう。壁に耳あり、障子に目あり。誰が聞いているのか分からい状況で、並行世界に関する言葉は口にするべきではない。

 しかし武はキョウスケの事情を知っている。

 並行世界に関する言葉を伏せていても武には伝わるし、誰に聞かれていても本当の意味は分からない筈だ。

 

「帰るためだ」

 

 キョウスケは言い切った。

 

「愛する女の元へな」

「俺も昔はそうでした。でも今はそれだけじゃない」

 

 武が言い返してきた。

 

「俺はこの世界を救いたい。地球からBETAを追い出してこの世界を救い、笑ってあいつらの所に帰るんだ……! そのためには響介さん……あなたのような人の力が必要なんです!」

 

 この世界に骨を埋めるつもりは、キョウスケには毛頭なかった。

 並行世界に必要以上介入するべきではない、キョウスケはそう考えている。

 シャドウミラー ── かつてキョウスケの世界を、自分の世界を変えるための踏み台にしようとした連中を知っていたから。

 シャドウミラーは戦争と言う害悪を撒き散らして逝った。

 キョウスケに悪意があろうとなかろうと、この世界にとって異分子であることに変わりはない。本来ないはずの刺激で眠れる獅子が目覚めることも、穏やかだった風が暴風雨に変化することだってない訳ではないのだ。

 だからこそ帰る方法が見つかれば、すぐにでもキョウスケは姿を消すつもりだった。

 

「お願いします響介さん! 俺に ── 俺に力を貸してください!」

 

 黙ったままのキョウスケに武が痺れを切らした。

 

「響介さん! 俺は強くなりたんだ、この世界を救うために!」

「……響介さん、か……下の名で呼ばれるのも随分久しぶりの気がするな」

 

 目覚めてからまだ2日。にも関わらずそう感じてしまう。

 

「す、すいません! みんなに言われるけど、俺、なんか馴れ馴れしいみたいで……!」

「いいさ、好きに呼ぶと言い。その代り、俺も武と呼ばせてもらおう。ただしあまり人がいない所でだけにしろよ。上官を下の名で呼んでいるのを聞かれて困るのはお前だからな」

「はい! ありがとうございます!」

 

 素直な返事をする武にキョウスケは好感を持っていた。

 キョウスケとて表に出さないだけで、熱い男は嫌いじゃない。キョウスケの中にも宿る熱い魂、それを隠さず表現する武を嫌う理由がどこにあろうか。

 

(どの道、今日明日にも帰れる訳じゃない。不干渉が理想とはいえ、他人に関わらずに生きていける訳でもない。なら、事情を知るこの男に協力するのはやぶさかじゃない)

 

 キョウスケは答えを決めた。

 

「武。帰るまでの期限付きだが、俺でよければ力になろう」

「きょ、響介さん! ありがと ──── うっ」

 

 突然、武が口元を手で押さえた。

 顔色が悪い。

 

「……おい、大丈夫か?」

「ちょ、ちょっと喋りすぎたみたいで気分が……先に行ってもらえますか? 更衣室なら案内標識に従えば行けますから」

「分かった。すまんな」

 

 武は元来た道を小走りで引き返して行った。行先は……言うまでもないだろう。

 仕方ないのでキョウスケは一人で更衣室に向かうことにした。

 しばらく廊下を進むと、「更衣室」と書かれた案内標識を見つけた。

 

「こっちか」

 

 キョウスケは標識に従って進み、更衣室に向かった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【22時33分 横浜基地 廊下】

 

 トイレでうがいを済ませた武は、幾分気分がマシになったためキョウスケの後を追っていた。

 

「あーマジで辛い……軽い加速度病じゃねえのコレ? ……やっぱり、衛士強化装備は偉大だなぁ」

 

 一人ごちしながら早足で廊下を進む。

 しばらくして、武はキョウスケが従った案内標識を見つけた。

 「更衣室」と書かれている。

 しかし武は気づいた。

 「更衣室」と書かれた金属製プレートの案内標識 ── その左端(・・)が欠けていることに。

 

「……なんだ、これ?」

 

 武は足元に落ちていた金属片を拾い上げた。

 「女子(・・)」。

 金属片にはそう書かれていた。

 

「ま、いっか。それより早くシャワーを浴びよう」

 

 武は案内標識に拾った金属片を嵌め込むと、キョウスケに合流するため、記憶を頼りに男子(・・)更衣室へと向かった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【22時35分 更衣室 シャワールーム】

 

 汗だらけになったパイロットスーツを脱いだキョウスケは、更衣室内に備え付けられていたシャワールームに、ハンドタオル1つで前を隠して足を踏み入れた。

 

 既に先客がいるのか、シャワールーム内には白い湯気が立ち込めている。

 狭いシャワールーム内は数個の仕切りで区切られ、個人が体を洗うためのプライバシーを最低限確保していた。

 5つある個人用シャワースペース。その内、隣接した真ん中の2つから湯気が立ち上っていた。足元からは使用され溢れた湯が、中央の排水溝へと流れていく。

 

「ふぅー、気持ち良かった」

 

 真ん中のシャワースペースから溢れ出る湯の流れが止まった。キョウスケの聞き覚えのある声と共に。

 

(……嫌な予感がする)

 

 キョウスケの勘は良く当たる……ギャンブルを除いて、だが。

 聞き覚えのある声の主が、真ん中のシャワースペースから出てきた。

 

「ん?」

 

 香月 夕呼が現れた。バスタオルを巻いた湯上り直後の姿で。

 絡み合う視線。

 訪れる沈黙。

 そして……

 

「夕呼、どうしたのー? いつもだったら、早く出なさいよまりもー、とか言う癖に ──── ィ?」

 

 続けて神宮司 まりもが現れた。

 もちろん、生まれたままの姿に、バスタオルという名の薄布を巻きつけただけの姿で。

 もつれ合う視線。

 2度訪れた沈黙を破ったのは、まりもの金切り声だった。

 

「ど、どどどどどうして、女子更衣室(・・・・・)に南部中尉がいるのですか!? まさか覗き ──── キャッ!」

 

 余程動揺していたのか、まりもがシャワールームの湿った床で足を滑らせた。

 腰から落ちる時、まりもはタイルで右手を思い切り突いてしまう。

 それはもう、ぐきぃ、と擬音が聞こえてきそうな程で、転んだまりもは右手を押さえて悶絶していた。

 

「……すまん」

「二回死ねぇ!!」

 

 謝罪など聞く耳持たず、夕呼の鉄拳がキョウスケの顔面に炸裂したのだった ──……

 

 

 

 

 

 ……その後、キョウスケに言い渡された沙汰 ── まりもの負傷(腰部強打+右手首【利き腕】捻挫)が治るまで、彼女の業務を手伝うこと。

 

「そいつは重畳(ちょうじょう)……の真逆だな、これがな」

 

 仏滅の如き星めぐりの悪さを恨みながらも、翌日から、キョウスケは第207訓練小隊の訓練の補助を行うこととなったのだった。

 

 

 

 




<巻末おまけコーナー 次回予告「アルトの奇妙な冒険 第4部 ダイアモンドは砕けない」>
(注) このコーナーはメタフィクションです。登場するキャラがどれだけキャラ崩壊を起こしていても、連載中の本編とはいっさい関係ありません。ありませんったらありません。

 
【11月21日 午後20時23分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】

 それはある晴れた夜のこと。
 キョウスケはリボルビング・バンカーで突撃級の装甲殻を砕いてみろ、と夕呼に無茶ブリされました。

キョウスケ「これを砕けばいいんだな?」

夕呼「そうよ。亀の甲羅のようにメメタァと砕いちゃって頂戴」

 夕呼はなにを言っているのでしょう? 
 キョウスケにはよく分かりませんでしたが、蛙の小便のごとき装甲殻などバンカーで撃ちぬいてやろうと思いました。

キョウスケ「良く見ていろ。この俺の連打を!」

 リボルビング・バンカーが唸りをあげます。
 しかし装甲殻は固く、文字通り歯が立ちません。
 
キョウスケ「オラッオラオラオラオラオラッ!」

 バンカーが炸薬で撃ち出され、装甲殻に連撃を加えます。
 1発、2発3発……全部で六発。
 全弾撃ちこんだ後、ぱっきーーーん、と金属音が響き渡ります。
 バンカーの切っ先は折れてしまいました。くるくる回って、ずぶっと地面に突き刺さります。

キョウスケ「…………」

夕呼「あ、言うの忘れてたけど、装甲殻はダイヤモンド以上に固いから」

キョウスケ「ク、クレイジーダイヤモンド!? こ、香月博士、無敵の因果律量子論で何とかしてくださいよぉ~~!!」

夕呼「あんたクビ」

 こうしてキョウスケは職を失い、路頭に迷いました。
 その後、彼の姿を見た者は誰もいませんでしたとさ……
 めでたしめでたし。





キョウスケ「めでたくない!」

エクセレン「そうよねー。もしバンカーの切っ先がただの鉄だったら、危うく『第3部ッ、完!』状態になる所だったわね?」

キョウスケ「うれしくない!」

エクセレン「でも『路頭に迷ったキョウスケ! なけなしの金で最後の勝負に出る!』とかキョウスケ好みの展開でしょ? 分の悪い賭けは?」

キョウスケ「嫌いじゃない!」

エクセレン「わお、じゃあみんな。また次回で会いましょう!」

キョウスケ「では次回予告、今日も元気に行ってみよう!」


<次回予告>

キョウスケ
「研ぎ澄まされた必殺の一撃がキョウスケの胸を抉る!
 再起不能の傷を負ったキョウスケ! どうした!? お前の伝説はここで終わってしまうか!?
 負けるなキョウスケ! 立ち上がれキョウスケ!
   次回「疾風伝説 特攻のキョウスケ」最終回!
              「開発、新OS」にレディィィィッゴオォォッ!!」

エクセレン「次回も私は出ないわよん♡」



(注)この次回予告の半分は嘘と優しさでできております。

 ひどいオチだ。
 キョウスケと武ちゃんはできるだけ絡めていきたいと思います。


【番外 第4話終了時のアルトアイゼンの状態(スパロボ風)】

 作者が考えているアルトアイゼンの状態を、戦闘があるたびに紹介していこうと思います。(あくまで予定)
 掲載する理由は、ただ単に作者がデータを数値化するのが好きだからです。
 意味ないことするななんて怒らないでねw
 掲載しているデータは第2次スーパーロボット大戦OGのデータを参考にしています(設定上はジ・インスペクター後ですが参考値なのでご了承を)。
 あくまでも参考ということでよろしくお願いします。
 今回は第4話戦闘終了時(戦闘でのダメージを反映したもの)の状態を紹介します。

・主人公機
  機体名:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)
 【機体性能(4話戦闘直後)】
  HP:4000/6000
  EN:140 / 140
  装甲:     1650
  運動:      110
  照準:      145
  移動:        6
  適正:空B 陸A 海B 宇A 
  サイズ:M
  タイプ:陸

 【武器性能(威力・射程・残弾のみ表示)】
  ・5連チェーンガン
    威力2300 射程2-4 弾数10/15(交換用弾丸:87式突撃砲弾が第一候補)
  ・プラズマホーン
    威力2600 射程1   弾数無制限
  ・リボルビング・バンカー
    威力3800 射程1-3 弾数 4/ 6(交換用弾倉:数個予備あり)
  ・アヴァランチ・クレイモア
    威力4500 射程1-4 弾数 9/12(補充用弾丸:現在の所補給の目途立たず)
  ・エリアル・クレイモア
    威力5100 射程1   弾数 1/ 1(使用にはこの武装の弾数および他実弾武装の2割を使用する)
  ・ランページ・ゴースト
    威力5525 射程1-5 ヴァイスリッター不在のため使用不可

  オプション装備
  ・ビームソード
    威力2000 射程1   弾数無制限
  ・87式突撃砲(36mm)
    威力1600 射程1-3 弾数30/30
  ・87式突撃砲(120mm)
    威力2600 射程2-6 弾数 6/ 6

 以下、修復されない限りこのままの状態で戦闘に臨む予定。

 戦闘があった場合、その際のアルトアイゼンの性能などを記載してみようかなと思います。
 その方がイメージを想像しやすいかなぁ、と思ったので(もしかしたら余計かもしれませんが)。
 ちょっとした試みとして今後も続けていきたいです。
 突撃砲の威力弱すぎるかな? 色々な方に意見を頂き、ネットを調べるうちに、OGⅡのR-2パワードの「バルカン砲」程度かそれ以下が妥当な威力に感じます。ちなみにガンダムなどのバルカンの口径は約60mmくらいらしいです。
 まさに豆鉄砲(涙目)、火力が足りないという意見を頂いたことがありますが、納得の小ささですね。
 逆にBETA側の攻撃力は要撃級で3000以上ありそうだなと思ったりします(私はですが)。
 BETAVS人類は、イメージ的には野生の猛獣VS拳銃ばりの小口径弾を吐き出す機関銃を持った人間って感じです(あくまで私はですが)。


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第5話 開発、新OS

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

「さぁ、決着(ショーダウン)といきましょうか、キョウスケ中尉」

 

 緑色のバンダナを頭に巻いた少年 ── タスク・シングウジが勝ち誇った顔でキョウスケを見つめてくる。その手元には5枚のトランプカード。余裕綽々の笑みがカードの強さを自負しているようで、妙に腹が立つ。

 夢の中とはいえ、キョウスケは自分がタスクが何をしているのかすぐに合点がいった。

 賭けポーカー。

 切り札(ジョーカー)なし、などという日和ったモノではないし、金も賭けた本物の賭博だ。ただし成立した役でレートが変動する変則ルールだが。

 夢の情報がキョウスケの頭の中に流れ込んできた。

 十戦全敗。まさにオケラ直前の崖っぷちにキョウスケは立たされている。なけなしの財布の中身で最後の勝負に挑んでいる最中のようだった。

 もちろん、2ペアや3ペアでは本日絶好調のタスクには勝てないだろうし、勝っても負け分を取り返せないだろう。

 だがキョウスケは崖っぷちには滅法強い。

 

「いいだろう。これが俺の手だ」

 

 テーブルの上にカードを提示するキョウスケ。

 カードの内容はダイヤの2、3、4、5、6 ── ストレートフラッシュ。

 まず勝てる、最強クラスの役だった。

 

「やるなキョウスケさん! だが今日の俺は超ラッキー!」

 

 タスクがカードをテーブルに叩きつける。

 カードの内容はハートの7、ダイヤの7、スペードの7、クラブの7 ── そして切り札(ジョーカー)

 

「あっ、驚天動地のファイブカードたぁこのことよ!」

「なん、だと……?」

「キョウスケ中尉、賭け金(チップ)はいただくぜ!」

 

 役の倍率が高すぎて賭け金を支払えなかったキョウスケはオケラとなり、愛機であるアルトアイゼンを質に入れるとか入れないとか言う流れになり、恋人のエクセレンに滅法怒られ、紆余曲折の内にこの日の借金は完済したのだった。

 そんなこともあったな、と。

 あまり良い気分でないまま、夢から引き上げられる感覚をキョウスケは味わっていた。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第5話 開発、新OS

 

 

 

【西暦2001年 11月23日(土) 6時15分 国連横浜基地 キョウスケ自室】

 

「……夢の中までオケラとは、最近は夢見まで悪くなったようだな」

 

 布団を畳みながら、キョウスケは独り言を呟いていた。

 

 きっと、悪夢を見た理由は、昨晩夕呼の鉄拳で頭をシェイクされたからに違いない。女性のものとは言え、全力のグーパンチが頬を直撃したため、今も鈍い痛みが少し残っていた。

 早朝だが、悪夢のせいかキョウスケの目はすっかり冴えている。

 今日からしばらくの間、キョウスケの仕事はまりもの補佐を行うことになっていた。自分の不注意で驚かせ、負傷する切っ掛けを作ってしまった以上無下に断ることもできない。

 午前中は座学、午後は訓練生の戦術機適正検査を行う予定と聞かされている。

 

「急ぐか。点呼に遅れては示しがつかん」

 

 起床ラッパが鳴る前に部屋でシャワーを済ませた。愛用の赤いジャケットを身に着けて、まりもの部屋へと向かうのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【13時00分 国連横浜基地 シュミレータールーム】

 

 午前の座学は、昨日、キョウスケが講義を受けた教室で行われた。

 

 まりもの右手首には包帯が巻かれており、キョウスケは座学用の資料その他を運ぶのを手伝わされた。まりもは丁寧に指示を与えてくれたが、言葉の調子が昨日と違いややキツイ印象を受けた。怪我をさせてしまったのだから仕方がない、とキョウスケは素直に従い仕事をこなす。

 教室で207訓練小隊の面々に紹介を終えた後は、主にプロジェクターの操作(黒板の裏に設置されていた)を担当しながら講義に聞き耳を立てていた。

 手伝いと言っても講義をするのはまりもな訳で、キョウスケにそこまで重労働が科せられることもなく、むしろまりもの手伝いは転移3日目の彼にはありがたい仕事とも言えた。

 何しろ、座学を傍聴することで、この世界の情報を知ることができるからだ。昨日もまりもの講義を受けたキョウスケだったが、たった半日の講義で全てを熟知するなど土台端から無理なのだ。

 キョウスケにはこの世界の情報がまだまだ不足していた。

 推測にすぎないが、夕呼もその辺りを考慮して、まりもの手伝いという仕事をキョウスケに与えたのかもしれない。

 

(火星でのBETAとの遭遇、月面戦争、BETA着陸ユニットの落着から二十数年……ユーラシア大陸のほぼ陥落……なにより、残っている人類が約10億人か。分かっていたことだが、俺の世界とはだいぶ違う歴史を歩んでいるな)

 

 BETA大戦勃発後、男手は徴兵され戦場へと送られ、人口が減るに従い徴兵年齢の低年齢化が進み、ついには女子の徴兵も始まった。この世界の人類はBETAに対して完全に後手後手……負のスパイラルに突入している気がして、キョウスケはならなかった。

 しかし話を聞くに従い、207訓練小隊に女子が多い理由も理解できた。

 残り少ないのだ、男が。

 まるで野党に襲われている過疎化した村……自衛のために男だ女だと言っている場合ではない、そういう世界なのだと痛感できた。

 

 午前中の座学は瞬く間に終了し、まりもと軽い昼食を摂った後、キョウスケは午後の準備に取り掛かった……

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 準備を終えた頃、昼休憩を終えた武たち207訓練小隊がやって来た。

 

「揃ったようだな」

 

 まりもの一声で、衛士強化装備に着替えた武たちが整列する。

 

「午後は戦術機適正検査を行う。入隊時と同様のモノを行うが、これは訓練期間中に体質が変わり戦術機搭乗に適さない者が出ることもあるため、再確認を行うことが目的だ。もっとも、余程のことが無い限り検査はパスできるだろうから心配はない。

 白銀以外の者は検査を受けて訓練課程に入っているから、検査の内容は知っているだろうが、各自順番にシミュレーターに搭乗し戦術機の通常機動を体験し、その際のバイタルデータを確認させてもらう。

 そのデータ如何で合否が決定する、という仕組みだ。理解できたか?」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 丁寧なまりもの説明に、武たち六人の声が返ってきた。

 

「よし、いいだろう。2人1組でシミュレーターに搭乗してもらう。1組目は御剣と榊」

「「はい!」」

 

 御剣 冥夜と榊 千鶴 ── キョウスケは心の中では、これから207訓練小隊の名は、武同様によく呼ばれている名で呼ぶことにしようと考えた ── がまりもに指名され、油圧式の可動パイプに支えられた立方体型のシミュレーターへと駆け足で向かう。

 

「他の者は待機。シミュレーション内容は前方モニターに表示されるから、それを見学しているように」

 

 残された武たちの返答を尻目に、まりもはキョウスケを連れてシミュレーターの操作装置の方へ移動した。

 操作装置の置かれている小さな部屋には、シミュレーター番号に応じた監視モニターや計器類が所せましと並べられていて、まりもと並んで座ると妙な圧迫感を感じる。

 冥夜たち二人がシミュレーターに乗り込んだのを確認し、まりもは操作装置のシステムを起動した。

 

「では南部中尉。これ以後の操作を手伝っていただけますか? 片腕では中々操作は難しいので」

「了解した。だが何分未経験のシミュレーターだ、不明な点は教えてくれ」

「もちろんです。では事前に伝えたロック解除用のパスコードを入力し、『衛士適正評価試験A』を呼び出してください」

 

 キョウスケがキーボードに長いパスコードを入力すると、シミュレーターに登録されている多数の仮想訓練項目が画面に呼び出された。その中からまりもに指定された「衛士適正評価試験A」を選択する。

 30秒ほどの読み込み時間の後、シミュレーターの駆動音が室内に響き始めた。

 

「では適正評価を開始する。お前たちは座っているだけでいい。ただし気分が悪くなった場合、緊急停止ボタンを押し、シミュレーターからすぐに降りるように」

『『はい!』』

 

 シミュレーター1号機、2号機と書かれたモニターに冥夜たちの顔が表示される。自分たちの将来が左右される試験のためか、2人とも緊張した面持ちをしていた。

 

(初々しくていいことだ)

 

 自分も昔はああ見えていたのだろうか? 遠い昔のことのように思い出せず、キョウスケは無言のまま、「衛士適正評価試験A」のプログラムを起動した。レベル設定を画面が要求してきたため、迷わず「戦闘機動」と表示されているレベル5を選択する。

 シミュレーターを支えていた油圧式のパイプが動き出した。冥夜たちの乗りこんだ立方体型のシミュレーターが上下に揺れ始める。

 

「……あれ? おかしいですね。いつもより揺れが激しいような……?」

 

 上下に揺れる回数と激しさが増し、左右に箱が傾いていった。

 キョウスケの世界にあったゲシュペンスト用のシミュレーターで例えるなら、今は「主脚走行からブースターを点火し加速、そのまま徐々に旋回している」ような状態だろう。

 元の世界での一般兵の適正試験とて、似たような内容だったはずだ。どこか問題があるだろうか? まったく問題ありません ── そう主張する水色髪の少女が頭の中に妄想できる程度には、キョウスケにはレベルが低すぎるように思えて仕方なかった。

 

「そうか? それより、もう少し、パワーを上げた方がいいんじゃないか? これでは試験にならないだろう?」

「いえ、これで十分です……いや、やはり妙だな。南部中尉、少し画面を見せてください」

「ああ、いいぞ」

 

 操作画面を目にしたまりもの表情が強張った。

 

「レ、レベル5!? 通常機動はレベル3です、元に戻してください!」

「は?」

 

 冗談も休み休みにしてもらいたい。

 モニターに表示されているシミュレーター内容を確認するキョウスケ。

 跳躍(ジャンプ)ユニットで跳んだ戦術機が、ビルの壁面を蹴って進行方向を変え上昇し、反転噴射して地面に着地していた。連動してシミュレーターも激しく揺れていたが、あの程度の揺れはアルトアイゼンに比べれば子どものまま事のようなものだろう。

 無論、訓練生に対しキツイ代物であるのは間違いないが、クリアできれば、この世界の設定以上の適正を持っていることが証明される。

 先日、アルトアイゼンの機動に耐えた武が標準なのか、それ以下か以上なのか、この結果を見ればよく分かる。

 

「いいじゃないか? 限界値は早めに割れているほうが、軍曹も指導しやすいだろう?」

「駄目です! 『衛士適正評価試験A』はレベル3でリミッターが掛かっているはずなのに、どうやって解除したんですか!? 元に戻してください!」

 

 リミッター? 普通に操作できたので、どうも操作パネルに異常が生じていたらしい。

 しかしキョウスケは思う。

 

「適性試験だからか? だが新人は叩かなれば伸びんぞ。かつての俺の上官も鬼のような漢だったからな」

「伸びる前にへし折れちゃいますから!」

 

 結局、まりもによって無理やりレベル3に戻されてしまう。

 しばらくして「衛士適正評価試験A」が終了し降りてきた冥夜たちの顔色は、昨日の武よろしく悪かったが、嘔吐はしていないようだった。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 2組目に指名されたのは彩峰 慧と鎧衣 美琴組。

 彩峰は表情に現れていなかったが、美琴は戦々恐々とした表情でシミュレーターに向かっていた。

 まりもの指示により、評価試験はレベル3の通常運行となり、特に問題なく終了した。

 

 ………

 ……

 …

 

 最終組は白銀 武と珠瀬 壬姫。

 昨晩、アルトアイゼンに乗ったことによる体調不良は改善したらしく、武は喜々としてシミュレーターに乗り込んで行った。

 レベル3 ── 通常機動の内容は、主脚走行から跳躍ユニットによる短距離跳躍(ショートジャンプ)などが主だった内容で、アルトアイゼンに生身で同乗し耐えきった武が評価に落ちることはまずありえないだろう。

 結果の分かり切った試験程つまらないものはない。

 シミュレーター1号機の武に回線を繋いで、キョウスケは聞いた。

 

「白銀訓練兵、レベル5の戦闘機動をやってみたくはないか?」

「やります!!」

「ちょっと南部中尉ッ、白銀も分かっているのか!? 戦闘機動だぞ!? 貴様、戦術機に乗ったこともないだろうが!!」

 

 武の即答に飛ぶまりもの叱責。

 しかし武は活き活きとした表情で応えた。

 

「大丈夫です! 吐きそうになっても飲み込んでみせますから!」

「そういう問題じゃない!」

「よし、行け」

「お願いですから、南部中尉、止めてください!」

 

 まりもの制止もどこ吹く風か、キョウスケはシミュレーターを操作して、武の1号機だけレベル5で「衛士適正評価試験A」で開始させた。

 試験と言っても乗り込み、武は戦闘機動を体験しているだけだ。

 しかし昨日と違う点は、耐G機能の備わった衛士強化装備を、しっかり着込んでいることだった。

 モニター上では長距離跳躍(ロングジャンプ)噴射地表面滑走(サーフエイジング)反転全力噴射(ブーストリバース)などが行われていた。昨晩、自動操縦されていた撃震部隊よりは機敏で戦闘的な機動だったが、武の表情には余裕さえ見受けられる。

 まだまだ行けそうだった。

 

「よし、レベルを上げよう。レベル10あたりを……む、神宮司軍曹、レベルが5までしかないのだが」

「5が上限です!」

 

 怒り心頭なまなざしを、まりもがキョウスケに向けてきていた。眉尻が上がり切り、キョウスケの独断に堪忍袋の尾が切れかけているのがよく分かる。

 まりもは207訓練小隊の指導教官だ。

 彼女なりの育成計画は練られているだろうし、キョウスケの独断はそれを邪魔したことになるのかもしれない。だが武には、この位が丁度いいようにキョウスケには思えた。

 しかし今日のキョウスケの仕事はまりもの補佐だ。階級ではキョウスケが上にしろ、与えられた仕事はキッチリこなすべきだと少し反省する。

 だが、

 

(ずっとこの調子なら、少し鞭を入れた方がいいかもしれんな。俺が仮想敵役(アグレッサー)を買って出るのもいいかもしれん)

 

 機会を見て、夕呼に具申してみるかと、モニターを眺めながらキョウスケは思うのだった。

 

 

 レベル5のシミュレートが終了し、武は意気揚々とシミュレーターから出てきた。

 武が戦術機適正試験の歴代第1位という快挙が結果としてはじき出され、この日の訓練は終了となるのだった。

 

 

 

 

 




その2に続きます。
日常パートは少しコメディ気味に書いていきたいです。


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第5話 開発、新OS その2

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

「ナンブ大尉、ジ・・ジジジ、ジカンデす」

 

 軍服を着た男がキョウスケに話しかけてきた。

 時間とは一体何なのか? キョウスケには見当もつかない。

 夢の中とは分かっていたが、何の時間なのか、キョウスケは軍服の男に訊いた。

 軍服の男は、まるで獲物を目の前にした獣のように口を歪め、こう答えた。

 

「カ・・カカカカリノ・・ジジカンでス」

 

 夢はそこで醒める。

 奇妙な夢。

 だが所詮夢だ。

 キョウスケは布団を畳み、その日の支度を始めるのだった。

 

 

 

【西暦2001年 11月23日(金) 国連横浜基地】

 

 翌日は戦術機教練過程にある通常のプログラムを行うことになった。

 動作教習基本過程 ── 戦術機を動かすに必要な動作を前進や後退から短距離跳躍まで、教本に載っていた内容を履修するためのものだった。

 基本は大事だ。基本という土台なくして応用はありえない。

 しかし元の世界、元居た部隊で、基本はそこそこに大戦果を上げた天才級の化け物を何人か知っているキョウスケにとって、黙々と行われる基本過程を見ているだけというのは妙な違和感を覚える。

 士官学校で基礎をたたき込むのは当然のことだ。しかし何故かキョウスケは、自分が受けてきたはずの基本教習の記憶が思い出せなかった。最前線に立ち続けてきた影響だろうか? 血と硝煙にまみれた戦場の記憶に上書きされ、士官学校時代の記憶が思い出せないだけなのかもしない。

 

(基本は重要。問題はこの後だ)

 

 そういう思いを胸に2日目の訓練は特に口を出さず見守っていた。

 しかしそんなキョウスケを尻目に、武はシミュレーター訓練初日にて「動作教習応用課程D」という快挙(そうとう実践的な仮想訓練内容らしい)を、被撃墜数ゼロで成し遂げていた。

 周りの反応、まりもの反応をみるに相当凄いことなのだろう。

 記録上の快挙に周りの仲間たちは武を当然のようにもてはやす。

 しかし異世界から転移してきたキョウスケには一抹の疑問が残った。

 

(あの程度、初日にこなせねば戦場では生き残れないと思うが……まぁ、戦場ではないからいいのか)

 

 キョウスケは士官学校に教員として務めた経験はない。

 しかし武を始めとした士官候補生たち ── 207訓練小隊の指導方法は、あまりに甘いように思えてならなかった。

 

(基礎動作内容の習得は回数がモノを言う。高難度の要求を突き付け、尻を叩いた所で結果が付いてくるとは限らない……)

 

 武以外の207訓練小隊の面々は、武の機動動作パターンデータを参照し、各自勉強をしようと意気込んでいた。良い傾向だ。結果が付いてくるまで、もう数日かかると踏んだキョウスケは口出しすることを止めた。

 

(……横浜基地は前線ではないようだが、それは油断に繋がりかねないだろう。特に新人なら自身の技術上昇度を実感できる分、自分は強い、自分はできるという錯覚に陥りやすい)

 

 仮に並の練度だとしても、並の部隊内で上位の実力だからと調子づき鬼籍に入っていった敵を、キョウスケは幾らでも知っていた。 

 まだシミュレーター訓練が始まって2日目 ── 実働時間で10時間は超えていないだろう。

 

(早い内に今の自分の力の程度を実感させる機会を設けることも、必要な処置のように思えるな)

 

 キョウスケの考えとは関係なく、まりもから夕呼からの決定事項が伝えられる。

 武たちの乗機 ── 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」と搬入が24日、つまり明日に完了するとの旨の伝達事項だった。

 適性試験からわずか2日。

 あまりの速い納品だとはキョウスケも感じたが、武が未来時間の体験を持っているなら彼と、その部隊を優遇するのは納得できた。

 シミュレーターではなく戦術機さえあれば、キョウスケの考える演習も実現しやすいというものだ。

 だが、

 

(まずは基本だな)

 

 結局キョウスケは、武たちの訓練風景を眺めながら、シミュレーターの操作を行うしかないのだった。

 

 

 

【西暦2001年 11月24日(土) 国連横浜基地】

 

 207訓練小隊の駆る戦術機機動と、その他の戦術機の挙動を見ていて、改めて気付いた事がキョウスケにはあった。

 

 前々から感じていたことだが、機体の動きに無駄があった。

 207訓練小隊のような経験不足からくるものではない。先日の戦闘で見たベテランであるはずの神宮司 まりもの動きでさえ、妙なタイムラグがあったように、長年の経験からキョウスケは感じていた。

 自分の世界の機体とは根本的に違う点が、この世界の戦術機にはあるような気がしてならない。

 

(転倒した)

 

 シミュレーター内容の表示されるモニターで、珠瀬 ── 武曰く「タマ」の乗る戦術機がバランスを崩し転倒した。

 人型機動兵器のバランス制御は、当たり前だが戦車なんかより非常に難しい。慣れない内は転倒することも珍しくない。だが戦術機は人より大きく転倒の際の衝撃も比にならない程大きいため、転んだ際には機体を守るために受け身で衝撃を逃がすことが非常に重要となってくる。

 しかし受け身体勢に入った時の戦術機の動きが不自然だった。

 受け身最優先。

 例え倒れながらでも突撃砲を放てば敵を100%撃破できる体勢でも、戦術機は100%完璧な受け身を取るのだ。

 

(なぜ、受け身よりも発砲を優先しない? いや、発砲しながら受け身を取れないのか? 機体とパイロットの安全が最優先……そう言ってしまえばそれまでだが……妙だ……なんというか、PTよりは柔軟さに欠ける)

 

 まるで、特定動作に入ると機体がパイロットの指示の受け付けなくなるような……そんな感覚。

 キョウスケは戦術機に搭乗したことがない。

 乗ったことのない物を推測で語るのも馬鹿のような話だが、パイロットではなく機体側に問題があるような気がして、キョウスケにはならなかった。

 キョウスケはまりもに進言することはしない。新人の機動を見ての批判など、技量不足の一言で片づけられるのが目に見えていたからだ。

 それに今日は武たち207訓練小隊の練習機 ── 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」の納入される日だった。嫌がおうにも訓練意欲が刺激される日に、水を差すような真似はあまりしたくなかった。

 

「……おっ、やっぱ武御雷来てんだな……」

 

 207訓練小隊が自分たちに配備された「吹雪」に感激している中、武が呟いた言葉をキョウスケは聞き逃さなかった。

 武御雷 ── そう呼ばれてた機体は、アルトアイゼンとは違う異質な空気を纏ってハンガーに安置されていた。

 紫色の細身な機体だったが、目を惹かれる何かがそれには宿っている。それが何かは分からないが、武御雷は特別な存在のようにキョウスケには感じられた。

 

 その後、まりもと「吹雪」搬入後の雑務をこなすキョウスケ。

 その間に、横浜基地に駐留している近衛軍が少し揉めたとのことだった。

 もっとも、その日の残りの訓練時間は、207訓練小隊と「吹雪」のフィッティング作業に全て費やされることになったため、キョウスケが武からその話を聞いたのは、訓練が終了し香月 夕呼の研究室に向かう途中でのことだったのだが ──……

 

 

 

 

     ●

 

 

 

【11月24日(土) 20時23分 国連横浜基地 地下19階 香月 夕呼研究室】

 

「夕呼先生! お願いがあります!」

 

 ノックと共に研究室に入ると、ここ数日の訓練でキョウスケが感じていたことを、武が夕呼に向かって訴えていた。

 武が夕呼に相談した内容は、戦術機の機動を制御するシステム ── OSに関することだった。

 訓練風景を見てキョウスケが感じていた違和感は、実際に操縦している武も同じように感じていたようだ。

 例えば機体の「受け身」。

 一度機体が「受け身」という動作シーケンスに入ってしまうと、終了するまでその他の行動を行えないことが問題だった。

 

(言わば、処理落ちといった所か)

 

 「受け身」は機体を守る動作であるため「しっかりと行わなければならない」。そのため「受け身」だけ硬直時間が顕著に長いのかもしれないが、その他の動作にも同様のことが言えれば、PTより動作の柔軟性が劣っていると感じたキョウスケの勘は正しかったことになる。

 武の説明を聞いた夕呼は答えた。

 

「操縦概念の転換と言う訳ね……」

「そうです! キャンセルとコンボ ── そんな機動が戦術機でもできるようにしたいんです!」

「……コンボ? もう少し詳しく説明してもらえるかしら?」

「つまりですね ──」

 

 自分の考えている操縦概念を、武が夕呼に雄弁に語っていく。

 話を聞くうちにキョウスケは思った。

 

(まるで、リュウセイがやっていたと言う「バーニングPT」のようだな。ゲームのようなコンボやキャンセルと言えば語弊もあるが、必要時のモーション中断や特定の連続的なモーションの構成……PTではそれらの動作は当たり前にできていた。PTと同じ人型である戦術機に同じ動作ができないとは思えないが……)

 

 PTと同じ挙動を可能にする条件は、強度云々は抜きにして戦術機という機体には揃っていると言えるだろう。なら問題はおそらく機体ではなく、ソフト面にある。あるいはハード面 ── OSをインストールしているコンピューターの性能引き上げも必要になるのかもしれない。

 

「ねぇ、南部」

 

 武の説明を一通り聞き終えた夕呼がキョウスケに声を掛けてきた。

 

「白銀の話を聞いて、アンタはどう思ったかしら? アルトアイゼンじゃなく、アンタの居た世界の一般的なPTは、白銀の言うような挙動ができていたの?」

「キャンセルやコンボか? できるぞ。

 コンボに関しても、教導隊の構築したモーションデータをコンバートすれば、機種が同じなら教導隊とまったく同じモーションで連続攻撃を再現できる。そのためのOSは既に世界中に普及していたしな」

 

 TC-OS ── 一般的に全てのPTに採用されているOSで、キョウスケのアルトアイゼンにもこのOSが搭載されていた。

 機体に登録したモーションパターンをコンピューターに蓄積し、パイロットが選択した行動をとるうえで最も適切なモーションパターンを人工知能が選び実行する。登録されるモーションパターンは「教導隊が構築したもの」と「パイロット各員が現場で構築したもの」の大きく2つに別れるが、それら膨大なデータの中から最適化された動作が選択されるため、ある程度の自律稼働が可能となり、マニュアル操作よりパイロットの負担が軽減される……という仕組みだ。

 基本的にモーションパターンは自動で選択されるが、パイロットが任意で特定のモーションを呼び出すことも可能だ。

 一例をあげるなら、教導隊の「カイ・キタムラ」の構築した「空中から蹴りで強襲、直後に背負い投げで敵を空中に投げ飛ばし、その後プラズマステークを叩き込む」という高難易度のモーションすら、データをコンバートしていればボタン1つで再現できる。

 モーションデータと同じ機種さえあれば、新兵だって「カイ・キタムラ」のウルトラCを真似だけは(・・・・・)できるのだ……ターゲットに命中するかどうかは乗り手の技量に左右されるが。

 

「戦場での環境や敵との距離は毎回違ってくると思うけど、どう対処していたのかしら? タイミングの取り方なんかも毎回変わってくると思うけど?」

「ある程度はコンピューターが自動処理してくれるし、教導隊が汎用パターンをある程度構築してくれている。ある程度は、な。それ以上は乗り手次第になってくる。

 加えてアルトのような特殊機は、基本的なモーションデータはあっても、それ以外の特殊な機動はパイロットがマニュアルで登録していく必要がある」

 

 エリアル・クレイモアやランページ・ゴーストのモーションがその良い例だ。

 

「なるほどね。白銀の望む操縦概念の良い手本が、アルトアイゼンには搭載されている、って所かしら」

「じゃあ、俺のアイデアはすぐに実現できるってことですか!?」

 

 夕呼の呟きに武が反応した。

 

「白銀の意見の再現は可能ね。要は並列処理速度と操縦練度の問題ですもの。

 コンピューターを換装し自動処理能力を上げれば、タイミング補正やモーションの中断からの再行動入力なんかは、問題なく行えるようになるはずよ ── ただ」

「ただ! なんですか!?」

 

 武が大声を出した。

 

「なにか問題があるんですか!?」

「ああ、もぅ五月蠅いわねぇ。問題があるのはアンタの方じゃないわ、南部の言っていたOSのことよ」

「俺の? アルトのOSのことか?」

「そうよ。この世界でアンタの世界のOSを再現しようとした場合、ハード面の問題を克服できても、すぐに運用できない理由があるわ。何か分かる?」

 

 夕呼の質問にキョウスケはすぐ合点がいった。

 まずOSの数が足りない。

 そしてモーションデータの量も足りない。

 この2つが十分に揃わなければ、TC-OSの本領は発揮できない。特に撃震や不知火のような量産機は数が多く、全てに新OSを配給し終えるまでには相当時間がかかるだろう。

 さらにモーションデータの構築には莫大な時間を要する。有効なモーションデータ構築のためには、キョウスケの世界の教導隊のような部隊が必要になってくるだろう。

 

「OS、モーションデータ、なにより時間が足りないな。軍全体で運用を開始したければ、少なくとも1年以上はかかると踏んだ方がいいだろう」

「そうね。だから今回は白銀の意見を実践してみようと思うわ。もちろん、南部の意見も後に再現できるようにOSは調整するつもりよ」

「やった! 新OSの開発、夢じゃなさそうですね!」

 

 満面の笑みを浮かべ、武はガッツポーズを取るのだった。

 

 こうして、武の意見「キャンセルとコンボ」を実現させるためのOS作成が決定した。

 訓練後の時間を利用してシュミレーターでバグ取りをした後、武の乗機 ── 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」にOSを搭載し、データ取りを行っていく手筈となる。

 キョウスケにもデータ取り過程を観察、問題点を指摘することに加え、必要時に仮想敵役としてデータ取りに参加する役目が与えられた。

 もっとも、その役が回ってくるのはバグ取りが終了してからになるため、まだ先になりそうだ。

 しばらくはまりもの補佐を続けていく毎日となる。

 

(OSが良い物に仕上がれば、それだけ戦死する兵の数は減るだろう。良い事づくめだ。やり甲斐はありそうだな)

 

 その後、少し夕呼と話があると言う武と別れ、自室へとキョウスケは戻るのだった ──……

 

 

 

 




その3に続きます。

調べて勉強したのですが「XM-3」と「TC-OS」の違いがいまいち分からないです。
だいたい同じ代物のように思えますが、あえて違いを出すために「TC-OS」の方に独自解釈(?)を設けています。

モーションデータ登録⇒呼び出し⇒モーション再現。
という流れは「XM-3」にもあると思います。
他人の構築したモーションデータをコンバート⇒呼び出し⇒他人のモーションを再現(スパロボの乗り換えシステムのイメージ)。
という流れが「TC-OS」にはできると考えて本編書いてます。……たぶん「XM-3」にもできるんでしょうね。イメージ的には「XM-3」が個人のデータを蓄積していく個人向けで、「TC-OS」が個人のデータ以外にも教導隊のデータが広く配布されている集団向け、なイメージを持っています。
両者はほとんど同じもののように思えますが、どうにもしっくり来ませんね。
勉強したつもりですが、明らかにおかしな点があった教えていただけると幸いです。多分、だいたい合っていると思いますけど。

-追記-
質問に回答いただき、OSに関する疑問はほぼ解決しました。
ご協力ありがとうございました。

早くBETAさんを書きたいです。


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第5話 開発、新OS その3

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

「クイ・・ココロセ・・・」

 

 気付けば、キョウスケの周りにパイロットスーツに身を包んだの男たちがつき従っていた。頭部を守るヘルメットの影で表情が分かりづらい。

 キョウスケの歩みにまるで幽鬼のように付いてくる男たち。

 よく見ると全員の目元に、紅い水玉模様のタトゥーが刻まれていた。

 ぼそぼそと、男たちの口が動く。

 

「セセセイジャク・・・・ナル・・セカイ・・・」

「フ、ジュンナル・・セ、イメイ・・」

「クイコロセ・・ショウ、キョ・・・・」

 

 片言の言葉。

 気味の悪い男たちは、次々とPT ── ゲシュペンストに乗り込んでいく。

 身に覚えのない記憶。あまり夢を見ない性質のキョウスケだったが、転移の影響か疲れが貯まっているのか、それで妙な夢を見ているのだろう。

 先頭を行っていた夢の中のキョウスケ。

 彼が何かつぶやき、同時にキョウスケは夢から引き上げられる感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

「全ては静寂なる世界のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇妙な夢……所詮は夢だ。だが気味が悪いぐらいに臨場感に溢れた、夢らしくない夢だった。

 しかし気にしても始まらない。キョウスケは布団を畳み、今日の支度を始めるのだった。

 

 

【西暦2001年 11月27日(火) 11時56分 国連横浜基地 教室】

 

 ここ数日のキョウスケは素直にまりもの指示に従いながら、仕事をこなしていた。プロジェクターやシミュレーターの操作にもだいぶ慣れ、まりもの要求する操作を淀みなく行っていた。

 まりもの腕もかなり回復してきている。まりもの腕が完治するまでの仕事だったが、座学などでは学ぶことも多く、キョウスケは有意義に時間を使えていることに少なからず満足していた。

 

 

 その日の午前中の予定はシミュレーター訓練ではなく、教室での座学となっていた。午後はシミュレーター訓練、そして翌日 ── 28日はとうとう実機を用いた市街地訓練が予定されていると、まりもからスケジュールを聞いている。

 キョウスケは、今日もまりもの補佐でプロジェクターを操作していく。

 大学の講義のように、座学の合間に休憩時間が挟まれ、その後残りの講義が行われる。仕事をこなしながら講義を傍聴する内に、あっという間に午前の座学は終了した。

 

「最後に連絡事項が1つある」

 

 まりもからその伝達事項が207訓練小隊に伝えられたのは、昼休憩に入る直前のことだった。

 

「急な話だが、明日、国連事務次官が当基地を視察することになった」

「え!? あ、明日ですか!?」

 

 何故か、武が焦った様子で声を荒げていた。

 

「そうだが、白銀、何か問題でもあるのか?」

「だ、だって、明日は市街地訓練のはずじゃ……?」

「ん……? なぜ貴様がそれを知っている? まだ伝達はしていないはずだが」

 

 市街地演習の件は207訓練小隊の面々はまだ知らない筈だった。座学終了後、まりもから冥夜と榊に伝達する手はずになっていたが、おそらく武は以前にいた世界での情報からその予定を知っていたのだろう。

 訝しみながらも、まりもは武の質問に答える。

 

「貴様たちがシミュレーター訓練を初めて既に数日、さらに納品された『吹雪』の調整作業もあらかた終了したため、従来のスケジュールを繰り上げ、明日から実機を使用した市街地演習を開始する予定だった。

 だが事務次官来訪が急きょ決定したため、明日は全員基地内待機命令が出て、市街地演習は延期になったと言うわけだ」

「な、なるほど」

 

 深刻そうな表情で頷く武。

 横浜基地は国連所属の筈だから、国連事務次官というと相当な高官であり上官に当たるのは間違いない。しかし視察に来る事務次官が、武のような一介の訓練兵を相手するとは思えない。

 キョウスケには武が焦っている理由が皆目見当もつかなった。

 

「日頃の訓練の成果を見るいい機会だったが、こればかりは仕方がない。伝達事項は以上だ。各自、午後のシミュレーター訓練に遅れないように ── 解散」

「敬礼!」

 

 榊の号令で起立する207訓練小隊の面々。

 着席する彼らを尻目に、キョウスケはプロジェクターの片づけを始めようとしたが、その手を誰かにつかまれた。

 振り返ると、武がキョウスケの手を握っていた。

 

「響介さん! 一緒に来てください!」

「……どうした? 血相変えて」

「いいから! 夕呼先生に呼ばれてるんです!」

 

 武の表情には鬼気迫るものがある。余程の事態が起こっていると見て、間違いなさそうだった。

 その事態にまったく覚えのないキョウスケだったが、まりもに重たい物などは後で必ず整理するから置いておいてくれ、と断りを入れ夕呼の研究室へと急ぐことになった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【12時23分 B19 香月 夕呼の研究室】 

 

「先生! 明日、この基地が吹き飛ぶかもしれません!」

「「はぁ?」」

 

 研究室についた途端、武が口にした文字通りの爆弾発言に、キョウスケと夕呼は首を傾げた。

 横浜基地が吹き飛ぶ。

 かなり広大な敷地を誇る横浜基地を制圧するなら兎も角、吹き飛ばすとなると、MAPW級の広範囲高攻撃力が必要になるのでないだろうか? 

 そもそも爆弾で吹き飛ばす以前に、国連所属の基地が狙われる理由があるのだろうか? BETAのような共通の外敵が居ても、人類が一枚岩のように団結することは難しい。実際、キョウスケの世界でもそうだった。

 横浜基地が何らかの理由で狙われる可能性はゼロでないとしても、この世界の情勢にまだまだ疎いキョウスケには実感が沸かない。

 

(テスラ研じゃあるまいに、軍事施設がそうそう襲撃にあってたまるものか)

 

 キョスウケがそんな事を考えている内に、武は猛然と説明し始めた。

 

「俺、覚えてるんです! 視察が終わった頃、HSST(再突入型駆逐艦)がこの基地目がけて落ちて来るんです! しかも再突入後、加速するようにプラグラムされ、カーゴに爆薬を満載したヤツがですよ!」

「どうしてよ?」

「理由は……分かりませんけど、仕組まれたくさい感じでした」

「……なるほどね」

 

 夕呼は武の説明に理解を示していたが、キョウスケにはいま一つ理解できなかった。おそらく、横浜基地に敵対する組織が取った攻撃手段、と言った所だろう。その程度しか把握できなかった。

 夕呼に被害予測を尋ねられ、武はこう答えた。

 

「搭載された爆薬の威力で、地下4階まで地上施設ごと吹き飛ばされると聞きました。それで防衛基準態勢2が発令されて……でも207訓練小隊にはタマがいたから」

「なるほど。そこで1200mmOTHキャノンの出番、と言う訳ね。白銀が覚えてるってことは、無事にHSSTは撃墜できたようね……面白そうじゃない、ちょっと様子みてみましょうか?」

「ダメですッ!!」

 

 喉笛を噛み切りそうな勢いで武が叫んでいた。

 

 

 2人の話を聞きながら、キョウスケは状況を頭で整理していた。

 武が経験した未来時間では、事務次官視察時に何者かによって爆薬満載のHSSTが横浜基地に投下された。

その時は撃墜に成功して事なきを得た。

 そして、現在も同様の事象が起ころうとしているが、問題はその発生日時にずれが生じている事らしい。

 人類が敗北する未来を変えるため、未来の記憶を使い世界に干渉する白銀 武。武は良い方向に未来を変えるよう行動してきたのだろう。なら、HSSTが降下して来る未来を知っているからこそ、どうにかして問題を未然に防ぎたいと言う訳だ。

 しかし未来を変える事が必ずしもいい結果に繋がるとは限らない。

 特に大きな事件を未然に帳消しすれば、その歪みが何処か余所にしわ寄せとして現れる可能性もある。夕呼はその事を懸念していたようだが、結局、武の説得に折れた。

 

「ま、いいわ。予防できるように根回しはしてみるとしましょう……それにしても不思議よねー、どうしてそんなに急いだのかしら? 

 ……ここを潰して計画の成果物を消せば、予備計画に移る可能性が高くなるのは分かるけど、いよいよ玉砕覚悟で喀什(カシュガル)を攻める決定でもしたのかもね?」

「喀什を攻める……?」

 

 夕呼の言葉に武が首を傾げる。当然、初耳の単語にキョウスケもそれが何を指しているのか理解できない。

 そんなキョウスケたちを見かねたのか、夕呼は研究室のパソコンにある画像を表示した。世界地図に01から22までの番号の付いた赤い点が振られている。その大半がユーラシア大陸にあり、日本にも21と22と書かれた点があった。

 夕呼は、その中でも一際大きい光点を指さした。大きく「01」と書かれている。

 

「ほらここ、喀什には『甲1号目標』 ── 国連名称『オリジナルハイヴ』があるでしょ?」

「なるほど。敵の本丸を攻める、という訳か」

 

 まりもの講義にも出てきた。月から「初めて」地球に降下してきたBETAが作った前線基地 ── ハイヴが喀什にあり、そこを攻めようと言うのだ。

 しかし、それと横浜基地にHSSTを落とすことに何の関係があるのか、キョウスケの中では中々1本の線で繋がらなかった。

 

「だがそれなら横浜基地など攻撃せずに、さっさと敵基地を叩けばいい……おおかた、狙われる理由でもあるのだろう?」

「何よ、人を悪人みたいに。まぁ、あるけどね」

 

 しれっと答える夕呼。

 理由を問い詰めたところで、のらりくらりと躱されるのがオチなので敢えて深くは訊かない。知ったところで、キョウスケにできる事は無いだろう。キョウスケの力が役立つ事例なら、夕呼はとうの昔に情報を開示しているに違いないからだ。

 それはそうと、キョウスケには気になった点が一つあった。

 

「……ところで香月博士、この22番のハイヴだが、この横浜基地から随分と近いな」

「そりゃあそうでしょ。だってここ(・・)ですもの」

「ここ……? ああ、そういうことか」

「ど、どういうことだってばよ?」

 

 察しが悪いのか、理解できないあまり口調が変になる武。とはいえ、キョウスケは元の世界で似たようなケースを経験しているから分かるだけで、気づかない事の方が普通とも言える。

 

「敵の施設を接収、拠点として使いながら敵の情報を研究する……俺たちの世界でもホワイトスターと言う実例があったが、この横浜基地は『22番』のハイヴを改修して使っているという訳か」

「あら、そっちの世界でも似たようなことやっているのね」

「ハイヴ? え、ここが? またまた~、先生も冗談が上手いだから~」

(・・)ハイヴよ。今でもいくつかの機能は生きているわ」

 

 敵のテクノロジーを研究するために、前線基地の機能を完全に停止させる訳にはいかない。夕呼の言っていることは本当だろう。

 夕呼は悪戯好きの子どものような笑みを武に向ける。

 

「寝起きしてた場所が元BETAの巣だって知って、ビックリした?」

「え、ええ、まぁ」

「でも安心して。この基地は安全だし、その基地をむざむざ破壊されたりはしないわ。HSSTの落下も必ず阻止して見せるから、アンタは今まで通り励んでくれればいいの」

「はい! 夕呼先生、よろしくお願いします!」

 

 HSSTの落下 ── 未然に防ぐに越したことはない。

 だが一介の訓練生や兵士ではどうしようもない。結局は夕呼頼みだった。

 後の事は全て夕呼に任せることにして、キョウスケと武は敬礼をして部屋を出ようとする。

 

「あ、南部」

 

 その時、夕呼がキョウスケに声をかけてきた。

 

「午後の仕事が終わってからでいいから、戦術機ハンガーに顔を出してもらえるかしら?」

「ああ、了解した。だが一体何の用だ?」

「ま、ちょっとしたサプライズって奴かしら」

 

 サプライズなら俺に言ってはダメだろう。と内心ツッコミを入れてしまったキョウスケだったが、話し込んで昼休憩の時間を大分使ってしまったため、まりもの元へ急いで戻ることにした。

 午後のシミュレーター訓練も滞りなく終了し、武は207訓練小隊の仲間と共にPXへ、キョウスケは仕事の整理を終わらせて戦術機ハンガーへと向かうのだった。

 

  

 

      ●

 

 

 

【20時34分 国連横浜基地 戦術機ハンガー 最奥部】

 

 夕呼が待っていると整備員に案内され、キョウスケは戦術機ハンガーの最奥へと通された。

 

 そこは不知火やアルトアイゼンが格納されているスペースからかなり離れており、周囲には戦術機の影はなかった。代わりに多くの整備員と、物資運搬用や作業用の重機が沢山目に入ってくる。

 その最奥スペースは例えるなら工場現場。機体を安置しておくための場所と言うよりは、何かを建造しているような印象を受ける。

 そんなスペースの中央で夕呼は待っていた。何故か、夕呼子飼いの特殊部隊「A-01」の隊長 ── 伊隅 みちるも同席している。

 

「あら、遅かったわね」と夕呼。

「南部、久しぶりだな。元気にしていたか?」とみちる。

「データの整理に時間がかかってしまってな。伊隅大尉も、先日の演習では世話になりました」とキョウスケ。

 

 呼び出しをかけた夕呼は兎も角、みちるがハンガーに居る理由がキョウスケには分からなかった。軽く挨拶を済ませたあと、キョウスケは夕呼に訊く。

 

「俺を呼び出した要件とは一体……?」

「ちょっとね、前々から作ってた物が完成したから、アンタにも見てもらおうと思って」

「完成? ハンガーにあるということは、新型の戦術機ということか?」

「そうよ。ただし、この香月 夕呼印のスペシャル仕様機よ。アルトアイゼンのデータベースや機体から得た技術や新素材も全部詰め込んみた。ちなみに搭乗予定の衛士は、アンタに機体を半壊させられて乗機のなくなった伊隅が勤めるわ」

「お披露目ということで私も呼ばれたんだ」

 

 なるほど、とキョウスケは頷いた。

 専任パイロットが自分の乗機を見に来る。別に珍しい事ではない。

 薄暗いハンガーの最奥部に細身の機影が見えた。シルエットから判断して不知火の系譜のようだが、ただ暗すぎて、微妙な違いが良く分からなかった。

 

「じゃあ、ライトアップ」

 

 夕呼が指を弾くと、待機していた整備員が証明のスイッチを入れた。

 足元から大型のライトの光が伸び、機体の全貌が露わになる。

 

「こ、これは ──」

 

 キョウスケは絶句した。

 倒れぬよう拘束具で固定されている機体……その見た目は確かに戦術機だった。

 ただし激震とは違うシャープなボディーラインをしている。それは不知火の系統の機体である証拠だろうが、相当改修されたのか、外見のイメージは大分変っていた。

 不知火より装甲が削られさらに細くなり、加えて肩部もある程度の装甲を残しながらスラスターノズルが内蔵されていた。また細身に不釣り合いな大型跳躍ユニットが装備され、背部に不知火にはない追加スラスターがあり、機動力を重視した機体であることが見て取れる。

 何より、キョウスケが驚いたのは、その機体の色だった。

 青や灰色のカラーリングが多い戦術機の中で、一際異彩を放つ配色 ── 純白(・・)で全身を染め上げられていた。

 目の前の戦術機と瓜二つの機体を、キョウスケはよく知っていた。

 

「── ヴァイスリッター」

「そう、ヴァイスリッター。アルトアイゼンのデータベースに登録されていたその機体データを元に、最新鋭の技術と新素材を使って再現したわ」

 

 驚いているキョウスケに夕呼が饒舌に話し始めた。

 

「この機体のベースにしたのは不知火壱型丙よ。

 アルトアイゼンの装甲素材を参考に開発した新素材でフレーム、装甲を一新しているから、改修というより最早新造したと言ってもいいわね。新素材の恩恵でフレームと装甲の強度は飛躍的に増したから、その分装甲を削って重量を落としてあるわ。もちろん、最低限の機体強度は確保してあるから、不知火と同等程度の耐久力は持っている。

 さらに機動力を増すために改造した最新鋭の跳躍ユニットに加え、背部スラスター、各部にバーニアを増設してあるわ。量産は効かないけど、推進剤も独自に改良した燃焼効率の良いものに代えてあるから、航続距離や稼働時間も長くなっていて、壱型丙の欠点だった燃費の悪さも、とある計画のデータを流用した電力消費効率の良いパーツに全て交換してある程度解決してるわ。

 またOSはまだ新型ではないけれど、新OSインストール予定の高性能CPUに換装してあるから即応性はかなり向上。

 武装に関しては試作01式電磁投射砲、左腕内臓式の短銃身3連突撃砲を装備。遠距離は電磁投射砲、近接格闘は3連突撃砲の速射力で殲滅力を向上させてあるわ。

 頭部モジュールはまだそのままだけど、その内改造しようかしら?」

 

 早口で語られる夕呼の言葉を要約すると、この世界版ヴァイスリッターを作ってみたということだった。

 今にして思えば、まりもとの実戦演習で出てきた「不知火壱型丙」は、電磁投射砲の試射を兼ねた、この機体開発のためのテストケースだったのかもしれない。

 他にも細々したパーツの解説を続けていたが、じきに満足したのか、夕呼は満面の笑みで宣言する。

 

「これぞ不知火壱型丙香月 夕呼スペシャル改 ── 名付けて、不知火・白銀(しろがね)よ!」

「不知火・白銀か。まるで武の専用機のような名前だな」

「衛士を務めるのは私なんですけどね」

 

 未来時間を生きた武の実力は既に相当なレベルに達しているだろうが、総合力ではまだまだみちるには及ばないだろう。

 それに一介の訓練兵より、特殊部隊の隊長がテストパイロットを務める方が自然だ。みちるが専任衛士に選ばれたのは当然だと、キョウスケには思えた。

 

「しかしヴァイスリッターを模したということは、欠点も同様なのだろうな」

「まぁね。でも加速力が相当上がっているから、他の機体より大分アルトアイゼンに追従して行けると思うわ。2機連携(エレメント)を取れる機体が1機もいないんじゃ、戦場での運用がしにくいでしょう」

「香月博士、まさかそのつもりでコイツを……?」

「そうよ。でも加速力が上がった影響で衛士への負担が倍増しちゃうのよねぇ。開発期間が短いからアラはこれから沢山出てくるでしょうけど、ま、耐G対策も合わせておいおい考えていくわ」

 

 問題はまだまだ山積みね、と呟く夕呼だったが、達成感はあるのか良い顔で笑っている。

 不知火・白銀は、ヴァイスリッターとまったく同じカラーリングを施されている。遠目に見れば本物と見間違えそうな程に瓜二つだった。ただ実物を身近で見続けてきたキョウスケには、まだまだ装甲が厚すぎる印象を受けた。

 しかし不知火・白銀も、87式突撃砲で容易に貫通できそうなレベルで装甲は薄い。こうして考えると、ヴァイスリッターが異常だったのだとよく分かる。

 

「さてと、じゃあお披露目はこの位にしましょうか?」

 

 夕呼が手を叩いて、仕切り直す。

 

「今後の予定を伝えるわ。もう大分まりもの怪我も良くなっているみたいだし、南部は明日からアルトアイゼンで不知火・白銀との連携訓練を行ってちょうだい。新OSの仮想敵役をお願いする時は、そっちを優先してお願いね」

「了解した」

「伊隅もA-01の訓練はある程度速瀬に任せて、不知火・白銀の実動データ取りをお願いするわ」

「はっ、了解です」

 

 結局、この日は不知火・白銀を起動することなく、これで解散となった。

 異世界の技術で作られたヴァイスリッター。相方のエクセレンが見たら、どう反応するのだろう? きっとビルトファルケンの時と同じように、新しい妹ができたと言って満面の笑みで喜ぶのだろう。

 郷愁の念を覚えながら、キョウスケは自室に戻り休むことにしたのだった ──……

 

 

 

 




その4で最後で第5話は終了の予定です。


《本作オリジナル戦術機 紹介》

名称:不知火壱型丙香月 夕呼スペシャル改 ── 通称「不知火・白銀」
   アルトアイゼンのデータベースに登録されていた「ヴァイスリッター」を再現し、得たデータから今後の技術革新につなげる目的で香月 夕呼が建造。ちなみにキョウスケが転移してきた翌日から、データベースを閲覧した夕呼の指示で建造が開始されている。今後、アルトアイゼンを運用する際のエレメントが必要と考えた結果でもある。
主機:不知火壱型丙と同種の物を改良し使用
跳躍ユニットエンジンおよび推進機材:ジネラルエレクトロニクス製F-140エンジンの改造型。また背部の兵装担架システムは完全排除し、背部大型スラスターを装備(ウェポンラックは一応ある)、機体各所に姿勢制御用のスラスターも数か所増設している。肩部に不知火・弐型と同様のスラスターノズルを装備。
装甲・フレーム素材:アルトアイゼンの装甲材を解析し再現した新素材を使用。完全な解析はできなかったため、強度面ではオリジナルにかなり劣るが、不知火に使用されている従来品より比重に対する強度が高い。
OS:開発中の新OSをインストール予定の高性能CPUを搭載。現在のOSはまだ従来品を使用。
その他パーツ:夕呼が秘密裏に入手したXFJ計画のデータから、不知火・弐型と同様の電力消費の少ないパーツを入手し使用。
武装:
 ・試作01式電磁投射砲
   不知火壱型丙香月 夕呼スペシャルが使用した物と同じ。交換用砲塔カードリッジ、交換用弾倉あり。機体同様、新素材を使用しているため軽量ながら強度はかなり高く、一応殴打武器としても使用可能だが、良い子はこれでBETAを殴ったりしてはいけない。
 ・左腕内蔵型3連突撃砲
   内蔵された3つの砲門から、36mm徹甲弾を87式突撃砲同様に撃ち出す。砲身が3倍に増えているため速射力・殲滅力は87式突撃砲より高いが、弾切れ時の補充は整備を受けなければ行えないことが欠点。試作01式電磁投射砲の取り回しが考慮し、ヴァイスリッター同様右腕部に装備されていない。
欠点:開発期間が短くマシントラブルが起こる可能性が非常に高い。
   耐久力は決して高くなく、不知火と同程度かそれ以下。
   機動力・加速力は大幅に向上したが、その分衛士にかかる負担も増加している。加速度病対策に衛士に投薬が必要ではないかとも考慮されている。 
   ワンオフ機であり、整備性は不知火より圧倒的に劣る。
   とても高価(実はキョウスケの借金はこれの開発費に当てられていたりする)

機体名候補は「不知火・白騎士」とか「不知火・白夜叉」とか考えてましたが、響きが良いので「不知火・白銀」に決定。
響きは良いんだけど、「不知火・白銀」と書くのが正しいのか、「不知火白銀」と書くのが正しいのか微妙。たぶん「不知火・白銀」と書いて間違いないとは思いますが。


安西先生……BETAさんが書きたいです。


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第5話 開発、新OS その4

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

 地獄。

 死屍累々。

 阿鼻叫喚。

 一体どれだけ苦心すれば、目の前に広がっている光景を他人に克明に伝えられるだろうか?

 それに伝えられた所で何の意味があるだろうか? 

 これは夢だ。

 所詮は夢だ。

 それでもキョウスケは、声を大にして叫びたかった。

 

 地獄すらも生ぬるい ── キョウスケには間違いなくそう感じることのできる光景が、夢の中で広がっていると言う事を。

 

 無限に広がる荒野に、無数の亡霊 ── ゲシュペンストの残骸が転がっている。それは昨晩の夢でみた、紅い水玉のタトゥーを入れていた男たちが乗り込んだ機体だった。

 硝煙と、鉄と血と肉が焦げる匂いが立ち込めている。

 だが、それだけなら良い。

 そう、それだけだったならまだ良い。

 キョウスケにとって耐えがたかった光景は、亡霊たちの死骸の山ではなく…………見慣れた仲間たちの死骸を直視することだった。

 

 様々な機体が大破して転がっている。

 ビルトビルガー……ビルトファルケン……ジガンスクードにダイゼンガー…………およそ、ハガネとヒリュウ改に所属していた全ての機体が無残な姿に変わり果て、キョウスケの目の前に横たわっている。

 

『な、なんでだ!? 何故、あんたがこんなことを!?』

 

 その強さ故に最後まで残ってしまったマシンから、聞き覚えのある声が響いてきた。

 四肢を捥がれ、フェイスシールドを破壊された鋼の巨神 ── SRXが、キョウスケの目の前に倒れている。聞こえてくるのはSRXメインパイロットのリュウセイ・ダテの声だった。

 同乗しているはずのライディース・F・ブランシュタインとアヤ・コバヤシの声は聞こえない。

 戦闘不能状態に陥っているSRXの前に、夢の中のキョウスケは立っていた。

 アルトアイゼンを駆り、機人のオイルにまみれた右腕部のパイルバンカーを構えている。切っ先はSRXのコクピットに突き付けられていた。

 

(止めろ……)

 

 所詮は夢だ。キョウスケの声は夢の中の自分には伝わらない。

 殺した。

 全員、殺した。

 夢の中のキョウスケは仲間を全て、自分の手に掛け ── (みなごろし)にした。

 全員だ。アラドもゼオラもタスクもゼンガーも、全員、全員……キョウスケが殺した。

 

「全ては静寂なる世界のために」

 

 夢の中のキョウスケは意味の分からない事を口走りながら、コクピット内でトリガーにかけた指を引く。

 撃鉄が下がり、切っ先が撃ち出され、SRXの胴体に巨大な風穴が空く。

 数秒後、SRXは完全に沈黙し崩れ落ちた。

 

(止めてくれぇーー!!)

「喰い殺す、不完全なる生命は ──……

 

 

 

 

 ……── そこで夢は醒めた。

 所詮は夢だ。

 例え気味の悪いリアルさを伴っていたとしても、悪夢はいつか醒め、現実の生活を送るうちに薄れていく。

 最悪な気分で目覚めたキョウスケだったが、今日は国連事務次官が横浜基地に訪問する日だったことを思い出し、気持ちを切り替え支度を始めるのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【西暦2001年 11月28日(水) 9時15分 国連横浜基地 戦術機ハンガー】

 

 午前9時という朝早い時間に、国連事務次官は横浜基地を来訪してきた。

 

「国連事務次官 ── 珠瀬 玄丞斎殿、当横浜基地にようこそいらっしゃいました」

「香月博士、こちらこそ急な視察になってしまい申し訳ありません。今日以外の日で都合がつかなかったものでしてな」

「構いませんわ、事務次官。さ、こちらが案内役を務めさせていただく神宮司 まりも軍曹ら2名です。事務次官の要望通り、例の部隊の教導官を務めている彼女たちを案内役に抜擢しましたわ」

 

 夕呼が国連事務次官 ── 珠瀬 玄丞斎にまりもとキョウスケを紹介した。

 これは昨晩聞いたことだが、珠瀬 玄丞斎は207訓練小隊の珠瀬 壬姫の父親であるらしい。タマのいる部隊の教育係に案内を頼みたいと玄丞斎直々の希望があり、まりもに白羽の矢が立ったという訳だ。

 当然、案内は横浜基地を熟知しているまりもが行う。まりもの怪我はほぼ完治していたが、短期間ながら207訓練小隊の指導の補佐を行っていたという理由から、キョウスケも同伴することとなっていた。

 

「そうかね。では神宮司軍曹、案内をよろしく頼むよ」

「はっ、お任せください事務次官殿!」

「うんうん、タマの言っていた通り、しっかり者の美人さんだなぁ。そして隣の男性は ── ああ、例の借金王(シャッキング) ── こほんっ」

 

 玄丞斎がワザとらしく咳払いをした。キョウスケイヤーは地獄耳。玄丞斎 ── いやタマパパが口走った単語を聞き逃したりはしない。

 

「まぁ、あれだ。若い身空で君も大変だねぇ。まっとうに働いていればいつか何とかなるから、間違っても賭け事なんかに手を出すんじゃないよ?」

「はっ、精進いたします!」

「では案内をよろしく頼むとするかな」

 

 タマパパに敬礼と共に返答し、まりもと横浜基地内の案内を始めることになった。

 しかし親子揃って借金持ち扱いされるとは、血は争えないということなのだろうか……というより、タマパパはどうやって情報を入手したのだろうか? 十中八九、情報源(ソース)はタマに違いないだろうが、借金王というありもしない妙な2つ名を父親に伝えているあたり、正確な情報を伝えているのかも怪しい。ネジ曲がった情報がタマパパに伝わっているような気がしてならないキョウスケだった。

 夕呼と別れ、まりもとタマパパが並んで歩き、キョウスケはその後を付いて行く。

 

 閑話休題。

 

 タマパパが最初に視察を望んだ場所は、意外にも戦術機ハンガーだった。

 

「うむ。しっかり整備されているのか、誤作動が起きそうにないか、安全なのか、その辺りを見てみようと思いましてな」

 

 兵器である戦術機が安全な代物であるはずがない。

 タマパパの言葉尻には、自分の娘が乗り込む機体はちゃんとした代物なのだろうな、という親心が隠れているような気がしてならない。もっとも、子どもの心配をしない親はいない。仮に戦術機を自転車や自動車に置き換えてみても、子どもの乗り物が安全か確認したくなるのが親の性というものだ。

 

(親バカ、ということにしておくか)

 

 国連事務次官。雲の上の身分の人物でも自分と同じ人間なのだと、心に温かいモノを感じながらキョウスケは案内に追従する。

 

「事務次官、これが207訓練小隊の乗る97式戦術歩行高等練習機『吹雪』です」

「ほう、立派な物じゃないか」

 

 吹雪が格納されているスペースに到着し、まりもの言葉にタマパパが満足気に頷いた。

 

「しかし君、これはちゃんと動くのかね?」

「勿論です。調整作業も終了し、近日中には市街地演習を開始する予定になっています」

「そうかね、まぁ、折角の新兵だ。怪我させて再起不能にだけはせぬようにな」

「はっ、心得ております!」

 

 まりもが凛とした声で返答した。

 タマパパは品定めするように吹雪を見つめながら、まりもに声を掛けてくる。

 

「ところで君、例の部隊であの子は上手くやっているのかね?」

「あの子……はっ、能力は申し分なく、特に狙撃に関しましては隊内に右に出る者がいない実力です」

「うんうん、そうだろうそうだろう。そりゃあ分隊長も任される訳だ」

 

 分隊長? キョウスケはタマパパが勘違いしているように思えた。

 207訓練小隊の分隊長は榊 千鶴だ。タマは小隊の一隊員に過ぎない。

 勘違いしているのなら、事実をタマパパに伝えた方が良いだろう。

 

「珠瀬は分隊長では ────

 

 

── その時、キョウスケの声をかき消すように、大音量で警報が鳴り響いた。

 

 

 耳を劈く高音の音波で、戦術機ハンガー内はざわめき、騒然となる。

 警報に続いて、女性士官のアナウンスが入る。

 

『総員に通達。非常事態発生、当基地はこれより防衛基準態勢2に移行する。各員持ち場にて待機せよ。繰り返す、当基地はこれより防衛基準態勢2に移行する ──』

「何事かね、これは!?」

 

 タマパパの声が荒ぶる。

 直後、まりもの持っていた通信機に呼び出し音が鳴った。

 

「香月博士! これは一体何事ですか!?」

 

 通信相手は夕呼のようだった。

 警報が鳴り響く中、まりもは夕呼としばらく会話を続ける。

 

「え……!? そんな馬鹿な!? あれからまだ1か月(・・・)も経っていないのですよ!? ………………分かりました。事務次官を司令部にお連れした後、私は207訓練小隊と合流します。南部中尉は…………ええ、了解しました」

 

「君、これは何事か説明したまえ!」

 

 通信を終えたまりもにタマパパが噛み付いた。

 

「事務次官、詳細は司令部で香月博士がするそうです。案内します。どうぞこちらへ」

「う、うむ」

「南部中尉には香月博士からの伝言があります」

「ああ、言ってくれ」

 

 険しい表情でまりもが言う。

 

「有事の時が来た。説明していた通り、ブリーフィングルームに向かい彼女たち(・・・・)と合流しなさい……だ、そうよ」

「穏やかではないな。了解した、ブリーフィングルームへ向かう。軍曹は事務次官を頼む」

 

 互いに頷きあうと、キョウスケはまりもと別れ、戦術機ハンガーを後にした。

 目指すはブリーフィングルーム ── 伊隅 みちる率いる特殊部隊「A-01」の元へキョウスケは走るのだった ──……

 

 

 

 

 

 




第6話に続きます


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第6話 赤い衝撃

<注意事項>
この話は原作にないオリジナル展開です。



 

 

 けたたましい警報は鳴りやんだが、基地内は慌ただしさを増していく。

 戦術機ハンガーでも整備兵が走り回り、罵声が飛び交っていた。

 非常事態の内容をキョウスケは知らなかったが、それだけの大事が起きていることは間違いない。

 

(できれば、こちらの世界の戦争に介入したくはなかったが……)

 

 キョウスケという楔により、この世界が本来歩むべき未来が狂ってしまうかもしれない。

 いや、あるいは既に……そこでキョウスケは考えることを止めた。

 起こってしまった以上、対処はしなくてはならない。

 元の世界に帰るまで、この世界で生き延びるために。

 キョウスケは戦術機ハンガーから飛び出していく ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第6話 赤い衝撃

 

 

 

【西暦2001年 11月28日(水) 10時22分 国連横浜基地 ブリーフィングルーム】

 

 ……── 横浜基地に防衛基準態勢(デフコン)2が発令されてから10分程後、キョウスケは走り続け、目的の場所に辿りついていた。

 

 基地と名がつく以上、横浜基地には戦うために必要な環境はすべて整っている。

 ブリーフィングルーム ── 俗に言う作戦会議室も当然用意されており、現在発生している非常事態に対する処置が検討されているはずだった。

 はず、というのも妙な話だが、キョウスケはこの世界に転移してから一度も出撃したことがない。状況説明から作戦概要、部隊布陣の確認……自分の世界で行われていたそれと似た展開になるとは思っているが、何分、経験が無いので断言ができなかった。 

 

「失礼する」

 

 弾む息に乗せて言葉を吐き出すと、キョウスケは自動扉を潜ってブリーフィングルームに足を踏み入れた。

 正面には多目的スクリーンが設置され、それに向かうように個人用のデスクが多数置かれ、横浜基地の制服を着た女性たちが座っていた。

 人数は8人。総じて若い。中には武たちと同年代に見える少女の姿もちらほらと見受けられた。

 

「ちょっと、部外者は立ち入り禁止よ!」

 

 水色の髪をした気の強そうな女性が、キョウスケを怒鳴りつけて来た。

 おそらく、横浜基地の制服ではなく、愛用の赤いジャケットを着込んだキョウスケを見て余所者だと思ったのだろう。あるいは防衛基準態勢2の発令で気が立っているのかもしれない。

 防衛基準態勢2 ── キョウスケの世界で言うなら、第2種戦闘配置に該当する。いわゆる戦闘準備中の事を指し、いつ臨戦態勢に移行しても対応できる状態だった。

 気が荒くなるのも無理はない。

 

「落ち着け。俺は香月博士の命令でここへ来た、それより伊隅大尉は何処にいる?」

「大尉はもうすぐ来られるわよ! ……って、あれ? アンタって確か……」

 

 今にも掴みかかってきそうな勢いだったが、女性は何かを思い出すかのように手を顎に当て、思い出したのか、これまた手拍子を打ってこう言った。

 

「アンタ、確か南部 響介でしょ? あの赤い戦術機乗りの」

「そうだが……すまんが、何処かで会ったことがあったか?」

「ちょっと! いくら顔合わせしてないからって、それは酷くない! 1週間前に模擬戦やったじゃないの!」

「模擬戦……?」

 

 忘れたくても忘れられない。

 女性が言っているのは、キョウスケが目覚めた翌日、アルトアイゼンの長所を全て封じる設定で行われた廃墟ビル群で実施した模擬戦のことだ。

 仮想敵部隊(アグレッサー)は2機の不知火だった。

 1機はA-01隊長の伊隅 みちるが搭乗していた。

 もう1機は、相手の数を減らすために、速攻でキョウスケが仕留めてそれきりだったことを思い出す。

 

「思い出したみたいね」

 

 女性はやはりあの時の不知火に乗っていた衛士らしく、忌々しそうにキョウスケをねめつけていた。不意打ちでかたを付けてしまったため、もしかしたら根に持っているのかもしれない。

 

「私の名前は速瀬 水月。コールサインはヴァルキリー2、あの時は非常識な手でよくもやってくれたわね。ビルの壁を突き破ってくるなんて、ホント、信じられない……!」

「そうか? 戦場で不意打ちなど、別に珍しくもないだろう」

「既存の戦術機であんな芸当できる訳ないでしょう!」

 

 速瀬と名乗った女性は言うように、不知火の耐久力では高速でビルにぶつかれば、ビルを抜けることができても機体コンディションに悪影響が出かねない。

 故にあの奇襲は堅牢なアルトアイゼンならではモノと言えなくもないが、今はそんなことはどうでも良かった。

 

「俺は香月博士の命で『A-01』に臨時編成されることになった南部 響介だ。よろしく頼む」

「なっ? 大尉が言っていた補充要員って、アンタの事だったの!?」

「ああ、そのようだな。では、大尉が来るまで待たせてもらうぞ」

 

 キョウスケはデスクに座りみちるを待つことにした。すれ違いざまに速瀬の階級章を確認した。階級は中尉、キョウスケと同じ権限を持っているのが分かる。

 座る前に残りの面々の階級章を一瞥したが、キョウスケと速瀬以外に中尉は1人居るだけで、他は全て少尉だった。

 武と同年代と感じた少女たちは全て少尉で、任官してから左程間が経っていないように思えた。

 

 数分経過して、みちるが1人の女性士官(階級は中尉)を伴ってブリーフィングルームにやって来た。

 

「全員揃っているな。これより状況を説明するが、その前に伝達事項が1つある」

 

 みちるがキョウスケに視線を向けてきた。

 暗に起立しろ、と言われていると察したキョウスケは、椅子から腰を上げる。ブリーフィングルーム内の視線が全てキョウスケに向けられた。

 

「彼の名前は南部 響介。本作戦より我が部隊に臨時編成されることになった、近接戦闘のエキスパートだ。ハンガーにある見慣れない赤い戦術機、皆も見覚えがあるだろう? 彼はその戦術機の専任衛士だ」

「南部 響介だ。改めてよろしく頼む」

 

 みちるの説明に室内の隊員たちがざわめく。あの戦術機の……いかつい肩した奴だよね……ああ、あの赤い一本角の……隊員たちは口ぐちに感想をもらす。

 しかし速瀬だけは反応せず、

 

「静かにしろ! 大尉のお言葉の最中だぞ!」

 

 と隊員たちを一喝。途端に騒ぎ始めていた空気が、しん、と静まり返る。

 みちるは咳払いをして続けた。

 

「見ての通り彼の階級は中尉だ。コールサインはヴァルキリー0、最少戦闘単位時(エレメント)は私と組むが、それ以外の時の配置(ポジション)突撃前衛(ストーム・バンガード)だ。速瀬、よろしく頼むぞ」

「はっ!」

「では涼宮中尉、頼む」

 

 速瀬が間髪入れずに返答を返し、みちるは連れて来た女性士官に指示して、前方スクリーンに戦術情報を表示させた。どうやら涼宮と呼ばれた女性は情報士官か何からしい。

 スクリーンには佐渡島から、横浜近辺まで写っている日本地図が表示された。

 

「状況を説明します」

 

 涼宮が機器を操作すると、地図に色分けされたラインと文字、戦力単位が表示される。

 佐渡賀島と新潟の海岸線の間に「第一次防衛線」と明記されたブルーラインが引かれ、陸地に「第二次防衛線」と書かれたイエローライン、さらに内陸に「北関東絶対防衛線」と目を引く文字とレッドラインが引かれていた。

 H21と表記された佐渡島の光点から、太い赤色の矢印が新潟へと伸びていた。

 涼宮が画面の操作を続けながら、続ける。

 

「本日0750、佐渡島ハイヴから出現したBETAの大規模集団が海底を南下、帝国海軍が防衛する海防ラインを突破した敵は、同0818、新潟へと上陸し帝国軍第12師団と接敵しました」

 

 赤い矢印がブルーラインを越え、新潟で中隊規模で表示されている三角マークと接触していた。

 まりもの講義でBETAは海底を進軍するのは知っていたが、中々の進撃速度だった。まるで海軍の迎撃がほとんど通用していないように思える。

 

「ですが海軍、12師団共に11月11日のBETAの新潟上陸での補充がまだ不十分であったため、第12師団は敵の約4分の3を残し壊滅。BETAの物量と増援の遅れから戦線が瓦解 ──」

 

 赤い矢印 ── BETA群と接触していたマークが消え、イエローラインを越えていた。各基地から出撃したと思われる増援が、BETA群を追撃する形を取っている。 

 自分が発見されたという11月11日に発生したBETAの大規模侵攻。それは武の経験から予め防衛線を張っていたため、水際で抑え込めたと聞いていたが、その分大量の弾薬を消費したに違いない。

 特に海底侵攻するBETAへの爆雷攻撃は、侵攻ライン上に戦艦を配置できた分、十分に行われた事は予想に難しくない。おそらく、海防ラインを易々と越えられたのも艦隊の配置が遅れたことに加え、弾薬の消耗が大きな一因になっているだろう。

 

「── 残りBETA群は散開し内陸部に侵攻、帝国軍第14師団の追走間に合わずこれをロスト。そして10分ほど前、分散していたBETAが再集結し、八海山の北西10kmの地点に到達しました。このまま侵攻を許せば、絶対防衛線を越えてくるのはほぼ確実です」

 

 画面上でBETAは絶対防衛線 ── レッドラインの目前に迫っていた。

 各部隊がBETAの鼻先を押さえようとしていたが、戦力を4分の3残し、勢いがそのままなら確実に防衛線は突破されるだろう。

 画面に表示されている戦力だけでは、今回のBETAの侵攻を阻止するには戦力不足なのが目に見えていた。

 

「戦線の維持が困難と判断した帝国軍政府は国連軍に支援を要請、当方はこれを受託、出撃の運びとなりました。現在、帝国軍は第二次防衛線 ── 越後山脈を越えたBETA群を関東山地側に誘導しようと苦心しています」

(山地側……何故だ?)

「山地周辺にある盆地にBETAを足止めすることが、今回の作戦の第一目標となります」

 

 足止め。その言葉にキョウスケは疑問を感じた。なぜ、殲滅ではないのか、と。

 答えはすぐに画面に表示された。

 各基地からMLRS(マルス)部隊と表示された多数のアイコンが表示されたからだ。作戦概要が涼宮の口から伝えられる。

 

「帝国軍は、盆地で足止めしたBETA群に対し、近隣基地からの大規模MLRS群を使った飽和射撃による殲滅を想定しています。最悪の場合、リスクを承知した上での空爆も辞さない、とのことです」

 

 再び、室内がざわめきだした。

 multiple() launch() rocket() system() ── 多連装ロケットシステムは、長射程を誇るロケット弾を自走する戦闘車から撃ち出し、目標を撃破するための攻撃手段だ。一般的に大型のロケット弾が発射され、敵に近づいた時点で内包された子爆弾を地上にばら撒くモノが多い。

 長年BETAと戦ってきた世界のMLRSだ。BETAに打撃を与えることのできる兵器に仕上がっているのは疑う余地もないが、MLRSは非常に高価かつ広範囲を焼き払うため、あまり好んで使われる代物ではない。

 しかも飽和射撃ということは、攻撃範囲が一定範囲を埋め尽くすように、必要以上の弾薬をばら撒き続けることを意味する。キョウスケの世界の兵器で例えるならMAPWの連続爆撃ような物だった。

 

(帝国軍と国連軍の戦術機を結集し、支援砲撃を交えながらでも殲滅できるのではないか?)

 

 キョウスケの疑問は、速瀬が代わりに訊いていた。

 

「質問があります。足止めし、支援砲撃を交えて漸減して増援を待てば、殲滅も可能なはずです。国土を焼き払う必要があるのですか?」

「残念ながらな。あるんだ、今回は」

 

 速瀬の質問に答えたのは涼宮ではなく、隊長であるみちるだった。

 みちるの返答に何かを察したのか、速瀬の顔色が濁った。

 

「……大尉、まさか?」

「ああ、そうだ。衛星映像でBETA群の中に光線(レーザー)級の存在が確認された」

 

 光線級。その単語に部隊内が騒然となる。

 

「そんな! 前回の(・・・)新潟上陸時にはいなかったじゃないですか!?」

「どなるな速瀬。BETAの行動は予測不能だ。前回光線級を投入せず、今回投入してきた理由など、所詮BETAにしか分からないさ」

「そ、それはそうですけど……」

「兎に角、衛星映像で少なくとも100単位の群れが、5つは確認された。要するにだ、中途半端な支援砲撃など、全て撃ち落とされてしまうということさ。

 援護が全て無力化される中、この規模のBETA群を戦術機だけで完全に足止めし続け、尚且つ殲滅するなど希望的観測と言わざる得ないだろう。時間をかければ疲弊し、絶対防衛線は必ず突破される。だから帝国軍は決定したのさ。

 AL弾頭による重金属雲展開後、MLRSによる飽和射撃でケリを付けるとね。それで無理なら次は空爆だそうだ……もっとも、MLRS攻撃で光線級が殲滅できていなければ、爆撃機も撃ち落とされてしまうでしょうね。でも、それでも、絶対防衛線だけは抜けさせるわけにはいかないのよ」

 

 絶対防衛線の内側には、日本国民が生活している居住エリアが幾つもある。

 絶対防衛線の突破はすなわち、即、日本国民の蹂躙に繋がると考えていいのだ。人のいるエリアに入られる前に決着をつけたい。帝国軍が下した結論にも、納得せざるを得ない部分があるのは間違いなかった。

 

「MLRSによる飽和射撃が、戦力集結が間に合っていない現時点では最も有効な手であるのは間違いない。例え非効率だとしてもね……それとも、本格的なMLRS攻撃が始まる前に、私たちでやってみると言うの ──」

 

 みちるは重々しく呟いた。

 

 

「── 光線級吶喊(レーザーヤークト)を」

 

 

 部隊のざわめきが一気に静まり返った。

 光線級吶喊(レーザーヤークト) ── その言葉の表す意味を、キョウスケはまりもの歴史の講義で知識として得ていた。

 

 今は亡きドイツの母国語で表されたその言葉は、簡単に言えば戦術機で光線級を殲滅することを意味する。

 概念としては戦術機が完成した頃からあったが、特に名前として知られるようになったのは、西暦1983年に行われた「海王星(ネプトゥーン)作戦」からである。

 当時滅亡の危機に瀕していた東ドイツの一中隊が、大規模なBETA群の中を掻い潜り、光線級の集団を殲滅したことにより作戦は一応の成功を見た。東ドイツ最強と英雄視されたその中隊が、光線級殲滅という意味で用いていた言葉が光線級吶喊(レーザーヤークト)であり、言葉としては知られるようになったのはこの頃からで、今でも国連軍の中でこの言葉を使う人間がいたりする。

 光線級吶喊。

 言うは易し、行うは難し。

 教本では殆どの場合、光線級はBETA集団の最奥部におり、周囲は多数のBETAに守られているとされていた。幾千、幾万にもなる物量を誇るBETAの攻撃を捌きながら、敵中央部に吶喊し、光線級を狩り離脱する。

 成功すれば光線級による対空防御を無力化でき、爆撃やMLRS攻撃で地を這うしかできないBETA群を一方的に攻撃できるのだが……それは成功すればの話だ。

 熟練の衛士でも失敗することが多い、とキョウスケは講義の後でまりもに聞いたことがあった。

 

 「A-01」の面々に目を馳せる。

 中尉級のメンツはそれなりの修羅場を潜り抜けてはいるだろう。しかし少尉の少女たちはおそらく任官してあまり時間が経っていないのか、不安が表情に滲み出ていた。

 

(この部隊では無理……いや止めた方が無難だな。ベテランは兎も角、新人に多数の死傷者がでるのは想像に難くない)

 

 みちるもキョウスケと同様の結論に至ったようで、隊員たちに向かって言った。

 

「この部隊にはヒヨコどもがまだ多い。私はまだお前たちを失いたくはない」

「隊長……」

 

 誰でもなく、小さな声が漏れていた。

 みちるは一拍の間を置いて、隊員たちに力強く言い放つ。

 

「だから、今回はBETAの足止めに全力を注いでくれ。いいか、決して無駄死にはするな! 各員、隊規宣誓!」

 

 みちるの命に、各隊員が応える。

 

 

「「「「「「「「「死力を尽くして任務にあたれ!!」」」」」」」」」

 

 

「「「「「「「「「生ある限り最善を尽くせ!!」」」」」」」」」

 

 

「「「「「「「「「決して犬死にするな!!」」」」」」」」」

 

 

 一糸乱れぬ返答にみちるは強く頷いた。

 

「よし、必ず生きて戻って来るぞ! いいな!」

「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

「では、本参戦での配置の説明に移る ──」

 

 みちるの口から作戦での役割分担が語られていく。

 「A-01」の隊規宣誓を聞き、キョウスケは元の世界に戻るため、必ず生還することを再び胸に誓ったのだった。

 

 

 

 




その2に続きます。

<以下、もしかしたら原作と違うかもしれない点>
BETAの大規模侵攻が一か月に2度もそうそう起こらないと仮定して、話を書いています。
地理は苦手なので、関東山地周辺に盆地が本当にあるのかは不明です。あると仮定して書いています。
みちるが帝国軍はともかく国連軍なので、レーザーヤークトという単語を使うこともあるだろうと考えて書いています。
本格的な戦闘勃発はまだ先になります。

ちなみにBETAは「Beast of Effective Terrible Action」の略です(嘘)


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第6話 赤い衝撃 その2

本格的な戦闘は次回からです。


【10時48分 横浜基地 戦術機ハンガー】

 

 ──……ブリーフィング終了後、キョウスケはアルトアイゼンのコクピットで出撃準備を行っていた。

 

 今回の防衛任務は、BETAの足止めを行うことが第一目標になる。

 そのため、現地で部隊を二分して対応することになった。

 隊長である伊隅 みちるをリーダーとしたA小隊、ナンバー2である速瀬 水月をリーダーとしたB小隊に別れ、BETAを漸減しつつ時間を稼ぐ。可能な限り両小隊が連携可能な距離を維持できるのが理想だが、BETAの拡散を防ぐため部隊を散開させて多方向から抑え込む必要があり、あまり現実的ではない。結局、現場での判断は各小隊長に一任された。

 今回はキョウスケを臨時編入したため、小隊編成は5機の変則小隊となっており、彼はみちる率いるA小隊に配置された。

 A小隊のメンバーは伊隅 みちる、風間 祷子、築地 多恵、高原 ひかる、そしてキョウスケ・ナンブの5名で構成され、それぞれ配置は迎撃後衛(ガン・インターセプター)制圧支援(ブラスト・ガード)打撃支援(ラッシュ・ガード)砲撃支援(インパクト・ガード)突撃前衛(ストーム・バンガード)とされた。

 

 あまり時間に余裕はない。本来は戦域周辺まで戦術機を輸送してから起動するのがセオリーだったが、今回は戦術機で戦域周辺まで移動後、推進剤補給を受けそのまま戦闘に参加する手はずになっていた。

 そのためキョウスケは、戦術機ハンガーでアルトアイゼンを起動させ、整備員による誘導が開始されるのを待っている状態だった。

 と、待ち時間を持て余していたキョスウケに通信が入る。秘匿回線だった。

 

『 ── 南部、聞こえてるかしら?』

「香月博士? どうした?」

 

 通信相手は副指令として発令所にいるはずの夕呼だった。

 BETAの新潟再上陸 ── 多忙を極めている筈の夕呼がわざわざ通信を入れてきたのだ。余程の要件に違いない。

 

『そういや、アンタにBETAに関するデータを渡してないと思ってね。突然だったしね、アンタまだ、訓練兵レベルの情報しか持っていないでしょう?』

「そうだな。確かに、BETAの戦闘能力などは詳しくは知らない」

『今更かもしれないけど、アルトアイゼンに各種BETAの戦法や特性を纏めた簡易データを転送しておくわ。余裕があれば目を通しておいて』

「ありがたい、恩にきる」

 

 未知の敵との戦闘程やりにくい物は無い。エアロゲイター、アインスト、インスペクターと前例に事欠かないキョウスケにとって、夕呼の配慮はかなりありがたかった。

 

『あと2,3分なら時間があるわ。聞きたいことがあるなら、今の内に聞いておいて』

「そうだな……」

 

 夕呼の申し出に、キョウスケは以前から気になっていたことを1つ確認することにした。

 

「BETAには再生能力は備わっているのか?」

 

 BETAは炭素系生命 ── 要するに生き物だ。

 人間がそうであるように、生き物である以上再生能力は有しているはず。その程度が人間並みなのか、トカゲ並に欠損箇所すら再生するレベルのモノなのか、気になっていた。

 それと言うのも、キョウスケは元の世界でアインストと何度も戦闘を重ね、再生能力の厄介さを痛感していたからだ。

 

『再生能力? 厳密に言えばあるわね。突撃(デストロイヤー)級の装甲殻の模様は、砲弾でできた弾痕なんかが再生した痕だし』

「いや、俺が知りたいのは再生する速度なのだが……?」

『速度? 戦闘中に回復してしまうか、どうか、ということかしら?』

「ああ。俺のいた世界では、戦闘中に半身が吹き飛ばされようとも、5分もすれば再生する化け物がザラに居たからな」

 

 アインスト……特にレジセイア級の再生能力は非情に厄介だった。休む間を与えずに仲間たちと連続攻撃を仕掛けなければ、撃破することが難しく、その異常な耐久力には何度も頭を悩まされたものだった。

 レジセイア級の再生能力を有している敵なら、1体1体確実にトドメをさしておく必要があった。倒したと思い込み、背後から狙われたのではたまらない。

 BETAには87式突撃砲が通用するため、多少の再生能力を持っていても、何とかなるとは思うのだが……。

 

「だから、BETAにも同レベルの再生能力があるのか確認したいんだ」

『…………呆れた。とんでもないわね、アンタの世界も』

「そうか。その答えだけで十分だ」

 

 極端な再生能力がBETAにないのなら、過剰に弾薬を使って追い打ちをかける必要はなくなる。今回の作戦の目的は時間稼ぎだ。戦闘能力さえ奪ってしまえば、効率よく敵を無力化でき不必要な時間と弾薬を使わなくて済む。

 使える時間が尽きたのか、通信機から夕呼を呼ぶ声が聞こえてきた。

 夕呼は、じゃあね、と前置きを述べ、

 

『南部。絶対に生還しなさい。アルトアイゼンの事はまだまだ調べたりないんだから、特にテスラドライブとか言う慣性制御装置はね』

「なんだ、気づいていたのか?」

 

 アルトアイゼンにはバランサーとしてテスラドライブが搭載されている。

 夕呼はアルトアイゼンのデータベースに記録されていらヴァイスリッターのデータから、不知火・白銀を制作していた。スペックデータに記載されている、テスラドライブの存在に気づいていても不思議はない。

 

『当然よ。解析に時間がかかりそうだったし、装甲素材なんかの比較的やりやすい部分から調べてただけ。難解な新技術より、単純で頑丈な新素材の方が応用の幅も効くしね。

 まだ研究したりないんだから、必ず壊さずに持って帰りなさいよ……もちろん、アンタも無事でね』

「了解した。可能な限り、自重しよう」

『本当かしら? 怪しいもんだわ……とにかく、頼んだわよ』

 

 画面の向こう側で苦笑しながら、夕呼は通信を終了した。夕呼は模擬戦、実射試験とキョウスケとアルトアイゼンの戦法を見ていた。だからこその苦笑い、といった所か。

 アルトアイゼンの長所を活かす戦法を選択すれば、それは必然的に1つに絞られてくる。自重、などという言葉が自らの口から飛び出したことに少し驚きながらも、キョウスケは通信のために止めていた手を動かし始めた。

 

 キョウスケは機体のコンディション、武装の残弾確認を再度行うことにした。

 機体状況を示すボディアイコンは全身黄色に染まっている。実射試験から1週間ちかくが経過していたが、結局、アルトアイゼンの装甲は補修されていないままだった。

 夕呼の開発した新素材でも、アルトアイゼンの装甲を完全に再現はできなかったのだ。電磁投射砲の斉射を受け傷だらけのアルトアイゼンの装甲板を、新素材で作った装甲板に取り換える話も上がっていたらしい。しかし、交換後の強度が著しる低下するとの結果が計算で出たため、装甲の補修は行えないままでいた。

 武装に関しても同様で、爆薬入りの特製チタン製のベアリング弾は言うまでもなく、5連チェーンガンも残弾が半分以上の残っており36mm弾への換装は見送られた。積載量は36mm弾の方が確実に上のため、キョウスケ的には積み替えても構わなかったが、威力を考えるとそのままが良いし、なにより今からでは時間が足りない。

 相当の乱戦が予想され、弾薬消費量が実射試験の比ではないのは火を見るより明らかだ。

 キョウスケは、実射試験で互換性が確認された87式突撃砲を2丁、アルトアイゼンのマニュピュレーターに装備させることにした。

 さらにもう1つ秘密の武装を用意した。

 

(ビームソード……俺が転移した日、アルトアイゼンに装備されていたらしい……あの時、使った覚えはないが、使える物は使わせてもらうとしよう)

 

 あの時 ── インスペクター事件の最終決戦で、キョウスケはビームソードを使用していない。信頼しているアルトアイゼンの固定武装だけで戦い抜いたはずだった。

 どのみち、規格・設計の違う戦術機にはビームソードは扱えない。

 この世界では未知の武器であるため、可能なら使わずに済ませたいが、保険として装備させておくのは悪くないだろう。

 

 

 キョウスケが機体のチェックを終え、BETAに関するデータに軽く目を通した頃、整備員から出撃許可がおりた。

 機体安置用の拘束具が外され、アルトアイゼンがハンガーに解放される。

 歩行してハンガー外へ移動。「A-01」の不知火部隊と合流した。

 

『全機揃ったな! ではこれより、全力跳躍(フルブースト)で戦域へと移動する!』

「ヴァルキリー0、了解」

 

 ヴァイスリッターを模して製造された不知火 ── 不知火・白銀からのみちるの通信に、キョウスケは冷ややかに答えた。

 訳の分からぬ異世界の戦争 ── 介入せぬのが最良だが、巻き込まれてしまった以上最前は尽くす。

 

(エクセレン……俺は必ずお前の元へ帰るぞ)

 

 キョウスケは静寂な湖面のように心を静め、その底でマグマように闘志を燃やした。

 

『ではいくぞ! ヴァルキリーズ、出撃ぃ!!』

 

 みちるの声に全員が応え、跳躍ユニットから火を噴かせ横浜基地から飛び立つ。

 アルトアイゼンは巡航速度で、不知火は最大戦速で加速する。陣形を保ったまま、BETAが足止めされている筈の関東山地周辺の盆地へと向かった ──……

 

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

【11時52分 関東山地周辺 盆地手前20km 仮設補給所】

 

 補給所で推進剤を補充した「A-01」は、今や目前と迫った戦場の音を耳にしていた。

 

 断末魔は聞こえないが、代わりに断続的に銃声が響いて来る。

 BETAの姿は見えない。しかしアルトアイゼンに追加実装された、この世界用のデータリンクが状況を克明に伝えていた。

山を1つ越えた先の盆地が、敵軍を現す赤いマーカーで埋め尽くされている。赤く染まっていない部分を見つけることが困難な程に、盆地内にBETAが密集していた。

 BETA集団を包囲するように、集結した戦術機部隊が円形に広がっていた。しかし赤に比較して青が圧倒的に少ない。各基地からの戦力集結が間に合っていないのは明白だった。

 

『総員、傾注(アテンション)!』

 

 みちるから「A-01」全機に命令が下る。

 

『我が隊はこれよりA小隊、B小隊に別れBETAを足止めする! 遠慮はいらん! BETAのケツに、劣化ウランのデザートをたらふくご馳走してやれ!!』

『『『『『『『『了解ッ!!』』』』』』』』

「了解」

 

 「A-01」は、みちる機をリーダーとしたA小隊と速瀬機をリーダーとしたB小隊に分散し、それぞれ別方向へと匍匐飛行する。

 アルトアイゼンはA小隊の前衛を務め、他機の速度に合わせて先頭を疾走した。

 盆地へと続く山間に作られた道路を進みながら、キョウスケは87式突撃砲の安全装置を解除した。弾種は、BETAのほとんどに有効とされる36mm徹甲弾。

 山間を抜け、視界が開け、盆地の光景がキョウスケの目に飛び込んできた。

 

 

 醜悪で大小様々な肉の塊の化け物が群れていた。

 地面のほとんどは化け物 ── BETAで覆い隠されている。特に小型の赤いBETA ── 戦車(タンク)級は数が多く、地面の色を赤く染めていた。自由に見ることができるモノと言えば空ぐらいのものだが、空へ逃げれば、光線級に攻撃されてしまうだろう。

 逃げることはできない。

 まるで盆地は大量のピラニア飼っている水槽のように、一度足を踏み込めば、BETAとの接触を避ける事ができない戦場と化していた。

 

(……つくづく、俺も化け物に縁があるな)

 

 BETAの外見は、およそほとんどの人が生理的嫌悪感を抱く凶悪なモノだったが、アインストとの対峙で耐性ができているのか、キョウスケが動じることは無かった。

 接敵までまだ時間はある。

 刻々と変化する戦域情報に目を通すと、BETAに包囲され孤立している戦術機部隊が近くに存在した。

 

「伊隅大尉ッ」

『ああッ、全機、兵器使用自由! 友軍を援護するぞ!』

『『『了解!』』』

 

 みちるの命令に応えるように、アルトアイゼンの大型ブースターに本格的に火が入った。

 突撃砲を構えたまま、アルトアイゼンはBETA群へと突撃していく ──……

 

 

 

 




その3に続きます。
ここまで長かった……次回からBETA戦です。
ちなみに高原の名前はねつ造です(wikiに載っていませんでした、扱いカワイソす)。名前の由来は「UFOロボ グレンなんちゃら」のヒロインから。原作でもパロった冥夜の師匠とか出るからいいかなと……本名知っている方がいたら教えていただけるとありがたいです。


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第6話 赤い衝撃 その3

【11時58分 関東山地周辺盆地】

 

 作戦開始から既に一時間が経過し、ウルフ中隊の指揮官 ── ウルフ1は絶望的な気分を味わっていた。

 

 それもそのはず。12機居た中隊の撃震部隊の内9機が既にBETAの餌食となり、残った3機も要撃(グラップラー)級と戦車(タンク)級に取り囲まれ、逃げ場を失ってしまっていた。

 ウルフ1も中隊指揮官としては新米であり、11月11日のBETA新潟上陸で、熟練の中隊指揮官を失い急遽抜擢された立場だった。

 彼の指揮の元、多数のBETAを血祭りに上げることに成功したものの、敵の物量の前に圧倒され、包囲されて退路を断たれてしまっている。

 

『隊長! 隊長ッ! これ以上、敵の接近を防げません!!』

「持ちこたえろ、ウルフ11! 前隊長の言葉を思いだせ! 倒すべき敵を倒し、生き延びるんだ! 俺たちは生きて帰るんだ!」

『ざ、残弾ゼロ ──── グェ……ッ!』

「ウ、ウルフ11! おい、ウルフ11応答しろ!」

 

 通信装置が、ウルフ1の背後で迎撃を続けていたウルフ11の悲鳴を拾った。

 激震に射撃を繰り返させながら、ウルフ1は背後を確認する。

 転倒した撃震に数匹の要撃級が群がり、モース硬度15以上を誇る前腕を叩きつけていた。さらに赤い蜘蛛のような外見をした戦車級が、ウルフ11の機体に取りつき、下腹部に備わった強力な顎で撃震の装甲を喰らっていく。

 ウルフ11の乗る撃震のコクピットは、要撃級の一撃で完全に陥没していた。もう手遅れだ。

 死肉に群がるハエのように戦車級が撃震に集まる。対照的に、要撃級はウルフ1率いる残りのウルフ中隊に向かってきた。

 四面楚歌。絶体絶命。

 そんな状況下で、ウルフ1の長年の相棒ウルフ9が通信を入れてきた。

 

『おい、ヒョーゴ! どうすんだよ、この状況! 俺、この作戦終わったら彼女と結婚する約束したんだぞ!?』

「うるせぇ知るか! 文句言う前に、引き金を引きやがれってんだ!!」

『そんなの、もうやってるっての ──── あッ、畜生! こっち来るな、この化け物めぇ!』

 

 ウルフ9に向かっていた要撃級に加え、ウルフ11に攻撃していた個体が群がっていく。ウルフ9は120mm砲弾で数体を撃破したが、要撃級の数の前に接近を許してしまった

 

『う、うわああぁぁぁぁ ──── ッ!?』

「ウ、ウルフ9 ────」

 

 2人の絶叫 ── しかしその瞬間、ウルフ1の視界に赤い影が飛び込んできた。

 デカくて、速い、赤い影だ。

 一瞬横切っただけだが、影は人型をしていた。

 今にもウルフ9に前腕を振り下ろそうとする要撃級 ── 赤い影はその要撃級に襲いかかる。

 赤い影 ── 戦術機と分かる人型の頭部から伸びた角が、白い電光を纏いながら、ウルフ9を殺そうとしていた要撃級の肉に深々と突き刺さっていた。

 突き刺さった白光りした角が、肉を焼いているのか要撃級の体からは黒煙が上がっている。

 その赤い戦術機は巨体をしらなせ、信じられない事に、突き刺した要撃級の巨体を空中高く放り上げる。直後、手に持っていた87式突撃砲で要撃級を肉片(ミンチ)に変え、続けて赤い戦術機は周囲に弾幕を張り始めた。

 

『こちらヴァルキリー0 ── 南部 響介中尉だ。ウルフ各機、無事か?』

 

 赤い戦術機の衛士の声が聞こえる。

 男の声だ。戦域情報を確認する余裕のなかったウルフ1は気づかなかったが、赤い戦術機以外にも4機の戦術機がウルフ中隊に接近してきていた。

 隊長機らしい純白の不知火から通信が入ってきた。

 

『こちら国連横浜基地所属のヴァルキリーズ! 貴官らを援護する!』

「す、すまない! 恩にきる!!」

 

 赤い戦術機と白い不知火に続けて、後衛用装備を施した3機の不知火が、火線をウルフ中隊に群がるBETAに集中させてきた。

 遠距離からの誘導弾と120mm弾がBETAの体を微塵に引き裂いていく。

 

『各機、BETAを殲滅せよ! 同胞の命を、クソ虫どもに償わせろ!』

『『『「了解!!」』』』

 

 増援の声にウルフ1は安堵の息をもらし、増援と共にBETAに36mm弾の雨を浴びせ始めるのだった ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第6話 赤い衝撃 その3

 

 

 

【12時00分 関東山地周辺盆地】

 

 キョウスケ・ナンブは、無尽蔵に群がるターゲットに対し、コクピット内でトリガーを引き続けていた。

 

 87式突撃砲の36mm徹甲弾が着弾すると、小型の戦車級は爆竹のように爆ぜ、大型の要撃級は十数発で痙攣しながら崩れ落ちる。だが戦車級は兎も角、要撃級は頭を潰されても動き続ける昆虫のように、なおもアルトアイゼンへと前腕を振るおうとしてきた。

 キョウスケは要撃級の細い腕部を36mm弾で撃ち抜く。すると前腕の爪の重さに耐えきれず、要撃級の腕はモゲて戦闘能力は失われた。

 地面で蠢く要撃級を無視し、キョウスケはさらに周囲へと36mm弾をばら撒く。大小問わず、BETAが赤黒い血しぶきを上げながら弾け飛んでいった。

 

(思っていたよりは脆い……だが)

 

 撃っても撃っても、作った死骸を乗り越え、次々とBETAの増援がやって来る。

 大半は要撃級と戦車級。中には突撃(デストロイヤー)級も疎らに混じっていたが、密集しているためか、速度を出せず右往左往していた。要撃級や戦車級も「A-01」各機に向かって接近してくるだけだ。

 およそ、BETAに戦略的な行動ができているとは思えなかった。巣を襲われた蜂か獲物に群がる蟻のように、数に物を言わせてこちらに突っ込んできているだけだ。しかし古来より物量は戦況を左右する大きな要因であり、絶対的に必要な要素でもあった。

 「A-01」に向かって来ているBETAは、盆地に集められた内のほんの一部。ここで弾薬を使い切るようでは、BETAとの戦闘を継続することは不可能だ。

 まるで津波の如き物量 ── BETAの軍勢を消し飛ばすのに、MLRSや爆撃などの広範囲攻撃が有効なのがよく分かる。脆くても数が多い以上、戦術機でBETAを全て潰していくのは非効率的だと、戦闘開始数分でキョウスケは理解できた。

 つまりBETAには広範囲を攻撃できる兵器が最も有効なのだ。そういう意味で、接近戦に特化させた武装が多いアルトアイゼンは、BETA掃討にはあまり向いていないのかもしれない。

 トリガーを引き絞り、BETAに血の噴水を上げさせながら、キョウスケはみちるに回線を開いた。

 

「伊隅大尉ッ、このままではキリがないぞ!」

『分かっている! あまり時間はかけられない! 不知火・白銀の兵装で一気に片づけるわ!』

「不知火・白銀の……そうか、あのレールガンか」

 

 モニターの隅に後衛の不知火・白銀の姿が映っていた。

 背部スラスターのウェポンベイに固定していた試作01式電磁投射砲が、補助腕で持ち上げられ、不知火・白銀の右腕に運ばれていく。

 試作01式電磁投射砲は大口径弾と小口径弾の撃ち分けができる。

 大口径弾は高威力だが連射が効かない。反対に小口径弾は毎分800発以上の速射が可能で、さらに射程は87式突撃砲よりかなり長い。

 突撃級の少ないBETA密集地帯に叩き込めば、かなりの戦果が期待できる。みちるの意図を理解したキョウスケは、フットペダルを踏込みBETA集団へと突撃した。

 

「俺が敵を引き付ける! 大尉はその間に射撃体勢を整えてくれ!」

『了解した! ヴァルキリー4、ヴァルキリー9はヴァルキリー0を援護! ヴァルキリー11は当機の直援に当たれ!』

『『『了解』』』

 

 ナンバー4と9 ── 風間 祷子と高原 ひかるの不知火が支援射撃を開始、11── 築地 多恵の不知火が不知火・白銀に張り付き、接近してくるBETAを87式支援突撃砲で退けていく。

 アルトアイゼンは直近の要撃級にプラズマホーンを突き立て、投棄して他のBETAの体勢を崩すと、揉みくちゃになっているそこに36mmを叩き込んだ。要撃級は粉砕されたが、変わりは幾らでもいるようで、ぞろぞろと沸いて出てくる。

 単身でBETA集団に突撃したアルトアイゼン ── BETAも脅威を感じたのか、近辺の個体が全て素早く転進し突撃してきた。

 キョウスケはアルトアイゼンをバックステップで後退させながら、87式突撃砲を連射する。BETAは容易に爆ぜるが、視界を覆い隠す量の群れは一向に数が減る気配を見せない。

 後退射撃を繰り返したが、BETAの物量の前にやがてアルトアイゼンは包囲され始めた。後衛の誘導弾でBETA一角に穴が空いても、すぐに他の個体がそこを埋めていく。

 

(数だけはアインスト並か、それ以上だな……面倒だ。クレイモアで纏めて吹き飛ばすか?)

 

 アルトアイゼンの前方には要撃級と戦車級が密集しており、距離もアヴァランチ・クレイモアの得意とする位置取りだった。最大級の殲滅効果を得られるのは間違いないだろう。

 

(だがこの数、本気で撃ち出せば弾が幾らあっても足りん……!)

『南部中尉! 待たせたな!』

 

 コクピットにみちるの声が響いた。

 モニター上で不知火・白銀を射撃体勢を取っているのが分かった。腰を落とし試作01式電磁投射砲の銃口を、アルトアイゼン周辺のBETA群に向けている。

 実射試験で体験した電磁投射砲の威力と速射能力、逃げねばアルトアイゼンは確実に巻き込まれる。反転加速し、射線外に離脱すべきだった。

 しかしBETAが接近しすぎており、背中を見せれば取りつかれる可能性が高い。

 ならば、とキョウスケはコンソールを操作し、操縦桿とペダルを使ってアルトアイゼンに指示を出した。

 

「行きがけの駄賃だ! 取っておけ!!」

 

 両肩部のコンテナハッチが開放され、チタン製ベアリング弾が前方広範囲にばら撒かれた。無数のベアリング弾が着弾と共に爆裂し、大小問わずBETAを微塵に砕く。前方十数mのBETAが全て消し飛んだ。

 他の個体が接近するまでの一瞬の間に、アルトアイゼンは方向転換、加速しBETA群から距離を取る。

 

『ヴァルキリー1、フォックス1!!』

 

 直後、みちるの声が響き、キョウスケの背後で耳を劈く激しい音が唸りを上げた。

 

 アルトアイゼンを反転し、戦域を確認。試作01式電磁投射砲から放たれた小口径弾が、赤黒い血しぶきを林立させながらBETA密集地域を切り裂いていく。

 小口径弾は疎らに存在する突撃級の装甲殻には弾かれていたが、それ以外のBETAには効果てきめんの様子で、撃てば撃つだけ死骸の山を大量生産していった。

 

 およそ1分間、扇状に射線を展開し薙ぎ払った後、ウルフ中隊を襲撃していたBETA群はほぼ全滅していた。

 

『す、凄い……!』

『これが電磁投射砲の威力……!』

『あれだけいたBETAがあっという間に……』

 

 「A-01」の少尉勢が驚嘆の声を上げていた。

 キョウスケと違い電磁投射砲が初見の彼女たちは、突撃砲の比ではないその威力に目を丸くしていたが、今は驚くことに費やしている時間も惜しい時だ。

 

『ヴァルキリー1より各機! 当機はこれより電磁投射砲の弾倉およびバレル交換を行う! 各自、直援に当たりつつ残敵を掃討せよ!』

『『『「了解!」』』』

『ウルフ中隊各機は一度後退し、補給を!』

『了解! 貴官らの助力に感謝する!』

 

 「A-01」は装甲殻に守られまだ生きている突撃級と、地を這いまわる戦車級の息の根を36mmで刈り取っていく。

 ウルフ中隊は撤退し、数分で粗方の残敵掃討および電磁投射砲の整備が完了した。戦域情報を確認すると、BETA群に押されている戦術機部隊は他にも沢山いた。

 

『よし、ヴァルキリーズ各機! 友軍の援護を継続するぞ!』

 

 みちるの命に小隊員が応え、直近の戦術機部隊に向かって匍匐飛行で向かうのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【12時15分 関東山地周辺盆地郊外 指揮所(CP)

 

 「A-01」の勇猛に湧き上がることもなく、CPは戦域情報の収集と解析に追われていた。

 

「そんな……!?」

 

 「A-01」のCP将校 ── 涼宮 遥中尉は、BETAの進軍情報を解析していたが、その結果に愕然と声を漏らした。

 佐渡島を発した大規模BETA群は一貫して南下を続けていた。帝国首都がある仙台を目指す訳でもなく、ひたすらに南下するBETA……帝国、国連軍の迎撃により進撃ルートを変えてはいたが、計算ではじき出された当初の進撃ルート予測の最終地点に、遥は驚きを隠せない。

 BETAの目的地は国連横浜基地 ── 遥たちのホームである。妨害され進撃ルートを逸らされても、尚、BETAが突撃していこうとする傾向が戦域情報から読み取れた。

 

「何故、BETAが横浜基地に……? いえ、それよりもこのままでは包囲網が突破されてしまう……」

 

 データリンクでもたらされる情報は客観的であり、非情だった。

 各基地からの戦術機集結が間に合っておらず、現在対処している戦術機連隊のほとんどが劣勢に追い込まれている。辛うじて防衛線は守られていたが、このままでは突破されるのも時間の問題だろう。

 CP内もそれは理解しており、鉄火場顔負けの鬼気迫る雰囲気を呈していた。

 

「トロイエ大隊、ほぼ壊滅! ブレード中隊も残り2機! あぁ、エレーブ中隊から支援要請です!」

「駄目だ! MLRS(マルス)部隊の配置がまだ完了していない! この状況での支援砲撃など全て光線(レーザー)級に撃ち落とされるぞ!」

「で、でも! あぁ ── アルファ小隊、音信途絶! 壊滅したもよう! このままでは包囲網が抜かれます!」

「えぇーい、周辺部隊にカバー要請! 弾幕薄いぞ、何やってんの!?」

 

 様々な部隊のCP将校の声が入り乱れている。

 各将校の声の刺々しさは、それだけこちらの劣勢を現していると言っていい。

 BETAの圧倒的な物量に、戦術機各部隊が徐々に飲み込まれつつあった。本来なら、支援砲撃を交え、戦術機部隊を援護するのがセオリーなのだが、今回は一挙殲滅を前提にMLRS部隊を展開しているため、下手に援護を行えなかった。

 わずかな援護砲撃など、光線級のいる戦域では全て無力化されてしまうからだ。

 無力化されると分かっている砲弾を無駄に撃つ余裕はない。加えて今回の作戦には、現状では、直近基地から出撃しているMLRS部隊しか参加できていない。もちろん、近隣基地からの増援も既に出発していたが、戦術機に比べ足の遅いMLRS部隊が作戦開始時刻に間に合うとは到底思えず、尚更無駄弾を撃つわけにはいかなかった。

 一斉砲撃で、光線級の処理能力を超える砲撃が必要な時に、無暗に友軍を援護するだけの弾薬の余裕はないのだ。

 全てを理解した上で、遥は戦域情報を注意深く観察していた。

 

(……あれ? 変だ……何故か、少しずつA小隊にBETA群が転進しているような……)

 

 「A-01」A小隊は、試作01式電磁投射砲の制圧力を活かして、他部隊の担当するエリアに援護を行い、BETAを殲滅していた。

 A小隊は既に2つのエリアのBETA群を無力化していたが、それ故か、彼女らに向かってBETA群が転進する傾向が見て取れた。

 BETAは脅威となるモノを優先的に排除するように動く習性がある。

 歩兵より戦車、戦車より戦術機……戦術機が入り乱れる戦域で、A小隊にBETAが向かっていくということは、それだけ脅威だとBETAが認識しているから……なのかもしれない。

 だから、何だと言うのか?

 この戦域に居る以上、BETAに狙われずに済む場所などありはしない。

 ただの勘違いだと……遥は自分に言い聞かせ、A小隊に命令を下す。

 

「こちらCP! アルファ小隊が壊滅した! A小隊はカバーに向かい、戦線を維持せよ!!」

『こちらヴァルキリー1、了解!!』

 

 「A-01」隊長のみちるから返答があり、マップ上のアイコンが動いた。

 画面上で、A小隊がアルファ小隊が担当していた区域へと向かう。

 遥は自身の任務に専念することにした。

 

 

 

      ●

 

 

 

【12時23分 α小隊壊滅地点】

 

 キョウスケが前衛を務め敵を引き付け、不知火・白銀が機動性で攪乱した後、電磁投射砲で仕留めるという戦法が功を奏し、BETA群は効果的に漸減できていた。

 

 無論、殲滅できているのは大規模BETA群のホンの一角に過ぎない。

 しかしBETAを倒せば倒すだけ、不知火・白銀の電磁投射砲の限界は近づいて来る。

 たった1機の武装でBETAを全滅できるはずがない……それは分かっていたことだが、キョウスケの苛立ちは徐々につのってゆく。

 

(……MLRS砲撃はまだか……? このままでは、戦術機部隊の多くが餌食になるぞ……!?)

 

 データリンクとオープン回線を通じて戦況がキョウスケに伝わってくる。

 

『ひやぁぁ ─── ァウ……!?』

『く、来るな!? 来るんじゃねぇよ!? か、かぁちゃ ─── ッ!?』

 

 聞くに堪えない数多の断絶魔が耳に届く……中には、まだ幼い声も混じっていた。

 キョウスケは作戦の目的は理解していた。

 戦域に光線級がいる以上、奴らの処理能力を上回る砲撃を叩き込み、光線級を撃滅することが最善の選択肢なのは疑う余地もない。各基地からの戦術機増援が間に合っていない現在、尚更、それが一発逆転の手段になることもキョウスケは分かっていた。

 だが、我慢できなかった。

 おそらく、今朝の夢が原因だろう。見知った仲間たちを次々と手に掛けていく悪夢……、

 

(……助けることができるかもしれない命……俺は、今、それを見捨てているのではないのか?)

 

 アルトアイゼンの本領は、絶対的火力を活かした正面突破だ。

 狙うべき対象が明確なのならば、突撃を敢行して光線級を仕留める事こそが、アルトアイゼン・リーゼに求められる本来の姿の筈だった。圧倒的突撃からの全弾発射、そして補給のローテーション ── これが、アルトアイゼンを最大限に活かす最高の戦法なのは間違いない。

 今、問題なのは、使った弾薬を補充する確かなアテがなく、非常に不確かということだった。

 

(……俺は、このままでいいのか……?)

 

 本日3度目の試作01式電磁投射砲の斉射で、アルファ小隊の管轄地域を確保した「A-01」は、残敵を掃討しつつ電磁投射砲の整備を行っていた。

 しかし電磁投射砲の交換弾倉とバレルにも限りがある。次撃てば実に4回目の斉射となる。予備として持ってきたパーツも次で最後だった。

 

(……電磁投射砲……次でこの対BETAの切り札も切り終わってしまう。かと言って補充に戻れば、おそらくその間に何処かの部隊が落ちるだろう……だが、87式突撃砲の火力ではBETAの物量に対して優位に立てはしない……クレイモアですら、数が絶対的に足りはしない)

 

 こんな時、キョウスケが元いた世界の部隊はどうしただろう?

 圧倒的火力と戦力による殲滅が容易に想像できたが、今、この世界にいるのはキョウスケとアルトアイゼン・リーゼだけだ。

 キョウスケとアルトアイゼン ── 1人と1機にできる、最高にして最大の戦法はいつでもたった1つしかなかった。

 

(突撃、殲滅、離脱……この世界ではなんと言っていたかな?)

 

 出撃前のみちるの言葉が蘇る。

 

光線級吶喊(レーザーヤークト)

 

 アルトアイゼンと同じく、ドイツ語で表されたそれが、キョウスケにできる最大の反攻に思えてならなかった。

 この戦域で、味方の戦術を封じているのは光線級の存在だ。

 光線級BETAさえ、この戦域から消え去れば、後はMLRS部隊の飽和射撃で9割方のBETAが死に絶えるだろう。それは、たかが36mm弾で絶命するBETAたちを見て得た、キョウスケの実感だった。

 問題は ── 光線級なのだ。

 

(……光線級……こいつらさえ仕留めれば、全てのカタがつく。戦車級と同じたかが小型種、俺とアルトなら、一点集中で仕留められないのか……?)

『ヴァルキリー1より各機! BETAの攻勢に各部隊が押されている! 可能な限り、BETAを殲滅しろ!!』

『『『了解』』』

 

 キョウスケはみちるの声に返事ができなかった。

 光線級BETA……こいつらさえ、こいつらさえいなけば、戦術機部隊がここまで劣勢に追い込まれることはなかった。逆に言えば、光線級BETAさえいなければ、この戦闘で優位に立てるのだ。

 光線級を仕留めれば、それこそ一発逆転(・・・・)と言ってよいMLRS攻撃が、何の憂いもなく行える。それは競馬に例えるなら、まるで大穴大勝の万馬券のようなもの。

 ……もっとも、光線級殲滅 ── 光線級吶喊(レーザーヤークト)が成功すれば、ではあったが。

 キョウスケの心の中に、熱い、狂気のような感情が沸き上がってきてくる。

 

「伊隅大尉、相談がある」

『どうした南部中尉。作戦行動中だぞ?』

 

 みちるの台詞はもっともだったが、それを承知でキョウスケは言う。

 

「具申する……このままでは、BETAが突破するのは時間の問題。光線級吶喊(レーザーヤークト)を行うべきではないか……ヒヨコたちは兎も角、俺たちだけでもな」

『なっ!? 貴様、正気か!?』

 

 モニター上で、みちるの表情が目に見えて歪んだ。

 BETAとの実戦を通して、みちるの気持ちがキョウスケには理解できた。

 試作01式電磁投射砲という切り札を持っていても、BETAの物量は脅威を感じる程に圧倒的なモノだ。光線級はそれらのBETAの最奥部に守られており、奴らを戦術機で狩るには、大量のBETAを切り崩して進まなければならない。

 敵軍の密集する場所に突撃する ── いわば光線級吶喊は神風特攻……成功しても、帰ってこれない可能性が非常に高い、地獄への片道キップのようなリスクを孕んでいた。

 だから、みちるが躊躇する気持ちは理解できる。しかもそれが、自分だけでなく、若い部下たちをも巻き込む行動であるなら尚更だ。

 

(伊隅 みちる……特殊部隊「A-01」を率いる隊長……こんな所で死なせる訳にはいかない。とはいえ、俺も死ぬ訳にはいかない……それに ──)

 

 キョウスケの脳裏に今朝の夢が蘇る。

 夢の中で、キョウスケは仲間たちを殺した。自分の手で、だ。

 所詮は夢。しかしどうしようもなかったとは言え、自分の手が仲間の血で汚れていく感覚が面白いモノであるはずがなかった。

 そうだ。夢だ。

 所詮は夢……現実と夢を混同するなど馬鹿のする事だ。それでも、助けられる命なら助けたい ── 強迫観念にも近い、そんな感情をキョウスケは抱かずにはいられなかった。

 

(── 自分も死なず、仲間も殺させず、最大の効果を生み出す境界線……俺はいつもその線 ── 死線を見切ってきたはずだ……! 今回はあいつ等がいない、俺1人でそれをやる……ただそれだけのこと……!)

 

 しかしキョウスケにも迷いはあった。

 元の世界に生きて帰る、それがキョウスケ最大の目的だった。光線級吶喊を行わずに目的を達成できるなら、ここで動かないこともありかと思えてくれる。

 そんなキョウスケの背中を押す遥の声が、CPからの通信で聞こえてきた。

 

『こちらCP! トロイエ大隊が全滅! 該当箇所をBETAが進軍 ── なお、進撃予測地点は国連横浜基地のもよう!!』

「伊隅大尉! MLRS全隊の展開は間に合わんッ、俺はやるぞ!」

 

 キョウスケは大声で言い放った。

 横浜基地が陥落すれば、キョウスケの寝床が無くなるだけでなく、香月 夕呼の命も危ない。現時点で、キョウスケを元の世界に戻せる可能性が最も高いのは、香月 夕呼なのだ。ここで失う訳にはいかなった。

 

『やめろ、南部中尉! 独断専行など許さんぞ!!』

「ならば、どうしろと言うんだ!? トロイエ大隊の全滅など氷山の一角だ! 支援砲撃のないままでは、防衛線は確実に突破される! 突破されては、MLRSによる飽和射撃も意味をなさん ── 小規模でも良いッ、一刻も早く有効な支援砲撃が必要だ!!」

『それでもだ! 貴様も軍人なら、作戦行動を乱すな馬鹿者!!』

「くっ……!」

 

 理のあるみちるの言い分に、キョウスケは言葉を詰まらせる。

 キョウスケとて、軍人の負うべき責務を理解していないわけではなかった。しかしこのまま作戦を継続しても、BETAの物量に押されるばかりなのは目に見えている。

 かといって、MLRS部隊の展開が終了していない現時点では、中途半端な支援砲撃しか行えない。

 みちるがCPにMLRS展開の度合いを確認していたが、準備完了まで最低20分は要し、AL弾頭弾の搭載も完了していないとの答えが返ってきた。

 データリンク上で、友軍機の機影が徐々に消えていく。オープンチャンネルで救援を要請する部隊も多数おり、悲鳴にも似た声がキョウスケの耳に届けられた。

 

『クソッたれぇ! こちらチャーリー中隊! 支援砲撃はまだか ─── !?』

『こちらブラボー小隊! CP、早くしてくれ ─── ッ!!』

『こちらゴースト小隊 ── このままで、本当の幽霊になってしまう! 至急、増援をよろしく! 繰り返す ─── ッ!』

 

 盆地でのBETA包囲網は徐々に崩されつつあった。特に損耗が酷いのは、南東の方角に展開している部隊だった。その方角の延長線上には ── 国連横浜基地が存在している。

 

「伊隅大尉! 俺に光線級吶喊の許可をくれ!」

 

 堪らず、キョウスケは叫んでいた。

 

吶喊(とっかん)するのが俺とアルト単機なら、部隊の作戦行動に大きな支障はでないだろう!? 敵陣を突破しての強襲、殲滅はアルト向きの仕事だ!!」

『貴様、気でも狂ったか!? 死ににいくようなものだぞ!?』

「この程度の修羅場は何度も潜ってきた! 俺は死なんッ、絶対にだ!!」

 

 実感と熟練の経験値からか、キョウスケはその言葉を吼えていた。

 死なない、絶対に。

 生きて、エクセレンの元に帰る。

 そのために、今は自分のできる最善を尽くし、生き延び、横浜基地も救う。それがキョウスケの下した判断だった。それに光線級吶喊 ── 要するに敵の要所を強襲して破壊する任務は、元の世界でキョウスケがよく行っていた十八番(おはこ)でもある。

 

「俺たちならやれる! 許可をくれないと言うのなら、無理にでも押し通るまでだ!」

『待て! 命令違反は罰せられるぞ!?』

「生きて帰ったら、営倉にぶち込むなり好きにすればいい!!」

 

 声を荒げると、キョウスケはアルトアイゼンの主機出力を上げ始めた。

 脳裏に今朝の夢がフラッシュバックする。何もできず、仲間が蹂躙される様を見ているしかできなかった夢の中の自分。

 だが夢と現実は違う。

 できることがあるならやるべきだ。指をくわえて待っているのはもう御免だった。

 それに。

 頭の中で(・・)が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 ── 喰い殺せ  不完全な生命は  全て ───

 

 

 

 

 

 

 夢の中の自分が呟いていた言葉が、まるで山彦のように脳内で反響していた。 

 その声に苛立つ。

 戦場で冷静さを失えば死ぬ。分かっている。それでも、キョウスケは苛立ちを完全に殺すことができなかった。せめてと、頭の隅の方に追いやる。

 もう止まれなかった。

 理由はないのかもしれない。

 ただ無性に、BETAを八つ裂きにしたい気分に駆られた。コクピット内に、みちるの声が小さく聞こえてくる。

 

『── そんな分の悪い賭けは止めるんだ!!』

 

 みちるの言葉に、キョウスケの体が灼熱する。まるで血が沸騰でもしているような感覚だった。

 逆に思考は醒めていく。それでも尚、奇妙な苛立ちは頭の片隅に、まるでヘドロのようにこびり付いて剥がれなかった。

 

「……悪いが、分の悪い賭けは嫌いじゃないッ!」

 

 みちるの制止を振り切り、アルトアイゼン・リーゼがグンッと弾け、加速して飛び出して行く。

 TDバランサーを使用した最大戦速で、キョウスケはBETA集団内へと突入して行った ──……

 

 

 

 




その4に続きます。







《以下、蛇足》
ぶちギレキョウスケ、吶喊許可が下りるいい理由が考え付かなかったため、獣戦機隊的な展開になってしまった。夕呼からOKがすぐ降りるのも、ご都合展開な気がしてできませんでした。
難しく考えるとまたドツボに嵌りそうなので、この展開もあり方の一つかなと結論し、更新しました。
オリジナル展開考えるのって中々難しいですね。


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第6話 赤い衝撃 その4

【12時34分 関東山地周辺盆地 BETA密集地域】 

 

 見渡す限りを、異形の化け物が埋め尽くしている。

 

 盆地に密集するBETAのほぼ中央部に、キョウスケのターゲット ── 光線(レーザー)級の座標は存在していた。

 TDバランサー最大稼働状態のアルトアイゼンの速度に、追いすがれるBETAはいない。だが光線級を守るようにBETAは作る肉の壁を作り、妨害してきた。キョウスケは巧みに間隙を縫いながら、無駄な戦闘を避け、アルトアイゼンを標的目がけ疾駆させて行く。

 

(CPの通信が確かなら、MLRS(マルス)砲撃開始まで最短で20分……時間はあまりないな)

 

 ブリーフィングで通達された光線級の数は全部で5群。

 それぞれが100体以上の群れを形成し、人類側の支援砲撃を完全に無力化していた ── 逆に言えば、これらの群れさえ殲滅できれば形成を逆転できるのだ。

 キョウスケは直線距離で最短の光線級群へと、アルトアイゼンの進路を向けていた。

 光線級吶喊(レーザーヤークト)

 アルトアイゼン単機で完遂できる保障は当然ない。

 だが誰かがやらねば、MLRS部隊展開前にBETA包囲網は突破されてしまうだろう。戦況は人類の勝利、敗北、どちらでも転げてしまう、非常に微妙な琴線の上に立たされていると言っていい。

 たった一押し……それが決定打になり得るなら、躊躇う必要などキョウスケにはなかった。

 腹を決めたキョウスケは、フットペダルとスロットルを全開で引き絞る。

 ばく進するアルトアイゼン、それに呼応するように要撃(グラップラー)級が正面から突撃してきた。アルトアイゼンが握り締めた2丁の87式突撃砲が火を噴き、要撃級の体が千切れ飛び、残った部分が機体にぶつかり弾き飛ばされていく。

 しかし無尽蔵の勢いで、BETAは沸き、襲いかかってくる。

 

「数と勢いだけで、俺を止められると思うなよ……!」

 

 キョウスケはその化け物たちに明確な殺意を抱いていた。

 理由は分からない。ただ、頭に響いていた(・・)を振り払うようにキョウスケは操縦桿(スティック)を操作し、アルトアイゼンは水を得た魚のように戦場を駆け廻る ──……

 

 

 

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 第6話 赤い衝撃 その4

 

 

 

 …… ── 彼我距離2000まで詰めた所で、87式突撃砲の残弾が警戒域に突入した。

 

(120mm徹甲弾は残弾なし、36mm徹甲弾は2丁とも残り200……だが敵陣の真っただ中で弾倉交換している暇はない……!)

 

 キョウスケは群がる要撃級と戦車級を蹴散らすために、突撃砲を極限まで消耗していた。可能な限りBETAとの接触は避けたかったが、直線的な機動のアルトアイゼンでは完全に避け切ることはできず、結果、突撃砲を撃ち散らかすしか方法はなかった。

 交換用弾倉は残ってたが、アルトアイゼンの両手は突撃砲で埋まっているため、2丁とも交換するには時間がかかる。弾幕が途切れれば、一瞬で、BETAの物量に押されてしまう。

 ならば、とキョウスケは攻めを選んだ。

 打ち切る覚悟で36mm弾を撃つ。BETAが弾け飛ぶ。真正面に壁として出てくる要撃級はプラズマホーンで切り裂き、投げ飛ばし、ある時は質量と速度を活かした体当たりで蹴散らしていく。密集地帯で突撃(デストロイヤー)級が少ないことが幸いして、アルトアイゼンの体当たりでも要撃級には十分通用した。

 しかし格闘攻撃は射撃に対して効率が圧倒的に悪い。

 結局、1分もしない内に36mm弾も底をついた。

 光線(レーザー)級集団との距離は残り1000 ── 全開で直進できれば、アルトアイゼンなら一瞬で詰めれる距離だった。問題は前方に展開している大型種たち ──

 

「押しとおる! やれるな、アルト……ッ!?」

 

── キョウスケは、目の前の光景に息を飲んだ。

 

 一斉に、BETAがアルトアイゼンに道を開けたのだ。

 まるでモーゼの十戒に登場する海中の道のように、BETAが割れ、道ができた。進路が開け、その先にいる光線級がアルトアイゼンの望遠カメラで確認できる。

 全高は2m程。光線級は人間のような下半身の上に、黒い巨大な2つ目が乗ったような風貌をしていた。正に異形と呼ぶに相応しく、下手に人間に似ている分余計に気味が悪い。

 

(……なんだ?)

 

 BETAの動きに違和感を感じる。

 だが道が拓けたという事実は、キョウスケにとっては好都合だった。

 

(この好機、逃す手はない……ッ!)

 

 光線級の意志の宿らぬ黒い瞳とキョウスケの視線が重なる。

 しかし空気を劈く警告音が耳に届いたのは、正にその直後だった。

 

 【レーザー被照射警告】

 

 警告内容がモニターに表示される。データリンクシステムと共にアルトアイゼンに導入された、対光線級用の被ロック判別機構が反応していた。

 照射源は言うまでもない。

 BETAが散開して、できた道の先に陣取る光線級だった。

 

(ち……ッ、数で押すだけじゃない! 連携行動も取れるのか、コイツらは!?)

 

 道が拓けたということは、射線が開けたことを意味していた。

 アルトアイゼンから光線級までの距離は残り約600……87式突撃砲は既に撃ちつくした。弾倉交換をしなければ、アルトアイゼンには内臓火器しか攻撃手段が残されていなかったが、そのどれもが光線級を有効射程に捉えてはいなかった。

 光線級は味方BETAを絶対に誤射しない ── 今から、BETAの密集地帯に逃げ込むのか?

 それとも、このまま突撃するのか。

 フットペダルの踏込みの強さが増す。それがキョウスケの答えだった。

 しかし ──

 

「── うッ!?」

 

 ── 光線級の黒い瞳がチカッと光ったと感じた瞬間、コクピットモニターが純白の閃光に包まれていた。

 視界が奪われると同時に、機体の振動が微かに増す。機体コンディションは出撃時と同じイエローのまま、致命的なダメージは受けていないが、両手の87式突撃砲の反応が消失していた。光線級の砲撃で爆散したらしい。

 光線級の妨害で、アルトアイゼンは視力を奪われながらも、ただ愚直に直進していた。

 何かに被弾するたびに奔る閃光……この感覚をキョウスケは良く知っていた。

 

「バリアか? 目がチカチカするぜ……」

 

 流石に、ここまで強烈な閃光は初体験だったが、元の世界での突撃任務時によく似たような状況に落ちいった思い出があった。

 アルトアイゼンにはビームコートが施されている。

 突撃、強襲任務を主とするアルトアイゼンは、侵攻を阻止しようとする敵の弾幕に曝され、必然的に被弾率が非常に高くなるため、機体の損耗率を減らすために対ビーム用の特殊蒸散コーティングが備わっていた。

 他にもABフィールドや特殊防御フィールドという方法もキョウスケの世界にはあったが、事前の処置だけで済み、主機出力を食わない防御手段であるビームコートは、まさにアルトアイゼンには打ってつけだった。

 おかげで、主機の生み出すエネルギーを全て突撃に回すことができるのだから。

 

(……だがコーティングは対ビーム用……何故、レーザーを弾く……? まぁ、いい……! 考えるのは後だ!)

 

 データ上、間違いなくアルトアイゼンのビームコートが光線級の照射に反応し、無効化していた。機体各部に被弾が数十か所。その全てを、特殊コーティングが弾き、反応した光でモニタは白く染まっていた。

 だがレーダーは光線級の位置を捉えている。

 レーザー照射受けてもアルトアイゼンの速度は衰えることを知らず、距離は500……400……300と詰まっていく。

 キョウスケは光線級集団が群れているはずの場所に、5連チェーンガンから徹甲弾をばら撒いた。

 数秒後、レーダー上の光線級の位置を通過し、アルトアイゼンを制動しターンさせる。モニターのホワイトアウトが回復するまでさらに数秒。その間、光線級からの照射は一切ない。

 モニターが回復した時、アルトアイゼンの足元には、肉片と化した光線級が転がっていた。

 

「よし、次だ……!」

 

 まだ原型を留めていた数体の光線級をチェーンガンで仕留める。残り4つの光線級集団の内、最も位置が近い物へ向けアルトアイゼンは跳び出した。

 道を開けていたBETAたちが、手のひらを返すようにアルトアイゼンに挙ってくる。アルトアイゼンは内蔵火器で道を切り開きながら、巧みに次の目標へとまい進していった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【12時41分 指揮所(CP)

 

 相変わらずCPは騒然としていたが、歓喜の声を上げるCP将校が中に混じっていた。それはヴァルキリー0 ── キョウスケの上げた戦果による所が大きかった。

 

「光線級集団、3つ壊滅! 残り2つです!」

「凄い……! なんだこの戦術機は!? 単機でBETA集団の中を駆けまわるなんて……信じられない!」

「……ッ!? 報告します! 盆地内のBETA集団の多くが転進、例の赤い戦術機に向かっています!」

「なんだと!?」

 

 CP内を飛び交う最新情報の嵐。

 他のCP将校と共同して、遥も戦域情報を収集、分析していくが、言葉の通り、今にも防衛線を突破しようとしていたBETA群の動きに変化が見られていた。

 最前衛となっているBETA群には目立った動きはないが、戦術機部隊と接触していないBETAのほとんどが、アルトアイゼンに向け進路を変えていた。それに応じて、BETA増援による戦術機部隊の防衛線の崩壊リスクが減少する。

 分析した結果、MLRS部隊展開終了まで、どの戦術機部隊も持ちこたえることができそうだった。知らず知らずのうちに、アルトアイゼンはBETAを引き付ける撒き餌のような役割を担っている。

 しかし多くのBETAが押し寄せれば押し寄せる程、それだけアルトアイゼンが離脱できる確率は限りなく0に近づいていく。それは遥も理解していた。

 

(このままでは南部中尉が……!)

 

 「A-01」に情報伝達と指示を飛ばす内に、数分があっという間にすぎてしまう。

 戦域マップから4つ目(・・・)の光線級集団が消滅した。

 その直後だった。

 最上級のCP将校が、決定事項を発表したのは。

 

「よし! これよりAL弾頭ミサイルを発射! その後、展開終了しているMLRS部隊は砲撃を開始せよ!」

「了解! 各MLRS部隊に伝令します!」

「ッ……!? お、お待ちください! まだ戦域には我が隊の一員が残っています!」

 

 遥は最上級CP将校に意見を述べた。

 

「まだMLRS部隊の完全展開まで時間がかかります! また彼が囮になり、防衛線へのBETA増援も減少が予想されており、展開終了まで防衛線の維持は可能なはずです!」

「貴官の言う通りだ。だが戦域中の光線級集団が激減した今こそ、砲撃を開始する絶好のチャンスなのだ。現在展開完了しているMLRS部隊の火力でも、残り1つとなった光線級集団なら抑え込み、殲滅可能と判断した。

 早々に好戦級を無力化し、支援砲撃を開始することが今は最も重要だ」

「し、しかし……!」

 

 最上級CP将校の判断に、遥は言葉を失った。

 劣勢に追い込まれている友軍への支援砲撃は確かに急務だ。最優先させるでき内容であるのは間違いない。

 しかしそのために、最上級CP将校はキョウスケを切り捨てようとしている。既に4つの光線級集団を仕留めたキョウスケとアルトアイゼン……楽観的に考えれば、彼なら、このまま全ての光線級BETAを狩りつくしてくれるだろう。

 だがそれは遥の希望的観測に過ぎない。

 長いBETAとの闘争の歴史で、単機で光線級吶喊を成し遂げた者は一人もいないからだ。

 

(で、でもこのままでは……!)

 

 遥の考えを読んだかのように、最上級CP将校が言う。

 

「最後の光線級集団を、君の部隊の赤い戦術機が完遂するとしよう。しかし、それはいつだね? 1分後か? それとも2分後か? もしかしたら10分後かもしれない……その間に、どれだけの衛士がBETA共の餌食になるか、分からない君ではないだろう?

 だが今すぐ砲撃を開始すれば、その不確かな時間の間に犠牲になる衛士たちを救えるかもしれんのだ。

 それに、単機であれだけのBETAの中で孤立して、生還できるはずがあるまいよ。死ぬと分かっている者のために、生者を犠牲にするわけにはいかない」

「う……!?」

 

 遥は反論できなかった。遥も、既にBETAに囲まれ、さらに大量の増援が向かっている状況で……それでも、キョウスケが生きて戻ってくると……心の底から信じて切ることはできなかった。

 BETAの中で孤立した者は死ぬ。軍では常識だ。軍で最少戦闘単位(エレメント)での行動が義務付けられているのはそのためだ。

 それに遥が砲撃中止を具申し、それが受け入れられたとしよう。

 だがそれでキョウスケが生還しなければ、その間に死ぬ衛士は完全にただの無駄死にになってしまう。

 言葉が出ない。最上級CP将校の案は、実現可能で、より多くの衛士と兵を救うことのできるものだったからだ。

 

「君には、君なりにできることがあるのでないかね?」

 

 最上級CP将校の言葉に、遥かははっと息を飲んだ。

 

(作戦中止ができなくても、南部中尉に状況を連絡し、撤退指示を出すことはできるわ……)

 

 自分の役割はCP将校。

 部隊の目であり耳であり、頭である。

 危険が迫っていることを伝えるため、遥は回線を開こうと機材を操作した ── その時。

 

「光線級、AL弾を迎撃! 重金属雲、展開されます!」

「ッ……!?」

 

 MLRS部隊から発射されたミサイルが、地上からのレーザーで撃ち落とされる光景が目に飛び込んでくる。

 搭載されていたAL弾頭がレーザーに反応し、光学兵器を強力に偏光する金属粒子が空中に噴霧された。やがて金属粒子は雲のように広がり、光線級がいる付近を中心にもうもうと広がっていく。

 しかし重金属雲はレーザーを妨害するが、こちらの通信機能もマヒさせてしまうと言うデメリットが存在していた。

 遥は急いで回線を開き、キョウスケに呼びかけた。

 

「こちらCP! ヴァルキリー0、応答せよ!」

『──── ィ ────』

「応答せよ! これより、MLRS部隊による砲撃が開始される! 速やかに戦域を離脱せよ ──」

『──── もう ── いっ ───』

 

 無駄かもしれないと悟りつつ、遥はキョウスケに対して警告を続けた。

 

 

 

 

 

 




その5に続きます。
本当はもう少し書いて更新したかったですが、それなりの文量になったので更新しました。
しかしテンポが悪いなぁ(汗)。


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第6話 赤い衝撃 その5

【12時41分 関東山地周辺盆地 BETA密集地域】

 

 遥が警告を発する数分前 ── 4つの光線(レーザー)級BETA集団を殲滅したアルトアイゼンは、最後の光線級集団に向けて進んでいた。

 

 BETAを押しのけ快進撃を続けるアルトアイゼン。しかし敵側の警戒が強くなっているのか、キョウスケは光線級集団を潰すごとに迎撃の手数が増えるのを感じていた。

 その殆どは要撃(グラップラー)級と戦車(タンク)級だったが、中には疎らに突撃(デストロイヤー)級も混じっていた。先の光線級のレーザー一斉照射に関わらず、アルトアイゼンがほぼ無傷であったことも影響しているのか、BETAが射線を開けることはなく、ただひたすらに肉の壁を作り行く手を塞いでくる。

 始めの光線級吶喊(レーザーヤークト)で、87式突撃砲は既に紛失していた。アルトアイゼンは内蔵火器でBETAを迎え撃つしか手がなく、虎の子の弾薬が加速度的に消費されていく。 

 とうとう、コクピット内に残弾が2割を切ったことを示す警告が表示された。

 

(本来なら、ここらが補給に戻るタイミング ── 潮時、といった所だが……!)

 

 アルトアイゼンは、光線級集団との距離を残り500にまで詰めていた。もう目と鼻の先だ。

 キョウスケはまりもの講義、そして出撃前のBETAのデータを思い返した。

 光線属種を除けば、およそBETAに対空戦力というものは存在しない。前情報通り光線級集団が5つなら、強引にでも距離を詰め仕留めれば、少なくともこの盆地上の制空権だけは取り返せるはずだった。

 なら、キョウスケが躊躇する理由はない。

 

(前進が生き残るための最善の手か! どの道、戻ったところで突撃砲以外の補給の目途は立たん……!)

 

 残弾表示を一瞥した。

 5連チェーンガンはおよそ1斉射分、アヴァランチ・クレイモアは全力射撃で残り1、2回分と言った残量しかなかった。

 

(今回の実戦で体感したことだが……BETA、特に小型種には連射系火器が有効だ。速やかに光線級を排除するため、チェーンガンは温存しておきたい所だ……なら!)

 

 キョウスケはコンソールを操作し、武装を選択する。

 アルトアイゼンが呼応して、腰部ウェポンラックに収納されていたビームソードを手に取った。リレーのバトンを思わせる筒の先端から、光が伸び、煌めく刀剣を形作る。

 ビームソードを持った左腕を振るった。

 アルトアイゼンの背後を取ろうとしていた要撃級が、バターのように裂け、血しぶきを上げながら沈黙した。

 

「問題ないな。最後の詰めだ。頼むぞ、アルト!!」

 

 光線級との距離を詰めるため、目の前の敵をビームソードで薙ぎ払い、前へ進む。

 しかしBETAも必死なのか、これまでにない物量がアルトアイゼンを包囲し始めていた。中にはキョウスケが見たこともない、巨体を誇るBETAも確認できる。

 さっさと光線級を撃破して、空を飛んで退散するのが最良だろう。

 と、その時 ──

 

── 地上から空中に向け、無数のレーザーが照射された。

 

 それは光線級の対空迎撃の光だった。

 ひやりと、キョウスケの額に汗が冷たく流れる。

 

(まさかMRLS(マルス)砲撃? まだ攻撃開始までは時間があるはずだ……!)

 

 迎撃されたミサイル弾は空中で爆散し、どす黒いモヤとなって戦域内を包み込んでいく。砲撃は光線級によって次々と無効化され、加速度的にモヤは広がって行った。

 重金属雲。

 そう呼ばれるそのモヤに、アルトアイゼンも飲み込まれた頃、CPから通信が入ってきた。

 

『── ら ── P! ─── リ ──、── よ!』

「こちらヴァルキリー0! 良く聞こえない! もう一度、言ってくれ!!」

『────! これ──、──── 砲撃 ───── 域 ─── 脱せ ───!』

「よく聞き取れない! もう一度言ってくれ!」

 

 聞こえてくる声は「A-01」のCP将校、涼宮 遥中尉のもので間違いなかった。

 途切れ途切れの通信は繰り返される。

 破片となった言葉と先ほどのミサイル弾から、キョウスケは自分の置かれた状況を瞬時に察した。

 

(光線級が漸減したことでMRLS部隊の完全展開を待たず、砲撃を早めたか……どこのどいつか知らんが、やってくれたな……!)

 

 端的に言えば、キョウスケは切り捨てられたのだ。

 戦術機が単機でBETAに包囲され孤立すれば、まず生きて戻れない。この世界の常識に疎いキョウスケでも、それはまりもの講義や自力で調べた資料などから承知していた。

 この世界の常識(・・・・・・・)からすれば、盆地の中央付近にまで食い込み、圧倒的な数のBETAに包囲されているアルトアイゼンが助かる見込みは限りなくゼロに近い……見捨てて然るべき存在なのかもしれない。

 それに砲撃開始が早まれば、それだけ友軍の被害も少なくなるだろう。

 理屈は頭で理解できるが、納得できるかどうかは別問題だった。

 

(重金属雲の展開は、本格的なMLRS砲撃の前準備だったはず! ならば、その前に光線級集団を殲滅し、離脱してみせる! 俺とアルトを舐めるなよ!!)

 

 光線級集団まで残り距離200 ── 眼前に、要撃級が群れをなして邪魔をしてくる。

 1体をリボルビング・バンカーで撃ち抜いた。四足に支えられている胴体に風穴が空き絶命、死骸を他の要撃級に叩きつけ、ビームソードで斬り捨てた。

 一瞬で2体の要撃級を始末したキョウスケだったが、タイムリミットが迫っている中、格闘兵装のみで残り10数体を相手にするのは些か効率が悪すぎる。

 

「雑魚どもが……! 仕方ない、手札(カード)を切らせてもらうぞ!」

 

 キョウスケはアルトアイゼンを前進させながら、アヴァランチ・クレイモアを発射した。

 火薬入りのベアリング弾が、柔らかい要撃級の肉に食い込み、内部で爆ぜる。正面の要撃級のみ細切れの肉片に変えながら、残骸はアルトアイゼンの巨体で弾き飛ばしながら突撃する。

 数秒後、残弾ゼロ(・・・・)の警告がコクピット内に鳴り響いた。

 しかしアルトアイゼンの双眸は既に光線級集団を捉えていた。

 光線級の黒い円らな瞳と視線が合ったのも束の間、キョウスケが引いたトリガーによって、チェーンガンによる掃射が始まり、10秒以内に殲滅は完了した。

 同時に2度目の警告表示。

 【左腕5連チェーンガン 残弾ゼロ】 ── アルトアイゼンが使用できる内蔵火器は、これでリボルビング・バンカーが残るのみとなる。

 キョウスケは光線級集団の死骸の上にアルトアイゼンを着地させ、CPに通信を入れた。

 

「こちらヴァルキリー0! 光線級吶喊、完了! 繰り返す、光線級吶喊、完了!」

『─── りだ ──』

「やはり駄目か……! 仕方ない、ヴァルキリー0、これより離脱を開始する!」

 

 重金属雲の展開中は電子機器に障害が出る。金属粒子で出来た雲が、電波を乱反射してしまうためだ。索敵機能も100%の能力を発揮することはできないようだ。

 重金属雲展開の最大の目的はレーザー威力の減衰だが、光線級集団が壊滅してしまっては、通信機能を妨害する邪魔者以外の何者でもなかった。

 キョウスケはTDバランサーの出力を調整、バーニアを噴かせてアルトアイゼンを浮き上がらせた。

 アンバランスな機体の重心制御が目的のTDバランサーだが、重力制御出力を最大にすれば、短時間ならアルトアイゼンでも飛行ができる。

 もちろん、常時飛行できるヴァイスリッターに比べれば、お粗末な代物かもしれないが、BETAの攻撃の届かない高度を取る程度なら朝飯前だ。

 浮遊したアルトアイゼンの眼下にBETAが群がってくる。要撃級が前腕を伸ばしてくるが、アルトアイゼンにはかすりもしない。

 

(この世界の人間が、光線級殲滅を最優先にする理由がよく分かるな。対空能力を持つBETAが光線級しかいないのは、こちら側の人類にとって僥倖と言える)

 

 蠱毒壺の毒虫の如く蠢くBETAを尻目に、キョウスケはアルトアイゼンの進路を盆地辺縁へと向けた。

 

(そろそろ、AL弾頭からの換装が終了する頃合いか? 展開終了した部隊も加わり、本格的なMLRS砲撃前に戦域外に退避したい所だな)

 

 砲撃はBETAが密集している中央部 ── アルトアイゼンがいる近辺と、辺縁の味方部隊への支援砲撃の2つに大きく分かれるだろう。アルトアイゼンの最大戦速なら、最悪でも中央密集部からの脱出は可能だと、キョウスケは踏んでいた。

 

 背部メインブースターに再び火が入り、アルトアイゼンが前進を開始する ──── しかし、その鼻先を押さえつけるかのように、アラーム音がキョウスケの耳を劈いた。

 

 直後、右側面からの強烈な衝撃 ── 踏ん張りの効かない空中に居たため、アルトアイゼンは容易に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「くっ……!?」

 

 不意の衝撃に持っていかれそうになる意識を繋ぎ留め、キョウスケは状況を確認した。

 

(ダメージチェック……ッ!? 右TDバランサー及びウィング破損だと!? リボルビング・バンカーに強酸性の粘液(・・・・・・)が付着……!?)

 

 コンソール上のダメージを表示するボディアイコン。TDバランサーが内蔵されている右肩部側面が赤く染まっていた。空力制御のために展開するウィング部分に至っては黒で、圧し折れてしまったか、完全に欠損していることを示している。

 脆い部分とはいえ、アルトアイゼンの部品を破壊する程の破壊力。MLRS砲撃はまだ始まっていない……なら、攻撃してきたのはBETAということになる。

 下手人はすぐに割れた。

 恥ずかしげもなく、そのBETAは圧倒的な巨体をモニターに映していたからだ。

 

「あれは……要塞(フォート)級、という奴か……?」

 

 蜂のような下腹部に、芋虫のような胴体、そこから鋭角な8本の足が生えているBETAだった。その全長はアルトアイゼンのゆうに倍以上はある。光線級吶喊中にも見かけたが、動きが緩慢だったため無視していたBETAだった。

 要塞級BETAの下腹部から長く太い触手が伸びており、その先の衝角からはドロリとした液体が分泌されていた。うねうねと空中で蠢いていたが、目測で触手の長さはおそらく50mはある。

 空中浮遊していたアルトアイゼンは、要塞級の触手(・・)攻撃で地面に叩きつけられたと見て間違いない。

 

「俺としたことが油断した……! 勉強不足は否めんが、ふざけた隠し玉だ…………囲まれたようだな」

 

 重金属雲で機能障害を起こしているが、機体周囲の情報程度はレーダーが拾ってくれる。正面に要塞級が2、全周に要撃級が30以上、戦車級は数えることを諦める程度には多数存在していた。

 キョウスケはアルトアイゼンを立ち上がらせたが、TDバランサーの1機が破損したためか、動きにぎこちなさを覚える。下手な操作を入力すれば、即転倒してしまいそうにすら思えた。

 

(……だがアルトの推力を駆使すれば、重力を打ち消し、直進だけは出来る筈だ。もっとも、TDバランサーの補助が半減した以上、文字通り曲がれそうにはないが……問題は、あの要塞級の触手だな)

 

 唯でさえ鈍重なアルトアイゼンの柔軟性がさらに損なわれたのだ。おそらく、加速し空中に浮き上がるまでの時間で、要塞級の触手による妨害が入るのはほぼ間違いないだろう。

 要塞級が邪魔だ。

 キョウスケはアルトアイゼンに残されている、自身が最も信頼している内蔵火器を武装選択する。

 ガチンッ、と音を立ててリボルビング・バンカーの撃鉄が上がり、シリンダーが回転した。

 

「いいだろう。邪魔をする者は、何であろうと撃ち貫くのみ……!」

 

 右腕部を構え、アルトアイゼンは大地を蹴った。

 キョウスケとアルトアイゼンは、要塞級の巨躯に向けて突撃していく。

 

 



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第6話 赤い衝撃 その6

【12時47分 関東山地周辺盆地 BETA密集地域】

 

 アルトアイゼンの跳躍を合図に、背面にある計17個のスラスターが火を噴いた。

 

 しかしその加速に、キョウスケは明確な違和感を覚える。

 アルトアイゼンの右肩基部のTDバランサーの破損により、残る1つのバランサーで機体の重心偏差の調整を行っていることが原因だった。

 戦闘速度を維持するために、オーバーヒート寸前の臨界運転を左側TDバランサーに強いらざるを得ない。長くは持たない。それを承知の上で、キョウスケは操縦桿を動かした。

 モニター正面には2体の巨大なBETA ── 要塞(フォート)級が待ち構えている。虫のようなパーツを無理やり接着させたような外見は、全高50mを優に超していた。巨大、と言ってもキョウスケの世界の特機のような雄々しさはなく、要塞級のグロテスクな巨体は見る者全てに圧迫感を与えるのみだ。

 デカイ。それは鈍重ということ……これはどの世界でも通用する物理法則のようで、要塞級の動きは緩慢だった。しかし見た目に反して、下腹部と思われるパーツから伸びた触手だけは、機敏で予測不能な動きを見せてくる。

 

(バランサーをやられ……どのみち、微細な軌道調整は無理だ……! このまま突っ込む!)

 

 フットペダルの踏込みに呼応して、フレキシブルスラスターの排炎が増した。

 まるで高速で発射される巨大な質量弾 ── 猛スピードで直進するアルトアイゼンに、物怖じすることなく要塞級の触手は襲いかかる。

 2体の放った触手先端にある衝角が、大きな接触音と共に胴体と右腕部に接触した。

 コクピットが前後に激しく揺れる。モニター上でアラームメッセージが飛び交う。【損傷度約50%】【強酸液付着】【バランサー出力不安定】 ── 全てを承知した上で、キョウスケはペダルを踏み込むのを止めなかった。

 

「バンカー! 止められるものなら ──」

 

 要塞級の衝角は、アルトアイゼンの強固な外装を破壊できず、その勢いによって弾き飛ばされた。

 防御を捨てた突撃により、触手攻撃に間隙ができた。

 要塞級の構造の中心点 ── 三胴構造の結合部にロックオンマーカーが、赤く刻み込まれる。

 

「── 止めてみろ!!」

 

 バンカーの切っ先が結合部の肉に深々と突き刺さり、撃鉄が下り、炸薬によって撃ち出された。

 肉が大きく抉れ、飛び散る体液がアルトアイゼンを汚した。

 だがアルトアイゼンは止まらない。抉れた先の肉に再装填されたバンカーをさらに打ち立て、機体の全重量を押し付けていく。多く技術者たちに気が狂っていると揶揄されたこともある、圧倒的数のスラスターとその出力により、みちみちと右腕部が深く食い込み、とうとう、要塞級の巨体が地面から浮き上がった。

 要塞級の自重とアルトアイゼンの出力により、さらに深くめり込んだバンカーが1発、2発、3発と撃ち込まれた。

 轟音が響くたびに衝撃が要塞級の体内を駆け巡り、打ち切った頃には三胴構造の結合部に巨大な穴が空いていた。

 【リボルビング・バンカー、弾倉交換】 ── アラームと、自重でバラバラになる要塞級の1体を尻目に、キョウスケはアルトアイゼンを着地させる。

 

「くっ……!」

 

 制動をかけたが、加速の勢いを殺しきれない。上体が揺らいだアルトアイゼンは前のめりに倒れてしまった。

 2基のTDバランサーで誤魔化されていた機体バランスの悪さが、徐々に浮き彫りになってきている。残る1基がオシャカになれば、戦闘機動に甚大な影響をもたらすのは火を見るより明らかだった。

 キョウスケはアルトアイゼンを起き上がらせ、旋回させる。

 残る1体の要塞級の触手が間髪入れずに飛んできたが、バンカーの切っ先で払い落とした。その際、衝角先端より強酸性の粘液が右腕部に浴びせられたが、表層から白煙が上がっている程度で駆動に問題はなさそうだった。

 

「デカブツが。一度切った手札が、そう何度も通用すると思うなよ!」

 

 触手の2撃目が来る前に、リボルビング・バンカーの弾倉交換を完了する。弾切れのアラームは解除され、発射準備態勢は整った。

 触手の攻撃をバンガーで薙ぎ払い、アルトアイゼンは再び加速体勢に入った。

 

「ブースト! あとはぶつけるのみ!!」

 

 右腕部を振り上げ、フレキブルスラスターを展開。

 メインブースターが火を噴き、あとは戦闘速度まで一気に加速するだけ。

 そう、思った矢先 ──

 

「なっ……!」

 

 ── キョウスケの思いもよらぬ事態が発生した。

 爆発音、そしてコクピット内に激振。直後、【リボルビング・バンカー使用不可】とのアラームが表示され、右腕部が操作に応じなくなったのだ。

 ダメージを表すボディアイコン ── その右腕部が、大破を意味する赤に変色していた。

 しかしBETAから右腕部への攻撃は受けていない。要塞級の触手を打ち払いはしたが、それはバンカーの切っ先で行い、右腕部へのダメージはなかったはず。強酸性の粘液が付着したままで表面こそ浸食されていたが、外観に大きな損傷は見られなかった。ダメージ過多の警告もなかった。

 だが、キョウスケはふと、気づく。

 

(強酸性……粘液……そうか! 俺としたことが、迂闊な……!?)

 

 要塞級から分泌された強酸性の粘液が、右腕部に付着したまま(・・・・・・・・・・)の状態で弾倉交換を行ってしまったことに今更気づいた。

 右腕部に残っていた強酸粘液が、弾倉交換に伴い、シリンダー内に侵入したとすれば……炸薬の薬莢は、アルトアイゼンの装甲とは違う。安上がりな、ごく有りふれた素材で作られている。

 装甲は溶かせなくても薬莢が溶ければ、中の炸薬と反応し引火。通常1つずつ使用し、リボルビング・バンカーを撃ち出す炸薬が一斉に反応すれば、規定以上の衝撃が右腕内部(・・)から発生してしまう。

 想定外の方向からの予想外の衝撃……結果、機能不全に陥っても不思議はなかった。

 そして原因検索のために行った、このたった数秒のキョウスケの思考。

 これもまた致命的だった。

 

「しまっ ──── ッ!!?」

 

 要塞級の衝角が直撃し、加速前のアルトアイゼンは弾き飛ばされた。

 地面に叩きつけられ、数度回転し、仰向けに倒れて止まる。衝角の命中した胸部装甲表面に傷はついていたが、その硬さのためか抜けてはいない。

 常人なら脳震盪を起こしかねない衝撃だったが、アルトアイゼンに乗り続け、この手のものに慣れていたキョウスケは辛うじて意識を繋ぎとめていた。

 急ぎ、アルトアイゼンを起立させようとする。

 しかし、右腕部はやはり動かない。

 重心が上部に極端に集中しているアルトアイゼンを、片腕だけで起き上がらせるのは骨だ。機体を回転させうつ伏せ状態にし、脚部の動きで起き上がることを検討する。

 

「っ!?」

 

 しかしその時、もはや聞き飽きてしまった大音量がコクピットに響いた。キョウスケは周囲に警戒を促される。

 落着地点が悪かったのか、レーダー中央のアルトアイゼンの周囲が、BETAのマーカーで赤く染まっていた。

 BETAが密集しすぎて点が見えない。目を疑うような情報はそれだけではなく、装甲表面に小型種が取りついたことをデータが通達してきた。

 赤い蜘蛛のようなBETA ── 戦車(タンク)級が、餌に群がる蟻のようにアルトアイゼンに張り付き、下腹部の大口を開けて噛み付いていた。

 

「くっ! 離れろ!」

 

 左腕部に取りついた戦車級を払いのけようと動かした。しかし相当な力で掴みかかっているのか、腕部を振るう程度ではへばり付いて剥がれない。

 戦術機すら噛み砕く戦車級の大顎は、これまで多くの衛士を喰らってきたと聞いている。アルトアイゼンの装甲を易々と噛み砕くことはできないようだったが、そんな化け物に取りつかれて良い気分はしない。

 

「加速して、振り落してやる ── くっ!」

 

 モニターに映り込んで来た大きな影を見て、キョウスケは息を飲んだ。

 人が歯を食いしばったような尾を持ち、サソリのような外観を持つ大型種 ── 要撃(グラップラー)級がアルトアイゼンを見下ろし、前腕衝角を振り上げてきたからだ。

 

「っ……!」

 

 振り下ろされた衝角が機体を震わせた。

 繰り返し打ち下ろしてくる衝角を左腕部で防御する。コンソール上のボディアイコンの色が黄色から徐々に赤に近づいていく。

 今度は視界が狭まった。カメラアイ上に戦車級が取りついたらしい。がりがり、と装甲を噛み削る音が気味悪く耳に届いてくる。装甲なら兎も角、関節部などの比較的脆い部分を攻撃されたら、と思うとゾッとした。

 さらに群がってくる要撃級の数が増え、振動の頻度が増した。おそらく、今のアルトアイゼンを外から見れば、無数のBETAに飲み込まれ、その姿はまともに確認できないに違いない。

 

「調子にのるなよ……! この化け物どもが!」

 

 キョウスケは対応策を考える。

 アヴァランチ・クレイモア。

 それが真っ先にキョウスケの脳裏に過った攻撃方法だったが、あいにく弾は切らせてしまっている。

 5連チェーンガン。

 防御に左腕を使ってしまっており、要撃級の度重なる打撃で砲塔が歪んでしまっている上弾切れだ。どの道、徹甲弾の連射でどうにかなる状況ではない。

 リボルビング・バンカー。

 右腕部が機能不全に陥っており、弾が残っていても使用できない。

 アルトアイゼンは内蔵火器の全てが使用不可の状況に追い込まれていた。ちなみにビームソードは最初の墜落時に紛失していた。

 

(エクセレン……こんな時、お前がいてくれたなら……)

 

 単機特攻の限界を、打撃音とアラームが鳴り響くコクピット内で痛感しながらも、キョウスケはまだ諦めていなかった。

 

(こんな訳も分からない別世界で死んでやる訳にはいかん……エクセレンたちの元に帰る。そのために、俺は生き残らなければならない……! だからアルト! 俺にお前の力を貸してくれ!!)

 

 まるでキョウスケの思いが伝わったかのように、アルトアイゼンの主機出力が高まっていき、生み出されたエネルギーが頭部にそびえ立つブレードに流れていく。

 プラズマホーン。

 角を思わせる、白熱化した頭部のブレードが、カメラアイに密集していた戦車級をじりじりと焼く。頭部にいた戦車級も何を思ったか、白熱化したブレードに次々と飛び込み、焼滅していく。

 視界が開けたことはキョウスケにとって好都合。化け物が何を考えていようと知ったことではなかった。

 

「行くぞ……っ!」

 

 キョウスケは高めた主機出力の全てを、プラズマホーンと背部の全スラスターに注ぎ込んだ。

 地面に密着した状態から、スラスターは堰を切ったように爆炎を吐き出す。自身の吐き出した炎でスラスターが焼かれ、耐久値がつるべ落としの如く急減していく。

 だがその甲斐あってか、まるで地面から弾き飛ばされるように、アルトアイゼンの巨体は浮きあがった。BETAを突き飛ばし、そのまま空中へ躍り出る。プラズマホーンで要撃級をなます切りにするおまけ付き、でだ。

 しかし無茶な推力の獲得方法に、背面スラスターのほとんどの耐久度がレッドゾーンに突入していた。

 

「アルト、まだ行けるな!」

 

 長年連れ添った相棒を信じ、キョウスケはスラスター出力を最大に上げた。フレキシブルスラスターも展開し、アルトアイゼンは戦闘速度に突入する。

 しかし滞空し、戦域からの離脱を計るアルトアイゼンの眼前に、再び要塞級が立ち塞がった。

 触手を伸ばし、先端の衝角をまっすぐアルトアイゼンに向けてきた。

 

「邪魔だッ!」

 

 キョウスケの操縦桿(スティック)操作が冴えわたる。

 衝角との擦れ違い様、アルトアイゼンは頭部を軽く振るい、プラズマホーンで要塞級の触手を斬り捨てた。衝角は空中で弧を描き、大地に突き刺さる。

 

「返しは痛いぞ……ッ!!」

 

 伸びきった要塞級の触手は約50m。

 その程度の距離、アルトアイゼンにとっては無い(・・)も同然だ。

 瞬く間に、プラズマホーンは要塞級の三胴構造の結合部に斬り込み、するりと通り抜けた。完全に両断は出来なかった要塞級だったが、自重に耐えきれず背後で崩れ落ちるのが見えた。

 キョウスケは気にも止めず、アルトアイゼンをそのまま加速し、戦域外を目指した。 

 一目散に飛翔するアルトアイゼン。

 コクピット内では様々な計器のアラームが鳴り負響いている。

 限界は近い。

 

(……だが、これでもう大丈夫だ。要塞級を避けながら飛べば、アルトに攻撃が届くBETAはもういない)

 

 眼下を蠢くBETAを一瞥し、安堵の息を漏らすキョウスケ。

 

(今回の戦いはかなり厳しかった。いくらアルトとは言え、やはり単機では限界がある。アヴァランチ・クレイモアもチェーンガンも使い切ってしまった。バンカーも修復可能か分からない……これから、どうしたものか……ッ!?)

