自己満足で描いた女オリ主の話~自書女主話~ (最下)
しおりを挟む

人(仮)との出会い

渋で上げてたものと同じです。
オリ主の容姿
基本情報
・若葉 八千代(わかば やちよ)
・誕生日は5月10日 登場時16歳
・1年C組 一色とクラスメイト

容姿
・身長は小町より二、三センチ小さい。
・基本、半目。というよりジト目?瞳は黒。
・髪は黒のショートカット。赤いカチューシャとヘアピンで目に掛からない様にしてる。
・制服は規定通り。冬は中に黒のセーターを着ている。
・寸胴。


はじめまして、私の名前は若葉八千代(わかばやちよ)。うん、自分でも変った名前してると思うよ。普通は八千代ではなく千代だもんね。知っている人にとっては「何お前千葉なの?」聞きたくなるぐらい千葉な名前だよ……現実逃避はこれぐらいにしようかな。嫌なことがあるとすぐ思考に逃げ込む、嫌な癖だよね。今私の目の前にはね

 

 

「君かわいいねぇ」

「なぁ、俺達とあそばねぇ?こいつ金持ってるから奢っちゃうよ?」

「俺に払わすつもりかよ。つーかお前らロリコン?こんなのに手を出すとか」

 

 

そう、ナンパだ。学校の帰り道で声をかけられた。はっきりいって実にウザいね。ちなみにそのフレーズを聞くのは3回目だよ。てゆーか私はロリータでは無い。高校1年生だし五月生まれだから大体の同級生より年上のはずだし、身長も胸も……うん、これは触れないで欲しいかな。まぁナンパ達を断るというか蹴散らすのは簡単だけど、この格好で暴れては中学の時みたいに恐れられてしまうかもしれない。こんな暇そうな奴に輝かしい学校生活を崩されるのは絶対嫌だね。しかし私に触れられたら……うん。やろう。「怖くて無我夢中で何が起きたかわからなかった」って言えるしね。

 

 

「嫌です。」

「まーそんなこと言わないでさー」

「ダイジョーブだって怖いのは最初だけだよ。」

「そうそう。痛いのも最初だけだって。」

 

 

おおう、やっと別のこと言った。でもしつこい、本当しつこい「油汚れか!!」ってツッコミいれちゃうよ。それより3人目、他2人をロリコン扱いしといて性行為まで行うつもりなのかな?君がロリコンだよ。いや、私はロリじゃない。容姿はクラスメイトに言わせれば「黒髪リンちゃんだ!?リンちゃんなう!」らしい……リンちゃんとやらが誰かは知らないけどね。

 

 

「……アン?オマエなにガンつけてんの?」

 

 

急にどうしたのかな?私はずっと地面見てるってのに……まさかヒーローさんでも来たのかな?私は目線だけ上げてみると……何かいた。いや人だ。それも総武高校の生徒だね。制服もだいぶ着なれてるところを見ると1年生ではないかな?いや、それよりあの眼は人なのか?死んでる?違う……わからない、見たことないよ。

 

 

「……しつこい油汚れを見ると洗剤って有能だなーと思いましてね」

「「「……………」」」

 

 

沈黙、遠くで虫の鳴く音が聞こえてくる。普段は意識の行かないところに気が向けられて得した気分だよ。ナンパ達の額には青筋が浮かんでいる。血管ってよく見ても見なくても気持ち悪いよね。それにしてもナンパに絡まれない洗剤みたいのがあったら売れそうじゃないかな?いや売れないか。購入した瞬間自意識過剰の称号が貼られるだろうね。学生でその称号はそうとうキツイよ。いや、そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃないか。ナンパ達の意識は私ではなく人(仮)に移っている。それにあの物言い、多分助けようと思っているのだろうね それならその気持ちを無駄にするのはよくないよね。

 

 

「なにお前喧嘩売ってんのかよ?」

「そーならボコボコにして財布の中身貰っちゃいましょうかねぇ」

 

 

ナンパ達が人(仮)に向かって一歩踏み出した瞬間

 

 

「うぉ!!?」

 

 

ナンパCの足を掬うように蹴り飛ばしてから全力疾走でその場を離れた。ナンパCは私をロリ扱いしてムカつく奴だし。

ちなみに尻目で見た人(仮)は面倒くさそうに溜息をついていた。

 

………

八千代の日記

 

今日始めてナンパをされたよ。実にしつこい人達だね。

助けてくれた?ヒーローさんは眼が魑魅魍魎としてたよ。

 

………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)の情報

「失礼します。」

 

 

私は昨日助けてくれたと思う人(仮)の情報が欲しくて職員室にやってきた。同級生に聞かない理由は

1つ、聞きたい情報が2年生または3年生だから

2つ、彼の目がものすごくドロッとしていて1回は補導をされていると思ったから

3つ、相談相手が生徒指導を担当しているからの3つだね。

ここまでヒントを出せば誰に聞くかは総武高校に在籍してる人ならわかるよね?

 

 

「む?どうした若葉。」

「先生に相談がありまして……」

「そうか、じゃあそっちに移動しよう。」

 

 

そう、国語担当、生徒指導受け持ちの平塚先生だ。しかし、昼休みにくる必要はなかったよ。まさか焼肉弁当をもしゃもしゃ食べてるところを目撃することになるとはね。あれを食べたあとタバコを一服するところを想像すると更に気分が滅入るよ。いや、今は忘れて本来の目的を果たさないとね。

 

 

「実はですね、昨日しつこいナンパに遭いまして、私が怖くて震えているときに助けてくれたヒーローさんがいるんですよ」

「ふむ……」

 

 

平塚先生は弁当を咀嚼しながら続きを促す。実際は怖くないし震えてもいなかったけど今はただの乙女。ここで「あまりのしつこさに呆れていると~」なんて聞いている方がやりずらい。そっちが潤滑に動いてくれれば私もやりやすいよ。私も弁当をつまみながら話を続ける。

 

 

「それでそのヒーローさんが逃がしてくれたんですが、お礼を言えなかったので探しているんです。」

「何故、私にそのことを相談するのかね?」

「それはですね。そのヒーローさんの制服姿から一年生じゃ無いと感じたのと……」

 

 

今更だけど、他人のことを形容するのに「ドロッとしている」や「恐ろしい」などを使うの悪口陰口にならないのかな?まぁ時間が押しているから悪いけど使わせてもらうよ。

 

 

「その……ですね。眼が……何というか……ドロッとしている?ので生徒指導をしている先生ならご存知ないのかなっと思ったの

 ですが……いかがでしょうか?」

 

 

できるかぎり「ソンナコトオモッテナイヨー シカタナシダヨー」という感じを出してみる。あっ「思ってるなこいつ」という眼で見てくるよ。失敗かな。私の演技力も相当のものになってきたと思っていたけど己惚れだったみたいだよ。そうだ、念のため心の中で補足しておくよ。勘違いされそうだけど私は礼を言いに行くだけだよ。恋愛感情は一切ない。あと不思議な眼をもう1回見てみたいかな。

 

 

「……ふむ、そういう事なら私に1人心あたりがあるまぁ、確定ではないからもう少し特徴を教えてくれないかね。」

「わかりました。まず後ろに自転車があったので自転車通学かと思います。次は……特徴的な髪形をしていましたね。つむじ当たりの髪がぴょんと立っていました。」

 

 

少し喋り過ぎたかな?ナンパされてるのに落ち着いてるって思われたかもしれない「ビッチ」でも「肝の据わった女性」でもなく「ただの女の子」になりたいのにね。平塚先生は胸ポケットのタバコを取り出しながら口を開く。……そういう動作は精錬されていてとてもかっこいい。授業中、たまに愚痴を零してる姿からは想像できないよ。

 

 

「わかった。今日の放課後にでも奉仕部を訪ねてみたまえ。きっと君を助けてくれたヒーローがいるはずだよ。」

 

 

「腐った眼のね」と付け足してから平塚先生は席を立ち次の授業の準備を始める。私もここに居座るわけにはいかないね。……それにしてもまさか1発目で当たりを引けるとは思わなかったよ。あと「腐った眼」か。とてもしっくりくるよ。今度からは私も使わせてもらおうかな。

 

……てゆーか奉仕部ってどこかな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)との再会

放課後。私は部活に入る気はない、だからすぐ帰るから割と馴染みのない時間だよ。でも今日は奉仕部に行くために特別練の廊下を歩ている。それにしても少し知人に聞いたりしてみたけど奉仕部の情報を持っている人はいなかったよ。存在すら知らない人ばっかりで、1年で入部してる人はいなそうだね。おっとあれかな?平塚先生はプレートにシールが貼っている教室と言っていたから間違い無さそうだよ。ドアの前に立ち、少しの様子を探ってみる。まだ誰もいなかったら悲しいからね。中からは、元気な女子の声。困ったように咎める女子の声。2人?両方女の子だし間違えたかな?でもここ以外に当てはまるところも無かったし……とにかく入ってみるよ。

コンコンっと

 

 

「どうぞ。」

「失礼します。」

 

 

ガラッと開けてみると中からは紅茶の香りが鼻を通る。多分だけど入れるのが上手いのだろうね。教室にいたのは3人。

一人は、本に挟む物を探してる男子。きっと私の探し人。

一人は、私を笑顔で歓迎してくれてる女子。ちなみに栞が近くに落ちてる。男子が探しているものかな?

一人は、男子に椅子を出すように命令してる女子。彼女は1年でも噂になっている「雪ノ下雪乃」だと思うよ。

とにかく私のいう事は、これだね。

 

 

「いえ、依頼をしに来たわけじゃないので椅子は大丈夫です。」

「それでは何をしに来たのかしら?」

 

 

雪ノ下さんが部長さんみたいで私の目的を聞いてくる。彼に用があるわけで、君達に用があるわけじゃないよ。だから彼女達に教える情報は最低限でいいかな?

 

 

「そこの彼を少し貸してもらおうと思いまして……よろしいでしょうか?」

「は?……俺?」

「……彼はこの奉仕部の備品なので奉仕部の依頼でないと貸し出す気は無いわ。」

 

 

「俺は備品かよ。」とツッコミを入れる彼を「黙ってろ」と一睨みしてからこっちに視線をよこす。私は漫才を見に来たわけじゃないよ。……依頼じゃないと貸す気はなさそうだね。そうならお望み通り、依頼しますよ。でも1つ確認しないとね。

 

 

「えっと、ここはお手伝いしてくれる部活でしたよね。」

「ええ。そうよ。」

「……わかりました。じゃあ依頼をさせて貰います。」

 

 

ちゃんと依頼の形にしよう。まあ期待はしてないよ、彼女達は私を警戒してるみたいだしね。別に私は殺害を企てたりしてないよ。

 

 

「それでは、彼に助けてもらったお礼をしたいので二人きりしてください。」

「……そこの眼の腐った男が進んで人助けをするとは思えないのだけれど。」

「おい、俺も進んで人助けくらいするぞ。小町とか戸塚とか戸塚とか。」

「あはは、……ヒッキーマジキモイ」

 

 

だから何故私は漫才見せられてるのかな?うん、ダメだね警戒されて話が進まない。まあ重要なのは二撃目だよ。でも一応、最後に確認をとってみるよ。

 

 

「それで……この依頼受けてもらえますか?」

「申し訳ないのだけれど、この男を女子と二人きりさせたら何が起こるか分かったものじゃないのでこの依頼は拒否させて貰います。」

「……そうですか。」

 

 

やっぱダメみたいだよ。まあ必要な情報は手に入ったからここは退かせてもらおうかな。おっと最後にやることがあったね。

 

 

「それでは失礼します。雪ノ下先輩と……」

「あっ あたしは由比ヶ浜結衣だよ!でこっちがヒッキー!」

「……比企谷八幡だ。」

「由比ヶ浜先輩、比企谷先輩。私は若葉八千代です。また来ますね。」

 

 

ペコリと頭を下げてから教室を去る。由比ヶ浜先輩がいい人、それも空気が読める人で助かったよ。おかげでターゲットの名前、彼女達の名前を知ることができたよ。人の良心を利用してるみたいで心が痛むけど私の作戦で必要なことだから仕方ないよね?

 

この後は情報を整理するためにそれに次の作戦に繋げるために図書室に行こうかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)への襲撃

図書室のしっかりとした作りの椅子に腰かけレポート用紙を取り出す。私は今から奉仕部で手に入れた情報を整理するつもりだよ。まず三人に共通してること、それはお互いに信頼しあってるところだね。あの漫才、あれも信頼の証かな?

そして雪ノ下先輩。才色兼備・文武両道・氷の女王などの噂は本当だろうね。必至に何かを守ろうとしてる姿は犬みたいだったよ。……ばれたら怒られるかな?

次に由比ヶ浜先輩。彼女はいい人だ。すぐに察して気遣いができるという印象を受けたよ。そして現在唯一把握できてる雪ノ下先輩の弱点。

最後は比企谷先輩。腐った眼をしている人。わりと饒舌みたいだね。あと彼らの椅子の位置から彼のパーソナルスペースは広そうだね。

うん、十分な情報が手に入ったよ。彼達は例えるなら三角形だね。一辺外れたら簡単崩れる、だけど三角形はお互いに支えあって丈夫な形をしているよ。確かに私が一辺。そう、比企谷先輩をとったら彼女達は崩れてしまう、だから雪ノ下先輩は私を警戒し攻撃的になる。それなら筋が通ってるし何より私が納得できるよ。……まあ全てが杞憂だけどね。私の目的は、まずお礼を言う。次に腐った眼を観察?する。これが私の目的だよ。彼自身にはそこまで興味は無いね。まず彼の眼をのんびり眺めるには彼のパーソナルスペースに入り込めるようになる必要がある。っとそろそろ最終下校時間かな。それなら次の作戦に移させてもらうよ。次の作戦は「憧れのあの人(仮)との下校!?作戦」ってね。という訳で今私は校門の側に立っている。比企谷先輩が来たら帰りを誘う。すごくシンプルな作戦だね。おっと来たよ。さて作戦開始だよ。

 

 

「あっ。比企谷先輩一緒に帰りませんか?」

「…………あー………若葉だっけ?」

「そうです。八千代でもいいですよ?」

「いや、じゃあな、若葉。」

 

 

さも当たり前の様に名前呼びを拒否し同時に帰りの誘いまで拒否してくるとは思ってなかったよ。他人を拒否してるのか私を警戒してるのか一体どちらかな?というか急がないと彼が自転車に乗ってさっさと帰ってしまう。それだけは絶対にさせないよ。奉仕部襲撃は今に繋げるために行ったことだからね。

 

 

「当たり前の様に帰ろうとしないで下さい。お礼もまだ言えて無いですから。」

「はぁ。で、お礼って何のだよ。」

「昨日私がナンパにあってる時、助けてくれたじゃないですか。」

「……人違いじゃねぇの?」

「確認した全ての特徴が当てはまってる人なんてそうそういませんよ。」

 

 

「特に腐った眼をしている人は。」と付け足してやる。おお、凄く眼が腐ってるよ。感情とかで腐りっぷりが変わるのかな?感動物のドラマみると眼が綺麗になるかもね。まあ綺麗になられたら私的価値は無に等しいけどね。さて比企谷先輩?

 

 

「はぁどういたしまして。じゃあな。」

「だから帰ろうとしないでください。」

「えーまだ何かあるの?」

 

 

助けた事を認めて一緒に帰ること拒否する作戦できたか。しらっばくれるのは許さないし、今私を突き放しても私は目的を達成するまで纏わりつくよ?だから君には多少卑怯な手を使っても一緒に帰ってもらうよ。

 

 

「一緒に帰りましょう。私ナンパに遭ったの初めてでまだ怖いです。お願いします。」

「…………友達は?」

「私は帰宅部なので、帰宅部の友達しかいなくて……」

 

 

最後の言葉を濁してみる。チラっと見ると、わあさっきより眼が腐ってる。このまま腐り落ちたりしないかな?少し不安になるよ。さて、このご時世男より女のほうが有利にできてる。観念してもらうよ。

 

 

「比企谷先輩。一緒に帰りましょう?」

「……………はい。」

 

 

たっぷり悩んで逃げ場がないのを悟ってくれたみたいだね。うんうん、賢い人は好きだよ。次は「腐った眼を観察できるよう距離を縮める」が目標だね。逃げ回れると時間が掛かって面倒だね。だからこの時間はとても重要だよ。なにから聞き出すとするかな?彼女達についてかな。

 

 

「比企谷先輩。もしかして奉仕部の先輩達どちらかが彼女さんですか?」

「は?………それ雪ノ下の前で言うなよ。俺がボコボコにされるから。」

「わかりました。それじゃあ由比ヶ浜先輩ですか?」

「はぁ。俺に彼女がいるように見えるか?」

「…………」

「おい、なんでそこで黙るんだよ。」

 

 

仕方ないと思うよ。確かに君は眼が腐ってて髪ボサボサ・中肉中背だけど、顔は整ってる。髪を整えて眼を隠せばモテそうだよ。それに道路側を歩いてくれてるし……うん、モテるよ君は。まあ彼女はいないらしいね。

 

 

「彼女はいなそうですけどモテそうです。」

「えーなにそれ葉山かよ。つーかお世辞はいらんから。」

「お世辞じゃないですけどね。」

「あーやめやめ。じゃあお前はどうなんだよ。彼氏いんの?」

「いませんよ?ファーストキスも初恋もまだです。」

「いや、そこまで聞いてないから。」

 

 

それにしても道路側を歩いたり、女の子に歩幅を合わせたりとかは慣れてるみたいだね、でも彼女はいない。身近にいる女の子かな。妹、幼馴染、従妹とかがいると見たよ。早速探っておくかな。

 

 

「じゃあ比企谷先輩って妹さんか従妹さんいますか?」

「いるけどなんで知ってんの?」

「彼女さんがいない割には動きが自然でしたから。」

 

 

もちろんエスコートの方だよ。本人は私が何を企んでるか探ってるみたいで少し挙動不審だね。というか私を探ってもほとんど無意味じゃないかな。悪意も善意もないから解りにくいと思うよ。

 

 

「そんなんで分かるもんなのか?」

「はい、無理にやるのと自然にやるのでは大きく違いがでますから身近に女の子がいるのがわかります。」

「へぇー。」

 

 

……少し警戒の色が濃くなったね。もしかして鎌かけだったかな?それはともかく、妹か従妹がいるのか。その子と仲良くなれば情報、それも正確な情報が手に入るよ。そろそろ家が近いね。彼の家の場所が把握出来れば上出来だけど、どうだろう。

 

 

「お前、家どこなの?」

「あそこの曲がり角を右に曲がって真っ直ぐ行った所です。」

「じゃあもう大丈夫だろ。じゃあな。」

「ここ比企谷先輩の家ですか?」

「そう表札に書いてあるだろ。比企谷って。」

「本当ですね。それじゃあ比企谷先輩。さようなら。」

「おう。じゃあな。」

 

 

今日は本当に運いいよ。一発で彼の居場所がわかり、名前、彼女の有無、妹または従妹がいることがわかって、家の場所までわかった。神様がいるならよっぽど私のことが好きなんだね、笑っちゃうくらいだよ。ああ本当に明日が楽しみだよ。

 

………

八千代の日記

 

今日は知り合いが増えたよ。明日が楽しみだね。

お弁当を二つ作るから寝坊しないようにしないとね。

 

………



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)との登校

ピンポーン

どこの家も大して変わらないインターホンのチャイムの音。

時刻は朝、ゆっくり歩いてもギリギリ遅刻せずに済む、そんな時間。そして今のピンポンしたのが比企谷家。私の次の目的は比企谷先輩と登校、そのままお昼の約束を取り付ける。重要な作戦だよ。何たって十分な時間彼の情報を引き出せるからね。

 

 

「はいはーい、どちら様ですかー、およ?」

「おはようございます。えーと妹さん?比企谷先輩を呼んできてくれませんか?」

「えーと兄の知り合いですか?とにかくお兄ちゃんを呼んできまーす。」

 

 

一瞬有り得ないものを見るような眼をされたね。地味に傷つくよ。とにかくさっきの子が妹さんみたいだね。なるほど、妹さんがかわいいならその兄が整った顔してるのも頷けるよ。まあ眼が異常だからモテないだろうけどね。そんな異常な眼が気になった私も異常な子かな?他者の評価なんてどうでもいいけどね。

 

 

「兄をたたき起こしてきましたー。もう少し待っててくださいね。それでそれでお姉ちゃん?はお兄ちゃんとどんな関係ですか?」

「いまはただの後輩と先輩ですよ。それより私は若葉八千代。あなたのお名前は?」

「小町は比企谷小町でーす。お兄ちゃんが大好きな妹!あっ今の小町的にポイント高ーい!」

 

 

私の身長をみて年上かどうか悩んだね。君より大きいよ。………多分。あとポイント?ま、まあ元気な妹さんだね、君のお兄さんからは想像もできない元気さだよ。ちなみにいまはただの後輩と先輩だけど、そろそろ私と先輩になるかもね。うん?やっと降りてきたね比企谷先輩。

 

 

「そんなポイント貯めてどうするつもりだよ。」

「あ。お兄ちゃんおはよー」

「おはようございます。比企谷先輩。」

「はいはいおはよーさん。というか若葉は朝から何の用だよ。」

「せっかくご近所でしたので一緒に登校しようかと思いまして。」

「あ!小町も一緒に行く!お兄ちゃん机の上のパン急いで食べて!小町着替えてくるー!」

「……とにかく朝ご飯は大事ですよ?」

「……じゃあ食べてくるわ。」

 

 

元気で行動力に溢れてるね。兄妹で足して二で割ったらそこら辺に転がってる人になりそうだよ、偏った兄妹にしてくれて神様に感謝感激雨あられってね。とにかく登校は一緒にできそうだよ。妹さんのおかげで彼の不満の声も消すことができたし小町様様だね。というかそろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?

 

 

「よし!れっつごー!」

「……それで?それだけが用じゃないだろ若葉。」

「はい。よくわかりましたね。」

「まあ朝から俺に会うなんてよっぽどの理由がなきゃありえんだろ。」

「実はですね。お弁当を作ってきたんですよ。だから一緒に食べて感想を貰いたいと思いまして。」

「おおー、お兄ちゃんが後輩の女の子からお弁当イベントなんて!?小町感激!!」

「………小町。これはそういうのじゃないだろ。」

「ちっちっちー。分かってないなーお兄ちゃん」

「読心術持ってるわけじゃないから当たりだっつーの。」

 

 

彼と一緒にいる人は漫才を始めるのがお約束なのかな?とにかく兄妹の仲は良さそうでよかったよ。小町さんと面識も取れて順調だね。小町さんがいるなら、お弁当も食べてくれそうだよ。とにかく話は戻させてもらうね。

 

 

「……それで食べてくれますか?比企谷先輩?」

「お兄ちゃん!食べないと小町的にポイント低いよ!」

「………」

「食べてあげないと小町泣いちゃう!ヨヨヨ」

「はあ、わかった。ただし食べる場所は俺が決めさせてもらうぞ。」

「はい、構いません。」

 

 

うんうん。ありがとう小町さん。君のおかげでスムーズに進んでくれるよ。今度菓子折りでお礼にいくべきかな?……彼女と不仲になるメリットは全くないしむしろデメリットだね。今日の帰りちょっと高いお菓子屋さんにいくとするよ。まあとりあえずは順調。小町さんについて少し探らせ貰おうかな。

 

 

「小町さん。」

「はいはいーなんでしょうか八千代さん」

「小町さんは何年生ですか?」

「小町は中3です。高校はお兄ちゃん達と同じ総武高校を目指してます」

「ということは私にかわいい後輩ができますね。今からもう楽しみです。」

「いえいえ、小町としては後輩の小町よりお兄ちゃんに構ってくれたほうがうれしいです」

 

 

ふむ、この言い様まさか比企谷先輩の引き取り手を探してるのかな?兄妹の仲は良さそうだけど実際は怖いものだね。……私までボケや漫才をする必要はなかったかな。そしてご安心を小町さん、私はしばらく比企谷先輩に引っ付く予定だよ。あとは今日の帰宅時間でも聞いておけば完璧だね

 

 

「こま「おい、小町そろそろ時間危ないだろ。急げ。ほれ。」

「わー!本当だお兄ちゃん八千代さん行ってきます!」

 

 

……多分わざと被せたね。それ以上小町さんに干渉させないためかな?まったく失礼だね。別に取って食いはしないさ。小町さんはもちろん雪ノ下先輩にも由比ヶ浜先輩も。私の興味は君の眼だからね。

 

 

「……若葉。」

「はい。」

「今日の昼休み、特別練の屋上だ。悪いが先にいってるぞ。」

「……はい。」

 

 

自転車に乗って総武高校に向かって一気に駆け抜ける。これは追いつけそうにないね。

しかし小町さんとの接触は悪手だったかな。彼の警戒レベルを大きく上げてしまったよ。まあお昼ご飯で大きく左右するからこの程度取り返せるかな、逆にもう接触できない可能性もあるけどね。まあここで奉仕部を指定されたら詰みだったからまだいい方だよ。とにかく少し調子に乗り過ぎちゃったかな?まったく引き際が大事なのに思いっきり突き抜けちゃったよ。

 

 

「さて」

 

 

このままじゃ遅刻しそうだね。仕方ない、走るしかないかな。これが嫌だから余裕持って家を出てるのにね。ま、調子に乗り過ぎた罰ということかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)との対談①

「あ、遅れてすみません。比企谷先輩。」

「……いや、気にすんな。」

 

 

昼休みが始まって賑やかな本校と比べて全く人気がない特別練の屋上で言葉を交わす私と比企谷先輩。それにしても少し以外だったよ、君のほうが早く居るとはね。私も少し急いだけどどうやって来たのかな?短縮できるルートは多分ないと思うけど……まあどうでもいいね。さてお昼ご飯の時間だよ。

 

 

「さてレジャーシート持ってきたのでひくの手伝ってください。」

「……何でレジャーシートもってんの?」

「念のためです。備えあれば患いなし、ですよ?」

「……そうかい。」

「ありがとうございます。はい、こっちが比企谷先輩のお弁当です。」

「ん、悪いな。」

 

 

レジャーシート持ってるのは、希望がなければ外で食べようと思っていたからだよ、持ってきといて正解だったね。さておまちかねのお弁当の中身は簡単なもの。でも冷凍食品は一つも入れてない手作りお弁当だよ。言うなればあざといお弁当かな。

比企谷先輩のお弁当は、二段になっていて一段目はご飯に梅干しとごま塩を振りかけたシンプルな中身。二段目は、卵焼き・たこさんウインナー・アスパラのベーコン巻き・ミニトマト・ブロッコリー。定番メニューを入れたやっぱりあざといお弁当だね。私のお弁当は比企谷先輩のお弁当を一段に纏めた感じだよ。おっと食べる前にこれだけは言っておかないとね。

 

 

「比企谷先輩。聞きたい事言いたい事、たくさんあると思いますが、それは食後にしてください。」

「…………」

「さていただきます。」

「……いただきます。」

 

 

了承、という顔はしてなかったけどひとまず置いといてくれるみたいだね、たすかるよ。せっかくのご飯がまずくなった嫌だからね。いや、まずくなる様な話をする気はないよ。ただ君次第だよ比企谷先輩。さて私も早く食べようかな。

 

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 

沈黙。本当はこの時間で色々聞こうと思ってたけど、この状態で聞くのはあまり良くないだろうね。……しかたないこの時間は沈黙を保とう。どうせ彼も話しかけてこないよね。しかし、君と初めて会った時も小さくない沈黙があったね。それにしても一昨日あったばかりの君にここまで入れ込むとは思ってなかったよ。まあ少し気分が良くなったかな。この沈黙もいいかもしれないね。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした。」

「ごちそうさん。」

 

 

本当に沈黙を保っちゃったよ。まさかお互いに無言で弁当を咀嚼するだけの時間になるとはね。まあとりあえずお弁当の感想聞いておくかな。そしたら腹の探り合いはもうお終いにしてぶっちゃけトークといこうかな。

 

 

「お弁当どうでしたか?」

「あーそうだな。店に出すとかじゃなきゃ十分だろ。それ以上、上手くなりたかったら雪ノ下に依頼するか料理教室にでもいけばいいだろ。

「そうですか……美味しかったですか?」

「ん、うまかった。」

「良かったです。」

 

 

さてと。これからが本番だよ比企谷先輩。

 

 

「それで、言いたい事……どうぞ。」

「……そうか。じゃあまず、その隠す気もない演技やめてもらっていいか?

