テイルズオブフェイティア〜宿命を運命へと変えていくRPG〜 (平泉)
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本編 第1部
あらすじ 世界情勢等


読まなくても最初の本編付近は問題なく分かりますが、読んだら作品が理解しやすいと思います。これはぶっちゃけ流し読み程度で全然大丈夫です。

※この作品はテイルズオブシリーズを基調としたいわゆるオリジナルテイルズです。ゲーム会社様、その他関係者様とは一切関係ありません。画像の無断転載は固くお断りしております。ご了承ください。

一部分挿絵あり(絵が苦手な方は注意!)

WORLD MAP

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この世界、この惑星、イストラス───

大陸は一つだった。しかし、ある天災が起こった。

 

正確な年号は解明されてないが、約100年前、「エストケアライン」が発生した。人類に、この「エストケアライン」以前の記録極めて少ない。勿論、あったにはあったのだ。しかし、伝承の書物は解読不可能な文字で書かれている。それを読み解き天災以前の事を知るのが、人類の永遠の目標である。

 

「エストケアライン」

 

天から一直線に、幾多に降り注いだ光を人はそう呼んだ。この凄まじい光は、大陸を3つに分断した。

 

凄まじいエネルギーの光の影響で多くの生命が死に絶えた。動物が凶暴化し、魔物と化したり、人も例外ではなかった。

 

世界が荒廃し、滅びに向かっている最中、救世主が現れた。傷などを一瞬で治してしまう、治癒の力を持つ者達だった。人々は彼らを「治癒術師」と呼び敬愛した。彼らは人々を再生の道へと導き、やがて3つの国の統制者を選び出した。

 

北のスヴィエート帝国、西のロピアス王国、東のアジェス皇国。

 

これらの国の統制者は、治癒術師の助けを借りながらも、荒れた土地と共に国を再建していった。

 

そして、人々は発見した。エストケアラインによって、新たな力が生まれたのだ。世界に満ちる全ての根源、

 

「エヴィ」

 

これは人類のなくてはならないものになった。エヴィを使い、術を使う。エヴィが結晶化したものを、燃料として使う。人々は瞬く間に進化し、再生していった。しかし、3つの国が生まれたとなれば、人間は争うものだ。より良い土地、そして世界を一つに統治せんとした。そして、戦争が起こった。

 

第1次世界大戦だ。

 

戦争は激化を極めた。治癒術師達は、傷を治せる力を買われ、次々と戦場に駆り出された。国のために戦う兵士達を壊れた人形を治すかのように治癒術師を酷使した。治癒術師が居ては戦争が終わらない。ロピアス王国は、治癒術師を殺さない。暗黙のルールだったそれを破った。

 

ロピアスはスヴィエートの治癒術師を虐殺し始めたのだ。治癒術師達は激減した。やがてロピアス王国が勝利を手にし、栄華を極めていった。大敗したスヴィエートは復讐を誓い、一方アジェスは中立を貫く事を決めたのだった。ロピアスと付かず離れず、時々属国として、ロピアスに貢献する。停戦はしたものの、いつまた起こるか分からない、そんな状況だった。

 

そして、時代は流れ、また戦争が起こる。

 

第2次世界大戦。

 

この戦いでスヴィエートは見事復讐を果たした。因果応報、とでも言うように今度はロピアスが大敗を期した。この戦争で、少ない治癒術師がまた減少した。

 

第2次世界大戦から20年─────

 

スヴィエート帝国の皇子、

 

「アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエート」

 

彼は次のスヴィエートを背負う、第一皇位継承者である。

 

彼は、この先苦難の道を辿る事をまだ知らない。

 

この先どんな運命が待っているのか

 

まだ、知らない──────




テイルズオブシリーズのゲームの説明書に載ってるアレですね

ハーメルン一周年記念イラストを読者イシル様より
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物語始動

この物語は、二次創作のいわゆるオリジナルテイルズです。この作品では、歴代テイルズシリーズではおなじみ治癒術師という存在がかなり希少価値、という設定になっております。


外は、しんしんと雪が降り続けていた。

 

窓に映る自分の姿。

 

コバルトブルーの髪に、つり目。それは銀色の瞳。アルエンスは窓に映っているもう一人の自分の頬に手を当てた。そして、目をゆっくりとなぞり、窓の自分の目に爪を立てた。

 

「……………裏切り者、スミラの、目……」

 

 

最低限の家具だけが置いてあり、質素であるがどことなく豪華で広い部屋。家具がないせいか余計広く感じる。

部屋は暖かく、ストーブの音がやけにうるさく聞こえた。外は銀世界。このスヴィエートは1年の8割が雪に覆われている。冷たい窓に手を当て、静かに外を見つめいていると、部屋のドアがノックされた。

 

「アルエンス様、陛下から伝言です。 至急謁見の間へ来るように、とのことです」

 

彼の執事、ハウエルの声が聞こえた。不思議に思いつつも、

 

「分かった、すぐに行く」

 

と返事を返した。しかし、そうは言ったもののため息が1つこぼす。いきなり呼び出されるとは、一体何なのだろうか?

 

ドアを開けると少し肌寒い。廊下は長く続いており、ひんやりしている。さらにその城の構造、色まで何か冷たい感じを醸し出している。外から見ればさぞ厳格な雰囲気だろう。

 

しばらく歩いて行くとエレベーターがある。このエレベーターが謁見の間へのただひとつの通行手段だ。

 

エレベーターに乗り、数字が上にあがっていくのを見つめる。エレベーターは止まりまた廊下が彼の眼に映る。しかしその廊下は一味違う。豪勢な装飾で彩られ、両側にはこの国の国旗が掲げられている。

 

そして目の前には大きな扉。謁見の間だ。見張りの兵が自分に敬礼する。御苦労、と一声かけ扉が開かれる。皇帝だけが座れる椅子にはなぜか皇帝ではない人物がいた。

 

アルエンスの再従兄弟のアードロイスだった。彼は第2皇位継承者。皇帝ではない。そしてその隣には彼の母親、サーチスが立っていた。

 

「アルスー!やっと来たね~? 遅いから道に迷ったのかと思ったよ!」

 

皮肉たっぷりと彼は言う。それを無視して疑問をぶつけた。

 

「アロイス…、何でお前がそこに座っているんだ? 皇位継承は20歳になってからが原則だぞ」

 

「今日はヴォルフの体調が特にすぐれないのです、それに伴い代理としてアロイスがここにいるのですよ」

 

アードロイスはアロイス、アルエンスはアルス。親しい仲の者は皆この略称で呼び合う。皇帝ヴォルフディアをヴォルフと呼ぶのは妻のサーチスだけだが。

 

アルスはサーチスの言葉に胸を痛めた。

 

「陛下、また体調を……」

 

「ええ、だから今日は特別に、息子のアロイスが仕切っているのです」

 

「そうなんですか…あの、大丈夫なんですか?」

 

不安げにアルスは問う。この事態は一度や二度ではないのだ。

 

「しばらくしたらまた治りますよ。顔色は常に良くありませんけどね」

 

サーチス様は何事も起きていないように話す。この国の皇帝ヴォルフディア様の妻だというのに、少し薄情というか、淡白というか。常に無表情だ。もともと感情表現が苦手だからなのか、冷静沈着すぎるのか?アルエンスに本当の事は分からなかった。

 

「母上、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」

 

「ああ、ごめんなさい、アロイス。ええ、どうぞ。」

 

「グランシェスクで新兵器が開発されたんだ。それの能力をアンタの目で確かめてきてよ。いわゆる視察出張ってやつ?」

 

「………随分と急だな、新兵器だなんて」

 

アルスは不思議に思った。緊急の用事かと思えば、新兵器の視察とは。正直拍子抜けだ。

 

「何?何か文句あんの?」

 

「いや…何でもない。」

 

「アルス、これは重要な仕事なのですよ。貴方はこの国、次期皇帝になる存在なのですから」

 

「はい、分かっています…」

 

サーチスが促すように言うがアルスは納得できなかった。機械を見るのはすごく嬉しいのだがそれが戦争に使う物だとしたら事情が違う。

 

戦争は…始まってほしくない…。

それが本音だ。

 

戦争なんか始めたら罪のない人が大勢死ぬ…。昔起こったあの無残な治癒術師大量虐殺がいい例だ。とにかく、凡庸的な自分にとって、いい話ではなかった。

 

「で、どうなの。引き受けんの?仕事」

 

(引き受けなければ無理やりにでも受けさせる癖に…)

 

横目を逸らし、そう心の中で呟く。

 

「ああ、分かった。で、いつからだ?」

 

「今日」

 

「今日!?」

 

アルスは思わず声を荒らげてしまった。

 

「護衛は少なめにして行きなさい。多いと市民を不安にさせてしまいます。あくまで街の状況観察が表向きです」

 

「待って下さい、急過ぎませんか!?」

 

「急を要するんだよ!開発の促進を、次期皇帝に認めてもらわないとね!ほら早く行けよ!この堅物!! 」

 

アロイスの嫌味もだんだん気にしなくなってくるほど神経が図太くなってきた

しかしムカつく。こちらも言い返してやった。

 

「そうだな、お前も母親がいないと何にもできないお坊ちゃま…だもんな。早く行くとするよ」

 

「何だと!?」

 

「何だ。図星だろう?」

 

「ふざけるなよ! お前なんて…お前なんて…!」

 

アロイスは椅子から立ち上がりアルスに掴みかかる。

 

「二人とも、おやめなさい」

 

サーチスから無言の殺気があふれ出た。

2人はアイコンタクトを交わし、ここはお互い引くことにした。

 

「ああえっと…!行ってまいります!」

 

逃げるように後ろを振り返る。無言の視線が突き刺さる。

 

「何だよ!お前!母親いないからって嫉妬か!?あぁ、いたなそういえば!裏切り者の…」

 

「その話はするな!!」

 

アルスは堰を切ったように振り向き、怒鳴った。

 

「な、なんだよ……!」

 

アロイスは少し後ずさった。彼の迫力に気圧されたようだ。

 

「……行ってくるよ。アロイス」

 

アルスは咳払いをすると何事もなかったようにまた踵を返す。

 

「アロイスって呼ぶな!! そう呼んでいいのは母上と父上だけだ!」

 

「じゃあな」

 

「おい!」

 

後ろで何かごちゃごちゃ言っているが気にせず扉をくぐり抜ける。うんざりしたが、気を取り直す。近くにいた見張りの兵士に言う。

 

「これからグランシェスクに新開発した武器を見に行く。護衛はなるべく少なめに。俺も準備に取り掛かる。その間にそちらも準備を済ませておいてくれ」

 

「はっ。御意であります!」

 

兵士は急いで連絡を回しに行った。

 

(はぁ、とりあえず、ハウエルの所に行こう、恐らく俺の部屋だろう。しかし、何故こうも急に……。無茶ぶりがすぎる…!)

 

 

 

 

 

部屋に戻ると案の定ハウエルがいた。そしてハウエルの妹、メイド長マーシャも部屋の掃除をしていた。ちなみにハウエルは執事長である。

 

「アルエンス様、お帰りなさいませ」

 

「部屋のお掃除をしております」

 

ハウエルとマーシャが優しい笑みを浮かべた。幼い頃から彼らとはずっと一緒だ。父も母もアルスにはいなかった。アルスが0歳の頃に亡くなっている。育たの親はこの2人だと言っても過言ではない。

アルスにとって、父、母のような人だ。年齢的にいうと祖父、祖母なのだが。

 

「いきなりだけど、グランシェスクに出張に行くことになった。新兵器の視察だそうだ。全く、急で困る!で、頼みがあるんだが…」

 

「すでに、準備はできていますよ」

 

そう言いハウエルはアルス愛用の二丁拳銃を差し出した。

 

「ありがとう、流石だな」

 

アルスはフッと笑うとそれを受け取る。

 

「もうお荷物も軍のお方にお渡ししております」

 

マーシャがにっこり笑っていった。

 

「早いな……、ホント、マーシャも相変わらず」

 

「貴方様の、忠実な側近であり、家庭教師でもありますから!」

 

アルスはそんな2人の様子を見て、これから少しの間会えなくなると思うと寂しくなった。

 

「…………では、行ってきます…」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

「お気をつけて…!」

 

すぐに帰って来るだろう。その場にいた全員がそう思った。

 

しかし、この先アルスに降りかかってくる出来事が、人生最大の危機だなんて、この時誰も思わなかった──────





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主人公アルスの容姿です。

アロイス

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サーチス

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狂気の刺客

アルスは見送りの軍人に付き添われ、この街オーフェングライスの正門へと向った。少々緊張し、アルスは忘れ物がないか自分の服をまさぐる。二丁拳銃、ある。

懐中時計、ある。

 

アルスは懐中時計を取り出し、時刻を見た。午前10時32分。時を正確に刻んでいた。懐中時計を閉めた。蓋の部分にスヴィエートの紋章がある。両親の形見の品であった。

 

時計を戻し、視線を前に向けた。

 

正門に護衛軍人が10人いた。少数だが、精鋭の磨き抜かれた軍人である。

 

「お待ちしておりました、準備は整いましたか?」         

 

「ああ、出発しよう」

 

アルスはまた不思議に思った。いつもなら馬車なのだが、それがない。

 

「馬車じゃないのか?」

 

「申し訳ありません、只今馬に流行り病が流行しておりまして…。恐れ多いことながら、港、オーフェンジークまで歩きでございます…」

 

(流行り病?そんな噂あったか?)

と不思議に思ったが、

 

「ふーん……、そうなのか。大丈夫だよ、そう遠くないしな。それに、この国にいれば、雪道は嫌でも慣れる」  

 

特に気にせずアルスそう言って少し笑い、軍人のかしこまった態度を少し緩和させた

 

「はは、そうですなアルエンス様!」

 

 

 

一行はオーフェンジークまでの一本道街道を歩いていく。港オーフェンジークとアルスがいた首都オーフェングライスの街道の間に、高く天へと聳え立つグラキエス山がある。

 

「相変わらずこの山は高いな……」

 

アルスは山を見上げ言った。雪に覆われ真っ白なその山はスヴィエートにとって神聖でもあり、厄介ものでもあった。

 

「この山から吹く凍結風(とうけっぷう)は、凍える寒さだ……!」

 

アルスは身を縮めた。グラキエス山から吹くそれはまさに、首都に当たる寒風であり、この極寒を作り出している根源である。

 

「そうですね。ですが、聖域としても有名ですよ」

 

「聖域?」

 

「おとぎ話です。ある男登山に行ったものが不運にも足を滑らせてしまい崖から転落してしまったのです。彼はそのまま気を失いました。眼が覚めたら人間とは思えない肌が白く、澄んだ水色をした美しい顔立ちの女性が隣にいたそうです。不思議な空間に寝かされていた、というなんとも不思議な話ですよ。その女性は精霊セルシウスだと言われています」

 

「へぇ…、精霊が人間を助けたと?」

 

「そうらしいですね。なんでも崖から落ちた時の怪我が手厚く看護されていたようで、治っていたそうです。そして首には見たこともない綺麗な宝石がつけられていたと聞きます。」

 

「宝石?」

 

「ええ、彼は氷の精霊の涙…といったそうですが。本当なのかはまるで分かりません。これは所詮昔から伝わるおとぎ話に近いものですし第一その男性の虚言を信じるのもどうかと、周りの人は口々に言ったそうですよ。まぁ、気持ちは大いにわかりますが。その後の男性の行方はスヴィエート内では確認されていません」

 

「行方不明ということか?」

 

「ええ…まぁ、恐らく」

 

「なんだ、それならもっと信じられない話だな。その精霊の涙というのもただの宝石だろう。男性の話をおとぎ話好きの人が勝手に改変して流したんだろう」

 

「そうですねー。私も全部信じているわけではありません」

 

「精霊なんて非科学的な者、いるんだったら是非会ってみたいよ俺は」

 

「あはは、私もですよ」

 

皮肉交じりに言う。言うまでもなく、もちろんアルスは信じなかった。歩きながら雑談をしてきたがとうとうグラキエス山の登山入口付近の街道まで来た。しかし、そこで護衛兵が一斉に足を止めた。

 

「何だ?どうした?」

 

隊列の中央にいたアルスは状況がつかめず尋ねる。

 

「殿下…これは…」

 

一人の兵が顔を青ざめてアルスに振り返った。

 

「一体どうし…ッ!」

 

アルスは足を進めた。しかし、すぐに止まった。

 

────道に複数の赤い液体が飛び散っていた。それは雪に滲み、銀世界を赤く染め上げている。血だ。一目でわかる。雪で掻き消されていない。これは真新しいものだ。

 

「こ…ッれは…!?」

 

血の跡を眼で辿ってみると何かの死体ごと引きずられたようにグラエキス山まで血が続いている。その跡がひどく生々しく、アルスは口元を押さえる。

 

「一体何が…!?」

 

吐き気が催す。血の気がサーッ引いて行くのを感じた。全身から嫌な汗が吹き出す。

 

「ぎゃぁぁああああああ!!」

 

耳をつんざくような悲鳴がグラキエス山から聞えた。大きくその断末魔は響きわたる。アルスはダメだと思いながらも気にならずにはいられなかった。足と口が勝手に動き出す。

 

「おい!行くぞ!お前らも早く!」

 

「殿下!危険です!!お戻りください!」

 

今の悲鳴はまさに殺された時の断末魔だ。直感で感じた。アルスは血の跡を辿った。まだ生きている人がいるかもしれない、それを助けるためだ、震える手を抑えながら、警戒した。拳銃をいつでも取り出せるようにする。

 

アルスは登山入口まで一気に雪道を走った。

ふと目の前に、人が転がっていた。真っ先にアルスは駆け寄った。

 

「おい!しっかりしろ! 大丈夫か!?」

 

声をかけてみるが返事がない。

 

「死んでる…」

 

「…! 殿下!これは一体…! 魔物の仕業ですか!?」

 

兵士達が追いつき青ざめた顔ぶりで言う。

 

「分からない…。首都に戻る前に生存者がいないか調べろ!」

 

「はっ!」

 

アルスは死体を観察した。格好からして恐らく入口付近の山小屋に駐在していた登山者だろう。

 

「殿下!」

 

顎に手を当て考えていると呼ばれていることに気づいた。

 

「殿下!生存者です!」

 

「何っ!?」

 

ある兵士が横たわっている男性を見つけたようだ。血は流れていない。アルスは安堵の息を漏らし、それに近づく。

 

「おい!聞えるか?もう大丈夫だからな!」

 

それは男だった。その男の容態を確認する。ゴーグル、いやサングラスだろうか?それを掛けているが登山や管理人のような格好とは思えない。ひどく奇抜だ。派手な色のベストに背中には奇妙な飾り羽根。

 

「…?」

 

アルスの顔が少し曇った。アルスは立ち上がり彼の荷物がどこかに転がっていないかと探す。身元が確認できれば、と思ったのだ。

 

────突如、倒れていた男が一気に起き上がり、立った。そして何かを振りかざした。

 

「えっ?」

 

次の瞬間、介抱していた護衛兵の体から血が一気に噴き出す。悲鳴も上げられないまま護衛兵はその場に倒れた。起き上がったその男の手には血が付いた槍が握られている。

 

「なっ!?はっ!?」

 

「見つけた。お前だな」

 

「な……に……!?」

 

「死ね」 

 

槍が一気にこちらに向かって突かれた───!

  



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槍を持った男

「───ッ!」 

 

咄嗟に右に避けた。顔スレスレに鋭い槍が突き抜け、髪が少し切られて落ちていくのが横目に映った。

 

「殿下ァ!」

 

「殿下を守れ!こいつが首謀者だ!」

 

兵士は指を指して糾弾する。男はその兵士に槍を突きつけ斜めに振り下ろす。1秒後、その切れ目に沿って血がドバッと吹き出した。

 

「ぐあああっ…!あっ、あ……」

 

兵士は一瞬で事切れた。

 

「う、撃てっ!射殺しろ!」

 

「う…うわぁぁあぁああああ!!」

 

男は飛び交う銃弾をいとも容易くよけ、兵士を次々と殺していった。

 

「邪魔だよ、お前らはお呼びじゃないんだからサ、出しゃばんな」

 

「ぎゃぁああ!!」    

 

護衛兵が着々と殺されていく。元々護衛兵の数は少ない。 何だこれは、夢なら覚めてくれ。頼む、これ以上……! 

 

アルスははっと我に帰った。護衛兵が一人もいない。アルスと先ほど親しく精霊について話していた兵士は目を開けたまま死んで、アルスを見ている。恐らく庇ったのだろう。呆然としていたアルスはただ兵士が死んでいくのを見ているしかなかった。

 

「はっ……、……おい…おい!!しっかりしろ!!」

 

さっきまで生きていたのに!俺と話していたのに。アルスは叫んだ。足が震えて、動けなかった。

 

「いたいた、お前、アルスだろ?」

 

奴と眼が合った。全身が返り血で染められていた。白髪の髪は血に染まり、ただでさえ赤黒であった彼のメッシュがさらに生々しく染まっている。

 

「いっ……一体何なんだお前は!? お前が全部やったのか!?」

 

アルスは後ずさった。その槍の男の血まみれの風貌に、恐怖しか抱けない。

 

「うん?そうだけど、いやぁそれにしても寒いなぁここ。死んだふりなんかして本当に死んじゃうかと思ったぜ」

 

血に染まる槍を、男は撫でた。ケタケタと笑う。

 

「ふざけるな!?何故俺の名前を知っている!?」

 

しかもこいつは、アルス、と言った。本名はアルエンス。アルスと呼ぶのは、ごく親しい関係者のみ……。アルスは首を振った。今はそんなこと考えている暇じゃない。

 

「いいじゃん、そんなこと。俺にはどうでもいいことだよ」

 

「どうでもいいって…!? お前ッ…!」

 

「負け犬みたいに吠えないでよ、俺が損しちゃう」

 

「損…?何を言ってるんだ、お前は……!」

 

「ああー、もういいから無駄無駄こんな会話。じゃ、行くよ―」

 

槍をアルスに突き付けた─────。

 

 

 

男は一気に槍を片手に持ち一直線に急所の首を突いてくる。先程ははぎりぎりでかわしたが、単調的な攻撃で全く同じ行為。アルスは下にしゃがみ、足を横から引っ掛ける。───が、

 

「ちっ!」

 

当たったのは男の足ではなく、堅い槍の柄の部分だった。しゃがんだ瞬間、次の動きを読まれ、男は槍を自分ではなく地面に突き刺したのだった。そのまま槍を軸にして飛び、俺の蹴りは見事に避けられた。大きく隙ができたアルスに槍の軸を利用して回転し飛んだ奴も横から蹴りをいれてくる。

 

「ッうわっ!」

 

急いで後方にバックステップし、なんとか受けないで済んだ。しかし読めない動きをする奴だ。何も考えていないようで、戦闘能力はずば抜けていると言ってもいいだろう。

 

「お兄さん体術も使えんの? すごいねー」

 

気安く話しかけてくた。会話なんてしている暇はない。無視した。こいつと会話したら無駄な体力の消耗につながる。ただでさえふざけたやつで会話が通用しないのだ。太腿のホルダーに手をかけ、二丁の拳銃をに構えた。

 

「…そうこなくちゃな。」

 

ふ、と笑い、槍を地面から抜いた。もう、かまってられない。殺らなきゃ殺られるだけだ。

 

しかし一人で策もなしにこいつに勝てるかなんて不可能に近い。幸いここはグラキエス山。アルスは思考を巡らした。地形を最大限に利用するしかない。空を見上げた。山の天気は変わりやすい。風向きが変われば天気は変わると言ってもいい。アルスは風に揺られる髪を見た。

 

風向がさっきと変っている────。

 

グラキエス山から凍結風の西風が吹いていたが今は…。アルスは息を吐いた。真っ白なそれは風によって一気東へに流される。つまり、風がグラキエス山に流れ込んでいる。

 

アルスはじりじりと立ち位置を変えた。後方から風が吹き込んでくる位置で足を止める。男は向かい風になれば状況的にはこちらの方が有利だ。常に追い風で戦わなければ。だんだんと風は強くなってる。恐らく…吹雪くだろう。

 

「なにボーっとしてんの? 怖くなった?」

 

ふーっと息をつき、神経を手に集中させ、一気に連射する。

 

「おっと」

 

男の足を狙いながら撃っていく。まずは様子見だ。しかし、よけられ、地面の雪が跳ね上げられ空に舞う。さらに風が強くなり、そして吹雪始めた。跳ね上げられた雪は一気に風向きの男の方面へと流されていく。銃弾を撃ち込むが、後方に下がったり、左に飛んだりと先の読めない動きを繰り返す。

 

「くっ…ちょこまかと…」

 

間髪入れずに撃ってはいるがことごとく避けられる。

 

────風向きが変わった。雪が吹雪がアルスに吹き込んできた。咄嗟に目をつむった。

目め開けると、そこ男にいない。

 

「……しまった!」

 

吹雪が轟々と唸る。いくら慣れているといえこれは流石に見えずらいことこの上ない。

 

空を見た。男が槍を振りかざし降下してくる。飛び上がっていたようだ。

 

「あぁっ!」

 

アルスは尻餅をついて倒れ込んでしまった。手袋に、雪が溶け、染みていくのが分かった。

 

─────雪?

 

「残念、ジ・エンドで〜す」

 

アルスは右手で精一杯に雪をつかみ取り、男の目……、もといサングラスに向けて投げた。

 

「ッ!!?」

 

怯んだ男は体勢を崩した。水滴がサングラスに滴る。上から降下してくるのだから身動きは自由にとれまい。アルスはありったけの力を右脚に込め、回し蹴りを食らわせた。

 

吹き飛ばされた奴は見事に落ち雪の上に転げ落ちた。槍も飛ばされ、地面に突き刺さる。ここで仕留めなければ!!吹雪が激しくなり視界は悪くなる一方だ。

 

男はすぐさまはムクリと起き上がった。槍を引き抜くと、付着した雪を舐めた。

 

「やるねぇ………」

 

殺るならここだ───!

 

銃を構え撃った。パァン!と乾いた銃声が雪山にこだまする。すると奴はに槍を横に振り、弾をなぎ払った。

 

「えっ……!なっ…!!」

 

そのまま走りこんできて一気に距離を詰めてくる。

 

真っ直ぐに向かってきた男に咄嗟に3発弾を撃ち込む。血しぶきが見えた。1発命中したようだ。しかし止まることはない。動き回り、狙いが定まらない。

 

まずい、これでは────!

 

右手で槍を刺してくる。男の次の動きが確定した。確実に仕留める。銃口の焦点も合った。不安な要素と言えば、男が常識外れ過ぎることだ。撃たれるわかっているのに、全く動きを緩めない。

 

(ここだっ!!)

 

乾いた銃声と、何かを引き裂く音が頭に響く。ほぼ同時にその音は聞こえた。

弾が撃たれる音と、

 

 

 

脇腹に槍が突き刺さる音─────。

 

「が…はっ…」

 

口から血が出た。肺がカリカリと引っかかれるような感覚。息が詰まる。呼吸が苦しい。

 

「ちっ、くそ……が…!!」

 

奴も銃弾を食らいその場に崩れ落ちた。相打ちだった。

 

(くそ…急所を外したか…!)

 

弾は心臓より少しずれた所に命中していた。

 

「ぐ…ぅ…!」

 

激し痛みが襲う。手で必死に槍を引き抜く。抜いた瞬間、トバッと血が吹き出した。血まみれになる自分の手。ぬるりのした血の感触が伝わる。

 

「は…ぁ…!」

 

槍を引き抜き、無造作に地面に下ろす。奴は槍を決して離さなかった。柄をしっかりと握りしめている。血に染まる髪、赤黒のメッシュ、奇抜なデザインをした服、サングラスそいつは膝をついてそのまま動かない。

 

心なしかなんだか口元が笑っているように見える…。奴は動かなかったが、口だけは、確実に上がっていた。ニヤリと、不気味に。

 

 

 

───脇腹を押えながら来た道を辿った。丁度吹雪も収まってきている。目を必死に開けながら足を前に出す。

 

寝るな。倒れるな。歩け。

必死に頭に言い聞かせる。

 

「ハァ…はぁ…」

 

道をゆっくりと降りて行き、街道に出た。首都オーフェングライスまでの辿ってきた道を引き返す。

 

(とりあえずこの事を報告して…、治療しないと…!)

 

寒い。いや、熱い。脇腹が燃えるように熱い。血が滴る。傷口を押さえた時、ある違和感があった。アルスは立ち止まった。

 

(……っ、何だこれ、ホントに熱いっ……!?)

 

まるで傷口から何かが出てきたようだ。熱い、熱い。アルスは押さえた手を見た。血と一緒に、一筋の煙のようなものが指の隙間から出てきている。

 

(何……だ?これ……は、エヴィなのかっ……?)

 

アルスは不審に思いつつも今は歩く事に専念しよう、と思って再び歩き出した。

 

 

 

首都、オーフェングライスの門が見えた。最後の力を振り絞り、広場へ行く。

先程の吹雪のせいで人が全くいない。

 

(ああ…やっと着いた…)

 

が、そこで眩暈が襲った。

 

「ッ…!」

 

足元がふらつき、まともに歩けない。間違いない、貧血だ。思わず広場の真ん中にある噴水のふちに手をかけた。

 

「ハッ…ぁ…はぁ…ぁぁ」

 

そのまま立っていられなくなり重力に任せて膝をつく。ここまで来たのに、ダメだ、死ぬな!と心の中で唱えるが視界がぼやけてくる。

 

(もう駄目だ…、限界…だ…)

 

ふちにかけた手がずり落ち、その場に倒れる。

 

(あぁ、ここで俺は死ぬのか…)

 

そう思い、重い瞼を閉じた─────



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彼女との出会い

このテイルズの物語のパーティは最大8人ですが、その中で回復技を持っているのは2人だけです。


─────ここは…、何処だ……?

俺は…死んだのか…?

 

広大な草原の真ん中に一人アルスは立っていた。地平線まで続く緑、鮮やかな花が咲き誇り、風がさあっと吹きアルスの髪が少しなびいた。

 

夢……? それとも───

本当に天国なのだろうか。自嘲気味にふっと笑った。そうだ、俺は死んだのだ。そうに違いない。

 

すると、一面に広がる緑が白に包まれた。

上からの光、太陽じゃない。

 

上を見上げると雲の分け目から一斉に光が漏れ出し地上に降り注いでいるのが見える。

何本もの光に別れ、雲は針穴のように裂けている。

 

一本の光が丁度アルスの目の前に落ちた。

そこには名前も知らない美しい黄色い花が咲いていたが花は瞬く間に白に変わり茎をしならせ枯れていった。

そしてやがて空から細かい粒の白が降り始めた。

 

手を出し、それを受け取る。手の平に乗り、それは水になった、間違いない。見飽きるほどに見ている雪、紛れもない雪だった。

何が起こっているのかアルスにはまるで分からなかった。ここは天国じゃないのか?

 

先程まで自分は草原にいた筈なのにすっかり辺りは銀世界。いつもの風景と変わらない景色。

 

突然景色が一変し始めた。海、しかもアルスは海の上に立っている、否、浮いている。 少し前のほうには島がある、港が栄えていて、活気のありそうな港町のように見える。その港の船だろうか、船が海の上を航海している。

 

空を見上げるとぽっかり穴が開いた雲が一つ、さっきよりも大きい。それに丁度真下の位置だった。海がしけ、渦を巻き始めた。あの船が一隻、渦の中に巻き込まれていった。誰かの悲鳴が上がり、やがて海の中に消える。

 

再び目の前が明るくなり二つ目の光が海に降り注ぐ。海を突き抜けた次の瞬間、海の底から押しあがってきた水が大波となり大きな水のゴゴーっという唸りが響き渡った。やがてとても大きな水の塊となって、海を進んでいく。

 

島に向かって大波は進んでいく。スピードが増し、港を飲み込んだ。たちまち島全体が飲み込まれた。崖が崩れ、そしてその島は崩壊した。アルスは驚きを隠せず、目を疑った。開いた口が塞がらない。

 

一体何がどうなっているんだ…?

頭が混乱し、状況についていけない。

何故こんなものが見える!?

これは何だ?そもそも現実なのか!?

 

 

 

──────っ!!

 

アルスはガバっと体を起こした。

 

「ひゃあ!?びっくりした~」

 

聞きなれない高い声が聞こえた。女の声だった。

 

「っ!!ハァッ…はぁっ…、ここ…は…?」

 

辺りをきょろきょろと見回す。見慣れない部屋。さっき見ていたものは夢だったのだ。タチの悪い夢だ。左には灰色の壁が、そして右には珍しい真っ赤な瞳に、オレンジ色の髪を揺らす女性がいた。

 

「ここはオーフェングライスの貧民街、宿屋アンジェリークですよ」

 

湿ったタオルを手に持ち、目を丸くさせていた。

 

「君は…?」

 

「あ、まだどこか痛みますか?大丈夫です?」

 

彼女は顔を近づけてきてアルスを覗き込む。

 

「…ッうわっ!」

 

アルスは慌てて顔を引っ込めて離れた。一気に顔に熱が集まるのが分かる。

 

「あっ、ごめんなさい!いきなり!でも顔が赤いし熱が出たのかも…!?」

 

「いいいいや!何でもない! 何でもない!?…です!」

 

「そうですか? 本当に?」

 

「ええぜんぜん! むしろどこが痛いのかこちらが聞きたいぐらいで…」

 

そう言いかけた途端、頭が覚醒していき何が起こったのかを思い出した。

 

「そうだ…俺は確か…」

 

グランシェスクに出張する途中、グラキエス山付近で訳の分からない刺客に殺されかけたんだった。あいつは確実に俺を狙ってきていた。

 

「ルーシェ、何かあったのか…ってああ、アンタ、目を覚ましたんだね」

 

「女将!」

 

ドアから一人の女性が入ってきた。女将と呼ばれた人は気前の良さそうな中年の女性、茶色の短い髪の毛で、エプロンを着ていた。

 

「あ…あの、ところであなた方は?」

 

「ああ、私はシューラ、その娘はルーシェという」

 

「自己紹介が遅れました、ルーシェです、よろしくお願いします!」

 

「え?ああ、よろしく…」

 

手を差し出され、不思議に思ったらああ握手か、と手を握った。緊張した。女性と、これほど近い、というか握手するなんて生まれて初めてかもしれない。

 

「…で、アンタの名前は?」

 

「あ、俺はアルエン…いえ、アルスといいます。ええっと、まだよく分からないのですが助けてくださってありがとうございます」

 

「お礼なら私じゃなくてルーシェだよ、この子が見つけたんだ。広場の噴水のすぐ傍で倒れているアンタをね」

 

「え?そっそれはどうもありがとうございます、ルーシェさん。」

 

「どういたしまして~。でも本当にびっくりしたんですよ?命に別状がないようで本当に良かったです!」

 

…………眩しい。彼女の笑顔が大変まぶしい。そして可愛い。アルスは熱くなった顔を見られないために慌てて顔をそらした。と、そこにグゥー、と腹が鳴った。アルスは恥ずかしすぎて下を向く。

 

「アハハ、今のアルスの腹の音かい? お腹すいてんだね、待ってな、今何か作ってくるから」

 

「うぅ、何から何まですいません……」

 

「気にしなくていいよ、病人は寝てな」

 

シューラは部屋を出で行った。階段を下りる音が聞こえる。そして、しん…と部屋が静まり返った。

 

(…どうしよう、なんだかすごく気まずい…。若い女性と話すのも初めてなのに………。何を話せばいいんだ!…あ!そうだ)

 

「あの」

 

アルスは勇気を振り絞って口を開いた。

 

「はい?」

 

「えーと、俺はどの位寝ていたんでしょうか?」

 

「うーん、大体半日ぐらいですね」

 

「えっ?半日?」

 

「ええ」

 

「今何時ですか?」

 

「えっと、夜の7時かな?」

 

(…おかしい、半日で寝ていたぐらいでこんなにも早く傷が治るわけがない。傷はかなりの深手だったはずだ…。ましてや包帯すら巻かれていないのに治ってるなんて…)

 

自分の脇腹付近はまったく痛くない、健康そのものだ。嘘みたいだった。

 

「本当に半日だけなんですか?」

 

「ええ、私はあなたを見つけたのは丁度お昼頃でした」

 

アルスは手を顎にあて考え込む。

 

(確か10時半頃に出かけて、昼は船の上で済ませる予定だった。俺が倒れた時間はおよそ11時半から13時までの間だ)

 

「あの、私なにか機嫌を損ねるような事言ってしまったんでしょうか?」

 

ルーシェが不安そうに言った。慌ててアルスは弁解する。

 

「い、いえ、たった半日程度でこんなに傷が早く治るなんて…と、あ、早く治ったことに対してはとても嬉しいんですけど、少しそこに疑問を持ちましてね」

 

「…っ!」

 

ルーシェの肩がビクリと震える。

 

「あ、そ、そんなことよりもぉ!えーと、アルスさんって、カッコイイですよね!」

 

「えぇっ!?あ、アハハ、ありがとうございます。そんな事言われたの初めてですよ」

 

褒められたのが嬉しくて、舞い上がる。細かいことは別にいいか。傷の治りの早さに素直に感謝した。

 

「そういえば俺の服は…?」

 

今は傷の手当のせいか極めて軽装だった。少し肌寒い。

 

「あ、ちゃんと洗ってストーブで乾かしました。そこにたたんでありますよ」

 

「ああ、本当に何から何まで、ありがとうございます」

 

机に綺麗に畳んである自分の衣服に目を向けた。

 

「そろそろ着ようかな……少しさむ…」

 

ガシャン!!

 

声を遮るように、何かが割れる大きな音がした。下の階からだ。

 

「何だ?今の音」

 

「私、見てきます!」

 

ルーシェは椅子から立ち上がり、ドアを開けて階段を下りていく。

 

「あ、ルーシェ…!」

 

あの音はただ事ではない気がする。

 

「俺も行くよ!」

 

ベットから立ち上がり机に置いてあるコートを羽織った。そして自分の拳銃がきちんとあるかを確認する。あった。アルスは階段を急いで下った。

 

「女将!」

 

「どうしたんですか!?」

 

声がしたほうに向かうとシューラとルーシェ以外に誰かがいる。男だ。しかも1人ではない、4人いる。

 

「出てきたぞ……」

 

アルスはその男達の姿に驚愕した。スヴィエート軍服を着ていたからだ。この国の軍人が、いきなり貧民街の住宅に押し入るとは一体何事だ。

 

「何してるんだ!?しかも、民間人に手を出すなんて!」

 

奥のほうを見るとシューラさんが頭から少し血を流して食器棚にもたれかかっていた。その横にルーシェが顔を青ざめながらシューラの様子を伺っている。

 

「邪魔する者は排除のみ。狙いは貴方ですからね」

 

「ならば最初から俺を狙え!彼女達は関係ないだろう!」

 

「…これ以上の会話は無駄です、私は貴方に恨みはありませんがこれも仕事だ、おとなしく殺されるんだな」

 

男がゆっくりと腰からレイピアを抜いた。目が本気だ。脅しではない周りの兵士も同様に武器を構え初めた。

 

─────一瞬の間が走り

 

「はぁあああああ!!」

 

一人の兵士がアルスに斬りかかって来た!

 

「はぁあ!!」

 

アルスは兵士に回し蹴りをし、見事にみぞに命中した。

 

「がっ!」

 

兵士は吹き飛ばされ、壁に勢いよくぶつかった。急いで銃を撃ち、弾は相手の心臓に命中した。

 

振り返り更にもう一人斬りかかって来たのを避ける。そして拳銃を後ろの首元におろした。

 

「ぐ!?」

 

兵士は倒れこみ、追い討ちをかけるように後ろから背中から3発弾を撃ち込む。

 

三人目の兵士がアルスの腹めがけてに剣を横切りする。急いでしゃがみこみそれを回避し兵士の足を足払いする。転んだ兵士の両肩に弾を撃ち込む。

 

「うぁあああ!!俺の肩がぁぁ!!」

 

両肩から血を流し呻き声を上げる。少し心苦しいが情けなどかけてはいられない。

 

さあ4人目は!アルスは辺りを見回した。

 

「きゃあぁあああ!?」

 

「っ!ルーシェ!?」

 

「動くな!! 動くとこの娘の首を掻っ斬るぞ!」

 

残った1人、リーダーと思われる男はをルーシェを押さえつけレイピアを首元に突きつけこちらを睨みつけた。

 

「ふん、こいつがどうなってもいいのか!?」

 

「貴様…!」

 

「さぁ、武器を捨てろ。そうすればこの女には手を出さない」

 

「ぐっ!!」

 

「た…助けて女将…!アルスさん!」

 

彼女の悲痛な声が頭に響く。ダメだ。何も関係のない彼女を巻き込むのはごめんだ。

 

「さあ早く武器を捨てろ!!!」

 

切羽詰った男の声が部屋にこだました。

アルスは唇を噛み締めた。

 

拳銃を手離す…が、

 

「私の娘に…手を出すんじゃないよ!!」

 

ガン!!と鈍い鉄の音が響く。女将の手にフライパンが握られていた。それで男の頭を思いっきり殴ったようだ。

 

「ぐあぁ!?」

 

男はよろけ、ルーシェは開放された。

 

今だ─────!

 

重力に従い降下する拳銃を右手でキャッチし、男の腹に目掛けて発砲した。乾いた銃声。もう片方の銃が落ちた音。そして、男の悲鳴。

 

「ぐあぁ! くそぉ!…んのアマァ!!」

 

男は怒りに満ちた顔で剣を抜いた。そして、シューラの体を斜めに斬り裂いた。一瞬の出来事だった。

 

シューラの体から血が噴き出した。シューラは悲鳴も上げられないまま倒れ込んだ。

 

「いっ、いやぁあああああぁああ!?」

 

ルーシェの悲鳴が上がった。彼女の目の前で斬られた。血しぶきが彼女の顔にべっとりと付いている。

 

「女将!!女将!!!しっかりして!!女将!」

 

ルーシェは悲痛な声をあげて、倒れているシューラに駆け寄る。

 

「貴様!?なんて事を!?」

 

もう一度拳銃を構えなおし、今度は心臓付近に止めの弾を撃ちこんだ。

 

男はそのまま絶命した。しかし、外から大勢の足音が聞こえる。また同じような連中が部屋に入ってきた。増援だ。しかも先程より多い。

 

「アルエンス皇子を殺せ!!」

 

中隊のリーダーが叫ぶ。

 

「女将、女将…死なないで…女将…!」

 

ルーシェは涙をボロボロと零し、シューラの体を揺さぶる。

 

「くっ!きりがない!」

 

アルスが中隊の出現に苦言を漏らしていると、突然まばゆい光が後方から輝きだした。

 

「!?」

 

急いで振り返った。するととんでもない光景が目に写った。ルーシェの手が光り輝きシューラの傷を治している。

 

傷が、すべて癒えていく─────!?

 

「こっこれは…!?」

 

中隊のリーダーが驚いた。アルス自身も驚きを隠せない。

 

「治癒術だ!」

 

後ろの兵士が叫ぶ。確かにあれは治癒術。しかし何故使える!?

 

「隊長!!今のは治癒術です!!」

 

「ああ、まさか…生き残りがいたとはな!これは出世の大チャンスだ!おい!あいつを捕まえるのが優先だ!!」

 

「まずい!」

 

早く逃げないと、俺の命どころかルーシェの身まで危険に晒される!

 

「ルーシェ!!逃げるぞ!!」

 

「待って!!女将が!?」

 

回復したシューラはルーシェの手をしっかりと掴んで言った。

 

「アンタ…逃げなさい! 私なんかのために力を使って!! 早く!早く逃げなさい!!」

 

「でも!?」

 

「行け!裏口から逃げな!」

 

シューラの剣幕にルーシェは怯んだ。

 

「女将……、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

涙を流し、ルーシェは立ち上がった。

 

「アルスさんこっちです!こっちに裏口があります!」

 

アルスの手を掴みルーシェは走り出した。部屋のドアを開けると外に繋がっていた。すっかり夜だ。月明かりだけは明るい。スヴィエート特有のいつもの夜だった。

 

「待て!追え!!絶対に逃がすな! アルエンス皇子を殺し、あの娘を捕まえろ!!」

 

貧民街を駆け抜け、必死に走った。

 

「ルーシェ!! 港のオーフェンジークまで逃げるぞ!!」

 

「は…はい…!」

 

今度はアルスがルーシェの手を握り広場に出て、外に出る。ひたすら走り、オーフェンジークに着いた時には、完全に息が上がっていた。

 

「はぁ…はぁ…もう、走れません…!」

 

「大丈夫かルーシェ!?」

 

「いたぞ!絶対に逃がすな!!」

 

追手が来てしまった。

 

「ルーシェ!しっかり!」

 

荒い息を吐きながらルーシェは自分の額に手を当てた。ここまで一気に走ってきたのだから疲れて当たり前だ。ルーシェは女性、体力は男に劣っておりそれ以前に民間人だ。

 

「ごめん!ちょっと失礼!」

 

「うわぁ!?」

 

「しっかり俺に掴まって!」

 

彼女を横抱きにして、再び走り出した。ルーシェは振り落とされないようにアルスの首に手を回す。港の家の光は殆ど消えており、港は静まり返っている。海が見えてきた。防波堤だ。目の前には一隻の船。

 

しめた、あれは貨物船だ。

 

「今日最後の貨物便ですね」

 

「うむ、忘れ物はないか?荷物はすべて運び込んだか?」

 

「はい、漏れ残しはありません、すべて運び終えました」

 

「そうか、では出航するとするか」

 

「了解!」

 

港、貨物船の前の防波堤で二人の船員が話していた。そして船に乗り込み、船が出航しようとしている。

 

「あれだ!ルーシェ、あの船に乗るぞ!」

 

「ええぇ!?無理です!ってか間に合わないですよ!」

 

「しっかりつかまって!!」

 

「ちょちょっと!!」

 

足を必死に動かし、走るスピードを加速させていく。

 

「きゃああああ!?」

 

そして防波堤から高くジャンプし、なんとか船の甲板に着地した。ドサッと倒れ込み、ルーシェとアルスは甲板に投げ出されたように転がる。

 

「はぁ…間に合ったー!」

 

仰向けになり空を見上げる。真っ白な息が、真っ黒な空に消えていく。あと少し船が早く出港していたら確実に間に合わなかっただろう。

 

 

 

「くそっ!!逃がしたか!?」

 

「いかがいたします?隊長!?」

 

「くっ、仕方がない、アルエンス皇子は予定通り殺したとあの方には伝える。これ以上事を荒立てると早くこの事がバレる…それはマズイ…!引き上げるぞ!」

 

 

 

─────月が雲に隠れ、辺りは真っ暗になった。2人吐く荒い息と波の音が交じる。

 

この治癒の力を持つ彼女との出会いが、アルスの人生を大きく変えたのだった。

 

絶滅したと思われていた治癒術師。その生き残りの彼女、ルーシェと出会ったスヴィエート帝国第一皇位継承者。

 

まるで運命の糸からは逃れられない、そう言うように。

 

「俺、これからどうなるんだろう…………」

 

アルスの重い溜息が、潮風に消えていった──────





【挿絵表示】

ヒロイン、ルーシェの容姿です。


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治癒術師

船の甲板に、冷たい潮風が吹き付ける。アルスは息を整えると立ち上がり、ルーシェの元へ駆け寄った。

 

「ここは冷える。とりあえず、入れそうな場所を探そう。この船は貨物船だ。隠られそうな場所はあるはずだ」

 

「は、はい…!」

 

アルスは彼女に手を貸した。素直にそれに応じ、ルーシェは立ち上がった。辺りを見回し、扉を見つけた。入ると貨物が、船の動きに合わせて揺れている。

 

「少し休もう、疲れただろう」

 

「分かりました…」

 

やがて2人は貨物の隙間に紛れ込む形で一夜を過ごすことになった。2人並んで隣に座るが、沈黙が流れる。気まずい雰囲気を最初に破ったのはルーシェだ。

 

「あの、アルスさん……」

 

「ん?何?」

 

「この船、どこに向かっているんでしょうか?」

 

「……恐らく、スターナー貿易島だ」

 

「スターナー貿易島?」

 

「スヴィエート、ロピアス、アジェスの貿易品が集まる島だ。そこで貿易の取引が行われる。最も、閉鎖的なスヴィエートにとって貿易は数少ない。この船に乗り込んだのは奇跡的だった」

 

「いつ、私は家に帰れるのでしょうか?私はどうなるんですか?」

 

「………巻き込んでしまって、申し訳ない」

 

「貴方は一体、何者なんですか?どうして命を狙われたりするんですか?」

 

アルスは溜め息をついた。聞かれると思っていたその質問の数々。ルーシェは分からないことだらけだった。状況が整理できていないのだ。

 

「あまり驚かないでくれ………俺の本名は、アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエート」

 

「スヴィエート……?スヴィエート!?」

 

「しー!大声を出さないで!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

ルーシェはその名前を聞いて驚愕した。スヴィエート、自分の母国の名前である。それが名前に入っているということは…。

 

「───俺は、その、つまりスヴィエート帝国第一皇位継承者のアルエンスだ」

 

「……!!う、嘘!皇子様…!?」

 

「皇子様なんてやめてくれ。呼び方はアルス。敬語もなし」

 

アルスはバツが悪そうに言った。

 

「ど、どうして皇子様……、あ、えっと、貴方は、広場の噴水前に倒れていたんです…、倒れていたの?」

 

「それが─────」

 

アルスは一通りいきさつを話した。出張で出かけた行きの道で見た異様な光景、それを調査すると、どうやらまんまと罠にハマったと言う話。我ながら馬鹿だ、と後悔する。そしてその刺客に殺されかけた事。重症を負い、命からがら逃げ切ったが、途中で力尽きた事。

 

「そして、目が覚めたら、あの部屋にいた。命の恩人である君とシューラさんを危険に巻き込んでしまって、本当に申し訳なかった……」

 

「そっか………、皇子様だから、狙われたってことなのかな?」

 

「十中八九そうだろうな……。誰が首謀者かは分からない。見当は少しついているんだが…。刺客は頭がおかしい奴で話が通じる相手じゃなかった」

 

アルスは苛立ち、頭をかいた。

 

「……ごめん、こんな事愚痴っても仕方ないよな。今一度礼を言わせてくれ。俺を助けてくれてありがとう。君は命の恩人だ」

 

アルスは真っ直ぐに彼女を見つめていった。これは本心だった。ルーシェは気恥ずかしそうに照れ、下をうつむいた。

 

「そんな……、気にしないで下さい。大事にならないで本当に良かったです…」

 

「……………そう、大事にならなかったのは、君の治癒術のおかけだ」

 

「────ッ!」

 

明らかに動揺している。アルスはカマをかけたのだ。いや、もう確信している。はっきりとこの目で見たのだ。ざっくりと斬られたシューラの傷を、彼女はその手で治してみせた。あれを治癒術と言わないでなんと言うのか。

 

「…………君は治癒術が使えるんだね?」

 

「……………………はい」

 

瞳をまっすぐ見つめられ、嘘は付けないと思ったルーシェはすぐさま白状した。

 

「物心つく頃から使えて……。女将からは使っちゃいけないって、キツく言われてました…」

 

「その理由、何故だか分かる?」

 

「大体は……。この力、今となっては貴重なものだし、珍しいんですよね?」

 

「ああ、珍しいなんてものじゃない。どの国の研究者達が喉から手が出るほど欲しがる逸材だ。先の戦争で真っ先に命を狙われ、元々少ない数が更に激減した。そしてスヴィエートではその対策として、治癒術師(ヒーラー)を増やす研究に手を染めた。しかし、結果は惨敗。挙句の果てに人体実験のサンプルとして監禁生活だ。残りの彼らも、第7皇帝ツァーゼルの病を治すために召集されたが、病を治せないと彼の逆鱗に触れたものは理不尽に虐殺された。やがて自殺者も多くなり、研究所の彼らバタバタと、まるで虫のように死んでいったそうだ────。

 

その背景のせいで、スヴィエート内の治癒術師(ヒーラー)は絶滅したと言われていたが、隠れている人も中にはいるものなんだな。他の国がどうかは知らないが似たようなものだろう。彼らが存在する限り戦争は終わらない。泥沼化するそれを終わらせるために、第1次、第2次世界大戦にどの国も治癒術師(ヒーラー)掃討作戦がとられたのも記憶に真新しい」

 

ルーシェはその話を聞き、戦慄が走った。かなりオブラートに包んではいるが、どれだけの酷い扱いを受けたのかが分かる。

 

「………アルスさんは……、私のことをを守ってくれたんですよね……?」

 

彼女の声は震えていた。目に少し涙を浮かべていた。アルスはルーシェの顔を見てドキリとした。

 

「……き、君がそう思うなら、そうだと思っていればいい…。危険に巻き込んでしまったのに、恩着せがましく守ってやったなんて、俺は言うつもりはない……よ」

 

照れ隠しのつもりで言ったが、なんだかカッコつけのようになってしまった。ぎこちないが、心の中では思っている。彼女を守った、と。

 

「あの人達は、私の事を、捕まえろって、確かにそう言ってた…」

 

「ああ……」

 

「もしあのまま捕まってたら、私はどうなってたの?」

 

「…………聞きたいの?」

 

「………!いっ、いや、やめとくね…」

 

やや緊迫したように聞き返すアルス。ルーシェは冷や汗が吹き出るのがわかった。結果は目に見えてる。人体実験のサンプルに使われるか、傷を治す人形のようにこき使われる人生の始まりだ。

 

「アルスさん」

 

「アルスでいい」

 

「……アルス、こちらこそ助けてくれて、ありがとう」

 

「いっ、いや!礼を言われる筋合いはない。元々の原因を作ったのは、そもそも俺なんだ。むしろ罵倒される立場なんだぞ?」

 

「ううん、それでも言わせて。ありがとう。あ、こうゆうのはどう?助け、助けられたから、もうおあいこ!」

 

ルーシェは笑った。辛い時こそ笑うのだ。そう女将から教わった。 アルスは顔が熱くなるのを感じた。

 

「………!あっ、ああ…。とりあえず、君の事は、俺が責任をもって家に送り届ける。許してくれ、巻き込んでしまった事を」

 

「もう!だからおあいこだって!………改めて、よろしくね皇子様。しばらくの間?」

 

「皇子様はやめてくれ!」

 

「あはは、分かったアルスね!」

 

「あ、ああ、それでいい……」

 

「私も、君。じゃなくて、ルーシェって名前があるんだよ」

 

「ル、ルーシェ。こちらこそ、よ、よろ……しく」

 

「うん!」

 

荷物の中から布らしきものを発見し、それを布団替わりにしたが、それでも寒そうだったルーシェに、アルスは自分のコートをルーシェにかけてあげた。ルーシェは輝く笑顔で礼を言った。またそれで顔が熱くなる。

 

(隣同士でなんか寝れるか………!)

 

全く警戒心がない彼女は横になりすやすやと眠りについていた。疲れていたのだろう。だがアルスは寝付けなかった。胸がドキドキして仕方がなかった。

 

(─────彼女を、ルーシェを守らないと)

 

責任感からくる決意なのか、それとも別の感情なのか。アルスは初めての感情に、困惑した。これ程、誰かを守りたいと思った事はない。アルスは見張りもかねて、少し離れた位置の貨物に寄りかかり、座りながら浅い眠りについた。2人は未来への不安の最中、貨物船の中で一夜を過ごしたのだった。



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女盗賊

「そっ……荷物……こ……だー!」

 

「了解!」

 

「すい……ん!これは…………しますか?」

 

翌朝、アルスは何かが床にこすれる音と人の声で起きた。段々と頭が覚醒してくる。

 

「……はっ!もう朝だ!荷物が運び出されてる!」

 

アルスは素早く起き出すと寝ているルーシェの肩を揺すった。

 

「ルーシェ!起きろ!見つかったら面倒な事になる!」

 

「ふぇ?」

 

「早く起きて!」

 

「ふぁぁああい」

 

なんとかルーシェを起こしたアルスは彼女を連れ、隙を見て貨物倉庫から抜け出した。

 

「ルーシェ、こっちだ」

 

人目が無いのを見計らって、彼らは港に降り立った。看板には、「ようこそ、世界の中心、スターナー貿易島へ」と書いてある。

 

「ここは……」

 

「昨日言った通り、やはりスターナー貿易島だったな」

 

「へぇー……」

 

ルーシェはキョロキョロと辺りを見回した。

 

「あ、えっと…、私スヴィエートからは疎か、育った街のオーフェングライスからも出たことが無くて……」

 

「そうなのか。でも、ここは俺も初めてなんだ。名前だけは知っている」

 

スターナー貿易島。

世界中から集められた貿易品が集まり、取引が行われる世界最大の市場だ。看板通り、世界の中心に、この島は存在している。言わば物々交換の場である。その国ごとに採れる資源が違うのだ。食料や光機関等も、独自のものがあったりする。貿易島は唯一の中立領土として、どの国にも属さない。しかし、それ故3国全ての国籍の人間が集まるため、いざこざが起こりやすく、そのため治安もあまり良くない。ただでさえ仲の悪いスヴィエートとロピアスは、睨み合ってばかりいる。貿易島に派遣されている軍人同士の小競り合いが起こると大変だ。

 

アルスは記憶を巡らせた。確か、第2次世界大戦はここでの軍人同士の下らない小競り合いが発端だったような、と学んだ歴史を思い返した。

 

「あ!見てみてアルス!」

 

ルーシェは物珍しそうに商業地区へ向かった。皆自由に商いをしているようだ。占い師や雑貨品、何を売っているのか良く分からない店などが所狭しと並んでいた。

 

「綺麗〜♪」

 

そして彼女が目をつけたのはエヴィ結晶の専門店だった。鮮やかな色の石、エヴィの塊の事をエヴィ結晶と言うのだ。

 

「お嬢さん、エヴィ結晶を持ってて損はないよ。綺麗だし、加工すりゃ宝石みたいにもなるし、いざとなれば燃料にもなったりするよ」

 

店主の男がルーシェに営業トークを始めた。

 

「ルーシェ、エヴィ結晶を見た事はないのか?」

 

「いや?あるよ〜?でもいつも見るのは赤と青のばっかりかな。ほら、ストーブに。勿論その2色も綺麗なんだけどね。やっぱり安物だし燃料用だから、こんなに鮮やかじゃないんだよね」

 

「成程、と言うことはお嬢さんはスヴィエート出身かな?」

 

「あ、はい、そうです!」

 

「ストーブっつー光機関を使うにゃ、赤色の炎結晶と青色の水結晶を使うからな」

 

「あれ、原理どうなってるんですか?私何気なく使ってるけど、よく分からなくて…」

 

「結晶と言うのはねぇ、そのエヴィ結晶の反対属性を注入する事で反応するんだよ。勿論、量を間違えると大変な事になるから、使い方は用心だよ」

 

「へぇ………」

 

店主の説明イマイチ分かっていなかったルーシェに付け加えてアルスは説明した。

 

「つまり、ストーブを例にするとね。まず燃料の炎結晶を火属性のエヴィに還元しないといけない。そのために水結晶も同時に使うんだよ。その相反する反対属性のエヴィ結晶同士を反応させ続ける事で、結晶から火のエヴィが生み出され続けて、暖がとれるんだ」

 

「なるほどぉ…!そんな事やってたんだ……!」

 

「兄さん分かり易いねぇ、その道に詳しいのかい?」

 

「光機関とか大好きなんだ。エヴィが無ければ動かないからね。確認されている属性は今現在8種類あって、火、水、風、地、雷、氷、光、闇だよ。」

 

「私、知らない事だらけ……。なんだか少し恥ずかしいな……」

 

「これから知っていけばいいんだよ」

 

アルスはルーシェをやんわりと慰めた。我ながら彼女に甘いなと思う。しかし次の瞬間、店主が血相を変えて叫んだ。

 

「………!ど、泥棒!」

 

「え?」

 

「っ!やばっ!」

 

突然店主が叫び出した。アルスは急いで辺りを見回した。女の声がした。

 

「え!?ん!?」

 

そこにはフードを深く被った人物がいた。いつのまにかアルスの横にいたらしい。

 

「あのフード被った奴!今懐に俺の商品を入れやがった!待ちやがれ!盗人!」

 

「何?いきなりどうしたの!?」

 

店主は急いで追いかけ始めた。泥棒は駆け出した。フードを被ったそれは全速力で逃げていく。

 

「本当に噂通り治安が悪いんだな……」

 

「大変!どうしようアルス!」

 

「どうしよう、って……」

 

「私達も追いかけよう!?」

 

「えぇっ!?」

 

ルーシェはアルスの手を握り走り出した。泥棒は人混みをかき分け、身のこなし鮮やかに逃げていく。

 

「待て!誰か!そいつを捕まえてくれ!泥棒!泥棒ー!」

 

店主が叫ぶ方向にルーシェは全速力でアルスを連れて行く。やっと追いついたと思うと、泥棒は商店街の道ど真ん中で止まっていた。両脇に店が建ち並び、人が多く賑わっている場所だった。民間人は何事かと騒ぎ始める。

 

「観念したか!?おとなしく…」

 

店主が言い終わらないうちに泥棒は何かを床に投げつけた。パン!パン!パン!と音をたて何かが爆発した。

 

「っ!?」

 

「爆竹!?」

 

「それだけじゃないっつーの!」

 

また聞こえたその泥棒の声は明らかに女だった。爆竹によって周りの野次馬諸共店主を怯ませた彼女はまた地面に何かを投げつける。アルスは一瞬の内にそれが何か分かった。

 

「っ閃光手榴弾!?」

 

「えっ、何アル………」

 

キーン────────

 

耳をつんざく音が響いた。悲鳴が上がり、何も見えない。真っ白だ。

 

「……くっ!ルーシェ!ルーシェ!どこだ!?」

 

「うぁあぁぁ、アルスぅ、どこ!?耳、耳がキーンって……!視界が真っ白だよぉ!あれ!?今度は真っ黒!?」

 

「ごほっ、げほっ!煙……!?あいつ爆竹と閃光手榴弾だけでなく、煙幕まで!」

 

やっと視界が明けてきたと思ったら黒い煙が立ち込めていた。そのせいで視界は最悪だった。野次馬達もパニックに陥っている。

 

「…………きゃぁ!」

 

「ルーシェ!?どうした!?どこにいる!」

 

「おい!あっちに逃げたぞ!」

 

「待ちやがれ!」

 

「ルーシェ!?ルーシェどこだ!?」

 

「アルスー!」

 

ルーシェを見失ったアルスは必死に彼女の姿を探した。だが大勢の民間人パニックに陥りこう入り乱れては、あたりを確認するだけでも大変な事だった。そしてやっとアルスは地面に倒れ込んで尻餅をついているルーシェを見つけ出した。

 

「大丈夫か!?何があった?」

 

「けほっ、けほっ!あの泥棒の人とぶつかったの!」

 

「奴はどこに行った!?」

 

「分かんないよ〜!?煙で辺りは全然見えないし、ぶつかったのがフードかぶってたあの人だったから分かったの」

 

「そうか……。とりあえず、この周辺から脱出しよう!」

 

「うん!」

 

アルスはルーシェに手を差し伸べて立ち上がらせた。しかし、

 

「あぁっ!?」

 

「今度は何!?」

 

「ない!」

 

「ないって、何が?」

 

「私のナイフがない!」

 

「ナイフ?」

 

「腰に付けてたナイフ!大事なものなのに!」

 

「あぁ、あれか」

 

アルスは思い出した。腰の後ろ位置に彼女はナイフを装備していた。

 

「でも、たかがナイフだろう?また買えば…」

 

アルスは言った。しかしルーシェは顔面蒼白であった。

 

「あれ、私の両親の………形見なの!!」

 

「何だって!?」

 

「あの人にすられたんだ絶対!!だってすれちがってぶつかった時、腰に衝撃があって、私倒れたんだもん…」

 

「そう、なのか………。とりあえず、探してみないか?もしかしたら落ちてたりして、見つかるかもしれない」

 

 

 

アルスとルーシェは煙と人混みが大部はけてきた時、先程の場所に戻ってナイフをダメ元で探してみたが。

 

「ダメか……」

 

「どこにもないね……」

 

結局見つからなかった。やはりあの女盗賊に盗まれたと考えるのが妥当だった。沈んだ気持で宛もなくただ何となく歩き続け2人は商業地区から抜けていた。一番最初に来た港地区に戻って来ていた。しかし、そこでも何やら人だかりができていた。

 

「何だ?」

 

アルスは気になった。何故ならそこがスヴィエートの港地区だったからだ。自分達が乗ってきた船が、あそこに停泊したのだった。

 

「スヴィエートに行けないって、どうゆうことですか!?」

 

アルスは野次馬をかき分けた。そこにはスヴィエート人と思われる人々が沢山がいた。

 

「命令なんだ!とにかくダメだ!」

 

「そんな!なら私達は何の為にここに来たんだ!?」

 

「今スヴィエートには1人も立ち入らせてはならない!スヴィエートの港も同じなのだ!出国禁止令がででる!それに伴い入国も禁止だ!例えスヴィエート人であってもだ!」

 

貿易船の船員とスヴィエート軍人が言い争っていた。

 

「貿易品どうするんだ!?我々の仕事は!?」

 

「知らん知らん!私達は軍人であって、商業人ではない!それに!ここに駐在している我々軍もお前達と同じ立場なのだ!」

 

「あんまりだ!!」

 

「その規制はいつ解除されるんだ!?」

 

「解除の目処はたたない。いつになるかは、誰にも分からないのだ!」

 

「閉鎖の理由は!?何のために!?」

 

「知らないと言っているだろう!!」

 

 

 

「入国禁止だって……!?」

 

アルスはその騒ぎに衝撃を受けた。

 

「出国も、入国も禁止なんて……!いや、それだったらルーシェも帰れないことになるじゃないか………!」

 

「アルス……?どうしたの?」

 

ルーシェがアルスに追いつき、彼に心配を掛けた。

 

「理由もなく港を封鎖する筈がない……!理由を明かさないと言うことは、何が隠したい事があるからだ。情報が他国に一切出回らないように仕向けられてる……!」

 

「アルス、大丈夫?一体何があったの?」

 

「あぁ、ルーシェ……。申し訳無い……。しばらくスヴィエートに戻れそうにないよ……」

 

「私も少し話を聞いたけど、何も理由がなくて港を封鎖するなんて、おかしくない?スヴィエート人も入っちゃ行けないなんて……」

 

「………何だか、天に見捨てられた気分だよ」

 

アルスは深い溜息をついた。トラブルだらけだった。前途多難、というのはこうゆう事を言うのだ。

 

「あぁ…………どうしよう………」

 

アルスは絶望に打ちひしがれた。ルーシェが思いついたように言った。

 

「あ!でも、アルス皇子様なんでしょ?それを理由に戻れないの?」

 

「あのな、ルーシェ。それが出来たらとっくにやってて、こんな苦労はしないよ……。何故そうしないかって。理由は聞くまでもないだろう?」

 

「えーっと……」

 

ルーシェはいまいち理解していないようだった。

 

「君と、シューラを襲った奴は誰だった?どんな格好をしてた?」

 

「………スヴィエート軍服……。あ!」

 

「そうだ……。俺の予定としては、また貿易船に乗り込んで、君をスヴィエートに送り届けて、その後責任を持って保護するつもりだった。治癒術が使えるからねルーシェは」

 

「でも、その貿易船は……」

 

「そう、貿易船どころか、ここにいるスヴィエート人は、全員今はスヴィエートには帰れない。もし俺が軍に、名乗りをあげて助けてくれって頼む。はいそうですか、では助けますって、本国に送り届けてもらっても、あの時と同じように反逆され、寝首を掻かれたりでもしたら……。それに……」

 

「それに……?」

 

「……君を守れない」

 

「アルス……」

 

「俺は君を危険にさらしたくない。ただでさえ昨日、治癒術が使える事が、軍の一部に知れ渡ったんだ。その情報がここにいる軍に知らされてないとは言いきれない。君の安全の保証が、できないんだ!」

 

ルーシェはアルスがそこまで考えてくれていたのか、と少し驚いたがここは素直にお礼を言った。

 

「………ありがとう」

 

「………何で礼を言うんだ。情けないよ、どうすることも出来ない、自分が………」

 

今のアルスとルーシェは八方塞がりの状況だった。




ルーシェのナイフは腰の後ろ位置についてて正面からじゃ見えないですね多分。斜めに刺さってるんだと思います(作者なのに曖昧)


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おみ様より頂いたイラストです。


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緑髪の男

アルスとルーシェが港で途方に暮れていると、どこからともなく怒鳴り声が聞こえた。

 

「待てこの野郎!!誰か!アイツだ!捕まえろ!!」

 

港でスヴィエート軍と貿易商人達が揉め事を起こしている間に、また奴が出現してしでかしたらしい。

 

「何ぃ!?おい貴様等!行くぞ!」

 

軍靴の音が一斉に聞こえてきた。

 

「アルスっ!危ない!」

 

ルーシェの声が聞こえたと思ったときはもう遅かった。どうにかして、と思案を巡らせ、フラフラと前を向かずに歩いていたアルスはスヴィエート軍人の1人とぶつかってしまった。

 

「うわっ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

アルスは思い切り不意を付かれたので尻餅をつき転んでしまった。

 

「ったく!ボケッと歩いてんじゃねぇよ!」

 

軍人はそう吐き捨てた。

 

「つっ……す、すみませ………」

 

しかしアルスの情けない姿に少し罪悪感を抱いたのか彼は手を差し伸べた。

 

「チッ、ほら!」

 

「あ、ありがとうございま……」

 

「……あ?お前のその顔……、どっかで見た事あるような……」

 

そう、スヴィエート市民、軍人なら1度は誰もが見た事がある顔。それがアルスだった。無論ルーシェのような貧民街に住む人々は例外が多いが。

 

「………いや、んなわけねぇか。それにしちゃ……。いやいやでも……」

 

(まずい………!)

 

「………っさよなら!」

 

アルスはサッと立ち上がり軍人に背を向けて走り出した。

 

「あっ、おいちょっと待て!」

 

「ルーシェ!!来い!」

 

「え、ええっ!待って!?」

 

ルーシェは突然の出来事に対処できず、一足遅れてアルスを追い掛けた。港を走っていると貿易品の木箱の上にマントが乗っているのが見えた。誰かの忘れ物か知らないが不幸中の幸いだった。あれなら顔を隠すのに最適だ。

 

「しめた!」

 

アルスはそれを手に取り素早くそれを身につけた。フードを被り、顔を見られないように姿を隠しながら逃げ走る。しかし、それで全て上手くいくわけではなかった。焦っていたせいか、動揺していたせいか。どちらも当てはまる。

 

「あれ?アルス?アルス?アルスどこー!?」

 

見事にルーシェとはぐれてしまったのだった。

 

 

 

「はぁっ……!はぁ…ここまで来れば大丈夫だろう……!」

 

暑い、額から汗が垂れる。疲れた。アルスは辺りを見回した。港から無我夢中で逃げ、とっさに入り込んだ細い路地を進み、入り組んだ道を逃げてきた。そうして薄暗く、下町のような所に来てしまった。なるほど見た目からしても、いかにも治安が悪そうである。

 

────ルーシェはどこだ?

 

「しまった!はぐれた!」

 

アルスは自分の失態をこれでもかと言うほど恥じた。

 

(何をしているんだ俺は!馬鹿か!あろうことかルーシェを置き去りにして逃げてはぐれるなんて!)

 

後悔の念が激しく押し寄せる。申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

「はぁ………はぁ……あァ………くそっ!取り敢えず一旦戻ってみるか……!?」

 

アルスは全速力で走ってきた反動の息切れを抑え、来た道を引き返し始めた。

 

しかし。

 

「なあ。ちょっとそこのあんた。何してんの?」

 

「……。何ですか?」

 

ふと、後ろから声をかけられた。声からして男性だろう。あからさまに軽い調子で話しかけられ、先ほどの不良か何かかと振り返る。すると、予想外な風貌が視界に入る。

 

「何ってなんだよ。さっきからマント被った怪しい奴がうろついてて、何やってんのかなーと思って親切心で話かけたのにさー」

 

「……これは失礼しました。ちょっと、……探し物をしていたんです」

 

アルスは嘘をついた。逃げてきたと言ったら面倒なことになるに違いない。俺を怪しいというのなら、この男もかなり、そう、変だ。おおよそ俗に言うこの下町の景色に似合わない外見をしている。この男性は、緑髪で、深い緑がかった、確か浴衣だたか、それに似たような服の上にジャケットを着ている。軽薄そうなその格好からはおおよそここに住み慣れているわけでもなさそうな男だった。不良と言うには大人びた外見。しかし髪の色と格好からして不良か何かが最も近い表現だろうと思って訂正はしない。その最大の理由は、背中にある大きな刀。太刀というのだろうか、俺くらいの高さはあるだろう長く細身な刀を男はさも当然のように背負っているのだ。

 

「へえ。探し物、ね。俺こう見えて何でも屋やってんだよ。所謂万屋ってやつ?奇遇だね、俺も探し物してんのよ」

 

「……そう、なんですか……見つかるといいですね」

 

アルスは胡散臭い彼の見た目に警戒心を抱き、なるべく関わらずに事を済ませようとした。そうしたかったのだが…。

 

「ハッ、おいおいおいおい。俺の探し物はもう見つかってるだろ?」

 

その男は笑わせるな、とでも言うように呆れて笑った。

 

「………?何のことです?」

 

アルスはその男と目を合わせた。

 

「マントにフード。息切れ、明らか誤魔化し口実、探し物っつー胡散臭い言い訳。お前、スヴィエート軍に追いかけられ逃げてるあの盗賊だろ?」

 

その瞬間、ちょうど彼が言った直後。彼の纏う雰囲気が一気に変わった。雰囲気だけでなく、声もさっきより通った高圧的な声色に変わり、今は「万事屋」より「傭兵」の方が正しいような、うまく形容できない危険信号が脳内に響く。そして、表情は、さっきとなんら変わらない胡散臭い笑みを貼り付けたままだった。それが何より異質に感じられた。

 

「違っ!俺はっ!」

 

「おっと平常心を保てよ青年?せっかくのイケメンが台無しじゃないか。っと、冗談はこんなもんにして。俺の現在の雇い主さんは掘り出し市っつー店の店長やってんだ。んでそこの?氷石(こおりせき)だっけなー、別名セルシウスの落し物っつー訳のわからん宝石みたいなのが盗まれちまってね?無用心なこって。んで、俺はその盗んだ奴、つまりお前を捕まえて取り返してこいって言われてんのよ、ついでに突き出してやるよ軍にな」

 

「…それは俺じゃない!そもそも奴は─」

 

「おしゃべりは終わりだ。面倒だから?さっさと大人しく俺に倒されてお終いにしてくれよ」

 

「……くっ!」

 

どうやら彼は聞く耳を持たないようだ。どうしてこうも厄介事になるのだろうか。アルスはあの本物の方の盗賊を心から呪った。男に気付かれないよう、銃のホルダーに手をかけた。この距離なら威嚇以上の必要性がおきても対応できる。そして、隙を見て、逃げ……たいが。出来ることならそうしたい。しかしこんな入り組んだ路地裏道でそんな事をしたら袋の鼠になりかねない。

 

(やるしかないのか─────!?)

 




緑髪の男
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戦闘、太刀使い

(やるしかないのか─────!)

 

アルスは先手を取った。

 

足から踏み込み、男に急襲をしかけ懐に一息で潜り込む。一瞬の動きに男は動かないが、表情はこちらからも見えなかった。そこから足で蹴りみぞおちに一撃を、と男の腹めがけて自分の足が軌道を描いて走ってゆく。

 

(────入った!)

 

「……えっ…」

 

 そう思った時には、男は俺の真横にいた。懐に踏み込む一息の間に彼もかわしてみせた、とでもいうのだろうか。そして、認識してまずい、と思った時には、完全に無防備だった俺の腹に男の蹴りが命中していた。その衝撃でアルスは後ろに飛んだ。入れようと思ったみぞおちにいつのまにか同じ蹴りでいれられた。なんて情けない。

 

男の放った蹴りは、アルスのような綺麗な形の習った蹴りではなく、無造作に出される正に不良の蹴りだった。だが、予想以上に力の篭った蹴りに、呼吸を忘れ咳き込む。腐っても体格は彼の方が良い。大きな太刀を背負っているだけの事はある。

 

「げほ、がはっ!」

 

血は出ていないが、呼吸が詰まる。

 

「…盗賊ってんだから、こんなもんか…。意外と戦いなれてんだなあんた。いやビックリしたね。急にこっちくっから条件反射で、いや悪いね」

 

男はそう悪びれるが、とても嘘臭い。きっとかけらも思っていないだろう。それに自分は盗賊ではない。仮にもスヴィエートの上級の上級の身分である。

 

「お、れはっ、ちがっ」

 

喉が酸素が欲しいと喚いている。それが邪魔でうまく話せない。一体どうしてこうも連日1対1で戦わなければならない運命なのだろうか。あの気が狂った槍の男を思い出した。今度は槍の男ならぬ、太刀の男ときた。

 

だが、ここで殺される訳にはいかない。そう思い、ただ立つ。

 

「やめとけって。今の結構痛かっただろ。あれで捕まっときゃいんだって。相手するともっと痛いぜ、多分」

 

「………セリ、フ、が、さん、したになって、います、よ」

 

「……。元気だな。思ってたより。…じゃあ銃使えよ。こっちも刀使うからさ」

 

残念だ、俺の精一杯の挑発には乗ってくれないらしい。むしろ真面目にさせてしまってこれでは逆効果だ。それ以上に銃を見破られていた事も予想外だ。男も先ほどの軽い雰囲気は口調だけになってしまった。だが、未だに男は刀に触れようとしない。飾り、というわけではないようだが。

 

男の武器は、背中に背負う細く大きな刀。刃は俺と同じか少し短いくらいか、だとしてもとてつもないリーチを誇っている。男はさっきまで抜刀をしておらず、鞘に収めた状態で戦っていた。最初はなめているのか?と思ったが、その考えはすぐに取り消されることとなった。

 

なんと、男は鞘に刀を納めた状態で体術を織り交ぜて攻撃をしかけてくる。中距離まで離れれば、仰々しい刀で防御の体制に入り、近づけば刀と体術での打撃攻撃が待っているのだ。その攻撃一つ一つは先のように一瞬で懐に潜り込むような素早さこそないが、かなりの破壊力と的確性を持ち、一度食らってしまえば動けるかどうかわからないという物だった。

 

そして、何よりも恐ろしいのは、男のまだ底知れない実力だ。自分と同じ高さの刀を、片手で平然と振り回す腕力は刀本体より空恐ろしく思えたほどである。まだ抜刀もしていない状態でこの実力だとすると…。これ以上挑発するのは避けたほうが良いかもしれない。侮っている今にこそ勝機はあるのだから。

 

(────抜刀されたら終わりか)

 

アルスはかなりの緊張感に包まれて戦った。体術での攻防が続き、いつどちらが武器を出すか分からない一触即発状態だ。今も今で一時も気が抜けない状況が続いている。アルスの銃は、ほとんど意味を成していなかった。肉弾戦にも扱えるスヴィエート制オーダーメイドの拳銃をを扱う今の状態ですら、エヴィ弾を放つ隙がなかったのだ。撃てたとしても、弾かれるかかわされる。軌道も直線でほとんど読まれる。

 

(──…っ。この男…。実践慣れしている…か)

 

だが、完璧な人間などいない。むしろ動きが大きく、隙はある。小さいとはいえ隙は隙だ。この状況を好転させるには、そこを突くしかない。パン、パンと不規則に、不安定になるように弾を男へと撃ち込む。その弾はただかわされ、無情にも壁にめり込むだけ。エヴィ弾が拡散し、粒子となって空中に気化し消えていく。

 

弾を無力化する過程で、男の意識は自然と次の弾、次の弾へと向き、こちらへの注意は薄れていった。顔面に近く直進してきた弾も、難なく鞘で弾き、男の視線は地に落ちた弾へと注がれる。

 

(───今だ!)

 

最も隙が大きくなったその瞬間。渾身の二発を頭、心臓の二箇所に向かって撃った。手の中に収める拳銃が出す、乾いた音が人気の無い裏通りの壁に反響する。

 

(………入った!)

 

そう確信した、その時。

 

速さでかすれて見えなかった弾丸が、急に男の目の前で止まった。そしてそのまま、弾丸は真っ二つに生き別れて男の足元へと落ちた粒子となり消えていく。男の両手には、さっきから片手で無造作に振り回していた鞘と、淡く緑掛かって光に反射する、自分と同じくらい長い刀身があった。

 

つまり、抜刀をしたのだ。

 

「……な…?」

 

 作戦の結果が、あまりに予想外な結果によって失敗した事により、アルスは驚愕の色を隠せなかった。

 

「……当たり前の事だろ。驚くなよ。それとも、俺がむざむざと油断して、その刃を見せないんじゃないかなんて希望的観測でもしてたのかい?…アリ相手に戦車持ってくる奴なんてどこにもいないだろ?簡単な話しじゃないか」

 

男は淡々とした口調で、そう告げた。両手に鞘と刀を握り、刀を肩の上に掛けるポーズを取った。見た感じからも分かる重量だ。最初から油断していたのではなくそう見限っていたのだ、とでも言いたいのだろうか。

 

だとしたら、自分は最初から大きな思い違いをしていた事になってしまう。これまでの男の実力の予想と合わせれば、勝率はほぼゼロだ。

 

「……それが、本当の戦い方なのか。だとしたら、俺はお前の本気をださせた、ということか?」

 

「…本気ねえ。ま、そういっちゃそうなんだがよ。本当の意味でだとしたら笑えないくらい的外れだな?」

 

どうやら違うようだ。しかし、これは…逃げるべきなのだろうか?抜刀した途端、先ほどと印象が百八十度変わった。逃げおおせるような隙など伺えはしないだろう。できたとしても、背中を一刀両断でもされればそれで終わりだ。

 

だが、ここで終わるわけにはいかないのがアルスだ。ここで終わったら、ルーシェや国の事を全て投げ出す事になってしまう。それだけは、避けなくてはならない。

 

「……いくぞ!」

 

アルスは神経を集中させた。自らの体内でエヴィを操り、銃に集中させる。するとさっきよりもずっと重い音が、地を這いずるように響く。エヴィの扱いはその本人の器量によって大きく変わる。エヴィを弾丸と変えて撃つこの拳銃は、要はアルスの実力次第で劇的に威力が変化するのだ。

 

1発目は男の足を狙った。2発目は、かわされることを予測して直線的に男の顔へ。2発目はほとんど威嚇射撃だった。

 

だが、小さなその戦略も、数秒後には無意味に終わるのだった。アルスが弾を撃った瞬間、どこに来るか予測していたのだろう。男は、一度左足を軸にして背を向ける形で回転し、その勢いで地面へと激突せんとする弾を、刃の先の平たい部分で弾き、1発目の弾丸に当てるという、たったの一振りで2つの弾丸を無力化するような芸当を行ったのだ。

 

「な…………うそ、だろ……?」

 

これが、居合いで小さな弾丸を真っ二つにした、ということなら、まだこんなに驚きはしなかっただろう。さっきもやっていた事だし、予想通りだったはずだ。だが、これはいくらなんでもおかしいとしか言えなかった。1発目と2発目では1秒から2秒の時間差があったはずだ。銃ともなれば、1秒や2秒でも標的に当たるまでの時間は大きく違ってくる。それをこの男は、さっきとは全く別の方法で攻略してみせたのだ。

 

これにはまたしてもアルスは驚愕せざるを得なかった。脳内で次の作戦を考えようとしても、絶望の色が脳内を白紙に戻すのだ。

 

そして、いつまでも男が待ってくれるはずがない。

 

次は俺の番だ、とでも言うように、男は一度飛行を始める鳥のように地面へ沈み、そこから低姿勢で俺の目の前まで接近した。ただ走ってきただけなのに、物言わぬ経験の差が動揺を誘う。どっちに避けるか、そう思った時には男は翡翠に輝く刃の標的を、俺の心臓へと据えていた。そして突き刺しの体制にすると、同時に刃の切っ先を的当ての様にゆるやかに、だんだんと速度と力を付加させて、渾身の力で突きを入れる。

 

「………っ!!」

 

それを右に刀に沿うようにかわした。かなりぎりぎりだ。あと少し遅れていたら、服が台無しどころでは済まなかったに違いない。剣士とは、突きをする時の気迫でどれほどの者か分かるのだという。アルスは剣の心得はあるが、一瞬切っ先へと吸い込まれるような感覚は、まさしくそれなのだろう。そう確信せざるをえなかった。

 

そして、目の前の剣はまだ動きを止めていなかった。

 

「…………っ!?」

 

「気付くのが遅いぜっと」

 

その刃は、そのままこちらへと向き、男が大きく体を回すようにしてアルスへ純粋な一閃を描く。確実に仕留める、という獣独特の突き刺すような青い目、後ろ髪に伸びる結ばれた長い髪、そして身体に付き従ってアルスを刻もうとする細く大きな刃。その全てが予定調和に思えるほどに、完成された動作だった。

 

この予想外の攻撃に、とっさに表へ出た本能が下にしゃがみこむことでかわす。意識を戻し、流れるような動きで下から銃でアッパーで殴りかかる。流石にこれをかわす事は難しいらしい。男は鞘で振り切った自分のもう片方の刀を止め、それから後ろに飛ぶ形で回転することでかわす。

 

右手の銃は男の顔の正面で急停止し、かわされたとはいえ無理やり動いたもので男の顔とは拳二つ分程度の距離しかない。手を伸ばせば触れるような近さだ。男はその場で体制を整えようとする。

 

(───読みどおり…!今お前がやったことを利用してやる!)

 

「───っ!」

 

瞬間、男の目の前で、手の内で銃を回転させ、その大きなの口径を男の顔面に向けた。先の男の戦法を真似たものだが、流石に男もこれには驚いたようだ。体勢を整える事に集中していたこともあり、とっさに適当な回避方法が実行できない。これも予想通り。男は眉根を寄せながら目を軽く見開いた。口径へと意識が集中する。早く、鼓動が己を急かす。

 

引き金に手をかけた。あとはこれを引くだけ。何を焦っている?

 

(っこれで終わりだ────!)

 

「………っくそっ!」

 

男は、とっさに足を蹴り上げた。その足が向かった先は、男に向けていた銃。

 

「ぐっ!」

 

想定外の痛みに、むざむざと銃を手放してしていまう。ただ虚空に躍り出たされ、宙に舞った。アルスの銃はクルクルと回転しながら落下し、地面にカシャンと落ちた。

 

「しまっ…!」

 

銃に目を向けたのは一瞬。だが、その一瞬が命取りだった。男は銃が無くなった右手側に回りこみ、首を平らにする勢いで刀を水平に、大きい緑の剣閃を描いてこちらへと標的を定める。

 

首に、触れる─────

 

(っ殺される!!)

 

死ぬのか、と。走馬灯が現れる間もなくやってきた事実を、あっさり認めてしまっている自分がいた。

 

「やめてぇぇえええええ!!」

 

ピタッと男の動きが止まった。聞きたかった彼女の声が、アルスの脳内に響いたのだった。



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ガット・メイスン

その声に、2人は同時に振り返った。アルスの口から安堵の息が漏れる。彼女まさに救世主だった。

 

「ルーシェ!?」

 

「アルス!」

 

ルーシェはアルスに駆け寄った。そしてアルスと男の間に立ちはだかった。

 

「……あんた誰」

 

意表を突かれた上に邪魔をされたのだ。不機嫌を露にし、ぶっきらぼうに男は言い放つ。

 

「この人は、私のお友達です!そんな危ないもの向けないで下さい!」

 

ルーシェは両手を広げアルスを守る。意志の強いその瞳。男の据わった鋭い視線に怯むことなく睨み返す。

 

「ルーシェ…………!」

 

彼女は女神か?と思ったと同時に、お友達、という発言に少なからず残念な気持ちを覚えざる負えない。

 

「あー、ルーシェさん?どいてくんない?ソイツ、盗賊なんだぜ?」

 

「全っぜん違います!そもそも!あの盗賊は女性なんですよ!?」

 

「………え?」

 

男は目が点になった。同時にやっちまった、という表情にみるみる変わる。

 

「商店街の方で、あの人の声を聞きました!他にもそうだって言う人がいっぱいいる筈です!私達だってあの盗賊と関わったし、姿も見ました!ビックリですよ!お店見てたら後ろにいきなりいたんですもん!え、えーと、それで!私は訳あって彼とはぐれてしまって。探してまして、そう。そしたら戦ってて」

 

この男への恐怖からか、しどろもどろになりながらもルーシェは必死に自分の意思を伝える。

 

「あー………なんか、すまん。俺勘違いしてたみたいだわ。つーか、ソイツも悪いだろ。誤解されるような格好しやがって。言えよ!」

 

なんとこの男、アルスに責任転換をしてきた。

 

「言った!俺言った!!それにも関わらずにアンタが仕掛けてきたんでしょうが!まず謝ってくださいよ!」

 

「…ヘイヘイ、ごめんなさいねーと」

 

「…………」

 

アルスはイラッとした。その軽薄な態度。どうも気に入らない。お世辞にも真摯な態度とは言えない。

 

「よし!えっと!これで仲直り!ほら握手握手!」

 

ルーシェはアルスと男の手を取り、握手をさせた。アルスは先程の態度のお返しをする。

 

「………い、痛いですよ……?アルスさん?」

 

「気安く呼ばないで頂きたいですねぇ………!」

 

ミシミシと音が鳴るほどアルスは手に力を入れた。片や張り付けたような笑み、片や苦笑いで手を握り合う2人。異様な光景だ。しかし、ルーシェは事が済んだと思ったようだ。ちっともアルスは納得いってないが。

 

「アルスー?勘違いは誰にでもある事だよ。あ、この場合は早とちりって言うのかな?それに、女の人が盗っちゃった物を、私達が捕まえて取り返せばいいだけだもんね!それで一発解決!」

 

アルスはルーシェが前向きな女性で良かった、と改めて実感した。並大抵の人間なら親の形見を失くし、これから見つかるかすら保障できないような事にこんな風にはいえないだろう。自分だったら、もっと悲観的な事を口にしていたに違いない。現実的になれ、と言い聞かせるかもしれない。楽観的であり、前向きであり、ほわほわと浮いたような雰囲気。それがルーシェなのだ。

 

「取り返せばいいって、ねぇ?嬢ちゃん俺の探し物知ってんの?」

 

「え?貴方も何か盗まれたんですか?」

 

「も、ってことは、アンタもなのか。……盗まれたのは俺の雇い主の物だ」

 

「そうなんですか。雇い主さんの、何を探しているんですか?大切な物?」

 

ルーシェが盗まれた物は両親の形見という大事な物だ。男は頭を掻きながら言う。どうやらルーシェのペースに調子を狂わされているようだ。

 

「……あー…。えっとさ。まぁダメ元でだけどよ嬢ちゃん。んだっけなぁ。氷石(こおりせき)って知ってるかい?」

 

「……こおりせき?」

 

「別名セルシウスの落し物、だそうだ」

 

「あ!知ってる!」

 

「ホントか!?」

 

男は目を輝かせた。

 

「スヴィエートのおとぎ話に出てくるやつ!その落し物は精霊セルシウスの涙とか、ペンダントだとか昔私色々想像を膨らませたんです…!懐かしい……!」

 

ルーシェがそう言い終わると、物陰から音がした。ホームレスと思われしき人が煩わしそうにこちらを見つめていた。

 

「さっきからうるせぇんだよあんたら!!俺らの住処荒らしやがって!」

 

どうやら好くは思われていないらしい。男は少し思案するような態度をとった後、こちらに向きこう言った。

 

「…説明が面倒だな。一旦商店街の広場に戻って説明したほうが早い。…ついてきてくれ」

 

「………」

 

胡散臭いこと極まりないが、騙そうという気はないらしい。付いて行ってもよさそうだ。ふと、ルーシェを見ると、自信満々にあの人は大丈夫!という顔で力強く頷いた。胃が痛い。

 

「っと、とりあえず自己紹介すっか。俺はガット・メイスンだ。よろしくな」

 

「分かりました! よろしくおねがいします!ガットさん!」

 

さっそくルーシェは警戒心ゼロであった。

 

 

 

「…お疲れさん。到着だ。」

 

3人は広場の商店街に着いた。すると、今度は先程の港の野次馬になっていたであろう人だかりが広場に移動していた。多方、軍に追い出されたのだろう。女盗賊がどこへ行ったのかは今の状況では分からなかった。その中の1人、中肉中背の男がいた。その男はガットと目が合うと、周りの喧騒を掻き分けてこちらへと早足に歩み寄ってくる。

 

「万屋!盗賊は捕まったか?ん?その後ろの人は誰だ?」

 

落ち着いているが、少し顔色が悪く、どことなく機嫌も悪そうだ。

 

「こんにちは、ルーシェって言います。こっちはアルスです」

 

「ん?あ、あぁ、よろしく。というかさっき聞いたんだが、盗賊の奴は女なんだそうだな。いやぁ、もう少し早く聞いていればなぁ。お前にマント姿以外の情報提供できたのに」

 

「そのせいで俺はとんでもない目にあったがな……」

 

アルスは小声で愚痴った。

 

「あぁ……、あんたが例のマント姿の……。港で見かけたっつー。ガットが、どうやら早とちりして追いかけたようだな……。いや、濡れ衣を着せて本当に申し訳なかった」

 

ガットの代わりに、この男が真摯に謝った。そしてガットが言った。

 

「おい。あんたにゃ悪いが、この男は違ったって事で。盗賊は完全に見失った。裏路地はあらかた探したが、他に奴と思わしき者は居なかった」

 

「そうか…」

 

商人は肩を落として落胆した。

 

「………どうする?」

 

「そんなもの!引き続き探すに決まっているだろ!万事屋!雇ってるんだから!」

 

「ですよねー」

 

ガットはまぁまぁ、と万事屋を手で制して言った。

 

 

 

 

「ま、今あった出来事通り、俺はあの商人から依頼を受けてて、盗賊探してるわけよ。氷石(こおりせき)っつーもんをな。状況分かったか嬢ちゃん?」

 

商人と別れ、再び宛もなく歩き出す。歩きながらガットはルーシェに説明をする。するとルーシェは思い出したように言った。

 

「私も、実は両親の形見のナイフを盗まれたんです!」

 

「マジかよ、大層なもん奪われたなそりゃ」

 

「そこで……一緒にあの盗賊を探しましょうガットさん!」

 

「はぁ!?」

 

声をあげたのはアルスである。何でこんな無粋な男と一緒にいなければならないんだ。

 

「お?奇遇だねぇ〜?俺も今そう思ってた」

 

「冗談じゃない!何でこんな奴と!」

 

「失礼だなぁオイ!」

 

腕を振り上げて指をさし、アルスは全力で拒否を示した。すると、ルーシェが目ざとく何かに気づいたようだ。

 

「…アルス?手、怪我してない?」

 

「え…、ああ本当だ。大丈夫だよ、これくらいならなんともないよ」

 

気付かなかったが、よく見ると確かに手首に痣があった。ガットに吹っ飛ばされた時に強打した時だろうか。しかし彼女はよく気づいたものだ。袖で普段は隠れているから自分では気がつかなかった。

 

「ん?お。無傷だと思ってたんだがな。俺も気付かなかったよ。飛ばした時にはうまく受身とってたからな。案外戦闘慣れしてるみたいでよー。あれ咄嗟にあんな対処されちゃ自信なくすぜ」

 

そんなこと欠片も思っていないだろう。よくこうも白々しくできるものだ。

 

「待ってて。今治すから」

 

ルーシェはアルスのおもむろに手を取った。真剣な彼女の表情に、アルスは何も言えなく、逆らえなかった。

 

そして袖をまくって患部を顕わにする。布に触れて少し痛かったが、仕方ない。こう見ると、中々痛々しいもので、戦っている時は全く気付かなかったのだから不思議だ。過度の緊張が起こした痛覚麻痺だとしたら、嬉しい誤算だ。そして、患部に手をかざし光を収束させる。

 

(ちょっと待て)

 

アルスはハッとした。

 

「…………。へえ。あんた治癒術できんだ。生まれつき?」

 

そう、ガットが隣にいるのだ。

 

「あ。はい。女将には使うなって言われたんですけど、やっぱり治せるなら治した方がいいですよね。ガットさんも傷があったら見せて下さいね」

 

「俺の事は親しみを込めてガットとでも呼んでくれよ?ともかく、俺はいいさ。自分の傷は自分で治せるからな」

 

(………何だって?)

