もう一度ここから ~ときめき青春高校野球部アナザーストーリー~ (たまくろー)
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第一学年編
第1話 廃れたモノ


実況パワフルプロ野球2011のときめき青春高校のアナザーストーリーです。


稚拙な文章ですがよろしくお願いします!


~4月~

今日はときめき青春高校の入学式だ。

見るからにやんちゃそうな奴がたくさんいる。

警官までいやがるぜ。何が起こるってんだ。

俺はここで3年間過ごすんだな…。

 

 

「む、そこの人!! ちょっと待つでやんす!!」

 

 

なんだコイツは?あんまり不良っぽくないな…

学ランの丈はノーマルだし、ボタンもしっかりと閉めてる。

つーか今時瓶底メガネなんてかけてる高校生初めてみたぞ。

荒波が前に進もうとすると、その前を遮るように矢部がひょいひょいと立ち塞がる。

 

 

「アンタ野球経験者でやんすね! 確かー…荒波 春(あらなみ はる)君でやんすね!」

会うや否やなんなんだコイツは…

もしかしてまだあの事覚えてる奴がいるのか?

 

 

「そうだけどお前は?」

まぁ悪い奴でもなさそーだし、話だけでも聞いてみるか。

 

 

「オイラ矢部 明雄(やべ あきお)でやんす! パワフル中学のリードオフマンでやんす!」

矢部は自慢げに自己紹介。

知ってる。 出塁率はさほど高くないけど盗塁や走塁技術はかなりの物があるやつだったな

って知ってようがもうカンケーねぇけどな。

 

 

 

「オイラ、あかつき大付属や帝王実業のセレクションを受けたけど落ちちゃったでやんす…

でもそのセレクションで思ったことがあるでやんす! こんな凄いチームで甲子園を沸かせるよりもそいつらを倒して甲子園に行きたいでやんす! おいらエリートとモテ男には負けたくないでやんす!」

かなり気合が入っているようだ。しかしそれならせめて部があってそれなりの人や設備があるところに行けばいいのに…

 

 

「とりあえず校長に話はつけたでやんす! 監督は決まったらしいでやんすが来月までに部員を9人揃えないと部としては認めて貰えないでやんす!

だから一緒に野球をやろうでやんす!」

入学式から校長に話つけるなんて…どんだけ気合いはいってんだよコイツは

野球経験者を見つけてハッスル気味。やけにグイグイくる矢部。

そして矢部の勧誘を受けて

俺は自分で表情が硬くなってるのがわかった。

俺はまた野球をやるのか? もう捨てたはずだ。なのに…迷っているのか?

 

「? どうしたでやんすか? まさか怪我でもしてるとか?」

 

荒波はポケットから手をだし頭をポリポリと掻く。

やけに気だるげな表情だ。

少しの間を置き…

 

「やらねー。」

荒波はそっぽを向いて答えた。

やるわけねーよ、野球なんて。

もうあんなのはゴメンだ。

 

 

「なぜでやんす! アンタみたいな走・攻・守三拍子揃った内野手なかなかいないでやんす!この高校ではかなり貴重でやんす!」

 

 

三拍子、、その言葉にピンときた荒波。

矢部を

 

 

「2度とその言葉口にするな!」

 

声を張る。周りの視線がこちらに集まる。

お、なになに?なんだケンカか?俺も混ぜてくれよ。と

 

「す、すまないでやんす。 なにか気に触ることいってしまったでやんすか?」

 

冷静になる荒波。

俺としたことが…ついかっとなっちまった。

コイツは何も悪くない。

知っていただけだ。

仮面で覆われた荒波春を。

知らないだけだ。

本当の荒波春を。

 

 

「とにかく野球はやらねー。 まぁ部員集め頑張れよ」

もう汗くせーのはうんざりだ。

荒波は行ってしまった…

 

 

「はぁ、前途多難でやんす…」

 

 

矢部はトボトボと教室に入って行った。

「にしてもなんであんなに怒ったでやんすかねぇ。荒波君はあの世代ナンバーワン投手猪狩守のライバルだったハズでやんす」

矢部や荒波の同級生で野球をやっている者は誰もが知っている。あの年は豊作だと言われていることを。

いずれプロ野球に旋風を巻き起こすような逸材がゴロゴロいるのだ。

 

 

「荒波君も注目されてたハズでやんすし、なんでときせー(ときめき青春高校の略称)にいるでやんすかねぇ。ちょっとグレてるでやんすし。」

 

 

~夕方~

入学式もそれなりに、気の締まらない表情で過ごした。

そして河原を歩く春。

今はどこか浮かない表情だ。

 

「ちくしょう。 なんでおれはこうなんだ。どこへ行っても野球が絡んでくる」

 

 

おれはまた野球をやってもいいのか…?

 

 

何か殻に閉じこもっている様子の荒波。

しかしそんな荒波達が奇跡を起こす事など誰も知る由もない…

 

 

 



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第2話 スタートライン

「一応学校中に貼り紙を貼ったでやんすが集まるでやんすかねぇ」

声をかけるのも怖いしとりあえず貼り紙作戦に出たらしい。

そりゃそうだ。ときせーはここらじゃ有名なヤンキーの巣窟。

喧嘩や学校の備品を壊したりなんて日常茶飯事。

目をつけられるくらいならやりたいことを我慢してでもおとなしくしてるのがここでの生き方だ。

 

 

「にしても荒波君は最近学校に来てないでやんすね〜。 まぁ来てる人も屋上やら校舎裏でサボってるでやんすが」

矢部は授業中先生から貰った名簿に目を通し、野球経験者を絞り出していた。

 

 

「中学時代野球部だった人は何人かいるみたいでやんすね。でもやっぱり荒波君には入って欲しいでやんす。 明日は来るでやんすかねぇ~」

そんなこんなで授業が終わり

放課後、矢部は一人河川敷グラウンドへ向かう。

部員が一人なため学校のグラウンドは使わせて貰えないようだ。

 

 

「はぁ、一人じゃキャッチボールもできないでやんす。日が暮れるまで河原をランニングでもするでやんす…」

 

 

一人走り出す矢部。

河川敷グラウンドと学校を何度も往復し、河原に戻った時、一人の男が目に入った。

 

「あ、荒波君でやんすか! どーしたんでやんすか! 一緒に野球やってくれるでやんすか!!」

 

 

矢部がすぐさま荒波の元に駆け寄って鼻息荒く興奮気味に話す。

 

 

荒波は静かに口を開きはじめた。

「お前、野球で俺の事知ってるんだったな」

制服を着崩していかにもっぽい格好をしている荒波。だか矢部の知ってる荒波はこんなではない。

 

「オイラ荒波君の事は試合で見たでやんす!」

 

二年前。猪狩守率いるあかつき大付属中学対帝王実業高校中等部との試合。

矢部はスタンドで観戦していた。

7回裏ツーアウトランナー1塁。その日荒波はスタメンではなかった。

ピッチャーは猪狩守。あかつきの4番七井のツーランホームラン、帝王実業は相手のエラーとパスボールで得た1点。2対1で代打荒波の打席。

2ストライクと追い込まれ、誰もが諦めていたその時、荒波は猪狩から逆転サヨナラ2ランを放った。

高校生でも打てなかった中学2年生猪狩守のストレートを土壇場で弾き返したのだ。

その日から荒波は猪狩のライバルとして一目置かれるようになった。

その日の感動が蘇り矢部は荒波に話す。

 

「あの試合は凄かったでやんす!荒波くんは堅守タイプの選手だと思ってたでやんすがあそこで打つなんて凄いでやんす!」

 

荒波が何か重い顔をして

「本当にそう思うか?」

と問いかけた。何か訳があるようだ。

矢部はもしかしたらあの試合が野球から離れる原因かもしれないと思った。

「話して欲しいでやんす。荒波君がそんなに悲しい顔をする訳を」

「正直、あの時はすごいと思ったでやんす。でもそれ以降の試合で君を見ることはなかったでやんす。」

 

 

荒波はコイツには話せるかもしれない、この矢部なら俺にまとわりつく物を取り去ってくれるかもしれない。意識はせずともそう感じた。

だから…出会って2日目の矢部に、過去の出来事を話始めた。

誰でもいい。誰か俺を縛り付けるうざったい物をとっぱらってくれ!と言わんばかりに

 

 

「あのホームラン。まぐれだ。」

 

矢部は驚きはしたが次を話してくれというかのように俺を黙って見つめる。

 

「おもいっきり振ったバットがたまたま当たってな、だがお前も知ってのとおりおれはレギュラーではない。守備固め要員だった」

猪狩守の野球人生で初めて浴びたホームランだったらしく猪狩守最大のライバルだの持て囃されやがて大衆もおれに一目置き始めた。

しかし猪狩はその試合で肩を痛めていた。だが猪狩は記者の取材では完璧に打たれたと言った。怪我を理由にするのは己のプライドが許さなかったんだろうな

 

 

「そ、それじゃあ…」

矢部は悲しそうな表情を見せる。そして恐る恐る聞いてきた。察しがついたのだろうか。

 

「おれは造り上げられたヒーローだ。ライバルでもなんでもない。ただ、怪我をした世代筆頭格の投手からホームランを打った。それは嬉しかった、だがおれに待っていたのは喜ばしいものではなかった。」

 

辺りが暗くなってゆく。

そんな時間を忘れて矢部はどうにか荒波の力になろうとただただ話を聞いた。真相を知りたいという好奇心と、なんとかしたいという言葉では言い表すことが難しい感情が交差する。

 

 

実力以上の期待を毎試合背負う。

世間の声に押されおれはレギュラー起用され続けた。

 

 

 

 

あかつきを下し全国大会に出場した俺達だったが荒波が足を引っ張りながらも準決勝まで進んだ。

 

「さんしーーん! 猪狩守最大のライバル荒波!三打席連続三振!」

 

当然の結果だった。

そしてチームは俺のタイムリーエラーが決勝点となり破れた。

 

「あーあ、いいよなぁライバル君は。あんだけ足引っ張っても試合に出続けてよ~」

「友沢のノーヒットノーランが一瞬にして負け試合だもんなぁ」

 

試合後、チームメイトからの罵声。全て聞こえていた。

折角手にした全国大会の舞台。

それを贔屓起用の、自分より下手くそな選手に試合をぶっ壊された。

真面目にやってきた奴らからすればたまったもんじゃない。

 

「やめろ!みっともない!」

利き腕の右手でロッカーをバン!と叩き、友沢がおれをかばう。

 

「春、おれは気にしていないからな。お前はバッティングに課題はあるが捕球技術はレギュラークラスだ、後一年ある。練習して本物のライバルになれ!」

友沢は気づいていたのかもしれない。あのまぐれを。

ただそんな友沢の優しさが…痛かった。

気遣いが心に刺さった。

それでも友沢の励ましでその場で聞こえる陰口や罵声を浴びつつも、なんとか立ち上がり球場を後にした。

だがその日からおれが野球をする事はなかった。

 

 

矢部に全てを話し終わった時荒波は涙を流し崩れ落ちていた。

らしくねぇ。こんなとこ見せんな、ダセェ。

そういった感情を抑えきれずに。

 

「おれだって、おれだってもっと野球がしたかった!」

でもそんな勇気はなかった。

大事な試合をぶち壊し、チームに不協和音をもたらした。

そんな奴がどんな顔してひょっこり帰ればいい。

どういう気持ちでプレーすればいい。

仮に復帰したとしても今度は作り上げられたライバルという肩書きが、そして猪狩との実力相応のライバルとしての認識が邪魔をするに決まってる。

わからない。どうかんがえても俺が野球なんてやる資格はない。

もう嫌だ。やめてやる…!!

 

 

そんな荒波に矢部が近づいてくる。

「オイラ、荒波君のホームランで励まされたでやんす。オイラは足が速いだけで打撃はさっぱりだったでやんす。だけどあのホームランを見てオイラは猛特訓したでやんす!補欠だろうがまぐれだろうが関係ないでやんす!少なくともあの時の荒波君は輝いてたでやんす!オイラのスーパーヒーローでやんす!」

 

 

なんとか部員にしたい。そんな気持ちではない。

今度は自分が励ましてあげたい。力になりたい!

その一心で矢部は荒波の肩を手をポンッと置き、

 

 

「荒波君が打てなかったらオイラが打つでやんす!荒波君がエラーしたならオイラがカバーするでやんす!一人の弱点は皆で埋める、一人のミスは皆で取り返す、一人で勝てないのならみんなで勝つ!それが野球でやんす!」

 

 

その言葉が、俺の胸の奥にズドンッと響いた。

その言葉を聞いて時、不思議とかつての、そして今にも夢で出てくるような迷いやトラウマの事は頭の中にはなかった。

 

 

そして夜の河川敷グラウンドで荒波は決意した。

この、ときめき青春高校で本物のヒーローになろうと。



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第3話 道程

俺は髪を切った。(坊主ではないが)

長い前髪も金髪混じりの襟足も

そして過去も。全てリセットしてのリスタートだ。

その表情は矢部が観戦していたあの試合の時と似ている。

矢部くんは嬉しそうだ、、、 ガンダーロボのフィギュアでも買ったのか?

 

「にしてもよー貼り紙だけじゃまずいだろ。

あと10日で7人集めなきゃならねーんだよな?」

今のところメンバーは俺と矢部くん。

創部どころの話じゃない。

折角始めたんだ、半端で終わるのだけは嫌だ。

 

「そうでやんすね、 でもマネージャーが入ってくれたでやんす! すっごくかわいいでやんすよー!監督のお孫さんでやんす!」

「えっまじ?」

やっぱ野球部には女子マネだよな~。オイラマネージャーの作ったお握りが食べたいでやんす!なーんて高校生らしい話題に華を咲かせる。色々あったものの、二人はすっかり意気投合。

俺が同好会メンバーに入ってからは朝、夕と河川敷グラウンドで軽くキャッチボールをしながら今後について話している。

そーいやおれ監督のこと見たことないわ…

 

 

「とりあえず今日は部員集めしよう!

同好会状態じゃ何かとアレだしな!」

「ガッテン了解でやんす!ところで春君の本ポジションはどこでやんすか?」

「あー、ショートだけど一応内野ならどこでもいけるぜ!」

荒波 春はどこでもソツなくこなす器用さがある。

メンバーが足りない状況において潰しが利くのはありがたいことかもしれない。

 

 

「オイラは外野手でやんす! 電光石火の矢部と呼ばれる(予定)でやんす!」

「…。よし。学校行くか!」

「ちょ、ちょっとまってくれでやんすー!」

 

 

~昼休み~

「なあ、矢部くん」

「なんでやんすか?」

「あの子…シニアで有名だった小山 雅(おやま みやび)だよな?」

「どうやらそうみたいでやんすね!金髪ポニーテールの彼女は女性ながら巧みなバットコントロールと地味だけど堅実な守備が持ち味でやんす!」

やたら詳しいな矢部くん…。そーいや朝は女性投手早川さんの話ばっかしてたな。スタイルがアレだとか、ファンクラブがどーとか。

 

 

そして荒波が立ち上がる。

そして小山の席へと一直線

「あのさ、、俺達と野球部作らない? まだ俺と矢部くん、マネージャーの三人だけど…」

「入って欲しいでやんすー! 経験者はたのもしいでやんすー!」

小山は驚いた表情をしているがなにか躊躇っているようだ。

てか近くで見るとくっっっそかわいいな。

肌真っ白だ。

よく野球やってて焼けないもんだぜ。

 

 

「で、でも」

「でも?」

「んす?」

「女の子は公式戦には出られないから。

野球が大好きだけど…! 規則だから…」

小山は野球への未練を消すために野球部のないときめき青春高校に入学したそうだ。

かつてシニアで有名な選手だった彼女だが

高校野球の公式戦に、男子に混じって女子は参加できない。

だから…断腸の思いでここに来た。

それに、女子選手とは何かと大変だ。

当然浮くし、肉体的なハンデもある。

周りが男だらけだし、そーゆう目で見られる事だってある。

こんな環境が目に見えて浮かぶ中、自分から飛び込んでいく勇気なんてなかなか持てるもんじゃないだろう。

でもそんな彼女みてると、なんかよくわかんねえけど、力になりたい。

 

俺は小山の腕をガシッと掴む

「好きなら問題ねーよ。好きな事が出来ない苦しみは俺にもわかる。 おれは逃げ出したんだけどな」

「そうでやんす! 公式戦の事はオイラ達がなんとかするでやんす! だから一緒に野球やろうでやんす!」

 

 

「…うんっ!」

小山の目には涙が浮かぶ。

野球をする女性であることに偏見を持たない彼らとなら大好きな野球をのびのびやれる。そう思った。

私でも…私が女の子でも甲子園を目指せるんだ…!

 

 

 

小山雅が入部した。

 

 

 

~放課後~

あらゆる生徒に声をかけたがダメだった。

おっかけ回されたりもした。ひどい目にあったぜ。

とりあえず時間も時間だし、放課後は皆帰っちゃうし、練習することにした。

 

 

「あ、監督とマネージャーが来てるでやんす!」

「あ、君が矢部くん? そっちは…荒波 春くんに小山雅ちゃんね! はじめまして!大空美代子です~ ミヨちゃんって呼んでねっ」

茶髪でおっとりした可愛らしい子だ。

メガホンを首に提げている。

やべぇ。なんか一気に部活感出てきた。

 

「ガッテン了解でやんす!」

いつになく矢部くんの表情が凛々しい…

 

監督は…ベンチで寝てるのかよっ!

大空飛翔。 昔は名監督だったそうだが…大丈夫かな?

 

 

「とりあえずそこら辺走ってから3人でキャッチボールでもしようか」

アップとストレッチを済まし俺たちはキャッチボールをする。

3人じゃろくに練習出来ないからなー。

それにこの河川敷グラウンドは当然部室の代わりになるような母屋はないし、バックネットもない。

というかそもそもボールが各自で持ち寄った5球しかない。

すぐ近くには深そうな、流れの強い川もある。

練習メニューは限られてくるな。

ボールは部に昇格すればなんとかなる。と信じたい。

だからとにかく人を集めねぇとな。

 

そうこう考えながらも、3人でキャッチボールを始める

俺の投げたボールはすっぽ抜け、矢部くんの頭を越えてゆく。

ボールの行った方向には長ランにサラシ、ドカンの凄いのがいた。

そういえばあの人、朝もチラッと見かけたな

「すいませーん! ボールとってくださいでやんすー!」

 

その男はギロリとこちらを睨みつけた

「ああん? この神宮寺 光(じんぐうじ ひかる)に対して何だおめーら」

といいつつも矢部くんの構えたところにダイレクト送球する。

明らかに経験者だ。

 

 

「…はっ! 俺様はなにやってんだ… こんな事してる場合じゃ…」

この人材…欲しい!

荒波の目がキュピーンと光る。

 

「なあ、良かったら俺達と野球やらないか?」

「はぁ? 誰だお前? それにこの俺様が野球なんて…」

「お前のそのがっちりした体、さっきの送球、俺たちには必要な逸材だ」

「その筋肉なら長打バンバン打って甲子園のヒーローでやんす!」

「ま、まあな! 俺様はこれでも中学じゃ四番だったからな!」

イケる! 荒波と矢部は確信した。

 

 

「甲子園目指してる人ってかっこいいよね〜 ミヨちゃんウットリっ」

「私も野球が上手い男の子はかっこいいと思うなぁ」

 

女性陣のトドメの一撃!

 

「…たくしゃーねーな! そこまで言うのなら一肌脱いでやるよ!やるからにはビシビシ行くからな! 覚悟しとけ!」

野球… これも運命なのか…?

まぁもう突っ張るのもぼちぼち飽きてきたしな…。

乗せられる?形でまさかの入部。

 

 

 

神宮寺 光が入部した。

 

 

 

 

~次の日~ 教室にて

「いやー、まさか経験者が二人も入るとはおもいもしなかったでやんすねぇ」

「そうだな。 小山の守備も神宮寺の打撃も勝つためには必要だな」

「春君もさすが強豪出身でやんす! 抜け目のないプレーでやんす!」

教室で俺と矢部くんがそんな話をして楽しんでいるところに

 

 

「おい」

水色の一本垂らしに目つきの悪く、真赤なマスクをしたそっくりな二人がやってきた。

 

 

「なんでやんすか?」

「俺達に野球やらせろ。 ポジションは外野だ。足には自信がある。 それなりに役に立つと思うぜ」

「まじで!? いっきに二人も! 大歓迎だ!」

「ぐぬぬ。 俊足の外野手でやんすか。 ライバル出現でやんす…」

矢部くんが横でメラメラ燃えてる。

 

 

「俺は三森右京(みつもり うきょう) こっちは左京だ(さきょう)だ おめーら本気でやってんだろうな?」

「ああ、もちろんだ。 にしてもなんで急に?」

「俺達は絶対に甲子園にでなきゃならねーんだよ!!!」

二人が声を揃えて言い放った。

俺は二人の気迫に驚いて何も言えなかった。

これだけの強い意思だ、なにか特別な理由があるのだろうか…

 

 

「俺達は三つ子だ、あと一人は名門野球部にいる。」

「あいつはなにをやっても俺達より出来る奴だった。 三つ子ってこともあってかいつも比較されてよ、悔しかった。大好きな野球もあいつにはかなわなかった。」

「見た目はそっくりだか能力は違う。それは認めてた。だが俺達二人は その能力の差を埋めようとしなかった。」

「見返してやりてーんだよ。だから同じ高校野球の舞台で俺達はあいつを越える!」

 

 

「それによ、俺達だってあいつに負けないくらい努力して、他の何にも変えらんねー、誇れるモノを掴みてーんだ」

 

 

こいつら本気だ。

二人の熱い眼差しを見るだけでも伝わってくる。

俺には足りないものが。

 

 

矢部くんは横で感動して泣いている。

 

 

この闘志はチームに伝染する。

この二人はチームに必要だ!

 

 

 

三森右京、三森左京が入部した。

 

 

 

 

こうして少しずつ、ほんの少しずつだがときめき青春高校野球同好会は歩み始めている。

 

 

 



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第4話 道程②

「俺なりに一晩中考え、出した結論だ。

何か不都合があったら言ってくれ」

教室にて同好会メンバー全員が春の席に集まる。

そこには1枚のA4用紙に書かれたポジション振り分けだ。

 

 

ファースト 神宮寺

 

 

サード 小山

 

ショート 荒波

 

 

レフト 左京

 

 

センター 矢部

 

 

ライト 右京

 

 

「もう決めんのかよ? まぁおれは外野しかやらねーけどな」

左京が問う。不満はなさそうだ。

 

「基本的にはこのポジションで行く。 野球部として認めてもらうまでは部員勧誘があるし、照明のない河川敷グラウンドしか使えない。限られた練習時間を効率よく使うために今日から俺が用意したポジション毎の練習メニューをこなしてもらう。 いいか?」

「さっすが春君はわかってるでやんす! 三森兄弟を差し置いてこのオイラをセンターにするとはやるでやんすねぇ」

矢部くん、有頂天NOW。

「おうメガネ。右中間のボールはこのときせーNo.1の俊足、三森右京が全部取るからな。ちんたら足引張んじゃねえぞ!」

「それは聞き捨てならねぇな! No.1はこの俺だ! センターの打球もライトの打球も俺が取る!」

「チッチッチッ、オイラの足はこの地区No.1でやんす!二人ともオイラに任せればいいでやんす!」

「ああん? 」

「やんのかコラ!」

外野3人組でワイワイやってる。仲が良いんだか悪いんだか。

 

 

「ちょっとまてぇーい! なんで俺様がピッチャーじゃねーんだ!」

神宮寺…お前ピッチャーやりたかったのか…。

 

「神宮寺、お前は攻撃の要だ。お前がピッチャーをやったら打撃練習に時間を割けなくなるぞ?その天性の打撃センスを無駄にしないためにもお前はファーストだ!」

「…え? やっぱり?」

神宮寺が嬉しそうに照れながら聞いてくる。

 

「やっぱり野球はいっぱい打つ人が目立つしかっこいいよね〜ミヨちゃんタイプかも~」

「私も神宮寺君くらい上手くバットを出せたらなぁ~」

「ハーハッハッ!!そこまで言うのなら引き受けてやらァ! おめーら俺の前にランナー出さなかったらただじゃおかねぇからな!」

 

お前…扱いやす過ぎるぞ…。

にしてもミヨちゃんと小山はわざと言ってるのか!?

だとしたらこの二人…恐ろしい。

 

 

「ていうかバッテリーいないってのはまずいでやんすね」

確かにマズイな…バッテリーは素人には荷が重いしな。

何がなんでも経験者が欲しい。

それにセカンドも難しいな、、俺がセカンドやってショートに新メンバーも考えられるが…

 

 

始業ベルが鳴り、皆それぞれの教室へ戻る。

神宮寺、右京、左京は練習には出ると言い残してどこかへ行ってしまった。

授業が終わり放課後。俺が難しい顔をして考えていると

 

 

「春君、ちょっといいかな?」

 

 

小山が俺の隣の席に座ってきた。

セーラー服…いいね!

ちなみに俺、矢部くん、小山は同じA組。神宮寺、右京、左京はB組。ミヨちゃんはC組だ

そーいや小山はポジション発表してる時から元気なかったな…。 何か考え事でもしてたのか?

「…私っ 役に立つのかな? 不満はないけどサードやったことないし…」

そういう事か。 無理もないな。確かにいきなりコンバートは辛いよな。

でも…実力的な話でのコンバートじゃないんだぜ。

 

 

「お前の事を認めてない訳じゃない。ショートは運動量が多いからな。公式戦は中3日の連戦だ。お前にばてられたらウチの勝率はガタ落ちだ。」

小山の表情が少し明るくなった。

だがまだどこか不安げな顔してる。

 

「そ、それに…公式戦はのことだってまだ…。」

小山が涙ぐんでいるのがわかった。

何だろうこの気持ち。小山は大切なチームメイト。 それ以前にこの子にこんな顔させたくない。

小山はその華奢な体で俺達の練習に泣き言一つ言わずについてきている。

体力も一番ないだろう。 足も一番遅い。筋肉も一番ないだろう。

それでも野球が大好きだから、一緒に野球をしてくれる仲間がいるから!

その強い想いが錯綜し、肉体的ハンデを背負う自分の存在意義を疑いはじめたのだろう。

 

 

「そんなに思いつめる事無いんだぜ。皆お前の頑張りは認めてる。 それによ、役に立つかなんて気にする必要なんてねーよ。俺達の仲間がそんなこと気にすると思うか?」

小山はふるふる震え涙を流している。

仕方ない。シニアでは結構辛くて、寂しい思いもしただろうし。

だけど…まだ数日の付き合いだけど…多分あいつらはお前を悲しい気持ちにはさせないと思う。

 

「公式戦のことは俺が監督はに言っておいた。 今日大会本部に話してくれるそうだ。だから… そんな顔すんな。 お前は気にすることなんてなーにもねぇんだ。 ただ大好きな野球を俺達と一緒に楽しんでくれ! 一生忘れられねぇくらいにな! 」

のびのび、好きなだけ、もう嫌いになるくらい打ち込んでほしい。

もしそれでも気がかりな事があったら、新しく悩みが出来たら、俺に話してほしい。

死んでもなんとかするから。

野球でお前を曇った表情にはさせねぇから。

 

静寂が訪れる。

荒波は少しの間をおき、、

 

「一緒に行こうな…甲子園」

「…うんっ!」

 

小山は今までにない笑顔を俺に見せてくれた。

その笑顔は俺が今までに見たどの笑顔より、誰の笑顔よりも

眩く、輝かしかった。

 

「そ、それじゃあ練習行こーぜ、矢部くん達待ってるだろうし」

俺はなぜこんなにも動揺しているか自分でも分からなかった。

ただ、あの時の小山の笑顔、それを見れただけでも俺は頑張れる気がする。

 

「……春君… ありがとう」

 

小山が何かボソッと呟いたようだが俺には聞こえなかった。

俺と小山は着替えを済ませ河川敷グラウンドへ向かう。

 

 

「春君! 雅ちゃん! 何やってたでやんすか!」

「わりぃ、ちょっと小山とポジションの話してたんだ」

「なんか怪しいでやんすね…それよりビッグニュースでやんす! 」

矢部くん、やけに慌ててるな。

 

「おう、春、新メンバー連れてきたぜ!」

 

神宮寺が声を張って手招きをする。

まさか授業ほっぽり出して勧誘してくれていたとは!

色黒のラッパー稲田 吾作 (いなだ ごさく)と無口の大男鬼力 剛(きりき つよし)の二人、神宮寺、右京、左京が頼み込んでくれたらしい。

 

 

「俺達だって本気で甲子園目指してるからよ、このぐらいしねーとな!」

三森兄弟が自慢気に言う。

 

「ワイはラップホップマスター稲田吾作YA。やっぱ野球はええNA。 経験者やから心配いらんDE」

「ラップホップってなに!?というか語尾がなんか変な気がする!」

「春君何ごちゃごちゃ言ってるでやんすか! 稲田くんのバッティングは凄いでやんす! 守備に難ありでやんすが…」

当てるのが抜群に上手い神宮寺と違って稲田はパワーヒッターらしい。

 

 

鬼力はキャッチャーらしい。

しかしやけに無口だな…

表情もよくわからねーし。

とにかく神宮寺と三森兄弟に感謝だ!

 

 

あと一人、あと一人で野球部として活動できる。

本気で甲子園目指せるんだ!

 

 

「よっしゃ! 今日も練習がんばるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 発足

「行くぞオラァー!」

「よっしゃ来いYA!!」

 

抜群のバットコントロールの中距離打者神宮寺くん。

外野の頭を悠々と越えてゆく力強い打球を連発する稲田くん。

 

「おい矢部!今のは俺の打球だろうが!」

「そんなことないでやんす! オイラの足が右京くんより早いから追いついてしまうでやんす!(にんまり)」

「…ったくこれだからおめーらはよぉ。 外野に飛んだら全部この三森左京に任せろっつってんだよ!」

 

俊足の外野手、矢部くん 、三森右京くんと三森左京くん。

 

せっせと皆の分のパワリンを用意するマネージャーのミヨちゃん。

自費で練習機材を買って使わせてくれる名将、大空監督。

「鬼力! 腰を使って体重移動を意識するんだ!」

 

黙って頷く強肩強打の鬼力くん。

そして走攻守抜け目のない春君。

このメンバーなら甲子園も夢じゃない。

本気でそう思える。

もしも、ときめき青春高校が甲子園のグラウンドに立つ時が来たとしても私はフィールドでプレイ出来ないかもしれない。 こんなにやる気があっていい選手が揃ってるんだもの。

でもね、例え私がベンチで見てるだけだとしても、選手としての出場が許されなかったとしても… 見ていたいんだ、このチームの一員として、皆の努力する姿を。

それに春君は言ってくれたよね。

役に立たなくてもいい、好きな野球をここにいる仲間と一緒に楽しんで欲しいって。

まだ、人数は揃ってないし、ピッチャーもいないけど、このチームはどんどん強くなれる。そんな気がする!

 

「小山、ちょっといいかな」

「…えっ、な、なに、春君? 私決して練習中ぼーっとしてた訳じゃないよ!」

「いや、そんなことじゃなくて…はなしがあるんだ!」

「ど、どうしたの?」

「…ごめん! 本当にごめん!」

「…え?」

「昨日練習が終わってから小山に内緒で監督と皆を連れて大会本部に行ったんだ。で、女性選手の出場について話したんだけどな…ダメだった」

「やっぱりダメだったんだ…。でもそんな顔しないで! 私は大丈夫だから!」

「でもな…」

「?」

「俺たちが本部で話をしている途中で聖タチバナ学園と恋々高校の野球部の奴らも来たんだ。 あいつらも女性選手の出場の許可を貰いにな。 そんで三校で頼み込んだところ、今年の夏は諦めて欲しい。 だが今年の秋季大会までには結論を出すってさ!」

「じゃあ…私、まだ選手として野球できるの!?」

 

私は思わず大きな声を上げた。

その声に反応してみんなが集まってくる。

 

「ああ! 前向きに検討してくれるそうだ!でも、約束守れなくて本当にすまなかった。 夏はベンチ入りも許されないんだ」

「本当にすまないでやんす。オイラ達が何とかするって言ったのに」

「ホント頭硬ぇーよなあの本部のおっさん」

「神宮寺なんて土下座して頼んだんやDE」

「おい! それは言わねぇ約束だろうよ!」

 

悔しい。すごい悔しい。

でも、シニアではこんなに私の事気遣ってくれる仲間は居なかった。今目の前にいる仲間たちがこんなにも私を大切にしてくれる。

そんな仲間たちに出会えた嬉しさがこみ上げて、

私は笑った。

泣きたいくらい悔しい筈なのに、私が流した涙は嬉しさでいっぱいの涙だった。

 

「おいおい、泣くなよ。 神宮寺の土下座がそんなに嬉しかったか?」

「おい双子までその話してんじゃねぇーよ!」

「俺たちは三つ子だっつってんだろ!!!」

「まぁーあれやNA。 試合は俺らに任せろYA」

 

うんうんと頷く鬼力くん。

 

「それにあれでやんす。オイラ達は仲間でやんす!特にミヨちゃんと雅ちゃんは欠けちゃいけないでやんす!」

「俺たちはいいのかよ!!!」

「もっと女性選手が増えればいいのにでやんす!この面子で雅ちゃんとミヨちゃんがいなかったらむさすぎでやんす!」

「んだとコラァ!!」

「テメェよりはいい顔してんだろうよ!!」

「今日という今日は怒ったぜ!」

「その口利けなくしたるWA!!」

また男子達でいつもの騒ぎ。

女の子だからどこの高校からも誘いは来なかった。 でもここで野球がやれる。

 

 

 

この最高のチームで。

 

 

 

 

「いやー、今日は青春って感じだったでやんすねぇ」

「テメェーが煽りまくっただけじゃねぇか」

「クッソ騒ぎすぎたぜ…腹へった~」

 

練習が終わり俺たちは行きつけのラーメン屋で食事をして帰ることにした。

小山はミヨちゃんの家にお泊りするらしく二人で甘い物を食べに行ったらしい。乙女だな。

 

「おい春。そーいやピッチャーどーすんだよ」

メニューを見ながら神宮寺が話し出した。

「そういえばよぉ、あの青葉春人ってときせーじゃね?」

「そーいや今日学校で見たな。つーか左京、10時までには帰ろーぜ。」

「誰でやんすか?その人?」

「ここらで有名なシニアのエースピッチャーだ」

「エースだって!? しかしなんでときせーに?」

俺が問いかけると鬼力が黙っておれに二年前の月刊パワフルベースボール(野球雑誌)をバッグから取り出しあるページを開き見せてくれた。何で持ってたんだ…。

 

「なになに…。 青葉春人(あおば はると)右投右打。 闘志溢れるピッチングに唸る快速球。そして伝家の宝刀、切れ味抜群のスライダーを武器に強打者を次々となぎ倒す…」

辛口雑誌で有名な月パワでこの評価か、、

確かにタダ者じゃなさそーだ。

てか雑誌で紹介されるとか羨ましい…。

俺は有名になったあと数試合で辞めたからなあ、ちょっと惜しいことしたかも…。

 

「にしてもなんでこんな凄い奴がときせーなんかにいるんYA?」

三森兄弟が黙り込む。何か知ってるようだ。

 

「そいつ中2の時、改造ボールを公式戦で使ってよ、青葉のチームは出場停止になったんだ。それ以来野球辞めちまったらしい」

改造ボールか、、、。

この青葉って奴確かに目つき悪いし、めっちゃワルそうだけど月パワに載ってる写真からはそんな卑怯な奴には見えない。

 

「まぁ、明日誘ってみるか!」

「そうでやんすね! もしかしたら野球やりたがってるかもしれないでやんす!」

「おーい、注文いいか?」

「はいはーい。 って光っちじゃん!」

「おお!茶来か! お前バイト変えたのか?」

 

この店員神宮寺の友達らしい。

ピンク色で外ハネを意識した髪型に小麦色の肌…チャラい。

 

「いやいや、違うってー! それマジありえねーから! 掛け持ちってやつ?」

「そうか? ところでよ、お前俺達と野球やらねーか?」

茶来が一瞬動揺したのが俺にはわかった。

「経験者なのか?」

俺が話に乗り出す。

「まぁーねぇー。嬉しいけど俺あれじゃん? バイトあっからさ! 悪いね光っち!」

「まだおばあさんの体調良くねぇのか?」

「まぁそんな感じ!せっかく高校入れてくれたし卒業しなきゃだめぽじゃん? まぁ今日はじゃんじゃん食っちゃって!ここのラーメン超うめーしサービスすっからさ!」

 

 

俺たちは食事を終え家路につく。

チャラ男が食わせて!とかいって半分くらい食われたが。

何だったんだあの店員。

それよりも気になった事が。

 

「なぁ神宮寺、あの店員なんとか呼び込めないかな?」

「俺達の会話聞いてたろ? あいつはおばあちゃんっ子でおばあさんの体調あんまり良くねぇんだ。 だからあいつが稼いでんだよ」

「意外と苦労人なんだな」

「ああ、残念だがあいつは無理だな。他を当たろーぜ」

あの店員野球やりたそうだったな。

あいつの手マメだらけだった。

おそらく空いた時間にバットでも振っているんだろう。

 

「なぁ、神宮寺、ちょっといいか」

「あ?」

 

 

~次の日~

「てなわけでみんな今日は俺のわがままをきいてくれ!」

「気持ちはわかるでやんすがあの人が野球やるとは限らないでやんす…」

「わかってる。だけど俺はあいつを放っておけない!」

「まぁキャプテンの言う事には従わないとな!」

「ほえ? 俺キャプテン?」

「なんYA。お前キャプテンじゃなかったんかいNA」

驚いた表情の鬼力。

「まぁ言いだしっぺのお前がやるのが普通だよな! なんだかんだあってるんじゃねーか?」

「野球部を作るって言い出したのはオイラでやんす! つまりオイラがきゃぷてn

「私も春君がいいと思うよ」

「ミヨちゃんもそう思うなぁ」

「俺達も文句ねーぜ!」

「ふ、不条理でやんす…」

「お、おう! じゃあおれが引き受けるぜ!(ごめん矢部くん)じゃあさっき話した通りに頼むぜ!」

 

 

「「「おう!!!」」」

 

 

~ファミレスにて~

 

「ちょっと茶来君困るよぉ〜 もう何枚皿割れば気が済むのぉ 」

「す、すいません! ここ十日間もやししか食ってなくて…」

「とりあえず今日は帰りなさい。 それじゃ仕事にならないよ」

「そ、そんな! あと1時間だけでも…!」

「ダメダメ! 今日は休んで明日また来なさい」

「はぁ、、マジやべぇ。これじゃもやしも食えねェし」

今日は帰らされてしまった茶来。

商店街をトボトボと歩く。

 

 

「ばぁちゃん…ごめん」

茶来の目には涙が浮かぶ。

 

「左京君!違うでやんす!そのパワリンセットはお隣さんに届けるでやんす! 右京くん! 今度は2丁目でやんす!」

「ん? あいつら、、こないだラーメン食いに来てたやつじゃん…俺には関係ないか…」

「早くしないと減給でやんすよ! 茶来くんのために頑張るでやんす!」

「えっ?」

 

春のわがまま。

それは…茶来を助けること。

おばあさんの治療費を稼ぐ手助け、そして生活に困窮している茶来を助けること。

 

矢部くん、右京、左京は俊足を活かしパワリン配達。

 

俺、神宮寺、稲田、鬼力は引越し手伝い

「おい春!ペース落ちてんぞ!」

「お、重い…」

 

鬼力と稲田、神宮寺は荷物をヒョイヒョイ運ぶ。

 

 

小山とミヨちゃんは駅前で募金活動。

「おねがいしまーす」

 

そこに青髪で逆立ったツンツン頭、鋭い眼光の男がやって来た。

相当な修羅場をくぐってきたような、とにかく触れるもの皆傷つけそうなオーラを放っている。

 

「あれぇ~ 青葉くん! もしかして募金してくれるの? 」

「勘違いするな…気まぐれだ」

「なんかクールな人だね…。 ミヨちゃんお友達なの?」

「同じクラスなの~ あんまり学校来てないけどっ」

「おーい!」

そこへアルバイトを終えた皆が戻ってくる。

 

「給料もらったでやんすよー! ムムッ! もしかして青葉くんでやんすか! 良かったら一緒に野球やろうでやんす!」

 

矢部くんが勧誘する。

こいつが青葉か。写真とはまるで違うな。 牙の抜けた虎のような、なにか覇気がない。

正直青葉が野球から離れ、どれだけ衰えていようとも、この青葉春人にだけは野球をやって欲しい。味方でなくてもいい。俺はあの写真の、マウンドで放つ闘志を取り戻して欲しい。

 

「断らせてもらう。俺はもう投げれない。 お前らの望むような投手じゃない」

と言い残し青葉は去ってゆく。

 

「今の言葉、どーゆう意味だ?」

「さっぱりでやんす…」

「にしても1日働いただけじゃ足りねーだろ」

神宮寺の一言に沈黙する一同。

「おまえよぉ~」

「さすがにそれはなぁ」

「空気よめYA」

「え…これ俺様が悪いの!?」

確かに足りるわけが無い。

 

「ねぇねぇ」

「監督! 今日練習しないって言ったじゃないですか!」

「家宝の壺売ったらね、結構高かったの。 使って。」

すっげー!てかいいんすか!?

はしゃぐ一同。

 

「よし、茶来に届けよう!」

と俺が発したその時茶来がはぁはぁ息を切らして俺達の前に立っていた。

 

「ちょこれマジなの? そんな大金受け取れないっしょ!」

「じゃあこうしよう。俺達はこのお金でお前を助ける。 お前は野球で俺達を助けてくれ! 」

春がにっと笑う。

それに応じて茶来も

「マジっすか! 何この展開!ちょー感激なんですけど! よーしその話乗っちゃう!」

 

ふざけた口調に派手な外見。

そんなチャラ男の意思は固かった。

甲子園に行くため。女子にモテるため。高校生が野球をやるのにはいろいろな理由があるだろう。

けどそんな理由なんて関係ないんだ。

理由が有ろうが無かろうが努力する意思がある者を俺達は拒んだりしない。

それに意志が固ければ固いほど、強ければ強いほど…

 

 

(借りは返す…必ず!)

 

 

限界が来たとしても、もうダメだって時に、もう一度、立ち上がれるんだ。

 

「あれ? 茶来入れて9人揃ったんじゃね?」

「ほ、本当でやんす!ついにでやんす…これで野球部でやんすー!」

 

皆夜の駅前で人目など気にせず大騒ぎだ。

やっとここまでこれた。

俺を立ち直らしてくれた矢部くん。

あの時が俺のスタートだと思った。

けど、、違うんだ。

今ここが、ここからが”俺達のスタート”だ。

 

 

 

 

イロモノ揃いのこのチーム。

後に語られる事となる悪ガキ達のキセキがここから始まる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 訣別

9人揃った俺達は矢部くんと校長との間で交わした約束通り野球部としての活動を認めてもらい、学校グラウンドの使用許可が降りた。

練習機材を与えてくれる監督。

同じ目標に向かい努力するチームメイト。

影で支えてくれるマネージャー。

 

でも、俺達にはまだまだ足りないものだらけだ。

 

一つは絶対的な実戦経験不足。

やっと9人揃ったばかり。それにときめき青春高校はここらじゃ有名なヤンキー校。練習試合を申し込んだところで受けてくれる高校は少ないだろう。

 

二つ目は試合をする上での問題。

小山は女性なので今のところ夏の予選は出られない。つまりあと一人男子部員を入れない限り公式戦は出場できない。

 

そしてエースの不在。

今いる部員で投手経験のある者がいない。

これじゃ公式戦に出場できたとしても結果は目に見えている。

 

とにかく投手だ。

皆のモチベーションを落とさないためにも早く戦う準備を整えたい。

 

 

昼休み、俺は屋上に向かう。

 

「青葉!」

もうこいつしかいない。青葉の能力に惚れ込んでいる。

 

「なんだ、メガネに言ったはずだ。野球はやらねー。」

「ああ、茶来のために募金してくれたんだろう? その礼を言いに来た。 本当にありがとう」

「気にすんな。 通りかかっただけだ」

「なぁ、昨日矢部くんに言ってた言葉どういう意味なんだ?」

 

 

青葉はもう投げれないと意味深に言っていた。

 

「お前がそれを聞いたところで何になる」

「俺はお節介だからな、野球を捨て切れていないお前を放っては置けない」

「俺が野球をやりたがってるとでも言いたいのか?」

青葉が鋭い眼差しで俺を見る。その目には悲しみさえも感じ取れる。

 

「その目だ、今の青葉の目は野球をやっていた頃のお前とまるで違う。あの事件さえなければ…。 俺にはそんな風に見える」

 

 

「なんだと?」

 

 

普段は冷静な青葉が俺の胸ぐらを掴む。殴られたって構わない。

一息吐き…

 

「そっくりなんだよ…昔のおれに…」

 

 

「…何が言いたい」

 

 

「俺はある天才投手から代打でまぐれホームランを放った。 嬉しい筈の出来事がチーム内の不信、亀裂を生み、俺はその場から逃げたした。俺はその後何もせずただただ時間だけが過ぎていった。1日の長さに嫌気がさしていた」

 

するの青葉は俺から手を離し屋上からの景色を見ながら静かに語り始めた。

 

「確かに似てるかもな…」

 

「中2の時全国大会決勝。 俺はチームのために必死で投げた。打線の援護もあり勝利は確実だった。迎えた最終回で投げた一球。 おれはその時状況が良くわからなかった。 思いっきり投げたスライダーがキャッチャーが取れないほど変化したんだ。それは改造ボールだった。不正投球とみなされ没収試合、強制的に俺たちのチームは負けとなりチームは出場停止、おれはやっていないと主張したが誰も信じてくれなかった

 

 

 

 

「青葉! てめぇ全国まで来てなんてことしてくれんだよ!」

「俺はやってねぇって!きっと誰かが仕込んだんだ… 信じてくれよ!」

「そんな言い訳聞きたくねーよ!」

「見損なったぜ…青葉。 こんなことしてまで勝ちてぇのかよ!」

 

なんで信じてくれねぇんだよ…。 おれはただ、このチームで勝ちたかっただけなんだ…

この日を境に青葉は野球部を退部、出場停止明けしたチームも連戦連敗、衰退の一途を辿った。

 

 

 

 

「それ以来俺はボールを投げれなくなったんだ。 」

「…イップスか」

「そういう事だ。もう分かったろ? 俺はお前らと野球はできねー」

「そうか… 付きまとってすまなかったな」

この言葉しか見つからなかった。

イップスになった奴は何人か見た事がある。

だが、俺はこの青葉を立ち直らせる言葉をかけれなかった。

俺は屋上を後にする。

話を聞いただけでなにも変わっちゃいない。

自分の無力さを痛感した。

キャプテン。その役目を果たせているのだろうか。

人一人、救えないのか。

なにがキャプテンだ…そんな言葉、今の俺には全く当てはまらない。

 

 

「ガシャン!!!」

 

青葉がフェンスを強く握り締める。

 

 

「…ちくしょう…!」

 

 

~放課後~

「青葉くん!」

…コイツ確か野球部のマネージャーだよな。

同じクラスだったのか。

 

「今日、春君が誘いに行ったと思うけど、、どう? 今日は休みだけど明日見学だけでもしてかない?」

 

チッ、と舌打ちをし

 

「そんな暇じゃねーんだ」

残念そうな顔をする美代子。

俺だってボールが投げれたら誘われなくてもやっているだろう。

俺はバッグを片手に持ち教室から出ていく。

 

「ゲーセンもつまらないな」

暗くなるまでゲームセンターで時間を潰した。

まだ8時かよ。

 

「1日って長いな…帰るか」

 

 

「ねぇーそこの君〜、可愛いじゃん〜」

「俺たちと遊ぼうぜ~」

 

公園でナンパか…あーゆー奴らはよくわからんな。

にしてもなんで金属バット持ってんだ?カチコミにでも行くのか?

ん…?あれは…!

 

「ちょっと離して! ミヨちゃんそんな気分じゃないの!」

野球部のマネージャーじゃねぇか!

ったく、何やってんだか。

 

 

「おい」

「あ、青葉くん!?」

「おぉーなんだぁ彼氏持ちかよ?」

「そんなんじゃない。嫌がってんだろ。離してやれ」

「あー? 誰に向かって口聞いてるわけ?」

威勢のいいナンパ2人組。

 

「あれ? お前ときせーの青葉じゃん! 丁度良かったわ、あんときの借りは返させてもらうぜ!」

 

「…お前誰だっけ?」

盛大にズッコケるナンパ男

 

「この前ここでお前とケンカしただろーよ!!(ボロ負けしたけど)」

「あれはお前がいきなり襲いかかってきたんだろ」

「う、うるせぇ! このイカサマやろうが!」

「え、なになに?その話?」

「ああ、こいつよ野球ボールに細工して試合出てな、野球部崩壊させたんだぜ」

「なにそれ?ウケる!」

ケラケラと笑い出すナンパ2人組。

 

「てめぇ…」

俺が拳を振りかざそうとしたその時。

 

「青葉くんがそんなことするわけないじゃん! 青葉くんはうちのエースだよ! これ以上バカにしたらミヨちゃんが許さない!」

「おい! 俺はやらねーって言っただろ!」

「こいつがエース?笑わせんな! にしても野球やらねーならその右肩どうなってもいいよな?」

ナンパ男①がバットを構え、ナンパ男②が俺を取り押さえる。

俺は目を瞑った。

これでいいのかもな。こうすりゃ野球を諦められる

ナンパ男①が思いっきり振りかぶる。

これで終わりだ。おれの野球人生は完全に終わるんだな

 

「…いい加減にして」

「あ? やっぱり俺達と遊びてーのか?じゃあとりあえずこいつの肩に一発いれてから…

 

 

「いい加減にしろっつってんだよ!!!」

美代子から凄まじい威圧感が!

美代子の家には先祖代々伝わるある拳法があるらしい。 発動するとキャラが崩壊するのは気のせいだろう。きっと。

 

「ひぇー!」

「お許しをー!」

ナンパ男2人組は一目散に逃げてゆく。

 

「…はっ!」

正気に戻る美代子。

 

「あちゃー。 ばれちゃったかぁ。ここまで隠してこれたのになぁ」

拳法を使える自分にコンプレックスを抱いているようだ。

 

 

「…そんなん出来るんだったらおれが助けようとしなくてもよかったな」

「そんなことないよー! たまには守ってもらうって結構いいかも〜 」

「そーかよ。じゃおれは帰るぞ」

バッグを持ち上げ、歩き出す

 

「待って! その〜、さっきのこと気にならないの?」

「…別に。誰にでも知られたくない事はあるだろ」

「それと同じだよ」

「!」

 

「誰もが何かを抱えてる。誰もが何かで悩んでる。 過去にすごい失敗しちゃったとしても、そればっかり気にして引きずって今の自分も、これからの自分も犠牲にするなんて絶対だめ! 少なくとも私達は青葉くんが自分の気持ちで改造ボールをなげたなんて思ってないよ! それに皆青葉くんを必要としてる。喧嘩っぱやい人ばっかりだけど皆青葉くんを信じてる。青葉くんはいつでも野球をやって良いんだよー!」

いつものおっとり口調ではない。

とにかく伝えたいのだ。青葉に足りないものを。

 

 

「…俺はやらねーよ」

青葉は行ってしまった。

 

何者かの手により改造ボールを投げてしまった過去は消せない。

でもそんな過去に固執し、何の希望もなくただ毎日を過ごす。そんなのは愚の骨頂だ。

過度のショックが原因で起こるイップス。

確かに強敵だ。下手したら一生投げられないかもしれない。

だが青葉はそんな過去に立ち向かい、克服しようとしただろうか。

1人じゃダメだった。なら仲間とならどうだろうか。

青葉には一緒に戦ってくれる仲間がいるじゃないか。

一歩踏み出すだけで変わるかもしれない。

はたまた莫大な時間がかかるかもしれない。

でも、仲間と乗り越えた苦難の先には、大好きな野球がプロになるという夢が待っている。

 

 

 

~次の日~

「そうでやんすか。青葉くん勧誘は失敗でやんすか」

「ああ。」

本当に俺は不甲斐ないキャプテンだ。

 

「まぁ元気出すでやんす!にしても昨日はすごかったでやんす!」

「ああ、鬼力ん家に遊びに行ったんだっけな」

「そうでやんす! 鬼力くん家を出たらいかにもナンパしそうな2人組がすごい形相で走ってたでやんす。 何かから逃げてるようだったでやんす」

「ははは… なんだそりゃ」

2人で話をしながらグラウンドへ向かう。

矢部くんの言う通り元気出さないとな、練習はしっかりやらないと。

 

 

「ん? グラウンドに誰かいるでやんすねぇ。」

俺が気合を入れ直し、顔を上げるとボールが飛んできた。

俺は慌ててグラブをはめなんとかキャッチする。

危なねぇな。だれだこんなイタズラしやがるのは。

 

「ははは、春君! あれをみるでやんす!」

俺がグラウンドの方に目をやると、そこには…

 

 

「おせぇ。早く始めんぞ」

 

ユニフォームに見を包んだ青葉の姿が。

 

「あ、青葉! お前…投げられるようになったのか!?」

「青葉くんでやんす! 青葉くんが入ってくれたでやんすー!」

 

俺達は急いで青葉の元に駆け寄る。

「早くしな。そんなんじゃ甲子園なんて夢のまた夢だ」

自分は力になれなかった。それでも青葉は過去の自分と訣別し、乗り越えたんだ。

それが嬉しくて、とても嬉しくて俺は泣いた。

 

「うわっ! なんでいきなり泣き出すでやんすか!」

 

そこに他の部員たちが続々と現れる。

 

「あれー? 青葉っちじゃん! 野球再デビューってやつ?」

「なに!? 今日からピッチング練習しようと思ったのによぉ」

「神宮寺…もう諦めろ。お前はファーストだ」

「つーかお前ストライクはいんのかよ」

「せやNA」

「んだとぉ! 双子にヒップホップ野郎が!」

「俺達のどこが双子だコラ!」

「ラップホップYA!!! 」

「えっ? 春君なんで泣いてるの!?」

小山と鬼力が駆け寄る。

 

「にしても青葉くんはどうやってイップスを克服したでやんすか?」

「さあな。それより早く練習しないか?」

「そうでやんすね! 春君! 早く指示を出してくれでやんす!」

「お、おうそれじゃあまずは校庭3周だ!」

 

青葉がランニングに加わろうとしたその時美代子がニコニコしながら青葉の元に駆け寄る。

 

「強そうでしょー? このチーム」

「ああ」

「ちょっとはミヨちゃんに感謝してよねー?」

「ああ。ちょっとだけな」

「なにそれ〜。 誰かさんに頼まれてユニフォームまで用意してあげたのになぁ」

 

青葉は黙ってランニングに加わる。

感謝してるさ。しきれない程にな

 

魂のエース青葉春人はここに復活した。

青葉は大空美代子の言葉により変われた。

単純で簡単そうに思えるけれども

それだけじゃダメなんだ。

自分自身が戦わないといけない。その為には意地もプライドも必要ない。

それに気付くのには時間がかかるかもしれない。

頭ではわかっていても見えない何かを恐れてしまう。

そんな時には頼ればいい。

頼れる仲間が居るだけで幸せ者だ。

 

クールだが熱い男は以前の煮え滾る闘志を、以前の輝きを、取り戻しつつあった。

いやあの時よりもずっと輝いているかもしれない。



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第7話 ときめきデビュー

「ま、マジっすか!?」

部室で声を揃え驚く俺達。

 

「明日練習試合ね。 ウチの学校で聖タチバナと」

監督…もっと早く言ってよ…。

聖タチバナもついこないだ野球部が出来たばかりらしい。

やっとメンバーが揃ったところでの試合、楽しみでしょうがないぜ!

 

「聖タチバナといえばあの小悪魔橘みずき(たちばな みずき)ちゃんと六道聖(ろくどう ひじり)ちゃんがいるでやんす! ちなみにスリーサイズは…」

 

ミヨちゃんの鉄拳が矢部くんにジャストミート!

「ふぎゃぁぁあ!!」

 

矢部くんの顔がめり込んでるぞ!?

しかも眼鏡は無傷だ!

てかミヨちゃんつええええ。

 

「オーダー。これね。 練習試合だし小山さんには出てもらうよ」

ホワイトボードにはスターティングメンバーが書かれていた。

 

1番 センター 矢部 (右投右打)

 

2番 サード 小山 (右投両打)

 

3番 ショート荒波 (右投左打)

 

4番 ファースト 神宮寺 (右投左打)

 

5番 キャッチャー 鬼力 (右投右打)

 

6番 セカンド 茶来 (右投右打)

 

7番 レフト 右京 (右投右打)

 

8番 ライト 左京 (左投左打)

 

9番 ピッチャー 青葉 (右投右打)

 

「稲田くんは途中から入ってもらうからね」

「私…スタメンでいいの?」

小山が申し訳なさそうに尋ねる。

 

「気にする事ないDE。 ワイの守備力考えたら当然YA」

「いい感じでやんすね!気に入ったでやんす!」

「はっはっはっ! ついに来たぜ…俺様の時代がぁぁ!」

4番の起用で有頂天の神宮寺。

うん。おれレギュラー落ちしなくてよかった。

皆このオーダーに納得しているようだ。

皆試合に飢えてたからな。

 

「よーし! 絶対勝つぞ!!」

「「「おう!!!」」」

 

 

~次の日~

聖タチバナのバスが到着する。

相手は…10人か。

それにあの筋肉の付き方…見るからに素人っぽいのが何人かいるな。すげーゴリゴリのやつも居るけど。

 

「あんたがときせーのキャプテン? よろしくねー!」

「うおお! みずきちゃんでやんす! 握手してくれでやんすー!」

「ちょっとなんなのよこのメガネ!」

橘の強烈なビンタが矢部くんに炸裂!

にしても矢部くんの眼鏡はびくともしないな。

ちょっとメガネ外した矢部くんを見てみたい…

 

「こらみずき。 折角試合を受けてくれた相手だ。 失礼のないようにすべきだぞ」

「いいじゃん別にー。 そんなんだから聖はいつまで経っても彼氏出来ないのよ!」

「な…! 余計なお世話だ!」

 

この二人の性格真逆だな…。気さくな橘みずきとクールな六道聖。 部員10人で女性が二人だから聖タチバナは夏の予選は出場出来ないな…。

 

「ちょっと、みずきちゃーん! 少しは荷物持ってよー!」

「何よアンタ! 昨日の打席勝負で負けたらあたしの言う事何でも聞くんじゃなかったの!」

「男に二言はない。 みっともないぞ翔。」

「…すいません」

 

この橘の尻にしかれている男。どこが他人とは思えんな…

 

「あ、ときせーのキャプテンさん?俺は聖タチバナのキャプテン、桐谷 翔 (きりたに しょう) こっちは初心者も結構いるけど今日は楽しい試合をしようね!」

「ああ、俺は荒波 春。 よろしくな。」

俺と翔は握手を交わし、聖タチバナの面々はアップするため荷物を降ろしストレッチを始めた。

 

「なんだか春君と似てるでやんすねぇ。雰囲気とか」

「間違いない。あいつが聖タチバナの原動力、柱だ」

握手をしただけでもわかる。タダ者じゃないと。

聖タチバナナインがアップを済ませたところで両校のスターティングオーダーが出揃い試合開始となる。

 

聖タチバナのスターティングオーダーは

 

1番 セカンド 原

 

2番 キャッチャー 六道

 

3番 サード 桐谷

 

4番 レフト 大京

 

5番 ファースト 宇津

 

6番 センター 横山

 

7番 ショート 塚越

 

8番 ライト 新井

 

9番 ピッチャー 橘

 

ファーストの宇津はたしか中学でそこそこ有名なピッチャーだったはずだが…他に経験者がいない苦肉の策か、その宇津より橘の方が優れたピッチャーなのか。

 

俺達は一塁側ベンチの前で円陣になる。

 

「相手は俺たちと同じ初試合。そして俺たちと同じ全員1年だ。 まぁ相手がどこであろうと勝利だけは譲れねーよな」

 

「整列!」

主審から声がかかる。

 

「…行くぞォ!!! 」

 

「ときせーファイ!」

 

「「「オォォー!!!!」」」

 

「只今よりときめき青春高校対聖タチバナ学園高校の試合を始めます。 互いに礼!」

 

「「「しゃーす!!!」」」

 

ついに俺たちのデビュー戦が始まった。

学校グラウンドでの試合のため電光掲示板もウグイス嬢もないけど、これが記念すべき俺達の第一歩だ。

 

先攻はウチ、矢部くん頼むぞ!

「さぁこいでやんす!」

 

「言われなくてもそうするわよ! この変態メガネ!」

 

橘が高々と足をあげ投じた第一球。

 

「ストライーク!」

矢部の胸元に抉りこんでくるストレート。

 

「むぅ…」

 

左のサイドスローか。球速は120km/h台後半ってとこか…あのコースは手が出ないか…

 

続く橘の第二球。

同じコースのストレート。

 

「コキッ」

矢部くんはなんとかバットに当てるもどん詰まりのサードゴロ。

翔が軽快に捌きワンアウト。

 

「矢部くん、どうだった?」

「早打ちしてすまなかったでやんす。 みずきちゃんの球、凄く出どころが見えづらいでやんす。球持ちもよくてタイミングが取りづらい上にあのサイドスローならではの球道…かなり厄介でやんす」

 

続く2番小山が右バッターボックスへ。

(橘みずきちゃんかぁ…、仲良くなりたいけどちょっと怖いなぁ…。 っと試合に集中しないと!)

 

一球目は内角低めのストレート。しかしボール一個分外れる。

小山が見逃し0-1。

 

二球目も同じコース。

小山は見逃すがこれがギリギリに決まる。

(この子すごいコントロールだなぁ。 ここは手が出ないってとこにスパンと決めてくる)

 

1-1で迎えた3球目。

今度は90km/h程の緩いスクリュー。

小山はタイミングを崩されながらもなんとか喰らいつきファールにする。

 

これで2-1。

橘がテンポ良く放った四球目は内角高めのストレート。

 

これをバットに当てるもキャッチャーフライ。

六道がしっかり捕球しツーアウト。

少し高めに外れていたが意図して投げたのだろうか、マウンド上でガッツポーズの橘

あのスクリューを見た後でのストレートはなかなか手強いな。。

 

3番の俺が打席に向かう。

すれ違いざまに小山が

「ストレートのコントロールがいいよ。 追いこんでからボール球に手を出させてくるかも」

 

「ああ」

 

いくらタイミングが取りづらくても球威はない。球質も軽いはずだ。振り抜けば飛んでいくだろう

 

俺に対しての第一球。

膝元へのストレート。見逃し1-0

おいおいまじかよ。左打者の俺からすりゃ背中の方からボールが来るように感じるぜ。避けないと当たるともったらストライク。 おまけに出どころの見づらい変則フォーム。

 

二球目は1つ外してボール。これで1-1となる。

 

続く3球目は俺の膝元へ向かって落ちるスクリュー。

俺は強引に引っ張るが切れてファール。

くそっ、コースがえげつねーし、上手く打ち気を逸らされているな。

一度打席を外し、2、3回素振りをする。

「どうだ? みずきはいい投手だろう?」

六道が俺に話しかける。

 

「ああ、こりゃ左打者にはたまんねーな」

 

「女性だからと言って甘く見るなよ」

 

「こんなにいいピッチャーを舐めてかかれるかよ、それに性別カンケーねーだろ」

 

「お前は翔と同じような事を言うんだな…」

 

「ん? なんか言った?」

俺は聞き返したが六道はフッと笑いキャッチャーズサークルに座る。

 

仕切り直して四球目。

外角低めに投じられたストレート。

(よしっ! 少し外に…!)

俺は出しかけたバットを止める。

 

「ストライーク! バッターアウト! チェンジ!」

 

「えっ…?」

 

「何かね?」

 

「スイングですか?」

 

「いや、ベースの一角を過っている。」

 

「そうですか…」

 

あそこがストライクかよ…。バット届かねぇだろ。

 

「まだ初回だ。気にするな」

青葉が俺のグラブを持ってきてくれた。

 

 

「サンキュー! …頼むぜ、エース!」

 

ウチの投手は青葉だけだ。部に入って一週間ほど。ブランク明けまもない。あっちには宇津が控えている。早めに援護しなきゃな…

 

一回裏 聖タチバナの攻撃。

1番 セカンド原が左バッターボックスへ。

 

青葉が静かにロージンバッグを手に取り、サインに頷く。

振りかぶっての第一球。

「…うらぁ!」

 

「バシィィ!!」

凄まじいミットの音と共に130km/h台後半のストレートがど真ん中に決まる。

 

思わずおぉと声を上げる聖タチバナベンチ。

 

二球目のカーブを打たされ原の打球はサード小山が捌きワンナウト。

 

「ナイス小山!」

 

「…うん!」

 

2番六道をストレート一本で三球三振に打ち取った。

 

すげぇな。キャッチャー鬼力が捕球したときのミットの音が半端ない。

 

続く3番 桐谷 翔が右バッターボックスへ向う。

 

翔への第一球。

高めに浮いたストレートをフルスイング。

 

「カキィィン!!」

 

高々と上がった打球は僅かにライト右に切れファール。

 

流し方向であの飛距離かよ…。それにあのスイングスピード。振り出してからが異常な程速い!