 

 アルトアイゼンのスピーカーが機体外に響く風切り音を拾った。

 続けて、緊急離脱を推奨する警告がモニター上に表示される。それは機体の現在位置が、キョウスケの世界で言うMAPWの射程範囲内に収められたことを示すものだった。

 空を見る。重金属雲を切り裂いて、無数のミサイル弾が飛来するのが見えた。

 

MLRS(マルス)砲撃が始まったか!? いかん、早く、戦域を離脱せねば ──── ぐぁ!」

 

 背面から叩きつけられるような衝撃。それは、アルトアイゼンにミサイル弾が直撃した、と悟るには十分すぎる情報だった。

 程なくして、耐久度がレッドゾーンだったスラスターの反応が消える。

 体勢を維持できなくなったアルトアイゼンは、地面に不時着し、無様に転げまわって倒れた。

 

「ぐ……ぅ……!」

 

 視界が揺らぐ。何度目も分からない落下に、キョウスケの体も限界を迎えつつあった。

 頭痛がする。

 痛い。

 割れるようだ。

 ダメージチェックを行うと、姿勢制御用の小型スラスターのほとんどが機能不全に陥っていた。

 TDバランサーも臨界稼働の影響が出ていた。キョウスケの操作に従うが、起き上がったアルトアイゼンは数秒持たずにバランスを崩し、倒れてしまう。メインブースターとフレキシブルスラスターは生きていたが、これでは飛ぶことができない。

 ぐずぐずしている間に、視界はMLRS部隊の放ったミサイル弾で埋め尽くされていた。

 飽和射撃。

 BETAを根こそぎ焼き殺すための広範囲爆撃から、動けないアルトアイゼンが逃れる術は無かった。

 ミサイル弾は一定の高度に達すると弾頭が分解し、中から小型の爆弾が地上にばら撒かれる。それこそ雨あられ、といった具合にだ。

 爆発が連鎖し、BETAたちが次々と吹き飛ばされていく。

 しかしそれはアルトアイゼンも例外ではない。

 動けない機体に、矢継ぎ早な爆発の応酬。

 

「くっ……う、動けアルト……! がぁ……あ、頭が……!?」

 

 アルトアイゼンは立ち上がれず、キョウスケの頭痛は酷くなる一方だ。

 堅牢な装甲が徐々に失われていく。

 最初にやられたのは、センサー類が詰まった頭部だ。モニターが暗転した。レーダーも死んだ。機体のパラメーターの表示機能だけが残され、集音機能も失われたのか、振動の大きさに反してMLRSの爆撃音が遠くなる。

 

 

 頭が痛い。まるでハンマーか何かで頭を殴られている、そんな感覚。

 

 

 次にやられたのはTDバランサー。

 左肩側面のウィングの反応は消失、Tドットアレイも停止した。爆撃の圧力もあり、アルトアイゼンは横倒しになった。テスラドライブの恩恵も無くなり、もはや、完全に起き上がることができなくなる。

 

 

 声が聞こえる。まるで直接脳に語りかけてくるような、奇妙な声。

 

 

 

 

── 喰らい尽くせ ──

 

 

 

 

(……こんな……所で…………)

 

 頭痛が酷い。気分が悪い。もう、キョウスケは操縦桿を握ることもできなかった。

 

 

 

 

 

── 喰らい尽くせ    不完全な生命は 全て

       全ては 静寂なる    世界のために ──

 

 

 

 

 

(すまない……エク、セレン…………)

 

 愛する女の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 しかし直後、それはドス黒い闇に飲み込まれて消えた。

 叫ぶこともできず、キョウスケの意識はそこで途絶えた ──……

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ第1部も終わりです。


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第1部 エピローグ 俺の名は

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

 夢の中で、キョウスケは見覚えのない軍事施設の中にいた。

 生身ではない。愛機アルトアイゼンを駆り、施設の最奥へと突き進んだキョウスケはある男と対峙していた。

 

『狼というには、外道に過ぎるぞ、ベーオウルフ』

 

 男の声がキョウスケの心に深く浸透する。

 天然パーマのかかった赤い髪の毛、忘れたくても忘れられない、キョウスケにとっての宿敵 ── アクセル・アルマーがそこにいた。

 専用の特機ソウルゲインに乗った彼が、キョウスケとアルトアイゼンの前に立ち塞がっていた。その先には、見たこともない大がかりな転移装置があり、彼はそれを守っているようにも見える。

 

「アクセル・アルマァー!!」

 

 夢の中のキョウスケが叫ぶ。

 その目に理性の光は宿っていない。1匹の狼がそうするように、歯を食いしばり、鋭い眼光がアルセルの乗るソウルゲインに向けられていた。

 

『ベーオウルフ……いや、キョウスケ・ナンブ! 今の貴様に正義はない!』

「アクセル……! アクセルゥ!!」

 

 アクセルの言葉に夢の中のキョウスケは答えない。ただ名前を絶叫するだけ。

 その様子を見たキョウスケは疑問に思う。

 果たして、こんな記憶や経験を、自分はしたことがあっただろうか?

 アクセルとは敵として何度も拳を交えあった間柄だが、このような地下施設で、それも1対1で対峙したことはないと記憶していた。

 それに夢の中の自分の様子が尋常ではない。

 まるで狂人……いや、本当に人なのかと疑いたくもなる程に、異様な空気を夢の中のキョウスケは纏っていた。

 

『見るがいい!』

 

 アクセルの駆るソウルゲインが、夢の中のキョウスケを指さしてきた。いや違う。キョウスケの乗るアルトアイゼンの背後を指し示している。

 キョウスケは指された先を振り返った。

 人型の影らしきものが、無数に横たわっていたが、薄暗く良く見えない。徐々に目が慣れてくる。それに従って、横たわっているモノが自分の見覚えのあるモノたちだと、ようやく気付く。

 

(こ、これは……!?)

 

 横たわっていたのは、ヒリュウ改とハガネに属するロボットたち……ビルトビルガー、ビルトファルケン、SRXにズィーガーリオンと……キョウスケが見覚えのある機体はおよそ全て、そこに横たわっていた。

 それも機能不全に陥るまで、徹底的に破壊された姿でだ。

 

『それが、これまで、貴様が積み重ねてきたものだ! 自分の仲間を無残に八つ裂きにし、貴様は一体を何を望む!? 破壊の果てには破滅しか残らんぞ、キョウスケ・ナンブ!?』

 

 アクセルの言葉に、キョウスケはえもいわれぬ恐怖を覚えた。

 理由は分からない。

 理屈も分からない。

 ただ、圧倒的に自分が悪いのでは……と思えてしまう。

 それが思い込みなのか? それとも事実なのか? そんなことはどうでもいい。ただ怖かった。

 自分が、大切に思っていた仲間を殺したかもしれない……強迫観念に似た何かが頭の中に流れ込んでくる。

 

(俺は……?)

 

 手のひらが覚えていた。

 操縦桿(スティック)を動かし仲間を殺した瞬間を。

 背後に並ぶかつての仲間たちの機体が、立ち上がり、自分に向かって迫ってくる感覚を覚える。

 

【どうして、あんたがこんなことを!?】

【返して! アラドを返してよ!!】

【許さない! タスクの仇!!】

【我は悪を断つ剣なり! 貴様が悪に堕ちるのなら ──】

【キョウスケ ────】

 

 聞き慣れた声のたちの中に、彼が愛した女のモノも混じっていた。

 

【── しっかり ──── キョウスケ ──────】

 

 だが、遠い。

 それだけが遠い。

 なぜだろう? 霞が掛かった橋の先に顔も見えない待ち人を望んでいるような、意味の分からない距離感を覚えた。

 名前も思い出せない。

 それよりも、聞き慣れた声の憎悪がキョウスケの心を蝕んでいた。

 

【なんで殺した?】

【どうしてあの人なの?】

【お前が死ねばいいのに!!】

 

(や、止めてくれ……ッ!)

 

 悪夢だ。

 どうせ同じ夢なら、もっと楽しい夢を見ていたい。

 なぜ、こんな辛い夢を見なければならないのか? 

 なぜ、自分が大切な仲間たちを殺さねばならないのか?

 自分がこれからどうすればいいのか……キョウスケには分からなかった……

 

『貴様はここで死ぬべきだ、ベーオウルフ!!』

 

 アクセルの声が、脳の奥の底の底まで突き刺さる。

 自分はどうすればいい?

 死ねばいいのか?

 一体、何が正解か、キョウスケには分からなった。

 

「俺は…………?」

 

 キョウスケの意識は、ただただ混濁していくばかりだった ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第1部 エピローグ 俺の名は

 

 

 

【西暦2001年 11月28日(水) 15時36分 関東山地周辺 盆地跡】

 

 伊隅 みちるの乗る不知火・白銀が、いまだに硝煙渦巻き焦土と化した盆地跡を疾走していた。

 

 時刻は既に15時を回っている。MLRS砲撃開始から2時間以上が経過していた。

 MLRS砲撃開始をもって戦域から撤退した特殊部隊「A-01」だったが、香月 夕呼から下った新たな指令を達成するため、再び盆地跡へと足を踏み入れていた。

 

『アルトアイゼンの残骸を回収してきてほしいのよ。アレを帝国に渡すわけにはいかないから』

 

 直接命令を受けたみちるは、夕呼の言葉を思い返す。

 

『それにもう1つ気になることがあってね……』

「気になること、と言いますと……?」

『MLRS砲撃が始まった時、南部がいたはずの盆地中央地付近から妙な波動が検出されたの。

 最初は機械が爆撃による振動を拾っていると思ったけど、そうじゃない。重力波振動とも、もしかすると時空間振動の類とも取れる未知の波動だったわ。こんな波動を放出できる技術を今の人類は持っていない。多次元並列共振や位相空間結合などの超自然現象的な何かが、そこで起きていたと考えるのが妥当ね』

 

 正直、夕呼の言葉は難しくてみちるには理解できなかったが、自分がやるべき任務の内容は把握できた。

 

「では私たちは、南部中尉がいたポイントへ向かい、その場で何が起こっていたか調査し、アルトアイゼンの残骸を回収すればよろしいのですね?」

『そうよ。ついでに残っているBETAの掃討もよろしくね~』

 

 夕呼の命令を実行するため、みちるは「A-01」を連れて盆地跡へと再出撃した。

 目標地点付近に到着後、最少戦闘単位(エレメント)に別れてアルトアイゼンの捜索を開始する。元々突撃(デストロイヤー)級が少なかったこともあり、MLRS砲撃による掃討で、生き残っているBETAはごく少数だった。

 時折、まだ生きて蠢いている要撃(グラップラー)級などに87式突撃砲でトドメを刺しながら、速瀬 水月の不知火を僚機にみちるは探索を続ける。

 

『大尉』

「どうした、速瀬?」

『あいつの機体、果たして残骸が残っているんでしょうか……?』

 

 暗い表情で速瀬が質問してきた。

 最期の瞬間、アルトアイゼンのマーカーが確認されたのは、最も爆撃の激しかった盆地中央部だ。

 MLRSの飽和射撃が最も集中する地点にいては、重装甲が売りの第1世代戦術機【撃震】ですら破片も残らないだろう。速瀬の疑念は至極当然のものだと言えた。

 

「さぁな。だが博士が残骸を回収しろと言っているんだ。きっと、欠片の1つぐらいは残っているんだろうさ」

『……あの馬鹿。たった1人で光線級吶喊(レーザーヤークト)を仕掛けるなんて……!』

「…………だが、そのおかげで、多くの衛士の命が助かったのも事実だ」

 

 南部 響介の無謀な独断専行 ── 光線級吶喊の影響で、少なくともMLRS砲撃開始の時刻が10分程早まっていた。

 たった10分だ。

 しかし、されど10分 ── BETAに物量で押され、しかし撤退を許されなかったあの状況でBETAを押しとどめるには、間違いなく多くの衛士の命を代償として払わなければならなかっただろう。

 正確な数は知らないが、その数は10や20は下らないのは間違いない。そう言った意味で、南部 響介は英雄と呼んでもいい男なのかもしれない。しかし同時に愚か者でもあった。

 

(……あの時、私はもっと強引に引き留めておくべきだったのかしら……? でもそれだとMLRS砲撃は遅れ、多くの部隊に致命的な打撃を被っていたかもしれない。全体的な結果だけ見れば、南部中尉の行動は正解だったと捉えることができる…………でも)

『でも、そのために自分が死んじゃ…………いえ、何でもありません。失礼しました、大尉』

 

 みちるの内心を、速瀬が吐露していた。

 生きて帰ってくれるのが最良だ。そこを疑う余地はない。しかし戦場で落とす命が、それこそ吐いて捨てる程いる現実を目の当たりにすれば、それがただの希望的観測でしかないことは骨身に染みて理解できる。

 だからこそ「A-01」の隊規にはこう記されているのだ。

 

「決して無駄死にはするな……か」

 

 分かってはいるが釈然としない。

 命という代価(チップ)を支払い、人類にどれだけの払い出しを得られるかが最も重要な事。納得をしているつもりだったが、部下が1人、また1人と消えていくたびに考えさせられる。

 自分たちは本当に正しいのだろうか、と。

 命は投げ捨てるモノではない? それとも人類のために捧げるもの? 自分の中の答えが相手にとっての正答である保証はどこにもなく、かと言って考えの相違を許してくれるほど世界には余裕がなかった。

 そう思うと、この世界は寂しい。

 どこかに、もっと豊かで、様々な価値観を認めてくれる……そんな世界があってもいいのにと、心の何処かでみちるは思っているのかもしれない。

 

『……大尉!』

「どうした、速瀬?」

『み、見てください! 何なんですか、コレは!?』

 

 速瀬が驚愕しているものが何なのか、みちるもすぐに理解することになった。

 盆地跡に広がっているのは硝煙とBETAの残骸、そして体液の硫黄臭だけだと思っていた。事実、そうだったし、戦術機の破片でまともに残っているものは存在しなかった。

 だが、その区画(エリア)は違った。

 まだ原型を留めた(・・・・・・)人型ロボットの残骸が多数転がっていた。

 

「これは……該当する戦術機のデータが存在しないわ。……一体、どういうこと?」

 

 みちるは不知火・白銀のデータバンクで照合したが、ロボットの残骸のに該当するデータは検出されない。

 

『大尉、あちらの巨大な戦術機はなんですか!? パーツは失われていますが、おそらく原型は40m以上ありそうですよ!?』

「私の記憶が確かなら、このような戦術機は存在しないはずだ。……何なんだ、こいつらは?」

 

 嫌な汗がみちるの頬を伝い落ちて行った。

 残骸となった人型ロボットたちを見て、見てはいけないものを見ているのでは、という錯覚に追いやられる。

 

 残骸は大きく2種類に分けられた。

 戦術機程度の大きさの機体と40m級の巨大な機体だ。

 戦術機クラスの残骸は全身傷だらけで、中には腕部や脚部を欠損している機体もあったが、総じてコクピットブロックがあると思われる胸部に巨大な風穴(・・・・・)が空いていた。巨大な鋏のような武器を持つ機体や、空を自在に飛べそうな羽を持つ機体、銃剣のついた拳銃のような武器を持つ機体……みちるにとって初見の機体ばかりだった。

 40m級の機体はさらに特徴的だった。

 1体は戦国時代の鎧衣武者のような趣味的な外見をしており、手には超巨大な両刃を握り締めていた。しかし両刃は中ほどから圧し折れており、左腕部が欠損していた。

 もう1体は巨大なゴーグルを被ったロボットで、カラフルな配色が施されている。ゴーグルは破壊され、その下に小さなロボットの頭部が見え隠れ手していた。

 両機ともコクピットブロックがあると思われる胸部に大穴(・・・・・)が開けられていた。

 そしてそれらの機体は全てかなり風化しており、破壊されてからかなりの年月が経過しているように見受けられる。

 

(……異様な光景ね)

 

 特殊機が作戦に参加するとは聞いていない。

 そもそも40mという巨大な戦術機を作るメリットは皆無に等しい。全高が高ければ高いほど、光線級にとっては絶好の的であり、尚且つ重量に対する機体強度の維持が困難な上、一般的なサイズの戦術機に比べ量産性の面で著しく劣ると分かっているからだ。

 だが、目の前には40m級が転がっている。

 戦場の常識では考えられない光景だった。

 しかし ──

 

(この感じ……確か前にも……?)

 

 ── みちるは既視感(デジャブ)を感じていた。

 それもごく最近感じたものに似ている。

 

(……確かあれは、前回のBETA新潟上陸の時の……?)

 

 彼 ── 南部 響介を見つけた時の状況に非常に良く似ていた。

 

『大尉! 発見しました、南部中尉です!』

「何ッ、本当か!?」

『は、はい! あそこです!』

 

 速瀬の指摘したポイントにカメラを向ける。

 

 

 悠然と、アルトアイゼンが大地に立っていた(・・・・・)

 

 

 メタリックレッドのカラーリングに巨大な肩部コンテナ、そして特徴的な頭部の1本角 ── 間違いなく、アルトアイゼンがそこに立っていた。

 

「そんな……馬鹿な……ッ!」

 

 みちるは愕然とする。

 アルトアイゼンは健在だ。それはいい。

 しかし機体には傷が1つも付いていなかった。

 その外観は新品同様の光沢(・・・・・・・)を放っている。

 BETAとの戦闘を無傷で乗り切ったと仮定しても、爆撃に巻き込まれ無事だったなどあり得るのだろうか。

 疑問が沸き上がり、それはみちるの中で疑念に変わる。

 

(……おかしい。試作01式電磁投射砲を受けた損傷はどうした? 確か、出撃時にはダメージはそのままだったはず……?)

 

 アルトアイゼンに、およそ、弾痕と思われるものは見当たらない。

 違和感が拭えない。

 目の前に立っているのは、本当にアルトアイゼンなのだろうか。

 みちるの内心を余所に、速瀬はアルトアイゼンに回線を開いて、

 

『この馬鹿ッ、無事だったなら一報ぐらい入れなさいよ!』

 

 不知火を接近させて行く。

 その時、アルトアイゼンの双眸に暗い光が灯ったようにみちるは感じた。

 アルトアイゼンの手がゆっくりと動く。見ようによっては、相手に握手を求めているようにも見えた。だが違う。直感の告げるまま、みちるは叫んでいた。

 

「速瀬! 駄目だ、南部から離れろ!!」

『えっ ──── ッ?』

 

 瞬間、アルトアイゼンの太い手が、速瀬の不知火の頭部を鷲掴みにした。

 金属が軋む音、破砕音が響いたかと思うと、不知火の頭部はざくろのように砕け、ねじ切られた。千切れた首からオイルが血のように噴きあがる。千切られた頭部は地面に叩きつけられ、踏みつぶされて粉々になった。

 

『な、南部中尉! 何を ──── ッ!?』

 

 速瀬の声を遮るように、アルトアイゼンは前蹴りで不知火を蹴り倒した。

 倒れた不知火を踏みつけ、右腕を掴むと力任せに引きちぎる。もぎ取った腕をさらに圧し折り投げ捨てると、アルトアイゼンは不知火の左腕に手を伸ばし始めた。

 

「止めろ! 止めるんだ、南部!」

 

 みちるは不知火・白銀の背部にマウントしていた、試作01式電磁投射砲を構え、回線を開き呼びかけた。

 返答はない。

 アルトアイゼンは速瀬の不知火の腕を掴み、力をかけ始めた。肩のジョイントが軋む嫌な音を、不知火・白銀の集音マイクが拾ってくる。

 

「止めろと言っているのが聞こえないのか!?」

 

 みちるは安全装置を解除した電磁投射砲で、アルトアイゼンをロックオンした。弾種は速射の効く小口径弾。回避は難しく、尚且つアルトアイゼンを撃破せず行動不能にするには理想的だ。

 みちるはトリガーに指をかけ、応答を待った。

 本当は撃ちたくない。臨時編成されただけとは言え、南部 響介も「A-01」の一隊員なのだ。部下に手をかける事はしたくなかった。

 ロックされたことに反応したのか、アルトアイゼンの視線が不知火・白銀に向けられる。

 

「南部、これは警告だ。それ以上、速瀬に危害を加えるのなら、私は貴様を撃たなくてはならなくなる。馬鹿な事は止めて、アルトアイゼンを降りて出て来い」

『……………』

「どうした! 返答しないのであれば、こいつで貴様を無力化し、力づくでも連れ帰るぞ!?」

 

 電磁投射砲のジェネレーターがくぐもった駆動音を響かせ、弾頭発射に必要な電力が貯めこまれていく。

 南部 響介からの返答はない。

 ただ回線だけは開かれていて、響介の息遣いがみちるの耳に飛び込んでくる。ぼそぼそと、響介は呟いていた。

 

『……憎しみ合う……世界を……創造する……世界……破壊する……世界……』

「何を言っているの?」

『……喰い殺せ……不完全な生命……全て……』

「……まさか、戦争神経症(シェルショック)か?」

 

 みちるは首を振り、自分の考えを否定した。

 南部 響介は新兵ではない。自分を凌駕する技量を持つ衛士が、そう易々と戦争神経症に陥るとは考えにくい。

 しかし響介は支離滅裂な呟きを漏らし続け、

 

『全ては……静寂なる……世界の……ために…………』

「南部?」

 

 やがて声が途絶えた。

 同時に、引き千切ろうとしていた速瀬の不知火の腕を、アルトアイゼンが手放した。まだ繋がってはいたが、腕は力なく地面に落下し鈍い音を響かせる。

 アルトアイゼンが動きを止め、数秒の沈黙が流れた。

 

『……うっ……』

 

 響介のうめき声が聞こえる。

 

『……お、俺は一体……? 生きている、のか……?』

「南部、聞こえるか? 私の言葉が理解できるか?」

『……伊隅大尉? 何故ここに? 確か俺はMLRS砲撃に巻き込まれて ────

 

 

 

      ●

 

 

 

 ── 巻き込まれて……その後の記憶がない……? 何故、俺は生きている? 大尉が救助してくれたのか?」

 

 コクピットの中、霞がかった思考のまま、キョウスケは素直な疑問を通信相手の伊隅 みちるにぶつけたが、すぐにそれが、あり得ない考えだと気が付いた。

 猛烈なMLRS爆撃の中、キョウスケとアルトアイゼンの救出に赴ける戦術機は、おそらく存在しない。特殊な防御障壁を持っている機体がいれば話は別だが、この世界の技術でそれを実現することは難しいだろう。

 ヴァイスリッターを模して製造された不知火・白銀とて、耐久力は通常の白銀と大差ないはずだ。つまり、伊隅 みちるでは、爆撃の中からキョウスケを助けることはできないはずだった。

 

『それは違うな。我々は貴様を捜索にきたんだ』

「我々……?」

 

 その言葉に、マーカーが2つではなく3つあることに、今更気づく。

 

『南部、私の言葉が理解できるか? 理解できるなら、早々に速瀬を開放するんだ。アルトアイゼンを退がらせろ。奇妙な動きは見せるなよ、私もトリガーを引くたくはないからな』

 

 自分に向けられている銃口 ── 試作01式電磁投射砲に驚愕し、冷や水を浴びせられたように頭がハッキリしてきた。

 3つ目のマーカーは自身のモノに隣接、いや、真下に存在していた。

 カメラを向けると、無残な姿となった速瀬の不知火の姿が目に入る。

 頭部と右腕部がない。胴体部をアルトアイゼンに踏みつけられ、身動きが取れなくなっていた。

 アルトアイゼンを数歩下がらせる。

 速瀬の不知火は大破してしまっていた。

 

「こ、これは……?」

『貴様がやったんだ。正直に答えろ。覚えているか?』

「いや……これを、俺が……?」

 

 みちるの言葉にまるで現実味(リアリティ)が感じられない。

 臨時編成とは言え、同じ部隊の先任である速瀬を、自分が攻撃する理由が思いつかなかった。

 何より、2基のTDバランサーを失ったアルトアイゼンでは、速瀬機を攻撃するどころか、立ち上がり動くことすらままならないはず ──── そこで生まれる、強烈な違和感。

 

── キョウスケはアルトアイゼンを数歩下がらせた ──

 

 何故(・・)下がれた(・・・・)

 違和感に続き、疑念が脳裏に渦巻く。

 

「……ダメージチェック」

 

 コンソールには機体の損傷度を表すボディアイコンが表示されている。

 キョウスケが気を失う前、アルトアイゼンは右側のTDバランサーと右腕部が大破していた。思い違いではなく、それは間違いない記憶として頭に残っている。使用不可を告げるため、黒と赤に染まっていたボディアイコンが網膜に焼き付いていた。

 だが、コンソールに表示されているボディアイコンの色は青だった。

 青 ── それは損傷度0%を意味する。

 右腕部、TDバランサーだけでなく、出撃前の実弾演習で試作01式電磁投射砲に受けた装甲の傷も消えていた(・・・・・)

 

(馬鹿な……!)

 

 あれだけの爆撃を受けた後だ。コンピューターの不具合かもしれない、そう思いアルトアイゼンの右腕部に指令を与える。アルトアイゼンはキョウスケの思うように、右腕部を動かし、マニュピレーター部分を開閉する。

 不具合なし。問題なし。それが問題だった。

 

『覚えていない、か。まぁ、いい。この件に関しては、あとで香月博士に報告させてもらう』

 

 事態を飲み込めないキョウスケに対し、みちるが言う。

 

『もう1つ質問がある』

「……なんだ? 俺も訳が分からんことだらけでな、生憎、答えられるとは思えんぞ」

『構わない。貴様が知っていれば御の字、という程度の質問だからな』

 

 銃口を下げ、みちるは不知火・白銀を動かした。

 不知火・白銀に背後を指ささせ、みちるはキョウスケに訊いた。

 

『あの奇妙な戦術機の残骸について、貴様は何か知っているか?』

「戦術機? いや……戦術機に関しては、俺より大尉の方が詳しいのではないか ────」

 

 カメラの捉えた映像を見て、キョウスケは言葉を失った。

 

 それは戦術機の残骸ではなかった

 外見は確かに良く似ている。人型の巨大ロボットだったが、戦術機とは種類が違った。

 パーソナルトルーパーとスーパーロボット ── 俗にPTと特機と呼ばれるロボットたちが、骸となって目の前に転がっている。そしてそれは、キョウスケにとって身近でよく見知った類のモノだった。

 

「……SRX……馬鹿な、なぜここにいる……ッ!?」

 

 誰にも聞こえぬ小さな声でキョウスケは唸っていた。

 SRX計画で生み出されたトリコロールカラーの巨大合体ロボ ── SRXがボロ雑巾のように変わり果てた姿で横たわっていた。特徴的なゴーグルが砕け、その下にR-1の顔が見え隠れしており、相当なダメージを負ったのか全身傷だらけだ。さらに致命的なのは、コクピットブロックがある胸部に大穴が空いていることだった。

 これが戦闘中に受けた傷なら、パイロットであるリュウセイ・ダテは十中八九生きてはいない。

 

(しかし、SRXが撃破されたことはないはず……それはダイゼンガーも同じだ)

 

 巨大な鎧武者のような特機 ── ダイゼンガーの残骸も存在していた。ダイゼンガーの象徴と言える斬艦刀は中ほどから折られ、コクピットには同様の巨大な風穴。

 特機はこの2機だけだったが、PTの残骸はまだ転がっている。

 酷く損傷を受け大破していたが、キョウスケが見間違えるはずもない。みちるが戦術機の残骸と言ったそれは、アルトアイゼンとヴァイスリッターのコンセプトを引き継いだ兄弟機 ── ビルトビルガーとビルトファルケン、さらにリオンシリーズの専用カスタム機 ── ズィーガーリオンだった。

 そのどれもが風化し、錆びついている。少なくとも1年や2年ではなく、もっと長い年月が経過しているように見えた。

 まるで悪夢だ。

 ここ数日、キョウスケが頭を悩ませていた夢が、まるで現実に現れたかのような衝撃。

 

「どうなってる……!」

 

 キョウスケは声を荒げ、叫んでいた。

 

「一体、何が起こっているんだ……ッ!?」

 

 彼の独白は地獄と化した盆地跡に空しく吸い込まれ、消えて行った ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 結果から言うと、SRXたちの残骸は回収され、香月 夕呼の権限で極秘裏に国連横浜基地へと搬入された。

 

 損傷の自然回復を果たしたアルトアイゼンは地下格納庫に押し込まれ、精密調査を受けることになる。

 そしてキョスウケは、命令無視による独断専行と速瀬の不知火を破壊した罪により、3日間の営倉入りを命じられる。

 本来なら営倉入り程度で済むような罪ではないのが、光線級吶喊により光線級集団を殲滅した実績を鑑みて、数日間の営倉入りで事が済んだ。香月 夕呼が一枚噛んでいると見てほぼ間違いないだろう。

 

 何もない営倉では、時間の経過が非常に遅い。

 キョウスケは時間を潰すために、自分とアルトアイゼンについて振り返っていた。

 

(今に思えば……最初から不自然だったのだ)

 

 異世界に転移し、様々な出来事に流される内に忘れてしまっていた。

 今のアルトアイゼンの不自然さを、だ。

 インスペクター事件の最終決戦で、装備していなかった筈のビームソードをもっていたり。

 同決戦の時よりも出力が微増していたり、重量が軽くなっていたり。

 何より、あの決戦でアルトアイゼンが受けた傷が1つも残っていなかった事。それが不自然極まりない事態だった。

 

(あの時……俺は絶体絶命に追い込まれていた)

 

 最終決戦の時、並行世界から侵略してきた自分が乗っていた変異してしまったアルトアイゼン。その攻撃を受け、装甲は爆ぜ、アルトアイゼンはいつ爆散してもおかしくない程のダメージを被っていた(・・・・・・・・・・)

 そしてそのまま、並行世界の自分ともつれ合うようにして、大気圏へと突入していった。

 冷静に考えるなら、あの損傷での大気圏突入は自殺行為に等しい。

 しかし自分は異世界に転移し、アルトアイゼンの傷は完治していた。

 

(この世界の技術で修復されたものだと思っていた。だが違う。その証拠に、電磁投射砲で損傷した装甲の交換を、強度の低下を理由に行わなかった)

 

 推察に過ぎない。

 それも判断根拠に乏しいモノだ。

 キョウスケが感じている不自然さ、それを拭い去る言い訳を考えるには、知り得た情報が不十分すぎた。

 

(アルト……お前は本当にアルトなのか……? そして、俺は……?)

 

 遂に疑念は自分にまで向き始める。

 キョウスケは自分の手のひらを開いて、眺めた。

 血が通っている。温かい。営倉の冷たい空気が身に染みる。

 キョウスケは生きていた。

 そこに疑いの余地はない。

 人間としてこれまでも、そしても今もキョウスケは生きている。記憶もあり、感情もある。間違いなく、自分は自分なのだと感じる。

 しかし上手く言い表せない何かが、キョウスケの中で渦巻き、揺らめいているのもまた確かだった。もしかするとそれは価値観や、アインデンティティと呼ばれるモノなのかもしれない。

 

「……俺の名は……?」

 

 キョウスケは言えなかった。自分の名を。

 自信が揺らいでいるのかもしれない。

 そんな事では駄目だ。

 分かっている。だから自分に言い聞かせるように、キョウスケは言った。

 

「俺の名はキョウスケ・ナンブ……エクセレン、俺はお前のいない時を生きているぞ。……待っていてくれ。いつの日か、必ずお前の元に戻る」

 

 誰も聞いていない告白が、営倉の冷たいコンクリに響いて消えていった ──……

 

 

 

 

 

 

 3日という時間はあっという間に過ぎ去り、開放されたキョウスケは香月 夕呼に呼び出される。

 たった1人、キョウスケは夕呼の研究室へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 第1部はこれにて終了です。
 お付き合いしていただいた読者さん方ありがとうございました。
 今後の予定は、しばらく他の作品(短編)を書いたあと、第2部の執筆に移りたいと思います(H25、2/19現在)
 次回の更新までしばらく間が空くと思いますが、よければ本作にお付き合いください。
 これより以下、次回予告等ありますので、よろしればどうぞ。



【第2部予告(某最低野郎ども風)】

 地獄から生還したキョウスケを待っていたのは、香月 夕呼の追及だった。
 疑惑に覆い隠され、自分の存在意義が徐々に揺らいでいく。
 退路はない。進むしかない。キョウスケは夕呼に言われるまま、とある実験に協力することになる。
 それは世界の壁を超えるための実験。
 果たして、それはキョウスケを救う希望の灯となりうるのか、それとも……?

 次回「家路」
 第2部もキョウスケと地獄に付き合ってもらう。



【番外 第1部終了時のアルトアイゼンの状態(スパロボ風)】

・主人公機
  機体名:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)
 【機体性能(第1部終了時)】
  HP:6500/6500
  EN: 150/ 150
  装甲:     1750
  運動:      115
  照準:      155
  移動:        6
  適正:空B 陸A 海B 宇A 
  サイズ:M
  タイプ:陸

 【武器性能(威力・射程・残弾のみ表示)】
  ・5連チェーンガン
    威力2300 射程2-4 弾数 0/15(交換用弾丸:87式突撃砲弾が第一候補)
  ・プラズマホーン
    威力3000 射程1   弾数無制限
  ・リボルビング・バンカー
    威力3800 射程1-3 弾数 0/ 6(交換用弾倉:数個予備あり)
  ・アヴァランチ・クレイモア
    威力4500 射程1-4 弾数 0/12(補充用弾丸:現在の所補給の目途立たず)
  ・エリアル・クレイモア
    威力5100 射程1   弾数 0/ 1(使用にはこの武装の弾数および他実弾武装の2割を使用する)
  ・ランページ・ゴースト
    威力5825 射程1-5 ヴァイスリッター不在のため使用不可

  オプション装備
  ・ビームソード
    威力2000 射程1   弾数無制限→紛失
  ・87式突撃砲(36mm)
    威力1600 射程1-3 弾数30/30
  ・87式突撃砲(120mm)
    威力2600 射程2-6 弾数 6/ 6
 


【第1部後書き】
 1か月ほどで終わらせるつもりで書き始めた第1部でしたが、終わってみると2か月以上かかっていて、もう少しスピーディに執筆できたらいいなぁとか思っている北洋です。
 物語の内容的には、起承転結の「起」がやっと終わった。といった所でしょうか。
 読者のみなさんの応援もあり、なんとかここまで書いてこれました。本当に感謝しています。勉強させられることや考えさせらえることも多く、元々コメディ書きだったため、シリアスな展開を書くのに適応するのに時間がかかりましたw
 具体的に言うと、要所要所でパロネタを挟み込みたくなる病気が発症してしまいますw 大分頻度は減りましたが、原作の雰囲気をぶっ壊さないように気を付けて書いていきます。
 これから徐々に徐々にオリジナルな要素を取り込んで、物語を自分なりの「マブラブ」に変えていきたいと思います。実はこの作品、以前「にじファン」で連載していたスパロボ学院シリアス編という作品のリメイク的な意味合いが強いので、今後こそ最後まで描き切ってみたいと思っています。
 頑張って書くので、生暖かい目で気長にお付き合いしていただけると幸いです。


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第2部 家路 ~His place~
独白【香月 夕呼の場合】


【西暦2001年 12月1日(土) 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 横浜基地の地下にある研究室にて、香月 夕呼は書類の山を前に眉をひそめていた。

 

 11月28日のBETAの横浜再上陸から早3日。

 3日という時間を費やして得られたデータが右手の書類には記されている。

 

(やはり、あの残骸、この世界の技術ではなかったわね)

 

 書類には数値が羅列され、サンプルとなったモノの写真が記載されていた。名前も書かれている。

 「SRX」「ダイゼンガー」「ビルトビルガー」「ビルトファルケン」「ズィーガリオン」 ── それが、残ったコンピューターからサルベージされた残骸たちの名称だった。

 BETA新潟再上陸の最終局面、突如として現れたこの残骸たちは、夕呼の密命により「A-01」が回収したものだ。それから3日、夕呼を始めとした技術者・研究員たちの手によるデータのサルベージ、及び残存パーツの解析が行われた。

 3日間に及ぶ解析の結果が、報告書として夕呼が持っている書類だった。

 

(サルベージされたデータの殆どが、現存する理論で説明できない代物ばかり……残っていたパーツもそう……まさにオーパーツの塊ね)

 

 サルベージされたデータで名称だけは判明した。しかしトロニウム、ゾル・オリハルコニウム、人工筋肉にDML、テスラドライブと夕呼の世界の技術では実現不可能 ── だが実現できれば技術水準が30年、あるいはそれ以上の躍進を果たすことが間違いなくできる筈だった。

 

(……現物はあっても、基礎となる理論が何1つ分からないんじゃね……ふん、南部のアルトアイゼンが『古い鉄(・・・)』呼ばわりされるのも納得の超技術だわ)

 

 夕呼は苦笑が浮かべて思った。1か月や2か月で解析することはまず不可能だ。しかしどんな謎も1つの切っ掛けから紐解くことはできるはずだ。夕呼は諦めていなかった。決して妥協を許さないことが、天才を名乗る必要最低限の条件だと思っていたからだ。

 資料の中の1枚に目を通す。

 紙には【駆動可能】と書かれており、【テスラドライブ】の名が記されていた。

 

(ビルトビルガーとか言う残骸のテスラドライブのみ、何故か無傷で残っていた。これは幸運だわ。アルトアイゼンにも同種の物が取り付けられている。実動データから基礎理論を逆算的に再構築すれば、テスラドライブの生産も夢物語ではないわ)

 

 重力制御に慣性制御、それが判明しているテスラドライブの主機能だ。実現すれば、戦術機は第三世代からもう1段階進化する。それだけでなく、構築された基礎理論からさらなる発展を遂げる事も夢ではない。

 残骸から得られる情報は、人類の劣勢を覆す希望に成り得るのだ。そういう意味では宝の山。夕呼は迷わず残ったテスラドライブを取り外し、不知火・白銀に移植(・・・・・・・・・)する作業を行わせていた。

 だが美味しい話には必ず裏があるものだ。夕呼は油断せずに懸念を1人で分析する。

 

(南部 響介)

 

 出会って間もない男の名を反芻した。

 

(あの男は前回のBETA新潟上陸時に発見された。この残骸たちは今回の上陸時……両者が出現した際に得られた波動データ、それらを照合した結果、同様の物だったことが判明した)

 

 夕呼はその波動を、仮に時空間振動と呼ぶことにした。

 故意に時空間に振動を起こす技術を、現時点で人類は持っていない。自然発生したと考えるのが妥当だろう。

 

(しかし、南部 響介は両方の現場にいた。時空間に干渉するナニかをあの男が持っているのなら、今やっている実験の役に立つのかもしれない……)

 

 それは夕呼が白銀 武と始めた実験だ。始めたのは数日前。決して上手く行っているとは言い難い現状にあった。

 南部 響介が持っているかもしれない力。夕呼が望む能力を彼が持っていれば、実験の助けになる可能性はある。もちろん、それが仮定に仮定を重ねただけの希望的観測であることを、夕呼は重々承知していた。

 

(……でも)

 

 心配、気がかり、危惧の念……なんだっていい、ある種の危機感のようなものが夕呼の脳裏から離れてくれなかった。

 夕呼はデスクの上のパソコン画面に視線を移した。

 そこには、南部 響介のパイロットスーツに無断で細工をし、採取した戦闘中のバイタルデータがトレンドグラフで表示されていた。

 戦闘による交感神経の活発化で血圧や脈が上昇していており、誰にも起こる許容範囲内での変化が見て取れた……ただ1点を除いては。

 

 ある1点だけ、グラフの流れが異様だった。

 

 グラフの線が天を突くように上昇していた。数値を読み上げれば、血圧300以上、体温45度以上、しかし心拍数はフラット ── ゼロ……それはアルトアイゼンが爆撃に巻き込まれた直後の数値だった。

 しかしその値が持続する訳でもなく、パイロットスーツに仕込んだ装置が壊れたのか、そこでグラフは終了していた。

 

(あれだけのMLRS砲撃、ただ単にもモニターが破損したと考えるのが普通。でも何かしら? この嫌な予感は?)

 

 南部 響介に何か特殊な力があったと仮定して、彼1人に何ができるだろう? 所詮、人間1人だ。BETAだって1体では大したことは何もできない。人間1人に何ができるというのだろうか?

 懸念の材料はそれだけではない。

 まだ解析中の段階だったが、アルトアイゼンにも変化が見られていた。以前から解析不能だった装甲の構成物質の割合が、出撃前と比べて増えていた。具体的には3%から5%ほどの微増である。

 未知の物質。アルトアイゼンは異世界の機体だから……それで済むなら話は早い。

 しかし、それでいいのか? 

 夕呼の脳裏には疑問がわきあがり、不安は消えてくれない。まるで、世界を殺すがん細胞のようなナニカを自分が飼っているような……そんな錯覚すら覚えていた。

 いいのだろうか? 本当にこのままで? 悶々と頭の中で考えが錯綜する。

 

(……残骸からでもアルトアイゼン以上のテクノロジーは吸収できる。南部の絶対的な必要性は…………)

 

 加えて仮に白銀と同一存在であるなら彼の………と、夕呼はそこで考えることを止めた。

 実は研究室の中に、夕呼以外にもう1人いたからだ。

 夕呼の傍でウサミミ型のヘアバンドをした少女 ── 社 霞がちょこんと立っていた。

 どす黒く変色しかけた自分の思考を、夕呼は大きなため息に乗せて吐き捨てた。

 

「……博士、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ社、心配してくれてありがとう」

 

 夕呼は笑顔を霞に返した。

 と、その時、研究室に訪問者を告げるチャイムが鳴る。

 呼んでいた男がどうやら到着したらしい。

 

「社、頼んだわよ」

「……はい、嘘を言っていたら……ですよね?」

「そうよ。肩を叩くなりして教えて頂戴。それだけでいいから」

「……分かりました」

 

 短い会話の後、夕呼は訪問者に入室の許可をだした。

 ロックが解除され、ドアがスライドして開放される。

 扉の先には、赤いジャケットを着た男が立っていた。

 

「いらっしゃい。待ってたわよ、南部 響介中尉」

 

 南部は敬礼し、研究室へと入ってきた。

 自分はこの男をどうするのだろう? どうしたいのだろう?

 内心、迷いがあることに苦笑を漏らしつつ、夕呼は用意しておいた椅子への着席を南部に促すのだった。

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

   第2部 家路 ~His place~

         To Be Continued ──……

         




原作にそってストーリーを進める予定なので、第2部では戦闘パートはありません。
また第一部に比べると短くなると思います。
亀更新ですが、よければお付き合いください。


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第7話 キョウスケと香月 夕呼

【西暦2001年 12月1日(土) 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 営倉から出たキョウスケは、呼ばれるままに香月 夕呼の研究室へと足を運んでいた。

 

 もう何度目かになる訪室。見慣れた室内には夕呼と社 霞の姿があった。

 入り口で敬礼をした後、夕呼が用意していた椅子へとキョウスケは腰かける。

 

「生還おめでとう。まずはそう言った方が良いのかしら?」

 

 デスクに座ったまま夕呼が口を開く。

 

「しかしまぁ、私の忠告を無視するは命令違反はするは、好き放題やってくれたわね。単機でBETAの密集地域に飛び込むなんて、はっきり言って正気を疑うわよ」

 

 キョウスケを非難する台詞が、ため息と共に夕呼の口から吐き出された。

 十中八九、彼女は呆れているのだろう。

 BETAの中での孤立=死。それはこの世界における不動の常識だとキョウスケも理解していた。そこに自ら単機で飛び込むなど、この世界の常識に照らし合わせれば愚の骨頂だと言える。

 実行するのは、狂人かただの馬鹿ぐらいだろう。この世界の住人なら、そう考えても仕方がない。

 

(だが、あの時は速やかに光線(レーザー)級を排除することが最重要だった。俺とアルトならそれができる。その確信はあった。だから実行した……無論、それが命令違反を肯定する理由として通用する訳がないがな)

 

 戦場での命令違反。その懲罰として、キョウスケは3日間の営倉入りを命じられた。

 命令違反に対する厳罰としては軽い部類だ。おそらく、夕呼が何らかの根回しをしたのだろう。

 訊いてみるべきだろうか?

 だがキョウスケの営倉入りは既に終了している。事実を明らかにする意味もない。そう考えて、キョウスケは夕呼に質問することをしなかった。

 

「何にしろ、生きて帰ってきてくれて良かったわ。アンタには訊きたいこともまだあるしね。それが何のことか、分かっているでしょう?」

「……ああ。大方、SRXたちの事だろう?」

「ご名答」

 

 微笑を浮かべながら頷く夕呼。

 

「単刀直入に訊くわ。あのロボットの残骸たちは、アンタの居た世界の物かしら?」

「ああ……そうだ」

 

 3日前の戦闘の終盤、目を覚ましたキョウスケの前に横たわっていた見覚えのあるロボットたち ── SRXにダイゼンガー、ビルトビルガーにファルケン、ズィーガーリオン……キョウスケがそれらを見間違えるはずもない。

 見間違えようもなく、それらはキョウスケの戦友たちに機体の残骸だったのだ。

 コクピットに大穴が空き機能不全に陥っていたが、確かに彼らの乗機だった。

 

「間違いない。俺が元いた世界、元いた部隊に所属していた友軍機だ。だが何故こんなことになっているのか、俺には皆目見当もつかない」

「本当に?」

「……ああ。正直、俺も戸惑っている」

 

 行方不明になったキョウスケを仲間たちが助けに来た。いや、流石にそれはないだろう。

 キョウスケのいた部隊は異空間への転移に巻き込まれたことや、別世界の侵略者と戦ったことはあっても、並行世界へと自在に転移する技術は確立していなかったからだ。

 さらにSRXたちの残骸は、明らかに何者かと戦闘で撃破された形跡が残っていた。特にコクピットに空いた大穴だけは、転移の影響で負ったダメージではないと言い切れる。

 事実を受け止めることはできる。

 だがそれだけだ。

 何故と問われ、返せる答えをキョウスケは持っていなかった。

 仏頂面で黙るキョウスケを見た夕呼は、

 

「そう。社?」

「…………」

 

 横目で霞を見た。霞はコクコクと首を縦に振る。

 それを一瞥した後、夕呼はさらにキョウスケに質問する。

 

「実はね、この残骸たちが出現した時に時空間振動を感知したのよ。それもアンタが現れた1回目のBETA新潟上陸時に感知したものに非常に酷似していた。これに関して心当たりはないかしら?」

「時空間振動……? ESウェーブのことか?」

「さぁね? 便宜上、私がそう呼んでいるだけで、アンタの言うESウェーブっていうモノと同じかは分からないわ。問題は時空間振動が起きた地点の中心に、2回ともアンタがいたってことなのよ」

 

 夕呼が言いたいことがキョウスケには理解できた。

 彼女は自分を疑っている。時空間振動、あるいは似た類の事象を引き起こす力がキョウスケにあるのではないか、と。

 超能力、またはそれに似た常識から逸脱した能力……確かに、キョウスケはそういうモノを知っている。だが、知っているだけだった。

 

「言っておくが、俺に特別な能力は無いぞ。確かに俺の世界には念動力と呼ばれる力は存在していたが、俺にはその力はない。俺はただの軍人だ」

「あらそう、残念ね」

「俺がその場にいたのは単なる偶然だ。俺に特別な能力はない。ただ悪運だけは強いと周りによく言われたが」

「悪運、ねぇ……」

 

 夕呼は少し考えた後に言う。

 

「……まぁ、いいわ。今はアンタに特別な能力はないし、少し悪運が強い程度ってことにしておきましょう。でも今は気づいていないだけ……実は隠された能力があるのかもしれないわね」

「……どういう意味だ?」

「そのままよ。結果の前には必ず理由や原因があるモノ。私も学者の端くれだからね、2回も起こった超常現象をただの偶然で処理してしまうのが嫌なのよ」

 

 夕呼の考えにキョウスケは少し共感を抱く。プロなら、起こった現象の理由を調べ対処するのは当然だろう。

 しかし、だからと言ってキョウスケに特殊な能力がある、と考えるのは少し飛躍しすぎている気もしたが。

 夕呼は話を続ける。

 

「白銀もアンタも、世界を越えた時点で普通とは言えないのよ。転移前に比べ変化が起こってない保証は何処にもないわ。

 同じ時間軸を繰り返している白銀の基礎体力なんかが良い例よね。白銀の場合、転移と言うより時間跳躍(タイムリープ)と表現する方が正確なんだろうけど、開始地点に遡ることで肉体年齢が若返っているにも関わらず、基礎体力は跳躍前のままだったらしいわ」

「時間跳躍しているのなら、基礎体力がそのままなのは自然なのではないか?」

「肉体年齢も若返っているって言ったでしょ。白銀の場合、体をそのまま持ってきているのではないわ。例えるなら、ビデオテープの巻き戻しと同じように時間を遡っているのに、開始地点での強さだけが巻き戻す前と違っていた……上書きされた、と言ってもいいわ」

 

 武の体の変化を聞かされ、キョウスケはにわかに信じられなかった。

 転移者と接触する機会は今まで何度もあったが、転移による変化があったと聞いたことはない。特殊な能力を持っている者は元々持っている者だったし、機体も元々そういう機能を持っている物だったからだ。

 だがキョウスケの脳裏に愛機 ── アルトアイゼン・リーゼの姿がよぎる。

 外見は変わっていない。機能も同じだ。しかし3日前のBETA新潟再上陸の際、決定的に何かが違っていることを実感してしまっていた。

 

(……アルトにマシンセルのような再生能力は備わっていない……)

 

 MLRS爆撃の後、無傷だったアルトアイゼン ── 機体に変化があったのなら、搭乗者に変化があっても不思議はない。

 成長する不安がキョウスケの心の隅に巣食っていた。

 

「氷山の一角という言葉があるわ」

 

 夕呼が言う。

 

「見えないだけで、海面下には大きな氷の塊があるかもしれない」

「博士はそれが今回の転移現象の原因だと言いたいのか?」

「勘、なんだけどね。まったく……勘なんて私らしくもない。変な事ばっかりで嫌になっちゃうわ」

 

 夕呼は苦笑を浮かべていた。

 この世界の技術水準は、おしなべてキョウスケの世界のそれより低い。転移してきたSRXの残骸たちに使われている技術が凄いとは分かっても、それを構築する基礎理論をすぐに理解することはできないはずだ。理解するには時間がかかるだろう。

 夕呼はそれを1人でやろうとしているのだろうか? ふと、そんな疑問が首を持ち上げた。

 協力者はいるだろう。だがキョウスケの中で香月 夕呼のイメージは孤独だった。いつも1人で研究し、肩を並べて進んで行く者がいない。討論し、思考をより高め合える対等の学者がいなかったのだろう。

 それは寂しいことだとキョウスケは感じた。

 だからと言って、キョウスケが夕呼の分野でできる事などたかが知れていたが。

 

「さてと、次はあの残骸たちについて教えてくれるかしら?」

 

 夕呼がキョウスケに訊いてきた。

 そうだな、と呟いた後キョウスケは夕呼に質問に答えていく。

 技術の基礎理論から始まり、運用方法、使われている素材など……キョウスケは知っている事を全て夕呼に伝えた。本来なら軍事機密であり、罰せられることだろう。しかしそれは残骸から情報をサルベージしていけば何時か分かる事だと判断し、キョウスケは話すことにした。

 時折、夕呼は霞の方へ視線を向け、互いにアイコンタクトを取っていた。それが何を意味するのかキョウスケには分からない。

 請われるままにキョウスケは情報を提供した。だが同時に夕呼から情報を引き出す。特に気になっていた事は愛機アルトアイゼンの事だった。

 

「アルトアイゼンは地下格納庫に収納、そこで精密検査をしているわ」

 

 検査の結果、アルトアイゼンの状態に問題はないとのことだった。

 装甲は無傷、駆動系や制御システムに変化もみられていない。戦闘で消耗した弾薬の代えは現在手配しているらしい。

 ただ、傷だらけだった装甲が回復した理由は判明していなかった。

 

「アンタには悪いけど、アルトアイゼンはもう少し検査させてもらうわ。構わないわね?」

「ああ、よろしく頼む」

「次に聞きたいのはテスラドライブについてなんだけど ──」

 

 しばらくの間、キョウスケと夕呼は情報を交換しあった。

 夕呼はキョウスケの世界の技術を積極的に理解し、取り込もうとしている。技術の革新は、この世界に新たな火種を生むことになるかもしれない。不用意に異世界に干渉するべきではない……キョウスケも理解はしていたが、たった1人ではどうしようもなかった。

 夕呼に良い様に扱われている実感はあった。

 しかし元の世界に帰る手段は今の所見つかっていない。

 夕呼の傍にいる方が、元の世界に戻れる可能性が高いように思えた。

 

「それはそうと、話が変わるんだけど」

「なんだ?」

「アンタ、元の世界に帰りたいのよね?」

 

 唐突な話題にキョウスケは驚きを隠せなかった。

 一瞬思考が止まる。元の世界、確かに夕呼はそう言った。

 キョウスケの答えは決まっている。

 

「勿論だ。俺は望んでこの世界に来た訳ではないのだからな」

「そうよねー。でさ、今、白銀と一緒に転移装置を開発しているだけど、アンタも協力してくれないかしら?」

「なん、だと……?」

 

 キョウスケは耳を疑った。

 

「転移装置? それは本当なのか?」

「まぁね。こんな事、嘘ついても仕方ないじゃない。本当よ」

 

 耳に馴染む懐かしい言葉に、キョウスケは胸を躍らせた。 

 転移装置 ── 文字通り、世界の壁を飛び越え別の世界に転移するための装置のことだ。夢物語のような機械だが、キョウスケの世界ではシャドウミラーという転移装置を作り上げた実例が存在しており、不可能ではないことは証明されていた。

 この世界の技術で作ることができるのか?

 疑問が真っ先に湧き上がるが、夕呼が言うのだから可能なのだろう。

 

(帰れる、のか……)

 

 エクセレンや仲間たちの元に戻れる。戻れるかも ── あくまで可能性だった願望が一気に現実味を帯びたのだから、キョウスケは喜びを覚えずにはいられなかった。

 

「転移装置は白銀にある物(・・・)を回収してもらうために作成しているけど、完成したらアンタを元の世界に送ってあげてもいいわ」

「そうか。ならば協力しよう……だが、条件はなんだ?」

 

 夕呼が無償で人助けをするとは、キョウスケにはとても思えなかった。

 

「条件は……そうね、もしアンタが無事に帰れたなら、いつかアンタの仲間たちと一緒にこの世界を救いに来て欲しい……これでいいかしら?」

「……もう1度、この世界に来れるとは限らんぞ?」

「そうね、でもアンタが元の世界に帰れるとも限らないわ。いえ、むしろ成功する可能性の方が低い。でも成功し、アンタが仲間たちを連れてきてくれれば、一気にオリジナルハイヴを攻め落とすことだって容易だわ。

 タラレバで物を語るなんて私らしくないけど、成功すれば一発逆転の大博打のようなものね」

 

 自嘲するような薄笑いを浮かべ、夕呼はため息をついた。

 

(そう、転移が成功する保証はどこにもない)

 

 シャドウミラーも転移の際に多くの部隊を失っていた。転移には危険が伴うものだ。元の世界に辿りつくことなく死んでしまうかもしれないし、全く関係ない世界に飛ばされてしまうかもしれない。

 だが成功すれば、キョウスケは元の世界に帰ることができる。

 エクセレンと仲間たちの元へ ── 自分の居場所へと帰ることができる。

 客観的に考えて、その可能性は低いだろう。確率の薄い所を引かなければ、キョウスケは元の世界に辿りつくことはできない。

 無謀と言える。

 しかしキョウスケにとってはいつものことだった。

 

「その賭け、乗らせてもらおう」

 

 キョウスケは迷うことなく答えた。

 夕呼はやはり微笑を浮かべながら言う。

 

「分かったわ。今日の1700、またここに来て頂戴。それまでは……そうね、伊隅のところにでも顔を出していると良いわ」

「伊隅大尉か、そうだな。迷惑を掛けた詫びは入れねばならんな」

「それが良いわ。あと不知火・白銀の改修作業もしているから、怪しくない程度に助言してあげて」

「了解した」

 

 夕呼の言葉に頷くと、キョウスケは席を立った。

 転移装置の実験予定は1700からだ。まだかなりの時間がある。研究室を後にしたキョウスケは、「A-01」専用の格納庫へと向かうことにした。

 



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独白【伊隅 みちるの場合】

【西暦2001年 12月1日(土) 国連横浜基地 A-01連隊専用ハンガー】 

 

 伊隅 みちるは考えていた。

 

 場所はA-01専用のハンガー内、改修作業を受けている不知火・白銀の周辺。現在施されている改修内容が記されたマニュアルに目を通しながら、心の底では別の事を考えていた。

 

(南部 響介)

 

 1回目のBETA新潟上陸時に、みちるが発見し保護したあの男。

 香月 夕呼博士の命令で、特務部隊「A-01」に臨時編成されたあの男。

 彼は一体何者なのか?

 そんな疑念がみちるの頭の中で渦巻いていた。

 マニュアルに記されている改修内容を頭に叩き込んでいる最中だったが、それでも尚、南部 響介に対する不信感は拭いきれない。

 

(あの香月博士が起用したぐらいだ、出自や経歴は洗ったうえでの決定なのだろう……)

 

 南部 響介 ── 日本人、階級は中尉、近接戦闘のスペシャリスト……その腕前が肩書きだけでない事を、みちるは身をもって理解していた。

 戦績はと言うと、2回目のBETA新潟上陸において、全ての光線級BETA群を単機で撃破するという前代未聞の快挙を成し遂げている。確かに命令違反を犯してはいたが、彼の行動が戦況の趨勢を決めることになったのは疑う余地はなかった。

 実力に疑いはない。

 しかしみちるは説明されていなかった。

 

(何故、あの時、南部は新潟にいた?)

 

 香月 夕呼博士からも、本人からも理由は聞かされていない。出撃前という状況だったから省略した。それだけだろうか? いやこの先もずっと、説明される機会は訪れない気がしてみちるはならなかった。

 まぁ、それはいい。

 脛に傷持つ人間は何処にでもいるものだ。

 NEED TO KNOW ── 部隊運用の上で知る必要がない場合、例え前線指揮官であっても情報は開示されない。軍隊ではよくあること、そう考えればみちるは納得できた。

 しかしみちるの南部 響介に対する不信感を決定づけていたのは、彼の出自や経歴ではなかった。

 それは2回目のBETA新潟上陸、その最後の局面のことだった。

 

(……あれは……本当に南部だったのか?)

 

 みちるはMRLS砲撃で焦土と化した大地に立っていたアルトアイゼンを思い返す。

 外見には何の問題もなかった。しかし違っていたのだ。非科学的な物言いになってしまうが、雰囲気や気配とでも言えばいいのだろうか、とにかく身に纏っている何かが違っていた。

 それは酷くどす黒いナニカ。

 確かに、みちるにはそう感じられた。

 根拠はない。だがあれほど強く、勘が警鐘を鳴らしたのはいつぶりだっただろうか? しかし間違いなく衛士の勘……いや、みちるの底に眠る野生の勘が告げていた。

 近づくな、と。

 その直後、アルトアイゼンは速瀬の不知火に対し暴挙に出た。衝撃的で、新しい鮮明な記憶だ

 

(……あれでは、まるで獣だ……)

 

 肉食獣が獲物を食いちぎるように、アルトアイゼンは不知火の頭部を潰し、腕を捥いでいった。

 常軌を逸した光景だった。あれに乗っていたのは、本当に南部 響介だったのか? そう疑いたくなる程に。

 結果的に南部 響介は乗っていた訳だが、いや乗っていたからこそ、みちるの彼に対する不信感は強くなる。

 南部 響介は何者なのか? と。

 マニュアルを流し読みしながら、みちるはそんな事を考えていた。「テスラドライブ」と聞き慣れない言葉が書かれている。新概念だろうか?

 

「隊長」

「ん? 速瀬、どうした?」

 

 「A-01」の副隊長、速瀬 水月がみちるに声を掛けてきた。彼女は修理中の不知火の代わりに支給された撃震の調整作業を行っていたはずだ。

 

「お客さんが来てますよ」

「客? 私にか?」

 

 みちるに伝達も無ければ、誰かと会う約束をした覚えもなかった。

 突然の訪問者。速瀬の後ろから、その訪問者は姿を現した。

 

「……南部中尉?」

 

 赤いジャケットを羽織った男性 ── みちるの疑念のど真ん中にいる男、南部 響介がそこに居た。

 

 

 



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第8話 キョウスケと伊隅 みちる

【国連横浜基地 A-01連隊専用ハンガー】

 

 キョウスケと伊隅 みちるが再開する数分前 ──

 

「しかしよくもまぁ、のうのうと顔を出せたものよねぇ」

 

 ── 「A-01」専用ハンガーの入り口で、キョウスケは速瀬 水月と鉢合わせしていた。

 速瀬 水月……生身での顔合わせは、実はこれで2度目となる。

 速瀬の視線には怒気が込められ、言葉尻には棘があった。彼女の手には大きなレンチが握られている。どうやら、すぐ傍に安置されている撃震の整備をしていたようだ。

 「A-01」の面々は一貫して高性能な第3世代戦術機「不知火」を使用している。「A-01」専用ハンガーにも関わらず撃震が置かれていることに疑問を感じるキョウスケ。しかしその理由を思い出し開きそうになった口をあわててつむった。

 

「見なさいよ、コレ。アンタのせいで、修理終わるまで撃震使わなくちゃいけなくなったわ。この責任、どう取ってくれるのかしら?」

 

 トントン、とレンチで自分の肩を叩く速瀬。ちょっとした失言が引き金で、レンチが飛んできそうで非常に怖い。 

 速瀬が怒りを覚えている原因は数日前の出来事だろう。BETAの新潟再上陸の最終局面、キョウスケの乗るアルトアイゼンは速瀬の乗る不知火に危害を加えていた。

 覚えてはいない。記憶はなかったが、キョウスケが速瀬の不知火を大破させたのは事実だった。しかし政治家のように「記憶にございません」と答えでもしたら、即「滅殺ッ」されそうな雰囲気である。

 

「すまなかった」

 

 キョウスケは素直に頭を下げた。

 

「俺が中尉の不知火を破壊してしまったのは事実だ。俺にできることなら、何でもするつもりだ。それで許されるとは思ってはいないが……」

「……ふん」

 

 速瀬は鼻を鳴らした後、レンチで軽くキョウスケの頭を小突いてきた。痛みはない。その程度の軽い力加減だった。

 

「まったく、調子狂っちゃうのよね」

「速瀬中尉……?」

「さっきので許してあげるわよ。もう組織から罰は受けてんでしょ? だったら私がとやかく言うことじゃないわ。そりゃあ、不知火ぶっ壊されて怒ってるのは本当だけど……」

 

 ため息と共に眉尻が下がる速瀬。

 愛機を破壊されて怒らないパイロットはいないだろう。しかし個人が罰を与えてもそれは私刑でしかない。私刑に意味はないと理解しつつも、怒らずにはいられない速瀬の複雑な心情にキョウスケは共感を覚える。

 

「で、南部中尉は当ハンガーに何の御用なのかしら?」

「ああ。先日の件の詫びを入れにきた。速瀬中尉と伊隅大尉にな」

「それは殊勝な心がけね。大尉ならあっちよ、案内するわ」

 

 速瀬がレンチを工具箱に戻した後、キョウスケは彼女を後に付いて行った。

 ハンガー内の構造はアルトアイゼンが収納されていた所と同じだった。パイロットや整備員が通れるように戦術機のコクピット付近の高さに通路が掛けられている。眼下には重機に乗っている機体整備班、コクピット周辺に衛士やソフト面の整備をする整備員が仕事をしていた。

 速瀬の撃震以外は全て不知火が格納されている。機体色はUNブルーで統一されていた。代替え機として同型機が支給されないあたり、不知火が相当な高コスト機であると見て間違いないだろう。

 ハンガーで作業している衛士は見覚えのある少女たちで、各々がコクピット周りで調整作業を行っている。BETAの新潟再上陸前のブリーディングで顔を合わせた少女たちだった。少女たちは通路を歩くキョスウケに気づき視線を向けてきたが、それぞれの作業に手いっぱいなのか話しかけてはこなかった。

 正直なところ、キョウスケは少女たちの名前を覚えていなかった。前回の緊急出撃時には時間が無く、彼女たちの自己紹介は省略されたからだ。作戦コードでなら覚えていたが、作戦行動中以外でコードネームで呼ぶのは流石に失礼すぎるだろう。

 

(後で名簿でも見せてもらうことにするか)

 

 香月 夕呼子飼いの特殊部隊「A-01」。キョウスケのような異邦人を戦力として使いたいなら、手の届く場所に置き、何かあってももみ消せる場所に置くのが上策だ。そういう意味で「A-01」は夕呼にとって、キョウスケを最も扱いやすい場所だろうとは彼も理解していた。

 夕呼がキョウスケを横浜基地に置くなら「A-01」で何等かの役割を与えるだろう。利用されている自覚はあったが、キョウスケも夕呼を利用している。持ちつ持たれつ……横浜基地にいる限り、間違いなくキョウスケは「A-01」の面々と関わるざるを得なかった。

 しかし関わり合うなら、名前と顔ぐらい一致していないと話にならない。

 

「みんな、南部中尉のことが気になっているみたいね」

 

 前を歩く速瀬が振り返って呟いた。

 

「ま、そりゃそうか。私以外の隊員からすれば、臨時編成されたポッと出の男が発任務で命令違反して、単機で光線級吶喊をやってのけたんだもんね。話題性は十分、気にするなって方が無理よね」

「……命令違反に関しては反省しているさ」

 

 キョウスケが「A-01」専用ハンガーに足を運んでいるのは、それに対する謝罪のためなのだから。

 

「だが、あの時は光線級吶喊が最良の手だったのも事実だ」

「言われなくても分かっているわ」

 

 ため息交じりに答える速瀬。

 

「光線級を最優先で除去するのは現代の対BETA戦の基本戦略の1つよ。あの時だって、光線級さえいなければ即座に砲撃が始められたわ……でもだからって単機で特攻なんてする、普通?」

 

 速瀬の返答は、この世界の人間にとっては常識的なものなのだろう。

 敵集団へ単機で殴り込みをかける、キョウスケの世界でもあり得ない愚行かもしれない。しかしアルトアイゼンはある意味そういう目的のために造られていた。

 

「しかし俺には遂行できる自信があった」

 

 これまでの経験がキョウスケの口を動かす。

 

「命令違反と理解していたが、成功するれば多くの兵を救うことができる。なら迷うことはない」

「そうかもしれないけど……私には理解できないわ。私にはそんな博打みたいな真似できないし、部隊を統括する側からすれば、中尉の行動は連携を崩す要因になりかねないから嫌がられるわよ、きっと」

「……分かっているさ」

 

 キョウスケも軍人だ、命令系統の重要性は理解していた。戦略あっての戦術だ。単機による戦術レベルの行動が戦況を覆すことなど非常に稀だ、そういう意味で今回は運が良かったのだろう。

 しかしアルトアイゼンの運用方法や戦術は戦術機とは(・・・・・)まるで違う。

 過去の経験から、キョウスケはアルトアイゼンなら光線級吶喊(レーザーヤークト)成功の可能性が高いと判断し行動を起こしたが、根拠を理解してもらうには色々と説明をする必要がある。その内容が浅ければ信用されず、深ければ戦術機との違いから疑われるというジレンマが内包されていた。

 結果がどうなるか予測がつかない。自分が異世界人だという秘密を、これ以上にこの世界の人間に口外する訳にはいかなかった。

 

「そういえば、南部中尉。知ってる?」

「ん? なにをだ?」

 

 速瀬がまた声を掛けてきた。みちるがいる場所までは結構な距離があるらしい。

 

「中尉、今回の作戦で相当名が売れた(・・・・・)みたいよ。私たち以外の部隊でも中尉の噂話が流行っているみたい」

「そうなのか」

 

 派手な機体と戦果は目立つ。元の世界でもそうだったな、とキョウスケは思い返しながら速瀬の話を聞いた。

 

「なんでも、『赤鬼みたいな男が乗った戦術機が特攻してBETAを食ってた』とか『あ、ありのまま今起こったことを話すぜ、赤い衝撃が奔ったの思ったら、光線級の死骸の山ができていた……う、嘘じゃねぇっぺ』とか『ヘイジョニー、隣の部隊にカブトムシがいるらしいぜ?』『オーダニー、ボーイのために貰いに行こう』とか……機体に関わる機会が多かった整備兵たちの間だと、あの赤い戦術機『赤カブト』とか呼ばれてるらしいわよ」

「あ、赤カブト?」

「あの機体、角突きの兜被ってるみたいだもんね」

 

 アルトアイゼンの頭部に装備されているのは角ではなくブレード、それに兜というよりも鉄仮面に見える……面倒臭さを覚えたキョウスケは説明することを諦めた。

 兎に角、目立ちすぎるのは良いことではない。できるだけ自重すべきだ。

 速瀬の後ろを歩きながら、キョウスケは反省するのだった。

 

 

 

       ●

 

 

 

「隊長。お客さんが来てますよ」

「客? 私にか?……南部中尉?」

 

 みちるは「A-01」専用ハンガーの最奥部にいた。

 純白に塗装された第三世代戦術機 ── 不知火・白銀が安置されたスペースで、みちるは通路の手すりに腰かけながら読書に勤しんでいた。本は分厚く、色気がない。おそらく、教本か何かの類だろう。

 不知火・白銀の周囲 ── 眼下の機体足元周辺には整備兵が慌ただしく走り回っていた。夕呼が言っていた改修作業の真っ最中のようだった。

 

「南部中尉が大尉に御用だそうですよ」

 

速瀬がキョウスケを示して言った。

 

「それじゃあ私、B小隊連れて機体の実動調整しないといけないので失礼しますね」

「わざわざすまんな。何かあったらまた連絡してくれ。内線番号はいつものものだ」

「了解しました」

 

 みちるに敬礼をした速瀬は踵を返し、キョウスケに視線を向けてきた。

 

「またね、南部中尉。最も、中尉が『A-01』に臨時編成されるような事態、もう二度と起こって欲しくないけど」

「案内すまなかったな、速瀬中尉。俺もそうならないよう祈っているよ」

 

 速瀬は元来た道を去って行った。

 作業音と整備兵の声が飛び交う不知火・白銀前にキョウスケとみちるは残された。

 

「さて、南部中尉。貴様は私に何の用があるのか?」

 

 みちるは分厚い本を閉じると、キョウスケに冷やかな眼光を投げつけてきた。

 何をしに来た?

 感情を込めていない双眸が、雄弁に自分を非難してくる。前線指揮官という立場もあり、「A-01」内で命令違反を最も嫌うのはみちるに違いない。静かにみちるは怒っている。キョウスケにはそう思えてならなかった。

 

「伊隅大尉、先日は申し訳ありませんでした」

 

 キョウスケは深々と頭を下げた。

 

「……ほぅ」

「戦場での独断専行、命令違反、このような事は二度としないと誓います」

「……ふ、開口一番でそれか。なんだか、予防線を張られたような気がしないでもないが、まぁ、いい。南部、頭を上げてくれ」

 

 みちるの言葉に従いキョウスケは姿勢を戻した。みちるは真剣な顔でキョウスケを見つめていた。

 

「南部 響介中尉」

「はっ」

「先日、貴様は重大な軍規違反を犯した。1つ、前線指揮官である私の命令に背き、独断専行したこと。1つ、友軍である速瀬機に明確な攻撃を加え、大破させたこと。

 2つとも本来なら軍籍をはく奪されても不思議はない重大な問題だ。しかし今回、3日間の営倉入りの処分で済まされたのは、特殊部隊という我々の性質と香月博士の口利きがあったからに他ならない」

 

 やはりか、とキョウスケは納得した。

 元々軍属の身だ。軍内部の罰則の厳しさをキョウスケは良く理解していた。

 つい先ほどの話の中で、夕呼はその事に関して一切触れなかったが、キョウスケが横浜基地に居れるのは夕呼の力添えがあってこそだ。

 特殊部隊に臨時編成されたとは言えキョウスケはたかが一兵士でしかなく、軍の所有物である戦術機1機を故意に破壊したとなれば、その罪が営倉入り3日で済むはずはない。何らかの圧力が無ければ、キョウスケは今回の出撃で切り捨てられてもおかしくなかった。

 

「だが貴様は既に罰を受け終え、ここに来ている」

 

 みちるは言い聞かせるように口を開く。

 

「これら2つに関して、これ以上とやかく言うつもりは私にはない。

 ただし! もう2度とするなよ。貴様の軍人として正しき資質(ライトスタッフ)が疑われるぞ」

「はっ! 肝に銘じておきます!」

「よし。この件に関しては以上だ。楽にしてくれ」

 

 敬礼で返答するキョウスケにみちるが言う。

 

「で、要件はそれ終わりか? 詫びならもういいぞ。こう見えて、私も多忙なのでな」

 

 みちるは特殊部隊の隊長だ。暇を持て余すことはまずない筈……しかし傍から見ると、みちるは通路の柵に持たれて読書しているようにも見えた。

 みちるは分厚い本を開き直した。背表紙には【不知火・白銀 改造プランB】と書かれている。夕呼が言っていた改修内容が記されているに違いなかった。

 

(……博士はテスラドライブを移植すると言っていた。アレの概念はこの世界の人間にとってまったく馴染みのない代物だ……すぐに理解できるとは思えないが……)

 

 とあるページを開いたまま、みちるは眉をしかめて呟いている。

 

「実は不知火・白銀改修に伴う新しいマニュアルを読んで、理解せねばならなくてな。しかしこれが理解に苦しむ内容が多くて困っている。

 特に今回の改修で組み込むことになっている香月博士が開発(・・・・・・・)したこの『テスラドライブ』という特殊装置がよく分からない……」

 

 キョウスケの予想は的中した。 

 案の定と言うか、みちるはテスラドライブの詳細が記されたページに手こずっていたようだ。しかも何故か、テスラドライブを開発したことになっていたが……その方が丸く収まるのは間違いないので、キョウスケはあえて何も言わなかった。

 

「テスラドライブですか。一体何が分からないのですか?」

 

 キョウスケは助け舟を出すことにした。

 

「うむ。なんでも、テスラドライブとは慣性制御と重力制御を行う装置らしい。やりたいことは理解できるのだが、理屈や仕組みがさっぱり分からないのだ。そもそも、そんな夢物語のようなことが果たしてできるのか? いや、香月博士だから、きっと笑いながらやってのけるのだろうが……」

 

 うむむと唸るみちるを見て、思わず苦笑を浮かべそうになるキョウスケ。

 しかし無理もない。

 テスラドライブは異世界 ── キョウスケたちの世界でも、それまでの戦闘の概念を変えた画期的な装置だ。キョウスケの世界の天才たちが作りだし、改良し続けてきたそれを、テクノロジー面で劣っている異世界の一兵士がすぐに理解できるはずもなかった。

 みちるの反応は至極当然なものだ。

 キョウスケもテスラドイブに関しては運用の仕方や概念しか分からない。テスラドライブが一般的に普及している世界でなら、実働させる現場レベルではそれで十分だったからだ。

 しかし無理なく概念などを受け入れるためには、やはり前例がなければ難しいものだ。キョウスケが転移の事実をすんなり受け入れたのもシャドウミラーという前例がいたからに他ならない。

 みちるの場合、それがなかった。

 

(ロケットブースターの推力で重力を相殺して飛翔、カウンターウェイトを用いての慣性質量の相殺……当然、俺たちの世界でも行っている技術だ。

 人型起動兵器を運用する上での基本的な部分……非常に現実的で、実用的な技術しかこの世界にはない。良く言えば堅実で信頼性が高いが、悪く言えば延びしろ俺たちの世界に比べて極端に低くパワーがない)

 

 ブラックホールエンジン、T-LINKシステム、マシンセル ── 例を挙げれば暇がない、化け物のような技術が跳梁跋扈していた世界にいたキョウスケだ。テジタルに対するアナログのように、キョウスケにとってこの世界の技術は、骨董品を見ているような気分にしかならない。

 逆もまた然り。みちるにとって、テスラドライブは未来の超技術の結晶のようなもので、初見で理解できるはずがない物だ。

 

(俺が同じ立場でも無理だろう。どれ、無理がない範囲でマニュアルの説明でもしてみるか)

 

 マニュアルと睨めっこしているみちるに声を掛ける。

 

「伊隅大尉、よければ俺にマニュアルを見せてくれませんか?」

「ああ、別に構わないぞ。ちょうど行き詰っていた所だ」

 

 みちるからマニュアルを受け取るキョウスケ。「カウンターウェイトの除去に関する項目」が開かれていた。

 キョウスケはマニュアルを流し読みする。

 すると、夕呼の意図が見えてきた。

 

(やはりと言うか、不知火・白銀を極限までヴァイスリッターに似せるつもりのようだ。模倣から技術や知識を吸収するつもりなのだろう)

 

 ハンガーには装甲を除去・分解され、改修作業をうける不知火・白銀の姿がある。真新しい剥き出しの骨組み ── フレームが分解されたボディの中に見つけることができた。

 不知火・白銀は元々の機体構造を、フレーム構造へと改造されている最中に見えた。

 同じ人型起動兵器でも、戦術機とPTは機体の作りがまるで違う。まりもの講義でキョウスケが知った戦術機の構造はモノコック構造。PTのフレーム構造を人間の骨組みのような内骨格とするなら、モノコック構造は外骨格 ── 甲殻類の外郭のようなものだった。

 装甲その物が自重を支える骨組みの役割を果たしているのだ。

 ヴァイスリッターを模すつもりなら、装甲は全て空力カウルへと変更されなければならない。そのまま改造しただけでは、いくらテスラドライブの恩恵を受けたとしても自重を支えきれない。

 それ故のフレーム構造への改造 ── おそらく、フレームにはアルトアイゼンの装甲を参考に開発した新素材が、惜しめなく注ぎ込まれているに違いない。

 ほぼ間違いなく改修が終了した時には、装甲を削りに削った不知火をより輪をかけて華奢な機体が出来上がっていることだろう。

 

(ヴァイスリッター……この世界の人間に扱えるのか……?)

 

 一抹の不安を覚えるキョウスケだったが、今はできることをする方が建設的に思えた。

 キョウスケはマニュアルを示してみちるに、

 

「伊隅大尉、ここはですね ──」

 

 説明していくのだった。

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 数時間後。

 

 

 

 

「── ということは、不知火・白銀は装甲板の代わりに空力カウルを装備し、テスラドライブの重力制御による飛行、推進剤の消費量減少、高機動を獲得した戦術機に生まれ変わる……そういうことか?」

「その通りです、大尉」

 

 みちるの言葉にキョウスケは満足げに頷いた。

 マニュアルの説明を始めてから既に数時間が経過していた。マニュアルは量が多かったが、みちるは飲み込みが早く、教えれば教えるだけ内容を理解していった。

 先ほどの一言は、彼女が自分なりに内容をまとめての言葉だった。

 

「すごいぞ、これ」

 

 テスラドライブの項を見ながらみちるは呟いた。

 

「第三世代戦術機なんて目じゃない。もうこれは第四世代と言っても遜色ないのではないだろうか。何よりテスラドライブによる推進剤の消費緩和がありがたい。今すぐにでも『A-01』の全機に取り付けたい代物だぞ」

「まぁ、そうでしょうね」

 

 重力制御が行えれば、重力を相殺するのに必要な推進剤の量も減少する。推進剤の枯渇が即死につながる、それがこの世界における対BETA戦の常識だった。

 

「しかしそれ以外の改修内容は正気を疑うな。装甲の全廃? 装甲に見えるのは実は全部空力カウルだと? 確かに、現状の不知火でも大型級BETAの攻撃を直撃すれば即致命傷になる。だからこそ、戦術機は攻撃を避けることで生存率を高めてきたのだが……幾らなんでも、これは極端すぎやしないか?」

「……悔しいが、否定できん」

 

 ぐぅの音もキョウスケは出せなかった。

 アルトアイゼンもヴァイスリッターも元の世界では、下手すれば欠陥兵器、上手く行った現在でさえ、キョウスケたち以外は誰も乗りたがらないトンチキ兵器だった。

 いくら早く動けるからと言って、裸で戦場に飛び出したい変態はいまい。

 いくら硬くて速いからって、直進しかできずスピードが出ると曲がれない車に乗りたがる阿呆はいまい。

 常識を疑う。作り手も、乗り手も。つまり、みちるが抱いている感想はそういうものだ。

 

「当たらなければどうということは無い……それでいいのか?」

「装甲は必要です、偉い人にはそれが分からんのです!」

「黙って作業しろい、このボンクラども! 減給すっぞコラァッ!!」

 

 眼下で作業している整備兵の声が聞こえてきた。

 

「……まぁ、香月博士らしいと言えばそれまでなんだが……」

(リーゼへの改造プランを提示した手前、俺も人の事を言えんか……?)

「さて、もうこんな時間か。助かったよ南部中尉、付き合わせて悪かったな」

 

 みちるの言葉にキョウスケは時間を確認する。

 時刻は既に16時を回っていた。マニュアルを説明するのに結構時間を食っていたらしい。

 しかし夕呼との約束は1700だ。移動時間も考慮すれば、丁度いい時間でもあった。

 

「ひと段落ついたから、私は速瀬たちの様子を見に行くことにするよ。南部中尉、貴様はどうする? 身体が空いてるなら、正式に部下たちを紹介しようか?」

「すいません、香月博士に呼ばれているもので……」

「そうか。では名簿でも回しておこう。空いた時間にでも見て覚えてくれ」

「お心遣い感謝します。では、失礼します」

 

 キョウスケとみちるは互いに敬礼し合い、別れた。

 約束の時間に遅れぬよう、キョウスケは早足でハンガーを後にする。

 

 「A-01」の隊員や整備兵が黙々と作業するのを見て、キョウスケは郷愁の念を抱いていた。自分の居た部隊でも似た光景が広がっていたからだ。 

 極めて近く、限りなく遠い ── 自分の居場所。彼女もそこにいるはずだ。

 

 今できることをするために、キョウスケは約束の場所へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 



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独白【白銀 武の場合】

【16時47分 国連横浜基地 B19 通路】

 

 約束の時間が近づいている。

 転移実験に協力するために、俺は地下19階にいるであろう夕呼先生の元へと急いでいた。

 

 俺の名前は白銀 武。

 少し前までは、何処にでも平凡な男子高校生をしていた人間だ。

 だけど俺の運命はあの10月22日に捻じ曲げられてた。今の俺は平穏な学園生活など送れるはずもなく、2度目の10月22日を迎え、ただ我武者羅に走り続けて今日に至っていた。

 床を叩く軍靴の音が誰もいない廊下に木霊している。答える物は誰もいない。

 それはまるで、今の俺の状況を世界があざ笑っているようにも思えた。

 

(事情を知っているのは夕呼先生と霞だけだ。だからと言って、置かれている立場とかが違うから、夕呼先生は完全に俺の味方だとは言えないしな)

 

 夕呼先生の目的は、「Alternative4」の完遂 ── そのために必要な00ユニットを完成させるため、ある数式が必要なのだそうだ。そして、その数式は俺のいた元の世界の夕呼先生が完成させていて、俺はその数式を回収するためこの転移実験に協力している。

 転移実験の成功、それは「Alternative4」の成功に他ならない。

 「Alternative4」の完遂、それはつまりこの世界の救済に他ならないはず。とどのつまり夕呼先生は俺の立場で俺を助けるために動いているのではなく、世界を救うために俺を利用し、その結果が俺を助けることに繋がっているだけに過ぎない。

 だから夕呼先生に全幅の信頼を置きすぎるのも危険かなと、俺は考えている。

 だけど俺だってこの世界を救いたい。

 元の世界に戻りたい気持ちと同じ以上に、俺は深く関わりすぎてしまったこの世界を救いたかった。

 「Alternative4」の完成の手助けをしたい。

 その気持ちに嘘はない。だから転移実験に協力している訳だし。

 でも自分のような立場の人間が世界にたった1人だけというのは寂しい……自分勝手な疎外感を時どき覚えることがあった。

 

(……そういえば、今はもう違うんだっけ。今は俺の同じ立場の人間がもう1人いる)

 

 南部 響介中尉。

 奇跡的だと思えた。違う世界とは言え、世界の壁を超えた人間が俺以外にもいたなんて。

 

(……でも、俺、響介さんのことよく知らないんだよなぁ。演習の見学した時ぐらいしかちゃんと接触してないし……あの人は一体どんな世界から来たんだろうか……?)

 

 間違いなく、俺のいた世界より科学技術は発達していたはずだ。

 俺の世界にはロボットはなかったが、響介さんはロボットを自在に操る軍人のようだったし。

 しかも凄腕、なにより度胸が違う。俺が開発している新OSを搭載した戦術機に乗ったとしても、響介さんのような機動はできないだろう。そもそも、まねる必要はないのだが。

 

(けど俺は強くなりたい。この世界を救えるように強くなりたい。でもそのためには、俺はもっと響介さんのことを知る必要があるんじゃないだろうか?)

 

 根拠はない。ただ何となくそう思う。

 

「まぁ、今はできることするかな……ん?」

 

 俺が歩いている場所は横浜基地の地下19階。夕呼先生の研究室もあり、セキュリティーレベルはかなり高めに設定されている。

 要するに地下19階まで来れる人はほとんどいない。

 しかしどうだろう? 通路に響いていた靴の音がいつの間にか増えていた。俺の物の他にもう1つ……夕呼先生や霞は実験の準備をしているはずだから、外には出ないと思うんだけど……気になった俺は立ち止まって確かめることにした。

 

「あれ……響介さん?」

「武か。久しぶりだな」

 

 振り返ると、そこには見慣れた赤いジャケットを羽織った響介さんが立っていた。

 

 

 

 



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第9話 キョウスケと白銀 武

【16時50分 国連横浜基地 B19 通路】 

 

「あれ……響介さん?」

「武か。久しぶりだな」

 

 驚いた表情の武がキョウスケの前に立っていた。

 場所は地下19階、香月 夕呼の研究室へ続く通路だ。「A-01」ハンガーを後にしたキョウスケは、夕呼と約束した場所へと向かう途中武を見つけた。

 夕呼が転移実験に武も協力している、と言っていたことを思い出す。

 

「お前も香月博士の所へ向かうところか?」

「え、ええ、そうですけど……響介さんはなんで?」

「俺も転移実験に協力することになってな。よろしく頼む」

 

 武の肩をポンッと叩き、キョウスケは歩みを進める。

 慌てて武がキョウスケに追いすがってきた。

 

「協力するって……それ初耳ですよ。夕呼先生に命令されたんですか?」

「そうだ。今日の昼ごろ呼び出されてな。しかし連絡を入れていないとは、博士も人が悪いな」

「昼ごろですか。その時間帯だと俺は丁度整備訓練中だったから、邪魔しちゃ悪いと思って連絡しなかったんじゃないですかね?」

 

 いや、それはない。キョウスケは心の中で断言した。夕呼なら教導官のまりもを介して武に伝えることもできる。大方、武の驚く顔を見ようと故意に伝えなかったのだろう。

 だとすれば夕呼の目論みは既に達せられたことになるが……と、キョウスケは武の顔に傷があることに気付いた。武の額は赤く腫れている、3日前にはなかった傷だ。

 

「どうしたんだ、それ?」

「あ、これですか。昼の整備訓練中に……その、トルクレンチをナイフスルーされちゃって……はは」

 

 乾いた笑い声を漏らす武。

 武は素人ではない。上手く衝撃を逃したのだろうが、トルクレンチのような金属の塊が当たれば頭蓋骨が割れてもおかしくない。

 

「過激だな」

「はは……いや、まったく勘弁してもらいたいですよ」

「しかし何故そんなことになったんだ?」

「俺は悪くないですよ。昼食の時、霞がその……皆の前で俺に『あーん』ってしてきて」

 

 武は身振り手振りでその状況を伝えてくる。

 「あーん」 ── それは食べ物を箸で掴み、他人の口へと運ぶ時に自然と漏れる言葉であり、キョウスケの故郷「日本」では恋人同士の食事の時、アニメなどではわりと昔からあるシュチュエーションとして活用され、出現するタイミングとしては主に「2人きり」の時がほとんどなのだが ── どうも207訓練小隊の細やかな楽しみである昼食のひと時を、「あーん」が修羅場へと変貌させたようだ。

 それが尾を引いて、訓練中にトルクレンチが飛んできたらしい。

 

「ね? 俺は悪くないでしょ?」

「そうだな」

 

 同じ男として、キョウスケは武に同情を感じずにはいられなかった。同時に少しばかり羨ましく思ったりもしたが、それは秘密である。

 

「まぁ、女は感情的になりやすい生き物だ。そういう時は一歩引いて、落ち着くまで待つのも1つの手だぞ?」

「で、でもですよ! トルクレンチは酷くないっすか!? 下手したら死んじゃいますって!?」

 

 武が起こるのも無理はないが、キョウスケ的には、あのおとなしそうな霞が武に「あーん」をしていた事の方が驚きだ。

 

「嫉妬される。つまり、それだけ好かれているということだ。今回は犬に噛まれたとでも思って忘れることだな」

「にゃんですって!?」

「それは猫だ ── っと、もう着いたようだな」

 

 武と歩きながら話す内に、夕呼に指定されていた場所へと到着した。

 部屋のプレートには何も明記されていない。

 元々空いていた地下部屋を、実験のために使っているようだった。

 

 キョウスケは武を連れて室内に入っていく。

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時55分 国連横浜基地 B19 仮設実験室】

 

 色気のない室内には大仰な装置が鎮座していた。

 大人が入れる程度には大きい球体状の装置だ。その装置からは幾つもの太いコードが伸び、床を走っていて、その内の1つが制御盤らしき物に繋がっている。

 制御盤の前に霞と一緒に夕呼がいた。

 

「待ってたわよ2人共」

 

 夕呼がキョウスケたちに言った。

 

「じゃあ時間もない事だし早速始めましょうか? 社、準備して」

「……はい」

 

 夕呼は制御盤の前の椅子に腰かける。装置に送っている電力を調整したのか、装置から洩れる駆動音が重さを増した。

 霞は小さな手に持っていたスケッチブックを広げ、何かを描き出した。視線の先には武の姿がある。

 夕呼は兎も角、霞が何をしているのかキョウスケには皆目見当がつかなかった。

 

「武、俺はどうすればいいと思う?」

「さ、さぁ……俺はあの装置に乗らないといけないですけど、とりあえず夕呼先生にでも訊いてみます?」

 

 霞の視線に曝されながら、開放された装置への乗り込み口らしき入り口へと武は向かう。霞はペンを走らせている。

 このまま呆然と立っていては実験に参加した意味がないではないか、とキョウスケは夕呼に尋ねてみることにした。

 

「香月博士、少しいいか?」

 

 返事がなかった。手元のキーボードを夕呼の細い指が疾走している。装置の調整に全神経を集中しているようなので、キョウスケは作業が終了するのを待つことにした。

 室内を見渡す。無機質な部屋だ。中に4人いるとは言え、各々の仕事らしき事に従事しているため、やることのないキョウスケは手持ちぶさたを覚えずにいられなかった。

 

(……しかし、あんなモノで転移が上手くできるのだろうか……?)

 

 部屋の中央に設置されている球状の転移装置を見て、キョウスケの頭に不安が過る。

 装置から伸びている各種大型コードも固定されず、地面を好き勝手走っていて即興で造った雰囲気が溢れ出していた。ちなみに武の乗り込む場所は球体の装置の内部ではなく、そこから伸びたアームに吊るされている円柱状のスペースだった。

 急造りかつお粗末……それが装置に対してキョウスケの受けた印象だ。

 キョウスケの知る転移装置と言えばロボットの中に内蔵されていたり、シャドウミラーの軍団を大量に転移させることが可能な代物だったりと、冷静に考えれば規格外な代物だった。

 それに比べると夕呼作の転移装置は何と言おう……酷くアナログな物に思えた。もっとも、キョウスケ自身も現物を目の当たりにしたことが無いのだから、目の前の転移装置を色眼鏡で見ていることを否定できないのだが。

 

「よし、調整完了。で、南部、私になにか用?」

「いや、俺はなにをすればいいのか分からなくてな」

 

 夕呼にキョウスケが答える。

 

「個人的に、この実験には是非とも成功してもらいたい。俺にできることはなんでもしよう」

「じゃあ、その辺に座って見学してて」

「分かった…………なに?」

 

 夕呼が指さした先にあるパイプ椅子、キョウスケは言われるがままに腰かけてから唸った。

 

「ちょっと待て、見学してろとはどういうことだ?」

「そのままの意味よ。技術的な面でアンタが手伝えることは無いでしょう? だからそこで見学していなさい」

 

 キョウスケは夕呼の言葉に納得できなかった。キョウスケに協力を頼んだのは夕呼の方ではないか。それがこのおざなりな扱いである。

 釈然としないが、夕呼の指摘通りキョウスケにできることは確かにない。

 仕方ないので、パイプ椅子の上で腕組みして実験が始まるのを待つことにしたキョウスケに、

 

「アンタはそこにいるだけで役に立つのよ、ま、仮説だけどね」

 

 夕呼が説明を補足した。

 

「アンタの役目は社の補助よ。例えるなら、私たちと白銀を結ぶ命綱をより強固な物にすること、それがアンタの仕事なの」

「……なるほど、まったく理解できん」

「実験が終わったら説明してあげるから、今は黙って座ってなさいな」

 

 そうまで言われては、キョウスケは黙っているしかない。もうすぐ実験は開始されるようだし、下手に説明を要求して実験に支障をきたすのはキョウスケも望む所ではないからだ。

 とその時、ずっとスケッチブックに何かを描いていた霞が手を止めた。

 

「……できました」

「それじゃ、いくわよ白銀! 『元の世界』の事を強くイメージしなさい!」

「は、はい!」

 

 夕呼の号令を皮切りに、転移装置の重低音がさらに増していく。

 スケッチブックを仕舞った霞も制御盤で夕呼の補助していた。

 

「……まだ電力が足りないわね。社、3番と4番も入れてみて」

「……分かりました」

 

 どんどん転移装置の音が増していく。装置の稼働には多量の電力が必要なようだった。送られた電力の余波が放熱という形で現れているのか、温い空気がキョウスケの肌を撫でていく。

 

「よし。これ位でいってみましょう。準備はいいわね、白銀!」

「はい!」

 

 直後、キョウスケの目の前が揺らいだ。

 いや、実際には揺らいではいない。

 空間が歪んだんような錯覚がキョウスケを見舞っていたが、無機質な部屋の様子になんら変わりはなかった。

 送電量が減ったのか、転移装置の音が弱くなっていく。

 夕呼も制御盤の操作を止めていた。

 

「博士、実験はどうなったんだ?」

「……は? 実験? 南部、アンタなに言ってるの?」

「……なんだと?」

 

 夕呼の返答にキョウスケは猛烈な違和感を覚えた。

 

「なにを言っているんだ。武と協力して、今しがた転移装置の実験を始めたばかりだろう?」

「……武……? ああそうだったわね。危ない危ない。ありがと、南部」

 

 夕呼は白衣のポケットから1枚の写真を取り出し、それを眺めはじめた。

 霞は閉まっていたスケッチブックを再び開き、猛烈な勢いで筆を走らせている。その額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

(……2人の様子が変だな。実験開始したばかりだと言うのに、何か起こっているというのか……?)

 

 キョウスケは武の入っている円柱体を見た。

 中に武がいるはずなのに、何故だか誰もいないような気がしてならなかった。

 事態が飲み込めない。座ったままでいることに我慢できなくなり、キョウスケは制御盤にいる夕呼の元に歩み寄って、持っている写真を覗き見た。

 写真には訓練中と思われる武の姿が写っていた。

 

「武の写真、どうしてこんなものを?」

「……忘れないようにするためよ」

「忘れない、だと?」

「その様子だと、私の勘は当たってたみたいね。南部、アンタは最高の安全装置(セーフティー)だわ」

 

 やはり夕呼の様子は妙だった。霞の様子もだ。スケッチブックを1枚、また1枚と絵を描き続けている。茶髪の男の子の絵だった。

 

「やはり理解に苦しむな。安全装置などと呼ばれる意味が分からん」

「……そうでしょうね。でも説明は後よ。私だって忘れずにいるのに手いっぱいなんだから」

 

 夕呼は写真へ視線を戻した。

 よく見ると写真には文字が書いてあった。

 

 

実験動物(モルモット)の実験中だってことを忘れるな! 実験動物(モルモット)の名前を思い出せ!】

 

 

 それが武を指していることは何となく理解できた。

 かといって、キョウスケに何かできるわけでもなかった。おそらく夕呼は実験のために、武のことを忘れないよう努力している。無暗に話しかけて邪魔するのは良くないだろう。

 キョウスケはため息を一度つき、実験が終わるのをパイプ椅子に腰かけながら待つことにした。

 

 

 

 

 ……── 10分後。

 

 

 転移装置に変化が起きる。

 実験開始直後の空間が揺らいでいるような感覚が、再びキョウスケを襲ってきたのだ。発生源は転移装置本体である巨大な球体。しかしその感覚もすぐに収まる。

 転移装置の駆動音が弱まっていき、

 

「痛ってええぇぇっ!」

 

 ズドンっと大きな音と悲鳴と共に、武が転移装置の中から出て ── いや吹っ飛ばされ、飛出してきた。

 床で背中を打ち付けていたが、すぐに飛び起きた。

 

「い、いきなり殴る奴があるか!!」

「……あら、お帰り白銀」

「あ、あれ、夕呼先生? じゃあ俺、戻ってきたのか!」

 

 武は周囲を見渡し、なにかを思い出したように叫んだ。

 

「そうだ! 先生、戻れましたよ! 間違いなく『元の世界』でしたよ!」

「はいはい、当たり前のことで騒がない。それでどうだったの?」

 

 夕呼の質問に武はしばらく黙り、ゆっくりと口を開いた

 

「……何もできなかった。俺が喋ろうとしても言いたかったのとは違う言葉が口から出てきて、俺の意志とは関係なく体が動いてました」

「そう、完全な実体化は無理だったみたいね。装置の改良と出力の確保は不可欠ってことか」

 

 武と夕呼の間で交わされる言葉がそう悲観的なモノではないことは、キョウスケにも理解できた。

 武の転移自体は成功したが、装置が未完成のため完璧にとはいかなかったらしい。

 

「はぁ……それにしても、やっぱりこの実験気持ち悪いわねぇ」

「香月博士?」

 

 重いため息をつく夕呼。実験時間は約10分程で、夕呼は制御盤の前で武の写真を眺めていただけだったが疲労感が滲み出ていた。

 キョウスケは実験の詳しい説明をまだ聞いていない。

 何故、夕呼が疲れているのか分からなかった。やはり事情の説明が必要だ。

 視界の外から、武が飛び出してきた時とは違う鈍い音が聞こえたのは、キョウスケが夕呼に説明を要求しようとした正にその時だった。

 

「か、霞!? どうしたんだ急に!?」

 

 霞が倒れていた。

 駆け寄った武が霞を抱き起す。

 

「……気を失ってる。どうしたって言うんだ、急に……」

「座ってなさいと言ったんだけどね、それだと集中できないのかしらね」

「博士、彼女が担っている役割とは一体……この消耗の仕方は尋常ではない」

 

 まるで霞は過労で倒れたように見えた。限界を超え、糸が切れた人形のように霞はぐったりとしている。武は霞を部屋にあったソファへ寝かせた。

 キョウスケには、霞は実験中、スケッチブックに絵を描き続けていただけにしか見えなかった。蓄積していた疲労がこのタイミングで表出しただけなのか、それとも……キョウスケは夕呼に視線を向けた。

 

「霞の仕事はね、とても集中力と精神力を要するものなの。…………話すのはもう少し後にしようと思っていたけど、南部もいることだし、要点だけでも教えておいた方がやりやすいかもね」

 

 キョウスケの眼光に夕呼は応えた。

 

「まず前提として知っておくべき情報を伝えるわ。これは既に白銀に話していることなんだけど、白銀は極めて特殊な存在で、意思の力が揺らいだ時点で『この世界』と『元の世界』を移動してしまう存在なのよ」

「……意味が分からん」

「あら、そ。でもアンタが理解できなくも問題ないわ。そういうものだと思って頂戴」

 

 夕呼は強引に話を進めていく。

 

「2つの世界を移動する特殊な存在である白銀をこの世界に留めている要素は3つ、『白銀自身の意思』『周囲の世界の認識』そして『この世界そのもの』よ。

 肝心なのはここからなんだけど、水が高い所から低いところへと流れるように、世界っていうのは元来安定した状態を好むものなのよ。でも今は、元々安定していた『あちらの世界』から白銀という要素(ピース)が抜け落ちている状態。すると世界はどうすると思う?」

「……知るか。俺の専門分野ではないからな。ただ……」

「ただ?」

「無くなったものはそのままだ。世界に大きな変化は起こらないと思う」

「なるほど、それが南部の考えという訳ね。でも正解は違うわ」

 

 夕呼は凛と言い放つ。

 

「安定を欠いた世界は、安定を取り戻すため要素である『白銀』を引き戻そうとするのよ。

 転移装置で元の世界に一時的に送った時、白銀を引き寄せようとする『世界』の力が問題になってくるわ。元の鞘に収まった要素を『世界』が手放すまいと抵抗するの。この力に相殺するためには、私たちが白銀を強く『認識』することが必要になってくる」

「『認識』……要するに、武の事を強くイメージすればいいのか?」

「そうね。そうすることで、あちら側の世界からこっちの世界へ白銀を引き戻す。社はそのために重要な役割を担っているのよ」

 

 ソファで眠る霞にキョウスケの目が向く。

 武を強くイメージする。それが霞の仕事だとして、何故スケッチブックに絵を描いていたのか、キョウスケには今一つ釈然としないところがある。

 

(イメージするだけの簡単な仕事……その割には、2人とも実験中の様子がおかしかった気がするが……)

 

 特に夕呼が変だったことをキョウスケは思い出した。

 

「でもね、あちら側に行った白銀を『認識』するのに1つ大きな問題があってね。

 転移中の白銀は確立の霧になっている状態なの。そのせいで白銀のことを『認識』しづらくなる ── 要するに忘れてしまうのよ」

(香月博士の様子がおかしかったのはそのせいか)

「社はイメージを捉え続ける力に優れているわ。だからこの役割を担ってもらっているけど、もの凄い精神力と集中力を必要とするのよ」

「それで倒れた?」

「その通りよ」

 

 武の呟きに夕呼が答えた。

 

「この負担を軽くするには、社との絆を深める事が一番手っ取り早いの。だから今、白銀には社と共同生活してもらっているという訳」

「そうか」

 

 キョウスケは憮然とした表情で頷いた。

 

「あら? 驚かないのね?」

「正直に言うと理解に苦しむが、この手のよく分からん理論は俺のいた世界ではザラだったからな。この程度で驚いていては身が持たん」

「そうじゃなくて、白銀と社が同棲しているって部分なんだけど」

 

 そっちかい。

 飛び出しそうになった言葉を飲み込むと、キョウスケはもう1つ気になっていたことを訊くことにした。

 

「もう1つだけ教えてくれ。武が転移している間は武のことを忘れてしまうと言っていたな?」

「そうね」

「ならば、何故俺は武のことを覚えていた? 実験中の様子を見る限り、強く意識していないと忘れてしまう印象を受けたが……」

 

 霞はイメージを捉える続けるのに秀でているらしいが、夕呼は写真を使って何とか記憶を保っていた。

 対してキョウスケは実験を傍観していただけ。予備知識もなく特に意識もしていなかったが、武の名も顔も鮮明に思い出せた。

 この違いがキョウスケにはどうも腑に落ちなかった。

 キョウスケの疑問に、夕呼はしばらく沈黙の後に答える。

 

「さぁ?」

「おいおい」

「仕方ないでしょ、私だって何でも知ってる訳じゃないんだから。ただ ──」

 

 夕呼は苦笑いを浮かべたまま続けた。

 

「── 2回の転移の中心にいた男、南部 響介。アンタが転移に干渉する何かを持っているんじゃないか……そう思っちゃったのよ。そう、ただの勘よ、勘。……まったく、私も焼きが回ったようね」

「……そうでもないないさ。俺でも実験の役に立てる、これが分かっただけでも収穫だ」

「そうね。あいにく社の負担を軽減はできないかもしれないけど、南部がいれば確実に白銀を引き戻すことができそうだわ。保険は必要だから、社にはやっぱり頑張ってもらわないといけないけど」

 

 それだけ言うと話すことが終わったのか、夕呼は転移装置の制御盤前に腰かけた。夕呼は制御盤に向かいキーボードを操作し始めた。

 

「兎に角、社がこの状態じゃ実験の継続は無理ね。それに現状では装置の改良をしないことには始まらないわ。今日はここまでにしておきましょう」

「そうだな。俺は2人を部屋まで送ってこよう」

「そうね、お願いできるかしら。明日の1700までに装置の調整は終えておくから、同じ時間にまた来て頂戴」

「了解した」

 

 夕呼はキョウスケの方を一瞥して言うと、再び制御装置へと向かい作業を開始した。

 キョウスケはソファで寝息を立てている霞を抱き上げる。

 

「さて、行こうか、武」

「あ、待ってくれよ響介さん!」

 

 時刻はもう少し18時を回る。外はもう日が沈み暗くなっている頃合いだろう。腕の中の霞を休ませるため、キョウスケは武と共に彼の部屋へと移動する。

 

 

 

 

 




その2に続きます。


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第9話 キョウスケと白銀 武 2

【18時43分 国連横浜基地 B4 白銀 武の自室】

 

 キョウスケと武は一度を霞をベッドで休ませてからPXで夕食を済ませていた。

 霞が倒れたを事を説明すると、京塚はこころよく彼女の分の夕食を自室へと運ぶことを許可してくれる。それだけでなく、2人分の人工コーヒーまでおまけとしてつけてくれた。

 

「霞の奴、よく眠ってるなぁ」

 

 武はベッドに寝かせた霞を見下ろし、PXで拝借してきた夕食用トレイを机の上に置いた。

 霞は武のベッドの上で静かに寝息を立てている。起きる気配は微塵も感じられない。お世辞にも寝やすいとは言えない横浜基地のベッドだったが、それだけに霞の疲労が貯まっているということなのだろう。

 

「こうして寝てると、可愛らしいただの子どもなのになぁ……情けないぜ。俺ができるもんなら変わってやりたいけど……」

「武、そう気に病むな」

 

 キョウスケはトレイに乗せていた人工コーヒーを武に手渡した。

 

「人にはそれぞれ役割というものがある。転移実験を成功させることがお前の役割、霞の役割はお前をあちら側の世界から引き戻すことだ。この子の苦労をねぎらってやりたいなら、次の実験を確実に成功させることが一番だろう」

「……そうですね」

 

 人工コーヒーを受け取りながら武は応える。

 

「でも霞に特別な力があったなんて、確かに不思議な雰囲気はある子だったけど」

「……あの香月博士の傍に常にいるぐらいだ。普通の子ではないとは思っていたが」

 

 キョウスケは人工コーヒーを一口啜って呟く。人工コーヒーはインスタントコーヒーを適正量よりかなり薄めたような飲み口で、正直美味いと思えなかった。

 

「だが俺のいた世界には念動力者という能力者がいたからな、この世界にも似たような能力を持った人間がいても不思議はない」

「響介さんの世界……」

「……どうした、武?」

「え、いや、響介さんの世界って、どんなのだったのかなぁって興味があって」

「俺のいた世界か?」

「ええ、良かったら教えてくださいよ。もう夜だし、予定がなければ時間はたっぷりありますし」

 

 武はベッドを背もたれに床へと腰を下ろした。人工コーヒーを飲むが、やっぱまじぃ、と呟いてマグカップを床に置く。

 キョウスケも武の隣に腰を下ろした。

 

「構わないが、俺はまず実験中にお前が見た事を知りたいぞ」

「実験中のですか?」

「ああ、この実験は俺にも無関係ではないからな」

 

 転移装置が完成すれば、夕呼はキョウスケを元の世界に戻してもいいと言っていた。装置の完成度を高める事は、そのままキョウスケの転移成功率の向上につながる。

 キョウスケは知りたかった。

 外から見ていただけでは分からなかった、転移していた武の見た風景を。

 

「そうですね、転移自体は成功してましたよ。確かに転移装置が作動している間、俺は間違いなく元いた世界に戻っていました。ただ ──」

 

 成果に対して武の顔つきは暗かった。

 

「ただ、どうした?」

「── 体が自由に動かなかったんです」

 

 実験室で、武が同様の事を夕呼に訴えていたことを思い出した。

 体の自由が利かない……夕呼が装置の調整が必要だと言っていたように、今回の転移は不完全なものだったという訳だ。実体化が完全ではなかったとも呟いていた。

 これはキョウスケの推測でしかないのだが、転移中の武は意識だけしか元の世界に戻れていなかったのかもしれない。

 

「なんて言うか、目も見えるし耳も聞こえる、でも口や手は一人でに動くんです。俺の意志に関係なく。俺の言いたいことと違う言葉が口から飛び出して……終いには純夏の奴に殴られて、あっ、純夏っていうのは元の世界にいた幼馴染のことなんですけど」

 

 はにかみながら、武は嬉しそうに転移中の様子を語った。

 

「そうか。殴られて、それでどうした?」

「殴られて痛かったんです。でもすぐに体がぐいって何処かから引き寄せられる感覚に襲われて、気がついたらこの世界に戻ってました。そしたら、殴られた筈の顔面の痛みも消えていて……」

 

 顔面を抑える武。傷らしい傷は見えない綺麗な顔だった。

 

「痛みは感じたが元の体は無傷か……元の世界の誰かの体に感覚だけが憑りついていた……そんな感じかもしれんな」

「あ、確かにそんな感じでした!」

 

 キョウスケの予想に納得したのか、武は首を縦に振った。 

 しかし精神だけ元の世界に戻ってもどうしようもない。夕呼の言っていた実体化の意味がキョウスケは理解できたような気がした。

 

「……でもホント、変わらなかったなぁ純夏の奴……」

 

 武がしみじみと呟いていた。

 

「……主観時間でたった3年しかたっていないのに、元の世界での生活が遠い世界の夢の出来事だったように思えますよ。

 俺、こっちの世界の事を救いたいと思っているのは嘘じゃない。でもやっぱり、元の世界にも帰りたい。俺、純夏やみんなと一緒にバカやってたあの頃に戻りたいです……」

「……その純夏と言う子は武の女なのか?」

「いえ、ただの幼馴染です。バカで明るくてお節介焼きなただの幼馴染…………そう思ってました」

 

 武は数秒の沈黙の後、

 

「でも、違ってた」

 

 明確な意思のこもった強い声で言い切った。

 

「俺、純夏のことが好きだったんだ。

 愛してる。でもあまりに近すぎて、傍にいるのが当然で気づけなかったんだ。この世界に来て、純夏の離れ離れになって初めて気づいたんですよ……響介さん、俺、やっぱりあいつに会いたいよ……」

 

 寂しげな表情を見せる武の心情を、キョウスケは痛いほど理解できた。

 キョウスケと武。2人はお互いに自らの意思を無視され、異世界へと放り出された。同じ立場に立っている2人には意外なほどに共通点が多いことに、キョウスケは今更ながら気が付いた。

 性別はもちろん、生まれた国、軍人経験があり人型機動兵器のパイロットをしていること ──

 

(愛する女は極めて近く、限りなく遠い世界にいるか……皮肉なものだ)

 

 ── こんな立場の男など、自分1人で十分だろうに……キョウスケは武に同情を禁じ得なかった。

 

「……でも俺、こっちの世界のことも大切なんだ。さっきも言ったけど、俺はこの世界を救いたい。だから転移装置が完成しても、すぐには帰るつもりはないですよ」

「そうか」

 

 立派な考えだと思えた。

 3年と言う月日をこの世界で過ごした武だからこそ出せる、無数にあるうちの1つの正解だろう。

 だがキョウスケは違った。

 異世界に不用意な干渉すべきではない。戦闘に巻き込まれ、機体や技術の情報提供をしてしまった今でさえ、キョウスケはそう思っていた。

 

「響介さんは転移装置が完成したらどうするんですか?」

 

 唐突に武が質問してきた。

 

「……俺は帰ってもらいたくないな……」

「……武」

「俺、響介さんに鍛えてもらいたいんです。もっと強く、世界を救う手助けになれるぐらいに強くなりたい。……でも本当は、秘密を共有する仲間がいなくなるのが寂しいだけかもしれない……」

「そうか……ありがとう、武」

 

 仲間と呼んでくれた武にキョウスケは感謝した。

 この世界に転移してからキョウスケは孤独だった。事情を知る夕呼は何処か気を置かざるをえないし、他に秘密を共有できるような人間は周りにいなかった。孤独だ。しかしそれは、元の世界に戻ることを念頭に置いていたキョウスケが、無意識に周りに壁を作っていただけなのかもしれない。

 武ほどキョウスケと同じ境遇の人間は他にいないだろう。初めて出会った時から、武はキョウスケの仲間と言っても過言ではなかった。ただキョウスケが認識していなかっただけなのだ。

 

「……だがな武、俺は帰るぞ」

 

 この言葉が武の感情に与える影響を理解しながらも、キョウスケは言い切った。案の定、武は落胆した表情を浮かべていた。

 

「仲間と言ってくれたのに、本当にすまないと思っている」

「い、いえ、どうするかは響介さんの自由ですし……!」

「……やはり、俺たちのような異邦人は早々に去るべきだ。世界にどんな影響を与えるか分からないからな。武のように3年も過ごしてしまったのなら兎も角、俺はまだこちらに来て日が浅い。機会があるのなら、それを逃す手はないだろう。

 それに愛する女と仲間たちを、俺はあちらの世界に残したままなんだからな」

 

 キョウスケの脳裏にエクセレンと仲間たちの姿が浮かんで、消えた。

 今頃、元いた世界は「インスペクター事件」の戦後処理に追われているはずだ。やはり、出来るだけ速やかに元の世界に帰還する必要はあった。

 

(それにしても愛する女などと……恥ずかしい言葉を口走ってしまった。武に影響されてしまったかな)

 

 自分らしくない言葉だったと思いつつも、純夏という武の幼馴染とエクセレンを重ねずにはいられないキョウスケだった。

 一方、武はというと ──

 

「へっへー、響介さんも元の世界にそういう人がいるんですね! やべ! マジでキョウスケさんの世界のこと色々聞かせてくださいよ!」

 

── キョウスケの発言がお気に召したのか、3歳児のような興味津々の眼差しを向けてきた。

 その視線にキョウスケはため息一つつき、

 

「仕方のない奴だ。いいぞ、答えられることなら答えてやる」

「マジっすか!? じゃあ ────」

 

 武の口から質問が飛び出し、キョウスケはそれに応えた。

 

 

 それから、キョウスケと武は互いの世界の事を語りあった。

 例えば、キョウスケの世界が異星人の危機に常に曝されていることや、人型機動兵器が通常兵器として採用されていること。他にはスペースコロニーが実在し宇宙に人が住んでいる事や、キョウスケが生き抜いてきた戦いの数々を武に語った。

 武は興味深そうにキョウスケの話に没頭していた。

 武の世界はと言うと、キョウスケの世界の旧西暦そのもの世界のように聞こえた。地球連邦や人型機動兵器は存在せず、戦闘機や戦車が戦場の主力となっているようだ。武はその世界でごく普通の高校生活を送っていて、隣にはいつも幼馴染の純夏がいたと語ってくれた。

 室内には2人の声と霞の寝息の音だけが響き、いつしか夜がふけて行った。

 

 

 

 

 マグカップになみなみ注がれていた人工コーヒーが空になった頃、ふと、武がキョウスケに訊いてきた。

 

「そういえば、響介さんって俺と同じ日本人なんですよね?」

「ああ、そうだが。それがどうかしたのか?」

「いや、日本の何処生まれなのかなぁと思って。あ、ちなみに俺は生まれも育ちも柊町です」

「なんだそんなことか…………ん?」

 

 何故か、キョウスケは思い出せなかった。

 自分の生まれた場所、育った場所、その名前と地理が真っ白な修正液で塗り潰されたように頭の中から消えている。いや、最初から無かったような錯覚にすら陥った。

 

(…………ドわすれか? 俺らしくもない)

 

 キョウスケの記憶力は良い方だ。

 軍属になってからの出来事が強烈すぎて、平穏だった幼少時代の記憶が薄れているだけに違いない。

 

「…………武、すまん。忘れてしまったようだ」

「え? じゃ、じゃあ、両親の名前とかはどうですか?」

「……いや、思い出せん」

「通っていた高校は? その時の親友の名前とか、所属していた部活とかはどうですか?」

「………………ちょっと待ってくれ。今思い出すから」

 

 キョウスケは頭の中の記憶の糸を必死で辿った。

 しかし結局、糸が昔の記憶を吊り上げることはなかった。

 

(うっ……!?)

 

 

 忘れた。そう結論づけようとした時、強烈な頭痛がキョウスケを襲う。

 痛みが通り抜けたかと思うと視界が暗転、一瞬、何かが見えた ──……

 

 

 

 

 

 ……── 崩れたビルが目の前に見える。

 破壊されたロボットの残骸がそこかしこに転がっており、火の手が広がり、もうもうと黒煙が上がっている。鼻につく煙の匂いで血のそれは覆い隠されていた。生きている人間はいない、否、1つだけ動いている影が見える。

 瓦礫を必死でかき分けている男がいた。

 

(……あれは、俺……?)

 

 薄汚れてしまった愛用の赤いパイロットスーツを着た男……見間違えるはずがない。鬼のような形相で瓦礫をどけている男は ── キョウスケ・ナンブ自身だった。

 人の頭ほどの大きさのコンクリ片を投げ捨てる。荒い息を落ち着ける間もなく、キョウスケは一心不乱に動き続けていた。

 ふと、キョウスケの手が止まる。

 瓦礫の奥になにかを見つけたらしい。

 直後、キョウスケは涙を流し、天を仰いで叫んだ。

 絶叫。

 しかし声は聞き取れなかった ──……

 

 

 

 

 

 

「響介さん?」

 

 武の声で、キョウスケは意識を引き戻された。

 

「何か思い出せました?」

「…………いや、何も」

「多分、それ俺と同じ症状ですよ。どうも俺、この世界に来た時に、前の世界の記憶が所々抜け落ちているみたいなんです。キョウスケさんも転移した時に、記憶をいくつか失くしているじゃないでしょうか?」

「そう、なのだろうか……?」

 

 キョウスケは自分の出自が思い出せなかった。武の言うように転移の影響なら辻褄は合う。

 

(だが、さっきのフラッシュバックはなんだ……?)

 

 

 間違いなく、何か(・・)が見えた。キョウスケはそれを思い返そうとする。しかし思い出せそうで思い出せなかった。

 白昼夢を見た、ということだろうか。

 

(まぁ、いい。きっと、これも転移の影響だ……そういう事にしておこう)

 

 夜遅くまで、キョウスケは武と語り合った。

 武は明日も訓練があるらしく、程々にしてキョウスケは自室へと戻り床につく。

 

 

 その晩、キョウスケが夢を見ることは無かった。

 

 

 




あと1回だけ続くんじゃ。


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第9話 キョウスケと白銀 武 3

【西暦2001年 12月2日(日) 17時00分 横浜基地 B19仮設実験室】

 

 あっという間に日は暮れ、今日も実験の時刻がやってきた。

 

 先日の転移実験で、武は不完全ながらも元の世界へと転移を成功させていた。

 あれから丸1日が経過している。香月 夕呼なら、転移装置の欠陥を改善するのに十分すぎる時間だった。

 2人は期待を胸に仮設実験室の扉を潜った。だがそこで、地下の実験室に足を運んだキョウスケと武は、夕呼から突然の宣告をされることになる。

 

「夕呼先生ッ、それはどういう意味ですか!?」

「どういう意味もなにも、言ったままの意味よ」

 

 食ってかかる武に夕呼は冷淡に切り返した。

 夕呼の口から語られたのは、今日の実験が失敗に終わった場合は転移実験そのものを中止する……という衝撃の言葉だ。キョウスケはもちろん、武だって平静では居られなかった。

 

「白銀、アンタには前から言っていたでしょう? この実験には膨大な電力を消費する。元々長々としていい実験じゃないのよ」

「で、でも! 先生言ってたじゃないですか!? 俺の世界の夕呼先生が完成させた数式を手に入れれば、 Alternative4(・・・・・・・・) ── いや00ユニット(・・・・・・)を完成させることができるって!! そうすれば、人類の反撃が始まる!! この世界は救われるってアンタ言ってたじゃないか!?」

「そうね、確かに言ったわね」

 

 激昂する武とは対照的に、夕呼は落ち着いていた。淡々と口の端が動きを見せる。

 

「でもね白銀、この実験に使える電力は昨日の時点で限界値ギリギリなのよ。機体の調整も終了している。この実験における不確定な要素は、装置に入る生身のアンタだけなのよ」

「俺のッ……俺のせいだって言うんですか!? 実験が上手く行かないのは!?」

「そうよ」

 

 夕呼は断言し、続けた。

 

「いい、白銀? 今日の実験が上手く行かなかったら装置を破壊するわ。再生不可能なようにバラバラにする。アンタも世界を救う英雄を気取るつもりなら、この位のことやり切ってみせなさい!」

「……ッ!?」

 

 2人のやり取りを、キョウスケは黙って見守っていた。

 キョウスケがこの転移実験に参加したのは1回だけだ。夕呼がどれだけの時間と気力を費やして、転移装置をここまで完成させたのか……キョウスケはその実際の所見ていない。だが世界の壁を超えるという代物 ── 生半可な才能と覚悟では作り上げることは不可能だろう。

 きっと夕呼は完成させたのだ。彼女の強気な発言からキョウスケはそう察した。

 

(ならば残る要素は乗る人間……香月博士なりに武に発破をかけている、という所か……いや)

 

 実験が失敗すれば、夕呼は宣言通り装置を破壊するだろう。彼女もまた自分を追い込んでいる。科学者としての背水の陣、そんな印象を受けた

 だがこれは、キョウスケにとっても他人事ではない。

 許されるものなら武と交代したい。だが実験の目的は、被験者を向こう側に辿りつかせることだけではない。武の言っていた数式を回収することこそが、この実験における最大の目的と言えた。

 それはキョウスケの役目ではない。

 それは武が、武こそがやらなければならないことだった。

 

「武、自信を持つんだ」

「……響介さん」

 

 キョウスケは思ったままの言葉を武にぶつける。

 

「お前は俺に話してくれただろう。元の世界での思い出を、大切な人への思いを、そう言った物を信じればいい。それが元の世界への強い意思に繋がるはずだ。元の世界を愛しているお前にならできる」

「そうよ白銀、これは他の誰でもないアンタにしかできない仕事なのよ」

「響介さん、夕呼先生……分かりました、俺、今度こそ絶対成功させてみせます!」

 

 キョウスケらの言葉に応え、武は気合を入れるように大声で叫ぶ。意思の宿った強い瞳が転移装置に向いていた。円柱状の装置内部へと武は搭乗する。

 装置の調整のため夕呼は制御盤の前へ座り、作業を開始した。

 昨晩、武の部屋で休んでいた霞も復活したようで、スケッチブックに素早くペンを走らせている。彼女の視線は武の方に向いていた。スケッチブックには男の子の絵が描かれていれた。

 

(武をこの世界に引き戻すためには、武のことを忘れないようにイメージを保つ必要がある。武を忘れないようにするために絵を描く、それがあの子のやり方なのだろうな)

 

 夕呼は武の写真を見ることでイメージを保っている。霞の場合は、それが絵を描くという動作なのだ。ただイメージするより五感を使った方が記憶には残りやすいのは間違いないだろう。

 実験開始までしばらく時間がかかる。キョウスケは実験室の壁に背を預け、待つことにした。

 

「南部、ありがとうね」

 

 唐突に夕呼の口から謝辞が飛び出してきた。突然のことにキョウスケは閉じていた目を開き、白黒させる。

 

「……どうした? 博士が礼を言うなど、今度は俺に何をさせるつもりだ?」

「あら、失礼ね。私だって素直に感謝する時もあるのよ」

 

 夕呼は微笑みながら呟いた。

 

「白銀にとってアンタが1つの支えになっているみたいだから、礼ぐらい言っておこうと思ってね」

「俺が? 武のか?」

「そうよ。強がっていてもアイツはまだまだガキだからね、南部みたいな同性の仲間がいることが心の支えになるんじゃない。何しろ、アイツの立場は特殊だからね。普通の男じゃ無意識に1歩引いちゃって気が引けちゃうんでしょう」

「まぁ……そうかもしれんな」

 

 キョウスケや武のような存在がそうそう居るとは思えなかった。今、同じ場所に2人がいること自体が、もう奇跡的と言っていいのかもしれない。

 

「だから今の内にお礼をしておこうと思ったのよ。もう、そんな機会ないかもしれないから……さてと、社、準備はできたかしら?」

「……はい」

 

 いつの間にか絵を描き終えたのか、霞はスケッチブックを閉じて待っていた。

 

「じゃあ白銀、始める前にこれを渡しておくわ」

「なんですか、これ? 紙の束?」

 

 A4の茶封筒一杯に入った紙の束を渡された武。厚さ2,3cmはある膨大な量だった。

 

「それをあっちの世界の私に渡しなさい。あっちの私にはそれで通じるはずだから」

「分かりました」

「じゃ始めるわよ! 白銀、元の世界を強くイメージしなさい! 実験の成否はアンタの双肩にかかっているだからね!!」

「はい!!」

 

 武の返事に頷いた夕呼は転移装置が起動させた。

 円柱状の搭乗部のハッチが閉じ、モーターの唸り声が徐々に強くなっていく。霞が夕呼の指示で供給する電力量を調整し数分後、記憶に新しいあの感覚がキョウスケに襲いかかった。

 装置を中心に空間が歪んだ。奇妙な浮遊感が体の中を通り抜ける。気が付くと、武が入っているはずの搭乗部の中に誰もいないのではないかという感覚を覚え、体の調子は元に戻っていた。

 

 転移実験中、特にキョウスケがやることはない。

 かと言って、夕呼に話しかけるわけにもいかない。例の写真を片手に、彼女も武の記憶を保持しておくのに必死だったからだ。霞も同様だ。

 キョウスケは大人しく待つことにした。実験室の壁に持たれ、腕を組み目を閉じる。

 

(頑張れよ、武)

 

 誰も喋らない実験室内は、装置の駆動音だけが嫌に大きく耳に残った ──……

 

 

 ……………… 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 ── 3時間後。

 

 

 装置に変化が起きた。

 駆動音が大きくなり、装置周辺が歪んで見える。

 その現象が収まった頃、転移装置の搭乗部ハッチが開放された。昨日とは違う落ち着いた足取りで中から武が出てきた。心なしか、武の表情は和らいだように見える。

 

「お帰りさない。その様子だと無事に帰省できたみたいね? 気分はどうかしら?」

「ははっ、茶化さないでくださいよ」

 

 夕呼の問に笑顔で応える武。その様子には余裕が見て取れる。転移が成功したのは間違いなさそうだった。

 

「それより先生、例の物は渡してきました。3日後には用意できるようです。俺が向こういに転移した時の日付は11月26日だったから、次に転移する時には29日以降を狙って ──」

 

 武が転移の結果を報告していた正にその時、何かが倒れる音がした。

 音のした方向に霞が倒れていた。額には玉のような汗が浮き上がり、荒い息をしている。昨日同様、いや昨日よりも疲労しているようだった。

 

「たった1日で持続時間が3時間弱に伸びるなんて、素晴らしいの一言ね」

「霞……お疲れ様。ありがとうな」

 

 霞は武に抱き上げられ、実験室内にあるソファへと運ばれた。横になったことで少し楽になったのか、すーすーと可愛らしい寝息を立て始める。

 小さな体で大任を背負っているのだ、消耗するのも無理はない。しかしキョウスケは違和感を覚えていた。

 

(イメージを捉え続ける力に優れている、博士はそう言っていた。忘れそうになる物を意識して繋ぎとめる、なるほど、確かに精神を疲弊する作業に間違いはないだろう。……しかし、この消耗具合は異様だ)

 

 まるで特別な力を長時間使い続けたような……そんな感じ。

 

(例えるなら、念動力のような何か……そうでなければ、この2人の違いは説明できん)

 

 キョウスケはソファで横になる霞と、平然と立っている夕呼を見比べた。

 同じ時間、同じ作業をしていたにも関わらず、両者の疲労度が天と地ほどもかけ離れている。不自然だ。昨日の夕呼の説明だけで、この違いを納得することがキョウスケにはできなかった。

 

「香月博士、この子の事で俺たちに何か隠していることがあるんじゃないか?」

「響介さん?」

「イメージを捉えるのに優れている。そこは認めよう。だが、何故、が抜けている。俺たちはこの子がイメージを捉え続けるのに優れているのか、その理由を聞かされていない」

「あっ、確かに!」

 

 武が相槌を打った。

 どんな物事にも理由がある。霞の能力にも理由は必ずあるはず、それがキョウスケの考えだった。

 

「どうなんだ、香月博士?」

「…………そうね」

 

 数秒の沈黙の後、夕呼は重い口を開いた。

 

「社の事でアンタたちに伝えていない事は確かにあるわ。でもそれは彼女の出自に関わる問題なのよ」

「霞の出自……?」

「そう、本来なら他人の出自を軽々しく口にするべきではないわ。でも転移実験に関わっている以上、白銀には知る権利はあるでしょうね。でもね、アンタは駄目よ」

 

 夕呼はキョウスケを名指ししてきた。

 

「……何故だ?」

「約束していた通り、私はアンタを元の世界へ返すわ。白銀と違ってこの世界に残る気のないアンタに、社の出自を知る権利はないわ。必要性がないもの」

「NEED TO KNOWか」

「そうよ」

 

 知る必要が無いから知らせない。

 もうすぐこの世界から去ってしまう男が知ってどうする? それに他人の出自や過去というモノは、好奇心だけで首を突っ込んでいいものではない。

 

(……誰にだって知られたくない事はあるものだ)

 

 キョウスケは霞を一瞥し、夕呼の言い分に納得することにした。

 

「分かった。これ以上、俺はこの子の事については聞かない。それで、俺は席を外せばいいのか?」

 

 キョウスケが居ては霞に関する話を夕呼はしないだろう。

 

「そうね、お願いできるかしら?」

「ああ、ではな」

 

 案の定の返事に頷きを返すと、キョウスケは実験室を後にすることにした。

 出入り口の自動扉が横にスライドし、キョウスケに道を開ける。

 

「南部、明日も同じ時間に来て頂戴」

 

 あまりに素っ気ない夕呼の言葉。

 キョウスケは背中越しに、無言で手を振って応えた。

 静かに実験室の扉が閉じる。

 

「風にでも当たるか……」

 

 訓練兵校舎の屋上からなら基地の周囲を一望できたはずだ。帰る前に周囲の景色を目に焼き付けておくのも悪くない、そう思えた。

 

 明日 ── 12月3日、キョウスケ・ナンブは帰るのだ。

 元の世界へと。

 自分の居場所(・・・)へと。

 

 

 夜風に当たるために、キョウスケは訓練兵校舎の屋上を目指すのだった ──……



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独白【神宮司 まりもの場合】

【20時46分 国連横浜基地 訓練兵校舎 屋上】

 

 満点の星の下、神宮司 まりもは自分が生まれ育った街並みを見下ろしていた。

 

 いや、かつての街並み、と言い表した方が正確かもしれない。

 まりもが青春時代を過ごした柊町は今は見る影もなく、人の営みである地上の星は横浜基地以外には見当たらない。

 廃墟。今の柊町を表現するには、その言葉が最も適切だろう。

 月の光に照らされ、崩れた建物の影だけが見えている。他は何も見えない自分の生まれた町……まりもは自分が感傷的になっている事に気づいていた。

 

(もうすぐ、あの子たちも任官か……)

 

 子どもたちの顔が浮かぶ、207訓練小隊の。

 総戦技評価演習を突破した彼らが、まりもの手の中から巣立っていくのはもう時間の問題だ。

 事実、戦術機を使っての演習も積み重ね、操縦技術は日に日に増していっている。白銀 武の存在がカンフル剤になり、隊員たちは互いに影響し高めあっている。彼らにあと足りないものといえば、実戦、の二文字ぐらいのものだろう。 

 それはいい。

 教え子たちが成長していく姿を見るのは、昔教師を目指していたまりもにとってこの上ない喜びだった。

 だが同時に胸を締め付けるような罪悪感が、心の中にはらはらと沈殿していくのもまりもは感じていた。

 

(……私は教導官として、あの子たちを死地へと送り出さなければならない)

 

 鍛えれば鍛えれるほど、生徒が死に近づいていく。

 その様をまりも何度も見て、経験してきた。それでも慣れるものではない。慣れてはいけない。慣れてはいけない。そう思う程に自分の心が犠牲になっていく。

 慣れてしまえばきっと楽だろう。しかしそれは、まりもの心のどこかを凍結することに他ならない。

 

(何故……私よりも先に教え子が死ななければならないの……?)

 

 質問の答えは分かり切っている。

 BETAがいるからだ。

 BETAがいるから人類は滅亡の縁に立たされ、若者が死んでいく。

 BETAさえいなければ皆笑っていられる。

 だがBETAがいる以上、まりもにできるのは生徒に生き抜くための技術を叩き込むことだけだった……その過程を経ることで、生徒を死へ ── BETAへと近づけていると理解しながらも。

 まりもは自分のやっている事は正しいと誇りを持って言えたが、同時にどこか狂っているのではないかと思う時があった。

 

(何故だろう……?)

 

 まりもは思う。

 

(何故こんな世界に生まれたんだろう……?)

 

 まりもは思う。

 

(私だって幸せになりたい、周りの人たちと一緒に……全部が幸せな世界なんてない……そんなことは分かってるけど、せめて私の知っている人たちだけでも…………分かってる、そんなのはただ幻想。ただの夢だって……)

 

 まりもは思う。

 考える力を持ち、欲を満たそうとする人がいるかぎり、例えBETAが居なくなっても世界が天国になることはありえない。天国は心の中にだけあるのかもしれない。いや、そもそも何をもって天国と言えばいいのか? 兎に角、まりもの心には天国はなかった……彼女は現実主義者だったから。

 

(皆……同じだった)

 

 まりもは思う。

 どんな権力をもっていようとも。どんな能力をもっていようとも。どんな思想をもっていようとも。どんなに、どんなに、どんなに特別であろうとも…………所詮はBETAだらけの世界の住民なんだと、コミュニケーションを交わす内に分かってしまう。

 悲しい。

 自分もそうだが絶望が基本になっている世界の人間は空しい。

 今までまりもが生きてきて接した人間の中で、心底惹かれたのは型破りを画にしたような親友の「香月 夕呼」だけだった。夕呼はまりもを必要としてくれた。だから富士教導隊から国連に鞍替えをしたのだ。

 でも。

 だからどうした?

 最高の友人の傍で、やっていることは若者を死地に送り出す作業。

 

(この世界に居る人間はみんなそうだ……大なり小なり死に憑りつかれている……)

 

 そう、国が違っても纏っている空気が同じなのだ。 

 軍人という名の人生を送ってきたまりも。

 そんな彼女の感性は、これまでにたった2人しか、この世界で異質な匂いを持つ人物を感じ取ったことはない。

 

(白銀 武、そして…………南部 響介)

 

 この2人は何かが違う。

 雰囲気はもちろん、この絶望に支配された世界で吐き出す空気の色がどこか違っていた。

 何かを変えてくれる。

 そう思いたくなる2人だった。

 

(白銀は兎も角……南部 響介……彼こそよく分からない。ああいう雰囲気の男性は嫌いではないけど、いつか消えてしまいそうな不安定さを持っている気がする……)

 

 屋上には遮蔽物が少ない。冬の風は吹きすさび、まりもの体を冷やしていく。

 冷たかった……誰か、傍に居て自分の体を温めてくれるような、そんな人が欲しい……そんな、よく分からない弱気がまりもの中を吹きすさぶ。

 ぎぃ、と屋上の扉が開く音が聞こえたのは、そんな時だった。

 

「ん……神宮司軍曹……?」

「……南部中尉?」

 

 屋上の入り口に、夜でも生える赤いジャケットを着た男 ── 南部 響介が立っていた ──……

 

 

 



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第10話 キョウスケと神宮司 まりも

【20時55分 国連横浜基地 訓練兵校舎 屋上】

 

 夜、雲一つない闇夜に煌々と星が煌めいている。キョウスケの世界では戦場になっていた宇宙が、彼の世界のそれよりも綺麗に見えた。BETAに人が激減させられ、生活で垂れ流される汚染物質が減ったせいなのか、それとも単純に冬で空気が澄んでいて綺麗に見えているだけなのか分からない。

 空気も冷えていて、呼気は白いモヤとなり暗闇に消えていく。

 誰もいない、そう思って足を運んだ訓練兵用の校舎の屋上には既に1人の来客の姿があった。

 

「……神宮司軍曹……?」

「……南部中尉?」

 

 屋上の出入り口 ── レトロな金属製の扉が軋む音とそれぞれが発した声で、2人はお互いの存在に気付いた。

 

「どうしたのです、こんな夜更けに?」

 

 いつもの軍服姿のままのまりもがキョウスケに訊いてきた。

 

「気分転換に風にでも当たろうと思ってな。軍曹こそどうした? こんな場所に?」

「私も中尉と同じですよ。気分転換。ここはあまり人が来ないので、1人になるには丁度いいんです」

 

 返答するまりも。キョウスケと彼女の間を冬の冷たい風が流れていく。風になびくまりものロングヘアーが月光に照らされ、普段の彼女と違う儚ない美しさを醸し出していた。

 シンと冷えた空気がキョウスケの肌を刺し、肺の中の地下で淀んだ空気を新鮮なそれと入れ替わる。「風に当たる」という当初の目的は達していたが、すぐに屋上から去ってしまうのは妙にバツが悪い。

 

「そうか、軍曹はここによく来るのか?」

 

 今晩の予定は特にない。キョウスケはまりもの傍に寄って話しかけることにした。

 

「いえ、ごく稀にしか足は運びません。見ての通り、ここには何もありませんからね」

「確かにそうだな」

 

 ある物と言えば四方を囲む転落防止用のフェンスと、出入り口真上に設置された雨水を貯めておくための貯水タンク位のものだ。

 

「でもあの子たち ── 207訓練小隊の彩峰はここがお気に入りのようですね」

「彩峰? ああ、あの黒髪の短い子か」

「はい。理由は知りませんが、所在が知れない時はここに居ることが多いようです」

「そうか」

「ええ」

 

 再び、冷たい夜の風が2人を撫でていく。

 風切り音が去った後、2人の間には沈黙が訪れた。

 

「……手はもう大丈夫なのか?」

「はい。もうすっかり」

「そうか、それは良かった」

「ええ」

 

 三度目の風が吹き……夜の静けさが二人を包む。本当に静かな夜だった。

 

(……共通の話題がない。というより、俺は雑談するのが得意じゃないんだが……)

 

 自分から話しかけておいて、自分の得手不得手を再認識するキョウスケ。

 あまり話さない自分の分、エクセレンが3倍以上喋っていたのを思い出す。この場でまりもと話題にできるとすれば、武たち207小隊の話題ぐらいのものだろう。この沈黙を突破(ブレイクアウト)するには、キョウスケからのアプローチはやはり必要だ。

 しかし一息つきたい、というのもキョウスケの偽りない本音だった。

 ただただ、キョウスケは横浜基地周囲に残っている廃墟の方に目を向ける。灯り一つ見えない街並みは、そこはかとない寂しさをキョウスケに覚えさせた。

 

「中尉、覚えていますか?」

 

 話題を探していたキョウスケに、唐突にまりもが質問を投げてきた。

 まりもが何を指しているのか、主語がないので彼には分からない。

 

「なんのことだ?」

「風ですよ。風が寒い。昔は、いくら冬だと言ってもここまで寒い風は吹かなかったものです」

「そうだったか……?」

 

 キョウスケはこの世界の昔を良く知らない。疑われないように誤魔化すしかなかった。

 キョウスケの態度に特に違和感を感じなかったのかまりもは、

 

「BETAのせいですよ」

 

 恨み節を炸裂させた。

 

「BETAが通った後には森どころか、木1本も残らない。緑に染まっていた山肌も、BETAが通ればただの禿山にされてしまう……急激に環境が変化させられることで、地球上の大気の循環にも支障を来してしまうんです」

「なるほど、それでか」

「はい。風が寒いと思うのは、単なる私の思い込みかもしれませんけどね」

 

 苦笑するまりもの横顔が見えた。

 キョウスケが学んだ限りでは、依然としてBETAの目的は判明していない。

 ただBETAはハイヴと呼ばれる(・・)を起点に周囲へと侵攻し、道中にあるものを全て喰らい尽くしさら地へと変える。まるで凶暴で食欲旺盛なアリのように、山も木も人もBETAは関係なく平らげていく。残されるのは荒廃した大地だけだ。

 そしてすべてを蹂躙した後に新しいハイヴを建設し、BETAはその活動圏をさらに広げ続けていた。

 そうやって、地球の環境はBETAによって激変させられた。

 キョウスケの居た世界では、大昔地球温暖化という環境問題が取りさだされたことがあったが、この世界でも似た類の問題が起こっても不思議ではない。それだけ大規模な環境破壊をBETAは行ってきた歴史があった。

 そして、ハイヴは日本にもある(・・・・・・)

 

「BETAの日本上陸の際、多くの町が壊滅の憂き目にあいました。この柊町も例外ではありませんでした」

 

 まりもはフェンスに手を掛け、元は柊町という名の廃墟を見下ろした。

 

「私……この町の生まれなんです」

「……そうか」

「南部中尉は驚かないのですね」

「いや、正直驚いているよ。顔に出ないだけだ」

 

 それはキョウスケの本心だった。

 元の世界で戦争によって廃墟となった街を幾つも見てきたキョウスケは、元柊町を見下ろすまりもが抱いている感情を推し量ることができた。

 恨み、憎しみ、悲しみそう言った類の負の感情。

 廃墟と化した柊町はまりもにとって故郷であり、同時にそれを破壊したBETAへの憎しみの象徴なのだろう。

 

「私はBETAを許さない。地球からBETAを駆逐するため、人類の刃の一員として私は粉骨砕身の思いで取り組んできました。その過程で道を誤ったことも何度かありました。でも今は、こうして新人の育成に汗を流す日々にやり甲斐も感じていますし、事実、私は多くの衛士を鍛え上げてきました……」

 

 人類のために、自分のできることを精いっぱい行い結果を残す。

 素晴らしいことだ。生半でできることではない、それがキョウスケの素直な感想だった。

 しかし心なしか、まりもの言葉尻は重い。

 

「……でも…………」

「でも……どうした?」

「……私は……もしかすると、取り返しのつかないことをしてきたのではと……ふと、思うことがあるんです……」

 

 まりもは何を言いたいのだろう。

 彼女は罪悪感に囚われている。それは何となく理解できた。キョウスケはまりもの口から言葉が紡がれるのを黙って待つ。

 

「私が教え込み、鍛えれば鍛えるほど子どもたちは成長していく。子どもたちが私の思いに応えてくれる、とても嬉しいことです……でもそれは、同時に子どもたちを死へと近づけることでもある……」

 

 まりもの声は少し震えていた。

 

「もちろん、死なずに済むよう本物の技術を教えてこむことが私にできる最善であり、全てだとは分かっています……分かってはいます。でも心のどこかで納得しきれない自分がいる……何故、私が子どもたちを死地へ放り込むような真似をしなくてはいけないのか……!」

「軍曹……?」

「BETAさえ……! BETAさえいなければ!」

 

 まりもの口から怒気を孕んだ言葉が絞り出されていた。

 この世界の運命はBETAによって大きく変えられている。キョウスケの世界でEOTや異星人の存在がなければ、ロボットも存在せず、それが原因になった戦争も起こらなかったのではないか? まりもの願いをキョウスケの世界に置き換えるなら、きっとそういうことだった。

 既に起こってしまった事態は変えられない。分かっていても仮定の話をせずにはいられないのだろう。目の前の廃墟がまりもの故郷なのなら、腸煮えくりかえる思いをBETAに抱いているはずで、なおさらその話を夢見てしまうのも無理はない。

 

(……子どもたち、か……)

 

 キョウスケはまりもの言葉を反芻した。

 確かに、まりもは怒っている。だがそれは自分の身に降りかかる不幸に対してではなく、自分の教え子たちの先行きを案じての結果だった。

 職務に疑問を持たず、与えられた仕事をこなす模範的な軍人。

 それがキョウスケが抱いていたまりものイメージだった。

 

(優しい女だ……割り切ってしまえば、少なくとも自分の心が傷つくことはないだろうに)

 

 キョウスケの彼女に対する認識がいつの間にか変わっていた。

 

「総戦技演習後のあの子たちの成長は目を見張る物があります……あの子たちの解隊式ももう、すぐ……」

 

 あの子たち、それは207訓練小隊の子を指しての言葉だった。

 

「もうすぐ……あの子たちも私の元を去ってしまう……何度経験しても慣れるものではないですね。別れというのは」

「……そうだな」

 

 解隊式 ── それは訓練過程を終了した事を証明する儀式の事だ。

 解隊式を終えた訓練兵は正規兵として扱われ、もちろん戦場にも駆り出される。まりもがナイーブになっているのは、その節目がもう真近に迫っているからなのだろう。

 自分も明日、この世界を去る。そのことを今のまりもに言っていいものか? キョウスケは逡巡し、結局、口にすることを止めた。

 

「なぁ、軍曹」

「……なんですか、中尉?」

「軍曹はよくやっていると思うぞ。軍曹はやれるだけのことはやっているし、教え子たちにも慕われている。月並みな言葉かもしれんが、あの子たちは軍曹に感謝こそすれ恨むようなことはないだろう」

 

 少なくとも、武たちはそうだろう。

 

「だから軍曹が気に病む事はないさ。アンタはよくやっている」

「……中尉、ありがとうございます」

 

 まりもに微笑みが戻ってくる。

 

「すいませんでした、こんな話に付き合せてしまっ ── くちゅんっ」

 

 まりもが可愛らしいくしゃみをした。

 若干重めだった雰囲気が、間の抜けたそれでぶち壊される。キョウスケとまりもは互いの顔を見て、苦笑を浮かべ合った。

 

「……さて、体も冷えてきたな。そろそろ戻るか」

「そうですね。あ、南部中尉」

「どうした?」

「中尉は明日、お暇でしょうか?」

 

 いきなりな質問だった。

 明日の予定は1700に仮設実験室に足を運ぶことだけだ。それまでの時間は特にすることもなかった。

 

「夕方には予定があるが、特に他の予定がある訳ではないな」

「私も明日は非番なんです。体も冷えてしまいましたし、どうですか、これから私の部屋で一杯?」

 

 まりものジェスチャーは杯を口に運ぶ動きのそれだった。

 

「一杯? 酒か? このご時世によく残っていたな」

「以前に香月博士が譲ってくれた物なのですが、中々開ける機会に恵まれなかったんですよ。中尉さえよければ、一緒にどうですか?」

 

 キョウスケは別に下戸ではない。

 控えめに飲めば、明日の転移実験になんら支障はない筈だ。元の世界でエクセレンの開く宴会によく巻き込まれていたことを思い出し、郷愁に駆られ酒の一口ぐらい構わないかという気持ちになってくる。

 

「折角のお誘いだ、いただくとしよう」

「では、行きましょう」

 

 キョウスケはまりもの誘いを受け、彼女の部屋へと足を運ぶことになった。

 2人がいなくなった屋上には冷たい風が吹きすさび、空には黄金色のはずの満月が、心なしかうっすらと赤みを帯び始めていた。

 




(予告)次回、まりもキャラ崩壊。


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第10話 キョウスケと神宮司 まりも 2

キャラ崩壊注意報(まりも)発生中。
鬼に金棒=キョウスケにアルト=まりもに酒。
読む方によっては気分を害されるかもしれませんのでご注意ください。


【21時25分 国連横浜基地 B4 神宮司 まりも 自室】

 

 地下4階にあるまりもの自室まで案内されたキョウスケは、彼女に促されるままベッドの端へと腰かけていた。

 

「南部中尉、何もないところですけど、ゆっくりしてってくださいね」

「ああ、すまないな」

 

 キョウスケはベッドに腰を預けたまま周囲を見る。

 本当に何もない。まりもの言っていた通り、部屋の構造は武のそれと同じだった。

 基地共通のベッドが1つと金属製のデスクが1つ、それ以外にはシャワールームと収納スペースであるクローゼットが内蔵されているだけだ。キョウスケの部屋の内装と何一つ変わらなかった。

 机の上に花が置かれていたり、壁に好きな男優のポスターが張られている訳でもない。華やかな調度品が置かれている部屋には程遠い、女性の部屋らしくない無機質な部屋。

 それがキョウスケの受けた印象だった。

 

(部屋を飾る物資、それすら不足している。そういうことだろうか?)

 

 武の部屋とは違い整然としているが、女性が好みそうな飾り付けが一切見当たらない。

 軍から支給されている部屋だから、軍属であるまりもが律しているのか、それともBETAに土地を追われ、趣味的な内装に割く物資が無いからなのかは分からなかった。

 一方、まりもはクローゼットの中を漁っていた。

 他に収納スペースになりそうな場所はそこしかなかったし、人工食料が一般化している世界で、人工ではない嗜好品の酒など贅沢品の極みであろうことは想像に難くない。

 まりもが自分から手に入れようとしたとは考えにくい。本当に夕呼から貰った、あるいは押し付けられた物なのだろう。

 お目当ての物が見つかり、まりもは一升瓶とグラスを持ってキョウスケの隣に腰を下ろした。

 

「温めたりできませんけど構いません?」

「ああ、ご馳走になる」

 

 まりもがキョウスケのグラスに酒を注いでくる。

 艶のある透明の液体がグラス一杯に満たされた。キョウスケもまりもに注ぎ返す。グラスが酒で満たった後、2人はグラスを合わせて乾杯する。

 まりもが先に一口飲んだので、キョウスケもそれに続いて一口含む。

 日本酒だったのだろう。独特の甘めの飲み口の後、胃の奥に熱と、体が軽く火照るのを感じた。蛇足だが銘柄は「銘酒 阿艦児(あかんこ)」と記されていた。

 

「ふぅ、悪くない味だな」

「ふふ、南部中尉は結構強い方なのですか?」

「いや、俺はそれなりだったんだが連れがウワバミでな。付き合う内にある程度は飲めるようになっていたよ」

 

 もう一口飲みながら、元の世界に置いてきたエクセレンの事を思う。

 エクセレンは兎に角よく飲む女だった。アメリカ人のくせに何故か日本酒党で、ハガネの前艦長ダイテツ・ミナセ氏と時どき飲んでいたらしい。それ以外でも頻回に飲み会を開き、たびたびキョウスケはそれに付きあわされていたものだ。

 

(……ん? いや、どうだったか? そうだった気がするのだが……)

 

 それなりの頻度で飲み会があったような気がするのだが、よくよく考えてみると、常に最前線にいたキョウスケたちにそんな機会があっただろうか?

 冷静に考えれば、ない、だろう。いつ戦闘になるかも分からないのに、酒など飲んでいる暇などあるはずがないからだ。

 だがキョウスケはエクセレンとよく飲んでいたような気がしてならなかった。

 理由は分からない。あるとすれば、武の言っていた転移による影響なのかもしれない。

 

「連れ……ですか?」

 

 まりもがキョウスケの言葉に喰いついてきた。

 

「その連れの方って……女性の方でしょうか?」

「ああ、そうだが」

 

 一瞬の沈黙の後、

 

「……お付き合いとかされてるんですか?」

「まぁな。かれこれ1年近い」

 

 まりもの問に答えるキョウスケ。彼はエクセレンとの慣れ染を思い出す。

 交際を始めてからの期間は確かその位だ。もっと長い時間連れ添っている気がしてならないのは、きっと実際の初対面はそれよりもずっと前だったからだろう。

 キョウスケがまだ士官候補生だったころ、彼が乗っていた飛行機が墜落したことがあった。墜落の原因は当初不明。これは後に分かったことだが、飛行機にアインストが衝突したことが墜落の直接の原因だったらしい。

 キョウスケだけでなく、エクセレンもその飛行機に乗り合わせていた。

 飛行機に乗っている間にキョウスケはエクセレンに会っていない。

 エクセレンとの出会い ── その瞬間は炎と血、肉の焦げる臭い、そして瀕死の重傷を負っていたエクセレンの姿が、強烈な記憶として刻み込まれていた。

 その飛行機墜落事故の生存者はたった2人。キョウスケ・ナンブとエクセレン・ブロウニング、要するにもう1人の生存者が今のキョウスケの恋人になったわけだ。

 

(エクセレンはその時致命傷を負っていて、アインストの力で生き返ったんだったな……)

 

 エクセレンを巡る複雑な事情が引き起こした戦いはまだ記憶に新しい。

 

「そうですか……彼女さんいらっしゃるんですね」

 

 顔を伏せたまりもが残念そうに呟いていていた。

 さらに何故か、直後、まりもは一気にグラスの酒を煽る。飲み終えた後、ぷはぁ、と息を着いた。

 

「おいおい、そんなに飲んで大丈夫か?」

「大丈夫です、問題ありません! こう見えて、私、お酒強いんです!」

 

 少々大きすぎるトーンで、はきはきと返事をするまりも。酔ってはいなさそうだ。

 強いと自称している位だから、わきまえた飲みかたをするのだろう……と、思った矢先、まりもはグラスに手酌 ── 目一杯に注いだ日本酒を一気飲みした。

 酒臭い息を吐き出す神宮司 まりも。強いと豪語していた割には、一瞬で頬がうっすらと赤らんでいた。あれ? この様子誰かに似てないか? そんな既視感(デジャヴ)に襲われるキョスウケ。

 

(…………ああ、一升瓶を抱えて離さない時のエクセレンに似ている(・・・・・・・・・・)……ような気がする……?)

 

 両名に失礼なことを思い描きながら、負けじとキョウスケも酒をもう一口。美味い。しかしお摘み的な何かが欲しい所である。

 とか思っている内に、まりもはもうグラス一杯分の酒を飲み干していた。

 

「おい、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だ! 問題ない!」

 

 まりもの口調が変わっていた。

 キョウスケの第六感が告げている。ここで飲むべきじゃないんじゃない? と……何だか嫌な予感がし、背筋をシャクトリムシでも這っているような奇妙な感覚。

 キョウスケの勘はめっぽう当たる。

 ことギャンブル以外の事に関しては……そんなことを考えている内に、もう一杯分の酒が、まりもの口を通して腹の中に消えて行った。

 

「ちょっとー、なんぶ きょーすけちゅういー! てじゃくなんてさびしいー、ついでくださいよー!」

「あ、ああ」

 

 命じられるまま、キョウスケは一升瓶を傾けて酒を注いだ。

 とぷとぷと、酒がグラスに満たっていく。

 しかしキョウスケが床に一升瓶を置いた一瞬 ── 本当にほんの数秒で、まりもの手の中のグラスは空になっていた。

 

(……なんだこの感じは……? まるでポーカー開始早々、相手がファイブカードを揃えてきたかのような……?)

 

 キョウスケの勘は本当によく当たる。金の掛かったギャンブルを除いては、だが。

 今回もキョウスケの勘は的中したようだ。

 まりもがキョウスケにむけてグラスを突き出してくる。

 

「おかわり」

 

 まりもの目はスワっていた。

 

「うふふ」

 

 意味も無くキョウスケの方を見つめてくる。 

 ω型(こんな形)に口を歪めて笑っていた。

 まりもは酒気を帯びた吐息がかかる程に、ほんのり桃色がかった端正な顔立ちをキョウスケに近づけ、

 

「わたし、むかしがっこうのせんせいになりたかったんですよー」

 

 唐突に自分語りを始めた。

 こちらに話す間を与えずに自分の欲求をぶちまける……そしておそらく、キョウスケの言葉は届かない…………まりもは社会一般に言われる「よっぱらい」と言われる状態で間違いないだろう。

 

「ほらー、きょうすけちゅういものみなさいよー」

「あ、あぁ ── ふごっ」

 

 まりもが自分のグラスを、キョウスケの口へと押しつけてきた。

 まりもが使っていたグラスから熱い液体が口の中に流れ込んでくる。

 つい、口の中の液体を飲み込んでしまうキョウスケ。しかしまりもがグラスを加減知らずに押し付けてくるので、飲んだ端から酒が口の中に入ってきた。

 口の端から酒が洩れ出しそうになるのを我慢して飲み込み、まりもの手を握ってグラスを口から離した。

 

「ぐ、軍曹ッ、やめてくれ……ッ」

「わたしー、こうこうのせんせいになりたかったんですよー」

「そ、そうか……」

 

 まったくもって聞いちゃいないまりも。

 

「こどもたちからまりもちゃんってよばれてみたかったりとかー、したかったりーしなかったりー」

「どっちだよ」

 

 昔の夢を饒舌に語るまりもは、キョウスケの口に押し付けていたグラスに残っていた酒を一気にあおる。

 関節キッス、そんな中学生じみた言葉が頭に過ったが、目の前に突き出されたグラスと言葉でキョウスケの思考は寸断された。

 

「おかはり」

「おい、呂律、回ってないんじゃないか?」

「おかわり!」

「あ、ああ……」

 

 語気と雰囲気に気圧されて、ついつい一升瓶から酒を注いでしまうキョウスケ。

 注いで気づく……まりもにこれ以上酒を飲ますのは危険だと……そんな考えにキョウスケが至った瞬間、まりもはキョウスケの首に腕を回してきた。

 それこそ、まるで酔っ払いの親父が後輩に絡むときのように力強く、キョウスケにまりもは絡んでくる。

 

「あとねー、しあわせなかていをねー、わたしはきづきたかったのよー。でもよのなかひどいありさまでしょー、わたしがけっこんできないのもー、ぜーんぶBETAのせいなのよー」

「……そうか」

 

 なんと言えばいいか、キョウスケはまりもの言葉に相槌を打つしかできなかった。

 

「BETAさえいなければぁ、わたしはがっこうのせんせいになれたかもしれないしー、けっこんもできてたかもしれないのー」

「……」

「……なのに……なのになぜわたしはこんなところで、こどもたちをころすてつだいをしてるの……? もういや……たすけてよ、きょうすけちゅうい」

 

 瞳が潤むまりもを見て、キョウスケはすぐに何も答えることができなかった。

 泣き上戸か。それで済めば笑い話だろうに、酔っていてもまりもの言葉には一々悲しみが重く圧し掛かっている。

 夢が潰えた事だけでなく今感じている悲しみも、まりもの心の奥底に深く刻み込まれているのだろう。

 育てれば育てる程、BETAという人外との戦いに近づいていく教え子たち。

 しかしまりもは子どもたちの前では教官でなければならない。教え込んだ技術を活かさないで、静かに平和に生きてくれとは口が裂けても言えない……そんな立場にまりもはいる。教え子たちを取り巻く状況も決してそれを許さない。

 置かれた環境には適応する。それは人間が生まれ持っている能力だろう。

 しかし置かれた場所に従いながらも、疑問抱き、尚且つそれを自分の中で殺し続けるのは悲しく、辛い物だ。

 

(やはり優しい女だ……だが同時に不器用でもある)

 

 自分に嘘を付き、いつかまりもが変わってしまっても、きっと誰も彼女のことを責めたりしないだろう。

 

(だが……俺に何かを言う資格はない……)

 

 キョウスケはこの世界の人間ではない。

 明日 ── 12月3、キョウスケは元の世界に戻るのだ。

 もちろん、帰れる保証はどこにもない。しかしキョウスケはこの世界から去るつもりでいた。慰めの言葉をかけるのは簡単だが、そんな心持ちの人間が、真剣に悩んでいる彼女に適当な言葉をかけるなんてどうしてできるだろうか?