 この際もうタメ口でも構わん。」

 

 

まあ、気付かれてるよね。むしろ気付いてなきゃ残念がってるところだよ。しかしタメ口でもいいとは懐広いね比企谷先輩。

 

 

「そこまで言うなら楽に喋らせてもらうよ。」

「……マジでタメ口かよ。」

「君がいいといったからね。それで?それだけじゃないよね?」

「当たり前だろ。おまえの目的だ。目的。」

 

 

ふむ、まず目的か。いきなり眼が気に入りましたって言っても信じてくれるかな?普通は無理だろうけど君なら大丈夫かな?いや前置きは大事だよ。

 

 

「うーん、それなら少し小話挟ませてもらってもいいかな?」

「時間稼ぎか?」

「まさか、そんなことしないよ。さて話させてもらうよ。いいかな?」

「………」

 

 

今回は了承という顔をしてくれたね。しかし昨日とかは眼を合わせようとしても逸らされたのに、こんな時はしっかりこっちを向いてくれるんだね。ふふ、相も変わらず腐ったいい眼をしているよ。

 

 

「私は一人っ子でね、小さい時から甘やかされて育ったよ。甘やかされたと言ってもちゃんとダメなら叱られたね。それでも欲しいものは大体買ってもらえたよ。」

「………」

 

 

彼は無言で聞いてくれる。その腐った眼で私の真意を読み取ろうとこっちに向けてくる。君の眼に映る私はどんな人かな?嫌な奴?どうでもいい奴?危険人物とかかな?

出来ればそうは思われたくないね。

 

 

「それで大きくなると自分で手に入れるという手がとれる様になるよね?欲しいものは沢山あったけど心から欲しいと思った物は一つもなかったよ。」

「………」

 

 

彼は無言で続きを促す。私は一度、目を閉じて息を吸う。

 

 

「それから少しの時が経って私は初めて心から欲しいと思ったものが見つかってね。つまり……」

 

 

ここで言葉を切り、真っ直ぐ彼の眼を見つめる。

愛の告白をするわけでもないのに、鼓動が速くなる。

君の眼には「まさか!?」という動揺とそれを抑えようとする色が見える。

 

 

「私は君のその腐った眼が欲しい……」

「……………………………はい?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)との対談②

「私は君のその腐った眼が欲しい……」

「……………………………はい?」

 

 

三度、沈黙。

……君との沈黙は嫌いじゃないけど会話の途中で黙られるのは困るかな。うーん、悪いけど熟考するのは後にしてもらうよ。昼休みもそんなに長くないからね。

 

 

「……何かな、その反応は?」

「………むしろどんなリアクションとれば満足だよ。」

「そうだね。眼を外して私にプレゼントするみたいな感じかな?」

「俺の眼はアタッチメント式じゃねぇから無理だっつーの。」

「冗談だよ。」

 

まあ、そうだろうね。本当にプレゼントされたら私が困るよ。ビニール袋か何かに入れて持ち帰るわけにもいかないし、私は一番最適な保存用のケースも欲しいからね。

 

 

「それで?眼が欲しいってなんだよ。厨二病?」

「失礼だね。コレクターって呼んでくれるとうれしいよ。」

「いや、名称とかはどうでもいいから。欲しいに関しての詳細だよ。」

 

 

コレクターというほどコレクションしてるわけじゃないけどね。しかしただ集めるのがコレクターとは思わないで欲しいな。やっぱりじっくり眺めていたいから数は要らないね。

 

 

「まあ「欲しい」はあくまで夢で、目標は「眺める」だよ。要するに鑑賞だね。」

「へえ。つーか眺めるって……まさか」

「近くでじっくり眺めさせて貰うよ?」

「誠に申し訳ありませんが拒否させて貰います。」

 

 

拒否されるとは思ってたけど凄く丁寧で突き放された感じだね。まあ今回の目的は少しでも距離を縮めることだから別にいいよ。皆から見た「若葉八千代」じゃなくて「私」を見せれる様になったから順調、ということでいいのかな?

 

 

「まあ今すぐ見せてくれるとは思ってないよ。さて昼休みもそろそろ終わりだしレジャーシー ト畳むの手伝ってくれないかな?」

「あいよ。……そういえば雪ノ下が一つ謝りたい事があるってよ。」

「雪ノ下先輩が?何かあったかな?」

「さあな、それは本人に聞け。……ほらよ。」

「ありがとう。」

 

 

畳まれたレジャーシートを受け取る。……割と綺麗に畳まれてるね、几帳面なのかな?

それにしても雪ノ下先輩が謝りたい事。会ったのはこの前の奉仕部訪問だけだからその時だろうけど、……まったく心当たりが無いね。

 

 

「まあ、放課後に奉仕部に寄ってみるよ。」

「おう。それじゃ先に戻らせてもらうわ。御馳走さん。」

「はい、また後で。比企谷さん。」

 

 

ふふ、今日の放課後も楽しみだね。何をするか、何が起きるか想像するだけで胸が躍るよ。どうしようかな、取り敢えず奉仕部に行かないとね。小町さんを訪ねてみるのもいいかも知れないね。それなら手土産とか必要かな。ああ、楽しみだよ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)の部活メイト

奉仕部、それは憧れの彼(誤解を招く表現)がいる部活。立地条件の悪さから知名度も致命的だね。……言っておくけどダジャレではないよ。風の噂では一色生徒会長もお世話になった事があるらしい、噂だから真偽は分からないけどね。それにしても用があるたび本校舎から一番離れたここに来るのは本当に面倒だよ。ふー、やっと着いた。

 

 

コンコン

 

 

「どうぞ」

「失礼します。」

「あっ!若葉ちゃんだ!やっはろー。」

 

 

部室にいたのは雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩の二人。前と同じ紅茶の香りが鼻をくすぐる。帰ったら紅茶入れてみようかな?というかその挨拶?は何かな?それはともかく比企谷さんはいないようだね。彼が教室に残ってお喋りに興じる人には見えなかったど。

 

 

「比企谷君なら今日は掃除当番で遅れるそうよ。」

「……私、そんなに分かりやすいですか?」

「若葉ちゃんがっつり顔にでてたよ。」

 

 

そんなに分かりやすいかな?もう少し演技を上手く出来るようになりたいものだね。まあ比企谷さんには不評だったけど、それでもやり過ごす時に便利だから使わせてもらうよ。

 

 

「……取り敢えず私は比企谷さんに今日寄るように言われたので来ました。何か用ですか?」

「そうね。あなたに謝りたい事があるわ。この前、あなたが奉仕部来た時に必要以上に攻撃的になってしまった事。謝らせてもらうわ、ごめんなさい。」

 

 

そうか、そんなこともあったね。すっかり忘れてたよ。それにしても昨日の事なのに結構、日が経ってる様に感じてたよ。それだけ比企谷さんに夢中だったのかな。……訂正。比企谷さんの眼に夢中だったのかな?

 

 

「いえ、気にしてません。むしろ忘れていましたし。」

「よしっ!じゃあこれで解決!今日はやっちーも加えて部活しよー!」

「ゆ、由比ヶ浜さん、勝手に決めないで欲しいのだけれど」

「ゆ、由比ヶ浜先輩、やっちーってもしかして私のことですか?」

 

 

やっちーって私の事なのかな、私の事だろうね。どうにか拒否できないかな?私のサインに気付いて由比ヶ浜先輩っ。

 

 

「えー、いいじゃんゆきのん。やっちーも、もしかして嫌?」

「お、お誘いは嬉しいですけど今日は用事があるのでまたの機会にでも。」

「そっか……。じゃあまた今度ね!やっちー!」

 

 

「お誘いは~」の『は』にアクセントを付けてみるけどまったく無意味だったよ。ここは二人目に協力を求めるしかないね。あっ視線逸らされた。もう諦めるかな。とにかくもう此処に用はないし用事があるといった手前、もう学校や近場の遊び場にはいけないね。とにかく家方向に、その前にコンビニに寄っていこうかな。うん、用事決定だね。

 

 

「それでは、失礼します。雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩。」

「ええ、さようなら。」

「うん、またねー。」

 

 

ふー今思い出したよ。比企谷さんはヒッキーって呼ばれてたね。あと雪ノ下先輩はゆきのんか。まあ、ゆきのんはともかく、やっちーとヒッキーは酷くないかな?もしかしたらもっと酷いあだ名も……。残念なあだ名付けられてる人がいると思うと居た堪れないね。

 

 

「よう。」

「あ、比企谷さん。」

「もう雪ノ下にあったのか?」

「うん、しかも特典に「やっちー」という素敵なあだ名を貰ったよ。」

「ああ……由比ヶ浜か。」

「はい……由比ヶ浜先輩だよ。」

 

 

突然のお通夜みたいな空気。比企谷さんもあだ名気に入ってないみたいだね。とりあえずセンスが普通でよかったよ。……私と同じセンスは普通なのかな?まあどうでもいいね。

 

 

「と、取り敢えず私は今日は帰らせてもらうよ。あ、出来ればやっちーをやんわりと否定しといてくれないかな?」

「……別にいいけどよ。意味ねぇぞ?」

「……そうだね。じゃあやっぱりいいや。さようなら、比企谷さん。」

「おう。じゃあな。」

 

 

ああ、やっぱその眼はいいね。鑑賞する時が楽しみだよ、でもまだ気は許してないだろうし当分先になりそうだね。さて気を取り直して、この後はサプライズを仕込む予定だし、まずは小町さんに会わないとね。……そういえば、受験生か小町さん。いきなり会いに行って大丈夫かな?取り敢えず差し入れでも持っていこうかな。……別に賄賂とかじゃないよ。多分ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)の家

ピンポーンとチャイムの音を響かせるのは朝と同じく比企谷家。中からはパタパタとスリッパで動き回る音が聞こえる。私の今回の目的は小町さんとの距離を縮めること。朝の会話で分かった事は、小町さんが協力的な事と、小町さんは比企谷さんに対して絶対的なカードになる事。この二つのメリットはとても大きい、何たって昼食を共にできたのも小町さんのお蔭だからね。

 

 

「はいはーい、って八千代さん?どうしましたか?」

「やあ、いきなりすまないね。もしかして勉強中だったかな?」

「いえ、大丈夫ですけど。というか朝の喋り方はやめちゃったんですか?」

「え」

 

 

「変えた」じゃなくて「やめた」?つまり……それって……まさか……初対面でとっくにバレてたという事……だね。ふふ、はぁ、どうしよう中々ショックだよ。いや、今日は落ち込みに来たわけじゃない。

 

 

「ま、まあね。比企谷さんも受け入れてくれたから自然体で喋らせてもらうよ。それはともかく、今日は未来の可愛い後輩さんの為に差し入れですってね。」

「はっ!このビニール袋は!?」

「『今注目の甘味特集!!』でやってたコンビニスウィーツだよ、どうぞ。」

「ありがとうございます!……ピコーン!八千代さんも一緒に食べましょう!」

 

 

心の中でニヤリ。小町さん、君は私の期待通り動いてくれて本当に助かるよ。まあここでバイバイでも印象付けになるからどっちでも構わないけどね。AとBの分岐点、どっちに進んでもゴールは同じになる作戦。それでも、Aに進んだ方が楽だから助かるよ。ありがとね。

 

 

「おや、いいのかな?」

「はい、どーぞどーぞ!」

「ならお邪魔させてもらうよ。」

「はーい、一名様お屋敷に案内しまぁす!」

「それを言うなら『お座敷』じゃないかな」

 

 

テヘッと舌を出して誤魔化す小町さん、とても可愛い。あれだね、可愛いって得だね。許すというより言葉通り誤魔化される感じだよ。私もテヘッとしてみれば……多分凄く不気味がられそうだね。これは小町さんみたいに、眼がクリクリっと大きくて活発な女の子だから似合う行動だろうね。少し羨ましいよ。

 

 

「あっ、八千代さん。猫大丈夫ですか?」

「猫?大丈夫だよ。」

「ならカーくん出ておいでー」

「おお、可愛い猫さんだね。カーくんでいいのかな?」

「はい、名前はカマクラでーす!名付け親は勿論、小町!」

「じゃあよろしくね。カマクラさん。」

 

 

ナーゴという返事を聞いてから軽く撫でる。うん、毛並がいいね。猫にしては少し太いかもしれないけど、そこがまた丸々としていて可愛い。少し夢中になりながら撫でてると私の手を振り払って奥に引っ込んでしまう、……前から動物に懐かれないからもう慣れちゃったよ。昔、動物園の『モルモットふれあいコーナー』で死にもの狂いで逃げられた時は流石に泣きそうになったけどね。

 

 

「あっ、カーくん!」

「気にしないで小町さん。長く触らせてくれたから十分だよ。」

「え。十秒も撫でてないのにですか?」

「まあね。」

「うう、小町が悲しいです」

 

 

感受性が豊なのか凄く悲しそうな顔になる、それも一瞬ですぐにいつもの小町さんに戻る。それにしても、どこが?って聞かれたら言葉が詰まるけど、兄妹というだけあってどこか似てるね。なんだろう、雰囲気?少し違うかな。もっと心根に近いものなんだろうね。それを知るにはまだ遠すぎるし知らなすぎる。

 

 

「とにかく、これ食べようよ。」

「そうですね!じゃあ飲み物入れてきます、何にしますか?」

「コー……いや紅茶をお願いできるかな?」

「えーとダージリンとアッサムがありますけど」

「ダージリンがいいな。」

「かしこかしこまちましたー!」

 

 

……よく噛まないね。取り敢えずボンヤリ立ってても邪魔だろうし側の椅子に腰掛ける。私が買ってきたのは、「プレミアムロールケーキ」「ピュアカスタードプリン」「ピュアティラミス」「フォンダンショコラ」の四つ、スポンサーはもちろんローソンです。まあ定番は抑えたから嫌いって事はないだろうね。

 

 

「こちらダージリンになりまーす。」

「……ありがとう。さて小町さんはどれがいいかな?お先にどうぞ。」

「むー、小町は、小町はロールケーキ!」

「私はティラミスにするかな。」

 

 

ちなみに「こちら○○になります」という日本語はおかしい、「こちら○○です」が正しい、

別に料理は変化しないし今は一体何なんだという疑問が生まれるからね。ついでに指摘しなかったのは面倒だった、という理由ではないよ、ホントウダヨ?それは置いといてロールケーキとは予想通り過ぎてビックリだよ。

 

 

「それでそれで?八千代さんはお兄ちゃんのどこが好きなんですか?」

「そうだね、眼かな、眼。」

「眼!?……これはもしかして一気に高ポイントの嫁候補なのでは」

「小町さん?そんなに驚くことかな。」

 

 

凄く驚かれた、後半はよく聞こえなかったけど……ポイント?候補?とにかく一番最初の話題が恋話なんて最近の中学生は進んでるね。私も恋の一つや二つしとくべきだったかな。

 

 

「いえ、兄の眼が好きという人は初めて見たので、でもー小町はーお兄ちゃんの眼を含めて全て好きみたいな?あっ今の小町的にポイントが高くて」

「私の事は置いといて、小町さんは好きな人はいるのかな?比企谷さんを除いてね。」

「んー、とりあえず兄が一人立ちできるまで小町はそういうの無さそうですねー」

 

 

ふうん、そういうもんなんだね、中々面白いと思うよ。取り敢えず小町さんは比企谷さんに恋人ができるのを望んでるみたいだね、でも君の愛は兄妹愛と一括りにできるものなのかな?まあこんなに可愛い妹さんに愛されて比企谷さんは幸せ者だね。

 

 

「君は可愛いね、是非私の妹にならないかな?」

「はい!今、兄を貰うと小町がついてきますよ!」

「おや、それは豪華だね。でもお高いんでしょう?」

「いえいえ!それが今なら兄を愛すだけ!お求めの方は下記の電話番号に今すぐお電話を!」

 

 

ひとしきりおふざけが終わってお互いにスウィーツをつまむ。愛する、ね。眼を愛する自信はあるけど他はどうだろう。容姿は一般的に眼を除いて整ってる、容姿は合格。性格は道路側を歩いたり歩幅を合わせてくれたりしてくれるプラス面とマイナス面の面倒くさがり屋、パーソナルスペースの広さとかがあるけど私にとって問題ない。まあ、まだ知らないところも多いけど凄く優良物件かな?

 

 

「……まだ知らなすぎるかな。」

「え?」

「小町さん。比企谷さんの事をもっと知りたいな、お願いできるかな?」

「いいともー!兄が帰ってくるまでたっぷりお話します!あっご飯食べていきます?」

「いや、それは流石に悪いよ。」

「いえいえ!兄と二人っきりの食事だけじゃなくてー未来の義姉ちゃんとご飯食べたいなー」

 

 

おねだり上手だね。それにさっきの断り方だとこれに返すことができなくなっちゃう。そうなると私が言えることは一つだけ

 

 

「そこまで言うならいただきます。」

「それじゃあ、兄のお話をはじまりはじまりー!」

 

 

 

ちなみにこの後は、小町さんとメールアドレス交換したり、帰ってきた比企谷さんに小町さんが「ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・も」の所で「や・ち・よ?」とやったら凍り付いたり(サプライズ成功)、普通にご飯食べたり、小町さんの勉強を見たりした、泊まっていってというお誘いをされたりした。お泊りは流石に断ったよ。

 

 

………

八千代の日記

 

とても楽しい一日だったよ。あと小町さんから「明日の九時ごろ小町の家で遊びましょう」というお誘いが来たから乗ることにしたよ。楽しみな休日だね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)との休日

「うーうー♪うあうーうあうあうー♪」

 

 

適当にリズムを取りながら目玉焼きをお皿に移動する。今私は比企谷家で朝食を作っている。小町さん曰く「兄をものにするには兄からの愛だけでなく小町からのテストつまりKTを受けてもらう必要があるのです!」らしい。余談だけどボディの項目に×がついていたよ。確かに私は身長低いしスタイルがいいわけでもないけどね。

 

 

「ふむふむ、八千代さんは……メモメモ」

 

 

こっちでノートに色々書き込んでいるのは小町さん。ノートの表紙には「兄の嫁候補!」と書かれている、5~6ページぐらい進んでるのかな?そんなにライバル?がいるのかな……。とにかく朝食ができたから一度、手を止めて貰わないとね。

 

 

「さて小町さん、比企谷さんを起こしてきてもらっていいかな?」

「……いえ、せっかくですし八千代さんが起こしてきてくれませんか?兄の寝顔は滅多に見れませんよ?」

 

 

ふむ、寝顔はともかく眼を見させてもらおうかな。そんなに朝が得意そうには見えなかったし寝ぼけてれば見ても覚えてないだろうしね。

 

 

「うん、なら起こしてくるよ。」

「いってらっしゃーい」

 

 

……そういえば比企谷さん、というか男子、男性の部屋に入るのは初めてだね、お父さんの部屋にも入ったことないし。少し楽しみだよ。やっぱり昨日レジャーシートを綺麗に畳んでいたから几帳面に片付けてるかな?

 

 

コンコン

 

 

「入るよ?」

 

 

ガチャ

 

 

へぇ割と片付いてる、中々大きな本棚があるのが特徴的だよ。中は漫画、小説、ライトノベルあと音楽とアニメのCD。おっと人の趣味をじろじろ見るのは無礼だね。

 

 

「比企谷さん、起きて」

「ん、んぅ」

 

 

おお、やっぱり眼を閉じればただのクール系のイケメンさんだね。でも、私はその君より普段の君の方が好きだよ。何一つ面白くないからね。さて早く目を開けてくれないかな。そうだ、起きないお姫様には童話の様な起き方をしてもらうよ

 

 

チュ

 

 

「んあ?」

「やあ、おはよう。眠り姫さん?」

「なんで若葉が……いや、さっきお前なにした?」

「ん?眠り姫を起こすのは王子様のキスだよね?だから手の甲にチュっと、ね。」

「お前何してんの!?」

「流石に唇は当ててないよ。鼻を当てて口で言っただけ。」

「あ、あーそうか、他にも聞きたい事はあるがまずなんでお前いんの?」

 

 

うんうん、面白いぐらいうろたえてくれてナイスリアクションだったよ。それと小町さん、了承はとってあると思ってたんだけどね。これじゃ私が本人の了承も得ずに人の部屋に上がり込むような人みたいだよ。

 

 

「小町さんにお誘いされたからね。さて朝ご飯の前に顔洗ってきたらどうかな?」

「何してんだあいつ……。とにかく顔洗ってくるわ。」

「うん、いってらっしゃい。」

 

 

ここに残るわけにもいかないしリビングに戻る。小町さん?何ニヤニヤしてるのかな?いや、それより君にはいう事があったよ。

 

 

「小町さん?比企谷さんに伝えてなかったのかな?」

「えっ、あ、あー。サプライズになって驚くかなーと思いまして?」

「それは私は仕掛け人ではなく驚かされる側ということ、だよね?」

「そ、それは「小町はよー」お兄ちゃんおはよう!ナイスタイミング!」

「は?」

 

 

………。少し反省の色が見えたから今回は忘れておくよ。でも次はしっかり私も遊ぶ側にいれてもらうからね。いや、これはこれで楽しかったかな。それでもじっくり眺めるには遊ぶ側の方が得だからなやむね。

 

 

「んじゃ、食おうぜ。」

「はーい。」

「うん、そうだね。」

 

 

「いただきます。」してからまず牛乳を一口。うん、甘い。この牛乳の甘味を理解できない人は意外と多い。嘆かわしいね。

 

 

「しかしお前が牛乳飲んでるとあれだな。」

「……身長にコンプレックスをもってるみたい、かな?」

「小町が牛乳飲んでるのも似たような理由だからな。」

「ちょ、お兄ちゃん!?」

「別に私はコンプレックスとは思ってないよ。牛乳もこの甘味が好きなだけだね。」

「『別に私は』って小町の擁護は一切無し!?」

 

 

今日の小町さんは一段と元気だね。それはともかく本当にコンプレックスではない、確かに高身長に憧れが無いわけじゃないけど、あくまでも憧れだからね。絶対、コンプレックスではない。

 

 

「小町だって……小町も牛乳好きなだけだもん……。」

「あーわりぃ、からかいすぎたか?」

「おや、がんばれお兄ちゃん?」

「お前は応援しか、しないのかよ」

「種を撒いたのは君だからね。刈り取るのも君だよ。」

 

 

とりあえず比企谷さんは小町さんをあやし始める、流石お兄ちゃん慣れたものだね。まあほっといてよさそうだね。目玉焼きにぷつっと穴を開けトローと流れてくる黄身に醤油をかけ、一口。うん、美味しい。私は基本目玉焼きには基本醤油、たまに塩をかけるよ。

 

 

「それでは八千代さん!もう一回、お兄ちゃん呼びをどうぞ!」

「え」

「この小町が聞き逃すと思いですか?」

 

 

……もしかしてハメられたのかな?いやここまで計算の内のわけがない……よね?それよりさっきのはからかい交じりだったけど改めて言うのは、なんというか、恥ずかしい。

 

 

「っ、本当に言わせる気、かな?」

「当たり前だのクラッカーです!」

 

 

ふ、古い。しかもこれじゃあ私まで遊ばれてるみたいだよ。さっき叱ったのを忘れたのかな?それよりこの状況より早く抜け出そう。恥ずかしさで止まってても意味がない。

 

 

「お、お兄ちゃん?」

「っ」

 

 

そ、そんなに勢いよくそっぽ向かなくてもいいよね。なんか、恥ずかしいしそっぽ向かれてたしでこう、縮こまっちゃうよ。うぅー、なにそんなにご満悦なのかな小町さん?

 

 

「……ごちそうさま。一回家に帰って歯磨きしてくるよ。すぐ戻ってくるね。」

「ほーい」

「……おう。」

 

 

つ、疲れたよ、精神的にこんなに消耗したのはいつぶりかな。とにかく家に帰って歯磨きして比企谷家に戻ってお皿洗う。とりあえずはこんなところだね。……恥ずかしかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)の在り方

「んん、ん」

 

 

………頭が回転しない。とりあえず寝てたみたいだね。そう……確か……小町さんに誘われて遊びに来て……料理を作って食べて……歯磨きしに家に帰って……お皿洗いしに戻ってきて……一息ついて………寝ちゃったのかな。

 

 

「あ、起きたか。」

「……おはよう比企谷さん。」

 

 

……まだ頭が起きてない。とにかく顔洗ってこようかな。

 

 

「洗面所使わせてもらっていいかな?」

「あっちを右に曲がったところな。」

「ありがとう。」

 

 

冷水で顔を洗う。やっと頭が覚醒してきたよ。寝る前の記憶も思い出してきた、たしか小町さんはお昼ご飯の買い物に出掛けると話してたね。比企谷さんとお留守番するように頼まれた気がするよ。

 

 

「一時間とちょっと。寝てた……みたいだね。」

 

 

近くに置いてあった時計はそろそろ十一時を指そうとしていた。じゃあもう小町さんは帰ってきてるかな?人に家に来てぐっすり眠るなんて本当に何してるのかな私は。

 

 

「悪いね、人の家で寝るなんて……」

「あー、気にすんな。」

 

 

……気にするけど楽しい話題じゃないから一度忘れておくかな。

 

 

「そういえば小町さんは?」

「友人と会ったから寄り道してくるってよ。さっき『後は若い者同士よろしく。』ってメールが来た」

 

 

お見舞いをしていたっけ?違うよね。あ、カマクラさんがいる。目を合わせようとしてみる、サッと逸らされる。……ペットは飼い主に似る。本当だね。

 

 

「……そういや聞き忘れてたが、お前がそんなに俺の眼に執着するのは何故だ。」

 

 

思わず目を細める。……そうだね、今まで知ることばかり考えてたけど、知ってもらう必要もあるね。……そして

 

 

「……少し長くなるよ?」

「小町が戻るまでに頼む。」

 

 

あまり行儀良いとは言えないけど体育座りで座りなおす。……デニム素材の短パンだから下着は見えないよ?