なによりこの打席での威圧感だ。

試合前に話した時は気の弱い奴だと思ったが、打席に入るとまるで別人だ。 たった一回のスイングでウチの守備陣を2、3歩下がらせた…。

 

その後カウントを2-2とし、青葉が投じた五球目。

 

「…ストレート!」

翔が思いっきり踏み込みバットを出す。

そのコースは打たれるぞ…!

と思った次の瞬間…

 

ギュンと唸りを上げるボールはストライクからボールゾーンへ変化し、翔のバットは空を切る。

 

「ストライーク! バッターアウト! チェンジ!」

 

「ナイスピ青葉!」

 

「いいね青葉っち! このままパーフェクトって感じ?」

 

「な、なんだ今の球…。ストレートとほぼ同じ速さ。ほぼ同じキレだった…」

頭の整理がつかずバッターボックスに佇む翔。

 

「これがウチのエースだ」

 

「は、春くん!」

 

「そう簡単には点はやれねーぞ」

 

「…面白くなりそうだね…」

 

互いに言葉を交わしベンチへ戻る。

「ちょっと翔くん! なに三振してんのよ!」

 

「ごごごめーん!」

 

ホント別人だな…。

 

 

試合は二回表。4番神宮寺からの攻撃。

粘りに粘って9球目を打ち上げファーストフライ。

 

5番鬼力をショートゴロ。

 

6番茶来をライトフライに打ち取ったと思いきやライト新井が落球。

 

ツーアウト一塁となるも続く7番右京が見逃し三振。

 

二回裏、聖タチバナの攻撃

4番大京をショートゴロ。 5番 宇津、6番横山をストレートとスライダーのコンビネーションで連続三振に仕留める。

 

さすが青葉だ。 中学時代の評判は伊達じゃない。

 

「青葉、ペース配分気をつけろよ! 7割くらいの力で投げても下位打線には打たれないだろうし」

 

「ああ、なるべく球数は抑えたい」

 

青葉は三振を取るタイプの投手だ。自然と球数は多くなるし制球力は調子の波が激しくたまに高めに浮くけど球威で押してる感じだ。

これが公式戦で相手に待球作戦やバントなどで揺さぶられるとマズイ。

とにかくこの試合は早めに先制点を挙げたいな…

 

試合は投手戦を迎える事となる。

 

両校エースが踏ん張り0-0で迎えた六回表。

ついに試合が動く。

「皆! ちょっと聞いてくれ!」

 

「私に代打とか…?」

 

「いや。稲田は終盤のチャンスに使う。 とにかく橘のクロスファイヤーと緩急は強敵だ。そしてタイミングが取りづらい。 だが相手の守備陣はお世辞にも上手とはいえない。とにかくバットに当てて振り抜こう!」

 

「あまり具体的な策はないのでやんすね…」

 

「ごめん…おれ、中学時代ほぼ二軍だったから…実は試合経験は浅いんだ…」

 

「ここまでのヒットは俺様の火の出る様なレフト前ヒットと小山のセンター前の2本出しな。 完璧に抑えられてるな」

 

「雅ちゃんは完璧だったけど、神宮寺くんのはラッキーヒットでやんす!」

 

「うるせぇな! 次お前からだろ! 出ろよ!」

 

「わかってるでやんす! ときせーの韋駄天、矢部明雄を舐めるなでやんす!」

 

自信満々に矢部くんが打席に入る。

初球、インコースへのストレート。矢部くんが見送り1-0。

その後二球目が外れてボール。三球目のスクリューを矢部くんはフルスイングするが空振り。

 

四球目。その時矢部くんが仕掛ける!

 

「コツンッ」

 

 

「!!」

橘のストレートの力を殺した絶妙な打球が三塁線へ転がる!

 

先程のフルスイングを見て定位置についていた翔の意表を突くセーフティバントだ!

 

「…くっ!」

翔は捕球するが投げられない。

完全に裏をかいた矢部くんの好プレーだ。

 

「うぉぉぉ! でやんす!」

一塁ベース上でガッツポーズの矢部くん!

全く、やってくれるぜ。

 

「翔!気にするな。みずき! ボールは走っているぞ、腕を振って思いっきり投げろ!」

 

六道がすかさず声を掛ける。

 

よし、ノーアウトランナー一塁。仕掛けるか!

矢部くん、仕事してもらうよ!

(※ちなみに監督は俺に采配を任せている)

 

 

小山が打席に入る。

矢部くんはやや大きめなリードを取る。

すかさず橘が牽制!

判定はセーフ。

 

いいぞ矢部くん。君の足なら走ったって刺されない。だがそれだけじゃ勿体無いんだ。矢部くんや右京、左京が塁に出ることは他の奴が出るのとは訳が違うんだ。

 

橘は矢部の盗塁を警戒し一球目外す。

六道も一塁に牽制するが矢部のリードの大きさは変わらない。

 

二球目も外してボール。

矢部くんに走る気配はない。

 

三球目。橘らしくないワンバウンドのボール。

やはりな…。 橘はカッカして制球を乱すタイプだな。

矢部くんにうろちょろされるくらいなら盗塁された方が楽だらうに。

 

四球目は真ん中に決まってストライク。

これでカウントを1-3。

橘の性格上絶対に厳しいコースで勝負してくるだろう。特に同じ女性の小山相手には負けたくないだろうな。

それだけコントロールに自信があるんだろう。

けどな…

 

 

橘が右足をあげた瞬間、矢部くんが絶妙なスタートを切る。

 

「なんなのよ! 最初から走りなさいよ!」

 

橘の投じたボールはアウトローのスクリュー。

小山は振り遅れ気味にバットを出す。

(くっ、厳しいコース…! でも、芯に当たれば…!)

 

「キンッ!」

と芯でとらえた快音を残しボールは一二塁間へ…

 

 

セカンドベースカバーに入ろうとしたセカンド原の裏をかく技ありヒット!!

 

 

ーーウチの小山だって普段はオドオドしてるけど

きっとお前と同じくらい負けず嫌いなんだぜ!

 

「…打てた…。苦手なアウトローのボール…」

 

「ナイスバッティング!」

 

「なぁ左京、今の矢部結構速くなかったか?」

 

「ああ、少なくとも右京、お前よりはな」

 

「んだとコラァ!」

 

「ああん? 思ったこと言っただけだろうよ!」

 

「雅ちゃんいいねー!THA・二番打者って感じー?」

 

「ありゃワイには出来んNA」

 

兄弟喧嘩含めときせーベンチは大騒ぎだ!

 

「みんな…」

小山は一塁ベース上で恥ずかしそうに顔を赤らめガッツポーズする。

(私…このチームが大好き!)

 

 

矢部くんは一気に三塁まで陥れノーアウト一三塁のチャンスとなる。

 

「春! 俺様の前にランナーを貯めておきたい気持ちは痛てぇ程わかるけどよぉ! お前がいいとこ持ってってもいいんだぜ!」

 

「おう! 任せろ!」

 

聖タチバナ内野陣はマウンドに集まる。

「みずき、次の打者なら安全だ。確実に打ち取るぞ」

 

「荒波ってやつ、ここんとこタイミング合ってないですし、大丈夫です、みずきさん」

 

「みずきちゃん、俺たちが絶対守るから! 打たせていいいよ!」

 

肩で息をあげる橘。

「もっちろん! ここは譲れないわよ!」

橘はニコッと笑い、それを見た内野陣も安堵しそれぞれの守備位置に戻る。

 

「ところで翔くん、もしこのピンチ切り抜けたらたら私とデートしてくれる?」

 

 

「ほえ? ちょ、何言ってるの!? 試合中だよ!?」

 

 

「あははっ、冗談よ、動揺しすぎっ!」

 

ーー(この感じ…いつものみずきちゃんだ。…そうだよね、みずきちゃんはウチのエースだもんね! 少しくらいのピンチだって立ち向かって行ける強い女の子だもんね!

 

「ふぅ~」

翔くん…あんなに心配そうに駆け寄ってきて一生懸命励ましてくれちゃって…私そんなに情けない顔してたかしら…

 

「みんなー! 打たせて行くからよろしくねー!」

 

「「「おう!!」」」

 

優しすぎるのよ…鈍感なくせに…

 

 

橘の表情が変わった。

1点もやれない緊迫した展開。連打を浴びピンチを迎えどこか不安げな様子が吹き飛んだように見える。

 

 

にしても今日2打数ノーヒット。

なんて頼りない3番だ…。

橘が足をあげ第一球。

内角ギリギリにスクリューが決まる。

ちっ、そんなに簡単には荒れてくれないか。

 

続く二球目は外角いっぱいのストレートを空振りし2-0

 

この内と外の投げ分けも厄介だな。

正直打力なら神宮寺や稲田、鬼力の方が上だ。

それでも監督は俺をクリーンナップに選んでくれた。

 

 

橘が高々と足を上げる。

 

 

こうなったらあの球に絞るしかねぇな。

まだウチの左打者には1度も打たれてないあの球を…!

 

三球目は外角低めのストレート ー

 

 

俺はバッターボックス目一杯に踏み込む。

俺にはパンチ力もねぇし、当てるのがそれ程上手いわけじゃない。

だからって何もできない男じゃねぇ。そうなりたくはねぇ。

俺は帝王のお荷物だったけど、本気でコイツらと甲子園目指してんだ!

俺だってコイツらに負けないくらい頑張んねぇと、プレーで引っ張んねぇと、キャプテンなんて務まりゃしない!

 

 

当たれぇぇ!!

 

 

「カキンッ!」

 

 

「!」

あのコースを流した!? 前の打席では片手で合わせるのが精一杯だったのに!?

橘が打球に目をやる。

 

ボールは鋭いライナー。ショート塚越が懸命に飛びつく。

 

抜けろぉぉ!

 

「…くっ!」

 

 

塚越のグラブは僅かに及ばずボールは左中間を転々と転がっていく。

 

矢部くんは悠々ホームイン。 一塁ランナー小山は三塁に到達。

 

俺はツーベースヒットを放った。

「よっしゃぁぁ!!!」

 

 

「うぉー! ホントに美味しいとこ持ってきやがった!」

 

「ナイスバッチでやんすー!」

 

「さっすがキャプテンだぜ!」

 

 

ときめき青春高校待望の先制点!

 

「あいつめ。 あんまり打撃はいい方だとは思わなかったが、中々勝負強いじゃないか」

 

「青葉くんも声掛けてあげればいいのにー。先制点貰ってうれしいんでしょー?」

 

「…性に合わないんでな」

 

「ちょっとー。なんかミヨちゃんにだけ愛想悪くないー?」

 

「…女は苦手だ」

 

「へー! 青葉くんも可愛いところあるんだねぇ~」

 

(春、正直お前を見縊っていた。特に優れた物は持っていない。 だけど俺達はお前を信頼してる。 お前が打つだけでこのチームは活気づくんだ。誰も気づいてはいないようだかな)

 

 

遂に動き出した試合。

このまま好投手橘みずきを打ち崩すか、それとも聖タチバナが踏ん張るか…

 

 

 

次回 決着

 




荒波春の能力についてですが
青葉の言う通り特に卓越した能力はありません。
ただ、青葉のような中学時代のスター選手や強豪野球部レベルから見ればの話で、決して能力が低いわけではなく、平均的にバランスの取れた選手です。


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第8話 見えざる敵

ときめき青春高校対聖タチバナ学園高校の練習試合。

 

試合は六回表、ときめき青春高校一番矢部のセーフティバントから二番小山、三番荒波の連続安打で先制点を挙げる。

 

聖タチバナエース橘は4番神宮寺にレフト犠牲フライを打たれさらに1点を失い、その後もワンアウト三塁となり5番鬼力にレフトオーバーのタイムリーツーベース、六番茶来にストレートを綺麗に流されワンアウト1.3塁。七番右京のスクイズでツーアウト2塁となるも続く八番左京をセンターフライに抑えなんとか持ち堪えて見せた。

 

 

六回裏、4点を追いかける聖タチバナの攻撃陣はなんとか球数を稼ごうと奮起し先頭九番橘がショートゴロに倒れるも続く原、六道が粘りを見せ甘く入った球を捉え連続安打を放つも三番桐谷が463のダブルプレーに倒れる。

 

ときめき青春高校エース青葉春人はここまで球数は116。 被安打4。 失点0。奪三振8と奮闘するも、ブランク明けまもない試合であり9イニングを投げるのは今日が初。 球数を稼がれ徐々にボールが高めに浮き始める。

七回裏に青葉が制球を乱し連続フォアボールで満塁とするも後続が倒れる無得点

 

一方ときめき青春高校はその後ランナーを貯めるも自ら続投を志願しマウンドに上がった橘の丁寧にコースを突く投球に翻弄されスコアは沈黙。

 

 

試合は八回裏4-0

九番橘からの攻撃。

ハァハァ…クソッ! 情けねぇ、こんなところでバテてたまるかよ…!

 

「ボールツー!」

 

「…くっ!」

 

徐々に球威が落ち、カーブやストレートの制球が悪くなってゆく。

 

「ボールフォア!」

 

 

「へへーん! ラッキー!」

 

荒く息を上げる青葉にチームメイトから励ましの声が飛び交う。

 

クソッ! ここでバテたら意味がねぇ…

 

 

一番原が打席に入る

 

「うぉらぁぁ!!」

 

「ズバーーーン!!!」

 

やや高めだが切れ味抜群のスライダーが決まる。

 

「あんなん今の僕らに打てるかいな。でもほんならやり方変えるだけや」

 

先程の打席ではストレート、カウント稼ぎのカーブを尽くカットし、甘い球をセンター前に運んだ。だがスライダーはカットすら出来ない様だ。

 

 

続く二球目。

投じられた球は緩いカーブ。打ち気を逸らす作戦だ。

青葉は意外と頭脳明晰な鬼力のリードに首一つ振らずただ縦に頷く。ウマが合うようだ。

 

しかし青葉がボールをリリースした瞬間原がバットを寝せる!

 

「送りか!」

 

しかし原はバットを引きボールとなる。

今度は走らせる作戦か…。

 

そういった揺さぶりに青葉は余計に制球を乱し、おまけに走らされ、カウント1-3、かなり限界が来ている。

 

「うぉらぁぁぁ!」

 

 

「…甘いっ!」

 

 

原が一度寝せたバットを再び立てる。

 

「貰ったでェ!!」

 

「カキィィン!!」

 

 

ボールは右中間へ。

「まずいでやんす、これが抜けたらピンチで好打者聖ちゃんでやんす。 ここは無難にワンバウンドで止めるしか……」

 

「!?」

 

 

「どけぇぇ!!」

 

 

物凄いスピードでライト左京が打球を追う。

 

「…くっ! 届けぇぇぇ!!!」

 

 

 

「パシィィ!!」

 

 

 

「ア、アウトォ!」

 

 

 

「「「おぉぉおぉぉ!!!!」」」

 

 

「ナイス左京!!」

 

一塁ランナー橘は慌てて戻る。

 

 

「…ったく! ぼさっとしてんじゃねぇよメガネ!」

 

(あっぶねー… なんとか入ってくれたぜ)

 

「さ、左京くん! ナイスでやんす!ファインプレイでやんすー!」

 

「言っとくがおれはおメーに負けるつもりはねぇからな! グズグズしてたら俺がセンター守んぞ! それに青葉! おめーにだけいいカッコされるのもなんか癪だからよぉ、俺達を信じて打たせろ! 少しは頼りになんぜ!」

 

「…望むところでやんす! 守備はオイラの専売特許でやんす!」

 

「まぁお前がセンターなら俺のがマシだろうけどよぉ」

 

「…で、なんでレフトの右京くんがここにいるでやんすか?」

 

「それはもちろんお前らより遥かに俺の方が速いからだ! 」

 

「んだとコラァ!」

 

「上等だコラ!」

 

「双子には負けないでやんすー!」

 

「「誰が双子だコラァ!!!」」

 

 

すかさず鬼力が間を取り内野陣がマウンドに集まる。

 

「青葉くん…大丈夫?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

「青葉っち! 無理しなくていいかんねー! いざとなったら光っちがリリーフやっちゃうから! マジ楽しみなんですけどぉ〜!」

 

 

「え!? お、おう! こ、これでも俺様は中学時代はドクターKと呼ばれた男だ! 青葉のスライダーの比じゃねぇぜ!」

(よ、よし! バレてねぇな)

 

(…嘘だな)

(嘘だよね私聞いたことないもん)

(コクコクッ)

(マジであのフリ乗っちゃった系?)

 

「とにかく! 青葉は気が済むまで投げてくれ!後ろには俺達がついてるからな!」

 

 

「…ああ。」

 

笑顔は見せずともこの返事に皆安堵し、それぞれの守備位置に戻る。

 

 

そうだよな。 コイツらは俺を信頼してこの背番号1を与えてくれたんだ…

 

二番六道がバッターボックスに入る。

 

 

俺は一人で野球をしてるんじゃない。 こいつらが俺を信頼してくれるのと同じように… 俺もこの仲間達を信じねぇとな

 

セットポジションに入る。

 

 

こんなところでバテてたまるかよ。 俺一人で試合を壊す訳には…

 

 

 

 

 

 

「行かねぇンだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夕方~

「春くん! 今日はいい試合だったね! 」

 

「ああ、お前ら本当にこの間部を立ち上げたばかりかよ」

 

「それはこっちのセリフだよ! でも…」

 

「?」

 

 

「次は絶対負けないよ!!」

 

 

「おう! 受けて立つぜ!!」

 

「ガシィ!」

俺達は再び熱い握手を交わした。

後に激闘を繰り広げるこの聖タチバナ学園高校の主将と。

 

 

「ちょっと翔くん! 早く帰ってミーティング!」

 

 

「ご、ごめーん!! すぐ行きまーす!」

 

 

「たくもぉー! 最後に青葉くんからタイムリー打ってなかったら精神注入棒でお仕置きだったんだから!」

 

「やべ、おれ今日ノーヒットだ…」

ガタガタ震え出す聖タチバナの数人。

 

「おいみずき、何故あの球のサインを受け入れなかった?」

 

 

「何言ってんのよ! アレはひみつへーき! 温存よオンゾン!」

 

「そうか…。実戦で試して見たかったんだが。いざという時の為にやはり投げておいた方が…」

 

「秘密兵器はここぞって時しか使わないの! そんなだから聖の想いは翔くんに伝わらないのよ!」

 

「なー! 何を言い出すんだ! しょ、翔はただのチームメイトだ! チームメイトを大切に思って何が悪い!」

 

 

「もぉー動揺しすぎ! まさかあの聖が翔くんにねぇ…」

 

 

「なー!」

 

 

「二人とももう試合の反省してるのかぁ、さすがみずきちゃんに聖ちゃんだなぁ」

 

 

「どこまで鈍感なんや…」

 

「ここまで来ると才能ですね…」

 

「ボクは焦れったくて見てられないよ…」

両手を横にヤレヤレと呆れた表情をする原、大京、宇津。

 

 

試合は5-2。 俺達ときめき青春高校が勝利を収めた。

八回に翔に執念で持ってかれたがこっちも代打稲田のタイムリーで追加点を挙げた。

俺達は学校に帰り部室で今日の反省点を確認し解散した。

解散した後もオイラがMVPでやんす〜!って声が何回も聞こえたりしたな…。

 

 

 

今日は楽しかったなぁ

あんなにはしゃいだのは久しぶり。

誰かが打ったり、誰かが取ったり、そんな平凡なプレーでも私達にとっては一つ一つが名場面。

今まで野球をやる女の子って事でチームには溶け込めなくて、試合には出れたけど誰も声をかけてくれなくて、寄り添ってくれなくて… 野球が嫌いになりかけてた。

でも、このチームは違うんだ。

今までそんなことで悩んで、たくさん泣いた自分が馬鹿みたい。

今は胸を張って言える。

私はときめき青春高校野球部の一員だって。

 

汗ばんだユニフォームから制服に着替え女子更衣室を後にする。

 

「ミヨちゃんはどこに行ったんだろう? 夜道は暗いし一人じゃ怖いなぁ…」

 

 

使い古したスパイクからまだ買ってまもないローファーに履き替え、濃青のセーラー服に身を包みトボトボと正門へ向かう。

意地悪な風がほんのりとスカートをひらつかせる。

 

「あれ? 小山じゃん」

校門前で春くんがスマートフォンを弄っていた。

 

「は、春くん!? 矢部くん達とラーメン屋に行ったんじゃなかったの?」

 

 

「ああ、鬼力と今日の試合について話したかったんだ、だからパスした。 小山は?」

 

 

「これから帰るとこだよ! そ、そのぉ~ 。春君。 途中まで一緒に帰らない…?」

 

 

小山は頬を赤らめ後ろで手を組み学生カバンをぶら下げモジモジしながら俺を見つめる。

 

か、かわいい… あ、風がいい感じ…。 ありがとうございます!

 

「…だめ…?」

 

 

「いやいや、夜道に女の子一人じゃ危険だもんな!」

 

 

俺達は学校を出てかつて練習していた河川敷グラウンドのある河原を歩いていた。

静かな夜。 試合後でクタクタな事など忘れて何か面白い話をしようと頭の中をフル回転させるが中々思いつかず二人は無言で歩き続ける。

 

 

「あ、ここ」

小山が立ち止まり少し前に出て俺の方へと振り向く。サラサラした髪を縛りあげたポニーテールが優しく揺れほのかにシャンプーの香りがささやかに吹く風に乗る。

 

 

「ん? ああ、俺達が練習してた所だな」

俺達は夜の河原の土手に座り込みまだ同好会だったころの俺達を、このグラウンドを見て回顧にふけっていた。

 

 

「つい最近の事なのに、懐かしいね」

 

 

「あの頃は大変だったよなー。 ノックもバッティングもろくにできなかったしな」

 

「ボールも5つしかなかったしね」

 

 

「ああ、そのうちの一つはミヨちゃんが矢部くんの全力投球を川の向こう岸までかっ飛ばしたりしたからなぁ」

 

 

「あははっ そんなこともあったね」

俺たちは少し前のことを回顧し、感慨にふけっていた。

 

段々風が冷たくなってゆく。

少しの間を経て小山が静かに口を開いた。

 

 

「…春君。 私不安だったんだ。 うちの学校すごい怖い人ばっかりで男の子の目つきが怖くて…私、3年間やっていけるかなぁって」

 

「でもね、矢部くんと春君に野球やろう!って誘われてから毎日学校に行くのが楽しくなったの! やっぱりあの時女の子だからって意地はらないで勇気を振り絞って一歩踏み出して良かったと思うよ!」

 

そうか…。いつでも明るく振舞っていたけど小山だって辛かったんだな…。

 

「おれも、不安だったんだ。 自分がまたやきゅうをやることも、みんなが真面目に練習してくれるかとか、甲子園目指してくれるかとかさ」

同じように俺も胸のうちを明かす。

 

 

「…春君って野球が大好きなんだね」

 

 

「え?」

 

 

「春君から春君過去を聞いたとき凄い辛い思いしたんだなぁって。でもそれを乗り越えてまたやきゅうやって、しかもチームをまとめるキャプテンだもん! 尊敬しちゃうよ!私だったらとてもじゃないけど乗り越えられない…」

 

 

「俺はただ矢部くんに目を覚まして貰っただけだよ。あの時の矢部くんの言葉がなかったら今の俺なんてどこにも見当たらないよ」

 

「生まれて初めての一桁の背番号も、キャプテンっていう役職も、俺達で作りあげた野球部も。 全部おれの誇りなんだ。 何がなんでもこのチームで甲子園に行きたい。 今の俺の夢だから 」

 

「…」

(…春君…)

 

そ、そんな無言で見つめんなよっ。

くそっ、目のやり場に困るぜ…

自分でもわかる。かつてないほど胸の高鳴りが聞こえる。何故だろう。小山といる時だけこうなるんだよなぁ。

 

「も、もう遅いし帰ろっか!」

 

 

「え、あ、うん!」

 

俺は小山の手を掴みそのまま優しく手を引っ張り小山もそれに応じて立ち上がりスカートに付いた芝生を払い虫の鳴き声一つ聞こえない夜の静かな道をゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

月日は流れ

そんなに経ってないけど六月~

 

 

今日は夏の地方大会、甲子園予選の抽選会だ。

 

「いやー、まさかいきなり大会に出られるとは思わなかったでやんす」

 

「でも大丈夫かよ? 小山は出れないから9人ピッタリだし、練習試合だって聖タチバナとやったっきりだぜ?」

 

神宮寺…、抽選会場で長ランは不味いって。

「大丈夫! あれから苦手な守備の連携や、バント練習なんか死ぬ程やったんだ! 他の高校の奴らに遅れをとっている訳がない!」

 

「青葉くんも相当走り込んだでやんすからねぇ、電車通学なのに走って登校してるでやんす」

 

「ああ、お陰でだいぶ足腰が強くなった」

 

「そこの彼女! チョー可愛いねぇ~。 イヤマジで! おれときせーのセカンド茶来元気っす!マンモス頑張っちゃうから応援シクヨロ〜!」

 

 

「あれはどうしたものか…」

 

 

「おい、あれときせーだってよ」

「マジ? 野球部なんてあったっけ?」

「うわー当たりたくねーなぁ、デッドボールとかしちゃったら何されっか分かんねーよ」

「どーせ真面目に練習してねーだろあんな不良だぜ?」

「うお? 女がいるぜ! あれ選手かよ!」

 

「小山、気にすることないぜ、言わせておけばいいさ」

 

「わかってるよ! あの人たちが腰抜かすくらい皆の努力の成果、期待してるよ!」

 

 

「オイラ達かなりイメージ悪いでやんすね…創部1年目ってこともあってかなり舐められてるでやんす」

 

「仕方ないだろ、コイツらに教えてやんねぇとな、俺達の野球を!」

 

「もちろんだ!」

 

 

俺たちの地区は参加校はそこそこ多い方だ。

俺たちにシード権は無いから五回勝てば甲子園だ。

 

近年の実績をポイント化し、ポイントの高い上位4校がシード権獲得となりまず最初にその4校で抽選となる。

 

 

「第一シード、あかつき大付属高校」

 

「あかつきか…」

 

「今年のあかつきには黄金世代を代表する選手が沢山いるでやんす。 あかつきと対戦する高校との試合は力の差が有り過ぎて見てられないでやんす。 ここ16年間春、夏の甲子園はあかつきが出場してるでやんす!」

 

「ほんまかいNA。 そんなに強かったんやNA。 にしてもお前詳し過ぎYA」

 

「伊達にメガネじゃないでやんす!ちなみにトーナメント表では第一シードは左上、第二シードは右下、第三シードは左下、第四シードは右上でやんす! つまり順当に行けば第一シードと第三シード、第二シードと第四シードが戦うことになるでやんす! まぁ番狂わせも有り得るでやんすが」

 

「そ、そうかいNA」

 

 

「第二シード、帝王実業高校」

 

「!」

 

「帝王か…ここはあかつきのようにずば抜けた実力を持つ選手ばかりではないが総合力では実質No.2だ」

 

「青葉くん…オイラのセリフ…」

 

 

「第三シード、パワフル高校」

 

「ここは投手層が厚くて4番がタメのスゲェー奴だったな。 20年前甲子園を制した古豪だ。」

 

「神宮寺くん… 情報通キャラはオイラ…」

 

 

「第四シード、灰凶高校」

 

「最近頭角を現した高校だな。なんでも野球部が二つに分離して活動してるらしい。 不気味だぜ。」

 

「ああ、少し前の席に居るのがそうだろう。 なんだあのヘルメット?」

 

「ちょ、マネージャーマジ可愛いんですけどぉ!!」

 

 

「…もう諦めたでやんす」

 

こうしてシード校が出揃った。

甲子園に行けるのはトーナメントを制した一校のみ。生き残りを賭けたサバイバル戦だ。

 

 

 

 

「ーときめき青春高校 71番です!」

 

 

「んーと、げっ! 帝王のシード下でやんす!

春君くじ運悪すぎでやんす!」

 

「一回戦はバス停前高校か」

 

「いきなりNo.2とかよ…燃えてきたぜ!」

 

「皆、その前に一回戦はバス停前高校が相手だよ…」

 

「ミヨちゃん明日帝王の偵察に行ってきますー」

 

「…」

 

「何辛気臭い顔してんだよ、キャプテン」

 

「チャンスじゃねぇかよ! お前が帝王の奴らを見返す!」

 

 

「おう! 俺達のキャプテンの借りは返してやんぜ!」

 

 

「皆…よーしやってやろうぜ! 目指せ甲子園だ!」

 

 

「「「「おう!!!」」」」

 

 

 

 

「ククク、、、ときめき青春高校か。 これは楽しめそうですねぇ」

 

 

トーナメントも出揃い、気合を入れ直すときせーナインに忍び寄る影が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 可能性

夏の甲子園予選。

パワフル市民球場での4日目第一試合。

ときめき青春高校の記念すべき初の公式戦、バス停前高校戦。白地に黒の縦縞、ところどころにチームカラーの藍色が目立つユニフォームに身を包み悪ガキ達が球場に乗り込む。

 

 

 

「カキィィン!!!」

 

 

 

「打ったぁー! 四番鬼力くん! ダメ押しの走者一掃タイムリーツーベースだぁ!」

 

 

 

「創部1年目、初出場のときめき青春高校! バス停前高校を全く寄せ付けません! 4回終わって8-0!部員全員が1年生ながら圧倒的な力の差を見せつけています!」

 

 

まさかの展開にざわつく観客席。

無理はない。 今大会のチーム紹介本には「初出場。 エース青葉を中心になんとか初戦突破を目指したい」なんて書かれていた。

そんな弱小評価のチームだが蓋を開けてみればバス停前高校を圧倒。 皆この評価を受けて「必ず見返してやる!」とギラギラと闘志を燃やしていた。

 

 

「…と、ときせーって意外と強くねーか?」

 

 

「ば、ばか! 相手は今までただの一回も勝ったことないバス停前だぞ? 俺らなら20点取るぜ」

 

 

「つーかあの青葉ってやつさ、やっぱあの青葉だよな?」

 

 

「あのスライダーは間違いねぇな…」

 

 

観客席には白を基調とし黒の縦縞、黒色のアンダーシャツにストッキング、胸には黒字に赤縁で帝王と書かれたユニフォームを纏う集団が観戦していた。

 

「…バス停前が弱すぎるのか、それともときめき青春が強いのか…。 友沢、お前、どう思う?」

 

 

「例えバス停前が創部以来勝ち星がないとしても試合を見ればわかります。 ときめき青春の方が遥かに上ですね」

金髪のこの男は友沢亮(ともざわ りょう)。

1年生にして投手山口賢(やまぐちけん) とのダブルエース、打者としてはクリーンナップ、ショートの守備位置を獲得した天才選手だ。

 

(春…。まさかお前が野球を再開していたとはな…)

 

「んまーでも青葉のワンマンチームって感じじゃねーか?」

 

「お、おい! あのショートの荒波ってよぉ! うちの中学にいた荒波 春じゃねーか?今選手名鑑で確認したけどキャプテンだってよ!」

 

「マジで? あのまぐれヒーローがキャプテンかよ! 冗談もいいとこだぜ! 」

 

 

「油断は禁物です。 大雑把なプレーが目立ちますが決して弱いチームではありません」

 

「おカタイねぇ〜友沢くんは。 まぁあの凡才がキャプテンのチームだぜ? 余裕だよ!」

 

「友沢くんの言う通りですよ。 この帝王実業こそ地区No.1に相応しいのですから」

 

「いやー、お前もそうだけど今年は友沢も入ったしほんと心強いなぁ。後輩に頼ってばかりで情けないぜ」

 

「いいんですよ。 目標は僕達も同じですから…」

 

 

 

「うぉらあぁ!」

 

 

「ストライーク!バッターアウト! ゲームセット!」

 

 

「試合終了!11-0! ときめき青春高校! バス停前高校を5回コールドで圧倒! 二回戦に駒を進めました!次は6日目第二試合となります! 」

 

「イエーイ! 俺達マジで強いんじゃね!?」

 

 

「青葉くんナイスピッチでやんす!次も頼むでやんす!」

 

「ああ、皆もよく打ってくれたな」

 

 

 

俺達は試合を終え選手控え室へ。

そこへスタンドで応援していた小山が駆け寄る。

 

「皆! おめでとう! かっこよかったよ!」

 

「おお! 雅ちゃんからお褒めの言葉でやんす! これならもぉ負ける気がしないでやんす!」

 

 

「帝王の奴らもコールドにしてやろーぜ!」

 

「今週のワイは調子良すぎYO〜! 誰でもかかってこいYA! 」

 

 

「ミヨちゃんなんとか最後までスコアブック書けました〜」

 

 

「はっはっは!左京! 俺はヒット2本打ったぜ!」

 

「うるせー! 牽制刺された奴に自慢されたかねーよ!走るのバレバレなんだよ!」

 

「ああん!」

 

「「やんのかコラァ!!」」

 

「オイラも混ぜるでやんす!」

 

「相変わらず双子ちゃんにメガネはYO~」

 

「兄弟喧嘩は家でやれよ…」

 

 

「「俺達のどこをどー見れば双子なんだよ!!」」

 

 

皆今日の勝利がよっぽど嬉しかったらしく雰囲気もいい感じだ。 そりゃこないだの聖タチバナ戦ではバテバテの橘から打てただけだったからな。

ここまで打線が繋がると嬉しいよな。

 

「ささ、帰ってミーティングやろ。 青葉くんはアイシング忘れないでね」

 

監督の一言でお祭り騒ぎのまま俺達は球場を後にする。

 

そして部室にて俺がホワイトボードに今日の反省点をまとめる。

「正直今日の相手は勝って当然だ! 試合には勝ったけど反省点は山程ある! 俺達の評価が覆った訳じゃない!」

 

「確かにでやんす。 不良校ってだけで初回のブーイングは酷かったでやんす」

 

「ああ、俺達には応援団も居ないしな」

 

 

「せめてチアガールだけでも欲しいでやんす…」

 

「右に同じくって感じー?」

 

 

「とにかく次の帝王戦だ! ここで勝てば俺達の評価はガラリと変わる! それに甲子園に行くには倒さなきゃならない相手だ!」

 

 

鬼力が事前に調べた帝王の中心選手の特徴をまとめたノートをホワイトボードに書き写す。

説明は…俺が任された。

「えーと、まずは1年生エース山口賢。 マサカリ投法から投げる捕手泣かせとも言われる凄まじい落差のフォークが武器だ。 後はカウントを取りにカーブ、球速はMAX145km/h。鬼力データによると決め球の7割はフォークだ」

 

 

「次に3年生四番ファースト大門。 広角に打ち分ける打撃が特徴。今年のドラフトの目玉だ ちなみにキャプテンだそうだ」

 

「セカンドは1年生蛇島桐人(へびしま きりと) コイツは俺も知ってるがとにかくなんでもできるオールラウンダーだ。 特に超人並のした守備範囲が持ち味だ。あと、不気味でいけ好かないヤローだ」

 

「次に友沢 亮。 俺達とタメな。 こいつは紛れもなく天才だ。 全てにおいて非の打ち所がない。決め球のスライダーは青葉と同じくらいの威力だろうな」

 

 

「青葉と同じかよ…」

 

 

「ここが鬼門でやんすね… 他の選手も目立たないけど一流選手ばっかりでやんす」

 

 

正直力の差は歴然。

部員の殆どが中学時代、精神倒錯に陥ったり、まともな環境に恵まれず途中で部活を辞めている。

高校に入ってからまともな練習を出来たのは1ヶ月程。

ときせーは野球部以外はまともに活動している部活はない。 そんな中今まで一緒にヤンチャしていた仲間がいきなり夢を見つけ、有り余ったパワーをぶつけるモノを見つけた。それが気に入らない生徒も多く、部室やグラウンド荒らされたり、備品を壊されたりして今でもまともな環境とは言い難い。

 

 

「ちょ、ちょちょ、マジっすか!! マジパねぇ! 皆ちょいこれ見てくんね!?」

 

茶来のスマートフォンに皆が視線を集める。

画面に映し出されていたのは俺達今日の試合についてだ。

 

 

「ときめき青春高校バス停前高校を圧倒! 賄賂、恐喝の噂も!?」

この記事には多くのコメントを寄せられていた。

 

「ときせーなんて練習してねーよ。 試合前に脅したに決まってる」

 

「神聖なる高校野球。 彼らにそのグラウンドに立つ資格はない」

 

等々俺達の評価が覆る事などなく、俺達の勝利への疑い、俺達の高校球児としての批判で溢れていた。

 

 

「あ、あんまりでやんす!」

 

 

「何だこりゃ…」

 

 

「ワイのタイムリー見て言ってんのかいNA!!」

 

「そんな…皆頑張ったのに…。スタンドからでも伝わったのに…。」

小山の目には涙が浮かぶ。

 

 

「俺達の事気に入らない奴ばっかじゃん、マジ下げだわぁ~」

 

 

「…ふざけるな、コイツら試合を見て言ってるのか」

 

 

やっぱり俺達の事良く思ってる人なんて居ないんだ…。

まあここらじゃ有名な不良校だし抽選会場でも凄い避けられてたしな。

 

 

「…ちょっとみなさんー。 落ち込み過ぎー! そんなの次の帝王倒せばいいじゃないの! ミヨちゃん皆の頑張ってる姿大好きだからこんな事言われるの悔しい…。 けどここで怒ったって何にもならないよ~! 帝王の人達を倒して見返そーよ!」

 

 

「うぉぉ! ミヨちゃん! もし勝ったらオイラと付き合ってでやんす!」

 

 

「それはお断りしますー」

 

 

「そうYO~。帝王倒せばワイらはヒーローYO~!」

 

「気にすることないぜ! 俺様なんて進学校の受験に落ちて親から見捨てられてんだぜ!」

 

「光っちそれぶっちゃてイイんスか!?」

 

「そういえばお前テストオール100点だったな…。そんな事があったのか」

 

「まぁ今の俺様には野球しかないわけよ! その野球でバカにするやつは許さねぇ!!」

 

「よーし! 皆バッティングセンター行こうでやんす!」

 

ミヨちゃんの一言でなんとか皆戦意を失わず、良いムードを保った。この地区ではここ数年あかつきと帝王の二強の時代だ。

それより昔には最強と言われたあかつきと弱小校から公立校の雄へ成り上がったパワフル高校が毎年決勝で死闘を繰り広げたりしたらしいが…。

そんな近年の二強の一角、完全なる勝利至上主義、帝王実業に俺達経験不足のルーキーチームが挑もうとしている。

当然観客は出る杭は打たれるの如く俺達が叩きのめされる姿を見たいのだろうが、俺達にそんなつもりは毛頭ない。

 

皆はバッティングセンターに向かったが俺は監督に呼び出され部室に残る。

「荒波くん…」

 

「どうしました? 入れ歯なら監督の口の中にありますよ?」

おふざけが過ぎたがこの人は昔は【知将】とか言われていたらしい。

最近知ったけど…。

「少し辛い話をするけどね…。 正直帝王とは実力が違い過ぎるの。ワシもこんな事は言いたくないけどね勝てる可能性は0に等しい 」

 

「…えっ?」

いつもは朗らかな監督だがどこか様子が違う。

 

「皆の全てが崩れかねない。 ウチは1度どん底を味わって這い上がった選手が多い。 それを圧倒的な力を前に自信をなくし野球を諦めてしまうかもしれない」

 

「…」

確にそうかもしれない。

矢部くんは人数ギリギリの弱小中出身。今回出場出来ないが小山はチームメイトから疎外され、青葉や俺は野球を諦める程のダメージを負ったこともある。

茶来はおばあさんを助けるために、三森兄弟は優秀な兄弟との比較に苦しみ野球を捨てた。

それに神宮寺は秀才だったが超進学校の受験に失敗し、教育ママに見捨てられときせーに通っている。

 

 

「そんな強大な相手に勝つほんの少しの、一筋のヒカリがあるの…。 それはキミ。荒波くん。」

 

「…ほえ?」

一瞬耳を疑った。てっきり青葉のピッチング次第だと思っていた。

 

「そう。僅かな勝利への可能性。鍵を握るのは荒波くん。 」

「まず仮にウチの絶対的エースの青葉くんが打ち込まれた場合、精神的支柱が崩れる事になるからね。これは確実にチーム全体に影響が出る、これをキャプテンとしてなんとか阻止して欲しいね。 後はキミの経歴。帝王出身で相手のチームカラーを誰よりも知ってる。そしてドロップアウトしてもまたこうして立ち向かう精神力。プレーではまだまだ皆を引っ張るには程遠いけど、チームの土台の一人であるキミが崩れる事は絶対に許されない、そこで生きるのが中学時代帝王で感じたレギュラーとの壁。 キミは一番力の差を理解出来ている。 そのレギュラーを取れなかった苦い経験を武器にするの」

 

 

「俺が、鍵を握る…? 俺の経験が武器…?」

 

考えられない。何の取り柄もなくてお荷物選手だった俺が…僅かな可能性…?

おれのコンプレックスが武器に……?

 

 

 

監督からの思いもよらない言葉に動揺を隠せない荒波 春。

果たしてどんな試合を見せるのか。

どんな結果が待っているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 迫り来る毒牙

大会六日目。

15分程前パワフル高校対雪国高校の試合が行われパワフル高校が7-0とコールド勝ちを決めた。

その熱気が覚めやらぬ中俺達は球場へと足を踏み入れる。

俺達には実績がない、キャリアもない、世間の風も冷たい。

だからといってどうしろというのか。

世間の望む通り強豪チームに叩きのめされればいいのか。

違う。俺達には勝つ以外の道はない。

 

選手控え室にて着替えを済ませ試合前最後のミーティングに入る。

 

「…以上これが今日のオーダーだよ。 じゃあ10分後ノックが始まるからみんな準備してね」

監督から今日のオーダーが言い渡された。今日からは特別に小山のベンチ入り許可が降りた。ウチは人数がぴったりだからバス停前戦では打線がつながるとランナーコーチ無しの状態で試合してたからな。

皆は前日入念に手入れしたグラブを手に取りベンチへと向おうとする。

 

「皆! ちょっといいか?」

ロッカールームから出ようとする皆に俺は大きな声で呼びかける。

 

「なんだよキャプテン、改まって」

 

「…俺達は悪者だ。 誰も俺達の番狂わせなんて見たくねぇ。」

 

「んな事知ってるでやんす!」

呆れた表情で返答する矢部くん。

 

「…でもよ、それって俺達にはぴったりじゃないか? こんな大舞台でエリート軍団ぶっ潰すってワクワクすんだろ?」

俺はみんなに檄を飛ばす。このセリフ、昨日遅くまで考えてたのは内緒だ。

 

「…勝つのは俺達だ」

 

「わかってんよ! いらねー心配すんなよ!」

 

「燃えてきたYO~!」

皆グラブをバシバシと叩き、活きのいい返事をした。

大丈夫だ。誰もビビってなんかいない。

誰も俺達なんか見てねぇんだ。ビビる必要なんてねぇ。

 

時間となり俺達は淡々と試合前のノックをこなす。

会場は帝王一色。俺達がグラウンドに出ると一斉に帝王ファンが野次を飛ばし始める。

 

「ときせー!!! 今日は覚悟しとけよ!!」

 

「ファーストぉ! 何だその頭ぁ! ナメてんのか!!」

 

「ノックなんかしたって無駄無駄!」

 

「試合前だけ真面目にやってんじゃねぇよ!!」

 

三塁側ベンチには既にノックを終えた帝王ナインがスタンバイしている

 

「いやぁーときせーさんは嫌われ者だねぇ」

 

「おいおい、荒波のやつショート守ってやがるぜ! 相変わらずセンスねぇなぁ」

 

「こら、相手を侮辱する暇があったら素振りでもしておけ」

 

「す、すいません大門さん!」

ヘラヘラしながらノックを見ていた部員に注意をし、バットを手に取り素振りをはじめるキャプテンの大門。

 

そこへ、帽子にスポーツサングラスをかけた友沢が話しを掛ける。

「大門さん、春の奴…変わりましたね」

 

「ん、友沢か…確かにな。もともと守備はそこそこ上手かったが、何か足りないな…」

 

「やはり、野球から離れていただけあって送球の精度や下半身の筋肉は大分落ちていますね」

 

「そうだな…だが油断は禁物だ」

 

二人が春の分析をしているところに蛇島が駆け寄る。

「友沢くん、試合前に二遊間の連携について話しておきたいんだけど」

 

「そうだな蛇島、なぁ蛇島は春の事どう思う?」

 

 

「ククク、所詮並以下ですよ…」

(さぁて、今日は楽しませてもらおうか…荒波くん…)

 

 

「さぁいよいよ今大会優勝候補、守木独斉(まもるぎ どくさい)監督率いる帝王実業高校の初戦です! 毎年全国でも上位クラスのチームを作り上げていますが毎回惜しくもあかつきに敗れています。 涙を呑んだ銀メダリスト達。今年の夏は悲願の甲子園出場なるか!?」

 

「対するはときめき青春高校! 一回戦ではバス停前高校を圧倒! 部員10人一丸となって大物食いなるか!? 注目です! ここで両校のスターティングメンバーをご紹介します!」

 

「先攻帝王実業高校」

1番ライト 佐伯

帝王の切り込み隊長! 彼の出塁によりチームは勢いづきます!

2番セカンド 蛇島

一年生にして今大会No.1セカンドの呼び声高い! 天才セカンド!守備範囲は驚異的です!

3番 ショート 友沢

黄金世代筆頭格のスーパールーキー! 一年生にしてレギュラー、本来は投手ですがクリーンナップを任されました!

4番 ファースト 大門

おなじみ帝王の主将です! 今大会注目のスラッガー、プロ注目の選手です!

5番 センター瀬尾

抜群のミート力と守備範囲が武器です!

6番サード 堂本

帝王、影の功労者です! 派手さはないが彼もクリーンナップに負けない打力の持ち主です!

7番 レフト 瀧

下位打線ですがパンチ力のある打撃が持ち味です!

8番 キャッチャー養老

強肩強打のキャッチャーです! 秋では3番を打っていました!

9番 ピッチャー 山口

帝王の一年生エースです。 伝家の宝刀フォークボールを武器に三振の山を築く大黒柱です!

 

「続いて後攻、ときめき青春高校」

1番センター矢部

俊足が光ります。 山口相手に突破口を開けるか!?

2番 ショート 荒波

二年前、あの猪狩守から劇的なサヨラナホームランを放ったあの荒波春です! 忽然と姿を消しましたが今ではときめき青春高校のキャプテンです!

3番ファースト 神宮寺

一回戦バス停前高校エース田中山からホームランを放っています。

4番キャッチャー 鬼力

頭脳明晰なリードと驚異的なパワーでチームを引っ張ります!

5番 サード稲田

鋭い打球を飛ばします。山口相手に一発でるか!?

6番 セカンド 茶来

クセ者のオールラウンダーです。 一回戦では器用さを活かすプレーが目立ちました!

7番 ライト三森左京

俊足を活かしたプレーが持ち味です!

8番レフト三森右京

こちらも俊足の外野手! 下位打線の繋がりが重要になってくるでしょう!

9番 ピッチャー 青葉

四神黄龍中学出身のエース青葉! 彼のピッチングに全てが賭かっていると言っても過言では無いでしょう!

 

「両校整列しました!さあ、いよいよ試合開始です! 」

 

俺達が帝王ナインと顔を合わせた時、瀬尾さんがニヤニヤしながら前かがみになり話し掛けてきた。

「おい、荒波ぃ、ちっとは上手くなったかよ」

 

「あはは! 聞くまでもねぇよ! こんなクソチームのキャプテンだぜ?」

 

 

「…瀬尾さんに堂本さん、確かに俺は下手くそです。だから俺は侮辱されたって構わない。 だけど…! 俺達のチームを馬鹿にする奴は許さねぇ!! 俺達をクソ呼ばわりした事後悔させてやる!!」

確かにこの人達は紛れもなく全国クラスの選手。

俺なんて足元にも及ばない。

だけどな…。下手くそだろうがクソだろうが譲れねぇもんはとことん粘らせて貰う!!

 

 

「コラ! 私語は慎みなさい!」

 

「それでは帝王実業高校対ときめき青春高校の試合を始めます!」

 

 

「「「お願いします!!!」」」

 

 

「試合前に少しいざこざがあったようですが試合開始です! さあ、1番佐伯がバッターボックスへ入ります!」

 

 

「いけぇ!佐伯ぃ!!」

 

「格の違い見せてやれぇ!!!」

審判のコール、試合開始のサイレンと共に歓声が一気に大きくなる。

 

「帝王一色だな…。 まぁそんなんじゃ俺達の顔色一つ変えられねぇけどな。」

 

「勿論だ! 頼むぜ青葉!」

 

「プレイボール!!」

マジで頼むぜ青葉…。 こんな全国レベルの打線に対抗できるのはお前しかいない!

 

「さぁ、振りかぶって第一球!」

両手を頭上に上げる。右足に重心を置き一度3塁ベースに目をやる。その後溜めた重心を左足へ。地面を掴むように足の指まで力一杯踏み込み、撓る様に、且つ鋭く腕を振り抜く。

 

 

「バシィィン!!!」

 

 

「ストライーク!」

 

 

「いきなり142km/hのストレート! 初戦では130km/h台でしたが… エース青葉気合充分です!!」

 

その後ストレートとカーブで佐伯を見送り三振に打ち取る。

 

「どうでしたか、佐伯さん」

 

「ああ、昨日のビデオ以上にストレートの威力があるな、変化球も悪くない」

 

「…所詮まともにやれるのは青葉だけですよ」

(ふっ、くだらん。 こんなクソチーム、地獄を見せてやる)

 

「2番 セカンド 蛇島くん」

 

相変わらず薄気味悪いオーラだな…。

中学時代あいつがショートだったから俺はレギュラー取れなかったんだよな…

 

「さぁ蛇島に対しての初球!」

 

(ククク、よくこんなストレートで中学時代から騒がれたもんだ 佐伯はレベルが低い。僕を1番にすれば良かったものの)

 

蛇島が勢い良くバットを出す。

しかし蛇島の予測を外れボールは大きく変化した…。

 

「ブン!」

 

「ストライーク!!」

 

「出ました青葉の生命線! 鋭く、大きく曲がりそして速い! この高速スライダーはさすがの蛇島くんも攻略出来ないか!?」

 

 

(クッ、こんなもの友沢くんに比べれば…!)

 

 

 

「ストライークバッターアウト! 蛇島くん! スライダーを空振りし三球三振!!」

 

「な、あの速さでここまで曲がるのか…」

普段冷静であるが思わず声を漏らしてしまった蛇島。

 

「…よし!」

こちらも思わず喜びの声を上げる。

 

「ヘイヘイ! バッター手ぇ出せねぇぞ!!」

 

「いいぞ青葉!!」

 

「ナイスピッチ! 青葉くん!」

 

(くっ…この僕が…こんなはずじゃ…)

 

続く3番友沢も三球三振。

 

「おいおいお前帝王相手に三者連続三振かよ!!」

 

「いい感じでやんす! 勝てばオイラのギャルにモテモテ大作戦成功でやんす!」

 

「なにそれ矢部っち!? オレも参加してイイっすか~!?」

 

 

あの友沢が一球も振ってこなかった…。

どうも引っ掛かるな。

でも青葉のピッチングであれだけのブーイングが鳴りやんだ。これがエースの威厳か。

 

「よっしゃ! 矢部ぇ! 景気づけに一発頼むぜ!」

 

 

「任せるでやんす!」

自信満々に打席へと向かう矢部くん。

頼むぜ…。

いきなり矢部くんがやられてしまうと山口という投手の凄さが先入観となって俺たちの脳裏に焼き付いてしまう。

 

「一回の裏ときめき青春高校の攻撃は1番センター矢部くん」

 

「さぁこいでやんす!」

 

「さぁ後攻ときめき青春高校! 青葉の作ったリズムに乗れるか!?さぁ山口の第一球!」

左足を高々とあげ体を大きく傾け、叩きつけるように右腕を振り落とす。

 

「バシィィン!!!」

凄まじいボールが乾いた音と共にミットへ収まる。

 

「ストライーク!」

 

「初球ストレート142km/h決まってワンストライク! 」

 

続く山口の第二球、独特のマサカリ投法から投じられた。

 

「甘い! 貰ったでやんす!」

 

矢部くんが思い切ってバットを出すがボールは打者の手元でストンと落ちる。

矢部くんは勢い余って一回転してしまう。

 

「き、消えた? なんでやんすか今のボール…」

 

 

「出たァァ! 山口の伝家の宝刀! 視界から消えるフォークボールだぁ!!」

 

矢部くんはその後ストレートになんとか食らいつき粘るも最後にフォークにバットを振らされ三線に倒れた。

 

 

「春くん、あのフォークヤバイでやんす、プロでもあんなの投げられないんじゃないかレベルでやんす」

 

「ビビるこたァねーよ矢部くん! 山口がすげぇのなんて試合前から知ってるだろ?」

この試合。どんな展開になろうと俺だけは折れちゃだめだ。そう胸に刻み打席へ向かう。

 

「…なんか春くんいつもと違うでやんすね…」

 

「2番ショート荒波くん」

俺が皆の柱になるんだ。

俺が皆の不安を取り除くんだ…!!

 

「さぁ元同朋、荒波! 山口をどう攻略するか」

 

正直フォークは当たらねぇ、俺には無理だ。

でも、ストレートなら…! 早打ちしてでもフォークを投げられる前に打ってやる!

 

初球はカーブ。外角高めに決まりストライク。

手が出なかった…。 カーブでタイミングを外されるのは要注意だな。

 

山口からの第二球。

来た!ストレート!

俺は思いっきりバットを出し、山口のストレートを真芯で捉える。

 

よし…行ける!

 

その瞬間キャッチャー養老がニヤリと頬を吊り上げる。

 

「…お、重い」

 

「ガギィ!」

 

「あーっと! 荒波! 完全に打ち損じました!

ボテボテのピッチャーゴロです!」

 

そんな…完璧に捉えた筈なのに…

一塁ベース目がけて懸命に走ったがもちろんアウト。

俺はライトスタンドを見上げ立ち竦んでいた。

 

「どうだ? 山口は凄いだろう?」

 

「だ、大門さん」

 

「俺達は中学時代から何度もあかつきに阻まれ、悔しい思いをしてきた。 その思いが山口を強くしたんだ」

 

「俺達だって…」

続きを言いかけたが何故か俺の口からは言えなかった。

俺達はNo.2帝王より強い思いがあるだろうか。帝王と遜色ない努力をしてきただろうか。

 

俺達は帝王と同じグラウンドに立つ資格なんてあるんだろうか。

だめだ! 俺だけは不安になっちゃだめなんだ!

 

 

続く神宮寺は三振に倒れた。

 

「いいぞ帝王ー!!!」

 

「おらどうしたーときせー!! 怖気づいたかぁー!!」

 

 

「また…強くなってきたね、」

 

「正直、あの山口って奴の球ヤバイでやんす! フォークなんて化け物でやんす!」

 

「ああ、俺様も打席に立つ前は打てると思ったけどよぉ正直ありゃ打てねぇだろ」

 

「ストレートにヤマ張るってのはどうっすか!?」

 

「でもYO~ 春の打席でわかったっSHO」

 

「うん、私コーチャーボックスから見てたけど春くん、完全に捉えたと思った。 見た目とか速さ以上に球質が重いんだよね…」

 

「いや、俺だから飛ばなかっただけだ! 鬼力や稲田なら振り抜けば内野の頭は越える! 茶来と俺はなるべく粘ろう! フォークは見逃せばボールになる! 矢部くんと右京、左京は持ち前の足を活かしてくれ! 青葉はピッチングに専念してくれ!」

 

「お、おう!」

 

「うぃーす! ミヨちゃん俺のプレー見ててね!」

 

「はいー頑張ってねー!」

 

「なぁ春、お前どうかしたか?」

 

「ん? なんで?」

 

「いや、なんかいつもと様子が変だったからな」

 

「少しはキャプテンらしくなったろ?」

 

「ふっ、そうだな。 打たせて行くから頼むぜ。 キャプテン」

 

「おう! 任せとけ!」

青葉は解っているのか?この試合で俺や監督が一番恐れていることを。

 

 

「二回の表帝王実業高校の攻撃は4番ファースト大門くん」

名前がコールされると同時に盛大な応援歌がスタンドから奏でられる。

 

「コイツが大門か…」

 

「さぁ今大会注目のスラッガー大門を迎えますときめき青春高校エース青葉!」

 

 

「カキィィィン!!!」

 

 

何が起こった? スタンドが静まり返る。あまりにも一瞬の出来事に観客も判断がつかない。

そして次の瞬間沈黙したスタンドに大歓声が巻き起こる。

 

 

「レフトスタンドに突き刺さったぁぁ! 大門! 先制ソロホームラーン! ストレートを完璧に捉えました! エース青葉、振り向きません! 完敗です!」

 

 

「…嘘だろ? 決して甘い球じゃなかった…」

思わず口から漏らしたマウンド上の青葉。

 

 

「お、おい青葉のストレートをあそこまで飛ばすかよ?初見だろ!?」

 

「つーかあれじゃね? 今の失投ってやつじゃん?」

 

「いや、今のはええボールやったDE。 完全に読まれたんYA」

 

マズイ…。たった一球で青葉を攻略された。

監督が危惧していた事の1つだ。わかっていた。こうなる可能性も。 青葉が打たれるのはチームの戦意に関わる。なのに…言葉が出ない。キャプテンとして皆を、青葉を励まさないとならないのに…。

 

 

「ボールフォア!」

 

「あーとっ! 大門の一発により平常心を保てないか!? 5番瀬尾にストレートのフォアボールです!」

 

「クソっ!」

悔しさのあまり地面を蹴り上げる青葉。

 

「青葉! 入れてこーぜ!」

 

「青葉っちー! 肩の力抜いちゃってー!」

 

 

しかし青葉は本来のピッチングを出せず6番堂本も歩かせノーアウト1,2塁となる。

 

 

「7番 レフト瀧くん」

 

 

「うぉらあ!」

 

 

「カキィーン!」

 

 

初球のカーブを叩かれ打球は三遊間へ

「よっしゃ抜けた!」

誰もがそう思った瞬間

 

「パシィ!!!」

 

「…よし!稲田!」

 

「任せろYA! 神宮寺!」

 

「おらぁ!!」

 

「ゲッツーだぁ! 完全に抜けたと思った打球でしたが荒波のファインプレー! サードへの送球! 高判断でした! そして稲田の送球がショートバウンドになりましたが神宮寺が上手くすくい上げました!これでツーアウト2塁!」

 

「ナイスでやんすー!」

 

「見たかコラァー!」

帝王スタンドには向かって雄叫びを上げる神宮寺。

ゲッツー取れてよかったぜ。これで青葉が落ち着いてくれれば…。

 

「さぁファインプレーが出ました。 帝王としてはこの回もう一点ほしいところです! さぁ追加点なるか8番キャッチャー養老!」

 

「ストライーク! バッターアウト!チェンジ!」

アウト2つ取ってもらい落ち着いた青葉。テンポの良いピッチングで養老を圧倒。

 

「よし! 1点返すぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

しかし山口という堅固で巨大な壁が立ちはだかる。

 

四番鬼力はサードゴロ5番稲田がフォアボールで出るが6番茶来が三振。

7番左京がファーストゴロに倒れランナーが出るも返せずチェンジとなる。

 

三回の表

先頭山口をセカンドゴロに打ち取るが1番佐伯に左中間のツーベースヒットを放たれ2番蛇島を迎える。

 

「やっとランナーが出たか…おもしろい」

蛇島への第一球。

内角低めのここぞという所にストレートが決まる。蛇島はそれを見逃しワンストライク。

 

続く2球目、ブレーキの聞いたカーブ。

蛇島は強引に振りにいき空振り、ツーストライクとなる。

青葉の持ち球はMAX142km/hのストレート、110km/h程のブレーキの効いたカーブ。

そしてストレートとほぼ同じ速さ、まるでカットボールのようだが変化の大きさはスライダー以上の超高速スライダーだ。まぁ調子次第ではあるが。

 

 

「ファール! 蛇島粘ります! クサイ球を尽くカットします!これで13球目!」

 

 

(ククク、確かにいい球だ。 だがお前は気づいていない。 お前の左足に思い切り力を入れ踏ん張るフォーム、それがどんなにお前の足に負担がかかるかを)

 

「さぁマウンド上青葉! セットポジションからの14球目!」

 

(困った時にはスライダー一辺倒だろう? 見苦しい。)

 

青葉が力を振り絞り鬼力のミットめがけて思い切り腕を振る。

 

(やはり、この速さ、ここで曲がる。 今度は捉えられる)

 

「ブン!」

 

「…なっ!」

 

「ストライーク!バッターアウト! ストレートで蛇島を仕留めました! ここは2番打者としてせめてランナーを進めておきたかったところですが…」

 

 

「こ、この僕が、こんな不良相手に…」

ギリリと唇を噛み締める。

 

「気にするな蛇島! 切り替えていこう!」

 

「あ、ああ」

(こんなはずじゃ…クソ!)

 

 

続く3番友沢にストレートを捉えられライト線へのタイムリーツーベースを打たれる。前の打席はこれの布石って事か。

続く大門を特大センターフライに打ち取りチェンジ。

 

2-0で迎えた三回の裏、

8番右京が足を活かし内野安打でチーム初ヒット、すかさず盗塁を決めノーアウト2塁打者顔負けの打撃センスを持つ青葉がカーブを捉えライト前へ、ノーアウト1.3塁、この試合初のチャンスを迎えるが矢部くんがキャッチャーフライに倒れる。

 

「さぁこのチャンスでキャプテン荒波を迎えます!帝王実業は前進守備です!」

 

「山口。 春に長打はない。確実に取ろう」

すかさず友沢が声を掛ける。

 

山口は黙って頷きこちらをギロりと睨みつける。

 

ここだ、ここで1点でも入れば…!

 

「…タイム」

 

「おっとここで荒波タイムを取りました! 三森、青葉を呼びます。」

 

「まだ早いけど賭けよう。」

 

「カーブを叩いて犠牲フライか?」

 

「スクイズだ。だけどボールツーになるまでは待つ。 そして右京、多少スタートが遅れてもお前なら帰ってこれる。なんとか生きてくれ! 青葉、スキを見て二塁を狙ってくれ。」

 

「これは春の技術にかかってんな。」

 

「まぁお前の器用さはチームトップだからな。お前にしかできねぇ。 」

 

「よし! 行くぞ!」

二人は勢い良くベースへ。

 

「さぁ長いタイムが終わり試合再開です!」

 

流石にフォークは投げづらいと見ての作戦だがフォーク来たら終わるな…コレ。

 

予想通りフォークは一球も来なく、ストレートを外されボールツーとなる。

 

やべ緊張してきた。

でもフォークさえ来なければ…当てられる。

 

山口からの三球目。球種はストレート。

「…当たる!」

正面でも右京なら帰ってこれる。

行ける!

 

と思っていたがボールは唸りを上げ俺の手元でライズした。

こ、ここに来て、この球威かよ…!