 

「ちょっとー、なんかいいなさいよー」

 

 涙目のまま笑いながら、まりもはグラスをキョウスケの頬に押し付けてきた。

 行動は完全に酔っ払いのそれだったが、先ほど漏れた言葉は彼女の本音で間違いないだろう。

 

「……軍曹、その……俺の分の酒はここにあるから……」

「あらそーぉ、じゃあいただきます ───── おかはり」

「飲み過ぎだ。もう注がんぞ」

「えー、きょーすけのけちんぼー! いいわよ、ひとりでのむからー」

 

 完全に出来上がってしまったまりもはグラスを手放した手で、床に置いてあった一升瓶をつかみ上げた。

 あろうことかそのまま酒をラッパ飲みする。いきなりの行動にキョウスケは目を白黒させ、固まってしまった。

 少なくとも、結婚適齢期の女性が男の前で見せる行動ではない。

 まりもの飲み方は「酒乱」にカテゴライズされるソレだろう。キョウスケの経験上、この手の飲み方をする人間は翌日には大抵記憶を失くしていて……、おそらく上官であるキョウスケを呼び捨てにしていることも忘れいるに違いない。

 

(おっと、そんな事を考えている場合じゃないな)

 

 幾ら明日が非番だからと言って飲み過ぎは体に毒だ。

 万が一、出撃要請が無いとも限らない。酒を飲むなとは言わないが、飲まれてはいけないのだ。

 

「軍曹、その辺りで止めておこうか?」

「やっ」

 

 そっぽを向いたまりもは一升瓶を抱え込んでしまった。

 昔、エクセレンも似たような姿勢で抵抗してきたことがあった。もっとも彼女の場合はいくら飲んでも酔わないので、素面(しらふ)のままキョウスケをからかって楽しんでいただけだったのだが。

 兎に角、飲み口がまりもの豊満の胸に埋もれてしまっていて、キョウスケには非常に手が出しづらい状況になっていた。

 

「うまいこといってー、だいじなもの、うばうつもりでしょー」

「たかが一升瓶じゃないか」

「とるつもりでしょー? うばうつもりでしょー? BETAみたいにー?」

「BETAって……宿敵が酒と同じ扱いとは……」

 

 呆れてため息が出そうになるが、酔っ払いに理屈が通用しないのは世の常だ。

 説得するのは骨が折れそうだ、と一瞬目を伏せて逡巡したキョウスケ。

 

「あっ」

 

 その隙にまりもは、一升瓶を持ち上げてラッパ飲みの体勢に入っていた。

 

「こら、もう止さないか」

 

 聞く耳持たずなまりも。彼女がこれ以上酒を飲むのを防ぐため、キョウスケは一升瓶を掴んだ。

 

「いやー、はなしてー! きょうすけのえっち! せくしゃるー!」

「ハラスメント? ……って、何故そうなる?」

 

 キョウスケはまりもの体には触っていない。持っているのはあくまで一升瓶だけだ。

 

「軍曹ッ、離さないか!」

「いーやー!」

「くっ、意外と力が強いな……!」

 

 一升瓶を引き離そうとするキョウスケに、まりもは必死に抵抗した。

 軍人として鍛えているためか、キョウスケがそれなりに力を入れてもビクともしない。引き剥がそうとする力を強くすると、逆にさらに力が加わって引き戻される有様だった。

 酒を飲んで動いているせいか体が熱くなり、キョウスケの頭がぼんやりとしてきた。

 段々腹が立ってくる。

 どうして、まりもは聞き入れてくれないのか、と。

 軽い怒りを覚え、思考が鈍っているのをキョウスケは自覚した。

 さっさとこの下らない、本当に下らない争いにケリを付けて、布団に包まって寝たいとも思い始める。

 同時に頭痛がし始めた。

 ずきずき。

 ずきずき、と。

 瞬間、目の前が真っ白になる ──……

 

 

 

 

 ……── 気づくと、薄暗い部屋にいるキョウスケを彼は見下ろしていた。

 

 牢や営倉ではない。キョウスケが居るのは、軍で割り振られる各兵士の生活スペースだった。

 しかし照明を消し、窓は閉め切っている。カーテン越しに光が差し込んでいるので、今が夜ではないことが分かった。

 

「…………」

 

 キョウスケは無言のまま備え付けの机に座っていた。

 その片手には大きめにカチ割った氷が入ったグラス。反対の手にはウィスキーと思われるガラス製の容器が握られていた。

 どぉぼんどぉぼん、とグラスに酒を注ぐ音だけが部屋に響き渡る。

 

「…………」

 

 キョウスケが無言で酒を煽った。

 その顔は頬がこけ、無精髭が伸び、精彩を欠いている。まるで死人のような瞳は真っ直ぐ壁に向けられ、何処も見ていなかった。

 部屋にはキョウスケしかいない。

 キョウスケが呼吸する音しか聞こえない。

 どぉぼんどぉぼん、と酒が注がれる音だけが部屋に響いている ──……

 

 

 

 

「……── きゃ!?」

 

 キョウスケの意識を引き戻したのは、まりもの小さな悲鳴だった。

 

 キョウスケの目の前にまりもはいた。

 次の瞬間、潤んでいる彼女の瞳があまりに近い距離にあることに気付く。握っていた筈の一升瓶は既になく、キョウスケの手はベッドについていて、まりもに覆いかぶさろうとしている自分の体重を支えていた。

 キョウスケの体の下で、まりもがベッドに横になっている。

 男が女を押し倒している。俗にそう呼ばれる状況に2人は置かれていた。一升瓶はカラコロと床に転がっていて、どちらかがそれを離した拍子に体勢が崩れ、今の状態に陥ったように思えた。

 

「……きょうすけぇ」

 

 甘ったるい声がまりもの口から漂ってきた。まるでキョウスケを誘っている……そう錯覚してしまいそうになる。鼻をくすぐる彼女の良い匂いも、キョウスケの心に掛かった施錠を一つ一つ解いていった。

 

(……彼女は酔っているんだ……)

 

 醒めれば忘れる泡沫の夢、そんな物に何の意味がある? 酔った勢いでなど決してあってはいけない。

 キョウスケはまりもから離れることにした。

 だが頭がまた痛み始める。

 先ほど感じたそれと同じだった。

 痛みが最高潮に達し、再び視界が切り替わる ──……

 

 

 

 

 

 ……── どぉぼんどぉぼん、と酒が波打つ音だけが響いていた。

 

 部屋はやはり暗く、いるのキョウスケ1人だけ。

 先ほどよりもさらにやつれた感のある彼が、1人きりで酒を飲んでいる。

 キョウスケは付き合いで酒を口にすることはあっても、自分から進んで飲むことはない。酒は脳細胞を破壊する、パイロットを長く続けたければ避けるべきだ。誰か受け売りかは忘れたが、キョウスケはなるだけその教えを守ってきた。

 

「…………」

 

 そのキョウスケが酒に溺れている。

 白昼夢にしか思えない光景が目の前に広がっていた。

 

「……─────がいない……世界など……」

 

 キョウスケの口が動く。

 小声の独り言であるため、所々聞き取ることができなかった。

 しかし彼はぶつぶつと口を動かしている。

 何かを言っていた。

 彼の口の動きから何を言っているのか、キョウスケには理解することができた ──……

 

 

 

    オ レ ハ   イ ラ ナ イ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── 気づくと、目の前で寝息を立てているまりもの横顔があった。

 

 穏やかに眠るまりもの横でキョウスケは倒れていた。

 いつの間にか眠っていたらしい。2人は布団も被らずに、着の身着のままで仰向けでベッドの上にいた。どれだけの時間眠っていたのか分からないが、キョウスケの体はすっかり冷えてしまっていた。

 体を起こすと頭痛の余韻が残っている。

 まるで二日酔いのような感覚……酔って寝てしまっただけなのなら、先ほど見た光景もただの夢のように思えてならない。

 しかし夢らしくない夢だったと、キョウスケは感じていた。

 夢のようで夢ではない、まるで昔見た光景がフラッシュバックしているかのような臨場感。果たして、ただの夢で片づけていいのだろうか? 考えた所で結論はでなかった。

 

「……帰るか」

 

 明日は12月3日、キョウスケが元の世界に帰る日だ。100%安全な実験ではない。なら体調には万全を期すべきだろう。

 キョウスケは寝ているまりもに布団を掛け、電気を消し、彼女の部屋を後にした。

 

 

 

 翌日、まりもが二日酔いになっていたことは言うまでもなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 




次話が第2部最終話予定です。


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第11話 キョウスケと彼の居場所

【西暦2001年 12月3日 17時4分 国連横浜基地 香月 夕呼の仮設実験室】

 

 香月 夕呼に指定された時刻、キョウスケは地下の実験室にいた。

 

「響介さん……本当に帰っちまうのかよ?」

「ああ、すまんな武」

 

 転移装置の前で、武はキョウスケの別れを惜しむ声を上げていた。

 もう三度目になる地下の実験室。中にいるのはキョウスケと武だけではない。制御盤の前に夕呼と霞がおり、転移装置の調整を行っていた。

 

「少し待ってて」

 

 そう答えた後、夕呼は霞と共にずっと作業に没頭している。

 既に電源が入れられている転移装置からは耳に残る反響音が耳に届き、これから自分が元の世界に戻るという臨場感を演出していた。

 昨日、実際に転移して戻ってきた武が呟く。

 

「……俺、響介さんにはこの世界にいてもらいたいよ」

「武……」

「だってそうでしょう? この世界で出会えた、初めて同じ立場の人だもの」

 

 同じ立場 ── 異世界から転移してきた、この世界にとっての異邦人。

 キョウスケはすぐに武に出会うことができたが、武は時間跳躍を経た足かけ4年目にキョウスケに出会ったのだ。同郷ではないが、極めて近い立ち位置のキョウスケとの出会いに、武が感動したであろうことは想像に難くない。

 別れたくないという武の思いも理解できた。

 

「武、お前の気持ちはありがたいが……」

 

 キョウスケは言葉を詰まらせ、それでも続けた。

 

「俺は確かに帰るが、必ず元の世界から仲間たちを連れて戻ってくる。武が香月博士に協力しているように、それがこの世界にできる俺の最善だ」

「分かりますよ? 響介さんの言っていることは正しい。でも……やっぱり寂しいです」

「それは俺もだ」

 

 自分の口から出た言葉に、キョウスケは少なからず驚きを覚えていた。

 寂しい。そこだけではない。仲間を連れてくる。自然に出たその言葉にキョウスケは驚いていた。

 異世界には干渉するべきではない。

 シャドウミラーがそうだったように、他の世界の干渉が世界に与える影響は計り知れない。

 シャドウミラーの干渉でキョウスケの世界では大きな戦乱が引き起こされた。キョウスケ1人ならいざ知らず、この世界にとってのオーバーテクノロジーの塊と言える彼の仲間と機体たちを引き連れてくれば、どれだけ大きな影響をこの世界に残すか分かったものではない。

 できるなら、キョウスケの世界はこの世界に関わるべきではないのだ。

 しかしキョウスケは今回の転移の条件として、それを香月 夕呼に提示されている。

 恩は仇ではなく、恩で返すものだ。仲間を連れてくる、それはキョウスケの成すべき事の1つとして腹に決めたつもりだった。

 しかしその言葉が、するりと口から飛び出すとは、まったく思いもよらない事だった。

 気づかぬ内に自分は、武やこの世界の人たちと深く関わってしまっていた。その事にキョウスケは今更ながら気づく。

 

(……このまま帰って終わり……それも無責任でいささか気分が悪い)

 

 仲間たちをこの世界に連れてくる。言うだけなら簡単だ。しかしキョウスケの仲間たちは軍の一員であり、彼の一存だけを組んで動けるほど単純な組織でないのも確かだった。

 時間はかかる。

 武たちに再会するために、この世界を救うために、少しずつ説得していくしかないだろう。

 

「安心しろ、武。俺は必ず帰ってくる。信じて、待っていて欲しい」

「響介さん……ああ、俺、待ってるぜ!」

「はいはい二人とも、別れの言葉はその辺にして頂戴」

 

 夕呼の声が割り込んで耳に入ってきた。

 

「準備できたわよ」

 

 調整作業を終えた夕呼がキョウスケたちの方を見ていた。

 いよいよか、キョウスケは期待に胸を膨らませる。武や夕呼との約束は別として、元の世界に戻れることは、キョウスケにとって単純に嬉しい事でもあった。

 

(待っていてくれ……エクセレン、今戻る)

 

 キョウスケの愛する女性 ── エクセレン・ブロウニング。

 彼女と会えなくなってから早2週間近くが経過しようとしていた。不慮の事故で転移してしまったキョウスケだったが、エクセレンと再会できることは魂の芯に染みわたる程に喜ばしいことに思えた。

 

「いいわね南部? 元の世界に戻すための交換条件忘れないでよね?」

「分かっているさ」

 

 夕呼からの確認の言葉にキョウスケはしっかりと頷いた。

 円柱状の形をした転移装置の搭乗部分に乗り込む。椅子も何もない。搭乗部には大人1人が立てる程度のスペースしかなかった。

 ゆっくりと搭乗部の開閉部が閉まり始める。

 

「いい、南部? 元の世界の事を強く思い浮かべなさい。それがアンタの転移を成功させるための鍵になるわ」

「了解した」

 

 夕呼に言われるまでもなかった。

 帰還。この瞬間をどれだけ待ち望んだだろう? エクセレン、仲間たち、元の世界に残してきた様々な懸案事項……元の世界への思いがキョウスケの頭の中を錯綜する。

 12月3日、キョウスケ・ナンブは帰るのだ。

 元の世界へと。

 直後、搭乗部の開閉口が締め切られ、中は暗闇と装置の駆動音だけに支配された。

 駆動音が徐々に増大していく。ヴォオオオ、と魔物の鳴き声にも思える酷い騒音が搭乗部の中で反響する。

 

 マシンの音に比例して、自分が自分でなくなるような ── 筆舌に尽くしがたい浮遊感がキョウスケの体を包み込んでいった。まるで自分と外界を区別するための線が、あやふやになっているような……そんな感覚。

 

 

 キョウスケは強く願った。

 俺は元の世界へ帰るのだ、と。

 俺の居場所(・・・)へと戻るのだ、と。

 そして思った。きっと、俺は戻れる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……この時は、本当にそう思っていた ──……

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、キョウスケ・ナンブの姿は世界の中から消え、装置の駆動音だけが誰もいなくなった空間に響くのだった ──……

 

 

 



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独白【社 霞の場合】

【西暦2001年 12月3日 17時4分 国連横浜基地 香月 夕呼の仮設実験室】

 

 香月 夕呼に指定された時刻、社 霞は地下の実験室にいた。

 

「響介さん……本当に帰っちまうのかよ?」

「ああ、すまんな武」

 

 転移装置の前で白銀 武と南部 響介が話をしている。

 霞が協力してきた武の転移実験。その成果物である転移装置を使い、南部 響介を元の世界に送り届ける。それが今日の実験の目的だった。

 武の転移実験には、Alternative4を成功に導くため、彼の世界にある数式の回収するという大義名分があった。

 しかし南部 響介の場合、彼を元いた世界に送り返すだけ……釈然としない物を霞は感じている。

 

【──アンタの仲間たちと一緒にこの世界を救いに来て欲しい ──】

 

 2日前に聞いた夕呼の言葉が、霞には不思議でならなかった。

 南部 響介に提示した交換条件を夕呼が口にした時、霞は彼女の心の色を感じてしまっていた。

 人工ESP発現体(・・・・・・・・)として生み出された霞にはリーディングという特殊能力が備わっている。

 人の思考を「画」として感情を「色」として感知する能力 ── リーディング。2日前 ── 営倉から釈放されたばかりの南部 響介と対面した時、夕呼が霞を傍に置いたのは、この能力で彼の発言の真偽を判別するためだった。

 また夕呼が南部 響介の話を信じる最後の決め手になったのも、霞がリーディングで真実だと保証したからに他ならない。

 この能力を霞はコントロールすることができたが、時折、意思とは関係なく映像や色が頭に流れ込んでくる時がある。

 2日前のあの時もそうだった。

 

【──アンタの仲間たちと一緒にこの世界を救いに来て欲しい ──】

 

 夕呼は南部 響介に嘘をついていた。

 

(……暗い淀んだ色…………あれは嘘と少しの罪悪感と……恐怖が混ざった色……)

 

 霞には分からなかった。

 何故、夕呼は南部 響介に嘘をついていたのか。

 何故、南部 響介を元の世界に送り返そうとしているのか。

 そして何より、彼と武が実験室に訪れるほんの少し前、夕呼に言われた命令が、まるで喉にひっかかり飲み下せない魚の小骨のように残っていた。

 

【いい、社? 白銀の時と違って、南部の存在をトレースする必要はないわ】

 

 夕呼は確かにそう言った。

 

【今回の実験は、数式を回収する白銀のように南部を引き戻す必要はない。だから貴女は装置を作動させるための補助に徹してちょうだい】

 

 霞が南部 響介をトレースしない ── それは夕呼たちの意思で彼をこの世界に引き戻さない事を意味していた。

 

 ここが霞の大きな疑問点。

 

 2日前の夕呼の発言と矛盾しているように霞には思えたが、あちら側の軍隊を引き連れて来るまでの時間をトレースし続けるのは、彼女の精神力のキャパシティ的にも不可能だ。だからトレースしない。

 そういうことなのか? 霞は夕呼に質問していた。

 夕呼の答えはこうだった。

 

【そりゃあ本音を言えば、南部の世界の力でこの世界を救ってもらえれば、って他力本願もあるけどね。でも現実的じゃない】

 

 夕呼はさらに付け加えて言う。

 

【それに南部は帰ってこない方が良い】

 

 本音と相反する言葉に霞は首を傾げた。

 

【私の仮説が正しければ、南部は白銀と同じ類の存在よ。でもね、私はこの仮説が間違っていて欲しいと思っている。

 アイツはこのまま元の世界に帰って、こちらに戻ってくるべきじゃない。そうなると私の仮説は誤りだったことになるけど、その方がアイツにとっては幸せよ。もし私の仮説が正しければ、アイツの居場所は ──】

 

 そこから先を夕呼は語ってくれなかった。

 しかし霞は感じてしまう。夕呼の心の色は暗い青 ── 悲しみと同情を現す色が見て取れた。

 

【それにね、私は怖いのよ】 

 

 思いがけない夕呼の告白に霞は驚いた。

 

【白銀が世界を救うと豪語し影響を与えているように、南部もこの世界にとって強い影響力がある人間であるのは確かよ。

 でもね社、私はこう思うの。強い影響力は確かに人や世界を変えるわ、良い方向にも悪い方向にも……そして仮にそれが良い方向への影響力だとしても、強すぎる影響力は劇薬に似ている……いいえ、強すぎる影響力は毒物と同じと言ってもいい。

 白銀と違って、南部のそれはこの世界に致命傷を与えかねない……そんな気がしてならないの】

 

 霞は初めて南部 響介を見た時を思い出す。

 武と同じ異世界の住人。武と何処か同じ、しかし彼は何処か決定的に違っていた(・・・・・・・・・・)。武と同じだが違う。来た世界が違う、年齢が違う、経験値が違う……違う部分は探せばいくらでも出てきた。

 そうじゃない。もっと根本的な部分で武と南部 響介は違っていた。

 それが何なのか霞には分からない。

 多く人の心を見てきた霞だから感じる違和感。目には見えず、リーディングでも読み取れない何か ── 南部 響介は確かにそれを持っていた。

 

(…………分からない……心が読めたって分からない……博士も……白銀さんも……あの人も……私には分からない……)

 

 霞にとって、この世は分からない事だらけだった。

 

「必ず元の世界から仲間たちを連れて戻ってくる。武が香月博士に協力しているように、それがこの世界にできる俺の最善だ」

「分かりますよ? 響介さんの言っていることは正しい。でも……やっぱり寂しいです」

「それは俺もだ」

 

 南部 響介と武の男の友情も、

 

「いいわね南部? 元の世界に戻すための交換条件忘れないでよね?」

「分かっているさ」

 

 夕呼の口から吐き出される嘘も、

 

「……一番、二番、電力供給開始します……」

 

 黙々と作業に徹している自分もよく分からない。いつか、理解できる日が来るのだろうか? 素朴な疑問を胸に抱きながら、霞は夕呼の指示通りに制御盤を操作していく。

 南部 響介は転移装置の搭乗部に移動し、出入り口が閉じロックされた。

 

「3番と4番も入れて」

「……はい」

 

 霞の操作で、武を転移させた時と同じ規模の電力を転移装置に注ぎ込まれる。

 駆動音が増していき、空間の歪曲が始まった。

 奇妙な浮遊感が霞たちを包み込み ──── 数秒後、南部 響介はこの世界から消えた ──……

 

 



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第11話 キョウスケと彼の居場所 2

【新西暦 地球 ???】

 

 ……── キョウスケが目覚めた場所は暗闇の中だった。

 

 漆黒ではなく、うっすらと目の前に何かが見える。

 モニター、計器類、操縦桿……どうやらそこは、電源が落とされただけの、ごく一般的なPTのコクピットの中のようだった。キョウスケの体にフィットした操縦席が何故か愛機アルトアイゼンのそれを連想させる。

 

「……帰ってきたのか?」

 

 判断材料は周りを探しても見つからなかった。暦の分かるものがあれば新西暦かどうか判別もできたるだろうが、どの道、コクピットの中に引き籠っていたのでは分からない。

 キョウスケは機体に電力を入れ、モニターに外部の状況を映し出させた。

 コクピットの外は真空や海中などではなく空気があった。外部カメラを通じ、ごく一般的な格納庫がモニターに表示されている。外気の構成成分は酸素21%、窒素が78% ── 地球上に存在する大気と同様の組成……呼吸をしても問題なさそうだ。

 キョウスケがコクピットハッチを開放して外に出た。すると、新鮮な空気が肌を撫で、視界が開ける。

 キョウスケはPTのコクピットの高さに設けられている通路にいた。

 

「……ここは輸送機の中か? 見慣れたこの感じ、おそらく、レイディバード……?」

 

 レイディバード ── キョウスケの世界で広く普及しているPT搭載型の大型輸送機の名称だ。

 レイディバードとは人型戦闘兵器の発達が著しいキョウスケの世界で、いまだに現役を保っているPT用の輸送機だ。少数のPTを運ぶ際には頻繁に利用され、キョウスケも機体を運搬するときに幾度となく利用していた。

 量産されているだけあって、どの機も機内の光景は機能性を重視した同様の光景になっている。コクピットから出たキョウスケが見た格納スペースのそれも見覚えのあるものだった。

 そして目の前に格納されている機体も、キョウスケがよく見知ったモノが納められていた。

 

「……あれは……ヒュッケンバインMk-Ⅱ……」

 

 バニシングトルーパーと揶揄されたPT ── ヒュッケバインの後継機が、キョウスケの網膜を通して脳にまで投影される。

 コードネームアサルト3……ブルックリン・ラックフィールドが超機人・虎龍王に乗り換えるまで愛用していた機体がヒュッケバインMk-Ⅱだった。漆黒のカラーリングが、量産機ではない純正のテスト機である証明だ。ブリットが愛用していた機体で間違いなかった。

 その隣にも1機のPTが安置されていた。

 純白のその機体を見て、キョウスケは腹の底から思いのたけを吐き出す。

 

「……どうやら、戻ってこれたようだな……」

 

 そう確信できる存在が、格納スペースには鎮座されていた。

 

「ライン・ヴァイスリッター……最後に見た時となんら変わりない姿だ」

 

 雪のような白い装甲の下 ── 関節駆動域を緑の蔦が覆い、アインストのコアと同様の真紅のそれが胸部に埋め込まれていてる。その外観は生物的であり機械的でもある。一言で表現ことができない美しさを秘めた純粋なる白騎士 ── ライン・ヴァイスリッターが、間違いなく、そこにいた。

 香月 夕呼が模そうとした不知火・白銀では決してない。

 エクセレン・ブロウニングが操り、キョウスケ共に戦場を駆けた世界で唯一のPTが目の前にあった。

 

「間違いなく、戻ってきた……」

 

 ヴァイスリッターの雄姿がキョウスケにそう確信させる。

 機体がアインストの力で変貌し、そのまま元に戻っていなかったが、そんなことは些細な問題だった。アインストの頭領 ── シュテルン・レジセイアは消滅した。その結果の残滓が残っているに過ぎないのだ。

 そう思って流せる程に、帰還の感動はキョウスケの心を打ち震わせていた。

 

「あれ、キョウスケ中尉?」

 

 聞き慣れた部下の声が聞こえてきたのは、彼が感動を噛みしめている正にその時だった。

 

「こんな所で、どうしたんですか? エクセレン少尉と一緒だったんじゃないんですか?」

「……ブリット」

 

 振り返ると金髪碧眼アメリカ人、ブルックリン・ラックフィールド ── 通称ブリットが立っていた。

 ブリットはATXチームの一員で、キョウスケの部下の1人だ。

 ブリットは龍虎王の操者クスハ・ミズハと行動していない時には、ATXチームのメンバーとして共に行動するのが常だった。彼がいるということは、ほぼ間違いないなくレイディバード内にエクセレンがいると考えて差し支えないだろう。

 

「ふっ」

 

 戻ってきたという実感と喜びが、キョウスケの顔を自然に緩ませていた。

 

「久しぶりだな。元気にしていたか、ブリット」

「……? ええ、俺はいつでも健康そのものですよ。よくクスハ汁の実験台にされてますから」

 

 耳に懐かしい単語が心地よい。同時に苦い思い出も蘇ったりしたが、まぁ、今はそんな事は捨て置こう。

 

「それより、キョウスケ中尉こそ格納スペースで何をしているですか?」

「俺か……そうだな、しかし話し出すと長くなる。少し落ち着いてから、ゆっくりと聞かせてやるさ」

 

 キョウスケの経験した濃厚な2週間は、格納スペースでの立ち話で済んでしまうほど薄味な代物ではない。レイディバードには搭乗員用の休憩スペースがある。どうせ聞かせるのなら、そこで腰を落ち着けてからにしたかった。

 思い返せば……世にも奇妙な体験だった。

 エクセレンもブリットもきっと退屈せずに済むことだろう。

 

「……? そうですか。じゃあ行きましょう」

 

 首を傾げながらも、ブリットはキョウスケの提案に同意した。

 が、移動を開始する前に、彼はキョウスケに不思議な質問を飛ばしてきた。

 

「でも、調整が終わったから先に上がるぞって、ついさっき言ってませんでした? エクセレン少尉と、先に搭乗員用の座席に移動したものと思ってましたよ?」

「……なに?」

 

 ブリットの言葉の意味が、キョウスケにはすぐに理解できなかった。 

 

 

 【言ってませんでした?】

 

 

 頭で意味を咀嚼し、飲み込む。

 

 

 【言ってませんでした?】

 

 

 誰か(・・)がブリットに言い放った言葉で間違いなさそうだが、まるでキョウスケが言ったかのように彼の振る舞いからは感じ取れた。

 

(……気のせいだろう。実に2週間近く、俺はあちら側の世界に行っていた訳だからな)

 

 ちょっとした冗談で、キョウスケを驚かせようとしている可能性もある。しかし何処か引っかかる。ブリットは質実剛健で実直で、まるで真面目な日本人を絵に描いたかのようなアメリカ人だ。行方不明だった人間に冗談を飛ばすような男ではない。

 加えてもう1つ、気になる言葉がキョウスケにはあった。

 

「調整……一体、何を調整していたと言うんだ?」

「え……どうしたんですかキョウスケ中尉? さっきから少し変ですよ?」

 

 訝しむ表情をしながらも、ブリットはキョウスケが調整していたと言うモノを指さしてくれた。

 指先はキョウスケの背後に向けられている。ブリットの指先には先ほどキョウスケが出てきたPTのコクピットがあった。

 転移直後、キョウスケが入っていたそのコクピットのハッチが開け広げられたままであり、そこから少し視線を上にずらすと、煌めくメタリックレッドのカラーリングが目に飛び込んでくる。

 

「なっ……!?」

 

 どくん。キョウスケは自分の心臓が大きく跳ね上がり、全身の毛穴が開く感覚を覚えていた。

 キョウスケが調整していたと言う見慣れたソレ(・・・・・・)は、転倒防止用の巨大な柵でボディを固定されている。

 ヒュッケバインMk-Ⅱとは対照的な太めのガッチリしたボディライン。

 全身を赤で染め上げ、両肩には巨大なコンテナが装備され、右腕部に巨大な杭打機(・・・) ── パイルバンカーが備わっている。

 特徴的なブレードが直立しているその機体の頭部を、どうしてキョウスケが忘れることができるだろうか?

 

「アルト……何故、ここに……?」

 

 見間違えるはずがない。眼前にそびえ立っていたPTはキョウスケの愛機 ── アルトアイゼン・リーゼだった。

 ありえない出来事にキョウスケは言葉を失う。

 香月 夕呼の作った転移装置は1人用だったため、キョウスケはアルトアイゼンを武の世界に置いて来ていた。にも関わらず、キョウスケの目の前にアルトアイゼンはある。

 

(……どういうことだ?)

 

 混乱しそうになる頭を必死にキョウスケは整理する。

 転移は1人でしかできなかったため、アルトアイゼンは武の世界に置いてきた。アルトアイゼンを取りに戻るためには、夕呼との約束もあり、仲間たちを連れて武たちの世界に戻らなければならない。

 筋を通すなら、アルトアイゼンはキョウスケの世界にはないはずだ。いや、あってはならないのだ。

 

「キョウスケ中尉、大丈夫ですか?」

 

 呆然としていたのか、ブリットが心配してキョウスケに声をかけてきた。

 

「疲れてるんじゃないですか? 戦後の事後処理とか人事(・・)とかで色々ありましたもんね。俺もクスハと別れて、テスラ研から先にこっち来なくちゃいけなくなったり……上はいつも好き勝手言ってくれますよ」

「…………なぁ、ブリット」

「はい、なんですか中尉?」

 

 嫌な予感がする。キョウスケはブリットに確認することにした。

 

「……この2週間、俺は何をしていたか知っているか?」

「え?……いえ、分かりません。俺、『インスペクター事件』の最終決戦の後すぐに、テスラ研に龍虎王たちを移送するために移動したので……中尉たちと合流してからまだ時間が浅いのでよく分からないですね。でも中尉、どうしてそんな事を聞くんですか?」

「……そうか。いや、何でもないんだ。気にしないでくれ」

 

 ない筈の物がある(・・・・・・・・)。キョウスケはアルトアイゼンを見上げて妙な違和感を覚えながら、最悪の可能性を頭に想像していた。

 

(……エクセレンは無事なのか?)

 

 エクセレンにはアインストと同化し蘇生させられた過去がある。アインストの親玉 ── シュテルン・レジセイアが消滅した今、彼女の身に何か起こっていても不思議はなかった。

 

(先ほどのブリットの言葉から、生きているのは間違いなさそうだが……)

 

 エクセレンがいる。もうすぐ会える。そんな高揚感に包まれていたつい先ほどとはうって変わって、全身を小さな虫が這っているような肌寒さと不快感がキョウスケを包み込んでいた。

 何かが変だ。

 キョウスケは一刻も早く、エクセレンの無事を確認したい衝動に駆られた。

 

「ブリット、エクセレンは搭乗員席に行ったのだったな?」

「はい。あっ、待ってください、俺も行きます」

 

 格納スペースから機首方面にある搭乗員席に移動するキョスウケ、その後をブリットが慌てて付いて行った。

 靴が金属製の床を打ち鳴らす音が、ただ広い格納スペースに響いていく。アルトアイゼンの真紅の躯体は、ただ物静かに鎮座しているだけだった。

 

 

 



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第11話 キョウスケと彼の居場所 3

【新西暦 地球 レイディバード 搭乗員席】

 

 ブリットを伴い、キョウスケはレイディバードの搭乗員席の前まで到着していた。

 

 キョウスケは内心穏やかではいられなかった。

 眼前には搭乗員席に続く扉がある。赤外線センサーで開閉をされるそれは、手をかざせば簡単に道を開いてくれるだろう。

 手をかざす、足を一歩踏み出す、そんな簡単なことがキョウスケはすぐにできなかった。

 この世界を離れていた2週間に、何があったのか自分は何も知らない。

 大きな事件があったかもしれないし、平穏無事な2週間だったかもしれない。ブリットに尋ねればそれで済む問題ではあったが、キョウスケはまず何よりも先にエクセレンの無事を自分の目で確かめずにはいられなかった。

 何より、自分の目で確かめずにはいられなかった。

 エクセレンは無事なのか?

 ブリットの事は信頼していたが、彼の言葉だけで解決していい問題とも思えない。

 搭乗員口の自動扉。

 軽く同時に重いその門にキョウスケが1歩足を踏み出すと、センサーが感知し横滑りして道を開けた。

 

「──── ふふふ、そんな慰め方ってあり? これがホントの殺し文句って奴?」

 

 搭乗員スペースが見えたのとほぼ同時、懐かしい彼女の声がキョウスケの耳をくすぐった。

 忘れるはずもない。彼女 ── エクセレン・ブロウニングの声だった。

 レイディバードの搭乗員席はお世辞にも立派な物とは言えない。機体内の左右に腰かける事ができるロングシートが2つ設置されているだけだ。

 エクセレン・ブロウニングは、入り口から向かって右側の中ほどのスペースに座っていた。ブロンドのロングヘアーに見慣れた服装、エクセレンは元気そうにはにかみながら隣の人物に話かけている。

 その様子にキョウスケは安堵の息を吐き出した。

 エクセレンが話しかけている隣の人物は彼女の影に隠れて、今のキョウスケの立ち位置からでは顔がよく見えなかった。

 エクセレンの隣の人物が気にはなったが、彼女が笑っていられるのならそれでいい ──……

 

「……その調子だ。俺の傍にいればいい、エクセレン」

 

 ……── 隣の人物の声がキョウスケの耳に届く。

 男の声だった。

 それも聞き覚えのある(・・・・・・・)男の声。ただの男の声 ── しかしその声は鼓膜から脳を、全身を震わせるような悪寒をキョウスケに与えた。

 どくん。心臓が大きく跳ね上がり、徐々に徐々に鼓動が速くなっていくのが分かる。

 エクセレンはキョウスケたちに気付かず、隣の男との会話を続けている。

 

「うん。でね、殺し文句ついでにお願いがあるんだけど……」

「何だ?」

「近い将来……ううん、もっと先でいいけど……私、双子の赤ちゃんが欲しいな」

「双子……?」

「そ。女の子の双子。お姉さんの方の名前はレモンで、妹は……」

「……アルフィミィか」

「駄目かしらん?」

 

 エクセレンが相手に艶っぽい笑顔を向けているのが分かった。彼女が何かをねだる時、キョウスケへ向けてくる笑顔だった。今までの経験上、冗談半分本気半分の心情の時に向けてくることが多い。

 そんな笑みを、エクセレンがキョウスケ以外の誰かに向けていた。

 胸の鼓動に後押しされるかのように、相手の男の顔を確かめるためにキョウスケの足は自然に動いていた。

 

「ふっ、覚えておこう」

 

 見慣れた風貌の男がエクセレンの傍に座り、微笑を浮かべ返答していた。

 その男はキョウスケの愛用品に良く似た赤いジャケットを羽織り、好んで使いそうな言葉づかいをし、声質までそっくりで ──

 

「なん、だと……ッ!?」

 

── 顔に至っては、まるで鏡に映る自分自身のように瓜二つ……──

 

 

……── エクセレンの隣に、キョウスケ・ナンブ(・・・・・・・・・)は座っていた。

 

 

 自分はここにいる。にも関わらず、キョウスケ・ナンブが目の前でエクセレンと談笑していた。頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

「あれ? エクセレン少尉、誰と話しているですか ── ッ!?」

「あらー、ブリット君、遅かったじゃない。あんまり遅いと女の子に嫌われちゃうぞ ── えっ!?」

 

 キョウスケの後ろを付いてきたブリットが話しかけ、声にエクセレンが振り向き、2人とも驚きのあまり絶句していた。

 どくん。エクセレンの声と自分に向けられた戸惑いの視線に、心臓が大きく跳ね上がる。転移前に会ったエクセレンと何ら変わらぬ目の前の彼女。再会と彼女の無事が嬉しい筈なのに、頭に血が上り正体不明の感情がその感動を塗り潰していった。

 違和感。

 戻ってきて徐々に大きくなったそれを決定的にする男が、キョウスケの目の前にいる……

 

「……何者だ、貴様?」

 

 ……沈黙の中、第一声を発したのはその男 ── 目の前のキョウスケ・ナンブだった。

 キョウスケ・ナンブは立ち上がり、敵意の視線をキョウスケに向けてくる。

 

「俺と同じ姿をして、一体なんのつもりだ……?」

「……それはこちらの台詞だぞ。貴様こそ何者だ?」

 

 キョウスケ・ナンブの問いに、キョウスケはさらに質問で返す。

 

「何故、エクセレンの傍にいる? 何故、俺と同じ姿をしている…………まさか……?」

「…………貴様……まさか……?」

 

 キョウスケとキョウスケ・ナンブの眼光が空中で激突する。火花こそ散らさないが、すぐに乱闘でも始まりそうな雰囲気が両者の間に立ち込めた。

 目の前に自分がいる理由など考えてすぐに思いつく物ではなかったが、キョウスケはその経験からあり得る1つの答えに辿りついた。それはドッペルゲンガーに類するオカルト的で、非現実的な妄想ではない。

 思い当たる節はそれしかなかった。

 それが原因で、キョウスケは武たちの世界に転移する羽目になった。

 「シャドウミラー」の来訪から始まった地球圏全土を巻き込んだ戦争、その最終局面で、キョウスケは目の前の男に出会っていた筈だ。

 

 

「「あの時の、並行世界から来た俺(・・・・・・・・・)か?」」

 

 

 二人のキョウスケは同時に口を開いていた。

 異口同音とは正にこのこと。目の前のキョウスケ・ナンブも思いつく節は同じだったようだ。

 目の前の男は、世界の壁を超えて登場したアインストに支配されたキョウスケ・ナンブ。そう考えれば全ての辻褄が合う。

 

(あの時 ── 最後の戦いで俺と共に大気圏に突入し、この世から消滅したはずだが…………当の俺は転移に巻き込まれ、奴の正確な最期を知らん。

 仮にアインストの生命力で生き残り、俺に成りすましてエクセレンに近づいたとすれば……?)

 

 格納スペースのアルトアイゼンも、白く巨大に変異していた平衡世界の機体が、再変異したと考えれば筋は通る。

 

「貴様、何の目的でエクセレンに近づいた?」

「それはこちらの台詞だ。何の目的で、再び俺たちの前に現れた?」

「え? え? ね、ねぇブリット君……これってどうなってるのかしら?」

「さ、さぁ、俺にだって何がなんだか……?」

 

 エクセレンとブリットは互いに顔を見合わせ困っていた。

 キョウスケは目の前のキョウスケ・ナンブから目を逸らさず、考えを進める。

 目の前の男が並行世界のキョウスケならば、アインスト故の回復能力故に銃撃などの武力行為は効かないばかりか、覚醒を促してしまう可能性が非常に高い。レイディバードの格納スペースまでは少し距離があり、ここで暴れ始められると間に合わない可能性が高かった。

 ならば、エクセレンたちを目の前のキョウスケ・ナンブから離し、格納スペースへ急ぐ事が先決だろう。

 目の前の男が格納スペースのアルトアイゼンが遠隔操作で動かせるとするなら、かなり分の悪い賭けになるが、今はそれ以外に目の前の男から彼女を取り戻す手はなさそうだった。

 

「エクセレン、こっちへ来るんだ」

「駄目だ、エクセレン。行くんじゃないぞ」

「え? え~と……」

 

 エクセレンの前にキョウスケ・ナンブが立ち塞がる。

 

(……こいつ……一体何が目的だ……?)

 

 アインストの首領であるシュテルン・レジセイアの体を奪い、この世界に顕現した並行世界のキョウスケが、いまさら下位のアインストに接触する理由が思いつかない。

 上位のアインストは下位のアインストを生み出せる。しかしそれを吸収することはできなかった。アインストと融合しているエクセレンに至っては不純物もいい所で、アインストである事はやはり近づくに決定的な理由にはならないように思えた。

 それに並行世界のキョウスケは、同族のアルフィミィを殺害した時なんの反応も見せなかった。

 仲間を護る。そんな殊勝な心がけもあるとは思えない。

 理由などないのかもしれない。

 考えれば考える程、よく分からなくなってきた。

 

「え~っと…………お願い!」

 

 唐突なエクセレンの懇願。

 キョウスケも、目の前のキョウスケ・ナンブも彼女の声に気が逸れた。

 

「お願いだから、私を巡って争うのはヤメテ!!」

「「……………」」

「ガビーン! (ダブル)アウト・オブ・眼中!?」

「……エクセレン少尉、死語ですよ、ソレ」

 

 雰囲気を変えるつもりだったのだろうか。ボケをかますエクセレンをブリットが律儀に拾ってあげていた。

 

(……妙だな?)

 

 エクセレンのボケが、ではない。

 目の前のキョウスケ・ナンブが並行世界の奴ならば、何故、エクセレンに気付かれることなく傍にいることができたのか?

 エクセレンはアインストと融合している。それ故、アインストに関する感覚は鋭く、時にはアインストが転移してくる予兆すら感じ取ることができた。仮に並行世界のキョウスケが力を隠していたとしても、違和感の1つぐらい覚えそうなものだ。

 疑問点はそれだけではない。

 並行世界のキョウスケに目的があるとして、何故、エクセレンに近づいた時点で達そうとしなかったのか?

 何故、約2週間という時間を無為に過ごしていたのか?

 そもそも、目的がエクセレンなのならば、以前のように支配するなりアインスト空間にでも連れ去ってしまえば済む話でもある。

 

(……何なんだ、この違和感の無さは……?)

 

 エクセレンを庇うように立つキョウスケ・ナンブ。焦燥感こそ覚えたが、その光景は実に絵になっていた。

 

(本来、俺がいるべき場所に奴がいる。俺と同じ姿形だからか……? いや、それだけは説明がつかん………── ッ!?)

 

 心臓が激しく脈打ち、しかし全身から血の気が引いていく感覚をキョウスケは覚えた。手に冷や汗が滲んでくる。

 ある1つの懸念(・・・・・)が、キョウスケの脳裏に浮かんできたからだ。

 それはまるで決して踏んではいけない対人用の地雷のように、決して思い浮かべてはいけないモノのような気がしてならなかった。

 

「キョウスケ中尉、1つ質問をいいでしょうか?」

 

 これまで黙っていたブリットが、律儀に挙手して声を上げた。

 

「いいぞ」

「どうした?」

「あの戦闘後、中尉は精密検査を受けているはずです。あれだけの戦闘の後、それも並行世界からアインスト化した中尉が相手だったんですから、体の異常よりもあることが起こっていないかを重点的に調べられた……覚えていますね?」

「ああ、アインスト化していないか、あるいはエクセレンのように融合していないか……だったな」

 

 目の前のキョウスケ・ナンブがブリットに返答した。

 

「そうです。結果はシロでした。つまり中尉が人間であるということは、連邦医学が証明している訳です」

「……それがどうした?」

 

 キョウスケは改造人間や人造人間、ましてやアインストと同化した人間でもない生身の人間だ。

 当たり前の事を言われただけ。しかしキョウスケの心臓の刻むビートは、ますます速くなっていくばかりだ。

 

「つまり俺が言いたいのはですね、検査を受けて、エクセレン少尉や俺と行動を共にしていたキョウスケ・ナンブ中尉は、間違いなく人間だった……ということです」

「な~る、ブリット君冴えてる。要するに、どっちが私たちと居たキョウスケか分かればいいのよね?」

「ええ、その通りです」

「ちょっと待て、残ったもう1人はどうするんだ?」

 

 反射的に言葉が飛び出していた。

 

「とりあえず、今は、拘束させてもらうしかないですね。抵抗しなければ、後日精密検査もできる……すいません中尉、今はこれ以上良いアイデアが浮かびそうにありません」

「いや上策だ。で、どうやって確かめる?」

 

 勝ち誇ったように目の前のキョウスケ・ナンブが言った。それにブリットが続く。

 

「キョウスケ中尉なら、絶対知っていることを質問しますので答えてください」

 

 キョウスケは今なら、追い詰められた獣の気持ちが分かる気がした。

 どう考えても、この流れではキョウスケが不利だ。

 アインストに常識は通用しない。目の前のキョウスケ・ナンブは精密検査を何らかの方法でクリアしたに違いない。検査に不備があったのなら、共に行動していたとしてもアインストでない保障はどこにもないのだ。

 無論、ブリットもその事を承知していて「後で検査」するつもりのようだ。2人のキョウスケを放置するわけにもいかず、どちらを信用するかを決めるための苦肉の策、と言った所か。

 

(……むしろ好機かもしれん)

 

 目の前のキョウスケ・ナンブが、この世界でのキョウスケの記憶を持っていなければ、この質問で逆に追い詰めることができる。エクセレンを取り戻すことができる。

 相手が並行世界の人間なら、この世界の正確な情報は持っていないはずだから。

 L5戦役が始まったのは何時か?

 その戦争を生き抜いたのは誰か? トップエースは誰か?

 シュテンルン・レジセイアに使われた施設はホワイトスターだったのか?

 一から十まで、キョウスケの記憶と並行世界のそれが同じとは思えなかった。キョウスケが転移した武の世界では、自分に関係する人物に一人も会わなかったのだから、尚さらそう思えてしまう。

 しかしエクセレンたちと実際に行動を共にしていたのは目の前のキョウスケ・ナンブだ。自分が圧倒的に不利であることは揺るがない。

 

(分の悪い賭けだが……乗るしかないか)

 

 嫌な予感はした。しかしこの状況でブリットの提案を拒否することは、自分が偽物だと認めてしまうようなものだった。

 

「では行きます」

 

 ブリットが質問を投げかけてきた。

 キョウスケは息を飲み、その内容を待つ。

 

「アルトアイゼンやヴァイスリッターの開発者のフルネームは教えてくだい」

「「マリオン・ラドム博士だ」」

「わぉ、まるでステレオって感じの答えねぇ」

「せ、正解です」

 

 キョウスケと目の前のキョウスケ・ナンブの答えに口ごもった後、

 

「では次の質問、行きます」

 

 ブリットがキョウスケたちに次の質問を投げかけた。

 

(・・)現在、俺たちATXチームの所属している基地の名前は何でしょう?」

 

 拍子抜けする程簡単な質問だった。

 緊張で手に汗握っていただけにキョウスケにはありがたかった。

 

「北米のラングレー基地に決まっている」

「……違います」

「なっ……!?」

「あらら、じゃあこっちが偽物さん?」

 

 キョウスケ・ナンブ越しにエクセレンの視線が向けられた。疑惑の視線。エクセレンに向けられるとは夢に思っていなかったモノだった。

 

「『インスペクター事件』後、ATXチームは転属することになったんですよ」

 

 ブリットの言葉に衝撃を覚えるキョウスケ。

 

「前々からケネスの真空管ハゲチャビンに嫌われてたからね~、転属することになって今向かってる(・・・・・・)基地の名前なんだっけ? トロロパブロフ・ビーフジャーキー? それともペトロパフパフロクス・ガムスキーだったかしらん?」

「……ロシア極北のペトロパブロフスク・カムチャッキー基地だ」

 

 目の前のキョウスケの言った基地の名は聞き覚えのない名前だった。

 戦後たった2週間で転属する羽目になるなど誰が思うだろう? キョウスケの体験した異世界転移に比べれば随分と現実的ではあったが、転属という事実が胸に突き刺さったナイフのように自分を追い詰めていると感じたのは初めてだった。

 

 どくんッ。

 胸が跳ね、血の気が引き、頭痛がしてきた。

 頭痛は増していく。

 五感が遠くなっていった。

 自分は本物のキョウスケ・ナンブだ。

 その事を伝えて信じてもらうしかない。

 エクセレンの傍にいるのは偽物のキョウスケ・ナンブだと信じてもらう。

 そのためには訴えなければならない。身の潔白を。

 だが ──

 

(なん、だ……? この体が引っ張られるような感覚は……?)

 

 ── 気が遠くなり、キョウスケは口も動かせなくなった。

 すぐ傍でエクセレンとブリットが何かを言っている。しかし聴覚も弱くなっているのか、よく聞こえなかった。

 

「── 貴様の居場所はここじゃない……」

 

 目の前にいたキョウスケ・ナンブの声だけが、いやに熱く耳に残った。

 自分の居場所。エクセレンの隣、そして仲間たちの傍。

 混濁していく意識の中、彼女たちの笑顔が浮かんで、消えた。

 声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

── 全ては 

       静寂なる

           世界のために ──

 

 

 

 

 

 

 直後、キョウスケの視界が暗転する。

 次の瞬間、レイディバードの中からキョウスケの姿は消えていた ──……

 

 

 

 

 

 

 

 




次が第2部エピローグです。


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第2部 エピローグ 南部 響介

【西暦2001年 12月3日 19時10分 国連横浜基地 香月 夕呼の仮設実験室】

 

 横浜基地の地下19階にあるフロアにて。

 

 キョウスケ・ナンブの転移実験終了後、時間の無駄遣いを嫌う香月 夕呼にしては珍しく、仮設実験室の中で時間を潰していた。

 実験から1時間以上が経過し、転移装置の電源は既に落とされている。

 実験終了後、装置前で名残惜しそうに居座っていた白銀 武も今はもういない。仕事を終えた社 霞も「例の部屋」に戻ってしまっていた。

 夕呼1人だけが実験室に残り、制御盤前の椅子に腰かけ、球体状の転移装置本体を眺めていた。

 

 香月 夕呼は予感があった。

 当たってほしくはない。しかし頭の隅から剥がれてくれない、そんな予感。

 

(……おそらく、キョウスケ・ナンブは戻ってくる)

 

 それもそのはず。

 

「南部 響介……嫌ね、どうして覚えているのかしら?」

 

 転移させたにも関わらず、夕呼は対象であるキョウスケ・ナンブの事を、欠片ほども忘れていなかったからだ。

 白銀 武が転移した時は、写真という小道具を使ってまで留めようとしていた記憶が、皮肉にも自分の世界から追放しようとしたキョウスケの時はこれっぽっちも抜けていかなかった。

 周りの者が認識すること ── それは転移先の対象者を引き戻す大きな力となる。

 しかし元のいるべき(・・・・・・・)世界に戻った場合、世界の引き留めようとする力のために、対象の事を忘れてしまう現象が起きる ── 武の転移の時がそうだった。

 

「ホント、天才って嫌ねー。忘れたいのに忘れらないんだから」

 

 夕呼は冗談を一人ごちしながら、自分の考えた仮説の正しさを確信していた。

 キョウスケが戻ってくれば確定する。キョウスケや武がどういう存在なのか、それを推察するために立てた夕呼の仮説の正しさが。

 仮説を実証するのは研究者にとって至上の目的ではあったが、今回ばかりは、外れてもらいたいと夕呼は願ってやまなかった。

 

「帰ってこない方がアイツのためだもの。それに……」

 

 夕呼は怖かった。キョウスケの持っている何か(・・)が。説明できない何かを、キョウスケは確かに持っている。

 キョウスケの持つノウハウは研究者として興味があるし、戦術レベルでは非常に惜しい。しかし戦略レベルとなると別だ。キョウスケの戦略を実現する技術がこの世界にはない上、実現できてもたった1人では意味をなさない。

 幸い、キョウスケの世界の超技術は「残骸」という形で手に入った。

 時間さえ掛ければ実現できるかもしれない。それまでこれらの技術を用いたキョウスケのスキルは、他の兵に転用できない死んだモノも同然だった。

 もちろん、キョウスケがただの異世界人なら手元に置いておくのもヤブサカではない。 

 しかし天才である夕呼が説明できない何かをキョウスケは持っていた。

 人間、訳の分からないものは怖い。それが制御できない物……例えるなら、爆破スイッチが勝手に入ってしまう爆弾なら尚更だ。

 

(アイツは……私が立てた戦略ですら何かの拍子にメチャクチャにしてしまいそう……そう思えてしまう。何故かしら? 分からない……ヤキが回ったもんだわ、私も)

 

 大きなため息を吐き出し、転移装置を見る。

 当然の事だが、何の動きも見られなかった。既に1時間以上、転移装置を見守り続けていることになる。

 流石にこれ以上は……と、夕呼が腰を上げようとしたその時だった。

 

「……やれやれだわ」

 

 電源の入っていない転移装置が、独りでに立ち上がり駆動し始めた。

 

 電力は供給していなかったが、臨界運転時よりも酷い重低音を周囲に撒き散らしている。

 何処からエネルギーが供給されているのか興味は尽きなかったが、そんなことよりも装置本体がスパークし、転移対象者が乗り込む円柱状の搭乗部が大きく揺れたことの方が問題だった。

 転移装置は所々から黒煙を上げて止まり、搭乗部の扉が開放された。

 

「お帰りなさい……南部 響介」

 

 赤いジャッケトを着た男 ── キョウスケ・ナンブがそこにいた。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第2部 エピローグ 南部 響介

 

 

 

 ……── 真っ暗だった視界が開けると、目の前にはキョウスケ・ナンブではなく香月 夕呼が立っていた。

 

 香月 夕呼がいる。

 幻覚などではない。鈍くなっていた五感が元に戻っているのを自覚する同時に、あれだけ酷かった頭痛がなりを潜めていることに気が付いた。

 キョウスケがいる部屋には複数の機材が所狭しと置かれていて、電燈に照らされた球状の転移装置が黒煙を上げているのが分かった。

 間違いない。キョウスケが元の世界へと出発した国連横浜基地地下の仮設実験室だった。

 

「お帰りなさい……南部 響介」

 

 夕呼の声が耳をくすぐった。幻聴ではない。それはつまり、考えたくない、あることを意味していた。

 

「……戻ってきてしまったのか、俺は?」

「そのようね。で、どうだったのかしら? 久しぶりに帰省した気分は?」

 

 夕呼の言葉で、武の世界に舞い戻ったことが決定的になった。

 不思議な事に、あれだけ騒ぎ立てていた心臓は静まり返っている。しかしキョウスケが開いた手の平には、じっとりとした冷や汗が残っていて、アレが夢ではなかったこと雄弁に物語っていた。

 キョウスケは思ったままの言葉を口にした。

 

「……俺がもう1人いた」

 

 夕呼は黙って聞いている。

 

「間違いなく、俺は元の世界に戻っていた。見知った顔にも会えたし、エクセレンにも再会できた。しかしこの世界に置いてきた筈のアルトアイゼンが、戻った世界には何故か存在していた。

 それだけじゃない。俺と瓜二つの人間が、当たり前のようにエクセレンの隣に居座っていたんだ……」

「……そう」

 

 アレは一体何だったのか? キョウスケは自分が導き出した1つの答えが正しいのか……それを知る間もなくこの世界に引き戻されてしまっていた。

 並行世界のキョウスケ・ナンブ。

 奴がキョウスケに成りすまし、何らかの目的でエクセレンの傍にいる。そう思えてならなかった。

 

「ふぅ……やーね、天才って」

 

 キョウスケの放つ重い雰囲気を無視して、夕呼がため息混じりの冗談を吐き出した。

 

「立てた仮説が悉く正しいんだもの。研究者としては嬉しい事でもあるんだけど、もっともこの場合は、数値データもないし何の役にも立たないから公表は出来ないわね」

「……一体、何のことだ?」

「分かったって言ったのよ……アンタの正体がね」

 

 キョウスケは耳を疑った。

 一体全体、夕呼は何を言い出すのだろう。気でも狂ったのだろうか? キョウスケはキョウスケで、それ以外の何者でもない。

 正体、などと言う単語はキョウスケには縁遠い物だった。

 

「ま、立ち話もなんだから座りましょうか」

 

 制御盤前の椅子に夕呼は腰かけ、近くに置いてあるソファを指さした。

 釈然としないモノを感じながらも、キョウスケは素直にソファに腰かける。

 

「もう一度確認させて。あちら側の世界にはキョウスケ・ナンブ ── アンタがもう1人居たのよね?」

「……ああ」

 

 認めたくないが、間違いなく存在した。

 

「過去に似たような体験をしたことは? おそらく、無いでしょうけど」

「……ああ、無いな」

 

 戦場で並行世界の自分と戦った事はあっても、郵送機レディバードの中で遭遇したことはなかった。

 

「そう、やっぱりね」

「……なぁ博士、思わせぶりな台詞は止めてくれ。俺だって気が立たない訳じゃない。理解できないことの連続で、正直、少し苛ついているんだ」

「そうね。じゃあ本題に入りましょうか」

 

 夕呼は続けた。

 

「前置きが長いのは嫌いだから単刀直入に言ってあげるわ。

 アンタはキョウスケ・ナンブじゃない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 夕呼の答えに、キョウスケの頭の中身が白く塗り潰される。

 思考停止。理解不能。今の状態を正確に表現する術を、今のキョウスケは持ち合わせていなかった。

 

「ま、同時にキョウスケ・ナンブでもあるんだけど。

 もっと詳しく説明するなら、アンタはキョウスケ・ナンブだけど、元の世界に存在したキョウスケ・ナンブとは正確には別の存在なのよ」

「……別の……存在……?」

 

 夕呼の言葉にキョウスケは心当たりがあった。

 元の世界のキョウスケとは違う別のキョウスケ・ナンブ。

 

(……まさか……?)

 

 思い当たる節は1つしかない。

 考えてみれば、最初から変だったのだ。

 ほぼ大破状態だったアルトアイゼンが転移直後に全快していたり、転移現象の中心に自分がいたり、身に覚えのない記憶が頭の中をよぎったり……

 

(……まさか……俺は……?)

 

 身の毛もよだつ思考 ── それは元の世界で思い浮かべてしまった、今のキョウスケにとって最悪の答えだった。

 

「……俺は……並行世界のキョウスケ・ナンブなのか……?」

「え、違うわよ?」

 

 思わず口走ったキョウスケの答えを、夕呼はあまりにあっさりと否定した。

 

「いや、あながち間違いでもないわね。アンタの答えは正しくもあり、間違ってもいる」

「……トンチはもういい……博士、教えてくれ」

「あら、そう? ま、いいわ。アンタの正体は ──」

 

 並行世界のキョウスケでなければ、自分は一体なんだと言うのだろうか? キョウスケ・ナンブでありながら、元の世界のキョウスケではないとなるなら、行き着く答えはソコしかない。

 しかし夕呼は否定した。

 なら自分は何者なのか? 不安からか、キョウスケは息を飲んでいた。

 

 夕呼の口が動く。

 

 

「── 数多の世界から集められたキョウスケ・ナンブという因子の集合体(・・・・・・)、それがアンタよ」

 

 

 ぞわり、と悪寒が全身を駆け抜ける。

 

「並行世界 ── 俗に言うパラレルワールドは無限に存在する。理由は分からないわ。でもね、無限にあるパワレルワールドから集められた因子によって今のアンタは形作られている。

 無数の並行世界からの因子の集合体であるアンタは、ある意味では並行世界のキョウスケ・ナンブであり、本当のキョウスケ・ナンブでもあり、キョウスケ・ナンブ本人ではないとも言えるわ。

 そしてこの世界の南部 響介は明星作戦(オペレーション・ルシファー)でMIAになっている。そうね、この世界にとっては、アンタは偽物の南部 響介になるかしら」

「……ちょっと……待ってくれ」

 

 津波のように押し寄せる言葉に、キョウスケは頭の中がどうにかなりそうだった。

 

「すまんが……もう少し噛み砕いて説明してくれないか?」

「いいわ。すぐに理解できるとは私も思ってないから」

 

 あっさり了承すると夕呼は喋り出す。

 

「まず最初にこれから説明することを要約するけど、アンタの正体は、白銀のそれと同じなのよ」

「……武と……?」

「そう。白銀も複数の世界から集められた白銀 武という因子の集合体よ。特に白銀の場合、因果律にすら縛られていると言ってもいいかもしれない……でも、これは白銀にはまだ説明していないわ。機が来るまでは説明しないつもりだから、アンタも白銀には黙っておいて」

 

 キョウスケの正体は武の正体にも通じ、彼に語れない程に重大な秘密ということだ。

 キョウスケが頷いたのを確認し、夕呼は続けた。

 

「おそらく、元の世界には……白銀のオリジナルが普通に生活しているわ。転移実験のはじめの頃、体が自由に動かせなかったのは、オリジナルの肉体に思念だけが憑りついたような状況になっていたからよ」

 

 怒涛勢いで夕呼の口が動き始める。

 

「転移先でアンタが見たのも元の世界のキョウスケ・ナンブ ── その世界に存在するべきオリジナルよ。

 キョウスケ因子の集合体であるアンタはオリジナルとは別の肉体を持っている。以前に白銀が転移した時のように、元の世界で遭遇する運命が織り込み済みなのなら、オリジナルと遭遇してもアンタ自身がオリジナルである可能性は出てくるわ。

 でもアンタは心当たりがないと言った。

 つまり今回の転移では、別個体のキョウスケであるアンタが、元の世界のオリジナルキョウスケに遭遇しただけ……ということになる訳。転移先にアルトアイゼンがあったのも、おそらく、それがオリジナルのアルトアイゼンだったと言うだけの話よ」

「……アルトまで……?」

「因子の集合体が生物でなければならない理由は何一つないわ。元になった並行世界のアルトアイゼンにあった能力なら、アンタに心当たりのない能力でも、この世界にあるアルトアイゼンに備わっていても不思議じゃないわ」

 

 新潟BETA再上陸時の転移現象、謎の再生現象、機体の基本スペックの向上 ── 怪しい点は幾つもあった。

 しかしあまりに極端な設計思想のため、アルトアイゼンには拡張性というモノが他機に比べ非常に劣っている。あまり複数の機能を搭載できるとも思えなかったが、何処かの並行世界ではそれを実現している世界があるのかもしれない。

 

「それにこれは白銀にも言えることだけど、アンタ、所々記憶が抜け落ちてたり、身に覚えのない記憶を思い出したりしない?」

「ああ……だがそれは転移の影響だと武が言っていたが……」

「ああ、私が白銀にした説明ね。あれは半分嘘よ」

 

 いけしゃあしゃあと言い切る夕呼。

 

「転移の影響って事にした方が分かり易いでしょ? 

 でも実際は違う。様々な並行世界の因子が集合して、それぞれの記憶や体験が混在し、まるで色を混ぜすぎた絵の具のようにそれらが真っ黒になっているのよ。黒く染まった部分は、塗りつぶされている訳だから当然思い出せない。

 もちろん、転移の時に記憶が抜け落ちた可能性もあるけど、それだけだと知らない記憶を思い出す理由は説明できないわ。思い出すのは忘れていた記憶だけ。

 知らない記憶が蘇るのは、何かの切っ掛けで、黒く染まっていた部分が見えるようになったから。それで知らない記憶を思い出してしまうのよ。

 でも無数に存在する並行世界の記憶を全て思い出すと精神が耐えられない。これは推測だけど、数が多い些細な記憶を思い出す事はできないでしょうね。でもアンタを形作っている大きな因子 ── さしずめ大因子(ファクター)の強い記憶なら思い出せてしまう、きっとそんな所かしら」

 

 大因子。初めて聞く単語だった。

 

「……博士、その大因子というのは……?」

「アンタを構成してるメインの因子の事よ。普通の因子を細胞の1個1個だとするなら、大因子は体を支える骨格のようなもの……少なくとも2つか3つかの大因子の元に無数の因子が集まって、今のアンタは構成されている。

 そうね例えるなら、体を構成する因子(・・・・・・・・)精神や記憶を構成する因子(・・・・・・・・・・・・)戦闘技能を構成する因子(・・・・・・・・・・・)と言った所かしら?」

 

 俄かに信じがたい話だったが、アインストのような奇怪な生命体が存在するぐらいだ……多少不思議なことが起きても受け入れる度量をキョウスケは持ち合わせているつもりだった。

 が、それが自分の身に降りかかることは想定外だった。

 

「俺が……キョウスケ・ナンブの集合体……?」

 

 実感がまるでなかった。今でも、自分がキョウスケ・ナンブだと確信を持って言い切れる。

 だが違う。夕呼が言うには自分は元の世界のキョウスケ・ナンブでもなく、並行世界のキョウスケ・ナンブでもなく、キョウスケ・ナンブという因子の集合体らしい。

 説明には筋が通っていて体験と合わせて納得できるものだったが、到底信じられるものではなかった。

 

「……なぁ、博士。もう一度、俺を転移させることはできないだろうか……?」

 

 夢だと、嘘だと、信じたい。

 もう一度元の世界に戻れば、もう1人のキョウスケ・ナンブはおらず、エクセレンの隣に自分が立っていられる。それが本来あるべき世界のありようの筈だ。

 夕呼はしばらく黙ってキョウスケを見つめ、その後口を開いた。その視線には憐みと何処か恐れのようなモノが含まれているように思えた。

 

「南部……本当は分かってるんでしょ?」

「…………」

「どの世界にも、アンタの居場所はない(・・・・・・)ってことが」

 

 聞きたくなかった答えが、無情にも鼓膜を通して脳へと伝わった。

 

「どの道、アンタが戻ってきた影響で転移装置は故障中よ。修理しなくちゃ使えないわ」

 

 転移装置が黒煙を上げていたのを思い出す。

 

「キョウスケ・ナンブ、いえ、あえてここは南部 響介と呼びましょうか」

 

 無言のままのキョウスケに、夕呼は追い打ちをかけるように言った。

 

「アンタも軍人で大人なら分かってるはずよ? 居場所は与えられるものじゃない。自分で作っていくものだってことを」

「………………ああ」

「でも今は私が居場所を与えてあげるわ」

 

 夕呼の言う居場所とは特殊部隊「A-01」の事だろうか? 夕呼からの提案にキョウスケはただ頷くことしかできなかった。

 あれだけ説明されたにも関わらず、実感というモノがキョウスケの中にまるで生まれてこなかった。

 自分がキョウスケ・ナンブの因子の集合体? 姿かたちはそのままで、所々抜けているが記憶や愛する女との想い出も持っていて、戦いの技術も少しも落ちていない。何より自分がキョウスケ・ナンブだと言う強い思いが胸の中に宿っていた。

 

(……何故、こんな事に……?)

 

 記憶の中から原因を探らずにはいられなかった。夕呼ではないが、原因もなくこんな結果に陥ってなど堪るものか。

 

(…………ああ、アレか……?)

 

 「インスペクター事件」の最終局面で、キョウスケは自分 ── いや元の世界のキョウスケと並行世界のキョウスケとがもつれ合いながら大気圏に落下して行ったことを思い出す。

 アインストに支配され、異様な化け物になっていた並行世界の自分とアルトアイゼンは、キョウスケが撃ち込んだ一撃と大気圏の摩擦熱の前に燃え尽きた筈だった。シュテルン・レジセイアを憑代に顕現した並行世界のキョウスケだ。消滅する際に莫大なエネルギーを撒き散らしたに違いなかった。

 巨大なエネルギーの放出自体は、キョウスケの世界では珍しいことではない。だが並行世界の自分がいるという稀有な事態と、そこから先の記憶がキョウスケにないことが最早決定的な気がしてならなかった。

 

「心の底から同情するわ、南部 響介」

 

 夕呼は南部 響介とキョウスケを呼んだ。

 

「でも私がアンタにしてやれることはタカが知れてる。精々アンタがこの世界で生きていく手助けをすることぐらいよ」

「……博士、本当に……?」

「冗談でしたって言えばアンタの気は済むのかしら? だったら幾らでも言ってあげるわよ。でもね南部、これは現実なのよ」

 

 

 突き付けられた言葉が、まるでナイフのようにキョウスケの胸に刺さった。

 

「今日はもう疲れたでしょう? もう戻って休みなさい。私も仕事に戻るわ」

 

 夕呼は椅子から立ち上がると、呆然としているキョウスケを一瞥し実験室から出て行った。

 キョウスケはソファの背に体を預けたまま動けない。酷い疲労感が両肩に圧し掛かり、まるで体が鉛か何かになったかのように重く感じられた。

 眠気がキョウスケを襲ってきた。

 死んだように睡魔の渦の中に飲み込まれていく ──……

 

 

 

 ……── 朦朧とした意識の中でキョウスケは夢を見ていた。

 

 小さな酒場らしい場所で、キョウスケはグラスを片手に誰かと話をしていた。

 隣に座っている男も酒を飲んでいる。特徴的なクセ毛がちな赤い髪、少し垂れ気味の両目、鍛え抜かれた肉体 ── その男をキョウスケは知っていた。

 アクセル・アルマー。

 並行世界の特殊部隊「シャドウミラー」の隊長を張っていた男だ。大群を率いてキョウスケの世界に侵攻してきたが、最期は並行世界のキョウスケに敗れて宇宙に散った筈だった。

 漠然とキョウスケは理解した。

 これは夢か、キョウスケを構成する大因子(ファクター)の持っている記憶なのだと。

 

「馬鹿か貴様は?」

 

 夢の中、酒を飲み語らいながら、アクセルはキョウスケを鼻で笑い飛ばしていた。

 

「束の間だ、そんな平和。戦争はすぐに起こるさ。まぁ、数年以内にはな」

「……もし、起こらなかったとしたら?」

 

 アクセルは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「なんなら、俺が起こしてやってもいい、これがな ──……

 

 

 

 

 

 ……── 時刻は19時半を回ろうとしていた。

 無音と化した仮設実験室の中には、ソファに腰かけたまま眠るキョウスケの姿だけが残されているのだった……。

 

 

 

 

 To Be Continued ──……

 

 

 




<第2部後書き>
短かったですが、第2部はこれにて終了です。
第2部はこの小説のキョウスケの核心に迫る話でした。この小説のキョウスケは白銀 武と同質の存在、いうなれば光と影のようなものです。武が表の主人公なら、キョウスケは裏の主人公として今後も描いていく予定です。
加えて、主要キャラとの絡みを描くための場でした。
私はスパロボが好きで、二次小説が好きですが、スパロボの特性上登場するキャラクターが非常に多くなります。キャラが多くなれば、その分、キャラの掘り下げは困難になり、全部掘り下げればテンポの悪化につながる。
なので、私の小説ではメインの登場キャラを第2部で出たメンツに焦点を当てるつもりです。描き分ける技量が未熟というのも理由の一つですが。

ま、何はともあれ、第2部は無事に終了しました。
次の第3部は原作同様に戦闘が多くなる予定です。そこに私なりのオリジナリティを加えていきたいとおもいます。

ここまでお付き合いくださった読者の皆様、よければ今後もお付き合いいただければ嬉しいです!(マジで)
今後もマブラヴ世界で生きるキョウスケ・ナンブを描いていきたいと思います!

最後に第3部の次回予告を載せて終わりにしたいと思います。
ではでは、よければ今後もお付き合いくださいねノシ


【第3部 予告】

 キョウスケ・ナンブは自分を見失いそうになっていた。
 キョウスケ・ナンブなのか? いや、それとも南部 響介なのか? 
 自分はいったい何者なのか?
 突きつけられた衝撃の事実に体が、心がついていかない。
 自分の置かれた境遇を、平静で受け入れられたと言えば嘘になる。
 彼には時間が必要だったが、彼を取り巻く状況がそれを許してくれなかった。
 だが。
 突如として始まった軍事クーデターが、彼を戦場へと再び引きずり出す。

  第3部 望蜀の下界 ~Phantom role~
          彼は戦う、自分が自分であるために……!


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第3部 望蜀の下界 ~Phantom role~
第3部 プロローグ 炎のさだめ


第3部は戦闘シーンが多くなる予定です。
第2部よりは少し長めになると思いますが、よろしければお付き合いください。


【???】

 

 夢を見ていた。

 

「── なんなら、俺が起こしてやってもいい、これがな」

 

 キョウスケ・ナンブのすぐ傍で、アクセル・アルマーは確かにそう言った。

 場所は何処にあるかも分からない小さな酒場。趣味的な内装をした酒場の中で、キョウスケはアクセルと対面し言葉を交わす。目の前のカウンターの上にはアイスとウィスキーの入ったグラスが並び、2人は飲みながら語らっていたらしいことが分かる。

 ふと、キョウスケは疑問に思った。

 何故、アクセル・アルマーが生きているのか、と。

 アクセルは「インスペクター事件」の最終局面、並行世界のキョウスケの攻撃を受けて、乗機のソウルゲインは大破し宇宙に消えた筈だった。

 だからキョウスケは確信する。

 これは夢なのだと。

 あるいは ──……

 

(……俺を構成するという大因子(ファクター)が持つ過去の記憶……?)

 

 ……── キョウスケの思考を余所に、夢の中のキョウスケの口は独りでに動いていた。

 

「……アクセル……」

 

 静かではあるが、その奥に深い怒りが眠っている。そんな声だった。

 

「……もし、もしそんなことをすれば……俺はお前を ──」

 

 カウンターに座っている夢の中のキョウスケ。

 夢を見ているキョウスケにも、彼が抱いている感情が流れ込んでくる。

 夢の中のキョウスケの心の大半を占めていたのは、実直すぎる程にまっすぐな怒りだった。アクセルの言葉がキョウスケの心の琴線に触れた。そうとしか思えない……それ程に強い怒りがキョウスケの中で蠢いていた。

 キョウスケの中に、夢の中の自分の思考までもが流れ込んできた。

 

(アクセル……お前が平和を否定し、また……また戦争を起こすと言うのなら……)

 

 夢の中のキョウスケの口が動く。

 

「── お前を殺す」

 

 本気の一言。しかしアクセルは笑って受け止めていた。

 

ベーオウルフ(・・・・・・)、やはり貴様の根っこは俺と同じだよ。根を生やした場所が違ったというだけ、まったく、勿体ないの一言に尽きるぞ」

「…………」

「得意のだんまりか? まぁいいさ」

 

 アクセルはカウンターから腰を上げた。

 空のグラスをマスターに返し、椅子に腰かけたままのキョウスケを見下ろす。

 キョウスケは目を合わせようとはせず、半分程ウィスキーが残ったグラスを見つめていた。

 

「ご馳走になった」

 

 アクセルが礼を言う。

 

「また会おう。もっとも、次に会うのは戦場で、だがな ──……

 

 

 

 

      ●

 

 

 

【西暦2001年 12月4日 11時32分 国連横浜基地 仮設実験室】 

 

 ゆさゆさゆさ。

 そんな適度な強さの体の揺れで、キョウスケは夢の世界から引き戻された。

 重い、鉛のように重い瞼を開くと、社 霞が困った顔でキョウスケの方を見つめていた。

 徐々に醒めてきた頭が、自分はあの後実験室の中で寝てしまったのだと認識させる。座っている間に意識を失っていたらしく、そのまま体勢で誰かに毛布を掛けられて寝ていたようだ。

 

「……おはようございます」

「……ああ、おはよう」

 

 霞の挨拶に返答するキョウスケ。

 反射的に出た声が無愛想だったのか、霞はびくんと肩を震わせてキョウスケから少し離れてしまう。しかし目覚めの感覚は最悪としか言いようがなく、起き抜けの声に多少ドスが効いていても仕方ないように思えた。

 

(……夢……? いや、現実か……)

 

 霞の背後には、今は駆動していない転移装置が見えた。

 昨日 ── 12月3日、キョウスケは転移装置で元の世界に戻ることに成功した。

 キョウスケはその世界でエクセレンやブリットと再会したが、出会ってはならない(・・・・・・・・・)者とも遭遇することになった。

 もう1人のキョウスケ・ナンブとアルトアイゼン・リーゼ。

 訳も分からないままこの世界 ── 白銀 武たちのいる世界へと引き戻され、キョウスケは香月夕呼から自分の正体に関して言及されることになる。

 

(俺が……キョウスケ・ナンブの因子の集合体(・・・・・・)……?)

 

 一晩経ち、目が覚めてなお実感は沸いてこない。

 夕呼は得にならない嘘や冗談はつかないだろう。それにたった数日で転移装置の完成にまで漕ぎつけた天才でもある。彼女が実証されたという仮説には相当の信頼性があると考えていいだろう。

 では自分は……? 

 自分の中の何かが崩れ、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感がキョウスケを見舞う。

 

「……あ、あの……」

 

 霞が少し離れた位置から話しかけてきた。

 

「……そ、そんなに気を落とさないでください……」

「……ああ、すまんな。心配させてしまったようだ」

 

 気を落とすなと言うのが無理というモノだが、霞なりに精いっぱいキョウスケを励ましているのだろう。胸の穴は埋まる筈もなかったが、キョウスケは霞の気遣いに感謝した。

 こんな地下の実験室で腐っていても始まらない、それだけは確かだった。

 キョウスケは掛けられていた毛布を畳んで立ち上がる。

 

「……あの、これ……」

「何だ? メモ用紙?……香月博士からの伝言か」

 

 霞はメモをキョウスケに渡すと、お辞儀をし逃げるように実験室から去ってしまった。

 

「── 15時に研究室まで来るように。白銀……武も一緒にと書いてある」

 

 読み終えたメモ用紙を、愛用の赤いジャケットにしまった。

 仮設されただけの実験室には日時を示す物が何1つ見当たらない。時間は分からないが、霞が慌てて連れて行こうとしなかったので、15時にまではまだ時間があるのだろう。

 とその時、空気を読まずにキョウスケの腹の虫が泣き始めた。

 

「……こんな時でも腹は減る、か」

 

 キョウスケは苦笑を漏らし、地上にあるPXを目指すことにした。あそこなら食料も、時間を確認するための時計もあるからだ。

 妙に重い足を動かしながら、キョウスケは実験室を後にしたのだった。

 

 

 

 

Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

   第3部 望蜀の下界 ~Phantom role~

              To Be Continued ──……

 

 

 

 




今後は1更新4000文字程度で区切る予定です。
ただし書きたいことや、短めで区切りたいことがあるときは、2000-10000文字の間で更新文字数が変動します。
また週1-2回の不定期更新になります。更新時間は0時に統一する予定です。スパロボのキャラもマブラヴ世界の住民として登場予定(OG世界のキャラと別人)です。



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第12話 ただ、生きるために

【西暦2001年 12月4日(火) 11時12分 国連横浜基地 PX】

 

 疲れが抜けきっていないのか、キョウスケは歩いて移動するのもおっくうに感じていた。

 腹の虫を押さえながら、ゆっくりとした足取りでPXを目指しながら、キョウスケは今朝の夢の事を考えている。

 

(……夢、いや大因子の持つ記憶なのか……? アクセル、奴の顔を久しぶりに思い出した気がする……)

 

 「シャドウミラー」の部隊長を務めていた男、アクセル・アルマー。彼は並行世界のキョウスケに撃破され宇宙に散った。もう夢の中でしか会うこともないだろう。

 しかし夢の中のアクセルの言葉が大きなしこりになって、キョウスケの心に残っていた。

 

【また会おう。もっとも、次に会うのは戦場で、だがな ──……】

 

(嫌な感じだ……また、何か起こるのではないだろうな……?)

 

 既視感に似た感じを覚えながらも、所詮夢だと考えるのを止めた。

 これからどうすればいいのか皆目見当もつかないキョウスケだったが、この後、夕呼の研究室へと呼び出されている。

 それまでに腹ごしらえしておく。食える時に食っておくのは当たり前のことだが、

 

(即物的だな、俺も)

 

 内心自分に呆れながらも、雑念に囚われている間にPXが目と鼻の先になっていることに気付いた。

 キョウスケはPX内へと入っていく。

 

 

 

      ●

 

 

 

 昼休憩前なのか、PX内はまだ人影がほとんどなかった。立てかけている時計を見ると短針が11時指している。まだ厨房では昼食の準備を始めた頃合いの時間帯だろう。

 

「あらー、武、あんた今日もサボりなのかい?」

「やめてくださいよ~今日は別の任務で動いてるんですよ。別にサボってる訳じゃないって!」

「例の特務とかいう奴かい? はいはい、そういうことにしといてあげるよ」

 

 恰幅の良い体を昔ながらの割烹着に包んだ、まるで給食のオバちゃんを体現したかの女性 ── 京塚 志津江が、カウンター越しに武と言い合っていた。

 

「だから違うって! オバちゃん、俺だって働いてるよ。そりゃあ、最近は207分隊の訓練に参加できてないけどさぁ……」

「そうだろう。夕呼ちゃん絡みじゃしょうがないけど、終わったらさっさと戻ってあげなよ。あんたがいる方が、あの子たちも張り合いが出るからねぇ」

「え、そうなの?」

「当たり前さ! 給食のオバちゃんの眼力なめんじゃないよ!」

 

 眼力に給食のオバちゃんは関係ないと思うが。むしろ、培われるのは目利きのような気がしないでもない。

 

「で、武、こんな時間に何の用だい? まだ昼ごはんはできてないよ」

「いやー、ちょっとオバちゃんにお願いがあってさー」

「今日は人工味噌汁だからね、人工トン汁には変えられないよ」

「トン汁かぁ、久しぶりに食いたい……って違うよ」

 

 一瞬、昔を思い出したように遠い目をしたがすぐに武は首を振った。

 

「実は人工コッペパンと、人工ヤキソバを ────── って具合に、できる?」

「ああ、できるよ。でもそんなもん作ってどうするんだい?」

「詳しくは言えないんだけど、それがないと大変なことが起こるんです!」

「はぁ? コッペパンとヤキソバでかい?」

「ああ! それを防ぐためにソイツが ── 俺の切り札が必要なんです!」

「何だか知らないけど、まりもちゃんには黙っといてあげるからサボリも程々にしなよ」

「だ、だから違うって!」

 

 聞く耳を持っていない京塚に武は必死に弁明していた。

 京塚も言っていたように昼食もできていない時間帯のためか、PX内には武しか人は見当たらなかった。昼食の準備が終わっていないのなら、食事にありつくためには少し待たないといけないかもしれない。

 武はキョウスケには気づかず、京塚が厨房内で調理する様子を眺めていた。昨晩別れの言葉を交わした相手が、昨日の今日で舞い戻っているとは夢には思っていないのだろう。

 しかし、いつまでも入り口に突っ立っている訳にもいかない。

 仲間を連れて戻ると約束したにも関わらずこの体たらく。キョウスケは後ろめたい気持ちを抱きながらも、PXの中へと足を運んだ。

 

「……武」

「え? きょ、響介さん!?」

 

 キョウスケの姿を見た武は驚きのあまり、一歩後ずさっていた。

 

「ど、どうしてここに!? いつ帰ってきてたんですか!?」

「……実はあの後すぐだ。あちら側で色々あってな、気づいたらこちらに引き戻されていた」

「色々って……一体、何があったんですか?」

 

 キョウスケがあちら側で体験してきた出来事。話せば長くなる。が、それ以上にキョウスケと武の正体に直結する重大なモノだった。

 立場を同じくする武になら話してもいいか、稚拙な考えが頭を過ったが、

 

【機が来るまでは説明しないつもりだから ──】

 

 夕呼の言葉を思い出し、キョウスケは言うのを踏みとどまった。

 要点を隠して説明することはできるだろう。しかしそれはキョウスケの役割ではない。夕呼の果たすべき役割だった。

 

「響介さん……?」

 

 押し黙るキョウスケを不安げに武が見つめていた。

 秘密を共有する仲間に話せないことが1つ増えてしまった。

 それも互いの出自に関する重要な事象。罪悪感を覚えると共に自分の正体を思い返し、まるで沼に浸かった足がずぶずぶと飲み込まれていくようにキョウスケの心が沈んでいく。沼に底があるのか、それともないのか、それは分からなかった。

 

「……武、すまんが香月博士に口止めされていてな。答えてやることはできない。仲間も連れてはこれなかった」

「そ、そうですか……でも、響介さんが返って来てくれて、俺、嬉しいよ!」

 

 武は笑顔を浮かべてそう言った。

 キョウスケがヒリュウ改やハガネの仲間たちを連れてくることを心待ちにしていたのは夕呼だけではない。武だってそうだった筈だ。この世界のパワーバランスを一気に覆す切り札になったかもしれないのだから。

 それでも武は気丈に笑ってみせてくれた。キョウスケの帰還を喜んでいるのは本当だろう。キョウスケは心からありがたいと思うことができた。

 

「でもチャンスはきっとまだありますよ。俺だってあの書類を渡すまでに2回も失敗してますからね。大丈夫! 次は上手く行きますって!」

「……だと良いが……」

 

 キョウスケは苦い笑みを浮かべることしか出来なかった。

 あちら側にキョウスケの居場所はない。そう明言した夕呼が、キョウスケの転移実験を2度も行うとは思えなかった。

 オリジナルのいる世界に今のキョウスケが出向き、信用を得て助け船を出してもらえるとは限らない。むしろあちら側にメリットが皆無である以上、実現は絶望的と言えた。実にならない実験を、莫大な電力を捻出して行う余裕はこの世界にはなかった。 

 

「それより武、お前はこんな所で何をしているんだ?」

「オバちゃんに切り札を作ってもらってるんです」

「切り札?」

 

 ジョーカーの事ではないだろう。

 過去に奥の手として使ったアルトアイゼンの連携パターンを思い出した。

 切り札。武は一発逆転の手札を戦場や賭場ではなく、何故食堂に求めるのだろうか。

 

「どうするんだ、そんなもの?」

「……話したい奴がいるんですけど、そいつ中々頑固で、俺の話を聞いてくれないんです」

「そうか。まぁ、よくある話だな」

 

 武の話が切り札とどう結びつくのか、イマイチ想像できない。

 

「で、そいつが俺のいた世界で目が無かった食べ物を作って、差し入れて話を聞いてもらおうかと」

「なるほど、食い物で釣るのか」

「身も蓋もない言い方だなぁ……いや、実際そうなんですけど」

 

 武の言う切り札をその相手が受け取ってくれるかどうかは別にして、堅苦しい雰囲気よりも、お茶などで一息入れた方が話は弾むというものだ。

 

「お待たせ武、これでいいのかい?」

「おお、コレコレ! ありがとうオバちゃん!」

「……これが切り札なのか?」

「あら、響介も来てたのかい?」

 

 厨房から調理を終え出てきた京塚がキョウスケの事を呼び捨てる。

 この2週間、PXを利用していたらこの世界では珍しい男だからか、もしくは制服ではなく赤いジャケットを着ているからか、名前を覚えられてしまっていた。

 階級はキョウスケが上だったが、京塚になら呼び捨てられても嫌な気はしなから不思議なものだ。

 京塚が持っているトレイには、キョウスケも見知っている食べ物が乗っていた。

 

「響介、アンタは何の用だい? 武みたいに我が儘言わないどくれよ。こっちは昼食の準備で忙しいんだから」

 

 案の定、食事の準備はまだ終わってないらしい。

 無い物ねだりは大人気ない。大人しく、準備が終わるのを待つのが一番だ。

 しかし気になるのはトレイの上に乗っている「切り札」である。1つだけかと思いきや、「切り札」は2つあった。

 

「それより武、言われた通り作ったけど、こんな料理あたしゃ見たことがないよ」

「そりゃそうさ! だってこれは俺のオリジナルだからな!」

 

 質問する京塚に武がそう豪語する。

 武が料理が得意だとは思えない。十中八九、武の元の世界の食べ物で間違いないのだが、京塚を誤魔化すために自信たっぷりで叫んでいた。

 「切り札」には、PXのメニューの中ではそこそこ食べられる「人工焼きそば」を、食感がボッソボッソでスッカスッカで味わい薄い「人工コッペパン」に入れた縦の切れ目に挟みこんである。挟まれた「人工焼きそば」の上には「人工紅ショウガ」と「人工青のり」、下にはおそらく「人工マヨネーズ」が仕込まれている事だろう。

 

(そもそも、加工品は元より人工のような気がしてならんが……)

 

 兎に角、トレイの上には武の「切り札」 ── キョウスケも見たことのあるパン料理があった。キョウスケの世界にもそれはあった。確か、「謎の食通印」のクロガネ購買部にて堂々の人気No.1商品として君臨していた筈だ。

 武が「切り札」を手に取り叫んだ。

 

「そう! これぞおぉっ! あっこれぞおおおぉぉ ──」

 

 歌舞伎ばりの叫びに、武の手に握られた「切り札」が光り輝いた……ように見えた。

 

「── これぞ、皆大好き『焼きそばパン』! 思わず実写で表現したくなっちまう程の旨さだぜ!」

「何を言い出すんだろうねぇ、この子は?」

「……気にするな京塚曹長、いつもの事だ」

「焼きそばパン、ゲェィットだぜええぇぇッ!」

 

 京塚とキョウスケの突っ込みもどこ吹く風か、武のテンションは鯉の滝登りの如くうなぎ上り(?)だった。

 

「サンキュー、オバちゃん! 恩に着るぜ! でもなんで2つもあるの?」

「1個作るのも2個作るのも手間は同じだからねェ。丁度2個分の材料が余っていたってだけだよ」

 

 作る量が増えれば仕込みに時間がかかりそうなものだが、流石に料理の達人は言うことが違った。

 

「武がいらないんだったら、響介が持って行きな」

「いいのか?」

「余らせるよりは百倍いいよ」

「それはそうだ。では遠慮なく頂こう」

 

 武は1つ分の焼きそばパンにしか必要ないようで、残りは快く譲ってくれた。しかも京塚はご丁寧に持ち帰れるように紙袋まで用意してくれた。腹が空いていたキョウスケにはありがたい。

 

「あたしは仕事に戻るからね。武、あんましサボんじゃないよ!」

「だから違うって ── って、聞いてねえか」

 

 2人に焼きそばパンを渡した京塚はさっさと厨房に引っ込んでしまった。直後、厨房内から肝っ玉母ちゃんのような京塚の声が響いてきたが、それは余談ということで流しておく。

 

「武、お前はこれからどうする?」

「夕呼先生に呼ばれてるんで、焼きそばパン渡して早めに話を付けようかと思います」

「15時だったな。実は俺も呼ばれていてな」

「響介さんも? また実験の件でしょうか?」

「さぁな……お前はいいが、俺は何処かで時間を潰さねばならんな」

 

 手の中の焼きそばパンを見下ろし、呟く。

 誰もいないPXで焼きそばパンを齧るのもシュールで妙な感じだ。

 

「じゃあ、裏山でも言ってみたらどうですか?」

「裏山?」

 

 武の言葉に首を傾げる。

 

「今日は天気もいいし、静かに1人で時間つぶすにはいいかもしれませんよ。見晴しもいいし……ま、見えるのは元柊町だけですけどね」

「元柊町、か」

 

 一昨日、屋上でまりもと街並みを見下ろした記憶が蘇る。

 あの時は暗くてよく見えなかった。

 もう一度、見てみるのも悪くないかもしれない。

 

「そうだな。そうするとしよう」

「では15時に夕呼先生の部屋で会いましょう」

「了解だ。武も頑張れよ」

 

 キョウスケは武と一緒にPXを後にし、別れた。

 ひとまず、ほんの少しだけ軽くなった足を動かしながら、横浜基地の近隣にあるという裏山を目指した。 

 

 



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第12話 ただ、生きるために 2

【12月4日(火) 12時45分 国連横浜基地 裏山】

 

 訓練兵用の校舎から数百Mの位置に、武の言う裏山はあった。

 

 傾斜は緩やかで標高は100mにも満たない小さな山。山と言うより丘よ表現する方が適切に思えるその裏山は、山肌に薄く草が茂っており、閑散と生えている木々は既に落葉していて冬独特の物悲しさで覆われていた。

 裏山の天辺付近には一際大きく、見事な落葉樹が残っており、世が世なら恋人たちの逢引きにもってこいの場所だったかもしれない。

 だが見渡しの良いその頂上から見える景色は、

 

「……酷いものだ」

 

 逢瀬には相応しくない寂しく、悲しいものだった。

 廃墟とさら地、そして遠方に海が見えるだけ。眼下の廃墟に人が暮らしている筈もなく、動く物は何もない。唯一、海の照らす太陽の光だけが、色あせた光景の中で精彩を保っていた。

 まりもの話では眼下の廃墟は柊町と呼ばれていたそうだ。

 理不尽な暴力によって踏みにじられた元柊町のような場所を、キョウスケは他にも知っていた。

 人間大の戦争でも町は荒廃する。それが巨大ロボットと巨大生物の殺し合いでは、その比ではない破壊が巻き起こされる。

 柊町の有様も、キョウスケの世界ではありふれた景色の1つだった。特にアインストとの戦いでは人間相手のそれと違い、相手が建築物などの施設再利用が眼中になかったため、戦闘区域に出る被害は尋常ならざるモノが多かった。

 柊町もその礼に洩れず酷い有様だったが、広範囲がさら地になっているのを見ると、まるで地上で巨大な爆弾(・・・・・)のようなモノが爆発して全てを薙ぎ払ったかのようにも思えた。

 

(まるで俺の世界のHMAPWの爆心地……いや、もう俺の世界ではないのだったな……)

 

 自分を嘲笑するキョウスケ。

 

(俺は因子の集合体……博士の話を信じるなら、因子の持ち主がどの元の世界にもオリジナルとして生きている)

 

 実感はない。

 だが昨日の経験がこめかみに突き付けられた拳銃のように、事実として突き付けられている。まるで全弾装填済みのマグナムでロシアンルーレットをしているような感覚を覚えた。あとは引き金を引いて認めてしまうしかないのだろうか?

 

(俺は誰だ……?)

 

 海の方角から噴いてくる風がキョウスケを撫でる。

 

(俺は何だ……?)

 

 心の中にも乾いた風が吹いていた。

 

(俺は何のために生きている? もう俺はエクセレンの傍に戻れないかもしれない……オリジナルの俺がいる世界に戻っても、彼女はきっと不幸になっていくだろう……)

 

 憂鬱な気分になったキョウスケは、頂上の落葉樹の傍に腰を下ろした。

 夕呼の仮説が本当なら、キョウスケが元の世界に転移しても、オリジナルのキョウスケ・ナンブがいる。

 並行世界は無限に存在する。この世界のようにオリジナルのキョウスケがいない、いや、死んでしまっている世界もきっとあるだろう。そういう世界に転移できれば、自分は自分になりすますこともできるかもしれない。

 いや、それよりもオリジナルの自分を……

 

(……馬鹿か、俺は……?)

 

 荒唐無稽な考えをしている自分にキョウスケは気づいた。

 それでは「シャドウミラー」 ── あの侵略者たちと何が違うというのか? 元の世界から逃げ、仮初の世界で戦力の拡張を図ろうとした「シャドウミラー」は壊滅した。

 元々ある形を崩し、自分自身になりすまして、それでどうしようというのか ── キョウスケは「シャドウミラー」と同じ轍を踏もうとしていたようだ。

 ではこの世界にもいる筈の「エクセレン・ブロウニング」を探すのか?

 それも違った。

 

(俺はエクセレンが好きなんだ。あのエクセレンが。同じ顔、同じ声をしていても駄目だ。それにこの世界でエクセレンが生きているという保証も…………俺は一体何を考えている……?)

 

 支離滅裂だった。

 こんな事で動揺してどうする? 

 キョウスケは自分に言い聞かせた。

 言って悪いが、所詮こんな事だ。

 世の中には、もっと酷い境遇に立たされ、冷遇されている人間だっている筈だ。自分は生きていられる。衣食住の心配がない、それだけでも幸せなのだ。

 そう考えた途端、腹の虫が思い出したように鳴り始めた。

 

「……ふふ」

 

 馬鹿正直な体に嫌気がさした。

 人はパンのみにて生きるにあらず。キョウスケだって知っている、どこぞの聖書に出てくる言葉だが、精神的な満足を得られても人は食べないと生きてはいけない。

 腹が減ったら食事をしたい。

 それは当然の欲求で、キョウスケは紙袋にいれて持ち運んでいた焼きそばパンを、口一杯に頬張った。

 よく噛んで飲み込む。

 腹が減っていた分美味しく感じた。

 しかしそれだけでは心は満たされなかった。

 

「俺は……キョウスケ・ナンブだ……」

 

 自分に言い聞かせるように言葉を放った。

 眼下には変わる事のない柊町の姿。まりもは自分が育った町が、これ程までに変わるとは思ってもみなかっただろう。

 キョウスケだって変わるとは思っていなかった。

 自分自身の存在意義が揺らいでいた。

 

「俺は……」

 

 裏山の頂上にそびえる落葉樹だけが、キョウスケの呟きを聞いていた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【15時00分 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 約束の時間になり、キョウスケと武は夕呼の研究室に集合していた。

 

「新OS搭載機の稼働実験ですか?」

「ええ、そうよ。戦闘部隊に換装する前にもう一度実働データを検証しておきたいのよ」

 

 再確認する武の言葉に夕呼はそう答えた。

 集合を掛けた夕呼の目的は、改良型の新OS搭載機の模擬戦を行うことで、残っている問題点を洗い出すことだった。

 驚いたことに、夕呼は転移実験を行う傍ら、新OSの開発を進めていたそうだ。それが実戦配備可能なレベルに達したとのことで、今日は武とキョウスケで模擬戦を行う旨を、先ほど説明されたばかりだった。

 

「使用する戦術機は撃震よ。既に新OSに換装した撃震を2機用意させてあるわ」

「撃震かぁ、懐かしいなぁ。俺が初めて見た戦術機も撃震だったっけ」

「ただの撃震じゃつまらないから、通常機とはちょっと違う仕様のモノだけど、まっ気にせず乗ってちょうだい」

「了解です!」

 

 武は夕呼に敬礼で応えた。

 第一世代戦術「撃震」は、人類初の戦術機「F-4 ファントム」を日本帝国がライセンス生産し、改良を続けてきた戦術機だ。古い機体だけに帝国内での配備数も最も多い。高性能な不知火などを使えば、機体ポテンシャルで問題点がマスキングされてしまう可能性が出てくるため、夕呼は戦術機の基本とも言える激震を使って新OSの問題点を炙り出そうと言うのだ。

 その点は、キョウスケにも納得できる理由だった。

 だが疑問点が1つ残る。

 

「……香月博士、少しいいか?」

「いいわよ、どうぞ」

「……博士は何故この模擬戦に俺を使う? 戦術機同士の模擬戦だぞ? はっきり言って、俺は専門外だ」

「あっ、た、確かにそうかも……!」

 

 武が相槌を打っていた。

 戦術機はキョウスケにとって異世界の人型機動兵器だ。まりもの助手をする内に、キョウスケは教本程度の知識を持つようになっていた。コクピットの写真や操縦方法を知った今となっては、戦術機の操縦がPTのそれに非常に酷似していることも理解していた。 

 だからと言って、武の模擬戦相手にキョウスケを指名する理由が思いつかない。

 キョウスケより戦術機を巧く扱える衛士は、それこそごまんといるに違いなかった。

 

「……戦術機操縦経験ゼロの俺より、もっと良い適任者は他にいる筈だぞ。武の同期の207訓練小隊や伊隅大尉の部隊、博士なら探せばいくらでもテストパイロットを見付けられる……にも関わらず、何故、俺なんだ?」

 

 確かにキョウスケはパイロットだ。しかし専門はアルトアイゼンという特殊PTを用いた強襲、および近接戦闘であり、戦術機の操縦はそこに含まれていない。

 

「南部の言うことは尤もなんだけど、白銀の部隊での模擬戦はもうやっちゃったわよ」

 

 キョウスケの問に夕呼は平然と答えた。

 

「その模擬戦で既に新OSの優位性は証明されてるわ。今回の模擬戦はいわば改良した新OSのバグ取りのようなもの。だからアンタを指名する絶対性は確かにないわ」

「……では、何故……?」

「アンタに戦術機の操縦に慣れてもらいたいからよ」

 

 切れ味のある夕呼の答えにキョウスケは目を丸くした。

 

「面倒だから単刀直入に言うわ。

 明日から正式にアンタを伊隅の部隊に配属する。コードネームはヴァルキリー0のままだけど、1つだけ以前と変えなければならない事があるわ」

 

 臨時編成されていた「A-01」への正式配属。

 

「……そこが俺の『居場所』だと?」

「あたしが提供できる中で、アンタの力を最大限に活用できる所よ? 文句ある?」

「……いや、問題ない」

 

 昨晩、夕呼がキョウスケに与えると言っていた「居場所」がそこなのだろう。キョウスケがこの世界で役立てる事ができる力は、機動兵器の操縦技能ぐらいしかない。

 キョウスケを戦闘員として活用するのは妥当な判断と言えた。

 ただ ──

 

「ただし、アンタを二度とアルトアイゼンには乗せないわ。だから、戦術機の操縦技術を磨いてちょうだい」

「何だと……っ?」

 

 ── この夕呼の一言を除いては、だが。

 アルトアイゼンはL5戦役からの付き合っている愛機だ。今更、乗機を変えるなどキョウスケには考えられなかった。

 

「いい、南部? アンタ1人だけなら兎も角、アンタがアルトアイゼンに乗ると何が起こるか分からない……BETAの新潟再上陸の時のこと忘れたわけじゃないでしょう?」

「……それは、例の転移現象のことか……?」

「ええ、そうよ」

 

 11月28日、BETAが新潟に再上陸を始めた事件で、MLRS砲撃に巻き込まれたキョウスケの周辺で転移現象が起こっていた。

 その際、キョウスケのよく知るSRXやダイゼンガーなどの残骸が転移で飛ばされてきた。元の世界ではSRXやダイゼンガーが健在だった。今にして思えば、あの残骸たちはキョウスケを構築する大因子(ファクター)の、元の世界から飛んできたのかもしれない。

 

「あの転移は間違いなくアンタを中心に起こっていた。次にもし同じことが起こった時、今度はアンタの世界の残骸が転移してくる程度では済まないかもしれないわ。

 アンタの世界にいた化け物……アインストだっけ? そんな奴が転移してきた日には、この世界は本当に終わってしまうわ」

 

 夕呼の言い分にキョウスケは言い返すことができなかった。

 

「アンタがその気があろうとなかろうと、アルトアイゼンとアンタが一緒だと次の転移現象が引き起こされるかもしれない。いいえ、もしかしたら、起こらないかもしれない。

 結局のところ、それは誰にも分からないのよ。なら、リスクはできるだけ小さくしておきたい」

「…………」

「これでも、まだ納得できない?」

 

 夕呼はデスクの上の書類を1枚取り、キョウスケに渡した。

 BETAの新潟再上陸事件後、アルトアイゼンは地下の格納庫に収納され、精密検査を受け続けている。受け取った書類はその結果の報告書の一部だった。

 装甲周りに関する報告が書かれている。

 

「……これが、どうかしたのか?」

「分からない? 装甲の構成成分が変化してるでしょ?」

「……どういうことだ?」

 

 報告書には夕呼たちが解析した構成成分の内訳が書かれていた。

 キョウスケはアルトアイゼンの専属パイロットではあったが、技術者ではないため装甲の材質までは把握していなかった。内訳と言われると尚更だ。

 だが報告書には夕呼が調べた成分の内訳が転移直後と、BETA再上陸後が表で示され、比較されていたためキョウスケにも理解できた。

 キョウスケの分かる成分名はチタンぐらいしかなかったが、中でも赤文字で書かれた内容を見て、キョウスケは驚いたのだ。

 

【11月12日       11月29日

 解析不能 3%      解析不能 5%】

 

 夕呼たちの技術では解析しきれなかった可能性はある。

 しかし成分比が増加する装甲など、考えられるのは自己進化機能を持つマシンセルぐらいのものだろう。当然、アルトアイゼンの装甲はマシンセルのような特殊な代物ではなかった。

 表の日付を見る限り、BETAの再上陸前後 ── アルトアイゼンが謎の回復を遂げた前後で、装甲の構成成分に変化があったようだ。

 もちろん、アルトアイゼンにそのような機能は存在しない。

 

【── 集合体が生物でなければならない理由は何一つないわ ──】

 

 アルトアイゼンがキョウスケ同様に因子の集合体なら、知らない機能が備わっていても不思議はなかった。

 

(どこかの並行世界に、再生能力も持つアルトが存在している……そういうことなのか……?)

 

 正直な所、夕呼の仮説が正しいという確証は何処にもない。

 前々から感じていたアルトアイゼンの変化が因子によるものなのか、半信半疑なキョウスケだったが、それで済ませて良いのかという疑問も残っていた。

 

「何が切っ掛けでこうなったのかは分からないわ。でも例の転移現象は無関係ではないはず……そして、同じことが起こらないという保証は誰にもできない」

 

 神妙な面持ちで夕呼が呟いた。

 

「納得してもらえかしら?」

「…………ああ」

 

 キョウスケは頷くしかなかった。

 これ以上の面倒事が起こるのはキョウスケだって望んでいない。

 アルトアイゼンに乗らなければ問題が起こらないという推察には承服しかねたが、この世界への必要以上の干渉を避けるなら、やはりアルトアイゼンには乗るべきではないのだ。

 

(……干渉、か)

 

 反射的にキョウスケはため息をついていた。

 

(……もう、そんな事を考える必要もないのかもな……)

 

 仮に元の世界にはもう戻れないのなら、この世界で生きていくしかない。

 余計な事を考えている場合ではないのかもしれない。

 

「……分かった。協力しよう」

「アンタの分の衛士強化装備は既に用意してあるわ。機体については移動しながら説明しましょう」

「……了解した」

 

 イの一番に部屋を出ていく夕呼にキョウスケは続こうとする。

 

「響介さん?」

 

 武がキョウスケに声を掛けたのは、そんな時だった。

 

「どうしたんですか? 随分気落ちしているみたいだけど、転移実験のことなら ──」

「……武、そのコトならもういいんだ」

「え?」

 

 どうせ、もう戻れない。

 戻ってももう1人の自分がいる。

 それなら ──

 

「── ただ、生きていくため、俺は戦おう……それに今は戦っていた方が気が紛れる」

「響介さん……?」

 

 キョウスケは武を置いて先に部屋を後にした。

 廊下を歩いていると、背後で扉の開くと武の足音が聞こえてきた。

 武はキョウスケの後を付いて来ていたが、ハンガーに付くまでの間、キョウスケが後ろを振り向くことはなかった。

 

 




コミックを再読していて、今更、夕呼の一人称が「私」ではなく「あたし」だったことに気づきました(汗)。
第3部からは「あたし」で統一します。


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第12話 ただ、生きるために 3

 

【16時47分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】

 

『模擬戦にはJIVES(ジャイブス)を使用するわ。終了条件は敵機を撃破、または戦闘続行不能な状態に持ち込むことよ。いいわね?』

『20706、了解』

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 網膜投影された夕呼の姿に、キョウスケと武は互いの言葉で返答した。

 今、キョウスケは第一世代戦術機「撃震」の管制ユニット ── コクピットの中にいた。愛用の赤いパイロットスーツ姿ではなく、国連軍仕様の黒い衛士強化装備に身を包んでいる。

 

 予想より体を締め付ける衛士強化装備に始めは戸惑ったが、時間の経過でその感覚にも慣れ、頭で考えていたよりも良い兵装であることを実感していた。

 特に驚いたは網膜投影される情報モニター。

 データリンク状況、戦域マップ、自機の状態などの様々な情報が目の前に表示され、尚且つ、意識すれば情報を瞬時に消せるため視野を狭めることもない。モニターを眼鏡とするなら、網膜投影はコンタクトレンズといった所だろうか。

 他にも硬軟瞬時に切り替わる保護皮膜や四肢を保護するハードプロテクター、バイタルモニター機能にカウンターショック機能まで備えている。保護皮膜のせいで羞恥心を煽る外見になってしまっているが、これだけの高性能なら衛士たちが文句を言わず使い続けるのも頷けた。

 網膜投影があるためモニターが存在しない管制ユニットは、その点とBMセレクトを行うコンソールパネルが無い事を除けば、PTのコクピットと似たような作りだった。要するに操縦桿とフットペダル以外、操作に関わる物品は見当たらない。

 

 操縦に関しては、武のアイディアとTC-OSを参考にした新OSが搭載されているためか、直立・歩行程度なら違和感なく行く事ができた。

 移動を続けるキョウスケの撃震の中で夕呼の声が響いてくる。

 

『互いに使用する機体は香月 夕呼印の特性機よ。不知火・白銀に使っている新素材で組み上げた、フレーム構造の戦術機ね。耐久力は通常の撃震と大差ないわ』

『通常のモノコック構造じゃなくてフレーム構造なんですね。でも何故そんなことを?』

 

 網膜投影された映像上で、武が夕呼に質問していた。

 通常の戦術機は装甲その物が外骨格の役割も果たす、車や戦闘機などに代表されるモノコック構造と呼ばれる造り方をされている。対してはPTは人間の骨組みそのままのフレームに装甲などを搭載する造り方をされ、フレーム構造と呼ばれている。

 どちらが優れているということはなく、用途に応じて使い分けられるものだった。

 そんな内容を、視界の両端に2人の顔が小さなウィンドウで表示され喋っているので、なんだか2人が小人になったのでないかという不思議な気分になってくる。

 

『元々、不知火・白銀を仕立てる前に試しで組んでいた機体よ。アルトアイゼンのようなフレーム構造を実現できるのか、悩んでるより作ってみる方が早いと思ったから。ま、案ずるより産むがやすしって感じかしら』

 

 実際に動かせているのだから、夕呼の目論みは成功したと言っていいだろう。

 キョウスケと武の撃震は、伊隅 みちるやまりもと対峙した廃墟ビル群に離れて設置されている。これから、市街地戦を想定してJIVESを使った模擬戦をする予定になっていた。

 JIVES ── 戦術機の実機の各種センサーとデータリンクを利用した仮想訓練プログラムのことで、砲弾消費による重量変化や着弾や破片による損害判定及び損害箇所など、あらゆる戦闘における物理現象をシミュレート可能なシステムだ。

 近代の戦術機の実機訓練にはJIVESを使うのが一般的だった。

 しかし転移して間もない頃のアルトアイゼンにインストールされていなかったり、電磁投射砲の威力や装甲強度を測定するため使用しなかったりと、キョウスケにとっては初体験となるシステムでもある。

 

『武装は87式突撃砲2門、74式近接戦闘長刀1本、ナイフシースにそれぞれ短刀が2本内蔵されているわ。JIVES下での戦闘になるから、実際には弾は出ないし、使用するのも模造刀だから安心して相手を撃破しちゃって』

『言っていることは結構不穏ですね』

『白銀、何か言ったかしら?』

『に、20706、了解!』

 

 取り繕おうと武は慌てて声を張る。

 夕呼はたいして気にもしていない様子で、モニター隅で微笑みを浮かべていた。

 

『そろそろ始めましょうか? 私は離れた所でモニターしているから、良いデータを頼むわよ2人とも』

『20706、了解!』

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 武に対して、キョウスケの声に張りはなかった。無論、相手に聞こえない程の小ささではなかったのだが。

 

『響介さん、初めての戦術機で慣れないでしょうけど、俺遠慮しませんからね!』

「……ああ、俺も精一杯やらせてもらう」

『響介さん……?』

 

 開放通信(オープンチャンネル)で話しかけてきた武だったが、対戦相手あるため、その後すぐに通信ウィンドウが閉じられた。敵との情報のやり取りを制限するためだ。

 直後、指揮車内の夕呼から号令が飛んだ。

 

『では、これより模擬戦を開始せよ』

 

 日が傾き、黄金色に染まる廃墟で戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時46分 廃墟ビル群】

 

「響介さん、やっぱりなんか変だ……」

 

 武は撃震の管制ユニットの中で呟いていた。

 

「戻ってきてくれたのは嬉しいけど、きっと、向こう側で何かあったんだ……そうじゃなきゃ、あの人が俺に不自然さを感じさせるような真似をする筈がない……」

 

 通信謝絶状態の撃震の管制ユニット、こちらから開放通信を行わなければ夕呼以外の声は武の耳には届かない。

 南部 響介……いや、キョウスケ・ナンブは大人の男だ。

 他人との接触による精神的なショック程度でボロを出すような男には、武はどうしても思えなかった。

 南部 響介は強い。

 南部 響介は逞しい

 南部 響介は、武にとっての初めての本当の仲間であり、憧れる大人の男性だった。

 

「……響介さん、一体何があったんだ……?」

 

 武は戦域情報上の響介の位置を見て、確認した。

 以前観戦したまりもと響介の戦闘開始位置とほぼ同じ場所に自分たちは配置されている。

 比較をするためか、それとも、特に意味はないのか武には分からなかった。

 

「……やってやる」

 

 武が戦術機に乗る目標は、少しでもAlternative4の成功の助けとなる戦力となるためである。Alternative4を完遂させ、この世界を救い、元の世界へと帰る。そのために、武は少しでも強くならなければならなかった。

 南部 響介は強い。

 武がこれまで見てきた中でも最強の部類に入るだろう。

 しかしそれも、アルトアイゼンという彼の愛機があってこそなのかもしれない。

 もちろん、武がアルトアイゼンに乗れば響介に勝てるという保証はない。自分では振り回されるのがオチ……そう思ってもいた。

 

(だけどな、戦術機同士の戦いで、俺はあんたに負けるつもりはないぜ……)

 

 前の世界で散々乗り回した「撃震」だ。操縦技術は身体が覚えていた。

 初めて戦術機に乗った響介に武は負ける気が起きない。

 

「見てろよ響介さん! やぁぁぁってやるぜッ!!」

 

 武の咆哮に応えるように撃震の跳躍ユニットが火を噴いた。

 マニュピレーターの保持した87式突撃砲2門が、次に現れた敵に備えて銃口が正面へと向けられていた。

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時47分 廃墟ビル群】

 

 模擬戦を始めよとの夕呼の号令は聞こえていたが、キョウスケは開始地点から一歩も動いていなかった。

 

(廃墟……昔は街だった何か……)

 

 キョウスケの心は既視感(デジャヴ)的な何かに鷲掴みにされたままだった。自分は以前にも似た光景の中に立っていた。戦場として戦士として駆けたわけではなく、血反吐を吐きながら必死に何かを探していたように思う。

 覚えていないのに思い出せる……おそらく、大因子(ファクター)の持つ記憶の一端なのだろう。

 心に乾いた風が吹いていた。

 見ない方がいい……まるで本能が自分に向けてそう告げている。そう思えて仕方なかった。

 

(何故……俺はここに立っているのだろうな?)

 

 JIVESが生み出した仮想シミュレーション、しかし管制ユニットの外では本物の戦術機が動き、自分を狙っている。

 それがどうしたというのか?

 今の武程度のパイロットなど、自分は元の世界で嫌と言う程見てきた。

 武は近接戦闘の技術ではアラド・バランガには到底及ばないだろう。射撃の腕ではゼオラ・シュバイツァー、気迫や剣戟ではゼンガー・ゾンボルト、超能力的な力ではリュウセイ・ダテの足元にも及ばない。

 歴戦の勇士であるハガネやヒリュウ改の仲間たちの顔が1つ、また1つと浮かんでは消えていった。

 

(……俺はもう戻れない……)

 

 戻っても自分がいる。居場所はない。

 なら、自分はこの世界で生きていくしかないじゃないか。

 

「アルト……何故、俺たちはこの世界に飛ばされてきたのだろうな?」

 

 激震ではなく、今は傍にいない愛機に向けてキョウスケは愚痴を漏らした。

 

「……俺は武と違う……俺の周りには俺の見知った顔は一つもない……!」

 

 何故自分が、自分だけが……怒りが腹の底で湧き上がる。

 キョウスケはその怒りを全て、操縦桿を握る手に乗せた。

 憎悪や怒りは何も生まない。

 分かっているし、経験して理解している。

 だけれども、キョウスケは操縦桿を握る手の力を緩める事ができなかった。

 

「……戦っている間は……忘れていられる……」

 

 フットペダルを踏む足に合わせて、撃震の主脚が前に飛び出す。

 遅い歩みだった前進は、すぐに疾走へと変わり、跳躍ユニットの排出口が爆発した。

 アルトアイゼンには遠く及ばない速度で撃震が空に飛び出す。

 

「俺は……何だ……っ?」

 

 悲痛なキョウスケの言葉は撃震の駆動音で掻き消され、誰にも届くことはなかった ──……

 

 




12話はその5まである予定です。


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第12話 ただ、生きるために 4

【16時50分 廃墟ビル群】

 

 網膜投影された戦域マップの中を、一直線に赤い光点が近づいてきていた。

 白銀 武だ。

 

 戦術機の運用は最低でも最少戦闘単位(エレメント)が前提とされている。

 2機で連携することで互いの背中を守り合い、圧倒的な物量で攻めてくるBETAの中で、少しでも生存率を高めることが目的だった。1機で出来ない事も2機ならできる。1+1=2ではない。互いの練度、連携と信頼次第では1+1=2ではなく、3にも4にもなりうる。

 そこに戦術機の3次元機動が加わることで、人類は地を這うBETAに対して初めて優勢に立つことができるのだ。

 

 しかしこの模擬戦は1対1(タイマン)

 互いの技量、戦術、精神状態 ── 全てを用いた果てに、劣っていた方が負けるだけ。仲間の助けなどありえない。自分の力だけが頼りだった。

 武はその名に恥じぬ勇ましさで、真っ直ぐにキョウスケ機に向かって来ていた。

 

(武器は突撃砲2門に長刀。短刀は使うような状況に追い込まれた時点で負けるな)

 

 武には戦術機の操縦経験というアドバンテージがある。

 マニュピレーターに保持した突撃砲、背部兵装マウントの予備と長刀ならいざ知らず、短刀を使うような乱戦となっては一日の長 ── 最後には地力が物を言うものだ。

 キョウスケの操縦に撃震は従順だったが、アルトアイゼンより軽いにも関わらず反応はやはり鈍かった。新OSはTC-OSも参考にしていたが、その域に達するにはやはり時間が足りなさすぎる。

 

(遅いなら、先を読み、相手より早く動かせばいい)

 

 キョウスケはアルトアイゼンの専属パイロットだが、その他の機体を扱った経験が無いわけではなかった。

 アルトアイゼンの機動特性上、繊細な操縦よりも大胆で思い切りのよい操縦が体に染みついているだけだ。むしろ、相手の動きを読みそれに合わせる技能は仲間内の誰よりも秀でていた。

 相手がエルザム・V・ブランシュタインのような天才級でもない限り、余程の事がなければキョウスケは相手の動きにカウンターを合わせられる。

 

(……来たか)

 

 光点が自機の左側面に肉薄するのを確認し、キョウスケは心を凍らせた。

 激震のメインカメラを向けることなく、銃口を向け、トリガー。

 あらかじめ弾種選択していた120mm(キャニスター)弾が火を噴くと同時に跳躍(ジャンプ)ユニットを全開に噴かせた。廃墟ビル群の高層ビル跡は射線を妨害するにはうってつけだ。相手機への着弾を確認せず、キョウスケは加速してビルの合間へと機体を滑り込ませた。

 一瞬遅れて、キョウスケの撃震のいた地点に36mmの弾痕が刻まれる。

 

(これでいい……戦っている間は余計なことを考えずにすむ……!)

 

 JIVES(ジャイブス)が生み出した仮想の戦場の空気に感謝しつつ、キョウスケは無心で操縦桿を動かし始める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

「── まさか、ロックオンもせずに撃ってくるなんて……!」

 

 ビルの壁面を蹴り跳躍することで、武は響介の放った散弾を回避していた。

 銃弾との擦れ違いざまに放った36mm弾は、響介機にかすることもなく地面に弾痕を作っただけだった。

 網膜投影された情報が武の視覚に呼びかける。響介は廃墟の隙間を縫いながら武と一定の距離を保っている。

 響介は逃げた訳ではない。武を仕留めるために、有利な位置を保つ。そのために動き回っていた。

 

(いくら相手が響介さんでも、戦術機の扱いは俺の方がまだ上手いはず。接近戦に持ち込まれなければ何とかなる。何とかなるはずだ……!)

 

 突撃砲の弾種は36mm砲弾を選択、手数で響介を攻め落とすことを武は選択した。

 207訓練小隊の模擬戦で、新OSの有用性は既に証明されている。新OS搭載機と非搭載機では機体の即応性と柔軟性が桁違いだった。武がイメージしていた戦術機の動きが、新OSによって実現できるようになっている。

 新OSの使用経験に戦術機での戦闘経験、やはり武には一日の長がある。

 戦域マップを響介機は低速で移動している。主脚走行で建築物の間を縫いながら進んでいた。

 

「いくぜ……ッ」

 

 光線級BETAのいない戦域でなら、戦術機の3次元機動を最大限に活かすことができる。噴射跳躍(ブーストジャンプ)することで、武の撃震は建築物を飛び越え空中へと躍り出た。

 上空から響介の撃震を目視で確認。眼下へと劣化ウラン性の飛礫(つぶて)を降らせた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 武の撃震が猛烈な勢いで接近してきている。

 2機の間には高層ビル跡が乱立していた。武機は障害物を無視してキョウスケへと一直線に近づいてきている。経験から相手は飛行していると理解し、腰背部の跳躍ユニットに命令を飛ばした。

 激震が加速し、地表スレスレを疾走する。アルトアイゼンで地上の敵機に突撃する際にキョウスケがよく利用する加速方法で、戦術機では噴射地表面滑走(サーフエイジング)と呼ばれる操縦技法だった。

 背後でするはずの徹甲弾の風切り音は、跳躍ユニットの轟音に掻き消された。 

 以前としてロックオンアラートが唸りを上げていたが、被弾はなし。

 空からの銃撃を避けるため、跳躍ユニットに火を入れたまま撃震の方向を転換する。慣性を逆らうキョウスケの操作に機体が軋み、Gが体に圧しかかった。ビル間の十字路をほぼ直角に曲がり、再度加速を開始した。

 武の死角に入ったのか、銃撃の手が一瞬止まる。

 

(……アルトより遅く、Gも弱い……当たり前か……)

 

 横浜基地の地下に格納されている愛機に思いを馳せる。

 アルトアイゼンの暴力的なまでの加速に慣れているキョウスケには、撃震の最高速度もぬるく感じられた。撃震は第一世代戦術機で、後の世代より重装甲かつ頑丈ではあったが、キョウスケの操縦にどの程度耐えられるか操縦経験がないため推測もできない。

 無茶な機動を取れば、それがそのまま命取りに繋がる可能性があった。

 無論、可能性の話だったが、キョウスケにはそれを否定する経験値がない。

 管制ユニット内ではロックオンアラートが鳴り響き、背後では弾丸が波しぶきのように跳ね回っていることだろう。

 キョウスケは撃震の補助腕で、背部にマウントしていた突撃砲を操作させ、背後に弾幕を張りながら逃走を続ける。

 けん制が目的で、武の撃震に命中するとは初めから思っていない。

 

(さて……どうするか……?)

 

 弾幕を張っての逃走することで、キョウスケは考える時間を確保していた。

 既に頭上を押さえられていて、慣れない戦術機の操縦では武を出し抜くことは難しい。かと言って、足を止めての撃ち合いなど論外、近接戦闘を仕掛けるにしても接近するまでに撃ち落とされるのがオチだった。

 搭乗している機体がアルトアイゼンだったなら、問答無用で相手の懐に潜り込むことも可能だったが、今、キョウスケが乗っているのは撃震だ。

 

(タラレバの話など無意味だ……どうすれば、武に接近できるかを考える……)

 

 武の撃震は上空を飛行しながらキョウスケ機を狙っている。

 戦術機が連続的な飛行 ── テスラドライブを装備したヴァイスリッターのように宙に浮き続けるには、継続的な推進剤の消費が要求される。

 重い物を浮かせ続けるのと、地上を走らせ続けるのでは、消費される推進剤の量には違いが出てくる。当然、前者の方が先に推進剤が枯渇する筈だ。

 

(機を待つか……幸い、遮蔽物には事欠かない場所だ……)

 

 戦域になっているのは高層ビルの乱立している廃墟ビル群だ。

 上空から見下ろせば逃走経路は丸見えかもしれないが、遮蔽物が多いことには変わりはない。

 蛇行しながら逃げる撃震の装甲を、武の放った36mmがかすめた。見晴しの良い直線ではいつかは直撃を受ける。跳躍ユニットの微調整で、そこかしこにある十字路を曲り、撃震を建築物の影に隠しながら逃げる事をキョウスケは選択した。

 銃弾が迫り、十字路を曲がる。

 イタチごっこのような逃走劇が延々と繰り返される ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

「……やっぱり、なんか変だぜ、響介さん」

 

 飛行する撃震の中で、武は一人ごちしていた。

 地上を疾走する響介の撃震から、迎撃のための36mm弾が飛んできていたが、背後と上空を押さえているという地の利の前にはさほどの脅威でもない。

 武的には、新OSの恩恵もあってか、初めての戦術機で自分の追撃を躱し続ける響介に驚く部分もあったが、それよりも彼が逃げの一手を取り続けていることに違和感を覚えざるを得なかった。響介機が接近しようとする気配が、武には毛ほども感じ取れない。

 

「まりもちゃんと戦っていた時とは、まるで別人だぜ……」

 

 武はまりもと響介の実弾演習を見学していた。

 あの時の響介からは、どれだけ不利な状況に追い込まれても、前へ前へと進む気迫のようなモノが感じられた。

 だが、今の響介からはそれが感じられない。

 響介は武の推進剤切れを待つ逃げの一手を講じている。自分に有利、相手に不利な状況を作り出すのは戦いのセオリーかもしれないが、響介らしからぬ見え透いた手に武は苛立ちを覚えていた。

 

「そうじゃないだろ……!」

 

 トリガーを引きながら、武の口が毒づく。

 36mm弾は響介の撃震に回避された。まりも戦の時とは乗機が違う。乗機が違えば戦略が違ってくるのは当然だが、武は響介の逃げ腰が許せない。

 

「響介さん、あんたは強い……!」

 

 武が小さく叫んでいた。

 

「あんたは逞しくて、まっすぐでッ、ぶっきら棒だけど本当は熱い心を持っている! なのにどうしちまったんだ!? 一体、何があったんだ!?」

 

 武が響介と別れて、再会するまでの時間はたった一晩だった。

 その一晩、いや、転移した元の世界できっと何かあったに違いない。武も転移した元の世界で様々な経験をした。驚いたことや嬉しかったこと、色々あった。

 武は知りたかった。しかし聞いて良いものか判断もできなかった。

 けれど、自分の攻撃に逃げ回る南部 響介の姿も見たくなかった。

 

「……いいさ、俺が思い出させてやるぜ」

 

 眼下で響介の撃震は銃弾を躱し、十字路を曲がって武の死角に逃げ込む。反射的に操縦桿を動かし、武はその後を追う。

 武から逃げ続ける響介の撃震の姿が目に入ってきた。

 

「俺が憧れた、響介さんの本当の戦い方って奴をな!!」

 

 武はトリガーを引く指を緩め、目を見開き、響介を睨みつけた。

 相変わらず、響介は武から逃げ続けている。武の推進剤が切れるのを待っている。その目論みどおり、飛行を続けていた武の推進剤の消費は激しく、既に半分近くを消費してしまっていた。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 響介は推進剤が枯渇した武と、接近戦で決着をつけることを望んでいる。

 なら、武が選択する手段はたった一つ。

 武は撃震が両手に持っていた87式突撃砲を投げ捨て、背部にマウントしていた74式近接格闘長刀を握らせた。ぎらり、と空中で刀身が煌めく。

 

「ただひたすら前進、接近、そして勝利をもぎ取る!」

 

 人類の勝利を。

 BETAから平和を。

 勝ち取るために、躊躇なく前進する姿に武は憧れたのだ。

 通常、模擬戦などでは相手への情報流出を防ぐため禁止されている管制ユニットの全周波回線(オープンチャンネル)を、武は開いた。相手はもちろん南部 響介。

 

「響介さん! いっくぞおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 跳躍ユニットを全開、武の撃震は墜落に近い急角度で、響介機へと急降下していった ──……

 




12話はあと1回続きます。


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第12話 ただ、生きるために 5

【16時57分 廃墟ビル群】

 

 機体の駆動音と跳躍ユニットの噴射音ばかりが響く管制ユニット内で、突如、キョウスケの頭を揺らす程大きな絶叫が耳に届いた。

 

『響介さん! いっくぞおおおぉぉぉぉっ!!』

 

 武だった。

 オフにしてあった回線が開かれていて、視界の隅の小さなウィンドウに武の姿が見える。

 頭上から降っていた36mmの雨は鳴りを潜め、武の撃震を示す赤い光点がレーダー上を肉薄してきていた。

 速い。

 キョウスケ機の直上から地面に激突しかねない勢いで、強襲してくる。

 

(36mmで迎撃……いや、これは被弾覚悟での突撃……ならば)

 

 120mm散弾を至近距離でお見舞いするという手もあったが、キョウスケが撃震に取らせた獲物は74式近接格闘長刀だった。87式突撃砲を投棄し、背部兵装マウントからパージ。柄を握るが早いか、振り返り様に長刀を切り上げる。

 目標は落下してくる武の撃震。

 互いを仕留めんと振るわれた2機の長刀が、空中で火花を散らした。全力投球の鍔迫り合い。直後、キョウスケの撃震に縦揺れが襲い、

 

(まともに受けては押し切られるか……!)

 

 操縦桿を動かして長刀の切っ先をやや下向きへ ── 地面へと変えた。

 落下する機体に推進剤で勢いを付けた武の一撃だ。対してキョウスケは抜刀直後のただの切り上げ。真正面からぶつかれば打ち負けるのは目に見えていて ── キョウスケの一瞬の機転で、武の長刀は刃面を滑り、アスファルトへ深々と突き刺さっていた。

 長刀を振り下ろし、地面に着地した直後の武機の動きが鈍る。

 まさに勝機。

 キョウスケは撃震に柄を握り直させ、袈裟がけにすべく長刀を振るった。

 

『このッ ──』

 

 回線越しに武の声が聞こえ、すぐにキョウスケの耳を金属同士の激突音が劈いた。武機を切り裂いた音ではない。一目瞭然の画像がカメラから網膜へと投影される。

 武の撃震が2本の短刀を交差させ、長刀を防いでいた。

 長刀はすぐに地面から抜けないと踏み、上腕部のナイフシースから抜いた短刀で受け止めたようだ。

 

『── おりゃあッ!!』

「む ──ッ」

 

 一瞬の攻防の後、再び、キョウスケ機に激震。

 なんと、武機がキョウスケ機を蹴り飛ばしていた。戦術機は近接戦闘はするものの、殴り合いのような格闘戦を前提に設計されていない。しかもアルトアイゼンのように堅牢でもない。

 キョウスケもただの戦術機に蹴り飛ばされるとは夢にも思っておらず、機体はたたらを踏んで後ずさっていた。

 

『まだまだ行くぞぉ!』

 

 武機が短刀を2本とも投擲してきた。

 キョウスケはそれを長刀の腹で弾く。

 予想外の動きに体勢を立て直すのに数秒かかり、武機がその間に地面に突き刺さっていた長刀を引き抜いていた。

 そのまま跳躍ユニットを噴かせて前進 ── キョウスケへと肉薄し、長刀で連撃を加えてくる。斜めの斬り下ろしをキョウスケ機が切り払うと、一歩踏み出して真横に薙ぎ払い、バックステップで間一髪避けたかと思うと、唐竹割よろしく真っ直ぐに長刀を振り下ろしてきた。

 キョウスケは全てを長刀でガードしていたが、慣れない戦術機の操作に反撃する機会を作り出せなかった。

 

(……やはり、戦術機の操作では武に一日の長がある、か……)

 

 連撃をいなしながら、キョウスケは武の撃震を観察していた。

 今回の模擬戦における2人の条件は対等だ。同じ撃震、同じ新OS、同じ武装……違うものと言えば、それぞれの経験値ぐらいだろう。

 キョウスケの冷めた瞳が、武の撃震の得物に向けられる。

 突撃砲は投棄したのか見当たらず、短刀は2本とも投擲、残っているのは74式近接格闘長刀だけだった。

 対するキョウスケはまだ背部兵装マウントに突撃砲が1丁残っていた。

 

(推進剤も俺の方が残っているはず……なら、距離を取り、再接近させぬよう迎撃するのが常道……)

 

 アルトアイゼンに乗っていれば、決して辿りつかない答えを導き出していた。

 跳躍ユニットの噴射口が前面へと向けられる。逆噴射制動(スラストリバース)と呼ばれる技法で、キョウスケは武機に推進剤の炎を浴びせながら後退した。

 ただ操縦桿を操作するだけ、そこに無駄な思考を挟む余裕はない。今はそれが心地よかった。余計な事を考えなくて済むから。

 キョウスケは長刀を右腕に把持し、突撃砲を左腕マニュピレーターに装備した。

 あとはトリガーを引くだけ。

 

(……もう、飽きるくらい繰り返してきたことだ……)

 

 キョウスケは戦場で敵の兵士を何人も屠ってきた。いくら脱出装置が発達したところで、死人の出ない戦争などあり得ない。キョウスケの手は血に染まっている。指でトリガーを引いた記憶は脊髄反射のように深く刻まれていた。

 だがその記憶も、キョウスケ自身の記憶ではないかもしれないのだ。

 キョウスケが自分の記憶だと確信していても、誰もそれを保障はしてくれない。

 自分を構成するという大因子(ファクター)や小さな因子。

 自分の記憶の起源はそこから来ているのかもしれない。

 考え出すと、柄にもなく怖くなる。

 

(……よそう……俺は、ただ、生きていくために引き金を引くだけだ……これまでも、そしてこれからも……)

 

 網膜上では、武の撃震に赤いロックオンマーカーが張り付いていた。撃てば当たる、そんな距離だ。

 なら引けばいい。躊躇なくトリガーを。

 だがキョウスケにはそれができなかった。

 理由は自分にも分からない。

 

『── 響介さん、一体どうしちまったんだよ!?』

 

 武の声が聞こえたのは、そんな時だった。

 

『今の響介さんには、まりもちゃんと戦っていた時のような覇気がまったく感じられない! そうじゃねえだろう、あんたは! なんで俺なんか相手に逃げ腰になってんだよ!?』

「……逃げ腰?」

『そうさ! 響介さんらしくない! あんたは俺の攻撃から逃げ回っていたじゃないか!?』

 

 確かにキョウスケは逃げていた。

 しかしそれは武の推進剤の枯渇を待つ策でもあった。

 

「……違う。逃げの一手が必要な時もある……」

『ああ、そうかい! なら好きなだけ逃げるがいいよ! でもな、この世界の人類に逃げ場なんてもう残されてねえんだよ!!』

 

 この世界の人類は、ユーラシア大陸、欧州と多くの土地をBETAに奪われていた。

 日本にもBETAの本拠地ハイヴがある。他人事ではない、滅亡の危機は、いつでも傍で首をもたげている。

 

『俺は元の世界が大好きだ! でもこの世界も大好きだ!』

 

 武が吼える。

 

『だからこの世界を守るために強くなりたいと思った! だから! どんな無茶でも無謀でも、そんなモノ全部まとめてぶち抜いてくれそうな、そんな強さが感じられる響介さんに憧れたんだ!!』

 

 飾り気のない真っ直ぐな言葉が、キョウスケの心を駆け抜けて行った。

 

『響介さんは元の世界を救った部隊の一員なんでしょう!? 響介さんの実力はこんなものじゃない筈だ!!』

「……それは……」

 

 自分が武の言う英雄の一人なのか、キョウスケは確信を持てずに口ごもるしかなかった。

 

『俺は、大好きなみんなの笑顔を守りたい!』

 

 武は小さなウィンドウの中でキョウスケを指さして言った。

 

『響介さん、あんたは一体何のために戦っているんだ!?』

「……俺は……」

 

 武の問にキョウスケは即答できなかった。

 こんな姿、自分らしくない。そう思っていても、心の根がぼやけていてはっきりと言葉にして表せなかった。

 やっと思い出したかのように口が動く、

 

「俺は……エクセレンとみんなを……」

 

 が、すぐに口籠ってしまった。

 愛する女と仲間たちを守る ── 強く固かったキョウスケの信念が揺らいでいた。

 自分には帰る場所がない。戻っても彼女の隣には本物の自分がいる。なら、彼女を想い続けるのは無意味ではないのか、と思ってしまっていた。

 武がまぶしく見えた。

 揺るがない、強い思いをもってキョウスケとの戦いに臨んでいる武。

 だが武自身、ただ知らないだけで、キョウスケと同じ境遇なのだ。

 武、本当はお前だって因子の集合体なんだと……言ってしまえればどれだけ楽になるだろう。同時にどれだけの空しさが心の中を吹きすさぶだろう。

 下衆な考えだ。

 自分がこんなことを考えるようになるとは、キョウスケは夢にも思ってもいなかった。

 

「……来い、武……」

『響介さん……答えてくれないんだね……でも、いいさ。俺が思い出させてやるぜ! 響介さんの強さと戦い方をな!!』

 

 武の声に応えるように、キョウスケは撃震に突撃砲を投棄させ、長刀を構えさせた。

 もういい。今は、何も考えずに戦っていたい。

 武の撃震が突撃してきたのを皮切りに、刃がぶつかり合う音が廃墟ビルの合間を駆け抜けて行った。茜色に染まっていた空もすっかり暗くなり、月だけが2人の戦いを見下ろしていた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【19時46分 国連横浜基地 戦術機ハンガー】

 

「まったく、まさか相討ちになるとは思わなかったわ」

 

 模擬戦を終了し横浜基地へと帰還したキョウスケと武に、夕呼は呆れた声を投げかけていた。

 JIVES(ジャイブス)を用いた戦闘は、夕呼が語った通り「相討ち」という幕切れを引いた。

 突撃砲という遠距離攻撃手段を放棄したキョウスケと武の撃震は、互いに延々と長刀で切り結びつづけ、致命傷を回避するために推進剤消費し続けた。2機は機動力を失ってからも泥試合のように戦い続け、徐々に傷を負い、ほぼ同時のタイミングで活動限界を迎えていた。

 撤退するための推進剤を使い切ってまでの格闘戦 ── いくらJIVESが仮想訓練プラグラムだとしても、愚策と罵られて当然の結末と言えた。これがBETA相手の実戦なら、物量に押され仮に敵を全滅できたとしても、帰還することができず増援の餌食になる可能性が非常に高い。

 武もその事は理解しているだろう。

 だが武はその愚策を実行に移した。

 武は模擬戦の勝敗よりも、キョウスケになにかを伝えたかったのかもしれない。

 

(……戦う理由……か……)

 

 これまでキョウスケは世界の平和と愛する人たちのために戦ってきた。

 これからもそれでいい。多くの人はきっとそう言うだろう。それが正解だろう……が、キョウスケの心は揺れていた。

 

(……俺、らしくない……か……確かにそうかもしれんな)

 

 模擬戦中の武の叫びが頭によぎる。武の強さと正しさを感じながらも、キョウスケの心は動かなかった。胸に穴が空いたような空虚な感覚がのっぺりとへばりついて離れない。

 ただ……このままではいけないと思えてしまう。

 

「特に問題が出ることもなかったし、新OSの仕上がりは上々のようね。白銀も違和感なく動かせたんじゃないかしら?」

「ええ、新OSに換装するだけで、撃震でもここまで動けるんだって驚いたぐらいです」

「そう。新OSを量産できれば、戦術機強化プランとして低コストで実現できそうね」

 

 キョウスケの心の内を知ってか知らずか、夕呼と武が新OS搭載機の評価を交換し合っている。

 模擬戦の目的が新OSの評価なのだから、当然と言えば当然なのだが、

 

「南部は実際に動かしてみてどうだったかしら?」

 

 質問の矛先はキョウスケにも向いてくる。

 

「……そうだな。TC-OSと若干勝手は違うが、通常機動をこなす分には問題ないように思えた。問題点はOSを成熟させるためのデータの蓄積と……あとは俺の慣れが必要だな」

「致命的な欠陥はない、と捉えていいのかしら」

「ああ」

 

 模擬戦をこなしてみて、戦術機とPTの操縦は共通する部分があると実感できた。

 アルトアイゼンの「切り札」のような特殊な機動はデータを構築しなければ不可能だが、基礎データに組み込まれている機動データから、通常の戦闘機動程度なら初操縦のキョウスケでも実現できていた。

 もっともキョウスケにはPTの操縦経験がある。

 それを抜きにしても、動かしやすく柔軟性のある代物に新OSは仕上がっているとキョウスケは評価していた。

 

「2人ともご苦労様。今日の実験はこれで終了、あとは自由にしてもらっていいわ。また用があるときは声かけるから、その時はよろしくね」

「分かりました」

「南部への辞令は明日正式に出るから、その後は速やかに原隊に合流しなさい」

「……了解した」

 

 原隊 ── 夕呼の直下の特殊部隊「A-01」のことだ。

 夕呼は、じゃね、と軽い挨拶を済ませるとハンガーを後にした。研究室で新OSの最終調整なり何らかの仕事をするのだろう。

 逆に今日のキョウスケの仕事は終わった。

 足早に立ち去ろうとしたキョウスケに、

 

「ま、待ってくれよ響介さん!」

 

 武が話しかけ、

 

「あの……さ、さっきは生意気な事言ってすいませんでした!」

 

 頭を下げてきた。

 

「……武、頭を上げてくれ……」

「は、はい」

「……お前の言っていた事は正しい。だから気にするな」

 

 嘘偽りないキョウスケの本音だった。武は目を輝かせて顔を上げたが、キョウスケは彼と視線を合わせることができなかった。

 

「……響介さん、本当にどうしちまったんだよ……? あっちの世界にで何かあったのか?」

 

 あっちのとは、昨晩の実験で転移したオリジナルキョウスケのいる世界のことだ。

 イベントはあった。それも筆舌に尽くしがたく、苦痛にまみれた最悪の出来事が。

 一瞬、武に全てを語ってしまおうかと思えた。痛みは誰かと共有することで和らぐものだ。それが例え錯覚だとしても、多くの人が実感として理解できることだろう。

 だが、駄目だ。

 武にだけは話せない。

 キョウスケの正体を明かさねば、転移先での出来事を説明することは不可能だった。キョウスケの正体は武のそれにも通じ、夕呼からも口止めされている極秘事項だ。

 

「……武」

「はい」

「……すまんが、俺に少し時間をくれ。いつかきっと、全てを話すから」

「響介さん……分かりました」

 

 武はキョウスケの言葉に頷き、それ以上言及するのを止めた。

 

「俺、待ってますから。だから……早く元の響介さんに戻ってください!」

「……ありがとう、武」

 

 キョウスケは武に礼を言うと、まだ整備員たちが慌ただしく働いているハンガーを後にした。武の言葉にほんのりと温かいモノを感じながら思う。

 

(……人はパンのみに生きるにあらず、か……)

 

 柄にもなく格言に共感を覚えたキョウスケなのだった ──……

 

 




2000文字程度の話を挟んで、第13話に進みます。


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暗躍する影

【西暦2001年 12月5日 0時 日本帝国 某所 戦略研究会集会所】

 

 ……── 人々が寝静まった深夜、その男たちは寒空の下に集まっていた。

 

「同志諸君、よくぞ集まってくれた」

 

 場所は軍事基地の滑走路のようで、アスファルトの上に立つ面々に向かってリーダー格らしき男が声を張り上げていた。

 吐く息が悉く白靄となる寒さの中、男たち ── 半数が女性ではあったが ── は全員衛士強化装備に身を包んでいた。集まっている面々の全てが、武のいる訓練過程を終了し衛士になった兵たちということになる。

 男たちはリーダー格の男の演説に耳を傾けていた。

 

「私は帝国本土防衛軍、帝都守備連隊所属の沙霧(さぎり) 尚哉(なおや)大尉である。憂国の烈士たちよ、今こそ、この国に巣食う害悪を駆逐するために立ち上がる時が来たのだ」

 

 沙霧と名乗った男は眼鏡をかけ知的に見えたが、口からは過激な言葉が飛び出してくる。

 

「先日の天元山の噴火の折、政府は災害救助を名目に現地住民を避難させた。だが真実は諸君らも知ってのとおり、非武装の一般住民を武力によって強制退去させただけにすぎない。そこに住民の意思など欠片ほども介在してはいないのだ。

 諸悪の根源たる政府はあろうことか将軍殿下を蔑ろにし続け、民に圧政を強いている。考えてみて欲しい。政府に大義はあるだろうか? 

 私はあえて断言しよう。政府に大義などありはしない。奴らこそ将軍殿下を謀反を繰り返し、日本を滅亡へと追い込む大逆の徒である! 戦略勉強会に集まってくれた民を想い、国を想い、未来を願う憂国の烈士たる諸君らにこそ大義はあるのだ!!」

 

 沙霧は拳を振り上げて叫ぶ。

 

「時は来た! 諸君! 今こそ殿下の御心と民を分断し、日本を蝕む国賊を討つ時が来たのだ! 亡国の徒を滅すため、私に力を貸してほしい!!」

「「「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」」」」」」

 

 沙霧に呼応して、寒空の下で男たちの咆哮が響き渡る。

 男たちの目には力が宿り、一片の迷いも見受けられなかった。

 正しいことをしている。その自負が男たちの胸には刻み込まれているのだ。

 

「憂国の烈士たちよ、諸君らの健闘を祈る!!」

 

 沙霧の思いに男たちは一矢乱れぬ敬礼で応えた。

 その後、沙霧曰く憂国の烈士たちは、各々に与えらえた役割を果たすために動き始める。

 

 

 

      ●

 

 

 

 駒木(こまき) 咲代子(さよこ)は沙霧の雄姿を、男たちの中に紛れて見ていた。

 

 やはり、沙霧 尚哉は国を想う素晴らしい上官であり男だと再認識する。

 将軍の意思を反映させない効率のみを優先させた政治や、政府高官らによる汚職など現政権の問題点は、それこそ叩けば埃がでる布団のように情報統制され政府内部に隠されていることだろう。

 沙霧はそれが許せなかった。

 国の往く先を案じた沙霧に共感した若者が、今回の決起に呼応して咲代子の周りに人の壁を作り上げていた。ひとえに沙霧の正しさと人望があって初めて成せた成果だろう。

 

「憂国の烈士たちよ、諸君らの健闘を祈る!!」

 

 沙霧の声に駒木は敬礼し、これから成す大事の前に心を引き締めた。

 

「ふん、下らん」

 

 真横にいた男の呟きが聞こえたのは、正にそんな時だった。

 筋骨隆々の中年男性が衛士強化装備に身を包んで立っている。敬礼はしていない。周りの男たちの視線を意に介さず、悠々と集団の中で笑っている。

 咲代子は髭面(・・)のその中年男性を睨みつけた。男は左目に刀傷と思われる裂傷が痕として縦に走っていた。

 

「村田、貴様……ッ」

「大義など俺にはどうでも良いことだ。俺は人機(・・)が斬れればそれでいい」

 

 男の名は村田(ムラタ) 以蔵(イゾウ)という。本名かどうかは分からない。

 元々武家の出身であるらしく、傭兵として活動していた男だったが、現在は沙霧率いる憂国の烈士に参加していた。

 理由は単純明快。

 

【貴様らに付いた方が、強い奴らと戦えるからな】

 

 あの時の言葉を咲代子は決して忘れない。

 村田は沙霧の大義に賛同したわけではないのだ。ただ人を、戦術機を斬りたいだけ。本来なら烈士に肩を並べる資格を持たぬ男だったが、その実力故に沙霧に断り咲代子が仲間に引き入れた男だった。

 特定の軍に所属していないにも関わらず、風のたよりで聞く程度には村田の強さは有名だったからだ。

 村田は自作した特性の長刀「獅子王(シシオウ)」と、00式とも呼ばれる帝国最強の第3世代戦術機「武御雷(たけみかづち)」を操り下手をすれば仲間すら斬り捨てる、「剣鬼」の異名を持つ豪傑にして古参の兵だった。村田に関して不明な点はかなりある。特に「武御雷」をどのようにして入手したのかが最大の謎ではあった。

 「獅子王」と「武御雷」に村田が組み合わされば、単純な接近戦なら沙霧 尚哉ですら敵いはしないだろう。

 これから軍事クーデターを起こす身として、強力な駒は1つでも多く欲した咲代子が見つけ勧誘した男が村田だった。

 だが ──

 

「おい女、駒木と言ったか。貴様は沙霧の腹心だったな。俺の配置場所は一番危険な場所にしろ」

「……言われずともそうするわ」

「それでいい。雌伏の時は過ぎ去った。ふふ、久々に血が猛りおるわ」

 

 ── 気味の悪い微笑を浮かべ持ち場へと去って行く村田を見て、咲代子は一抹の不安を覚えていた。

 果たして村田を引き入れて正解だったのか? 咲代子は内心穏やかではいられない。

 しかし悔やんだ所でもう遅かった。

 憂国の烈士による決起はもう始まるのだ。

 村田が戦力になるのは事実だ。そう割り切って、咲代子は自分は成すべき事をするのみだと決意を新たにした。

 

「沙霧大尉、私はどこまでもお供いたします」

 

 軍事クーデターが始まる ──……

 

 



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第13話 彼女たちの理由

【12月5日 4時36分 国連横浜基地 キョウスケ・ナンブ自室】

 

 ……── その日のキョウスケの目覚めは最悪だった。

 

 まだ日も登っていない早朝に、大音量の警報(・・)で叩き起こされたからだ。

 鼓膜から脳を直撃する大音声 ── 目覚まし時計など比ではない騒音が起き抜けの頭にガンガン響く。霞の起こし方がいかに優しいものだったか身をもって痛感しながら、キョウスケはベッドから身を起こし警報に耳を傾けた。

 

『── 防衛基準態勢2発令、全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ。繰り返す防衛基準態勢2発令、全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ ──』

 

 防衛基準態勢2 ── オリジナルキョウスケの世界における第二種戦闘配置に相当し、いつでも戦闘開始できる状態を維持することを指している。

 キョウスケがこの警報を最後に聞いたのは、11月28日のBETAの新潟再上陸の時だった。BETA出現に準ずる緊急事態が発生している……と考えて差し支えないだろう。

 

「……何なんだ、一体……?」

 

 寝起きで重い体を動かし、キョウスケは布団から抜け出しジャケットを羽織ると、部屋の外へと飛び出した。

 

「響介さん!」

 

 廊下で走ってきた武と鉢合わせした。

 

「……武、何事だこれは?」

「分かりません! まさか……オルタネイティブ5が早まったなんてことは……兎に角、夕呼先生の元に行きましょう!」

「……そうだな」

 

 状況が把握できなければ動きようがない。

 夕呼は横浜基地の副司令に任命されている。有事の際には中央作戦司令室にいるに違いなかった。

 一般兵ではセキュリティレベルが高く入ることはできないだろうが、幸いキョウスケたちに与えられているパスは、最重要機密である夕呼の研究室まで通れる最高レベルの物だ。

 キョウスケは武と一緒に中央作戦司令室へ向かった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【4時50分 国連横浜基地 中央作戦司令室】

 

「首相官邸、帝国議事堂ともに占拠されました!」

「帝都城の状況はどうなっている! 報告急げ!!」

「相模湾沖に展開中の米軍第7艦隊の動き、依然としてありません!」

 

 中央作戦司令室は騒然としていた。堂に入ったオペレーターたちの声が矢継ぎ早に交わされている。彼らの声が戦闘中のハガネやヒリュウ改のブリッジに似た雰囲気を作り上げている、キョウスケにはそのように思えた。

 巨大なモニターや計器類の全てを見下ろせる位置で、夕呼は状況を見守っていた。

 

「夕呼先生……!」

「白銀に南部? どうしてここに ── そっか、ここってあたしの部屋より機密レベル低かったっけ」

 

 武に声を掛けられ夕呼は少々驚いた様子だったが、すぐに視線をモニター類へと戻してしまう。武のような訓練兵が司令室にいる。そんなことは些事にしかならない事態が起きているのは間違いなさそうだった。

 

「夕呼先生、一体何が起こっているですか!? まさかオルタネイティブ5が早まったなんてことは……!?」

「帝国内部でちょっとした面倒事が起こっていてね……いわゆる、軍事クーデターって奴よ」

「クッ、クーデター!?」

 

 武は驚いた後、にが虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 時間跳躍者(タイムリーパー)である武は前の世界の記憶を持っている。1度目のBETAの新潟上陸時もその記憶を活用し、水際で敵を食い止める大きな力となっていた。

 しかしBETAの新潟再上陸など、武が知らない出来事が起こっているのも事実だった。武の表情から察するに、軍事クーデターは武の記憶ではなかった出来事なのだろう。

 武が、キョウスケが介入することで、彼の知っている未来が変わり始めている。それだけは間違いなかった。

 

「……穏やかではないな」

 

 キョウスケの呟きに夕呼が頷いた。

 

「クーデターの中核を担っているのは帝都守備隊の連中 ── 帝都である東京を守護する精鋭たちよ。こんな短時間で帝都をほぼ手中に収めるとは、大した手腕だと驚かざるを得ないわね。まったく、このどさくさに紛れて米軍がどこまで介入してくるか分かったもんじゃないわ」

 

 その昔、宇宙人が攻めてくれば人類は一丸となって立ち向かう、と声高に主張した偉人がいたそうだが、それが妄言でしかないことをキョウスケは身をもって痛感している。

 実際に異星から侵略者が現れても、人類は互いに銃を撃ち合うことを止めなかった。滅亡の危機に瀕しているこの世界でもきっと同じことが言えるのだろう。

 この軍事クーデターもキョウスケには愚挙の極みとしか思えなかった。国内にBETAの本拠地 ── ハイヴがあるというのに、背中を向けて身内同士で撃ち合っているのだ。クーデター中にBETAの侵攻を許せば、寝首をかかれるとか言う以前の問題だった。

 クーデターに高度な政治的判断が伴っているとしても、この世界に来て日が浅いキョウスケには詳しい事情はよく分からなかった。

 

「副司令!」

 

 夕呼直近で作業していた金髪のオペレーターが声を上げた。

 

「何かしらピアティフ中尉?」

「クーデター部隊の声明が放送されるようです。繋ぎますか?」

「……そうしてちょうだい」

「メインスクリーンに表示します!」

 

 ピアティフと呼ばれたオペレーターが機材を操作すると、真正面に設置された巨大スクリーンに1人の男の姿が表示された。

 眼鏡をかけた青年だった。当然、キョウスケに見覚えはない。

 

『── 親愛なる国民の皆様、私は帝国本土防衛軍、帝都守備連隊所属……沙霧 尚哉大尉であります』

「……この人がクーデターの首謀者……なんだ、何処かで見た覚えが……?」

 

 武の声がキョウスケの耳に届く。しかし武の独り言に付き合う余裕は誰にもなく、司令室内の全員の視線が沙霧と名乗った男に向けられていた。

 

『皆さまもよくご存じの通り、我が帝国は今や人類の存亡をかけた侵略者との戦いの最前線となっており、殿下と国民の皆様を……ひいては人類社会を守護すべく、前線にて我が輩は日夜生命をとして戦っています。

 しかしながら政府および帝国軍は、その責務を十分に果たしてきたと言えるでしょうか? 将軍殿下のご尊名において遂行された軍の作戦の多くが、実は政府や軍の効率や安全のみが優先され、本来守るべき国民を蔑ろにしているのです。

 ── しかも国政を欲しいままにする奸臣どもは、その事実を殿下にお伝えしていないのです!』

 

 キョウスケが知っているだけでも、この世界の日本の政治体制は元の世界のそれと大分違っていた。

 将軍 ── すなわち征威大将軍はこの世界の日本における、政務と軍の指揮系統のトップに位置しているはずだ。沙霧の言葉を信じるなら、現内閣は将軍をお飾りとみなし、統帥権干犯が繰り返されていることになる。

 

『このままでは殿下の御心と国民は分断され、遠からず日本は滅びてしまうと断言せざるを得ない。超党派勉強会である『戦略研究会』に集った我々憂国の烈士は、本日、この国の先行きを正すために決起いたしました。

 我々は殿下や国民の皆様に仇なす物ではありません。我々が討つべきは日本を蝕む国賊 ── 亡国の徒を滅するのみであります!!』

 

 沙霧の熱弁に指令室内がざわめきだす。

 

「……もういいわ。声明は記録しておいて、必要な作業に戻ってちょうだい」

「了解!」

 

 夕呼の指示にピアティフが従い、メインスクリーンには帝都周辺と思われる戦域マップが表示された。

 帝都城周囲を青い光点 ── 友軍機が取り囲み、さらにその周りにさらに数の多い赤い光点が居座っていた。さらに帝都周辺の主要な軍事施設が幾つも陥落している。クーデター部隊は帝都城を除く多くの軍事施設を手中に収めていた。

 この日のために周到に準備され、それらが息つく暇も与えぬ電撃作戦でやられる様が目に見えるようだった。

 猛攻の中で将軍のいる帝都城が落ちていないのは、直属部隊の斯衛軍の力によるものなのか、それともクーデター軍の意図する所なのかキョウスケには判別が難しい。

 

「帝都では斯衛軍とクーデター軍の睨み合いが続いているわね」

 

 夕呼が考えを口にする。

 

「クーデター軍も、さすがに将軍のいらっしゃる帝都城を砲撃するような馬鹿な真似はしないだろうけど……」

「……少しの刺激で崩れるな、この均衡は……」

「そうね。火花が散れば大爆発を起こす火薬庫でも見ている気分だわ」

 

 夕呼は淡々と口を動かし、視線はメインスクリーンから微動だにさせなかった。

 

「ど、どうするんですか先生!? こんな事件、俺、知りませんよ!!」

「白銀、少し落ち着きなさい」

「で、でも……!?」

「騒いでどうにかなるならとっくにそうしているわ。完全に後手に回ってしまっている上、取ってつけたように米軍の第7艦隊が相模湾沖に展開している。まるで日本で何が起こるか知っていた(・・・・・)みたいにね」

 

 意味深な夕呼の発言。

 夕呼は続けて言った。

 

「兎に角、国連軍に正式な出動要請がかかるのも時間の問題よ。白銀は原隊に復帰、南部は伊隅たちと合流して出撃準備を整えておいて」

「え……で、でも俺訓練兵ですよ?」

「そうも言ってられない状況になるかもしれないでしょ? できることはやっておく。何事においても基本よ」

 

 ずっと背を向けたまま話していた夕呼は、そこで初めてキョウスケたちの方を振り返った。

 

「ピアティフ中尉、少しだけ席を外すわ。何か動きがあったら内線で教えてちょうだい」

「了解しました」

 

 ピアティフの返答を受けて、夕呼はキョウスケたちを連れて司令室の外へと出た。

 外の廊下も基地職員が走り回っていて騒がしかったが、それぞれが自分の仕事をこなす事に精いっぱいなのか夕呼たちに視線が向くことはなかった。

 夕呼はキョウスケたちの耳元で小声で話し始めた。

 

「……白銀、一応確認するけど、この事件はアンタの記憶にはないのよね?」

「はい。天元山の噴火はありましたけどクーデターなんて……流石にこんな大事件忘れようがないですよ」

 

 武の返事に夕呼の顔に微笑が浮かぶ。

 

「素晴らしいわ……BETAの新潟再上陸もそうだけど、この事件は確実に未来を変えているという動かぬ証拠よ。それにこの事態、捉えようによってはあたしたちにとって好都合よ」

「先生……それってどういう意味ですか……?」

「……また何かするつもりなのか……?」

 

 武とキョウスケの問いに夕呼は ──

 

「第4計画 ── オルタネイティヴ4の成果を示し、箔をつけるにはいい機会……ということよ」

 

 ── 3人以外には聞こえない内緒話の後、夕呼はキョウスケたちの肩をポンっと叩いて言う。

 

「── 2人とも、頼んだわよ」

 

 自由にできる時間がないためか、夕呼はそれ以上説明せずに司令室へと戻ってしまう。

 

「……響介さん、俺、行くよ!」

「……ああ、また後でな……」

 

 訓練兵用の校舎へと走り去る武とは反対方向 ── 特殊部隊「A-01」の専用ハンガーがある場所へとキョウスケも駆け出した。

 軍事クーデター……今度の相手はBETAではなく人間だ。運が悪ければ、血で血を洗うような殺し合いに発展してしまうだろう。

 正直なところ、まったく乗り気がしない。

 キョウスケはこの世界の戦いに極力首を突っ込みたくなかった。

 

(……並行世界に与える影響、か……もう、難しく考える必要はないのかもな……)

 

 自分はキョウスケ・ナンブという因子の集合体。

 帰るべき世界は何処にもない。

 武のようにこの世界で生き、行ったことに対し責任を取り、老いて死んでいくべきなのかもしれない。

 

(……いかんな。1人になると、色々と考えを巡らせてしまう……)

 

 今はやるべきことをやる時だ。

 集中できることを求めて、キョウスケはA-01専用ハンガーで早足で向かうのだった。

 

 

 

 

 



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第13話 彼女たちの理由 2

【5時10分 国連横浜基地 A-01専用ハンガー】

 

 A-01隊長、伊隅 みちるはハンガーにて部下たちに指示を飛ばし、その後乗機である不知火・白銀の着座調整に移っていた。

 香月 夕呼博士から知らされた帝都守備連隊による軍事クーデターの件に、みちるに少なからず不安を覚えていた。しかし彼女の所属しているのは国連軍で日本帝国軍ではない……要請もなしに鎮圧に手を出しては日本帝国への内政干渉と取られかねない。

 正直なところ、みちるは本当に動揺していた。

 伊隅 みちるは4人姉妹の次女である。彼女の下には伊隅 まりかと伊隅 あきらという妹がおり、上には伊隅 やよいという姉がいる。

 姉妹揃って帝国軍人として奉公していたが、衛士としての才能がなかった姉だけは、帝国内務省に在籍し勤務をしていた。

 

(姉さん……きっと無事よね……)

 

 内務省は政の中心である帝都内に常駐されている。余程の事がない限り、内務省職員であるやよいが帝都内から外出することはないし、そうなれば軍事クーデターに巻き込まれた可能性が非常に高い。

 

(駄目よみちる……私はA-01の隊長……その私が動揺しているのを部下たちに悟られてはいけない。上の混乱はすぐ下に伝わってしまうのだから)

 

 冷静に、冷静に不知火・白銀の着座調整を行いながら、みちるは自分に言い聞かせていた。

 姉は無事に決まっている。だから自分もできることをするだけだ、と。

 フレーム構造へと改造された不知火・白銀は、以前とは完全に別物と言っていいほど姿を変えていた。「テスラ・ドライブ」という夕呼特製の装置を搭載したことで重力と慣性制御が可能となり、これまで必要とされた肩部のカウンターウェイトすら排除され、極限まで機動性を追求した機体へと変貌していた。

 武装は左腕の内臓式3連突撃砲と試作01式電磁投射砲のみ。

 愚直なまでの高機動・射撃特化の戦術機 ── まるで南部 響介中尉のアルトアイゼンと対の位置にいる戦術機のようにも思える。黙々と着座調整を続けるみちるだったが、彼女の不安は完全に拭いきれることはなかった。

 

(できるのか、私に……いや、やらなければならないんだ……!)

 

 愛する家族を守るために。

 彼女が愛した男が守ろうとした国を守るために。

 みちるは結果を出さなければならなかった。それは愛すべき部下たちの生存確率を高めることにきっと繋がるはずだ。

 絶対に負けない。昨晩、夕呼に渡された薬を手にそう誓い、みちるは作業を続けた。

 

「……伊隅大尉」

 

 着座調整を続けるみちるに誰かが話しかけてくる。聞き覚えのある男の声だった。

 顔を上げると南部 響介が彼女を見ていた。

 

「……南部 響介中尉、只今より『A-01』に合流します」

「香月博士から話は通っている。ようこそ特殊部隊『A-01』へ。今、部下たちに召集をかけるから少し待ってくれ。出撃前に改めて紹介しておく」

「……了解です」

 

 みちるは「A-01」副隊長である速瀬 水月に内線を繋ぐと、隊員たちを専用のブリーフィングルームへ集めるように指示した。

 調整の手を一度休め、みちるは開放状態の管制ユニットから外に出る。響介は直立不動でみちるを待っていた。

 

「では行くか。ブリーフィングルームだ、場所は分かるな」

「……はっ」

 

 響介の返答は簡潔だったが、妙な間があり、みちるは彼に違和感を覚えた。

 響介の表情に変わりはない。以前と変わりない仏頂面で感情を読み取りづらいが、背負っている空気と言うか雰囲気が、妙に重苦しくなっているように感じられた。

 移動の間、A-01に関する情報の再確認や現状の説明をし、響介から返事は帰ってくるのだが何処か気の抜けているように思えて仕方ない。

 出撃準備中の兵特有の緊張感や覇気がない、とでも言えばいいのだろうか?

 模擬戦でみちるを制し、BETAの新潟再上陸で光線級BETAを全滅させた男と、同一人物とはとても思えなかった。

 そうこうする内にブリーフィングルームに到着し、みちるは響介を引き連れて中に入るのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【5時34分 A-01専用ブリーフィングルーム】

 

 A-01メンバーの自己紹介を聞いた後、

 

「……南部 響介中尉だ、本日付けで『A-01』に正式編入されることになった。改めてよろしく頼む」

 

 状況説明に使用されるスクリーンの前で、デスクから起立した隊員たちに向けて敬礼した。

 A-01の隊員数は新参者の響介を合わせて11人。中隊の規定人数が12人だから、人数が1人足りていない事になる。

 

「南部中尉、特殊任務部隊『A-01』 ── 伊隅戦乙女中隊(イスミヴァルキリーズ)にようこそ。我々は貴様を歓迎する。正式な隊員としては初の男手だからな、期待させてもらうぞ?」

「……はっ」

 

 事務的な敬礼をみちるの視線に返すと、響介は促されるまま空いているデスクに向かう。みちるの合図で隊員たちが着席したので、響介も従い椅子に座った。

 

 前回の出撃時も思ったことだが、A-01の所属衛士は皆若い女性ばかりだった。

 隊長の伊隅 みちるもおそらく響介と年齢が近く、古参ながら若手の部類に入るだろう。

 副隊長の速瀬 水月も歴戦の衛士の風格は漂わせているが、響介よりは確実に年下だろうし、涼宮 遥や宗像 美冴、風間 祷子と名乗った女性陣もそうだろう。衛士になってまだ日が浅そうな涼宮 茜や柏木 晴子ら5名は言うまでもないだろう。

 あの夕呼直属の特殊部隊にしては、熟練の衛士の数が少ない。

 裏を返せば、それだけ任務と部隊員の損耗が激しいことを意味していた。

 響介は隊員たちの名前と配置を記憶に刻み付け、彼女たちの顔を観察する。彼女たちの表情は真剣そのもので、その瞳には強い光が宿っていた。自分の生まれ故郷を守り、生き残るために戦うことに迷いなど無いに違いない。

 そして彼女たち1人1人にも戦う理由があるのだろう。

 それに比べて自分は……心が暗く沈んでいることに響介は気づく。

 

(……無心になれ……雑念は戦場で己を殺すことになる……)

 

「さて、機体の調整中にわざわざ集合してもらったのは、南部中尉の紹介を行うためだけではない。現在、判明しているクーデター軍の情報を貴様たちに伝達するためでもある」

 

 響介はひとまず、みちるの言葉に全神経を集中させることにした。

 CP将校である涼宮 遥がコンピューターを操作すると、スクリーンに見覚えのある戦域マップが表示された。中央作戦司令室で見た帝都周辺の地図だ。相変わらず帝都城周辺を固めている斯衛軍の青を、クーデター軍の赤が完全に包囲していた。

 遥にスクリーンを操作させながら、みちるは淡々と状況を説明し始める。

 

「本日12月5日未明、第一帝都東京を守備する帝都守備連隊が武装蜂起、周辺の主要軍事施設および首相官邸などの政治的要所をほぼ同時に占拠された。

 同日5時、貴様らも知っての通り、クーデター軍による犯行声明が放送された」

 

 司令室で見た、クーデターの首謀者沙霧 尚哉による演説の事だ。

 

「幸い、クーデター軍も将軍殿下には手を出すつもりはないのか帝都城は無事だ。現在は帝都城周辺を守護する斯衛軍とクーデター軍が、掘りを挟んで一触即発の睨み合い続けている。

 今の所、クーデター軍が動く気配はないとの報告が城内省から送られてきている。奴らも将軍殿下の恩赦を受けることに必死だろうからな、そう易々とは手を出せんだろう」

 

 城内省とは、将軍家の一切を取り仕切っている省庁のことだ。

 その特性上、将軍の住居の役割も果たしている帝都城内部に設置されていた。城内省から帝国軍各所に送られている情報ならば確度は高いだろう。

 

「だが、城内省から送られてきたもう一つの情報は最悪の物だ」

 

 みちるの表情が険しく、声が重くなるのが分かった。

 

「クーデター軍の首謀者、沙霧 尚哉によって、榊首相を含めた政府高官ら数名が粛清と称され殺害された」

「何ですって……!?」

「酷い……ッ!」

 

 速瀬や茜の声に始まり、ブリーフィングルーム内が色めき立つ。

 日本の政治の実質的最高責任者が殺害された。沙霧は政府を奸臣、亡国の徒と罵しっていたが、まさかそこまでするとは響介も想像できなかった。

 

「クーデター軍の鎮圧に国連軍の出撃要請がかかるのは時間の問題だ。我々A-01にも香月副司令から正式な命令がそう遠くない内に出されるだろう。

 機体も新OSに換装し終えたばかりだからな、まだ時間がある間にしっかりと調整を終えておけ。命令が下り次第、私から貴様らに再び召集をかける。

 私からは以上だ。解散!」

 

 凛としたみちるの声が、粟立っていた室内の空気を引き締める。

 みちるが不確かな情報を伝達するとは思えないため、首相殺害の悲報は信用できる筋から得た確かなものなのだろう。

 実質的な政治のトップの死。悲報には違いない。しかしキョウスケたちがこの場で騒いだり、互いに推論を口にし合っていても解決の糸口が見つかるはずもなかった。

 みちるの言うように、出撃の可能性が高まっている以上、戦術機の調整に時間を費やすのが賢明だ。

 新OSに換装したてのA-01各員は当然だが、中でもキョウスケこそ調整に時間を使うべきなのは言うまでもなかった。

 

(……今回の出撃……俺はアルトは使えない……)

 

 昨晩の夕呼の言葉が蘇る。

 

【── 同じことが起こらないという保証は誰にもできない ──】

 

 今のアルトアイゼンにキョウスケが乗るという組み見合わせ……それが何を引き起こすのか、それとも何も起こらないのか、夕呼にもキョウスケ自身にも分からなかった。

 BETAの新潟再上陸で起きた転移が、再び発生する可能性もあった。次に転移が起きた時、飛ばされてくるのが【残骸】だけとは限らない。異世界の敵を武の世界に引き込んでしまう可能性は無きにしもあらずだった。

 そして、誰も転移だけで済むとは保証できない。

 想像もできない恐ろしい出来事を、因子集合体であるキョウスケと今のアルトアイゼンは引き起こすリスクを孕んでいた。

 

(……そんな理屈、信じたくはないが……)

 

 事がキョウスケ1人の問題で留まらない以上、夕呼に手配された撃震を使うしかない。幸い、新OSの恩恵で新兵よりは戦術機を上手く扱うことはできそうだった。

 

「ちょっと南部、呆けてる場合じゃないわよ」

 

 気付くと、先にデスクから立った速瀬 水月がキョウスケに声を掛けてきた。A-01の副隊長にして先任中尉の速瀬の役割(ポジション)突撃前衛(ストームバンガード) ── キョウスケと彼女の得意分野は非常に似通っていて、敵の先鋒を共に肩を並べて迎え撃つ可能性が高い。

 

「さっさと着座調整終わらせるわよ。やっと、代えの不知火が届いたんだから」

「……そうだな」

「? 南部、あんた少し雰囲気変わった?」

「……気のせいだろう」

 

 暗いキョウスケの声に速瀬は首を傾げたが、それ以上の追及はしなかった。

 戦術機による近接格闘戦のエキスパートに2度目の操縦でどこまで迫れるか……それよりもキョウスケは、この世界の人間と撃ち合うことに現実味が出てきたことに憂鬱さすら覚える。

 生き残るために銃を取り、撃ち合う。

 それは武の世界で生き、元の世界に戻れないことを認めてしまうことのような気がしてならなかった ──……

 



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暗躍する影 2

【6時51分 国連横浜基地 中央作戦司令室周辺の一室】

 

 沙霧 直哉による演説からしばらく経った頃。

 香月 夕呼は人払いさせた部屋で、

 

「── 鎧衣、これは一体どういうことかしら?」

「おぉ、怖い怖い。そう睨まないで欲しいですな、香月博士」

 

 1人の男と対面していた。

 夕呼に鎧衣(よろい)と呼ばれた男は華麗に着こなしたスーツの上から、薄い茶色のコートを羽織り、帽子を目深に被っている。

 喧騒を極める中央作戦司令室とは異なり、夕呼たちのいる部屋は完全防音のため、その騒がしさは伝わってこない。腰かける椅子とデスク以外に何もない代わりに、盗聴や盗撮の類の機材も仕掛けられないセキュリティレベルの高い部屋だった。

 鎧衣は壁に背を預けたまま、飄々とした態度で語り出した。

 

「こう見えて、私も何かと忙しい身でしてね。香月博士のような見目麗しい女性とは、もっとゆっくりと過ごし語り合いたいところなのですが、いやはや、この後も予定が立て込んでいましてな」

「御託はいいわ。こっちも時間がないの。要点だけ教えてちょうだい」

「お互い忙しい身、という訳ですな。いいでしょう。私は私の役割を果たすとしましょう ──」

 

 鎧衣は帽子のつばを弾き、夕呼の顔を直視した。つばで隠れていた鎧衣の真剣な眼差しが露わになる。

 

「── 奴ら(・・)が、動き出しました」

「奴ら……そう、やっぱりね」

 

 夕呼のため息が静かな室内に木霊した。

 

「そう、奴らです。と言いましても、クーデターを起こした本土防衛軍の沙霧 尚哉大尉のことではありませんよ?」

「分かってるわよ」

 

 鎧衣の言う奴らと、夕呼が想像している奴らは、同一のものと考えて良さそうだ。

 

「でしょうな。流石はその若さでオルタネイティヴ4を任される才媛、と言ったところですかな」

「茶化さないで」

「これは失礼。ついつい、性分ですかな」

 

 キザっぽい口ぶりで、鎧衣は話し続ける。

 

「この軍事クーデターは妙だと言わざるを得ない。表向きは戦略研究会が憂国の志を持って決起したように確かに見えますが、裏ではドサクサに紛れて某国が介入しやすいよう周到に準備されていた」

「某国ねぇ ── この際はっきり言いなさいよ。その国は相模湾沖に第7艦隊を展開させてて、極東での復権を熱望して裏で糸を引いているって」

 

 相模湾沖には米国の第7艦隊が、既に展開を完了させて停留していた。軍事演習を名目に、朝の6時から臨戦態勢で待ち構えている。

 朝一番で訓練が行われることもあるだろう。極東の絶対防衛線としての役割を持つ日本近海で、訓練が行われることにも確かに意味はあるだろう。

 しかしタイミングが絶妙過ぎた。まるで、なにか(・・・)が起こるのを待っていたとしか思えない。

 

「沙霧たちはね、奴らに利用されたのですよ」

 

 鎧衣が囁くように呟いた。

 

「クーデターのシナリオの根幹は、某国の諜報機関と奴らが用意したものでしょう。

 極東の防衛線を手薄にするわけにはいかない。問題の早期解決が望まれる以上、某国は問題解決のために干渉をしてくるでしょうな」

「事態はもう動いてる。既に国連事務次官が、増援部隊の受け入れを要請してきたわ。ま、正式な手続きを踏んでから出直して来いって付き返してやったけどね」

 

 国連事務次官 ── 武と同じ207訓練小隊の珠瀬 壬姫の実父、珠瀬 玄丞斎のことだ。

 

「事務次官に対してずいぶんと勇ましい。ここにきて順調という訳ですか……オルタネイティヴ計画は? だとすれば、私の雇い主(・・・)も喜ぶことでしょう」

「……ふんっ、どの道、介入を完全に防ぎ切る手立てはないわ。横浜基地が米軍を受け入れざる得なくなるのも時間の問題ね」

 

 奴らがこのクーデターをシナリオ通りに動かそうとするなら、介入までに無駄な時間を費やそうとはしない筈だった。

 正式な手続きを踏め ── その夕呼の要求も当然想定されていて、準備を整えていると考えた方がいい。

 

「でしょうな。ですが香月博士、お気を付けを。既に日本国内に侵入しているはずですよ……奴らの狗 ── 【暗躍する影】は行動を開始している」

 

 鎧衣の言葉に夕呼は息を飲んだ。

 

「これから何かが起こるとすれば、その近くには必ずその輩がいる筈です。これから介入してくる某国の兵士にすら、なんらかの仕込みをしている可能性まである。それも非人道的な、ね」

「……非人道的か。馬鹿馬鹿しい。友軍に無通知でG弾を落とす(・・・・・・)ような連中に、人道を解くなんて無理な話よ」

 

 夕呼の表情に不快感が露わになる。

 G弾の無通知投下 ── それは、1999年に行われた明星作戦(オペレーション・ルシファー)で行われた。それまでハイヴ攻略作戦は悉く失敗しており、明星作戦もその例に漏れず人類側の劣勢であったが、米軍の投下した2発のG弾によって形成を逆転し横浜は日本の手に奪還された。

 G弾があったからこそ、今の国連横浜基地があると言っても過言ではない。

 しかし同時に、ハイヴすら攻略可能にする超強力な爆弾に、何も知らされていない一般将兵が多数巻き込まれ消えていったことも事実だった。

 

「まったく、我が雇い主が頭を痛めそうな言葉ですな、はっはっはっ」

 

 鎧衣は帽子を目深にかぶり、夕呼の言葉を躱して続けた。

 

「兎も角、奴らの狗にはお気をつけを」

 

 鎧衣の忠告に夕呼の眉尻が下がる。

 

「何処に潜んでいるか分かりませんからな。ご自身の安全もそうですが、特に将軍殿下の周辺には気を配った方がよいでしょう」

「なによそれ、アンタに言われる筋合いないわよ」

「いえいえ、我が雇い主からの伝言ですよ」

 

 鎧衣 左近 ── 彼は帝国情報省外務二課の課長をしている男だ。

 所属してい組織を考慮すれば、彼の言う雇い主とは情報省の偉い手であったり、突き詰めれば将軍殿下であったりするのだろうが、夕呼はそれ以外に彼の協力を必要としている人物を1人知っていた。

 

「そう……アンタの雇い主、そろそろ目を付けられても不思議じゃないわね。前々から伝えていたこと早く実行に移した方がいいのかも……拘束されてからじゃ動きようがないわ」

「確かに、そうかもしれませんな」

 

 夕呼の提案に鎧衣は首を縦に振った。

 

「ではでは、香月博士、私はこれにて失礼しますよ。博士に頼まれた例の件もありますし」

「頼んだ件をきっちりこなしてくれるのはありがたいことね。それとアンタの雇い主 ── G・Bにも伝言をお願い。大切な娘ともども早くこちらに来るように、とね」

 

 G・Bというの名の人物が、情報省外での鎧衣の雇い主の名前らしい。

 

「はっはっはっ、この鎧衣、女性からの頼みごとは無下にできない性質でしてね。喜んで承りましょう ── G・Jの力も借り、その旨、我が雇い主に必ずお伝えすることを約束します」

「よろしく頼んだわよ」

 

 夕呼は鎧衣と別れ、中央作戦司令室へと戻った。

 その数分後、国連安全保障理事会の承認が正式に下りたことが事務次官より伝令され、横浜基地は米軍の受け入れ態勢を整える羽目になるのだった ──……

 



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第13話 彼女たちの理由 3

【7時14分 国連横浜基地 A-01専用ハンガー】 

 

 A-01専用のハンガーにも、他の戦術機ハンガーと同じく、喧騒という名の空気が漂っていた。

 

 整備兵が機材をもって駆け抜け、強化装備を着込んだ衛士は戦術機との調整作業にせわしなく手を動かし、怒号にも似た大声のキャッチボールがハンガーでは行われている。

 誰も彼もに緊張感が奔っていた。 

 それもそのはず。

 時刻にして0700 ── 国連安全保障理事会の正式な承認がなされ、横浜基地への米軍の受け入れが決定していた。

 クーデターの声明発表が0500。米軍の受け入れ決定が0700。2時間という短時間での受け入れ決定、相模湾沖に展開している米軍第7艦隊……きな臭い何かを横浜基地の誰もが感じていた。

 あとは日本政府が国連軍の助力を認めれば、現在の横浜基地は米軍の受け入れだけでなく、保有している自前の戦力を出さざるを得ない状況に追い込まれている。

 中央司令室が作戦を決定すれば、いずれA-01以外の部隊にも出撃命令が下るだろう。対人戦が目前に迫っているというストレスからか、ハンガーにいる隊員たちは険しい表情を崩せない。

 

(…………どうにも、踊らされる感が拭いきれんな……)

 

 迅速すぎる米軍の受け入れが、用意周到に決められたシナリオを見ているような気がしてならない。裏で手引きしている何者かがいる……直感的にキョウスケは理解していた。

 既に着座調整を終えた撃震の前で、キョウスケは腕を組み佇んでいる。

 UNブルーに塗装された撃震は、今回、キョウスケが乗ることになる戦術機だ。夕呼から支給された撃震は、不知火・白銀を改造する際のテスト機として建造された機体だった。量産されている撃震と耐久力や機動性の差は特になく、周囲に格納されている不知火に比べて性能は格段に落ちる。 

 不知火ばかりのハンガー内に激震が1機だけ紛れているので嫌でも目立った。それに先日大破した速瀬の不知火の代替え機が、既に手配されいることから考えても、夕呼直属の特殊部隊「A-01」は採算度外視の優遇を受けているのが分かる。

 

「あら南部、着座調整はもういいの?」

「……速瀬中尉か」

 

 衛士強化装備に着替えた速瀬 水月の声が、機械音で騒がしいハンガー内で聞こえてきた。

 キョウスケは速瀬の体を直視できず、目を逸らして返事をした。衛士強化装備はそういうモノだと分かっていたが、どうにも、すぐに見慣れるものでもない。

 

「……何か用か?」

「何か用か? じゃないわよ。先任衛士様が期待の新人の様子を見に来てやったのに、ずいぶんとご挨拶じゃない」

「……そうか。すまない」

「……ったく、今日はこの前よりさらに調子狂うわね。南部さぁ、何かあったの?」

 

 沈んだ様子のキョウスケに、速瀬はため息交じりに尋ねてきた。

 速瀬の質問にキョウスケは答えることができなかった。いや、説明すること自体は簡単だったが、言ったところでこの世界の人間には理解できない話だったし、速瀬に伝えるべきかどうかを判断するのはキョウスケの役目ではない。

 必要だと判断すれば、夕呼が「A-01」のメンバーにキョウスケを秘密を伝達することだろう。

 

「……ま、愛想の良い南部なんて逆に気味悪いから、別にいいけどね」

 

 無言のままのキョウスケに速瀬は言った。

 キョウスケ・ナンブは寡黙な男だった。遠い昔のことのようにそう思えた。

 速瀬はキョウスケに声をかけ続ける。

 

「そうそう、話は変わるんだけど、この子たちが南部と話がしたいみたい。今、時間大丈夫かしら?」

 

 速瀬の背後には、「A-01」の少女たちが並んでキョウスケを見ていた。

 ブリーフィングルームでの自己紹介を思い出す。

 活発そうな栗毛の少女 ── 涼宮 茜と黒髪ショートカットの柏木 晴子、加えて築地 多恵に高原 ひかる、麻倉 舞の5人がキョウスケを興味津々な10個の瞳を向けてきていた。

 いつ「A-01」に出撃要請が下るか分からないが、それまではキョウスケに時間は残っている。着座調整が終わり、機体の前で手持ちぶさたにしているのだから、速瀬も様子を見計らって声を掛けたように思えた。

 

「……話? 俺にか……?」

「前に言ったでしょ? みんな、南部のことが気になっているのよ。特にうちに配属されて間もない新兵のあの子たちにとって、光線級吶喊(レーザーヤークト)をこなした南部は英雄みたいに見えるのでしょうね」

「……そういうものか……?」

 

 光線級吶喊を遂行できたのはアルトアイゼンの性能があってこそだ。

 激震に乗らざるを得ない今のキョウスケでは、光線級吶喊など夢のまた夢……戦術機の操縦技術も熟達していないため、不可能の3文字で切って捨てられそうである。

 

「あの時、MLRS砲撃が早まっていなかったら、多分……うちにも死傷者が出ていたわ。南部は間接的にあの子たちの命を助けたようなものなのよ。少なくとも、あの子たちはそう思っている」

「……そうか」

「ったく、辛気臭いわねェ! たまには若い娘と話して、若いエキスでも吸い取ってきなさいな!」

 

 おっさんか、こいつは。というか、速瀬もキョウスケよりは年下だろうに。

 キョウスケの心の突っこみを余所に、速瀬は彼の背を叩いて「A-01」の少女たちの方へと送り出す。

 キラキラな5人分の眼光が、キョウスケの肌にチクチクと刺さってきた。

 

「南部中尉に敬礼!」

 

 涼宮 茜の声で従い他の4人がキョウスケに敬礼をポーズを向けてきた。

 キョウスケも同様に返し、全員が敬礼を解く。

 

「貴重なお時間をいただきありがとうございます! 私は涼宮 茜と言います。階級は少尉で、今期から『A-01』に配属となりました」

「同じく、柏木 晴子少尉です」

「築地 多恵少尉です」「高原 ひかる少尉です」「麻倉 舞少尉です」

 

 茜は元気の良く、柏木はクールな印象を受ける。高原らは個性の薄い3人組と言った感じで、自己紹介の声が重なったりして仲が良いのか、思考パターンと行動パターンが同じなのか分からない。

 

「……南部 響介中尉だ……まぁ、楽にしてくれ」

 

 南部 響介。自分でその名を口にすると胸が痛んだ。まるで自分で自分を否定しているような、そんな感覚。

 

「……それで、俺に話とは……?」

 

 しかしそれと彼女たちは関係ない。

 キョウスケは茜達の話を聞くことにした。

 

「は、はい、先日のBETA新潟再上陸であれだけの戦果を挙げた南部中尉は、一体どのような方なのか気になってしまいまして」

 

 5人を代表してか茜が答えた。

 

「私たちも戦闘に参加していましたが……その、なんていうか、生き残るのが精いっぱいだったといか……その……」

「この子、南部中尉に憧れてるんですよ?」

「ふぁっ!? ちょ、ちょっと晴子! 急に何を言い出すのよ!?」

 

 突然、柏木が話に割って入り、口ごもっていた茜が赤面しながら叫んでいた。

 

「ち、違いますよ!? いや、違わないんだけれども?!」

「……どっちだ……?」

「この子、速瀬中尉のような突撃前衛(ストーム・バンガード)に憧れているんですよ。だから同じ配置だった南部中尉の操縦テクにもうメロメロって訳でして」

「……そっちか……」

 

 どっちなら良かったんだよ? 自分の言葉に内心突っこみながらも、もうっ晴子はちょっと黙っててよ、と茜が怒る光景に微笑ましいものを感じていた。

 

「……しかし、俺の戦い方はあまり参考にならんと思うぞ……」

 

 正直なところ、アルトアイゼンを使ってのキョウスケの戦法は、お世辞にも戦術機乗りにとって良い物だとは言えなかった。

 アルトアイゼンのコンセプトは圧倒的火力と加速力による一点突破、強襲殲滅である。そのために、PTとしては破格の堅牢さが要求され、並の特機なら渡り合える程のパワーも獲得していた。

 しかしはっきり言って、戦術機は脆い(・・)

 キョウスケの戦い方を戦術機で行えば出撃毎にオーバーホールが必要、最悪の場合、戦場で活動不能な状態に陥る可能性が非常に高い。戦場で動けなくなった者には、BETAに食い殺されるという悲惨な結末しか残っていない。

 

「い、今はそうかもしれません! でもいつか、参考にできるぐらいに腕を上げて見せます!」

「……そうか……まぁ、頑張れよ」

「はい!」

 

 努力するのは悪い事ではない。

 キョウスケに茜の思いを否定する気はなかった。

 

「それにしても南部中尉、あの赤カブトは何処に行ったんですか? ハンガー内に見当たりませんでしたけど」

 

 柏木がキョウスケに尋ねてきた。

 

「……赤カブト?」

 

 キョウスケの呟きに柏木が答える。

 

「あ、南部中尉の戦術機のことです。整備兵の人たちがよく口にしていたので、つい」

「他にも光線級殺しとか呼ばれてましたよ」

 

 茜が続けて言った。

 

「あと人類初の合体型戦術機で、相棒と合体すれば全長100mになるとか」「夜な夜な色が青くなるとか」「あと変身を2回残しているとか、なんとかかんとか」

「……好き勝手に吹聴されているな……」

 

 高原ら3人組の言葉に呆れるキョウスケ。

 噂には尾ひれがつくのが付き物だが、いくらなんでも非現実的すぎる。アルトアイゼンの存在が、整備兵の妄想力に火でもつけてしまったのかもしれない。

 

「それで、南部中尉の乗機はどうしたんですか?」

「……オーバーホール中でな、香月博士に預けてある……今は、臨時に回されてきたこの撃震が今は俺の乗機だ……」

 

 UNブルーに塗装された撃震を指さし、キョウスケは柏木の質問に答えた。

 オーバーホール中など真っ赤な嘘だが、本当のことを教える訳にはいかない。アルトアイゼンは横浜基地の地下格納庫に保管され、夕呼に精密検査を受けている筈だった。

 

「そうなんですか。でもそれで、良かったかもしれませんね」

 

キョウスケの撃震を見上げながら、茜が呟いた。

 

「……何故だ?」

「今回はBETAではなく対人戦が想定されています。BETAに迷彩は関係ないけど人間相手だと……なので、どこのハンガーでも目立つ色は塗装され直しています。南部中尉の機体は真っ赤で目立ちますから、それこそ真っ青になるまでUNブルーの塗料を振りまかれていたかも……」

「……そいつは嫌だな……」

「でしょう」

 

 素直なキョウスケの感想に茜は微笑みを見せた。

 キョウスケの世界で目立つ色の機体などゴマンといたが、実際問題、目立てばそれだけ見つかりやすくなり被弾率も上がる。人間は五感の中でも特に視覚に頼っている生き物だ。冷静に考えれば、戦場となる場所の迷彩カラーに毎回再塗装するのが理想なのだが、手間や緊急出動があったりと中々現実的には難しかった。

 アルトアイゼンにも一度夜間迷彩を施したことがあったが、長年の付き合いがあるキョウスケにとっては、やはりメタリックレッドのカラーリングこそがしっくりくる。

 

撃震(コイツ)は赤く塗らないのかな?」「馬鹿っ、塗りたいの!?」「えへへ、冗談だよ」

 

 高原ら3人組がなにか呟いていたが聞き流す。彼女たちの愛称は3馬鹿でいいかもしれない。

 

(……それにしても、やはり若いな……)

 

 茜たち5人を見て、改めてそう思った。

 武たちの世界は、長く続いたBETAとの戦争で人口が著しく減少している。

 年長の者たちはBETAとの戦いでどんどん死んでいく。必然的に、若い者たちが生存競争を生き残るための戦いに身を投じざるを得ない。

 

(……この娘たちは……なんのために戦っているのだろうか……?)