 

 

「……そうだね、まず前に言った通り心から欲しいと思ったからだよ。君みたいに腐った眼は私のたった十六年の人生で見たことがない、だから興味が湧いちゃってね。」

「……それだけじゃないだろ。」

 

 

流石、やっぱり見抜いてるよね。そうだよ、そんなのただの建前みたいなものだよ。でもコレを認めるのは、凄く怖い。口に出してしまえば認める様なもの。だから少し躊躇ってしまう。

 

 

「………」

 

 

比企谷さんは静かにただ待っていてくれる。こういう時急かされないのは精神が落ち着かせてくれる、ありがとね。私は少し君に甘え過ぎたかもしれない。

 

 

「……私は、私に自信が、確信が持てない。でも君の眼への興味は本物だと思っている。」

「………」

 

 

少し体が震える。こういう時に止めたりしないのは彼が本当に優しい証拠だ。

 

 

「だから、だから私は、君の眼を自分の基準点にしようと考えてしまった。」

「………」

「分かってるよ。こんなのただの我儘で、身勝手な考えということも。」

 

 

いや実際は分かっていない。声に出して聞いてもらっているから整理がついてるだけだ。やっぱり私は君の優しさに甘えてしまっている。

 

 

「そうだな。我儘で身勝手な答えだ。」

「……うん。」

 

 

このまま、君が私を拒絶してくれれば、私は一人で立つしかなくなる。お願い比企谷さん。私の最後の我儘を叶えてほしいな。

 

 

「だが、それの何が悪い?」

「え……」

「お前がどんな勘違いをしているかは知らんが、一人で立つことなんて不可能だろ。」

 

 

頭が真っ白になる。

 

 

「俺も一人で立っていると勘違いしていたが、知らない間に多くに支えられていたからな。」

「………」

「お前が自分を信じたいと、お前が自分を得たいと思うなら」

 

 

真っ白になった頭に比企谷さんの言葉が沁み渡っていく。

 

 

「奉仕部が、俺たちがお前を手助けする。」

「っ」

 

 

なんで君はそんなに優しい。なんで私はその優しさを振り払えない。

……そっか。これは優しさじゃないのか。これが君の「在り方」なんだね。

 

 

「君の在り方は、とても綺麗だね。」

「……ほれ、涙拭け。」

「涙?」

 

 

頬を触れてみると水が、涙が伝ってた。とりあえず受け取って拭ってみる。次から次へと零れてくる。

 

 

「好きなだけ泣け。誰も咎めないからよ。」

「……ありがとう。」

 

 

………

…………

……………

…………………

 

 

部屋の外

 

「小町が部屋に入れないッ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)と呼び名

「ん、んむぅ」

 

 

……また寝てたみたいだね。日はだいぶ傾いてきて四時か五時ぐらいかな。だとしたらこの家に来て五時間は寝てたということに……、いくらなんでも寝すぎだね。とにかく今の時間は……五時ちょいだね

 

 

「あっ、八千代さん起きましたかー?」

「おはよう、小町さん。」

 

 

すごく水分が足りない。当たり前だね、冬だし暖房利いてるし、何より沢山泣いたからね。親から滅多に泣かない子といわれてたから初めて気が済むまで泣いたかもしれない。……そういえば比企谷さんがいない。

 

 

「はい、お水です。兄は今日発売のラノベがあるとかで出かけました。」

「ありがとう。……私、そんなに分かりやすいかな?」

 

 

この前、奉仕部を訪ねた時もズバリ言い当てられたし聞くまでもない質問だったね。とりあえず水を飲む。うん五臓六腑に染み渡るのを感じるよ、こんなにおいしく感じる水も久しぶりかもしれないね。

 

 

「え?ええ、もんの凄く分かりやすいですよ?見回して小町だけとわかったら少し寂しそうな顔してましたし」

「そんな顔をしていて……」

 

 

完全に無意識だったし寂しいなんて思ったことは記憶の中には無い。それに彼がいなくて悲しむことはあっても寂しいなんて。……いや私の感じ方が変わったのかな?もしかしたら……もしかしたら……っ、やめよう考えるのはもっと判断材料が増えてからの方が効率的だよ。

 

 

「たでーまー」

「っ!?」

「おおーおかえり、お兄ちゃん」

 

 

体が音にすると「ビクゥッ!」という感じに跳ね上がる。鼓動が速くなる。頭に過るのは子供の様にグスグスと泣いて疲れて眠るという記憶。私は見た目だけでなく中身も思ったより幼いのかもね。そうじゃなくてあんなにさらけ出した後にあうのは少し恥ずかしい。

 

 

「……若葉はどうかしたのか?」

「りゃ、にゃんでもないよ」

「………」

 

 

凄く恥ずかしい噛み方したし比企谷さんは中々に心配した眼で見てくる。き、君の眼は好きだけど、いまその眼はダメ。精神を落ち着けたいのに全く落ち着かないよ。

 

 

「……小町。何かあったん?」

「八千代さんも可愛い女の子、ということだよ。」

「容姿はそうだな。」

 

 

君達兄妹は私をどうしたいのかな?少し落ち着いてきた精神が「容姿はそう(可愛い女の子)だな」で乱れて「容姿『は』そうだな」で変に冷却される。せ、精神が持たなそうだよ。

……落ち着いて若葉八千代。大丈夫、大丈夫。問題ない……ね?

 

 

「すーはー、おかえり比企谷さ……八幡さん。」

「な、何で呼び方変えた」

「小町さんは名前呼びだから統一感があったほうがいいかなって。……いやかな?」

「八千代さん!小町も比企谷さんとも呼べるのでそっちの方がいいと思います!」

「………」

 

 

流石小町さん。こういう時すぐこっちに付いてくれるのは凄く助かるよ。大丈夫、ペースを掴めた。普段の私だ。……でもこれは本当に私なのかな。いや私が私を理解できてないから自問自答は無意味だね

 

 

「………………………………はぁ、もう好きにしてくれ」

「そう、八幡さん、うん……八幡さん。」

「……くすぐったいからそんなに噛み締める様に言わんでもらいたいんだが」

 

 

これは自分に馴染ませようとしてるだけで決して他意はないよ。……多分ね。いや実は君の表情が面白くてね。もっとじっくり見てみたい。

 

 

「それじゃあお兄ちゃんもならって八千代さんをや・ち・よって呼んであげないと!」

「は」

「え」

 

 

こ、小町さん?君は、君は背中を押すことしかできないのかな?いや悪いことじゃないけど、今日だけで変化が多すぎて対応できる気がしないよ。……それは私も悪いけどさ。それはともかく今まで私を名前で呼ぶのは親ぐらいだったのにね。小町さん、君には感謝してもしきれないかもね。いつか小町さんを誘って甘いものでも食べに行こう。

 

 

「八幡さん?」

「お兄ちゃん?」

「……えぇー。あぁー」

 

 

……言い訳、誤魔化しの言葉が浮かんで消えてるのが眼から読み取れる。こういう時、君は眼は泳ぐけど視線を逸らそうとしてるというより、文字を読む時の動きに似てる。頭の中の文章でも読んでるのかな?

 

 

「や、や、や、やっちー……」

「………」

「……ごみいちゃん」

 

 

ここでソレを持ってくるのはいくらなんでもいただけないね。いやタイミング関係なくやっちーは嫌だけどさ。まあ君の気持ちを優先するのもいいかもしれないね。無理してまで名前呼びをを強要する気は無いよ。

 

 

「……そんなに、嫌ならいいよ。今まで通り、若葉でね。」

「えー!お兄ちゃんには押しすぎる位でいいんですよ!?」

「小町、それはお前が決めないでくれ。」

 

 

小町さんは頬をリスさんみたいに膨らませてる。そんなに不満なのかな。自分が御膳立てしたのをひっくり返されたら腹も立つね。それに関しては悪かったよ、でもお互いにやり過ぎたと思うよ。引き際も肝心ってね。

 

 

「はぁ~。八千代。これで満足か小町?」

「な」

「な!?ふ、不意打ちというのは小町的にポイントが……OK!」

 

 

~~~~っだから君にモテそうって言ったんだよ八幡さん。退いて退いて最高のタイミングでドカンと来るある意味最悪のスキルだね。それに小町さんのポイントは謎が多すぎるよ。貯まったらどうなるのかな?換金システムとか割引とかのシステムかな。

 

 

「君は、女の敵だね。」

「それは違うな。どちらかというと狩りの対象とか的だ。」

「お兄ちゃん、それは悲しすぎるよ。」

 

 

……君の過去に何があったのかな。小町さんには多くのトラウマがあるという事しか聞いてないし私もそこを深く聞くつもりは無いけどね。いつか聞ける日が来るかな。うん?そろそろ六時を回りそうだね。楽しい時間は一瞬だよ。……いや単純にたくさん寝たからだけどね。とにかく親には友達の家に遊びに行くとしか言ってないから少し心配してるかもしれないし今日は家に帰ろうかな。

 

 

「八幡さん、小町さん。そろそろ私は帰るよ。」

「おう、さいなら」

「わっかりましたー!お兄ちゃん見送り!」

「あいよ」

 

 

外に出ると予想以上の寒さで体が震える。八幡さんも今は薄着だから凄く寒そうに体を摩っている。

 

 

「それでは八幡さん。また明日。」

「はいはい、じゃあな」

「……また明日とは言わないんだね。では」

 

 

とにかく今日は変化と感情の起伏が激しくて疲れたよ。……私は自分を得られるかな。君を信じてみれば分かるかな。君の綺麗な在り方に少しでも近づけるかな。君達を頼りにさせてもらうよ奉仕部さん。

 

 

八千代の日記

 

私は自分を信じられるように、自分を得る。楽しみだね。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)+αに依頼

「比企谷君、一体どういうことかしら。犯罪はやめておきなさいと何度もいったでしょう?」

「や、犯罪じゃねぇから」

 

 

入れてもらった紅茶に口をつけながら考える。どうしてこうなったのかな?今の状況は八幡さんは床に正座、それから少し離れた位置の椅子に座り、踏みつぶされた虫を見るような目で八幡さんを見つめる雪ノ下先輩。そして私と八幡さんの間に、私を庇うように座っている由比ヶ浜先輩。もう一度言うよ。どうしてこうなったのかな?

 

 

~~~~~

 

 

日曜日はテレビをのんびり眺めて過ごし、今は月曜日の放課後。私は奉仕部を訪ねるために特別連の廊下を歩いている。それにしてもいつ来てもこの校舎には人気がないね、きっと夏になったら少しにぎやかになるかな?ここまで何もなかったら幽霊もお化けも出なさそうだけどね。いや、もしかして相模実行委員長の生霊とか、腐った眼で言葉攻めしてくる男子生徒とかがでてくるのかな?後者は現在進行形で存在してたよ。さて奉仕部についた、少し深呼吸して

 

 

トントン

 

 

「どうぞ」

「失礼します。」

 

 

……次の文化祭は奉仕部でカフェを開くことをお勧めするよ。美人さんはいるし見方によってはイケメンの男子生徒もいるから中々繁盛しそうだよ。売り文句は雪ノ下先輩が入れた紅茶といったところかな。あと奉仕部の知名度も上がるから割といい案かもね。

 

 

「やっちー、やっはろー!」

「こんにちは、若葉さん。」

「はい、こんにちは。雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩、八幡さん。」

 

 

ピタッと雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩の動きが止まり冷気を出し始めた。その冷気は八幡さんに向けて出しているのか八幡さんが一番寒そうにしている。八幡さんの斜め後ろにいる私まで寒いよ。

 

 

「比企谷くん?」

「……なんでしょうか。」

「正座」

「……ハイ」

「やっちーはこっちに座っててねー」

 

 

とりあえず従って椅子に座っておく。雪ノ下先輩が紙コップに紅茶を淹れて出してくれる。いつも通りのいい香りがする紅茶なのに場の雰囲気に侵されたのかそこまで飲む気にならない、それでも多少の礼儀なので口は付けるけどね。

 

 

「さて」

「比企谷君、一体どういうことかしら。犯罪はやめておきなさいと何度もいったでしょう?」

 

 

~~~~~

 

 

「や、犯罪じゃねぇから。後主語をいれろ、主語を」

「ヒッキーを名前呼びするのは、さいちゃんだけだったじゃん!」

「ばか、戸塚だけじゃねーよ、戸塚で十分なんだよ」

「それ、さいちゃん好きすぎだからぁ!」

 

 

結局、説教でもなんでもなくいつもの漫才でしたってオチだね。見ていて飽きるものじゃないけど呆れるよ、まぁ仲良しさんでいいと思うけど本題に入れないのは困るかな。

 

 

「コホン、それでどういうことかしら?比企谷君、若葉さん。」

「あー……」

「小町さんが勧めてくれて私も乗り気だったので名前呼びにしました。」

「……小町ちゃんも知ってるんだ。」

 

 

嘘は言ってない、言ってないことも多いけどね。というかこれ以上は面倒だから八幡さんに聞いてもらおうかな。漫才を見に来たわけでも尋問をされに来たわけでもないからね。

 

 

「今日は依頼をしに来たので続きは八幡さんに聞いてもらえますか?」

「……わかったわ。それでは依頼を聞きましょうか。」

 

 

一度全員定位置に戻る。私はとりあえず八幡さんの近くに椅子一つ分の隙間を開け、椅子をおいて座る。近くで由比ヶ浜先輩が「意外と近い!」って驚いてたね。できればそういうことは言わないで欲しいな、恋愛とかはよく分からないのに、ちょっと意識しそうにもなるからね。

 

 

「私の依頼は『信じられる自分を得たい』です。受けてくれますか?」

「もう少し詳細を喋ってもらいたいものね。」

「そうですね。……先輩たちは胸を張って自分を表現できますか?」

 

 

答えが返ってくるとは思っていない質問。小説の登場人物でもないのに確固とした自分があるのはとてもじゃないけど有り得ないだろうね。それに私たちはまだ十六、十七年しか生きてない少年と少女が十全理解できるとは思っていないよ。

 

 

「それは不可能ね。私達は人間という生物よ。生物は生きるために進化、変化を繰り返さなければならない。わかっているでしょう?」

「ええ、もちろんです。それでも生物は酸素を取り込むのは変わらないですよね?酸素の取り入れ方は多少異なっても、です」

「そうね……」

 

 

完全に蚊帳の外の八幡さんと由比ヶ浜先輩。八幡さんはこの前相談したのもあってある程度、理解しているようだけど由比ヶ浜先輩はまったく理解できてなさそうだよ。いまも頭の上にクエスチョンマークが見える。……そして雪ノ下先輩。主席で入学してずっとトップでいるだけあって理解も頭の回転も速いね。さっきので伝わったみたいだよ。

 

 

「そう、わかったわ。」

「え、ゆきのん何がわかったの!?」

「それで雪ノ下、どうすんの?」

「無視!?」

 

 

雪ノ下先輩は犬を躾けるみたいに由比ヶ浜先輩に「待て」をしてから少し思考を始めた。それにしても暖房が効いた部屋にいると少し頭がぼーとする。この感覚はうっかり眠りに落ちてしまいそうであまり好きじゃないね。とりあえず雪ノ下先輩が思考してる間に二人の意見を聞こうかな。

 

 

「八幡さん、由比ヶ浜先輩。理解してくれましたか?」

「まぁ俺は大体わかるけどよ。由比ヶ浜は理解してないぞ。」

「うぅー、ヒッキーもう一個!もう一個ヒントちょうだい!」

「あーそうだな。お前がクッキー焼こうとして出来た木炭も雪ノ下が焼いたクッキーも原材料は同じだろ?」

 

 

八幡さんは由比ヶ浜先輩に理解させようと例え話を始める。「クッキー焼こうとして出来た木炭」って何かな?……いや、火加減を間違えたのは分かるけど、火加減って滅多に間違えないよね?

 

 

「若葉さん。あなたの依頼を受理します。」

「では、これからよろしくお願いします。雪ノ下先輩。」

「ええ。」

 

 

さて、問題はこれからだね。私は『自分の中心となるもの』それが『信じられる自分』だと思っている。でもそれが簡単に見つかるとは思えないしすでに持っていて気づいていないだけかもしれない。どっちにしろ時間は掛かると思うよ。

 

 

「じゃあ最初に先輩達から見て私はどのような印象を受けますか?」

「そうね、私は薄っぺらいものを感じていたわ。」

「んーあたしはなんというか、こう、中身がないーみたいな?」

「つまり雪ノ下先輩と同じ、ということですね。」

「たははー、そうだね。」

 

 

同じような印象を受けるようだね。中身がない、何度も言われた言葉だよ。まあ心にも無いことを言ってたら当たり前だけどね。でもこの依頼は私の本心だと思っているよ。君たちがどんな印象を受けてるかまではわからないけどね。そして、一番聞きたいのは八幡さん、君から見た私だよ。どのように見えてるのかな?

 

 

「俺は何考えてんだこいつ、という感じだな。」

「……失礼だね、君は。」

「つーかお前はいっそ素で喋れよ。そっちの方が楽だろ。」

「先輩と話す言葉使いじゃないよ?」

「大丈夫だろ。」

 

 

確かに素で喋った方が楽は楽だけど、いいのかな。由比ヶ浜先輩は許してくれそうだけど、雪ノ下先輩はこういうの厳しそうだよ?……ただの印象だし八幡さんがいいというなら大丈夫かな?

 

 

「わかったよ。素で喋らせてもらうけどいいかな?」

「ええ。出来損ないの仮面を見てるよりずっと精神的負担が少ないわ。」

「うん。素のやっちーの方が絶対いいよ!」

 

 

……やりづらい。二人とも相手にしたことないタイプの女子だよ。それでも嫌悪感を抱かないのは彼女たちが悪意を向ける気が感じ取れないからだね。……羨ましい。君たちは私が欲しい物に近づいてるみたいだね。いや、もう持っているのかな?

 

 

「……羨ましい」

「え?」

「いや、何でもないよ。」

「それで、この質問に意味はあったのかしら。」

「あまりないね。というか八幡さんそれは今もそうなのかな?」

 

 

雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩は仕方ないとしても、君が一番接してる時間長いのに今もそうなら中々ショックだよ?

 

 

「違うっつーの、これは第一印象だ。」

「じゃあ、今はどうかな?」

「そうだな。……子供」

「その心は?」

「大人ぶってるところだな、割と性格も子供らしいし。あと身長?」

「………」

 

 

大人ぶってる、ね。意識はしてなかったけど君からみたらそう見えるのか。でも子供らしいとは心外だね。まあ面白い見方を知れたから少し収穫があったと考えるかな。それでも一言余計だよ。私が身長を気にしてたら喧嘩を売られたようにしか感じられないからね。……? 少し寒い?おかしいね、暖房は効いてるし窓も扉も閉まっているから冷気は入らないと思うけど

 

 

「ヒッキー?やっちーのこと随分と知ってるね?」

「あら?どういう関係か少しお聞かせもらいたいわね。よろしいかしら?」

 

 

 

このあと滅茶苦茶尋問された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)達との部活動

「家が近所で一学年下のただの知り合い?そう」

「小町ちゃんも知ってて、両親は……そう」

 

 

少しやつれた私と八幡さん。そんなに細かく聞いてどうする気なのかな。私はもう疲れたよ、それに八幡さんもさらに腐った眼をしてる。……どこまで腐るのかな。いいなぁ。私の眼も一回ぐらい腐ってみないかな。

 

 

「それでは、次は複数の方の意見を聞いてみるのがいいでしょうね。」

「そうだね、趣味に通じるものもあるだろうしそれに賛成だよ。」

「そうだな。じゃあ誰か呼んでくれ、由比ヶ浜。」

「完全に人任せだ!?」

 

 

嬉しそうに、そして大げさに驚く由比ヶ浜先輩。君達は本当に仲がいいね。それにしても信頼関係……か。私が欲しがっているものはそういうものなのかな?

 

 

「じゃ、俺は材木座でも呼ぶからお前も誰か呼んでくれ。」

「うーん、わかった。誰がいいかなー」

「とりあえず材木座にメール送ってみるわ。」

 

 

~五分後~

 

 

「剣豪将軍、材木座義輝ここにさんじょぉぉぉおおう!!」

「うるせーよ。つーかはえーよホセ」

「……」

「どした?」

「なんでもないよ……」

 

 

ハッキリいって凄く怖い。ホラーも不良も雷も虫も怖くないけど、巨大で動くものは怖い。牛とか着ぐるみとか、近寄るとゾッとするよ。雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩が職員室に行ったのはこの人が理由じゃないかな。

 

 

「と、とにかくよろしくお願いします。材木座先輩。」

「は、八幡!我は初めて先輩呼びされたぞ!」

「はいはい。じゃあ手早く終わらせるぞー」

 

 

……大きいのは体だけなんだね、体を縮めてる様に見える。もし態度まで大きかったらきつかったよ。はあ、大きい生物が苦手なのは私の背が低いのが理由と言われた時を思い出す。苦手を克服できるなら身長を伸ばしたいよ。あと名前呼びするのはさいちゃんだけじゃなかったのかな?由比ヶ浜先輩。

 

 

「ところで八幡?我は一体何に」

「じゃあ、材木座。趣味特技を簡潔に」

「えっ!我、何に呼ばれたの!?」

「良かれと思ってお願いします材木座先輩。」

「合点東方仗助!」

 

 

げ、元気というか喧しいというか声が大きくて頭が痛い。うう、八幡さん。君の言う通り手早く終わらせよう。今日の帰りは甘いものでも買っていこうかな。

 

 

「ほむん、趣味は読書、ゲーム、アニメ、ネット。特技は剣術そして執・筆・精・神・統・一といった所だ八幡よ!」

「俺だけに言うなよ……。じゃあ次は高校生活で一番嬉しかったこと」

「何故、高校生活に限定したのかな?」

「なんとなくだ。」

 

 

なんとなく……ね。本当かな?ま、材木座先輩の過去に踏み込む気はないよ。さて特技は剣術と執筆。剣術は置いといて執筆は気になるところだね。

 

 

「ふぅむ。やはりお主と戸塚氏に出会えたことだな。お主たちと出会ってから高校生活がだいぶ楽しくなったからな。」

「やめろ、男のデレなんて俺は受け取らんぞ。」

「ふふ、君の周りは暖かいね。」

 

 

そう、本当に暖かい。まるでここだけ春のようだよ。そして君との出会いは変化を起きるみたいだね、その証拠に私も大きな変化が起きたとと思う。でも変化だけで無く私は成長したい。前に進んでみたい。ちょっと贅沢さんかな?

 

 

「何驚いた顔してるのかな?八幡さん?」

「いや、お前が笑うの初めて見たからついな」

「ずいぶん失礼だね。私だって人だよ?笑うし怒るし悲しむし楽しむよ?」

「へいへい、悪かったよ。」

「あのー、我の存在を消さないでくださーい」

 

 

おっと、あともう少しで完全に忘れるところだったよ。とにかく材木座先輩は八幡さん達と執筆、趣味に支えられてるみたいだね。なら、一つ聞かせてもらおうかな。

 

 

「はい、質問です。よろしいでしょうか?」

「おう。」

「それでは、将来の夢などはありますか?」

 

 

ここで彼にとっての執筆がどれ程のものなのか試させてもらうよ。ここで小説家と答えてくれれば材木座先輩にとっての執筆は大きなものだと分かる。それ以外なら趣味の一つだと分かる。

 

 

「ラノベ作家に俺はなる!」

 

 

背景に「ドンッ!」と付きそうな感じに答えてくれた。そっか、君の支えの一つみたいだね。君が荒波に揉まれてもそれが揺らがないことを祈るよ。

 

 

「ありがとうございます。」

「それじゃ材木座。お疲れ。帰っていいぞ。」

「八幡、ところでこれは一体なんだったのだ?」

「あー、依頼の一つだから伏せさせて貰うわ。」

「なんと!我に関わる依頼か!」

「あ、それは無い。」

 

 

肩を落として出ていく材木座先輩。割と有意義な話しだったね。いつか材木座先輩作のライトノベルがでたら一巻ぐらいは買わせてもらうよ。

 

 

「どうだ、参考になったか?」

「まあまあだね。作家になるという言葉に嘘は感じなかったし執筆は彼の『中心になるもの』だと思うよ。」

「そうか。とりあえず由比ヶ浜達に戻ってくるようメールするわ。」

 

 

……八幡さん。土曜日の一回だけで私を名前呼びしてないね。お前とかこいつじゃなくて名前呼びにしてもらうよ。私だけ名前呼びは不平等じゃないかな。

 

 

「よっと送信。」

「ところで八幡さん。今日一度も八千代って私を呼んでないよね?こいつとかお前とかで」

「そ、そんなことないぞ」

「そう。じゃあ私を読んでみてよ。」

「…………八千代?」

 

 

君はなんでそんなに人の名前を呼ぶのを嫌がるかな。間が長いし疑問形だしさ。やっぱり君は失礼さんだね。

 

 

「もう一回」

「えー。八千代?」

「なんで疑問形なのかな?もう一回」

「くっ八千代」

「はい、最後は声量上げて」

「やち

「ヒッキーなにしてんの!?」

 

 

ありゃ、少し楽しくなってきたのになんで水差すかな。まあ、名前呼びも慣れたろうし後でもう一回やってお終いかな。

 

 

「比企谷君。今度は何をしたのかしら。」

「俺がいつも何かしてるみたいに言うな」

「ごめんなさい。あなたが無意識にやってるなら、あなたを責めても何にもならないわね」

「なんでお前は常に切れ味ゲージMAXなんだよ。」

 

 

やっぱり君は雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩といた方が楽しそうだね。まったく少し妬けちゃうよ。……なんてね。私が興味を示したのは彼の眼だ。彼自身ではない。いや八幡さんの優しさや在り方も美しいけどね。……実は私は心底君のことを気に入ってるのかな?

 

 

「えっと由比ヶ浜先輩は誰を紹介してくれるのかな?」

「ふふーん、あたし達が呼んだのは……ちゃんちゃらちゃらじゃん!」

「ばばーん!誰が呼んだか「総武校のブリュンヒルデ」平塚静だ!」

「あ、それ俺だ。」

 

 

謎のテンションで登場したのは平塚先生。それにしてもブリュンヒルデって……神話の人物だったかな?確か結婚しそうで出来なかった女性だったと思う。少しあやふやだね。

 

 

「そ、そうか比企谷!私は美しいワルキューレか!」

「いえそれはいってませんけど。ほらISの教師ぽくないすか?あっちも独身だし」

「比企谷、歯を食いしばりたまえ」

「え、ちょ、先生?」

「抹殺のラストブリッドォォォォォオオオオオオオオ!」

「ゴハァッ!」

 

 

スムーズな流れで八幡さんの殴りつける平塚先生。あれだね。さっきの材木座先輩も騒がしかったけど平塚先生も騒がしそうだね。まぁそれだけ面白い在り方とも捉えられるかな?あと雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も「またやってる……」という顔してるしこれも日常風景なんだろうね。濃い。

 

 

「さて、私になんのようだね?若葉。」

「雪ノ下先輩から聞いてませんか?人生相談です。」

「ほう、人生相談か。何でも聞いてくれたまえ。」

 

 

なら最初は材木座先輩と同じ質問するかな。面白い話が聞けるといいけど平塚先生は少し不安な面もあるからどうだろうね。結婚出来ないとかの話は聞かない様にするかな。

 

 

「では、まずは趣味と特技をお願いします。」

「趣味はドライブとツーリングだな。かっ飛ばすと気持ちいいしキャンプも楽しいから君達も機会があったらやって見るといい。」

「あー、先生、火点けるの超うまかったし。」

「なんとも色気がない趣味ね。」

「やめてやれ雪ノ下。本人も自覚してるだろ」

「き、君達は私に容赦ないな。」

 

 

奉仕部三人にボコボコにされる平塚先生。平塚先生は男性に生まれたらモテただろうね。今も女子のファンクラブがあるらしいし。男子からの評価は低くないけど、うん。恋愛面で見てる人は見たことないよ。

 

 

「平塚先生。特技の方も教えてください。」

「君に至ってはノーコメントか!?ふぅ、特技は格闘技だな。これでも強かったんだぞ。」

「先生、普通に強そうだし」

「そうね、そこらへんの男性よりは断然強いでしょうね」

「毎日のように殴られてれば誰でもわかりますよ」

「君達は私に恨みでもあるのかね?」

 

 

趣味はドライブ、ツーリング。特技は格闘技。平塚先生と結婚すれば男性の立つ瀬がなくなるね。これが平塚先生の結婚できない理由じゃないかな?主夫を目指してるいい人が見つかる事を祈るよ。……まだ、先生の『中心になるもの』は見えない。なんだろう。趣味はストレス発散系だし……まさか結婚かな?だとしたら切なすぎるよ。

 

 

「……平塚先生、幸せな新婚生活に向けてがんばってください。」

「ありがとう。そんなこといってくれるのはもう君だけだよ。」

「どういたしまして。次は結婚と教師の仕事、天秤に賭けるとどちらが重いですか?」

「切り替えが速いな。まあそうだな……結婚か仕事か……」

 

 

奉仕部の三人もじっと見守る。君達も流石に気になるよね。奉仕部の顧問で三人を見守ってきた人。いろんな感情があるだろうね。

 

 

「仕事だな。君達の様な問題児を放って仕事を辞めるなんてできんよ。」

「…………」

 

 

か、かっこいい。ファンクラブが設立するのも納得できるよ。そしてそれがそのまま結婚できない理由に繋がるのは悲しすぎるよ。とにかく平塚先生は生徒か仕事かな。正直参考にはならないと思うけど必要な話だったと思う。

 

 

「さて、鍵は私が預かるから君達はそろそろ帰りたまえ。」

「ありがとうございます。」

「ゆきのん、一緒に帰ろうよ!」

「ええ、わかったわ。だからそんなに引っ張らないで。」

「じゃあ私たちも帰ろうか八幡さん。」

「おう、じゃあな。」

 

 

…………まったく君は面倒な人だね。

 

 

「一緒に帰ろうと言ってるのがわからないかな?」

「いや、だって俺自転車だし。」

「この前みたいに押していけばいいよ。」

「えー、だって自転車で帰った方が速いじゃん。」

「早く帰ってどうする気かな?」

「そりゃ、ゲームしたりカマクラの相手したりだろ。」

「それは早く帰る理由にならないよ。なんなら可愛い八千代ちゃんの相手をお勧めするよ?」

「……誰に教わった?」

「もちろん、小町さんだよ。」

「何してんだあいつ。というかお前もなんでやるんだよ。」

「面白いと思ってね。」

「お前の笑いのセンスがわからねぇよ。」

「じゃあ、他にも八千代的にポイントたかーい、みたいなのも教えてもらったよ。」

「やめとけ、アホっぽく見えるぞ。」

「そっか、じゃあやめとこうかな。」

「そうしとけ」

「じゃあ次は

「だから

「あと

「そうじゃ

 

 

………

………………

………………………

………………………………

 

 

「結局家まで歩いちまった……」

「私のお誘いを受けてくれてうれしいよ。」

「お前が隙を与えない様に話しかけたせいだろ」

「さあね」

 

 

まあ八幡さんの言う通り、自転車に乗る暇を与えずに話しかけて家まで帰った。流石にお邪魔する気はないから今日はさよならだけどね。

 

 

「それじゃあまた明日ね。八幡さん。」

「じゃあな。八千代。」

 

 

結局、帰り道でも一回も言わなかったのにさらっと言ってサッと家に戻る。まったく言い逃げはズルイじゃないかな。もう。心臓に悪いよ、ふふ。

 

 

 

 

八千代の日記

 

今日は他の人の感情に触れた。それを持っている人は特に楽しそうだよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)の欲するもの・私の欲するもの

次から一話ずつになります


「今日は終わりにしましょうか。」

「そうだな」

 

 

今日も奉仕部に来て色々試行錯誤してみたけど私も雪ノ下先輩も納得いかないまま終わってしまったよ。昨日の今日で得られるものとは思ってないけどゴールが見えないと不安で焦ってしまうね。でも奉仕部の三人も何かを得ようとしているのが分かったのは収穫だね。

 

 

「私は鍵を返してくるわ」

「ゆきのんあたしも行くー」

「……あの二人は仲良しさんだね」

「ああ、実は俺は存在しないんじゃね?と思うぐらいには二人の世界にいるな」

「それは相当だね。」

 

 

どうでもいい話をしながら廊下を渡っていく。八幡さんも昨日の事で無駄を悟ってくれたみたいで私に歩幅を合わせて歩いていてくれている。今日は寄り道していこうかな。もちろん八幡さんを誘ってね。

 

 

「八幡さん。今日はちょっと私に付き合ってくれないかな?」

「嫌といったら見逃してくれんの?」

「いや?小町さんに許可取って連行だよ?」

「選択肢ないじゃねぇか。わかったよ」

「ありがとね。」

 

 

さて場所はどこにしようかな。お気に入りの喫茶店で問題ないかな。のんびり話すのには一番いいところだしそんなに遊び歩く方じゃないからレパートリーも少ないからね。あの席が空いてるといいけどな。

 

 

「で?どこいくの。」

「私のお気に入りの喫茶店だよ。マスターと親が知り合いだからサービスしてくれるしね。」

「あいよ、そんなに遠くないよな?」

「もちろん。」

 

 

遠かったらいくら知り合いでもそんなにいかないと思うね。おっと一つ気になることがあったよ。

 

 

「小町さんは総武校を受けるって言ってたけど君から見てどうかな?」

「不安だな。とくにケアレスミスが多い。」

「やっぱそこなんだね。実際にテスト形式でやってみたかな?」

「あー、時間決めて過去問やらすみたいなことか?」

「そうだよ。私も問題集でミスは多かったけど、その形式でやって見直しもできたからね。」

「じゃあ今度やらせてみるわ。」

「今度、私も勉強見に行こうかな。」

「あいつ、頭の出来はいいから後はミスさえを減らせれば充分だろ。」

「なら、問題ないね。おや、そろそろ着くよ」

 

 

相変わらず人気が無い店、それが親の知り合いの喫茶店。近くの喫茶店がテレビに取り上げられたから客がそっちに吸い込まれるといってたね。確かにその店は現在進行形で学生で賑わってるけど私のお気に入りはこっちだからね。

 

 

「いらっしゃいませー、て若葉のところの娘か。」

「こんにちは、マスター。奥の席使わせてもらっていいかな?」

「おう、好きにしろ。ん?おい、そいつはお前の彼氏か?」

「は、俺?」

「っ、いや近所の先輩だよ。」

 

 

ああ、マスター凄く楽しそうな顔してるよ。これは近いうちに親に知られるかもね。いや、知られて困ることは無いけど少し恥ずかしいかな?やっぱり私は八幡さんの事を……?いや、眼だよ。眼?でも私は……私は

 

 

「と、とにかく席に移動するよ。八幡さん。」

「お、おい」

「ご注文決まったら御呼びくださーい」

 

 

ニヤニヤした視線に見送られて席に移動する。はぁ、恋愛は分からないからあまり揺さぶらないでほしいね。たとえ私が八幡さんを好きになってもそれは、眼が欲しいのか、彼自身が欲しいのかもわからなくなっちゃうからね……

 

 

「おい、頼むから手を放してくれ」

「え、あ、う、ごめん」

「う、いや、謝んなくてもいいけどよ」

「………」

「………」

 

 

お互いに赤くなって顔を逸らす。レジの方から「青春してるねー」という声が聞こえる。それにしてもいつの間に手を掴んで……マスターから逃げる時だね。ああもう、マスターに振り回されてる気がするよ。とにかくいつまでも黙っていると本題に入れない。

 

 

「マスター、注文。」

「はいはーい。本日のおすすめはカップル限定のケーキでゴザイマース」

「もう……もう……やめて欲しいな。ブレンドで、君は?」

「それ二つで。」

「かしこまりましたー」

 

 

冷静に見ると今日のマスターは一段と浮かれているね。あれかな、いつも「お前、彼氏ぐらいできたか?」とか聞いてくるのは心配とかだったのかな。だとしたらこれはマスターのおせっかいってことだね。

 

 

「ふぅ、なんつうか濃いマスターだな。」

「いつもは気さくなマスターだけど今日は浮かれてるみたいでね。」

「いいことでもあったのかね?」

「さ、さあ」

 

 

それは私が男の人を連れてお店に来たからだよ。……なんて言えるわけないよ。とりあえずお互いに平常心を取り戻せたみたいで一安心だね。ここでまたマスターが余計なことしなければ大丈夫……

 

 

「ブレンドコーヒー二つとサービスのハート形クッキーで御座います。」

「あ、アリガトウゴザイマス」

「………」

 

マスター。君は、君は、本当におせっかいだね。はぁ、余計に疲れたよ。でもやっと本題に入れるよ。

 

 

「悪いね。こんな店に連れてきてしまって」

「お前のお気に入りだろうが、とにかく本題に入ろうぜ」

「そうだね。一つ質問。」

「なんだ?」

「君達、奉仕部は一体何を欲しがっているのかな?」

 

 

これが私が聞きたい事。君達の距離感は知り合いにも友達にも恋人とも家族とも違うものを感じる。それが何か私は知りたい。

 

 

「…………何のことだ?」

 

 

そんなので私を欺けると思っているのかな?そんないつもより低いトーンで言われても手ごたえしか感じないよ。

 

 

「とぼけても無駄だよ。私は君が思っているより君を見てる。」

「はっ、まるでストーカーみたいだな。」

「ふふ、否定はしないでおくよ。それで君達の欲するものはなにかな?」

「…………」

 

 

言おうか言わないかじっくり悩んでいる。恐らく奉仕部の三人しか知らないことなんだろうね。それが君の、八幡さんの『中心になるもの』なのかな?だとしたらぜひとも知りたい。それが私の『中心になるもの』の一番のヒントにもなるだろうから。

 

 

「俺が、俺たちが欲しがっているもの」

「…………」

 

 

コーヒーに口を付けてから八幡さんは言葉を紡ぎ始めた。その言葉を頭の奥まで染み渡らせる様にじっくり聞く。

 

 

「それは」

 

 

「何も言わなくても通じ合えて」

「…………」

 

 

「何もしなくても理解できる」

「…………」

 

 

「何があっても壊れない」

「…………」

 

 

 

「俺達はそんな『本物』が欲しい。」

「…………」

 

 

『本物』。それが君達の『中心になるもの』。それはこの世に存在するとは思えないような美しいもの、だろうね。それを手に入れる以前にそれに気づくのも難しいもの。君はそれが奉仕部ならあると思えた、ということかな。

 

 

「そっか。君達があそこまで信頼しあっているのは君達が本物に向かっている証拠だね。」

「八千代。お前は本物は存在すると思うか?」

「おかしなことを聞くね。君が存在すると思えた。ならそれは存在するということだよ。」

「論理のろの字もねぇな。」

「『本物』事態が論理的じゃないのに何言ってるのさ」

「それもそうだな」

 

 

思わずお互いに笑ってしまう。

 

 

「さて、冷める前に飲もとするか」

「そうだね。クッキーもご自由にどうぞ。」

「へぇ、あまり喫茶店にはこないがここのは旨いな」

「そういってくれると私もうれしいよ。」

 

 

「君はすぐ目を逸らすよね。」

「むしろずっと相手の目を見る方がムズイだろ。」

「そうかな。じゃあちょっと目を合わせてみてよ。」

「………」

「………」

「……ふふ」

「やめだ、やめ。こっぱずかしくてできるか。」

「もう一回やろうよ」

「絶対ヤダ」

 

 

「だからなんだというわけでもないが犬派?猫派?」

「そうだね……猫かな。犬も大型犬じゃなければ好きだけどね。」

「大型犬嫌いなのか?」

「大型犬じゃなくて大型が怖いかな。着ぐるみとか高身長の人とかね。」

「あーなるほど。」

「私の身長を見ながら納得するのはやめて欲しいね。」

「悪い」

 

 

「君の視力は?」

「眼が腐ってるからって目が悪いわけじゃないぞ。1,0だ。」

「へえ、少し意外だよ。」

「やっぱ眼が腐ってるからか?」

「さあね」

 

 

「お前の身長は?」

「……小町さんと同じぐらいじゃないかな」

「嘘吐け。確実に小町より小さいだろ。」

「うぅ、小町さんより二~三センチしたぐらいかな?」

「へぇ、予想通り過ぎてビックリだわ」

「失礼だね」

 

 

「お二人さん。ラヴラヴなのもいいけど、時間は大丈夫なのかい?」

「ラヴラヴって……つうか時間」

「は、八幡さん。私はそろそろ帰るよ。君は?」

「俺も帰るとするかな。」

「マスター、御会計」

「あいよー、はい、ピッタシいただきましたー。くっついたら教えてくれよー。」

「あんまりからかわんで下さい。」

 

 

御会計を済ませて外に出ると冷たい風が頬を撫でる。楽しい時間は一瞬だね。八幡さんとゆっくりお話しができてよかったよ。そして会話中に確信したことが一つある。それは私は眼だけではなく彼自身のことを好きだという事。言葉を交わす間に生まれた幸福感。間違いないよ。

 

 

「あー、本屋寄りたいから先に帰ってくれ」

「……わかった。じゃあまたね、八幡さん。」

「おう、じゃな」

 

 

八幡さんは私より『本物』つまり奉仕部の方が大事。当たり前だけど今、私が告白してもフラれちゃうだけ。ならまずは八幡さんに少しでも私の事を好きになってもらいたい。難しいことだと思うよ。そんなこと今まで考えてなかったからね。でも私は君が好き。君のモノになりたいし君を私のモノにしたい。今この瞬間からゲームスタートだね。

 

 

 

 

 

八千代の日記

 

(略)

私は八幡さんのことが好きだ。この感情を、気持ちを信じよう。

(略)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)攻略作戦 No1

 

作戦その壱。「とにかく攻めてみる。」私は初恋で今まで興味もなかった恋愛。そういう時どのような行動を取ればいいのかいまいち分からない。だから対応はいつも通りで一緒に居られる時間を増やそうと思う。気取って変な振る舞いする方が八幡さんは気に入らなそうだしね。というわけで

 

 

「失礼します。八幡先輩いますか?」

「…………」

 

 

二年F組を訪ねてみたけど帰ってきたのは無言。さっきまで皆でわいわいしてたのにどうしたのかな?まあ用があるのは八幡さんだからいいけどね。とにかくざっとクラスを見渡してみる。あそこにいるのは由比ヶ浜先輩だね、んぅ……八幡さんはいなそうだよ。とりあえず後で八幡さんのメールアドレスを貰わないと不便だね。

 

 

「ヒキタニくんなら平塚先生に呼ばれて職員室にいるよ」

「ありがとうございます。それでは失礼しました。」

 

 

全体的にキラキラした先輩に教えてもらった。八幡さんとは対極にいるような人だね。印象としては八幡さんを岩盤から取り出した原石だとすると彼はあらゆる部分をカッティングして美しく加工された宝石みたいだよ。とにかく宝石先輩として覚えておこうかな。さて職員室にいくよ

 

 