 

「コン!」

 

「あー! 荒波スクイズの構えをしましたが打ち上げてしまいましたー!」

 

「お、おい! そりゃまずいって!」

右京が本塁間に挟まれる。

山口はフライを捕球しゆっくりとサードへ送球しダブルプレー。

 

「ときめき青春高校スクイズ失敗ー! 得点ならず!」

 

「あ、ああ…」

 

「一瞬にしてチェンジでやんす…」

 

「おい、今の148km/hだってよ…」

 

「そ、そんな…春くんでも当てられなかったの…チームで一番バント上手なのに…」

 

 

「く、仕方ないな」

 

「なぁ青葉、お前大変だなぁ」

ヘルメットを外し汗を拭う青葉に蛇島が詰め寄る。

 

「なんだ、敵に馴れ合うな」

 

「クックック、ホントあんな役に立たない奴らがチームメイトで可哀想に。 お前、ウチから誘い来てただろう? イップスなんてウチの専属医なら簡単に直せたのに」

 

「何とでも言え。俺達はお前のような奴には負けない。」

 

「…ほざいてられるのも今のうちだ」

蛇島はそう言い残しベンチへ。

普段のニコニコした温厚な様子は見られない。

 

「皆、ごめん…」

俺が決めてりゃ…1点入って、チャンスでクリーンアップだったのに…

 

「き、きにするこたぁねーよ!次は俺様が打ってやるからよ!」

 

「そーでやんす! 春くんはわるくないでやんす!」

 

マズイ。とにかく得点をと焦ってしまった。明らかに皆の雰囲気は悪くなってる。

 

 

試合は四回の表先頭瀬尾に稲田の緩慢な守備をついたセーフティバントを決められると続く堂本にレフト前ヒット。瀧を歩かせノーアウト満塁となるも養老を三振、山口をファーストフライに抑える。

トップに帰り1番佐伯にレフト線への2点タイムリーツーベースを打たれ、4-0ワンアウト23塁のピンチで蛇島を迎え、カーブを上手く合わせられ右中間への2点タイムリーツーベースを放たれ尚もワンナウト二塁のピンチに。

 

「なーんだ、大したことねぇじゃん」

 

「スライダーも当てられねぇ事はねぇしな」

 

「カーブなんて当りゃ結構飛ぶぜ?」

徐々に青葉を攻略し始めた帝王。

こんな全国クラスの打線を相手にしてるんだ。

それに大門に一発を浴びてから抜いたボールは一球も投げていない。いくら青葉でもやはり2年のブランクは…。

 

「「てーいおー! てーいおー!」」

落ち着きを見せていたスタンドが再び元気を取り戻した。

 

 

「クソっ! 今度は帝王コールかよ!」

 

「なぁ春。」

2塁ランナーの蛇島がおれに話しかけてきた。

 

「お前もめでたい奴だな。 こんなクソチーム甲子園なんて馬鹿げた夢にも程がある」

こいつは表向きは温厚で良きチームメイトのように振舞うが裏では狡猾で人を陥れる様な男だ。

 

「…悪いかよ」

 

「ああ、 俺はお前の顔も見たくないからな。 お前は俺の野球人生を狂わせた男だからな!!!」

 

「…あの事か」

 

「まぁいい。この試合で眼にものを見せてやる」

そうか。おれはまだあの時から解放されちゃいない。まぁ恨まれても仕方ないのかもな。

 

「3番ショート友沢くん」

 

 

「カキィィン!!」

 

「ショート横抜けたァァ! 友沢!鮮やかなヒットでワンナウト13塁!」

ストレートを綺麗に流された。友沢はスイッチヒッターで引っ張る打球が殆どの筈だが…。

 

ここで4番大門を迎える。

「一発があるし、1点はしょうがない。ここは長打警戒シフトにして友沢だけは返さないようにしよう」

 

 

クサイコースを突くピッチングで1-2となり続く4球目。

青葉が足をあげた瞬間絶妙なタイミングで大門がバットを寝せる

 

 

「…なっ! スクイズ!? 大門さんが!?」

 

 

「くっ、」

すかさず青葉がボールを持ち替えウエストする。

しかしボールは鬼力のミットに収まらずバックネットめがけて転々と転がってゆく。

 

「あーっと! 青葉ワイルドピッチです! 3塁ランナー蛇島が突っ込む!」

 

「しかしボールがいいところに跳ね返ってきました! これは蛇島万事休すか!?」

 

 

「鬼力! ホームだ! 投げろ!」

青葉がベースカバーに入り懸命にボールを要求する。鬼力がそれに応じて即座に送球する。

 

 

「無駄だよ…。 君はもう終わりだからね…」

蛇島が無謀なタイミングで突っ込む。

冷静沈着なあいつがこんなプレーをするなんて。

…まさか!?

 

 

「青葉ぁ!! 避けろぉ!!!」

叫んだ時にはもう遅かった。



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第11話 苦悩

「ガシィ!!!」

蝉の声が耳につくこの季節。容赦なく照りつける太陽、正午を過ぎ更に気温が上がる中とある球場でのとある試合。

ホームベース上で両チームの主力選手が激突する。

一方はこれ以上点はやれないとホームベースを死守する男。

もう一方は…点差など気にしていない。ただ彼の心は復讐心で煮え滾っているのだ。

 

 

「…セーフ!」

両手を大きく広げる審判。

ボールは青葉のグラブからコロコロと落ち、ホームベース付近に留まった。

 

 

「青葉落球! ホームスチール成功です! これで7-0!!」

四番大門の意表を突いたスクイズ。

すかさずウエストするが鬼力の捕球領域を大きく越え、ボールは転々とバックネットへ。

そこへベースカバーに入った青葉と三塁ランナー蛇島のクロスプレー。

傍目から見れば蛇島の暴走のように思われたが、そんなことは彼も承知の上。初めからたかが1点など狙ってはいなかった。

 

 

「…く、ううぅ…」

ホームベース付近で蹲る青葉。

ホームに突入した蛇島のスライディングによりスパイクの金具が足に当たったようだ。

なんとか右手で地面をつかみ立ち上がろうとするがその左足には見るだけで痛ましいほど腫れ上がっていた。

 

 

「君ぃ! 大丈夫かね?」

駆け寄る審判に対し、立ち上がる事もできない。

そんな姿を見て不敵な笑みを浮かべこちらを見つめる蛇島。

 

 

「蛇島ぁ!!! テメー…何のつもりだ!!」

俺はそんな蛇島を見て自制心を乱してしまった。

込み上げる感情を抑えることが出来なかった。

 

 

「そんなに怖い顔しないでくださいよ…。 審判さんもセーフと言ったじゃないか。 それに言っただろう。 眼にものを見せてやると」

鋭い眼光で春を睨みつける。

 

「お前…! 俺が気にいんねぇんだろ! だったら俺にやれよ! 青葉は関係ねーだろ!!!」

 

 

「…何を言っている。 お前など潰す価値もない!! このチームでまともにやれるのはこのピッチャーだけだ。お前より遥かに潰しがいがある」

 

 

「テメぇ…」

だけど、これもおれがあんな事をしたからじゃないか? 俺は青葉まで巻き込んでしまったのか…。

自分の中にそんな思いがこみ上げる。

ああ…。そっか。俺のせいなんだな…。

 

 

 

 

「ハァ…、 俺は…大丈夫だ…!」

審判に対しそう言い張ったが青葉はすぐさま医務室に運ばれ、長い治療が施されているのだろうか。一度取られたタイムは直ぐには解かれず残された俺たちにとってとても長く、不安に駆られた。

スタンドは響めきながらも、その間帝王の応援は留まることはない。

 

 

「つーかさ、もうよくね?」

マウンド上で輪になって治療を待つ中、茶来がスパイクで地面を弄りながらぼそりと呟いた。

 

「青葉くんがダメなら棄権でやんすし。投げられたとしても次あの大門でやんす」

 

「おい! ちょっと待てよ! まだ終わってないだろ! 」

 

「決まった様なもんやDE」

 

「なんだよみんなして…、青葉だってきっとなんともないって!それに 試合前はあんなに張り切ってたじゃねーかよ!」

 

 

「じゃあお前はこっから勝てると思ってんのかよ!!」

 

「 おい神宮寺お前、今なんて…」

俺がそう言おうとした瞬間

 

 

「ちょっと神宮寺くん!皆!諦めないでよ!皆甲子園に行きたいんじゃないの?」

アクシデントに心配してベンチから飛び出してきた小山が神宮寺に向かって言った。

 

私だって、、皆の代わりになりたい。私が代わりになれるならいくらでも…。私はそれすらできないから…

小山の目には涙が浮かぶ。

普段恥ずかしがり屋で引っ込み思案の女の子が相手ベンチにも聞こえるほど大きな声で言い放った。

「皆…。諦めないでよ。 私…! 皆がスタンドの人から酷い事言われてるの悔しくて…。 でも、私は試合には…」

 

俺は小山の頭に手をポンッと乗せ

「大丈夫。 皆小山の悔しさは痛い程わかってるから。」

 

「お、おう。俺様も悪かったぜ。 別に勝ちたくねぇ訳じゃねぇんだけどよぉ」

 

「この点差で強気でいろってのも酷な話でやんす…」

 

「青葉っちの復活とかもあって俺達雑誌とかに鬼書かれてたし…。注目されすぎっしょ…」

 

「んで、今はただの晒もんってとこやNA」

 

皆が押し殺していた不安を吐露し始めたその時、ベンチからゆっくりと背番号1の男がゆっくりと歩いてきた。

 

「なに辛気臭せぇ顔してんだ?」

 

 

「あ、青葉っち!」

 

「またせて悪かったな。 試合再開だ」

 

「お前、大丈夫なんKA?」

 

「ああ、少し擦りむいただけだ」

 

「にしては歩き方が妙でやんすね、まぁ頼むでやんすよ」

皆は青葉の言葉を聞いてそれぞれのホジションへと散ってゆく。その表情はどこか不安げだ。諦めムードが漂ってる。

やっぱり皆薄々感じていたのか。力の差を…。

 

 

 

 

「…骨に異常があるかもしれない。すぐに救急車を呼ぶから病院に行きなさい」

神妙な顔をした医師から告げられた。

すぐに、それはこの試合は諦める事と同じ意味であった。

 

「おい! ふざけんな! 俺は大丈夫だっつってんだろ!」

 

「青葉くん…落ち着いて!」

必死で青葉を宥める。

 

「テーピングしてくれ!頼む!」

普段の冷静さなどどこにもない。

 

「君のこれからを考えて医師としてそれは許可できない」

 

「あ、青葉くん。 もう…充分だよ~、もし怪我が酷かったらこれから先の大会に出れなくなっちゃうかもしれないし…」

 

青葉は美代子の肩をガシッと掴む。

「はひぃ!」

 

「俺は勝ちてぇんだよ! 甲子園行きてぇんだよ!」

美代子は驚いた顔をしている。

「皆が俺に入って欲しいって誘ってくれたのに…俺一人ギブアップする訳にはいかねぇだろ!!」

裏切れねぇ。期待されて応えられねぇなんて俺にはゴメンだ。

1番最後に入ったやつが足を引っ張る訳にはいかねぇ。

「俺達はまだなにもかも半端なんだよ。

何にも成し遂げてねぇ。こんな状況乗り越えられないようじゃ甲子園なんて行けやしない!!」

 

「青葉くん…」

 

 

黙って聞いていた球場医は髭を右手でジョリジョリと擦りながら

「ったく! おじさんもそんなラブラブっぷり見せられたら黙ってらんないよ! ほら、足出しな!テーピングでしっかり固定する、いいかい?決して無理はするなよ!」

 

「えっ?そんな~ラブラブだなんて~」

 

「何赤くなってんだお前…」

 

球場医はヨイショと立ち上がり戸棚からテーピングを取り出し慣れた手つき痛み止めを投与し、腫れ上がった左足を固定した。

「…よし!終わりだ! 頑張れよ!それに、彼女さんは大事にな」

 

「ただのマネージャーだ」

 

「えっ、私は別に~。 青葉くんなら…」

 

「ほらいくぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよー! 」

 

医務室を出て少し歩いたところ、青葉は立ち止まり…

「おい…」

「俺は負ける気はねぇ」

 

 

「…うんっ!」

美代子はニコッと笑い、青葉の少し後ろを歩き、共にベンチへと向かった。

 

 

 

 

 

「さあアクシデントがありましたが試合再開です。 試合は7-0。 ツーアウト2塁で四番大門を迎えます。カウントは2-2!」

 

 

セットポジションに入り鬼力のサインをじっと見つめる。

チッ。 視界がボヤけてやがる…。ミットがよく見えねぇ…。 でも、あの時のマウンドに比べればこのくらい…

 

 

「…ボール!」

青葉の投じたボールはワンバウントで鬼力のミットへ。

 

 

帝王ベンチでは蛇島が密かにニヤリと頬を釣り上げる。

(まさか出てくるとはなぁ。まぁそんな足じゃお前の独特のフォームは活きてこないだろう)

青葉のフォームは右足に重心を置き、傾けたパワーを左足へ、グローブで空を切り裂くように上体を捻り、そして指先へと解き放つ。

その力を伝える重要な左足の踏み込みが甘かったり、少しでも左右にずれると溜め込んだパワーを存分に解放できない。

 

まだグラウンドに戻ってきて間もないのにも関わらず青葉の額には大粒の、滝のような汗が。

 

 

フルカウントからの一球。

それは今までの青葉からは想像もつかないほど甘く緩いスライダーだった。

 

 

 

「カキィィン!!」

バットが一閃。

振り返った時にはボールはスタンドへ。バックスクリーンに直撃した。

 

「行ったァァ! 本日二本目! 2ランホームラン!これで9-0!」

 

「はっはっ! なんだその球はー!」

 

「もう棄権した方がいいんじゃねーのー?」

 

スタンドは帝王一色。誰一人としてときめき青春へ声援を送る者はいなかった。

更にこちらが失点やミスをするたびにエスカレートする野次や、物凄い人数で、耳が痛く成る程盛大な応援歌。

頭では分かって居てもその帝王の本拠地であるかのような球場のムードは容赦なくときせーナインを包み込む。

 

 

 

 

「打ったぁー! 三遊間! これは抜け…」

 

 

「バシィ!!!」

 

…よし! 先っぽだけどグラブに収まってくれたぜ!諦めムードが漂う中頼りの青葉もこんな状態なんだ…。 おれがなんとかしねぇと…

 

 

「あーっと! 暴投だぁ! ショート荒波鋭いバウンドの難しい打球を逆シングルで良く取りましたがよろけながら無理やり送球! 」

 

 

(一歩目が遅いんですよ春くん…。そのスタートじゃ正面には絶対入れない。結果厳しい体勢で送球せざるを得ない。君の肩ではこのような結果にしかならない。どうやら中学時代から浮き彫りだった弱点はそのままだったようだね…。)

 

「あ、ああ…」

流れを止めるどころかランナーが二塁に…。

 

「おい春テメー! いくら俺様でもありゃとれねーつっーの!」

 

「わ、わりぃ焦っちまった」

 

「まぁこの点差だし? 気にしなくていいっしょ」

 

 

「ああ…。 わりぃな」

俺がこんなんでどうすんだよ…。 監督に言われたろ! 青葉のアクシデントは兎も角、こうなることは想定内だったんだ。一方的な展開も、スタンドからの罵声も。 なのに…。わかってるのに…。

 

 

「ヘイヘイ! どうしたショートぉ!!」

 

「カッコつけてんじゃねーよ!!」

 

「いけぇ!堂本ぉ! ショートに打ちゃあなんとかなるぜ!!」

 

 

…頼む! もう辞めてくれ…。静まってくれ…!!

 

 

 

 

「…こいつらは黙って見てられないのか?」

スタンドには先程の第一試合で圧倒的な試合で一回戦を突破した古豪パワフル高校の面々が観戦していた。

 

「まぁ、確かにうるせーけどよぉ~ オイラこの試合見てて結構燃えてきたぜ~」

 

「ほう、ベンチ外で体力が有り余ってるようだな。 帰ったら特訓するか」

 

「ちょ、それはパスするぜ…今日はラジコンの新作が…」

 

「それはそうと、青葉の怪我、心配だな。明らかにフォームが崩れているようだが…」

緑髪のこの男、東條小次郎(とうじょう こじろう)

細身ながらもスタンドまで飛ばすパワーを持つ三塁手。 天才アーチストと呼ばれるパワ高四番の1年だ。

 

「ときせーには頑張って欲しいなぁ~。昔、青葉相手に4タコ喰らったけどな…」

坊主頭のこの男、奥居紀明(おくいのりあき)

矢部と同じパワフル中出身の1年生外野手。

無名中出身の無名選手。今大会はベンチ入りしておらず実力は未知数。

 

「そうか、青葉はいいスライダーを持ってるだけにそれに頼り過ぎている。制球も甘い。」

 

「なんつーか、中学のが凄かったよな~。まぁ2年も野球やって無いから多少は仕方ないのかもな~。まぁ今でもあんな三振取れるんだからスゲェよなぁ~。」

 

「ああ。 しかし常に全力投球が青葉のいいところでもあり悪いところでもある。仮に一人の打者を抑えるのであれば青葉程優秀な投手は居ないだろう。だが試合は違う。 二巡目三巡目と打者を躱す技術、安定度、つまりゲームメイク出来る先発投手としては同じスライダー投手の友沢の方が上だろうな 」

 

「友沢は安定してるからな~。オイラ昔パーフェクトされたぜ~」

 

「そいつらを見返すためにパワフルに入ったんだろう?さぁ帰って練習だ」

 

「あ、でも夜練は勘弁だからな! 今日は釣り具も調達しないと…」

 

 

 

 

「ストライーク! バッターアウト!」

 

 

「クッソ!あんなん打てるわけないっしょ!」

 

四回裏、神宮寺がフォアボールで出塁するも後続が三者連続三振。ときせーの反撃はあまりにも短く終わった。

 

「皆!まだチャンスはあるよ! 諦めないで!」

気の滅いるようにグラブをはめるみんなに対し小山は必死に声をかける。

そこへ、今までずっとベンチに座っていた大空監督が立ち上がり

「皆…。これ以上やるのは意味がない。棄権しよう。 こうなるまで粘ってしまったワシの責任だ」

そう言って監督は審判に告げに行った。

 

悔しい。悔しいけど確かにこれ以上は…。でも俺がしっかりしねぇと…。

「お、おい青葉何突っ立てんだよ。悔しいけど監督の言う事は間違っては… 」

 

グラブをはめてマウンドに向かおうとした青葉。

俺が声をかけた瞬間、青葉はグラウンドに倒れ込んでしまった。

「おい! 青葉! !」

「青葉くん!!しっかりして!! 」

必死に呼びかけるが応じない。

この暑さ、足が痛むなか投げ続け溜まった疲労が、棄権の一言により緊張の緒が切れ一気に青葉の体に襲いかかった。

 

青葉はすぐさま病院に運ばれた。軽い脱水症状も起こしていたそうだ。

俺たちは挨拶を済まし、一言も言葉を交わす事無くロッカールームへ。

 

「クソが!!」

ベンチを思い切り蹴飛ばす神宮寺。

 

「負けちゃったでやんすね…」

試合前のロッカールームとは何もかも違っていた。

 

「青葉っち大丈夫かよ…」

試合は16対0。棄権していなかったらもっと悲惨なスコアになっていただろう。

「なんでワイら試合前あんなはしゃいでたんやろNA」

 

「しょうがねぇよ。 次絶対リベンジしようぜ!」

俺は皆を励まそうと部屋全体に響き渡る様に伝えたが誰も俺の言葉には応じなかった。

 

 

「わりぃ。俺帰るわ」

「俺も」

右京と左京がそう言ってバックを手に取りロッカールームを後にする。

 

「俺もバイト行ってき…」

続いて茶来も

 

「お、おい! まだ監督は解散っつってねーだろ!! ミーティングして次頑張ろうぜ!」

 

「悪ぃな春。今はそういう気分じゃねーんだわ」

 

「どうせオイラ達は虫けらでやんす。アリンコが束になったところでライオンには噛み付く事もできないでやんす」

 

「ええやないKA。今日は休ませてもらうDE」

皆ロッカールームから出ていってしまった。

 

「春くん…。きっと皆だって悔しいんだよ。だから無理はないと思うよ」

小山が心配そうに俺に言葉をかける。

 

「…そうだな」

 

 

 

~夜~

あれから監督の指示で現地解散。

ミヨちゃんと監督は青葉くんの元へ。私は一度学校へ戻った。

部室へ向かうと中、マウンドの上でいつになく澄んだ星空を眺めている春くんが。

「春くん…」

「なんだ…。こんな遅くに」

元気に振る舞おうとしてる…。でもそれを装うのすら辛そう。辛い。貴方のそんな顔、私は見たくない。

「春くん…。私、実は聞いちゃったの。監督と春くんの話皆のやる気だけは失わせないようにしたかったんだよね」

「聞いてたのか…見ての通り最悪の展開だ。俺は阻止出来なかった。それに蛇島のことだって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ春くん。今日はいい試合だったね。」

俺達がロッカールームを出ると廊下の壁に寄り掛かって腕を組む蛇島の姿が目に入る。にこやかに問い掛ける蛇島に対して小山は一歩前に出て

「蛇島くん…。あの青葉くんとのクロスプレイ…。わざとだよね? 」

小山は真剣な眼差しで蛇島を見つめる。

蛇島はフッと笑い

「負けたからと言って変な言いがかりはやめて欲しいですねぇ」

 

 

「なぁ、俺はお前にあやまり足り無かったようだな。本当に申し訳ない。」

蛇島に向かって深く頭を下げる。

それ以外、どうしたら良いのかわからない。

 

 

小山は驚いた様子であったが止めはし無かった。

 

 

「謝る? ふざけるな。 今更そうしたところで俺はお前を許さない」

蛇島は思いっ切り壁を叩く。

 

 

「ちょっと、春くん…。どういう…?」

 

 

「なんだ知らなかったのか。彼が猪狩守の造りあげられたライバルだということは知っているだろう? その後彼が部活を辞めるまで、全国大会決勝まで彼はショートでフル出場した。」

「それとどういう関係があるっていうの?」

「僕は1年から帝王中のレギュラーだった。ポジションはショート。 つまりだ。こんな万年補欠の下手くそによって僕は試合に出れなかった。」

蛇島はその年の全国大会に賭けていた。

大会前西強高校からスカウトが来ていた。

その大会で結果を残せば推薦枠で蛇島を取る、と言う話が個人的に持ちかけられていた。

「彼のお陰で僕の推薦の話はなくなったよ。 監督は世間の声を気にする人でねぇ。 彼が辞めた後も僕はアピールする場など殆ど与えられなかった」

 

 

「でも青葉くんは関係ないじゃない!それにこうして帝王でレギュラー取れてるんだし…」

そう言い返すと蛇島は小山を睨みつける。小山は怯えた表情をするが一歩も引かない。グラウンドで卑劣なことをする蛇島が許せないのだ。

 

 

「はは、今年あかつきに各ポジションで世代を代表する人間が何人も入った時点で帝王が甲子園なんて行けるわけ無いだろう。それに気に入らないんだよ。僕の進路を潰し、チームをバラバラにした人間が目の前でのうのうと野球をやっている事がな!!」

「まぁ、あんな素人に毛が生えた程度の不良共引き連れて甲子園など軽々しく口にしない事だ。君らのチームメイトもこの試合で理解したであろう。自分らがどんなに無謀かをな…」

 

 

「俺さぁ…。本気で甲子園目指してたんだ。でも、今日、たった4イニングの試合で今までのすべてが壊れちまった。いや壊しちまったのかもな」

正直練習量では何処よりも劣っているだろう。

だけど、本気でやった。皆くだらねぇ毎日から抜け出せて嬉しかった。知らないうちに心の底から野球を楽しめるようになってた。だからバカみてぇに練習した。本気で勝つ気持ちでいた。

それが今日の試合で完膚なきまでに打ちのめされ、自分たちの力のなさを露呈。

例え強い意志を持っていたとしても越えられない壁はある。その壁は容赦なく弱者の意思を崩す。皆そう感じていた。

かくいう俺も、危惧すべきこと、今後深く傷を負わないためにすべき事。全て分かっていたのに、、スタンドの罵声に圧倒され、呑まれ、不安を吐露し始めたチームメイトに何もできず、勝機を焦りスクイズ失敗。悪い流れを助長するエラー。試合の流れも変えることは出来なかった。

俺のせいで青葉まで傷付けてしまった。猪狩からホームランなんて打たなきゃ良かったのにと今までの感情が蘇る。

 

 

「俺、野球好きなんだ…。でも、上手い奴らには叶わないから。 メンタルだってこの通り。 皆に合わせる顔がない」

 

 

「私が思うにはね…。春くんはキャプテンだからって背負い過ぎなんだと思うよ。自分の分も、人の分も。余計な分まで」

「偉そうかもしれないけど…。春くんは自分が楽する道は選ばないんだよね。チームへの思いやりが強いんだよ」

俺のせいでこうなったって極端に思い込み、偽善する。やがてその想いが強くなり自身の破滅へと繋がってしまう。

 

 

 

「春くんが背負ってる荷物、私にも分けてよ。私だって皆のやる気を保てなかった責任はあるんだよ?」

負担を全部投げつけられてもいい。それが嫌なら少しだけ、少しだけでも良いから春くんにまとわりつくモノを私に任せて。

貴方はそんなに重たい荷物を背負う必要はないんだよ。

 

 

 

「それに、前にいったよね、役に立つかどうかなんて皆は気にしないって。 春くんのミスで皆怒ってるわけじゃないんだよ。それにあんなに頑張ってる春くんの事悪く言う人なんてうちのチームに居ると思う?」

 

 

 

春くんは地面に膝をつき堪えていた涙が溢れ出した。

 

 

「ずっと辛かったんだ!! 帝王との試合も、皆が帰っちまった瞬間も!! グラウンドに立っているのがずっと怖かった…!!」

 

 

 

「泣いたって良いんだよ。不安を打ち明けたって良いんだよ。」

辛いからって強がっちゃだめ。男の子だからって泣いてもカッコ悪くなんかない。一人で我慢してる方がよっぽどカッコ悪いもん。

「青葉くんだって春くんのそんな顔見たら怒るとおもうよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「春くんは私たちの大事なチームメイトなんだから」

膝をつき泣き崩れる春にハンカチを差し出しニコッと笑った。

 

 

 



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第12話 不良達の決意

「501…! 502…!」

あの敗戦から1週間。

結局皆はグラウンドに顔を出すことはなかった。

学校にも来ていないみたいだ。

下手に刺激してもしょうがないし、あいつら自身が乗り越えなきゃいけない事なんだ。

 

「あ、やべ、学校行かねぇと」

朝早くから河川敷での素振りを済ませ、急いで学校へ向かう。

あの日から始めた俺の日課だ。

俺に足りないものは沢山ある。まずあの山口の真っすぐだけでも捉えられるようにならないとな…。

 

「お、春じゃねぇか」

既に1時限目が始まっているにもかかわらず校門前で短ランにお気に入りの赤いロンTを着た青葉に出会った。

「おう、調子はどうだ?」

あの後青葉からメールがあった。

骨に異常はなく全治2週間程で済んだそうだ。

本当に良かった。

 

「さっき病院行ってきたんだ。軽い練習の許可が出た」

俺と蛇島の確執のせいでこうなったのは事実。

青葉には深く頭を下げた。 しかし「気にすんな」の一言のみ。その表情は「帝王に借りは返そうぜ」と煮え滾っているように見えた。

 

「なぁ…あいつらの事なんだけどよ。まさか辞めたりしないよな」

下駄箱で踵を潰した上履きに履き替え共に階段を登る

 

「心配すんな、あいつらそんなタマじゃねぇよ」

そう言い残して互いの教室へ。

矢部くんは…今日も休みか。

今日は青葉がまだ本調子ではないので帝王対灰凶の準決勝を見に行く予定だ。

放課後俺たちはロードワークがてら走って球場へ。

「はぁはぁ…もう始まってんじゃねぇか」

「まさか道に迷うとはな…」

「ミヨちゃん地図持ってくるべきでしたー」

そんな会話をしながら球場へ入ると

「え…!?」

小山がポツリと呟いた。

青葉がどうした?と聞き返すと黙ってバックスクリーン、電光掲示板を指さす。

そこには驚きの数字が。

試合は7回表、帝王の攻撃。

スコアはなんと3-8。

帝王のビハインドだ。

「嘘だろ…?」

「あれー? 山口くんが投げてないよー?」

「友沢…? 前の試合で完封してるしまさか連投な訳…」

観客席に座るのも忘れ只々電光掲示板を見つめる。何度も。見間違いではなかった。

「おーい!春くん!!」

俺たちのすぐ近くには聖タチバナの桐谷翔、橘みずき、六道聖が観戦していた。

「おい! こりゃどういう事だ!」

いくら灰凶が最近勢いに乗ってるっつってもそんなもんで崩れる帝王じゃねぇ。

「いや、4回までは帝王が勝ってたんだ…。でも山口くん、急にストライクが入らなくなって、右肩抑えて降板しちゃったんだ」

まさか…あの山口が…。

「それで控え1年生の久遠(くおん)ヒカルが投げたんだが、打ち込まれてしまった」

「あの投手、シニアではかなり凄かったのに極度のあがり症なのよねー。練習と公式戦ではもう別人。まぁ友沢が投げてからは1点も入ってないわよ」

成程…。友沢が3番手ってことか

「てゆーか雅! メアド交換しよっ!」

「え!? なんで私の事…」

「イーじゃん細かいことはぁ。 あたし達野球をする女の子!友情は成立済みよ!」

「では私もお願いする。あまり返信は速くないが…。」

「…うんっ!」

小山…嬉しそうだな。女の子一人じゃ心細いだろうしこういう友達がいるってデカいしな。

「青葉くんは交換しないよねー?」

「ケータイ持ってきてねぇよ」

ミヨちゃん顔が怖ぇ!

「にしても帝王打線を3点に抑えてる。灰凶の投手は誰だ?」

青葉が問いかける。

「えーと、鳴沢怜斗(なるさわれいと)。 この人も途中からマウンドに上がったんだけどそこから帝王打線も沈黙…」

「鳴沢だと…」

 

 

 

 

 

「ケッ、なーにが帝王だよ。カス共の集まりだろうがよ」

マウンドで唾を吐き打席の蛇島に目をやる。

「おめーら前から気に入んなかったんだよなぁ。エリート面しやがってよ」

 

(なんだこの鳴沢という男は…こんな奴見た事がない…。しかしこの実力。あの猪狩守にも遜色ない程…。)

 

「オラいくぞ」

鳴沢はニヤリと頬を吊り上げ腕を頭上に、足を軽く上げ投じる。 オーバーでもサイドでもない、スリークウォーターだ。

投じたボールは右打者の蛇島の内角を抉るシュート。

蛇島は肩が開いてしまいバットが空を切る。

「ヒャハハ、んだよそりゃ!! オメーセンスねぇよ!!」

マウンド上でロージンバッグを手に取り高笑いする。

「さーて、次は何投げよっかなぁ。ど真ん中に投げてやろうか?」

 

(クソっ、どの球に狙いを絞れば…)

右打者の内ぶところを突くシュートから外角低めへ落ちるカーブ。

なんとかバットに当てるもボテボテのセカンドゴロ。

この男がマウンドに上がってからというもの、明らかに常勝、帝王打線が翻弄されている。

(何故これ程の男が今まで話題になってないんだ…!!)

蛇島はそう思った。彼だけじゃない。帝王ナインが、観客の誰もがそう思った。

しかし青葉だけがこの謎の男を知っていた。

「鳴沢怜斗。1年だ。 」

青葉が静かに口を開き始めた。

「でもなんでそんな凄いのに話題になってないのー?」

「あいつは血の気が多くてな。あんまり態度が良くねぇんだ。試合中に暴力事件起こしたりな」

「はぁ? 頭おかしいんじゃないのそいつ」

橘が試合を見ながら口ずさむ。

「あいつは気まぐれな奴だ。チームの勝ちなど考えていない。だが野球の腕は確かだ。」

兎に角素行が悪い彼は野球の実力に反して知名度は低い。 シニア時代からエースであったにも関わらず試合に姿を現さないことも多々あった。だがごく稀に球場に現れては圧倒的な実力を発揮する。

「あの体じゃ速い球投げれそうだね…」

「違う…。あいつの凄さはそこじゃねぇ」

小山の言葉を否定した青葉。

あんなでけぇ体して速球投手じゃねぇのか…?

 

 

 

鳴沢は友沢を歩かせツーアウト一塁となり四番大門を迎える。

「怜斗! 何をしている」

チームメイトのゴウが声をかける。

鳴沢は耳障りだという様に髪を弄る。

「バーカ、友沢より次の主砲抑えた方が盛り上がんだろ?」

それでも彼がエースでいる確固たる理由があった。

それは…。

「ストライーク! バッターアウト!」

「あっーと! 大門変化球を意識しすぎたか!?

鳴沢の変幻自在の投球術に手も足も出ません!一塁残塁!」

左打者には胸元を抉るスライダーと外角へ落とすシンカーでゴロを量産する。

恵まれた体格に幾重にも編み込んだ金色の髪の毛などの外見や荒い気性とは裏腹に彼の投球とは七色の変化球とそれを内外角高低にビシッと決める抜群の制球力。

自身の実力の過信やチームへの貢献より自分への利益を考えるプレースタイル。

問題は山積みだがこの試合で彼の評価は一転した。

 

試合は最終回、マウンドを降りた鳴沢から哀樹が帝王の猛追にあうもなんとか逃げ切り5-8で灰凶高校が決勝進出を決めた。

 

 

 

「帝王の奴ら悔しいだろうな…」

試合が終わり、俺達は翔達と別れ、鳴沢のピッチングを回顧しながら球場のそばを歩いていた。

まさかあの帝王が敗れるなんて…。少なくとも友沢がもっと早く投げてたら結果は変わってたかもしれないが…。

「? 青葉くんどうかしたの?」

「…お前ら先に帰ってくれ」

突然立ち止まりそう告げた青葉。

「どうした? まだ足が痛むのか?」

「そうじゃねぇけど、後から追いつくからよ」

「そうか…。わかった!」

俺達はロードワークがてら学校へ向かった。

 

 

 

「久しぶりだな。鳴沢」

1人球場に残った青葉の前には試合を終えたばかりの鳴沢が後ろポケットに手を入れて立っていた。

「なんだ青葉。俺を倒して灰凶占めに来たのか?」

「んなわけねぇだろ」

「冗談だっての! お固いねぇ」

「…お前がまさか試合に出てるとはな」

 

「なんか野球部2つあってよ? 試合で勝った方が予選出られるつー話で俺達負けたんだけどよ。まぁそのまま東野球部にスカウトされて今に至るって訳」

 

 

 

 

「クソがっ!!」

一ヶ月ほど前。

灰凶高校の野球グラウンド。

グラブを思いっきり地面に叩きつける鳴沢。

 

灰凶は野球部が東西に分離、対立している。戦力的には東が圧倒的だが。

大会前には定期戦と称される、甲子園大会予選の出場権を賭けた試合を行う。

「伶斗! まだ終わってない!」

女房役の黒木孝介(くろきこうすけ)がなんとか励まそうと声をかける。

しかし鳴沢には音としては届いているが言葉としては伝わってはいない。

勝負はもうついてた。

 

「俺達が予選に出んだ…。邪魔すんなコラァ!!!」

鳴沢は決して諦めていなかった。彼自身、中学時代同じ投手の青葉や友沢、猪狩ばかり注目されていることに悔しさを覚え、高校に入ってからは本気で練習に取り組んでいた。

「くっ!」

「よっしゃ! サード!」

少しの苛立ちから制球を乱していたものの七色の変化球で打者を幻惑する。決して調子は悪くなかった。

 

「あっ…」

「!」

しかし相次ぐ味方のエラーに稚拙な連携プレー。

打線の援護もなく完全に孤軍奮闘であった。

 

 

「…思い知ったか。 これで夏の予選出場権は我が東野球部が貰う」

奮闘虚しくキャプテン、ゴウ率いる東野球部四天王の前に成す術もなく敗れてしまった。

 

「ところで鳴沢。お前、我が野球部に来ないか?」

「ちょっと、お前何言ってんだ?」

ゴウの勧誘の言葉に素早く反応した孝介。

 

「なに、あくまでこれはオファーだ。承諾するも破棄するもお前次第だ、鳴沢」

 

「ハァ…テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ…」

 

「もう嫌だろう? ゴロ一つ処理出来ない守備に1点の援護もくれない打線は」

 

「テメェ…。こいつらのこと悪く言う奴は俺がぶっ飛ばす!!」

ゴウの襟を掴む鳴沢。

 

「お前もわかっているだろう? こんなチームじゃ大会にすら出られん。お前の目指している猪狩守程の評価も、超えることも! 西にいては一生猪狩に追いつく事など出来んのだ!!」

 

「!」

鳴沢の核心をついた。彼は過去の傍若無人な行為を反省し、本気で甲子園を目指していた。猪狩守、青葉春人、友沢亮、同世代の投手に勝つために。その為必要なもの、過去の自分の過ちを受け入れてくれた仲間か、勝てる実力を持ったチームか、その二つを天秤に掛けていた。

 

「おい、伶斗、こんなやつの言うこと聞くんじゃねぇよ。 今日ミスしたやつだって反省してるし、こっから練習すりゃあ…」

優しく声をかける孝介を鳴沢はドンッと胸を押した。

 

「俺は東へ行く。ゴウ、そのオファー引き受けた」

(俺は…勝ちてぇ。 こいつらだって真面目にやってるのは解る。でも…)

 

「ほう、賢明な判断だ」

ゴウは頬をニヤリと釣り上げた。

「なんでだよ…。お前がいなきゃ…」

正直、伶斗が抜けたら絶望的だ。投打の要を失う事になる。西野球部が日の目を見る日は遠くなるに違いない。

孝介は鳴沢の腕をグイと掴み必死に説得しようとした。

 

「離せ!! こんな素人紛いなクソ共と球遊びすんのはうんざりなんだよ!!!」

(すまねぇ。。 俺は…。どうしても勝ちてぇんだ)

孝介を振り払いきつい捨て台詞と、絶望を西野球部に残しゴウとともにグラウンドを後にした。

 

 

 

 

「お前…東に移ったって。元にいた西野球部はどうしたんだよ」

 

「ああん? 知るかよあんな野球部。俺が投げてやったのにゴロ一つ捕りやしねぇんだからな。東に来て正解だ」

「兎に角青葉。テメェも勝ちてぇならあんなカス共なんてさっさと見切りつけて転校でもしな。」

 

「聞き捨てならないな、あいつらはお前が思っている程度の男じゃねぇ」

 

「ハッハッハ!!いいか青葉? お前みたいに仲間だのチームのためだの言ってる奴が俺は一番嫌

いなんだよ!!!」

「そんな仲良し野球なんかやってっから帝王打線も抑えられねぇんじゃねぇのか? 昔、俺に勝った時の球とはまるで違ぇよ!」

興奮気味に話す鳴沢に対して毅然として冷静な青葉。だが、その時拳を静かに、そして強く握り締めていた。

 

「ま、今度はてめぇには負けねぇからよ。せいぜい頑張りな。お前と俺、どっちが正しかったか思い知らせてやっからよ」

そう言って鳴沢は去っていった。

悔しいのだろう。アクシデントがあったものの帝王打線に捕まり大量失点。以前、中学時代は完全に抑えていた相手にも打ち込まれた。でも青葉はそれを自分が悪いと自覚している。自分が野球から離れていたからと。 その思いが彼の飛躍に繋がる筈だ。

 

~その頃~

 

「あー。くだらね。 なんであんなバカ見てぇに野球やってたんだろな?」

河原で腰をおろして夕日を眺めている。

 

「おい、左京、もうその話すんじゃねぇよ」

神宮寺たちだ。

 

「ま、どーせ俺達この程度だったって事だよな。 別に不良でも構わねぇしよ」

右京が口にした。返答はない。皆自分の無力さ、努力の儚さの奥に、一筋の悔しさを感じていた。

しかし、上手く口にできない。何をすべきかもわからない。またひょっこり部活に戻ったとしても、結局弱いものは淘汰される、この間の試合での経験が強く、負の方向に根付いていた。

 

「あれ? 鬼力くんはどうしたでやんすか?」

 

「あいつ部に戻るらしいDE」

 

「へ?それマジっすか?」

なんだかんだ言って皆一日中野球のことばっかり話していた。 生まれて初めての挫折。何が最善で何が禁忌なのかわからずにいた。

 

「クッ! なんで僕があんな不良投手に…!」

そこへ大きな荷物を持って何かを口づさみ、歩いてくるユニフォーム姿の男が。

 

「あれは…蛇島くんでやんす」

 

「おや? ときめき青春の皆さんじゃないですか? 今日は休みですか?」

矢部たちの存在に気づくとすかさず笑顔を見せる。

 

「アンタには関係ないでやんす!!」

 

「おやおや、嫌われてしまったものですねぇ。もっぱらどう思われようと構いませんが」

 

何気なくスマートフォンを弄っていた茶来があるものを目にする。

「ちょ、帝王今日負けたんじゃん! マジかよ!?」

 

「そうだったでやんすか、通りで元気がないでやんすね!」

矢部は嘲笑するように言った。

 

「…貴様らにはわからんだろう。強豪、常勝の中で、結果という物がどれ程重要か。 」

蛇島の表情が徐々に強ばってゆく。今日の敗戦が相当響いているのだろう。

 

「知るかよンなもん。 俺達にはカンケーねぇよ」

河原の草を引きながら神宮寺が言う。

 

「クックックッ、そうだろうな。あんなチームで甲子園だとほざいて仲良し野球をやっていれば結果という重圧など皆無だろうな」

「あ?」

「テメェ誰に向かって言ってんだコラ」

右京と左京が反応した。もともと短気ではあるがカチンと頭にきたのだろう。

 

「何一つ間違った事は言っていないだろう? 足だけは早い外野。 力だけはある捕手に当てるだけは上手い一塁手。守備難の三塁手、特に取り柄のない二遊間、それと女もいたなぁ。 そんなチームで甲子園だなんだと軽々と口にできるとは、甲子園も随分安価に見られたものだ。今も練習をせずうつつを抜かしているしな」

 

「ぐぬぬ、さっきから尽くバカにされてるでやんす…」

「聞き捨てならないっしょ!!」

「なんやワレ。痛い目あいたいんKA?」

立ち上がり蛇島を睨みつける。

蛇島は満更でも無さそうにニヤリと頬を釣り上げる。

 

「おい、ヘビ野郎」

そんな一発触発のムードの中、神宮寺が静かに立ち上がり一息吐いて…

 

「俺達ときせー野球部はテメェみてぇな陰湿野郎にはぜってぇ負けねぇ!! 覚悟しとけよコラ!!」

神宮寺の放った言葉に誰もが驚いた。蛇島も、そして皆も。

 

「ほう…。思ったよりも打たれ強いじゃないか。 楽しみにしているよ」

生意気な、そう思う反面、どこか片隅に期待を抱き蛇島は去って行った。

 

「おい、お前、何勝手なこと言ってんだよ!」

「お前もう野球はやらねぇって言ってただろうがよ!」

 

「悔しいから」

ただ、ただただ悔しいから。それだけだった。

なんの作為もない、あるとすれば野球部に入ってからの充実感が恋しくなった、

 

「それだけなの!?」

「でもそう簡単には行かないでやんすよ…」

「せやNA」

 

「だからやるんだろうよ!! 俺は名誉や称賛が欲しいんじゃねぇ!! ただもう一回あいつらと野球やりてぇんだよ!!!」

 

神宮寺の言葉に皆やれやれといったような表情と笑みを浮かべた。

 

「ったく! しゃーないなぁ。 光っちの我が儘、俺付き合っちゃう!!」

茶来が

「どうせ暇やしNA」

稲田が

「あーオイラの快適な放課後ライフが~」

矢部くんが

「どーせマニアショップ通いだろ?」

右京が

「間違いねぇな」

左京が、そしてここにはいない部員と、

 

 

 

全員の意志がひとつになった。

「笑われたって構わないでやんす!」

「モチ! これでモテれば一石二鳥!」

「ワイはまず守備をどーにかせんとアカンNA」

「俺達は出塁率だ!」

「おう! 何がなんでも塁に出るぜ!」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと青葉くん遅いよ~。駅前のハムサンドでも買い食いしたんじゃ無いでしょうね~?」

日が落ちかけている頃グラウンドに戻った青葉。

ミヨちゃんはなかなか帰ってこない青葉を心配し過ぎてやばかったんだけどな。

 

「んなわけねぇだろ、つーかなんでハム好きなの知ってんだよ」

 

「えへへ~、春くんから聞いたの~」

やべっ、これ後で青葉に怒られる…。

 

「おい!」

なんだ? こんな時間に…。

 

「俺達も混ぜろや!」

「サボってた分、一日でぶっちぎってやんよ!」

「ま、右京くんと左京くんはともかくオイラはなくてはならない存在でやんす! 忙しいけど野球部に戻るでやんす!!」

 

「んだとこのメガネが!!」

「テメェ今から競争だ!! 」

「望むところでやんす!!」

 

矢部くん…。右京…。左京…。

 

「春。守備教えてくれYA」

 

稲田…。

 

「あ、鬼力くん! って、どうしたのその血豆!」

「コイツ、俺が帰り際に見つけたんだが、訛った感覚のまま戻りたくないからってバッティングセンター行ってやがったんだ」

珍しく青葉も笑みを見せた。鬼力は照れくさそうに血の滲んだグリップのバットを握っている。

 

「悪かったな春…。 キャプテンに負担をかけちまって。これからは死んでも野球、やり抜くからよ 」

 

神宮寺…。

 

 

 

 

挫折だったのか? そんなの気の持ちようかもしれない。失敗した、もうダメだ、上には上が。

そんな気概をなくしてみた不良達。

完全には消えてないだろう。

でも、完璧に前を向いて再び歩き出す事が出来た。

 

 

 

 

 



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第13話 誓い

「稲田は反応が良すぎるんだ。早い打球でも突っ込める。そのせいで窮屈なバウンドで捕球せざるを得なくなってるんだ」

 

「でも待ってたら間に合わんDE」

 

「それはもちろん。ただ早く送球しようと考えすぎて捕球が疎かになってる。それで捕れなかったら本末転倒だよ」

 

「何かムズイNA」

 

「慣れだよ。それに少し横から回り込んで軌道を見てからだって稲田は地肩やスローイングはいいんだから充分だよ」

皆は戻ってきた。

もう二度と諦めないと誓って。

別に後悔は悪いことじゃない。

固執するから悪いんだ。

反省は絶対に必要だかそればっかりに縛られて何も見い出せないから後悔はいけないという観念が生まれる。

俺だってそうだ。" あのホームランさえ打っていなければ"とずっと思っていた。

まぐれで実力もないのにマスコミに持ち上げられた。

どんなに頑張っても創られた評判以上の結果は出せなかった。

思い悩むと 慢心して練習も努力もしないと思われ同世代の人間、チームメイトにすら疎ましく思われた。

そして、逃げ出した。

でも今なら、このチームなら、こんな闇ですら糧に出来ると思うんだ。

 

 

 

「何キロだ?」

「す、すごーい! 143キロだよ~!Max更新だね~!」

「青葉っちやばくねー? 140出んのここらじゃ猪狩と友沢くらいっしょ!俺も毎朝走って学校いこーかなー?」

バケモンみたいなスライダーもコンスタントに130台は出てるしやっぱり青葉は猪狩や友沢と遜色ない投手。

 

「なぁ矢部」

「なんでやんすか右京くん」

「俺達って足の早さ活かせてなくねぇか?」

「つーかデカイなヒット狙わなくても塁には出れるんじゃねぇか?」

「それだ、左京! フォアボールやバントだってあんじゃねぇか!転がしゃなんとかなるぜ!」

「あったまいいー!でやんす!!」

「ま、オイラのような俊足功打の一番打者ならともかく三森君達は守備に専念していいんじゃないでやんすか?ププ」

「んだとコラァ!!」

「今に見てろよこのメガネ!! てめぇなんか1日でブッちぎってやんよ!」

 

 

「えいっ!!」

打撃マシンから放たれた140キロの直球を快音残してセンター前へ運ぶ。

「小山もストレートに力負けしなくなったじゃねーか! 感覚掴めそうなら俺様の分も打ってていいぜ!」

「そ、そんなことないよ。神宮寺くんのバッティング参考にしたいから遠慮するよ」

皆練習に励んでいる。

その成長スピードは恐ろしいくらいだ。

後は俺か。流石にキャプテンがこのままだったら締まらねぇしな!

 

 

 

「ふいー、みんなお疲れでやんす。帰りミゾットスポーツに寄ろうでやんす! スパイクの紐が切れたでやんす!」

「おっいいじゃねぇか!」

「とりまパワスポでも見っか!」

 

練習が終わりたわいも無い話をしながら部室に入るや否やテレビをつける

 

『天才、猪狩守投手、連投も灰凶高校を寄せ付けず!! 大会奪三振、連続無失点記録を大幅に更新!!』

いつもはレ・リーグの試合結果や注目選手の特集などが放送時間の殆どを占める。

だか、この日は違った。

『いや~、猪狩君は今大会四試合に登板ながらひとつの失点も許しませんでしたねぇ。』

 

俺たちがひっそりとトーナメントから姿を消したうちに、メディアは猪狩守という逸材を以前より大きく取り上げ始めた。

 

『猪狩君はどの変化球も一級品ですから打者に的を絞らせないですね。その変化球があるからこそ自慢のストレートがより一層威力を増しますね。 甲子園での活躍に注目ですね~』

解説で元パワフルズの古葉さんも太鼓判を押している。

パワフルが負けようが帝王が食われようがこの猪狩守がいる限り、大会の熱気は決してどこかへ昇華していくことはなかった。

 

「この鳴沢って奴も七回まではよく耐えたんだけどな」

「なんだかキャッチャーと合わないみたい。何度もサインに首振ってたし…嫌々ストレートを投げてたのかな…」

鳴沢は7回4失点と奮闘した。

しかし一本のヒットを皮切りに足で崩されそのまま降板した。

 

「良く考えたらオイラ達こんなバケモノ高校と同じ地区でやんす…」

レギュラーの大半が1年生。

昨年甲子園ベスト4のメンバーから奪い取ったのだ。

「猪狩くんだけじゃないんだよね。打線だって隙が無いよ」

セオリー通りというか、各打者がその打順、場面毎に役割を全うし信じられないくらい噛み合う。

小さな歯車が互いに力を貸し合い

猪狩守を動かしているように。

 

「あれ?青葉っちは?」

「まだ残って練習するってよ」

「怪我が完治してから物凄い練習量でやんす…」

「気持ちはわかるけどYO~。あれじゃパンクするっSHO!」

「俺様子見てくるわ」

「春くんはミゾットスポーツ行かないでやんすか? 今なら神宮寺くんが福家花男モデルのグラブ奢ってくれるでやんすよ?」

「言ってねぇよ!?」

「青葉が心配だし今日はパスするよ!てかおれショートだし…」

「そうでやんすか。じゃお先でやんすー!」

「おう! 気をつけてなー」

さて…青葉の様子を見に行くか…。

 

 

 

「クソっ! まだだ!!」

グラウンドの隅のブルペンでひたすら投げ込みをする青葉。

 

「青葉! ちょっとやりすぎじゃないか? 鬼力だってずっと受けてるし」

そう言って歩み寄るとピタリと投げ込みをやめた。

「なぁ春。俺のスライダーどう思う?正直に言ってくれ」

珍しいな。青葉が自分の事を聞いてくるなんて。

 

「…俺が言うのも生意気かもしれないが正直昔のお前の方が凄かったな。映像で見たがバットに当たる気がしない」

中学時代の青葉の球はえげつなかった。

ストレートと変わらない球速で打者の手元のここってとこで曲がり打者の視界から消える。

今の青葉の球は球速こそ出ているが引っかかっているというか、曲がり始めが早い。

練習メニューの一環として青葉との全力勝負を行ったことがあった。

三振の山をバタバタ築いていったが俺や小山、茶来にはスライダーを見切られ粘った末のヒットが目立った。

 

「…やはりそうか」

「ああ。気を落とす程じゃないが二巡目三巡目には通用するかはわからない」

「なら話は早ぇ。春。鬼力。俺の特訓に付き合ってくれ」

「どんな特訓だ?」

「簡単だ。 練習後俺と真剣勝負して欲しい。 俺はお前みたいに選球眼のいい打者は苦手だからな」

確かに青葉は聖タチバナの翔のような長距離打者にはあまり打たれないが六道や原のような非力だがバットコントロールがウリの打者には打たれる傾向がある。

「お安い御用だ! だけどその分部活の練習中は球数は制限させてもらうからな!! いいよな鬼力?」

黙って頷く鬼力。

ウチのエースの輝きが増す。その為ならなんだってする。おれの打撃練習にもなるしな。

すぐさまグラウンドに散り特訓は始まった。

 

「行くぞ」

鋭い眼光でサインを見つめる。

なんだろうな。青葉は公式戦、練習問わずにマウンドに立つと雰囲気がガラリと変わるな。

闘志が溢れ出てるっつーか、まぁそれが青葉の良いところなんだけどな。

 

しなやかな腕の振りから放たれる快速球。

打者のタイミングを外す大きなカーブ。

そしてスライダー。

さて…どの球でくるかな…

「うおっ!!」

一球目はスライダー。確かに変化量はえげつない。

んー。ぱっと見ただけじゃ問題点がわからねぇな。

でもなんとなくストレートとスライダーの見分けがつくんだよなぁ。

青葉の投球はスライダーこそが生命線。

他の投手にはなかなかできない【スライダーとストレート、ストレートとスライダーとを錯覚させる】ことが青葉には出来る筈だ。

青葉もそれがわかっているからこんなに練習するんだろうけど。

とにかく俺も負けてらんねぇ!!

 

 

 

 

 

~翌日~

「さーて今日もバリバリブチアゲてくぜ!!」

「ワイ、体締まってきたNA」

「一文無しでやんす…」

「ガンだーロボのくじやりたいからって野球道具買い込みはまずいっしょー!」

「当たったのはパワリンだけでやんす…。皆にお裾分けでやんす…」

部室で着替えを済ませ今日もグラウンドへ向かう。

しかしすげー量だな。一体いくら使ったんだよ…。

 

そうだおれの考え。 皆に伝えないと。

「よーし! 集合!!」

全員が集まる。

はやく練習しよーぜーとか聞こえてきてちょっとグダグダだけど…

「あくまで俺の考えだけど…秋季大会は辞退しようと思う」

夏季大会が終わった頃から考えていた。

ウチのピッチャーは青葉1人。

秋季大会は夏より試合数が多く連投が予想される。

確かに試合をこなし経験を積める絶好のチャンスかもしれない。

青葉にとってはこの秋から冬にかけて酷使して怪我でもしたら大変だ。

例え調子が悪かろうが一人で投げ抜いてもらうしかない。

それに俺たちは全員一年。体を鍛える期間として夏に磐石の体制を整えよう、と言う考えだ。

それに新入生、しかも投手が入ればラッキーだ。

入る可能性は少ないだろうが、賭けるしかない。

勿論練習試合はたくさん組むつもりだ。 翔から早くやろう!ってメールも来てるし。

ただ、小山には申し訳ない。

折角試合に出れるかも知れないのに…。

「皆はどう思う?」

問いかける。皆反対すると思ったが答えはすぐ帰ってきた。

「俺様は構わねーぜ!!」

 

「今のうちに力を蓄えて帝王もあかつきもギャフンと言わせてやるでやんす!」

「実際ギャフンって言う奴見た事ねぇけどな」

「だな」

「ムキー! 顔に似合わず細かいこと気にするなでやんす!」

「「誰が双子だコラァ!!」」

 

「んなこと言ってないDE」

「いつもの事だしほっとけばいいっしょ~」

皆反対では無さそうだな。よかった。

 

「テメェとの勝負は夏休み終わってからだ!」

「上等だコラァ!首洗って待ってろ!!」

なんでいつの間にか兄弟喧嘩になってんだよ…。

 

「小山はこれでいいか?折角女子参加の機運があるのに申し訳ないけど…」

「うん! まずは基礎固めしないとね!」

彼女はニコッと笑いいつもより元気な返事をした。

本当は試合に出たくてしょうがない筈なのに…。

でも待っててくれ。来年こそは…。

 

「? 青葉くんどうかしたのー?」

「いや、なんでもない」

(時間は限られてる…。夏までには完成させねぇとな…。)

 

 

来年の夏での躍進を誓い練習に励むときせーナイン。

この期間必死に努力すれば結果はついてくるはずだ。

 

 







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第14話 少しの勇気

「今日はここまで!! 明日はグラウンドが使えないから休みな!」

 

「や、やっと休みがもらえるでやんすか…」

 

日中容赦なく照りつけていた太陽は徐々に沈んでゆく。

夏休みももうすぐ終わり。

皆本当に頑張ったな。

毎日何十km走った。

何千回とバット振って、何千本とノックを受けてきた。

 

夏休み特別メニューと称された練習。

最初は「拷問でやんす」とか「名前にセンスないっしょ~」とか聞こえてたけど。

脱落者はゼロ。

練習の終頃には皆疲れ果てて口数も減ってたな。

 

「あっち~。おい春、もうちょっと残ってやってこうぜ!!」

「ワイもまだ行けるDE~」

「「俺達も残るぜ!」」

「鬼調子いいって感じー?」

夏休み前、大抵居残り練習をするのは俺と青葉に鬼力、夜道に女の子一人は危険だからと言う理由で暗くなる前までの約束で小山の四人のみだった。

 

夏休みに入って地獄の特訓が始まり、そしてあかつき大付属が夏の甲子園を制した。これに触発されて他のメンバーにも自覚が出てきたのだろうか、今では毎日全員が居残り練習までこなす。ミヨちゃんも家の手伝いがあるのにギリギリまで皆をサポートしてくれる。

いい感じだ。各個人のスキルアップだけでなく意識にも作用してる。やっぱりこの夏休みは大収穫だ。

 

「春、今日もやるぞ。打席に立ってくれ」

そして青葉との特訓だ。

もう部内では周知の事実だが。

 

「わかった!今日は練習で多く投げたから三打席だけな!」

汗まみれのアンダーシャツを着替えてすぐさま打席に立つ。

勝負を始めて数分後。グラウンドに快音が響き渡る。

グラウンドにいた全員がボールに目をやる。

 

夕焼け雲に向かって打球は一直線。

「うお!! 春ってそんな飛ばすのかよ!?」

トスバッティングをしていた神宮寺が思わず口にした。

 

「ライト線のツーベーツってとこだな」

(頭がぶれなくなったな。それだけじゃない。どの球種でもグリップの位置が一定だ。 だからすんなりバットが出て内角も肘を畳んで前で捉える事が出来る。元々ミート技術はそこそこだったが…。)

 

「どうした青葉? 早く次やろうぜ!!」

 

(これに腰の回転で壁と溜めを作り軸を安定させること、そしてスイングスピード自体が良くなれば…)

 

「おもしれぇ」

青葉が笑った。

期待そして対抗心を込めて。

 

 

俺自身、青葉や鬼力にアドバイスを貰ったりして

打撃が良くなった気がする。相変わらず長打は宝くじ並みの確率だけど。

 

同じように青葉にもリリースポイントやフォーム修正など備なアドバイスをした。

走り込みやウェイトトレーニングの成果もありスタミナはかなりついたと思う。

これなら相手打者によって力配分が出来れば9イニング投げきることは出来るだろう。

スライダーも良くなっていると思うがまだ中学時代と比較すると劣っている。青葉も納得している様子はない。

 

難しいな…。

平行線のまんまだけどじっくり探していくしかない。

 

 

 

 

 

 

自主練を終え、俺たちはそれぞれ家路につく。

 

「明日休みかー」

なんだかんだ野球やってねぇと落ち着かないな。

昔の俺からは想像もできねぇや。

 

家に着いて風呂に入り飯も済ませベットの上で仰向けになる。

 

「青葉の球を完璧に捉える為にフォームを安定させないとな。あとは送球と守備の安定か」

肩力は先天的だと聞いたことはあるが俺にはそれがない。

でもそれをカバーするために出来ることはいくらでもある筈だ!

 

部屋で1人。いつの間にか野球のことばかり考えていた。 野球雑誌読んだり、グラブ磨いたり。

もう寝るかなと思ったその時スマートフォンが鳴る。小山からだ。

 

『夜遅くにごめんね? もし明日空いてるならちょっと付き合って欲しいんだけどいいかな?』

 

思わず麦茶を吹き出した。

でもそれどころじゃない。

 

「行きたいけど…。なんて返信しよう…」

ああじゃないこうじゃないと推敲に推敲を重ねた。

やばい、早めに返信しよう。

 

「暇だからいいよっと…」

ちょっと素っ気なすぎたかな?

 

少し経って返信が来た。

『よかった~。じゃあ10時にパワフル駅前集合ねっ♪』

 

服はどうしよう。

ラフなのしか持ってねぇぞ…。

フリーの時間なんてほとんどねぇし服なんてしばらく買ってなかったからな…。

 

「とにかく寝よう! 遅刻なんてしたら大変だ」

 

 

 

 

~翌日~

「あ、いたいた」

目覚まし時計を3個セットし無事時間通りに駅前へ。

ベンチに座っている小山を見つけた。

 

「あ、春くん!」

白を基調としたワンピースにデニムジャケット。

赤いウエストベルトがそれとなく主張している。

ワンピースの丈も長くなく短くなくいい感じだ。

 

「ごめん待った?」

「さっき着いたばっかりだよっ!」

そういや小山の私服みるの初めてだな。制服とユニフォーム姿しか見た事ないし…。

 

(うぅ、自分で選んだのに見られるのが恥ずかしい…)

「そ、その、変かな?この格好」

バッグを両手で握り締め上目遣いで問う。

恥ずかしくて直視出来ねぇ…。

 

「俺は好きかな! すごく似合ってるよ!」

あんまり派手じゃないけどやっぱり大人しい女の子って感じだ。

 

「そっか、よかったぁ…」

安心した時にふと見せた笑顔が眩しい。

 

「とりあえずその辺歩く?」

「うんっ!」

 

こんな感じでいつもとちょっと違う休日が始まった。

 

 

 

「あ、可愛い!」

ペットショップで展示されているに子猫に目がついたようだ。

普段から引っ込み思案だけど野球をやってる時は勝気で負けず嫌い。

 

 

「…どうかした春くん?」

「へ?あ、なんか普段とはまた違って可愛いなぁって」

「えっ、ちょっといきなりそんなこと言わないでよ…」

顔を赤らめ目線をあちらにやったりこちらにやったり。

つい口に出てしまった。

照れてるのか嫌がってるのかよくわからん。

とりあえずわかるのは自分が嘗て無い程緊張している事。なんだか情けない。

 

 

 

「あれ?春くん!そっちは小山さん?」

ケージの子猫に見とれていると通りの向こうから翔が大きく手を降りこちらへ向かってくる。

 

「おっ翔じゃん、今日は練習休み?」

「うん、今日は夏休み最後だから監督が休みくれたんだ」

「ところでどうしたの? 凄い荷物の量だけど…」

「あ、実は…」

翔が困り顔で事情を話そうとすると

 

「翔くん~♪ 次はあっち行くよっ!」

「げっ、みずきちゃん…」

なるほど…。何となく状況は呑み込めた。

橘の荷物持ちか。

 

「げって何よ…。 あ、雅じゃーん!!ってなに!? もしかしてデート!? 」

「ち、違うよ!! 私が買い物に付き合って貰ってるだけで…」

 

確かに違う。

そんな間柄じゃない。

そうじゃないんだけどなにもそんなに強く否定しなくても…

春の心にグサッと突き刺さる。

 

「ふ~ん。 にしてもお互い気の毒ねぇ。折角の休日にこんな男と買い物なんて」

 

「「こんな男で悪かったよ…」」

翔と肩を落としながら同時に口にした。なんとなく翔との友情が深まった気がする。

 

「んま、次戦った時は負けないんだから! 覚悟してなさい!ほら翔くん!荷物追加よ!」

「えぇー!まだあるの~」

「つべこべ言わない!!」

翔をズルズル引き摺って橘は去って行った。

無事を祈る。

 

 

俺達は特に目的もなくその辺をブラブラしたり、小山おすすめのケーキ屋に行ったり。

そんな楽しいひとときは驚くほど早く過ぎていった。

日もどんどん傾いて夕焼け空が広がる。

 

「だいぶ涼しくなってきたな」

「うん…」

「春くん! 私最後に行きたいところがあるの!」

 

 

 

 

「と言うわけで来たのが…」

「そう!海!ここからの夕陽がすっごく綺麗なんだよ!」

もう海水浴シーズンは終わってるし、この時間だから人気が全くない。

でもどうしても春くんとここに来たかったんだ。

 

「本当に綺麗だな…」

もうすぐお別れかぁ。

なんかあっという間だったなぁ。

 

 

「ごめんね…。折角の休日なのに連れ回しちゃって。疲れも溜まってるだろうし」

誰もいない浜辺。

二人寄り添い夕日を眺める。

 

「いや全然大丈夫だよ! むしろ疲れが吹っ飛んだくらいだし!!」

春くんはニコッと笑う。

本当に春くんは優しいなぁ。

練習中いつも先頭にたって皆への指示やアドバイスは怠らない。

鬼力くんに任せっきりだった他校データ分析にも協力してるし。

それでいて自分への妥協は絶対許さない。

そんな春くんを見ていて私は…。

 

「今日は欲しいもの見つからなかったの? 翔程には出来ないかもだけど幾らでも荷物持ちやるぜ!」

 

 

「…顔、見たかったんだ」

この言葉、これこそが今日春くんを誘った理由。

 

 

「それってどういう…?」

春くんが私を見る。

私は恥ずかしくて俯いちゃった。

 

 

今は言うべきじゃないかもしれない。

でも今なら言えるかもしれない。

わからないけど…

 

波の音が誰もいない砂浜で静かに響き渡る。

 

 

大丈夫。言えるっ!

私の想いを。

「あのっ、私っ!」

 

 

 

「早くするでやんす!! 他に連絡ついた皆はもう着いてるでやんす!」

「ワリィ! バイト長引いちゃって!」

「あれは…春くんに雅ちゃんでやんす!」

「もしかしてあの二人デキちゃってる系??」

「丁度いいでやんす! 二人も誘うでやんす! 」

「ちょい矢部っち! 邪魔しちゃやばめっしょ!!」

 

「あ…茶来じゃん! 皆してどこ行くの?」

「やっべ。気付かれちゃった感じ?」

「今からパワフルズの試合を観にいくでやんす! さっき商店街で団体席チケットもらったでやんす! 皆への労いでやんす!」

チケットを握り締め翳す矢部くん。

 

「いいの? じゃあ御言葉に甘えようかな! 小山はどうする?」

「…えっ!? ああ、私も行っていいかな?」

「モチロン! じゃあダッシュでやんす! 電車に間に合わないでやんす!」

「ええっ!? いきなりかよ!!」

春くんは急いで靴紐を結び直す。

 

「ちょい雅ちゃん」

茶来くんか私の側に駆け寄る。

「マジごめん! 邪魔しちゃって! 」

茶来くんはゴメンと両手を合わせる。

 

「心配なっしんぐ! 誰にもいわないから!」

「それはそのぉ…」

茶来くんにばれちゃったのかな…。

 

「春っちああ見えて結構鈍感じゃん?でもイイヤツだからその辺よろ! 」

「ん? 茶来なんかいった?」

「なんでもないよん! とりま早く行こ!」

 

 

 

私の想い、伝えられなかった。

これで良かったような、残念だったような…。

 

 




第1学年編はこれで終わりになります。
作品はこれからも続いていくのでよろしくお願いします!