 

アルスはナチュラルに飛び出した問題発言に耳を疑った。

 

「…っていうことは、ガットさんも治癒術が扱えるんですか?」

 

「まあ、そうことになるな。だが俺はそこまで素質は無いっぽいからよ、軽いやつしかつかえないからそこはあんま期待すんなよ」

 

どうやら、彼もある程度治癒術の心得があるらしい。本当にこの力は希少価値があり珍しいものなのに。ルーシェの影響で薄れてはいるが、2人も見つけるなんて偶然にしても凄いことだ。だが、この時点でルーシェに及ばないと断定しているところからすると、本当にある程度の技術しかない、ということだろうか。

 

「…生まれつきでも、その後で変わってくるものなんですね。ということは、光術も扱えるんですか?」

 

「いや? ガキの時はうまくつかえたもんだが、治癒術使えるようになってからパッタリでなー。初期光術しか使えないんだ。成長ストップでもしてんじゃねえのかね?」

 

淡々とした口調でそう語る。無論アルスにはまったくわからない領域だが、そういうこともあるのだろう、と自己完結させた。そう思うくらいには不思議な力なのだ。治癒術とは。

 

「……。終わったよ!アルス」

 

「あ、ありがとう。…すごいな、コレくらいだったらこんなに綺麗に治ってしまうものなのか」

 

さっきまであった青紫色の痣は今は健康な肌色そのものだ。

 

「基本的に治癒術師はそれくらいできなきゃ名乗れないんだぜ。それでもできるに越したことはないから、大体どこでも大歓迎なんだけどな。いい意味でも悪い意味でも。で、だ。まぁ一緒に盗賊探すっつー目的があんなら、あんたらのしっかりとした自己紹介も聞きたいね」

 

「まだ一緒に行くとは言ってな…」

 

「あ、そうですよね。私はルーシェ・アンジェリークです。これからもよろしくお願いしますね!」

 

ルーシェはスヴィエートでアルスとやったようにガットと握手をする。なんだか不愉快だ。

 

「で、……アンタは確かアルスだっけ?」

 

「そうです。言っときますが、まだ決まった訳じゃ……」

 

「奴だ!!今度こそ捕まえろー!!」

 

アルスが言い終わる前、叫びが聞こえる。そして港が騒がしくなった。どうやらあの盗賊はよほど騒ぎを起こすことと、逃げるのがうまいらしい…………。

 

「……決まりだな?」

 

「アルス!私達も行ってみよう!?」

 

「………はぁ、分かったよルーシェ……。言っておきますが!あなたの為じゃない、ルーシェの為です!」

 

「はいはい、わかってるっつーの!」

 

 

 

港に着くと、また野次馬達でごった返していた。アルス達は三国の警備軍人が集まっている方に走った。すると奴は既に包囲されていた。

 

「いい加減観念しろ!」

 

「散々振り回しやがってぇ!?」

 

「もう逃げ場はないぞ!」

 

「気をつけろ!何をしでかすか分からん!」

 

どうやったのかは知らないが、何度も軍を巧みに撒いていたらしい。

 

「クッフフ、逃げれるんだなぁ〜、これが♪」

 

「捕まえろ!!」

 

軍人達が一斉に女盗賊に向かった。

 

女盗賊は腕を振り上げた。そして一瞬のうちに玉のような物を地面に投げつけた。小さな煙がたちこめる。

 

「ぬおっ!?」

 

「逃がすか!」

 

「あんのヤロー!?」

 

女盗賊がいた中心の位置で、三国の軍人でごった返す。

 

「落ち着け!馬鹿の一つ覚えだ!さっきと同じ手口だぞ!風よ我に従いたまえ!起これ旋風!ワールウインド!」

 

機転が利いた軍人の一人が風の光術を発動させた。風が港に吹き荒れ、煙があっという間に消える。しかし、女盗賊と思わしき人物はどこにもいない。10秒もたっていない筈なのに。それらしき人物が見当たりもしない。煙の中から出てきたなら丸見えのはずだ。

 

「何故いない!?」

 

「消えた!?」

 

「消えるはずが無かろう!まだどこかにいるはずだ!徹底的に探せ!」

 

騒然とするその場にルーシェは慌てふためいた。

 

「な、どこに行ったの!?あの人は!」

 

「消えやがったぞ!」

 

アルスもその光景を見ていたが、一体奴はどこに行ったというのだ。こんな大衆の面前で忽然と姿を消すなんて。周りは軍人だらけなのに。その時、ある1人の軍帽を深くかぶっているロピアス王国の軍人とすれ違った。アルスはそれに違和感を感じた。

 

(……この匂い……?)

 

アルスはその特徴のある匂いの記憶をだくり寄せた。そう、あの女盗賊が使った爆竹の匂いだった。けむ臭いあの。

 

(まさか………)

 

アルスはある考えがよぎった。短時間で消え、なかなか捕まらない挙句、その神出鬼没ぶり。木を隠すなら森の中と言うだろう。アルスは振り返り、その軍人の姿を見た。身長も大体一緒だ。確信がもうそこで持てた。アルスはその軍人の肩を掴んだ。

 

「ちょっと待てアンタ」

 

「っ!」

 

「お前だろう。女盗賊は」

 

「………よく気づいたね、っと!!」

 

「っぐあっ!?」

 

その女は足掛けを繰り出し、アルスの体制を崩した。そして、そのままジャンプしアルスの肩を踏み台にして、高くジャンプした。

 

「バァイ、踏み台さん♡」

 

そして懐から何か拳銃のようなものを取り出したと思うと引き金を引き、空中でそれを発射させた。ワイヤーのようなものが、既に出発して、海上を進んでいるある船に向かって一直線に飛んでいった。そして先端についた錨のような形をした物が船の手すり部分に引っ掛かっている。

 

「まっ、待て!」

 

そしてまた手元の拳銃の引き金を引き、女盗賊は宙を舞った。引っ張られるように船に向かって一直線に飛んで行く。

 

「アルスどうしたの!?」

 

「ルーシェ!奴だ!あの!ロピアス軍服を着た奴!」

 

「えっ、ど、どれ!?」

 

「まさかアレか!?飛んでるやつ!?」

 

アルスの言葉に、ルーシェとガットが姿を確認した。しばらく見ていると女盗賊は船の手すりに到着し、華麗に一回転し、甲板に降り立つ。そして終いに憎たらしく手を振ってくるではないか。

 

「がー!!ついに島の外に逃がしちまった!!」

 

ガットは地団駄を踏んだ。あの船はロピアスへ向かう船だった。だからロピアスの軍服を着ていたのだ。

 

「しまった………!」

 

まんまと取り逃がしてしまったアルス達なのであった。

 

 

 

「馬鹿野郎!逃がしてどうする!?」

 

ガットは案の定商人に怒鳴られた。

 

「まぁまぁ〜、そうカッカなさんな」

 

「あの氷石(こおりせき)は!とても大事な献上品なんだぞ!?ロピアスにいるあるお方とのな!」

 

「お?そうだったんだ?んー、ならこうしようぜオッサン。あの女盗賊はロピアス行きの船に乗った。オーケー?」

 

「はぁ?」

 

商人は訳が分らない、と言った様子で彼を見つめた。

 

「それを俺は追いかけて 、もちろん見つけしだい取り戻す。んで見つからなかったら、ロピアスにいるっつーそのお方に、話をつけてくる。盗まれましたーって、事情を伝える。あら不思議。アンタは面倒な船旅と?ロピアスまでの道のりをカットして、この島にまだいることが出来る、ってわけ」

 

ガットは言葉巧みに商人をなだめた。

 

「……ホントに出来るんだろうな………」

 

信用していないようで、商人は据わった目でガットを睨む。

 

「ああ、いい案だろ?アンタも得、俺も仕事ができて得」

 

商人はため息をついた。

 

「はぁ………分かった。万事屋ガット。氷石(こおりせき)回収が第一目的だが。あのお方と話をつけて貰えるのはありがたい。盗まれたなんて失態、俺の口からはとてもじゃないが言いにくいったらありゃしない。俺はお方、少々苦手なんでね。頼んでいいのか。」

 

「勿論。あ、そのあの方ってのに氷石(こおりせき)が渡ったら、手紙書くようにも伝えとくよ」

 

「交渉成立だな。いいか、頼んだからな?」

 

商人は念を押した。余程大事な任務らしい。

 

「了解。期待に応える事が得意分野なんでね。そこらへんは任せろよ。そんで?あの方の名前ってのは?流石に名前聞かなきゃ探せねぇよ」

 

商人は辺りを見回した。誰かに聞かれたくないのだろう。声を小さくして言う。

 

「ロダリア……って名前の人だ。だが、どこにいるか分からないんだ。俺がロピアスに行ったら分かるから、だそうだ。いつも迎えにきやがる。待ち合わせ場所なんてねぇんだ。だが、様々な情報を持っていてな。そのせいかもしれねぇな。で、俺も世話になったことがあるのだ。その情報のお陰で今の私は平均以上の生活ができているといっても過言ではない、くれぐれも、失礼のないように!」

 

「ロダリア、ね……。あとは自力でってか。まぁ腑に落ちねぇが、情報屋なら仕方ないって事なのかね、おっけおっけ」

 

 

 

「聞いた?お二人さん」

 

「上手く話をつけたもんだな。解約されても文句言えない状況だったのに」

 

「だろ?」

 

後ろでガットの商人とやりとりを気づかれない様に傍観していたアルスはそうガットと話した。

 

「ルーシェも、あの女盗賊に盗まれたんだろ?大切な物」

 

「うん………」

 

「なら、次の行動は決まってんじゃないの?」

 

ガットはニヤリと笑った。




ガット・メイスン2
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女盗賊を追って

回復技を使えるのはルーシェとガットのみです。実際にゲームして一週目プレイしたら多分この2人とアルスが殆どスタメンでしょうね。


「私、ガットさんと行きたい……!」

 

ルーシェは決心したように言った。アルスは彼女の気持ちを尊重したかった。それに、彼女を巻き込んでしまったのは他でもない自分自身だ。何時までもこの貿易島にいても、何も意味はない。ならば、彼女のしたい行動をさせるべきではないのか。それに、どの道2人は帰れないのだ。もう後戻りはできない。

 

「………そっちのお兄さんは?」

 

自分も覚悟を決めなくてはならない。

 

「……分かりました。貴方の依頼の任務について行きます。ルーシェの為ですからね」

 

あくまでも、ルーシェの為。

 

「話しは変わるのですが、これからあの盗賊を追ってロピアス王国へ向かうのですよね?」

 

「そうなるだろうな。奴の足取りを掴めるのは奴の行き先のロピアス王国の港くらいしかない。あ、それと船もだな」

 

ガットは「それがなんだよ?」と向き直る。アルスは彼に耳打ちする形で言う。

 

「はい。その船の事で。……実は俺達半端スヴィエートを追われるようにこの島に来たんです。乗船する際に何か検査されるかもしれません。俺達の行動を記録されても困りますし、何か、誰にも気付かれないような方法はないでしょうか」

 

それにまず、旅券を持っていない。ルーシェもだ。アルスの場合、持ってるには持ってるが、この旅の最初のきっかけだった出張の行き先は国内のグランシェスクだったのだ。旅券は必要ない。しかしガットは変な解釈をしたようで。

 

「…ははぁーん?分かったぞ?さてはルーシェと駆け落ちしてきたんだな?」

 

「んなっ!?何言ってるんですか!?そんなわけ無いでしょう!」

 

アルスは顔を真っ赤にした。そもそも、彼女は恋人でも何でもないのだ、今のところ。

 

「冗談冗談。ロピアス港行きの船か…。そうだな、俺のツテでロピアス行きの貨物船の乗組員がいる。前、ここの酒場で酔っ払いに絡まれてた気弱な野郎だ。その時の借りとして言えばもしかしたら乗せてくれるかもしれねぇな」

 

「貨物船か…。密航するにはうってつけというわけか……」

 

(実際やったし)

 

アルスは心の中で付け加えた。しかしアレは本当にラッキーだったとしか言い様がない。ただでさえ少ない国内便だ。閉鎖的なスヴィエートに、他国の直行便はない。ここに来れただけでも不幸中の幸いだ。

 

「今日中に島を出たいなら足はこれだけだ。どうする大将?」

 

「大将って何ですか。俺はリーダーになった覚えはありませんよ」

 

「その場のノリだよ。一番それっぽいんだからいいだろ?」

 

かけらも詫びることなく言う。それっぽいとは一体。

 

「ルーシェも、それでいいよな?」

 

「はい!おっけーです!じゃあ早速、その乗組員さんに会いに行ってみましょう!」

 

「仕事がなけりゃ大体奴は酒場に入り浸ってやがる。酒場にいくぞー」

 

 

 

「畜生……!皆でよってたかって馬鹿にしやがって……!覚えてろよ……グスン」

 

酒場に行き、ガットはその知り合いの乗組員を探した。だがすぐに見つかった。どうやら泣き上戸のようで、机に突っ伏してシクシク泣いている。

 

「おいヒース」

 

「うわっ!?何だ!?」

 

パシンと、ガットがその頭を叩くと彼はバッと起き上がった。

 

「ガ、ガットさん!」

 

「まーた飲んでんのか。しかもこんなに……」

 

ガットは机にある空き瓶を見て呆れる。

 

「……ヤケ酒か?」

 

アルスが言った。

 

「あん?アンタ誰?」

 

「あ、失礼。このガットさんとの知り合いです」

 

と、自己紹介したが彼は微塵にも興味がないらしい。

 

「ふーん……。男はなぁ……泣きたい程つれえことが山程あんだよ……!」

 

「お前酒飲むたび泣いてるだろ」

 

「おわぁぁぁああああ!ガットさぁん!またフラれたんすよ!俺!もうそれで皆にバカにされて……!腕相撲も勝てないし、いつまでも信号係りだし、出世はしないし、俺が歩みたかった人生はこんなんじゃないんじゃ!!もう何回旗振りすればいいんだ!俺はスヴィエートとか!アジェスにも直接行ってみたい!貿易島とロピアスの航路にはもう飽き飽きダァ!ふっふへれれれれへへ」

 

最後はもう意味不明だが、どうやら己の人生に不満が溜まっているようである。酔っているせいもあり爆発したように愚痴を零す。

 

「オメーの愚痴聞きに来たんじゃねーっつーの。前お前がこの酒場でガタイのいい酔っ払いに絡まれてるとこ、俺が助けたことあったよな?忘れたとは言わせねぇぜ?お前一生の恩人とか言ってたぞ」

 

「……………そ、そ、そこまで言いましたっけ?」

 

「言ったぞ」

 

「ちょっと!そうやって俺の弱みに付け込んで利用するつもりでしょう!?」

 

「その通りだ」

 

「なんて清々とした態度なんだ!直球にも程がある!だがそれが羨ましい!」

 

「頼むよー、な?」

 

彼の性格上、あまりガツンと言えないタイプのようだ。酒が入っている今はグイグイと来るが。ヒースはうんざり、と言った様子で立ち上がり拒否した。

 

「嫌ですよ!何ですか!俺に身売りしろとでも!?金が必要なんですか!?生憎俺はそんな持ち合わせは………」

 

そして勘定しようとカウンターに向かう途中。

 

「あ。こ、こんにちは。大変なんですね、海の男の人って……。お話聞いてて、何だか申し訳ない気持ちになってしまいます。いつもお疲れ様です」

 

ルーシェとバッチリ目が合う。ルーシェはさすが救世主と言ったところか、男のツボを確実に付いた口説き文句を言い放つ。アレを素でやっているのだから天然とは恐ろしい。それとも、宿屋経営で自然と身につけたリップサービスだろうか?ヒースの心臓に、トスッと愛の矢が刺さった。

 

「…………ガ!ガットさん!この人は!?」

 

「ん?あぁ俺のもう1人の連れだけど」

 

ガットは「お?」と、そこで何かを思いついたようだ。悪い表情になる。

 

「あ、お、お名前は?」

 

「ルーシェです。ヒースさん、でしたよね?」

 

「な、名前を知ってくれているなんて……!感激です!」

 

ガットの会話を横耳で聞いてただけなのに、彼の今の状態では何でも嬉しいらしい。

 

「い〜やぁ〜?ヒース君!ちょっと、ちょっといぃかぁい?」

 

ガットはヒースの肩を掴むと引き寄せた。そして耳元に小声でそう囁く。アルスは嫌な予感がして、その会話を聞きに行く。

 

「俺がさぁ、サポートしてやんよ?ほらぁ、船乗ってさぁ、こう?ロマンチックに、な?いい感じなそうした様子を、お仲間の乗組員に見せつけりゃ、もうお前の株は急上昇ってわけよ?」

 

「ちょっと!何勝手に言って……ぐっ!?」

 

「しー!だぁってろ!」

 

アルスはその考えを聞いて大反対だ。何だそれは。まるでルーシェがこれから汚される宣言をしているようなものではないか。しかしガットは素早くアルスの口を手で塞いだ。

 

「な、なるほど…!それはいい案だな!」

 

単純な奴、とガットは心の中で思ったが、これなら確実にうまく行きそうだ。振り返り、ルーシェに問う。

 

「おいルーシェ!お前料理は出来るか?」

 

「はい!得意です!」

 

首をぐるんと戻して。

 

「よし来た。聞いたな?お前はあのルーシェの手料理を食べる大チャンスも手に入れかけているわけだ。どうする?俺ら3人を、なんかバイトとしてでも何でもいいからロピアスの貿易貨物船に乗せてくんね?あ、俺、気変わるの早いから。3秒以内で決めろよ?3、2、いー」

 

「わぁあぁぁあっ!分かった分かった!ガットさん!やるよ!俺やってやるよ!やる!やるぞ!俺はできる!うおおおおお!」

 

「よぉーし!ヒース、それでこそ男だ!」

 

「………?」

 

置いてけぼりのルーシェが不思議そうな顔をした。アルスにとってはとても不愉快は船旅の始まりだった。



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船内

今、アルスは甲板で夜風に当たっている。潮風とはさわやかなものだ、そう和めるくらい静かなら良かったのだが。その理由とは、生憎真横の板の壁を挟んだ部屋では船乗り達が酒盛りをしている。アルスもさっきまであそこにいたのだ。溜息一つ。口から出た空気は寒いことを主張するように白く漂う。それをぼうっと眺めていると、ガチャリ、と扉の開く音がした。

 

「うふふ…、ちょっと抜けてきちゃった♪休憩休憩!」

 

ルーシェだ。船員達との宴会を楽しんでいると思っていたのだが。なるほど酒盛りには同席できないな。しかしルーシェの料理は絶賛され、今も尚船員達が美味しそうに頬張っている。ヒースはとっくに酔いつぶれイビキをかいて寝ている姿を、アルスはさっき見てて安心した。

 

「…ねえアルス?アルスはあんまりああいう人たち…じゃないや、こういう空気苦手なの?」

 

ルーシェは船員達に大層可愛がられていた。アルスはそれが不満でここにいるのだ。見ていてあまりいい気分ではない。彼女にベタベタ触るな、と言いたいところだが、自分にそんな事を言う資格はない。

 

彼女は愛想がよく、話を聞くところ宿屋の看板娘と言われていたそうだ。本人はあまり自覚はないらしいが。客の相手をするのは慣れているのだろう。独特の包容力もあってか和み役としてすっかり馴染んでいる。

 

「…多分。こういう場所に出席したことすらないからな。流石に作法だけではどうにもならないくらいのことは知っていたが…」

 

「だね。ちょっと世間知らずっぽいしね、アルスは」

 

それを君が言うのかルーシェ、と思って振り返ると、冗談であろう満面の笑顔があった。可愛いから許した。

 

「………。そうだ、大方予想はつくが、ガットさんは?」

 

アルスが扉に目をやると、ルーシェもそれにつられるようにエヴィ光の照明で照らされる窓を見て、微笑む。穏やか、と表現するには多少首を傾げたい剛毅な笑い声と、酔っているのだろうかというような喧騒が聞こえる。とても楽しそうだが、入っていける気がしない。

 

「うん。中で皆と遊んでるよ。やっぱり、色んなところいってると慣れるのかな?」

 

「かもしれないな。…それはそうと、ルーシェ。突然で悪いが聞きたいことがあるんだ。いいか?」

 

そう言い、アルスはルーシェに体ごと向き直った。「何?」と何気なく返事をするが、やけに彼の顔が神妙な顔だったのか、ルーシェも温和な表情ではなくなった。

 

「…これで、俺と、一緒に行動していていいんだね?成り行きじゃない。形見探しだってそうだ。それだって俺は全力をもって君に協力する。だけど、俺は命を狙われた皇族。そして君は治癒術が使える。例えそれがよくたって2人いたほうが危険は倍になる。ここではっきりさせておきたいんだ」

 

一方的にまくし立ててしまったが、仕方がない。これまでのような成り行きの動きではいつ細事が大事になってしまうかわからない。その前に。というか、つまり、俺と一緒にいていいのか、と言う事だ。口下手で伝わったのかいまいちわからないが。

 

「…なんだ。そんな事か。真面目に聞いて損しちゃったよ」

 

「そ、そんなことって。君の身に関わることなんだぞ。も、勿論ルーシェの事は守るよ。それでも、限界っていうのがあるだろ。あ、限界って、いうのは違うな。その、守りきれない部分、そう、これだ」

 

そんな事、言葉通り、彼女にとっては下らない事だったのだろうか。彼女は甲板の手すりに寄りかかり、海を見た。アルスは内心変なことを口走ってしまったのではないかと焦り気味だ。ルーシェはふぅっと息をつくと、

 

「そんな事だよ。アルス。確かに今までは成り行きだったけど、それでも目的がある。戻ってはいけない理由がある。計画性っていうのかな。あるじゃないそういうの。もう、私達同じ穴の狢なのかも。命を狙われてるかそうでないか、でもあまり私達2人の境遇は変わらない。それに、アルスは2人でいた方が危険だって言ったけど、追われてる理由とか追ってる人とか同じような感じなんだし、何人いても変わらない気がするよ。私は治癒術が使えるし、ね?」

 

と、まるで許可を貰うような問いかけだ。アルス自体は構わない。彼女と一緒にいられる事は、正直嬉しい。

 

「それに、結構信じてるんだよ。ちょっと図々しいけど、私の形見や私の事、アルスならしっかり考えてくれてる…1人じゃ、心細いよ。……駄目、かな?」

 

いつもと変わらない笑顔が、少し、寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。照れ隠しの笑顔にも見える。

 

「1人にするなんて!とんでもないよ……!わかった、一緒にいこう。それに俺は、端から君を見捨てるつもりは微塵もない。ただ、君がどう思ってるのかが、気になって。その……」

 

そう言うと、ルーシェは花が咲いたかのように明るさを取り戻した。 

 

「ふふ、ありがと!アルス。…うん! じゃあ、改めて。よろしくね!」

 

改めて、と言って、アルスに手を差し伸べる。その笑顔に押されてその手を握った。2回目の彼女との握手。閉鎖された己の空間では知る事ができなかったかもしれない温もりだ。

 

「改めて」の効果だろうか。本当に、彼女を守る覚悟ができた気がした。

 

 

 

「……もう遅いし、先に私は寝るね。アルスも、海の夜風は浴びすぎると体に悪いよ」

 

あれから、他愛もない話しをしていた。するとルーシェがそう言いだして、ああそういえばもうそんな時間か、と驚く。彼女との会話はとても楽しく、時間を忘れるほど至福の時だった。2人きりの時間も、これからグンと減るのだろう。あの自称万事屋のせいで。まだ続く真横の喧騒を横目にやる。横の騒がしい部屋がまるで次元の違う別世界のように感じたまだ騒いでいるのかと少し呆れる。

 

「ああ。俺もそろそろ寝るよ。おやすみ」

 

「うん。おやすみ」

 

女船員は数が少ないせいか、部屋が一つしかない。女性の船乗りは珍しいのだろう。男部屋とは離れていたと思うが、場所までははっきりしない。別に覗きに行くわけでもないが。まぁ明日船員に場所を聞けばいいか、と自己完結する。あくまで彼女が起きなかった時起に行くためだ。

 

ルーシェを見送り、暗く深い水平線に目をやる。静かな波音。静寂な場。潮風に、髪が揺られた。

 

 

 

ガチャン、と激しい音がした。

 

「よーたいしょー。みせーねんだからっていつまでもそんなとこで黄昏て、なになにいじけちゃってんのー?お年頃ってやつかねぇ。」

 

余韻と風情という名の美しい空間が砕け散った気がした。ガットは緑の髪を揺らし、千鳥足で絡んでくる。

 

「おいおいおいおい。そんなあからさまにめんどくさそうな顔すんなよ傷つくだろぉ?俺もこうみえてヒースみたいに実は泣き上戸かもよ?」

 

「潮風は、いわゆる泣きっ面に蜂になりますよ。物理的に」

 

「はははは。そりゃいいね俺蜂って結構好きよ?殺す時はすぐ殺す所とかな、いやー俺にはできないわー。あ、でも俺泳げないからそこはおなじだねぇ」

 

だいぶ酔っ払っている。ある事ない事べらべらと余計な事を挟んでくる。

 

「彼らと馴染むのもいいですが、ロピアスについたらすぐに仕事でしょう。別れられなくなっては困るんじゃないんですか」

 

アルスはわざと冷めた声でそう言ってやった。甲板のふちの壁に背を預けて座り込んでいる酔っ払い男も少しは目を覚ましたようだ。

 

「ん?あー…。…ま、いんじゃん?どーせだし、こんだけ仲良くなっちゃったなら、これからもご贔屓にさせて頂こうかもしれないじゃん?どーせ明日にゃつくしなあロピアス」

 

「そうだな」

 

アルスは受け答えがめんどくさくなってきた。

 

「……多勢に無勢って言葉知ってるか。大将?」

 

とうとう本格的に酔っ払ってきたのか。のほほんとした腹の立つ顔でそう聞いてくる。いきなりのことで意味不明だ。

 

「…………それが何か?」

 

ちゃんと律儀に応答し返す自分に我ながら感動する。

 

「まだせーじんになってないような、っつってもそろそろだけど?いろんな意味でチカラがない年頃のこどもが自分のために旅をするってのは良いことさぁ。目的あってないような旅してる奴たまにいるし?2人が1人になろうがひとりがふたりになろうがあんま関係なくねぇ?いざ!ってときに立場とかちしきとかって役に立たないもんよ?いやまじで。でかいおとな何人もいれば無意味ってやつさぁ。これぞ多勢に無勢!ってね。あっはははは」

 

「貴方……。さっきの話聞いてましたね?」

 

酔っ払っていたと油断していた。しかし酒瓶片手に馬鹿笑いをするガットはどう見ても酔っ払いだ。

 

「いやいやいや。聞いてたっつーかさぁ?ちょっと酒覚ましたいなと思ったらなーんか小難しい話ししてんのよねおたくら。俺そこまで空気読めない訳じゃないし?どーしよーかなーって、な?わかりやすいだろ?」

 

「そのわかりやすい、の意義がわからないです。…で、さっきのが貴方の意見ですか…?」

 

「そう、そうそうそう! そーだよせーねん俺が言いたかったのは。いけん、イケン意見。うんうんこれだこれだ」

 

「ハァ……そろそろ寝たらどうですか。相手がめんどくさくなってきた………」

 

「ん。あー……。それもそうだねぇ。んじゃ、大将の進言どおりにしちゃいますかね。んじゃ、またあしたー」

 

アルスが溜息交じりにそういうと、ガットは考えるそぶりをした後、おもむろに立ち上がった。かと思うと酔っているとは思えないしっかりとした足取りで手を振りながら、寝床へと歩いていく。

 

「泳げない、のか…。一つ、弱みを握れたのかな」

 

アルスは1人でニヤけると、船室に向かった。

 

「明日はいよいよロピアスか………」

 

スヴィエートとすこぶる仲が悪い敵国。ことあるごとに、この2国の国民個人個人は争うのだ。歴史の辿ってきた末路であるが、不安は拭えなかった。その理由として、なにより自分はスヴィエート帝国の第一皇位継承者なのだ。今はどうなっているかは分からないが。

 

「なるようになれ……だな」

 

部屋のベットに潜り、アルスは眠りについた。明日にはきっと自分は、まるで別世界に足に踏み入れるのだろう。雪のない世界へと。



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レインコートの少年

「なんだと…!貴様、我らとの契りを忘れたと言うのか!」

 

誰かが大声で激昂している。

 

契り、一体なんの事だか分からない。自分は、今どこにいるのだろう。どこか不思議な空間にいる。その誰かに向かって老人が話している。

 

「ふん、もはや人間はお前達に頼らぬほどの力を手に入れた。お前達は用済みなのだ」

 

「…お前達はいずれ、大きな罰が下るであろう。まもなくな…」

 

「この状況においてもまだ無駄口をたたくか」

 

「お待ちください!やはり彼らを封印するのは!?」

 

別の人間が出てきた。ぼやけていてはっきり見えない。男の声だった。

 

「黙っていろ!!さもなくばお前も裏切り者と見なし殺すぞ!」

 

老人はこちらを振り向きさも物騒なことを言う。一体何のことか、さっぱり分からない。

 

「ぐあああああああああ!!」

 

「ははははは!!いい様だな!」

 

「ああ、…ート! なんてことだ…!!…れいが!!」

 

ノイズが邪魔をするように、声が聞き取れない。その声は段々と薄れていく───。そして、昨日聞いた酔っぱらいの声が、聞こえてくる。

 

 

………ルス! ……………きろ! ……………───アルス!

 

「アルス!!」

 

「うわあああ!!?」

 

「うおおおお!?」

 

アルスはハッと体を起こした。そして、条件反射からか、銃でその起こした目の前の人物の頭を打ち抜こうと構えていた。

 

「あ…、あ、あの…アルスさん?」

 

ガットは思わず敬称をつけて呼ぶ。アルスはまだ覚醒していない頭で辺りを見回した。

 

「あ、あれ?老人は?」

 

「はぁ?寝ぼけてんのか!?いいから早くその物騒な物しまえ!」

 

「あぁ……ガットさんか……。ルーシェじゃなくて良かった……」

 

「オイコラ、俺ならいいっていう問題じゃねーぞ」

 

どうやらまたあの類の夢だったようだ。本当は最近は変な夢ばかり見る。ゆっくりと銃をおろし、夢だったことに安心しつつも肝心なところで起こされたので少し納得がいかない。

 

「はぁーまったく、起こしにきてやったそうそう銃口を向けられるなんて思ってもなかったぜ…」

 

「すいません、つい」

 

「つい、じゃねぇよ! あと一歩間違えてたら俺死んでたぞ!」

 

「はいはい、すいませんでしたね」

 

アルスは手に持った銃を膝に下ろした。そして枕の下に置いておいたもう片方の銃も回収した。

 

「ったく、用心深いこと」

 

その様子を見てガットが言った。自分は仮にも皇帝候補の身分。そして命を狙われた経験もある。アルスはそれを踏まえて警戒心は怠らなかった。

 

「それより、貴方酔いは覚めたんですか?」

 

「おうよ、全然平気だぜ。それより、エルゼ港に着いたぞ。俺は先に降りてるから、お姫様を起こしてからお前も来いよ」

 

「お姫様?誰のことですか?」

 

「にっぶいなー!ルーシェだよルーシェ!」

 

ガットはそう言うと部屋から出て行った。

 

「お姫様って………」

 

なんだか気恥ずかしくなった。

 

 

 

コンコン、と彼女が寝ている部屋のドアをノックする。

 

「ルーシェ?起きてるか?」

 

…………。返事はない。間があき、もう一度ノックをする。

 

「ルーシェ~?」

 

どうやら起きていないようだ。

 

「入るよー?」

 

ベットの上では布団が上下していてまだ寝ているということが分かる。気持ちよさそうなところを起こすのは少し申し訳ないがしょうがない。

 

「おーい、ルーシェ。起きろー」

 

彼女の掛け布団を軽く揺すって起こす。深く被っていて、顔は見えない。

 

「ん゛ー。あと少し……」

 

「ダメダメ、もうエルゼ港に着いたんだから」

 

寝起き特有の低い声だったが、なんだか可愛いと思ってしまった。

 

「えっ?」

 

そこでむくりと起き上がり、とろんとした目でアルスを見つめた。

 

「はい、起きたね。さあ早く支度を済ませて。船から下りるよ」

 

「はーいー。ふぁあ……」

 

欠伸をしながら起き上がる。

 

「じゃ、俺は部屋の外で待ってるから。二度寝しちゃダメだぞ」

 

「うーん……」

 

まだ眠いのかだるそうな声で答える。これは、二度寝するような気がする……。

 

 

 

「ごめん!待たせちゃった!」

 

部屋から出てきたルーシェは慌てて俺に謝る。そう、案の定二度寝していたルーシェ。3回目でやっと起きたのであった。これがガットだったら、アルスは脇腹を蹴り飛ばしていただろう。だがルーシェだから許した。

 

「いいよいいよ、さ、船から下りよう」

 

「うん!」

 

そして、船から下りると眩しい太陽に照らされた。港は活気に溢れており、商人たちによる商売が行われていてとても賑やかな雰囲気だ。

 

「わー!すっごーい!」

 

ルーシェは目を輝かせ辺りをきょろきょろを見回す。

 

「おーい!お二人さん!こっちこっち!」

 

先に降りていたガットが手を振りながら呼びかけた。

 

「ガット!おはよう!」

 

「おはよう、ルーシェ。ここがエルゼ港、ロピアスの玄関口だ。あ、ヒースは二日酔いで死んでるから安心しろ。他のメンバーは貿易品卸で忙しいみたいだ。ま、バイトっていう身分だったけど、手伝わなくても大丈夫っしょ。ヒースのせいにすりゃいいし」

 

つくづく付いていないヒースの事を哀れに思いながらアルスはハッとした。

 

「あ…、もうここってロピアスなんですか?」

 

「何を当たり前のことを。そうだよロピアスだっつーの」

 

「すごいね!ロピアスって!とっても暖かいよ!」

 

もうすっかり観光気分のルーシェ。今思い出した。これは立派な不法入国である。

 

「アルス!見て!あんな光機関見たことないよ!」

 

見るものすべてが新鮮。ルーシェの目はきらきらと輝いている。

 

「あのね、ルーシェ、俺達は観光でロピアスに来てるわけじゃないんだぞ?それにコレって俗に言う不法入国…」

 

最後の方は小声になるアルス。しかし苦笑いしつつも気になった彼女の指の先をたどり、その光機関とやらを見てみると。

 

「おお!?あれってロピアス名物の光機列車じゃないか!?おおー!!初めて見た!!」

 

アルスの一度は見てみたい光機関ランキングに入っていた光機関だった。それを拝めるとは。絶対見れないと思っていたのだ。なんせすこぶる仲の悪い敵国なのだ。

 

「お前もう立派な観光者じゃねぇか!こちとら仕事で来てるし、お前らも形見探すんじゃないのか!?」

 

ガットの鋭いツッコミが入りふと我に返る。

 

「ゴホン!そ、そうでした」

 

「ま、今からあれに乗るんだけどな」

 

「えっ?本当ですか!」

 

ルーシェがパッとガットに振り返り更に目を輝かせた。

 

「おう、あれに乗って、首都のフォルクスまで行くんだ。そこでまず情報を集める。あの依頼主の店主いわく、首都に行きゃ流石に何かしら分かるそうだ。まぁあっちから来る可能性は五分五分だろうが、多分結局俺らで地道に探す羽目になるかもしれねーけどな」

 

「へー…、首都まで鉄道が繋がっているのか」

 

「よーし!早く行こ!」

 

「……っ!」

 

ルーシェはアルスの手を取り、引っ張った。思わぬ行動に、顔に熱が集まる。

 

「おーおー。お熱いねー。新婚旅行じゃねーんだぞ?」

 

「分かってますよ!からかわないでくださいよ!!」

 

 

 

「すいませーん、大人3人」

 

ガットが列車の受付の女性に話しかけた。しかし女性は申し訳なさそうに答えた。

 

「申し訳ありません。ただいま列車は休止中なんです……」

 

「ええっ!?どうしてですか?」

 

「それが…、別の線路なんですが、鉄道爆破事件が昨日起こったんです」

 

「爆破事件!?おいおい危ねぇなぁ!」

 

確かに、そんな事件が起こったなら休止せざる終えない。しかし、どうしてそんな事が起きたのだろうか。

 

「ええ、迷惑なものですよ。こっちは列車が交易の最大ルートなのに…。それに首都となるともう…、ホント勘弁して欲しいです……ハァ」

 

女性はうんざり、といった表情でため息を吐く。確かに、列車で商売をやってる身としては列車が動かせないとなると商売上がったりだろう。貨物列車として荷物を運べる手段は大いに重宝する。しかし、今はそれが使えないと来た。さて、どうするものか。

 

 

 

「どうしよう、コレじゃ首都にいけないね。」

 

ルーシェはがっかりし肩を落として下を向く。列車が使えないとなると、一体どうやって首都まで行くのかアルスには見当もつかない。なんせ初めて来た土地であるから土地勘は皆無である。

 

「んー、どーっすかなー。とりあえず情報不足だ。首都まで列車でしか行けないって事もないと思うぜ?」

 

「つまり、徒歩で首都まで行くということですか?」

 

「まあそうなるなぁ。つーか、それしかねぇし……。しかし時間とられんなぁーそれだと。場合によっちゃ野宿もあるだろうし、魔物の警戒のために夜の見張りも……、ん?」

 

ポツ…と、ガットの頬に水滴が落ちた。手で拭うとそれは水。空を見上げると、先程まで晴天だった空が灰色に曇り始めている。アルスも手を広げ、雨を受け止める。次第に雨粒が大きくなっていった。

 

「ゲッ、雨かよ!」

 

「そのようですね」

 

「わー!雨なんて久しぶり!」

 

雨はどんどん勢いを増していきたちまち大雨となった。ザーザーという音が辺りに響き始める。

 

「うわ、本降りになったな……!」

 

「とにかく、宿屋で雨宿りしようぜ! 話は宿屋っつーことで!」

 

「わわっ!すごい雨!」

 

雨が降った時の独特の匂いが立ち込め、さっきまで乾いていた地面はもう水びたし。さっきまで活気づいていた港の人々は慌しく店の商品をしまい始め、アルス達と同じように皆雨宿りを始めた。

 

 

 

宿屋に雨宿りしてきた人は他にも沢山いた。中は湿気がこもり少し気持ちが悪い。アルスは宿屋のロビーのソファーに座っているルーシェに話しかけた。

 

「ルーシェ、大丈夫か?よくタオルで拭いておいたほうがいい」

 

店から借りたタオルを渡し、拭くように促した。先程から髪をいじるルーシェ、少々髪が濡れたようだ。

 

「あ、ありがとうアルス!」

 

ルーシェが座っているソファの隣に自分も腰掛け、一息つく。ガットはというと宿屋の人に情報を聞いてくる、と言い、奥に消えていった。丁寧に髪を拭くルーシェ。しかしアルスを一瞥すると、

 

「あ!よく見たらアルスも結構濡れてるよ!ちゃんと拭かないと!」

 

「うわっ!」

 

グイっと頭を回転させられ頭にタオルをかぶせられる。視界がタオルで埋め尽くされ真っ白だ。ガシガシと拭かれ、俺は子供か!と突っ込みたくなるがなんだか心地いいのでこのままの状態にしておいた。すると彼女の手がピタッと止まった。

 

「ルーシェ? 拭き終わったのか?」

 

アルスは頭のタオルを取り、ルーシェを見た。彼女はソファーの後ろにある窓の向こうを見つめていた。

 

「ルーシェ?」

 

「あの子…雨が降ってるのにどうして傘をささないんだろう?」

 

「あの子?」

 

アルスも窓の向こうを見てみると、確かに子供が一人佇んでいた。手には傘を持っており、レインコートのようなものを羽織っている。

 

「レインコートを着ているからじゃないか?」

 

「でも1人であんな風に佇んでいるなんておかしくない?はっ!もしかして迷子!?」

 

「迷子…ねぇ………?」

 

どうでもいい、といまいち関心がわかないアルスは適当に流すが、ルーシェはそうは行かないようだ。

 

「ちょっと私行ってくる!」

 

「え、ちょ!ルーシェ!?」

 

ルーシェは勢いよくソファから立ち上がり駆けて行った。思い立ったが即行動、というのはよく言ったものだ。

 

「あー!もうホントお人よしだなぁ!」

 

アルスは慌ててルーシェの後を追いかける。

 

「すいません!傘少しだけ借ります!」

 

「お、おい兄ちゃん!?」

 

出入り口にいた男性が傘立てに置いた。その傘を拝借し急いでルーシェを追った。

 

「おーい!そこの君ー!」

 

ルーシェは手を振りながら傘もささずに走る。どうしてこうも向こう見ずなのか。

 

「ルーシェ!走ったら危ないぞ!」

 

地面が雨で濡れ、滑りやすくなっている。凍った地面ほどではないが見ていて危なっかしい。少年らしき人物はこちらを振り向きはするが一歩も動かない。

 

「君君ー!どうしたのー!?まい……おひゃあ!?」

 

威勢よく声をあげ、走っていたものの、ルーシェは転んだ。盛大に。

 

「えええええちょっ!?ルーシェ!?」

 

「う、ううぅ……い、痛い…」

 

「大丈夫か!ルーシェ!?」

 

アルスは急いで駆け寄りしゃがんで彼女の安否を確認する。何にもないところで普通に転んだルーシェ。アルスが見た限り地面に足を滑らせたのではなく、アレは自分の足に引っ掛けて躓いていた。前方に思いっきり転びびしょ濡れである。いい意味で期待を裏切らなかった彼女である。

 

「コレ…。お姉ちゃんの…」

 

「えっ?」

 

さっきまで一歩も動かなかった少年が突然目の前にいた。そして何かを差し出している。ルーシェは何とか立ち上がり、少年の手に握られているものを見つめる。

 

「あっ!私の手袋!」

 

「手袋?」

 

ルーシェは自分のポケットに手を入れ、もう一つの手袋を取り出した。ルーシェはこの暖かい国では必要ないと思い、ポケットにしまっていたものだった。

 

「本当だ!いつ落としてたんだろう?ありがとう!ボク!」

 

少年は無表情で手袋を渡す。首がロボットのように回転しアルスの方を向いた。

 

「あ…、ありがとう。君……」

 

落し物を拾ってくれた少年には悪いが、なんだか不気味だっだ。じぃーとこちらを真っ直ぐ見つめてくる。普通ならしゃがんで目線を合わせてあげるのが優しさというものだろうが、それが出来ない。

 

「…………ッ!」

 

突然ゾッと寒気がした。寒さからだろうか?動けないのだ。こんな小さな少年、何も恐ろしくもないのに、傘を持った手が震える。

 

「本当にありがとうね!ところで、君。お名前は?」

 

ルーシェはしゃがみ少年と目線を合わせる。だが、少年はルーシェと目を合わせなかった。

 

「なまえ……」

 

「私はルーシェだよ!こっちの背の高いお兄さんはアルス!お母さんとかと一緒じゃないの?」

 

「………標確認………を遂行します……」

 

「えっ?何?よく聞こえなかった。ごめんもう一回言ってくれる?」

 

雨の音でさえぎられ、ルーシェは聞き取れなかった。しかしアルスはそれ以上に何も聞こえない状態に陥っていた。周りの雨が全てスローモーションに見えた気がした。少年はまだ、こちらを見つめている。

 

「っ!?」

 

アルスはドクン、と心臓がはねた。何か只者ではない雰囲気を少年から感じ取る。

 

─────ザァァァァアアアアアア

 

雨は相変わらず激しかった。しかし、少し弱まってきたようにも思える。少年はまた突如、

 

「ボク……帰る……」

と言って、背を向けて歩き出した。

 

「あれ、迷子じゃないの?」

 

「ちがうよ、迷子じゃない。用はすんだから帰るの……」

 

「あっ!もしかして手袋のこと?わざわざありがとうね!あ、待って?1人で帰れる?」

 

「帰れる、大丈夫」

 

何事もなかったかのように視線を外し、すたすたと歩いていく。

 

「ばいばーい!」

 

アルスはそのまま立ち尽くしていた。少年の後ろ姿を見続けていた。あの少年は、どこに行くのだろうか。

 

「アルス?」

 

はっと我にかえり、ルーシェを見る。安堵感に包まれ、ホッと胸をなでおろす。

 

「あっ、ああ。ごめん。ちょっとボーっとしてたみたいだ。とにかく、宿屋に戻ろう」

 

「うん。あーあ、服濡れちゃったなぁ……」

 

一体あの少年は、何だったのだろうか。

 

 

 

「おーい二人さん!探したぜ〜…まったく仲良くデートにでも行ってたのか…ってルーシェ!?どうしたお前!?」

 

ガットが駆け寄ってくるがルーシェの格好に驚きを隠せない。無理もない。彼女はびしょ濡れ。服からは水が滴っている。

 

「えへへ〜ちょっと色々あって……」

 

「色々って何だよ……」

 

「はっくし!」

 

ルーシェはくしゃみをし、体を寒そうに震わせた。

 

「とにかく、ここを出発するのは午後からにしてもらえませんか?ルーシェが風邪を引いてしまうし、雨もまだやまなさそうです」

 

「ああ…、まぁそうだな……、おい!すまねぇ、話は飯の後ででもいいか?」

 

彼はおもむろに振り返りそう言った。

ガットの後ろに、男性と女性がいた。



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エスナとトラン、そして…

昼食を済ませた後、改めてガットは先程の女性と男性を紹介した。遠目に、男性の方がこちらに向かって手を振る。20歳というには若干若い柔和な笑みだ。いかにも、というような好青年である。

 

「列車が使えねぇから、徒歩で行くっきゃねぇかなぁ〜って思って宿屋ぶらついてたら、この人達に会ったんだ」

 

「こんにちは」

 

女性はにこやかな笑みを浮かべた。印象は”とても聡明そうな人”というところだろう。長く艶やかな黒髪を上に高く結いまとめていて、落ち着いた雰囲気がある。

 

「私はエスナ。こちらは相方のトランよ。私達、魔物の調教が得意でね、馬車を使って自然と触れ合いながらこのフォスキア大陸を旅してるのよ」

 

差し出された手を握り握手を交わした。

 

「どうもこんにちは、エスナさん。俺はアルスです。こっちはルーシェ」

 

「ルーシェです。どうぞお見知りおきを」

 

ルーシェはアルスの後ろから軽く会釈した。そして男性の方も挨拶をする。

 

「僕はトラン。よろしく」

 

少し黒い深みがかかった茶髪だ。癖っ毛なのか、毛先が上に跳ねている。 こういう言い方もアレだが、20歳頃にしては垢抜けない顔だ。良く言えば人当たりが良さそう。アルスはそう思いながらもしっかりと握手を交わした。しかし相手も負けじといつもよりはっきり返す。握った手は力強く、相手に対する信頼が見て取れた。トランは言った。

 

「それでね、色々旅してて、ここ1週間はここエルゼ港に泊まっていたんだ。そして僕たち、もし午後雨が上がったら今日中に首都、フォルクスのハイルカーク地区に行きたいなぁと思って傭兵を探してたんだ。1週間もここに留まってた訳が1つ。ここからハイルカークまでを繋ぐノルド街道に出没する魔物が群れをなして縄張りを貼ってしまったんだ」

 

「ま…、ここまで聞きゃ分かるだろ」

 

なるほどガットはこう言いたいようだ。

 

「つまり、俺達を傭兵として雇いたいというわけですか?」

 

「そ。その代わり俺らはとりあえず首都に行きたいわけよ。利害一致の交換条件ってわけだ。代金は首都に行くまでの飯と寝泊まりする馬車っつーこと」

 

「そうゆう事でしたら!是非お願いします!というか助かります!ありがとうございます!」

 

ルーシェはパッと顔を明るくさせ、エスナとトランの両手をガッシリと掴み、握手した。

 

「うふふ、よろしくねルーシェさん」

 

「はい!」

 

 

 

─────のどかだ。

ユラユラと馬車に揺られ、このポカポカと暖かい午後の天気。爽やかな風。午前の突然の雨が嘘のように午後は快晴となった。昼食後の強烈な眠気がアルスを襲う。しかし幸運だった。トランによると徒歩で行けば最低でも1日以上はかかるこのノルド街道。半日ちょっとで行けるのだから。本当に魔物なんて出るのだろうか?聞こえるのはエスナが手網をひく音、魔物の蹄の音。よく訓練され調教された馬型の魔物の速度はそれなりに速い。もしかしたら夜にはもう着くのではないか?アルスは後ろから襲撃された場合遠距離射撃で対応できるから、という理由で、貨物車の後ろの縁に座って警戒するが、コクリコクリと舟を漕ぐ。

 

「クスッ、アルスさん。眠かったら寝ていいですよ?」

 

トランが隣に座って言った。魔物の手網をひくのは交代制で、今は馬車の貨物室にはアルスとルーシェ、トランがいる。先程までルーシェとエスナが仲良さげに話している様子をアルスは見ていた。たまに話を振られたが、殆ど女子トークだったのでいたたまれない気持ちで暇していた。しかし、そのルーシェも今はとっくに夢の中である。

 

「い、いえ…、あくまでも傭兵、ですから……」

 

「大丈夫ですよ。魔物の群れ気配が来たら、シャイル達がいち早く気付きますから」

 

シャイル達というのは馬型の魔物の事で、今まさに馬車をひいている魔物の事だ。

 

「しかし…」

 

「それに、ガットさんもいますしね」

 

それに、ガットさんもいますしね………。

 

何故かその言葉が脳内でエコーした。

奴はこの貨物室の中にはいない。外側の見張りをしている。前方の見張りをするからと言い、俺達が馬車に乗る前に登っていた。つまり、真上に。この貨物車の屋根の上だ。

 

嫌な予感がした。アルスはハッとすると急いで窓から身を乗り出し屋根の上を見た。

 

────すると案の定、

 

「………ぐが〜……」

 

「………………おい」

 

寝ている。寝そべりながら頬杖をつき、いびきをかきながらしっかりと。

ダメだこれは。やっぱり俺がしっかりしなければ。

 

「ったく……」

 

起こす気力もないのでそのまま放置し、貨物室に体を戻した。

 

「どうしました?」

 

「ガットさんも寝てますよ」

 

「アハハ、そうでしたか。外は日光のお陰で余計暖かいですからね。そりゃ眠くもなりますよ。実は僕も手網を引いてる時うつらうつらしてました」

 

「流石に全員寝てしまったら警戒しなさすぎでしょう……。あの人仮にもこの仕事請け負った張本人なのに……!」

 

愚痴を垂れながら、たわいもない会話をトランと交わした。何人なのかと聞かれ、スヴィエート人だと答えると、「やっぱり」と言われた。何がやっぱりなのか分からないが、トランは、「いつかスヴィエートにも行ってみたい」そう言った。「雪を見てみたい、雪に埋もれてみたい」トランは楽しげに話した。

 

スヴィエート人からすると雪は生活の一部みたいな物なので、見てみたい、という感覚自体が新鮮だった。

 

「へぇ〜!あ、じゃあスヴィエートのお酒は度が強いってのは本当なのかい?」

 

「……俺は飲んだ事ないからあまり分からないんですが、そうらしいですね。とくに有名どころでいうとウォッカとか?」

 

「あ、知ってますそれ〜。かなりすごいって聞きます。はぁ〜、やっぱ寒いから体あっためるために飲むんですねぇ〜」

 

「………飲み過ぎも問題で平均寿命は3国中最低ですけれどね……」

 

「はは、そうらしいですね〜。平均寿命の長さはアジェスを超えられませんよ。しかし神秘的な国ですからね、いつかあの国にも行ってみた…うわっ!」

 

ガタン!!と音がして、いきなり馬車が止まった。そしてシャイル達の高い鳴き声が聞こえる。

 

「ふぁ……何?どうしたの?」

 

ルーシェは今の衝撃で起きたようだ。

 

「一体何が?」

 

「何だ?どうしたんだエスナ?」

 

トランは貨物室を抜け出し、エスナの座る手網席を覗いた。

 

「トラン……、あ、あれ……!」

 

エスナが震える指先で地平線を刺した。そこには土埃をあげ、こちらに向かってくる影が見える。トランは戦慄し、絶望の声色で言った。

 

「来た………!サイノッサスだ!!」

 

 

 

「チィ!めんどくせぇ!」

 

いつの間にか起きたガットが屋根から滑り降りてきた。そして太刀を構える。

 

「エスナ!トラン!アンタらは中に入ってろ!こっからは俺らの仕事だ!」

 

「は、はい!」

 

エスナは怯え、早々と中に入っていった。トランが彼女の手を引く。

 

「2人は中にいて下さい!」

 

「あ!私も行く!」

 

アルスとルーシェは貨物室から出て、街道に降り立った。すると足元から振動が伝わった来た。ゴクリと息を呑むとアルスは魔物の群れに向き直った。走ってきているのは猪型の魔物だ。しかし、あの程度の魔物なら、アルスはそう思った。量は多いが、危険度は低い初級の魔物だ。だから大量に群れをなしているのだろう。だが、あの角には気を付けなくては。あんなので腹を貫かれたりしたら終わりだ。もう腹を貫かれるのは懲り懲りだ。

 

「来るぞ!構えろ!ルーシェは馬車に近づくサイノッサスだけを排除して、前線には絶対に出るな!エスナさん達を守る役に徹するんだ!」

 

「わ、分かった!えっと、干戈(かんか)を和らぐ守りの盾、バリアー!」

 

ルーシェは詠唱を唱え、光術を発動させた。馬車の周りに光のエヴィのバリケードが貼られた。アルスはガットの方へ応援に行った。サイノッサスは人間めがけて突進してくる。ガットはそれをタイミングよくカウンターを仕掛け、まっぷたつに斬る。

 

「来いやオラァ!角煮にすっぞ!!」

 

「ガラ悪っ……」

 

不良全開のガットは踊るように太刀と鞘を振り回す。強烈な足蹴りも食らわせたりと体術も兼ねて、頼りがいあるがテンションが上がっているのかうるさい。

 

「オラオラオラ!つぁ!はっ!」

 

「もう少し静かに戦えないんですか貴方は」

 

「わりぃな、俺は大将みたいに上品じゃないんだよ!」

 

「上品どうこうじゃなくてただ黙れば……、っと、三攻弾!」

 

アルスは3匹のサイノッサスに向けてバンバンバン、と3発撃ち込んだ。足を狙い、確実に転ばせる。ガットの方をちらりと見ると太刀を地面に下から斜め上にこすり付け、衝撃波を何度も放っていた。魔神剣(まじんけん)だ。その魔神剣でサイノッサスの脚の腱を斬り転ばせていた。

 

魔神剣(まじんけん)魔神剣(まじんけん)魔神剣(まじんけん)魔神剣(まじんけん)魔神剣(まじんけん)!」

 

「だからうるさいですってば!」

 

「うぉおら虎牙破斬(こがはざん)!かーらーの瞬迅剣(しゅんじんけん)!」

 

走ってきた魔物を2回斬りつけ、瞬迅剣(しゅんじんけん)でとどめを刺す。

 

「だぁぁあ!静かにして下さい!集中力が削られる!」

 

「あっ!アルスそっちいったぞ!」

 

「うぇっ!?」

 

アルスが情けない声をあげ見ると既に後ろにいた。振り返るとルーシェの方に行っている。

 

「しまった!ルーシェ!」

 

ルーシェは慌てふためく。

 

「ああぁっ!?どどどうしようっ!あ!そうだ!ピコハン!」

 

ピコッ。ギィッ!

ピコハンの音とサイノッサスの呻き声が聞こえた。

 

「ぉ、おぉう。ルーシェ、すごいな…」

 

サイノッサスは完全にノックダウン。頭に星が浮かんでいる。ルーシェが出した4つのピコハンがサイノッサスの頭にもろに当たったようだ。

 

「わ、私もやれば出来る!あ、そうだアルス!(そび)えよ望楼(ぼうろう)、鋭き(いただき)にて心眼を持て!アスティオン!」

 

ルーシェの補助光術だ。彼女が手をかざすとザァッと風吹き、三角錐の形をなしてそれはアルスを包み込んだ。するとアルスはエヴィが集束する感覚を覚えた。明らかにエヴィの力が増している。

 

「一気にやっちゃって!」

 

「ありがとうルーシェ!行くぞ!」

 

アルスはまたサイノッサスに向き直る。

 

 

 

(────よし!ルーシェと力を合わせたなら、いける!)

 

「業火よ巻き起これ!フレアトーネード!」

 

詠唱を唱え、2丁拳銃を介して光術を発動させた。放たれたエヴィ弾は地面にあたり、炎をまとった竜巻を起こし、向かってくるサイノッサスを大量に蹴散らしていった。

 

「ふぅ…」

 

「っし、お前で、ラストだぁ!ずぇりゃあ!」

 

そしてガットがバットのように両手で太刀を振り回し、残り一匹となったサイノッサスをぶった斬った。しん…、と辺りが静まり返った。魔物、サイノッサスの死体がゴロゴロと転がっている。なかなかにおぞましく残酷な風景だが、生きるためだ。自然界に可哀想も何もない。弱肉強食。ただそれだけ。

 

「お、終わったんですか?」

 

エスナが荷台から顔を覗かせた。

 

「うわ…、す、すごいですね。このサイノッサスの数もそうですけど、それを退治してくれたガットさん達も……!」

 

トランは既に荷台から降りていた。そして辺りを散策している。

 

「ハァッ、とりあえず終わったと思うが、血におびき寄せられて他の魔物が来るかもしれねぇ、早いとこ、こっからおいとまするほうがいいぜ」

 

「そうですね……。うひゃあ、一般人の僕らにとっては、お、恐ろしいっ…!」

 

トランは馬車に戻ろうと、振り返った。

しかしその後ろに─────

 

「っ危ないトランさん!!」

 

ルーシェの声がノルド街道のこだまする。彼女の隣を緑が走っていった。

 

「まだ生きてる奴がいやがったか!」

 

「えっ?」

 

トランは後ろを振り返った。

 

「ガットさん!」

 

「ガット!」

 

「うわっ!」

 

アルスさんとルーシェさんの声。

次に痛覚。突き飛ばされた。一瞬視覚が捉えた、緑だ。最後に嫌な音が聞こえた。直感で分かった。骨が折れる音だ。

 

「いっ……てっ…!」

 

「あぁっ、ガ、ガット、さん!」

 

尻餅を着くトラン。頬に生温い何かが付いているのに気づく。血だ。目の前の人物の。

 

「クソがっ!」

 

ガットは右手で太刀を振りかぶり、縦に一刀両断した。プギィッと呻き声と共に、サイノッサスの角が折れた。倒れ込むそれはどうやら完全に絶命したようだ。

 

「ハァッ、うっ、ぐっ、ってぇ…!」

 

ガットの左腕はおかしな方向に折れ曲がっていた。左肩にもサイノッサスの角が突き刺さり、血が滴る。突進で左手腕を折られ、角は左肩に命中。誰がどう見ても重症だ。

 

「んナロォ……!ぐっ!」

 

だがガットは右手で思い切り左肩の角を引き抜いた。トバッと血が溢れ出し、草木を汚していく。そして治癒術をかけようとするが───

 

「あ、やべっ………」

 

フラッと目眩が彼を襲い、そのまま地面に倒れた。薄れゆく意識の中、ガットはアルスとルーシェの叫び声がよく聞こえた。



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ガットという男

「う、ぁ?」

 

「あ!ガット!よかった…!」

 

目が覚めたのは馬車の貨物室。ガットの瞳にルーシェの安堵した表情がボヤけながらも目に映った。

 

「そういや俺…」

 

「ええ、貴方、トランを庇って大怪我したんですよ。本当に有難う御座いました」

 

ルーシェの隣にいるエスナが言った。ガットは辺りを見回した。貨物室の1つだけのランプが明るく照らしている。どうやら時間帯は夜のようだ。まだ覚醒しきっていない頭で思い出し、トランがいないことに気づく。

 

「トランは…、あいつは大丈夫なのか?」

 

「ええ、お陰様で。彼は今、シャイル達に餌をやってるの。アルスさんを付き添いにね」

 

「今休憩中なんだって。シャイル達の休憩と、私達の休憩も入ってるのかな?夜ご飯外で作ってあるよ」

 

ルーシェが言った。外で火を炊いているようだ。パチパチとかすかな音が聞こえる。

 

「……トランと変わってくるわ。彼も貴方と話したいだろうしね」

 

エスナは貨物室の縁に足をかけ、「呼んでくるわ」と言い馬車から降りた。トランは近くの川にいた。水を飲ませていたようだ。アルスは火の見張りをしている。

 

「トラン、変わるわ。彼が目覚めたの」

 

その言葉にアルスは安心した。

 

「あぁ、良かったです…。俺はまだここに居ますので、行ってきてください 」

 

「えっ、そうか!良かった…、あぁ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」

 

トランは顔を明るくさせ、貨物室に入って来た。ガットの顔を見た途端、涙目になり、

 

「すまない!馬鹿な俺が、油断したせいで…!」

 

頭を下げ、真摯に謝った。ガットは予想していない展開に拍子抜けた。

 

「おいおい、何でアンタが謝る必要あるんだよ?俺は仕事をしただけだぜ。アンタらを無事首都まで護衛するってな。どっちかって言うと、褒めるとこだぜ」

 

ガットはニカッと笑うとトランの肩に手をやった。

 

「ま、謝る相手はどっちかって言うとエスナの方じゃないのか?」

 

「う…、それはもうこっぴどく怒られた…から、あでもちゃんと謝ったよ!」

 

「アンタが気にすることはねぇよ。………わりぃ、ちょっくら夜風でも浴びて気分転換してくる」

 

「ガット、夜ご飯食べたかったらアルスの所に行ってね、作っておいてあるから。アルスとガットがまだ食べてないの 」

 

「あ?何でアルス食ってねーの?」

 

アイツならとっくに食べてるようなタイプだが。

 

「んー、分かんない。お腹減ってないのかなぁ?」

 

 

 

「目が覚めましたか」

 

火の見張りをしていたアルスがガットに気づいた。枝を放っていた手を止め、目を向ける。

 

「ウィッス。どうも」

 

「無事で何よりです。ルーシェに感謝して下さいね」

 

「おう、数時間前に大怪我したとは思えない程の治りようだぜ。違和感ねぇわ。すげぇなやっぱ嬢ちゃん」

 

ガットは左肩をグルグルと回した。痛みはない。

 

「まぁ……、ガットさんが倒れた途端ルーシェは駆け寄ってきて一心不乱に治癒術かけてましたよ。周りにトランさんとエスナさんがいたんですがね」

 

「あ……、おい。ちょっとそれどうなった?」

 

「きちんと口止めしておきましたよ。まぁ、ペラペラと話すようなタイプでもなさそうですが、トランさんはあまりその保証はできませんね。うっかり口を滑らせるタイプのようですが」

 

アルスはそう喋りながら、鍋の蓋を開け中をかき混ぜた。食欲をそそるいい匂いがする。具沢山のリゾットだ。

 

「………ま、まぁ大丈夫だろ。現にルーシェの治療が早かったお陰で大事には至らなかったんだし。エスナも付いてるしな」

 

「そうですね………、食べます?」

 

お玉ですくったリゾットが湯気を発し、ガットの嗅覚を刺激する。

 

「食う!腹へってんだよ俺!」

 

 

 

リゾットを2人で取り分け、食べ始める。ルーシェとエスナで作ったようだ。サイノッサスの肉が入っており若干クセはあるが肉が食べれることが幸せだった。

 

「そういや、何でお前食わなかったんだよ」

 

「………いや、ガットさん1人で食べさせるのもどうかと思いまして……」

 

ガットは目が点になった。

 

「えっ、わざわざ待っててくれたってわけ?俺が寂しい孤独の晩餐にならないように?」

 

「……………」

 

アルスの目が泳いでいる。

 

「何だよ〜、可愛いとこあんじゃねぇか大将〜!」

 

アルスの肩をバンバンと叩くが一瞬でその気持ちは裏切られた。

 

「嘘です」

 

「何だよ!?」

 

「……実のところ、ちょっと聞きたいことがありまして…」

 

「あぁ?」

 

アルスは俺の気のせいかもしれませんが、と付け加えた。

 

「何と言うか、トランさんを庇った時、貴方が妙に必死だったというか、死に物狂いだったというか。ガットさんの実力なら、アレは庇うことなくリーチのある太刀で対処できた筈だった。なのに庇って助けた。自分の左腕と肩を犠牲にしてまで。めんどくさがり屋で、適当で、そんな人だと思ってましたがね。仕事はしっかりするんだ、という俺の思い違いだけなのかもしれませんが」

 

(─────鋭い)

 

ガットは戦慄さえも覚えた。まさに彼の言う通りなのだ。真っ直ぐに目を見つめてくるアルスに、食事の手が一旦止まってしまった。

 

「………へぇ、よく見てんじゃないの」

 

「と言うことは俺の言ったことは図星だった、という事で?」

 

「……ケッ。お前恋愛には疎いくせに、そうゆうとこは妙に鋭いのな」

 

「恋愛どうこうは余計です…!人間観察の目を養うようにと、教育されて育ってきたので」

 

人の上に立つ者、適材適所に人事を配置しなければならない、とアルスは幼い頃より帝王学で教育されてきた。その恩恵だ。ガットはため息をつき、話した。まさかコイツに話すハメになろうとは。

 

「はぁ……。似てたんだ……あいつらが」

 

「あいつらって、トランさんとエスナさんですか?」

 

「あぁ…。むかーしの知り合いにな」

 

どこか寂しい目をしている。こんな表情は初めて見る。

 

「へぇ…、だから…。その人達は今元気なんですか?」

 

「もう会えない」

 

ちょっとした興味本位で聞いてみただけだったが、その一言でアルスは察した。

 

「!……すみません、失言でしたね」

 

「いんや、気にしてねぇよ。もう何年前なんだか……」

 

ガットはリゾットを口にかきこみ、食した。「ごちそうさん!」と器を地面に置くと仰向けに寝っ転がった。

 

「星が綺麗だなぁ……」

 

「何ですかいきなり」

 

「ふぃ〜、ガラにもねぇ暗い会話しちまった。俺もう少しここにいる事にするわ」

 

「そうですか。今まで寝てましたもんね。俺は疲れたんで、先に戻って寝てますよ」

 

「おぉ〜」

 

アルスが器や鍋を片付け馬車に戻って行った。1人になった。静かだ。

 

「…………トレイル、リオ……」

 

ガットは右手を夜空に掲げ、そう呟いた。



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ハイルカーク

「アルス!アルス!ついたよ!!」

 

体を揺さぶられ、嬉しそうな声が耳に聞こえてくる。

 

「ん゛…」

 

「アルス!起きてってば!」

 

さっきよりも勢い良く揺さぶられ、目が開いてきた。馬車に揺られている感覚はない。止まっているようだ。

 

「起きた?」

 

「うわぁっ!う゛ッ!?」

 

「いたぁっ!?」

 

勢い良く起き上がるとルーシェのアルスの額が正面衝突した。

 

「─────っ!!」

 

「いったー…」

 

2人共額を両手で押さえ額の痛を痛感する。アルスにいたっては声も出せない。

 

「ご…ごめん。ルーシェ。俺がいきなり起きたから…」

 

「…………」

 

「る、ルーシェ?」

 

怒らせたのか?さっきからピクリとも動かず額を抑え続けるルーシェに嫌な汗が流れる。

 

「ホントごめん!ルーシェ!ああ、えっと、その!ごめっ、じゃない!えーと、すいません?」

 

アルスは焦りすぎて何を言ったらいいのか分からなくなってしまい最終的に何故か敬語になる。

 

(女性って怒らせたらヤバイ気がしてならない。特に普段おとなしい人なら尚更…)

 

「ルーシェ…。その、わざとじゃないんだ。あー!言い訳になるな、これだと。ええーと……!」

 

「ふ…」

 

「ルーシェ?」

 

「アハハハハ!動揺しすぎだよアルス!大丈夫だよ!ちょっと面白かったからからかってみただけ!」

 

「え?」

 

いきなり顔を上げ笑うルーシェ。

 

「あはは!顔真っ赤だよアルス!ついでにおでこも!」

 

指をさされ、更に笑われるアルス。顔に熱が集まるのが分かる。

 

「なっ…!」

 

自分がからかわれていたのだと自覚すると一気に恥ずかしくなってくる。ルーシェの演技に踊らされていただけだったのだ。腹を抑えながら笑う彼女。思わず額に手を当て、隠した。

 

「お前…。笑いすぎだぞ!」

 

納得がいかない、こんな風にからかわれたのは初めてだ。いつもは俺がからかう側だったのに。

 

「あはっ…ふっふふふ…。ふー。ごめん!大丈夫!もう笑わないよ!フッ…!」

 

「普通に笑ってるじゃないか!」

 

未だに体を震わせている。

「そんなにおかしいか!?」とアルスが身を乗り出し反論すると

 

「はい、じっとしてね。」

 

額に手を当てられ軽い治癒術をかけるルーシェ。

 

「あ…」

 

「はい、終わり!もう痛くないでしょ?」

 

笑ったルーシェを見るとなにも言えなくなる自分が情けなく思えてくる。額に当てられた手が離れるのを名残惜しく感じてしまう。

 

「初々しいねー…」

 

この素晴らしいムードを壊す声が聞こえた。

 

「あ!ガット!アルス起きました!」

 

パッと手を離し方向転換するルーシェ。

 

「ああ、知ってる」

 

ニヤけた顔でこっちを見てくるガット。しかも屋根から下を覗いているのだから余計質が悪い。

 

「私先に降りてるね!」

 

「おう」

 

言葉の通り先に行ってしまうルーシェ。今の自分は最高にしかめっ面だ。

 

「…」

 

「お?どーした大将?寝起きは最高だっただろ?そんな顔する理由がどこにも見当たらないぜ?」

 

(こいつ絶対わざとだ)

 

アルスは嫌味の一つでも言ってやろうと、

 

「ああ、居たんですかガットさん。あまりに緑色だったのでただの葉っぱかと思いましたよ。失礼」

 

と、言ったが、

 

「あ?この髪のことか?葉っぱか。はは、そりゃいいね。若葉で若さに溢れてるってカンジ。いいね」

 

ホント嫌味がきかない人だな。コイツは。屋根から頭だけをぶら下げこちらを見て笑ってくる。

 

「俺も降ります。寝起き最高でしたよ。そりゃもう」

 

邪魔が入りましたが。と小声の嫌味も忘れずに。

 

「だろぉ?だからもう少しいい顔しろって、な?」

 

アルスが馬車から降りたと同時にガットも屋根から降りてきた。

 

「そうですね。ガットさんは空気がとても読める方で。」

 

「褒めても何も出ないぜ?」

 

(褒めてない)

 

「もういいです。もう寝起きがどうだとかそうゆうのは。とにかくおはようございます、ガットさん」

 

「あ?ああ、おはよう」

 

寝癖がついてないか頭を手で撫でながらアルスは言った。

 

「なんです?そのこの世の終わりを見たかのような顔は。」

 

「…いや挨拶してくれるなんて思ってなかったから。つか今までも挨拶なんかあったか?お前から」

 

「あ…挨拶ぐらいしますよ。挨拶がおかしいですか?」

 

「いやぁ?別に?」

 

ガットは両手で頭をかかえ、またにやけた。

 

「気持ち悪い顔しないでください。撃ちますよ」

 

「ちょっとは俺の事信用してくれたのかなーと」

 

「なっ…んなわけないじゃないですか。頭ぶち抜かれたれたいんですか?」

 

「いや、ぶち抜かれたくはねぇーかな」

 

そうこう話しているうちに壮大な門が見えてきた。門の前にルーシェとトラン、そしてエスナもいる。

 

「おはようアルスさん。よく眠れたかしら?」

 

エスナさんが微笑みながら話しかけてくる。幸い最近良く見るあの夢は見なかった。嬉しいこと極まりない。よく眠れるのだから。

 

「ええ、ぐっすり。ありがとうございました」

 

「いえいえ、礼を言うのはこちらの方ですよ。ガットさん、昨日はどうもありがとうございました」

 

トランがと頭を下げて言った。続けてエスナさんも頭を下げる。

 

「ああいえいえ、民間人を守るのが傭兵ですから」

 

「胡散臭…」

 

「なんか言ったかアルス」

 

「いいえ?何も?」

 

「この北凱旋門をくぐるとフォルクス、ハイルカーク地区ですね!首都が全部大陸横断して線路で繋がってるんですよ!それで地区ごとに分かれてるんです!」

 

誇らしげに手を門に差し出し紹介するトラン。アルスの他にも同様な人がたくさんおり、皆旅人や馬車関係の人が行き交っている。門の左右はレンガで固めてあり門から出ないと侵入は困難を極めるような作りになっている。

 

重そうな荷物を背負っている商人、いかにも旅人という格好をしている旅人、馬車のを引きながらゆっくりと帰路につく人。

 

「立派な門ですねー!」

 

「でしょう?ふふふ!」

 

ルーシェとエスナさんが2人で盛り上がっている。

 

「じゃあ、僕達はココらへんで」

 

「ああ、ありがとな」

 

「ありがとうございました」

 

ガットが手を振り、別れを告げる。心なしか彼の顔はなんだか悲しそうに、そして懐かしそうな顔だった。昨日の話を聞いたせいだろうか。アルスも軽く会釈をし、お礼を言う。

 

「ありがとうございましたー!またどこかでー!!」

 

ルーシェは大きな声でお礼とお辞儀を同時にしてして更に大きく手を降っていた。

 

「はぁー、やっとついたぜお二人さん。ここがロピアスの首都フォルクス、のハイルカーク地区」

 

壮大な門をくぐり抜けると、そこは想像を絶した感動する光景が広がっていた。

 

「すごい…」

 

それしか言葉が出てこない。自分の国とは全く違う光景。古いレンガ造りの建物が並ぶ街並み、そこを行き交う人々。建物の下には布を屋根とした店が所狭しと置かれている。果物屋、雑貨屋、野菜屋、魚屋…。

 

ゴーン…ゴーン…

 

と、遠くから鐘の音が聞こえ、上を見上げると向こうには大きな時計塔。バサバサと時計塔から飛び立つ白い鳥。時計塔の前には線路と思われる橋がずっとつながっていた。おそらくあそこを列車が走るのだろう。最も今は走っていないらしいが。すべての感覚を麻痺させられたかのように体が動かない。開いた口が塞がらないとはこの事か。

 

「綺麗だ…!」

 

すべてが新鮮だった。スヴィエートにも市場はあるがすべてがロピアス風、といったところか。

 

「すごーい!ここがフォルクス!!すごい!!」

 

ルーシェも同様かなり感動していた。

 

「やれやれ、ホント観光だなこりゃ。お前らフォルクスに来たことないのか?」

 

「無い!初めてだよ私!」

 

ルーシェは思わず飛び跳ねて嬉しさを表現する。

 

「俺も初めてです。すごいですね。こんな街並み…、雪降ったらどうなるんだ?」

 

「はぁ?雪?ロピアスに雪なんて降らねェよ。降ったとしても1年に1回ぐれぇーだろ」

 

(雪が降らないなんて、スヴィエートじゃありえない事だな……)

 

アルスは故郷の風景を思い出し、

 

「俺が見てきた世界は…こんなにも狭かったのか…」

 

と、ポツリと呟き、今までの感覚がすべて覆される感覚に陥る。これがカルチャーショックというものか。

 

「ガット!あれは何?」

 

彼女が指をさした先はさっきの時計塔。昔からあるこのフォルクスのハイルカーク地区を代表する有名な建物。本で見たことがある。

 

「ああアレ?時計塔な。ハイルカークってんだ。ちょうどセーレル広場らへんだな」

 

「ハイルカーク…。へぇー!」

 

「この地区の名前の由来の元だな。アーロン・ハイルカークって人があの時計塔を作ったんだと。って、すっかり俺ガイドじゃねぇか…」

 

ルーシェと仲よさそうに歩く二人組に若干腹立つアルス。2人の後ろで少し距離を置きつつも会話を盗み聞きしていた。ガットがよそ見をしていると前方からふらふらと歩いてくる女性がいた。ルーシェは周りのお店に興味津々で全く気づいていない。

 

「うおっ!?」

 

「い゛っ」

 

盛大な尻もちをつく女性。見事な正面衝突だ。

 

「やべ…。すまん!大丈夫かアンタ!」

 

「…へん…」

 

「え?」

 

「ぜんっぜんイケへん!どこ見て歩いてんじゃボケがァ!」

 

アルスは一瞬で悟った。めんどくさいタイプだ。

 

(ガットさんもご愁傷様です…)

 

「え?え?マジで?そんな大怪我させた?」

 

「帰れへん!!」

 

「は?」

 

「ラメントに帰れんのや!」

 

「ら…めんと?それとこれどうゆう関係がお有りで…?」

 

アルスも全く話についていけない。だが記憶を手繰らせると。

 

(確かラメントというのは街の名前じゃなかったか?先の戦争でかなりの被害があったところとして歴史の文献に書いてあったような)

 

「どうしたの?ガット」

 

いつの間に買ったのか、いやアレは試食だろう。ルーシェが大量の果物の一切を抱え戻ってくる。カゴ付きで。

 

「いや…、ちょっとぶつかっちまってな…」

 

「ええ!大変!ちょっとアルスこれ持ってて!」

 

「ちょ、ルーシェ!おわっ!?」

 

カゴを押し付けられ急いで女性へ駆け寄るルーシェ。これ少しぐらい食べてもバレないよな?なんのフルーツかわからないが匂いからしてまずいわけがない。食べてみると甘い果肉が口の中で広がり、すっごく美味しい。

 

「…って、ちゃっかり何してんだ俺…」

 

とりあえずそれは食べきり、目の前の光景を見守る。

 

「大丈夫ですか?すみません!」

 

「大丈夫や!アンタが謝る必要はないで!謝るんはコッチの緑や!」

 

緑と呼び指を指した相手はガット。

 

「いやーすいませんね。俺の不注意でしたよ。綺麗なお姉さん」

 

「貴方のそうゆう態度がこの方を納得させてないんですよ。なにナンパ紛いなこと言ってるんですか。セクハラですよ」

 

アルスはガットに言った。

 

「バッカ、お前。わかってねぇ~な。機嫌を治すために言ってるわけであってこれはナンパじゃないぜ?なんかわけの分からねえ言いがかりつけてくるしよ」

 

確かにラメントに帰れないとか言っていたがそれこれ関係ない。

 

「とにかく!」

 

スクッと立ち上がる女性。

 

「この落とし前はきっちり付けさせてもらうでぇ!」

 

「ほら!めんどくさい事になったじゃないですか!!なにしてるんです!?全く貴方は!」

 

「俺のせい?ねえこれ俺のせい?この女がちょっとおかしいだけだって!大体ぶつかっただけじゃねぇか!怪我もなさそうだし…」

 

「聞こえとるわ!!」

 

「「はいっ!?」」

 

「良かった~元気で。幸い怪我もないようですし!」

 

ルーシェの天然具合はホントに羨ましく思うときがある。今がまさにその時だ。



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カイラとサーカス団、漆黒の翼

「というわけさかい!とっとと協力しぃや!」

 

ここじゃひと目につくからと連れてこられた裏路地の若干狭い道。彼女が言うにはこうだった。彼女の名前はカイラというらしい。そしてそのカイラさんはラメントでカジノの店長として働いている。客引きのために首都に来て客引き終わったのでとっとと列車に乗って帰ろうかと駅で列車を待っていたら丁度列車運行が中止となったそうだ。それは何故か。そこでエルゼ港で聞いたあの事件と繋がってくる。線路が何者かの手により爆破されたからだという。お陰で彼女は帰れずじまい。そうゆうことで、首都で足止めを食らっているらしい。歩いて帰ればいいじゃないか、と思ったがそんなこと言ったら殴られそうな勢いだったので口を閉じておいた。歩くと距離が凄まじいのだろう。ただでさえ世界で1番大きいことフォスキア大陸だ。その西を横断するこの長いフォルクス。だから鉄道が通っているのだ。

 

カイラはすっかりご立腹。苛立ったように靴を地面にコツコツと鳴らしている。

 

「…つまり、俺達にその鉄道爆破事件の犯人を見つけ出せと?」

 

「だからさっきからそうゆうとるやろ!」

 

(言ってないだろ……)

 

彼女のマシンガントークをなんとか聞き取り、理解できたのだ。それだけでも評価して欲しいぐらいだ。

 

「それは大変ですね。故郷に帰れないなんて!おまけに店長やってる身だと早く帰らないとまずいとか?」

 

ルーシェが聞いた。2人は見事に打ち解けている。カイラに失礼な態度をとったせいか男2人組、つまりアルスとガットはあたりがひどい。

 

「そうなんよ。自分物分りが早ようて助かるわ!名前は?」

 

「あ、私ルーシェです!よろしくお願いします」

 

笑顔で握手を交わすルーシェ。やはり誰とでも早く打ち解ける能力があるのは性格ゆえか。

 

「ふーん。犯人ねぇ…。言っとくけど、たとえその依頼を聞き入れたとしても見つかる保証は約束できねェぞ」

 

長らく話を聞いていたガットは欠伸をしながら言った。

 

「なんとなく犯人はわかっとる。だが確証はできひん」

 

「はぁ?分かってるなら自分で解決できるんじゃないんですか?なぜわざわざ俺たちに…」

 

アルスはさらに訳が分からないと言った表情で聞き返した。

 

「そこの緑がぶつかってきたからに決まっとるやろ!」

 

「緑…。ふっ…」

 

思わず笑ってしまった。ガットの特徴を一言で表す言葉だ。

 

「失礼だなアンタ!緑緑って!お前もさりげなく鼻で笑ってんじゃねぇよ!俺はガットっていう立派な名前があるんだよ。美人の店長さんよ」

 

「ガット?あぁ、そか。別に覚える気ないわ緑で十分やろ十分。そんで、アンタは?」

 

カイラはアルスに言ったようだ。

 

「あ、俺の名前はアルスと言います」

 

「…なんや自分、すっかした顔しとるなぁ…」

 

「…………………………」

 

無言が続いた。この切り返し、予想もしていなかった。何故自己紹介しただけなのにそんなこと言われなきゃならないんだ、と頭に血が上るのが自分でも分かった。

 

「ブァハハハハ!!すかした顔だってよ!大将!アハハハ!」

 

「うるさい…!」

 

怒りと気恥ずかしさで拳が震えた。殴ってやりたい、この緑。

 

「アルスは透けてないよ?」

 

「そっちの意味じゃないルーシェ。いいから触れないでくれ…」

 

透けたとかそう言う意味じゃない。第一顔が透けてるとかもはやホラーだ。俺は幽霊じゃない。

 

「犯人探しですよね!わかりました!私達が探します!」

 

そして依頼を普通に受けているルーシェに呆れた。アルスもガットも受けるとは一言も言ってない。

 

「また面倒事が増えたな…はぁ…」

 

ため息をつき頭を抱えた。

 

「めんどくせぇ〜…!」

 

ガットも心底そう思っているのだろう。声色で分かる。

 

「なぁにか言ったかそこの緑!」

 

「ま!まぁ~!旅は道連れっていうよ大将。ここは素直に受けとこうぜ?でないとこの人この裏路地から出してくれないぜ?」

 

後半は小声で、アルスに囁く。

 

「貴方に道連れされるぐらいなら死んだ方がマシです」

 

「オイオイ、お前ら俺についてくんじゃなかったのかよ……。つか嬢ちゃんがもう依頼として受けちゃってるしなぁ」

 

(確かに…)

 

「分かりましたよ…もう…」

 

「お?決心ついてくれた?」

 

「勘違いしないでください。貴方に道連れされたんじゃありませんよ。ルーシェです!」

 

「素直じゃねぇ―な。そんなんだからすかした顔なんて言われるんだよ」

 

「それ以上言うと撃ちますよ?」

 

「へーへー。すいませんでしたー」

 

カイラが腕組をし男2人を睨みつける。

 

「んで?どうなんや。受けんのか?」

 

「受けますよー。犯人探し。で、検討はついてるって感じでさっき言ってましたけど」

 

万事屋からしたらタダ働きだというのに何の利益があるんだ。だがもう受けてしまったのだから腹を括らなければ。

 

「犯人はズバリ!漆黒の翼の中におる!」

 

「漆黒の翼?何ですかそれ?」

 

アルスには聞き覚えのない名前だった。初めて耳にする。

 

「なんや知らんのか?漆黒の翼っつーのはサーカス団のことや。サーカス団の名前や、名前!ロピアスで漆黒の翼を知らんとはアンタら外人か?」

 

アルスはギクリとしたが、

 

「あ?ああ観光だよカンコー。俺たち貿易島から来たんだ」

 

「ああ、ほか。まあええわんな細かいこと」

 

ガットが誤魔化した。確かにあながち間違ってはいない。先程までまるで本当に観光客のような素振りだったのだから。

 

「カイラさんはその漆黒の翼の中に犯人がいると思っているわけですか?」

 

「ああ、そうやルーシェ。でもこれはあくまで私の推測」

 

「その漆黒の翼はどこにあるんですか?」

 

アルスが聞いた。

 

「どこってセーレル広場や。公演開かれるはずやで。ロピアス各地を移動しとるサーカス団なんやけど今日は丁度、この裏路地を抜けた先にあるセーレル広場で行われるはずや

 

「セーレル広場ね。ハイハイ、了解。ところで…」

 

ガットは改まったように真顔で話す。

 

「何や?」

 

「依頼受ける代わりに知ってたらちょこっとでもいいから教えてくれよ。人探してんだ。ロダリアって名前だ。俺たちその人を探して貿易島からはるばるやってきたんだ。知らないか?」

 

カイラは一瞬不敵な笑みを浮かべ言った。

 

「ああ、そん人なら自分がこれから必ず会える人物だと思うで」

 

「はぁ?占いじゃねぇんだぞ。知ってるか知らないか、どっちなんだ?」

 

「じゃあゆうわ。知っとる」

 

「ホントか!?」

 

そう、ガットはそのロダリアという人を探しにここに来たのだ。貿易島でのあの依頼を受けて。

 

「ほんまや。ま、これ以上は依頼主のプライベートとして黙秘するわ。いずれ会えるやろうから。ほな、私はこの辺で」

 

「はぁ?プライベートって…、あ、ちょ!?」

 

「カイラさん!必ず犯人探し出しますねー!」

 

───────任せたでー!。

 

後ろ向きに手を振りながらカイラは早々に去ってしまった。

 




今回の漆黒の翼は3人組ではありません。サーカス団の名称となっています。


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ピエロの招待券

アルスは苛立っていた。腕組をしながらいかにも機嫌が現在進行形で悪いという顔だ。奥歯を噛み締め、ぶつぶつ呟きながらルーシェとガットと共に裏路地を抜ける。

 

「なんでこうめんどくさいことに…!しかもすかした顔って!」

 

苛立ちが爆発したかのようにいきなりせきを切ったように言う。さっきからの独り言の声の大きさではなく誰かにこの気持をわかってほしいという感じだ。

 

「まぁまぁ~。世の中にはイロイロな人がいるってことよ。大将の事をかっこ良く思う人もいれば?逆にソレをすかした顔した奴ってとらえる人がいるってワケ。」

 

ガットがなだめるように言うが、よほどショック(?)だったのか未だアルスの機嫌は治っていない。それもそのはず。

 

「ガットさん!貴方だって先程笑いましたよね!しかも大笑い!!面倒事はつくるし!今俺は!最高に機嫌が悪いんです!」

 

「んなの見りゃ分かるっつーの。でも俺の第一の目的は果たせそうなんだし?面倒事って程でもねぇかもよ?まぁあの人の言う事が合ってれば…の話だがな。」

 

ガットは遠い目をし、期待していいのか否かで迷っている様子だ。

 

「きっと会えるよ!ロダリアさんって人に!うん!」

 

自信満々にガッツポーツをしながら微笑むルーシェ。その謎の自信は一体どこから湧き出るのか。

 

「はぁ…確証もないのに?犯人探しに人探し物探し!?一体どれだけのことをを探せばいいんですか俺たちは…」

 

うんざり、とでも言うようにまたもや頭を抱えるアルス。

 

「でもアルスが見つけてくれるんでしょ?」

 

「え?」

 

突拍子に言われアルスはポカーンとする。

 

「私知ってるよ?アルスの観察眼の鋭さ!それにね?最初っからへこんでて諦めちゃダメだよ!」

 

「ルーシェ…」

 

アルスは照れくささとその彼女が期待する事に答えられるかで微妙な表情になった。

 

「ね?」

 

「…そうだな。よし!行くか!」

 

一旦間があったかと思うと何かが吹っ切れたように機嫌がよくなるアルス。ルーシェの笑顔には何も言えないようだ。

 

「お前もヒースみたいに単純だな…」

 

「……………」

 

言い返せないアルスだった。

 

 

 

「ここがセーレル広場か、賑わっているな」

 

アルスはが言った。裏路地を抜けた先の目の前にあったセーレル広場。ガヤガヤと人がたくさん集まっている。子連れの親子、恋人同士、仲良しグループの子供たち。風船を持ったピエロが子供の相手をしていた。風船をもらった子供は嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「へぇー、これがサーカス団漆黒の翼とやらか。なかなかの規模じゃねぇか」

 

ガットは手を額の上にあて眺め、感心したように言った。

 

「すごいねー!私こうゆうの初めて!楽しみだなぁ~!」

 

ルーシェはウキウキしながら広場の方へと走って行く。

 

「2人共ー!こっちこっち!」

 

「転ぶなよルーシェ~!」

 

「こっ、転ばないよ!」

 

どうだか、と小さく呟きつつもアルスは頬を緩ませる。

 

「ま、ここは固いことなしで、すこしは羽をのばしてもいいんじゃねぇの?ルーシェのためにも」

 

「そ、そうですね。まあ…、たまには」

 

アルスとガットは辺りを見回し、会話しながらルーシェの方へと歩いて行った。丁度ルーシェは売られているアイスを買ったのか、美味しそうに舐めている。ルーシェの近くには客引きと思われるピエロが動揺にアイスを頬張っている。片目が帽子で隠れており随分と小さなピエロである。

 

「ルーシェ…。それ何だ?」

 

アルスは不思議そうにアイスを見つめた。

 

「これ?アイスキャンディーって言うんだって!オレンジ味!冷たくて美味しいよ?アルスも食べる?」

 

そう言いルーシェは自分が舐めていたアイスキャンディーとやらを差し出す。

 

「えっ!?いやっ!別にその食べたい訳じゃなくてただ興味を持っただけで!決して食べたいとは!」

 

「興味が持ったってことは食べたいんでしょ?いいよ?私の少しあげる!」

 

(それっていわゆる間接キス……)

 

「い…!いいよ!!そんな冷たいモノ…!」

 

アルスは顔が赤くなり、それを隠すように口元を手で覆う。

 

「へぇー、アイスか。んじゃ俺も…。おじさん、俺ソーダ味」

 

ガルドを渡し青いアイスを受け取るガット。

 

「大将は食わねぇの?」

 

ガットはアイスをかじり、からかうような口ぶりでアルスに言う。

 

「う…」

 

無駄なプライドがアルスの決断を鈍らせる。チラチラと店に売っている色とりどりのアイスを見るが、まだ迷っている。

 

「じゃあ…せっかくだし俺も…」

 

買おうか買わないか、悩んだ結果買おうとしたのかガルドを取り出すと。

 

「お嬢さん」

 

「ん?何?」

 

どこからか声が聞こえた。下だ。アルスも下を見ると、そこには上目遣いの赤っ鼻をつけ化粧をした小さなピエロがルーシェの服を引っ張っていた。先程アイスを食べていたピエロだ。相変わらず片目が見えない。

 

「アイスありがとう。美味かった。お礼といっては何だが宣伝しておく。これを差し上げよう」

 

小さなピエロは懐からゴソゴソと何かを取り出した。長方形の紙3枚をこちらに差し出した。

 

「わっ!これサーカスの招待券!えっ!いいの!?」

 

「無論だ」

 

「うわぁーありがとう!!絶対見に行く!」

 

「もうじき開演だ。受付に渡せば通してくれる。是非見に来ておくれ」

 

そう言うと小さなピエロはサーカス団テントの方へ走っていった。

 

 

 

ルーシェは嬉しそうにチケットを眺める。

 

「ふふふ!楽しみだなぁ!」

 

ルーシェは振り向き2人に話しかける。

 

(結局アイス買えなかった…)

 

あのあと、アルスは結局アイスを買えなかった。タイミングの問題というのだろうか。複雑な気持ちだったのであった。

 

「ガット!サーカスってどんなの?」

 

ルーシェは3枚のチケットの1枚をガットに渡して言った。

 

「んんー?サーカスっつたらアレだろ。大道芸だ。見世物をして客を楽しませるんだろうよ。まあ見りゃわかんだろ」

 

「へぇー!」

 

「アイス…」

 

チケットを見つめならら地味にアルスはつ呟く。アイスを食べれなかったことが結構ショックだったのだ。

 

「あ、受付ここかな?あのこれで!」

 

「はい、おっ、招待券か。大人3枚ね!ようこそ、漆黒の翼へ。楽しんでいってねー!」

 

爽やかな笑顔の受付の男性が見送られ、3人はそれぞれの席につきステージを見つめる。席は特等席だ。かなりステージが見やすい。流石はスタッフの招待と言ったところか。

 

会場の明かりが消えたかと思うとパッとステージ中央に明かりが灯る。中央にはシルクハットをかぶり杖を持った男性が胸を張っている。恐らく司会だろう。

 

「はーい!皆さんこんにちは~!今日はこの漆黒の翼のサーカスを見に来てくださってありがとうございます!それでは間もなく開演ですよー?それぇ!」

 

そう言うと司会の男性はシルクハットを空中に投げた。続けて持っていた杖も頭上高くへと投げる。ステージの明かりが空中に移動し、シルクハットと杖がよく見える。

 

次の瞬間シルクハットから鳩が飛び出し紙吹雪と共にバサバサと飛んでいく。一方杖の方はポンっと伸び花が出てくる。客席は歓声が起こる。空中に放ったそれらは重力に従い落ちていく。しかしソレは空中で消えた。空中ブランコに乗っている人が左右2人。そのサーカス団員がそれらを空中で拾った。客席からまた歓声が湧き起こる。

 

「わぁー!すっご~い!」

 

ルーシェは目を輝かせステージに釘付けになる。次々と披露される芸。空中ブランコ、ジャグリング、トランポリン、魔物を調教し芸を披露させる。

 

「さて悲しいですが!次で最後です!シメはこの至難技!!命綱なしの綱渡りでーす!!拍手~!」

 

客席のボルテージも最高に盛り上がっている。最後の芸は綱渡り。かなり高いところにスポットライトが当てられ人影が見えた。

 

「小さな小さなピエロさんです!!なんとこのピエロが綱渡りをするんですよー?皆さん瞬きなんてしたら損しちゃいますよ!」

 

赤っ鼻をつけピエロの化粧。手にはバランスを取るためのステッキを持っている。

 

「あれ…、さっきのピエロじゃないか?」

 

ルーシェとガットの間に座っていたアルスはそうつぶやく。

 

「あーマジだ…。すげーなあのピエロ。最後とか大トリじゃねぇか」

 

「嘘!あのピエロさん!?」

 

ルーシェは目を見開き驚いている。ピエロはゆっくりと綱の上を歩き出す。客席には緊張した空気が漂う。ルーシェに至っては身を乗り出しガン見状態である。

 

綱渡り中間に来たところでピエロはまだまだ、とでも言うように持っていた杖でパフォーマンスを行う。見ていて危なっかしいし肝が冷やされる感覚をアルスは味わった。

 

そして、綱も残り僅か…というところでいきなりピエロはバランスを崩し大きく揺れだす。客席から悲鳴が上がった。

 

「危ないっ……!」

 

ルーシェは見ていられないと手で覆うが隙間から心配そうに眺める。ピエロは無事立て直し、見事に綱を渡りきった。客席から歓声が湧き上がった。それはテント中に響き渡り、大盛況のようだ。

 

 

 

「あ~、すごかったね!!サーカス!特に最後の綱渡り!」

 

「ああ、そうだな。見ていてヒヤヒヤしたよ」

 

公演が終わり、興奮がまだ収まらないルーシェはアルスに感想を伝える。アルスもまんざらではない様子でルーシェと話をはずませる。

 

「あれ、そういえばガットさんは?」

 

見慣れた緑の髪がトレードマークの仲間が消え、アルスは見渡す。

 

「え?さっきまで隣にいたんだけどなぁ?」

 

「あ、いた」

 

アルスはふと後ろを振り返るとそこには先程の男性と話しているガットの姿が。

アルスとルーシェの2人は駆け寄った。

 

「何してるんですか?ガットさん。勝手にいなくならないでくださいよ」

 

アルスが話しかけると気づいたガットはこちらを振り向き、言った。

 

「お前らサーカスのことで頭がいっぱいだろうがこっちには依頼があんのよ。移動式のサーカス団ならなんか情報知ってるかもなと思って。ロダリアっつーやつを探さないと。あと犯人探しとやらも」

 

「ああ!忘れてた…。そういえばそうでしたね」

 

アルスはなるほどという顔をし、ガットと話していた受付の男性を見た。

 

「んで、兄ちゃん。ロダリアさんって人知らない?」

 

ガットはあまり期待してないという顔で頬杖をつき返答を待つ。しかし、

 

「ロダリアさん?その人ならこのサーカス団にいますよ?」

 

「え!?マジで!?」

 

慌てて頬杖していた手をなおすガット。

 

「ええ。………失礼ですが、ロダリアさんに何か?」

 

受付の男性が疑わしそうにガットを見た。

 

「あ?ああ俺万屋っつーかまあそんな感じの奴で。貿易島の宝石屋のおっさんに依頼されたのよ。ロダリアさんに伝言ってな」

 

「伝言?それなら私が伝えておきましょうか?」

 

「あ?あぁ、いや!直接あって話したいんだ!」

 

「はぁ……」

 

更に男性の疑いの目が向けられる。

 

「うーん…。分かりました。少々お待ち下さい」

 

しぶしぶだがようやく男性は了承してくれたようだ。

 

「そんなに会うのが難しい人なんでしょうか?」

 

「さぁ?俺も聞いたのは名前だけだからな。氷石(こおりせき)の件はあんまりおおっぴらにすんなっておっさんにも言われたしな」

 

しばらくして男性が戻ってきた。

 

「あ!お客様!どうぞ裏へいらしてください!許可が降りましたよ」

 

「お。意外と早かったな」

 

3人は関係者以外立入禁止と書かれた布をくぐり、奥へと進んで行った。

 

 

 

奥へ進むとそこには女性の後ろ姿が見えた。部屋はなんとも形容しがたいモノであり、ところどころ天井から飾り物がぶら下がっている。棚の上などにはロピアス風の紅茶セットなど。ロダリアとおもわれる女性は随分と派手な格好である。ドレスを着ていて動きにくそうだ。そして女性はこちらを振り向いた。

 

「あら、こんにちは。(わたくし)にお話とは一体何かしら?」

 

振り向いた黒髪の女性。黒のストレートの髪に金の瞳。まるで猫のようだ。印象は優雅、頭には装飾がついた帽子をかぶっている。

 

「アンタが………ロダリアさん?」

 

「ええ、いかにも私がロダリアですけど」

 

「俺は万屋のガット。アンタに伝言を預かってる」

 

 

 

「………というわけだ。」

 

ガットはありのままいきさつを話した。

 

「まあ、そのようなことが。どうりで届くのが遅いと思いましたがそうだったのですか」

 

「ああ、伝言は以上だ」

 

ルーシェとアルスは一歩ひいて黙って聞いていたが、ルーシェは部屋に飾ってある珍しい置物に興味を示していた。

 

「アルスアルス。これ何?」

 

ルーシェがちょいちょいとアルスの服を引っ張り指をさす。

 

「ああ、砂時計だよ。砂が全部落ちるとその砂時計ごとに決められた時間が分かるんだ。まあ、砂の量でそれは左右されるんだけど。いわゆるタイマーだよ」

 

「へぇー…。綺麗だね!」

 

小声で話していた2人だが、ロダリアにも聞こえていたよう。ロダリアは砂時計を手にとり、ルーシェに差し出した。

 

「ふふふ、これに興味がおありのようですわね。ひっくり返してご覧なさい?」

 

そう言いルーシェは言われた通りにすると溜まっていた砂が落ち始める。

 

「おぉー…」

 

まじまじとその様子を見つめるルーシェ。

 

「ふふふ、その砂時計は約30分のモノです」

 

「ふーん」

 

ガットは興味が無さそうにその様子を見つめる。

 

「ところで…、あなた方のお名前をまだ伺っていませんでしたね。」

 

ロダリアは口に手を当て微笑む。

 

「あ!私ルーシェです。」

 

「そう、貴方はルーシェというのね。よろしく」

 

「はい!」

 

「俺はアルスです」

 

アルスもルーシェにつられ自己紹介をする。

 

「アルス…?」

 

アルスという名前を聞いた一瞬ロダリアの目が鋭くなった。

 

「……あの?俺の名前が何か?」

 

アルスは怪訝そうにロダリアに訊ねる。

 

「ああいえ、なんでもありませんわ。私はロダリア。どうぞお見知りおきを」

 

丁寧に挨拶した後、ロダリアはハッとする。

 

「そうですわ。せっかくのお客様なのにお茶がないなんて。私としたことが。かけて待っていてくださいな」

 

ロダリアはそう言うと部屋を出ていった。アルスはロダリアが部屋を出ていった瞬間顔が険しくなった。

 

(あの人…、俺の名前を聞いた瞬間雰囲気が一瞬違った。もしかして、正体がバレたのか?)