~~~

 

 

「失礼しましたー……ふぅ」

「おや、お腹を押さえてどうしたのかな?」

 

 

まあ予想はつくけどさ。あらかた一昨日みたいに変な事言って殴られたとかだよ、きっと。それにしても丸見えの地雷を踏む必要はないよね。いや、殴られるのが君の趣味というなら私は否定はしないよ。

 

 

「余計なことを言ってな……。なんだその生暖かい視線は」

「……それは置いといてお昼ご飯はもう済ませたかな?まだなら一緒に食べようよ」

「いや一人で食べるから」

「君用のお弁当も作ってきたよ。この子はもしかしてダストボックス行きかな?」

「…………」

「…………」

 

 

小首を傾げて八幡さんの返事を待つ。君はこういう誘い方が有効だとおもったよ。しばらくの間をおいて八幡さんはめんどくさそうな顔を隠しもせずに長くため息を吐いてから

 

 

「わーたよ、いくぞ」

「うん」

 

 

~~~

 

 

「ん、ここはいいところだね。春だったら寝ちゃいそうだよ。」

 

 

通されたのはテニスコートが見える場所。階段があるから座る場所には困らないし夏は日陰になってるから涼しい。つまり今は寒いということだよ。それでも屋上よりはいいけどね。

 

 

「特にテニスコートが見渡せるのは八幡的にポイント高いな。」

「昼に練習するとは部活熱心な生徒もいたもんだね。はい、これ君の分」

「ああ、まさにテニスコートに舞い降りた天使だな。あんがとよ」

 

 

白い髪・テニス。ああ思い出したよ、多分一年生の間で噂になってた王子様かな。あれ、王子様ということは男子なのかな?遠目で見て男の子には見えないけど……まあ私に深く関わることは無いだろうし何でもいいかな。……それでも会話の種として知ることも大切だよね。

 

 

「たしか王子様だってね。いただきます。」

「ああ、らしいな。いただきます」

「もしかして知り合いかな?」

「そうだな知り……友達?」

 

 

知り合いと言おうとしてやめ、友達とも断定できない立ち位置なのかな。……私は君にとってなにかな、後輩?ご近所さん?知り合い?依頼者?どれも私のなりたいものじゃない。わかってるよ今は程遠い事も、でも私は君のたった一つの椅子に座りたい。

 

 

「深くは追求しないよ。それよりお味はどうかな?」

「うまいぞ。辛口で評価すると「平凡」だがな」

「つまり普通止まりだね。」

「まあそうだな。後は一手間加えるとかだな。」

「例えば?」

「肉は筋を取っておくとか温度とかそんなん」

「ふむ、ありがとう。」

 

 

成程、それは参考になるね。今度そういう本でも買ってこようかな。そろそろ中級者ぐらい名乗ってもいいだろうし今の本は初心者向けだから少し上を目指そうかな。小町さんは毎日料理してると言ってたね、今度少しお話しを聞かせてもらおう。

 

 

「葉山隼人、三浦先輩、相模実行委員長、王子様、雪ノ下雪乃、ヒキタニ」

「なに?」

「一年生で名が知れ渡ってる人だよ。まさか君が入ってるとは思わなかったけどね」

「俺が王子様とは見る目があるな一年。」

 

 

そのジョークは寧ろ自分を傷つけるものだと思うよ。やっぱり君には自虐癖があるようだね、それとも痛みが快楽に変わる人?でも雪ノ下先輩には楽しそうに反論してるからそれは違うかな?

 

 

「私が聞きたいのは君はクラスメイトにはヒキタニと呼ばれてるのかな?」

「あークラスメイトとか由比ヶ浜と戸塚以外知らんし相手も知らんだろ」

「でも八幡先輩で伝わったよ?」

「……つうかお前俺のクラスにいったの?」

「うん、君をお昼に誘おうと思ってね。」

「何してんだお前……」

 

 

頭を抱える八幡さん。何かなクラスメイトに知られて困ることがあるのかな?実はクラスで付き合ってる人がいるとかね。まあ流石にそれは無いと思うけどさ。本当にいないよね?いたら略奪愛ということになるけど……。小町さんが何も言わないから大丈夫かな?

 

 

「問題でもあったかな?」

「このあとクラスに戻りにくいじゃねぇか」

「でも二人以外は君のこと知らないといったよね」

「それでも多少は注目されんだよ。」

 

 

むぅ、君は相変わらずめんどくさいね。

 

 

「むぅ、君は相変わらずめんどくさいね。」

「え、いきなり罵倒すんなよ」

「おっと悪かったね。そんな君も好きだよ」

「っヨイショもしなくていいから」

 

 

ヨイショとは失礼だね。私の正直な気持ちなのに、まあ流石にこれで気持ちが伝わるとは思ってはいないよ。さてそろそろ食べ終わるしこの話は流すかな

 

 

「さてごちそうさまでした。」

「ごちそうさま。」

 

 

手を合わせてごちそうさまをする。食材への礼儀は忘れない様に心がけてるよ。それに八幡さん、ちゃんとやるのは八千代的にポイント高いよ。

 

 

「ああ、忘れるところだった。メールアドレスとか交換しようよ。」

「……ほれ」

「…………ん、ありがとう。これで用事がある時は連絡できるよ」

「おう、えーと「若葉八千代」。シンプルな設定だな」

「分かりやすさが一番だよ。それともやっちーの方が好みだったかな?」

「シンプル・イズ・ベストだな、うん」

 

 

うん、私もそう思うよ。というかやっちーはちょっと……いや凄い嫌だ。ちらっと見えてけど多分由比ヶ浜先輩の登録名が凄かったね。なんというか……スパム?あと八幡さん。いくらなんでもスマートフォンを渡すのはどうかと思うよ。まあ、ちらっと電話帳見たけど許してね?

 

 

「うん、そろそろ私は教室に戻るよ、次は移動教室だしね。」

「はいよ、俺ももう少ししたら戻るとするわ」

 

 

そういって空をみてポケーとする八幡さん。これから毎日誘わせてもらうよ、覚悟しててね。料理はもう少し勉強、小町さんを通して好物のリサーチ。なんなら雪ノ下先輩に料理を教えてもらえるか頼んでみるのもいいかもね。

 

 

~~~

 

 

「こんにちわ、雪ノ下先輩」

「こんにちわ。」

 

 

時は放課後まで移り、今日も放課後で自分探しをしに来た。でももうこの依頼は意味をなさないかもね。私のこの恋心は本物、中心になるものだと思っている。なら下手に八幡さんの放課後を害さない方が良策かもしれない。ここには八幡さんが求める本物がある。なら私がそれを邪魔するわけにはいかないよ。

 

 

「雪ノ下先輩、この依頼は切り上げさせてもらうよ」

「……なぜかしら」

「私の欲しいモノが見つかったからね、これから先は私の足で歩いて行ける」

「わかったわ。……手に入るといいわね」

「ありがとう、じゃあ私は帰るよ、二人によろしく言っといてね」

「ええ」

 

 

そう、まだ見つかっただけだ。でもゴールさえ見つかればその方向に進めばたどり着ける。奉仕部はあくまで手助け、なら後は自分で進むのが道理だろう。短い間だったけど楽しかったよ。次行くときは確かな宣戦布告の時だね。

 

 

~~~

 

 

「やあ、小町さん。約束通り家庭教師しに来たよ。」

「ありがとうございます!いやー兄だと理系がダメダメなもんで」

 

 

一度家に帰って適当な資料をもって小町さんの家に勉強を見に来た。自慢ではないけどテストでは毎回トップテンに入るよを。とにかく中学校の勉強なら教えられるし改めて勉強の見直しもできるからお互いに利益が、というのは建前で八幡さんにおかえりでも行ってみようと思ってね。

 

 

「紅茶とコーヒーどちらにします?」

「コーヒーをお願い。」

「かしこまちー」

 

 

サービスだと言わんばかりに近づいてきたカマクラさんを撫でながら小町さんを待つ。やっぱ小動物はかわいいね。私も小さいから小動物みたいって言われたことはあるけど他の人に可愛げが無いとも言われたし。やっぱ犬や猫は偉大だね。

 

 

「はい、おまたせしましたー」

「ありがとね、さて何からやろうかな。」

「そうですね~文系は兄でどうにでもなるので理系をお願いします。」

「わかったよ。じゃあなんでも質問してね。私も指摘するし」

「はーい」

 

 

黙々と勉強を始める小町さん。成程、兄に似て頭の出来はいいようだね……いや小町さんの努力の成果というべきだね。しかしピョンとたった髪はなんだろう、八幡さんにもあるけどいつも立ってる。しかも小町さんが少し詰まると髪が電波をキャッチするアンテナの如くくるくる回り始める。……本当に何だろう。

 

 

「八千代さん、採点お願いします。」

「…………うん。四つ間違ってるからもう一回。あとこれ借りるよ。」

「はい!」

 

 

やりながら詰まっていた問題と間違えた問題に似たものを問題集から三問づつ別の用紙に書き写す。一応ミスがないか確認。うん、次はこれをやらそうかな。

 

 

「どうぞ」

「うんよくできました。じゃあ手書きで悪いけどこれを解いてみて」

「わっかりましたー」

 

 

うん、これなら一度過去問をやらしてみようかな。時間を計ってしっかり見直しもさせて。これでいい点数が獲れたら次は他の科目をやらしてもいいしね。

 

 

「八千代さん」

「うん、うんOKだよお疲れ様。次は一休みしてから一度テストするよ。」

「じゃあじゃあ?小町は八千代さんとお兄ちゃんの進展を聞きたいのです!」

 

 

いきなり切り込んでくるね。でも私はもう、うろたえることは無いよ。なんたって自分の気持ちを認めたからね。

 

 

「そうだね、私は八幡さんのことが好きだよ。」

「おお!いきなりストレート!これは熱い!」

「おっともちろんLOVEだよ。」

「更に連続攻撃!?」

「そうだ改めて言うよ。君は可愛いね是非私の妹にならないかな?」

「複数攻撃だった!?」

 

 

元気だね。こっちも元気になりそうだよ。前なら冗談として言う言葉だけど今は冗談じゃない本気でそう思ってるよ。君達兄妹は見てて楽しいから是非二人纏めて欲しいな。

 

 

「お兄ちゃんだけでなく小町まで狙われてるとは。八千代……恐ろしい子!」

「さてこれ以上聞きたかったらいい点数とってもらうよ」

「え」

「はい、かたづけて。シャーペン二本と消しゴムだけ出す」

「あ、アイアイサー」

 

 

~~~

 

 

「ほぉ、おめでとう高得点だよ。」

「それでは続きをお願いします!」

「そうだね、何を聞きたい?」

 

 

うーんと髪をクルクル回す小町さん。つ、掴んでみたいな。八幡さんに今度触らせてもらおうかな、でも眼もじっくり見たいし……そうだ、小町さんに触らせてもらおうかな。髪質は女の子の小町さんの方がいいだろうしね。

 

 

「そうだ!小町も改めて、八千代さんはお兄ちゃんのどこが好きなんですか?」

「うん、今はあの優しさも眼も考え方も好きだよ。」

「べた惚れだ……。これは最早、最高峰の嫁候補なのでは……」

「ふふ、お嫁さんとは随分と気が早いね。」

 

 

お、お嫁さんか……私が好きなだけじゃ恋人にすらなれないのに結婚は遠過ぎるよ。八幡さんに好意を向けてる人は決して少なくはないと思う。私より可愛い女の子だっているだろうし雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩のように同じものを求める立場いる二人もいる。私がいくらがんばっても最終的には……

 

 

「───さん!八千代さん!」

「ん、なにかな?」

「顔が真っ青ですよ?体調が悪いようなら少し休んだ方が……」

「ああ、ありがとう。……少しソファ借りるよ」

「倒れる前に少し水飲んでください!」

「うん……」

 

 

一口だけ水を飲んでからふらふらとソファに移動し倒れこむ。なんでかな、さっきまで何にもなかったのに……。くっ気分がわるい。すこしねむらせてもらおうかな……めいわくかけるね……こまちさん……

 

 

~~~

 

 

「…………ん……」

 

 

意識が浮上する。まだ気分が悪い、とにかく時間を確認しないと……あれ?ソファじゃない。誰かのベッド……八幡さんの部屋かな?大きな本棚もあるし多分あってる。あと八幡さんもいるし……間違いなさそうだね

 

 

「ん、起きたか。」

「……おはよう、悪いけど今日は帰らせてもらうよ」

「起き上んなバカ。小町がお前の家に連絡したから寝とけ」

「……でもすぐそこだし……」

「あーあーもう決定事項だ大人しく従え」

 

 

言葉は少し乱暴だけど確かな優しさを感じる。ほんと、こんなに優しいから君のことを好きになっちゃうんだよ?もう……この暖かさは心地いい、ずっと包まれていたいよ。

 

 

「……わかった。でも少し話相手になってもらえないかな?」

「あいよ、今小町が飯作ってるからそれまではな。」

「うん、じゃあ何で私はベッドで寝てるのかな?」

 

 

これだけは聞きたい。どうせ君は仕方なくとかいうだろうけど私の心拍数は上昇中だよ、鼓動がうるさい。顔も赤くなってるだろうね。

 

 

「小町が自分のベッドで寝たいというから仕方なくだ。悪いが我慢してくれ」

「大丈夫だよ。……風邪でもひいたかな」

「いや、疲労とかだと思うぞ。お前昨日何時間寝た?」

「…………三時間ぐらい?」

「寝不足もだな」

 

 

し、仕方ないじゃないか自分の気持ちを整理するために日記を書いていたら三時を回っていたんだから。おかげでいつも一行二行書く予定の日記が結構なページ数進んじゃったし……

 

 

「お前それしか寝ずに弁当作って学校いって授業受けて小町に勉強教えてたのかよ」

「うっ、……ごめんなさい」

「反省したならよろしい」

 

 

気付かぬうちに焦ってたのかな。確かに色々やりすぎたかも知れないね。そういえば今日で君に出会ってからちょうど一週間だったかな。密度が高い時間を過ごしたツケが回って来た、ということだね。

 

 

「お兄ちゃん開けてー」

「あいよー」

「おはよう、小町さん」

「八千代さん、湯加減いかが?」

「それをいうなら御加減だろ、風呂かよ」

 

 

入った瞬間ボケる小町さん、全く君達を見てると癒されるよ。

 

 

「まだダルイかな。」

「ご飯は食べれそうですね、じゃーん小町粥でーす!」

「これ食ったらちゃんと寝ろよ。」

「わかったよ。いただきます。」

 

 

………

………………

………………………

………………………………

 

八千代日記

 

 

(未記入)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)攻略作戦 No2

 

二日飛ばして今日は土曜日。今日の用事はなんと八幡さんとのデートだよ。まあどうせ八幡さんは荷物持ちぐらいにしか思ってないだろうけどね。服は……気負うより楽な感じでいいかな。全く、着たい服があっても身長的に問題が多いのは面倒だよ。ジーパン履いた時は背伸びした子供みたいとか言われたしね。なので今日は上は紺のパーカーに黒のダウンコートを羽織り下はデニムの短パンにハイソックス。さて準備も済んだし王子様の向かいにでも行こうかな。

 

 

「八千代ー、お客さんよー」

「どなたで……八幡さん?」

「おはようさん」

 

 

……まさか君が迎いに来てくれるとはね、こういう細かなとこに気が回るのは八千代的にポイント高いよ。もう、中々嬉しいサプライズだね。

 

 

「おはよう、一応聞いとくけど行きたいところあるかな?」

「あー、昨日シャーペンが大破したから買うぐらいだな。」

「大破って……、まあとにかく駅の方行くよ。」

「りょーかい」

 

 

後ろではお母さんが「ややややややや八千代に彼氏がぁ!?」って大げさに驚いてるけど一先ず無視しよう。……帰ってきてから騒がしくなりそうだね、この調子じゃきっとお父さんの耳にも入るだろうね。

 

 

「で、どこ行く?帰る?」

「おや、女の子を家に誘うとは大胆だね。」

「ちげぇ解散という意味だ。つーかよく家に来てるだろうが」

「まあサヨナラはしないよ。今日はボーリングしに行こうと思ってね」

「ああ、リア充御用達の遊びか。」

 

 

随分と偏見に塗れてるね。確かに友人と行くケースが目立つけど割と一人で遊ぶ人もいるんだよ?ただひたすら試行錯誤しながら投げるのも楽しいしね。あと八幡さん自分から行くより誘われたいものだよ、女の子としてはね。

 

 

「八幡さんはボーリング体験あるかな?」

「まあな」

「スコアは覚えてる?」

「零だ。」

「え」

「そう、あれは小学四年生の時だった。」

 

 

唐突に語りだす八幡さん。小町さんが言ってた黒歴史暴露というやつかな。

 

 

「俺はクラスメイトに誘われてボーリングに行ったんだ。もちろんクラス全員参加のやつな?それで俺も皆と遊ぼうと思っていたんだがな……」

「もちろんって……」

「それは気にすんな。まあ行ったんだ。そこで俺がしたことはボールをひたすら磨いて機械を操作して飲み物を買いに走って結果的に一回もボールを投げずに終わったんだ。」

 

 

わぁ、衝撃的なものを聞いてしまったよ、というかそれ完璧にパシリだよ。やっぱりその眼は悪意で作られたものなんだね。最近は君ばかり見てたから眼の方に気が回らなかったよ。

 

 

「……八幡さん」

「なんだ?同情はいらんぞ?」

「それはボーリング経験無いということでいいのかな?」

「アッハイ」

「わかったよ」

 

 

ボーリング経験は結局ないのか。なら最初は合うボール探しからだね。八幡さんは別段筋肉質でも高身長でもないから真ん中あたりから試してみようかな。

 

 

「お前ってマイペースだよな。B型なの?」

「正解だよ。血液型診断も馬鹿にできないね。」

「どうせ誰にも当てはまるような事を言えばいいだろうけどな」

「バーナム効果だったかな。」

「それだな」

 

 

どうせ他の血液型診断やっても半分以上当てはまるだろうしね。占いとはよくいったものだよ。でもさっき言ったように割と馬鹿にできないものだよ?

 

 

「君はA型かな?」

「小町か?」

「いいや、私の観察眼だよ。君に渡したお弁当はちゃんと縛り直してくれるしレジャーシートを畳むの手伝ってもらったこともあったね。綺麗に畳まれてたよ。それに君は他人に気を遣うしね。」

「わぁ、ストーカー?」

「む、そうだと言ったら?」

「追放する。」

「わ、わ、まって冗談だよ」

 

 

通報も困るけど追放だともう会えなくて少し……寂しいかな。君も冗談だろうけどね。とにかくA型みたいだね。だから何だというわけじゃないけどさ。

 

 