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第二学年編
第15話 仮初めの自由


桜咲き誇る4月。

教室の窓際の席から映ゆる桜は去年みたそれと何一つ変わらない。

でもあの時と今ではまるで違う。

まさか野球を再開してキャプテンやることになるとは想像もつかなかった。

 

「なに黄昏てるでやんすか!」

「春くん! また同じクラスだね!」

おお。この二人と今年も同じクラスか。

 

そういや夏休み最後のあの日。

小山は俺に何を言おうとしたのだろう。

2年生となった今でも気になって仕方がない。

まあそのうちまた二人で話す機会は来るだろうし今まで通りなにも言及しないでおこう。

 

「にしてもあかつきは春の甲子園も優勝したな」

夏春連覇。とんでもない偉業だ。

一年生エースを擁しての夏春連覇は史上初らしい。

もうひとつ。

鳴沢率いる灰凶高校(東野球部)が地方、地区と勝ち抜き甲子園の土を踏んだ。

2回戦で惜敗したけれども鳴沢の洗練された制球力と徹底した変化球攻めでゴロアウトを量産。

プロのスカウトをも唸らせた。

最後は無援護に泣いたが…。

 

因みに秋の大会はまず地方大会でベスト4に残らなければならない。

その後に他県の高校を含めた地区大会で結果を残した二校が選抜され春の甲子園出場となる

 

「パワフルも地区ベスト4。聖タチバナも地区大会まで勝ち上がったでやんす!」

パワフルは東條、そして背番号10の松田が中心となり甲子園こそ逃すも好成績を修めた。パワフルのエースって誰なんだろう…。

 

聖タチバナは翔曰く橘が生徒会長にブイブイ言わせて部員を大量確保。選手層が厚くなった。

なんか差着いちまったかな。

でも俺達だって遊んでた訳じゃない。

後の練習試合ではその聖タチバナにも勝ったし皆の自信にも繋がっただろう。

 

そして気がかりなのが帝王。

夏の地方大会で負傷交代した山口は秋にはベンチにも入っておらず友沢、蛇島が奮闘するも地方大会で姿を消した。

俺達敵にとって山口がいないということは願ってもない好機だがやっぱり心配だな。

 

何より女性選手の出場が可能になったことだ。

それを聞いたとき小山は喜びの涙を流し、他の部員たちも自分のことのように喜んでいた。

本当街頭で署名活動して良かった。

 

「とにかく今日は勧誘でやんす!」

「そうだな。 絶対に投手が欲しい」

「青葉くんが長いイニング投げてくれるとおもうし2~3回を纏めてくれるリリーフが必要だよね…」

確かにな。青葉はウチの絶対的エース。

しかし青葉だって鉄人じゃない。

疲れが溜まってきた大会後半や調子が悪いときに代わりに投げられる投手が欲しい。

何よりも後ろにも投手が控えている。

それだけで青葉の精神的負担は少なくなるだろう。

 

「おーい席につけー」

「あ、先生が来たでやんす。」

「先生の後ろにいる子誰だろう?」

ドアを開けるやいなや教卓の上に出席簿を広げる。

後ろの子は…男か? 青銀の髪を一本に束ねている。

凛々しく整った顔立ちで既に女子の数人がキャッキャッ言ってるぞ…。容姿端麗って言葉がよく似合う。

 

「今日から同じクラスになる転校生だ。じゃあ自己紹介宜しく」

先生の指示を受け黒板中央へ。

んー。あいつどっかでみたことあるような…。

背も高いし体つきもいい。スポーツ経験者かな?

 

 

 

 

 

 

 

「帝王実業高校から参りました山口賢(やまぐち けん)です。 今日からこのクラスにお世話になります」

 

「ややややんす!?」

矢部くんが思わず立ち上がった。

山口って…。あの山口か!?

容姿変わりすぎだろ!?

あの鋭い眼光はどこへいった…。

 

「コラ矢部静かにしろ。山口は前の学校で成績優秀だったそうだ、お前らも少しは見習えよー。じゃ山口空いてる席に座ってくれ」

こうして朝のホームルームは終わった。

先生が教室を出ていった途端に矢部くんと小山が俺の席に来る。

 

「た、大変でやんす! もしかしてあの山口くんでやんすか!」

去年の夏の地方予選、俺達は山口率いる帝王相手にボコボコにやられている。

「人違いなのかな? 同姓同名とか…」

「その可能性はあるかもな。」

でも目深に被った帽子の下にはあんなハンサムフェイスが隠れてたとも考えられる。

 

「ていうか春くん、帝王中で一緒じゃなかったんでやんすか?」

「いいや。山口は同じ中学じゃなかったよ。 一般入試で入ったんじゃないか?」

「とにかく放課後聞いてみるでやんす! 女子が囲い混んでて今は聞けそうにないでやんす!」

 

 

 

 

~放課後~

「読書中にごめん、ちょっといいかな?」

俺が代表して山口の話を聞くことにした。他の皆には予定通り新入生の勧誘をしてもらっている。

 

「…言われるがままに屋上まで来たけど…どうかした? 」

んー、、、。一回しか戦ってないけどマウンドでの印象とまるで違うな…。やっぱ人違いか?

 

「山口ってもしかして野球やってた?」

「え?あ、まぁな…」

「じゃあ野球部に入らないか?」

「…気持ちは嬉しいけど…遠慮させてもらうよ」

山口は少し口ごもりながらも勧誘を断った。

 

「すまない。野球はもうやりたくないんだ」

「なんでだ? あんなに凄い投手なのに…」

山口は俯く。そして静かに語り始めた。

 

 

 

 

 

 

「再起不能なんだ…」

 

 

 

 

 

 

山口が帝王実業に進学が決まったとき

指導者、帝王実業OBは口を揃えてこう言った。

「帝王の黄金期が来る」と。

実際猪狩守が総合力で勝るという評価を多く耳にしたがその猪狩に一番肉薄しているのが山口、という評価も多く耳にした。

 

 

しかし世界はいつもしたたかである。

 

 

中学時代、弱小だったとある中学野球部を全国大会へと導いた山口。

いわば地元の希望だった。

そのせいか度重なる連投で1年目から酷使され続け高校に進学したとき山口の肩は既にボロボロであった。

 

そして去年の夏の地方大会準決勝。

悲劇は無情にも訪れる。

山口は4回までをパーフェクトに抑える。

「いつもの山口。いや、調子が良すぎるくらいだ」

観客の誰もが、チームメイトですらそう思った。

 

 

 

 

『さんしーん!! サイレントK山口!! 圧巻のピッチング!!』

 

五回に入り一人目の打者を三振に切って取る。

『帝王を甲子園へ導く』

山口は胸に刻んでいた。

期待に応えなければ。

いつしか野球を楽しむことも忘れ自分への重責ばかり考えていた。

 

二人目の打者が入る。

腕を大きく上げ独特のテイクバックに入る。

腕を降り下ろそうとした瞬間、右肩に未だ嘗て感じたことのない激痛が走った。

 

 

「山口!!」

チームメイトの叫びが聞こえる。

でも応えることができない。

『大丈夫』と片手を差し出すにも腕が上がらない。

それに今、右肩を抑えている左手を離したら、

右腕が取れてしまうのではないかと思うほどの傷みと、恐怖が襲いかかる。

 

不甲斐なくて、情けなくて

マウンドに駆け寄るチームメイト、急ピッチで肩を作りベンチから飛び出してきた久遠に

顔向け…出来ない。

 

捕手のミットには届くことのなかったボール。

これが山口の最後の1球となった。

 

 

 

 

「兆候はあった。肩が限界なのは気付いていた。 自業自得だろう?監督に転校を薦められたんだ。投げられない投手は必要ないんだろうな 」

 

何の脈絡もなかったわけではない。

ただ、中学時代から自分のピッチングが試合に大きく影響する。

一点も奪われてはいけない。

負けたくない。

自分が打たれなければ確実に勝てる。

そんな想いが錯綜し、自分の肩の爆弾を告白することができなかった。

 

「すまないが野球はもう出来ないんだ。 失礼する」

「おい!ちょっと待ってくれ!」

山口は足早に階段を降りていった。

 

 

 

 

「春くんどうだったでやんすかー?」

「帝王の山口ってのは間違いかったんだけどな…。訳ありなんだ」

今日は1日勧誘に当てた。矢部くんたちは下校間際の一年生に声を掛けまくったらしいが収穫はゼロ。

今は一度部室に集まり互いに成果を報告している。

そして山口の事を話した。

 

「そんなに重症なんだ…」

「深く干渉しても傷付けるかもしれないし山口の事は諦めるしかないかもな…。皆も他言しないように頼む」

うぃーすとなんだか気のない返事ばかり返ってくる。

一度山口にやられているとは言え、やっぱり皆気がかりなのか。

 

「春。先にあがらせてもらうぞ」

「お、おう」

どうしたんだ? 何があってもいつもの勝負だけは欠かさなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

「荒波にはきつく当たってしまったな…。後で謝らないと…」

夜の河原に座り込み一人きりで夜空を眺めている山口。

 

野球をしないかと誘われた。

でも今の自分を誘って一体何になるというのか。

投げられない投手など…。

部に籍を置く価値さえもない筈だ。

 

 

「おい」

そこへ制服姿の青葉が。

 

「君は…青葉か」

「ああ。お前、肩壊したんだってな」

「情報入手が早いな」

「まあな。誰にも言うつもりはないから安心しな」

「恩に着るよ。夏の大会は頑張ってくれ」

重い腰を上げその場を去ろうとする。

 

「迷ってんだろ」

「…何?」

足を止める。

 

「あまり憶測で人を語らないで欲しいのだが」

何を熱くなっているんだ。

誰に何を言われようと僕はもう投げられない。

一度壊れた肩は完全に戻る事はない。

だから誰に何を言われようと僕はプレーふることすら出来ないのに。

なぜこんなにも心になにか重苦しいものがまとわりつくのか。

 

 

「なんでこの学校に来た?」

青葉の言うことも一理ある。

例え野球をやるにしてもとてもいい環境とは言い難い。勉学優先するにしてももっとおあつらえ向きの学校がある。

 

「まだ野球やりたいんじゃないのか?」

青葉は次々と言葉をかける。なにか意図があるのか。

 

「じゃあ聞こう。全てをかなぐり捨てて夢や目標のために努力することが正義なのか?」

昔はそうだった。

形振り構わず野球をすることが生き甲斐だった。

でも今の山口はそれが勇気である事を否定する。

以前はその勇気が自分の胸の奥を熱くさせていたにも関わらず。

 

「僕の夢は甲子園に行くことだった。ただし能力が必要なんだ。それを失った僕に何が残る? 」

今まで積み重ねてきたもの。

140キロ台後半のストレート。

死に物狂いの練習の末習得したフォーク。

それをより有効に扱うための試行錯誤した時間。

それら全てを失った。

見返りとして得たものは不安と葛藤のみ。

 

「もう夢が段々と遠ざかり、目の前で消え失せて行くことに耐えられないんだ…」

 

 

静まり返る河原で一人の男の声が響く。

青葉に言っても自分の肩が治るわけでもない。

そんなことは解っていた。

 

「そりゃそうだな。自分の夢にハナから蓋してりゃ見えるもんも見えないからな」

山口の核心付いた。

山口の葛藤。

それは選手生命を絶たれたとしても自分の野球への熱意は絶たれていないこと。

右肩を壊して、非情な宣告を受けて尚、野球を諦めきれない。

それに気付いていた。痛い程に。

 

「別に強制はしない。でも野球をやらねぇんだったら左で練習してる意味はないんじゃないか?」

「…知ってたのか」

青葉が偶然見た光景だった。

夜、誰もいない河川敷グラウンド一人でひたすら投げ込みをする男の姿を。

投じたボールは強豪校のエースのそれとは程遠い。

嘗て対戦した投手とは思えない。

専らその時は容姿や利き腕からそれが山口であるとは気付かなかったが。

 

「でも仕方ないだろう。もうあの真っ直ぐもフォークも投げることが出来ない。僕はもう…誰にも勝てないんだ…!!」

不安を吐露したって現状は変わらない。

いつまでも虚空の空を眺めて行くしかない。

 

「違う。 諦めない事は勝つことより難しい」

一度野球を離れたからこそわかること。

痛みもそして再開する事のうれしさも。

 

「もう…もうやめてくれ!!!」

どんな言葉を掛けられても、

もう野球選手として山口賢は終わっているんだ。

うちなる闘争心や熱意がまだ残っていたとしても

どんなにそれを奮い立たせるような言葉を掛けられてでも

出来ないものは出来ないんだ。

 

 

「俺はよ、お前が羨ましいんだ」

青葉は一度野球から離れていた頃の自分を思い出し、それを山口の今と照らし合わせた。

二年もの間野球から離れていた。

嫌気がさすくらいやりがいのない日々。変わりゆく嘗てのチームメイト達。

何日も過ごした。

何をしても晴れることのない心の空。

そんなくだらない、多大な時間を過ごしてなお、野球への想いを忘れたことは一度もなかった。

でも行動に移せない。

何からはじめていいかもわからない。

そもそも野球部に自分の居場所などはあるはずもなく青葉が在籍していた頃の記憶など皆消し去っていただろう。

やりたくても出来ない。

有り余るエネルギーをぶつけるものがない自分が情けない。

 

でも山口は違う。

そのまだ消え失せぬ熱意を、行動に移すことができているではないか。

野球部を退部を促されてなお左利き用のグローブを買い、一人ででも必死に練習していた。

嘗ての自分には欠片もなかった言葉や想いだけでは成り立たぬ強い、ともて頑丈で揺るがない本物の不屈の魂を持っていたのだ。

 

 

そしてもうひとつ。

嘗ての青葉にはないものが。

 

「幾らでもやり直せるんだ。 また夢を見失いそうになったら…」

次の言葉を言いかけた。

その瞬間

 

「「「俺達が夢見させてやんよ!!!」」」

時間も場所も問わず大きな声を張り上げる。

春達だ。

 

「なんだお前ら来てたのか」

青葉がやれやれと言うように手を腰に当てる。

 

「途中からいたでやんす!!」

「おかしいと思ったんだよな~。青葉が勝負に誘ってこないから。探すの苦労したぜ!」

「今時コソ練なんてはやんないじゃん?」

「そうってもんよ!!俺様達とやろうぜ!!」

「おめぇの髪型もはやんねぇけどな」

「今更だけどな」

「せやNA」

「んだとコラァ!! てめぇら今日こそ俺様の怖さ思い知らせてやらぁ!!」

「ちょっとみんな落ち着いて…」

いつもの喧嘩が始まり鬼力と小山があたふたしなからも止めに入る。

 

 

 

「近所迷惑も良いところだ」

青葉が笑った。

 

彼らだ。

部を追われ一人で復活の道を模索していた山口。

投手にとって肩は消耗品だ。

肩の故障で選手生命を絶たれたなんて事は珍しい話じゃない。

それでも復活を試みるだなんてたいした根性だ。

だが一人ではこうすることしか出来なかったのだろう。

そして今ここにいる人間のなかで

山口賢の入部を拒むものはいない。

偶然かも知れないが転校先で

こんなにも自分が野球の道へと戻るために綺麗に整備された道を照らし示してくれるチームメイト。環境。

それに出会い、気づくまで無駄な時間を過ごし続けた青葉にとってはそれがとてもとても羨ましかった。

 

 

「ハハ…間違いないな」

「でもこのチームならもう一度夢が見れそうだ」

山口も笑った。

同じ投手、同じ一度野球を捨てた者同士、通じるものがあったのかもしれない。

 

「原点回帰だなんて思うなよ。超えんだぞ。お前の左腕で」

(まだたいした時間はたっちゃいない。

お前のその意思が消えねぇ限り、好きなだけやればいいんだ。)

 

 

嘗ての肩書き、期待、能力。

全てを失った。

それでも山口賢は第二の野球人生を歩み始める。

まやかしでもなんでもいい。

もう一度夢を追い掛けたい。

ときめき青春高校野球部の一員として。

 

 

 

 

 

山口賢が入部した。

 

 

 

 

 



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第16話 様々な始まり

ときめき青春高校野球部は11人となった。

山口は左投げとして野球を再開。

入部してから1ヶ月間、再び怪我をしないようミヨちゃん仕込みの筋トレをして徹底的に体を作り上げた。

なんだか拳法染みてるのは気のせいだろう。きっと。

体を作り上げてからは積極的にボールに触れ、最初は山なりで15m投げるのが精一杯であったたがさすが山口としか言いようがない。

正味3ヶ月でみるみるうちに上達。

いきなり実践で投げるのは酷かもしれないが

点差が開いたゲームには登板してもらうつもりだ。プレッシャーも少ないだろうし。

野手転向も考えられたが山口は頑なに拒否。

血の滲むような努力の末、復活の兆しを見せた。

嘗ての投球を取り戻す日は近いはずだ。

山口自身も積極的に皆から技術を吸収しようとしている。皆との関係も良好だ。

そんな山口に触発され、他の部員もいつも以上に練習に励んだ。

とくに矢部くんは「理知的イケメンキャラはオイラでやんす!!」ってつい最近まで騒いでたな

 

 

 

 

 

そして迎える夏の地方大会。

本日運命の抽選会となる。

 

 

 

 

 

 

 

「ついたでやんす」

いよいよ始まる。

トーナメント次第で戦い方は大きく変わってくるからな。

この日までの練習試合の戦績は7勝2敗。

課題も多いが確かな手応えもある。

大丈夫。行ける。

 

 

「ギャッハハ、いよいよ俺様の真の実力を発揮する時が来たぜぇ!!」

神宮寺…。頼むから長ランにドカンはやめてくれ…。

 

「うおっ!? 君マジ可愛くね!? このあとどう? 空いちゃってる?」

これは毎年恒例なのか。

 

 

「おい、始まんぞ」

青葉の呼び掛けにより俺達は急いで席につく。

最近台頭してきた高校が多いからな。

頼むぜおれのくじ運…。

 

 

抽選会開始から数十分。

大方は出揃った。

第1シードはあかつき大付属。

大エース猪狩守を始めとする総合力随一。

大本命ってとこか。

 

第二シードは灰凶高校。

いつの間にか全国区の高校だ。

相変わらず素行は悪いがエース鳴沢を目にした人間は彼の将来に期待しているだろう。

 

第三シードは帝王実業高校。

秋では破れたがやはり入ってきたか。

直近の戦績ではパワフルに劣る。

だか恐らく隣ブロックにあかつきが居ることを考慮されてのものだろう。

 

第4シードはパワフル高校。

お馴染み公立の雄。

主砲東條を始めキャプテンの握里、豪速球右腕松田が中心のチームだ。

 

うーんここまでは妥当かな。

これ以外の有望株と言えば聖タチバナかな。

聖タチバナがどこに入るかが注目だな。

 

 

「ときめき青春高校ー51番です」

 

「うおっ! 灰凶のブロックでやんす!」

「かろうじてシード下は逃れたか」

「でも聖タチバナは帝王のブロックだから比較的楽なのかも」

 

「一回戦は球八高校か…」

「歴史ある学校でやんすね!! 一昔前勢いで最後までいっちゃって優勝した高校でやんす!!」

「今は中堅ってとこだな」

「一度勝ったら灰凶高校だよ~ミヨちゃんまた偵察行ってくるねー」

 

山口がトーナメント表を見つめる。

「あまり飽和状態にはなっていないようだね。ただし後半、強豪との戦はどうしても避けられない」

 

「まぁ勝つしかないってことやNA」

「そういうこと~、しばらくバイト封印しなきゃだしおれ頑張っちゃう!!」

 

みんな気合充分だな。

いきなり灰凶とやれるチャンスだ。

大物食い上等だぜ!!

 

「おっしゃぁ!! 帰って練習だ!!」

「うぉー!! やってやるでやんす!! 」

まだ会場に大勢いるというのに早くもテンションブチアゲ状態だ。

 

「こいつらは恥を知らないのか」

「まぁ彼ららしくていいじゃないか」

お互い顔を合わせ、青葉と山口が笑う。

 

マジでやってやる。

待ってろ甲子園!!

 

 

 

 

ときめき青春高校、悪ガキ達の快進撃が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして始まった初戦。

今日パワフル市民球場に足を運んだ観客はどう思ったのだろうか。

球八高校といえば高校野球好きの30-40代の人なら誰でも知っているだろう。

かつて粘り強い野球で甲子園を制し一躍人気を博した。

多くの高校野球ファンか球八の復活に期待しているだろう。

 

 

しかしスコアボードを見れば一目瞭然。

実力の差は歴然。

 

 

只今五回裏、18-0。ツーアウトランナーなし。

ときせーの大量リードだ。

 

そして最後の一球。

心地いいミットの音が響き渡る。

 

 

『最後は山口が締めたーー!!! ときめき青春高校!! 球八高校を圧倒!! 2回戦に駒を進めました!!』

 

先発は青葉。

4回丁度を投げきって被安打2 奪三振8 与四球0という圧巻のピッチング。

だが青葉は自分のスライダーに納得できていないようだ。

『あの一球』が奇跡や偶然ではないと信じて。

 

五回からは山口が登板。

球速は平均100キロ程。

3ヶ月前の状態と比べればかなり上がった方だ。

丁寧にコーナーを突き大振りしてくる相手打者を往なした。

 

そして打線は大爆発。

初回から矢部くんのヒットを皮切りにランナーを溜め鬼力のグランドスラムなど

打棒に足に小技を絡め計18得点。

 

青葉を休ます事、山口も経験を積めたし大収穫。

下馬評では格上だった球八高校を破った。

 

 

大勝であったがチームは慢心することなく、学校の部室に戻り続く二回戦、灰凶高校戦の入念なミーティングを行った。

 

幸いデータ不足に苦しんで鳴沢を打ち崩せなかった帝王の時とは違う。

灰凶は春の甲子園にも出たしデータは充分だ。

 

 

疲れを溜めないように今日はしっかり休んで貰おう。

というわけで一同は解散した筈だったが…。

 

「ほ~成る程。内角は肘が伸びきっちゃうとダメなのか…」

俺は部室で現極悪やんきーずの主砲、番堂長児選手の打撃に関する著書を熟読していた。

この間山口が置場所に困っていると言っていたので遠慮なく譲って貰った。

つーか番堂さんってイカツイ見た目の割に結構繊細なバット捌きしてんだな

 

そんな風に解説イラスト付きページを食い入る様に見ているとそっと部室のドアが開く。

 

「あ、春くん?」

小山だ。

まだユニフォームを着ている。俺もだけど。

 

「まだ帰ってなかったのか?」

うーん、なんか夏休みのあの日以来意識してるんだよなぁ。

今まではそれとなく話せてたんだけど…。

俺もしかして小山に惚れてんのか?

 

「うん! さっきまでウェイトトレーニングしてたんだ」

 

「ホント頑張ってんな」

女の子って事でどうしても肉体的ハンデがまとわりつく。

俺達の何十倍も大変な筈なのに絶対に泣き言は言わなかった。

冬のランメニュー。野球はオフシーズン、気温も低く怪我が怖いので主に体を鍛える期間とする。

ときせーでも男でもぶっ倒れるくらい走り込んだ。

当然小山もいつも以上に息を荒くする。

皆規定分走り終わり、周回遅れになろうかというところで心配になって「少し休むか?」

そう訪ねた事もあった。

しかし彼女は首を大きく横に振った。

そしてヘアゴムで一度乱れた髪を束ね直し再び走り出した。

それだけじゃない。

チームがどんなに劣勢であろうと声を出し、鼓舞する事を忘れない。

あんな華奢な体のどこにそんな力があるんだってくらい多方で頑張っている。

少し頑張りすぎちゃう所もあるけど。

 

 

「私嬉しいんだ…。このチームで野球がやれるのが」

小山は本当に心の底から楽しそうに野球をやる。

そんな小山を見て俺達も必死に頑張れるんだ。

 

「俺達だって嬉しいんだぜ? 小山が気兼ねなくのびのびと野球を楽しんでくれて」

俺と矢部くんで小山を野球同好会に誘ったとき。

そして徐々にメンバーが集まり始めたとき。

小山は迷い、悩んでいた。

自分がいても邪魔なんじゃないか、チームの輪を乱すんじゃないか、必要ないんじゃないかって。

過去に辛い経験をしただけに気になっちゃうのは仕方がない。

 

でもそんな不安げな表情の小山はもう何処にもいない。

それだけで…俺達は嬉しいんだ。

 

 

静寂が訪れる。

よく考えたら部室で二人きりじゃねーか。

何か…何か話題振らないと…。

 

 

「うーん、これはクロで間違いないでやんすね」

「いや逆になんで今まで気づかなかったの?」

部室の外窓から二人の様子を覗く。

矢部と茶来だ。

 

「許せんでやんす、オイラの数少ないフラグを木端微塵にされたでやんす!」

「いやそもそも立ってねぇし」

部室の様子を伺いながら二人でコソコソと怪しげに話し合う。

 

「つーかもうやめね? これ趣味悪すぎじゃん?」

「待つでやんす! あの二人イイカンジでやんすがお互い意識しすぎてるでやんす!」

「んま~二人とも真っ直ぐで純情過ぎるしね~」

「と言う訳でオイラ達が人肌脱ぐってのはどうでやんすか?」

「おっ、なにそれ面白そう!!」

「あくまで手助けでやんす! 茶来君、決して出過ぎたマネしちゃダメでやんすよ!」

「夏に邪魔したの俺達じゃん…」

「何の事でやんすか?」

「それも気づいてないっすか…」

 

「とにかく今はじっくり気長に作戦を練るでやんす!!」

「なんか心配だけど~俺も協力しちゃう!」

こうして二人の極秘の計画が始動?した。

 

 

 

 

 

「まずは甲子園でやんす!!」

「やっぱり? とりま灰凶倒して勢い乗っちゃう?」

 

 

 

 

 

 

「遂に青葉をぶちのめせる日が来たか…」

灰凶高校東グラウンド。

金色の髪を幾重にも編み込んだ男がガムを噛みながらベンチに座りトーナメント表を見つめる。

 

「おい怒拳!! 俺の球受けろ」

「あん? 怒拳ならゴウ様達と出掛けてったぞ」

「はあ?あいつら甲子園出てからろくに練習でやしねぇじゃねえか」

チッと舌打ちをたて唾を吐く。

 

「にしても鳴沢はもったいねぇよな~。四天王入り何回断ってんだよ」

東野球部ではゴウが何故か野球部を牛耳っている。

そしてゴウのお膝元で権勢を震えるのが四天王。

役得はそれなりにある(らしい)

とにかく試合に勝ちたくて東野球部に加勢した鳴沢だがこちらの環境も難儀であった。

それでも勝つ鳴沢は凄いが…。

 

「しゃーねぇ、そこのお前、俺の球受けろ」

「あ?てめぇ誰にいってんだコラ?」

「受けてほしかったら頭ぐれぇ下げたらどうだオラ」

 

鳴沢はトーナメント表を地面叩きつけ、ゆっくりと歩み寄る。

「お? なになに? お前ら先に死にてぇようだなぁ」

チームメイトの胸ぐらを掴み上げる鳴沢。

 

「どうした? 受けんのか? それとも断るか? 」

鷹のような鋭い眼光で睨み付ける。

 

「ヒィ! き、今日のところは許してやる!!」

チームメイトは怖じ気づいて逃げてしまった。

 

「ケッ、クソが」

荷物を纏めて帰ろうとする。

甲子園に出てからというものゴウたち主力組は練習に顔を出さない日が増え、鳴沢のイライラも次第に増えていった。

 

 

「怜斗…」

そんな鳴沢の前に元バッテリーである黒木孝介が現れる。

もう何度目だろうか。

 

 

「…何しに来た。あいつらに見つかったらまたイビられんぞ」

 

「構わない。なぁ、戻ってきてくれよ!!」

必死で頭を下げる。

もう見たくない。

中学時代のような協調性皆無な鳴沢を。

折角西野球部で変われそうだったのに。

 

「…もう来んじゃねぇ」

孝介に背を向け鳴沢はグラウンドを後にした…。

 



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第17話 それぞれのエース

灼熱の太陽が燦々と照りつけるこの季節。

そう、今は高校球児達の熱き戦い、夏の地方大会の真っ只中。

気温は例年より高くグラウンドレベルではもう暑くて仕方がない。

そんな暑い中、パワフル市民球場には溢れんばかりの観客、応援団が集まる。

鳴沢を見に来たのだろう。

今や猪狩と並ぶNo.2投手とまで言われる程だ。

ときめき青春高校にとってはいきなりの鬼門と言えよう。

 

 

 

 

 

ロッカールームでスタメン発表を行う。

春が青葉らと共に熟考した末に出した結末だ。

 

「一番 センター 矢部くん」

「了解でやんす!」

鳴沢は序盤は体力を温存したり相手によって手を抜いてくるからな。

一番打者の既成概念に囚われない積極打法の矢部くんを当てるのはおもしろい。

 

「二番 セカンド 小山」

「うん!」

稲田とのレギュラー争いを勝ち抜いた彼女に託す。

変化球打ちも得意だし対鳴沢にもってこいだ。

安定した守備も期待したい。

 

「んで三番 ショート 俺」

俺の仕事はランナーを返すこと。それだけじゃない。うちの打線の核である神宮寺、鬼力が自由に打てるように俺が細かい仕事をしないとな。

 

「四番 ファースト 神宮寺」

「おっしゃぁ!!」

「五番 キャッチャー鬼力」

(コクコクッ)

鬼力は直球には滅法強いが変化球には弱い。

勿論長打力は魅力だ。

対照して神宮寺は変化球を苦にせずアベレージを残せる。

 

「六番 セカンド 茶来」

「はいはい待ってましたぁー!」

茶来にはランナーを気にせず思う存分曲者っぷりを発揮して貰いたい。

 

「七番 レフト 右京」

「おう!!」

「八番 ライト 左京」

「やってやんぜ!!」

この二人は特に重要だ。

ゴロアウトが中心の鳴沢だけに内野安打が期待できる。

俊足ランナーを背負えば鳴沢は変化球を投げづらくなる。

苛ついて制球を乱してくれれば尚よしだ。

 

「九番 ピッチャー 青葉」

「ああ」

灰凶はほぼ全員一発がある。

甘い球は捉えてくるだろうしなんとか踏ん張って貰いたい。

にしても今日の青葉はやけに気合いはいってんな。

 

「稲田は終盤のチャンスで使うからな!!」

「任せろYA!!」

スタメン落ちを喫した稲田だがもちろん出番はある。

勝負強いバッティングでゲームを決定付けてほしいところだ。

 

「山口は終盤出番があるかもしれない!! 心構えはしておいてくれ」

「了解」

灰凶の強力打線相手に後ろにも投手が控えている。

これだけで山口は無形の貢献をしている。

 

 

「皆さーん! そろそろベンチに入る時間だよー」

ミヨちゃんが呼び掛ける。

負けたら終わりのトーナメント。

生まれ変わった俺たちの姿を見せてやる!!

 

 

 

 

 

 

 

『さぁまもなく激闘の火蓋が切って落とされるでしょう!! 先攻、春の甲子園大会出場校、灰凶高校、対いするはときめき青春高校!!台風の目となるか!?』

 

 

両校試合前ノックを済ませ、ベンチで汗を拭ったり水分補給をしたり。

既に球場のボルテージは最高潮。

電光掲示板には灰凶高校のスターティングオーダーが映し出される。

 

 

灰凶高校

一番 ショート 倉橋

 

二番 センター 明石

 

三番 サード ゴウ

 

四番 レフト 御宝

 

五番 キャッチー 怒拳

 

六番 ファースト 堤

 

七番 ライト 栗山

 

八番 セカンド 諸岡

 

九番 ピッチャー 鳴沢

 

やはり注目すべきは鳴沢怜斗。

こいつを早目にマウンドから引き摺り降ろさねぇとな。

後ろにはmax149km/hの右腕哀樹と鳴沢ほどではないが多彩な変化球を操る楽垣が控えている。

哀樹のストレートは一級品だが変化球はお世辞にも良いとは言えない。

楽垣に関しては球速こそでるがその他の点で鳴沢に劣る。

この二人ならウチの打線なら間違いなく打ち崩せるだろう。

 

そして打線だ。

甲子園で三者連続ホームランを成し遂げ観客の度肝を抜いたゴウ、御宝、怒拳のクリーンナップを始めほぼ全員の打者に一発がある。

しかし確実性はないしバントやエンドランといった技を利かせた作戦はほぼ取らない。

ガンガン振ってくるし青葉がそれをどう往なすかだ。

 

『両校整列!!』

審判が呼び掛ける。

俺たちは一度ベンチの前で列になる。

「勝つ。それだけだ」

「分かりやすくていいでやんす!!」

ホントにこれだけだ。

変に鼓舞しようと考えたって思い浮かばねぇし。

 

「負けたらミヨちゃん承知しないよー!」

ミヨちゃんはベンチからメガホンで俺達を鼓舞する。

 

当然! 秋の地方大会を辞退してまで個々の、そしてチーム力を徹底的に鍛えて来たんだ。

こんなところで負けてたまるかよ。

 

 

「番狂わせ上等だ…」

大きく息を吸い込む。

 

 

 

「いくぞぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

「ときせーーーー ファイ!!!」

 

 

 

 

「「「「オオォォォォォ!!!!!」」」」

 

 

 

 

 

ホームベースへ向かって走り出す。

灰凶高校の面々はダラダラと歩きながらだが。

そして向かい合う。

 

「よぉ青葉、少しはマシな球放れるようになったかよ」

鳴沢が前屈みになりニヤニヤと笑みを浮かべながら問い掛ける。

 

「さぁな、だが負ける気はしねぇ」

青葉も鋭い眼光で返答する。

 

「チッ、可愛くねぇ野郎だ」

舌打ちをし、睨み付ける。

 

 

「「勝つのは俺だ「俺達だ」」

 

両者の間で火花が激しくぶつかり合うように。

 

 

 

『えー、只今から灰凶高校対ときめき青春高校の試合を始めます!! 互いに、礼!!!』

 

 

「「「「しゃーーす!!!!」」」」

 

 

ときせーナインがグラウンドに散る。

春もショートの定位置につこうとしたその時青葉に呼び止められる。

 

「今日の試合、最後まで行かせてくれないか?」

なにやら真剣な表情だ。

 

鳴沢には勝ちたい。あいつの目を覚ませてやりたい。

青葉は気づいている。鳴沢に足りないものを。

ライバルであり友でもあるからこその完投志願だ。

 

「わかった、 ただ明らかに限界ならなんと言われようと替えるからな!!」

青葉が最後まで大崩れなく行ってくれればこっちも助かる。

まだ左に転向して3ヶ月程の山口を灰凶打線にぶつけるのは流石に危険だ。

勿論山口の努力は充分認めている。

ただ、それだけ灰凶打線は強力なんだ…。

 

 

「わかってる。恩に着るぜ」

伝わる。この試合に懸ける青葉の並々ならぬ気持ちが。

 

 

『プレイボール!!』

審判の合図と共にサイレンが鳴り響く。

灰凶一番の倉橋が右バッターボックスに入る。

さて…青葉をバックアップしてやらねぇとな!

 

 

青葉が静かに息を吐き鬼力のサインを見つめ、

コクリと小さく頷く。

ときせーナインは固唾を呑んで見守る。

 

 

腕を高々と上げゆっくりと右足を踏み出す。

軸となる右足でタメを作りスムーズに左足をホームベース向かって真っ直ぐに運ぶ。

腰の回転から少し遅れてグラブで空を切り裂くように上半身を捻り

 

 

 

解き放つ。

 

 

 

「バシィィィン!!!」

鬼力の構えたところドンピシャにストレートが決まる。

球速は140キロ。初回にしては出ている方だな。

 

 

『ストライーク!!!』

判定はストライク。

多少外に外した球だったが球威がそれを圧倒。

倉橋も手が出なかった。

 

続く2球目もストレート。

内角低めにズバッと決まりツーストライク。

今日の青葉はストレートが走っている。

それもその筈。

相手は仮にも甲子園で一勝した打線。

抜いた球を投げて抑えられる相手ではない。

 

 

3球目は高めの釣り球。

倉橋はつい手が出てしまいハーフスイング、三振となりワンナウト。

 

 

「青葉くんナイスピッチ!!」

「青葉っちイケてんねー!」

チームメイトから励ましの声が飛び交う。

その後も青葉は鬼気迫るような投球を見せる。

 

二番明石をカーブで翻弄し最後は144キロのストレートで見逃し三振を奪う。

奪三振、これが青葉の真骨頂。

それは絶対的な決め球のスライダーがあるからだが、一概にそうとも言えない。

スライダーに頼らずとも球威のある真っ直ぐ一本でも三振が奪える。

それだけ今日の青葉の真っ直ぐは良い状態だ。

下半身強化の結果去年に比べて制球もかなりよくなったし。

 

そして三番、ゴウを迎える。

ゴウの持ち味はスタンドまで飛ばすパワーに加え灰凶打線の中では珍しく確実性も兼ね備えている。

なんかアホっぽいけど。

とにかくこのクリーンナップは他とは違う。

容易に抑えられる相手じゃねぇ。

頼むぜ青葉…!

 

 

青葉はゴウに対してもストレートでグイグイ押してくる。

カウント1-2とし4球目。

投じたのは内角低めに落としたカーブ。

待ってましたというかのようにゴウはバットをだす。

 

 

「カキィィン!!」

 

 

ボールは唸るように三塁線へ。

内角のあの球を流すのかよ!?

不味い、引っ張りを警戒してレフト右京がセンターよりに守っている。

長打コースかっ!

 

 

誰もが抜けたと思った瞬間。

 

 

「パシィ!!」

 

 

『あーっと!! 小山ダイレクトで捕っています!! ダイビングキャッチ!! ファインプレーです!』

 

「うぉ! やるじゃねぇか!」

「助かったぜ、小山」

 

「うん! 三振もいいけど今日はいつもより暑いし打たせていこうね!」

小山はニコッと笑い皆とグラブタッチを交わしながらベンチへ戻る。

いやぁマジで助かったぜ。

サードにコンバートされてから球際は苦手だった筈なのに…。

やはり守備の上手さは随一だ。

さっきのはライナーだったけどゴロの場合捕ってから投げるまでの動作が流れるように軽やかだ。

おれも真似しねぇとな。

 

「さぁ、小山が作ってくれた流れに乗るぞ!! 矢部くん頼むぜ!!」

「任せろでやんす! 」

 

 

「チッ、気に入んねぇな、たかがアウト一つでギャーギャー騒ぎやがって」

ペッ、と唾を吐きマウンドを馴らす。

何が楽しくて騒いでいるか、そんな事には興味がない。ただ勝てれば、それだけでいい。

 

 

『一回の裏、ときめき青春高校の攻撃は ー番センター矢部くん』

 

「さぁこいでやんす!!」

自信満々でバッターボックスに入る矢部くん。

 

「あー? 言われなくても投げてやっから大人しくしてろクソが、そんなんじゃ女できねーぞ?」

「ムキーでやんす!! そこは触れちゃいけねぇオイラの黒歴史でやんす!! 許さんでやんす!!!」

「おーこわっ、お手柔らかに頼むぜ」

矢部くん…。相手の思う壺だぞ…。

 

 

矢部くんへの初球。

躍動感のあるフォームからは想像できない程の緩いカーブ。

だが少し外に外れ1-0。

意図して投げたのだろうか。

 

続く2球目。

今度は内ぶところを突くシュート。

矢部くんは強引に引っ張るもファウル。

 

3球目は外角低め一杯に落ちるカーブ。

オーソドックスなカーブだが描く弧が大きいため視線を上下にずらされやすい。

 

矢部くんはカーブに手を出すも完全に腰砕けのファーストゴロに倒れる。

 

「おいおい許さねぇんじゃなかったのか?」

鳴沢はロージンバッグに二三度触れながら高笑いする。

 

 

『二番 サード 小山さん』

ウグイス嬢のコールと共に小山が左バッターボックスに入る。

 

「ケッ、女かよ嘗めやがって」

 

 

「むっ、挑発には乗らないもん…!」

 

冷静に打席に入った小山だったが内角高めギリギリを突くスライダーを打たされファウル、緩く落ちるカーブでタイミング崩されあっという間に追い込まれるとなんとか際どいボールを見極め2-2とするが最後は外角低めに落ちるシンカーを引っかけてサードゴロに倒れた。

 

「ごめん春くん。チャンス作れなかった…」

「まだ初回だ! 気にすんな!!」

俺は小山の頭に手をポンッと置いた。

そして打席へ向かう。

 

 

鳴沢か…。確かに並の投手じゃないな。

最近上がり調子の矢部くんと小山を意図も簡単に抑えやがった。

 

 

振りかぶって第1球。

鋭く曲がるシンカー。

見極めて1-0。 いきなり振らせようとしてきたな。

 

鳴沢の主な持ち玉はスライダーにシュート、これらは左右の内角を突く為の球種だろう。

あとはカーブとシンカー

カーブはタイミングを外す緩いもので簡単に捉えられる球速だが大きな弧を描く軌道なため目線を合わせ難くボールの上っ面を叩いてゴロになりやすい。右打者によく使ってくる。

シンカーは左右両打者によく使う、芯を外させるものだ。

それにどの球種も曲がり始めがほぼ一定だ。

映像で見たよりキレがあるな。

フォームもイメージと違ったな。

のらりくらりとしたフォームだと思ったが案外スピード感溢れるフォームだ。

それでいて緩いボールがくる。

実際の球速より速く感じるな。

 

 

2球目、今度は外へ微妙に変化するシンカー。

見逃し1-1。

 

 

そしてこれが一番恐ろしいと言えよう。

どの球種でも、左右両打者問わず内外角高低にスパッと決めてくる抜群の制球力。

この制球力があるからこそ多彩な変化球を最大限に活かすことができ相手打者を幻惑、幾多のゲームを支配してきた。

だが、弱点も明確だ。

 

 

 

『変幻自在の鳴沢! 次は何を投げてくるか!?』

 

 

 

データに顕現されている。

 

 

 

『さぁ振りかぶって第3球目を』

 

 

 

たまーにしか投げないが

 

 

 

『投げました!!』

 

 

 

この、クサイところに放る

 

 

 

 

『捉えたっ!』

 

 

 

 

 

ストレート ー

 

 

 

 

 

迷わずバットを出した。

恐らくこのストレートをファウルにさせて追い込むつもりだったのだろう。

確かに厳しいコースだ。

だがな…俺は毎日青葉のストレートを見てきたんだ。

 

 

 

 

『良い角度で上がっているぞ!!?』

ここにいる全員が打球の行方を追う

 

 

 

 

 

鳴沢の弱点。

それはストレートの球威不足。

182cmと長身、恵体であるにも拘わらずストレートには角度はあるものの球威がない。

15%程の確率でしか投げないがストレートの空振り率は僅か3%。

それを補う制球力ではあるが…

 

 

 

 

 

青葉のストレートの比ではない。

 

 

 

 

 

 

『ライトスタンドに突き刺さったあぁぁぁ!!! ときめき青春高校!! 主将の一振りで先制!!!! これで1-0!!!!! 今ゆっくりとホームインっ!!!!!』

 

 

 

 

「てっめっーコノヤロー!!」

「魅せてくれんじゃねぇかキャプテン!!」

「フェンスギリギリじゃねえかよ!!」

「春くんナイスバッティング!!」

「痛てっ! 頭叩くなってー!」

チームメイトがベンチから乗り出して温かく?迎える。

 

 

自身の野球人生で二度目のホームラン。

100回に一回が今出たぜ

 

 

 

「ナイスだ春」

青葉がドリンクを差し出してくれた。

 

「おう! お前との特訓のお陰だ! それに鳴沢は序盤は抜いてくる傾向もあるしな!」

 

(読みが当たったとはいえ完璧に捉えたな…)

 

 

「…見つけたか。自分のフォーム」

「ん? なんか言った?」

「いや、なんでもない」

 

 

 

どの球種でもヘッド、グリップの位置は変わらない。

左足に体重をのせ壁と溜めを作る。

そして右足でステップした後に腰

、左膝を回転させ、やや遅れて肘を畳みスムーズにバットが出る。

 

一見何の変鉄もないフォームだ。

 

溜めが出来た事により下半身から始動できる。

従って下半身と上半身の捻転の始動に差が生まれる。

 

壁を作ることもでき上体が突っ込まない。

肩が開かないので緩急差にも崩され難く肘もバットもすんなりと出る。

 

これらは全て軸の安定によるものだ。

 

本来対応力に長けるフォームだが、先程の打席のように狙い玉のミスショットを減らす事もできる。

だから非力な春でも捉える事ができる。

 

春には傑出した才能や驚異的な身体能力はない

だが1つの可能性があった。

天性のスイングスピードも抜群のミート技術もない彼のたった1つの可能性。

それは元来から無駄も変なクセもないキレイな打撃フォームを持っていた事だ。

 

 

無駄を削ぎ落としたフォームが身についていたからこそ得た新フォームだ。

 

 

 

 

彼は信じた。

たゆまぬ努力により裏付けられる確かな実力、そして成長を。

だからどんなに進む道が暗かろうとバットを振る事を止めなかった。

その信念が彼に一筋の光をもたらしたのかもしれない。

 

 

 

 

「おい努拳! てめぇ何回言えばストレートのサイン出すのやめんだコラァ!!!」

マウンドに駆け寄る努拳を突き飛ばす。

 

「やめないグス。変化球だけじゃいつかは打たれるグス」

こちらも折れない。

努拳の言うことも一理あるが鳴沢は今までの負けた試合ではストレートを痛打される場面が目立っている。

鳴沢の自己分析した上でのリード不平だが、努拳は受け入れない。

 

「チッ、てめぇのサイン通りに投げた俺がバカだったよ」

 

 

 

結局問題は解決されないままプレイは再開。

続く神宮寺、鬼力を歩かすも茶来を全て変化球でセカンドライナーに打ち取った。

 

 

「あーうっぜぇなぁ!!!」

ベンチに戻りグローブを思いっきり投げつける。

この試合だけは負けられない。

それが不本意なストレートを強要され被弾。

青葉は立ち上がり上々。

鳴沢はどうも不機嫌だ。

過去の試合では極端なリードにより失点しても援護に恵まれなくとも中継ぎに試合を壊されようとも苛立ちは見せなかった。

 

 

 

「灰凶の人たちあんまり意志疎通出来てないのかな、アウトとっても誰も声掛け合わないし…」

小山がグラブを嵌めながら呟く。

こっちは一挙手一投足声を張り上げてるのに灰凶は怖いくらい静まり帰っている。

 

 

 

「確かにあっちが冷え過ぎててやりにくいな。でもこっちからしたらチャンスだ!! 一気に崩そうぜ!!」

 

 

 

二回表四番御宝から始まる好打順。

青葉は真っ向勝負。

ストレート2球、最後は外に逃げるスライダーで空振り三振に打ち取る。

続く五番努拳にカーブをおっつけられライト前ヒットを許すも六番堤に外角のボール球を打たせて4-6-3のダブルプレーに仕留める。

やっぱり今日の青葉は良い。

 

青葉対鳴沢。

前者はキレと球威、そして絶対的な1つの変化球で三振の山を築き、後者は七色の変化球とそれらを常人離れした制球力で操りゴロアウトを量産。

全くタイプの違う投げ合いに観客も多いに盛り上がってる。

 

 

鳴沢もそう簡単には崩れない。

七番右京を厳しいコースを突き見逃し三振、左京をレフトフライに打ち取りツーアウト。

そして注目の対決を迎える。

 

『九番ピッチャー、青葉くん』

ふぅと一息を吐き右バッターボックスに入る。

軸足を固めバットを構える。

 

 

 

「…やっときたか」

帽子を深く被り直しグラブの中のボールを見つめる。

てめぇ、中坊ん頃から言ってたよなぁ?仲間がどうとか声掛け合えばとかなんてよ。

俺にはそんな青クセェもん理解できねぇ。

投手だぜ?投手がテメェの事第一に考えて何が悪い?

のくせに野球は俺より上手かった。

死ぬ程気に入らなかった。

まるで自分の野球観を底から否定されてるようでよ。

 

「…正しいのは俺だ」

鳴沢はぼそりと呟く。

待ち望んだこの対決。

ここでときせーを倒して証明したい。確かめたい。

自分がした選択の正統性を。

 

 

躍動感溢れるフォームから投じた初球。

内角のボールからストライクになる緩いカーブ。

決まって0-1。

 

「カーブだけでもいろんな使い方してくんな」

青葉も呟く。

両者気合い十分だ。

 

2球目は外角低めいっぱいのストレート。

「…っ!」

 

声を上げてスイングするも空振り。

ここでストレートを使ってくる。

確かにストレートは明確な弱点であるがこの制球力と変化球とのコンビネーションで緩急を上手く使ってくると多少厄介だ。

 

 

鳴沢は小さく息を吐きグラブに収めたボールを見つめる。

(てめぇの鼻っ柱へし折るにはこれしかねぇ)

 

ゆっくりと腕を頭上にあげ投じた三球目。

低めだが多少甘い。

もちろん青葉はバットを出す。

しかしボールはベース手前で曲がり

ワンバウンドとなり努拳のミットに収まる。

努拳がゆっくりとタッチ。

主審が右手を挙げアウトをコール。

 

 

決め球に選んだのは、青葉の生命線でもあるスライダー。

 

 

『さんしーーん!!! 青葉春人も狙い玉を絞れないか!? 鳴沢この回二奪三振!!!』

 

 

鳴沢は青葉の方には一度も目をくれずゆっくりとベンチへ歩いて行く。

この日初対決は鳴沢に軍配が上がった。

 

 

いきなりギアを上げてきたか。

ウチとしては鳴沢のスロースタートや極端な力配分を付け入る隙としたいところだが…

 

「切り替えてこうぜ!!」

「そうでやんす、青葉くんはピッチングに専念してくれでやんす!!」

 

 

自分の得意とする球で三振を取られた。

それも鳴沢に。

これ以上悔しいことはないだろう。

 

 

それでも流石はエース。きっちり切り替えて相手打者に向かっていく。

七番栗山をストレートで押しきりサードゴロ。

八番諸岡をセンターフライ。

九番鳴沢は見逃し三振。まるでやる気がなかった。

鳴沢も打撃はそこそこの筈だが…

恐らくピッチングで圧倒するつもりだろう。

つーかおれ今日ほとんどボール触ってねぇじゃん…。

 

 

三回裏。

一番矢部くんが緩いカーブを見事にセンター前へ。

さすが矢部くんだ。2打席で攻略した。

 

続く二番小山は初球のシンカーを軽くバットに当てレフト前、ノーアウト1.2塁のチャンスとなる。

鳴沢の打たせて取るピッチングはかなりのものだがそれに対して灰凶の守備陣があまりよくない。

特に内野の守備はちぐはぐだなぁ。

 

 

上位打線が機能している。

俺も続かねぇと。

『三番 ショート 荒波くん』

 

「春くん頼むよ!!」

「オイラなら一打で還れるでやんす!! 大きいのは要らないでやんす!!」

 

 

本当にその通りだ。

さて、何を狙うか…。

鳴沢は傲慢なプレーが目立つが案外クレバーな所もある。

意固地になって前の打席で打たれたストレートは投げてくるほど浅はかではない。

ここで欲しいのはゲッツー、しかも俊足の矢部くんを刺したい筈だ。

恐らく三塁側に打たせてくるだろう。鳴沢に投げミスはほぼないし外角を攻めてくる筈だ

となると外角を打つしかない。

多少強引にでも引っ張って進塁打を打ちたいところだ。

 

 

セットポジションに入り第1球。

外いっぱいに入るスライダー。

手が出なかった…。

 

2球目。投じたのは内角高めのストレート

ストレートかよ!?

いける…打つしかねぇ!!!

 

 

肘を畳みバットを出す。 よしっ!捉えた!

その瞬間鳴沢は前にダッシュを切る。

 

 

 

「何っ!?」

 

 

しかしボールは僅かに胸元に向けて変化した。

完全に捉えた筈なのに芯を上手く外された。

ホテボテのピッチャーゴロ

チャージしていた鳴沢は素早く捕球し三塁に送球

ゴウは三塁ベースを踏み二塁へ送球。

矢部くん、小山はホースアウト。

 

そしてボールは一塁に送られ…

 

 

 

『アウトぉぉぉ!! 驚くべき事が起きました!!! トリプルプレー!!! トリプルプレーです!!! 一瞬にしてにチェンジだぁ!!!』

 

 

何だ今の球…。

確かに芯で捉えた筈だ…

 

 

「もー、何やってるでやんすか!!!」

「春くん…今の球って…」

 

 

あの軌道…。ストレートだと思ったが僅かに曲がった。

 

「恐らくカットボールだ」

山口が静かに口を開く。

 

「カットボール?」

「なんやそれ初めて聞くNA?」

 

 

「ストレートの握りから人差し指を中指の方へ積めて投げる球だ。ボールを切り裂くようにリリースするのが名前の由来らしい」

 

「へぇ~詳しいじゃねぇか」

「んで、それの何がやべぇんだ?」

三森兄弟が問う。

 

「ストレートとあまり変わらない球速で鋭く曲がる球。変化量こそ多くないがストレートとの識別が難しい為に打者の芯を外すにはうってつけのボール。彼の投球スタイルに適している」

 

神妙な顔つきで鳴沢を見つめる。

「ストレート自体に速さはないがカットボールとの球速差が限りなく小さい。そして打者の手元でやや斜め横に変化する。かなりの完成度だ。おそらく相当練習を積んだのだろう」

 

 

クソっ、まんまと引っ掛かったぜ。

まさかあんな球隠してたとは…。

つーか高校生でこんな持ち玉が多いのかよ。

これならストレートもより力を発揮する。

 

 

 

ときせー追加点のチャンスを活かせず…。

 

 

一気に試合の主導権を握りたいときめき青春高校。

それに対しもう一点もやれない灰凶高校。

 

 

「…一点が邪魔だな」

鳴沢は足を組みベンチに座り電光掲示板を眺める。

 

「おい諸岡、 守りん時ファースト側に寄り過ぎなんだよ」

「あぁ? 俺の守備に文句あんのか?」

「テメェの守備範囲気にして言ってやってんだろうがよ、少しは二遊間気にしろ」

「ああん? 俺にナシつけんじゃねーよ」

なにやら灰凶ベンチでは口論になっているようだ。

仲介する者は誰もいない。

 

 

「青葉! 二順目しっかり抑えてこうぜ!」

「おう、鬼力、リード頼むぜ」

「今日の青葉っちよさげじゃね? ぶっちゃけ俺ら暇だし~」

 

こちらは声を掛け合い守備につく。

 

 

 

 

 

 

果たして勝負の行方は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第18話 迷走のち奔走

ときめき青春高校対灰凶高校の第2回戦。

試合は初回、荒波春が鳴沢怜斗のストレートを捉えソロホームラン、先制点を挙げる。

その後鳴沢の変化球攻めに苦しみながらも追加点のチャンスを作るが鳴沢は新たな球種カットボールを解禁しトリプルプレーに仕留められる。

しかしその灰凶もときめき青春高校エース青葉の前にヒット2本に抑え込まれる。

 

 

試合は四回表。

チャンスの後にはピンチあり。

ラッキーなポテンヒットでノーアウト二塁、この試合初のピンチを迎える。

しかし青葉は物怖じない。

ピンチを迎えるとストレート主体の攻めから変化球で組み立て、三番ゴウを内角のストレートでファウルを打たせカウントを稼ぎ、最後は外に逃げるスライダーで空振り三振、御宝、五番努拳も同様に三者連続三振に切って取り

超重量クリーンナップを快刀乱麻のピッチングで圧倒。

高校生のスイングスピードレベルを遥かに越えていたが。

味方のミスなどでこの日最大のピンチを招くも嫌な顔ひとつせずピンチを切り抜けた。

 

スライダーを多く使い始めてきたな。

序盤、ストレートが走っていただけにあのスライダーもかなりのものに見えただろう。

課題の二順目もしっかりと抑えた。

 

 

灰凶又も反撃ならず…。

青葉が作ったこのリズム…ときめき青春としてはこのまま一気に突き放したい所だ。

 

 

「バカが…どいつもこいつも大振りしやがって」

ドリンクを一口分口に含み鳴沢はゆっくりとマウンドへ向かう。

 

一点が惜しい。

援護が欲しい。

守りきるから、負けられないから。

 

 

『四回の裏、ときめき青春高校の攻撃は ー 四番 ファースト 神宮寺くん』

 

「おっしゃーーー!! 一発ぶちかましてやんぜ!!!」

気合充分で左バッターボックスに入る。

神宮寺のフォームは構えはどっしりときて大きいものの上手く合わせる技術がある。

容貌に合わず変化球や直球による緩急差で崩されようと敢えて詰まらせて内野の頭を抜くような高等技術を持ち合わせている。

これで機動力さえあればとても怖い選手だが

狙いさえ合えば捉えられないボールはないということだ。

 

 

鳴沢は静かに振りかぶる。

そして投じた第一球。

 

 

「っしゃあもらったぁぁ!!!」

といいつつも外角低めのシンカーを打ち上げレフトフライ。

ボールの下を掬い上げてしまった。

 

 

「ケッ、なーにが貰っただよバーカ」

鳴沢は打球に目もくれずロージンバッグにニ三度触れる。

しかしただの凡フライなのにやけにより大きな歓声が耳に響く。

 

 

 

『あっーーレフト落としている!! 神宮寺執念で出塁!!』

レフト御宝が打球の目測を誤りボールはレフト線にポトリと落ちた。

左打者の打球で少しスライスしたようだ。

 

 

「あんのバカ野郎!! 足引っ張ってんじゃねーぞコラァ!!!」

鳴沢は歯軋りをし手にしていたロージンバッグを地面に思い切りたたきつけた。

確かに太陽の光と被ってはいるが決して難しい打球ではない。

御宝は恐ろしく強肩だが守備、とくに球際は苦手なようだな。

守備でミスをしてくれれば鳴沢のイライラは増す。

なおかつリズムを上手く生み出せず打撃にも影響してくれればときせーとしてはこの上なく有難いことだ。

 

 

『五番 キャッチャー 鬼力くん』

静かに右バッターボックスに入る。

鬼力が変化球を苦手としているデータが知られているかはわからないが…エラーの後だ。

力強い打球を頼む。

 

外角のカーブ、内角のシュートと厳しいコースを攻められるも粘り3-2。

 

「…チッ、合わせてきやがる」

 

怒拳からのサインをじっと見つめる。

(こいつにカットかよ…。さっきから配球ほぼ同じじゃねぇかよ)

 

鳴沢はなにやら不満そうな顔をした。

そして投じた六球目。

 

真ん中低めのカットボール。

バットが一閃。

 

 

『キィィン!!!』

ボールは地を這う様にショートへ。

しかし打球は正面だ。

打球が早い上にランナーは神宮寺に鬼力、ゲッツーコースか…。

 

ショート倉橋がきっちりと捕球し二塁へグラブトス。

万事休すか…。

 

 

 

『おっとセカンドベースには誰もいない!!? 諸岡のカバーが遅れた様です!誰もバックアップをしていない!!? ボールは転々と転がっている!!』

 

一塁ランナー神宮寺は悠々と三塁に到達。

 

「おっしゃ!! 見たか俺様の劇的な好走塁!!」

危なかった。

前々からあの二遊間の連携には問題があるとは思ったが…。

諸岡がゲッツーシフトを取らなかったが為にカバーが遅れ、倉橋もそれに気付かなかった。

 

「テメー何俺の華麗なプレーぶち壊してんだよ!!」

「うっせーな! トス早すぎんだよ!! 」

倉橋と諸岡で口論になっている。

 

「…チッ」

打ち取った当たり、真正面の当たりを連続エラーでピンチを招く。

投手にとっては堪ったもんじゃない。

 

『六番 セカンド 茶来くん』

(こいつさっき初見のカーブを捉えて来たグス。取り敢えず威嚇の意味でサードに牽制するグス)

 

 

怒拳のサインに素直に頷く鳴沢。

 

 

 

 

(ふむ…。 やはりこのチームは協調性に欠けるか…。 いやでも鳴沢がくる前からそうだったしな。 そうだ。オレが打てばいいんだ。ククク。オレの真の力を見せてやる )

 

 

「~~っ!」

 

 

「ん? なにやら騒がしいな」

 

 

「ゴウ!!! 」

腕組みをし考え事をしているゴウの目の前を鳴沢の牽制球が静かに通過する。

もちろん捕球出来ずその間に神宮寺はホームイン。

ルーズボールをダラダラと追いかけているうちに

鬼力は三塁を陥れこれで2-0。

 

 

「追加点でやんす!!!」

「全部相手のミスやNA、でも結果オーライYA!!!」

 

ウチにとって三点はデカイ。

灰凶打線が青葉に合っていないだけにこの追加点はかなり嬉しいな。

ここで一気に流れを引き寄せたいところだ…。

 

 

「ゴウ!!! テメェらもそうだ!!いい加減にしねぇか!!」

一度マウンドに集まった内野陣。

 

「仕方ないグス。切り替えるグス」

「ああ? テメーも大概だコラ、んだよあのバカの一つ覚えみてぇなリードは!!!」

宥める怒拳に対し怒号を飛ばす鳴沢。

 

 

 

少しの静寂からファーストの堤が鳴沢を睨み

「お前さあ、うぜえんだよ」

 

 

「あ?」

 

 

「後から来たくせにデケェ顔してよ、練習練習ってバカじゃねぇの? 相手が青葉ってわかったら一人で気張り出してよ?」

呆れ顔で口にした。

 

「ま、それは一理あるな。実際青葉のが上だしよ」

倉橋も

 

「拘り過ぎたんだよ。オレらはお前らの確執とかお前のプライドとか知らねぇし」

諸岡も口にした。

 

 

「なんだと…?」

腕の血管が浮き出る。

 

「元々オレらはお前と野球しても楽しくねーんだよ、んま、それが嫌だったら代わるんだな、楽垣も哀樹も居るんだからよ」

 

そのまま鳴沢を見切り言い捨てる様に各々のポジションに散ってゆき試合再開のコールがかかる。

 

 

 

 

 

俺は勝ちてぇ。

それだけなんだ。

それの何が悪いのか、

解らない。

こんな荒れ暮れたクソみたいな俺を受け入れてくれた西の奴らを裏切ってまで勝利を選んだ。

俺は…今ここに、このマウンドに立っていることが正しかったのか…?

 

 

(鳴沢…落ち着くグス。普通にやれば打たれるような相手じゃないグス。あいつらだってお前の気持ちは汲んでるグス)

 

 

「クッソがぁぁぁ!!!!」

 

「…っ! まだサインが決まってないグス!!」

 

鳴沢が投じたのは、

普段の鳴沢からは想像がつかない程、

ど真ん中のストレートだった。

 

「えっちょ、マジ? とりまいただき!!」

 

もちろん茶来がこれを逃す訳がない。

真芯で捉えたボールは右中間を真っ二つに割る。

三塁ランナー鬼力は悠々とホームイン。

茶来は2塁を陥れタイムリー。これで3-0。

 

「いいぞ茶来!!!」

「よっしゃー!! 俺達も続こうぜ!!!」

誰のせいでもない。

誰のエラーでもない。

コントロールに絶対の自信を持つ鳴沢が…。

 

「青葉、この回長くなるかも知れない、肩だけは冷やすなよ」

俺が声をかける。

 

「ああ、わかってる」

(あいつ…。なんも変わってねぇ。 ただ1つ、気付けばいいんだ)

鳴沢の事を案じているようだ。

 

 

マウンド上の鳴沢は両手を膝に置き俯く。

顔を上げようとしない。

 

 

解らねぇ。

今俺はエースとして投げていいのか。

相手はあの青葉のときせーだぞ…

この対決を待ちわびていた筈だ。

なのに…。

 

 

『七番 レフト 三森右京くん』

コールがかかるとようやく顔を上げ、セットポジションを取る。

 

 

俺はなんでこんなにも投げたくねぇんだ…?

打たれるのが怖いんじゃない。

でも見えない何かに怖気づいてる自分がいるのが情けねぇ位にわかる。

 

 

ビビんじゃねぇ。

俺は間違ってねぇ。

俺が東側に行ったことも、

今こうしてときせー相手に闘っていることも。

 

 

「証明しなきゃ…ならねぇんだ!!!」

躍動感溢れるフォームから緩い緩いカーブ。

 

 

『コンッ』

 

 

「うお!?」

俺達も思わず声を上げてしまった。

てっきり右打ちして進塁打を狙っているかと思ったが右京は初球からバットを寝かせ、

ボールの勢いを完全に殺した絶妙なバント。

ボールはコロコロと三塁線に転がる。

 

「ゴウ!!」

鳴沢はサードのゴウに処理を託す。

 

 

「…ん?」

しかしゴウは右京のバントを全く予期していなかった。

茶来の進塁を警戒してベース近くを守っていた。

 

誰もボールを追う事はなくその前フェアゾーンで静止した。

 

 

「決まったぜ俺の必殺技!!!!」

快速飛ばし一塁へ駆け抜けた右京は雄叫び

挙げてガッツポーズ。

 

 

『八番 ライト 三森左京くん』

 

 

今が叩き時だ…。

青葉に繋いでくれ左京!!