 

アルスは手に顎を当て考えこんだ。

と、そこに。

 

「む?お前らは一般人か?なぜここにいる?ここはお前らの来るところではないぞ?ハッ、まさかドロボーか!?」

 

部屋に入ってきたのはロダリア…ではなく、子供。薄いベージュ色の髪を頭の左に結んで片目は前髪で隠されているが少し傷があるのが見える。先程のロダリア動揺少々派手な格好である。サーカス団関係の人ゆえだろうか。持っていた杖をこちらに向け警戒心を放っている。

 

「ああー、えっと俺達は客だよ客。ロダリアに会いに来たんだよ。つかソレが第一の目的な」

 

ガットはあわててそうフォローするが、この子供の様子は変わらない。

 

「怪しい奴らめ!ドロボーは許さんぞ!」

 

バッと子供は空中にジャンプしあらぬ方向へと着地する。ルーシェの目の前だ。

 

「え?え?」

 

ルーシェは持っていた砂時計のガラスに写った子供に様子に困惑している。

 

「おとなしくしろ!!ドロボーめ!さもないとこうするぞ!!」

 

子供は杖に巻きつけてあった糸らしきものをグルグルとルーシェに巻きつけていく。

 

「ちょちょっと!なになに!?」

 

「ルーシェ!?」

 

ルーシェは状況判断出来ず目を泳がせている。

 

「さぁ!お縄になれ!ドロボーめ!!また盗むなんてそうは行かないぞ!!」

 

「また…?」

 

「なんだあのガキ…?つか俺の話聞いてたか?」

 

「しゃべるな!ドロボー風情が!」

 

子供はまた糸を操りこちらに向けてきた。まるでそれは生きているかのように自由自在である。

 

「めんどくさいガキだな…」

 

アルスは向かってきた糸を持っていたバタフライナイフで切り落とした。

 

「ルーシェ!!ナイフナイフ!」

 

「えっ!?あ!そうか!それ!」

 

アルスがそう叫ぶとルーシェは武器のナイフを取り出し体に巻きつけてある糸をブチブチと切った。

 

「ルーシェこっちに来い!」

 

ルーシェは自由となった体で糸を振り払いながらアルスへ駆け寄る。

 

「あー!!」

 

「こら!おとなしくしろ!このっ!」

 

「うわっ!?離せ!ドロボー!!」

 

ガットは隙を見計らい子供の手を掴み持ち上げた。

 

「だからぁ!ドロボーじゃねぇっつーの。話聞いてたか?お前。俺らは客人なの客人!」

 

「嘘だ!」

 

「嘘ついてどうする!?」

 

暴れ続ける子供をガッチリと手を拘束するガットだが。

 

「離せ離せ!!!」

 

「いてぇ!蹴んな!!」

 

ガットに持ち上げられ身動きが取れない子供は必死に足でガットを蹴っ飛ばし抵抗する。と、そこに

 

「…何をしてるのですか?フィル」

 

お盆に紅茶セット一式と湯気を発するティーカップが4つ並んでいる。アルスはそのティーカップを見たが、なぜか真っ黒であった。

 

(黒!?)

 

「あっ!師匠(ししょう)!今ドロボーと応戦中だ!!師匠(ししょう)も戦ってくれ!」

 

「フィル…、その方達はお客様ですよ?」

 

「え…」

 

子供はロダリアの言葉を聞いた瞬間暴れるのをやめた。ガットが首根っこを離すと、ストンと地面に落ちた。

 

フィル、というらしい。



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ロダリアとフィル

「ごめんなさい…」

 

フィルはしゅんと目を伏せルーシェに謝った。ロダリアの隣に座り、うつむいている。

 

「いいよいいよ~!私は大丈夫だよ!ほら!怪我一つないし!」

 

あの後ロダリアに叱られ、素直に自分の間違いを認め謝ったフィル。そして3人はロダリアの向かいに座り、ルーシェ、ガット、アルスの順に座る。

 

「すみませんねぇ。前に泥棒が私達のテントに入りこみましてね。幸い大した被害ではなかったのですが…。そのせいかフィルの警戒心が随分と高くなってしまったようで」

 

ロダリアはソファに座り紅茶(?)とも思われない、黒い液体が入ったティーカップを4つに分け差し出す。

 

(うげっ…!?なんだこの色!?墨汁!?)

 

アルスはロダリアの話は半分半分に聞いていながらも目の前に差し出される紅茶ではない何かにげっそりしていた。もちろん表情には出さないが明らかに顔がひきつる。無表情ではあるが目が据わっていて、紅茶(?)を見つめたまま動かない。アルスお得意のポーカーフェイスが今にも崩れそうである。流石のルーシェも引き気味で、ガットに至ってはドン引きである。

 

「わ、わぁ〜。いただき…ます…」

 

と笑顔で言いつつ決して飲まないルーシェ。飲んだふりをしている。天然の彼女も流石にこれは直感でヤバイと感じ取れるのだろう。ロダリアは平気で飲んでいるがこれは一体どうゆうことなのだろうか。

 

「お…美味しー」

 

(おいルーシェ棒読みだぞ)

 

「でしょう?ふふふ、デネスで取れる茶葉を使ったデネスティーですわ。久しぶりのお客ですもの。腕によりをかけて入れさせて頂きましたわ」

 

「へ…へぇー!デネスってどこにあるんですか?」

 

「南です」

 

「へぇ〜、すごいですね…!」

 

ルーシェとロダリアは続けて話す。だが、2人が話しているときにアルスは思考を巡らせていた。会話が噛み合ってないことに決してツッコまないアルス。ツッコむ余裕がないほど焦っている。

 

(デネスって確かロピアス領フォスキア大陸の南側にある主に農業や牧場を中心としたところだよな…)

 

アルスは心の中で地理の本の内容を思い出しがら必死に思い出す。するとガットがアルスを肘で小突き、小声で話しかける。

 

「おい…、確かデネスっつたら有名な高級茶だぞ…!」

 

「そうらしいですね、俺も少し知っています。このような色とは聞いていませんでしたが…。そもそも匂いが紅茶でない気がするのは俺だけでしょうか?」

 

「いや、大将が言ってることは正しいぜ…。つか紅茶っつたら普通茶色っぽいなんかいい色してるだろ?それに焦げ臭いぞこの紅茶!」

 

「ですよね…!そうです!その匂いです!焦げ臭いというか何かが焼けたような匂い。まず紅茶の匂いではありません!」

 

「これデネスティーじゃなくてデスティーだろ!死の紅茶だ!」

 

小声で聞こえないように話すガットとアルス。幸いロダリアには気づかれてはいない。ルーシェの方はフィルと話し込んでいるようだ。

 

「うぅ…、よくよく思えば君はさっき小生にアイスを奢ってくれた人じゃないか…!早とちりしすぎだ!小生のアホ!本当にすまないことをした。頭に血がのぼりすぎた!あと片目で見えづらかった!うん!そう!」

 

「え!チケットくれたピエロさん!?じゃ…じゃああの最後の綱渡りをしていたピエロも君なの?すごい!!」

 

「左様、あれは小生だ。ふふん、因みに最後のほうぐらついたのもピエロ独自の道化師として演じたものだ。あんな綱渡りお茶の子さいさいだ!」

 

ルーシェに褒められフィルは嬉しそうに、得意げに話しだした。

 

「わぁー!小さいのに本当にすごいね!私あれすっごく感動したんだよ!」

 

「もっと褒めていいぞ」

 

先程の沈んだフィルはすっかり立ち直り腕組をし自慢げに話す。調子に乗りやすいタイプらしい。

 

「あら、アルスさんとガットさんは飲まないのですか?」

 

アルスはギクリと心臓がはねた。

 

「えっ!?あっいや俺コーヒー派なもんで…。紅茶苦手なんです…!アハハ…」

 

「俺も実は!いやぁすいません!」

 

ガットもすかさず便乗して言う。

 

「まぁそうでしたの。私としたことが。いますぐコーヒーを…」

 

「いいいいや!!いいです!!大丈夫です!!すいません!そんなお手数をかけさせるわけにはいかないのでっ!!」

 

(ナイスだァ!!アルス!!)

 

ガットはグッジョブ!と言うように小さく指を立てた。

 

 

 

5人の雰囲気もだいぶ和らいだところでフィルは自己紹介をした。

 

「小生はフィルだ。先程宣伝中にアイス売り場で会ったな。ピエロの格好をしていたからわからなかっただろうが」

 

真っ直ぐこちらを見てフィルは言う。自信に満ち溢れている。なんの自信か分からないが。

 

「私はルーシェ。ルーシェ・アンジェリークだよ!よろしくね!フィルちゃん!」

 

「フィッ、フィル………ちゃん!?」

 

フィルは驚きのあまり声が裏返った。

 

「あれ?どうかした?」

 

「い…いやなんでもない…」

 

ちゃん付けされた事に驚いたのか、フィルは顔を赤くした。

 

「俺はアルス。よろしく」

 

「俺はガット・メイスン。同じくよろしくな」

 

3人の自己紹介が終わるとフィルはアルスを睨みつけた。

 

「…俺の顔に何か?」

 

「……なんでもない。」

 

長い間が空きアルスはデジャヴを感じた。

 

(なんかさっきもこんなことが起きなかったか?)

 

「ああ、で。ロダリアさん」

 

ガットは自己紹介が終わると改まったようにロダリアに話しかける。

 

「はい、何ですか?」

 

「確かアンタは情報屋なんだよな?おっさんから聞いたぜ」

 

「ええ、そうですわ。ソレが何か?」

 

ロダリアは自分の飲み干した紅茶におかわりを継ぎ足しながら答える。

 

「俺達、まぁその氷石盗んだ盗賊も探してんだけどよ、もう一人探さなきゃいけない人がいるんだ」

 

「まぁ、万屋というのは大変ですわね」

 

紅茶を飲みロダリアは他人ごとのように言う。

 

「で…、俺らが探してるもう一人の奴ってのは、このハイルカークで起きた鉄道爆破事件を起こした犯人だ」

 

紅茶を飲むロダリアの手が止まった。

 

「アンタなんか情報持ってねーか?良かったら教えてくれないか?」

 

「………、その件については私もまだ情報不足ですわ。調査中といったところでしょうか」

 

「そうか。なんかある人が言うには、この漆黒の翼サーカス団の中に犯人がいるって話らしいぜ?」

 

「それはそれは……」

 

「何だと!?お前は小生たちを疑ってるのか!?この前なんかはウチに泥棒が入ったんだぞ!?」

 

フィルは勢い良く立ち上がりガットに激しく抗議する。

 

「フィル。おやめなさい」

 

ロダリアがフィルをなだめた。

 

「…確かに疑われるのは無理ないかもしれませんね。漆黒の翼は移動式のサーカス団。各地を周り、人も大勢いる」

 

「だが…!」

 

「人数が多い分疑われるのは無理ありませんわ。それに爆破事件が起きたのは3日前。丁度私達がこのフォルクスのセーレル広場に来た日です。セーレル広場の目の前にある鉄道橋が爆破されたのですから。少し疑いがかけられてもおかしくありません」

 

ロダリアは論理的に、かつ淡々と述べていった。

 

「ム…!」

 

「フィルちゃん!あくまでこれは私達の予想だから!絶対にこの漆黒の翼にいるってことじゃないよ?」

 

「む~…!」

 

フィルは頬を膨らませ怒っていたがルーシェに丸め込まれてしまった。

 

「まぁ、まだ疑っているです。これから現場検証に行こうと思います」

 

アルスは頭を掻きながらう言った。

 

「そうだな。まぁ事件の事知らないとその犯人を疑う資格ないもんな。んじゃ、疑って済まなかった。だがまた来るぜ」

 

「どうもありがとうございました」

 

ルーシェはお礼を言った。3人は立ち上がり部屋をでていこうとするが。

 

「お待ちください」

 

ロダリアの引き止める声がはっきりと聞こえた。

 

「何だ?」

 

「どうかしたんですか?」

 

ガットとアルスは振り向いた。

 

「私達も、その調査ご一緒させてもらえませんか?」

 

ロダリアもソファから立ち上がり、真っ直ぐこちらを見据える。

 

「え?」

 

「ですから、その情報についてはまだ調査中なのです。いい機会です。漆黒の翼の疑いを晴らす事、情報を仕入れる事。これ以上私にとって良いことはありませんわ。」

 

「え…、でもいいのか?アンタ。サーカスの仕事は?」

 

「私は裏方ですから。大道芸をサポートしたりプロデュースするお仕事ですの。大丈夫ですわ。」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、それに爆破事件については貴方方と同じく依頼を受けましたの。国から直々の命令ですわ。協力させてもらえないでしょうか?」

 

ロダリアはこちらを真っ直ぐ見続け返答を待つ。アルスはその発言に顔を曇らせた。

 

(国から……?)

 

「いいじゃないですか!仲間が増えることは良いことです!」

 

ルーシェがガットとアルスの間に入り言う。

 

「そうだな、協力者がいるのは心強いな。それにアンタは情報屋だからいろいろ知ってそうだしコネもききそうだ」

 

「まぁ、では同行させてもらっていいのですか?」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

アルスはそう答えるとルーシェも満足そうに笑った。が、それに納得しない人物が1人。

 

「おい!小生抜きで勝手に話を進めないでくれ師匠!小生も行く!!」

 

「フィル…。貴方はサーカスの一番最後を飾る役です。それに皆さんのご迷惑です。ここに残りなさい」

 

「嫌だ!!やだやだ!!小生も一緒に行く!!」

 

「まったく子供ですね…」と、ロダリアはそう呟き困った表情を見せた。見かねたアルスもロダリア側をフォローした。

 

「しかし、子供は…」

 

「子供扱いするな!!」

 

「ダダをこねているところでまだまだお前は子供だろう?」

 

「っうううるさい!連れて行かないなら勝手についていく!!」

 

次第にアルスとフィルは言い争いになってしまった。

 

「ちょっと、少し落ち着こう?2人共?」

 

ルーシェが仲介に入り、2人を止めた。ルーシェはフィルへ近づき、しゃがんで視線を合わせる。

 

「フィルちゃんはどうして一緒に来たいの?」

 

ルーシェは優しく話しかけた。

 

「しょ…小生は…、師匠についていくのが当たり前だからだ。師弟関係とはそうゆうモノだ」

 

「んー、でもね。ロダリアさんはここにいなさいって言ってるよ?師匠のいうこと聞かないの?」

 

「そっそれとこれは別だ!それにっ!小生一人だと…!」

 

フィルは言葉に詰まった。泣きそうになりながらうつむいている。

 

「ん?なあに?」

 

「1人は嫌だ…」

 

「フィルちゃん…」

 

ソレはルーシェにしか聞こえない小さな声であったが、彼女にははっきりと聞こえた。

 

「……?」

 

アルスは怪訝そうに2人を見た。

 

「あの…フィルちゃんも一緒に連れて行ってあげませんか?」

 

「ええ!?」

 

アルスはてっきりルーシェが言い聞かせあきらめさせると思ったが予想とかなり反した言葉が帰ってきて驚いた。

 

「あ…えっと、女の子が増えるのはいいなぁーと。だって今まで私1人だったじゃない?だから!お願い!!」

 

「ルーシェ…!」

 

フィルは顔を明るくさせた。

 

「んー…。まぁいいんじゃね? ルーシェのいうことにも一理あるぜ?」

 

「ですが…!」

 

アルスはまだ納得出来ず抗議する。

 

「お願いアルス!ロダリアさんも!」

 

ルーシェは手を合わせ懇願した。

 

「ダメ…?」

 

アルスはルーシェに上目遣いに見つめられた。

 

「ぐ…。……………………はぁ。分かったよルーシェ…」

 

「本当!?」

 

「だが、ロダリアさんは?」

 

アルスは不安になりロダリアの方へ視線を向ける。

 

「あら、皆様が了承するなんて。私悪者扱いですわ。皆さんがいいなら私はいいですわよ?ただし、迷惑はかけないこと、それときちんとサーカスの仲間に断ってからですわ」

 

「やった!!」

 

「やったねフィルちゃん!!一緒に行こうね!」

 

「うん!」

 

こうして一気に女2人の仲間が増えたのだった。



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ハイルカーク鉄道爆破事件調査

あれからフィルはサーカス団の人に断りを入れるためロダリアと一緒にテント内を回っていた。3人はテントの外で2人を待っていた。ルーシェとアルスは時計塔を一緒に眺めている。

 

(いいなぁ、あの時計塔、観光にはもってこいだ)

 

そこにロダリアとフィルが一緒にテントから出てきた。

 

「お、来たな。」

 

ガットは暇そうにベンチに座り空を眺めていたが2人が来ると立ち上がった。

 

「お待たせいたしました」

 

「あ、アルス。2人来たよ!」

 

ルーシェはそう言うとアルスの手を引っ張り皆と合流した。

 

「…、なんか一気に賑やかになりましたね」

 

アルスはそう呟くとロダリアは、

 

「ふふふ、そうですわね。賑やかなのはいいことですわ」

 

と、答え上品に笑う。

 

「そうですね」

 

アルスもそう相槌をうつ。

 

「あ、私のことはロダリアと呼び捨てにしてくださってよろしいのですよ?」

 

「えっ?いやいや、いいですよ。俺は。失礼ですよ」

 

「まぁ、つれないですわね」

 

アルスは首を全力で振り、丁重にお断りするとロダリアは残念そうに言う。

 

「ああ、そうなの?じゃあ俺はそうさせてもらうわ」

 

「ええ、結構ですよ」

 

ルーシェとフィルは2人であやとりをして遊んでいた。

 

「やはりあの子もまだまだ子供ですわね…」

 

ロダリアの呟きは他の仲間の声には聞こえなかった。

 

「では、爆破された鉄道に向かいましょうか」

 

ロダリアはそう言うと皆を案内した。

 

 

 

ロダリアが言うには爆破された鉄道が近いのはハイルカーク駅らしい。

 

ハイルカーク時計塔。

 

この国の代表的な建物の1部だ。アーロン大聖堂とも繋がっている。観光客として来る人はとても多い。最もその客はエルゼ駅からここに来る場合が多い。アルス達もこの駅に最初来るはずであった。鉄道が爆発された時、幸い列車はそこを走っていなかったため死者は1人もいないそうだ。

 

運転手が話していた内容によると駅で停車していたら爆発音がし、向こうに煙が立ち上るのを見たという。慌てて乗客を避難させ、鎮火作業に移ろうと消火隊が来たところ1発目よりも近い位置で2発目が爆発音がし、安全のためそのまま放置するしかなかったんだとか。

 

見守るざる負えない状況だった時に雨がふり出し火は消えたが、安全が保証出来ないためまだ調査は全然進んでいないそうだ。

 

(カイラさんはその駅に停車していた列車に乗っていたわけか…)

 

アルスは駅員と話に行ったロダリアを待っている間話を整理していた。

 

「皆さん、許可が下りましたわ。調べていいそうですよ」

 

ロダリアのコネで調査の許可がおりたようだ。

 

「へぇー、やっぱすげーなアンタ。国からの依頼だけはあるわ。俺たちだけだったら門前払いだったかもな」

 

「私役に立ったでしょう?まあ証拠が見つかるといいですわね」

 

「なんだか私達探偵みたいですね!!」

 

ルーシェはフィルと一緒に歩く。

 

「絶対犯人を見つけ出すぞ!!」

 

フィルはやる気満々である。

 

「………」

 

「あれ、どうかしたんですかロダリアさん?」

 

ロダリアはフィルを見つめ足を止めた。その様子に気づいたアルスはロダリアに話しかける。

 

「いいえなんでもありませんわ。では線路に下りましょうか」

 

「…?ええ。」

 

ロダリアはアルスの声にハッとし再び歩き出した

 

 

 

しばらく線路を歩いていと道はそこで途切れた。

 

「ここか…」

 

アルスは静かに呟くと爆破されたアーチ橋の上の線路の近くを注意深く調べ始める。今彼らが調べているのは2発目の爆破現場。1発目-ここから途切れた線路の先である。

 

「うわっ、こりゃひでぇな。列車が完全に通れなくなってやがる。ホントよく死者が出なかったもんだ」

 

ガットはそう言うと途切れた線路の下を覗きこんだ。線路は橋の上においてあり、下は瓦礫が山積みになり通行止めになった道がある。

 

「うわぁ…、レンガがボロボロになっちゃってるね…」

 

「2発目の爆発があったということは時限式でしょうか?」

 

ロダリアは考えこみ、線路を見つめる。

 

「ああー、時限式か…。なるほど…」

 

ガットは納得したかのように頷く。

 

「おおっ?面白いなこれは。」

 

フィルはレンガを掴み上げるとそれはボロボロと崩れ落ちる。その様子が面白いようで、フィルは遊びだした。

 

「こら、あんまり触るなフィル、遊びじゃないんだぞ」

 

「フン、わかっている」

 

アルスの言葉に拗ねたフィルはルーシェの方へ逃げた。そしてルーシェに抱きつき、アルスに自慢げに見せつける。ルーシェは驚きながらもフィルに構ってやる。

 

「あいつ…」

 

アルスは苦虫を潰したかのような顔になるとフィルは更に面白がった。

 

(無視無視)

 

舌打ちしつつ、作業に戻るアルス。

 

(時限式、か…。その線が1番近いだろうが、だがそうなるとなぜ犯人は線路を爆発させたんだ?それなら丁度列車が通るタイミングで爆破させればいいはず…。それとも、他に何か意図が……?その線で行くと…。よし、ひとつひとつ怪しいところを潰していこう。そうなると……)

 

アルスは地面に転がるレンガの欠片を拾い上げた。指ですこし力を加えるとそれはボロボロと崩れ落ちてしまった。

 

「…………」

 

崩れ落ちたレンガを見つめながらアルスは考えこんだ。そして空を見上げる。ふと、アルスは空ではなくあの時計塔を見た。

 

「ハイルカーク時計塔…。待てよ?もしかして…」

 

アルスはハッとした。

 

「皆ー!」

 

アルスは急いで戻り叫んだ。

 

「どうしたのー?」

 

ルーシェが言った。

 

「少し気になることがあるんだ。もし仮に時限式だったら、見晴らしのいい場所に行くはずだ。この鉄道橋の下はセーレル広場に繋がる道がある。いくら何でもそこでは目立ちすぎる」

 

「つまり?」

 

「犯人の目的は分からないが、時限式だったらまず列車が通るタイミングで爆破させるはずだ。何か手違いがあったか、それとも計画変更なのか。それは犯人しか分からないことだが。この鉄道橋を見下ろせる最も最適な場所と言えば…」

 

アルスは後ろを振り返り指で真っ直ぐさした。

 

「あの時計塔だ」

 

「なるほど!!すごいね!アルス!」

 

ルーシェは感心した。

 

「んじゃその時計塔にいってみっか。ハイルカークとやらに」

 

 

 

それからアルス達はその時計塔にやってきた。時計塔の長い階段を登りながらルーシェはアルスに話しかける。

 

「この時計塔に登れるなんて!私登ってみたいと思ってたんだよねぇ!」

 

「そうなのか?」

 

「うん!だって綺麗だよねこの時計塔!ロピアスって感じ!」

 

ルーシェは嬉しそうに話す。だいぶ登ってくると歯車が回っているのが見えた。丁度時計があるあたりだろう。狂うことなく歯車は重なり合い、思い音を立てながら回り続けている。そして歯車のところもぬけると梯子を見つけた。

 

「あれを登ると鐘があるところか?」

 

梯子を見つめガットはしみじみと呟いた。

 

「ふぇ~、やっとついたか…」

 

フィルはぐったりとルーシェにもたれかかった。

 

「疲れましたわ」

 

ロダリアもかぶっていた帽子をかぶり直し言った。

 

「じゃあ登りますか」

 

 

 

「うわぁー!すごいいい景色!!すっご~い!!」

 

ルーシェは手を額にあてその景色を、ロピアスの景色を眺める。夕日がその景色をよりいっそう美しくさせもうすぐ日没だということを示唆させる。

 

「絶景だな!」

 

フィルも先ほどの疲れを忘れたかのようにその景色に魅了される。

 

「おお~、ここからだとあの橋はよく見えるな!」

 

ガットもその景色を見た後に下を見つめ言う。

 

「ええ、やはり眺めは最高ですね。後は何か手がかりが見つかればいいのですが…」

 

アルスはしゃがみ込み何か証拠がないか入念に調べ始めた。すると床に何かを引きずったような跡があるのが目に入った。

 

「ん?これは…?」

 

アルスはその跡を辿った。三角形のそれぞれの頂点位置に、点が3つ。

 

(何かの三脚のようだ…)

 

三脚が引きずられた跡が途切れた所を見ると、丁度その下はあの爆破された橋が遠くに見える。

 

(駅、及び橋からこの時計塔まで距離は約600メートルといったところか)

 

アルスは床の跡を見つめしばらく考えこむ。

 

「アルスアルスー!!なんか見つかったよー!」

 

とそこにルーシェがやってきた。

 

「ルーシェか、何を見つけたんだ?」

 

「えっとね、これ!」

 

ルーシェは丸い物体を差し出した。

 

薬莢(やっきょう)?どうしてこんな物がここにあるんだ!?」

 

アルスはその差し出された手の上にある物体、薬莢をみて驚きを隠せなかった。

 

「あっちだよ。鐘の下に落ちてた」

 

「まさか……狙撃…?」

 

「えっ?何かわかったの?アルス」

 

(三脚………、薬莢……。これらから導き出される物といえば一つしかない。そう、狙撃だ。ライフル…、スナイパーライフルか…)

 

アルスは薬莢を受け取りケースの中にしまった。

 

「…ということは」

 

アルスは再びしゃがみ込み跡を戻った。

 

「仮定として1つ…。時限式ではなく、狙撃による爆破の作動…?じゃあやっぱりこれは三脚を引きずった跡…。こっちに続いていたということは最初犯人はあそこで橋を狙撃して爆破させた。そして2発目を狙撃するために三脚を引きずり移動し…」

 

アルスは声に出しながら状況を整理した。

 

「そしてここで2発目を狙撃した」

 

アルスは橋を眺め言った。

 

「あっ!ここだよ!アルス、ココらへんよりの鐘の下に落ちてたの!その薬莢!」

 

ルーシェは鐘の下を指さし言った。丁度真後ろだ。

 

「と言うことは、ここで狙撃が行われた事は間違いないということか…。薬莢がこんなところに落ちてるなんてまずありえないからな。しかし非効率だ…、どうして時限式にしない?もし被害を拡大させるためだけなら、列車が通るタイミング、もしくは、列車そのものに爆弾を仕掛けるはず……。それにこんな明らかめんどくさく手のかかる手口…、何かがおかしい…。まるで……」

 

(まるで被害を最小限に抑えるためにやったようなもの……?)

 

アルスは一つの確信がそこで生まれたのだった。駅員の話によると死者は奇跡的に1人も出ていない。この事件、何か裏があるのだろうか?それとも、ただの考え過ぎなのだろうか?鉄道線路上にある爆弾をエヴィを込めた弾で撃ち抜き、反応を起こさせて爆破させる。どう考えても手間がかかる。何故このようなやり方を?しかし、今はこれしか考えられなかった。

 

「アルス…?」

 

ルーシェの声は思考を巡らせているアルスには聞こえなかった。まだ腑に落ちない部分がある。

 

(この塔の高さを換算するとここから橋の距離は約700ヤード(約640メートル)…。そんな距離……、並大抵のスナイパーの出来る芸当じゃない…、この事件、やっぱり何かおかしい…)

 

「アルス?聞いてる?どうしたの?」

 

「あっ、ああ。いや、なんでもないよ。とりあえず皆にこの事を知らせて宿屋を探そう。もうそろそろ日が沈む」

 

「そうだね。そうしよっか!」

 

アルスとルーシェは反対側を探している仲間と合流し宿屋に戻ることにした。

 




700ヤード、ライフル…、ハッ(ピコン)赤井秀一…!?
って思った人はきっとコナン知ってる人。


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宿屋で一息

「とりあえず、状況を整理すっか」

 

ガットは言った。

 

アルス達が時計塔を調べ終わり外に出た頃はもう日が沈みあたりは街灯の光結晶がほんのりと道を照らしていた。近場の宿屋にやってきて、部屋をとり夕食も済ませた。1日しかたっていないはずなのにいろいろな事があったからかアルスはどっと疲れが溜まっていた。だが、まだやることがある。まずこれからどうするか。そして今彼が一番気にかけていること。あの爆破事件を起こした犯人についてだ。今部屋にいるのは3人。アルスとガットとフィルである。

 

「ルーシェがさっきの時計塔の鐘の下でこんなものを見つけた」

 

アルスはポケットからケースを取り出すと中から薬莢を取り出した。

 

「なんだこれ?」

 

フィルは興味を示し指でつつく。フィルの指に黒い粉がついた。

 

「むっ!?なんか臭い!」

 

フィルはつついた指を嗅ぐと顔をしかめた。

 

「火薬の匂いだ。手を洗って来たほうがいいぞ」

 

「うわわ!!死ぬ!!燃えるっ!?」

 

フィルは指についた粉を急いで洗いにいった。

 

(いや、別に死にはしないが…)

 

「薬莢?これが何だってんだ?」

 

「そうですね。ある仮説を立てました。犯人は、時限式で爆破させたのではなく、狙撃によって爆破させたようです」

 

ガットは薬莢をじっと見つめ言った。

 

「……………何の為に?」

 

「さぁ」

 

「さぁって…、お前……」

 

「この事件、どこか変なんですよ。直前で計画変更したか、あるいはどうしようもない邪魔が入ったとか。もしくは第三者の手によって……とも考えられる」

 

「えーと、つまり?」

 

「時限式の爆弾を銃で撃ち抜いて、予定よりも早く爆発させた。そうゆう線もあるという事です」

 

目的はさっぱり分かりませんが、とアルスは付け加えた。

 

「目的……、列車に乗っていたある特定人物を移動させなくさせた…とか?」

 

「それならもっと他の方法もあったはずだ。わざわざ爆破事件まで起こして大事件までにするだろうか?」

 

「んーーーーー!」

 

ガットは唸った。正直アルスもこれ以上は分からなかった。不可解な点があり過ぎるのだ。

 

「犯人はかなりの腕利きのスナイパーですよ。あの時計塔から線路の橋までの距離は700ヤード。そんな距離撃てる人物はまず多くありません。ですがこれで大分犯人は絞れたかと思います」

 

「700ヤード…?なんかよくわからんが凄腕のスナイパーってことだなうん」

 

「そうなると、犯人が漆黒の翼にいるって事自体ガゼネタなのかもしれません。サーカス団員ですよ?いくら芸達者達の集いと言っても流石にあればかりは……。まあ、カイラさんが聞いたら怒るでしょうが」

 

「あぁー、あの女か…。おっかねぇ女だったな。今どこにいるんだろうな」

 

「さぁ、案外ヤケ酒でもしてるのかもしれませんよ?」

 

「ハハハ!なんだそれ!あの人が酔っ払ったら更に手が付けられなくなりそうだな!」

 

ガットはテーブルの上においてある氷の入った水を飲み干し、氷ごと噛み砕いた。

 

「そういやロダリアとルーシェは?」

 

「ああ、あの2人なら下の階に売ってる売店にお菓子を買いに行きました。そろそろ帰ってくると思うのですが」

 

アルスがそう言うと扉が空きロダリアとルーシェ、そしてフィルが揃って帰ってきた。フィルの手にはお菓子がたくさんつまれている。ルーシェが中位、ロダリアは少量といったところか。

 

「お菓子だ!!」

 

フィルは走って一気にテーブルの上にお菓子をばらまいた。

 

「うわっ!」

 

アルスはお菓子に埋もれないように急いで薬莢をケースの中にしまった。

 

「もぉ、フィルちゃん。そんなに食べたら虫歯になっちゃうよ?」

 

「小生はお菓子を食べないと死ぬ!!腹が減っているのだ!」

 

フィルはガサガサとお菓子をあさり食べ始めた。

 

「さっき夕食食べたでしょ!?」

 

「お菓子は別腹というのだ」

 

ルーシェはフィルに注意するがルーシェも順調に食べていく。

 

「やれやれ、私は貴方はここに残るように言ったはずです。お陰でお金の出費が倍になってしまいましたわ」

 

ロダリアは手に持ったマカロンを食べた。フィルはチョコレートにかぶりついている。ルーシェはクッキーをサクサクと食べている。

 

「もーらい」

 

「あー!!!」

 

ガットはヒョイとフィルの分のお菓子、クッキー1枚をとった。

 

「それ小生のお菓子!!」

 

「んだよ、こんなにあんだから1つぐらい別にいいだろ?」

 

「よくない!!そのせいで小生が空腹で死んだらどうしてくれる!?」

 

「死なねぇーよ、クッキー1枚で生死を分けるわけないだろ」

 

「小生のお菓子だぞ!!」

 

たちまち部屋は甘い匂いで満たされてしまった。様々なお菓子の匂いがまざり、何も食べていないアルスは目の前にあるお菓子を羨ましく思った。

 

(チョ、チョコレート……!)

 

アルスの大好物である。しかしまた無駄なプライドが邪魔をする。

 

「アルスも食べよう?」

 

と、そこにアルスにとっての救世主がチョコクッキーを差し出してきた。

 

「え…、いいのか!?」

 

「もちろん!だってこれアルスの分だよ?疲れた体には甘いチョコクッキーが一番!」

 

「はい!」と元気よく渡されたクッキーが入った籠。勿体無くて食べれないぐらいアルスにとっては嬉しい出来事であった。

 

(少し量が多いのがルーシェらしいというか…)

 

籠には結構な量のクッキーが入っている。彼女曰く男の人はよく食べるらしいから多めにするのが普通らしい。宿屋で学んだことなのだろうか。

 

「ありがとう。ルーシェ」

 

素直にお礼をいうとルーシェは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

お菓子を食べながらの雑談は実に心地良いものでアルスは久しぶりに笑った気がした。スヴィエートより外の世界にはこのような事があったのか。以前の自分には考えられられない事ばかりだった。城の中での1人というのに慣れすぎて何か大事なモノを見失っていた気がした。

 

フィルのお菓子を食べた後ガットは先に部屋に戻ったようで。アルスもガットと一緒に食べきれなかったお菓子を片手に部屋に戻ろうとしたが直前にロダリアに引き止められた。もう大分時間はたち、時刻は11半時。フィルとルーシェはもう眠りにつきすやすやと寝息をたてている。

 

「私、国にあてて報告書を書かないといけないのですが、お恥ずかしながら私の観察力では何一つ見つけられませんでしたわ。ルーシェさんとアルスさんは何かを見つけたようですが…。少し教えていただけませんか?」

 

「確か薬莢でしたか?」と、ロダリアは報告書の紙を整理しながら訊ねた。ちまちまとマカロンを食べていたロダリアは話題を繰り出した。ちなみにフィルはお菓子を全部食べる気でいたようだが流石にロダリアとルーシェ2人に叱られたとなると全部は食べずに大事に袋にしまいとっておいた。

 

「ええ、ルーシェが鐘の下で薬莢を見つけました。俺は床に三脚を引きずった跡があるのを発見しました。何のためかわかりませんが、犯人は、狙撃によって線路上の爆弾を撃ち、爆破させたのだと俺は思います。大分要約して話しましたが、あくまで俺の仮説ですので」

 

「まぁ、素晴らしい仮説ですわね。ただ犯人の動機が分かりかねるのがきがかりですが、それだけあればあとは国がやってくれるでしょう。幸いにも明日から橋の復興作業が始まるようですし」

 

ロダリアは書類をまとめた。

 

「………国ねぇ…」

 

「…?何かおっしゃいまして?」

 

アルスはロダリアを見つめ顔を曇らせた。

 

(どうもこの人もどこか胡散臭い。どかかで嘘をついている。それに国から直々と言っていたが、彼女の身分は一体……ただのサーカス団員とは思えないんだよなぁ……)

 

アルスは疑問に感じたが口にはしなかった。

 

「いえ…、犯人。見つかるといいですね」

 

「………そうですわね」

 

ロダリアの返答に妙な間が開いた。やはりアルスはロダリアを疑わずにはいられなかった。疑うにしても、材料が少なすぎる。仮に間違っていたとしたら失礼すぎる、という思いがアルスにはあった。情報がまだ少ないのだ。

 

「やはり貴方方に付いて行って正解でしたわ。お陰でいい報告書が書けそうです。お礼を言わせていだだききますわ」

 

ロダリアはニコリとアルスと微笑んだ。アルスはその微笑みをどこかで見た気がした。そう、丁度よく自分の叔母の微笑みに似ていた気がした。アロイスの母親、サーチスだ。

 

笑ってはいるが、笑ってない。瞳の奥には何かを見透かすような、何かを思っているような、そんな笑み。

 

(いや、いくらなんでも考えすぎだろう…きっと疲れてるんだ)

 

仲間を疑うなんて…。ガットもそうだったが、今は信用をおいている。そしていつの間にか、そう。

 

自分はこの仲間と一緒の旅が楽しいと思い始めている。最初こそは勘弁してくれという思いで城を、国を出た。あの時ルーシェに出会ってなかったら自分は死んでいたはずなのだ。そして彼女と共に旅をしている今。仲間が一気に増え賑やかになったのをまんざらでもなく思っていた自分。

 

「………いえ、少し手伝っただけですよ。そろそろ俺は寝ます。おやすみなさい」

 

「ええ、おやすみなさい…」

 

アルスは椅子から立ち上がり部屋から出ていった。アルスはロダリアが自分の後ろ姿をずっと見つめていたのは気づくはずもなかった。

 

 

 

「クスッ……、確かに…、ソックリですわね……。スヴィエートの皇子様に…」

 

部屋に1人残されたロダリアはペンを置くと、笑った。

 

 

 

「おお?お帰りー。何話してたんだ?」

 

部屋に戻るとガットはベットに座り自分愛用の太刀の手入れをしていた。

 

「事件についてちょっと」

 

「あぁ、そう。ま、後は国がやってくれるって言うし。あのカイラって女も満足だろ。犯人なんてそのうち見つかるって〜。何よりこれ以上調べんのめんどくせーし」

 

ガットはそう言うと太刀を鞘にしまった。

 

「…そうですね。俺はもう寝ます。おやすみなさい。」

 

アルスはそう言うとしまっていた銃を枕の下に置きベットに寝転んだ。

 

「おう、俺もそろそろ寝るか。おやすみー」

 

太刀を棚の上に置きガットはボスンとベットに倒れこむ。アルスも疲れていた体がベットに沈むのを感じながら静かに眠りについた。



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悪夢とロダリアの不審な行動

気がつくとまたあの夢を見ていた。自分はある部屋にいた。そこは見覚えがあった。そう、自分の住んでいるスヴィエート城だった。この鉄の塊のような、重苦しい雰囲気が漂う城。その城の部屋。

 

「またこの夢か…」

 

この夢。見たくもないのに毎度のこと見させられる。特に最近になってからだ。自分の意志で動いうているように錯覚させられるが、勝手に動くこともあったり、視点が変わったり。とにかくよく分からない。夢だから仕方ないか。

 

部屋にストーブはついていない。スヴィエートでストーブがついていない部屋なんてあっただろうか?だが部屋の温度的にこの気温は冬ではないはず。冬なら極寒の寒さが自身を貫いてくるはずだ。それは寒いというよりも痛い。突き刺さるような寒さの冬がスヴィエートの最大の特徴だ。

 

「とりあえず、ここはどこだ?スヴィエート城か?」

 

あたりを見回すと壁に窓がある。外は雪が降っておらず天気は晴れ。空には青い空が広がっている。

 

「でも…スヴィエートか」

 

窓の外を見るとあのグラキエス山が見えた。下には城下町。しかし自分がいつも見ている城下町とは全然風景が違った。何と言うか、一言で表せば、古い。

 

「……?」

 

一瞬何か黒い物体が空を横切った。港のオーフェンジーク、つまり海側から飛んできている。

 

「なんだあれ…?」

 

アルスは窓を開けた。途端、耳障りな音が耳をつんざいた。

 

「うわっ!?なんだこの音!?」

 

咄嗟に耳を塞ぎ、空を見上げるとそこには大量のあの黒い物体。

 

「あれって…戦闘機か…!?」

 

黒い戦闘機は耳障りな音をたてながらこちらに飛んでくる。アルスは耳を塞いだ。空に近い分音も馬鹿みたいに大きい。次々とやってきては空を滑空している。

 

「な、何で戦闘機が…?」

 

アルスは体が震えるのが分かった。おびただしい数、無数の戦闘機が海側からやってくる。戦闘機は機体から小さな物体を落としたかと思うとそれは一直線に地上に落ちていった。それが何なのかは次の瞬間すぐに分かった。

 

「うわっ!!?」

 

壮絶な熱と光が炸裂した。鼓膜が破れるような音があたり一面に響いた。アルスは眩しさにたまらず手で目と顔を覆った。まるで雷そのものが密集して落ちたみたいだった。そう、爆弾だ。空襲である。

 

「空襲…なんで…?まさか戦争…?」

 

アルスは状況が理解出来ずただただ混乱するばかりだった。今の時代、戦争はしていない。アルスは戦争のない時代に生まれたのだ。窓の下からは焦げ臭い匂いが漂ってきた。その匂いに堪らず目をあけ、手を顔からどけると信じられない光景が広がっていた。

 

火の海だった。

 

あちこちに火柱が上がり、モクモクと煙をたて燃えている民家。悲鳴、建物が崩れ落ちる音、メラメラ燃え盛る火の音。絶望を告げる音。火の熱気がここまで伝わってくる。

 

「なんだよこれ…なんだよ!?一体!?」

 

声が恐怖で震えた。窓の外でまたあの戦闘機が飛ぶ大きな音がした。戦闘機が旋回をしている。空中から地上の様子を伺っているようだ。アルスは堪らず部屋を飛び出した。

 

「ハァッ!ハァっ!……ハッ!」

 

アルスは無我夢中に足を動かした。城の構造は頭の中にある。階段をみつけ一気に駆け下りた。

 

「ハァ!ハァッ!」

 

長い長い階段を降り終わると、汗だくだった。アルスの額から汗がこぼれ落ち、地面にシミができる。

 

「はぁ…はぁ…。はぁぁぁぁ……」

 

呼吸を整え額の汗を拭った。再び走りだし正門から城の外へ出る。アルスのその目にうつった光景は、地獄だった。

 

さっきまでごく普通の城下町が赤でうめつくされている。まるで血のように赤い火。炎が発する熱気によって更に汗が出た。しかし、アルスは必死に探した。生存者を、まだ生きているかもしれない。

 

「誰かっ!!誰か!生存者は…?」

 

返事はない。ただ炎が燃える音だけ。そして人の姿など見えない。ただ赤のみ視界を埋め尽くす。

 

「早く…早く覚めろ!!こんな夢!!」

 

アルスは両手で頭を抱えて叫んだ。

 

「早く…、覚めてくれよ…!」

 

その声は炎の燃える音によってかき消されていく。目をつぶり、歯を食いしばり必死に恐怖に耐える。

 

────ふと、声が聞こえた。

 

「誰か…、たすけ…て…」

 

「ッ!!?」

 

アルスは目を見開いた。誰か生きている人がいるのだ!

 

「どこだ…?どこにいる!?」

 

アルスは耳をすまし声を探る。

 

「助けて…アツイ、あつい…!お母さん!」

 

「そこか!」

 

若い女性が瓦礫の下敷きになっているのを発見した。顔と手を上げて必死に助けを求める。15歳ぐらいだろうか?腰から下は瓦礫で埋もれており身動きが取れなくなっていて、アルスは瓦礫をどかそうとした。だがそれは凄まじく熱い。

 

「つ…!!」

 

思わず手を引っ込めた。瓦礫は炎で熱されてとても触ることは出来なかった。

 

「たすけ…て…」

 

「オイ、まだ生きてる奴がいるぞ!」

 

「っ!?」

 

アルスの肩がびくりと震えた。男の声がする。振り向くとそこには2つの人影が。アルスはその2つの人影を見て驚いた。旧ロピアス王国の軍服だ。

 

「あれ……、ちょっと…!」

 

しかし視界が勝手に動きだした。何故かどんどん女性より離れていく。夢なのに、自分の意思が効かなくなっている。自分の意思が効く時と、効かない時がある。

 

「誰かいるんですか!助けて下さい!」

 

アルスは必死に叫んだが、自分の意思とは関係なく、今アルスは瓦礫の隅に隠れ、女性を見守っている。

 

「オイ、お前…、治癒術使えるか?」

 

「えっ……?」

 

女性はいきなりの質問に困惑していた。

 

「俺らの兵に怪我人がいんだ。使えるって言うなら助けてやらないこともないぜ」

 

「つ、使えます!私!治癒術を使える事ができます!でしたら母も助けてください!母も使えるんです!」

 

「へぇ……そうか、オイ」

 

彼は顎で行ってこい、と合図した。

 

「ああ」

 

後ろにいたもう1人がそう答えると、別れた。そして、ロピアスの兵士はしゃがんみ、腰のホルスターに手をかけた。

 

「…?何して、お願い早く…たすけ…!」

 

「クッハハハハハハァ!助けてやるわけ無いだろバーカ!!」

 

バン!と銃声が響いた。

 

(──────!!!)

 

アルスは絶句した。その男は唐突に邪悪な高笑いをしたと思うと、拳銃で女性の額を撃ち抜いた。女性は声も上げられず、絶命した。

 

「ヒャハハハハハ!治癒術師は皆殺しなんだよォ!まんまと騙されやがって!ママもすぐお前の所にいかせてやるよ!」

 

「お前!!!何してるんだ!?」

 

「ヒャハハ!さぁーて次々ー!」

 

「おい!」

 

アルスは声を荒らげて呼ぶが、まるで聞こえていないようだ。それに、体もここから動かない。

 

「あっ!」

 

女性の上の瓦礫がついに崩れ落ちた。土埃がたち、メキメキと軋む音が鳴る。そして、女性がいた所から、じわじわと赤い液体が流れていた。血だ。

 

やっと体が動いた。死体となった女性の近くに行った。だが、大きな瓦礫が目の前に立ちふさがった。その衝撃でできた亀裂に血が割れ目にそってに流れ出てくるのがアルスの目に入った。嫌な匂いが立ち込めた。肉が焼ける匂い。思わず口と鼻を手で覆う。

 

赤い血は、じわじわと亀裂をたどり、ついには自分の足元まで広がってきた。

 

「あっ…ああっ…!」

 

アルスの目から一筋の涙が零れた。恐怖と罪悪感。あらゆる念が、押しつぶす様にアルスの心を侵食する。

 

「うわぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

「あぁっ!ハァッ!?………ハァ、はぁ……!」

 

勢い良く体が起こした。アルスがいる所は紛れもなくあのロピアスの宿屋のベット。隣にはガットがいびきをかいて寝ていた。どうやら起こしてはいないようだ。

 

「はぁ…!!はぁ!!ゲホッゲホっ!」

 

息が苦しくなり激しく咳き込んだ。

 

「はぁ…。はぁ…」

 

アルスは大きく息を吸い吐いた。胸に手をあて自らを落ち着かせた。気がつくと自分は汗びっしょりだ。

 

「やっと覚めたのか…!」

 

アルスは手で頬を触った。涙が溢れている。

 

「なんつー夢だ…!」

 

叫びたくなる衝動を押さえ、最低限の声で呟く。

 

「とりあえず、シャワー浴びよう…」

 

アルスはベットから立ち上がり、荷物を持ちシャワー室へ向かった。シャワーを浴びている間、またあの光景を思い出し、嘔吐感が襲った。堪らず口を押さえた。

 

助けを求めて自分に差し伸べられたあの手。女性を助けられなった自分も情けないが、あの卑劣な行為。

 

「あの夢は一体何なんだよ…!」

 

ドン、と拳で壁を叩いた。

 

 

 

気持ちが落ち着いてきてシャワー室から出る。服に着替え気分転換に外を散歩することにした。濡れた頭をタオルで拭きながら宿屋から出るとこんな早朝にもかかわらずロダリアの姿が見えた。

 

(あれは……ロダリアさん?)

 

「オリガ…、こちらが書類ですわ」

 

「確かに受け取ったわ、で、カヤっていう女盗賊が盗んだらしいわね、その氷石。いつ見つかりそうなの?」

 

「これから探しに行きますのよ。少なくともまだまだです」

 

「早くしてよ?これ以上彼女の機嫌を損ねたら大変だわ」

 

「愛しの人の、ですからね」

 

「ちょっと、それ私の前では言わないでくれる?不愉快だわ」

 

「あら、失礼?」

 

ロダリアは誰かと話している様子だった。アルスにその会話の内容は聞こえなかった。相手は壁の向こうで、姿は見えない。

 

「ロダリアさん?」

 

アルスはロダリアに話しかけた。壁の近くに行き、話していた相手の姿を確認しようとしたが誰もいなかった。

 

「…!」

 

「なにしてるんです?こんな朝早くから」

 

「あら、私もその質問お返ししますわ。どうしたのです?」

 

「…俺は目が覚めてしまって。それでシャワー浴びた後です。散歩がてらに外に出たんです」

 

「あら、そうなのですか。私も先程パチリと目が覚めてしまって…」

 

「……さっき誰かと話していたようですけど?」

 

「あら、失礼、私の独り言ですわ。聞かれていたなんて、恥ずかしいですわね」

 

「独り言…?。残念ながら俺にはそんなふうには聞こえなかったのですが」

 

「まぁ、心外ですわ。信用してくださらないのかしら?」

 

「敵を騙すにはまず味方から…という言葉がありますからね」

 

「ふふ……、上手い切り返しですわね」

 

アルスは鋭い目付きでロダリアを睨んだ。

 

「では信用してくださるように良い情報をお教えいたしますわ。もちろんタダで」

 

「情報?」

 

「氷石を盗んだその盗賊は女性の方だったんですよね?」

 

「え?ええ。そうですよ?いきなりどうしたんですか?」

 

「その盗賊の出身はアジェス。地元では有名だそうです」

 

「アジェス?」

 

アルスは驚いた。

 

「ええ、赤みがかった淡い茶髪に瞳はキャラメル色。髪は短くてナイフを得意とするそうです。名前はカヤ…、だったかしら?」

 

「カヤ?」

 

「はい。手癖が相当悪い盗賊だそうで。スリの技術が凄まじく高いとか」

 

そういえばルーシェも気づけばスられていた、という感じだった。

 

「アジェスか…」

 

 

 

「そういやこれからどうすんの?」

 

仲間達は皆起きて宿屋のロビーに集まっていた。朝食を済ませ、ガットが質問する。その問にはアルスが答えた。

 

「あの女盗賊はアジェス出身だそうです。名前はカヤ。茶髪に目はキャラメル色。ロダリアさんが仕入れた情報です」

 

「うぇっ!?すげえな!一晩でもうそこまで調べあげたのかよ!?」

 

「私情報屋ですから」

 

ロダリアは目を細めて笑った。

 

「すごいですね!!ロダリアさん!じゃあ早速アジェスに行きましょうよ!」

 

ルーシェが言った。

 

「アジェスって何だ?」

 

「アジェスはロピアスの隣にある国だ。比較的温暖なところだがいかんせん湿気が強くて蒸し暑いと聞く」

 

フィルはアジェスという国があったこと自体知らなかった。

 

「ま、それと有名なのはなんといっても腐海だろ」

 

「フカイ?」

 

「いわゆる底なし沼みたいなもんだなぁ。入ったら…死ぬ」

 

ガットがニヤリと笑う。

 

「何っ!?死ぬのか!?」

 

「本当に死ぬかどうかは分からないが…。とりあえずその腐海は危険ということだ」

 

「腐海はアジェスにしかありませんわ。一体どうしてなのでしょうね?」

 

「へぇ〜…アジェスの土地は特別なんですかね?」

 

「いや…、確かエストケアラインの影響だと聞いているが…」

 

「まぁいいだろ。考えること自体めんどくせぇそんなこと。それよりどうやって行くんだ?」

 

ロダリア、ルーシェ、アルスの会話を流しガットは話を進める。

 

「鉄道が崩れてますからねぇ。まずここから隣のポワリオ駅まで行きます。そこから列車に乗り、国境近くのアンジエ駅で降ります。そして街道に出て歩いていけばもう国境砦です」

 

「へえー、詳しいなぁ。流石ロダリア」

 

「伊達にロピアス回っていませんから」

 

「確かに、フォルクスは無駄に長い街だからなぁ。だからこそ鉄道が進歩したんだろうが…」

 

「要塞みたいなオーフェングライスとは違うね、やっぱり」

 

「そうだなぁ。次の目的地はアジェスか……」



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東の国アジェス

「着いたー!!」

 

フィルは両手を空に突き上げ叫んだ。

 

「皆さんお疲れ様でした。ここがアンジエ駅です」

 

駅を降りるとアルス達がいたハイルカーク地区よりもすこし静というか。街並みも少し変わっており狭い路地の上には洗濯物が無造作に干してある。

 

「くぅ、ずっと座っていて疲れた…!」

 

「ふぁー、でも列車から見える街並みは綺麗だったねー!」

 

ルーシェは背伸びをした。腕がポキポキと鳴っている。

 

「フォルクスには一体何個駅があるんですか?」

 

アルスは疑問に思いロダリアに尋ねた。

 

「5つありますわ。フォルクス、ハイルカーク、ポワリオ、ミガンシェ、アンジエです。フォルクス駅近くにあの有名なロピアス城がありますわ。フィル、私達はアンジエから順番にハイルカークまでやってきたのですよ?貴方は知らないかもしれませんが」

 

「そうだったのか…。全然知らなかったぞ。だって殆どテント内で過ごしてたし…」

 

「こんなに街が広いと列車があるのもうなずけるな…」

 

「さて。アンジエ街道に行きましょうか」

 

ロダリアは指をさした。

 

「アンジエ街道の先は国境の砦、カルシン砦ですわ」

 

 

 

ふと、アルスは重大な事を思い出した。

 

(…旅券ないのにどうやって国境を渡るんだ…!?)

 

旅券がないと他国には帰れない。もともと、ロピアスに入れたのも成り行きであり、事実上不法入国だ。

 

(どうしよう…それにガットはともかくルーシェも旅券がないし…!)

 

「お?着いたんじゃね?やっぱちけぇな」

 

ガットは見渡すように手を額の上にかざし眺めた。国境は厚い壁が守っており、更にその門の下にはロピアス兵が見張っていた。

 

「ええ、確かにカルシンには着きましたが、ここである問題が発生しています」

 

「え?」

 

ロダリアは旅券を取り出した。

 

「私はこれを持っていますが、フィルは持っていません。彼女には戸籍がありませんからね」

 

ロダリアはチラリと考え込んでいるアルスを一瞥(いちべつ)した。

 

「?つまり?」

 

視線を戻し、

 

「旅券がないとアジェスに行けないって事ですわ」

 

「あっ、そういえば…私も…!」

 

ルーシェはハッとした。まずい、という表情だ。

 

「ああ、旅券?一応俺は持ってるけど…?」

 

「ええ、ですが旅券を持っていない人を連れてきてしまった以上皆仲良く…とは行きません」

 

「何ィッ!?じゃっじゃあ小生はここでオサラバなのかっ!?」

 

「誰もそんなこと言っていないでしょう?」

 

ロダリアはため息をついた。

 

「まあ大丈夫です。ある道を通っていきます」

 

「ある道?」

 

アルスは首を傾げた。ロダリアはにっこり笑って

 

「こちらです」

 

ロダリアに案内された場所はカルシン国境の壁づたいに真っ直ぐ南に歩いてきた場所。相変わらず高くそびえる壁は変わらない。だがところどころにアーチ状に開いている壁があり、鉄格子で塞がれている。そしてロダリアはある所の壁にある鉄格子を引っ張った。

 

「よっと…」

 

ガコン!と音をたて横にズレた鉄格子。鉄格子が取れた場所は丁度人一人通れる隙間だ。

 

「ええ!?取れた!?」

 

アルスは驚いた。頑丈そうなこの鉄格子がいとも簡単に女性の力で動いたのだ。

 

「ええ、ここだけ取れます。フフフ、内緒ですわよ?」

 

ロダリアは得意げに笑い鉄格子の間を抜けて歩いた。

 

「この先を抜けるとアジェスなのですが、そこは丁度森の中になっています。整備が行き届いていません。まぁ抜け道ですからね、そう簡単には見つからないところに繋がっています。簡単に通れますが、いかんせん魔物がいます。油断はしないように」

 

「なるほど、アジェス側が森になってるんですね、ロピアス側は普通の草原が広がる所ですが…」

 

「へっえー、相変わらずスゲェなロダリアの情報網は」

 

「まぁ、知ってる人は両国でも極わずかでしょう。私に感謝してくださいね?」

 

フフフ、と上品に笑うロダリア。

 

(つくづくこの人は知りすぎているというか…)

 

アルスは横目でロダリアを見た。

 

「アルス?どうしたの?先行っちゃうよー?」

 

「あ、ごめん!今いくよ!」

 

アルスも隙間を通り、鉄格子を元に戻すと先へ進んだ。

 

 

 

「うわっ!ペッペ!なんか口に入った!!」

 

「フィルちゃん!大丈夫?」

 

通路を抜けるとロダリアが言っていた通り森があった。だが出口は、枝や葉っぱなのでカモフラージュされており、アジェス側からは壁が続いているとしか思えない。見事に隠されている。その茂みを抜ける途中でフィルは背が低いせいか、小さな枝が突き刺さりまくっている。

 

「うぇ…葉っぱだ…」

 

「うお…、なんか…、獣道って感じの所だな…」

 

当然にも地面には道があるはずもなく雑草が生い茂っている。木が所狭しと並んでおり、あまり人の手が加えてられないということが分かる。倒れている木には苔がびっしりと生えている。

 

「なんだか蒸し暑いな…」

 

アルスは肌にまとわりつく髪の毛を払い言った。

 

「ええ、もうアジェスですからね。あの分厚い壁を超えたのです。大分気候も変化してきたようです」

 

「ついにアジェスか…!」

 

アルスはしみじみと呟いた。しばらく道なき道を進んでいると突然バサバサッと音がした。

 

「うわぁぁぁびっくりした!!」

 

「何だ?鳥か?」

 

不気味で暗い森、フィルとルーシェは少し怯えている。小さな音がした。

 

「…、いや。皆、ちょっと待て。なんかいるぞ…!」

 

「ええ!?へ、変なこと言わないでよアルス!」

 

ルーシェは目を泳がせ声を震わせた。

 

「ええ…いますね。魔物でしょうか?」

 

「魔物っ!?どこだ!?」

 

フィルは杖を構えた。

 

「っ!ルーシェ!危ないっ!!」

 

「えっ?」

 

大きな影がルーシェを突っ切った。ルーシェがそれに轢かれる前にアルスは急いで彼女の体を抱え避けた。

 

「ぐ…」

 

「あ…!アルス!ありがとう!」

 

「いや、大丈夫だ。それよりコイツは一体…」

 

ガットは太刀を抜いた。

 

「おい!来るぞ!」

 



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フィル誘拐事件、心の打ち解け

ガットが注意を促し叫んだが、

 

「ギャアアアアア!?」

 

その大きな影はフィルの真正面を通った。

 

「フィルちゃん!?」

 

「あらまぁ」

 

フィルの姿がいきなり消えた。

 

「しまった!」

 

上を見上げるとフィルが大きな鳥型の魔物に捕まれて宙吊り状態になっている。

 

「食われるー!!!助けて!」

 

「大丈夫かフィル!」

 

「大丈夫じゃない!!」

 

魔物は絶好の餌だと言わんばかりに猛々しく鳴き上空へ上がっていく。

 

「このままだとホントに食われるぞ!ありゃ巣に持ち帰る気だ!大将!早く助けてやれよ!」

 

「師匠ー!!!」

 

「フフフ、まるで空中ブランコですわねぇ。楽しそうですわ」

 

「そんなこと言ってる場合ですか!?」

 

「ああ、でも空中ブランコは足に引っ掻けるモノでしたわねぇ。フィルは首根っこを捕まれて、まるで子猫のようですわ」

 

「フィルちゃーん!!力よ集え!エヴィブラスト!」

 

ルーシェは素早く詠唱を唱え光術を発動したが魔物は軽々とそれをよけると滑空し飛びさって行った。やがて森を抜け見晴らしが良くなった。しかし魔物が飛んでいくスピードは変わらない。

 

「フィルー!!」

 

「フィル!待て!」

 

アルスは銃を構え撃つが距離が離れすぎてなかなかとらえることができない。

 

「ダメだ!木が邪魔で照準があわない!それに万が一フィルに当たったら…」

 

「おや」

 

「師匠ーーーーー!」

 

魔物は山の方向へ向かっている。

 

「アイツ山の巣に持っていく気だ!狩りのために森に降りてきたんだ!」

 

「フィルを魔物の餌になんかさせませんよ」

 

「ロダリアさん?」

 

ルーシェは振り返った。ロダリアはアルスのより数倍は大きい銃を持ちスコープを覗いている。ルーシェにはそれが何か分からなかった。

 

「大将早く!!」

 

「無理だ!危険過ぎる!」

 

「そこをなんとか!!」

 

「無茶言わないでくださいよ!それにもう狙える距離じゃない!」

 

前方では男2人が言い争っていた。

 

「大丈夫ですよルーシェ。もうすぐで捕らえられますから」

 

「え?え?なんの事ですかロダリアさん?」

 

「シィー」

 

ロダリアは子供をあやすようにルーシェを黙らせた。

 

────その次の瞬間

 

パァン!という乾いた音が鳴った。ロダリアが引き金を引いたライフルから発砲された弾丸は真っ直ぐに魔物の頭を撃ち抜いた。

 

キエエエエ!と雄叫びをあげ墜落していく魔物。当然フィルも投げ出される。

 

「でかした大将!!」

 

「え?俺撃ってないぞ?」

 

最前線にいるガットには聞こえていないようで急いでフィルの所に駆け付ける。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「やべぇ!間に合うか!?」

 

「ふむ、あとは自分で何とかしなさい」

 

ロダリアはスコープを覗くのをやめると、ライフルを分解して折り畳みしまった。

 

フィルは急いで指からエヴィの糸を作り出し地面に蜘蛛の巣のようなクッションを作り出した。

 

「ぐえ!」

 

ガットはそのエヴィの糸に当たり仰け反った。

 

「ふー、助かったー。危うく小生は短い人生に終わりを告げるところだったぞ。アルスもなかなかやるな」

 

「な…、お前、ガキの癖になかなかやるな…、走って損したぜ…」

 

「うむ、ご苦労だったぞガット。小生の術がうまく発動してなかった場合のホケンだ」

 

「けっ、エラソーに」

 

ガットは素直にお礼を言わない生意気なフィルに悪態をつく。

 

「フィル!無事か!?」

 

「アルス!や、やればできるではないか!だ、だがお礼は言わんぞ。絶対にだ」

 

「お前が無事なら別にいい。お礼なんて期待していないからな」

 

「無事のようですねぇ」

 

「フィルちゃん!どこか怪我してない!?」

 

後方にいた女性群も合流する。ルーシェはフィルに駆け寄った。アルスはフィルを連れ去った魔物の死体の側へと行った。見事に脳天を貫いている。アルスは自分の銃を取りだし魔物の弾道痕と発射口を照らし合わせた。

 

(……明らか俺の弾とこいつの弾跡の大きさが合わない。これは、恐らく狙撃銃か何かだ。だけど一体誰が?)

 

「その魔物がどうかしたの?アルス。」

 

アルスの様子が気になったルーシェは声をかけた。

 

「ルーシェ…、いや別に何でもないよ。」

 

「でも、凄かったねロダリアさん。あっという間に仕留めちゃった」

 

アルスはその発言に反応した。

 

「ルーシェ、ロダリアさんは俺が前にいたとき何をしていた?」

 

アルスはルーシェに聞くと彼の予想どうりの答えが返ってきた。

 

「なんかね、アルスのよりも細長くて、先っぽが長かった銃で、何かを覗きこんでた。それで、撃ったら魔物が墜落したの。ロダリアさんが撃ったんだよきっと」

 

「…何だって……!?」

 

「撃ったあとは?なにか操作していたか?」

 

「えーっと、なんかガチャンって何かを捻ってたなぁ。私にはよく分からなかったけど」

 

アルスには分かった。

 

「ありがとうルーシェ。充分だよ」

 

「?なんだかよく分からないけどどういたしまして」

 

アルスは拳銃をしまうとルーシェに微笑みかけた。

 

「おーい、アルス!ルーシェ!」

 

「ガットさん、どうしたんですか?」

 

「あれ見ろよ」

 

「?」

 

ガットが指を指した方向には大きな大きな木が見えた。

 

「何あれ!大きな木!」

 

「あの大樹はリューランですわ。アジェスの首都、ヨウシャンの象徴的なものですわね」

 

「そそ、さ、いつの間にか首都は目前だせ?さっさと行って一息つこうぜ」

 

カルシン国境砦から首都はどうやら近場のようだ。

 

「そうですね。俺も走り疲れましたし」

 

「なぁ、その敬語なんとかなんないの?」

 

「は?」

 

ガットはいきなりな事を言った。

 

「いや、だから別に俺になんか敬語使わなくていいって。めんどくさいだろ?」

 

「……………そうです……いえ、ですが」

 

アルスは確かにこんな適当なヤツ、と内心思っていた相手だ。だが、仮にも、仮にも年上だった。

 

「おい、今変な間があった」

 

「いいんですか?」

 

「別にお前が困るわけでもねーだらうよ。こんな馴れ馴れしい万事屋なんだし」

 

ガットはくくく、と笑った。

 

「しかし何故このタイミングで?」

 

「いや、何回も言おうとしたけどそのたびに忘れてたからさ」

 

「そうか。では、よろしくガット。これからは遠慮なく色々なことを言わせてもらうぞ」

 

「お…おぉう…」

 

アルスの、愛想を振り撒くしゃべり方とはうってかわって声のトーンは低く、初対面の時の警戒心丸出しだった声色である。

 

「アルスって意外と声低いよね」

 

「使い分けてんだろそこんとこ。このご時世、世渡り上手にならないとな。一瞬ビビったけど」

 

「まぁ、そうゆうことだ。とりあえず、早くヨウシャンに向かうとしよう」



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アジェス首都、ヨウシャン

「小生の100倍はあるな、あの木!」

 

「でっけぇなー。あれがあの有名なリューランの木か」

 

「アルス!見たことのない花が咲いてるよ!スッゴく綺麗!」

 

「ここはアジェスだからな。そりゃ見たことのない花位咲いてるだろう。あれは桜だ」

 

「桜?」

 

「アジェスの国花だよ。満開時には桜吹雪というのが見れるらしいよ。桜の花びらが空を覆うらしい」

 

「よく知ってるね!アルス!フィルちゃん!もっと近くに行ってみよう?」

 

「大賛成だ!どっちが早く空中で花びらを掴めるか勝負といこうではないか!」

 

「女子共は元気だねぇー。面倒くせぇわ、そんな作業」

 

ガットは欠伸をするとあの女について聞き込みしてくるわー、と言ってルーシェ達とは別方向へ歩いていった。

 

 

 

アジェスの首都、ヨウシャン。

この都市の最大の特徴はなんと言っても中央の大樹だ。リューランの木と、呼ばれているらしい。

 

大陸のほとんどを腐海に覆われているアジェスにとってこの首都は正に楽園である。リューランから生み出される清浄な水が豊かな自然を育み人を集めるのだ。リューランから流れ出した清浄な水はやがて川になり、そして湿地が出来上がった。自然豊かな街だ。自然と調和し、共存して人々が暮らしている。フォルクスとはまた違った美しさがある。

 

さて、残るメンバーはというと…。

 

「お花に詳しいのですね。意外ですわね?アルス?」

 

「別に…。というかいつの間にか俺のこと呼び捨てになってますね」

 

「あら、私皆と仲良くしたいのです。堅苦しい呼び名は嫌でしょう?」

 

「俺は別に構いませんが、仲良くしたいというのは意外ですね」

 

「ふふ、仲間でいる以上、険悪な関係にはなりたくないでしょう?」

 

「仲間…ね。そうですね。その通りです」

 

(その言葉、どこまで本心なんだか……)

 

「でしょう?」

 

ロダリアは帽子を軽くあげウインクをするとクスリと笑った。アルスにはつくづくこの人は読めない人だ…、とため息をつく。

 

「まぁ。ため息をつくと幸せが逃げてしまいますわよ?」

 

「そんなの、ただの迷信ですよ…。それにもう大分幸せには逃げられてますので」

 

「お悩みでしたら、私が占ってさしあげましょうか?私、こう見えても占いができるのですわよ?」

 

(こう見えてって…、アンタは実に奇妙な占い事をしてそうな人だよ)

 

「いいえ。お断りしておきます。信憑性がないので」

 

アルスは即答するともう話すことはない、とでも言うように歩きだした。

 

「残念ですわねぇ。信じる者は救われる、という言葉がありますのに」

 

「信じても、裏切られたら?」

 

「おや、ということは占いを信じるのですか?」

 

「質問に答えてください」

 

アルスの視線はロダリアを逃がさなかった。アルスはロダリアを少々疑っている、それだけは事実だった。そう、あの薬莢といい、弾痕といい。だがそうなるとまるで動機が分からない。そもそもそれなら何故俺たちを引き止めてまで一緒に調査についてきた?証拠を隠滅するため?監視するため?それが理由だったらまるで成功していない。仮にもしロダリアが犯人だったとしたら、一体彼女は何がしたかったのだ。

 

「裏切られる、ねえ…。でもまあ所詮占いですから。裏切られるなんて多々あることだと私は思いますわ」

 

(うまくかわしたか…)

 

「そうですか。ご意見ありがとうございました」

 

「フフ、どういたしまして」

 

ロダリアはそう言うと、あの歩きにくそうなドレスで優雅に去っていった。恐らくルーシェ達と合流するのだろう。

 

(やはりどうも信用ならないな、あの人は。だがかなりの情報通だ、もしかしたら俺の正体にも気づいているとか?)

 

アルスは自嘲ぎみに笑うと

 

(いや、それはありえないか流石に…。スヴィエート人ならともかく、他国の者が知っているはずがない。名前位なら知っている人もいるかもしれないが、あだ名までは…流石に……な)

 

「俺もガットと合流するか…。」

 

女は女。男は男。しかし見知らぬ土地に一人でいるのはやはり不安ではある。だがアルスに女性陣と合流する勇気がない。ルーシェはともかく居心地的な意味で。

 

「適当にぶらついているだろう。探すか…」

 

アルスはそう言うとガットが進んでいった方向へ足を進めた。

 

 

 

「いた…。って何してるんだ?あの人?」

 

ガットは確か情報を集めると言っていたはずだ。だが目の前にはどう見ても女を口説いているとしか思えないチャラ男の姿がある。俺には見せないとびきりの笑顔で話している。

 

「あの野郎…!」

 

ガットが口説いている女性は黒髪に茶色い瞳。典型的なアジェス人顔の女性だった。無論、国民全員黒髪というわけではないが多いのは確かだ。女性は戸惑っているが明らかに迷惑そうだ。だが、一方的すぎて言い出せない状況、と言ったところか。

 

「何やってるんだ?お前は…?」

 

「よぉ、アルス!俺様こうして立派に情報集め…っ!」

 

アルスはガットの額に拳銃を突きつけた。目は完全に据わっている。汚物を見るような目で。

 

「…ちょ、冗談だって……、マジで」

 

ガットは思わず手を挙げる。

 

「そうか、ならいい。そこのお嬢さんもすいませんでしたね、この緑が迷惑をかけたようで」

 

「いっ、いえいえ…。では私この辺で…」

 

控えめに、だがそそくさと立ち去っていく女性。

 

「今度お茶でもしようグフッ!?」

 

今度はガットの溝に肘うちをした。

 

「ええ、俺と少しお茶でもしましょうか。集めた情報とやらをしっかりと聞かせてもらいますよ?ガットさん?」

 

アルスはあえて敬語で、敬称をつけて言った。

 

「野郎とお茶してもなんも嬉しくねえよ!!」

 

 

 

ナンパしていたガットだが、一応情報収集はしていたようで。とりあえず場所を変えて女性陣と合流するために先程の桜の広場まで歩きながら話す二人。

 

「盗賊団?」

 

「おう、最近のアジェスはなにかと物騒らしくてな。原因は主にその盗賊団らしい。なんでも川を渡る商人の乗った舟を襲っては強奪して、場合によっちゃ殺すらしいぞ」

 

「それは、シャレにならないな」

 

「な。殺しとなるとキツいな。でよ?何でもここから東にあるシャーリンっつー付近にあるこのバイヘイ湿地って所で、カヤと思わしき人物を目撃したって奴が船乗りにいたんだ」

 

「そうなるとその盗賊団、かなり怪しいな。盗賊団と言うからには、そこにカヤが入っている可能性は極めて高い。殺しまでする卑劣な奴だったとは」

 

「そそ。俺様情報集めちゃんとしてたってこと。あらかた集め終わったからナンパして暇つぶしてたんだよ……。とにかく、カヤを追いかけるにはシャーリンに行ってみるっきゃねぇ」

 

ガットはそう言うとおもろに地図を取り出した。アジェスの国土が示されている。

 

「ここが俺たちのいるヨウシャン。シャーリンに行くには、主に舟だ。このサンハラ川を下っていく」

 

ガットは川を指さした。ヨウシャンとシャーリンの間には、大きな川が通っていた。世界一長いと言われているサンハラ川だ。

 

「じゃあ、俺達もその舟ルートで行くべきか」

 

「俺もそう思ってさっき船着場に行ってみたんだけどよぉ、それが無理らしいんだよ」

 

「え?どうして?」

 

「さっき言っただろ?盗賊団だ。奴らはヨウシャンとシャーリンを結ぶこの川の航路に海賊の如く出没しては金品やら食物やら貿易品やらをかっぱらっていく。それと何でも今は川の水かさが増えてサンハラ川はちっとばかし氾濫気味らしいぞ。んな危険に危険を重ねた状態なのに舟なんか出せるかってな」

 

「……そうゆう事か…。アジェスの政府は何をしているんだ。全く」

 

「船着き場のオッチャンの話によると、政府は、まるで役にたってねぇそうだ。あたかも事件を黙認してるかのようにってな」

 

「黙認……?まさか、賄賂や買収、その手の汚い話がアジェスには蔓延(はびこ)っているのか?」

 

「……さぁな。何かなぁ、ロピアスの爆破事件と言い、このアジェスのタチの悪すぎる盗賊団といい、最近世の中物騒になってんなぁ…」

 

「さっさと女性陣と合流して話を伝えよう。物騒な世の中らしいからな」

 

「さんせー」

 

 

 

桜の広場までくるとフィルとロダリアがこちらに気づいたようでこちらに合図を送る。

 

「フィル、ルーシェはどうした?」

 

「ウム、さっきまでお花見していたのだが急にあのでっかい木に向かって走り出したぞ」

 

「?なんで木に?」

 

ガットは不思議そうに聞き返すとロダリアが答えた。

 

「何かに呼ばれているみたいでしたわね。あの子の不思議ワールドに私はついていけませんでしたが」

 

「呼んでる?誰に?」

 

「さぁ?そこまでは私も」

 

ガットは首をかしげた。

 

「俺が様子見てくる。ガットは先に2人に説明を頼む」

 

「えぇ〜、めんどくせぇなぁ。へいへい……」

 

アルスはリューランの木に向かって桜で囲まれた道を走っていった。

 

 

 

リューランの木の根本。根がいたるところにあり一体この木は樹齢何年なんだ、と疑問を持たざるおえない。ルーシェはすぐに見つかった。全身を木にもたれかけ片耳を当てている。

 

「何してるんだルーシェ?」

 

声をかけるとルーシェははっとしてこちらを振り返る。

 

「あ、アルス。えっと、なんかね声が聞こえたの。このリューランの木から聞こえたんだよ」

 

「はぁ?木が喋ったのか?」

 

「あ!その顔は信じてないでしょ!ホントなんだから!誰がなんと言おうと聞こえたの!」

 

「俺は聞こえないが」

 

「さっきは聞こえたの!おかえり、やっと帰ってきてくれたんだねってっ!」

 

「何か変な電波でも受信したんじゃないか?」

 

「何それー!?もぉー!ひっどーい!」

 

懸命に訴えるルーシェだがその手の類いの話は全くと言っていいほど信じないアルスは

 

(確かに彼女の不思議ワールドだな)

 

と、完全に信じずに適当に流していた。

 

「もうー!本当だよ?嘘なんかついてないからね?」

 

「分かった分かった。とにかく急にいなくならないでくれ。心配するだろ」

 

「あ、そうだよね、ごめんなさい」

 

しゅん、とルーシェは落ち込むが、さっきまでムキになっていた彼女は本当に感情豊かで見ていて飽きない。

 

「さ、戻ろうルーシェ」

 

「そうだね。わっ!」

 

足場が悪く、根から降りる際に体勢を崩したルーシェは倒れそうになる

 

「ッルーシェ!」

 

咄嗟に彼女を支えるアルス。が、彼の足元も根がいたるところにあり二人とも地面に倒れこんでしまった。

 

「ルーシェ!大丈夫かっ…てわぁ!?」

 

アルスは倒れる衝撃に思わず目をつぶったが、目を開いてみると。

 

「う、うん。なんとか」

 

端からみるとルーシェがアルスを押し倒しているように見える。しかも密着しているのでアルスに彼女の胸が当たっている、その影響でかなり動揺するアルス。自分の状況にやっと気づいたルーシェは急いで立ち上がる。

 

「ああっ!ごっごめんね!アルス!痛かったでしょ!?私の為なんかに!」

 

「いいや!むしろラッキ…、いや何でもない!!」

 

アルスは言いかけた言葉をしまうと立ち上がり、土ぼこりを払った。

 

「よ、よ、よし、俺は大丈夫だから。今度こそ戻ろうか」

 

動揺を隠しきれないアルスだったが、あのルーシェは案の定、気づくはずもない。

 

「うん!」

 

 

 

「んで……、舟が出せないとなるとどうすっかなぁってさっき俺ら話してたわけ……って、よぉ、遅かったな」

 

桜の広場まで戻るとガットが地図を片手広げこちらを見た。

 

「見つけるのに時間がかかりまして」

 

「ホントかぁ?」

 

「本当です」

 

きっぱりと言いのけるアルスにガットは「ふーん…」と、生返事をすると

 

「ガット!私、木の声が聞こえたの!凄いでしょ!?」

 

「は?」

 

「リューランの木の声がしたの!」

 

「…、アルス、通訳頼む」

 

「いや、俺もサッパリだ。言えるのは言葉通りとしか。でもさっきからこの言い様だと嘘ついている様子でもない……んだが」

 

「だから!嘘じゃないんだって!」

 

「分かってるよルーシェ」

 

「あら?随分と信憑性のない出来事にしては彼女を擁護するのですね。フフ、これも愛の力なのでしょうか?」

 

「ぐっ、うるさいですよロダリアさん!」

 

「まあ怖い、あなたも大概青いですねぇ」

 

青い、という単語にルーシェが反応する。

 

「青い?確かに青いけど、アルスは確かに青いけど……?」

 

「あ、いえ…、そのような意味で言ったのではないのですが…」

 

ルーシェの天然な巻き返しにロダリアは思わず詰まる。

 

「おい!なんでもいいから早く話を進めろガット。小生は早く冒険に出たいのだ!」

 

おいてけぼりを食らったフィルは飽きたとでも言うように訴える。

 

「冒険って…、そんな生半可な気持ちで行くとこの先後悔するぞ?」

 

ルーシェが首をかしげた。

 

「え?この先の予定ってもう決まったの?」

 

「ああ、大分決まった。よく聞いてくれ」

 

ロダリアとフィルは既に少しガットから話を聞いている。ルーシェだけは聞いていなかったのでアルスはあらかた話し出す。

 

「これから行くのはシャーリンという町だ。首都のリューランの大樹から流れるサンハラ川の下流に位置する」

 

「川?なら(いかだ)とか舟とかで下っていけないの?」

 

「それは俺達もすでに考えた。だが情報によると最近は川が氾濫し、まともに下れないらしい。盗賊団も出る話のせいもあり、誰も舟を出してくれない。普段はこの手段でシャーリンに行くらしい。シャーリンの住人も川を上って交易するそうだ。アジェスにとって、川が交易路なのだろう。そして、盗賊のカヤの件だが…」

 

アルスはガットの方を見た。

 

「船着場のオッサン達の情報によると、シャーリンの近くにあるバイヘイ湿地でカヤを目撃した奴がいた。予想だが、俺らはその盗賊団はバイヘイ湿地を根城にして陣取ってるのかもしれねぇっつー結論に至った。襲われた舟が多いのはシャーリン付近だからな。アジトがあるかもって話だ。カヤがそのメンバーとして入っているなら、シャーリンに行き、情報を集めるのが得策だ。何たって盗賊団…だからな」

 

「カヤを追いかけるいう事はまずバイヘイ湿地に近いシャーリンに行く事だ。勿論、川が使えないから、陸路でな………」

 

アルスはげっそりした。しかしフィルは不思議そうに聞いた。

 

「何だ?歩けばいい話だろう?それがどうした?」

 

「ハァ、子供はいいな。気楽で」

 

「何だとコラ!?勿体ぶってないできちんと子供にも分かるように説明しろ!」

 

ロダリアがフォローをいれた。

 

「地図によるとシャーリンに行くためには、まずホランの森、という所を通ります。この場所はアジェス人が死んだらここに埋める、という感じでして。つまり墓地と森が一緒になっていますの。森の中に墓地が沢山あるのでしょうね」

 

「「え…」」

 

ルーシェとフィルは固まった。

 

「そしてその森を抜け、またしばらくすると、バイヘイ湿地に到着します。ここが最も大変でしょうね。湿地、という言葉からして足場がかなり悪い事を想定しておいてくださいね?無論腐海が侵食している場所もありますわ。まぁとりあえずそこを抜ければ、シャーリンに到着、という訳ですわ。そこで情報収集した後、バイヘイ湿地を調査、といった所でしょうか。流石に森を抜けてまたそのすぐ後バイヘイ湿地を探索なんて、休憩がありませんからね」

 

「ロダリアさんの言った通りだ。冒険、は過酷になるぞフィル」

 

「うっへぇ…、墓地…!?聞いただけで萎えるぞ!」

 

「川に沿って地図を見ると見事に森を通っている。言っておくがこれは最短ルートだ。アジェスという国はこうなんだ。仕方がない。あと、腐海がある分、技術が発達しにくいのだろう。腐海や湿地の上にレールなんて引けないからな。スヴィエートとロピアスと違って」

 

「うう…、アルス!何でよりによって墓地と森一緒にするのかなぁ!?」

 

「俺に言わないでくれ。アジェスのしきたりなんだから」

 

「暗いしジメジメしてるぞ~?オバケとか出るかもな!」

 

ガットはにやけながらルーシェに言う。

 

「オ、オバケ!?ガットさん!!からかわないでくださいよ!」

 

「そそそそうだぞ!ガット!フン!オオオオバケなんているはずない!」

 

と、言いつつもフィルの足は震えている。

 

「まぁ、オバケに会えるなんて。人生初ですわ。是非ともお会いしてみたいですわね。オバケに」

 

「ロダリアさん…、そんな悪ノリ大人がしないでください。オバケなんていませんよ」

 

「何でもいいけどオバケって響き的に可愛いな。幽霊とか怨念とか呪いとかの方がおぞましい感じ出るな」

 

「お前、それすごくどうでもいい…」

 

──────目的地が決まった。当初はカヤを追いかけてここまで来るとは思いもよらなかったが。



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ホランの森のゾンビ

一行は盗賊のカヤの行方を追うため首都ヨウシャンを出て、ホランの森に来ていた。

 

空気は相変わらずジメジメしており加えて暗い。この森はアジェス人の墓場と言われており大抵のアジェス人は死んだらここに埋められる。冥界の精霊プルートが魂の浄化を行っている場所、と言われ信じられているからだそうだ。無論、アルスは信じていない。よくある昔話の類いだ、幽霊はいない。そう、思っていた。だがその考えはいとも簡単に崩れた。この後の出来事によって─────。

 

 

 

魔物の声が聞こえる。鳥型魔物のつんざくような鳴き声が森に響いた。気味が悪い。まるで余所者は出ていけと言わんばかりだ。

 

「な、ななな、何の声!?」

 

「落ち着けルーシェ。魔物の鳴き声だよ」

 

「ウフフ、素晴らしいですわねこの雰囲気。まさに心霊スポット…、と言ったところでしょうか?」

 

ヨウシャンを出てこのホランの森に来たわけだが女性陣はもう怖くて堪らないらしい、1人を除く。

 

「フィル、そんなに近づかないで下さい、うっとおしいですわ」

 

「しょ、小生は怖くないぞ!ただあ、足場が悪くて師匠に捕まっているのだ!」

 

「はぐれんなよフィル。迷子になったら死者の世界に引きずり込まれちまうぜ~?」

 

「やめろやめろ!小生を惑わそうったって無駄なローリョクのショウヒだぞ!」

 

「ああ、まったくだ、だが一応道は整備されているようだ」

 

アルスは湿気で暑くて仕方がないのか手を顔に仰ぎながらうんざりと言った。

 

「あっつ……」

 

「そうか?まぁ湿気があるからなアジェスは」

 

「湿気があると汗が蒸発せん…!よくアジェス人は暮らせるな…」

 

「住めば都って言うだろ」

 

そうこう会話をしながら森を抜けるため道なりに進んでいると、

 

「おや?例の場所に来たようですわよ?」

 

ロダリアが指を指した方を見ると墓がある。それもかなりの数だ。

 

「お、ついに墓地ゾーンか」

 

ガットは1つの墓に近づいた。

 

「確か奥地に行くほど古い墓になるんだってな。ここら辺はまだ入ったばっかだからか新しいな」

 

ガットは年号を確かめ、コンコン、と墓を叩いた。

 

「ガット!?バチ当たるよ!?」

 

「おっと失礼~」

 

「な…なんて軽薄な…。小生は呪われても知らんぞ!」

 

「いや、お前の師匠の方がヤベェだろ」

 

「え?」

 

ガットが言うとフィルは振り返った。するとどうだろうか。ロダリアはあろうことか墓に座っていた。

 

「ふぅ、少し疲れましたわ」

 

「ロダリアさん!?なんてことしてるんですか!?」

 

まるで休憩椅子のごとく座る彼女の姿にフィルは絶句した。

 

「師匠!呪われるぞ!」

 

「まぁ、呪いがあるとしたら是非かかってみたいものですわ」

 

「よくもまぁ平然と座れますね…、流石に出来ませんよ…」

 

 

 

墓ゾーンとやらを進んで随分たったがいまだに墓は続いている。

 

「どれだけあるのこの墓達は…」

 

ルーシェが頭をうなだれて呟く。

 

「いや、でももう結構進んできたと思うよ。年号も100年前が多い。墓も古くなってきたし、手入れがされていない墓は掠れて読めないものばかりだ」

 

元気づけるようにアルスはルーシェに言う。

 

「100年前か~。丁度エストケアラインが発生した頃あたりだな」

 

「エストケアラインで死亡した人もいるのでしょうね」

 

「師匠、エストケアラインってなんだ?」

 

「およそ100年前に起きた天災の事ですよ。天から無数の光が降り注いだと言われています。エストケアラインの影響でかなりの技術が進歩したのです。ま、大地が分割され領土問題やエヴィの恩恵競争が発生して戦争も起こりましたがね」

 

「戦争…?」

 

「そのうちまた教えてあげます。ここで話すことではありません」

 

ロダリアはチラリとアルスを見るとそうフィルに言った。恐らく自分やルーシェはスヴィエート人だとバレている、アルスはそう悟った。ロピアスとスヴィエートの間柄、戦争の話はご法度である。ロダリアもそこを配慮したのだろう。

 

「何だ、結局オバケ出てこねぇじゃねぇかー。残念だなぁ~」

 

「出なくていい!出てこなくて安心なの!も~」

 

「私も少々楽しみにしていたのですが、出てきませんでしたね、ガッカリですわ」

 

「師匠、オバケと会ってもいいことないぞ!」

 

「ハァ、賑やかだからオバケも呆れたんじゃないか?」

 

アルスは横目で皆を見るとため息をついた。と、あるみすぼらしい古い墓を通過したアルスは途端鋭い頭痛に襲われた。

 

「うッ!?」

 

アルスは頭痛に耐えきれず座り込んだ。

 

「アルス!どうしたの!?大丈夫?」

 

慌ててルーシェが駆け寄った。

 

「呪いか!?」

 

「マジで!?」

 

「あらまぁ」

 

(くそっ!なんだこれ…!?頭が割れそうだ…!!)

 

「痛いの?治癒できるか試してみるね!」

 

ルーシェはアルスの頭に手をかざして治癒術をかける。だがアルスの頭痛は痛みを増すばかりだった。

 

(何か、吸い取られてるみたいだ……!)

 

頭だけでなく、体中が痛み出した。ルーシェの術など、まるで横流しにされるように抜けていき、一向に痛みはひかない。

 

「魂ごと、吸い取られるように痛い……!」

 

「おいおい、マジ大丈夫か?尋常じゃねえ痛がり方じゃねぇか、何だよ魂って!?」

 

「呪いだ!師匠!!」

 

「どうしたものでしょうか…」

 

フィルはどうしていいか分からず動き回る。と、突然、

 

「うぎゃああああああ!?」

 

フィルが大きな悲鳴をあげた。

 

「うおおお!?何だよ!?ビビった!!」

 

「て!てててててて!手がぁ!!」

 

「あぁ?手?うぉえ!?」

 

「どうしたのフィルちゃん、今アルスがたいへ…、ヒィ!」

 

「幽霊ですか?」

 

「あぁ…っぐ……!ぅ…、はぁ…!少しマシになった……か……?」

 

アルスは立ち上がると騒いでいるフィルに目を向ける。だが信じられない光景が目に入った。アルスが先程通ったあの古い墓の地面から手が出ていた。

 

「!?」

 

その手はグググク…、と土から這い上がり両手が飛び出した。

 

「ギャーーーーー!!師匠!!」

 

「アルスゥゥウ!どうなってんのこれぇ!」

 

「何が起こってやがる!?」

 

手はどんどん地面から這い出しに肩口まで見えた。

 

「いや?ゾンビ?」

 

「冷静に分析してる場合ですか!」

 

そして、

 

「コンニチハー!!」

 

墓の下から這い出てきた物体は元気よく挨拶をした。人間である。人間が出てきた。いや、人間なのだろうか?