~~~

 

 

ガコォンカコォンと大きな音と友人同士で喜びを分かちあう人達や真剣に投げ続ける人が混ざり合うボーリング場。ダウンを脱いで少しでも動きやすい格好になる。八幡さんはキョロキョロと周りを探る様にあたりを見渡してる。

 

 

「どうしたのかな?」

「ん、いや元同級生とかいたら気まずいだろ」

「その時は私が君を守るよ。」

「なにそれかっけぇ」

 

 

そのためなら長らく使ってこなかった武道の技を使う覚悟もあるよ。ま、その時が来ないのが一番いいけどね。

 

 

「じゃあ早速遊ぼうか、最初のゲームはとにかく感覚を覚えるぐらいの気持ちでね」

「へーい」

 

 

~~~

 

 

「げ、分れちまった。」

「こういう時は上手く出来れば両方倒すか安全策で片方倒すかだね。いける?」

「ま、安全策で行ってみるわ」

 

 

すっとボールを投げる八幡さん。ボールはレーンを滑って行き……真ん中を通り抜けた。ありゃこれは残念だね。それにしても運動神経というかセンスがあるというかすぐ上手くなるね。偶に遊びにこなきゃ簡単に負けちゃったよ。私も勝ちにこだわるわけじゃないけどストレート負けだけは嫌だね。

 

 

「Oh、やっちまった。」

「ふふ、失敗を繰り返して遊ぶのも中々楽しいよ」

「それは分からなくもないがな。」

「じゃ私の番だね。」

 

 

じっと狙いをつける、私は偶に遊びに来る程度の素人だからテクニックの様なものは特にない。それでもしっかり狙いを付けて投げれば

 

 

「右半分が綺麗に残ったな」

「狙い通りだよ。」

 

 

二回目もしっかりと狙いを付けて

 

 

「よし、スペアってね」

「へぇ、上手いもんだな。」

「今度から君も誘おうかな?」

「あー、都合が合えばな。」

 

 

そこまで乗り気じゃないみたいだね。でも一応行くときは声を掛けておくかな。月一で行くかどうかだから本当に稀にだけどね。

 

 

「そろそろいい時間だな。混む前に飯食いに移動しようぜ。」

「いいね。じゃあボールお願いしていいかな?他のはやっとくから入口で待ち合わせ」

「あいよ」

 

 

~~~

 

 

「ヒキタニさーん!お席御案内しまーす」

「態々俺の名字で受付したのかよ」

「不快だったかな?」

「いや、そんな小さくねぇから」

 

 

場所クルリと変わってサイゼリアへ、八幡さんの希望だよ。君は何でそんなにサイゼリアが好きなのかな、洋風の料理が好きなのかな?なら今度作って見るから食べてもらうよ

 

 

「うし何食うか、ドリアとピザとパスタだな。」

「そ、即決だね。」

「まあな、総武高校で一番サイゼリアの事を知り尽くしてる男と自負してる。」

「訳分からない項目でギネス登録される人みたいだね。私はこのパスタにしようかな」

 

 

水を運んできた店員さんに注文する。やっぱ男の子なんだなぁ私とは食べる量が全然違うよ。もう少しお弁当の量を増やしてみようかな、でも午後に体育あったら辛いだろうし……、今聞こうかな。

 

 

「八幡さん」

「なに?」

「今度お弁当作ろうと思うけど量が少ないとか多いとかあったかな?」

「丁度いい。あと腹の隙位なんて一々気にしてたらまた倒れるぞ。」

「ん、そっか。また倒れるようなことはしないよ。」

「ならいい。」

 

 

心配かけさせてるみたいだね。心配してくれるのは嬉しいけど小町さんの延長線上という感じだよ。私も妹みたいなものなのかな。彼が妹思いなのは知ってるけどそれは血の繋がりがある小町さんにだけだろうね。

 

 

「あの八千代さん?そんなにジロジロ見られると居づらいんですが」

「あ、ああごめん。ちょっと考え事しててね。……君の髪はセットしてるのかなって」

「気付いたら立ってんだよな。押さえつけても濡らしても、ワックスはいけたけど」

「ふぅん。小町さんの勉強見てた時詰まるとクルクル、分かるとピンッとしたけど、」

「気のせいだろ」

「え」

「気のせいだろ」

「う、うん」

 

 

今まで一番冷たい何かを感じたよ。

 

 

「お待たせしました。こちらドリア、ピザ、パスタ二点にです。以上でよろしいですか?」

「はいどうも。さて食おうぜ。」

「う、うん。いただきます」

 

 

何か納得いかない、全部激流で流されていくような

 

 

~~~

 

 

「おい大丈夫か?ボンヤリしてるぞ。」

「……いや大丈夫。何の話してたっけ?」

「買うシャーペン決めたから会計してくる」

「うん、いってらっしゃい」

 

 

頭が少しボンヤリする。ちゃんと体調整えてきたのにおかしいな。ここは文房具屋みたいだね。確か昼食を食べにサイゼリアに行って?行ってからの記憶もほとんどない。なんだろう。少し怖くなってきたよ。

 

 

「うっし、またせたな。これからどうする?帰る?」

「そうだね。少しブラブラと歩いてから帰ろうよ。」

「おおう、帰るが受け入れられるとは思わなんだ。」

「私も少し疲れちゃったからね」

 

 

お店が並んでる通りをブラブラ。ペットショップの前を通るとあらゆる動物がゲージの隅に移動して傷ついたり、八幡さんが駄菓子屋から出てきた子供にゾンビと言われて傷ついて、短いお散歩もそろそろお終い。奥に駅が見える。ん?八幡さんの体が一瞬硬直した?

 

 

「あれーヒキタニじゃん。ちょー久しぶりじゃん」

「…………」

「おーい無視とか酷いじゃん?つーかその子誰?紹介してよ」

 

 

多分、八幡さんの元同級生。成程八幡さんの事を完璧に下に見てるね。元同級生の友人らしき人も寄ってくる。計三人。

 

 

「うわ、まじでヒキタニじゃん」

「こんな可愛い子と何してんだよ。」

「こいつ確か折本にフラれてんだろ。しかもナル谷だし」

「そーそー、後のオタ谷だしな」

「こんなのと一緒にいないで俺たちと遊ぼうぜ。こんな奴と一緒にいるより楽しいぜ?」

 

 

好き勝手ほざいてくれるね。八幡さんもどこ吹く風だし勝手に増長を続ける愚か者達が、腹立つよ。君達も……八幡さんも

 

 

「三秒以内に消えてくれないかな?私は八幡さん程優しくないよ?」

「は?」

「待て八千代」

「黙ってくれないかな?八幡さん」

「お前さぁ、ちょっと煽ててやったからって調子のってんじゃねぇよ。」

 

 

今更なんで止めようと思うのさ、八幡さん。私は好きな人を馬鹿にされて怒らないような下種じゃないよ。例えこの行為が正しくないとしても私は約束を守る。それにデートを邪魔した罪は重いよ。

 

 

「こんないい天気の休日に男三人で騒いでるお猿さんに煽てられても寒気しかしないよ」

「てめっ……!」

 

 

近づいてきた一人の懐に潜り込み相手の腕と腰を掴み、一気に投げる。体格の差があっても投げやすい柔道の技、背負い投げ。護身用に覚えたけど使いたくはなかったよ

 

 

「がっ!」

「黙っててね」

 

 

反射的に受け身をとって後頭部ぶつけずに済んだようだけど衝撃まで消すことはできないよね、そんな中途半端な受け身でコンクリートの上だから伝わる衝撃は馬鹿に出来ない。でも私は優しくない。倒れた元同級生の顎を次はもっと強く蹴る、の意を込めて軽く蹴る。

 

 

「う……ぐ……」

「さてもう一度だけいうよ。三秒以内に消えてくれないかな?」

「は、はいぃ!!」

 

 

スタコラサッサーと消えるお猿さんたち。ゴミぐらいは片付けて貰いたいものだよ。どこまでもお粗末な連中だね。

 

 

「八幡さん、怪我は無いかな?イタッ」

「怪我は無いかな、じゃないだろうが!お前が怪我したらどうすんだよ!?」

「でも私は八幡さんを馬鹿にされるのが……」

「でもじゃない。お前の気持ちは嬉しいが大事にそれも喧嘩にするな。いいな」

「…………」

「今日は帰るぞ。あとデコピンしてすまんかった」

「うん……」

 

 

~~~

 

 

その後、八幡さんの家に連行された。何でこんな時に限ってこんなに強引なのさ。でも今は話したくないよ。八幡さんは気持ちを察してくれたのか体育座で拒絶の態勢の私に毛布を被せて他の部屋に移動したみたいだね。……私は八幡さんが馬鹿にされるのが嫌だっただけなのに。八幡さんを守りたかったのに。八幡さんに叱られちゃったな。嫌われちゃうかな……

 

 

 

別室

 

 

 

「それでごみいちゃん何があったの?部屋に軟禁なんて小町的にポイント低いよ?」

「叱っただけだ。家に連れてきたのは下手に親が関わるより小町の方がいいと思ったから」

「とりあえず詳しく何があって何を叱ったの?」

 

「かくかくしかじか」

「まるまるうまうま」

 

「それはお兄ちゃんが正しいけど悪いね。」

「だろうなぁ」

「こうなったら『アレ』しかないよお兄ちゃん!」

「『アレ』は小町だからやったんだろうが」

「今は小町を口説かない!いいからGO!」

 

 

~~~

 

 

「……ん」

 

 

うつらうつらしてたら体育座を解かされて暖かいものに包まれた。何だろう、すっぽり体を包み込めるものでトクン、トクンと心音に似た音が背中から伝わってくる。落ち着く……

 

 

「八千代、そのまま聞け」

「……うん」

 

 

八幡さんの声が聞こえる。いや伝わるかな?声の振動が体に伝わってくる。少しくすぐったいよ。でも心地良い……

 

 

「まずあの時に大声で叱ったのを謝る。すまん」

「……うん」

 

 

まどろみの中にいるような心地良さに声を出すのも煩わしい。でも私も謝らなくちゃ、あの時私が平和的解決をしなかったのは悪いことだからね……

 

 

「ただやり方が少し良くなかっただけだ。お前は正しいことをした。」

「……うん」

 

 

やり方が良くなかっただけ……。私は正しいことをした……。よかった……君を守りたいという気持ちにまちがいはなかったんだね。後はやり方を変えることさえ出来ればいい

 

 

「お前の気持ちは嬉しい。ありがとな」

「……うん……うん」

 

 

やり方が良くなかっただけ。大丈夫、もう同じ過ちは絶対にしないよ……。だから、だから

 

 

「八幡さんは……」

「うん?」

「私のことを嫌いになってないかな?」

「大丈夫だ。嫌いじゃないからな。」

「そっか……」

 

 

よかった……君にはきらわれたくなかったからね……

 

 

「さあ、一休みしたら今日は帰りな?」

「……いや……まだはちまんさんといっしょに……くぅ……」

 

 

 

………

………………

………………………

………………………………

 

 

「はぁ、いつか俺に襲われちまうぞ……」

 

 

 

 

八千代の日記

 

 

気が付いたら自分の部屋で寝ていた。あれは現実だったのかな?夢だったのかな?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)攻略作戦 No3 壱

少し長くなりそうなので二話以上に分けます


 

 

「やっほう。遊びにきたよ、八幡さん。」

 

 

次の日。「朝からうちで遊びましょう、八千代さん!」というメールが小町さんから届いてたので遠慮なくお邪魔する。昨日起きてから頭は澄み渡っていてとても気分がいいよ。やっぱあれは現実だったのかな、だとすると八幡さんに後ろから抱きしめれていた、ということかな?

 

 

「お前は番外個体か」

「それはなにかな?」

「気にすんな。ほれ上がれ」

「うん、お邪魔します」

 

 

なにか違和感を感じるよ?なにかな……雰囲気が前より柔らかいかな?小町さんへ向けてるのと似た暖かさ、というところだね。うぅん、距離が近づくのは嬉しいけど私は一人の女の子として見て欲しいかな

 

 

「どした?変な顔して」

「君の方が変な顔だよ?いや眠そうな顔だよ」

「そうだな。だが日曜日はスーパーヒーロータイムにプリキュアがあるからな、寝れん」

 

 

ふぅん、あまり馴染みがない趣味だね。これを機に少し触れてみるのもありかも知れないよ。

 

 

「おはようございますぅ、八千代さん」

「おはよう小町さん。昨日も迷惑かけてすまないね」

「いえいえ!嫁候補の八千代さんなら迷惑かけられても応援しますよ!」

「ありがとう、君も好きだよ小町さん」

「ふぇ」

 

 

可愛い声をだした小町さんを無視して八幡さんの隣に座る。それでも八幡さんは熱心にテレビを見ている。むう八幡さんの邪魔はしたくないけど少しつまらないね。

 

 

「近い」

「そうだね、明日はきっと晴だよ」

「強引すぎだろ……」

 

 

距離をズイッと詰めると案の定文句を言ってきたのでとぼけると、とにかくテレビに集中することにしたのか頬を染めたままテレビに向き直る。うん、妹に近い見方もあるけど異性として意識してくれてるみたいだね。だとしたら私の頑張りも無駄ではなかったみたいだよ。

 

 

「ん」

「っ!」

 

 

肩に頭を置くとピクッと反応する八幡さん。そのまま頭をすりすりと擦り付けるとまたピクピクと反応する。どうしよう、凄く楽しいよこれ。……いや凄く恥ずかしいことしたかもしれないね

 

 

「わぁお、八千代さんすっごい甘えてる」

「ち、違うよ、これは楽しくて、つい」

「楽しかったんですね」

「まって、楽しいというのは」

「みなまで言わなくてもいいですよ、小町わかってますから」

 

 

何がわかっているのさ。それに本当に甘えてるわけじゃないよ、それに八幡さんの反応が楽しかっただけで、……どっちにしろ八幡さんのこと大好きと言ってるよこれ

 

 

「さて、飯食うかな」

「ご飯よりテレビに張り付くんだね」

「当たり前だろ」

「それは一般的に当たり前じゃないよお兄ちゃん」

「うっせ」

 

 

ご飯か、こんなことなら家で食べてこなければよかったよ。とりあえず八幡さんの食事中はカマクラさんと遊んでいようかな。あの子も私に慣れてきてくれたみたいだし、最初に比べてだいぶ撫でさせてくれるようになったよ。

 

 

「じゃあおいで、カマクラさん」

「にゃー」

「よしよし、触らせてくれるのは君ぐらいだよ。」

「にゃあ」

「ん?ああ、頭の方がお気に入りだったね」

「ふんす」

「ふふ、ありがたきしあわせってね」

「なぁー」

「八幡さんが食事中だから動き回るような遊びはダメだよ?」

「ふー」

 

 

「あいつ、カマクラと喋ってるの?」

「なんとなくカーくんが喋ってる内容がわかるね」

 

 

「そうだ、抱っこしてみたいけどいいかな?」

「……にゃん」

「嫌なら断ってもいいよ?」

「にゃー」

「そっか、ありがとね。よいしょ」

「なぁう」

「おっと、こうかな?うんありがとね」

「ふんす」

 

 

「あいつ絶対、ネコ語理解してるだろ」

「八千代さんにまさかの不思議ちゃん属性!?」

 

 

「あまりジロジロ見るものじゃないよ?」

「自分が結構おかしい事してるのに気づけ」

「雪乃さんが血涙流しそうなほど親しげでしたよ」

「へ?」

 

 

私なにかおかしい事したかな?それに雪ノ下先輩が血涙?私がカマクラさんと戯れてる間にどんな話をしたのかな?まあ今日はカマクラさんも乗り気だったのかいっぱい触らせてくれてよかったよ。

 

 

「あ、忘れるところでした。八千代さんこの写真受け取ってください」

「写真?えーと、あれ?」

 

 

小町さんから送られてきた写真は八幡さんの足の間に座ってもたれ掛ってる私と苦しくない態勢にしない様に手を回してる八幡さん。……あ、あれはやっぱり夢じゃなくて現実だった、というかとだね……。うう、半分夢の世界に入っていて損したよ。いや起きてても恥ずかしくてきついけどね

 

 

「……八幡さん」

「お、おう何だ?」

「あれ、現実だったの?」

「……まあそうだな」

 

 

うーん勿体無いことしたよ。意地でも起きてれば、いや過去ばかり睨んでも意味ないしこれはやめようかな。それに彼がそんなスキルを持ってるのは小町さんのおかげだろうつまり私の事を妹扱いしてる、薄々気づいていたけど出来れば認めたくないかな。

 

 

「じゃあまず」

「通報はしないでください」

「そんな事しないよ」

 

 

机にぶつかるほど頭を下げないでほしいな。……あれかな、奉仕部に行ったとき楽しそうにいたぶっていたしこれは雪ノ下先輩の成果ということかな。

 

 

「さて気を取り直して、昨日は悪かったね」

「それはもうすんだろ」

「うん、で本題に入るよ。次からソレは最終手段にして君を守るよ」

「俺が守られることは前提なんだな」

 

 

まあね。

 

 

~~~

 

 

「……それ、面白いか?」

「ううん、残念ながらね」

 

 

私が今読んでいるのは「作、材木座義輝」と書かれた紙の束。きっと材木座先輩の書いたものかな、と思って読んでみたけど……

 

 

「これはいつのかな?」

「春ぐらいだったな」

「そっかよかったよ」

 

 

ならこれ以上紙束に用はない、まるで一々辞書引きながら読んでいる気分だったよ。でもまあこれが春のものなら、そろそろ季節が一周しそうだしどれ程の文が書けるか楽しみだね。

 

 

「進展してるかな?」

「まあな、雪ノ下が一から文法を叩き込んだからそこらの素人よりマシなものが書けるだろ」

「君達も頑張ってるみたいだね」

 

 

この文章からみたら凄く上達したと思える言葉。ふむ、雪ノ下先輩が先生になれば趣味から勉強、音楽込で何でも成績上がりそうだよ。いつか私も依頼してみようかな、料理とかね

 

 

「つうかお前こういうオタク文化に抵抗ねぇんだな」

「触れる機会が無いだけだからね。それに私も相当奇抜な趣味、というのもあるよ」

「あー、あの眼が気に入ったというやつ?」

「うん」

 

 

最近は君自身にかまけていたから今日は君の眼に集中しようかな。君のその腐った眼をじっくりと堪能させてもらうよ。便利なカードも手に入ったしね

 

 

「八幡さん」

「…………何?」

「そんな逃げようとしないでよ」

「いやお前何かよからぬこと考えたろ」

「はてなんのことやら」

 

 

何か察したのか私の言葉に警戒する八幡さん。失礼だね君への思いの一辺を警戒するなんて。

 

 

「君の眼、見せて欲しいな」

「なにその忘れてたキャラづけみたいなお願い」

「……それでいいかな?」

「いいと言う訳ねえだろ」

「と、言うと思ったよ」

 

 

でも私は便利なカードを手に入れたんだよ。事実で衝撃的なカードがね

 

 

「ところで八幡さん。うっかりこの写真を親に送っちゃいそうだけど、どうする?」

「おまっ……!!」

 

 

そういって見せるのはメールの先程小町さんから貰った写真を添付、それの送信確認画面。実際送るのは私のサブアドレスだけど、君と遊ぶには十分なカードと見たよ。さあ私の勝ちだよね八幡さん?

 

 

「ぐぐ、わか……。いや好きにしろ」

「……そう、ならお望み通り送ってあげるよ。」

 

 

スマートフォンをスッと操作し承認を押そうとする。止めてみなよ、負けを認めなよ、……虚勢じゃないみたいだね、何かへまをしたかな?でも送信を押す。

 

 

ピロン

 

 

「俺の勝ち、だろ?」

「…………そうだね。理由を聞いてもいいかな?」

 

 

行けると思ったのに残念だよ。親に送ると言えば血眼になって止めると思ったのにさ

 

 

「まず、「好きにしろ」は揺さぶりだったんだよ。それでお前は一瞬戸惑った。」

「……それで?」

「ここで負けを認めてくれたら一番だったが、お前は止める時間を与える様に操作した」

「そこで気づいた、ということだね」

「その通り。ついでに言えば年頃の娘は親の介入を嫌う、ソースは小町」

「そっか……」

 

 

じゃあ

 

 

「命令、以下三つの指令を一つ以上こなせ。ペナルティはこの写真を奉仕部に配る。」

「随分マジな眼してるなおい……。まあ言ってみろ」

「一、添い寝。」

「は?」

「二、眼を見せる」

「はい」

「三、膝枕」

「…………」

 

 

「何考えてるのこいつ?」と言わんばかりの眼でこっちを見つめてきた後、退く気が無いのを察したのか熟考を始める八幡さん。とにかく添い寝はないだろうから眼か膝枕。八幡さんは視線を好まないので多分膝枕になるだろうね。でもまあ膝からなら顔も見やすいから同じだけど

 

 

「…………ほれ」

「うん、し、失礼します」

 

 

自分の膝をぽんぽん叩いて承認の意思を示す八幡さん。い、今更だけど少し緊張するね。これで八幡さんが添い寝を選んでいたら多分緊張で爆発してたよ

 

 

「ん」

「っ」

 

 

頭を置くとピクッと反応する八幡さんは置いといて、膝枕は割といいものだね。八幡さんは別段筋肉質じゃないから堅い訳じゃないしだからといって柔らかすぎる訳でもない。要するにとても丁度良い。次は私が八幡さんにやってみようかな。

 

 

「……私は好きに転がってるから君も好きな事してなよ」

「じゃあそこのコントローラー取ってくれ」

「えーと、はい」

「サンクス」

 

 

……ゲームをやってる八幡さんの視線は真剣だけど、眼は腐ったままだから楽しいのかいまいち分からない。多分つまらなくはないけどおもしろくもないのかな。改めて八幡さんの眼を見ると引き込まれるような感覚を受ける。すっかり魅せられちゃったのかな

 

 

「…………」

「…………」

 

 

「…………」

「…………」

 

 

「……そんなじっくりと見ないでくれ」

「悪いね。やめる気はないよ」

「やめてくれ」

「…………」

 

 

悪いね。やめる気はないよ

 

 

~~~

 

 

「八千代さんって結構子供っぽいですよね~」

「それは?」

 

 

容姿か性格か趣味かそれとも全てか是非とも教えてもらいたいね。私は自分が大人とは思わないけど子供かと言われたら少し違う気がするよ。

 

 

「あー、確かに子供らしいな。容姿とか」

「それもあるけど、他にあるでしょお兄ちゃん」

「複数なんだね……」

 

 

それを全部八幡さんに指摘させるつもりなんだね。小町さんは偶にずれている気がするよ。でもまあ八幡さんが私の事をどの位見てるか知るにはいい機会だね

 

 

「良く寝るとかか?」

「あー確かに八千代さんよく寝るね。」

「私も好きで沢山寝てる訳じゃないよ」

 

 

お母さん曰く、体が小さいから最大エネルギーも小さくなる、だが必要エネルギーは大きくなるからその分寝てるらしい。そのあと「大きくなるといいね……」と頭を撫でられたのは記憶に新しいよ。

 

 

「後あれだな、素直なのか我儘なのか分からんところだな」

「お兄ちゃん……」

「八幡さん……」

 

 

それは君が好きだからだよ。私は君が好きだから大和撫子のように三歩後ろではなくすぐ横を歩きたいからね。それを人に言う日は来ないだろうけど、ね。

 

 

「君だって素直か我儘か解り難いよ」

「八千代さん。それは捻デレというのです!」

「ふふ、捻デレさん」

「やめい」

 

 

昨日は出かけて面倒事に巻き込まれた事を考えれば、今日みたいに家でのんびり過ごすことも幸せなんだね。それでも時には外に出掛けたいけどさ

 

 

「……なんか今日のお前楽しそうだな」

「楽しいよ。君達といられるだけでもね」

「ん~、なんか今日の八千代さんはふわふわという感じですね!」

「普段は?」

「……ひらひら?」

 

 

ひらひらね。ひらひらしているという表現をされたのは初めだよ。私から見ると小町さんはきらきら、八幡さんは何かな?似た者兄妹だし同じきらきらかな?でもきらきらに泥が付着してるから、どろきらかな。

 

 

「八幡さんから見てどうかな?ひらひら?ふわふわ?」

「そうだな……。ひらひらだな。それがしっくりくる」

「ほう、小町の直感は的中ですね!」

 

 

ひらひらが私にしっくりくる。ふふ、まったく意味がわからないよ、でもそれもまた楽しい。君達との会話は楽しいし、君達と居られるだけで嬉しい、君達との共有が心地いい。恋とはお得なものだね。

 

 

「八幡さんはどろどろきらきらだね。」

「その心は?」

「さあね、ちょっとお花を摘んでくるよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)攻略作戦 No3 弐

四月から投稿頻度下がると思います


 

 

 

「くぁ」

「ふぁ」

「ふゃぁ」

 

 

八幡さん、私、カマクラさんと連鎖して欠伸をする。……欠伸って本当に移るみたいだね。とにかくお昼御飯も食べて、やることが無いと眠くなってしまうよ。小町さんは愛読の雑誌買いに行くと出かけてしまったし本当に暇だね

 

 

「八幡さん、パンはパンでも食べられないパンはなーんだ」

「なぜ急にナゾナゾ?まぁルパンとかパンダとかフライパンだろ。」

「と言うナゾナゾがあるけど作った人もこんなに答えが増えるとは思わなかったろうね」

「……そうっすね」

 

 

何故かぷいっと顔を逸らしてしまう八幡さん。そういえば出会ってから八幡さんをずっと振り回してるね。労うのもまた愛、かな?一般常識だね。

 

 

「八幡さん、肩凝ってないかな?」

「右肩は少しな。……おさわりはナシですよ?」

「まあまあそう言わないでよ、ちょっとした感謝の気持ちみたいなものだから」

「まあまあそう気にしないで、俺がしたくてやってるだけだから」

 

 

距離を詰めようとすると離れる。また距離を詰めようとしても逃げられる。それも壁に追い詰められない様に逃げているから中々捕まらない。……君のそういうところは嫌いじゃないけど本当に面倒だね。

 

 

「うぉ、カマクラどいてくれ!」

「ありがとね、カマクラさん」

「にゃー」

 

 

カマクラさんが丁度八幡さんの逃げる方向に陣取ってくれたおかげで八幡さんが逃げられなくなった。今がベストでこれを逃したらカマクラさんに合わせる顔が無いよ。幸い八幡さんはペースが乱されて壁側に逃げたし、はっ

 

 

ドン

 

 

「捕まえたよ、八幡さん。」

「立つのはズルくね?後壁ドンとかやめてください」

「勝てば官軍だよ。それにこうしないと逃げると思ってね」

 

 

折角壁に追い詰められたから両手で進路を無くして逃げれなくした。まあ体重掛ける様にやったから壁じゃなくて君に当たらなくてよかったよ。もし顔に当たっていたらそのまま後頭部を壁に打ち付けて傷害事件になるところだね

 

 

「逃げないから離れてくれ、顔が近いから」

「…………っ」

「八千代?」

「……ふっ…カマクラさん……足………くす…ぐったい……からぁ……」

 

 

さっきは八幡さんの退路を断つように立っていたカマクラさんが私の足にまとわりついてきてすごいくすぐったいよ……。しかも少し無理がある体勢をしてる時にくすぐられたら

 

 

「お、おい大丈夫か?くにゃんとなったけど」

「く、ふふ、あまり…大丈夫じゃない……よ……」

「楽な体勢になれ、逃げないから」

「わかったぁ」

 

 

そのまま壁についた手を首に回して八幡さんに倒れこみ抱き付く形になる。少し恥ずかしいけどカマクラさんにじゃれ付かれるよりずっといいし、何ならくっつけるから結果オーライかも知れないね。でも感謝はしないよ、カマクラさん

 

 

「……もういいか?離れてくれ」

「まだダメ。もうちょっとね」

「にゃあ」

 

 

折角だしこのまましばらく抱き付かせてもらうよ。顔が熱いから冷めるまでずっとね。あと八幡さんじゃなくて君が返事するんだね、カマクラさん。

 

 