 

 

鳴沢はランナーの茶来、そして右京を警戒し何度も目で制止したり牽制球を送る。

右京の足の速さは充分わかっているようだ。

ただ鳴沢には異変が生じていた。

 

 

『ボール!!ツー!』

 

らしくないボール先行。

右京が敢えて大きなリードを取る。

そしてバッター左京も劣らず俊足だ。

 

この韋駄天兄弟を前に、鳴沢の投球ペース、一球一球の間隔がどんどん狭くなっている。

そしてクイックモーションをより速くしようとしているのだろうか、少しずつだがボールが荒れ始めている。

 

左京は簡単には終わらせないクサイところは悉くカットし粘りに粘る。

 

13球も粘りに3-2で迎えた14球目。

鳴沢が投球モーションに入ると同時に一塁ランナー右京が絶妙なスタートを切る。

 

投じたのは外角へ逃げるシンカー。

 

「キィン!!」

 

左京は上手くおっつけて打球はショート頭上を越えレフトの前に落ちる。

茶来は楽々ホームイン

そして次のプレーが観客の度肝を抜いた。

 

「おい双子ちゃんYO~!! ワイは回しとらんDE!!」

 

『あっと一塁ランナー三森右京が三塁も蹴った!?』

 

ランナーコーチャー稲田のストップのサインを無視しホームへ突入。

いくら右京でもかなり厳しいぞ!?

しかもレフトは鉄砲肩の御宝だ。

 

 

もちろん矢のようなストライク送球が返ってくる。

クロスプレーでは努拳との体格差もあるし…。

これはアウトか…。

 

 

御宝からのレーザービームが努拳のミットに収まる。

 

 

(よし…。刺せるグス!!)

かなり際どいタイミングだが僅かに送球のほうが速かった。

 

「右京!! クロスプレーは危険だ!! 無理するな!!」

ベンチからの声も飛ぶ。

 

努拳はホームベースに覆い被さるようにブロックを固め右京をタッチしにかかる。

 

しかし右京は足を緩めない。

努拳がタッチをしにややベースより前に出たその時やや右にオーバーランしながらスライディング。

そして確かに左手でベースに触れた。

 

 

『…セーーフ!!!』

 

 

「うおおおお!!?」

「なんだあいつなんつースライディングだ!?」

スタンドの観客達も思わず立ち上がり歓声を送る。

 

「努拳!! サードだ!!」

「!?」

 

 

『なんと言うことだ!! レフト御宝からの火の出るようなレーザービームにも関わらずプロ顔負けのスライディングでタッチをかわした右京もそうだが、その間になんとバッターランナー左京は三塁を陥れた!?』

 

 

「す、凄いでやんす…」

いつも対抗心ギラギラの矢部くんでさえ思わずそう漏らした。

 

「右京のスライディングは言うまでもなく、多少努拳がジャッジに気を取られていたとは言え三塁まで到達する左京…。この兄弟が味方でよかったよ」

山口も冷静に口にした。

そしていつも解説ありがとう。

 

今まで出塁できずなかなか攻撃で機動力を活かせなかった三森兄弟だったがこのふたりで得点したのは恐らく初めてだろう。

相手のミスなんかじゃない

俺達は明らかに成長しているんだ。

個人として、チームとして。

 

 

「ハァハァ……。 クソ共がチョコマカと…」

鳴沢は既に肩で息をしている。

この暑さにもう何分マウンドに立ち続けているか。

恐らくペース配分などしていないだろうし

 

 

 

 

 

 

 

「怜斗……」

スタンドで誰よりも鳴沢を暗示しているのは元女房役の黒木だ。

 

「大丈夫。鳴沢くんは負けないよ…、」

枝毛1つない麗しい金髪でおっとりとしたこの子は須神絵久(すがみ えく)

灰凶高校西野球部のマネージャーだ。

 

「うーむ…、」

そして腕を組みなにやら思案しているのは灰凶高校西野球部の監督、角一直(すみ いっちょく)だ。

曲がった事が大嫌い。彼の手に懸かればどんな不良も一転、更正するという。

その角でさえ、ゴウたちの横暴な振る舞いには手を焼いているらしいが。

そして学生時代にはストレート一本で甲子園を制した豪腕投手であった。

競合必至のドラフトの目玉であったがあるスカウトから「ストレートだけでなく変化球を投げろ」と言われ

「自分の信念を曲げる位ならプロへなどいかない」と言いプロ入りを固辞した。

どれも信じられない話だが当の本人は全く後悔していないのが凄い。

 

「か、監督…、怜斗は勝てますよね? あいつが負ける訳がないですよね?」

鳴沢は青葉と自分の差にずっと苛まれてきた。

それを知っているからこそ黒木は気が気じゃない程心配し、いてもたってもいられなかった。

 

「ああ、心配するな」

優しく答える角。

しかし試合の結果以上に角が危惧している事がある。

 

確かに甲子園に出た事は紛れもなく凄いこと。

しかし何だこのチームは。

誰も声を掛け合わない。

守備体型もバラバラ。誰一人として自分の負担以外背負おうとしない。

努拳のリードも四隅に散らすだけの単調なリード。

これじゃあ鳴沢の持ち味は活きてこない。

 

そして鳴沢だ。

投げている球は悪くない。

だが…。

まるで成長していない。

俺が一目あいつの投球を見た時から俺のようなタイプじゃない事はよくわかった。

それでも自分の投球を確立し、弱点を補うための努力も、力もあることは見るだけでわかった。

 

だが、それだけじゃ足りないんだ。

球は曲げてもいい。それがお前の生きていく術だ。

ただ、自分のやって来たこと、想い、それだけは曲げてはいけない。

お前の勝ちたい気持ちはチームメイトに、本当に伝わってはいないんだ。

素直になれ。

伝えるんだ。お前の気持ちを。

恥ずかしいなら直接言うことはない。

背中で、その背番号で示せ。

それだけでいいんだ。

そうするだけでチームメイトを心の底から奮い立たせる力をお前は持っているんだ。

 

 

 

信念を真っ直ぐ貫け…!!

 

 

 

 

 

『ストライーク!! バッターアウト!!』

 

 

「ハァハァ……ケッ、ザゴがよ」

鳴沢は唾を吐きゆっくりとベンチへ戻って行く。

その足取りは重苦しく、もう余裕など感じられない。

 

 

その後鳴沢は努拳のリードを無視し投げ続けた。

精密機械の如くコースに決め込んだが完璧に捉えられたり味方の拙守が所々に目立ち打者一巡の猛攻を喰らい一挙7失点。

スコアは10-0。

試合は五回表に入り、このままではコールド負けが決まる。

 

 

それでも情けなどいらない。

青葉はトップバッターの栗山、諸岡を連続三振に切って取る。

そして運命の対決を迎える。

 

 

『九番 ピッチャー 鳴沢くん』

何球投げただろうか。

もう鳴沢の身体はボロボロだった。

 

「青葉っちー! 最後もガツンといっちゃってー!!」

「青葉くんボール走ってるよ!! 」

「オラァ男ならここで締めろ!!」

ときせーナインから励ましの声が響く。

 

青葉は帽子を深く被り直し小さく頷く。

 

 

 

 

鳴沢は相変わらず打ちにいく気配を見せない。

バッターボックスの隅に立ちバットを構えない。

 

 

しかし青葉は容赦なく快速球を投げ込む。

決まってな0-1。

 

 

俺が…この俺が…、テメェになんかに負ける訳がねぇんだ。

 

 

2球目もストライク。147キロのストレートが鬼力のミットにズドンと決まる。

 

 

認めねぇ…。 俺は負けねぇ。 テメェと俺に差なんてねぇんだ…。

 

 

鬼力のサインを見つめる。

コクリと頷きゆっくりと振りかぶる。

大きく足を踏み出し、渾身のストレートを

 

 

 

「『俺達』は…オメェらなんかに…負けねぇんだよ!!!!」

 

 

 

そう声を上げて鳴沢は思いきり踏み込み、フルスイング。

 

 

しかしボールは無情にもミットに収まる。

 

少しの間、スタンドが静まり返る。

 

 

 

『ストライーク!! バッターアウト!! ゲームセット!!!』

 

 

 

 

「うぉぉぉ!!! 勝ったでやんす!!、!」

「やったぁ…。あの灰凶に…」

「俺達もしかして…強い??」

マウンド上に集まり勝者だけの歓喜の瞬間を楽しむ。

 

「あったりめーだコラァ!!! なあ青葉?」

「あれ?青葉?」

 

 

 

「…」

青葉はバッターボックスで佇んでいる鳴沢の元へ歩みよる。

 

「おい鳴沢…」

声をかけようとしたその時鳴沢が片手をすっと差し出す。

 

 

 

「何も言うんじゃねぇ。今回は完敗だ」

 

 

 

そしてスゥって息を整え…

「覚悟しとけ!!! もう『俺達』はテメェらなんかに負けねぇからな!!!」

 

ベンチにいる灰凶ナインにもその宣言は確かに届いていた。

 

 

 

「…俺達ときせーも負ける気はねぇ」

 

 

 

 

こうして試合は12-0でときめき青春高校の勝利となった。

帰りのバス。

みんな疲れて眠っていたが何故か青葉は少し嬉しそうだった。

甲子園出場校相手に完封したから、チームが番狂わせの勝利を修めたから。

そんな喜びでは無いような気がする。

 

 

 

 

 

 

「怜斗…」

試合後、誰も居ない筈のパワフル市民球場の外で鳴沢が出てくるのを待っていた西野球部の三人。

もう夕陽が差し込む時間だ。

 

「おい孝介…」

鳴沢は静かに三人の元へ歩み寄る。

 

「手を貸してくれ」

「え? 」

 

「このままじゃいけねぇのは俺もお前も絵久も角のおっさんもそしてゴウ達も一緒の筈だ」

 

「鳴沢くん…」

「おっさんとはなんだおっさんとはー」

 

 

黒木の両肩をガシッと掴み

「灰凶の東西対立を終わらせる!!!!

協力してくれるか?」

 

黒木も絵久も驚き少しの間静寂が訪れる。

そして二人向き合いにっこりと笑みを浮かべ

 

 

「「うん!!」」

 

 

もう迷うことはない。

やっと、見つけたんだ。

今、自分達がやるべき事を。

 

自分達の信念を…。

 

 

「絵久、心配かけたな…。もう何処にもいかねぇからよ」

「も、もう…やめてよ…、黒木くんの前で…」

 

 

「…えっ!?もしかして絵久ちゃんと怜斗って…」

黒木の声が裏返る。

 

「あ? 言ってなかったっけ?」

「ごめんなさい…。隠すつもりはなかったの…」

どうやらデキているようだ。

 

 

「もういい! 怜斗なんか知らん!! おれは協力しない!!」

「おい! そりゃあんまりだ!!」

「知らんったら知らん!!」

黒木は涙目で答えた。

しかしその目に浮かんだ涙は悲しさや悔しさとは程遠いものだった。

 

 

 

「鳴沢ー 今日の試合に負けておいてなんだそれは! 弛んどるぞー」

「げっ、今度はおっさんの喝かよ!?」

「おっさんではない!かーーーーーつっ!!!」

 

 

 

こうやって微笑ましく?会話をするのはいつぶりだろうか。

もう鳴沢は嘗ての混乱も自分の選択も、もう迷わない。

自分のではなく自分達の為に、選んだ道を真っ直ぐ突き進む。

 

 

 



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第19話 恋に焦がれ

「へえ、、、 鳴沢とゴウ達にそんなことがあったのか」

 

 

俺達は春の選抜出場校の灰凶高校をコールドで下した。

 

 

「ああ」

 

 

 

あの試合から3日が過ぎた今日。

青葉は俺だけに話してくれた。

鳴沢がどういう状況におかれていたか

 

 

 

灰凶高校のプレーは昔の自分達と少し似ていた。

同じ野球部のチームメイトなのに全員が全員違うベクトルを向いてて

誰一人他の為に動こうとせず

何の為に野球をやっているかも解らなかった。

 

 

結成間もない俺達が挑んだ去年夏の帝王戦

一回戦はボロ勝ちした事も相まって

絶対に行ける!勝てるんだ!

試合前は皆が思っていた。

しかしそんな弱者のくだらない希望は圧倒的な力により脆くも崩れていった

通用しない、あれもこれも全部

何だ、俺達逆上せてただけじゃん

バカみてえ。何を思って勝てるという希望を持って居たのか

 

 

こうして一度バラバラになった

こてんぱんにされて、悔しくて、でもどこか淘汰される事が当たり前だと認めている自分もいて、、、

 

 

それでも

例え弱者の小さな小さな希望でも構わない

悔しいから? 何となく? 

理由はどうだっていいんだ

自分達の足でまたグラウンドに来て

自分達の口でまた野球をやる

そう言って皆戻って来た

一度負けて一度バラバラになった事が

俺達をもっと強くしてくれたんじゃないかと思う

 

 

でも大丈夫。

 

 

最後のプレー、鳴沢は三振した後

悔しさを露にし膝から崩れ落ちた。

今まで突っ張ってたやつがあんなにも。

 

勝利の喜びを噛み締めあう俺達を横目に

青葉は鳴沢の元へ駆け寄った。

 

 

何を話していたかは分からない。

でもあの時の鳴沢の目

試合後の青葉

何となく灰凶も変われる気がするんだ。

 

 

 

「で、何で灰凶の内情を知ってんだ?」

 

 

 

「大したことじゃねぇよ、ただ、、次当たった時は一筋縄じゃいかねえぞ」

 

 

青葉、何か嬉しそうだな

 

 

「俺はまだあいつにも灰凶にも勝ったとは思ってない。 これからだぞ、春」

 

 

飽くなき向上心。

青葉は実力以上にこういう姿勢がうちのエースたる所以なのかもな。

 

 

「勿論だ! まだトーナメントは始まったばっかだしな! 青葉こそ途中でへばったりすんなよな!」

 

 

「上等だ」

 

 

その時ふと部室のドアが開く

 

 

「春くん、ちょっと話があるでやんす!」

 

 

矢部くんまだ学校にいたのか

いつになく自信に満ち溢れた顔してんな

 

 

「何? ここじゃダメな話?」

 

 

「そうでやんす! 良いから来るでやんす」

 

 

一体どうしたってんだ、、、

 

 

「そう言うことなら俺は帰るぜ」

 

そう言うとユニフォームをバッグに詰め込む。

悪いな、青葉。

 

 

「よし、もう誰もいないでやんすね、、、鍵を閉めるでやんす」

 

 

えっ?

何ですかこの展開

 

 

「グフフ、やっと二人きりになれたでやんす。二人とも今日は早めに練習切り上げたというのに遅くまで自主練するもんだから参ったでやんす」

 

 

まさか矢部くんって、、、

 

 

「じゃあ単刀直入に言うでやんすよ」

 

 

ちょ、何かヤバイ気がする!

かつてないほど俺の危機察知能力が働いている!!

脳が俺に逃げろというシグナルをしきりに送ってくる!!

頼む、青葉帰って来てくれー!!

 

 

「実は春くんって、、、」

 

 

「ギャー!!すまん!矢部くんは大切な親友でありチームメイトだ、だけどそれ以上でも以下でも無いんだ! だからつまり君の気持ちには応えられn

 

「雅ちゃんの事好きでやんすか?」

 

 

「いやだからさすがに無理… えっ?」

 

 

「何かとんでもない勘違いしているようでやんすね、安心するでやんす、おいらこの次元には興味ないでやんす」

 

 

今なんと…?

俺が小山を…?

 

 

「実は前々から茶来くんと計画していたでやんす」

「春くんが雅ちゃんのことを好きなのは見てて検討はつくでやんす、てゆーかバレバレでやんす(茶来くんに言われるまで気付かなかったでやんすが)」

 

 

「なん、だと…?」

 

 

バレてたのか…?

いやでも小山には今まで普通に接してたし小山の話題になってもごく自然に話に入っていたのに何故バレた。。。

 

 

「見ていて焦れったいでやんすからオイラに秘策があるでやんす(ホントはお婆さんの看病で練習を早引きした茶来くんからの指示でやんす)」

 

 

うーん。

小山が気になっているのは確かだ。

初めて会った時はそんなに意識しなかったのに

段々日を重ねる毎に好きになっていたのかもしれない。

でも今は大会の真っ最中。

小山の集中を遮る事はしたくない。

やっぱ大会が終わってからの方が…

 

 

「あーもう焦れったいでやんす! どうせ雅ちゃんの為に大会が終わってからとか考えてるでやんしょ!! 」

 

 

「何故またバレた!? やっぱり矢部くん俺の事…」

 

 

「んなわけないでやんす!! いいでやんすか、モタモタしてたら誰かに取られちゃうでやんすよ!!」

 

 

「取られる、、、?」

 

 

確かに小山は野球部における紅一点。

それどころかセーラー服姿はもう破壊力抜群でゴリゴリな不良達がファンクラブを立ち上げる程だ。

モタモタしていたらやばい

でもこういうのは人に急かされて決断するものでもないし

そもそも告白して果たしておれはOKを貰えるのか?

確かに小山からショッピングに誘ってもらった事はあったけど(人生初)

夏休み最後の日に小山が俺に言いかけた事も気になる…

 

 

正直、付き合える自信はない

小山には俺の弱いところをたくさん見せてきちゃってるし

 

 

 

 

 

 

でも

小山が他の誰かと付き合うのは嫌だ…

 

 

 

 

 

矢部くんの手をガシッと掴む

「矢部くん、お陰で目が覚めたよ」

 

 

 

 

「おお! てことは…?」

 

 

 

 

 

「俺、小山に告白する!!」

矢部くんありがとう。

俺が最近モヤモヤしてたのはこれだったんだ

俺は小山を誰にも渡したくなかったんだ

だから早く俺の想いを伝えなくちゃいけないんだ!

 

 

「矢部くん本当に感謝する!! 今日はおれの奢りだ!メシ行こう!!」

 

 

「どういたしましてでやんす(全部茶来くんの受け売りでやんすけど) じゃあ早速明日告白するための計画を…」

 

 

「それはできない」

 

 

「何故でやんす! どこが目が覚めたでやんすか!」

 

 

俺は小山にいいとこなんて何一つ見せてやれてない。

弱音吐いてばっかりで涙だって見せてしまった。

小山は励ましてくれたし、気にするような子じゃないと思う。

けどそんなんで告白しても示しがつかない。

だから

 

 

「甲子園、甲子園出場を決めたら、俺は小山に告白する!!」

これがおれのけじめだ。

俺一人で出来ることじゃない。

でも俺がこういう気概を見せるんだ。

それでこそキャプテンなんだ。

 

 

「ふーん、まあ計画とは違うでやんすが何かあったらオイラと茶来くんは協力するでやんすよ」

 

 

 

創部二年目で甲子園。

しかもここらは激戦区。

チームがバラバラの状態の灰凶に勝っただけであってまだまだ俺達の本当の力が試される事になるだろう。

それでもやるしかない。

掴み取るんだ。甲子園も。想いの人も。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいしい~! 」

 

 

今日は疲れをためないように軽めの調整だったからミヨちゃんと最近流行りのスイーツ店に来ちゃった。

 

 

「ミヨちゃんのと一口交換しよー!」

「うん!いいよ!」

 

 

ホントは体を休めないといけないんだけど、たまには糖分補給しないとねっ

 

 

 

「雅ちゃんってさー、好きな人いないの?」

 

 

 

「ええっ!?」

徐に話を切り出したミヨちゃん

思わず立ち上がっちゃった。

 

 

「あははっ、動揺しすぎー! 大丈夫、誰かまでは聞かないから」

 

 

 

言えない…。

春くんの事が好きで

しかも告白に失敗してるなんて…

 

 

「み、ミヨちゃんは好きな人いるの?」

 

 

そう聞くとミヨちゃんはアイスティーのグラスを片手で握りカランカランと揺らす。

 

 

「ミヨちゃんはねー、いるよ。すっごく好きな人が」

 

 

ミヨちゃんもいるんだ。

そうだよね。あんなにおっとり可愛いらしくてスタイルもよくて男女共に人気あるし、私も憧れちゃうもん

でもミヨちゃんはどんな人が好みなのかちょっと気になるかも…

まさか、ミヨちゃんも春くんが好きとか!?

もしそうだったらどうしよう…

 

 

 

「最初はね、全然気にならなかったのー、そっけなくて、意地張ってて、自分から道を閉ざしてて。でも、怖い人達に絡まれてたミヨちゃんを助けてくれたり、自分から一歩踏み出して、目標へと突き進んで、ホントはすっごく熱い人なんだなーって。そこからかなー、どんどん好きになっていったのは」

 

 

 

ミヨちゃんが自分の恋愛話するなんて珍しいなぁ。

でもなんとなくミヨちゃんの好きな人わかっちゃったかも…

 

 

 

 

「でもね、その人の事を側で見てたらなんかわかっちゃったの、すっごく一生懸命で…ミヨちゃんなんて目に入らないくらい毎日頑張って、それで精一杯なのかなーって」

 

 

なんか、よくわからない。

あの人の夢を邪魔したくない

ミヨちゃんが邪魔しちゃうかもしれない

だから側で見守るだけ、それだけにしようと思った。

そうすれば諦めがつくかなって

そう決めたのに

ずっと好きだったから余計に

こんなに辛いんだろう…

 

 

「そんなことないよ!!」

「えっ?」

 

 

「私は野球をやる女の子って事がずっとコンプレックスだった。でも私の好きな人はそんなことなんて1度も否定しないで、受け入れてくれた。その人だって辛い過去があって自分の事で精一杯だったと思うの。でも、いつも私を気にかけてくれた。」

 

 

そう、どんな時だって。

ずっと春くんは私の過去を、トラウマを、消し去れるくらいに楽しませてくれた。

今まで野球をやってきてこんなにも私を受け入れてくれたくれた人はいなかった。

 

 

「男の子はひとつの事に夢中になると周りが見えなくなるものだよ! 特にウチのチームは恋愛に鈍感な人ばかりだし!! ミヨちゃんにそんな風に想って貰えるなんて他の男の子からしたら凄く羨ましい事だと思うよ!!」

 

 

 

ミヨちゃんに特別な恋愛感情を抱かれてるなんてそれだけでその人は幸福者だって思えるもん!!

 

 

「そっか…。そうだよね。今辛いのはホントは諦めたくなんてないからなのかも」

 

 

あの人の頭の中ではミヨちゃんなんてただのマネージャーってだけだと思う。

今まで振り向いてくれなかったのが悲しくて、悔しくて。

傷つきたくなくて、側で見守るなんて言い訳して逃げてたのかも。

 

 

 

でも

 

 

 

でもやっぱり

青葉くんに振り向いて欲しい!

 

 

 

 

「雅ちゃんありがとー。 お陰でミヨちゃん元気になれたよー!」

 

 

 

ミヨちゃんは笑う。

きっと大丈夫。

ミヨちゃんは私なんかより魅力的で、普段はおっとりぽわぽわしてるけどホントは芯が強い女の子なんだもん。

羨ましいくらいに。

私にも

こうやって誰かに相談できる勇気が

少しでもあれば…

 



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第20話 再会、因縁、そして払拭

更新ペースが遅めですいません。
読んでくださる皆様をお待たせさせぬよう努力します。



「ここがときめき青春高校か…」

 

ときめき青春高校の校門前で一人、立ち尽くす男。

スポーツサングラスを外し練習用のシャツの襟にかける。

 

今は一般生徒達にとっては下校時間。

 

「あ?」

「誰だあいつ?」

鞄を手に家路につく不良達を横目に足を踏み入れる。

 

一歩足を踏み入れると

「え?あの人誰? 」

「やだ!めっちゃカッコいい~」

「アンタ声かけてみなよ~」

このようになる。

その容姿からは容易に想定できる。

 

「あ、あの!良かったらこのあとお茶でも…」

一人の女学生が友人に促されて声をかけてみたようだ。

 

「ああ、ボクは今忙しいんだ、すまないね、それより野球部はどこで練習しているか知ってるかい?」

返す返事はそれまた容姿に負けず劣らずの品行方正で聞く人を魅了する。

 

「ちゅ、駐車場の奥を行ったところにグラウンドがあります…」

勇気を振り絞って声をかけた女学生はもう気が気じゃない。

眩い彼を直視することが出来ず視線がいったり来たりと定まらない。

「そうか、ありがとう」

 

そう言って男はグラウンドへと向かった。

 

「カッコよかったね~まさにウチの男子とは品が違う!! いつかあーいう人とお付き合いしてみたいなあ…」

「う、うん…」

「ちょっとアンタ完全に惚れちゃってるじゃない!」

「でも、どっかで見たことあるような、ないような…」

 

 

 

 

「おっしゃいくぞぉぉー!!!」

気持ちのいい掛け声が響く。

ここはときめき青春高校野球部グラウンド。

決して広くはない。

ポジション事のノックによる守備練習の最中だ。

恐らくノッカーは部員の一人だろう。人材不足が伺える。

ボールや練習機材などもはた目から見てでも充分なものとは言い難い。

マネージャーと思われる女性はボロボロになったボールを縫い合わせ修繕している。

あのようなまでになるほどボールを酷使している事が伺える。

しかしわざわざ素人の手で修繕することから恐らく部の予算もたかが知れて居るのだろう。

部員も少ないだけになんだか寂しくも感じる風景だ。

創部2年目感満載の練習風景。

しかし絶対に譲れない想いが男を駆り立て、ここへ連れてきた。

あの日のあの一瞬をこの目で確かめる為に。

 

「なるほど、、、」

ボソリと口に出す。

このような環境もチームレベルも想像通りだったのだろう。

彼はグラウンド全体から個人個人へと焦点を移す。

違う…。あいつじゃない。あいつでもない。

次々と、且つじっくりとその目で探し求める。

 

ピピピッとストップウォッチのタイマーが鳴り響く。

「おーしノック終了!十分休憩の後打撃練習な! 今日は山口が投げてくれ!!あくまでも調整程度でいいからな!」

一人の部員の声が響き渡る。

彼が統率者だろう。

身長170cm前半、やや細身の体型。

野球選手としては決して恵まれた体格ではない。

さほど気にかける程の選手ではあるまい。

しかし彼は遠くからその男を凝視する。

 

「…見つけた」

目を閉じる。

そして数年前の記憶をゆっくりと遡る。

薄れることも、上書きされる事もなかったあの出来事を。

やっと。

待ち焦がれたこの瞬間が訪れようとしている。

 

「春くん、どこいくの?もうすぐ休憩時間も終わっちゃうよ?」

「ああ、部室にバッティンググローブ忘れちゃってな、急いで取ってくるよ」

と言い駆け足で部室へと向かう。

部室は校舎に隣接しておりそこそこの距離がある。

グラウンドは敷地内の南東に位置しており大きな防護用ネットが張り巡らされている。

そこから北へ真っ直ぐ進むと職員駐車場の経て校舎、部室のエリアとなる。

 

彼は早く取ってこなくちゃというかのように急いで向かう。

一歩、二歩、どんどんこちらへ近づいてくる。

もう一度目を閉じる。

そしてゆっくり、瞑想する。

さあ、事はボクの予想通りか、期待以上か、以下か。

おもしろい。

 

「待ち詫びていたよ、荒波春」

 

春は急いで走っていた為、通り過ぎる直前まで気が付かなかった。

ん?とふと声のほうに目をやると、顔をあげると、

信じられない光景が目にはっきりと映し出される。

衝撃、なんというレベルではなかった。

頭のなかで整理がつかない。

それより、身体、心の内に潜む何かが仕切りに飛び出そうとし、自分でもよくわからない、負の感情が込み上げてくる。

何故だ。

何故あいつが今ここに。

おれを…待っていただと?と。

 

 

「なんでお前がここに、、、」

動揺を隠せる訳がない。

もはやなんて声をかけたらいいか、

どんな話をすればいいのか、

どんな話をされるのか

見えないなにかが襲いかかる。

 

 

「猪狩守…」

校庭隅の人気のない場所で

二人は再開した。

彼は天下のあかつき大付属高校の史上最強投手、猪狩守。

今、野球に少しでも携わる、興味、関心のある人間で彼の名を知らぬものなど一人もいない。

それに反して春はただの弱小高のイチキャプテン。

そんな猪狩がわざわざこのような野球部のキャプテンに会いに来た理由はただひとつ。

 

 

「覚えてくれていたとはね」

猪狩は満更でもなさそうに話す。

しかし春へと向けられるその目は流暢な口調とは正反対で、真剣なんて言葉では言い現せない程であった。

 

「忘れるわけないだろ!! 」

そう。忘れられない過去がある。

どんなに充実した今があろうとも、消し去ることの出来ない事が彼との間にはあった。

 

「おいおい、そんなに声を張り上げないでくれるか?」

猪狩の言う通りかもしれない。

怒っているような険相でもないし、そんなことをしにここまで来るような人間ではなかろう。

だが猪狩の言葉に耳を傾けなかった。

いや、正確には傾けたくない。

出来れば彼とは接触したくはなかった。

封じ込めていた想いが、トラウマが今にでも爆発してしまいそうだからだ。

それに今は高校球児にとって最も大切といっても過言ではない、夏の甲子園大会地方予選の真っ最中。

名門高所属の彼がこんなところに油を売りに貴重な時間を裂く訳がなし猪狩の様子からも罵り倒しに来たわけでもないだろう。

そんなことをわざわざしにくるほど猪狩は野球というスポーツにたいしてルーズな人間ではない。

 

猪狩はすぐ側に転がっていたボールを手にしポンポンと右手で遊ばせる。

「なあに、すぐに帰るさ、用を済ませたらな」

用を済ませたら ー。

その用がこれからの春にとって何をもたらすのだろうか。

ただ、どちらにせよ整備された平坦な道は閉ざされてしまった。

それが良い意味でか悪い意味でかはさておき。

 

「単刀直入に言わせてもらおうか」

猪狩が用件を伝えようとしたその時、もう春にとっては動揺はなくなっていた。

別に怖じ気づいて逃げ出したくて慌ててるんじゃない。

ただ妙な胸騒ぎがしてならない。

その訳は、、、この時はよくわからなかっただろう。

 

 

 

「宣戦布告だ。荒波春。ボクはこの手で、、、ボクの経歴に唯一傷をつけたキミを、、、この手で叩きのめす」

 

 

 

 

 

「フム…」

ここまで足を運んで正解だった。

中学生の試合とは言え観ておく価値はあった。

この歳でまた勉強させて貰えるとはな。

やはり猪狩くんは一級品。

付属中校に所属する彼はそのままあかつき(高等部)に進学するだろう。

この試合、相手の帝王も悪いチームではない。

だがここまでパスボールとエラーで得た一点のみ。

友沢くんも要所を抑える踏ん張ってはいるが、、、

 

『ーーー蛇島くんに代わりまして、ピンチヒッター荒波くん、バッター荒波くん、背番号17』

 

「勝負アリ、、、か」

めぼしい選手の情報を手にいれては球場に足を運び長年培ってきた観察眼を研ぎ澄ました。

危機感からだ。

近年の野球人気低迷、それは顕著に現れている。

野球というスポーツ自体をはじめとし、高校野球の体質が疑われはじめている。

数年前、とある弱小校のエースが地方予選から一人で投げきってチームを夏の甲子園初優勝に導いた事があった。

だが体の出来上がっていない高校生を炎天下に加え過密スケジュールでの酷使が議論に発展した。

全く、嫌な時代になったものだ。

以前はそのような子が出てくるとあれやこれやと持て囃して報道していたというのに。

今では充分な力を持った選手でも高校野球からプロの道へ進む事を断る選手も少くない。

これではいけない。

野球人気復活に今足りないのは単に実力を持った選手、

と言えば一言で済むであろう。

だがそれだけでは足りない。

 

圧倒的実力で他を淘汰し、どんな野球嫌いでも惹き付けるようなスター性を持った選手が必要とされている。

 

まぁ、私はプロ野球のスカウトだ。

今から猪狩くんに接触する訳にもいかないだろう。

ただ期待する価値は充分にある。

たかがイチスカウトだがな。

 

 

 

 

「進、いちいちマウンドに来るなと言っているだろう」

七回裏、最終回、ツーアウトランナー一塁。

この回味方のエラーで出塁を許すもマウンド上の猪狩守は平然とした顔で汗を拭う。

 

「そんなことを言わないでよ、兄さん」

「わざわざタイムをかけてまでお前が来たんだ、用件を言え」

すると弟の猪狩進(いかり すすむ)は少し間をおき、ネクストバッターサークルで素振りをする荒波を見つめる。

「一点差だからね、気を抜かないでよ」

気を抜くな、、、か。

今までそんなことは一度もしたことがない。

ボクがそんな二流のする事など絶対にしない事をお前は一番よく知っているだろうに。

 

プレイコールがなされ春が打席へと立つ。

セットポジションから一球、二球、バットが空を切る。

 

フンッ、、、相手が蛇島なら多少は勝負しがいがあるんだがな、、、

そう思いながらも全力で相手を仕留めにかかる。

いつもの事だ。

手加減などは無用。

セットポジションに入り進のサインを見つめる。

と、一瞬表情が強ばった。

 

進、、、何を考えているんだ。

こんなところで『あの球』のサインを、、、?

 

(躊躇っているのかい兄さん。一発逆転のこのピンチで決まってこそ本当の完成、本物のウイニングショットだよ、、、)

 

フッ、末恐ろしい弟だよ。

まさかここで要求してくるとはな。

やはり進は並の捕手ではない。

それでこそボクの弟、ボクの捕手に相応しい。

 

セットポジションを外し、左足を後ろへ。

 

中学までは『ただのストレート』一本で行こうと思っていたが

 

両腕を頭上へ。

 

特別に見せてやろう。

 

左足に重心を残し右足を高々とあげる。

そして

 

 

「真のストレートをな!!!」

 

 

その左腕から放たれた一球は、まるで轟々と燃え盛る炎のように唸りをあげ、バットが空を切り内角に構える進のミットに収まる。

 

 

筈だった。

 

 

『カキィィィィン』

 

 

今までに聞いたことのない金属音が耳へと突き刺さる。

そんな馬鹿な、差し込まれたに違いない。

念には念だ。打球の行方を追おう。

ライトが捕球体勢にはいってゲームセット。

そうだろう。

そうに違いない。

 

しかし打球はぐんぐんのびていく。

ライトが懸命に追いかける。

まだ、まだ落ちてこない。

追いかけているうちに

ガシャン、もう後ろがない。

フェンスに到達してしまった。

しかし打球はまだ落ちてこない。

嘘だ、そんな馬鹿な。

 

打球は

ライトの頭を悠々と越えて

フェンスより遥か高くから

誰もいない外野スタンドへと消えていった。

 

 

「やっ、、、たぁーーー!!!」

「うおおおお!!! 」

「ナイスバッティン!!!」

「あかつきに勝っちまったぞ!!! これで全国大会進出だぁ!!!!」

 

打席の彼は

走ることも忘れ

喜びの声をあげることもせず

ただ、ライトスタンドを眺めていた。

そして自分の両手を見つめ

ゆっくりと一塁ベースに向かって走り始めた。

 

 

何故だ。

なぜ打たれた。

一球、二球とまるで打てる気配もなかったのに。

そんな猪狩もまた

整列のためホームベース付近に行くことも忘れ

ただただライトスタンドを見つめた。

 

 

試合は敗れ、同時に全国への道は閉ざされた。

だがそんなことはどうでもいい。

 

整列の列に混ざる。

主審からの声がまるで聞こえない。

ボクのあの球を打った選手の顔さえもよく見えない。

何が起こったのか。

全く、悪い夢だ。

誰とも口を交わさずベンチから通路へと出る。

すると記者やらがこぞってインタビューをしてくる。

 

「猪狩くん、一言お願いします!」

「先程の試合の感想は?」

「ずばり逆転サヨナラを許した要素は?」

 

わからない。

そんなものこっちが知りたいくらいだ。

なにも答えられる事などない。

 

「ちょっとやめてください! いいでしょう今日くらいは!」

進か。

進ならなぜ打たれたかわかるだろうか

 

「そうだな、いくら彼が分別のある子だとしてもまだ中学生だ、傷を広げるようなことはやめよう」

「そうだな、、、すまなかったな守くん、進くんも」

「それより打った子だよ! 帝王の荒波春! 彼にインタビューしよう!」

「こりゃ記事にすりゃ編集長に誉められるぞぉ~」

 

そういって彼らは足早にボクの元を差ってゆく。

何もかもが初めての経験だ。

 

 

「完璧に持っていかれたな」

 

いなくなった筈のマスコミ達だが、一人の男がおもむろに口を開く。

 

 

「ちょっと、取材なら今日はお断りします!」

「いいんだ進」

進を止める。

誰でも良い。

ボクが打たれた理由を教えてほしい。

おかしいな、いつもの自分ではないみたいだ。

 

「打たれた理由を知りたがっているようだが、、、最後の一球のなにがいけなかったかそれは私にはわからない」

「そうですか、では」

「兄さん!すいませんいつもはああじゃないんですが、、、」

その場を立ち去ろうとする。

 

「1つ。私の持論だが1つだけヒントがある」

 

振り返る。

青ずくめのこの人はメモ帳をパタンと閉じた。

 

「たまにいるんだ、ああいう、強大な敵に当たったとき、絶体絶命の場面で実力以上の信じられない力を発揮しゲームをひっくり返す選手が、、」

「偶然、と言えばそれでしまいだろう。ただそのような場面を経験し、打たれて、試合をひっくり返された。その事実が君を更に強くする」

もう猪狩くんなら理解できただろう。

なぜ万全な状態の自分が打たれたか、その理由を無意識的に知りたがっていたか。

 

「君がその事実から目をそらさず自分のすべきことを全う出来るなら、ウイニングショットも更に進化するだろう。」

今まで完璧に打たれた事などない君が更に自分の実力を高めるには必要なんだ。

ああいう、大判狂わせを起こす、『ライバル』が

 

 

そういってこの人は去っていった。

「兄さん、あの人もしかしてすごい人なのかも、最後の一球も見破ってたし」

 

なるほど。

ボクとした事が。

見ず知らずの人に教えられるとはな

 

「兄さん?」

「フフフ、荒波春とか言ったな、」

打たれたショックで忘れていた。

いや忘れるもなにも初めての経験だからな。

万全の状態のボクが、ほぼ完成していたあの球をホームランを打たれたのは。

これだから野球は面白い。

 

「リベンジだ進! 必ず荒波春にリベンジする!!」

「うん!!」

待っていろ荒波春。

必ずボクは、この左腕で更なるウイニングショットを引っ提げて再び君の前に立ちはだかる!!

 

 

 

~その頃~

「いやー参ったなぁ、一軍に昇格して初打席で初本塁打とは、あんなに記者の人達に囲まれたの初めてだよ」

「気抜くなよ、次は全国だからな」

「まぁ友沢くんいいじゃないですか、今日は春くんを祝ってあげましょう」

(チッ!! あんな下手くそのクソまぐれが!所詮は代打要因のビギナーズラックだろ)

 

「荒波くん、少しいいかい?」

「えっ?あ、はい」

「じゃあ俺達は先にバスへ行ってるぞ」

「遅刻してはダメですよ荒波くん」

「おう、わかった!」

二人は先にバスへ向かう。

 

「何ですか俺に話って?」

「私、こういう者でな」

男は春に名刺を差し出す。

そこに書かれていたのは

 

「プ、プロのスカウトぉ!!? この青ずくめの人がぁ!?」

「ゴホン、少々気にかかる言葉があったが、、先ずはなのっておくよ」

プロのスカウトがおれに?

流石になにかの間違いか冗談だろ?

 

「先程の打席はお見事だったよ、素晴らしいものを見せてもらった」

「いやいや、あんなのクソまぐれですし」

見え見えの照れ隠しをする。

そんな春をバッサリ

「ああ、ただのクソまぐれだ」

「そうそう、ただのクソまぐれでして…って、えっ?」

おいおい、いくらなんでもこんなにはっきり言わなくても、、、

 

「猪狩くんはな肩を痛めていた、症状はそこまで重くはないが、、君が打てたのはそのお蔭だろう」

マジかよ、、、。

クソまぐれってのは百も承知だったけど少しくらい褒めてくれたっていいのに。

にしても肩を痛めていたって、それであんなえげつない球を7イニングも投げてたのかよ…

 

「どうだ? これが代打要員の君と名門校エースの猪狩くんとの差だ。思い上がるにはまだまだ早すぎる。」

 

「で、でも結果が全てでしょう!?」

「ああ、試合はな、私が話しているのは実力だ。あの時猪狩くんが万全な状態だったらどうだ?同じような結果になると思えるか」

 

これで俺も帝王のレギュラーに。

なーんて思っていた。

なんせあの猪狩から打ったんだからな。

 

 

…ちくしょう、、、。

俺とあいつの差はこんなにも広いのかよ。

怪我を押してあんな球を投げていてそれを打った。

初めて結果を残して、

飛び上がる程嬉しい筈なのに

おかしいな

悔しさのが込み上げてくる。

 

「私からは以上だ。」

チームを勝利に導いた後にこんな事を言われるのは悔しいだろう。

だが、知る必要があるんだ。

自分と、自分を『ライバル』として認定している者との差を。

猪狩くんが肩を痛めていたという嘘をついた事は申し訳ないと思っている。

だが君の為なんだ。

あの一振りに

長年見てきた選手達の中でも限りない可能性を秘めていたから。

ここから伸びるかどうかは君次第だ。

 

そういい残して去って行く。

 

「クッソ、才能の違い。なんかじゃ片付かねぇか」

そうやって認めていた時点で負けていたんだ。

才能が違いすぎる事は百も承知だ。

だがそれを埋める充分な努力をしてきたか。

してねぇよな。

証明してやる。

クソまぐれなんかじゃなかったって事を!!!

 

 

 

 

「しかしそれ以降の大会で君を見ることはなかった」

探した。

あの試合以降、猪狩の率いるチームは一度も敗北の辛酸を舐めた事はない。

高等部に進級してからもただの1度も負けたことがない。

だが強く求めていた再戦に巡りあうことはできなかった

それもそのはず。

あの大会以降春は野球から距離を置いていたからだ。

事情は問わない。

そんなもの今は知る必要もない。

 

「ボクは君を探し続けた、他地区の高校に進学した事も想定してな」

甲子園にも出場し勝ち続けた

だが見つからない。

自身が認めたライバルがまさかこんな所で、こんなチームで野球をやっているとは想像もつかなかった。

 

「やっと見つけた今、他に言うことはない。勝ち上がれ。あかつきと対戦するまでは」

正直、力の差は歴然。

あかつきとときせーでは天と地ほどの差がある。

 

「じゃあボクはこれで」

だが、君ならできるだろう。

ねぇ影山さん。

たまにいるんでしょう?

こういう奴が。

 

春に背を向け歩き出す。

 

期待しているよ。

どんなに勝利を手にしても忘れられないあの一打。

君との勝負でそれを上書きする事で

ボクは真の栄冠を手にいれる事が出来るのだから。

 

 

 

「、、、ははは」

すっかり忘れてたよ

いや目を背けていたんだ。

なにが接触したくなかっただ。

なんのために野球を再開したんだ

俺の最終目標だろうが

 

「もう! 春くんを何してるの! みんな春くんがサボってるって怒ってるよ!!」

小山が痺れを気かさて俺を迎えに来た。

もう休憩時間なんてとっくに終わっていた。

 

「まだバッティンググローブ取りに行ってないの!? ホントにサボってたの~?」

ジト目で俺を見つめる。

 

「サボってた、、、な。今の今まで。」

「ええ!? あっさり認めた!?」

そうだ。

確かにいろんな事があって、一度は簡単に諦めてしまった。

高校で野球部作ってからは真面目にやってきた自負はある。

中2の頃の誓いは全て拾ってきたつもりだった。

でも一番肝心な忘れ物をしていたようだな。

こんなんで足りる訳ないじゃないか。

こんなぬるま湯に浸かってたら差は広がるばかりだ。

 

 

「よっしゃ!! 行くぞ小山!! 今日から全速力だ!!」

「もうなんなの! 今日の春くんおかしいよ~!」

 

おかしいよな。

俺があいつとまともにやり合おうとしてるなんて。

無謀にも程がある。

身の程をわきまえろって話だよな。

でも目指すくらいならバチあたんねぇだろ

その先に待ってる再戦を制する為には

このままじゃいけないんだ。

おれ自身が変わらなきゃな。

 

 

どんなクソまぐれだろうと

 

 

 

 



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第21話 異変

一回戦、二回戦とコールドゲームで相手校を圧倒し格上相手に下剋上を続ける俺達ときめき青春高校。

その勢いは留まるところを知らず三回戦、雪国高校の粘り強い野球に攻め倦みあと一本が出ずにスコアボードに0を重ねるも九回、矢部くんのヒット、そして盗塁、最後は小山のサヨナラヒットで劇的勝利を納めた。

 

続く準々決勝は対極亜久高校戦。相手もウチと似たような層が薄く最近上がってきた高校なので山口を先発として試してみた。

相手の先発の善斗が制球に苦しみ自滅。

17-4のコールド勝ちとなった。

大量援護を受けた山口は遅球ながらも低めにボールを集め打たせてとるピッチング。

ミヨちゃんの筋トレも効果てきめん。MAX121km/hを記録。

球速は全盛期と比べれば明らかに見劣りするが3ヶ月ちょっとでこの回復力は凄いとしか言いようがない。

少し前まではキャッチャーまでやっと届くくらいだったが

やはり野球センスの塊なのだろうか、右だろうが左だろうが制球がとにかく安定している。

復帰後最長の五回を投げて勝利をもぎ取っがやはり一度打ち込まれた事を心残りにし、すぐさま反省、そして練習に打ち込んでいった。

山口のそういった野球にたいして真摯な向き合い方がきっと完全復活への近道になる筈だ。

 

青葉はここまで3試合、五回コールド2試合を含み計19イニングを投げ無失点。

かなり調子はよさそうだ。

ストレートは球速自体が上がりある程度で低め、内角外角に投げわけられるようになってきている。

あとは急角度で曲がるスライダー。

今大会はこの球がキレキレだ。

ピンチの場面で特に冴え渡る。

これでまだ未完成なんだから恐ろしい。

 

そして打線。

一、二回戦と連続で二桁得点を挙げ攻撃力を昨年と比べ大幅改善したが雪国戦では残塁の多さが目立った。

ウチは器用な打者が多いから鳴沢のような少しだけ動くボールとコントロールで勝負する軟投派には強いが、ストレートと落ちる球などでグイグイ押してくる本格派には弱い傾向がある。

ブンブンと振っていくのが神宮寺、鬼力、稲田そして意外とパンチ力のある矢部くんくらいだしな。

それ以外の殆んどの打者はあまりバットを振らず見ていくタイプだから球威に負けやすい。

ここをどう上手く遣り繰りするかだ。

 

守備に関してはすでに完成してるといえよう。

内野の守備はかなりいいだろう。

みんなミスが少ないだけでなく守備範囲が広い。

茶来の守備は堅実というよりは魅せる守備だ。

イージーミスが少なくはないがとにかく派手で見ている者を魅了する。

対照して小山は堅実だ。無理をしない。ミスをしない。的確な状況判断、申し分ない。

神宮寺も最初はミスが多かったが今大会は改善。夏休みからかなりレベルアップした。

 

外野守備に関しては恐らく大会ナンバーワンだろう。

ときせー自慢の俊足トリオ。

全員がミスを恐れず快速を飛ばしヒットをアウトに、ツーベースヒットをシングルヒットへと変えていった。

お互い守備範囲が広すぎる上に積極的なのでどちらも譲らず激突したこともあった。

試合が終わったあともずっとその事で口喧嘩してたし。

でも次の日は仲直りどころか三人で肩を組んで高笑いし、気合を入れまくり人一倍練習するんだよな。

よくわからんがこの三人がお互いを触発しあい守備力の向上に繋がっている。

 

 

今はこれらがすべてよくマッチしていると思う。

自分達から崩れて行くことがないだけに、心配は要らないだろうが相手に崩される事。

これが一番恐い。

野球というのは一人の選手が相手に絶望感を覚えさせるような事もある。

経験の少ない俺達がいかにそれを乗り切るかだ。

猪狩…。

お前と当たるまでは、、、

絶対に負けられない。

 

 

「、、、よしっ」

選手控え室で瞑想する。

今から行われようとしているのは準決勝。

 

 

ー 公立の雄 ー

 

 

パワフル高校戦だ。

 

 

パワフル高校の近くに古くからあるパワフル商店街をはじめとしそこらで育った男女問わず誰もが野球に触れ、野球と共に様々なものを培ってきた。

 

そんな商店街で育った者の多くが進学するパワフル高校、嘗ては黄金時代を築き唯一あかつき大附属に立ち向かえる相手であった。

部員は今も昔も変わらず全員が地元出身者だ。

生粋のパワフルっ子のみで構成されている。

しかし近年は私立校の台頭や有望中学生の引き抜き、あかつき大附属一強など陽の目を見ることはなく甲子園から遠ざかっている。

それに呼応するように商店街も時代の波に抗えず活気を失い、閉店、移住していくものも増えていった。

 

共生という言葉がピッタリだろう。

商店街の大人達は野球というスポーツを心から愛し自身の子供、幼い少年少女達に推進してきた。

決して強制されることなく野球を続けてきた彼らは、野球を通して様々な物を見てきた。

自分達が幼かったとき、地元の少年野球チームで活躍すると、両親や近所の住人達はまるで自分のことのように喜んでくれた。

そして大人達は『俺達も頑張るぞ』

その姿を見て子供達は別の喜びを分かち合う。

そして高校生となった今、している球技は変わらない。

しかし商店街は変わり果ててしまった。

以前よりお店は減った、引っ越した友達も何人も見てきた、もう大人達は心底疲れはてて野球など考える暇もないほどの財政難に陥っていた。

息子が強豪野球部の誘いを蹴りパワフル高校へと進学するといえば10年前なら飛んで喜んでくれはずなのに、今ではそんなバカを言うんじゃないと叱られる。

なんで喜んでくれないんだ!昔はあんなに、、、。息子はそう思うに違いない。

まだ活気があった頃の商店街を知る最後の世代の彼らにはこの実情を見てきて自然とこういった想いが強くなってゆく。

 

『パワフル高校を復活させることで一度は消えてしまった商店街の活気をいつまでも、消えることなく灯し続けたい』

 

時代の波を航海し続け疲れ果て、自身も変わり果ててしまった大人達と変わりゆく過程を共に見てきた子供達。

時を隔てて想いが再びひとつになった。

年月と、今や高校生となった嘗て野球少年達が気づかせてくれたのだろう。

 

地元民にとってパワフル高校の復活は誰もが渇望しており、近年の不況すらふっ飛ばす希望の星であるということに。

 

 

 

 

 

『行けェーーー!!! パワフル高校!!!!』

『東條くん今日も一発頼むよー!!!!』

『奥居ーー!! 秘密兵器の力、今こそ見せるときだぞー!!!!』

 

 

 

 

 

「すっげぇ人数だな。向こうの応援」

一歩グラウンドへと踏み出すと地鳴りのような声援が耳へと突き刺さる。

力強く大太鼓が叩かれブラスバンドによるこれも大きな音楽が奏でられている。

 

「うお! 向こうチアもめっちゃいるじゃねぇか!」

「ムム! 左の最前列の子かわいいでやんす! いきなり恋の予感でやんす!」

「はあ? お前よく見えんな」

「つーかマネージャー可愛くね?」

「青葉くんはどんな子がタイプなのー?」

「知るかよ」

 

だからと言って気後れはしない。

こっちも話の内容は突っかかるものがあるがリラックスできてるようだ。

パワフルが背負ってきた期待そして重圧。

それらはもちろん理解しているしその中でも毎年ベスト4には入り込むんだ大したもんだ。

でもな。だからってそんなものじゃ俺達に冷や汗1つかかせらんねーぜ。

俺達だって背負ってるモンくれーあるんだ。

悪ガキなりによ。

 

 

両校スターティングメンバーが発表される。

 

先攻 ときめき青春高校

 

一番 センター 矢部

 

 

二番 サード 小山

 

 

三番 ショート 荒波

 

 

四番 ファースト 神宮寺

 

 

五番 キャッチャー 鬼力

 

 

六番 セカンド 茶来

 

 

七番 レフト 三森右

 

 

八番 ライト 三森左

 

 

九番 ピッチャー 青葉

 

 

ウチは前回と一緒だ。

今大会はこの打線で点が取れているし変に弄る必要はないだろう。

 

 

後攻 パワフル高校

 

 

一番 ライト 生木

 

 

二番 セカンド 円谷

 

 

三番 ショート 尾崎

 

 

四番 サード 東條

 

 

五番 ファースト 握里

 

 

六番 レフト 西森

 

 

七番 キャッチャー 原田

 

 

八番 センター 奥居

 

 

九番 ピッチャー 松田

 

 

パワフルもオーダーは変えて来なかったか。

やはり上位打線は要注意だ。

巧守巧打の生木円谷の一二番コンビ。

三番、状況に応じたバッティングとガッツ溢れるプレイでチームを引っ張る尾崎。

五番 右の大砲、巨漢握里

そしてもっとも警戒すべきが四番東條。

スラッとした細身の体型からは想像がつかないほどのパワーヒッター。

それでいてアベレージも残せるもっとも恐い打者だ。

 

一方で投手陣は松田が中心である。

調子のいいときは150km/hをも超える直球を繰り出す豪腕だ。

しかし変化球は殆んど投げない。

なんとなく見た目でもわかるけどな。

その他の主な投手は

一年生の手塚。

今大会はあまり出番はないが中学時代から名をあげたいい投手だ。

しかし悪く言えば投手は松田に頼りきりと言ったところか。

今大会はほぼほぼ松田一人で投げ抜いている。

松田以降の投手となるとレベルがガクッと落ちるのは事実。

公立校にとってはありがち?な悩みかもしれないが主戦投手を一枚しか確立出来ておらず松田がもし崩れた場合にはかなりの痛手となるだろう。

 

 

「おいおい東條~ オメェの予想した通りにときせーと当たっちまったなぁ~」

ベンチで軽い水分補給をするパワフルナイン。

気さくでお調子者の奥居はこうやって試合前にチームメイトに声をかけ、和ませている。

当の本人に全くそのつもりはないようだが。

 

商店街に活気を取り戻すという重圧がある。

しかし彼らにとってそれは言わずもがな。

逐一そういったことを言って鼓舞する必要などない。

ただ己の野球への情熱がそういった結果に繋がると胸に刻んでいる。

 

「ときせーが上がってくることは容易に想定出来た。 奥居、ミスするなよ」

「な、なんだと~!! オイラが趣味の釣りにゲームにラジコンまで封印したんだぞ~!! 」

「功を奏すといいがな、、、。とにかく毎月1日にラジコンパーツの発売日を知らせる為だけに電話してくるのはやめろよ」

「まさかオメェ買ってなかったのか!? 後で後悔しても知らないぜ~?」

 

腕を組み、半分はからかい、もう半分は危惧の意でそう答えた。

 

奥居の努力を認めていない事はない。

下位打線だがパワフル高校のレギュラーを勝ち取ったのは事実。

だが東條が小さな1つのミスを危惧するほど、ときせーのレベルは格段に上がっていた。

 

ときせーの試合を最後に観たのは一年前の帝王戦だ。

あのときの正直な感想は、、、

拙守拙攻。

この一言に尽きる。

だが一年後の現在はどうか、

東條には予測ができない。

お互いのチームカラーや得意分野はまるで違う。

つまりはこういうことだ、

運や流れと言った形の無いものは東條自身、信じたくはない。

だがそのような無形なもので勝利の女神が少しでも傾いてしまうほど実力は均衡している。

 

 

(あいつが戻って来るまであと一ヶ月、、。それまでに俺があいつにできること。それは1つしかない。)

パワフル高校に敗北は許されない。

それはパワフルナインの誰もが胸に刻んでいる。

しかしこの東條は人一倍、並々ならぬ想いで望む。

盟友が帰ってくるまで。

 

あいつの輝かしいこれからの未来を粉々に砕いてしまった罪はどうやっても償うことは出来ない。

そんなことで思い悩んでいてもあいつがそれを望むはずがない。

 

だから

罪滅ぼしとは言わない。

男として、けじめとして

あいつが復帰する時、その時にはあいつが夢見ていた最高の舞台を整える。それが今自分達に出来る、あいつにとっても最高の特効薬。

 

スゥっと目を閉じる。

試合前、こうやって精神統一をするのはもうパワフルナインにとっては周知の東條のルーティーンだ。

 

甲子園まであと二勝。

負けるわけにはいかない。

どんなにカッコ悪い勝ち方でもいいんだ。

やるしかないんだ。

 

 

『整列!!!』

 

 

号令がかかる。

こちらはときせーベンチ。

もうこの雰囲気にも慣れたな。

少しは経験が積めたって事かな。

一年の頃は足がブルブル震えて止まんなかったっつーのに。

 

「只今からときめき青春高校対パワフル高校の試合を始めます。互いに、礼!!!」

 

今は

 

これから始まるであろうバチバチの闘いが楽しみ仕方がない。

 

 

「一回の表、ときめき青春高校の攻撃は 一番 センター矢部くん」

 

 

矢部くんが静かにバッターボックスに入る。

トントンっと軸足を軽く硬め、バットを投手の方へ向ける。

そして一度肩へ乗せ、スタンダードにバットを構える。

相変わらずウチの高校は誰一人応援に来てくれないな…。

こっちの攻撃なのに静まり返ってる。

ちょっと寂しいけど、これはこれでなかなか貴重な体験かもしれない。

 

松田はキャッチャーのサインをじっと見つめ、小さくうなずき、モーションに入る。

腕を大きく引くダイナミックなモーションから放たれる。

 

「うおおおおおお!!!」

 

コースはやや甘いが目が覚めるような直球がミットに収まる。

「ひゃ、150…」

スコアブックを書くボールペンを落としてしまったと共に思わず言葉を漏らすミヨちゃん。

それと同時にパワフル側スタンドからは大歓声が巻き起こる。

「いいねー松田!!」

「キャー!! 松田くーん!!」

 

「おいおい、俺達150km/hなんて打ったことあったっけ?」

「黄色い声援が羨まし… じゃなくて、マシンですら145km/hくらいしか打ったことねーぞ」

神宮寺の問いかけに対し俺がそう返す。

小山は少しムスっとしながらも手を叩き

「大丈夫だよ!! コントロールは甘いみたいだし球種も少ないし、何よりあんなに練習した皆の努力は裏切らないよ!!」

大きな声で、鼓舞する。

それを聞いて皆も思わず笑みをこぼす。

 

「それと春くん、あーゆー声援が欲しかったんだ?」

「い、いやぁ? てかはやくネクストサークル行けって」

 

「…お二人さんまだまだ若いNA」

「まったく、見ていて歯痒いよ」

稲田と山口は何をいってるんだろう?

まあいっか。

そうこうしてるうちにテンポよく放たれた直球が決まり0-2。

「矢部の奴なにやってんだ?」

「らしくねぇな、ファーストストライクもそうだがあいつが2球も見逃すなんてよ」

確かに言えてる。

矢部くんはあんまり粘れる打者ではないが比較的選球眼はよく、甘い球ならガンガンふっていく筈だ。

 

松田が振りかぶり放った三球目、これまたストレート。

 

「… そこだぁぁぁ!でやんす!!」

思い出したかのようにバットを出す。

やや高めに浮いた151km/hのストレートを言葉通りぶっ叩いた。

 

快音と共にいきのいいスタートを切る。

打球は松田の股下を鋭く抜ける。

 

「矢部ー! ナイスバッチ!! 」

俺達は一心に声を上げる。

 

「うおおお!!でやんす!!」

 

雄叫びを上げ、こちらのベンチめがけ拳を掲げる

矢部くん。

「クックック、これでおいらの美技に酔いしれた向こうの応援団の子が…ムフフ…」

どこまでモテたいんだ矢部くん…

とにかく頼りになるぜ!さすがウチのリードオフマン!

 

 

『二番 サード 小山さん』

さあ頼むぜ、この回矢部くんをホームへ還そう。

 

監督は…寝てはいないな。

取り敢えず采配は俺に任されてるし、どうしようか、

まだ初回ノーアウトだし、自由に打ってもさほど問題はないだろう。

すかさずサインを送り、小山も頷く。

 

パワ高バッテリーは矢部くんの盗塁を警戒し牽制球を入れながら2球とも外した後に外角一杯のストレートを打ちに行きファール。これで2-1

 

小山は二番打者の典型だと思う。

特に苦手なコースはなく、選球眼もチーム随一だ。

今大会長打は未だにない。

打率も特別言い訳じゃない。

だがこの粘りこそが小山の最大の持ち味。

簡単には終わらない。

とにかく厳しいコースはファールにする。

これは矢部くんが一塁に居た場合更に真価を発揮する。

ランナーは俊足の矢部くん。一球投じるたびにスタートの素振りを見せる。

バッターは厳しいコースでは勝負させてくれない小山。

ピッチャーとしてはランナーを度外視するわけにはいかない。

対戦するだけで面倒なコンビだ。

そして松田はどんどん追い詰められていく。

変化球を投げては矢部に走られてしまう。

ウエストしていくうちにカウントが悪くなっていく。

直球をコーナーに投げる制球力はあるがファールにされてしまう。

 

カウントは2-2。

松田が左足を上げたその時矢部がついにスタートを切る。

読まれていたか、パワ高バッテリーはボールを外した。

 

「へへ、ざまあみろ!!」

キャッチャー原田はウエストされたボールをきっちり捕球し素早く二塁に送球。

 

 

原田はこの時何を思っただろう。

 

 

『…セーフ!!!』

二塁塁審が大きく両手を広げた。

 

 

松田のクイックは完璧。スタートを読み140km/h台の直球をウエストさせた。

捕球も送球も完璧。

盗塁を阻止するための条件は全て揃っていた。

だがタッチの差でセーフ。

キャッチャーにとってこれ程の屈辱はない。

 

 

矢部は単に足が早いだけじゃない。

単純な直線走だったら三森兄弟の方が僅かに早い。

しかし野球は違う。

走塁では打球を瞬時に判断してスタートを切ること、ベースを通過するときいかに減速しないか。

外野守備では前後左右の瞬発力、打球勘を加えて素早く落下点へ入る事が求められる。

他にもポイントはたくさんあるが

野球における走力。

つまり持ち前の脚力をいかに野球に活かせるかが重要となる。

 

 

盗塁における技術。

投手の癖、モーションを盗み塁間を駆け巡る。

牽制球やウエストだってある。

常にベストなスタートを切る必要がある。

そしていかに減速を小さくスライディングするか。

これらの技術からなる盗塁という一点において矢部の右に出るものはいない。

 

 

一朝一夕に身に付くものではない。

もちろん矢部も例外ではない。

元々備わっていた訳ではない。

対戦相手が決まると相手投手のセットポジションからの投球モーションを録画したものを目に穴が開く程見て研究する。

そして自宅のやや狭い部屋で映像に合わせてスタートを切る練習をする。

途中で熱が入りすぎてしまい大きな棚に飾ってあるフィギュアがバタバタ落ちてしまっては発狂することも多々あった。

何より矢部に備わっていたもの。

それは意欲だ。

自分のアピールポイントを考察し、ひたすら磨いてゆく。

決して物怖じず思いきりのいいスタートを切る。

そういった気概が相手投手の第1動作を盗む技術に繋がる。

 

 

『キンッ』

 

 

ランナー二塁フルカウントとなり

松田が投じたのは外角のストレート。

小山は多少強引に引っ張りセカンドゴロ。

その間に矢部くんは三塁に到達。

 

 

松田の球威に負けてボールの上を叩いてしまってアウトを1つ献上。

だがランナーを三塁に進めた。

これでいいんだ。

これが小山にとっての及第点だ。

 

 

ヒットを打つ必要がない訳ではない。

ただ、凡退しようともランナーを進めること。

それが小山の信条だ。

目立たなくていい。

自分は主役でなくていい。

ただ自分は後ろに控える仲間を信じて、お膳を立てる脇役でいい。

そう小山がそう割りきっている事が

俺達の勝率を格段に上げている。

 

 

『三番 ショート 荒波くん』

 

 

ウグイス嬢のコールと共に打席へと向かう。

さてどうしたものか。

 

 

『スパーーンッ!!』

 

 

1球目はストライク。

149km/hの直球がビシッと決まり0-1

いざ打席に立ってみるとすげぇストレートだ

目の覚めるような、見ていて気持ちいいくらいだぜ。

矢部くんよくあんなきれいに弾き返したな。

 

 

ここまでほぼストレートのごり押し。

松田の調子はいいと見た。

初回にも関わらずこれだけの球速、ストレートの走り、そして頻度がそれを物語っている。

この回はストレートで押してくるだろう。

 

 

「うおっ!」

 

 

2球目はフォーク。

低めから落とされバットが空を切る。

こいつ…ストレートだけじゃねぇ。

大きな落差のフォーク。

そして速い!

 

 

この原田のリードはよくわからねぇな。

なぜこんないいフォークをカウント球で使うんだ?

クソッ、読みずれぇ。

しかしこれで追い込まれた。

ワンアウトで矢部くんが三塁にいる。

犠牲フライも避けたい場面だ。

内野はかなりの前進守備のシフトを敷いている。

俺を打ち取り三塁ランナーを刺すつもりか。

内野ゴロを狙ってくる筈だ。

となると俺が投手だったら一番自信のあるボールで勝負する。

そして一番詰まりやすい、、、

ストレートに賭ける!