 

 そうせざるを得ない状況に追い込まれている。果たして、それだけなのだろうか?

 自分以上に追い込まれいると言っていいこの世界で、この少女たちは何のために戦っているのだろうか? 

 そう思ってしまった。キョウスケは。

 少女たちより年上なのに、今の自分には明確な戦う理由がない。

 戦う理由が無くても戦うこと、人を殺すことはできる。現に、自分はこれまで多くの人間い引き金を引いてきた。引き金を引けば人は死ぬ。

 

(……そうだ……信念が無くても人は殺せる…………俺は……)

 

 自分はどうするべきなのか?

 自分はなにがしたいのか?

 なんのために戦えばいいのか……キョウスケは分からなくなっていた。

 

「……? どうしたんですか、南部中尉?」

「……いや、君たちはなんのために戦っているのだろう……そう思ってな……」

 

 急に沈黙したキョウスケに声をかけた茜に、彼は不意に尋ねてしまっていた。

 

「え……BETAを全滅させて、この世界を守るために戦っているだけですけど……」

「……建前じゃない。君たちの本音が聞きたいんだ……」

 

 キョウスケの問に茜達は少し戸惑いながらも、凛とした声ではっきりと答えてきた。

 

「私はお姉ちゃんや憧れの先輩に追いつきたい。大切な人たちを守りたい、です」

「私は家族を守るために戦っています。家族がBETAの脅威に曝されないよう、奴らを全滅させてみせる」

 

 茜と柏木の答えは真っ直ぐだった。

 彼女たちは武と同じだ。大切なものを守るため、奪われないために戦っている。

 では自分はどうなのか? 自分はどうだったのか? 記憶の中身を掘り返した。

 

(……キョウスケ・ナンブは仲間を大切に思う男だった……仲間を、恋人を、大切なものを守るためにただ我武者羅に戦い続けた…………なんだ……)

 

 一緒じゃないか、武や茜たちと。

 難しく考える必要はなかった。キョウスケ・ナンブは彼女たちと同じ理由のために戦っていた。では自分はどうなのか? キョウスケ・ナンブの集合体である自分(キョウスケ)は?

 答えはまだ見つかっていなかった。

 

「宗像中尉は美しかった風景を取り戻すため」「風間少尉は音楽という人類の遺産を後世に残すため」「速瀬中尉は ──── なんでしたっけ?」

「あらら、格好良く代弁してくれるかと思ったら拍子抜けだわ」

 

 高原ら3人組に苦笑いを浮かべた後、速瀬はキョウスケを直視して発言する。

 

「遥との決着をつけるためよ、色々とね。そのためにはBETAが邪魔なの。だから倒す。どう? シンプルでいいでしょ?」

 

 速瀬の理由にキョウスケは無言のままで頷いた。

 戦う理由を、彼女たちはそれぞれに持っている。

 彼女たちの理由を聞くにつれ、キョウスケは自分がなにも持っていない、空っぽな人間なのではないか……虚無感に似たなにを内面に覚えていた。

 

「で、南部はどうなの?」

「……なにがだ……?」

「戦う理由よ。ここまで皆に聞いておいて、自分だけダンマリってのは無しでしょう」

「そうですよねー」「いつ言うの?」「今でしょ! なんちゃって」

 

 高原ら3馬鹿の小声の呟きが聞こえてきたが、鬱陶しいので無視する。

 キョウスケはまだ自分が戦う理由を見いだせていなかった。

 転移から今まで、ただ流されるままに戦ってきた。そこに信念や理由はあったのか? つい最近のことだったにも関わらず、霞がかってはっきりと思い出すことができない。

 

「……俺は ────」

「お喋りはそこまでだ、貴様たち」

 

 背後から聞こえたみちるの声に、キョウスケの声は遮られた。

 振り向くと強化装備姿のみちるが腕を組み、こちらを見ていた。特に意味はないだろう腕組みという姿勢が、一瞬だけ豊満な胸を腕で隠す動作を連想させ、キョウスケの劣情を無意味に刺激する。

 

「香月副司令からのお達しだ。米軍受け入れに伴い、帝国は横浜基地の監視を強化するだろう。包囲される前に出立し、第一帝都東京から20kmの地点に潜伏し、状況を観察せよ ── とのことだ」

 

 とうとう、出撃命令が夕呼から下った。

 国連横浜基地は国連安保理の決議を受けて米軍受け入れを承認したが、日本政府が直接米軍に協力を要請したわけではない。自国の領土に認可していない他国の軍が踏み込んでくれば、当然、好き勝手な行動をされないように警備は強化されるだろう。主権国家として当然の措置だ。

 その結果、国連横浜基地が帝国軍に包囲されるような状況に陥る可能性もあった。

 「A-01」は夕呼直下の特殊任務部隊だ。

 裏で動きこそすれ、その様子を表の者たちに悟られるわけにはいかない。

 まだ自由に動ける今の内に、基地を出て、次の指令を待つのが賢明だった。

 

「さて、貴様たち、一緒にピクニックとしゃれ込もうじゃないか」

「伊隅大尉、おやつは何円まで持参可能でしょうか?」

「好きなだけ持って行くといい。74式近接格闘長刀(バナナ)や劣化ウラン入りの高速徹甲弾(コンペイトウ)を、な」

 

 みちるの笑えない冗談に速瀬が乗っかり、隊員たちから小さな笑い声が漏れた。

 

「出発は10分後だ。いくら楽しみだからとはいえ夜更かしして遅れるなよ。遅れた奴は後で尻を百叩きだ」

「「「「「「了解ッ!!」」」」」」

 

 キョウスケも敬礼でみちるに返答し、その様子を確認した彼女は自分の機体 ──不知火・白銀のある場所へと戻って行った。

 敬礼を解いた後、速瀬がイの一番に声を発する。

 

「南部の戦う理由、聞けなくて残念だわ。この任務が終わったら聞かせてちょうだいね」

「……ああ」

「よしお前たちッ、大尉は10分とおっしゃったが5分で支度しな! 時は金なりよ!」

 

 速瀬の号令で、茜たち5人は顔色を変えて走り去っていった。

 速瀬もすぐにいなくなる。キョウスケは撃震の管制ユニットへと乗り込み、出撃の出撃の準備を始めた。

 

 ── 人間相手の戦いがもうすぐ始まる。

 



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第13話 彼女たちの理由 4

【12時19分 第一帝都東京郊外 20km付近】

 

 横浜基地から出発した「A-01」は、帝都より20km程離れた地点の渓谷に身を隠していた。

 

 かつて高速道路として機能していた道を戦術機を搭載したトレーラーで移動。キョウスケが名も知らぬインターチェンジ跡で降り、廃墟と化した村に停車、戦術機を起動させていた。

 渓谷の奥にあった廃村は崩れた家屋がそのままで、山肌の木々はなぎ倒されたまま放置されている。まるで巨大な何かに踏みつぶされたかのよう……おそらく、横浜にハイヴを建設していたBETAにより被害を受け、復興もされずに捨て置かれたのだろう。

 しかし渓谷の奥にある廃村は、「A-01」の潜伏場所として絶好だった。

 

『こちらヴァルキリー1、帝都に動きはない。香月副司令の命令があるまで待機を継続する』

 

 山肌に機体を近接させたみちる機からの情報に、隊員たちは「了解」と異口同音に返した。

 廃村はインターチェンジ跡から離れ、山間に入り込んだ位置にある。戦力の移送には高速道路が使われるだろうし、わざわざ渓谷に向かわなければ「A-01」が目視で確認されることも、おそらくレーダーに捕まることもないだろう。

 戦術機が短距離跳躍で山を飛び越えでもしない限り、滅多な事では発見されない位置だが帝都のクーデター軍が動いたとの報せは入ってきていなかった。

 いつでも動けるように主機に火は入れているが必要最小限にし、通信も最低限のものしか行わず、今も「A-01」は雌伏の時を過ごしている。

 キョウスケも管制ユニットの中で沈黙を保っていた。

 

(……俺の戦う理由……)

 

 出撃前の速瀬の問がキョウスケの胸にまだ残っていた。

 「A-01」の面々は若者が多い。速瀬ですらキョウスケより若かったが、彼女は彼女なりの戦う理由をしっかりと持っていた。女子と呼びたくなる歳の隊員たちでさえ、自分なりの戦う理由を持っていた。

 待機と言う名の静寂がキョウスケに思考を促す。

 昔のキョウスケには確固たる戦う理由があった。

 「愛する女を守るため」「大切な仲間たちを守るため」「世界の平和を守るため」……どれもキョウスケにとって重要な戦う理由だった筈だ。

 

(……いや、それはキョウスケ・ナンブの戦う理由だ……)

 

 今のキョウスケの中の戦う理由は、まるで砂漠で遭遇する蜃気楼のようにゆらゆらと揺らいでいた。

 すぐ傍に答えがあるようで、実は無いのではないか?

 答えを見失ってしまったようでいて、実は自分の中に残っているのではないか?

 分からない。

 単純な様に見えて複雑で解けないパズルのように、キョウスケの頭にかかったモヤは晴れてくれなかった。

 

(……そういえば……)

 

 キョウスケは自機の隣で待機している、みちるの不知火・白銀を見た。

 

(……伊隅大尉の戦う理由は……聞けていなかったな……)

 

 純白の塗装を施され、不知火・白銀は美しく仕上がっていたが、ここ数日で急激な改造を施されたため、搭乗者であるみちるは息つく暇がなかったに違いない。

 モノコック構造からフレーム構造への改修に加え、転移してきた【残骸】の中で唯一生きていたテスラ・ドライブの移植、さらに装甲の全廃など ── BETAの新潟再上陸時とは別の機体に仕上がっていると言っても過言ではない。

 武装は試作01式電磁投射砲に加え、左腕内臓式の3連突撃砲。背部マウントには予備の87式突撃砲が二丁と、完全に射撃特化の武装である。

 アルトアイゼンのデータにあった姿を模しているため、不知火・白銀はヴァイスリッターに非常によく似ていた。

 兎に角、ここ数日の出来事といい「A-01」の中で、みちるが最も多忙な時間を過ごしているのは間違いない。「A-01」の中で一番初めに顔と名前を覚えたにも関わらず、ここの所、まったく話していない事をキョウスケは思い出す。

 

(……訊いていいものだろうか……?)

 

 みちるに、彼女の戦う理由を。

 訊けばきっと、みちるは怒るだろう。作戦行動中に勝手な真似をするな、と。 

 みちるの言い分はいつも正しい。部隊の長として冷静で、中立な判断を下すのは当然のことだ。

 けれどキョウスケは知りたかった。

 自分の頭のモヤ ── 迷いを剥ぎ棄てるために、みちるがなにを考え、なんのために戦っているのか知りたかったのだ。

 キョウスケはみちるへの秘匿回線を開く。

 

『── 南部? 貴様、秘匿回線などとなんのつもりだ?』

 

 案の定、みちるはキョウスケを咎めてきた。

 キョウスケも遊びでやっているわけではない。

 引くわけにもいかず、意を決してキョウスケはみちるに訊く。

 

「……伊隅大尉、あなたはなんのために戦っているんだ?」

『……なんだと?』

「……あなたが戦っている理由を……良ければ、俺に教えてくれないか……?」

 

 馬鹿な質問をしているなと、キョウスケは自分でも思っていた。

 少なくとも、作戦行動中に訊く内容ではない。

 みちるの逆鱗に触れてしまったか? 恐る恐る顔を上げると、みちるは眉間に皺を寄せてキョウスケを睨みつけていた。

 

『……南部、この質問は私以外の誰かにしたか?』

「……いいや」

『ならいい。しかし間違っても新米(ヒヨコ)たちにこんな問いはするな。迷いが生じる』

 

 上官の迷いや動揺は下士官へとすぐに伝播する。それを言葉に出してしまえば尚更だった。

 

『どうにも、貴様の様子は今朝からおかしいな。なにかあったのか?』

 

 みちるの質問にキョウスケは答えることができなかった。

 

『……だんまりか? 私には質問しておいて、自分への質問には答えないとは、良いご身分だな。自分勝手と言ってもいい……南部、軍でそんな自由が許されると思っているのか?』

「……それは……」

 

 部隊は兄弟や家族のような集まりではない ── 一瞬一瞬の生死を共にする、いわば運命共同体。1人の些細なミスが部隊の全滅に繋がることもある。目的達成のために上官は部隊を統率する必要があり、部下は上官の命令に従順でなくてはならない。

 キョウスケのいたハガネやヒリュウ改でも、この原則を基本的に順守していた。上官が必要と判断したなら、部下から情報を収集することはごく普通だ。

 しかしキョウスケは答えられなかった……みちるが彼に不信感を抱くのは当然と言える。

 

『……まぁ、いい』

 

 転移 ── 一昨日の出来事を追求されると思っていたキョウスケの耳に、予想外なみちるの言葉が届いていた。

 

『貴様の身になにがあったのか私は知らん。しかしその事に関して深く追求するなと、基地の出立前に香月副司令から厳命されていてな……貴様に話すつもりがないのなら私はこれ以上訊きはしない』

「……伊隅大尉」

『誰でも話せないことを胸に1つや2つ秘めているものだ。ましてや副司令の研究に協力している貴様では尚更だろう』

 

 夕呼に冷酷な印象を持っていたキョウスケは彼女の気遣いに少々驚き、みちるは妙に実感がこもったような苦笑いを浮かべていた。

 

『それよりも、問題なのは今の貴様の精神状態だ』

 

 みちるの指摘をキョウスケは否定することができなかった。

 

『貴様も熟練の衛士なら、自分を制御する術の1つや2つ持っているだろう。だが今の貴様にはそれができていない。貴様の身に余程のことがあったに違いないとして、貴様がそれを話してくれなければ、私も適切な助言をすることはできない』

「……すまない」

『……その言葉、私には話せないという意味で受け取っていいな?』

「……ああ」

 

 キョウスケは重い呟きをみちるに返した。

 みちるが会話している自分が因子の集合体で、この世界のキョウスケ・ナンブは既に死に、転移先でオリジナルのキョウスケ・ナンブに出会ったなどと……誰に打ち明けても、性質の悪い冗談としてしか受け取られないだろう。

 救いのない夢物語だったのなら、本当にどれだけ気が楽だったか……キョウスケの気力は、沼に取られた足のようにずぶずぶと堕ちていてく。

 

『……まぁ、いい。貴様が知りたいのは私の戦う理由だったな。今の貴様の足しになるとも思えんが、気休め程度に話すとしよう』

 

 再び口を閉ざすキョウスケに、みちるは言葉を紡いでくれた。

 

『そうだな、私は……私が、私らしくあるために戦っている』

 

 キョウスケが思っていたよりも、みちるの答えは抽象的なものだった。

 

『正確には、自分の目指す理想像を最期まで貫き通す……といった所かな。衛士という役割を担い続けていれば、一足先に自由になった先人たちのように、いつか私も命を落とすときがくるだろう』

 

 銃弾飛び交う最前線で生き残り続けるのは生半なことではない。

 キョウスケの世界でもそうだった。相手が情け容赦を知らぬ化け物相手のこの世界では、もはや語るまでもないだろう。

 

『いつか地獄であの男(・・)に会えるその時に、恥じることがないよう精いっぱい全力で生きていく。それこそ私が私らしく生きていくということであり、そうすることが隣の仲間たちや家族を一秒でも長く生き延びさせる最良だと、私は信じているからだ』

 

 ハキハキとしたみちるの言葉に、キョウスケは一片の迷いも感じ取れなかった。

 自分が自分らしくあるために努力する。

 初めは抽象的だと感じたみちるの戦う理由だったが、非情にシンプルで明確で分かり易い。少なくともキョウスケはそう感じた。

 

『無論、人類の勝利や副司令の研究に貢献する、というのも私の戦う理由の1つだ』

「……あの男とは?」

『ふふ、秘密だよ。言っただろう? 誰だって言いたくないことの1つや2つ持ってる。私も女だからな、女は秘密を沢山持っているものだ』

 

 キョウスケの質問は、みちるに微笑みを浮かべてはぐらかされた。

 

『私の戦う理由はこれで終わりだ。どうだ、気が済んだか?』

「……ああ」

『南部、貴様がなにを悩んでいるのか私には分からない。私が助言できたとしても貴様の助けになるとも思えない。むしろ私の経験上、今の貴様のような悩みは、結局、自分の中で解決するしかないように思う……月並みな言葉だが、大事なのはどうするべきかよりも、貴様がどうしたいかだろう』

「……そうかもしれんな……」

『だがな南部、これだけは忘れるな ──』

 

 最期の忠告とばかりに、みちるがキョウスケに言う。

 

『── 絶対に生き残るんだ。生き残りさえすれば、ゆっくりと考える時間もできる。だから戦闘が始まったら悩むな。生き残ることだけを考えろ。いいか、これは命令だ』

「……ヴァルキリー0、了解」

『それでいい。副司令から声がかかるまで待機、気力を高めておけ。以上だ』

 

 みちる側から秘匿回線は遮断され、視界から彼女のウィンドウが消えた。

 渓谷で待機を続けている「A-01」各機の様子に変化はなく、管制ユニット内はキョウスケの息遣いと機材の駆動音だけが響いている。

 唐突なキョウスケの問に真摯に応えてくれたみちるに、キョウスケは感謝していた。

 

(……自分が自分らしくあるために戦う、か……)

 

 具体的になにを努力しているのかを、みちるは教えてくれなかった。

 自分らしく ── 言葉にするだけなら簡単だが、実行するのは中々に難しい。因子集合体である今のキョウスケには、そのハードルがさらに上がっているようにさえ感じられる。

 因子集合体である自分らしく……キョウスケはすぐに答えを出す事ができなかった。

 

(……こんな時、本物のキョウスケ・ナンブならどうするのだろうな……?)

 

 キョウスケ・ナンブが戦い続けた理由なら、今でも手に取るように思い出せる。

 愛する女と過ごす平和な世界のために、全ての人たちが笑っていられる未来のために、隣で戦っている大切な仲間たちを生かすために ── キョウスケ・ナンブは戦っていた。

 侵略者たちからそれらを守るためになら、どんな不利な状況でも立ち止まらず、分の悪い勝負にも打って出る ── キョウスケ・ナンブはそんな男だった。

 決して諦めず、仲間や愛する女を守るために戦い続ける ── キョウスケ・ナンブはそういう男だった。

 キョウスケは自分の生きてきた軌跡を思い返す。主観的でもあり客観的でもある追想が、キョウスケ・ナンブがどんな男だったのかキョウスケに思い出させた。

 だが ──

 

(……それはオリジナルのキョウスケ・ナンブであって……俺ではない……)

 

 ── 結局、問題はそこに帰結する。

 堂々巡りするキョウスケの思考を嘲笑うかのように、時間だけは無慈悲に過ぎていくのだった。

 




第13話はこれにて終了です。


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暗躍する影 3

 

【12月5日 21時40分 第一帝都東京】

 

 村田 以蔵は待っていた。

 

 沙霧 尚哉率いるクーデター軍が、帝都を占拠してから既に12時間以上が経過しているが、帝都城前の堀を挟んでの斯衛軍とのにらみ合いは依然として続いていた。

 クーデター軍の目的は将軍の殺害ではない。

 政府内の腐った政治家や惰弱な軍人の排斥こそが目的であり、その行いの正しさを将軍から勅命として賜らなければ、戦闘に勝利してもクーデター軍に未来はなかった。

 クーデター軍の誰もが、自分の正しさを信じて疑っていない。

 だから待つ。帝都のあちこちから火の手は上がっていたが銃声は聞こえない。これまでの戦闘は必要な処置だったが、将軍相手に刃を向けることは絶対にするなと、沙霧 尚哉が全軍に厳命していた。

 両軍の睨み合いは、薄氷の上に立つような危うい均衡の上に成り立っている。

 

(ふん……下らん)

 

 傭兵である村田 以蔵は、帝都城を守るため全周囲に展開している斯衛の戦術機を見て心の中で吐き捨てた。

 

(将軍なぞ何の価値もない。早く、早く斬らせろ。俺に、貴様たちを)

 

 村田は武家出身の者に与えられる最新鋭の戦術機 ── 武御雷の中にいた。村田は元々武家出身であったが、最新鋭機である武御雷をどうやって手にいれたのかは不明である。ちなみに機体の色は花嫁の結婚衣装のように純白で、月の隠れていない夜空の下では目立ってしょうがない。

 戦術的アドバンテージのない色ではあったが、村田はこの色が好きだった。切り刻んた相手の機油(オイル)で染まっていく様が、村田は堪らなく好きだったからだ。

 白の武御雷 ── 一般に高機動型と呼ばれるそれの背部には、二振りの特製近接格闘用長刀「獅子王」が収められていた。手には申し訳程度に87式突撃砲が一丁握られているだけ。

 「剣鬼」と恐れられる村田の真骨頂は斬撃戦闘にある。

 すぐにでも「獅子王」を振り回したい衝動を村田は必死に押さえていた。

 理由は単純明快。

 もうすぐ、戦闘が始まる(・・・・・・)からだ。

 あと少しでクーデター軍の歩兵からの射撃により、この均衡は破れ、斯衛軍との戦闘が開始になるはずだった。

 

(あの男が言っていたことだ……しかし遅い)

 

 最も危険な場所 ── 最前線である帝都に志願した村田だったが、出撃前にある男と秘匿通信を交わしていた。

 村田は内容を思い出す。

 

【俺の部下を2名、沙霧の部隊に既に潜り込ませてある】

【それがどうした? 俺には関係ない】

【まぁ、そう言うな。あんたは強い奴と戦いたい、俺は俺の仕事を上手くこなしたい。帝都で戦闘が再開しないと困るのはこっちも同じさ。利害は一致している。そうだろう?】

 

 村田に顔を曝さず、声も変声機で変えてあったが、通信相手が男だということだけは直感的に理解できた。

 

【歩兵が戦術機に向けて発砲 ── 要するに、俺の部下がこの均衡を破るのさ】

【ほう、それまでは俺に雌伏の時を過ごせと?】

【戦闘が始まったら、あんたは好きなだけ暴れてくれればいい。その方が俺たちも仕事がやりやすくなる、これがな】

 

 通信先の男は笑っている、村田はそう感じた。

 あまり長く通信していは沙霧に勘付かれる可能性がある。男は必要な事を言い終えたのか、村田に挨拶もせずに通信を切ってしまった。

 12時間以上も前の出来事だ。

 待っていれば戦闘は始まる。分かっていたが、村田の我慢は既に限界を迎えつつあった。

 と、その時。

 網膜投影される武御雷の視界に、不審な動きをする歩兵の姿が映った。

 携帯型の対戦車用のロケット砲を肩に担いだ男と、それに付いて行く女の兵士だった。最大望遠にしても顔は見えない。

 その男女2人組は上官らしき男に引きとめられていた。

 直後、女が懐から拳銃を抜き打ちする。上官らしき男は頭を撃ち抜かれ、脳しょうを撒き散らしながら糸が切れた人形のように倒れた。

 

「……くくく、第五計画推進派の駒、か……」

 

 村田は笑いが込み上げてくるのを押さえることができなかった。

 レコーダーに記録されていよう知ったことか。

 もうすぐ戦いが始まる。

 喜びを全身で表すように、村田は武御雷の手持ち武器を突撃砲から「獅子王」へと持ち替えた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 目の前に血だまりができ、死体が転がっている。

 

「死人に口なしとは、よく言ったものだ」

「そう邪険にするな、W15」

 

 上官らしき男を撃ち殺した女が、ロケット砲を担いだ男に言った。2人は交わした英語らしき言葉が、身に着けている自動翻訳機で日本語に訳され、周りへ響く。

 女がW15と呼んだ男の背を叩いた。

 

「さっさと任務を終わらせて戻るとしよう。戦闘に巻き込まれて死ぬのも馬鹿らしい」

「了解だ」

 

 W15と呼ばれた男は、担いだロケット砲の安全装置を外し、照準器を斯衛の戦術機へと向けた。

 男が無言でトリガーを引くと、ひし形をしたロケット弾が発射され、戦術機の胴体で大爆発を起こした。眼下からの砲撃を皮切りに、斯衛の戦術機がクーデター軍に向けて発砲を開始。

 クーデター軍がそれに応戦を開始した。

 

「き、貴様ら、自分がなにをしたのか分か ────」

 

 男女の暴挙に気付いた歩兵が咎めたが、女の放った銃弾で頭を砕かれ絶命した。

 

「さぁ、行きましょう」

「了解だ、W16」

 

 男はW16と呼んだ女性に連れられて、再び戦火が巻き起こった帝都の闇へと消えて行った ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 村田は喜びに打ち震えていた。

 

「雌伏の時は終わったのだ!!」

 

 行きがけの駄賃とばかりに、直近の斯衛の戦術機へと跳躍し一閃。

 「獅子王」の驚異的な切れ味の前に、斯衛の戦術機 ── 黒の塗装の武御雷は上下に真っ二つにされ、地面に叩きつけられて沈黙した。

 飛び散った機油(オイル)で、村田の武御雷の純白が汚れていく。

 

「チィェストオォォォォッ!!」

 

 最少戦闘単位(エレメント)を組んでいたもう1機の武御雷の銃撃を、村田は俊敏な動きで躱し肉薄、唐竹割りの如く「獅子王」を振り下ろす。

 すすっ、と振り切り村田が逆噴射制動(スラストリバース)で後退した直後、黒の武御雷は左右に割れて爆散した。

 

「そぉら、みぃぃぃっつめぇ!!」

 

 バックジャンプの勢いを維持したまま機体を捻り方向転換。

 前方に見えたクーデター軍(・・・・・・)の不知火を流れるような動きで、袈裟に斬り捨てた。

 

『き、貴様ぁ! なんのつも ───』

 

 斬り倒した不知火の相方から通信が入ったが、村田は意に介さず一刀両断にする。

 一瞬で、村田の周りには戦術機だった鉄の塊が出来上がっていた。

 

「ふふふ、愉悦愉悦」

 

 村田の顔は管制ユニットの中でぐにゃりと歪んでいた。

 

「ここを味わい尽くしたら、次は貴様らだ ── 駒木、沙霧」

 

 月光に栄える「獅子王」を手に、村田の駆る武御雷は戦場を「剣鬼」の如く駆け巡るのだった ──……

 

 

 




次回から14話です。


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第14話 伊隅ヴァルキリーズ

【22時15分 第一帝都東京郊外 20km地点】

 

 帝都での戦闘が再開されたとの一報は、山間部に潜伏していた「A-01」に激震を奔らせた。

 

『大尉、それは本当なのですか?』

『ああ、ピアティフ中尉から直接の伝令だ。城内省からの確度の高い情報と考えていいだろう』

 

 網膜上で、みちると速瀬がそんなやりとりをしているのが見えた。

 他の「A-01」の隊員たちもキョウスケの視界に投影され、複数で行うテレビ電話のように情報のやり取りがなされている。

 

『しかし何故今更? クーデター軍の連中だって、将軍殿下の勅命を賜るのが目的のはず……ならば将軍に害が及ぶ行動に出るとは思えませんが』

『もしかしたら、極度の緊張に耐えきれなかった兵がいたのかもしれないわね……』

『沙霧って奴……自分の軍も管理できてないじゃないの……!』

 

 宗像 美冴、風間 祷子、涼宮 茜が視界上で口々に意見を述べ合っていた。

 キョウスケはこの国の政治情勢がどうなっているのか、熟知している訳ではない。しかし少なくとも、横浜基地内の人間が征威大将軍に相当の敬意を払っていることは理解できていた。

 クーデター軍の声明を聞く限り、沙霧たちもそれは同様だろう。

 先に手を出せば、将軍に対する不敬と取られても致し方ない。だからこそ、12時間以上もの長時間に渡って斯衛軍とクーデター軍は睨み合いを継続していたと言うのに、ここにきて我慢の限界が来たということなのだろうか?

 入念に用意した電撃作戦で、帝国の主要軍事施設を陥落させたクーデター部隊にしては、あまりにお粗末な失態だと言わざるをえない。

 

『……で、どうするんですか? いつまでも、隠れているわけにいかなくなりましたよ?』

 

 柏木 晴子が上官たちの意見を仰いでいた。

 

 キョウスケたち「A-01」は、本日0800前、夕呼の指示を受け極秘に国連横浜基地から出撃し、帝都の校外20km付近にある山岳地帯に身を隠していた。

 キョウスケたちが出立してからすぐ ── 具体的には0823に、横浜基地は帝国軍の戦術機部隊によって包囲されてしまう。日本政府が正式に救援要請を出したわけではない以上、横浜基地が受け入れた米軍が好き勝手動くのをけん制することが目的だった。

 当然、監視されるのは米軍だけではない。

 キョウスケたち「A-01」は、横浜基地の包囲網が完成する前に脱出することで監視を逃れ、指定地点に到達し夕呼からの指令を待ち続けていた。

 いつでも動けるように戦術機の主機に火だけ入れ、極力通信も制限し、12時間以上の待機を続けた果てに入ってきた情報が帝都炎上の一報である。

 

 誰もが心穏やかではいられなかった。

 日本政府が国連軍の介入を正式に受け入れた今でさえ、帝都に最も近い位置にいる国連軍の部隊は「A-01」なのだ。

 増援にすぐ駆けつけられる目と鼻の先の距離。

 十中八九、「A-01」には帝都での戦闘に赴く任が与えられるだろう。キョウスケだけではない、他の隊員たちもそう思っていた。

 そのため ──

 

『待機だ』

 

 ── みちるの口から出た命令に、誰もが驚きの色を隠せなかった。

 

『待機って……本気ですか大尉ッ? 帝都では今まさに戦闘が行われているんですよ!?』

 

 茜がみちるの言葉に噛み付いた。

 

『落ち着け涼宮少尉。大尉のお言葉はまだ終わっていない、意見を述べるのは全部聞いてからにしなさい』

『で、でも……!』

『涼宮少尉』

『は、はい……すいませんでした』

 

 熱くなりかけた茜を速瀬が制止し、みちるの説明が続く。

 

『待機とは言ったが場所はここでではない。移動後、待機する場所は旧小田原西インターチェンジ跡だ。そこで横浜基地から出発した補給コンテナを満載した輸送車両と合流し、同地点に前線司令部(HQ)を設置、防衛線を構築する』

『小田原西……これまた随分と帝都から離れますね』

 

 速瀬の疑問に、他の隊員たちも首を縦に振り同意を示した。

 現在「A-01」が潜伏している地点でも帝都から20kmは離れているが、小田原西となると約60kmと遠く3倍以上の距離がある。

 帝都周辺に前線司令部を設営するならまだ理解できたが、何故離れた場所にわざわざ防衛線を構築するのか、キョウスケには分からなかった。「A-01」にはハガネやヒリュウ改のような特別速い足がある訳ではない。制空権をBETAに抑えられている以上、陸路から地道に進軍するしかないのだ。

 離れれば離れるだけ、帝都に戻るのに時間を喰ってしまう。これだけは避けられなかった。

 

『これは香月副司令からの命令だ。小田原西にチェックインして、バカンスが始まるのを待て……だそうだ』

『……どういうことでしょうか?』

『さぁな。例の如くNEED TO KNOWだ。しかし香月副司令のこと、意味のない地点に我々を置いておくとは思えん』

 

 速瀬の疑問に答えた後、みちるは語威を強めた。

 

『いいか貴様たち! これより我々は小田原などと辺ぴな場所に赴くが、それはその場所が激戦区の一つになると副司令が考えているからに他ならない! いいか、気合を入れろ!!』

『『『『『『『『『はっ!!』』』』』』』』』

『よし、隊規宣誓!!』

 

 みちるの号令に「A-01」の全員が答える。

 

『死力を尽くして任務にあたれ!!』

『生ある限り最善を尽くせ!!』

『決して犬死にするな!!』

 

 隊規を読み上げることで、自分がこれから戦場に赴くという実感が強くなっていく。キョウスケは相変わらずの仏頂面で、仲間たちの姿を観察していた。

 まだあどけなさが残っている少女たち……一体、この中のどれだけが生きて帰れるのだろう、いや、あるいは自分も ──

 

(……余計な事は考えるな……生き残ることだけを考えろ……)

 

 ── キョウスケは自分の心を制そうと必死になり、しかしその視線は仲間たちが動かす機体から離す事ができなかった。

 全機UNブルーで塗装された不知火に乗る「A-01」の中で、唯一機種の違うキョウスケの撃震と、純白で染め上げられたみちるの不知火・白銀が月光に照らされ一際目立って見える。

 フレーム構造に改造され、外見を模され、頭部こそ不知火の名残りが残っていたが、不知火・白銀はヴァイスリッターに非常によく似た外見を獲得していた。

 テスラ・ドライブの移植、装甲の全廃を代償に得た高機動性は、並の戦術機など歯牙にもかけぬ領域に突入している筈だ。

 改良され、さらにシャープな外見となった試作01式電磁投射砲を持ち、不知火たちを統率する姿は、まるで北欧神話に登場したヴァルキリーのようだった。

 

『よし! A-01 ── 伊隅戦乙女中隊(イスミ・ヴァルキリーズ)、これより行動を開始する!!』

『『『『『『『『『了解!!』』』』』』』』』

「……了解」

 

 状況が少しずつ動き始めていた。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第14話 伊隅ヴァルキリーズ      

 

 

 

【12月6日 1時37分 クーデター軍により占拠された厚木基地】

 

 駒木 咲代子は制圧を終えた帝都周辺の主要基地の1つ ── 厚木基地で、沙霧 尚哉の傍に立ち話しかけていた。

 

 沙霧率いるクーデター部隊の決起から約20時間が経過し、既に日付が変わり、時刻はまもなく2時を迎えようとしている。

 とっぷりと暮れた夜空の下、厚木基地は昼繁華街顔負けの灯りを煌々と灯していた。

 

「── なんと、将軍殿下が既に帝都におられないだと?」

 

 厚木基地の一室で、沙霧 尚哉は駒木 咲代子の報告を受け、眉尻を下げて唸り声を上げていた。

 クーデター軍の電撃作戦に最後まで抵抗を続けていた厚木基地を手中に収め、沙霧は部下たちに基地機能の完全掌握に全力を注がせていた。厚木基地のとある代物を、どのような状況にも対応できるよう確保するためだ。

 それが見つかるのはもはや時間の問題だが、駒木の持ってきた報せは沙霧を驚かせるには十分すぎるものだった。

 

「はっ、帝都城地下に極秘に建造されていた地下道を使い、帝都城ならびに帝都より御姿を眩まされたご様子です」

 

 咲代子の言葉に沙霧は目を瞑り、しばらく考えた後に訊いた。

 

「情報源は──?」

「……例の男(・・・)からです」

「果たして、信用してよいものか」

「同感です。ですが ──」

 

 咲代子は沙霧に具申する。

 

「── 男の情報によると、地下道をつたって各地の鎮守府や城郭に向かう動きが複数確認されているそうですが、将軍殿下はその内の1つ……箱根方面にある塔ヶ島城に伸びる地下道を使っておられるそうです」

「……何故、そこまで分かる?」

「そ、そこまでは私にも分かりかねます」

「……胡散臭いことこの上なし、だな」

 

 例の男 ── 非通知での通信を沙霧と駒場に入れてきた、顔も出自も不明の謎の人物のことだった。

 通信が入ったのは過去に一度だけ。

 しかし男の漏洩(リーク)した情報は、帝都周辺の主要軍事施設の弱点や手薄な個所を正確に、しかも明確に伝えていた。クーデター軍の電撃作戦が成功した裏には、例の男の情報が大きく貢献していたのは間違いない。そのことは疑いようがない事実として、沙霧と咲代子の記憶に刻まれている。

 

「確か第五計画の使者……などと意味不明な単語を言っていましたね」

「……だが帝都城の地下道の噂は私も子耳に挟んだことがある。あながち、真っ赤な嘘と断定することもできん」

「この情報の他にもヨロイを名乗る男から、同様の情報が漏洩されています。こちらは場所の特定まではしていませんが、私たち以外の士官にも既に知れ渡っています」

「そうか」

 

 短く答えると沙霧は目を開き、立ち上がった。

 

「どうしますか?」

「決まっている。殿下をお迎えにあがるのだ」

 

 厚木基地の一室から出て、沙霧は臨時の司令部へと移動し始める。

 

「殿下は間違いなく帝都城を脱出しておられる。ヨロイとやらに情報を漏洩させたのは、おそらく将軍殿下だろう」

「では……殿下は御身を囮に……?」

「……不甲斐ないが、殿下をお守りすべき我々が逆に助けられたようなものだ。これで我々は帝都を離れざるを得なくなった」

 

 咲代子は沙霧に付き従いながら、将軍の行動に感謝していた。

 将軍が帝都から別の場所に移動したなら、クーデター軍が帝都で戦い続ける意味は無くなる。クーデター軍の目的は将軍と民を分断する奸臣を排除することであり、無暗に身内を殺すことではなかった。無論、必要とあらば手を汚す事を厭わないのだが。

 兎に角、将軍を追跡すれば、帝都がこれ以上火に包まれることはなくなる。

 

「駒木中尉、例の物の準備は?」

「はっ、現在調整中です。しばらくすれば使えるかと」

「そうか。では殿下の居場所を確認し次第出れるようにとの伝令を」

「了解です」

 

 咲代子は簡潔に返答すると沙霧と別れ、厚木基地の格納庫へと向かった。

 




14話はその3まで続く予定です


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第14話 伊隅ヴァルキリーズ 2

【12月6日 3時36分 小田原西インターチェンジ跡】

 

 高速道路のアスファルトの上に戦術機の残骸が転がっている。

 不知火、陽炎、撃震……およそ車の交通が不可能と思われる程巨大な残骸たちが瓦礫の山を作り、それらの腰のアーマー部分には「烈士」の二文字が刻まれていた。

 

『状況終了。全員、生きているな』

「……ヴァルキリー0、問題ない」

 

 部下の生存を確認するみちるの声に、キョウスケを含む隊員たちは各々の言葉を返していた。

 横浜基地を出発した補給部隊と合流した「A-01」は、夕呼の指令に従い旧小田原西インターチェンジ跡に前線司令部を設営、防衛線を構築した。

 その防衛線が完成したのはおよそ2時間前。

 まるで完成の機を見計らったかのように、夕呼から「A-01」に通信が入ったのをキョウスケは思い出す。

 

 

【箱根に配置していた部隊が将軍殿下と接触したわ】

 

 夕呼の発言に「A-01」全員に衝撃が奔っていた。

 将軍がいる帝都城は第一帝都東京 ── 戦火の真っただ中にある。戦術機が跋扈する戦場を、誰にも気づかれずに生身で脱出できるものなのか? キョウスケの疑問はそこに集約されていた。

 加えて箱根は、キョウスケたちのいる小田原より帝都から離れている。

 発見された将軍は影武者なのでは? そう疑念を抱いたのはキョウスケだけでなかったようで、「A-01」の誰からともなく質問が上がっていたが、夕呼はそれを否定し一蹴した。

 夕呼が断言している。

 発見された将軍が本物でだという確証がある。言葉を交わさずとも「A-01」はそれを理解した。

 

【伊隅、悪いけどチェックアウトの時間よ。準備、できてるわよね?】

【願ってもないことです、副司令。── では、以降の我々の仕事は ──】

【連中を舞台に上げない事よ。舞台の幕を下ろすのは、主演じゃなく裏方だってことを思い知らせてあげないさい】

【はっ!】

 

 

 この会話の十数分後、「A-01」は帝都方面から箱根へと進撃するクーデター部隊との遭遇戦に突入した。

 結果は見ての通り ── 敗者は残骸となりアスファルトを舐めている。

 クーデター部隊は他機種混成の寄せ集めのような連中だったが、用意周到に待ち構えた「A-01」の前に叩き伏せられていた。「A-01」側の死傷者はゼロ、被弾などの損害もほぼゼロ。「A-01」全員に手配されている高性能の不知火に、武と夕呼が開発した新OSを組み込んだ結果が如実に現れていた。

 なにより、旧小田原西インターチェンジ跡に防衛線を構築できたことが、遭遇戦の勝利に大きく貢献していた。

 クーデター部隊が陸路を使って最短時間で箱根へ向かおうとするなら、「A-01」の待ち構える小田原西インターチェンジ跡を通過せざるを得ないからだ。

 仮に敵がこのルートを迂回しようとすれば、将軍を脱出させようとする国連部隊への増援は間に合わず、防衛線突破に策を練る時間を浪費しても同様の結果に終わる。

 増援の遮断。

 夕呼が小田原西インターチェンジ跡に「A-01」を配置した理由は正にそれだった。

 

(……博士は将軍が箱根に現れるのを知っていた……?)

 

 キョウスケは推測する。帝都、小田原西、箱根の位置関係は考えれば、この場所は防衛線構築に最適の場所ではあったが、虎の子の部隊を配置するには少々へんぴな地点でもある。

 勘や推測だけで「A-01」を配置するには決め手に欠ける。やはり夕呼は何らかの情報を得ていて「A-01」に命令を下したと考えるのが妥当だった。

 

(……だからと言って、俺がやることは変わらんが……)

 

 本作戦におけるキョウスケの配置は強襲前衛(ストライクバンガード)だった。

 近接戦闘を得意とするキョウスケだったが、スペック面で劣る撃震に乗っているため突撃前衛(ストームバンガード)からは外されていた。機動力の低さを補うため、87式突撃砲1丁を犠牲にして92式多目的追加装甲を装備している。また最少戦闘単位(エレメント)にばらけた際の戦力を均一化するため、相方はみちるの不知火・白銀になっていた。

 新OSの恩恵で、並のクーデター兵にキョウスケは引けを取っていない。ただし遭遇戦における撃墜数はゼロだったが……──

 

『── 敵の増援部隊を確認しました。高速道路に沿って、真っ直ぐこちらに向かっています! 数は12機!』

総員傾注(アテンション)!』

 

 ── 前線司令部(HQ)の涼宮 遥からの報告にみちるが声を張り上げた。

 

伊隅ヴァルキリーズ(われわれ)は人類を守護する剣の切っ先。いかなる任務であろうとも必ずそれを完遂する。いい機会だ、連中に香月副司令直属部隊の威信を示してやれ!』

『『『── 了解! ──』』』

「……了解」

 

 低いキョウスケの返事は、張りのある女の子たちの声に掻き消されていた。網膜にはやる気に満ちた彼女たちの表情が映し出されている。だがその新任の子たちが作った表情の下に、実戦と死への恐怖が隠れていることを見逃さない程度には、キョウスケは平静を保てていた。

 

(……戦闘に雑念は無用だ……そう、こんな時、キョウスケ・ナンブは迷ったりはしなかった……)

 

 彼女たちの戦う理由を聞いてなお、キョウスケの気力はまだ回復していなかったが、トリガーを引く覚悟だけは決めていた。

 ただ、自分が生き残るために。

 

 

 

   ●

 

 

 

 クーデター部隊の機影がレーダーに赤い光点として表示され、程なくして小田原西インターチェンジ跡に銃声が鳴り響き出す。

 

『全機散開! 各個に敵を撃破、1機も通すな!』

『『『 ── 了解! ──』』』

 

 みちるの命令を皮切りに「A-01」の不知火が次々と飛び出していった。事前に決められた相方と共に、防衛線を突破させまいとクーデター部隊に砲撃を開始する。

 クーデター部隊は元を辿れば帝都を守護する精鋭部隊のためか、新OSに換装した不知火に圧倒されず、中々にしぶとさを見せている。

 各機が応戦するさなか、キョウスケの撃震も動き回っていた。

 

「…………」

 

 網膜に投影される敵の位置情報、動向や自分の勘を頼りに、無言のまま引き金を引き続ける。87式突撃砲から徹甲弾が矢のように放たれるが、それは相手も同様で、機動性の劣る撃震では全てを回避することは難しかった。

 そう長くない間隔でキョウスケ機に被弾の衝撃が奔る。ただし銃弾は全て92式多目的追加装甲で受けているため、未だにに直撃はない。しかしクーデター部隊の不知火との単純な速さ比べで、キョウスケの撃震は完全にスペック負けしていた。

 跳躍、射撃、回避。

 円環の如くそれらが何度も繰り返される。

 前衛を張っているキョウスケの撃震。第三世代の不知火で、第一世代の撃震の撃破に手間取っている事実にしびれを切らしたのか、キョウスケ機を狙っていた不知火の1機が突出してきた。

 接近しての射撃で、キョウスケを早々に退場させるつもりらしい。

 

「…………」

 

 敵の行動を確認してコンマ数秒、キョスウケは回避行動を取らず、あえて前面に飛び出していた。

 フットペダルが跳躍ユニットに火を噴かせる。両機が接近しているため距離は一気に縮まる。クーデター部隊の不知火が反射的に発射した36mm弾を、キョウスケは92式多目的追加装甲でいなし ──

 

「……取ったぞ」

 

 ── 左腕で保持していた追加装甲を不知火に叩きつけた。

 追加装甲表面の六角形の突起が不知火の胴体部 ── 管制ユニット周辺に接触した刹那、不知火に向かって起爆、弾き飛ばす。不知火は仰向けに倒れて沈黙した。

 追加装甲に搭載された指向性爆薬が、打突で起爆し敵不知火の管制ユニットを潰していた。操縦していた衛士は即死だろう。

 

(……もう、後戻りはできんな……)

 

 残りの不知火の砲撃を追加装甲で受け流しながら、キョウスケはそんな事を考えてしまう。

 戦争は命の奪い合いだ。生き残るために引き金を引くことを咎める者は誰もいない。けれどもキョウスケは、異世界の人間を手に掛けてしまったことに、後ろめたさを覚えずにはいられなかった。

 生き残るためだ。仕方がない。そう割り切るのは簡単だ。

 ここは戦場で、自分は戦場でこそ活きる兵士だ。自分の戦う目的のために引き金を引き、奪った命の重みを背負いながら生きていく ── それが兵士だ。今先ほどキョウスケが屠った相手にも、間違いなく戦う理由は存在している筈だった。

 敵を撃つ覚悟はある。撃たれる覚悟もある。しかしキョウスケの戦う理由は、今、この期に及んでもあやふやなままだった。そんな自分が敵を殺した……その事実が妙に胸に引っかかる。

 

(……戦い方は身体に染みついている……)

 

 頭にシコリが残ったままでも、キョウスケの体は動いてくれた。敵の不知火の攻撃を躱し、時に追加装甲で受け、撃震を動かしていく。

 「A-01」の不知火の中に混じっているキョウスケの撃震 ── 他機よりも明らかにスペックの劣るため、敵にとっても絶好の的なのか、複数の機体が狙いを定めて襲ってきた。

 飛んで火に入る夏の虫だ、とキョウスケは敵の攻撃を先読みして回避 ──

 

 ── 直後、キョウスケ機を狙っていた不知火がほぼ同時に爆散した。

 

 上がる火の手に何の感慨もなく、キョスウケは突撃砲のカードリッジを交換する。

 

『いいぞ南部、その調子で敵機を引き付けてくれ』

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 キョウスケの最少戦闘単位の相方 ── みちるの声に、キョウスケは撃震に前進を再開させた。

 キョウスケ機の背後には、月の光に照らされて滞空する不知火・白銀の姿があった。

 

 

 

      ●

 

 

 

 不知火・白銀の中で、伊隅 みちるは衝撃を受けていた。

 

 みちるは不知火・白銀の常軌を逸した性能に対して、自身の衛士として常識が根底から覆されるのを身を持って体感している。

 改修された試作01式電磁投射砲の大口径弾の連射で、クーデター部隊の不知火を複数同時に撃破した ── 軽量化され取り回しやすくなり、大口径弾が連射可能となり、小口径弾は装弾数を上げ戦闘機動中も連射できるように36mm弾に変更されているが、それは些細な事でしかない。

 みちるは不知火・白銀に搭載された「テスラ・ドライブ」に感銘を受けていた。

 

(とにかく、機体が軽い。重量が軽いという問題ではない……テスラ・ドライブの重力制御とはこれ程のものなのか)

 

 不知火・白銀は改修前より軽量化されたが数字以上に軽く感じる。慣性制御機能の影響か、機動も従来の戦術機では不可能に思える動きも容易にこなし、まるで機体に羽は生えたような感覚を覚えていた。

 新OSの恩恵で、追従性も従来機の比ではない。

 もはや不知火・白銀は第三世代戦術機を超えた。第四世代戦術機と呼んでも遜色のない代物に仕上がっていると、みちるには思えた。

 

(流石は香月副司令謹製、と言ったところか)

 

 微笑を受けべながら、みちるは相方の響介機の動向を網膜に投影した。

 クーデター部隊の不知火が2機、響介の撃震に向かっている。その光景にみちるの手が動き、不知火・白銀が音もなく急加速した。

 みちると響介が取っている戦法は単純明快なモノだ。防御に徹した響介機に向かってくる敵機を、不知火・白銀が神速の一撃で墜とす ── いわゆる囮戦法というモノだった。

 

「いいぞ南部、下がれ」

『……ヴァルキリー0、了解』

 

 バックステップで攻撃を回避しつつ後退する響介機に敵機が喰いついてくる。

 不知火・白銀にステルス機能はない。敵機もこちらでレーダーで捕捉しているだろうが、響介の撃震と不知火・白銀の間は距離が離れており、すぐに支援攻撃はないと踏んでか追撃を止めない。

 不知火・白銀を上空に浮遊させたまま、みちるは網膜上で敵機をロックオン ── 迷うことなくトリガーを引いた。

 電磁投射砲内で加速された大口径弾が銃口を飛び出し、直後、不知火の胸部に穴をあけて爆散させた。

 

(では、こちらも試すとしよう)

 

 試作01式電磁投射砲には銃口が2門ある。

 1つは先ほど発射した大口径弾を撃つ銃口。もう1つは小口径弾を発射する銃口だったが、機動力重視の不知火・白銀が足を止めて連射するのはナンセンスと評した夕呼が、多くBETAに十分通用する36mm弾用の砲塔として改修していた。

 36mm弾なら戦闘機動中も機動力を落とさず銃弾をばら撒ける。

 みちるは電磁投射砲の弾種を変更し、もう1機の不知火に向けて不知火・白銀を降下させた。地上から不知火が迎撃してくるが、不知火・白銀にはかすりもしない。

 銃身の長い電磁投射砲で加速された36mm弾は、突撃砲よりも有効射程が長く、不知火・白銀が着地するより前に敵機は蜂の巣になって爆散していた。

 

「……ふぅ」

 

 あっという間に5体の敵機を撃破したみちるは一息をついた。

 不知火・白銀は速く、レスポンスも良い。その反面高い操縦技術と集中力を要求される。「テスラ・ドライブ」搭載機への搭乗が初経験のみちるにとって、不知火・白銀を自在に動かし続けるのは相当の体力を消耗する作業と言えた。

 

(早く慣れないと……)

 

 みちるは気合を入れ直すと、響介に通信を繋いだ。

 

「よし南部、次だ」

『……了解』

 

 響介の撃震が再び前進。不知火・白銀は友軍機を狙撃で援護しながら戦域を飛び回った ── 戦闘開始からおよそ3分後、動いているクーデター部隊は誰1人としていなくなるのだった。

 

 

      ●

 

 

 

【3時54分 厚木基地 作戦司令室】

 

「ぜ、全滅!? 送り込んだのは12機の不知火だぞ!! それも3分も持たずにだと!?」

 

 クーデター部隊の将校が集まる作戦司令室で、恰幅の良い髭の男が喚き散らしていた。男が憤慨しているのは、旧小田原西インターチェンジ跡に送り込んだ増援部隊が、敵部隊との接触してすぐに音信不通になったことに関してである。

 帝都を脱出した将軍が箱根に現れたとの一報を受け、クーデター部隊は戦力の大移動を画策していた。

 目的は将軍の身柄の確保。将軍の恩赦を受けなければ反逆者として処罰されるクーデター部隊にとっては、正に今後の展開を左右する重要な作戦と言える。

 しかし ──

 

「半数が白い不知火もどきにやられたらしいぞ!」

「ええぃ、国連軍部隊の戦術機は化け物か!?」

 

 ── 将軍の所在地までの陸路を確保するために送り込んだ先遣隊が、ことごとく旧小田原西インターチェンジ跡で消息を絶つことに、クーデター部隊将校たちは焦りの色を隠し切れなくなってきている。

 無様にすら見える取り見出しようを、駒木 咲代子は冷静に観察していた。

 

(……まるで見透かしたかの如く、要所である小田原に防衛線が敷かれている。将軍が箱根に現れることを知っていたかのように、だ。相手の指揮官は相当の切れ者、そして置かれているのは虎の子の精鋭部隊……といった所か)

 

 眼前の風景と切り離し、咲代子は思考する。

 

(陸路で殿下をお迎えに上がるには小田原は避けては通れない。いや、他の経路も無くは無いが、山岳地帯を越えたりと小田原経由に比べ時間の浪費が大きすぎる。お迎えが遅くなればなるほど、殿下は敵の手により我々の手が届かぬ遠くへと連れ去られてしまわれる……)

 

 迅速こそ、この作戦で要だと咲代子は理解していた。

 にも関わらず、クーデター部隊将校たちは話し合いは纏まりを欠いていた。問題は現場で起きている。司令室で怒鳴り合っているだけでは何も解決しない。

 沙霧 尚哉は熟考しているのか、目を閉じ腕を組んで椅子に腰かけていた。沙霧のことだ、この事態を解消する妙案をもうすぐ導き出すことに違いない。

 

(……ならば、自分にできることは1つだけだ)

 

 咲代子は意を決して口を開いた。

 

「沙霧大尉、ここは私が出ましょう。精鋭部隊をお貸しいただければ、小田原に展開している国連部隊を撃滅してみせます」

 

 沙霧は目を開き、咲代子を見つめてきた。

 真っ直ぐで強い眼光。咲代子は強く凛々しい沙霧の顔つきが好きだった。彼に上官以上の感情を抱いている自分に薄々気づきながらも、咲代子は自分にできる最善を進言する。

 

「それに小田原で戦闘を行えば、連中の視線は厚木より逸らされます。まもなく、厚木に配備されていた航空機発進の準備も整う……仮に私が敗れ、全滅したとしても、少なくとも私が戦っている間に連中の注意が厚木に向くことはないでしょう。

小田原に駐屯している国連部隊は脅威ですが、戦闘を放棄してまで厚木まで進行することはできない。その間に大尉は空挺作戦(エアボーン)を実行に移す事ができると愚行します」

「……駒木中尉」

「沙霧大尉、ご指示を。私の命、存分にお使いください」

 

 騒がしかった司令室を一瞬だけ静けさが支配した。

 その沈黙を破るのは、クーデター首謀者である沙霧 尚哉、ただ1人。

 

「すまんな。駒木中尉、やってくれるか?」

「はっ!」

「今は道を別にするが、殿下のご奉迎を終えた後、私と貴様の道は再び1つに交わろう。その時まで、死ぬなよ」

「お言葉ですが大尉、この駒木 咲代子、犬死するつもりなど毛頭ございません。小田原に居座る国連部隊を蹴散らし、全滅の二文字の一報を入れてみせましょう!」

「ああ、頼んだぞ」

 

 沙霧の声に咲代子は敬礼を返し、急ぎ司令室を後にした。

 ハンガーに向かって廊下を掛ける。沙霧の言葉に喜びを感じていたが、それを噛みしめる間も今は惜しい。

 自分が小田原に向かっている間に、沙霧は空挺作戦にて将軍を迎えに行くだろう。

 空挺作戦 ── 佐渡賀島にハイヴがある日本で、航空機を飛ばす事は光線級BETAに標的として認識されることを意味している。光線級BETAの射程は半径380km。これは障害物となる山岳地帯や水平線から航空機が姿を見せただけで、容易に撃墜されることを意味していた。

 一般的に航空機や爆撃機の出番は、戦術機で光線級BETAを狩りつくしてからとなる。すべての衛士に教育過程で叩き込まれる常識だった。

 逆に言えば、航空機で将軍を迎えに行くという手段は、相手の裏をかける妙手となりうる。

 しかし陸路を確保し、そこから将軍を迎えに行く方法が、最も堅実であることに疑いの余地はなかった。

 

(やるわよ咲代子、あの人のためにも私は絶対に負けられない……!)

 

 沙霧への思いを胸にしまったまま、咲代子は精鋭を連れて旧小田原西インターチェンジ跡へと向かうのだった ──……

 

 



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第14話 伊隅ヴァルキリーズ 3

【4時2分 第一帝都東京 郊外】

 

 村田 以蔵は戦場の空気を満喫していた。

 

 歩兵の発砲を契機に戦闘が再開された帝都で、村田は既に鬼神の如き戦果を上げている。

 村田はこれまでに、武家出身の一般斯衛兵が乗る武御雷を数機、その他の不知火と陽炎を多数、数は少ないがクーデター部隊の不知火まで文字通りに一刀両断していた。

 村田はクーデター部隊に属している。いわゆる味方殺しをしていることになるのだが、最少戦闘単位(エレメント)で斯衛部隊と戦闘していた部隊にのみ的を絞って一瞬で切り殺しているため、その事実は混乱を極めている他の部隊にはばれていなかった。

 そのため村田は、いけしゃあしゃあと推進剤の枯渇を理由に後退、静かに混迷を極めている帝都から姿を消すことに成功していた。

 

「ふん、この狩場もそろそろ飽きがきたな」

 

 「例の男(・・・)」が秘密裏に用意したという補給コンテナで推進剤を補給し、新たな突撃砲を確保する。背部ブレードマウントに再固定された愛刀「獅子王」は機血(オイル)にまみれていたが刃こぼれ1つ付いていなかった。

 戦術機を斬りたい。

 斬り刻みたい。

 滅茶苦茶にしたい。

 単純明快な行動理由を持つ村田が次に目を付けた場所は、通信を傍受して知った旧小田原西インターチェンジ跡だった。

 小田原を抜けた先の箱根には将軍がいるらしいが、将軍の行方はこの際どうでもいい。

 ただ、クーデター部隊の出した精鋭部隊を返り討ちにしている国連部隊が、その場所に陣取っている ── この情報だけが村田にとっては重要だった。増援経路を確保するため、クーデター部隊もさらに増援を出すだろう。

 もうすぐ、このクーデターの激戦区は帝都東京から小田原へと移ることになる。

 

「くくく、重畳重畳」

 

 管制ユニットの中で村田の顔が醜く歪む。

 補給を終えた村田は両軍が衝突するだろう小田原へと急行する。

 跳躍ユニットを噴かせて空を舞う村田の武御雷。

 純白だったはずの装甲は返り血ならぬ返り機血で赤黒く染まり、心なしか、動く筈のない武御雷の顔面がぐにゃりと歪んで見えるのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【4時4分 旧小田原西インターチェンジ跡】

 

 クーデター軍による2度の攻勢を防いだ「A-01」は、構築した防衛線に配置した補給コンテナで補給を行っていた。

 

 長方体の補給コンテナ内にはスペアの突撃砲、交換用の弾丸、近接格闘用の長刀などが収められ、コンクリートに突き立てられている。戦術機を運用する上で不可欠な推進剤を補給するためのコンテナも設置されており、防衛線には物資は十二分に用意されていた。

 キョウスケも撃ち尽くした突撃砲をスペアのそれを交換する。

 他の「A-01」の面々も生存しており、各々が必要な物資の補給を行っていた。みちるの不知火・白銀はもちろん、他の不知火も致命的なダメージは負っておらず、新任衛士である茜たちの機体も活動に支障はなさそうに見える。

 キョウスケの撃震も多目的装甲を駆使したおかげで、本体部分への被弾は避けられていた。根本的な機動力の差はどうしようもないが、武たちの開発した新OSは操作へのレスポンスは十分で、キョウスケの意図した動きを機体に十分に再現させることに成功している。

 

『この新型OS、前評判以上に使えるわね』

 

 突撃前衛を務めていた速瀬 水月が呟く。

 

『単純に機動性が増しているだけじゃなくて、今までにない複雑な機動もできる。これのおかげで帝都防衛軍の精鋭より優位に立ててるわ……ま、油断は禁物だけど』

『でも正直な所、新OSに換装が終わってて良かったです……じゃなきゃ私たち……』

 

 速瀬の言葉に茜が不安げに声を出していた。

 機体の条件が対等なら、茜達のような新任衛士と防衛軍の精鋭とでは、技量の関係から後者に分があるのは明らかだ。新OSによる機動性の向上が、その差を一時的に埋めているだけにすぎない。

 クーデター軍は「A-01」の機動性と、今までの戦術機に無い動きに戸惑い翻弄されていたが、新OSに相手が慣れてしまえば茜たちが途端に不利になるのは間違いなかった。

 

『涼宮少尉、弱気は禁物だぞ』

 

 茜の感想に指摘をしてきたのはみちるだった。

 

『た、隊長……!』

『有利、不利、双方の条件など関係ない。一度戦場に出れば、手元にある材料でどんな任務も遂行する。それが我々(プロ)の仕事だ。弱気など犬の餌にもならない、強気でいけ、強気でな』

『は、はい! 了解です!』

 

 緊張した面持ちで返事をする茜。

 

『それでいい。連中の相手は可能な限り我ら先任が引き受けるが、いざと言うときに自分の身を守るのは貴様たちだ。遠慮はいらん。本土防衛軍の精鋭だがなんだか知らないが、伊隅戦乙女中隊(イスミヴァルキリーズ)の敵ではないことをその身に教えてやれ』

『『『了解!!』』』

 

 茜以外にみちるの言葉に耳を傾けていた面々が一斉に返答する。

 

「……了解」

 

 キョウスケも小さな声で応えていた。

 こんな場所で死ぬつもりは毛頭ない。降りかかる火の子は払うだけだ。キョウスケだって死にたくはない。

 

(……例え俺がキョウスケ・ナンブ本人ではないとしても、この世界が俺の世界ではないとしても、こんな所で死ぬ理由にはならんはずだ……)

 

 慣れない戦術機。慣れない囮役。いつもの戦術を実行できれば少しは違うだろうが、戦闘をこなせばこなす程にキョウスケにストレスが貯まっていっていた。

 新OSを詰んだ撃震の追従性に文句はなかったが、せめてアルトアイゼンがあれば……そう思わずにはいられない。

 

(……よそう。無い物ねだりをしてもしょうがない、伊隅大尉も言っていたことだ)

 

 手持ちの材料で状況を打破するのがプロの仕事、彼女の言葉の正しさをキョウスケは経験から理解していた。

 ある物で何とかする。その意味では今回の防衛戦は恵まれていると言えた。キョウスケの視線はみちるの乗る不知火・白銀に向けられていた。

 

(……テスラ・ドライブ、やはり圧倒的だな)

 

 先ほどの戦闘で、不知火・白銀は八面六臂の活躍を見せていた。

 撃墜数は12機いた敵の不知火の内の実に7機。囮戦法で射程外から狙い撃つだけではなく、上空からの強襲による近接戦闘もこなし、他の不知火以上に変幻自在な動きで敵陣をかき乱していた。

 その結果、クーデター部隊を約3分という短時間で殲滅できている。

 

(……しかし……)

 

 キョウスケは視界に映るみちるの表情を見た。

 みちるの様子は普段と変わらない。キョウスケは違和感を覚えずにはいられなかった。

 

(……不知火・白銀は、改修前後で不知火とは別機種と言っていいほどに変わっている。加えてテスラ・ドライブの搭載……いくら伊隅大尉がエースだとしても、ろくな訓練期間もなしでこの変化が負担にならない筈がない……)

 

 不知火・白銀のモデルであるヴァイスリッターは、あまりに突飛な高機動性故に高い操縦技術と集中力を要する機体だった。

 結果、アルトアイゼン同様に乗りこなせる人物がほとんどおらず、事実上エクセレン・ブロウニングの専用機体となっていた。

 テスラ・ドライブの恩恵で、不知火・白銀は他の戦術機より頭1つ以上飛び抜けた高機動を獲得していたが、操縦する衛士にはその分大きな負担を強いてしまう。

 

「……大尉、機体の調子はどうです?」

 

 本当に大丈夫か? そう口が動きそうになるのを抑え、キョウスケは訊いた。

 

『機体か? 問題ない、すこぶる高調だ』

「……なら、良いのですが」

『なんだ、自分が囮役だから気になるのか? そろそろ操縦に慣れてきた頃合いだ。なんなら、これから来る敵機を全て引き受けてもいいくらいだぞ』

 

 みちるは画面上で不敵な笑みを浮かべていた。

 

(……本当に乗りこなせている? なら……別に構わんが)

 

 キョウスケの不安は単なる杞憂に過ぎないのかもしれない。キョウスケの世界にも訓練なしで新型機をすぐに乗りこなせる天才は確かにいた。みちるもその類だとすれば納得はできた。

 小田原を抜けなければ増援を送り込めない以上、クーデター部隊は必ずまた襲撃してくる。キョウスケはその時に備えて、入念に武装の確認を始める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 先ほどの響介の声掛けに、みちるは肝を冷やしていた。

 

 部下たち同じく不知火・白銀の補給と電磁投射砲のチェックを行いながらも、いつもなら感じない妙な体の重さをみちるは覚えていた。

 疲れている、体がというよりは、神経をすり減らした後に全身を襲ってくる脱力感にそれは似ている。

 

(……チッ、このじゃじゃ馬め……!)

 

 心の中で舌打ちし、不知火・白銀の操縦難度に毒づく。

 改修前は不知火の改造機程度の認識だったのに、改修後の操縦感覚は完全に別機体のそれだった。

 少しの踏込みで一気に加速し、制動も一瞬で終わる。最高速度に達するまでの時間 ── タイムラグがこれまでの従来の戦術機とは大違いで、加速減速を自在に操り、変幻自在な高機動を実現することが可能だった。

 しかしそれに比例して操縦難度が上がってくる。下手に動けば視界が目まぐるしく変わり、空中浮遊が容易なため自分の位置を見失いかねない。しかも装甲が皆無なため、被弾どころか建築物に衝突するだけで行動不能に陥りかねない。

 要するに操縦の癖が強く繊細な操縦を要求してくるが、1度でも被弾する訳にいかないため、大胆な動きで敵を翻弄する必要があるという矛盾が生まれてくる。

 先の戦闘で戦果をあげたみちるだったが、それ相応に神経をすり減らしていた。しかし弱気は禁物と忠告した手前、部下たちに疲れを気取らせるわけにはいかない。

 

(……出来れば時間が欲しい。使いこなせさえすれば、圧倒的な性能なのだから)

 

 完熟期間が必要だ……そんなみちるの願いはあっさり断たれることになる。

 前線司令部にいる「A-01」のCP将校、涼宮 遥から通信が入ってきた。

 

『伊隅大尉、クーデター部隊の増援がそちらに向かっています』

「……そう、数は?」

『およそ20機、反応からして全機不知火の精鋭部隊です』

「了解した。迎撃準備を開始する」

 

 敵が近づいてきている。おそらく数分も経過すれば、戦術機のレーダーでも捉えられる距離にまで迫ってくるだろう。

 急ぐ必要があった。

 

傾注(アテンション)! よく聞け貴様らッ、クーデター部隊の増援がこちらに向かってきている ──」

 

 みちるは「A-01」に指示を飛ばし、隊列を整え始める。

 小田原を抜けられれば、移送中の将軍の元への増援を許すことになる。将軍の奪取だけは絶対に避けねばならない最悪の事態だった。

 贅沢は言っていられない。

 結局、今ある手札を駆使してやりきるしか、みちるに道は残されていなかった。

 

 

 




次回から第15話「俺が、俺であるために」になります。


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第15話 俺が、俺であるために

【4時23分 旧小田原インターチェンジ跡】

 

 増援接近の報せを受けてから約10分後 ──

 

『── 全機、そのまま陣形を維持! 機動性を活かしてかく乱するんだ!』

 

 ── 後衛に陣取っている不知火・白銀のみちるから、「A-01」全機に指示が飛ばされた。

 遥の言っていた通り、クーデター部隊の増援は全て不知火で、数でも「A-01」のそれを上回っている。動きも良い。キョウスケの見立てでは、先ほどと同様に、クーデター部隊の中核をなす本土防衛軍の精鋭を集めてぶつけてきたようだ。

 跳躍ユニットの噴射音と銃声が辺りに吹き荒れる。

 短距離跳躍、着地、水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)……鉄の巨人たちが両軍入り乱れ、様々な機動で敵を追い詰めようと動き回っている。

 

「……来い……!」

 

 キョウスケも撃震を駆り、銃弾の中へと飛び出していく。

 多目的装甲で銃弾を弾きながら突撃砲で迎撃、時折飛んでくる120mm弾や散弾は確実に躱し、砲撃の隙をついて不知火・白銀の電磁投射砲が1機ずつ確実に敵不知火を落としていく。

 新型OSを搭載している分、機動性では「A-01」の不知火に分があり、2度目の戦闘と同じように徐々にクーデター部隊を押しつつあった。

 状況は優勢だ。この調子なら片がつくまで左程時間はかからないだろう。

 

(……だが何故だ? 嫌な予感がする……)

 

 仮にも敵は日本を守る防衛軍の精鋭たちだ。

 新型OSで不知火の機動性が格段に上昇したとはいえ、いつまでも劣勢でいることを良しとする訳がない。必ず逆襲に打って出るはずだと、経験からキョウスケは感じていた。

 キョウスケは囮役をこなしながら、クーデター部隊の動きを注意深く観察した。練度は全機高かったが、中でも特別動きの良い不知火が1機いることにすぐ気付く。

 

(……指揮官はあいつか……アルトがいれば強硬突破を図るんだがな……)

 

 頭を落とせば士気が落ち、連携は乱れる。

 指揮官を叩くことは戦場におけるセオリーではあったが、実行可能かどうかとなると話は別だ。敵の不知火の中を撃震で潜り抜け、指揮官を落とすのは流石に無謀と言えた。

 キョウスケは不知火・白銀のみちるに声をかける。

 

「……伊隅大尉、おそらくアレが敵の指揮官機です」

 

 データリンクでマーキングされた敵指揮官機の座標が共有され、それを見たみちるは答える。

 

『なるほど、確かに動きが良い。指揮官機と断定するには材料不足だが、やってみる価値はあるな。南部、引きずり出せるか?』

「……やってみます」

 

 指揮官機を墜とせれば、敵部隊に与える影響は大きい。

 キョウスケは指揮官機と思われる不知火をロックオンし、撃震の歩を進めた。敵の砲撃は全て回避、あるいは多目的装甲でいなし、射程の長い120mm徹甲弾で指揮官機に狙いを定めた ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第15話 俺が、俺であるために

 

 

 

 クーデター部隊の指揮官 ── 駒木 咲代子は、自機が撃震に狙われていることは百も承知で、機体を危険に曝していた。

 

 激震とはまだ相当な距離の開きがある。使ってくるとすれば長射程の120mm弾種か誘導ミサイルだが、来ると分かっているものに当たってやるほど咲代子はお人よしではない。

 戦闘が開始されてからこれまで、咲代子は冷静に敵の動きの観察に時間を費やしていた。

 

(この国連軍部隊、我らの戦術機と明らかに動きが違う。早い、技量が違う……そういう問題ではない……これまでの戦術機にできなかった動きをやってのけている……根本的な部分で我らの機体とは違っている……?)

 

 機動に翻弄され、咲代子率いる部隊は劣勢を強いられている。先に送られた増援部隊も国連部隊の機動性にかく乱され、立て直しが間に合わず、やられてしまったに違いなかった。

 そうでもなければ、高性能の不知火ばかりの戦場で撃震1機が残っていられる筈がない。明らかに従来機より動きの良い激震からの砲撃を回避しつつ、咲代子は考え続ける。

 動きが予測できない。つまり防衛軍で行い、体に染みついた対人用演習がアテにできない。それが自軍を劣勢に追い込んでいる要因の1つだと、咲代子は分析した。

 

「総員! 敵の動きに惑わされるな!!」

 

 咲代子は部隊員に向けて檄を飛ばした。

 

「敵の不知火は明らかに調整されている ── 演習は忘れろ! そして思い出せ! 動きの予測できない化け物との戦いこそ、我々の本領のはずだ!!」

『動きの予測できない ── BETA!?』

 

 1人の隊員の声に咲代子は合わせる。

 

「そうだ! 将軍殿下を連れ去ろうとしている逆賊どもなど最早同胞ではない! 奴らはBETAも同然だ!」

 

 将軍と国民を引き離す奸臣たち、極東での復権を望み暗躍する者たち、そのどれもが日本を滅亡の危機へと追いやる可能性のある侵略者のようなもの。ならば、BETAと何が違うと言うのか? 

 結局、自分たちの未来は自分で守り、掴んで行く必要があるのだ。

 咲代子は吠える。

 

「敵の指揮官機 ── あの白いのは私が押さえる! 総員、奮起せよ! 殿下をお迎えに上がるため、我らは必ず勝つのだ!! 憂国の烈士の意地を見せよ!!」

『『『おうっ!!』』』

 

 咲代子の部下たちの士気が、彼女の言葉に呼応して跳ね上がるのが伝わってきた。国連軍部隊の動きに翻弄され欠いていた精彩が戻ってくる。敵の動きが読み切れない、予測できない ── そんなことは、BETAとの戦いでは日常茶飯事なのだ。

 咲代子たちの本分は国土をBETAから守り抜くこと。負けられない戦いしか経験してきていない。

 

「沙霧大尉……! 見ていてください!!」

 

 咲代子は決意を新たに、これまで回避に専念させていた不知火を吶喊させる。狙いは敵の大将首 ── 改造型の白い不知火と、その進路を邪魔するように砲撃を続けてくる動きの良い撃震。

 2丁の突撃砲を手に、咲代子の不知火は36mm徹甲弾をばら撒いていく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

『な、なにっ、こいつら急に動きが……!?』

『は、早く!? いや思い切りが良く ──── ッ!?』

 

 開放回線(オープンチャンネル)を通じた速瀬と茜の声はキョウスケの耳にも届いていた。

 キョウスケも感じている。先ほどまで新OSによる機動に翻弄されていたクーデター部隊の動きに、急にキレが出始めていた。「A-01」の動きに対応しようと躍起になるのを止め、意を決して攻勢へと打って出てきているのが分かる。

 クーデター部隊は機体の地力の差を、意地と経験と技量で埋めるつもりのようだ。

 

(……やられる前にやる、そう腹を括ったか……こうなると一筋縄ではいかんな……ッ)

 

 激しくなる攻撃の中を、ロックオンしていた敵指揮官機が接近してきた。

 連続した短距離跳躍でキョウスケの射撃を回避しつつ、両手の銃口から36mm弾を撃ってくる。キョウスケも主脚によるサイドステップで射線をずらすが、二門の突撃砲はそれぞれ別の個所を狙っていて、片方を避けた先にもう一方の銃弾が飛んできた。

 

「くっ……!」

 

 回避できたのではなく、させられた。キョウスケがその事に気付いた時、撃震を銃弾の衝撃が襲っていた。

 左腕に保持した多目的装甲が削れる。120mm砲弾ではないため装甲こそ抜けなかったが、盾を装備していなければ間違いなく直撃していた。背中に奔った冷たいものを振り払うように応戦したが、キョウスケの射撃は指揮官機にいとも容易く躱される。

 距離を詰めながらの射撃が、指揮官機から向かってくる。格闘戦を仕掛けようにも、撃震では根本的な機動性が不知火と違い過ぎるため、懐へ踏み込むの容易ではなかった。

 

「……射撃は苦手なんだがな、四の五の言っていられんか……!」

 

 跳躍ユニット全開にし、高機動状態での射撃戦が指揮官機と繰り広げられる。

 しかしキョウスケの攻撃は当たらない。逆に敵の攻撃はキョウスケの生命線 ──92式多目的追加装甲の耐久度を着実に奪っていく。

 ジリ貧、そんな言葉が脳裏を掠めた瞬間、

 

『南部、下がれ!』

 

 後衛を務めていたみちるから通信が入る。

 直後、後方より電磁投射砲の大口径弾が撃震の脇を抜けて行った。味方であるキョウスケすら虚を突かれた完璧なタイミングの一撃。だがみちるにも注意を向けていたのか、敵指揮官機は首の皮1枚でそれを躱していた。

 

『そいつの相手は撃震では無理だ! 私がやる! 貴様は退がり、味方の援護に専念しろ!!』

「……くっ」

『復唱はどうした!?』

「……ヴァルキリー0、これより友軍の援護に回る……!」

 

 命令を承諾したキョウスケは逆噴射制動(スラストリバース)で撃震を後退させる。

 敵指揮官機から離れる撃震のすぐ横を不知火・白銀が猛スピードですり抜けて行った。不知火・白銀は電磁投射砲の小口径弾モード ── 36mm徹甲弾の嵐を巻き起こしながら肉薄、テスラ・ドライブがあって初めて実現する急制動・急加速を活かして、指揮官機の頭上を跳躍し背後を取ろうと動いた。

 だが敵指揮官機も相当の手練れ。

 攻撃を躱しながら、不知火・白銀が視界から消えないように立ち回り反撃をしている。いくら新OSを搭載しているとはいえ、キョウスケの撃震ではあの攻防の中に立ち入ることは難しく、下手な援護はみちるの邪魔になるだけなのは明白だった。

 キョウスケは自分を納得させて友軍の援護に向かう。

 

『── いける!』

 

 そんな時だった。意気揚々とした少女の声が耳に届いたのは。

 声の主は高原 ひかる少尉だった。

 出撃前の横浜基地で、築地 多恵と麻倉 舞の2人と行動を共にしていた少女だ。キョウスケが高原に意識を回すと、モジュールが脳電流を感知して彼女の様子を網膜上に投射した。

 画面の上の高原は荒い息を吐き出し、顔がやや紅潮している。

 

『私だってやれるんだ! この新型OSさえあれば、帝国の精鋭とでも渡り合える……!!』

 

 高原の不知火の直近に最少戦闘単位(エレメント)の相方の姿が見えない、おそらく乱戦の最中ではぐれたのだろう。高原は人間相手の戦闘で興奮し、状況認識に問題が出ているのが一目瞭然だった。

 キョウスケの脳裏にある一文字が神風の如く突き抜けて行く。

 死。

 

「……高原少尉……ッ!」

 

 高原も伊達に「A-01」に所属している訳ではない。訓練された上等の動きで敵をかき乱した。ただしジリジリと敵陣の中で孤立し始めてもいた。

 その事に高原が気づいている様子はない。

 

「……高原少尉、後退だ。そのままでは敵に飲み込まれるぞ……!」

『うわああああぁぁぁっ!!』

「……駄目だ、聞こえていないか……ッ」

 

 冷静さを欠き、目の前の敵に全神経を手中させている高原にキョウスケの声は届かない。

 このままでは、高原は間違いなく力尽き、敵の餌食となるだろう。

 経験の浅い少年兵らが戦場から戻らなくなる。別に珍しい話ではない。死の8分という言葉があるくらいに新米衛士の生存確率は低く、高原が帰らぬ人となったとしても、それはそれで有り触れた話でしかないのだ。

 敵は本土防衛軍の精鋭 ── 最少戦闘単位の相方はもちろん、他の「A-01」も自分の仕事以外に手を回す余裕はない。動けるのは、不知火・白銀から離れたキョウスケの撃震だけだった。

 

(……やれるのか? 今の俺に?)

 

 キョウスケは機体状況を確認する。

 指揮官機との戦いで推進剤は相当消耗し、直撃こそなかったが多目的装甲はデッドウェイト寸前の状態で、それを持つ左腕のダメージはイエローゾーンに突入している。

 機体コンディションはすこぶる悪い。しかも自分は戦術機に乗り始めてまだ日が浅い。やれるはずがない。助けられるはずがない。言い訳がキョウスケの頭の中を埋め尽くそうとする。

 

(……違う……)

 

 昨日、みちるに言われた言葉が蘇ってきた。

 

(……なにをすべきか、じゃない……俺はどうしたいんだ……?)

 

 キョウスケは思考時間にして1秒に満たない ── 脊髄反射のように答えを導き出していた。まるで魂に刻まれていたかのように、正答はそれしかないのだと直感する。

 

(……俺は高原少尉を助けたい……! 仲間を守りたい! そうだ……俺は ── キョウスケ・ナンブは決して仲間見捨てたりはしなかった!)

 

 例え自分が本物のキョウスケ・ナンブではないのだとしても、この感情だけは嘘ではない。

 キョウスケは跳躍ユニット全開で、撃震を敵陣の中へと突撃させた。

 

『このぉぉぉ ─── ッ!?』

 

 不意に、高原の不知火が持つ突撃砲が沈黙した。弾切れだ。マガジンを交換すれば射撃を再開できるのだろうが、その隙を見逃す敵精鋭部隊ではなかった。

 1機の敵不知火が長刀を振り上げて高原に肉薄した。

 

「させん……ッ!!」

 

 キョウスケの撃震が敵の前に躍り出る。

 敵の不知火からすればキョウスケは邪魔者以外の何者でもない。相手はたかが撃震。敵不知火は高原を仕留める前にキョウスケを屠ろうと、振り上げていた長刀をまっすぐに振り下ろしてきた。

 

「くらえっ!!」

 

 キョウスケは左腕の多目的装甲を敵の長刀に叩きつけ、手を離した。装甲表面に設置された指向性爆薬が長刀との接触で発火する。爆圧で多目的追加装甲は敵の長刀と共に吹き飛ばされた。

 多目的装甲の爆圧で敵の不知火の手が跳ね上がり、体勢がよろめく。

 キョウスケは突撃砲を投棄、空手になった撃震にブレードマウントの長刀を握らせた。長刀を固定していたボルトが炸裂し、撃震が加速がついた刀身で敵不知火を袈裟に斬って捨てる。

 不意を突かれた不知火は一刀の元に爆散した。

 

「無事か、高原少尉……!」

『な、南部中尉!? どうしてここに!?』

 

 合流したキョウスケの撃震の中に、高原の驚いた声が木霊する。

 

「見てられなかったからな。いいか高原少尉、戦場では冷静さを欠いた者から死んでいく。覚えておくんだ」

『は、はい……!』

「よし。では最少戦闘単位構成を臨時で変更する。俺が前衛、少尉が後衛だ。援護を頼むぞ?」

『ヴァルキリー9、了解!!』

 

 高原がキョウスケの声に応えた。先ほどまで絶叫していた彼女とは違う。自分のやるべき事を再認識できたのか、少し落ち着きを取り戻せていた。

 

(さて)

 

 キョウスケは撃震に長刀を構えさせ、敵を見据えた。

 敵は全て機動力が売りの第三世代戦術機の不知火だ。対してキョウスケは旧式の撃震。命綱だった多目的追加装甲も今はなく、武装は長刀が残っているのみ。撃震の装甲がいかに不知火より厚いとは言え、直撃弾に何発も耐えられるほど頑強だとは思えない。

 不利。圧倒的不利。

 しかし管制ユニットの中でキョウスケは鼻を鳴らしていた。

 

(キョウスケ・ナンブは決して諦めない男だった。それは俺も同じこと)

 

 本物のキョウスケ・ナンブだ? 偽物のキョウスケ・ナンブだ? そんなことは戦場では無意味だ。キョウスケは思い出す。戦場では最後まで立っていた者にだけ生きることが許される。

 死は当事者に何の意味も残さない。

 ここに来て、キョウスケは生き残ることを強く誓っていた。

 隣で戦う仲間のため、そして自分が何者であるのか見定めるために ──

 

「来い……どんな運命(さだめ)だろうと撃ち貫いてみせる」

『ほぅ、面白い奴がいるようだな』

 

 ── 耳に覚えのある声が聞こえてきたは、正にその時だった。

 

 唐突に、野太い男の声。

 声は通信回線から聞こえてきた。「A-01」の隊員に男は自分以外いない。声は部隊外から全周囲回線(オープンチャンネル)に乗せて運ばれてきていた。

 男の声が聞こえてしばらくして、クーデター部隊の不知火の1機が爆発する。

 何の予兆もなく、急に、クーデター部隊の精鋭の命が1つ散って消えた。

 データリンクが教えてくれる。爆炎の中から男の声は聞こえてきていた。

 

『はーはっはっはっ、雌伏の時は終わりだぁ!!』

「この声……まさか?」

 

 男の声にキョウスケは聞き覚えがあった。

 元の世界 ── 正確にはオリジナルキョウスケのいた世界で、キョウスケは声の主に会ったことがある。その男はPT用斬撃装備「シシオウブレード」を両手に携え、改造型のガーリオンで暴れ回った狂人であった。

 名を「ムラタ」。

 人格は兎も角、技量は超一流の傭兵稼業を営む男。

 爆炎を斬り払い、声の主が姿を現した。

 触れば全てを切り裂く……そんな印象を受ける鋭角なフォルムをした戦術機だった。データベースにある名称は「00式戦術歩行戦闘機 武御雷」。

 

『我が名は村田 以蔵! 俺は今この時を持って、憂国の烈士を抜ける! さぁさぁさぁ、死にたい奴からかかってこい!!』

「やはりムラタか……!」

 

 男の名乗りでキョウスケは確信した。

 キョウスケが転移する羽目になったインスペクターとの最終決戦にムラタの姿はなかった。転移に巻き込まれたとは考えにくい。既に故人だがこの世界にも「南部 響介」という男がいたように、並行世界の同一人物がいても何の不思議もない。

 「村田」はこの世界における「ムラタ」なのだ。

 村田の乗る武御雷は2本の長刀を携えている。この世界でも剣戟戦闘が得意なのは間違いなさそうだ。

 

『誰も来ぬのなら、こちらから往くぞぉ! 最初の獲物は貴様だ、そこの撃震!!』

「ちっ……!」

 

 村田の武御雷がキョウスケに向かってきた。

 速い。不知火よりも機敏な動きで間合いを詰め、長刀を振り下ろしてきた。

 キョウスケも斬撃を受け止めようと長刀を構える。

 瞬間、全身を悪寒が奔った。

 

(駄目だ! あれをまとも受けては……!)

 

 鍔迫り合いの要領で攻撃を受け止めるつもりだったキョウスケに直感が告げる。

 頭の命じるまま、キョウスケは長刀が接触した瞬間に剣先を傾け、村田の剣戟を受け流した。

 

『ほう! 我が「獅子王」の切れ味を見抜いたか! 貴様ッ、ますます面白いぞ!!』

 

 「獅子王」の名にキョウスケは寒気を覚えた。

 大量生産のなまくら長刀では、下手をすると一刀両断にされていたかもしれない。

 

『さぁ、存分に死合おうぞ!!』

 

 村田 以蔵の狂刃がキョウスケの命を刈り取らんと迫ってくる ──……

 

 

 

 



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第15話 俺が、俺であるために 2

【4時36分 旧小田原インターチェンジ跡】

 

 駒木 咲代子は後悔していた。

 

 村田 以蔵をクーデター部隊に引き入れた事を、だ。

 突如として、駒木率いる部隊と国連部隊が戦火を交える旧小田原に現れた村田 以蔵。

 村田は現れるなり駒木の部下を斬殺し、憂国の烈士を抜けると宣言した。実力があるからと実質的に村田を部隊に引き入れた咲代子は責任を感じずにはいられない。

 しかし、先ほどの離脱宣言から先の村田の動向を追う余裕は咲代子にはなかった。

 

「くっ……速すぎる……!」

 

 国連部隊の指揮官機 ── 咲代子たちが「白いの」と呼称している戦術機が、彼女の不知火の背後を取らんと迫ってくる。

 交戦している敵部隊の機動力は咲代子たちを上回っていたが、「白いの」のそれは常識外れな領域に達していた。

 腕に覚えのある咲代子が目で追い、見失わないようにするの精一杯だ。動きをけん制するための射撃も全て躱される。咲代子は驚異的な集中力で、「白いの」からの砲撃を何とか回避し続けていたが、それもいつまで持つか分からない。

 

(私は村田とは違う……!)

 

 弱気に支配されそうになる思考に咲代子は喝を入れた。

 

(私はあの人の期待に応えなければいけない! こんな所で倒れる訳にはいかないのよ……!)

 

 脳裏に沙霧の顔が浮かんで消えた。

 だが、現在進行形で視界に映っているのは彼ではなく国連部隊の「白いの」だ。「白いの」は間違いなく国連部隊の指揮官機。指揮官を倒せば敵部隊に大打撃を与えることができる。

 咲代子の置かれている状況は危機でもあり、しかし同時に好機でもあった。

 

「やってやる! 村田、貴様の始末はこいつの後だ……!」

 

 咲代子の不知火は、銃弾の応酬の中、国連の「白いの」に喰らい付いて行く ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 キョウスケの目の前に村田が立ち塞がり、彼の駆る武御雷の両手には長刀「獅子王」が握られている。

 

 「獅子王」の切っ先はキョスウケの撃震に向けられていた。

 「獅子王」 ── 響きは違うが、その名にはキョウスケも馴染みがある。

 「獅子王」は対PT用の斬撃装備として、おそらくシシオウブレードという名でキョウスケの世界に存在していた。外見は村田の物と違い純粋に巨大な日本刀。切れ味、耐久力ともにトップクラスの一品で、高価なこともあり中々手に入れにくい武装だった。

 元の世界の「ムラタ」もシシオウブレードを愛用していた。

 村田が並行世界の「ムラタ」だとして、「獅子王」の名を冠する長刀を持っていることが偶然であるとは思えない。外見は74式近接格闘長刀とさして変わらないが、その実、圧倒的な攻撃力を持っていると考えていいだろう。

 触れればクーデター部隊の不知火と同じように両断される。下手をすれば、防御に使ったこちらの長刀もろともだ。

 

『どうした! 来ぬのならこちらから往くぞ!』

 

 動けないキョウスケに痺れを切らし、村田が先に動もって肉薄してくる。

 加速を乗せた電光一閃の突き。撃震を半歩下がらせ、キョウスケは間一髪でそれを避ける。ゼンガー・ゾンボルトとも渡りあったキョウスケだ、多少の斬撃なら難なく対処することはできた。

 

(切り抜きが来る……!)

 

 キョウスケはバックジャンプで機体を退がらせる。直後、村田の「獅子王」がキョウスケの撃震のいた場所を、突きからの切り払いが空を切る。

 

『撃震ごときでその動き! やはり、貴様できるな! 久しぶりに血が滾りおるわ!』

「鬱陶しい奴だ……!」

 

 武御雷を正面に見据えたままキョウスケは呟いた。

 

「村田といったか……お前、ディバイン・クルセイダーズを覚えているか?」

『知らぬな! 我が興味と悦びは剣戟の末に飛び散る機血のみ!』

(記憶喪失……ではないか。やはり、こちら側のムラタで間違いない)

 

 尤も、村田が何者であろうとキョウスケがやることに変わりはない訳だが。

 武御雷の間合いは撃震のそれに比べ広い。下手に斬りかかれば返り討ちにある危険性が高い。後の先 ── カウンターでキョウスケは村田に相対する決意をした。

 

「高原少尉、援護を頼むぞ」

『ヴァルキリー9、了解です!』

 

 高原の了承と共に、武御雷へと36mm弾が放たれる。

 それを村田は難なく躱した。高原は散発的な援護射撃 ── それでいい、キョウスケは管制ユニットの中で満足げに頷いていた。

 元より命中するとは思っていない。射線を外しながらでは動きはかなり制限される。村田の斬撃は先ほどより読みやすくなる筈だった。

 

『見よ、我が阿修羅の舞を!!』

 

 村田の武御雷が高原の援護射撃を回避しながら接近してきた。

 足を止めたまま村田を迎え撃つのは危険すぎる。両手持ちで長刀を正面に構えさせた撃震を操作し、キョウスケは常に村田が切っ先に来るように動いた。武御雷の機動性は不知火と同等かそれ以上だ ── 相手を見失うようなことだけは、接近戦において絶対に避けねばならない。

 村田はキョウスケの思惑などお構いなしに肉薄し、「獅子王」を振り抜いてきた。シンプルだが、速く鋭い袈裟斬り。キョウスケは間一髪でそれを躱す。だが撃震に反撃の刃を振るわせる余裕はない。

 武御雷からの連続攻撃を、キョウスケは長刀で受け流し、またある時は跳躍ユニット全開で大きく距離を取り回避し続けた。常に武御雷を正面に捉え続けながら動き続ける。が、徐々に機体スペックの差が足を引っ張り始めた。

 

「く……ッ!」

 

 新OSのおかげで撃震はキョウスケの操作に従順だったが、機体の重さまではゴマしきれない。追いすがれない。薄汚れた白の武御雷が視界の中心から端へと逃げていく。

 

『いいぞッ、実に良い! 激震如きでこの俺の動きについてくるとはな! だが、これならどうだ!?』

 

 村田の怒号の後、武御雷はもはや何度目になったかも分からない最接近。巨大な弾丸と化したかのように直線的な機動で肉薄し、武御雷は真っ向唐竹割よろしく「獅子王」を振り下ろしてきた。

 軌道が読みやすく、防ぎやすい斬り下ろし ── 今更、そんな攻撃を防御できないキョウスケではなく、斬撃を長刀で受け流そうとする。

 鋭い金属音が響き、2撃目、3撃目に備えようとするキョウスケだったが、

 

「ッ!?」

 

 武御雷はこれまでのような連続攻撃をせず、跳躍ユニットを噴かせて撃震へと機体を押しつけて来た。

 鍔迫り合い。

 激震と武御雷の長刀同士が接触し、図らずもそのような体勢になってしまう。跳躍ユニットの馬力も武御雷の方が上のようで、押し込まれた撃震の主脚がアスファルトに亀裂を走らせた。

 さらに、網膜上に投影されている長刀の耐久度が目に見えて減少していく。

 

(「獅子王」と正面から斬り合っては押し切られる……!)

 

 長刀ごと両断される撃震の姿が、キョウスケの脳裏を掠めた。押し合いがこのまま続けば現実になりうる想像だったが、全重量を押し付けてきている武御雷の一撃はこれまでのように容易には流せない。

 と、その時、撃震にかかっていた負荷が急に軽くなった。

 武御雷が鍔迫り合いを止め、バックステップで撃震から1歩退いていく姿がキョウスケの網膜に飛び込んできた。

 

(なんだ? だが反撃のチャンスだ……!)

 

 主脚がめり込んでいたアスファルトを蹴り、その膂力が撃震を前に押し出す。操縦桿の命じるままに激震は長刀を振り切り ──── 切っ先は空を切っていた。

 先ほどまで真正面に捉えていた武御雷の姿が忽然と消えていた。

 

『惜しいなッ、撃震の!!』

 

 回線を通じて村田の声。敵を斬れていない、生きている。レーダーで位置を確認 ──

 

(頭上!? まさか!?)

 

 ── 武御雷は跳躍ユニットを噴かせ、斬撃に向かって飛び込み、回避して撃震を飛び越した。直後、レーダーの光点が撃震の背後へと移る。ほぼ間違いなく、キョウスケの想像通りの方法で武御雷は撃震の背後を取っていた。

 振り向き、迎撃態勢を整えなくては……しかし勢いよく前進しての斬撃の直後のため、撃震の反応が鈍い。

 

『殺ったぞ!!』

「くっ ── ッ!」

 

 振り向きざまに「獅子王」を振り上げる武御雷が視界の端に映る。武御雷の斬り下ろしの方が、撃震の防御行動よりも絶対的に速い。

 間に合わない。

 やられる ── そんな思考が反射的に浮かんだ矢先 ──

 

『中尉から離れろぉっ!!』

 

 ── 高原の声がキョウスケの鼓膜を震わせた。

 長刀に持ち替えた高原の不知火が、キョウスケを斬り捨てようとする武御雷に背後から接近しようとしている。

 村田がそれに気づいていない筈がない。

 

「高原少尉、よせ……ッ!」

『うあああああぁぁっ!!』

『雑魚が、俺の愉しみの邪魔をするな!!』

 

 旋回を完了した撃震のカメラが、武御雷に斬りかかる不知火の姿を映した。直後、不知火の両上腕部が空を舞う。武御雷の斬撃が不知火の腕を切り飛ばしていた。

 さらに武御雷は斬り上げた「獅子王」を返す刃で横に薙ぐ。斬り捨てられた腕が地面に落ちるのとほぼ同時に、高原の不知火は腰部付近で機体を上下に分断されていた。同時に上半身から何かが射出される。

 

「た、高原少尉……!」

 

 鈍い音を響かせてアスファルトに横たわった不知火の分断部。そこから高原がキョウスケの声に応えることはなく、漏れ出た推進剤に火花が引火し機体が燃え始めた。

 

『高原あぁぁっ!!』

『よくも! よくも高原を!』

 

 速瀬たち「A-01」の嘆きの声が聞こえてくる。だが自分の持ち場で精いっぱいの彼女たちは、高原の仇である村田に構わっている余裕はなかった。

 炎と煙を背景に、機血で汚れた白の武御雷がキョウスケを見ている。金属で変わる筈のない武御雷の顔面が、ぐにゃりと歪んで嗤っているように見えた。

 

「貴様……」

 

 キョウスケ・ナンブは決して仲間を見捨てたりしなかった。

 キョウスケも仲間を守るために全力を注いだ。だが自分が守ろうとした高原に、自分は絶命の危機を救われ、代わりに彼女が死んだ。

 仲間を失った得も言われぬ喪失感は、キョウスケの中でふつふつと怒りへと変わっていく。

 

「許さん!」

『来い!』

 

 後の先? カウンター? 仲間を殺されて、そんな悠長なことを言っていられるか。

 キョウスケの撃震は長刀を構え、村田の撃震へと吶喊していく。

 しかし激震の斬撃は武御雷の「獅子王」によって防がれた。

 

『くくく、飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ!』

 

 聞こえてくる村田の声にキョウスケは寒気を覚える。

 そして見た。

 激震の斬撃を受け止めている「獅子王」 ── これまで両手でしっかりと握らせていたそれを、今は、武御雷は左腕部のみで保持していた。

 右腕部は空手 ── 何も持たれていなかった。

 

『受けてみよ! 秘技、二刀人機斬!!』

 

 キョウスケ・ナンブの世界と同様に、村田は「獅子王」を二振り持っている。

 離れろと直感が告げる。キョウスケが操作を入力しようとした刹那、ロッキングボルトが弾け、背部ブレードマウントからもう一振りの「獅子王」が武御雷の右手に握られていた。

 直後、「獅子王」の突きが撃震の左肩を抉り、突きからの斬り上げによって腕部が斬り離される。分断された左腕はずるりとアスファルトの上に落ちた。

 

「くっ……!」

『そぉら、2本目ぇ!!』

 

 武御雷は左腕の「獅子王」で撃震の長刀を打ち上げた。片腕となりバランスの崩れた撃震は容易に長刀を弾き飛ばされ、右の「獅子王」で右腕まで切り落とされる。

 続けて武御雷は「獅子王」を交差させてから、両左右に薙ぎ払った。

 横薙ぎが撃震の主脚部を切断した。支えを失った撃震は仰向けに転倒し、凄まじい衝撃がキョウスケを襲う。管制ユニット内では離脱勧告を報せる警報が響き、投影された情報が機体の四肢が欠損したことを示していた。

 

『どうやら、俺の勝ちのようだな』

 

 四肢を失いダルマ状態となった撃震に、村田の武御雷が「獅子王」の切っ先を突きつけて来た。

 

『良い死合いだった。これ程滾ったのは久しぶりだ』

「……貴様の感情など知ったことか」

『ふはは、そう言ってくれるな。俺は愉しめた。撃震の、貴様ほどの衛士にはそうそう出会えないだろうな。折角だ、名前を聞かせろ撃震の』

 

 元の世界のムラタと違い、この世界の村田はキョウスケのことを知らない。

 だからどうしたと、キョウスケは吐き捨てる。

 

「悪党に名乗る名などない」

『この期に及んでその強がり、良いぞ、実に良い』

 

 村田は笑いながら「獅子王」の切っ先をさらに近づけてきた。メインカメラのある頭部に近づけているのか、切っ先が拡大されて網膜に投影される。

 

『貴様をここで殺すのはあまりに惜しい。俺を愉しませてくれた礼だ、今回は殺さないでおいてやろう。次に会うときは撃震ではなく、もっとマシな機体に乗ってくるのだな』

「……後悔するぞ」

『ふははは、望む所よ!!』

 

 どすっという音と軽い振動の後、キョウスケの視界は急に暗転した。

 どうやら、村田がメインカメラのある撃震の頭部を「獅子王」で破壊したようだ。暗さに目が慣れ、無機質な管制ユニット内が見え始める。メインの集音機能もやられたのか、心臓の音とキョウスケの息遣いがやけに耳に響いた。

 装甲越しに戦闘の銃撃音が遠くに聞こえ、自分が負けて戦場からリタイアしたのだとキョウスケは実感した。

 

「……戦況はどうなっている?」

 

 管制ユニットは生きているので戦場の情報は入ってくる。

 「A-01」はクーデター部隊に対して優勢を保っていたが、村田の乱入で状況がどう転ぶか分からなくなっている。

 網膜に投影される戦域情報に目を通すうち、キョウスケはある事に気が付いた……驚くことに、高原の機体のマーカーがまだ残っていた。

 

「……これは……高原少尉、まさか生きているのか……?」

 

 高原の機体は爆散こそしなかったが、撃破後に炎上していた。普通なら生存はかなり厳しいと思われるが、もし撃破直後に緊急脱出装置が働いていたとしたら? 戦術機の管制ユニットは緊急時には射出することで脱出できるし、操縦席は強化外骨格として運用が可能だ。高原が生きている可能性はゼロではなかった。

 

「確かめなければ……!」

 

 キョウスケはハッチを開け、戦術機が飛び交う戦場を高原機のマーカーの示した位置へと向かった。

 

 

 

      ●

 

 

 

 激震から降りたキョウスケは、戦闘によって砕けまわったアスファルトの上を高原のマーカーへと走っていく。

 

 炎の熱が肌を焼き、硝煙の匂いが鼻につく。村田に破壊された撃震の無残を一瞥するも、自分の機体のようにクーデター部隊の全てが戦闘不能に陥った訳ではない。戦術機と言う巨人のフィールドを進む ── 一歩間違え、踏みつぶされたり流れ弾に当たったりすれば、キョウスケなど原型も残さない肉片と化してしまうだろう。

 だがキョウスケは歩みを止めなかった。

 高原が ── 仲間が生きているかもしれない。今駆けつければ、まだ間に合うかもしれない。そう考えると、戦闘終了まで管制ユニットの中に引き籠ってなどいられなかった。

 仲間が窮地に陥れば助けに行く。キョウスケ・ナンブだってきっとそうした筈。例え生身でとはいかなくても、だ。

 我武者羅に走り続けたキョウスケがマーカー発信地点で発見したのは、やはり、射出された戦術機の管制ユニットだった。データリンクの情報を信じるなら、長方形のまるで棺桶のような形をしたそれは、高原の機体に搭載されていた物に違いない。

 

「……待っていろ、高原少尉」

 

 期待と不安を胸に、キョウスケは管制ユニットの外部コンソールへ、ハッチ強制開放のパスコードを入力した。

 幸いにも管制ユニットのコンピューターは生きていたようで、錆びた蝶番を動かした時のような音を響かせてスライドし、中の操縦席は外界へと解放された。

 キョウスケは管制ユニットをよじ登って中を覗きこむ。額から血を流した高原が、中の操縦席シートにぐったりと横たわっていた。

 

「高原少尉……!」

 

 息はしているが高原から返事はない。

 キョウスケは狭い操縦席へと割り込むと高原の傷を見た。脱出装置作動の衝撃か、それとも村田に攻撃を受けた時の衝撃か、おそらく操縦席の固定がそれで外れてしまのだろう ── 高原は額を管制ユニットの何処かにぶつけたらしく傷口から流血が続いていた。

 キョウスケは戦術機に標準装備されているサバイバルキットを探し出し、血液を取り出したガーゼで拭いた後、すかさず止血パッドを張りつけた。特殊素材が血を吸い、さらに圧着効果で止血する人工のかさぶたのようなものだ。剥ぎ取ればまた流血し始めるだろうが、何もないよりはいい。

 それよりも問題は意識がないことだった。

 

(頭部を強打……精密検査は必須だが、どのみちここでは何も出来ん……!)

 

 かといって後方の前線司令部(HQ)まで戻る足もない。戦場から前線司令部までは相当な距離があり、戦闘が激化する中を高原を抱えて走っていくには流石に無理があった。

 

「俺が不甲斐ないばかりに……すまん、高原少尉」

 

 キョウスケの謝罪に高原からの返事はやはりない。

 キョウスケ・ナンブのように仲間を守るために戦いたい ── そう思い高原の元へ駆けつけたはずなのに、逆に助けられ、自分は敵に情けを掛けられてこの体たらく。

 

(情けない……!)

 

 ぎりりと奥歯を噛みしめる音が頭に響く。

 同時に、衛士強化装備の通信機能に乗って「A-01」の声が聞こえてくる。

 

『高原の敵討ちよ! この侍ヤロー!』

『どうした? もっと抵抗して見せろ! もっと俺を愉しませろ!』

『気持ち悪いのよ、この変態!』

 

 速瀬と村田の声だった。キョウスケは管制ユニットから顔を出し外を確認する。見える範囲に村田の武御雷の姿はなかった。

 

『周辺機は速瀬機を援護! 密集陣形を取れ! 孤立した奴から狙われるぞ!』

「……俺は……」

 

 こんな場所で何をしている?

 疑問と自責の念がキョウスケの中で首をもたげる。

 自分は何のために戦っているのか? 

 敗北し、辛酸をなめるためか? 

 いいや、違う。

 

(俺は仲間を助けるために戦った……キョウスケ・ナンブがそうしてきたように)

 

 キョウスケ・ナンブは仲間を見捨てたりはしなかった。

 キョウスケ・ナンブは決して諦めない男だった。

 ではキョウスケ・ナンブという因子の集合体である自分は?

 衝撃の転移実験から約2日が経ち、悶々と悩み続けてきた命題が戦術機を降りて蘇ってくる。

 

(俺はキョウスケ・ナンブという因子の集合体……だが、それがどうした)

 

 延々と考え、苦しみ、迷い続けた記憶が頭の中で徐々に一つに纏まっていく。さながら因子集合体であるキョウスケのように、悩み続けた記憶は集合し、1つの回答を形作っていった。

 

 

「俺は、俺だ」

 

 

 キョウスケの声にもう迷いは感じられなかった。

 

「どれだけ迷っていても、疑ってしまっても、俺は俺のままだった。迷う必要なんて初めからなかったのに。なぁ、そうだろう、エクセレン?」

 

 反射的に、もう2度と会えない彼女へとキョウスケは声をかけていた。

 

惚れた女(エクセレン)が愛してくれた(キョウスケ)のように、俺は俺の生き様を貫いて見せる ── 俺が、俺であるために……!)

 

 体が熱い。奥底から力が沸々と湧き上がってくるような、そんな感覚。

 キョウスケは決して仲間を見捨てたりはしない ── 抱き上げた高原の小さな体が、彼にその事実を思い出させた、いや、感じさせてくれた。

 後は機体さえあれば、キョウスケは戦い続けることができる。

 そう思った瞬間 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 力が欲しいか? ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── 頭痛と共に声がした。

 もう何度も聞いたあの声だ。自分がキョウスケ・ナンブの集合体であるのなら、この声の正体はおそらく…………キョウスケは吐き捨てるように声を発した。

 

「俺に囁くな、悪魔め」

 

 

── ならば 呼べ ──

 

 

 キョウスケの言葉は声に届いていない。

 声はただ語りかけるのみ。

 

 

── 呼べ 我ら(・・)の半身を ──

 

「呼べ、だと? ふざけたことを」

 

 声の言う半身が何を指しているのか、キョウスケには瞬時に理解できた。

 半身とは、キョウスケと同じ因子集合体であるアルトアイゼン・リーゼを意味している。

 BETAの新潟再上陸の際、アルトアイゼンの周囲では「残骸」の転移現象が起きていた。因子集合体であるアルトアイゼンは、オリジナルが備えていない能力を発現する危険性を孕んでいるのは確かだった。

 この声の誘いに乗るのは危険なのは承知している。

 しかし今、戦う力が必要であることもまた事実だった。

 

「……いいだろう、分の悪い賭けは嫌いじゃない」

 

 キョウスケは腹を括った。

 キョウスケは決して諦めない ── どんな事態に陥ろうとも、全力でぶつかり撃ち抜いて見せる。

 

「来い……!」

 

 力が必要だ。仲間を守るために。

 キョウスケは腹の底を震わせて叫んでいた。

 

 

「来いッ、アルトォ ──── ッッ!!!!」

 

 

 キョウスケの絶叫は戦場の銃声に紛れて、消えた。

 しばらく空を見つめていたが何も起こらない……当然だと、キョウスケが鼻で嘲笑しそうになった瞬間、異変は起きた。

 

 何もない空間が球状に歪んで見え始める。大きさは直径30m程。そのなだらかな表面を電流が奔り、球体の触れているアスファルトは砂が舞い散るように飛散し消滅していく。

 数秒後、空間の歪みが消えたそこには、1体の巨大なロボットが立っていた。

 

 メタリックレッドのカラーリングのその機体は、頭頂部に雄々しき1本のブレードが屹立し、右腕には巨大なパイルバンカー、左腕には5連チェーンガン、両肩には巨大なコンテナが溶接されている。

 キョウスケが見間違えるはずがない。

 間違いなく、アルトアイゼン・リーゼが目の前(・・・)にいた。

 

 既に主機に火が入っているのか、アルトアイゼンのエメラルドグリーンの双眸とキョウスケの視線が空中で交錯する。

 するとアルトアイゼンは王にかしづく家臣のように片膝を着き、手のひらを広げてキョウスケへと差し出してきた。

 

「アルト、乗れ、と言っているのか?」

 

 アルトアイゼンからの返答は当然のようにない。当たり前だ、考える機能を持たないただの戦闘兵器なのだから。

 しかしキョウスケにはアルトアイゼンが意思を持ち、自分を助けに来たように思えてならなかった。

 

「いいだろう」

 

 自然と、キョウスケの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「行こう、相棒」

 

 キョウスケは高原を操縦席へと戻し体を固定、管制ユニットのハッチを閉鎖する。

 その後アルトアイゼンの掌の上へと、キョウスケは駆け出していくのだった。

 

 

 



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第15話 俺が、俺であるために 3

【4時48分 旧小田原西インターチェンジ跡】

 

 アルトアイゼンに搭乗したキョウスケはすぐさま機体状況の確認を行いつつ、懐かしいコクピットの感触を味わっていた。

 

 キョウスケがアルトアイゼンから離れて10日程経過していたが、実際にはそれ以上に長い期間、コクピットのシートに座っていないような錯覚を覚えた。座り慣れた操縦席のシートが郷愁の念に近い何か ── 帰るべき場所に帰ってきたという実感を胸の奥に湧き上がらせる。

 感慨に耽りながらも、キョウスケは慣れた手つきで機体状況の確認を終えた。

 新潟のBETA再上陸の際の傷は完治し、リボルビング・バンカーの炸薬も込められており、代えの弾薬も以前のままに残っている。プラズマホーンの起動も問題なく、機体の駆動に関しては万全のコンディションと言えた。

 ただ前回の戦闘で撃ち尽くした5連チェーンガンとアヴァランチ・クレイモアは補給の目途が立たなかったのか、チェーンガンには36mm徹甲弾が装填され、ベアリング弾はチタン製ではなく徹甲弾と同様の素材で作られた物が仕込まれていた。

 攻撃力関しては微減といった所だが、戦術機相手なら十分すぎる火力ではある。

 むしろキョウスケが驚いたのは、夕呼がアルトアイゼンに実弾を搭載したままにしていた事だった。

 

(実弾の互換性を確認後、地下に格納し俺から切り離して安心していた……と言ったところか。まさかアルトが空間跳躍するなど、俺も含め誰も夢にも思うまい)

 

 だが実弾が装填されていることは現状では好都合だ。

 おかげでキョウスケは仲間を守るために、全力を振り絞ることができるのだから。

 

「高原少尉、待っていろ。もう少しの辛抱だ」

 

 キョウスケは高原の乗っている管制ユニットをアルトアイゼンに持ち上げさせた。アルトアイゼンの両掌に収まる小さな金属の(はこ)。文字通りの棺おけにしないために、まずキョウスケは「A-01」の誰かと合流し高原を引き渡すことにした。

 

「やるぞ、アルト……!」

 

 仲間を守るために、エクセレン・ブロウニングが愛してくれた男であり続けるために、キョウスケは自分の生き様を貫くを事を決意する。

 

「俺たちが、俺たちであるためにも、今はただ戦おう!」

 

 キョウスケの昂りに呼応したかのように、アルトアイゼンのメインブースターが火を噴き、機体を大砲の弾の如く一気に加速させた。

 身体に圧しかかる強烈なGが教えてくれる。

 今度こそ、キョウスケは戦士として戦場へ帰ってきた。鋼鉄の孤狼の戦いが再び幕を開ける ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 速瀬 水月の不知火と村田の武御雷の戦闘は熾烈を極めていた。

 

「くそっ、この変態野郎!」

『どうした!? それで終いか! 張り合いのない!!』

 

 速瀬の不知火は、武御雷の振るう2本の長刀に防戦を強いられる一方だった。

 速瀬の配置は突撃前衛(ストーム・バンガード) ── 自ら前に出て武御雷を抑えていたが、敵が全力を出していない事は戦いの内に肌で感じていた。打ち込まれる2本の長刀の動きが遅い。しかし反撃を許さない程度に敵は手数で斬りかかってきていた。

 しかも速瀬が距離を取ろうとすると、近辺で援護射撃を行う「A-01」へと飛びかかる素振りを見せ、速瀬が再接近すると喜々として打ち込みを始めるのだ。

 遊ばれている。

 その証拠に長刀の振るわれる速さが徐々に、徐々に速くなってきていた。

 

『「獅子王」 ── 二刀両断!!』

「っ……!?」

 

 このままではマズイと速瀬が思った矢先、月光を浴びた武御雷の2本の長刀が煌めいた。

 神速の斬り下ろし。先ほどまでの鈍い打ち込みと対照的な緩急をつけた一撃に、速瀬の反応は遅れた。

 

(躱せない……!)

 

 こちらも長刀で受け止める。それならまだ間に合う。反射的に速瀬は武御雷の斬撃を長刀で防御した。

 直後、速瀬は信じられない光景を目の当たりにする。

 力強く振られた武御雷の斬撃に、まるで角材ででも日本刀を受け止めたように、速瀬の長刀はばっさりと分断されていた。

 

「嘘 ────ッ!?」

 

 機体前方から強烈な衝撃 ── すぐに不知火が武御雷に蹴り飛ばされたと気づく。その1秒ほどの間に、武御雷は右腕の長刀を振り上げていた。

 

『貴様なんぞに二刀は勿体ないわ!』

 

 網膜に機血まみれの武御雷が映る。色は白 ── 高機動型に分類されるその武御雷は、乗り手の狂気が滲み出たかのように汚れていた。

 速瀬が機体の体勢を立て直す間もなく、武御雷の長刀の切っ先が動いていた。上段からの袈裟ぎり……速瀬には斬撃の軌道が妙にゆっくりに見えた。

 

(やられる……!)

 

 これまでの経験が直感で告げてくる。

 自分は死ぬ。

 このまま斬り殺される。

 親友 ── 涼宮 遥との決着も付けられないまま、こんな同族同士の内輪もめの中で自分は死ぬのか ── いつの間にか、瞼を閉じている自分がいることに気付く速瀬。

 敵を前に目を閉じるなど自殺行為だ。

 知っている。だが閉じてしまった。きっと次に自分が目を開けることない、このまま殺されていまうのだから……刃物が金属に接触する音が速瀬の耳に木霊する。

 

 

(あれ……?)

 

 

 すぐに速瀬は違和感を覚えた。

 斬り殺されているはずの自分が、何故考えることができるのだろう、と。

 瞼を上げると、答えは目の前に広がっていた。

 

『無事か、速瀬中尉?』

「あ、赤カブト ── な、なんでここに……まさか、南部!?」

 

 速瀬の不知火の前に赤い戦術機が立ち塞がり、頭部のブレードで武御雷の斬撃を受け止めていた。

 速瀬が見間違えるはずがない。自分を2度も地に這わせた武骨で、巨大な、赤い鉄の塊。整備兵曰く、通称赤カブト ── アルトアイゼン・リーゼが目の前に立っている。

 速瀬が目を白黒させたのも無理はない、アルトアイゼンは横浜基地に置いてきた筈だった。

 

『ちっ、誰だ! 俺の愉しみを邪魔しおって!!』

『少し黙っていてもらおう』

 

 攻撃を防がれた武御雷は逆噴射制動(スラストリバース)で後退、割り込んできたアルトアイゼンと距離を取っていた。二刀の構えで警戒するが、アルトアイゼンは動かない。その両手には戦術機の管制ユニットと思われる匣を持っていた。

 速瀬の網膜上に南部 響介のアイコンが表示された。

 

『速瀬中尉、高原少尉を頼む』

「な、なんだって……まさかその中に……?」

『ああ、生きている。だが頭を打っている、早く前線司令部(HQ)で治療を受けさせてやってくれ』

 

 高原の入っている管制ユニットを速瀬は南部 響介から受け取った。

 管制ユニットを手渡すと、南部の乗るアルトアイゼンは、自由になった右手を力強く握りしめた。がちん、と右腕シリンダーの撃鉄が上がる。

 しびれを切らしたのか村田が叫んだ。

 

『我が剣戟を受け止めるとは……貴様、何者だ!』

『言ったはずだ』

 

 武御雷に向き直り、再びアルトアイゼンが速瀬の不知火に背を向ける。

 

『悪党に名乗る名などない、とな』

 

 速瀬の目の前で、大きく力強い背中が動き出す ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── キョウスケは怒っていた。

 

 仲間を傷つけた村田に対してだけではない。

 悩み、迷い、苦しむだけでは飽き足らず、仲間の足を引っ張ってしまった自分の不甲斐なさに怒りを覚えていた。

 

(俺はキョウスケ・ナンブという因子の集合体)

 

 因子集合体 ── 自分の頭を悩ませた言葉をキョウスケは今一度反芻する。

 

(俺は本物のキョウスケ・ナンブではない。例えるなら、俺はキョウスケの亡霊のようなモノ ── だがそんな俺にもできることはある)

 

 キョウスケ・ナンブは仲間を見捨てたりはしなかった。

 キョウスケ・ナンブは決して諦めたりはしなかった。

 ならば自分も、心を折らせず、仲間のために戦おう。感じていた自分への怒りは小さな火となってキョウスケの中に今は灯っている。

 

(俺はもう元の世界には帰れない)

 

 悲しい事実が冷たい風となって心を噴き抜けていったが、キョウスケの中の火が消えることはもうなかった。

 

(ならば俺はこの世界で生きていこう。

 エクセレン・ブロウニングが愛してくれたキョウスケ・ナンブという1人の男として)

 

 決意が闘志に変わり、身体を芯から熱くする。

 しかし思考は冷静に、静かに熱くキョウスケは燃えていく。

 

(俺の……いや俺たちの役目を果たそう。アルト、俺たちが俺たちであるために……!)

 

 キョウスケの思念に呼応し、アルトアイゼンの主機出力が上がっていく。キョウスケの心に燃える火とアルトアイゼンの鋼の身体に宿る火が合わさり、敵を焼き尽くす炎となって燃え盛っている ── 揺るがない決意を胸に、キョウスケは倒すべき敵を見据えた。

 正面モニターに村田の武御雷が表示されている。

 純白の機体を機血()みどろにし2本の「獅子王」を構える姿は、殺陣の真っただ中にいる鎧武者のように精悍で様になっていた。問題は剣の切っ先が自分と仲間たちに向けられていることだ。

 

『── その声……さっきの撃震乗りか? それにその機体……先のBETA新潟上陸で音に聞こえた「光線級殺し」ではないか? ふん、勿体付けずに初めから出せばいいものを!』

 

 村田はアルトアイゼンの事を知っている風だった。目立つモノには噂が付いて回るものだ。傭兵として情報収集をしている村田が、単機で光線級を全滅させたアルトアイゼンの事を知っていても不思議ではなかった。

 

「だったらどうする?」

 

 歓喜の光を瞳に宿す村田を、キョウスケは興味なさげに吐き捨てた。

 

『知れたこと! 極上の獲物、逃す手などないわ!!』

「……変わらんな、お前は。どちらの世界でも」

『戯言を! 我が往くは阿修羅の道! さぁ撃震のッ、存分に死合おうぞ!!』

 

 二刀を構えた武御雷が一歩前に踏み出す。

 2機の距離はそう離れてはいない。村田の武御雷の武装は2本の「獅子王」のみ。キョウスケを仕留めるなら剣戟戦を仕掛けるしかなく、もちまえの大出力跳躍ユニットを噴かせれば、一瞬のうちに武御雷はアルトアイゼンを間合いに収めてしまうだろう。

 だからどうした?

 キョウスケとアルトアイゼンの戦法は、昔も、今もたった一つ。

 突撃、あるのみ。

 

『往くぞぉ ──── ッッ??!』

 

 武御雷が短距離跳躍を開始した直後、全周囲回線(オープンチャンネル)に乗って村田の声が裏返るのが聞こえた。

 ほぼ同時に飛び出した2機だったが、爆発と言うべきメインブースターからの炎の噴出で、アルトアイゼンはあっという間に武御雷の懐へと飛び込んでいた。

 まさに一瞬 ── 神速の踏込みから、アルトアイゼンは武御雷にショルダータックルをブチかます。まるでヘビー級とライト級の試合でも見ているように、武御雷は後方へと大きく吹き飛ばされていく。

 

『 ── 馬鹿なッ ─── 俺より踏込みが速いだと ──!?』

「零距離、とったぞ!」

 

 タックルの衝撃で離れて行く武御雷、アルトアイゼンは両肩部のTDバランサーを作動させ、さらに加速することで距離を詰める。

 キョウスケは手を操縦桿から一瞬離し、素早くコンソールを操作した。久しく触れていないコンソールだったが、自作した特製モーションデータがどこにあるかは身体が覚えている。

 エリアル・クレイモア ── それがキョウスケの選択したモーションパターンだった。

 

 

 

 

              ── JOKER ──

 

 

 

 

 モニターに真紅の文字が表示された刹那、アルトアイゼンはTDバランサーを活かした一瞬の制動の後、空中高くへと舞い上がっていた。

 両肩に装着されている巨大コンテナのハッチが鈍い音と共に開く。

 射線は眼下 ── 体勢を整えたばかりの武御雷へと向けられている。見上げてくる村田の武御雷に赤いロックオンマークが刻まれ ──

 

「クレイモア ──!!」

『── しゃらくさいわァァッ!!』

 

 ── 複数の発射口から120mmの巨大ベアリング弾が発射された。

 BETAの新潟再上陸時に撃ち尽くしたチタン製と違う材質だが、口径の大きいため戦術機相手なら威力は申し分ない。ベアリング弾がばら撒かれ、高速道路のアスファルトを天から降り注ぐ雨のように広範囲に穿っていく。

 だが村田は長年の勘が働いたのか、回避の難しい広範囲の散弾を跳躍ユニットを全開に吹かせて避け切っていた。

 

『はははっ、どうしたその程度か ──── うげぇ!!?』

 

 村田の声がキョウスケの耳に届き、眼下に小さく映っていた武御雷の姿がどんどんズームアップされていく。

 キョウスケはあえて外したクレイモアで武御雷を移動させ、フルブーストでそこへ頭部から突っこんでいた。

 村田、絶句 ── 彼もキョウスケのような無茶苦茶な機動をする人間を相手するのは初めてだったのだろう。回避を諦めたのか、それとも落ちてくるアルトアイゼンを斬り捨てようとしているか、2本の「獅子王」を十文字に交差させ構えた。

 地面に激突する勢いで加速するアルトアイゼン。

 帯電し、白熱化した頭部のブレード ── プラズマホーンが、加速された全重量を乗せて武御雷に打ち込まれた。瞬間、1本の角と2本の名刀が火花を散らす。

 

『馬鹿め! 我が「獅子王」に断てぬ物な ────』

 

 1秒に満たぬ交差の後、2本の「獅子王」はプラズマホーンで真っ二つに切り裂かれ ──

 

『── しぃぃ……?!』

「シシオウブレード相手ならこうはいかんがな……!」

 

 ── 武御雷の胴体に、プラズマホーンが深々と斬り込まれていた。伝達系が破壊されたのか、武御雷の両手から「獅子王」の残骸が滑り落ちる。

 武器を失い村田の武御雷はもはや戦闘不能。

 しかしアルトアイゼンの連撃は止まらなかった。

 

「これで ── 」

 

 アルトアイゼンはプラズマホーンを突き刺したまま機体を一回転、勢いをつけて武御雷を空中へと放り投げた。

 

「── 抜けない装甲はないぞ!」

 

 上昇していく武御雷に、キョウスケは5連チェーンガンの徹甲弾を次々と叩き込んだ。36mmとオリジナルより口径は小さくなっているが、戦術機相手なら効果は十分で、武御雷の装甲を抉っていく。

 徹甲弾の直撃で満身創痍となった武御雷。純白を汚していた機血が分からないぐらいに傷だらけになっている。跳躍ユニットを制御する機能を失ったのか、それとも村田が意識を失ったのか、武御雷が重力に引かれて落ちてきた。

 キョウスケはリボルビングバンカーの切っ先を構え、

 

「いけぇ!!」

 

 落下してきた武御雷に突き立てた。

 

『── こ、こんな所でぇぇぇっ!!?』

 

 まだ意識があったのか、村田の断末魔が聞こえてきた。

 

『終わるものかぁ!? 我が修羅道がぁ!! 俺は斬る!! もっと斬る!! 阿修羅の如く斬って斬ってえぇぇえぇ ── ガハァ??!』

 

 村田の言葉尻に、何かを吐き出したような音が混じっていた。リボルビング・バンカーが突き刺さっている場所は武御雷の胴体付近、即死は免れたが重傷を負い吐血でもしたのだろう。

 多く人間を斬り捨ててきた村田だ。銃を撃てば撃ち返され、剣で斬れば斬り返される。分かり切っていることだ。自分もいつか今の村田のようになると時が来ると、覚悟しながらキョウスケは引き金に指をかけた。

 

「ゼンガーの代わりに俺が案内を務めよう。村田、お前の行先は地獄の底だ」

 

 キョウスケはトリガーを引いた。

 唸る撃鉄、弾ける炸薬 ── アルトアイゼンの右腕で天高く勝ち上げられた武御雷は、リボルビング・バンカーを通じて送られる衝撃を全身で受け止めることになる。

 武御雷の胴体を突き刺さっていた鉄針が衝撃と共に背中から生え、戻った。

 絶命の一撃 ── 武御雷はリボルビング・バンカーで串刺しとなり持ち上げられていたが、もう、回線を通じて村田の声は聞こえない。管制ユニット付近を撃ち抜いたのだ。戦場の常識で考えるなら、村田はもう生きてはいない ── 死んだのだ。

 沈黙した武御雷を、バンカーから機体を抜くため、アルトアイゼンは無慈悲に地面に叩きつける。

 ずぅぅんっ、と鉄の屍がアスファルトの上に打ち立てられた。

 

「速瀬中尉、無事か?」

 

 その様に国連軍、クーデター部隊共に短い時間ではあるが唖然としていて ── しかしキョウスケは意に介せず、速瀬に状況確認のための通信を行っていた。

 

『え、ええ……南部、おかげで助かったわ』

「礼はいい。それよりこの戦闘のケリを付けよう。俺は伊隅大尉を援護する、中尉は部隊を指揮してくれ」

『……調子、戻ったみたいね。これはこれで腹立つけど、まぁいいわ。やるわよ、南部!』

「よし、行くぞ……!」

 

 キョウスケと速瀬は頷きあうと、別れてクーデター部隊の鎮圧に乗り出した。

 クーデター部隊の指揮官機と戦闘しているみちるの元へ、キョウスケは急ぎアルトアイゼンを走らせるのだった ──……

 

 

 

 

 ……── 程なくして、旧小田原インターチェンジ跡での戦闘は終息した。

 結果は「A-01」の勝利。村田によって戦場が掻き回されたのは確かだったが、損害はクーデター部隊にも出ており、追い打ちとばかりに敵指揮官が不知火・白銀とアルトアイゼンの連携によって撃破されたことで戦線が瓦解したのだ。

 士気の向上や機体の地力の差など、様々な要因が絡み合っての勝利だった。辛勝とも圧勝とも言えないが、要所である小田原を「A-01」は守り切ったのだ。これ以降、クーデター部隊が増援を出し、仮に小田原が奪還されたとしても、将軍の奪取はもう間に合わないだろう。

 高原は前線司令部で意識を取り戻した。横浜基地に戻り次第CTなどの精密検査は必要だったが、とりあえず命に別状はなさそうだ ──……

 

 

 

 

 ……── 戦闘終了後、「A-01」は本日3度目となる補給を行っていた。

 

 敵を退け、クーデター部隊の増援が将軍に接触するのを未然に防ぐという任務もほぼ完遂したことにはなるが、敵がもう増援を送り出してこないという保証もない。

 できることはやれる内にする。消耗したパーツの交換は無理だが、推進剤と武装の補充を交替で行いながら、「A-01」の面々は通信を交わしていた。

 

『── それよりも南部、貴様、何故その機体に乗っている?』

 

 補給を終えたみちるが、部隊全員の疑問を代弁するように言った。

 その機体、とは間違いなくアルトアイゼンのことを指している。

 横浜基地を出発した時、キョウスケが搭乗していた機体は第一世代戦術機の撃震だ。アルトアイゼンは横浜基地の地下格納庫に置いて来ていた。

 しかし戦闘が終わってみれば、キョウスケが乗っている機体がアルトアイゼンになっているのだ。奇異の視線を向け垂れるのは当然で、さらに横浜基地との物理的な距離と相まって、何故アルトアイゼンがあるのか疑問を通り越して不振がられても不思議はない。

 

「それはだな……」

 

 拾った、と口走りそうになって止めた。

 良い口実が思いつかずキョウスケは思い悩んだ。

 

(転移してきた……とはやはり言えないな……困った)

 

 転移の事を話すなら、隠しているキョウスケの真実を暴露しなければ信用してもらえないだろう。いや、信用してもらえるかどうかも怪しいが。兎に角、今回のみちるは追及を止めるつもりはないようだ。

 キョウスケの過去と違い、目の前に物体としてアルトアイゼンがある事実を、隊長として無視することはできない……と言った所か。

 数秒の沈黙。隠し事をしているためか、まるで浮気がばれて嫁に追及されている旦那のような、奇妙な罪悪感を味わうキョウスケ ── と、

 

『ん、なんだ? この音?』

 

 その音に最初に気付いたのは速瀬だった。

 アルトアイゼンの集音マイクがキョウスケの耳にもその音を届ける。

 風切り音 ── 航空機が飛ぶ際、主翼が空気を切り裂いて発生するあの音が辺りに響いていた。

 

『上空から何かが接近してきます!』

 

 前線司令部の遥の報告に、「A-01」の全員の注意が音が聞こえてくる方向の空へと向く。しばらくして、音の発生源が山間を縫いながら姿を現した。

 戦術機輸送用の大型航空機が十数機、編隊を組んで飛行していた。

 

『これは……まさか空挺作戦(エアボーン)!? 佐渡島ハイヴの光線級に狙われるかもしれないのに……!?』

『……決死行か。やられた……地上部隊は囮、こっちが本命……謀られたようだな』

 

 みちるが苦々しく呟き、珍しく舌打ちしていた。

 光線級の照射射程距離は約200-300km。レーザーは直進しかせず地球も丸みを帯びているため離れた地上は狙われないが、空を飛ぶとなれば話は別だ。高度を上げ水平線から顔を出した瞬間、航空機は光線級に狙い撃ちにされる危険がある。

 かと言って高度を低くすれば、山に接触する危険や敵に攻撃されるリスクが高まる。故に戦術機の運送は基本的に陸路で行われるのが常識だった。

 

(常識の裏をかいてきたか、敵も必死だな)

 

 予想外のクーデター部隊の行動に「A-01」内がざわめき出す。

 そんな時だった。横浜基地からの通信が「A-01」に届いたのは。

 通信先の相手は横浜基地にいる副司令の香月 夕呼。

 

『ちゃお、皆久しぶり。元気してたかしら?』

 

 いつもの軽口を叩きながら夕呼は続ける。

 

『クーデター部隊が厚木基地から航空部隊を発進させたわ。空挺作戦で移送中の将軍閣下との距離を詰め、奪取するつもりと見てほぼ間違いなさそうよ』

 

 相応のリスクを背負っての作戦行動だ、なら目的はそれ以外ありえないだろうとキョウスケは納得した。

 モニター上で伊隅が夕呼に報告する。

 

『副司令、こちらからも航空機の姿を確認できました。我々も追撃した方がよろしいのでは?』

『無理ね。並の戦術機の足じゃ航空機に追いつけないし、残りのクーデター部隊が小田原や他の防衛陣地に向かっているのが確認されたわ。目的は足止めね。防衛線を抜かれる訳にはいかないから、あなたたちにはそこの防衛を続けてもらうわ』

 

 既に後手に回っている以上、空挺作戦を妨害することは難しい。

 ほぼ間違いなく将軍の近辺で戦闘が開始されることになる。将軍に最接近するクーデター部隊に、さらに増援が到着することだけは避けねばならないだろう。

 

『しかし副司令、将軍殿下の御身に何かあってからでは遅いと考えます。我らも戦力を分け、追撃を行うべきではないでしょうか?』

『もちろん横浜基地からも増援は出すわ。それに殿下の傍には米軍の精鋭部隊も護衛に付いているから、間に合う可能性が低い防衛線を手薄にしてまで増援を捻出するメリットがあまり無い……それよりも、あなたたち ── 正確には伊隅と南部にやってもらいたいことがあるわ』

「俺と大尉に……?」

 

 急に立った白羽の矢にキョウスケは軽く驚いた。

 

『伊隅は速瀬に指揮権を移譲、不知火・白銀とそちらに移送しておいた(・・・・・・・)アルトアイゼンは指定のポイントに向かい、潜伏している敵を撃破してちょうだい』

 

 夕呼の口から出た嘘に気づいたのはキョウスケだけだった。

 みちるも疑っていないのか、夕呼に任務の質問を投げかける。

 

『副司令、その敵とは一体……?』

『そうね、今回のクーデターを手引きした黒幕(・・)のようなもの……そう考えてほぼ間違いないわ』

 

 夕呼の言葉に部隊全体に衝撃が奔る。

 

『そいつらはクーデター部隊だけでなく、帝国内にも巧妙な仕込みをし、表舞台に出ることなくクーデターを引き起こさせた。あるいは連中の仕込みは、国連部隊や米軍内部にまで至っている可能性すらある……そんな連中が殿下の傍を付かず離れず、潜伏して暗躍しているのよ』

 

 夕呼の話が本当なら、クーデター部隊や日本帝国だけでなく国連軍である自分たちですら、その連中の掌の上で踊らされていたことになる。

 極力表に出ず、他組織の戦力を使って事を成す ── その手口にキョウスケは何処か既視感(デジャヴ)を覚える。

 直後、夕呼の口から信じられない単語が飛び出してきた。

 

 

『【暗躍する影】 ── 連中の名はシャドウミラー』

 

 

 キョウスケは反射的に息をのみ込んでいた。

 

「なん、だと……?」

『十中八九、極東での復権を熱望する某国の特殊部隊と考えて間違いないわ。とても狡猾な連中みたいでね、ある男(・・・)からの情報がなければ、あたしも殿下の傍に潜伏している事には気付けなかったわ』

 

 シャドウミラー ── 忌々しいその名前の登場にキョウスケは驚き、自分の眉間に皺が寄るのが分かった。異世界からオリジナルキョウスケの世界に侵攻してきた侵略者たちの名を、この世界に来てまさか聞くことになるとは思わなかったからだ。

 驚愕するキョウスケを尻目に夕呼は続けた。

 

『兎に角、連中が何かしてからじゃ遅いわ。最高速度の速いアルトアイゼンと不知火・白銀で指定されたポイントへと向かってちょうだい』

『伊隅 みちる大尉、了解しました』

「南部 響介中尉、了解」

 

 キョウスケたちの返答に夕呼は頷きで返してきた。

 そしてモニターの先で誰かを呼ぶ仕草を見せる。

 

『ではこれ以降、2人は彼の指示に従うように ── じゃ後は頼んだわよ、G・J』

「G・J……?」

 

 シャドウミラー同様に耳に覚えのあるイニシャルが聞こえた。

 オリジナルの世界にも同じイニシャルを持つ男が1人いたことを思い出す。その男はある装置を開発した後、事故によりシャドウミラーの世界から転移してきた人物で、彼の開発した装置がシャドウミラー侵攻を誘発する要因になったことを覚えている。

 その男の名前はギリアム・イェーガー。

 元教導隊の一員であり、キョウスケと共に「L5戦役」や「インスペクター事件」を生き残った戦友の1人でもある。

 

『ああ、分かった』

 

 聞き覚えのある渋めな声が鼓膜をくすぐる。

 声の主の姿がモニターに映し出された。

 すらりとした細身の長身に黒のトレンチコートを見事に着こなしたその男は、腕を組み壁にもたれかかっている。壁際の姿が実に様になるその男は、特徴的な紫の色の前髪が右目を覆っていて顔の左半分と口元しか見えなかった。

 その男の外見的特徴は、完全にギリアム・イェーガーと一致している。

 男は壁から背を離し、キョウスケたちに話しかけてくる。

 

『伊隅大尉、南部中尉、お初にお目にかかる(・・・・・・・)

 

(初……? 初対面を装っているのか……それとも……?)

 

『俺は香月博士の協力者の1人だ、そうだな、俺のことはG・Jとでも呼んでくれ。衛士である君たちには【地上最強の歩兵】とでも言った方がイメージしやすいかもしれないが』

(歩兵? 何を言っているんだ、ギリアム少佐?)

 

 ギリアム、いや、G・Jの言葉に覚えがないキョウスケ。

 この世界における歩兵は、主にBETAの小型種との戦闘を役割としている。ギリアムは単身で潜入捜査なども行いはしていたが、戦闘はもっぱらPT ── 主にゲシュペンスト系に乗って行っていた筈だ。

 

『では急ぐとしよう。時間はあまり残されていないぞ』

 

 違和感を覚えながらも、キョウスケはG・Jに指定されたポイントへとアルトアイゼンを動かし始めるのだった ──……

 

 




1万文字超えてしまい、思い切って駒木戦はカットしました。希望があれば執筆しようかと思います。


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第16話 その名はG・J

【4時30分 国連横浜基地 中央司令室】

 

 キョウスケと村田の死闘から時間は遡る。

 

 丁度その頃、司令室に籠った香月 夕呼は険しい表情で正面モニターの戦術情報を眺めていた。

 

予定通り(・・・・)、殿下と白銀たちは合流したまでは良かったけど、移送中の殿下がまさか倒れるとは思わなかったわね)

 

 武の所属する第207訓練小隊は、帝都を脱出してきた征夷大将軍である煌武院 悠陽と接触、クーデター部隊の追撃を振り切るため冷川方面へと移動していた。

 道中で米軍のアルフレッド・ウォーケン少佐率いる第66戦術機甲大隊と合流し、クーデター部隊の追撃を振り切れそうになった矢先に将軍が意識を失ったのだ。

 将軍の移送は戦術機で行うしかなかったとは言え、衛士強化装備を着込んでいない将軍にとって機体の加速は酷だったらしい。休息を挟むか、加速度病に対しての投薬を行うか、選択肢は2つしかなく、猶予も左程残されていないと207訓練小隊を指揮する神宮司 まりもからの通信を、夕呼は受けたばかりだった。

 

(難所である冷川は抜け、米軍が後続のクーデター部隊を抑え時間を稼いでくれている……けど移動を再開できなければ、結局打つ手が無くなってくる……)

 

 良くない報せは続くもので、クーデター部隊が占拠した厚木基地から、大量の航空機が飛び立とうとしていると夕呼の耳に入ってきた。冷川先に停留している207訓練小隊を、空挺作戦で包囲するのが目的とみて間違いない。

 横浜基地からも増援は出したが、間に合うかどうかは分からない。

 苛立ちがつい顔に出てしまう、そんな状態の夕呼に ──

 

「お困りのようですね、香月博士」

 

 ── 話しかける1人の男が居た。

 その男は夕呼の背後の壁に背を預け、彼女を見ている。

 紫の前髪が異様に伸びて、男の右目を覆い隠していた。外見は若かったが、若者と呼ぶには雰囲気が大人びすぎている ── そんな男だった。

 

「……G・J、気配消して出てくるの止めてって、前に会ったとき言わなかったかしら?」

「これは失礼。どうにも癖みたいなものでしてね」

 

 G・Jと呼ばれた男は苦笑し、壁に背を預けたままで夕呼に話しかけ続ける。

 

「それより、博士に耳寄りな情報を持ってきました。お聞きになりますか?」

「あたし見ての通り忙しいんだけど、下らない情報だったら容赦しないわよ」

「答えはYES、そう取って構いませんね?」

「ええ、そうよ、だから早く言いなさいってば」

 

 不機嫌に返答する夕呼、その様子を見たG・Jは簡潔に話し始める。

 

「【暗躍する影】の素性と居場所が分かりました」

「なんですって……!」

 

 サラリとG・Jの口から漏れた重要情報に、夕呼は思わず声を荒げていた。

 

「連中の正式名称はシャドウミラー。米軍を母体とし、例の計画(・・・・)の推進派が組織した特殊部隊です」

「例の計画って……あれかしら?」

「ええ、博士に縁の深い例の計画のことですよ」

 

 G・Jの言う計画とは、夕呼が取り組んでいるオルタネイティヴ計画のことで間違いない。

 夕呼はオルタネイティヴ4の研究者兼総責任者を務めている。その数字が示す通り、4番目のオルタネイティヴ計画という位置づけで、国連関係者には第4計画と呼ぶ人間もいたりする。

 研究というものは、その大きさに応じて多くの人員と金が必要になってくる。夕呼は国連の援助を受けてオルタネイティヴ4を進めていたが、計画が失敗した時の保険として、予備のオルタネイティヴ計画も同時に進行されていた。

 それが第5計画 ── 通称オルタネイティヴ5。

 オルタネイティヴ4が失敗に終われば予備(サブ)から主要(メイン)の計画に格上げされることもあり、これまで夕呼は第5計画推進派の妨害に幾度となく曝されてきた。

 その第5計画推進派が組織した特殊部隊 ── シャドウミラーは夕呼たちに敵対する組織、そう考えて差し支えなさそうだ。

 敵について理解した後、夕呼はG・Jに尋ねる。

 

「で、居場所は?」

「あそこですよ」

 

 G・Jは戦術情報 ── 207訓練小隊と米軍のマーカーが表示された正面モニターを指さした。友軍以外にはクーデター部隊を示すそれしか見当たらず、他には周辺の土地情報が読み取れる程度だった。

 

「見えないでしょうが、連中は常に将軍殿下の近辺に潜伏しています」

 

 G・Jの言葉通り、シャドウミラーらしきマーカーを見つけることはできなかった。

 

「連中は高度なステルス機能を持っていましてね、高性能のレーダーですら発見は困難です。困ったことに、どうにもG・Bの遺した技術を活用しているみたいですが」

「G・Bの……無効化できない? 作ったのアンタの雇い主なんでしょ?」

 

 G・B ── 鎧衣 左近の雇い主でもあるその人物は、G・Jの主でもあるらしい。

 G・Jは苦笑いを浮かべて、答えた。

 

「もちろん、訊きましたとも。無理だ、そんな半端な代物を作る訳がないだろう、と一蹴されましたよ」

「……馬鹿じゃないの、アイツ?」

「昔から、天才となんとかは紙一重と良く言いますから」

 

 呆れ顔の夕呼にG・Jは淡々と言う。

 

「結局、シャドウミラーは俺が探す羽目になりましたがね」

「よく見つけ出せたわね」

「なに、例のシステムのちょっとした応用ですよ。まだ修理中で完全な力は引き出せませんが、この程度なら造作もないことです」

「……例のシステム……私が転移装置作るときの参考にしたアレか……まったく、流石と言う他ないわね」

 

 珍しく感心した後、夕呼はG・Jに言った。

 

「G・J、アンタの言うこと信じてみるわ。動かせる部隊を連中の所へ差し向けて ──」

「──ふ、副司令、大変です!!」

 

 突然、夕呼の側近であるピアティフ中尉が声を荒げ、夕呼の言葉を遮った。冷静な彼女にしては珍しく慌てている。

 

「ピアティフ中尉、どうしたの?」

「だ、第七ハンガーに異常反応あり! 映像、モニターに出します!」

 

 夕呼が尋ねるとピアティフ中尉は慌てて返答した。

 第七ハンガー ── 広大な敷地を持つ横浜基地には戦術機用のハンガーが幾つもあり、その内の1つが第7ハンガーだ。他のハンガーと違い地下深くに建設されていて、夕呼は特別な機体をそこに格納するようにしていた。

 第七ハンガーには、アルトアイゼン・リーゼも収容されている。

 正面モニターに第七ハンガー内の映像が表示され ──── 夕呼は言葉を失った。

 

「嘘、でしょ……?」

「おやおや、これはこれは」

 

 アルトアイゼンがハンガー内で起動し、動いている姿がモニターには映し出されていた。

 機体を固定するための拘束具 ── コの字状に壁に溶接されているそれを、内側から腕力だけで力任せにへし曲げていく。めきめきと不快な金属音を響かせて、アルトアイゼンの機体表面を囲っていた拘束具が千切れ、弾け飛ぶ。

 夕呼はピアティフ中尉に命じてコクピット内の様子を映し出させた。

 モニターで確認できるのは誰も座っていないコクピットシートだけ ── パイロット不在にも関わらず、アルトアイゼンは独りでに動いていた。

 拘束具の外れたアルトアイゼンがハンガー内を歩き出す。まるで何かを求めるように、アルトアイゼンは巨体を引きずりハンガー内をゆっくりと動き回っていた。

 第七ハンガーの異様な光景に司令部内が徐々にざわめきだす。

 

「博士、あの機体のパイロットは?」

 

 唐突なG・Jの質問に苛立ちながらも夕呼は答える。

 

「今は出撃中で基地にはいないわ」

「原因はおそらくそれでしょう。あの機体は探しているのですよ、半身 ── 自分に乗るべきパイロットをね」

「なに言ってるの、そんな非科学的なことある訳 ──」

「── ほら、跳びますよ」

 

 まるでG・Jの言葉を合図にしたかのように、第七ハンガー内でさらなる異常が発生し始めた。

 アルトアイゼンの周辺の空間が揺らめきだす。揺らぎが巨大な球体を形成し、アルトアイゼンを包み込んでいく様が肉眼的にもはっきりと分かる。発生していると思われる莫大な余剰エネルギーが球体上を電流となって奔り ──── 次の瞬間、アルトアイゼンは第七ハンガーから忽然と姿を消していた。

 球体に接触していたハンガーの床や壁などは鋭利な刃物で切り取られたように消滅しており、以前の新潟での転移現象時に確認された、アルトアイゼン周辺の地形に起こっていた変化と完全に一致している。機材で観測すれば、おそらく、新潟の時と同様の時空間振動が観測されるはずだ。

 

「香月博士、何故機体とパイロットを引き離したのです?」

 

 特に表情を変えることなく、G・Jが夕呼に尋ねてきた。

 

「あの手の機体をパイロットと引き離すのはかえって危険です。昔、俺も自身の半身と呼べる特殊な機動兵器に乗っていた経験がありますが、パイロットの危機に機体が過剰反応することがある。あの手の機体を管理するなら、パイロットと機体を離さずに運用するべきでしょう」

「……たくっ、アンタの常識ってどうなってんのよ? 非常識が日常化してるんじゃないの」

「まぁ、否定はしませんよ」

 

 ニヒルな微笑を浮かべるG・Jと自分の迂闊さに腹立たしさを覚えながらも、夕呼は考えを巡らせていた。

 

(南部と引き離しても、アイツが戦場に出ている限りさっきの現象は起こり得る……なら南部とアルトアイゼンを缶詰状態に……いえ駄目だわ。転移の引き金になっているのはどちらも戦闘だけど、アイツが待機している基地内で、新潟のような転移現象が起こることだけは避けなければならない……)

 

 横浜基地は単なる国連軍の駐屯基地と言う訳ではない。

 オルタネイティヴ4の研究施設でもあり、人類が初めて奪還できたハイヴを利用した施設でもある重要施設だ。仮に南部 響介を基地内待機を命じても、何らかの戦闘行為が勃発し、基地内で新潟の時のような転移が起こることが考えられる最悪のケースだった。

 何が引き起こされるか分からない転移現象の被害に基地を曝す訳にはいかなかった。

 

(G・Jの言う通り、南部とアルトアイゼンはセットで運用し、戦闘時は必ず出撃させておく……そうすれば、戦闘中に何か起きても、すぐに基地に影響が出ることはない……)

 

 夕呼はピアティフ中尉に命じて、映像を第七ハンガーから旧小田原インターチェンジ跡の戦域情報へと切り替えさせた。

 小田原では「A-01」とクーデター部隊が激戦を繰り広げている。じっくりと確認すると、その中にアルトアイゼンを示すマーカーが出現していた。転移の先には間違いなく南部 響介がいるはずだ。

 

(正直、危険なのに変わりはない……けれど、落としどころは何処にするのか? G・Jの案が今は一番現実的に思える。それに、今はシャドウミラーを打倒し、殿下を救出することを優先するべきだわ)

 

 多少の危険はやむおえない……夕呼は自分を納得させ、司令部での指揮に戻る。

 G・J曰く暗躍するシャドウミラーの数はそう多くないとのことで、連中に対しては、戦術機の中でも足の速い伊隅の不知火・白銀と南部 響介のアルトアイゼンを差し向けることになった。

 クーデターが終息した後、司令部の面々に第七ハンガーでの出来事を他言しないよう口止めすることを決め、夕呼は戦闘を終えた「A-01」に向けて通信回線を開く。

 

「ちゃお、皆久しぶり ──……」

 

 こうしてG・Jは、南部 響介ら「A-01」の面々と初対面を果たすことになるのだった ──……

 

 



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第16話 その名はG・J 2

ちょっと地の文で遊んでます。気に入らない人もいるかも、ご注意を。

さぁ、みんなで叫ぼう(後書きへ続く)


 命令を受けてすぐに、キョウスケは冷川に向けアルトアイゼンを出発させていた。

 

 目的は将軍を奪還しようとするクーデター部隊 ── その裏で暗躍している真の敵「シャドウミラー」の撃破。

 因縁浅からぬ名の登場に、キョウスケが肝を冷やしたのは言うまでもない。

 オリジナルキョウスケの世界にもシャドウミラーという名の組織は存在し、そこでの連中は異世界から転移してきた侵略者だった。ただ純粋にオリジナルの世界を侵略しに来たわけではなく、転移先の戦力を吸収することで軍事力を拡大し、いつか元の世界に戻るつもりのようだったが、やっていることは侵略者と大差なかった。

 だがオリジナル世界に侵攻してきたシャドウミラーは、首領であるヴィンデル・マウザーが生死不明になったことで壊滅した。

 自分たちの仲間となったラミア・ラヴレス、大気圏での戦闘で散ったアクセル・アルマー……まだ新しい記憶として、キョウスケは彼らの事を覚えている。

 

(……アクセル……お前もこちら側にいるのか……?)

 

 数日前に見た悪夢がキョウスケの頭の中でフラッシュバックする。

 キョウスケを構成する大因子(ファクター)が持つ記憶の中で、アクセル・アルマーは言っていた。

 

 

【── なんなら、俺が起こしてやってもいい、これがな ──】

 

 

 夢の中でアクセルは戦争を起こしてやると確かに言っていて、キョウスケは激しい怒りを抱いていた。

 嫌な予感 ── 胸騒ぎがした。キョウスケの勘はよく当たる、賭け事以外の特に悪いことに関しては尚更だ。

 村田 以蔵という並行世界の同一人物がいたように、この世界にもほぼ間違いなくアクセル・アルマーは居るだろう。それが大気圏の戦闘で散った筈のアクセルなのか、それともこの世界に生きるアクセルなのかは分からないが、だ。

 

(……考えても仕方のないこと、か……)

 

 今の自分に与えられた任務は、暗躍するシャドウミラーが次の行動に移るのを防ぐことだった。

 高速で移動するアルトアイゼン。その後ろを付いてくる最少戦闘単位(エレメント)の不知火・白銀をちらりと見る。

 戦闘時の直進速度には遠く及ばないが、巡航速度のアルトアイゼンに追走できるだけ不知火・白銀は大したものだ。並の戦術機なら置いていかれるのがオチだろう。

 

(テスラ・ドライブ搭載機は伊達ではない、ということか)

 

 改めてテスラ・ドライブの有効性を認識しつつも、キョウスケには不安材料が1つ残っていた。

 それは伊隅 みちるの事だ。

 改造した不知火・白銀による初戦闘、初のテスラ・ドライブの運用、長時間の戦闘 ── みちるの疲労度はピークに達しているに違いない。

 

「伊隅大尉、大丈夫ですか?」

『……誰に向かって物を言っている? 私の心配など無用だ。それよりも今は時間が惜しい、もっと速度を上げられるか?』

「ええ、いけます」

『よし、急ぐぞ』

 

 命令に従い移動速度を上げるキョウスケとアルトアイゼン。追走するみちるの表情は任務に対する気負いからか、それとも疲労をごまかすためか、心なしか少々険しく見えた。

 キョウスケの手前強がっているが、相当の疲れが貯まっているとしかキョウスケには思えなかった。

 

(あまり、時間はかけられそうにないな……)

 

 キョスウケとみちるは、シャドウミラーの潜伏する冷川へと道を急ぐ ──……

 

 

 

     ●

 

 

 

【4時58分 国連横浜基地 裏山】

 

 まだ太陽の欠片も見えず、まん丸いお月様が夜空を支配している時間帯。冬の早朝 ── 吐く息が白く染まる冷たい空気の中、G・Jは横浜基地の裏手にある小山の上に佇んでいた。

 

【人目につかず、基地の外に出れる場所を教えてもらいたい】

 

 それが南部 響介との通信後、G・Jが夕呼に出した要求だった。

 

【いいけど、どうするの?】

【いえ、心配なので俺も現場に向かおうと思いましてね。どの道、連中の正確な位置は俺でなければ分かりませんから】

【そう、悪いわね。移動用の車の手配は……要らないわよね?】

【ええ、走った方が早い(・・・・・・・)ですから】

 

 それが5分ほど前に交わした夕呼との最後の会話だった。

 G・Jは素早く移動し、横浜基地を包囲している帝国軍の監視の目をすり抜け裏山に辿りついていた。

 裏山に生えている大木の傍で、G・Jは眼前に広がる廃墟を見下ろしている。

 

「……何度見ても、切なくなる光景だな」

 

 G・Jの呟きは冬の夜空に吸い込まれ、消えていった。眼下に広がる廃墟は、BETAに蹂躙される前には柊町という名の住宅街だったと彼は聞いている。

 月光の助けもあって、早朝の暗さの中でも、G・Jには廃墟の様子がよく見えた。

 崩落したビルの1つがG・Jに昔の記憶を思い出させる。

 崩壊するビル、泣き崩れる少女、クマの人形 ── 幼い命を救ったあの日が自分にとっての運命の日だったことを、3人の仲間と共に正義のために戦った日々のことを、G・Jは決して忘れることはない。

 そして太陽神(アポロン)を名乗り、自分が犯した罪のことも。

 

(過ちの償いをするためにも、俺は必ず元の世界へと戻る。だが ──)

 

 この世界に来て早2年。その間に見たG・Jが見た予知が脳裏に蘇ってくる。

 G・Jには予知能力があり、何らかの拍子で未来を知ることがある。

 彼が垣間見た地球は変わり果てていた。

 戦争で地形の変わった地球 ── 陸地だった場所が海に沈み、海だった場所は干上がり塩の大地と化していた。生き残っている人類もごく僅かなのに、BETAとの戦争は相変わらず続いている。地球を脱出した同胞を待ち受ける運命を知る由もなく、ただただ生き延びるための争いを続けるしかない人間たち……。

 G・Jの未来予知は万能ではない。だが最も起こり得る身近な未来を見ることができた。つまり、このまま何もしなければ地球は破壊されてしまうのだ。

 この世界がG・Jにとって鳥が羽を休める止まり木のようなモノだとしても、黙って見過ごすことなどできるはずがなかった

 

(── かつて未来が俺を狂わせた。今度こそ、間違えたりはしない。この世界を救い、元の世界で贖罪の道を歩むをためにも……!)

 

 G・Jは風にたなびいていたコートを脱ぎ捨て、右手を天高く突き上げ叫ぶ。

 

 

 

「コールッ、ゲシュペンスト!!」

 

 

 

 冷たい空気をG・Jの熱い声が切り裂いた ── その時、不思議なことが起こる。

 太陽のような眩い光がG・Jの身体を包み込んだ。

 光に包まれたG・Jは空中に浮き上がり、その身体に変化が起こり始めた。何処からともなく現れた鋼鉄の手足、胴体、頭が次々とG・Jの身体に装着されていく。眩い光とは対照的に、鋼のパーツで身を包んでいくG・Jの姿は黒く際立って見える。

 光が収束した時、G・Jが居た場所に2m超の黒い鋼の巨人が立っていた。

 

 唐突だが、説明しよう!

 

 G・Jは異世界から転移してきた人間である。

 彼はあるシステム(・・・・・・)の力で別次元に隠しているからパワードスーツ【ゲシュペンスト】を喚び出し装着することで、一騎当千の戦闘力を発揮できる超人だった。

 元の世界で過ちを犯した彼は、最後の戦いの敗れ、あるシステムの暴走で偶然この世界に転移してきた。それがちょうど約2年前のことだ。それからというもの、彼は本当の名前を捨て、人類のために戦い続けてきた。

 戦場でBETAを薙ぎ払う姿は正に英雄。彼の正体を知る者はほとんどいなかったが、戦い続けるうちに彼は風の噂でこう呼ばれるようになっていた。

 地上最強の歩兵、あるいはBETAを狩る(ゲシュペンスト)()も無き亡霊(イェーガー) ──

 

「── G・J、見参ッ!!」

 

 お約束の名乗りを上げ、PS【ゲシュペンスト】のカメラアイに赤い光が宿る。これまでの激戦の名残か、ゲシュペンストの装甲表面には大小様々な傷が残っていた。

 

XN(ザン)サーチ、オン!」

 

 もう1つおまけに説明しよう!

 XNサーチとは、G・Jがこの世界に転移する原因となったとあるシステムのちょっとした応用で、次元の力を用いて周囲の情報を探る特殊能力である。XNサーチにかかれば、ステルスなどへのツッパリにもなりはしない。レーダーに映らなくても、光学迷彩で視覚で追えなくても、3次元にいる限り対象が無くなることはないのだから。

 G・Jの虎の子 ── そのシステムの修復がまだ30%程しか終わっていない状況でも、シャドウミラーの居場所を見つける程度、彼には造作もないことだった。

 ちなみにこのシステム、元々次元転移を行う機能も付いており、夕呼の転移装置はこのシステムを参考に作られていたりする。

 

「……疲れが貯まっているようだな、妙な幻聴が聞こえる気がする」

 

 まぁ、気のせいに違いないと自分を納得させ、G・Jは自分に気合を入れ直す。

 XNサーチでターゲットを補足。シャドウミラーは将軍が倒れてからは潜伏したまま、移動はしていないようだ。アルトアイゼンと不知火・白銀は、G・Jが指定したそのポイントに向かっている。

 

「では俺も行くか ── とうっ!!」

 

 地面を蹴り、G・Jが跳躍する。ただのジャンプが跳躍ユニットを使った戦術機よりも速く、一瞬で一度に200-300m近い距離を移動している。跳躍によって目まぐるしく変わる景色 ── 瞬間移動に見えなくもない動きだったがG・Jにとっては慣れたものだ。

 廃墟ビルの屋上を連続でジャンプしながら、G・Jはあっという間に横浜基地から離れて行くのだった ──……

 




英雄(ヒーロー)戦記もよろしく!
ついでに本作もよろしく!

《以下、補足》
G・Jは英雄戦記直後、マブラヴ世界に転移してきた設定で書いていきます。時系列的には英雄戦記⇒マブラヴ世界⇒紆余曲折⇒スパロボ世界⇒ジ・インスペクター、のつもりです。並行世界を彷徨う定めをしょっているらしいので、マブラヴ世界に転移していても不思議じゃないですよね? 多分。



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暗躍する影 4

【12月6日 未明 冷川インターチェンジ付近】

 

 所変わって、部隊は冷川インターチェンジの周辺へと移る。

 

 征夷大将軍 ── 煌武院 悠陽と合流した武たち207訓練小隊は、クーデター部隊の空挺作戦の決行により進退窮まる状況へと追い込まれていた。

 武たちを完全包囲したクーデター部隊。

 加速度病により倒れた将軍の介抱をする必要もあり、空挺作戦に参加していたクーデター首謀者、沙霧 尚哉が将軍の名のもとに宣言した1時間の休戦を、武たちは受け入れざるを得なかった。

 たった1時間という短いようで長い空白の時間、クーデター部隊は誓いを守り、将軍の奪取に兵を差し向けてくることはしなかった。

 その間に武や仲間たち、協力してくれているアルフレッド・ウォーケン少佐を始めとする米軍たちの様々な思惑が交錯する ──……

 

 

 ……── 紆余曲折を経て、武たちはクーデター部隊首謀者沙霧 尚哉の説得という大博打に打って出ることを決定した。

 

 実は207訓練小隊には御剣 冥夜という将軍と血の繋がった姉妹がおり、その外見は正に瓜二つ……仮に説得に失敗したとしても、将軍に扮した冥夜をクーデター部隊が追ってくるならば相当の時間を稼ぐことができ、その間に将軍を横浜基地まで移送することが可能になるだろう。

 一か八か、外れればスケープゴートにされる大任を冥夜は自ら買って出たのだった。

 

 

 そして今まさに、変装した冥夜を乗せる戦術機役に名乗りを上げた武の目の前で、クーデター部隊への説得が行われている ──

 

「── 沙霧 尚哉大尉、今の帝国の有様……これが将軍である私の責任である故はなんら変わる所ではない」

 

 武の乗る戦術機 ── 吹雪の管制ユニットが開放され、そのハッチの上に立った冥夜が頭を下げる沙霧にゆっくりと語りかける。日も登らぬ真冬の空気は肌を刺し、言葉と共に吐き出される息は白く煙る。

 成功を祈りながら冥夜の背中を見ているしかできない武の前で、彼女は凛と張った声で言葉を紡いでいく。

 

「米軍や国連軍の介入を許してしまっているのもまた然り……故に、そなた達が私のために血を流す必要はないのです」

「殿下……畏れながら、殿下の潔く崇高な御心に触れ、心洗われる思いにございます」

 

 手ごたえ、雰囲気は悪くない。冥夜の言葉を沙霧は将軍のものと信じて疑っている様に思える。

 

「ですが血は血を呼び、争いは争いを生みます。将軍の意思を民に正しく伝えることがそなた達の本意であったとしても……それが伝わらぬ者、それを拒む者を排除することを許される道理があろうか」

 

 沙霧は黙って冥夜の言葉を聞いている。

 

「日本と言う国は民の心にあるもの……そして将軍とはそれを移す鏡のようなモノ……もし映すものがない鏡があったなら、それは何と儚い存在であろうか……民のいない国などありはしないのですから」

「…………」

「一刻も早くこの戦いを終わらせ、民を不安から解放せねばなりません。そしてそなたの志に賛同する者達を一人でも多く救えるのはそなただけなのです……国の行く末を憂うそなたの想い、私がしかと受け止めました……ですから ──」

「殿下……」

 

 数秒の沈黙の後、沙霧は顔を上げ答えた。

 

「殿下……我が同志の処遇……くれぐれもよろしくお願いいたします」

 

 沙霧の言葉に達成感を覚える武 ──……

 

(これは……やったのか……?)

「沙霧大尉 ──── ッ!!?」

 

 ……── 説得の成功に現実味が出始めたその時、武の機体の近くで土煙が上がり、冥夜の言葉が遮られた。

 武は困惑した。

 何が起こったのか? この土煙はなんだ? 頭の整理が追いつかない。しかし冥夜の話に耳を傾け、聞くことに集中していた武には聞こえていた。

 土煙が上がる前に、彼の耳には確かに銃声が聞こえていた。

 着弾点は将軍に扮した冥夜の乗る武機の傍。

 

(まさか……誰かが狙撃した……!?)