~~~

 

 

「八千代さん大胆ですね!」

「もうやめてやれ小町」

「…………」

 

 

顔の熱が引くまで抱き付いていたら小町さんにばっちり見られた。また顔が熱くなったけど、もう一回抱き付くのは恥ずかしいから塞ぎ込み状態(体育座)なのに、小町さんはニヨニヨしながら話しかけてきてるから顔が上げられないよ

 

 

「あー、すみません八千代さん。小町テンション上がっちゃいまして」

「こういってるから一旦怒り収めてくれ」

「別に怒ってる訳じゃないからね」

 

 

うん、怒ってないよ。羞恥心に駆り立てられただけでね。カマクラさんに文句ぐらい言おうと思ってたけど見つからないのは少し腹が立ったけどね。

 

 

「小町さん、せっかくだしその女性誌私にも見せてくれないかな?」

「わっかりましたー!小町と一緒に見ましょう!」

 

 

一旦八幡さんを放置して小町さんと遊ぼうかな。猫は触り過ぎると鬱陶しいと思うらしいからここは退いてみるのも手だと思ってね。後私は女性誌などは見ないから物珍しさだね。

 

 

「わぁ、何というか……きゃぴきゃぴしてるね。」

「これは可愛い系の雑誌ですから、八千代さんはクールとかサッパリとかですね」

 

 

可愛い系の雑誌。複数の項目から自分に一番似合うのを選んで雑誌を買うものなんだね。私にはさっぱりだよ。……このさっぱりは小町さんが言うサッパリじゃなくてさっぱり分からない、という意味だからね

 

 

「これとか可愛いと思いません?」

「どれどれ」

 

 

小町さんが指しているのはクラスで見たことがあるような「ゆるふわファッション」というスタイルで自分をか弱い存在に見せることで相手の保護欲を刺激するらしい。あれだね、これを全部狙ってやってるなら「ゆるふわ」でも何ともないね。まあ

 

 

「うん服のセンスは可愛いと思うよ」

「ですよね!小町にも似合うと思うんですよー」

「ふむ、この「少し大き目の服を着る」はいいと思うよ」

「お兄ちゃんのYシャツ着たらこんな感じになりそうですね」

 

 

ほう、私も八幡さんのYシャツを着てみようかな。袖は少し折る必要があるだろうね。それにその恰好は彼シャツという言葉があるらしい、この雑誌の角に書いてあった。なら私が上手くいったときに頼んでみようかな。

 

 

「うぅん、どうもファッションは苦手だね」

「八千代さんいつもラフな恰好ですよね。」

「スカートは余り好きじゃないしピシッと決めるのもやりづらいから、ついね」

 

 

実際オシャレはよくわからない。色んな服を着るのも女の子の楽しみだろうけど私にはわからないね。自分を着飾るよりお人形さんを綺麗に飾り付けた方が労力が少なくていいと思うけど、でも趣味に労力とかは野暮だし、結局わからないね

 

 

「んー八千代さんは……、口調と容姿のギャップを使ってお嬢様系とかどうでしょう?」

「ごめんね。私には全くわからないよ」

「じゃあ今度小町とお買い物いきましょう!小町ファッションで染め上げます!」

「……機会があったらね」

 

 

できれば機会が無いといいけどね。……でも自分を可愛らしく見せるのも大事かな。それでも興味のないものに熱は入れづらい。まあ小町さんと出かけるのもそれはそれで楽しそうだからやっぱり楽しみにしてるよ。

 

 

~~~

 

 

「ん?お母さんとお父さんからメールが入ってる」

『今日は帰れそうに無いので御飯の用意は要りません。ごめんね』

 

 

そういえば最近忙しいと言ってたね。家から会社の出社の時間を当てれば何とかなるのかな?とにかく今日の晩御飯は適当な残り物で良さそうだね。明日帰ってきたら二人が好みそうなもの作ってあげるかな

 

 

「『わかりました、頑張ってね』っと、送信」

「どうしましたか八千代さん?」

「今日帰れないという報告があってね」

「ピコーン、じゃあ八千代さん!」

 

 

何か企んだ笑顔になる小町さん。あまりその笑顔にいい思い出は無いよ。出来ればそのまま口を閉めてくれれば精神的平穏が保たれるけど……

 

 

「今日は一緒に晩御飯食べましょう!何なら泊まっていきましょう!」

「晩御飯はいいよ、晩御飯はね」

「わかりましたぁ。明日は月曜日ですもんね」

「ありがとね」

 

 

感謝の気持ちとして頭を撫でてみる。ほぉ手触りはただの髪なのにサッと一本にまとまるよ。指に絡ませてクルクルっと、ピンッと髪は立つ。これは楽しい、まるで生きてる様に動いてくれて猫じゃらしを追い掛けたくなる猫の気持ちが分かるよ

 

 

「ちょ、八千代さんくすぐったいです!」

「おっと、ごめんね。面白かったもので」

「今度からは兄のを触ってくださいね」

「わかったよ、次は八幡さんのね」

 

 

八幡さんを差し出して逃げたのか私を気遣って八幡さんを押したか。多分前者だろうね。あれは触られるとくすぐったいみたいだね。神経は無いはずだけどね、とにかく八幡さんの髪を触らせてもらえるよう頼もうかな

 

 

「八幡さん」

「なんだ?」

 

 

ソファで本を読んでる八幡さんに声を掛けると本から眼を逸らさず言葉を返してくる。さて何と言えばいいかな?髪を触らしてくださいかな?素敵な髪形ですねかな?なんでもいいね。

 

 

「君の頭を触らして欲しいな」

「今度は何があったんだお前」

「小町さんの髪を触ったら次は八幡さんのを触れって言われてね、いいかな?」

「ダメだ」

 

 

即答だった。そんなに髪を触らすのが嫌なのかな?私にはあまりわからない感性だよ。しかし眼の時より拒絶してるしもっと近寄れてからだね。残念

 

 

「じゃあまたお膝貸してよ。」

「俺は本読んでんの、ほらあっちで小町と遊んできなさい」

 

 

そう言って読書に戻る八幡さんはまるで私の事は忘れたかのごとく眼で文章を追っている。 むぅ、少し甘えたい女の子の気持ちが分かんないのかな、この鈍感さん、めっ

 

 

「てっ!」

「お隣失礼するよ」

 

 

八幡さんの頭に一発デコピンをしてからソファに朝と違って適度に離れた距離で陣取る。それにしても八幡さんに猫を相手にするような対応はダメだったね。距離を少し取ったらその隙に逃げようとするとは迂闊だったよ。次はどんな手で攻めようかな?ふふ、楽しみだよ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)攻略作戦 No3 参

 

 

「よっと、うん完成だね」

「ありがとうございます八千代さん」

「なに、未来の妹に対するおせっかいだと思えばいいよ」

「それでも小町は大助かりですから」

 

 

そろそろ晩御飯の時間。私は晩御飯の準備をして小町さんは勉強、八幡さんは先生をしている。ずっと居座ってるから少しは働きたいのと料理の練習にもなるからやらせてもらった。

 

 

「さて、晩御飯にするから片付けてくれるかな」

「あいあいさー」

「へーい」

 

 

コップとスプーン、飲み物に台拭き。あとケチャップだね。そうだ何か書いてみようかな。定番でいくと「LOVE」とかハートマークだね。あえて別のもので好意が伝わる様なものあるかな?

 

 

「……はい、お待たせしました、こちらオムライス三品です。」

「お!ケチャップで何か書いてありますね!えっと……「女」?」

「俺のは「子」だな。」

「くっつけて?」

「女子だな」

 

 

…………自分でも伝わりにくいものを書いたと思うよ。「女」と「子」をくっつけると「好」になります、後私のオムライスには「き」と書いたよ。と自分でネタばらしをするのは違うからこの話は流すとするかな。

 

 

「さていただきます。」

「流すな、答えは?」

「小町もいただきます」

「ブルータスお前もか!」

 

 

小町さんは気付いたかな?……とりあえず私に合わせただけっぽいね。じゃあこれは誰にもばれずに流してくれるわけだ。一発で気付かないなら忘れてくれた方が私としても助かるよ。

 

 

「ん~、八千代さん先週より上手になりましたね!玉子がふわとろです!」

「ふふ、ありがとう。小町さんに褒めてもらえると自信が付くよ」

 

 

小町さんの料理はとても美味しい。と言っても今日のお昼とこの前の粥ぐらいしか食べてないけどね。それでも美味しいことに変わりないし、私の目標とさせていただいてるよ。

 

 

「今日はこれを食べてお皿を洗ったら帰るよ」

「えー、もう少しのんびりしましょうよ」

「……皿洗いなら俺がやるからその分小町といてやれ」

「わかったよ、それじゃあ遅くなり過ぎない程度でね」

 

 

まあ今日は親もいないし学校の準備もしてあるからもっと居てもいいけど、流石に一日中いるのはどうかと思うね。……ずっといると八幡さんに妹その二と思われそうだしね。もう思われてそうだよ。

 

 

「それじゃあこの後は小町とガールズトークをしましょう!テーマは恋!」

「待て!お兄ちゃん、恋愛は許さんぞ!」

「大丈夫だよ、小町が好きなのはお兄ちゃんと八千代さんだけ!今の小町的にポイントが」

「そ、そうか。……八千代も入ってんの?」

「それこそあたりきしゃりきのこんこんちきだよ!」

「古っ!平塚先生ですら使わんぞ」

 

 

とてもポイント高いよ小町さん。そして私も八幡さんと小町さんが大好きだからね。それと平塚先生は確か二十代後半だからギリギリその言葉は使わないと思うよ。さて私を置いてじゃれあうのは一旦終わりにしてもらおうかな

 

 

「八幡さん」

「お、おう。なに?」

「はい、あーん」

「へ?」

「おお!」

 

 

八幡さんは一瞬硬直し小町さんは眼を輝かせる。君はこういう行動を取るたびに悩み考え逃げようとするから面白い、たまに面倒でもあるけどね。ふふ、どうするかな?

 

 

「……あれだ、俺今すげー腹痛いから。無理」

「ごみいちゃん……」

 

 

くく、楽しいね八幡さん。気分はまるでチェスをやっている様だよ。ゆっくりじっくり相手を詰まらせる為に駒を動かす。そんな私の次の手はこれだよ

 

 

「そっかそれは残念だよ。」

「わかってくれたか」

「八千代さん!?」

 

 

そう慌てないでよ小町さん。私のゲームはいい感じに動いてるから心配しないでね。八幡さんを攻める時は押してダメなら引いてみろでも諦めろでもなく、角度を変えて押すのが正しいみたいだよ。

 

 

「じゃあ、あーん」

「なんで口開けてんの?ナッパ?」

「君が食べれないなら私にしてもらおうと思ってね。」

「……一回だけだからな」

 

 

かかったね。実際にあーんしてもらえるとは思ってはないけど今回は君を追い詰めてギリギリのところであえて逃がす。そして私を異性として意識させるつもりだよ。これが次の一手

 

 

「ほれ、スプーン貸せ」

「君のでいいよ?」

「いや、それは……。とにかくスプーンを」

「君のでいいよ。」

「だからそれは間接……」

「間接?」

 

 

小町さんはニヨニヨ、私は心底楽しそうにしてるだろうね。君がその後の言葉を言いたがらないのは分かっているよ。出来れば察して取り止めて欲しいのだろうね。でも私はここで止めるほど優しくは無いよ。

 

 

「だから間接……」

「間接?」

「……間接Kissになるだろうが、分かって言ってんだろ」

 

 

当たり前だよ。君の耳を真っ赤にして照れるところが見たかったからね、ちょっとしたイジワルをさせて貰ったよ。ふふ、面白いものを見せてくれたお礼にこれは取り止めてあげようかな

 

 

「ふふ、間接キスになっちゃうか、なら止めるよ。恥ずかしいからね」

「どの口が言うか……!」

「えー!八千代さんやめちゃうんですか!?」

「うん、楽しませてもらったしね」

 

 

これは楽しかったよ、どうせ一回きりしか使えないだろうし距離が近いと効果が薄いだろうしでどうしようかと思っていたけど、いいタイミングだったようだね。

 

 

「はぁ、お前な無防備過ぎるからもっと男に警戒心持て」

「っ」

 

 

スプーンが手から滑り落ちカターンと大きな音を出す。き、君はこの期に及んでそんな言をいうのかな……。私が君の前で行ったことがそれだけで片付けるつもりなのかな……?私が君に多少恥ずかしくても甘えたあの好意をそれだけの言葉で……?

 

 

「ふ、ふふ」

「八千代さん?」

「ふざけないでよ、八幡さん!」

 

 

平手でテーブルを叩きつけながら立ち上がる。大きな音で小町さんが驚いた顔をしているけどもう止まらない。止まれない

 

 

「何が警戒心を持て、かな!? 私が誰の前でも無防備でいると思っているのかな!?」

「そんな訳無いに決まっているよ!! 私だって体に自信がなくても女の子だよ!?」

「君の前だから私は無防備でいたよ!君は襲わないではなく襲われても構わないの気でね!」

「大体聡い君が気付いて無い訳ないよね!? いや聡くなくても気付くよね!?」

「私がどんな感情で八幡さん、君に接しているか!」

「っ!やめろっ」

「お断りだね! 言わせてもらうよ!!」

 

 

「私、若葉八千代は比企谷八幡! 君の事が好きだよ!」

 

 

「君の腐った瞳!君の顔!君の可愛らしい照れ方!君の声!君のその立った髪!君の捻くれた考え方!君の面倒な逃げ方!君のパーソナルスペースの広さ!君の甘党のところ!君の食事の挨拶を欠かさないところ!君の妹に対する愛情!そして君のさり気無い優しさ!君の在り方!君との時間!君との会話!君の暖かさ!私は、私はその全てが好きだ!!」

 

 

ゼーゼーと荒れた息を整えるのと同時に頭に上った血が降りてきて周りの様子を見る余裕が戻る。空気、ポカーンとした顔の八幡さんと小町さん、それを見て自分が行ったことを把握し

 

 

「っ!!! 御馳走様!お邪魔しました!」

 

 

全力で逃げた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人(仮)を愛す人達

 

「はい、悪いけど頼むよ由比ヶ浜先輩。それじゃあ放課後に」

 

 

小町さんから貰った電話番号で由比ヶ浜先輩に連絡をする。お願いする主旨は二つ。一つは今日の奉仕部を休部にしてもらうこと。二つ目は……今はナイショだよ。私は昨日、頭に血が上った状態で告白をしてしまいその挙句答えを聞く前に逃げてしまった。でも逃げたのは正しいと思っているよ。とにかく私は真正面から君を見つめよう。さて次の行動に移るかな

 

 

「八幡さん。おはよう。少しいいかな?」

「…………なんだ?昨日のアレか?」

「いや、今日と明日は一緒に食べれないからね。これは今日のお弁当、明日は自分でお願い」

「わかった、ありがとよ」

 

 

ここからが君に対する本題。これだけは君を不幸にしてもしなければならないからね。心の中で悪いけど先に謝るよ。

 

 

「それと後二つ。まず応えは明後日、つまり水曜日の放課後に聞くよ」

「……ああ」

「もう一つは、君を傷付けてしまうかもしれない」

「……どういうことだ?」

「その答えは明日解るよ。じゃあね」

 

 

戸惑いしか見せない八幡さんに背を向け学校に行くため歩き始める。私は君にそんな顔をさせたい訳じゃないけどこれは君に必要な試練だと思ってる。私の勝手なエゴだから後で好きなだけ罵ってくれていいからね。うん、次動くのは放課後、奉仕部でだよ。

 

 

~~~

 

 

「さて、まずは今日集まってくれた皆様に感謝します」

「それで若葉さん。これは一体どういう事なのかしら。奉仕部すら休ませて」

「そうですね。それでは説明させていただきます」

 

 

話を始める前に由比ヶ浜先輩に頼んだもう一つの成果を見る。雪ノ下先輩に由比ヶ浜先輩、川崎先輩、一色さん。察しのいい人なら気づいているだろうけど、そう、八幡さんに恋愛感情を持つ人達を集めて貰った。

 

 

「行き成りですが私、若葉八千代は比企谷八幡に告白をしました」

「っ!!」

 

 

眼に敵意を宿らせ睨みつけてくる雪ノ下先輩。驚愕と不安、様々な感情が入り混じった表情の由比ヶ浜先輩。平常を保とうとしているが全く保ててない川崎先輩。焦燥に駆られた顔をしている一色さん。君達にも謝るよ。だが情けはかけない

 

 

「返事はまだ貰っていません。明後日に聞く予定です」

 

 

皆、安堵の溜息を吐き出しそして再び顔を引き締めた。そう、それでこそ私も真っ直ぐ前に進める。君達がそこで安堵しきったら君達は不完全燃焼で終わってしまう。そんなの私も望まないよ。

 

 

「そこで皆さん。どうしますか?」

「…………どういうこと?」

 

 

怪訝そうな顔で私を睨む川崎先輩。言葉が少なすぎたね。これじゃあ恋愛相談しに来たみたいだよ。勿論そんな敵を増やすような真似はしないけどね。

 

 

「申し訳ありません。言い直します。明日一日ありますが皆様はどうしますか?」

「えっと、若葉さん?つまりわたし達にまだチャンスがあると?」

「その通りです。一色さん」

 

 

軽く微笑んで肯定する。これが私のエゴで自分勝手な最悪な考え。きっと八幡さんも君達も傷つけてしまう。それでも私はこれが正しいと考えた、なら迷う必要はないよ。

 

 

「やっちーなんで?なんであたし達にこんな事するの?」

「申し訳ありません。私の我儘です。気が済むまで罵ってください」

「質問の意図が伝わってないようね。正しくは何故私達にチャンスを与えるか、よ」

 

 

質問の訂正をしてくれる雪ノ下先輩。ふふ、私も質問の意図に気付けないくらい困惑してるのかな。でも昨日、スプーンを落としたあの瞬間から私はもう止まらない。止まる気は無い

 

 

「綺麗に終わらせるためです」

「……終わらせるため、ですか?」

「はい、要するに私は成功するにしてもしないにしても納得したい訳です」

 

 

「これ以上自分の事は話しませんよ」と付け足し彼女達を見やる。さっきまで困惑と不安、焦りなどの表情は消え去り決意を決めた顔になっている。ふふ、そうだよ、それでこそ私が納得できる解がだせる。

 

 

「さて決意が決まったようですが降りる人はいますか?」

「…………」

 

 

手をあげる人などいない。君達も真正面から向き合ってくれるみたいだね。嬉しいよ。さて参加者が揃ったらルールの確認をしないとね

 

 

「それではルール説明をします」

「まず皆様は明日、全員バラバラの位置に待機してもらいます」

「八幡さんに一人一人の場所を巡らせるので自分の思いをぶつけてください」

「そして水曜日に再び待機場所を回らせ八幡さんの返事を聞きます」

「その前にもう一度告白をするのも有りです。いいですか?」

「…………」

 

 

全員真剣な顔で頷く。基本のルールを決めたら次は細かい方もやらなくてはいけない。もっと人数いると思ったから十ヶ所探したけど半分しか使わないみたいだね。選択の幅が広がると喜ぶかな。

 

 

「……まずはあなたが選んでくれないかしら?」

「雪ノ下先輩……。皆さんもいいですか?」

「好きにしなよ、どうせ返事を聞く場所で結果は変わらないでしょ」

「わたしも賛成です。このまま借りを作って終わるのは嫌ですから」

「うん、やっちーが選んで」

 

 

君達は、君達までもが御人好しなのかな……?最悪暴力を振るわれることすら覚悟していたから大分拍子抜けしたよ。まあ決めていいなら私はここにしようかな。『私』と八幡さんの初めて出会った場所でね。

 

 

「では私は……  を頂きます」

 

~~~

 

「それじゃあ、さようなら。皆様の恋が実るといいですね」

 

 

奉仕部の扉を開け外気に触れる。私がやれることは全てやった、不安心配恐怖焦り色々な感情があるけどもうすることも出来ることも無い。だから例えフラれても納得して終わりに出来ると思うよ。……最もフラれる気は無いけどね。さあ始めよう八幡さん。これが君に対する試練だよ。果たして君は乗り越えられるかな?

 

窓ガラスに映った私の眼は、楽しそうにキラキラと輝いている



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自書女主話

冷たい風が頬を撫でる放課後。私は特別練の屋上で一人、彼を待ち続ける。思えば色々な事があったね。八幡さんに助けて貰ったのが丁度二週間前。それから八幡さんを探し出してとにかく眼を目的で側にいた。そして土曜日に八幡さんに泣きついて自分の気持ちを整理した。奉仕部に依頼したり、奉仕部が求めるモノを訪ねたり、ああその時に八幡さんを好きなのを自覚したんだったね。八幡さんにお弁当を作ったり一緒に出掛けたりしたね、邪魔な人が絡んできたけどあの後に起きた事を考えればファインプレーだったかもしれない。そして次の日に、八幡さんに馬鹿みたいな大声で告白して逃げた。

 

 

「随分とドタバタしてたね、私は……」

 

 

独り言は白い吐息と共に空に溶けた。今頃八幡さんはあの四人の誰かと出会っているだろうね。もしかしたら誰かの告白を受け入れたかも知れない。もしかしたら全ての告白を拒絶したかも知れない。彼等彼女らを私の我儘に巻き込んで悪いと思ってるよ。

 

 

「ふふ、こんな無意味な謝罪もそうないね……」

 

 

何も面白くないが笑ってしまう。……この屋上は皆が知る「若葉八千代」ではなく、家族しか知らなかった「私」を八幡さんに見せた場所。あの時の私は拒絶は怖くなかった、眼にしか興味が無かったから。でも今は彼が好きで彼に拒絶されることが怖い。大きな変化もあったもんだね。そうだ、ここで一番最初に掛けた言葉は

 

 

「『遅れてすみません。比企谷先輩。』だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『いや、気にすんな。』か?」

 

 

いつの間にか屋上に来た八幡さんに声を掛けられ硬直してしまった。ふ、ふふ。君が覚えてくれるとはね……。予想を大きく上回ったよ。それにしてもいつの間に入ってきたのかな?まさかこの待ち時間を嫌な事と思ってしまったのかな。

 

 

「ふふ、残念ながら今日はレジャーシートは持ってきてないよ」

「そんなピクニック気分じゃないから必要ねぇよ」

「それもそうだね」

 

 

緊張で自分の声が震えていないか少し心配になる。軽口を叩ける余裕があるうちなら問題ないだろうね。折角だしこの前の再演といこうか、八幡さん

 

 

「君の返事を聞く前に『少し小話を挟ませてもらっていいかな?』」

「……『時間稼ぎか?』」

「『まさか、そんなことしないよ。さて話させてもらうよ。いいかな?』」

 

 

関係も距離も大きく変わった今で過去を再演する。君の眼をあまり意識しない様に見つめる。そして『ふふ、相も変わらず腐ったいい眼をしているよ。』と心の中で呟く。

 

 

「……あるところに宝石を愛でるのが趣味の魔女がおりました。その魔女はある日、一人の少年と出会いました」

「…………」

 

 

魔女は誰か少年は誰か、簡単すぎる例え。邪悪な魔女をやっつけるのがおとぎ話だ。だけど見ず知らずの誰かにやられるのはお断りだけど君に切り裂かれるなら本望かもね。さあ話を続けようか

 

 

「魔女は少年の持つ宝石に強く惹かれました。その宝石を愛でようと心に強く誓いました」

「魔女は少年から宝石を奪うために様々な行動を取りました。ですが上手くいきません」

「ある日少年は問いました。『何故この宝石を望むんだ?』と」

「魔女は泣き崩れました。何故なら宝石に照らされ自分の心の隙に気付いたからです」

「…………」

 

 

私が自分の気持ちを整理したあの日。自分を見つけられると思えた日。君を意識し始めた日。

 

 

「少年は泣き崩れた魔女に手を差し伸べました『俺達と隙を埋めるモノを探そう』と」

「それから魔女と少年、そして二人の少女との四人で探しました」

「巨大な体を持つ化け物や格闘技を使いこなす魔女を乗り越えます」

「そして魔女は気付くわけです。少年といる時の喜びに、恋に」

「…………」

 

 

奉仕部に依頼した日。君と喫茶店で話をした日。私が君の事が好きなのに気付いたあの日。

 

 

「魔女は再び様々な行動を取りました。今度は少年に振り向いてもらうために」

「変化は急激に訪れます。少年の言動に激怒した魔女がいきなり愛を叫んだからです」

「…………」

 

 

我ながらいきなり過ぎたと思うよ。さて物語はクライマックスだよ

 

 

「そして二日の時を流し魔女と少年はある校舎の屋上で向かい合っています」

「…………」

 

 

そう、それが今。物語は未来へと向かっていくよ。

 

 

「魔女はこういいます」

 

 

言葉を切り。眼を閉じ息を吸う。眼を開き八幡さんを真っ直ぐ見て

 

 

「私は君が欲しい。君のものになりたい」

 

 

屋上で再び自分の心を、思いを告げる。

 

 

「……少年は問います」

「俺はお前を幸せに出来る自信は無い。それでもお前はいいのか?」

 

 

少年の質問はとても馬鹿馬鹿しい内容だった。本気で言っているなら神経を疑うよ。まあ、それが少年の問うものなら魔女として言葉をあげるよ

 

 

「魔女は言います。君はおバカさんだね」

「オイ」

「物語に口を挟むのは無粋だよ?」

「うっ、……すまん」

 

 

八幡さんの苦手な行動「ジトッと見つめる」をするとすぐ謝ってくる。魔女の話を続けよう

 

 

「魔女は呆れて続けます。私がいつ幸せになりたいと言ったのかな?と」

「…………」

「八幡さん。私が欲しいのは、好きなのは幸せじゃない。八幡さんだよ」

 

 

私の持論だけど「幸せ」は作るものじゃない、見つけるものだと思う。この場合ポジティブシンキングが分かりやすい考え方の一例だよ。物事をポジティブに思考できれば多くの幸せを見つけることが出来る。ネガティブに考えれば不幸しか見えなくなる。

 

 

「君に幸せにしてくれと頼む気はないよ。ただ手を繋いで共に歩いてほしいだけでね」

「ふふ、これじゃあプロポーズみたいだね……」

 

 

語りだす前にあった緊張感はとうにほぐれ、余裕を取り戻した私は少し微笑んで見せる。欲を言えば君と同じ景色を見てみたい。でもそれは世界を狭くするだけだから思考から消す。

 

 

「さて少年さん、そろそろ君の気持ちを私に教えてくれないかな?」

 

 

「……少年はいいます」

 

 

暫しの間をおいて八幡さんが口を開く。おいで八幡さん、今の私はどのような答えでも受け止められるよ。魔女と少年の物語、さあエンディングまでの僅かの時間を楽しもう、例えその結末がバッドエンドでもね

 

 

「よっと」

「きゃ」

 

 

突然私の体を抱き寄せて私を腕の中にすっぽり収める八幡さん。ま、待ってよ、何をする気なのかなっ!?

 

 

「こんな俺でも良ければよろしくお願いします」

 

 

耳元に囁く八幡さん。驚愕と感動、緊張の糸が切れ腰が砕けそうになり急ぎ八幡さんの服に掴まる。まったく……もう……目頭が熱いね……

 

 

「うん……、よろしくね、八幡さん。……ぐす」

 

 

赤くなり泣きそうな顔を八幡さんの胸にうずめる。……私ばかり恥ずかしがってるみたいだから少しぐらい慌てさせてあげるよ

 

 

「ふふ、八幡さん……」

「どうした?」

「大好きだよ」

「俺もだよ」

 

 

ボンッ!と自分の顔が爆発しそうなほど熱くなる。……ずるい、ずるいよ。そんなの。嬉しくて舞い上がるに決まってるよ。もう言葉が出せる気がしないので様々な意味を込めてギューと抱き付いてやる。ふふ、大好きだよ八幡さん。

 

 