 

 

「うおおおおお!!」

テンポよく放たれた三球目。

ストレート来い!いくら速いっつってもさすがにヤマが当たれば俺でも打てる筈だ。

前進守備の分ヒットゾーンは広い!!

 

 

「…くっ!」

 

 

『キンッ!!』

 

タイミングをやや崩されながらもバットに乗っけるように素早く、軽くスイング。

結果は三遊間を破るヒット。

矢部くんは悠々ホームイン。

タイムリーのシングルヒットとなり一点を先制。

危なかった。

いきなり中に入るシュートが来たから一瞬びびっちまったぜ。

何とか左足に体重を残して上手く軸を作れたから良かったがなぜあの球が決め玉だったのか。

威力のあるストレートかもしくはフォークで来ると思ったが

俺は基本リードを読んで打つタイプの打者だけに読みが外れるときついな。こういった特に決め玉を設定しないキャッチャーなら尚更だ。

しかしこれ程の投手ならパワ高でもエースを張れると思うけどこいつが背番号10。

この松田よりレベルの高い投手が控えているというのか?

 

 

『四番 ファースト 神宮寺くん』

立て続けに打たれているが松田の調子はかなりいい筈だ。

頼むぜ神宮寺!

 

汗を拭いロージンバッグに二回、三回と触れ気持ちを落ち着かせる。

サインをじっくり見つめふぅ、一息吐く。

セットポジションに入り足を上げた俺が瞬間スタートを切る!

 

 

「クッ、こいつもかよ! なめんなぁ!!」

 

 

外のやや際どいボール。

俺はすかさずスタートを切る。

初めから画策していたことだ。

神宮寺は盗塁援護の空振り。

原田は素早く二塁へ送球。

 

不安定な立ち上がりから動揺は少なからずある筈だ。

それに俺だって矢部くんには遠く及ばないが

走れない訳じゃねぇんだぜ?

 

 

『…セーフッ!!!』

「よっしゃ!!」

 

 

ベース上で手を叩き喜びを露にする。

にしてもまさか俺に走られるとは思いもしなかっただろうな。

さっきは完全マークを破られ矢部くんの盗塁を許した。

キャッチャーにとっては練習に費やした時間自らが築いてきた努力からなる自信。

それらを土台から崩す程のことだろう。

矢部くんの盗塁のお陰で少なくとも原田は平常心をグラグラ揺さぶられているだろう。

そこでさほど盗塁技術のない俺にも走られる。

かなりの精神的ダメージな筈だ。

 

 

こうやってはた目じゃわからないところで相手を攻め立てる。

俺はこれでいい。

もし何か出来ることがあるなら、それを見つけた瞬間、チャレンジする。

No risk No reward精神で全力を尽くす。

俺に足りなかったもの。

野球技術は全体的に満足できるものではない。

だけどそれ以上に、試合において、自分の精神を自分で支配すること。

とにかく自分を信頼する。

今までの野球人生でなにか今一つのところで止まってしまったのは自分のこれからするであろうプレー。

例えば相手投手のどの球種を狙うか、守備での打球、送球判断など。

これらすべてのプレーに絶対の自信を持てて居なかった。

『いや、こっちのほうが』とか『でも、俺で出来るのか?』などの雑念がどこか頭の片隅から覗いていた。

確信になりきれていない憶測に支配されていた。

結果、プレーに思いきりの良さがなくなり稚拙なプレーに繋がる。

心中に巣食う不安と向き合うのが関の山であった。

だから

勘違いでもいい。

自分が考えに考え見つけ出した一つ一つのプレーを真っ直ぐに信じこむ事。

これが俺には欠如していると気付けたんだ。

 

 

ユニホームについた土埃をパンパンと払いながらときせーベンチを見つめる。

 

 

あいつらが自分の役割を理解し、怖れずそれを全力で全うする姿に気付かせてもらったんだけどな。

 

「おいおい、春って案外走れんだな」

「今のスタートはよかったろ、少なくともお前よりは」

「右に同じくでやんす」

「ああ!?」

「あーわりぃ核心ついちまったか」

「そうでやんすね、オイラの足元にも及ばないでやんす」

「あ? ぶっ飛ばすぞコラァ!!」

「矢部くん達なにしてるのかなー? 試合に集中しなくていいのかなー?」

「あ、はい」

「すんませんでした」

「やんす」

 

なんかクソ暑いのに悪寒が…。

ウチのベンチから凄まじい威圧感が放たれてる気がするけど…嫌な予感がするし見ないでおこう。

うん。俺は何も見ていない。

 

そして神宮寺は内角のストレートに詰まらされるもサード後方に落ちるラッキーなテキサスヒット。

これでワンアウト一三塁となり

五番鬼力はストレートを豪快に救い上げライトへの大飛球。

犠牲フライとなり更に一点を追加し2-0。

六番茶来は粘りを見せるもアウトロー145km/hの直球を見逃し三振。

矢部くんの韋駄天っぷりに初回やや崩れたが松田の投手能力は本物だ。

この二点を大事に、しっかり守っていかねぇとな。

 

 

「松田、気にするなすぐに取り返す」

「おう! すまねぇな東條」

「松田よ~三振にこだわらなくていいんたぜ~!」

「そうっスよ!打たせていきましょう!」

 

パワ高ナインは松田を励まし合う。

すげぇいい雰囲気だな。

強豪校って帝王みたいな厳格なイメージがあるけどこういった結束力がパワフルの強みなのかもな

 

「ときせー、、、か」

「ん? どうかしたのか東條?」

「いや、何でもない」

データチェックは念入りに行った。

過去の公式戦すべてのデータを目に穴が空くほど観た。

俺の予見では

おそらく何らかの不安要素を抱えていたがそんなものを言い訳に出来ない程に鳴沢を打ち崩したこと、コールドゲーム三回と打線はかなりいいようだ。

対して安定した戦力の雪国高校戦では打線が沈黙。

そしてウチの松田から初回二点を奪ったのは予想外だ。

だがこれが大きな遅れをとるかと問われれば、、、

その様なことはない。

 

「お前らミスすんなYO!!」

「青葉、バテたら後ろには俺がいるからな」

 

ベンチ要因二人と非常に層の薄い。

そしてお前たちは1つ、気づいていないことがある。

 

 

 

『一回の裏、パワフル高校の攻撃は 一番 ライト 生木くん』

 

 

誰でもいい、俺の前にランナーを溜めるんだ。

答えがでる。

 

「青葉、要注意だぞ、小柄なやつだけど東條の前にランナーを出すわけにはいかねぇ」

「わかってんよ」

 

前の試合は投げてねぇし今日は行けるとこまでいってもらいたい。

今大会の快投で青葉の評価は上がってきている。

でも有名になればなるほど相手も警戒してくる。

頼むぜ、、、。

 

プレイコールがなされ生木への初球。

内角低めのストレート。

 

『カキィィン!』

 

いきなり振ってきたが一塁線僅かに切れてファール。

いきなり青葉の直球を当ててきたか…。

小柄な体格ながら案外パンチ力あるな。

 

2球目もストレート。

ここは見逃して0-2。

先程と比べて多少甘かったがそれを見送った。

 

追い込んだ。

こうなれば伝家の宝刀が遺憾無く発揮される。

ゆっくりと振りかぶり、しっかりと、鋭く腕を振る。

 

 

『キィィィン』

 

打球は高いバウンドとなり青葉の頭上を綺麗に抜けていく。

すぐに振り返る。

 

「くっ、、、!!」

 

二塁ベース上へ向かってポンポンと跳ねていくボール、

なんとか春が捕球するも神宮寺は両手で×をつくる。

バウンドが高かった為一塁には投げられず記録は内野安打。

 

「今のはしゃーないよ青葉っち! プロでも捌くのは無理だしさ!」

「おう、青葉お前が先頭出すなんて珍しいな、さては緊張してんな~?」

「ちょっとやめなよ神宮寺くん! スライダーが少し甘かっただけだから!」

「とにかく不容易なボールは危険だ、次の円谷はバントもある。俺達全員で守りぬこーぜ!!」

 

しかしホントに珍しいな、、、

勝負に固執して三振を意固地になって狙うような奴ではないし大舞台経験も豊富だ、緊張するようなタマじゃねぇだろうし、、、

 

『二番、 セカンド 円谷くん』

 

にしてもさっきのスライダー、別に甘くはなかったような、、、

元々青葉にとって納得のいく、中学時代に投げていたようなスライダーは未だに完成していない。

だがそれでも容易に打てる球じゃないのは確かだ。

 

 

『ストライーク!! バッターアウト!!!』

、、、考えすぎか。

真っ直ぐ2球に、最後は外に逃げるスライダーで空振り三振に仕留めた。

いつも通りだ。

そう、なんら変わらない、いつもの。

 

 

『三番 ショート 尾崎くん』

要注意バッターの一人、尾崎が右バッターボックスに入る。

ガッツ溢れるプレーと得点圏でも強さが売りだ。

ここで切りたい、この二点は最後まで守りきっておきたい。

 

尾崎に対しての初球、

ここで初めてアウトローえ落ちるカーブを使う。

よし、バットがでた。

 

ガキィ、と鈍い音をたてて、打球はセカンド正面へ。

さすが鬼力に青葉だ。

積極的にブンブン降ってくる尾崎の打ち気を上手く反らした。

 

「へいへーい、ゲッツーもらいー!」

 

茶来がグラブを出しセカンドへ送球

しようというところでボールはぽーんと、跳ね上がり茶来の左肩付近を抜けていった。

 

「なに今の!? 聞いてねーし!」

 

完璧なゲッツーコースがまさかのイレギュラー。

ライトの左京が素早くカバーに入った為ワンアウト一二塁、進塁は最小限におさえた。

だが、、、

 

「つ、ついてねぇYO~」

「むー、青葉くん、ヒット性の当たりは打たれてないのにー」

「まぁ、しゃあないWA!」

「しかし、、、次はあいつだぞ」

 

 

『四番 サード 東條くん』

コールが成された瞬間、大きな歓声が巻き起こる。

その大きな大きな歓声、応援歌、音色は

ときせーナインに重圧をかける。

 

一度タイムを取りマウンドに集まる。

「不運なヒットやイレギュラーはしょうがない、ここだ、東條を打ち取ろう、次の握里なら青葉を打てやしない」

「ああ、お前らがくれた点をここで吐きやしねぇよ」

「おいおい頼むぜ、いつまでも緊張してねぇでいつもみたいにポンポン打ち取ってくれよなー」

「神宮寺くん! そういうこと言わないで!!」

 

 

「、、来たか」

ゆっくりとネクストサークルから打席へと向かう。

そして思った

案外この二点は近くにあったのだな。と

左バッターボックスに入り、軸足を固めて

スゥとバットを構える。

 

青葉は冷静に、一息吐き

そしてセットポジションからの第一球。

 

 

青葉春人

いい投手だ。

ブランク期があるにも関わらず

そんな悔いし過去を忘れさせるほどのレベルだ。

だが生木の打席で少しの疑問があったのではないか?

 

初球はボール、ピクリとも動かず見送った。

 

敢えて投手の嫌がるような見送りかたをしてみたが

さすがにその様な揺さぶりに動じるような投手ではないか。

 

気の抜けない戦い。

その2球目。

大きく割れるカーブ

東條はの肩はピクリとも動かずバットを出す気配がない。

見逃しストライク。

追い込まれた。

 

 

よし、追い込んだ。

セットポジションからの三球目。

追い込んで投げるボールは当然

真ん中低めからボールになるスライダー。

ほぼ横にスライドするような類をみない大きな変化。

勝った。

三振だ。

ときせーナインが、青葉ですらそう思った。

 

しかし東條はバットを出した。

まるで武士が刀を抜いくように

 

さあ、始めよう。

お前の抱いた疑問がなんであるか、修正できるか。

そしてときめき青春高校は今までの傾向を打ち破れるか。

 

 

それがこの試合の分かれ目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第22話 錆

ものすごく時間があいてしまいましたが更新していきます。


二点ビハインドのノーアウト一、二塁のチャンス。

初回とはいえ緊迫した場面。

その場面において一番の緊張、重圧を背負う者は誰か。

渾身の力で球を投じなければならない投手か、

その投手の力を己の頭脳と経験で最大限に引き出さなければならない捕手か、

それとも一つのエラーで得点を与えてしまうかもしれないというプレッシャーを背負う野手か

 

違う。

この試合、世界にひとつだけのこの空間において

一番のプレッシャーを感じているのは打者だ。

大きなチャンス、チームを背負う四番、立ち上がりから失点を許した味方投手を立ち直らせるため、地元の活気復活、そして贖罪。

他の人間には計り知れない程の重い十字架を背負った一人の男は

 

 

地に両足をつけどっしりと構え、誰にも聞かれぬような小さい一息を吐き、一度肩に置いたバットをスゥっと天にかざし

 

 

恐ろしい程に

落ち着いていた。

 

 

彼には見えていた。

投手の強ばる表情を

滴る汗を

野手一人一人の僅かな動き、仕草

試合の呼吸までもが

まるで時間が止まっているなかで

自分だけが自由を許された存在のように

 

 

そして顔色一つ変えずに

観客の声も、声援も音色も、野次までも聞こえ得ないなかで

一心に、己の信念を胸に

バットを振り抜いた。

 

そして彼の耳に入ってきたのは

青葉の生命線、迷いなく打ち取ることのみを考えて投じた白球を

弾き返した音と

 

 

その数秒後に

沸き起こる大歓声

それだけだった。

 

 

 

『いよっっっしゃあああああ!!!!』

『入ったぁぁぁぁ!!!』

『逆転だぁぁぁぁ!!!』

 

 

そして春達もまたその声援に呼び覚まされる

そのような感覚であった。

打球を追う間すら与えられず

まるで金縛りにあっていたような

 

 

そんな一瞬の勝負の後に見た

まださほど荒れていないダイヤモンドを

淡々と回る東條の背中を

ただただ見つめて立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 

聞こえてくる大歓声、パワフル、東條コール。

一年前の帝王戦以来の経験だ。

しかし今この場にいるときめき青春高校野球部全員が感じたのは

一年前の胃を押し潰されそうなアウェー感とはまた違って

 

 

『この東條という怪物は俺達とは格が違う』

 

 

この言葉が彼らの闘志を支配した。

 

 

そしてその言葉に、先程の打席に一番の影響を受けたのは

 

 

『カキィィン!!!』

 

 

打たれた張本人だ。

いい影響か悪い影響かは

言うまでもないだろう。

 

 

 

「うおおおおお!!!」

 

 

神宮寺、茶来が懸命に飛びつくも

一二塁間を真っ二つに割るヒットを打たれた。

不用意に甘く入った初球のストレートを。

いとも簡単に、火のでるような当たりを。

 

 

「おい青葉! テメー初球から不用意に行き過ぎだろうが!!!」

「てめえ何とか言ったらどうだ!!!」

 

 

味方の呼びかけも耳には入らない。

 

 

鬼力のサインに頷いて、セットポジションについて、ボールを投げた。

ここまでは何の違和感もねぇ。

ボールをリリースした瞬間

感じたんだ。

 

 

『打たれる』と。

 

 

間違いねぇ。

東條が初めてバットを出したあの瞬間

まるで見たこともねぇ別の世界に飲み込まれたみたいに。

 

 

そうこう考えながらも試合は続く。

投げる。いつも通りに。

 

しかしパワフルの攻撃は終わらない。

 

何度か牽制球を交え、渾身のストレートを投じるも西森がうまく腕をたたみ鮮やかにセンター前へ。

 

 

ちくしょう、、、いとも簡単に、、、!!

 

 

 

 

 

 

こちらはパワフル高校ベンチ。

東條が深くに被った帽子の奥から鋭い眼光でマウンド上の青葉を見つめる。

 

そこへお調子者の奥居がネクストバッターズサークルに入る準備をしながら隣に座って気さくに話しかける。

 

「やっぱオマエはすげーよな~ 打ったのはスライダーだろ?」

「ああ。」

「かわいくないやつだな~少しは喜べよ」

やれやれと言ったような顔をしながらバッティンググローブをはめる。

 

これでも東條は奥居に対しては心を許している方だ。これでも。

 

「奥居。大振りするなよ」

「わーかってるつーの!!」

そして信頼もしている。

 

 

頼むぞ。

ここで青葉を叩いておきたい。

降板させられればベストだ。

勝つためにはおまえにも打ってもらわなければならない。

 

 

しかし野球、とりわけ投手というものは不思議なものだ。

打者がバットで投手に直接的に与えられるダメージには限りがある。

しかし間接的なダメージは計り知れない。

それは投手が未熟なほど、勝手に精神的なダメージを感じるだろう。

そんな投手に打線が襲い掛かる。

 

今、丁度崩しにかかる段階だ。

ここでしくじっては、投手が立ち直る可能性もある。

まだ初回。などと思うなよ。

 

 

「奥居、もし追い込まれる前にスライダーが来たときのみ思いっきり振れ。追い込まれていたら死んでも当てろ」

「わかってるっつーの!しっかし、あのスライダーをミートするなんてなかなか難しいぞ?」

 

「出来るさ、今の青葉なら。容易にな。」

 

一度帽子を深くかぶりなおす。

 

 

『スライダーを振り込む事が重要なんだ。』

 

 

 

「奥居、早く行け」

 

そうこうしてる間に七番の原田がフォアボールとなり1死満塁、奥居の打席となる。

 

 

「ったく、せっかくの作戦があんなら一部のやつじゃなくてみんなにも伝えればいいのによお~」

っま、あいつらしいな。

 

 

 

 

 

 

 

「神宮寺! 前にでなくでいい。二塁、一塁でゲッツーを狙おう」

満塁のピンチを迎え、春が指示を送る。

 

 

気合いいれねぇと。

いくらバックを信じたって俺が打たれちゃ意味ねえんだ。

 

振りかぶって投じたのはストレート。

決まって0-1。

 

 

一度ロージンバッグに触れ、気持ちを落ち着かせる。

そして鬼力のサインを見つめる。

 

そこで、今までバッテリーを組んできて初めて、青葉が首を横に小さく振った。

 

お前のリードが気に入らねぇわけじゃねぇ。

ただ今までの打者を見ていると何か違和感を感じるんだ。スライダーに手を出してくるし、当ててくる。

よくわからねぇし、深く考えたくもない。

だからここはリードを変えよう。

スライダーをカウント球にも使おう。

少しなら変化量を調節できる。

インコースのボールからストライクになるスライダーだ。 

仰け反らせてやる!

 

 

鬼力もうなずき、インコースに構える。

 

甘く入ったら八番とはいえまずい。

 

打ち取る!

そう念じて投じた2球目。

 

 

「うお! スライダー!!」

 

奥居は思い切りスイングする。

ボールゾーンからインコースに食い込むスライダーを左足をやや三塁方向に開き巧くバットに乗せ豪快に振り抜いた。

『カキィィン』という快音を残して。

 

 

 

火の出るような鋭いライナー性の打球が襲い掛かる。

 

 

それは瞬時のプレーだった。

 

 

『パシィィン』

 

 

自身が投じた渾身のストレートが鬼力のミットにビシっと収まったときと変わらない音が球場に響き渡る。

 

 

 

「セカンッ! 飛び出してるぞ!!!」

 

 

あまりにも凄まじい威力に体ごと持っていかれそうになったが、

その左手のグラブの中に収まった白球は決して落とさなかった。

 

 

よろけながらもなんとか反転して、二塁に送球。

 

 

ランナーが飛び出しているところに春がセカンドベースカバーに入りきっちりと送球をキャッチ。

 

 

強烈なピッチャーライナーを青葉が好捕。

そのまま飛び出したランナーを刺しダブルプレー。

これで長い一回の攻防が終わる。

 

これから戦い抜かなければならない残りのイニングへ大きな不安を残して。

 

 

「ナイスキャッチ」

「おう」

 

 

少しの言葉を交わし、ベンチへ。

どっかりと座り、帽子をとって大きめのタオルで汗を拭いそのまま頭に覆い被せる。

 

 

何故だ。

何故あいつら、スライダーに悉く手を出して来やがる

当ててきやがる!!

 

そしてスタンドまで持ってきやがった、、、!!!

曲がりか、キレか、球速か、

何が足りない。

全部か、、!!

 

 

ちくしょう、、、。

 

 

青葉は過去の、野球から離れていて、ただやることも生き甲斐もなく脱け殻のようにフラフラと遊び歩っていた時の事を思い出す。

どんどん、後悔のページが次々と頭の中に浮かんでくる

 

 

 

 

俺じゃ通用しねぇのか、、、、!!!

 

 

 

 

「おい、ネクスト行けよ」

神宮寺が声をかける。

ヘルメットとバットを渡して。

 

 

青葉は「ああ」とだけ返しゆっくりとネクストバッターズサークルへ向かう。

 

 

「ったく、のまれてんのかあいつ」

髪の毛を整えながらぼそりと呟く。

 

 

「山口、ちょっといいか?」

春は青葉がネクストバッターズサークルに行ったのを確認してから山口をベンチの奥へ呼ぶ。

 

 

「この状況、、、どう思う?」

不運なヒットとはいえ自慢のスライダーを打たれた。

東絛には完璧に持っていかれた。

そしてそこから明らかに崩れた。

 

 

「まぁ、スライダーを打たれている時点で何かがおかしいのは確かだ。しかし青葉自体が調子が悪いとか、失投だったとかは感じられない。あくまでベンチから見ての感想だがな」

神妙な表情で語る。

 

やはりそうか。

そこは俺も同じ意見だ。

しかし東絛に打たれてからの青葉は明らかに様子が変だ。

ここから先程の回のようにズルズルといかれたらかなりまずい。

早く立ち直って貰いたい。

山口は同じ投手だ。

マウンド上では同じ血が通っている。

だから、少しでも立ち直らせる手がかりになれば、、。

 

 

「投手というのはな、マウンド上では自尊心の固まりのようなものだ。」

エースというポジションは、無理矢理でもこじつけでも、自信満々でマウンドに上がる。自分なら試合を作れる、チームを勝たせてやれるって。

そうでもしないとやっていけない。

 

「自信を持って望んだマウンドで、先制点を上げ流れを作って、さあ、裏を守ってその流れに乗ろうというところで、一振りで逆転された。相手の4番打者に、一番自信のあるボールを完璧に打たれて。」

 

「野手からすれば『それがどうした、すぐに取り返してやる、気にするな、だから立ち直れ』と思うだろう。

はた目から見ればその程度だ。しかし己の自尊心をズタズタにされてケロッとしていられる人間などいない。」

 

 

山口はこう続ける。

 

 

「確かに、まだ初回だからな、、、。

立ち直って貰いたいところだが。

場数は踏んできた青葉がああなるということは、打たれた事実以上にこれから修正していくにあたって確信めいた原因がわからず不安要素が多すぎて状態でもがいているのだろう。」

 

 

それに青葉はイップス経験者と聞く。

イップスはいつだって再発の危険性がある。

やみくもに盛り上げてもかえって彼を苦しめることにもなりかねない。

 

 

「そうか、、。しかしお前の目からしても東絛に打たれるまでの青葉の調子は悪くないってことは、一つは東絛に打たれた事が始まりと考えていいだろうな。あとは相手がやたらとスライダーに手を出してくることか」

 

 

本来なら警戒して見送っくるだろう。

それほどの威力を誇る。

 

 

「次だろうな。次の東絛の打席で抑えることが出来れば、きっと自信を取り戻し立ち直ることが出来る。」

 

 

「しかし青葉のスライダーを初見で完璧に捉えたんだ。簡単にはいかないだろ」

春がそう答えた。

 

 

「それに、、、」

言葉がでかかったところで

山口は一度口ごもる。

 

これは言うべきか、言わないべきか。

 

試合前こそ青葉に精神的負担をかけさすまいと虚勢を張っていたが

準決勝という大舞台だ。情けない話だが後ろには俺しかいない。

相手は強豪のパワフル高校。これは実質完投しなければならないと言われているようなものだ。

 

 

「どうした?山口?」

少し間が空いたので春は一度聞き返す。

 

 

いや、言うのはやめよう。

春にまで不安要素を背負わせてどうする。

とにかく見守るしかないんだ。

 

そうこう考えて、自分に言葉を投げ掛けて落ち着かせていると

 

 

「山口、準備しておいてくれ。」

 

 

正直驚いた。

負けたら終わりの大事な一戦。

かつての、右腕ならこんなことは一切思わない。

抑え込んでやると。

しかし今の変わり果てた自分ならどうなる?

客観的に考えると、、、抑えられるはずがない。

もし、マウンドに上がって、打ちのめされてゲームが音をたてて崩れた時、彼らはどう思うだろう。

一番あとから来た、しかもよそ者に、命を懸けて望んだ試合を壊される。

僕だったら、、投手に対して言わずとも憎しみを持つだろう

 

 

「おーい、山口!聞こえなかったか?」

 

 

こんなへなちょこ左腕が、どうやって自尊心を持ちマウンドに上がればいいのか、こじつけることもできない。

 

 

 

 

 

 

「頼みがある! これは山口にしかできない!」

 

 

 

 

 

 

 

二回表ときせーの攻撃は三森右京から始まったが松田のストレートに力負けし、三者凡退に終わる。

 

 

「くそっ! あのピッチャー乗ってきたな」

「ああ、これからの失点はかなり痛いぞ」

 

 

グラウンドに散る。

ヘルメットとバットを稲田に渡し、青葉も駆け足でマウンドへ向かう。

 

 

この回、二人出さないかぎりは東絛に回らない。

一人ならいいんだ、大丈夫。やれる。

 

 

 

二回の裏、青葉は先頭の松田を三振に切ってとったものの生木が外に逃げるスライダーを見極めフォアボール、円谷が送ってツーアウト、アウトカウントを重ねるも

 

『ボール、フォア!』

外へ逃げるスライダーにアウトローへのストレート

主審の手は一度も上がることなく

続く尾崎にストレートのフォアボールを与えてしまい、東條を迎える。

 

「ちっ」

 

おかしい、調子は悪くないはずだ。

むしろ真っ直ぐは走っているし、スライダーもコントロール出来てる…

なのになぜ見極められる…

 

 

確かに、いつも通りの組み立てで抑えること自体は一応できている。

しかし、パワフル高校の攻撃の要である生木、尾崎、下位であるが奥居、そして東條。

不運な当たりもあったものの、通用していない。

それがなぜだかわからない。

 

 

「青葉君! 気にしないで!」

「ツーアウトツーアウト!」

 

 

小山、春が鼓舞する。

ここは踏ん張ってもらうしかない。

あいつを何としてでも抑えてもらわないと

 

 

『四番 サード 東條君』

 

 

 

一度屈伸をし、右手でツーアウトとバックにジェスチャーを送り、打席の方へ目をやる。

 

 

「青葉春人か、、」

打席に入り、バットを構えぼそりとつぶやく。

 

 

正直、感服している。

あそこまで完璧なホームランを打たれてなお立ち向かってくるか

 

面白い、やはりこうでなくてはな。

 

 

(鬼力、奴はスライダーに山を張ってる可能性があるが基本はストレート待ち、まずはカーブで様子見だ)

 

 

初球のひざ元へ落ちるカーブ、そしてアウトローのストレート、ともにコースギリギリを突きストライク先行、そして追い込んだ。

その後高めの釣り玉をはさみ、1-2。

 

そして四球目のサインは

 

 

(スライダー、、!)

 

 

青葉がこくりと頷く。

 

 

さっきの打席ではボールになりきらなかったスライダーをもっていかれたが今度はそうはいかねえ。

真ん中からインコースに切れ込むスライダーだ。

さすがの東條でも芯でとらえるのは厳しいはずだ。

尻もちをつかせてやる!

 

セットポジションから解き放った、渾身のスライダー。

狙った通り、インコースに切れ込む。

 

 

東條は掲げたバットを振り下ろす。

 

 

よし、手を出した!

あのコースだ、バットに当たったとしても切れる、フェアゾーンに残そうとしたら当然詰まるはずだ。

 

 

『ギンっ』

 

 

鈍い打球音が響く。

 

打ったのはボール一個分外された球威抜群のスライダー。

 

重心を前に崩されながら最後は片手になりながらのスイング。

 

 

「オーライ」

 

ライトの左京が足を止め手を挙げる。

 

 

狙い通りだ。

手を出してくれて助かった。

しかしどんづまりながらだいぶ高く上がったな、、

あのコースを外野のフェアゾーンまで飛ばすかよ

 

 

「!?」

 

一度足を止めた左京が、一歩、二歩後ろに下がる。

そして背走。

 

打球に目を切らさず、素早く追う。

 

高々と上がった打球は勢いこそないもののどんどんと伸びていく。

 

 

「左京君!意外と伸びてるでやんす! もっとうしろでやんす!!」

 

 

センターの矢部が懸命に指示を送る。

 

 

「わーてっるつーの!!!」

 

 

『ガシャン』

 

快足を飛ばした左京はポールすぐそば、フェンス手前1mにさしかかった時、そのまま勢いよくフェンスを駆け上り目一杯手を伸ばす。

 

 

 

 

 

しかし左京のグラブのわずかに上を、高々と上がったどんづまりのフライが、通りすぎる。

 

 

 

そして打球は外野芝生席最前列ににボトリ、と確かに落ちた。

 

「は、入った…」

「詰まらせたよNA?」

 

ベンチで山口と稲田が

 

 

「嘘だろ…」

青葉までもが

 

 

このワンプレーがここにいる全員の度肝を抜いた。

 

 

「よっしゃーーー!!!」

「4点差だぁぁぁ!!!」

 

 

盛り上がるベンチ、応援団。

そんな行け押せムードとは対照に、東條はゆっくりと、淡々とダイヤモンドを周る。

 

 

セカンドベースをまわったとき

 

(ん?東條のユニフォーム、右肩が汚れてる…)

 

春が気づく。

 

(まさか! 倒れ込みながらあのインコースのボール球をスタンドまで運んだのか!?)

 

 

元々東條がすごい奴だということはわかっていた。

それでも、その圧倒的な打撃を前にときせーの誰もが

 

 

 

 

 

『敗北』の二文字を意識せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「東條コノヤロー、お前はなんてやローだ!!」

 

 

ベンチでナインが出迎える。

東條はゆっくりとハイタッチをしベンチに腰をおろす。

 

(危なかった、なんとか切れずに入ってくれたか)

 

 

目を閉じる。

 

 

待っていてくれ。

あと二勝、もう少しだから…!

 

 

 

 

 

 

 

 

『パワフル高校、東條の一振りで突き放します!! 6-2!!』

 

 

とある病院のとある一室。

 

 

ベットの上でラジオに耳を澄ませながら、快晴の空を眺める。

 

 

「さすがだね」

 

そう一言呟くと、コンコンッとドアをノックする。

間髪入れずドアを開ける。

ノックした意味はあったのだろうか。

 

 

「おう、頼まれたもん買ってきたぜ」

「ありがとう、暑かっただろう?」

「なーにたいしたことねぇよ」

 

 

そういうと頭に巻いた手拭いで汗を拭く。

 

 

「あいつ、また打ったみてぇだな」

「ああ。大した奴だよ。松田も調子がいいみたいだし、奥居も急成長、これは期待しちゃうな」

 

 

少しの会話を交わし、プロテインと握力強化トレーニング器を受けとる。

 

「猛田も惜しかったね」

「言うんじゃねぇよ。まだその傷は癒えてねぇよ」

「それはすまなかった。だけどこんなところで終わる気はないだろう?」

「モチロンだ!だからテメェもモタモタしてんじゃねぇよ」

 

もう体も大分よくなってきた。

そろそろ…うずうずしてきたよ。

 

仲間が命を懸けて戦っているというのに、僕は病院でリハビリの毎日。

力になれない苛立ちときたら、僕を何度苦しめたか。

 

 

でも東條。

君が気負うことは一切ないんだ。

まぁ、忠告したところで無意味だろうけどね。

 

 

「リハビリの時間ですよー!」

 

 

「あ、はーい、悪い猛田、ゆっくりしていってもらいたかったのに」

「いいや、俺も行くとこがあっからよ」

「そうか、じゃあまた何かあったら頼むよ」

 

 

待っていてくれ。

必ず帰ってくるから。

 

 

 

「さあ、今日も頑張りましょうね!」

 

 

 

 

 

「鈴本さん!」

 

 

 

 

 

 

 

~1年前~

 

 

『カキィィン』

 

 

快音が鳴り響く。

 

 

「尾崎、いい調子だな」

「ありがとうございます」

 

 

ここはパワフル高校のグラウンド。

ただいま紅白戦の真っ最中。

 

 

稲垣 大介監督が腕を組み、グラウンドを見つめる。

 

大波監督から野球部を引き継いで10数年。

すっかり甲子園から遠ざかってしまった。

 

しかし、今年の一年はいい。

東條、鈴本は怪物だ。

これほどのスラッガーと完成度の高い本格右腕、私の手に余るほどの逸材だ。

 

それに松田に奥居。

この二人もまだ粗削りだがいいセンスをしている。

 

 

この子たちがモノになり、現有戦力とうまく噛み合えば、、、夢ではない。

 

 

「ピピー!!」

 

笛の音が鳴る。

 

「サッカー部の皆さん! 東條君の打席です! 十分注意点してください!」

 

公立校であるパワフル高校はグラウンドを複数の部活と共同使用している。

普段は大丈夫なのだが、東條の打席ではこのように警笛を鳴らす。

怪物じみた飛距離を誇るためである。

 

 

 

「東條、打たせる気はないよ」

「望むところだ、本気で行くぞ」

 

 

切磋琢磨しあう二人の天才。

それに触発され、気合十分な部員達。

この子達に甲子園の土を踏ませてやりたい。

そのためには厳しくいかなくてはならないだろう。

でもお前達ならついてきてくれるよな。

 

 

 

 

 

 

東條、これはシートバッティングとは違う。

やはり試合での君の打席は威圧感が凄まじいよ。

味方でよかったと思う。

だからこそ、そんな君を抑えて君も僕が味方でよかったと思わせたいんだ。

 

 

鈴本、お前は球速、球種の多さ、制球力、どれをとってもずば抜けている。

そんなお前を相手に負けたくないから俺もここまで成長できたと思う。

感謝している。

だから、お前の想いに俺も応えたい!!

 

 

「いくぞ!!!」

「…来いっ!!!」

 

 

鈴本が投じた全力のストレートを、東條は全力で弾き返す。

 

 

 

 

 

その打球は快音ともに唸りをあげ

 

 

 

 

 

鈴本の膝に直撃した。

 

 

「鈴本!!」

 

 

鈍い音を立て倒れ込む鈴本。

駆け寄るチームメイト。

 

 

 

「鈴本!しっかりしろ!!」

「奥居! 救急車だ!!!」

「は、はい!!」

 

 

 

ドクンドクンと心臓の鼓動が突き刺さる。

倒れ込む鈴本が担架で運ばれる。

俺は、俺は何て事を…

目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

「全治一年だそうだ」

病院の待合室で部員全員が受け入れがたい事実を監督の口から知らされた。

 

 

「そんな…あいつがいなきゃ俺達…」

 

 

誰もが認める絶対的エースの故障。

チームに影響がないはずがない。

 

 

「プレー中のことだ、仕方がない。」

監督はそう言うが、いつもの熱血らしさがない。

必死に部員達を落ち着かせようとするが、言葉が見つからない。

 

 

「そうっすよ! 皆さんそんな辛気くさい顔しないでくださいよ!」

「こういうときこそ俺達が頑張らなきゃダメでしょ!!」

 

 

奥居と松田が先輩達を励ます。

一緒にやって来た仲間の無念を俺達が晴らさないでどうするのだと。

 

 

「ああ、そうだな!」

「俺達が元気出さなきゃな!!鈴本はいい奴だから心配させたくねぇよな!」

 

 

「な、だからお前も元気出せよ!」

奥居が東條の肩に手をポンっと置く。

 

 

しかし東條は、、

 

 

「あ、東條! どこ行くんだ!」

 

 

計り知れない罪悪感から

立ち上がり、走って病院を出ていった。

 

 

「奥居、あいつには少し時間が必要かもしれない」

引き留めようとする奥居を監督が止める。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ」

自分でも思う。

こんなに取り乱したのは初めてだ。

あてもなくただただ走り続ける。

外は昼間とはうってかわってどしゃ降りの雨。

それでも関係ない。

自分がこれから何をすべきかわからない。

自分がしてしまったことの大きさは痛いほどわかるのに。

 

「おい、東條じゃねえか!! 鈴本は大丈夫なのか!?」

噂を聞いて駆けつけた、すれ違う猛田にも気づかず。

 

「お、おい! 待てよ!」

ずぶ濡れの東條を引き留める。

 

「いったいどうしたってんだよ?」

傘を差し出し問いかける。

 

「あいつが、俺のせいで鈴本が…」

「もう、俺はどうしたらいいか…」

 

あいつの、パワフル高校の輝かしい未来を一瞬で奪ってしまった。

責任なんてとれるはずがない。

押し潰されそうになる。

みんなに、あいつに見せる顔も、野球部での居場所も、もうなにもかも…

 

 

「もう俺に野球をやる資格はない…」

 

 

こんな東條は初めて見た。

いつもの冷静沈着ですましてやがる奴とは全く違っていた。

心配ではあるが…イラッときた。

 

 

「詳しい事情はわからねぇけど」

 

 

猛田はすぅと息を吸い込み

「オメェのやるべきことなんてハナから一つしかねぇだろうが!!! あんまらしくねぇとこ見せんじゃねえぞ!!!」

 

「俺にやるべきことなんて、出来ることなんてない…」

気のない返事だ。

猛田はさらに声を張り上げて

 

 

「あーもうじれってぇなぁ!!! お前に出来ることなんて、グラウンドで!!バットで!!ピッチャーをねじ伏せる以外になにがあんだよ!!!」

 

 

「見舞いは改めて行く。テメェは今何をすべきか考えてろ!!」

 

 

そう言い放って、傘とタオルをおいて猛田は引き返す。

事情など知らない。

だけど、そんなお前は見たくない。

野球をやる資格がねぇだぁ?

ふざけんじゃねぇ。

お前を超える事を目指して必死こいて練習してるおれがバカみてぇじゃねぇかよ。

 

 

 

しばらく雨に打たれた。

びしょ濡れになりながら真っ暗な空を眺める。

不思議と自分でも怖いくらい落ち着いていた。

状況は何一つ変わってないのに。

それでも一歩、また一歩歩き始め…

 

 

「じゃあ、また来るからな~」

 

 

病室で身の回りの整理を済まし、一言を声をかけて病室を出る奥居。

 

無理もないけど、元気がなかった。

今度ゲームでも持っていってやるか、などと考えていると

 

びしょ濡れの服。

ヘアゴムは切れ、長い緑髪からポタポタと滴り落ちる。

 

 

奥居は笑顔で

「…行ってやれよ」

 

 

コクリと頷き、病室のドアを静かに開ける。

 

 

「あ、コラー! 廊下を水浸しにして! 拭いてきないさい!」

看護師さんがお怒りの様子。奥居にだけ。

そして雑巾を渡される。

 

 

「ちょ、今オイラの見せ場だったのに~!!」

 

 

病室に入ると、鈴本もベットから上体を起こし

 

 

「東條じゃないか! 皆と一緒に来てくれなかったから少し凹んでたんだぞ!」

 

 

東條が来るといつものにこやかな表情に戻る。

心配かけまいと、空元気なのか。

 

 

正直悔しいよ。二年半しかない高校野球。

皆と野球が出来るかけがえのない時を、一年間無駄にするんだ。

高校に入って、頼もしい先輩達、明るくお調子者な同級生、そして、互いに高めあっていけるライバルに出会えて、最高の仲間達と最高の舞台を目指す最高の時間。

これから味わうであろう栄光、苦難、葛藤。

そのすべてが自分を楽しませ、成長させてくれるはずだった。

だから現実を直視すると、おかしくなりそう。

でも…

 

「鈴本…本当に…」

東條が口を開き、話始めると

 

「やめてよ。」

謝罪なら聞く気はないよ。

僕に謝罪することで東條の気が晴れるのなら素直に聞くべきだと思う。

だけどそれは僕にとってお門違いなんだ。

だって、僕は君を恨んでないし、君のせいで怪我をしたなんて思ってもいない。

 

だから、君に望むことは…

次の言葉、鈴本が願いを伝えようとすると

 

 

「俺は…もっと強くなりたい」

 

 

もっと、もっともっと強くなって、鈴本が経験できなくなってしまった数々の場面を乗り越えて、もっともっと成長して

 

「甲子園の舞台を掴み取る!!!」

 

夜の病室で、大きな声が響く。

高らかに宣言した男の表情に迷いはなかった。

 

「ああ!」

鈴本はニコッと笑った。

 

僕が君に望むこと。

それは僕が戻ってくるまでに

強敵になっていて欲しい。

味方だけど敵。

そう、切磋琢磨しあうライバルとして。

一年間は投げられないんだ。

当然、僕の力は計り知れないまでに衰えてしまうだろう。

今まで積み重ねてきたものが無に帰するかもしれない。

その現実はきっと僕に重くのし掛かるだろう。

でもそんな時

すぐ近くに、かつてとは比べようのない恐ろしいほど強大な力を持ったライバルがいたとしたら…

 

 

全力で追いつきたくなるじゃないか!!

 

 

そして成長した仲間達と甲子園のグラウンドに立つことが

僕にとって最高のモチベーションになるんだ!

 

 

 

二人はそれ以上の言葉は交わさなかった。

夢叶う日は果てしなく遠い。

だが、今日の長い長い一日が

 

 

天才に火を着けた。

 

 

 

 

「あ、東條! オイラに雑巾がけ押し付けやがって!!なに清々しい顔してやがる!!」

「コラ! しっかりやりなさい!!」

「くっそ~!覚えてやがれ!!」

 

 

 

 

それからの東條は死に物狂いで野球に打ち込んだ。

内野の間を破るだけなら来た球をその球速や球種によって強度を調節してスイングすることで対応できる。

しかし本塁打を狙うなら来た球を思い切りスイングしなければならない。

本塁打に必要なのは土台となる筋力とその力を伝えるフォーム。

次にいかに試合状況や相手投手の心理を読み、狙い球を絞り、呼び込むか。

東條には恵まれた肉体はない。

だから野球勘を研ぎ澄ました。

そして血の滲むような努力をし、身体能力の壁を乗り越えて

相手投手の細かい癖、捕手のリード、心理状態を見抜く

並々ならぬ観察眼を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしオメェよくあんな癖気がついたな~」

「ああ、苦労したがな、映像ではなく実際に見て、確信に変わった」

ベンチから青葉を見つめる。

気持ちが入りすぎているのだろうな。大舞台だ、仕方がない。

本人も、捕手も、誰もが気づいていない。

こちらとしてはラッキーだ。

 

 

 

 

「ストレートとスライダーとで腕の振りが僅かに、そして確かに違うことを」

 

 

 

 

恐らく打たれてはいけないという責任感がトーナメントを勝ち進むごとに強くなり、もっと大きく、鋭く曲げようと無意識的に腕の振りが大きくなっているのだろう。

 

そこで敢えて、ストレートを基本としながらもスライダーを捨てずに狙うことにした。

その方がダメージが大きいからだ。

青葉のスライダーは脅威だが、こちらは来るとわかっている。

これだけでも見極めて四球の確率は格段に上がる。

上位打線ならなんとか捉えることはできている。

 

確かに全投球をこちらの全選手が確実に識別できる訳ではないが、山を張られている球種を軸に一定程度抑えている青葉は大したものだ。

 

だが、こっちもやわじゃない。

なによりスライダーを当てられ、見極められ、強く振り込まれることは青葉も違和感を覚えるはず。

 

その違和感が、何とかしようとする過程が

引き出しの少なさを露呈する。

 

「あの東條ってやつマジやべぇよ」

「プロでもあんな打ち方できねぇだろ」

 

ベンチに腰を降ろす。

(クソッ!)

皆すまねぇ。

試合をぶち壊しちまってる。

スライダーを当てられる、見極められる、持っていかれる…!!

なんて情けねぇ。

 

 

後続を打ち取ったものの、痛い失点。

2回を投げて6失点。

青葉がこんなにも打たれることはチームの士気関わる。

東條の狙い通り大きなダメージとなる。

 

 

「うおっ!?」

頭からバスタオルを被る青葉の首元に、キンキンに冷えたパワリンをピトッとつける。

 

「なにしやがんだ!」

振り返ると

 

「よかった~、元気はあるみたいだね!」

ミヨちゃんだ。

その時青葉は、正直驚いた。

元気がある?当たり前だろーよ、気合いいれてかなきゃ抑えられる訳ねぇだろ。

 

そうか…打たれてうなだれてるように見えてたか。

つくづく情けねぇな。

いや、だせぇ。

 

 

「ありがとなマネージャー、ちょっと吹っ切れたぜ」

「もぉーミヨちゃんって呼んでっていってるでしょー!!」

 

 

2回以降はゼロ行進。

青葉はミヨちゃんの励ましもありヒットを許すもののホームベースは踏ませない。

試合が硬直状態にある。

このままではときせー大ピンチ。

なんとか反撃の糸口を掴みたいが

 

『ストライク! バッターアウト! チェンジ!』

「あぁ~残塁かよ~」

 

試合は5回表。2-6。

左京から始まり、青葉がヒットで出塁するも後続が力強い速球に押され無得点。

 

松田は尻上がりのナイスピッチング。

徐々に変化球も決まり始めときせー打線を封じ込める。

 

「もう一点もやれないぞ!!締まっていこう!!!」

 

春が声を張り上げ、ナインは守備につく。

そしてこの回の先頭は

『四番、サード 東條くん』

来たか。 

これ以上の失点は痛すぎる。

ここが仕掛け時だ!

 

「青葉!」

「ああ、わかってる」

 

『ときめき青春高校、選手の交代をお知らせします。レフトの三森右京くんに変わりまして』

 

 

 

 

 

 

 

『ピッチャー、山口くん』

 

 

 

 

 



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第23話 意地

私生活がだいぶ忙しく、かなり久々になってしまいましたが更新です。


ときめき青春高校対パワフル高校の準決勝。

試合はパワフル高校ペース。

東條の観察眼によって青葉の癖が暴かれた。

パワフル高校はストレートとスライダーを識別することによって苦しみながらもランナーを溜める。

そして圧倒的な打撃を誇る東條が還す。

青葉は5回6失点という苦しい状況。

なんとか反撃したいときめき青春高校だが、立ち直った松田の豪速球に抑え込まれる。

もう一点もやれない場面で迎えるは東條。

そしてときせーベンチは動く。

 

 

『ときめき青春高校、選手の交代をお知らせします』

『レフトの三森右京くんに代わり山口くんが入りピッチャー、ピッチャーの青葉くんがレフトに入ります。』

 

 

「ラストッ!」

「ナイスボールYA!!」

ブルペンで稲田に一球投じ、ミヨちゃんから貰ったドリンクを一口。

そして帽子を目深にかぶりマウンドへ駆けていく。

 

「山口、頼む」

青葉からボールを受け取り   

「任せてくれ」

「おい青葉、お前外野用グラブ持ってねぇだろ、俺の使えよ」

「悪いな」

青葉にグラブを渡し、ベンチに下がる右京。

 

「ナイスファイト右京くん~」

「おうよ」

 

ミヨちゃんからタオルを受け取り汗を拭いながら

 

「なあ、このスイッチ大丈夫かよ?」

ぼそりと呟く。

それもそのはず。

いくら青葉が東條に打ち込まれてるからといってさすがに今の山口をぶつけるのは傷口を大きく広げかねないのは事実。

 

「山口のことは認めてんだけどよ」

「大丈夫だよー! 青葉くんは今のうちに切り替えられるし!」

 

内野陣がマウンドに集まる。

「最初の打者があのバケモノとかお前もついてねぇな」

「大丈夫だ、任せてくれ」

正直、通用する自信はない。

頼みの綱の青葉が打ち込まれた。

それはこちらにとっては大打撃。

戦意を喪失しかねない。

だが俺達は今まで青葉に助けられてきた。

何度も、何度も。

そんなときこそ相手の四番バッターを抑えて、流れを引き戻す。

それがリリーフの役割であり、今の俺のときせーでの居場所だ。

ただの層が薄いベンチ要員じゃないんだ。

仕事はするさ。

 

東條は山口が投球練習をしている間ベンチでデータを確認する。

「やはりあの山口か…」

極悪久高校戦で先発した左腕。

怪我をしたとは聞いていたがまさか本当にあの山口だったとは。

仕方のないことではあるが、かつての右腕とは程遠い実力。

 

『五回の裏、パワフル高校の攻撃は四番、サード東條くん』

 

しかし油断は禁物。同情などもっての他。

代わりばなを叩いて引導を渡してやる!

一息吐きすぅっとバットをたてる。

 

 

さすがは東條だ。

この凄まじい覇気を目の前にしてはどうしても打たれた時のことを想像してしまう。

だが、、、俺は臆さない!!

 

審判のコールがかかったとたん、山口の目付きが変わる。

 

ワインドアップモーションから、ゆっくり高く足をあげ、大きなテイクバックから投じた第一球。

それは90km/hにも満たないストレート。

見送って0-1。

 

 

なんだこの球は?不用意過ぎるし、明らかな棒玉ではないか。あまりにも驚いて見送ってしまった。

前回の登板では120程度は出ていた筈だが…。

しかしこれなら立ち直りそうだった青葉のほうが数倍打ちづらい。

何か策があるのか、はたまた苦肉の策か。

東條はそう感じた。

だが次は打つ!!

 

そして山口が投じた2球目。

始動から物凄く速いステップで外角一杯にまたも90km/h程度の速球投じる。

 

東條はこれをうちに行くも打球はレフトファールスタンドに切れる。カウント0-2。

 

 

こいつ…モーションの速度を変えることで俺にタイミングを取らせない気か?

なかなかやるな…。しかし同じ手は喰わん!

東條は気合いを入れ直し、打席に立つ。

 

 

(春…君がいった通りのことはやる。

しかし、これからはどうなるかわからないぞ…。)

 

(ああわかってる。だけどこれくらいしか抑える方法が思い付かないんだ!)

二人はアイコンタクトを交わす。

 

 

山口はじっと鬼力のサインを見つめる。

そして…一度、二度と首を横に振った。

そしてプレートから足を外し、不満げな表情を見せる。

 

 

何度もサイン交換をし、やっと頷く山口。

そして一球目と同じように大きなテイクバックから豪快に腕を振り下ろす。

 

 

(なにっ!?)

 

 

山口が投じたボールは、、、打者より大分手前でワンバウンドし、バックネットにあたる程の暴投であった。

 

あまりにも暴投過ぎたので、山口はついついマウンド上で苦笑いする。

 

 

「へいへーい!ピッチャー落ち着いて行きましょ!!」

「力むな山口!」

 

 

チームメイトの掛け声に山口は笑顔で応える。

そして東條はタイムを要求する。

 

 

(今の握り、間違いなくフォークだった…!!)

コイツ…フォークがあるのか?

確かに山口の代名詞と言えばフォークだ。

しかしそれは右腕時代の話。

前回登板では120km/hのストレートと緩いカーブのみで組み立てていた筈。

さらに、さっきのサインの手惑いだ。

明らかに捕手と意見が別れていた。

そしてやっと納得して選んだ球がフォーク。

捕手の鬼力ではなく、サインに首を振り続け、プレートを外してまでその意思を示した山口が投げたがった球だ。

よほどの自信があったのか…?

今のはすっぽぬけの大暴投であったが、、警戒しなくちゃな。

 

 

冷静に考えをまとめて、再び打席に立つ東條。

 

 

そして山口はまた何度かサインに首を振り、やっと頷く。

そして再びダイナミックなフォームから投じた四球目。

 

 

 

(挟んでいる、フォークだ!!それに高い、抜けた絶好球だ!)

東條は体の軸を崩さないまま始動する。

 

 

 

『ストライーク!バッターアウト!!』

 

しかしバットは空を切る。

 

よしっ!と小さく声を上げる山口。

ときせーナインもそれに呼応して湧く。

 

 

東條はあっさりと三振に倒れ、ベンチに戻る。

どういうことだ…。

山口のフォームはテイクバックが大きく、リリースをするまでに握りをみることができる時間が長く、握りがかなり見えやすい。

俺の目に狂いはなかった、しかし来た球は

 

内角高めのストレート。

 

 

まさかあいつ…直前で握りを変えたのか?

指を挟むフォークから咄嗟にストレートの握りに変えるなんて並みの芸当じゃない。

 

 

「侮ったか…」

 

 

山口は東條を打ち取ったことで勢いに乗り、続く握里、西森も凡打に打ち取る。

そして淡々とベンチへ。

 

 

「すげぇぞ山口ー!!あのバケモン打ち取るなんてよお!!」

「いよいよ完全復活かぁ!!?」

 

 

そんな山口とはうってかわって大盛り上がりのときせーベンチ。

 

 

「助かったぜ」

 

山口の肩にぽんっと手をやり青葉が一言。

 

「春のおかげさ。うちのキャプテンはたいしたものだよ」

 

 

 

 

 

 

「球種が読まれてる?」

「ああ。パワフルの上位陣を見てるとな」

「俺はショートだからよく見えるんだ。あいつら、青葉のスライダーに思い切り踏み込んでくる。内外関係なくな。特に左打者の時には狙い済ましたかのように降ってくるだろ?逆に右打者は外スラにはほぼ手をださないし、ストレートを振りきってる」

 

確かにそんな印象はある。

青葉の調子の問題もあるが、今日はストレートも走っていてスライダーもいつも通りにキレていた。

 

「あのスライダーとストレートを初対戦で識別するのはムズい。それをはじめからどの球種がわかっているかのようにスイングして、見送ってくる」

「青葉の方になにかあるってことか?」

「だろうな。そしてそれは東條の仕業じゃないかと踏んでいる」

 

東條はそれが顕著だ。

元々の技術の高さもあるが、青葉のインサイドへ曲がるスライダーをスタンドまで持っていったあの躊躇ないスイング。初回のアウトコースのスライダーを持っていったのもそうだ。

奴は青葉のなんらかの動作にその識別方を見いだしている。と信じたい!

こんな劣勢だ。

とにかく青葉が復調するために糸口はどんな小さいものだろうと探りたい。

 

 

「てなわけで山口。ゆさぶり頼んだぞ」

「ああ。…って、えっ!?」

 

俺に投げろというのか?

正直な話、無理だ。

俺なんて左腕に転校して数ヶ月程度。

球速だけならそこそこ出るようになってきたが…

東條を抑えるなんて夢のまた夢。

怖じ気づいている。

こんな奴が試合を壊していいはずがない。

こんな覚悟の奴がマウンドに立っていいはずがない。

そう伝えようとすると…

 

 

「おいおい、ビビってんのか?らしくねぇな!」

 

春は普段談笑してるときのように笑顔でこう言った。

 

「去年の夏、俺たちを圧倒したときのこと思い出せよ!まぁ俺は忘れたくても忘れらんねぇけどな!」

 

「だけど!それはこの右腕の時の話だ…」

 

だめだ、せっかく自信を持たせようとしてるのに、情けないが心底恐れている。打たれることを。

 

 

「俺は出来ねぇこと頼んでねーよ。なにも前と同じように打者を圧倒しろって事じゃない。今のお前に出来ることをやってほしいだけだ」

 

消えるフォーク?いらない。140キロ後半の真っ直ぐ?必要ない。

今の山口の武器は別にある。

それに気づけばいいんだ!

 

 

「これが出来る奴はときせーにお前しかいないからなお前でダメならみんな納得できる」

 

 

 

「頼んだぜ、リリーフエース!!!」

 

 

今のまんまでもいい。

お前は立派な部員で、欠かせない戦力だ。

勝つための最善手が山口の投入なんだ。

自信持てなんて言わねぇ。

のびのびやってくれ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、僕は大バカだな。戦う前から戦意喪失してたんだからな」

「そのわりには堂々と投げてたじゃねえか」

「彼にそそのかされてね。不安なんてすっ飛んだよ」

 

 

春の言葉の真意を考えた。

これがあってるのかはわからない。

だけど自分で考えてみたけどその最善策が撹乱することだ。

そんな子供だましが何度も通用しないだろうけど、彼のお陰で見つけられた気がする、俺が本当に目指すべきところ。

 

 

「あいつ、たまにキャプテンらしいこと言うからな」

青葉もふっと笑う。

 

「俺にはいいキャプテンに見えるがな」

「最初はあんな頼れる奴じゃなかったぜ」

 

 

 

「青葉!山口!円陣組むぞ!!」

「「おう!!」」

 

 

 

野球には真摯に取り組む。

チームメイトには自分より気遣いやがる。

 

 

 

「一点ずつでいい。コツコツ返してくぞ!!」

「「「しゃーー!!!!」」」

 

 

 

 

今では立派なキャプテンだよ、お前は。

 

 

 

『三番、ショート 荒波くん』

 

 

山口呼び寄せたこの流れ、切るわけにはいかない。

松田の速球は強力だ。

とにかくおっつけて、コンパクトに!

 

 

『キィン!』

 

 

初球のストレートを引き付けて叩いた。

鋭い打球が左中間を真っ二つに破る。

 

 

山口があれだけの投球を見せたんだ。

かつての豪腕投手のプライドを捨てて、小手先のテクニックに走った。

辛いことだろうが、今のお前には自信の根拠が必要だったと俺は思う。

そして結果を出した。

だから…

 

 

フェンスまで到達したボールをセンターが捕球。

中継にボールを送球するところで、春は二塁を蹴った。

 

 

「やべぇ、あいつ暴走気味だぞ!」

「ワイは回しとらんDE~!」

 

 

セカンドから三塁へボールが送られる。

春は懸命に走り飛び付くようにスライディング。

 

 

 

「この試合…負けらんねぇんだ!!」

 

 

 

 

『セーフッ!!!』

 

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

塁上で柄にもなく吠える。

そしてベンチへ向かって拳を突き上げる。

 

 

「うっしゃー!いいぞー春!!」

「ぜってぇ還せよ神宮寺!!」

「任せろ!!!」

 

 

ビハインドにも関わらず活気づくときせーナイン。

 

 

「すごいなー春くん。あのストレートを流してあそこまで飛ばすなんて」

「伊達にクリーンナップじゃねぇってかんじ?」

「つーか何気に足速くね?」

「矢部くんとか三森くん達がいるから目立たないけどタイム的にはその次に速いんだよね!」

「なんか嬉しそうじゃね雅ちゃん?」

「えっ!?そ、そんなことないよ!?」

(アピれてるぜ春っち!!)

 

 

春の三塁打を皮切りに続く神宮寺は粘ってフォアボールを勝ち取る。

続く鬼力は外の変化球を引っ掻けて併殺打となるもその間に一点を返す。

その後茶来が繋ぐも代わってはいった七番の山口は三振に倒れスリーアウト。

徐々に打たれ始めているものの圧倒的な直球を武器にここぞというときは抑える松田。

六回表にようやく反撃の一点を挙げ3-6。

点差以上にはりつめた試合展開となる。

 

 

七回は三者凡退に倒れるも八回に100球を越えた松田にたいし打線が奮起。

小山と春の連打から神宮寺が今日二本目のタイムリーを放つ。これで4-6。

疲れが目立ち始めた松田を捉え始めた。

しかしここはさすがの松田、続く鬼力、茶来、山口を連続三振に切って取り流れを渡さない。

 

 

対する山口も毎回ヒットやフォアボールで得点圏にランナーを背負うも緩いボールとモーションの変化をうまく使い本塁は踏ませない。

七回に先頭の東條を敬遠したときはスタンドから怒号も飛んだが動じず後続打者を打たれながらもなんとか得点は与えなかった。

八回には奥居に痛烈な二塁打を浴びるなど一死満塁のピンチを迎える。

しかし三番尾崎の意表を突いたスクイズを素早いフィールディングで阻止。

ダブルプレーに撃ち取り絶体絶命のピンチを乗りきった。

 

 

 

「…よしっ!」

「よくやった山口!!」

「しゃー、意地でも追い付くぞ!!」

 

試合は9回の表。スコアは4-6。

追い付かなきゃここで終わり。

 

 

 

「みんな、このままでいいか?」

 

 

円陣を組み春が問いかける。

 

「あ?」

「何言ってやがんだテメェ」

「いいわけねーだろ!!」

「いつもは青葉に助けられっぱなしだけどよ、今日こそは俺らだってやってやんぞ!」

「山口だって打たれても踏ん張ってきたんだからよ!」

「よっしゃーいくぞテメェら!!ときせー

魂みせてやろうぜー!!」

「ちょ、それ俺のセリフ…」

 

途中から何故か神宮寺が音頭を取り始めたが…

大丈夫。まだ闘志は死んじゃいない。

みんな必死で食らいつこうとしている。

120球を越えた松田は続投。

やっぱり後続のピッチャーには不安があるんだ。

今が絶好のチャンスだ!

 

 

『9回の表、ときめき青春高校の攻撃は、八番、ライト、三森左京くん』

 

 

それでも松田は140前後のストレートを放り込む。

 

「ちっ、なんつースタミナしてやがんだよこいつ」

 

 

外野も大分前に来てる。へっ、俺のバッティングじゃこんなもんだよな…。

でも…

 

 

『キィン!』

 

 

「んなもんカンケーねぇんだよ!!」

 

 

左京は外角のストレートを流し打ち。

痛烈なゴロが三塁線を襲う。

 

 

「くっ、」

「うお、あのバウンドとりやがった!!」

 

東條がダイビングで打球を抑えすぐさま起き上がって送球!

しかし…

 

 

『セーフ!!』

 

 

間一髪、左京の足が先にベースに触れた。

 

 

「言ったろ、カンケーねぇって」

 

 

「よっしゃー!!!ノーアウトのランナーだぜ!!」

「やべぇよあいつ、あの速い打球で内野安打だぜ!?」

 

 

相変わらず速い!

しかし東條もファインプレーだった

抜けていれば二塁打は確実だったのに。

だけどこのチャンス絶対にものにしてやる!

 

 

『九番、ピッチャー、青葉くん』

 

俺が1人で取られた点だ。

全責任は俺にある。

ここで打たなきゃあいつらに顔見せ出来ねぇ!

 

 

『キィン』

 

 

高めの半速球を捉えた。

青葉の打球は一二塁間を破る。

ライトが浅めに守っていたため左京は三塁ストップ。

ノーアウト一三塁の大チャンスをつくる。

 

「おーし!行けるぞ!!!」

「ぜってえ行ける!!」

「矢部!頼むぞ!」

「任せるでやんす!」

 

 

矢部くん、頼む。

君が決めてくれ!

 

 

ベンチの稲垣監督は腕を組み仁王立ち。

ここに来て松田の球威だけでなく制球も甘くなってきたか。

だかここから上位打線、いずれも今日ヒットを打たれている。

ウチの控え投手じゃ荷が重い。

ブルペン陣を含めても今ウチで一番いい投手は松田だ。

お前に頼るしかない。

わかってるなお前ら、ここが踏ん張りどころだぞ!!

 

 

 

「松田!一点はいい!バッターに集中しろ!」

すかさず東條が声をかける。

 

それに呼応するようにパワフルナインも松田を鼓舞する。

 

 

松田はおうと手をあげ気合いを入れ直す。

そしてセットポジションに入り、投じた渾身の一球。

真ん中への曲がらないスライダー。

 

 

『キィン』

 

 

打球は

高々と外野へ上がる。

左京は三塁ベースについたまま。

 

 

奥居が前に出る。

そして落下点へ。

 

 

「くっ、浅いか…」

 

定位置よりやや浅め

どうする、突っ込むか…?

 

 

高いフライがようやく落ちてくる。

そして奥居がキャッチ。

と同時に左京がスタートを切る!

 

 

「いっくぜぇ!!!」

 

 

奥居はすぐさまバックホーム。

ボールは唸りをあげて原田のミットへ

砂ぼこりがあがる。

ここにいる全員が球審の方をじっと見る。

 

 

 

 

 

『アウトォ!!!!』

 

 

 

「なっ、まじか…」

 

 

ベンチから乗り出したときせーナインも膝を落とす。

そしてそれと同時に、スタンドから大歓声が巻き起こる。

 

 

「ナイスだ奥居!!!!」

「松田くん!!!あと一人だよー!!!!」

「オラオラ行けぇーー!!!!」

 

 

球場全体がパワフル一色となる。

 

「みたかー!オイラのレーザービーム!!」

「いい感じに逸れただけじゃねえか!」

 

 

東條はふっと笑い防止のつばに手をやる。

助かった。

一点でも入ろうものなら完全にときせーの押せ押せムードになっていただろう。

大ファインプレーだ奥居!