 

「は!?えっ!?」

 

すっかり頭痛が治ったアルスは目の前の墓から這い出てきた人間に驚くばかりだ。一行も状況が掴めずただただ唖然としている。開いた口がふさがらないフィルとルーシェ。

 

「ゾンビだぁー!!!」

 

「アルス!!オバケー!!いやぁー!」

 

「落ち着けルーシェ!しかし何だコイツ!」

 

もはや混乱状態である。

 

「ドモドモー、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!なんつって」

 

「誰だお前!?つーか呼んでねぇ!」

 

ガットはすかさずツッコミを入れる

 

「エ?僕?うーん、名前何だっけ?」

 

「訳わかんねぇ!何なんだよてめぇは!?何で死んだはずの人間が埋められるはずの墓から這い出てくんだ!」

 

「え~と、ゴメン僕もよく分からないヨ」

 

「貴方はゾンビ?」

 

「ウ~ン、そうとも言うかもネ」

 

「こんな元気なゾンビあるか!」

 

アルスはビシッと指を指し言い放った。

 

「ン?」

 

彼はアルスの顔を見て、ピクリと反応を示した。

 

「な、何です…?」

 

「なーんか既視感あるとおもったらぁ!久しぶりー!アレ?でもそんなに目付き悪かったっけ?それに髪の毛も伸びてるし、雰囲気も尖ってるというか、ちょっと変わったネ」

 

「ハァ!?寝言は寝てから言ってください!全くの初対面ですけど!」

 

「アレ?むむ、なんだか記憶がアイマイ…、お兄さんの名前は?」

 

「……………」

 

もちろんアルスは黙った。こんな得体の知れない輩に教えるはずがない。

 

「あ、こんなときはまず自分から名乗るんだっけ?ン?でも僕名前分からないんだよネー、いやはやお恥ずかしい!」

 

「…、俺の名前はアルス。もちろんあなたのこと微塵も知りませんし、知られたくもない!」

 

「アルス?ンー、じゃあ違うネ。君にちょっと似た人を生きてた頃に会った気がするんだよネ。しかも結構仲良かったような…」

 

「あなたはずっと昔に死んだはずのです!ほら、この墓にも」

 

そう言ってアルスは墓の前に立つ。

 

「ほぼ掠れてて見えませんけど僅かに読み取れます。名も途切れて読みにくいですが、ラ…それから、オ、という単語だけは辛うじて読めます」

 

「ラオ?ウン、なんか名前っぽい。あだ名それでいいや。ンじゃ、改めまして、僕ラオ!ゾンビ!よろしくネ」



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ラオ

テイルズシリーズ初!ゾンビの仲間!(笑)


可笑しな奴が仲間になりかかっている。そう、とても可笑しな奴。まず出会いからして普通じゃない。

 

「僕ラオ!よろしくネ!」

 

もう仲間になりました、とでも言わんばかりの口ぶりのラオ。彼はゾンビである。墓から出てきた人間、で、あった。

 

「よろしくネ!、じゃねーよ!何勝手に甦ってんだ!成仏しろよ!」

 

ガットがツッコミを入れた。

 

「甦った理由なんて僕にも分からないんだよネ。でもなんか、ナンカ呼ばれたような気がして」

 

「呼んでねーよ!誰一人お前なんか指名しちゃいねぇ!」

 

「そ、そうだぞ!ゾンビ!黄泉に帰れ!ナンマンダブナンマンダブ…」

 

「わ、私もそう思います…よ?ゾゾ、ゾンビなんて…!」

 

「何か成仏出来ない理由でもあるのでしょうか?」

 

と、ロダリアが問う。

 

「あー、そうかもしれないネ。でも僕自身もそんなの分からないや」

 

「全く、とんでもないのに出会ったな俺は…、城を出てからといいロクな目に合わん…」

 

アルスがそう小声で呟くとラオが近づいてきた。

 

「ネェネェ、君。ホントに僕と会ったことない?」

 

アルスにとってそれは意味の分からないただのゾンビの戯れ事だった。

 

「会ったことありません。分かりやすく言って差し上げましょうか?ゾンビなんぞと関わりたくもないです!」

 

ラオは不思議そうに首を傾げた。

 

「ンー?あ、ちょっと待ってヨー」

 

ラオは背を向けたアルスの手を掴んだ。

 

「なん…だ!?」

 

するとラオの手とアルスの手が光った。それは何かが繋がったように見えた。

 

「お?」

 

「なっ!」

 

アルスはまたあの頭痛に襲われた。だがそれと同時に視界がホランの森から全く違う風景になった。

 

──────船の上、自分を取り囲む人々、その向こうに見える…、大きな刀を手に持ちフードをかぶった恐ろしい人物…。フラッシュバックのように場面が切り替わっていった。

 

視界が閉じていき、森の風景に戻る。ほんの一瞬の出来事だった。

 

「何だ、何なんだ今の…?」

 

「アララ?潔癖症?ゴメンネー」

 

「お前今俺に何をした!?」

 

アルスは思わず声と口調をキツくした。

 

「え?いやいや、ただ触っただけだヨ?ホントにそれだけだヨ?怒った?」

 

「何だったんだ?今のは…」

 

アルスもラオも、理解できない現象が起こったことは事実だった。

 

と、

 

「見て!森の出口!やっとここから出られる!」

 

ルーシェが指を指し叫んだ。森の景色が開け、草原に出た。その横にはサンハラ川が見える。この川の先には今度はバイヘイ湿地がある。

 

「君たちこの森を抜けてきたの?なかなか凄いネェ、ここアジェス人でも墓参り以外は絶対に来ないヨ?それに来ても1年に1回か来ないかのカンジ」

 

「貴方はアジェス人なのですか?」

 

ロダリアが聞くと元気良くラオは答えた。

 

「ウン!バリバリのアジェス人だヨ。出身はシャーリン!」

 

「シャーリン!?」

 

ガットは驚いた。なぜなら自分達の目的地だからだ。

 

「ンー、アジェス人として忠告してあげるけどこの先のバイヘイ湿地は通らない方が懸命だヨ、昔からあそこは底無し沼があったり、なんせ腐海もあるからネ。まず素人が切り抜けられる環境じゃないヨ」

 

「え、ええ?またまたご冗談を…、ゾンビさん…、アハハ…」

 

ルーシェは顔面蒼白になる。

 

「せっかくここまで来たのに!小生は戻るなんて反対する!なぁ!師匠?」

 

「私はアジェス人ではありませんからねぇ…、さてさて、どうしたものでしょうか」

 

「…、おいゾンビ」

 

ガットはラオに向かってドスの効いた声で言う。

 

「さっきの話、嘘じゃねぇだろうな?」

 

「嘘ついてどうすんのサ」

 

ガットはアルスを見ると、彼は頷いて言った。これはもうある一種の賭けだ。

 

「どうやったらシャーリンに行ける?」

 

「そりゃーもちろん!筏でゴーだヨ!」

 

「イカダデゴー?」

 

ルーシェは返す。

 

「そーそー。イカダで川を下るんだヨー、川はリューランの木から流れてる訳だし、それはシャーリンに続いてるってワケ」

 

「だが、それは無理なはずでは?あのサンハラ川は今水かさが増し、氾濫状態なはず…」

 

アルスはそう言った。 そう、このホランの森陸路でを抜けてきたのは舟を出してくる人がいないのと、川の氾濫のためだった。

 

「エ~?そう?この程度なら渡れるっショ?」

 

ラオはサンハラ川を見て言った。アルスにはとてもそうは思えない。流れはかなり急で、しかも早い。

 

「おい、ゾンビ、お前はは川下る技術知ってるのか?」

 

ガットが言った。

 

「あったりまえジャーン、こんなのシャーリンでは普通の教養だったヨ?」

 

「…、ホントにホントに大丈夫なんだろうな?」

 

「ホントのホントに大丈夫だってー」

 

「じゃあ俺達をシャーリンにつれていけ」

 

「お安いご用~って言いたいんだけど、筏がないヨ。作らないと」

 

「確かにそうですわね」

 

「え?そんなホイホイ作れんのか?」

 

「材料さえあれば作れるよ~」

 

「で?その材料ってのは?」

 

ガットが訪ねると、

 

「えっ~と、神木(しんぼく)魔美蔓(マビヅル)だヨ。昔から材料はコレって決まってるんだよネ」

 

「マビ…ヅル…?何ですかそれ?」

 

「マビチュラルっていう魔物から採れるツルで、メチャクチャ丈夫な紐って思ってくれればいいよ、因みに神木はトレントっていう魔物から採れる」

 

「俺は神木は聞いたことがある、アジェス産の高級木で質がいい。マビチュラルは初耳だが…」

 

ロダリアは何かを思い出したように言った。

 

「そういえばマビチュラルという魔物はツルを自在に操り餌を捕まえると、聞いたことがありますわ」

 

「え、師匠それ大丈夫なのか?」

 

「人間も食べるかもしれませんねー?ウフフ」

 

「エエエエエエ!小生そんなの嫌だ~!!」

 

「そんなこと言ったってしょうがねぇだろ!」

 

「早く材料集めしましょう!こんなところもう早く出ていきたいのに…!」

 

「ルーシェ、本音がだだもれだぞ…」

 

「でもそんなに簡単に見つかるのか?」

 

「あーえっとネ、トレントはそこらへんにいる魔物だけどマビチュラルはちょっ~と厄介かなぁ」

 

確かにロダリアの言い分といい一筋縄では行かない魔物そうだ。だがこのまま立ち往生していては時間の無駄である。

 

「理由はともあれさっさと済ませないと日が暮れてしまう、急ぐぞ」

 

「お兄さんいいリーダーシップ!そうと決まればまずは皆の名前教えてほしいな!ボク仲間になったばかりだし!」

 

得意気にラオは言うが仲間にした気はない、そうアルスは言いたかったがあの現象といい今の状況といい、もう仲間でいいか、と思った。

 

「俺ガット」

 

「アルス」

 

「わ、私はルーシェです。ゾンビさん…、あ、いえラオさん」

 

「小生は小生だ!」

 

「私はロダリアですわ。この子はフィル」

 

「オッケー!よろしくネ皆!じゃ!まずはトレントから!」

 

 

 

トレントの神木とやらは皆の力をあわせて倒せば楽な魔物だった。だが驚いたのはラオの戦闘力だ。アルスもそれには目を見張った。素早い身のこなし、近距離タイプの術、アジェス独特の武器を用いた格闘技。どれも実力は高い。

 

「これだけあれぼ大丈夫だろ。神木は集まったな」

 

集まった神木をまじまじと眺めてガットは言う。

 

「うん!バッチリだヨ!あとはマビチュラルだネ」

 

「で?その魔物はどこにいるんですか?」

 

「マビチュラルは基本何でも食べる植物系の魔物でネ。それこそ人間も食べちゃう。でもそいつには好物があって…」

 

「好物?」

 

アルスは少し予想が着いた。だがそれと同時にその予想が当たってほしくないと願った。

 

「ま、まさか…」

 

「そのまさかなんだよネ~、そう、この神木だヨ~」

 

「ナニィ!?」

 

フィルは自らのエヴィ糸で縛っていた神木を驚きのあまりぶちまけた。

 

「ああ、フィル、せっかくまとめあげたと言うのに…」

 

ロダリアは嘆いた。だがそれどころじゃない。地響きが聞こえる。それと同時に、何かを叩きつけるような音も聞こえる。

 

「あ、この音、来たヨ~、マビチュラルだネ」

 

ラオの言う通り、マビチュラルがザッと茂みをかき分け現れた。

 

「うぉっ!?なんだこいつ!?」

 

「キモチワルっ!」

 

「く、蜘蛛!?」

 

形容するならば蜘蛛、だが蜘蛛最大の特徴のあの足は木の根で構成されており、吐き出す糸はツル。木と蜘蛛が融合したような魔物だ。

 

「うげっ、これは…」

 

「面白い魔物ですわねぇ」

 

マビチュラルはアルス達には目もくれず集めてある神木へと一直線に進行している。

 

「させないヨー!それっ!」

 

ラオはマビチュラルの進行方向に向かって札がくくりつけてあるクナイを地面に向かって投げた。すると落下点は爆発を引き起こしマビチュラルは仰け反った。

 

「おいっ!火事になったらどうすんだ!?」

 

「ならないヨーに気を付けてるけどサ、弱点炎なんだヨ、ツルも火じゃないと焼き切れないし」

 

「マジかよ…、俺炎系使えねぇし…」

 

「ガットは下がってろ、邪魔だ」

 

「おいコラ!邪魔はねぇだろよ大将、俺様の剣技なら炎使えないなんてちょうどいいハンデだぜ?って無視すんな!」

 

アルスは喋っているガットを無視し戦闘に向かう。

 

(炎が弱点か…)

 

アルスは神経を拳銃に集中させた。

 

(ここだ!)

 

「追尾せよ炎弾、エイミングヒート!」

 

短い詠唱を唱え、銃口から出されたのは炎のエヴィ弾。アルスの拳銃は切り替え式で鉛弾、エヴィどちらとも撃てる。能力を決めるのは銃を持つ本人のエヴィ操作の実力と射撃能力だ。炎が弱点、マビチュラルは奇声を発し、炎から逃れようとする。だがそれと同時に反撃のツルの攻撃が飛び交う。

 

「わっ、すごいねアルス…」

 

「ルーシェ、お前も下がってろ、危険だ」

 

「うん、分かった、でも怪我したらすぐに治すからね!」

 

「ああ、ありがとう」

 

ルーシェも自分の役割は分かっていた。自らの非力な力では到底役に立てない。役に立つ最大限の事で自分に出来ること、傷を癒すことだ。

 

「かー、あんな見事に見せつけてくれちゃって~、すごいねぇ大将は」

 

頭をボリボリかきながらガットをはマビチュラルに近づく。

 

「ま、そゆことで俺も負けてられないっつーか、別に力合わせりゃ使えるって事を見せつけてやりますか〜、おいルーシェ!例の合技いくぞ!」

 

「あ!うん!分かった!」

 

太刀を構え、一気に突っ込む、動き回るツルを華麗にかわし近づいて行った。

 

「焔よ!彼の者に眠りし力を引き出したまえ!フレイムオフェンス!」

 

ガットはルーシェの火のエヴィの補助技の恩恵を受けるのを感じた。そして飛び上がり、

 

「獅吼爆炎陣!!」

 

それは獅子戦哮《ししせんこう》を強力化した炎技だった。太刀から生み出された強烈な爆炎は足に燃え移る。悲鳴をあげバランスを崩したマビチュラルは倒れこんだ。

 

「チャンスですわね、私も参加いたしますわ」

 

ロダリアの足元に光陣が浮かび上がった。

 

「力を封じよ、リブレット!」

 

ロダリアが唱えた光術、リブレットの効果でマビチュラルの厄介なツル攻撃が止まった。

 

「よっしゃ!あとは小生に任せろ!」

 

ツルの攻撃がやみ、待ってましたと言わんばかりにフィルは飛び上がった。自身のエヴィ操作でうみだしたエヴィ糸でトランポリンのようなモノを作り出してはそれに乗っかり、跳ねてマビチュラルの回りを飛び交う。

 

「何してるの?アノ子」

 

不思議に思ったラオはロダリアに訪ねると

 

「フィナーレへの前準備ってところですかね、まぁ見てれば分かります」

 

「フィナーレ?」

 

「よし!こんなものか」

 

飛び跳ね回る作業をやめ、地面に降り立った。マビチュラルの正面に立つフィル。マビチュラルは最後の力を振り絞った。一本の太いツルがフィルに降りかかる。

 

────危ない!

 

誰もがそう思うはずだ。そしてルーシェがそれを口に出した。

 

「フィルちゃん!危ない!」

 

それと同時だった。コツン、と何かを大叩く乾いた音が響いた直後、

 

「キュイーーール!!」

 

そうフィルが言い放つと、マビチュラルは燃え上がった。正確に言うと足をすべて焼き切られた、と言ったところか。

 

フィルが糸トランポリンで跳ね回っている際に地面に糸を打ち付け陣を描く。そうして囲み終わったあと、術式展開の合図として杖を強く地面に叩きつけそれに反応し術が発動したのだ。

 

グオオオオオオ!!と咆哮しマビチュラルは戦闘不能になった。

 

「すっ、すごーい!フィルちゃん!流石!」

 

「フッ、それほどでもあるがな!!なはは!」

 

「あいつ、すげぇーな、糸で術を発動しやがった」

 

「彼女なりに努力してうみだしたのだろう、すごいな」

 

「フハハハ!これであの鳥に捕まれて危うくお役御免になるところだった時の汚名は挽回したな!」

 

「汚名挽回してどうするんです、汚名返上でしょう?」

 

「ハッ!ちっ、違うぞ師匠!今のはわざと間違えてつっこまれるのを待ってたんだ!皆の言葉力が鈍ってないか確かめるためにな!」

 

「ナニソレ…、でもすごいネ、素直に。これでイカダが作れるヨ」

 

ラオは戦闘不能に陥ったマビチュラルのツルを赤い札をくくりつけたクナイで切った。

 

「これだけあれば大丈夫カナー、このツル面白いんだヨ、火にはめっぽう弱いけど水に対して完全に耐性を持ってるんだ、しかも水があればるほど頑丈になるというイカダにとってこれ以上最善の材料はないネ!」

 

「で、ラオさん、イカダはどれ位で作れますか?」

 

「頑張れば一晩あればできるネ。ボク別に寝なくていいし」

 

「…、では俺たちも手伝うとしたら?」

 

「素人にはムリムリ、専門にまっかせなさーい!」

 

「だが、俺たちあまり時間がないんだ、何か手伝えることは…」

 

アルスは引かなかった。時間がないのは事実なのだ。だがそれと同時に疲労がもうかなり溜まっている。ロピアスからアジェス首都まで一日。首都からここまでまた一日。かなりハイペースだ。

 

しかもこの森を抜けてきたのだ、無理もない。もう時刻は夕方だ。アルスが知るスヴィエートとは全く違う感覚で、暗くなるのが早い。

 

「あのネー、アジェス人からまたアドバイスなんだけど。アジェスは夜が来るのが早いの。それに夜はまーっくら。月明かりなんて役にたたないし、それに急がば回れっていうアジェスの言葉があるのサ」

 

「アルス、私もラオに賛成ですわ。皆疲労困憊です。今日はここら辺で休んで明日に備えてみては?」

 

「…、そうですね。貴女の言うとおりです。休みましょうか」

 

「えー!野宿~!?小生やだなぁー…」

 

「あ、その事なんだけど、さっき森の出口に小屋があったのを私見たよ」

 

「あー、それ俺様も見た。多分墓を管理するとかそんな感じの小屋じゃね?」

 

「なら今日はそこに泊まろう、確かに俺も疲れた、頭痛も気になるし…」

 

「決まりだネー、じゃあ行きますか!」

 

 

 

小屋は意外と片付いていて、パーティ一行は安心して泊まることができた。だがラオだけは眠らなかった。イカダを作っていたという理由もあるし、ゾンビだから眠らないというのもあるかもしれないが、理由は不明だ。

 

「何だろ…、ナニか突っかかってるんだよネ…。アルスって言ってたよネ…」

 

イカダを作りながらブツブツと呟きながら。

 

 

 

ルーシェの料理を食べたあと皆、それぞれの行動に移っている。ガットは眠そうに欠伸をしながら刀磨き。ロダリアは占い。フィルとルーシェは既に就寝。ラオはイカダ作り。そしてアルスはというとなんとなく小屋の外にでた。

 

「あるす?」

 

その様子に気づいたルーシェは少しを眠気を我慢してアルスを追いかけた。アルスは座って空を眺めていた。黄昏るように。

 

「何してるの?アルス」

 

「!ルーシェか…、どうしたんだ、こんな時間に」

 

「アルスが出ていくのが気になって…、フィルちゃん以外皆まだ起きてるけどね」

 

クスリと笑いアルスの隣に立つ。

 

「フッ、よく追いかけてきたな。怖かったんじゃないのか?こんな暗いのに」

 

「そ、そんなのお互い様だし…。そんなことよりもう頭痛は平気?」

 

「ああ、大丈夫だよありがとう」

 

「よかった…、怪我とかはない?痛いとこある?」

 

「ないよ。大丈夫大丈夫」

 

心配性な彼女は深く聞いてくる。アルスはそれが嬉しいし愛しくなって自然と笑顔になる。

 

「アジェスとスヴィエートってこんなにも違うんだね…、それにロピアスだって。あんなに穏やかなんて。冬と夏しかないスヴィエートじゃ嘘みたい」

 

「スヴィエートの夏なんてほんの2ヶ月程度だからな。だけどアジェスと違って暗くなるのは遅いし月明かりはとても明るい」

 

「異国なんだなぁー、って思うよ。あ、でもねスヴィエートは明るいのはね!ルナとアスカの仲がいいからなんだよ!」

 

「…、何の話だ?」

 

アルスは怪訝な顔になった。またあの木が喋ったとかそのような類いなのでは?

 

「アルス知らないの?おとぎ話であるじゃない!月に住んでいるルナっていう女神様が地上にいる友達のアスカと仲良くお話しているから月が明るいんだよ。それでスヴィエートは日が沈んでも明るいの!」

 

「おとぎ話…、へー。そんな話があったのか…」

 

「やっぱり、皇子様とかだと、知らない…?」

 

ルーシェは遠慮しながらも恐る恐る聞いた。だが返答は複雑なものだった。

 

「そうだな、俺は母親も父親も死んでいる。親といえばハウエルっていう執事だった。あとは身の回りを世話するメイド。メイド長のマーシャっていう人が俺の母みたいな感じだ。父親がハウエル。年齢的には祖父母に近いが」

 

「その人達に、本とか読んでもらえなかったの?」

 

「うーん、なかったな。読む本といったら帝王学系や知識に関する本だったな。もちろん、俺がおとぎ話なんて存在知らなかったからっていう理由もあるけど」

 

「お母さんとお父さんの事知りたくなったりしない?」

 

「……父の事はあらかた知ってる。俺の尊敬する人だからな。顔も写真で見たことがある」

 

「お母さんは?」

 

「…、母がどんな人物だったのかという事は知らない。ただ残っている真実はスミラ・フローレンスという名。父を殺したこと、そして俺をも殺されかけたことだ。赤ん坊の時だけどね」

 

アルスは虚空をまっすぐ見つめ淡々と言い放った。その様子だけで彼は母を激しく軽蔑していると分かる。ルーシェは殺す、という言葉が出てきて息を飲んだ。続けて言うことには、

 

「母の事なんて知りたくもないし顔も見たくない。ハウエルに聞いても貴方様の母上に関しては何もお答えできません、ってさ。つまりそんな人だったんだよ。言葉にも言い表せない狂ってた人だと。ま、唯一疑問なのはその人と結婚した父だけど」

 

「…、ちょっとだけアルスの事が分かったよ。でもなんだか羨ましいな、両親の事が分かるって。私にとって女将が家族だけど、所詮捨て子だし…、でも。でもね、やっぱり両親のことは知りたいって思うよ」

 

「捨て子だったのか?ルーシェは?」

 

アルスは目を丸くした。そんな真実があったとは。

 

「うん。だけどね下町はあんな環境だったし、一概に両親を恨んだり、軽蔑したりはしてないの。もちろん何で捨てたのっていう疑問はあるけど。もっと知りたいのは、私が何故あの治癒術を使えるのか。それと捨てたことに関係があるのか、とかね」

 

「…俺もルーシェのこと今少し分かったよ。話してくれてありがとう。辛かっただろ」

 

ルーシェは目をぱちくりさせ首を激しく横にふった。

 

「ううん!そんなことないよ!それに、アルスの話だって辛いことだったでしょう?私、こんなこと話せる友達いなかったから…」

 

「ああ、俺もだ…」

 

友達扱いされていることに若干に少し落ち込んだアルスだが、表情には出さない。

 

「さ!話し込んじゃったね!そろそろ帰ろ?」

 

「そうだな」

 

2人は立ち上がると小屋のある方へ歩きだした。

 

 

 

「定時報告、ターゲット…、の現在地を送りマス……。ターゲット、はアジェス国、ホランの森付近…、測定するに目的地はシャーリンと、オモワレマス。ガ、ガガ」

 

不審な機械の音と共に幼い男の子が、木の陰に隠れて言った。その声は真っ暗な暗闇のアジェスの森の中へ吸い込まれていった。



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水上の村 シャーリン

「さぁいざ行かん!!我が故郷シャーリンへ!」

 

ラオの合図と共にパーティー一行が乗ったイカダは川を下りはじめた。

 

 

 

「おえ…、酔った…」

 

フィルは口をおさえ倒れこんだ。

 

「ぐぉぉ…、なんつー運転だ…!二日酔いみてぇに視界がぐらぐらする…」

 

ラオのイカダのせいではないが川の状態からして荒い運転にならざる終えなかった、というべきか。

 

「しょーかないジャン!落とされなかっただけマシだと思ってネ!」

 

「ふえぇ、アルス…、目が回る……」

 

「ルーシェ!大丈夫か!?」

 

運転本人のラオ、アルス、ロダリア酔わなかったようだ。

 

「アルスもよく酔いませんでしたね、ものすごい揺れでしたわよ?」

 

「俺は乗り物酔いしないんだ。船酔いだってしない。乗り物酔いに強いんだろうな」

 

アルスは乗り物酔いには強い自信があった。

 

「あら、それは素晴らしいですわね。体質の問題なのかしら?」

 

「さぁ、そんなことよりやっと目的地のシャーリンについたぞ」

 

そう、カヤという盗賊を追って自分はここまでやって来たのだ。ルーシェの母形見、ナイフを貿易島ですられて以来。

 

「おおー、久しぶりの我が故郷…、こんなに水も家もあったっけ?人口も水も増えたってとこなのかネ」

 

 

 

シャーリンという村はサンハラ川の下流に位置する水上の町だった。自分達は西の首都、ヨウシャンから反対の東側の端まで森を越え川を下りたどり着いたのだった。どの家にも舟着き場が存在し、そこに一隻の小舟がある。この村にとって水と一体になって生活するのが当たり前なのだろう。

 

そしてパーティー一行が乗った筏は水上

に漂いながら次の目的について話始めた。

 

「カヤっつー奴を知らないか聞き込みするのが一番早いんじゃねぇの?」

 

「まぁそれが一番手っ取り早いか」

 

「それなら町長に聞いてみたらどうドウ?これも一番手っ取り早いと思うヨ、カヤって子がシャーリン出身者なら把握してるだろうし」

 

「そうですわね。そうしましょう。ですが、町長の家は何処でしょうか?」

 

「あ、ボク知ってるよ、家のてっぺんにカモメと手裏剣のマークがついてる家だヨ」

 

「手裏剣?なんですか?それって」

 

「コレだヨ」

 

ラオは手裏剣を取りだしルーシェに見せた。だがルーシェにしがみついていたフィルが一番早く反応を示した。

 

「なんだそれ!カッコイイ!触らせて!」

 

「ダメ~、子供は触っちゃメッメッ!」

 

「ケチ!!ドケチ!!ドドドケチ!!」

 

「アホなことやってねーでさっさと町長の家探そうぜ、オラ、さっさと動かせよ」

 

「モー、人使い荒いなぁ…。あ、ゾンビ使いか~」

 

 

 

カモメと手裏剣が重なりあったマークの家、それは目印通り分かりやすく簡単に見つかった。ラオの言う町長の家だ。表札に書いてあるのを読むと、名はユーロンというらしい。

 

「あったあった、アレアレ。いやぁ~場所も変わってないネ、すぐに見つかったヨ」

 

「へぇ~これが町長の家。やっぱ他の家と比べるとでけぇな」

 

「すみませーん!ユーロン町長さんいらっしゃいますかー?」

 

ルーシェはドアを叩き言った。そしてしばらくすると、

 

「何じゃ?」

 

ドアが開き、老人が出てきた。

 

「ム!?来客か!?いやー、コレはコレは!最近観光客がめっきり減ってしまってのぉ…、ささ。どうぞ入りなされ!」

 

老人はパーティーの格好からしてシャーリンの者ではないのだろうと悟ったのだろう。愛想よく笑い受け入れてくれた。

 

「シャーリン名物の水飴煎餅じゃ!どうぞ食べなされ!」

 

「え、ぇ、いいのかな…?」

 

ルーシェはいきなりのことで困惑したが、入ることにした。家の中に案内されもてなしの品として出された水飴煎餅。好みの水飴を選び一口サイズの煎餅にそれにちょびっと着けて食べる、というモノらしい。

 

「うわー!メッチャ懐かしい!!これボクの大好物!ザ・お袋の味!!」

 

ラオはそう言うと煎餅を貪った。

 

「あ゛ー!!小生も食べる!!」

 

この2人はここに来た目的を完全に忘れていた。

 

「おっ!うめぇ!!この組み合わせ最高!おいアルス!このマーボー豆腐味の水飴とカレー煎餅の組み合わせヤッベェぞ!マジ旨い!」

 

「わー、すごい…、味の種類がこんなに…!アルス!イチゴ味の水飴とミルクの煎餅!これすごく美味しい!」

 

「ふむ、このチーズ味の煎餅とワインの水飴は素晴らしいですわ、とても美味です」

 

「俺達は煎餅を食いに来たんじゃないんだぞ…」

 

「ホッホッホッ、味は好みによりますからねぇ、無限の組み合わせがありますよ!ワシの家にはたくさんの組み合わせができますぞ!」

 

とは言ったもののアルスも興味を示し食べた。ラオはストレートにノリ味の煎餅に醤油水飴の組み合わせ。そしてフィルはバター味水飴にジャガイモ煎餅という組み合わせが気に入ったようだ。アルスはチョコレートの水飴に所構わず様々なものを組み合わせていたので仲間達から怪訝な顔で見られたのは言うまでもない。

 

 

 

腹ごしらえも済んだところで、本題に入り町長にカヤの事を聞いてみる。

 

「カヤ…ですか…。ふむぅそんな人物はシャーリンにはおらんかと…」

 

「そんな…、もうここしか手がかりはないのに…」

 

ルーシェはガッカリした様子で肩を落とした。

 

「ですが、盗賊…、という単語でしたら嫌というほど最近は聞きますぞ」

 

「と、言いますと?」

 

「川下りに来る交易船がここ最近あんな川の状態にも関わらず襲われているんです。頑丈な貿易の船が沈められるなんて…。川が氾濫する以前からも、盗賊団の存在はくすぶっていましたが…」

 

「はぁー、なるほどね。貿易の船は確かに頑丈で川の流れなんてもろともしないけど、でもそれを狙って襲われるんじゃ首都も船は出せねぇわな」

 

「ええ、被害は悲惨です。貿易品も出荷品もすべて奪われるのです。恐ろしくて恐ろしくて。だからこんなに観光客が減ってしもうた…」

 

「そこにカヤがいる…という可能性もなきにしもあらずあらず、ですわね」

 

「決まりだな。やはりその盗賊団を探して見る他なさそうだ」

 

 

 

町長にさらに話を聞き、盗賊団はなんとあのバイヘイ湿地に拠点を張っている可能性が高いらしい。アルスとガットの予想通りだったというわけだ。そしてきな臭い話にして、その盗賊団は魔物と一緒に襲ってくるという事だ。恐ろしい限りだ。そんなのに襲われたら本当にひとたまりもない。いくら頑丈な貿易の船といえど。

 

「新たな情報。魔物と一緒に襲う盗賊団か…、厄介だな…」

 

「厄介どころか俺達の手に負えんのかよ?バイヘイ湿地だぜ?ラオ曰く腐海はあるわ底無し沼はあるわ、全くよくそんなところに拠点おくよな…」

 

「町長によるとバイヘイ湿地はその環境ゆえに人が寄り付かないらしい。盗賊の住みかとしては絶好の居場所というわけだ」

 

「そうだネー、昔からあの湿地は近づくなって言われてるし、船で通りすぎちゃうから滅多に行かないんだヨ」

 

「それで、立てた作戦というのがアレか…」

 

 

 

ガットの視線の先、それはここシャーリンの一番大きい船だった。ルーシェが船の上で手を振っている。女性陣はもう全員乗っている。

 

「ハァー、囮とかさぁ、よく思い付くよね。ずる賢いってこーゆう事言うんだか…」

 

「ずるはいらないぞガット。素直に賢いと誉めろ。これがシャーリンの町にとっても俺達にとっても最善だ。俺達は盗賊を追っている、その盗賊を退治してほしい町人。これほど利害が一致して利用しないことはない」

 

「つーかそれ以前に危ないとかそーゆーの考えなかったの?しかもあんな話聞いたあとで」

 

「無論承知だ、そんなに嫌ならお前は別行動だ。そうだ特殊部隊として一人で湿地を散策してきたらどうだ?」

 

「冗談!んなの勘弁勘弁…」

 

「はいはいしつもーん!ところでー船誰が操縦すんの?」

 

ラオが手を挙げていった。

 

「あ」

 

(呼ぶの忘れてた)

 

「オイ、操縦者ぐらい呼んでこいよ…」



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銀色の狼

無事船の操縦者を連れてきた。ユーロン町長の孫のユラさんだ。

 

「こんにちは、ユーロン町長の孫で、ユラと言います。どうぞよろしくお願いします」

 

「おう、ヨロシクな、頼むぜ船長さんよ、俺はガットだ」

 

「はい、僕も盗賊にはもううんざりしていますんで、精一杯協力させていただきます」

 

「俺はアルス、船の操縦は任せた」

 

「お任せください」

 

ユラの操縦する船はサンハラ川を上りはじめた。

 

 

 

そしてバイヘイ湿地付近の川のところまで来た。霧が深くなってきている。

 

「イカダの時は速くて何がなんだか分からなかったけど、近くで見るとこんなどろどろしかったんだ…」

 

ルーシェはバイヘイ湿地を眺めて呟いた。魔物も不定形型が多く、気味の悪さではホランの森に負けないぐらいだ。不気味な霧が立ち込めていてとても人が通るところではないと改めて実感させられる。双眼鏡を覗くロダリアが言った。

 

「霧で何も見えませんわねぇ、これは絶好の襲いポイントと言ったところでしょうね」

 

「師匠、小生にもそれかして!」

 

フィルは伸長が低い故ロダリアの持つ双眼鏡に手が届かない。

 

「言っておきますが、ホントに何も見えませんわよ?」

 

「かしてかして!」

 

「はいはい、どうぞ?」

 

「やった!!あれ?何も見えないぞ?」

 

「レンズが逆ですわよ?霧以前の問題です」

 

「あ、あれ?」

 

フィルはレンズを直して覗きなおす。するとフィルは

 

「ん?何だあの魔物?こっちに向かってくるんだが?」

 

「何!?フィル、かせ!」

 

「あ゛ーー!!何をする!」

 

アルスはフィルの双眼鏡を取ると覗いた。ロダリアも顔を険しくさせスナイパーライフルのスコープを覗く。

 

「おやおや、随分大所帯の乗客ですわね?」

 

「え?何々?どうなってんの?」

 

ガットは目を細めて霧がある方角を見つめる。なんと霧の中から鳥型モンスター、グリフィンに掴まりこちらに向かってくる人影が見えるではないか。

 

「アレが例の盗賊?魔物を操る能力があるのかネ?」

 

「ええっ!?本当にそんなことが出来るんですか!?」

 

「作戦は成功だ、あいつらで間違いないだろう、来るぞ!」

 

魔物、グリフィンに掴まった奴らは船に降下してきた。布を顔に巻き、目元しか見れない。

 

「ひぃいぃ来たー!」

 

フィルが狼狽えた。彼らはナイフを手にこちらに襲いかかってくる。

 

「影縫い!」

 

ラオは盗賊団が船に降りてくるのを待っていたかのように術を発動した。手を地につけて全員の身動きを止めた。ラオの影が伸び盗賊の影と繋がった。

 

「チョロいチョロい!今だヨ皆!やっちゃえー!」

 

「よくやったゾンビ!」

 

「ラオだヨ!!」

 

ガットはそう言うと動けない盗賊団に斬りかかった。

 

「おりゃあ!虎牙破斬!!」

 

「ぐあぁあああ!!」

 

ガットは鞘と太刀の二連撃を繰り出した。斬られた盗賊は血飛沫をあげ絶命した。

 

葬落脚(そうらっきゃく)!」

 

アルスも先制攻撃を仕掛けた。彼が目を付けた目標に向かって飛び上がり見事な踵落としで盗賊をダウンさせた。声も出ず気絶したようだ。

 

「黄泉へと誘う門、開け!ネガティブゲイト!」

 

そしてラオの術が発動し残りの盗賊団は死亡したようだ。

 

「なぁーんだ、口ほどにもないネ」

 

ラオは影の術の構えを解いた。

 

「男性陣が片付けてしまいましたわね、グリフィンは私がやっておきましたわ、逃げられては困りますから」

 

ロダリアの持っていたスナイパーライフルで撃ち落としたのだろう。魔物が川に浮かんで死んでいた。

 

「フィル、こいつだけまだ生きてる、糸で縛れ」

 

「ふぁ?」

 

アルスの足元に倒れる盗賊。彼の踵落としを食らい気を失っていた。

 

「1人位残しておかないと情報が聞き出せない、目を覚ましても逃げ出さないようにお前の糸で拘束そていてくれ」

 

「えー、めんどくさ…、しょうがないなぁ…」

 

フィルは渋々了承すると糸を作り出しグルグル巻きにした。

 

「まさか魔物に掴まって船に乗り込んでくるとはな、これは戦闘能力を持たない一般人では対処しきれないな」

 

「でもラオさんのおかげですね!あっという間に盗賊退治!」

 

「いやー、照れるナー」

 

「皆さん!大丈夫ですか!?」

 

甲板に船長のユラが出てきた。戦闘が終ったと気づき出てきたようだ。

 

「おう、無事だぜ、ユラ。なんか呆気なくて拍子抜けだよ」

 

「魔物も来たでしょう!?それを退治するなんて…」

 

「あ?あー、あの鳥か?ロダリアが片付けたみたいだぜ?」

 

「鳥?え、狼の魔物は来なかったんですか?」

 

「狼?」

 

ユラは甲板の手すりから身を乗りだし川を見渡した。川にはグリフィンの死体。甲板には盗賊の遺体。狼なんてどこにもいない。

 

「あれ?僕が聞いた情報では銀色の大きな狼が指揮をとっていた、って言うんですけど」

 

「狼なんて出てきませんでしたよ?」

 

ルーシェは皆の後ろに下がって様子を見ていたのでそう言った。

 

「うーん、でも確かに襲われた人は必ず狼がいた、って言うんですよね、幻でも見たのかなぁ?」

 

「夢でも見てたんじゃねぇの?」

 

ガットがそう言うとユラは首を傾げ、船室へと戻って行った。しかしその次の瞬間、

 

「うわああああああ!!」

 

ユラの悲鳴が聞こえた。

 

「ユラさん!?」

 

ルーシェは急いで駆けつけた。

 

「ルーシェ!」

 

続いてアルスも追いかる。

 

「皆はここで見張りをしていてくれ!」

 

そう言い残すとアルスは船室へ向かった。ユラは船室の奥に吹き飛ばされていた。

 

「うっ…ぐぅ」

 

全身を強く打ち、立つことができない。

 

「ユラさん!しっかりしてください!」

 

ルーシェは急いで治癒術を仕掛ける。

 

「ユラ!何があった!?」

 

「おっ、狼が…!狼に突進されて…」

 

「狼だと?魔物はいないはず…?」

 

「あっ、ああ!アイツ!」

 

ユラは力を振り絞り指を指した。ルーシェとアルスが振り返った先、天井のパイプに足をかけ逆さづりにコウモリのようにぶら下がっている銀髪の男がいた。

 

「えっ…?」

 

「なっ!?」

 

ルーシェは状況についていけず停止してしまった。男は気づかれたと気づくと船室に降り立ち甲板の扉を開けた。

 

「何…?今の…」

 

「ルーシェはここにいろ!ユラを頼んだ!俺はあいつを追いかける!」

 

 

 

甲板に行くと先程の男が残りのメンバーと対峙していた。銀の髪に黄緑色の瞳。上品な黒衣装をまとい貴族のような格好だ。長いその銀髪は結んでおり、ヒールを履いているせいもあるだろうが背がかなり高い。恐らくガットよりも少し上だ。彼はのんきにキセルを吹かしはじめた。

 

「これはこれは、僕の部下達を全滅させるなんて…、すごいですねぇ」

 

男は拍手をしながら言う。

 

「何モンだお前…」

 

「僕はノーヴ、君らが倒した盗賊の上司といったところですかね」

 

「ノーヴ…ね…やはりこの盗賊団は…」

 

ロダリアは小さく呟いた。

 

「ま、その糸で巻かれたヤツを解放すればおとなしく下がりますよ、渡していただきますよね?」

 

「断る、と言ったら?」

 

アルスはノーヴの後ろに立ち、銃を後ろから頭に突きつけて言った。

 

「手を上げろ」

 

銃を突きつけられているのにも関わらず彼はおちゃらけたようにこう返した。

 

「おっと、困ったなぁ。僕は君らに手をあげる気は無かったんですが…ねっ!!」

 

ノーヴは首をやれやれというように振り手を上げたが、(せき)を切ったように雰囲気が変わり、衝撃波を放った。拍子に宙に飛ばされたキセルをパシリとキャッチし、火を消す。

 

「うわっ!?」

 

アルスは思わす吹き飛ばされ呻き声をあげた。ノーヴは衝撃波と共に姿を変えた。そう、その姿こそユラの言動通り銀色の大きな狼だ。

 

「あいつ!変態したぞ!!」

 

「変身って言うんじゃないの?」

 

「いえ、どちらも同じ意味ですので合っていますわ、フィル」

 

「何冷静に言ってるんだお前ら!!」

 

ガットがツッコミを入れる。

 

「気を付けろ皆!多分こいつが例の狼だ!」

 

「グオオオオ!!」

 

狼は雄叫びをあげ、ガットへ突進した。

 

「うおっ!?」

 

吹き飛ばされ咄嗟に受身を取るガットだが、彼だから出来た事でユラはあのようにやられたのだとアルスは悟った。そこである作戦がアルスの頭に浮かんだ。

 

「なんつー、力…。イテェなオイ!」

 

「どうやら力ずくで行かねば分かってもらえないと判断しましたので」

 

「犬が喋ったぞ師匠!!」

 

「犬じゃない!狼だ!!」

 

何故かノーヴがツッコむ。

 

「いえ、遺伝子はほぼ一緒です」

 

「じゃあ変わらなくない?」

 

「俺の事は無視かお前ら!!」

 

ガットはまたツッコミを入れた。一方倒れたアルスは態勢を立て直すとガット達と合流し、皆に作戦を小声で伝えた。

 

「全く馬鹿にして…!」

 

「オイ!犬!!」

 

「やい!!犬!」

 

「犬さんこちら!手の鳴る方へ~、なんてネ」

 

「だから違うって言ってるでしょうがああああ!!」

 

「よくも俺を吹き飛ばしてくれたな!うおおおおりゃああああ!!」

 

ガットは太刀を構え直し突撃した。

 

「学習しない人ですね、今度はもっとひどい目にに合わせてあげましょう」

 

狼は牙を剥きガットに噛みつきかかった。噛みつかれる寸前、ガットは引っ張られるように後退した。エヴィ糸がガットに張り付いている。フィルがガットを引っ張ったのだ。

 

「!?」

 

狼の噛みつきは外れ、大きな隙が生まれた。

 

「凍結せよ!オールザウェイ!!」

 

隙が出来た狼にアルスはすかさずエヴィ弾と複合した光術を叩き込んだ。鋭い氷柱出現しが狼に食い込んだ。

 

「うあっ…!」

 

狼は仰け反った。そこへすかさずラオが技を発動させた。

 

「影縫い!」

 

「しまった!僕としたことが…」

 

「フン、よくも俺を吹き飛ばしてくれたな」

 

「成る程…!この強さなら部下達を倒せる訳だ…、だが!」

 

「ぅワッ!」

 

狼は視線を移動させ走り出した。物凄い力でラオの技は強制的に解かれてしまう。向かう先は先程アルスが気絶させた盗賊の方だ。

 

「僕の目的はこの盗賊団の中では少しだけ偉いコイツだ、皆殺されたなら別に構わないけど、口を割られては困るしね」

 

そう言い、縄でグルグル巻きにされた盗賊をくわえて船を去っていった。

 

「しまった!待て!」

 

アルスは慌てて追いかけるが船を降りられては追いかけようがない。

 

「くそ、俺のミスだ…」

 

「あら?それに関しては安心していいですわよ?アルス」

 

「え?」

 

ロダリアは言った。どうゆう意味だろうか。

 

「あれはマビヅルで拘束された遺体で、いわゆるダミーです」

 

「は?」

 

「本当の気絶していらっしゃる方はこちらに転がっている人ですわ」

 

「ああ、 ソーソー、さっきロダリアに頼まれたんだヨ、上着の服とか取り替えっこしたの、フィルも協力してくれたヨ」

 

アルスが船室にいた頃、ロダリアの提案で、ダミーを作り、それに騙されたノーヴがまんまとあのマビヅルの遺体をくわえていったということだ。

 

「何故…、そんなことを?」

 

「あら?詰めが甘いアルスに変わって私がフォローしてあげただけですわよ?」

 

「…、ありがとうございます」

 

それは嫌味で言っているのか、と思ったが口にするのはやめ、素直にお礼を言った。

 

 

 

「そんで?これからどうするんだ?アルス」

 

ノーヴが去ったしばらくのち、ガットはアルスに問いかけた。

 

「そうだな、尋問だ。丁度タイミングよくこいつも目を覚ましているようだ」

 

尋問はルーシェが治癒と看病でいない間に出来るだけ済ませておきたかった。ルーシェに見られたくないからだ。アルスは転がっている盗賊をコンコン、と蹴った。

 

「ヒィッ!!」

 

男は情けない声を発した。

 

「運が悪かったな、いや、運が良かったというべきか。なんせ命が助かったんだからな、お前がこの盗賊団ボスなんだろ?」

 

「なっ、何故それを…!たっ、頼む!命だけは!!」

 

盗賊は命が惜しいのか暴れまわる。

 

「もちろん、殺さない。お前には聞きたいことがあるからな」

 

「なっ、何だ?」

 

「カヤという人物を知っているか?」

 

「カヤ!?どこでそいつの名前を!?」

 

「知っているんだな、そいつの場所は何処だ?」

 

「知らねぇよそんなこと!」

 

「そうか、ならサヨナラだな」

 

アルスは身動きが取れない盗賊の額に拳銃をつきつけた。

 

「わぁーー!!待て待て!場所は本当に知らないんだ!本当だって!」

 

「なら何を知っている?3秒以内に答えなければ撃つ、3、2」

 

「あああ!喋る!喋るから!カヤは俺達を騙しやがったんだ!バイヘイ湿地に財宝が眠っているから協力して山分けにしないかと言ってきた!だがそこに財宝はなくて罠にはめられた!危うく死にかけたんだぞ!底なし沼にはめられてな!」

 

「他は?」

 

「あいつはケラケラ笑いながらどっかへ消えた!」

 

「それから?」

 

「狼が助けてくれたんだ!そして俺達はカヤに仕返しをしたくないか?ってな!そしてある組織に勧誘された!」

 

「誘ったのはノーヴか?」

 

「ああ!そうだ!」

 

 

 

「これ尋問というか拷問じゃね?喋らなきゃ殺すって…」

 

「誘導尋問うまいネ彼」

 

「流石スヴィエート人…」

 

「ん?師匠何か言ったか?」

 

「いえ、何でもありませんわ」

 

 

 

 

さて尋問(?)は続き、

 

「その組織の名前は?」

 

「リザーガっていう組織だ!」

 

ロダリアがその言葉に反応した。だが皆は気づかなかった。

 

「リザーガ…?聞いたことないな、リザーガについて知っていることを話せ」

 

「それは話せねぇ!フン!殺せよここで!リザーガについて喋ったら恐ろしい事が待っているんだ!死ぬことよりもな!」

 

「そうか、残念だ。だが俺も死よりも恐ろしい事を知っているぞ?」

 

アルスは姿勢を低くし盗賊の耳元でこんなことを呟いた。

 

「知っているか?スヴィエートの拷問術を…。指を凍らせて一本ずつ折っていく…。感覚ないから平気?そんなことはない、特殊な術でなんと痛みの増加付きだ。手っ取り早く首を凍らせる場合もあるそうだ。手足全部の指を折っても喋らなかったら、今度は磔にされて新兵器の死なない程度の実験台のされる…。ま、さっきので喋らなかった奴は滅多にいないがな…。もちろん毒ガスやら、拳銃をわざと急所から外す…とかな。ストレスで髪が抜け落ちるそうだぞ…?殺してくれ!って叫んで精神崩壊を起こす奴もいる。さて、お前にとって今一番恐ろしい事は何だ…?」

 

盗賊は顔面蒼白になった。ゴクリと唾をのみこんだ。ガットは引いた目でアルスを見た。

 

「何言ったんだよ大将…」

 

「ちょっと…ね」

 

アルスは姿勢を戻し、

 

「さ、話せ」

 

と、満面の笑みを浮かべて言った。

 

「リ、リザーガは優れた情報を持つ組織だ…。工作活動で国を動かして金を得る事もあるすげぇ組織だ」

 

「お前達が貿易品を盗んでいたのもそのため工作活動なのか?」

 

「ああ、カヤの情報を知りたければやれと言われた。元々盗むのは俺達の得意分野だし、お互いの利害関係が一致したわけだ、俺達は喜んだ。なんせ今後起こる事を先読みできるし、あいつらに従っていれば困ることはなかった。ノーヴって奴の指示で何でも上手く行ったからな」

 

「リザーガの目的は何だ?」

 

「ノーヴが言ってた…、我々がこの需要を握ることでこれから起こる戦争で大儲けが出来るってな…」

 

「戦争だと!?」

 

「オイオイ、マジかよ?」

 

アルスとガットは驚きの声をあげる。

 

「嘘だと思うか?だが本当なんだよ…、近々あの仲の悪いスヴィエートとロピアスの間で戦争が起こる。戦争が起こった国は当然疲弊する…。すると貿易相手はアジェスしかいなくなる訳だ…。その貯めといた貿易品を売りさばけばガッポガッポ稼げるっつー特需ってことだ、へっ。全く、リザーガ様様だよ?」

 

吹っ切れたように盗賊は全てを話した。

 

「お前ら知らねーかもしれないけどな、ロピアスの鉄道爆破事件だってリザーガのやったことだ。何か手違いで爆破のタイミングずれたらしいけどな。ホントは列車が通るタイミングで爆破してみーんな死ぬって寸法だったらしいぜ。滞在中スヴィエート人工作員がやったって情報流してな。そしてあのスヴィエート皇子殺害事件だ」

 

アルスは耳を疑った。

 

「────!?おい!今何て言った!?」

 

「あ?知らねーのかよ?スヴィエートの第一皇位継承者のアルエンス皇子がロピアス人の刺客に殺された…とか聞いたぜ?」

 

「何て事だ…」

 

「へー、どの時代もスヴィエートとロピアスは仲悪いんだネ」

 

ラオがぽつりと呟く。

 

「もうカヤなんてどうでもいいもんさ。リザーガに入ったもん勝ちだよ、今の時代アジェスは」

 

男は吐き捨てるように言った。突然船室の扉が開いた。

 

「皆!ユラさんが回復したよ!もう大丈夫!」

 

ルーシェが船室から出てきた。ユラも一緒だ。

 

「ご心配をお掛けしました、皆さん」

 

「ユラ!大丈夫か!?」

 

フィルが駆け寄るった。

 

「大丈夫だよフィル、心配してくれてありがとう」

 

フィルはユラにお菓子を沢山貰ったことでなついていた。餌付けされているとはフィルは自覚ないのだろう。もちろん、ユラもそんな気はないと思うが。

 

「ルーシェさんのお陰で助かりました」

 

ユラはもう大丈夫そうだった。

 

「おい!いつまで俺を拘束してるつもりだ!」

 

放置されている盗賊がほえた。

 

「もうお前は用済みだ。大人しくアジェスの警察に引き渡す」

 

「は!ふざけんな!知ってることは全て話した!離せよ!」

 

「ふざけるなはこっちの台詞だ。誰が野放しにするかお前を」

 

アルスはそう言うと銃床で首の後ろを殴ると盗賊は気絶した。

 

「ユラ、盗賊のボスはこいつだ。こいつを引き渡すためにヨウシャンに向かってくれないか?」

 

「もちろんさ!盗賊を退治してくれたんだ!それぐらいはさせてください!」

 

「ありがとう、助かる」

 

 

 

船は川を上り3日かけてヨウシャンへと向かった。世界最大のサンハラ川は伊達ではない。

 

「あー、やっと着いたー。小生疲れたー」

 

「上りになるとやはり時間がかかってしまいました。すみません」

 

「気にすんなよユラ、ありがとな」

 

「ユラ、警察を呼んで盗賊を逮捕させてくれ。今まで世話になった。俺達はやらなきゃいけないことがある」

 

「分かりました、色々ありがとうございました。ルーシェさんの料理美味しかったですよ」

 

「ありがとうございます!ユラさんお気をつけて」

 

「ええ、さようなら」

 

船を降りると6日ぶりのヨウシャン。

だがこの間、時は大きく動いてたのだった。



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アルスの正体

こんなことになっているなんて。今、歴史はこんなにも大きく動いている。

 

 

 

ユラと別れ、アルスは船から降りた。数日ぶりのヨウシャンは変わっていた。ザワザワと人々は落ち着きがない。船着場から中央広場にでると空には桜の花弁以外のものが散っていた。地面に落ちているそれは紙だった。何かのビラのようだ。

 

「何だこれ?」

 

ガットはそれを拾い上げると読みはじめた。

 

「えー、何々。いよいよ戦争勃発か、スヴィエート帝国第一皇位継承者アルエンス皇子がロピアス人の刺客に殺される事件が発生。両国の緊張は最大限に高まる。我がアジェス皇国は中立を貫くとし、国民の安全を保証する。既に両国との交渉は済み、特需経済の発展の礎となるか」

 

ビラに書いてあるスヴィエート帝国アルエンス皇子。それは他でもないアルスの事である。

 

「それって…」

 

ルーシェも少し反応した。

 

「うわ、マジかよ」

 

ガットは参った様子でビラをヒラヒラと振った。

 

「戦争なんてシャレになんねぇぞ、万屋の仕事どころじゃねえ」

 

「ええ、マズイですわね。まだ氷石を取り返せていませんもの」

 

「戦争が起きると何かマズイのか?師匠」

 

「国境が閉鎖されてロピアスに帰れなくなります」

 

「えー!!」

 

ルーシェが小声でアルスに話しかけた。

 

「ねぇ、あれってアルスの事だよね?どうして死んだ事になってるの?」

 

「いや、今まで隠されてきたんだろう、恐らくリザーガの手によってな。情報公開のタイミングをはかっていたんだろう」

 

「そんな…、アルスは生きているのに…」

 

「アジェスはリザーガの影響がどうやら強いようだ…。スヴィエートやロピアスはそんな様子はなかったんだが…」

 

戦争が始まればますます国に帰ることが困難になる。ルーシェをこのまま危険に晒すわけにはいかない。だが、形見のナイフはどうする?自分はアジェスの地理に詳しくない。シャーリン、ヨウシャンと来てまだ行ってないところがあるのは明白だが、いかんせん今はナイフを探している暇ではない。戦争勃発なんてしてしまえば探し物をすること事態難しくなるのだ。

 

「くそっ、こんなことになるなんて…」

 

アルスは唇を噛んだ。

 

(そうだ、スヴィエート大使館…。あそこに行けば連絡が着くかもしれない!)

 

アルスは走り出した。

 

「おい!どこ行くんだアルス!」

 

「何だ?突拍子のない男だな」

 

「彼があのような行動をするのは余程のことですわ、とにかく追ってみましょう」

 

 

 

スヴィエート大使館前。そこにアルスの期待した事は起こらなかった。

 

「何で警備員の1人や2人もいないんだ…?」

 

大使館の前には虚しく自国の旗が揺らめいているだけ。アルスは通りがかった男性に声をかけられた。

 

「何だぁ兄ちゃん。そこはもうもぬけの殻だぜ?」

 

「えっ。どうしてですか!?」

 

「どうしてって、当たり前だろ。戦争が始まるんだから。本国から帰還命令が来たんだろ。もう必要なことは済ませてさっさと帰っちまったんだろうよ。ロピアスの奴だってそうだ」

 

「そんな…」

 

男性は不思議そうにアルスを見ると去っていった。一体どうすればいい?スヴィエート直通の船なんてアジェスにはない。貨物船に密航したとしてもスターナー貿易島で必ず厳密な検査が行われる。そもそも、スヴィエートに来る人間なんて余程の物好きだ。特別な旅券が必要だし、例え来ても観光客など微塵もいない。そこに後から追ってきた他のメンバーがやって来た。

 

「オーイ、アルス!どったの?いきなり駆け出しちゃって〜」

 

「ラオ…。俺は…。どうすれば…」

 

「ン?なんか言った?」

 

「おいコラ!アルス!何のためにここに来たんだ!小生を無駄に走らせた罪は重いぞ!」

 

「ここは、スヴィエート大使館…?」

 

ロダリアが畳んだ扇子を額に当て空を仰いだ。

 

「ああ、だが大使はすでに帰国したそうだ…」

 

「んで?大将は何のためにここにきたんだ?」

 

「あ、それは…」

 

ルーシェは口をつぐんだ。ルーシェは横目でアルスを見た。もう、バラすしかない。アルスは重い口を開いた。

 

「ここに来た理由、それは戦争を止める為だ」

 

「はぁ?そんな簡単に戦争止められたら苦労しねーよ」

 

ガットは「何言ってんだ」と、手をひらひらさせた。

 

「ビラには、スヴィエート帝国第一皇位継承者が殺されたから、戦争が始まりそうだと書いてあったが、あれには間違いがある」

 

「エ?どうゆうこと?」

 

ラオが聞き返すと、アルスはふーっ、と長いため息をつくと

 

「スヴィエート帝国、第一皇位継承者は他でもない、俺だからだ」

 

「はぁ!?」

 

「マージデ?」

 

「ナニーーー!?」

 

「やはり…」

 

「アルス…」

 

ロダリアだけは落ち着いた反応だった。それ以外は普通に驚いていた。

 

「おい、マジかよ。そりゃちょっとはこいつ只者じゃないなって思ってたがまさかのスヴィエートの皇子とはね…。あれ?俺不敬罪やばくね?」

 

「おい!嘘をついているなキサマッ!小生は騙されんぞ!」

 

「まぁ、疑いたい気持ちは十分に分かるけどな。ビラをもう一度見てみろフィル」

 

「あ?」

 

フィルはビラを取り出した。

 

「…?」

 

意味がわからないようで、顔をしかめる。

 

「よく読め。アルエンス皇子と書かれているだろう」

 

「だから何だ?」

 

「俺の名前は?」

 

アルスは自分を指さした。

 

「アルス……。あーーー!!!」

 

フィルはビラを強く握りしめアルスとビラを交互に見た。

 

「アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエート。これが俺の本名だ」

 

「えええええ!?!?嘘!!なっ、こんなことって。えええええ!?」

 

フィルは混乱し頭を抱える。

 

「フレーリット…?なんか

どっかで聞いたような…」

 

「まぁ、そんなお偉い方だったなんて…。私も混乱してしまいますわ」

 

ロダリアはわざとらしく手を額に当ておどける。

 

「…、ロダリアさんは気づいていたのでは?」

 

「私が?まさか!そんなはずありませんわ」

 

アルスは少し腑に落ちないが結局聞いたところでまた誤魔化されるので諦めた。

 

「ルーシェは知っていたのか?」

 

フィルが尋ねた。

 

「う、うん…。私もスヴィエート出身だしね…。でもスヴィエートの人全員がアルスの顔を知ってる訳じゃないよ?初めて会った時は分からなかったし…」

 

「そ、そんな…。ルーシェ…」

 

「ごめんね、フィルちゃん。でもこれってホントに凄く秘密なことだから…」

 

「なるほど?だから大使館に来たわけね。自分が生きている事を伝えに」

 

「そうしたかったけど、大使がいなかった。とゆうことネ…」

 

「そうだ、俺が生きている以上、戦争する意味はない。ロピアス鉄道爆破の件だってリザーガの仕業となれば、これは陰謀だ。奴等のな」

 

「でも、これから私たちどうするの?戦争が始まっちゃったら何も出来なくなっちゃうよ…」

 

「スヴィエートに帰る。これしかない。だが…」

 

「スヴィエートに帰れんの?今」

 

ガットが今、という言葉を強調して言った。

 

「それは…」

 

「あら、まだ可能性はゼロではありませんわよ?」

 

ロダリアが言った。一体それはどうゆうことか。

 

「ロピアスにラメントという街があります。海辺に属していてリゾート地として人気が高いのですが、同時にそこは滞在スヴィエート人が多く集まる場所でもありますわ」

 

「ラメント!小生知ってるぞ!ノインがいる所だ!」

 

「ええ、その通りです。スヴィエートに帰国する船があるかもしれませんわ」

 

「なるほど!それなら…!」

 

「ええ、スヴィエートに行けるかもしれません」

 

「やった!ロダリアさん、貴重な情報ありがとうございます!」

 

「それにかけるしかないか…」

 

「ラメントはフォルクス中央のポワリオから列車が出ています。まずはまた抜け道の国境を抜けてアンジエに行きましょう」



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風とカジノの海洋都市 ラメント

「うわぁー、見てあの景色!綺麗!」

 

ルーシェは駅を出た途端、感嘆の声を漏らした。爽やかな風を受け回る風車、綺麗な海、そして華やかな装飾を彩る建物。まさにリゾート地。アジェスのヨウシャンから、アルス達はまたロピアスに戻り、港町のラメントに来ていた。

 

「ラメントは急峻なシルフィス海岸に面して築かれた街です。リゾート地として有名ですわ」

 

「へぇー、綺麗な街だネェ。老後はのんびりとこんなところで住みたいヨ」

 

「お前に老後なんてあんのか?」

 

「黙れ脳筋」

 

「はぁ!?脳筋!?」

 

ガットとラオが何やら言い合っている。あの2人はどうも犬猿の仲らしい。

 

「駅から出て東がカジノだ、行くぞ!」

 

元気よくフィルが走り出した。が、

 

「そっちは西だ」

 

と、アルスが言うとフィルは固まった。

 

「う、うるさい!ちょっと寄り道していこうかと思っただけだ!こっちか!」

 

「というか、何故カジノなんだ?まさか遊ぶわけないよな?」

 

「ちっがう!ノインがいるの!ノインはここに住んでるから会いに行くのだ!」

 

「ノイン?えっと…、いまいち話が見えないんだけど…」

 

ルーシェが苦笑いをするとロダリアのフォローが入った。

 

「つまり、ノインに話を聞けば船が出るかどうかも分かる、ということでは?」

 

「そうそう!それそれ!でも久し振りにノインに会いたいってのもホンネだ!」

 

「ノインって、誰?どんな人?」

 

「小生の兄のような存在で兄弟のように思っている。奴には色々と世話になった」

 

「へぇー、でもそれなら何で一緒にサーカスで働かないの?」

 

「アイツは目立ちたがらない。表情も乏しいしどちらかと言うと裏方だった。でもある日カイラっていう人に才能を見いだされてスカウトされたんだ。カジノに」

 

「カイラァ!?」

 

アルスは思わず声を荒らげた。

 

「何だ、知っているのか?」

 

アルスにとって会いたくない人物の一人だった。

 

「へぇー、カイラさんカジノで働いてるんだ!久し振りに会いたいなぁ!」

 

「俺は会いたくない…」

 

あの無理矢理ペースを自分のものにし、マシンガントークで畳み掛ける。流れに流され、おまけにすかした顔、とまで言われ、アルスはもはやあの口調を聞いただけで鳥肌がたつぐらいだ。

 

 

 

ラメントカジノは華やかな光で包まれ賑やかであった。スロットが回る音、人々の雑談。アルスの正直な感想はうるさい、であった。ガタン!!と、更なるうるさい音が聞こえた。

 

「…?」

 

アルスはその音の方を見た。

 

「なぁっ!?嘘だろ!!?」

 

見ると、その客の男性が立ち上がり大きな音を立てたのだと分かった。何故なら彼の後ろに椅子が倒れているからだ。

 

「残念でしたね、お客様。チップは全て没収です♪」

 

「ああ!待った!頼む!」

 

「待ったはなし!負けは負け」

 

「俺のチップがぁぁぁあああ!!」

 

カジノテーブルを挟んで髭を生やした男性とカジノディーラーと思われる青年がいる。彼は咥えていたキセルを吹かし、ご機嫌そうにチップを長い棒のようなものでズリズリと引きずり自分の陣地へ入れた。

 

「いっ、イカサマだ!この野郎!」

 

髭の男性は逆上し、バンっとテーブルを強く両手で叩き立ち上がり指を青年に突きつけた。

 

「おやおや、貴族の紳士様がなんて様ですか。証拠はあるんですか?」

 

「おかしいだろ!?こんな、こんなに私が負けるなんて…!」

 

「言いがかりはやめて下さい?お客様?」

 

青年は平静を保ち軽く受け流している。この手の客に慣れているのだろう。

 

「貴様…!」

 

髭の男は拳を振りかざし、青年に殴りかろうとする──────!

 

「…………!?」

 

「困ります、他のお客様の迷惑になるような行動は…」

 

青年は先程のチップをたぐり寄せた棒で髭の男の喉元ギリギリに突きつけた。一瞬の出来事だった。男はあっけにとられ静止している。

 

「なんやなんや?何の騒ぎや!?」

 

そこにカイラがどこからもなくやって来た。アルスは反射的に身構えてしまった。

 

「店長。このお客様をお願いします」

 

うんざり、と言った様子でキセルをまた口から離し、煙を吐いた。見たところ愛用品で、ヘビースモーカーらしい。

 

「ああ、いつものか。アンタんとこはホンマ多いなぁ」

 

カイラはため息をつくとパチン、と指を鳴らした。すると黒いスーツ姿で体格のいい男性がゾロゾロとやって来て髭の男性の両腕を掴んだ。

 

「おい、貴様!何をしている!?私はわざわざフォルクスから来た貴族ぞ!?身分を考えろ!えぇい汚い手で触るな!」

 

「ここではそんなルール通じへんわ。脅しにもならへん。カジノではカジノのルールがあるんや、ほなな」

 

男はカジノから摘まみ出された。事が終わると、フィル唐突は走り出した。

 

「ノイン!!」

 

フィルはその青年に抱きついた。

 

「わっ、フィル!久し振りですね!」

 

フィルを受け止めた拍子に、三つ編みの長く銀色の髪が揺れる。黄緑色の瞳、右目にはモノクルをかけている。シンプルな格好だったが一番奇抜で目がひきつけられたのが何故か左足だけ下駄を履いているということだ。

 

「皆の衆!紹介しよう!こいつがノインだ!」

 

「フィル?誰ですかこの人達は」

 

アルス達もノインの側へ移動した。

 

「小生の仲間達だ。師匠もいる」

 

「仲間…?新しいサーカスのメンバーですか?」

 

「いや、そうではないのだ。実は…」

 

 

 

フィルはあらかたノインに説明をした。

 

「ふーん…、戦争ねぇ…。そういえばそんな話を小耳にはさみました。ああ、だから最近お客が減っているのか…」

 

「で、戦争を止めるため、トーホン、セイソーしているのだ。そこで、ノインの力を借りたい」

 

「いやいや待ってくださいフィル、僕が何を出来るって言うんですか」

 

「スヴィエート行きの船がここにあると聞いた」

 

アルスはノインに話しかけた。

 

「おっと、貴方が…」

 

ノインは口を開きかけたがアルスがそれを制した。

 

「…、ここじゃ人が多すぎる。どこか静かに話せるところはないのか?」

 

「ああ、店長に聞いてみましょう、ちょっと待ってくださいね」

 

ノインに連れられ、カジノの裏に来たアルス達。ノインは何か閃き手を叩いた。

 

「まぁ、まずは自己紹介からしましょうか。名前が分からないと不便ですし」

 

「そうだな、小生もそう思っていたところだ」

 

「僕はノイン。このカジノでディーラーをしています」

 

「よろしく。俺がアルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエートだ。分かると思うがスヴィエート帝国皇族だ。フィルから聞いたと思うが」

 

「わぁ、すごいですねぇ。そんな人に会えるなんて。なんと呼んでいいのか」

 

「アルスでいい。話し方も普通でいい」

 

アルスは少し引っ掛かる事があった。

 

(この男、どこかで見たことあるような……?)

 

アルスはそれ以上思い出せなかった。しかし、つい最近会ったような気がする。この丁寧な口調と言い、お人好しなんだか、そうでないんだか、でもいい人そうで悪い人ではなさそうな、そんな印象もまた誰かに似ているような…。

 

「そうですか、では他の方々も」

 

「おう、俺はガット・メイスン。万屋で、今はロダリアに雇われているようなもんだな」

 

「私はルーシェ・アンジェリーク」

 

「僕ラオだヨー」

 

「久し振りですわね、ノイン」

 

最後にロダリアが挨拶を交わした。どうやら二人は知り合いのようだ。恐らく漆黒の翼絡みだからだろう。

 

「で、船だっけ?確かにあるっちゃあるけど…、それら殆どがスヴィエート人貴族のプライベートシップですね。ま、ここは戦後の影響でスヴィエート人はよくバカンスとして来るし、それが収入にもなっているからなんとも言えませんが…。船はもう出払ったのではないかと…」

 

「えー!!ノイン!なんとかならないのか!?」

 

フィルがノインの足をバンバンと叩く。

 

「無茶言わないで下さいよ、もうすぐ戦争が始まるってときに敵国にいるわけにもいかないでしょう。もう皆帰っちゃってますよ。お客の具合からして」

 

「そ、そんな…。ここが最後の希望だったのに…」

 

ルーシェはがっくりと肩を落とした。

 

「その話!聞いたで!?」

 

と、またどこからもなくカイラが現れた。

 

「っ店長!?いつから!?」

 

「結構前からや!なんやアンタら、よう見たら知ってる顔もある。あれやろ?アタシの依頼を受けてくれた心やさしゅーやっちゃ!」

 

「アンタが無理矢理受けさせたんだろ…」

 

ガットがげっそりした表情で言った。

 

「アンタ、スヴィエートの皇子やったんやな?ほえー、世界は狭いなぁ」

 

「そこまで聞いていたのか…」

 

「そこでや!恩を売っておくのも悪くな…ゲフンゲフン!んん!ああちゃうちゃう、依頼受けてくれたお礼として船をだしたる!」

 

(絶対嘘だ…、恩売りのため

だこの人……)

 

「え、店長、そんなことが可能なんですか?」

 

「誰に向こて聞いてるん自分。アタシはこのカジノの支配人やで?コネはいくらでもあるわ!」

 

「ホントですか!カイラさん!」

 

ルーシェは輝いた目で彼女の手を握った。

 

「ホンマホンマ!ほな話つけてくるから港で待っててくれるかー?」

 

「ありがとうございます、カイラさん。ええ、恩に着ます」

 

わざとらしく最後の言葉を強調しめアルスは別れを告げた。

 

 

 

「ノイン、アンタ。あいつらと一緒に行き」

 

裏方に残っていた2人がまだ話していた。

 

「え?何言ってるんですか?店長。僕はディーラーですよ?しかも凄腕の」

 

ノインは胸を張って言った。

 

「自分でゆうなや。前話したやろ、アレやアレ。鉄道!」

 

「ああー、なるほど……」

 

ノインは彼女の言いたいことを悟ったようだ。

 

「そうや、あいつを監視しとき、これは店長命令や!」

 

「…、分かりました。まぁ理由はテキトーに誤魔化しておきます」

 

「おう、フィルの保護者だとか、そんなんでええやろ、しっかりやれよ?」

 

「はい、では行ってまいります」

 

そしてノインもステラと別れると、カジノの裏口を通って外に出た。



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ノイン

「えーと、港、港…。港ってどこだろう?」

 

カイラに言われ港に行くように指示されたアルス達だが、港はどこにあるのだろうか。ルーシェは辺りを見渡しながらウロウロしている。海は見えるのだがどうやって降りるのかが分からない。

 

「しっかし複雑な街だなー…、入り組んでる所なんて行ったらすぐに迷っちまいそうだぜ」

 

ガットがラメントの街並みを見て言った。

 

「海が見えるんだからサ、海目指せばいつかつくっショ!」

 

「なんだそのド低脳すぎる発想は…」

 

「アレ?僕もしかして喧嘩売られちゃってル?」

 

「おう、そう捉らえてくれてもかまわねーぜ?所詮はその程度の言語力っつーワケだ」

 

「おっかしいなぁー、僕は自分の故郷の教えに従ったまでだヨ?その程度で言語力とか言われたらたまらないネ」

 

2人の間にまた険悪なムードが流れ出した。

 

「あいつら、またやっているのか…。懲りないな…」

 

遠目で犬猿同士の罵倒試合を見ていたアルスは呆れた。

 

「でもよく言うじゃない?喧嘩するほど仲がいいって!だからアルスとフィルちゃんもよく喧嘩するんだよ、仲がいいから!」

 

ルーシェは純粋に眩しい笑顔で言ったのだが、

 

「冗談!誰がこいつと!!」

 

「いっ!?」

 

フィルは否定の台詞と共にアルスの脛を思い切り蹴っ飛ばした。

 

「こ、こいつ…」

 

アルスは苦痛の声をあげて脛を押さえた。

 

「お?何だ?丁度蹴りやすい位置にあったものだったのでな。つい」

 

「フィルちゃん!ダメだよそんなことしちゃ!」

ルーシェは注意したが、アルスはある悪戯を思いつきフィルの目線に合わせしゃがむと両耳をおもむろに掴む。

 

「おっとこんなところに丁度引っ張れるものが」

 

「うぎゃあああああああ!?」

 

「アルス!?」

 

仕返しに、と言わんばかりにアルスはフィルの両耳を横に引っ張りあげた。ルーシェは「何やってるの!?」と講義した。

 

「もげるうううう!」

 

「ルーシェの言いつけをよく聞き取れるようにしてやってるんだ、感謝しろ。マセガキ」

 

「伸びるううううう!」

 

「フン」

 

アルスはパッと耳を離すとスクッと立ち上がった。

 

「皆さーん!!」

 

「ん?」

 

すると後ろから声が聞こえた。振りかえると先程別れたノインがこちらへやって来ているのが見える。

 

「ノイン!アルスが小生を虐める!!」

 

素早く身を翻しフィルはノインのマントの中に隠れた。

 

「あら?微笑ましかったですわよ?まるで親子のようでしたわ」

 

ロダリアが言った。

 

「は?ロダリアさん?」

 

「ルーシェが母親で貴方が父親。そんな風にね」

 

「ルーシェと俺が!?」

 

アルスの顔は一気に赤くなった。

 

「私、フィルちゃんが子供なら自慢の娘だね!サーカスのエースだもんね!」

 

ルーシェはずれた方向に注目したようだが。フィルは拗ねたようにそっぽを向いた。

 

「ふん、師匠まで何を言うか。ルーシェは小生のものだ。こやつはオハライバコというものだ」

 

ビシッとアルスに指を指すとフィルはノインからルーシェへと移動し抱きついた。

 

「あの、僕の存在…」

 

「あ、ごめんなさい!」

 

ルーシェは慌てて頭を下げ謝った。

ノインは誤魔化すように咳払いをした。

 

「ゴ、ゴホン!で、話なんですが───」

 

 

 

彼の話によるとなんと港まで案内してくれるらしい。興味深い話も聞けることができた。この街はわざと複雑な作りにしているらしい。海洋都市で、海からの侵入にはめっぽう強い地形だが陸から攻められて占拠されないように工夫したらしい。

 

「とまあ、こんな具合でして。住んでる人でも迷うことがあります。観光客が迷って道を尋ねるなんてよくある話ですよ」

 

「よかった、ノインが来てくれて。助かるよ」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

心底ノインの道案内に感謝してはいるが、内心では格好のせいか、胡散臭い。というイメージしかアルスには抱けなかった。だがフィルがなついているということはある程度の信用はあるのだろう。勿論、子供を騙すなんて簡単な事だが、ノインにそれが出来るようには思えない。なんというか、本当にフィルを大切に思っているかのようだ、兄妹のように。

 

「まあそんな街の作りだけど、スヴィエートにあっさり占拠されたらしいんですけどね」

 

「あ、はは。それは…」

 

「きっと高を括っていたんでしょう。まさか攻めてくるなんて…ってね。油断大敵とはこうゆう事を言うのでしょうね」

 

アルスには心当たりがあった。第2次世界対戦時、確かにここはスヴィエート軍によって陥落した。原因は明白。そう、油断だ。スヴィエートのスパイの工作活動や飛行偵察部隊が着々と手引きを進める中、この街はスヴィエートなんぞに負けるはずがない、そう言っていつものように賭けをしていたのだろう。

 

(まさか陸から攻められるとは思いもしなかったのだろうな、彼らは…)

 

海に接している為、防御ラインを海に引き過ぎた。陸の守りは油断していて手薄だったのだ。アルスは昔習った歴史の事を軽く思い出しながら、街並みを眺めていった。

 

 

 

「着きました、ここが港です」

 

坂を下り視界が開けると海が広がっていた。

 

「わー、近くで見ると更に綺麗!」

 

「ホントだ!ルーシェ!海が光っているぞ!」

 

「あ!おーいこっちやこっち!」

 

カイラの声がし、アルスは目を向けた。

 

「これやこれー。この船!コネの力はええなぁ!」

 

「あの人…、確か店長がカジノでムグッ!?」

 

ノインが言おうとした言葉をカイラは塞いだ。

 

(…、まあ大方彼がカジノで何かをやらかして、それをネタにゆすられたんだろう…)

 

アルスはそう予想した。

 

「でもな、流石に直通は無理や。やっぱスターナー島行かなアカン、燃料の問題もあるんやけど、それ以前に領海侵犯で木っ端微塵にされてまう」

 

「大丈夫です。ありがとうございます。そこまでして頂いているんですから」

 

「話が分かるなぁ、皇子様は」

 

ケラケラと笑いながらカイラは船長の背中をバン!と叩いた。彼は痛そうに、恨めしそうにカイラを見る。

 

「任せたで!」

 

と、言い去っていくカイラ、だったが

 

「あー、忘れとった!こいつやこいつ!このノインも一緒に連れてってやってくれや!」

 

突然ドンッとノインを突き飛ばした。

 

「え?ノインさん着いてきてくれるんですか!?」

 

ルーシェは目を輝かせた。フィルも期待の眼差しで見つめている。

 

「ヤッター!!ノインと一緒だ!」

 

「ええっ、カイラさん。それはまた、何で…」

 

アルスは問いかけた。

 

「当たり前やろ!この子の保護者はノインやねん!」

 

「…いや、ロダリアさんがいるじゃないですか」

 

アルスはいまいち納得がいかない。

 

「や、そ〜言わずに!ホンマこいつ役に立つで?光術の腕はアタシが保証する!足手まといにはならん!」

 

「あはは…、どうも…」

 

こんなにヒョロっとした男が役に立つのか?と思ったアルスだが、やはり戦力やフィルの事を考えると、

 

「…、分かりました。よろしくお願いします」

 

「あっ、ハイ。では、改めてよろしくお願いします」

 

ノインはペコリとお辞儀をして皆に挨拶をした。印象薄いな、と思ったのが第一印象のノインだ。カイラの差金とは言え、「いきなりだな」と、アルスは思った。



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突然の乗客と謎の光

「お世話になりましたー!!」

 

「さようなら!カイラさん!」

 

ルーシェとアルスは船の手すりに掴まり、港で見送る彼女に別れを告げた。

 

「ノイーン!!しっかりやらな殺すで!?」

 

「おっそろし…。はーい!了解でーす!」

 

アルスとルーシェが母国から逃げてきて色々なことがあった。だが、まだやり残していることはある。仲間達もそうだ。今だラオは成り行きの仲間だが、彼に居場所などあるのだろうか。仮にも今まで墓の中で眠って来た奴だ。彼の明るくムードメーカーっぷりな性格で、あまり気にはしていないようだが恐らく彼自身も分かっているのだろう。アルスと自身に何らかの関係があると。

 

「ハァ、女将元気かなぁ…ねぇアルス────」

 

アルスはルーシェのつぶやきを聞き流しながら思いにふけった。

 

自分が出張途中、槍を持った刺客に狙われ危うく殺されそうになった。そう、このときの刺客が恐ろしいのなんの。とにかく話が通じなくてただ自分を殺そうとする。殺気だけはものすごく、だが言動はまるで滅茶苦茶。槍という重い装備のくせしてちょこまかと器用に動き、飛び回り、人生最大の危機だった。刺し違えはしたものの彼から逃れ街へ引き返した。

 

常人から見れば自分は確実に致死量の血は流れていたはずだ。いくら急所は免れたとはいえ脇腹半分は抉られたのではないだろうか。にも関わらずしぶとく自分は生き抜いた。ルーシェの手によって。

 

偶然自分を見つけてくれた彼女はすぐさま応急措置をし、看病してくれた。だが、疑問に思った。なぜこれ程まで半日で完治するのか。彼女の治癒術は余程素晴らしく、そして、誰にも見せてはならない禁断の術だった。あの槍の男の仲間と思われる暗殺者共が、ルーシェの家までにもやって来た。

 

今思うと、

 

(アレはリザーガだったのではないだろうか?)

 

と思った。どうも自分の居場所は感知されるらしい。彼女は仮リザーガによって怪我をさせられた女将を治癒するために使ってしまったのだ。彼らの目の前であの禁断の術を。このまま自分は、城に逃げ込めば助かったのだろう。ルーシェやシューラ女将を置き去りにして。だが、それをしなかった。彼女は、ルーシェはこの国にいてはいけない。何故なら、治癒術師は貴重な実験体だったのだから。

 

行く宛もない、逃げるしかない。今彼女を守るためには…、この国から出るしかない─────

 

「…ルス?アルス!」

 

まるで走馬灯のように昔の事を思い出していた。ルーシェが何度も呼び掛けていたにも関わらずアルスはただひたすらに海を眺めていたのだ。

 

「私の話聞いてる?」

 

「ご、ごめん。聞いてなかった」

 

「もうっ!だから、久々のスヴィエートでしょ?女将は元気かなぁって。アルスにもそうゆう人はいないの?って聞いたの!」

 

「あ、ああ。やっぱりハウエルとマーシャかな。それより、シェーラさんは大丈夫だろうか…」

 

「でも私、大丈夫だと思ってるんだよね。そりゃ女将が怪我をしたときは心配したけど、女将って強いし!それにね、貧民街ってすごく噂が広がりやすいの。だから女将の事を心配してくれる人が助けにいってるよ、きっと。私はそう信じてる」

 

「…、下町の人脈か…」

 

確かに、徴兵制度のおかげでスヴィエートという国は伊達ではない。一般人の男でさえ鍛えているし、それをサポートする女達だってそうだ。それに、リザーガだってあんな戦争勃発計画はじめの段階から、自ら墓穴を掘る事もするまい。

 

「ルーシェ、国に帰っても、俺は責任を放棄するつもりはない。君がこうなったのも、全ては巻き込んだ俺の責任だ。形見のナイフの件だって、本当に申し訳ないと思っている」

 

アルスは目を伏せた。ルーシェは一般人として育ってきた。だが、彼女はいつも前向きだった。アルスにとってそれが良い方にも悪い方にも転がりはするが、彼女の笑顔を見ているとどうでもよくなってくる。

 

「大丈夫だよ?そんな気にしないで?アルスのせいじゃないから」

 

ほら、またその笑顔だ。アルスはルーシェに何かをを言おうとした。

 

「ルーシェ…、スヴィエートに帰っても…、俺と一緒に…」

 

「ぐぁああああ!!」

 

その言葉は打ち止められた。男の断末魔が海上に響いたのだ。ルーシェとアルスは急いで振り返った。その悲鳴が聞こえた方を見ると乗組員が倒れていた。しかも体を斜めに一直線に斬られている。

 

「っ大丈夫ですか!?」

 

ルーシェは急いで乗組員に近づいた。

 

「一体何が…!?しっかり!今手当てをしますね!」

 

ルーシェは彼の深い傷に手をかざした。痛みのショックで気絶している乗組員の傷はみるみるうちに彼女の力で塞がっていった。

 

「何だ今の悲鳴は!?」

 

船室にいたガット達も合流する。

 

(…!この感じ!どこかで!)

 

アルスは初めてではない殺気を感じた。この感じ。この状況。アルスは急いで上を見上げた。

 

そこにはやはり槍を持ったあの男がいた。槍を突き立て降下してくる。

 

「─────ッ!」

 

アルスは急いでそれを避けると体勢を立て直した。

 

「ふん、やっぱ前みたいにはいかないか、まあいいや、よう久しぶり!会いたかったよメッチャ。お前に撃たれた傷が疼くよー、なぁーんちゃって」

 

男は槍をくるくると両手で背に回す。黒いコートを羽織り、赤黒い髪を揺らす。サングラスのようなゴーグルをかけ、目は全く見えない。

 

「お前…、どうしてこの船に乗っている…。いや、聞いたところで無駄か。生憎だが俺は会いたくなかったな」

 

「なーんて寂しい事言うの!あそうだー、覚えてるー?俺だよベクターだよ!趣味は人殺しかなぁ!」

 

「……ベクター、それがお前の名前か…」

 

アルスの会いたくない人物ランキング1位にベクターという名前がインプットされた。

 

「なにコイツ…、頭イっちゃってんじゃないの?」

 

ラオが率直すぎる感想を述べた。

 

「どっから来やがったこいつ…、タダ者じゃねーな」

 

「貴様、よく分からんが可笑しい奴だということは小生にも理解できた!」

 

「血気盛んなお人…。私そのような話の通じないタイプ嫌いですわ」

 

「っ!よくもうちの乗組員を!許しませんよ!」

 

ノインが言った。ベクターは首を傾げると舌を出してにやりと笑う。

 

「おー?何だお前ら。おいおい随分とお仲間が増えてんじゃねーかアルスクンよぉ」

 

「お前には関係ない話だろう」

 

アルスはとにかくコイツと話すのは嫌だった。ロダリアの言う通り話の通じる奴ではいのだ。

 

「まぁ、仲間なんてどうでもいいんですよねぇ~、はい。というわけで死ね!!」

 

突拍子もなく戦闘体勢に入ったベクターは迷いもなくアルスに突っ込んでくる。

 

「凍結せよ!オールザウェイ!」

 

アルスは素早く詠晶を唱えた。アルスの目の前から氷の壁が現れた。

 

「チッ!」

 

ベクター思わずはスピードを緩めた。

 

「走れ影の刃!シャドウエッジ!」

 

ラオは術を発動するがベクターはなんなくジャンプで避けた。しかしその避けた先に追い討ちを仕掛けんとフィルが糸を手にかけた。

 

「キルッシュクロス!」

 

手を交差させ糸でV字型の衝撃波を放つ。ベクターはすかさず着地地点に槍を突き立てた。

 

裂砕槍(れっさいそう)!!」

 

衝撃波と槍から放たれる衝撃波で相殺されてしまった。

 

「影縫い!」

 

チャンス、と言わんばかりにラオは手を床につけ一時的にベクターの動きを止めた。

 

「あ?」

 

ベクターはさも気にせずいたが、

 

「炎の刻印よ、敵を薙ぎ払え!フラムルージュ!」

 

ノインの術が発動しベクターを襲う。しかし、

 

「あっつ。危ないなぁ…。糞が。お前らは眼中にねーってのに…」

 

術はよけられてしまった。

 

「ン!?術を強制的に解かれた!?」

 

ラオは自分の両手を見つめた。

 

「僕の術もかすっただけですか…」

 

ベクターは目をギョロりとアルスに向かって向けた。彼の目標はどうやらアルスのようだ。

 

「くっ…」

 

アルスは銃を構えると唇を噛んだ。ベクターはまたもやアルスに向かっていくが、

 

「おーっと?俺がいることを忘れてねーか?アンタ」

 

ガットはベクターに斬りかかった。

ガキィン!と刃同士が重なる音が響く。

 

「へー、なにその武器。なかなかオモシロイネ。でっかい剣だこと」

 

「へっ、褒めてもらうのは嬉しいがこの状況じゃあね…!」

 

ギリギリと刃の鈍い音がし攻防戦がしばらく続いたと思った矢先、二人は同時に離れ、

 

瞬刃剣(しゅんじんけん)!」

 

瞬刃槍(しゅんじんそう)!」

 

2人は己の武器を突きだした。またもやこれは相殺され、金属が擦れ合う音が響く。

 

「クソッ、やりやがったなテメエ…」

 

「うわ最悪。僕ちんの自慢の槍がぁ…」

 

ベクターは槍の先端を見つめた。

 

「ガット!どいてくださいな!」

 

「え?」

 

「パライオ!」

 

「うおおおおお!?」

 

ロダリアはライフルを変形させ、大きなバズーカにしてそれを構えたかと思うと強烈な一発撃ち込んだ。ズガガガガッと音をたてベクターに向かっていく。ガットはギリギリ避けたようだ。ベクターは一瞬で反応すると高いジャンプでそれを避けた。

 

「あら、避けられるとは。せっかくガットを囮がわりにしたというのに…」

 

「あっぶね!マジアブねー!!おいロダリア!」

 

「貴方なら避けられると私確信しておりました」

 

ロダリアの砲弾を避けたベクターはいよいよアルスと対峙した。ベクターは槍を振りかざし衝撃波を放つ。

 

殺麟波(さつりんは)!」

 

とっさにアルスは防御体勢に移った。しかし、思ったより早い。

 

(ガードしきれるか────!?)

 

「危ないアルス!」

 

ルーシェが叫ぶ声が聞こえたかと思うとアルスの目の前にバリアーが出現しアルスを守った。見ると隣にはルーシェがアルスに向かって手をかざしている。乗組員の治療は素でに完了したようで戦闘に参加してくれている。

 

「邪魔ばっかりしがって…!」

 

「ルーシェ!助かった!」

 

「お前か!」

 

ベクターは標的を変えた。ルーシェである。

 

「えっ…」

 

「ルーシェ!」

 

アルスは急いで彼女を助けるために向かった。彼女が怪我をするのだけはごめんだ。

 

だが一直線にルーシェに向かってベクターは向かって行く────!

 

 

 

と、思われた。

 

「ウッソぴょーん。お前だよ」

 

「え…?」

 

ベクターはニィッと口角を上げ不気味に笑った。方向転換したベクターの槍がアルスの腹目掛けて一直線に突き立てられようとした

 

─────その時。

 

「ッサイラス!!!」

 

放心状態だったアルスにラオが突っ込んだ。間一髪の所で槍を避けたのだ。

 

しかしその瞬間、何か強い光が彼らを包み込んだ。

 

「んだこりゃ!?」

 

ベクターは驚きを隠せない。凄まじい光のエネルギーだ。ベクターは思わず怯む。

 

アルスはまたあの光景に襲われた。夢に見るあの様子とよく似ている。視界がぼやけ、工場のような所になった。そして誰かとラオの声が頭に響いた。途切れ途切れの声だ。

 

「へー、もうすぐ……もが産………るんダ!オメデトー!え、男の子?女の子?」

 

「あ……う、………子だよ。名前は…………ットっていう名前に………」

 

「今………来た…………はその……………って子も…………いでネ!早く…………たいヨ!」

 

「ああ、今度は…………も一緒にな、不………だな。お前と………は……はず……」

 

「僕会話…上手……ヨ!きっと……」

 

「はは、そうに……………いな。そうだ、言い忘……たけど…の正体は視察団幹部の1人じゃなくて……………」

 

そこで声は途切れた。視界もぼやけ、空が映った。そして、そのまま重力にともない甲板の床にドサッと叩きつけられる。

 

「青き生命の水よ、球体と化し彼の者を葬りされ!ラージハイドレード!」

 

「っ!?」

 

ノインは光に怯んだベクターに水属性の光術を放った。ベクターは水球の中に閉じ込められ海に放り投げ出された。ようやくベクターを撃退したのであった。

 

「よし!!」

 

ノインは武器であるビリヤードで使うキューをしまうと2人に駆け寄った。

 

「2人共!大丈夫ですか!?」

 

見ると、2人は無傷のようだがアルスの頬はラオに庇われ床に衝突した時だろう。頬が少しかすれ、血が滲んでいた。

 

「ン?ああ僕は大丈夫だヨ。アルスは?」

 

しかしアルスはそんなことは気にしていなかった。頭に手をやり、状況についていけず混乱する。

 

「何だ…、今の。またこれだ。ラオ!お前は俺に何をした!?」

 

「何をしたって、ヒドイなぁ。助けたんだヨ。僕がアルスを──」

 

「しかもサイラスって…………。サイラスってお前知っているのか!?」

 

アルスはラオの言葉を遮り、噛み付くように問う。

 

「え?え?何のこっちゃ?サイラスなんての言ったっけ?」

 

ラオは困惑した。

 

「言った!お前、何故その名前を知っている!?それにあの光景は……?」

 

「ゴメーン、僕必死すぎてサ、何言ったか覚えてないんだよネ。ほら無我夢中ってヤツ」

 

ラオは本当に覚えていなかった。しかし、アルスは信じられない。

 

「そんな事に騙されるか!大体貴方は…!うっ…」

 

アルスの言葉はそこで途切れた。両手で頭を抱え苦しみ出す。また例の頭痛だ。

 

「ぐっあ…!」

 

「…!アルス!大丈夫!?」

 

ルーシェも駆けつけ、彼の頭に手をやった。

 

「アララ?どうしたノ、アルス。頭痛いの?」

 

ラオもアルスの顔をのぞき込んだ。彼の額には汗がにじみ出ている。

 

「…っ分からない、くそっ、あのやつだ。大丈夫……だ…」

 

「ホントに?何かスゴい汗かいてるケド…?」

 

「また頭痛?前にもこんなことあったけど…」

 

ルーシェは訊ねた。しかしその直後アルスはまた苦しみ出す。

 

「うっぐぁ…!」

 

尋常ではない痛みが頭に流れる。何だ、何かが流れ込むこうな感じで波のように痛みがガンガンと押し寄せてくる。以前ラオと触れたときは視界だけが変わったが今度はご丁寧にに声まで聞こえた。それと同時にこの凄まじい頭痛。

 

アルスは痛みに耐えかね、ついに意識を失ってしまった。

ルーシェやラオ、ノインの声を遠くに聞こえながら。



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故郷へ

ルーシェはアルスが眠る船室に入った。彼はベットの上で静かに眠っていた。そう、あのベクターとの戦闘の時、ラオに助けられた直後、またあの例の頭痛に襲われたらしく、そのまま痛みで気絶してしまったのだ。

 

(でも、たかが頭痛で、こんなに痛がる事なんて…)

 

ルーシェは不思議に思っていた。確かに尋常ではない痛がり方で見ていたこちらがハラハラした。ルーシェはラオが助けた時に彼が頬を擦りむいていたのを思いだし、こうして船室に来たのであった。

 

「アルスー。って、起きてるワケないか」

 

ガチャリとドアを開け、中に入るが当然返事はない。

 

「ちょっと、顔見せてね」

 

ルーシェは彼の顔を覗き混んだ。頬の付近を擦りむいていた筈だ。

 

「あ、あれ?」

 

ルーシェは驚いた。頬の傷がないのだ。

 

「見間違えたのかなぁ…?」

 

ルーシェはアルスの顔から手を離すと椅子に座った。しばらく彼の顔を見ていると、

 

「う…ん…?」

 

「あ!アルス!目覚めたの!?」

 

「…、俺は一体…」

 

「大丈夫?どこか痛むところはない?あ、頭は平気?頭痛しない?」

 

ルーシェはアルスに近づくと体をペタペタと触った。

 

「だ、大丈夫だよ、ルーシェ…、ありがと…」

 

少々照れたアルスは慌てて手で制す。

 

「はぁ、よかったぁ。いきなり倒れるんだもん…。びっくりしちゃった…」

 

アルスは部屋を見回した。丸い窓の外には激しく水が打ち付けられていた。

 

「外、雨降っているのか?」

 

「あ、うん。アルスが気絶した後いきなり降りだして。ガットとラオさんが急いで運んでくれたんだよ。どしゃ降りだよ。船もすごく揺れてる」

 

彼女の言うとうり、船は左右に大きく降られ、時折雷の音が聞こえる。

 

「本当だ、しかし、よくある事なのか?」

 

「ううん、それが違うんだって。船長さん長い間やってるみたいだけどここ20年はこんな天気が頻繁にあるみたいだよ」

 

「20年?船長が若かった頃はなかったという事か?」

 

「うん。ロダリアさんは変化したのでは?言ってたけど船長は納得してないみたい。何か人為的な事なんじゃないかって言ってた」

 

「人為的?そんな馬鹿な。天候を誰かが操っているとでも言うのか?無理に決まってる」

 

「だよねぇ。私もそう思う」

 

ルーシェの発言と共に、部屋のドアが開きガットが入ってきた。

 

「お、目覚めたのか。大丈夫か?」

 

「ああ。世話をかけたな」

 

「まーた変な頭痛か?しかし気を失うとはねぇ…。しかもあのゾンビ野郎と何か関係ありそうだし…」

 

「俺も気になっているんだが、ラオは本当に覚えていないようだ。とぼけているだけかもしれないが」

 

ルーシェは唸り、顎に手を当てて言う。

 

「うーん、私はそうには見えなかったなぁ…。本当に知らなそうで、アルスに問い詰められて困ってたもん」

 

「一体何なんだろうな…」

 

会話が途切れると、船内放送が流れた。

 

「えー、お疲れ様でした。まもなくスターナー貿易島です」

 

「っと、中間に来たか…」

 

ガットの言葉にアルスは続けた。

 

「よし、船を降りよう」

 

 

 

船から降り船長に別れを告げると既に仲間の皆は降りていた。

 

「アルス君!目覚めたんだネ!」

 

「ああ、お礼を言っていませんでしたね。あの時はありがとうございました」

 

アルスは礼儀正しくラオにお辞儀をして感謝する。

 

「んな堅い事言わなくていいってー、無事で良かったヨー」

 

ラオは気にしていないようで。しかしアルスはまだ納得していない気になることがある。

 

「貴方、本当にサイラスという名前は知らないんですね?」

 

「サイラス?うん、知らない。誰?」

 

嘘をついて、とぼけている様子はない。アルスは溜息をついて「もうこの話はいいか」と、流した。

 

「…知らないならいいです。少し気になったので」

 

「ソウ?お役にたてなくてごめんネ?」

 

(あの光の正体も、ラオの術だったんだろうか…?人に幻覚を見せる術?いや、そんなのあっても、何の為に?)

 

アルスは記憶を辿り思い出しているとラオが言いにくそうに言った。

 

「えーと、でネ?まぁ〜、何と言うか。ボクの事はラオって呼び捨てにしていいヨ?ボクの方はタメ口だし、敬語もナシ!」

 

「え?どうしたんですかいきなり?」

 

「んーいや、まぁネ。なんか違和感あるんだよネ。さん付けだと。アルスは特に。だから、お願い。ネ?」

 

「分かった……ラオさん…、あ、いや、ラオ」

 

「うん!その方がしっくりくるヨ!」

 

「良かった……2人の仲が変なことにならなくて…」

 

ルーシェはあの出来事の後だから険悪な関係になるのでは、と不安を抱いていたが大丈夫だったようだ。「話は終わったようですわね」と、アルスは背後から話しかけられた。

 

「で?ここからは貴方の出番ですわ、皇子様?」

 

「ロダリアさん…。いつからそこに…」

 

アルスはいつのまにか背後に立っていたロダリアに驚いた。

 

「あらおかしいですわね?私はずっとここに居ましたわよ?」

 

「そうですか、失礼しました」

 

「貴方の事が心配で心配で、堪りませんでしたわ」

 

アルスは本当かよ……と、思いつつも礼を言う。

 

「お気遣いどうもありがとうございます。で、船の手配ですよね…」

 

「ええ、お願いしますわ」

 

「分かりました。皆を集めて付いてきて下さい。俺に考えがあります。上手くいくといいが……」

 

 

 

ふぅっと息を吐き、自分を落ち着かせた。

 

(面倒な事にならず、上手くいってくれよ……?)

 

覚悟を決めると、アルスはスヴィエート地区港の軍人に話しかけた。

 

「すまない、スヴィエートまでの船を手配してほしい」

 

「何だ貴様は?」

 

軍人は訝しげに答えた。

 

「俺はアルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエートだ。俺の身柄はスヴィエート皇族が保証する」

 

「はぁ!?ア、アルエンス様だと…!?嘘をつくな!殿下は死亡したはず…!っ!?だが……言われてみれば確かに…、読んだ新聞記事の写真と……」

 

軍人は酷く驚いた顔をしたが、アルスの顔を見ると顔色を変えていった。

 

「俺は生きてる。あれはデマだ。信じられないと言うならこの時計を見ろ」

 

アルスのは懐中時計を差し出した。出張で出かけた時から持っている物だ。古く、年期が入っているが蓋にはスヴィエートの国花、セルドレアの花が青く美しく装飾されている。このように、神聖な国花を身に付けたり、持てるのはスヴィエート皇族のみなのだ。アルスはそれを利用した。スヴィエート人でこれを知らない人はいない。軍人ならなおさらだ。

 

「こ、これは8代皇帝フレーリット様が持っていた…!」

 

8代皇帝フレーリット。アルスの名前にも入っているそれは、自分の父親の名前だった。アルスはその言葉を聞き少し眉を潜めたが、

 

「………そうゆう事だ」

 

と、言った。

 

「わ、分かりました。少々お待ちください…!」

 

スヴィエート兵士は小走りでその場から移動する。その様子を見たガットは感心した。

 

「へぇ、本当に皇子なんだな。凄いわ、いやホント」

 

「これで恐らく大丈夫だろう」

 

「これがうまくけば、いよいよスヴィエートに行くんだね…」

 

ルーシェは不安げな表情を浮かべた。

 

「ああ、ルーシェは何も心配しなくていい。俺が君を守る」

 

「うん…。あの力の事だよね…」

 

あの力、治癒術の事だ。

 

「ああ、だから極力俺達以外の前では力は使わないように、いいな?」

 

「うん、分かってる……!」

 

しばらくして先程の軍人が上司らしき人を連れて戻ってきた。

 

「おぉ、そのお姿……!まさしく貴方はあのスヴィエートの英雄、フレーリット様の息子、アルエンス様!よくぞご無事で…、お喜び申し上げます」

 

この軍人はアルスの姿を確認した途端、スヴィエート式の最上級の敬礼をした。しかし、また出されたその名前にアルスは少し不機嫌になった。

 

"フレーリットの息子"

 

自分を語られる時は必ず父の名前が出される。もはや恒例だ。もう慣れたが。

 

「今すぐ本国へ帰還したい。船を手配しろ」

 

「御意。ただちに用意させます」

 

「殿下、先程の御無礼をお許し下さい。申し訳ありませんでした!」

 

最初に話しかけた軍人がアルスに謝る。

 

「別に、気にしてない」

 

フイっと顔を背けぶっきらぼうに言う。しかし言い終わって少し後悔した。彼は自分のこの勝手な事情など知るはずもなく。真摯に謝る彼に対して露骨というか、態度が機嫌にあらわれ過ぎた。

 

「大丈夫、そんなの些細な事だ。心配しないで下さい。案内してもらえますか」

 

「はい!ありがとうございます…」

 

軍人は心底安心した表情を見せるとアルス達を船へと案内した。

 

「はぁー、スゴイ権力…。流石ですねぇ…」

 

「ホントに皇子だったのかアイツ…」

 

ノインとフィルは彼の絶大な権力に舌を巻いた。

 

 

 

翌日、船は首都の入り口、オーフェンジーク港へ到着した。船を降りると冷たい冷気が漂っていた。空からはしきりに白い雪が降っていて、吐く息は真っ白だ。

 

(ああ、スヴィエートだ…)

 

アルスはしみじみと実感した。この銀景色、白い雪、吐息の色。3国の中で最も気温の低い国、スヴィエートである。

 

「さっむ!!!」

 

「はぁっ…、スゴイ寒さですわね…」

 

凍えるフィルを横目にロダリアは腕をさすった。

 

「かっ、風が。風に斬られてるような気分です…」

 

ノインも体を震わせている。

 

「うひぃ、この寒さ。昔を思い出すねぇ…」

 

ガットは手を額にやり空を仰ぎ見ながら小声で言った。

 

「寒いネー」

 

「お前ホントに寒さ感じてるのかよ…?」

 

「感じてるよ、タブン…」

 

「嘘くさ…」

 

アルスはその仲間達をを見た。スヴィエート出身ではない人は皆こんな反応なのだ。実に新鮮な気分だ。アルスは軍人にまた命令を下した。

 

「すまない。全員分、何か羽織るものを用意してくれないか。この人達は俺を助けてくれた人達なんだ」

 

「御意。マントでよろしいでしょうか?」

 

「ああ、かまわない」

 

「かしこまりました。馬車を用意してあります。こちらへ」

 

 

 

馬車は城の前で停車するようだ。流れる懐かしの故郷の景色、頬杖をつきオーフェングライスの街並みを眺めながらアルスは思いにふけった。

 

(ここまで来るのに色んな事があったな……)

 

いつの間にかこんなに仲間が増えた。自分の気持ちに新たな感情が生まれた。仲間を大切に思う気持ち、だ。だが、それでいて、まだ信頼できない人物も少なからずはいるということ。

 

(この旅が、終わるのか?)