~~~

 

 

「お前な……。いくら疲れてても抱き付いたまま寝るなよ……」

「うっ、ごめんね……」

 

 

あの後抱き付いたまま眠ってしまったみたいで、八幡さんがいくら起こそうとしても起きないから背負って帰ったらしい。君が捕まらなくて良かったよ。いや、本当に申し訳なく思ってるよ。ごめんね八幡さん。

 

 

「ま、いいけどよ」

「ありがとう。……小町さんはまだ帰ってきてないのかな?」

 

 

この時間なら家にいておかしくないはずだけど買い物か友人と遊んでいるとかかな?いくら受験生でも根の詰め過ぎは良くないしね。そんなところだね

 

 

「あー……、小町は俺が背負ってるお前を見たら泊まり込みで勉強会だってよ」

「……小町さん。明日も学校なのによくやるね」

「そういうやつだ、あいつは」

 

 

小町さんからしたら「今日は小町の事を気にせず仲良くやっちゃってください!」みたいな事だろうけど、こう、あれだね。余計なお世話だよ。うん。まあとにかく話したい事もあるし丁度いいかもね

 

 

「さて八幡さん。これからの事で少し話し合いたいけど、いいかな?」

「例えば?」

「奉仕部をどうするか、とかだね」

 

 

告白してきた女子が二人いる部活。私は君じゃないからそれをどう感じるかは分からない。それでも眼を背ける理由にはならないからね。ちょっと酷かもしれないけどお聞かせ願いたいよ

 

 

「……実はそれについては二人と話した」

「聞かせて貰っていいかな?」

「ああ、お前が許可してくれれば奉仕部に行くことになった」

 

 

ふむ。それが君達の解ということだね。バラバラになったにも関わらずもう一度一つになろうとする。つまりそれは君達の求めてる本物に近いものなのかな?関係が変わったように見えない、壊れてもいない。本物、ね。

 

 

「そう、好きにしなよ」

「いいのか?」

「うん。でも浮気したら二度とこの家の敷居を跨げると思わないでね。勿論小町さんに会えない様に手を回すし、何なら芸術に凝ってみようかな?大丈夫、君の眼を際立たせるような作品にしてみせるよ。それが嫌なら浮気しないでね?」

 

 

恐怖を与える脅しをする時は自分が実現できる範囲で脅すようにしている。無理に大きく見せるような行動は威嚇、つまり警戒をしてるように見えてしまうからね。だから静かにゆっくりと重圧をかけるのが効果的な脅し方だよ。

 

 

「わ、わかりました……。マジで出来んの?」

「出来るよ?どれが聞きたいのかな?」

「いやいいです。貴女に愛を捧げます。」

 

 

でも、恐怖で忠誠を誓わせた愛なんて……

 

 

「もし浮気して私と一緒にいたく無くなったら早めにいってね……?傷は浅い方が、あう」

「阿呆。浮気なんてするわけないだろ。ですので泣きそうな声やめてください」

「……うん」

 

 

チョップを食らって少し冷静になる、そしていつの間にか握りしめてしわくちゃになったスカートを放す。後でアイロンかけなくちゃね。それにしても今の私は感情が不安定だね。精神的刺激を減らすべきかもしれないよ

 

 

「……ん」

 

 

八幡さんに寄り添って肩に頭を預ける。八幡さんは反射的に逃げようとしたけど、自分でそれを止め黙って肩を貸してくれた。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

耳からは二人分の呼吸の音。衣服がずれる音。時計の秒針が回る音。微かに聞こえる冷蔵庫の駆動音。自分の心音。鼻からは最早慣れた比企谷家の匂い。八幡さんが好んで飲む甘いコーヒーの匂い。すぐ横にいる八幡さんの匂い。肌からは悪くない柔らかさのソファの感触。そしてすぐ横に八幡さんがいることを教えてくれる温もり。ずっとこうしていたくなる心地良さ。

 

 

「八幡さん……」

「どうした?」

「少し眠るね……?」

「ああ、おやすみ……」

 

 

膝を枕に眠る態勢になった私の髪をゆっくり撫でつける。髪の間を指が通り抜ける感覚が気持ちいい。元々眠かった私にはもうこの眠気に抗う術はなくトロトロと眠りにおちていく……

 

 

「これからもよろしくね……」

「ああ……」

 

 

 




後書き


まず感謝を。そしてまだ「自書女主話」は終わっていません。しかしこれからは一話完結型の話で目的が無いものなので投稿速度は激しく落ちると思います。よろしければこれからもお付き合いのほどよろしくお願いします。

今まで設定の軌跡を乗せておきます。


基本情報
・若葉 八千代(わかば やちよ)
・誕生日は5月10日 登場時16歳
・1年C組 一色とクラスメイト
・家は比企谷家から一分も掛けずに行ける
・一人称「私」

容姿
・身長は小町より二、三センチ小さい。
・基本、半目。というよりジト目?瞳は黒。
・髪は黒のショートカット。赤いシンプルなカチューシャとヘアピンで目に掛からない様にしてる。
・だがカチューシャ、ヘアピンは外してる日もある。
・制服は規定通り。冬は中に黒のセーターを着ている。
・私服は基本ラフなスタイル。変に大人ぶると余計子供らしいとわかっている
・寸胴。

特徴・スキル
・良く寝る
・動物に嫌われる。(カマクラはギリOK)
・料理練習中。
・牛乳を好む。
・決して身長やスタイルを気にしてるわけじゃない。
・少し変なのは自覚してる(気にしない)。
・武道の心得がある(使いたくない)
・目玉焼きは醤油派(塩もOK)。
・言葉の最後は大体「だよ」「だね」「かな」
・「ふふ」と笑う。極稀に「くく」と笑う
・八幡を咎める時はジトッと見つめる。
・オタク趣味に嫌悪はない
・ファッションはよくわからない
・スカートは好きじゃない
・でかくて動くのは怖い
・学力は学年十位以内
・ひらひらと称される

書く機会が無かった設定
・八幡視点なら八千代は「タイプ別陽乃さん」と称された。
 ・ある意味陽乃さんより厄介な部分もあるかも

出来事

1水曜日 八千代ナンパされる 八幡に助けられる。

1木曜日 平塚先生に相談 奉仕部訪問 八幡と下校

1金曜日 八幡、小町と登校 八幡と昼食 奉仕部訪問 小町とガールズトーク

1土曜日 比企谷家に遊びに行く 自分の気持ちを整理する 呼び方変更

1日曜日 カット のんびり過ごした

2月曜日 奉仕部に依頼 材木座、平塚先生に質問 一緒に下校

2火曜日 喫茶店で本物を知る 好きなのを確信

2水曜日 八幡の教室に行く 昼を一緒に食べる 依頼終了 家庭教師 かゆうま

2木、金 カット 少なくとも八幡とお昼を食べた

2土曜日 デート ボーリング サイゼリア 元同級生 まどろみ

2日曜日 比企谷家へ ネコ語 膝枕 ひらひら ハグ ファッション あーん キレる

3月曜日 八幡に好意ある人物達と会談 

3火曜日 八幡に好意ある人物達が告白

3水曜日 八幡が答えをする日 もう一度告白 成立 今後について


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八幡さんとの時間

これからは八千代×八幡です。お楽しみあれ


 

 

 

「…………」

「え、マジでやんの?」

「嫌かな?なにも減らないと思うけど」

 

「…………」

「恥ずか死すんだろうが」

「大丈夫、例え君が亡くなっても君への感情は無くならないよ」

「そこは心配して無いから」

「おや、分かりきってる事だったのかな?」

 

「…………」

「そうじゃ……。はぁ分かった、こい」

「ふふ、失礼するよ」

 

「…………」

「……うん、これはいいものだね」

「はいはい、満足ですかぁお姫様。」

「うん、これからもよろしくね」

「えぇー」

 

 

「甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああい!!!!!」

 

 

「うぉ!?」

「ど、どうしたのかな小町さん」

 

 

突然叫びだす小町さん。お、驚いたよ、それに甘い?MAXコーヒーに砂糖を追加したのかな?……なんてね。流石にこれはくっつき過ぎかな?

 

 

「どうしたもこうしたも有りませんよ!? 自分の現状を見て仰ってください!」

「だってよ。ほらどけ」

「お断りだね」

 

 

因みに今は何時かの様に私が八幡さんの足の間に座ってもたれ掛っている。暖かくて気持ちいいしもたれ掛った時に時に伝わる心音は精神を落ち着けてくれる。何より八幡さんとくっついて居られるというのが好い。

 

 

「いや、小町的には義姉ちゃんがお兄ちゃんとラブラブなのは有りなんですけど」

「なら願ったりじゃないかな」

「でも、何と言うか……こう……」

 

 

ふむ、何か引っかかるようだね。何かな。小町さんを上から下まで眺めてみる。うーん、小町さん。空中に円を描いても私には何も伝わらないよ。分からないなら色々試してみようかな

 

 

「小町さん。おいで」

「何ですか?わひゃ」

「ぎゅー、かな?」

 

 

小町さんを呼び寄せて抱きしめてみる。義姉ちゃんと呼んでくれるなら私の大事な義妹だからもう遠慮する気も躊躇う必要も無い。元から大して遠慮してた訳じゃ無いけどね。

 

 

「こ、小町ポイントがカンストしそうになりました……」

「ふふ、遠慮なくカンストしなよ。私の可愛い義妹さん」

「キュン」

「そこまでにしておけ、マリア様が見てるぞ」

 

 

男の子の八幡さんとは違って小町さんの体は柔らかい。身長の差も少ないから抱きしめる事が出来る。八幡さんだと抱きしめるではなく抱き付くだからね。

 

 

「む、八幡さんも来るかな?」

「どうしてその結論に至った」

「二人纏めて抱きしめられるチャンスかな?ってね」

 

 

とにかく小町さんを放すとしよう。何時か八幡さんと小町さん、カマクラさんも纏めて抱きしめてみたいな。

 

 

「あっ……」

「ごめんね。文句は八幡さんへどうぞ」

「い、いえいえ小町が独り占めしちゃ悪いですし?お兄ちゃんを想って小町は去りますんで」

 

 

そう言い残して二階に駆けて行く小町さん。……別に私は気にしないけどね。いや、この場合は私が小町さんに独り占めされるという事かな?なら私がとやかく言うことじゃないね。

 

 

「よいしょ」

「……ここに戻るんだな」

「当たり前だよ。君は私の物で私は君の物だからね。大事な物は肌身離さずだよ」

「物なのか」

「うん、とってもとっても大事な者。絶対に手放さないからね」

 

 

ストレートに好意を伝えると耳を赤くしてすぐソッポ向く八幡さん。この態勢だと君の顔はほとんど見えないから顔を背けなくても大丈夫だよ。まあ癖なんだろうね。

 

 

「くっそ……。やっぱ恥ずか死するわ……」

「おや、それは大変だね。それは置いといて今度何処かに出掛けようよ」

「俺達の記念すべき初デートだな(キリッ。……すまん」

 

 

何故謝っているのかな?私はただ八幡さんの言動を疑ってるだけだけど。まさか君がそんな事を言うとは夢にも思わなかったよ。寧ろどこにも行きたくないと言うと思ってたから申し訳ないね。

 

 

「君が積極的だったから驚いただけだよ。ごめんね」

「いや普段は積極的の『し』の字も無いのは分かってるから、謝んないでもいいけどよ」

「そうかな?」

 

 

とにかくどこにいこうかな。この前はボーリングと文房具屋を見て散歩。どうせならロマンチックなデートスポットより体を使うような遊びをしたいかな。やったことはないけどダーツやビリアードみたいなね。

 

 

「はれはともかくスケートとかどうだ?確かチラシに割引券付いてたし」

「スケート……いいね。私は初めてだけど八幡さんは?」

「ふふん、小町の手を引いて滑れるぞ」

「じゃあ行ったときはご教示頼むよ」

「あんま期待すんなよ」

 

 

スケートね、いつか見た特集では割と定番のデートスポットだったかな。割引券が建前か本気か分からないけど彼女を誘うのには中々上等の場所だと思うよ。……彼女ね、自分でいうのは少し照れるね。

 

 

「うん、期待し過ぎない程度に期待してるよ」

「そうしてくれ」

 

 

話題が無くなってお互いに無言で過ごす。頭で八幡さんの胸をグリグリしてみると指で髪を梳かしてくれる。この指が髪の間を駆け抜け頭皮を撫でる感覚は何度やってもらっても飽きる気がしないよ。

 

 

「……楽しみにしてるよ。私の王子様、ふふ」

「へぇへぇお楽しみくだされ、姫君」

 

 

…………いや

 

 

「やっぱ君は王子様という感じでは無いね」

「えぇ!?」

 

 

~~~

 

 

「手袋良し、靴良し、服装良し」

「準備完了だね。よろしく頼むよ」

「おう」

 

 

お互いに都合の良い日の休日。と言っても私や八幡さんは友人が少ないから決めた日から一番近い休日だね。室内スケート場で休日なだけあって親子やカップル、友人同士と賑わっているよ。私達もこの賑わいの一部だけどね

 

 

「つっても俺も久しぶりだがな……」

「まあ時間はあるしゆっくり遊べればいいよ」

 

 

寒くない程度の格好で軽い準備運動をする。何でもテニスの王子様が運動するときは少しでも準備運動をしてからの方がいいと言われたらしいよ。準備運動をちゃんと行うのは感心するけど一番の理由が王子様なんだね

 

 

「おし、行くか」

「うん」

 

 

取り敢えず手すりに掴まりながら氷の上に立ってみる。地面に立っているより気を張っているからか体力の消費が早そうな気がするよ。うんうん、是非とも滑れるようになりたいね

 

 

「まず、足を逆ハの字にして前に歩いてみろ」

「えっと、こうかな?」

「そうそう」

 

 

言われた通りペンギンさんみたいに歩いてみる。これがどのような意味があるのかは分からないけど言われた通りにこなそうと、ぎこちなく前に進む。うーん、ペンギンさんも面倒な歩き方してるね

 

 

「手を放してやってみろ。」

「よっ、うん、うん」

「……問題なさそうだな」

 

 

元より運動神経は悪くないし同じことを繰り返し体に沁みこませるのは得意だよ。チームプレーを必要としない運動ならそこそこの成績を出せる。逆にチームプレーが重要なのは苦手でサポートに徹するけどね。

 

 

「じゃあ滑り方だな。あー…………、手、かせ」

「ふふ、今更照れることかな?」

「うっせ」

 

 

君は本当にいつまでも初々しいね。足の間に座っても照れなくなったのに今更手で……、いや八幡さんから言い出すのは初めてかな?普段は私が勝手に手を取るし……。まあいいや、今はスケートだもんね

 

 

「よし支えてるから気兼ねなく失敗しろ」

「うん」

「片足は進行方向、片足は進行方向に対して気持ち垂直にするそして氷を蹴る。いいな?」

「……なんとなくね」

 

 

動きを一度頭にイメージしてからそれをなぞる様に行う。予想よりずっと簡単にスー、と氷の上を滑る。……気付いたけど自然に止まるまで待つしか止まる方法がないね。

 

 

「おお、上手いな。止まる時は足をハの字したら止まれるぞ」

「こう……。出来たよ」

「お前って飲み込み早いな」

「ありがとう」

 

 

ふむ、止まる方法も分かった。滑り方ももう少し数を熟せば良くなるだろうね。じゃあしばらくは練習に打ち込もうかな。大分滑れるようになったら他のカップルがやってるように手を繋いで滑ってみよう。八幡さんの恥ずかしがる顔が目に浮かぶよ。

 

 

「よし、少し滑ってくるよ」

「へーい、俺は自販機探してくる」

「いってらっしゃい」

 

 

~~~

 

 

「えー、お前何してんの?」

「おや、遅かったね。」

「自販機が中々見つからなくてな……。違う今はそこじゃないだろ」

「そうだね」

「オイオイあんま無視しないでくれない?というか男連れなの?眼がやばいこいつ?」

 

 

少し疲れたからベンチで座っていたらナンパに絡まれて八幡さんが帰ってきた。というかナンパさん、八幡さんの眼がやばいのは否定しないけど、それを貶すのは私の神経を逆撫でするだけだからやめて欲しいね。

 

 

「……まあともかく、これお前用のココアな」

「ありがとう、気が利くね」

「ちょいちょい可愛い子ちゃん!俺も気が利くしこいつよりイケメンだぜ?どうよ!」

 

 

八幡さんが買ってきたココアに口を付ける。少し熱中して滑った後なのでココアの甘さと冷たさが実に心地いいよ。というかナンパさん、私が外見でしか人を見れない女に見えるのかな?もしかして私を貶してる?

 

 

「ま、そろそろ俺も本格的に遊ぶしいこうぜ」

「うん……そうだ。エスコートしてよ」

「わーたよ、いくぞ?」

「あれー?俺のこと忘れないで?ちょっとー?」

 

 

音にするとニヤリが一番合っている笑みを浮かべて八幡さんに手を差し出すと同じくニヤリとした八幡さんが差し出した手をとりリンクへ移動する。後ろで何かが喚いてる気がするけど、どうでもいい。ふふ、八幡さん今日は普通のカップルの真似っ子といこうよ。それはそれで楽しいと思うよ。

 

 

「……遅れてすまんかった」

 

 

滑っていると呟くように八幡さんが謝罪して来た。恐らくさっきのナンパさんの事を気にしてるようだけど君に罪がある様には私には見えないよ。でもそういっても君が納得するとは思えない、ならちゃんと清算してあげればいいだけのことだよね。

 

 

「大丈夫、アレならあのココアでチャラにするよ」

「安すぎねぇ?」

「そうかな?別に被害があった訳じゃないし等価だよ」

「そんなもんなのか……?」

「そんなもんだよ」

 

 

案の定八幡さんは言葉一つでは納得しなかった。それでも話してるうちに私が本当に気にしてないのを悟ってくれたのか、「わかった」といってしばらく滑ることに集中していた。やっぱり君は面倒な人だね。そこも好きだよ

 

 

「つまらない事を考えてる暇があるならスピード上げるよっ」

「うぉ、ちょ、ちょっと待てっ!」

 

 

いつまでもくだらない事を考え続ける八幡さんの手を引きスピードを上げる。お昼が近づいて人が少ない時間の広々としたリンクを滑り抜ける。ふふ、これは楽しいね。態勢を立て直した八幡さんが非難の眼差しを向けていたが、楽しんでる私を見て自分も楽しむことにしたらしい

 

 

「いや、やっぱ速すぎだろ!」

「ほらほら、スケートリンクでこんなにスピード出せるなんてそうそう無いよ」

「限度ってもんがあるだろ!」

 

 

むぅ……。流石に調子に乗り過ぎたかもね。確かにテンションが上がっていたとはいえ危険なことをしていたよ。とにかくスピード落とすかな

 

 

「……ん、悪かったね」

「はぁ、ふぅ……、久しぶりにこんな激しい運動したぞ」

「私もそうだね。少し疲れちゃったよ」

 

 

歩くぐらいのスピードに落とす。確かに激しい有酸素運動だったよ。疲れたしお腹もすいてきたね。中々遊んだし他の場所に移すがてらお昼御飯を食べるのも有りかも知れない。

 

 

「疲れたしそろそろ帰ろうぜ」

「じゃあ何か食べたいものあるかな?」

「お前が作るもんなら何でもいい」

「へ?」

「ん?」

 

 

わ、私が聞いたのは帰る前に何を食べていこうか、という意味だったけど……。君は偶に乙女心をくすぐる様な言葉を言うから、こう、卑怯だよ

 

 

「え、あー、あー、恥ず……!」

「ふふ、さて何を作ろうかな、取り敢えずお買い物してから帰ろうよ」

「あいよ、さっきのは忘れてくれ」

「うん」

 

 

忘れる気はさらさら無いけどね。さあ帰ろうか、今日のデートはお終いってね。でも楽しみは終わらないよ。……ずっと、ね



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八幡さんと初めての……

 

 

 

 

「……八千代さん達ってまだキスもしてませんよね」

「んくっ!!」

 

 

ある日曜日の昼下がり、小町さんと2人でお茶を飲みながら話して緩やかに時間が流れていくのを楽しむ。そう緩やかに楽しんでいたのに、小町さんが呟いた一言のせいで丁度口に含んでいた熱々のコーヒーを空気と一緒に思いっきり飲み込んでしまう

 

 

「けほっけほっ、いきなり何を言うかな小町さん……?」

「いや八千代さん達って結構ラブラブだけどキスしてないじゃないですか」

 

 

うん、確かにキスはしたことないけど、態々指摘しなくてもいいと思うよ?真実は人を酷く傷つけるし、現に私の胃と肺に大きな痛みが発生してるよ。身体を労わる為にもこの話題は今すぐ終わりにしよう

 

 

「指摘されなくとも少しづつ前に進むから大丈夫だよ、だから」

「でも考えてみてください八千代さん」

 

 

私の話を遮ってまで自分の意見を私にぶつけてくる、小町さんにしては珍しいね。そこまで私に何かを伝えたいなら多少の痛みは大目に見てみようかな。それでもお手柔らかにね

 

 

「確実に進むのも大事ですけど、これは立派な印を簡単に付けれますよ?」

「印……?」

「はい、お兄ちゃんは八千代さんの所有物だって」

 

 

要するに盗難防止策みたいなことかな? だとしたら必要ないよ、私は八幡さんを外敵から保護する気だし盗ろうとする人に容赦する気はないからね

 

 

「八千代さんは積極的な部分が多いですから奥出になるとすぐわかりますよ?」

「それは……」

「八千代さんが立ち往生してる間に他の人が兄に印を付けたら嫌ですよね?」

「……ッ」

 

 

小町さんの言葉が頭の中を侵食していく、思考を組み立てようとも蝕まれた足場じゃ骨組みも作れやしない。私が立ち止まったせいで、八幡さんが私の手から零れ落ちる、八幡さんが盗られる……。そんなの、そんなの、絶対嫌だよ……

 

 

「でも先に印を付ければ、お兄ちゃんを護りやすいですよ」

「…………」

「小町は八千代さんを想って発言しています」

「小町……さん……」

 

 

本当に小町さんの考えてるみたいなことが起きたら、アドバンテージは多いに越したことはない。小町さんは私よりずっと女の子の考えだから私が理解、予想出来ない事が多い。だから、これも、もしかしたら、有り得ない事ではないのかもしれない。なら

 

 

「さっ、八千代さん。小町は夜ご飯まで出かけてくるであります」

「いって……らっしゃい……」

 

 

しばらく小町さんの準備をする音に耳を傾ける。頭を一度カラッポにしたいけど小町さんの言葉が頭の中を反響して思考を逸らすことすら許してくれない。もうこれを解決するには、

 

 

「……いくよ」

 

 

私は憑り付かれたかのように八幡さんの部屋に向かう。結構な頻度で比企谷家に来ているが2階を訪ねることは少ない。理由としては私が小町さんも好きな事と八幡さんが飲み物運ぶのが面倒だから、という理由だった。もう少し八幡さんの部屋でも遊べば良かったかな?

 

 

「入っていいかな……?」

「どーぞー」

「うん……」

 

 

相変らず片付いている部屋。どうやら八幡さんは読書中だったらしく表紙に鮮やかな髪色の女の子がポーズとっている本に栞を挟んでいる。ライトノベルかな、それを呼んでいるときの八幡さんの表情は一般の本を読んでいる時とは違ってだらしなく緩んでいる。私としては楽しそうで構わないけど人前で見せる機会は無いと思うよ

 

 

「どした?小町がドタバタしてたけど」

「晩御飯まで出かけるみたいでね……」

 

 

言葉の数は少ないが十分に伝わる情報を伝える。どうやら八幡さんはそれだけで小町さんの現状、私が部屋に来た理由(建前)が伝わったらしい。普段ならここで本を貸してもらおうか、ベッドを貸してもらおうかと悩むところだけど、今日は違う。君に印を付けに来たよ

 

 

「……体調悪いなら休んどけ」

「あ、うん……」

 

 

どう切り出せばいいのかな……?直球勝負以外に手があるのかな?でも八幡さんの方からキスしてもらいたい感情もある。ダメ、今日は印を付けに来た。シチュエーションに拘ってみたりするのは何時でもできるよ

 

 

「八幡さん……?」

「どうした?水でも欲しいか?」

「違うよ。うー……」

「…………」

 

 

八幡さんはベッドに転がっている私を気遣ってくれる。でも今欲しいのはソレじゃないよ。ううん、あれもこれも、やってもらいたいじゃダメだね。覚悟を決めなよ若葉八千代

 

 

「キ……」

「き?」

 

 

今更言い淀んでも時間の無駄だよ。大丈夫、言葉をまっすぐ伝えるだけだよ。少し恥ずかしくもあるけど、そんなのすぐ忘れなれるよ。勢いに任せて。キ、キ、

 

 

「キ、キリン……さん……」

「…………」

 

 

本気で心配した目で見てくる八幡さん。違う、違うよ。えっと、これは恥ずかしさのあまり変な方向に飛んじゃっただけだから、次は、次こそは

 

 

「……お前が不思議ちゃん目指すのはどうかと思うぞ」

「ちが、キ、キ……」

「き?」

 

 

うぅ、恋愛関係以外ではすぐ察してくれるのに、こういうのに限って鈍感さんなのかな……。それとも本当は気付いているのに私に言わせようとしているとか……、いや無いね

 

 

「キス、しようよ……?」

「…………」

 

 

10秒

 

 

「…………」

「…………」

 

 

20秒

 

 

「…………」

「…………」

 

 

30秒

 

 

「何か、何か言ってよ……」

「お、おう、すまん。それでキスか?じゃあこっちこい」

 

 

言われた通り指定された位置に移動し向き合った

 

 

ぱん!