 

 

 

 

「ノーアウト一三塁がツーアウト二塁…」

「すまねぇ、俺の判断ミスだ…」

 

 

こちらはときせーベンチ。

いつもはミスをするとバカにして笑い話にする神宮寺や矢部も、強気な三森兄弟も、軽いノリで茶化す茶来も、

まるで試合が終わってしまったかのようにただ無言でスコアボードを眺めていた。

 

 

「まだだ」

「まだ終わってねぇ!!」

 

 

春が大声をあげる。

 

「そうだよ!まだランナーは残ってる!チャンスなんだよ!」

 

小山も続いて。

 

 

すると大人しかった彼らは一度顔を向き合わせふっと笑って

 

「けっ、オメェらに言われなくたってわかってんだよこっちはよ!」

「勝利の打ち上げどこでやるか考えてただけだし?」

「マジで落ち込んでんのはオメーだけだぜ左京」

「ああ!?落ち込んでねーよ!!矢部がクソみてぇなバッティングして元気ねぇから合わせてやってたんだよ!」

「う、うるさいでやんす!次はスタンドに放り込んでやるでやんす!」

「だからもう一回オイラに回すでやんす!!!」

 

 

俺と小山も顔を向き合わせる。

 

「大丈夫みたいだね」

「ああ」

 

少しの会話を交えながら、俺は切り出す。

 

「なあ」

 

俺の表情を見て何かを察したのか、小山はすぐに

 

 

「わかってるよ、そのくらい」

 

 

そう答えた。

小山は明るい笑顔を見せる。

その笑顔を見て、俺の一つの心配はふっ飛んだ。

 

 

「監督!」

「えっ?うん。」

(寝てたのかよ!?)

 

 

勝つための決断だ。

もう1つのアウトで試合が終わってしまう。

そんな場面を託せるのはあいつしかいない。

 

 

「稲田くん!出番だよ!」

「よっしゃー!任せろYA!!!」

 

 

コーチャーボックスから駆けてくる稲田。

小山も入れ替わりのためコーチャーボックスへと走る。

 

 

「ぜっっったい打ってよね!」

「ワイが流れ引き戻すYO~!!」

 

 

ハイタッチをかわす。

笑顔で。

 

 

 

『ときめき青春高校、選手の交代をお知らせします。バッター小山さんに代わりまして、ピンチヒッター、稲田くん』

 

 

 

「いけぇ稲田!!」

「秘密兵器のすごさみせるでやんす!!」

 

 

 

ああ。ダメだなぁ私。

これが一番ってわかってるのに。

私より稲田くんの方が打つ可能性が高いってわかりきってるのに。

春くんは申し訳なさそうに告げてくれて、私もわかってるなんて言ったけど、

やっぱり…悔しいなぁ。

これが野球なのに。

みんなと一緒に決勝に行きたいのに。

私にはそのための力がないってわかってるのに。

やっぱり、ダメ。

涙が抑えられない。

でも…

 

 

 

『ストライーク!』

 

 

 

 

「稲田くん!今の高いよ!ボールをよく見て!!」

「稲田くんなら打てる!繋ぐ気持ちで!!」

 

 

人一倍大きな声を出して。

少しでもみんなの力になるんだ。

涙が止まらなくても、私に出来ることをするんだ!

 

 

 

(小山…?)

 

 

ネクストで準備する春も、打席の稲田も、ときせーの全員が、あんなに声を出して応援する小山を見て

 

 

 

 

『カキィン!!』

 

 

 

「くっ、」

「三遊間真っ二つー!!!」

「青葉回れー!!!」

 

 

三球目を叩いた稲田の打球は痛烈なゴロ性の打球。

サードショートは一歩も動けずボールはレフト前へ。

打球が速すぎたため青葉は三塁ストップ。

ツーアウト一三塁と再びチャンスをつくる。

 

 

「やったー!!ナイスバッティング!すごいよ稲田くん!!」

「ああ、なんて打球飛ばしやがんだ!」

 

 

三塁を陥れた青葉はそう言いながら小山の方を見ると

 

 

「おい、お前…」

「大丈夫、私は大丈夫だから」

 

悔しいけど、嬉しい。

自分があの場面で試合にいないのは悔しいけど、それよりも嬉しいから。

まだ終わってない、終わらせないってみんなの想いが伝わるから!

 

 

「ふっ、見てみろよ」

 

 

青葉はネクストの方を指差す。

 

 

「この采配したあいつが一番火ついたみてぇだぜ」

 

 

パワフル高校は伝令を送る。

内野陣がマウンドに集まる。

 

「荒波って奴、松田に合ってるぜ」

「今日三本打たれてるからな」

「どうする、歩かせるか?」

「いや」

東條が口を開く。

 

「次の神宮寺も二安打している。同点のランナーを二塁へ進ませるのは危険だ。松田にはこの回だけでもなんとかしてもらいたい」

ここで切りたい。

それに相手はメンバーを使い果たした。

まだまだうちの有利に代わりはない!

 

「いけるな、松田」

「おうよ!こんなとこでへばってちゃ、あいつに合わせる顔がないからな!」

 

 

各々のポジションへ散っていく。

お前達の勝利への執念はたいしたものだ。

だが、それは俺達だって同じこと。

負けるわけにはいかないんだ。

 

 

『三番 ショート 荒波くん』

 

 

肩で息をしながらもここまで投げ抜いた松田。

最後のワンナウトを取るために、力を振り絞ってボールを投げる。

 

 

『ストライーク!』

 

 

小山が泣いていた。

 

 

『ボール!』

 

 

泣かないと悔しい感情を押し殺し切れなくて涙を流した。

 

 

『ボール!』

 

 

それでも、心配かけまいと一生懸命に応援していた。

 

 

『ファウルボール!』

 

 

そんなあいつを、俺たちはここで終わらせねぇよ。

また笑顔で試合に出て貰いたいから…。

 

 

カウント2-2。

スタンドのあと一球コールが球場を包む。

松田はキャッチャーのサインにコクリと頷き、5球目を投じた。

 

 

 

 

 

「俺は…、俺達は勝つんだ!!!!!」

 

 

 

 

 

インローのストレートを弾き返した。

 

 

白球は高々と宙を舞い、その距離はぐんぐんと伸びていく。

 

 

俺は懸命に走った。

一塁ベースを蹴ったときに見えたのは、フェンスに向かって走るライトと

スタンドへ落ちた白球だった。

 

 

二塁ベースを踏む頃には大歓声が、うなだれる松田の姿が

 

 

そして三塁ベースへと向かう途中。

 

 

喜びの笑顔のまま、さっきとは違う、涙を流す小山が見えた。

 

 

そんな小山の前を通り過ぎようとしたとき

俺は彼女に

小さく、小さく拳を握ってみせた。

 

 

それを見た小山はまた、泣き顔で笑った。

すごい。すごいよ春君。

私の自分勝手な悔しさなんて吹き飛ぶくらい、眩しくて、輝いてる。

打ったのが私じゃないのに、嬉しいし、誇りたくなる。

すごく努力してたもんね。

私も、みんなも、その努力が結果にあらわれてすごく嬉しいんだよ。

 

 

 

 

 

「うおおおおお!!!」

「春!おめぇってやつはよぉ!!!」

「ほんともーいいとこどりでやんすね!」

 

 

ホームベースをしっかりと踏み、ベンチへ戻ると歓喜と祝福の嵐。

ハイタッチをしたり、頭を叩かれたり。

そしてスコアボードを見ると、確かに、9回表のところに3の数字が刻まれていた。

 

 

 

 

『パワフル高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー松田くんに代わりまして、戸塚くん』

 

 

「すまねぇ、みんな…」

 

膝をガックリと落としたまま立ち上がれない松田。

そんな松田に手を差し出し

 

「よくやった」

 

たった一言だけ声をかけた東條。

その目は、鷹のような鋭い眼差しでこちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

代わった戸塚はなんとかその回の追撃を許さなかった。

そして試合は9回の裏に入る。

 

 

 

「山口くん頼んだでやんすよ!」

「いや、もう俺はマウンドへはいかない」

 

 

今までパワフル打線を抑えたのだってラッキーな当たりが多かったからだし、これ以上はだましが効かない。

ラスト一回を締めるのはもう彼しかいないだろう。

 

 

「青葉、後は任せた」

「おう、やってやんぜ」

 

 

 

『ときめき青春高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの山口くんがレフト。レフトの青葉くんがピッチャーに入ります』

 

 

 

「青葉、さっき伝えた通りだ、奴はわずかな動きの違いを見抜いてくる」

「わかってる、そう何度も試合をぶち壊す訳にはいかねぇからよ」

 

 

『9回の裏、パワフル高校の攻撃は』

 

『四番 サード 東條くん』

 

 

ウグイス嬢のコールとともに大歓声が巻き起こる。

 

 

熱くなるな。

頭を冷やせ。

試合が振り出しに戻っただけだ。

俺がここで決めれば、またあいつにいい報告が出来る。

 

 

 

負けるわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

「稲田!三塁線はいい、三遊間詰めてこう!」

春が指示を送る。

 

 

俺達に敬遠という選択肢はなかった。

ノーアウトで同点のランナーを背負うリスクからじゃない。

青葉が、ウチのエースが復調した姿を見せないと、相手の怪物スラッガーを抑えないと、本当に勝利したとは言えないからだ。

 

 

フッと一息吐き、投じた一球目。

 

 

『ストライーク!』

 

 

アウトローへストレートが決まる。

 

 

東條も一息吐く。

そしてすぐさまバットを構える。

 

大丈夫、球はよく見えてる。

いける、いつも通り。冷静になってる。

 

 

2球目を投じた。

 

 

『キィン』

 

やや真ん中に入ったストレートを打ちにいってファウル。

ボールはバックネットへ。

 

 

 

ストレート2球か。

再登板してすぐこれだけのボールを投げるとはさすがだな。

だからこそ、打ちがいがある!

 

 

「青葉くん…」

ミヨちゃんは両手をぎゅっと握りしめる。

祈りを込めて。

 

 

ロジンバッグに触れ、気持ちを整えて、鬼力のサインに頷く。

そしてモーションに入る。

この場面、このカウント、青葉の性格。

すべてを考慮して、投じてくる球を考える。

それと腕の降りの高さ、緩みを見て、

その考えへの迷いは消えた。

 

 

 

「おらぁ!!!」

 

 

 

投じられた三球目は

真ん中へと放られた。

そして打者の手前で曲がりはじめる。

それがわかっていたかのように、バットを出す。

 

 

そしてボールは

バットにかすることなく

鬼力のミットに収まった。

 

 

 

『ストライーク!バッターアウト!』

 

 

 

「しゃー!!」

「ナイス青葉っち!!」

「ワンナウトワンナウトー!」

 

 

 

 

東條は顔を上げなかった。

気遣う仲間の掛け声にも、スタンドの声援にも応じず

ベンチに座り、帽子で顔を隠した。

それを見て、パワフルナインも次第に声を出すのをやめ、ただ、試合が幕を閉じるその様を眺めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コンコンッ」

 

 

病院の一室に集まるユニフォーム姿の三人の男達。

 

 

 

「ラジオで聴いてたよ」

 

 

彼は笑顔で話を切り出す。

 

 

「お前の怪我が治ったとき、甲子園行きのバスで迎えにいく。そう約束したのは誰だっけ?」

 

 

「すまない…俺達はもう…」

拳を握りしめる東條。

また…途中で負けてしまった。

もう…合わせる顔がない。

 

 

「俺達は何年生だっけ?」

 

 

すっと顔をあげる。

 

 

「これが最後の大会なのかい?」

 

 

黙って首を横に降る男達。

 

 

「確かに尾崎さん達の夏は終わってしまったけど、俺達にはまだあと一年ある!」

「東條!あの青葉から2ホーマーなんてすごいじゃないか!プロのスカウトなんてもうお前をマークしてるらしいぞ!」

「松田!いつの間に150キロなんて投げるようになったんだよ!僕もうかうかしてられないな!」

「奥居!9回のバックホーム、凄かったな!解説の人が褒めてたぞ!」

 

 

「おいオメェ…」

 

奥居が問いかけようとすると

 

 

「甲子園に僕を連れていくっていう話、あれはもうなし」

「今度は…僕も一緒に君たちと戦って、甲子園行きの切符を手にいれたい!」

 

 

彼は笑顔でそう言い放った。

もう僕のために必要以上のプレッシャーを背負うことはない。

もう僕は大丈夫だから。

君たちの試合を聴いてたら、むしろ行ける気がしてきたくらいだ。

 

 

 

「だから顔をあげて、今度は僕も一緒に甲子園を目指そう!!!」

 

 

彼らは熱い握手を交わし、誓いを立てた。

鈴本の心の強さが、彼らを支え、彼らの戦いが鈴本を支えてきた。

そして負けたことによる悔しさが、彼らをもっと強くする。

 

 

「よーし!オイラこれからは趣味を捨てて野球だけに専念するぜ!」

「その宣言何回目だよ…」

「そう言った次の日には釣りにさそってくるからな~」

 

 

 

 

 

「あの~婦長、もう時間過ぎてるんですけど。あの子達まだいますよー」

「いいの、あの子達が来てくれると鈴本君も楽しそうだもの」

 

 



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第24話 決戦へ

久々の日常パートです。


『ときめき青春高校、逆転劇で初の決勝へ!』

 

「おいっすー」

「おー茶来、お前も朝練か!」

「なーんか体動かしたくてね!」

 

 

部室にて。

昨日の熱戦から一夜明け、明日の決勝に向けて調整する俺達。

今年からは休養日が設けられたらしい。

人数の少ない俺達からしたらラッキーだぜ。

それでも疲労を考えて今日の朝練は自由参加って事にしといたんだけどな。

 

 

「なにこれ?春っち新聞なんて読む系ー?」

「ああ、部室に一部置いとこうと思ってな」

 

 

「えーとなになに…パワフル高校は怪物スラッガー東條の二本のホームランでリードする展開も9回ツーアウトにドラマが待っていた。ダブルプレーの後、ときめき青春高校の打線がふ、ふんき?した。代打をコクげ…だめだ読めね」

「告げられな」

 

 

昨日の試合はそれなりに反響があったらしい。

なんせ9回のチャンスを潰してからの逆転劇、ニュースにもなったくらいだ。

しかし自分でも驚いてる。

まさかあんな場面で、俺が打てたなんて。

 

 

「おはよ~あっ!」

「おうおはよー!ってあれ?」

 

 

小山が部室に入ってきて、挨拶をしたかと思ったらすぐに出て行ってしまった。

 

 

「なぁ、なんかあいつおかしくないか?」

「そりゃあーんないいとこ見せたらそうなんじゃね?顔会わせて逃げるってそーとーよ?」

「まじ?」

「まじ!」

 

 

確かに昨日の帰りのバスから様子がおかしかった。

声かけようとしても逃げられるし、みんなで飯食べに行くって言っても来なかったしな。

 

 

 

「やばいやばいやばいやばい」

 

 

嘘?顔見れない!

昨日の事が頭から離れない!

負けなくない、まだ終わりたくない!

またグラウンドに立ちたい!

その一心で応援してたら稲田くんが繋いで、春君が決めて。

それで春君が打席に入る前「次の試合もあいつをグラウンドに立たせる!だから絶対に打つ!」って言ってたってみんなから聞いちゃったし!

 

「どうしよう。もうこのままじゃいけないよね…」

 

 

そうこう考えながら、ウォーミングアップを始める小山。

 

「おはよ~でやす」

「おーす、ってんだよお前もパワスポ勝ったのかよ!」

「おっす!光っち残念だったね~猛打賞なのに全然光っちのこと書いてねーよ?」

「まじかよ!?んだよチクショー勝って損したぜ」

「ワイの痛烈なレフト前は載ってたYOー!」

「良かったなお前ら、矢部のしょっぱいポップフライと左京の大暴走も載ってないぜ?」

「うっせーな!気にしてんだよ!」

「無安打の右京くんに比べたらまじでやんす!」

「んだとコラァ!俺だってそこ気にしてたんだよ!!」

 

 

またいつもの調子で騒ぎ出す。

昨日の勝利がいい勢いを生んでいる。

そして明日、いよいよ挑戦出来るんだ。

あのあかつき大附属と。

 

 

「よっしゃ!じゃあ今日は軽めに流すか!」

「「「おう!!」」」

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ山口君!荒波君!」

 

休み時間、俺達は教室で談笑していると、同じクラスの女子達が話しかけてきた。

 

「昨日の試合、二人とも凄かったねー!私達観に行ってたんだよ!」

 

「そうでやんす!昨日はオイラのヒットを皮切りに…」

「矢部はちょっと黙ってて」

「えっ…?」

「そうなの?居づらくなかった?(矢部くん…)」

「そうそう~なんか周りは相手の応援ばっかしてたから!」

 

矢部くんを除いて輪ができる。

 

「てか山口くんって野球上手かったんだねー!顔も良くて頭も良くて野球も上手いとか超かっこいいね!!」

「はは、ありがとう。でも昨日は出来すぎだよ」

 

軽くあしらってるようで嬉しそうだな。

昨日の投球で自信が付けられたかな。

 

 

「荒波君は顔は普通だし頭は悪いけど凄かったね!なんかー、んー、、意外だった!」

「それ誉めてんの!?」

 

そこですかさず矢部くんがグイッと輪に入り込み

 

「あの試合はやっぱりオイラの初回の盗塁で…」

「アンタホント黙っててくんない?」

「あんまりでやんす…」

一歩一歩、自分の席へ戻って行った。

 

「今度はクラスの皆で観に行くから!絶対勝ってね!」

「おう!頑張るよ!」

「それとね、あの…青葉くんの連絡先、教えてくれない?」

「青葉の?ああいいよ、多分彼もそういうの平気だろうし」

「(ま、待て山口!!)」

 

 

春はバレないようにドアの方を指差す。

そこには…

 

「ふ~~ん。青葉くんの連絡先をねぇ~」

 

ミヨちゃん!?

手めり込んでる!ドア壊れるから!

てか殺気がやばい!

こんな威圧的な覗き方初めて見たぞ!?

 

「あ、あー確かあいつ今スマホ壊れるって言ってたな、落として割っちゃったとかなんとか…」

「(いいのか勝手にそんなことにして!)」

「(あれ見たろ!今教えたら俺達の命はない!)」

 

二人でヒソヒソと話を合わせる。

するとミヨちゃんはいつも通りににこりと笑って自分の教室へと戻って行った。

 

 

「(なんで居たんだ…)」

「(てゆうかなんであの距離から会話が聞こえたんだ…)」

 

 

「そっかー残念。じゃあ山口くんの教えて!」

「僕かい?いいけどあんまりスマホを見る方じゃなくてね」

「いいの!あ、荒波君もついでに」

「君結構失礼だよね?」

 

 

これからも話は中々盛り上がった。

次第に趣味の話とか流行りのバンドの話になっていったけど

 

 

「(春君、実は結構女子と話してるんだよね…)」

むすっとしながら春達の方を見ている小山。

 

「雅ー?どうかした?」

「えっ、ううん、なんでもないよ!」

 

危ない危ない…。

いくらなんでも気にしすぎだったかな。

 

「大丈夫でやんす、、春君はそういうところはちゃんとしてるでやす、、、」

「矢部くん、ありがとう。矢部くんにもきっといいことあるよ!」

「そりゃどうもでやんす、、」

「ちょっと雅、あれ大丈夫なの?」

「うん、すぐ立ち直るから」

 

そうだよね。春君にとって私はなんでもない訳だし、クラスの女子と話すなんて普通の事だし。

わかってるけど…なんかヤダ。

想いを伝える?でも大事な大会中だし、そもそも一回失敗してるし。

あーなんかモヤモヤする。

 

 

 

~屋上~

 

「なあそういやよ」

「あ?どしたんYA」

 

こちらはサボり組の神宮寺に稲田、三森兄弟。

数学の時間は屋上でフケるのがすっかりルーティーンなっている。

 

「次決勝だよな?」

「そーだな」

「髪型だけじゃなく中身までおかしくなっちまったか?」

「うっせーな!」

「話進まんDE」

「おう、それでよ、二年目でここまで来たってすごいことだよな?」

「ああそうだな」

「そのチームの四番って俺だよな」

「まあな」

「四番って中心選手だよな」

「だろうよ」

「だから話見えへんYO~」

「じゃあ単刀直入に言うぜ、なんでこの俺様がちやほやされねぇの?」

 

 

少しの静寂が四人を包む。

 

「いやだっておかしいだろ!俺ここまで打率4割近いぞ!」

「まあそうだな」

「守備だって茶来の訳わかんねぇリズムに合わせられんのは俺だけだぞ!?」

「そりゃそうかもな」

「じゃあおかしくねぇか!青葉や山口や春ばっかりちやほやされてよ!」

「まーあいつら何だかんだ華があるからYO~」

「俺だってあるだろ!顔も悪くねぇし!」

 

 

またも沈黙の時間が流れる。

 

 

「…なんか言えよ!」

「まあNA~」

「目潰しでも食らった直後なら」

「イケメンに見えなくも…見えねえな」

「うるせぇ!てめぇらだって似たような面じゃねぇか!」

 

 

またいつもの喧嘩モードに突入、とその時に

 

 

「おい、あそこ見てみろよ」

部室の方を指差す。

 

「青葉とマネージャーじゃねえか」

「おい部室入ってったぞ」

「なんやろNA」

 

三森兄弟と稲田はそれとなく眺めていただけだったが

 

 

「青葉、あの野郎…ぶっ飛ばす!!!」

「おーちょっと待て!!」

怒る神宮寺を必死で抑える。

 

「うるせぇ離せ!部室でなにしようとしてんだ授業出ろコラァ!」

「どんな妄想してんだてめぇは!つかテメーも今サボりだろうが!」

「あの二人に限ってそんなことないやろNA~」

 

なんとか三人で神宮寺を抑え込んだところ

 

「お、青葉だけ出てきたぞ」

「なんか怒ってねぇかあいつ?」

「ミヨちゃんも出てきたDE」

「なんかへこんでんな」

 

テーピングでも頼んだのか?

そんなことを思いながらも気にとめはしなかった。

神宮寺を抑え込むのに必死で。

 

 

「男はなあ!一つの道を真っ直ぐ進むもんなんだよ!女に現をぬかすたぁ論外だ!俺は己の道を突っ走るぜ!!」

 

 

大声で高らかに宣言しているとガチャっとドアが開く。

 

 

「お、お前らここにいたんかー!今度合コンあんだけど行っちゃう?」

「連れてってくれ!!」

「コイツ殴っていいか?」

「かまわんDE」

 

 

 

 

 

「おい、何の真似だ」

そっと呟く。

 

 

「ごめん…でもいざって時にはきっと…」

 

チッと舌打ちをし

「お前、何もわかってねーよ」

「違うの!そうじゃなくてー!」

鞄を持ち上げ、勢いよくバンッとドアを開け、部屋から出ていく。

 

 

そんな彼を追うように部屋を飛び出すも、これ以上踏み入ることは出来なかった。

 

 

「ごめん。ごめんね…青葉くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

~放課後~

 

 

「よーし、んじゃはじめっか!」

部室に集合した俺達。

今日は準決勝のあかつき対帝王の映像を観ることにした。

次の対戦相手、絶対王者あかつき大附属戦の対策だ。

相手はあの猪狩を中心とした総合力No.1のチーム。

今度ばかりはラッキーだけじゃ勝てないからな。

 

「つーか青葉っち居なくね?」

「あ、ホントだ鬼力何か聞いてないか?」

 

首を横に降る鬼力。

すると少しの間があって

「あ、青葉くんは体のケアがあるからって帰ったよー!DVDはちゃんと渡したから観てくれると思うよー」

 

ごめん、本当は違うの。

ミヨちゃんがあんなことしたから…

 

「そうだったのか、まあ映像渡したなら問題ないだろ。んじゃ始めるぞー」

 

映像は整列のところから始まった。

先攻はあかつき。

帝王は友沢がマウンドへ上がる。

一番の八嶋に対して140前後のストレートでカウントを稼ぎ

締めは…

 

「うお!今の曲がったな~」

「青葉くんのと変わらないくらいじゃないでやんすか?」

このスライダー。投手友沢の絶対的武器だ。

 

「えっ、なんで…」

八嶋を三振に打ち取ったところで山口がぼそりと呟く

 

「どうした?なんか見つけたか?」

「いやなんでもない続けてくれ」

今確かにスライダーを。

どうしてだ?まさかあいつ、俺が居なくなったあとも…?

 

それから俺達は食い入るように映像を見た。

なにか攻略の糸口はないかと…必死に探した。

 

 

「つーか思ったこと言っていい?」

試合はゼロ行進。打線が一巡したところで

茶来が珍しく自分から意見を述べた。

 

「あかつきってさー皆すげぇのはわかっけどなんか怪物って感じはしなくね?特に野手」

 

それは…確かに俺も思うところがある。

正直俺も高校に入ってからこいつらの試合を真剣に観るのは初めてだ。

役者が揃っているのはわかるんだけど、

少なくとも野手にパワフルの東條みたいな守備走塁も上手いスラッガーとか友沢みたいな走攻守すべてが超高校級のやつはいない。

 

「でも、各々の得意分野については一級品だ」

山口が冷静に分析を述べる。

八嶋の外野守備と走力は高校レベルを超えている。

レフトの七井とファーストの三本松、サードの五十嵐は守備にこそ難があるがバッティングは凄まじい。

それに二遊間の四条と六本木は鉄壁な上連携が取れている。彼らで何個ヒット性の打球をアウトにしたか。

キャッチャーの二ノ宮やライトの九十九はバランスのとれたいい選手だ。

 

 

「個の力で言ったら友沢や蛇島の方が上だろう」

 

 

しかし…チームバランスがいい。

例えるならそれぞれの刃をとことん磨きあげ、その鋭利な刃を相手だけに向け、背中は仲間に託すと言った感じだろうか。

そうしてできた大きな輪の中心にいるのが

 

『スイライーク!バッターアウト!』

 

猪狩という男だ。

 

「こいつすげぇ球投げんな」

「ああ、特に友沢と蛇島ん時はエグいぜ」

 

左腕ながらMax148km/hの直球。

カーブ、フォーク、スライダーと多彩かつ強力な変化球。

球種を問わず一定のリリースポイント。

 

そしてそれらを発揮するのが

 

「帝王、また残塁だな」

 

 

ランナーを背負ったとき、得点圏なら尚更だ。

人が変わったように力を入れてくる。

所謂ギアチェンジという投球術だ。

 

 

猪狩を個々の項目でみると

直球の速さだけでいったらパワフルの松田の方が速い。

コントロールなら橘や鳴沢に劣る。

球種の多さも鳴沢の方が上だ。

スライダーなら青葉や友沢

フォークならかつての山口の方が上であろう。

 

だけど猪狩には

他の追随を許さない圧倒的な総合力と、それを生かすゲームメイク能力に長けている。

試合の流れ、一つ一つの場面でやるべきこと、さほど重要でないこと、してはいけない事など場合分けをして確実に実行していく。

そしてギアが上がった時…それは手のつけようがない。

高校生でこんな芸当が出来るのは凄いことだ。

常に三振を狙い、抜いた球一つ投げないウチの青葉とはある意味対極だ。

 

 

俺達はフルイニング、全投球を見終わった。

出てきた感想は

 

「すげぇ奴らだな」

「ああ、個々の力を結集して戦う、こういうチームは強い」

「だけどよぉ」

「なんか楽しみだな!」

「ワクワクがとまんねぇYO~!」

「エリートは大嫌いでやんす!オイラ達が目にものみせてやるでやんす!」

 

 

決して臆することはなかった。

これまでの戦いが彼らの、チームの自信になっていた。

最高の相手と、最高の夢舞台を賭けて戦える。

野球人にとってこの上ない幸せだ。

 

「おっしゃー!!今から打ち込みじゃー!!!」

「やっちゃいますかー!」

「あ、ミヨちゃんがトスあげるねー」

 

試合を見終わるや否や一目散にグラウンドに飛び出す。

試合の後半からもうウズウズして仕方がなかったのだろう。

 

 

「さすがだなあいつら…」

 

部室に一人残った俺はバッグからグラブを取り出す。

パシパシと手でならしながら今までのことを思い出す。

 

 

「あの日のまぐれから始まったんだよな」

 

猪狩から放った逆転のホームラン。

そこから俺の野球人生は変わった。

実力のなさを露呈して、何もかも嫌になって

野球を辞めて。

野球を避けてときせーに入って

矢部くんと出会って

癖のあるチームメイトもできて

キャプテンなんて任されて

去年の夏はボコボコにやられて、1度はバラバラになって

でもそこからは皆が一つの目標に向かって突っ走った

秋冬の苦しい練習を乗り気って

春には新しい仲間が加わって

二回目の夏は強豪高をなんとか倒して

 

 

やっと手に入れた挑戦権。

 

 

「ふぅ…」

 

 

一息吐いて、気持ちを落ち着かせる。

大丈夫、大丈夫だ。

もう前みたいに迷ったりしない。

自分が出す結果とそれに伴って起こること

どうなっても…

 

 

「大丈夫だよ」

「…うお!?いつの間に!?」

 

 

小山だ。

「は、春君がいつまで経っても出てこないから!!」

 

あの試合以降初めて口聞いてくれた。

よかった。怒ってるとかじゃなさそうだ。

あれ待ってもしかして聞かれてた?

うっかり口に出してないよな俺!?

 

 

「大丈夫、もう前みたいにはならないよ」

 

もしかして俺を心配して…?

優しいなぁ小山は

 

「前はさ」

グラブをベンチに置き、静かに語りだした。

ああ、こんなことも、もう人に言えるようになったのかな

 

「猪狩からまぐれムラン打って、注目されだしたとき、記者たちはよく俺を『三拍子揃った~』って表現してたんだよね」

人からそんな評され方をしたのは初めてだった。

そして、嫌いだった。

 

「なにが三拍子だよ。ない取り柄を頑張ってなんとか探したって感じじゃん。ってずーっと思ってた」

自覚は死ぬほどしていた。

俺が三拍子揃ったなんて、どの面下げて言えるかよ。

同じチームに友沢がいて、こういう奴がそう言われるもんだとずっと思ってた。

超低レベルでの三拍子とか、なにも揃ってないからこその三拍子って、チームメイトに馬鹿にされてるのも知ってたし。

 

 

「あの頃はそう言われんのが嫌で、『誰だよ最初に三拍子なんて言った奴、責任とってくれよ!』なーんて思ったりもした」

軽く、冗談を言うかのように笑いながら話す。

 

「そんな、めっちゃ嫌な思い出でもさ、あの時は思いもしなかった悔しさとかが、今に繋がってんのかなーって」

高校に入って、矢部くんに感化されて、それからキャプテンの難しさとか、強大な力を前に完膚なきまでに叩きのめされて、そこで初めて、『悔しい、上手くなりたい』って思った。

それからは昔あった事を毎日のように思い出してた。

夢に出てきた日もあった。

そして、『このままじゃだめだ、もっと頑張ろう』ってなった。

 

「そして今まで頑張ってきた。んで明日は…その成果が問われる」

今の俺の全てのはじまりとなった相手、猪狩との再戦。

その結果次第で、俺はどうなるんだろう。

 

 

「怖い?」

「正直な、でも前みたいなことにならないかっていう怖さじゃない」

 

 

そう、俺が怖いのは

 

 

「自分がどれだけ通用するのかっていう期待みたいなもんかな。今までこんな感情出てこなかったし、そこがなんか怖いな」

 

あんないい投手が俺との対決を待ち望んでるなんて光栄なこった。

だから俺は猪狩には負けたくない。

完璧に抑えられたらそりゃへこむし、絶望するかもしれない。

 

 

「でも俺は負けてもいい!チームが勝ちさえすればな!

俺は俺なりにあいつとの対決に望むつもりだ」

そう、野球は個人スポーツじゃない。

因縁のある相手だからって勝負に固執する必要はない筈。

 

 

 

「ねえ…」

「打って。」

 

 

「猪狩くんから打って!!!今度は一生自慢できるくらいすごいの!!」

もう春君は弱くなんかない。

弱さと向き合って立ち向かう強い春君だもん!

偽物のライバルなんかじゃないもん。

猪狩くんに見せてあげて

 

 

「俺は負けてもいいなんて言わないで!」

この前みたいに打って欲しい。

そして試合にも勝って、春君だって頑張ってるって、昔騒いでた人達に知って欲しい!

 

 

「小山…」

そこまで俺の事を考えてくれてたのか。

やべぇ…なんか嬉しい。

 

 

「わかった、打つ。俺は猪狩から打つ!!!」

春が宣言したあとににっと笑った。それをみて小山も曇りのない笑顔をみせた。

その笑顔を崩さない為に…俺は負けない。

 

 

「打てたらご褒美あげるからねっ」  

「えっうそ!?」

 

ご褒美…何かな?小山の事だし甘いものかな。

とりあえず欲しい!凄く欲しい!!

 

 

「そうと決まれば練習だ!!やってやるぜぇ!!!」

 

春はバットとグラブを抱えてグラウンドへと駆け出す。

絶対打ってやる!

打って、もう前までの俺じゃないって、あいつにわからせてやるぜ!!

 

 

「大丈夫、言いたい事は言えた」

一人部室に残る小山。

君なら絶対。

そして私も…。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではミーティングを始める。資料を配るから試合映像を見ながらでも目を通しておいてくれ」

 

 

こちらはあかつき大附属の寮。

下級生がベンチ入りメンバーに対して四条自作の冊子を配る。

 

 

「ときせーってあの青葉がいるとこだろ?」

「帝王の山口もいるらしいぜ?」

「それに荒波ってやつも、ほら、猪狩さんの…」

 

ベンチ入りの数人が話をしていると。

 

 

「おい、もうミーティングは始まっているんだ、わかりきっている話はよせ」

「は、はい!すいません猪狩さん」

 

 

遂に上がってきたか荒波春。

フフ…待ちわびたぞ。

僕にとっては君に勝たないと気がすまないのでね。

 

 

 

「パワフルの松田も悪いピッチャーじゃない」

「この地区なら5本の指に入る好投手だ」

 

 

冊子資料と試合映像に沿って、さらにはパソコンで投球チャートまで準備し、レギュラーである四条自ら解説をする。

 

 

「その松田のストレートに振り負けない。ヒットの殆どは完全に捉えた打球だ」

「警戒すべきは3、4、5番。おおよその得点はこの三人によるものだ」

「彼らの前にランナーを出すのは危険だ。従って1、2番の出塁を許しては向こうのペースになる」

 

四条はときせー打線各人のコース別、球種別の打率をスクリーンに映し出させる。

 

「特徴といえば、長距離ヒッターが乏しいことだ」

「荒波は球種、コース別に分けて考えても特に苦手はない。しかし長打に関しては真ん中の失投とインコースに偏っている」

「なのでオーソドックスな外攻めをしていれば痛打を食らうことはないだろう」

「対照に鬼力はー」

 

 

 

四条が解説をしている最中、ガタッと席を立つ。

 

 

「おい、まだ序盤だぞ、目を通しておいて損はないだろ」

「フッ、ボクにとってわかりきってる事ばかりなのでな、ボクは調整に入るとするよ」

 

「おい!…ったく少しは団体行動しろよあの野郎」

「さっき自分で後輩に注意しとったやん…」

二宮と九十九が不満げにぼそりと呟く。

 

「大丈夫ですよ、ああ見えてちゃんと研究してますから」

すかさず猪狩進がフォローに入る。

兄さんは待ちきれなくてうずうずしてるんだ。

こうなったら誰も言うこと聞かないだろうし

 

 

 

「まあいい、続けるぞ。次に恐らく先発するであろう青葉だが~」

 

 

 

 

 

「ふっ、ふっ、」

専用グラウンドにて、ジョグで軽く汗を流す猪狩。

沸々と沸き上がる闘争心を鎮めるために。

ここまで来たからには奴も覚悟は出来てるのだろう。

彼に見せてやる、ボクの生まれ変わった姿を。

 

 

 

 

この左腕で抑え込んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめえこんなとこでなにやってんだ?」

「うるせぇ、ただの投げ込みだ」

 

河川敷グラウンド。

対峙する二人の男。

 

「けっ、愛想わりーな。」

ポケットからガムを取り出し口へ。

長い髪を掻き分ける。

 

「お前こそロードワーク抜けてきていいのかよ」

「うるせぇ、すぐ戻んだよ」

 

愛想がないのはお互い様のようだが。

 

「じゃもう行くわ、まー決勝頑張れよ、次は潰してやっからよ」

 

 

 

「待て!」

「あ?んだよ」

 

 

 

男を呼び止める。

そしてに2.3秒、躊躇いながら

 

 

 

「聞きたいことがある」

 

 

 

 

 

 




☆能力紹介 
登場キャラをパワプロ2018風に紹介します。
2年生時点での能力ですので、もちろんこれからの成長も劣化もありえます。
高校レベルとしての査定という位置付けで考えてみました!
とりあえず今回は今大会で対戦したオリキャラのこの二人です!


○荒波春 (遊、二、三)  
弾道3
ミートC
パワーC
走力B
肩力D
守備B
捕球C

チャンスB、走塁B、対左投手E、逆境○、対エース○、意外性、インコースヒッター、固め打ち

※荒波一年時はEEDEDDくらいのイメージです(一応)

○鳴沢怜人
130km/h
コントロールA
スタミナD
カットボール2
スライダー3
ドロップカーブ3
シンカー2
シュート2

ノビE、対左打者A、回復A、リリース○、緩急○、牽制○、低め○、対強打者○、逃げ球、内角攻め、短気、力配分、スロースターター、軽い球、負け運、調子極端、変化球中心




他のキャラについては次回以降、不定期ですが紹介していきます!
また、この選手の~などご要望があれば紹介します!


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第25話 エリートVS不良

夏の甲子園大会、予選決勝。

ここ、パワフル市民球場は早朝からチケットの一般販売を開始。そこには長蛇の列が出来ており、チケットも発売開始から15分で完売した。

もちろん彼らのお目当てはー

絶対王者、あかつき大附属。

今ではすっかり人気チームだ。

野球好きのファンも、野球に毛ほどの興味もなかった者も、彼の魅力に惹き付けられてしまう。

常勝軍団の絶対的エース、猪狩守に。

投げては相手打線を圧倒、打っては野手顔負けのパワー、そして言語明瞭なトークに甘いマスク、とにかく人気になるのに必要な要素はすべて揃っていた。

そんな彼にはマスコミも、スカウトも注目する。

どんなに小さな試合でも、勝負が見えているようなカードでも。

だから一部では、あかつき大附属との試合は『公開処刑』と呼ばれている。

特にトーナメントの序盤。実力差が歴然にも関わらず、対戦相手があかつきであるため、記者などがこぞって報道の為の取材を行うため嫌でも目立ってしまう。

そしてその無惨な試合結果も、悪い言い方をすれば、晒されてしまう。

自分達の努力の結晶が、音を立てて崩れていく瞬間を、敗者は地面に這いつくばって味わう事となる。

ファンも、圧倒的な実力差での一方的な試合展開を望み、野球におけるその選民性のようなものを好んでいるのかもしれない。

そして今日の試合が注目を集めている理由はこれだけではない

 

現メンバーとなり夏、春と甲子園に出場しているあかつき。

 

そんな野球エリートに対するは…

 

創部2年目での決勝進出、地元で有名な凶悪ヤンキー校、ときめき青春高校だ。

 

 

そんなエリート集団対ならずもの軍団の決戦に、野球ファン以外にも興味、関心が寄せられている。

 

 

 

「みんな、ちょっといいか」

ロッカールームにて。

メンバー発表を終え、輪が解散されようかというところで春が一度声をかける。

 

 

「俺一人じゃ此処まで来れなかった、ありがとう」

まさか、新しく作った野球部で、あかつきに挑戦出来るなんて思いもしなかった。

ホントにこいつらがいなかったら…俺は野球なんてやってなかったし、やりがいのない毎日を送っていただろう。

 

 

「んだよ急によ」

「いいから聞いてくれ!」

 

面倒そうに頭をポリポリ掻く神宮寺。

でも…これだけは言っておきたいんだ。

 

「俺は…このチームが誇らしい」

「俺達はあかつきの奴らみたいなキャリアはないし、あいつら程野球に向き合ってきた訳でもないだろう」

あっちには野球留学してる奴だっている。

それだけ…他のものをかなぐり捨ててでも野球において自分を高められる環境に身をおいて、死ぬ気で練習してきた連中だ。

まともにやったらかなう道理がない。

だけど…

 

「俺…このチームなら負ける気しないんだ」

俺一人で立ち向かうなんて絶対に無理だった。

そんなの足がガタガタ震えて、逃げ出すにきまってる。

でも今は…共に高めあってきた、共に苦しんできた、共に立ち向かっていった、共に喜びを分かち合ったお前達がいる。

俺みたいなどうしようもない奴に、着いてきてくれたお前たちがいる。

 

 

「…勝とう」

 

 

その一言に、ときせーナインの表情も引き締まる。

 

「あたりめーだ」

青葉が

 

(コクコクッ)

大きく頷く鬼力

 

「ここまできて負けられっかよ!」

神宮寺が

 

「俺友達呼んじゃってるしー?だせーとこみせらんねーわ!」

茶来が

 

「待ち望んだ展開でやんす!」

矢部くんが

 

「気合バリバリだぜ!」

左京が

 

「おうよ!やってやんぜ!」

右京が

 

「猪狩なんか打ちのめしたるWA!」

稲田が

 

「自分の出来ることをする、それだけだ」

山口が

 

「みんな頑張ってきたんだからー!」

ミヨちゃんが

 

そして

「大丈夫。みんな怖じ気づいてなんかいないよ」

小山が

 

 

それを聞いて、みんなの表情を見て

俺は笑った。

ふっ、さすが、肝が座ってるな。

俺だって本当は怖いさ。

完膚なきまでに叩きのめされることを想像するとな。

でも…こいつらとなら…。俺達なら!

今はそういう、ワクワクが止まらない。

 

 

 

「…出陣だぁ!!!!」

 

 

「「「おう!!!!」」」

 

 

 

 

 

「うっわー、人多いわねー」

「みずきちゃーん!聖ちゃーん!!こっちこっち!」

そう言って手招きをするのは、聖タチバナの桐谷翔。

スタンド観客席の場所取りをさせられていたようだ。

 

 

「ついに春くん達が上がってきたね」

「まさかここまで勝ち上がるとはねー」

「かなり手強いチームになったな」

 

 

かつて、同じ新設野球部同士、初めて戦った相手である。

 

「僕たちもあそこに立ちたかったね…」

「やめなさいよそういうの、あんたホントに空気読めないわね」

「次こそは私たちが勝つぞ」

 

聖タチバナは準々決勝で帝王実業に惜敗した。

翔のスリーランでリードする展開も、最終回で蛇島、友沢に打たれ、サヨナラ負けを喫した。

 

 

「あんなに完璧に打たれちゃ言い訳のしようもないわよ」

「その割には悔しがっていたではないか」

「ムッ、なによ!あんただって泣きやまなかったでしょう!」

 

 

そうこう言い争っていると…

 

「すいません、隣いいですか?」

「あっ、いいですよー、って友沢!?」

 

 

噂をすればなんとやら…。

偶然隣の席になったのは帝王実業の友沢であった。

 

「なによあんた!嫌がらせ!?」

「ム、なんだいきなりその言い様は」

「うるさい!こっちはあんたの顔見たくないの!あっち行って!」

「まあまあみずきちゃん、他に席空いてないんだからさ」

「そうだぞみずき、グラウンドの外では敵じゃないんだ、助け合いだぞ」

「しょうがないわねー、でも翔くん、席替わって!」

「なんなんだこいつは…」

 

もう、しょうかないなー、そういって立って席を替わる。

「すまないな、お前達の気に触るようなことをして」

すぐさま詫びを入れる友沢。翔にだが。

 

「いいよ気にしなくて!みずきちゃんだってそのくらいわかってるから!にしても、友沢くん一人で来たの?」

「ああ、他の奴らはテレビで観るらしい」

「ふむ、わざわざ球場まで見に来るなんて、さすが友沢だな」

「暇だっただけでしょ」

「ちょっと、みずきちゃん!」

「まあ、ときせーのキャプテンとは昔からの付き合いだしな」

「えっ!?春くんと知り合いなんだ!」

「何だ、お前らもあいつを知ってるのか」

「何度が練習試合をした関係だぞ。いつか公式戦でもあたってみたいものだ」

「へーんだ、今度は打たれないんだから」

 

 

何だかんだで話が盛り上がる四人。

春…。

お前が、お前達がどれ程力を付けたのか。

そして…呑まれるなよ。

それだけあいつらは…あかつきは格が違う。

今の俺達では歯が立たなかった。

お前達がどこまでやれるか、

そして春、お前がどんな結果を残すのか。

楽しみだ。

 

 

 

 

そしてグラウンド、あかつき大附属の試合前ノック。

 

 

「なんか、淡々とやってるな」

「ああ、こーゆー独特な雰囲気にも慣れてるんだろ」

 

スタンドは超満員。

一塁側にはあかつきの大応援団。

ときせー側には応援団はいない。

 

 

「つーかさすがにチアは欲しくね?」

「同感でやんす!いるといないじゃ大違いでやんす!」

 

試合前、恒例のトークである。

 

 

「おい、見てみろよ」

左京が指差す。

その先には、一塁側ブルペンだ。

 

「やっぱ猪狩が投げるみてぇだな」

「連投とはいえ決勝だもんな、一番いい奴持ってくるだろ」

 

猪狩…。

今に見てろよ…。

必ず打ってやる!!

 

 

 

「ラスト!」

ブルペンキャッチャーの掛け声に対し、無言で淡々と投げ込む。

そして控え部員からタオルとドリンクを受け取り一休み。

その視線の先には…

 

 

荒波春…。

ここまで来たことを誉めてあげるよ。

でもな、ここから先へは進ませない。

必ず抑え込む!!

 

 

あかつきの試合前ノックが終わり、ウグイス嬢による両校のスターティングメンバーが発表される。

 

『それでは両校のメンバー紹介を行います』

今日は決勝戦。

地方局ではあるが完全生中継で試合が放送される。

それなのに球場にはこれだけの観客。

それだけの舞台ってことか。

 

 

『先攻 ときめき青春高校』

『なんと創部二年目、部員11人での決勝進出です!まさにならず者達の逆襲!!』

 

一番 センター  矢部

『彼が野球部創設の発起人です!俊足を活かしたプレーにも注目!』

 

二番 サード   小山

『柔らかいグラブ捌きとシュアなバッティングが持ち味の女性内野手です!猪狩相手に力負けせず振って欲しい!』

 

三番 ショート  荒波

『この荒波、猪狩とは対戦は中学時代に対戦があり、猪狩から唯一ホームランをはなった選手です!!そして今日が三年ぶりの対決!目が離せません!』

 

四番 ファースト 神宮寺

『ここまで打率.394!巧みなバットコントロールが武器です!』

 

五番 キャッチャー鬼力

『圧倒的なパワーと強肩を誇ります!リードでもチームを救う影の功労者です!』

 

六番 セカンド  茶来

『広い守備範囲と華麗なバット捌きが武器です!リズムに乗ると怖い選手です!』

 

七番 レフト   三森右

『俊足の外野手です!足を活かして猪狩攻略なるか!』

 

八番 ライト   三森左

『こちらも俊足の外野手!この下位二人のプレーが鍵を握るでしょう』

 

九番 ピッチャー 青葉

『チームの大黒柱です!彼が絶対王者相手にどこまで踏ん張るか、期待です!』

 

 

 

後攻 あかつき大附属

 

一番 センター  八嶋

『不動の一番バッターです!ここまで6盗塁!』

 

二番 セカンド  四条

『あかつき大附属のキャプテンです!堅実な守備とデータに基づいた頭脳明晰なプレー、注目です!』

 

三番 レフト   七井

『リーチを活かした打撃が武器のスラッガーです!今日も一発でるか!?』

 

四番 ファースト 三本松

『驚異的なパワーを誇ります!芯に当たればスタンドまで軽々持っていくでしょう!』

 

五番 キャッチャー二宮

『パワーと確実性を兼ね備えた攻撃的な捕手です!リードにも注目ですね!』

 

六番 ピッチャー 猪狩

『ご存知、あかつき大附属の絶対的エースの猪狩守!!彼は試合前、荒波にだけは打たせない、そう話していました!』

 

七番 ライト    九十九

『強肩がウリの外野手です!球際の強さも魅力です!』

 

八番 ショート   六本木

『達人的な守備で幾度となくチームを救ってきました!』

 

九番 サード    五十嵐

『彼があかつきの9番打者!!力強い打球を放ちます!』

 

 

 

あかつきのスタメン一人一人がコールされるごとに、スタンドからは拍手と歓声が巻き起こる。

すげえ人気だな、羨ましいくらいだ。

 

 

そして四人の審判がホームベースに集まり、整列!と声をかける。

 

 

 

「やってやろうぜ、番狂わせ」

 

そしてすぅっと息を吸い込み

 

 

「いくぞぉー!!!!」

「ときせーーーーファイ!!」

 

 

「「「オオォー!!!!!!!」」」

 

 

勢いよく、駆けていく。

 

 

 

「自分達の野球、これを忘れるな」

一列になり、キャプテンの四条が一声。

 

 

「いくぞ」

「「おう!」」

 

こちらは淡々と、駆けていく。

そして向かい合う。

 

 

三年ぶりにグラウンドで向き合ったある二人は、言葉は交わさず、見ることもなかった。

これから、マウンドと打席で、ぶつかり合うのだから。

 

 

 

『只今から、ときめき青春高校対あかつき大附属の試合を始めます。互いに、礼!!』

 

 

 

互いに負けられない一戦。甲子園を賭けた戦い。

 

『パワフルテレビをご覧の皆様、大変お待たせ致しました!午後13時。ただいまからあかつき大附属対ときめき青春高校の決勝戦、プレイボールです!』

 

 

激闘の火蓋は切って落とされた。

 

 

『一回の表、ときめき青春高校の攻撃は、一番センター矢部くん』

 

 

「矢部くん頼むぜ!」

「一発かましたれ!!」

「任せるでやんす!!」

 

 

格上相手の一戦。

何としてでも先制点を挙げて、リードする展開に持ち込みたい。

そしてそのまま逃げ切り…なんて出来たらベストだ。

 

 

ロージンを手に取り、二三度手で弾ませる。

そして無造作にぼふっと落とす。

ふぅと一息ついて、キャッチャーのサインを見つめる。

こくり、と頷く。

両腕を高々と頭上へ。右足を後ろへ。

そして左足を前に出したところでぐっ、と力を溜め込む

右足を踏み出して、少し遅れてグローブと、ムチのようにしなり、スムーズに出てくる左腕。

 

 

 

『ストライーク!!』

 

 

初球は外角低めのストレート。

まだサイレンが鳴りやまないなかで、目の覚めるようなミットの音が球場へ響く。

凄いコースだ、さすがの矢部くんも手が出なかった。

 

 

キャッチャーの返球を取って、すぐさまじっとサインを見つめる。

お次は外角一杯のカーブ。

矢部くんは果敢にスイングするも打たされてボテボテのショートゴロ。

六本木の軽やかなフィールディングでワンナウト。

ベンチへと戻った矢部くんは

 

「思ったより腕が遅れて出てくるでやんす、それでいて、あのコース、わかってはいたけど手強いでやんすね…」

「そうか、でも完全にエンジンがかかるまでには叩きたいな」

 

猪狩といえども初回から完全なパフォーマンスが出来るとは限らない。

だから、なるべくエンジンがかかりきるまでに先制したい。

それに、ランナーを背負わせるだけでもリズムを狂わせられる筈。

とにかくコツコツ行くしかないんだ、今日はそれだけの相手なんだ。

 

二番の小山に対してもカーブ、ストレートで組み立てる。

粘りを見せるも最後はストレートに振り負けてセカンドゴロに倒れる。

 

 

 

そして、運命の再戦を迎える。

 

 

『三番 ショート 荒波くん』

 

 

そして俺の名前がコールされると、球場が大歓声、とは違ったいようなざわつきが起こる

 

『なぁ、荒波ってもしかしてあれか?猪狩から逆転ホームランぶちこんだ奴』

『そーいや中学の時に話題になったな』

『あの頃はすごいいい選手って聞いてたが…まさかこんな野球で野球をやっていたとはな』

 

やはり野球ファンはかすかにだが、覚えているらしい。

つくづくすげぇよ、お前の相手になるだけでこんな注目されるなんてな。

 

 

「さあ春くんの打席だよ!」

「翔くんはしゃぎすぎー」

「翔は荒波の事になると変わるな」

「い、いやだって負けて欲しくないじゃん!他校なのに仲良くしてくれてるし!」

「ふっ、それに関しては俺も同感だな。やはり顔見知りには活躍して欲しいな」

何だかんだで聖タチバナの面々と友沢は試合観戦に熱中。

春…。

いい佇まいになったな。

一年前の夏とは見違える程だ。

俺が、帝王があのグラウンドへ立っていないのは悔しいが

お前がかつてのトラウマを打ち砕く、そんな所も見てみたい。

 

バッターボックスへ入る。

左足で少し地面を蹴り、軸足を固める。

そして一度肩に乗せたバットを立て、投手の方へ目を向ける。

打つ…。必ず!

あの日のトラウマを終わらせて、始めるんだ、次のステージを!!!

 

 

 

猪狩は俺の事を見て、少し笑みを浮かべた。

 

 

さあて。お手並み拝見といこうか。

先頭二人を抑えた。今日の球は走っている。

ツーアウトランナーなし。全力で投じる場面では決してない。

とはいっても、手を抜く訳にはいかない。

キミにだけは、もう打たれる訳にはいかないからね。

 

 

 

「フンッ!!」

『ストライーク!』

 

 

 

「は、速い…!」

思わず声が出てしまった。

球速表示は147キロ。

クッソ、初回でこんな速い球放るのかよ!

 

 

 

どんどんいくよ。着いてこれるか?

すぐさまモーションに入る。

 

 

 

『ストライーク』

 

 

くっ、考えさせる暇も与えてくんねぇか…

それにコースがえげつねぇ!

外一杯にあんなストレート放られたらひとたまりもねぇな。

 

 

 

「よし…!追い込んだ」

猪狩も珍しく小さく声をあげる。

そして今度はキャッチャーの返球を受け取ったあと、ロージンに触れ、間を取る。

 

 

最後は…これだ!!

 

 

 

「なっ、甘い!!!」

 

 

 

投じられたのは真ん中高めのストレート。

絶好球!そう思った春は力一杯にスイング。

 

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!チェンジ!!』

 

 

『空振り三振ー!!!猪狩、ストレート3つで荒波をねじ伏せたー!』

 

 

しかしバットは空を切り、二宮のミットに収まる。

猪狩は春には目もくれず、ゆっくりとベンチへ戻っていく。

 

 

「まじかよ…」

春はバッターボックスに立ち尽くす事しか出来なかった。

今の、確かに甘かった。得意なコースだった。

バットの角度もよかった筈。

 

「おい君、なにをしているんだね」

審判もすかさず注意する。

 

 

はは…こりゃやべぇ奴に目つけられちまったな。

あのコースすら打てる球ではないってことかよ…。

そう思いながらも…

 

 

「まだまだこれからだぜ」

 

 

そう呟いて、ベンチへと戻っていく。

そりゃいきなり攻略とはいかないよな。

だけど、俺だってまだまだこんなもんじゃないぜ。

まだ負けちゃいねぇ。

次こそは打ってやる!!

 

 

「どんまい春くん!切り替えていこ!」

「そうだぜ、守りはきっちりやんねぇとな」

「おう!わかってる!」

 

 

前までだったら絶望して、悲観して、諦めていただろう。

だけど今は、よくわかんねぇけど…

燃えてきた。

 

 

 

「おい、お前わざと高めに投げたろ」

こちらはあかつきベンチ。

二宮が猪狩の隣に座り、

 

「わかってんのか?テメーのこだわりに俺ら付き合わせるつもりか!?」

「何を言っているんだ?打ち取れる確信があったからこそあのコースに投げたんだ」

 

君にはストレートで押すのがいい。

これはこだわりなんかじゃない。

確かにストレートはボクの一番の球だ。

けどわかったことがある。

奴はボクのストレートにタイミングを合わせる事すら出来ていない。

フフ、気持ちいいよ、思い通りの展開になるのは。

 

「とにかく!なめてかかんじゃねぇぞ!」

「わかっているさ、ボクがそんな二流のすることなどやる筈がないだろう?」

 

 

強気の二人だからこそこうやってお互い思ったことをすぐ口にする。

そうしてお互いの考えを知り、良きバッテリーへと成長した。

バッテリーを組んだ当初はとにかくウマが会わず、喧嘩ばかりしていた。

 

 

これで勝ったつもりにはならないから安心しろ。

ボクが欲しているのは

完膚なきまでに君を叩きのめして、あの忌々しい過去に蓋をすることだ!

次も、その次も!最後まで絶対に打たせない!

 

 

 

『一回の裏、あかつき大附属の攻撃は 一番 センター 八嶋くん』

 

 

八嶋が左バッターボックスへ入る。

いきなり嫌なやつと対戦だな。

この八嶋はとにかく足が速い。

中学時代、野球に加えてスプリンターとしても活躍していたそうだ。

そして野球の強豪校以外に、陸上部としての誘いが何校からもあったという。

そしてその足を活かすプレーは素晴らしいものがある。

大振りをしない、転がす、あえて詰まらす、といった具合に。

何より…青葉が心配だ。

パワフル戦ではっきりしたこと。

それはストレートとスライダーで腕の振りが僅かに違うこと。

強豪になるとそういったところを見抜き、突いてくる。

そしてもうひとつ。根本的な問題だ。

 

 

 

『キィン』

 

 

 

鋭い打球が三遊間を抜けていく。

外角のストレートを上手く流された。

 

 

そう、青葉の弱点とも言える。

 

 

『左打者に対して有効な球が少ない事だ』

 

 

青葉のスタイダーはとても速く、曲りが大きい。

それは青葉にとって絶対的な球種である。

右打者にはいわゆる外スラ。これがとても有効だ。

急角度で曲がりストライクからボールへ、幾多の空振りを取ってきた。たまに内角のボールからストライクになる球も使える。打者が仰け反り見逃しがとれる球だ。

しかし左打者になると、なかなか使いづらい。

ほぼ真横に曲がるスライダーであり、左打者にとっては外から内へ切り込んでくる。

言ってしまえば、外から内へ入れれば甘いコースになる。

真ん中から体側から曲げれば、見逃せばボールになる。

一流どころの左打者からすれば、腕の振りの違いも相まって打てないボールではないし、手を出さないボールである。

そのため、基本的に外のカーブと、ストレートで勝負することになるが、それだけで抑えられる相手はあかつきにいない。

もちろんスライダーが全く使えないって事はないけど、、対右打者ほど有効な球種では無くなる。

 

 

 

何度も牽制したが、初球を走られてしまう。

鬼力のバズーカのような送球も間一髪、八嶋の足が先にベースに触れた。

二番四条は3球目のストレートにバットを寝せる、三塁線にうまく転がし送りバント成功。ワンナウト3塁となる。

手堅いな。ゲッツーのない場面でも送ってくる。

これが明確な役割分担、あかつきの野球か。

そして次の打者は、東條と並ぶ左のスラッガー

 

 

『三番 レフト 七井くん』

 

 

苦しいな。

七井は二年生にして高校通算で40本のホームランを放っている。

チャンスでその七井、それに次は驚異的なパワーの三本松、どちらも左だ。

先制点は与えたくない。

軽打も、犠牲フライも、ボテボテの内野ゴロだって許されない。

三振が欲しい…!

 

 

「青葉!落ち着いて行け!」

「へいへーい!ねじ伏せちゃってー!」

 

 

内野陣からの激励が飛ぶ。

そして打席の七井を睨めつける。

初球は外のカーブ。

打ち気を反らす。

七井はこれを見送る。

 

 

二球目。

内のストレート。

 

 

『カキィィン』

 

 

 

凄まじい打球音が響く。

全員がボールを目で追う。

ボールはぐんぐんと伸び

 

 

 

 

 

『ファール!!!』

 

 

 

「あっっぶねぇ!!」

「てめーしっかり投げろコラァ!!」

 

 

ボールはライトポール僅か20センチ右に切れてファール。

さすがあかつきの三番、レベルが高い!

青葉の140キロ半ばの重いストレートを引っ張って、あそこまで持ってきやがった!

インコースは危険すぎる。

かといって七井はアウトコースの球を流してスタンドへ持っていく技術も兼ね備えている。

三振を取れる絶対的な球種は…使えない。

愚策だっか…。

時間はあった。

何故俺は、対策を講じなかったのか。

青葉を、青葉のスライダーを信じすぎていたのかもしれない。

それだけの大投手だが、全能って訳ではない。

わかってた、わかってたのに!

 

 

ここに来て彼らの武器の1つである、信頼。

その弊害が生まれ始めていた。

 

 

「おい、あいつやばいんやないKAー!?」

動揺する稲田に対し、無言で試合を見つめる山口。

 

 

それでも青葉は淡々としている。

いつも通りセットポジションに入り、モーションに入る。

投じたのは、インコース、高さは真ん中。

 

 

まずい!!

さっきより高い!

あのコースは持ってかれる!!

 

 

勿論七井がこれを見逃す訳がない。

タイミングばっちりで、物凄いスピードでスイング。

 

 

 

 

しかしバットにボールが当たることはなく、ワンバウンドで鬼力のミットに収まった。

そして鬼力がゆっくりタッチ。

強打者七井を三振に切って取った。

 

 

「い、今のって…」

 

 

打者の手前で、急角度で、『落ちた』

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!チェンジ!!』

『青葉!ホームを踏ませない!素晴らしいピッチングです!!』

青葉は続く三本松、そして右打者の二宮をスライダーで三振に切って取った。

ゆっくりとベンチへ。

 

 

 

「青葉!七井と三本松を打ち取った球って…!」

「ああ、お前らには言ってなかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、こりゃなんの真似だ」

前日の事。

 

 

「これねー、ミヨちゃんが作ってみたのー!」

部室にて、ミヨちゃんが青葉に手渡したのは

手書きで記された、いくつかの変化球の握り、投げ方ついての冊子だった。

かわいいイラストまでついており、なおかつとても丁寧に記されていた。

体術について精通しているミヨちゃんならではの画期的な練習資料だ。

 

 

「色々調べたんだよー!でねー、特にこれなんか青葉くんにぴったりだと思うのー」

 

嬉しそうに語るミヨちゃん。

その言葉を遮るように

ドンッと壁を拳で殴りつける。

 

 

「何の真似だって聞いてんだよ…」

 

 

徐々に表情が険しくなっていく。

 

 

「ほ、ほら前の試合東條くんに打たれちゃったでしょー?それにー、前から左の人には投げづらそうだったからー」

 

嬉しそうに資料を渡した時の表情はもうない。

それでも、青葉の力になろうと、

 

 

「だからねー、新しい変化球が投げられれば青葉くんはもっと凄いピッチャーになれると思うのー」

他意はない。

ただ…青葉の、チームの為に。

その想いでいっぱいだった。

 

 

それを聞いた青葉は

「俺に足りないのは…これじゃねぇ」

「お前…何もわかってねぇよ」

そう言い残して部室を出ていってしまう。

 

「違うのー!そうじゃなくてミヨちゃんはー」

 

後を追うように部室を飛び出すも

 

 

「ごめん、ごめんね青葉くん」

その目には涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「クソッ!!!」

河川敷グラウンドにて。

青葉はフェンスに向かって投げ込みをしていた。

 

 

「ちくしょう…!!」

わかっていた。

俺のスライダーが上のレベルでは通用してねぇって!

痛てぇ程にわからされた。

腕の振りだって、どうしても緩むし、倒しちまう。

でも俺は…他の変化球を覚えたくねぇ。

それは自分の武器がつかいもんにならなくなったって言われてるみてぇだ。

そうはなりたくねぇ!

このスライダーを覚えんのに死ぬほど努力したんだ。

こんな事でコイツを終わらせられっかよ!!