 

何を、考えていたいるんだ俺は。あの日常に戻るだけ。ただ、それだけだ。でもこの気持ちはきっと、"寂しい" そうゆう感情なのだろう。

 

アルスはそこで思考を停止した。馬車が止まったのだ。到着したようだった。



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戴冠式

馬車が城の前に停車したようだ。仲間達が乗っている馬車はもうすでに着いているようで。自分も彼らと一緒に乗るのかと思いきや別の馬車にされた。「一緒じゃないのか?」と港で尋ねることには「貴方様は特別な御方ですから」と言われたのだ。

 

別に彼らからしてみればこの対応の仕方は決して間違ってはおらずむしろ正常なのだが、アルスはそれをやんわりと断ったのにも関わらず、頑なにこうして隔離されたのだ。「そこまでダメな事なのか?」と、頭に疑問符が浮かんだし、機嫌も少し、良くはなかった。

 

と、そんなことを思い出していると外から声が掛けら、扉が開いた

 

「到着いたしました。スヴィエート城前です」

 

「あぁ、ご苦労様」

 

「足元にお気をつけください」

 

馬車を降りると、そこには赤絨毯。そこでまず不思議に思い、視線を上げると、左右にはズラリと軍人が綺麗に整列している。

 

「…え?」

 

アルスはそこで目が点になった。

 

「アルエンス皇帝陛下に、敬礼!!」

 

「な、何だ…?」

 

唖然とした。軍人達は美しく、調和された動きで左右一斉にライフル銃を斜め45度に構え、アーチの通り道を作った。アルスは慌てて馬車の運転手に話しかけた。

 

「おい、どうなってる?俺の帰りを歓迎するのにはいささか大袈裟過ぎないか?」

 

「陛下、説明は後です。さぁさぁ!皆に帰還を知らせるのです!」

 

「陛下?お、おい!」

 

アルスはそのまま彼に背中を押され、流されるままに赤絨毯の上に降り立った。

 

「一体全体何がどうなって、それにルーシェや他の仲間達は…?あと普通に呼ばれてるけど、俺はまだ陛下なんかじゃないんだが……!」

 

「アルエンス様ー!!」

 

「アルエンス様だ!!」

 

「皇帝陛下!よくぞご無事で!」

 

城の周りだと言うのに一般市民が大量に押し寄せ、祝福の声を飛ばしている。歓迎されてるのは嬉しいが、いまいち状況が読めない。

 

「ア、ハハ…」

 

苦笑いしながらも手を振るアルスであった。

 

 

 

そのままなすがままに城へ入ると、懐かしい顔ぶれがいた。

 

「アルエンス様!!お帰りなさいませ!心配しておりました!」

 

「アルエンス様!お帰りなさいませ!」

 

「ハウエル!マーシャ!」

 

アルスの親代わりのような人達で、執事ハウエルとメイド長のマーシャだ。2人は兄妹で、アルスを幼い頃から育ててきてくれた世話係だ。

 

「ああ、よくぞご無事で…!死亡したと聞かされた時はこのハウエル、絶望しましたぞ…!」

 

「昨日生きていらっしゃると連絡があり、涙が溢れましたわ!」

 

アルスは2人との再会を喜んだが、同時に聞きたいことがあった。

 

「2人共、心配を掛けた。それより、聞きたいことがある。あの盛大な歓迎はやり過ぎだろう?それに、俺は陛下と呼ばれた。勿論、次期皇帝という地位はあるが、俺はまだ皇帝なんて、大それた身じゃない」

 

「それが、大それた身になるのですよ」

 

「え?」

 

「アルエンス様は今日、皇帝に即位するのです」

 

「……は?……何で?」

 

マーシャの言葉に耳を疑った。

 

「いきなり?俺が、皇帝?」

 

アルスは混乱し、自分の顔を指さして目を白黒させた。

 

「現皇帝でしたヴォルフディア様が2週間前にお亡くなりになりました。ロピアスとの開戦間近だと言うのに、それではスヴィエートの民を不安にさせてしまいます。ですから、最近までその情報を皇室は隠していたのです」

 

「何っ!?ヴォルフディア様が亡くなられた!?」

 

先代の皇帝、フレーリットの従弟で、アルスの従叔父に当たる人物だ。

 

「はい、左様でございます。そして民への情報公開以前、元老院と軍上層部で論争が起こりまして。戦争をするかしないか、皇帝はどうするんだ、などと、スヴィエート上層部はその件で意見が分かれ、言い争いになりまして」

 

アルスはマーシャの言いたい事が大体分かった。

 

「はぁ…分かった。なるほど、つまり俺の生存報告を聞いた途端、その情報は民に公開され、民を安心させるために第一皇位継承者の俺にいち早く皇帝になれ、と?」

 

「はい、アードロイス様が皇帝になる、という案が元老院では浮上していたのですがそれには軍部が猛反対しまして…」

 

" アードロイス"

アルスがアロイスと呼んでいる人物で嫌味な奴だ。彼はアルスの再従兄弟だ。思えば奴のあの出張任務がこの旅の全ての始まりだった。

 

「それで決まらないとそうこうしているうちに、俺が帰ってくると連絡が入った……と」

 

マーシャは頷いた。

 

「民は皇帝を望んでいます。ヴォルフディア様は長年病床で…。皇室に対する偏見がここのところ蔓延していました」

 

うんうんとハウエルもそれに頷く。マーシャは続けた。

 

「実際アルエンス様がもう少し帰ってくるのが遅かった場合、第二皇位継承者アードロイス様が皇帝になるはずでした。ですが、皇帝は先代フレーリット様の息子のアルエンス様でないと!と、軍部はそれの一点張りでして。まだ貴方様が生きていると信じていた人も大勢いました。国民はさぞお喜びになりましょう、軍が猛反対したのも、スヴィエートの英雄と呼ばれた先代の影響かと…」

 

アルスは「また父の話題か…」と、小さく自分にだけ聞こえるように呟き、顔を曇らせた。しかしそこに突然ハウエルがアルスの手を掴んだ。

 

「マーシャ、時間がない。アルエンス様、こちらへ!」

 

「えっ、ちょっと!ハウエル!どこへ!?」

 

ハウエルはアルスの手を引き小走りで連れていく。

 

「決まっています!戴冠式の準備ですよ!衣装に着替えないと!昨日から皆の準備はもう進められて終わっています!あとは貴方様だけです!」

 

「待ってくれ!皆…!えーと!先に馬車で着いたはずの人達は!?」

 

「ご安心ください!彼らには既に私から説明してあります。席もご用意しました!アルエンス様のご友人方なのでしょう?」

 

「ご友人、というか…。まとめた言い方だなぁ…」

 

「ガット様が自信満々に言っておられましたが?」

 

「あいつ…」

 

アルスは頭にあの緑頭を浮かべた。

 

(というかルーシェはどうなった!?)

 

彼の一番の気がかりだ。

 

「オレンジ色の髪の女性は!?」

 

「彼女も居ますよ!席は全員分ありますから!」

 

「じゃなくて!彼女の身に何もなかったか!?」

 

「え?どうしたんですかいきなり血相変えて?何もありませんでしたよ?本当に」

 

「そ、そうか…」

 

アルスは心底安心した。どうやら彼女に危害は何も無かったようだ。

 

「さぁ、早く!」

 

ハウエルに連れられる中、廊下でアロイスとすれ違った。腕組でこちらを睨んできた。忌々しそうな目だ。恐らく皇帝になれなかったのを妬んでいるのだろう。口の動きでこう言っているのが分かった。

 

『お帰り、坊・っ・ち・ゃ・ん?』

 

(アロイスめ…)

 

そしてその横、アロイスの隣には叔母様がいた。サーチス様だ。眼鏡の奥に光る瞳からは何も読み取れない。無表情だった。アルスは元々叔母が苦手だ。何か言われないように、と早々に目を逸らしハウエルについて行った。

 

 

 

「だが、そんないきなり戴冠式なんて…!無茶ぶりすぎる!」

 

「大丈夫ですよ!フレーリット様もそんな感じでした!」

 

「……………俺と父は違うだろ」

 

事あるごとにそれを言われている気がする。今の発言に悪気はないのだろうが、やはりいい気分ではない。アルスはツン、として少し拗ねた。マーシャはそんなアルスを見てクスリと笑うと彼の鼻を摘んだ。

 

「っむー!?」

 

アルスは突然の行為に驚いた。マーシャはそのままグイグイと鼻を左右に振り、

 

「あの方の血を継いでいる貴方なら大丈夫です!こうゆうのは、劣等感より、自信を持ちなさい!前向きに!それに、スピーチならさっき教えたでしょう!」

 

そしてパッっと鼻は離され、今度はハウエルにサーベルを腰に入れるためグイッと引っ張られた。

 

「プハッ、そんな簡単に覚えられな…、うわっと!」

 

「ホラちゃんと着て!かっこよく!ビシッと!」

 

ハウエルに連れられ、衣装を着せられるアルス。黒を基調とした服に左肩の布にはスヴィエート国旗。左腰にはサーベルが勢い良く射し込まれ、危うくバランスを崩しそうになった。

 

「素晴らしい!フレーリット様そっくりですわ!」

 

「ああ、先代を思い出しますなぁ…!」

 

「だから俺と父は違うと…!」

 

「うぅ…、あの小さかったアルエンス様が、大きくなって…!」

 

あれよあれよと着せられた服は代々デザインは統一の衣装。国の紋章の、セルドレアの花の紋章がマントにあり、威厳もありながら、とても綺麗で優雅だ。

 

「それにしてもサイズピッタリですわね!流石私!」

 

「マーシャの目利きはやはりすごいな!流石我が妹!」

 

「俺の話を聞けー!!」

 

懐かしい日常の頃に戻り、アルスは嬉しくも感じた。懐かしさと嬉しさが交じり、なんとも形容しがたい気持ちだ。

 

 

 

――――いよいよ戴冠式が始まった。

 

アルスの座る玉座の前には2人の重要人物がいる。スヴィエート皇帝の次に権力が強い者達で、元老院とスヴィエート軍だ。

 

「元老院代表このエディウス・レイトナーは、アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエートを皇帝として認め、忠誠を誓う…」

 

「スヴィエート軍総司令!イワン・シェルドスキー、右に同じく!アルエンス様を皇帝として認め、ここに忠誠を誓います!」

 

2人の意思表明が終了し、アルスは立ち上がった。勢いあまって被っていた王冠落ちそうになりひやっとしたが、アルスは平静を保った。そして右手でサーベルを引き抜き群衆に向けると力強い声で話始めた。その姿は普段の仲間達は見たことのないとても頼もしく凛々しい姿であった。

 

「我、今ここにスヴィエートの皇帝に君臨せし者、我に忠誠を誓い、我の手足なる者は、その証を示しせ!」

 

「アルエンス皇帝陛下に、敬礼!!」

 

謁見の間に集まったこれら三権の関係者が全員膝まずいた。左手を胸に当て右手で皇帝の姿を仰ぐ。

 

 

 

その光景見ていたガットはヒュー、と口笛を吹いた。

 

「スッゲェ~、見ろよあれ!アルスに向かって全員膝まずいてるぜ!?」

 

「こらガット!静かにしないと不味いですよ!」

 

手すりから身を乗り出し、興味津々になっているガットをノインはなだめた。

 

「スゴイなノイン!!あれは一体何してるんだ!?」

 

「ちょっと!フィルも静かに!」

 

「フィルちゃん、あれはスヴィエートの敬礼だよ。皇帝に、忠誠を誓うポーズって感じ」

 

そこにルーシェの説明が入った。続いてロダリアが、

 

「膝まずいて、私の命は貴方のモノです、貴方に私の全て捧げます、という意味らしいてますわよ?あの敬礼は」

 

と、付け加えた。

 

「へー、アルス、すごいネ。ホントに皇帝になっちゃったヨ」

 

ラオは手すりの上に頬ずえをつき遠目にアルスを見つめる。

 

そう、一方の仲間達はと言うと、謁見の間2階の特等席から下を覗き見ていたのだ。流石に1階はスヴィエート重要関係者以外は立ち入れないと言う。だが、この席は十分な程下の様子が見ることができる。

 

「アルス、帰ってきたらいきなり皇帝陛下か、なんだか遠い存在になっちゃったなぁ…」

 

ルーシェは彼の姿を見ると静かに席に腰を降ろしため息をつく。

 

(まさかこんな展開になっちゃうなんて…、私。どうなるんだろう…)

 

彼から船で言われた言葉。いや、正確には言い掛けた言葉。

 

「俺と一緒に…」その次、彼が何て言おうとしたかは大体予想は出来る。だが、今彼の立場で、

 

(私なんかと一緒に、私と言う貧民なんかと一緒にいられるのかな……。それにこの力だって…、皇帝となれば絶対関わってくはず……。治癒の力を持つ者、皇室に関わるとろくな目に合わないんだって昔女将にも耳にタコが出来る程言われたりもしたし…)

 

ルーシェの危惧をよそに、アルスの戴冠式は無事終わりを迎えたのだった。




戴冠式はリチャード思い出しますね。

トモダチィィイィィイ!

戴冠式衣装です

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新たな目的

戴冠式の式典が終わり、街のパレードも終わった後、アルスはとある城の部屋にサーチスやアロイス、そしてハウエルを招き、今まで経緯を手短にだが話した。

 

「そんな、事があったのですか……!いやしかし、本当に無事でなによりでした」

 

ハウエルはアルスの暗殺事件の経緯を聞き、気もを冷やしたがその話を聞きホッと胸をなでおろした。

 

「ふーん……、槍を持った暗殺者、ねぇ……?」

 

アロイスはさも興味がなさげに、頬ずえを机につきだるそうにその話を聞く。

 

「……、その男はベクターと名乗った。そして……」

 

アルスはそこで口ごもった。

 

「そして、何です?アルス」

 

サーチスの睨むような横目に耐えられず、アルスは言った。

 

「俺の事を" アルス" 言った」

 

「はぁ?それが何?」

 

アロイスは腕をやれやれとさせ、訳がわからないと言った様子だ。

 

「分からないか?俺の名前はアルエンス、お前はアードロイス。アルス、アロイスと、あだ名がある。でもこれは、ごく親しい者の間でしか使われないもの、知らないものだ。ここにいる皇族という身分、それから世話係のハウエルは知っている」

 

「そ、それってつまり……!」

 

ハウエルがゴクリと唾を飲み込んだ。しかし、彼のような身分ではこれ以上発言してはならない領域だった。

 

「オイオイ、まさか、僕達を疑っているのかい!?」

 

アロイスは「冗談じゃない!」と、机をバンッと両手で叩き立ち上がった。

 

「アロイス、やめなさい。そのような、はしたない行為」

 

サーチスが興奮するアロイスをなだめる。彼女は至って冷静だ。

 

「でも母上……!」

 

「アルス、疑うのは良い事です。皇帝候補殺人未遂の犯人を探すのは、当たり前のことですからね。ですが、アルスという名前を知っているだけで私達を疑うのは、尚早ではなくて?」

 

「そうだよ!!そうゆうのは、証拠を集めてから言えってんだ!!」

 

アロイスは母に続き、まくし立てるように言う。アルスは鼻を鳴らし、

 

「そんなに大声を出すということは、何かを誤魔化そうとしているのか?」

 

と、言った。アロイスはこめかみをピクリとさせた。

 

「何だ、図星か?お前が皇帝という地位に立つためには、第一皇位継承者の俺を消せばすむ話だ」

 

「っお前………!!」

 

アロイスはアルスに掴みかかった。サーチスも思わず立ち上がり制止をかけた。

 

「アロイス!おやめなさい!」

 

「何だ、俺は間違った事を言っているか?こんなもの、俺の事をある程度調査して知っている人間、俺に恨みを持つ人間なら、誰もが考えそうな発想だ。勘違いするなよ?いいか、これはあくまで憶測だ」

 

アルスはアロイスをキッと睨みつけ、首元を掴んでいる彼の手をバッと両手で掴み下ろす。

 

「俺は何もお前とは決めつけてない、俺の思う所、恐らく……リザーガだ」

 

「……リザーカ?」

 

少し落ち着いたアロイスは不満げに聞き返す。

 

「この件と他の件についても重役達とも話す。そろそろ集まっている事だろう。会議室へ行くぞ」

 

「他の件?何いきなり?会議室で何を話すんだよ?」

 

「これからのスヴィエートという国の方針についてだ」

 

「方針……?それは具体的にどういった……?今日話さないといけないものなのですか?」

 

サーチスはメガネをクイッとあげ、アルスに問う。

 

「ええ、そうです。とにかく、具体的な内容は会議室で話します」

 

 

 

「ロピアスと平和条約っ!?」

 

重役達が集まる会議室の中、アロイスはそこに響きわたる大きな声で聞き返した。そして、口角を上げ馬鹿にしたような笑いを見せる。

 

「お前さぁ、何言ってんの?ロピアスと平和条約なんて結べるわけないだろ。もう開戦間近だぞ?」

 

「戦争をする意味はない」

 

アルスはハッキリとそう言った。会議室は静寂に包まれる。

 

「た、確かに、アルエンス様は生きておられた。今の状況からするとロピアスが戦争をしたがっている、というようなものだ」

 

スヴィエート軍総指令のイワンが言った。彼は軍人だが戦争を好まないというこの御時世にはとても珍しい考えを持ち、なおかつアルスに協力的だ。これは付き合いが長く絶大な信頼を寄せていた父、フレーリットの影響だ。父は軍関係者と良好な関係をを築いていた。それが今、効を奏しているのだろう。

 

「ではどうすると言うのです!?陛下は、むざむざロピアスが侵攻してくるのを見守れと申すのですか!」

 

元老院代表のエディウスは言った。彼の立場は元老院。皇帝の助言機関、と言えば聞こえはいいがアルスにとっては、所詮命令したがりと奴らや私利私欲を満たすために集まる場合が多いという印象だ。無論、全員がそうなわけではないが。

 

「落ち着け。俺は何も無抵抗にやられるのを見過ごせと言っているわけじゃない。その為の平和条約だ」

 

アルスの言い分を聞くと、サーチスが口を開いた。

 

「ロピアスと、平和条約を結ぶということは、この国にとっての前代未聞です。何と言ってもロピアスは我がスヴィエート帝国の長年の宿敵。あちらも当然そう思っているでしょうね」

 

「その通りです。サーチス叔母様。ですが、今戦争すればリザーガの思い通りになってしまうのです」

 

アルスはリザーガ、というのを強調して言った。

 

「リザーガ、先程も聞きましたわね」

 

「私は初耳です、何でしょうかリザーガとは?」

 

「私も聞いたことがない」

 

エディウスとイワンは聞いた。アルスはまた重役達に手短に経緯を話した。

 

「元々俺が行方不明になったのは、出張に行く途中で刺客に襲われたからだ。護衛は全員殺され、刺客の奴と戦闘になったんだ。俺はなんとか乗り切ろうとしたが相打ちになった。重傷を負いながらも自力で街に戻ったんだが、意識が朦朧としてそのまま倒れた。その後、貧民街の住民が俺を発見して介抱してくれた。それまでは良かった。それで城に帰るつもりだった。だけどその家に何者かが押しかけてきたんだ。そいつらは、スヴィエート軍の格好をしていた。だが今日確認をとらせた所、その日に出動した軍人は金で買われたリザーガ組織の手先だった。今は行方をくらませているそうだ。そして、その後ロピアスで起きた鉄道爆破事件も、リザーガによる工作活動だった。もうここまで言えば分かるな?」

 

彼等はゴクリと唾を飲みこんだ。

 

「つまり、そのリザーガという組織に我々は踊らさていたと?」

 

「そうゆうことだ」

 

「なんという事だ……」

 

「それに、スヴィエートは戦争が始まったら頼るのはアジェスしかいない。それはロピアスも同じだ。奴等はアジェスに組織を派遣させている。戦争が始まった途端、戦争に不可欠な物資を売りさばくつもりだろう。その資金が何に使われるかは、俺もまだ分からないが、ろくな事にならないのは目に見える」

 

「アジェスの特需貿易の恩恵を一身に受けると言う魂胆か!」

 

「そうなる」

 

アルスは腕組をして言った。

 

「な、なるほど…。確かにそれは腑に落ちませんね。偉大なるスヴィエート帝国がそのような羞恥を晒すわけには行きませぬ」

 

エディウスは頭を悩ませながらも言った。

 

「私も同意見であります。私達スヴィエート軍は陛下の物であります。ならば、命令に従うまでの事」

 

イワンはアルスに敬礼した。軍の最高権限は皇帝であるアルスにあるのだ。

 

「ありがとうイワン。そう言ってくれると心強い。助かった」

 

「勿体無きお言葉……」

 

「チッ……。何だよソレ……」

 

目の敵にしているアルスに皆同調している。これでは面白くはない。イラついたアロイスは貧乏ゆすりをした。

 

「アロイス……」

 

苛立ちが目に見えて現れ始めたのを見て、サーチスは注意をする。サーチスはふぅっと息をつくと、

 

「私は構いません。所詮何を言ったって皇帝陛下の御心のままに従うしかないのです我々は。ただ、その平和条約のやり方。と言いますか。そんな簡単に受け入れてくれるものでしょうかね?」

 

と、言った。

 

「その点については、考えています。俺の仲間…、いえ、俺の連れにロダリアという方がいます」

 

「ロダリア…?」

 

サーチスはピクッと反応を示した。

 

「ええ、彼女はいわゆるロピアス王国の情報機関の重役という立場だと、俺は予想しています。無論、本人に聞いたわけではありません、憶測です」

 

「はぁ?まーた証拠もなしに?デタラメいうなよ」

 

アロイスが突っかかった。

 

「一応それらしき証拠はある……と思うが、説明が長くなるのでここでは割愛する。とりあえず短くまとめると、彼女はロピアスの鉄道爆破事件の調査を国から直々に依頼されていた。そんな芸当、余程の立場でないと任されないだろう」

 

「ふーん……。情報機関ね。ねぇそれってさぁ" ハイドディレ" ?」

 

アロイスは目を細めてにやりと笑う。

 

「そう、ハイドディレ……。ロピアス王家直属の情報機関だ。機密に情報を管理、またはある情報を探る組織だ」

 

アルスの説明が入りサーチスが続けた。

 

「第2次世界大戦時にスヴィエートは、先代フレーリット様の命令でそこにスパイを送った事がありましたわね。そこで有益な情報をたっぷりと横流しにさせてもらったらしいですわ」

 

サーチスは誇らしげに言った。

 

「し、しかし、そのお方がハイドディレだとしたら、大物だなそれは…!」

 

イワンがうなった。

 

(でも、仮にハイドディレ所属なら何故彼女はあのような娯楽施設の漆黒の翼等に入っているんだ…?しかもなかなかに上の立場だった。いくらカモフラージュだとしてもやりすぎではないのか?)

 

アルスはそこで一番に思う疑問を自問自答する。

 

ダメだ、読めない。彼女は一切自分の事は喋らない。喋ったとしても大体は嘘である。それに聞いたとしても、またはぐらかされるだろう。

 

「彼女と一緒だった俺は、彼女にコネが出来たということだ。彼女を捕虜にして、無理矢理にでもロピアス代表と話をする」

 

「あー、なるほど。ふん、奴らの足元見るってわけか?」

 

「人聞きの悪いことを言うな。あくまでも、俺は彼女とのコネを利用させてもらうまでだ」

 

「もし僕が皇帝だったら彼女を拷問でもかけて何が何でも機密情報引き出すどね。その後処分して、そうしたらスヴィエート超有利じゃん。その引き出した情報を使ってさ、脅しにかけて平和条約結ばせるのっていうね」

 

アロイスはニヤリと笑った。

 

「………、それも、考えたけどな。だがそれは脅しだ。脅しによって結ばれた平和条約など、それはもう平和は保証されないだろう」

 

「甘いな、外交ってものはそれ程したたかにいかないと。先代がそうだっただろ?あの外道政策、お前も知ってるだろ」

 

「俺と父は関係ない」

 

アルスはきっぱりと言った。

 

「あっそ、まぁいいけど」

 

アロイスは頬杖をつきぷいっとそっぽを向いた。

 

「それに、彼女に拷問など………」

 

正直言ってしたくないのが本音だ。

しかし彼女は、仲間?

それとも────

 

 

 

(リザーガめ………!今思い返せば、あのカヤの件もリザーガと繋がっているのかもしれない!だからアジェス政府は盗賊団という存在を黙認していたんだ。特需政治の甘い蜜を吸う仲間同士として。アジェスのトップと盗賊団が繋がっていたと仮定すればおかしな話ではない!)

 

アルスは廊下をズンズンと歩いていった。その頭の中では思考が駆け巡る。

 

しかし儲けたとしたら、そのお金で、一体どうする気だったのか。アルスには今だ分からない。だがこれだけは言える。

 

(あんな連中に操られてはたまるか。世の中を裏で操作する暗い影、リザーガ…。そんな組織の思い通りにはさせない。絶対にだ!)

 

アルスは窓の前に立ち止まり、そこから空を見上げて誓った。外はすっかり夜になっていた。しかしスヴィエート特有の明るい月明かりが窓の外からアルスを照らす。

 

皇帝として他の用事も沢山あるが、鶴の一声と言うのだろうか。

 

「仲間達と会いたい」

 

アルスは会議室に行く前にハウエルにそう言っていた。彼はきちんと手配してくれたようだ。

 

「皆!!」

 

「おわっ、アルス!?」

 

仲間達はと言うと、ハウエルに収集され、案内された部屋で待機していた。各々休憩ししばらく待っていると、慌ただしくアルスが部屋に入ってきた。ガットは扉近くの壁に寄りかかっていた為、思わぬ音にびっくりする。

 

「いやーアルス君!すごいヨ!いや、陛下って呼んだ方がいいのカナ?」

 

「そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。今まで通りでいい。それより皆、すまなかった。俺も正直言っていきなり過ぎて驚いていたんだ」

 

「まぁ、その割にはとても素晴らしかったですわよ?」

 

「ああいうイベントは順序が決まってる。一度覚えてしまえばそれで終わりだ」

 

アルスは少し照れながら言った。

 

「それより、いいんですか?僕達なんかと会って、貴方は皇帝陛下なんでしょう?」

 

ノインはフィルとポーカーをしていたようで、カードを片手に話しかけた。

 

「いいんだ。それに好都合だ。皇帝になったなら戦争を止められる。元々俺の勝手な死亡報告が原因になった為でもある。俺が本国に帰らなかったからだ、だから責任はきちんととる所存だ」

 

「そこだ、なあアルス。お前何で俺らと一緒にいたんだよ?スヴィエートのお偉いさんがなんでロピアス観光紛いな事なんか。それにルーシェも」

 

「実は…」

 

アルスは経緯について全てを話した。

 

「フーン、そんな大変だったのか、ルーシェは。まぁ治癒術使えるのは知ってたけど、小生にとって別に大したことではなかったぞ」

 

「まぁ、あなたはまだ幼いですからね。治癒術師についてあまり詳しく現状を知らないというのが事実ですわ」

 

皆旅の途中、ルーシェが治癒術を使える事は知っていた。それについては事情を話し、黙認の仲だった。

 

「フン、お前が皇帝になった所で小生の態度は変わらん。変わるとでも思ったか?思っただろう!?だが残念だったな!」

 

あっかんべー、とフィルはアルスに向けて舌を向けた。

 

「別に期待していないぞ、ガキめ」

 

「何ィ!?」

 

「まぁまぁ2人共!落ち着いて!」

 

ルーシェに押さえられ、アルスは咳払いをする。

 

「ゴホン、…そこで、俺はまたロピアスに向かう。今度はスヴィエートの皇帝として正式に、だ。あちらの国の代表とリザーガの存在についても話し合いたい」

 

「ふーん。で?何で俺らにそれを言いに来たの?ただの状況報告?」

 

ガットが言った。

 

「……、それは、その、俺が…、お前らと別れたくはないというか……。折角仲間が出来た、のに………」

 

アルスは目を逸らし、頬をかいた。若干その頬は赤く染まっている。

 

「ん?それってボク達とお別れしたくないってコト?」

 

ラオが言った。図星だった。だが変なプライドのせいか思ってもないことを言ってしまう。

 

「馬鹿!勘違いするな!護衛としてつ、付き合って、つ、付き合わせてもいい、って事だ!」

 

「へー、何それ!大将も可愛い事言うじゃんかー!仲間意識って奴?なぁなぁ」

 

ガットはからかう様にアルスをニヤニヤと見つめた。

 

「う、うるさい…!」

 

「何それツンデレですか貴方?僕は野郎のツンデレはいらないです。まぁつまり、素直についてきて欲しいって事ですよね?」

 

ノインは持っていたカードをシャッフルしやがら言った。

 

「えー、メンドー」

 

フィルはジト目でアルスを睨み付けた。

 

「あら、良いではないですか。うふふ、スヴィエート皇帝陛下とコネを持つ事が出来るなんて夢にも思いませんでしたわ。乗りますわ、私。貴方様の護衛とやらに」

 

「えー!!マジか師匠!?」

 

「マジですわ、嫌なら漆黒の翼に戻ってもいいのですわよ?」

 

「ヤダー!!」

 

フィルはぶんぶんと首を振った。、

 

「まぁ僕も、ぶっちゃけカジノ戻っても何早々に戻ってきてんねん!?お前アホちゃうか!いや、アホやな!ついていけや、アホンダラ!!とか言われそうなので」

 

ノインはカイラの声真似をして言った。かなり似ている。アルスは寒気が走った。

 

「俺もー、それにコネとして、万屋の仕事がスヴィエート皇帝陛下のお墨付きってなれば客増えるだろうし。つか第一まだロダリアの氷石の依頼終わってないしな。アルスの権力使えば楽だろうし、それにルーシェの短刀だってまだ見つかってないし、あれだ、カヤ探さねーと」

 

「ボクはアルスに着いて行くヨー!暇だし。現代に居場所ないし。ボクの居場所はもうここだヨ。だからありがたいネ、アルスと一緒にいれるのは」

 

「わ、私は……」

 

仲間達が次々と決断していく中、ルーシェ1人はまだ決められず迷っていた。戴冠式の時からずっと思っていた事が、決断の邪魔している。

 

(私は、どうすればいいの?)

 

顔を俯かせそう迷っている中、アルスは優しくルーシェに声をかけた。

 

「ルーシェも、俺と一緒に来てくれないか?」

 

「…え?」

 

ルーシェは顔をあげてアルスを見た。

 

「まだルーシェの短刀を取り戻していない。それに君を巻き込んだのは俺だ」

 

「そんな、違う!私の、私の力のせいでアルスは!あの時アルスを巻き込んでしまったのは私のせいでもあるの!それにアルスは皇帝…!私の…、この力は…っ!ごめんなさい!!!」

 

「っルーシェ!?」

 

ルーシェは堪らず部屋から飛び出した。彼は優しかった。こんな自分の為に、あんな短刀なんかの為に。私にとっては形見だが、彼にとってはただの貧民のみすぼらしい短刀にしか思えないはずなのに。その優しさに耐えきれず、言いたい事がいっぱいいっぱいになり、アルスの声を背に、行く宛もなく衝動的に走り出した。

 

(何で、こんな力を持って生まれてしまったの?力さえ無かったら、私は自由で…、彼を巻き込むことなく、私は普通の生活を────)

 

ルーシェは首を振った。

 

(ああ、でも。この力がなかったら、きっとアルスの事を助けられなかった、アルスと出会わなかった、仲間達とのあの楽しい旅もきっと────!)

 

そんな複雑な思いがルーシェの心に渦巻いていた。



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セルドレアの花と、平和条約

ルーシェは部屋を飛び出し、必死に走った。

 

(そうだ、女将、女将の所へ行こう。私の事を心配してるはず!)

 

だが、城は広く、ルーシェ達が待機していた部屋は1階だったが、どうやって外に出られるかも分からず迷ってしまった。適当に外に出る扉だと思い開けてみると、そこは中庭だった。

 

スヴィエート独特の明るい夜。雪が少し降っていた。月明かりは中庭を照らし、彼女の目に大きな花壇が入った。そこにはスヴィエート国花のセルドレアの花が青く、美しく咲き誇っていた。

 

「綺麗…………」

 

ルーシェは思わず息をのみ見とれた。凛として咲き、それはまるで花でできた青く澄み渡る海だ。

 

「ルーシェ!!」

 

ルーシェはびくりとした。アルスの声だ。

 

「ア、アルス…」

 

ルーシェが振り替えると、黒い戴冠式の衣装のままのアルスがいた。あの後そのまま追いかけてきたのだろう。

 

「はぁ、一体どうしたんた。いきなり飛び出すなんて…」

 

アルスは息を整えると、服装の乱れを直した。

 

「ごめんね、アルス…。やっぱり、私は一緒には行けないよ…」

 

「え…」

 

アルスはその言葉に目の前が真っ白になった。何故だ、彼女は今まで一緒に付いてきてくれたではないか。

 

「私、考えたの。私のこの治癒の力、これのせいでアルス達をまた危険に巻き込むんじゃないかって…、それに治癒の力を持つ者、皇族に関わるとろくな目に合わないって昔女将が言ってたの」

 

「…、だから俺達と一緒に行けないと?」

 

「うん、迷惑はかけたくないの。だから、私…」

 

アルスは溜め息をついた。吐いた息が真っ白になって風に乗る。

 

「はぁ~…、何かと思えばそんなことか…」

 

「そ、そんな事って…!」

 

「前にも同じような事があったな。あれは俺とルーシェとガットがエルゼ港行きの船に乗った時か」

 

「えっ?」

 

「そんな事だ。いいか?今の台詞、あの船での出来事と似ている。立場が逆になっただけだ。いいか、その力は確かに命を狙われるかもしれない。だが、その力のお陰で皆の傷が治せるし、事実俺は君に命を救われた。ガットの腕を治したのも君だ。そんな君の治癒の力どうこうしようなんて、絶対に俺はしない。むしろ皇帝になったのならそれを防ぐ事もできる。つまり、もうルーシェは俺達になくてはならない存在って事だ」

 

「…それって私の力が必要って事?」

 

ルーシェは恐る恐る聞いた。そうであって欲しい。そう期待したからこそ、聞いたのだ。

 

「そうだ。あ、いや。個人的に一緒にまた付いてきて欲しいってのも…。いやいや、何言ってるんだ俺は。つつっ、つまり、ルーシェは俺達の仲間というか、かかせないというか」

 

アルスは自分の大胆な発言に修正を入れたが、吃りはじめる。

 

「ホントにいいの…?信じていいの?」

 

「勿論。じゃあ命令しようか。俺と一緒に来いルーシェ。皇帝勅命だ」

 

アルスはルーシェにビシッと指を指して言った。ルーシェは彼の予想外の行動に思わず笑った。

 

「っぷ、ナニソレ!?似合わない~!アハハハ!」

 

「お、おい!笑うなっ!」

 

アルスは急に恥ずかしくなり顔を真っ赤にさせて言った。

 

「ありがと!アルス!な~んか悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなってきちゃった!アルスの今の行動見たら」

 

「……それって、遠回しに俺の今の行動が馬鹿っぽかったと言いたいのか?」

 

「あはは!そうとも言うかも!」

 

「ぐぅ、失礼な…。皇帝になったんだぞ!俺は…!」

 

別にこうからかわれても嫌な気がしないのは、きっと彼女だからだろう。

 

「無理に皇帝になりきらなくてもいいんじゃない?アルスはアルスらしく。その方が息も詰まらないし、楽でしょ?」

 

ルーシェはお見通し、と言うように笑った。

 

「う…む、そうだな…」

 

「…でも、励ましてくれたってのは分かったよ!全然馬鹿っぽくないし、むしろかっこよかった!それに…、嬉しかったよ!」

 

「え、そ、そう?」

 

アルスは心底ホッとした。彼女はきっとこう言いたいのだろう。アルスなりだけど、励ましてくれて、一緒に来てくれ、と言ってくれてありがとう、と。

 

「えーと、じゃあ。一緒に来てくれるのか?ルーシェ」

 

「うん!皇帝勅命だもんね!」

 

ルーシェはにやける口元を手で押さえながら言った。

 

「だから、別にあれは冗談で言っただけで…!」

 

「分かってるって!アルスとまた旅が出来るのは嬉しいよ!私個人としても」

 

「そ、それは…良かった」

 

アルスは顔が熱くなるのが分かり、目をそらして返事をした。

 

「それにしても、綺麗だね。このセルドレアの花」

 

中庭にそよ風が吹きこみ、ルーシェは髪の毛を抑えつつ、アルスに微笑みかける。月夜に照らされた彼女の笑顔が眩しい。

 

「………あぁ……………」

 

アルスは思わず見とれて、生返事する。そしてふと、ルーシェの手を握った。

 

「……?アルス?」

 

「ルーシェ。俺は、君の事が────」

 

その時強い風が吹き、青い花片が空に舞った。ザァッとそれは吹き荒れ、幻想的な雰囲気が2人を包み込んだ。アルスは風に煽られて、ハッとした。

 

「………っさぁ!戻ろう!ここは冷える」

 

「うん?そうだね、そろそろ戻ろっか!」

 

パッと手を離し、照れながらアルスは後ろを向いた。今の自分の顔は最高に赤い。

 

そしてセルドレアが咲く花壇を抜け2人は各々の部屋へと戻ったのだった。

 

 

 

そして翌日。

 

「アルエンス様~、朝ですよ」

 

「う、ぐ…」

 

シャッとカーテンを開ける音が耳に入る。そしてマーシャの声だ。コーヒーの匂いが鼻をかすめた。アルスは重たい体を起こした。

 

「おはよう…」

 

ああ、日常だった頃の朝だ。

 

「おはようございます、陛下。さぁ朝食を取って。ご友人達も一緒ですよ、貴方様の命令通りに」

 

「分かった。コーヒー飲んだら行く」

 

「かしこまりました」

 

アルスは目覚めのコーヒーを飲むと顔を洗い衣服に着替えた。昨日ラオが、「朝食どんなものかなー!アルスも一緒に食べるんだよネ!?」と、さも当たり前のように元気はつらつにアルスに言った為アルスは仕方なく許可したのだ。

 

(本来は1人で取るものなんだが…)

 

少し肌寒い。アルスは腕をさすりながら支度を始めた。

 

 

 

「おはよう」

 

「よう、アルス。おはよ。昨日の説得はうまく言ったようだな。ルーシェの様子を見る限り」

 

ガットはにやにやしながらアルスに言った。ルーシェはフィルとあやとりをしながら遊んでいた。彼女はフィルと一緒に笑っている。

 

「ああ。…何にやついてる?気持ち悪い…」

 

「別にぃ~?で?どうすんだこれから」

 

「それは食後に説明する。まずは朝食だ」

 

「だな、俺様賛成。めちゃめちゃ料理うまそうだし」

 

広間には仲間全員が集まっていた。料理が運び込まれ皆席につく。ラオは異常な程の食欲で、おかわりを何度も所望していた。

 

「はぁ~、ゴチソウサマ!美味しかった~」

 

「食い過ぎたお前。どんだけ燃費悪いんだよ。流石はゾンビだな」

 

「ガットはボクよりもう少し食べた方がいいんじゃない?ホラ、ただでさえ脳筋なんだから頭の回転が遅くなるよ?しっかり朝食食べないと」

 

「オイ、喧嘩売ってんのかテメェ」

 

「短気は損気だヨー」

 

あの2人を隣に座らせるんじゃなかった。とアルスは後悔した。他のメンバーは朝食の美味しさに満足したようだ。

 

「さて、皆。これからの行動についてなんだが」

 

「ああ、確かロピアスに向かうのでしたわよね?」

 

ロダリアが口元をナプキンで吹きながら言った。

 

「そうだ。俺はこの通り生きてる。そして鉄道爆破事件もリザーガによるものだと言うことだ。俺の暗殺を企てた奴らもな。以上のことを踏まえると戦争を起こす意味がない。起こした所でアジェスやリザーガが独り勝ちするだけだ。それに、俺は戦争など断固反対だ」

 

「あら?珍しいですわね?スヴィエートと言えば戦争というイメージが強いのですけれど?私」

 

「フン、貴方の母国も言えた事じゃないだろう。ロダリアさん」

 

アルスは机の上に両手を組み、そこに顔を乗せるとロダリアを睨んだ。

 

「…そうでしたわね。戦争ですか…、あまりいい思い出はありませんねぇ。いい思い出もありますが」

 

「戦争でいい思い出なんかあっていい訳ありませんよ。何言ってるんですか貴方」

 

ノインは少々怒った様子でロダリアに言った。

 

「あら、失言でしたわね。ごめんなさい?」

 

「僕に謝られても…。ただ、戦争など絶対に良いわけがない。それは僕もアルスと同じです」

 

ガットも頷いた。

 

「そうだな、戦争なんて起こったら暮らしにくくてしょうがないもんな。仕事つーか、生活すらままならねぇ」

 

その様子を見たフィルも話に乗る。

 

「センソーは恐ろしいのだな、うむ」

 

「そうだよ、フィルちゃんは経験しなくていいんだから。私も経験したくないけど…」

 

ルーシェが言った。

 

「戦争を止めるために、そしてロピアスと平和条約を結ぶために、俺は今から動く。昨日、直筆で親書を作成した。ロピアスにも連絡はしてある。この親書をこれから届けに行く。俺の手でだ」

 

アルスは親書に結んである紐を解くと皆に見せた。

 

「なるほどな。俺らはその護衛ね。でもいいのか?普通そーゆうのって専門の護衛がいるもんじゃないのか?」

 

ガットは食後のデザートのプリンを食べながら言った。

 

「生憎俺は皇帝になったばかりで、皇帝を守る軍の特殊部隊の親衛隊とは顔馴染みじゃないんだ。それに緊張状態が続くロピアスだ。それを刺激するような親衛隊という本格的なスヴィエート軍は連れていくべきではない。罠と疑われても可笑しくないからな。無論ロピアスも最大限に警戒体制を取るはずだ。そこで、ロダリアさんが必要になる」

 

ロダリアはその意味が分かったようだ。

 

「なるほど、私は利用されるのですわね?貴方の外交に」

 

アルスはくすりと笑った。

 

「利用なんて、人聞きの悪い。交渉任として適役だと思っただけですよ。それに、貴方は国から鉄道爆破事件調査の依頼が来るほど信頼されている人物だった。俺の見る限り余程の情報を知っていると見る。それこそロピアスの極秘事項なんてものも、ね」

 

「まぁ、そんなに観察されていたなんて。コメントは差し控えさせてもらいますが。ふふふ、さしずめ私は捕虜と言った立場になるのかしら?」

 

「俺についていきたいと言ったのはロダリアさんの方だ。文句はないでしょう?それに、こうゆうの、お好きじゃないんですか?」

 

アルスはロダリアを一瞥した。

 

「ええ、大好きですわよ?だって、面白そうじゃないですか。捕虜ですか…、スヴィエート式拷問とかされてしまうのかしら。情報を吐かせる為に。恐ろしいですわぁ~」

 

扇子を口元に当て、クスリとロダリアは笑った。そのおちょくるような態度と目にアルスは苛ついた。思わず彼女を睨み付ける。自分は舐められているのだ、彼女に。だがアルスは毅然と、冷静な態度で接した。

 

「……冗談はよしてください。しませんよそんな事。貴方にそんな事をすればロピアスに対しての挑発行動以外の何物でもない」

 

「ふっ、なら拷問した後私を殺せばいい話だと思うのですが。情報は引き出せるし、ロピアスの弱点を知って和平を交渉しようとして奇襲など。寝首をかく事なんてもできますわよ?逆の立場としてもね…。私が貴方を殺す…とか」

 

ロダリアはその金色の瞳でアルスの銀色の瞳を見た。不穏な空気が2人の間に漂っている。

 

「………何が言いたいんですか?戦争が起これば貴方にとって暮らしにくい事この上ないと思うのですが。氷石を探すに至っても、カヤを探すに至っても。それとも、戦争を起こしたいんですか?俺にはそう聞こえますが。ただいつもの冗談ならやめていただきたいですね」

 

アルスはキッとロダリアを睨んだ。

 

「……戦争を起こしたい…ね。いやですわ陛下?私も戦争なんて起こしたくありませんわ。貴方の言う通り、住みにくくなりますからねぇ。私はだだ…」

 

ロダリアの発言がきれた。どこか遠い目で、その目は笑っているのか、そうでないのかは分からなかった。ただ黙っている。

 

「なんか、やーな雰囲気だネ、仲良く行こーヨ」

 

ラオは場の空気を和ませる為やれやれ、と手をお手上げ状態にし明るい声で言った。

 

「…そうだな。ラオの言う通りだ」

 

アルスはロダリアから視線を外すと、親書に紐を結び直した。

 

「師匠?どうしたのだ?」

 

フィルはロダリアの顔を覗き込んだ。

 

「あら、ごめんなさい。フィル。何でもないですわ」

 

「本当か?大丈夫か?」

 

「大丈夫ですわよ。ご心配有難う」

 

「そうか?ならいいが…」

 

フィルはそう言うと席に深く座りプリンを美味しそうに頬張った。

 

「船はもう用意してある。今から港に行くぞ。皆、準備してくれ。昨日の内に済ませたと思うが、もう一度確認するように」

 

「へーい」

 

「はーい」

 

「ほーい」

 

「了解しました」

 

「うぃーっ、あ!お菓子お菓子!お菓子の準備をせねば!」

 

「フィルちゃん…、遠足じゃないんだから…」

 

ガット、ルーシェ、ラオ、ノイン、フィル、皆それぞれ部屋を後にする。ロダリアが最後だ。アルスはロダリアが1人になったのを確認すると厳しい口調で警告した。

 

「…、貴方が私の立場を理解していないとは思いませんが、一応言っておきます」

 

「あら?何でしょうか?」

 

「口を謹め。先程の発言は貴方にとっては本当にただの冗談か?それか、自らの立場の確認か?本当に戦争を起こしたいとも思える挑発行為だ。それも、スヴィエート皇帝に対してな。貴方の立場はロピアス代表ではないでしょう?あまり自分の首を絞めるような事はしない方がいい。今、貴方の目の前にいるのは仲間であるアルスと同時に、スヴィエート皇帝だ。ロダリア、あまり俺を舐めるなよ」

 

アルスはギロリと彼女を睨んだ。始めてアルスはロダリアを呼び捨てにした。微妙な空間の間隔が2人の間にはある。静かにアルスは怒りをロダリアにぶつけた。

 

「肝に命じておきますわ。陛下?ふふ、怖いですわね。そんなに睨まなくても、私は貴方を殺したりしませんよ。ふぅ、全くロピアスとスヴィエートは相変わらず難しいですわね。先程は失礼いたしましたわ。私のお力でよければ協力いたします。本当ですわよ?」

 

ロダリアは早口で言った。

 

「…その言葉が聞きたかったんですよ。よろしくお願いしますね、平和条約の為に。それに、両国の利益の為にも…。リザーガ等に世界の覇権を握らせたくないでしょう?」

 

「……そうですわね。さて、私も皆と合流しますわ、では」

 

そう言うとロダリアは部屋を出ていった。



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本編 第2部
ハウエルとマーシャ


アルスは仲間達、そしてロダリアと別れると一旦自室に戻りハウエルとマーシャから話を聞いていた。

 

「ロピアスの現権力者は女王です。王政ですからね。知ってると思いますが名前は、ラミルダ・カドルノーテ・ロピアス…、と言う方てすね。ロピアス民からは愛称でレガルト様、とか呼ばれているそうです」

 

マーシャが言った。

 

「女王…、女か」

 

アルスは苦い顔で答える。どうもルーシェ以外の女はあまりいい思い出がなく、アルスは女性が少し苦手だ。唯一まともだと思ったのは女将シューラや馬車旅のエスナぐらいだろうか?カイラはもうトラウマレベルまで苦手である。ロダリアといいフィルといい、あの女盗賊のカヤといい。

 

「ええ。アルエンス様はついこの前の戴冠式の時に20歳ですよね。もうここ最近は忙しくてろくに祝えませんでしたが、戴冠式と同時進行のようなものでしたから仕方がありませんねぇ。なんとアルエンス様と同年代でして19歳でございます」

 

戴冠式後に2人からは祝福の言葉を貰ったが、今は本当に時期的に忙しい。誕生日の事は後にして。

 

スヴィエートは原則20歳にならないと、に基本的には皇帝にはなれない。しかし、昔例外が一部あった。アルスの祖父がそうだった。15歳で即位したのだ。アルスはスヴィエートに帰ってきていた時点で既に20歳の誕生日は過ぎていたのだ。すっかり忘れていたが。

 

「俺の1つ下なのか……。いつ王位を継いだんだ」

 

「先代ロピアス女王のシャーロットが亡くなって、即位したそうですから。齢17で王位に付いていますね」

 

「17でか…」

 

アルスより先である。

 

「一応先輩になるんでしょうが、恐らく仲良く、とはいかないと思いますよ、なんせ先代のフレーリット様はロピアスにとってまさに死神、あるいは疫病神と言った存在ですからね。シャーロット様にも随分と圧力かけてたみたいですし」

 

「父ねぇ…」

 

アルスは微妙な気持ちになった。父の功績は素晴らしいが、ロピアスにとっては迷惑極まりない行為だ。スヴィエートにとってかなり有利な条約を可決させ、更に領土問題で取り合っていたアルモネ島を奪い返されたのだから。だが元々自国の領土だ。奪った奴等が悪い。ハウエルが口を開く。

 

「何と言うか、気持ちいいぐらいの仕返しっぷりでしたね、先代の政策は。以前ロピアスがスヴィエートにやってきた事をやっていますし、自業自得なんですが、そのやり方がまた巧妙というか、いやらしいというか。徹底して他国には容赦がない。特にロピアスは…、因縁というか。あの方は論理的であれば、その考えを必ず実行します。逆に言えば論理的でさえあれば、例えそれがどんな残酷や非道な事でもやってのけてしまうのです。まぁ、言ってしまえば先代の政治的思想の事なんですが。彼の思想は、スヴィエートの意思、スヴィエートの望みでした。長年の国民の願い、ロピアスに報復という願いを、あのような形であの方は成し遂げられたのです。ですから、スヴィエートでは英雄、敵国のロピアスからしたらとんでもない厄介者、という事になるわけですね」

 

ハウエルはしみじみと言った。彼はスヴィエート皇族に人生を捧げた身だ。アルスの祖父母時代からなので、3代見てきた事になる。勿論、妹のマーシャもだ。

 

「条約で特に目立つのがやはり関税か…。それに貿易制限、軍拡張制限等、沢山あるな……」

 

「敏感な土地問題に関しては元の土地を奪い返しただけでした。第2次世界大戦末期のフレーリット様は、もう戦争はしたくない、と仰っていました。これ以上の戦は国力が浪費するだけで無駄だと」

 

「それでも問題は山積みだ…、はぁ……、大丈夫だろうか…?何だか緊張してきたし、自信も無くなってきた…。本当に平和条約なんか結んでもらえるのだろうか…?だって、あのロピアスだぞ?長年争い続けてきた、あのロピアス」

 

アルスは気が重くなり思わず愚痴った。ハウエルはそれに厳しく反応した。

 

「何です?弱音ですか?ここまで来て。貴方が提案した事ですぞ?きちんとやり遂げないと。先代はそんな弱音など絶対に吐きませんでしたぞ?強い意志を持って、常に行動しておられました」

 

「先代先代って……。またそれだ。あまり父と比べられてもなぁ…。俺はそのプレッシャーに押しつぶされそうだよ……」

 

アルスは幼い頃から父の話はよく聞かされていた。彼のその戦略は素晴らしく、常にロピアスを上回っていた。父は、あの様な人は恐らく天才なのだろう。才能に恵まれ、自分とはかけ離れた存在。

 

それに対する劣等感も、両親に対するコンプレックスの1つであった。父が天才であれば、当然息子は期待の眼差しで見られる。これはもう自然の摂理のようなものだ。マーシャはそんな彼の態度に喝を入れる。

 

「なら、その誇りと自信を持ちなさい。貴方は、フレーリット様の息子なのですよ?」

 

「父は完璧な天才だったんだろ?生憎俺は、天才なんかじゃない。完璧でもない。期待されてるのは、嬉しいけど……、でも……」

 

そう、自分は国民から期待されている。その昔の父のお陰で。だがそれが不安なのだ。

 

「全く、ハッキリしないですね。その考えは杞憂ですよ。それに、最初から上手くいく人なんていません。天才とか言ってますけど、あれはあの人自身の努力で身に付けた頭脳です。天才というよりも、フレーリット様は秀才ですよ。それに意見などよく元老院と対立してましたし…。天才なんて、もし先代が聞いたら買い被り過ぎ、とか言われますよ。それに、絶対に天才と言えない部分もありました。特に女性に関しては…。というか奥様に頭が上がらなかった人ですし…」

 

「ええっ!女に弱かったのか!?」

 

アルスは親近感が少し湧いた。意外すぎる。女性が苦手なのはアルスも同じだ。

 

「いえ、奥様限定ですね」

 

ハウエルはきっぱりと言った。

 

「何だ……」

 

途端アルスは落胆した。そしてまた落胆させるハウエルの言葉。

 

「その他の女性とは普通に話してましたよ。無論、彼の関心を引いてなおかつ必要な存在であったならば…ですが」

 

「ふーん……。奥様ねぇ……」

 

(奥様って、あの裏切り者スミラだろ?そんな奴にに頭上がらないまま殺されるなんて、確かに天才ではないのかもな…)

 

アルスがそう呟くと、ハウエルはニヤリと笑った。

 

「して、あのルーシェという人、とても素敵なお方でしたねぇ」

 

「だろ?なっ…、おいちょっと待て!何でルーシェが出てくるんだ!?」

 

思わず誇らしげに言ってしまったが、とんでもない。何故知っているこのジジイ。

 

「ふふふ、実はこの爺、見ておりました」

 

「うふふ、実はこのばあやも…」

 

「なっ、何を…?」

 

アルスはドキリとした。そして嫌な予感がする。

 

(まさか、まさか昨日の事なんじゃ…!)

 

「何って、アルエンス様がルーシェ様を必死に追い掛けてた姿ですよ!愛ですね!?愛故なのですね!?」

 

ハウエルは目を輝かせて言った。彼にとってはアルスは孫ような存在。孫の恋路が気になるのは当たり前の事だ。

 

「んなっ!?じぃ!!見てたのか!?」

 

「お?今焦りましたな?懐かしいですな。じぃと呼ばれるのは。焦っていた証拠ですな?ん?恋なのですな?」

 

「違うっ!!断じて違う!!あれは仲間として引き戻しただけだ!!」

 

アルスは顔を熱が集まる。図星だが絶対にこの人達には知られたくない。何故なら…!

 

「ん?今目が泳ぎましたな?それに顔もお赤い。いやはや。嬉しいですな。堅物のアルエンス様が恋とは……。ふっ……」

 

ハウエルは目を逸らし、口を手で押さえる。明らか笑っているのを隠している。そうだ、こうなると絶対にからかわれる。

 

「だから違うと言ってるだろ!!」

 

「おやぁ?そうなのですか?では、この写真は如何なものでしょうね?」

 

アルスが必死に否定するとマーシャは決まり手を出してきた。懐から1枚の紙を出し、そしてそれをアルスの机の上に置くと、それをひっくり返す。それは写真だった。

 

(─────!?)

 

「ッ!?俺とルーシェ!?しかも昨日の奴じゃないか!?いつの間に!?」

 

そう、その写真に写っていたのはアルスとルーシェ。丁度アルスがルーシェの手を握り、そのまま彼女に想いを言い出せなかった時。セルドレアの青い花片が空に舞い、月明かりに照らされている2人。無駄によく撮れていている。

 

「フフフ、このマーシャの撮影でございます。よく撮れているでしょう?勿論、会話も全て聞いておりました」

 

「えええええ!?ちょっ、待て!会話も!?ぜ、全部!?」

 

「俺と一緒に来いルーシェ、皇帝勅命だ、ですか……。まるでプロポーズとも聞こえるセリフですねぇ。ふっ……、ふふっ。くくっ……。おっと失れ、フッ……ぐっ…」

 

ハウエルはもはや笑いを抑えられなかった。アルスは顔から火が出そうになる。

 

「─────!!っじぃ!!」

 

「失礼っ、ふっ、ふふふふは、ハハハ!アハハハ!!」

 

「笑うなっ!!!」

 

「素敵ですわ。セルドレアの花畑で合間見える男女……♡ロマンチックです……!」

 

「いい年した婆さんが何言ってる!?」

 

アルスは椅子から立ち上がりマーシャにビシッと指をさして言った。

 

「あっ、いや。個人的について来て欲しいってのも…、いやいや、俺は何言ってるんだ。つつつまり」

 

「兄さん似てるわ!全く!!どうしてあそこで告白しなかったのです!?せっかくいい雰囲気だっのに!」

 

「ルーシェ。俺は、君の事が────」

 

「似てるっ!!」

 

ハウエルは昨晩アルスがルーシェに言った言葉を真似て言う。マーシャは感激しそれを絶賛する。

 

「おぉぉおおおおい!!やめろ!?何復唱してるんだ!?って言うかよく覚えてるな!?」

 

「いやぁー、面白いですねぇ、先代を思い出しますねぇ」

 

「一途な所は先代譲りですか…。やはり、親子なのですねぇ…?坊ちゃん♡」

 

マーシャは昔の呼び名を出した。アルスは彼らにはどうしても敵わない。なすがままにからかわれている。穴があったら入りたい。

 

「ぐぬぬ……!今何歳だと思ってる!?20歳だぞ!?その呼び方はやめろ!!もう大人なんだぞ!」

 

「大人と言えど、貴方はまだまだヒヨッコ同然です。何偉そうな事言ってるんですか。若いうちの失敗は付き物!それ以前に、若いうちに、失敗しておくのです!」

 

「そうですわよ!?失敗しない人間なんていません!不安になりながらも、貴方のご決断なのですから、責任を持ってやり遂げなさい!全力の失敗は、成長の糧です!」

 

いい事言ってるが、話をすり替えられた気がしないでもない。

 

「そうですとも!!アルエンス様なら出来る!先代の息子なのですから!」

 

「ちっがうわよ兄さん!アルエンス様は、先代に比べられるのを嫌がってるのに何さっきと同じ事言ってるの!?」

 

「あ、そうでしたな。えーと」

 

ハウエルはマーシャにどやされた。

 

「アルエンス様は、貴方の思う通りに行けばいいのです。それを全力で。ひたすら全力で、頑張るのです!皇帝駆け出しの、初仕事で重要な任務なのですから。とにかく頑張るのです!恋愛も!」

 

「………なんか、よく分からんが、とりあえず励ましてくれてるって事は分かった…、後半のセリフは置いておいて…」

 

「頑張ってください!アルエンス様!ルーシェ様と上手くいけるようにお祈りしております!」

 

「マーシャ!?今は流石にそこじゃないだろう!?平和条約が無事結ばれるかだよ!」

 

「あっ、そうでしたね兄さん」

 

「全くこの人たちは…………」

 

アルスは溜息をつくと彼らを見た。だが、嬉しくもあった。この人達らは、俺の味方だ。これは変わらない。自信喪失してる場合じゃない。ルーシェにも言われた通り、俺は俺のやり方でいく。

 

 

 

おさらいすると、ロピアスと和平を結ぼうなど、反対した者は多くいた。長年の宿敵と和平を結ぶのに抵抗があるのは当然だろう。だが予想外な事は、軍部が比較的賛同してくれたという事だ。軍なんて、一番反対されそうだったが、元より昔、父にこの先戦争は極力避けるように言われていたらしい。

 

軍総指令のイワンがそう言っていた。だからアロイスが皇帝になるのを拒んだのだ。何故ならアロイスは絶対に戦争に持ち込むだろうから。軍は絶対的な信頼をアルスの父、フレーリットに置いていたようだ。今なってはそれが身にしみるほどありがたい。

 

それにアルスは思った。スヴィエート国民は戦争なんか望んじゃいない。今の生活で不満もあるが、戦争する方が住みにくくなる。物価は上がるし、軍事パレードに参加させられる。自分も生きていた事だし、戦争はする意味がないのだ。

 

アルスはハウエルとマーシャに見送られ、仲間と合流するために街の入口へ足を進めた。

 

すると、懐かしい顔があった。シューラだ。ルーシェのいる宿屋の主で彼女からは女将と呼ばれている。アルスの恩人の1人だ。大変お世話になった人物である。

 

「シューラさん!」

 

「おや、貴方は。まさか皇帝陛下だったなんて、そうなると以前は失礼致しました」

 

シューラは深々とお辞儀をしたが、アルスは首を振った。

 

「いいんです。貴方が無事でなによりでした。ところで、何故ここに?」

 

「私はあの娘の親だからねぇ。娘を見送りに来たのさ。あの子ったら、すっかり元気そうにしてる。心配してた私がバカみたいだよ。アルスと一緒に行くんだよー、なんて得意気に話してましたよ」

 

そう少し寂しげな顔で言う。娘が帰ってきたというのに、また行ってしまうのはやはり悲しいのだろう。

 

「そうですか。シューラさん、あの。彼女の力の事なんですが、俺は見ていない、ということで」

 

アルスが言っていることは、彼女の治癒術の能力の事だ。

 

「え、あっ、み、見逃してくださるのですか…?」

 

シューラは驚いた。しかし、少々予想もしていた。ルーシェがアルスの事を話している時点で察していたのだ。

 

「ええ、俺は別に治癒術を研究したいわけでも、気味悪がるわけでもないですから。純粋に、彼女が必要なんです。あ、も、勿論力の事ですよ?」

 

アルスは安心させるように微笑みを浮かべた。

 

「そうですか。そいつは有難い限りです。あの子を、よろしくお願いします。どうやら皆と旅するのが嬉しいみたいで。さっきまで旅の話を嬉しそうにしてましたよ」

 

「ええ、分かってます。ルーシェは、必ず俺が守ります」

 

「有り難きお言葉です。ルーシェは街の入り口にいます。お仲間さんも、そこに」

 

どうやらルーシェは一旦シューラの元へ顔を出したらしい。彼女と会話を終え、アルスは皆と合流する事にした。



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雪合戦

街の入口付近に皆が待っている。アルスはルーシェに話しかけた。

 

「ルーシェ、丁度よかった。先程広場の噴水の所でシューラさんと会ったよ」

 

「あ!女将と会ったの?私はアルスの護衛として、旅の仲間として、そして、私の形見のナイフ探しのお手伝いとしてついて行くって言ったら女将ね、貴方のやりたいようにやってきなさいって、言ってくれたの」

 

ルーシェは嬉しそうに笑った。今まで世間どころかスヴィエートからも出たことがない彼女だ。旅が楽しいのだろう。

 

「そうか。俺もシューラさんにはとてもお世話になった。俺も少し話してきてね。彼女はとても優しい人だな。本当、無事で良かった」

 

「うん!それに、色々旅に必要な物とかもくれたの。必要だからって」

 

ルーシェはそう言うと道具袋をアルスに差し出した。アルスはその中を覗くと、アップルグミ、オレンジグミ、ライフボトルなど確かに旅にはもってこいの品ばかりだ。

 

「こんな物、貰っていいのだろうか」

 

アルスは恐縮した。シューラもルーシェも下町の貧民街出身なのだ。アルスはそう思わざる負えない。

 

「いいのいいの!気にしないで!」

 

「気にしないでって、ルーシェ……、なんだか悪いな…」

 

「あの人はイイ奴だ。小生にお菓子をくれた」

 

するとフィルが会話に入り込みポケットからゴソゴソと飴を取り出す。それを掌に乗せ自慢げにアルスに見せびらかした。

 

「飴?」

 

アルスはその飴を取ろうとした。しかし、

 

「これは小生のだ!!」

 

フィルは素早く手を引っ込めるとそれをサッと隠した。

 

「別に見ようとしただけじゃないか」

 

「ケッ、誰が信じるかそんな事」

 

フィルはぷいっとそっぽを向いた。毎度の事だがアルスはその生意気は態度に若干イラつき地面にしゃがむと雪を取り、丸めてフィルの頭に向かって軽く投げつけた。

 

「びゃっ!?ちべたっ!?」

 

「アルス!?」

 

ルーシェは彼の思わぬ行動に驚く。どうやら雪が少し首に入ったようで。小さな体をひょこひょこと動かし服から雪を掻き出そうとする。

 

「アルス君!?何やってるんですか!?」

 

それに気づいたノインは驚いて慌ててフィルの服をパタパタと仰ぐ。

 

「ハッ、どうだ。これがスヴィエート流の遊びだ」

 

アルスは憎たらしく、イタズラっ子のように笑うと雪玉を作り、上に投げては落ちてきたそれを手で掴み、フィルを舐めた目で見つめる。

 

「おのれ〜!ノイン!やってしまえ!」

 

フィルはノインの足を盾にして逃げると命令した。

 

「オッケー。最近ふざけてなかったですからね。お返しですよっと!」

 

ノインは雪を掴んで丸めるとアルスに向かって投げた、が。

 

「おっと」

 

アルスはすかさずしゃがんでそれを寄ける。その雪玉はアルスの後ろにいる彼、

 

「ふがっ!?」

 

「あっ…」

 

ガットに命中した。ノインはやってしまった、という声を出す。

 

「おい……、ノイン……!」

 

「や、やだなぁ…。わざとじゃないですよ?」

 

「アハハハハ!!ガット!顔雪まみれ!ブァッハハハ!!ヒ〜!ハハッ!アッハハ!」

 

ラオはガットを指差すと腹を抱えて笑った。

 

「黙れこの腐れゾンビ!!」

 

「もぐぁっ!?」

 

ガットは雪玉を素早く作ると大笑いしているラオの口目掛けて投げた。それは見事口に必中した。

 

「雪でも食ってろ、そうすりゃテメェのその燃費の悪さもちったぁ改善されんだろ」

 

「モグァガッ!ペッペッ!冷たイイ!ぬぅー、よくも!」

 

ガットはやり返す為に雪玉をガットに投げる。

 

「ああ、皆〜!何してるのーもう!ダメだって!」

 

ルーシェはどんどん伝染していく遊びに注意する。

 

「ギャー!?誰だ!?小生に投げた奴は!?」

 

「私ではないですよ?」

 

ロダリアはわざとらしく手の雪をパッパッと払った。

 

「いやいや!明らか貴方でしょう!?何手の雪払ってるんですか!?」

 

ノインはすかさずツッコんだ。

 

「あら、バレました?」

 

「酷いぞ師匠!」

 

「ロダリアさんまで!」

 

「あらルーシェ。でもこれってスヴィエートの遊びなのでしょう?」

 

「それは否定しませんけど…。ってこれ発端アルスだよ!」

 

ルーシェは頬を膨らませるとアルスに向かって言った。当の本人のアルスはフィルと絶賛雪合戦中である。フィルが雪玉を振りかぶり、

 

「喰らえっ!スーパートルネードエターナルブリザードフィルファイナビッ…、ファイナリティ!!」

 

フィルは長ったらしいそれを言うと雪玉をアルスに向かって投げた。

 

「今噛んだだろ。名前長すぎだ」

 

アルスはそれを余裕綽々と寄けた。

 

「コラ貴様〜!寄けるな〜!!」

 

「喰らえぇえぇい!!」

 

「いだっ!?」

 

ノインは自分がノーコンだと言う事を知り、なんと雪玉をビリヤードで使うキューで突いた。キューから注入されたエヴィを纏ったそれは鮮やかなコントロールを見せアルスの肩に命中する。

 

「ハーハッハッハッハ!!これなら負けるかァ!」

 

ノインは普段敬語の口調が変わるほど白熱している。

 

「ノイン!?なんつー卑怯な!」

 

「皇帝だからって容赦せんぞ!フィルの恨みは僕が晴らす!」

 

「いいぞノイン!やれやれ!!」

 

一方外野ではガットとラオの壮絶な雪合戦が繰り広げられている。

 

「オラァ!」

 

「当たらナーイ。そんなの当たらナーイ〜」

 

「あのやろっ、ちょこまか動きやがって…!」

 

「それ〜反撃!いっくゾー!」

 

ラオは懐から何やらよく分からない札を出すとそれを目の前に浮かせ雪玉を投げる。するとその雪玉はあろうことか分身して無数の数となりガットへ向かっていく。

 

「うぉぉぉおおおい!?何だこりゃ!?いででででっ!!冷たっ!?ちょ!オイコラ!アリかよこんなの!」

 

「秘技!雪玉分身の術~。なーんちゃって」

 

あちらは随分とアグレッシブである。

「もう!アルス!」

 

「わっ!ルーシェ!ごめっ、おぶっ!?」

 

アルスはルーシェに怒られると慌てて振り向く。すると顔面ストレートに雪玉が直撃した。

 

「………………え?」

 

アルスの目の前が真っ白くなり、雪の冷たさが段々と伝わってくる。

 

「アハハハ!!引っかかった~!」

 

彼女のしてやったり、という声を耳で聞くとどうやら彼女に投げられたらしい。

 

「でかしたぞルーシェ!!見ろノイン!奴のマヌケヅラを!ぶあっははは!」

 

「僕の見せ場がっ…!!ぶっ!」

 

ノインの顔面にもアルス同様雪玉がクリティカルヒットした。

 

「おや、当たりましたか?」

 

「ロ・ダ・リ・アさーん!?」

 

 

 

こうして白熱した雪合戦も終わり、オーフェンジークの港に着くとアルスは上級軍人に話しかけられた。

 

「ああ、陛下。到着が遅いので心心配していました。ん?陛下、服が濡れてるようですが…。それにお仲間の皆様も…」

 

軍人は怪訝そうな目でアルス達を見る。口が裂けても言えない。スヴィエート皇帝が仲良く雪合戦をやっていたなんて。

 

「なっ、何でもない。気のせいだ。気にすることはない」

 

「はぁ…、失礼いたしました」

 

怪訝そうな顔は変わらず、軍人は敬礼をした。なんとか誤魔化せたようだ。

 

「こ、これから直通でエルゼ港へ行くからな。シャワーを浴びる事も必要だろう。タオルを人数分用意するようにしてくれ。今日の分も入れてな」

 

「かしこまりました、陛下が乗船したら、間もなく出航致します」

 

船のタラップが降りてきて、皆が乗り込む。アルスは一番最後に乗った。

 

「良い船旅を」



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再びロピアスへ

ここまで来ると大体予想ついていると思いますが1部で3ヶ国既に回ったのでここでネタ元ばらし。それぞれの国についてですが。

スヴィエート→ソビエトを文字ったもの
ロピアス→ヨーロピアンを文字ったもの
アジェス→アジアを文字ったもの

です。スヴィエートは雪降る寒冷な気候はまんまロシア、んでイメージ的には堅物ゲルマン系+ロシアみたいな感じです。雪振らない所もあるんですよ実は。

ロピアスはイギリス+フランス+イタリア+スペイン+トルコみたいなものかな?

女王はイギリスモデルですし、ハイルカーク時計塔もビックベンですかね。ラメントはイタリアのアマルフィがまんまモデルです。後に出てくるミガンシェもイタリアっぽい感じ。芸術の街ポワリオはフランス。田舎のデネスはスペインの田舎をイメージした感じ。

アジェスはもちろん、日本+中国です。あの長い川サンハラ川なんてまんま中国の長江をイメージしています。

史実と違いすぎる点もあるだろ、というツッコミも聞こえそうですがあくまでモデルです(笑)
全部同じなわけではありません〜(  ̄▽ ̄)


「スゲー……、豪華な船……」

 

「まるで豪華客船ですわね」

 

「ほえー、凄いですねぇ」

 

「快適そうだネ」

 

「すっごい船……」

 

「これなら小生も船酔いしなさそうだな、うむ。合格にしてやろう」

 

船に乗り込んだ皆はそれぞれの感想をもらした。

 

「当たり前だ。俺が乗るんだから。この船はナルザハトと言って、まぁ、見た目は豪華客船に近いな。だが万が一に内装は備えてイロイロとあるが」

 

アルスは敢えて言わなかった。見た目豪華な船だが、中身は俺達の他に船員はもちろんスヴィエート軍人も乗っているのだ。そして、沈められそうになった時の対処等は、この船は出来る。無論戦艦に比べると力は歴然として低いが。

 

「この船は速い。明日にはロピアスだ。それまで皆自由にしていて構わない。ただあまり目立った行動はしないでくれ。しないと思うが、念のためな」

 

皆の返事を聞くとアルスは自室へ行った。皆それぞれ部屋は個室で用意してある。アルスはシャワーを浴びて、バスルームから出た。まだ湯冷め火照った体に服は早いと思い、ズボンだけ履き、上半身は何も着ないで椅子に座った。

 

髪の毛を拭いていると、ふと一昨日の出来事を思い出していた。戴冠式の式典が終わり、街のパレードも終わった後、平和条約を結ぶと、アロイスやサーチス、そして元老院代表とスヴィエート軍総指令に伝えた事だ。アルスはその後、仲間達の所へ行ったのだ。

 

(俺は、俺の判断は正しかったはずだ。ハウエルやマーシャも言ってくれた。正しいと信じたい…!)

 

アルスは髪の毛を拭いていたが、いつの間にかその手は止まっていた。

 

(ロダリアに拷問…か…。本来はそうするべきなんだろうな…)

 

仲間を拷問など、アルスはしたくなかった。一緒に過ごした時間は変わらない。それに彼女に助けられた事は多くある。彼女がいなければそもそもアジェスに行けなかった。

 

だが彼女から情報を引き出すのは無理だと、分かっている。こんな、仲間は大事だとか、綺麗事を考えている癖に自分はスヴィエートの事を第一に考えなくてはいけない。もう自分は皇帝なのだ。スヴィエートに有利な事は、確かに良い。だがせっかくできた仲間を思う心も本心である。

 

アルスは心の底ではロダリアを信用したいという気持ちの方が勝っていた。だが、それは裏を返せば。もし、もしその信用が裏切られたのだとしたら、どうするのだろうか、というものだ。

 

そこまで考えると、アルスは首をぶるぶると横に振り思考を停止させた。

 

(今考える事じゃないだろう。今は、平和条約が結ばれる事だけを、考えていればいい)

 

アルスはそう自分に言い聞かせ、椅子から立ち上がった。喉が乾いていたので、水を飲もうと取りに行くが、思わぬ来客が来る。ガチャリとノックもせずにいきなり入ってきた。同時にドア前の見張りの軍人の

慌てた声も聞こえる。

 

「あ!ルーシェ様!ノックした方が……!」

 

「アルスー?私の個室のシャワーが壊れて……、きゃあああ!?」

 

「ん?ってルーシェ!?」

 

アルスは彼女の姿を確認すると驚いた。何故かルーシェはバスタオル一式を持っている。

 

「な…ななな、何で裸なの!?」

 

「何でって、シャワー浴びてたからだよ!それに誤解される言い方だから修正入れとくけど、裸ではないからね!?」

 

きちんと下にズボンは履いてる。隠してる所は隠してるのだ。

 

「ふふ、服着てよ!!」

 

ルーシェは顔を赤くし急いで後ろを向いた。

 

「ノックせずに入ってくる方も悪いと思うんだけど…」

 

「しないよ!ノックなんて!少なくとも私はそうだった!」

 

アルスは彼女の常識は、たまに常識ではない事を知った。そういえば彼女は宿屋でシューラと2人暮らし。あまり男の体は見慣れていないのかもしれない。いやいや、でも宿屋に男が泊まることもあったのでは?まぁ、今はそんな事どうでもいい。

 

アルスはハンガーにかけてある自分の服を着ると彼女に話しかけた。

 

「で、どうしたの?」

 

「ふ、服着た?」

 

「着たよ」

 

ルーシェは振り向くと安堵の表情を見せる。

 

「はぁーびっくりした。もう、今度から気をつけてよね」

 

何と言うか、

 

(普通あの状況だと悲鳴をあげるのは俺の方じゃないか?)

 

と、思ったが口に出すのはやめた。

 

「いや、気をつけるのはルーシェ……、まぁもういいや。で、要件は何?」

 

アルスはボトルに入っている水を一口飲むと彼女に聞いた。

 

「あ!そうそう!酷いの!私の部屋シャワーが壊れてて浴びれないの!」

 

「壊れてた?それは災難だったな。直す様に言っておくよ。流石に今すぐは無理だろうけど」

 

「でも私今日シャワー浴びれないよ〜、困ったなぁ〜」

 

ルーシェ頭をかかえ悩んだ。「いやいや」と、アルスは呆れた。

 

「……普通に誰かの借りればいいじゃないか。フィルとか、ロダリアさんとか」

 

アルスはそう言うとまた水を飲んだ。

 

「あ!そうだ!じゃあアルス!シャワー借して!」

 

「グフッ!ゲホッ!?ゴホッ!!ゴホッ!」

 

アルスは彼女の発言に驚きすぎ、むせて飲んでいた水を吐きかけた。

 

「アルス?どうしたの?大丈夫?」

 

彼女は自分が何を言ってるか分かっていないようだ。

 

「ゴホッ、ちょ、ちょっ……と待てルーシェ。今借りに来たと言った?俺の部屋に?」

 

「うん!ほら見てバスタオル持ってきたから大丈夫!」

 

自慢げに見せびらかしてくるが、何が大丈夫なのか分からない。何処の誰が男の部屋に来た挙句シャワーを借せと言うのだろうか。

 

「あ、あのねルーシェ。君分かってる?」

 

「??分かってるって、何を?」

 

「普通に女性陣の部屋行けばいいだろう借してもらうなら!何故俺のところで借りる必要がある!?」

 

「だって、それは壊れてた、っていう事伝えるためだよ!ついでに、何かタオル持ってきちゃったから、もうめんどくさいし成り行きでここで借りようかなって。ほら!それに皇帝の部屋だよ!他のより広いんでしょ!?」

 

「な、成り行きでっ、て…、広いって……!」

 

やはり彼女は微塵にも分かっていない。男の部屋来てシャワーなど、確かに信用されてるのは有難いが、それだけ自分は男として見られていないのだろうと思うど無性に悲しくなる。

 

彼女の場合そんな事はまるっきりなく、ただ言動そのものだがアルスにはそうは思えない。ましてや自分ははルーシェが好きなのだ。自分が彼女に手を出さなくもない。いや出さないけど。というかここでシャワーなんて浴びられたら生殺し過ぎる。

 

「いいよねもう、船広いんだもん。戻るのめんどくさいし。お邪魔しまーす」

 

「あっ!ちょっ!?」

 

「すぐ終わるから!」

 

「そうゆう問題じゃなくて……!」

 

ルーシェはアルスの部屋に入るとバスルームへ向かった。焦るアルスはお構いなしにズンズンと進んでいく。

 

「あっ、あったかいね、そういえばさっきまで入っていたんだっけ?」

 

ルーシェは脱衣室の扉をピシャッと閉めロックをかけた。

 

「う、ぁ、おいぃい!ルーシェ!」

 

アルスはそこで足を止めた。ここから先は楽園、だが。今すべき事じゃない。今そんな事したら最低の男になってしまう。

 

「………、うぉぉおおお………、何でこんな美味しい展開に……!俺はっ!」

 

アルスは顔に手を当て嘆いた。

ルーシェがシャワー浴びに来た事を嘆いているんじゃない。こんな美味しい状況になっても手が出せない自分の不甲斐なさとそれとルーシェの警戒心のなさ。流石に無防備すぎる。俺じゃなかったらどうなるんだこれは。

 

しばらくそうした状態でいたらシャワーの音が聞こえ、あろうことか彼女の鼻唄まで聞こえる。アルスの顔は赤くなり、あらゆる邪念が押し寄せる。これは、いや、これは健全な男として当然な思いのはず。

 

(ルーシェの裸…………、彼女胸どのぐらいなんだろう。パッと見普通っぽいけど多分、いや絶対アレは着痩せしてる。着痩せするタイプ。着痩せする服!いや、というかあまり体のラインがでない服だからか。うがぁぁぁああ!!何で彼女はこうなんだー!?まるで俺に対する警戒心がない!!襲うぞ!?襲ってもいいのか!?犯すぞ!?いやいや馬鹿か?!何言ってるんだ俺は!?そんな事したら彼女に嫌われるだろ!嫌われるどころか一生口聞いてくれないかもしれない!それは絶対に嫌だ!)

 

アルスは邪念を払うため頭を壁に打ち付けた。はたから見ると本当にただの変人である。

 

(─────!ダメだダメだダメだダメだ!冷静になれアルエンス!変な妄想はやめろ!あー、でもD?いや、でもEはあるはず……!って、何考えてるんだ!!最低だぞ俺!)

 

アルスは更に混乱し、冷静になるために水を飲み干した。

 

「ぶはっ!ハァッ、あ゛~、はぁ~…」

 

水を勢い良く飲んだせいで息苦しくなり慌てて空気を取り込む。するといつの間にかシャワーの音は消えていた。いきなり脱衣室の扉が開いた。

 

「アルスー!大変!服忘れちゃった!」

 

「はぁっ!?ってちょ!?うぇええええ!?なんっ、ルーシェ!?そそそれは!はだっ、はだか……!!」

 

脱衣室から慌てて出てきた彼女はバスタオル1枚だけ体にまとった姿であった。

 

「裸りじゃないよ。さっき同じよな事あったよ!ちゃんと隠してるよ!」

 

仁王立ちで見せびらかしてくるが俺にはとても耐えられない。

 

「いいいい、いいから!こっち来るな!!目の保養……って違うっ!!目のやり場に困る!!」

 

「私の部屋から服取ってきてくれないかな。忘れちゃって……」

 

「何で忘れるんだ!?1番重要な物だぞ!」

 

「タオル持ってたら満足しちゃって……、すっかり忘れてた、えへへ」

 

照れ笑いするルーシェだがアルスは直視できない。

 

(た、谷間………。というか胸…、胸がっ、思ってたより大きい!)

 

「ふ、服なんか俺が持ってこれるわけないだろっ!?と、とととりあえずこれ着て!!」

 

「わぁっ!」

 

アルスは乗船前に着ていたコートを彼女に被せた。雪合戦時に濡れたのでハンガーにかけて乾かしていたのだ。

 

「うわぁ、大きいね…。これなら隠せるサイズ!」

 

ルーシェの身長は165cmでアルスの身長が179cmなので、大体彼女の体の部分は覆い隠せた。あくまで大体、だが。

 

「ありがとアルス!ちょっと借りるね!」

 

「……………うん……」

 

彼女の天然っぷりにアルスはげっそりとして壁にもたれかかった。

 

ルーシェは脱衣室に再び戻り、しばらくして出てきた。コートをすっぽりと着て幸い見える部分は彼女の太腿辺りから下の部分。だが少し長さが足りないようで、裾を控えめに押さえていた。

 

「すぐ部屋に戻って、服着たら返しにくるから、待ってて?ごめんね?迷惑かけちゃって…」

 

「ああ。全くだよもう…、早くしてくれ……」

 

口ではそう言うが、

 

(全然迷惑じゃない。むしろありがたすぎた。裾押さえてる姿とか、なんかヤバイ………)

 

アルスは真っ赤な顔を隠す為に後ろを向いてルーシェを帰らせようとする。

 

「じゃ、急いで戻ってくるから!」

 

「………………分かった」

 

彼女が部屋から出ていき、頭がだんだと冷静になってきた。

 

(ちょっと、ちょっと待て。あのコート、ルーシェが着たって、ルーシェ着たって事は…………!?俺のコートだから、つまりその、また、アレ、あのコートを着なくちゃいけないことになる!!)

 

「うぉおおおおおっ………!!」

 

歓喜しすぎて無性に叫びたくなってアルスは叫んだ。

 

 

 

翌日ロピアスに着いた。

 

エルゼ港に着くとまた雨が降っている。なかなか激しい雨で雨粒が大きく地面に打ち付ける音が耳に響く。

 

「雨か……」

 

アルスは空を見上げた。空は黒く、雨雲が立ち込めている。時折雷の音も聞こえる。

 

「そういえば、前に来た時も雨が降ってきたな…。降りやすいのか?」

 

アルスは独り言を言うとロダリアが答えた。

 

「いいえ?あまり雨は降らない方なのですが…。それに雷まで鳴るのは珍しいですわね。基本この国は温暖で、乾いた空気が特徴なんですが。まぁ、これは私が子供の頃の事ですがね。聞くところによると、20年程前から徐々に気候が変動してきたようですわ」

 

「へぇ、相変わらず博識ですねロダリアさん」

 

アルスは思い出した。そういえばベクターに襲われた後、船室で休んでいた時もそのような話をきいたのだ。

 

「いえ、それ程でも。私はこの国出身ですから」

 

「そうでしたね」

 

その会話を済ませるとアルスは船から降りた。タラップが降ろされ港に降りると両脇に軍人が待機しており傘をさしてアルスが濡れないようにする。

 

「悪いな」

 

「いえ、陛下のお体が濡れてはお風邪を引いてしまいます」

 

「悪いが仲間の分も用意しておいてくれないか、先に降りた筈なんだが」

 

「もちろん用意してあります、捕虜のロダリア殿もいるのですからね、丁重に扱えとの陛下の指示です。我々はそれに従順に従うまで」

 

「そうか」

 

いよいよ港に降りるとそこには数百のロピアス軍が待機してた。アルスは仲間と合流した。圧倒的なその数は普段賑わっているだろうこのエルゼ港の雰囲気を飲み込み厳格なものにする。やがてアルスの周りにもスヴィエート軍人が集結する。アルスは仲間達の所へ行くと軍人もその後を付いてきた。隣にはロダリアがいる。そして他の仲間も空気に飲まれ、沈黙を貫く。

 

(やはり警戒体制は最上級だな、少しでも下手な動きをすると撃たれそうだ)

 

ただでさえ仲の悪いスヴィエートとロピアスだ。自分と同乗した軍人達も負けじとその眼光を光らせる。彼らの睨み合いが続いていると、ロピアスの軍勢が2つに割れ、そこに1本の道が出来る。

 

そしてその奥から、コツコツと杖を突きながら歩いてくる人物がいた。中性的な顔立ちだが服装から推定して恐らく女性だとアルスは判断した。傘はさしておらず髪の毛は雨に濡れ、水がしたり落ちる。アルスの前で止まると彼女は静かに口を開いた。

 

「ようこそ………、ロピアスへ…。私はノア…。ラミルダ・カルデノーテ・ロピアス様の側近。貴方の事はレガルト女王から聞いている。私はその案内人を任された。生憎の天気で申し訳ないが歓迎する……」

 

ノアはスカーフに顔を埋めるとアルスを一瞥した。女王の本名はラミルダという名前だが、この国ではレガルトという愛称で呼ぶのが当たり前らしい。

 

「どうもこんにちは。ノアさん、でいいのかな」

 

アルスは愛想笑いで返す。穏やかにいかなくては。

 

「私の名前などどうでもいい。好きなように呼んでくれて構わない。して、ロダリア…、ロダリア殿はいるか」

 

「私ですわ」

 

アルスの隣にいたロダリアは名乗りをあげた。

 

「貴方か。連絡は入っている。スヴィエート軍の捕虜らしいな。墜ちたものだ。貴方ほどの人がこのような嘆かわしい平和条約などというものに利用されるとは」

 

アルスは怪訝な顔をしそうになった。平和条約についてそこまではっきり言われるとは。だがここはぐっと我慢する。ロピアス人なら誰もが思ってる事だ。

 

「申し訳ありません。ですが、随分な物言いですわね」

 

「私はレガルトの命令に従っているだけ…。貴方を保護して、城に案内する…。それが課せられたもう1つの命令。そして、スヴィエート皇帝と、レガルトの、……ロピアス女王の話し合いの場を設ける。ついて来て……」

 

ノアはそう言うとエルゼ駅の方へ向かった。前は事故のせいで列車が停止していたが今は使えるようだ。

 

「ロピアス城へ案内する」




このパートと雪合戦の話はほとんどギャグです(´>ω∂`)

ムッツリスケベアルス


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ラミルダ・カルデノーテ・ロピアス女王、通称レガルト

アルス窓際に置いてあるコーヒーを手に取り飲んだ。どうやら鉄道の修理は済んだようであの線路は修復されていた。とは言っても爆破された鉄道はハイルカーク駅からポワリオまでの路線。ロピアス城前に行くのに関しては支障はない。列車に揺られながらも雨は降り続いていた。窓に雨粒が当たり水滴が列車の走る風によって流れていく。

 

最初ここに、エルゼ駅に来た時はこの列車に乗れると浮かれていたものだ。だがそれは叶わず結局乗れたのはこのような形。しかも景色を見るのも醍醐味というらしいがこの雨だと殆ど見えないし例え見えたとしてもそれはぼやけたものでしかなかった。もうそろそろコーヒーが無くなりそうだ。2杯目のコーヒーを頼もうかと悩んでいた時、列車のアナウンスが鳴った。

 

「まもなくフォルクス駅、ロピアス城前でございます」

 

「いよいよか…」

 

この国の女王とやらと対面だ。

 

(さて、どうなる事か…)

 

アルスはわずかに残っているコーヒーを飲み干すと、特別に案内されたVIP専用のコンパートメントから出た。

 

 

 

城の周りの警備はそれは凄いものだった。エルゼ港の比にならない程の兵士が敷かれていた。自分の周りにも仲間達と軍人がいるが明らか人数はあちらの方が圧倒的である。

 

「凄いねアルス、ここがロピアス城なんだね」

 

ルーシェは傘を斜めに構え城の姿を仰いだ。そして指を指すとアルスに話しかける。

 

「ああ、スヴィエート城程高くはないが外見が綺麗だな…、壮麗な雰囲気が出ている」

 

スヴィエート城の重々しく厳格な雰囲気とは違い、ロピアス城は優雅、壮麗と言うべきか。

 

「こうゆう所に住んで、お姫様〜なんて呼ばれるのが女の子が1度は夢見る光景なんだよねぇ〜、うふふ」

 

ルーシェは周りの緊張した重い雰囲気などまるで気にせずふわふわしたオーラを纏い言う。

 

「そうなのか?でも姫がやる事と言ったらダンスやマナーの練習、それから甘いお菓子食べて、貴族達と自慢話に花を咲かせて、っていう贅沢三昧なイメージしかないんだが」

 

「ちっがーう!確かにそれも1度は憧れるかもだけど、ほら、ね?王子様とかに〜、えっと、一緒に踊りませんかー、とか!」

 

アルスは顔をしかめた。

 

(ダンス…!)

 

聞いただけでも無理矢理練習させられたあのトラウマが蘇る。マーシャとハウエルに通過儀礼として教えられた。アルスはよく足がもつれてイライラしたものだ。失敗してマーシャの足を踏んでしまいこっぴどく指導されたものだ。

 

「うげっ、ダンス……。ダンスなんてものやれたものじゃないぞ…!それに姫って言ったら大体婚約者がいるだろ、それが仮に王子だとしても政略結婚として利用されて、愛情なんか一欠片もないんじゃ…」

 

「何でそう女の子の夢壊すような事言うのアルスは!?」

 

ルーシェはアルスにズタボロに言われムッとする。

 

「…、ごめん。現実主義なんだ。そうだね、誰もがこうなるとは限らないしな」

 

ルーシェとの緊張感のない会話をしていたらいつの間にか壮大な門の前に来ていた。兵士が門を開けるとそこはもう王宮で、また豪華絢爛な扉に案内されそれを開けると謁見の間であった。

 

奥に玉座があり、1人、人物が座っていた。アルスは不思議に思った。

 

(ん?あれは女性か?)

 

銀髪の髪の毛は短く1本くせ毛のように跳ねていて、服はまるで男性のような格好をしている。案内してきたノアは彼女に跪き静かに口を開いた。

 

「ラミルダ女王陛下、只今戻りました」

 

「え、どうしたの?やだなぁノア!いつもみたいにレガルトって呼んでよ!」

 

奴は素っ頓狂な声を発した。元気よく椅子から立ち上がると杖をブラブラと横に揺らしながらノアに近づく。

 

「しかし、今は…」

 

ノアは横目でちらりと周りを気にした。

 

(レガルト、ラミルダ?どっちだ?そういえばラミルダ女王はレガルトという愛称で呼ばれていると言っていたな…)

 

よく分からないが、女王と思わしき人物はどこからともなくガサガサと、袋を取り出し中に手を突っ込む。

 

「え?何なに、照れ隠し?今更だよ〜。うふふ、あ。ポテチ食べる?」

 

女王はポテチとやらをノアの口元に運んだ。

 

「食べる…」

 

(食べるのかよ)

 

アルスは心の中てすかさずツッコミを入れた。ノアは幸せそうな顔をしていわゆるアーン、というのを女王からさせてもらっている。すると金色の目がこちらに向いた。

 

「ん?アレ誰?」

 

「え?」

 

ノアは振り返った。まるで俺達の存在を忘れていたかのような感じだ。女王に指摘され慌てて振り返る。

 

「ホラ、あの青い人。なんかその他にも色々いるけど。あれ?あの白い髪の奴ってのノイン?それにあの黒髪はロダリアだし」

 

女王はアルス、ノイン、ロダリアを順々に指さした。

 

「レガルト、昨日私が言ったはず…。スヴィエートのアルエンス皇帝陛下と謁見だ、と」

 

少々呆れ気味でノアが返した。

 

「あー!思い出した!そーいやそんな話してたね。ノアと話してたら忘れちゃった、んで、何でいきなり謁見?」

 

「それも昨日言った…。平和条約だそうだ。ロダリア殿を捕虜として連れられて来た。彼女自身は勝手に付いていったらしいが……」

 

「へぇーまあどうでもいいや。平和条約だっけ?」

 

女王はアルス方へ近づいてきた。そして顔をジロジロと眺める。

 

(近い………!)