 

 直後、アルフレッド・ウォーケン少佐の怒号が響く。

 

『── ハンター2ッ!? 何故撃った!? ハンター2ッ!?』

「嘘だろ! あと一息だったのに!!」

 

 ハンター2というコールサインを持つのは、ウォーケンの部下のイルマ・テスレフという女性衛士だ。休戦協定中、珠瀬 壬姫と話しをしていた人の良さそうな女性だった。

 信じられないという思いが噴き出してくる武を余所に、2発目の銃弾が機体の傍に着弾した。

 

「冥 ── 殿下! 危険です、こちらへ!!」

「あ、ああ……!」

 

 ハッチの上に立っていた冥夜を管制ユニット内に引っ張り込む武。

 即座にハッチを閉鎖し、冥夜の身体をユニット内にハーネスでしっかり固定する。

 

「くそっ!! いったい、何が起こってるんだよ!?」

 

 悪態を突きながらも、武は説得が失敗した場合のプランB ── 自身が囮となり、本物の将軍を逃がす作戦を実行するため、機体を動かし始めた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 冷川より数km離れた地点】

 

 ──…… 数km先で、将軍を巡る争いが再び勃発した。

 

 計画通り。予定通りとはいかなかったが、これで計画の趣旨は完遂されたと言っても過言ではない。

 引き金を引かせたその男は、戦術機の管制ユニットの中で、網膜に投影される情報から事が上手く運んだことを確認し呟いた。

 

諜報機関(CIA)へ恩を売るのはこの位で十分だろう、これがな」

『あの女に指向性蛋白を投与しておいて正解でござんしたね』

 

 男の呟きに反応して、通信相手の美女が奇妙な敬語(・・・・・)で応答してきた。

 美女の言う指向性蛋白とは、人体に投与することで特定の行動を引き起こさせる特殊な蛋白質の事だ。ある種の機動キーを使うことで、投与した人間に無意識下で特定の行動を起こさせることが可能 ── 本人も無自覚なまま工作員などに仕立て上げることができる、極めて非人道的な道具の1つだった。

 男たちはアルフレッド・ウォーケン少佐の部下たちの数人に、あらかじめ指向性蛋白を投与しており、将軍と沙霧の会談が成功しそうになったを見て機動キーを発動させていた。

 

「これでお偉いさん方のシナリオ通りに事は進むだろう。もっとも俺たちにはどうでもいい事だがな」

『隊長、報告が遅れましたが、1時間ほど前に村田が死亡したようでございますです』

「そうか。もう少し掻き回してくれると思ったが、存外使えん男だったようだ」

 

 男は村田 以蔵の事を思い出す。

 欲望に忠実で、戦闘好きのただの狂人 ── ボロ雑巾のように使って捨てる以外、あの男とつるむメリットは何1つ無かった。

 男は冷たく嘲笑し、通信相手の美女に向かって訊いた。

 

「W17、首尾の方はどうなっている?」

『はっ、W15、W16両名とも帝都より退避、作戦のフェイズ2(・・・・・)を実行中でありりんす』

「……そうか。所でW17 ──」

『なんでござんしょう、隊長?』

「その翻訳機の調子、どうにかならんのか? 鬱陶しくてかなわんぞ」

 

 男たちは外見から日本人でないことが分かる。

 W17と呼ばれた美女は、セクシーダイナマイツバディを地でいく豊満な身体付きをしており、顔つきも日本人離れしている。

 隊長と呼ばれた男の方も同様で、顔つきだけでなく、癖のある赤い髪の毛をした男など今の日本帝国内にはそうはいないだろう。

 そんな2人組が英語でなく、流暢な日本語を話している。

 

『それが……電源を切れないんだにゃん♡』

「……打つぞ、貴様」

 

 真顔で猫なで声をあげるW17に男のこめかみに青筋が走った。

 どうやら、W17の敬語は衛士強化装備に備わった翻訳装置の不調でおかしくなっているようだ。

 

「もういい。敬語で話すを止めろ、これは命令だ」

『了解。それに何故か外せなくて私も困っている』

「……お前もか。まったく、あの(・・)の遺した技術は便利なのか不便なのかよく分からんな」

 

 男は呆れながらも話を続ける。

 

「まぁ、いい。もうここに用はない。W17、俺たちも撤退してフェイズ2の準備をするぞ」

『W17、了解 ──── ん?』

 

 戦術機の主機出力を上げ、移動の準備を始める直前、W17が漏らした声に男は気づく。

 

「W17、どうした?」

『こちらへ近づく機影あり。戦術機が2機、接近してきている』

「何を馬鹿な。このラプター・ガイストにはあの男の技術が使われているんだ、早々見つかるはずがない」

 

 W17の報告を男は鼻で笑って返した。

 男たちの乗っている戦術機はF-22A【ラプター】の改造機だった。

 最強の第3世代戦術機の肩書をほしいままにするラプターは、ただ高性能なだけではなく、対人戦を想定した高いステルス性が特徴の機体だ。

 男たちの機体は、シャープなフォルムの全身を迷彩色で染め上げ、ステルス性だけでなく目視戦闘時の視認性を妨害を図っている。加えてある男の遺した技術を使い、ただでさえ高いステルス性を極限まで高めていた。一般的なレーダーでは相当接近されない限り気づかれることはないだろう。

 だから男は笑ったのだ。

 遠距離から自分たちを発見し近づくことが、どれだけ至難か理解していたから。

 しかしW17の言う通り、レーダーのマーカーは間違いなくこちらに近づいて来ていた。網膜に望遠映像が投影される。大きく赤い戦術機と不知火の改造機らしい白い戦術機の最小戦闘単位(エレメント)だった。

 

「……どうやって気づいた」

『分からん。どうする、隊長?』

 

 W17の問に男は冷たい微笑を浮かべて答えた。

 

「決まっている。俺たちは影 ── シャドウミラー。見た者は消す、これがな」

『了解だ ── アクセル・アルマー隊長』

 

 2機のラプター改造機 ── 男たちがガイストと呼ぶ戦術機は一気に戦闘態勢に突入する。

 管制ユニットの中には、オリジナルキョウスケの世界で彼を苦しめた好敵手(ライバル) ── アクセル・アルマーの姿が確かにあったのだった ──……

 

 




暗躍する影はこれにて終了です。

 以下、オリジナル戦術機紹介

 ・ラプター・ガイスト
   米国の第三世代戦術機F-22A【ラプター】を、ある男の遺した技術で改造した実験機。
   ラプターの特徴であるステルス性が極限まで強化され、機体性能も軒並み上昇している。
   シャドウミラーの隊長アクセル・アルマーが1号機、W17が2号機に搭乗。
   1号機の型式番号はF-22XN1、2号機はF-22XN2である。


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第17話 動き出す影

【12月6日 未明 冷川インターチェンジより数kmの地点】

 

「こちらヴァルキリー0。伊隅大尉、目標を発見した」

 

 まだ日も登らぬ早朝、闇に溶け込むその2つの影を見つけたキョウスケは伊隅に向けて声を上げていた。

 

 G・Jから指定された将軍のいる地点から数km離れたそのポイント ── 確かに、敵はそこにひっそりと隠れていた。

 夜間迷彩を施し、その敵はさらに機体を小さな林の中に隠してカモフラージュしている。

 近づけたからこそ見えた。G・Jからの情報が無ければ、キョウスケも敵を見つけることは難しく ── 敵がキョウスケたちに気付き動きを見せることで初めて、レーダーに機影が映り、目視でその姿を確認することができた。

 G・J曰く、敵機には相当高性能なステルスが搭載されている。それも納得の潜伏ぶりだった。

 経験上、ステルス性能に特化した技術はオリジナルキョウスケの世界にも存在する。アルトアイゼンは電子戦を得意にしている訳ではなかったが、戦術機相手にそうそう遅れは取らないとキョウスケは思っていた。

 レーダー・センサー類はロボットの目や鼻に相当する。

 妨害されれば、乗り手は機体の外を知ることができなくなる。

 

(……見えない敵か、確かに厄介ではあるが)

 

 一度見つけてしまえばキョウスケは二度と逃がしはしない、見つけにくいのであれば尚更だ。

 

『……こちらでも確認した』

 

 若干のタイムラグを置いて、みちるから声が返ってきた。

 

『目的を再確認する。第1目標は敵の拘束、不可能な場合は撃破だ。おそらく、連中の手引きで将軍殿下が再び戦闘に巻き込まれた……! これ以上何か動かれる前に止めるぞ!』

「ヴァルキリー0、了解……!」

 

 みちるの命令に承服したキョウスケは、アルトアイゼンを敵に向けてさらに加速させながら……思った。

 この世界はオリジナルにとっての並行世界 ──── 既に異世界の同一人物である村田 以蔵がキョウスケの前に立ち塞がり、今対峙している敵組織の名は……シャドウミラー。

 自分の知る、かつてシャドウミラーに属していた者達が敵に回っているのなら、苦戦を強いられることは予想に難しくない。

 

(頼むぞ、伊隅大尉……!)

 

 最少戦闘単位(エレメント)の後衛を務めるみちるに背中を任せ、キョウスケは2機の戦術機 ── モニター情報にはF-22A【ラプター】と表示されている ── に突撃していくのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第17話 動き出す影

 

 

 

 加速度とGの増すコクピットで、キョウスケは常にレーダーと敵情報に気を配っていた。

 

 2機のラプターとアルトアイゼン間の距離は既に目視しあえる距離だ。互いに確認できる距離まで接近し戦闘態勢に入ってしまえば、高性能のステルスも上手く機能しないらしく、レーダーには2つの赤いマーカーがクッキリと浮かび上がっていた。

 

 肉薄するアルトアイゼンに敵機から迎撃の徹甲弾が飛んでくる。回避し敵の1機をロックオン、キョウスケはアルトアイゼンの5連チェーンガンをけん制目的で発射した。

 しかし敵は跳躍ユニットの噴射でチェーンガンを避け、動きながら高速移動するアルトアイゼンに突撃砲を撃ち ── 命中。アルトアイゼン故の重装甲に徹甲弾は装甲表面で弾かれ、虚空へと消えていく。

 

(当ててきたか……!)

 

 アルトアイゼンの取り柄の1つに硬く、分厚い装甲がある。

 おそらく36mm弾であろう敵の小さな徹甲弾程度では、アルトアイゼンの装甲を貫通されることはまずないだろうが、反撃で命中させてきたという事実が問題だ。

 敵の腕は良い、この一瞬のやり取りでもその程度なら把握できた。

 腕利きの敵の乗ったラプターが2機 ── キョウスケがアルトアイゼンに乗っていても、油断して勝てる相手ではないだろう。

 

「伊隅大尉!」

『任せろ!』

 

 飛ばしたキョウスケの声にみちるが応え、後方から電磁投射砲の大口径弾が飛来する。

 が、ラプター、これを避け、突撃砲の銃口をアルトアイゼンに向けた。

 もう1機のラプターと連携しアルトアイゼンを取り囲むように旋回し、トリガーを引いてくる。

 アルトアイゼンは銃弾を躱す。アルトアイゼンがいくら堅牢とはいえ、無暗に攻撃をもらい続けては危険 ── キョウスケは機体が重いなりに回避し、砲撃の1割程度が被弾してしまい、しかし装甲に弾かれていた。

 今の所ダメージはほぼ無かったが、時折織り交ぜて撃ち込まれる120mm弾は確実に避けた方がよいだろう。

 

(こいつら、やはりできる……!)

 

 しかしアルトアイゼンの重量は、戦術機のそれに比べて非常に重い。

 回避に専念しても全て避け切れる保証は無く、なにより長所である攻撃性能を十二分に発揮できなくなる。

 

(ならば……多少もらう覚悟でツッコむ……!)

 

 キョウスケのコンソール操作に反応し、リボルビング・バンカーの撃鉄が上がった。

 TDバランサーのウィングが展開され、バランス制御に使われていたそれが、アルトアイゼンにさらなる加速を与えるために出力を増し始める。

 コクピットでは、モニター上のラプターに真っ赤なロックオンマークが刻まれている。

 徹甲弾を弾きながら加速するアルトアイゼン。あとはラプターに機体ぶつけ、バンカーの切っ先を突き立てて撃ち貫くだけ ──── だがその時、機体のモニターに異変が起きた。

 

 突然、これまで、くっきりと浮き上がっていたロックオンマークが消えた。

 

(なんだ……!?)

 

 突然の事態にアルトアイゼンの進行方向が僅かにぶれる。

 一瞬の隙を付き、敵のラプターはリボルビング・バンカーの攻撃範囲から逃げ ── その動きを、アルトアイゼンは追尾しきれなかった。

 リボルビング・バンカーの切っ先が空を突く。

 目標物が多少動いた所で、機体に搭載されているTC-OSなら、自動補正し移動方向や攻撃の角度ぐらいは調整、追尾してくれる。

 融通が利きにくいアルトアイゼンでも多少は追尾し敵を捕らえる ── 素振りは見せるものだが、さっきはそれが全くなかった。

 

(まさか……!)

 

 空振りに終わった突撃。

 TDバランサーの力を借りて素早く旋回すると、モニターに120mm弾が一瞬映った。被弾。貫通はしていないが、アルトアイゼンの装甲表面が損傷した。

 モニターに銃口を向けた敵ラプターが見える ──── が、画面上でロックオンマークが重なる様子は確認できなかった。

 

(チッ……強力なジャミングの類か何かか……!?)

 

 ついさっきまで表示されていたレーダーのマーカーも消えていた。

 敵のラプターは目視での追跡を困難にするため、夜間用の迷彩色で機体を塗装している。レーダーが効かず、ロックオンによる追尾も不可能……尚更、メインカメラで捉えている敵機を見失う訳にはいかなくなった。

 しかし正面に集中すれば、当然、もう1機のラプターへの注意が散漫になる。

 

「こちらヴァルキリー0! 伊隅大尉、レーダーが効かなくなった! そちらの敵機を頼みます!」

 

 幸いキョウスケたちと敵の数は同じで、それぞれが1機ずつ担当すれば、発生している問題を大分誤魔化し戦うことはできる。

 

『──────』

 

 しかしキョウスケの通信にみちるの声は返ってこない。

 聞こえてくるのはノイズのみ。

 

「伊隅大尉! 伊隅大尉、応答してくれ!」

 

 キョウスケの声にみちるの返事はなかった。

 レーダーが効かなくなっても、撃墜されたなら集音マイクなどの音で分かる筈……敵の妨害で通信障害も起きていると考えて間違えなさそうだった。

 

(目と耳を奪われたか……やってくれる!)

 

 みちるの生死が分からない。しかし集中力を切らせることはできない。キョウスケは目の前のラプターを見逃さないよう闇夜に目を凝らす ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 赤い戦術機が、アクセル・アルマーの改造ラプター ── ガイスト1に食い下がってくる。

 相手は技量の高い衛士だと、アクセルが確信する。

 同時に自分が見たことのない赤い戦術機の動きに、アクセルが持てる最大限の警戒を持って向かっていた。

 アクセルは戦術機による戦闘が嫌いではない。相手の赤い戦術機が友軍で、これが模擬戦だったなら、生死を考えず、互いに存分にやりあえただろう……そう思えて仕方なかった。

 だがアクセルは任務中だ。

 任務は持てる全てを使い果たすもの。

 彼は迷うことなくW17に声をかけた。

 

「W17、ジャミングは問題ないか?」

 

 アクセルの声にW17が答える。

 

『出力最大で稼働中。持続可能時間は5分だ』

「5分もあれば十分だ。俺は赤いの、貴様は白いのをやれ」

『W17、了解』

 

 W17の改造ラプター ── ガイスト2が、ガイスト1より離れて行く。

 赤い戦術機と白い戦術機は、アクセルたちのガイストに追随してきている。

 2機のラプター・ガイストにはアクセルの所属している組織シャドウミラーの技術の粋 ── あの男(・・・)が残した多くの特殊技術が組み込まれている。その性能は米軍の中で「戦域支配戦術機」と呼ばれ始めているF-22A「ラプター」を軽く凌駕し、第三世代を超え第四世代の領域に足を踏み入れていると言っても過言ではない。

 しかしその機体に、敵の衛士と機体は喰らいついてくる。

 機体性能は言うまでもなく、衛士の技量も一級品だった。

 特にアクセルは、赤い戦術機の大胆かつ思い切りの良い機動 ── それを行う衛士の気概と胆力が嫌いではなかった。

 

「良い腕だ、俺の部下に欲しいぐらいだぞ」

 

 彼は小さく呟きながらも、操縦桿(スティック)を動かす手を休めない。

 爆発的な加速でガイスト1に吶喊してくる赤い戦術機。その右腕の巨大なパイルバンカーの直撃を受ければ、いかにガイスト1と言えど致命傷は免れない ── が、ガイスト2の高性能ジャミングが効いていて、突撃してくる赤い戦術機にコンマ数秒の不自然な動きが出るのをアクセルは見逃さなかった。

 サイドステップで赤い戦術機のパイルバンカーを躱し、銃弾を浴びせる。

 120mm砲弾が命中した。

 だが硬い。赤い戦術機は沈黙はせず、旋回し、再びガイスト1との距離を詰めるべく加速し始める。

 長期戦の様相を呈してきたにも関わらず、アクセルの顔には微笑が浮かんでいた。

 

「BETAならいざ知らず、対人(AH)戦闘で俺たちが負けることは絶対にない、これがな」

 

 アクセルの乗る改造ラプター ── ガイスト1は、先行量産型のラプターにあの男の遺した技術で強化改造を施し続けた機体だ。しかしステルス性能はラプターより少し上な程度、ガイスト2と違い、ジャミング機能を追加されている訳ではなかった。

 ではどの部分が強化されているのか? 

 答えは単純。

 追い詰められた時、本当にモノを言うのは特殊な技術などではなく、地力の差である。

 ガイスト1の強化改造はシンプルと言って差し支えないものだった。機体性能 ── 機動性、即応性、装甲や関節の強度、主機出力……およそ戦術機を動かすために必要なハード面を、徹底的に強化された機体 ── それがラプター・ガイスト1だ。

 量産性を度外視した超強化 ── しかしこの機体が残すデータこそ、後の戦術機の礎となり、同時にこの戦闘における戦闘の勝利をアクセルに確信させる……それだけのスペックを誇っている。

 だが彼の確信を裏打ちしているのは、なにもガイスト1の超高性能だけではなかった。

 

「W17」

『なんだ、隊長?』

「奴らに見せてやれ、ガイストの幻影をな」

『W17、了解』

 

 アクセルが勝てると確信している最大の理由は、W17が搭乗しているラプター・ガイスト2にあった。

 ハード面を強化したガイスト1と対照的に、ガイスト2はソフト面に対して徹底的な強化改造を施してある。

 それも電子戦に重点を置いた強化で、ガイスト1同様の高いステルス機能だけでなく超高性能なジャミング機能、ハッキング能力をラプター・ガイスト2は持っていた。

 例え、第三世代戦術機がOBLシステムで外部からの電磁波の影響を受けにくくなっているとしても、あの男の遺した技術の前では吹けば吹き飛ぶ砂上の楼閣のようなものだ。

 防御プログラムを用意しているならいざ知らず、追撃、突撃をしてくるだけの敵に、ガイスト2のハッキング能力を防ぐことなどできはしない。

 アクセルの耳に、W17の冷たい声が聞こえてきた。

 

『ターゲット、アンノウン1、2。敵JIVES(ジャイブス)、強制起動 ──』

 

 これで自分たちの勝利は揺るがない。

 アクセルは勝ちを確信しながらも、トリガーを引く指の力を緩めることはなかった。

 

 

 



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第17話 動き出す影 2

 伊隅 みちるは、シャドウミラーと呼ばれる組織の戦術機のラプターを相手にしながら、相方である南部 響介との通信を続けていた。

 

「南部! 応答しろ、南部!」

 

 みちるの声に彼の声は返ってこない。

 だが彼の乗機アルトアイゼンの姿が後衛のみちるには見えていた。アルトアイゼンはもう1機のラプターに接近戦を挑み続けている。撃破はされていない ── にも拘らず通信障害が起き、データリンクにも不調を来していた。

 敵が強力なジャミングを行っている、そうとしか思えなかった。

 

(厄介ね……これでは南部と連携が上手く取れない……!)

 

 敵も戦力を2分させ、アルトアイゼンと不知火・白銀を分断させるように動いている。

 響介と連携が取れぬまま応戦を続け、みちるは彼から引き離され、ラプターとの1対1の構図がいつの間にかできあがっていた。

 敵のラプターの性能は脅威だ。米国の戦術機F-15【イーグル】と100戦して全勝したと、みちるは風の噂で耳にしている。少なくとも「A-01」に支給されている不知火よりは基礎スペックは上だろう。

 乗り手も熟練の衛士とみて間違いない。単純な機動性では不知火・白銀が勝っていたが、ジャミングの影響もありみちるは劣勢を強いられていた。

 

「このっ、当たれ……!」

 

 不知火・白銀が電磁投射砲から大口径弾を連射する ── が、ロックオンマーカーが消え、マニュアルで放った銃弾はラプターに何なく躱されてしまった。

 管制ユニットの中のみちるの息が徐々に荒くなっていく。

 頭に血が上っている訳ではない……慣れないテスラ・ドライブ搭載機での連戦で、みちるに蓄積した疲労は正にピークに達していた。

 

(早く……早く終わらせないと……! 疲れで手元が狂ってしまう前に……!)

 

 不知火・白銀は電磁投射砲から36mm弾を連射後、大口径弾を数発撃つ。しかし機体に慣れていない上にマニュアル操作の射撃が敵に命中する筈もなく ── みちるは機体を高速で移動させながら、空になった大口径弾のカードリッジを交換した。

 その直後だった。機体に異変が起きたのは。

 ピーッという機械音と共にレーダーが回復、網膜上のラプターに真紅のロックオンマーカーが刻まれる。

 

「ジャミングが弱まった……!? 今が好機……!!」

 

 ロックオンしたラプターに銃口を向け、みちるは跳躍ユニット全開で不知火・白銀を加速させた。

 テスラ・ドライブの恩恵で不知火・白銀の初速は、通常の戦術機より段違いに速い。機体は一気に最高速度に達した。

 敵ラプターは動き回りながら迎撃 ── 不知火・白銀はそれを掻い潜りながら接近、大口径弾の銃口の先に敵を捉え、トリガーを引く。

 3発連射された大口径弾の内の1発がラプターの胴体に命中した。直撃弾 ── 感慨にふける間もなくラプターが爆散する。

 身体を構成していたパーツが轟音と共に飛び散った。

 

「やった……!」

 

 思わず悦びの声を上げるみちる。

 レーダーを確認すると響介はもう1機のラプターと交戦中していた。

 

「あと1機! 待っていろ南部、今助けにいくから ── なっ?!」

 

 突然の衝撃がみちるを襲った。

 ダメージ警告が視界に移りこむ。

 網膜に表示される機体状況を確認すると、不知火・白銀の左腕部 ── 3連突撃砲が内蔵される部分に被弾し、武装の使用が不可能になっていた。さらに駆動系も破壊されたのか、左腕部は操作に反応しなくなっていた。

 誰に攻撃されたのか……みちるはレーダーと目の前の光景を確認して、あまりの光景に愕然となる。

 

「な、なにだ、これは……?」

 

 撃破した筈の敵ラプターがこちらに銃口を向け、立っていた。

 爆散した筈の敵が五体満足で自分を狙っている……これだけでも普通は目を疑うのだが、本当にみちるを驚愕させたのは敵機の生存ではなく ── その数だった。

 

 

── 十数機のラプターが不知火・白銀を取り囲み、銃口を向けている。

 

 

 レーダーも自機周辺を赤い光点が包囲し、管制ユニット内ではロックオンアラートが鳴り響いている。疲れのあまり幻覚を見ているのだろうか? いや、そうではない。現に不知火・白銀の左腕は破損し、動かなくなっていた。

 幻覚でないのなら、この目の前に広がっている光景は何なのだろう……みちるは困惑しながらも考える。

 

「分身……いや、そんな非科学的な事があるはずが…………まさか、この感じ……JIVES(ジャイブス)……?」

 

 JIVESとは近代の戦術機のほぼ全てに導入されている仮想訓練プログラムである。

 戦術機の各種センサーとデータリンクを利用して、あらゆる物理現象を再現可能なJIVESは頻繁に新人育成や訓練のために利用される。当然、みちるも何度も利用したことがあった。

 だが戦闘機動中に、独りでにプログラムが立ち上がるなど前代未聞だ。馬鹿げた考えを否定するためにシステムの機動状態を確認するみちる……結果を言えば、JIVESは起動していた。

 しかもこちらの操作を受け付けないロック状態、みちるにはどうする事もできなかった。

 

「……この中から本物を見つけろ……? 冗談じゃない……!」

 

 すぐさまみちるは不知火・白銀を飛び立たせ、右腕部だけで保持した電磁投射砲で大口径弾を発射した。両手で撃つよりも安定性が落ちるが、何とかラプターの1機に命中、爆散させる。

 だがラプターはまだまだいる。この中で実体を持つのは1機だけ、他のラプターはJIVESが生み出した幻影 ── 木を隠すなら森の中、みちるに本物と偽物を区別する術はなかった。

 地上のラプター軍団の一部が跳躍し不知火・白銀に襲いかかる。

 偽物の攻撃で機体に損害が出ることはないが、JIVESはシュミレートした物理的な衝撃を、確実に管制ユニット内へと再現してくるだろう。それは極限までリアリティを追及した訓練プログラムの最大の利点だった。

 しかし今回はそれが仇になる。

 地上から射撃を躱せば空中からの追撃、空中に気を取られれば地上からの銃撃に被弾する……そして中には本物の攻撃も巧みに織り交ぜられている筈だ……ストレスとJIVESの生み出した仮想の衝撃は、機体ではなくみちるに蓄積していく。

 

「くっ……う……ああぁぁ……!」

 

 多勢に無勢 ── 数の暴力に曝されたみちるの苦悶の声が未明の空に木霊した ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── みちるの悲鳴をキョウスケは聞き逃しはしなかった。

 

『……ああぁぁ……!』

「伊隅大尉……! 通信が回復したか!」

 

 みちるの苦しそうな声が聞こえたが、回線が安定していないのかそれ以上彼女の声は届いてこない。それがかえって不安だった。何かあったに違いない、そう感じるには十分な声だったから。

 ジャミングが弱まっているのかいつの間にかレーダーが回復し、モニター上の敵ラプターにロックオンが掛かかっている。

 レーダーにはみちるのマーカーも残っていたが、敵のラプターとの高機動戦が続いているのか光点が忙しなく動いていた。

 

(どうする? 機能が回復した今が敵を討つチャンスではあるが……)

 

 モニター上の敵ラプターを一瞥し、キョウスケは考える。

 ロックオン機能が元に戻っても、ラプターの動きは素早く、気を抜けば一瞬のうちに視界の外に逃げられてしまいそうである。

 

(敵を撃退して速やかに大尉と合流するのがベスト。だが、どうにも一筋縄ではいきそうにない……大尉と連携して撃退するのがベターか……!)

 

 不知火・白銀はヴァイスリッターのデータを元に開発された、武の世界におけるコピーのような存在だ。

 インレンジのアルトアイゼン、アウトレンジの不知火・白銀 ── 2機が連携すれば、ラプターが連携してこようともオリジナル世界のように対処できる筈……キョウスケは敵の撃墜よりも、みちるとの合流を優先することにした。

 機体を反転させる隙を作るため、アルトアイゼンの5連チェーンガンがラプターを狙う。高速移動するモニター上の黒い影に徹甲弾が発射されるが、そう都合よく命中するものではなかった。

 回避され、ラプターの突撃砲から36mm弾が撃ち返される。キョウスケはアルトアイゼンのスラスターを噴かせ銃撃を避ける。

 

(元より当たるとは思っていない……! だが立ち位置さえ逆転できれば……!)

 

 敵はジャミングでレーダーが効かないことを知っている。

 戦闘開始からこれまでの間、ラプターは不知火・白銀がアルトアイゼンの前方に来ないように立ち回っていた。レーダーが効かず通信もできず、有視界戦闘を行うしかない状況に追い込めば、声を掛けあえないキョウスケたちが連携するには互いに目視で確認するしか方法がない。

 しかしそれは立ち位置が変われば、後方にいる不知火・白銀の姿を、アルトアイゼンのメインカメラで捉えることができることを意味していた。

 戦場で敵に背を向けるのは自殺行為。知っている。だからキョウスケは不知火・白銀を前方に目視できる位置に来た瞬間、アルトアイゼンを直進させ、ラプターの攻撃を振り切る腹づもりでいた。

 相変わらずキョウスケの射撃は当たらない。しかしラプターを意図した場所へと誘導することには成功していた。

 モニターに映るたった1つの黒い影。1対多ならいざ知らず、1対1での立ち位置の調整などキョウスケには造作もないことだった ── その時、

 

『── ほう、どうやら奴には俺の姿が見えているようだ、これがな(・・・・)

 

 回線に乗って聞こえてきた声が、鼓膜を越えキョウスケの脳へと突き抜けていく。

 顔の筋肉が強張っているのが分かった。なぜなら回線越しの声は、キョウスケに浅からぬ因縁を持つあの男の声だったから。

 

「……アクセル・アルマー……?」

 

 思わず、キョウスケはその男の名を口にしていた。

 アクセル・アルマー ── オリジナルの世界に侵攻してきたシャドウミラーの隊長を務めていた男。アルトアイゼンがリーゼへと改修される原因を作り、最期の戦いで大気圏からはじき出され宇宙へと消えて行ったあの男 ── アクセルの声をキョウスケが聞き間違えるなどある筈もない。

 

「アクセル、お前なのか……?」

 

 キョウスケの問にラプターに乗っているアクセルは答えなかった。

 敵であるラプターになぜ通信回線が開かれているのか、キョウスケには分からなかった。ジャミングの影響で計器が誤作動したのか、それとも……

 

(まさか……アルト、お前がやったのか……?)

 

 沸き上がるキョウスケの疑問、当然、アルトアイゼンが応える筈もない。

 しばらくダンマリのまま撃ち合いを続けるアルトアイゼンとラプター……先に口を開いたのはアクセルの方だった。

 

『……その見慣れん赤い戦術機、どうやらJIVESを入れていないようだな。でなければ、幻影の中から俺だけを見つけ出すなどできるはずもない』

「アクセル! 俺だ! キョウスケ・ナンブだ、分からないのか!?」

『あいにく、俺は貴様など知らん、これがな……!』

 

 そう言い捨てるとアクセルは一方的に回線を遮断した。

 徹甲弾を撃ち込んでくるラプターに対し、アルトアイゼンはチェーンガンで応戦、地味に立ち位置を調整していく。

 

(……あのアクセルが村田同様に並行世界の同一人物なのか、それとも……いや、今はそれを考えるべき時ではない……!)

 

 キョウスケはアクセルのラプターを振り切り、みちると合流しなくてはならない。集中力を欠いている場合ではなかった。相手があのアクセル・アルマーなら尚更だ。

 ラプターの攻撃を回避し位置を調整し続けること数回 ── 不知火・白銀の姿が見えてくる。

 

「っ! 伊隅大尉!!」

 

 脚部から黒煙を上げて倒れている不知火・白銀の姿が、キョウスケの目に飛び込んできた。

 不知火・白銀の両主脚部が徹甲弾で撃ち抜かれている。左腕も動かないのか、電磁投射砲を持つ右腕部で上体を起こそうとしていた。

 動けなくなった不知火・白銀を、もう1機のラプターの突撃砲が狙っている。

 

「させんぞ……!」

 

 躊躇なくフットペダルを底まで踏み込むキョウスケ。アルトアイゼン背部にある計17基のブースターが一斉に火を噴き、TDバランサーの出力最大で機体が一気に加速した。

 アクセルのラプターから銃弾が飛んできたが、キョウスケは回避せず真っ直ぐに突き進む。120mmが着弾し凄まじい衝撃が機体を襲うが、アルトアイゼンのスピードは更に増していった。

 

「アクセルッ、そこをどけぇ!」

 

 硬くて重くて速ければ、武器を使わずとも機体は十分な凶器となる ── アルトアイゼンの突撃をアクセルのラプターは紙一重で躱していた。

 キョウスケの前に道が開く。不知火・白銀を狙うラプターの指が、今にもトリガーを引きそうに見えた。

 キョウスケは迷う事なく2機の間に割り込み、機体に急制動を掛けた。TDバランサー出力最大で慣性を殺しながら脚部を地面に突き立て減速し、スラスターでバランスを取るという狂気に近い神業 ── ラプターがトリガーを引くその瞬間、アルトアイゼンは既に不知火・白銀の前に立ち塞がっていた。

 突撃砲から発射された36mmが装甲で弾かれ、続けて放たれた120mm弾に機体が揺れた。

 

「硬さが頼りだ、まだいける……!」

 

 5連チェーンガンで応戦するが、敵のラプターには難なくそれを回避された。

 アルトアイゼンにダメージは蓄積しているが、まだまだ戦える。問題はみちると不知火・白銀だった。

 

「伊隅大尉! 無事か、返事をしろ!?」

『── 南部 ──── なぜ来 ──』

 

 物理的な距離が縮じまった影響か、途切れ途切れではあったがみちるの声を聞きとることができた。声に覇気は無い。相当参っているようだった。

 

『── 私に構うな ──── 倒せ ──』

「伊隅大尉、悪いがその命令は聞けない。俺は貴女を見捨てたりはしない。2人で皆の所に帰るんだ……!」

『馬鹿 ────』

 

 みちるの声はぷっつりとそこで途絶えた。再び通信回線が不安定になったのか、それともみちるが気を失ったのか、今のキョウスケにそれを確認する余裕はなかった。

 みちるを狙っていたラプターだけでなく、アクセル機も合流してアルトアイゼンに射撃を再開した。36mm弾に時折混ぜられる120mm弾が、アルトアイゼンの装甲を徐々に削っていく。

 

「この……!」

 

 5連チェーンガンで反撃 ── 自由に動き回っているラプター2機には命中しない。接近戦を仕掛けようにも不知火・白銀の傍を離れれば、アクセルたちはみちるを狙ってくるだろう。

 みちるを庇い動きを制限されるアルトアイゼンを嘲笑うように、2機のラプターは延々とヒットアンドアウェイを繰り返す。爆音と振動がキョウスケを襲う。連戦で疲労は蓄積していたが、長年アルトアイゼンに乗り続けたキョウスケのタフネスは、この程度で根を上げる程なまっちょろいものではない。

 問題は ──

 

(くっ、弾が残り少ない ── ッ!)

 

 ── けん制と反撃に使い続けた5連チェーンガンの残弾が心許ない値に突入し、モニター上に警告が表示されていた。

 転移し、すぐに任務を与えられたキョウスケには、しっかりとアルトアイゼンの武装の準備を行う時間がなかった。今回はBETAの新潟再上陸時のように突撃砲を携えておらず、アルトアイゼンが使えるまともな射撃武器は5連チェーンガンだけだ。

 残る武装はリボルビング・バンカーにプラズマホーン、アヴァランチ・クレイモア……どれも格闘戦でなければ本領を発揮できない武器ばかりである。

 下手に身動きが取れないこの状況下では、どの武器も非常に使い勝手が悪いと言わざるを得ない。

 

(来い……! 近づいて来い!)

 

 そうすれば、跳弾覚悟でクレイモアを叩き込んでやれるのに……しかし遠距離攻撃で圧倒的な優位に立っているアクセルが、危険を冒して接近してくるとは思えない。

 万事休すか、反撃を続けながら唸ったキョウスケに、通信回線を開いてきた者がいた。

 相手はまさかのアクセル・アルマー。

 今まさに撃ち殺そうとしている相手に何を言おうというのか? キョウスケの疑問にアクセルの口が答える。

 

『キョウスケ・ナンブと言ったか? 貴様はここで殺すには惜しい男だ。どうだ? その赤い戦術機と共に俺たちに付けば、生かしておいてやらんこともない』

「……何が目的だ?」

『俺たちには技術力が要るのさ、圧倒的なな。BETAとの戦争が終わった後、俺たちの志を達成するためにな』

 

 アクセルの組織 ── シャドウミラーの立ち上げる題目と言えば「闘争が永遠に続く世界」の実現だ。

 闘争が続けば腐敗や汚職は横行せず、人類の技術は進歩し続けるという実にバカげたその理想論は、首領であるヴィンデル・マウザーの死によって潰えた。この世界のシャドウミラーの志とやらが、それと同じなのかは分からない。

 だがロクでもない野望で間違いないだろうと、キョウスケは直感的に感じていた。

 

「……口が軽くなったな。いいのか? そんな風にペラペラ喋ってしまって」

『構わんさ。俺たちに賛同しなければ殺す。死人に口なし、機体の残骸は俺たちが回収して終わりだ、これがな』

 

 冷たく言い放たれるアクセルの言葉は説得力のある物だ。

 弾が切れ、1対2の接近戦を挑まなければならない状況になれば、圧倒的に不利なのはキョウスケだ。加えて敵には強力なジャミングがある。さらにキョウスケがみちるの傍を離れることはないと、アクセルに見透かされていることに無性に腹が立った。

 しかし怒りに任せて突撃しては、まさに相手の思うつぼ。

 

『さぁどうする? イエスかノーで答えろ』

 

 突撃砲の暗い銃口がアルトアイゼンに突き付けられていたが、

 

「断る」

 

 キョウスケは一縷の迷いもなく言い切った。

 

「生き様を曲げてまで、生き長らえようとは思わん」

『ふん、嫌いじゃないぞ、貴様の考え方』

 

 アクセルのラプターの指がピクリと動いた。あの指でトリガーを引けば、再びアルトアイゼンはアウトレンジから滅多撃ちにされる。

 どうすればいいのかキョウスケは考える。アクセルたちが接近してくるのを貝のように待ち続けるのか? それとも一瞬だけみちるの傍を離れ、速攻でケリをつけるのか? 実現できるなら、どちらもとうの昔に実行している……成功する可能性の低い賭けだった。

 今回の対価(チップ)は自分ではなくみちるの命 ── 迂闊に動けないキョウスケ。

 回線の先でアクセルがあざ笑うように声を漏らした。

 

『死ね ──』

『── 待てィッ!!』

 

 凛とした声がアクセルのそれを遮った。

 アルトアイゼンの集音器が集めたその声は、アクセル同様キョウスケにとって聞き覚えのある男の声。

 

「……なんだ?」

 

 いつの間にか、レーダーに動体を示す反応が1つ増えていることにキョウスケは気付く。しかし増えているマーカーは小さく、戦術機というよりは小型種のBETA程度の大きさであることを示していた。

 マーカーはアルトアイゼンの肩部コンテナ上にあった。

 モニターに映し出される見慣れた人間大(・・・)の機影にキョウスケは驚きを隠せない。

 

 

 ドイツ語で亡霊の名を与えられたPT ── ゲシュペンストが、傷だらけの体躯を月光に照らされて立っていた。

 

 

 だがキョウスケの知るゲシュペンストは全長20m程度の大きさで、眼前のそれは2mは越えているが3mには満たない、大男に毛が生えた程度の鋼の巨人だった。

 小型のゲシュペンストからキョウスケに通信が入る。

 

『待たせたな、南部 響介』

「その声は……ギリアム少佐? それに乗っているのか?」

『……俺はG・Jだ、そこの所は間違えないでもらおうか』

 

 ギリアムにしか聞こえない声の持ち主は、出撃前の会話の時と同じくG・Jと名乗った。兎に角、小型ゲシュペンストに乗る ── というよりは、着込むパワードスーツ的な物を操っているのはG・Jで間違いないようだ。

 ギリアムが何故G・Jと名乗っているのか、問い詰める時間は今のキョウスケにはなかった

 

『南部 響介、これからは俺も君と一緒に戦おう ── とうっ!』

 

 G・Jの掛け声と共にゲシュペンストがコンテナから天高く飛び上がる ── 一瞬で優に20mは飛び上がり、空中で回転して勢いをつけ、ゲシュペンストはみちるを狙っていたラプターへと飛び降りていく。

 

『光太郎、技を借りるぞ! 喰らえ、ゲシュペンストキックッ!!』

 

 加速を付けた小型ゲシュペンストの蹴りが、弾丸のような速さでラプターの体に降り注ぎ ── みちるを狙っていたその機体は、大きく後方へと弾き飛ばされる。

 ラプターが持っていた突撃砲がくの字に圧し折れ、中心部には大きな足形が残っていた。ラプターはゲシュペンストの蹴りをとっさに突撃砲を盾にして防いだらしい。

 使い物にならなくなった突撃砲を投げ捨てるラプター。

 その眼下にG・Jのゲシュペンストが静かに舞い降りた。

 

『……G・J、貴様、なんのつもりだ?』

『この星の明日のために、シャドウミラー、貴様らの好きにはさせんぞ』

 

 押し殺したアクセルの怒声にG・Jが応え、戦いの第2幕が切って落とされる ──……

 



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第17話 動き出す影 3

【12月6日 未明 冷川インターチェンジより数kmの地点】

 

 突如現れた小型の機動兵器 ── ゲシュペンストに、アクセル・アルマーは心当たりがあった。

 

 地上最強の歩兵、ゲシュペンスト・イェーガー……呼び名は様々だったが、ゲシュペンストの乗り手を知る者はみな、彼のことをG・Jと呼ぶ。

 G・Jはアクセルの所属する国の活動に協力したこともある。

 決して敵と言うわけではないが、従順な狗というわけもなかった。G・Jは人々を守るために戦い、BETAを駆逐し、しかし戦術機程目立つこともないため、多くの人間が彼の素顔を知ることはなかった。

 だがアクセルは知っていた。

 素顔ではなく、G・Jが信頼を寄せ、協力を惜しまない男が1人だけいることを。

 

「……G・Bの差し金か。面倒な奴が出てきたものだ」

 

 アクセルたちのラプター・ガイストに使われる技術を遺した(・・・)あの男 ── 本名も知らず、顔も画像データでしか見たこともないその男は、かつてシャドウミラーの母体となった組織に属していた。

 様々な画期的技術を生み出した天才科学者 ── 通称G・B。

 だが1年ほど前、G・Bは第5計画に反発しシャドウミラーの前から姿を消した。シャドウミラーも彼の追跡は続け、つい最近になって、潜伏先と思われる場所の特定に漕ぎ付けたばかりだった。

 G・Bに協力し、彼を守り続けている男が、アクセルの目の前にいるゲシュペンスト ── G・Jだった。

 

(ふん、まぁいいさ……作戦の第1フェイズは既に達成している。今は第2フェイズに向けて、準備を整えなければならない時だ)

 

 仲間を庇って動けない赤い戦術機はまだしも、G・Jの相手をするとなると骨が折れ時間がかかる。

 確実に勝てる保障がない上、長引けばアクセルたちが目撃されるリスクが高まっていく。自分たちの存在が知られたことは痛手だが、作戦半ばで捕縛されることだけは避けねばならない。

 

「W17、ジャミングはあとどれだけ使えそうだ?」

『最大出力で1分弱だ』

「それだけあれば十分だ、これがな」

 

 微笑を浮かべるアクセルのアイコンタクトにW17は頷き、2人のシャドウミラーは行動を再開する ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── アクセルたちのラプターに動きがあった。

 

 機能回復しアクセルたちの姿を正確に表示していたアルトアイゼンのレーダーに、再びノイズが奔りマーカーが消えたのだ。

 同時にコクピットモニターに表示されていたロックオンカーソルも消失していた。

 ほんの少し前、アクセルのラプターと一対一で対峙していた時と同じ状況に陥っている。敵の強力なジャミングが再開された ── キョウスケがそう判断するのに数秒もかからなかった。

 だがアクセルは、その数秒の間に行動を起こしていた。

 2機のラプターが戦術機の掌大の何かを取り出し、キョウスケたちの方向へと投擲してきたのだ。

 投げられたそれは弧を描いてアルトアイゼン手前の地面に落ち、破裂して大量の黒煙を噴出し始める ── ただでさえ迷彩塗装により目視が困難なラプターがより一層見えにくくなり始めた。

 

「煙幕? まさか ──」

『逃げるつもりか!? そうはさせん!』

 

 眼下のゲシュペンストからG・Jの声が聞こえてきた。

 

『唸れ閃光、全てを切り裂く光の剣 ── プラズマカッター!!』

 

 ゲシュペンストが左腕部 ── 量産型ゲシュペンストMK-Ⅱのプラズマステークに当たる部分から、3本のプラズマの刀身が生まれ、左腕部全体を強力な電流が包み込む。3本のプラズマ刀身は融合し、1本の巨大なプラズマカッターへと変貌した。

 オリジナル世界のプラズマカッターと違い取り外しはできないように見えるが、G・Jのゲシュペンストと量産型のサイズが同じと仮定すれば、G・Jのプラズマカッターは量産型のそれに比べ出力がけた違いに高かった。

 煙幕に包まれ、キョウスケにはアクセルたちの姿が確認できない。

 だがG・Jには見えているのか、彼は煙幕の先をしっかりと見据えていた。

 

『いくぞ!』

『── ふん、いいのか? こんな所で、俺たちの相手をしていて?』

 

 強力なジャミングの中、アクセルからの通信が入る。どうやら、敵側の通信機能だけを妨害する便利な代物らしい。

 【soundonly】と画面アイコンが表示され、アクセルの声が聞こえてくる。

 

『G・J、貴様がここにいるということは、あの男は本国で1人ということだ、これがな』

 

 アクセルの言葉にG・Jの動きが止まる。

 

『裏切り者をいつまでも泳がせておく程、俺たちは甘くないぞ』

『……くっ、あの場所を見つけたというのか』

『当然だ。手間は取らされたがな』

 

 2人の言うあの男 ── キョウスケには面識がないが、G・Jにとって重要な人物であることは会話の内容から推測できた。

 アクセルらしくない、キョウスケでさえそう思える露骨な時間稼ぎ。その証拠にアクセルたちが攻撃してくる気配はない。いっそのこと、煙幕の中にアルトアイゼンを飛び込ませるか ── と逡巡し、止めた。

 アルトアイゼンの背後には倒れた不知火・白銀がいる。

 これがキョウスケを誘き出す罠なら、孤立し、無防備となった不知火・白銀にトドメを刺すなど造作もないことだった。

 可能性は低い、が、キョウスケは動くことができなかった。

 

『貴様は俺たちに手を出した。あの男を拘束するには十分すぎる理由だ』

『くっ……!』

 

 アクセルの言葉にG・Jは声を詰まらせている。

 

『さっさと帰るんだな。今ならまだ間に合うかもしれないぞ? それと貴様、キョウスケ・ナンブといったか?』

『……アクセル、俺を覚えているのか?』

『言ったはずだぞ。俺は貴様など知らん、とな』

 

 キョウスケに向かってアクセルが言い放つ。

 

『だが覚えた。貴様との決着は次の機会に置いておこう。

 キョウスケ・ナンブ、次に会った時が貴様の死ぬときだ、これがな ──……』

『アクセル……!』

 

 一方的な通信は、アクセルたちによって勝手に打ち切られた。

 キョウスケは焦燥感を覚える。アクセルはやると言ったらやる男だ。キョウスケを本気で殺しに掛かってくるだろう。今ここで逃がしていいのか、と迷いが生じる。

 

『よせ、南部 響介……もう遅い』

「ギリアム少佐……! しかし……!」

『連中はもう行ったよ。追撃は不可能だ』

 

 辺りに立ち込めていた煙幕が風に流されていく。キョウスケはラプターの姿を探したが、何処にも見当たらなかった。

 ジャミングされていたレーダーも回復していたが、敵を示す赤いマーカーは表示されていない。最接近しなければレーダーに映りさえしなかったアクセルたちのラプターだ、闇雲に探し回っても発見できるとは思えなかった。

 アクセルたちは逃亡した、その事実がしこりのようにキョウスケの胸に残る。

 

『南部 響介、すまんが俺は急がねばならん。香月博士によろしく伝えておいてくれ』

「待ってくれ少佐……!」

 

 G・Jのゲシュペンストが立ち去ろうとし、キョウスケは慌てて止めた。

 

「貴方は俺の知るギリアム・イェーガー少佐なのか? 俺はそんな小型のゲシュペンストを見たことも聞いたこともないぞ」

『……君のことは香月博士から聞いているよ。南部 響介 ── 誰にも言っていない俺の本名を知っているとは、なるほど、不思議な男だな君は』

 

 G・Jはしばらく沈黙し、重い口を開いた。

 

『俺は君とは間違いなく初対面だ。君の世界にいた俺は時間軸の違う俺か、それとも並行世界の俺か、ここで問答した所できっと正解は出はしないだろう。

 兎に角、俺は行かせてもらうよ…………今の状態でも、単体の通常転移ならなんとかなるか……あとで不具合がでなければいいが……』

 

 G・Jがボソリと呟き、ゲシュペンスト周辺の空間が歪み始め、直後、キョウスケが瞬きをする間にゲシュペンストの姿は忽然と目の前から消えていた。

 アルトアイゼンの時のように荒々しくなく、静かに颯爽と消えたゲシュペンスト ── しんとした冷たい空気の中、熱を持ったアルトアイゼンと不知火・白銀だけがその場に残される。

 

(……今のは空間転移……俺の知るゲシュペンストにそんな機能はない、というより、地球の技術で自在に空間転移はできない。あのギリアム少佐 ── いやG・Jは俺の知らないギリアム・イェーガーだと言うのか……?)

 

 見知った顔に出会えた喜びと同時に、奇妙な喪失感を覚えるキョウスケ。

 G・Jがキョウスケの知るギリアムだと判別する方法を彼は持っていなかった。だがキョウスケは思う。それを知ることにあまり意味がないのではないか、と。

 

(俺が俺であったように、G・JもG・Jだ。難しく考える必要はない。ありのままを受け入れる、それでいいのかもしれないな)

 

 キョウスケは、アルトアイゼンに不知火・白銀を抱き上げさせた。極限まで装甲を排除した華奢な機体はどうしてもヴァイスリッターを彷彿させる。みちるは意識を失っているのか、未だに応答はない。

 ふと気づくと、真っ暗だった夜空の端が茜色に染まり始めていた。

 冷川で聞こえていた銃声もなりを潜め、丸い太陽が山肌からひっそりを顔を出し、アルトアイゼンたちを照らしていた。

 

「夜明けか」

 

 長かった夜が明けた。

 思い返せば色々な事があった。

 クーデターの勃発、村田との死闘、アルトアイゼンの転移、G・Jやアクセルとの邂逅 ── 濃い、あまりに濃い夜の終りを告げる太陽をキョウスケは静かに眺めるのだった ──……

 

 

 

 

 西暦2001年 12月6日 未明

 クーデター首謀者沙霧 尚哉、戦死する。

 同日、13時23分、市ヶ谷駐屯地に残っていた最後のクーデター部隊が投降した。

 後に12・5クーデター事件と呼ばれる日本全土を震撼させたこのクーデターは、様々な思惑を内包したまま終息を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 





【本編に出そうとしてやめたボツネタ】
ゲシュペンストがプラズマカッターを出すシーンで……
「リボルケ ── じゃなかった、プラズマカッター!」
……とG・Jが叫ぶ。ちょっとお茶目すぎたので出すのを止めた。


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第3部 エピローグ 撃ち貫くのみ

 沙霧 尚哉率いる「憂国の烈士」らが巻き起こしたクデータ事件は、12月6日市ヶ谷駐屯地に残る部隊が投降したことにより終息した。

 

 征夷大将軍煌武院 悠陽は武たち第207訓練小隊や、危険を顧みず尽力してくれた面々に礼を述べ、城内省の迎えにより横浜基地を去って行った。

 壮行式のごとく執り行われた将軍の見送り。

 一糸の乱れもなく整列した横浜基地の面々の隅にキョウスケもいた。敬礼をするキョウスケの視界の中で将軍は迎えの輸送船に乗り込んでいく。

 

(色々なことがあった)

 

 ほんの数日の間に起こったことを、キョウスケは遠い昔のことのように思い出していた。

 転移実験で突きつけられた自分の正体、そして感情を制御できなくなっていた自分。

 村田との死闘。

 G・Jやアクセルたちとの出会い。

 その中で武や「A-01」の仲間に迷惑をかけ、ようやくキョウスケは自分を取り戻した。

 キョウスケが見出した答えは至極単純なものだった。

 

(俺は、俺が俺であるために戦う。

 エクセレンが愛してくれたキョウスケ・ナンブ()であり続けるために、俺は俺の生き様を、ただ ──……

 

 

 

 第3部エピローグ 撃ち貫くのみ

 

 

 

【西暦2001年 12月7日 13時09分 国連横浜基地 裏山】

 

 ……── 将軍の見送り終わった翌日、国連横浜基地はまるで師走のような忙しさに見舞われていた。

 

 クーデターでの出撃による損耗の補填、物資の確認や戦術機の整備に追われ、「A-01」専用ハンガー内でも整備兵が慌ただしく走り回り、衛士であるキョウスケたちも自身の機体の整備に明け暮れるうちに早朝から昼までがあっという間に過ぎ去っていた。

 多忙を極める中、「A-01」の中でいち早く休憩にありつけたのキョウスケだった。

 120mm弾の直撃があったものの、アルトアイゼンの装甲には傷跡が残っている程度で交換の必要性はなかった ── と言うよりも、同程度の強度を持つ装甲板が作れないため交換できないのが現状だった。それは仕方ないとしてもキョウスケには不思議に思えることが一つある。正確に測定したわけではないが、オリジナルのアルトアイゼンよりも装甲強度が増している……キョウスケにはそう感じられる。

 アルトアイゼンがオリジナルとは違う何か(・・)に変わっているのでは?

 他人に話せば杞憂だと笑われるであろう疑念だったが、それはキョウスケの頭にこびり付いて剥がれなかった。

 

(……考えても仕方ないのかもしれない……だが)

 

 無視してもいいことではない気がする。

 だからと言ってキョウスケに何かできるわけでもなく、彼は黙々とアルトアイゼンのチェックと整備を行った。

 駆動系にも異常はなし。アヴァランチ・クレイモアのベアリング弾は次の補給の時には、チタン製の物を用意すると夕呼が約束してくれていた。

 UNブルーの不知火たちの中で、メタリックレッドのアルトアイゼンは格納されていても目立つ。

 同様に純白の不知火・白銀がハンガーの最奥で整備 ── いや修復されていた。テスラ・ドライブこそ無事だったものの相当のダメージを負った不知火・白銀だったが、出撃前と同じ状態まで修理は可能なようで、専属衛士である伊隅 みちるもずっと張り付いている。

 あの時意識を失っていたみちるだったが、外傷はなく、すぐに原隊に復帰することができていた。

 ちなみに高原も頭部の裂傷のみで脳に異常は見られなかった。大事に至らなくてよかったと、キョウスケは胸をなで下ろしたのを覚えている。

 

 兎に角、補修の優先度の低かったアルトアイゼンからキョウスケは降り、自由時間を手に入れたのだった ──……

 

 

 ……── キョウスケは横浜基地の裏山へと足を運んでいた。

 

 その手にはPXで京塚にお願いし、作ってもらった人工焼きそばパンが2つ。

 快晴の空の下、外の空気を吸いながら食事を摂るのも悪くないと、思い立っての行動だった。

 しかし目当ての場所には既に先客がいた。

 

「武?」

「あれ、響介さん? どうしたんですか、こんな所に?」

 

 裏山に立つ大木の根元に白銀 武が座っていた。青いBDU姿で、彼も出撃後の機体整備を行っていたことがすぐ分かる。

 武からの質問にキョウスケは答える。

 

「時間ができたからな、ここで昼食にしようと。そうだ、武、お前もどうだ? ちょうど例の焼きそばパンが2つあるんだ」

「え、いいんですか? じゃあ頂きます」

 

 キョウスケは紙袋から取り出した焼きそばパンを武に手渡し、彼の隣に腰かけた。

 さっそく一口頬張る。不味くもないが、特別美味くもない。元の世界にあった焼きそばパンに比べれば……だが、比べることにあまり意味はない。これはこれで良い物だと、キョウスケは思うようになっていた。

 自分と同じようにパンを口にする武にキョスウケは訊いた。

 

「武、お前はどうしてここに?」

「……ちょっと考えごとをしようと思いまして。この間のクーデターで色々経験したから」

「そうか」

 

 武は将軍を救出した207訓練小隊の所属だ。何か思う所があったのだろう。

 

「俺で良ければ話を聞こう。アドバイスできるかは別だがな」

 

 口下手な自分にしてはするりと言葉が飛び出してきたことに、キョウスケは内心少し驚く。

 武はしばらく黙っていたが、実は……と口を開き語ってくれた。

 

 キョウスケたち「A-01」が出発した同じ日、207訓練小隊は箱根にある城へと派遣され、そこで地下坑道を抜けて帝都を脱出した将軍煌武院 悠陽と出会ったのだと言う。

 そこからは将軍を追うクーデター部隊との追撃戦に突入。

 だが衛士強化装備を着込んでいるわけでもない将軍は、重度の加速度病で倒れてしまう。

 その時、将軍を戦術機に乗せていた武は、上官からトリアゾラムを投与するように命令された。しかしトリアゾラムは精神安定剤。混濁した意識の中、戦術機の機動で嘔吐でもしたらそれによる誤嚥、窒息の危険性が増すことも武は理解していた。

 結果、武は将軍にトリアゾラムを投与することができなかった。

 躊躇している間に、追撃を防いでいる米軍部隊が犠牲になっていくことを知りながらも、武にはできなかった。

 

「ウォーケン少佐の言うことは正しいと思っていたのに、俺、できなかった。

 殿下が死ぬかもしれない、と思うと手が震えてできなかったんです……響介さんに偉そうなこと言ったくせに、自分の戦う理由のために、自分で手を下す覚悟が……できてなかった。俺がやらないといけないと分かっていたのに」

 

 武の話は悩みというよりも反省に近いものだった。

 現実としてトリアゾラムを投与せずとも将軍は助かっているが、それは結果論にすぎない。

 リスクを減らし、目的を達成するために、作戦を立てることが時には現場に求められる。武は目的達成のために現場が立てた命令を無視したことになる。

 確かにトリアゾラムを投与すれば、将軍が窒息死していた可能性を否定はできない。それでもやらなければならないことなら、やるしかない。

 勿論、立場や正義によってやり方や考え方は変わってくるだろう。

 だからこそ考えなければならない。

 感じ取らなければならない。

 感じ、考え、悩みんだ末に自分なりの答えを導き出し、行い、その結果と責任を全部背負っていけて初めて一人前と言えるのだ。

 問題の本質はトリアゾラムを投与しなかったことではなく、自分が成すべきことを、責任の重さから拒否して行わなかったこと ── それを武は既に理解している様子だった。

 

「響介さん、俺、今回のクーデターで分かったんだ」

「そうか。聞かせてくれ」

「俺は人類を救うために、自分で手を下すことを恐れずに、俺にしかできないことをやるんだ。3つの世界を知っている唯一の『日本人』として。それが俺が見つけた『立脚点』なんだ」

「そうだな、その通りだ」

 

 武の戦う理由、行動の原点ともなる彼の考え方の根本部分 ── すなわち立脚点。キョウスケもそれをクーデターの中で再び思い出すことができた。

 思い出すことと、気づくことは違う。

 気づく方が思い出すことより遥かに労力が必要で難しい。

 武はたった一人でそれに気づいた。いや色々な人との関わりで気づいたのかもしれない。それでも、その「立脚点」を導き出したのは武自身だ。

 

「凄いな、武は」

「え……? ど、どうしたんですか響介さん?」

「俺は自分の戦う理由を思い出すために、武や他の皆に多くの迷惑を掛けた。だがお前は一人でそれに気づいたんだ。素晴らしいことだと思うよ、俺は」

 

 それは素直なキョウスケの感想だった。

 

「いいか武、俺たちは兵士だ。兵士は敵を撃ち、殺す。敵を撃つのだから、自分もいつか撃たれて殺されることも覚悟しなければならない。

 そして奪った命を背負い、自分の行いに責任を持ち生きていかなければならない。重く、辛い道だ。壊れてしまう者も多い。そうならないためには、自分の戦う理由を持つことが大切だ」

 

 無限に広がる並行世界のどこかには、殺戮者になっている自分がいる世界もあるのかもしれない。そう思いながら、キョウスケは続けた。

 

「俺は、俺が俺であるために戦おう。仲間を守り、決して諦めないそんな男であり続けるために ── 武、ありがとう。戦う理由を見いだせたのは、お前が俺を励ましてくれたおかげだ」

「響介さん……よかった。本当によかったよ」

 

 キョウスケの「立脚点」の答えに、武は微笑みを返してきた。

 キョウスケは心の底で誓った。武やみちる、「A-01」の面々やまりも ── かけがえのない仲間たちを絶対に守ると。

 そして、あることを決意した。

 

「武、あの時の約束だったな。あの転移実験で、俺にあった全ての出来事をお前に話そう」

「……いいんですか?」

「ああ。お前にだけは知っていてもらいたんだ」

 

 転移実験での出来事 ── すべてを語るには、キョウスケがキョウスケ・ナンブの因子集合体だということを説明しなければならない。

 夕呼には口止めされていた。だがそれは、キョウスケではなく、武の正体に関してのことだ。

 目の前の武も、自分と同じ【白銀 武】という人物の因子集合体なのだ。自分と同じ辛い思いを、武もいつか味合わなければならない時がくるだろう。

 その事を明かすのは自分の役目ではないことを、キョウスケは理解していた。

 

(話すのはあくまで俺のことだけ。知っていれば、それだけで大分違う。俺の話が、いつか武が乗り越えるときの助けになることを祈ろう)

 

 大丈夫、きっと武なら乗り越える。これから訪れるであろう苦悩や困難を、共に乗り越えるためにキョスウケは話す。自分にあった全てを。

 シャドウミラーという不安の種がこの世界には芽づいている。

 きっと、近いうちに何かが起こるに違いない。

 

(アクセル、来るなら来い。俺はもう負けん。お前がどんな障害となり立ち塞がろうとも、ただ、撃ち貫くのみ ──)

 

 基地の裏山、2人しかいないその空間で、キョウスケは武に転移の真実を語り始めるのだった ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【同時刻 日本近海 深度3000M】

 

 ……── 太陽光の届かない暗い深海をゆく金属製の船があった。潜水艦である。

 

 戦術機搭載型の大きめの潜水艦の中にアクセル・アルマーはいた。人がすし詰め状態になっている操舵室の中で、アクセルは問う。

 

「W17、首尾はどうなっている」

「問題ない。W15、W16共に国連横浜基地への潜入に成功した」

 

 豊満な胸を持つ美女W17がアクセルに答えた。

 アクセルは微笑を浮かべ、自分たちの作戦の第1段階の成功に喜ぶ。

 

「ふん、あれだけの事件のゴタゴタの中だ。クーデターに基地の目が集中し、人の出入りが激しければ潜入も容易いか。で、例の物の場所は判明したのか?」

「地下深く、まだ場所までは断定できていない。データはおそらく女狐の部屋だろう。セキュリティは相当厳しいな」

「なに、時間さえあればセキュリティの解除などあの2人なら造作もないさ。騒動を起こして時間を稼げばいい。

 それよりもG・Jだ。奴が勘付いている以上、決行は繰り上げるべきだな」

「しかしG・JはG・Bの元へ ── 本土へ戻っているのでは?」

「なに、クーデター後で落ち着いていない時の方がやりやすいと言うものだ、これがな」

 

 言い終わると、アクセルはW17を連れて戦術機の格納スペースへと移動した。

 格納スペースにはラプターの改造機、ラプター・ガイストが2機安置されている。シャドウミラーを体現するかのように黒く塗られた機体。到着してすぐに、2人はそれらのメンテナンス作業を開始した。

 作業を開始する前、アクセルとW17の口が動く。

 ボソリと呟いた内容はこうだった。

 

「技術を独占するのは我々 ── 我が国だけでいい」

「BETA大戦後の戦争を管理し、闘争の続く世界を実現するため、俺たちには力が必要なのさ、これがな」

 

 誰にも見えない海の中で、火種は静かにめらめらと燃え始める。その小さな火が燻るだけなのか、それとも燃え盛ることになるのか、それは誰にも分からない……。

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued ──……

 

 

 

 

 




<第3部後書き>

 第3部は一言で言うなら「戦う理由を探す」話でした。
 テーマを意識して書いてみたつもりですが、前半の鬱パートにイライラされた読者さんも多かったかと思います。終盤の展開で前半の鬱憤を挽回しようと画策していましたが、書いてみると鬱部分が長くなりすぎバランスって大切だなぁと思わされました。今後はテンポと描写のバランスに気を配っていきたいと思います。
 さて次の第4部からが本作の中盤になります。本作の4部・5部が原作での「許されざる者」に相当する部分です。やっとここまで来たか、という感じですが、これからも頑張っていこうと思います。
 ではでは、第4部の予告と小ネタを挟んで終わりにしようと思います。良ければ、今後も本作にお付き合いください。





【第4部 予告】

 死は平等だ。
 人間にも、動物にも、BETAにも死はある。
 この世に生まれてきた者は決して逃れ得ない定め。
 死は人生における最終地点、ある意味、人間は死ぬために生まれてくるのかもしれない。
 XM3トライアル ── 影が暗躍し、事件は起こる。

 第4部 許されざる者(前篇) ~Time to come~
          彼は手を伸ばす、彼女の手を掴むために……!





番外 第3部終了時点の原作キャラ状態一覧

 ・白銀 武     生存
 ・香月 夕呼   生存
 ・神宮司 まりも 生存
 ・伊隅 みちる  生存
 ・速瀬 水月   生存
 ・涼宮 遥    生存
 ・宗像 美冴   生存
 ・風間 祷子   生存
 ・涼宮 茜     生存
 ・柏木 晴子   生存
 ・築地 多恵   生存
 ・高原 ひかる  負傷
 ・麻倉 舞     生存

 
 
番外 第3部終了時のアルトアイゼンの状態(スパロボ風)】

・主人公機
  機体名:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)
 【機体性能(第3部終了時)】
  HP:7000/7000
  EN: 150/ 150
  装甲:     1800
  運動:      115
  照準:      155
  移動:        6
  適正:空B 陸A 海B 宇A 
  サイズ:M
  タイプ:陸

 【特殊能力】
 ・ビームコート?(耐レーザー能力)
 ・因子集合体(並行世界のありとあらゆるアルトアイゼン因子の集合体。発現能力、発動条件不明)

 【武器性能(威力・射程・残弾のみ表示)】
  ・5連チェーンガン(36mmHVAP弾)
    威力1800 射程2-4 弾数 15/15  
  ・プラズマホーン
    威力3300 射程1   弾数無制限
  ・リボルビング・バンカー
    威力3800 射程1-3 弾数 6/ 6(交換用弾倉:数個予備あり)
  ・アヴァランチ・クレイモア(チタン製、火薬なしベアリング弾装填)
    威力4000 射程1-4 弾数 12/12  
  ・エリアル・クレイモア
    威力4500 射程1   弾数 1/ 1(使用にはこの武装の弾数および他実弾武装の2割を使用する)
  ・ランページ・ゴースト(相方:不知火・白銀)
    威力5000 射程1-5 

  オプション装備
  ・87式突撃砲(36mm)
    威力1600 射程1-3 弾数30/30
  ・87式突撃砲(120mm)
    威力2600 射程2-6 弾数 6/ 6
 





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番外編 キョウスケ死す!? ~Attack of MICHIRU~

コメディ回です。
私はコメディを書くときは擬音を使いまくります。あと少しキャラ崩壊しているかもしれません。ご了承ください。


【西暦2001年 12月 6日 23時30分 国連横浜基地】

 

 沙霧 尚哉率いる「憂国の烈士」による武装蜂起が収束した当日。

 横浜基地の地下4階にある伊隅 みちるの自室にて、

 

「── よし、完成だ」

 

 部屋の持ち主である彼女は一人満足気に呟いていた。

 殺風景な部屋の中にはシングルサイズのベッドと一人用のデスク、衣服を収納するためのクローゼットがあるだけだ。

 みちるはデスクの前に座り、何か作業をしていた。

 デスクの上にはカセットコンロが置かれ、その上には鍋……床には飲料水は入っていたと思われる250ml大の紙パックが大量に転がり、みちるの手元からはもうもうと煙が上がっている。

 煙の色は心なしか薄い紫色。

 軽く鼻を刺す刺激臭が下手に立ち込めていたが、部屋の中に籠りっぱなしのみちるの嗅覚は既に麻痺してしまっていた。

 

「後は一晩寝かせればいいだろう。明日が楽しみだ」

 

 そう言うと、みちるは電気を消し床についた。

 明日からも機体の修理と整備、訓練と「A-01」に休む暇はない。

 これからに備えて、体力をつける必要があった。

 そのために、みちるは夜なべしてアレを作っていたのだ。

 

「……私たちの戦いはこれからだ……」

 

 寝言を呟くみちるを余所に、あっという間に日付けは跨ぎ、朝を迎えるのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【12月7日 15時30分 国連横浜基地 「A-01」専用ハンガー】

 

 「A-01」の面々は、早朝からクーデター事件で損傷した機体の修理と整備に勤しんでいた。

 

 BETAが相手ではない、人間相手の初めての実戦 ── 殺し合い。

 その爪痕は深く、大破こそしていないが各々の機体の損耗は激しく、整備兵と共に長時間の作業に取り掛かっている。

 修理が粗方済んだ機体は、持ち主の衛士によって機体のフィッティグ作業に移る。新OSと修理した機体との同期を確認するためだった。

 いち早く機体の修理が完了 ── というより、装甲板等の取り換えを行うと強度が落ちてしまうため、あまり修理を行えなかったアルトアイゼンのフィッティング作業を終えたキョウスケがコクピットから外へと出てきた。

 やるべき仕事を終えてしまったキョウスケ。

 しかし1人では訓練も行えない。

 かと言って、午前中に休憩を貰っているため、ここで休むのもはばかられる。

 

「他のを手伝うか」

 

 戦術機の調整作業の経験がそこまでないため、どの程度役に立つかは分からないが、キョウスケは他の隊員の作業を手伝うことにした。

 機体の胸部付近の高さに設置された、移動用の通路を歩いて手の入りそうな面々を探す。

 しばらく歩いて、ふと気づいた。

 あれだけ騒がしかったハンガー内が静まり返っている。

 

「……妙だな」

 

 誰にも出会わないことに、キョウスケは違和感を覚えた。

 もしかすると、整備兵たちは一時作業を中断して休憩に入っているのかもしれない。

 しかし「A-01」の面々は各自休憩を取るようになっているので、一斉に姿を消すという事はまずありえないはずだが……不審に思いながら、キョウスケは人を探し続ける。

 そして見つけた。

 通路に人が ── よく見ると部隊のNo.2速瀬 水月……が、床に前のめりに突っ伏している姿を。

 

「……おい、何をやっているんだ?」

「…………」

 

 返事が無い、ただの屍のようだ。

 これはいけない。もしかすると、心臓発作を起こして倒れてしまったのかもしれない。まぁ、速瀬はまだ若いのだが。

 兎に角 ── こういう場合はまず意識を確認し、呼吸と脈を測定、必要な大声で人を呼び心臓マッサージと人工呼吸を始めるべきだ。まぁ、心臓マッサージをして、何すんのよキョウスケさんのエッチッ、と平手打ちを喰らうかもしれないが気にしてはいけない。人命最優先なのだ。

 キョウスケは速瀬の肩を揺すりながら声を掛ける。

 

「おい、俺の声が聞こえるか?」

「う……南部……中尉、か……?」

 

 幸い、意識はあるようだ。

 キョウスケは速瀬を仰向けに寝かせると、頬が桜色に染まり、何と言うか血色がとてもよろしかった。

 しかし息は絶え絶え、まるで昏睡直前の重症患者のようで、矛盾したよく分からない体調具合となっている。

 

「どうした、何があった?」

 

 大したことなさそうだが、とりあえずキョウスケは速瀬に訊いた。

 

「に……逃げろ……早く……」

「逃げる? 一体何から逃げろと言うんだ?」

 

 今にも息絶えそうな速瀬の声にキョウスケは再び質問した。

 

「た、隊長が……来る……進撃してくるぞ、早く退避するんだ……」

「伊隅大尉が?」

 

 まったく、速瀬が行っている言葉の意味がキョウスケには理解できなかった。

 大方、速瀬は疲労が貯まって倒れ、妙な事を言っているに違いない。

 

(仕方ない、医務室まで連れて行くか……?)

 

 速瀬は歩けそうにないので、移動するならキョウスケが抱き上げるがおぶる必要がある。まぁ、抱き上げると、何すんのよキョウスケさんのエッチ ── 以下略。

 ため息をつきながら、キョウスケは速瀬を抱き起そうとする。

 すると──

 

「なんだ、南部。こんな所にいたのか、探したぞ」

「伊隅大尉、お疲れ様です」

 

 ── 背後からみちるの声が聞こえ、キョウスケは立ちあがり敬礼を返した。

 みちるはいつもの制服姿だったが、大き目のショルダーバッグを肩から掛けている。中に何が入っているのか外からは分からなかった。

 キョウスケの足元に転がる速瀬にみちるの視線が向く。

 

「ん? どうした速瀬? 疲れて休むのは結構だが、床で寝るのはどうかと思うぞ」

「ああ、相当疲れているみたいで、今から医務室に運ぼうと思いまして」

「そうか、仕方のない奴だ。速瀬には特別にコレ(・・)をもう一つやろう」

「ヒィ……!」

 

 みちるがショルダーバックの中を漁ると、速瀬が小さな悲鳴を上げた。

 キョウスケには聞こえたが、おそらくみちるには聞こえていないのか、喜々としてバックの中からある物を取りだし速瀬の目の前に置いた。

 それは飲料水の入ったごく普通のプラスチック製の容器だった ───── 中身が紫色をしていることを除けば、だが。

 紫色のそれを目の前に置かれた速瀬は、プルプルと体を小刻みに震わせ助けを懇願するような目をキョウスケに向けてきた。まるでチワワのようなそれを、キョウスケは微笑ましくスルーした後、みちるに訊いた。

 

「大尉、これは?」

「私特製の栄養ドリンクだ。性がつくぞ」

 

 ピシィ、と空間に亀裂が奔ったような感覚に襲われるキョウスケ。

 既視感(デジャヴ)と言うやつだ……嫌な予感しかしなかった。

 

「クーデターでの激戦もあり、これからのシャドウミラーと対峙することになるだろう。皆に疲労が貯まっている。せめと思って、体力回復のために、有効成分たっぷりの栄養ドリンクを作ったのだ」

「……大尉、一つ質問いいでしょうか?」

「なんだ、中尉。言ってみろ」

「そのドリンク、中には何が入っているのでしょうか?」

 

 キョウスケの問にみちるは顔を輝かせた。

 

「よくぞ訊いてくれた。これは私が愛飲している栄養ドリンクをベースに人工ローヤルゼリー、人工セイヨウサンザシ、人工グレープフルーツ、人工ドクダミ、人工梅干し、人工セロリ、人工ウナギ、人工イモリの黒焼き、人工ムカデ、人工マムシ、人工マグロの目玉 ──」

「大尉、もういいです」

「そうか。要するにこれら栄養豊富なものを使って作った栄養ドリンクだ。効くぞ」

 

 だろうな、とキョウスケも思った。

 笑うしかない。オリジナルキョウスケの世界にも似たような代物があったからだ。

 それは確かに効果は抜群で、戦場に立つ際体力気力が充実した状態にしてくれる物だった、その効能を全て帳消しする副作用があった。

 超絶的に不味い。

 その代物の通称は製作者の名前を取り、畏怖の念を込めてこう呼ばれていた。

 クスハ汁、と。

 

(……心なしか色も似ている気がする)

 

 キョウスケの直感が告げる。光線(レーザー)級BETAに狙われた時よりも、ムラタに激震が撃破された時よりも強く、逃げろ、と叫んでいた。

 

「では、俺はこれで失礼しま ──」

「まぁ待て。1つ飲んで行け、沢山あるから」

 

 ぐわぁし、とみちるの魔の手がキョウスケの肩を掴んでいた。

 

(……終わった)

 

 蛇に睨まれた蛙とはこのことか……と諦めて振り返ると、眼前に例のプラスチック容器が突きつけられていた。中身は紫色、よく見るよボコボコと泡が沸いている……炭酸でも入っているのだろうか?

 

「まぁ飲め。ぐいっと、一気にな」

「……つかぬ事をお聞きしますが、大尉は味見はされましたか?」

「いいや、していない」

「……飲まれてみますか?」

「いらぬ気遣いだぞ、中尉。隊長たる者、部下の健康状態には常に気を配らなければならない。私は、私よりもお前たちに早く元気になってもらいたいんだ」

 

 言っていることは最もだが、相手に投げつけているのが気遣いではなく爆弾だとみちるは気づいていない。

 言うべきか?

 言わざるべきか?

 みちるにしては珍しく満面の笑みを浮かべていた。

 苦労して作った栄養ドリンクがクソマズイと指摘されれば、きっとみちるの笑顔は曇ってしまうだろう。

 速瀬にはきっとそれができなかったのだろう。

 勿論、キョウスケもそうだ。

 

「……では、いただきます」

「どうぞどうぞ」

 

 笑顔で進めるみちるを見て、キョウスケは意を決してドリンクの入った容器の蓋を開けた。すると、キョウスケの鼻を奇妙な刺激臭が突いてくる。中身も相当ドロドロしていて、スポーツドリンクには程遠く喉の通りが悪そうに見える。

 キョウスケは容器に口を付け、ドリンクを飲む。

 瞬間、キョウスケの体を電流が奔り、腹の底から炎が沸き上がった。

 筆舌に尽くしがたい味!

 身体が、舌が吼える。飲むな! 飲むんじゃないと!

 脳がそれを制御しようとする。飲め! 早く飲み込んでしまえと!

 結局、本能より意思が勝ち、キョウスケはドリンクを一気飲みした。異常に腹に貯まる満腹感と刺激が、キョウスケの意識を刈り取ろうとするが気合と根性でそれを保ち、みちるに言った。

 

「オ……オイジイデス」

「そうか、それは良かった。では、私は用があるのでこれで失礼する。作業が終わったら、しっかり休むんだぞ」

「リョ、リョウカイ……!」

 

 去って行くみちるの背中に、キョウスケは震える手で敬礼をし……彼女の姿が見えなくなった所で膝をついた。

 

「い……いったか……うぐ……!」

 

 気が抜けた瞬間、意識が遠のいていく。

 脳裏に、クスハ汁の製作者の顔と、それを愛飲させられていた金髪の好青年の姿が浮かび、消えて行った。

 

「ブリット……お前は凄いな……」

 

 キョウスケの意識はそこで途切れる。

 こうして「A-01」ハンガーで、動く者の姿がどこにもなくなったのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

「── という話を考えてみたの、どう?」「なにそれ、怖いよ」「そ、そうだよ」

 

 横浜基地内に病院施設にて、クーデターで頭部を強打した高原 ひかるが麻倉 舞と築地 多恵に笑いながら話しかけていた。

 検査入院している高原だが、頭部CT等の精密検査の結果は特に問題なく、休憩時間を使って見舞いに来ている麻倉と多恵に、暇つぶしに考えた話を聞かせていた。

 話のタイトルは「恐怖のみちる汁」。

 隊長である伊隅 みちるに聞かれたら、消えろブッ飛ばされんうちにな、と御叱りを受けそうな内容だったが、下の人間が上の人間を使った遊びを内々でするのは良くある話である。

 

「最初は速瀬中尉がやられて」「次に南部中尉で」「わ、私たちは無事に生還する」

 

 と、バカな話を続ける高原らの姿は年相応で、なんと言おうか、もう3バカと呼んでいいような気がする。

 盛り上がる3バカのいる高原の病室 ── その扉がノックされ、高原が了承すると扉を叩いた人物が病室に入ってきた。

 伊隅 みちるだった。肩にショルダーバックを下げている。

 

「元気そうで何よりだ。ほら、差し入れを持ってきたぞ」

 

 この後、みちるが取り出した物体に、3馬鹿は絶句することになる ──……

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、「A-01」ハンガーで倒れている速瀬 水月と南部 響介が発見され、医務室に運ばれた。過労だったそうだが、起きた後は非常に血色がよく元気になっていたそうだ。検査入院していた高原も体力全開で原隊復帰する。

 だが同時に心にトラウマを負ったような気がしてならない、と口にしていた。

 みちるの作った栄養ドリンク飲んだ者は、それを畏怖の念を込め口を揃えてこう呼んだ。

 

「みちる汁」

 

 その名は「A-01」部隊内で、後世まで語り継がれることになるのだった ──……

 

 

 

 




<強化パーツ>
名称:みちる汁
効果:使用後3ターン行動不能になるが、その後気力150になり、SPが全回復する。
副作用:トラウマが植えつけられる。

第4部の再開はまだもう少し先になりそうです(2013/10/05時点)


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第4部 許されざる者 前編 ~Time to come~
第4部 プロローグ 夢


第4部は原作の「許されざる者」に該当する話です。
第4部から本作の「残酷な描写」比率は3倍(当社比?)に跳ね上がりますので、グロイのが苦手な方はご注意ください。
可能な限り1週間に1-2回の更新を目途に頑張っていこうとおもいますので、良ければお付き合いください。


【???】

 

 夢を見ていた。

 

 

 

 

 この夢を見るのは何度目だろう……?

 

 なぜ、同じ夢を自分は見るのだろう?

 夢は刹那的なものだ。

 寝ている間だけしか見れない、起きてしまえば忘れてしまう。

 次に夢で見た時は一度みた夢だなんて、普通は認識できない。

 

 でも自分は違った……。

 1度目は2週間近く前。

 自分のオリジナルの世界へと転移する前に見た ── なんというか、良いとは言えず、その上、見てしまう意味が説明できない夢。

 とは言え、夢に意味を求めること自体が間違っているのかもしれない。

 けれども ── 意味が無いのだとしても、彼はその夢を忘れることができなかった ──……

 

 

(そうだ、何故見る……?)

 

 

 ……── 夢の中で、彼は瓦礫の山を掘り起こしていた。

 

 燃えている。市街にあるビル群が、馬鹿のように崩れ、ガスを供給している配管から火の手が上がっている。

 そんな中彼は、重機など使わず、自分の腕2本で頭大のコンクリートの塊を力任せに退けていく。

 それを掘る、と言っていいのだろうか?

 退()ける、退()ける。

 退ける。

 退ける。

 退ける。

 兎に角、彼は我武者羅積み重なったコンクリートを退け続けた。

 退ける。

 退ける。

 退け続ける ── 変わり果てた見慣れた街の中で、彼はナニカ(・・・)を探して退け続ける。

 そう、退け続ける。

 退ける。

 退ける。

 退ける。

 退け ──……

 

 ── 長い時間の末。

 彼は見つける。

 そして叫ぶ。

 

 

 

 

 

「うおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ ─────── 」

 

 

 

 

 

 彼は手を伸ばした。

 

 彼女の手を掴むために。

 

 彼は彼女の手を掴めたのか?

 

 それは誰にも分からない ──……

 

 

 

 

【西暦2001年 12月9日(日) 4時12分 横浜基地 キョウスケ自室】

 

 ……── キョウスケ・ナンブは、横浜基地で割り振られた自室のベッドで目を覚ました。

 

 ぼったりと全身に汗をかいている。嫌な汗だ。キョウスケは自分が寝汗をかき、目覚めた理由におおよその検討がついていた。

 夢を見たばかりだったから。

 

「……また、あの夢か」

 

 夢は目覚めてしまえば、すぐに内容を忘れてしまうものだ。

 だからこその夢なのだが、キョウスケの場合は内容をしっかりと覚えていた。

 

 

 

 

 夢の中で、キョウスケが瓦礫を掘り起し何かを探している。

 

 

 

 

 そして何かを発見して絶叫 ── 12・5クーデター事件が終わってからというもの、毎晩のようにこの夢をキョウスケは見ていた。

 常人なら、ただの夢だから気にするな、でいいのだが、キョウスケの場合は少し事情が違う。

 

 

 

 夕呼曰く、キョウスケ・ナンブの因子の集合体であるキョウスケが見る夢は、彼を構成する大因子(ファクター)の記憶である可能性が高かった。

 

 

 

 夢の中で絶叫している自分に何があったのか? この問題は他人に聞いても解決できないし、自力では解決の糸口の1つすら見つけられない現状が続いていた。

 もっとも、夢の内容がキョウスケの生きる現実に、左程影響をもたらすこともない。

 気にしないのが一番ではあったのだが、

 

「……目が冴えてしまったな。風にでも当たってくるか」

 

 キョウスケはベッドから出ると愛用の赤いジャケットを手に部屋を出た。

 訓練兵用の校舎の屋上 ── あそこなら、星も見えるし風にも当たれるだろう。

 キョウスケは校舎の屋上を目指して歩き出すのだった ──……

 

 

 

 

 



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第18話 解隊式

プロローグで書き忘れました。
第4部からオリジナル成分も上昇していく予定です。


【12月9日(日) 4時27分 訓練兵用校舎 屋上】

 

 部屋を抜け出したキョウスケは、風に当たるため、武たちが座学に勤しんできた校舎の屋上へと向かった。

 

 人っ子一人いない校舎内にキョウスケの足音が木霊する。

 月明かりで薄暗く照らされた廊下はどことなく不気味で、自分しかいない筈なのに、誰かが後ろを付いて来ているような錯覚に陥る。もう殆ど覚えていないが、オリジナルの学生時代の学び舎も似たような感じなのかもしれないと思いながら、キョウスケは屋上へと続く階段を上り始めた。

 乾いた靴の音を鳴らせて上っていくと、見覚えのある古い金属製の扉が見えてきた。オリジナル世界の転移実験の前日、この扉を潜ったことをキョウスケは思い出す。

 あの日も確か、夜中に思い立ってこの屋上を目指していた。

 2回目になるその道を進み、錆びついたその扉を開けると、鈍く軋む音とともに冷たい風が体を撫でていく。

 屋上に出ると、月明かりに直接照らされる分、校舎内より夜目が効いた。

 

「ん……?」

 

 校舎屋上にはキョウスケの他に先客が一人いた。

 

「神宮司軍曹……?」

「え……南部中尉、どうしてこんな時間に……?」

 

 屋上には、武たち207訓練小隊の教導官を務める女性 ── 神宮司 まりもが1人で佇んでいた。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第18話 解隊式

 

 

 

 まりもが不思議そうにキョウスケの方を見つめていた。当然だ。まだ日も登らず起床ラッパも鳴っていない時間帯に、人に出会うなんて思いもしなかったのだろう。

 しかしそれはキョウスケも同じことだった。

 

「どうしたんですか? こんな時間に、こんな場所へ?」

 

 まりもがキョウスケに訊いてくる。

 

「俺は夜風に当たりに来た、妙に目が冴えてしまってな」

「そうですか」

「そう言う軍曹はどうしたんだ?」

 

 キョウスケの質問にまりもは苦笑いを浮かべて、屋上のフェンスの外側に視線を向けてしまった。

 屋上からは廃墟となった柊町が一望できた。人がいないため電燈の光はついていない。そういえば、以前に屋上でまりもに会った時、彼女は柊町で生まれ育ったと言っていたことをキョウスケは思い出す。

 悩みがあるとき、まりもは屋上へと足を運ぶ。そんな印象をキョスウケは覚えた。

 

「実は……」

 

 傍に来たキョウスケにまりもは言う。

 

「……今日はあの子たちが卒業する日なんですよ」

 

 あの子たち ── 言うまでもなく、武たち207訓練小隊の面々のことである。

 まりもが言う卒業するとは、つまり武たちの解隊式を行うということだ。卒業すると表現したのは、昔、まりもが教師を目指していたからだろう。

 解隊式 ── 訓練過程を修了し任官することは、そのまま戦場へと駆り出されることを意味する。

 先日のクーデター事件のように、訓練兵まで駆り出される事態はそうそう起きない……はずだが、任官すれば、有事の際には戦場へと赴く義務が生じてくる。言わずもがな、戦場へ近づくことはそれだけ死に近づいていくことでもある。

 そのことをまりもは憂いていた。

 教え子である武たちに生き残るための技術を教え込みながらも、その実、技術が成熟すれば前線に立ち死に近づいていく。

 

(ジレンマだな、それも決して逃れることのできない)

 

 まりもが教導官という役割を続けて行く限り、付きまとい続ける矛盾。

 武たちが成長し巣立っていく喜びと、戦場に送り出したくないという親心が、まりもの中で複雑に混じり合っているのだろう。

 

「……もう何度も繰り返して、でも全然慣れなくて……駄目ですね私。教導官失格です」

 

 まりもはかつて柊町だった廃墟を見下ろしながら呟いた。

 

「そんなことはないと、俺は思うがな」

 

 キョウスケは思ったままのことを言葉にした。

 

「何事も繰り返せば麻痺してくるものだ。そうして何も感じなくなり同じことを繰り返すだけ、それでは機械と何も変わらない。悩みながらでも頑張っている軍曹を、教官失格だなんて言う者は誰もいないだろう」

「そう、でしょうか……?」

「そうさ」

 

 口ごもるまりもに、はっきりと答えるキョウスケ。

 

「武たちは軍曹の教えをしっかり受け継いでいる。その証拠に、12・5クーデターからも生還してきた。軍曹の教えがあったからこそ、あいつらは生きて戻ってくることができたんだ」

「南部中尉……」

「確かに、技術を教えることで死地に近づいていくかもしれない。だがそれは、あいつらが選択した道でもある。それを分かっているからこそ、軍曹もあいつらにできる限りの技術を教え込んできたのだろう?」

 

 BETAとの戦争で、若者のほとんどが戦場に駆り出される……そんな世界だ。オリジナルキョウスケの世界ほど、選べる将来の幅がこの世界は広くはない。しかし例え選択肢が少なくても、自分の選んだ道と命には責任を持たなくてはならない。

 武たちは選んだ。戦う道を。

 例えそれが戦時下で教育され、作られてしまった道だとしても。

 まりもは教えた。戦う術を。

 武たちが望んだからまりもは応えた。「生き残って欲しい」という願いと「死地に近づく」という現実の板挟みに、責任感の強い彼女は苦しみ続けてきたのだろう。これが無責任な人間なら、何も感じずのうのうと仕事を続けているに違いない。

 感情を理解し、感情をコントールし、しかし感情に支配されている ── 神宮司 まりもはとても人間的な女性なのだと、キョウスケは改めて思う。

 そんな彼女をキョウスケが嫌いになるわけがない。

 

「なぁ、軍曹、今は祝おう」

 

 教導 ── まりもの行いを肯定するためにキョウスケは言った。

 

「軍曹の教えと武たちの努力が実を結ぶ、そんな日なのだろう? 今日は」

「はい……そうですね」

 

 キョウスケの言葉に曇っていたまりもの表情に微笑みが戻る。

 

「私がこのようではいけませんね。笑顔であの子たちを送り出してあげないと」

「それでいい。軍曹は笑っているのが良く似合うからな」

「え……そ、そうですか?」

 

 まりもがどもりながら返事をする。

 薄暗い早朝、まりもの顔色はよく分からなかったが、心なしか薄い赤に染まっているように思えた。それが何故か、キョウスケには分からなかったが、気分を害しているようには見えない。

 キョウスケはまりもらしい表情をイメージして、彼女に呟いた。

 

「そうだな、あとは眉を吊り上げて怒っている顔とかもな。似合っている、というか軍曹らしい」

「ど、どういう意味ですか……?」

「ん、よく武のことを叱っているだろう」

「あ、あれは白銀が悪いんですよ……! いつも突拍子もないことを言い始めるから……!」

「ふ、違いない」

 

 笑うキョウスケに、まりもも笑顔を浮かべる。中尉からも注意しておいてくださいね、と冗談が出てくる程度には、張りつめていた彼女の雰囲気は和らいでいた。

 しかし現実は非情だ。

 戦場に出て命を落とすなど往々にしてあること。兵士として戦い続けていたキョウスケはそれを痛いほどに身に染みて理解している。

 まりもの肩に手を置き、まるで自分に言い聞かせるように、あえてキョウスケは言う。

 

「武たちならきっと大丈夫。信じてやろう、あいつらのことを」

 

 自分で言っておいて無責任な言葉にも思えたが、はい、とまりもは頷いてくれた。

 きっと ── そんな言葉は戦場では何の当てにもならない。

 キョウスケだってそれは分かっている。しかし言わずにはいられなかった。

 

(なら護ればいい……そんな単純な問題でもない、か)

 

 四六時中、武や「A-01」の仲間たちがキョウスケの傍にいるとは限らない。キョウスケの目の届かぬところで不幸は起こるかもしれない。いやむしろ、そちらの可能性の方が高いだろう。

 

(だがせめて、目の前にいる仲間だけでも護ってみせる……!)

 

 武たちを信じながらも、キョウスケは自分にできることをやっていこうと心に誓うのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【同日 9時32分 国連横浜基地 講堂】

 

 

 「A-01」の訓練の合間、キョウスケは207訓練小隊の解隊式が行われている講堂へと足を運んでいた。

 

 まるで高等学校の体育館のような作りのその中では、パウル・ラダビノット司令から武たちに解隊式と同時に任官を告げる祝辞が述べられていることだろう。

 キョウスケが到着した時、既に講堂の傍で解隊式が終わるのを待ち構えている人物がいた。

 最初はまりもかとも思ったが違う。キョウスケと同じ「A-01」の隊員の涼宮 茜が講堂の様子を見守っていた。彼女もキョウスケ同様、みちるに無理を言って抜け出してきていたことを思い出す。

 気を焼いているのか、視線は講堂の方に釘付け、背後までキョウスケが近づいても気づく様子はなかった。

 

「少尉、こんな所でなにをしている?」

「ひゃ……っ! な、南部中尉、驚かさないでくださいよ……!」

「いや、普通に声をかけただけなのだが」

 

 声を掛けられ肩を跳ねあがらせた茜は、本当にキョウスケのことに気付いてなかったようだ。

 

「実は……今日、千鶴 ── あ、私の親友なんですけど、その子の部隊の解隊式が行われるって聞いたので……本当は晴子たちと一緒に来たかったんですけど、流石に全員抜け出すのは無理ですから、私が代表で見に来たんです」

「そうか、お前たちは同期だったな」

「はい。でも南部中尉はどうしてここに……?」

 

 茜達とは12・5クーデター事件が終わってから話す時間があり、207訓練小隊の面々と同期の間柄ということをキョウスケは知っていた。

 解隊式の話を耳にして、居ても経ってもいられず様子を見に来たのだろう。目的はキョウスケと同じだった。

 

「俺もその小隊の白銀 武という男と面識があってな、様子を見に来た」

「白銀……あぁ、例の男の子ですね」

「知っているのか?」

「はい、色々凄いっていうか特別だって千鶴が言っていましたから」

 

 凄いというのは、おそらく武の戦術機操縦技術のことだろう。

 時間跳躍者(タイムリーパー)として前回の世界の記憶と経験を持つ武は、並の訓練兵など歯牙にもかけない戦闘スキルを持っている。目立つのも無理ないだろう。

 しかし講堂の周りにはキョウスケと茜しかいない。解隊式と大げさに言っても、たかが訓練兵が過程を修了し任官する、ただそれだけのことだ。基地隊員の注目が集まるイベントでもないので、当然とも言えた。

 早朝にまりもに聞いた話だと、解隊式は9時に始まり30分ほどで終わる予定らしい。

 武たちは衛士育成の訓練過程を経ているため、解隊式と共に衛士であることを証明する階級章 ── 銀の翼を象り、キョウスケのジャケットにもつけられている ── を受け取り、少尉に任官される。

 夕呼に経歴をねつ造され衛士という立ち場を手に入れたキョウスケにとって、あまり思い入れのない階級章だったが、訓練過程を終えた武たちにとっては誇らしく、そして重い物になるだろう。

 

「あ……中尉、出てきましたよ」

 

 講堂の扉が開き、武たち207訓練小隊、いや、元207訓練小隊の面々がまりもの後を着いて出てきた。達成感からか、6人全員が一様に笑顔を浮かべている。

 

「神宮司軍曹……今までありがとう」

 

 講堂を出てすぐに、武がまりもに声を掛けていた。遠巻きに様子を見ているキョウスケたちには気づいていないようだ。

 

「軍曹の錬成を受けたことを生涯誇りに思う。今俺がこうしているのも、軍曹のおかげだ」

「光栄です少尉殿。ですが、少尉殿は元より傑物でした。私は何も益しておりません」

 

 2人の会話が聞こえてくる。

 衛士として任官された時点で武の階級は少尉となる。対してまりもは軍曹。これまで教え子だった武に敬語を使うまりもの姿が、彼らが彼女の元から巣立った証明に見える。

 それはまりもが望んだ武たちの姿であると同時に、恐れていた姿でもあった。

 

「でもッ、それでも ── ッ」

 

 まりもの言葉に武の語気が強まる。

 

「── 俺はまりもちゃんに育てられたんです! 俺はそのことを誇りに思っています!!」

 

 臆することない大きな声が、遠くのキョウスケの耳にもはっきりと聞こえてきた。

 

「ありがとうございます少尉殿……! お望みであれば、まりもちゃんでも構いませんが、軍規上神宮司軍曹の方が望ましいと思われます」

「あっ、す、すみませ ── すまない軍曹。……検討しておく」

 

 凛とした態度を取るまりも。

 軍において階級は絶対だ。例え教え子であろうとも、礼を尽くし気を引き締めて向かわなければならない。

 まりもは自らの態度でそのことを伝えようとしていた。それがまりもができる最後の教導 ── 時は来た、武たちが巣立つ時が、だ。

 

 武だけでなく、元207の面々が次々とまりもに感謝の言葉を述べていく。自然とまりもの周りには武たち6人が取り巻き、感謝の涙を流しながら、部外者は近寄りがたい空間が出来上がっていた。

 

「うぅ……良かったねぇ、千鶴」

 

 キョウスケは隣で涙ぐんでいる茜と一緒にその様子を見ていたが、しばらくして、

 その場を立ち去る。

 

「あれ、南部中尉、もう行くんですか……?」

「ああ。俺の出番は、どうやら無いようなのでな」

 

 微笑みながら去るキョウスケの後ろを茜がちょこちょこと付いてくる。

 その後「A-01」と合流したキョウスケはノルマの訓練をこなした。

 程なくして、武たち元207訓練小隊が「A-01」に組み込まれることを知るのだった ──……

 

 



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第19話 葛藤

【西暦2001年 12月9日(日)21時14分 横浜基地 香月 夕呼の執務室】 

 

 香月 夕呼は悩んでいた。

 

 オルタネイティヴ計画 ── それはBETAが地球に飛来し、脅威となった時から続けられてきた対応策の一つだ。

 その第4計画の主導者を務める彼女は、先の12・5クーデター事件を受けて、以前より感じていた危機感をさらに募らせていた。

 クーデターに現れた「シャドウミラー」 ── その背後には、オルタネイティヴ4と並行して進められている補助計画のオルタネイティヴ5の推進派が隠れているだろう。

 補助計画……要するにオルタネイティブ4が完遂できなかった際の保険がオルタネイティヴ5である。

 オルタネイティヴ計画は人類がBETAに勝利するための物……成功率を高めるために、複数の計画が同時に進行するというのはよくある話だったが、オルタネイティヴ5は内容にいささか問題があった。

 

 オルタネイティヴ5 ── その実態は、地球と言う星の放棄に他ならない。

 あるいは、人類という種の保存のための最終手段と言ってもいい。

 

 少数の選ばれた人たちを異星へと脱出させ、その後、G弾による地球BETAの本拠地であるオリジナルハイヴへの一斉射撃を行う ──── それがオルタネイティヴ第5計画であった。

 確かに地球上のBETAの本拠地が消滅すれば、人類は再興の機会を得ることになるだろう。聞こえは良い。だがそれだけだ。

 オルタネイティブ5はG弾が撃ち込まれた地点の事を考えていなかった。

 人類の滅亡の危機だ、それ位は目を瞑る ── それは当事者でない他者の言う、実に無責任な理屈ではないだろうか?

 香月 夕呼にだって、そう思えてしまう時は確かにある。やらなければやられる。だからやる。必要なことだと妥協し、受け入れなければならない時があるのも間違いなかった。

 しかし、

 

 

【オルタネイティヴ5が発動されれば、大地は海に沈み、海底が陸になるでしょう ──】

 

 

 そう言った男がいた。

 G・Jだ。

 G・Jを引き連れていたG・Bも同じことを言っていた。

 G・BはG弾を開発した張本人と言ってもいい。開発した本人のお墨付きのG・Jの予言。

 G・JとG・B……彼らと夕呼が互いに協力し始めるまでには紆余曲折があったが ── 彼らがそう言うのならと、検証を重ねてみた結果、G・Jの予言がG弾一斉発射後にもっとも起こり得る現実であることを夕呼は知ってしまった。

 しかもG・Jはこうも続けた。

 

【── BETAは死滅していない】

 

 ……宇宙空間で生存できる生物が、過酷とはいえ深海の環境で生き残れないとは考えにくい。地獄絵図のような地球がオルタネイティブ5の後には残ることを、その時、夕呼は知ってしまったのだ。

 絶対にオルタネイティヴ5は阻止し、オルタネイティヴ4を成功させねばならない。

 いつの間にか、強迫観念にも似た思いを夕呼は抱くようになっていた。

 

(……だからこそ、異世界からの訪問者である南部と、白銀は私にとって最高の素材だった)

 

 世界に本来にない因子が混ざることで、きっと世界の未来は変わりやすくなる。

 それが良い方向にか悪い方向にかは分からない。

 結果的には【白銀 武】という不確定因子が加わることで、少なくともオルタネイティヴ4は良い方向へと進んでいた。

 しかしそこに現れたのが【南部 響介】という不確定因子だった。

 彼が現れることで、白銀 武が知らなかった12・5クーデター事件という、彼が知らない事件が起きた。いや、クーデターが南部 響介が原因なのかはっきりしていない。おそらく、これから検証し続けてもきっと分からないだろうし、そこに意味はないのかもしれない。

 多くの戦術機と人的資源を無駄にした12・5クーデター事件 ── 多く分野で損害を与え、横浜基地にも少なからず被害は出していた。

 だが収穫もあった。

 少なくとも夕呼にとって、収穫は大きなものだったと言える。

 

(新OS ── XM3(エクセムスリー)の実戦における有用性は証明された。計画の成果物の評価が高ければ、それはオルタネイティヴ4の推進力へと変わり、成果物は政治的な取引材料としても活用できるようになる)

 

 夕呼が腰かけている椅子がぎしりと軋んだ。

 白銀 武の意見と、様々な物を参考に作り上げたXM3の性能はもはや疑うまでもなく高い。XM3は搭載すれば、新兵でも熟練衛士と渡りあうことができる。高水準で完成された画期的なOSだ。

 知名度が高くなれば、XM3を欲しがる国は沢山出てくるだろう。

 打倒BETAが人類の至上目的である以上、XM3は独占するより人類全体で利用した方が良いに決まってはいる。しかしオルタネイティヴ4を完遂するため、政治的な取引材料として使い勝手の良いカードが夕呼は手元に欲しかった。

 

(そのためにはXM3にさらに箔を付ける必要がある、そのためのXM3トライアル ──)

 

 それは、12・5クーデター事件で遅れてしまっていたが、夕呼が企画し12月8日に執り行う予定だった催しだった。

 クーデター後の後始末に追われ日程が押してしまったが、明日 ── 12月10日に国連による新OSのトライアルが横浜基地で行われる。

 白銀 武や南部 響介にもこの件は既に伝達済みだった。

 だが夕呼には、実は2人に伝えていない腹案(・・)が1つある。

 夕呼が愛用のコンピューターを操作すると、とあるデータが映し出された。

 要撃級(グラップラー)BETA24体、突撃級(デストロイヤー)BETA8体 ── 夕呼が命令し、BETAの新潟上陸時に「A-01」が捕獲したBETAの詳細が表示されている。

 捕獲したのはBETAの研究が目的。

 捕獲したBETAは活動を抑制する酵素を使用し、横浜基地近辺の研究所で管理していた。

 

(── XM3に箔をつけるのに一番効果的な方法……それは対BETA戦における性能を証明すること)

 

 幸か不幸か、捕獲したBETAを使えばBETAとの実戦は容易に実現する。

 問題は、トライアルにはJIVESを使うため戦術機に実弾は装備されないこと。予め通知するのも手ではあるが、捕獲しているBETAの数は多くないため実弾さえあれば容易に撃退することができる。

 それでは意味が無い。

 武器が無い状況でさえ、BETAと戦い生き残ることができる ── そんなインパクトが必要だった。

 

(XM3トライアル中に起こるトラブル ── BETAの奇襲……でもその場合、少なくない数の死傷者が出ることになる……)

 

 夕呼は迷っていた。

 この腹案を実行に移していいものか?

 

(オルタネイティヴ4を完成させるために必要なことなら、あたしはなんだってするわ……でも何故かしら? 嫌な予感がしてならない……)

 

 夕呼は迷う。良心の呵責もそうだが、根拠のない予感に夕呼は躊躇していた。そんな自分に夕呼は驚きを覚える。

 

(……勘、か。あたしらしくもない。南部に会ってから、どうにも調子が狂ってるわね)

 

 ため息をつきながら夕呼は考える。

 横浜基地近辺でBETAを解き放つ。目的があるとは言えリスクが高すぎるように思えた。

 

(……迷うぐらいなら、この案は無しね。もう一押し欲しいけど、トライアルだけでも箔はつくし……ん?)

 

 昨晩行った転移実験で、白銀 武の世界から数式を回収(・・・・・)できた今、無理をする必要はないのかもしれない。

 夕呼は捕獲BETAの情報を表示したコンピューターの電源を落とそうとし、ふと、違和感を覚えた。

 画面には整理された様々な情報が詰め込まれている。夕呼が使いやすいようにカスタマイズし、表示された情報も前回コンピューターをシャットダウンした時のままで、何もおかしな所は見当たらない。

 なのに夕呼は感じていた。

 奇妙な違和感を。

 

「……疲れてるのかしらね」

 

 ここ最近は色々な出来事があった。

 そこに元々の激務に加わり、夕呼に疲れが貯まらないわけがない。

 椅子に深く腰掛け大きなため息をついた夕呼だったが、中断していた作業を再開する ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 国連横浜基地内 B4 個室】

 

 ……── 香月 夕呼が研究に勤しんでいる頃、横浜基地地下4階にある基地職員の居住スペースには一組の男女がいた。

 

 女の方が携帯型のコンピュータ端末を操作し、男の方はその様子を見守っている。

 女は端末の操作を終えると言った。

 

「やはり、例のデータは香月 夕呼の自室にあるようね」

「流石だな、W16」

 

 W16と女性を呼んだ屈強な男性のコードネームはW15。12・5クーデター事件で帝都での開戦の引き金を引いた2人組である。

 クーデターのドサクサに紛れて、2人は横浜基地に潜り込んでいた。自分たちに風貌の似た基地職員を殺害し、遺体を処分、変装して成りすますというありがちな手法を使って。

 

「では行動に移るとしよう」

「そうね、隊長たちの最後の報せではG・Jが動いているらしい。どの道、変装で騙し続けるのにも限界がある」

「決行は明日 ── 新型OSとやらのトライアルで目がそちらに向いている時」

「そのための仕込みに移るとしましょう、W15」

「了解だ、W16」

 

 香月 夕呼のコンピューターに表示されていた捕獲BETAの情報 ── それが表示された端末をW16は懐にしまい、2人は殺害した職員が使っていた個室から外へと出るのだった ──……

 

 



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第20話 XM3トライアル

【西暦2001年 12月10日(月) 7時12分 A-01専用ハンガー】

 

 まりもと屋上で会った翌日、キョウスケは朝早くから格納庫へと足を運んでいた。

 

 今日 ── 12月10日は、夕呼が企画したXM3トライアルが予定されている。

 

 XM3という新型OSは武のアイデアを基に開発されていたが、アルトアイゼンに搭載されているオリジナル世界で普及していたTC-OSをも参考にされている。武がXM3の発案者なら、キョウスケは開発の協力者……キョウスケはXM3の駆動の理解者の1人として、今回のトライアルへの参加を夕呼に命じられていた。

 ただキョスウケの場合、参加者である武と違い、XM3の評価者としてトライアルに参加することになっていた。

 XM3のトライアルは、横浜基地に所属する全国連部隊の各小隊から代表を選出し、JIVESを使用した模擬戦をとり行う予定になっている。

 その結果をABC評価し、参加チームの格付けを行うということになっており、キョウスケはその評価に関わることになっていた。

 昨晩の夕呼曰く、一部を除いて基地の戦術機のOSはXM3に換装済みだが、実践データが蓄積されているのは武たちの機体のみとのことだ。TC-OSよろしく、XM3は多くの機体に搭載され、蓄積したデータを共有することで真価を発揮するOSだ。

 

 新品のXM3と、データが蓄積され慣熟したXM3の違いを、横浜基地の古参兵(ベテラン)たちに見せつける ─── 真価を発揮したXM3があれば、訓練兵上がりの新兵でも古参兵に対抗できることが知れ渡れば、その噂は世界中の国連部隊から各国へと徐々に拡散していくだろう。

 どことなく、オリジナルの世界でTC-OSが普及していった過程 ── 教導隊が基礎プログラムを作成した後のような ── そんな感じに似ているな……と感じながら、キョウスケは夕呼の申し出を了承した。

 トライアルの集合時間は午前9時きっかり………

 ……

 …

 

 

 

 

 ……── 翌日の朝早くキョウスケは目を覚ました。

 

 起きたのは早朝と呼べる時間帯 ── キョウスケは部屋を出てから、気にしていたことを確認するために「A-01」専用ハンガーに足を延ばしていた。

 それは、キョウスケがトライアル参加前に確認したいことがあったからだ。

 ハンガーにはUNブルーの不知火がずらりと並んでおり、その様は実に壮観だ。

 高性能な第三世代戦術機「不知火」が、これだけの数を配備されているのは、横浜基地内でも夕呼直属部隊である「A-01」ぐらいのものだろう。

 UNブルーに統一された不知火の前に設置された通路を、キョウスケは一人歩いて行く。目指している場所はハンガーの一番奥。

 しばらく行くと、青い機体の中でひときわ目立つ色の機体が2つ見えてきた。

 メタリックレッドの機体は、言うまでもなくキョウスケの愛機、アルトアイゼン・リーゼ。

 もう片方の純白の機体は不知火・白銀だ。

 不知火・白銀は12・5クーデター事件で損傷し、昼夜問わず修復・改修作業が続けられていた。

 だがそれも昨日までの話。キョウスケがトライアル前にわざわざハンガーに足を運んだ理由は、修復が完了したという不知火・白銀を一目見るためだった。

 

「南部……? 今日は香月副司令から呼びだされてたんじゃないのか?」

「伊隅大尉、おはようございます」

 

 声を掛けられて振り返ると、不知火・白銀の専属衛士の伊隅 みちるがいた。

 

「ああ、おはよう。どうした、私の機体に何か用か?」

「いえ、修理が完了したと聞きましたので様子を見に」

「そうか、奇遇だな。私もだ」

 

 そう言いながら、不知火・白銀を見上げるみちるの表情は険しかった。

 

「クーデターの時は私が不甲斐ないばかりに、大切な機体を損傷させてしまったからな。不幸中の幸いか、テスラ・ドライブは無事だったから良かったが……二度とあのような失態を見せるわけにはいかない」

「報告書を読みましたが、敵はJIVESの強制起動という奇策を打ってきたらしいですね」

「ああ、不知火・白銀を含む部隊の機体からは既にJIVESを排除してある。連中 ── シャドウミラーに対抗するためにな」

 

 キョウスケの問に歯噛みするようにみちる答えた。

 JIVESはシミュレート可能なあらゆる物理現象を再現することができる。被弾の衝撃はもちろん、実際に目の前にいない敵をあたかも存在するかのように網膜投影することもできるし、機体が大破するダメージを受けたと認識されれば、プログラムを解除するまで機体を動かすことはできなくなる。

 全ては弾薬や機体の損耗を抑え、効率良く訓練するための仕様だったが、実際の戦闘中にJIVESを起動されることなどは考慮されていない。

 今や、全てといっても過言では無いほどに、JIVESは殆どの戦術機に導入されている。それ程有益なプログラムだったが、前回の戦闘ではそれが仇になった。

 

(あの時の強力なジャミングやステルスもそうだが、アクセルたちの戦術機は明らかに対BETAではなく対人(・・)戦闘を想定して設計されている。BETAを倒さねば未来がないこの世界では、そんな設計思想は本末転倒な気がするが……)

 

 まるでBETAとの戦争の後を想定している、そんな印象をキョウスケはあの戦闘の後に感じていた。

 兎に角、アクセルたちのラプターの対人戦闘能力は非常に高い。憂慮すべき事態だと感じたキョウスケとみちるは夕呼に報告・相談したが、戦闘データが少なすぎて、現時点で打てる対応策はJIVESを取り外すことぐらいだった。

 G・Jもあれからキョウスケたちの前に姿を現していない。潜伏したアクセルたちを探し出した彼がいれば、もっと現実的な対応策を練れたかもしれないが、いない人間に頼ってもしかたないのも事実だった。

 あれから、アクセルたちの足取りは掴めていない。

 だがいつか、キョウスケたちの前に現れるだろう。

 

「今度は絶対に不覚はとらん」

 

 みちるが意気込みを口にする。

 

「修復が終わるまでに、シミュレーションを行う時間は十分にあった。今度こそ使いこなしてみせる、このじゃじゃ馬をな」

「じゃじゃ馬か、間違いない」

 

 みちるの言葉にキョウスケは同意した。

 不知火・白銀のモデルになったヴァイスリッターは、マリオン・ラドム博士の割り切りすぎた ── どんな攻撃も当たらなけばどうという事はないという無装甲、超高機動 ── 極端な設計のため、乗りこなせる人間がエクセレン・ブロウニング以外にほとんどいないトンチキ機体だった。もっとも、それはアルトアイゼン・リーゼも同様だったが。

 

「だが私1人であの2機を同時に相手にするのは不可能だ。南部、お前の力、当てににしているぞ」

「ヴァルキリー0、了解した」

 

 キョウスケはみちるの期待に応えるように微笑みを返すと、XM3トライアルに参加するためハンガーを後にした。

 キョウスケはトライアルが開催される予定の廃墟ビル群を目指して移動する。

 

 

 

      ●

 

 

 

【同日 11時23分 廃墟ビル群 指揮所】

 

 午前9時から開始されたXM3トライアルは、大きな問題も起こらず、滞りなく進行していった。

 

 

 トライアルは分かり易く言ってしまえば、4対4で行う小隊同士の対抗戦だ。

 登録されている機体にはすべてXM3が搭載されており、横浜基地内から選出された熟練衛士(ベテラン)が多く参加していた。

 その中に、武たち元207訓練小隊の面々も含まれている。

 

『もらったぁ!』

 

 指揮所のモニターには行われている戦闘風景が中継され、武の乗る高等練習機「吹雪」の姿が映し出されていた。仮想敵部隊(アグレッサー)を務めているのは出撃回数20回越えのベテランだ。

 JIVESが作り出す仮想の銃弾が飛び交う中、新OSに不慣れな故に生まれた一瞬の隙を突き、武機の短刀が敵の撃震の装甲を切り裂いた。

 激震が膝を着き、撃墜を告げるアナウンスが流れる。

 

『── バンデット4、スプラッシュ』

『よっしゃあ ──── ッ!?』

 

 勝利の咆哮をあげる武。だがそれとほぼ同時に、武機の懐で銃弾が爆ぜた。弾種は粘着榴(HEP)弾 ── 対象にへばり付くように潰れてから起爆する、遠距離砲撃で使われることのある弾だった。

 不意の一撃に深手を追い、武機が膝を折る。状況は中破、これ以降の高機動戦闘は満足にこなせそうにない ── 架空の大ダメージを受けていた。

 

『しまった ── まだ1機いたのか!?』

 

 痛手を被った武の状況を告げるアナウンスが流れる。

 

『── 04、フレンドリーファイア』

『はァ!? 味方誤射だって!!』

『あははー、ごめんねー武』

 

 元207の鎧衣 美琴の声が回線に乗って聞こえてきた。

 どうやら、彼女が武を狙撃してしまったらしい。

 

『いやー、助けようとしたんだけどねー』

 

 反省の色が感じにくい口調の美琴の発言の直後、

 

『── バンテッド1、スプラッシュ ── 状況終了』

『隊長機は私が墜とした、ヴイ』

 

 彩峰機が敵側の指揮官機を撃墜し、真顔でピースサインをする彼女の顔がデカデカとモニターに表示され、武たちの模擬戦は終了したのだった ──……

 

 

 

 ……── その様子を、キョウスケは審査員として観察していた。

 

 最後の最後で味方誤射という失態を演じてしまった武たちだったが、全体を通しての評価は決して低くない。むしろ上位に食い込んでいる。

 

 XM3という新型OSは、武の世界にあったテレビゲームの動きを再現するために作られた代物だ。動作のキャンセルや追加入力、よく使う動作をパターン化し他機と共有するなど、その発想や特性はPTに搭載されているTC-OSに非常に良く似ている。

 オリジナルの世界でも、TC-OSが普及し、教導隊が作成したモーションパターンが広まり、人型機動兵器の有用性は飛躍的に向上していった。

 TC-OSはそれだけ画期的なOSだった。

 それはXM3も同じこと ── しかし技術の革新に、いつも人がすぐに付いてこれるとは限らない。

 

 旧型OSに慣れている衛士たちは、XM3の追従性と柔軟さに戸惑い、慣れるまでに時間が必要だった。

 衛士たちは経験値は武たち新兵に比べて上だったが、XM3導入直後の短期間の間だけならば、12・5クーデター事件を生き延びた武たちのXM3搭載機の練度は上だった。

 それを証明するように武たちは破竹の勢いで勝ち続け、キョウスケを含む他の審査員から高評価を受ける。

 午前中の模擬戦プログラムが全て終了した時、武たちの小隊の評価は暫定ではあったが、一位という記録を叩き出していた。

 

(XM3に既に慣れ有利とは言え、大したものだ)

 

 武だけでなく、冥夜たち6人全員をキョウスケは心の中で賞賛する。

 プログラムが終わった後も、しばらく模擬戦を審査していたキョウスケ。

 そんなキョウスケに気が付いた武が近づいてきて、言う。

 

「響介さん! どうでした、俺たちの戦いぶり!」

 

 褒めてくれと言わんがばかりに、武は満面の笑みを浮かべていた。

 成果だけ見れば褒めてやってもいい。

 だがプログラムは午前だけで終了ではない。

 

「自惚れるな。ベテランもそろそろOSに慣れ始めた頃だ。午後からが本番だぞ」

 

 褒めてやるのが正しいのかどうか、キョウスケには分からず気を引き締める意味でそう答えた。

 

「ちぇー、厳しいなぁ、響介さんは」

「……まぁ、お前たちは良くやっている。白銀少尉、午後もこの調子で頑張るように」

「了解! 任せてください!」

 

 互いに略式の敬礼を交わすと、武は冥夜たちの元に戻った。

 戻った直後、先ほどまで模擬戦をしていたベテラン衛士に話しかけられ、武は衛士たちに連れられ去って行く。

 冥夜たちは緊張した面持ちでその様子を眺めていた。

 

(裏に呼び出し、新兵に負けた腹いせでもするつもりか……? 別に珍しくもない。仮にそうだとしても、軍にはそういう輩もいるという良い勉強にはなるだろう……過保護すぎるのも良くないしな)

 

 そういえば、オリジナル世界でキョウスケはケネス・ギャレット准将 ── もとい真空管ハゲに事あるごとに難癖を付けられていたことを思い出す。

 歳と立場を傘にして、我のみを通そうとする馬鹿はどこにでもいるものだ。

 しかし武を連れて行った衛士をキョウスケは知らない。衛士たちをそんな馬鹿と決めつけるのは良くないと思いながら、キョウスケが午前の評価の全てを終えた頃 ──

 

「南部、新OSの調子はどうかしら?」

 

 ── XM3の開発責任者の香月 夕呼がキョウスケに話しかけてきた。

 キョウスケはいつもの仏頂面で夕呼に答えた。

 

「悪くない。この量産品が行きわたれば、BETAとの戦闘も大分楽になるんじゃないか」

「あら? べた褒めなんて珍しいわね」

「俺は正当な評価を下しているだけだぞ」

 

 というよりも、TC-OSに慣れているキョウスケにとっては、戦術機に使われていた従来のOSが使い勝手の悪い骨董品のようなモノというだけなのだが。

 

「コストを左程かけずに戦術機の追従性や性能を底上げできるんだ、制式採用されるのはほぼ間違いないだろう」

「そうね、でももう少し箔を付けたいところだわ」

 

 箔を付ける ── XM3はこんなに素晴らしいものだと知らしめ、強烈なインパクトを与えるための既成事実が欲しい……ということだと、キョウスケは夕呼の言葉を理解した。

 そのための武たち ── XM3搭載機にもっとも慣熟している新兵VS慣れていない熟練衛士、そしてXM3トライアルという場というわけだ。

 夕呼の目論み通り、武たちの成績は現時点では暫定一位。

 武たちを勝たせるために夕呼が何らかの細工を施している可能性はあったが、事実として武たちは勝利し、敗れた衛士たちから運営の夕呼にクレームが上がることもなかった。

 

「ま、白銀たちは十分に頑張ってくれているし、あまり高望みしすぎるのも野暮ってものよね」

 

 満足はしている風に微笑みを浮かべる夕呼。

 キョウスケは夕呼の言葉に頷いた。

 

「ここからが正念場、武たちの腕の見せ所といった所か。俺は『A-01』配属予定の新人たちの実力をここから見させてもらうとしよう」

「あらあら、もう先輩面? アンタも配属されてから1週間も経ってないでしょうに」

「……言われてみればそうだな」

 

 「A-01」に正式に合流してから、既に一か月近く経過しているような錯覚をキョウスケは覚える。

 それもこれも、初出撃の12・5クーデター事件で様々な濃い体験をしたからに違いなかった。

 

「白銀たちなら大丈夫よ。アタシの親友は教えるのが上手いんだから。ちなみにアンタ以外の『A-01』に所属している衛士は全部まりもの教え子よ」

「……それは初耳だ」

 

 予想外の事実にキョウスケは少々驚いた。

 まりもはもちろん、みちるたち「A-01」のメンバーの誰も、キョウスケにその事を教えてはくれなかった。

 もっともキョウスケは「A-01」に合流して日が浅く、雑談の類の会話をそれ程交わせていない。コミュニケーションが十分に取れていない現段階では、各隊員の持つ背景などをキョウスケはほとんど知らなかった。

 

「別に隠してたわけじゃないわよ。言う機会がなかっただけ」

「ああ、分かっている」

「じゃああたしはもう行くわ、昼休憩の時間もそんなに取れないしね。南部、この調子で午後からのプログラムもよろしくね」

 

 頷き了承するキョウスケを確認した後、夕呼は指揮所から去って行った。責任者である夕呼は、トライアルで得たデータの整理などで多忙なのだろう。

 キョウスケは昼食を摂るためにPXへと向かった。

 道中で武たち元207と出会い、昼食を共にした後、指揮所へと戻りトライアルの審査役を再開する。

 

 

 

【同日 13時12分 廃墟ビル群 指揮所】

 

 キョウスケは指揮所で戦術マップと中継モニターを眺めていた。

 指揮所内にはトライアルの審査役、少数のオペレーターと夕呼以外に人はいない。

 午後のトライアルは模擬戦のプログラムを同時進行させるため、指揮所付近に待機させていた全ての戦術機は廃墟ビル群へと飛び立ち模擬戦を開始 ── 指揮所内に衛士は1人もいなくなっていた。

 XM3に慣れ始めた衛士たちに苦戦しながらも、武たちの小隊は良い成績を残していく。

 

 

 午後のプログラムが始まって30分程経過した頃だった。

 その異変が起こったのは。

 

 

 廃墟ビル群の一角 ── Lポイントで、チャーリー小隊の戦術機が爆散したのだ。周囲の廃墟ビルが倒壊し、チャーリー1のアイコンが戦術マップから消える。

 事故か?

 指揮所内にいた基地スタッフ全てに、緊張感が電流となって駆け抜ける。

 JIVESを用いた模擬戦とは言え、戦場(フィールド)は物理的に建築物が乱立する廃墟ビル群だ。操作を誤り、ビルに衝突すれば、JIVESと違い戦術機に物理的なダメージは発生する。

 

(だが機体反応が消失する程の大ダメージを、いくら鉄骨とは言え、建物にぶつかった程度で戦術機が負うのか……?)

 

 キョウスケの中で疑問が沸き上がる。

 直後、キョウスケの不安に応えるようにチャーリー2と、交戦していたブラボー3の機体反応が消失した。

 そして、ほぼ同じタイミングで大音量の警報が指揮所内に鳴り響いた。

 オペレーターの女性が叫ぶ。

 

「香月副司令! 戦域に敵性体を確認 ──── パ、パターン赤、BETAです!!」

「なんですって!?」

 

 夕呼が声を荒げ、指揮所内が一気にざわめき出す。

 トライアル中の戦術機だけを映していた戦術マップ ── 対BETA用の生体センサーをONにすると、敵を示す大小様々な赤い点々が浮き上がってくる。

 中継モニターを切り替えると、要撃(グラップラー)級BETAの前腕で叩き潰されたチャーリー2に多数の戦車(タンク)級BETAが群がっていた。

 夕呼は吼える。

 

「CODE:991発令! 基地本部から増援と銃火器の要請! 大至急よ!」

「了解!」

「── HQより各部隊へ! 防衛基準態勢1へ移行! 繰り返す ── 防衛基準態勢1へ移行!!」

 

 警報とオペレーターの声が響き渡る中、中継モニターには突撃(デストロイヤー)級BETAが建築物を突き崩し、進撃してくる様がありありと映されていた。

 トライアルに参加している部隊の銃器に、実弾は装填されていない。武器のない丸腰状態でBETAに襲われている。

 その部隊の中に武たちも含まれている。

 キョウスケは反射的に叫んでいた。

 

「博士! 俺が出る! 今からハンガーに戻ればまだ ──」

「駄目よ!」

 

 キョウスケの言葉は夕呼に遮られた。

 

「アンタはここまでどうやって来た? ただの軍用車でしょ。移動中にBETAに襲われたら、それこそひとたまりもないわよ!」

「しかし……!」

「こんなこともあろうかと、待機させてた伊隅たちにスクランブルをかけてるわ。南部の機体も輸送させる……まさか敵がBETAになるなんて、思ってもみなかったけど……!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情をする夕呼。

 対シャドウミラーのためJIVESを取り外した「A-01」の相手がBETAになる。それは夕呼にとっても予想外の事態だったのだろう。

 

(……頼むぞ、伊隅大尉……間に合わせてくれ……!)

 

 機体が手元にない以上、キョウスケは戦場へ足を踏み入れることができない。

 手をこまねいて待つしかないキョウスケは、武たちの生存を祈りながら、戦術マップを眺めるしかできないのだった ──……

 

 

 

 

 

 




<補足>
この作品のマヴラヴ世界に登場するWシリーズは生身の(あるいは強化措置を受けた)人間で、アンドロイド的な存在ではありません。ご理解ください。


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第21話 激震

【同日 12時32分 国連横浜基地敷地内 BETA研究施設】

 

 時は遡り、「CODE:991」が発令される30分ほど前 ──……

 

 ……── BETA研究施設 ── そこは横浜基地スタッフの間でも日の目を見ない、地味で影の薄い存在だった。

 敵の情報を得ることは戦いの基本。

 人類の敵の名はBETA。

 その施設は生きたまま捉えたBETAを、活動を抑える酵素を投与することで保管・管理し、研究に利用するための施設だった。

 BETAを生きたまま管理する ── その危険性を指摘されなかった訳ではなかったが、活動抑制酵素の有用性はこれまで世界中で使われ既に実証されており、尚且つ事故も起こっていない。

 量産できないため戦闘行為に利用できないが、酵素を投与し続けるかぎりBETAは動き始めることはない。安全なのだ ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── その男はそこで働くしがない職員の一人だった。

 

 

 ごく普通の家庭に生まれ、妻と子ども養うために働いているごく普通の男だ。

 そんな彼の手には一丁の拳銃が握られていた。世界にその名を轟かせているヴィレッタという名の拳銃ではあったが、軍人なら兎も角、研究員の手には似合わない品だ。

 研究員の制服である白衣には、まだ乾き切っていない返り血がこびり付いていた。

 血だまりができた床には、彼と一緒に働いていた研究施設のスタッフが物言わぬ肉となって転がっている。

 

「……解放せよ」

 

 解放しろ。そう唱える男の目は虚ろだった。

 男に何かが訴え、突き動かす。

 解放しろ。解放しろ。解放しろ。解放しろ。

 すべてを開放しろと……命令する。

 男に投与された指向性蛋白(・・・・・)が彼の意思を奪っていた。

 何の疑問も抱かずに男は引き金を引き、同僚たちをこの世という地獄から解放した後、BETAへ投与する酵素量を調整する制御盤を操作していた。

 

「解放せよ。解放せよ。解放せよ」

 

 BETAへの酵素投与が中断される。

 円柱状の容器に保管されているBETA ── 数分もした頃、ピクンと奴らの筋肉が躍動し始める。

 

「解放せよ……!」

 

 男は自分のこめかみに銃口を向け、撃った。

 脳しょうが飛び散り、男はその場に崩れ落ちる。

 

 しばらくして ── 強化ガラスが砕け散る音が響き、ぺちゃりぺちゃりと何かを食べる音が施設内に響き始めるのだった ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第21話 始まりの終わり 終わりの始まり

 

 

 

【同日 13時17分 廃墟ビル群】

 

 廃墟ビル群の一角に、その2機はいた。

 

 12・5クーデター事件で暗躍していた2機の戦術機 ── ラプター・ガイスト1と2だ。以前は夜間迷彩色の黒でカラーリングされていたが、今は国連部隊が採用しているUNブルーに染められている。

 建築物の影に隠れ、BETAに襲われるトライアル部隊の様子を観察していた。

 

「どうだ、W17?」

 

 ガイスト1に乗るアクセル・アルマーの問に、ガイスト2のW17が答える。

 

『問題ない。W15とW16が指向性蛋白を投与した男の遺体も、BETAが処理しただろう。トライアル部隊も恐慌状態、基地本部の視線もここに釘付けだ』

「フェイズ2も滞りなく進行中、といった所か」

 

 W17の報告と網膜上に流れる戦域情報を一瞥し、アクセルは微笑を浮かべた。

 トライアル部隊はJIVESによる模擬戦を行っていたため、実弾を搭載している機体は皆無だ。突如、乱入してきたBETAの攻撃を避け、逃げることはできても、撃破する攻撃力を全く持っていない。

 とは言え、BETAの攻撃をいつまでも防戦一方で耐えられる訳がない。

 BETAを殲滅するために必要な武器は、基地本部から持ち出すしかないはずだ。増援の戦術機も同様 ──── 基地本部が手薄になり、戦闘に注意が向けられること。

 それこそが、アクセルたちの目的だった。

 

「だがBETAの数がいささか少ないな。元々単なる研究目的だ、しようのないことだが」

『どうする、隊長?』

「愚問だな、W17」

 

 アクセルは言うが早いか、ガイスト1の主機出力を上げ兵装の安全装置を全て解除した。

 

「戦場が荒れるのは好都合。横浜基地に被害が出れば、第5計画が有利になり尚良し。なら、やることなど決まっているだろう?」

『W17、了解。横浜基地の戦術機を攻撃する』

「ただしやりすぎるなよ。戦術機の数が減れば、高性能な分、狙われるのは俺たちだからな」

『了解』

「よし、いくぞ」

 

 アクセルの合図でガイスト1とガイスト2が建築物の影から飛び出し、跳躍ユニットから炎が噴出する。

 アクセルの網膜には機体前面の光景が映され、ラプター・ガイストに気付いた突撃(デストロイヤー)級BETAが真っ直ぐ突進してくる様が見えた。

 

「ふんッ」

 

 アクセルは単調で直線的な動きを突撃級BETAを、最小限の短距離跳躍(ショートジャンプ)で飛越し、その先でBETAから逃げ回る撃震をロックオンした。

 ガイスト1の両手に握られた突撃砲から、1発の120mm徹甲弾が発射される。

 弾は撃震の主脚を砕き転倒させた。撃震は体勢を整え直す間もなく、要撃(グラップラー)級BETAの前腕で滅多撃ちにされる。搭乗している衛士はもう助からないだろう。

 

「さぁ、逃げられるなら逃げて見せろ、これがな」

 

 アクセルとW17は顔色一つ変えず、次のターゲットを探して戦域を移動し始める。

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 廃墟ビル群周辺 指揮所】

 

 キョウスケの目の前のモニターで、トライアルに参加した部隊がBETAに蹂躙されていく。

 JIVESを使用した友軍同士の模擬戦闘 ── 実弾など持ち合わせているはずもなく、人類を殺すつもりで迫ってくるBETAに、戦術機という同じ大きさでしかかない鎧衣を身に着けても、武器が無ければ相手は殺せない。

 殺せない相手に武器もなく対峙する ── 結果は言うまでもない……。

 キョウスケは、その様を戦術マップ上で見ていることしかできなかった。

 

「本隊の到着はまだなのか!?」

「ジェネレーション小隊、全滅!?」

「ミニッツ小隊通信途絶! BETA群、ポイントFよりこちらに接近中!」

「何としても食い止めろ! もう少しだ! もう少しで増援が到着する!」

 

 オペレーターたちの声が交錯する指揮所内。

 慌ただしいその中にいながら、キョウスケにできることは何もない。アルトアイゼンが無ければ戦場に出ることもできず、かと言って代わりになる戦術機が、トライアルを指揮、監修することが目的の指揮所内に用意してあるわけでもなかった。

 トライアル部隊を示す青い光点が戦術マップから数を減らしていく。

 出現したBETAの数は決して多くはないものの、トライアル部隊に攻撃手段がないことが足かせになっていた。

 

(……まだか……? 早くしてくれ、伊隅大尉)

 

 みちるの事だ、既に基地は出立しているに違いないが、今のキョウスケには一分一秒がとても長く感じられた。

 夕呼が指示を出し、オペレーターがそれを伝える。キョウスケはどうすることもできずにそれを見ている。

 苛立ちがつのっていく。武たちが戦っているのに ── まりもが危惧していた死地で、彼女の教え子たちが戦っているのに自分には何もできない。自分の無力をキョウスケは痛感していた。

 しかし緊張感だけは否応なく高まり、五感は鋭く研ぎ澄まされていく。ちりちりとした空気を耳を、肌を通じて感じ取り……キョウスケだけが気づいた。

 注意が戦域の情報に全て向けられている夕呼たちではなく、キョウスケだけが感じ取っていた。

 何者かが近づいてくる気配を。

 

(……なんだ……?)

 

 BETA、戦術機、いやそうではない。人の気配がキョウスケのいる指揮所に近づいてきている、そんな予感がした。

 キョウスケがそう感じた直後、指揮所入り口の自動扉が開いた。

 人影がキョウスケの目に飛び込んでくる。見覚えのある(・・・・・・)仮面で顔を隠した男たちが、複数、小銃の銃口をこちらに向けて侵入してくる。

 

「いかん……! 博士ッ、伏せろ!」

「え ── きゃ……!」

 

 キョウスケは手の届く範囲にいた夕呼の首根っこを掴んで、乱暴に床に押し倒した。

 直後、銃声が響き、

 

「え……?」

「ぎゃ……!」

 

 悲鳴と共に頭上から血しぶきが降り注ぐ。

 生暖かい赤い液体に続いて、オペレーターや審査員たちが次々と倒れた。

 小銃を撃った男たちは素早く指揮所内に侵入し、まだ息のあったオペレーターにトドメを刺しながらキョウスケたちに近づいて来る。

 

「博士、こっちだ!」

「え、ええ……!」

 

 夕呼の手を引き、キョウスケはオペレーターが使っていた通信機材の影に飛び込んだ。侵入してきた男たちは走るキョウスケたちを狙って小銃を撃つが、間一髪、凶弾は通信機材に弾かれた。

 機材の影には撃ち殺された女性オペレーターの遺体があったが、驚いている暇など今のキョウスケにはない。小銃に立ち向かうには心元ないが、無いよりはましと基地で支給された拳銃を懐から取り出し、安全装置を解除した。

 仮面の侵入者たちは銃口を向けたまま、ジリジリとキョウスケたちに近づいて来る。キョウスケはその姿に見覚えがあった。

 

(……こちらの世界の量産型のWシリーズか……アンドロイド……は無理だろうから、強化人間の類か何かだろうが……くっ!)

 

 アクセルにしてやられた。

 このタイミングで指揮所を襲撃したということは、シャドウミラーの目的は夕呼の身柄の確保、あるいは殺害だろう。おそらく、廃墟ビル群に出現したBETAもシャドウミラーが手引きしたものに違いない。

 そしてそれすら、実動部隊の動きを勘付かせないようにするための隠れ身でしかないのかもしれない。

 

(……考えても仕方がない。今は生き残ることだけを考える)

 

 キョウスケは機材の影からシャドウミラーの人数を確認した。

 数は5人。全員が自動小銃で武装しており、指揮所内で生き残っているのはキョウスケと夕呼のみ。武器は手元にある拳銃だけ。

 正面からやり合っても、キョウスケが撃ち負けるのは目に見えていた。

 

「ちょっと……どうするのよ?」

「知るか。黙っていろ」

 

 夕呼の問にキョウスケは小声で返した。幾ら夕呼が天才的な頭脳の持ち主でも、撃ち合い殺し合いの現場では大して役には立たない。この状況の打開策を出してくれるなら兎も角、キョウスケに頼ってくるようでは夕呼の助力を得るのは絶望的だ。

 冷静に考えるなら、罠を仕掛けていたなら兎も角、奇襲を成功された時点でキョウスケたちの勝ちはほぼ不可能だ。

 キョウスケも近い内にシャドウミラーとの戦闘はあると予想はしていたが、12・5クーデター事件からまだ数日しか経っていない上、まさか生身で襲撃を仕掛けてくるとは思ってもいなかった。

 

(どうする……?)

 

 絶体絶命の窮地にキョウスケたちは追い込まれた。

 

(攻勢にも出れん。隠れてやり過ごせない。博士を連れて逃げ切れる相手でもなく、考える時間もない……ど万事休すか……?)

 

 こうしている間にも、シャドウミラーはキョウスケたちににじり寄ってくる。

 思考を巡らせるが妙案は浮かばない。

 意を決して飛び出すか? いや、それではオペレーターたちの二の舞だ……考えれば考える程、どうしようもないことが分かり鼓動が早まり、嫌な汗が滲んでくるのは分かる。

 頭痛がし始めた。

 極度の緊張のせいだろうか?

 いや、違う ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 喚べ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── 声が聞こえた。

 

 

 12・5クーデター事件の時、アルトアイゼンが転移してきた直前に聞こえたあの声だ。

 声に耳を傾けてはいけない。キョウスケの予想が正しければ声の正体はおそらく ──…… 声に従うのは危険だ。

 しかし今の状況はクーデターの時によく似ていた。

 キョウスケ自身が追い詰められ、孤立無援で打開策はなく、傍には護るべき仲間がいる。

 

(……やるしかないか……!)

 

 アルトアイゼンを喚べるとして、その後どの様な事態になるのか想像もできない。

 しかしシャドウミラーは待ってはくれなかった。5人の内の1人が近づいて来る。残りの4人は出口を固めている。拳銃しか持っていないキョウスケたちは1人でも十分なのだろうが、兎に角時間がなかった。

 

「来い……!」

 

 意を決してキョウスケは叫んだ。

 突然の大声に夕呼の顔色が変わる。

 

「南部……何を?」

「来い、アルト! 俺はここだぁ!!」

 

 キョウスケの絶叫。

 だがそれに呼応するものは何もなく、とうとうシャドウミラーの1人がキョウスケたちの前に姿を現した。

 通信機材の影にしゃがみ込んでいるキョウスケたちを見下ろし、シャドウミラーは銃口を突きつけてくる。

 

「香月 夕呼だな?」

 

 シャドウミラーの言葉が翻訳機で日本語となり耳に届く。

 

「我々と共に来るのか、それともここで死ぬのか、選べ」

「……第5計画に与しろというの? この私に? 冗談じゃないわ」

 

 夕呼は物怖じすることなく言い放った。

 

「地球を捨てて逃げ出そうとしている連中に協力するなんて、例え死んだってお断りだわ」

「我々に協力しないなら仕方ない。死ね」

 

 小銃の引き金に掛けていたシャドウミラーの指が微かに動く。

 その瞬間、轟音と共に指揮所内に異変が起こった。分厚い指揮所の壁が吹き飛んだのだ。

 壁に大穴を開け、巨大で赤い影が指揮所内に飛び込んでくる。

 

「アルト……!」

 

 壁を破って現れたのはキョウスケの愛機アルトアイゼン・リーゼだった。

 アルトアイゼンは「A-01」のハンガーからこちらに移送中だったはずだが、こうしてキョウスケの前に現れたということは、クーデターの時のように転移してきたと考えて間違いない。

 誰も乗り込んでいない筈のアルトアイゼンだが、やはりあの時の同じように一人でに動き、キョウスケの方に歩を進めてくる。

 突然の乱入に困惑したシャドウミラーは、アルトアイゼンに向けて小銃を連射する。だが対人用の小さな弾丸がアルトアイゼンに通用するわけがなく、装甲表面で全て弾かれた。

 攻撃され、出入り口を固めていたシャドウミラーにアルトアイゼンの双眸が向いた。

 左腕の5連チェーンガンが唸りを上げ、血しぶきが巻き上がり ──

 

 

 

── 規則正しく、嫌な音が刻まれる。

 

 

チェーンガンの回転が止まり、4人のシャドウミラーがいた場所には巨大な弾痕と、それまで人間だったものが転がっていた。

 

「ア、アルト……?」

 

 一体何を……というキョウスケの言葉は、アルトアイゼンが動いたことで遮られた。

 アルトアイゼンの右手が、勢いよくキョウスケの目の前に差し出され ── いや、振り下ろされる。掌部分は目前にあったが、リボルビング・バンカーのシリンダー部分は指揮所の床にめり込んでいた。

 シャドウミラーの最後の1人の姿は消えていた。アルトアイゼンの腕の下からは血液がしみ出してきている。シャドウミラーはアルトアイゼンの腕に圧し潰された……そう考えて間違いなさそうだ。

 一瞬にして起きた惨劇。

 生身の人間を攻撃する ── 予想の斜め上の行動をしたアルトアイゼンにキョウスケは恐怖した。目的を遂行するだけの感情のない機械。キョウスケの乗り込んでいないアルトアイゼンは無人機のようなもので、一歩間違えれば仲間ですら殺してしまう……そんな嫌な感じを覚えた。

 

「……とりあえず、助かったのかしら……?」

 

 キョウスケの意識は夕呼の一言で引き戻される。

 

「たくっ……とんでもないわね、助かったから良かったけど」

「……博士、アルトは……?」

「南部、前にも言ったと思うけど、アルトアイゼンもアンタと同じ因子集合体よ。何があっても不思議じゃない……でも正直、これは驚いたけど」

「そう、だったな……」

 

 因子集合体、その言葉で思い出す。

 自分がキョウスケであってキョウスケでないように、アルトアイゼンもアルトアイゼンであってそうではないのだと。オリジナルのアルトアイゼンにない転移能力を発現し、無人でも動く ── オリジナルとは違う存在になっているのは疑いようもなかった。

 

(……俺もいつかアルトのように変わるのだろうか……? いや、今はそんなことを考えている場合ではない)

 

 BETAがトライアル部隊を襲撃し、その後シャドウミラーが現れた。BETAはシャドウミラーに利用されただけで、本命は夕呼の拉致または殺害だったのかもしれない。

 だとしても指揮所の外では、武器を持っていないトライアル部隊がBETAに襲われている現実は変わらない。

 アルトアイゼンが転移してきた今なら、キョウスケは彼らの救援に向かう事ができる。

 キョウスケはアルトアイゼンの掌の上に乗り、夕呼に手を差し出した。

 

「博士、悪いが一緒にアルトに乗ってくれ」

「……大丈夫なの、あたしが乗っても?」

「分からん。だが、ここに博士を置いていくわけにもいかないだろう?」

「それは、そうだけど……」

 

 渋りながらも、夕呼は最終的にキョウスケの手を取った。

 掌に乗ったキョウスケたちを、アルトアイゼンはコクピットへと運ぶ。

 コクピットシートに着座キョウスケは、夕呼を膝の上に座らせハーネスで体をしっかり固定させた。アルトアイゼンの機動に夕呼が耐えられるか不安ではあったが、何もしないよりはマシだ。

 

「よし……いくぞ、アルト……!」

 

 キョウスケの声と操作に従い、アルトアイゼンが動き始める。

 目指すは廃墟ビル群 ── 武たちトライアル部隊が戦っている戦場へ向けて、キョウスケはアルトアイゼンを発進させるのだった ──……

 

 

 

 




地獄は何時でも、自分のそばに潜んでいる。


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第22話 激突

【13時22分 国連横浜基地 本部周辺】

 

 横浜基地の専用ハンガーからスクランブルした伊隅 みちる率いる「A-01」は、BETAが出現したという廃墟ビル群へと急行していた。

 

 不知火・白銀を筆頭に、マニュピレーターと背部ガンマウントに87式突撃砲をフル装備した「A-01」仕様の不知火が目標地点へと駆ける。跳躍ユニットを全開で噴かせ、短距離跳躍(ショートジャンプ)を連発するが到着にはまだ時間が必要だった。長距離(ロングジャンプ)すれば時間短縮に繋がるが、光線(レーザー)級BETAが出現したとの情報もあり、みちるたちは無暗に高度を上げれずにいた。

 元々シャドウミラーの出現に備えて待機していた「A-01」だったが、出撃命令が下った原因がBETAとあって誰もが驚きを隠せないでいる。

 なぜなら、横浜基地に出現したBETAに心当たり(・・・・)があったからだ。

 

(……我々は新潟でBETAを生きたまま捕獲した……まさか、それが逃げ出した……?)

 

 隊員の2人を失い、1名を病院送りした生きたBETAの捕獲。

 まだ記憶に新しいBETAの新潟上陸事件 ── みちるが南部 響介と初めて出会ったその時に、「A-01」は香月 夕呼の命令でBETAの捕獲作戦を実行していた。

 殲滅するだけでも難しいBETAを生きたまま捕獲する。任務は成功させた「A-01」だったが、そのために隊員を2人失っていた。

 捕えたBETAは研究のため、活動抑制酵素を投与され管理されることになる。敵を知ることは戦いに置いて非常に重要で、捉えたサンプルから研究することの意義は理解していたが、どうにも釈然としない気持ちになったのをみちるは覚えている。

 それでも夕呼が管理、研究するのなら……と、みちるは割り切っていたにも関わらず、今回のBETAの出現だ。

 

(研究施設の管理は完璧だったはず。副司令がわざとBETAを解き放った? いや、まさかな……)

 

 すぐに浮かぶ他の心当たりと言えば連中しかない。

 

(シャドウミラーか……?)

 

 どうやって横浜基地の内部に侵入したのかは分からないが、連中が影で動いている気がして、みちるにはならなかった。

 

(だとすれば、あの2機も来ているはず……! 今度こそ逃がしはしない!)

 

 JIVESを逆利用して自分と不知火・白銀に土を付けた黒いラプター。二度目の敗北を喫さぬようにみちるは気合を入れる。

あと数分もすれば廃墟ビル群に到着するだろう。

 みちるは回線を開き、叫んだ。

 

「全機、目標地点に到達後散開せよ! 火器を運搬し、最少戦闘単位(エレメント)で友軍を援護、各個BETAを撃破しろ!!」

『『『── 了解ッ!!』』』

 

 隊員たちがみちるに応え、「A-01」は廃墟ビル群へと急ぐ ──……

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第22話 激突

 

 

 

 

【同時刻 廃墟ビル群 ポイントF】

 

 BETAで溢れ返った廃墟ビル群では悲惨な光景が繰り広げられていた。

 

 トライアルに参加していた戦術機の多くが横たわり、要撃(グラップラー)級BETAの前腕で管制ブロックを叩き潰され、機能停止したそれに戦車(タンク)級BETAがまるで菓子に群がる蟻のように纏わり、下腹部の顎で装甲を食い破っていく。

 新潟上陸時より数が圧倒的に少ないとは言え、複数の大型種に囲まれては、武器が無ければけん制もできず徐々に追い詰められ、撃破されていた。

 それでも衛士たちは基地本部へとBETA侵入を防ぐため、立ち塞がり、時間を稼いでいる。

 

「……化け物どもめ」

 

 怒りを押し殺しながらキョウスケは呟いた。

 レーダーとデータリンクで戦況を確認すると、トライアル部隊は当然のように劣勢、基地本部からの増援部隊はまだ到着していないことが分かる。

 現時点では実弾を搭載し、戦闘力を持っているのはキョウスケとアルトアイゼンだけだ。

 

「博士、悪いんだが……」

「……分かってるわよ。やっちゃいなさい、南部」

 

 コクピットに同乗している夕呼の了承を得て、キョウスケは操縦桿(スティック)を握り占める。アルトアイゼンに非戦闘要員を乗せ、尚且つ自分もパイロットスーツを着ずに戦うのは初めての経験だったが、このまま引き下がるわけにはいかない。

 フットペダルを踏み込むとアルトアイゼンのメインブースターが着火 ── キョウスケには慣れっこの猛烈な加速に伴うGが体を襲う。

 

「うっ……!」

 

 夕呼のうめき声が聞こえたが、今は我慢してもらうしかない。

 キョウスケは直近のトライアル部隊に襲いかかるBETAに狙いを付け、アルトアイゼンを加速する。

 孤立してしまったトライアル部隊 ── アルファ2と表記されている撃震は、3体の要撃級BETAに囲まれていた。乗っているのは熟練衛士(ベテラン)なのか機体の動きは良く、要撃級が振り下ろす前腕を躱し続けている。

 だが反撃は出来ておらず、要撃級の攻撃につかまるのも時間の問題だろう。

 弾丸のように加速したアルトアイゼンは、キョウスケの操作で、頭部のプラズマホーンにエネルギーバイパスを開放し白熱化させた。

 

「邪魔だ、退け……!」

 

 アルファ1に集っていた要撃級の一体に頭から吶喊 ── プラズマホーンが深く突き刺さり肉が焦げ煙があがる。アルトアイゼンは巨体を誇る要撃級を角一本で持ち上げると、機体を回転させ勢いをつけもう1体の要撃級に叩きつけ、5連チェーンガンで肉片(ミンチ)に変えた。

 最後の1体はリボルビング・バンカーを叩き込み、絶命させる。

 足元に群がる戦車級を5連チェーンガンで始末しながら、キョウスケはアルファ1に通信を繋いだ。

 

 

「こちらヴァルキリー0、アルファ1、無事か?」

『あ、ああ、おかげで助かったぜ』

「アルファ1、そちらの小隊はどうした?」

『……俺以外はやられちまったよ。クソッタレのBETA野郎にな……!』

 

 苦々しく吐き捨てるアルファ1にキョウスケは同情したが、慰めの言葉を掛ける間もなくコクピットに敵の接近を告げるアラームが鳴り響く。

 廃虚ビル群にある大きな直進道路を、突撃(デストロイヤー)級がこちらに向かって突っこんでくる。その背後には数体の要撃級、レーダーには戦車級を示す小さな光点があり、大型種の足元に沢山いることが分かる。

 

『くそ……! ヴァルキリー0、武器は持ってきたんだろう! 渡してくれ! 俺があいつらの仇を取ってやる!』

「アルファ1、すまんがこちらに譲渡できる武器はない。ここは俺が引き受ける。そちらは周辺の小隊と合流してくれ」

『しかし……!』

「仲間の仇は俺が必ず取る」

 

 腸煮えくり返る思いなのはアルファ1だけではない。トラアル部隊を蹂躙するBETAとれを利用するシャドウミラーに、キョウスケも怒りを覚えずにはいられなかった。

 怒りを腹の底に飲み込んで、キョウスケは静かに呟く。

 

「だから、俺に任せてくれ」

『……了解。アルファ1後退する!』

 

 アルファ1の撃震はキョウスケの指示に従い撤退する。周辺のBETAは撃震に目もくれずアルトアイゼンに猛進してきていた。

 

(BETAは高性能な機体を狙う。新潟の時の同じだな……!)

 

 かえって好都合だと、キョウスケはコンソールを操作しリボルビング・バンカーを武装選択した。

 ターゲットは自分に直進してくる突撃級 ── モニター上で真っ赤なターゲットカーソルが刻まれる。

 

「よし、行くぞ……!」

 

 すると、キョウスケの呟きを傍で聞いていた夕呼が青ざめた顔で訊いてきた。

 

「ちょ、ちょっと待って、まさかと突撃級に突っ込むの?」

「そうだが? 博士、少し黙っていた方がいい。喋ると舌を噛む」

「冗談でしょ ────」

 

 夕呼の言葉尻は、アルトアイゼンの猛加速により明後日の方向に吹っ飛んでいった。

 突撃級の最高速度は実に170km/hにも達する。しかしアルトアイゼンの瞬間最高速度はその比ではない。

 アルトアイゼンは突撃級の間合いに一瞬で詰め寄り ──── モース硬度15を超える突撃級の装甲殻に突き立てた。バンカーの切っ先が装甲殻に一点の穴を穿ち、亀裂が奔り、撃鉄が降りてシリンダー内の炸薬に着火する。

 コンマ数秒の交錯 ── アルトアイゼンが右腕を突き出すと同時に切っ先が、装甲殻を撃ち抜き肉を飛散させ、突撃級の巨体を後方へ弾き飛ばす。

 殻と血肉を撒き散らしながら、突撃級は後続の要撃級を巻き込み絶命した。

 直後、アルトアイゼンはTDバランサーを作動させ、機体に急制動をかけ着地する。両肩のハッチを開放し、モニター上の複数のBETAにロックオンカーソルが、1つ、2つ……と刻み込まれていく。

 

「1発1発がチタン製の特注品だ、好きなだけ持っていけ……!」

 

 キョウスケがトリガーを引くと同時 ── チタン製のベアリング弾に換装したアヴァランチ・クレイモアが発射され、横転していた要撃級と周辺の戦車級を一網打尽に撃ち砕く。

 両肩のハッチが閉鎖された時、硫黄臭い血煙と肉片だけを残してBETAの反応は消えていた。

 

「よし、次だ」

「うっ……待って、気分悪い」

「我慢しろ」

 

 夕呼の顔が青ざめていたが、喋る元気があるならまだ大丈夫だろう。

 どの道、増援が来るまで、夕呼はアルトアイゼンの中にいてもらう必要がある。ピーキーな操縦特性を持つアルトアイゼンに乗り込んだのが運の尽き、と思って諦めてもらうしかない。

 レーダー上のBETAのいる地点にアルトアイゼンを走らせるキョウスケ。

 その視界には青ざめ口元を押さえて夕呼の姿が……。

 

(伊隅大尉、早く来てくれ…………コクピットを吐物まみれにされては敵わん……!)

 

 キョウスケは出来るだけ操縦を優しくしてやりたい、と思い悩んだのだが……ものの数秒で戦闘中には無理という結論に至り、伊隅たちの増援を心待ちにするのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 廃虚ビル群 ポイントL】

 

 戦場の空気が変わった ── アクセル・アルマーはそれを機械ではなく、肌で感じ取っていた。

 

「……妙だな」

 

 アクセルたちに向かってくるBETAの数が明らかに減っていた。

 BETAには、より高性能かつ脅威となり得る機体を優先して攻撃する性質がある。廃墟ビル群にいる戦術機の種類は撃震、陽炎、不知火、そしてアクセルたちのラプター・ガイストだ。

 ラプター・ガイストはこの中で最も性能が高く、BETA相手ではステルスも効果が無いため相当数が群がって来ていた。それをアクセルたちは適当にいなしながら、BETAに襲われているトライアル部隊が撃破されるように動き回っていた。

 急に、その数が減っていた。

 横浜基地からの増援はまだ到着しておらず、実弾が無い以上BETAの大型種の数が減ることはない。

 ならば、アクセルたちに集まるBETAが減った理由は……

 

(ガイストと同等かそれ以上の性能の機体が現れた……ふ、そういう事か)

 

 何かを察したアクセルは、追従していたW17に言う。

 

「W17、戦域をサーチ。例の奴が現れたかもしれん」

『了解…………隊長、ポイントFにアンノウン1体出現を確認。該当データと一致、例の赤い戦術機です』

「そうか……来たか、キョウスケ・ナンブ」

 

 W17の報告を受け、自然とアクセルの口端は歪んでいた。

 アクセルたちの任務は本命が目的を果たすまでの時間稼ぎ。目的を果たすだけなら、隠れてトライアル部隊を遠くから銃弾でも打ち込み、機が来たら退散すればいい。

 しかし赤い戦術機とキョウスケ・ナンブが現れたなら話は別だ。

 並の戦術機と一線を画す赤い戦術機を撃破し、回収できたなら、それはシャドウミラーにとって有益な戦利品となるだろう。

 それに、

 

(あの時の決着をつけるにはいい日だ、これがな)

 

 アクセルはW17に命じる。

 

「大物を狩る。行くぞ、W17」

『了解だ、隊長』

 

 レーダーに映るキョウスケ・ナンブの赤い戦術機。

 アクセルとW17はそこに向かって移動を開始した。

 

 

 

      ●

 

 

 

【13時26分 廃虚ビル群 ポイントX】

 

 ── 5分が経過し、「A-01」は廃墟ビル群に到着、散開して BETAの掃討を開始していた。

 隊長の伊隅 みちるを除く隊員勢は最少戦闘単位を組み、ガンマウントに搭載した突撃砲をトライアル部隊に譲渡、そのまま戦線に加わる。

 

 築地 多恵は涼宮 茜とコンビを組み、突撃砲でトライアル部隊に群がるBETAを狩っていく。強襲掃討(ガン・スイーパー)の茜が前衛、打撃支援(ラッシュ・ガード)の多恵が後衛で劣化ウラン弾の雨で血の雨を降らせ、この区画のBETAの殲滅は完了していた。

 しかし制圧が完全に終わったわけではない。

 管制ユニット内の多恵の網膜には、データリンクを通じて残りのBETAの位置情報が送られてくる。まだBETAは相当数が生き残っていて、情報よりもトライアル部隊の数が少ない。間に合わなかったということだ。

 「A-01」の機体はデータリンクで位置情報がやり取りされていて、反応は1つとして欠けることなく示されている。

 ポイントXのBETAを全滅させ、次に支援するトライアル部隊の位置を調べるために見ていた戦域情報だったが、ふと、多恵は気づいたことがあった。それは気弱で、仲間の安否を気にし続ける彼女だからこそ気づけた情報とも言えた。

 「A-01」の機体反応が1つ多い。

 

「あれ……? これって……」

『どうしたの、多恵?』

 

 通信で訊いてきた茜に多恵は答えた。

 

「え、えと、ポイントZに単機行動している友軍機がいるの……ねぇ、これって何だと思う?」

『単機行動? 伊隅大尉の不知火・白銀じゃないの?』

 

 「A-01」の隊員の人数は11名。

 CP将校である涼宮 遥は戦場にはおらず、南部 響介はトライアルに審査役として参加していたため、乗機であるアルトアイゼンをトレーラーで輸送中だった。

 11-2は9。全体で最少戦闘単位を組むには人数が1人あぶれる計算になり、その役は隊長のみちるが買って出ていた。

 

「ううん、伊隅大尉はさっきまでポイントAにいた……Zまでは距離があるから、すぐに移動してきたとは思えない……あ」

 

 多恵は一つの可能性に思い至った。

 

「この反応もしかして南部中尉なんじゃ? トライアル会場に動かせる戦術機が残ったんだよ、きっと……!」

『だとしたら急がないとね。結構な数のBETAが向かっているわ!』

 

 南部 響介と思われる友軍機に、周囲にいたBETAを示す赤い光点が近づいて行っている。

 

『行くわよ、多恵!』

「ヴァ、ヴァルキリー7、了解……!」

 

 多恵たちの不知火はポイントZに向けて移動を開始した。

 

 

 

      ●

 

 

 

【13時30分 廃虚ビル群 ポイントZ】

 

 キョウスケは順調にBETAの数を減らしていた。

 

「これで終わりだ……!」

 

 突き刺したリボルビング・バンカーが火を噴き、衝撃波が体全体を突き抜けると同時に半身を吹き飛ばされ、目の前の要撃級が絶命 ── ポイントZにいたBETAの殲滅を終える。

 要撃級BETA相手にリボルビング・バンカーの連発など必要ない。1発につき1体。シリンダー内全弾で6体の大型種を血祭りにあげたキョウスケは、空になった薬莢を排出し、新たに6発分の炸薬を装填する。破棄した薬莢が小型種の残骸を押しつぶし、モニター上の残弾数が回復した。

 レーダー上にBETAはまだまだ残っている。

 「A-01」が到着したのか、そこかしこから銃声が上がり始めており、BETAの殲滅が完了するのはもはや時間の問題だった。

 

「よし、次は…………博士、大丈夫か?」

「…………ええ……」

 

 キョウスケの問に答える夕呼に覇気はなかった。

 生身でアルトアイゼンの機動に曝され続けて約十分 ── 夕呼の顔は病人のように白くなり、口やかましいぐらいの普段の毒舌は鳴りを潜めていた。

 アルトアイゼンの基本戦法は突撃による一撃戦線離脱である。突撃による急加速、敵の撃破時や方向転換時の急減速からの再突撃のための急加速……戦闘が続く限りこれが繰り返される。

 キョウスケはなるだけ優しい操縦を心掛けてみたつもりだったが、アルトアイゼンに乗る以上はこの機動をせざるを得ず、非戦闘員である夕呼の体調が悪化するのも当然と言えた。

 

(慣れた俺でさえ、パイロットスーツがなく普段よりキツイ……流石に限界か……?)

 

 既に友軍は到着し、反撃の狼煙は上がっている。キョウスケだけが無理してBETAを駆逐していく必要はもうない。

 

 戦闘を継続すれば確実に夕呼は倒れるだろう。そうなってはキョウスケも戦いを中断せざるを得ない。

 

(そうなる前に、「A-01」の誰かに引き渡した方がいいか……ん?)

 

 レーダー上を友軍機のマーカーが2つ近づいて来ていた

 2機からキョウスケに通信回線が開かれる。

 

『こちらヴァルキリー5、涼宮 茜です! 乗っているのが南部中尉なら、応答してください!』

 

 接近して来る2機はUNブルーの不知火 ── 「A-01」の機体だ。

 キョウスケは茜に返答する。

 

「こちらヴァルキリー0、南部 響介だ」

『南部中尉! 凄いよ多恵! 予想が的中だね!』

 

 もう1機に乗っているのはコールサインヴァルキリー7、築地 多恵少尉のようだった。

 

『う、うん。でも南部中尉が乗っている機体……』

『え……あ、赤カブト ── じゃなくてアルトアイゼン!? こっちに移送中のはずなのにどうして……!?』

 

 指揮所で夕呼が口にしていたように、アルトアイゼンはトレーラーか何かで廃墟ビル群へ運ばれている途中だったようだ。

 移送中にキョウスケの所へ転移してきたとなると、移送中に忽然と消えた状況を知っている人間が、「A-01」以外にも多数いることになる。妙な噂話に尾ひれがつく程度のレベルで済めばいいのだが、色々と詮索する者が出てこられたら面倒だ。

 

(誤魔化すのは苦手だ……この件は、後で香月博士に何とかしてもらうとしよう)

 

 キョウスケは話題を逸らす意味も含め、

 

「色々あってな、それより2人とも良く来てくれた」

 

 茜たちに声を掛けた。

 

「香月副司令をそちらに引き渡したい」

『え? 副司令が乗ってらっしゃるんですか?』

 

 茜が驚きの声を上げた。

 

「ああ。指揮所に置いてくる訳にもいかなくてな。だが戦闘行為を行ったせいで既に加速度病一歩手前の状態だ」

「あたしは大丈夫……って言ってる……でしょ」

 

 キョウスケの言葉が癇に障ったのか強がってみせる夕呼。しかし声は途切れ途切れで弱々しい。

 

「ご覧の通りだ。一刻も早く、戦域から離脱させ休養を取らせたい。頼めるか?」

『ヴァルキリー5、了解です!』

『で、では私の機体に乗せましょう。私、後衛ですし』

「ああ、よろしく頼む」

 

 多恵のポジションは打撃支援 ── 前衛から中衛を、突撃砲による比較的近距離の砲撃で支援する役割だ。強襲掃討で前に出る機会の多い茜よりは、周囲に目を利かせることができる多恵の方が、要人移送には適していると言えた。

 

「よし、決まったのなら早くやるぞ。BETAの増援が来る前にな」

『ヴァ、ヴァルキリー7、了解……!』

 

 多恵は了承し、不知火をアルトアイゼンへと近づけて来る。

 本来なら、戦場でコクピットハッチを開放し、無防備な姿を曝すことをキョウスケはしたくなかった。

 夕呼を多恵に引き渡さず、アルトアイゼンで基地本部へ引き返すという選択肢がない訳ではなかったが、キョウスケが危険を冒してまで急ぐ理由は他にある。

 夕呼の体調のこともそうだが、その懸念に比べればそれは些細ことでしかない。

 

(来ている筈だ。奴が ── アクセル・アルマーが)

 

 指揮所はシャドウミラーに襲撃された。オリジナル世界で隊長を務めていたアクセルは、おそらくこちらの世界でも似た立ち位置にいるに違いない。

 そしてアクセルは安全な後方で指示だけを飛ばす、そんなタイプの指揮官ではなかった。

 

(奴は来る、必ず。奴のラプターの相手を、この子たちにさせるのだけは避けたい)

 

 高性能なステルス、機体性能、強力なジャミングに操縦者の技量……修羅場は潜っているが、新兵に毛が生えた程度の多恵や茜ではアクセルの相手は荷が重すぎる。熟練の突撃前衛(ストーム・バンガード)である速瀬 水月でさえ、渡り合えるかどうかも分からない……アクセルはそんな相手だ。

 相手を過少評価だけはしない。

 アクセルは全力で当たるべき敵だが、となると、やはり夕呼の存在が足を引っ張ってくる。

 ポイントZのBETAは全滅し、増援が到着するまで時間はかかる。絶妙のタイミングで現れた多恵たち ── この機を逃せば、キョウスケは撤退せざるを得なくなるだろう。

 

「さぁ、博士、準備を」

「……分かったわよ」

 

 しぶしぶ体を固定していたハーネスを外し始める夕呼。アルトアイゼンの機動に辟易していた筈なのにこの態度、しかし、巨人と化け物が戦っている戦場に生身を曝したくはない、その気持ちキョウスケには痛いほどよく分かった。

 ハーネスの除去、多恵の不知火の位置を確認した後、キョウスケはコクピットハッチを開放した。

 

「よし、築地少尉、管制ユニット同士を近づけろ。接触するぐらいに近くだ」

「了解です……!」

 

 久しぶりに触れる冷たい風に乗って、多恵の声が聞こえてくる。

 両機は接近し、アルトアイゼンのコクピットハッチと不知火の管制ユニットの先が触れ合う。

 

「準備完了だ。博士、さぁ、行ってくれ」

「……はいはい、行けばいいんでしょ、行けば」

 

 夕呼はキョウスケの足から腰を上げ、身を起き上がらせた。

 しかし夕呼の足取りはふらついていて、心許ない。

 

(足を滑らせて転落でもされたら事だ)

 

 キョウスケはシートの固定具を外し、

 

「失礼するぞ」

「え……きゃ……!」

 

いきなり夕呼の体を抱き上げた。

 

「ちょ、ちょっと、何するのよ!? いくらあたしが魅力的だからって……!」

「暴れるな、時間が無いんだ」

 

 いわゆる一つのお姫様抱っこ状態になった夕呼は、急な事だったため焦っていたが、キョウスケの言葉一つで大人しくなった。

 キョウスケはハッチの上に身を乗り出し、多恵の不知火の管制ユニットの中へと夕呼を引き渡す。

 戦術機の管制ユニットはそれ程広くなく、夕呼は多恵の膝の上に座らせてもらう形で中に入り、ジト目をキョウスケに向けてきた。

 

「たくっ、覚えてなさいよ」

「ヴァルキリー7、香月副司令を基地本部まで送り届けるように。くれぐれも丁重にな」

「りょ、了解……!」

 

 新兵の膝に上に横浜基地のNo.2が座っている、そんな奇妙な状況に敬礼を返した多恵の声は上ずっていた。

 不知火の管制ユニットが収納され、ハッチが閉じる ──── いや、これから収納されようとしていた正にその時、悪寒がキョウスケの体の中を駆け抜けて行った。

 

「ッ ── アルトォ!!」

 

 キョウスケは叫んでいた。

 直感に命じられるまま、さながら脊髄反射のように飛び出した愛機の名を ── アルトアイゼンはまるでキョウスケの言葉に従うかのように、右腕を突き出した。

 眼前に巨大なリボルビング・バンカーのシリンダーが見える。ちょうど、シリンダーの影にハッチの上に乗るキョウスケと、収納中の管制ユニットに乗る夕呼たちが隠れる形となった。

 直後 ── アルトアイゼンの腕部に何かが当たり、爆発する。爆風はシリンダーが防いでくれたが、衝撃がキョウスケの体を襲った。

衝撃が体を浮かせる。解放されていたハッチから、キョウスケの足が離れてしまった。

 

「くっ……逃げろ!」

「な、南部 ──……」

 

 不知火の管制ユニットが閉まると同時、キョウスケはハッチに捕まり何とか落下をまのがれる。

 

(これは120mm弾……! 間一髪だった……!)

 

 死の恐怖を噛みしめながらも、キョウスケは急いでコクピット内に潜り込む。

 コクピットシートに飛び込むと同時にハッチが閉鎖され、モニターに外界の様子が映し出された。

 

「来たか ──」

 

 アルトアイゼンを狙った敵が映し出される。

 敵は遠方 ── 周囲より低め廃墟ビルの屋上に、かがんでいる2機の戦術機の姿が見えた。周囲の高層ビルで光線(レーザー)級の死角にあるその屋上にいたのは、夜間迷彩ではなくグレーに塗装され直された2機のラプター。

 

「── アクセル!」

『会いたかったぞ、キョウスケ・ナンブ』

 

 アクセルはあえて回線を開き、言った。

 

『お前を殺す、これがな』

 

 キョウスケはアルトアイゼンを、多恵たちの不知火の前に立ちはだからせ、2機のラプターを睨みつける。

 120mm弾の直撃を受けていたが、リボルビング・バンカーの動作には問題はない。撃鉄が上がり、シリンダーが回転した。

 

(相手が誰だろうと、俺のやることは変わらない……! アクセル、お前が相手だとしてもだ!)

 

 闘争心が体に熱を与え、しかし頭は冷たく冴えていく。

 熱く、激しい炎のように熱く燃える心を、アルトアイゼンという冷たい鋼鉄に包み込み ──

 

「来い。ただ、撃ち貫くのみ……!」

 

 ── キョウスケとアクセルの因縁の戦いの幕が、今、切って落とされる。

 

 

 

 

 




少しペースが落ちたので、第22話その2に続きます⇒やっぱりそのまま第23話にすることにしました。


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第23話 死闘

【13時 36分 廃虚ビル群 ポイントA】

 

 目的地である廃墟ビル群に到着し、散開した「A-01」。

 別々の場所で最少戦闘単位(エレメント)を組み、敵を撃破していく彼女たちの青い機体と離れ、単機で戦場を駆ける白い機体があった。

 

 純白の不知火改造機 ── 伊隅 みちるの乗る不知火・白銀は、崩れかけたビルの狭間を華麗に舞い、強弓のような一撃でBETAを次々と撃破していく。

 要撃(グラップラー)級とは距離を取って試作01式電磁投射砲の大口径弾で撃ち抜き、突撃(デストロイヤー)級は跳躍とビル壁面を利用した立体的な機動で背後を取り36mm弾で尻を八つ裂きにし、這い寄る戦車(タンク)級は左腕の三連突撃砲で次々と肉片に変えていく。

 戦術機運用のセオリーは、最低でも2機以上で編隊を組み互いの死角をカバーし合うことだったが、不知火・白銀の機動性と高層ビル跡の立ち並ぶ立地条件が合わされば、戦術機の最大の長所である三次元機動でBETAを圧倒することも容易だった。

 無論、油断し背後を取られでもすれば話は変わってくるが、今のみちるにそれはない。

 

(いける! シミュレーションの成果が出ている! これなら、シャドウミラーのラプターとだってやり合えるはずだ!)

 

 12・5クーデター事件の際、みちるは敵の強力なジャミングとJIVESのハッキングという奇策の前に敗れた。

 トドメを刺されなかったのは単に運が良かっただけに過ぎない。戦場に次はない。それを分かっているから、みちるはクーデター後の3日間のほとんどをシミュレーター訓練に当ててきた。

 不知火・白銀の機動特性にも慣れ、その気になればマニュアル操作での射撃も可能だった。

 

(クーデターからまだ3日。こちらの疲弊が取れる前、しかし少し緊張が緩和された絶妙なタイミングでのBETAの強襲……裏で何者かが動いているのは明白……!)