 

 

「あ?テメー何やってんだ?」

そこに通りかかったのは

灰凶高校の鳴沢怜人。

 

いつものように互いに愛想のない会話をして、鳴沢がその場をたとうとすると

 

 

「ちょっと待て、聞きたいことがある」

躊躇いながらも、勇気を出して口にする。

 

 

「お前、新しく変化球覚えるとき、どーゆう気分だ?」

 

鳴沢は立ち止まり、二三秒考える。

 

 

「これでもっと強くなれる」

鳴沢の武器は制球力と球種の多さだ。

鳴沢にとって、軸になる絶対的な一つの球種など存在しない。

自分が生き抜くために、活路を見いだしたのが球種の多さだ。

新しく覚えるにあたって、『今までの球はもう使えないから』とか『本当に自分の弱点と向き合えてない』とかの感情は一切沸いてこない。

今の球種じゃ抑えられない。

だから、新しく変化球を覚える。

強くなるために。

これが鳴沢だ。

そこには自分の今までの武器が役に立たない場面があるという悔しさも、その球種へのこだわりもない。

 

 

「俺はテメェのお陰で目ぇ醒ましたからな、テメェにも塩送ってやるよ」

鳴沢はわかっていた。青葉の葛藤を。

何せ、あのときせー対パワフル戦を観ていたからだ。

そして青葉が何故打ち込まれたか、それについても熟知していた。

 

「最後に東條打ち取ったのは野郎が勝手に舞い上がってただけだ」

「テメェの望み通りスライダー磨くのは結構だよ。でもな、新しい球種覚えんのは『逃げ』じゃねぇ」

俺はテメェみたいにバケモンみてぇな変化球はなげらんねぇ。無理だ。

気にいんねぇし、悔しいわ。

でもな、俺には俺のやり方ってもんがある。

別に無理強いはしねぇ。

でもな、俺のやり方を邪道みたいに考えてんならただじゃおかねぇ。

 

 

「俺から言えんのはこれだけだ。これで借りはチャラな。首洗って待ってやがれクソピッチャー」

そう言いつつも鳴沢はふっと笑って、ロードワークに戻る。

 

 

 

青葉は暫く考えた。

河川敷グラウンドのマウンドに座り込み、暗くなるまで。

そして何かを思い立ち、立ち上がり、走り出す。

 

 

 

 

「はぁ…」 

散らかった部室を掃除するミヨちゃん。

だめ。気分が上がらない。

青葉くんにとって、スライダーがどういうボールなのかなんて簡単に予想がついたのに。

私…なんてことしちゃったんだろう…。

 

 

それでも、あの練習資料を作った。

機械が苦手で、手書きで書いた。

実際に他の高校のピッチャーやプロの選手の映像、打者が空振りした時、どうして振ったのか、なんで当たらなかったのか、とにかく調べあげた。

躊躇いもあった。

去年から、青葉が完璧なスライダーを完成させるために死ぬ気で努力していたことを知っていたから。

スライダーにこだわりがあって、青葉の代名詞であることを知っていたから。

でも、新しい変化球を覚えることを勧めた。

それは…もう青葉が打たれる姿を見たくなかったから。

青葉が三振を奪う、そして小さく吠える。

そして内野のボール回しがあって、最後に青葉にボールが渡って、また鋭い眼光で打者に向かっていく。

その姿が大好きだったから。

 

 

バッグの中から手書きの練習資料を取り出す

「もうこれはいらないよね…」

 

そう言って、何枚にも束ねられた紙を、自らの手で、二つに、少しずつ破っていく。

 

 

その時、ばたん!と部室のドアが勢いよく開く。

 

「ハァハァ…」

そこには息を荒くする青葉の姿が。

 

「青葉くん!?」

ミヨちゃんはとっさに冊子を自分の後ろに隠す。

少しの静寂が訪れる。

青葉は膝に手を付いて息を整える。

ミヨちゃんがどうしたの?そう聞こうとすると青葉は顔を上げて

 

 

「悪かった」

しっかり、真っ直ぐミヨちゃんの目を見て

そして頭を下げた。

 

 

「逃げてんのは俺だった。何もわかってねぇのは俺だった。」

去年の夏休みから取り組んできたスライダーの完成。

これは間に合わなかった。

そして、一流どころには通用しなかった。

その事実に直面して、青葉は腹を立てた。

自分に、そして気遣ってくれたマネージャーに。

ガキみたいに不貞腐れて、でも結局それが無意味だってことに気付いた。

 

 

「その手に持ってる紙、見せてくれよ」

「教えてくれ、新しい変化球」

 

 

「…うん!」

 

青葉の真っ直ぐな目を見て、

ミヨちゃんは目に涙を浮かべながら

少しだけ亀裂の入った冊子を青葉に手渡した。

 

 

 

青葉は練習資料に目を通す。

数種類の変化球の握り、フォーム、有効なコースとても丁寧に記されていた。

そして最後のページには…

 

 

『青葉くんのスライダーは絶対に完成する、誰にも打てないボールになるって、ミヨちゃん信じてるよー!でもたまにはこういう息抜きもしないとねっ!』

 

 

 

「ミヨちゃん、鬼力くん呼んでくるねー!」

 

 

その時見せた笑顔は、とても眩しかった。

そして振り返って、部室を出ようとした時、青葉がミヨちゃんの手を掴む。

 

「えっ!?どうしたの~!?」

「いや、ありがとな…」

礼を言ったあと、口ごもる。

何を言おうとしたのか、その時ミヨちゃんはすぐに勘づいた。

 

「いいよ、まだ呼んでくれなくても」

 

 

いつか、青葉が本当に心から自分に向き合ってくれた時。

その時にはきっと呼んでほしい。

私の名前を。

 

 

 

 

「決めた」

ミヨちゃんの手を放して、真っ直ぐ目を見る

 

 

「えっ?嘘!?ほんとにー!?」

やばい、嘘!?

今!?やばい嬉しい!!

ミヨちゃん今変な顔してないかなー?

だめ、やっぱ顔が緩んじゃうー!!

 

 

「これにする!」

そう言って青葉は、練習資料のあるページを指差す。

 

 

「待ってまだ心の準備がー!…ってえっ?」

「心の準備?何の話だ?」

 

 

だよね…。

こんなに簡単にいくわけないよね。

でもそれだから、

そういう所もやっぱり…

 

 

「ミヨちゃんもねーそれがいいと思ってたのー!」

「そうか!じゃあ早速やんぞ!!」

 

 

大きな青葉の背中を追いかけるように、後ろから寄り添う。

そして二人で肩を並べてグラウンドへ。

青葉くんがいつかその気になってくれたら。

それでいいから。それまでずっと待ってるから。

今度は違う関係で、こうして二人で歩きたい。

そう思うミヨちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで一晩でフォークを覚えたのか、すげぇな!」

「ああ、鬼力もよく捕れるようになってくれたぜ」

 

 

春と青葉の会話を聞いて、嬉しそうにニコニコと笑うミヨちゃん。

 

 

「青葉、まだまだ甘いコースだったぞ」

的確に助言をするのは山口。

 

 

「そっか!フォークならうちには大先生がいるもんな!」

「あ、ああ」

その時青葉の表情が一瞬曇る。

春がどうしたんだ?と聞き返す。

青葉は昨日の事を思い返す。

 

 

 

 

 

「だめだ!!腕を外に逃がすように投げるんだ!それにまだ腕の振りが緩んでるぞ!そんなんじゃ空振りは取れない!」

「青葉くんー!もうちょっと腰を捻る感じでやらないと力が伝わらないよー!」

「高い!低めに落とさないと意味がないぞ!やり直し!」

 

 

 

 

 

「あいつ、いやあいつら。組んだらやべぇぞ」

あの青葉ですらこんな表情するのか!

ていうかどんだけ猛練習だったんだよ…

まさかあの青葉が悲鳴を挙げるほどの練習だったとは、むしろ見てみたい。

 

 

 

 

「青葉、まだ5割ってところだ、付け焼き刃だって事を忘れるなよ」

あ、絶対スパルタだわこの人。

そう確信した春であった。

でも一日で覚えさせる指導力はたいしたもんだな。

青葉のセンスにも頭が上がらないぜ。

にしても、これで守りの不安要素が一つの消えた。

 

 

 

「こっちは新兵器見せたんだ、こっからだな」

「ああ、気張ってこーぜ!!」

 

 

 

 

仲間の助けもあり、進化を遂げたエース。

大丈夫、通用してる。渡り合えてる!!

この調子でとことんしがみついてやる!

 

 

 

 

「今のはフォークか?」

「ああ、なかなかいい球だったナ」

 

 

あかつきベンチで話しているのは四条と七井。

スコアブックを確認している。

 

「ふっ、データにない隠し球か」

「猪狩、これは思った以上に手強い相手だ、実績がないからって油断するなよ」

 

 

猪狩はドリンクを一杯口に含み

「何度も言わせるな、ボクはそんな事はしない」

そう言ってグラウンドへかけていく。

 

 

 

面白い。こうでなくっちゃ楽しくない。

荒波…。いいチームじゃないか。

確かな実力がそこにはあって、勝ち上がってきた勢いが後押ししてる。

 

 

 

『二回の表 ときめき青春高校の攻撃は 四番 ファースト 神宮寺くん』

『さあ、初回のピンチを乗りきって、勢いに乗りたいときめき青春高校!!』

 

 

そういうチームとは幾度となく対戦してきた。

そして、叩きのめしてきた。

ボクは好きだ。

 

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!』

 

 

 

 

 

 

 

 

勢いに乗っているチームを、自らの手で完膚なきまでに抑え込み、絶望の淵に叩き落とすのがな!!!

 

 

 

 

 



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第26話 俺達の野球

ここはパワフル市民球場。

本日行われているのは、夏の甲子園大会予選、決勝。

あかつき大附属対ときめき青春高校の一戦。

エリート対不良の試合には、例年の数倍の観客が押し寄せた。

そして意地と意地のぶつかり合いが始まる。

あかつきのマウンドに上がったのは天才、猪狩守。

そんな絶対的エースを前に、ときせー打線は一本がなかなか出ない。

三回が終わってヒット、フォアボールはゼロ。

六つの三振を奪われた。

徐々にエンジンがかかり始めた猪狩。

その圧倒的な投球を前に

ときせー打線は攻略なるか。

 

対する青葉も奮闘。

打たれたヒットは初回の一本だけ。

以降はストレートに縦と横の変化球を織り交ぜ、4奪三振と快投。

 

どちらのチームも、先に点が欲しい。

そろそろ試合が動き出すか。それても硬直状態が続くか。

 

 

『試合は四回の表、ときめき青春高校、一番からの好打順!』

 

 

「へい矢部!そろそろ一本出そうぜ!!」

「頼むぜ矢部くん!!」

 

 

俺達は猪狩の前にヒットどころか出塁さえも許されていない。

こんなことは始めてだ。

今までの試合では遅くとも二巡目には矢部くんが突破口を切り開いて、小山がチャンスを広げてって感じだったが…。

頼む矢部くん!

君はウチの切り込み隊長だ!

君が出塁することでチームは勢いづく。

塁上では無類の存在感を放つ。

だから頼む…出てくれ!

 

 

 

猪狩は矢部くんに対しても力押し。

外角から入ってくるスライダー、カーブと来て

最後は…右打者の内角をえぐり混んでくるストレート。

 

 

「それを待っていたでやんす!!!」

 

 

そう言って矢部くんは148キロの速球を豪快に引っ張る。

 

 

「お、あるぞこれ!!」

「矢部走れ!!!!」

 

 

打球はぽんぽんと跳ね三遊間へ。

よし!五十嵐のポジショニング的にサードはカット出来ない!

矢部くんの足ならショートが取ってからじゃ間に合わない!

 

 

 

その時六本木が猛スピードで前進。

そのままショートバウンドを捕球。

よろけながらも軽やかなグラブさばき、素早いステップ。

そして間髪入れずボールを一塁へ

 

 

 

『アウトぉぉ!!!』

 

一塁塁審が拳を前に出す大きなジェスチャー。

そのコールがなされた時、スタンドから大歓声が上がる。

 

「うっひゃー。あれアウトにしちゃうんだ」

「翔ならお手玉してたぞ」

「僕サードなんですけど…」

「六本木…さすがの守備だな」

それは翔ですら魅了された。

プロ野球でもなかなか見れないようなファインプレーだ。

 

 

 

「ま、まじで…?」

「おい上手すぎだろあいつ…」

「あれ捌くとかありえねーから!!」

 

 

こちらはときせーベンチ。

なんて守備してやがんだ!

打球が飛ぶ。突っ込む。バウンドを合わせる。下からグラブを出す。ボールを持ちかえる。ステップを踏む。投げる。

全ての動作に無駄が無すぎる!!

俺なんてアウトにするには捕る段階すら怪しい。

ドンピシャのタイミングでバウンドに合わせた。

そして素早く、フォロスルーを極限まで小さくしてあの精度の高い送球。

そこまで計算して…?

 

 

猪狩くんは投げ出してからが早い。

ストレートが来たらの話だけど。

でも確率で言えばそれが一番。

だから始動を早くして…

 

「えいっ!」

『キィン!!』

 

  

二番小山は真ん中低めのストレートをおっつける。

ゴロ性の鋭い打球は一二塁間ど真ん中へ。

 

「おっしゃ!!今度は抜けただろ!」

 

 

 

 

しかし

 

 

『パシッ!!』

 

「えっ!?」

 

打った小山も動揺を隠せず声に出してしまう。

なんと…本来の一二塁間のど真ん中に

セカンドの四条の姿が。

真正面に入り、地を這う打球をしっかりキャッチ。

そしてスナップをきかせて、余裕を持って一塁へ送球。

 

 

 

『アウトぉ!!』

 

 

 

「嘘でしょ…?」

「な、なんなんだよこいつら…」

 

 

俺達も思わず…。

今の、確かに当たりは強くはなかった。

けど完全にヒットコースの打球だろ…。

ときせーベンチは驚きのあまり声が出ない。

しかし試合は続く。

 

 

 

『三番 ショート 荒波君』

 

 

猪狩はテンポよく投じる。

 

 

『ストライーク』

 

 

予め予測してそこを守ってたった言うのかよ!

こいつ…いやこいつら。

わかってはいたけど…。

 

『ストライークツー!』

 

 

ただの猪狩の引き立て役なんかじゃねぇ。

こいつら各人が、それぞれの分野でとんでもねぇ実力を持ってやがる…!! 

 

 

 

これが絶対王者、あかつきのレギュラーか…!!!

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!!!』

『あぁーと荒波またも空振り三振!猪狩の火の出るような直球に手も足もでないか!?』

 

猪狩は先程の打席と同じくストレート3つで春を料理。

またもストレートに全く合わせることが出来ず3球三振に倒れる。

そのとき俺は、この試合が始まって打席での対決以外で初めて猪狩のことを見つめた。

猪狩もまたベンチへと向かう途中、おもむろに俺の方をみて

 

 

 

「これがウチのチームだ」

 

 

この一言だけ。

それは確かに俺の耳に届いた。

あかつき大附属。

部員は100人を超え、毎年全国から名だたる面々がその門を開く。

シニア全国制覇チームの四番とか、U-15に選出された選手とか。

そしていま俺達が対峙しているのは

その猛者どもとの激しい競争を勝ち抜いて、背番号を勝ち取った精鋭たち。

そいつらが列を為して陣を取る。

俺達は団結してその陣へ勇猛果敢に突っ込んでいく。

後ろに控える猪狩守を倒すために。

しかしそれは叶うものなのか。

大将を守護する8人の牙城が

あまりにも高く、強固であった。

 

 

わかってたよ。試合前から。

今日の相手はこういうチームだって。

 

 

「見てろよ…」

 

 

猪狩が去ったあと、彼の背中をみて小さく呟いた。

 

「クッソ、あいつらプロじゃねぇの?」

「あの二遊間やばすぎでやんす!」

 

まずいスコアは0-0だが…流れは向こうにある。

 

「気ぃ引き締めてくぞ!!」

「わーってるよんなこと!」

 

 

『さあ四回の裏、バッターは七井から!』

 

 

青葉は七井に対して外角のカーブで打ち気を反らし、最後は外角のフォーク。

 

 

『キィン!』

 

 

『叩き付けた!ボテボテのゴロだ!面白いとこに転がった!』

 

ボールは転々と一二塁間へ。

勢いがなくどんどん失速していく。

 

 

「青葉!カバー!俺が捕る!」

神宮寺がそう声を上げて前進しようとしたその時

 

 

「へいへーい!任しときー!!」

「な、何ぃ!?」

 

 

茶来が猛スピードでチャージ。

神宮寺はファーストベースへ急いで戻る。

茶来は前のめりで捕球。

そのままヘッドスライディングのように滑り込む。

そして着地するその前

 

 

「ほいっ!光るっち!!」

「うお!?」

 

 

『あ、アウトぉ!!!!』

 

 

『なんということだ!ボテボテのゴロをセカンドの茶来がダイビングキャッチ!その勢いでバックグラブトスでボールを一塁へ転送!スーパープレイ、超スーパープレイです!』

 

 

「うおおお!茶来すげぇー!!!」

「すごいよ茶来くん!あそこからグラブトスするなんて!!」

「助かったぜ茶来!!」

「ちょっとまてぇ!今の捕った俺もすげぇだろ!」

 

 

このプレーにときせーナインも大盛り上がり。

試合中なのに内野のみんなが打球が飛んだ方に集まっていった。

 

 

「いや、なんつーかさ」

「俺だってこのくらい出来んし?いちいちあいつらのプレーにビビってちゃはじまんねーべ!!」

 

正直思った。

茶来、お前こんな熱い奴だったんだな。

最初の頃は「汚れたくない」とか「このあと合コンだから汗かくのはカンベン」とか言って、際どい打球は追わなかったのに

 

 

「だからこのプレーは俺様があってこそ…」

「茶来君ほんっっっとにすごかった!!」

 

 

一層気を引き締めるときせーナイン。

 

「…っけ!わーってたよどーせ俺様は注目されねぇって」

一人ぼそぼそ言いながら定位置に戻る神宮寺。

そこへ

 

 

「神宮寺、ナイスだ!あれはお前じゃなきゃ取れなかった」

春が神宮寺の肩をぽんっと叩き、讃える。

 

 

「…」

「えっ?どした?」

 

 

無言の神宮寺。

少ししてから

 

 

「たりめーだこらぁ!俺様を誰だと思ってやがる!!」

「オラァ青葉!ファーストに打たせこらァ!」

「こっちはひまでやんす!」

「オラ青葉~、外野にもとらせろー!俺のスーパー背走キャッチお披露目してーよー!」

「いやそれかっ飛ばされてんじゃねえか」

 

 

 

茶来の超ファインプレーが

ときせーナインに立ち込めた不穏な空気を

一瞬にして取り払った。

そして

 

 

『捕った、捕っているー!三塁線の痛烈なライナーを小山がダイビングキャッチ!!ときせーまたもビッグプレー!』

 

 

あちらに傾いた流れを引き寄せる。

へっ、頭が上がらねぇよお前ら。

 

 

『キィン』

 

 

五番二宮はカーブに手を出すも打球はサード後方ファールスタンドへ。

二宮は一度打席を外し二三度素振りをする。

 

 

猪狩…。

負けてねぇ。

 

 

「ああ?んだあいつ」

二宮が打球の方に目を向ける

 

 

ウチだって負けてねぇよ。

 

 

『あっと、高々と上がったファールフライを荒波が追う!!』

 

 

確かに実力では及ばないかもしれねえ。

でもな

 

 

「春くん!そっちカメラ席だよ!?危ない!!!」

 

 

春はフェンスに目もくれず、打球だけを追い続けた。

そしてスライスするボールに向かって

 

 

「俺達はこういうチームだぁぁ!!!!!」

腕を目一杯伸ばし、カメラ席へダイブする。

ガシャーン、と何かが壊れる音がした。

そして春はそのままフェンスの向こうに転げ落ちる。

駆け寄る三塁塁審。

そして春の左手をみて大きく右腕で

 

 

 

『アウトォ!!!!!』

 

 

『うおおおおおおお!!!!』

『やべぇよあいつ!!何の躊躇いもなく突っ込みやがった!!!』

そのコールが為された瞬間、球場は割れんばかりの大歓声が巻き起こる。

「うっわー首から落ちたわよ」

「怪我してなければいいが…」

「あいつ…変わったな…」

「ん?友沢くんなんか言った?」

茶来から始まったビッグプレーの連発。

そしてその回を締めるに相応しいキャプテンのガッツ溢れるプレー。

これは…もしかしたら、もしかするかもな。

 

 

 

「春くん!!!!」

「春!大丈夫か!!」

「春っち!!生きてっか!?」

 

駆け寄るチームメイト。

その呼び掛けから少しして、寝転んだ体勢から、座り込む。

左手にはめたグローブ、そしてそこに収まった白球。

その左腕をチームメイトに掲げ

 

 

「…勝とうぜ」

 

 

その一言は

今までの春にはないような

並々ならぬ、チームメイトまで圧倒しそうな

 

 

気迫を感じさせた。

 

 

そしてチームメイトは、顔を向かい合わせ、

春に手を差しだし

 

 

「「「「おう!!!!」」」」

 

 

その熱意は、気迫は、執念は

少しずつ、ひしひしと、そして確かに

 

 

 

チームメイトに伝染し始めていた。

 

 

 

「クッなんなんだよあいつら」

ベンチへと戻る二宮。

 

「悪い流れやな」

「この回は得点したかったね」

「おい猪狩!このまま勢いづかせたらやべぇぞ」

レガースとプロテクターを付けながら喝を入れる。

 

 

「フン成る程な…」

「あ?何いってんだてめぇ」

 

ウチの自慢の二遊間のファインプレー。

そういうプレーの後には試合が動く。

しかし結果は…そんなウチの勢いを上書きする超ファインプレーの連発。

 

 

 

「いってぇ!!」

「ほら動かないでー!」

「にしてもお前よく擦り傷ですんだな」

「カメラぶっ壊れたって泣いてたぞあのおっさん」

 

 

 

「いいチームだ…」

「さっきから何いってるんダ?」

 

猪狩はグラブを持ち、立ち上がる。

 

「ボクに任せておけ」

 

その一言を聞いて

あかつきの面々は、やれやれというような仕草をして

グラウンドへ散っていく。

 

 

 

『五回の表 ときめき青春高校の攻撃は 四番 ファースト 神宮寺君』

 

 

「おっしゃー!!!!」

「出ろよ神宮寺!!」

 

 

君達の熱意はボクにも伝わった。

勝ちに飢えたような、ウチにはない独特なものだった。

そして今彼らは勢いに乗っている。

 

 

ファインプレーの後は試合が動く。

それはあちらもまた然りだ。

その勢いを

 

 

「断ち切る!!!!」

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!』

 

 

 

これがこのチームでのボクに割り当てられた『役割』だ。

 

 

「クッソォ!!」

悔しさからバットを叩きつける神宮寺。

 

へっ、大したもんだぜ。

続く鬼力の打席。

二宮はミットを構える。

普段はキザでクールぶりやがって気に入らねぇが

グラウンドの上では

あいつの背中が

誰よりも大きく見える。

 

 

『空振りさんしーん!!鬼力、最後はフォークを振らされました!』

 

 

 

お前の発言は誰よりも信頼できる。グラウンドの上限定でな。

そんなお前だから、俺達は出来ることを精一杯やる。

お前に負けねぇようにな。自分の得意分野を伸ばし続けた。

でも、世間から言われてるように俺達が猪狩を支えてるわけじゃねぇ。断言する。

知ってるか?お前の発言に、投球に、その背中に

 

 

 

『見逃しさんしーん!!茶来、外角のストレートに手がでなーい!!!』

 

 

 

 

俺達は支えられてきたってことをよ。

ま、ホントにときせーの押せ押せムードを断ち切っちまうあたり、かわいげねぇな。

 

 

 

『ときめき青春高校、この回もランナーが出せない!試合は0ー0、さあこれからどのような展開を迎えるのか!』

 

 

 

「っくしょー、打てねーなあの球」

「ただの真っ直ぐが当たらねぇんだもんな」

「タイミングどんぴしゃだと思っても差し込まれるんだよな…」

「でもまだ5回だ!これからだぜ!」

「そうだよ!しっかり守ってこー!」

 

 

猪狩のヤロウ。

俺達の行け押せムードを

たった一回の攻撃で静めさせやがった。

ちくしょう、そう簡単にはいかねぇか。

 

 

『五回の裏 あかつき大附属高校の攻撃は 六番 ピッチャー猪狩くん』

その名がコールされるとスタンドからは大声援、というより黄色い声援が響き渡る。

 

 

一つ教えてあげるよ。

何もボクが試合をコントロールするのは

 

 

「ピッチングだけじゃ無いってことをね!!」

 

 

キィンと快音を残し打球は右中間へ。

 

 

「落ちた、落ちたー!右中間真っぷたつー!!!猪狩、二塁へ到達ー!!!」

 

 

鋭い打球は右中間を割る。

矢部くんが素早く回り込むも猪狩は二塁を陥れた。

クソッ!追い込んでたのに!

高めに浮いたフォークを持っていかれた。

 

 

「やはりか…」

 

山口は腕を組み青葉を見つめる。

七井、三本松の強者を打ち取ったとはいえ所詮一晩練習しただけの付け焼き刃。

当然公式戦で投げるのは初めて。

そんな状態で常に精度の高いフォークボールを投げれる筈がない。

何せまだ練習不足だから、抜け球が多い。

元々スピードこそあるが、青葉のフォークはそれ程変化が大きい訳ではない。

落ちきらない球はすべて失投と考えろ、持ってかれるぞ!

 

 

 

ときせーは初回以来の、ノーアウトで得点圏にランナーを背負う。

 

 

『さああかつき大附属、先制のチャンスを迎えました!バッターは7番の九十九!』

 

 

「どうする?」

 

タイムを取り、ときせー内野陣陣がマウンドへ集まる。

 

「九十九は粗削りな感じじゃねーからな」

「右打ちを徹底してくるよね」

「だな」

「守備はどーする系?」

(コクコクッ)

「そうか、俺も同じ意見だ。お前ら守りは頼んだぜ」

(なんで今ので伝わったんだ…)

 

俺達は外野前進守備を取る。

九十九は一発こそはないが全体的にレベルの高い選手。

同じヒットを打たれるなら絶対にタイムリーにはしない。

中盤から一点を絶対に与えない、そういった守備体系を取る。

 

 

青葉は九十九に対して内角を攻める。

兎に角三振が欲しい。

ランナーを進ませるのも危険だ。

 

 

 

『キィン』

 

 

 

『一二塁間真っぷたつ~!!』

 

 

九十九の打球は鋭く一二塁間を破る。

前に出ていて正解だった。

猪狩は三塁ストップ。

ときせーはノーアウト一三塁の大ピンチを迎える。

 

 

くそっ、スライダーには悉く手を出さなかった。

そしてストレートを強引に右打ち。しかもヒットゾーンへ。

このレベルの打者が七番かよ…!!

さっきの回の猪狩の圧倒的なピッチングが、チャンスメイクが

他のメンバーに火をつけた。

 

 

『八番、ショート 六本木君』

 

六本木か…。

正直こいつ、打力に関しては大したことはない。

その分守備は驚異的だが…。

 

 

そして六本木は打席に入るやいなや、バットを寝せる。

ノーアウト一三塁。

次は打力のある五十嵐。

一塁ランナーの九十九だけを進める送りバントか…。

ファーストの神宮寺はジリジリと前へ。

 

 

青葉は2球続けてボールになるスライダーを投じる。

そして六本木はバットを引く。

お次は内角高め、145キロのストレート。

六本木はバントを試みるもファウル。

ここは素直にさせた方がいい。

兎に角今はアウトカウントを稼ぐんだ。

次の五十嵐、八島を死んでも打ち取るんだ。

そして投じた4球目。

 

 

「フッ、若いな」

 

 

青葉がモーションに入ったその時、三塁ランナーの猪狩がスタートを切る。

 

 

「…走った!!」

小山が声をあげる

 

 

そして六本木は青葉のストレートを上手くバント。

ファーストの神宮寺が打球を捕球した頃には、猪狩は既にホームベースを踏んでいた。

 

 

『あかつき大附属、ここでスクイズー!!!!これで1-0!!遂に試合が動きました!!』

『うーん、ときめき青春のバッテリーは送りと決めつけてしまいましたね~』

 

 

やられた…!

浅かった。

ボールが先行して、焦ってストライクを取りに行った。

ただの送りバントだと決めつけて。

その隙を、甘さを上手く突かれた。

そして、絶対に与えてはならない先制点を許してしまった。

これがあかつきの野球か…!!

ただ圧倒的な実力でねじ伏せるだけじゃない。

試合の状況を読んで、締めるところはきっちりやる。

常勝軍団…。

一人一人の、野球のレベルがたけぇ!!

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!』

 

 

 

「チッ!すまねぇ!!」

「ドンマイ!切り替えてこーぜ!!」

「そうだぜ!たかが一点だ!俺様が取り返してやらぁ!」

 

 

そうだ。まだ一点。そしてまだ六回だ。

そういう意識になれる。普段ならな。

しかし今日の相手は

あの猪狩だ。

ウチは一人のランナーも出せていない。

数字以上に…この一点は重い。

 

 

「…ったくてめーら落ち込んだり盛り上がったり忙しいやろーだな」

「右京!んだとテメー!!」

「まあ見てろって」

 

 

なんだ…?

右京がいつになく自信ありげな表情を見せる。

 

 

『六回の表 ときめき青春高校の攻撃は 七番 レフト 三森右京君』

 

 

そして右京は淡々と打席に入る。

チッ、ほんとやべーやつだのこの猪狩ってのは

ヒットどころか外野にすら飛ばねーわ。

春や神宮寺ですらそうなんだ。

俺にゃもっと無理だ。

ここまでの打率は1割もねぇ。

正直稲田がレフトでスタメンやった方がましなレベルだぜ。

だから…

 

 

『さあ、猪狩!振りかぶって第1球を』

 

 

 

俺が通用するとしたら

 

 

『投げました!』

 

 

 

これしかねぇ!!!

 

 

 

『コンッ!!』

 

 

 

『あーと三森、セーフティバントです!!』

 

 

猪狩のストレートに寝せたバットを当てた。

勢いが死にきらず、早いゴロが三塁線へ

 

 

「俺が捕る!!」

 

 

サードの五十嵐が猛チャージ。

そして打球を拾いにかかる。

 

 

 

「うおおおおおおお!!!!!」

これが出来なかったら俺はいる意味がねぇ

じゃなきゃ俺の打席なんてハナからワンナウトみてぇーなもんだ。

そうはなりたくねぇ!!

春が、青葉が、あいつらが死にもの狂いでやってきてんのに、

俺だけ役立たずなんてごめんだぁ!!!

そのまま右京は一塁へヘッドスライディング。

そして打球は

 

 

『あーと!!サードの五十嵐がファンブル!ボールが手につきませんでした!エラーが記録されます。そしてときせーはたった今初めてのランナーを、ノーアウトで出しました!!!!』

 

 

右京は起き上がって、辺りを見渡した。

そして状況を呑み込むと

 

 

「うぉっっっしゃー!!!みたかコラァー!!!」

「よっしゃー!!よくやった右京!!!」

「みたかあかつきコラァー!!」

 

 

タイミング的には悠々アウトだった。

それでも右京の気迫が、奴等の牙城を崩し始めた。

 

 

『八番 ライト 三森左京君』

 

 

「左京!わかってるな!」

俺はすかさず確認を取る。

一点差、ノーアウトのランナーだ。

ここは是が非でもランナーを進めて、青葉と矢部くんの打棒にかけたい。

 

 

左京は振り向いて

「わーてるよ。多分テメーが思ってんのとちげーけどな」

 

 

思わせ振りな台詞を残し、打席へと向かう。

大丈夫なのか?

ここは大事なランナーなんだ。

猪狩相手にノーアウトのランナーを出せることなんて早々ない。

右京のスチールも考えられるけど…

差されたら目も当てられない。

猪狩は初めてのランナーを背負い、セットで投げるんだ。

多少なりともプレッシャーを与えられるはず。

 

 

左京は打席に入るや否やすかさずバットを寝せる。

やるしかねぇ。来い!

 

猪狩は右京に対し何度も牽制する。

そして右京のリードは徐々に小さくなっていく。

 

「おい右京の奴いくらなんでもリード小さくねぇか」

「ああ、走る気がないにしてももう少しプレッシャーかけてもいいだろ」

 

 

どういうことだ?

まぁ送りだから右京が進塁すればなんでもいいんだけどな。

 

それでも猪狩はストレートで押してくる。

2球ともバントを試みるもファウル。

 

「あーもうなにやってるでやんすか!!」

「追い込まれちまったやんKA!」

「いや、それでも送った方がいいだろう」

 

山口の言う通りだと思う。

猪狩からヒットや進塁打を打てる確率よりバントできる確率のが高いはず。

その後ろ次第だがな…。

 

 

そして猪狩は三球目を投じる。

 

チッ!ストレート、しかもストライクだ。

ちったぁ荒れろよこの野郎が!!

 

 

その時左京はバットを引く。

そして真ん中低めのストレートを

 

 

走りながら叩きつけた。

 

 

 

「うお!何だ今の!」

 

 

打球は高く跳ねサード正面へ。

前進していたのもあり五十嵐は下がる。

そして左手を目一杯伸ばし打球をキャッチ。

すぐさまスローイングに入ると

 

 

「五十嵐!投げるなぁ!!!」

 

 

「へっ!引っかかりやがったなぁ!!」

 

二宮が指示を出した時にはもう遅かった。

その時、一塁ランナーの右京は既に二塁ベースを蹴っていた。

五十嵐は勢いそのままボールを一塁へ転送。

 

 

「うおおおお!!!」

 

 

左京は一塁へヘッドスライディング。

というよりも飛び付いた。

そのまま転がってしまう。

それでも、確かに送球より早く一塁ベースに触れた。

 

 

 

『セーフ!!!』

「よっしゃあ!!」

「このチャンスはマジガチでかいっしょー!!!」

 

 

そして三本松がボールを手にした頃、既に右京は三塁ベースへスライディング。

 

 

 

『ときめき青春高校!遂に初ヒットが生まれました!!ノーアウトで一三塁!!!』

『この二人、素晴らしい脚力ですねー。維持でも塁に出るんだ!という気迫がこちらにも伝わって来ますよ』

 

 

「へっ、猪狩相手にワンナウトあげんのは、、でかすぎだろうよ」

あっぶね~!!なんとか上手くいってくれたぜ!!

サードのヤローが焦ってくれて助かったぜ

 

 

右京、左京。

なんて野郎だ!!!

ワンナウトを犠牲にしてランナーを進めるどころか

自分も生きて、更に次の塁に進みやがった!!!

 

 

『九番 ピッチャー 青葉君』

 

 

「オラ青葉!あとはかっ飛ばすだけだぜ!」

「俺らの激走、無駄にすんじゃねぇぞ!!」

 

 

 

そういうことか。

お前らの足を甘く見すぎてた。

だったら…もういっちょやったろうじゃねぇか!!

春はすかさずサインを送る。

ここは…攻める!!

 

 

五十嵐の緩慢な守備を突かれたか…。

だが関係ない。

スクイズだろうが打ってこようが

僕がバットに当てさせなきゃすべて済む話だ。

猪狩はロージンに手を触れ、気持ちを切り替える。

そして打席の方を見ると

 

 

「なっ…?」

 

 

『なんと青葉、ここでバットを寝せます!これは送りバントということでしょうか!?』

『うーん。この場面で得点に絡まないランナーを送るのはちょっと消極的ですね~。これなら寧ろ打ってもいいと思うんですよ。』

 

 

 

青葉で一点を取りに行く気概がない…?

あくまで逆転を狙っているとでもいうのか?

それともこれがブラフで、ウチのようにスクイズをするつもりか?

フッ。

猪狩は汗を拭い、帽子をしっかりと被りなおす。

さっきは下位だからといって気を抜きすぎて転がされたが

そうボクを甘くみてもらっては困る。

何を企んでいようと

ボクのボールは

 

 

 

「わかっていても当たるボールじゃない!!!」

 

 

 

「くっ、」

『ストライーク!!』

 

 

初球。高めのストレート。

青葉はバントを試みるも当たらない。

そして三塁ランナーの右京に動きはなし。

 

 

続く2球目、今度はインハイのストレート。

青葉はバットを引くもギリギリに決まってストライク。

追い込まれた。

 

 

この場面でストライク2つかよ…。

スクイズは無警戒…?

いや、それだけ

バットに当てさせない自信があるんだ。

このピンチ、猪狩は当然ギアをあげてくる。

そのボールは青葉にバントすらさせない。

ただ…それはカンケーねぇ。

 

 

 

青葉はバントを辞め、構える。

愚策だったな。

結局追い込まれてボクと勝負するはめになった。

青葉で点を取るなりランナーを進めるなりしたかったのかな?

でもここから三塁ランナーがスタートして、バットを寝せようが、スイングしようが

 

 

「当てさせない!!!」

唸りをあげる豪速球が二宮のミットへ向かって一直線。

 

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!!』

 

 

 

青葉はスイング。

しかしタイミングが全く合わずに空振り三振。

 

 

勝った。

思い知るがいい。

ボクにそんな小細工は通用しない…

ランナーを出そうが貯めようが無駄なことだ。

結局はその場面でボクとの勝負に勝たない限り、君達がホームベースに触れる事はない。

 

 

 

 

「オラァこっちもアウトだ!!」

 

 

 

その時、猪狩の心臓がドキッと高鳴る。

 

 

「待て!投げるな!!」

 

 

そう言った時にはもう二宮からの送球が猪狩の頭上を通過する。

当然カット出来る高さではない。

 

 

 

「へっ、まさか二度も引っかかるとはなぁ!!」

 

 

 

青葉が三振に倒れた後。

一塁ランナーの左京はスタートを切った。

そして二宮は三塁ベースに付きっきりの右京を見て二塁へ送球。

 

 

 

そしてそれを見た右京は

 

 

 

本塁へ突入。

 

 

 

ボールはベースの手前で六本木が捕球。

すぐさまボールを本塁へ。

ホームベースには砂ぼこりが巻き上がる。

ここにいる全員が固唾を飲んで主審を見つめる。

少しの沈黙が明け…

 

 

 

『セーフ!!!!!』

 

 

 

両手を広げた。

そのコールがなされた瞬間。

俺達はベンチを飛び出した!!

 

 

 

「うおおおお!!!」

「やったでやんす!!!」

「追い付いたぜぇ!!!」

「オラァ見たかエリートどもぉ!!!」

 

 

『ときせーすぐさま追い付いたぁ!!!!これで1-1!!!遂に猪狩から、あの猪狩から一点をもぎ取ったぁぁぁぁ!!!!』

『これは上手いことやりましたね~。あかつき側としては青葉君に意識を向けすぎていましたね~』

 

 

 

そんなバカ騒ぎの中、静まるあかつきナイン。

そして猪狩は

ときせーベンチの

俺の方を見つめた。

 

 

 

ボクの意識が打者の青葉に向く。

守備陣は青葉の動向によって動く。

少し、ほんの少しランナーへの注意が他に行った。

青葉の何かしらのアクションによってどうにかランナーを進めたり、返したりする。ときせーはその作戦を取った。

そう思い込ませた。

だが青葉自体がブラフ…?

その隙をついたというのか…?

 

 

 

左手に持ったボールを潰すように握りしめる。

  

 

「やってくれる…!!!!」

 

 

 

「春!お前とんでもねぇ賭けに出やがったな!!」

「ああ!二人の足、それと猪狩の投手としての本能に賭けた」

 

 

猪狩、お前は天才だ。

味方のミスでランナーを許したり、塁上でちょこまかしたりするくらいじゃ眉ひとつ動かないだろう。

だからどうした?これ以上はなにもさせない。

そういう気持ちで打者に向かっていく。

そして実際に打者の青葉には何もさせなかった。

他の8人もそうだ。

猪狩ならバットに当てさせない、バントをさせない

その絶対的な実力を信頼してるからこそ、結果を確信しているからこそ

少し、ほんの少し

気持ちに綻びが生まれた。

だせーかも知れねぇけど、こうでもしないと猪狩から点は取れない。

お前らの高度な野球からすれば、俺達のプレーなんてただのバクチ打ちだ。

計算なんてしてない。

こんなプレーは今までしてことなんてない。

でも俺はその隙を右京と左京なら切り開けると信じて

ディレイドスチールのサインを送った。

ほんっっっとにあいつらには頭が上がらねぇよ。

自分の得意分野を活かすために、バントしたり、ソフトボールみたいな走り打ちをしたり。

お前らは自分と猪狩の技量差を十分理解してこれをしたんだと思う。

だけど

猪狩相手にそれが出来るってことは

めちゃくちゃスゲー事だぜ!!!

 

 

 

そして…

 

 

「きゃっ!」

 

 

『あーとっ!矢部をキャッチャーフライに打ち取った後、二番の小山のにデッドボールを与えてしまいました!』

 

 

「君、すまないな」

猪狩は小山の方に向かって帽子を取り頭を下げる。

少し内角を攻めすぎたか

そして次は…

 

「ううん、私は大丈夫だよ!」

 

手で猪狩に問題ない、と合図を送り一塁へかけていく小山。

「いったーい…」

「おいお前あれ上手くやりゃよけれたやRO?」

「そんなことないよ!って大声出すと痛いや…」

 

 

 

三森君達が切り開いた突破口。

先制された劣勢ムードの中、あの猪狩君から一点をもぎ取った。

そして私が出ればツーアウトランナー一二塁。

逆転しなきゃ絶対に勝てない。

青葉君がこの後を0で抑え続けたとしても

あと一点がないと試合には勝てない!

 

 

勝つために

 

 

甲子園の土を踏むために

 

 

この場面を託せるのは

 

 

 

君しかいない!!!

 

 

 

 

『三番 ショート 荒波君』

 

 

 

俺がここでカタつけねぇ限り俺達に勝利はねぇ。

らしくなく失点の後もピンチを広げた。

ここだ。ここが一試合に一回あるかないかの

 

 

 

叩き時だ。

 

 

「こい!!猪狩!!!!ぜってぇ打ってやる!!!!!」

 

 

猪狩はときせー側スコアボードの、1の数字を見つめる。

そして振り返り、春を睨み付ける。

フン、不愉快だ。

向かってくる度胸だけは誉めてやる

だがな

ボクは今虫の居所が悪いんだ。

 

 

 

 

「ねじ伏せる…!!!」

 

 

 

 

 



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第27話 天才VS凡才

本日は快晴。

燦々と照りつける太陽。

プレイボール時は38℃にも登った気温は次第に涼しくなっていくだろう。

そんな気候とは裏腹に熱い闘志をぶつけ合う二つのチーム。

5回裏、あかつき大附属は猪狩のツーベースから九十九のヒットでチャンスを広げるとときせー守備陣の警戒心が緩んだところで六本木がスクイズ、先制点を挙げた。

遂に試合が動いた直後。

三森兄弟が執念の出塁、チャンス拡大、そしてアウトカウントをひとつ増やしたもののディレイドスチールを見事成功させ同点に追い付く事に成功する。

現在6回表、ツーアウトランナー一二塁。

そして迎えるは

 

 

 

『三番 ショート 荒波君』

 

 

 

「いけぇ春!!」

「ここ大事でやんすよ!!」

「なんでもいい!ランナー還せ!!」

 

 

皆からの声援が、まるで隣にいるかのようによく聞こえる。

大丈夫。落ち着けてる。

この回ヒットはバントと決めつけて突っ込み過ぎた五十嵐の判断ミスとも言える1本。そしてバッターを介さず得点を挙げた、しかも相手の虚を突く形となったこの回。

いくら経験豊富な猪狩と言えども多少の苛立ちはあるはず。

ここだ。ここなんだ。

ここで一気に攻めねぇとダメなんだ。

 

 

 

「来い!!!」

 

 

打席に入り、猪狩に向けて怒鳴り叫ぶ。

 

 

 

まさかこんな形でボクが失点するとはな…。

君達は少しやり過ぎたようだ…。

残念だったな、君達のサクセスストーリーはここで終わりだ。

猪狩の目付きが変わった。

ここからは…

 

 

「先へはいかせない!!!」

 

 

 

『ストライーク!!』

 

 

 

初球はストレート。

この日最速の149キロを記録。

春はこの日初めて猪狩の球を見逃した。

 

 

 

猪狩のストレートは速い。

左腕、ましてや高校生である事を考えると140後半のストレートをポンポン放ってくるなんてとんでもねぇことだ。

そしてその凄さは、、速さだけじゃない。

速さでいったらパワフルの松田の方が速い。

でも打席での球が来るまでの時間、余裕のなさは松田のそれを遥かに凌駕する。

それだけ速く感じさせられている。

リリースしてから気づいたらボールが目の前にあるようなイメージだ。

ストレートが来ると予測して、実際に来て、自分はドンピシャのタイミングで振ってるつもりでも差し込まれてしまう。

さらにとにかく飛ばない。

今日俺達ときせーは打球を外野に飛ばしていないのが何よりの証拠だ。

この球を引っ張る事さえも難しい。矢部くんよくショートに打ったな。

ちなみに俺は唯一バットに当たってすらいない…。

しかも俺に対してはそのストレートしか投げていない。

天才投手としての威厳ってとこか?

ケッ、悔しいぜ。

お前は3年前の俺との対決を根に持っているようだが

俺は本来お前の目にかかるような選手じゃねぇ。

だけどお前みたいな天才が俺みたいなのをねじ伏せるのに全身全霊ってのは、、野球選手として光栄だよ。

だから俺も

 

 

 

「全身全霊で足掻かせて貰うぜ!!」

 

 

『キィン』

『ファール!』

 

 

猪狩が投じたストレートがこの日

初めて春のバットに当たった。

 

 

投げてからの到達が兎に角速い。

自然とポイントをキャッチャー側にさせられてる。

じゃあどうするか。

予めバットを引いておくか、ステップをやめるか。

それじゃダメだ。

左京の足なら一本で帰れる。それは確かだ。

だけどこの場面、この相手。

3番がそんなバッティングしてたら何回やったって勝てない。

猪狩を打ち砕かなければ俺達に勝ちはない!

 

 

 

『ファール!!』

 

 

 

「おい春の奴だんだん合わせてきてねえか?」

「前にこそ飛ばねぇが少しずつタイミングも合ってきてんな」

 

 

 

『ファール!!』

バットに何とか当てたボールは後ろへ。

ファールは全てこの方向だ

 

 

 

「いや違う…」

「あ?なんだって山口?」

「自分の間合いに持ち込もうとしている」

 

 

まだポイントはキャッチャー寄りのところで打たされていると思っていた。しかしそれははじめから意図してのことだ。

 

 

「恐らく春は…打てる球を待っている」

「どーゆーことよ?」

「猪狩のストレートは威力とスピードに加えてコントロールが武器だ」

 

 

内外角のここってところにあれだけのストレートを投げ込む投手は見たことがない。

当然打者からすればヒットに出来るようなボールじゃない。

だから春は…

その球を意図してファールしている。

 

 

「つまり…甘いコースの球に狙いを絞って、それが来るまでは絶対に倒れない、そういうバッティングをしているんだ」

 

 

相手はあの猪狩だ。

当然そんな球が来る確率は限りなく低い。

でも全ての球をヒットにしようとスイングするよりは

自分の打てる球を待ってヒットにする方が

遥かに可能性は高い。

春はその一縷の望みに賭けている。

 

 

「だから際どいコースはギリギリのところで当てて、ファールで逃げている」

「確かに…。全部かっ飛ばすつもりで振りにいくよりはいいんじゃねえか?」

「あ、でもー。春君がわざとファールにするタイミングとってていきなり甘いところに来て打てるものなのー?」

「それは…春次第だ」

それに…ここで変化球でもこようものなら間違いなく春は対応できない。

だが猪狩のプライドがそれを許さないはず。

猪狩にとって春はもう二度と負けられない相手なのは確かだ。

変化球を使って打ち取る事が邪道、って訳ではないけど…だからといって春相手に変化球でかわすピッチングというのは猪狩の頭にはない筈。

自分の一番の刃。その一本で宿敵を圧倒する、恐らく猪狩はそういったビジョンを描いている。

可能性は低いが…春にとってはこの策が猪狩から打てる可能性が一番高い筈…

 

 

長い勝負になる。

猪狩は一度プレートを外し、汗を拭う。

この打席、急に当たるようになってきたな…。

完全な降り遅れだが…油断はできない。

これはどうだ!!

 

 

 

「くっ、」

『ファール!!』

 

 

 

『荒波粘ります!!追い込まれてはいますがクサイところを悉くカット!!』

『今のはよく当てましたねー。あんなにポイントを後ろにしていきなりインコースに速球が来たら普通は当たりませんよ』

 

 

 

こいつ…!!

多少外れていようとコースギリギリの所は食らい付いてくる!

 

 

 

『キィン!!』

『ファール!!』

 

 

 

ボールはバックネットに突きささる。

 

 

「アウトコース、今のは少し高かったな…」

「仕留めるとしたら今のだったんじゃねぇのか!?」

「でもタイミングは合ってたよー!」

 

 

今のは猪狩にしては甘かった!!

チクショー。もう手が痺れて来やがった。

なんて球放りやがんだ!

 

 

フン、なるほどな。

君らしい。いや、君に限った話ではないかな。

いかにも凡人が思いつきそうな策だ。

君がその気なら…ボクも乗ってあげるよ!!

 

 

 

『キィン!!』

『ファール!!』

 

 

 

『ファールです!荒波の打球はバックネットへ!』

『今のはかなり甘かったですよ。荒波君としては今の球を仕留めたかったですねぇ』

 

 

「おい今のど真ん中じゃねぇか!!」

「猪狩君疲れてきたのかなぁー?」

「2球続けて打ち頃のコースか…」

「そういやそうだな」

 

違う…。疲れなんかじゃない。

そんなので崩れる投手じゃない。

だからこそ彼は世代ナンバーワン投手なんだ。

…まさか?

 

「敢えて春の誘いに乗っているとでもいうのか…!?」

そこまでして、敢えて春の土俵で闘っても

勝てるという確信があるから…?

だとしたらこの男…底が知れない!!

 

「まじかよ!?」

「そんな事してやがんのか!?」

「それだけ余裕があるって事でやんすか!!!」

「クッソォ~ナメられてんぞ春!!んなヤローやっちまえ!!」

ヒートアップするときせーナイン。

元々短気でナメられたら返さずにはいられない連中だが、自分達の好きな、得意な、誇りを持った野球でそんな真似をされる。

その悔しさといったら他の何事にも勝るだろう。

 

 

「フン、何とでも言うがいい」

セットポジションに入る。

素早いモーションから解き放たれる剛球。

 

 

『ファール!!』

 

 

「ハァハァ…」

もう何球目だ?

もう手がいてぇよ。

参ったな。ど真ん中のボールすら前に飛ばねぇ。

それに敢えて俺がヤマ張ってるコースに投げ込んでくるときた。

ナメられたもんだぜ。

 

 

 

荒波…。

なかなかしぶといじゃないか。

君との勝負は他の連中とは違う。

ボクの中の何かが、体の中から沸々と舞い上がってくる。

一本でも出ればあのランナーなら還れる。勝ち越される。

フフ…思い通りだよ、この点差、この場面。

ボクはずっと、あの試合以降。君とこういう舞台で勝負がしたかった!!

 

 

『キィン!!!』

 

 

鋭いゴロは三塁線へ。

五十嵐が懸命に飛び付く。

ときせーナインがベンチを飛び出すも

塁審は大きく両手を広げた。

 

 

「ああ~ファールかよぉ」

「いいぜ春!どんどんいけぇ!!」

 

 

よし…!ファールだけど初めて前に飛んだ!

いける…!いけるんだ!!

 

 

 

ほう…タイミングが合ってきたな。

負けるわけにはいかない。絶対に!

だからそろそろお遊びは終わりだ。

 

 

 

「うお!?」

 

 

『ガキィ』と鈍い音がする。

そしてボールはファールゾーンへ転がる。

 

 

 

ヤロウ…。

ここに来ていきなりインコースかよ…。

マジで当たってくれて助かったぜ。

 

 

 

これを当てたか…いや当たったと言うべきか。

ここまでボクを楽しませてくれるとは、嬉しいね。期待以上だ。

 

 

 

 

クッソあのヤロウ…。変化球のサインなんかうけつけやしねぇ。

だんだん合わせてきてんぞ!わかってんのか!!

ん…なんだ…?

二宮はストレートのサインを出す。

しかし猪狩は首を横に振る。

 

どうした?コースか?ならアウトコースのストレートだ!

サインを変えるも猪狩は頷かない。

 

じゃあインだ!

それでも猪狩は頷かない。

 

なんだってんだ?じゃあ高めの釣り球か?

そのサインにも応じない。

 

まさか…!?

二宮少し考えてからあるサインを出す。

それをみて猪狩はすぐさまコクリと首を縦に振った。

 

 

 

ボクを楽しませてくれたお礼、いや洗礼かな?

まあ君に投じるのは未完成なアレを含めて二回目なんだけどね。

鳥肌が立つようなこの勝負が終わってしまうのは口惜しい。

だがボクは一打勝ち越しのこの場面で君を打ち取った時、どんな感情が込み上げてくるのかを知りたい。

だから見せてあげるよ…

いくらカットで逃げようと

この球は…

 

 

「君が打つには難しいんじゃないかな!!!」

 

 

 

サインに何度も首を振って投じた一球は

ど真ん中へと向かっていく速球。

 

 

 

 

よし…!甘い!

そう何度もヤマ張ってるコースでファールしてたまっかよ!!

当然春は力一杯スイング。

タイミング、バットの角度、肩の引き具合。

どれもどんぴしゃだった。

そう。全てが完璧だった。

打てる。捉えた!逆転だ!

 

 

 

 

『ストライーク!!バッターアウト!!チェンジ!!』

 

 

 

俺達の誰もがそう思った。

しかしその18.44mの攻防の後

俺達が目にしたのは

二宮がミットに白球を収めた光景と

手前に落ちた帽子を拾い上げる猪狩の姿だった。

 

 

 

 

今何が起こった…。

ど真ん中に投じられたストレートが

バットから逃げるように…浮かび上がった!?

どういう事だ…

春はバックスクリーンの球速表示を確認する。

144…。

変化球ではないのは確かだ。

あの速さは間違いなくストレートだ。

じゃあなんで当たらなかった?

打つための要素は全て揃っていたはず。

 

 

 

「ライジングショットだ」

「猪狩!」

 

 

バッターボックスで立ち尽くす春の目の前に

猪狩の姿が

 

 

「これがボクの真骨頂、ついに完成したボール」

「今日確信したよ君はボクのいるステージには上がってこれないとね」

完璧だ。ボクの投球は完璧だ。

もはや一点失ったことなど忘れさせる。

この場面で君を抑えたことが

こんなにもボクに喜びを与えるものだったとは…!!

楽しいよ。君より実力のある打者とは何度も戦ってきた。

でも奴らを抑えて得られる喜びは君のそれの足元にも及ばない。

出来れば…君とはずっと戦っていたいよ。

 

 

 

猪狩はベンチへと戻っていく。

俺は呼び止めようとした。

いやダメだ、試合中に、敵に、猪狩に!

自分が打ち取られた球の事について聞くなんて言語道断。

そんな事したらハナから負けみてぇなもんだ。

それに猪狩だって俺がそんな事聞いてきた幻滅するに決まってる。

ライジングショットっつったか?

でもそんなあいつはあの球がれっきとした球種であり、意図して投げたことを俺に匂わせた。

それだけの余裕があるってことか

絶対に打たれねぇっていう…

 

 

 

「天才が…!!!」

 

 

 

身体中から溢れ出る敗北感、バットを叩きつけてへし折りたくなるほどの悔しさを押し殺し、春はベンチへと帰っていく。

 

 

 

「春君!今のって…」

「ああ、どーゆう仕組みかわかんねぇけど、浮かび上がるようなボールだった」

「オイラ捉えた!って思ったでやんす、でもボール2個分くらいバットから離れてたでやんす」

 

春はバッティンググローブを外し、守備につく準備をする。

その表情は…普段のそれとはまるで違う。

 

 

「しかもあいつ…それを意図して投げてるぜ」

「たまたまじゃねーってことか」

「ああ、ライジングショットなんつー名前まで付けてやがるぜ」

自分が三振した悔しさを押し殺しながらも、淡々と話す。

そして山口が驚きの表情を見せる

 

 

「まさか…敢えてストレートの回転を変化させているのか!!」

「どういうことだ?」

「少し理論がましい話になるが…」

 

 

猪狩のフォームはオーバースローだ。

本来上から腕を投げ下ろすフォームでは、アンダースローと違ってボールを投げ上げる形にはならない。

だからオーバースローの投手のストレートは重力の関係もあり打者に到達するまでに軌道が落ちるのは当たり前だ。

しかしこの落ちを防ぐ方法がある。

それは…ボールの回転軸の傾きを小さくすることと、回転数を増やすことだ。

回転軸の傾きが小さい、つまり軸が地面と平行になることを意識し、真っ直ぐな縦回転をかける。

そしてボールに強い回転、スピンをかけることで揚力が高まりボールの軌道が落ちづらくなるのだ。

つまり普通のストレートとは軌道が違う。打者に到達する頃には浮かび上がるように見えるのだ。

春がボールの二三個分下をスイングしたのが何よりの証拠であろう。

 

「なんだか難しいねー」

「あ!そういえば!」

山口が分析を述べている最中、小山が立ち上がる

 

「一年前帝王と試合したとき!春君が山口君と対戦したとき!私もストレートが浮き上がってるように見えたよ!」

「確か俺がスクイズを打ち上げちまった時だな」

「それは本当にたまたまだ。指にかかったって表現がよく合うな。俺のストレートは横の回旋が入る。どちらかといえば球速を重視したストレートだ」

 

 

そう。

猪狩のように完璧な縦回転を意識して投げるのであればどうしても球速との両立は難しい。

それを140半ばの球速で放ってくる。

それはとんでもなく難しいことだ。

それに…普通のストレートですら前に飛ばす事さえもままならなかったんだ。

そこに浮かび上がるように見える軌道のストレートなんて代物を解禁されては…

 

 

「じゃあそのライジングショットを打たないとこの試合には勝てないでやんすか…」

「おい冗談じゃねえぞ!なんでそんな漫画みたいな魔球相手にしなきゃなんねぇんだ!!」

「ただでさえ普通のストレートにヒット一本しか出てないのに!!」

 

 

改めて感じる、猪狩の圧倒的な実力。

春を完全に見下しての甘いコースに直球一本勝負。

そして最後は浮かび上がるような軌道のストレート。

自分達ではその実力差は、埋めることはできない。

皆うすうす気付いてはいたけど

その直視し難い現実を目の当たりにして

『絶望』の二文字を意識付けられた。

そして遂に、悲観するような言葉を口に出してしまうようになった。

諦めたらダメ。そうわかってはいるのに。

これは…戦意に関わる。

 

 

 

「なあ…もういいだろ…」

「あ?」

 

 

 

ただし

 

 

 

「もうわかったろ」

「テメー何が言いてえんだ!!」

「春…まさか諦めたんじゃねぇだろうな!!」

 

 

 

その今までに見たことがないような強大な敵を前にして

本当にどうしようもないくらいの実力差を感じ取って

戦意喪失するくらいの絶望感を味わって

 

 

 

 

「あいつがすげぇってのは試合前にわかってた。今までの奴らとは次元が違うって。対戦してみてもっとわかった。どうしようもねえって」

 

 

 

一人の凡才は

 

 

 

「んで今わかった。あいつを打ち崩さなきゃ勝てねえって」

 

 

  

相対する天才との差を再認識してなお

 

 

 

「打つ。勝ちてぇから」

 

 

 

内に秘めた闘志を、ごうごうと燃え滾らせた。

 

 

 

「残り789!ぜっっっってぇにあいつから点をもぎ取る!!じゃなきゃ勝てねえ!!!」

 

 

 

ベンチの前で、仲間の方に体を向け、空へ向かって叫ぶ。

 

 

 

「俺らなら出来んだろ」

 

 

そして闘争心の溢れでた獣のような表情からにっといつもの笑顔を見せる。

それを見た仲間も顔を向かい合わせてから     

 

 

 

「へっ!落ち込んでねぇか心配した俺様が馬鹿だったぜ」

「当たり前でやんす!セレクションでオイラを落としたこと後悔させてやるでやんす!」

「の割にはノーヒットじゃねぇか」

「おれたちゃ二人で一点とったぜ?」

「ムキー!細かい事は気にするなでやんす!さあ守るでやんすよ!!」

「青葉君、上位からだよー!」

「んなことわかってんぜ」

「これ以上ナメた真似はさせねぇぞコラァ!!」

 

もしかしたら

猪狩がした見下す投球が

悪ガキ達にある影響を及ぼしたのかもしれない。

ナメられたまま終われない。

やられたら百倍にしてやり返す。

そのまま引き下がったら不良失格。

ナインはそれぞれの守備位置に散っていく。

それぞれの胸の中に

 

 

 

「茶来!!」

「ほいよー!光っち!!」

「うおら!!!」

 

 

 

『ダブルプレー!!二番からの攻撃、四条を打ち取った後七井、三本松に連打を許すも二宮をダブルプレーに打ち取りました!!青葉はガッツポーズ!!』

『三遊間の痛烈なゴロ、今の荒波君は素晴らしい反応でしたね~』

 

「ナイス春!助かったぜ!!」

「おっしゃー!!反撃だぜ!!」

「神宮寺!一発かませよ!!!」

「任せろ!!」

 

 

誰にも、何にも上書きすることはできない

『勝利』の二文字を焼き付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ中盤に来てまだ同点って、あかつきにしちゃ珍しくないか?』

『ああ、ときせーはよくやってるな』

『ヤンキー校なのもあってあんまよく思われてないみたいだけど野球には熱い奴らじゃんな、他はしんねえけど』

『私ときせーのピッチャーの子タイプかも~』

『えぇ~なんか怖そうじゃなーい?やっぱ猪狩君でしょ!!』

 

徐々に球場の雰囲気が変わっていく。

 

 

 

「フム…」

もはや球場を包みこむアウェー感は彼らには感じられないだろう。

ときめき青春。いいチームだ。

エースの青葉君は要チェックだ。

まだ課題は多いが今後の成長次第では候補にリストアップしなければな。

やはり見に来てよかった。

急に他の地区に担当変更だなんて。上に頼み込んで担当を替えてもらわなかったらこんな素晴らしいゲームを見逃していたと思うと恐ろしい。

 

 

『ねぇあの人さぁーなんでこんな熱いのにあんな格好してるのー?』

『さぁ?寒がりなんじゃないのー?』

 

 

それに荒波君…。

遂にこの舞台まで上がってきたか。

君が野球を辞めたと聞いたとき、私は責任を感じていた。

まだ幼い中学生に大人の利己的な実情からプレッシャーをかけてしまった事を。

しかし君は強い。

まがりなりにもまたこうやってグラウンドに立って、因縁の相手に立ち向かっていく。

 

 

 

『六番茶来、強引に振りにいくもピッチャーゴロに倒れました。これでチェンジです!!』

 

 

猪狩君も自分のプライドから、君との対戦は巻き起こる何かがあるだろう。

そんな猪狩君を攻略することは容易ではない。

まだ君は選手として未完成だ。粗削りな所が多い。

だが…猪狩君を打ち砕く、そのポテンシャルは充分にあるはず。私の観察眼がそれを保障する。

後悔しないよう思う存分やるがいい。

君の勇姿を、スカウトであるこの影山はずっと見守っているからな。

 

 

 

「よしよし!バットに当たってる!次は捉えられる筈だ!」

「んなのあたりめーだし?」

「つーかそのライジングなんたらは投げてこねぇんだな」

「春限定か?それともピンチになったらか?」

「へっ!上等だよ」

「俺達を甘くみたら痛い目見るぜ!!」

「おっしゃ行くぞてめぇら!!」

「「「おう!!!」」」

 

 

また神宮寺が途中で仕切りだしたのは置いといて、ときせーは絶対に諦めない。立ち向かっていく。

つーかあいつ結構キャプテンに向いてるような気がする。

一年前は数人の舎弟引き連れてたしな。

 

 

 

「おい猪狩、どーすんだ?」

こちらはあかつきベンチ。

タオルで汗を拭う猪狩の隣にどっかりと座る。

 

「こっからライジング解禁すんなら悔しいが俺は下がるしかねぇ。さっきだってようやく捕れたんだぜ」

先程の回は敢えてライジングショットを一球も投げなかった。

投げるような場面でもないし、相手を動揺させる意味もある。

結局春に一球御披露目しただけだった。

しかし、戦略的に投げなかっただけではない。

 

「まぁお前が投げねぇってんなら構わねえし、お前の考えだけでも聞いとかねぇと組み立てできねえからな」

「投げないなら構わない?」

 

二宮の一言に猪狩が眉をピクリとさせた。

そしてタオルをベンチに置き、ヘルメットを被り

 

「甘いよ」

「あ?」

 

バットを握りしめベンチから乗り出し

 

 

「ときせーは出し惜しみして勝てる相手じゃない!」

普通のストレートだが、徐々に合わせてきている。

ヒットこそ打たれてはいないが、荒波の打席から奴らは何かを感じ取ったのだろう。

それぞれの打者が、ただ来た球を打たんとスイングするのではなく、明確な目的を持って打席に立つようになった。

これがキャプテンの影響力なのか…?

いずれにしても要注意だ。団結したときせー打線は間違いなく強い。

 

「進、アップしておけ」

「はい!」

 

この会話を聞いていたのか、あかつきの千石監督は控え捕手、背番号12を付けた猪狩進にウォーミングアップを命じた。

 

「ケッ、ここでお役御免かよ」

「二宮、お前もよくやったぞ。だが反省点もある。次回に活かすように」

千石監督が労いの言葉をかける。

 

次回…。

その言葉にあかつきの面々は、一斉に千石監督の方を見る。

 

「なんだお前ら、ここで夏を終えるつもりだったのか?」

 

そうだ…。

 

「どうなんだ?猪狩」

 

猪狩は目を閉じて、何を考えていたのか、そこから少しして

「ボク達は再び甲子園の土を踏む」

 

 

その言葉に千石監督は大きく頷く。

「じゃあ残りの回、点を取れるだけとってこい!!自分達の野球をすれば容易なことだ!」

「「「はい!!」」」

 

 

絶対王者が、、気を引き締める。

相手がときせーだからか、いつも通りでない試合展開だから、すっかり忘れていたのかもしれない。

この試合を制した方が、高校球児の夢舞台、甲子園行きの切符を掴める事に。

 

 

こちらもいつも通りではいられなくなっていたのかも知れない。

皆が普段の冷静さを失うほど、勝てば甲子園だということを忘れさせる程熱くさせる、今日はそういう相手だった。恐ろしいチームだよ。ときせー。

だがここから先は…僕達が阻む。

それに今日は相手が青葉ということもあり、打撃重視で二宮がスタメンだった

二宮に不満がある訳じゃない。だが進は捕手としてのレベルが段違いだ。

フフ…ここからが本当の勝負だ。

調子づいてもらっては困るんだよ。

 

 

 

攻略の糸口さえも掴ませない。

ボクが目指しているのは荒波…君をねじ伏せて、他の連中も抑え込んで、試合にも勝って、完全なる勝利を手にすること…!!

 

 

 

 

 

 



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