 

アルスは無表情を貫いたが、彼女が女だと一瞬では分からなかった。女だと知っていたが、やはり中性的な顔立ちだ。そのおかげで顔近づけられても余計な思いが湧いてこないで済むのだが。

 

(これが明らかな、しかも可愛い女の子だったら少し表情崩れるかもしれないな…って、何を考えてるんだか)

 

自嘲気味に自己完結すると、女王はアルスの瞳を覗きこんだ。

 

「っ……ちか……」

 

アルスは思わず小声で呟いた。女王はパッと顔を明るくさせ、

 

「君の銀の瞳は…、綺麗だね!」

 

と、言った。

 

「はい……?」

 

アルスは反応出来ずに思わず聞き返した。

 

「僕見た事あるよ!母さんと一緒に写真に写ってた人がその瞳だった!君似てるねその人に!でも瞳は君の方が綺麗だよ。濁りがないって言うの?えーっと、名前何だっけ、死神フレンド?」

 

「レガルト、多分それはフレーリットだと思う。お母上様のシャーロット様とスターナー条約を交わした時に撮った写真の事でしょ。前に一緒に見た事ある…。それと、死神じゃなくて疫病神のフレーリット、だった気がする」

 

ノアがすかさず修正を入れた。

 

「あー!そうだそうだ!あれ、でも僕貴族の人に死神って言われてたのも聞くよ。なんか凄い嫌ってた。えげつないんだって。あと手口がいやらしいとかも言ってた。僕のお父さんその死神に苦労させられたんだってー」

 

「今日来られたのは、そのフレーリットの息子のアルエンス陛下。レガルトと話がしたいんだって」

 

「話?そうなの?」

 

父に対する盛大な嫌味にしか聞こえなかった会話がアルスに振られた。素で言っているのか、それとも皮肉っているのか。アルスは読めなかったが、この女王の調子だと素なのだろうと思った。こんな女王今まで見たことも聞いたこともなので少し戸惑ったがアルスは親書を取り出した。

 

「今日はこれを渡しに……」

 

「何これ?」

 

アルスが言い終わる前に女王はポテチを一口食べたその手で受け取った。

 

「ちょ……!」

 

「うーん、ポテチ食べてるから開けれないや。ノア、読んで〜」

 

「御意」

 

巻いてあるその紙をぞんざいににノアに渡すと、器用に受け取った彼女はそれを読み始める。

 

「えっと、スヴィエート皇帝アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエートより……」

 

「あー!長いのは勘弁!短くまとめて!」

 

「分かった…」

 

女王はめんどくさそうに手をぶらぶら振り、ノアに短くまとめるように言い渡す。

 

(どこまでいい加減なんだこの女王は……)

 

しばらくノアはその親書を読むと、要約して読み始めた。

 

「えーっと、スヴィエート帝国第一皇位継承者が殺される事件が前あったんだけどそれがロピアスの仕業って事にされてたの。それで、我がロピアスでも鉄道爆破事件が起こった。でもこれはスヴィエート人がやったっていう報告書が来てたの。それで、両国の関係が悪化してそろそろ戦争も視野に入れてきたんだけど、それらはすべてリザーガって言う悪い組織の思惑だったんだって。だから戦争はやめましょう、って言って平和条約を結ぶ、だって。ごめん、内容が内容で、あんまり短くできなかったかもしれない」

 

「十分だよ〜!流石ノア!えー、で、君がスヴィエート皇帝?」

 

女王はアルスに向き直った。アルスは背筋を伸ばしきりっとした態度で自己紹介する。

 

「ああ、アルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエートだ」

 

「わー!よろしくね!僕ラミルダ・カルデノーテ・ロピアス!皆からはレガルトって呼ばれてるから、君もレガルトって呼んでね!」

 

「レガルト…、ね…。俺の事はアルスでいい、こちらこそよろしく。良好な関係を築ける事を願う」

 

「そんな堅苦しいことはいいって!まずはお近づきの印に握手握手 !」

 

「えっ」

 

レガルトはずいっとそのポテチで汚れ、油まみれの手を差し出してきた。

 

(さ、触りたくない……………)

 

正直一心にそう思ったがそうはいかないのだ。アルスがぎこちなく手を差し出すと勢いよく握られブンブンとふられる。

 

「よろしくアルスー!」

 

「よ、よろしく……」

 

 

(何だなんだコイツ………………)

アルスはずっと思ってて、あえて心にしまっていたものをついに吐き出した。

 

(変な奴─────)




レガルト容姿


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※女の子です


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平和条約締結

ラミルダ・カルデノーテ・ロピアス、もとい、ニックネームはレガルト。陽気で明るい性格で人懐っこくまるでアルスとはかけ離れた性格である。

 

平和条約まで忘れていたのかと、会議室に案内される時に聞いてみたが実は普通に覚えていたらしい。

 

流石に冗談だったか、と安心したがコイツの性格上ありえなくもなかったので一応の確認だ。

 

この銀髪で頭のてっぺんに1本くせ毛のように伸びていて、そして男の様な格好をしている人物がこの国の、ロピアスの女王なのだ。若いという点では俺と全く一緒だ。1歳年下のこの男女とどうやって話したらいいのか迷うところだ。

 

「ねぇねぇー、君僕の事知ってた?僕は君の事知ってたよー、噂程度だけど」

 

真正面から向き合い、最初に口を開いたのはレガルトだ。

 

「いきなり何を言い出すんだ」

 

会議室に連れられ、椅子に座り落ち着こうと思った矢先またおかしな話題を繰り出す。仲間達や護衛のノアはテーブルの周りに立っている。アルスの1番近くにいるのはルーシェとガットだ。2人はアルスの横にいる。

 

事実上これは首脳同士の会議であり2人の会話には関係上護衛の仲間達でも許可されない限り発言はできない。レガルトは、

 

「だってさ、君の態度からして明らか変な奴〜とか思ってたりして…。それと仲良くなるついでにお互いの事知っておこうかなって。自己紹介の延長線だよ、ぐふふ」

 

と、言いまたポテチとやらを食べる。

 

(おい、会議中ぐらいは控えろ…)

 

アルスは呆れてしまった。もしかして舐められているのだろうか?

 

「そうだな、少なくとも俺と会話する時はそれを食べるのをやめろ。会話が途切れるし音はするし見ていて不快だ」

 

「うわ、はっきり言うなぁ〜。ちぇ〜、堅物っていう噂は伊達じゃなかったか。ノア、あげるよ。発言はもちろん許可するから」

 

レガルトはポテチの袋をノアに差し出した。ノアは瞳を輝かせ、

 

「ありがとう。大切に保管する」

 

と言った。

 

「いや、別にいいよ食べて」

 

「一生大事にする…」

 

「いやいや、ポテチが腐っちゃうって」

 

このやり取りの様。側近のノアにベッタリで、仲がいいのか依存しているのか。多分後者だろうが。ノアもノアだ。お互いに溺愛しあっていると見える。ここまで変人な女王は歴代でこいつらだけなんじゃないだろうか。

 

「お前の噂か…。ハッキリ言って名前だけだ知っていたのは。それと女、そして王位を継いだのは17歳」

 

「おお〜よく知ってるね!そうだよ〜。僕、女の子なんだ〜」

 

いわゆる僕っ娘というやつだろうか。

 

「俺は初めてお前を見た時、本当に女か疑ったよ」

 

「うふふ〜、よく言われる。確かアルスは、ロピアス人に殺されてたって事になってたんだよねつい最近まで。それが何でか生きてて、丁度20歳の誕生日迎えて、前皇帝のヴォルフディアって人が病死したから皇位継承したんだよね。ここらへんはノアから聞いたよ。性格は堅物、慎重派。君のつり目の目つきは鋭くて、でも綺麗な銀色で、髪は青いっていうのが第一印象かなぁ〜」

 

「随分と知ってるな」

 

アルスは少し驚いた。適当なやつだが、きちんと把握はしているようだ。そうゆう態度を装っているだけなのだろうか?

 

「君結構有名だよ〜。殺害騒動もあったせいかもだけど。ほら、ねー、第二次世界大戦の宿敵の矛先になってるからね、一応。親の関係ってのが嫌でも付いてきちゃうからねこうゆう立場だと」

 

「じゃあ、俺のレガルトの第一印象は変な奴、だ」

 

「アハハー、君とはいい関係を築けそうな気がしないでもないかもしれなくもない」

 

「どっちだ」

 

「んー、じゃあ築けたらいいなぁーっていうことで、さて…」

 

レガルトは急に目つきを変えた。先程とはうってかわって真剣な表情だ。

 

「本題に入ろうか、平和条約だったよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

アルスも真剣な目つきになる。

 

「んーとね、一応本音ズバッと言わせてもらうと舐めてんの?って感じ」

 

「だろうな。それは分かりきった事だ」

 

「ざっと親書は僕の目通したよ一応。でもね、鉄道爆破事件はスヴィエート人がやったっていう報告書が来てるんだよね」

 

「それは例のロピアス最高の情報組織、ハイドディレという奴か?」

 

「そうだよ」

 

「なら、そのハイドディレは嘘を付いているだろうな」

 

「…………どうゆうこと?」

 

レガルトは目を潜めた。ハイドディレはロピアス王立の最高の情報機関だ。いわゆる探偵組織のようなもので機密情報などもそこに募るであろう組織。そこの情報の信用度は王立というのだからロピアスで最も高く、お墨付きなのだろう。

 

にも関わらず、スヴィエートの皇帝にそう言われたら気分を害するのも仕方が無いのかもしれない。

 

「親書にも書いた通り、それはリザーガという組織によるものだ。俺の暗殺騒動も、全てリザーガが関わっていた、そのふざけた報告書を書いたのは誰だか知らんがそいつは明らかリザーガの回し者じゃないか?」

 

「そんな証拠、どこにある?」

 

レガルトは厳しい口調で返した。

 

「暗殺騒動以来俺は刺客に追われてね。国を追われるような形でスターナー貿易島に来た。戻ろうとしてもまた、命を狙われる可能性があるし、それに、その時点で島にはスヴィエート行きの船はなかった。入国禁止令が発布されていた。恐らく暗殺騒動の件を国外に知らせないため国境を封鎖した為だろうが、とにかく俺はスヴィエートに帰れなくなった。そこで仕方なく───」

 

アルスは今までの経緯をざっと説明し、そしてアジェスで聞いた話をした。ただ、国に帰れなかったのは少し嘘を付いた。ルーシェの事は今ここでいう必要はない。

 

「そのリザーガの、下っ端の下っ端だろうが、そいつの口を割らせるとロピアスの鉄道爆破事件はリザーガによるものだとハッキリ口にした。嘘だと思うなら拘留されている奴に聞けばいい。アジェス政府に問い合わせれば済むはずだ。そして、奴の情報によると本当は列車が走るタイミングで起爆するつもりだったそうだ。手違いが起きて幸い死者は1人も出ていないという奇跡だったがな。あのリザーガの者の発言は俺達の仲間も聞いている。これは事実だ。皆、発言を許可する、聞いた者は手をあげてくれ」

 

「はーい、俺聞きましたー」

 

「私も」

 

「小生も聞いたぞ」

 

「ボクも〜」

 

「私も聞きましたわ」

 

「すみません、僕はその時居合わせていませんでしたので分かりません」

 

仲間達はノインを除いて全員それは聞いていた。

 

「ロダリアまで……!?なら信じるしかないのかな…?」

 

レガルトの口ぶりからするとやはりロダリアはそれなりの地位を持っているようだ。彼女がいてくれて助かった。

 

「このまま戦争をすると、ロピアスはアジェスにしか頼れなくなる。それはスヴィエートも同じだ。リザーガが戦争の武器などを横流しにしていたらもうボロ儲けだ。何を企んでいるかは知らんが、お前の国だってリザーガに踊らさせるような真似はしたくないんじゃないのか?誇り高きロピアス王国。どうなんだ?レガルト」

 

レガルトは息をつくと言った。

 

「確かに……、でもねアルス。僕の国は戦争をしなきゃならないんだ」

 

「それは何故だ?軍事拡張規制されていて、ロピアス軍は弱体化しているはずだ、それでもなのか」

 

「違うんだよアルス。それだからなんだよ」

 

レガルトは神妙な面持ちで語り出した。

 

「君のお父さんが結んだスターナー条約。これはロピアスにとって不平等極まりない。まぁ僕らロピアスがスヴィエートにやってきた事をひっくるめて言い返されるとあんまり偉い事言えないんだけどさ。その条約にはスターナー島の近くにある、長年ロピアスとスヴィエートが領土争いをしてきた島、アルモネ島をスヴィエートへ返還するというのが書かれている。でもそのアルモネ島がスヴィエートに奪い返された20年前から、僕の国がおかしくなったんだ。

 

つまり何が言いたいのかっていうと、第2次世界以来この国の気候が、変動したってこと。スヴィエートが何をしたのか知らないけど、それ以来、国の作物出荷量は年々減少傾向になっているのは明らかだし、スターナー条約のせいで関税が高いスヴィエートの作物を仕入れなきゃいけない。腐海の影響で食料自給率の低いアジェスからはあまり期待できない分ね。それに以前はロピアスの作物がアジェスやスヴィエートに回る世界だったんだ。

 

だけど戦争以来ロピアスは一転した。雷の被害は出るし、風が強くて作物に被害が出たことだってある。20年前までは、温暖で、豊かな国だったんだ。でももう限界、このままだとロピアスはどんどん疲弊していくだろう。だから戦争するんだ。どんな手を使ってでもスヴィエートに勝つんだ。勝たなきゃロピアスは終わりだ。それぐらい現状ロピアスは厳しいんだ。

 

君のお父さんが何したか知らないけど、アルモネ島を奪い返して、戦争に勝つ。そうすれば、国は元に戻るっていう算段なんだ。これはもう貴族院でも可決した内容だよ」

 

レガルトはきっぱりと言った。女王の風格はあるようだ。彼女の言い分は理にかなっている。ロピアスという国の事を第一に思っている。しかし、それは自分も同じだ。アルスはため息をついた。

 

「なるほど、そうゆう事情があったとはね。……どうしたら平和条約を素直に結んでくれる?」

 

「え?」

 

「俺は戦争などしたくない。国民が危険に犯されるなど俺は望まない」

 

「へぇー、随分優しい人なんだね。スヴィエート皇帝の癖して。軍事国家だよね?君の国」

 

レガルトは頬杖を付きアルスを嘲笑った。だが彼女の言い分はごもっともだ。少なくとも俺は違うと言うだけ。幼い頃からハウエルとマーシャに戦争はするものじゃないと教えられ、なおかつ父もそう言っていた、と教えられてきた。

 

何が原因で父が平和を愛したかアルスには分からないが、少なくともその意思は引き継ぎたいと思う所存だ。もちろん今この、少なくとも平和だった世の中のへの礎があの第2次世界大戦だったわけだが。

 

「それは偏見だ。望んで国民を危険に晒す様な真似はしたくない、本当だ」

 

「ふーん…。そうだなぁー、気候の問題でも解明してくれるのかな?スヴィエートが?あと、関税緩和もして欲しいね。軍事拡張規制も、して欲しいけど。それだとスターナー条約破棄っていう形になっちゃうね。ハッ、所詮、無理なんだよ。スヴィエートとロピアスが仲良くするなんて、さ」

 

レガルトはお手上げ呆れた。

 

「無理ではない。俺は条約改正出来る。その権限がある。気候についても調査する事が出来る。父が何をしたのかは知らないが」

 

「はぁ?無理だよ絶対。気候についてなんて20年前から僕の国の人達が必死にやってる。それでもダメなんだ。だから、戦争以来変わった事に注目したんだよ。あれのせいじゃないかってね」

 

アルスはふぅっと息を吐いた。そしてある決断を下す。

 

「スヴィエートは、ロピアスに協力しよう。条約改正と、気候調査について、検討する」

 

「ええっ!?協力!?スヴィエートが!?」

 

レガルトは大きな声を発し驚いた。前代未聞である。長年の宿敵同士であった両国が協力など。馬鹿げてる、とレガルトは思った。

 

「ちょっ、君正気?そりゃ条約改正は嬉しいけど、まさか、そんな、協力なんて発言スヴィエートから聞けるなんて夢にも思わないよ!?」

 

「勿論条件はあるぞ。今現在戦争はしない事。それから協力するのだからそれ相応の礼は貰いたい…、と言いたい所だが、ま、そんな図々しい事は言わない。ただ、サポートは必要だな。協力し合う、のなら」

 

アルスは最後の一言は強調して言った。

 

「ハッ、何それ。気候調査って。スヴィエートがやったって事じゃないの?ロピアスに対するあの待遇は」

 

「それは否定する。いくら何でも我が国に天気を操作するなんて神の所業のような技術はない。それに、戦争以来ロピアスが気候変動した事が仮に技術だったとしたら、俺も知らない国家機密モノだ。スヴィエート上位関係者しか知らないような、ね。どうだ、乗るか?」

 

レガルトは考え込んだ。彼女の決断が、国を左右する。深く、考えた。そして、重い口を開いた。

 

「………いいよ、乗った」

 

「レガルト!?」

 

ノアはレガルトの発言に驚きを隠せない。

 

「ノア、僕はアルスを信じてみたい。賭けてみたい。この人が裏切るとは思わない、本当に平和を愛してるって感じだし。それにスヴィエートに協力してもらえるんだよ?これ程お得な事ないと思うんだけど。変な意地は張らない方がいい。どの道これがこのロピアス王国の将来への最良の道だ。だから僕はこの選択をする。ぐふふ、それに前代未聞過ぎてなんだかワクワクするよ」

 

「レガルトが、レガルトがそういうのなら、私は止めない………」

 

ノアは大人しく引き下がった。

 

「陛下!?本当に正気なのですか!?ロピアスと、協力など!?」

 

「スヴィエートの長年の敵ですぞ!!」

 

こちらも同じようで、上級軍人や元老院からの批判を喰らう。

 

「黙れ、お前らの発言は許可していない。それとも、リザーガの手のひらで踊らされたいのか?」

 

アルスはキッと睨みを聞かせ厳しい口調で返した。

 

「はっ……、申し訳ありません…」

 

「これはもう、会議でも可決した事だろう。平和条約を結ぶ、と。その為なら協力位してもいいだろう。くだらないプライドは捨てろ」

 

「っ、陛下の御心のままに……」

 

「くっ…!」

 

唇を噛み締め、反対していた上級軍人、元老院は引き下がった。アルスは椅子から立ち上がり、

 

「そして俺は今ここに宣言する。スターナー条約改正だ。関税と貿易規制を緩和する!」

 

と、高々に宣言した。

 

「ありがとうアルス、ふふ、軍事拡張制限の件を緩和しない所は、君らしいね。純粋に平和のためか、いや?それとも素直にスヴィエートの利益の為なのかな?なんにせよ、食えない男…。そして面白いや。ノア、羽根ペン」

 

レガルトはノアを呼ぶと羽根ペンを借りて親書に何かを書き込んだ。彼女のサインだ。

 

「これにて会議を終了とする」

 

アルスはその場を収めて、レガルトの方へ足を進めた。レガルトもまた同じように、立ち上がり、そしてアルスと向き合った。

 

「ありがとう、レガルト。そうだな、お前とはいい関係が築けそうだ。我が国と平和条約を結ぶか?」

 

「もちろん、条約を結ぶ、君の親書にもうサインはしておいた。これで条約可決だよ」

 

アルスは自ら手を差し出した。レガルトはそれを握り返し、しっかりと握手を交わした。のちにこの時の写真は各国の新聞で大きく報道される事となったのだった。




レガルト女王の側近、ノアの容姿

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レガルト容姿2

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私服レガルトとノア

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北アジェスへ

「良かったねアルス!平和条約結ばれたよ!」

 

会議室から出るとルーシェが祝福の言葉をアルスに掛けた。

 

「ああ、ありがとう………はぁ」

 

アルスは全身の力が抜け壁にもたれかかった。そして深いため息をついた。

 

「何だ?浮かない顔だな大将?」

 

ガットはからかうように言う。平然を装ってはいるがアルスはかなり緊張していた。初めての皇帝としての公務にして重大な出来事過ぎたのだ。

 

「緊張した………」

 

「エ〜?そんな風には全然見えなかったんだケド?」

 

ラオが不思議そうに聞いた。

 

「当たり前だ、顔に出したらマズイだろ」

 

「スゴイねぇ、アルス君は」

 

そしてラオは孫を見るように褒めたたえ、温かい目で朗らかに笑った。

 

 

 

今日のところは休む事として、出発は明日になった。ロピアス城で1泊する事になり、仲間は皆休んでいたがアルスは自分と一緒に着いてきていた年配のスヴィエート軍人のハイツ、そして元老院のワイリーから興味深い話を聞いていた。気候変動の件についてだ。ハイツはアルスにその事を聞かれ、

 

「陛下の仰る通り、確かに20年前から、スヴィエートも気候が少し変わったように私は思います」

 

と、言った。

 

「それは何故だ?」

 

「はっ、私は軍に支えてもう30年になります。私の入隊当時の訓練でとにかく厄介だったのがグラキエス山から吹く凍結風です。あの猛吹雪の寒さのお陰で何人死者が出た事か。ですが先の第2次世界大戦以来、心無しか、何と言うか、和らいだと言うのでしょうか。あまり厳しくなくなったのです。勿論、寒いことには変わりはないのですか。でもやはり、スヴィエートは昔よりは寒くはないと、私は思います」

 

「そうなのか…。俺は生憎その終戦の時に産まれたからな。20年前の事は全く分からない。参考になった。礼を言う」

 

「いえ、滅相もありません。陛下のお役に立てたのなら至極喜びに存じ上げます」

 

アルスはワイリーに向き直った。

 

「ワイリーはどうだ?何かあるか?」

 

アルスはハイツから話を聞き終わると、今度はワイリーから話を聞く。

 

「はい、私もハイツ氏と同意見なのですが。そうですね、これは私的な意見なので言って良いのかどうか…」

 

ワイリーはあごひげをさすると目をそらした。

 

「私的でも構わない。俺は意見を聞きたい」

 

「で…では。凍結風の事もそうなのですが、スヴィエートは他国よりも月の光がとても強く、美しいものでした。ロピアスやアジェスよりもはるかに引けを取らない。それにアジェスなんてスヴィエートの月明かりが異常過ぎるぐらい、暗いのです。前にアジェスに行った時に思いました。スヴィエートとアジェスの環境や気候はそれは大いに違いますが。そして、その月明かりなのですが、20年前より更に明るくなった…、と言うか…。他国に比べれば本当に明るい方なのですが、やはり長年住んでいると、なんとなくなのですが、私はやはりそう感じざる終えません」

 

「月明かり…か。抽象的だがそれもやはり気候変動の一部なのか?一体20年前に何が起きたんだ…?」

 

アルスは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

ハイツとワイリーは黙った。2人とも、口には決して出さないが憶測していることはあった。ただ、それは口には出せない。何故なら先程自分達が言った気候変動は自国にとって有難いものだったからだ。

 

月明かりはともかく、その他にも影響はあったし、スヴィエート最大の問題の寒さについては少なからず嬉しいのだ。

 

彼らの思う所、それをやったのは────。2人ちらりと視線をずらしアイコンタクトをとった。そしてそのまま視線をアルスに向けた。

 

そう、2人は今こう思っているのだ。

 

(気候変動……、それをやったのは、恐らく─────)

 

(今、私の目の前にいるアルエンス陛下のお父上。スヴィエートの英雄と呼ばれた賢帝、フレーリット様───)

 

先々代、8代目のフレーリット皇帝の存在が彼等の頭から離れなかった。彼しか考えられないのだ。

 

だがこれはあくまで彼等の憶測。口に出してはいけない。それにその証拠もないのだ。第一、どうやってやったのかも分からない。だが彼は自国の利益の為なら何でもやる男だった。もしかしたら、もしかして、という思いは20年間収まることはなかった。そしてこれからも墓場まで持っていくつもりだ。

 

アルスはそんな彼らのアイコンタクトのやり取りなど全く気づくはずもなく、眉間にしわを寄せ考え込んでいた。

 

 

 

翌日、これからの予定を立てる会議でレガルトはこう提案した。

 

「僕の国はもう自分達で調べ尽くしてる。でね、最近になって分かったことなんだけど、どうやらこの問題はロピアスだけじゃないみたい。アジェスの情報が入ってきたんだけどね。アジェスの辺境の辺境らへんの地域でガラサリ火山ってのがあるんだよ、ノア〜、地図出して」

 

「御意」

 

ノアはアルスの前に大きな世界地図を広げた。レガルトはアジェスの領域をを指で示す。そして一点を示す。首都だ。

 

「これが首都のヨウシャン。腐海の問題でアジェスの地区は大きく3つに別れてる。三角形みたいになってて西の点に位置するのがヨウシャン周辺。ここはアジェスの中でも最も栄えてるし、腐海の影響が少ない。リューランっていうアジェス人が信仰してるカミサマ的なモノがあって。まぁ本当にカミサマっぽくてこの木のお陰でヨウシャンは豊かなんだけど。ヨウシャンの少し北に行ったところがカンラン港。ここら辺が、ヨウシャン周辺ね。で、2つ目はこれシャーリン周辺。三角形右の東の点に位置してる。侵食している腐海を突っ切るようにサンハラ川がヨウシャンから流れて、その川の下流地点がシャーリン。そして最後がガラサリ火山地帯。これが三角形頂点の位置にある。ヨウシャンやシャーリンからかなり離れてて、まさに辺境。僕もよく知らない。行ったことないし、昔は有名だったらしいんだけど。なんかふもとに小さな村はあるらしいよ。名前は…、えっと、ソガラだったかな?」

 

「で?そのガラサリ火山がどうしたんだ?」

 

「この火山、20年前まで休火山だったんだ。でもそれ以来火山活動を頻繁に起こすようになったんだって。不思議だよね。これってもう、偶然じゃないんじゃないかな。どの出来事にも、ある境を期に変化している」

 

「20年前の第2次世界大戦…か…」

 

「そうなんだよね。スヴィエートにはないの?そうゆうの」

 

アルスは昨日聞いた話を思い出した。

 

「ある。無論俺が産まれる前だから実際にこうだとは一概には言えないが、部下の話を聞くとスヴィエートは20年前より降雪が少なくなった。それから。スヴィエート特有の月明かりが更に明るくなった、とかも聞いたな」

 

「ほぁ~、やっぱり世界中で起こってることだったんだね〜。でもロピアスと逆だね。僕の国は雷や風が強くなったり雨がよく降ったりと国にとって迷惑なのにスヴィエートは何か得してない?雪少なくなるって嬉しいんじゃないの?」

 

レガルトは眉をひそめて言った。

 

「俺の発言でそうゆうのは控えさせてもらう。さっきも言ったように、俺が産まれた頃からだからな。雪が少なくなったなんて思いもしなかった。昔はもっと多かったのか、と驚いたものだ。ただでさえ降雪は多いのに。だが年々減少していったらしい」

 

「ふ〜ん……。まぁいいや。とにかく、僕からの依頼はアジェスの気候調査もする事だね。アジェス政府から正式な申請もあったし、何よりロピアスとアジェスだけじゃないと分かった今、とにかく行って調べてみるしかないね。百聞は一見にしかずってね」

 

「分かった。で、お前は何してくれるんだ?」

 

「とりあえずまずアジェス行かなきゃいけないから、長~い旅になるよ。まずこのロピアスから終点のアンジエまで行くのに列車でも3日はかかる。端から端の大陸横断だし、仕方ないね。その分快適な旅が出来るような列車、んでもって特急のシャーワイザー号を用意したから。それに乗ってね。そんで、アンジエ駅に着いて降りたらすぐカルシン国境砦に行く。その国境を越えて首都のヨウシャンに着いたら川を下ってシャーリンへ。そこからは徒歩だね」

 

「それは長い旅になるな…」

 

アルスは道程を想像した。恐らく今までで1番の大移動となる。

 

「まぁロダリア曰く、君の仲間にはアジェス人が1人いるんだって?その人に案内を頼むといいよ。それにシャーリン出身だって聞くし。ソガラは腐海のせいで直接首都から行けないんだ。だからシャーリンの川を経由するしかない。シャーリンとソガラは多少の交流があるって事だ。アジェスの首都民からしたらド田舎の村って感じらしいけど」

 

「ラオか。奴にまた頼むか。よし、ありがとうレガルト。世話になる」

 

「いいんだよー、だって協力してくれるんだから。僕の目の代わりをロダリアとノインに頼んだから。僕ノインとも会ったことあるんだ」

 

アルスは驚いた。

 

(アイツ、カジノ職員じゃなかったか?)

 

「何でノインが?」

 

「…、まぁ、そこは蛇の道は蛇で」

 

うまくはぐらかされてしまった。そんなにしつこく聞くのも変に思われるのでアルスは興味のない素振りのする返事をすると、仲間達と合流し、特急シャーワイザー列車に乗った。

 

目的地はまず遥か遠くの北アジェスのソガラ村。その近くにあるガラサリ火山だ。

 

アルスは列車のベットで横になると静かに目を閉じた。



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思わぬ再会

アルスはまたあの夢の世界に引きずり込まれた。真っ暗な空間。そして彼は気付いた。これは前の夢の続きだ。そうだ、前に見たのは、スターナー貿易島からエルゼ港行きの船の中で見た光景だった。

 

前は真っ暗だった空間が今度は違う。はっきりと眼前に映し出された。

 

一体ここはどこであろうか、周りにはゴツゴツとした黒い岩が並び、その岩からは時折赤い液体がごぉっと音を立てて上がる。これはマグマだ。周りを見渡しても、眩しいぐらいの赤で、目がチカチカする。前に見た時より、かなり鮮明だ。自分と老人以外にも、周りに少し人はいるようだ。

 

そして今自分は全く知らない老人を見て叫ぶ。だが自分の声ではなかった。

 

「お待ちください! やはり彼らを封印するのは!?」

 

自分の体が動き、老人の手を必死に掴む。止めようとしているのだ。

 

「黙っていろ!!さもなくばお前も裏切り者と見なし殺すぞ!」

 

老人はそれを鬱陶しそうに払い除けると杖を地面の陣へ向けた。光術陣だ。それは眩い光を放ち始めた。次の瞬間、陣は結界のようなものを生み出し中にいる赤い何かをとじこめた。

 

「ぐあぁああぁぁぁあ!!貴様あぁああぁあ!?」

 

赤い何かは、苦しみ、咆哮を上げた。憎しみにあふれるその声を、発するのは人間ではない。あれは人間ではないが、言葉を話した。

 

(あれは、一体何だ!?)

 

「ははははは!!いい様だな!」

 

老人は高笑いしてその光景に恍惚とした表情で眺める。周りにいた人間も歓声を上げてそれを眺める。

 

「あぁ!イフリート!!何て事だ!?精霊ともあろうものが!! 

 

自分は膝を着き、絶望に嘆いた。目の前の光景は、イフリートという精霊を、封印している─────?

 

「貴様ら………許さん……!許さんぞぉぉぉおお!薄汚い人間め……!!いつか、いつかこの恨み晴らしてくれようぞ!大精霊オリジン様の復活!我々の……ひが………ん………!」

 

そこでそのイフリートという精霊の声は途切れた。陣の結界が完全に精霊を包み込んだのだ。

 

 

 

「………ハッ!」

 

そこでアルスの夢は覚めた。目の前には列車の天井が広がっている。

 

「またあの類の夢か……」

 

アルスは未だはっきりと憶えている夢を思い出した。

 

「っ痛ッ!」

 

不意に両眼が鋭い痛みに襲われた。

 

「ぅっ、ぐ……!」

 

アルスは目を瞑り痛みに耐える。そして手探りで立ち上がり部屋の明かりを付けると鏡を見た。

 

「…………!?」

 

瞳を開いたアルスは驚いた。一瞬、ほんの一瞬だが今自分の銀色の瞳が赤色に変わったのだ。

 

「何だ…、今の……!?」

 

アルスはもう一度鏡を見つめた。だがそれはいつもの自分の色。父親譲りの銀色であった。

 

「……寝ぼけているのか?俺は…」

 

アルスは自嘲気味に少し笑うと気のせいか、と自己完結した。そう簡単に瞳の色彩が変わってたまるものか。アルスは顔を洗いに行った。

 

(イフリート………か。精霊……。我ながら随分とファンタジーで非現実的な夢を見たものだな……)

 

まだ仲間は1人も起きていないようだった。アルスは部屋に戻ると銃の整備を始めた。

 

 

 

やがてロピアス、スヴィエート協力の気候調査使節団、アルス一行はカルシン砦の国境線を越え、ヨウシャンからシャーリン、ここからは徒歩だ。アジェス特有のじめじめとした空気を肌に受けながら進んで行く。

 

ラオに案内を頼んだ時、彼にソガラはどのような村なのかを訊ねた。

 

「ラオ、ソガラという村はどんな村なんだ?」

 

ラオは少し考え込んだかと思うと口を開いた。

 

「う〜んとね〜、僕が小さい頃温泉に入ったことがあるような記憶があるんだよネ、って言ってもこれもう何百年前の記憶が定かじゃないんだけど。百年前のソガラと今のソガラは全く一緒ってワケないからあんまり一概には説明出来ないネ。ただ、火山が近くにあって、その影響で温泉が湧き出しているってのは覚えてるな。火山がもたらす鉱山資源で栄えていた時とかもあったヨ。僕の記憶、だとネ」

 

アルスは頷いた。

 

「確かに、火山の影響は避けられない故にかなり人の生活に密接に繋がっていそうだな」

 

そこでロダリアが口を挟んだ。

 

「アルスの言う通り、火山は人類の生活に密接につながりさまざまな恩恵を与えてくれている、と言われています。火山から得た恩恵のうち重要と思われるものは、火山がもたらす地形と、その環境から得られる肥沃な大地、湧水、火と温泉、黒曜石を代表とする鉱物や美しい風景があげられますわね」

 

「俺はあんまし良いイメージねぇけどなぁ…、ふわぁぁ……」

 

ガットは欠伸をしながら言った。皆それぞれの意見があるようだ。

 

「小生はよく分からんから抱くイメージはただ一つ、暑そう」

 

「極論だなオイ、あながち間違っちゃいねぇけどよ」

 

「火山なんて厄介なものじゃいないですか?火山の噴火は人間社会に壊滅的な打撃を与えてきたため、記録や伝承に残されることもありますし」

 

それを言ったのはノインだ。彼は火山に対するマイナスのイメージを言った。

 

「でも、ノインの言う火山の噴火なんてそんな頻繁に起こるものなのかなぁ?」

 

「そこなんだよルーシェ。レガルトも言っていたがそのガラサリ火山は20年前までは休火山として活動は見られず住民も独自の文化を作り上げて豊かに自給自足の生活を送っていたらしいんだが、戦争以来、大規模な噴火は未だ見られないが小規模の噴火活動を頻繁に繰り返している。特に火山灰の被害が凄いらしくてな、最近はろくに農作業できなくなっているらしい」

 

ガットはうなった。

 

「世知辛いねぇー。噴火活動が頻繁に起こるならおっかなくてあのゾンビの言ってた鉱山資源ってのも期待できそうにないな」

 

「ゾンビゆうな、ラオだって何回言えば分かるの。これだから頭が筋肉って言われるんだヨ」

 

「あぁん!?」

 

「オォウ!?やんのかワレ!?」

 

「ラオ……口調荒くなってるぞ……」

 

アルスは呆れた。

 

「はぁ、なんか行く先々喧嘩してませんかこの2人……」

 

ノインも呆れてため息をつく。これは今までにもよく見た光景である。

 

「まぁいいや、フィル〜、ソガラ着いたら一緒に温泉……」

 

「ルーシェルーシェ、小生は温泉とやらに興味を持った。一緒に入らないか」

 

フィルはルーシェの服の裾をちょこんと引っ張ると甘える仕草を見せた。

 

「勿論!いいよ〜!」

 

ノインは絶句した。

 

「ちょ……僕が一緒に……!」

 

「ノイン、ルーシェと一緒に温泉なんか入ったら殺すからな?お前の全身に風穴を通してやる、蜂が巣を作れるようにな」

 

「発言ヤバイでしょ!?アルス君目が怖すぎるんですけど!?」

 

 

 

ソガラ村は想像していたものと遥かに異なっていた。少しでも栄えている村なのだろう、と思っていたが全く違った。ガラサリ火山の麓、西位置するその小さな村─────。

 

目に見えるみすぼらしい木造の建物が並び立ち、村人は貧相な着物を着て、貧困に耐える生活を送っているという事が嫌にでも分かる。ここは技術が進歩していない。否、技術が届いていないのか?畑には火山灰が降り積もり、作物は枯れていた。

 

(これは、本当に思ったよりも酷い…)

 

アルスは硫黄の臭いに顔をしかめた。手で口と鼻を塞いだ。それはこの光景を目に絶句する心情も混ざっていた。

 

「げほっげほっ、なんかっ、息苦しいし、目が痛い〜!師匠ー!」

 

フィルは目をこするとロダリアに擦り寄った。

 

「火山灰、ですわね。強い風が吹いた時は目をつぶった方が懸命ですわ。大気に大量に紛れ込んでいますわ」

 

ロダリアは掌を宙にやるとその灰を見て言った。

 

「硫黄の臭いがひどいですね…」

 

「思ったより衰弱してやがるな…、この村…」

 

「何あれ…、灰がたっくさん……」

 

「ウワァ、見事に僕の記憶は大外れだネ」

 

「ここまでとは……」

 

 

 

とにかくアルス達はいつも通り情報集めから行うことにした。ある人物から聞いた話ではやはり年配の人に聞いた方がいいという結論になった。そして彼らが来たのがソガラ村のカヨという長老がいる家であった。

 

「ごめんくださーい、カヨさんは居ますかー?」

 

「む…?」

 

アルス達がは長老の家を訪ねると年老いた老人がいた。

 

「あ、こんちには。カヨさんでいらっしゃいますか?」

 

「えぇ、はい。私がカヨですが…」

 

「初めまして、俺は…、いえ。私達はロピアスに協力しているスヴィエートの気候調査使節団です。ちょっとお話をお伺いしたいのですが…」

 

アルスはあらかた説明をした。カヨ長老はうんうんと頷いた。

 

「そうですかそうですか。遠い所からよう来てくださりました。ほんまお疲れ様です」

 

「それで、この村の現状についてなんですが…」

 

「見ての通りの有様です。政府は何も助けてくれません。何でも戦争が起こりそうなのにこんな所に人員を派遣出来ないゆうてね。それにここは首都から遠い辺境地域。腐海のせいでシャーリン経由でしか道がないんですよ。昔は鉱山資源が豊富で栄えていた時期もあったんですが、今は見る影もありません。エヴィ結晶に頼って生きています。ただ、それももうなくなりそうでなぁ…」

 

「それは…、大変ですね……」

 

皆悲痛にそれを聞いていた。だがアルスはこれを根本的な部分から解決するために来たのだ。村の生活も確かに可哀想には思うがいよいよ本題に入ることにした。

 

「カヨさん。この異常な変化はいつ頃から見られましたか?」

 

「あぁ、それは覚えとります。おおおよそ20年前位になりますでしょうかね?戦争以来、こうなったのは誰もが疑問に思っていた事です。ですが、スヴィエートは直接アジェスと本土決戦をした事はない。そこが不思議なんですわ。まずこの村にさえ来ていませんしね。平和でしたよ至って。ましてやスヴィエートのせいかも分らない。もしかしたら環境が何らかの原因で変わったとか」

 

「いえ、それはありません」

 

アルスはきっぱりと言った。

 

「何故なら、この問題は実は世界中で起こっているのです。スヴィエートも、ロピアスも気候が20年前を堺に変化が見られます」

 

「まあ、そうなんですか。すいませんねぇ、この村から出ることなんて滅多にないもんで。情報は孫が持ってきてくれることもあるんですが…」

 

「孫?」

 

「えぇ、とってもイイ子ですよ。この村の為に世界をまたにかけて商売をやっとる立派な孫です。この前も珍しい綺麗な氷みたいな石を持ち帰ってきてくれたり。生活に必要な物を持ってきてくれるんです。エヴィ結晶を持ち帰ってくれるのは、ホンマにありがたい事ですわぁ。なんせそう簡単に老人が外に行けませんからね。村も年老いた者が多いもんで……」

 

「へぇえ~、本当に立派なお孫さんですね!」

 

ルーシェは目を輝かせてその話を聞く。

 

「ちょっと待て婆さん、今氷みたいな石っつわなかったか?」

 

だがガットは鋭い視線で会話に割り込んだ。

 

「え?ええ、言いましたが…」

 

「どうしたんだガット?」

 

「大将は俺の依頼覚えてねーかもしれねーがな、俺にはまだ契約してる仕事があるんだよ」

 

「そうですわね、私がその受け取り主ですけど……」

 

アルスは一切を思い出した。

 

「あっ!氷石……!」

 

そうだ、確かガットはスターナー島の商人から依頼を受けていた。それはカヤという盗賊に氷石を奪われて、それを取り戻す事。

 

そしてまたアルスの目的の一つにもルーシェの形見のナイフを取り戻す事だった。それも、カヤに奪われた物だ。

 

不意に玄関の方面で物音がした。そして同時に若い女性の声も聞こえた。

 

「ただいまおばぁちゃ~ん!帰ったよー!あれ、お客さんいんの~?」

 

アルスはハッとしてすぐさま立ち上がった。この声、聞いた事がある。段々とその声が近づいてきた。カヨはその、女性に返事をする。

 

「おかえりカヤちゃん。よぅ戻ったなぁー」

 

「いやぁ~、遅れてごめんねぇー。ちょっと最近またあの2国の戦争が起こるとか起こらないとかでちょっと動きづら…………あ…」

 

アルスはカヤとばっちり目が合った。

 

「あーお前!!」

 

「あー!!」

 

「あー!?」

 

ルーシェは彼女の顔を見るなり指を指して大きな声をあげた。

 

「お前カヤだな!?動くな!!」

 

「カヤ!?アイツがそうか!!」

 

ガットも気づいたようだ。アルスは右手に拳銃を構えた。左手でそれを支える。

 

「げぇっ!?お前は私の華麗なジャンプの踏み台にさせられた奴!!」

 

カヤは変装を見破られた相手、アルスの印象が強かったのか覚えていた。そして隣にいるオレンジ色の髪の、歳もそう自分と変わらないの娘も。

 

「最後一言多い!いいか!?お前に散々振り回されたんだぞこっちは!やっと会えたな!さぁ!盗んだ物を返せ!盗賊風情が!!」

 

「カヤちゃん…?これは一体なんなの…?そ、それに盗賊やて…?」

 

カヨは訳がわからないと言った様子で混乱した。

 

「あ…、ちがうの!おばあちゃんは、何も心配しないで!こいつらが頭おかしいだけ!!ただそれだけだよ!!」

 

カヤは焦った。今まで祖母には商人として上手くやっていると嘘をついてきたからだ。アルスの声をまるで聞かせたくないように大声で全否定する。

 

「とぼけるな!この後に及んで見苦しいぞ!」

 

アルスは更にカヤに近づくと拳銃を目の前で突きつける。

 

「くっ……そ…!あー!!」

 

「っ!?」

 

カヤは大きな声を上げ指をアルスの後ろに指した。アルスは衝動的に振り向いてしまい、カヤはニヤリと笑った。

 

手に持っていた袋から白い玉のような何かを取り出すと地面に叩きつけた。その玉が弾けるとあたり一面に白い煙が立ち込めた。

 

「!また煙玉!?ま、待て!」

 

まんまとその場をしのいだカヤは一目散に家から飛び出し逃げていった。

 

「逃がすか!追うぞ!皆!!」

 

やっとえた女盗賊。アルス達はカヤを追いかけた。




忘れた頃にヒョッコリでてくる女盗賊カヤ、それがまたテイルズっぽい(????)


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ガラサリ火山

アルス達は逃げたカヤの行方を追って村を歩き回ったがどこにも見当たらない。村人に聞くと、目撃情報がありどうやら東の方角へ走っていったらしい。

 

「ン?東?東って言ったらガラサリ火山しかないヨ?」

 

ラオは村人にお礼を言うと仲間達に伝えた。

 

「火山しかないなら、その火山に逃げ込んだのが妥当だろうな」

 

村の東出口で話していると、誰かの声が聞こえた。

 

「待って、待っといてください!」

 

焦った声で杖を付きながらカヨがやって来た。アルスは首をかしげ、

 

「カヨさん?」

 

「あの子を、カヤを、殺すんですか!?」

 

カヨはそう言うとアルスの腕を掴みすがるような声で懇願した。

 

「貴方達調査団とあの子の関係はよう分からんが、どうか、どうか、あの子だけは殺さんといて下さい!お願いします!あの子は私のたった1人の孫なんです!あの子にはよう叱って聞かせますんで!どうか、命だけは…。カヤが死ぬなら、代わりに私が死にますから!」

 

「ちょ、ちょっとカヨさんそ、それは…」

 

アルスは腕にすがり必死に頭を下げるカヨの姿に心を傷めた。同時にこんな状況に彼女を追い込んだカヤに怒りを覚えた。だが返答はルーシェが答えた。

 

「大丈夫です。カヨさん。約束します。彼女を傷つけたりなんか絶対にしません!」

 

「ホンマ、ホンマですか…!?」

 

カヨは顔を上げた。

 

「ホンマです、あと。簡単に死ぬなんて、言わないで下さい。ダメですからね?命は、本当にその人間に、たった1つしかない唯一無二のものなんですから」

 

「ありがとう、ありがとうございます…!うッ、ごほっごほっ!」

 

突然カヨは苦しそうに咳き込んだ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あぁ、気にせんといて下さい。火山灰のせいですわ。大丈夫、大丈夫ですから…、げほっ!」

 

「今、治癒術をかけてみますね」

 

ルーシェは治癒術をかけようとするがそこにガットも割り込んだ。

 

「ガット?」

 

「大丈夫だ婆さん。孫は俺達に任せな。アンタはさっさと家に帰った方がいいぜ」

 

ガットはそう言うとカヨの喉に手をかざした。すると小さく淡い光が包みこんだ。

 

「あ、あれ?急に楽になった……?」

 

「ほれ、帰った帰った。年寄りに無理は禁物だ」

 

「あ、ありがとうございます…!」

 

カヨは礼を言うと不思議そうに首を傾げながら引き返していった。

 

「お前が人前で治癒術を使うなんて珍しいな」

 

アルスがガットに言うと彼は肩を竦め、罰が悪そうに言った。今まで仲間には問題なく治癒術をかけてきたが、ルーシェと違って仲間以外に術をかけるガットは珍しい。

 

「まぁ…、なんつーかあれよほら。ルーシェがいるから俺は保険って感じよ」

 

「ふーん…、ま、それでも治癒術を使える事は純粋に凄くて羨ましい限りだ。怪我しても自分で治せるなら便利だろう」

 

アルスは何気無く言った一言だったがガットは一瞬悲しげな表情を浮かべ呟いた。

 

「便利なものには、犠牲がつきものさ…」

 

「ん?何か言ったか?」

 

アルスにその呟きは聞こえなかった。ガットは自嘲気味に笑い、

 

「いや?大将らしいお言葉だこと〜ってな」

 

「言っておくか一応褒めてるぞ」

 

「そりゃどーも」

 

ガットは何故か遠い目をしてカヨを見つめていた。だがその目の焦点は合っていなく虚空を見つめるようで。そしてその表情はどこか寂しそうで、哀しそうで。アルスはその少しだけ彼の雰囲気が変わったような気がして。

 

「ガット?」

 

だがそれも刹那の出来事でガットはアルスの肩に手を回すと誤魔化すように明るい声で言った。

 

「まぁまぁ〜こんな野郎に治してもらうよりもルーシェみたいな可愛い女の子に治してもらった方が大将も、いや男は誰だって嬉しいもんよ。な?そうだろ?」

 

「…、そうだな。怪我はルーシェに治してもらった方が精神的にも安らぐしルーシェの方が100倍嬉しい」

 

「100倍は言い過ぎじゃね?酷くね?俺のガラスハート傷ついたよ?」

 

どうやら普段のガットに戻ったようだ。

 

(気のせいだろうか…?)

 

アルスは特に気にせず、村の出口から街道へ出た。

 

 

 

東に向かって行き、カヤの逃亡先と思われるガラサリ火山に到着した。好都合にも、盗賊を追って来た場所は気候調査の目的地だった。

 

「これ、いいんですか入って。なんか書いてありますけど…」

 

ノインは火山の入口に立てかけてある看板を見て言った。

 

「警告。この先溶岩地帯。立ち入り禁止っ、て書いてある…」

 

ルーシェは看板を読み上げると不安そうにアルスを見た。が、アルスはその看板を気にせず通り過ぎた。

 

「ええっ、ちょっとアルス!」

 

アルスは地面を見ると

 

「足跡があるな。見たところまだ真新しい。しかも1人。間違いない、カヤはこの先だ」

 

「うええええ追うのかー!?」

 

フィルはぐったりとした表情で愚痴をいう。ただでさえ今も暑い。ものすごく暑い。

 

「追うしかないだろう…。カヨさんの事もあるし何よりあいつを捕まえるのが1つの俺達の目的だったからな。それに、当初はここが目的地だったんだ」

 

アルスもうんざりしているが、ここにはどの道、用があったのだ。

 

「うわぁ〜、凄い所に逃げたネー彼女も」

 

ラオは真っ赤な溶岩を覗き込んで言った。ロダリアが、

 

「それだけ必死だったのでは?」

 

と返した。

 

「エー、必死ってだけで火山の溶岩帯まで逃げ込む?フツー」

 

「ふむ、私には分かりませんわ。ま、私は氷石が返ってくればそれで良いのですが」

 

ロダリアは扇子を広げ、パタパタと顔を扇いだ。

 

 

 

火山の中に入ってしばらく。案の定全員汗が止まらない。暑い、暑い。とにかく暑い。

 

「あ、暑い…………」

 

「暑いって言わないでアルス……。余計暑くなる……」

 

ルーシェは腕も顔もをだらんとして、俯いて言った。

 

「あ゛〜、クソっ!あちいいいい!」

 

「うるさいですよガット……」

 

ノインが汗を拭きながら言う。

 

「小生暑くて死にそう…」

 

「はぁ〜、いくらあおいでも熱風がかき乱されるだけですわね…」

 

「うぅ〜、暑いヨー…」

 

出てくる言葉は暑い。死ぬ。それぐらいである。特にスヴィエート出身のアルスとルーシェは今にも倒れそうな感じである。

 

「あぁ、おいガット……。なんか、涼しくなる治癒術とかないのか…?」

 

「いや無茶言うなよ…。んなのあったら俺が知りてーよ……」

 

「スヴィエートが恋しい……」

 

「うぅううううあああああ暑い暑い暑い暑いいいい!!もうアルス!どうにかならないの!?」

 

ルーシェがとうとう壊れた。

 

「えっ、俺!?」

 

突然向けられた八つ当たりにも近い発言にアルスは困惑した。

 

「アルスー!雪降らせて!皇帝なら出来るでしょ!?」

 

「いやいや!?無理無理!?皇帝関係ないだろ!」

 

「アルスの馬鹿あああああああ!なんでそんな事もできないの!?」

 

「雪降らせるなんて誰にも出来ないから!」

 

「おーおー、二重の意味でお前らは熱いな…」

 

ガットは呆れた表情で見つめた。

 

「賑やかですわねぇ。あれならまだ行けるのでは?」

 

ロダリアは鬱陶しそうな顔で前列で騒いでる彼らを見つめる。

 

「ところでフィル、大丈夫ですか?先程から全く喋っていませんが」

 

ロダリアはずっと下を向いて歩いているフィルに話しかけた。

 

「…、小生は悟りを開いたのだ……」

 

フィルは杖を握り締め汗だくの顔で仏のような無表情で答える。

 

「……大丈夫ではなさそうですわね。皆さん暑いとテンションがおかしくなるようですわ」

 

「フィル…。悟りを開くって凄いね、僕崇拝しますよ…あぁーフィル様……、肩もませてください」

 

ノインはフィルの肩に手を当てて揉み始めた。

 

「あらこの方もやられちゃってますわね」

 

「うーん、もうすぐ、もうすぐで暑さのせいで首がもげるネ、これはもげる…。あ、もう今すぐもげそう……」

 

ラオも頭を抱え独り言をぶつぶつと呟いた。

 

 

 

そんなこんなで火山を進んで、開けた場所にたどり着いた。そしてその奥、人影が見えた。あの茶髪、カヤだった。何かの祭壇を前に彼女は本を片手に何かをぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。

 

「いた……!」

 

アルスのその声には気付かず、カヤは相変わらず何かを呟いている。

 

「えーっとォ…何なに、汝……が、其の源?の末……末裔?ならー、ならば……」

 

「見つけたぞ!カヤ!」

 

「っ!」

 

カヤはびくりと肩を揺らした。そして振り返ると苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「うわマジ…?ここまで追いかけて来る普通?」

 

「絶対……絶対に許さん…、ここまで引っかき回されたんだ。ここで終にするぞ…」

 

「うーわぁ、ご苦労さま~。ホントよく追いかけてきたね…」

 

カヤはアルスの疲労困憊した顔を見ると苦笑いした。

 

「おいカヤ、お前の婆ちゃんめちゃくちゃ心配してたぞお前の事。俺達がお前を殺すなら自分の命をあげるから勘弁してくださいってなぁ。お前はそんな孫想いな優しい優しい婆ちゃんを無視すんのか?」

 

ガットはカヨの話を持ち出した。なるべく穏便に。アルスは今かなりイラついている。暑さのせいで。

 

「お婆ちゃん……」

 

カヤは表情を曇らせた。

 

「カヤ!ちゃん?えっと、大人しくお縄につきなさーい!」

 

ルーシェは少し落ち着いたのかいつものペースである。

 

「縄ではないが糸につかせるぞー!巻き巻きにして逃げられなくしてやる!」

 

「さっすが僕のフィル!カッコイイー!!」

 

ノインは相変わらずである。

 

「もう逃がしませんわよ」

 

四面楚歌。カヤはまさに絶体絶命の状態だった。逃げ場などない。

 

「くっそ………!」

 

汗が本に落ちた。苦労して手に入れたこの本。汗がぶわりと吹き出す。それは冷や汗も混じっている。捕まるという恐怖に怯えて。呼吸が深くなる。暑さのせいもある。が、これは違う。焦りと恐怖。

 

カヤは本を閉じると真剣な表情になった。何がが吹っ切れたような感じだ。

 

(もう、やるしかない────!)

 

「あたしは、あたしは!こんな所で捕まるわけにはいかないんだよ!!やっと……、やっとリザーガから手がかりを見つけたってのに!村の為にも!絶対にこの場を逃げ切る!逃げ切ってやる!!あんたらを倒してでもね!!」

 

カヤは腰からナイフを取り出すとアルスに斬りかかった。

 

「っ!?いきなり何をするっ!?」

 

アルスは慌ててそれを拳銃で防御した。ガギィン!と鈍い金属音が響く。

 

「おいッ、マジかよ!?」

 

「おやおや、実力行使ですか」

 

ガットとロダリアが言った。

 

「やめろカヤ!カヨさんが悲しむぞ!ぐっ!」

 

アルスは力ずくでそれを弾き返した。カヤは受身をとり悔しそうな顔をする。

 

「…ッ、お婆ちゃんの事は口にするな!何も知らないくせに!」

 

「カヤちゃん!落ち着いて!」

 

「うるさいっ!」

 

「…っ!」

 

「コラぁ!君!落ち着きなさいと言ってるのだヨ!」

 

ラオはクナイを取り出してカヤに斬りかかる。

 

「っぅぐ!」

 

カヤはナイフでそれを受け止める。2人の攻防はギリギリと刃の鋭い音をたてる。

 

「このっ…!」

 

「仮にも男だからネ。力は女の子よりも強いヨ」

 

力は歴然。やがてカヤが押され気味になった。彼女の喉元までクナイが届きそうになる。

 

「ラオさん!ダメッ!」

 

そこにルーシェが割って入ろうと近づいた。

 

「ルーシェっ!?」

 

その一瞬ラオの隙をカヤは突いた。

 

「っ今だ!」

 

「っうぐっ!?」

 

一気に足でラオを蹴り飛ばすと斜めにナイフを走らせる。

 

「うらぁ!」

 

「きゃあっ!」

 

しかしそのナイフはルーシェの右腕を鋭利に引き裂いた。

 

「なっ!」

 

カヤは驚きを隠せなかった。斬りつけた相手は確かにあのクナイを持つ男だったのに彼女はそれを咄嗟に右腕でかばったのだ。

 

ルーシェの二の腕から鮮血が散り、血が地面に落ちた。

 

「ルーシェ!!」

 

アルスは真っ先に彼女の元に駆け寄って行く。

 

───が、次の瞬間地面が大きく揺れた。

 

「うわっ!何だ!?」

 

アルスは大きくバランスを崩し、地面に手をつく。

 

「ルーシェー!!」

 

アルスは彼女の名を呼ぶ。

 

ドォオオン!

 

と、大きな音がし突如ルーシェが隠れた。それは大きな岩だった。

 

「岩っ!?」

 

「何だ!?何が起こってやがる!?」

 

「落石ですわ!?」

 

ロダリアが上を指さして言った。

 

「皆!よけろー!!」

 

フィルが叫んだ。上からガラガラと落石が降ってくる。

 

「うひゃあ!」

 

ノインは慌ててそれを避ける。まばらに容赦なく落ちてくる岩は大きな音をたて地面で砕け散る。

 

「何なのよ全く!こんな時にっ!」

 

カヤも落石を避ける。だが、上ばかり見ていたせいか、気づかなかった。落石の影響でひび割れていた足元に。

 

その時、カヤの足元が崩れた───!

 

「あっ…!」

 

気づいた時にはもう遅かった。カヤの右足は完全にとられ、崩れた体制のまま落下していく。

 

「嘘…」

 

下には溶岩。落ちたらまず命はない。せめてもの抵抗で、崖に捕まろうと左手を伸ばす。が、それが届く事はわなかった。

 

その時が、スローモーションに見えた。

 

(ああ、死ぬ時って本当にこうなるんだ…)

 

と、その時は妙に落ち着いていた。しかし、オレンジ色の髪の毛がその時視界に写った。

 

「カヤちゃんっ!!!」

 

ルーシェはその伸ばされた左腕を掴んだ。グンッと衝撃が走り体が重力に逆らう。

 

「え…!?」

 

カヤは驚いて顔を見上げた。すると血が頬に落ちた。さっき自分が斬りつけた傷からだ。

 

「うっ、あぅ……」

 

ルーシェはその傷の苦痛に顔を歪めた。

 

「アンタ…、何で…!早く、早く手を離しなさいよ!アンタまで落ちるよ!?」

 

カヤはその状況に混乱し咄嗟にそう言ったがルーシェは、

 

「うるさいっ!」

 

と、一括した。

 

「…っ!?」

 

「いいから!!早くこっちの手に捕まって!死にたいの!?許さないよ!?お婆ちゃんに散々迷惑かけておいて、絶対に死なせないんだから!」

 

ルーシェは左手を必死にカヤに差し出した。

 

「何で、何で助けてくれんの…?アタシは、アタシはアンタを散々傷つけたのに…、くぅっ…!」

 

カヤの声は震えていた。それでも必死に彼女の手に捕まった。

 

「う、うぐうううう!」

 

ルーシェは懇親の力を振り絞って彼女を引き上げようとした。しかし力が足りない。ただでさえ右腕は焼けるように痛い。

 

「や、やっぱ無理だよ!離して!」

 

「離さないいいいい!!絶対に離さないいいいっ!!」

 

「ルーシェ!!カヤ!?」

 

そこにアルスが駆けつけた。ルーシェはその声に安心した。彼はいつも私がピンチの時に駆けつけてくれる。本当に嬉しかった。

 

「アルスー!手伝ってええええ!」

 

「おい!大丈夫か!?今助ける!」

 

アルスはしゃがんでカヤの腕を掴むと一気に上に引っ張りあげた。やはり男の力の方が断然に強い。カヤはあっという間に助け出された。

 

「はぁ~、はぁ~……。はぁ~!」

 

「はっ……、良かった、カヤちゃん…」

 

カヤは四つん這いになり呼吸を整えた。先程の恐怖がどっと溢れてきた。ルーシェも顔を俯かせへたりと座り込んでいたが、怪我を心配したアルスに腕を掴まれていた。

 

「ルーシェ!腕は大丈夫か!?あぁ、こんな時に俺が治癒術を使えたら!待ってろ!今ガットを呼んでくる!」

 

アルスはルーシェの事になると落ち着きがない。すぐさま戻り、ガットを呼びに行った。やがて少し落ち着いたのかカヤは立ち上がりルーシェに向き直る。

 

「助けてくれて……、ありがとう…。でも、本当に何であたしなんか、アンタの物盗んだ泥棒だってのに…」

 

ルーシェは顔をあげながら言った。

 

「そんなの、関係……ないよ。目の前で死にそうになってる人見たら、助けるの当たり前でしょ…?それに、ね。私のお母さんというか、うーん、まぁお母さんでいいか。お母さんが言ってたの。親より先に死ぬ子は一番の親不孝者だって…。カヨお婆ちゃんと何にも和解できてないまま、誤解をうんだままで終わりなんて、酷すぎるよ、そんなの…」

 

「はっ、はは。アンタって、優しいんだね…、凄く…。それでいて、なんか頑固で、強くて…。本当にさっきはありがとう!えっと、名前は…」

 

「ルーシェだよ」

 

「そっか、ルーシェ。えっと、ごめんね、その、腕…、斬っちゃって。わざとじゃないんだけど…。ああ、言い訳は見苦しいか。本当にごめ…ぶっ!?」

 

ルーシェは彼女が言い終わる前に左手で思いっきりカヤに平手打ちした。

 

「っ!?っ!?」

 

カヤは目が点になった。

 

「ふふん、これでおあいこ!」

 

してやったり、という顔でルーシェはカヤを見る。

 

「今のは2つ意味を込めたんだよ、1つは本当におあいこの意味でやったんだけど、もうひとつは、お婆ちゃんに内緒で変なことに手出して心配かけてた事の叱り!しっかり反省なさい!」

 

「は、はい…」

 

(この娘、侮れない……)

 

カヤは心からそう思った。



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見知らぬ言語で書かれた祭壇

「ったく無茶しやがるぜ、ルーシェさんよ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

アルスが急いで呼んだガットは、ルーシェの右腕の傷を治し始めた。

 

「あんま俺の治癒も万能じゃねえからな。ヒヤヒヤさせんな」

 

「えへへ、今度から気をつけるよ、ありがとう、ガット」

 

「ま、礼を言うならアルスにもだな。滅茶苦茶慌てて呼ばれたもんだから何事かと思ったぜ。あんなに焦った大将はなかなか見れねぇよ?流石ルーシェだな」

 

「…?流石?何が?」

 

ルーシェは意味がわからない、と言った様子で首をかしげた。

 

「……いや、分かってないならいい。ほら、治ったぞ」

 

「わぁ!凄い!綺麗に治った!ありがとうガット!」

 

「おう」

 

アルスはルーシェの腕の傷が治るとホッと溜息をこぼした。あそこで自分が駆けつけていたかったらどうなっていたか、想像もしたくない。

 

「アルスもありがとう。色々と迷惑かけちゃったね…」

 

ルーシェばバツが悪そうにアルスに言う。だが別に、アルスはこれっぽっちも迷惑なんて思ったことはなかった。それどころか何か頼られると嬉しい。多分これが男独特の思考なんだなと思った。好きな女の子に頼られるのはすごく嬉しい。

 

が、

 

「あぁ、全くだ…!少しは考えて行動してくれ。ルーシェは、その、えっと、治癒術使えるんだから死なれたら困る!」

 

変なところで素直になれない。それに無茶のし過ぎで怒っていることは事実。しかしすぐにアルスは、

 

(しまった…!)

 

と、思った。しかも仲間達がいるせいか余計にこんな風に突っぱねてしまう。

 

「そうだね〜…、ごめんね……」

 

ルーシェは愛想笑いで誤魔化すと眉を下げ落ち込んだ。アルスがこんなに怒るのは珍しい。

 

「あ、いや違っ!えーっと、だからガットと同意見で無茶は良くないというか、心臓に悪いというか……」

 

訂正を入れるが語尾がどんどん小さくなっていく。

 

「うん……、無茶は、分かってる…。体が勝手に動いちゃったというか…。あぁ、言い訳だねこんなの。ホントにごめんなさい」

 

「治癒術使えるからとか、そうゆうのは言葉のあやでっ……!」

 

カヤはそんな光景を見ていて物凄くムズ痒い。

 

「あのアルスとか言う奴。ルーシェにお熱でしょ絶対」

 

思わず近くにいたラオに耳打ちする。

 

「ウン。凄い分かり易いよネ。ボクもすーぐ分かっちゃった。でもお似合いだと思うな。僕は応援するケド」

 

「前途多難過ぎない?」

 

「そこが見ていて面白いのですよ」

 

「うわっ!?アンタいつの間に……!?」

 

カヤは後ろから割り込んできた女性、ロダリアに驚いた。

 

「ソーソー。見ていて飽きない程面白いんだよネ〜2人は。アルス君は変なところで堅物発揮したり、ボクらの前では恥ずかしいのかあんな風にツンツン気味だけど」

 

「ヘタレで堅物でツンデレなんてもの面白い以外他ありませんわ。分かります?」

 

ロダリアの言葉にカヤはうんうんと頷き、

 

「分かる分かる……。ルーシェは図太さが磨きかかって天然で鈍感過ぎ、とか?」

 

と、にやりとした表情で言った。ロダリアがくすりと笑い返した。

 

「おや、やはり女子なのですね。恐らくその通りですわ。私はルーシェと話が噛み合いませんからね。そうだとは思っていましたわ」

 

3人でこそこそと話していると、

 

「おい、何普通にカヤと話しているんだ2人は」

 

アルスに突っ込まれた。ロダリアはぱっとカヤから離れると、

 

「いえ?何でもありませんわ?幻聴ではなくて?私、ラオとカヤが話しているのは聞きましたわ。ええ、きっと私はその会話に参加しているように貴方には見えてしまったようですわね。たまたま近くにいただけで。ええ、たまたま近くにいただけで。悲しいですわぁ」

 

「ちょっと!苦しすぎるよ!その言い訳!2回言わなくていいし!」

 

「しかもさり気自分は何一つ非がないようにしてボクらに全部罪擦り付けてるし!」

 

アルスはロダリアを一瞥するとカヤに視線を向けた。

 

「まぁいい…、カヤ。お前は一体ここで何をしていたんた?」

 

「はぁ〜?何していたって、逃げに来たんですけど〜?何もしてないんですけど〜?」

 

カヤは分かり易いシラを切った。当然アルスには通用しない。

 

「それはないだろう。さっき本を持っていた。そしてそれを持ってあの祭壇で何かをしていた」

 

(バレてるし……)

 

カヤは舌打ちをした。

 

「チッ。はいはい、教えてあげますよーだ。この本で祭壇にある訳のわからん文字を解読……、ってあれ?

 

カヤは腰に手を当てた。が、ない。

ない、どこにもない!苦労して手に入れたあの本がない!!

 

「ないいいいいいい!?嘘だぁぁぁああ!」

 

「はぁ?」

 

頭に疑問符を浮かべ、アルスは「ないって、何が?」と聞き返した。

 

「嘘!嘘ぉ!?どこで落としたのおおお!?」

 

カヤは辺りを見回した。それらしき本はどこにも見当たらない。つまり────

 

「マグマの中…!?」

 

そうだ、きっとそれしかない。そう言えばあまりの衝撃体験過ぎて覚えていないがルーシェに手を掴まれた時に落としたのだろう。そうなると本は今頃跡形もなく溶けて消えている。

 

「うわぁあああん!最悪ぅ!何でだよー!?」

 

「何だ何だ?一体どうしたんだ」

 

「カヤちゃん?どうしたの?項垂れて、お腹痛いの?」

 

ルーシェが聞いた。アルスは分かる情報で要約して話だした。

 

「えーっと、つまり考古学に興味があるのかは知らんが、あの何かを祀ってある祭壇の文字の解読の為の本をさっきまで持っていたけど地震が起きてカヤはマグマに落ちそうになった時、ルーシェに助けてもらったんだが本はその時マグマに落としてしまったらしい」

 

説明し終わると、フィルが祭壇に走って行った。

 

「ふむ、お?これがその祭壇か。なんかミミズみたいな文字が書いてあるぞ。小生は現代の文字すら読めないがな」

 

フィルは文字を見て顔をしかめた。

 

「我々が使っているフォスフィ文字とは違うようですね……。あー、なんて書いてあるんだコレ…」

 

ノインも近づきそれを見つめる。アルスもその文字を見てみたが、読めない。読めないが、何故か何処かで見たような気がしないでもない。

 

「何だこりゃ?マッジで分かんねぇ〜!何語だよこれ」

 

ガットは頭を抱えてボリボリと掻いた。

 

「あんねー、何だっけな〜。本にはプロ何とか語とか書いてあったよ」

 

ガット問にアルスが答えた。

 

「プロ何とか?古代プロトスアル語の事か?」

 

「あー!!んー?でもなんかそんなような名前だった気がするんだけどなーんか違う気がする……!」

 

「ぷろとすある?んだ?それ?」

 

ガットはアルスに聞いた。

 

「今俺達が使っているのはフォスフィ語といって世界共通の文字と言語だ。エストケアライン以前に使っていた文字は古代プロトスアル語と言う。今のフォスフィ語より複雑で、エストケアライン以降、何故かどこから生み出されたか分からないフォスフィ語というのを人類は使うようになったそうだ。まるで元々その文字を知っていたかのようにまたたくまに普及して、今ではプロトスアル語なんて滅多に使わないが、知ってる人はしってる。かなりマイナー言語。軍上層部や政治の上の上に立つような人間しか習わないし、そもそもみんな知らないし教えられると人自体もめったに存在しないから習える機会がないんだ。そして専門書とかも全然ないから俺も途中で匙投げした」

 

「プロトスアル…、ではないような気がする……!でもなんか似てる!あー!分かんない!んもー!本があればああああ!!」

 

「………もしかしてプロメシア語ですか?」

 

ロダリアが訝しげに聞くと、

 

「なぁー!!それそれ!なんかそんなんだった気がする!」

 

「まぁ……。どこでそんな書物を手に入れたのやら…」

 

ロダリアは小声で愚痴った。カヤはペラペラと喋り出す。

 

「そうそう!プロメシア語!リザーガの連中からくすねたんだ!あー、スッキリした!」

 

「ふむ……」

 

ロダリアは少し考え込んだ。が、肩を竦めると、

 

「私にも分かりませんわ。何が書いてあるか、まるでサッパリ」

 

と言った。

 

「ボクも使ってたのはフォスフィ語だったしなぁ。ンー、分かんないや。そもそもエストケアラインっておおよそ100年前で、ホントはもっと昔かもしれないんでしょ?」

 

ラオが言った。

 

「そうですね、学者達で意見がかなり分かれています」

 

ノインが答えた。

 

アルスは祭壇の文字を見て唸った。

 

「うーん………、何処かで見たような………、でも読めないんだよなぁ…」

 

アルスの横にルーシェが入り込んだ。そしてそのままじーっと見つめると、

 

「……汝が其の源、並びに焔の末裔ならば、その証をたてよ。さすれば封印は解かれん。火山に眠りし灼熱の業火の意志、其の名は精霊イフリートなり……」

 

「…………ルーシェ、今なんて?」

 

アルスは今ルーシェが喋っている言葉に耳を疑った。彼女はこの文字を解読したのだろうか?

 

「えーっと、前半はよくわからなかったんだけど……、なんかここな祀られてるのはイフリートっていう精霊さんみたいだね。ほら、精霊って、おとぎ話とかでよくでてくる」

 

「えっ!?ちょっ?!はぁ!?どいて!」

 

「痛っ!」

 

カヤはアルスをどかしてルーシェの隣に割り込んだ。

 

「アンタこれ読めんの!?」

 

「ん?うん。あれ?何で私読めるんだろう?あれれ?」

 

「イヤイヤイヤイヤ!?すっげー!!ルーシェ!!すげー!!何で読めんの!?アタシの努力全く無駄だったけどすげー!!えっ!すげー!!?」

 

「お、落ち着いてカヤちゃん…、すげーしか言ってないよ」

 

「いやでも凄いわ、ホント。ねぇ、他には何か書いてないの?そもそも証って何?」

 

「何だろうね〜、およ?なんか他にも書いてあるね。うーんと…、人名かなぁ…?シライ・エン・ウアン?あと…、ライナン…、んー文字がちょっとかすれてるなぁ、えー……」

 

ルーシェはその祭壇の石版の文字に手を当てた。すると、

 

「きゃっ!」

 

「わっ!」

 

また地面が大きく揺れ始めた。

 

「また地震か!」

 

「おい皆!一旦離れろ!」

 

ゴゴゴゴゴ……、と音を立てて祭壇は揺れていた。だがアルスはある不自然に気がついた。

 

祭壇の部分しか揺れていないのだ。

 

「ん?おお?あやや?」

 

ルーシェが祭壇から降りるとそれはまっぷたつに割れ始めた。

 

「あれれれ?ええええ!?」

 

「割れたぞ!?」

 

「ナニコレー!すげー!!」

 

鈍い音を立てて開いていく。そして完全に動きが止まるとまっぷたつに割れたその中心に光が集まっている。

 

「な、何だ……、これ……!?」

 

アルス達はその光景を呆然と見ている事しか出来なかった。だがこの出来事から、歴史が大きく動き出す事を彼らはまだ知るよしもなかった。



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封印結界

祭壇が2つに割れ、中から現れた陣は光を放っている。

 

「何だコレ!?うほおぉ小生いっちばーん!」

 

フィルはその陣の上に立ち人差し指で天を指した。

 

「フィル!危ないかもしれないよ!?」

 

慌ててノインが引き止めるが、

 

「………あり?」

 

陣の光は消え、何も起こらなかった。フィルはそのポーズのまま素っ頓狂な声を出す。

 

「何も起こりませんわね」

 

「あら?何もないの?」

 

ロダリアとルーシェも首をかしげた。

 

「ええー!?ここまで来て何もないんかい!?」

 

カヤはガックリと肩を落とした。

 

「えーいやいや、絶対何かあるだろここまで来といてそれはねぇよ」

 

ガットも便乗し、陣の上に乗ってみるがやはり何も起こらない。

 

「………」

 

沈黙が流れ、ラオが、

 

「何も起こんないネ」

 

と、言った。

 

「うるせぇ」

 

彼は拗ねると陣を足裏でコツコツと蹴った。

 

「んで?結局さ、カヤさんは考古学がお好きなわけ?」

 

ガットはカヤに問い掛けた。

 

「んな訳あるか!仕方無くだよ仕方無く!」

 

「そうだ、カヤ。そもそも何が目的で解読をしていたんだ。リザーガから本をくすねといてここに来たからには考古学に興味がない限り何か理由があるはずだろう」

 

アルスは先程聞き出せなかった事をもう一度聞いた。カヤは観念して話し出した。

 

「あーもう分かったよ話すよ…。あたしはこのガラサリ火山の麓のソガラ村で生まれ育った。でも幼い頃からこの村は貧乏だった。年寄りは多いし辺境のド田舎だし。でも温泉とかもあって皆は明るくてイイ人達がいて、あたしはソガラ村が大好きだった。でもおばあちゃんも村の人も皆口々にこう言うんだ。昔はこうじゃなかったって。貧乏でもないし、温泉ももっと入れるのがあった。今は煮えたぎってとても入れない温泉なんかもある。火山灰なんてものも頻繁に降らないし、そもそもガラサリ火山の活動もこんな活発じゃなかった、って」

 

カヤは神妙な顔であらましを話した。彼女にも彼女なりの苦労や事情があって故の人生だったのだ。

 

「その話と考古学の話はどう繋がっているんだ?」

 

「1年前、大変だったけど、なにか原因があるんじゃないかと調べてみようと思ってね。このガラサリ火山に来て、この祭壇を見つけた。そしたら訳のわからない文字があって、全く読めなかった。そんで、さっきルーシェが読んだこの古代プロメシア語を解読すれば何か分かるかもと思ったんだ。それで、ソガラに仕送りのため商人やってるって嘘をついて、金目のものを盗んだりしてた。その合間に解読のヒントも得られるんじゃないかってね。勿論、アタシも鬼じゃない。貧乏な人間や弱い人間からは決して盗まなかったし、どっちかって言うと悪業者から盗んだりしてた。いい例がリザーガだよ。あいつら、アジェスを乗っ取ろうとしてるんだ!天皇は言葉巧みに騙されて、それで国民も気付かず操作されてる…!だからソガラが必死に助けを求めても何一つ救援を寄越さなかった!アジェスは今ピンチなんだよ!」

 

カヤは感情を爆発させて怒りをぶつけた。リザーガは、気付かぬうちに、じわじわとアジェスを侵食していっているようだ。

 

「落ち着いて?カヤちゃん。ね?気持ちは痛い程分かるよ…。私も、貧民出身で、似たような経験があるから… 」

 

ルーシェがカヤの手を取り、落ち着かせる。

 

「………ごめん。で、リザーガからくすねた荷物にその古代プロメシア語で書かれた書物が混じっていた。その時確信したよ。こいつらは何かを知ってる。この世の中の理を。何かを隠して、何かを企んでいるって事も。それで、解読書を盗んで、ここに来たってワケだよ。話が少し脱線しかけたけど、これでいい?」

 

カヤは目線をアルスに向けた。

 

「なるほどな。お前にも色んな事情があったわけだ」

 

アルスは同情した。カヤに対するイメージがガラリと変わり、心が痛んだ。

 

「辛かったでしょう、貴方は本当は、優しい人なんですね」

 

ノインがそう言うとカヤは笑った。

 

「優しい…か。おばあちゃんによく言われるな。でもやってる事はただの泥棒。自分でも分かってる。分かってるんだけど…」

 

「そうですね、罪は罪です。でも僕が今言ったことは本心ですから」

 

「ありがと。でもアタシの話なんて今はどうでもいいんだ。あの陣、本当になんもないの?」

 

カヤが指を指した陣は今は光を放っておらず、ただの模様になっている。するとカヤは何かを思いついた。

 

「そだ!ルーシェ!来て!」

 

「うぇ?」

 

カヤはルーシェの手を引くと陣の前に立たせた。

 

「はいドーン!」

 

「うびゃあ!?」

 

カヤはルーシェの背中を両手で叩いた。カヤはあまり強く叩いたつもりはなかったのだが、ルーシェは頭から陣へ突っ込み派手に転んだ。

 

「わー!!ルーシェ!?ゴメン!?え!?そんなに強く叩いたつもりはないんだけど!?」

 

カヤは慌てて駆け寄るが、立ち止まった。陣がまた光を放ち始めたのだ───!

 

「っし!乙女のカンは当たったみたいだ!皆ー!!なんかよく分からないけどとりあえず集まれ!」

 

「うぉぉお凄いぞルーシェ!小生が1番乗りだ!」

 

「ボク2番乗り〜」

 

「フィル!僕も!」

 

「集まれ!全員集合だ!」

 

「ほーい」

 

「面白いことになりましたわね」

 

「うぅ……、いたた…。鼻とおでこがぁー…。ひどいよぉ、カヤちゃん……。あ、あれ?」

 

ルーシェが立ち上がろうと陣に手を付けた瞬間瞬く間に光が強くなった。皆が慌ててその陣に集合した途端、彼らの姿は一瞬にして消えた。

 

 

 

「何だここ……?」

 

強い光に包まれた途端、視界が一気に変わった。先程の火山内部の風景とは打って変わって、何か神聖な空気に包まれている。しかし、周りは炎のように赤い。だが暑くはない。なんとも形容し難い空間にアルス達は飛ばされた。

 

「何……?ここ……!?」

 

カヤは辺りを見回すと、走り出した。そして、奥へ少し進むと立ち止まった。

 

「……、進めない。何か壁があるみたい」

 

よく見ると透明な壁がある。コンコン、とノックをしてみても音はしない。ガラスのようなものなのに、不思議な壁だ。するとまた文字が浮かび上がってきた。カヤはその文字を見つめた。先程解読してた文字と形式が一緒だ。

 

「皆ー来てきてー!」

 

カヤはアルス達を呼ぶと、ルーシェを手招いた。

 

「これ、なんて書いてあんの?」

 

「えーと、ね……。封印結界、源の力を持つ者、証を示せ。無と創造の力、世界の理。世界の、原点……」

 

「相変わらずイミフだわ。何言ってんのこれ?」

 

カヤは率直な感想を述べた。壁をまたコンコン、とノックする。

 

「世界の理……、世界の、原点……?」

 

アルスは顎に手を当て考えた。その横で、ルーシェは右手を壁に当てていた。

 

「…………?」

 

どうしてこうしたのか、理由は分からない。ただ、こうすれば何かが起こると直感で悟ったのだ。そして左手も壁に当てようとした。人差し指が触れた途端、ヒビが入った。

 

「……わ!」

 

「ぎゃ!」

 

パリィイィイィイン!!

 

「うわっ!?」

 

アルス思わず腕で顔おおおった。大きな音をたて、それが崩れた。壁はガラスの破片のように崩れるが、やがて小さな粒子となり消えていった。エヴィで構成されていたようだ。

 

「な、何が起こったの?」

 

カヤが恐る恐る目を開けると、目の前には赤い物体がいた。うずくまり、それが何なのか、全くわからないが、これだけは言えた。

 

人とは違う、何かが、そこにある。

 

「…………え?」

 

「な、何……?」

 

ルーシェは両手を下ろせずに、目の前の光景にただただ驚いている。やがてその赤い物体が腕、脚を広げた。

 

ウォォオオオオオオオォオオオオオ!!!

 

猛々しい雄叫びをあげ、赤い物体は目を覚ます。炎を纏い、熱気がアルス達に伝わってくる。

 

「ニン……ゲン……。ゆるさ、ぬ……!滅びよ!」

 

「おいおい何だこれやばくね!?」

 

ガットがただならなぬ空気を感じ取ったようだ。だがその空気はここにいる全員が感じ取っている。

 

「っ来るぞ!」

 

「うおおおあああああああああ!!!」

 

赤い生物が、殺気と炎を纏い、アルス達に襲いかかってきた─────!



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炎の精霊 イフリート

猛々しく、紅蓮の炎を具現化して生命体を象った何かが襲ってくる。

 

「フラムルージュ!」

 

「っ!よけろ!」

 

アルスは素早く反応して叫んだ奴は右手を振りかざし、下ろしただけでアルスが飛び退いた場所に火柱をたててしまった。

 

「なっ…!無詠唱で光術……!?ありえない…!」

 

アルスは驚愕した。自身の経験上そんな人は見た事がないからだ。もっとも、目の前にいる奴が人だとはあまりにもいい難いが。

 

「おわっちちちち!アッツ!!」

 

「気をつけろガット!炎の使い手だ!」

 

「んなもん今の見りゃ分かるっての!しかし、弱ったな、これじゃまともに近づけねぇ…!」

 

「ファイアボール!ウォオオオオオ!」

 

奴がまた咆哮をするとビリビリと空気が威圧された。そして奴の周りに火の玉が浮かび上がると、それは追尾するように追いかけてくる。

 

「アクアストライク!」

 

ノインは手をキューの先端にかざした。水のエヴィの塊を取り付けて、火の玉を素早く叩き落とした。

 

「ハエたたきみたいです」

 

「ノイン!小生もやりたいそれ!」

 

「くっ!何よこれっ…!」

 

「うわわ!なんか追いかけてくるヨ!」

 

ラオはホーミング性能付きのその火の玉をバク転でかわした。

 

「ふふふ、さしずめ私達を死へ誘う火の玉、案内役と言ったところでしょうか?」

 

「んななっ!!何言ってるんですかロダリアさん!!」

 

「ルーシェさんは相変わらず反応がよろしいですわねぇ」

 

「蒼龍水弾!」

 

アルスもノインと同じように水属性の龍の形のエヴィ弾を発射して相殺する。その後、すかさずルーシェを守るために素早く庇うようにして前に立った。

 

「こんなもん気合だオラァ!円月刀!」

 

ガットは水平に太刀を構え、力いっぱいそのまま一回転させ周りの火の玉をまっぷたつに切り裂いた。太刀には水属性のエヴィが付与されているためだ。

 

「まさに力業!何と言う脳筋……!ゴリ押しを絵に書いたようなお手本だネ!」

 

「っせぇぞ!ソンビ!てめぇは火葬されろ!」

 

「ジョーダン!墓にまた埋められたくはないネ」

 

皆それぞれ対応すると、奴はまた咆哮をあげる。

 

「グぁぁあああアアアアアッ!」

 

両手を上に掲げ先程よりもダントツに大きい火の玉、というよりももはや炎の渦だ。

 

「あれはかなりまずいのでは?」

 

「ロ、ロロロダリアさん!!あれを撃ってください!あんなの撃たれたら終わりですよぉ!」

 

「私ので何とかなるとは到底思えないのですが、如何しましょうか…」

 

アルスはカイラの言葉をハッと思い出した。ノインは優秀な光術師。今までの戦いっぷりを見てきてもそれは舌を巻くほどだ。彼の実力は本物である。

 

「ノイン!何とかしろ!」

 

「えぇええ!?それは無茶ぶりってモノですよアルス君!!」

 

「でないと皆死ぬぞ!!」

 

「そんな事言われたって!」

 

「お前なら出来る!お前がアレを何とかしないとフィルも死ぬんだぞ!」

 

「ハッ!そうだ!!えぇーいやるっきゃない……!」

 

フィルの事を出すとすぐにノインは目の色が変わった。

 

「ノイン!頑張れ!小生がついてるぞ!」

 

「よ、よーし!」

 

フィルに応援され、俄然やる気が出たノインはキューを構えると素早く詠唱を唱えた。

 

「青き星の覇者よ、旋渦となりて災いを呑み込め! 」

 

ノインの周りに青色、即ち水の光術方陣が浮かび上がった。

 

「メイルシュトローム!!!」

 

ノインはキューを対象の赤い生物に向けた。焦点が合い、赤い生物の下に激しい水流が巻き起こり、上昇し飲み込んだ。

 

「グアアアアアアァァァ………!」

 

奴はもろにそれを食らうと猛々しい咆哮とは違う、苦しみの叫びをあげた。

 

「うおぉ…!すげぇ…」

 

一番前衛だったガットはその水飛沫を顔に少し浴びた。炎には水。弱手を確実に突いたノインの的確な術で奴は倒れた。

 

「よかった……、なんとか僕の力で対抗できたようです……」

 

「よくやったぞ流石小生のノイン!」

 

「へへん、フィル〜、もっと褒めてもいいんですよ〜?」

 

 

 

「少しは頭が冷えたか…?」

 

アルスはルーシェから離れると、恐る恐る赤い生物に近付く。アルスはこの姿をした生物を見た事がある、現実では初めてだが、夢の中、朧げだが記憶にあるのだ。

 

「待てよ…?お前は、お前はまさか、イフリート……なのか……!?」

 

アルスは話しかけた。列車の中で見た夢に出てきた、恐らく炎を司る精霊…。非現実的なお伽話のそれが今目の前に確かにある。

 

「グゥッ、俺本来の力を出すことができれば……、貴様ら人間など……!」

 

「人間って、事は、やはりお前は精霊イフリートで間違いないようだな………」

 

イフリートはよろよろと体を起こし、空中に浮かんだ。そして傷ついた体を癒し始めた。するとイフリートの体の周りに赤い光が浮かび、傷を補正していく。やがてその赤い光はスゥーと空気に溶け込んだ。近くにいたアルスはその様子の異様さを敏感に感じ取った。

 

(イフリートが傷を癒すために赤い光を発した、その直後気温が上昇している……)

 

アルスは先程のノインの放った術のメイルシュトロームの水溜まりを見た。少し蒸発している、ということは、

 

「火のエヴィを生み出しているのか…?」

 

アルスが問いかけた。

 

「如何にも、俺は精霊のイフリートだからな。最も、人間共に長らく封印され、力の半分は奪われていて、本来の力はあまりない……」

 

「封印……」

 

アルスは夢の中での出来事を思い出した。まるで自分が他人の体に入ったように視界がジャックされ、体が勝手に動き、事が進む。その中で、自分はある老人に、精霊イフリートの封印を咎めていた。

 

イフリートは真っ直ぐにアルスの目を見据えた。彼は何かを感じ取ったようだった。目付きが少し険しくなった。

 

「お前は……、お前はセルシウスの封印者の子孫か?」

 

「セルシウス?」

 

アルスは驚きながらも返した。その名前は聞いたことはある。お伽話、だが。

 

「はっ、俺の姿を見るのも初めてなような人間に、あの冷徹女の存在を知るはずもないか」

 

「待て、セルシウスという名前なら聞いたことはある。スヴィエートのグラキエス山に住む精霊だとお伽話では言われている。実際に見たことは無いがな」

 

「場所までは俺も知らない。ただ、貴様からはあの冷たいエヴィが感じ取れるのだ。封印者の子孫の人間にしてはかなり強い方だ。奴の精神を強く感じる」

 

「………?全く心当たりないんだが、俺の先祖が何かしたのか?」

 

「………フン、あの女も俺と同じ目にあったようだが、いかんせんそれにしては……」

 

「………おい、何だ?どうゆうことなんだ?」

 

「………………知らんな」

 

ピリピリとした空気が漂う、が。

 

「オイオイ、何訳のわからない事言っちゃってんの大将!俺らが置いてけぼりくらっちゃってるんですけど?」

 

痺れを切らしたガットが割り込む。確かに今の話はアルスにしか分からない事だらけだ。

 

「………これは精霊イフリートと言って、炎のエヴィを生み出し、自在に操る。火のエヴィはこのイフリートによってこの世に生み出されているんだ。恐らく……な」

 

アルスは今最低限自分が分析した結果を述べた。間違ってはいない筈だ。

 

「ハァ〜?話が飛躍しすぎて分かんねーよ?そもそも精霊なんてモンはお伽話に過ぎなかったんじゃねーのか?」

 

「お前は今目の前にいる生命体が人間に思えるのか?」

 

「…………」

 

ガットはイフリートを見つめた。赤い生命体は周りに火のエヴィをまとっているのだろう。少し近くにいるだけでも暑い。そしてさっきの戦闘からして、人間でもなく、魔物でもない。知性があり、喋り、意思を交わすことができる。

 

「わーったよ………。チッ、色々な事が起こりすぎてなんだか頭がパンクしそうだぜ…」

 

「脳筋だもんネ」

 

「うおっ!お前いつの間に俺の隣に!」

 

「まぁ僕みたいにゾンビもどきもいる訳だし、精霊がいてもあまり驚かないかな僕は。僕自身が異質すぎるせいかな?アッハハ」

 

「るせー!死に損ないが!さり気お前さっき俺の事また脳筋ってディスっただろ!」

 

「ガ、ガット!やめようよ!もぅ、2人はいつも喧嘩ばかりなんだから…」

 

ルーシェが2人の仲裁に入った。イフリートはルーシェの姿を確認すると大きな声を出した。

 

「ッ!お前は!?」

 

「ふぇ?」

 

イフリートがルーシェの目の前に素早く移動するやいなや、彼女の両肩を掴んだ。

 

「えっ?えっ?何?何でしょうか……?」

 

イフリートは彼女の目を真っ直ぐに見据え、肩を掴んだ。そして自分のその手を見ると確信に満ちた声で言った。

 

「………やはり、貴方は、あのお方の……」

 

「オイ、精霊イフリートさんよ、ルーシェが可愛いのは分かるがあんまやんちゃするとウチの大将が黙ってねー………ってアチチチチチ!」

 

ガットがイフリートに静止をかけるように彼の手に触るが、触った瞬間、ガットは飛び退いた。

 

「アッツ!アッツ!ひぃーあちちち!」

 

慌てて右手の手のひらを自分で治癒する。火傷のような跡は消えたが、

 

「何でルーシェは平気なんだ?オイ、差別か?コラ?」

 

イフリートは掴んだ手を離した。

 

「………貴様には関係のないことだ」

 

「あ?喧嘩売ってんのか?また水浸しになりたいのか?」

 

「水浸しにしたのはお前じゃない、ノインだ」

 

アルスがすかさずツッコミを入れた。

 

「大将〜!いいんだよ!」

 

「しかし、俺も気になるのは確かだ。ルーシェに何かあるのか?イフリート」

 

「黙秘する。そもそも俺は人間が好きではない。貴様らの問に何でも答えると思ったら大間違いだ」

 

「………残念ですわね、いかんせん私も精霊を見るのは初めてですが、ね」

 

「小生も12年生きててこのような奴を見るのは初めてだ。師匠も初めてとなるとかなり珍しいという事、だな。そうだろう?ノイン?」

 

「……………」

 

フィルはノインに問いかける。しかし上の空のようで、返事はない。

 

「ノイン?」

 

「えっ!あっ、な、何?フィル?」

 

「だから、精霊という存在は、見るのも初めてだし、かなり珍しいっ、ていう話だ」

 

「えっ、あ、ああ、そう………だね……」

 

「?何か変だぞノイン?大丈夫か?」

 

「へ、変?僕が?」

 

「彼が変なのはいつもの事でしょう?」

 

ロダリアが辛辣に言った。

 

「師匠……、確かにそうだが……」

 

「ははは………」

 

ノインはから笑いした。

 

カヤはルーシェの近くに寄り、彼女の肩を見た。何も外傷はない。その理由がイフリートにあるのか、はたまたルーシェにあるのか。今は何も分からなかった。しかし、1番に聞かなければいけない事がある。自分がここまて来た目的。カヤにとっての最大の優先順位だ。

 

「……で?精霊イフリートさんだっけ?私も今色々なことが起こって頭があまり整理できてないんだけど、この質問にだけは答えてもらうよ。私はその為にやって来たんだから」

 

「む………?」

 

カヤは静かに怒りを込めた口調で言った。

 

「ガラサリ火山周辺のここ20年の異常気象はアンタが原因なの?」

 

「………成程、それを知りに来たのか?貴様達は」

 

「……まぁ、話が少しズレたが当初の目的はそれを知る事だな」

 

アルスが答えた。

 

「俺が原因?ハッ、笑わせるな。原因は他でもない貴様ら人間仕業だろう?マクスウェル爺さんの霊勢が消えて20年…。着実にお前らは破滅の道を突き進んでいる」

 

「マクスウェル?何?何言ってるかサッパリ分かんないよ!」

 

「イフリートさん、詳しく教えてくれませんか?私達、知りたいんです。知らなきゃいけないんです!」

 

イフリートはルーシェの目を見た。

 

「…………、そうだな、お前は知っておかなければなるまい……。よかろう、この世界の理を。貴様ら人間の過ちを……」

 

そうしてイフリートはぽつりぽつりと語り出した─────。



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世界の理

「─────大昔、この惑星イストラスに大精霊オリジンが生まれた。

 

オリジンこそ全ての始まりであり、原点にして頂点。唯一無二の、生命を司る存在に等しい。世界の源でもあり、また、無を司る精霊でもあった。お前らの言葉で言う神様、という奴だ。

 

オリジンの次に元素を司る精霊マクスウェル、そして時を司る精霊、クロノスも生まれた。この3人は原初の三霊と呼ばれる。ま、簡単に言うと一番偉いのがオリジン、次にマクスウェル、3番目がクロノスって訳だ。

 

オリジンは仲間を生み出し、増やした。俺らのような精霊達の事だ。

 

炎のイフリート、水のウンディーネ、風のシルフ、地のノーム。

 

これら4つの地水火風(ちすいかふう)は最も元素の中でも基本単位。つまり基礎となるモノだ。

 

そして、氷のセルシウス、雷のヴォルト、光のルナ、闇のシャドウ。

 

そして光闇雷氷(こうあんらいひょう)の4つで、大まかなデカい精霊はこの8人、プラス原初の3人で11人だ。

 

例外に他にも微精霊(びせいれい)とかちいせぇのもいたりする。樹とかな。こんなものは昔じゃ基礎知識だ。今はどうか知らないが。

 

月日が立ち、イストラスに生命が満ち始めた。そして、人が生まれた。人は見るみる間に進化していった。ある時、人はエヴィというあるエネルギー存在に気付いた。

 

万物を構成するエヴィ。貴様らがごく当たり前の様に使っているエヴィを生み出しているのは他でもない我ら精霊なのだ。精霊が生命活動を行うことによって生み出される。精霊が生きている限りエヴィは生み出される。

 

そしてそのエヴィの循環を担っているのが大精霊オリジンなのだ。

 

人は私利私欲に、思うがままにエヴィを使った。エヴィによってますます自らの技術を発展させていった。しかし、そのせいで世界のバランスが崩れ始めた。人はエヴィを使い過ぎたのだ。

 

オリジンは人の代表者を各自呼び出し、現状の忠告をした。だが、まるで効果はなかった。もともとオリジンも人間に甘いのだ…。人が好きだったからな。だから、もう一度チャンスを作った。今度は自分の力で、と。

 

オリジンは自分の分身にも等しい人間を10人を作り出した。彼らに命と意志、そして自らの力を分け与え、それを通して人間に忠告しようとしたのだ。

 

だがこれは、皮肉にもこの判断が後に重大な出来事を起こすきっかけとなってしまう。

 

オリジンの対策虚しく、人間達は変わらなかった。人間は恐ろしく強欲なものだ。過ちを侵さないと、事の重大さが分からない。

 

ついにオリジンは怒った。人をこのまま放置しておけば、いずれ大きな災いを招く対象として排除する事にしたのだ。

 

そして起こったのが、精霊戦争だ。

人間対精霊。当然、精霊の圧勝、の筈だった。

 

あの10人が裏切る事さえしなければ────。

 

そう、オリジンによって生み出された10人は精霊に反逆した。精霊によって生み出された天の使者が、堕天してあろう事か傲慢な人間になり下がってしまったのだ。

 

結果…、精霊戦争は、人が勝ってしまった。

 

人間はオリジンを天高くに封印した。そして、残りのマクスウェルとクロノスもどこかに封印された。

 

精霊達は酷く傷つき、傷を治すため、多くのエヴィを生み出していた。そのエヴィは、本来ならばオリジンによって、イストラスを一定のバランスを保ちながら循環するはずだった。しかし後に11人の精霊達も人の手によって封印され、ただただエヴィを生み出すだけのカラクリとなった。

 

オリジンの恩恵なき世界で、行き場を失ったエヴィはどんどんと天に溜まり、肥大していった。そして、天に封印されているオリジンの怒りのエヴィと反応しあい、突然変異を起こした。それは凄まじいエネルギーとなって、やがて地に降り注いだ。

 

この天災こそが、エストケアラインなのだ」

 

「………エストケアラインの原因は、今の話だったのか……!?」

 

「まるで神話のような出来事が、昔実際にあったのですわね」

 

アルスとロダリアが言った。昔の自分じゃ到底信じることはできないだろうな、と自嘲気味にアルスは笑った。

 

「で?続きは?それと異常気象の関連性は何なのさ?」

 

カヤがまた問う。

 

 

「エストケアラインという天災の影響は凄まじかった。まず、1つだった大陸が大きく3つに分断された。そして多くの生命が死に絶えただろう。動物が凶暴化したり、人間も理性を失ったり、な。それが今の俗に言う魔物なのだ。

 

大陸が3つに分かれたことで、精霊の場所も各々に分断された。元々1つだった大陸が3つにも別れれば、当然霊勢差(れいせいさ)が生じる。霊勢(れいせい)というのは個々の精霊の力の偏りの事だ。

 

セルシウス、ルナ、ウンディーネを所有している大陸は氷結と月光の大地、すなわちスヴィエート。

 

マクスウェル、クロノス、ヴォルト、シルフを所有しているロピアス。

 

ノームとシャドウ、俺イフリートがいるここは闇と地のバランス崩壊によって腐海が生み出され、気温が高い。つまり、アジェスだ。

 

各地の精霊のバランスによって、その大陸の霊勢差が生まれ、気候も左右される。

 

────そして、ここからが貴様らが知りたがっていた事だ。

 

霊勢はその地に少なからず影響は与えはする。だが、そのバランスはマクスウェルが封印されながらもその役目を担って、均衡を保っていた。恐らく人間がそうなるように細工して封印したのだろう。ロピアスはマクスウェルを知らず知らずのうちに所有していたお陰で豊かな土地を手に入れていたのだ。

 

だが、ロピアスのどこかにあるマクスウェルの封印を人間の誰かが解いたのだ。そして、マクスウェルの力を手に入れ、今もそのままだろう。

 

だから貴様らが言う異常気象とやらが発生したのだろう。もっとも、20年前からいきなり始まったわけではない。じわじわと気付かぬうちだが、着実にその影響が今出始めたのだろう。霊勢を辿ると、マクスウェルも完全に封印や掌握された訳では無さそうだからな。

 

結界の中から感じる僅かな霊勢で感じ取れることは、あのマクスウェル爺さんに何かあったって事だ。

 

…………これでお前の問には答えたぞ、女」

 

イフリートは長い話を終えるとカヤに指を指した。

 

「マクスウェルが何者かによって掌握だって………!?」

 

アルスは驚きを隠せない。何故なら、

 

「そんな事出来る人間がいるの…!?」

 

カヤも真実を知るが、衝撃の答えに開いた口が塞がらない。

 

「いる。現実に起こっているのだからな。嘘ではない。それに今なら、貴様らが封印結界を解いてくれたお陰で、マクスウェル爺さんの霊勢がほんの僅かだが感じ取る事が出来る、待っていろ」

 

イフリートは目をつぶり、精神を統一した。

 

(まさか…)

 

─────アルスは嫌な予感がした。

 

20年前、第2次世界大戦、父のスヴィエートの政策、スヴィエートの侵攻ルート、ロピアス空襲、ロピアス上陸、ロピアス本土決戦。

 

アルスは20年前の歴史を思い出した。そう、第2次世界大戦時、スヴィエートはロピアス本土に上陸している。

 

父と関係が深かったハイツとワイリーが20年前の事を問いただした時に押し黙った理由。これら全てを組み合わせ、今自分で予想出来るものは……!