 

 ポイントAのBETAを全滅させたみちるは、トライアル部隊を救出するため次のポイントへと向かう。

 その道中でも決して忘れない。いつ姿を現すかも分からない影に注意を払うことを ──

 

『隊長! こちらヴァルキリー5、応答してください!』

 

 ── 通信が入った。相手は築地 多恵少尉と組んでいる涼宮 茜少尉。

 声色から茜が慌てていることが分かるが、みちるは勤めて冷静に答えた。

 

「こちらヴァルキリー1、どうした?」

『ポイントZで会敵! シャドウミラーです!』

 

 やはり来たかと、みちるの眉尻が上がる。

 

『現在、南部中尉が交戦中! また築地少尉が香月副司令を回収し、私たちは撤退中です!』

「よくやった、ヴァルキリー5。そのまま何としても全力で逃げ切れ。そちらは私が押さえる……!」

『ヴァルキリー5、了解!』

 

 茜の返答を聞き取ると同時に、彼女たちの位置を確認するみちる。

 既に移動を開始していて、ポイントZから廃墟ビル群の外へ向かっているが、みちるの現在地からはかなりの距離があった。

 

「間に合わせてみせる……!」

 

 不知火・白銀のテスラ・ドライブが出力を上げ、跳躍ユニットの噴射で機体が一気に加速した。

 ビルの壁面を蹴り、空中に躍り出る ── 頭上に現れた的を光線(レーザー)級BETAが見逃すはずもなく、管制ユニット内に「被照射警報」が鳴り響く。

 が、テスラ・ドライブの恩恵で軽くなった機体は空中で容易に体勢を転換 ── 空中に跳び出した数秒後には、地面に向けて全力噴射し、機体をビルの間に着地させた。

 直後、不知火・白銀がいた筈の虚空を、光線級の放った細い無数の光芒が交差し消える。

 

 反転全力噴射(ブーストリバース)と呼ばれる高難度の機動を易々とこなし、みちるはビルを飛び越えながら敵の元へと向かう ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第23話 死闘

 

 

 

【13時 34分 廃虚ビル群 ポイントZ】

 

 みちるに通信は入るほんの少し前。

 狙撃に失敗したアクセルは、着弾前に見えた人影に覚えがあった。

 

「香月 夕呼、生きていたか」

 

 今回のシャドウミラーの目的の1つは香月 夕呼の拉致、それが困難な場合は殺害すること ── そのために混乱に乗じてWナンバーズを派遣したはずだったが……五体満足でいる所を見ると、どうやら失敗したようだ。

 香月 夕呼の頭脳は利用価値があるが、敵に回して反抗され続けるのは厄介だ。

 オルタネイティヴ4の総責任者 ── 香月 夕呼は、オルタネイティヴ5を遂行するには目の上にできた瘤のように邪魔な存在だった。

 どんな手段を用いても目的は達成する、例えそれが非人道的なものでも。それがアクセルたちシャドウミラーのやり方だった。

 

「W17、貴様は撤退したタイプ94を追え。香月 夕呼を始末しろ」

『W17、了解。隊長はどうする?』

 

 ラプター・ガイスト2に乗るW17が訊くとアクセルは答えた。

 

「キョウスケ・ナンブは俺がやる。奴を抑えている隙に貴様は行け、いいな?」

『了解だ』

「なに、俺も切り札を使わせてもらう。こいつをな」

 

 アクセルが微笑を浮かべると、ラプター・ガイスト1が持っていた2丁の突撃砲を補助腕を使ってガンマウントに固定し、空いた両手で腰に携えていた2本の短刀に手を伸ばした。

 外見は黒くて武骨なアーミーナイフ ── 米国の近接格闘短刀よりも刃長が長く、刃幅も太く、日本帝国で採用されている65式近接格闘短刀によくに似ていた。接近戦にあまり重きを置かない米国機にしては珍しく、斬撃で敵を斬り倒すこと目的としたデザインをしている。

 

「ガイストカッター ── 例の機体(・・・・)の装甲を長い時間をかけて成型して作り上げた逸品だ。こいつで奴の喉笛を切り裂いてやる、これがな」

 

 アクセルは網膜上に写るW17と目配せすると、2機のラプターは行動を開始した。

 W17は逃げた94式を、アクセルはキョウスケ・ナンブの乗る赤い戦術機に向けて飛びかかっていく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 十数秒の睨み合いの後、アクセルのラプターが動いた。

 

 

 ラプターの跳躍ユニットが火を噴き、真っ直ぐアルトアイゼンに向かってくる。不知火を凌駕する速度で接近 ── が、向かってくるのは2機の内の1機のみ。

 アクセルのラプターはアルトアイゼンを狙っているが、もう1機は別の方向へと加速していく。アルトアイゼンの頭上を飛び越えようとするその1機の狙いを、キョウスケは瞬時に見抜いた。

 その1機の目的は、多恵の不知火に保護されている香月 夕呼で間違いない。

 モニターにそのラプターを捉え、

 

「させるか……!」

 

 キョウスケはフットペダルを踏込み、アルトアイゼンを飛翔させる。

 クーデター事件の時と同様に敵がジャミングを働かせているのか、ロックオンマーカーは表示されず、レーダーも効かない。

 

(だが、機体をぶつけるぐらいは造作もない……!)

 

 アルトアイゼンの体当たりで出鼻を挫き、敵機を地面に叩き落とす。マニュアルで発射した5連チェーンガンで牽制し、アルトアイゼンの巨体をラプターに叩きつけ ──

 

『させんぞ、これがな!』

「っ……! アクセル……ッ!」

 

 ── 秘匿回線に乗って聞こえてきたアクセルの声、同時に被弾を示すアラームがコクピットに響いた。

 120mm砲弾の直撃。アルトアイゼンの装甲は抜けておらず、大きなダメージはない。しかし速度が落ち、アルトアイゼンの進行方向が僅かに狂う。

 ジャミングの影響で自動追尾が働かず、キョウスケは操縦桿(スティック)を動かしてラプターを追う。

 

(アルトの加速力ならまだ間に合う……! 多少強引でも突っ込む!)

 

 当たり所が相当悪くない限り、ラプターの銃撃では短時間でアルトアイゼンに致命傷を与えることは難しい。

 なら離脱を妨害することが最優先だと、キョウスケはアクセル機ではなくもう1機のラプターをねめつけた。

 

『俺に背を向ける気か、キョウスケ・ナンブ!』

「なにっ……!?」

 

 突如、灰色の影がキョウスケの視界を遮った。速度が一瞬落ちたアルトアイゼンの前に、アクセルのラプターが飛び込んできたのだ。アルトアイゼンの進路をアクセル機が阻んだわけだが、キョウスケが驚いた理由は他にある。

 ラプター ── いや、戦術機でアルトアイゼンに接近戦を挑む、キョウスケはそこに意表を突かれていた。

 クーデター事件で対峙した村田 以蔵が使っていた「獅子王」に相当する業物でなければ、生半なこの世界の武器ではアルトアイゼンの重装甲には傷一つ付けられない筈だ。

 アクセル機は2本の短刀を握り締めていた。突撃砲は補助腕(サブ・アーム)に保持させており、先ほどの銃撃はそれを用いて行ったようだ。射撃の精度は落ちるが、戦術機にはPTにはない補助腕があり射撃の補助や、様々な行動をすることをできる。

 キョウスケだって補助腕のことは知識として持っていた。

 だが重要なのはそれではなく、アクセル機が持っている2本の短刀だった。

 

(……危険だな、あれは)

 

 黒光りする2本の短刀の危険性を、キョウスケは勘で感じ取っていた。例えるなら、村田の「獅子王」に似た寒気を覚える鋭利な輝きをその短刀は放っている。

 確かに危険だが、アクセル機を突破しなくてはもう1機のラプターには逃げられてしまう。

 

「邪魔だ……!」

『ふんっ……!』

 

 2つの機体が交錯し、2本の剣筋が煌めいた。

 直後、機体に衝撃が奔り、コクピット内にダメージ警告が響く。

 

「むっ……!?」

 

 すぐにキョウスケはコンソールに表示されているダメコンを確認する。アルトアイゼンの機体を示す機体のアイコンの胴体部が黄色く染まっていた。

 キョウスケには見えないが、アルトアイゼンの胴体装甲に大きな斬撃痕ができていた。アクセル機の短刀の一撃によりアルトアイゼンはダメージを受け、態勢を立て直すために降下、着地する。

 

『この切っ先、触れれば切れるぞ……!』

 

 間髪入れずにアクセル機はアルトアイゼンの正面に降り、短刀で斬りかかってくる。キョウスケはリボルビング・バンカーの切っ先でそれをいなす。思わず耳を押さえたくなるような金切音が、廃墟ビル群に鳴り響いた。

 リボルビング・バンカーでならアクセルの短刀を受け止められる。

 キョスウケは接近してきたアクセル機に5連チェーンガンを発射するが、俊敏な動きで躱され、補助腕(・・・)で保持された突撃砲から120mm砲弾が飛んできて被弾する。

 

「ダメージ……! 銃弾の方は大したことはない、だが……!」

 

 ジャミングの影響でレーダーは効かないが、ラプターの跳躍ユニットの噴射音はもう聞こえてこない。アクセルに手間取っている隙に、もう1機のラプターには逃げられてしまったようだ。

 

(涼宮少尉、築地少尉……頼んだぞ……!)

 

 先に離脱させた多恵たちのことを案じながらも、キョウスケは目の前のアクセル機に集中することにした。

 背を向けて追跡することも考えたが、大量のブスーターが集中しているアルトアイゼンの背面に、砲撃や短刀の一撃を受けることは避ける必要がある。

 目の前の敵 ── アクセルを倒すことが、多恵や夕呼の救助に向かうための最良の方法であるのは間違いなかった。

 キョウスケの操作に呼応して、アルトアイゼンがアクセルのラプターへと接近していく。右腕部に内蔵されたリボルビング・バンカーのシリンダーが回り、切っ先を突き立てるために機体が加速するが、単純な直進速度ではなく機体の俊敏性ではアクセルのラプターの方が上だった。

 突撃砲の36mm弾をばら撒きながらラプターはアルトアイゼンを回避。

 一撃目で手ごたえを得ることはできなかったが、キョウスケはその程度で諦めない。

 アルトアイゼンのTDバランサー出力を上げ、制動、旋回、再突撃を敢行 ── パイロットスーツを着ていないキョウスケに、普段以上に凶悪なGが圧し掛かってきた。

 アクセルのラプターをモニター正面に見据えて再び加速を開始 ── と、アルトアイゼンの機体に加速ではない、物理的な衝撃が加わり揺れる。

 出鼻を挫くように、アクセルの正確な射撃がアルトアイゼンに命中していた。

 

「邪魔をするな、アクセル……!」

『ジャパニーズは言うだろう! そうは問屋が卸さない、とな!』

 

 数発の120mm弾を無視するように、キョウスケはフットペダルを踏込みブースター出力を上げる。

 グンッと体がシートに押し付けられる感覚と共に視界が流れ始めた。一瞬の加速が終了すれば、あっと言う間にアルトアイゼンはラプターの懐に踏み込むだろう……が、突如モニターに映っていた正面の廃墟ビルの轟音と共に砕けた。

 ビルを突き破って現れたのは突撃級BETAだった。

 仲間とはぐれたのか突撃級は1体のみ ── キョウスケの視界の隅に映り込んだそのBETAは、まだ速度が乗り切っていないアルトアイゼンの横っ腹に突っ込んできた。

 

「く……っ!」

 

 横からの強烈な衝撃が体を突き抜け、アルトアイゼンはバランスを崩し傍の廃墟ビルの壁に叩きつけられた。

 突撃級もビルを破壊してからの突進だったため速度が足りなかったのか、アルトアイゼンは大きなダメージを受けていない。しかし突撃級が巨体で圧し掛かってきたため、アルトアイゼンは地面にくみ伏される形で倒れ込んでしまった。

 装甲殻の下に隠れた、突撃級の双頭の頭がモニター一杯に映り込む。

 

「ッ……!」

『邪魔をするな……!』

 

 キョウスケが突撃級を押しのけようとした瞬間、アクセルの声が聞こえ、BETAの体から鮮血が噴きあがった。装甲殻で守られていない背部を切り裂かれ、突撃級BETAは力なく倒れる。

 大きな音を響かせ突撃級が横たわり、視界が開けると、血で染まった短刀を振り上げているラプターの姿がキョウスケの目に飛び込んできた。

 短刀を逆手持ちしての振りおろし ── 間違いなく、アクセルはキョウスケの乗るコクピットを狙っていた。

 並の刃物ならアルトアイゼンの装甲を貫けるはずもないが、既にラプターの短刀の切れ味は身を持ってキョウスケは知っている。短刀を突き立てられる訳にはいかない。

 どうする? 至近距離で、アルトアイゼンはラプターにマウントポジションを取られている。加速の乗っていないリボルビング・バンカーではリーチが足らず、チェーンガンではラプターを撃破できても、すぐに攻撃を止めることはできないだろう。

 

「ならば……!」

 

 ほとんど反射で、キョウスケはその武器を選択していた。

 アルトアイゼンの両肩に装置された巨大なコンテナ ── 中のベアリング弾を護るための重い鋼鉄製のコンテナが開かれる。

 その動きにアクセルのラプターが反応した。

 振り下ろそうとしていた短刀を止め、跳躍ユニットを使ってのサイドステップ。アヴァランチ・クレイモア ── 両肩のコンテナから無数のベアリング弾が発射された時、既にアクセルのラプターはアルトアイゼンの正面から退避していた。

 上空へと打ち上げられたベアリング弾の一部が、ボロボロの廃墟ビルの1つを倒壊させる。アルトアイゼンを起き上がらせたキョウスケの視線と、短刀と突撃砲を構えた補助腕を含め4本腕のラプターの双眸が空中でかち合った。

 回線を通じて、アクセルの息遣いが伝わってくる。

 

『至近距離で大容量の散弾とはな……! 自爆覚悟とは、気でも狂ったか……!』

「BETAから俺を助けたお前に言われたくはない ──……

 

 

 

       ●

 

 

 

 ──……お前に言われたくはない、アクセル……!』

 

 敵 ── キョウスケ・ナンブの声はアクセルの耳に確かに伝わっていた。

 乱入してきた突撃級はラプター・ガイスト1と赤い戦術機との間にいた。キョウスケ・ナンブに倒すために邪魔な障害物を排除した ── 結果として、BETAから助けた形になってしまったが、アクセルの頭の中は「敵を倒して勝つ」ことだけに集中していた。

 

(赤い戦術機、やはり常識破りの耐久力だな)

 

 補助腕を使っての突撃砲の射撃に、赤い戦術機はもう何度も耐えていた。いや耐えるというより、ものともしていない、と言った方が正しいかもしれない。並の戦術機なら直撃で爆発四散する120mm弾で撃ち抜けない装甲を、赤い戦術機を持っていた。

 だがそれは、先日のクーデターの時から分かっていたことだ。

 あの時は仲間を庇い、動かけない的となっていた赤い戦術機だったが、アクセルたちの射撃に全て耐えていた ── 突撃砲では致命傷は与えられない。勿論、アクセルだって対策は講じてきている。

 

(奴に決定打を与えられるとすれば、このガイストカッターしかない)

 

 補助腕ではない、ラプター・ガイストの両手に握られた2本の短刀 ── ガイストカッター。シャドウミラーが保有するある機体(・・・・)の装甲から再鍛錬した近接格闘武器だ。この世に瞬断できない物はない切れ味は、赤い戦術機の装甲も確かに切り裂いていた。

 奥の手に相応しい威力を誇るガイストカッター ── 装甲を貫き、キョウスケ・ナンブだけを仕留めれば、残った赤い戦術機はアクセルたちシャドウミラーの手に入る。

 そのためにはガイストカッターによる必殺が必要不可欠だった。

 

(だが、接近戦は奴 ── キョウスケ・ナンブの領分……いや、俺も得意とする所だが……)

 

 赤い戦術機の主だった武装は3つ。

 牽制用に使われる左腕の5連装の突撃砲、両肩から発射される大量のベアリング弾、右腕の巨大な杭打機。

 この内、ベアリング弾には予備動作があり予測しやすく、突撃砲はアクセルたちが使っている物と大差ない。高い機動性を持つラプター・ガイストでなら、それらを避け切る自信がアクセルにはあった。

 接近戦を仕掛けるにあたって、最も注意しなければならないのが右腕の巨大杭打機だ。極太の杭を突き刺し、炸薬でそれを撃ち出し、敵を破壊する ── 物理的に敵をノックダウンする、まるでヘビー級ボクサーの右ストレートのような、分かりやすすぎるぐらいに武骨な武器だった。

 直撃を受ければ、ラプター・ガイストでも耐えられないだろう。

 

(分の悪い賭けは好きじゃない……だが当たれば俺の勝ちだ……!)

 

 心と魂が削り取られるような緊張感が、赤い戦術機との接近戦には付いて回る。しかしアクセルはこの感覚が嫌いではなかった。

 乗り越えれば、アクセルは勝利を手にすることができるのだから。

 網膜に投影される赤い戦術機 ── 右腕の巨大杭打機に狙いを定め、アクセルはキョウスケ・ナンブを挑発する。

 

「どうした、キョウスケ・ナンブ!? 俺の攻撃を一方的に受けるだけか!? 貴様はその程度か ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 貴様はその程度か!?』

(言ってくれる……!)

 

 アクセルの言葉にキョウスケの眉尻がぴくりと動いた。

 分かり易い挑発に乗ってやるほどキョウスケは単純ではない。

 だがアクセルとの決着は早くつける必要があった。アクセルに同行していたもう一機のラプターが夕呼を乗せた多恵たちを追っているのだ。あまり時間をかける訳にはいかなかった。

 

(掴まえて、撃ち貫く……それが最良か?)

 

 アクセルが短刀を使って接近戦を仕掛けてくるなら、懐を取りたいキョウスケにとっては好都合だ。苦手な射撃戦でちまちまと時間を浪費するよりも、リボルビング・バンカーを撃ち込んだ方が一瞬でかたがついて良い。

 キョウスケは撃鉄が上がったままのリボルビング・バンカーを構え直させ、5連チェーンガンで牽制をしつつアルトアイゼンの速度を上げる。

 チェーンガンで動きを制限し、鈍った所に突撃しリボルビング・バンカーを叩き込む ── キョウスケとアルトアイゼンの十八番のモーションパターンだ。

 速射される徹甲弾の嵐をアクセルのラプターは躱す。避けながら、アルトアイゼンへと接近してきた。補助腕から突撃砲の36mm弾が飛んできていたが、装甲で弾かれる銃撃に今のキョウスケの意識は向いていない。

 アクセルを掴まえる、その一瞬のために視覚を、五感を研ぎ澄ませ ── チェーンガンを横っ飛びで避けた後、ラプターの動きが一瞬遅れた(・・・)のをキョウスケは見逃さなかった。

 キョウスケの足に力が入り、押し込まれたフットペダルに連動してブースターが最大噴射された。一気に最大戦速まで加速したアルトアイゼンは、それこそ瞬きする間にラプターの懐へもぐりこむことに成功する。

 

(もらった……!)

 

 残された仕事は、アルトアイゼンの体ごとリボルビング・バンカーを叩きつけ、引き金を引くだけだ。

 だがアクセルの反射速度は常人離れしていて、バンカーの切っ先から逃げようとラプターが動き始めた。

 モニター ── キョウスケから見て左方向に、ラプターの巨大な機影が消えて行こうとする。

 

「遅い……!」

 

 確信を持って放たれたキョウスケの言葉通り、リボルビング・バンカーがラプターを掴まえていた。

 ラプターの左上腕部に深々と切っ先が突き刺さり、キョウスケがトリガーを引くと、撃鉄が下りてシリンダー内で炸薬が弾ける。バンカーの切っ先が撃ち出され、左腕部を弾け飛んだラプターは衝撃で叩き飛ばされた。

 態勢を崩し後ずさるラプターにキョウスケは追撃をすべく操縦桿を動かす ── が、直後に違和感と共にモニターへ警告が表示された。

 

「なんだ……!?」

 

 ダメージメッセージ ── 箇所は、アルトアイゼンの右腕関節部。

 頭部カメラで右腕部の様子を映し出す。すると関節部の装甲の隙間から火花が上がっていて、キョウスケの操作に一切応じなくなっていた。

 右腕が動かない ── それが先ほどキョウスケが感じた違和感の正体だった。

 

(先ほどの一瞬で、装甲の薄い関節部を狙ってきたのか……!)

 

 短刀で切り付けられたと思われる傷が関節部には残っていたが、切り落とされてはおらず右腕部は健在だ。しかし伝導系が完全に断ち切られたのか、肘関節から先は一切命令を受け付けなくなっていた。

 

『腕1本……貴様の命をもらうには安い買い物だ、これがな……!』

「アクセル……!」

 

 隻腕のラプターが残る右腕に短刀を構え、手負いのアルトアイゼンへと襲い掛かってくる ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【13時 36分 廃虚ビル群 ポイントX】

 

 一方その頃、夕呼を連れて逃げる不知火の慣性ユニットの中で、

 

「どうしよう……! どうしよう!?」

 

 多恵は自分たちを襲ったラプターが追ってきている気配を感じていた。

 レーダーやデータリンクが働かない。人間でいう所の聴覚を奪われた恐怖に多恵は焦る。しかし感覚的に敵が追ってきていることは理解できていた。

 

「お、追ってくる! 敵が……!」

「築地、冷静になりなさい……今は逃げるしかないわ……」

 

 夕呼の言う通り今は逃げるしか多恵にはできない。

 データリンクが働かないため、追走し多恵を守っているはずの茜の無事が確認できなかった。

 見えないが確かに多恵は感じていた。

 背後から迫る敵の気配、夕呼の命を自分が握っているという重責、茜が既に殺されているかもしれないという恐怖 ── すべてが多恵の小さな体と心を苛んでいく。

 

(……駄目……諦めちゃ駄目……ッ!)

 

 追手からの逃走を開始した直後 ── ジャミング圏外に出た一瞬に、多恵たちはA-01隊長である伊隅 みちるとの通信に成功していた。

 

(来る……隊長は来てくれるッ、絶対に……!)

 

 多恵と茜の技量では追ってくるラプターには歯が立たないだろう。

 だが隊長であるみちるならきっと……その思いが多恵の背中を押し、不知火は乱立する廃墟ビルの隙間を疾駆する。

 しかし追手も距離を詰めてきた ── 後方で銃声が聞こえるのが何よりの証拠。銃声は聞こえるが、まだ多恵の不知火に銃弾は飛んできていない ── 茜が応戦しているのだと多恵には瞬時に理解できた。

 

(隊長、早く……早く来てください……!)

 

 強く、強く多恵は願った。他力本願だと後ろ指を指されても構わない。今はみちるの存在だけが彼女の希望だった。

 追手の射撃を逃れるため、とっさに交差路を旋回し、進路を変更する多恵。東に角を曲がり終えた時、多恵の網膜には長い直線の道路が飛び込んで来る ── 逃げる敵を背後から狙い撃つには持ってこいの、そんな道だった。

 追手に撃ち抜かれ、爆散する多恵の不知火……脳裏を恐怖が幻覚となって掠めていく。かと言って、上空へは逃げられない。廃墟ビルに現れたBETAには光線級も確認されている ── 空へ逃亡を図った途端、光線級の照射で爆散するのは目に見えていた。

 それでも、空を飛べればどれだけ逃げるのが楽になるだろうか……と、多恵は空を見上げた。

 

「あ……あれは……!?」

 

 光線級BETAの照射が、幾筋もの光の線となって空で交差している。

 光線級が狙いを付けているのは浮遊している1機の戦術機 ──── 純白のその機体は、高等技術である反転全力噴射を駆使し光線を回避、多恵たちの方へと降りてきていた。

 

「隊長……!」

 

 多恵は思わず叫んでいた。

 ヴァルキリー1、伊隅 みちるの駆る不知火・白銀が上空から舞い降りてくる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 通算5度目となる反転全力噴射の末、みちるは眼下に部下たちの姿を確認することができた。

 

 左右の巨大なビルが壁となり、正面にしか移動できない長い直線道路を3機の戦術機が疾走している。

 先頭はヴァルキリー7 ── 築地 多恵の不知火。通信通りなら、管制ユニット内に副司令である夕呼が保護されているはずだ。

 その後方をヴァルキリー5 ── 涼宮 茜の不知火が、補助腕による突撃砲の後方射撃で敵をけん制しつつ追走。

 最後方を灰色のラプターが砲撃を続けながら追っていた。幸い、まだ茜の機体は直撃弾を避けてはいる様子だった。

 

(間に合った……!)

 

 一先ず胸をなで下ろすみちるだったが、決して状況が好転したわけではない。

 この戦域 ── ポイントXに近づいた途端、レーダー・データリンク・通信機能に障害が発生していた。おそらくFCSにも支障を来しているだろう。

 戦術機にとっての目と耳を奪われた状態。この感覚にちみるは覚えがあった。

 

(奴か……!)

 

 みちるは確信した。追手は12・5クーデター事件で対峙し、JIVESをハッキングするという奇策でみちるに土を付けた、あの改造ラプターだと。

 速度を緩めず降下しつつ、電磁投射砲の狙いをラプターに向けるが、案の定、ロックオン機能が正常に作動していない。

 

(構うものか!)

 

 マニュアル操作で銃口を向け、みちるはトリガーを引いた。

 たった数日とは言え、みちるはこの瞬間のためにシミュレーション訓練を重ねてきた。機体の操縦に慣れていなかったクーデターの時とは違う。気力、体力ともに充実しているみちるが遅れを取る要素はもはやない。

 大口径弾が電磁投射砲から放たれ、寸分違わずみちるの狙い通りに飛ぶ ── しかし上空から狙い澄ました1発だっただけに読みやすかったのか、ラプターは跳躍ユニットの噴射口を微調整しだだけで回避した。

 ラプターの足は止まっていない。多恵たちを追い続けているが、先ほどの1発で確実に速度は落ちていた。

 

「それで十分だ!」

 

 管制ユニットの中でみちるが吼え、不知火・白銀がさらに加速する。ラプターに向かって真っすぐに、降下速度を増していく。

 機体の状態がみちるの網膜に投影された。跳躍ユニットの出力は既にメーターを振り切り、テスラ・ドライブの出力もグングンと上昇していくのが分かる。

 

「速く ──」

 

 テスラ・ドライブ出力係数60% ── 70% ── 80%、まだ上がる。

 

「──もっと速く!」

 

 ── 85% ── 90% ──── まだ上がる。

 この間、実に1秒に満たない。テスラ・ドライブと大出力の跳躍ユニットの相乗効果で不知火・白銀の速度は増していく。もし地面や建築物に接触すれば、装甲をほとんど排除している不知火・白銀は間違いなく大破するだろう、それ程の超高速だった。

 

()しれ、白銀ェ!!」

 

 それでも尚、みちるはテスラ・ドライブの出力を上げ、ラプターへと肉薄していく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ──……白い不知火が自分に向かってくる様を、ラプター・ガイスト2に乗るW17は無表情で迎え打つことに決めた。

 

 敵機は見ての通りの高機動機。

 高機動戦闘のセオリーは、速度と3次元機動により敵を翻弄しトドメを刺すことだ。

 にも関わらず、白い不知火は自分に向かって一直線に飛び込んでくる。

 

(カミカゼ、か? 日本人はWWⅡの頃から何も成長していないようだな)

 

 だがこの状況、W17にとっては願ってもないものだ。

 一度負かした相手とはいえ、一線をがす高性能機を倒す絶好の機会だった。白い不知火を撃破した後、逃走する香月 夕呼を殺害し、残骸を回収して行けば良い。

 自分の任務成功のヴィジョンがW17には見えていた。

 

(アンチJIVESは……使う必要もない。いや、一度見せた切り札だ。対策はしているだろう。なら……!)

 

 突撃砲で撃ち抜く。それだけで十分だと、W17は判断した。

 白い不知火がラプター・ガイスト2に突撃してくるこの状況は、日本人的に言うなら「飛んで火に入る夏の虫」という奴だ ── と、W17は一片の表情も変えることなく逆噴射制動(スラストリバース)で減速した。迫る不知火を確実にロックオンし、120mm弾を発射する ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地味に連載開始から1周年です。これからも完結目指して頑張りますので、よければお付き合いくだいね!


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第24話 決着

【西暦2001年 12月9日(日) 国連横浜基地 A-01専用ハンガー】

 

「T・ドットアレイ?」

 

 ハンガーで香月 夕呼から受けた説明に、伊隅 みちるは首を傾げるしかなかった。

 

「テスラ・ドライブの効果は主に2つあるわ。それが何だか分かるわよね?」

「はっ、重力制御と慣性制御です。それらにより、不知火・白銀は第三世代戦術機すら凌駕する機動力と空戦能力を獲得しています」

「その通り。でもね、テスラ・ドライブの力にはまだその先があるのよ」

「その先、ですか……?」

 

 夕呼の質問に答えたみちるだったが、新たに彼女の口から飛び出した単語の意味は理解できなかった。

 みちるは戦術機の操縦だけでなく頭脳も明晰だったが、いきなり畑違いの物理的な専門用語も持ち出されても専門家である夕呼には付いて行けない。

 

「もう一度説明するから、良く聞いて」

「はっ」

「テスラ・ドライブには重力制御と慣性制御、2つの機能が備わっているのは理解しているわね。でもそれだけではなく、テスラ・ドライブにはある機能を持ったモジュールが内蔵されているの」

 

 夕呼は続ける。

 

「このモジュールには、作動することでドットアレイと呼ばれる質量作用点で埋め尽くされたフィールドを発生させる効果がある。本来、1か所にしか存在しない筈の質量作用点をフィールド全体に広げることで、1つだけはなく全体の重力と慣性を制御するものこそがテスラ・ドライブの本質なの。そしてテスラ・ドライブ作動時に発生する質量作用点の総称こそが『T・ドットアレイ』、尚且つ力場である以上ある程度の防御機能も有している」

 

 この説明を聞くのは2度目だが、やはり質量作用点という概念がみちるにはすぐに理解できない。

 だが分からないなりに要点は把握できていた。

 

「つまり速い物をより速く、硬い物をより硬くする……という事でしょうか?」

「大雑把に言ってしまえばそうね。装甲がほとんどない不知火・白銀が不知火並の強度を持っているのは、T・ドットアレイの恩恵なの」

「……なるほど」

「でもね伊隅、さっきも言ったけど、テスラ・ドライブにはまだその先があるのよ」

 

 テスラ・ドライブは戦術機をより速く、より硬くする ── 分かりやすく言えばそれだけだが、勿論テスラ・ドライヴの力はそれだけではない。

 しかし難しいことを考えながら戦っても実戦で役に立つとは限らない。現場至上主義のみちるには夕呼の言う、その先のヴィジョンがどうしても見えてこない。

 夕呼がみちるを見据えて言う。

 

「電磁投射砲に使い捨てのある装置を外付けしたわ。機体強度を考えるなら、おそらく使えるのは1度のみ ── 切り札よ。

 いい? 使い方はね ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第24話 決着

 

 

 

【西暦2001年 12月10日(月) 13時38分 廃虚ビル群 ポイントX】

 

 ……── 不知火・白銀がラプターに向かって、猛スピードで降下していく。

 

()しれ、白銀ェ!!」

 

 爆炎を吐き出す跳躍ユニットのメーターは既に振り切れ、テスラドライブの出力係数がみるみる上昇し ── 真っ赤文字色で100%とみちるの網膜に投影されていた。

 しかし数値はそこで止まらない。

 スロットルを引き切るみちるに応えるように、105 ── 110 ── 115 ──── 120%とテスラ・ドライブの出力は跳ね上がっていた。

 値が限界を越えたその瞬間、不知火・白銀に異変が生じる。

 あまりの大出力に見えない筈の力場が、周辺の空間と摩擦によりうっすらと浮かび上がっていた。しかしそれも、目を凝らさなければ分からない程度の小さな物……戦闘中に気付ける程は目立たず、不知火・白銀を操縦しているみちるには当然見えない。

 みちるは網膜上のラプターを睨みつける。

 虫の複眼のようなカメラアイが、赤い光を灯しながらみちるを見ていた。無機質である戦術機の中でも、特別気味の悪さを演出している複数の瞳ではあったが、みちるに恐怖はなかった。

 あるのは敵を倒し、仲間を助けるという一念のみ。

 しかし不安要素はある。

 

(副司令の言う切り札、ぶっつけ本番で使うことになるとはな……!)

 

 武装の特性、内容は理解しているつもりだったが、本当に大丈夫と言い切れる自信もない。

 だが一瞬の思考をする時間ももはや無い。

 ラプターが両手に持つ突撃砲を不知火・白銀に向け、トリガーしようとしていた。

 

(分の悪い賭けは嫌いだが……やるしかない!!)

 

 みちるがそう思った瞬間、ラプターの突撃砲から2発の120mm徹甲弾が発射される。

 だがほぼ同時、みちるも電磁投射砲に外付けされたある装置を作動させていた。

 アサルトライフルに装着する簡易のグレネードガンのように、不知火・白銀の電磁投射砲の下面に小さな装置が増設されていた。夕呼曰く、それは簡易の粒子加速器で、中から加速された金属粒子を前面に噴出するためのモノらしい。

 それがどうした、と普通の軍人なら感じるだろう。

 金属とは言え噴出するのは細かい粒子だ。銃弾飛び交う戦場でスプレーで戦う阿呆はまさかおるまい。

 だがそれは並の戦術機にとっての話であり、まさにこの粒子加速器こそが不知火・白銀の切り札(・・・)だった。

 散布された金属粒子が、T・ドットアレイにより前面に集中された力場に捕まり、固定され ──── 目を凝らさなけ見えなかった力場がくっきりと浮き上がる。弾丸のような形をした白い力場が不知火・白銀の前方に展開されていて、管制ユニットのみちるにもそれがはっきりと見えた。

 力場の「盾」を纏った不知火・白銀はさらに加速し、ラプターの120mm砲弾は「盾」に接触するや否やあらぬ方向に弾かれる。

 

「喰らえッ、ソニック・ブレイカァァァァ ────!!」

 

 

 

      ●

 

 

 

 W17は驚愕していた。

 

 何の脈絡もなく出現した白い不知火の周りのナニカ。

 ナニカとしか表現のしようのない ── あるいは戦闘機が音速突破する際に発生するソニックブームのような ── それに、W17の放った徹甲弾が弾かれていた。

 理解できなかった。

 仕留める筈だった攻撃は空振りに終わり、白い不知火がラプター・ガイスト2に向かって突撃してくる。

 

(速 ── 避けられない……!?)

 

 W17の操縦にラプター・ガイスト2が反応。

 しかしコンマ数秒、敵の方が早かった。

 未体験の衝撃がW17を襲う ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 力場の「盾」を纏ったまま、不知火・白銀は電磁投射砲を突きだし、ラプターに体当たりを敢行した。

 

 ラプターの機体が逃げようと反応したが、ほんの一瞬早く、力場の「盾」が敵を捕らえ、接触の衝撃がみちるを降りかかる。

 だが躊躇せず、みちるはフットペダルを全開で踏み続けた。

 衝突の威力を打ち破り、不知火・白銀の力が地面からラプターの巨体が持ち上げる。

 力場の「盾」で弾き飛ばされるよりも速く不知火・白銀は加速し、ラプターを「盾」に張り付けにしたまま廃墟ビルの1つに叩きつけらる。

 コンクリートの壁が砕ける。鉄骨が引き裂かれ、ラプターを押し出しながら不知火・白銀は廃墟ビルをブチ破った。

 倒壊し始めるビルを背後に、さらに前方にあったビルも突き破る。2件目の倒壊を尻目にもう1つ ── 計3つのビルを破壊した衝撃と力場の「盾」の板挟みのダメージをラプターに叩きつけ、不知火・白銀はアスファルトの地面に主脚を突き立て停止した。

 

「はぁっ、はぁ……やったか……?」

 

 息を荒げながら確認する。

 砕いたコンクリで立ち上がった煙で視界が悪い。すぐにはラプターの位置を目視できなかった。

 不知火・白銀は電磁投射砲を杖替わりに巨体を支え、コンディションを示すボディアイコンは全身黄色に染まっており、跳躍ユニットとテスラ・ドライブはオーバーヒートしていた。すぐには戦えない── 一定の休養期間が必要だった。

 この一撃で決まっていなければ、みちるは絶対絶命の窮地に陥るだろう。

 

『── 隊長!』

 

 その時、声が聞こえた。

 友軍から通信だった。連絡を入れてきたのはヴァルキリー5 ── 涼宮 茜だ。

 

『ぶ、無事ですか!? 答えてください! 隊長!!』

 

 通信機能が回復している。必死な茜の声がみちるに確信させた。

 立ち込めていた煙が風で流されると、全身から火花を散らせて機能停止しているラプターがみちるの目の前に倒れていた。

 みちるは大きく息を吐き出し、吸い込み、茜の通信に返答した。

 

「こちらヴァルキリー1、問題ない」

『た、隊長! 良かった!』

「賊は撃退した、これより確保する。ヴァルキリー5、貴様はヴァルキリー7を護衛し、必ず副司令を基地までお連れしろ。いいな?」

『ヴァルキリー5、了解!!』

 

 通信を終了しレーダーを確認する。一瞬だけ見えた情報を確認したが、茜と多恵の2機はBETA集団を避けながら、廃墟ビル群郊外へと移動していた。掃討は既に始まっており、残っているBETAの数は少ない。あの2人はもう大丈夫だろう。

 

「さて」

 

 みちるはナイフシースから出した短刀を不知火・白銀に持たせ、ラプターの管制ユニット周辺の装甲を慎重に切り離す。作業を終え短刀を収納したあと、ラプターの管制ユニットを引きずり出すことに成功した。

 中の衛士が生きているかは不明だが、もし無事ならばシャドウミラーの情報源として有用だろう。

 

「……こいつが居たということは、もう1機の方もおそらく南部の方か…………しかし今の状態で行っても足手まといになるだけか……」

 

 必要だったとは言え、テスラ・ドライブに負荷をかけ過ぎた。

 冷却期間を置かなければ、不知火・白銀の機動力は回復しない。しばらく時間が必要だった。

 

「私は勝ったぞ。次は貴様の番だ、南部」

 

 廃虚ビルのどこかで戦っているであろう南部 響介にみちるはエールを送るのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 廃虚ビル群 ポイントZ】

 

 ……── キョウスケとアクセルの死闘は続いていた。

 

 アクセルの放った短刀の突きは、アルトアイゼンの巨体を確実に捉えていた。

 狙いは胸部 ── その先にあるキョウスケのいるコクピット。

 アルトアイゼンの装甲は堅牢だ。だがそれにアクセルの短刀は傷を容易に付けた。短刀の切れ味は村田の「獅子王」のそれの比ではなく、まるで別世界から流入してきた遺物を使ったEOTのようにさえ思えた。

 ラプターの握る小さなナイフには、戦略で屈服させるのではなく、純粋な攻撃力でアルトアイゼンに致命傷を与えうる可能性が持っていた。

 

(直撃はまずい……!)

 

 反射的にキョウスケは機体を動かしていた。

 後先考える余裕もなく、動くアルトアイゼンの左腕でコクピットを庇い ── 短刀は堅固なアルトアイゼンの装甲に深々と切り裂く。

 しかし機動性の犠牲にした重装甲は伊達ではなく、紙一重で内部の駆動系やフレームに刃は達していなかった。コクピット周りに直撃してもキョウスケは無事だったかもしれない。かと言って、これ以上短刀の一撃を貰ってやる義理もない。

 

(死中に活あり……! 踏み込んだな、俺の領域に……!)

 

 2体の巨人の一瞬の交錯 ── 一歩前に踏み出せば、機体同士が接触しそうな超接近戦。それはキョウスケの得意とする距離だった。

 だが頼みの綱のリボルビング・バンカーが、アルトアイゼンの右腕が、伝達系を切断されたことで動かない。

 

(構うものか……!)

 

 覚悟を決める時間などキョウスケには必要なかった。

 

「クレイモア……!」

『そう来ると思っていた、これがな!』

 

 声を上げたのはほぼ同時だったが、動き始めが早かったのはアクセルのラプターだった。

 アヴァランチ・クレイモアのハッチが開き、ベアリング弾が発射されるよりも先に、ラプターは短刀を引き抜き跳躍ユニットを噴かせる。高機動を活かしたサイドステップ ── 瞬く間にモニターからラプターの機影が見切れていく。

 

(まだ間に合う……!)

 

 トリガーを引くキョウスケ。

 アルトアイゼンのコンテナ内部が爆ぜ、その衝撃を全て乗せて前面一体にベアリング弾が放たれた。数えきれない量のチタン製のベアリング弾。無数の銀球は空気を切り裂き、正面にあった廃墟ビルのコンクリを撃ち砕く。

 轟音と共にビルが倒壊するが、アクセルのラプターに命中させることはできず、右側面から飛んできた120mm砲弾がアルトアイゼンを直撃した。

 機体が激しく揺れる。

 

「く……!」

『頑丈だな、だが、いつまで持つかな!?』

 

 ラプターは補助腕に保持された突撃砲から、徹甲弾を雨あられのように連射してくる。アルトアイゼンは重いが、来ると分かっていれば対処できる。

 キョウスケはアクセルの攻撃を回避した ── が、

 

(動かなくなった右腕が邪魔だ……!)

 

 力なくだらりと垂れた右腕部が、機体のバランスを微妙に狂わせる。

 元々アルトアイゼンはクレイモアコンテナを両肩に装備している影響で重心が高く、バランスが著しく悪い機体だ。そこにマリオン・ラドム女史の手が加わり、攻撃能力を高まった代償に、最早立っていられない程にバランスを損なっている。

 根本的な問題は解決しておらず、TDバランサーで誤魔化しているだけなのだ。

 重く、巨大なリボルビング・バンカーが、アルトアイゼンの機動に合わせて弧を描く。バンカーの重さに機体が引きずられ、アルトアイゼンの動きが鈍る。

 そんな一瞬の隙をアクセルは見逃さず、120mm弾を叩き込んでくる。突撃砲による深刻なダメージはないが、喰らい続けるのは問題だ。

 

(くっ……牽制を……!)

 

 キョウスケはラプターの動きを制限するため、5連チェーンガンを武装選択する。

 そしてトリガー ──── 弾が出ず、モニターに「ERROR」の赤文字が表示された。

 

「なんだと……!?」

 

 信頼性の高いアルトアイゼンの固定武装が誤作動した。

 心当たりはある。ラプターの短刀の一撃を防御したアルトアイゼン左腕部にカメラを向けると、5連チェーンガンの弾倉部分に抉られたような傷痕があった。先ほどの斬撃を防御した際にできた傷だった。

 

(ダメージを受けて、給弾システムが逝ったか……ぐぅ!?)

 

 マシントラブルで動きの鈍ったアルトアイゼンは、ラプターの120mm弾の2連射に被弾した。

 正面からの攻撃だったが、ダメージが蓄積してきたのか機体がグラついていた。

 

『勝機! キョウスケ・ナンブ、覚悟!』

「舐めるな、アクセル!」

 

 アクセルのラプターが一気に加速し、向かってきた。隻腕の掌には脅威となる短刀がしっかりと握られている。

 キョウスケは上体の揺れていたアルトアイゼンを制御し、主脚を開いてスタンスを広く取る。敵は正面から来ている。ならば、どうする? 迎え撃つだけだ。

 

「クレイモア、抜けられると思うなよ!」

『当たってはやれん、これがな!』

 

 アクセルのラプターはアルトアイゼンの真正面。アヴァランチ・クレイモアは散弾の要領で拡散し、広範囲を破砕する。ラプターとの距離も近く、周囲はビルが囲んでいるため動きも制限される。

 撃てば当たる、そんな状況。アクセルのラプターがいくら改造機だとしても、所謂戦術機はアルトアイゼンのようにタフではない ── 命中させれば倒せる。

 鈍い音を響かせて、コンテナのハッチが開放された。

 だがラプターは回避行動を取ろうとしない。跳躍ユニット全開でアルトアイゼンに突っ込んでくる。不知火よりも確実に速度が出ているラプターの突撃は勇猛にも、無謀にも見えたが、キョウスケにとっては好都合。

 キョウスケがトリガーを引く ── コンテナ内の爆圧が上がる ── チタン製のベアリング弾が一気にコンテナから噴き出した。

 その名の如く雪崩のように、ベアリング弾がアクセルのラプターへと襲い掛かる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 奴の ── キョウスケ・ナンブの攻撃が来る。

 

 赤い戦術機の両肩のコンテナハッチが開いた。

 あの攻撃はもう見た。

 この後、コンテナを起点に散弾が広範囲に発射される。

 突撃砲のような直線的な軌道ではない。

 広がるから避けにくい。

 そして当たれば自分は死ぬ。

 分かっている。

 

(だが、それがいい……!)

 

 アクセルは戦場の緊張感が嫌いではない。

 戦って死を身近に感じるからこそ、生を感じることができる。

 だが戦って生き残り続ける内、命の危機に曝されることは少なくなった。強くなったからだ。

 特に1対1の、タイマンの緊張感を感じられる相手はアクセルにはもはや早々いない。

 

(キョウスケ・ナンブ、こいつは違う)

 

 そう、初めて会った時からアクセルが感じていたことだ。

 

(こいつは、きっと俺の好敵手(ライバル)だ)

 

 理由はない。ただそう感じる。

 

(そう、感じる。俺はキョウスケ・ナンブを倒さなけばならない! 今度こそ、止めなければ(・・・・・・)ならない!)

 

 理由などない。ただそう感じるだけだ。

 

(俺は……やるだけさ、これがな!)

 

 キョウスケ・ナンブの散弾を避けて、ガイストカッターでトドメを刺す。

 どうすれば避けられる?

 サイドステップは無理だ。廃墟ビルが邪魔をする。

 上空に逃げても、上昇するまでに時間がかかり、下手に高度を上げれば光線級に狙い撃ちにされる。

 なら、どうする?

 アクセルの心は決まっていた。

 

(分の悪い賭けは嫌いだが、俺はガイスト1の力を信じる! あとは……突っ込むだけだ!)

 

 止める。止めてみせる。あの男の攻勢を。

 だから突っ込む。勿論、勝機はある。

 赤い戦術機の肩の散弾は、やはり散弾なのだ。

 肩のコンテナを起点に広がる。

 逆に言えば、広がり始める前は広がっていない。

 広がれば避けられないが、広がるまえなら避けられる。

 だからアクセルは前に出る。

 前へ ── 前へ ── とにかく前へ ──

 

「キョウスケ・ナンブ ──……

 

 

 

       ●

 

 

 

 ……── 勝負だ!』

 

 アクセルの声が聞こえた。

 近づいて来る、アクセルのラプターが。

 だが既に勝負は付いている。真正面から近づいて来る相手に、アヴァランチ・クレイモアは避けられない。

 

(この勝負、俺に分がある……!)

 

 勝てる。

 どれだけ劣勢に追いやられようとも、チャンスがあれば一瞬で巻き返すこともできる。それが実戦だ。

 だからこそ、キョウスケはこの勝負勝てる。確信と共にキョウスケはトリガーを引いていた。

 

── アルトアイゼンのコンテナからベアリング弾が撃ち出された。

 

 コンテナからチタン製のベアリング弾は発射され、アルトアイゼンの真正面に居たならもはや回避のしようもない。

 当たる。そして、撃破。

 キョウスケの脳裏に2つの単語がかすめる。

 しかしキョウスケがトリガーを引いたその瞬間、ラプターはモニターの視界から消えていて、撃破の爆音の代わりとばかりに声が聞こえる。

 

『でぃぃぃぃやっ!!』

「っ!?」

 

 同時に下 ── アルトアイゼンの主脚から衝撃が伝わってきた。

 衝撃の発生点は足元、発生させる敵がいるとすればアクセルのラプター。モニターからラプターが消えた直後の足元からの衝撃に、キョウスケは一瞬である答えを導き出した。

 

(スライディング!? タックル!? 兎に角、アクセルは身をかがめてアルトの懐に飛び込んで来た!?)

 

 アクセルの攻撃がキョウスケには見えなかったが、それによりアルトアイゼンの巨体は揺らぎ、背部から転倒した。

 ショックアブソーバーでは相殺しきれない衝撃が、パイロットスーツが無いためモロにキョウスケの体を突き抜けて行く。肺から空気が強制的に押し出され、悶絶する。

 アヴァランチ・クレイモアを発射するため、スタンスを広く取っていたのが災いした。

 おそらくアクセルは、足払いの要領でアルトアイゼンの主脚内側に、加速と全重量を乗せた蹴りを叩きつけたのだろう。普段なら踏ん張れたかもしれないが、右腕部が動かずバランスが悪くなっている今のアルトアイゼンは簡単に転倒した、という訳だ。

 

(懐……それも弾道の死角に飛び込むことでクレイモアも躱すか! アクセル、やってくれる!)

 

 油断をしていた訳ではない。アクセルがキョウスケの予想を上回ったのだ。

 モニターに再びアクセルのラプターが映り込んだ。

 手に持った短刀がぎらりと煌めく。

 

『とったぞ!』

 

 短刀がアルトアイゼンのコクピットに向けて振り下ろされる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 勝利を確信し、アクセルはガイストカッターによる最後の一撃を繰り出した。

 

 最大加速による主脚への跳び蹴り、それがアクセルの行った攻撃だった。

 赤い戦術機の散弾の威力は馬鹿にならない。だが弾道はいわゆる散弾のそれだった。

 広がれば避けにくく、広がる前なら小さな範囲に大きなダメージを与える。どちらにせよ当たれば致命傷 ── 回避しきるしか、アクセルに取る道は残されていなかった。

 

(賭けは俺の勝ちだ!)

 

 赤い戦術機の散弾は肩という高い位置から発射され、足元周辺には弾は届かないと踏んでの蛮行だった。読み違えていれば、ラプター・ガイスト1は戦闘不能状態に陥っていただろう。

 だがアクセルは読み勝った。

 その結果が、無様に地面に横たわる赤い戦術機の姿だ。

 キョウスケ・ナンブは油断ならない男 ── 作り出した好機を逃さないためにも、アクセルはコクピットに向け逆手持ちしたガイストカッターを振り下ろしていた。

 

(さらばだ! キョウスケ・ナンブ!)

 

 

 

       ●

 

 

 

 走馬灯のように、キョウスケの頭にあの時の情景がフラッシュバックしていた。

 

 「インスペクター事件」の最中、改修前のアルトアイゼンでアクセルのアシュセイヴァー戦い、敗れた時のことを思い出す。

 ソードブレイカーで四肢を切り裂かれ、アルトアイゼンは攻撃不能な状態にまで追いやられていた。

 それでも繰り出した最後の一撃は回避され、結果、破壊されたアルトアイゼンはマリオン・ラドムの手でアルトアイゼン・リーゼに生まれ変わったのだった。

 

(アクセル、あの時の俺とアルトだと思うなよ!)

 

 まだ諦めるには早すぎる。

 キョウスケは操縦桿を奔らせ、ラプターの振り下ろした短刀に、アルトアイゼンの左腕部を突き出した。

 装甲を切り裂く威力の短刀は、アルトアイゼンの掌を見事に貫通する。

 鮮血のようにオイルが飛び散りスパークしていたが、アルトアイゼンの掌は残っていた。アルトアイゼンの指が動き、短刀を握っていたラプターの手を捕まえる。

 

『なに……っ!?』

「ゼロ距離、とったぞ……!」

 

 アルトアイゼンの双眸が煌めき、強く、強く万力のような力でラプターの手を握りしめる。

 もう離さないと心に誓い、コンソールを操作してキョウスケはある武装を選択する。

 その武装は、例えアルトアイゼンの四肢がもげたとしても使い続けることができ、弾が尽きても最後の最後まで戦い続けるために装備されている固定武装。

 プラズマホーン ── 頭頂部のブレードが帯電し、白熱化する。

 キョウスケがフットペダルを一気に踏み込む。

 背部のメインブースターから爆炎が吹き出し、弾き飛ばされるような勢いでアルトアイゼンの体が持ち上がった。

 アルトアイゼンの頭部突きだし ──── 突き抜け、白熱化したブレードがラプターの背中から姿を現した。

 しかしアルトアイゼンとキョウスケはそれだけは終わらない。

 

「止められるものなら、止めてみろ!!」

 

 プラズマホーンを突き立てたままのラプターごと、ブースター全開でアルトアイゼンを廃墟ビルへと吶喊させた。

 ビルに接触、貫通、倒壊……一連の流れで、地味で確実な物理ダメージがラプターに襲いかかる。

 

『ぐふ……っ!』

 

 アクセルの小さな悲鳴が回線を通じて聞こえてくる。

 キョウスケは躊躇せずフットペダルを踏み続け、アルトアイゼンは加速しながら2つの目のビルへと体当たり ── 貫通、倒壊……無論それだけでは止まらない。

 3つ、4つ、5つ、6つ……両手で数えきれない程のビルを瓦礫の山に変え、やっとアルトアイゼンは停止した。

 頭を振るってプラズマホーンからラプターを放り投げる。

 ずずんっ、と重い音を響かせ、ラプターは仰向けに倒れた。

 隻腕のラプターにもはや動く気配は見られない。

 アルトアイゼンはまだ動く左腕で力任せに装甲を剥ぎ、ラプターの管制ユニットを掴み出した。

 

「俺の、勝ちだ……!」

 

 戦いに勝った実感が込み上げ、思わず言葉がキョウスケの口からこぼれていた……──

 

 

 

 ──…… 暫くして通信機能が回復し、夕呼を追跡していったもう1機のラプターは、みちるの不知火・白銀によって撃破されたことをキョウスケは知る。

 夕呼は戦域外へと脱出し、BETAの残党は1体ずつ確実に処理されていく。程なくしてBETA全滅の報が全軍へと通達された。

 陰謀渦巻き、多くの衛士の命を無意味に奪った戦いは終わりを告げたのだった……

 

 

 

 



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第25話 目的

【同日 横浜基地 B19 香月夕呼の執務室】

 

 キョウスケたちとシャドウミラーとの死闘が続き、まだ決着が付いていなかった頃 ──

 

 

 ──……国連横浜基地、その地下にて、不審な動きをしている一組の男女がいた。

 

「まだか、W16?」

「もう少しだ、W15」

 

 W16と呼ばれたと女性が、大柄なW15という男性に答える。室内にあるパソコンを操作するW16とは対照的に、W15は自動小銃を構えて周囲を警戒していた。

 横浜基地の地下19階という深層に位置する香月 夕呼の執務室 ── 横浜基地の中でも最もセキュリティレベルが高いその場所に、この2人組がどのようにして侵入したのかは分からない。

 だが彼らの ── シャドウミラーの目的は明確だった。

 

 彼らは香月 夕呼の研究データを欲していた。

 

 オルタネイティヴ4、そして横浜基地に運び込まれたと言う【残骸】の研究データを欲して、彼らは今回の行動を起こしていた。

 本音を言えば、データだけでなく【残骸】そのものを回収したい。それがシャドウミラーのスポンサーの意向だったが、軍事施設の地下深くに隠された戦術機大の物体を盗み出すなどできるはずもない。

 結局、データとある物(・・・)を持ち出すことで妥協し、基地内に侵入するために軍事クーデターを煽り、新OSのトライアルに便乗して今回の事件を起こしたのだった。

 基地中の視線を基地内から遠ざける ── そう言った意味では、横浜基地に捕獲したBETAが保管されていたことは、シャドウミラーにとっては僥倖と言えた。自軍の戦力の消耗を避けながら、自分たちの行動のための時間を稼げるのだから。

 だがBETAの数は決して多くなく、稼げる時間にも限度はあった。

 コンピューターのセキュリティを解除するため、W16はキーボードを打ち続ける。

 室内にはタイピングの音だけが響いていたが、暫くして、W16の指が止まった。

 

「データ回収完了、W15」

「了解」

 

 W16がコンピューターに接続していた端末を外すと、W15は小銃の安全装置を解除し、3点バーストで銃弾を発射する。本体に穴が3つ空き、コンピューターは機能を停止した。

 重要な研究データだ。バックアップは何処か別の場所に隠しているに違いないが、破壊しておくに越したことはない。それに予定通りに事が進んでいれば、香月 夕呼の身柄は既に確保できている頃合いだろう。

 

「で?」

 

 W15が小銃の安全装置を掛け直しながらW16に訊いた。

 

「例の物はさらに地下だったか?」

「ああ、B24だ。新潟に出現した謎の機動兵器、いかに香月 夕呼と言え、そうそう弄りまわせんだろう。なら、機動兵器が保管されている場所にある筈だ」

 

 シャドウミラーが放ったスパイからの情報と、基地内に潜入してからの2人の調査で、【残骸】は横浜基地の地下24階に保管されている事が判明していた。

 スパイ以外で基地内に潜入しているシャドウミラーの隊員はW15とW16の2人のみ。

 当然、たった2人で戦術機大の【残骸】を持ち出すなど不可能だが、得た情報が確かなら、彼らだけで持ち出せるものが【残骸】の中にはたった1つだけある筈だった。

 

「……しかし、そのような物、本当にあるのだろうか?」

「半信半疑なのは私も同じだ。だが現在の地球の技術では作れない機動兵器と、その残骸がある事は事実だ。あながち、偽情報とも言い切れん」

「むぅ……」

 

 W16の言葉にW15は小さく唸り声を上げていた。W16よりも否定寄りの考えらしい。

 その情報をW16だって完全に信じているわけではなかった。

 おそらく現時点で地球上に1つしか存在せず、莫大なエネルギーを内包した鉱物が【残骸】の中から発見された、と ── 聞き覚えのない名の鉱物で、W16はその名をすぐに思い出せなかった ──

 

 

「トロニウム」

「「ッ!?」」

 

 

 ── W15とは違う声が答えた鉱物の名に、2人のシャドウミラーは肩を震わせる。

 W15とW16の2人しか室内にはいなかった。

 誰もいない筈の壁際に1人の男が寄りかかり、2人の方を見ていたのだ。

 紫色の髪の毛が特徴的なその男は、黒のトレンチコートを纏い壁際に立つ姿がやけに様になっている。異様に伸びた前髪が顔の半分を隠し、冷やかな左目の視線がW16らに向けられていた。

 

「トロニウム、それが君たちに探している物の名前だろう?」

「貴様、何者だ? いや、それより何時の間にこの部屋に入ってきた?」

 

 小銃を構えて恫喝するW15。まったく気配を感じなかった。作業していたW16ならまだしも、警戒態勢だったW15に気付かせない ── 相当、腕の立つ男のようだ。

 

「シャドウミラーが俺の顔を知らない、か……ま、素顔を曝すこともあまりなかったからな、無理もない」

「貴様……我々の素状を……」

「もちろん、知っている。なんなら、君たちシャドウミラーの目的も答えてみせよう」

 

 男は壁から背を離すと、W16たちの方へとゆっくり歩み出しながら話し続ける。

 

「シャドウミラーの目的、それはBETA大戦後の世界を牛耳る……いや、違うな……戦後勃発するであろう列強諸国による世界の覇権争い、その絶対的なイニシアチブを確保し、自分たちの所属する米国に貢献すること……それが表だっての組織としての目的だったかな?」

「おい貴様、止まれ……!」

 

 W15が銃口を男の眉間に向ける。しかし男は怯まず、ゆっくり近づいて来る。

 

「もっとも、俺の知っていた君たちが立ち上げた題目は『永遠に闘争が続く世界』の実現だ。戦いや争いは感覚を研ぎ澄ませ、技術革新の追い風となる。戦いによって磨き抜かれた力でBETAを撃滅し、人類という種の存続させること ── それが君たち、いや、君たちの母体となった組織の真の目的。

 その目的はシャドウミラーにも当然引き継がれ、君たちはまるで運命に引き寄せられるようにオルタネイティヴ第5計画 ── オルタネイティヴ5の元に集った」

 

 男の話にW16は肝を冷やす。自分たちの組織 ── シャドウミラーの目的を言い当てられたからだ。

 

「人類の未来(あした)のために、永遠に続くとも思える闘争の中で君たちは力を研鑽していった。全てはBETAから人類を守るため……世界の危険を排除するため、ただひたすらに戦う力を得るために最善の手段を尽くす、例えそれで悪と罵られることになろうとも……まるで、かつての自分を見ているようだったよ。

 だから、俺もかつての君たちに力を貸した。

 しかし徐々に、俺がいたシャドウミラーの母体となった組織は変わっていった。力を得ることに徐々に固執し始め、遅々として結果を出せないオルタネイティヴ4に君たち苛立ち始める」

 

 近づいてくる男の表情は苦々しく歪んでいく。

 

「人類のとっての最後の保険 ── オルタネイティブ5に傾倒していった君たちは、計画をより確実なものにするため、祖国とスポンサー ── 第五計画推進派の意向に従う組織へと変わってしまっていた。 

 だがそれも仕方ないことかもしれない。

 完成するかどうかも分からない新技術、それの完成なくして成功はありえないオルタネイティヴ4の可能性にかけるよりも、効果が実証された兵器を使い、確実に発動させることができる第5計画に力を注ぐ方が現実的だった……俺も君たちの考えを否定はしきれない。

 新技術が結果を出すまでには時間がかかるものだ。君たちが地球上のBETA根絶のために、G弾を使った第5計画に惹かれるのも無理はないだろう」

 

 男は自分たちの全てを知っている。

 どこでそれを知ったのか、W16には分からなかった。それにもう1つ、不思議でならないことがある。

 この男はそこまで知っていて、何故、オルタネイティヴ5の成功に尽力する自分たちに敵対するような行動を取るのだろうか?

 オルタネティヴ4と大げさに呼ばれてはいるが、その内容は所詮対BETA用の諜報員を育成するための計画である。

 W16も戦争において情報の重要性は理解していたが、相手はBETA ── 化け物だ。

 化け物の考えを知ったところで確実に勝てる保障などありはしない。

 G弾の一斉発射でオリジナルハイヴを吹き飛ばす方が、確実に地球上からBETAを殲滅できる唯一の方法なのだから……ただ、それでも人類は勝てるとは限らない。

 

(だから種の保存のために外宇宙へ10万人を逃がし、私たちは地球に残り、地球上のBETAの殲滅と月面・火星にいる残りBETAに備えなければならない。

 G弾の大量投下で戦局は一気に動き、世界は混乱する。混乱した世界を導くには強力なリーダーシップが必要だ。それを担うのは我々の祖国 ── アメリカでなければならない(・・・・・・・・・・・・・)

 そのためにはオルタネイティヴ5を主導し、地球上のBETAを全滅させたという実績が必要不可欠。いつまでも結果を出せないオルタネイティヴ4など、足手まといどころか最早邪魔者……!)

 

 BETA大戦後を導いていくには政治力だけでなく、軍の力や技術力、そして実績が必要だった。

 BETAに対する圧倒的な力を自国だけ有していれば、他国はその力に頼らざるをえなくなる。地球上のBETAを全滅し、アメリカを中心に世界は纏まる……理想的な世界の構造ができあがる。

 だが絶対に忘れてはならないことがあった。

 

(月面と火星にはフェイズ6 ── オリジナルハイヴ以上のモノがまだある)

 

 例え地球からいなくなっても、BETAは空の上に蠢いているのだ。

 だが人間は忘れる生き物だ。

 仮初めの平和に、人々はBETAの脅威を絶対に忘れ始める。自分たちはもう安全なのだと、気が緩み始めた頃に腐り始める。もちろん、人類の全てがそうなるとは言い切れない。

 

(次にBETAの降下船が落ちてくるのは1年後か? 10年後か? それとも100年後か? 分からない。だが間隔が長ければ長い程、緊張感は保てず、戦う力も失われていく)

 

 W16たち、シャドウミラーはそれだけは避けたかった。

 目前にまで歩いてきた男が言う。

 

「さっき言ったように、シャドウミラーの目的は『闘争の続く世界』の実現だ。だがそれはあくまで、戦いの先に得られる成果物や力を求めてのことだ。BETAを地球上から駆逐した後も、君たちは人類は争い続けなければならないと考えている。命を賭した戦い、その中で戦う技術を研鑽する必要がある ── いつ飛来するとも限らない月面や火星のBETAに備えるためだ」a

 

 男の指摘は怖いぐらいに当たっていて、W16の背筋に冷たいものが奔る。

 平穏は人類を腐らせ、目を曇らせる。目の前のBETAの脅威が去っても、奴らの本当の拠点は遥か天空にあるという事さえ、仮初の平穏が訪れれば忘れてしまうだろう。

 だから人類は争い続けなければならない。敵を殺す技術を磨くために。

 それがシャドウミラーの考え方で間違いなかったが、何故、目の前の男がそれを知っているのかと……W16は彼に得体のしれない何かを感じていた。

 

「もっとも、その必要とされる闘争を裏で操る……それが君たちの目指すシャドウミラーの姿だろう?」

 

 図星。だがW16は男の問いに答えない。答える義理と必要性がないから。

 

「戦争や闘争は確かに進歩の動力源となる。だがそういう進歩の先に常に栄光が待っているとは限らない……俺は視て(・・)しまったんだ。希望が未来を焼き尽くす。だからシャドウミラーの母体となった組織から離れ、香月博士とオルタネイティヴ4側に付いている ── なぁ、君たちは本当に自分が正しいと信じているのか?」

「── ジャパニーズの諺にこういうものがある」

 

 男の話をW15が遮った。小銃の安全装置を解除し、引き金に指をかける。

 

「死人に口なし、とな……!」

 

 男の眉間に向けて、弾丸が3発放たれる。

 しかし男は首を傾けるだけでそれを躱し、小銃を掴むと銃口を頭上へと向けさせる。

 

「ぐ……!」

「アメリカではママに教わらないのか? 人の話は最後まで聞きましょう、とな……ま、いいさ。長話をしすぎた、そろそろ俺の要件を済ますとしよう」

 

 W15は銃口を下げ、男をもう一度狙い撃とうとしていたが、男は片腕一本でそれを阻止していた。信じられないことに、巨漢のW15が細身の優男に力負けしている。

 W16は懐から拳銃を取り出すが、男はそれを制止するように空いている手で何かの容器を取り出した。

 角張りの小さなガラスの容器 ── 中には米粒大の輝く石が収められている。

 

「これが何か分かるか?」

 

 分かる筈も答える義理もなく、W16は沈黙したまま銃口を男に向ける。

 男は構わず続けた。

 

「香月博士はいつか第五計画推進派が自分の命を狙いに来ることを予測していた。そのような状況を想定し、考え付ける『世界で最も安全な場所』に彼女はトロニウムを預けた。君たちのような火事場泥棒がいつ何時、現れるとも限らないからな」

「では……それが?」

「そう、トロニウムだ」

 

 W16らの目が、容器に入った鉱石に釘付けになる。

 人が運べる程度の大きさとは聞いていたが、河原の小石よりも小さいとは……W16の顔に微笑が浮かぶ。

 

「『世界で最も安全な場所』……それが貴様だと?」

「ああ。あるシステムのちょっとした応用で位相空間(・・・・)に少しな」

「言ってる意味が分からんが、探す手間が省けたな、W15!」

「おう!」

 

 W16の掛け声で、小銃を掴んでいた男の腹にW15の前蹴りが飛ぶ。

 しかし男はそれを避け、W15から距離を取った。

 

「そうそう、自己紹介がまだだったな……いや必要ないか、この姿を見れば嫌でも分かる」

 

 男はトロニウムが入った容器を懐にしまうと、右手を天高く突き出して叫んだ。

 

 

 

「── コールッ、ゲシュペンスト!!」

 

 

 

 その瞬間、W16の目の前で不思議な事が起こった。

 男の体から眩いばかりの閃光が迸り、空中に体が浮かび上がったのだ。

 直後、何処からともなく現れた鋼鉄製の手足、胴体、ヘルメットが男の体に装着されていく。

 光が収まった時、男が居た場所には、2m超の黒光りする鉄の巨人が立っていた。

 

『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ! 

          俺の名はG・J、呼ばれてなくても只今参上!!』

 

 男が変貌した鉄の巨人の姿とその名乗りに、W16は男の小隊にすぐ検討がついた。

 W16も名前だけは知っている。かつてシャドウミラーの前身となった組織に籍を置き、G・Bと呼ばれる男を守っている男……クーデターで隊長であるアクセル・アルマーが接触した男だ。

 

「地上最強の歩兵……ゲシュペンスト・イェーガー……!?」

 

 米国にいるG・Bの身柄を確保するためシャドウミラーの隊員が送り込まれ、G・Jはそれを防ぐため本土の方に戻っている筈だった。

 たった数日でシャドウミラーからG・Bを奪還し日本に戻ってきた? それともG・Bを見捨て、元々米国本土には戻っていなかった? 様々な考えをW16の頭をよぎる。

 しかし今は、そんな事を考えている場合ではなかった。

 

「うおお……ッ!」

 

 叫ぶや否やW15がG・Jに向けて、小銃をフルオートで連射した。

 銃声と金属音が連続し、すぐに弾切れで音は収まったが、G・Jは無傷で腕を組んで立っていた。

 

 

 

 

「さて、お仕置きの時間だ」

 

 

 

 

 

 

 横浜基地の地下深く……一組の男女の悲鳴が響いていたが、それを聞いた者は誰もいないのだった……──

 

 

 

 

 




納得してもらえるか分かりませんが、これがこの小説でのSWの目的です。
今後も私なりの作品を書いていくので、お付き合い頂けると嬉しいです。


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第26話 神宮司 まりも

【同日 14時36分 国連横浜基地 廃虚ビル群】

 

 

 14時25分、廃墟ビル群に出現したBETA全滅の報が通達された。

 

 戦闘終了後、キョウスケたちは廃墟ビル群の一角に集まっている。

 アルトアイゼンと不知火・白銀が仕留めたシャドウミラーのラプター ── その管制ユニットを持ち寄り、中の衛士を引きずり出していた。

 赤髪の男と豊満な体つきをした女性。意識は回復しているが、拘束具で動けないように処理されている。

 彼らの ── キョウスケとみちるを苦しめた相手の容姿は、キョウスケが知る彼らそのものだった。

 アクセル・アルマーとW17 ── ラミア・ラヴレス。

 2人ともオリジナルの世界でシャドウミラーに所属し、1人はキョウスケたちの仲間となり、もう1人は敵と戦ったが最後の瞬間は共通の敵と戦った相手だ。

 拘束された2人だったが、キョウスケたちの質問に何も答えなかった。

 

「……無駄ですよ、伊隅大尉。こいつらは何も話しはしません」

「そのようだな。あとは基地の本職に任せるとしよう」

 

 無言。

 そんなキョウスケとみちるの会話にアクセルたちは答えない。

 当然だ、とキョウスケは共感する。自分だって敵に捕虜として捕まっても味方の情報を漏らしたりはしないだろう。アクセルがどうとは言わない、けれども相手の心を折るには時間は必要だろう。

 

「……酷い戦いだったな」

 

 キョウスケの口から呟きが洩れていた。

 

「戦いというよりは虐殺か……武器を持たない戦術機では、大型種のBETAに対抗することはできないからな」

 

 キョウスケも全てを自分の目で見たわけではないが、奇襲は成功すれば自軍を有利に敵軍を不利に追いやる事ができる。それが武器も持たない状況の敵なら……実際、効果は絶大だった。

 「A-01」が到着するまでに、どれだけの基地隊員が犠牲になったのかは後で調べてみないと分からない。

 

(……武たちは無事なのだろうか……?)

 

 武たち元207訓練小隊もXM3トライアルに参加していた。

 トライアルに参加している以上、襲撃当初は実弾兵器を1つも装備していない。攻撃力を持たず、相手に一方的に攻撃されることは戦場では致命的だ。

 BETA全滅の報が通達されてから時間はそんなに経っておらず、生存者の確認は完全に完了していなかった。

 

「伊隅大尉……白銀 武という新任少尉が無事か知らないか?」

「白銀……今度、配属されるという例の新人のことか?」

「はい」

 

 ダメ元でキョウスケはみちるに訊いてみると、意外なことにこう返事が返ってくる。

 

「そういえば、速瀬が大破した『吹雪』から新兵を1人救助したと報告があったな。名前は確認できていないが、若い男だったらしい」

 

 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」 ── 元207訓練小隊がXM3トライアルで搭乗していた機体だった。彼らが「A-01」に配属されれば不知火が支給されるだろうが、まだ正式な配属前であったのと、既にXM3に換装していたという理由でトライアルには吹雪で参加していた。

 練習機の名の通り、吹雪は戦場ではあまりお目にかからない機種だ。第三世代戦術機の高スペック、操縦特性を新兵に慣れさせるためのモノで、コストも高いため修理しながら使いまわされることが多い。

 そのため横浜基地で吹雪を使っていたのは、キョウスケが知る限り元207訓練小隊の面々だけであった。

 吹雪に乗っていた若い男と言うなら、武と考えて間違いないだろう。

 

「……伊隅大尉、その男性衛士は何処に?」

「すぐ傍の広場でうな垂れているらしいぞ。クーデターを生き残った新兵とは聞いているが、対BETA戦は初めてだっただろうから、相当ショックが大きかったようだ」

「……そうですか」

 

 一先ずは武の無事に胸をなで下ろしながら、キョウスケは彼の胸中を察して表情を曇らせた。

 人間と戦うのと、人間でないモノと戦うのでは、色々と勝手が違う。

 人間相手なら自分が撃たれるかもしれない恐怖や倫理観、良心の呵責に悩まされることが多いが、アインストやBETAのような人間でないモノとの戦いでは、それらよりも「死の恐怖」に悩まされる。

 兎に角、恐ろしいのだ。

 理由があって恐ろしいというより、化け物は本能的に人間に「死」を直感させる。圧倒的で輪郭のはっきりした「死」が心に刻みこまれる。

 「死の恐怖」 ── 克服するのは難しいが、時間と経験を詰めばそれに抗う事はできるようになる。

 だが新兵にはそれがない。さらに今回は通常の出撃と違い、心の準備をする間すら与えられなかった。武が心に負ったダメージは大きな物になっているだろう。

 キョウスケは心配だった。

 武の心が折れて、立ち直れなくなっているのではないだろうか、と。

 

「……伊隅大尉、実は、俺はその衛士と知り合いでして……よければ様子を見に行きたいのですが……」

「駄目だ」

 

 キョウスケの言葉をみちるは即答した。

 

「気持ちは分かるが、シャドウミラーの捕虜を引き渡すまで持ち場を離れることは許さん。何かあって逃げられたでは話にならない。もうすぐ、引き渡しのための部隊が到着するからそれまで待て」

「……ヴァルキリー0、了解」

 

 みちるの言っていることは正しく、キョウスケは歯噛みしながらも了承した。

 拘束具で捕縛しているとはいえ、捕虜はラクセルとラミアだ。彼らは有能だ。拘束されているとは言え、何をしてくるかは予測できない。監視の目の数を減らすのは確かに危険だった。

 

 

「── 行ってくるといい」

 

 

 みちるの命令に従うべきと納得したキョウスケの耳に、彼女のではない男の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声。声の主は黒のトレンチコートを着込み、廃墟ビルの壁際にいつの間にか立っていた。12・5クーデター事件の解決に協力してくれた、紫色の特徴的な髪型をした男だ。

 

「G・J、帰ってきていたのか」

「ああ、今しがたな。大分、苦労はさせられたがね」

「……っ」

 

 G・Jの姿を見て、鉄面皮を貫いていたアクセルの眉間に一瞬皺が寄った。焚き付けてアメリカ本土へ帰還させたにも関わらず、たった数日で戻ってくる……この場でのG・Jの登場はアクセルにとって予想外だったのだろう。

 G・Jは懐から何かを取り出し、アクセルたちの方へと投げた。

 首に掛ける用のチェーンに認識番号が彫られた金属板が付いている ── ドッグタグと呼ばれる軍の認識票が、アクセルたちの目の前に転がり落ちる。タグの番号を見たアクセルの顔色が変わった。

 

「……W15、W16……!」

「悪いが、君の部下は既に捕えさせてもらった。シャドウミラー、君たちの負けだ」

「く……ッ」

 

 落胆の顔色が濃くなるアクセル。

W15とW16 ── オリジナル世界で、ウォーダン・ユミルとエキドナ・イーサッキと呼ばれていた2人だと、キョウスケは感じた。

 廃虚ビル群でBETAを暴れさせ、自分たちも戦術機で戦闘を繰り広げていた裏で、アクセルはこの2人に別命を与えていたようだ。油断ならない男だ。他のシャドウミラーの隊員が夕呼の命を狙いに来たの同様に、W16らは基地内で何かを行っていたに違いない。

 だが別命もG・Jによって防がれたようで、アクセルの様子がそれを如実に証明していた。

 

「伊隅大尉、南部中尉を行かせてやってくれないか?」

 

 G・Jがみちるに話しかける。

 

「この2人は彼に代わって私が見張っていよう。この後、香月博士に少し用があるのだが、この騒ぎの後だ、どの道すぐには会えんから体は空いている」

「……しかしですね」

「一切の責任は俺が持とう。シャドウミラーは決して逃したりはしない」

「……分かりました」

 

 G・Jの申し出をみちるはしぶしぶ受け入れた。生身では人並みの強さしかないキョウスケに比べれば、G・Jが警護に付いている方が数倍安全だろう。

 

「南部、行っていいぞ。ただし用が済んだらすぐに戻ってくるように。まだまだやる事は山のようにあるんだからな」

「ヴァルキリー0、了解。大尉、ありがとうございます」

 

 キョウスケは一礼すると、アクセルたちをG・Jとみちるに任せ、広場の方にいるという武の元へ向かうのだった ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 26話 神宮司 まりも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【14時45分 廃虚ビル群 ポイントF 広場跡】

 

 ……── 廃虚ビル群にある広場跡に武が座り込んでいるのを、キョウスケは見つけた。

 

 あぐらをかき、背を丸めて地面を見下ろしている。キョウスケのいる位置から武の顔は見えないが、もしかすると泣いているのかもしれない……そう感じる程に、武の背中からは落胆の色が滲み出していた。

 ただ、広場に居たのは武1人ではなかった。

 

「── 私は……憶病でもいいと思うわ」

 

 武の傍に立ち、彼に優しく話けていたのは神宮司 まりもだった。

 階級は軍曹。横浜基地で訓練兵の教導官を務めている。つい昨日まで、武たち元207訓練小隊の教官をしていた女性下士官だった。

 キョウスケの耳には届かなかったが、そんな彼女にきっと武は心情を吐露したのだろう。まりもそれに、ゆっくりとした口調で応えていた。

 

「怖さを知っている人はその分死に難くなる……だからそれでいいと思う。人は……死を確信したとき、持てる限りを尽くし、何にも恥じない死に方をするべきなのよ」

 

 まりもの言葉を武は無言のまま聞いていた。

 キョウスケは2人の所で歩み寄り、まりもの傍に立った。まりもの言葉に横やりを入れるつもりはなく、ただ、この2人の傍に居ようと思ったから。

 まりもはキョウスケに気付き、視線を飛ばしながらも武への言葉を続けた。

 

「臆病でも構わない……勇敢だと言われなくてもいい」

 

 キョウスケも武同様にまりもの言葉を黙って聞く。

 

「それでも何十年でも生き残って、一人でも多くの人を守って欲しい」

 

 戦い、生き残り、また戦う……それはとても辛い道のりだ。散って行った仲間たちの死を背負い、語り継ぎ、生きていく……それがどれだけ過酷なのか、オリジナル世界の経験を持つキョウスケには痛い程によく分かる。

 だが兵士であるのなら、そうして然るべきなのだ。まりもの言っていることは正しい。

 

「── そして最後の最後に、白銀の人としての強さを見せてくれれば、それでいいのよ……」

 

 まりもの言葉に、やはり武は無言のままだった。何と言葉を返せばいいのか、分からないのかもしれない。

 キョウスケよりも、まりもと武の心の繋がりの方がきっと強い。

 武の事を心配して来てみたが、解隊式のときと同じで、自分の出番はないのかもしれないな、とキョウスケは感じる。

 同時に、神宮司 まりもという女性の強さと優しさに尊敬の念を抱いていた。

 不器用な自分では、きっとまりものように声を掛けることはできなかっただろう。今の武に声を掛け、助言を与えるのはきっとまりもの役目だ。自分の役目は、武が落ち着き助言を求めてきたときに力を貸すことだろうと、キョウスケには思えた。

 兎に角、まりもの言葉に割って入るのは無粋というものだ。

 この場はまりもに任せ、静かに去るべきなのかもしれない……そう、キョウスケが考えたとき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 喰い殺せ

 

 

 

 

 

 頭痛と共に、声が聞こえた。

 

 

── 不完全なるもの    すべて       静寂なる世界のために

(……黙れ……一体、何だと言うんだ……?)

 

 どくんどくん、とキョウスケの心臓の鼓動が早くなる。

 声がそれ以上聞こえることはなかったが、嫌な予感した。猛烈に、だ。

 

「私ね、昔は学校の先生になるのが夢だった……」

「え……?」

 

 賭け事を除けば、キョウスケの勘は良く当たる。

 キョウスケの内心を尻目に、まりもは武に昔話をする。

 

「そのために必死に勉強したんだけど……BETAの東進が始まって、学校教育も軍事教練の基礎課程みたいになっちゃったでしょう? だから昔みたいな学校教育を復活させるには、BETAとの戦争を終わらせるしかない ── って、それで帝国軍に入ったのよ。我ながら単純よね」

(……なんだ……?)

 

 穏やかな雰囲気のまりもの昔話とは対照的に、キョウスケの予感は荒々しさを増していく。

 

(なんだ……?)

「皮肉よね、戦争のせいで教師になれなかった私が、こうして衛士訓練学校の教官をしているんですもの ──」

 

 

 

 

(なにか……いる……?)

 

 

 

 

 

 漠然とした予感が、キョウスケの中で徐々に形を成していく。

 背後から何かを感じる。ピリピリと肌を粟立てる、危険な空気を纏った何か……確かめなければと、キョウスケはゆっくりと背後を振り向いた。

 

 

── キョウスケの予感は的中する。

 

 

 生々しい白い体躯、人間的なフォルムをした上半身に芋虫のような下半身を持つ化け物 ── 兵士(ソルジャー)級と呼ばれるBETAが1体、音もなくまりもの背後に忍び寄っていた。

 キョウスケは見た。

 兵士級BETAは両手を伸ばし、今にもまりもの両肩を掴もうとしていた。

 

「──でもそれが、これまでの戦いで私が生き残らせてもらった意味だと……思っているわ──」

「軍曹!!」

「── えっ!?」

 

 キョウスケはとっさにまりもを突き飛ばし、懐の拳銃に手を伸ばした。突然の事に、目を白黒させるまりも ── そんな彼女の右腕を、兵士級BETAは掴んでいた。

 

「離れろ、化け物!!」

 

 拳銃を連射するキョウスケ。

 頭部に銃弾が命中する。

 しかし兵士級は意にも介さず、まりもの右腕に噛み付いていた。

 身の毛もよだつ鈍い音が聞こえ、鮮血が迸る。

 

「────ッッッ──?!!」

 

 声にならない悲鳴をあげるまりも ── 彼女の右肩から先が無くなっていた。血が噴き出し、まりもが力なく倒れていく。

 

「軍曹!!」

「え……?」

 

 まりも抱き止めながら拳銃を撃つキョウスケと、状況が把握できず間の抜けた声を上げる武。

 それを嘲笑うかのように、兵士級は手に持っていたまりもの右肩から先を、噛み、砕き、腹の中へ収めていく。銃弾が命中し、硫黄臭い体液が噴き出しているのに、兵士級はその動作を止めなかった。

 射撃しながら、ジャケットの下に着ているタンクトップを引き裂き、傷口に直接当てて止血を試みる。だが肩口からの出血は止まらない。やや勢いが弱まった程度で焼石に水 ── 状況がひっ迫しているのは火を見るより明らかだった。

 

「え? え、え……なんだよ、これ? う、腕? どうして、まりもちゃんがこんな……?」

「武!!」

 

 キョウスケの怒声に武は肩をびくんと震わせた。

 

「何してる!? 応援と衛生兵を呼んで来い! 大至急だ!!」

「は、はい……!!」

 

 キョウスケの命令に、武は弾きだされるようにして駆け出して行った。

 直後、拳銃の弾が尽きる。

 だが兵士級の動きは止まらず、最後の掌を口に入れ、咀嚼しながらキョウスケたちの方を向いた。黒い、鮫のような意思を感じ取れない不気味な瞳がキョウスケたちに向けられる。

 既にまりもは顔面蒼白 ── 出血多量で意識を失っていた。

 弾が尽きた拳銃を投げ捨て、キョウスケはまりもを抱き上げた。

 逃げなければ命がない、自分も、まりもも。だが兵士級BETAの足は人間よりも速い。まりもを抱きかかえているキョウスケが、逃げ切れる保証はどこにもなかった。

 だが兵士級はキョウスケの都合など構いはしない。

 大口を開けて、キョウスケの方に近づいて来る。

 

 

 

 

── 喰い殺せ

 

 

 

 

 再び、声が聞こえた。

 頭痛と共に頭の中へとあの声が囁く。

 

 

── 喰い殺せ  不完全なるもの  すべて

 

(止めろ……黙ってろ……!)

 

── 不要  不要   土に還せ     肉片に変えろ

   太極   完全を  悲しみのない  静寂なる世界を

 そのために 喰い殺せ    不完全   全てを

 

 

(殺す……? 喰い殺す? 俺がこいつを……!?)

 

 

 

── 静寂なる世界    太極 涙流さぬ

    悲しみのない    世界を  

 

 

 

 

 兵士級が素早い動きで肉薄してくる。

 

 その様がキョウスケにはゆっくりと見えた。

 

 キョウスケの頭を噛み砕こうとする兵士級の歯には、まりもの血糊と肉片がまだこびり付いていた。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、キョウスケの中で何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

 ブチン、と切れた。

 許せない。

 許せない。

 なんだ、この生き物は?

 キョウスケは直感だけで理解する。

 奴らは、人間を喰い殺す ── BETAという名の ── 不完全な生物。

 生物的ではない。

 何も考えず、何かのために、何かを集める ── ただの働き蟻。

 キョウスケは知っていた。

 似たような化け物を。

 アインスト。

 許せない ── キョウスケの大切な物を奪っていこうとした、因縁深い狂った化け物の名……思い出しただけで、キョウスケの腹の底は煮えくりかえる。

 

 

 エクセレン・ブロウニング ── 自分の愛する女性を奪おうとした化け物ども。

 許せない。

 自分の大切なものを奪おうとするものを ──── 全て、キョウスケは許せない。

 そうだ、許せない。

 許せるわけがない。

 絶対に…………許せるわけがない。

 何故だ?

 それはキョウスケ本人にも分からなかった。

 殺せ。

 全てを。

 自分にとって、大切なモノを奪おうとする全てを! 悲しみを生み出すモノを全て殺せ ──── 許せるわけがない……! 許してはいけない!

 その感情だけで、キョウスケには十分だった。

 

 

 

 

 

「殺す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── キョウスケが吠えた直後、兵士級の体は大きく吹き飛んでいた。

 

 

 兵士級はそのまま空中から落下し、鈍い音と共に地面に激突し、動かなくなる。

 

『大丈夫か!?』

 

 兵士級を叩き飛ばした鉄の拳が、キョウスケの目の前にあった。

 2m超の鋼鉄の巨人 ── ゲシュペンスト。みちると居る筈のG・Jが駆けつけ、キョウスケたちの窮地を間一髪救っていた。

 キョウスケの危機をG・Jがどうやって察知したのか分からない……兎に角、自分の命の危機は回避された。

 しかし余談を許さない状況が続いている。まりもの出血が止まらない。彼女を抱き上げたキョウスケの服が、傷口を押さえた手が赤くで染まっていく。

 

「くそ……! くそ……ッ!」

 

 応急処置用のキットすら持っていなかった自分が恨めしい。

 

(傍にいながら……みすみす軍曹を……!)

 

 昨日の早朝、屋上でまりもと会い、誓った想いを守れなかった ── いや、まだだ。まだ諦めるには早すぎる。友軍と合流し、軍医に診てもらえばまだ間に合うと、キョウスケは駆け出し ──

 

『待つんだ、キョウスケ・ナンブ!』

 

 ── G・Jに止められた。ゲシュペンストに肩を掴まれ、キョウスケは動けない。その間も、体の外へとまりもの血は流れていく。

 一分一秒が惜しい状況に激昂し、キョウスケは吼えていた。

 

「離せ、G・J!」

『落ち着くんだ! 出血なら俺が止める、だから彼女を横にするんだ……!』

「なに……!?」

 

 予想だにしないG・Jの言葉に驚くキョウスケ。

 

『早くしろ! 彼女を死なせたいのか!?』

「あ、ああ……!」

 

 G・Jに従い、キョウスケはまりも地面に仰向けに寝かせた。圧迫止血を試みているが十分な効果は得られず、傷口から止めどなく溢れてくる。

 満足な道具もなく、本当に止血なんてできるのか……柄にもなく弱気がキョウスケの中で首をもたげ出す。

 傷口を押さえているキョウスケの手にG・Jが、ゲシュペンストの掌を重ねた。

 

『俺のゲシュペンストにはリカバーという特殊能力が備わっている』

「リカバー……?」

 

 聞き覚えのない単語……少なくとも、オリジナル世界のゲシュペンストにはG・Jの言う能力は無い。

 

『仲間の体力や傷口を回復することができる能力だ。無くなった腕を生やすことはできないが、傷口を塞ぎ、血を止めるぐらいなら……!』

「なんだっていい、やってくれG・J!」

『もう…………やっている……!』

 

 ゲシュペンストの掌から淡いエメラルドグリーンの光が滲み出し、キョウスケの手を通り越し、まりもの傷口を優しく包み込んでいく。

 温かい光だった。

 次第に出血の勢いが弱まっていく。

 理屈は分からなかったが、光が収まった時、傷口の止血は終わっていた。しかし完全に治療が終わったらわけではないのか、じわりと血が滲んでいたが、当面の失血の心配はなさそうに見える。

 

「G・J……ありがとう……!」

 

 奇跡を目の当たりにしたキョウスケはG・Jに感謝していた。

 まりもは助かる……助けられるかもしれない、そう思うと素直に言葉が飛び出していた。

 だがG・Jはキョウスケに無言のまま応えない。

 それどころか、G・Jの駆るゲシュペンストが地面に膝を付き、崩れ落ちたのだ。

 

「G・J!?」

『……大丈夫だ』

 

 返事をするG・Jの声色が弱々しい。

 

『……俺のことはいい…………それより、早く彼女を軍医に見せるんだ……! リカバーでは失った血液までは治せない…………血を失い過ぎだ……このままでは、彼女の心臓の鼓動は止まる……!』

 

 片腕を無くし、そこから動脈性の大量出血 ── G・Jが血を止めなければ、間違いなく助からないレベルだった。

 体重の30%の血液を失えば、人間は生命の危機に曝される。血を失うということは、そのまま命の危機に直結するのだ。客観的に考えて、まりもの心肺機能が停止に陥る危険性は十二分にあり得た。

 

『俺は少し休ませてもらう……後は頼んだぞ、キョウスケ・ナンブ』

 

 G・Jの体を守っていたゲシュペンストが一瞬輝いた。光が収まると、地面に座りこんだ生身のG・Jが現れる。額に大粒の汗をかき、肩で息をしていた ── リカバーと呼んでいた能力の行使には、G・Jにとって何らかのデメリットが伴うのだろう。

 それ程にG・Jは消耗していた。

 彼の事は心配だったが、今はまりもを助けることを優先しなければならない。

 

「ああ、すまない……!」

 

 まりもは顔面蒼白で、体から暖かさが失せはじめていた。呼吸も弱くなってきている。急ぐ必要があった。

 G・Jと別れ、キョウスケはまりもを抱き上げて走り出す ──……

 

 

 

 




第4部のサブタイトルはこの時を示していました。
原作の転機ですしね。
まさにTIME TO COMEと言うわけでして、はい。
ここら辺からオリジナル展開全開になりますが、良ければお付き合い頂けると嬉しいです。


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第27話 生か死か

【12月10日 14時56分 軍用車内】

 

 ── すぐにみちると合流したキョウスケは、アクセルたちを移送する予定だった軍用車を借り、横浜基地内の医療施設へと向かう。

 

 緊急事態であったのと、事情を知る者としてキョウスケは同行を許され、衛生兵と一緒にまりもを搬送することになる。

 衛生兵を呼びに行かせた武とは、結局、合流することはなかった。

 まりもは狭い軍用車内に寝かされた。

 薬剤や輸血を投与するための輸液ラインを、衛生兵がまりもの残っている片腕に留置し始める。邪魔にならない位置で、キョウスケはその様子を見守る。

 乗っているのは救急車ではなく捕虜移送用の軍用車。

 満足な道具もない車内には、移動用のお粗末なバイタルモニターが置かれ、まりもの心電図が表示されている。回数は40回を切っていて少なく、まりもが弱っているのが見て取れる。

 なんとか、衛生兵が薬剤を投与する点滴ルートを確保し終えた頃、キョウスケはまりもの異変に気が付いた。

 弱々しくも上下していたまりもの胸の動きが止まっていた。十秒、二十秒、ただの無呼吸にしては長い……胸が動き出す気配がキョウスケには感じられなかった。

 

「……おい、息をしていないんじゃないか?」

 

 多忙な衛生兵が、キョウスケの言葉を受け、まりもの胸に手を置き口元にも手をかざした。

 直後、バイタルモニターからけたたましい警告音が鳴り響く。

 まりもの心臓の動きをモニターし、画面に表示されていた波形が消えていた。緑色の線が真横にまっすぐ伸び、心拍数を示す数字は0を指していた。

 

「心肺停止! 中尉、手伝ってください!!」

 

 突然衛生兵が大声を上げ、心臓マッサージを開始する。まりもの胸に手を置き、真上から押す ── 戻す ── 押す ── 戻すを繰り替えし、心電図にノイズは奔る。

 約30回胸を圧迫し、衛生兵はキョウスケと心臓マッサージを交替した。気道を確保し、まりもの口から息を送り込む。

2回息を送り込み、30回胸を押す ── このサイクルを4回繰り返した後、衛生兵の指示でキョウスケは心臓マッサージを止めた。

 マッサージのノイズが無くなり、バイタルモニターには数字の0と綺麗な横線1本が映し出される ── まりもの心臓は動いていなかった。

 

「緊急キットからアドレナリンを取って!」

 

 2度目の衛生兵の怒声。

 車に持ち込んだ緊急時救命用の薬剤が入ったケースを開け、中からキョウスケは薬剤を取り出した。

 

「これか!?」

「違います! Bの12番!」

「これだな!? どうすればいい!?」

「点滴から投与してください! 早く!」

 

 キョウスケは言われるままに、衛生兵が確保した点滴ラインから薬剤を投与する。その間も衛生兵は心臓マッサージを続けていた。

 2分ほどして、もう一度まりものバイタルモニターを確認 ── 何も描かれていなかった心電図に、まりもの心臓の動きを示す波形が表示されていた。

 

「とりあえずは……」

 

 衛生兵の呟きがキョウスケの耳に届いた。

 一命は取り留めたが、まだ何があるか分からない……そういう意味だろう。

 

 乗っている軍用車を急がせ、しばらくして医療施設に到着した。

 すぐに担架に移し替え、医療施設内の集中治療室へとまりもは運び込まれた ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 27話 生か死か

 

 

 

 

 

【同日 16時 04分 横浜基地内医療施設 患者家族待合室】

 

 ……── 集中治療室にまりもが救急搬送された後、キョウスケは親族待機用の別室へと通されていた。

 

 まりもが集中治療室に運び込まれてから、ゆうに30分以上は経過していた。

 軍医たちが処置を行っているとき、キョウスケが傍にいても邪魔にしかならない。待合室で待機させられていた直後、看護師に状況の説明を求められ、伝え……それから1人でキョウスケは待ち続けている。

 しかし軍医たちからの音沙汰はなかった。

 

(……状況説明をする暇がない……それ程、ひっ迫しているということか……?)

 

 移送中の軍用車の中での出来事が脳裏にフラッシュバックする。

 呼吸が止まり、心臓が止まり……衛生兵と共に、キョウスケは文字通りの生死の境目からまりもを無理やり引きずり出した。

 あの時の光景が瞼にこびり付いて離れない。

 黙って待ち続けているだけだと、悪い想像ばかりが浮かんでは消えていく。

 早く……早く良い情報が欲しい、キョウスケが切に願ったそのときだった。

 待合室の扉がノックされ、開かれる。

 キョウスケを案内した看護師が立っていて、その背後には夕呼の姿があった

 

「香月副司令、こちらでお待ちください」

「分かったわ」

 

 夕呼は言われるままに待合室に入り、キョウスケの座っていたソファの隣に腰かけた。看護師は一礼して扉を閉じ、慌てて去って行く。キョウスケと夕呼の間には沈黙が立ち込めたが、先に口を開いたのは夕呼の方だった。

 

「南部、どうしてこうなったの?」

「……BETA全滅の報の後、生き残っていた兵士級BETAに軍曹が襲われた」

 

 キョウスケは起こった出来事を事細かに夕呼に話した。

 広場跡でうな垂れていた武の事。彼のことを励まそうとしていたまりもの事。その場に自分もいた事や、BETAに襲われ失血死寸前のところをG・Jに救ってもらった事……淡々と、キョウスケは夕呼に伝えていく。

 

「そう、アンタには礼を言わなくちゃいけないわね」

 

 ポツリとつぶやいた夕呼だったが、その顔はキョウスケの方を向いていなかった。

 

「……礼ならG・Jに言ってくれ。俺1人ではどうすることもできなかった」

 

 キョウスケも夕呼に顔向けできなかった。

 あの場にG・Jが駆けつけていなければ、まりもの出血を止めるどころか、自分もBETAに喰われて死んでいたかもしれないのだ。

 あの時の危機的状況は潜り抜けた。だが全てはまだ終わっていない。居心地の悪い張りつめた沈黙の中、時計の針の音だけが妙に大きく聞こえていた。

 

「でもアンタのお蔭で、まりもは即死だけは免れたわ。例えそれが細い糸のようなものだったとしても、アンタは希望を繋ぎとめてくれたのよ……ありがとう」

 

 キョウスケと夕呼の会話はそれからパッタリと止まった。

 口を開いて、何かを話すきにもならなかった。気晴らしの雑談や気休めの言葉も欲しくない。2人が欲しいのは朗報だけだった ──……

 

 ………

 ……

 …

 

 10分経過。

 感覚的に1時間にも2時間にも感じられた600秒が過ぎた頃、ノックと共に軍医が待合室の中に入ってきた。

 反射的にキョウスケも夕呼も顔を上げた。目に飛び込んで来た軍医の表情は固かった。

 

「香月副司令」

 

 軍医が重々しく口を開く。

 

「神宮司軍曹に……会わせたい方はいらっしゃいますか?」

 

 軍医の言葉に思考の色が真っ白に染まった。同時に強烈な脱力感。ソファに腰かける自分の体が、鉛か何かに変わってしまったような錯覚をキョウスケは覚える。

 

「……そう」

 

 夕呼は小さく一言を返す。

 

「まりもに ── 神宮司軍曹に親族はいないわ。2年前のBETA襲撃の際にお亡くなりになられている。会いたいと言う人は沢山いるだろうけど、会わせるべきだと、あたしが判断できる人間は……もうこの世にはいないわ」

「分かりました。では状況を説明させていただきます」

 

 軍医が冷たい口調で語り始めた。

 

「神宮司軍曹が集中治療室(ICU)に入ってから、我々もできる限りの手を尽くしました。失った血液を補充するための輸血に血液製剤を使用、血圧を維持するために複数の強心剤の類を投与し、呼吸を助けるため挿管し、人工呼吸器に繋ぎました。

 それらの処置で、一時的に回復の兆しがみられましたが、軍曹はすぐにショック状態になってしまいました」

 

 ショック ── 医療におけるその言葉は、一般人が心に衝撃を受けた際に使われる言葉とはまるで意味が違う。

 人間は心臓の動きによって血液を送り出し、それを介して栄養や酸素の運搬を行い生命を維持している。脳や、肝臓や腎臓などの重要な臓器、その細胞レベルまで血液が行きわたることで人間は正常な生命活動を続けることができる。

 しかし何らかの理由で血流が妨げられ、必要な量の栄養や酸素が行きわたらなければどうなるか? ゆっくりと、あるいは急激に人間の体は機能不全に陥っていく。

 全身の血液循環が生命維持に必要な絶対量を下回り、重度かつ生命の危機に直結する状態 ── ショック。

 このままでは、まりもの命は助からない。

 軍医はそう言っているのだ。

 

「原因は……おそらく敗血症のようなものだと思われます」

「敗血症……? 菌に体が犯されるという、あれか?」

「肯定です」

 

 キョウスケの言葉に軍医が頷く。

 

「神宮司軍曹はBETAに腕を一噛みされています。その傷口からBETAの体液なり保有していた菌なりが体内に侵入、それが悪さをしていると推測できます」

「……ではその菌を駆逐すれば……?」

「南部中尉、我々も血液がその菌を同定しようとはしているのです。が、上手くいかない……というよりも、我々の知らない菌が軍曹の血液からは検出された。考えられるありとあらゆる抗生物質を投与していますが、効果は保障できません」

 

 軍医の表情からは悔しさが滲み出していた。

 

「これまでも、同じ症状で亡くなった人間は沢山いたのかもしれない。ですがBETAに片腕を喰われるような状況から生還し、病院まで辿りつけるケースは稀です……残念ですが、有効な治療を行うためのデータが圧倒的に不足しすぎている。

 我々も全力は尽くしますが、必ずお助けすると……お約束することはできません」

「そう」

 

 夕呼は普段と変わらぬ声色で、状況を理解したと応えていた。

 

「それで、あたしたちは神宮司軍曹に面会できるのかしら?」

「はい。ご案内いたします」

「ありがと。南部、行きましょうか?」

「……ああ」

 

 夕呼に従いキョウスケは待合室のソファから腰を上げた。

 重い。

 腰が、膝が、足首が重い。座っていれば辛い現実を見ることもないだろう……だとしても、キョウスケは重くても立ちあがらなければならなかった。

 

(……軍曹の姿を見届けなければな……!)

 

 重い……けれども、それでもキョウスケは腰を上げる。

 後悔しないために腰をあげる……それが正しいことかどうかは分からなかった、が……そんなとき、声が聞こえた。

 

「── なせ ────!!」

 

 待合室の外から声が聞こえてくる。聞き覚えのある男の声だ。

 キョウスケたちは軍医の後を追い、待合室から集中治療室へと繋がる廊下へ出た。

 

「── 離せよ!! まりもちゃんはッ、まりもちゃんは何処だよ!? どうなってるんだよ!?」

「武……?」

 

 大声を上げ、廊下で騒いでいたのは白銀 武だった。若い男性看護師2人に両腕を掴まれている。力任せに振り払おうとする武に、看護師たちの表情は険しくなっていった。

 キョウスケの声に武が気づいた。

 

「き、響介さん! それに夕呼先生も! こいつら、どうにかしてくれよ!! 俺はただッ、まりもちゃんが運び込まれたって聞いて、居てもたってもいられなくって……!!」

「白銀、静かになさい」

「でも……!!」

 

 凛と言い放った夕呼の声も、熱くなっている武には届かなかった。

 駄々をこねる子どものように、武は言いたい事だけを言い続ける。

 

「まりもちゃんは……まりもちゃんは、落ち込んでた俺を慰めてくれてただけなんだ! それがどうしてあんな事になるんだよ!? 理不尽だよ!! くっそ、離せよお前ら!! 殺すぞ!!」

「白銀」

「夕呼先生も言ってくだ ──」

 

 武の言葉を、夕呼の手から響いた乾いた音が遮った。

 平手打ち ── 夕呼にはたかれた武の頬が赤く染まる。

 武は何が起こったのか理解できなかったのか、目をぱちくりさせ呆然としていた。

 

「ここは病院よ。静かになさい」

「は、はい……」

 

 うな垂れて、か細い声を絞り出す武。夕呼は歩いて彼の傍を通り抜け、もう振り返ることはなかった。

 

「南部、行くわよ……そのガキの事はアンタの一存に任せるわ」

「分かった……先に行ってくれ。すぐに行く」

 

 夕呼は、そう、とだけキョウスケに返し、軍医に連れられて集中治療室の扉を潜っていった。

 キョウスケの前に居るのは放心状態の武と、彼を押さえつける男性看護師が2名だけだった。

 

「離してやってくれ。もう暴れることもないだろう」

「は、はい、分かりました」

 

 看護師はキョウスケに言われるまま武の手を離す。

 力なく突っ立っているだけの武を尻目に、看護師たちは自分たちの戦場である集中治療室へと戻って行った。

 夕呼は武の事を自分に任せると言う。

 慰めの言葉を言うべきか? いや、違う。では、労いの言葉をかけるべきか? それも違う。自分の足で立ち上がれない者が、命のやりとりをする戦場で生き残れる筈がないのだから。

 キョウスケは心を鬼にして言う。

 

「武 ── 軍曹に会うかどうかは、お前が決めろ」

「響介……さん……?」

「今、お前の前には選択する権利がある。良く考えて選び、自分で決めろ。その結果がどうあれ、他人のせいにはせず、全て自分で背負っていけ……それが生きるということだ」

 

 キョウスケは大きく深呼吸し、ゆっくりと最後の言葉を口にする。

 

「俺は軍曹に会う。今、彼女は必死で戦っている。その姿を目に焼き付けるために」

 

 言い終えると、キョウスケは武に背を向け、軍医たちが向かった集中治療室へと足を運ぶ。

 武はしばらく無言のまま動かなかったが、キョウスケが集中治療室の自動扉を潜ったあたりから、背後を靴の音が追って来ていた。

 武も決めたのだろう。神宮司 まりもに会うことを。その選択が正しいのか、間違っているのか……それはきっと神にだって分からない ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【16時25分 横浜基地医療施設 集中治療室内】

 

 ……── キョウスケたちが踏み込んだ集中治療室では、地獄のような光景が繰り広げられていた。

 

 一つのベッドの周りに人の壁ができ、怒声が飛び交う。戦闘中の前線司令部さながらの緊迫感には気圧されるものがあった。

 軍医が集まり姿は見えないが、あの人垣の向こうにまりもは寝かされている筈だ。

 枕元以外にも、離れた位置からバイタルサインを確認できるように、天井から吊り下げ型のモニターが設置されていた。

 赤い文字、青い文字、緑の文字……色分けされた数値や波形には意味があるのだろうが、医療の世界に疎いキョウスケにはすぐには理解できない。

 しかしまずい状況に置かれていることだけは、すぐに理解できた。まりもを軍用車で移送していたときに、心拍数をあらしていた緑色の文字に数値が表示されず、波形が小刻みに揺れていた。

 

「心室細動だ! 除細動器を用意しろ!」

「出力150J! 放電します、離れてください!」

「自分よし! 周りよし!」

 

 施行者を覗き軍医が離れたため、一瞬、まりもの姿が見えた。

 処置のため服は脱がされ、胸に除細動用のパドルを当てられている。口には大きなストローのようなチューブが突っ込まれ、それが大きな機械につなげられていて、首には4つ又の点滴が挿入されていた。

 

「除細動、いきます!」

 

 軍医の宣言の直後、まりもの上半身が跳ね上がる。

 しかしそれも一瞬だけで、力なくベッドに倒れ、周りを軍医が囲み再びまりもの姿は見えなくなった。モニターに表示されていた心電図は数字の0を指し、基線は綺麗な横一本線 ── 心停止と呼ばれる状態だった。

 

「ま、まりもちゃん……?」

 

 キョウスケの隣で武がひとりごちしていた。

 

「嘘だ……こんなの嘘だ……何なんだよ、この状況……誰か説明してくれよ……!」

 

 武の慟哭に、キョウスケだけでなく誰も応えてはくれなかった。ただ黙ったまま事態を見守るしかできなかった。

 人間は血流が途絶えれば、ものの数分で脳の機能が停止する。心臓が止まってポンプとしての機能が果たせないなら、外から力を加えて無理にでも血液を送り出し続けないと死んでしまう。そのための心臓マッサージが続けられていた。

 軍医たちが交替しながら、まりもの胸を押し続ける。首の4つ又の点滴ルートには本管以外にも、側管から無数のルートが絡まりあい、様々な薬が既に使っているのが素人目にも分かる。心臓マッサージを始めてどれくらい経過したかを計測する係がいて、係が告げるたびにマッサージを中断し、まりもの心拍が戻っているのか確認する。

 

 10分が経過した頃、まりもの心臓の動きは戻っていなかった。

 心臓マッサージは続けられる。

 機械で息を助けるために入れられている口の管 ── その中から血が溢れだしていた。

 

(……折れた肋骨が肺を突き破ったか……)

 

 だとしてもキョウスケには軍医たちを責めることはできなかった。彼らは必要な組成処理を行っているだけなのだから。

 独り言を言っていた武は黙ったままその光景を眺めていた。目を背けたくなるような光景だったが、キョウスケは夕呼同様に静かに見つめる。

 20分が経過した。心電図の数字は0を示したまま変わらない。蘇生処置は継続される。

 状況が一向に変わらないまま30分が経過した頃、

 

「もう、いいわ」

 

 重々しい空気の中、夕呼が口を開いた。

 

「もう、休ませてあげて」

「ゆ、夕呼先生……な、何言ってるんですか!?」

 

 武が血相を変えて夕呼に掴みかかる。

 

「まりもちゃんはまだ生きてる! まだ助かるんだ!! そうだろ!? なぁ、響介さん!? 医者の先生たち!?」

 

 悲壮な武の叫びに軍医たちは答えない。

 キョウスケも答える言葉を見つけることができなかった。

 その様子に武を顔を紅潮させ、激高する。

 

「── なんとか言えよ!!」

「……残念ですが……」

「そんな言葉聞きたくねぇ!!」

 

 やっとの事で出てきた軍医の言葉にまで武は噛み付いた。

 しかし軍医たちは心臓マッサージを止め、ペンライトをまりもの瞳に当てた。脳が無事で反射機能が無事なら、目に差し込んだ光に反応し瞳孔が収縮するからだ。

 次に軍医はまりもの首に指を当てる。脈を計るためだ。心臓が動いていなければ当然脈拍はなく、息は無理やり機械で押し込んでいるモノ以外に自分で行っている呼吸が確認できなかった。

 キョウスケは知っている。それは医師が患者の死亡を確認するために行う、ごく一般的な確認行動だった。

 

「……12月10日17時03分、神宮司 まりも軍曹の死亡を確認しました」

「うるせぇええ!! それ以上言うんじゃねえ!!!」

「武、落ち着け」

「これが落ち着いていられるかよぉ!!」

 

 キョウスケは興奮して暴れ出そうとする武を押さえつけた。

 鼻息を荒くする武の気持ちは分からないでもなかったが、ここで暴れても仕方ない。そう、仕方ないのだ……事実は受け止めなければならない。

 それが受け入れ難い事実でも……受け入れなければ生きてはいけない。

 叫ぶ武の姿が、キョウスケの中で既視感(デジャヴ)する。

 かつて、自分も同じ感情に襲われたような ── 夢の中で絶叫していた自分の姿が脳裏を一瞬よぎり、何とも表現しがたい感覚にキョウスケを襲われた。

 悲しい。

 嘘だと騒いで事実が変わるのなら、形振り構わず泣き喚きたい気分に駆られるが、

 

(……軍曹は……死んだ……)

 

 自分に言い聞かせるように、キョウスケは武に言っていた。

 

「……戦場では人が死ぬ。今回はそれが軍曹だった、それだけの話だ……」

「ふっざけんなよぉ!!」

 

 武が怒り狂い、キョウスケを殴り飛ばしていた。

 頬に衝撃が奔り、鋭い痛みの後に鈍い灼熱感がキョウスケを襲う。歯で頬の内側が切れたのか血の味がし、殴られたという実感はあっても、怒りが沸き上がってくることはなかった。

 

(俺は……なんて言い方をしてしまったんだ……)

 

 後悔の念がキョウスケの中を走り抜けていった。

 キョウスケは人づきあいが得意な方ではない。思い立ったことを口にするだけで円滑な人間関係を築ける人たちも世の中にはいるが、キョウスケはその正反対に位置する人間だった。

 自分自身に対する言葉が他人に良いとは限らない。

 分かり切っている事を、反射的にキョウスケは言葉にしてしまっていた。

 

「響介さん、アンタがそんな事言う人だなんて思わなかった……!」

 

 武が親の仇でも見るような視線をキョウスケに向ける。

 

「やっと分かった! 俺とアンタは違う……! 俺はアンタとは違う! 平和な日本に生まれて育った俺と、世界を救うために敵を殺し続けたアンタじゃ……違い過ぎる……! 最初から違い過ぎたんだ!」

「た……武……?」

「こんな世界……もう嫌だ……!」

 

 武は泣いていた。両頬を涙が伝い、瞳を通して感情が溢れ出している。

 

「俺は……帰る! こんな世界……俺のいるべき世界じゃない……!」

「好きにすれば?」

 

 夕呼の冷たい言葉が武に突き刺さる。

 

「逃げたければ逃げればいいわ。アンタにはその選択肢があるんだから……背中を見せて逃げ回ってなさい、この根性なし」

「う……うぅ……!」

「地下の装置、好きに使いなさい……もう必要ないものだから」

 

 地下の装置 ── 武やキョウスケを並行世界に移動させた転移装置のことだ。

 転移装置を使って元の世界に帰れ ── 武の正体を知っているキョウスケにとって、それは武に対する死刑宣告にしか感じられなかった。

 この世界には3つの因子集合体がいる。

 1つは自分 ── キョウスケ・ナンブ、そして愛機のアルトアイゼン・リーゼ。

 最後の1つは目の前で泣いている白銀 武だ。

 因子集合体はあらゆる世界からオリジナルの要素を抽出して構成されている。抽出 ── 純粋な転移ではなく、オリジナルとは別のオリジナルに究極に近い複製 ── 因子集合体とは別に、オリジナルの存在は元の世界で生き続けている。

 転移装置を使って帰還しても、微妙にズレタ複製がオリジナルの生きている世界に無理矢理割って入るようなもの ── 武が元の世界に逃げても、そこに間違いなく武の居場所はなく歪みが生じてくる。

 帰ったとしても、あのときのキョウスケのように絶望を味わうだけだろう。

 それを知った上で夕呼は武に言っていた ── 逃げたければ逃げろ、後は知らない……と。逃げ道があると感じられる内はまだ幸せなのかもしれない。

 だが経験者として、キョウスケは武に手を差し伸べたい気分に駆られた……が、

 

「もう……俺は用済みってことかよ……?」

 

 人を1人、2人殺したぐらいでは収まりそうにない怒気を武は放っていた。

 

「言葉が悪いわね。好きにしなさい、と言っているのよ」

「くそっ……くそっくそぉ! どうかしてやがる、この世界の人間は全部!! もういい! 俺は帰る! 元の世界に帰ってやる……!」

「待て……ッ、武!」

「俺に触るな……ッ!」

 

 武は止めようとしたキョウスケの手を叩き、集中治療室から駆けだしていた。

 出入り口の自動扉が閉まり武の姿が見えなくなる。

 叩かれた右手のしびれが自分の無力さを痛感させる。まりもを護れず、武には拒絶された。本来なら武を追って止めるべきなのかもしれない。しかし体が鉛にでもなったような重たい気分のキョウスケには、どうしても武を追うことができなかった。

 まだしびれている右手を、キョウスケはぐっと握りしめた。

 

(……また(・・)、なにも掴めなかった……)

 

 握りしめた拳から大切なものが抜け落ちてしまったような ── 強い喪失感がキョウスケを苛んでいた。

 黙ったままのキョウスケを尻目に、看護師が夕呼に近づいてきて言う。

 

「副司令……」

「分かってるわ。綺麗して休ませてあげてちょうだい……すべてが終わったら連絡を」

「了解しました」

 

 まりもの遺体は看護師によって整えられる。口に入っていた管や点滴は全て除去され、身体にこびり付いている血糊を拭き上げ始められる。

 キョウスケたちはそれを見ることは敵わない。

 夕呼と一緒にキョウスケは席を外す……と、

 

「南部、ありがと」

 

 夕呼が感謝を述べてきた。

 

「親友の死に目に会えたのはアンタのおかげだわ」

「……責めないんだな」

「アンタも言っていたでしょう? 戦場で人は死ぬ……今回は偶々まりもの番だった……それだけよ……」

 

 キョウスケは夕呼と一緒に集中治療室を後にする。

 仲間を護れなかった……空虚な脱力感が、風になってキョウスケの胸の中を吹きすさぶ。

 生きている者はいつか死ぬ ── 分かり切っていることを、いつもこの瞬間に再認識する。誰も好き好んで味わいたいとは思わない。けれど避けては通れないのも確かだった。

 

 心を殺して、キョウスケはトライアル襲撃事件の事後処理へと向かう ──……

 

 




がちりがちりと、物語の歯車は狂い始める。
第4部はあと1話だけ続きます。


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第28話 掴んだその手は

【同日 22時45分 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の執務室】

 

 集中治療室を後にしたキョウスケは、戦闘の事後処理を行うために「A-01」に合流していた。

 戦闘は戦って敵を倒せば終わりではない。特に自軍本拠地での戦闘となれば、生存者の救助から残骸の撤去、機体の整備と猫の手を借りたくなる程に忙しく、まりもの一件があり許可を取ったとは言え、キョウスケは部隊から離れて別行動を取っていたのだ。

 やるべきことはやらねばならない。自分の我が儘を許してくれたみちるへの報告義務もある。まりもの教え子である「A-01」の面々にも、彼女の死は、夕呼の口からおいおい伝えられることだろう。

 胸に穴が空いたような喪失感 ── キョウスケはそれを埋めるかのように、感情を表に出さず、黙々と課された任務をこなしていく。

 

(……ダイテツ艦長のときも……こんな感じだったな……)

 

 キョウスケは自分の大部分を形作る、大因子(ファクター)が持つオリジナル世界の記憶に思いを馳せる。

 「L5戦役」に「インスペクター事件」と、万能宇宙戦艦ハガネの艦長を務めたダイテツ・ミナセの死は、クルー全員に衝撃と悲しみを与えていた。最年長者としてクルーの心の支えになっていたダイテツの死 ── 大小は比べられないが、まりもの死も同様のショックを心にもたらした……いつの間にか、彼女の存在が自分の中で大きくなっていたのだな、とキョウスケは今更ながら自覚する。

 

(護れなかった……俺はまた(・・)……)

 

 誰かを失うのはこれが初めてではない。一般人より死に近い距離にいるキョウスケだったが、これだけはどうしても慣れなかった……既視感(デジャヴ)にも近い表現しがたい何かが自分の中に渦巻き続ける。

 

また(・・)護れなかった……なぜ、そう感じる……? 軍人としてありあちな感覚だからか……?)

 

 目を逸らしたい衝動……手を動かし続ける内に、日はとっぷりと暮れ、キョウスケは任務から解放された。

 

 損傷したアルトアイゼンの修理を一先ず整備兵に任せたキョウスケの足は、自然と夕呼の執務室へと向かう。

 

 執務室に入ると、夕呼は普段と何も変わらぬ風に机に向かっていた。愛用していたコンピューターが無くなっていたが、書類の山と格闘している姿はいつもの夕呼だ……ただ、普段より表情が乏しい、そんな印象は受けたが。

 

「お疲れさま、終わったの?」

「……一先ずはな。だが明日以降も機体の整備など、やることはまだまだある」

「そう」

 

 素っ気ない言葉を返す夕呼。

 疲れが貯まっているキョウスケも知りたい用件だけを口にする。

 

「軍曹には会ったのか?」

「ええ、安らかな顔をしていたわ」

「そうか」

「まりもなら霊安室にいる。行ってくるといいわ。あたしの名を出せば、通してもらえるようにしておいたから」

「そうか、すまない」

 

 キョウスケは礼を言い、夕呼に背を向けた。

 1人で医療施設内にある筈の霊安室へ向かおうとし、ふと、気づいたことがあり振り返る。

 

「……武はどうした?」

 

 彼の名前に夕呼の眉尻は寄る。しばしの沈黙の後、夕呼は答えた。

 

「逃げたわ。あの臆病者なら」

「逃げた……?」

 

 思わずおうむ返しをしたキョウスケに夕呼は淡々と言う。

 

「生々しいまりもの死に際を見て、耐えられなくなったんでしょうね。人間がBETAに殺される、この世界ではよくあること……事実を伝えたら急に激昂してね、転移装置で元の世界に戻せとあんまり騒ぐから送り返してやったわ」

 

 夕呼の言う元の世界……それは、キョウスケにとって心地の良くない響きの言葉だった。

 キョウスケは普通の異世界からの転移者ではない。普通の転移者からすれば、元の世界とは故郷を指す単語だったが、キョウスケにとっては「極めて故郷に近く、限りなく故郷から遠い」別世界のことだった。

 キョウスケの正体は、無数にある並行世界から「キョウスケ・ナンブ」という因子が寄り集まってできた因子集合体 ── それは白銀 武も同様だった。

 ただし、この事実を武は知らない。成り行きからキョウスケだけが先に知り、武には夕呼が伏せていた真実だった。

 

「博士、送り返したと言うが……あちらの世界には武の居場所は……?」

「そう、ないわ」

 

 夕呼、即答。夕呼は分かった上で、武を送り返したようだ。

 因子集合体を無理に元の世界に送り返せば、何が起きるか分からない。武の転移実験は概ね成功し、あちら側の世界から必要な数式を回収できたが、キョウスケの時は1時間もしない内に、オリジナルと出くわしこの世界に弾き返された。

 何が起きるか予測ができない ── 転移先のオリジナルを消し飛ばしてしまったり、身体を奪ってしまう事態が起きても不思議はなかった。

 因子集合体にとって、元の世界は死からの逃避先に選択するにはリスクが高すぎる。

 

「なぜ、そんなことを……?」

「白銀から引き出せるモノは既に全て引き出したわ。回収した数式のおかげで00ユニットは完成する」

 

 00ユニット ── オルタネイティヴ4完遂の要だと、キョウスケは聞かされたことがある。しかし00ユニットの具体的なスペックや詳細は一切知らなかった。

 

「全てを引き出した、けれど、白銀の役目はまだ終わっていない。言いたくはないけど、恩師の死ぐらいで立ち止まってもらっちゃ困るのよ。アイツには立ち直って、役に立ってもらわないといけない」

「博士……」

「そのためには、白銀のオリジナル世界も利用させてもらう。勿論、分の悪い賭けをするつもりはないわ。あちら側のあたしには、前々回の転移時に既に必要な資料は渡してある……白銀は必ず帰ってくるわ」

「……そうか」

 

 夕呼には何らかの勝算があり、あえて武を送り返した ── 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という事なのだろう。

 仲間の死は軍人を続けて行く上でほぼ必ず通る超えるべき壁の1つだ。キョウスケだって過去にそれを乗り越えた。武にできないとはキョウスケは思っていない。

 キョウスケが精神的に追い詰められていたとき、武は熱い言葉と想いで支えてくれた男だ。必ず、乗り越えて戻ってくるとキョウスケは信じている。

 武が辛いとき、傍で支えてやれないのは残念ではあったが。

 

「そうだな、では、俺も待っているとしよう」

 

 キョウスケは再び夕呼に背を向け、出口へと歩きながら呟いた。

 

「そして武が帰ってきたら話を聞いてやるさ、ゆっくりとな」

 

 見たこと、感じたこと、考えたこと……人にいう事で楽になれるのはよくある話だ。立場を同じくする者同士ならなおの事だ。

 

「そうしてあげて。白銀もアンタには心を許しているみたいだから」

「ああ、ではな」

「ええ、おやすみなさい」

 

 挨拶を交わした後、キョウスケは夕呼と別れ、まりもの眠る霊安室へと向かうのだった ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 28話 掴んだその手は

 

 

 

【同日 23時23分 横浜基地 医療施設内 霊安室】

 

 手続きを済ませた後、重い足取りでキョウスケは霊安室へと到着していた。

 

 霊安室を管理する係員に夕呼の名を伝えたら、あっさりとまりもへの面会が許可された。昔ながらの手動の扉を奥に開き、中に入ったキョウスケの手には「B-24」と書かれた札が吊るされた鍵が手渡された。

 しばらく廊下を歩いて壁にぶち当たり、渡された鍵で扉を開ける。

 中は1K程度の小さな個室だった ── 某国で用意されるような蜂の巣のような引出に遺体を安置するものとは違い ── 部屋の中心にはベッドに寝かされたまりもがいた。

 BETAに人間が喰い殺され滅亡に瀕している世界で、それが夕呼にできる最大限の憂慮だったのだろう。

 血まみれだったまりもの身体は綺麗に吹き上げられ、白い和服を着せられていた。

 息は……していない。

 土気色のまりもに会い、キョウスケは頭を下げていた。

 

「…………」

 

 言葉はない。

 何を詫びていいのか分からなかった。

 まりもが武を慰めていたとき ── 自分はもっと周囲に気を使うべきだったのか ── 自分が武に声をかけるべきだったのか ── 自分はあの場所にいるべきではなかったのか……様々な想いがキョウスケの中を駆け廻る。

 そのどれもが正解のようで、間違いのようで、キョウスケには本当の答えが分からなかった。

 

(軍曹……俺はどうするべきだったのだろう……?)

 

 礼をしたままのキョウスケに、まりもが応えてくれるはずもない。

 当たり前のことだったが、キョウスケの心に妙な重しが圧し掛かる。

 

(……俺は……護れなかった……今回も(・・・)だ)

 

 まただ。

 二度目だ。

 

(二度目……? なんだ、この感じは……?)

 

 どうしてこんな ── 身に覚えのない感覚に、キョウスケの心は締め付けられていく ──……

 

 

 

 

 

── 喰い殺せ

 

 

 

 

 

 

 頭の中に声が聞こえた

 

 

 

── 不完全なる生命 すべて 悲しみを生み出すもの すべて

 

 

 

 何度も聞いたあの声だ。

 

 

── そして   

      完全なる    生命を

          静寂なる      世界を    

 

 

 

 霊安室の中にはキョウスケとまりもがいるだけ……キョウスケとは違う何処となく中性的な声が頭痛と共に響いてくる。

 初めて声を聞いたのはBETAの新潟再上陸のときだった。

 2度目はオリジナル世界に転移したとき……クーデター事件、今回の事件と徐々に聞こえる頻度が増えてきている。

 そして声が聞こえたときには、決まって何かが起こっていた。SRXたちの残骸の出現、アルトアイゼンの転移 ──

 

(なん……だ……?)

 

 ── 突然、強烈な睡魔がキョウスケに圧し掛かってきた。

 足が、手が、瞼が重い。視界が霞み、ベッドに寝ているまりもの姿が薄れていく。XM3トライアルからのBETA出現、戦闘、事後処理と疲れが貯まっていないと言えば嘘になる。

 

(……疲れて眠い……これは……そんな生半なもの……では……)

 

 キョウスケはよろめいて、霊安室の壁に背中をぶつけてしまった。一瞬だけ鈍い痛みが奔ったが、すぐに睡眠に対する欲求がキョウスケの中で勝ってしまう。

 眠い、途方もなく眠い ── 耐えきれなくなったキョウスケの膝が折れ、霊安室の中に座り込んでしまった。

キョウスケの意識は闇の中へ落ちていく ──……

 

 

 

 

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 この夢を見るのは何度目だろう……?

 

 なぜ、同じ夢をキョウスケは見るのだろう?

 寝ている間だけしか見れない。起きてしまえば忘れてしまう。夢は水面へと登っていく水泡のようなもので、一度弾けてしまえば、次に夢で見た時は一度みた夢だなんて、普通は認識できない。

 

 だがキョウスケは違った。

 キョウスケは見た夢を覚えていた。忘れる夢もあったが、起きても絶対に忘れられない夢もあった。最後にキョウスケがこの夢を見たのは、昨日の夜のことだった。

 瞼を閉じれば、キョウスケの脳裏にまざまざと夢の光景が蘇ってくる ──……

 

 

 

 ……── 夢の中で、キョウスケは瓦礫の山を掘り起こしていた。

 

 燃えている。市街にあるビル群が、馬鹿のように崩れ、ガスを供給している配管から火の手が上がっている。

 そんな中、重機などを使わず、自分の腕2本で頭大のコンクリートの塊を力任せに退けていく。

 それを掘る、と言っていいのだろうか?

 退()ける、退()ける。

 退ける。

 退ける。

 退ける。

 兎に角、キョウスケは我武者羅積み重なったコンクリートを退け続けた。

 退ける。

 退ける。

 退け続ける ── 変わり果てた見慣れた街の中でナニカ(・・・)を探して退け続ける。

 そう、退け続ける。

 退ける。

 退ける。

 退ける。

 退け ──……

 

 ── 長い時間の末。

 キョウスケは見つける。

 そして叫んでいた。

 

 

 

 

 

「うおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ ─────── 」

 

 

 

 

 

 キョウスケは手を伸ばした。

 彼女の手を掴むために、力いっぱい手を伸ばす。

 掴まなければという思いで頭の中が一杯になる。キョウスケは掴まなければならない。絶対に、だ。

 

 

「 ─── スケ──」

 

 

 手を伸ばす。

 手を伸ばす。

 キョウスケは手を伸ばす。

 

 

「キョウ ── ケ ──?」

 

 

 夢の中で、キョウスケは確かに掴んだ。

 キョウスケの右手に柔らかな感触が ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── 温もりが、キョウスケの掌にじんわりと伝わってくる。

 まだ眠気で頭が回らない……けれど、自分の右手を誰かが握っているのが分かった。

 

「キョウスケ? ねぇねぇキョウスケ、どうしたの? 眠いの?」

「あ、あぁ……」

 

 女の声が聞こえ、眠い目を擦りながらキョウスケは答えた。声をかけてきたのは、キョウスケの手を握り締めている人のようだ。

 性別は女性。

 彼女の聞き覚えのある声がキョウスケの耳をくすぐる。

 

(俺は……寝ていたのか……?)

 

 やっと冴えてきた頭で、キョウスケは状況を把握し始める。

 まりもに会うために霊安室に足を運び、睡魔に襲われて倒れた。目が覚めると女性に右手を握られ、話しかけられていた。

 

(だが誰に……?)

 

 霊安室の中には自分と、まりもの遺体があるだけだった。

 誰かが霊安室に来て、倒れているキョウスケを助け起こそうとした? しかしまりもの霊安室へは夕呼の許可がなければ入れないようになっている。そうそう人がやって来るとは思えない。

 

(では誰が……?)

 

 霞む視界に相手の右手(・・)が飛び込んでくる。病衣を着せられていたが、何となく見覚えのある女の手だった。

 手を見た瞬間、ぞくっ、とキョウスケの背に寒気が奔った。

 

(……なんだ……?)

 

 ありえない事が起こっている ── キョウスケは本能的に直感する。

 顔を上げてはいけない。視線を上げて、女性の顔を見てはいけない。そんな気がした。

 

「キョウスケ?」

 

 女性の声にキョウスケは応えることができなかった。

 認識してしまったが故、声が彼女のものにしか思えなくなったからだ。

 ありえないことだ。

 彼女は死んだ。遺体は霊安室のベッドの上で寝かされていた。

 キョウスケは女性の顔が視界に入らぬよう横目でベッドを見る。

 ベッドには誰も寝ていなかった(・・・・・・・・)

 恐る恐る、キョウスケは視線を上に上げる。

 豊満な胸の女性的な身体が最初に目に入り、次に栗色のロングヘヤーが飛び込んでくる。甘い香りのするその髪の毛は、キョウスケが良く知る女性の物だった。

 

 

 キョウスケの目の前に彼女が ── 神宮司 まりもが立っていた。

 

 

 BETAに喰われた筈の右手は元に戻っていて、両の頬には紅い水玉のタトゥー(・・・・・・・・)が刻まれている。

 まりもが右手を離して、キョウスケの首に手を回してきた。

 

「キョウスケ、好き!」

「軍曹……これは一体……?」

 

 まりも抱きつかれたキョウスケは、霊安室の中で愕然とするしかないのだった ──……

 

 




がちりがちり……と物語は狂っていく


……次回は第4部エピローグです。


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第4部 エピローグ 始まりの終わり、終わりの始まり

 12月11日の深夜 ── 横浜基地の医療施設で起こった怪奇現象は香月 夕呼の耳に届くことになり、キョウスケとまりもはすぐに引き離されることになった。

 

 霊安室に向かった警備兵の話によれば、喜々として抱き着く神宮司 まりもに対して南部 響介は呆然自失といった様子で、彼女にされるがままだったという。

 神宮寺 まりもを知る者ならば、違和感を抱く彼女の行動だったが……死亡が確認され相当の時間が経った後で動き回っている ── その事実に比べれば、誰にだって些細な事にしか思えないだろう。

 キョウスケから引き離されまりもは抵抗していたが、夕呼の命令で強引に精密検査を受けさせられることになる。

 

 解放されたキョウスケは自室でろくに寝れないまま夜を越し、翌日、夕呼に彼女の執務室へと呼びだされたのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第4部エピローグ  始まりの終わり 終わりの始まり

 

 

 

【西暦2001年 12月11日 11時21分 国連横浜基地 B19 夕呼の執務室】

 

 

 執務室に用意された椅子に腰かけたキョウスケの周りには、呼びだした本人の夕呼とG・Jの姿があった。

 

 部屋の持ち主である夕呼だけでなく、G・Jまでいる理由がキョウスケにはすぐに浮かばなかったが、今回の事件は理屈で説明できないし、彼のような超常的な存在を呼んだ理由は心情的には理解できた。

 

 間違いなく死んでいた神宮司 まりもが蘇生した。

 

 耳を疑う事実 ── 自然の摂理に反するありえない出来事だ……BETAだって一度完全に死ねば蘇らず、キョウスケが良く知るアインストだってコアを破壊されれば再生はできない。

 一度壊れた生き物は戻らない ── それは自然の中に生きている者に課せらせれた枷のようなものだ。

 けれども、まりもは蘇った……二流ホラー小説のような展開にキョウスケだって戸惑わないわけがなかった。

 

「南部、呼び出しの理由、分かってるわよね?」

「……ああ……軍曹のことだろう」

「…………」

 

 互いに交わす夕呼とキョウスケの言葉を、G・Jは壁に背を預け目を閉じて聞いている。

 

「ありえない事だわ。死んだ人間が息を吹き返す……前例がない訳ではないけれど、片腕を失うような外傷、その後の敗血症で死亡した人間がそうなるとはとてもじゃないけど思えない。

 それに人間の腕はトカゲみたいに生え治ったりしないわ」

 

 あの時、BETAに喰い千切られたまりもの右腕(・・)は、キョウスケの手を確かに握っていた。柔らかで温かな感触が今もキョウスケの手には残っている。

 

「……博士、軍曹はどうしている?」

「立て続けの精密検査の疲れで、今は病院のベットで寝ているわ。もっとも、寝かしつけるまでが大変だったんだけど」

「寝かしつける……?」

 

 夕呼のセリフに違和感を覚えるキョウスケ。

 

「アンタは昨晩すぐに引き離されたから、分からなかったかもしれないけど、よく思い出してみて。霊安室で会ったまりもの言動……おかしいとは思わなかった……?」

「……そういえば、確かに」

 

 キョウスケは昨晩の事を振り返る。

 まりもはキョウスケの事を下の名前で呼び、満面の笑みで抱き着いて来て、しかも好意を口に出して言っていた。

 まず神宮司 まりもは自分の事を南部と呼び、キョウスケとは呼ばない。例え好意を抱いている相手がいたとしても、物怖じせず直情的に伝えることはしない女性のように思える。異性に対して自分からハグをしに行くことも、まりもの性格からはあまりに考えにくかった。

 例えるなら、あのときのまりもはまるで親に甘える子どものよう……。

 

「……そう、まるで子どもだった。軍曹らしくない」

「的を得ているわね。南部と引き離した後もアンタに会わせろと駄々をこね、検査のための採血で泣きわめき、押さえようとした軍医が数人殴り飛ばされて負傷しているわ」

 

 夕呼が語るまりもの行動はまるで彼女らしくない。

 混乱しているの一言では説明がつかなかった。

 

「結論を言いましょう。端的に言えば、まりもは幼児退行を起こしているわ」

「幼児……心が子どもに戻ってしまった……ということか?」

「死者が生き返ったんだもの、いまさら(・・・・)何が起きても驚きはしないわよ……それよりもあたしが知りたいのは ──」

 

 夕呼は執務用の机を拳で殴り、キョウスケを睨みつけてきた。

 突然の机の鈍い音に、キョウスケは柄にもなく驚いてしまう。

 

「── アンタがまりもに何したのかってこと」

「……知らん。俺が知りたいぐらいだ」

「しらばっくれんじゃないわよ……!」

 

 夕呼が吠えた。冷静な夕呼が剥き出しの感情をキョウスケにぶつけてきていた。フェイクではなく、彼女が本気で感情的に叫ぶなど滅多にないことだ。

 夕呼は机の上の1枚の資料を乱暴に掴むと立ち上がり、キョウスケの所まで行きそれを突きだした。

 

「昨晩からのまりもの検査結果よ! これを見ても同じことが言えるのかしら!?」

「落ち着くんだ、香月博士」

 

 沈黙を守っていたG・Jが夕呼を制止する。

 らしくない彼女の姿に気圧されながら、キョウスケは突き付けられた資料を手に取り目を通した。

 神宮寺 まりもと彼女の氏名が書かれた紙には、血液型、性別など以外にも採取された血液から判明したデータが記されていた。数値は全て正常値 ── ありえない(・・・・・)。敗血症で身体がボロボロになり死んだ人間のデータとは思えなかった。

 だがその点以外で不審な部分は見当たらない。

 夕呼が赤色のペンで丸印を付けている項目以外は、だ。

 「細胞精密診断」と書かれていた。2回分の検査を実行したようだが、数値や言葉の意味が専門家ではないキョウスケには理解できなかった。

 しかし夕呼が見ろ、と言った部分がどこを指すのかはすぐに分かる。

 2回目の検査には細かな数値と文字が書かれている。数値の意味は調べてみないと専門家でないキョウスケには分からない。対照的に、1回目の検査結果には「Error(・・・・・)」の綴りが気が狂ったようにびっしりと並んでいた。

 2回目ではっきりと数値が書かれている部分が、1回目では全て「Error」に置き換わっている。

 

「……博士、これは……?」

 

 キョウスケの問に、夕呼は落ち着くために1回深呼吸した後に答えてくれた。

 

「……その検査はまりもの細胞を採取して分析したものよ。

 1回目は見ての通り。2回目では一見、普通の人間と変わらない結果になってなんだけどね……ほんの一部分、解析不能な細胞が見つかったの。それには載せてないけど検査は3回行ったわ。解析不能な部分は2回目の検査のときだけ見つかって、3回目の検査のときにはまったく(・・・・)確認されなかった。普通なら誤診、あるいは検査機器の誤作動と考えるんだけどね……」

 

 夕呼はキョウスケの方をじっと見つめながら言った。

 

「前例があるのよ」

「前例……?」

「アンタのことよ、南部」

 

 名指しされキョウスケは驚く。

 

「アンタがこの世界に発生した直後 ── 横浜基地に保護されてまだ意識を取り戻していない頃、アンタに行った検査で似たような感じになったのよ」

「……初耳だな」

「そりゃね、言う必要がなかったもの」

 

 NEED TO KNOW ── 自分の知らない所で何かされていた。いい気分ではなかったが、キョウスケは夕呼の言葉に耳に傾ける。

 

「アンタの検査結果も、まりもみたいに最初の内は解析不能だったけど、後に異常は見られなくなった。怪しいと思わない? そしてまりもの解析不能だった部分だけど、妙なパターンを持っていることにあたしは気づいてしまった……それはあたしの知るあるモノとほぼ同じ波長だったわ」

「あるモノ……とは?」

 

 嫌な予感がする。

 しかし聞かずにはいられない。恐る恐る、キョウスケは夕呼に質問していた。

 夕呼の口がゆっくりと動く。

 

「── アルトアイゼンよ」

 

 思いもよらない答えに衝撃を受けるキョウスケ。

 

「アルトアイゼンの装甲材の解析不能だった部分と、1回目で検出したまりもの細胞のそれ ── 無関係に思えるそれらがのパターンが……ほぼ同じ(・・・・)だったわ。念のためアルトアイゼンをもう一度解析した結果がこれよ」

 

 キョウスケは夕呼から別の資料を1枚手渡される。

 資料にはこう書かれていた。

 

【11月12日     11月29日      12月11日

 解析不能 3%    解析不能 5%     解析不能 20%】

 

 

 増えていた、数値が……それも急激に。

 11月29日 ── BETAの新潟再上陸の翌日から12月11日 ── 今日まで、実に色々な出来事がキョウスケの身には降りかかってきた。

 中でもアルトアイゼンが特に関わった事と言えば、12・5クーデター事件と昨日のBETA襲撃事件である。アルトアイゼンは独りでに動き、空間転移し、キョウスケに危害を加えようとした者を抹殺した ── 11月29日のそれとは、数値を見たキョウスケには明らかに違うモノのように思えてならなかった。

 そのアルトアイゼンの中にある何かが、まりもの細胞の中にも混ざっている。

 もはや ── 懸念が決定的になった瞬間を、キョウスケは感じていた。

 

「どう? これでも、アンタは何も知らないと言い切れるの?」

「……1つだけ、心当たりがる」

 

 答えたくない。

 口に出したくない。

 それでも、夕呼の問に応えるしかキョウスケにはなかった。

 言葉にすることで、大切なものを失いそうな感覚に見舞われながらも、キョウスケは話し始める。

 

「博士……アインスト……以前に話したことがある化け物の事を覚えているか?」

「ええ、オリジナルのアンタの世界を襲った怪物でしょう? それもBETA以上の」

 

 オリジナル世界で地球を混乱に陥らせた人外の化け物たち ── アインスト。

 細かい経緯はさておき、恋人であるエクセレン・ブロウニングにも関係してくるアインストは、キョウスケにとっては忘れることのできない因縁の敵の1つだ。

 首魁であるシュテルン・レジセイアを倒したことで因縁に決着をつけたキョウスケと仲間たちだったが、直後、その亡骸を憑代に並行世界のキョウスケ・ナンブがオリジナル世界に出現したことはまだ記憶に新しい。

 並行世界のキョウスケ・ナンブは、アインストの力に侵され、アインストそのものへと変異していた。圧倒的な力を持つ並行世界のキョウスケ・ナンブを、キョウスケは捨て身の一撃で大気圏突入時に撃破した。

 キョウスケの記憶はそこで一度途切れ ── 今の因子集合体である自分に引き継がれている。そして因子集合体は、あらゆる並行世界から集められたキョウスケ・ナンブの結晶体だ。

 

「この世界に俺が現れる前に戦った並行世界の俺は……アインストの力を持っていた。認めたくないが、おそらく俺の中にそれがあり、アルトの変異を引き起こしたのだろう……いや、そうとしか考えられない」

「「…………」」

 

 夕呼とG・Jは答えない。

 ただ、キョウスケの言葉を聞いていた。

 

「オリジナル世界での恋人、エクセレン・ブロウニングはシャトルの墜落事故で瀕死の重体を負っていた」

「エクセレン・ブロウニング……?」

 

 何故か、G・Jがエクセレン・ブロウニングの名に反応していたが、構わずキョウスケは続ける。

 

「彼女に知り合う前の俺もシャトルに同乗していて事故に巻き込まれ……その事故に巻き込まれた俺は彼女の姿を見た。

 俺が見た(・・・・)限りでは、彼女はまだ生きていたが瀕死だった……まず助からないだろうと思っていた。だが墜落事故の生存者は俺を含めたたった2名で、残る1人の彼女は後遺症や傷痕1つすらなく平然と俺の前に現れたんだ……」

「どういうこと?」

「後に分かったことだが、地球人を詳しく知るためのサンプルとしてエクセレンは墜落のときアインストに選ばれ、死なれては困るから再生させられた……その結果、エクセレンはアインストに深く関わりあう体になってしまったがな」

 

 夕呼の質問に淡々とキョウスケは答える。

 

「俺の知る限り……軍曹の状態はエクセレンのそれに近いように思う……」

「近い、というと同じではない……ということ?」

「おそらくはな」

 

 何もかもが推測の域をでない。

 確証の無い話を口にするのはキョウスケも好きではなかったが、彼は自分の推測をゆっくりと話し始めた。

 

おそらく(・・・・)、アインストには完全に死んでしまってから時間の経った者を蘇らせる力などない。

 そんな便利な力があるのなら、新たな仲間を生み出すだけではなく、さらに俺たちに倒された仲間や、俺たちが倒してきた強敵を駒として蘇生させ数で圧倒出来たはずだ ── 考えてもみろ。

 BETA以上の力を持ち、圧倒的な数で攻め、さらに数を増やすこともでき、倒されても復活できる……成長に時間のかかる俺たち人間がそんな相手に勝てると思うか?」

「……想像したくないわね」

 

 夕呼の返答に、キョウスケは改めて途方もない敵と戦っていたのだなと思い返した。

 死者を操る。B級ホラーやファンタジーではありがちな手段だったが、現実世界やられた日には堪らない。

 そうでなくとも同族を生み出し続けるアインストとは、二度と戦いたくないとキョウスケは感じながら言う。

 

「死者を蘇生できるなら、コピー以外にも俺たちが倒してきた強敵たち本人を甦らせ、襲わせることもできたはず……だが機体のコピーと戦ったことこそあれ、アインストが蘇生させられた敵本人と出会った記憶は俺にはない……あるいは蘇生させる必要性を、アインストが感じていなかっただけなのかもしれんが……」

 

 アインストは命を作り出すことはできた。

 エクセレンを元にして生み出された少女 ── アルフィミィ。彼女はどことなくエクセレンに似ていたが、ただそれだけで、やはり完全な別人だった。コピーされたのではなくアルフィミィは創造された。それは蘇生とはまるで訳が違う。

 兎に角、キョウスケはアインストが瀕死のエクセレンを再生させた事実は認めていても、完全な死者を甦らせる力はないと……思いたかった。

 そして自分の頭に時折響いてくる声と、突如発動する転移のような奇妙な現象……全てアインストのせいだと言ってしまえば確かに説明はつく。

 だがキョウスケは、アインストの力以外の何かが(・・・)が自分の中に潜んでいて、いつも自分を監視している ── 漠然とした気味の悪さを覚え、心がざわついて仕方なかった。

 

「結局、アインストとの全面対決は俺たちの勝利で終わったはずだ」

 

 キョウスケは自分に言い聞かせるように言った。

 アインストの首魁シュテルン・レジセイアは滅び、その骸を使って顕現した並行世界のキョウスケ・ナンブは、あのときキョウスケが間違いなく討ち取った。手ごたえはあった。最後の瞬間を覚えていないのが不安要素として心にこびり付いていたが……アインストは駆逐されたはずだった。

 

「では、まりもを蘇生させたのはアインストの力ではないというの……?」

 

 夕呼の問いにキョウスケは答える。

 

確証はない(・・・・・)。俺がそう思いたいだけなのかもしれん……少なくとも、俺の知るアインストには機体や生物を変異させ、操る能力はあっても、死者そのものを蘇らせることはしなかった。

 意志や記憶を持たないコピーを作ることはあってもな……だから軍曹の蘇生にアインストの力が関わっているのなら、蘇りよりも複製された、という方が正確なような気もする……もっとも、複製されたモノがコピーであったのか、ただの別の個体だっただけなのかは、はっきりと判別する術を俺たちは持っていないがな」

 

 アインストの頂点に君臨していたシュテルン・レジセイア以外の個体差など、彼らに感応することができたキョウスケでさえ分からないのだ。

 しかしキョウスケは感覚的に理解はしていた。

 アインストは過去に失った仲間を蘇生させ差し向けてきたのではなく、まるで細胞が分裂するかの如く増やした仲間たちを、キョウスケたちにけしかけいただけなのだと。

 すべては観察対象であった地球人類を抹消するため、感情を持たぬ虫のように、アインストは自身の存在の危機も顧みずキョウスケたちを攻撃してきていた。

 ……だから不自然なのだ ── まりもが復活したことは。

 それに幼児退行したとはいえ、まりもには人格が残っていた。

 エクセレンやアルフィミィのように、人間を理解するために作った存在なら兎も角、そうでもなければ人格を残すような真似を、わざわざアインストがやるとは思えない。

 キョウスケの知る限り、アインストが作り出したコピー ── SRXの複製たち ── は必ず人間に牙を剥いてきた。しかしまりもはキョウスケに抱き着いてきた。そこに邪気はなくただ無邪気さがあり、まるで人間の子どものようにキョウスケには感じられた。

 兎に角、(・・)なのだ。

 具体的な言葉で説明できないキョウスケだったが、彼はひたすらそう思う。

 同時に危機感がキョウスケの中で膨らみ始めていた。

 アインストではないナニカ(・・・)がキョウスケの中には潜んでいるのだろうか? 

 それとも、そういう力をもったアインストが並行世界の何処かにいた? 

 あるいは自分が、アインストの力を完全に把握しきれていなかっただけなのか?

 疑問は湯水のように沸いてくるが、いくら考えても正解は分からなかった。

 それは夕呼も同じだったようで黙りこんでしまう。G・Jも心あたりがないのか、壁際で目を瞑り立つのみだ。

 答えが見つからないまま、静寂が夕呼の執務室を包みこんだ。

 それを破ったのは、キョウスケたちではない4人目(・・・)の人間の声だった。

 

 

「ハハハ、分からなーいのなら調べてみればいいのだヨ」

 

 

 声は執務室の入口から聞こえ、キョウスケを含む3人の視線はそちらに向けられる。

 開かれた自動扉を潜って、車いすに乗った金髪の中年男性 ── おそらく米国人が、満面の笑みを浮かべながら室内に入ってきた。足が動かないのか、その男性は電動式の車いすのレバーを操作しながらキョウスケたちの方に近づいて来る。

 

「未知への探求心こそ、我ら人類が人類たりうる1つの証明なのだからネ! ワオ、ひょっとして今、私は良い事を言ったんじゃないかナ? なぁ、G・J?」

「……G・B(・・・)、やっと来たか」

 

 G・Jが金髪の中年の事をG・Bと呼び、苦笑を浮かべていた。

 G・Bと呼ばれた中年が車いすに乗っているが、体格自体は大柄で、青い瞳に地毛であろう金髪と無精髭を蓄えた男性だった。荷物を持っているのか、膝の上に袋を持っていた。

 キョウスケにとってG・Bという名は初耳だ。しかしだいたいの検討はついた。おそらく、12・5クーデター事件の終わり際でG・Jが転移をしてまで救出しに行った男 ── それがこの男だと、勘でキョウスケは察する。

 電動車いすでキョウスケたちの傍までやってきたその中年男性 ── G・Bはにこやかに話し出した。

 

「ハハハ、病院に入った娘の様子を見てから来たのでね、遅くなってしまって申し訳なイ!」

「別にそれは構わないわ。それよりG・B、さっきの言葉、どういう意味なのかしら?」

 

 G・Bの出現に夕呼の反応は顕著だった。

 

「まるで、南部の秘密を解き明かせるみたいな言い草じゃない?」

 

「ワオ、解き明かすだなんて飛んでもなイ! 少しばかり見せてもらうのさ、彼の大因子(ファクター)の記憶を ── ネ!」

「……どうやってよ?」

「こうやってサ!」

 

 G・Bは膝に乗せてあった袋から、あからさまに怪しい金属製の帽子を取り出した ── 沢山の電球が取り付けられたそれは、丁度成人男性の頭にすっぽりはまるサイズをしている。帽子の縁からは1本のコードが伸びていたり、それがモニターに接続できそうであったりと兎に角怪しい。

 G・Bは満面の笑みを浮かべて、それをキョウスケに手渡してきた。思わず受け取ってしまったが、どう考えてもかぶれということだろう。

 

「……これは?」

「ワオ、よくぞ聞いてくれましタ! これは………………そうだね、前世追跡装置とでも言っておくヨ」

「……G・B、また妙な物を作って来たな」

「……名前、明らかに今適当に決めたわね」

 

 夕呼とG・Jが呆れてため息をついていた。もしかすると、G・Bはよく分からない機械を作っては、度々2人に見せているのかもしれない。

 よく分からない物は手渡されてもよく分からない。この帽子をかぶって、電球を点滅させている自分の絵を想像したキョウスケだったが、お世辞にも似合っているとは言えなかった。

 

「南場 響介くン」

「南部です」

 

 麻雀かよ、とツッコミそうになるが、面倒なので止めた。

 

「これは失敬! ところで南部くんは、夕呼くんから因子集合体のことを聞いているのだよネ?」

「まぁ、一応は」

「なら、無数の因子の集まりである因子集合体だけど、その骨格は幾つかの大きな因子 ── 大因子で構成させていることも知っているネ?」

 

 G・Bの問にキョウスケは首を縦に振って応えた。

 転移実験の夜、夕呼から告げられた自分の正体 ── 因子集合体。

 無数の並行世界の因子で構成されているキョウスケだったが、因子にも大小や力の強弱があるらしい。

 キョウスケの場合は身体を作る大因子、精神や記憶を構成する大因子、戦闘技術の元になっている大因子の3つが中核となり、他の小さな因子が集まって形作られていると、あの晩の夕呼は言っていた。

 

「それがなにか?」

「この装置はね、なんと、大因子が来た並行世界の記憶を見てしまうための装置なのサ! ワオ、びっくりしたかイ?」

「いえ」

「君の周辺で起きていた不可思議な現象、それを引き起こしているのは大因子の内のどれかに存在すル! 間違いなイ!」

「はぁ……そうですか」

 

 ハイテンションなG・Bについていけずキョウスケは生返事。相手をすればテンションにさらに拍車がかかり、相手をしなくても放置プレイとか言い勝手に盛り上がりそうな……そんなノリだった。

 本質は知的で冷静なのに、G・Bはあえてふざけた態度をとっている。G・Bを見たキョウスケは、彼の事をそういう風に感じていた。同時にどこか懐かしさを覚え、キョウスケはすぐにその理由に思い至る。

 

(……エクセレンに似ている……のか……?)

 

 目の前の金髪髭面の中年男性に、恋人「エクセレン・ブロウニング」の影をキョウスケは見ていた。

 エクセレンは一見すると陽気でノリが軽く、どんな困難な状況でも明るく笑い飛ばし、場の空気を変えてしまうムードメーカー的なところがあった。しかしその実、彼女は人をよく見て、冷静に物事を考えることのできる知的な女性だということをキョウスケは知っている。

 

「ハハハ、じゃ、これかぶってネ」

「はぁ……分かりました」

 

 車いすで近づき、笑いながら【前世追跡装置】なる怪しげな帽子をかぶせてくるG・Bも、もしかするとエクセレンのように場を和ませようとしているのかもしれない……無論、考え過ぎかもしれないが。

 ずしりと重い【前世追跡装置】から伸びたコード類を持ち、G・Bは静観をしていた夕呼たちに声をかける。

 

「夕呼クン、コンピューターはないかネ? モニタリングしたいのでネ」

「はいはい、予備のをすぐに用意させるわよ」

「G・J、ハラキリースキヤキー」

「フジヤマーゲイシャ……分かった水を持って来ればいいんだな?」

「ちょっと待て、なぜ今ので伝わる」

 

 意味不明なジャスチャーを交えて会話したG・JとG・Bに、反射的にキョウスケは突っ込んでいた。以心伝心ってレベルではなく、言葉にも意味はなく、ただ単にG・Bが言ってみたい言葉を並べただけにしか思えなかった。

 室内の冷蔵庫から飲料水を取り出すG・Jを尻目に、G・Bはキョウスケの手を握ってきた。

 

「はい、コレ、飲んでネ」

 

 手渡されたのは数粒の錠剤だった。

 

「これは?」

「睡眠導入剤ってやつサ。大因子の記憶を垣間見るためには、君に寝てもらう必要があるからネ。色々な事の原因になっている大因子の記憶にたどり着けるように、G・Jと夕呼クンにも協力してもらうヨ」

 

 G・Bと話しているうちに、G・Jがコップに水を入れて戻ってきた。

 

「南部 響介、ハラキリースキヤキー」

「ありがとう、G・J。兎に角、これを飲めばいいんだな?」

「そうだヨ」

「…………」

 

 キョウスケが受け取った水で錠剤を飲むと、G・Jは微笑みを浮かべて定位置 ── 壁際に戻った。その背中が微妙に寂しそうだったのは秘密である。

 相当強力な薬なのか、服用してから1,2分でキョウスケを眠気が襲い出す。

 ただ霊安室で見舞われた逆らえない強さのそれとは違い、キョウスケは意識を繋ぎ止めることができた。キョウスケをモニタリングするための準備を夕呼とG・Bが行っている。

 

「予備のコンピューターの用意ができたわ。このコードを繋げばいいわけ?」

「そうそう、夕呼クンの○○○○にプラグインするみたいに優しくやってくれたまえヨ」

「……訴えるわよ、このエロオヤジ」

「ワオ、日本語難しくて、オヂさん分かりまセーン! HAHA-HA(ハハーハ)!!」

 

 若い女性社員にセクハラする日本の酔っ払いオヤジのようなやり取りの末、【前世追跡装置】の準備は整ったようだ。G・Bがキョウスケの方を振り返り、声をかけてきた。

 

「さて、南部 響介君」

 

 先ほどまでのお茶らけた声色から一転して、まじめな表情でG・Bが語りかけてくる。

 

「これから君は、自分の中にある大因子の記憶を垣間見る。それがどのような物なのか、私たちにも分からないが、君がこの世界に来てからの一連の騒動のカギとなっている事だけは間違いないだろう」

 

 一連の騒動 ── 新潟での「残骸」の出現、アルトアイゼンの転移と変化、まりもの蘇生……色々あった。本当に色々……睡魔に襲われ思考が鈍くなったキョウスケの頭に、これまでの出来事が走馬灯のように走り抜けていった。

 

「知ることが幸せとは限らない。知らない方が良いこともある。だが私たちは知らなければならないのだよ。君の力がこの世界にどのような影響を与えうるのか、知らなければ対策の練りようもないからね」

 

 G・Bの言っていることは正しい。

 新潟で速瀬を蹂躙した時やシャドウミラーをアルトアイゼンが殺した時のように、キョウスケの中に眠っている力は大きいが、同時にいつスイッチが入るか分からない爆弾のような危険性を孕んでいる。

 放置しておくのはあまりに危険だった。

 キョウスケはその力を、アインストに魅入られた並行世界の自分の力だと思っていた。

 だが奇妙な感覚が邪魔をして、そうだと断言することができない。アインストとは違うナニカが自分の中にいるような気がしてならない。

 それに自分が時折見る、あの奇妙な夢は一体何なのか?

 睡魔に身を委ね、次に起きたその時には、疑問の答えが出ているかもしれない。

 

「……辛いかもしれないが、頑張ってくれたまえ」

「……は……い……」

 

 眠い、猛烈に。

 瞼を閉じれば、キョウスケは夢の世界へと旅立っていくだろう。

 そんな時、G・Bが最後にこう言った。

 

「そうだ、自己紹介がまだだったね。G・Bなどと呼ばれているが、私の本名はね ──」

 

 キョウスケの瞼が閉じると同時、G・Bの言葉が鼓膜を震わせ、脳へと届く。

 

 

「── ジーニアス・ブロウニングと言うのだよ ──……」

 

 

 

 

 

 キョウスケの意識は闇の中へと落ちていくのだった ──……

 

 

 

 

 

 




 狂った歯車は回り始める、際限なく、がちりがちりと。
 次回の更新は来年以降になる予定です。





【第5部 予告】

 それは語られなかった他なる結末
 とてもおおきくて
 とてもくるっていて
 とてもざんこくな
 終わってしまった、愛と悲しみの物語
 
 第5部 許されざる者(後編) ~Beowulf~
     喰い殺せ ── 不完全なる ── 悲しみを生み出すもの ── 全てを
 

番外 第4部終了時点の原作キャラ状態一覧

 ・白銀 武    生存
 ・香月 夕呼   生存
 ・神宮司 まりも 死亡→再生
 ・伊隅 みちる  生存
 ・速瀬 水月   生存
 ・涼宮 遥    生存
 ・宗像 美冴    生存
 ・風間 祷子    生存
 ・涼宮 茜     生存
 ・柏木 晴子    生存
 ・築地 多恵    生存
 ・高原 ひかる  生存
 ・麻倉 舞    生存

 
 
番外 第4部終了時のアルトアイゼンの状態(スパロボ風)】

・主人公機
  機体名:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)
 【機体性能(第4部終了時)】
  HP:4000/7500
  EN: 130/ 150
  装甲:     1850
  運動:      115
  照準:      155
  移動:        6
  適正:空B 陸A 海B 宇A 
  サイズ:M
  タイプ:陸

 【特殊能力】
 ・ビームコート?(耐レーザー能力)
 ・因子集合体(並行世界のありとあらゆるアルトアイゼン因子の集合体。発現能力、発動条件不明)

 【武器性能(威力・射程・残弾のみ表示)】
  ・5連チェーンガン(36mmHVAP弾)
    威力1800 射程2-4 弾数 10/15  
    修理完了まで使用不可
  ・プラズマホーン
    威力3400 射程1   弾数無制限
  ・リボルビング・バンカー
    威力3800 射程1-3 弾数 4/ 6(交換用弾倉:数個予備あり)
    修理完了まで使用不可
  ・アヴァランチ・クレイモア(チタン製、火薬なしベアリング弾装填)
    威力4000 射程1-4 弾数 9/12  
  ・エリアル・クレイモア
    威力4500 射程1   弾数 1/ 1(使用にはこの武装の弾数および他実弾武装の2割を使用する)
  ・ランページ・ゴースト(相方:不知火・白銀)
    威力5000 射程1-5 

  オプション装備
  ・87式突撃砲(36mm)
    威力1600 射程1-3 弾数30/30
  ・87式突撃砲(120mm)
    威力2600 射程2-6 弾数 6/ 6
 


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第5部 許されざる者 後編 ~Beowulf~
第5部プロローグ 涙


《閲覧にあたっての注意事項》
第5部は本作の中で最も「残酷な描写」が強くなります。本作に「残酷な描写」タグを付けたのはこの章のためです。苦手な方はご注意ください。
また作者のオリジナル要素が最も強くなる章でもあり、マブラヴの原作キャラは「第5部」の間は全く登場しませんのでご了承ください(再登場は6部からの予定)。



 

 

 

 

 

 

 

 

 気が遠くなるほどの昔、宇宙の中心で ──

 

 

 

 

 

 

 

「助けてくれ!」

 

 ── 悲鳴によってソレは目覚めた。

 

「殺さないでッ!!」「嫌だ、嫌だあぁぁっ!!」「うああぁぁぁっぁ!!」「やめろぉぉぉっ!!」「死にたくないよぉ!!」「殺せぇッ、殺せ!」「オッノーーーーレッ!!」「くそったれぇーー!!」「アンタのせいで! アンタのせいで!!」「兄ぃぃいさあぁぁぁぁんっ!!」「死ね! 死んでしまえ!」「ここは地獄だ……!」「異民族なぞ殺し尽くせぇ!!」「将軍さまぁ! 将軍サマァ!!」「狂ってやがるッ、どいつもこいつも ──!」「いやだぁッ、ボクにはできない!」「やれ! 俺たちの悲劇をこれ以上繰り返さいためにも!!」「何故ッ、何故こんなことを……!」「こ、こっちに来るな!」「撃たないで!!」「ぎゃああぁぁっ!!」「母さんッ、かあぁさんッ! お母さん助けて ────

 

 

 ── 無数の並行世界からの悲鳴によって ──

 

「うおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ ─────── 」

 

 ── 悲鳴によって……──

 

 

 

 

 

 

 

    オ レ ハ   イ ラ ナ イ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──…… ソレは涙を流した。

 

 いつなのか、どこなのか、それは誰なのかもわからない。

 だがいつでも、無数にあるどの宇宙でも、同じだと、ソレは感じていた。

 世界には悲劇が多すぎる。

 悲劇のない世界はないものか。ソレは模索しながら全ての次元を見据えてきた。

 悲劇のない世界。

 悲劇のない世界。

 悲劇のない世界。

 悲劇のない世界。

 悲劇のない世界。

 過去、未来と……何度見たことか……結局、そんなものはない。

 知っていた……ソレには理解できていた。だからソレは何もしない、ただ傍観し ──── 涙を流すだけだった。

 ソレは泣く。しかし泣いた所で、物事は何も解決はしない…… ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── だが、ソレから流れ落ちた涙は違っていた。

 

 

 

 

 

── 世界には悲劇が多すぎる

 

 

 ソレが落とした2粒の涙が声を発した。

 落ちた涙の1つが ── 涙は形を変えていく。

 涙は全ての光を吸い込んでしまいそうな……どす黒い光体に変貌し、それから声は聞こえていた。男性とも女性ともつかない中性的な声だった。

 

 

 

 

 

 

── 破壊し……喰い殺す……

 

 

 

 

 

 涙から生まれた、その黒い光体がぼそりと呟いた。

 

 

── 悲劇を生み出す不完全なるものを、全て……全ては、静寂なる世界のため……涙を流さずに済むために……

 

 

 そう言い残すと、黒い光体は消えてしまった。

 行先は分からない。

 きっと何処かの次元の宇宙に根を下ろすのだろう。

 

 

 その様子を、ソレはただ見ていた……自分が手を下して何が変わるわけでもない。

 だから……好きにすればいい。

 

 

 ソレは ────── 太極はただ世界を見続けるだけ……

 

 

 時代も定かでない、気が遠くなるほど昔の出来事だった ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【???】

 

 ……── 夢を見ていた。

 

 夢を見ている俺の名前は……キョウスケ・ナンブ。

 

 そう、俺の名前はキョウスケ・ナンブ ──── 確かにキョウスケ・ナンブなんだが、同時に、俺はキョウスケ・ナンブではない。

 俺はキョウスケ・ナンブ本人であり本人ではない ── キョウスケ・ナンブの因子集合体という特殊な存在だ。ありとあらゆる並行世界から集められた「キョウスケ・ナンブ」の可能性の結晶体……とでも言えばいいのだろうか?