 

 

「っ!!」

「…………」

 

 

瞬間、目の前で手を叩く。つまり猫だましをされた。思わぬ事態に三秒ほど止まる

 

 

「はりゃ、はちゃみゃんしゃん」

「原型残ってないぞ、それ。まあまずは深呼吸して落ち着け」

 

 

心音が通常になるように心を落ち着かせ記憶の整理を始める。記憶にあるのは小町さんの話を鵜呑みにして八幡さんにキスを迫る私。……うぁ、我ながら恥ずかしい事したもんだね。それに凄く馬鹿な事を考えてたよ。八幡さんが盗られることはないのにね

 

 

「よし、落ち着いたな? じゃあ小町に何を言われた?」

 

 

~少女説明中~

 

 

「あれだな、アホかお前」

「うん、アホだったよ……」

 

 

自分の頭の悪さ加減に呆れて自嘲気味に笑ってしまう。君の事を信じているかと思っていたけど信じ切れていなかった自分が憎いよ。……でも、君の周りには女の子が多いからどうしても心配になっちゃうよ、それも悪い事かな?

 

 

「安心しろ、俺は小町と……、お前が好きだからな」

 

 

思わず目を見開いてマジマジと見つめてしまう。顔を限界まで逸らしても真っ赤になった耳までは隠せなくて、八幡さんが如何に真剣に言っていたかがわかる。その想いに応えたいな

 

 

「私は君と小町さんが、大好きだよ」

 

 

そして私も赤く染まった頬を見られない様に顔を逸らす。お互いに口を開かないがこの沈黙は決して気まずいものでは無い、八幡さんが真剣に私の事を「好き」と言ってくれるなら私も君の事を最後まで信じるよ。さてこのまま緩やかに時を過ごすのもいい、もう一勝負仕掛けるのも面白いと思う

 

 

「ね、それで、えっと、キスはしてくれるのかな?」

「お前……、今それを言うか」

 

 

寧ろ今言わなくて何時言えと言うのかな君は、これ以上絶好の機会はそうそう無いよ。だから少し踏み込んでみよう。もう印は必要ない、ただ一つの愛が欲しいだけ。……ちょっと欲張りになっているかな?

 

 

「嫌なら、私からしようかな」

「あー、待て待て。じゃあ眼瞑ってろ」

 

 

今度も言われた通り眼を閉じ顔を上向きにして待つ。待っている時間が凄く長く感じる。何分だろう、いやまだ10秒も立っていないのかもしれない。待てば待つ程緊張してくる。うぅ、早く来てよ八幡さ

 

 

ちゅ

 

 

「これで我慢してくれ」

「ぇ、ぁ、ぅ、うん」

 

 

唇が触れる感触がした。……額に。まったく君は本当に面倒な人だね、でも今日はいいや、別の機会では私からしてみて反応を見ようかな。私はゆっくりでも前に進もう。大丈夫、八幡さんが落とされる訳がない、セキュリティーがとても堅いからね。勿論警戒を怠る理由にはならないけど。さて飲み物でも淹れてきてあげようかな



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目に毒なカップル

番外編の小町視点です


良い子の皆さんも悪い子の皆さんもこんにちは、小町です。今日は皆さんにお兄ちゃんと八千代さんのラブラブっぷりと何かずれている付き合いを小町視線でお送りします。それでは愛の彼方に行ってキュー!

 

 

「…………」

「…………」

 

 

今ソファに座っているのは読書中のお兄ちゃんと八千代さん。テレビを見る時とかはお兄ちゃんの膝の間に座っている八千代さんですが、読書中や手元で行う趣味をする時はお兄ちゃんと背中合わせで座っています。別にもたれ掛っている訳でもなくただ身を寄せてるだけ。小町の少しませてるお友達は「彼氏と○○した」とか「△△した」とか「へー」としか思わない事ばかりですが、「ただ本を読んでるだけだよ?」と不思議そうな顔されると、ラブラブ過ぎてこっちが身悶えそうです。今飲んでるブラックコーヒーが甘く感じます

 

 

「……近い内、何処か遊びに行こうよ」

「あー……、前回はビリヤードだったな」

 

 

この二人は基本家でのんびり派なのですが、八千代さんは気まぐれに遊びを提案します。頻度が高くないのでお兄ちゃんも「あーそだなー」で済まし、出掛けるので八千代さんはもうお兄ちゃんの手綱を握っているという真実! ちなみに今までは、ボーリング、スケート、ビリヤードです。どうやらショッピングよりスポーツを楽しむ信条の様ですね

 

 

「あっ、フリークライミングだったか? あれやりたいと言ってたろ」

「そうだったね、君はそれでいいかな?」

「おー、後で調べとくわ」

「よろしく頼むよ」

 

 

言葉のキャッチボールは3往復で終わりを告げ読書に戻る二人。うん、サッパリのスッキリのサラッサラッでぇす。ええ、小町は高校生カップルは性欲の塊だと思っていましたが違うんですね、そうですね。いやこの二人がプラトニックなだけでしょうか?小町が理解するには少しむずかしいです

 

 

「んぁ……、少し寝ようかな」

「おう、おやすみ」

 

 

八千代さんはよくお兄ちゃんの膝を枕にしている、と言っても仮眠をとる時だけです。でもまあ八千代さん良く寝ますし遊びに来た日は最低でも1時間は寝てますから毎日枕にしてるようなものですけどね。ちなみに八千代さんがお兄ちゃんを膝枕してるところは小町が知る限り一度もありません

 

 

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 

 

のび太君も目を見張る程の早さで眠りに落ちていく八千代さん、お兄ちゃんは本を読みながら片手間に小町にしてくれた様に、何時かカーくんにしてあげた様に頭を優しく梳かす様に撫でていく。……小町としては、あまり面白くない

 

 

「くぅ……ん……」

「…………」

 

 

八千代さんはお兄ちゃんには勿体無い程ポイントが高い。身長は小町より低い、体系も「ボンキュッボン」とは遠くかけ離れ「シャシュッシャ」ぐらいだと思っている。……これは八千代さんには内緒ですよ?とにかく体系がロリなのは置いといて、料理は小町と同等かそれ以上、運動も恐らく平均以上、勉強も解りやすく効率的に教えられて、お兄ちゃんのオタク趣味にも偏見が無くて、独特の世界観を持っているから例え専業主夫になりたいと言っても真剣に検討しそう、それに小町の事も大事にしてくれている

 

 

「んっ?!」

「うぉ、わ、悪い」

 

 

お兄ちゃんがウトウトしながら読んでいた本が手から滑り落ち八千代さんの額にクリティカルヒットした、流石に痛みやらで眠れなくなったのか額をさすりながら読書を再開している。今更だけど八千代さんの読んでいるのはお兄ちゃんから借りたライトノベル。ヒロイン達が心に闇を抱えた主人公を攻略する「これラノ?」で3冠達成したやつ

 

 

「この主人公は面倒な人だね」

「まぁ、ファンの間では攻略難易度エクストリームと言われてるしな」

「君も中々面倒な人だったよ、エクストリーム?」

「別にそこまでじゃ無いだろ、……現にお前に攻略されたしよ」

 

 

偶に、偶にですよ? お兄ちゃんの方が乙女な気がする時があるんですよ、今なんて顔逸らしてボソッと「現にお前に攻略されたしよ」ですよ?お兄ちゃんが読んでる本とかでヒロインが「……バカ」とボソッと言うぐらい乙女な感じですよ?お兄ちゃんは何を目指してるかな、お嫁さん? 八千代さんがその気になればお兄ちゃんはお嫁さんになりそうだからヤバイ

 

 

「小町さん、なに複雑な顔をしているのかな?」

「いえっ、小町の事なんか気にせずイチャッイチャッしてください」

「それはもう少し表情を隠してから言ってくれ」

「えっ、嘘」

 

 

パッと顔を覆ってみるも、自分の表情は見えない。……あれ?

 

 

「もしかして、鎌掛けた……的な?」

「そんな簡単に掛かるとは思わなかったけどね」

「んで、どうした」

「んー……」

 

 

どうしたもこうしたも、少し恥ずかしく感じるから自分の口では言いたくない。でも鈍感ごみいちゃんが察してくれるわけないか、うん、部屋に戻ろ。画面の前の皆さん今日はお開きで

 

 

「ごめん。少し電話出てくるよ」

「いてらー」

「……あれ?」

 

 

す? 急に八千代さんの電話が鳴り始めた為、会話が中断される。ササッとドアの向こうに移動した八千代さんが何か話してるが口元を覆いながら通話してるせいで内容までは聞くことが出来ない。……2分も立たぬうちに戻ってきた

 

 

「悪いけど買い物頼まれちゃってね、今日はさよならだよ」

「ん、そうか。道中気を付けろよ」

「うん、じゃあね」

 

 

……もしかして八千代さんに悟られた?! そうとしか思えない、あのタイミングで電話が来てしかもおつかいを頼まれるなんて偶然はそう起こらない、そんなの小町にも解りますよ!とにかく玄関までに聞き出さなきゃ

 

 

「……八千代さん、小町のせいですか?」

「何を言ってるかまるでわからないね、君は何をしたのかな?」

「え……と……」

「言いたくないなら別にいいよ、じゃあまた明日ね」

「……はい」

 

 

八千代さんは隠す気も余りないからそれが本物か偽物かわからなくなる時がある。でも今日はすっごい分かりやすい、要するに今日はお兄ちゃんに好きなだけ甘えていいという事ですね!ならなら、善は急げ!

 

 

「おにぃちゃ~ん」

「お、おう。どうした、頭ぶつけたか?」

 

 

語尾にたっ~~ぷりハートマークを付けた呼びかけは頭を心配された。ですがここで終わるわけにはいかないんだ!明日も八千代さんが遊びに来るだろうから!

 

 

「小町は少し寂しいのです!と小町は小町はツンツンしてみたり!」

「どこのクローンだ。……じゃあこい」

 

 

お兄ちゃんは八千代さんのおかげかスキンシップに前より寛大になりました、ベタベタ触るのはうっとうしがられますが。とにかく膝の上にドーン!

 

 

「ごふっ!」

「やはりお兄ちゃんの乗り心地は良いどすなー」

「お兄ちゃんは下腹が痛いよ……」

 

 

やはり小町がお兄ちゃんのことが大好きなのはまちがっていないのです! 同じくらい八千代さんも大好きですけどね! 小町の兄離れは当分ありえません!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八幡さんと生徒会長さん

 

 

 

放課後。今日は雪ノ下先輩の都合が悪いので奉仕部は休み、偶には一緒に帰ろうということになり校門で八幡さんと待ち合わせをしている。残念ながらHRが長引いてしまい八幡さんは風に吹かれているだろう。ごめんね、今急いでそっちに向かっているよ

 

 

「遅れてすまないね、八幡さん」

「せんぱーい、可愛い後輩のいろはですよー!」

「お、おう……?」

 

 

二人同時に話しかけられた八幡さんは勿論、声が被った私と一色さんも一様に首をかしげる。人通りが少ない訳じゃないし移動するかな

 

 

「えっと、話は歩きながらにしようよ」

「そだな」

「ちょ、ストーップ!先輩手伝って下さい!軽いピンチです!」

「ぐぇ」

 

 

クルリと向きを変えて帰路に着こうとした八幡さんの襟首を鷲掴むにした一色さん。それにしても正に潰れるカエルの声だったね。いや気にするべきはそこじゃない。とにかく一色さんの好きにはさせないよ。今日は一緒に帰る約束だったからね

 

 

「げほっげほっ、何しやがる……」

「ですから、先輩に手伝ってもらおうと」

「はぁ、自分でピンチ位捌けって」

「先輩の口車に乗せられたのに、およよ……」

 

 

わざとらしい。大体校門まで出てきて八幡さんを誘ってる暇を仕事に充てれば片付きそうだけどね。八幡さんはこういうの弱いね。それとも女の涙に弱いとか男の鏡と言うべきかな?

 

 

「八幡さん。いくよ」

「え」

「態々部外者である八幡さんに手伝わせるような事がピンチなのかな?」

「うっ」

 

 

それとも新生徒会長様の事を想って全肯定で応援してあげた方がいいのかな?そんなのダメな人間を作り出すだけだし何より面倒だから嫌だけどね。ま、何より

 

 

「もう少し野心を隠して貰いたいものだね」

「!」

 

 

蚊帳の外になった八幡さんはほっといて一色さんに畳みかける。その眼に色濃く映る光を私は知ってるよ。あの日奉仕部の部室で君達が決意をした時と同じ眼だよ

 

 

「流石の私もあからさまな下心がある人間に、八幡さんのレンタルはできないよ」

「じゃあ!奉仕部に依頼します!どうですか先輩?!」

 

 

そうだね。普段だったらそれが正解だよ。普段だったらね。……まさかとは思うけど八幡さんが何故校門に立ってるかも分からない訳じゃないよね?

 

 

「今日奉仕部休みだから」

「え!?」

「はぁ……」

 

 

そのまさかだったよ

 

 

「という訳で今日は諦めてくれないかな?」

「という訳だ、もう諦めな」

「うぅー!……あれ?若葉さん、クラスにいる時と雰囲気が違いますね」

 

 

いまさら気付くとは恐れ入るよ。うん、遅いね。八幡さんしか見えてないのかな?それともよっぽど私に興味が無いのかな?だとしたらあまりお勧めだけないね。城を落とすには情報が一番大事だから

 

 

「まあね、アレの方が面倒事に巻き込まれないからやってるだけだよ」

「へぇー、クラスの男子が膝に乗っけてみたいと評判ですよ」

「うん、知りたくなかった情報だね」

 

 

うん、知りたくなかったよ。何か温かいような絡みつくような視線を向けられてると思ったらそんなこと考えていたんだね

 

 

「はー、若葉さんってお堅いイメージでしたけど割とフランクですね」

「……その感想は初めてだよ」

 

 

今まで見せる機会も無かったし見せても大した感想はもらえなかった。一番面白かった感想は雪ノ下先輩の『出来損ないの仮面を見てるよりずっと精神的負担が少ないわ』だね

 

 

「とにかく私は帰るよ。じゃあね一色さん」

「おー、やっとか」

「……待ってください」

 

 

少し腹立つね……。私も八幡さんも早く帰りたいと言うのに、いつまでも校門に留まっていたくないよ。手っ取り早く終わりにしようか

 

 

「……ならゲームで私に勝てたら手伝うよ」

「何のゲームにしますか?」

「長くなるのはやめてくれよ」

 

 

わかってるよ、そこまで長引かせる気は無いし、長時間続くようなゲームでもないよ

 

 

「ゲームは「にらめっこ」。先に目を逸らした方の負け。いいかな?」

「ええ!どんとこいですよ!」

「それじゃあ必要ないと思うけど審判頼むよ、八幡さん」

「必要ないのにか」

 

 

必要ないけどね。とにかく了承してくれたなら試してみたい事もあったし『アレ』をやってみようかな。どのような反応してくれるか楽しみだよ

 

 

「にーらっめっこしーてろ」

「逸らーしたっら負けだっよ」

「あっぷっぷ!」

 

 

…………。あのね一色さん

 

 

「別に変顔を晒さなくてもいいよ?」

「え、でも」

「……それでこいつが眼を逸らすと思ってんならいいだろ」

「…………」

 

 

顔を赤くして黙り込む一色さん。取り敢えず変顔をやめてくれてよかったよ、君の株が下がっても保証できないからね。さてそれじゃあ『アレ』を……

 

 

「若葉、さん?」

「八千代……?」

 

 

視界に映る物が少しづつ色褪せていくのが面白い。眼がドロドロした靄に包まていく感覚もまた新鮮な体験で面白い。……うん、こんなところかな

 

 

「どうかな? 最近出来る様になってね」

「お前、眼が腐ってるぞ!?」

「あ、あわわ、わたしのせいですかせんぱーい?!」

「いや、これは、きっと、何だ……?」

 

 

わぁ、凄い混乱してるね。これならやった方もいい気分になれるからナイスリアクションだよお二人さん。これは暇なときに鏡を見つめていたら偶然出来る様になった技だよ、こう、イメージとしては水底に沈んだ土を掻き出すみたいな感じかな

 

 

「……これをしても眼を逸らさないとはね、驚きだよ」

「先輩を連れて行かないとただサボっただけになりますし」

 

 

後に引けないだけだね、でも君の眼には野心の他に恐怖の色があるよ。1つの染みがあれば十分、ここから私の独壇場だよ、一色さん?ちなみにこの眼を腐らせる技を使うと副作用として眼がゴロゴロするから目薬が必須だよ、継続時間は10秒ぐらいかな

 

 

 

「……う」

「もういいんじゃないかな。悪戯に時間を使うより賢いと思うよ?」

「うぅ~~~」

 

 

涙目になりながらも私からは決して眼を逸らすことは無い。ああ、やっとわかった、仕事はどうでもいいみたいだね。私に半場怯えながらも自分の欲望を貫こうとするとはね。やれやれ、その熱意に負けたよ。これ以上は無駄な時間だしね

 

 

「一色さん、君の勝ちだよ」

「ふぇ?や、やったー!」

「はぁ……」

 

 

大きな身振りで喜びを表現する一色さんを横目で見ながら溜息を吐く八幡さん。ごめんね、つい面白いものを見つけちゃったから。……まぁ、保険は掛けといたけどね

 

 

「じゃあ八幡さん、今日も遊びに行くからね。行くよ一色さん」

「へ?」

「は?」

「ん?」

 

 

皆一様に小首を傾げる。何か変な事言ったかな?あ、説明するべきだったね

 

 

「私は「手伝う」としか言ってないよ、「八幡さんが」は言ってない」

「え、えぇぇぇぇ!ズルいですよぉ!」

「さて、私は真実しか吐いてないから何の事か解らないね」

 

 

本当に面白い、小町さんに雰囲気的に似てるのが尚いい。小町さんは大事だからついつい壊れ物みたいに接してしまう時があるけど一色さんなら何の心配もない。私に恐怖感を抱いてその野心を眠らせてくれる時が別れる時、それまでよろしくね。……くく

 

 

「また後でね。行くよ一色さん」

「お、おー、いてらー?」

「せんぱーい!助けて先輩!せんぱぁあいぃ!せんぱぁぁいいぃ!」

 

 

 

 

 

「……さらば、一色。暁に眠れ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八幡さんへのプレゼント

「遅いです。わたしより2分遅いです」

「おや、それは悪かったよ。まさか君が7分前行動を試みているとは思わなくてね」

 

 

とある日の休日、やりたい事があったので一色さんと(半場強制的に)約束をしてららぽーとにまで買い物に来た。最初は渋っていたけど『美味しい話があるよ』と言ったらOKを貰った。感謝するよ。

 

 

「それで、美味しい話とは?」

「報酬は後払い、先に私の用事に付き合ってくれないかな?」

「えぇー、わかりました……、絶対話してくださいね」

「安心してよ、悪いようにはしないから」

 

 

うんうん、話が分かる子は好きだよ。一色さんも聡明だね。私に噛み付いても意味が無い事も退いても止めない事を分かってくれて嬉しいよ。

 

 

「それで今日は八幡さんにプレゼントを買おうと思ってね」

「手伝えと……?」

「うん、よろしくね」

 

 

別段おめでたい事があったわけじゃないけど、私も八幡さんも形が残るものはあまり買わないものだから、こう、証みたいなものが持っていない。小町さんが言ってたみたいな『印』はまだ少し恥ずかしいしね。

 

 

「はぁ、わかりました。何を買うかは決まってるんですか?」

「んー、アクセサリー、かな」

「じゃあこっちから周りましょうか」

 

 

一色さんは先導して目的地に歩き始める。……そういえば一色さんは私と同い年だというのに、態々八幡さんと居る時の口調じゃなくてもいいんじゃないかな? まあ演技の使い分けが面倒なのは知ってるから気持ちは分かるけどね。

 

 

「アクセサリーと言うと、ペンダント指輪ブレスレット、ですか?」

「だろうね、とにかく見て回ろうよ」

「はーい」

 

 

  *  *  *

 

 

「こんなのとかどうですか?」

「あー」

 

 

一色さん曰く、学生にも手が届きやすいお値段でオシャレなアクセサリー屋に来てみた。そして持ってきてくれたのはリングにチェーンを通したネックレス。中々シンプルでデザインも悪くは無い、でも。

 

 

「悪いけど、ピンとこないかなぁ……、八幡さんに似合うとは思えないしね」

「ですよねー……、はぁ」

 

 

私が否決すると一色さんは肩をがっくり落とし溜息を吐いた。出発してからそろそろ二時間、もうお昼の時間になってしまった様だよ。プレゼント選びは難しいね……。事前に調べておくべきだったかな、でも中途半端な知識でも……。

 

 

「すまないね、君が熱心に進めてくれるのに……」

「いえ、一旦カフェにでも入りましょう。少し疲れました」

「じゃあこっちかな」

 

 

今度は私が先導して歩き出す、こういうところには日常的に来ないので少し道に迷ってしまう時もある。嫌いな訳じゃ無いけど差して面白くも無い。私はまだお子様なのかもね。

 

 

「それにしても若葉さんって小柄ですよね~、何処がとはいいませんけど」

「ふふ、これが私だから。そうそう変わることはないよ」

「つまりずっと寸胴と言うことですか」

 

 

……とりあえずプレゼント選びの二時間で分かった事は私と一色さんのセンスの違い位。参考にはなったし面白かったけど、やっぱり合わないね。本当にどうしようかな。渡すなら私が納得したものがいい、渡すなら身に付けられるアクセサリーがいい、渡すなら気に入ってもらえるものが

 

 

「……若葉さん?」

「決めた……、これにするよ」

「え?」

「ちょっと行ってくるね、先に行ってていいよ」

「え、ちょ」

 

 

これだ、これがいい。このショーウィンドウに並んでいるこれ。私が納得できて身に付けられるもの、気に入るかは分からないけどそれもプレゼント選びの醍醐味だよね。八幡さんへの初めてのプレゼントはこれで決まり、ってね。

 

 

  *  *  *

 

 

「普通に酷いです」

「……反省してるよ」

 

 

気に入ったものがあったから店に入って出てきたら一色さんがいなかった、仕方なく電話したら『自分勝手過ぎる』と言われてしまった。これは流石に否定できないね。

 

 

「それで『美味しい話』とはなんですか」

 

 

ああ、忘れてた。そんな話で一色さんを釣り上げた気がする。一色さんも疑り深くなってしっかり八幡さんに関係するかまで確認されたからね。元よりそのつもりだけど学習してくれるのは何処か楽しい。

 

 

「うん、君が八幡さんを生徒会に引っ張るのを止めないよ」

「……隠していることはありませんか?」

 

 

もう酷くないかな、まあ今までの私じゃ仕方ないか。

 

 

「無いよ。私も落ち着いてきてね、少し八幡さんを縛り過ぎたかなって」

 

 

一応部活に行くのを縛っていないけどどうしても不安は拭えないでいた、でも今日買ったプレゼントで自分を安心させて八幡さんを自由にしようと思ってね。今回は文字通り証でいつかは印を付けるよ、……流石に覚悟が必要かな。

 

 

「ふぅん、まあ信用してみます」

「ありがとね。ああ、私も誘ってくれていいよ?」

「それは遠慮します」

「そっか、残念」

 

 

八幡さんの隣でお仕事に励むのも一興かなって思ったんだけど、さほど残念とは思っていないけどね。

 

 

「それで何を買ったんですか?」

「ん、ああ。これだよ」

「…………」

 

 

購入時に入れてもらった商品の宣伝の用紙を見せる。……と何故か微妙な顔になられた。えっと何かおかしいのかな?直感に従った結果だけど。

 

 

「よく変わってるって言われません?」

「よくわかったね、言われるよ」

 

 

いや、私としては真面目に選んだり過ごしているつもりなんだけどね。まあ周りから少し浮く性格なのは自覚してるよ。必要な時は仮面をかぶるから直す気は無いけど。

 

 

「はぁ……、とりあえずプレゼント渡しに帰ったらどうです?」

「ん、いいのかな?誘った身としての礼儀はある程度弁えてるよ」

「いえ別に期待してませんし、今日はすぐ帰ります」

 

 

……期待してないと言うのはどういう意味なのかな?私の普段の行動を見た答え、それとも単純にそういうのを求めないのかな?前者だろうね。

 

 

「そっか、お先に。後会計はしとくよ」

「え、ありがとうございます」

 

 

誘った身としての礼儀だけどね、報酬のおまけか何かだと思ってくれればいいよ。

 

 

  *  *  *

 

 

最早当たり前の様に比企谷家で向かい合いながら食後のお茶を啜る。結局帰ってからタイミングがいまいち解らなくてプレゼントは渡せていない。思えば誰かにプレゼントを贈るのは随分と久しぶりかも知れない、多分小学校低学年の時位かな?

 

 

「んー」

「何かあったのか、帰ってきてから変だぞお前」

「……そうだね」

 

 

変、私らしくなかったかもしれない。私も女の子だし照れたり恥じらう事もあるけどタイミングを掴めずに立ち止まるのは私じゃない。

 

 

「君にプレゼントがあるんだけど、受け取ってくれるかな?」

「当たり前だろ。……悪いなこっちは何もなくて」

 

 

ある程度予想してたけど馬鹿な事を言うね八幡さん。この前結構なモノを君から貰ったばかりだと言うのに、忘れたのかな?

 

 

「ふふ、じゃあもう一回額にキスしてもらおうかな?」

「恥ずいからヤダ」

 

 

残念……、欲しい気持ちは嘘じゃないんだけどね。君が首を縦に振るとは端から思っていないけど残念なものは残念だよ。

 

 

「そっか、それじゃあプレゼント。どうぞ」

「おお、サンキュ。開けてもいいか?」

「うん、こっちからお願いするよ」

 

 

がさがさと包装紙を綺麗に剥がして中身を取り出す、八幡さんの掌と同等か少し大きい位の箱でその中に私が選んだプレゼントが入っている。……今更だけど少し緊張するね。

 

 

「首輪……、違うチョーカーか」

「正解。首輪の方が好みだったかな?」

「チョーカー大好きです、ええ、はい」

 

 

八幡さんにプレゼントしたのはシンプルなチョーカー。幅が二㎝位あるから首輪っぽくも見えるかもね。とりあえずはまあ、プレゼントしたものが好みに当て嵌まっている様でよかったよ。それじゃあ私も付けようかな。

 

 

「……ああ、もしかして」

「うん、お揃いだね。さ、君もつけなよ」

「お前って結構あざといよな……」

 

 

それは自覚してなかった、面白い事を知れたね。と言ってもいまいち理解は出来ないのが残念だけど。 さてチョーカーを付けるのに手間取ってる八幡さんを手伝おうかな。

 

 

「うんうん、似合ってるよ」

「違和感が凄いがいつか慣れるか」

「ところで、どうかな?」

「ああ、似合ってる。可愛い」

 

 

そ、そう。ストレートに伝えられると少し照れるね。これはいわゆるデレ、ということでいいのかな。ふふ、嬉しいよ。

 

 

「君もかっこいいよ、流石は私の彼氏さんだね」

「あんがとよ」

 

 

む、やっぱりこれじゃ効果は薄いね。デレてくれるのも嬉しいけど……、やっぱり照れて赤くなる君の方も愛らしいよ?

 

 

「チョーカーについてだけど手入れとかは説明書が付いてるから参考にして」

「ん」

「それと校則違反ではないからよろしくね」

「お、おう」

 

 

チョーカーを付けて所有していることを主張するとかまるで飼っているみたいだね、私も付けてるし八幡さんに飼われているように見えるのかな。

 

 

「……ご主人様」

「は?」

「何でもないよ」

 

 

うん、何でもないよ。あまりにもらしくない、まだ八幡さんに呼ばせた方が私らしいよ。別に呼ばせる予定は一切無いけどね。

 

 

「いやでもさっき」

「何でもないよ」

「……そうか?」

「そうだよ」

 

 

しつこい男はモテないらしいよ?モテなくていいけど、寧ろモテないで。彼女達が本当に諦めたかどうかわからない状況で下手に敵を増やしたくないからね。

 

 

「よし、こい」

「何かな? ひゃ」

 

 

近づいたら手で引かれ八幡さんの胸に吸い込まれる。さ、最近慣れてきたよね、今日も私の方ばっかり喜んだり照れたりしてる気がするよ。

 

 

「えっと、どういう意味かな」

「ちょっとした礼だ」

 

 

きゅ、と抱きしめられると思考より至福の方が増して思考が鈍る。むぅ……、幸せだけど上手く転がされているような気がする。でもまあ、君に猫みたいに可愛がられるのもありかもしれない、君は私の物で私は君の物だから、ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。