 

「僅かだが、少し感じ取れたぞ、方角は北。恐らく氷結の大地………」

 

アルスはそこでもう確信してしまった。確信したくなかった、認めたくなかった。だが、言った。アルスは小声でイフリートと合わせるように言った。

 

「スヴィエート」

 

「スヴィエート…」

 

あぁ、嫌な予感ほど、当たるものだ───。

 

アルスは目眩がした。

 

父上、貴方は一体、何をしたのですか。貴方がマクスウェルを掌握したのですか?貴方はどうして自国に対してそこまで力を入れ込む?

 

(どうして、こんな事を……!)

 

尊敬していた父の像がガラガラと音を立ててアルスの中から崩れていった。確かにハウエルも言っていた、ロピアスにとって、外道政策、死神、血も涙もない皇帝だと。これらの言い分の本当の意味が今初めて分かった気がする。 自分はどんな顔をしてレガルトに会えばいいのだ。どの面下げて、この報告を持って帰れる?

 

父が残したこの呪い。

 

(俺は……、つくづく運がないな……。親にとことん恵まれず、やる事は空回りばかりだ……)

 

喉がカラカラに乾いた。冷や汗も流れ出る。先代は、随分と大層な置き土産をしてくれたものだ─────。



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カヤ・ジュリア

「嘘!?スヴィエート……!?イフリートさん、本当にスヴィエートにマクスウェルがいるんですか?それに、アルスもどうして……!」

 

ルーシェは信じられないという顔で聞き返す。アルスとイフリートの完全に一致したその答え。スヴィエート出身のルーシェが驚くのも無理はないだろう。イフリートはギロりとアルスを睨んだ。

 

「貴様…、何か心当たりでもあるのか?」

 

「まだ確証はない……。ただ、思い当たる事があるのは事実だ」

 

アルスは目をそらして言った。

 

「………、それが事実だとしたら気候変動と異常気象の原因はスヴィエートだという事だ。………アルスと言ったか。あのセルシウスの封印者の子孫だと俺が予想するに、貴様は恐らくスヴィエート一族だな?」

 

「……!?何故分かった!?俺がスヴィエート一族だと!?それに、封印の子孫とか、一体どうゆうことなんだ!?」

 

「俺が答える問にはもう答えた。十分なヒントも与えたはずだ。あまり人間に加担するのは好きではないと言ったはず。後は貴様らの問題だ。これからの世界の行き先もな。俺は傍観させてもらう。封印結界も解かれたことだし、とりあえずまぁ、火山活動のソガラ村に対する被害は今しばらく俺が抑えておいてやるとしよう。それで文句はなかろう、女」

 

イフリートはそう言うと、早々と炎のエヴィに紛れて姿を消していく。

 

「待て!まだ聞きたいことがたくさん……!」

 

アルスが静止をかけるが、イフリートは完全に消えてしまった。

 

「イフリート……、人間嫌いとか言ってるけど、ソガラの事ちょこっと解決してくれた……!案外いい奴なのかも……」

 

カヤがそう呟いた。

 

「くそっ、まだ分からない事があり過ぎる……!」

 

アルスは悔しがった。しかしこうしていても埒があかない。

 

「とりあえずさ、一旦村に戻んない?」

 

カヤが言った。納得はいかなかったが、アルス達はソガラ村に一旦戻ることにした。

 

 

 

カヤの家に行くと彼女は嬉しそうに家に入った。

 

「ただいま!おばあちゃん〜!」

 

元気良く言うと、奥からカヨが出てきた。しかし、彼女は泣いていた。

 

「カヤちゃん!無事だったんだね……!あぁ、どれほど心配したか、このバカ孫!」

 

泣きながらもカヤを叱咤する。

 

「ごめんね、おばあちゃん。今まで嘘ついてて…。世界を股に掛ける商人なんて言ってて、本当はただの盗賊に過ぎなかった…。ただこの村を救いたい一心で、今までやってきて……!周りが見えてなかった!アタシ、危ないことばっかりしてて、おばあちゃんを心配させたくなくて……!」

 

「わかったわかった。とりあえず、何があったのか、きちんと説明しんさい?」

 

「それが───」

 

カヤは今までの経緯を語り出した。先程の火山の出来事、命からがらルーシェに助けられた事、そしてソガラの火山影響が抑えられたことも。精霊の話も大体の事が伝わるように、分かるように話した。

 

「そうかい、色んなことがあったんだね…。いいんだ……あたしゃアンタが無事で生きててくれりゃ……ありがとね、よく頑張ったね……」

 

カヤも祖母につられて徐々に涙声になっていた。彼女にとって、祖母とこの村はとても大切な存在なのだろう、と全員が分かる場面だった。

 

「おばあちゃ〜ん!うあぁぁあ、ごめんなざいいいい!」

 

その優しい言葉にカヤは鼻がツンとした。視界が滲み、耐えきれなくなり、涙をこぼし、顔をくしゃくしゃにさせながら謝り、抱きつく。が、しかし

 

「こりゃっ!」

 

「あいたァッ!?」

 

突然カヤの頭にキレよく手刀を入れた。

 

「謝るんべきは、私だけじゃないだろう!」

 

「うぇ?」

 

「情けない声出しおって、この大馬鹿者!いくら義賊っぽい盗賊って言っても、一歩間違えれば軍にお世話になる罪人でもあるんだよ!?アンタは罪を償わなきゃいけない。それに!ルーシェさんに助けてもらったんだろう!?恩返し、盗品返却、その他諸々終わるまで、帰ってこんでええ!!」

 

「んなっ、え、えええええええええ!!」

 

「当たり前じゃ!!」

 

「そんな殺生な〜!」

 

カヨはカヤの顔を両手で掴むと言い聞かせた。

 

「ええか、アンタがやるべき事は、アンタが一番分かってるはずがな。さっきの話を聞いとってもそう!恩返しもそう!」

 

「……………!」

 

図星だった。密かに心の奥で思っていたのかもしれない。

 

「お行き。彼らと一緒に。私が思うに、この先世界に大きな変革が起こる。年寄りのカンじゃ。アンタはそれを変えて、世界に少しでも貢献することで、罪滅ぼしの一貫になるんじゃないのかい?」

 

「おばあちゃん……」

 

カヤは真っ直ぐに祖母の目を見つめると、大きく頷いた。

 

「うん……!分かった……、アタシ、やるよ!あいつらについて行く!」

 

「それでええ。それに帰ってこんでええ言うたが、疲れた時、寂しくなったら、少しなら帰ってきてもいい。ただし、そのままこの村でグータラするようじゃ追い出すからね?」

 

「分かった、ありがとおばあちゃん!」

 

カヤは決心を固めようだ。振り返り、アルス達に向き直る。

 

「……と!いうわけで、アタシことカヤもアンタ達と一緒に行くことになるけど、いい?」

 

ルーシェは手を叩いて喜んだ。

 

「うん!!一緒に行こ!カヤちゃん!」

 

「はぁ、ルーシェ……。まだ決まったわけじゃ……」

 

「いいでしょ?アルス?私、同年代の仲間が増えるのすっごく嬉しいんだもん!」

 

ルーシェの輝く笑顔にアルスは目をそらした。

 

「はいはい………、分かったよ。カヤ、これからよろしく頼む。ただし、もう盗賊紛いなことはよせ。カヨさんの言われた通りにするんだな。孝行の為にも」

 

「分かってるよ」

 

カヤはアルスの鋭い睨みに目をそらさずしっかりと見据えて答えた。

 

「………仲間が増えるのは大いに結構な事ですが、私も貴方の被害者の一部になるのですのよ?スターナー島で盗んだモノ……、返していただけるかしら?」

 

「あ!オッケーオッケー、なんか使い道分からないし、対して価値も分かんない物とかはアタシの部屋にどっさり保管してあるから、返すよ」

 

「んじゃま、自己紹介かね?仲間になった事だし?」

 

ガットはあくびをしながら気だるそうに手を頭につけると

 

「俺、ガット・メイスン。万事屋。一応今じゃロダリアに雇われてる身なのかね。お前の探索でな」

 

「アハハ、そりゃ遠路はるばるご苦労様。すみませんでしたねー」

 

カヤは苦笑いで返答した。

 

「私はルーシェ・アンジェリーク。ルーシェって呼んでね」

 

「小生はフィルだ」

 

「僕ラオ〜」

 

「私はロダリア」

 

「僕はノインです」

 

「ハイハイ、皆よろしく〜、って最後にアンタはアルスだっけ?え?ってかさ、なんかスヴィエート一族とかなんか言ってなかった?」

 

「ああ。俺はアルエンス・フレーリット・レックス・スヴィエート。10代目、現スヴィエート皇帝だ」

 

「はぁ!?」

 

抑揚なく言ったが、カヤにとっては重大発表だった。

 

「本当だ。気候調査団は、ロピアスとの平和条約の条件としてやっている。皆からはアルスと呼ばれている」

 

「うっそ〜ん!アンタが皇帝陛下!?えっ、ちょっ、アタシ運イイ〜!コネ出来ちゃったよ〜!スヴィエート皇帝と〜!」

 

カヤはアルスの正体を知るとはしゃぎ出した。

 

(現金な奴だな……)

 

アルスは少し微妙な気持ちになった。あまりそうゆう視点で自分見られたくはない。

 

「……まぁ、だからと言って敬語はいらない。皆普通に接してくれる。それと同じようにしてくれるとありがたい」

 

「全然いいってばー、敬語なんてまず堅苦しくて嫌だし?」

 

「あの〜…」

 

カヨが気まずそうに声をかけた。

 

「今日は、その、アルスさん達はどうするおつもりですか?もう日も暮れるし…、よかったら、泊まっていきます?」

 

「よろしいんですか?」

 

「えぇ、窮屈な村で、狭い家ですが、どうぞ温泉にでも浸かって、疲れを癒してください、孫がお世話になったんですから、これくらいさせてください」

 

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 

アルスはカヨの御好意に答えた。だがありがたかった。火山は暑いし、色々ありすぎて疲れている。アルス達はソガラで一泊することにしたのだった。



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氷石と形見のナイフ、ロピアスに帰還

温泉に浸かって、その日の夜。

カヤは自分の部屋の地下倉庫を開くと中から大きなダンボールを取り出した。

 

「えーと、ルーシェからもアタシ何か咄嗟にナイフをスッたんだよねぇ。でも刃こぼれしてるし、大した値段でも売れなかったしさぁ、錆びてて使えそうな武器でもなかったから。ルーシェも何であんなの持ってたのよ?」

 

カヤはそう言うと中の小物などを漁り始めた。ルーシェが少し顔を俯かせて言う。

 

「………あれ、私の母の形見なの。唯一の親との接点というか。えへへ、私捨て子だからさ」

 

「……!そっか、ごめん!…はぁ、アタシって無神経過ぎ。そんな大事な物……、本当にごめんね」

 

彼女は後半は明るく言ったが、カヤは驚き素直に謝った。

 

「あ、あったよ。ほら」

 

カヤが取り出したほれは鞘に収まっていた。ナイフの鞘を抜いてカヤは確認した。確かに刃こぼれを起こしサビがある。大した価値があるとはお世辞にもいい難い古いナイフだった。

 

「これで間違いない?」

 

「あ!うん!それだよ!ありがとう!」

 

「じゃあ、これは返すね。大事な物取っちゃって、ホントごめん」

 

「いいよ、気にしないで?私達もう友達でしょ?」

 

「……アンタって、ほんといい子だよねぇ……」

 

「そう?」

 

「人が良すぎというか、何と言うか……。もっと怒ってもいいんだよ?」

 

「あ、それ他の人にも言われたな〜」

 

「でしょ〜?ルーシェって絶対詐欺とかに遭いそうな性格だよ〜」

 

「えーそんな事無いよー!」

 

「いや、あるある。絶対」

 

「ぜ、絶対まで言っちゃう?酷いよカヤちゃんー!」

 

「あ、そうだ……そう、名前…!」

 

カヤはすっかり仲良くなったルーシェと会話を弾ませるが気になることがあった。

 

「アタシの事、カヤでいいよ。………もう、友達なんでしょ?アタシもルーシェの事ルーシェって呼び捨てにしてるし」

 

少し照れたようにカヤは俯きながら言うとルーシェは顔を輝かせた。

 

「うん!カヤ!友達!」

 

ルーシェはカヤに抱きついた。

 

「わぁ〜!ちょ、ちょっと!」

 

「これからもよろしくねカヤ!」

 

「……こちらこそ!」

 

 

 

「ちょいとお2人さん、いい雰囲気な時に悪いが、俺とロダリアの事忘れてないだろうな」

 

2人の後ろにいたガットが気まずそうに声をかけた。彼の隣にロダリアもいる。

 

「女の友情に口を挟む殿方はロクな目に合いませんよ」

 

「あのな、俺の雇い主はあんたなんだぞ。氷石返してもらわねーとな」

 

「あー、ごめんごめん〜それはこっちだこっち」

 

カヤは「ニシシ…」と、いたずらっこのように笑い、ダンボールから離れると自分の机の引き出しを開けた。

 

「超綺麗で売るのもったいなくてお土産として持ってきたんだ〜。けどなんか使い道がイマイチ分かんなくて、とりあえず引き出しの中に保存しといたんだよね。あとで帰ってきて落ち着いた時に部屋に飾ろうと思ってたトコ。ひんやりしてるから近くにいると気持ちいいし」

 

「ほいっ」と、カヤはそれをガットに手渡した。

 

「ん、確かに受け取った。はぁ〜、長かったぜこの道のり。ロダリア、スターナー島にいる元俺の依頼主に無事返却されたって、手紙書いといてくれ」

 

ガットはそう言うと氷石をロダリアに返した。

 

「ありがとうございます。フフ、やっとこれにお目にかかれましたわ」

 

ロダリアはそれを掲げて眺めた。角張ったそれは原石ようだ。しかし、蒼く澄んだ水色を水晶の奥まで輝かせ、この世の物ではないような雰囲気を放つ、不思議な宝石だ。ひんやりと空気を冷たくし、何かを感じる。その何かを、形容する事が出来ない。

 

「綺麗……」

 

ルーシェはそれに思わず見とれた。息を呑むような美しさだ。

 

「それ一体何なの?」

 

カヤが単刀直入に聞いた。

 

「……私が依頼した、喉から手が出るほど欲しかった所謂宝石、ですわね。女性って、宝石に目が無いものでしょう?ですから、ね?」

 

ロダリアは目を細めて笑ったが、カヤにはそれが本当なのかは極めて疑わしいところだったが、特に気には止めなかった。

 

「……ふーん、ま、いっか。明日にはここを出てロピアス城に行くんでしょ」

 

「あぁ、大将がさっき言ってた通りだ。まーた長旅になるけどな。街道沿いにシャーリンまで行って、サンハラ川を上ってヨウシャン行ったら、国境を超えて列車に乗るだけだな」

 

ガットが道順を説明した。また元来た道を戻るだけだが、大陸横断の長い旅だ。

 

「腐海があるから迂回せざる終えないので、やはりそこで時間をとられるのが辛いですわね」

 

「腐海についても、いつか何とかなる日が来るのかな……」

 

カヤは呟いた。アジェスに腐海がなければ交通の便はどれだけ発展するだろうか。この故郷も簡単には来れない位置にある。シャーリン経由から続く街道しか来れないのだ。

 

「さて、明日に備えて準備するか」

 

「そうだね。私も、もう寝ようかな…ふぁあ」

 

ルーシェは欠伸をした。

 

アルス達、気候調査団は任務を終えてフォルクスのロピアス城へ帰還する。

 

(そのままを、ありのままの事を報告するしかないよな……)

 

アルスは布団の中で今日起こった出来事を整理しながら、眠りについた。

 

 

 

ロピアスに入国し、列車に乗っている間も、以前来たときと同様に雨が降っていた。時折雷も聞こえる。窓に激しく打ち付ける水滴。雨にもまして、雷、そして風も強い。豪雨の中、西フォスキア大陸を横断する長い一本道の線路を走った。

 

ロピアス城に着くとノアが出迎えた。

 

「お前達……帰ってきたのか…」

 

ノアの服は濡れていた。先程まで外にいたのだろう。髪の毛から水滴が垂れている。

 

「お前はレガルトの側近のノア、だったな。ああ、しかし、外は酷い雨だな…」

 

アルス達も駅から降りて急いで来たが、雨に濡れていた。アルスは額についた髪の毛をうっとおしそうに振り払う。

 

「これが今のこの国の現状だ…。晴れる時は晴れるが、いきなり降り出したりする…。それで、結果はどうだったのだ?」

 

ノアは相変わらずの静かな口調で淡々と喋る。

 

「任務の半分は終わった。……レガルトと2人で話がしたい。至急取り次いで欲しい」

 

「……………2人きり?ダメだ、許可は出せない。そんな事は断じてできない」

 

「……ただの会談だ…。その、……内容が少しアレなものだからな」

 

「アレ……!?貴様…!レガルトに何をする気だ!?」

 

ノアは腰に着けたサーベルを取り出すと、アルスの喉元に突きつけた。どうや、何か誤解してるらしい。

 

「お、おいっ!」

 

アルスは思わず引き下がった。と、そこにレガルトが中庭に続く廊下の扉から出てきた。

 

「わー!ノア!何してるの!?というかアルス!帰ってきたんだね!」

 

「レガルト…」

 

ノアは彼女の姿を見ると渋々サーベルを下ろした。

 

「も〜、ダメだよ僕のノア。両国の仲がそう簡単に良好になるわけでもないけど、一応努力はして!アルスと約束したんだから!」

 

「ごめんなさい…」

 

ノアはサーベルを鞘にしまった。そしてレガルトに言った。

 

「して、レガルト。アルエンス氏は君と2人きりで会談したいと所望している。だが私は反対する」

 

「2人きり?どうして?」

 

レガルトは疑問を浮かべる。

 

「……これから話す内容は、最重要だと俺は思っている。国家の機密や国のこれからについて等、色々とな」

 

「あーなるほどね。オッケオッケ。その様子だと報告はただものならないほど収穫があったようだね〜。おーい誰か〜」

 

レガルトは杖をトントン、と地面についた。すると召使いの1人がやって来た。

 

「あ、今すぐスヴィエート皇帝と2人で会談したいから会議室を準備するように伝えて。それと、アルスの仲間さん達の部屋を用意してあげて。あちょっとまって!やっぱ2人きりはダメー!ノアと僕は一心同体にも等しいんだから、いいよね…?」

 

「は、はぁ。御意にございます」

 

レガルトは召使いに命じた。召使は困っていたが、女王の命令となれば了承せざる負えない。そしていつの間にかノアも会談に同席する話になったらしい。アルスは微妙な顔をしたが、

 

「……まぁ、いいだろう。あやうくノアに殺されかけたことだしな。お前らの仲の良さは以前嫌と言うほど見た」

 

「ありがとう〜アルス〜!やったよノア!君も一緒!」

 

「やった……!」

 

アルスはため息をついた。

 

(まぁ、いいか…)

 

だがこれから話す内容について考えると肩が重いのは否めないのは事実だ。



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自分のルーツ

アルスとレガルト、おまけのノアはロピアス城の会議室の一室にいた。

 

「で、話す内容がアレって事は、どうやら気候調査は上手くいったと認識していいのかな?」

 

レガルトが最初に聞いた。ノアは彼女の後にいる。アルスとレガルトは向き合う形で椅子に座り、会談していた。

 

「ああ、上手くいったとは一概に言えないが、そうだな。まずどこから話すべきか……」

 

アルスは要約して説明し始めた。カヤの事もアルス達にとって大きな収穫だったが、今彼女に伝えるべき事は精霊の存在、イフリートが教えてくれたエストケアラインの真実、その影響で大陸が別れた事による精霊がいる大陸の配置配分。

 

精霊の力、ロピアスの霊勢はマクスウェルによって緩和されていた事。しかし、それが20年前のマクスウェルの霊勢減少を堺に徐々に崩れていき、今現在最も進行して、世に露になっている事。ここまでは全てを包み隠さずイフリートが言った事と同様に話した。

 

「スケールの大きい話になってきたんだねぇ…、凄いよ。信じられないって言いたいけど、そんな壮大な嘘君がわざわざつくとは到底考えにくいし、どうせ君達の仲間も見たんだろうしね」

 

レガルトはアルスの話を聞くと両手を頭につけて後ろに反り返った。

 

「ねぇノア、君はどう思う?僕達、これからどうすればいいのかなぁ?」

 

「私は……私は、分からない……。でも、変わらない。これからもずっと貴女と共にあり続ける。国に天災が起ころうが、貴女が死なない限り私は生きて、一生使える」

 

「エッ………ノア……!それってプロポーズ……♡」

 

「そうとも言う」

 

「ノア…………!」

 

2人はいつの間にか変な雰囲気になり始める。話の趣旨が2人にとっての壮大な話になっている。

 

「おい、論点ズレてるぞ」

 

自分そっちのけで話を進められたらたまらない。アルスはそこでストップを入れた。

 

「もぉ〜、アルスってば空気読めないの?」

 

「生憎お前らの異様な空気についていける自信はない。これからどうするかはノアに聞くんじゃない、俺と話し合う事で決定する事だ」

 

「ちぇ〜、ま、そうだよね。ところで、さっきの話。つまりさ、三大精霊のマクスウェルが戻れば、ロピアスは安泰なんでしょ?どうしてマクスウェルの霊勢がロピアスから消えたの?どうしてそうなっちゃったの?マクスウェルはどこに行ったの?」

 

レガルトは不真面目なようで、前半の話はしっかりと聞いていたようで、アルスに問うが、それはアルスにとって痛い質問だった。そう、何故なら────。

 

「それは……」

 

アルスは口ごもった。イフリートに聞いた話。スヴィエートが原因としか思えない第2次世界大戦時代背景の出来事。

 

「それは?」

 

「それは……。マクスウェルの霊勢は、今はスヴィエートにある、とイフリートは言っていた…」

 

「ふーん、スヴィエート…。20年前を堺に、ね…」

 

レガルトは大体の予想がついた。何故アルスが口ごもっているかも。

 

「お前が以前会議で言っていたように…、20年前の第2次世界大戦で当時のスヴィエートが何かをやったとしか思えないんだ…!こんな事、信じたくもないし、そんなことができるのかも定かではないけど。当時の皇帝は俺の父親…。スヴィエートの政策の全てを牛耳ってた人だ。その、フレーリット8世しか考えられないっ…!」

 

「アルス……」

 

「どうやってやったのかは、分からない。父が精霊の存在を知ってて、この世界の理も熟知していたから、そんな事が出来た。だとしたら父はどこでそんな事を知ったんだ?何の目的で、そんな事を?本当に気候の為だけなのか!?もし仮に、父がマクスウェルを掌握していたとしたら何故第2次世界大戦末期に、戦争に反対したんだ?その時までロピアスを支配する気満々だったと聞かされていた。ましてやマクスウェルの力さえあれば、世界だって征服できたはず……!だが!父は最終的に平和を望んだ!しかし結果的に今こうして20年後は混乱し始めてる…!疑い出したら止まらないんだ!もう、何がどうなって……!?」

 

アルスは一気にまくし立て、声を荒げて言った。ここ数日はこの問題の事で頭が一杯だった。分からないことだらけでイライラしている。

 

「アルス、落ち着いて。今は、これからどうするか、を話すんだろう?」

 

レガルトは冷静にアルスを諭した。彼は動揺して、整理しきれていないのだ。それに対して自分が言える助言は、たった一つ。

 

「アルス…、君が自分の父親を疑いたくないのは大いに分かる。誰だって自分の家族が何か悪い事をしていたらそれを信じたくはないと思う。だから、君は知らなくちゃいけない」

 

「知る…?何をだ?」

 

「自分の父親…、いや、家族についてかな?君、家族の事を知ってるようで、実は何も知らないんじゃないの?」

 

「……!?」

 

アルスは全身に電撃が走ったように動けなくなった。レガルトの言っていることは彼の核心を貫いた。

 

「スミラって、言ったかな。フレーリット8世の奥さん。イコール、君の母親。知ってるよ、あの暗殺事件。有名だからね。君は案外悲惨な目に遭ってるらしいね。

 

君に会う前に調べてみたんだけど、そのスミラって人がアルスを産んでしばらくしてからの事件…。彼女はフレーリット8世を殺害した後、バルコニーから飛び下り自殺…。ま、何故か一緒に死んでないところから心中ではないんだろうけど、変な事件だよねぇ。子供の君が生まれて、幸せ絶頂って時なのに、こんな事件を引き起こしてしまうなんて」

 

「………っ!母親の事は!スミラの事は口にするなっ!!!」

 

アルスは机に両手を叩きつけ立ち上がった。ノアはそれに素早く反応しレガルトを庇うが、彼女はそれをやんわりと手で制した。

 

「君は知るべきだ。自分の国の事を知るには、先代、つまり父親について調べるしかない。父親を調べれば、必然的に母親の事も出てくるだろう。それは即ち、家族を調べることだ。自らのルーツを知らないから、今君は混乱し、状況の整理がつかない。一度スヴィエートに戻って、家族の事を調べてみるといいよ。それを知る事で、もしかしたらマクスウェルの事も少し分かるんじゃないのかな?」

 

「………………!」

 

アルスはレガルトに言われ、気づいた。

 

思えば自分は、家族の事など一部しか知らない。旅に出る前なんて、父はただひたすらに立派で極めて天才な人だったと尊敬するばかりだった。旅から一度帰ってきて、雑談の時に聞いた話だと、妻のスミラにめっぽう弱く頭が上がらない人だったと。そして、スヴィエートの利益になる為ならどんな非道な事でもする、と。その癖最終的に戦争を終わらせる方針に移行し、平和を望んだ。一体、どうしてそのような思考になったのだろうか?

 

そして、母親の事はそう、避けていた。その話題も、母という存在も、スミラと言う名前を聞くだけでも、胸が焼かれるように痛む。彼女のせいで自分は裏切り者という汚名を背負いざる負えないのだ。父の功名で隠れてはいるが、紛れもない事実だ。

 

スヴィエートは裏切り者に対して世間の目は非常に厳しい。スヴィエートにとって、裏切りは最も恥ずべき行為として教育される。裏切り行為は死刑にも等しい、大罪なのだ。

 

裏切り者のアルスの母親。スミラ。

 

スミラ・フローレンス・スヴィエート。

 

───だが彼女はどこで父と会った…?

 

母と父の馴れ初めは?母の出身地は?父と会う前は何をしていた?何故父は母に惹かれた?

 

何故……結婚した………?

 

母親似のつり目、口元。アルスは特に自分のこのつり目が嫌いだった。スミラに生き写しのようにそっくりなのだ。

 

そして父親似の鼻、瞳の色は父親譲り。何度思ったか。何故瞳の色が父親譲りの銀なのに目の形は母親似なのか、と。

 

髪は祖父からの隔世遺伝のコバルトブルー。これがアルスだ。

 

一度見た事ある母の写真。目と口元がそっくりだった。その時は嫌悪しか感じなかった。自ら避けていた母親。美化しすぎていた父親像。あまりにも知らないことが多過ぎると痛感する、家族という存在。

 

「レガルト………、ありがとう。すまない、取り乱して。お前のおかげで、俺がこれからどうするべきからはっきりと答えが出た」

 

「そう、よかった。家族って、大事だよ。自分のルーツなんだから。ま、僕は君に依頼した身だからね。まだ気候調査団の親善大使を除名したワケじゃないし、しっかりとこれからもやっていってもらうよ?サポートは出来る限りのことはする所存だしね?」

 

「感謝する………。さて、会談は終わりだ。俺は、もう一度スヴィエートに行く」

 

「オッケ~、船は任せて〜?」

 

会議室に飾ってある絵の向こう側、不敵に笑みを浮かべる黒髪の長髪の女が、その場から去っていった。

 

 

 

翌日、アルス達はスヴィエートの銀景色を見ながら、首都へと向かうのだった。



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賢帝の裏姿

「で?またスヴィエート城に行くのか?」

 

ガットはアルスから話を聞くとそう返した。

 

「ああ、レガルトから言われて気づいたんだ。俺は、両親の事を知っているようで、本当は何にも知らないんだって。自然と避けていたんだ。嫌な部分が母親に関しては多かったし、父はこうであって欲しい、と勝手に思っていたりもした。だけど、それは表舞台の父だ。俺が聞かされていたのはいつも表の父の話ばかり。まぁ、意図的に話されなかったってのもあるが、やはり自分の親の事だ。しっかり知ってスヴィエートの昔を知る事で、それと同時にイフリートが言ってたマクスウェルの事も分かるんじゃないかとな」

 

「へぇ〜、所謂自分探しってやつ?」

 

ガットはにやけながら言った。

 

「……からかうな。実際そうだけど……」

 

「ま、大将について行くさ俺は。乗り掛かった船だ。めんどくせーけど、付き合うぜ?」

 

「何だかんだ言って、お前もイフリートと同じだな。実はいいやつ」

 

アルスもふっと笑いを浮かべた。

 

「けっ、そりゃお前も、だろ?」

 

「俺は……、別にっ、ル、ルーシェに妥協してるだけだ!」

 

「お前ホントルーシェに弱いな」

 

「え、えそそんなことはないぞ?ただ女性の意見は尊重と、言うか、」

 

「へいへい、建前って言うのよそれ」

 

「………う、うるさい」

 

アルスは照れて顔を逸らした。ガットは初めてアルスと会った時と今現在のアルスを比べ、随分と表情が豊かになったな、と心の中で思った。昔は堅苦しい奴で笑うは極めて少なかった。

 

「変わってきてんだね〜」

 

「ん?何だ?何か言ったか?」

 

「いや?何でも〜?」

 

ガットは小声で独り言を言った。

 

(俺も変われたらねぇ〜)

 

ガットはアルスに背を向けると自分の手のひらを見つめた。しんしんと降る雪が乗り、体温で溶けていく。

 

(な〜んかやっぱ、スヴィエートは少し苦手だ)

 

自嘲気味に笑うとガットはアルスについて行った。

 

 

 

アルスがスヴィエート城の前に来ると軍人が敬礼した。

 

「陛下!おかえりなさいませ!」

 

「御苦労。だけどまたすぐに出るかもしれない。ハウエルとマーシャを喚べ」

 

「はっ!」

 

 

 

アルスはハウエルとマーシャと会い、ゆっくり話したい、という事で仲間達を自室に案内した。そして事情を話す。

 

「………御両親…の事ですか…」

 

「そうだ、知ってる事はもう、全て、包み隠さず話してくれ!」

 

アルスはハウエルに言い寄った。

 

「しかし……あのようなお姿は…」

 

ハウエルは何かを言いかけるとマーシャが割って入る。

 

「アルエンス様、私が、このマーシャがお話いたしますわ」

 

「何だ?何か話せないことでもあるのか?」

 

アルスはハウエルを睨んだ。

 

「あ、い、いえ、……なんと言いますか、えーと、御両親の事はですね、やはり、そう。えー、ハッキリと申しますと裏の部分が多いといいますか………」

 

「裏?」

 

「………純粋なアルエンス様には、あまり聞かせたくなかったんですよ…、昔から輝く目でお父上様の武勇伝を聞いていて、なんだか、罪悪感が、今更……」

 

「話すタイミングを失ったと言うわけか?」

 

「まぁ、そうゆう、ことになりますね……。いやぁ〜爺はアルエンス様が可愛くて可愛くて仕方が無いのですよ!どうかお許しを!」

 

「兄さん!またそうやって甘やかすんだから!アルエンス様はもう20歳ですし、彼の問に包み隠さず答えて上げるべきです!」

 

「そう、だなぁ〜……。幻滅なさるかもしれませんよ?」

 

アルスはなんだか置いていかれた感があり、言い放った

 

「いいから!そうゆう部分も含めて!という事だ!いいか!これは命令だぞ!」

 

「……はい………」

 

「アルエンス様にはちょっとショックかもしれませんよぉ〜?」

 

マーシャは手を口に当てるとクスクスと笑った。

 

「………まず、そうだな…。最初は父について、それから母について話して欲しい。出来れば具体的に」

 

「フレーリット様の事ですか…、お父上様の、何から話して欲しいですか?」

 

「何って……、そうだな、じゃあまず、父はどんな人だったんだ?」

 

アルスはとりあえず思い浮かんだ質問をぶつけた。それにマーシャは正直に答えた。

 

「んーそうですねぇ…、奥様にゾッコンラブ〜、で、愛妻家として鏡のような人でした」

 

「え」

 

アルスは出鼻からくじかれた。母に頭が上がらないとは、聞いていたが……。

 

「奥様に頭が上がらないってのは以前も言いましたけども、ホントにそうゆう人だったんですよ。スミラ様と喧嘩なされた時なんか大変!仕事に手がつかなくなって国の危機ですよ全く!」

 

「あったなぁ、そんな事。机に突っ伏してひたすらスミラスミラ言って泣いてましたな」

 

「あの時のお姿は情けなくて情けなくて…、とてもじゃないけどスヴィエートの皇帝とは思えませんでしたね」

 

「え、えええぇえ………」

 

アルスは初っ端からハードな話に、驚きを隠せない。

 

「そう言えば私、チラっと見ちゃったんですけどスミラ様が────」

 

その後延々とアルスの父親像をぶち壊す話が続いた。

 

スミラがフレーリットの事蹴っ飛ばしていて、段々とそれが嬉しいし、構ってもらえてるし、何だか気持ちいい、どうしたらいいのか、とハウエルに相談してきた事。スミラが少しでも冷たくするとへこむ事。スミラの前だと子供のように純粋で無邪気な事。スミラを愛し過ぎて辛い、と本気でマーシャに相談していた事。

 

「………なんか、すっごい奥さんが大好きな人だったんだね!」

 

ルーシェはほっこりした顔でアルスに言う。

 

「…………なんか納得だわ〜、そんな血筋の親父がいたらアルスもこうなるわよねぇ〜。ちょっとぶきっちょだけど…?」

 

カヤは親指でルーシェを指すとアルスを見て言った。

 

「父親譲りの一途キャラってかぁ?しっかしアルスの親父も大分キャラ濃いなオイ」

 

「僕、以前既婚男性の53%は浮気するって聞きましたけど、今の話聞いてたら全く心配ないような人なんですね」

 

「ホホホ、情熱的で、人間味溢れてて面白い方ではありませんか」

 

「アルスのお父さんってMなのか?」

 

「Mに目覚めちゃったみたいだネ〜」

 

皆話を聞いていて、それぞれの感想を言う。1番傷心してるのはアルスだが。

 

「そんな、そんな人だったのか……」

 

「ええ、あの御方の脳内は大体の事はスミラ様で埋め尽くされてました」

 

「それはもう一途でゾッコンでベタ惚れで…、何とも幸せそうというか、何と言うか…」

 

「あぁ!もうその話はいい!他の話!えーと、そうだな…。何か不思議な力とか持ってなかったか?」

 

「不思議な力…ですか?さ、さぁ?生憎私達は戦ってる姿など見た事もないものですから…」

 

「じゃあ父から、精霊の話とかは聞いた事とかはないか?」

 

「いえ、全く。そもそもそういった非現実的なモノや宗教と言ったようなものは一切信じない御方でしたから」

 

「そう……か……。まぁ、普通そうゆう特殊な能力や戦闘能力は隠しておくものだよな……」

 

「ですがフレーリット様は軍士官学校の学生時代の成績はそれはもう非常に優秀で、戦闘能力においてはスヴィエート皇帝歴代最強と言われていましたけど…」

 

ハウエルは首をかしげた。2人はあくまで召使であり、城の中での姿のフレーリットしか知らないが、それだけは噂で知ってた。

 

「あ、そう言えば…」

 

マーシャが何か思い出したようだ。

 

「んーと、恐らく光術に長けていたんでしょうね、よく一人でお酒を飲んでいる時に自分で氷を作って入れていましたね」

 

「氷…?」

 

「指でこうして簡単にちょちょい〜と作っているのを見た事があって、光術に無縁な私にとって物珍しかったのです」

 

マーシャは人差し指をくるくると回した。

 

「…!それなら、無詠唱で何か術をやったとかは?」

 

それぐらいならノインがいい例だ。ノインはキセルに火をつける時人差し指で炎を出して火をつける。それぐらいの事なら腕のいい光術師は出来ても何らおかしくはない。

 

「え?無詠唱?」

 

マーシャは困惑した。この世で無詠唱で光術を発動出来る人などまずいないからだ。光術を使うには詠唱は必須。上級者になって初めて少し短縮出来る位だ。

 

「無詠唱なんて。それに、申し訳ありませんが、先程申したように、フレーリット様が術を使っている姿は見た事がありません。剣術や射撃の訓練ならほんの少し拝見したことはあるのですが…。それに煙草の火だっていつもきちんとライターで着けてましたし」

 

「そうか……」

 

アルスは落胆した。

 

(そう簡単に手がかりが見つかるわけがないか…)

 

「うーん、最も身近にいた、スミラ様なら、何か知っていたかもしれませんねぇ……」

 

マーシャは手に顎を乗せ考え込んだ。

 

「あ…!そういえば!」

 

ハウエルが何か思いついたようだ。

 

「スミラ様は日記を書いていました。以前それが廊下に落ちていて…、読もうとしたらスミラ様が来てすぐに取り上げられてしまいましたけれども……」

 

「日記だと?おい今それはどこにある!?」

 

「城の私室にはなかったですねぇ、遺品整理の時に部屋を掃除したのですが…」

 

「って事は…もう、無いのか…」

 

アルスはがっくりと肩を落とした。

 

「あ、でも待ってくださいよ?スミラ様はご結婚なさる前は平民街で花屋を経営されていました」

 

「え?花屋?初耳なんだが」

 

アルスは母が花屋をしていたなんて聞いたことなかった。

 

「今言いましたから」

 

「…………」

 

しかし、思い当たる節もあった。父の部屋にやたらと花に関する本があり、アルスもちょっとした興味本位で読んだら自分でも不思議に思うが何故かハマってしまい、少しだけ花には詳しくなったのだ。

 

「…はぁ、だから父の部屋には妙に花に関する本が多かったのか…、それで?」

 

「その花屋フローレンスに一度ダメ元で行かれてみてはどうでしょうか…?今は廃墟同然となってますが、一応皇族の御方の実家なので、取り壊せないのですよ。それに不気味がって誰一人近づこうとしないのです。裏切り者、の、スミラ様ですからね…」

 

「分かった……、ひとまずそこへ行ってみよう。皆、平民街へ行くぞ」

 

ハウエルの提案でアルス達は、花屋フローレンスへ行くことになったのだった。



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若き日の父

早速その花屋フローレンスへ行く事にし、アルスは部屋を後にしたのだが────。

 

「あ!ちょ、ちょっとお待ち下さい陛下!」

 

突然ハウエルが引き止めた。

 

「何だ?まだ何かあるのか?」

 

「えぇ、1つアドバイスを、思いまして。フレーリット様は私達側近にも見せない姿も絶対にあった筈です。あの御方が見せる仮面のような顔…。もう随分昔の事で少し曖昧なんですが、まだスミラ様と会ってない時、そう、彼の学生時代です。スミラ様とお会いしてから、フレーリット様は劇的に変わられましたが…、あの方の若い頃、特に10代は荒んだものでした。酒、煙草も未成年からやっていたのです。ですから、スミラ様の事を調べても分からない事があるとすれば、それは彼の10代…、つまり学生時代に通っていた軍の士官学校、ロストレーへ行ってみるのもいいかと私は提案します…。それに城から近いのはロストレーの方ですから…」

 

「ロストレーか、懐かしいな…。俺も通ったな」

 

アルスは思い出した。自分も昔、そこで学生をやっていた時代があったのだ。

 

「恐らくそこに行って、年配の先生がいたら、絶対に知っているでしょう。スミラ様と会う前のフレーリット様の事を。彼がスミラ様には決して見せない、そして聞かせなかった、昔話────」

 

 

 

ガットは要約して先程の事を整理した。

 

「早い話、ロスなんたらに行けば、妻にゾッコンじゃないアルスの親父の事、フローレンス行けば妻にゾッコンな親父の事が知れるって訳だろ?」

 

今、アルス達は城から比較的近いロストレー士官学校の校門前にいた。

 

「スッゲー!ナニコレ!これが士官学校!?うひょあ〜、私の村丸々入るっしょこれ〜!」

 

カヤはその壮大な建物を仰ぎ見て言った。ここ首都オーフェングライスの軍人を訓練する施設であり、寮もある。なおかつ訓練場もあるため、とてつもなく広いのだ。

 

「俺は昔3年通った。14歳で入って17歳で卒業した。ここに父も通っていたのは知っていたが、比較されるのが嫌であまり知りたくなかったんだ、父の学生時代なんて。散々比べられてきたからな」

 

アルスは昔を思い出した。事あるごとに父の名前を出されていた思い出があるのだ。

 

「まぁそんな事はどうでもいい。校長室に行ってみよう」

 

 

 

早速校長室に行き、事情を話すと現在の校長、バートンが話してくれた。

 

「えぇ、知っていますとも。フレーリット様が学生だった頃、私は彼の担当教官でしたから」

 

どうやら彼は昔の父の教官らしい。なら話が早い。アルスはまずハウエルに聞いた時と同じように聞いた。

 

「父は、どんな生徒でしたか?」

 

バートンは思い出すように顎にてを当てて言った。

 

「一言で言えば、極めて優秀な生徒、でしたね。秀才とはああ言うのでしょう。聡明で、飲み込みが早く、とても教えがいがありました。学年成績は常に首席でした。そして、この頃にあの圧倒的に人を惹き付ける才能を開花させたんでしょうね。リーダーシップがあり、彼の言う事を聞かない人はいないに等しい程、生徒、教師共に絶大な信頼がおかれていました。皇帝時代のあのカリスマ性も頷けますね」

 

「アルスのお父さんって頭良いのか。小生の何倍だ?」

 

「一億倍ではなくて?」

 

「師匠!それは見積もりすぎだ!」

 

「おい、茶々をいれるんじゃない」

 

フィルとロダリア、アルスの会話にバートンは苦笑すると、話を続ける。

 

「肉体的にも支障はなく、健康そのもの。勉学、体術、光術、射撃、判断力、全てにおいて完璧でした。剣術に関しては、従兄弟のヴォルフディア様と競われてましたが、最終的に追い抜かして、剣術さえもトップ成績に。当時からも、100年に1度の逸材との噂でした」

 

バートンは話しながら立ち上がると本棚から一冊のアルバムを取り出し、彼らに見せた。

 

「首席で卒業…フレーリット・サイラス・レックス・スヴィエート…。あぁ、あった、これだ…」

 

バートンがあるページで指を止め、机に置いて見せた。そのページは彼の成績、獲得した賞、資格、顔写真など個人データだった。

 

「うっわ超イケメン!!!」

 

「ひゃ〜美男子だ〜♪」

 

カヤとルーシェはその写真を見て率直に言った。

 

「おぉ〜……、まぁこれは確かにイケメンの類に入るな…」

 

「まぁ〜カッコイイ。それに若いですわねぇ…」

 

端正な顔立ちで、女性陣は黄色い声をあげた。サラサラの紫紺色の髪に銀の瞳。髪の長さはアルスと同じ位で、若い頃の写真なので余計にアルスに似ていた。

 

「おおっアルスに似てる!」

 

「なんか…どっかで見た顔な気が…ンン〜?」

 

ガットとラオが言った。

 

「当たり前だろ、俺の父親なんだから…」

 

アルスは呆れながら言った。しかしアルスは、父の若い頃の写真を見て少し違和感を感じた。

 

(何だか、寂しそうな目をしてるな…。くすんでいるというか、生気がないというか…)

 

顔写真だからかなのか分からないが何故かそう感じたのだ。

 

「ハハハ、皆そう思いますよね。私もさっきアルエンス様を見た時は面影を感じましたよ。いやぁ、似ていますねぇ」

 

バートンはアルバムから手を離すと、紅茶を飲んだ。

 

「人を惹きつける才能に、好成績、そしてその顔ですから、それはそれはもう女性にモテてましたねぇ。当の本人は全く恋愛の事など関心ないようでしたが。看護学生の女性達が彼を見る度、ヒソヒソと噂をしていました。彼はそれを忌々しい目で見ていましたがね」

 

「勿体無いですわね。ですが、そのおかけで、今のアルスがいるのですけれど」

 

「アルス君のお父様チート過ぎません?人生勝ち組ですよ、イケメンで、頭も良くてモテモテとか。身長も187cmとか書いてあるし……何という………!」

 

「って事は俺と同じぐらいか」

 

ノインは靴をコツコツと床に鳴らし、苛立ちを募らせた。この中ではガットが1番身長が高いのだが、ノインの身長は男性陣では1番低い。

 

「ですが……素行はあまり良いものではありませんでしたね…」

 

「……バートンさん、続けて下さい」

 

アルスは注意深く耳を傾けた。

 

「彼はまだ未成年なのに、煙草を吸ったり、お酒を飲んだりと…。消灯時間を過ぎ、出歩き禁止の夜中抜け出してバーに入り浸っていたり等。これらはほんの一部ですが、ヤンチャしていましたねぇ」

 

「うははっ、グレてたって事か〜」

 

ガットはケラケラと笑った。

 

「どうも私は彼の張り付けたような表情が胡散臭く感じましてね。後々調べて見たら色々と出てきたんですよ。しかしそれらは全て証拠のないグレーなもの…。頭が良いのですから当たり前ですね。実に狡猾でした」

 

バートンは溜息を吐いた。素行の悪い生徒程印象に残るのだろう。彼の場合頭が良く、時期皇帝候補となれば当然嫌でも目に付く。アルスはさらに掘り下げて聞いた。

 

「バートンさん、もっと父の裏の部分を知りませんか?例えば、そう。父には不思議な力があったとか…?」

 

「不思議な力…?いえ、そのような事は……」

 

バートンは考え込んだ。しかしふと、何かを思いついたようだ。

 

「そう言えば……」

 

「何かあるんですか?」

 

「3年生の時の、そう、フレーリット様が17歳の時…。奇妙な事故があったんですよ」

 

「奇妙な事故?」

 

「えぇ、学年全員が参加するサバイバル訓練。25名ずつ小隊に別れて行動するのですが。凶暴な魔物に次々と小隊が襲われて、死者も出たのです。そして行方不明者も、多数…」

 

「………それと父と何か関係が?」

 

「…………フレーリット様がリーダーだった小隊は、1番被害が甚大でした。魔物の群れと鉢合わせしたのです。吹雪も吹き荒れ、その小隊はバラバラになってしまいフレーリット様も仲間と完全にはぐれ、孤立したそうです。ですが、彼は血塗れで大変生々しい姿で帰還しましたが、体の方は無傷そのものでした」

 

「………!?」

 

「後に調査が行われ、発見されたのは、魔物によって無残な姿になった生徒達、魔物の氷漬けの死体、氷漬けのまま粉々に砕かれ砕けちった識別不可の肉片多数、これらが発見されたのです」

 

「氷漬け…!?どうゆう…事ですか…?そ、それは父がやったという事ですか?」

 

アルスは震えた声で言った。

 

「それは分かりません…。それをフレーリット様がやったとは限りません、あの時は吹雪いていましたしね。念のため問い詰めてもはぐらかされるだけ。あまりしつこく聞いても、私の身が危ないですからね。あの闇皇帝ツァーゼルを叔父に持つ少年ですし…。彼は、私のように教官すらも畏怖するような、そんな危険な面の雰囲気を持ってもいた、生徒でしたよ──────」

 

叩けば埃のように出てくる父の裏の姿。バートンの話を聞いて、アルスは考えた。もし、父がその時代から既に何らかの力を手に入れていたとしたら…?

 

否、精霊の力を知っていたとしたら?

 

父の性格上、利用しない手はない。20年前の第二次世界大戦。その事を知るには、20年前の父……、スミラと一緒にいた頃だ。アルス達は、平民街のはずれへと歩いて行った。

 

 

 

「見るからに廃墟………ダネ」

 

平民街のはずれにある一軒家。放置されていて、外見はボロボロ。ツタが所々に巻き付いていて、一言で言えば不気味だ。

 

「花屋…フローレンス……かすれてるけど、なんとか読めるね。ここがそうみたい」

 

ルーシェは店の看板を見て読み上げた。

 

「ここに……俺の知りたいことがあるといいのだが……」

 

アルスは入口の戸を開けた。ギィイ、と嫌な音が室内に響いた。中は死後に清掃されていて、物は少なかった。しかし、長らく人の出入りはなかったのだろう。歩く度ギシギシと音を立て、埃が舞う。そして、土、だろうか。土もある。

 

(流石、花屋なだけはある)

 

アルスは床を一瞥して思った。顔を上げると、奥に階段があるのが見えた。

 

「1階はどうやら店だったようだな。2階に行ってみよう」

 

アルスは奥の階段を登った。登っている最中、横の壁に写真が飾ってあった。

 

(……セルドレアの花畑?)

 

一面青に埋め尽くされたその写真。言うまでもない。スヴィエートの国花だ。

 

(へぇ、花畑なんてあるんだ…)

 

アルスは特に気にもせずに階段を登りきり仲間もそれに続く。2階はリビングに繋がっていた。テーブルや家具はそのままのようだ。植物と違って、腐らないからそのままにされたのだろう。

 

「おじゃましま〜す…?」

 

ルーシェはアルスのすぐ後ろについて来て、恐る恐る部屋に上がった。だが、これと言って特別なものはない。

 

「……古くて、埃っぽいけど普通の家って感じ?」

 

「そうだな、皆、色んな所を探してみてくれ。何かあったら知らせるように」

 

 

 

────しばらくしてルーシェが歓喜の声をあげた。

 

「わぁあ見てみてアルス!凄いよ!フレートアルバムだって〜!」

 

カヤ、ルーシェチームがアルスにアルバムを差し出した。

 

「フレート?」

 

「多分あだ名だね。スミラさんがそう呼んでたんだと思う」

 

アルスはアルバムを開いた。そこには父の写真が貼られていた。写真の下に1つ1つにスミラの直筆でコメントが書いてある。アルスはそのアルバムを読んだ。

 

ベットの上で父の眠っている姿が写っている。コメントには、

 

”フレートの寝顔。すごく可愛い♡黙っていればイケメンの、それにかなりのイケメンに類には入るわね。黙っていれば。喋るとダメ。クソ虫。愚図。変態。ストーカー。デリカシーナシ男”

 

(酷い言われようだな…………)

 

アルスは心の中でツッコミを入れた。

 

今度は父がこの部屋のテーブルでだろうか。完璧なテーブルマナーで上品に食べている写真…、とその隣にはとても美味しそうにチョコクッキーを頬張る写真。どれもこの部屋の角度からしてキッチンから撮ったものと予測した。しかも目線があってないということは隠撮りだ。

 

(これ程皇帝のプライベートな写真は実はかなりレアなんじゃないか?)

 

アルスは思った。

 

”フレートの食事。腐ってもコイツは皇帝。超お上品なテーブルマナーで食べてたけど、私の家ではぶっちゃけいらない。けどクッキー食べる姿は素で可愛い”

 

(スミラも律儀だないちいちコメントとは……)

 

そしてまた次は父の寝顔だ。ソファに横になり本を右手に持ち胸においたままうたた寝している。左手はだらんとソファから落ちて床についている。

 

”フレートの寝顔パート2。私の家に泊まりに来たはいいものの私が仕事中暇過ぎてうたた寝してたみたい。この後の写真が次”

 

お次は父が黄緑色のエプロンを着ている後ろ姿の写真だった。多分これも隠し撮りだろう。白のワイシャツに黒のズボン。腰の位置でエプロンの紐が巻かれている。ラフな格好だがよく似合っている。右手には花束を持っていて静かに微笑んでいた。

 

”フレートの花屋手伝いエプロン姿。暇過ぎるから何か手伝わせてって言われたから用意したこのエプロン。なんかめっちゃ様になってるのがイラつく。何この妙な色気?フレートの癖に生意気だったからエプロンの後ろ紐解く悪戯を何回もしてやった。ざまぁみろ!”

 

読んでいて恥ずかしくなったので中止し、アルバムを閉じた。盛大にアルバムに惚気られている。しかも幸せそうな父の姿ばかりだ。この写真らはさっき見た学生時代の父とは明らか感じが変わっている。明るいというか、元気というか。多分表現するならアレだ。俺がルーシェと一緒にいる時のような。つまり彼女の事が好きで好きでたまらなくてデレデレの状態…。さっきとギャップが違いすぎて逆にすごい。

 

「何だかんだ言ってー、スミラさんもフレーリットさんの事好きだったんじゃないかな?」

 

ルーシェはニッコリと笑顔で言った。

 

「お茶目な人ね。スミラって人。読んでて飽きないわ〜これ〜アハハッ、フレートの寝顔パート3だ!」

 

カヤはにんまりと笑い、アルスを見る。

 

「俺は日記を探してるんだよ……」

 

アルスは照れ臭くなりアルバムをカヤに返した。

 

「えぇ〜これもある意味日記っしょ〜」

 

鼻歌交じりに機嫌良さそうにルーシェとキャッキャ騒ぐカヤ。

 

「女子だな…………」

 

アルスはそう呟くと探索を再開するが、

 

「喜べアルス!日記っぽいものを見っけたぞ!」

 

「本当か!」

 

フィルが差し出してきた本を期待して開く。パラパラと適当にめくってみては見るが、これは明らかに違う。

 

「家計簿だこれ………」

 

「カケーボ?」

 

「日記とはまた違うものだ、元に戻して来い」

 

「えぇー!せっかく持ってきたのにー!」

 

フィルはブツブツ言いながら戻って行く。

 

(ん?そもそもアイツは文字が読めたんだったか?)

 

「花屋だそうですから、植物図鑑が多いようですわ。ちらほら光術の本も見かけますが…、まぁ!料理の本ではありませんか!スミラさん、料理が好きだったのですわね!私と同じですわ!」

 

「アンタの殺人料理と一緒にされたくないと思うぞスミラさんは」

 

「失礼ですわねガット。人を殺す料理など私見たことも食べた事もありませんわ」

 

「俺アンタに一度殺されれかけたんだけど、料理で………」

 

ロダリアとガットが料理の本で盛り上がっている。

 

「アレ?ここの引き出しだけ開かないんだけど?」

 

「え?どれですかラオさん」

 

ラオ、ノインチームは机の側にいた。ラオが机の1番下の引き出しをガタガタと引っ張って言った。

 

「ここここ。鍵穴はついてないんだよネ。何か突っかかってるとか?」

 

「んー?でも手応え的にそうは感じませんが…、ふんっ!」

 

ノインとラオは机を漁っていた。ノインはその引き出しを思いっきり引っ張るがびくともしない。

 

「どうしたんだ2人とも」

 

アルスは気になって2人の元に行く。

 

「あっ、アルス〜。ここの引き出しだけ開かないんだヨー。他にめぼしいものはなくてもう机だとここだけなんだけどネー?」

 

「無理矢理開けようとしても少しも開きませんでした」

 

「引き出し?ふーん…どれ…」

 

アルスは引き出しに手を掛け引っ張った。ガタン、と一旦は引っかかったがアルスは何か違和感を感じとった。

 

(………ん?)

 

何か、手先から自分のエヴィが吸収されたような感触がした。次の瞬間、ガラッと音を立て引き出しが開いた。

 

「おっ?」

 

「あっ!?」

 

「嘘!ナンデ!?」

 

「普通に開いたじゃないか」

 

ノインとラオはびっくりして声を上げる。アルスは不思議に思い、平然とした。力を入れるわけでもなく普通に開いたのだ。

 

「チョ、チョット待って!オイ!脳筋ガット!」

 

「あぁ?」

 

「チョット来て!」

 

「あっ!おい、何だよっ!」

 

ラオは素早く引き出しを閉めてガットの腕を引っ張った。

 

「ねぇ、この引き出し開けられる?」

 

「はぁ?馬鹿にしてんのか?開けられるだろ普通に………って、…………アラ?」

 

ガットは、開けようとしたが、開かないようだ。ラオは仲間全員呼びだし、試させたが開けられる人はアルス以外居なかった。

 

「何か特殊な光術がかかっているのかもしれません。例えば、スミラさんだけが開けられる一種の鍵のような特殊なエヴィを感じ取って開くシステムとか。それが息子であるアルス君と反応したのでは?」

 

ノインが冷静に分析した。

 

「なるほど……。それなら納得いくな。見られたくない物は、そう隠すしな」

 

アルスはにやりと笑い引き出しの中から本を取り出した。

 

「えーと、なになに……、見たら殺す。日記、スミラ・フローレンス……」

 

アルスは表紙に書かれている文字を読み上げた。なんとも物騒な事が書いてある。

 

「これだ、これを探していた…」

 

アルスは日記を開いた。人の日記を勝手に読んではいけないと言うが、これは母の日記だ。読んでもいいだろう。パラパラと開き、目を通していった。

 

「違う、ここじゃない。何か、何かないのか……!?」

 

アルスは流し読みして違うと思うと、次の日にちを読んでいく。ルーシェもアルスの隣に立ち日記を覗き見る。

 

「うふふっ、読んでみると、いかにスミラさんとフレーリットさんが仲良かったか分かるね……♪」

 

ルーシェは部分部分読んでいたがなかなかに面白い。彼はほぼ毎日この花屋に通いつめていたようで。毎日フレーリット、という単語が出てくる。

 

「………全く、そんな事を知りたいんじゃない……。ん?」

 

アルスは気になったところで目を止めた。そこの文だけ今まで読んできた他のより長いのだ。しばらく読んで、皆に言い聞かせる。

 

「今日またフレートにセルドレア花畑に連れて行ってもらった。行きはフレートの完璧な護衛のお陰で大丈夫だったんだけど……。私の不注意のせいね。本当にごめんなさいフレート。セルドレアの花畑、2人で過ごして帰る時、私がふざけて駆けっこしようと提案したの。フレートは勝利は目に見えてるからやめた方がいいんじゃないって言った。その時の私、勝利は目に見えてるって言われて、ムキになったの。確かに彼の方が身長はかなり上だし、足の長さと身体能力的に女に負けるわけないんだろうけど。私は1人で花畑から駆け出して、森の中に入った。花畑に魔物はいないけど森の中には魔物が沢山いる。私、フレートに守られすぎてて、忘れてたみたい。馬鹿なことをしてしまった。後ろからフレートのスミラ、危険だ、戻って。って何度も静止の声が聞こえてた筈なのに私は笑って走ってた。夢中になってて、まるで気付かなかった。いつの間にか、魔物に囲まれた事に」

 

そこまでアルスが読むと、ルーシェは息を呑む。

 

「狼みたいな魔物が私に襲いかかってきて、腰が抜けて私は尻餅をついてしまった。足が震えて立てない。

もうダメ、そう覚悟した時銃声が鳴って狼が倒れた。私の名前を叫んでフレートが走ってくる。だけどまた狼が襲ってくる。今度は3体同時に。それもまたフレートが撃ち落としてくれた。周りの魔物達を蹴散らして私の傍にフレートは駆け寄った。

 

何発も銃を撃ってるとフレートが突然右肩を押さえて、膝をついた。

とても苦しそうにしていた。

 

だけどその時隙をついた狼が私に襲いかかってきて来た。私は一瞬で彼の腕に抱きこまれた。狼はフレートの背中を引っ掻いた。彼は痛そうに顔を歪めてた。フレートは剣を持ってくればよかったって言って、自嘲気味に笑ってた。彼は私を私をかばってくれたの。数が多過ぎる魔物達。そして庇いながら戦うのは限界があったみたい。

 

私は後ろから鳥の魔物が飛ばしてきた鋭い羽根に左肩を刺されてしまった。

 

その直後、フレートの雰囲気が変わった。何だかとっても冷たい視線と、恐ろしいような殺気。こんなフレートは見た事ない。あれは完全に怒ってた。俗に言うマジギレってやつね。あの時の出来事は忘れられないわ。

 

森の中に物凄い吹雪が吹き荒れた後、彼の左手から鋭い氷の剣が出てきて、そのまま鳥の魔物を突き刺した後、それは枝別れを起こして次々と他の魔物を貫き、すごい断末魔が響きわたった。右手を狼達にかざしたと思えば、狼は一瞬で氷漬けになってた。そして、両手を広げた瞬間、何だか凄まじいエヴィが凝縮して魔物全部氷漬けにした後粉々に砕いてしまった。

 

もう何がなんだか分からない。私は夢でも見ているのかと思った。彼、上級光術を一瞬でやってのけてしまったようだった。何も言わず。いや、言ったのは、冷たい声で消えろ、とか、死ね、の一言。

 

家に帰って、あの術は何だったの?った聞いたら僕みたいに光術に長けてると、ああいう事も出来るんだよって言われたけれど、本当なの?あれって無詠唱なんじゃないの?

 

って、胡散臭くて根掘り葉掘り聞き込んでいたら抱き締められて、君が無事で本当に良かった、ですって。もうその後は雰囲気に流されて。イチャイチャして終わったけれど…。まぁ、今書いてる時は、割とどうでもいいわねそんな事。私を命からがら守ってくれたし、気にしないわ。それよりも、惚れ直したかも……?フレートって案外強いのね♡」

 

アルスは最後の部分は蛇足だ、と思った。が、これは随分と重要な事が書いてある。

 

「ノイン、ここに書いてあるような術などはお前にも可能なの?しかも無詠唱で」

 

「…………いやいや無理ですよ。どう考えても。不可能です」

 

「そうか……」

 

予想した答えが返ってきた。そうだろう。聞かなくたって誰でも分かる。フレーリットは一体、何者なんだろうか。

 

俺がたてた仮説として────

 

(もし。もし、元素を操るマクスウェルの力を掌握していたとしたら。これは不可能ではない。氷を操る事など容易いことだろう。ましてやスヴィエートは氷のエヴィで満ちている。それを最大限に利用して威力を上げていたとも考えられる。イフリートがやっていたように、人間が無詠唱で術を発動することなど造作もないはずだ)

 

アルスは日記を閉じ、疲れたように溜息を吐いたのだった。




アルスの父親 フレーリット

戴冠式時

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オルゴールと花びら

アルスはスミラの日記を引き出しに戻した。しかし置いたとき、妙な違和感を引き出しの底に感じた。空洞があるようだ。

 

「ん?」

 

「どうしたのですか?」

 

「何か、この引き出しの下に妙な違和感が…」

 

「ふむ」

 

ロダリアそう言うとはしゃがんで引き出しの下に潜り込んだ。

 

「ありましたわ」

 

「え?」

 

ガコッと音を立てて引き出しの底の板が浮かび上がった。ロダリアがロダリアが帽子飾りの尖った部分で、下からあるボタンを押したのだ。

 

「底に小さなボタンのようなものがありましたので」

 

「またこんな仕掛けとは、一体何がある?何か入ってるようだが」

 

アルスは引き出しの板を押し上げて、中にあるものを取り出した。

アンティーク調の四角形の入れ物だ。机の上に置き皆まじまじとそれを見つめた。

 

煌びやかな宝石が蓋にはあしらわれており見るだけでかなり高価な物だと思われる。中央にはまん丸に凹んだくぼみがあり円の上には少し出っ張った短く太いすじ。そしてそのくぼみの中央にはスヴィエート皇族の紋章がある。

 

「何だこれ?」

 

ガットは箱の蓋に手をかけ開けようとした。しかし、それは開かなかった。

 

「またこのパターンか…、おいアルス」

 

箱はうんともすんとも言わなかった。ガットはアルスに頼み、彼がその箱を開けようとしたが、今度は開かない。

 

「ダメだ、開かない」

 

「スミラさんも秘密主義な人だなオイ」

 

ガットは溜め息をつくと頭を抱えた。するとラオは目を見開いた。

 

「これって……確か…これって……、あれ?どこで見たんだろう?見たことある気がする…?」

 

「ラオ、何か心当たりが?」

 

アルスが言った。ラオは閃いたようで右拳を左手の手のひらにポン、と押し付けた。

 

「アルス、確か懐中時計もってたよね?」

 

「え?あ、ああ、それが何か…」

 

アルスは途中まで言いかけて気づいた。

 

「その懐中時計、これにはめられない?」

 

「……!」

 

アルスは急いで懐中時計を取り出した。鎖を外しそれを箱のくぼみ部分に置いた。ぴったりだった。カチッと音がして、箱が開いた。開いたと次の瞬間心地良いメロディーが流れ出した。

 

「オルゴール?」

 

独特の音を奏でるその箱はオルゴールだった。その音楽は、アルスに聞き覚えがあった。夢の中で1度は聞いた事がある、あの音楽だ。所詮夢で、起きた後など欠片も覚えていなかったのだが、現実に聞いてみると実に何故かとても親しみ深く、懐かしいような感じがする。

 

「これだけ?」

 

カヤはオルゴールが鳴り終わると言った。確かに音を奏でるだけだ。ただのオルゴールである。しかし、ただのオルゴールを懐中時計が鍵代わりになんてするだろうか?しかしオルゴール以外にも箱の中には何か入っていた。カヤはそれを取り出す。

 

「…………はなびら?」

 

カヤは薄橙色の花弁を箱から取り出した。この20年の年月が経っているというのにその花弁はまるでたったいま摘んできた花からとったような艶と輝きを放っていた。不思議な花弁だった。まるでその輝きはエヴィを帯びているかのような─────。

 

「どうしてこんなものが?」

 

アルスは箱を調べた。小分けに蓋がついていてご丁寧にその小さな仕分けに1つずつ花弁が入っている。それを見てますます不思議に思った。花弁に数字が書いてあるのだ。

 

「数字が書いてある。5、10、15、20…」

 

カヤが手に持っているのは0と書かれていて残り4枚の花弁は箱に収まっている。

 

「訳わかんない、どうしてスミラさんはこんなものをしまっていたのかな?」

 

カヤは花弁を戻した。

 

「……思い出の花弁とか?」

 

「自分の年齢の年に拾った花弁とか?」

 

ロダリアとノインが言った。どちらも当てはまるようで、実際はまるで分からない。

 

「別にどうだっていいさ。ただの花びらだろ」

 

アルスはどうでもよかった。裏切り者スミラの思い出の品、仮にも母の品だが何の価値があるとも思えないのだ。

 

「でもこの曲…」

 

アルスはオルゴールのネジを回した。もう一度曲を聴きたかった。何故かは分からないが。猛烈に懐かしくて心地良い音色なのだ。箱の裏のネジを回していた途中、そこに何かが書かれていたのが気付いた。

 

「サイラス・ライナント・レックス・スヴィエート……」

 

「え?サイラス?」

 

ラオがピクリと反応した。

 

「これって、俺の祖父の名前だ!」

 

アルスは納得がいった。何故くぼみ部分にスヴィエート皇族の紋章があったのか。元の持ち主、このオルゴールは元は祖父の物だったのだ!

 

「どうしてスミラがこんな物を……!?」

 

アルスは考えた。

 

(スミラが城から盗んだのか?大体、この懐中時計だってそうだ。それを鍵代わりなんて…。どうして皇族でもないただの平民だったスミラが、これを持っていた?そして仕掛けを知っていた?父が教えたのか?いや、そんなハズは…、いくら何でも平民相手にこんな貴重な情報教えるワケ…、でもゾッコンだったって言うし…)

 

考えれば考えるほど、悪い方向にアルスは考えていった。

 

裏切り者のスミラ。

 

父、フレーリットを殺した張本人であり、父がゾッコンだった女性。平民出身で、赤目で自分とよく似たつり目、淡く赤みがかったローズピンクの髪、花屋…。しかしこれらを結びつけるものはアルスには1つしか思い浮かばなかった。花屋というのだから植物に詳しかったのだろう。

 

(何か父に薬を盛ったのでは?でもどんな薬だ?まさか、惚れ薬!?いやいやでもそんな薬この世にあるのか?)

 

学生時代のあの荒んで、生気のない目、冷たくて、人を射殺すような目付きの父は、スミラのアルバムの写真だとうってかわってまるで別人だった。

 

(堂々巡りだ……、どうしても俺はスミラに対して先入観が先走りがちになってしまう……)

 

アルスは考えるのをやめた。裏切り者の事など、どうでもいい。そうだ、今は父の、フレーリットについて調べていたんだ。マクスウェルの行方を追って……。

 

(母を調べてるんじゃない。彼女は平民で一般人だったんだ。きっと関係ないだろう)

 

「知りたい情報は大体知る事が出来た。皆、とりあえず今日はもう遅い。一旦城に帰ろう」

 

アルスはそう言うと懐中時計を回収し、箱はそのまま元の場所に置いておくことにした。アルスの頭に、あのオルゴールのメロディーがこびりついて仕方が無い。

 

(冗談じゃない、盗品かもしれないのに)

 

そう頭に言い聞かせたが、拭えない。いや、拭いたくはなかった。拭ってしまえば、何か大切なものを忘れてしまうような、そんな気がした。アルス達はフローレンスを後にした。

 

アルスは城に帰っている道中、あのメロディーが恋しくてしかたなかった。



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リュート・シチート

仲間達は城に帰り部屋で休んでいた。アルスはと言うと溜まっていた皇帝としての仕事を片付けていた。だがあまり身は入らなかった。あのメロディーが離れず、頭に残っている。アルスは書類に目を通すのを中止した。そしてあのオルゴールのメロディーを鼻歌で歌い始めた。

 

「〜♪」

 

「おい」

 

心地よく歌っていると、ノックもせずに無粋な態度で荒々しくアロイスが入ってきた。アルスの再従兄弟(はとこ)だ。曽祖父が一緒で、共通の人物である。あまり認めたくはないが、兄弟のいないアルスにとってこの世で唯一の血が繋がっている同士なのだ。

 

「機嫌よさそうだね?アルス?」

 

「……アロイス。久しぶりだな…。あの会議以来か?」

 

彼と最後に顔を合わせたのは戴冠式の頃だった。

 

「フン、あの時まさかお前が皇帝になるなんて思いもしなかったよ」

 

アロイスはうんざりしたように言う。

 

「残念だったな。俺は生きていた」

 

「はっ、僕も死んだとは思わなかったけどね。お前、地味にしぶとそうだし」

 

「地味には余計だ。全く、俺は死にかけたんだぞ、リザーガの奴らに襲われてな」

 

「でも、母上はお前が死んだとは最後まで認めていなかった。だから僕もそう思わなかったんだ」

 

「サーチス叔母様が?」

 

「あぁ、アルスは生きている、ってずっと元老院に言ってた」

 

「え?お前が皇帝になる事を手助けしたと、俺はてっきり思っていたんだが」

 

アルスの従兄弟叔母(いとこおば)サーチスの息子はアロイスだ。アルスはそれに比べれば所詮親戚の子、従甥(じゅうせい)でしかない。血が繋がっていないのに意外だ、とアルスは思った。

 

「………僕もそう思っていたけど。…母上の考えている事って、たまに僕でも本当に分からないことがあるんだ」

 

アロイスはアルスの机に腰掛けた。そしてマーシャが差し入れに持ってきてくれたチョコクッキーをつまみ食いした。

 

「おい、俺のだぞ!」

 

「あー?いいじゃん?ちょっとぐらいさぁ、っていうかさぁ、何で帰って来たの?ホームシック?」

 

アロイスはからかうように憎たらしくにやりと笑った。

 

「違う、……ロピアスで色々とあってな。訳あって今は父上の事を調べているんだ」

 

「父上?8代目皇帝フレーリット…。僕にとっちゃ従兄伯父上(いとこおじうえ)だけど、その人を?」

 

「ああ、そうだ」

 

「何で伯父上の事なんか?」

 

「極秘任務だ。お前には話さない」

 

「あー、ハイハイ。分かったよ、ケチなアルス!」

 

アルスはふと思いついた。まだ聞いていない人間が、2人いる。アロイスとサーチスだ。

 

「おい、お前は父上の事何か知っているか?」

 

「はぁ?何かって、何?」

 

「……性格とか、何でもいい、何か特別な力を持っていた、とか……」

 

「自分が生まれてくる前に、死んだ人の事なんか分かるわけないだろ。せいぜい写真とかを見た事があるだけさ。それと武勇伝とか。スヴィエートの英雄って言われてたし」

 

「…そうだよな、俺と同じだよな…」

 

大して期待もしていなかったのでやはり、という気持ちだ。

 

「あぁ、でも…」

 

アロイスは何かを思いついたようだ。

 

「ん?」

 

「母上…。僕の母上なら何か知っているんじゃないか?本当は従弟(いとこ)だった僕の父上に聞くのが1番いいんだろうけど、もうこの世にはいないからね…。伯父上と同期の世代はもう母上しかいないんじゃないか?」

 

「サーチス叔母様か。そうだな……」

 

アルスはあまり気が乗らなかった。というと、昔からアルスはサーチスがあまり好きにはなれなかった。苦手意識がどこかある。時々形容し難い、何とも言えない視線でこちらを見てくるのだ。それが少し怖かったのだ。

 

(仕方ない、背に腹は変えられない、か)

 

アルスは決意した。

 

「聞いてみる。サーチス様は今どこにいる?」

 

「多分自分の部屋だと思うけど?」

 

「分かった、じゃあな」

 

アルスは部屋を後にした。

 

(サーチス様の部屋なんて何年ぶりだろう。全然記憶にないな…)

 

 

 

アルスはサーチスの部屋の前で足を止めた。ノックをする前に深呼吸した。

 

「何をしているのですか?」

 

「ッ!」

 

アルスは心臓が飛び出るかと思った。急いで声のした方を向くと白衣服姿のサーチスが歩いていた。

 

「さっ、サーチス様!なっ、どこに行ってたんです……か…?」

 

「あぁ…少し野暮用を、ね。そんなことはどうでもいい筈です。それより皇帝陛下?私の部屋の前で、一体何をしていたのですか?」

 

アルスはサーチスに睨み付けられた。彼女のメガネが光で反射し、アルスは威圧感を感じざるおえなかった。声にしても、この雰囲気にしても。アルスは思わず怯んだが、何とか声に出して言った。

 

「いっ、いえっ、あの……。そのお話を、し、したいと思いまして!」

 

「お話?政策関係のことですか?」

 

「い、いえ。その、父上の、フレーリット様の事について、聞きたい事が…」

 

「……!?」

 

サーチスの目が大きく見開かれたのにアルスは気付かなかった。視線を合わせていなかったからだ。

 

「なっ、何故フレーリット様の事を?」

 

「……申し訳ありませんが、言えません。極秘任務なんです。ロピアスとの条約がかかっています。訳はいろいろありますが、皇帝としての仕事の一貫です」

 

「………あ、あの人の事に関して、私がお教えできるのは何もありません」

 

サーチスは少し焦ったように言った。

 

(あの人?)

 

アルスはその呼び方について少し疑問を持ったが、他の質問をぶつけた。

 

「サーチス様は父上と大体同じ世代の筈です。何か知っているのではないかと思って…」

 

「……大体、あの人の何を知りたいというのですか?」

 

「何でもいいんです、性格とか、趣味とか…!あ、ええと、何かの能力を持っていたとか!」

 

「……あの人は、あの人は……!」

 

「サーチス様?」

 

アルスはサーチスの顔を見た。

 

(えっ?)

 

アルスは驚いた。今までこの人のこんな顔を見たことがない。冷静な彼女の取り乱した様子、頬が少し紅潮している。

 

「…失礼、そうですね。……あの人が私を、光術のエキスパートが集う光軍の最高司令官に任命して下さいました。彼はカリスマ的な素質を持っておられて、あの人の先導に皆が従いました。性格は、そうですね。実力さえあれば認めてくださる差別のない御方でしたよ」

 

アルスはこの手の話は何度も聞いている。

 

(もっと他の何か、何か精霊については手がかりはないのだろうか?)

 

「何か、特別な力を持っていたとかは?」

 

「特別な力?……光術に関しては、あの人に享受したものも、されたものもあります」

 

「それだ、それです!サーチス様。あの、何か、ないですか?何と言うかその、光術に関して特に優れてた部分とか!」

 

アルスは例えば無詠唱の術とか、という言葉を咄嗟に飲み込んだ。あまり深く聞いてもこっちがツッコまれて聞かれてしまう。

 

「光術で優れた部分……?リュート・シチートの事をお聞きしたいのですか?」

 

「リュート・シチート?」

 

「第2次世界大戦の時、スヴィエートのリュート海上空で行われた戦いの作戦名です。スヴィエート光軍対ロピアス空軍の戦いで、我が陣営が圧勝しました」

 

「あ、えっと、知っています。士官学校で習った覚えがあります。確か強力な光術で撃退したんですよね……氷の……」

 

アルスはそこまで言ってハッとした。

 

「ええ、あの作戦はフレーリット様の発案です。複合光術という技術を用いた極めて高度な難易度が要求される作戦でした。氷属性の光術で上空に氷の幕、盾を作り出して通過してきた戦闘機をたちまちに操縦者ごと絶対零度に引きずり込み、エンジンさえも凍らせて戦闘機もろとも海に墜落させる。あの作戦は見事としか言い様がないほど、完全勝利でした」

 

複合光術とは、アルスは必死に思い出した。学校で習った内容だ。

 

(複合光術って、確かエヴィ結晶を使って術の威力を何倍にも高める事だったな。加減がかなり難しくて取得できるのはほんの僅かとか…。それに術者はそのエヴィ結晶の反対属性の術を使えないとまず成り立たないし、結晶に送るエヴィの量を間違えると暴走の危険もあり、身の危険に晒される……)

 

「あの作戦には、フレーリット様直々に参加なされたのです」

 

「父上が!?」

 

そんな事は聞いたこともない、初耳だ。

 

「あの人がいたから勝てたようなものです。本人の希望で極秘でしたが、亡くなっていますから、まぁいいでしょう。異例ですからね、皇帝陛下自ら戦場に立つなんて。それに、危険極まりない。軍にも元老院にも、話したところで反対されていたでしょう」

 

「リュート・シチート、氷…、やっぱり、父上は…!サーチス様!父上の光術はどのようなものだったのですか!?」

 

もし作戦時、元素精霊マクスウェルの力を用い、氷の光術の精度を恐ろしく高めていたとしたら───?

 

「先程も言ったでしょう?あの人がいたから勝てたようなもの。あのお方は素晴らしい光術使いだった。本当に…。我々には難しくとも、いとも簡単に高度な術をお使いになられたものです」

 

サーチスはまた先程のような表情になった。憧れ、だろうか?いや、崇拝?憧れとは何か違うような。崇拝とは少し似ているような────。

 

「っ、貴重なお時間ありがとうございました」

 

アルスはサーチスに礼を言い、駆け出した。サーチスが何かをつぶやいているのは、アルスの耳には聞こえなかった。

 

 

 

「ふふ、もうすぐ……もうすぐね……、あぁ……、フレーリット………!フレーリット!」

 

高揚した表情で、駆けていくアルスの後ろ姿を見つめた。そして、首にかけてある金のネックレスを握り締めた。

 

「そういえば、城にロダリアが来ていたわね。準備期間の時間を稼いでもらいましょう。それにあの氷石の事もまだ確信が持てないわ…、確実にあの人の物だったか、ふふ、ついでに確認させてこようかしら?」

 

彼女はそう言うと廊下を静かに歩いて行った。




スヴィエート家系図

【挿絵表示】


分かりにくいと思いますが、一応こんな感じです。ハトコは両親のイトコの子供、と考えるとなんとなく分かると思います。


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空白の時代

アルスは自分の部屋に戻りハウエルとマーシャ、仲間達を呼び出した。

 

「陛下、おかえりなさいませ。ところでお仕事は終わらせましたか?」

 

マーシャは人数分のデネスティーを煎れた。フィルの分には蜂蜜をたっぷりと入れている。

 

「今はそんな事どうでもいい!それより、皆揃ってるか?って、あれ?ロダリアさんは?」

 

部屋にはロダリア以外全員揃っていた。

 

「先ほどお化粧室に行くと仰って出ていかれましたが、少し遅いですね」

 

ハウエルが言った。アルスは急いでいたので、特に気にもせず話を続けた。

 

「まぁいい。ハウエル、父の事を色々と調べてきて分かったことがあるんだ」

 

「なんと。それは一体…!」

 

「これは俺の仮説でしかないんだが……、昨日話した気候の事も整理して話すと、つまり、その、仮に父が、フレーリットが20年前の第2次世界大戦の時に、ロピアスのどこかにいる精霊マクスウェルの力を掌握したとする。そしてスヴィエートにおいては特に氷のエヴィが大量に満ちている。父は、自分の体になじませる、もしくはマクスウェルの力を完全に自分のものにするためにも、取り敢えず誰にも公にはせずに、多分秘密裏に、1人で管理したんだと思う。どうやったかは分からない。でも、無詠唱で、あの日記にあったような記述は、ノインが言ってた通りだ。まず普通の人間には有り得ない。そして、精霊イフリートと戦った時、奴は無詠唱で火の術を駆使してきた。光術を発動する際に詠唱は必要不可欠なものだ。そうだろ?ノイン?」

 

「ええ、その通りです。光術を発動させるための、言うなれば…、合言葉、と言ったところでしょうか?詠唱は、古くから光術の原点であり、術を修得するためにはまずは詠唱がないとお話になりません。あとは、いかにエヴィを操れるかどうか、ですかね。ここらへんは才能も関係してくるかもしれませんね、あと本人の努力など」

 

アルスの問いかけにノインは答えた。アルスはその答えを聞いて、少し自分の立てていた仮説に自身を持った。その仮説とは、

 

「これも、あくまで推量なんだが。恐らく詠唱とは、精霊との契約の証なんじゃないか、って思ったんだ。イフリートの話によると、精霊はエヴィを生み出す存在。精霊がいる限りエヴィは絶えず生み出される。詠唱は、そのエヴィを人間が使うためのある一種の儀式なんだと思うんだ。エヴィは世界中を巡って、あらゆる霊勢を生み出す。そしてそのエヴィを調節していたロピアスのどこかにいたという元素の精霊マクスウェル。それを20年前俺の父親がその力を掌握した、もしくは封印…。とにかく、何らかの事をして、マクスウェルが力を発揮できないようにさせたんだ」

 

「なるほど?差し詰め、以前はそれをレガルト女王と話していたというところでしょうか?」

 

いつの間にかドア付近にロダリアが立っていた。そして黒い髪をすき、口角を上げて言った。

 

「ロダリアさん……!?いつの間にっ!?」

 

「あら、私影が薄いのでしょうかね?今さっき来ましたわよ?話もきちんと聞いていましたわ」

 

「そうですか……、失礼。流石、鋭いですね。ええ、そうですよ。俺も信じたくはありませんでしたがね」

 

「あれ?でもなんかさ、ちょっと違わない?」

 

ルーシェが不思議そうに言った。

 

「何がだ?」

 

「ほら、今日学校で聞いた話、あの氷漬けの事件。つまりあれって、アルスのお父さんが学生時代に既にその、マクスウェルの力を持っていたって事?それじゃ時系列おかしくない?」

 

アルスは首を横に振った。

 

「分からない、あの事件については曖昧な点が多すぎる。それに、父がやったという明確な証拠もないし、ただ未確認な力を持つもの凄く恐ろしい魔物がやったことかもしれない。それに対して父がその魔物の力に勝っていた、または偶然運が良かっただけ、とも考えられる」

 

「待てよ?そうなるとさぁ」

 

ガットは思い出したように言った。

 

「あのスミラの日記に書いてあった事については?」

 

アルスはそれにも首を横に振った。

 

「それも分からない、日記はほぼ20年前と同時期だ。……元々、父と母が出会ったのも、ちょうど20年前ぐらいだろう。俺の年齢が今20なんだし。いつ父がマクスウェルの力を掌握したか、本人にしか分からないんだ。バレないように絶対隠していたに違いない」

 

「20年前……。分からないことだらけ……。まさに空白の時代ってやつ?」

 

カヤが言った。アルスは自分の推測を言った。

 

「父は多分、氷属性の術が得意だったんじゃないか、って思ったんだ。でも無詠唱はどんなに頑張っても人間には絶対に不可能だ。だから、こう考えたんだ。父がマクスウェルの力を持っていたんじゃないかって、ね」

 

「そんなまさか!じゃあ何故!何故フレーリットは死んだのですか!?」

 

その時、ハウエルが悲痛な声で叫んだ。

 

「その精霊の力を持っていたならば!死ぬ事などありえなかったのではないのですか!?なのに!あの子は!志無念にも亡くなられてしまった!」

 

口調が少し変わっていた。あの子、フレーリットの事だ。ハウエルにとって、フレーリットは我が子も同然の存在だったのだ。幼い頃から見てきた彼。そして、アルスも。アルスは、所謂孫だろう。

 

「亡くなった?

────父を殺したのはあの裏切り者スミラだろっ!!!」

 

アルスが噛み付くように怒鳴った。

 

「いいえ、違います!違うのです!あんな事……!あんな事件……!未だ私は認めない!認めてなどいない、認めてなるものか!あのスミラ様がフレーリットを殺すなどと!!」

 

「じゃあ誰が殺ったって言うんだ!?現実はこうだ!20年前、俺が生まれて間もなくスミラは父を刺殺した!花切鋏で腹部を一突き。そして!赤ん坊だった俺をも殺そうとして!それを止めようとした父の心臓に止めの一突きだ!!」

 

「えっ…?」

 

「………マジかよ……?」

 

「………悲しいネ」

 

「……ロピアスの王室で耳にした事がありますわ。最も世界を震撼させた衝撃的な暗殺事件だったそうですわね」

 

ルーシェ、ガット、ラオ、ロダリアが小さく声を漏らした。

 

アルスはそこで初めてこんなにも大声を出していた事に気づいた。仲間達にも、大きく暴露してしまった。柄にも無く、冷静ではなかった。

 

こんな事恥ずべき事なのだ。フレーリットという、愛妻家で有名だった皇帝殺しの汚名、国内最大の裏切り者としての名高いスミラ。その息子など、スヴィエートでは生き地獄だ。優秀な父の影に少し隠れているだけ。だが、この紛れもない自分の出生は、変えることはできない。

 

────自分の母親は、スミラ・フローレンス・スヴィエートだ。しかし、彼女が母親でなかったのなら、今、こうしては生きてはいないのだろう。

 

否、生まれてはいなかったのだろう。

 

「………!すまない、取り乱した……、はぁっ……」

 

アルスは落ち着くために深く息を吸った。

 

「陛下……デネスティーを…。気分が落ち着く筈です…」

 

マーシャは優しい声でアルスを気遣った。母親スミラの話題、スミラの名前ですら、彼にとっては禁句にも及ぶ、言ってはいけない言葉なのだ。マーシャが、アルスにティーカップを渡す時に言った。

 

「陛下……、私も、あの事件は、忘れることが出来ません…。私達は何度も調査しました。あのような、悲惨な事件……」

 

「当事者だったんだろマーシャは!なら分かるはずだろ?俺の気持ちぐらい!」

 

「冷静に、冷静になってください陛下。落ち着いて。どうか話を聞いてください……」

 

マーシャは目を伏せて言った。

 

「陛下は恐らく、スミラ様による心中説を考えておられるのでしょう。私達は、そうは考えられないのです……!当事者だからこそなのです!赤ん坊の陛下が生まれて、これからという時に、あんな事件を起こすなんて。親しかった、身近だった私達にとっては信じたくもありませんでした」

 

「何が言いたいんだ……」

 

アルスはイライラしながら言った。どうせ、スミラを擁護する物言いだろうと思っていたのだ。

 

「そうですね、ただ……、心中なら、どうして貴方は生きているのですか?」

 

「─────えっ?」

 

アルスは鳩が豆鉄砲を食ったように、驚いた。酷く困惑もした。

 

「心中ならば、一家全員もろとも……。つまり貴方の事も殺していたはずです。フレーリット様が止めた後で、彼を殺したあとで、出来たはずなのです。そして、心中にしては異な事…。その場で、フレーリット様の亡骸と共に死ぬような処を、スミラ様は違ったのです。花切鋏は、フレーリット様の心臓に突き刺さったままでした。

 

スミラ様のご遺体は中庭にありました。皇帝の部屋は最上階。最上階のバルコニーから飛び降りたと思われます…。遺体は…、損傷が激しくて見ていられませんでした……!変わり果てたスミラ様のお姿。私のトラウマです。長くなりましたが、つまり何が言いたいのかというと、何故その場で、持っていた花切鋏で自害しなかったのでしょう?そして、どうしてアルエンス様を、息子を殺さなかったのでしょう?」

 

「………気が変わったんだろう?僅かにも、俺に対して同情が湧いてきたんじゃないのか?それで、父を殺した事に錯乱したか、父が最後の抵抗をしたとか、スミラにとって予想外な事が起きた、そうじゃないのか?」

 

「……真実は、誰にも分かりません…。ただ、これだけは知って欲しかったのです。貴方は生きている。貴方は殺されなかった」

 

「…………」

 

アルスは押し黙った。真実を知る方法など今更、どこにもないのだ。

 

「おい、それなら過去にいってみればいいのじゃないのか?小生はそう考えるが」

 

その時フィルがとんでもない事を口走った。

 

「ハァ?何言ってんだ?んな事出来るわけねーだろ!」

 

ガットが笑って言った。

 

「えぇ〜?小生は以前漆黒の翼の紙芝居で見たことあるぞ?時計職人のアーロンっていう男がいてな?奴は時計塔の階段を登ってた時足をすべらせて階段を転げ落ちてしまったんだ。目が覚めたら、なんとそこは昔の時代。奴は過去へタイムスリップとやらをしてしまったんだ」

 

「あのねフィルちゃん、それはあくまでお伽話だよ。現実で流石にそれは……」

 

ルーシェもただの子供の発想だと思った。しかし、ロダリアが突然笑った。

 

「ウフフフフ、フィル。それ、出来るかもしれませんよ?」

 

ロダリアが赤子をあやすように、そして言葉をためながら言った。

 

「イフリートが言っていたでしょう?原初の三霊……。オリジン、マクスウェル、そしてクロノス。そのうちのマクスウェルとクロノスは、ロピアスにいる、と」

 

「まさかとは思いますが、そのクロノスに会いに行くんですか!?」

 

ノインがロダリアの発言に飛び退いた。

 

「ええ、そのまさかですわ。あら、イフリートが出来たのですから、クロノスも出来る、って事はありません事?」

 

「た、確かに一理あるけどさ!アンタ当てはあるわけ!?アタシの場合、偶然とか色んなのが重なっちゃってなんやかんやでああなったって感じだったんだよ!?」

 

カヤが身振り手振りを混ぜあたふたした様子で反論する。

 

「あら、皆さんご存知ありません事?ロピアス有数の観光地……、そしてさっきのお伽話に共通するもの……」

 

「一番の観光地…?アタシってばアジェス人だし!……ん?ちょっと待てよ……?」

 

「ハッ、なーるほど……」

 

ガットは全てを理解したようだった。

 

「ロピアスの観光興行収入で一番多い街は、首都フォルクスです。2番目に、ハイルカーク地区、3番目に、僕がいた海岸沿いのリゾート地、ラメント…」

 

ノインが言った。ロダリアが続ける。

 

「ハイルカーク地区は、他の地域と比べて海抜が低いのです。大昔にあったと言われている都市が崩壊して、その地下の上に、街は形成されています。その中でも、歴史的建造物として、最もロピアスで有名な………」

 

アルスはハッとした。

 

「まさか、ハイルカーク時計塔……!?」

 

「ええ、時計……、お伽話にも出てきているし、時間の精霊クロノスとぴったりではありません事?地下に古代の街があったなら、調べてみる価値は大いにあると、私は思いますわよ?どうでしょう?過去へ行ってみませんか?イフリートのように、協力してくれるかもしれませんよ?」

 

アルス達は前人未踏の未知なる道へ進もうとしている。

 

そしてこの先、ある笛吹きの少女の運命を大きく変える事になるとは、この時誰も思わなかった。



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過去の人間関係

翌日、アルス達はロピアス直通の船に乗りエルゼ港から発車するハイルカーク行きの列車に乗った。列車内、アルスは少し気になっていた事をルーシェに聞いてみる事にした。

 

「ルーシェ……って、カヤもいるのか…」

 

コンパートメントのドアを開けるとルーシェの他にカヤがいた。

 

「あん?何か用〜?」

 

「アルス!今ね、カヤと恋バナナしてたんだよ!」

 

「恋……バナナ?」

 

アルスは聞いたこともないその言葉に思わず聞き返した。

 

「ちっがう!恋バナ!何!?恋バナナって!バナナが恋でもすんのっ!?」

 

「い、いや、俺に言われても……」

 

「あっ、ごめん!間違えた!恋バナだ!」

 

「………とりあえず女子の会話ということだけは分かった…」

 

アルスはコンパートメントに入ると席に座った。

 

「ところでアルス?どうしたの?」

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだ。なんというか、この手の類は女子の方がいいというか、いまいち俺にはよく分からないんだ」

 

アルスは少し照れながら言った。無意識に頭をかく。

 

「んで?その聞きたいことって何?」

 

カヤの催促にアルスは答えた。

 

「俺の、その、血は繋がってはいないんだが、親戚の叔母様がいるんだ。その人は俺の父親の従弟のヴォルフディアっていう人とと結婚してるんだけど。……ヴォルフディア様はもう亡くなっているがな。で、その人、サーチス様って言うんだが」

 

「あぁ、なんか城でチラッと見た気がする。白衣なんか着てて物珍しかったんだもん。メガネかけた白髪のポニーテルの人?」

 

「そう!その人だ!サーチス様だ!」

 

「そのサーチスがどうかしたの?」

 

「サーチス様にも、父のことを聞いたんだ。なんせ同期の人がもうその人ぐらいしかいなかったからな。それで…、こっからが聞きたいことで……、サーチス様に父のことを聞いたら、変な反応されたんだ」

 

「変な反応?」

 

オウム返しにカヤが聞き返す。

 

「なんというか、俺が見たこともない。普段の厳格な雰囲気とかからは想像も出来ないような表情……」

 

「焦れったいな!具体的にはっきり言ってよ!」

 

「うーん、父の名前を出した途端、取り乱したというか、焦っていた、な」

 

「ふーん……?ほっほ〜う?」

 

カヤはニヤリと笑った。

 

「頬も少し紅潮していて、なんだか普段と様子が違っていたというか」

 

「フレーリットさんに隠し事でもしていたんじゃないの?それがバレそうになったとか!」

 

ルーシェが思いついたように言った。

 

「バッカ!ルーシェ!アンタはどんだけ鈍感なの!?つーか!アルスもそうだけどさ!普通そんな反応されたら!導き出される答えはひとつだけでしょ!」

 

「ほえ?どゆこと?」

 

「ズーバリ!サーチスって人は、フレーリットの事が好きだったのよ〜!」

 

「そっかー!」

 

ルーシェは納得し、手を叩いた。

 

「は?」

 

一方アルスは素っ頓狂な声を出した。

 

「え、っぇぇえええええええええええ!?有り得ない!あの人は結婚していたんだぞ!?ヴォルフディア様と!」

 

「女にはね……、忘れられない恋ってモンがあんのよ……。それが初恋ならなおさらね」

 

「カヤ、大人ー!」

 

「ったくこの鈍ちん共…。まぁ、分かるわ〜。ルーシェもフレーリットの写真見たっしょ?かなりイケメンよアレは」

 

「うんうん!すっごくかっこよかった!ホントに!」

 

「あんな超絶イケメンに、言い寄られたら、男を知らない女は簡単に落ちちゃうのよ、お分かり?」

 

「…………でも、父は死んでいるんだぞ?20年も前に。流石にそれは無理あるんじゃないか?」

 

「ふっ…………女心は、複雑ってもんよ……。多分アンタには一生分からないだろーね……」

 

カヤはうんうんと頷きアルスを横目でチラリと見た。

 

「なんか、馬鹿にされてる気がする……!」

 

「馬鹿にしてんのよ。ま、ルーシェも似たようなもんだけど……」

 

「私馬鹿じゃないよ!………多分」

 

「はいはい〜、ソーデスネー」

 

「もー!カヤ!」

 

「待てよ?………って事は、スミラにゾッコンな父の姿は、サーチスにはどう写ったんだ?女も嫉妬するのか?」

 

カヤは飲んでいたコーヒーを吹き出した。

 

「ブッ!げほっ!ごほっ、はぁ!?嫉妬しない人間なんかいないわよ!ぜっーたいしてたに決まってるでしょ!でも、諦めたんでしょ?フレーリットがスミラに夢中過ぎて、眼中に無いって、気づいたのよ。そんで、別の人と結婚したってこと。世の中よくあるよこんなパターンなんて」

 

「って、事は……。もしかしたら、スミラとサーチスは、対立関係にあった、とか?」

 

「そ、そこまでは私にもわからないけど。そうねぇ、目の敵にする人もいれば、裏で歯ぎしりしながら見てる人、ネチネチ嫌味な奴もいるし、ヒステリー起こす女もいるんじゃない?」

 

「ならサーチス様は、きっと大丈夫だろう。あんなに冷静な人は感情を律する事が出来るはずだ」

 

アルスが見てきたサーチスはそのような人なのだ。

 

「いや?分かんないわよ?案外、そうゆう女程、内なる思いが強かったり、なーんてね?」

 

カヤは冗談混じりに言った。

 

「………もし、そうだとしたら恐ろしく対立関係にだったのだろうか……スミラとサーチス様は……?」

 

「そーだなー、女は男と金絡むと、厄介極まりないからねぇ。その人の幸せを願って諦めるってのが一番穏便な解決方法なんだろうけどさ。ま、唯一救いなのは、フレーリットって人がスミラに一筋だったって事。もし二股でもかけてみ?ドロドロぬまぬまの修羅場合戦よ……。ま、二股なんてかけるそんな屑男はこっちから願い下げするのが吉ってもんよ。やんわりと断ったんじゃないの?サーチスの思いに、フレーリットは。これは予測だけど」

 

「三角関係ってやつだね〜」

 

ルーシェが気楽に言ったが、もし本当なら、大変な人間関係だったと予測できる。アルスは整理した。

 

「ヴォルフディア様が本当にサーチス様を愛していたと仮定して。ヴォルフディア様は、サーチス様の事が好き。で、サーチス様はフレーリットのことが好き。フレーリットは、スミラの事が好き。フレーリットとヴォルフディア様は、従兄弟関係………。うわ、凄いな。これでスミラがヴォルフディア様の事もし好きだったら更に物凄い人間関係になったに違いないな…」

 

「あーあー、凄いねー、何それ?」

 

アルスは親の世代を分析して身震いした。ちょっと分析してみれば、こんなにも複雑な人間関係だったと分かる。かなりの泥沼の関係だ。本当に、唯一救いが、父がスミラ一筋って事だろう、とアルスは心底思った。

 

「まもなく、ハイルカーク、ハイルカークでございます。お降りのお客様はお忘れ物のなさいませんようご注意ください。まもなく、ハイルカーク、ハイルカークです」

 

車内アナウンスが流れアルス達はコンパートメントを出た。

 

 

 

ハイルカーク時計塔前に行くと、随分と懐かしい感じがした。初めて見た時は、ガットとルーシェの2人だけだったが、今は7人だ。そしてこの塔に登った時は線路爆破事件を調べに来た時だ。その時以来か。

 

「時計塔横の大聖堂へ入ってみましょう。そこで何か分かるかもしれません」

 

ロダリアが大聖堂へ案内した。大聖堂は幻想的な雰囲気に包まれており、天井はかなり高い。

 

「もしかしたらどこかにガラサリ火山と同じような場所があるかもしれません」

 

ロダリアがそう言った。アルス達は手分けして大聖堂の中をくまなく調査した。しばらくすると案の定、以前と全く同じような、そう、古代プロメシア語が書かれている箇所があった。柱に隠れ、かなり分かりにくい場所だ。

 

「この壁……、小さいが古代プロメシア語が書いてある……」

 

アルスは壁に手を当てて文字をなぞった。アルスは読む事ができないので、ルーシェを呼んだ。

 

「ルーシェ!来てくれ!」

 

「はいはい〜」

 

ルーシェはアルスの近くに行くと、他の仲間達も同様に集まってきた。

 

「見つけたのか、アルス」

 

「ああ、それらしきものを見つけた」

 

「階段を転げ落ちるという事を試さなくてすみそうだな」

 

フィルの冗談にクスリとルーシェは笑い、やがて解読しはじめた。

 

「我、アーロン・ハイルカークは我が友をここに祭る。願わくば、いつかその封印が解き放たれるように、ここに記す。汝が其の全ての源、並びに時の末裔ならばその証をたてよ。さすれば道は開かれん。原初の三霊、時空を操る精霊クロノス、ここに眠る」

 

「当たりだな………」

 

アルスは確信して言った。イフリートの時と同じである。

 

「ロダリアさんの言う通りでしたね!ドンピシャです!」

 

「ルーシェ、以前のガラサリ火山と同じようにはいきますか?」

 

ルーシェはロダリアの問いかけに頷いて答えると、手を文字盤部分の壁に当てた。すると鈍い音を立てて壁のレンガが横にぱっくりと開きアーチ状の入口が開き、階段になっていた。ルーシェは息を呑んだ。

 

「わぁ……、深そう……」

 

「………行こう」

 

アルスが先行した。とても長い螺旋階段だった。かなり降りただろう。するとイフリートの時と同じような陣があった。

 

ルーシェがそれに乗り、起動させた。アルス達はそれに乗り、一瞬のうちに光に包まれた。

 

目をあけて飛び込んできた風景は歯車だった。まるで自分たちが小さくなって、時計の中のからくりに入り込んだようだ。時計独特の秒数を刻む音が響き、歯車が回る音が耐えず聞こえてくる。しかしやはり不思議な感覚があった。まるでベールに包まれているかのような空間だ。

 

一行は歩き出しある位置で止まった。

 

「ここ……だね」

 

カヤは手を見えない壁に当てた。

 

「ルーシェ、頼む」

 

「うん……!」

 

アルスは頼んだ。ルーシェは深呼吸をして両手を壁に当てた。ピシ、とヒビが入り、そのヒビが徐々に広がっていった。

 

やがて大きな音を立てて壁は壊れた。壁の欠片はエヴィとなり、空中に粒子となって消えていった。

 

粒子が消えると、中央に歯車で覆われている何かがあった。うずくまっている。イフリートと比べると、人間に近い、アルスはそう思った。ただ違うのは周りに歯車が漂っていて人間とは違うオーラを放っていた。

 

その何かは、むくりと起き上がった。

 

「………誰だ、我の封印を解いた者は……。アーロンはもう死んだ筈…」

 

そう言い、立ち上がった奴は肌は黒く、腕には時計の針を型どった鋭いブレードのようなものがついていた。周りの歯車も連動してクロノスについていった。

 

「……お前はクロノスなのか?」

 

「…………ふん、何も知らずに封印を解いた事に、感謝するぞ、人間。これで我は、憎きお前らを殺すことができるのだからな!」

 

「……!」

 

アルスは身構えた。やはりこうなってしまった。

 

「滅べ、人間共」

 

クロノスが殺意を持って戦闘態勢に入った。



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戦闘!時の精霊クロノス

アルスは向かってくるクロノスに対して急いで左によけた。そのままアルスには構わず、クロノスはガットへと標的を変える。

 

魔神剣(まじんけん)!」

 

ガットが向かってくるクロノスに衝撃波を浴びせた。クロノスはそれを、操った歯車で相殺させると腕のブレードでガットに斬りかかった。

 

「ぐっ!」

 

ガットは慌てて防御したが、クロノスの背後、小さな歯車から出されるビームに集中砲火を食らった。

 

「ぐぁあっ!」

 

「ガット!今助ける!」

 

フィルが糸を構え戦闘態勢に入った。

 

「クネーテンス!」

 

曲線を描いてエヴィ糸はガットを円状に囲んでいる歯車を攻撃した。

 

「サンキュー!イテテ……、傷を治せ!カバーレイ!」

 

一旦歯車のビームがやんだガットはその隙にバックステップして退き太刀を納刀し、自分で傷を癒した。

 

「………貴様その力……。いや、人工的な匂いがするな。我は分かるぞ」

 

「っあぁ!?匂い!?知らねーなぁ!!」

 

ガットはわざと誤魔化すように大きな声で言い返した。

 

「ラオ!共に行きますわよ!」

 

「オッケー!」

 

ロダリアとラオが武器を構えた。

 

「セミラ!」

 

ロダリアはクロノスの後方上部に弾丸を撃った。その弾丸は鳩に変化した後足元に羽ばたきながら突撃するように着弾し、削るように爆散した。そこに煙が立ち込め、クロノスは爆発の衝撃に怯んだ。

 

譜樹彼岸(ふじゅひがん)!」

 

ラオは地に手を付けた。爆発した煙が晴れてくると、クロノスの足元に無数の亡者の手が引きずり込むように足を掴んでいた。

 

「何あれー!?キモー!怖すぎ!?」

 

カヤは右手にナイフを構えていたが、目の前のホラーな光景に身を震わせた。

 

小賢(こざか)しいっ!」

 

クロノスはその場で光術を唱えた。

 

「テトラスペル!」

 

「っ!やばっ!」

 

素早く反応したカヤは持ち前の身軽さで術をよけた。しかし、

 

「うあっ!?」

 

避けたと思った。だが術は四属性の術連激だった。一発目の火の術、ファイアボールだ。それは避けきれたが油断していた。風の術ウインドランス、水の術スプラッシュ、地の術ロックトライが一気にカヤに打ち込まれた。カヤは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 

「うぅ、いったっぁい……!」

 

「カヤ!」

 

ルーシェはカヤに近付いて慌てて回復させる。

 

「癒しの光よ、ファーストエイド!」

 

「………?あちらの力は……?」

 

「無詠唱か……!っよくもカヤを!」

 

アルスは拳銃を構えた。

 

「チッ、力の差を思い知れ……ヘイスト!」

 

その術を自身にかけた途端にクロノスの動きが加速化した。一瞬でアルスに近づき、ブレードで斬りつける。

 

蒼流水弾(そうりゅうすいだん)!」

 

「無駄だ!」

 

アルスは両手を交差させ双銃から水流を出したがクロノスはその水流ごと目にもとまらぬ速さで切り裂く。水流がザッと音を立てて打ち破られた!