 

 そんな俺の中にある無数の因子の中でも、とりわけ大きく影響を与え、今の俺を形作っている強い因子を大因子(ファクター)と呼ぶ。

 

 俺は3つの大因子が骨組みとなり、そこに「キョウスケ・ナンブ」の小さな因子が集合してできあがった……と、香月 夕呼は教えてくれた。

 戦闘技術(・・・・)の元になっている大因子。

 身体(・・)を作る大因子。

 精神や記憶(・・・・・)を構成する大因子。

 この3つが俺に強く影響を与え、また強さや不可思議の現象を引き起こす原因になっているに違いなかった。

 

 武のいる世界に俺が現れ、これまでに起きた常識外の様々な出来事。

 

 それはアインストの力 ── 並行世界の自分の体すら変化させていた力……身体を構成する大因子の力だと俺は思い込んでいたが…………違う。

 違うものだと、俺は思った(・・・)

 理由はない。ただ、そう感じてしまったんだ。

 

 だから俺は……いや俺たち ── 香月 夕呼やG・J、ジーニアス・ブロウニングと名乗ったG・Bは知らなければならなかった。

 俺の中に潜んでいるナニカの正体を。

 

 

 俺はこれから垣間見ることになるだろう……俺の大因子の内の1つが経験したはずの出来事を、俺はこれから追体験することになる ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ── それは語られなかった他なる結末

 

           とてもおおきくて

 

            とてもくるっていて

 

              とてもざんこくな

 

               終わってしまった、愛と悲しみの物語 ──

 

 

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

       第5部 許されざる者 後編 ~Beowulf~

 

 

 

 

 

                          to be continued ──……

 

 

 




本編(第29話)は翌日に更新予定です。


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第29話 鋼鉄の孤狼

 ── 並行世界は無限に存在し、想像だにしない可能性が無限に広がっている……そして未来は、必ずしも良いモノとは限らない ────

 

 

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 29話 鋼鉄の孤狼

 

 

 

 

 

 

 

 

 極めて近く、限りなく遠い世界で ──……

 

 

 

 

 

 

 新西暦と呼ばれる時代。

 

 人類が宇宙に出て既に2世紀が過ぎようとしていた時代……地球は地球人同士の争いと、異星人による武力侵攻という脅威に曝され続けていた。

 新西暦179年にアイドネウス島に落下した「メテオ3」から発見されたEOTから異星人の存在が発覚する。そしてビアン・ゾルダークを総統とするディバイン・クルセイダーズは、明らかとなった地球外知的生命体に徹底抗戦の意を表明し、地球連邦政府に反旗を翻した。

 「DC戦争」と呼ばれる地球人類同士の戦争……そこに異星人エアロゲイターが乱入し、争いは地上だけでなく宇宙までを戦場にした生き残りをかけた戦いに発展した。

 「L5戦役」と呼ばれるその戦争を勝利した人類。

 しかし訪れた平和は束の間のものだった。

 

 インスペクター。

 新西暦187年、地球侵略に乗り出した新たな異星人の通称である。

 地球人類の生き残りを賭けた戦争が再び勃発し、無数の兵士と罪なき命が散っていった。数えることなどできない。両手ではとても数えきれない程の数の人間が死んでいった。

 だが幸せか不幸か……戦争の歴史が人類の歴史と言われる程に戦い続けてきた地球人類の潜在能力は、インスペクターの戦闘に関するそれをも上回っていた。

 劣勢だった戦況はいつしか好転の兆しを見せ始める。

 新たな兵器の開発、戦闘スキルや戦術の洗練、巨大な敵に一眼となって立ち向かう様は……まるで巨大な一匹の狼のようにインスペクターの喉元に牙を突きつけるまでに至っていた。

 

 

 時は新西暦187年の末 ── 「インスペクター」との戦いに終止符を打つために、クロガネを旗艦とした突撃部隊が編成され、彼らはかつての決戦場「ホワイトスター」へと向かっていた。

 

 明朝10:00、インスペクターとの最終決戦の火蓋が切って落とされる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 地球 ── 某所、士官学校の教壇にて

 

「── そこでヴァイスちゃんがズガガガガッと撃つとね、ドギャアァンと敵が爆発して、隊長を失った敵のテンションはズゥゥンンと下がるわけね。このように、戦闘では指揮官機を倒すことはとてもグッドな事なのよん♡ アンダスタン?」

「エクセレン先生(・・)、擬音だらけでよく分かりません」

 

 エクセレン・ブロウニングの授業を聞いていた生徒が堪らず声を上げていた。

 エクセレンはペンを取り、ホワイトボードに向かって絵と数字や文字を書いており、絵はお世辞にも上手いとは言えない。

 ロボットらしい絵から矢印が伸びており、おそらく「L5戦役」時の異星人の偵察機バグズであろう絵に大きくバツ印が描かれている。おそらく矢印は銃弾でバグズをそれで撃破した、という意味だろう。

 しかもエクセレンの説明は非常に擬音を多用しており、抽象的すぎて理解すら難しい。士官学校の生徒たちに理解できないのに無理もなかった。

 

「そーう? 私は分かりやすいと思うんだけどなぁ……」

「分かりません。このままでは、私たちのテスト結果は散々な結果になるのが目に見えています!」

 

 エクセレンに異を唱えていた生徒が声を荒げていた。

 なるほど。学生にはテストは重大なイベントなのだから、エクセレンのように意味不明な授業をされては対策も練れないに違いない。

 不平が上がるのは当たり前なのだが、エクセレンの面の皮は厚かった。

 

「えー、分からない人は後で補習してあげます。先生がぁ、手取り足取り、腰取り教えてア・ゲ・ル♡」

「うっ、結構です! それに先生には旦那さん(・・・・)がいるでしょうが!」

 

 エクセレンの冗談に一々反応する生徒。彼女はその反応を見て楽しんでいる。そのことに気付かない生徒の初心さが彼女の悪戯心を刺激しているのだろう。

 旦那、というキーワードに生徒たちの視線がエクセレンの左手薬指に集中する。

 キラリと光る白銀の結婚指輪がそこにあった。

 と、その時。

 

 

『エクセレン・ナンブ(・・・)先生、すぐに職員室まで来てください。宇宙から連絡が入っています。繰り返します、エクセレン・ナンブ先生、すぐに職員室に ──』

「あらん、宇宙からってダーリンかしら? じゃあみんな、そういうことだから!」

 

 エクセレンはホワイトボードの落書きを消すと、デカデカと自習と書いて教室を飛び出して行ってしまった。

 途端に残された生徒たちが話だし、教室中が通信相手の話題に持ちきりとなる。

 ザワメキの中にはこんな言葉もあった。

 

「なぁなぁ、エクセレン先生ってハガネで戦っていたってホントか?」

 

 万能宇宙戦艦「ハガネ」 ── 「L5戦役」でエアロゲイターを退けた特殊部隊の旗艦だった船だ。現在も現役で、最強の宇宙戦艦の一角を担っている。

 エクセレンはかつて「L5戦役」を生き抜いた猛者の1人だった。

 

「ホントらしいぞ。射撃の名手だったそうだ。その人も寿退社ならぬ寿退役して今じゃ士官学校の先生……そして、旦那は空の上ってね」

「インスペクターとの最終決戦……クロガネは勝てるのかな?」

 

 生徒の1人の言葉に教室中が静まり返った。

 生徒たちは分かっているのだ。戦況が地球側に優勢に傾いているのは確かだが、敗北すれば人類は滅ぼされる……または支配されるだろう。クロガネを旗艦とした部隊は現地球側では最強といえたが、逆に敗北すれば地球側の敗北するのと同義だという事を生徒たちも理解していた。

 それ故の沈黙。

 敗ければ自分たちも死……もしくはそれに準ずる苦痛を受けることになる。

 

「大丈夫だって!!」

 

 重々しい沈黙は一人の生徒の空元気によって破られた。

 

「忘れたのかよ皆! クロガネにはあの人がいるんだぜ! エクセレン先生の旦那がさ!」

「そうだな! エクセレン先生の旦那さん……キョウスケ・ナンブ!」

「殺しても死なない男、鋼鉄の孤狼 ── ベーオウルフと不死の部隊ベーオウルブズがいるんだ!!」

 

 そうだ、クロガネは負けないのだ。と、生徒たちはキョウスケの名が出ただけで大いに盛り上がりを見せた。 

 現在の時刻は17:00……ホワイトスター突入作戦の結構は明朝の10:00。

 この1戦で全てが決まる。

 生きるか死ぬか……全てはクロガネの双肩にかかっていた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 宇宙 ── L5宙域付近に停留するクロガネの通信室にて。

 

「久しぶりだな、エクセレン」

 

 画面に浮くしされたエクセレンの笑顔に男が話しかけていた。

 金属製の肩当があしらわれた赤いジャケットを肩にかけている。上半身はノースリーブの黒いシャツ、その下には鍛え抜かれた筋肉が垣間見える。無駄な脂肪が少ない、戦うための筋肉のように見えた。 

 茶髪の先端を金色に染めた男が口元を緩ませている。

 男の名前はキョウスケ・ナンブ。地球連邦に所属する小隊「ベーオウルブズ」の隊長である。階級は大尉、しかしその実力から「鋼鉄の孤狼(ベーオウルフ)」異名を取る猛者だった。

 キョウスケの薬指には妻帯者の証である婚約指輪がはめられている。

 戦場では一瞬たりとも気は抜けない、まだ戦場に辿りついていない戦艦の中であろうともキョウスケは神経を張りつめていた。緊張感の連続する時間はゆっくりと流れていく。そんな中、最終決戦前に唯一許された安息の時間がエクセレンとの通信だった。

 時間にして5分程度しか許されないだろう。それでもエクセレンの笑顔はキョウスケの乾いた心を潤してくれていた。

 

「そっちは元気でやっているか?」

「もちろんよ。キョウスケこそ大丈夫? 怪我とかしてない?」

「ああ。俺の方は問題ない」

 

 5分の間、キョウスケとエクセレンは他愛のない会話を繰り返した。

 士官学校での出来事やクロガネクルーの話……取り立てて意味があるとは言えない会話を続ける。

 傍から見れば貴重な5分間を無為に費やしているように見えるかもしれない。

 しかしキョウスケの心は確実に癒されていた。

 そして胸に立てた誓いを新たにする。

 妻の ── エクセレンの笑顔を守るために。彼女と共に生きていける平和な世界を手に入れるために俺は戦う、と。

 地球人類の未来のためという大義名分も確かにある。だがキョウスケが戦争で命を張る理由は、エクセレンという1人の女のためと言っても過言ではなかった。

 

「エクセレン、絶対に生きて帰るからな」

「うん、無事に帰ってきてねダーリン♡」

 

 5分が過ぎた頃、キョウスケがエクセレンに別れを告げる。

 エクセレンも彼に応え、

 

「あと、戻ったら話があるの」

 

 お腹をさすりながら微笑んでいた。

 

「? なんだ? 話なら今すればいいじゃないか」

「もぉー、キョウスケのニブちん」

 

 エクセレンは苦笑いを浮かべながらもお腹をさすり続けていた。

 キョウスケには彼女の行動が何を意味しているのか分からなかったが、冷静に考えてみれば、彼女の行動の意味がうっすらと理解できる。

 

「もしや……エクセレン、お前 ──」

「うふふ、これ以上はヒ・ミ・ツよん♡ 続きは戻ってきてから。楽しみは最後にとっておきましょう」

 

 キョウスケは確信した。

 エクセレンの言質を得たわけではないが、おそらく、いやほぼ確実に間違いないだろう。

 キョウスケとエクセレンは四六時中離れ離れな訳ではなかった。

 ささやかな結婚披露宴のときはもちろん一緒だったし、初夜だって、何度も夜を共に過ごしたこともある ── つまりはそういうことだ。

 胸の奥が温かい。キョウスケの中はには奇妙な充足感生まれていた。

 

「死ねない理由がまた1つ増えたな」

 

 エクセレンに聞こえないように小さく呟くキョウスケ。

 キョウスケは何度も死の淵から生還してきた男だった。搭乗員がほぼ全滅した航空機の墜落事故も生き残ったし、試作可変戦闘機の変形実験中に機体が空中分解してことだってあった。戦闘中に機体を大破させられたこともあるし、脱出装置が機能しなかったことだってある。

 だがキョウスケは死ななかった。

 必ず五体満足で生き残ってきた

 重症こそ負いはしたが常人では考えられない短い期間で必ず戦線復帰する。作戦成功率は言うまでもなく、何より異常なまでの生還率から、キョウスケはいつしか「不死身の男」「絶対に死なない男」と揶揄されるようになっていた。

 

 

── 死にたいと思ったことはない、だが、これ程生きたいと願ったこともない

 

 

 エクセレンとの通信は彼の心に決意を刻み込ませていた。たった5分の会話はもうすでにタイムオーバーしていたし、通信室の外には他の隊員たちが順番待ちをしていることだろう。

 だがこの5分はキョウスケに強い力を与えてくれた。そう彼は感じている。

 

「エクセレン、また会おう」

「うん、待ってるからね」

 

 通信室にいつまでも居座ることはできない。キョウスケはエクセレンに別れの言葉を告げる。

 プツリと音がして画面が暗転した。

 もうしばらく彼女の顔を拝めない。次はインスペクターとの戦争に勝利し、生還する時までお預けだ。

 キョウスケは通信室を後にする。

 

「キョウスケさん」

「エクセ姉さんとの話終わったすか?」

 

 通信室を出ると、緑色のバンダナを巻いた男と紫色の髪をした若い男がキョウスケを出迎えた。

 

「アラド、タスク……どうした?」

 

 キョウスケは自分の部下である2人の名前を呼んでいた。

 緑色のバンダナを巻いた男はタスク・シングウジ、紫色の髪をして能天気な笑顔を浮かべている方がアラド・バランガ。

 鋼鉄の孤狼ことキョウスケ・ナンブの率いる小隊「ベーオウルブズ」 ── 構成員はキョウスケを含めてたった3人だった。

 2人はそのメンバーで、キョウスケと同じく運が強い ── いや、戦場からの異常な生還率を誇る部下であった。

 

「何って、ブリーフィングっすよ。忘れてたんですか?」

「ああ、そうだったな」

 

 アラドの言葉に思い出す。

 インスペクターとの最終決戦 ── 小型衛星級の巨大軍事要塞「ホワイトスター」での総力戦の作戦会議がもうすぐ開かれる予定だったのだ。ブリーフィングにはクロガネに集められた精鋭全員が参加する。キョウスケはブリーフィング後ではエクセレンと話をする時間が無くなるかもしれないと考え、通信室に足を運んでいたのだ。

 ……しかしホワイトスターの総力戦……一体どれだけの仲間が生きて帰ってこれるだろう? とキョウスケは思う。

 ホワイトスターは元々「エアロゲイター」の地球侵攻のための拠点だった。強力な拠点防衛兵器を多数配備している。インスペクターがそれを使わない筈はないだろう……。

 防衛兵器を無力化することが、今回の作戦の成否のカギと言ってもいい。

 

「行くか?」

「はい!」「うっす!」

 

 肩に掛けていたジャケットを羽織る。赤いジャケットの腕部分には「ベーオウルブズ」の隊長の証である狼を象った腕章が描かれている。

 キョウスケはタスクとアラドを連れてブリーフィングルームへと向かった。

 

 現時刻は18:00……作戦決行まで、あと16時間 ──……

 

 

 

 




次回、キョスウケ、あの男と出会う。


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第30話 決戦前夜

 万能宇宙戦艦「クロガネ」 ── ブリーフィングルーム。

 

 キョスウケたちベーオウルフズが、ブリーフィングルームで説明されたホワイトスター攻略作戦はこうだ。

 

 

【特攻】

 

 

 クロガネによるホワイトスター吶喊 ──── および機動兵器の内部侵入により敵主力を撃破する。

 

 端的に言えば、それがテツヤから説明された作戦の概要の全てだった。

 

 クロガネの艦首には超巨大な回転衝角 ── 巨大なドリルが装備されている。エネルギーフィールドを展開してインスペクターの攻撃を防御しつつ、ドリルを使って突撃を敢行し、ホワイトスター内部へクロガネを直接突入させる。

 クロガネ艦隊の他の艦の援護を受けながらの突入になるが、おそらく突入後は半壊し使い物にならないクロガネを放棄、特機を中心とした主力部隊を中心部に向かわせてインスペクターの指揮官機を撃破する。

 

「作戦の成功確率は言うまでもなく、生存率自体が極めて低くなるだろう」

 

 艦長代理であるオノデラ・テツヤが説明していた。

 

「なんだと! ふざけんなよ!?」

 

 ブリーフィングルームの中で、テツヤのセリフに軍人らしくない言葉が部下から返ってきた。

 

「死ねだと!? そうだな! 俺たちが帰る場所など、どうせ日本で言う地獄しかありはしないさ!」

 

 歴戦の兵士からの答弁。

 テツヤは表情一つ変えずにそれを聞いていたが、キョウスケにとって、それはありがちな訴えの一つでしかなかった。

 敵に銃口を向け、震える指で引き金を引き……その先に臨むに望むものはなんだ? 

 多くの物にとって……それは平和だ。

 愛する者との平和 ──── それはキョウスケにとって六十億年目のイブ ── エクセレンと未来を勝ち取るために…………それは誰も同じこと。

 誰もが叫ぶ。

 

「俺たちはこれまであんたらの言うなりになってきた! だがそれは死ぬためじゃない!」

「インスペターを倒すためだ!」

「オレの妻はこの戦いのせいで死んだ!」

「俺もだ!」

「俺は息子だ! 分かり切っている! アンタは俺たちに死ねと言っているんだ!!」

「生き残って苦いコーヒーも飲むこともできやしない……それが、艦長代理の言っている作戦じゃないのですか!?」

 

 どんどんと、ブリーフィングに参加していた面々から抗議が沸きあがる。

 当然だろう。

 クロガネが半壊し動けないのなら、行きは良いが帰る手段はないことになる。

 指揮官機を撃破できたとしてもインスペクターが全滅するわけではなく、消耗した所を残存部隊や、ホワイトスターの防衛機構に攻撃されて各個撃破されかねない。

 インスペクターの戦力の大部分を担うバイオロイド兵 ── 彼らを、彼らのボスを倒すことで活動不能にできれば御の字だが、指揮官機を落としたとして果たして上手く事が運ぶとは限らなかった。

 いくら特機が一騎当千のパワーを秘めていても、多勢に無勢では勝敗は目に見えている。

 クロガネ以外の脱出方法または敵戦力の無力化する方法がなければ、作戦が成功しても全滅すらありうる、といういことだ。

 テツヤの話を受けてブリーフィングルームが途端に騒がしくなる。

 誰だって死ぬと分かって戦場へ行きたくなどない……それはキョウスケだって同じだった。

 

「静かにしろ! 手を考えていない訳ではない!」

 

 テツヤの一喝に場は静まり返る。

 彼は咳払いを1つして続けた。

 

「もしクロガネが使い物にならなくなった場合、ホワイトスターからの脱出方法は各自で探してもらうか、各々の機体で宇宙空間に脱出し味方部隊に合流するしかない。

 だがこの時問題になるのがインスペクターの残存部隊と、なによりホワイトスターの拠点防衛兵器だ」

 

 テツヤの言葉に、キョウスケは首を縦に振る。

 ホワイトスターの拠点防衛兵器 ── 対艦用のエネルギー兵器やPT用の機銃やミサイルなど、全てをキョウスケも把握している訳ではないが、それらは確実にキョウスケたちだけを狙って攻撃を仕掛けてくるだろう。

 砲撃を続ける拠点に突撃し、その拠点を奪い取る ── どう考えれば、キョウスケたちが有利でホワイトスターを奪還できると言うのだろうか?

 当然、防衛兵器の攻撃に対処すれば隙ができる。その隙を残存部隊に突かれたのでは堪ったものでもないし、防衛兵器を全て破壊して回るのもホワイトスターが巨大すぎて現実的ではない。

 

「そこでこれを使う」

 

 テツヤがブリーフィングルーム備え付けのモニターを指さした。

 モニターには地球連邦の主力PTゲシュペンストが表示されている。そのゲシュペンストのマニュピレーターの先には手の平大の金属製の筒が握られている。

 2m程の円筒形の外殻には【マ改造】とキョウスケに馴染みのある言葉が描かれていた。

 

「マリオン・ラドム博士が開発した超強力なコンピューターウィルスだ。これを防衛兵器の制御部分に使用し、友軍と敵軍の認識を書き換える」

「……つまり成功すれば、防衛兵器が俺たちでなくインスペクターを攻撃する、ということか?」

「そういうことだ」

 

 キョウスケは頭痛を覚えて頭を押さえた。恐るべきは【マ改造】……いや、マリオン・ラドム博士だと、身に染みていた事実を改めて実感する。短期間でホワイトスター防衛兵器用のウィルスなど良く作れたものだ、と。

 確かにホワイトスターはインスペクターに接収されるまでは地球連邦軍が管理していた。防衛兵器のデータを保有していてもおかしくはない。

 仮にウィルスが有効で兵器の識別が変転するというのなら、防衛兵器ありきとばの認識のインスペクター軍が防衛兵器に攻撃されれば、一時的に大混乱に陥るのは間違いない。そうなれば、現状の把握をされる前に大多数の敵を撃破が可能だろう。

 正に起死回生、一発逆転の一手になり得る。

 

「ただし、ウィルスが利けばの話だがな」

 

 テツヤもキョウスケと同意見のようだった。

 

「ウィルスはインスペクターに占拠される前のホワイトスターのモノを使って作られている。インスペクターが防衛兵器のデータを改変していたり、対策を練っているのなら通用しない可能性の方が高い」

「オールオアナッシング……運否天賦の勝負になりそうだな」

「真に遺憾だが、我々には時間がない。この機を逃せば、敵は本星へと増援を要請する可能性もある。そうなれば我々に未来はない」

 

 確かにそうだと、キョウスケは同意する。

 現状でこそ彼我戦力差は同等か、インスペクター側が少し勝っている程度ではある。しかしインスペクターは地球侵攻の先遣隊のようなものだ。彼らの後ろには本星という強力なバックボーンが存在することを忘れてはならない。

 

「ジョーカーの切り時、それが今のようだな」

 

 キョウスケの呟きが聞こえていたのか、両隣のタスクとアラドが頷いていた。

 多少運任せで強引でもやるしかないのだ。

 だが問題は、誰がその役を担うかだった。

 この役目を担う者たちは少数でなければならない。感づかれれば何らかの対策を練られるだろう。大多数で制御室へ押しかけるなど愚の骨頂なのだ。

 敵の基地内を少人数で攻撃を掻い潜りながら進む……今回の最終決戦で最も成功率・生還率共に低い作戦であることは間違いないだろう。

 

「この作戦の担当を発表する」

 

 テツヤの言葉をブリーフィングルーム中が息を飲んで見守っていた。

 

「特機は論外だ。目立ちすぎるからな。特機は主力部隊として指揮官機の撃破と共に派手に暴れ回り、敵の陽動を行ってもらいたい」

「……となれば、ウィルス運搬役はやはりPTだな」

「ああ。そして、この作戦に失敗は許されん。制御室へ1人でも生存してウィルスを使用してもらわなければならない……となれば、必然的に作戦生存率の高い部隊が必要となるだろう」

 

 テツヤの視線がキョウスケに向けられた。ブリフィーングルーム中の視線がキョウスケと、タスク、アラド ── つまり彼の小隊「ベーオウルブズ」に集中する。

 キョウスケは腕を組み、目を瞑っていた。

 キョウスケ、タスク、アラドの3人は強運の持ち主だ。いや、悪運と言ってもいい。作戦の成否は問わず、彼らは絶対に死なず、生きて帰ってきた。

 異常に作戦生存率の高い3人で構成された特殊部隊。

 それがベーオウルブズ、別名 ──

 

「不死の部隊」

 

 テツヤが言う。

 

「お前たちの評判に俺は賭けてみたい。すまんが……お前たちの命を俺にくれ」

「笑えん冗談だ」

 

 キョウスケは鼻で笑い、目を開いた。

 全員の視線がキョウスケの視界に入ってくる。期待と不安と罪悪感に満ちた視線だ。自分が選ばれなくて良かった、という安堵感が混じったものもあった。

 誰だって死にたくはない。

 キョウスケだってそうだ。

 ましてや彼には待っている女がいるのだ、死ぬわけにはいかない。

 キョウスケの鋭い眼光がテツヤを射抜いていた。

 

「俺たちは死なん。喩え、インスペクターの血肉を喰らっても生き延びてやる」

「そうだ! 俺たちは死なねぇんだ!!」

 

 アラドが大声を上げていた。

 

「この作戦が終わったら、ゼオラが腹一杯パインサラダ食わせてくれるんだ! 俺の食い意地は半端ないからな、こんな所で死ぬわけねえぜ!!」

「そうだ! 俺もこの作戦が終わったら、レオナちゃんに正式に交際を申し込むんだ!! こんな所で死ねるかよ!!」

 

 タスクもアラドに釣られて絶叫していた。

 キョウスケは思う。こいつらにも死ねない理由があるのだ。大切な人たちがいるのだ。ならば、死ねない。愛する者たちの未来を勝ち取るために絶対に負けるわけにはいかない。

 勝利、そして生還。

 キョウスケたちの目的は1つだった。彼らは間違いなくチームなのだ。

 

「ではベーオウルブズ隊長、キョウスケ・ナンブ大尉……この作戦を頼まれてくれるか?」

 

 テツヤが最後の確認を取ってきた。

 答えなど決まっている、キョウスケは口を開く。

 

「受けよう。分の悪い賭けは嫌いじゃない」

 

 どんな相手だろうと、どんな難関だろうと関係ない。

 エクセレンと共に生きる未来のためにキョウスケは引き金を引くのだ。ただ撃ち貫くのみ……そうだ、やるしかないのだ。キョウスケは体に力が入るのを感じていた。

 

「よし! 作戦の決行は明朝10:00! 各自の奮闘と生還を祈る!!」

『イエス、サー!!』

 

 ブリーフィングは終了し、それぞれが部屋から出ていく。

 生き残るための努力するのか、明日に備えて休むのか、友や恋人との時間を大切にするのか……それは人ぞれぞれだ。

 ただキョウスケたちは格納庫へと足を運んでいた。

 生き残るために、機体の最終調整を行うためだった。

 

 時刻は20:00……作戦決行まで、あと14時間 ──……

 

 




……レーツェルの淹れるクロガネのコーヒーは美味い
(第5部は底辺野郎ネタを時々入れていく予定です)
あの男の出会いは次回に延期です。









蛇足。
今更ならながら、本作のキョウスケをイメージソングは、ニコニコ動画でスパロボBGMにオリジナル歌詞をを付けて歌っている方のこの曲です(www.nicovideo.jp/watch/sm2404022) ── かなり好きだったりします。
良かったらみなさんも聞いてみてください。


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第31話 邂逅

 宇宙戦艦「クロガネ」 ── 格納庫。

 

 ブリーフィング終了後、キョウスケはタスクとアラドと連れ立って格納庫に足を運んでいた。

 何個かある格納庫の内、キョウスケたちの訪れたのはPT用の格納庫だった。ホワイストスター攻略作戦に選抜された兵士たちのPTが、格納庫のハンガーに固定されている。PTの全長は平均20M程、それ以上のサイズになる特機は別の格納庫に搭載されていた。

 量産型のゲシュペンストにリオンシリーズ、さらにはワンオフの専用機など ── 様々な機種が安置され、もし軍事ヲタクから見れば遊園地に見えるかもしれない。尤も、一般人から見れば兵器が集められた異常空間でしかないのだが、キョウスケたちにとっては命を預ける相棒の眠る寝室といった所だろう。

 

「頼むぞ、ゲシュペンストMk-Ⅲ」

 

 ハンガーに固定された愛機に向かってキョウスケは呟いていた。

 コックピットの高さに作られた通路からは彼の愛機「ゲシュペンストMk-Ⅲ」の姿を見ることができる。全高約20m、炎のような真紅のカラーリングを施した近接戦闘重視の重装甲タイプPTだ。

 特徴的な1本角を頭部から生やし全体的に鋭角的なフォルムをしており、両肩には巨大なコンテナ、右腕部には巨大な杭打機 ── パイルバンカー ──が装備されている。一応、気休め程度に左腕部に5連チェーンガンも装備されているが、どう見ても遠距離射撃戦重視の機体には見えなかった。

 ちなみにコンテナの中身は火薬入りの特製チタン弾「M180A3」が装填されており、指向性の爆圧によって飛ばした大量のチタン弾で敵を粉砕する兵器でアヴァランチクレイモアと呼ばれる。

 さらにパイルバンカーはリボルビング・バンカーの名称であり、バンカーの根元にある回転式薬室に装填された炸薬で巨大な杭が打ち出される仕組みになっている。装弾数は6発だが、普通に格闘しても敵機装甲を貫通する威力の杭を、炸薬でさらに撃ち込むのだからその威力は必殺の名に相応しいものとなっている。

 実は頭部の1本角も飾りではなかった。プラズマホーンという名の兵器であり、プラズマ帯電させたブレードとして使用し、PTの装甲程度なら豆腐のように切り刻める優れものである。

 さらにそれらの武器の威力を十二分に発揮するため、接近戦に耐えうるように特機並の重装甲を施し、落ちた機動性は並のパイロットではブラックアウトすら起こしかねない程の大出力ブースターで得た推進力でカバー、あまりにバランスの悪い機体のためテスラドライブで安定性を辛うじて保っている始末……あまりに時代に逆行したコンセプトで作られた欠陥機……それがゲシュペンストMk-Ⅲだった。

 

 

── だが俺はこいつと共に生き抜いてきた

 

 

 キョウスケはMk-Ⅲの装甲に触れ、思いを馳せる。

 

 

── お前がいたから俺は生き残れた、俺が居たからお前は活きることができた

 

 

 地球連邦の主力量産機「ゲシュペンストシリーズ」の後継機として開発されたが、誰も扱えずお蔵入りしていたMk-Ⅲ。しかしキョウスケという最高のパイロットを得たことで、Mk-Ⅲは戦場に帰り咲きベーオウルブズの隊長機として活躍している。

 今度もコイツと切り抜けてみせる。決意を胸にキョウスケはMk-Ⅲの各部をチェックし始めた。 

 Mk-Ⅲは最近オーバーホールしたばかりだったため、特に異常は見当たらなかった。これなら最高のコンディションで戦いに臨めそうだった。

 

「キョウスケさん」

 

 タスクがキョウスケに声をかけて、

 

「どうですか、俺のMk-Ⅱ?」

 

 と自分の機体を指さして質問してきた。

 指先には赤いチームカラーに塗装された量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ改・タイプCがある。両肩にビームキャノンをマウントした砲戦仕様の機体だ。

 

「どうしましょう、やっぱりビームコーティングした方がいいですかね?」

「コーティングなら必要以上にエネルギーは食わん。今回は今まで以上の激戦になるだろう、できることはしておけ」

「了解です」

「あと、手持ちの武装はアサルトライフルにしておけ。実弾ならキャノンと違ってエネルギーを喰わんからな」

「はい。交換用の弾倉もできる限り搭載しますよ」

 

 タスクは元メカニックだけあって理解が早い。キョウスケのアドバイスを受け、彼はすぐに作業に取り掛かった。

 タクスは整備員にコーティングの依頼に向かっていく。

 コーティングを施すのには手間がかかるし経費も掛かるが、対ビームに対する対弾性は格段に上昇する。しかもビームを弾く特殊な素材を装甲表面に塗布するだけなので、機体の重量にはほとんど影響を与えないものだ。

 ただコストは高かった。

 しかも毎回コーティングをし直さなけばいけないため、そうそう量産機に導入できるような技術ではなかった。

 だが今回は人類の命運をかけた1戦だ。コスト度外視で機体を整備できるため、タスクも機体に好きなだけ武装や処理を施すことができるのだ。

 

「キョウスケさん、俺のMk-Ⅱはどうっすか?」

 

 アラドがキョウスケに訊いてきた。

 彼の機体も量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ改だった。機体色は当然のようにベーオウルブズの赤に統一されている。ただ武装がタスクのMk-Ⅱとは違っていた。

 両腕部にブラズマバックラー、胸部に大出力のメガブラスターキャノンを装備し、ブースターも整備されており完全に接近戦使用の機体に仕上がっている。

 ゲシュペンストMk-Ⅱ改は機体各部に設置されたハードポイントを交換することで、様々な武装を装備することができる。そのため非常に汎用性が高いのだが、反面、まだ生産ラインが整っていないためコストは割高だった。

 キョウスケは、アラドの接近戦用のMk-Ⅱ改 ── タイプGを見る。

 

「アラド、お前もコーティングは施しておけ。今回の作戦中は帰艦することは不可能だ。お前は接近戦しか能がないからな、対弾性は可能な限り引き延ばしておけ」

「了解っす! 武器にブーストハンマーを持って行ってもいいっすか?」

 

 ブーストハンマーとは複数の鋭利な突起付きの鉄球を、鉄球に内臓されたブースターで加速して敵に叩きつける質量兵器だ。威力は折り紙つきだが、鉄球に接続された鎖の距離しか射程がなく汎用性に欠ける。

 ホワイトスター内部ではどんな敵が待ち構えているか分からない。

 今回は射程、安定した威力、換装した弾倉を捨てれば機体重量の削減にもつながる実弾兵器が無難だろう。

 

「アサルトマシンガンにしておけ。敵機をけん制しつつ距離を詰めるのには最適だ」

「ちぇ、ハンマー威力高いのになぁ」

「交換用の弾倉も積み込んでおけよ」

 

 キョウスケの忠告にアラドは「うっす」と笑顔を浮かべて作業に戻った。

 実弾兵器は確かに有用だが、弾がなければ用はなさない。補給が望めない状況では機体重量と相談しつつ、交換用の弾倉を準備することが肝要だ。

 キョウスケは整備人の協力を得て、ゲシュペンストMk-Ⅲの腰部に鋼鉄製のチェーンを巻きつけ、そこに交換用の弾倉を釣るし下げることにした。 

 リボルビングバンカーの炸裂弾の代えと、今回手持ち武器に選んだM90アサルトライフルの交換用弾倉だ。タスク、アラドと共に手持ち武器の射程はライフル系の武装より短いが、今回の作戦はホワイトスター内部をなるべく敵と遭遇しないことが理想である。

 仮に遭遇した場合、命中率や連射率に優れるマシンガンは敵機の掃討に優れているし、タスクの長射程のビームキャノンの存在もあった。3機で連携すれば距離の問題はさほど問題にはならないだろう……

 しばらく、キョウスケたちは黙々と作業を続けた。

 今回の最終決戦を生き残るために。

 生きて、エクセレンと再会するためにキョウスケは出来得ることを全て行った。武相の確認、戦闘プログラムの入力、連携パターンの確認……最後に、ホワイトスター内部の地図をMk-Ⅲのコンピュータに入力し終わった時には、既に作戦当日の01:00時を回っていた。

 

「ほぉ、精が出るな」

 

 その時だった。聞き慣れぬ声の主が背後から話しかけてきたのは。

 キョウスケが振り返ると、パーマのかかった赤い髪の男が立っていた。垂れ気味の目をした見慣れない男だったが、幾つもの戦場を潜り抜けた兵士の匂いがする男だった。

 クロガネの中にいる以上、明日 ── いや、もう今日になったのだが ── のホワイトスター最終決戦に参加する精鋭の一員であるのは間違いないだろう。

 

「初めましてだな、ベーオウルフ」

 

 赤髪の男が言った。

 

「俺の名前はアクセル・アルマー。不死の部隊ベーオウルブズの隊長、キョウスケ・ナンブ ── 鋼鉄の孤狼(ベーオウルフ)の通り名で呼ばれる男。俺はお前に興味がある……少し話をしないか、これがな?」

 

 赤髪の男の名前はアクセル・アルマーというらしい。俺が知っている男にそっくり、いや瓜二つだ。

 語尾を強調するアクセルの妙な喋り方にキョウスケは一瞬だけ振り向いたが、すぐに視線を戻して作業を再開した。

 

「悪いが俺はお前に興味はない」

「そう邪険にするな。ベーオウルフ、俺は貴様の強さの秘密に興味があるのさ」

 

 アクセルはキョウスケの意を無視して話を進める。

 キョウスケは手を止めずに耳だけ傾けていた。

 しかしアクセルはキョウスケに歩み寄り、横顔を覗き込んできた。天然パーマの赤髪が顔に触れそうで鬱陶しい……キョウスケは舌打ちが出そうになるのを押し込めて作業を続ける。

 

「『絶対に死なない男』と呼ばれているそうだな?」

 

 アクセルはお構いなしに話を続けた。

 

「どんな絶体絶命の状況でも必ず生き残る、それがベーオウルフ ── 貴様だ。

 死なない兵士。最高じゃないか。戦争に生きる俺たちにとって、まさに兵士として目指すべき理想像……ベーオウルフ、それが貴様なのさ」

「……下らんな」

 

 眉一つ動かさず、手だけを動かしながらキョウスケが答えた。

 

「不死の兵士などいるものか。兵士も人間だ。人間は簡単に死ぬ、そういうものだ」

「ほぅ、奇妙な事を言うな。不死の部隊の隊長様が自分の部隊の存在価値を否定するのか?」

「ああ」

 

 キョウスケが作業の手を止めた。

 時刻は01:00を回り、作戦決行まであと9時間を切っている。初見の男であるアクセルと下らない問答をする趣味はキョウスケにはなかった。

 自分の中にある答えを示す。そしてアクセルには早々にこの場を去ってもらうことにした。その方がこのまま「ながら作業」を続けるよりも効率的だと判断したからだ。

 

「俺たちの命はチップのようなものだ」

「はぁ?」

 

 アクセルが眉をしかめる。

 不快感はない。自分の考えが大多数の人間に理解されないことは、今に始まったことではなかった。キョウスケはアクセルを睨みつけながら言う。

 

「戦場を巨大な鉄火場とするなら、俺たちの命は賭け金のようなものだ。そして賭け金の取り合いをするのが戦争にすぎん。ただ一般の賭け事の相違点はただ1つ。

 負ければチップを亡くし、勝ってもチップは増えない……戦争は俺たちにとって分の悪い賭けなのだ」

「それがお前の戦争観か? 流石だなベーオウルフ。変わっていると言っておこうか、これがな」

「さえずるな。賭け事を続ければいつかは破滅する、誰にでも理解できることだ……俺たちの賭け金も何時かは尽きる時が来る。

 アクセル・アルマー、貴様も兵士なら理解できんとは言わせんぞ?」

 

 キョウスケの言葉にアクセルは微笑を浮かべていた。

 生きている者はいつか死ぬ。それは万物の理だ。特に戦場に身を置くキョウスケたちのような人種は、明日や明後日、そんな先の事など予想もできないような戦いの日々が日常なのだ。

 どんなベテランの兵士でも、出撃して帰還しないことはある。

 キョウスケがアクセルに言っているのは、ある意味そういうことだった。

 「確かにな」と呟き、キョウスケの意見に賛同を示すが。

 

「それが兵士、それが戦争というものだ……だが違う。貴様の言っていることは、少し、間違っているな」

「何だと?」

 

 キョウスケの疑問にアクセルは飄々と応えた。

 

「死なない兵士は実在する。今はまだ人形だがな。

 しかし経験の蓄積と、持って生まれた素質により死なない兵士となれる者も確かに少ないが存在する」

「……それが俺たちだと?」

 

 キョウスケの声にアクセルはコクリと頷いた。

 

「下らんな、アクセル・アルマー。俺たちが生き残って来たのは、生き残るために懸命であったからだ。生き残るためには卑怯な事もしたさ……それら結実して俺たちは生きているに過ぎん。死なない兵士だと? そんなものは実在しない、寝言は寝て言うものだ」

「分かっていないのは貴様だ、ベーオウルフ。

 ただ生きるためだけ、貴様は戦争をしている訳ではないだろう?」

 

 アクセルが小さく笑いを漏らしながら答えたが、キョウスケには理解できなかった。

 死なない兵士? それに生きるために戦争をしていないだと? 馬鹿な、いつでも全力で生き残るために勝利をもぎ取りに行った。だから今、キョウスケはここにいるのだ。

 生き残るために戦争をした。平和のために。エクセレンのために、キョウスケは戦ってきた。

 アクセルの言葉は現実味のない妄言でしかなかった、少なくともキョウスケの中では。

 

「生きるために戦争をする? 違うな。大間違いにも程がある、これがな」

 

 アクセルは言い放った。

 

「ベーオウルフ、俺と貴様は同類だ。兵士として戦争の中で活きることしか能のない男だ」

「…………」

 

 キョウスケは否定できなかった。

 自分を生んでくれた親の顔も覚えているし、自分がどのようにして育ってきたのかも覚えている。決して、キョウスケは最初から兵士だった訳ではなかった。

 だが戦争に駆り出されてからの日々は騒然としていて、それまでの生活が薄れてしまう程には強烈だった。士官学校を卒業し、初戦、初めての勝利……今では息をするようにPTを自在に操ることができる。

 あの20mもある金属製の巨人を、だ。

 キョウスケはPTに乗り込むことで鋼の巨人に変身できるのだ。

 様々な意味で刺激的だった。幼少期の日常生活の記憶など擦れてしまう程に……成人して生きる術を身に着けた今では、自分にそんな幼少期があったのかと疑問に思うことがある程に、だ。

 キョウスケは戦うことでしか収入を得る方法を知らなかった……戦うしか能がない。この言葉をすぐに斬り捨てることができなかった……。

 返す言葉が見つからないまま、キョウスケはアクセルの言葉に耳を傾けるしかなかった。

 

「生きるために戦争をする? 嘘を言うな……!

 俺たちは生き残るためではなく、活きる(・・・)ために戦争をするのだ。

 人は一人一人、それぞれの人生の主人公だ。限りある生の中で自分の全てを活かしたい、そう思うのが当然だ。俺たち兵士という人種ににとって、自分を最も活かせる場とはなんだ? 

 貴様にも分かっているはずだ。

 戦争は無くなるべきではない。俺たち兵士が活きるため、俺たちのアイデンティティーを失くさないためにも、戦争は永遠と続かなければならないのさ、これがな」

 

 兵士は戦争があるから喰っていける。

 それは赫奕たる事実だ。戦争が無くなれば職を失う兵士などごまんといる。キョウスケもその1人に数えられるのだろうが、アクセルの発言は常軌を逸していた。

 

「……貴様、平和を求めていないのか?」

「平和だと? 平和など水たまりに貯まった水のようなものだ。しかも水には流れもなく、蒸発することもない。するとどうなる?

 分かるだろう? 水は腐るだけさ、これがな」

「だから平和などいらん、戦争を続けるべきだと言うのか?」

「そうだ」

「実に下らん考えだな」

「馬鹿を言うな」

 

 キョウスケの言葉をアクセルは一蹴する。

 

「戦争は人類を進化させてきた。その最たる例が『L5戦役』と、今回のインスペクター襲来だ。俺たちが進化するには戦争は不可欠なのだ、これは歴史が証明している」

 

 アクセルの主張は、アニメの中に登場するような人型機動兵器 ── PTが発展した理由その物だった。

 敵が来る。

 生き残るために尽力し、倒す。

 その結果、強大な力を手にしていた。

 ただ……手に入れた力は外敵の排除だけでなく、身内である筈の地球人類に向けられることは決して珍しいことではなかった。 

 

「それに仮に外敵を排除し、人類という種で結束できたとしても、それは一時のものでしかない」

 

 アクセルが続ける。

 

「人間の数が少なければ、その平和を維持することもできるだろう。

 だが地球上に人間はどれだけいる? そして地球にある資源はどれだけだ? 何年持つ? 限りあるものはいつか尽きる……例え、仮に、万が一……完全に好戦的な人間を排除して得ることができた平和があったとしても、必ずその中から争いは生まれ殺し合いに発展する ──── 戦いを避けることなどできはしない、俺たちが人間である限り」

 

 無言のキョウスケを前に……アクセルは力強く言い切った。

 

「ならば、闘争を支配する以外に俺たちに生きていく術があると思うか、これがな?」

 

 人類の歴史は戦いの歴史……否定はできない。でなければ戦史という言葉など誕生しなかったはずだから。

 だがキョウスケはアクセルの言葉を受け入れる訳にはいかなかった。

 地球でエクセレンが待っている。

 ホワイトスターに巣食う毒虫 ── インスペクターを駆除して帰るのだ。エクセレンと笑って過ごせる平和を掴みとるのだ。

 

 

── それが腐っているなど、誰にも言わせはしない……!

 

 

 アクセルの言葉と考えを受け入れることは、やはりキョウスケには無理だった。

 

「……どうやら、俺とお前は根本的に考え方が違うらしい」

「残念だよベーオウルフ。貴様はもっと見込みのある奴だと思っていたのだがな」

 

 アクセルはキョウスケに背を向ける。

 彼が格納庫の出口に向かうのを確認すると、キョウスケは作業を再開することにした。と ──

 

「あ、そうそう」

 

 アクセルが振り返ってキョウスケに向かって言った。

 

「今回のホワイトスター攻略作戦だがな、俺たちが貴様らを援護することになったから」

「援護だと?」

「さしずめ、ウィルスの運搬の弾除け役だな。要するに、俺たちが陽動をかけて敵の注意を引き付ける役を担う……別に珍しくもない話だ」

 

 珍しくない、確かにそうだ。

 最優先事項を達成するために投げ込まれる捨石、捨て駒……そんな作戦と実行員たちをキョウスケは何度も見てきた。

 今回はそれがアクセルの部隊。ただ、それだけの話だった。

 

「……すまんな」

「礼はよせ。俺は兵士だ。与えられた任務は全うするだけだ、これがな」

 

 アクセルはそれだけ言うと格納庫から出て行ってしまう。彼の話は何処かリアルで重かった。キョウスケに話をして何が解決するわけでもない。

 だが彼もきっと複雑な心境なのだろう。兵士として……プロとしての役割を遂行するために、その心境が邪魔になる可能性がある。

 だから見に来た。自分が命を張ってまで守る価値がキョウスケにあるのかを。

 果たしてキョウスケは眼鏡にかなったのか……アクセルが語らない限り答えは出すことはできないだろう。

 

「キョウスケさん、整備完了しましたよ」

「こっちも終わったぜ、キョウスケさん!」

 

 タスクとアラドが自機のチューンナップを終わらせたようだ。

 2機ともビームコーティングを完了し、交換用の弾倉をたんまりと搭載していた。

 特にタスク機はF2Wキャノンをバックパックにマウントさせ、徹底機に火力を強化していた。多少機動性が犠牲になるが、チーム内でのタスクの役割は後方支援。突撃仕様のキョウスケとアラド機をフォローするには十分な装備だろう。

 アラドの装備はプラズマバックラーにM90アサルトマシンガン、高威力のメガブラスターキャノンだ。近接戦闘用にコールドメタルナイフも2本装備しているが、余程懐に潜り込まなければ使う機会はないだろう。

 指揮官機であるキョウスケのMk-Ⅲの装備は、M90アサルトマシンガン以外に平常時と同じモノだった。使い慣れた武装こそ、土壇場で地力を見せるものだ。整備も申し分ない、おそらくスペック以上の戦果を発揮してくれるに違いない。

 3機の腰部には【マ改造】ウィルス運搬用の鋼鉄製の筒が1つずつ装備されていた。

 

「よし、では作戦に備えて休むぞ」

 

 作業を終了したキョウスケの声にアラドが拳を鳴らす。

 

「よっしゃあ! 腕が鳴るぜ!」

「おいおいアラド、そんなに興奮して休めなくても知らねえぞ」

「ははは、こりゃいけねえや!」

「ふっ……」

 

 2人のやり取りにキョウスケは微笑ましいものを感じていた。

 今回もタスクとアラドと共に生き残ってみせる。

 キョウスケは決意を新たにし、自室に戻り休息を取るのだった ──……

 

 

 

 

 

 

 ………………

 …………

 ……明朝、10:00。

 

『総員ッ、対ショック、対閃光防御!!』

 

 艦内通信で艦長代理テツヤ オノデラの咆哮が響き渡った。

 10:00 ── 作戦決行時間を迎え、キョウスケたちベーオウルブズは格納庫で待機していた。

 クロガネの精鋭たちが手塩にかけてチューンしたPTに乗り込んでいく。キョウスケもゲシュペンストMk-Ⅲに登場し、OSを起動させた。コックピットハッチが閉鎖し一瞬視界が暗転するも、すぐに各計器の光やモニターに映された機体外の映像で明るくなる。

 機体はまだハンガーに固定されている。突入の衝撃で転倒等の事故を起こさないためだ。

 

「…………いないな」

 

 アクセルの姿は見当たらなかった。通信もない。アクセルは陽動 ── 別行動のため特に問題はなかった。

 遠い爆発音と共に数回の振動が連続している。クロガネが攻撃を受けているのだ。敵本拠地への突撃だから多少の損害が出るのは止むおえなかった。

 

『艦首超大型回転衝角、始動ッ!!』

『了解、艦首ドリル始動します!』

 

 ブリッジでのやり取りが聞こえてくる。

 直後、被弾の振動とは違った小刻みな揺れがキョウスケに伝わってきた。艦首ドリルの回転運動が機体を揺らしていた。

 

『総員に奮闘せよ! 我々に敗北は許されない! 地球の命運は諸君らの双肩にかかっていることを忘れないでもらいたい!!』

 

 そう、これが最後の戦いだ。

 インスペクターの襲来で数えきれない程の人命が失われた。

 報いを受けさせる時が来た。

 命の代価は命だ。インスペクターに償わせるために、キョウスケたちはコックピットで声を待つ。

 

『クロガネッ、突撃ィィィッッ!!!』

 

 テツヤの啖呵が飛ぶ。インスペクターを倒し平和を勝ち取るために、クロガネは突き進む。目指すは白き魔星 ── ホワイトスター。

 キョウスケは待った。

 腕を組み、目を瞑り、その時を待った。

 キョウスケにできることは祈ることだけだった。

 クロガネが無事にホワイトスター内部に突入できることをただ祈る。それが、今のキョウスケにできる精一杯だった。

 

『衝撃に備えろ!!』

 

 テツヤの声が耳に届いた刹那、キョウスケの体を衝撃が襲った。強烈な横揺れ、その後に縦揺れに近い激しい振動が続く。

 キョウスケは目を開いて、操縦桿を握り締めた。桿が手にしっくりと馴染む。モニターに人の姿は既にない……

 

 

── ここからは、俺たちのフィールドだ

 

 

 人ではない、20m超の鋼の巨人が闊歩するフィールド。キョウスケたちの戦場がすぐ傍まで迫っている。

 振動は数分続いただろうか。時間の感覚がおかしくなりそうな緊張感、作戦開始前に確認した時計をのぞくと、時間にしてほんの30秒程しか経過していなかった。

 キョウスケが時計から目を戻したと同時に再び大きな衝撃が訪れる。

 

『ホワイトスター内部、侵入成功!!』

 

 同時にオペレーターの報せが入った。

 

『よし、これより本作戦はフェイズ2に移行する! 特機、PT部隊は直ちに出撃せよ!!』

「了解」

 

 キョウスケはコンソールを操作し、Mk-Ⅲを安置していたハンガーの固定を外す。

 ずずぅぅぅん、とキョウスケを皮切りに重い音が格納庫各部で響いていた。各機がハンガーから降りたのだ。

 キョウスケはタスクとアラドに回線を繋ぐ。

 

「お前たち、準備はいいな?」

『俺はいつでもいいぜ!』

『さっさと終わらせて、旨い飯をたらふく食おうぜ!!』

 

 チームカラーである赤に統一されたパイロットスーツに身を包み、部下の2人が返答する。2人の士気は十分のようだ。

 

「よし、ベーオウルブズ出撃()るぞ!」

『『了解ッ!!』』

 

 キョウスケの指示に2人の声が重なった。

 不死の部隊ベーオウルブズ ── 彼らの最大最後の戦いの幕が上がる ──……

 

 

 

 



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第32話 決死

半年間放置してましたが、この章だけは前々からのストックを使って完結させようと思います。
これまで対応してなかったので、新しい感想にも返信はしません。
本作を楽しんでいただければ幸いです。


 銃弾が通路内を飛び交っていた。

 

『敵機撃墜ッ!』

 

 ホワイトスター内部、PT処か特機すら運搬できる大きさの通路。M90アサルトマシンガンを連射で敵機 ── レストジェミラという人型機 ── を撃破したアラドの事が聞こえてきた。

 

「よし、残りの敵機は?」

『全機掃討完了! どうやらホワイトスター内の巡回部隊だったみたいだぜ!』

 

 タスクがキョウスケに応えた。

 クロガネがホワイトスターに突入し、キョウスケたちベーオウルブズが出撃して既に十数分が経過しようとしている。

 ホワイトスター内部 ── 主にその外殻はさながら迷宮のように複雑であった。中世の城のように、敵機が内部へ侵入するを妨害するためにワザと入り組ませて作ったのだ。キョウスケたちが迷わず進めるのは、事前に持っていた全体図のデータの恩恵と言っても過言ではない。

 ゲシュペンストMk-Ⅲを先頭にホワイトスター内部を突き進んだ。

 目指すは防衛兵器の制御室……敵に遭遇しなければ十数分で到達できる距離ではあったが、内部を巡回する無人機がそれを許してくれなかった。

 レストジェミラ3機に遭遇。無論、無人機に後れを取るキョウスケたちではない。1分も経たぬ内に、彼らの足元には敵機の残骸が出来上がっていた。

 

『チッ、仲間を呼ばれたかもしれねえな』

 

 通信越しにタスクが毒づいていた。所詮、相手は無人機。1機1機は敵ではないだろう。しかし、応援を呼ばれ数が揃えば言うまでもなく脅威となる。

 

『どうする、キョウスケさん?』

「愚問だな」

 

 タスクにキョウスケが答えた。

 

「俺たちに後退の二文字はない。ならば、相手よりも早く懐に潜り込むまで……そうだろう?」

『へっ、ちげえねぇや!』

 

 アラドが納得したのか意気揚々と声を上げた。

 

『見つかっちまった以上は先手必勝だぜ!』

「発見された時点で既に後手だがな」

『構うもんか! 俺たちゃ男だ、突っ込むのは慣れているぜ!!』

 

 アラドが意味不明な啖呵を切っていた。

 直後、ゲシュペンストMk-Ⅱ改がアフターバーナーを噴かせて先行する。

 

「続くぞ、タスク」

『了解!』

 

 アラドの後を、キョウスケのMk-Ⅲ、タスクのMk-Ⅱ改が追走し始めた。

 キョウスケのMk-Ⅲは搭載された大型ブースターの恩恵で推進力は非常に高い。あっという間にアラド機に追いつき並走し、その後ろをタスク機が続く構図になる。

 

 幸いなことに敵と遭遇することはなかった。

 地球がホワイトスターを管理していた際の全体図を頼りに、迷宮のような通路を進んでいく。事前に伝えられている情報では、制御室はPTでも自由自在に動き回れる広い空間にあるらしい。制御盤にPTの端末を接続すればコックピット内で作業もできる。ウィルスも制御盤に接続するだけで、後は自動でプログラムの書き換えを行ってくれるとの事だった……

 

 

── しかし、妙だな……

 

 

 敵との遭遇率が少なすぎる。

 ホワストスターの防衛兵器は拠点防衛の要だ。落とされればホワイトスター陥落に繋がりかねないはずなのに、キョウスケたちが敵と遭遇したのは先の1回だけだった。

 しかも1度会敵してしまった以上、キョウスケたちの侵入は知られていると考えるのが妥当だ。

 だからキョウスケたちは最大戦速で制御室に向かっている。しかし敵影はレーダーにも映らず、気配すら感じられない。

 

 

── 誘い込まれている……?

 

 

 懸念が脳裏をかすめた。

 まさか、な。敵と遭遇しないのは迷路のようなホワイトスター内部の構造と、単純に運が良いからだ。そう、キョウスケは思いたかった。

 

『行き止まりだ!』

 

 アラドが機体の前進を止めた。

 正面モニターに映る巨大な隔壁を確認できる。キョウスケもMk-Ⅲのブースターを停止させた。全体図ではこの先に巨大な空間があり、その少し先に制御室があるはずだが。

 Mk-Ⅲを一時停止させ、隔壁を観察する。

 隔壁の脇の壁に制御盤らしき物があった。既にタスクのMk-Ⅱがアクセスして操作している。

 

『チッ、ロックが掛かってやがる……!』

 

 タスクが毒づいていた。

 タスクは有能だ。時間さえかければ隔壁のロックも解除できるだろうが、どれだけの時間が必要か分からない。

 キョウスケは敵との遭遇率の低さが気にかかっていた。戦力を温存し、キョウスケたちが隔壁前に到着するのを故意に待っていたのだとしたら……?

 隔壁が開かなければまさに袋の鼠。

 次々に投入される物量差の前に蹂躙されるのは目に見えている。

 

「アラド、退け」

『キョウスケさん……?』

 

 隔壁前で立ち尽くしていたアラド機をキョウスケは押しのけていた。

 

「お前たち、下がっていろ」

『っ……! な、何するつもりっすか!?』

『まさか……! おいアラド、下がれ!』

 

 タスクが何か察したのか、アラド機の肩を掴んで後退した。

 キョウスケは操縦桿を動かしてMk-Ⅲを隔壁へと近づけた。Mk-Ⅲの腕部を伸ばせば届くか届かないかの距離。そこでMk-Ⅲの腰を低くし、重心を安定させる。

 すぐにコンソールを操作して、武装を選択した。

 Mk-Ⅲの両肩部に装備されたコンテナのハッチが解放された。

 

「アヴァランチクレイモア……! これで抜けぬ装甲など、ない!」

 

 ゲシュペンストMk-Ⅲの両肩部に装備された特殊兵装の名称だ。コンテナに内蔵された指向性地雷による爆圧で、火薬入りの特殊チタン弾「M180A3」を散弾のようにばら撒いて敵を破砕する。

 物理的に敵を撃ち抜いてから、チタン弾内の火薬が炸裂するのだから、威力はMk-Ⅲの固定武装の中で最も高い代物だった。

 キョウスケがロックオンサイトを正面隔壁に抜けると、コックピット内にアラート音が木霊し始める。PTのコンピューターは動態反応などを頼りにターゲットを補足するのだが、ただの隔壁ではロックオンもできない上、Mk-Ⅲが隔壁に近過ぎるため警告音を鳴らしていた。

 

 

── 知るかッ……俺たちには、退路も時間も残されていない……!

 

 

 キョウスケは一息にトリガーを引いた。

 アラートを鳴らしながらもMk-Ⅲは従順にコンテナからチタン弾を吐き出した。チタン弾が隔壁を小さな穴を蜂の巣のように空ける。直後に衝撃でチタン弾内の火薬が着火して隔壁を吹き飛ばした。

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃がキョウスケを襲った。ダメージメッセージあり。至近距離での爆圧にMk-Ⅲは巻き込まれ、表面装甲が少々焼かれていた。だが厚い装甲があるため大事には至らず、作戦行動に支障がでるレベルではない。

 アヴァランチクレイモアで、隔壁には大きな風穴が空いていた。

 

『キョウスケさん、大丈夫っすか!?』

『たくっ、無茶するんだから!』

 

 アラドとタスクが回線越しに怒鳴ってきた。

 

『一緒に爆発でもしたらどうするつもりだったんですか!?』

「Mk-Ⅲの装甲は特機並だ。問題ない」

『っ……! たくっ、無事だったから良かったものの……!』

 

 タスクがブツブツと文句を言っていた。キョウスケはため息を漏らしそうになったが、タスクの心配は尤もなものだとも分かっていた。

もし開放状態のコンテナ内に残っているチタン弾に引火でもした大惨事になっていただろう。最悪、Mk-Ⅲごと爆散……任務は失敗。結果オーライ、の一言では済まされないのも確かだった。

 

「心配をかけてすまなかった。だが、これで道はひらけた」

『こじ開けたの間違いでしょ?』

 

 違いない。アラドの言う通りだが、前に進めるようになったのも事実。

 

「今の爆発で敵が集まってくるだろう。その前に事を済ませるぞ」

『了解。制御室まではこの先の空間を抜けて、あと少しだ』

『ここまでくりゃ、もう楽勝っすね!』

 

 アラドがモニター越しに笑っていた。

 だと良いが……敵との遭遇率が低かったのも隔壁前にキョウスケたちを追い詰めるためだったのか、それとも本隊やアクセルたちの陽動が上手くいっているためか……どちらせよ杞憂であれば良いが……兎に角、今は前へとキョウスケは操縦桿を握りこんだ。

 

「行くぞ、お前たち」

『『了解ッ』』

 

 キョウスケたちは隔壁に空いた穴から内部へと突入していく。

 

 

 

 

 

 隔壁を抜けた先には巨大な空間が広がっていた。

 上下左右に約1km程のスペースが目の前にある。PTと特機の混成大部隊を展開することだって容易にできるだろう。ホワイトスターの巨大さならば、この程度の空間を用意するのは難しくはない。

 だが ──

 

『な、なんだこりゃあ……?』

 

 ── アラドが驚きの声を上げた理由が、キョウスケのモニターにも映し出されていた。

 

 荒野が広がっていた。

 

 ホワイトスターという人工物の中に、土でできた地面とささくれ立った岩石、そして丘が見える。閑散として距離は空いている樹木の姿も確認できた。キョウスケたちが通過してきた通路の無機質さとは違う……しかし生物が息づいている気配もしない奇妙な空間だった。

 

「なんだここは?」

『制御室前にある空間のはずですけど……』

 

 タスクがデータを確認しながら答えた。

 

「こういう場所なのか?」

『そういう情報は貰ってないけど……』

「……インスペクターに奪われてから建造された……とうことか?」

 

 腑に落ちない。キョウスケは敵の意図を推察する。……分からない、こんなことをするメリットがインスペクターにあるのだろうか? 地球の自然環境を保存・再現するなんて殊勝なマネを、あの侵略者たちがするとも思えない……と。

 キョウスケはある事を思い出した。

 モニターには荒野が表示されているし、キョウスケの目にもそれは間違いなく映り込んでいる。

 だが違和感が残る。

 目の前に、荒野が、本当にあるのか? いや、ある。確かに荒野は目の前に存在している……だが奇妙な感覚が心に残っている。

 

「……まさか」

 

 キョウスケは「L5戦役」でも似たような経験をしていた。

 それは、人間の深層意識に干渉して、見えているもの感じているものを誤認させる。「L5戦役」時のホワイトスター攻略作戦で、キョウスケたちは苦戦させられたものだった。

 それに認識を操作された結果、それまで倒してきた難敵や強敵……味方に至るまで敵として目の前に現れたのだから ──

 

「もしや、トラウマシャドウか……?」

 

 キョウスケが呟くと、

 

 

『その通りさ!』

 

 

 聞き慣れない少年の声が返ってきた。回線越しではなく、空間を反響する声をMk-Ⅲの集音マイクが拾っていた。

 

『ッ……! なんだ!?』

『何処にいやがる!?』

 

 すぐにタスク機とアラド機がそれぞれアサルトマシンガンを構えた。Mk-Ⅲのマシンガンも銃口を上げ、3機背中合わせになって周囲を警戒する。

 レーダーに反応なし。敵影も確認もできない。

 声の主の姿は何処にも見当たらなかった。

 

『よく来たね。僕の名前はウェンドロ。インスペクターの総司令官さ』

「なんだと?」

 

 インスペクターの司令官……本隊のターゲットだ。

 総司令官ならばクロガネ隊との戦闘の指揮をとらなければならない。つまりこの空間に総司令官 ── ウェンドロはいない。おそらく遠隔カメラでキョウスケたちを見て、マイクで話しかけているにすぎないのだろう。

 

『地球人 ── 幼稚な野蛮人どもめ。よくもまぁ、単身で本拠地に突入できるもんだね。

後先考えていないのか、それともニッポンとかいう島国の『カミカゼトッコウ』という精神なのかな?』

「……この声、子どもか?」

『ふふふ、子ども、か。だから幼稚なんだよ、君たちは』

 

 顔は見えないが、声変わり前の子どもの声のようにキョウスケは感じられた。尤も、異星人であるインスペクターに、地球人の成長過程が適用できるかは不明だが。

 ウェンドロは冷たい声で言う。

 

『我々の星系では能力さえあれば年齢なんて関係ないのさ……子どもだから、なんて侮っていると……死ぬよ』

 

 キョウスケはウェンドロの言葉を聞きながら、周囲を確認した。敵影はなく、見えるのは荒野だけだ。迷彩を施したスナイパーが潜んでいるのなら見つけられないかもしれないが、敵の総司令官がこそこそと隠れるような真似をするとは考えにくい。

 やはりウェンドロはこの空間にはいない、キョウスケは確信する。

 

『君たちが、少数で防衛兵器の機能を潰しに来るのは予想済みだった。ここには面白い機能も備わっているみただし、君たちを潰すついでにテストしようと思ってね』

「やはり、トラウマシャドウか」

『そうだ。どうだい? 君たちには、きっと機械惑星の内部には見えていないだろう? 僕には金属製の演習スペースにしか見えていないけどね』

 

 荒野はトラウマシャドウの作用が見せている幻らしい。ウェンドロの言葉から実際は演習場だと分かる。荒野にそびえる丘は、おそらく演習用の障害物か何かだろう。

 

「俺たちをどうするつもりだ?」

 

 返答は容易に想像できたが、あえてキョウスケは質問した。

 

『もちろん、死んでもらうよ』

 

 予想通りの答えだ。

 

『ただし、面白可笑しく、有意義に死んでもらうとしよう』

 

 ウェンドロは笑いながら答えた。冷たい印象を受ける笑い声。きっと地球人の命はゴミ程度にしか思っていないのだろう。いや、もしかすると自分の仲間の命ですら……

 キョウスケは傍受されないよう周波数を変え、タスクとアラドへ回線を開いた。

 

「タスク、アラド、そちらから敵機は確認できるか?」

『いいや、こっちは見えねえぜ』

『こっちもだ。レーダーにも敵影はなしだ』

「よし」

 

 2人の答えを聞いてキョウスケは決断する。

 見られている以上キョウスケたちは既に後手に回っていた。素直にウェンドロの話を聞き続けてやる義理などない。意表を突く。どんな伏兵を用意していようと関係ない。制御室まで最大戦速で突っ切るのだ。

 

「突っ込むぞ、奴らより速く!」

『『了解ッ!!』』

 

 キョウスケはMk-Ⅲの大型ブースターの出力を上げた。フルスロットルだ。途端に強烈なGが体にかかってシートに体が押し付けられる感覚を味わうが、それに見合った急加速でMk-Ⅲは走り始めた。

 空間内を横断して、最短ルートで制御室を目指す。タスク、アラドの2機も追従してきていた。

 

『おやおや、必死だね』

 

 ウィンドロのほくそ笑む声が聞こえた。

 だが無視する。3機は空間の中央に躍り出て、そのまま前進した。

 ウェンドロもお構いなしに続けた。

 

『そんな君たちにプレゼントだ。ありがたく受け取ってくれたまえ』

「なっ……!」

 

 刹那、レーダーに機影が映し出された。

 Mk-Ⅲに隣接するほど近くに反応がある。しかし敵機は確認できない。となると ──

 

「直上か!?」

 

 キョウスケはMk-Ⅲのカメラを直上に向ける。

 敵がいた。

 黒い甲冑のような装甲の巨大ロボット ── まるで鎧武者のような外見をした特機が、その巨大な身の丈ほどもあろうかという大剣を振り上げている。

 今にも大剣は振り下ろされようとしていた。

 

「敵機直上! 回避しろ!」

『なっ……! あれは……!』

『ダ、ダイゼンガー!?』

 

 2人は驚愕しながらも回避行動に移る。3機のゲシュペンストはそれぞれ別の咆哮に散開した。

 直後、ダイゼンガーと呼ばれたロボットが無言のまま大剣を振り下ろす。

 爆弾が爆発したような音を轟かせて大剣が地面に叩きつけられる。巨大な質量の剣が剣風を巻き起こしてMk-Ⅲを揺らし、巨大な斬撃の跡が地面に刻み込まれた。

 

『喜んでもらえたかな?』

 

 ウェンドロが訊いてきた。

 

『ウィガジのガルガウが敗れた機体と言うから興味があってね。地球人は野蛮な猿だが、兵器を作らせれば天下一品だ。データを集めて、研究させてもらったよ。

 その過程で再現してみたのさ。どうだい? インスペクター製のダイゼンガーの力は?』

「インスペクター製、だと?」

 

 キョウスケはMk-Ⅲの体勢を立て直し、アサルトマシンガンの銃口をダイゼンガーに向けた。

 

 

── まがい物だと?

 

 

 瓜二つ。外見はキョウスケの良く知るダイゼンガーそのものだ。手持ち武器の参式斬艦刀の威力もさっきの攻撃を見る限り、本物に勝るとも劣っていなかった。

 さらにダイゼンガーから浴びせられる威圧感も、まるで中に操縦者が乗っているように感じられた。

 

「この威圧感……ちッ、トラウマシャドウか」

『恐ろしいかな? 認識を操作できるというのは便利だね。限られた空間でしか使えないのが残念でならないよ、ふふふ』

 

 トラウマシャドウ ── 厄介極まりない機能だ。

 ウェンドロが笑いながら言った。

 

『さようなら。ここが君たちの墓場となるのさ……精々、頑張ってくれたまえ。ハハハハハ ────』

 

 高笑いを響かせてウェンドロの声は途切れた。ダイゼンガーというワイルドカードを出して勝利を確信したのだろう。見くびられたものだ、とキョウスケは思う。

 ダイゼンガーは1機、対してこちらは3機。

 PTと特機。保有している戦力は五分五分か、ダイゼンガーの方が少し上と言った所だろう。しかしキョウスケは敗ける気がしなかった。敵のダイゼンガーになくて、キョウスケたちだけが持っているものがあったからだ。

 ダイゼンガーの武装、戦闘方法、弱点 ── 共に戦ってきた仲間だから知っているコトがある。

 威圧感をトラウマシャドウで再現しようとも無駄だ。

 真の兵士はそんなものに屈したりはしない。マシンガンを発射できるように、トリガーに指をかけた。

 

「お前たち、やるぞ」

『待ってくれ、キョウスケさん』

 

 タスクが言った。

 

『ここは俺たちに任せてくれないか?』

「なんだと? 本気か?」

 

 相手はダイゼンガー。まがい物だとしても一瞬の油断が命取りになる相手だ。しかしモニターに映るタスクの目に迷いはなかった。

 

『時間がないんだ。仲間たちが戦っている、いつまで戦っていられるかも分からない。一刻でも早く作戦を成功させないと……敵がダイゼンガーだけだとしても、全員で相手をして時間を喰えば、その食った分だけ敵機がここに集まってくるはずだ』

『そしたら任務も果たせねえ。皆、ここから帰れなくなるんだ!』

 

 アラドが叫んでいた。その顔に怯えはない。2機でダイゼンガーに立ち向かう。覚悟を決めた男の顔だった。

 

「お前たち……」

『大丈夫さ! 俺たちゃ死なねぇんだ! だから先に行ってくれ、キョウスケさん!!』

『後から必ず追いつく! だから、ここは任せて行ってくれ!!』

 

 時間がない……それは事実だ。

 残って戦いたい……そうも思ったが、2人の言っていることは正しかった。3機で時間を喰うよりも、2機で踏ん張り1機を先行させる方が目的は果たしやすいはずだ。

 キョウスケは苦渋の決断をするしかなかった。

 

「分かった。……死ぬなよ」

『へへ、俺を誰だと思ってやがる! 不死の部隊ベーオウルブズのアラド・バランガだぜ!』

『そうさ! 俺の死に場所は、レオナちゃんの膝の上に予約済みだぜ!』

「……よし。行くぞ、お前たち」

 

 2人の決意を無駄にはできない。

 キョウスケは操縦桿を握り締め、銃口は向けたままでダイゼンガーから距離を取り始めた。

 だがダイゼンガーはキョウスケの動きを察知し、斬艦刀の切っ先をMk-Ⅲに向けてくる。

 

『させるかよ!』 

 

 2機のゲシュペンストがアサルトマシンガンを斉射した。 

 貫通力に優れる徹甲弾が連続で銃口から打ち出され、ダイゼンガーの表面装甲を抉る。戦車すら一撃で撃ち抜く巨大な徹甲弾でも、特機の装甲を貫通することは敵わないのだ。

 特機の装甲を撃ち抜こうとするなら、特殊な金属で処理が施された銃弾が必要になってくる。しかしキョウスケたちが持ち合わせている筈もなかった。

 銃弾を浴びたダイゼンガーは斬艦刀の腹で弾丸を弾き返す。

 

『今のうちだ!』

 

 タスクの声に無言で頷き、キョウスケはMk-Ⅲのブースターを噴かせた。

 数秒で最高速度まで加速し、ダイゼンガーを引き離す。ダイゼンガーには射撃武器は装備されていないため追ってはこれない。

 

「死ぬなよ、2人とも……!」

 

 空間に2人を残して、キョウスケのMk-Ⅲは制御室へと駆けていく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

『さて、どうしたもんかな?』

 

 ゲシュペンストMk-Ⅲを先行させた後、タスク・シングウジはぼやいていた。

 

『なんだタスク、いい案あるんじゃなかったのかよ?』

 

 アラドがタスクに訊いてくる。

 

『ねえよ、そんなもん』

『おいおい、どうすんだよ!? 相手はあのダイゼンガー ── って、うわっ!』

 

 ダイゼンガーの斬艦刀の横薙ぎを、アラドのゲシュペンストMk-Ⅱはバックステップで躱した。そのまま横っ飛びで丘の陰に機体を隠し、タスクの機体もそれに続いた。

 ダイゼンガーは斬艦刀を持ちなおして2人に迫ってくる。

 

『やっぱり斬艦刀は洒落にならんぜ。間合いの外から立ち回るしかねえな』

『ちぇっ、俺、射撃苦手なんだけどなぁ』

 

 アラドが自信なさげに呟いていた。彼の射撃の腕は本当に悪い。相手がPTでは狙った所に命中させるのは難しいかもしれないが、ダイゼンガーは特機だ。

 ゲシュペンストの倍程の体格があるため、アラドでも当てることぐらいできるだろう。

 

『兎に角、やるしかねえか』

『応ッ、偽物なんざさっさと倒してキョウスケさんを追うぜ!』

 

 2人はモニター越しに頷きあった。

 撃ち尽くしたアサルトマシンガンの弾倉を交換し、互いにタイミングを図り合わせて、丘からダイゼンガーの前へと躍り出た。

 

『『こんな所で死ねるかよ!!』』

 

 銃声と剣戟の音が響き渡る ──……

 

 

 



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第33話 死線

 

4、死線

 

 

 タスクとアラドを空間に残して、キョウスケは制御室へとMk-Ⅲを走らせていた。

 アラドたちを残した空間から脱出したばかりだ。ホワイトスターの全体によれば、防衛装置の制御装置まではあの空間から直進すれば到着する。

 かかる時間はどれくらいだ?

 果たして、ウィルスは有効なのか?

 様々な思考がキョウスケの頭に浮かんでは消えて行った。

 しか、暫くするとキョウスケは考えることは止めた。

 

 

── 俺は、俺にできることをするだけだ……!

 

 

 Mk-Ⅲも腰部に携帯されている【マ改造】印の円柱。この鋼鉄製の容器の中に入っているウィルスを制御装置に無事侵入させる。

 それが今、キョウスケにできることであり、キョウスケにしかできないことだった。

 

「2人とも踏ん張れよ。すぐに助けに行くからな」

 

 Mk-Ⅲは弾丸のように加速して制御室へと急いだ。

 

 

 

      ●

 

 

 

 制御室手前 ── トラウマシャドウによって荒野に見えている空間。

 

 荒野を3体のロボットが動き回っている。

 ベーオウルブズの部隊色の赤にカラーリングされたゲシュペンストMk-Ⅱ・改が2機 ── 両肩にキャノン砲を装備している機体……タイプCと胸部にメガブラスターキャノンを装備している……タイプG ── が銃口を敵機に向けて高速で移動している。

 前者の機体にはタスクが、後者の機体にはアラドが登場しているのだが、敵の黒い鎧武者 ── ダイゼンガーの振り回す斬艦刀により追い詰められていた。

 ダイゼンガーが振るう斬艦刀は岩の塊である丘 ── トラウマシャドウで丘に見えるだけで、実際は演習用の障害物だろう ── に刃がするりと入って抜けて行く。まるで豆腐を切り分ける包丁のような切れ味……圧倒的重量と切れ味、それを扱うダイゼンガーの膂力をもってすれば、ゲシュペンストなど容易に両断されてしまうだろう。

 触れれば即撃墜 ── 死亡。

 PTでダイゼンガーを敵に回すとはそういう事だった。

 無論、タスクたちはそのことを理解しているので、剣戟の間合いの外から銃撃に徹している。

 乱射したM90アサルトマシンガンの徹甲弾が、既にダイゼンガーの表面装甲を抉っていた。だが、抉っているだけだった。内部の動力機関まで達した弾は1つもなく、しかも大半は斬艦刀の刃の腹で弾き落とされていく。

 

『ちッ』

 

 ラチのあかない攻防にアラドが舌打ちする。

 丘の陰に退避し、撃ち尽くしたマシンガンの弾倉を交換する。投げ捨てられた弾倉が鋭い音を立てて地面に落ちた。

 

『射撃戦じゃキリがねぇよ! このままじゃ、時間と弾ばっかり喰っちまう!』

『確かにな……』

 

 2人を探して闊歩するダイゼンガーを見てタスクが答えた。

 

『アサルトマシンガンじゃ撃墜……いや、致命傷を与えることもできそうにないな。この武器結構威力高いのにな……』

 

 タスクは特機の装甲はそれ程にけんこなのだと改めて思い知らされた。特機のほとんどは専用機で整備性やコストも量産機に比べれば劣悪だが、それに見合うだけの戦力はある。

 一騎当千の鋼の巨人 ── それが特機、俗に言うスーパーロボットだった。

 が、いくら特機と言っても完全無欠ではない。

 

『装甲に穴が空けられりゃ何とかなるんだけどな……』

『どのみちマシンガンじゃ無理だぜ! なぁタスク、もう接近戦しかねぇって! こうなりゃ、出たとこ勝負だぜ!!』

『けどダイゼンガーには斬艦刀が ──』

『ビビってんじゃねぇよ!!』

 

 アラドがタスクを叱責した。

 

『このまま時間をかければ敵の増援が来て、どうせ俺たちはオジャンだ。何もせずに死ぬのを待つのか? 俺は嫌だね! どうせ死ぬなら、前のめりに死んでやる!』

『アラド……』

『装甲に穴開けて、至近距離からメガブラスターキャノンをぶち込んでやる!』

 

 メガブラスターキャノンとはアラドのMk-Ⅱ・改の胸部アタッチメントに装備された高出力のビーム砲のことだ。チャージに時間がかかるし、エネルギーは喰うので連発はできないがタイプGの最強武装である。

 至近距離からならば、キョウスケのMk-Ⅲのアヴァランチクレイモアに匹敵する威力だった。

 通信越しにアラドがタスクに笑いかける。

 

『単勝大穴1点賭けだ。どうする、タスク? 乗るか?』

 

 伸るか反るか。勝てば生き残り、負ければ死ぬ……あまりにも見返りの少なすぎる分の悪い賭けだ。

 危ない橋だ。できることなら渡りたくなどないだろう。

 だが2人にとってはいつも通りのことだった。タスクとアラドはいつでも窮地に立たされ続けてきた。分の悪い賭けに勝利し、生き残ってきた。

いつしかアラドとタスク、そしてキョウスケは不死の部隊と呼ばれるようになっていた。

 

『へっ、アラド、本気で訊いてるのかよ?』

 

 タスクは不敵に笑っていた。

 

『乗るさ。俺はギャンブラーだかんな』

『へへっ、そう来なくっちゃ!』

 

 アラドはタスクに笑い返すと、ゲシュペンストMk-Ⅱにマシンガンを捨てさせた。両腕部に装備されたフプラズマバックラーへエネルギーバイパスを繋げる。ステーク部が帯電し、ダイゼンガーに格闘戦を挑む準備が整った。

 

『行け、アラド。俺がばっちり援護してやるぜ』

 

 Mk-ⅡにバックパックにマウントさせていたF2Wライフルを展開させながら、タスクが言った。

 F2Wライフルは連射力に優れるが射程が短いSモードと、連射できないが長射程かつ高出力のLモードの使い分けができるビームライフルだ。アサルトマシンガンよりは大きなダメージを期待できる。

 2人が会話している間も、ダイゼンガーは2人のゲシュペンストに着々と近づいてきていた。肩に乗せた斬艦刀がギラリと光る。

 

『頼むぞアラド。接近戦のセンスだけは買っているんだからな』

『だけは、はないだろ。だけは、は。それじゃまるで俺が能無しみたいじゃねえか?』

『おまけに大飯ぐらいってか?』

『へっ、言ってくれるぜ』

『ただ飯喰らいにならない様に頑張ろうぜ』

『違ぇねえや』

 

 2人は他愛無い言葉を交わしながら、ダイゼンガーとの距離を測る。

 レーダー上の距離は200。ダイゼンガーの突撃を防げれば、剣戟の間合いの外でいられる距離だった。

 タスクのMk-ⅡがF2Wライフルの銃口を上げた。モードはSだ。

 

『アラド、に出るぞ!』

 

 丘の陰からタスクのMk-Ⅱが飛び出す。ダイゼンガーに銃口を向け、ロックオン。当然、ダイゼンガーもロックに反応して斬艦刀を構え直し、距離を縮めようと突撃の体勢を取る ──

 

『させるか!』

 

 ──よりも早く、F2Wライフルが火を噴いた。乱射されたビームが直撃し、機先を制されたダイゼンガーが仰け反る。与えたダメージは微少。さらに追い打ちとばかりに両肩部に装備されたビームキャノンを発射した。

 だがそれは斬艦刀の腹で防御されてしまう。被弾しながらも体勢を整え直していたダイゼンガーがとっさに斬艦刀を構えていたのだ。大きなビームの光が弾かれて、複数の小さな光の筋になって飛び散っていた。

 与えた損傷は少ないが、足止めは出来ていた。

 

『行け、アラド!』 

『おおおおぉぉぉぉっ!!』

 

 アラドのMk-Ⅱがブースターを噴かせて飛び出した。ジェネレーターの出力を色が黄色から赤に変わる。ジェネレーターの負担に比例してブースターから爆炎が吐き出され、ゲシュペンストがダイゼンガーに肉薄してく。

 しかしダイゼンガーとアラドのMk-Ⅱの距離は約200。

 一瞬で懐に飛び込むはできなかった。

 タスクの射撃から体勢を立て直したダイゼンガーが斬艦刀を構える。柄を両手でしっかりを持ち、剣先を直上へと向けている。ダイゼンガーが防御を捨てて、攻撃に集中する際に見せる構え ── ダイゼンガーの本来のパイロットであるゼンガー・ゼンボルトの得意とする示現流の構え ── だった。

 

『タスク!』

 

 アラドはタスクに呼びかけると、Mk-Ⅱに腰に携帯していたM90アサルトマシンガンの弾倉を掴ませる。

 距離は50……ダイゼンガーなら一跳びで斬りかかることのできる間合いで、Mk-Ⅱは弾倉をダイゼンガーに向けて投げた。

 斬艦刀がアラドのMk-Ⅱに振り下ろされる ──

 

『任せろ!』

 

 ── まさにその直前。

 タスクのMk-ⅡのF2Wライフルが空中を舞う弾倉を撃ち抜いた。

 内部の銃弾の火薬がビームの熱で引火し、爆発する。弾倉が細かい金属片となって飛び散り、煙がダイゼンガーの眼前でもうもうと立ち込めていた。

 

『今だッ!!』

 

 アラドのMk-Ⅱが跳躍した。両腕ノプラズマバックラーに電流が迸る。アラドが狙っているのは、カメラアイが搭載されていて装甲の最も薄いダイゼンガーの頭部だ。

 空中で体勢をスラスターを噴かせて調整、煙で視界の利かないが既にロックオンしているダイゼンガーの頭部に、必殺の拳を打ち下ろさんとさらに接近する。

 お約束の技名を叫びながら。

 

『ギャラクティカ ──── ッ!?』

 

 アラドの声が途切れた。

 

『アラド!?』

 

 煙の中から斬艦刀が振り下ろされていた。

 縦一文字 ── 真っ直ぐな剣筋で、斬り捨てられたアラドのMk-Ⅱの一部が宙を舞う。ステークにプラズマを纏ったまま、Mk-Ⅱの右腕部がひゅんひゅんと空中で回転している。

 

『腕の1本ぐらいッ!』

 

 アラドのMk-は健在だったが、ダイゼンガーは振り下ろした斬艦刀の柄を握り直していた。そのまま切り上げようとする。

 アラドは残った左のプラズマバックラーにエネルギーを集中させる。Mk-Ⅱの左腕を振り上げた。

 だが、ダイゼンガーの方が早い。必殺の切り上げがアラドのMk-Ⅱに襲いかかろうと、斬艦刀がピクリと動く ──

 

『させるかよ!』

 

 ── それよりも早く、ダイゼンガーの両手が高出力のビーム砲によって撃ち抜かれていた。

 ロングバレルを展開したF2Wライフルから白煙が上がっている。タスクがF2WライフルのモードLで、ダイゼンガーの両腕部を狙撃したのだ。

 握力を奪われたダイゼンガーは、金属音を響かせて斬艦刀を地面に落としていた。

 

『やれ、アラド!』

『うおおおおぉぉぉっ、ジェットファントム ── ッ!!』

 

 アラドが絶叫し、Mk-Ⅱの剛腕が唸りを上げる。

 プラズマバックラーに備わった3本のステーク ── 電流を流し込むための細長い棒 ── が、力任せにダイゼンガーの顔面部に叩きこまれた。人の双眸を模したがカメラが割れ砕ける。装甲ではなく、脆い機械部分が見えた。

 そこにプラズマバックラーに貯めこまれた高圧電流が注ぎ込まれる。

 回路が焼き切れる音の後に爆発音を響かせて、ダイゼンガーの顔面が半分弾け飛んだ。

 

『まだだぜ!』

 

 アラドはMk-Ⅱの腕を引き抜くと、現在機体に残されているエネルギーを全て胸部の砲門へと集中させる。

 

『喰らえ、メガブラスターキャノンッだあぁぁぁぁっ!!』

 

 タイプGの最大武装 ── メガブラスターキャノンが注がれた全エネルギーを開放する。極太の、真っ白なエネルギーの波動が、ダイゼンガーの割れた顔面へと叩きつけられた。

 重装甲が売りの特機といえども、体内に敵の攻撃が侵入することは想定していない。メガブラスターキャノンという暴力がダイゼンガーの体内を凌辱する。

 直後、機体表面を電流が奔り回り、ダイゼンガーはあっけなく爆散した。

 至近距離でその爆発に巻き込まれたアラドのMk-Ⅱは吹き飛ばされて、荒野の中にある丘の一つに背中から叩きつけられた。

 

『アラド、大丈夫かッ?』

『へへっ、このくらい何でもないぜ』

 

 機体を駆け寄らせ心配するタスクにアラドが答えた。

 

『やったぜタスク、俺たちの勝ちだ』 

『あ、ああ。でもアラド、お前、その血……』

 

 コックピットモニターに映るアラドの額には血が付いていた。爆発に巻き込まれて頭を切ったのか、ドロリと赤い鮮血がまぶたで逸れて頬を伝って垂れている。

 アラドのゲシュペンストの状態も散々たる状態だった。

 ダイゼンガーに切り飛ばされた左腕からは火花が飛び散り、爆発に巻き込まれたため装甲全体に細かな傷が刻まれて、さらに焦げている。胸部アタッチメントに装備されたメガブラスターキャノンは大破。もしかすると、それ自体が装甲強化の役割をはたして機体の大破を免れたのかもしれない。

 アラドはヘルメットを脱ぎ捨て、血を拭いながら言った。

 

『言っただろ?』 

 

 コックピット内の救急セットから止血バンドを取り出し、それを頭部にあてがう。鉢巻のようにバンドを結び、アラドは応急の止血を行っていた。

 

『俺は ── いや、俺たちは死なねぇんだ。どんな目に会おうとも、必ず生きて帰る……それが俺たち、ベーオウルブズだ。そうだろ、タスク?』 

『ああ、そうだったな。アラド、お前の言う通りだ』

 

 アラドが笑顔にタスクも微笑みで応えた。

 いつでもそうだった。どんな重傷を負ったとしても、機体が大破したとしても、タスクとアラド、そしてキョウスケは必ず生還してきた。

厳しい戦いは今回が初めてではない。

 きっと、今回も生きて帰ることができる。

 インスペクターを退けて、地球圏に平和を取り戻すのだ。

 

『行こうぜ、タスク。キョウスケさんが待ってる』

『ああ、俺たちがみんなの帰る道を作るんだ』

 

 2人はモニター越しに頷きあう。

 ダイゼンガーの撃破におよそ5分以上かかってしまった。敵機にさえ出くわさなければ、キョウスケは今頃制御室に辿りついているだろう。

 

『立てるか』

 

 タスクのMk-Ⅱがアラド機に手を差し伸べる。

 

『悪ぃな』

 

 アラドのMk-Ⅱは残った左腕でタスク機の手を掴んだ。タスク機に引き起こされながら、関節内のモーターを軋ませて機体を起き上がらせようとする。

 

 だが……

 

 

 次の瞬間、タスク機の腕部が爆発した。

 

『ッ!?』 

『うわっ!』 

 

 いきなり牽引力のなくなったアラドのMk-Ⅱは、勢いよく腰部を地面をぶつけていた。

 アラド機のモニターに映るタスクのMk-Ⅱは、左腕部の肘から先が無くなっていた。

 2人は慌ててレーダーを確認する。

 2機の青い点滅の周囲に十数個の赤い点が明滅していた。モニターで視認するまでもなく取り囲まれている、どうやら敵の増援がきたらしい……機体を損傷したゲシュペンストが2機に対して、この数は絶望的だ。

 だが現実は甘くない。

 

『なんだこりゃ……』 

 

 頭部カメラが捉えた映像にタスクが愕然とする。

 2人のゲシュペンストを見覚えのあるロボットたちが取り囲んでいた。

 

『ズィーガーリオンにフェアリオン、ヒュッケバインにグルンガスト……』

『SRX、アウゼンザイターに……ダ、ダイゼンガーまで……ウソだろ……?』

 

 クロガネに集められた精鋭たち ── 2人の仲間たちの機体がに2人は取り囲まれている。ズィーガーリオンの持っているブレードレールガンの銃口から白煙が上がっていた。タスク機の腕部を吹き飛ばしたのは、あの銃口から発射された銃弾らしい。

 ロボットたちが銃や拳、剣など各々の武器で2人のゲシュペンストを狙っていた。

 2人は震える。

 死ぬ。今度こそ、死ぬ、と。

 

『『うおおぉおぉぉおぉっっ!!』』

 

 2人のゲシュペンストは武器を取り応戦を開始した……トラウマシャドウで荒野に見えている空間に再び銃声が響き渡る ──……

 

 

 

弾倉が回れば、リスクが上がる。







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第34話 共闘

 キョウスケは制御室へと辿りついていた

 

 タスクたちと別れてから既に5分が経過しようとしていた。 

 5分は長い。戦場での5分は長すぎる。戦場で両手で数えきれないぐらいの人間を殺すのに、5分もあれば十分すぎた。生身どころかロボットという破壊兵器を使った戦闘なら、さらに多くの人間を殺すことも容易いだろう。

 5分、

 

 

── 既に決着がついた頃合いか

 

 

 タスクたちがダイゼンガーを倒すには十分な時間だ。

 ダイゼンガーに2人がやられる可能性をあえてキョウスケは考えなかった。考えても仕方がないからだ。

 2人の生死がどうであれ、キョウスケのやるべきことは1つだった。

 

「あれか」

 

 ゲシュペンストMk-Ⅲのモニターにやけに大きな制御盤らしき装置が映っていた。

 ホワイトスターの防衛装置の制御室は広かった。制御室前の空間程ではないが、PTが縦横無尽に動き回れる程のスペースがある。

 制御盤も同様に大きく、まるでPTで装置を操作するために作られたように思えた。

 

「敵はいないな」

 

 レーダーを確認するが自機以外の反応はなし。

 敵機がいないのなら今の内だ。キョウスケは急いで作業に取り掛かることにした。Mk-Ⅲの腰部に携帯していた【マ改造】ウィルスが入った容器を取る。

 Mk-Ⅲの左手にウィルス入りの円柱を持たせ、ウィルスを侵入させることができそうな端末接続部を捜索する。

 だが、その時 ──

 

「なんだと?」

 

 ── コックピット内にアラームが鳴り響いた。

 モニターに「Rock On!」の表示、そしてレーダーに敵が突如出現したのだ。レーダー上で敵機を表す赤い点の表示が大きかった。おそらくは特機クラス。

 その特機クラスの敵から高エネルギー反応を感知していることを、アラームは知らせていた。

 

「くっ……!」

 

 敵機の姿をモニターに捉えるよりも先に、キョウスケはMk-Ⅲのスラスターを逆噴射させた。猛スピードで後方に退がる。

 それとほぼ同時に、先ほどまでMk-Ⅲが居た地点を巨大な破壊エネルギーの塊が通過。赤色と青色の光線が螺旋を描いて、Mk-Ⅲの鼻っ面の先を通過していった。激しい衝撃に襲われながらも、キョウスケは敵の攻撃を冷静に分析していた。

 

 

── これは……クロスマッシャー?

 

 

 キョウスケは光線に見覚えがあった。

 新西暦186年、インスペターが地球侵攻を開始する約1年前に勃発した戦争がある。

 ディバイン・クルセイダーズ ── 通称「DC」

 ビアン・ゾルダークを総統した「DC」が地球連邦に反旗を翻した戦争を「DC戦争」と呼び、キョウスケもその戦いに参加していた。

 赤と青の螺旋光線はその時に見たモノだ。

 究極ロボ・ヴァルシオン。そして、その量産型であるヴァルシオン改。

 EOTの粋を尽くした、「DC戦争」当時の最強の特機の名前だった。クロスマッシャーはヴァルシオンの持つ最強の武装であった。そう、キョウスケは記憶している。

 

「ちっ……!」

 

 どうやって存在を隠していたのか、ステルスか、はたまた空間転移か……気配を感じさない見事な不意打ちだったと褒めてやりたいところだが、今のキョウスケにはそんなことはどうでもよかった。

 アラーム音が鳴りやまない。それもそのはず。ゲシュペンストMk-Ⅲの左腕の反応がロストしていた。

 当然、左手に持っていた【マ改造】ウィルスの反応も、だ。

 

「サマ師め、よくもやってくれたな」

 

 ウィルスを紛失してしまった以上、作戦は失敗だった。

 レーダーの敵機反応をモニターに捉える。キョウスケの予感は的中していた。青い塗装を施されたヴァルシオン改がゲシュペンストMk-Ⅲの前に立ち塞がっている。

 キョウスケはMk-Ⅲのリボルビングバンカーのセーフティーを解除する。

 こうなってしまった以上、急いで戻ってタスクたちと合流し、2人の持つウィルスを手に入れるしかない。

 そのためにはヴァルシオン改が邪魔だった。

 

「ヴァルシオン……何度立ち塞がろうとも撃ち貫くのみだ」

 

 キョウスケはゲシュペンストMk-Ⅲを駆り、ヴァルシオン改に突撃していった ──……

 

 

34話 共闘

 

 

 撃鉄を上げたリボルビングバンカーがヴァルシオン改に肉薄する。

 

 異様とも思える巨大なブースターが、一瞬でゲシュペンストMk-Ⅲを敵の懐へ運んでいた。ヴァルシオン改の全高は役60mとMk-Ⅲの倍以上で、キョウスケは得た勢いを殺さぬように、Mk-Ⅲに地面を蹴らせ飛び上がり右腕部の切っ先を突き出させる。

 電光石火。

 並のパイロットなら状況を把握できないだろう。それ程に速い踏込みで、リボルビングバンカーが敵の装甲に喰らいついた。

 

 だが ──

 

「歪曲フィールド……ちっ」

 

 ── キョウスケが舌打ちした。

 リボルビングバンカーはヴァルシオン改を捉えている。しかし装甲に触れているだけで、鋭利な先端は装甲に突き刺さってはいなかった。何かに阻まれるようにして、Mk-Ⅲの突撃の慣性は殺されていた。

 歪曲フィールド。

 確か、ヴァルシオンが持っていた特殊な防御フィールドだったとキョウスケは記憶している。

 防御範囲は自機周辺のみと極めて狭いが、侵入してきた異物 ── 銃弾だろうが、ビームだろうが、ロボットだろうが ── の慣性や威力を半減させる防御機能だ。

 キョウスケは技術者ではないためフィールドの原理は詳しくは分からない。

 だがパイロットである。歪曲フィールドが厄介である点は熟知していた。

 歪曲フィールドはエネルギーを展開して攻撃を弾いている訳ではない。あくまで半減させているだけだ。

 つまり、どんな攻撃も100%防げない代わりに、どんな攻撃の威力も削いでしまう ── フィールド内の敵機に本領を発揮させないようにする、極めて厄介な機能だった。

 コンマ数秒の一瞬の思考。

 直感と経験で自機に起きている現象を把握したキョウスケは、

 

「…………」

 

 無言のままトリッガーを引いた。

 薬室内に装填されていた炸裂弾が発動する。薬室内で生じた爆発は衝撃となりリボルビングバンカーへと伝達される。敵を貫くための鋭く太い鉄針が、勢いよくヴァルシオン改の装甲へと押し出された。

 ヴァルシオン改の装甲が大きく窪んだ。ゼロ距離からの一撃はそれ程威力を軽減できないようにキョウスケには見えたが、画面上、リボルビングバンカーがヴァルシオンの装甲を撃ち抜いたようには見えなかった。

 内部まで届いていない、装甲止まりだ。

 キョウスケは操縦桿を動かしMk-Ⅲは右腕部を引き抜くと、すぐにスラスターを逆噴射させた。

 ヴァルシオン改が目を赤く光らせ、巨大な大剣を振り上げていたからだ。

 

「……っ」

 

 ディバインアームという実体剣が振り下ろされたが、Mk-Ⅲは攻撃を躱した。

 真上から振り下ろされたディバインアームと制御室の床が接触し、金属の反響音が鳴る。しかし斬撃は回避したにも関わらず、剣風が衝撃波となってMk-Ⅲに襲いかかった。

 キョウスケはスラスターで制動をかけたが、ヴァルシオン改から大きく弾き飛ばされてしまっていた。ヴァルシオン改は床から武器を引き抜き、赤い双眸をMk-Ⅲに向けてくる。

 ロックオンされたことを知らせるアラームが鳴る。

 

「この威力、貰ってやるわけにはいかんな」

 

 Mk-Ⅲはブースターとスラスターを併用し、制御室内を滑らかに移動する。コンソールを操作して、持ち込んでいたM90アサルトマシンガンのトリガーに指をかけさせる。

 ヴァルシオン改に向けてマシンガンが連射された。

 だが歪曲フィールドに阻まれて、ヴァルシオン改の装甲を撫でるだけのお粗末な銃撃になりさがる。

 焼け石に水とは正にこのこと……キョウスケの苛立ちを強くなる。ヴァルシオン改は腕部に備わった銃口をMk-Ⅲに向けていた。高エネルギー反応の感知をコンピューターがキョウスケに報告する。

 銃口から赤と青の2条の螺旋 ── クロスマッシャーが発射された。

 キョウスケはブースターの出力を上げ、体にかかるGを堪えながらMk-Ⅲの軌道を変えた。

 Mk-Ⅲが移動してきただろう場所をクロスマッシャーが通過する。

 

「このままでは……」

 

 キョウスケの脳裏に最悪の未来が過った。

 ゲシュペンストMk-Ⅲとヴァルシオン改では撃ち合いをすれば、勝敗がどうなるかは目に見えている。かたや貧弱なマシンガン、かたや一撃必殺の破壊光線……攻撃はいつまでも躱し続けられるものではない。

 直撃する時が必ずやって来る。Mk-Ⅲの装甲が特機並に厚くても、クロスマッシャーを何度も受け切れるものではなかった。

 

 

── やはり、歪曲フィールドをどうにかせねばな……

 

 

 先ほどの接近戦でキョウスケは感じていた。銃撃は勿論、至近距離から撃ちこんだリボルビングバンカーも多少ではあるが威力を軽減されていた、と。

 歪曲フィールドの対処ができなければ、ヴァルシオン改の撃破は困難だ。

 

 

── フィールドの発生装置の破壊……それが勝利の鍵だな

 

 

 歪曲フィールドは機体の外側に展開しているバリアだ。ならばフィールドを発生させるための装置が必ずある筈で、装甲に守られていたり巧妙にカモフラージュされているかもしれないが、それを破壊すれば歪曲フィールドは消失する。

 問題は、発生装置が何処にあるか、だった。

 モニターに映るヴァルシオン改を目視で確認するが、発生装置らしき物体は見当たらない。敵の威圧的な外見が目に飛び込んでくるだけだ。

 

「ならば、炙り出すまでだ」

 

 キョウスケはコンソールを操作、武装を選択する。武器は相変わらずM90アサルトマシンガンだ。しかし同時にMk-Ⅲのコンピューターにヴァルシオン改の解析を行わせることにした。

 ヴァルシオン改は動かず、Mk-Ⅲに向けて3発目のクロスマッシャーを発射する。

 Mk-Ⅲはブースターで攻撃を回避し、マシンガンの口から徹甲弾をばら撒いた。

 銃弾は歪曲フィールドで減速され、カツンカツン、と装甲に弾かれた。しかしキョウスケはトリガーを引き絞ったまま、射撃を止めない。Mk-Ⅲの足元には空薬莢が、ヴァルシオン改の足元には実弾が転がり小さな山になり始める。

 キョウスケの攻勢に、ヴァルシオン改はフィールドを展開して防御態勢を取っていた。マシンガンの弾が尽きれば攻撃に転じてくるだろう。

 キョウスケはそれを承知した上で射撃を続け、横目でヴァルシオン改の解析結果を確認した。

 

「両肩……装甲内部か」

 

 モニターに表示されたヴァルシオンの両肩から、高エネルギー反応が放出されている。歪曲フィールドを展開し防御態勢のヴァルシオン改で最も高いエネルギーが検出される部位 ── フィールドを発生させている装置がある場所の可能性が高い。

 フルオートで連射されるマシンガンの残弾をチェックする。

 もってあと5秒。

 銃弾の雨が止めば、ヴァルシオン改は攻撃してくるだろう。キョウスケは選択しなければならなかった。

 

「分は悪いか……だが、敗ける訳にはいかん……!」

 

 地球で待つエクセレンの笑顔が浮かんで、消えた。

 絶対に生きて帰る。そしてエクセレンともう一度会う。キョウスケにできることはヴァルシオン改に突撃し、目標めがけてリボルビングバンカーの引き金を引くことだけだ。

キョウスケは心を決めた。それが定めならば、と。

 もうマシンガンの弾はなかった。

 

「勝負だ、ヴァルシオン!」

 

 マシンガンから空撃ちの音が聞こえてくるよりも早く、キョウスケはMk-Ⅲのブースターの出力を上げた。

 フルスロットル ── 目がくらむようなGが体にかかると共にMk-Ⅲは加速する。キョウスケ十八番である突貫と一撃戦線離脱戦法だった。

 歪曲フィールドの制御装置はヴァルシオン改の両肩内部にある可能性が高い。歪曲フィールドの性能はかなり高い。制御装置が1つ潰れれば、おそらく満足に展開することはできなくなるだろう。

 無論、制御装置が両肩に存在する確証はどこにもない。

 エネルギーの解析結果と自らの直感を信じ、キョウスケはヴァルシオン改の右肩部分をロックオンした。青い肩に赤いロックオンサイトが重なる。

 直後、マシンガンの弾が尽きた。

 Mk-Ⅲはマシンガンを投げ捨てると、リボルビングバンカーの薬室を回転させ、撃鉄を上げる。

 ヴァルシオン改がMk-Ⅲにクロスマッシャーの砲門を向けてくる。

 

「遅い!」

 

 砲門にエネルギーがチャージされるよりも早く、キョウスケはリボルビングバンカーを叩きつけていた。

 歪曲フィールドが展開され威力は削がれ、鉄針は装甲に突き刺さることはない。だがフィールド展開にエネルギーを回したためか、ヴァルシオン改の動きが鈍った。

 

「零距離、取ったぞッ!」

 

 キョウスケがトリガーを引き、リボルビングバンカーが炸裂した。

 鉄針がヴァルシオン改の右肩装甲へと撃ち込まれ、衝撃が内部を撃ち抜いていく。バチチッ、と火花が散った。Mk-Ⅲがバンカーを引き抜くと、右肩装甲は貫通しており、内部に覗ける機械がショートしているのが分かる。

 キョウスケがエネルギー解析のデータを確認する。

 歪曲フィールドは消失していた。

 

「ヤマ勘が当たったか ──── ぐぅっ……!?」

 

 Mk-Ⅲのコックピットを激しい振動が襲った。

衝撃に抗えず、Mk-Ⅲはヴァルシオン改から大きく弾き飛ばされ、制御室の壁に叩きつけられる。ディバインブレードを振りぬいたヴァルシオン改の姿がモニターに残っている。

 Mk-Ⅲはディバインブレードで斬り飛ばされていた。

 

「ぬかった……!」

 

 解析結果よりすぐに離脱するべきだったと、キョウスケは悔いる。

 Mk-Ⅲのコンピューターがモニターにダメージを報告してくる。右肩から左腰にかけて斬撃の跡が残っているのが分かった。中破……作戦行動に支障が出るレベルだった。Mk-Ⅲの装甲が特機並でなければ、機体を真っ二つにされて爆散していたことだろう。

 右肩から黒煙を上げながら、ヴァルシオン改の瞳がギラついた。

 ロックオンアラートの直後、クロスマッシャーの砲門がMk-Ⅲに向けられるのが見える。 

 キョウスケは慌てて操縦桿を動かした。

 

「っ!? どうした、動けMk-Ⅲ!」

 

 キョウスケの操作にMk-Ⅲが反応しない。

 ヴァルシオン改の攻撃で制御系がシステムダウンしているようだ。

 急いでシステムを復旧させようとするが、クロスマッシャーの砲門へのエネルギー集中の方が早い。砲門ではエネルギーの塊が、まるで膨らませている風船のように膨張していた。

 すぐに発射されるのは目に見えている。

 しかしMk-Ⅲはまだ動かない。

 

 

── 間に合わん……ッ!

 

 

 このままでは、次のMk-Ⅲの機動よりもクロスマッシャーの発射の方が確実に早い。

 Mk-Ⅲの左腕部を一瞬で吹き飛ばした砲撃を、無防備に直撃すればどうなるか? 結果は目に見えていた。

 汗ばんだ手で操縦桿を動かすが、Mk-Ⅲはやはり動かない。

 動けと念じて動くほど、世の中は都合よくできてはいなかった。

 死。寒気を覚える単語が頭をよぎった直後、クロスマッシャーが発射される。

 

 なす術もなく、キョウスケの視界は赤と青の光に包まれた ──……

 

 

 

 

 もう、駄目だ。

 クロスマッシャーは撃たれた。

 動かないMk-Ⅲでそれを回避することはできないし、耐えきることもできないだろう。

 もうすぐ自分は死ぬのだ。

 もう、エクセレンにも会うことはできない。

 それだけがキョウスケにとって心残りだった。

 

 

 

 

 ……── 衝撃や苦痛は感じなかった。

 

 それ程一瞬で焼き殺されたのだと、キョウスケは思う。

 だが同時に疑問を持った……何故、自分はまだ考えることができるのだろう、と。

 

『情けないな、ベーオウルフ』

 

 聞き覚えのある声にキョウスケは気を持ち直した。

 一瞬だが、意識が飛んでしまっていたらしい。キョウスケはまだMK-Ⅲのコックピットの中にいた。

 手もある。足もある。恐怖で弾けそうに鼓動する心臓の音が頭に響いているし、熱を持った息を吐き出し、全身が汗で濡れているのも分かった。

 キョウスケは生きていた。

 

『俺が来なければ死んでいたぞ?』

 

 声の主がモニターに表示された。

 見慣れないパイロットスーツとヘルメットをしているが、バイザー越しに見える顔はキョウスケの知っている男のモノだ。

 出撃前に格納庫で言葉を交わしただけの赤い髪の男……

 

「アクセル……アルマー……?」

『どうして俺がここにいる? と訊きたそうな顔だな。しかしそれを話している暇はないのさ、こいつがな』

『隊長、敵が来ます』

 

 今度は聞き慣れない声。女のものだった。

 キョウスケは急いで現状を把握する。

 MK-Ⅲは2機の見慣れない機体に抱き起されている。画面には「ASK-AD02 アシュセイヴァー」と機種名が表記されている。どうやらクロスマッシャーが直撃するよりも早く、Mk-Ⅲは2機のアシュセイヴァーに救出されたと見て間違いないだろう。

 Mk-Ⅲのシステムも復旧していた。キョウスケの操作に反応し、Mk-Ⅲは自力で地面に立つ。

 

『よし、もう動けるようだな』

 

 アシュセイヴァーの1機に乗ったアクセルが言った。

 

『W17、これからベーオウルフと連携し、敵機を撃破する。敵はヴァルシオンだが、できるな?』

『了解』

 

 W17……それがもう1機のアシュセイヴァーに乗っている女の名前らしい。W17の声には感情が感じられない。抑揚のないW17の言葉にキョウスケは違和感を覚えていた。

 

 

── こいつ……何者だ……?

 

 

 兵士と言えども人間だ。感情は必ずある。しかしW17からはそれが感じられなかった。

 

『あの男の最高傑作、その性能を存分に見せてみろ』

『了解』 

『ベーオウルフ、ぼさっとするな。貴様はこんな所で死ぬような男ではあるまい』

「言ってくれるな」

 

 アクセルの言葉にキョウスケは苦笑いを浮かべていた。

 モニター上のアクセルは不敵な笑みを浮かべている。対してW17という女性は無表情で、人間の顔立ちをしているにも関わらず、現在敵対しているヴァルシオン改に近い何かを感じさせた。

 気にはなる。しかし「ぼさっとするな」というアクセルの言葉は的を得ていて、ヴァルシオン改の銃口はMk-Ⅲと2機のアシュセイヴァーが密集している場所に向けられている。

 クロスマッシャーのチャージは既に開始されていた。

 

「アクセル。すまないが、借りは後で返す」

『ふんっ、生きて帰れたら酒でも奢ってもらおう。それも上等の酒をだ、これがな』

 

 生きて帰る。

 その言葉は、キョウスケに今生きている実感を感じさせた。まだ生還できるチャンスは残されている。

 キョウスケはヴァルシオン改をモックオンし、コンソールで武装を選択する。リボルビングバンカーは次弾を装填し、両肩部コンテナのロックを解除、頭部のプラズマホーンへのエネルギーバイパスを開放した。

 Mk-Ⅲ頭部にそびえる1本角が帯電し、白熱化する。

 

『ベーオウルフ、抜かるなよ』

「ああ」

『W17、散開だ。攻撃を俺に合わせろ』

『了解、隊長』

 

 極めて事務的にW17は言葉を返した。

 それを合図にキョウスケたちは機体を3方向に別々に動かし始める。アクセルたちのアシュセイヴァーは高機動戦闘を得意とする機体のようで、Mk-Ⅲに比べると滑らかで素早い機動でヴァルシオン改を取り囲み始めた。

 Mk-Ⅲはアシュセイヴァーのように運動性は高くない。

 低い運動性を補うための強力な推進力を活かして、Mk-Ⅲはヴァルシオン改に接近する。

 Mk-Ⅲの急接近にヴァルシオン改が反応しない筈はなかった。

 3機が密集していた地点に照準されていたクロスマッシャーを、Mk-Ⅲに向けて発射した。

 キョウスケはスラスターを全開で噴かせて突撃の軌道を変える。

 クロスマッシャーが機体の真横をすり抜けて行った。光線の放つ熱量で、直撃していないのに装甲表面が溶解し、コックピットを横向きのGと振動が襲う。

 キョウスケはスラスターを逆噴射させ、機体の制動を得ると、再びヴァルシオン改へと突撃を敢行した。

 

 

── 切り札、切らせてもらうぞ!

 

 

 プラズマホーンの限界容量ギリギリのエネルギーを流しながら、Mk-Ⅲは地面を蹴り、空中高く飛翔した。頭部を大きく振り上げる。伊達や酔狂ではなく攻撃のために取り付けられたプラズマポーンの狙いを、ヴァルシオン改の頭部へと定める。

 しかし空中に大ジャンプすれば当然隙ができる。

 間髪入れずにクロスマッシャーの砲門がMk-Ⅲを狙い、エネルギーチャージを開始した。

 

『させん!』

 

 だが、ヴァルシオン改はその直後に背後からビームを浴びせられた。

 アクセルの乗るアシュセイヴァーが両手持ちのビーム砲で攻撃したのだ。

 直撃。

 歪曲フィールドで威力を減退させられた様子はなく、ヴァルシオン改の巨体が大きく揺らいだ。

 

『好機! 合わせろ、W17!』

『了解、ソードブレイカー全機射出』 

 

 2機のアシュセイヴァーが両肩部に装備された攻撃ユニットを射出した。アクセルとW17の分を合わせて12基 ── 短剣のような形をした自律機動兵器が空中を高速で舞う。

 12基がそれぞれ不規則な軌道でヴァルシオン改の周辺を乱舞し、鋭利な切っ先で突撃し、装甲を抉る。レーザーで攻撃を行いつつ、最終的にはヴァルシオン改に突き刺さり自爆した。

 轟音と閃光がヴァルシオン改を包む。

 歪曲フィールドが消失したヴァルシオン改は爆発の威力を軽減できず、動きが止まった ──

 

「零距離、取ったぞ!」

 

 ── 直後、Mk-Ⅲの1本角がヴァルシオン改の頭部を斬り裂いた。

全重量と加速を乗せ、白熱化したプラズマホーンがヴァルシオン改の顔をまるでバターでも切り分けるかのように裂いていく。

 その勢いは頭部だけで留まらず、胸部、腹部装甲を縦一文字に斬った。装甲の裂け目から火花が散る。内部まで届いたらしい。

 

「釣りはいらん ──」

 

 間髪入れずに、プラズマホーンを引き抜いたMk-Ⅲはアヴァランチクレイモアを発射した。至近距離から火薬入りチタン弾の散弾が直撃する。

 ヴァルシオン改の装甲が穴だらけになり、弾け飛んだ。

 

「── 全弾持って行けッ!」

 

 すかさず装甲が抜けたヴァルシオン改にリボルビングバンカーが叩き込まれた。

 歪曲フィールドが消失し、装甲が抜けたヴァルシオン改に鋭利な鉄針が深々と突き刺さる。

 リボルビングバンカーの炸裂弾が爆ぜ、鉄針が打ち出された。1発、ヴァルシオン改の体内を衝撃が駆け抜けていく。

 しかしキョウスケはすぐさま操作して、バンカーの薬室を回転させ、次弾を装填し迷わずトリガーを引いた。その作業を3回 ── 計4発の荒れ狂う衝撃と共にリボルンビングバンカーがヴァルシオン改を撃ち貫いていた。

 

「俺の……いや、俺たちの勝ちだ……!」

 

 Mk-Ⅲを苦しめたクロスマッシャーの砲門も、装甲を切り裂いたディバインアームももう動かない。

 キョウスケたちの勝利で戦いの幕は閉じたのだった。

 

 

 

 



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第35話 終戦

「聞かせてもらうぞ、アクセル・アルマー」

 

 戦闘終了後、キョウスケはすぐにアクセルのアシュセイヴァーへと通信回線を開いた。

 

「何故お前がここにいる? お前の任務は敵の陽動だったはずだ」

『ご挨拶だな、ベーオウルフ。俺が制御室へと駆けつけなければ貴様は既に死んでいるぞ。絶対死なない男が聞いて呆れる、これがな』

 

 「絶対に死なない男」 ── 不死の部隊ベーオウルブズ、その隊長であるキョウスケの通称であり、鋼鉄の孤狼以外にこの名で彼を呼ぶ者も少なくない。

 しかしキョウスケはこの通り名が好きではなかった。

 「助けてくれたことには礼を言う」とアクセルに頭を下げて、続けた。

 

「だが言ったはずだ。俺は兵士だ。そして兵士は人間だ。

死なない人間など存在しない、俺だって死ぬときは死ぬ」

『だが貴様は生きている』

「……何が言いたい?」

 

 アクセルの物言いにキョウスケの眉尻が上がる。

 その表情を楽しむようにアクセルは口元を緩めていた。

 

『兵士は人間、人間である限り命は有限だし、怪我もすれば死にもする。貴様は今回も死にかけた、あの砲撃を直撃していれば死んでいただろう。なるほど、納得だなベーオウルフ。貴様は不死ではない。不死に限りなく近い何か、だ』

 

 キョウスケの頭に疑問符が浮かぶ。

 

『貴様は持っているのだ。肉体的な素養ではなく、絶体絶命の状況でも、周囲の状況を変化させたり、本来ありえない確率の物理現象を起こす何かを、な』

「……悪運だとでも言いたいのか?」

『呼び名など知らんな。ただ、戦場に貴様のような男がいれば、限りなく不死に近い兵士に成り得るだろう……そういう話だ、これがな』 

 

 不死に限りなく近い兵士。

 アクセルの話は夢物語にしか思えない。

 しかしキョウスケは身に覚えがあった。彼の言葉のような現象が、これまでキョウスケの周りでは度々起こってきた。

 士官学校時代の旅客機墜落事件の時は、キョウスケはほとんど無傷の状態で救出された。キョウスケ以外の搭乗員は全滅していた程の被害であったのに、だ。

 また、過去にPTを撃破された経験もある。

 しかも脱出装置が機能せずコックピットが破壊されたことだってある。

 だがキョウスケは重症を負いながらも生き残ってきた。

 不思議に思ってきたことだ。キョウスケとて自殺志願者ではない。決して死にたい訳ではないが、何故、自分は死なないのか? と ──

 

「今回もそうだと言いたいようだな」

『その通り。そうそう都合良く増援なぞ来るものか。貴様を不死としている何かが、俺たちをここへ連れてくるように状況を変えたのだ』

「世迷い事を……兵士は、戦場において現実主義者であるべきだ」

『まったくだな。お前のいう事は一々正しいよ、ベーオウルフ』

 

 アクセルは同意を示す。

 戦場では冷酷になる必要がある。例え味方が目の前で倒れようとも、兵士に要求されるのは作戦に従って行動をすることだ。

 兵士の集合体は軍隊となり、軍同士のぶつかり合いが戦争と呼ばれる。戦争は非情だ、そのことをキョウスケは熟知していた。命令違反、作戦を逸脱した行動をして死んでいった兵士を数えきれない程見てきたから思うのだ。

 戦場で現実主義者になるべきだ、と。

 甘えと言う心の贅肉を削ぎ落とし、客観的に戦況を把握し、味方が撃破されようとも冷静にもの事を運ぶ精神力が戦争で生き残るには必要なのだ。

 キョウスケはアクセルの発言に違和感を覚えていた。 

 アクセルはキョウスケと同じ現実主義者だと、直感で分かる

 似も関わらず、言っている事は現実味を帯びない言葉ばっかりだった。

 

『俺だって現実主義者だよ、ベーオウルフ』 

 

 「では何故……?」素朴な疑問がキョウスケの口から洩れていた。アクセルは不敵な笑みを浮かべながら答える。

 

『だがな ── いや、現実主義者だからこそ求めるのさ。俺たちには不死の兵士が必要だ。

戦意高揚やプロパガンダのためではなく、文字通り、死なない肉体を持つ兵士が俺たちには必要なのさ、これがな』

「……何故 ──」

『W17!』

 

 キョウスケの質問をアクセルが大声で打ち消した。

 直立不動で待機していたW17のアシュセイヴァーが反応する。

 

『何をしている? 油断は死に直結すると教えたはずだぞ。貴様は周囲を警戒していろ』

『了解』

 

 W17のアシュセイヴァーは、両手持ちのビームライフル ── データ照会ではハルバードランチャーと表記されている ── を構えて入り口へ向かった。

制御室には入り口は1つしかない。W17はハルバートランチャーを入り口に向けて警戒態勢に入った。

 

『すまんなベーオウルフ、見苦しい所をみせた。見た通り新兵でな、まだ色々と手がかかるのさ』

「新兵?」

 

 新兵がホワイトスターの激戦を潜り抜け、ヴァルシオン改の撃破を的確にサポートできるものなのか? キョウスケにはにわかに信じられなかった。

 

『その顔は信用していないか、まぁいい。それよりもだ。

ベーオウルフ、貴様は貴様の任務は早く済ませろ。今ならウィルスを流し放題だぞ』

「…………ないんだ」

『何だと?』

「ウィルスがない。最初の砲撃で破壊された」

 

 キョウスケの言葉に、画面上でアクセルが明らかに不機嫌になるのが見て取れた。

 

『馬鹿か貴様は。最優先で死守すべき物だろうが』

「すまん」

『……まぁ、いいさ。無いものネダリをするつもりはない。

ふっ、それに貴様の無能っぷりが俺の行動の価値を高めてくれたぞ、これがな』

 

 アクセルが鼻で笑いながら答えていた。

 彼の発言の意味がキョウスケにはよく分からない。

キョウスケはその意味を問おうとするが、アクセルは彼より早く口を動かし始めた。

 

『俺たちの任務は陽動だ。派手に立ち回り、敵を引き付けるのが仕事だった。それなのに構成メンバーが俺とW17だけだったと思うか?』

「いや……」

 

戦闘で撃破されたと考えるのが妥当だ。キョウスケは声には出さなかった。

 

『ご名答。しかし俺たちは愚鈍じゃない。防御に徹して敵を引き付けるだけなら、被弾はしても撃破までされる奴はいなかったよ』

「では何故2機になで減ったんだ?」

『自分たちの身を守るだけなら容易い。しかし動けない者を守るとなると話は別だ、難易度は跳ね上がる。

いつもなら見捨てていたのだがな……気づくと、大勢いた俺の部下はW17だけとなっていた』

 

 アクセルが淡々と言った。

 

『隊長』

 

 当の生き残りW17が声を上げた。銃口は入り口に向けられたままだ。

 

『PT反応2機、こちらに接近中』

『識別反応は?』

『……青。味方機です』

 

 キョウスケもMk-Ⅲのレーダーを確認する。

 2つの青い光点が隣接して、制御室へとゆっくり向かって来ていた。

 

『ベーオウルフ、俺たちはどうやってここまで来たと思う?』

 

 唐突にアクセルが訊いてきた。

 

『陽動に成功していた敵機が急に踵を返してな、俺たちはそれを追ってこちらに来たに過ぎん』

 

 陽動中の突然敵が逃げたのだろう。しかしホワイトスターに展開しているインスペクター軍の多くは無人機だ。目前にターゲットがいるのに逃亡するとは考えにくかった。

 目の前の敵機よりも重要な出来事があったとしか考えられない。

 

 

── もしや、あの時のあれか……?

 

 

 隔壁をアヴァランチクレイモアで撃ち抜いたのを思い出した。

 ロックしていた隔壁が破壊される。敵にとっては一大事に違いない。

 しかし隔壁の先には ──

 

「まさか、おいアクセル ──」

『察しが良いな。その通り、逃げた敵機を追っていた俺の目の前には荒野が広がっていた。

目を疑ったぞ。追っていた敵の無人機が、グルンガストやSRXなどの特機に化けて、2機のゲシュペンストを取り囲んでいたのだからな』

 

 ── キョウスケの思った通り、アクセルたちはあの荒野の空間を通って制御室に来たようだ。

 アクセルに敵機を特機に見せたのは間違いなくトラウマシャドウの仕業だろう。

 

 

── アクセルが守って戦った機体とは……もしや……?

 

 

 キョウスケの額に汗が伝った。不安と期待が入りまじり胸の鼓動が早くなる。

 荒野の空間にいるゲシュペンストには心当たりがあった。つい先ほど別れた、キョウスケの仲間 ──

 

『キョウスケさん!』 

 

 ── 耳に残っていた声が、Mk-Ⅲの通信機を震わせていた。

 通信源は制御室の入り口にいた。腕部を喪失した2機のゲシュペンストMk-Ⅱ改が肩を貸し合って立っている。真っ赤な装甲板が傷だらけになっており、激戦を物語っている。

 W17に銃口を向けられたままのゲシュペンストからMk-Ⅲに映像通信が入る。

 キョウスケのよく見知った顔がモニターに映っていた。

 

『へへっ、悪いなキョウスケさん! また生き残っちまったぜ!』

 

 アラドが屈託なく笑いながら言った。

 彼のMk-Ⅱ改は左腕がなく、胸部メガブラスターキャノンも潰れている。全身の装甲も焦げていて、まだ機体が動けているのが不思議なぐらいだった。

 タスクの機体も左腕がないが、アラド機に比べると損傷は軽い。

 

『こっちはこの人たちのお蔭で助かりましたよ』

 

 タスクがアクセルたちを見て言った。

 やはりヤクセルがタスクたちを助けてくたようだ。キョウスケはもう1度アラドたちの機体損傷を見る。アクセルたちのアシュセイヴァーと一緒に制御室に到着できていない以上、2機はやはり足手まといだったのだろう。

 圧倒的な感謝。

 アクセルは多くの部下を犠牲にしてまで、タスクとアラドを救ってくれたのだ。

 

『キョウスケさんも無事でよかった』

『言ったろ! 俺たちは死なねぇのさ!』

「タスク……アラド……」

 

 無事でよかった。キョウスケは胸をなで下ろす。

 タスクたちの救世主は何も言わなかった。

 アクセルがタスクたちを助けたのは任務だったからだろう。

 アクセルたちの任務は陽動だ。キョウスケたちを制御室へ向かわせることがアクセルたちの任務だった。タスクたちを助けた理由はそれ以上でも以下でもないだろう。

 分かっている。

 キョウスケもアクセルも兵士だ。

 任務に私情を持ち込んだりはしない。

 ホワイトスター防衛装置へウィルスを侵入させる ── 任務達成のために、タスクたちを助けることは意味があると判断したから助けた。

 それだけだ。

 

それでも、キョウスケは叫びたい気持ちだった。

 ありがとう、と。

 

 

 

 タスクたちの分の【マ改造】コンピュータウィルスを受け取り、キョウスケは作業を開始する ──……

 

 

 

 

 

第35話 終戦

 

 

 

 

 

 俺は……俺は夢を見ていた ──……

 

 俺の名前はキョウスケ・ナンブ。

 何故か高校の密集地域「エリア」で暮らす、ごく普通の貧乏学生だ……。

 いや、貧乏学生だったと言う方が正しいのかもしれない。

 なぜなら、俺は知ってしまったからだ。

 「エリア」の歪みを……俺の中に潜むモノの存在を……「エリア」を支配する神の存在を知ってしまった。

 知らぬが仏とはよく言ったものだ。

 真実を知らなければ、俺はエクセレンと毎日楽しい虚構の日々を送ることもできただろう。事実を知ることが幸せだとは限らない。知らない方が幸せでいられる……断言はしないが、俺の知った「エリア」では無知であることが幸福を享受する絶対条件なのだ。

 

 

── 「エリア」に残された時間は、あと3日だった……

 

 

 あと3日で、「エリア」の歪みは限界を迎え、リバースにより暴走させられたベーオウルフの力で破界されるらしい。

 そしてリバースに再世され、俺たちも幸せな人生を繰り返す、らしい。

 何故らしいかって? 

 覚えていないからさ。「エリア」はもう1万回以上も滅びと再生のプロセスを繰り返しているそうだが、再世のたびに俺たち「エリア」の住人の記憶はリセットされる。

 俺の知る限り、繰り返される「エリア」で記憶保ったままでいる人間はたった2人だった。

 「エリア」の監視者 ── オータム・フォーとカイメラ医院の謎の黒医者 ── アサキム・ドーウィン。

 人間、と言ったが、彼女たちが本当に人間なのかは正直疑わしい。彼女たちの言葉が全て虚言や妄言の類である可能性だって捨てきれない。

 だが俺には彼女たちの言葉を信じるしかなかった。無知な俺に残された道は彼女たちを信じることだけ……それも、また事実だった。

 だから俺はアサキムの言葉に従った。

 オータムの中に記憶された俺自身の過去生を見ろ。

 アサキムの言葉に従い、協力者 ── 有栖 零児の秘伝「夢想転生」の力を借りて、俺は夢を見ていた ──……

 

 

 

 夢の中の俺は、ただただ浮遊感に包まれている。

 体の輪郭を感じ取れない。思考だけが鮮やかに澄み渡り、俺は俺 ── キョウスケ・ナンブを観察していた。

 

 

 ホワイトスター攻防戦。

 防衛装置の制御室に辿りついたキョウスケたちは、特製の【マ改造】コンピューターウィルスを侵入させることに成功する。

 ウィルスの効果はすぐに現れた。

 

『ホワイトスター防衛兵器、インスペクター軍に対して攻撃を開始。戦況は我が方に有利だ』

 

 アシュセイヴァーで通信を傍受していたW17が報告する。

 どうやら【マ改造】コンピューターウィルスが有効に機能したようだ。制御室でのヴァルシオン戦以降に敵機と遭遇していないが、W17の報告が事実ならインスペクターの無人機がホワイトスターの防衛兵器に攻撃されているはずだった。

 

『キョウスケさん、本隊から入電だ』

 

 タスクが喜喜とした声を上げた。

 

『インスペクターの指揮官機を撃破したらしい!』

『やったぜ! 俺たちは勝ったんだ!』

 

 アラドもモニター越しで笑顔を浮かべていた。

 指揮官機 ── キョウスケたちと別行動していたクロガネの本隊が、インスペクター総司令官ウェンドロを討ち取ったのだ。頭を潰せば戦争は終わる……と言える程、戦争は簡単なものではないが、インスペクター軍に関しては別だった。 

 インスペクター軍のほとんどは無人機だ。事前の調べで、インスペクター軍に純粋なインスペクターの本星の人間はほとんどいないことは判明していた。

 実質、インスペクターの地球侵攻メンバーは5-6人。

 その中でグループのトップが討ち取られれば、自然と敵軍は瓦解するだろう。

 指揮官の撃破後に問題となるのは、ホワイトスターから脱出する友軍への無人機からの攻撃であるが、それは【マ改造】コンピューターウィルスで既に対応はできている。

 

「よし。みんな、脱出するぞ」

 

 キョウスケの合図を皮切りに、ベーオウルブズの機体とアクセルとW17のアシュセイヴァーが動き出した。

 目指すはホワイトスター外部で交戦中の友軍艦だ。

 2機のアシュセイヴァーに護衛されながら、満身創痍のゲシュペンストたちは外を目指して歩き出す ──……

 

 

 

 鋼鉄の駄狼R2 ~終戦~

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 総司令官がいなくなったインスペクターは脆いものだった。

 ウェンドロを討ち取られ、ウィルスによって拠点の要を失ったインスペクター軍は、地球連邦とホワイトスター防衛装置の火力の板挟みに曝される。

  防衛していた筈の拠点の兵器に背中から撃たれたのだ。多くの敵機が無防備に銃撃に曝されて撃墜、残った機体も混乱した戦場の中で次々と散って行った。

 わずか半日足らずで、ホワイトスターに残存していた無人機は掃討され、生き残っていた突入部隊の多くは無事に帰還することに成功、インスペクター軍は壊滅した。

 クロガネのメンバー以外は、キョウスケたちの存在を知らない。

 ホワイトスター防衛兵器の異変は、事情を知らない者たちには奇跡として映る。戦場で戦っていた者たち誰もが歴史的な大勝に酔いしれていたのは言うまでもなかった ──……

 

 反面、この戦いでは多くの兵士がホワイトスター宙域で散っていた。

 後に計算された数値ではあるが、このホワイトスター攻防戦だけではなく、インスペクターの襲来から勃発した戦争で失われた命の数は実に99812人。

 救えなかった命だ。

 意味のない民間人まで大量に巻き込んだ戦争……異星人の侵略に対する全面戦争は、この日、終わりを迎えたのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 戦闘終了後、万能宇宙戦艦「クロガネ」。

 

 突入のダメージで半壊状態に陥っていたクロガネも回収され、味方の修理艦の助力を得て、通常航行ならこなせる程度には回復していた。

 キョウスケはアクセルと共に、クロガネ内で経営している酒場へと足を運んでいた。

 普通の戦艦に酒を扱う店があることはまずないが、クロガネの以前の艦長であるレーツェル・ファインシュメッカーという人物が大の食通であり、趣味で艦内に小さなレストランと酒場を建造していたのだ。

 レストランではない方、つまり酒場のカウンターでキョウスケはアクセルと並んで座っている。

 酒場は生還したクロガネの精鋭たちで賑わっていた。

 生気に満ちた笑みと笑い声が飛び交っている。酒を交わしながら戦争の勝利と仲間との再会を祝っていた。中にはキョウスケの見知った顔の者も多く、未成年者の姿も見えたが、今回ばかりはお咎めなしで見逃されている。

 タスクやアラドは、同世代のブルックリン・ラックフィールドやレオナ・ガーシュタインらと同じテーブルに着き談笑していた。遠目には飲んでいるのが酒なのかは分からない

 

「お待たせしました。XYZでございます」

 

 髭をたくわえた細身の老人マスター ── ヒリュウの副長ショーン・ウェブリーに似ているがあえてキョウスケは突っ込まない ── がカクテルグラスを差し出してきた。

 不透明な白い色をしたカクテルだった。

 

「ベーオウルフ、貴様も義理堅い男だな」

 

 アクセルがXYZを手に取り言った。

 

「俺は確かに酒を奢れと言ったがな、まさか本当に奢られるとは思ってもみなかったぞ」

「そう言うな。誰かに借りを作ったままにしておくのは、気分の良いものではないからな」

 

 そう言いながら、キョウスケもXYZを手に取った。

 キョウスケがアクセルをクロガネの酒場に招待したのには訳もがある。

 1つは助けられた借りを返すこと。ホワイトスターの戦闘でキョウスケたちが助かったのはアクセルたちの助けがあったからだ。キョウスケは元より、タスクもアラドもアクセルの部隊がいなければ、おそらく全滅していただろう。

 不死の部隊、ベーオウルブズはまた生き残った。

 世間では噂だけが先行するものだ。ベーオウルブズの生還ばかりがピックアップされ、おそらくアクセルたちの話題は影も見せなくなってしまうのは目に見えている。

 だからせめて、自分たちだけでもアクセルに感謝を示しておきたい。キョウスケはそう考えて、酒場へとアクセルを案内した。

 2つ目の理由は単に興味が沸いただけだ。

 出撃前には突き放したような態度を取ってしまったが、キョウスケはアクセルという男の人物像に興味が沸いていた。

 

「酒か。酒も女も断ってどれ位ぶりになるかな」

 

 アクセルがグラスを覗きながらつぶやいた。

 

「戦争中に酒を飲むなどできる訳がないからな」

「そうさな。冷静な判断力を保ちたければ酒は邪魔者だ。それに酒は脳細胞を破壊する。兵士を長く続けていたければ、酒は飲むべきではないのかもしれん、これがな」

「そうだな」

「だがこれは祝杯だ。受けない訳にはいくまい、なぁ、ベーオウルフ?」

 

 アクセルはグラスを掲げていた。

 キョウスケもグラスを掲げ、アクセルのグラスと縁を合わせた。

 チン、と小さな反響音が鳴る。

 

「互いの生還と」

「戦いの勝利を祝して」

 

 XYZが互いの口に運ばれた。

 一瞬の甘美さの後に、強い灼熱感が体中を駆け抜ける。キョウスケは知っていたことだが、この酒は相当に度数が高い。

 

「ふぅ、きくねぇコイツは」

 

 アクセルは1口でグラスを空けていた。酒に強いのかもしれない。キョウスケは目配せでマスターに追加を注文した。

 

「終戦の味といった所だな、こいつは」

「不味かったか?」

「いいや、悪くない。カクテルのネーミングもな」

「XYZ ── これ以上はない、これから先もない……要するに行き止まりということだ」

「ふっ、戦争の終結には持って来いと言う訳か? 意外とロマンチストなのだな貴様は」

 

 マスターが差し出した追加のXYZをアクセルは受け取ると、また1口で飲んでしまった。マスターは顔色一つ変えずに追加を作り始める。

 カッ、とグラスをカウンターに置いてアクセルがキョウスケを見てきた。

 

「不死の兵士 ── 鋼鉄の孤狼、キョウスケ・ナンブのセリフとは思えんぞ」

「……そうだろうか?」

 

 キョウスケは微少を浮かべていた。

 

「確かに俺は兵士で、人間だ。不死じゃない。それはお前も認めていたことだぞ」

「その通りだ。俺もお前も兵士。そして人間だ。いつの日か命が絶える日がやって来る、それは避けがたい事実だし、自然の摂理だ。

だが……いや、だからこそ……なぁベーオウルフ、貴様は見たいとは思わないのか?」

「何をだ?」

「死なない兵士を、だよ」

 

 シェイクし終えたXYZがアクセルの前に差し出された。

 アクセルはグラスに手を付けずにキョウスケを見つめていた。

 答えを求められている。それが理解できたから、キョウスケは声を殺して笑い、口元を緩めてしまっていた。

 アクセルが仲間や同類を探す、寂しい一匹狼に思えてしまったから。それは自分も同じではないかとも思いながら、キョウスケは口を開いた。

 

「思えば、俺たちの話題はいつも同じだったな」

「不死、兵士、戦争か? それはそうさ。俺たちは兵士。骨の髄、血の一滴まで硝煙のにおいが染みついているのだから」

 

 硝煙どころか、手からは血の匂いが立ち上る。キョウスケはそんな錯覚を抱いたこともあった。

 

「それは別にいい。それより答えろ、ベーオウルフ。貴様は不死の兵士を見たいのか、見たくないのか?」

 

 アクセルの質問にキョウスケは考える。

 不死の部隊と呼ばれているキョウスケたちだが、決して不死身ではない。

 不死というのは、死とスキンシップしている戦場での兵士たちにとっては金塊よりも欲しいものに違いなかった。

 無論、キョウスケも不死の兵士には興味がある。

 だが見たいとは思わなかった。

 

「俺はご免だな」

「何故だ?」

「戦争は兵が死に、武器が尽き、指揮官が潰されて終結する。今回のインスペクター戦ではそれが特に顕著だった。頭1つが潰されただけで敵軍が壊滅したのだからな」

 

 インスペクター軍のほとんどが無人機だった。指揮官が討ち取られた時点で、後は敵の掃討戦に移行したのだから今回の戦闘は特殊だったと言える。

 これが人間相手なら、こうはいかなっただろう。

 もしかすると指揮系統は混乱しつつも、時間をかけて新たな指揮官を立て、陣形を立て直して攻め直してきたかもしれない。

 

「死なない兵士、死なない指揮官……そんなものが存在すれば、戦争は永遠に終わることはない」

 

 歴史上、戦争と平和は繰り返されてきた。それこそ永遠の円舞曲のように。

 だが死なない兵士が存在すれば、円舞曲の調和は崩れ去り、地獄への行軍歌へと様変わりするだろう。

 想像するだけで冷たいものが背中を走る。

 キョウスケはそんな世界を見たくはない。

 エクセレンと平穏に暮らせる日常、キョウスケが求めているのはそれだけだった。

 

 

「永遠の闘争、いいじゃないか」

 

 

 だからアクセルの言葉に耳を疑った。

 

「なんだと?」

「永遠に続く戦争、それは俺たち兵士にとって正に理想じゃないか」

「……本気で言っているのか? つい先ほど、人類の生き残りをかけたインスペクターとの戦いが終わったばかりなのだぞ?」

 

 激戦を越えて、祝勝会雰囲気の酒場での発言とは思えなかった。

 何かの冗談に決まっている。

 キョウスケはそう思いたかったが、

 

「それは生き残るための戦争だ。兵士が活きるための戦争ではない」

 

 期待を裏切ってアクセルが断言する。

 

「戦争は人類に必要だ。戦争があるから技術は躍進し、兵士は活き、適度に人口が減る」

「だが不幸が生まれる。戦争により生まれる憎しみや悲しみはどうするのだ?」

「やはり貴様はロマンチストだな、ベーオウルフ。

貴様の言う事は綺麗ごとばかりだ。戦争により生まれる憎しみや悲しみを失くすために、貴様は引き金を引き続けてきたとでもいうのか?

嘘を言うな! 引き金を引けば、憎しみは消えずに増えるだけだ。貴様だって分かって撃ち続けてきたはずだ」

 

 アクセルはマスターが出していたXYZをまた一気飲みした。

 顔色は変わっていないが饒舌になっている。

 

「俺たち兵士は、戦争をする者として受け入れなければならない。戦争によって生まれる憎しみも悲しみも悲劇も……全てだ」

「……しかし」

「憎しみは負の感情だ。だが負の感情が無くなれば、正の感情だけが残るわけではない。負の感情があるからこそ、正の感情が活きるのだ。

戦争は必要悪だ。地球は戦争の繰り返しで発展してきたような星だ。戦争がなくなれば、いつか世界は腐っていくだろう ── 俺はそんな世界は見たくはない、これがな」

「だが戦争はもう終わったぞ。これからの世界は平和になっていく」

 

 インスペクターは退けた。

 新たな異星人の襲来に向けて研究は続けられるが、軍事にさかれる費用は確実に削減されるだろう。復興に力が入れられ、それが落ち着いた頃には平和な時間が訪れるはずだ。

 

「馬鹿か?」

 

 アクセルは鼻で笑っていた。

 

「束の間だ。そんな平和。

戦争はすぐに起こるさ。まぁ、数年以内な」

「……もし、起こらなかったとしたら?」

「俺が起こしてやっていい、これがな」

 

 にわかに信じがたい言葉だった。

 キョウスケはアクセルに興味があって酒場に招いたが、彼は根っからの戦争馬鹿のようにしか思えなかった。

 戦争を起こす? 馬鹿馬鹿しい、個人に戦争が起こせるはずがない。鼻で笑いたくなるキョウスケだったが、胸に妙なしこりが残っていた。

 アクセル・アルマー。

 この男をこのままにしておいていいのだろうか? と。

 

「……アクセル……もし、もしそんなことをすれば……俺はお前を ──」

 

 キョウスケはエクセレンのために戦争を駆け抜けた。彼女と暮らす平穏のために戦い、戦争がやっと終わったのだ。

 これからの世界は平和になる。

 アクセルがそれを否定し、もし……もし本当に戦争を起こすというのなら。

 

「── お前を殺す」

 

 キョウスケの脅迫をアクセルは笑い流していた。

 

「ベーオウルフ、やはり貴様の根っこは俺と同じだよ。根を生やした場所が違ったというだけ、まったく、勿体ないの一言に尽きるぞ……同じ場所に根を下ろしていれば、俺と貴様は良い友人になれかもしれん……これがな」

「…………」

「得意のだんまりか? まぁいいさ」

 

 アクセルはカウンターから腰を上げた。

 空のグラスをマスターに返し、椅子に腰かけたままキョウスケを見下ろす。

 キョウスケは目を合わせようとはせず、半分程XYZが残ったグラスを見つめていた。

 

「ご馳走になった」

 

 アクセルが礼を言う。

 

「また会おう。もっとも、次に会うのは戦場で、だがな」

 

 それだけ言うと背を向けて、アクセルは酒場を後にした。

 キョウスケはカウンターに1人取り残される。耳には酒場内で飛び交う歓声がやけに遠くに聞こえていた。

 

 

── アクセルの言うことは正しくもある……

 

 

 XYZの液面に映る、濁った自分の顔を見てキョウスケは思った。

 キョウスケは引き金を引き続けてきたのは事実だった。

 戦争だ。生き残るために敵を倒す、それは当たり前の事ではある。正しくもある。

 しかしキョウスケは目を背けてきたのかもしれない。

 インスペクターは別として、これまで相手にしてきた敵機にも人が乗っていて、落とせば死に、残された者たちに憎しみや悲しみが生まれてしまう。

 分かっていた。

 理解していた。

 だからその事実を思考の外へと追い出した。生き残るために、だ。

 戦争だから、誰もキョウスケを責めはしないだろう。良心だけがキョウスケを責めていた。

 

「くそ……っ」

 

 残ったXYZを飲み干す。

 XYZ ── これ以上はない、これでお終い。

 キョウスケは信じている。

 戦争はもう終わったのだ ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロガネが地球に帰還した後、ベーオウルブズには北米ラングレー基地への異動が命じられた。

 

 異動の事務処理やホワイトスターでの戦闘報告書の作成など……手続きや雑務に追われて1週間が過ぎる。

 やっとラングレー基地に腰が落ち着き始めた頃、キョウスケは格納庫へと足を運んでいた ──……

 

 

   

 

 

 

 ……── ラングレー基地、格納庫。

 

 キョウスケたちの愛機もそこに格納されていた。

 真紅のカラーリングを施された重装甲PT ── ゲシュペンストMk-Ⅲは修理され、損失していた左腕も元通りに戻っていた。装甲板も新品に取り換えられ、ホワイトスターでの激戦の痕跡は何処にもみてとれない。

 タスクたちのMk-Ⅱ改も同様だった。

 

「綺麗になったな」

 

 3機のPTを見てキョウスケは呟いた。

 戦場では頼りになったMk-Ⅲの武装も目に飛び込んでくる。5連マシンキャノン、プラズマホーン、アヴァランチクレイモア、リボルビングバンカー……凶悪な殺傷兵器たちだ。

 改めて、PTは戦争のための兵器なのだとキョウスケは思った。

 平和になれば、PTは不必要な存在なのかもしれない。特にMk-Ⅲのように全身を武器で固めたPTは、戦う以外では無用の長物という言葉しか思いつかなかった。

 

「アルトアイゼン……か」

 

 ドイツ語で「古い鉄」という言葉だ。

 Mk-Ⅲが製造され、誰も扱えるものがおらずお蔵入りしていた時の賤称だった。使い物にならない、役に立たないまるで「古い鉄」の塊。

 しかしアルトアイゼンはキョウスケというパートナーを得て、水を得た魚のように戦場を駆け巡り、一騎当千の活躍をみせた。いつしかアルトアイゼンとは呼ばれることはなくなり、軍にも「ゲシュペンストMk-Ⅲ」と正式名称と登録されるに至る。

 だが、それも終わり。

 ゲシュペンストMk-Ⅲは「古い鉄」に戻ったのだ。

 

「今なら、悪い言葉には思えないな」

 

 平和になった世界なら、Mk-Ⅲは間違いなく「古い鉄」だろう。

 それでいい。

 キョウスケは感慨に耽り、しばらくMk-Ⅲを見上げていた。

 どれだけの時間が経ったのか、分からない程の時間が過ぎた頃、キョウスケはMk-Ⅲに背を向けた。

 

 

「さらばだ、アルト……もう、会うこともあるまい……」

 

 

 ゲシュペンストMk-Ⅲは格納庫の奥の奥に押し込められた。汎用性のない戦闘特価のPTはこれからの時代に必要ないとの判断からだ。

 キョウスケは奇妙な喪失感を味わいながら、格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

 それから数日して、キョウスケたちには休暇が与えられた。

 インスペクター撃退の恩賞とのことだったが、キョウスケの階級は上がることはなかった。表だって指揮官を撃破したわけでもなく、記録に残るような戦闘をしたわけでもなかったからだ。

 ウィルスの件はクロガネの面々しか知らないから無理はなかった。

 

「帰るか、あいつの所へ」

 

 キョウスケは休暇を利用して、故郷である日本へと旅立って行った ──……

 

 

 

 

 

 



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第36話 幸福

……── エクセレン、今帰ったぞ」

 

 一軒家の入り口を開けて、男は中へ呼びかけている。

 紅いジャケットを着た日本人男性で、肩には不死の部隊「ベーオウルブズ」のトレードマークである狼が描かれていた。

 俺 ── キョウスケ・ナンブが、ドアを開けて玄関で何かを待っていた。小さな玄関口には女性物の靴が1組の他に、小さな子ども用の靴が見て取れる。

 キョウスケに呼ばれて、家の中から金髪の女性エクセレンが姿を現した。

 

「あら、お帰りダーリン、キラ☆」

 

 超時空とか、シンデレラがいそうな異世界あたりで流行りそうな仕草でウィンクするエクセレン。似合ってはいる。星が目から飛び出して2頭身化し、八重歯が口からのぞきそうな位には似合っていたが、それを見るキョウスケの視線は冷ややかだった。

 白い。と言ってもいい。

 

「今度は何のマネだ?」

「超時空妖精、アップル・ボンバー・歌姫ちゃんの決めポーズよ、キラ☆」

「イラッ、とするな」

「あぁん、キョウスケのいけずぅ~」

 

 キョウスケの言葉に、エクセレンは身をくねらせて反論していた。

 その行動に込められた意味は、もっとかまって、だろう。

 キョウスケは静かに靴を脱ぎ始める。

 靴を脱ぐためにしゃがんだキョウスケ。しかしその時、キョウスケの前に躍り出る一つの陰があった。

 

「おかえりなしゃいパパ、きら☆」

 

 3、4歳程の青い髪をした女の子だった。

 ついさっき、エクセレンがしていた超時~(以下略)の決めポーズをしている。年齢相応の体の小ささも相まって、まるでぬいぐるみのように愛くるしくキョウスケには映った。

 

「ただいまアルフィミィ。どうしたんだ、そのポーズは?」

「うんとねー、ママのまねー」

「ほう、可愛いな」

 

 「キラ☆」のポージングで応える女の子 ── アルフィミィの頭をキョウスケは撫でてやった。

 

「でもママの真似をしちゃダメだと言っただろう? 恥ずかしいから ──」

「きらっ☆」

 

 また「キラ☆」のポーズを取るアルフィミィ。

 小さい娘が好きという嗜好の持ち主なら、鼻血を出して卒倒してもオカシクない愛くるしさだったと断言しよう(断っておくが、俺は断じてロリコンではない)。

 

「── まぁ、いいか。ほら、飴をやろう」

「キィ ──── ッ! キョウスケがデレてる! やっぱり、若い娘の方がいいのね!?」

「自分の娘に嫉妬するな」

「あめふぁまほいしぃー」

「美味しいか、良かったな」

 

 飴玉を舐めるアルフィミィ、それを撫でるキョウスケ、少しジェラシーを感じているエクセレン。

 この小さな一軒家にはキョウスケを含めて3人の家族が住んでいるようだった。

 

 

 

 どうやら俺はオータムの過去から、キョウスケの過去へと戻って来たらしい。

 不思議と俺の心には温かいものが込み上げていた。郷愁に似た感覚で、俺はキョウスケたちを観察する。

 戦いに明け暮れた男の小さな幸せが、目の前には広がっていた ──……

 

 

 

 

 

第36話 幸福

 

 

 

 

 

 時は新西暦193年。

 

 インスペクターの襲来により勃発した戦争は、ホワイトスターでインスペクターの総司令官ウェンドロを討ち取ることにより終結した。

 「インスペクター事件」と呼ばれる戦争が残した被害は大きかった。

 多くの人命が失われただけでなく、建築物や食料にまで被害は当然及び、多くの人々の生活は困窮していた。

 戦争の終結から数年間、地球連邦は復興のために尽力することになる。専門家の予測では、インスペクター事件以前の状態に戻るためには、早くても3年はかかると予想されていた。

 

 しかし、復興は実際には僅か1年足らずで成し遂げられることになる。

 宇宙にあるコロニーの連合が地球連邦へ、全面的な強力を申し出たためだ。

 食料、人材、技術提供が惜しげもなく両組織間で行われた。

 インスペクターという巨大で共通の敵を相手にして、両者の間には絆が生まれていた。そう、キョウスケは思っていた。

 こうして、地球連邦とコロニー連合の間には、横の太いパイプが出来上がる。

 やがて、人材交流と称して、窓際で干されていたような老人が、互いの組織の重職を独占していくようになる。

 

 復興が終わり平穏になると、キョウスケたち兵士にも影響が現れた。

 

 北米のラングレー基地に駐屯していたベーオウルブズは、不死の部隊という戦々恐々とした2つ名のために、各地を転々とさせられる。

 栄転と称して繰り返される異動は体の良い厄介払いに他ならなかった。

 兵士は平和になれば最低限しか必要なくなる。

 戦闘のプロフェッショナルは組織に置いておきたいが、各基地の司令官たちは手元に置きたがらなかった。特に「インスペクター事件」で活躍した、万能宇宙戦艦クロガネの元クルーならなおさらだ。

 理由は簡単。

 扱いにくいから。

 下っ端のように扱えず、かといってある程度に高い給金を与えなければならないキョウスケたちのような存在は、軍の上層部にとっては煙たがられるだけだった。

 だがキョウスケに不満はなかった。

 兵士が不要とされるのは、世間が平和である証拠だと信じていたからだ。

 それに最終的には、隊長であるキョウスケの故郷ということで、ベーオウルブズは日本のとある基地に配属されることになった。

 エクセレンの住む町まではかなり離れているが、それでもアメリカや中国よりは格段に距離が近い。キョウスケはそれなりに満足していた。

 キョウスケたちの日常は血で血を洗う殺し合いの日々から、新兵の訓練や周辺の警備などの安穏とした業務に追われるものに変わっていた ──……

 

 

 そんな、インスペクターとの戦争から5年が経ったある日のことだ。

 

「アルフィミィちゃんの誕生日パーティーやろうぜ!」

 

 全ては、このアラドの一言が切っ掛けだった。

 

 

 そんな、インスペクターとの戦争から5年が経ったある日のことだ。

 暇な時間を潰すため、何時の間にかベーオウルブズの慣習となった賭けポーカーの席で、アラドが提案していた。

 

「だからさ、もうすぐアルフィミィちゃんの誕生日だろ? プレゼント作って、誕生日を祝ってやろうぜ!」

 

 アラドは手持ちのカードを開示しながら言った。役は6のスリーカード。それなりに上々の役だ。

 小さな円卓に向かい合って、キョウスケはアラドとタスクと一緒にポーカーに興じていた。

 「インスペクター事件」の後、キョウスケたちに出動命令がかかることは、ほとんどなくなった。命令が下るとしても、PTを使った災害救助や慈善事業への協力などがほとんどで、当然のように愛機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲの出番はない。

 専らの仕事である新兵教育がひと段落つけば、キョウスケたちに回ってくる仕事は少なかった。できることと言えば、緊急時に備えて基地に待機することぐらい。

暇を持て余すたびに、ベーオウルブズはこうして賭けポーカーを開催していた。

 

「お、いいねぇ。休暇も重なってるし、皆でアルフィミィちゃんを祝おうぜ。ほい、ロイヤルストレートフラッシュ」

「ぎゃーー!」

 

 タスクがテーブルに開けた手札に、アラドが奇声を上げてズッコケた。 

銃弾がタスクの前に積まれ、山のように盛り上がっている。キョウスケたちは銃弾を賭け金のチップ代わりに扱っていた。勝負終了後、銃弾の数が最も多い者いに少ない者が食事をご馳走するのがルールだ。

キョウスケとしては少し物足りないが、彼の財布の紐はエクセレンに握られている。一攫千金が可能なギャンブルは今のキョウスケには不可能だった。

キョウスケは自分の手札を見て、テーブルの上に放り投げた。

 

「ブタだ」

「また役なしですか。今日はついてないですね、キョウスケさん」

 

 タスクがニコニコしながら、戦利品である銃弾を手元に引き寄せていた。ちなみにキョウスケの手元に銃弾は1つも転がっていない。本物のギャンブルならオケラと呼ばれる状態だった。

 

「で、キョウスケさん、どうします?」

「ん? どうもこうもないさ」

 

 こんなギャンブル平和なものだ、と思いながらキョウスケは答える。

 

「アルフィミィの誕生日を祝ってくれるのだろう? 俺には断る理由などない。それにあの子も時々お前たちに会いたがっているしな」

 

 タスクたちとアルフィミィは面識がある。というか、日本に転属になってから暇で予定がない時にはキョウスケ宅に足を運んで、アルフィミィと遊んでくれていた。そのため、2人はアルフィミィにはかなり懐かれている。

 

「やあやあ、聞きましたかアラドさん」

 

 タスクが嬉しそうに声を上げた。

 

「えぇえぇ、聞きましたともタスクさん」

「アルフィミィちゃんが俺たちに会いたがっているみたいだぜ?」

「これは行かねばならねえな! 絶対にッ、そうッ、絶対にだ!」

 

 えっ、そこってそんなに強調する所?

 アラドのオーバーリアクションに、キョウスケは微笑を浮かべていた。

 

「さ~て、プレゼントは何にすっかなー?」

 

 と、アラド。

 

「3人でロケットでも手作りしないか? ほら、家族の写真入れたりして、胸にぶら下げるやつ?」

 

 と、タスク。

 タスクが提案しているのは、いわゆるロケットペンダントと呼ばれる物だ。手作りできるものなのかと疑問に思ったが、タスクは手先が器用だから何とかしてしまうかもしれない。 

 だが1つ疑問が出てきて、キョウスケは訊いた。

 

「しかし父親のプレゼントが、お前たちと一緒というのはどうなのだろう。いいものなのか?」

「ジョーブ、ジョーブ!」

「ハラショー、スキヤキー、ハラキリー!」

「意味は分からんが、とりあえず日本語で話さないか?」

 

 結局、キョウスケは2人と一緒にロケットペンダントを作成し、それとは別に人形を買ってプレゼントすることにした。

 ペルゼイン・リカヒィーちゃんとか言う、「キモコワ」系で分類される人形を買うことにした(驚くことにアルフィミィはキモコワ系人形が大好き)。

 娘の将来が少し心配になるキョウスケであった。

 

 

 

 



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第37話 腐敗

 「インスペクター事件」から5年が経った頃、軍の上層部は腐り始めていた。

 

 軍の上層部での重要ポストの独占や備品の横流し、贈賄が日常的に繰り返されていて、それは末端の兵であるキョウスケたちが子耳に挟む程、頻回に繰り返されるようになっていた。

 不正である。

 しかし軍部の末端であるキョウスケたちは、決して異を唱えたりはしなかった。

 不正は戦時中から行われていたし、キョウスケたちもそれを薄々感じ取っていたからだ。それに上は下の声を拾い上げたりしない。抗議しようとも権力の前に握りつぶされるのがオチだ。

 いつしか不正を容認する空気が軍全体に広まり、ぽつぽつと出始める不届きな上役の存在が、そういった行為を加速させていく。

 軍は腐っていく。

 もはや腐敗と言ってもいい状況が続く。

 それは平和の代償なのか、それとも副作用なのか……キョウスケにとってはどうでも良いことだった。

 

 エクセレンとアルフィミィ、そして仲間たちと過ごせる日々に満足していたから。

 不正を知り、何もしないのは怠慢だろうか?

 知らず知らずのうちに、平和の持つ裏の顔に毒されているのかもしれない。

 幸せな日々が続くのなら、自身が毒に冒されていても構わない……とさえ、キョウスケは思うようになっていた。

 

 

 

 アルフィミィの誕生パーティーと休暇が終わり、キョウスケは所属している基地に戻っていた。

 

ロイヤルストレートフラッシュ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、俺の総取りだ」

 

 キョウスケが手持ちのトランプを開示した。

 今日も今日とて暇なもの……新兵の訓練が終わった後の退屈を、キョウスケはタスクたちと恒例の賭けポーカーで潰している。小さな机の上にはダイヤのA、K、Q、J、10が顔を揃え、タスクたちが顔をしかめる。

 役ができていたか不明だが、タスクたちはカードを投げ捨ててしまった。

 

「キョ、キョウスケさん、どうしたんですか?」

「今日は馬鹿ヅキ(・・・・)っすね!」

「ふっ、まぁな」

 

 キョウスケはタスクたちから配当の銃弾を受け取る。

 キョウスケたちの賭けポーカーでは銃弾をチップ代わりにし、ゲーム終了時に銃弾を最も多く持っている者が食事をご馳走になる権利が発生する。要するに勝てばただ飯にありつける、その程度の平和な設定のギャンブルだ。

机のキョウスケのエリアには既に銃弾(・・・・・)が小山を作っていた。

 銃弾の総数は限られているので、反比例してタスクたちの銃弾は少ない。

 戦況は、リアルなギャンブルでないのが悔やまれる程にキョウスケの大勝だった。

 ワンゲームを終え、仕切り直しとばかりにタスクがカードをシャッフルし、配布しながら訊いてきた。

 

「何か勝つ秘訣でも持ってるんですか?」

「いつもボロ敗けなのに、今日はボロ勝ち。ほんと、キョウスケさんって極端っすねー」

 

 アラドが配布されたカードを確認し、少ししょげた様子で言った。

 

「嫌味か? 確かに、今日は出来すぎているが、これも俺の実力だ」

 

 微笑でアラドに返事をすると、手札に視線を落とす。

 Aがハート、ダイヤ、クラブ、スペード……と雁首揃えてキョウスケを出迎えてくれた。

残りの1枚はダイヤの3。それを机の中央に置かれたカード山と取り換えると、キョウスケたちの賭けポーカーでは採用されている最強のワイルドカード ── ジョーカーが手に入る。

 5カード(・・・・・・・・・)。あっという間に、必勝で最強の役が出来上がっていた。

 

「ちくしょー、このままじゃただ飯奢らされちまうぜ!」

 

 役が出来上がらないのか、アラドが手札をポンポン変え続ける。

 

「キョウスケさん、天に還る時が来たのだ」

 

 タスクは手札を交換し終え、ポーカーフェイスはどこ吹く風か、勝ち誇った顔でキョウスケを見ていた。

 どやっ。

 と言わんがばかりの勝ち誇った顔だ。相当に強い役が出来上がったのだろう。

 しかし5カードの前にはどんな役も必敗である。今日のキョウスケは絶好調だ。どんな相手だろうと敵ではない。

 ただ ──

 

 

── こういう時は、大概何かあるものだが……

 

 

 まぁ、いい。

 どうせ杞憂だ、とキョウスケはタスクのマヌケ面を期待しながら、声をかける。

 

「準備はいいか?」

「俺はOKです」

「……ちぇ、俺もいいっすよ」

 

 タスクは自信ありげに、アラドは渋々カードの開示を飲む。

 

「よし。では、俺の手札からオープ ──」

 

 勝利を確信してカードに手をかけた。しかし、キョウスケの言葉は突然の放送によって遮られていた。

放送は隊員の呼び出しなどで使われる類のもので、緊急出撃を告げたりするものではなかった。

大事ではないだろう。

 しかしキョウスケは手を止めて、放送に耳を傾ける。

 

『キョウスケ・ナンブ大尉、およびベーオウルブズはすみやかに指令室まで出頭せよ。繰り返す。キョウスケ・ナンブ大尉および ──』 

「呼び出し? 俺たちがっすか?」

 

 アラドが首を傾げていた。

 キョウスケにも呼び出しを喰らうような心当たりはなかった。

 タスクも同じようで、不思議そうに訊いてくる。

 

「俺たち何かやらかしましたっけ?」

「さぁな」

「案外、この賭けポーカーのことだったりとかかな……?」

 

 そんな馬鹿な。今は自由時間だ。基地内に待機しているのだから、キョウスケたち何をしようと余程のことでなければ許される。

 キョウスケは見当違いななアラドの推測を否定して、呼び出しの理由を思い起こしてみた。

 思い当たらなかった。キョウスケは普段の仕事は真面目に取り組んでいる方だ。結果もアラドと違い優秀で、通常業務がうんぬんで呼び出されるとは考えにくい。

 

「ここに居ても仕方ないな。呼び出された以上、出張るしかあるまい」

「そっすね!」

 

 アラドが嬉しそうに答えた。余程手札が弱かったのだろう。

 

「あーあ、勿体ない……」

 

 逆にタスクは落胆していた。相当強い手札だったのだろう。

 

「それはこちらのセリフだ」

「え? キョウスケさん、いま何か言いましたか?」

「何でもない。お前たち、行くぞ」

 

 やはり勿体ないのか、見せても今回の勝負が流れるのは明白なため、キョウスケは勝利濃厚の役を机に伏せた。

 タスクたちに見せてもいいが空しいだけだ。

 キョウスケはタスクたちを連れて、呼び出された指令室へと向かう。

 

 

 

      ●

 

 

 

 キョウスケたちは、基地の指令室へとやってきた。

 

 指令室には司令官とオペーレーターが常勤しており、通常は日本の周辺空域の監視などを行っている。

日本の安全を守る。それが指令室業務のお題目だが、世界が平和になってからは大した事件も起こらず、ただ画面の前に座って時間が来るのを待つだけの仕事だった。

 異常がなければ、ただ呆けているだけで仕事が終わる。少なくともこの基地の司令室はそういう所だと、キョウスケは記憶していた。

 が ──

 

「所属不明機、日本領空を侵犯しています」

 

 オペレーターの声が耳に届く。

 今日の司令室には緊迫した空気が流れていた。

 司令室のモニターには日本地図が表示されており、数機の所属不明の輸送機が侵入しているのが分かる。

 

「やっと来たか」

 

 基地の司令官が、不機嫌そうな声でキョウスケたちを出迎えた。

 キョウスケたちを一瞥だけすると、すぐにモニターに視線を戻す。

 日本空域に侵入してきた不審機 ── 司令官がキョウスケたちを呼びつけたのと、画面の不審機が絡んでいるのは間違いなさそうだった。

 

「領空侵犯ですか?」

「そうだ。既に警告は発しているのだが、一向に止まる気配を見せぬ」

 

 司令官は答えた。

 気に入らない、といった表情でキョウスケを睨みつけてきた。キョウスケは「何か?」と訊いたが、司令官は質問に答えることなく続ける。

 

「通信にも応じない……いや、一言だけ要求はあったのだ」

「不審者は何と言ったのですか?」

 

 司令官は、やはり不機嫌そうな表情を崩さない。

 不審機の領空侵犯や通らない警告に、司令官は苛立っている。その苛立ちをキョウスケにぶつけるのは如何なものか? だがキョウスケは慣れたもので、刺すような司令官の視線に顔色1つ変えない。

 「インスペクター事件」後、ベーオウルブズは邪険にされ続けてきた。キョウスケが受けてきた理不尽に比べれば、司令官の不機嫌ぐらい可愛いものだ。

 鉄面皮のキョウスケに、司令官は吐き捨てるようにして言った。

 

「……ベーオウルフを ── キョウスケ・ナンブを出せ。それが不審機からの要求だった」

「俺たちを?」

「だから貴様をここに呼んだのだ。おいっ」

 

 鼻息荒く答えると、司令官はオペレーターに通信を繋げるよう命令する。

 

「…………」

「キョウスケさん、心当たりありますか?」

「いや……」

 

 作業に入るオペレーターを尻目に、キョウスケとタスクは小声で話す。

 

「アラドはどうだ?」

 

 キョウスケがアラドに訊いた。

 

「分からねぇっす。そもそも、領空侵犯って……この平和なご時世に? メリットがあると思えねえんだけど」

「全くだ。しかし相手は俺たちを知っているようだ……一体、何が目的だ……?」

 

 ただの愉快犯で済ませることができれば、どれだけ楽になることか。

 しかし不審機はこちらの警告を無視し、領空に入ってきている。警告を無視し続ければ、不審機は軍と敵対することになるだろう。さらに軍側に要求をしてくるあたり、

不審機には軍を敵に回しても果たすべき目的があるに違いない。

 ただ妙なのは、その要求である。

 軍の末端に過ぎないキョウスケたちを呼びつけることに、何の意味があるのだろうか?

 

 

── この感じ……あの時に似ている

 

 

 アルフィミィの誕生パーティーの時、キョウスケは妙な紙きれを拾ったのを思い出す。

 「TIME TO COME」 ── 紙にはそう書かれていた。

 キョウスケは、杞憂だと思っていた違和感が首を起こしてくるのを感じていた。

 

「不審機より応答あり、繋ぎます」

 

 オペレーターが報告する。

 画面に【SOUND ONLY】と文字が表示される。さすがに顔をつもりはないらしく、音声のみの通信だった。

 

 

『久しぶりだな、ベーオウルフ』

 

 

 顔も分からない通信相手が言う。聞き慣れない男の声……いや、キョウスケが以前に耳にしたことがある声だった。

 だが誰だったかは思い出せない。

 のど元まで答えが出かかっているが、どうしても出てこなかった。

 

「誰だ、お前は?」

『おいおい、ご挨拶だな。一緒に戦ったこともある仲じゃないか』

 

 声の主はどうやらキョウスケの戦友らしい。

 長い間共闘したことのある仲間なら、キョウスケが声を忘れるはずはない。だが1度か2度しか戦ったことのない者なら話は別だ。

 声の主の名前は出てこなかった。

 

『まぁ、いいさ』

 

 声は鼻で笑うと、続けた。

 

『また後で会うことになるだろうからな』

「どういう意味だ? いや……それ以前に、お前の目的は何だ?」

『知れたこと ──』

 

 探りを入れるキョウスケに対して、声の主は飄々と答える。

 

『── どうだベーオウルフ、あの時の俺の言葉通りになっただろう?』 

「なんだと?」

『流れがなければ、水たまりの水は腐る。

世界は平和になったが、世界は次第に腐り始めた。

やはり戦争は世界に必要なのだ』

 

 男の答えを、確かにキョウスケは聞いたことがあった。

 声の主はたった1度だけ共闘し、ベーオウルブズを窮地から救ってくれた。

 

「まさか……」

 

 キョウスケは男が誰なのか思い出し、

 

『だから、俺 ── 俺たちが戦争を起こすのさ、これがな』

 

 この言葉で確信した。

 間違いない。声の主は「インスペクター事件」の時、ホワイトスターで共に戦ったあの男だ。

 

「アクセル・アルマー……か?」

『……ふん、貴様に平穏などは似合わん。血と硝煙の匂いがお似合いだ ── ベーオウルフ、戦場で待っているぞ』

「不審機、一気に加速しています!」

 

 

 司令官の顔に焦りが見える。

 領空侵犯した輸送機が市街地を目指している ── 考えられる最悪の事態の1つだった。

 危険を冒して侵犯してきている以上、輸送機に武装が施されていないことは無いだろう。画面に捉えられている輸送機はかなり大型のものだ。

 機銃や爆弾どころか、PTが2,3機……いや、それ以上に格納されている可能性が高い。

 しかもアクセルは戦場と言っている。

 市街地を、だ。

 

『我々はシャドウミラー。人類の未来のため、永遠の闘争を実現する者だ』

「待て! アクセル!」

『TIME TO COME ── 時は来たのさ、これがな』

 

 通信が途切れた。

 司令室のざわめきが増していくのが分かる。

 画面上に捉えられた不審機の編隊が、速度を上げて市街地へと向かっているからだ。何の変哲もない昼下がりの午後に、避難勧告や警報が発令されているわけではない。

 市街地には人が溢れているはずだった。

 

「アクセル……なのか? 本当に……?」

 

 何か、性質の悪い冗談だと思いたかった。

 キョウスケの記憶では、アルセルの所属していた部隊名は「EFA特別任務実行部隊」 ── 確か、表舞台にあまり顔見せず、極秘裏でに与えられた任務を遂行する部隊である。

 影 ── シャドウミラーはその部隊の通称……それ位なら、キョウスケだって知っている。

 汚い仕事が多く回ってくる部隊、軍の裏側を最もよく知る暗部のような部隊のはずだ。

 「インスペクター事件」後も、アクセルがシャドウミラーに所属し続けていたのなら、彼は軍の汚職や腐敗をまじかで見続けたことになる。

 

 

── 時は来た……だと?

 

 

 裁きの時が、か?

 ふざけるな、とキョウスケは思う。

 汚職に手を染めていたのは軍の上層部のごく一部にすぎない。それを見逃してきたキョウスケたちも同罪かもしれない。ならキョウスケたちの所に来ればいい。

 軍を粛清すればいい。

 武装した輸送機で市街地に向かうなど、不要な混乱を招くだけで、百害あって一利なしだ。

 

「シャドウミラーの目的地が判明! 到達予測ポイントは……絵里阿町です!」

「なっ……!?」

 

 衝撃がキョウスケの中を駆け抜けた。

 絵里阿町はキョウスケが家を構え、エクセレンとアルフィミィが住んでいる町の名前だった。

 戦争は人類にとって必要悪 ── アクセルが言っていた言葉だ。

 一度やると決めたなら、あの男は実行するだろう……懸念は確信に変わる。

 

「キョウスケさん!?」

 

 司令室から駆け出したキョウスケに、タスクの声が背中から届く。

 

「来い、お前たち! アクセルを止めるぞ!」

「りょ、了解!」

 

 衝動的に体を突き動かすキョウスケに、タスクたちが慌てて付いていく。

 強い危機感で全身がじっとりと汗ばんでいた。

 

 

── エクセレン、アルフィミィ……無事でいてくれ!

 

 

 キョウスケたちは、愛機の楔を解くために格納庫へと急いだ。

 

 

 

 司令官は唖然としていたが、すぐに我を取り戻し、基地内全域に非常事態警報が発令された。

 基地全体が慌ただしくなり、シャドウミラーの追撃部隊が急ぎ編成される。輸送機に地球連邦の量産型PTであるゲシュペンストMk-Ⅱが搭載されていった。

 

 

 キョウスケの愛機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲもそうだった。

 格納庫の奥の奥に押し込まれていたM-Ⅲを引きずり出してくる。

 戦闘だけが取り柄の赤いPTが、キョウスケの目の前で輸送機へと運び込まれていく。

 輸送機への搭載が遅い。作業員たちは突然の状況のためにに混乱していた。

 1分1秒が惜しい状況で、キョウスケは出撃準備が整うのをじっと待つ。

 待機時間がとても長く感じられた。

 やがて準備が整い、キョウスケたちを乗せた輸送機に発進許可が下りた。

 

「ベーオウルブズ、出撃るぞ!」

 

 アクセルを追って、輸送機が滑走路から離陸する ──

 

 

 



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第38話 炎のさだめ

 絵里阿町へと向かうシャドウミラーの輸送機の中で。

 

「隊長、何故ですか?」

 

 1人の美女がアクセル・アルマーに質問していた。

 美女のプロポーションは抜群で、出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。さらに流麗なロングヘアーに端正な顔立ちをしている。道ですれ違えば、振り返らない男は存在しないだろう。

それほどの美貌を持った美女が、軍用の輸送機の中にいた。

 だが違和感はない。

 美女の持つ無機質で機械的な雰囲気が、輸送機の格納スペースによくマッチしていた。

 

「何故、とは……どういう意味だ、W17?」

 

 質問を受けたアクセルが美女 ── W17に逆に訊いた。

 

「何故、我々の存在を明かすようなことをするのです? 

この作戦は奇襲です。作戦の成功率は、我々の存在が発覚した時点で減少します。

ステルスも使用せず、所属も明かす。これによるメリットは何なのですか?」

 

 表情1つ変えず、W17は淡々と口を動かした。

 

「メリット? そんなもの、あると思うのか、貴様は?」

「いえ……」

「そうだ。貴様の返答は正しいぞ、W17。

今回の俺の行動は、作戦成功率においては肯定的な意味は1つも持たないだろう」

 

 はっきりと、アクセルは言い切った。

 輸送機は目的地である絵里阿町に近づいている。彼の周りではシャドウミラーの兵が各々の機体に搭乗し始めていた。その多くは「アシュセイヴァー」と呼ばれる機体の量産型のようだ。

 輸送機の格納スペースで、口を動かしているのはアクセルとW17だけだった。

 兵たちは皮膚1つ見える隙間もないパイロットスーツを着ている。全員がW17と同じ機械的な雰囲気を醸し出し、黙々と動き続けている様は実に異様だった。

 W17だけが作業に加わらず、アクセルに質問を繰り返している。

 

「では、何故です?」

「確かに作戦にメリットはない。だが軍は俺たちの存在を知った。

奇襲で敵を下すより、俺たちの存在を敵が認識し、かかってくる方が歯ごたえがある。

それに、正面からぶつかって勝った方が、俺たちの名が効率的に広まるだろう?」

「それは、そうかもしれません」

 

 W17が首を縦に振っていた。

 策など弄さず正面からのガチンコで敵を倒す。その方がシャドウミラーの名は印象強く、巨大な脅威として刻まれるだろう。奇襲で勝利するよりも、だ。

 

「だが見せしめは必要だ」

 

 アクセルは渋い顔で唸っていた。

 

「俺たちの覚悟と力を示すために。俺たちは町を焼くのだ、これがな。

鬼畜、外道と罵られようとも、俺たちが理想とする世界の実現に必要なことだからな」

「はい、理解しています」

「ならば無駄口を叩くな。もうすぐ、出撃だ」

「はっ」

 

 W17は敬礼を返すと、登場する予定のロボットの元へと走った。

 彼女の前に用意されていたのは量産型のアシュセイヴァーではなかった。

 ロオットはアシュセイヴァーの約2倍の巨体だ。天使のような羽を持ち、純白と桃色折り合わせたドレスに身を包んだ、女性型の特機が彼女の機体のようだ。

 コックピットを開き、中に乗り込もうとする。

 しかしW17は、ハッチに足をかけた所で、思い出したようにもう一度質問した。

 

「隊長」

「なんだ?」

「何故、あの時、キョウスケ・ナンブの家へ手紙を置いてきたのですか?」

 

 W17が言っているのは、「TIME TO COME」と書かれた紙のことだ。

 

「あのような手紙は、敵の警戒心を煽るだけだと思いますが……?」

「さて、な。正直なところ、俺にもよく分からん。やりたかったからやった……と言ったところか」

「理解しかねます」

「やはり、貴様は人形だな」

「…………」

「全ての行動に理由づけなどできん。時には感情や直感で動く。

それが人間というものだ、これがな」

 

 「覚えておけ」とW17の質問に区切りをつけるアクセル。

 「了解」とハッチを閉じ、コックピットに引き込もるW17を確認し、彼も自分の機体の元へと足を運んだ。

 青い特機だった。

 機動性重視のシュセイヴァーとは真逆で、丸みを帯びた厚い装甲で全身を覆っている。装甲の厚みは、まるで鍛えられた空手家の筋肉のように肉厚だ。射撃用の兵装は一瞥しただけでは確認できない。

見るからに馬力のありそうな、格闘戦仕様の特機だった。

 特徴的な髭が生えたその特機の名前はソウルゲイン。

 シャドウミラー特別部隊隊長であるアクセルのために開発された、専用のスーパーロボットだった。

 

「さぁ、ベーオウルフ。俺を見事止めてみろ」

 

 1人ごとを呟いた後、アクセルはソウルゲインに乗り込む。

 

 輸送機は、間もなく絵里阿町に到着しようとしていた ──……

 

 

 

 

 

 

第38話 炎のさだめ

 

 

 

 日本、絵里阿町。

 

 

 エクセレンはアルフィミィを連れて買い物に出かけていた。

 今日は近所のスーパーで特売をやっていた。生活必需品と食料品の買い出しのため、散歩がてらアルフィミィと出かけたのだ。両手には物が大量に詰まったレジ袋が持たれている(アルフィミィにねだられたお菓子入り)。

 

「いー天気ねー、アルフィミィちゃん」

「はやくおかしたべたいですのー」

 

 住宅街の通路を歩くエクセレンの前を、アルフィミィが元気に駆けていく。とてとてとて、と小さな歩幅でエクセレンから離れ、ある程度離れると不安になるのか、踵を返して彼女の元に戻ってくるのを繰り返していた。

 「はいはい、家に帰ったらねー」とアルフィミィの要求に応えるエクセレン。

 時刻は既に昼下がりの午後で、空には雲一つない蒼天が広がっていた。俗に言う日本晴れだ。

 

「今日も平和ねー。帰ったら、パインケーキでも焼こうかしら ──── ん?」

 

 空を見上げるエクセレンの視界の端に、見慣れない物が映り込んだ。

 軍用の大型の輸送機だ。エクセレンが軍に所属していた時に見たことがある、PTを大量に輸送する際に使う輸送機……それが1、2、3、 ── 5機。

 徐々に姿を大きくしながら、エクセレンたちの方に近づいてきていた。

 

「おかしいわねぇ……この辺に、軍の基地は無いはずなんだけど……?」

 

 エクセレンは不審に思う。

 付近に基地があるのなら、飛行訓練で戦闘機や輸送機が飛んでいても不思議はない。だが絵里阿町に最も近い軍事拠点は、彼女の夫であるキョウスケ・ナンブの務める基地であり、そこはかなり距離のある場所に存在する。

 今まで、輸送機の類が絵里阿町上空を通過していくのを、エクセレンは見たことがなかった。

 

「ママー、ひこうきですのー」

「そうね、飛行機ね」

 

 無邪気に飛行機を見てはしゃぐアルフィミィ、それを尻目にエクセレンの視線は上空の輸送機に釘付けだった。

 

 

── 何かしら? この嫌な胸騒ぎは……?

 

 

 背中に毛虫でも這っているような、気味の悪い、嫌な感じ。

 このまま、ここにいてはいけない。

 そんな予感をエクセレンは感じていた。軍人時代の経験や直感がエクセレンに訴える。

 逃げろ、と。

 輸送機は巡航と言うには早すぎる速度で向かってくる。

 あっという間に、エクセレンの視界で大きくなり、かなり近くの上空で滞空し始めた。

 発進用らしきハッチが開くのが見えた。

 

「おーー」

「アルフィミィちゃん、こっちよ!」

「ママ?」

 

 エクセレンはアルフィミィの手を引いて走り出した。輸送機を興味津々で見上げていたアルフィミィは驚いて目を丸くする。それでもエクセレンの誘導に従って付いていく。

 その時だった。

 5機の輸送機から、次々とPTとは違う人型の機動兵器が飛び出してきたのは。

 わらわらと輸送機から出撃、着地、建築物が破壊される轟音が響き渡る。着地の衝撃で家々の窓ガラスが砕け、突風に乗って撒き散らされた。鈍い音と鋭い音が連鎖し、衝撃波が襲ってくる。

エクセレンはアルフィミィを守るように抱きしめていた。

 

「ふが……ママ……?」

「見ちゃダメ! じっとしてて!」

 

 目を白黒させるアルフィミィを抱きかかえて、エクセレンが走り始めた。

 背後では輸送機から飛び降りたロボットたちが動き始めていた。腕を振り上げて、建築物を叩きつける。両手持ちの銃から迸ったビームの光が、周囲を無慈悲に焼き払う。爆音が大きく響き渡り、そこにいるはずの人々の悲鳴は聞こえなかった。

 平穏だった街並みが、一瞬で、鋼鉄の巨人が闊歩する地獄絵図へと豹変する。

 

 

── テロ……それともクーデター……?

 

 

 元軍人だったためか、エクセレンの思考は冷静だった。

 しかし体は平静でいられない。心臓は裂けそうなほどに跳ね回り、冷や汗が全身から滲み出る。

 

 

── とにかく逃げなくちゃ!

 

 

 どこへ? と、考えるよりも先に体が動いていた。まずはロボットたちから離れるのが先決だと思った。

 異様な雰囲気を察したのか、アルフィミィも口を利かなくなり、小さな手でエクセレンにしがみついている。

 この娘だけは守らなくてはならない。母の強い意志がエクセレンに力を与える。先ほどより幾分早く足を動かすことができていた。

 が ──

 

「っ!?」

 

 ── エクセレンの視界の端を、青い影が奔る。

地面を砕く音と衝撃を伴って、青い影は彼女の前に着地していた。

 

「と、特機……!?」

 

 特徴的な髭をたくわえた青色のスーパーロボットがエクセレンの前に立ち塞がっていた。

 カメラが備わっているだろう双眸は、エクセレンに向けられてはおらず、ロボットたちが徘徊する町へと向けられている。

 別段、エクセレンを狙って彼女の前に現れた訳ではなさそうだ。腕を組んだまま微動だにせず、町に視線を向けたまま動かなかった。

 しかし山を見上げるように巨大な青いロボットの威圧感は圧倒的だった。

 ロボットの戦闘に、生身の人間が巻き込まれればひとたまりもない。エクセレンは反射的に後ろずさり、反転して逃げ出した。

 しかし今度は風を巻き起こしながら、違うロボットが彼女の前に舞い降りて来た。

 落下ではない。優雅なドレスのような装甲と天使のような翼を持った、女性型のロボット ── これまた特機 ── が、舞い落ちる羽のようにふわりと地面に着地していた。

 エクセレンには背を向けている。この特機も別にエクセレンを狙って来た訳ではなさそうだ。

 だがエクセレンは2機の特機に挟まれていた。2機とも見たことのない型だ。

 

「ママ……」

「大丈夫、大丈夫だからねアルフィミィちゃん」

 

 エクセレンはアルフィミィを強く抱きしめた。

 ふと見ると、町ではやはりロボットたちが破壊を繰り返していた。

 逃げなくては……だが、逃げ道を探すエクセレンの耳に、青いロボットの拡張器から響いた声が届く。

 

『我々の名はシャドウミラー』

 

 エクセレンは聞いたことがない男の声だった。

 

『諸君らに恨みはない。

だが我らの悲願成就のため、諸君らにはここで死んでもらう』

 

 淡々とした声に、エクセレンは恐怖を覚える ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 絵里阿町に降りた青い特機 ── ソウルゲインのコックピット。

 

 黒煙の上がる街並みを眺めながら、アクセル・アルマーはコックピットで腕を組んで立っていた。

 

 ソウルゲインのコックピットは少し変わった作りをしている。

 通常のコックピットは単座式で座ったままレバーやペダルの使用、コンソールによる武装選択をして機体を動かす。しかしソウルゲインは直立式のコックピットをしていて、コンソールの類はあるにはあるが、従来機のそれより遥かに少ない。

 さらコックピットスペースも通常のものより広かった。

 これはソウルゲインの操縦様式に、パイロットの動きに追従して機体を動かすダイレクト・アクション・リンクを使用しているためだ。さらにパイロットの思考を機体に反映するダイレクト・フィードバック・システムというMMIも兼ね備えているため、機体の追従性は従来機の比ではない。

 要するに、ソウルゲインは、パイロットの思いや動きを忠実に再現することができるのだ。

 コックピットでアクセルが腕を組めば、ソウルゲインも腕を組む、といった具合にである。

 

 アクセルのソウルゲインは指揮官機だ。

 町で暴れている実動部隊から離れた場所に着地し、戦況の確認を行っていた。

 無論、敵はいない。

 

「戦場か……違うな、まだここは戦場ではない」

 

 ただの虐殺現場か、とアクセルは自虐的に呟いていた。

 だが必要なことだ、そう自分に言い聞かせる。

 戦争が終わり、平和が長く続いて、世界は腐り始めた。このまま放置すれば、世界全体が悪臭を放つような怠惰な世界になってしまうだろう。アクセルは兵士である以前にこの世界の一員だ。世界が腐っていくの見てはいられなかった。

 

 アクセルは上官の言葉を思い出す ──

 

 

【いいか、アクセル。人類に戦いは、戦争は必要なのだ】

 

 上官 ── ヴィンデル・マウザーは言った。

 

【戦い続けることで人類は進化する ── 否、腐敗しない。ただ生きているだけでは駄目なのだ。活きて、生き抜くためには戦いは必要不可欠。それに戦争のもたらした恩恵の多さはお前もよく知っているだろう?】

【だが、失ったものも多い】

【得られるもののために、失われるものもある。失わずに得ようなど、虫の良すぎる話。かつての偉人は言った……人は何かを得るためには、同等の代価を支払わねばならない、とな】

【しかし……!】

 

 その時、アクセルは上官であるヴィンデルに食ってかかったことを覚えている。

 若かった、と言えばそれまでかもしれない。

 だがあの時のアクセルは、戦争によって悲しみや憎しみ……悲劇と一括りにされる出来事を見過ごすことはできなかった。

 そんなアクセルにヴィンデルは言った。

 

【ならばアクセル、お前は全人類が幸福で、腐敗もせず、戦争も必要のない世界を創ることができると言うのか?】

【そ、それは……】

【答えられまい。だがそれでいい。お前は実に誠実な男だよ】

 

 できる、と答えるような奴は、現実を知らない愚かな夢想者に過ぎないとヴィンデルは言い切った。

 

【そんな世界は不可能だ。世界には貧富の差があり、食料や物資は無限ではない。貧富の差は要らぬ劣等感や両者の確執を生み、富のある者の方に物資や食料は流れていく。そして貧困者は喘ぎ、貯めこまれたフラストレーションはいつか爆発する。どう足掻こうが、戦いの無い世の中を創ることは不可能なのだ。

そして、もし貧困者が立ち上がらなければ、上は欲望と怠慢、下は絶望と無気力に苛まれ、後は腐って堕ちていくしか道はなくなる】

【それは……詭弁ではないのか?】

【違う。事実だ。それは歴史が証明している】 

 

 この時のアクセルには反論することはできなかった。

 ヴィンデルの言っていることが真実だと、頭で否定したいのに心の何処かで認めてしまっていた。

 

【いいか、アクセル】 

 

 ヴィンデルは言う。

 

【戦争は無くせない。俺たちは戦争と共存せねばならんのだ】

【ヴィンデル……】

【戦争が無くならない世界で、一体、何が一番理想的なのか考えてみろ。

人類が腐敗せず、進歩し続ける世界こそが、最も理想的な世界なのだ。

人類には闘争が必要だ。人類には闘争と戦争を管理する、神のような存在が必要なのだ】

【……貴様なら、神になれると?】

【俺はそこまで傲慢ではないよ。

だが戦争を管理するための組織……その礎を築くことぐらいなら、ちっぽけな私にでもできるのではないだろうか?】

 

 アクセルはその後に述べられた、ヴィンデルの言葉が忘れられない。

 

【頼む友よ。俺に力を貸してくれ】

 

 アクセルは無言で、ヴィンデルの手を握り返した。

 

 

 ── 目の前で行われている理不尽な暴力、虐殺。それすらも必要なことなのだ。

 組織の力を示すため、腐敗が何をもたらすのかを知らしめるために。

 アクセルの耳には爆発音や破砕音ばかり届いてきて、殺されているはずの人々の声は響いてこない。酷く、非現実的だ。巨大ロボットで生身の人を殺めるというのは、こういうことなのかもしれない。

 

 

── ヴィンデル……俺は、間違っていないよな……?

 

 

 言い聞かせるように、アクセルは目を閉じ、友へと思いを馳せた。

 作戦行動中である以上、返事など返ってこない。

 今は自分の行動を信じて、作戦を遂行するしかない。この作戦で沢山の人が死に、多くの悲しみや憎しみも生まれるだろう。

 アクセルには、それらを全て背負い込む覚悟はできていた。

 兵士はそれらを全て受け止めて、それでも引き金を引く覚悟がなければならないのだ。そういう意味ではアクセルは間違いなく兵士だった。

 

「W17」

 

 アクセルは前方で待機している女性型特機 ── アンジュルグ ── の専属パイロットW17に通信を入れる。

 「はっ」と返事と共に、W17の画像がモニターに表示される。

 

「焼き払え」

『了解』

 

 機械的な返答。

 直後、アンジュルグに動きが見られた。

 背中に生えた天使の翼が大きく開かれる。ウィングから発生させた反重力がアンジュルグを一瞬で空中高く飛翔させた。

 絵里阿町を真下に見下ろせる位置でアンジュルグは停止し、巨大な弓を取り出した。エネルギーで形成した矢を弓にかけ、弦を引く。

 

『リミット、解除。コード、入力 ── ファントムフェニックス』

 

 アンジュルグの手から矢が放たれた。

 絵里阿町へと放たれた矢は、着弾するまでの間に姿を変貌させる。一条の光の矢は、内包されたエネルギーを爆発させるかの如く膨れ上がり、炎で形作られた鳥へと変わる。

 その姿はまるで不死鳥だった ──……

 

 

 

崩れ去る信義、裏切られる愛、断ち切られる絆。

そのとき、呻きを伴って流される血。

人は、何故。

理想も愛も牙を飲み、涙を隠している。

血塗られた過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。

 

たいちきられうきずんば、ふとはなぜ、

キョウスケは心臓に向かう折れた針、歴史の瞬間に撃ちこまれた鎖。

次回もキョウスケとともに地獄に付き合ってもらう。



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第39話 孤影激突

 エクセレンは2機の特機の隙間を抜けて、走って距離を取っていた。

 息が苦しい。軍を退役してからというもの、家事と仕事に追われて、あまり運動していなかったのが祟ってか、それとも異常な状況のストレスからか体力の消耗が激しかった。

 だがエクセレンは走るのを止めない。

 腕の中に小さく震えるアルフィミィがいるから。

 

「大丈夫よ、アルフィミィちゃん……!」

 

 自分にも言い聞かせるようにして言った。

 諦めたら、そこで終わってしまう。

 走って、逃げ続けるしかない。

 だが、その時。

 空が光った。

 

「っ!?」

 

 炎でできた巨大な鳥がエクセレンの方目がけて落ちてくる。

 直撃……ではない。僅かにそれているが、巻き込まれる可能性が高い、そんな位置に不死鳥が舞い降りてくる。

 エクセレンはアルフィミィを力強く抱きしめた。

 直後、エクセレンの視界は光で包まれる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 アンジュルグの最強兵器 ── ファントム・フェニックスが絵里阿町を抉った。

 

 着弾地点には大きなクレーターができており、着弾の余波で飛び散ったエネルギーにより、町には火が付き轟々と燃え上がっている。たった1撃で町は赤く彩られた。

 

『命令、遂行しました』

 

 浮遊していたアンジュルグが緩やかに着地した。

 

『隊長、次のご命令を』

 

 W17がアクセルに指示を求めてきた。

 何故か、アクセルはその対応に不快を覚える。

 部下が上官に指示を仰ぐのは当然のことなのだが、それでも、何故かW17の言葉が癇に障る。W17の声が、無感情で抑揚のない声だからかもしれない。

 戦争は人間がするものだ。だがW17は……そこまで考えて、アクセルは気持ちを切り替えた。今は、任務の遂行が最優先だ。

 

「W17、貴様は他のWシリーズを指揮しろ。派手に暴れ回ってやれ。

そしてじきにくる敵機を掃討させろ。1機残らず、叩きのめすんだ」

『はっ』

「貴様らの力を示すのも、今回の作戦の骨子だというのを忘れるな」

『任務、了解』

 

 W17の返答後、アンジュルグは再び浮遊する。町で破壊を行う量産型のアシュセイヴァーと合流するするため、高速で飛び去って行った。

 アクセルはW17を追わず、離れた位置からそれを観察することにした。アクセルは指揮官、全体の戦況を把握しておく必要があるからだ。

 もちろん、現段階では敵もおらず、アクセルが動く必要もない。

 

「戦場か……」

 

 腕を組んだまま、アクセルは呟いていた。

 

「俺は帰ってきたのか? 戦場に? いや、違う。まだだ。まだ、ここは戦場ではない」

 

 何故なら、敵がいない。

 アクセルたちが求めるのは永遠の闘争だ。

 戦い続けるためには敵が必要だった。 

 しかし絵里阿町にアクセルたちの敵はまだ現れていない。

 

 

── 早く来い、ベーオウルフ……早くしなければ、町の住民は皆殺しだぞ?

 

  

 アクセルの中で苛立ちがつのる。

 ……直立のまま立ち尽くすこと10数分。

 その間も量産型のアシュセイヴァーたちは、W17の指揮に従い、町で傍若無人の限りを尽くす。鉄の拳やビームの雨が建物を無差別に破壊した。ソウルゲインのレーダーを見れば、町全体にシャドウミラー部隊が散開しているのが分かる。

 レーダーは生体反応を拾わないが、もし拾っていれば、動かなくなった人の影でレーダーが埋め尽くされたのではあるまいか? そう、思わずには居られなかった。

 アクセルの視界に死体は入ってこなかったが、遠巻きに聞こえる爆音で、人が死んでいない訳がないと思わされる。

 

「ヴィンデル……本当に、俺たちは正しいのだよな……?」

 

 答えは返ってこない。

 だが、もうアクセルは引き返せなかった。

 一度足を踏み入れた修羅の道……後は、前に進み続けるしか道はない。噛みしめた奥歯が痛む。だがアクセルたちに焼かれている人々の痛みは、この比ではない……いつか自分は業火に焼かれて、地獄に落ちるだろう。

 アクセルに覚悟はできていた ──

 

 

 

 ── と、ソウルゲインのレーダーに赤い点が表示される。

 

「来たか」

 

 絵里阿町の上空に輸送機の編隊が見えていた。

 最寄りの基地から急行してきた掃討部隊だ。

 おそらく全速力で駆け付けたのか、シャドウミラーが想定していた時間よりも早かった。

 アクセルは回線を開き、命令を送る。

 

「全機、戦闘態勢に移行しろ」

『『『了解』』』

 

 アクセルの号令でアシュセイヴァーが輸送機の迎撃を開始した。図太いビームが輸送機を狙って撃ちだされていく。

 かすめたり、被弾したしたりするが輸送機もすぐには墜ちない。

 機銃で反撃を開始しながら、PT格納庫のハッチを解放していた。

 

「来い、ベーオウルフ」

 

 アクセルの動きを反映し、ソウルゲインが初めて迎撃の体勢を取った。

 

 

 

      ●

 

 

 

 輸送機内。

 

 キョウスケはゲシュペンストMk-Ⅲのコックピット内で待機していた。

 輸送機の揺れが激しくなった。おそらく、敵の迎撃を受けているのだろう。

 

「まだか……?」

 

 自然と、操縦桿を握る力が強くなる。

 急げ、と念じるが、それで到着が早くなれば苦労はしない。キョウスケにはただ待つことしかできなかった。

 

『キョウスケさん』

 

 ゲシュペンストMk-Ⅱ・改タイプCに乗ったタスクが通信を送ってきた。

 

『敵は本当にあのアクセルなんでしょうか?』

「……おそらくはな」

 

 基地での通信で顔は確認できなかった。だがあの声と話し方は間違いなくアクセルのものだった。

 

『でも、仮に敵がアクセルだとして、何故こんなことをするんでしょう?』

「さぁな」

『俺には理解できませんよ』

「そうだな」

『せっかく平和になったのに、こんなことして、意味が分からない……』

「そうだな」

『……って聞いてます?』

「あぁ」

『ちょっと、キョウスケさん?』

 

 タスクの声が遠くに聞こえる。

 早く出撃しなくては、町はどうなっている、エクセレンとアルフィミィは無事なのか、いや無事に決まっている ── 雑然とした考えがキョウスケの頭を駆け巡る。それがフィルターとなってタスクの声が掠れてしまっていた。

 タスクに何度も話しかけられ、キョウスケは自分の精神状態に気づかされた。

 俺はプロだ。

 心を殺せ。無用な感情は他人を殺す。集中して、心を冷やせ。

 エクセレンやアルフィミィを救うために。

 そうだ、冷静を欠いたまま戦場に出る訳にはいかない。雑念は戦場で自分だけでなく、仲間も殺す。キョウスケはその事をよく理解していた。

 深く息を吸い込み、そして吐く。

 数回深呼吸してから、タスクに返答する。

 

「すまんな、タスク。おかげで落ち着いたぞ」

『? い、いえ、どういたしまして?』

 

 首を傾げるタスク。

 キョウスケはそれを一瞥して、タスクと、もう1人の隊員アラドに声をかける。

 

「いいか、今回は市街地戦だ。しかも住民の避難は完了していない。

不用意に飛び道具は使うなよ、被害が拡大するからな」

『ちっ、タイプCには不向きな任務だぜ』

『逆に俺は大得意だけどな』

 

 ゲシュペンストMk-Ⅱ・改タイプGに搭乗したアラドが答える。

 同様にキョウスケのMk-Ⅲにとっても近距離戦は得意な間合いだ。しかし、戦場となっている絵里阿町の状況はまだ把握できていない。

 しかも戦域は町1個とかなり広範囲だ。

 

「いいか、出撃後は3機は散開するぞ。敵機の掃討よりも、住民の保護が最優先だ」

『了解だ』

『ああ、エクセ姐さんたちも絶対助けてみせるぜ!』

 

 アクセルたちが何故罪もない市民を攻撃しているのか、その理由は分からない。

 だが軍人が非戦闘員を攻撃するなど、あってはならない。

 それは悪だ。それだけは断言することができる。キョウスケはアクセルを許すことができなかった。

 

 

── 罪は償ってもらうぞ……アクセル・アルマー

 

 

 一度はアクセルに救われた命だ。アクセルを止め、間違いを正すために命を使おうと、キョウスケは心に決める。

 それからすぐに出撃許可が下りた。

 輸送機のハッチが開かれ、眼下に町の様子が広がって見えた。

 町は炎に包まれていた。

 物静かな住宅街も、馴染みの店も、いつかアルフィミィを通わせようと思っていた学校も……沢山の建物が倒壊し、赤い炎と黒煙があがり、所々に何かが倒れているのが分かる。

 キョウスケはカメラをズームにして確認しようかと思ったが、止めた。

 見なくても、直感と経験で理解できるからだ。倒れたり、転がっているモノが何なのか。

 

「アクセル・アルマー……許さんぞ」

 

 Mk-Ⅲをハッチに向かわせる。

 先陣を切って、キョウスケはMk-Ⅲで絵里阿町の空へと飛び出した。

 

「ベーオウルブズ、1番機ゲシュペンストMk-Ⅲ ── キョウスケ・ナンブ出撃るぞ!!」

 

 むせ返るような炎の匂いが、キョウスケとMk-Ⅲを包む。

 不死の部隊の戦いが、また、幕を開けた ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第39話 孤影激突

 

 

 

 絵里阿町に到達した輸送機から次々とPTが飛び出してくる。

 

 アシュセイヴァー群による地上からの砲撃に耐えた輸送機から、地上に降下してくるのはゲシュペンストと呼ばれる地球連邦採用の量産型PTだった。

 アシュセイヴァーとは違い、黒く武骨な装甲を持つ巨人が絵里阿町に続々と降り立ってくる。

 その数、レーダーで捉えられる限り約30機 ── シャドウミラーの用意した量産型アシュセイヴァーの数は15機で、彼我戦力差はほぼ2倍だった。

 戦場でモノをいうのは最終的には物量だ。

 質が高いに越したことはない。

 だが質が高く、尚且つ量産性も高い兵器の創造は非常に難しい。大きな組織の主力として位置づけられ、数々の派生機が存在するゲシュペンストは、コストパフォーマンスに優れた名機であるのは疑う余地もなかった。

 

「来たか」

 

 アクセルは輸送機から出撃する、赤いゲシュペンストを見て頬を綻ばせる。

 奴が ── ベーオウルフが、戦場となった絵里阿町にやってきた。

 戦場の勝敗を決定づける要因はなにも物量だけではない。パイロットも大事な勝因の1つだ。質の良い機体を操縦する、手練れのパイロットがいれば、不利な状況から巻き返せることも少なくない。

 「インスペクター事件」がその良い礼だ。

 その激戦を生き抜いた手練れの男の登場は、シャドウミラーにとって不利益以外の何者でもないだろう。

 だが、アクセルは笑っていた。

 

 

── やはり、戦いはこうでなくてはな

 

 

 紅いゲシュペンスト ── ゲシュペンストMk-Ⅲの操縦者キョウスケ・ナンブ。

 奴は強い。「インスペクター事件」で活躍したクロガネのクルーの中でも、トップクラスの実力の持ち主だ。それがアクセルには堪らなく嬉しかった。

 アクセルはキョウスケと共同戦線を張ったことがあるが、その時から思っていたことだ。

 一度、キョウスケと手合せしてみたい、と。

 できれば敵同士ではなく、味方同士として、模擬戦をしてみたかった。

 互いを認め合い、高め合う……アクセルにとって、キョウスケはそれに値する男だったのは確かだ。

 しかし、キョウスケと再会したのは戦場だった。例え、シャドウミラーが引き金を引いた戦いであったとしても、この再開は茶番だと罵られようとも、アクセルはこの出会いに感謝していた。 

 戦場で出会った敵はどうする?

戦場の敵は倒すもの。

 

 

── 俺は貴様以外の男に敗けるのは我慢ならん……!

 

 

 仮に、この戦いにアクセルが敗れるとしよう。

 戦場での敗北は死を意味する。アクセルは見ず知らずの雑兵に殺されるのは我慢ならなかった。

 どうせなら、どうせ命を懸けて戦うのなら、キョウスケ・ナンブがいい。

 

「来い、ベーオウルフ」

 

 アクセルはソウルゲインのコックピットで拳を握りしめた。

 ダイレクト・アクション・リンクが作動し、ソウルゲインが文字通りの鉄拳を握り締める。

 懐かしい緊張感がアクセルを包む。常人なら吐き気を催しかねない程のプレッシャーが、アクセルにあることを実感させてくれていた。

 

「戦場よ……俺は、帰って来たぞ」

 

 絵里阿町はただの虐殺現場から戦場へと変貌していた。

 

 それはシャドウミラーが望んでいる光景だ。

 胸に闘志が沸くのを感じながら、アクセルはソウルゲインを駆り、戦場へと向かう ──……

 

 

 

 鋼鉄の駄狼R2 ~孤影激突~

 

 

 

 輸送機から降下したキョウスケとMk-Ⅲは、燃え盛る炎の真っただ中にいた。

 

 キョウスケが絵里阿町で見慣れていた建物の多くは破壊され、中に倒壊してしまっているものもある。外観が無事な建物もガスなどに引火し、内部から炎と黒煙がもうもうと上がっていた。

 窓ガラスは乗用車が通っていた車道に撒き散らされ、瓦礫の下には何か見える。

 キョウスケはあえて見ないことにした。

 この状況で動いていないものは既に手遅れだ。残酷なようだが、動かないそれを回収している余裕は今のキョウスケにはない。少数の生を拾うために、多くのそれを斬り捨てることも時には必要なことだった。

 

 

── ……生存者は……

 

 

 画面上、動いている人影は確認できなかった。

 代わりとばかりにレーダーには赤い光点が確認できる。Mk-Ⅲ周囲に2つ。敵機だ。今の絵里阿町でキョウスケが認識できる範囲では、動いているのは鋼の巨人たちだけだった。

タスクやアラドとは別行動を取っているため、キョウスケは2機に取り囲まれていることになる。

 敵機もキョウスケを認識しているはずだ。燃え盛る建築物の影から、こちらの様子を窺っている。

 

 

── どうする……?

 

 

 攻めてこない敵に対し、キョウスケは思考を巡らせた。

 ゲシュペンストMk-Ⅲの装備は、接近戦で威力を発揮するものが多く取り揃えられている。

 リボルビングバンカーにプラズマホーン、アヴァアンチクレイモアは射撃武器に分類されるが、チタン弾を散弾と同じような軌道で撃ちだすため、遠距離では格段に威力が落ちる。そのため、ほぼ接近戦専用の射撃武器と言えた。

 しかし囲まれている状況で接近戦を仕掛ければ、1機は残せても、残る1機に対して大きな隙を見せることになる。

 となれば、残る武装は左腕部の5連チェーンガンのみだった。

 威力は低い。PT相手ではけん制程度にしかならないが、距離は稼げる武装だ。

 キョウスケは迷うことなく5連チェーンガンを武装選択する。敵の動きをうかがい、可能な時に接近してケリを付けるつもりだった。

 

「…………」

 

 容易に動くべきではない。

 キョウスケはMk-Ⅲを建築物の影に隠し、敵の動きを待つ。

 先に痺れを切らしたのは敵の方だった。

 レーダー上の光点の1つが移動し、Mk-Ⅲのカメラが敵機の姿を捉える。

 

 

── あれはアシュセイヴァー……やはり、アクセルの部隊か

 

 

 ホワイトスターでキョウスケに助力してくれたロボット ── アシュセイヴァーが、大きなビーム砲を持ち、ゆっくりと動いている。アクセルが乗っていたものと違うのは色ぐらいで、画面に映っているアシュセイヴァーの色は緑だった。

 銃口でキョウスケを探しながら、近づいてくる。

 飛び出して不意を突けば、確実に命中する。そんな距離だ。

 キョウスケはMk-Ⅲのスラスターを噴かせ建築物の影から躍り出ると、アシュセイヴァー目がけて5連チェーンガンの引き金を引いた。

 徹甲弾が5つの銃口から唸りを上げて飛び出し行く。

 命中した後に追いうちをかけるため、キョウスケがリボルビングバンカーを構えようとした。その時……

 

「なにっ!?」

 

 敵の動きがキョウスケの憶測は裏切る。アシュセイヴァーは地面を蹴って横に跳び、銃弾を回避していた。車道の瓦礫を蹴散らしながら受け身を取り、上体を起こしてビーム砲をMk-Ⅲに向けてくる。

 ロックオンアラームがキョウスケの鼓膜を震わせた。

 操作が間に合わない。ガンマンの早撃ちのように、アシュセイヴァーがビーム砲を発射する。ビームがMk-Ⅲの装甲を直撃するが、耐久性向上のために塗装されたビームコーティングがそれを弾いていた。

 バチバチバチ、と花火のように閃光が飛び散り、ビームは霧散した。しかし塗装は剥げてしまったため、同一部位ではもうビームを防ぐことはできなくなる。

 

 

 ── なんだッ!?

 

 

 被弾直後、背後からもロックオンアラーム。

 Mk-Ⅲを囲んでいたもう1機のアシュセイヴァーが銃口を向けていた。急いでキョウスケが建物の影に逃げ込むと、先ほどまでMk-Ⅲのいた場所を白い光の筋が突き抜けて行った。

 

 

── 反応速度が速い! 敵はエース級か!?

 

 

 ちっ、と舌打ちし、キョウスケは2機のアシュセイヴァーから距離を取った。 

 しかし1度姿を曝した以上、敵はキョウスケを追ってくるだろう。そうなれば不利になるのは結局キョウスケだ。

 ならば、と。キョウスケは奇をてらった先手を打つことにした。

 敵はキョウスケが逃げたと思い追ってくるだろう。そこに逃げずにブツかっていけば、敵の意表をつけるかもしれない。

 上手くすれば、リボルビングバンカーで1機ぐらいは撃墜できるかもしれない。

 自分勝手な仮定だ。当然、2機の集中砲火の餌食になる可能性もある。

 

 

── かまうな! そのためのMk-Ⅲだ!

 

 

 イチバチはキョウスケの十八番だ。

 ペダルをめい一杯踏み込む。爆発に近い音を響かせてブースターが火を噴いた。化け物じみた推進力がMk-Ⅲを一気に最高速まで加速させる。

 景色が一瞬で流れる。歪んで流れる視界でも、キョウスケは敵機を捉えていた。

 2機とも銃口をMk-Ⅲに向けてくる。

 だが一瞬早く、Mk-Ⅲが加速させた全重量を乗せてリボルビングバンカーをアシュセイヴァーの1機に打ち込んだ。

 爆ぜる炸薬、唸る切っ先、回る薬室。

 胴体に風穴の空いたアシュセイヴァーは、Mk-Ⅲの突進の勢いもあり、上下に裂けて爆散した。もう1機はビームで応酬してくる。しかしバンカーの次撃の準備を整えて、Mk-Ⅲは爆炎に紛れて姿を消した。

 アシュセイヴァーがMk-Ⅲを索敵する。

 結果が出た。

 Mk-Ⅲの反応はアシュセイヴァーの真正面だ。

 そこにはボロボロになった建築物しか見えない ──── と、その建物を突き破って、Mk-Ⅲがアシュセイヴァーの前に姿を現した。

 爆炎と建物に紛れた後に、敵の視界に入らぬよう、建物を破壊しながら近づいたようだ。

 

「とったぞ!」

 

 リボルビングバンカーの切っ先が突き刺さり、アシュセイヴァーの体を撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた巨大な穴から向こう側が見えた。グラリと揺らいで、アシュセイヴァーは倒れこむ。間違いようもない。2体の敵は戦闘不能だった。

 

「……やったか」

 

 苦戦した。それがキョウスケの素直な感想だった。

 アシュセイヴァーの動きは何処か機械的だったが、反応速度が尋常ではなかった。キョウスケの先手を取るような動きこそ見せなかったが、反応して反撃するという単純動作だけで言えば、キョウスケよりも早いかもしれない。

 

「敵が2機で助かった、というところか……」

 

 あの反応速度の攻撃で、取り囲まれてしまうとかなり危険だ。

 しかも行動に躊躇が感じられない。どこか人外を相手にしているような錯覚を覚える敵だった。

 とにかく、周囲の敵機は掃討した。

 キョウスケの視界には、揺らめく炎以外に視界で動いているモノは確認できない……全滅だ。

 

「……アクセル、これがお前の求めたものなのか……?」

 

 人類に戦争は必要だと、アクセルは言っていた。

 確かに、戦いは必要だ。

 キョウスケもそう思う。

 キョウスケだって戦い続けてきた。

 だがそれは誰かを護るための戦いであり、無暗に命を奪うための戦いではない。

 しかし、護るための戦いでも人は死ぬ。たった今も、アシュセイヴァーのパイロットに留めを刺しばかりだった。

 

 

── そうだ……俺だって、人は殺している……

 

 

 キョウスケだって、目の前の光景を作り続けてきたのかもしれない。炎にまみれた絵里阿町のような町を作ってきたのかもしれない。

 誰かを護るために、誰を殺すのは許されるのか?

 Noと答えたかった。しかしその資格が、自分にはないように、キョウスケは感じていた。

 見知った風景が壊される……それがどういうことなのか?

 今、キョウスケは身を持って体験していたからだ。

 

『ベーオウルフ』 

 

 アクセルの声が聞こえた。

 数秒の間、呆然としていたらしい。

 その間にアクセルがMk-Ⅲに通信回線を開き、話しかけてきていた。レーダーには一際大きな光点が表示されている。

 

「アクセルか……何故、こんなことを?」

 

 不思議なことに、キョウスケの声は穏やかだった。

 アクセルの所業は許せない悪であるにも関わらず、声を荒げて責めることが、この時のキョウスケにはできなかった。

 キョウスケの問にアクセルが答える。

 

『必要だからだ』

「こんな殺戮が、か?」

『そうだ。言ったはずだぞ。流れのない水たまりの水はやがて腐る。

世界の腐敗を防ぐために、人類は戦い続けなければならないのだ』

 

 アクセルは淡々と語った。

 キョウスケにはアクセルの口調が、何かを隠すためのモノのように感じられた。

 もしかすると、彼も迷っているのかもしれない。

 

「戦いのための戦いに、何の意味がある?」

『戦うこと。それ自体に意味があるのさ、これがな』

「目的と手段をはき違えているだけではないのか? それは正しいことなのか?」

 

 護るために戦ってきたキョウスケでも迷う。

 護るためになら戦ってもいいのか? 戦わなければ護れないのか? 戦いの他にだって方法はあるかもしれないのに?

 キョウスケだって明確な答えは出せない。もしかすると、初めから正解などないのかもしれない。

 

『問答はしまいだ、ベーオウルフ』

 

 アクセルが言った。

 

『俺たちの行動が正義なのか、それとも悪なのか……それは歴史が教えてくれるだろう。

だがな、ここは戦場だ。戦場に生きる俺たちには、たった1つだけ絶対のルールがあるはずだ』

「ああ、戦場では生き残った方が正義だ」

『そうだ。来い、ベーオウルフ』

 

 アクセルのそこで言葉を途切る。

 キョウスケはレーダーに映る光点の方角を確認した。遠方から青いロボットが歩いてくるのが分かる。遠巻きながらかなりの巨体であることが分かる ── 明らかに特機 ── スーパーロボットだった。

 サイズはキョウスケのMk-Ⅲの倍ほどある。

 おそらく、搭乗者はアクセルだろう。アクセル程の実力者が操る特機が相手となると、いくらキョウスケと言えども苦戦は必至である。

 

「だが、負ける訳にはいかん」

 

 これは護るための戦いだ。

 エクセレンとアルフィミィを見つけ、助け出すまで、キョウスケは敗ける訳にはいかなかった。

 アクセルを倒す。覚悟を決めると、自然と操縦桿を握る手に力が籠った。

 

「貫けMk-Ⅲ、奴よりも早く ──ッ!」

 

 Mk-Ⅲのブースターが火を噴いた ──……

 

 

 



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第40話 孤影激突 2

 

 

 一方そのころ……

 

『ちっ、こいつら……!』

『強えぞ!』

 

 タスクとアラドは合流し、行動を共にしていた。

 2機のゲシュペンストMk-Ⅱ・改が背中を合わせて、周囲を警戒している。今の所、視認できる距離に敵機はいない。

 

 出撃した直後は別行動していた2人だったが、多数のアシュセイヴァーに苦戦を強いられていた。アシュセイヴァーは運動性重視の軽量型の機体だったが、それ以上に、敵機の反応速度が異様に早い。

 攻撃のほとんどは躱され、瞬きする間もなく反撃に移ってくる。

 行動パターンは単純で、避けて反撃するを繰り返すだけだったが、敵の反応速度とアシュセイヴァーの機動性も相まって手に負えなかった。物量で勝っていたはずのタスクたちは次第と劣勢となり、味方の量産型ゲシュペンストMk-Ⅱがなす術もなく撃破されていった。

 タスクたちの機体も被弾していたが致命傷ではない。「インスペクター事件」の際に機体に施したビームコーティングの恩恵だった。

 継戦能力は十分に残っている。しかし戦況はよろしくない。このまま囲まれて集中砲火にあえばどうなるか……分かり切っていることだ。

タスクはアラドと連絡を取り、合流した。 

 

『久しぶりの戦闘で、これはキツイぜ』

『タスク、弱音なんか吐いてんじゃねえよ! 俺たちは敗けるわけにはいかねぇんだぞ! こんな酷ぇこと、絶対に許しちゃいけねぇんだ!』

 

 町の惨劇を見てきたアラドが叫んでいた。

 エクセレンとアルフィミィが生活していた町だ、アラドたちにも少なからず愛着はあった。のどかだった街並みが、シャドウミラーの襲来で燃え盛る戦場と化してしまっている。 

 許せなかった。

 表情を歪ませているアラドの心情を、タスクは痛いほど理解できる。

 

『ああ、シャドウミラーは許せない。奴らを追い出して、町の皆を助けるんだ!』

『やるぞぉ、タスク!』

『ああ ── ッ!? アラド、何か来る!!』

『なんだって!?』

 

 タスクの声にアラドは前方を警戒する。

 しかし敵機の姿は確認できない。

 

『上だ!』

 

 レーダーを確認したタスクが叫ぶ。

 大きな光点が2人のゲシュペンスト直上で明滅していた。

 2機は銃口を空に向けた。町の炎でうすい赤に染まった青空が見える。青に栄える白い翼を広げて、1機のロボットが滞空していた。

 天使のような羽を持ち、白と桃色で彩られたドレスのような装甲を持つロボットだ。

 特機 ── モニター情報には「アンジュルグ」と表示されている。

 優雅な外見と裏腹な巨体を空中に浮遊させ、そのロボットはエネルギーで形成された矢を、既にタスクたちに向けていた。

 2人は反射的にトリガーを引いた。

 愛用のアサルトマシンガンから徹甲弾が飛び出すが、女性ロボットの矢じりが一瞬早く放たれる。

 矢は空中で膨張し、炎でできた巨大な鳥へと変貌する。

 炎の鳥に飲み込まれて、徹甲弾は蒸発した。

 視界は鳥の赤い光に覆い隠されて、

 

 物を言う間もなく、2機のゲシュペンストは不死鳥の炎の翼に抱かれる ──……

 

 

 

 

 

第40話 孤影激突2

 

 

 炎に彩られた絵里阿町を、W17は空から見下ろしていた。

 

 「アンジュルグ」と呼ばれる女性型の特機に搭乗し、シャドウミラー軍を指揮していたW17。

 地上で繰り広げられる自軍側のアシュセイヴァーと、地球連邦のゲシュペンストの戦闘を空中から観察する。ビームの光と銃声が聴覚センサーで拾われ、視覚センサーには大破していくゲシュペンストの姿が捉えられる。

数ではシャドウミラーが不利だったが、パイロットの性能差か、地球連邦を劣勢へ追いやるのは容易だった。

 

 眼下の戦闘風景を眺めながら、W17は空中から的確な指揮と、援護攻撃を行う。

 アンジュルグの放ったエネルギーの矢がゲシュペンストを破壊していき、絵里阿町は火の手の勢いに油をさしていくような行動を継続する。

 

 W17は、つい先ほども、2機のゲシュペンストを仕留めていた。

 

『…………』

 

 紅いカラーリングのゲシュペンストMk-Ⅱ・改 ── W17が「インスペクター事件」で共闘した、ベーオウルブズの部隊の機体だった。

 アンジュルグの最大兵装 ── ファントム・フェニックスを直撃し、防御した四肢は爆ぜ、カメラアイを保護する頭部のゴーグルは砕けている。装甲も焦げて傷だらけだ。しかし単なる量産機ではなくチューン機であることが幸いしたのか、コックピットブロックを含む胴体部分は無事だった。

 ただし、中のパイロットの生存は不明だった。

 W17は大破した2機のMk-Ⅱ・改にロッオンカーソルを重ねた。

 アンジュルグの手には、再びエネルギーで形成された矢が握られる。

 敵は徹底的に壊す。それは「インスペクター事件」からの5年で、W17が学んだことの1つだ。

 W17はアクセルと、シャドウミラーの総帥ヴィンデルから教授されたプロセスを、冷徹に実行しようとした。

 しかしその時、戦場の情報を収集して表示しているモニターに、最新の情報が飛び込んできた。

 

『隊長、戦闘を開始したか』

 

 レーダーの遠方に大きな光点が1つ。それに対する赤い光点がまた一つ。大きな光点はアクセルのソウルゲイン、小さな光点がアクセルの相手にしている敵機だろう。

 W17は戦闘風景を確認するため、アンジュルグのカメラを最大望遠にする。

 アクセルの敵は紅いゲシュペンストだった。

 ベーオウルブズのリーダー ── キョウスケ・ナンブの乗る、ゲシュペンストMk-Ⅲ……難敵だ。

 W17はカメラの望遠を中止する。ゆっくりと地上を見下ろした。

 大破した赤いゲシュペンストMk-Ⅱ・改が転がっている。

 W17が破壊した、キョウスケ・ナンブの部下の機体だった。

 

『戦術効果、確認。実行する』 

 

 W17がつぶやき、アンジュルグは弓を納める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 体にかかるGが、キョウスケに戦いを実感させる。

 

 背部の大型ブースターの吐き出した炎が化け物じみた推進力を生み、ゲシュペンストMk-Ⅲを猛烈に直進させていた。

 戦場と化した絵里阿町。破壊された建物の間に敵は立っている。

 アクセル・アルマーの乗り込んだ青色の特機だ。

 ロックオンと共に敵情報が画面に表記された。SOULGAIN ── ソウルゲイン、それが青い特機の名称のようだ。

 超闘士グルンガストのような青色のボディで、火器らしき武装は携帯しておらず、ソウルゲインも多くの特機の例にもれず接近戦用にチューンされている印象を受ける。

 格闘家のような体つきのマシンだが、特に四肢に力強く、肘部分には短いエッジが伸びていた。

 ソウルゲインはギラリと光るエッジを向けてこなかった。

 両手を前に出し、足を開いて立っている。拳は作っていない。腰を落として、機体の重心を低くしていた。

 

 

── MK-Ⅲを受け止めるつもりか?

 

 

 Mk-Ⅲのサイズはソウルゲインの半分ほどだ。

 しかし狂気じみた重装甲のため機体重量は異様に重い。それに伴う機動性低下を、背部の大型ブースターの推進力で無理やり解決したのがMk-Ⅲであり、代償として訪れるGの負荷こそ、Mk-Ⅲを操縦の困難性を助長し、お蔵入りの原因を作ったと言っても過言ではない。

 当然、重い物を速く飛ばすには、比例して大きなエネルギーが必要になる。

 今のMk-Ⅲは運動エネルギーの塊だ。

 超加速したMk-Ⅲを止められるPTなど存在しない。例え相手が特機でも、だ。Mk-Ⅲを受け止めるという事は、生身で小型の大砲の弾を体で受け止めるのに等しい行為と言えた。

 

「甘いぞ、アクセル・アルマー!」

『それはどうかな!』

 

 キョウスケは使い慣れたモーション ── 左肩でタックルし、敵の体勢が崩れた所にリボルビングバンカーを使用する ── で、ソウルゲインに攻撃を仕掛ける。

 直後、Mk-Ⅲの左肩を、ソウルゲインが両手で受け止めた。

 

『むっ!』

 

 踏ん張っていたソウルゲインの足がアスファルトにめり込んだ。

 超重量×超加速だ、そう容易に止められるはずもなく、Mk-Ⅲの突撃がソウルゲインを後方に押して行く。アスファルトを砕きながら後方に押し出されながらも、体勢を崩さないソウルゲイン。

 並のPTならフレームが歪んでもおかしくない。やはり特機は伊達ではなかった。

 思惑と違ってソウルゲインの体勢は崩せない。

 反射的にキョウスケは予定変更。体勢を崩すことが困難と見るや、すぐさまリボルビングバンカーの撃鉄を上げた。

 ソウルゲインに切っ先を突き込むために、Mk-Ⅲが右腕を振り上げる。

 

「ッ!?」

 

 リボルビングバンカーを叩き込もうとした瞬間、コックピットをガクンと衝撃が襲った。

 振り上げた右腕をソウルゲインが掴んでいた。Mk-Ⅲを支えていた手で撃鉄を押さえている。撃鉄の動きを封じられてしまうと、薬室内の炸薬に着火することができない。  

リボルビングバンカーは、リボルバータイプの拳銃を模して造られている。撃鉄の動きで炸薬に着火し、そのエネルギーでパイルバンカーを撃ち出す仕組みだ。原始的な作りだが、その分強度が高く、確実に動作することが強みである。

しかし撃鉄を押さえられると、炸薬に着火できない。かの有名な44マグナムを想像してもらえれば分かり易いだろう。火が付かなければ、銃弾もパイルバンカーも撃ち出すことができなかった。

 想像の斜め上のバンカー封じに、キョウスケが驚愕する。

 しかし撃鉄を押さえるため片手を使ってしまったため、ソウルゲインはMk-Ⅲの勢いを抑えきれずに体勢を崩していた。

 上体がぐらりと揺らいだ。

 が、ソウルゲインはMk-Ⅲの腕を引き、

 

『でいぃぃぃやあぁぁっ!!』 

 

 Mk-Ⅲの突撃の勢いに逆らわずに体を半歩ひらいて道を開け、投げた。

 加速とソウルゲインのパワー。

 キョウスケの視界が一瞬で歪み、背中から矢じりのように鋭い衝撃が体を突き抜けた。

 

「っは……っ!?」

 

 地面にMk-Ⅲを叩きつけられた。それを悟るには十分な痛みがキョウスケを襲い、肺の中の空気が押し出される。

 Mk-Ⅲの損傷はほとんどないが、殺しきれなかった衝撃がキョウスケを苦しめる。

 息をできない、呼吸を整えたいと思った。

 が ──

 

『とったぞ!』

 

 ── ソウルゲインが拳を振り上げていて、そんな余裕をキョウスケに与えなかった。

 息が詰まったまま操縦桿を動かす。

 Mk-Ⅲは地面を転がって、ソウルゲインの打ち下ろしを避けた。悲鳴を上げて、アスファルトに亀裂が走り、拳型に陥没する。

 

『逃がさん!』

 

 ソウルゲインは拳を引き抜くと、前腕部を回転させ始めた。

 高速の横回転だ。回転や捻りを加えることで貫通力が増すのは良く知られていることだ。銃火器の類の弾もらせん回転を与えることで貫通量を得ている。それを、ソウルゲインは前腕部で行っていた。

 先の打撃は回避したが、まだMk-Ⅲは地面の上に仰向けの状態だ。

 

『玄武剛弾!』

 

 天元を突破しそうな勢いで、アクセルはソウルゲインの回転する拳を振り下ろしてくる。

 もう1度転がって避けようか。駄目だ間に合わない。Mk-Ⅲが動くよりも早く、ソウルゲインの拳に抉られるのは目に見えていた。

 

 

── アクセルめ、やってくれる……!

 

 

 必勝のモーションパターンを逆手に取られ、一瞬で追い詰められるとは夢にも思っていなかった。

 特機の動きは普通鈍い。PTに圧倒的に劣る機動性は、特機の巨体とパワーの代償だ。だがソウルゲインの動きは機敏で、高機動PTには及ばないが、並のPTなら軽く凌駕する動きのように思えた。

 伊達に隊長を張ってはいないということか? キョウスケは内心でアクセルを認めつつも、黙って操縦桿のトリガーを引いていた。

 ソウルゲインのパンチを躱した時に武装選択しておいた。両肩コンテナのハッチが開放される。

 

 アヴァランチクレイモア。

 

 火薬入りのチタン製ベアリング弾がコンテナから発射された。

 

『なっ……!?』

 

 至近距離からの銃弾の雨だ。拳が到達するよりも早く、ベアリング弾はソウルゲインに直撃する。青い装甲に小さな穴ができ、火薬に引火して大爆発を起こした。

 ソウルゲインは胴体装甲を大きく抉れる。吹き飛ばされて背中から地面に落下した。すぐには起き上がれないだろう、その隙にキョウスケはMk-Ⅲの体勢を立て直す。

 関節部が嫌な音で軋んでいる。

 至近距離でのアヴァランチクレイモア、使うのはこれで2度目だ。

 しかも今回は位置取りもできない緊急使用だったため、爆発によるMk-Ⅲへのダメージも前回より大きい。

 装甲が焼かれているのは以前と同じだが、関節部にまでダメージが及んでいた。機動に違和感がある、破損状態を分かり易く表現するなら小破といった所か……コンテナ内のベアリング弾に引火しなかっただけマシ、キョウスケは愚痴をこぼしながらMk-Ⅲを立ち上がらせた。

 

『やるな、ベーオウルフ』

 

 ソウルゲインが起き上がってくる。

 深手には違いないが、ソウルゲインはまだまだ戦えそうに見えた。

 

『とっさの判断と思い切りの良さ……よもや、あんな手を使うとは思ってみなかったぞ。

やはり貴様は一流だ。ここで殺すのが惜しいぐらいにはな』

「ぬかせ」

 

 Mk-Ⅲの5連チェーンガンが唸りを上げた。

 しかし徹甲弾のつぶては空を切る。ソウルゲインは地面を蹴って、大きく飛翔していた。

キョウスケは銃口を空中に向け、再びトリガーを絞る。

 空中で動き敵に対しチェーンガンの弾道はバラけ、命中することはない。

 

『飛び道具はこちらにもある! 青龍鱗ッ!』

 

 ソウルゲインの掌に青いエネルギーが収束し、撃ち出された。

 Mk-Ⅲはスラスターで移動し、青い波動を回避する。

 ソウルゲインは着地すると、Mk-Ⅲと一定の距離を保ちながら走り出す。

 2機の戦いは、建物を盾にしながらの射撃戦闘へと発展した。

 Mk-Ⅲのチェーンガンとソウルゲインの青龍鱗が、互いを狙いながら回避され、絵里阿町の街並みを破壊していく。コンクリも鉄筋も撃ち抜かれる。巨体の接触も伴って次々と倒壊していった。

 2人は無言のまま撃ち続けた。

 辺りには、Mk-Ⅲとソウルゲイン以外に動く物はない。

 人影は……ない。

 キョウスケはエクセレンとアルフィミィの安否が心配だった。

 ああ見えてもエクセレンは元軍人だ。きっと、2人で無事に生き延びているはず。絶対に、生き延びているはず。そう信じて、キョウスケは引き金を引き続ける。

 撃たなければ、自分がやられるのだ。

 

 

── だが、俺は正しいのか……?

 

 

 疑問が頭をよぎり、青龍鱗がMk-Ⅲの頬をかすめる。

 撃ち合って、崩れていく建物。もしかすると、その中に生き残りがいるのではないか? だとすれば、護るための戦いが、護るべき人を殺していることになるのではないだろうか?

 青龍鱗を回避したMk-Ⅲの足が、瓦礫を踏みつぶした。

 この中に人が埋もれていないとも限らないのだ。

 助けるべき人たちを、自分の戦いが殺してしまっているとしたら……考えてしまうと、戦えなくなる。

 キョウスケは心を凍らせる。

 アクセルとの戦闘が、キョウスケを戦争をしていた頃へと急速に引き戻していた。

 戦争に犠牲はつきものだった。

 分かっていた。

 この戦闘でも犠牲者は絶対に出る。

 分かっている。

 何度も、何度も目を背け続けてきたことだった。

 

 

── ……慣れるくらい繰り返してきたことだ

 

 

 手に馴染む操縦桿と引き金、爆音、銃声、硝煙の匂い……それでも、人の悲鳴は耳が慣れてくれない。

 悲鳴を生み出す、アクセルの行為を許すことはできなかった。

 アクセルを倒すために銃を撃つ。

 撃てば撃つほどに思う。

 結局、キョウスケはアクセルと同類なのではないか?

 考えても仕方がない……キョウスケは考えることを止めた。

 

 アクセルを倒す。

 そのためにトリガーを引き続け、ついにチェーンガンの弾が尽きた。

 カラカラカラ、と空撃ちの音が響く。緊急時だったので交換用の弾倉は用意できなかった。常に携帯させているリボルビングバンカーの弾薬だけを交換した。

 シリンダーがセットされ、撃鉄が上がる。

 

「アクセル・アルマー、覚悟!」

『来い! 返り討ちにしてくれる、これがな!』

 

 緊迫した空気が両者の間に流れる。

 Mk-Ⅲはリボルビングバンカーを、ソウルゲインは拳を構え、突撃の構えを見せる。

 一触即発。

 次の接触でかたをつける。

 加速のため、Mk-Ⅲのブースターに火が灯った ── その時。

 

 

 Mk-Ⅲの肩が爆発した。

 

 

 正確には肩部分マウントされてるアヴァランチクレイモア搭載のコンテナが爆発した。

 至近距離の爆発にMk-Ⅲは崩れ落ちた。

 

 

── な、なんだ!?

 

 

 頭部に搭載されたメインカメラが破損したのか、モニターの一部が黒く抜け落ちている。爆散したのは左肩のコンテナで、操作に対して左腕が反応しなかった。コンテナが閉鎖状態だったため、被害は最小限で済んだのは不幸中の幸いだったが、Mk-Ⅲのダメージは深刻だ。

 レーダーを確認すると、付近に敵機が確認できる。

 アクセルとの戦闘に気を取られ、周囲への警戒がおろそかになっていた。

 

「ぬかった……!」

 

 サブカメラもフル稼働させ、モニターの映像を復帰させる。

 空中に女性型の特機が浮いていた。

 「アンジュルグ」と表記されたその特機に、キョウスケは攻撃されたようだ。

 アンジュルグは手に何かを持っていた。

 ボロボロにされ、動かなくなった紅いゲシュペンストMk-Ⅱ・改だった。持ち運びやすいように、四肢と頭部を切断され、胴体部分だけにされている。コックピットは無事であろう2機のMk-Ⅱ・改を、アンジュルグは両手に抱えていた。

 それらはキョウスケにとって見覚えのある機体だ。

 キョウスケの部下 ── タスクとアラドの乗っているはずの機体だった。

 

『……W17、貴様、一体何をしている?』

 

 不機嫌そうな声で、アクセルはアンジュルグのパイロットに話しかけていた。

 W17。その名にキョウスケは覚えがあった。

 ホワイトスター攻略の際、アクセルが連れていた女性パイロットの名前だ。

 

『隊長を救援に来ました』

『なんだと?』

『ベーオウルフの動きを封じる材料を入手しました。これで隊長の勝利は確実なものになります』

 

 W17がキョウスケに通信を送ってきた。

 

『ベーオウルフ、これは警告だ。

一歩でも動いて見ろ。貴様の部下の命はない』

「なに……?」

『聞こえなかったか? 動けば、貴様の部下は殺す、と言ったのだ』

 

 W17が淡々と言った。

 アンジュルグの両手にはタスクたちのMk-Ⅱの胴体が持たれている。戦闘能力は既に失われているから、W17がその気になればいつでも手を下すことができるだろう。

 

 

── 人質か……舐めたマネをしてくれる

 

 

 キョウスケの心は平静だった。

 タスクとアラドはキョウスケの大切な部下だ。

 しかしそれ以前に2人は軍人だ。戦場での敗北は死を意味することも理解している。敵に引き金を引く以上、自分たちも撃たれ、最悪死んでしまう覚悟もできている。

 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。

 タスクたちはこの戦闘に敗れた。

 普通、それは死を意味する。

 生存を確認できるなら躊躇もするが、2人の機体は無残にバラバラにされ大破している。コックピットブロックは残っているから生きているかもしれない。だが死んでいるかもしれない。

 生死不明の味方に気をやっている場合ではない。

 ただでさえ、Mk-Ⅲはソウルゲインとアンジュルグという、2機の特機に囲まれている状況なのだ。

 

 

── タスク、アラド……すまん、許せ……!

 

 

 戦いは非情、そんなことは分かっている。

 キョウスケはアンジュルグをロックオンした。不意を突き、リボルビングバンカーでコックピットを撃ち抜いてやる。

 

『W17、貴様、俺の顔に泥を塗るつもりか?』

 

 キョウスケの心中を知ってか知らずか、アクセルがW17に対し声を荒げていた。

 

『人質だと? そんなもの無くとも俺は敗けん。余計な手出しはするな』

『隊長、作戦を優先してください。単機でベーオウルフを撃破するメリットはありません。人質を取られれば、人間は心の動揺や躊躇が発生し、戦力がダウンするとのデータがあります。

ベーオウルフを確実に撃破するには有用な手段です』

『……本気で言っているのか?』 

 

 怒りと呆れの入りまじったような声をアクセルは上げる。

 

『所詮は人形か……いいだろう、人形には人形らしく接してやる。おいW17、命令だ』

『はっ』

『俺の目の前から失せろ。今すぐにだ! でなければ、俺がお前を消す!』

 

 アクセルの言葉にW17は、しかし、と反論する。

 

『命令の意味が理解できません。隊長を護れと、レモン様から命令を受けています。Wナンバーズにとって、レモン様の命令は最上位命令に位置しています』

『では、俺の命令に背くと言うのか?』

『はい。ですがレモン様の命令だからだけではありません……』

 

 W17の声の雰囲気が変わった。

 注意して聞かなければ分からない。

 それ程に小さく微妙な変化だが、W17の声は小さく震えていた。まるで初恋の相手に告白する乙女のように、不安に押しつぶされそうになりながらも、勇気で声を絞り出しているような。

 そんな印象をキョウスケに与える声で、W17は言う。

 

『……私は、隊長に死んで欲しくない。貴方を生き残らせるためなら、どんな手段も使うと誓った……』

『……そうか。すまなかったな、W17。貴様を人形呼ばわりしたことは謝罪しよう。

そして、許せ。俺は貴様の期待にそうような男ではないのさ、これがな』

 

 アクセルの言葉の後、ソウルゲインの両前腕部が竜巻の如く回転し始めた。ヴィィィィン、と空気を震わせる高速回転はキョウスケの耳にも届き、その発生源である拳が腕から切り離されて打ち出された。

 ソウルゲインより分離された拳が、アンジュルグに高速で肉薄する。 

 グルンガストシリーズのブーストナックルに良く似ている。違うのは回転が加わっていることと、軌道が直線ではなく弧を描いてアンジュルグを捉えたことだった。

 タスクたちのMk-Ⅱを抱えているため回避が遅れ、アンジュルグは前と後ろから、ソウルゲインの玄武剛弾の直撃を受ける。明らかに、無防備だったアンジュルグの装甲が、拳の形に凹んだが見て取れた。

 

『隊長……な、ぜ……?』

 

 衝撃でW17の意識が途絶えたのか、アンジュルグは爆散はしなかったが、浮力を失って落下していった。轟音が耳に届くが、建物が邪魔で姿は見えなくなる。

 

『W17、覚えておくといい』

 

 飛翔していた拳をソウルゲインに接続し直し、アクセルはW17に語りかけていた。

 

『男には引けない戦いがある。意地がある。下らない生き物だ、貴様は俺のようになるなよ』 

「……アクセル」

『待たせた、そして失礼したなベーオウルフ。見苦しい所を見せた』

 

 ソウルゲインが再び徒手空拳の構えを見せる。

 意地、か。キョウスケはアクセルの独白に共感を覚え、彼の取った行動の不可解さを何となく理解することができた。

 戦場で意地は必要なものだろうか?

 肥大化しすぎたそれは、いつか自身の首を絞め、窮地へと追いやるかもしれない。

 だが意地は人間に力を与えてくれる。決して譲れない意地があるからこそ、人間は生き残ろうと戦場で躍起になり、限界以上の力を引き出すことだってある。 

 キョウスケだってそうだ。

 エクセレンやアルフィミィを護る。これは決して譲れない、キョウスケだけの意地だ。

 アクセルにだってあるのだろう。

 心に決めた戦いは、彼自身の手によって決着を迎えなければならない。

 そんなルールがアクセルの中にはあるのかもしれない ── 今のアクセルは兵としては失格だが、間違いなく戦士だった。

 不快感はない、むしろ好感すら持てる。

 

「アクセル・アルマー……俺たちの出会った場所が戦場でさえなければ……」

『ああ、俺たちは良い友人になれていたかもしれないな。

しかし、ここは戦場だ。戦場でアクシデントは付き物……全力でいく。悪く思うなよ、ベーオウルフ』

 

 Mk-Ⅲの左腕部は完全に機能停止している。アヴァランチクレイモアを積んだコンテナも1つ失い、ギリギリで保たれていたMk-Ⅲのバランスは崩れてしまっている。

 Mk-Ⅲはテスラドライブの力を借りて、やっと直立できるバランスを保てていた。今は重量が右半身に集中し、直立することも難しい。

 立つことはできない。

 だが飛ぶことはできる。

 重量やバランスなど、大出力ブースターで帳消しにしてやればいいのだ。ソウルゲインにも装甲が大きく抉れ、ダメージは大きく残っている。勝機はある。

 

「……幕引きだ、アクセル・アルマー」

『俺か、それともお前のか……答えを知る権利は最後まで立っていた者にだけ与えられる』

 

 キョウスケはリボルビングバンカーのリミッターを解除した。

 撃鉄が焼き付き吹き飛んでも構うものか。装填された6発分の威力を、全てソウルゲインに叩き込む。

 遠慮もしない。

 躊躇もしない。

 それがアクセルへの礼儀というものだ。

 

「勝負だ!」『勝負だ!』

 

 2機の巨人が、最後の戦闘を再開した ──……

 

 

 

 

12、発狂

 

 

 

 炎に彩られた絵里阿町で。

 2機の鋼の巨人が最後の一撃を繰り出そうとしていた。

 

 1機は髭が特徴的な青い格闘戦用の特機 ── ソウルゲイン。

 もう1機はキョウスケ・ナンブの駆る、ゲシュペンストシリーズの最新機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲだ。

 戦場となった絵里阿町に立つ2機は無傷ではなく、戦いによって傷を負っていた。

 ソウルゲインは胸部から腹部にかけての装甲が削げている。至近距離で爆発に巻き込まれたように、厚かった装甲は薄くいびつに歪んでいた。これは推測にすぎないが、一転集中の強い攻撃を受ければ、容易に貫かれてしまうだろう。

 一方、ゲシュペンストMk-Ⅲは左腕部が動いていない。

 加えて右肩には装備されているコンテナが左肩には存在せず、Mk-Ⅲの重心は大きく右側に傾いていた。

 キョウスケは、重心の歪みを、Mk-Ⅲの大型ブースターによる飛翔で解消していた。

 

 

── いける!

 

 

 今のMk-は直立……待機姿勢すらままならない。元々Mk-Ⅲは超大型のパイルバンカーや炸裂弾入りのコンテナを積み込んでいて、非常にバランスを取ることが難しい機体だ。従来機ではありえないアンバランさを、テスラドライブという重力制御装置で解消していたのがキョウスケの愛機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲである。

 しかし今のMk-Ⅲには、本来両肩に装備されているはずのコンテナが右肩にしか装備されておらず、テスラドライブでも姿勢を安定させることは難しい。

 立ち上がることができなければ、Mk-Ⅲはただの的だ。

 しかもソウルゲインは特機……動かなければ即撃破されるだろう。

 しかしMk-Ⅲは立つこともできず、あるくこともできない。

 なら、飛べばいい。

 それがキョウスケの選択した答えだった。

 

 

── まだ、俺とMk-Ⅲは戦える!

 

 

 背部の巨大ブースターで機体をカットばし、ソウルゲインへと突撃するMk-Ⅲ。

 左腕は動かず、残っているクレイモアのコンテナは残り1個……Mk-Ⅲに残されている武装は右腕のリボルビングバンカーしかない。キョウスケは最も使い慣れ、信頼を置いている武器に全てをかけていた。

 リボルビングバンカー……俗に言うパイルバンカーである。

 通常のものよりも巨大な盾殺しで、キョウスケの多くの敵を破ってきた。

 ソウルゲインの装甲が健在なら無理かもしれないが、今ならやれる。リボルビングバンカーに搭載された6発の炸裂弾を全て使えば、特機であるソウルゲインと言えども撃破は可能だろう。

 半壊し、数か所か黒く映らなくなったモニターに、肉薄してくるソウルゲインが見えた。

 

『けりを付けるぞ、ベーオウルフ!』

 

 アクセルが吠える。

 Mk-Ⅲを、猛烈な回転を加えたソウルゲインの拳が狙っていた。

 玄武剛弾という、ソウルゲインの技の1つだ。本来は拳を腕から切り離して使うはずの攻撃だが、分離させずに、Mk-Ⅲを直接殴りつぶすつもりらしい。

 Mk-Ⅲの倍近い全長のソウルゲインの一撃……もらえば、間違いなくただではすまないはずだ。

 だが、

 

「来い、アクセル・アルマー!」

 

 キョウスケにとって、死線とも言えるその距離は、逆に望むところだった。

 接近戦はキョウスケの18番だ。至近距離での殴り合いなら、誰にも負けない自信があった。現にキョウスケは、斬艦刀という大剣を持つ特機と互角に接近戦を繰り広げたこともある。

 ソウルゲインにだって引けは取らない。そう、絶対に。

 

 

── 俺の距離だ!

 

 

 ソウルゲインの懐に飛び込んだMK-Ⅲは、リボルビングバンカーの撃鉄を上げる。リミッターを外した切っ先を突き込む場所はただ1つ。装甲が薄くなっているソウルゲインの胸部だ。

 

『でいぃぃぃやぁぁっ!!』

 

 アクセルの怒号と共に、ソウルゲインの玄武剛弾が打ち下ろされた。

 頭部ごとMK-Ⅲのコックピットを撃ち抜く軌道だ。

 

 

── 今だッ!!

 

 

 操縦桿を動かし、キョウスケは行動を入力した。

 ここ1番でモノを言う、キョウスケ得意のモーションパターンだ。

 Mk-Ⅲは玄武剛弾かい潜り、動かない左肩でソウルゲインにタックルを敢行した。ショルダータックルから敵の体勢を崩してリボルビングバンカーを叩き込む、キョウスケの最も得意とする攻撃パターンだ。

 

『なっ!?』

 

 攻撃を回避され、アクセルが驚きの声を上げた。

 リボルビングバンカーの切っ先がギラりと光る。Mk-Ⅲの腕を突き出せば当たる、そんな距離にソウルゲインの体があった。

 

「零距離、とったぞ!!」

 

 勝利を確信し、キョウスケはバンカーを振るった。

 切っ先がソウルゲインの装甲を抉る。

 トリガーを引けば炸薬が連続で爆発し、ソウルゲインの胸に風穴が空く。

 ……はずだった。

 

「なにっ!?」

 

 信じられない光景に、キョウスケは驚愕の色を隠せなかった。

 切っ先がソウルゲインを命中せず、空を切っている。

 

 

── 馬鹿な!?

 

 

 外した……リボルビングバンカーで攻撃した時、重心の偏った右腕を振るったため狂ったようだった。ソウルゲインへの体当たり……突撃の勢いが殺されたのも悪かった。突撃で維持していた平衡が崩れ、機体が右側に大きく傾き、切っ先はソウルゲインから逸れる。

 MK-Ⅲは体勢を維持できず、アスファルトの上に片膝をついて倒れた。

 

『勝機!』

 

 間髪入れずに、ソウルゲインの玄武剛弾が迫る。

 回転する鉄拳が、まるで巨大な弾丸のようにキョウスケには映る。肉薄する拳が、一瞬でコックピットのモニターを埋め尽くした。

 動けなかった。

 意識ははっきりしているのに体がそれに着いてこない。視界を占領した玄武剛弾の回転が妙に遅く感じられた。肉眼で捉えられないぐらいの高速回転なのに、まるでスローモーションでも見ているかのように、ゆっくりと拳が回転している様がキョウスケの網膜に焼きつく。

 しかし体は反応しない。

 機体も動かない。

 直後、キョウスケ眼前のモニターが暗転し、強烈な衝撃が来る。ヘルメット越しだが、コンソールに激しく頭を叩きつけられ。

 衝撃の次はモニターに亀裂。

 モニターは砕け、コックピットハッチが音を立てて歪む。

 コックピットとしてキョウスケを包んでいた金属の塊が、津波のように飲み込もうと迫ってくる。

 

 ソウルゲインの玄武剛弾が、ゲシュペンストMk-Ⅲの頭部を砕いていた。巨大な鉄拳が胴体にめり込んでいる……

 

『俺の、勝ちだ!!』

 

 アクセルの雄叫びを最後に、キョウスケの意識は途絶える。

 

 

 

 「絶対死なない男」キョウスケ・ナンブの敗北の瞬間を、俺は目の当たりにしたのだ ──……

 

 

 

 鋼鉄の駄狼R2 ~発狂~

 

 

 

 俺の名前はキョウスケ・ナンブ。

 何故か高校の密集する地域「エリア」で貧乏学生をしている、しがない一般人だった。

 今、俺は有栖 零児の奥義「夢想転生」の力を借りて、オータムの中にある過去生を覗いている。

 俺 ── キョウスケ・ナンブの過去生を、だ。

 

 

 

 不思議なことに、俺にはキョウスケの考えていることが理解できた。もしかすると、ここが俺の過去生であることが関係しているのかもしれない。

 薄雲のかかった思考……だが指を動かすことができる、息をすることができる、キョウスケを心配し顔を覗き込むタスクとアラドの顔が網膜に飛び込んでくる。

 

 

── また……助かったようだな……

 

 

 体は痛む。しかし動かせない程ではなかった。しいて言えば頭痛が酷いぐらいだ。

 

「キョウスケさん!」

「よかった! 本当に、生きてて良かった!」

「お前たち……」

 

 目を開けたキョウスケを見てタスクとアラドから歓喜の声を上がる。

 彼らも負傷はしていて応急処置を施していたが、しっかりと五体満足だ。彼らの機体は大破して、コックピット周りしか残っていなかった。しかし、その惨状に不釣り合いな程の軽傷である。

 それはキョウスケにも同じことが言えた。

 視線を横にやると、すぐ傍にキョウスケの愛機の姿が見える。

 首から上がねじ切られたように消し飛んでいた。厚い胴体の装甲板も歪み、大きく窪んでしまっている。ゲシュペンストMk-Ⅲは、ソウルゲインの玄武剛弾で頭とコックピットを潰されていた。

 大破した赤い巨人は横たわったまま動かない。

 

 

── 悪運だけは……相変わらずだな……

 

 

 潰れたコックピットから、外傷を負っているにしろ、生きたまま救出された。

 統計を取ったものがいないため断言はできないが、奇跡的な確率ではないだろうか。

 

「大破したMk-Ⅲを見たときは肝を潰しましたよ」

 

 タスクが言う。

 

「コックピットも潰されてたけど、キョウスケさん1人が収まるくらいのスペースは残ってたんです。何とかしてハッチを開けて……キョウスケさんが助かったのはMk-Ⅲの重装甲のおかげでしょうね」

「……そうか」

 

 Mk-Ⅲに視線を向けるキョウスケ。

 物言わぬ相方の、無残な死に体が転がっている。

 またこいつに助けられたな、とキョウスケは心の中で感謝しつつ起き上がった

 頭痛と目まいが襲ってきて、タスクたちが心配して声をあげるが、キョウスケは構わずに質問する。

 

「タスク、戦況はどうなった?」

「…………」

 

 無言のまま視線を泳がせるタスク。

 アラドも顔に影を作ったまま答えなかった。

 

「タスク……そうか、分かった」

 

 2人の態度だけで、キョウスケは察することができた。 

 ぱちぱちと火が燃える音しか絵里阿町には響いていない。友軍のゲシュペンストが残っていたり戦闘が続いていれば、物寂しげな沈黙が続いているはずがない。助けを求める人の声も聞こえてこなかった。

 つまり、全滅だ。

 町の人間も、キョウスケたちの部隊も。

 シャドウミラーに皆殺しにされたのだ。

 喧騒とは程遠い静寂は、キョウスケにそれを痛感させるに十分だった。

 

「町の、人たちは……?」

 

 それでも、キョウスケは確認せずにはいられなかった。

 絵里阿町はキョウスケたちの町だ。キョウスケが、エクセレンとアルフィミィと暮らしてきた、これといって特徴のないごく普通の町だ。

 だから確かめずにはいられない。

 町の人は……エクセレンは、アルフィミィは無事なのか?

 やはり、帰ってくるのは沈黙だけ。

 

「……もうすぐ、基地から救援が来ます……」

 

 タスクがやっと口を開いていた。

 

「生存者の捜索はそれから行われる予定です……」

「エクセレンたちは……?」

「分かりません……姐さんたちを探す余裕はなくって……すいません」

「……気にするな。別に、お前が謝ることじゃない」

 

 タスクの言い分は正しい。

 2人はキョウスケを助け出し、介抱してくれていたのだ。

 生存者捜索の余裕がなくても無理はない。

 

 

── エクセレン……アルフィミィ……

 

 

 キョウスケはいても立ってもいられない思いだった。 

 絵里阿町は、キョウスケにとって見慣れた廃墟と化している。この廃墟の中で愛する女と娘が彷徨っているかもしれないのだ。1人だけじっとしている訳にはいかなかった。

 

「キョウスケさん、どうするんですか?」

 

 絵里阿町に歩き出そうとするキョウスケにタスクが訊いた。

 

「エクセレンたちを探す」

「無茶ですよ! それに危険です! 建物の崩落に巻き込まれたどうするんですか!?」

「なら、どうしろと言うんだ……じっとしていろというのか……! エクセレンたちが助けを求めているかもしれないのに……!」

「でも……!」

 

 タスクの言い分が正しい。

 戦地や被災地で単独行動するのは危険だ。戦闘や2次災害に巻き込まれる可能性が高いし、何より1人でできることには限りがある。

 生存者の捜索、救助、治療……と分担すべき仕事もある。

 人手が必要な以上、救援が来るのを待つべきだろう。

 タスクの判断は正しいし、1人にできることはタカが知れている。

 分かっている。

 理解している。

 しかし心は従ってくれなかった。

 ざわめく。ざわざわと。探しに行かなければと、強い焦燥感に駆られる。

 

「俺はエクセレンたちを探す。お前たちは……好きにしろ!」

 

 キョウスケは2人を置いて歩き出す。

 

「キョウスケさん!」

「お、おい、タスクどうするよ?」

「どうもこうもねぇよ!」

 

 結局、2人はキョウスケに付いてきた。

 エクセレンたちを探して、キョウスケたちは廃墟と化した絵里阿町を見渡す。

 キョウスケが休暇の際、エクセレンたちとよく行った行きつけの料理店が見える。建物が崩落し、看板は炎の下に埋もれてしまっていた。人の気配はない……気の良い大将は何処に行ってしまったのだろうか?

 食料品の買い出しをしていたスーパーマーケットも倒壊している。アルフィミィと買い物に来ると、よくお菓子を買ってくれとねだられたのを思い出す。些細な思い出も瓦礫の下に埋もれてしまっている。

 いつの日か、アルフィミィを通わせようと思っていた学校は無事だった。

 鉄骨で作られているからだろうか? 地震の時などには避難所になるくらいなので丈夫なのだろう、コンクリにはいくつも亀裂が走っていたが、全体の景観は残されている。

 しかし避難している人の姿は見えない。

 代わりに校庭に転がっている影は沢山目に入ってきた。

 

「ひでぇ……!」

 

 アラドが強張った声を上げた。

 校庭には爆撃されたような大きな穴が開いており、その周囲にそれは沢山転がっている。動かない。学校に避難してきた所を、シャドウミラーに襲撃されたのかもしれない。

 よく見れば、校舎の窓ガラスは全て割れている。中から人の気配は感じられなかった。

 キョウスケたちは中を探索した。

 動いているものは何1つなく、赤い水たまりに沈んだそれが幾つか見つかった。頭部を撃ち抜かれている。即死だ。どうやらシャドウミラーが、わざわざ機体から降りて、校舎に入り掃討したように見えた。

 意味が分からない。

 校舎を破壊すれば済む話なのに……キョウスケには、シャドウミラーの行動が理解できなかった。

 

 

── アクセル……これがお前の望んだ世界か……?

 

 

 アクセルは腐敗していく世界を憂いていた。

 世界を正すために立ち上がる、素晴らしいことだと思う。

 だがアクセルが取った手段に、キョウスケは決して賛同することはできなかった。

 戦争が生み出すものは、結局、いま目の前に広がっている惨状なのだ。

 

 

── 悲劇か……こんなもののために、俺は戦っている訳ではない……

 

 

 しかし戦争をすれば、惨状は避けては通れない。大義名分を大仰に掲げても、キョウスケの戦いは必ず人を殺す。

 空しさがキョウスケの胸を満たす。

 キョウスケたちは校舎を出て、絵里阿町の探索に戻った。

 町にはまだ炎が燻っていた。

 硝煙と黒煙に混じった、人肉が焼ける匂い……吐き気を催さないのは、キョウスケが訓練された軍人だからだろう。

 目を背けたくなるような現実が広がっている ──……

 

 

 

 キョウスケの足は、自然に自宅の方へと向いていた。

 

 

 

 無事に残っている。そんな淡い期待は容易く打ち砕かれた。

 何も残っていない。

 倒れて建築材が燃えていることすらなく、キョウスケの自宅は消し飛んでいた。アシュセイヴァーのビーム砲が直撃したのかもしれない。残っている土地は黒く焦げ、煙だけが立ち上っている。

 思い出の詰まった家は灰になっていた。

 

「キョウスケさん……」

 

 かける言葉が見つからない。そんな顔でタスクとアラドはキョウスケを見ていた。

 キョウスケは返事をせず、ひたすら探索を続ける ──……

 

 

 

 どれだけ探し回っただろうか?

 基地から救援が到着し、生存者の捜索が始まった。

 キョウスケたちには基地に帰還する命令が下っていた。

 しかし ──

 

「俺はエクセレンを探す……お前たちだけで先に戻っていろ」

「キョウスケさん、でも……」

「いいから。俺の我がままに、お前たちまで付き合う必要はない」

 

 ── キョウスケは命令を無視し、タスクとアラドだけを先に帰還させる。

 基地から派遣された捜索隊に混じり、たった1人で捜索を続けるキョウスケ。

 どれだけ時間が経過しただろうか?

 分からない。

 時間を確認するものをキョウスケは持ち合わせていなかった。

 ただ日は沈み始め、青空を夕闇が覆い始めた頃……キョウスケは見つけた。

 

「これは……」

 

 ある倒壊した建物の前に、それは転がっていた。

 ハートの形をした、ロケットペンダント ── キョウスケが、アルフィミィにプレゼントしたものと同じ型のものだった。

 ロケットは銀色の表面を土埃で汚してしまっている。

 キョウスケの背筋を冷たいものが奔った。

 途端に胸の鼓動が早くなる。冷や汗が噴き出した。震える手で、キョウスケはロケットを拾い上げた。

 恐る恐る、ロケットを開いて、中の写真を確認する。

 

 

 

 アルフィミィが、キョウスケとエクセレンに抱かれて写っていた。

 

 

 

 倒壊した建物に目を落とした。ロケットが落ちていたすぐ傍にある建物だ。

 元はビル化何かだったのだろう、無数に砕けたコンクリが、瓦礫の山を形成している。

 キョウスケは瓦礫の山から目が離せない。

 無言のまま、瓦礫の山を掘り始めた。

 1つ1つが人の頭ほどあるコンクリの塊をどけていく。細かな障害物は指で掘り出していく。キョウスケの荒い息遣いと作業音以外、その場で音を立てるものはない。

 どける、掘る、のかす、掘る……延々と繰り返すうちに、キョウスケの指の爪は剥げ、手は血まみれになっていく。

 それでも掘る。

 ひたすら掘る。

 がむしゃらの掘り続けて、キョウスケは見つけた。

 見慣れた白い女の手 ── 指には既婚者の証である白銀のリングがはめられている。

 

「エクセレンッ!!」

 

 キョウスケが見間違えるはずがない。彼女の手だ。

 埋まっている。彼女はこの瓦礫の下に。

 助けなくてはという思いがキョウスケの中に噴き上がる。

 キョウスケは見えている彼女の手を握り、引いた。

 ずるり。

 そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、彼女の手は瓦礫の中からあっけなく抜ける。

 彼女の手は、間違いなくキョウスケの手に握られていた。

 ただ、手首から先が無かった……。

 無かった……。

 キョウスケの中で何かが弾ける。

 

「うおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ ─────── 」

 

 キョウスケの絶叫が、日が落ちて炎で灯る絵里阿町に木霊する ──……

 

 

 

 その様を、俺は見ていた。

 俺が見ているのは、俺の ── キョウスケ・ナンブの過去生。

 オータムの中に記憶されている俺の過去は正に悪夢だった。

 発狂してしまいそうな、信じがたい光景が俺の眼下で繰り広げられている。

 エクセレンが……死んだ。

 キョウスケが涙を流して泣く様を俺は初めて見る。目から尽きることなく流れる液体を、俺も心の中で流していた。

 涙で心を湿らせながら思う。

 夢なら覚めてくれ、と。

 

 だが悪夢は終わらない。

 これは俺の過去生だ。

 キョウスケが生きている限り、この悪夢が終わることはない。

 

 

 

 そこで俺の視界が暗転した。

 俺を包んでいる浮遊感が渦を巻くのも感じる。

 1度、オータムの記憶を覗いた時に感じた感覚だった。

 どうやら、場面がまた変わるらしい。

 いつまで、俺はキョウスケの地獄に付き合わなければならないのだろうか ── とその時。

 声が聞こえた。

 

 

── 全ては静寂なる世界のために

 

 

耳ではなく頭に直接響く、聞き慣れたあいつの声だ。

 空耳だと思いたい。

 俺は浮遊感の渦に飲み込まていく ──……

 

 

 

 

 

14 変貌

 

 

 

 俺は見たことのある研究所へと飛ばされていた。

 

 浮遊感の渦が収まり、視界が開けると、青い髪の女性が空中に向かって話しかけているのが見える。

 

「どうですか? これだけいれば十分でしょう?」

 

 俺が彼女を見間違えるはずもない。

 青い髪の女性の名前はオータム・フォー。オータムの中に記録されたキョウスケの過去生から、彼女の過去の記録へと、俺は再び迷い込んでいた。

 実体のない傍観者にすぎない俺は空中に浮いている。

 彼女も空中へと話しかけていた。

 しかし彼女の声は俺に向けられたものではなかった。

 

「どうなのですか、リバース?」

 

 オータムは何もない空間に向けて、自分の背後を指さしながら尋ねていた。

 彼女の背後には広い空間が広がっており、薄布を敷いただけの仮の寝床に沢山の人が寝かされていた。

 子ども、成人、老人 ── 男も女も、皆等しく同じ寝床に横になり、首からは体に必要な栄養を補うための点滴ルートが伸びている。誰も動かない。生きている証拠として、沢山の寝息だけが合わさり広い空間に小さな不協和音を響かせている。

 俺は知っていた。

 あの人間たちは、オータムが人工子宮「ウーム」を使って再生されたものだ。

 以前覗き見た彼女の記憶では、ウームの欠陥かそれとも遺伝情報のバグか、再生された人間たちに心は宿らなかった。

 オータムがその事を嘆き、苦しんでいたことを俺は知っている。

 ただ再生人間の数は、前に俺が見た時より大幅に増えていた。

 

「答えてください、リバース」

 

── リバース もしや それは私の呼称でしょうか?

 

 何もない空間から返答が返ってきた。

 若い女性の声……耳ではなく頭に直接流れ込んでくる感覚は、奴の声に良く似ている。

 

「そうです。いつまでも名無しのままでは不便でしょう?」

 

 オータムは空中にいる筈の、見えないリバースに向け笑顔を見せていた。柔和な笑み。前に見たオータムの雰囲気からは想像できない表情だった。

 センチメントサーキットがそうさせるのか……話し相手がいるということは、長い時間を孤独に過ごしてきたオータムにとっては嬉しいことなのかもしれない。

 

── オータム 私にとって 呼び名は大した意味はありませんよ

 

「でも、人間は相手のことを名前で呼ぶわ。そろそろ貴方との付き合いも長いし……いつまでも呼び名が貴方では寂しいでしょう?」

 

── そうでしょうか? 私は人間ではありません 人間の感性を理解するのは難しい

 

「そう……」

 

 オータムの顔に影が差す。

 声の主 ── リバースに喜んでもらえる。そう、彼女は考えていたのかもしれない。

 しょ気るオータムに気を使ってか、リバースは淡々と言っていた。

 

── ありがとう

 

 と。

 

── 貴女が私に名を付けてくれる それは感謝に値する だから ありがとう 

 

「リバース。いいえ、私の方こそありがとう」

 

 オータムの表情に明るさが戻っていた。

 リバースは彼女にとって初めてできた仲間であり、友人だった。

 仲間がいた経験は勿論ある……しかし、惑星「エリア」をシーズンから解放した後、その仲間たちは元の世界へと帰って行き、彼女はたった1人きりで惑星「エリア」に残された。

 寂しかった。

 辛かった。

 人工子宮「ウーム」を用いて、全滅した人類を再生させる。

 科せられた使命だけがオータムを支え、気づけば20年が経っていた。再生を成功させることもできず、アンドロイドであるオータムは長い孤独に疲れ果てていた。

 そんな時、彼女に手を差し伸べてくれたのがリバースだ。

 だから、ありがとう。

 俺には彼女の気持ちが理解できた。1人きりは辛い……そう感じることができるのは、オータムの機械の体に人間の心が宿っている証拠なのだろう。

 

「リバース、どうですか? 貴方に言われた通り、できるだけ多くの人たちを再生させました」

 

 横たえられた人たちを示し、オータムはリバースに言う。

 

「ですが、やはり心は宿りませんでした……貴方の言う通り、肉体に心を持たせるためには魂が必要なようです」

 

── ええ 魂あってこその肉体 そして心です 

 

「それではリバース、魂の方はどうなっていますか? 私には魂の方はどうしようもないのです」

 

── 心当たりがあると言ったでしょう もう 間もなくですよ

    もう間もなく 器に入る魂は手に入ります

 

 オータムの問にリバースはそう答えた。

 魂は物ではない。魂を手に入れるなど、俺には到底理解できない言葉ではある。しかしオータムはリバースの言葉を鵜呑みにしているように見えた。 

 機械の体の弊害なのか、彼女は魂の概念を捉えそこなっているように思える。

 

「もうすぐ魂が手に入る。そうすれば、人類再生計画の成就が可能 ──」

 

── そうすれば 再生された人間たちによる 悲劇のない世界が出来上がるのです

 

「もうすぐ……もうすぐなのですね」

 

 神に祈るように胸の前で手を合わせ、オータムは感慨深げに呟いていた。

 ええ、と返答するリバースの声が、俺の頭の中にも響いてくる。

 

 

── 全ては 平穏なる世界のために

 

 

 奴と似ている。しかし、どこかベクトルの違う言葉を最後に。

 俺は再び浮遊感が渦巻くのを感じていた。

 また、場面が変わるようだ。

 これで3回目……いい加減に慣れた。しかし抵抗のしようがないというのは、どうにも癇に障るものだ。

 

 とにかく、如何ともしがたいのは事実。

 程なくして、俺の視界は暗転した ──……

 

 

 

 

 

必然たり得ない偶然はない



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最終話 ベーオウルフ 1

 あの日を境に、キョウスケ・ナンブは変わった。

 

 エクセレンとアルフィミィを失った絵里阿町での戦闘から、既に3か月が経過している。

 あの日、シャドウミラーは地球連邦に反旗を翻した。

 地球全土を統一している軍隊に、いかに大きいとはいえ連邦の1部隊が刃向ったのだ。飼い犬に手をかまれるとは正にこのこと。当然、地球連邦が黙っているはずもなく、シャドウミラーに対して全軍を上げての掃討を開始する。

 しかしシャドウミラーも数の不利は百も承知だった。

 大部隊と正面からはぶつからず、各地でゲリラ的な戦闘を散発させる。

 数で攻め込めば逃げ出され、油断したところを背中から撃たれる。そんな攻防を地球連邦はシャドウミラーに強いられていた。おそらく、連邦上層部にシャドウミラーの放ったスパイがいるのだろう。でなければシャドウミラーが逃げ続けられる理由が見当たらない。

 散発的な戦闘と逃走を繰り返すシャドウミラー。

 劣勢に見えなくもない行動だが、実質イニシアチブを取り、戦闘をコントロールしているのはシャドウミラーだった。

 

 延々に続く闘争。

 

 奇しくも総力戦を選択しなかったことが、シャドウミラーの理想の世界を実現していた……。

 

 

 そんな3か月の出来事が、俺の頭の中に一瞬で流れ込んできた。

 理解もできる。

 シャドウミラーが絵里阿町から始めた戦闘は、もはや戦争と言って遜色ないものに発展していた。

 

 

 あの日 ── エクセレンとアルフィミィを失ったあの日。

 キョウスケは声を上げて泣いた。

 捜索隊が捜索を続けて、少ないながら生存者は発見されていた。一握りの生き残りもほとんどが重症者で、病院のベットから起き上がれた者はおよそ半分しかいなかったらしい。

 結局、エクセレンとアルフィミィの遺体は見つからなかった。

 もしかしたら発見されていないだけで生きているかもしれない。しかしキョウスケの淡い希望を打ち砕くように、彼はエクセレンの手首を見つけてしまっていた。

 見間違えるはずもない白く美しい肌。

 その指にはめられた白銀の婚約指輪と、アルフィミィにプレゼントしたロケットペンダント。

 キョウスケに残されたのはそれだけだった。

 愛機は破壊された。

 家も焼け、残っていない。

 現実と言う名のナイフがキョウスケの胸を深く抉った、あの日。

 

 

 あの日から、キョウスケ・ナンブは変わった。

 

 

 見るからにやつれ、基地内では1人でいることが多くなった。タスクとアラドが心配して寄ってくると、避けるように何処かに行ってしまう。元々少なかった口数はさらに少なくなり、他人と話すことを忘れてしまったように思えた。

 しかしキョウスケは軍人。

 出撃命令が下れば、修理されたMk-Ⅲを駆り戦場へと赴かなければならない。

 戦い方も変わっていた。

 元々、突撃と急速離脱を主体にした戦法を取っていたが、あの日以来、キョウスケの無謀な突貫は目に余るものになっていた。仲間の制止も一切聞かない。

 突撃し、コックピットをリボルビングバンカーで撃ち抜く。そして戦闘能力を失った敵機にも浴びせ続けるようになった。

 以前のキョウスケの突撃は、無茶には見えても何処かに勝算が見えていた。だが今は違う。

 キョウスケの戦い方は、クレバーからクレイジーへと変わっていく。

 まるで死に場所を探しているかのように……。

 

 当然と言えばいいのだろうか、キョウスケの無茶な行動のツケはMk-Ⅲの撃破と言う形で払わされることになる。

 1度ではない。

 出撃するたびにほぼ毎回だ。

 タスクたちのフォローの届かない場所に突出し、包囲、一斉攻撃を受けて撃破されることを繰り返す。

 しかしキョウスケは死ななかった。 

 毎回救出され、怪我も何故か軽傷で済む。

 Mk-Ⅲの修理が完了し、何度も戦場に駆り出されるというループを延々と繰り返していた。

 戦場で頼りになる「絶対に死なない男」は、ただの厄介者扱いされるようになり、いつしか戦死を望む声も上がり始める。

 

 

 また、嗜む習慣のなかった酒も、煽るように飲むようになっていた。

 

 

 明かりを消して、カーテンも閉め切った基地の自室で。

 キョウスケは、今も買い込んだウィスキーをビンから直飲みしている。

 首には形見のロケットペンダントが掛けられていて、チェーンにはエクセレンの婚約指輪が提げられている。エクセレンの遺骨が入った袋はいつも胸ポケットに忍ばせていた。

 瓶を口から離し、ダンッ、と乱暴にテーブルに置く。

 

 

── 何が……鋼鉄の孤狼だ……

 

 

 キョウスケの思考が俺の中に流れ込んできた。

 絶望、悲しみ、憎しみ……あらゆる負の感情で塗り潰された心が、俺の頭を浸食していく。色は黒だ。真っ黒……というよりは漆黒に近い色にさえ思える。

 愛した女と娘を、キョウスケは守れなかった。

 そのことを悔いる。後悔する。自分の力の無さを憎み、悲しみ、絶望する。

 そして恨む。

 何故、自分ではなかったのかと。

 エクセレンたちは死ぬべきではなかった。自分だったのに。殺されるべきなのは自分……戦争に関わり続け、正義のためとは言えば聞こえはいいが、多くの命を奪ってきた自分が! 殺されるべきだったのに!

 キョウスケは改めて理解し、初めて実感した。

 大切な人を失うことはこれ程苦しいのだ、と。

 キョウスケは愛する女と娘を護るために引き金を引き続けてきた。だが引き金を引くたびに、キョウスケと同じ思いをする人間は必ず生まれるはずだ。

 分かっていた。 

 だがどうしようもないと、目を背けてトリガーを引き続けてきた。

 その罪は自分にこそあり、罰は自分に下されるべきなのに、エクセレンが犠牲にならなければならない理由は何だ!

 悲劇だ。

 世界は悲劇に満ちている。

 殺し合いの果てにあるモノなど限られている。

 多くの場合はきっとそれしか残らない。

 戦争が終わり平和になったとしても、所詮は儚い人の夢だ、砂上の楼閣だ。平和という名の美しい湖があったとしても、その湖底には無残な悲劇が無数に沈んでいるに違いない。

 そういうものだ。きっと、そういうものなのだと、キョウスケは受け入れてしまっていた。

 

 あの日以来、キョウスケには戦争と悲劇が繰り返されるこの世界は、哭き叫び、助けてを求めている子どものように思えてしょうがなかった。

 

 

── ……五月蠅い……

 

 

 悲鳴や絶叫だけではなく、人の声でさえ煩わしいもののように感じられていた。

 エクセレンを失ったキョウスケに、タスクたちは勿論、顔なじみの隊員や戦友から慰めの言葉が贈られる。

 頑張れ、元気だせ、まだまだこれからだ ── キョウスケを元気づけようとする声は多くあった。

 

 

── 五月蠅い……!

 

 

 労いや励ましの言葉がキョウスケの胸に楔として打ち込まれていく。

 タスクたちにも戦友にも、まだ大切な人がいるのだろう。だが自分にはいない。エクセレンはもういない。その事がフィルターとなって、素晴らしい仲間たちの気遣いを、侮辱や嘲笑の類のように感じさせた。

 妬ましい。

 こんな感情、自分が抱くなどキョウスケは夢にも思っていなかった。

 

「……夢なら覚めてくれ……」

 

 部屋にはキョウスケしかいない。タスクたちにも部屋に入ってこないように言いつけてある。返事が返ってくるはずもなかった。

 

「何が鋼鉄の孤狼だ……絶対に死なない男だ……不死の部隊だ……。

大切な人1人護れやしない……俺の力など、所詮こんなものだ……」

 

 自暴自棄。

 今のキョウスケの姿を見た俺の脳裏にその言葉が浮かんだ。

 兵士は戦闘で生まれる悲しみや憎しみ、罪を一生背負って生きていく。キョウスケの先人たちはそうしてきた。キョウスケだってそれに倣ってきた。

 しかしあの日の1件は、キョウスケが背負うには重すぎるように思えてくる。

 自由に積荷を下ろせれば、人生はどれだけ楽になるだろうか?

 見ていられない。キョウスケの悲しみが俺の中に伝播してきて、目を背けたい気持ちになってきた ── そのとき。

 

 

── 悲しいか?

 

 

 声が聞こえた。

 耳でなく、頭に直接響くあの声だ。

 声の質問にキョウスケは思考で応える。悲しい、悲しいと……。

 

 

── 悲劇が憎いか?

 

 

 声の問にキョウスケの中で炎が燃え上がる。憎い、憎いと……黒い炎がめらめらと。

 

 

── 我はお前の悲しみに惹かれ この世界に来た 

  悲しみを知る者よ 悲劇を憎む者よ

        我と共に 悲劇のない 完璧なる世界を創ろうではないか 

 

 

「悲劇……のない世界……?」

 

 キョウスケは呆然とした意識のまま声を上げていた。

 あの日以前の冷静沈着なキョウスケであれば、声の存在に違和感を感じ警戒していただろう。

 だが今のキョウスケの思考は、まるで汚泥のように濁り切っていた。多量の酒が入っているのも良くなかったのかもしれない。

 キョウスケはこう答えていた。

 

「悲劇にまみれ……エクセレンやアルフィミィがいない世界など…………」

 

 キョウスケの唇が動く。同時に俺は耳を覆っていた。

 聞きたくなかったからだ。

 過去の俺が辿りついた結論が何なのか……この悪夢を見続けてきた俺には、うすうす分かりかけていたからだ。

 声は聞こえない。

 だが口の動きで、口走っていることが理解できた。

 

 

 

 

 

    オ レ ハ   イ ラ ナ イ

 

 

 

 

 耳を塞いでいても分かる。ここは俺の過去生だ。キョウスケの感情が流れ込んでくるぐらいだ。言動など目を瞑っていても把握できるに違いなかった。

 不安感と恐怖が俺を包み込んだ。

 それを裏付けるように、

 

 

── お前こそ 我の憑代に相応しい

 

 

 声が言った。

 声の姿は何処にも見当たらない。

 聞き覚えのある男の声、見えない姿、直接頭に響いてくる声 ── 共通点が多すぎた。

 奴との共通点、がだ。

 これであの刺青が浮かび上がれば完璧だ。当たって欲しくない推理ではある。しかし嫌な予感しかしなかった。

 

「うっ……」

 

 キョウスケが突然机に突っ伏してしまった。

 酒の飲みすぎでツブれてしまったのだろうか? 

 ならいいのだが……しかし神様は俺の予想を裏切るのが大好きらしい。

 キョウスケはすぐに起き上がっていた。

 邪悪と表現するのが正しいのだろう。そんな黒い雰囲気を纏っている。

 目元には紅い水玉のタトゥーが浮かび上がっていた。

 

「全ては、悲劇のない静寂なる世界のために」

 

 彼は言った。

 そして俺は確信した。

 声の正体と俺の過去生の結末を……。

 

 

 

 声 ── ベーオウルフによる、本当の地獄絵図が始まるのだと ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……──キョウスケはゆっくりと机を起き上がると、自室から基地内の通路へと出た。

 

 愛用の赤いジャケットを羽織り、少々やつれてはいるが、外見上はいつものキョウスケだった。目元に紅い水玉タトゥーが浮かび、重々しい空気を纏っている以外は、だが。

ふらふらと幽鬼のように通路を歩く。

 

「あ、キョウスケさん!」

 

 L字の左へと曲がる通路の角で、キョウスケはタスクとアラドに出くわした。

 

「部屋から出ても平気になったんですか ── って、うわ! 酒くさ!」

「また飲んでたんすか? いい加減にしてくださいよ、キョウスケさん!」

 

 タスク、アラドの順にキョウスケに言葉をかけてくる。

 

「ほらほら、酔っぱらって外に出たら危ないですって!」

「そっすよ! 部屋で大人しく寝ててくださいよ!」

 

 安定感の感じられないキョウスケの動きを2人は心配して言う。

 だがキョウスケは返事をしなかった。

 反応はしていた。伏せがちだった顔を上げ、2人の顔を覗き込む。目元のタトゥーが2人の目にとまる。

 

「あれ? キョウスケさん、タトゥーなんかしてましたっけ?」

「もしかして、新しいファッシ ──」

 

 突如、アラドの頭が爆ぜた。

 火薬の音ではない、膨らませた風船が割れる音を強くしたような炸裂音に、アラドの言葉は遮られた。

 血と肉と骨片が辺りに飛び散る。壁に扇状に血がアートを描く。アラドの首から上は、まるで口に手榴弾をくわえ自決した兵士のように無くなっており、頸動脈から血液が勢いよく噴き出していた。

 ゴトン、とアラドの体が力なく倒れた。

 

「ア、アラド……?」

 

 タスクがアラドの異変に言葉を失っていた。アラドからの返り血で顔が赤く汚れている。顔から赤い水滴が零れ落ちるが、ふき取ることも忘れて、倒れたアラドに視線を釘づけにされていた。

 頭のなくなった首から洩れた血液で、赤い水たまりがすぐに出来上がる。

 

「う、うわあああぁ ──── ッ?!」

「うるさい」

 

 次の瞬間、タスクの左手が千切れ飛んだ。

 恐怖の悲鳴が、激痛によって絞り出される絶叫へと変わる。左手は鈍い音を鳴らして壁にぶつかり床に落ちる。指先が微かに動いている。

 

「ッ ────── !! な、なに……!?」

 

 やがて悲鳴は声にならなくなり、へたり込み、血の噴き出る肩部分を押さえながらタスクは唸った。目を白黒させていて、状況が理解できていないのが見て取れる。

 タスクは千切れた自分の腕と動かないアラドの体を交互に見て、最後にキョウスケを見上げていた。

 

「キョウスケ……さん……?」

 

 それがタスクの最後の言葉になる。

 首から上が千切れ飛んだ。

 頭は独楽のように回転しながら壁に衝突し床に落ち、一拍おいて首から赤い噴水が上がる。一説によると、人間は首を切断されても数秒は意識を保つことができるそうだ。タスクの顔の表情が固まる。彼のデスマスクは恐怖と苦痛に歪んだ、筆舌に尽くしがたいものになっていた。

 キョウスケは倒れたタスクの体を乗り越えて先に進む。まるで、そこに何もないかののうに。

 

「全ては、静寂なる世界のために」

 

 それが不死の部隊の壊滅の瞬間だった……──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……──タスクたちは見えない力によって殺害された。

 

 その正体を俺だけは知っている。

 そうだ……あの公園でベーオウルフが行使していた念力または念動力というものだろう。

 零児と小牟を殺しかけた、あの力だ。

 俺は恐怖していた。

 あのとき奴が全快だったなら、零児たちは惨殺されていたのだ。

 

「撃ち方構え!」

 

 通路を悠然と闊歩するキョウスケに多数の銃口が向けられていた。

 基地内では警報がけたたましく鳴り響いている。聴覚が麻痺しそうな程の大音量でアナウンスが流れていた。

 

『基地内で殺人事件発生! 犯人はベーオウルブズのキョウスケ・ナンブ大尉! 発見次第射殺せよ! これは演習ではない!! 繰り返す ──』

 

 基地内に無数に仕込まれたカメラで撮影されたのだろう。基地内の全隊員にキョウスケの射殺の命が下されていた。

 確保ではなく射殺だ。

 その理由は簡単だった。

 1本道の通路はキョウスケを境に色が違っていたからだ。

 キョウスケの背後の通路は色が赤く染まっている。血だ。おびただしい量の血液が、本来単色の通路の壁に赤と灰色のグラデーションを作り出していた。そして肉片と骨片、体の一部が欠けたモノが沢山転がっている。

 対して、キョウスケの進行方向は綺麗な単色の灰色。つい数分前まで、キョウスケの背後の通路もこの色だったと言えば、流れた血液の量がいかほどが理解してもらえるだろうか?

 粘性のある赤い液体がこびり付いた靴でゆっくりと前に進むキョウスケ。

 軍服を着た兵士が自動小銃を肩に固定して、キョウスケに狙いを定めている。

 

「撃て!」

 

 1人の掛け声を合図に、兵士たちの自動小銃が火を噴く。

 フルオートで銃弾が小銃から発射された。

 生身の人間なら原型を留めない程の量の弾幕がキョウスケに迫る。

 

「なっ!?」

 

 しかし銃弾はキョウスケの体に届かない。

 キョウスケの眼前50cm程の位置で銃弾は止まっていた。

 念動力だ。事実を知っている俺以外には超常現象にしか映らないだろう光景に、兵士たちは当たり前のように驚愕していた。空中で浮遊している銃弾も、回転と推力を失って次々と床に落ちる。

 

「ば、化け物め……!」

 

 その言葉を最後に、兵たちは爆死した。

 念動力で体内から圧力をかけられ、膨張力に耐えられなかった肉体が爆ぜたのだ。血と臓物が噴き上がり、雨のように降って通路を濡らしていた。5人いた兵の血肉で赤く染まった通路をキョウスケは歩く。

 

「人……」

 

 キョウスケが呟いた。

 いや声を発しているのはキョウスケの体だが、実際に喋っているのは彼ではない。

 ベーオウルフの声が俺の耳に聞こえてくる。

 

「全ての悲劇の元凶……我の性……完成された世界には必要ない、悲劇を生み出す者も、感じる者も……」

 

 奴の言葉と共に、キョウスケの感情が俺の中に流れ込んでくる。

 暗い感情 ── キョウスケの心のほとんどは悲しみに埋め尽くされていた。エクセレンを失った悲しみ……それだけではなく、目の前の惨劇を心の中で嘆いている。

 体の自由をベーオウルフに奪われながらも、キョウスケには目の前の光景が見えていた。心の中で慟哭に近い叫びをあげている、やめてくれ、と。

 

 

── なんだこれは!? 俺はなにをしている!?

 

 

 自由にならない体、叶えられないキョウスケの叫びが俺の中でデジャヴする。

 基地の中では既に多くの兵が死んでいた。

 いや、キョウスケが手にかけていた。

 

 

── タスク……アラド……すまない……!

 

 

 長年連れ添った大切な部下たちさえも、キョウスケは殺した。すまないすまないすまない……間欠泉のように湧き上がる罪悪感が、俺の中にもやはり流れ込んでくる。2人の死に様が脳裏にフラッシュバックする。

 キョウスケも俺も吐き気を催していたが、俺には実体がなく、キョウスケは体の自由が利かない。

 

「と、止まれ! ベーオウルフ!!」

 

 気づくと、基地の司令官がキョウスケの異名を呼びとめていた。

 厳つい顔を強張らせてキョウスケを睨んでいる。司令官の周りとその反対方向 ── キョウスケの背後には、彼の部下たちが自動小銃を構えて既に配備されていた。

 

「き、貴様、気でもふれたか!? 我が連邦がシャドウミラーと事を構えているこの時期に謀反か!? さては貴様ァ……敵のスパイだな!? そうに違いない!!」

「解せぬ」

 

 キョウスケの口が動く。

 

「理想の世界……素晴らしき世界……新世界……どこにもお前たちの居場所はない。破壊は創造……創造は破壊……破壊され、無となり、太極に帰する……それこそ至福」

「意味不明なことを! えぇい、総員構えぃ! 奴を殺せぇ!!」

 

 司令官の命令に従い、銃口の引き金に手がかかる。

 その瞬間、その場にいた者全てが絶命した。

 熟れたトマトを握りつぶすかのように容易く、赤い命の水を噴き上がる。兵も司令官も分け隔てなく、五体不満足にされ、動いているものはキョウスケだけになった。

 やめてくれ! 俺もキョウスケも心の中で叫んでいた。

 これは戦いじゃあない。ただ一方的に、圧倒的な力に蹂躙される。人が虐殺と呼ぶ行為そのものに思えてしょうがなかった。

 だが、違う。

 目の前の惨状は決して虐殺などではない。

 処理だ。これは推測にすぎないが、ベーオウルフと人間の関係はきっと人と虫のようなもので、人が害虫を処理するように、ベーオウルフも人を処理しているだけなのだろう。

 理解不能だ。

 虫が人を理解できない様に、人も虫を理解できないのだ。

 

「解せぬ」

 

 ベーオウルフはポツリと呟くと、キョウスケの体で基地内を再び徘徊し始めた。

 

 

 

 

── 1時間後 ──

 

 基地内で動いている者は、キョウスケ以外誰1人いなくなった。

 

 

 

 

 

 

 基地を壊滅させたベーオウルフは、キョウスケの体を使い基地の外に出ていた。

 

 キョウスケの所属している基地は、日本本島から少し離れた埋立地に作られている。飛行場同様に、近隣住民への影響を考慮したことと、海路による物資の運搬をしやすくするためだ。

 キョウスケの体は基地の近くにある崖の傍にいる。断崖絶壁、眼下20mには荒波で削られた鋭い岸壁が見える。落ちればまず無事では済まないだろう崖で、ベーオウルフは基地を見ていた。

 静かだ。

 基地はベーオウルフにより完全に制圧されたにも関わらず、火の手は見えず、爆発音なども聞こえてこない。基地の外観もまったく損なわれていなかった。

 しかし人のいる気配は一切感じ取れない……基地は完全に沈黙している。

 

「…………」

 

 ベーオウルフは基地から空へと視線を移していた。

 空は一面の曇天に覆われていて、今にも一雨来そうな雰囲気を醸し出している。水平線の向こう側、見えない場所では雷が落ちたようで空が光り、遅れて雷鳴が聞こえてきた。

 しばらくすると小雨が降りだした。

 小さな雨粒がキョウスケの体を濡らす。

 

「……足掻くか」

 

 雨に濡れながらも、ベーオウルフは視線を空から外さずに言った。

 俺も灰色の空に目を奪われていた。

 なぜなら、灰色の雲の中に2つの黒点が見えたからだ。

 2つの黒点が空から降ってきているということに気づくまで、さほど時間はかからなかった。黒点は俺の視界の中で接近、ぐんぐん巨大になり、それが人型であることにはすぐに気づく。

 黒い2機の巨大ロボットが空から降下してきていた。

 どう見積もっても20m以上の巨体を持つロボット ── 特機が、ブースターの逆噴射で落下の位置エネルギーを相殺し、キョウスケの体の前に降り立っていた。

 

『武神装攻ッ、ダイッゼンッガーー! 推参ッ!!』

 

 俺の見た過去生の中で見覚えのある黒い鎧武者の特機が名乗りを上げていた。

 巨大な日本刀を携えている特機の名は、確かダイゼンガー。ホワイトスターでタスクたちと死闘を繰り広げた特機だったはずだ。

 

『同じく、ダブルG2号機アウゼンザイター、参上!』

 

 アウゼンザイターという特機の方は俺には見覚えのないものだった。

 ダイゼンガーと同等の巨体に、巨大な円盤状の盾を両肩に装備した西洋風の甲冑風の装甲を持ち、黒いマントをたなびかせている。頭部から青白い炎が上がっており、両手には巨大な長身のライフルを装備していた。

 

『キョウスケ! お前は一体何をしている!?』

「……ゼンガー・ゾンボルト……」

  

 ベーオウルフがダイゼンガーのパイロットの名を言っていた。もしかすると、キョウスケの記憶を読むことができるのかもしれない。奴はアウゼンザイターの操縦者の名を「レーツェル・ファインシュメッカー」と呼んでいた。

 

『救援信号を受け、駆け参じてみれば……下手人は貴様だと言うではないか!?』

「…………」

『どうなのだ!? 答えろ、キョウスケ・ナンブ!!』

 

 ゼンガーの怒号をベーオウルフは受け流していた。

 さして興味もない。答える義務もない。といった所か……。

 

『ゼンガー』

 

 レーツェルがゼンガーに声をかける。

 

『やはり、基地との通信は途絶したままだ。完全に制圧されたか、それとも……』

『くっ! 答えろ、キョウスケ! 返答次第では、いくた貴様でも容赦はできぬぞ!!』

 

 ベーオウルフは相変わらず無言だ。

 口を閉じたまま、ダイザンガーをただ見上げている。

 先に痺れを切らしたのゼンガーの方だった。

 

『答えろ!!』

「……うるさい奴だ」

 

 奴が辟易とした感じの声を上げる。その瞬間、鋭い金属音が響いたのを俺は聞いた。

 直後にはダイゼンガーの兜飾りがへし折れて落下し、地面に深々と突き刺さっていた。兜飾りの切断面は鋭利だ。どうやらベーオウルフの念動力は生物以外にも有効なようだ。

 

『なに!? キョウスケ、貴様、一体何をした!?』

 

 種を知る俺にしか分からない攻撃方法だ。

 知らない者にとっては奇術でしかないため、ゼンガーは大いに驚いていた。ただの人間を前にしただけで、金属製の兜飾りが破壊されたのだから無理もない。

 

「斬ればいい」

『なんだと!?』

 

 キョウスケの口から出た言葉にゼンガーは一々大声で反応する。

 

「……斬るしか能のない男……どうせ斬るのだろう……いつものように斬ればいい…………血塗られた武器……どれだけの悲劇を産み落としてきた……?」

『キョウスケ! やはり狂ったか!?』

 

 ダイゼンガーが巨大な日本刀の切っ先を空に向けた。

 柄部分の装置が展開され、超々圧縮されていた液体金属の刃が伸びる。ダイゼンガーの全長が平均的な日本人男性の身長だったと仮定するなら、1mそこそこだった刀身が2m以上にの巨大な諸刃に変化する。無論、ダイゼンガーの全長は目測で少なく見積もっても40M……それに見合った刀身を持つ大剣だった。

 ダイゼンガーが大剣を構え、ゼンガーが叫ぶ。

 

『我はゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり!!』

『我らに出会った不幸を呪え!』

 

 レーツェルがゼンガーの名乗りに被せるようにして言った。

 その様子を見てベーオウルフは嘆息していた。

 

『……解せぬ』

 

 虐殺が始まる。

 

 

 

 



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最終話 ベーオウルフ 2

 

 

 暗雲が空を覆い、雷が轟き、雨がキョウスケの髪を濡らしている。

 

壊滅した基地の前、曇天の下で……キョウスケの体は2機の巨人と対峙していた。

 見上げるように巨大な鎧武者ダイゼンガーと、西洋甲冑に身を包んだ銃戦士アウセンザイターである。

 キョウスケの体を操るベーオウルフと2機との戦闘は、開始されてから既に5分が経過しようとしていた。

 

『おのれ!』

 

 ゼンガーが毒づく声がスピーカー越しに聞こえてくる。

 ダイゼンガーの剣戟は既に何度も弾かれていた。

 彼の目の前に立ち塞がる1機の紅いPTによって。

 鬼のような1本角を持つ、ごてごてに装甲を固めた重量級のPTだった。

 

『ゲシュペンストMk-Ⅲ……なぜ、動く!?』

 

 リボルビングバンカーの切っ先で斬艦刀の一撃を上手く流され、ゼンガーは目の前の事態に驚きの声を上げていた。

 Mk-Ⅲは戦闘開始の直後に、基地の中から飛び出してきた。キョウスケの体にとって敵であるダイゼンガーたちを迎撃するためだ。

 敵が来たから戦う、それは分かる。

 だがいま問題になっているのは、無人のはずのMk-Ⅲが勝手に動いていることだった。

 

 キョウスケの体は、Mk-Ⅲの後方で立ったまま戦闘の成り行きを観察している。

 Mk-Ⅲのコックピットには乗り込んでいない。ただじっと眺めている。それだけなのに、Mk-Ⅲは水を得た魚のように活き活きと動き回っていた。

 

『どけ、ゼンガー!』

 

 アウセンザイターが巨大な2丁ライフル ── ランツェ・カンノーネを連射した。

 巨大なビームの筋がダイゼンガーの横をすり抜け、Mk-Ⅲに直撃する。当たり所が悪ければ、連邦の主力量産機ゲシュペンストを1撃で撃破できる威力の砲撃だ。

 しかし直撃したはずのMk-Ⅲは無傷……不可視の壁のようなものがMk-Ⅲを包んでいて、2機の攻撃のほとんどはそれにより無効化されていた。

 

『レーツェル!』

『ああ、バリアーようだな。だが……このような機能はMk-Ⅲには搭載されていないはず……』

『おのれ、面妖な!』

 

 ゼンガーが叫び、ダイゼンガーが斬艦刀を構えた。

 

『我が一刀は、雷光の煌めき!』

 

 ダイゼンガーは地面を蹴り、Mk-Ⅲとの距離を詰めると斬艦刀を横に薙ぎ払った。超重量武器を振るっているとは思えない滑らかで、しかも速い剣筋が光る。

 並の敵機なら音もなく1撃で両断する必殺を、Mk-Ⅲは音もなく防いでいた。

 Mk-Ⅲの鋼鉄の皮膚まで斬艦刀が届いていない。

 見えない壁がまたクッションとなっている。斬ることのできない空気の壁が立ちふさがっているかのようだった ── が、

 

『ならば!』

 

 とダイゼンガーが柄の握り手を変えた。横薙ぎの構えから、下方から斜め上に斬り抜ける袈裟斬りへ。しかしMk-Ⅲを斬ることはできない ──

 

『はあああああぁぁぁっ!!』

 

 ── ダイゼンガーは斬ることのできないMk-Ⅲを、その強力を使い、見えない壁ごと空中へ高くと打ちあげた。機体に捻りを加えて……さながらハンマー投げのように、Mk-Ⅲを刀の切っ先に捉えたまま回転して、だ。

 Mk-Ⅲが上昇する。見えない壁で移動エネルギーは打ち消せないのか、錐もみ回転させられて自由を奪われていた。

 

『友よ! 今こそ我らの力を見せる時!』

 

 レーツェルの声に、

 

『応!』

 

 ゼンガーが応える。

 2人の声は闘志に満ち満ちていた。呼応するかのように、2人の乗機の目が強く輝く。

 ダイゼンガーは大地を強く蹴り、空中へと躍り出ていた。斬艦刀を肩に担ぎ、まるで何かを待っているように下を見る。そこにはレーツェルのアウセンザイターがいる。

 

『チェンジ、プフェールトモード!』

 

 アウセンザイターはランツェ・カンノーネを背部に収納すると、足底部のランドローラーで加速し始めた。

 疾走しながら機体が変形を始める。腕が折りたたまれ、上半身の装甲が展開、人型の頭部が収納されると同時に、漆黒の馬の顔が露わになる。肩装甲は後方に ── 馬の腰周り部分に ── スライド。さらに収納されていたランツェ・カンノーネが変形し、馬の足に相当する部位に接続された。

 2、3秒の早業……人型だったアウセンザイターは、巨大な漆黒の戦馬へと変貌する。

 炎をたてがみをなびかせながら、跳躍 ── ダイゼンガーを鞍に乗せて、着地した。特機2機分のパワーを持つ騎兵が大地に立つ。

 

『刃馬一体ッ、参るッ!』

『友よ、今が駆け抜ける時!』

 

 馬形態のアウセンザイターがダイゼンガーを乗せて疾走。竜巻に匹敵するエネルギーを纏って、ゲシュペンストMk-Ⅲ目がけて駆け抜ける。

 降りしきる雨を切り裂いて、空中から錐もみ回転のまま落下し始めるMk-Ⅲに向かって。

 ダイゼンガーは刃わたり40mはある斬艦刀を振りかぶって、吠えていた。雄々しき武神の如く、力の限り、斬艦刀を振りかぶる。

 

『奥義 ── 斬艦刀! 逸騎刀閃ッ!!』

 

 2機の力を合わせた必殺の一刀が落下してきたMk-Ⅲを斬った。

 見えない壁に阻まれながらも、斬艦刀はすぅとすり抜け、直後に剣風が巻き起こる。剣圧で生じた竜巻がMk-Ⅲを再び空中へと押し上げる。暴力的な上昇気流で弄ばれるMk-Ⅲを、ダイゼンガーは無慈悲に斬り刻んだ。

 流れる連撃の最後を切り上げで〆る。

 収束していた風が散り、黒く厚い入道雲に風穴が空いていた。青空からのぞく陽光がMk-Ⅲを照らす。機体にいく筋もの線が奔り、ズレている……斬れていた。

 

『ふっ、我らに ──』

『断てぬものなしッ!!』

 

Mk-Ⅲは断末魔に似た轟音を響かせて、空中で爆散した。紅い金属の破片が落ちてくる。

 修理も不可能な程、粉々にMk-は破壊される。

 

 

 

 

 

 その光景を、ベーオウルフはただ黙ってみていた。

 俺も、キョウスケもだ。愛用していた機体が散る瞬間を見る。それは辛いものだ。

 だがそんなことは些細な事だった。

 キョウスケの悲痛な叫び声が俺の頭の中で木霊していたのだから。

 

 

── 逃げろ! ゼンガー!!

 

 

 キョウスケの脳裏にはタスクたちの死がフラッシュバックしていた。

 惨たらしい理不尽な死。飛び散る血肉。助けを求める悲痛な叫び声……キョウスケの頭にこびり付いて剥がせないそれらが、ゼンガーを覆い尽くしていくような……キョウスケには、そんな気がしてならなかった。

 死。

 絶対的な死。

 ゼンガーは死ぬ。絶対にだ。

 頭を振って否定したいのに、キョウスケと俺は、いとも容易く確信してしまっていた。

 理由は分からない。

 客観的に見れば、全長40m超の特機に乗るゼンガーが生身の人間であるキョウスケと対峙して、どうし死んだりするだろうか?

 ありえない。普通なら殺されるのはキョウスケの方であり、ゼンガーが殺されることなど天地がひっくり返ってもありえない。

 絶対にありえない。

 だが死ぬ ── 相手がベーオウルフの時点で終わりだ。

 殺され尽くした基地の人間がそれを証明している。

 

『キョウスケ!』

 

 ダイゼンガーがアウセンザイターに跨ったまま斬艦刀を向けてきた。

 

『我は悪を断つ剣なり! 貴様が悪に成り下がるのなら、俺がそれを止めてみせよう! 行くぞ!!』

 

 ダイゼンガーが斬艦刀を構えた。40m超の大剣を人に向ける。ゼンガーは武士道精神にあふれる漢だから、普段は絶対にこのようなことをしない。

 おそらく感じているのだろう、直感か何かで……キョウスケの体に宿るベーオウルフの危険性に。

 

「……悪か」

 

 ベーオウルフが呟いた。

 

「我は悪か……? 悪とは何だ……正義とは何だ……悪は悪なのか……正義は正義なのか……お前は……幼稚なまま事を演じているにすぎん……」

『何を言っている!?』

「悪を断つ……傲慢……あまりに傲慢……その傲慢さで、一体どれだけの同族を斬ってきた? 正義とはなんだ? 悪とはなんだ? その問答の果てに……多くの悲劇が生まれるのなら ──」

 

 ベーオウルフはダイゼンガーを見上げた。

 40m超の鋼の巨人、特機だ。

 人の手足を持ち、武器を持ち、多くの場合は殺し合いに使われる兵器。

 武器や兵器は単なる力……要は使い手次第だとよく言われる。確かそうだと思う反面、嘘だとも思う。きっとその言葉の半分以上は詭弁だ。

 平和の象徴と褒めたたえられようと、世界平和のための使われようと、特機は所詮兵器だ。正義のために悪を屠ってきた殺戮マシーンだ。それは拭えるはずもない事実。

 悲劇を生むモノと言える。

 俺にはベーオウルフが何を考えているのか分からないし、言っていることの意味も理解しきることはできない。

 確かに、ベーオウルフは人間の味方ではない。

 だがもしかすると……人間の敵でもないのではないだろうか?

 ベーオウルフはベーオウルフのルールに従っているだけなのかもしれない……何故か、そんな気がした。

 

「── 我は……全てを破壊する」

 

 ベーオウルフの言葉の後、鋭い音が響いたのを俺は聞いた。

 

『何だと!?』

 

 続いて、ゼンガーの慌てた声が届く。

 視線を向けると、根元から綺麗に折れた斬艦刀の切っ先が宙を舞い、地面に突き刺さるところだった。

 間違いなく、ベーオウルフが念動力でへし折ったのだろう。考えてみれば、ベーオウルフは銃弾を念動力で防いでいた。特機にだって有効なのは少し考えれば分かることだ。

 しかし、あまりの力の大きさに俺が驚きを隠せないでいると、

 

『ッ ──── ?!』

 

 一瞬だけ、ゼンガーとレーツェルの悲鳴が耳に届いた。

 声が聞こえなくなる。ただ黙って、ベーオウルフの隙を窺っている。そんな沈黙とは何処か違う……何事かと思っていると、アウセンザイターの背からダイゼンガーが転がり落ちた。

 大きな音と共に背を大地に預ける。

 そして……動かなくなった。

 

 

── ゼンガー! レーツェル!!

 

 

 キョウスケの絶叫が、俺の頭の中で鳴り響く。

 活動不能になる程のダメージはダイゼンガーにはみられない。

 悪寒が俺の中を奔り抜けて行った。

 基地の中での惨状が浮かんで、消えて行く。ベーオウルフを相手にして、機体は無事だが活動は不能になる……きっと、そういうことだ。

 

「ゼンガー……この体の記憶にある言葉を……お前に贈ろう……」

 

 ベーオウルフはキョウスケの体を動かして、倒れたダイゼンガーに近づく。

 足元までやってきたところで、破壊音がダイゼンガーの胸部装甲から聞こえた。胸部装甲が弾けて、遠くへ飛ばされる。血の匂いがした。

 ベーオウルフはあえてコックピットの中を見ようとはしなかった。キョウスケにも見えてはいないだろう。

 だが、俺には見えた。

 このとき程、俺は自分が傍観者であることを呪ったことはない。

 

 

 血の海になっている。

 

 

 原型はない。コックピットの中は紅く染まっていた。

 気が狂いそうだ。むせ返るような血の匂いに、キョウスケもゼンガーの死を理解する。

 

 

── うおおおおぉぉおぉぉっ!!

 

 

 絶叫と共に、キョウスケの心が死んでいくのを俺は感じていた。

 ベーオウルフが言う。

 

「戦場では……最後に立っていた者が正義なのだろう……?」

 

 悪魔が笑っていた ──……

 

 

 

 

 



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最終話 ベーオウルフ 3

 夢……これは夢だ。

 何度嘆いたことだろう。 

 これがもし悪夢だったなら、どれだけ幸せなことだろう。

 そう思わずにはいられない。

 そんな地獄絵図が展開されていた。

 

 

 

 基地を壊滅させ、ダイゼンガーを退けたベーオウルフは、人間狩りを開始した。

 狩り……という表現は適切ではない。

 処理だ。

 ベーオウルフが足を踏み入れるだけで、わずか1時間で町1個が壊滅した。建物や植物、買われていたペットたちは全て無事。ただ人間だけが全滅させられる。

 ベーオウルフ殲滅に向かった部隊は全て全滅、1人も生きて帰ってこない。

 ベーオウルフは破壊した機体の残骸から、キョウスケの愛機だったMk-Ⅲを模した機体を復元させていた。

 ただしMk-Ⅲの色は赤から青へと変わり、50mを超える巨大な化け物に変貌する。青鬼のような殺戮マシーンに迎撃部隊は全て殺され尽くしていた。

 

 

 基地での事件から1週間がたつ頃、地球連邦政府はある決定を下すことになる。

 

 「インスペクター事件」の英雄、クロガネ部隊の再招集である。

 地球圏最強の守護者でベーオウルフを駆逐する。ベーオウルフはかつての「インスペクター事件」や「L5戦役」と同等か、それ以上の脅威として認識されたのだ。

 すぐさま、クロガネ部隊はベーオウルフの元へと差し向けられる……

 

 

 

 そこからの光景は、俺がよく見ては、朝になると忘れていたあの悪夢その物となっていた。

 悪夢だ……そう、あの悪夢。

 俺が、仲間を殺し尽くすあの悪夢。

 

 

 

『なんでだ!?』

 

 変貌したMk-Ⅲのコックピットで、インターフェースを通じてリュウセイ・ダテの叫びが届く。

 

『なぜ、あんたがこんなことを!? キョウス ── !!』

 

 リュウセイの声が途切れた。

 モニターに映っていたリュウセイの顔が消える。同じく画面に映っていたリュウセイの特機SRXの胸には巨大な風穴が空いていた。変貌したMk-Ⅲの、あまりに巨大なリボルビングバンカーを直撃して空いたものだった。

 SRXは崩れ落ち、地球圏を護ってきた守護神は鉄くずへと成り下がる。

 MK-Ⅲの周りには、SRXの他に無数のロボットの残骸が転がっていた。

 グルンガスト、弐式、ジガンスクード、ゲシュペンスト、ヒュッケバイン……多種多様の機体がエンジンの駆動音1つ響かせず、黒煙をあげたり、火花を散らせたりして横たわっている。

 多くはリボルビングバンカーの餌食となり、無傷のモノはベーオウルフの念動力で屠られた。

 死屍累々。

 その言葉しか浮かんでこない戦場には、クロガネとヒリュウ改も轟沈していて、動いている者は誰もいない。

 

 

── 殺した……!

 

 

 強い罪悪感がキョウスケの胸を締め付ける。

 

 

── 俺が殺した……! タスク……アラド……ゼンガー……レーツェル……

みんな……みんな! 俺が殺した!! 殺してしまった!!!

 

 

 夢と同じだ……キョウスケは、俺が悪夢で思っていたことを嘆いていた。

 仲間を殺してしまったことを。深く嘆き、謝罪し、絶望する。そして懇願する。

 やめてくれと、叫んでもベーオウルフが手を休めることはなかった。「なぜだ!?」と問いながらも攻撃してくるキョウスケの戦友たち。しかし手を出そうとした瞬間に、ある者は爆ぜ、ある者は撃ち抜かれ次々と絶命していった。

 ゼオラやレオナは恋人の仇と攻撃してきて返り討ち。教導隊の生き残りも即死。戦艦のクルーに至っては一瞬で爆死させられ、制御できなくなった艦は自沈する。

 圧倒的。あまり圧倒的な力に蹂躙される。

 

 

── なぜだ?

 

 

 キョウスケは血の涙を流しながら、ベーオウルフに訊いた

 

 

── なぜ、こんなことをする!?

 

 

 ベーオウルフは念話で返答する。

 

 

── 全ては……悲劇の無い世界をつくるため……完璧なる世界の創造のため……

 

── 馬鹿な! 多くの人を殺しておいて、何が悲劇の無い世界だ!? お前は悲劇を生み出し続けているだけだ!!

 

── だが……あのとき、お前は思った……悲劇が憎いと……悲劇にまみれた世界など必要ないと……

 

── 支離滅裂だ、お前の言っていることは! 人を殺せば悲劇が生まれる!! お前が人を殺し続ければ、俺のような人間を生み続けることになるんだぞ!!

 

── それは……今だけだ……

 

── なにっ?

 

── 悲劇を生み出すもの……悲劇を感じる者……人間が全ていなくなれば……悲劇は存在そのものが消滅する……

 

── なっ……!

 

 

 狂気じみた返答にキョウスケは息をのむ。

 人類皆殺し。笑い話や子どもの戯言で使われそうな言葉だが、ベーオウルフが言うと冗談には聞こえない。

 

 

── 我が性は破壊 我が力は破界 だが我が力は使わぬ   

             消えるべきは世界ではない 世界に救う邪悪を

 悲劇を生み出す 権化のみを 我は破壊する ──

 

 

 ベーオウルフの声はゆらがない。

 世界には絶対にして至高の答えがあり、奴はそれを知っていて、まるでその答えに向けて邁進する求道者のように。

 ベーオウルフは歩みを止めない。

 俺やキョウスケの声など、奴にとっては所詮戯言でしかないのだ。

 止められない……俺たちとベーオウルフでは見えているものや、見ている世界が違っていた。

 

「太極の涙をぬぐう……そう、全ては、静寂なる世界のために」

 

 空前絶後の化け物を解き放ってしまった……キョウスケの心は、激しい後悔と罪の意識で満たされる。

 無力に歯噛みし、骨が砕けそうな程に強く拳をつくる。しかしキョウスケの体は彼の意に従う事はなかった。手を握りしてもいないし、奥歯を噛みしめることもしていない。

手も足も出せずに、キョウスケは世界が滅ぼされていくのを見ているしかなかった ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─ 1か月後 ─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── 地球連邦は壊滅した。

 

 幾つかの国も滅亡した。

 全戦力、全兵員を投入し、湯水の如く無意味に鉄と人命が浪費されていった。

 繰り返される殺戮劇にキョウスケの心はいつしか麻痺していた。助けを求める声、抵抗も空しく機体を破壊され失われる命、そして何もできない自分……まともな神経でその光景を見ていることできなかった。

 キョウスケは人が死んでも何も感じなくなる。

 それは戦場を駆けたあの頃と、どこか違うが、同じ根を持つ感情のような気がしていた。

 

 だが、もうどうでもよかった。

 抵抗など無意味だ。

 侵略と言う暴力を正義という暴力で薙ぎ払い、存続してきた。それがキョウスケの生きてきた世界だ。異星人の侵略を無抵抗で受け入れるべきだった……などとは思わない。

 この世界は戦うことで維持されてきた。闘争の続く世界だ。シャドウミラーの望んだ世界とは正にこのことではないだろうか?

 力が全て、勝った者が正義、生き残った強者だけが正義を語ることができる世界。

 無味乾燥とした悲しい世界が、自分の守ってきた世界のように思えて仕方なかった。

 ……ベーオウルフの築いてきた地獄絵図は、闘争の果てに訪れるしごく当たり前の結末とさえ、キョウスケは思うようになっていた。

 そんなキョウスケを尻目にベーオウルフは毎日処理にいそしむ。人間の処理に、だ。

 ある日、破界のために内部に侵入した軍事基地にて、

 

『狼と言うより、外道に過ぎるぞ、ベーオウルフ』 

 

 キョウスケはあの男と再会していた。

 戦友は全て死んだ。いや、殺された……殺した。戦場で再会したその男は、もはやキョウスケにとって最後の顔見知りとさえ言えた。

 

「アクセル・アルマー」

 

 キョウスケの口を動かして、ベーオウルフが男の名を呼んだ。

 巨大化したMk-Ⅲの前にアクセルの乗るソウルゲインが立っていた。特徴的な青い髭を持つ、格闘家のような雄々しい体躯を持つ特機だ。

 Mk-Ⅲの進む巨大な通路の先で、背後にある巨大な機械を護るようにして立ちはだかっている。

 

『ベーオウルフ……いや、キョウスケ・ナンブ』

 

 回線越しにアクセルが語りかけてくる。

 

『すまなかったな』

 

 コックピットの中でアクセルの表情が曇る。

 

『あの時、確実に貴様を殺しておけば……貴様を化け物にしたのは、この俺だ』

「ア、 アァァ、アク ── アクセル……!」

 

 キョウスケの口からうめき声が漏れた。

 キョウスケの感情が流れ込んでくる俺にだけ分かる。

 今、声を上げたのはベーオウルフではなく、キョウスケ・ナンブだった。

 

 

── ほぅ……

 

 

 ベーオウルフの声が俺の頭に響く。

 

 

── 支配権を奪い返すつもりか……復讐……報復……

悲劇を生み出す最たる例の1つだが……いいだろう……

           体の礼だ……我が 力を貸してやろう……

 

 

 途端に、腹の底から黒いマグマが噴き上がるような ── 全身の皮膚を駆け巡る黒い熱さが、キョウスケの頭を灼熱させていく。

 絶望、後悔、罪悪感……多くのマイナスの感情を吹き飛ばし、憎しみだけがキョウスケの心に火をつけた。

 それは炎。

 全てを焼き殺して、自身を焦がす尽くしても決して消えることのない炎のように、キョウスケの喉をひり付かせる絶叫に変わっていた。

 

「アクセル・アルマアアアアァアァァァッ!!!」

『俺は貴様の大切なものを奪った。それが貴様を化け物へと変えた……俺が憎いだろう? 殺したいだろう? 

だが、それでいい。俺には、貴様に許しを請う資格などありはしない ──』

 

 ソウルゲインが拳を構えた。

 さらに絵里阿町で使用しなかった両肘の鋭いエッジが伸びる。ソウルゲインの体は青い光を発し始め、それは両拳と両肘のエッジ部分に収束していった。

 

『── コード麒麟。ソウルゲインの最大攻撃だ……いいか、ベーオウルフ。俺は謝罪はせん。俺はお前の大切なモノを奪った! その罪は、俺の命1つでとうてい償い切れるモノではないからだ!』

 

 刹那、ソウルゲインはMk-Ⅲに突撃を敢行してきた。

 両拳に集められていた青い光を無数の光弾にとして発射してくる。

 青龍鱗を変化させた砲撃のようだが、Mk-Ⅲの装甲には傷1つ着けることはできなかった。ただ、青白い光で視界が塞がれる。

 アクセルの独白が聞こえてきた。

 

『俺にも護りたい仲間がいる! 身勝手な男と笑わば笑え! 

たとえエゴイストと罵られようとも、俺は貴様を殺す! 代価はこの俺の命だッ!!』

「アクセル・アルマアアアアアアァァッ!!」

 

 青白い光が引いた時、ソウルゲインはMk-Ⅲの懐に入り込んでいた。

 身を屈ませて、伸ばした肘のエッジにエネルギーを集中させる。エッジに集まった光がスパークする。アクセルの命を籠めた、両肘エッジによる超斬撃がMk-Ⅲを襲った。

 だがMk-Ⅲも黙ってはいない。

 巨大化したリボルビングバンカーを、同時にソウルゲインに振り下ろしていた。

 鋭利な肘と屈強な切っ先が交錯する。

 

 

── すまん皆……

 

 

 勝負は一瞬でつく。勝者と敗者が決定する瞬間に、アクセルの声が俺の頭に響いてきた。

 おそらく、アクセルの思考だろう。

 神の悪戯か……アクセルの声が聞こえた理由は正直分からない。どこか寂しげな心の声。 

 

── 約束は……守れそうにない……

 

 

 刹那、リボルビングバンカーの切っ先がソウルゲインの腹部に突き刺さっていた。

いや、ソウルゲインの肘も命中はしていた。しかしベーオウルフの念動力による防壁に阻まれていた。一矢報いることはできず、ソウルゲインはリボルビングバンカーが突き刺さったままの状態で空中に持ちあげられ。

 静かな通路内に炸裂音が木霊する。

 巨大なパイルバンカーがソウルゲインの腹部を突き抜けていた。

 あまりの破壊力に耐えきれず、ソウルゲインは腹を境に上下に裂ける。腹部を構成していたパーツが肉片のように飛び散り、機体内を循環していたオイルが血のようにMk-Ⅲの体を汚した。

 

『俺の……敗けだ……』

── やめろ! 絞り出すようなアクセルの声に、キョウスケが悲痛な叫びを上げる。

 

 やめてくれ! と懇願する。

 アクセルはエクセレンの仇と言ってもいい。

 しかしキョウスケはアクセルの顔を知っている。共同戦線を張ったこともある。アクセルは憎い……憎かったが、もう誰かを殺すことには耐えられなかった。

 

「……解せぬ」

 

 ベーオウルフが呟いていた。

 上半身だけとなったソウルゲインが飛び込んでくる。その光景に対して言ったのか、それともキョウスケの懇願に対して答えたのかは分からない。

 ただソウルゲインは、唯一動かすことができる上腕で、Mk-Ⅲに抱き着いてきた。Mk-Ⅲの首を絞めつけくる。蝋燭が消える前の灯なのか……万力のような力だった。

 

『だが……ただでは死なん。ベーオウルフ……貴様もリュケイオスと共に道連れだ!』

 

 リュケイオス ── おそらく、ソウルゲインが立ち塞がり守っていた巨大な機械のことだ。気づけば、リュケイオスを通るエネルギーパイプから蒸気が噴き出している。今にも爆発しそうに激しく全体を震わせていた。

 ソウルゲインと戦っている間に、リュケイオスは暴走していた。

 辛うじて画面に映っていたアクセルの顔……その口元が歪む。ざまぁみろ。と言わんがばかりに。

 

『ベーオウルフ ── 共に死ねええぇぇ!!!』

 

 アクセルの咆哮が耳をつんざいた。

 瞬間、リュケイオスが大爆発を起こす。室内の爆発で逃げ場を失った炎が、Mk-Ⅲの方へと押し寄せてきた。

 熱量の塊がMk-Ⅲの装甲を溶かす。上半身だけのソウルゲインも同様に爆発を巻き込まれる。そして機体内のオイルに引火、Mk-Ⅲに組み付いたまま状態で動力源の誘爆を巻き起こした。

 

「うおぉ ──── ッ!!」

 

 装甲が溶け、ハッチが弾け飛び、コックピットブロックが剥き出しになる。

 中のキョウスケの体が外界に露わになり、リュケイオスの爆熱に巻き込まれた。肉は溶け血は沸騰……皮膚が焼け剥がれ、奥に見えていた白骨も一瞬で黒焦げになる。

 即死 ── Mk-Ⅲの大爆発も相まって、骨の欠片も残さず、キョウスケの体は消滅した ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5部 エピローグ 再会

 

 

 ──…… リュケイオスの大爆発でキョウスケの体は消滅した ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を失くしたキョウスケは心だけで思う。

 

(……やっと解放されるのか……)

 

 俺の名前はキョウスケ・ナンブ ── 自分自身を形作っている大因子(ファクター)の記憶を垣間見ている男だ。

 記憶を見た俺も、この記憶のキョウスケと同じ気持ちだった。

 

 解放されたい。早く、狂ったこの世界から……人類の未来を勝ち取るためBETAと戦い続けている世界へと ──……

 

 

 

── ……まさか……な……

 

 

 声が聞こえた。

 リュケイオスの爆発で炎と煙で塗れ、轟音が鳴り響く空間ででも何故か響くあの声。

 記憶の中で、自分の体を乗っ取った……あの声だ。

 

── 憑代が消えた…………これほどの憑代はそうそう出会えん……復元には時間がかかる……が、どうとでもなる……

 

 キョウスケの背に悪寒が奔る。

 狂ったこの世界の悲劇を繰り返すというのか。

 止めてくれ。

 それは純粋なキョウスケの願いだった ──……

 

 

── なんだ……?

 

 

 ……── 異変は何時だって急に起こる。

 

 キョウスケの体を奪った声が焦っているのが分かった。

 キョウスケには見えた。

 体を奪った意識が、自分の姿をした黒い光体として存在している…………それはいい。

 光体が見つめている先に異変が生じていた。

 

 

 

 

 

── 2発の爆弾が……遥か遠方で炸裂していた

 

 

 

 

 

 キョウスケには見えていた。

 BETAの巣 ── ハイヴらしき物に落ちていく黒い2つの光体…………光線級の放つ光線に曝されながらも、その全てを歪曲し、爆発する……その様を。

 2発の爆弾 ── 狂ったそれは、キョウスケを支配したいた意識に異変を起こしていた。

 

 

── ……なんだ……引き込まれる……!

 

 意識だけでなく、キョウスケにも引力感を覚えていた。

 引かれる。何かに。それが何なのかキョウスケには分からなかった。

 

── 我だけなら…………力を使い過ぎ……憑代の魂に同化し過ぎたか……

 

 意識の声が聞こえた。

 

── ……引き寄せられる………………く、今の状態では逆らえん…………この憑代を捨てるか……しかしこれ程の憑代には ──── ……ひか……れる……うお……ッ……!!

 

 それから……その声は聞こえなくなった。

 大因子の世界で仲間を殺し尽くした悪魔 ── その意識が消えた……いや、どこかに吸い込まれた。

 そう、キョウスケは感じ、理解した。

 これが大因子の世界での最後の記憶なのだと。

 そしてここから、因子集合体としての自分が出来上がるのだと ──……

 

(……知らなければよかった……アインストだけでなく、あんな悪魔が俺の中にいるなんて……)

 

 大因子の記憶を見終えたためか、傍観者として存在していたキョウスケの意識は消え始める。

 本来の自分の体がある、武たちがいる世界へとキョウスケの意識は引き寄せられ、奇妙な浮遊感が包み ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第5部 エピローグ

 

 再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【西暦2001年 国連横浜基地 医療施設】

 

 ……── 見知らぬ天井が、キョウスケの目に飛び込んで来た。

 ぼやけた視界と頭でも理解できる。今、自分が寝ているのは横浜基地の自室ではなく、何処か別の場所だった。

 横になっていた重い上体を起き上がらせると、視界が開け、自分が病院のベットで寝ていたことが分かる。

 G・Bの作った「前世体験装置」を使い、キョウスケは自分の大因子の記憶を見てきた。因子集合体である自分を形作る骨格とも言える大因子。およそ3つあると夕呼に言われた内の1つが、世を逸らしたくなる地獄のような世界だと……キョウスケは思いもしなかった。

 キョウスケがこの世界に現れてから起こった様々な出来事を引き起こした筈の大因子 ── キョウスケだけでなく、この世界に生きる夕呼やG・Bにとっても知るべき重要なモノだったが……目覚めたキョウスケの周りには彼女たちの姿はなかった。

 

「うーん……もぅ食べられないよぅ……」

 

 椅子に腰かけ、上体をベッドに預けて寝ている神宮司 まりもしかキョウスケの傍には誰もいない。

 まりもが傍にいる理由もよく分からないが、自分が病院のベッドに寝ている理由もよく分からない。キョウスケは夕呼の執務室で「前世体験装置」の措置を受けていたはずだ。

 病室にある時計の単身は15時を指していた。

 何月何日だ? 分からない、それを知る情報がキョウスケの病室にはなかった ──

 

「── 丸7日、それが君の寝ていた時間さ」

 

 聞き覚えのある声がキョウスケの耳に届き、彼は声の方向へと目を向ける。

 寝起きで気づかなかったが、窓際に立つG・Jがキョウスケの方を見つめていた。

 

「……7日……それ程の間、俺は寝ていたのか……?」

「ああ……モニターは1日で済んだがね……まるで目覚めるのを拒んでいるかのように、君は目覚めず、この医療設備へと運び込まれたのさ」

「そう、なのか……」返ってくるのは18日

 

 G・Jの説明に現実味(リアリティ)をキョウスケは覚えることができなかった。

 あの日から7日間寝ていたと言う事は、今日は12月18日の火曜日という事になる。

 体感的には数年分、感覚的には一睡分の時間を経験したキョウスケには、尚更1週間という時間に実感が沸かない。

 体がある……その実感でさえあやふやなのに、G・Jの説明を素直に受け入れることがキョウスケにはできなかった。

 

「本当に……俺は……?」

「ああ、寝ていたよ。薬の影響などではなく、昏睡に近い状況だった。G・Bの装置の機能の副作用ではなく、ただ単純に君は眠りから醒めなかった……さっきも言ったように、まるで目覚めるのを拒んでいるようにね」

「そうか…………確かに……目覚めたくない……いや、知りたくなかったかもしれないな」

 

 G・Jの言葉にキョウスケは素直にそう答えていた。

 

「……時折俺が見ていた夢……その夢が……俺の大因子の世界では繰り広げられていた…………正に悪夢だったと言っていい」

「……そうだな」

 

 G・Jは静かに呟きを返し、壁際でボソリと返事をした。

 

「俺だけでなく香月博士やG・Bも驚いていたよ……君の過去 ── いや、大因子の世界を襲った力……対策を練るために知ろうとしたのにな……この7日間、G・Bたちも考えていたが結局なにも思いつかなかった……そんな力が君の中には燻っているんだ」

「……あの悪魔が……」

 

 自分の中に眠っている?

 これまで頭の中で聞こえていたあの声……並行世界の自分を侵食したアインストのソレだと思っていた。しかし、同時に絶対に違うという意味不明な確信をキョウスケは持っていた。

 

(……その正体がアレか……あれなら、アインストの方がまだマジだったな……)

 

 自分の体を奪った声が仲間たちを殺し続ける ── その罪悪感は気が狂う……など……生ぬるい程のストレスをキョウスケの心に与えていた。

 アインストどころか、自分の体を乗っ取った化け物が仲間を殺し、その感覚が残っている。

 手の平に血糊が残っている方がまだマシに思える……何ともいえない後味の悪さがキョスウケの頭には残っていた。

 

 

「ベーオウルフ」

 

 G・Jの呟きにキョウスケは反射的に顔を上げる。

 

「俺たちが決めた、君の中に眠る力の呼び方だ。いつまでも名無しのままでは何かと不便だろうからな」

「……ベーオウルフ」

 

 それはオリジナルや並行世界、大因子の記憶の中でキョウスケが持っていた通り名だった。大因子の記憶をモニターしていた夕呼たちも、当然それは知っているだろう。知っていて、あえて名付けた。

 

(皮肉なものだ……アクセルが俺を呼ぶ時の呼び名が、そのまま使われるとはな……)

 

 大因子の世界で自分の命と引き換えに、キョウスケの肉体を消滅させた男 ── アクセル・アルマー。

 大因子世界でシャドウミラーとして決起し、エクセレンの命を間接的に奪った男……その男は今、この世界では生きていて、基地の営倉の中に押し込まれていることだろう。

 

「……ベーオウルフ、か」

 

 その名を口にするたびにアクセルの顔がチラつく。憎しみに近い黒い感情が沸き上がりそうになるのを、グッと拳を握りしめることでキョウスケは抑えた。

 

「G・J、博士たちは今どうしている?」

「香月博士はオルタネイティヴ4の最終調整を行っている最中だ」

「最終調整……という事は、完成したのか? 例の00ユニットとやらが……?」

 

 00ユニット ── オルタネイティヴ4が目指した最終成果物。それの完成はオルタネイティヴ4成功の最も重要な鍵となる……しかし名前だけしか聞かされていないキョウスケには、00ユニットがどんなものか想像することはできなかった。

 

「確かにハード面は完成したと言える ──」

 

 G・Jの返事は何処となく不安を感じさせるものだった。

 

「── 何事も外面だけでは駄目なのさ。今、香月博士は戻ってきた白銀 武と共に、最終調整を行っている」

「武が……?」

 

 あの日 ── 神宮寺 まりもが死んだ日に、武は転移装置を使いこの世界から逃げ出した。

 その武が帰ってきている。ここに来て初めて、7日という時間の経過にキョウスケは実感を覚えた。オリジナル世界に転移し、因子集合体という現実を突き付けられ、キョウスケは立ち直るのにしばらく時間を要した。果たして、武は立ち直ることができたのだろうか? 

 それは直接会ってみなければ分からなかった。

 

「彼が戻ってきたのは昨日だ。それから彼は00ユニットに付きっきりで過ごしているよ」

「そうか。帰ってきた、今はその事実だけで十分だ」

「ああ……ところで、南部 響介、君はもうベッドからは起きられそうか?」

「ああ、問題ない」

 

 キョウスケはベッドから抜け出し立ち上がる。しばらく寝ていたせいで軽い眩暈を覚えたがすぐに治まり、一歩、二歩と足を踏み出すが特にふらつくこともなかった。

 

「では一緒に来てくれ……G・Bが君に、会わせたい人がいるそうだ」

「俺に……?」

 

 G・Jの言葉への心当たりなど、キョウスケには当然ない。

 キョウスケはベッドサイドで眠りこけていたまりもを抱き上げ、ベッドに寝かしつけると、G・Jに案内されるまま病室を後にした ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【西暦2001年 12月18日(火) 14時23分 横浜基地内医療設備 特別室】

 

 

 

 ……── キョウスケが通されたのは医療施設の最上階にある特別な一人部屋だった。

 

 入り口には監視カメラが向けられ、警備の兵が立っている。その様子にキョウスケは、要人用の特別な病室を連想した。G・Jの顔を見た警備兵は敬礼し、道を開ける。

 特別室の入り口に来たところで、G・Jはキョウスケの方を振り返った。

 

「……入る前に謝らせてくれ、南部 響介」

 

 突然の言葉にキョウスケは声を上げずに驚いた。

 

「君にはもっと早い段階で会わせる ── いや、せめて事実だけでも伝えておくべきだったかもしれない。だがクーデター事件やトライアルの襲撃事件と、対応しなければいけない出来事が多すぎ伝えることができなかった……すまなかった」

「……G・J、俺は何故謝られている? 訳が分からないぞ」

「G・B ── これは彼のフルネームの略称だ。彼の本当の名前を憶えているか?」

 

 G・Jの質問に、キョウスケの鼓動が早鳴り始めた。

 キョウスケは思い出した。

 大因子の記憶を垣間見る前、キョウスケが眠りに落ちる際に、G・Bは彼に本名を告げていた。

 

「── ジーニアス・ブロウニング……」

 

 頸動脈を通じて音が聞こえる程に、ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。額に汗が滲む。奇妙な口渇感に見舞われ、思わずキョウスケは生唾を飲み込んでいた。

 ブロウニング。

 その姓は珍しいものではある。

 だけれども、同姓の人間がいないかと聞かれると、答えはNoだ。

 

「G・Bには一人娘がいる」

 

 G・Jの言葉にキョウスケの中で時が凍る。そんな錯覚を覚えた。

 

「……後は会えば分かるだろう」

「退いてくれ!」

 

 キョウスケは爆ぜた火薬のような勢いで、G・Jの横をすり抜け、特別室の扉の取っ手に掴み、開けた。

 扉の先には大きめの病室が広がっていた。大きな窓から光がさし室内を照らし、壁際には1つだけベッドが置かれている。窓際には車いすに乗ったG・Bの姿があった。

 キョウスケに気が付いたG・Bがふざけた調子で話しかけてくる。

 

「ワオ、随分と御寝坊さんだったネ。どうかね、目覚めの気分ハ?」

「なぜ、教えてくれなかった!?」

 

 返答せず、キョウスケはG・Bの掴み上げていた。彼にしては珍しく、怒りが表情に浮かび上がっている。

 G・Bの胸倉を掴みながらも、キョウスケの視線は壁際のベッドに向けられていた。

 

「なぜ ──── ッ!?」

 

 キョウスケの脳裏に、炎に染まる街と落ちているロケットペンダント、掴んだ彼女の右手の映像がフラッシュバックする。

 護れなかった。

 自分が護れなかった、大切な大切な人。

 キョスウケの視線の先には、ベッドに横たわるブロンドヘアーの女性の姿があった。

 

 

── ベッドにはエクセレン・ブロウニングが眠っていた。

 

 

 見間違えようのない、この世でキョウスケが心から愛したたった1人の女性だった。

 この世界にはエクセレンは居ない。

キョウスケはそう思い込んでいた。

遠いオリジナル世界にいるエクセレン、彼女が愛してくれたキョウスケ・ナンブであり続けるために戦うと心に誓い、今日まで生きてきた。

 その根底が覆される感覚 ── キョウスケの心が沸騰するのに一瞬で十分だった。

 

「── なぜ、生きていると教えてくれなかった!?」

「落ち着け、南部 響介」

「これが落ち着いていられるか……!」

 

 エクセレンがいる。それは嬉しい。だがなぜ知らせてくれなかった。

 そんな暇が無かったのは分かっている。G・Jが言っていたことは正しい。キョウスケがこの世界に現れたときから、エクセレンがこの病室に居たのかも分からない。けれど一言教えてくれても良かったじゃないか。

 NEED TO KNOWの原則とでも言うのだろうか? だとしても、キョウスケは知りたかった。

 事実を知らない自分だけが、まるで道化(ピエロ)のように誰かの掌の上で踊っている……奇妙な感覚だった。

 

「機体から得たデータで、君があちら側の世界で娘に関わっているのは知っていたが……今の状態の娘を、君に会わせたくなかったのだよ」

 

 G・Bが沈痛な面持ちで呟き、キョウスケは掴んでいた胸倉を離した。

 

「娘は1年前から意識不明の状態でね」

「意識不明? なぜ?」

「米国にはG弾脅威論者という連中が居てね、1年前、私と娘は連中に拉致され暴行を受けたんだよ」

 

 G弾 ── 元はハイヴだった横浜に投下されたその兵器は、たった2発でハイヴを壊滅した。オリジナル世界のHMAP兵器のようなG弾で、人類は初めてBETAに勝利し、現在はハイヴ跡を使って横浜基地が建設に至っている。

 G弾とは人類の手に入れた圧倒的な力。

 だが強い力には、反発する勢力が必ず現れるのが世の常だ。

 G・Bはその勢力に拉致され、暴行された。

 

「その時の暴行が元で私の下半身は動かなくなり、私を庇った娘は頭を殴打され意識不明の重体……CTで脳の損傷は見られなかったにも関わらず、1年経った今でもそのままなのだよ」

「そんな……馬鹿な……!」

 

 キョウスケは眠っているエクセレンに目を向ける。

 首には栄養を補給するための点滴が入り、身体は心なしか痩せて見えた。生気は無く、明朗快活なエクセレンとは正反対の印象を受ける。

 

「なぜ……そんな目に……?」

「そりゃあ、G弾を開発したのが私だからねぇ。G弾脅威論者からすれば、私は諸悪の根源みたいなものだろうさ……娘は私の研究を手伝ってくれていただけなのになぁ」

 

 G・Bの瞳には哀しみが浮き上がっていた。

 それは子どもを案ずる親の顔……キョウスケはG・Bを追求することに気後れしていた。

 

「そこからは俺が説明しよう」

 

 代わりにG・Jが語り始める。

 

「元々、G・Bは人体の再生医療の第一人者だったが、様々な分野で才能を発揮し、米国の研究チームに参加することになった。ML機関の研究チームに在籍することになったのが1978年。当時、G・Bはヨーロッパにいたのだが、BETAの脅威に最も曝されていた地域でもあった」

 

 1978年と言えば、パレオロゴス作戦の失敗や、ユーラシア北西部がBETAに制圧された年だ。

 当時、最大の激戦区にG・Bは居た。

 これはキョウスケの勝手な想像だが、G・Bの才能を亡くすのを惜しいと考えた連中が、彼に声を掛けたのかもしれない。

 

「G・Bには妻がいて、当然、一緒に渡米した訳だが……様々なストレスがかかったせいか、G・Bの妻は移動中に身籠っていた子を早産し、十分な治療を受けられずに亡くなってしまう。この時に生まれたのがエクセレン・ブロウニングだ。

 この時からG・BはBETAを妻の仇と恨むようになったそうだ……渡米してからの彼の働きはめざましく、1979年にはML機関の臨界実験成功に貢献した」

 

 BETAに対する怒りを研究にぶつけたのだろう。

 怒りは時として力になる。良い意味でも悪い意味でも。

 大因子の記憶の中で、エクセレンを失ったキョウスケにはG・Bの気持ちが痛いほど理解できた。

 

「実験成功の功績と知識を見込まれ、G・BはG弾開発の総責任者に抜擢される。いつの日か、妻を殺したBETAを根絶し、生まれ故郷を取り戻すために……G・BはG弾の開発に心血を注ぎこみ、完成させた。

 そしてG弾を使ったオリジナルハイヴ一斉攻撃と、人類の外宇宙への脱出を目的としたオルタネイティヴ5が開始された。総責任者ヴィンデル・マウザーの元でG・BはG弾ドクトリンを提唱し、1999年、彼に一声もかけず軍部は明星作戦(オペレーション・ルシファー)中に友軍に無通知で2発のG弾を投下した」

 

 

「結果は知っての通り……G弾の破壊力は絶大だった。G・Bは俺と出会ってからも、自分の開発したG弾に全幅の信頼を抱いていた。確かに、この世界でBETAを倒すだけならG弾以上の攻撃方はないだろう……相手を殺すだけなら最高の手段だろう。

 だが一年前に俺は見てしまった。未来を ── オルタネイティヴ5発動後の地球の姿をな」

 

 そう言うG・Jの表情は暗かった。

 

「オルタネイティヴ5で発射された大量のG弾は、地球に重力異変を引き起こし、その環境を激変させる。それまで陸地だった場所が海の底に沈み、干上がった海は塩の大地となり、BETAは死滅していない……そんな地獄のような未来がオルタネティヴ5の後には待っている」

 

 G・J ── ギリアム・イェーガーには予知能力がある。

 いつでも、どこでも、未来を予知できる……そんな都合のよい能力ではなかったが、時折、こうして重大な未来を知ることができる。

 しかし未来は決まってはいない。

 G・Jが見るのは、決まって最も起こり得る可能性の高い未来でしかない。行動次第では未来は変えられるはずだった。

 G・Jはゆっくりと話を続けた。

 

「オルタネイティヴ5後の地球の姿を見た俺はG・Bにそれを伝え、G・Bはそれを研究して信じた。研究データもある。それから、G・Bは自分が開発したG弾がもたらす結末を所属していた組織に伝えた……」

「……なるほど……G弾の威力に目がくらみ、誰も信じなかった……そんな所か」

 

 ありがちな話だとキョウスケは思った。

 

「その通りだ。BETAに蹂躙し続けられた人類が唯一白星を得た、それを演出したG弾だ……世界の中でも安全圏に位置する米国の中で信奉を集めるのも理解できる。それに、俺の予知を信じるに足る根拠を見出すものが……この世界にはない。

 予知……それだけ聞くならオカルトだろう。

 俺だってそう思う。だが俺には分かるんだ……このままではこの世界は滅んでしまうと……かつての俺が焦り、暴挙を演じてしまった状況に似た状況がこの世界でもできあがっていた。だからこそ、俺はG・Bに協力していたが、彼が離れた後の組織は俺たちの忠告を受け入れなかった」

 

 G・Jの言う組織……おそらく、それがシャドウミラーの元になった組織なのだろう。

 人類の未来を勝ち取ろうとしていた組織は、G弾の驚異的な威力に魅入られ、来るっていったのかもしれない。それがこの世界のシャドウミラーへと変わっていっただろう。

 

「あとはG・Bの言っていた通りだ。組織から離れたG・Bと娘さんはG弾脅威論者に拉致され、俺が駆けつけたときには……彼は下半身不随、娘さんは意識不明の重体だった。

 俺もその時から組織を抜け、G・Bを護りながら、オルタネイティヴ4を進める香月博士に協力するようになったんだ。オルタネイティヴ4の先の未来は……まだ俺には見えていないが、オルタネイティヴ5を発動させる訳にはいかないからな……」

「……アンタがこの世界のシャドウミラーの事を知っていたのは、元となった組織に所属していたから、ということか……」

「その通りだ……今まで言う機会がなくて悪かったとは思っている」

 

 顔を伏せてのG・Jの謝罪に、思えばキョウスケは彼と落ち着いて話す機会がほとんどなかった事を思い出す。

 G・Jに初めて会ったのはクーデター事件の際中だ。二度目はXM3トライアル襲撃の最後だった。どちらもキョウスケは激務の中 ── そんな中で真相を伝えられたとして、そのまま鵜呑みにすることができただろうか? 

 もしかすると、オリジナル世界で並行世界の自分と殺し合いを演じたキョウスケは、オリジナル世界で知っている男の言葉だからこそ、G・Jの言葉を信じることはできなかったかもしれない。

 

「……兎に角、俺とG・Jは陰ながら香月博士に協力し続けてきたが、クーデター事件の時、潜伏していた場所を完全に特定された。だから俺はクーデターの後、米国本土に戻り、G・Bと娘さんを横浜基地に連れ、逃げて来たという訳さ」

 

 逃げてきた。

 G・Jは人間大のゲシュペンストで20m級の戦術機と渡り合える。キョウスケにも原理は分からないが、戦闘能力だけではなく、彼は単体の転移すらして見せた。

 この世界の技術力や戦力では、生半なことでG・Jが逃げる必要性は生まれてこない……他人を庇いでもしない限りは。

 そんな彼が護っていたのは、この世界のエクセレンとその父親だった ── キョウスケには十分すぎる衝撃だった。

 

「ここからは説明は、もう必要ないだろう」

 

 G・Jが言う。

 

「クーデター事件後、横浜基地に戻った俺が見たのはシャドウミラーの脅威にさらされた君たちと、未知の力で蘇生した神宮司軍曹だった…………その力の源は、十中八九間違いなく君 ── 南部 響介……君の力の正体を探るよりも先に、君に娘さんの事を伝えるべきだったのかもしれないが……結局、俺たちは前者優先した。

 先に娘さんの事を伝えるべきだったのか、それとも俺たちの選択が正解だったのか、それは結局分からない」

 

 紡がれるG・Jの言葉にキョウスケは何も言えなかった。大因子の記憶の中で、自分も正しいとは言えない選択をしてしまったのだから。

 

「だが、俺が確信を持って言えることが一つだけある。

 ……俺たちは選ばなければならない。

 逃げるのか、戦うのか、それともただ漫然と生きるのか。それらの選ぶ機会を逃して、後悔しながら生きていくこともあるだろう。あるいは、そのどれもが選択する機会を与えられないこともあるだろう。

 それでも(・・・・)、俺たちは選ばなければならない。

 G・Bがオルタネイティヴ5を捨て香月博士に協力することを選んだように、俺たちは自分の生き方を自分で選ぶしかないんだ。

 俺はこの星の……この世界の未来(あした)のために、G・Bと香月博士に力を貸す事を選んだ。……それが、かつて過ちを犯した俺のホンのちっぽけな贖罪だ」

 

 黙り込んだままのキョウスケにG・Jが聞いてくる。

 

「南部 響介……君はどうする?」

 

 G・Jの問にキョウスケはすぐに答えられなかった。

 戦うのか? 逃げるのか? 自分は何をしたくて、何をするべきなのか? キョウスケが自分を見失い、12・5クーデター事件の渦中で見出した戦う理由が揺らいでいた。

 エクセレンが愛してくれた自分であり続けるために戦う……そう、この世界に彼女がいないのなら、せめてそうして生きてゆこうと……あのとき、心に決めた。

 だが彼女は ── エクセレンは生きていた。

 

「……エクセレン」

 

 エクセレンはベッドの上で寝息を立てている。

 けれどもキョウスケの言葉に彼女は反応しない。起きない。眠ったままだった。

 キョウスケはエクセレンに近づき、彼女の手を握った。肌の質感は記憶の中の艶のある健康的なそれとは違い、何処かやつれ荒れていた……しかし温かかった。

 エクセレン・ブロウニングは間違いなく生きている。

 だが目覚めない。生きているだけだった。

 大因子の記憶の中で見て、自分が発狂したエクセレンの手首の映像がキョウスケの網膜にフラッシュバックする。

 

(……生きて……生きているだけでも……!)

 

 エクセレンが生きている ── それが嬉しいのか、それとも悲しいのか、色々な物がミックスされ輪郭のぼやけた複雑な感情がキョウスケの中を駆け廻っていた。

 エクセレンの手を握ったまま、自分の問に答えないキョウスケにG・Jは、

 

「……悪かったな、南部 響介。すぐに答えが出るものでもないとは分かっている……だが考えておいてくれ。そして何時か聞かせてくれ、君の答え、君の選択を ──」

「あーーーー!! キョウスケ、ここにいたーー!!」

 

 彼の言葉は、突如、部屋に押しかけた訪問者の大声で遮られた。

 バンッ、と扉が開かれ、彼女(・・)は元気いっぱいに部屋に走り込み、キョウスケに飛びついてきた。

 

「おはよー、キョウスケ! あ、もうあさじゃないから、おそよーかな!? あはは!!」

「じ、神宮司軍曹……?」

「ちがうよ! まりもだよ! あたし、まりも!」

 

 キョウスケに飛びついてきた訪問者 ── 神宮寺 まりもは豊満な胸を彼の体に押し付け、満面の笑みを向けていた。

 まりもの様子がおかしい。

 既に成人して相応の時間が過ぎた女性にしては、態度が親か友達にじゃれ付く子どもそのものだった。

 キョウスケが大因子の記憶世界に赴く前、まりもはBETAの襲撃を受けて一度死んだ。

 そしておそらく ── ベーオウルフの力によって彼女は蘇っている。あるいはアインストの力も関わっているかもしれないが、目覚めたまりもは以前の彼女ではなく、幼児退行を起こし子どものように変わってしまっていた。

 紅い水玉のタトゥーが浮かんだ両頬を緩ませ、キョウスケにすり付いてくるまりも……彼女の幼児退行がなんら改善されていないのは火を見るより明らかだった。

 

「……南部 響介」

 

 呆気にとられるキョウスケにはG・Jが声を掛けてきた。

 

「君が答えを出すまで、まだ時間はかかるだろう。兎も角、俺たちは自分たちに今できる事を少しずつしていくこととしよう」

 

 そう言うと、G・Jはトレンチコートを翻して病室の外へと歩き始めた。

 

「……G・J、何処へ行く?」

「少し野暮用でね、俺はこれで失礼するよ。君も落ち着いたら、香月博士の所へ顔を出すと良い。彼女も心配していたからな」

「分かった……あと、その、すまなかった……取り乱したりして」

「なに、気にするな」

 

 G・Jが部屋を去っていく。

 キョウスケは抱き着いてくるまりもをどうしたものか、と顔を伏せて考え出す。

 ── と、快調に進んでいたG・Jの足音が急に止まった。

 

「そういえば ──」

 

 再び、G・Jが大仰にコートを靡かせて振り返ってきた。

 

「── 神宮寺軍曹の顔を見て、思い出したのだが ──」

「まりもだよ!」

「……正確には、まりもちゃんの顔の痣を見て思い出したんだが……」

 

 大声で抗議するまりもと、わざわざ言い方を直してくれるG・J。

 ここだけ見れば微笑ましい光景だったが、次の瞬間、G・Jの口から出た言葉がキョウスケの体に電流を奔らせる。

 

「南部 響介、その右頬の(・・)は……? まりもちゃんと同じものに見えるが……」

 

 痣 ── まりもと同じ痣 ── 悪寒がキョウスケの体を包み込んだ。

 抱き着くまりもを押しのけ、キョウスケは鉄砲玉のように飛び出し、病室に備え付けられていたトイレの扉を開けた。

 トイレには安物のビジネスホテルにありそうな小さな手洗い場と鏡が併設されていて、目を見開くキョウスケの顔が映し出されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 自分の右頬に、紅い水玉のタトゥー(・・・・・・・・)が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリジナル世界でアルフィミィの顔にあり、今のまりもに浮かび上がり、大因子の記憶でベーオウルフに支配された自分に刻まれていた紅い水玉のタトゥー ──── 人外の証。

 それがキョウスケの右頬にだけ浮かび上がっていた。

 

 巨大で邪悪な影が背後から自分に手を伸ばしている……確かな実感と恐怖を胸に、キョウスケは鏡に映る自分の顔を眺める ──……

 

 

 ──……ガチリ、ガチリ……と狂った歯車の脈動がキョウスケの耳だけに聞こえるのだった……──

 




長い間、私の作品を閲覧・応援してくださった読者様方、本当にあちがとうございます。
本作はこれにて、いったん終わりとさせていただきます。

理由は、第一に作者の執筆意欲の低下に加え、第2に二次創作に愛着を持てなくなったこと、加えて執筆に労する疲労に対して得られる充実感の低下があげられます。

もし、今後執筆活動を再開するなら、二次ではなくオリジナルの作品で書いていくことになるとおもいます。
ではでは皆様、本作にここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました!!!







































以下、本来なら描く予定だったプロット。


第6部 マブラブ世界に戻ったキョウスケが白銀 武とともに、00ユニット化した純夏と幼児退行したまりもを、一緒に面倒を見て、それぞれの生き方を考える。

第7部 佐渡賀島ハイヴに進攻。
    精神レベルが成人レベルまで戻ったまりもが「不知火・白銀」を駆り、キョウスケと出陣。
    色々あってキョウスケらが窮地追い込まれ、主人公の中に眠る「ベーオウルフ」が一時的に覚醒し ── 一瞬で佐渡島ハイヴのブレイン級が破壊される。
    その後、白銀 武らA-01と対峙 ── 「友情」的ななにかで「キョウスケ」本来の人格が戻る。
    
第8部 横浜基地襲撃。
    キョウスケは生身で兵士級BETAを惨殺できるようになるが、自分の中に眠「ベーオウルフ」におびえるようになる。
    唯一の理解者は「まりも」……キョウスケは全ての戦いが終わったら、マブラヴの世界から消える(死ぬ)つもりと告げ、彼女と武たちとともにオリジナルハイヴに挑む。


最終章 参加メンバーはキョウスケ以外は生き残る……というか、「ベーオウルフ」化したキョウスケが重脳級を瞬殺し、その後キョウスケと「ベーオウルフ」が一騎打ちし……なんだかんだで、原作どおり世界は元に戻る……キョウスケの生死は不明だが、残っているハイヴが何者かによって破壊されているとの情報が、帰る前の武の耳には入っていた……







本当はここまで描きたかったけど疲れちゃいました。
ではでは、よければ、今後書いた作品にお付き合いくださいね!! 
2014/08/10


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