 

「テトラアサルト!」

 

「うわぁああっ!」

 

クロノスの四連撃をアルスはもろに受けた。両腕のブレードが二激を繰り出し、両足でまた二激だ。クロノスの右足によってアルスは吹き飛ばされた。

 

絢爛(けんらん)たる光の山影(さんえい)、2人に更なる力を与えたまえ、アスティシャイン!アルス!今助ける!溢れる癒しの力、降り注げ!ハートレスサークル!」

 

カヤの治療を終えたルーシェは2つの光術を素早く唱えた。ハートレスサークルはアルスの傷を癒した。そしてアスティシャインはフィルとノインを光で包み込んだ。

 

「……!光術を強化する補助技だ…!フィル!一緒に!」

 

「了解だ!」

 

「チッ、死ね!」

 

それに気づいたクロノスは2人に右手を向けた。

 

「されないヨ!」

 

「やらせるか!」

 

ラオとガットがそれを阻止する。

 

疾風(しっぷう)()は切り裂きし、無限の風刃(かぜやいば)!喰らえ!フラトスレスト!」

 

「いでよ落石!怒りの岩を落とせ!ロッシュ・ド・フォール!」

 

2つの術がクロノスを襲った。

 

「しまった、ぐああああ!?」

 

クロノスの歯車は落石に叩き潰され、クロノス自信は鋭い風に引き裂かれた。

 

「どうだ!」

 

「思い知るのはお前の方だ!このポンコツ歯車野郎!」

 

ノインとフィルの連携した術は見事命中した。だが、

 

「───我を倒す事など………不可能!タイムエセンティア!」

 

「なっ、何だ!?」

 

回復したアルスは立ちあがり、目を疑った。クロノスの傷があっという間に治り始めている。

 

「おい大将!こりゃ一体どうゆうことだ!」

 

アルスは考えられるただ一つのことを言葉した。

 

「………多分、時間を戻したんだ!」

 

「エー!?そんなのアリー!?浄天眼(じょうてんがん)!って、ホントだー!」

 

ラオは両手で丸メガネを作りクロノスの能力値を確認した。見るからに傷はなくなっているし、これはもうアルスの言う通りなのだろう。

 

「流石、時の精霊ですわね…これではキリがありませんわ」

 

ロダリアは唇をかんだ。クロノスは戦う前の状態に戻ってしまった。傷一つない。

 

「だから言ったのだ!不可能だと!無駄な努力だったな、テトラスペル!」

 

今度のテトラスペルは4人にそれぞれの術を食らわせた。ガットにファイアボール、アルスにウインドランス、ラオにスプラッシュ、ロダリアにロックトライの術を食らわせた。4人の悲鳴が響いた。

 

「皆さん!!」

 

ノインが叫んだ。

 

「くっ!走れ雷撃(らいげき)(とが)ある者に、制裁を…」

 

「サイレンス!」

 

「……!何だ!?」

 

ノインとフィルの周りに時計が出現し針が回り始めた。クロノスの術だ。

 

「………!?」

 

「ノイン!」

 

フィルは慌てて駆け寄ったが、自分の体にも異変に気づいた。ノインは口を押さえた。詠唱をしようとしても、声が出ない。

 

「貴様は光術に長けているようだな、しかし、精霊である我の前では(わずら)わしい虫が鳴いているようなものだ。詠唱がないと術ができないとは、不便なものだな人間は。まぁ、古くからの契約というルールだ、悪く思うなよ」

 

「フィル……!詠唱が………出来ない、術がっ……!?」

 

「ぐっ!こ、これはっ……!小生もだ……!」

 

「クラビティ!!」

 

「うわあぁあああっ!!」

 

「うぎゃああああつぶれるー!!」

 

2人の悲鳴が上がった。激しい重力に押しつぶされた2人はその場に倒れた。

 

「ノインさん!フィルちゃん!ああっ!皆ー!!」

 

ルーシェは急いで2人へ駆け寄ろうとした。クロノスの目がルーシェを追っているのが、カヤの目に入る。

 

「ダメルーシェっ!!危ないっ!?」

 

「えっ……?」

 

カヤはルーシェを庇い前へ出た。ルーシェが後ろに振り向いた時には、カヤへと鎖が迫っていた。

 

「チェーンストライク!」

 

「かはっ………!?」

 

「カヤ!!!」

 

クロノスの術だ。金色の鎖が現れ、それはジャラジャラと音を立てながらひとりでにしなり、カヤの腹に食い込み吹き飛ばした。息が詰まり、肺が圧迫される感覚がした。そして同時に込み上げてくる血を吐き出した。

 

「フン、庇ったか、まぁ所詮、雑魚共だ。あとはお前だけだ小娘。しかし、お前は治癒術が使えるようだな……?ハッ、裏切り者め、オリジンが受けた苦しみを、お前も味わえ!」

 

「ル、ルーシェ…!」

 

アルスは辛うじて目をあけた。頭から垂れた血が目に染みる。だが、立つ事は出来ない。原初の三霊、クロノスの力は強大だった。

 

「よくも!よくも皆を!うああああああ!!」

 

ルーシェは叫んだ。我を忘れ、両親の唯一の形見であった刃こぼれしたナイフを両手で持ち、クロノスに向かって行った。

 

「愚かな娘だ、判断力がまるで皆無……」

 

クロノスはそれを手で受け止めた。彼にとって、それを掴んでルーシェごと吹き飛ばす事等、容易なはずだった。

 

しかし─────、

 

「……!?何だ!?」

 

クロノスの顔が光に照らされる。ナイフはルーシェの手から生み出される光を吸収し、そのままクロノスの手を貫いている!

 

「これは……この力は………!?」

 

「うああっ!」

 

ルーシェは右手はナイフに沿えたまま、詠唱を唱えた。左手をクロノスにかざす。

 

「結晶せよ根源たる力っ!!エヴィブラスト!!」

 

「うおぁっ!ぐぁあぁぁぁぁあああっ!?」

 

ルーシェの左手から凄まじい力のエヴィの光が炸裂しクロノスの胸に命中した。

 

「っ!」

 

ルーシェは右手でナイフを力一杯引き抜き、距離をとった。

 

「き、貴様………!その力は……!うっ、ぐっ、あぁっ!?」

 

クロノスはガクリと膝をつき胸を押さえた。ルーシェのエヴィが侵食し黒く染め上げた。ルーシェはハッとすると、ナイフをしまい詠唱した。

 

「万物に宿りし生命の息吹をここに、リザレクション!」

 

すると仲間達全員に陣が広がっていった。その陣はルーシェの癒しの力を帯びており、傷はたちまちに治り始めた。

 

「す、すごいなルーシェ……!」

 

「うぐっ、なんとか動けるな……」

 

仲間達は全員よろよろと立ち上がった。ルーシェは特に傷が酷かったカヤの元へ駆け寄った。

 

「カヤ、ごめんね……私なんかを庇って…!」

 

「何言ってんのよ……、ごめんじゃなくてありがとうでしょ!借りを返したとでも思ってよ、まだ返しきれてないけどね!」

 

ルーシェはカヤに手をかざして集中治癒をするとたちまち治った。

 

「リベンジしなきゃね!特にアタシが1番なんかやられてんだから!ルーシェ!例のやつお願い!」

 

カヤは勢い良く立ち上がるとクロノスに向かって走っていった。

 

「うんっ!焔よ!彼の者に眠りし力を引き出したまえ!フレイムオフェンス!」

 

ルーシェの右手から出された赤いエヴィはカヤを包み込んだ。カヤの全身に、強い力が宿った。赤いエヴィを纏わせ、そのまま突っ込む。

 

「どおおおおおりゃああああああ!!」

 

カヤは女子しからぬ野太い声をあげながらクロノスに近づく。

 

「くそっ!体がっ……!」

 

クロノスは胸を押さえたまま動けなかった。

 

覇道滅封(はどうめっぷう)ー!!!」

 

「うぉああああああああああっ!!?」

 

カヤはクロノスにナイフを下から一振りし、灼熱の熱風衝撃波を生み出した。ルーシェとの合技だ。それは凄まじい一直線の巨大な炎の塊を放つ。

 

「えぇええええ!?スゲェエエエエ!!なんだアイツ!?は、はどうめっぷう!?」

 

「あいつはホントに女か!?」

 

「熱気がやばいヨこれ!!」

 

「僕の術よりやばいんじゃないんですかこれ!?」

 

男性陣はカヤの出した巨大な炎の塊に恐れおののいた。クロノスは炎に貫かれ、そのまま倒れる。どうやら終わったようだ──────。




クロノスはまんまX2をイメージしちゃいました。フェイティアにぴったりだなって思いましたこいつの性格がwww。意地悪で素直じゃなくて人間嫌い。そして色黒で歯車だらけwww


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20年前へ

「どぉーだ!?参ったかー!!」

 

カヤのはナイフをクルクルと回し腰にしまう。クロノスはカヤの覇道滅封を受け戦闘不能になっていた。仰向けに倒れ、焼け焦げた歯車が周りに落ちている。

 

「くっ……くそ……!」

 

クロノスは起き上がろうと地面に手をつけたが、激痛に顔を歪めまた倒れた。

 

「……時をっ、戻せぬ……!馬鹿な、うぐぁっ!」

 

クロノスの胸はルーシェにの手によって攻撃されたエヴィがまだ侵食していた。クロノスはそれを押さえ付けるが、どうにもできなかった。

 

「この力…、やはり……!うっ、ぁあ!」

 

アルスは倒れたクロノスを見下ろした。

 

「……クロノス、俺達はある目的でここに来た。その目的を果たすためには、お前の力は必要不可欠だ」

 

「ハッ、我を、利用するというのか……?またしても、傲慢で、浅はかな人間の考える事よ……!」

 

「利用とまではいかない。俺は頼みたいんだ。力を少し貸して欲しい。協力して欲しい。……マクスウェルの行方を、お前も知りたいだろう?」

 

「っ!何故マクスウェルの事を……!?いや、そんな事は、貴様らがやらんでも我の手に十分に足りる事だ!我が……大精霊クロノスともあろうこの我が、人間に協力!?笑止!」

 

ガットがアルスに言った。

 

「はいそうですか、って協力してくれるわけねーか…。イフリートは何だかんだ言って結構協力的だったのに……。ったくプライドたけーな」

 

クロノスは目を見開いた。

 

「なんだと、貴様らイフリートと会ったのか……!?」

 

「ああ、会った。ガラサリ火山でな。今は火山の活動をしばらく制御してくれている。封印も勿論解いてある」

 

「イフリートが貴様ら人間に協力……!?奴は一体何を血迷って…! っ!貴様……?」

 

「じっとして。今、これ治すから……」

 

ルーシェはアルスとガットを追い越し、クロノスの元にしゃがみこんだ。そして胸に手を当て、黒く侵食するエヴィに手をかざし始めた。

 

「ルーシェやめろ!また襲ってくるかもしれないんだぞ!」

 

アルスはルーシェの手を掴んだ。しかし、ルーシェは無視した。黙って傷を癒し始める。

 

「……また襲ってきたら、また戦うだけだよ。でも、話し合う状況を作らないと。そうでしょ?クロノスが力が使えないと、私達どうしようもないしね」

 

「……甘いな小娘……、くっ、だがなんとか動けるようだ。感謝する……」

 

「お?何コイツ?意外と素直じゃないの?」

 

「貴様は黙っていろ」

 

「またこのパターンかよ!?」

 

ガットは「イフリートの時も同じようなことがあったぞ!」と憤慨した。クロノスはルーシェの治療している手をじっと見つめた。そして治療が終わり、ルーシェが手を引っ込めようとすると素早くそれを掴んだ。クロノスは目をつぶり、ルーシェの手を軽く握り締めた。

 

「っ!?何?」

 

ルーシェは一瞬だけ、体の中に何かが流れ込んでくるような感覚がした。ルーシェは警戒した目で睨みつけた。クロノスも目を開けて彼女を睨み返した。凝視、と形容する方がいいだろうか。するとクロノスは何かを確信したようだった。

 

「やはりな。ふ……はは、今ので確信したぞ。ハハハハハ!」

 

「はい……!?」

 

ルーシェは訳が分らない。何だか怖くなり、顔を引かせた。

 

「時は、満ち足り………!」

 

「あ?んだコイツ?いきなり笑い出して、頭イカレてんのか?」

 

「おい、ルーシェの手を離せ!」

 

「我はこの時をどれほど待ちわびたか!まだ完全には覚醒していないようだが、まぁいい、ハハハハハ!」

 

クロノスは立ち上がり、また空中に浮かんだ。

 

「訳が分からない!一体何の事だ!?」

 

アルスはルーシェを自分の後ろに追いやり腕でかばった。

 

「成程!愉快だ!我は全て理解したぞ!」

 

「おい!一人で何独り言言ってんだ!?」

 

ガットが叫んだ。

 

「よし我は気が変わった。話を聞いてやろうではないか」

 

一瞬場が沈黙に包まれた。先程まで頑なに断っていた態度をこうも180度変えてくるとは、一体どうゆうことだろうか。そして一人ずつ口を開く。

 

「は?え?いきなり?ルーシェに惚れたとかそんなんじゃないよね?」

 

「アハハ、何かこうも素直になられると、ネ…」

 

「ただの気まぐれなんでしょうか?」

 

「クロノスも随分と愉快な方ですわね?」

 

「いいじゃないか、このポンコツ歯車精霊、小生達に協力してくれると言っているぞ?」

 

アルスは聞いた。

 

「どうゆうことだ、いきなり態度を変えてくるなんて」

 

「だから言っただろう?気が変わったとな。それに、マクスウェルの事は我も知っている。奴の霊勢は20年も前から、忽然と消えた」

 

「そう、それだ!俺達はそれがどこにいったのか、それを知る為に20年前に行きたいんだ!それを知てヒントを得られれば、現代の霊勢状況を元に戻せるかもしれない!」

 

「……成程。貴様らは現代に、マクスウェルのエヴィ循環システムを取り戻したいと?」

 

「マクスウェルは何者かによって捕らえられている。その呪縛の元を探り、そして現代で解き放つ。世界を在るべき姿に戻すんだ!」

 

何者か。アルスはその何者なのかは、予想がついていた。言うまでもない自分の父親だ。クロノスはまた笑った。

 

「くははは!在るべき姿……か」

 

「な、何が可笑しい……?」

 

「いや?何でもない……。そうかそれで?我にどうして欲しいのだ?」

 

「………だ、誰がマクスウェルの力を掌握しているのか、それを知る必要がある。そして……、出来たら俺個人の願いもある……」

 

「ほう、それは何だ?」

 

「………俺の両親の死についての、謎を解明したい。過去に行けば、何かが分かるような気がするんだ!」

 

「死……か。人間は不便なものだな…。まぁいい」

 

クロノスはアルスの銀の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「ほう?興味深い…。貴様は恵まれているな。様々なエヴィを持っている…」

 

「……?様々なエヴィ?属性の光術が多用に使えるという事か?」

 

「ふむ……、貴様も微弱だが一応アレの血は受け継いでいるようだな……」

 

「アレ?何のことだ?」

 

アルスは気になって聞いたがクロノスは流した。

 

「いや?さて…話がそれたな。貴様らがマクスウェルの在処を見つけるというのを、我は手伝おうではないか?それから、過去を知るという所業をな……」

 

クロノスはアルス達に両手をかざした。

 

「しかし、忠告しておく。過去へ行くということは、人間にとっては禁断の事だ。時は人間が操ってはいけないもの……。無闇に過去に干渉しないことだ。その影響が現代に関わってくる事もある。貴様らの行いで、未来が変わるという事があるのだ。それが必然か、運命か、はたまた起こってはいけなかった事なのか、それは精霊の我にも分からぬ。いいか、よく覚えておけ。時は、人を待たない─────」

 

「うわっ!」

 

クロノスの両手が光ったと思うと、アルス達は眩い光に包まれた。そして何か異世界に入り込んだような、空気が変わった感覚がすると、クロノスの姿はもう消えていた。

 

「どうなったんだ…?」

 

アルスは辺りを見回した。いつのまにか入ってきたアーチ状の入口前に立っていた。

 

「とにかく、外に出てみない?」

 

カヤが言い大聖堂の中を歩き出す。基本的に変わったとは思えなかったが、大聖堂の椅子が以前より綺麗に見えた。

 

 

 

そして、外に出るとそこは紛れもなく──────。



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本編 過去編
赤い髪の笛吹きの少女


「………ッ!」

 

アルスは息を呑んだ。ハイルカーク時計塔の大聖堂から出た直後、景色が以前と一変していた。道行く人の服装はみすぼらしく、貧窮していると言うことが一瞬で分かる。臭いも雰囲気もまるで違う。

 

アルスが見たハイルカークは、商店で賑わっていて活気があったが、ここにはそれが全くない。皆、下を俯き、自らの置かれた状況に絶望しているかのようだ。建物はところどころ破壊され、瓦礫が積み上がっている。しかしそれを片付ける様子もない。そんな余裕などないのだ。

 

「…………これは、なんて有様だ……」

 

アルスは顔をしかめて言った。

 

「確かに過去に飛ばしてくれとは言ったが、初っ端でこれかよ……。しかも場所ハイルカークからだしよ…」

 

「まぁ贅沢も言ってられないな…。過去に来たという所業だけでも奇跡だ。あのクロノスにそれをやってもらっただけありがたいと思うしかない」

 

一行が周りの惨状に目を伏せて歩いていると何処からともなく、笛の音が聞こえた。カヤが耳をすませた。

 

「何?この音?笛?」

 

「セーレル広場からだな」

 

フィルの言葉を聞き、カヤは裏路地からセーレル広場の方へ出ると、その音が大きくなった。

 

「何だろうネ?」

 

ラオはそこに行ってみると、燃えるような赤い髪の少女がいた。周りには2、3人の大人が憐れむような顔で眺めていた。その少女の縦笛は、調律がずれ、あまり綺麗な音階ではない音色であった。しかしかなり一生懸命練習したのか、音楽としてはよく出来ていた。

 

少女の足元には私物と思われる帽子が上向きに置かれていた。中には、1ガルドが数枚だけ入っている。

 

「ありがとうございました」

 

少女はぺこりとお辞儀をし、帽子を両手に差し出した。しかし誰1人として、お金を投げ入れはしない。

 

「……嬢ちゃん、生活が苦しいのはアンタだけじゃないんだよ」

 

「すまねぇな、金をくれてやれるほど裕福じゃねぇんだ…」

 

そう言って、見ていた客は何もあげずに、もしくは1ガルドを渡すだけだった。

 

「いえ……、聴いて下さってありがとうございました……」

 

少女が帽子をしまって縦笛を片付け始めた。

 

「あんな小さな女の子まで……」

 

「世知辛いな……」

 

遠目で見ていたアルスとガットが呟いた。

 

「あれ?ルーシェは?」

 

カヤが辺りを見回した。すると少女に駆け寄るルーシェの姿があった。

 

「あの子……!」

 

「ルーシェ!?全く君は……!」

 

 

 

「演奏、素敵だったよ!」

 

「………え?」

 

少女が驚いて振り返った。ルーシェは帽子にガルドを入れた。

 

「少ないけど、ごめんね?」

 

「嘘……、1000ガルドなんて、初めて貰った!いいの……?あ、後で返してって言っても、返さないんだよ……?」

 

「勿論、それはもう貴方のお金だよ」

 

「あ、ありがとう、ありがとう!!」

 

「お名前なんていうの?」

 

「あ、あのね、クラ……」

 

少女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。しかし、その顔はすぐに青ざめた。

 

「おいガキ!誰の許可を受けてやっている!?」

 

「えっ?何?」

 

ルーシェの後ろ、3人のロピアス兵が少女に向かって来た。彼らはいたいけな小さな少女をギロリと睨みつける。少女は震えた声で言った。

 

「ご、ごめんなさい……!でも、どうしてもお金が必要で……!」

 

「知った事か!!二度とやるんじゃねぇぞ!この薄汚ぇガキ!」

 

「うぎゃ!」

 

ロピアス兵はそう言うと少女を背中蹴り飛ばした。少女は地面に叩きつけられた。

 

「う……うぁ、グス……、うぇえぇ……」

 

少女は泣き出した。

 

「ちょっと!?何してるんですか!?」

 

ルーシェは少女を庇うようにロピアス兵の前に立った。

 

「あぁ?何だお前?」

 

「こんな小さな子供を蹴りとばすなんて、酷すぎます!」

 

「ハァ?許可なしにここで変な芸やってんのが俺の目に止まって、これぐらいで済んだことに逆に感謝して欲しいぐらいだぜ?」

 

「……許可なしにやっていた事は間違ってはいるとは認めます。でも、それに対してあそこまでする必要はないでしょう!?」

 

「あぁ?何だこいつ……?生意気な……!」

 

「おい、待て。コイツなかなかいい女だぜ?」

 

2人のロピアス兵は下品な笑みを浮かべた。

 

「……確かに……。ハッハッ〜じゃあこのガキの罪滅ぼし、お前に代わってもらうとするか?」

 

少女は泣きはらした顔で恐怖に怯えていた。何もできない少女にはうずくまり見ているしかできなかった。ロピアス兵の1人がルーシェの手を掴んだ。

 

「……!離してください!」

 

「姉ちゃん、よく見りゃいい身体してんじゃねぇか、俺らと……って、イデデデテ!」

 

するとそこにアルスが静かに目で怒りを表しつつ、ロピアス兵の腕を掴みあげた。

 

「その人は俺の連れなんだ、許してやってくれないか」

 

「ッアルス!」

 

ルーシェは顔を輝かせた。しかしアルスの表情は変わらない。

 

「ルーシェもあまり面倒ごとに首を突っ込むんじゃない。こうなったのがいい例だろう」

 

「……で、でも……」

 

ルーシェは目を伏せた。

 

「な、なんだこいつ……!?全然剥がれねぇっ!」

 

「…………っ!」

 

少女はその隙に素早く立ち上がり、アルスの後ろの影に隠れた。

 

「お兄ちゃんありがとう……!」

 

「……あぁ」

 

アルスは一応の意味を込めて小さく返事をした。ルーシェがもう大丈夫だよ、と意味を込めて少女にウインクをすると、少女の顔がパァっと明るくなる。

 

「頼む。見逃してくれ。事を荒げたくはない」

 

「あぁっ!?んな事言ってんだったらこの手を離せって言ってん……!」

 

ロピアス兵が言い終わらないうちに、街中に突如鐘の音が鳴り響いた。

 

「空襲!空襲だー!!セフカAS3がくるぞー!!!逃げろー!!」

 

サイレンの音と共にけたたましい放送が聞こえた。セーレル広場にいた一般市民は逃げ惑っている。ロピアス兵達は血相を変えた。

 

「何だと……!?まずい!おいお前ら!行くぞ!召集がかかっているはずだ!早く行かねーと教官にシメられちまう!」

 

「あっ、ああ!」

 

ロピアス兵は慌ただしい様子でセーレル広場を後にした。

 

「空襲………!?」

 

ルーシェは震えた声で言った。すると何かものすごい轟音が空から聞こえた。空に黒い影が走り、何機もやってきていた。アルスはそれを見て改めてここが過去なのだと思い知った。

 

「空襲…!スヴィエートの戦闘機セフカAS3だ!ルーシェ!逃げるぞ!ここにいたら危ない!君も早く避難するんだ!お母さんかお父さんのところへ!いいね!?おい、行くぞルーシェ!とりあえずさっきの大聖堂に戻るぞ!」

 

「あ……ま……まっ……」

 

アルス膝にしがみついてた少女を剥がし、強い口調で言い聞かせた。早口でまくし立てるアルスに少女は何か言いたげだった。アルスはルーシェの手を引き仲間達の元に行き、セーレル広場を後にしようとしたが、

 

「青のお兄ちゃん!オレンジのお姉ちゃんっ!」

 

「っ!?」

 

ルーシェがアルスに手を引かれながらも振り返ると少女は一般市民の波にもまれていた。

 

「お兄ちゃんっ!お姉ちゃんっ!うわぁっ!」

 

「あの子!何してるの!?」

 

少女は人の流れに逆走していた。こちらに向かって来ている。しかし背が小さい為、少女は人の流れに逆らえず蹴られて地面に倒れた。このままでは、大勢の人に踏みつぶされて死んでしまう!

 

「っ!!」

 

「っ、おい!ルーシェッ!!ルーシェ!戻って来い!!ルーシェ!」

 

ルーシェはアルスの手を離すと少女の方へ走った。自分が危険に合うのも顧みず人の足から身を呈して守る。ルーシェは少女を起こし、手を引き人の流れから辛くも脱出した。

 

「オレンジのお姉ちゃん……!あのねっ!……」

 

少女は手をひかれ走り、喋るがうまく言葉にできない。

 

「何で僕達を追いかけて来たんですか!?逃げなきゃダメでしょう!?」

 

ルーシェは仲間の元に戻った。そこにいたノインは少女を叱った。

 

「でもっ、でも!!こっち!!こっちにね!あっちの避難所はすぐいっぱいになっちゃうし、大聖堂は宗教の人でいっぱいになって追い出されちゃう!!私の秘密基地に案内するから、ついて来て!」

 

少女は走り出した。アルス達は、緊迫したこの状況で判断している暇はなかった。赤い髪の笛吹きの少女を追って、走り出した。



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クラリス

少女に連れられやって来たのは細い路地。薄暗くお世辞にも綺麗とは言えない裏通りを駆け抜け少女はとある四角形のゴミ箱の前で足を止めた。

 

「ここ、この下!」

 

少女はそのゴミ箱に手を掛けると精一杯押した。ゴミ箱が退かされるとその下には鉄格子の扉があった。

 

「うりゃっ!」

 

少女はゴミ箱の裏に取り付けてあるバールを用い、テコの原理を利用して重たい鉄格子の扉をあけた。そこには梯子が下まで続いていた。

 

「さぁ降りて!早く早く!意外と中は広いから大丈夫!」

 

アルス達は考えている暇もなくその中に入った。

 

 

 

「はぁ……、た、助かった…!」

 

フィルは梯子を降り終わるとぺたんと床に座り込んだ。

 

「ここは……いわゆる防空壕ですね」

 

ノインが辺りを見回して言った。

 

「この前偶然見つけたんだ。誰にも使われてなかったから、私の秘密基地になってる」

 

「きっと誰かが作ったんでしょうけど、忘れ去られてしまったんでしょうね」

 

ロダリアが言った。少女はランプに明かりを灯した。言っていたとおり、意外と広いようだ。

 

「ありがとうね、わざわざ連れてきてくれて。そういえば、まだお名前聞いてなかったね。なんて名前なの?」

 

ルーシェはしゃがんで少女の目線に合わせ話しかけた。

 

「私はクラリス。クラリス・レガート」

 

「クラリスか。俺からも礼を言う。ありがとう、そうだ。チョコ食べるか?」

 

アルスは列車の車内販売で購入したチョコレートを差し出した。乗っているとき小腹がすいた時用にと思っていたが、ルーシェとカヤと話しているうちに食べるのを忘れていたのだ。

 

「え!?いいの?そんな高い食べ物っ!?」

 

「大丈夫だよ。ほら」

 

「やったぁ!!」

 

アルスはチョコの包み紙を剥がし、丸いチョコレートをクラリスに差し出した。クラリスは嬉しそうに笑い大きく口を開けた。

 

「口に放り込んで!はい、あーん!」

 

「…え、あぁ、はいはい。あーん」

 

アルスは一瞬呆気に取られたが、素直にクラリスの口に入れてあげた。クラリスはチョコが口の中に入ったと分かると、頬をあげて幸せそうに笑った。

 

「んむむ〜!おいしい!!」

 

「それはよかった」

 

アルスはフッと笑いクラリスの頭を撫でた。すると少女の頬がほんのり赤く染まった。しかしアルスはハッとして撫でるのをすぐにやめた。

 

(まずい、過去に干渉しすぎてる…!いくら少女と言えど、ロクな事が起こらないという保証はどこにもない!)

 

アルスの思いをよそにクラリスは弾けるような笑顔で、

 

「ありがとう!!」

 

と言った。アルスはビクッと肩を揺らし、とりあえず返事はした。

 

「あ、あぁ」

 

「お姉ちゃんとお兄ちゃんの名前は?」

 

「私はルーシェだよ」

 

「俺はアルス」

 

「オレンジのお姉ちゃんはルーシェ…。青のお兄ちゃんがアルス……。えっと、他の皆は?」

 

クラリスに聞かれ、皆自己紹介をした。フィルは唯一年下であるクラリスを物珍しく見つめていた。皆が自己紹介し終わるが、フィルはノインの後ろに隠れ、じりじりと顔を出した。

 

「お、おぉう……。クラリス……。おいオマエいくつだ?」

 

「7才!」

 

クラリスは元気に言った。フィルはそれを聞くとパァっと顔を輝かせた。

 

「小生より年下だ!クラリス、小生の事をお姉ちゃんと呼んでもよいのだぞ」

 

「うん!小生お姉ちゃん!」

 

「違う!小生の名前はフィルだ!」

 

「……?何でー?小生なのにフィル?へんなのー!?」

 

「変じゃない!変なのはお前だ!小生は一人称の事だぞ!」

 

「イチニンショウ?」

 

「むぅ……分からんか」

 

「むずいことわかんない……」

 

「うぎぎ………」

 

フィルはどうしてとお姉ちゃんと呼ばれたいようだ。

 

「ん?オマエその膝はどうした」

 

フィルはクラリスの膝を指さした。クラリスの膝からは血が出ており、脛にも痣や擦り傷がある。

 

「転んだ!あと蹴られた!あとふっ飛ばされた!」

 

「………痛くないのか?」

 

「いたいよ!でもヘイキ!クラリスは泣かないよ!お姉ちゃんだもん!」

 

「む?どうゆうことだ?小生の方が年上だぞ!」

 

「ちがうよー!弟がいるんだよ!5才の!体が弱いから、私が守ってあげてるんだよ!お姉ちゃんだもん!」

 

「そう、なのか。姉弟か………」

 

フィルは羨ましそうな目でしばらくクラリスを見たが、ルーシェによって遮られた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「いたいのいたいのとんでいけー!」

 

ルーシェはクラリスの膝に手をかざすと治癒術をかけた。すると一瞬で傷が治っていく。

 

「うわぁああ!すごい!いたくない!」

 

「えへへ、どう?」

 

「いたいのどこいったの!?」

 

「え?えーっと………?」

 

キラキラした目で見つめてくるクラリスにいたたまれないルーシェは咄嗟に思いついたクラリスにも分かる。むしろすごく分かり易いことを言った。

 

「いたいのはアルスお兄さんにいったんだよ!」

 

「えっ!?」

 

突然話をふられアルスはルーシェを見た。彼女の視線が言っている。ひしひしと伝えている。

 

(痛いふりして!!早く!!)

 

「う、うわー、足が急に痛いー」

 

アルスはしゃがみこんで足を抑えた。棒読みである。

 

「ハッ!オイオイ大将!大根役者すぎんよ~!」

 

「チッ……クラリス、痛いのはガットに飛んでいったぞ」

 

「は!?」

 

アルスはしてやったという顔でガットを見た。

 

「ホント!?」

 

ガットはアルスを睨み返した。クラリスが期待の眼差しで見てくる。

 

「ぐ、グァアアアアアアア!あっ、足がァっ!俺の足がぁ!」

 

ガットは倒れ込んだ。アルスのと違って迫真の演技である。

 

「すごい!お姉ちゃん!いたくない!ぜんぶあっちいった!」

 

「そ、そうだねぇ〜あはは…」

 

ルーシェはクラリスの体にある痛々しい傷を次々と直してあげた。

 

「ホギャー!!僕の足が腐るー!ついに腐ってしまうー!!」

 

「いだだだだただ!!ラオさん!僕に移さないでくださいよ!」

 

ガットからラオへ、そしてノインへ痛みが伝染したのは言うまでもない。

 

 

 

傷の治療が終わると、クラリスは大きな声で言った。

 

「そうだ!ねぇルーシェ姉ちゃん!それで弟のロイといたいのぜんぶクラリスに移して!」

 

「え、え?」

 

「クラリスは、どんなに痛くても泣かないから!お願い!それ使えば、他の人にいたいの移せるんでしょ!?」

 

クラリスは男性陣を指さして言った。

 

「え、え〜?でもこの力はなんか、えー、えーと、そう!使うのはすごく〜、うーんと、すごく〜、大変で!ね!?と、とにかく大変なの!」

 

「あのね!クラリスの貯めたお金全部!全部全部払うから!それでお願い!」

 

クラリスはダンボールの中から缶を取り出すと蓋を開け中身を床にぶちまけた。小銭ばかりだ。しかし、7才の貯金にしてはかなり貯めた方だろう。

 

「ずっと地道にやってきて、この前やっと3000ガルド超えたの!それでも足りないなら、働く!お姉ちゃんの大変さを埋めるまで!ずっとずっと働く!」

 

クラリスはルーシェの服を掴んで揺らし、懇願した。

 

「クラリスちゃん………でも」

 

「お願い!一生のお願い!ホントのホントだから!死ぬまで働くから!お願いします!お願いします!体の弱い、私の弟の病気を私に移して!無理なら半分でいいから!そしたらロイは死ななくてすむから!ね!半分だけでいいから!いや、半分でも足りなかったら、もうクラリスと引換にしてロイを助けてよ!お願いだよ!ねぇ!お姉ちゃん!ロイが死んじゃうんだよ!」

 

「ク、クラリスちゃん……」

 

クラリスは必死に頭を下げ、ルーシェに泣きついた。ルーシェはこのような光景を前にも見たことがあった。下町で似たような事があったのだ。

 

「………………うん、分かった、はぁ」

 

ついに根負けし、承諾した。彼女にもある思いがあったのだ。ルーシェは息をつくと、目をつぶり下町の思い出を頭から無くそうと努める。

 

(昔まんまこれと似たような事があって私は女将にキツく言われて、結局治癒術をやらなかった。結果その人の命は……)

 

アルスは慌ててルーシェをクラリスから引きはがし小声で耳打ちする。

 

「馬鹿!何言ってるんだ俺達はそんな事をしにきたわけじゃない!」

 

「でもアルス、このクラリスって子が居なかったら空襲逃れるためにどこ行くあてもなく、もしかしたら最終的に死んでたかもしれないんだよ?」

 

「……それはそうかもしれないが……とにかく!皆もよく聞いてくれ」

 

アルスはイライラして言った。

 

「アルスお兄ちゃん……?」

 

クラリスが取り乱したアルスの様子を見て怯えた。

 

「首都フォルクスに属するハイルカーク地区で空襲が起きたということは、もうロピアスの制空権がほぼスヴィエートにあると言っていい!つまり、あの海洋都市ラメントがスヴィエートによって陥落しているという事だ!これは第2次世界対戦末期の史実だ」

 

「……ラメント陥落…。ああ、なるほど」

 

ロダリアは気づいたようだった。

 

「そう、いつスヴィエートがロピアス首都に直接攻め込んできてもおかしくない!歴史的にはそうなっているんだ!ラメントが陥落した事によって物資の流通が劇的に滞る。ロピアス軍はラメント奪還を何度も試みたが、全て失敗に終わっている。奪還を諦めたロピアス政府はラメントを見捨て、残った物資でロピアス空軍精鋭を集めた特別部隊を編成してスヴィエート軍に戦闘機で爆撃奇襲を仕掛ける。だがしかし逆に待ち伏せされて、ロピアス空軍は壊滅させられる」

 

「ロピアスくうぐん?パパの……?」

 

クラリスがぽつりと呟いた。

 

「あ、アタシ知ってるそれ。有名なやつだよね。リュート・シチートでしょ?」

 

カヤが言った。

 

「あぁ、そうだ。つまり何が言いたいのかというと、時間がないんだ!スヴィエートがロピアス本土に駐留しているということは、今、まさにこの時期にロピアスからマクスウェルがいなくなったと言ってもいい!時系列的にはこの後リュート・シチートが起こる…!だから俺達は一刻も早くスヴィエートに行って真相を確かめなきゃいけない!さっさとここを抜けて、スヴィエートに渡る手段を考えなきゃいけないんだ!」

 

「でもアルス!この子は私達を…!」

 

「クロノスが言っていただろう!!安易に過去に関わってはいけないと…!」

 

「聞いてアルス、でもね…」

 

「でもでもでもでもって!!君はいつもそうだ!またどうでもいい事に首をつっこんで!!」

 

イライラが最高値に達した瞬間だった。アルスは今、どうでもいいと言った。これは語弊がある言い方だったと後悔するが、感情が高ぶってそれに気づいたのはもっと後だった。

 

「どうでもいい……?クラリスちゃんことが?危篤の弟のロイ君が?ふざけないで!!たとえここが過去だとしても目の前の救える命を見捨てる程、私は周りが見えていない愚かな人にはなれない!」

 

「………何だって?」

 

アルスは耳を疑った。今までにない、ルーシェを憎む気持ちが膨れあがった。

 

「今は戦争時代だぞ!周りが見えていないはどっちだ!?」

 

「分かってるけど!でもクラリスちゃんは命の恩人でしょ!?私達の事を危険を顧みず助けてくれた!」

 

「それはクラリスが勝手にやった事だ!俺は頼んだ覚えはない!今やるべき事を見失うなと言ってるんだ!」

 

「勝手にって!いくらなんでもそれはないでしょ!?」

 

「ちょ、ちょっとお2人共……!?」

 

ノインが仲裁に入ろうとしたが、収まることはなかった。

 

「おいおい、こんな時に喧嘩かよ…?」

 

ガットは頭を掻きやれやれと下を向いた。アルスの言い分も、ルーシェの言い分も、理にかなっているとは言える。しかし、このような状況ではどちらか正しいのかそれは他の皆は分からず呆然と2人を見ていた。ここまで声を荒らげる2人は初めてだった。驚きを隠せない。

 

「私は!私は!今やるべきことはクラリスちゃんの事だと思ってる!アルスには分からない!私はいつも下町で見てきた!命の尊さ…!人の命はどうでもよくなんかない!1番大切なものだよ!」

 

「そんな事は分かってる!俺に説教でもしているつもりか!?」

 

2人の言い合いは各々の私情も混ざり合い、エスカレートしていた。関係ない話までもつれ始めているのだ。

 

「説教?うん、そうだよ!!目的の為に人間としての道徳的な要素を失ってる!」

 

それは売り言葉に買い言葉だった。

 

「道徳的…?失う?君は何を言っているんだか……!」

 

「私は、アルスがそんなんじゃまた女将が言ってたみたいな…昔の…」

 

その言葉の瞬間、ピクリとアルスの肩が揺れた。

 

「……っ!それは関係ないだろ!!!」

 

気付いたら怒鳴っていた。

 

「ひっ…!」

 

アルスがここ一番で、大きな声で怒鳴った。ルーシェは思わずたじろいだ。皆も目を見張った。幼いクラリスはアルスの怒鳴り声に恐怖を感じ涙を浮かべている。そして震えた声で言った。

 

「うっ…ひぐっ、ごめんなっ、ごめんなさいぃ……」

 

2人はそこでハッとした。発端は確かにクラリスの事だったが流石にこれはまずいと思ったアルスは慌てて謝る。

 

「あ、ご、ごめん!ごめんなクラリス…。違うんだ……、これはその、えっと…」

 

「クラリスちゃん!ビックリさせてごめんね!もう大丈夫だよ…?」

 

「う、うぇ、ひっぐ、あのね、お兄ちゃんさっきロピアスくうぐん、って言ってたよね…?」

 

「あっ?ああ。言ったかもしれないな、でも忘れてくれ。アレは君には関係ないことだよ、ハハ……」

 

アルスは乾いた笑いを発した。こんな幼い子の前ではあるがペラペラとこれから起こる歴史を喋ってしまった事を後悔する。しかし、

 

「クラリスのお父さんは、くうぐんなんだよ。この前夜に、おしっこ行きたくなっちゃっておトイレ行ったらお母さんとお父さんが話してるのを聞いちゃったの。大きな作戦が始まろうとしているんだって」

 

アルスは目を見開いて驚いた。これは偶然なのか、運命なのか。アルスはこれはまたとないチャンスだと悟った。

 

「……!君のお父さんはロピアス空軍なのか…!そしたら、もしかするとこの先…!」

 

しかし、葛藤が入った。何を思っているんだ自分は。7才の健気な少女を利用するなんて、それは……。

 

そこにロダリアがアルスに耳打ちした。誰にも聞こえないように、さり気なく皆から遠ざけて、

 

「アルス、あなたの言い分も大いに分かります。しかし逆にこう考えられませんか?私達が行った事が、最終的に正しい未来となり、私達がいた現代に繋がっているのだと」

 

「そ、それは…………」

 

アルスは何も言えなくなった。そんな事は人間の自分には分からない。慎重に物事を進めるのは、性分だったが、いざこんな状況にもなるとそんな事も言ってられない。答えなど、誰にも分からないのだ。

 

「どうです?クラリスを利用する手の他、この先の道はないと思うのですが、私は……。あぁ、勿論、リーダーは貴方ですからね?これは聞き流してしまっても良いのですわよ?私は貴方について行きますわ?どんな道であろうとも、フフフ。でもルーシェも酷いですわねぇ、心の内ではあんな風に貴方の事を思っていただなんて……。きっと、もっともっと、不満があるのでしょうね?」

 

「やっ、やめろ……!」

 

アルスは咄嗟にそう言ったが、ロダリアは容赦なく続けて言葉を並べる。それは過去に様々なコンプレックスがあるアルスにとって、最も聞きたくない、嫌な言葉だ。

 

「────────昔と、比べて?

 

あぁ、アルス、可哀相に…。人間として、道徳的な事を失いかけて……。でも、それでいいじゃありませんか?」

 

「なっ……………!!」

 

ロダリアはゾッとするような、悪魔の囁きをアルスに耳打ちをする。アルスはまるで言い聞かされた子供のように、ロダリアの言う事に納得してしまった。

 

「俺は、俺は…!クラリスを利用だなんて…!?」

 

「あら、貴方の父親なら迷わずそうした筈ですわ?本当は分かっているのでしょう?自分がどうするべきか。先代フレーリット陛下ならそうしたのではなくて?」

 

「それは、それは……!」

 

「決断できませんか…、はぁ……アルス。貴方にはガッカリですわ。やはり父親が偉大過ぎたのですね。無理もありません。スミラの件もありましたからね。今の貴方には荷が重すぎ……」

 

「ま、待て!待ってくれ…!」

 

早口でまくし立てるとアルスは焦ったように言い返した。そして、下をうつむいて、目を泳がす。

 

「ルーシェの言ったことも、道理なのでしょうね?しかし皇帝として時にはそうしなくてはいけない選択というのも、あるでしょうに?ルーシェにはそれが認められないのです…。所詮、相容れないのですよ…、彼女は貧民、かたや貴方はスヴィエートの皇帝……。考えが違うのは言うまでもない。あれが彼女の本音なのですよ……」

 

「やめろ……!やめろもうそれ以上は言うな!」

 

「あら、失礼?でも私、間違った事、言いまして?」

 

「………!」

 

アルスは頭を抱えて苦しそうにうめいた。ロダリアはそのアルスの様子に薄笑いを浮かべると、満足そうにアルスから離れる。

 

(フフッ、恐らくルーシェはフレーリットの事を言ったのではないのでしょうね……。女将が言う昔の……という事は、恐らく闇皇帝ツァーゼルの事でしょうかねぇ……?私としてはアルスがそれに対して自分の父親の事だと勘違いしてくれた事で、上手くいくわけですが……。感情が高ぶって、冷静ではいられなかったようですわね。その点を見ると、彼はまだまだ青いですわね。ま、アルスとルーシェの2人の間に亀裂が入った事は確実ですわ。想定外でしたが、これはこれで結果オーライでしょう)

 

ロダリアにはハッキリと分かっていた。アルスの悩み、弱点、葛藤。

 

フレーリットの息子として宿命か、そう。必ず比べられるのだ。偉大だった父親と。そして弱点。それは裏切り者としての名高い母親スミラの事だ。もうこの件については、アルスにとって名前が出るだけで動揺が走るワードである。

 

葛藤…。父を尊敬はしてはいるが、彼のやったように非道になりきれない自分。しかしそれが不甲斐なさとして自らの重荷と姿を変える。

 

「私も過去のスヴィエートの皇帝に、貴方の父親に会って確認しなければならない事があるのでしてねぇ…、ウフフ」

 

その彼女の小さな企ての呟きは、誰の耳に入らなかったが。

 

「あの、ロダリアさん……?」

 

痺れを切らしたルーシェが釘を刺す。

 

「あぁ、申し訳ありません。少し、この時代のことで聞きたい事を聞いていたのです。ほら、いくら幼子の前と言えども、ね?」

 

「は、はぁ…」

 

引き下がるルーシェだが、ガットは疑った。

 

「ホントかよ?」

 

「ホントですわ?あらガット、私が嘘をつく人間に見えて?」

 

「そーゆーとこが余計に胡散臭いんだっつーの!」

 

「心外ですわ。このような喋り方なのですわ、許してくださいまし?」

 

「ケッ、で?アルス?おい、どうしたんだ?」

 

ガットはアルスの様子を伺ったが、酷く動揺している。同じく怪訝に思ったラオも言う。

 

「ネェロダリア、彼に何言ったの?」

 

「アドバイスですわ」

 

「アドバイス?」

 

「嘘はついてませんよ?これは本当に」

 

「じゃあさっきは嘘ついた、って事なの?」

 

「…………さぁ?どうでしょう?ご想像にお任せしますわ。でも、嘘はついてませんよ?フフフ…」

 

彼らをよそに、アルスは目を閉じた。そしてしばらくして決心したように瞳を開いた。その目は、酷く冷たかった。

 

 

 

ルーシェはアルスに近づき、心配そうに肩に触れた。

 

「ア、アルス……?」

 

「……」

 

「え?あ、ちょっ…?」

 

アルスはルーシェのその腕を振り払った─────。

 

ルーシェは突然のその行為に立ち尽くしてしまった。まるで自分が今、いないような、存在しないような。そんな扱いを感じるように思えた。そして極めつけのアルスの目が、心なしか、いや。まるで全く相手されていないかのような、そんな目だった。

 

アルスはクラリスの元へと駆け寄った。そしてしゃがみ、目線を合わせて言った。顔は笑ってはいるが、目は笑っていない。

 

「クラリス、さっきはすまなかった。俺が悪かったんだ。許してくれ」

 

さっきとは比べ物にならない程の優しい声で言った。クラリスはその様子に安心し、笑って言った。

 

「ゆるすー!お兄ちゃんとお姉ちゃん、仲直りしたの?」

 

「あぁ。─────それより、君の弟、ロイの所に案内してくれ。君達を助けたい、そうだろう?ルーシェ?」

 

アルスは振り返りもせずルーシェへと言葉を投げかけた。

 

「えっ?あっ、う、うん」

 

ルーシェは素直に返事をしたが、アルスに感じる違和感は拭えない。

 

「ほら、仲直りだ」

 

「………なんかおかしくない?」

 

「おかしくないよ」

 

「そう?」

 

「そうだよ」

 

「ふーん、まぁいっか!」

 

淡々と返すアルスに若干の違和感を覚えるクラリスだが、弟の危機を救えると思うと今すぐにでも案内したい。その気持ちの方が優先した。

 

「わかった!じゃあ今すぐ案内する!来てきて!小生お姉ちゃん!」

 

「フィルお姉ちゃんと呼べ!」

 

クラリスはフィルの手を掴むと防空壕の出口へと走っていった。

 

「ほらノインも!」

 

「わっ、フィル!」

 

「さぁ、ガット、ラオ」

 

ロダリアが梯子の前で止まり、皆を促した。

 

「あ、ああ、っていいのか?これで?なんか、変じゃねぇか?特にアルス…」

 

「アルスー!行っていいのー?」

 

カヤが聞いた。その問いにアルスはまた淡々と返す。

 

「ああ、先行ってくれ」

 

「わかったー」

 

「カヤも、早く行きますわよ、事を急ぎますわ」

 

「……オッケー」

 

ガット、ラオ、カヤ3人達は不安げに後ろを振り返る。残されたのはルーシェとアルスだった。しかしロダリアに急かされ、梯子を登って行った。

 

「あ、あの、アルス……、さっきは、ごめ……」

 

「ああ、いいよ、そんな事は」

 

「えっ、えっ?」

 

ルーシェは困惑した。遮られる様に重ねられた声は酷く乾いていて、冷たくて。

 

「君が俺の事をどう思っているかはっきり分かった」

 

「へ?アルス……?何言って…?」

 

「本音が聞けて逆によかったよ。所詮君も、俺と父を比べるんだな、って」

 

「え?父?何?何のこと……?」

 

ルーシェとしてはかなり心外な発言だった。彼女は、アルスの事を思っているからこそさっきの事を言ったのだ。

 

(わ、私はあの思想が、昔の闇皇帝として名高かった身勝手で恐怖政治のツァーゼル政権のようになっては欲しくないって言おうと…!)

 

「人間としての、道徳的な事を皇帝である俺に説いてくれて、どうもありがとう。貧民のルーシェさん」

 

「──────っは………!?」

 

痛烈に皮肉めいたアルスの言葉に、ルーシェは絶句した。アルスがこんな事を言うだなんて信じられなかった。

 

「俺は先に行くから、早く君も来るんだ」

 

「い、今、何て………!?」

 

「仲直りはしないよ。だけど、君がいないとロイの件、進まないからね」

 

「アルス………!待って!?勘違いしてる!違う、違うの!私が言おうとした昔って、そうゆうことじゃなくて」

 

「何も聞きたくないよ。君の声すらも」

 

アルスはその言葉を無理やり遮って背を向けた。そして早々に歩き出した。

 

「アルス!!違う、違うよ待って、ねぇ待ってよ!!アルスってば!」

 

ルーシェが必死で手を伸ばしたが、空を切った。とてつもない事が起きてしまった。

 

「そ、そんな。待ってよこんな事って…!」

 

ルーシェは膝から崩れ落ち、泣き崩れた。

 

アルスも気づいていなかった。本当の自分をルーシェに見てもらいたいのに。知らずうち、今振る舞っているこの自分は、興味がない、他人には全く無関心な父であるフレーリットそっくりである事に。ルーシェに対する姿勢がまさにそれであった。

 

それは、ひどく滑稽だった。

 

誤解が、誤解を産み、ロダリアがそこに絡み、簡単に戻せない関係までこじれてしまった。2人の間に深い亀裂が刻み込まれた。




主人公とヒロインのすれ違いによる喧嘩はあるあるですね


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ロイ

アルス達はクラリスに案内された家へと向かった。道中の彼女の話によると、クラリスは元々ポワリオ出身だったらしい。

 

「ポワリオ?学芸都市の?」

 

ノインが言った。

 

「うん、でもロイの病気が悪くなって、好いお医者さんに見せるためにってのと、疎開先にハイルカークに引越ししてきたんだよ」

 

「……その疎開先も、今はそうではないようですけれど」

 

「ロイの病気も治らないし、家はますますビンボーになるばかりだし、ハイルカーク、クラリス嫌い!」

 

クラリスは「ぶー!」と言い、頬をふくらませた。

 

「ノイン、学芸都市ってナニ?」

 

ラオが訪ねた。

 

「ああ、ハイルカークの隣の地区ですよ。学芸都市と呼ばれるように、音楽ホールや大きな博物館、美術館などが多々あって、大学も沢山あるんです。美術系や、考古学、音楽。偉人達の多くが卒業したというポワリオ大学っていう大きな大学があるんです」

 

「ヘェ~、そうなんだ」

 

「まぁ、ポワリオには今まさにスヴィエートに占領されているラメントへの鉄道が通っているから、無理もありませんね」

 

「あ、そういえばそうだったネ。前にラメント行った時、乗り換えの駅だったあそこがポワリオってとこだったな。乗り換えただけだから、チラっと見ただけだけどネ」

 

「逆にハイルカークは技術系や医療、エヴィ研究が盛んなんです。ロピアスは地区ごとにそれぞれ特徴があるんですよ。フォルクス駅は、文字通りロピアス城があった、まさに大都市。一番栄えている言えるでしょう。フォルクス、ハイルカーク、ポワリオ、ミガンシェ、アンジエって5つ大陸を横断するように鉄道が走ってるんですよ」

 

「ほえー、ミガンシェって?」

 

「所謂田舎の農業地区デネスへの鉄道が通っていますね。デネスには2つの路線が繋がってて、フォルクス行きと、ミガンシェ行きがあるんです。農作物を首都のフォルクスに、そして輸入先のアジェスへ、って感じですね。ミガンシェは、確か様々なエヴィ結晶が摂れるって言われてるとこが有名だったような…、あれ、名前なんだったっけ……?」

 

「そんな話どーでもいいのー!でね!でね!ポワリオーっていうのはー、クラリスも前そこに住んでてねー、音楽がいちばんすきー!!」

 

クラリスはノインの話を遮り、大きな声で言った。大げさに身振り手振りを使い、音楽が好きというのが嫌でも伝わってくる。

 

「でもルーシェお姉ちゃんもすきー!」

 

クラリスはルーシェの足に抱き着いた。

 

「ねー!」

 

「……………」

 

「ルーシェお姉ちゃん?」

 

「………えっ?あっ、何?」

 

遠くを見つめていたルーシェはハッとして足元のクラリスを見る。

 

「お姉ちゃんの事クラリス大好きだよ!」

 

「クラリスちゃん……、ありがとう……」

 

ルーシェは思わず涙ぐんだ。クラリスに注意を向けるまでは、ずっと、ずっとアルスの事を見ていた。だが、アルスと少しでも目が合いそうになったり、顔が見られそうになったりすると、素早く背けた。だから今のクラリスの存在は救いだった。

 

(ダメだ、私!こんなんじゃカヤに怪しまれちゃう……。いや、カヤどころか、皆にまで!そんな事になったら、気まずいっていうレベルじゃすまなくなっちゃうよ……!私が治癒術使える大黒柱なんだから、しっかりしないと……!私がしっかりしないと……!皆の命を危険に晒しちゃう!)

 

ルーシェは必死に頭からなくそうとした。アルスとの先程の出来事を思い出すだけで、頭がガンガンと痛み出す。どうしてあんなことになってしまったんだろう、どうしてこうなってしまったんだろう、と。しかし、そんな事で頭がいっぱいになってしまったら、いざという時な怖い。自分の存在は、この仲間達にとって、なくてはならない存在。そう言い聞かせるが、それを発言したのは皮肉にもアルスだった。

 

スヴィエート城で自分を引き止め、また一緒にいることができた。それなのに、それなのに、自分で自分の首を絞めるとは。

 

(なんて情けないんだろ、なんて私はバカなんだろ…)

 

「クラリス、進行方向はこっちで合っているのか?」

 

アルスが自分の足元のクラリスを

見た。ルーシェはアルスの顔を見ないように、必死に前髪をいじり、何でもないようなフリをした。最も、アルスの眼中にルーシェは最初からいないも同然なのだが。

 

「あ!見えた!あれあれ!」

 

「よし、行くぞ」

 

(アルス………。貴方が本当の意味で遠い……。皇帝とかそんなんじゃなくて心からそう感じる。悲しい、悲しい、ごめんなさい、でも、許してもらえない。私の声はもう、貴方には届かないの…?)

 

 

 

クラリスの家に着くと、メイドの1人、茶髪の髪を揺らすハンナが出迎えた。聞けば彼女は住み込みで働いているらしく。もう行く宛もないため、雇ってくれるレガート家に居候しながらも働いているらしい。

 

「お帰りなさいませ、クラリス様」

 

「うー、ごめんハンナ。きゅーりょー払えなくて………」

 

「何を言ってるんですか!7才の子供が、全くマセちゃって。私はここに居られるだけで、幸せなのです。あぁ、でも今日のロイ様はあまりお体のご様子は良くないようです。ですが旦那様は、ここ1週間は自宅待機だと軍から仰せつかって側にいらっしゃ……」

 

「パパも来てるの!?ほんと!?ロイを治してくれるんだよ!!皆こっち!!早く早く!!」

 

クラリスは喜びのあまり叫び出した。

 

「クラリス様!待ってください!あの、こちらの方は……?」

 

クラリスはハンナの静止を聞かず、走りながら言う。

 

「ロイを治してくれる凄腕のお医者さんだよ!」

 

「えっ、ええっ!?」

 

ハンナは口にてを当てて驚いた。

 

「クラリスちゃん……まだ、治せるかは確信が……」

 

「こちらです!あぁ、有難うございます!」

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

ハンナはルーシェの手を掴むとクラリスの後を追いかけた。

 

「騒がしいなオイ」

 

「落ち着きのない連中だ、小生に合わん」

 

「1番よく合うでしょうに……」

 

「お姉ちゃんって呼ばれたがってたの誰だっけネ?」

 

「いいから、早くルーシェ達追いかけるよ!」

 

カヤに続き、皆部屋に行った。部屋には、金髪の母親と思われる人物、赤髪の父親と思われる人物、クラリス、ハンナ。そしてベットにはクラリスの弟だというロイ座っていた。クラリスと同じ赤髪で、よく似ている姉弟だ。

 

「騒がしいな、一体なんだクラリス?」

 

父親らしき人物がドアに目を向けて言った。

 

「………姉ちゃん?」

 

ロイが弱々しい声で言った。顔色は悪かった。

 

「ロイ!あのねあのね!ロイの病気ね!?このルーシェお姉ちゃん治してくれるかもしれないんだよ!」

 

「なんですって!?それは本当なのクラリス!?」

 

クラリスの母親と思われる人物が顔を輝かせて言った。

 

「もしできなくても、ロイの痛みをクラリスに移すこともできるんだって!」

 

「なっ、そんな力…!?一体どうやって…!」

 

クラリスの父親が言った。彼はルーシェを見たて言った。

 

「貴方が、ルーシェさん?」

 

「はい…」

 

静かにルーシェは答える。

 

「わ、私はクラリスの父セドリックだ、こっちは妻のソランジュだ」

 

ソランジュが一礼した。

 

「息子を、ロイを頼む……!」

 

セドリックはルーシェの両手をしっかりと握り、言った。

 

「で、出来る限りの事は……」

 

ルーシェもこんなに期待されるなんて思ってもいなかった。これは何がなんでも成功させなければならない、とプレッシャーがのしかかる。ふーっと息を吐き、ロイの元へいく。

 

「ロイ君、えっと、私はルーシェって言います。よろしくね」

 

「うん!よろしくねルーシェお姉ちゃん!」

 

「よし、じゃあ早速、だけどどこらへんが痛いのかな?」

 

「胸が痛いんだ。時々咳が止まらなくてげほげほなる。とってもつらいよ」

 

「んー、分かった。やってみるね。じっとしてて?」

 

ルーシェの手がベットに横たわるロイの上に重なった。その様子をアルスは冷ややかな目で見ていた。

 

(本当に治るのか………?)

 

しかし、それは杞憂に終わった。ルーシェの力は想像をはるかに超えていたと言えるだろう。かざした手から暖かな光が発せられ、ロイの胸に吸い込まれていく。まるで、彼女が新たな命を作り出し、それを与えているかのように思えた。不思議な力の空気が部屋全体を支配し、神秘的な雰囲気に包まれた。

 

「う…わ…!こ、これは凄い……!」

 

セドリックは感嘆の声を漏らした。妻のソランジュも息をのみ、その光景を見つめた。

 

「ど、どうかな?」

 

パッと手を離し、ルーシェが恐る恐る話しかける。ロイの顔色は劇的に良くなっている。

 

「すごい!なんか!なんかね!!胸のもやもやが全部取れたよ!?こんな感覚僕生まれて初めてだ!」

 

「やっぱり!ルーシェお姉ちゃんはすごい!ありがとう!」

 

クラリスはルーシェの足に抱きついた。ルーシェはクラリスに目線を合わせた。

 

「上手くいってよかった…!」

 

カヤもルーシェの成功を祝った。

 

「ルーシェ!よくやったよ!スゴイよアンタ、ほんとに!」

 

その後も次々と仲間から祝福され、ルーシェは照れを隠せない。しかしアルスからは、

 

「お疲れ様」

 

淡々とそう言われただけだった。

 

「あっ…ありがとう…」

 

素直に喜べないのは、何故だろうか。声のトーンが、やはりいつもと違う。

 

「あー?アンタ何か冷たくない?」

 

「大将〜、ここは褒めてやれよ〜?」

 

「全くだ」

 

「ネェ、本当に大丈夫?」

 

「アルス君やっぱりどこか変ですよ?ルーシェさんと本当に仲直りしたんですか?」

 

カヤやガット、フィル、ラオ、ノイン。ロダリアを除く5人から、不審に思われていた。そしてルーシェに関する質問を受けるが、

 

「それは今ここで話すことじゃないだろう」

 

アルスはそれだけ言った。

 

 

 

その後、御礼の意を込めてクラリス家に泊まらせてもらうことになった。セドリックは是非御礼がしたい、と言っている。

 

「息子を治していただきまして、本当にありがとうございます。今日はもう遅いですし、泊まっていってください!感謝の気持ちでいっぱいです」

 

アルスはしめた、と思った。そう、何の為にロイの体を治したのだ。このセドリックに恩を売るために決まっている。我ながら汚いなとアルスは思った。しかし、背に腹は変えられない。

 

(それに父ならきっとこうしただろうな…)

 

そう思い、ベットの上、アルスは夢の中に落ちていった。そう、最近見ないと思っていた、あの不思議な夢の中に。



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夢の中の幸福

アルスはまた夢を見た。今度はすぐにあの例の夢だと分かった。もう段々と慣れてきたのだ。色々と推測してはみたけれど、アルスの考えはこうだった。

 

実際に過去に起きた出来事───。

 

これしか考えられなかった。そして見る夢も、視界もまたそれぞれだ。ある時は第三者だったり、またある時はその当事者自身の視点だったり。不思議なものだった。

 

目の前に、赤ん坊用のベットが映った。ある生まれて間もない赤ん坊がスヤスヤと眠っている。

 

そこから徐々に視界が開けてきた。部屋の一室だった。この部屋、見覚えがある。スヴィエート城だ。アルスはその部屋の真ん中に立っていた。人がいた。しかし自分は認識されない存在らしい。

 

「…………父さん?」

 

紫がかった黒い髪の毛、スラリと背の高い男が立っていた。それは父、フレーリットだった。机の書類を整理している。やがてそれが終わると、部屋を出ていった。

 

「父さん!」

 

いつもは父上と呼ぶのに、父さん、と呼んだ。こうして呼びたかったのだ。1度も話した事のない父親。せめて夢の中ではと、アルスはそう呼んだ。

 

場面が切り替わり、彼が部屋に帰ってきた。哺乳瓶を手に持っていた。

 

「アルス〜ご飯だよ〜」

 

アルスは目を見開いた。あの赤ん坊は自分だったのだ!

 

「いやぁ〜この前はごめんね、冷たいミルクあげちゃってさぁ……。あの後散々だったよパパ。スミラママにめっちゃ怒られちゃったよ。ミルクの温度大体体温より少し高いくらいなんだね。初めて知ったよー」

 

「うぁ〜」

 

赤ん坊がそう返すと、フレーリットはニコりと笑って、

 

「今日はちゃんと確認してきたから。っよっと」

 

そう言い、赤ん坊を抱き抱えた。ぎこちない手つきでミルクを与えた。が、赤ん坊は飲もうとしない。

 

「あれ?飲まないの?」

 

「や〜」

 

「やーじゃないよ。飲んでほら今度は大丈夫だって」

 

「ぎゃー!!」

 

「うーん、お腹減ってないのかな?」

 

仕方なく哺乳瓶を下ろすと、

 

「うぎゃぁぁいやああ!!」

 

それも嫌がった。

 

「ああもうっ!どっちなの!?」

 

アルスは思わず吹き出した。あれが自分だと分かってから少し恥ずかしいが、あの父にもこんな姿があったんだなと思うと、いささかギャップが激しくて笑える。

 

そこで場面がまた変わった。フレーリットが赤ん坊を抱き抱えある女性と話していた。その女性の顔はまだ明瞭ではない。

 

「飲まないの?」

 

「そうなんだよ」

 

「はぁ?何でよ?ちゃんとミルクあげる時間よ?アンタもしかして嫌われてんじゃないの?」

 

徐々に女性の顔が明らかになっていく。

 

「えっ、そんなぁ。あぁでもやっぱり?冷たいのあげちゃったから?」

 

「ふふっ、もしかしたら、そうかもね〜?」

 

「えー!?アルス!ごめんってばホントに〜!」

 

「ぅぎゃぁぁあああ!!!」

 

「あらあら」

 

「ひぃいいまた泣いちゃったよ!」

 

「もう、かしてほら。アンタあらゆる事が出来る器用さあるのにこれに関してはホントダメね」

 

「言い返せない………」

 

女性の顔がはっきりとアルスの瞳に写った。

 

───────スミラだった。

 

スミラとフレーリットが、仲むつまじく話している。彼女が自身の母乳を与えて、それをまじまじともの珍しそうに見るフレーリット。2人は笑いあって、目が合うとキスを交わしていた。本当に幸せそうだった。

 

一方、アルスはそれを冷めた目で見ていた。

 

(こんな幸せそうなのに、いや幸せだったのにどうして、どうして、何故?スミラ、スミラ……!裏切り者のスミラ……、お前は何故。

 

何故フレーリットを殺した──────!?)

 

 

 

「はっ!」

 

そこで目が覚めた。目に映るのはレガート家の天井。そう、自分達は今レガート邸にいるのだ。

 

「………ふん、随分幸せそうだったな」

 

子育てに奮闘する父親と、温かい目で見守る母であるスミラ。まだ朝は早かったが、隣で眠る男性陣を起こさないようにアルスは起きだし、カーテンを少しあけて窓の外を見た。

 

「っ!あれは……!」

 

見えた先、中庭ではセドリックが体操をしていた。アルスはそれを見ると、すぐに外に出た。中庭にセドリックがいた。クラリスの父親だ。

 

「おはようございます」

 

「やぁおはよう!君は確か……」

 

「アルスです」

 

「そうか、よく眠れたかね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「それは良かった。今朝日を浴びているんだよ。毎日の習慣でねー」

 

「セドリックさん」

 

「ん?何だい?」

 

「スヴィエートに渡る方法はありますか?」

 

アルスは単刀直入に言った。沈黙が流れた。セドリックは困惑した表情を浮かべた。

 

「………………。え、な、どうして?今スヴィエートに渡るなんて、一体何を考えているんだか…」

 

「いえ、俺は、スヴィエートに行かなくちゃいけないんです。どんな事があろうとも。絶対に」

 

ざわざわと木々が風に揺れた。朝の日差しが目に眩しい。セドリックはアルスの目を真っ直ぐ見つめた。

 

「………理由は?」

 

「言えません」

 

「………そうか」

 

「すみません」

 

そうだ、俺はこのためにクラリスを利用したに過ぎない。スヴィエートに行くため。彼女の弟はついでに過ぎない。所詮過去の人間なのだ、と言い聞かせる。

 

「……行けないことは、ない」

 

「それは、どうゆうことでしょうか」

 

「……はぁ。いいか、こんな事を言うのは、貴方達が息子の恩人だからだ…」

 

「…………」

 

アルスは何も言わなかった。こんな事でいちいち心を痛めてられない。

 

「……ポワリオ駐屯地の倉庫に、廃棄処分として回された旧型ミーレス輸送機がある。部品も旧型で、使えないんだ。物好きな芸術家達に売り渡すしかこの先使い道がない。しかし、旧型という事は、それほどのリスクが伴う。それに、操縦だって素人には無理だ。………そうゆうわけだ、諦めて……」

 

「……いえ、俺はある程度の飛行免許は持っています。知識も十分あります。大抵のものなら、操縦する事が可能です」

 

「正気かね!?壊れている部分だってあるんだぞ!それに、例え操縦できたとしても!気づかれたら攻撃されて木っ端微塵だ!無謀だ!無茶だ!」

 

「案内して下さい、その倉庫に」

 

「本気かね!?それにポワリオだぞ!?占領されているラメントに1番近い!あそこもいつスヴィエートに攻め込まれてもおかしくない!」

 

「本気で、言っています」

 

「………はぁ……」

 

セドリックは呆れ返ったが、ここまで言われたとなると、もう彼が引き下がるとは思えなかった。

 

「分かったよ…………」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

アルスは起きてきた仲間達に事情を話し、ハイルカークからポワリオ地区へ行きその倉庫へと向かった。いよいよこの過去に来た目的に本格的に近づいてきたのだ。

 

「一刻も早く、スヴィエー トに行かないと……!」

 

ミーレス輸送機の修理をしていたアルスは焦りの気持ちで一杯だった。



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一難去ってまた一難

「よぉ、進んでるか?」

 

ガットは荷台を載せるカートを足で引いた。しかしカートに乗っているのは荷物ではなくアルスだった。

 

「………おい、邪魔をするな」

 

「ひでぇ顔だな。初めて見たぜそんな大将の顔!」

 

アルスは不機嫌な顔でガットを睨みつけた。彼の顔は黒く薄汚れている。

 

それも何故かと言うと、ぶっ続けでミーレス輸送機の修理に取り掛かっていたからだった。その修理のためカートの上に仰向けになり機体の下に潜り込んでいたのだった。ガットに引きずり出されたが、すぐさままた機体の下にアルスは移動した。

 

「まるで整備士だな」

 

「……俺は元々こうゆう作業は好きなんだよ」

 

手を動かしながら、整備をしながらも一応ガットの声には答えた。

 

「あぁ…、そういや光機関好きなんだっけ?」

 

「あぁ、もし俺が、スヴィエート皇帝じゃなかったら、こうゆう光機関いじりの仕事に付いていたかもな」

 

「オタクだなぁ、俺にはさっぱりだわ」

 

「なんとでも言え、好きなものは好きなんだよ。それに、お前の脳筋っぷりを見ていればそれぐらい分かりきったことだ」

 

「ケッ、嫌味かよ、せっかく差し入れ持ってきてやったっつーのによ」

 

「何!?」

 

自分から這い出てきた。よほど腹を空かせているのだろう。

 

「それを早く言え!」

 

「オメーが早々に作業に戻るのがいけねーんだろうが」

 

ガットはトレイを2つ差し出した。彼が右側の料理の銀のクロッシュを開ける。するととても食欲を誘う匂いが立ち込めた。

 

「右がルーシェが作った野菜たっぷり栄養満点、体力がつき、元気100倍、あつあつ愛情シチュー」

 

 

(何だそれ…)

 

ガットのキャッチフレーズにそう思いながらも早く食べたいと言わんばかりに腹の虫がなる。しかし、左側は嫌な予感しかしなかった。本能的に。一応アルスは聞いてみる。

 

「………………左は?」

 

ガットはクロッシュを開けた。

 

「………うっ!?」

 

アルスは口を抑えて身を引いた。

 

「こっちはロダリアが作った野菜、魚、あらゆる健康品たっぷりの精力満点、気力はガタ落ち、胃の耐久力100倍、あつあつ愛憎シチュー」

 

緑色や青色が混じった群青色、と形容するのだろうか。いや、形容できない程気持ち悪く混ざりあった配色のシチューが何故か一人でにうごめいていた。おおよそシチューといはいい難いその色と同時に吐き気を催す生臭さと、青臭さが鼻を貫く。正直言って。いや、もう誰が見てもこう言うだろう。シチューじゃない。

 

「うぅッ!」

 

アルスは思わず呻き声を発し、鼻を摘んだ。匂いをかいだだけでも気持ち悪くなった。かく言うガットも、鼻を摘んでいる。そして魚が死んだような目になっている。

 

「何でこんなの持ってきた!?」

 

「いや、だってロダリアが持ってけって聞かねぇんだよ」

 

「ぜっっっっったいに食べないからな!?いいか!!絶対にだ!!」

 

「ですよねー」

 

 

 

食事も無事終わり、アルスはまた整備に戻った。ガットはそんなアルスの様子を見て、

 

「ハイペースで一生懸命やってんのは分かるけどさぁ、今日中に治すつもりか?別に明日にまわしてもいいんじゃないの?」

 

と言った。そう、アルスはこの駐屯地倉庫に来て以来、1日中整備をしていた。時折ラオやノインに手伝ってもらったが、専門的な事になるとどうしてもアルスにしか出来ない。そのため他のメンバーはスヴィエートに行くための準備に取り掛かっていた。武器の新品調達、道具整理など。しかしそれも終わると本格的にやる事が無くなり、暇なのだ。外は迂闊に歩けないし、あとやる事といったらロイとクラリスの遊び相手だった。そのおかげで2人はアルスとルーシェ以外にも、遊んでくれた人にはとてもよく懐いていた。

 

「ちょっと、………今話しかけないでくれ!」

 

「…………ヘイヘイ」

 

ガットは片隅にある木箱に腰掛けた。その上に転がっているネジをいじりだした。

 

「あ、なぁなぁ、やっぱお前ルーシェと何かあったの?」

 

「……………」

 

「カヤがなーんかぶつくさ言ってたぜ〜。元気がねー、心配だあーだこーだ。当の本人はは気丈に振舞ってるけどな。ま、ルーシェ図太くてタフな面もあるけど、いつか壊れちまうんじゃねーの?ってなぁ」

 

「…………いつもの恋愛アドバイスのつもりか?」

 

「独り言よ独り言〜。はい作業に集中集中ー」

 

(余計集中出来ないだろ…………)

 

アルスはガットの意味深な発言に気をそがれた。かまわずガットはそ”独り言”を言う。

 

「そーいやお前この前寝言言ってたぜ?ごちゃごちゃ言ってて全然聞き取れなかったけど、許してくれ、殺しがうんたらとか言ってたぞ」

 

「許してくれ、殺し………?」

 

「ま、大将が寝言言うのはその以前もあったからな。意味不明過ぎてよく分かんねぇんだよな。俺も大体寝て忘れちまうし」

 

アルスは聞き流しながらも作業を続けた。ガットの言う事が少し気になったが、所詮寝言だ、と言い聞かせ、最後の仕上げに取り掛かった。

 

が、アルスはそこで手を止めた。

 

「そうだ……、忘れてた……」

 

「あん?どったの?」

 

「いや、機体の修理自体はほぼ完成したんだ」

 

「おぉ!おめでとさん!いやー、お疲れお疲れ」

 

「でもこのままスヴィエートに飛んだとしても、エヴィレーダーで発見されたら領空侵犯で一斉攻撃される!」

 

ミーレス輸送機体を飛ばすエンジンには当然燃料としてエヴィ結晶が使われる。しかし、自国スヴィエートには今この時代から早くもエヴィレーダーというものが開発されている。不自然な位置からエヴィが感知されれば疑われるのは当たり前である。それがロピアス側から来たとなれば尚更だ。そのエヴィレーダーの存在が第2次世界大戦時、ロピアスの敗因の一部でもあるのだ。

 

「な、何だと!?馬鹿何でそんな重要な事忘れてんだよ!?」

 

ガット木箱の上にあるはネジをぶちまけて取り乱した。

 

「修理に無我夢中だったんだよ!」

 

「どうすんだよ!?発見されないのを祈って玉砕覚悟で突っ込めってか!?そりゃいい作戦すぎるな!?」

 

アルスとガットが言い争っていると、

 

「あれー?なんか喧嘩してるー!」

 

「ホントだ、喧嘩してるネ」

 

「アルス君、調子はいかがですか?」

 

「喧嘩している暇があるなら早く終わらせろ」

 

クラリス、ラオ、ノイン、フィルがやって来た。しかしラオはクラリスを、ノインはフィルを、と2人共肩車をしている。

 

「何してんだ?お前ら……?」

 

ガットはその異様な光景に思わず突っ込む。

 

「アジェスに伝わる騎馬戦、という戦いだ」

 

「怪我しないように肩車の超カンタンルールにしてるからネ、プチ&ごっこのただの遊びだよ。略してプチ騎馬戦ごっこ」

 

「私の背中とフィルお姉ちゃんの背中に貼ってある札を先に剥がした方が勝ちだよ」

 

「今んとこ25勝25敗です、正直言ってもうかなりしんどいけどフィルの為ならなんのこれしき……」

 

「宣言してやる!26勝目は小生が頂く!!」

 

「私負けないから!!」

 

アルスは呆れた。自分が必死に整備している間にそんな遊びをしていたとは。

 

「気楽なもんだな……」

 

「あ、ネェネェアルス、さっきはどうしてたの?」

 

「あぁ、それが─────」

 

アルスは先程ガットと話していた内容を説明した。

 

「んー、レーダーネー」

 

「もしかしたら師匠なら何か知っているかもしれんな」

 

フィルはロダリアを呼びに行った。

 

「フィルー!ついでに皆呼んで来ちゃって!」

 

ノインがフィルに頼んだ。

 

 

 

やがて倉庫に仲間達全員が集まった。

 

「まさに一難さったらまた一難だよー」

 

「そ、そうだね……」

 

カヤはその話を聞いてがっくりと項垂れた。ルーシェとカヤとロダリアはメイドのハンナの手伝いをしていたらしい。料理に関してはロダリアはハンナに出禁をくらったらしい。

 

「師匠なら何か知っているかと思って」

 

「そう……ですわねぇ……」

 

ロダリアは少し考え込んだ後言った。

 

「ふむ、さっぱり分かりませんわ」

 

「えぇー!!」

 

「私にも分からないことはありますわ。いえ、むしろ分からないことだらけですわ」

 

「胡散臭……、ホントかよ…?」

 

「何か言いまして?ガット?」

 

「別にー?」

 

八方塞がりになってしまった。このままでは、とアルスは頭を抱え込む。長い沈黙が流れている。

 

「………とりあえず、今日はもう休まない?アルスも疲れてるっしょ?」

 

カヤが沈黙を破った。確かに彼女の言う通りだった。

 

「そう……だな……」

 

「また明日になったら考えましょう?ふふ?」

 

ロダリアの言う事に皆賛成し、パーティは解散した。

 

 

 

「後で話があります」

 

アルスは去り際、ロダリアにそう耳元で囁かれた。



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フードル鍾乳洞

「……話とは何ですかロダリアさん」

 

ロダリアに人気のつかない場所に呼び出された。今、アルスとロダリアは倉庫の奥、荷物が積み重なり周りから完全に死角になっている位置に立っている。アルスは警戒心丸出しだった。

 

「そんなにピリピリしなくても…?」

 

「ただでさえ行き詰まっているんだ。一体何の……」

 

「エヴィレーダーを欺く方法の事ですわ」

 

「……は!?」

 

アルスのイライラした物言いを遮るようにロダリアは被せて言った。アルスは驚いた。

 

「なっ、だったら何故さっき言わなかったんですか!?」

 

「あら、お分かりにならないのですか?」

 

「はぁ?」

 

「私は貴方の名誉を守ったのですわよ?むしろ感謝して欲しいぐらいです。エヴィレーダーを最初に開発したスヴィエート。その誇りの技術を欺く事ができる手段を、皆の前で言いふらされたいのですか皇帝アルエンス様は」

 

ロダリアはいっそ清々しい程の皮肉を込めて言い放った。アルスは自分のこめかみにピクリと青筋が浮き出るのを感じた。

 

「チッ……、お気遣いどうも!」

 

「まぁ、そんなにイライラなさらなくても。そうですわ、私の手料理は食べてくださったかしら?会心の出来だったのですけれど」

 

「会心!?アレで!?貴方の感覚おかしいですよ!!」

 

「よく言われますわ」

 

「ガットが外に捨てましたよ!食べれませんよあんなゲテモノ!捨てた地面の草が枯れるなんて一体どんな毒素を秘めているんだあの料理は!」

 

「まぁ!?何て酷いことを!?一生懸命作りましたのよ!?」

 

「ハンナから聞きましたよ!厨房出禁になったらしいですね!?」

 

「それは誤解ですわ、ハンナが誤解しているのです、ええ。私の芸術に、大いなる誤解を抱いているのです、私は何度も説得しましたわ彼女に理解をされるために」

 

アルスはあのロダリア製シチューを思い出した。吐き気がした。あれなら料理初心者の自分が作った方がまだ幾倍もマシだ、と心底思う。それを持ってくるガットもガットだ。嫌がらせかと言いたくなる。こっちは急ピッチで作業を進めたというのに。

 

「………失礼、話がズレましたね 」

 

アルスは冷静を取り戻した。

 

「で、その…………。エヴィレーダーを欺く手段、とは…」

 

「コホン。ええ、そうでしたわね。まぁ、この時代に発見されていたら、この第2次世界大戦は変わったかもしれませんね。今言っても意味のない事ですが」

 

「もったいぶらずに、どうぞ。俺を気遣うなんて気持ち悪い事しないで下さい」

 

「……フン、言うようになりましたわね。ルーシェとの仲進展しないは疎か、悪化してるクセに」

 

「それは今は関係ないだろっ!っていうか早く本題を言ってください!」

 

アルスはロダリアのペースに飲まれそうになるが何とか引き戻した。

 

「ロピアスの資源に、雷結晶がある事はご存知ですわね?」

 

「あぁ、扱いが難しく、一般人には渡りにくい結晶だな」

 

「ええ、ですが、ロピアスの技術発展に欠かせなかった結晶の一つですわ。今後更なる技術進歩が期待される反面、扱いの難しさに比例し、事故も多い」

 

「で?それが何か?」

 

「その雷結晶が採掘されるフードル鍾乳洞というのがミガンシェ地区方面の南にあります」

 

アルスはハッとその名前を思い出した。確かにノインが言っていた。自分はあまり真剣に聞いておらず聞き流していたが、レガート家に来る時にクラリスとノインが話していたはずだ。

 

「確か……様々なエヴィ鉱石が採れるっていう……」

 

「ええ、そうですわ。正式に言うとエレスティオ山の事です。その山の地下に広がるフードル鍾乳洞という所で雷結晶が多く採れます。フードルと言うのは、あくまで鍾乳洞の名前で、様々なエヴィが採れるのは主にエレスティオ山の事なのですわ」

 

「へぇ……。それで?」

 

「そのフードル鍾乳洞の奥地で、ある鉱石が採れます。レオンテ鉱石です」

 

「レオンテ鉱石……?初めて聞くな」

 

「最近発見されたものですから。そのレオンテ鉱石をミーレス輸送機に搭載すれば、一時的にエヴィレーダーから感知されない状態を作り上げる事ができるのです。特殊な境界線を作り出して、見えなくする事、それが可能なのです」

 

「………そ、そんな鉱石があるのか…。しかも最近発見された物…。平和条約を結んで心底良かったとホッとするな」

 

アルスは思案を巡らせた。その鉱石を悪用すれば、エヴィレーダーに感知されずに、スヴィエート国内に侵入もできるし、気付かれないまま攻撃だって出来る。

 

「そんな事を知っているなんて、流石国家情報機関のハイドディレの職員ですね」

 

「まぁ、私がハイドディレだなんて。それに仮にそうだったとして、だからこの情報を知っている、なーんて話は貴方の憶測に過ぎませんわ。そうでしょう?保証も無いのに?」

 

「ええ、憶測に過ぎない。聞き流してくれて構いませんよ。ですがコレ、現代に関わると結構、というかかなり重大な機密ですからね」

 

「………まぁ、平和条約があるからいいではありません事?」

 

「貴方がそれを言うと、寒気がしますね」

 

「何とでも」

 

相変わらずあまり仲は良いとは言えない2人だが、ロダリアの目的に着々と進んでいる事は確実だった。

 

(早く過去のスヴィエートに行ってみたいですわね。噂の、あの御方をどのようにゆするのか、楽しみでなりませんわ)

 

ロダリアは不敵な笑みを浮かべた。しかし、その話を盗み聞きしていた赤髪の少女が1人いた。

 

 

 

アルス達はフードル鍾乳洞に来ていた。ポワリオから一駅先、ミガンシェの地。街から外に出て、街道を歩き、エレスティオ山にたどり着き、フードル鍾乳洞を見つけたのだった。

 

「この山の麓のフードル鍾乳洞。そこが目的地だ。そこでレオンテ鉱石を見つける」

 

「レーダーを欺く鉱石ねぇ…、大層なこった」

 

「あぁ、思い出しましたそうだ、エレスティオ山だ!そうだそうだ、そうだった!」

 

ノインは思い出せなかった名前が分かりスッキリしたようだ。

 

「レオンテ鉱石、うへへ………高く売れそうなんじゃないの〜?」

 

「………カヤ。言っておくがミーレス輸送機に搭載するだけだ。この時代にあんまり干渉するな」

 

「わーかってるっつーの!それアンタがそれ言う?これから一番干渉しそうなアンタが?」

 

「………早く行くぞ」

 

「あー!誤魔化したわね!?コラー!ルーシェとも何かあったんでしょー!?このスケコマシ!」

 

アルスはカヤの野次を無視して鍾乳洞に入った。まず奥地に進まなければならない。

 

 

 

しかししばらく進むと、妙な音がフィルの耳に入った。

 

「なぁノイン……なんか変な音しないか?」

 

「え、えぇ?コウモリかなんかじゃないの?」

 

後方にいたノインとフィルが話していた。フィルは何が音を聞きつけた。

 

「いや、なんか、誰かの声だったような……、小生の気のせいか?」

 

「こ、声!?ままままさか、幽霊!?」

 

「何だと!?幽霊がいるのか!?」

 

「ひぃぃいいいやめてよフィル!僕を脅かそうとしてるんでしょ!?」

 

「ホーラ首なしお化けー」

 

ラオが2人に近づいて首をもげさせた。

 

「「ぎゃあああぁあああぁぁああ!!」」

 

鍾乳洞にノインとフィルの悲鳴が響き渡った。

 

「グロイからやめろ!この腐れゾンビ!」

 

「やーいガットもビビってやんのー」

 

「てめっこんのやっろ……!」

 

ガットとラオが恒例の喧嘩をしだした。アルスは呆れてその様子を傍観する。

 

しかし突如、

 

「ぎぃゃあああああああああ!」

 

あああああぁぁぁぁ─────

 

と、鍾乳洞に仲間達の誰のでもない声が響いて聞こえた。しかもどこかで聞いたことのある声の悲鳴だ。ガットはハッとしてその声の方へ顔を向けた。

 

「おい!?聞こえたか!?」

 

「嫌な予感がする。……今の声、まさか………!?」

 

アルスは急いでその声のする方へ走った。その嫌な予感は的中した。

 

「クラリス!!!」

 

「うぇえええぇええん!ロイー!お母さんー!お父さんー!ハンナー!」

 

なんとそこにいたのはクラリス。大人しくハイルカークの家で待っていると思っていた彼女は今、凶暴な魔物に襲われていた。魔物の身体の半分が石で覆われている。あらゆる色の鉱石と思われる物を身にまとっていた。クラリスはその魔物に掴まれ宙ずりになっている。

 

「助けてー!!!誰か!!」

 

クラリスは必死に抵抗しながら叫んだ。魔物はそれを抑え、口に含もうとする。

 

「クラリスちゃん!?」

 

「あのガキ!何でここにいやがる!?」

 

「大変だ!食べられてしまいますよ!」

 

「……世話が焼ける!」

 

「ちょっアンタ!?正面からって!」

 

アルスはカヤの静止を振り切り魔物に近づいていく。アルスはよく観察した。鍾乳洞の奥地は光が入らない闇の中。

 

(これならどうだ!?)

 

「汝を裁きしは光の十字架!放て!クロスミラージュ!」

 

2丁拳銃から放たれた光術。光属性だ。それは2つの光線となり魔物の目の前で交差した。すると十字架が描かれ、まばゆい光を発する。

 

「ギィイィイイ!」

 

魔物はその光に明らかな拒絶反応を示した。魔物はクラリスを手放した。真っ逆さまに自由落下していくクラリス。

 

「ぁああああああああ!!!」

 

「………っと!!」

 

「ぁぁあ……ぁ?」

 

アルスはその落下点に入りクラリスを無事キャッチした。

 

「はぁ………どうしてお前がここにいるんだクラリス……」

 

「お、お姫さまだっこ…!」

 

「…はぁ?」

 

「う、うわぁああ、下ろして下ろしてー!」

 

「うわっ!いきなり暴れるな!分かった分かった!」

 

クラリスは顔を赤らめてアルスの腕の中、ジタバタと暴れ出した。アルスは彼女に従い、ゆっくりとクラリスを地面に下ろした。

 

「…………ふぅ。危なかった。あ、これ」

 

クラリスは決して手離さずに、大事そうに持ってた何かをアルスに見せようとした。が、

 

「クラリスゥ…………?」

 

「う゛……」

 

アルスはドスの聞いた声で名前を呼んだ。視線を合わせ据わった目で睨みつける。クラリスは思わず手を引っ込め怯む。

 

「ギャァアァアアア!!」

 

魔物が再び暴れだした。アルスに目くらましをくらい、機嫌は相当悪く怒っている。

 

「………話は後だ、危ないから俺から離れるな、全く!」

 

「う、うん…!分かった!!」

 

クラリスはその言葉通りに素直に従い、アルスの足にしがみついた。

 

「ちょっ…、そうゆう意味じゃ……これじゃ動けないってクラリス!あぁ、くそっ!皆!アイツは光属性に弱い!弱点をつけ!」

 

アルスは必死にしがみついているクラリスのおかげで動けず、仕方なく指令を出した。

 

「リョーカイ!って、ハッ!ボク光使えないヨ!」

 

「ゾンビは闇系ばっかりだからな……、かく言う俺も、光に関しては守護方陣しか使えねーんだけど」

 

「皆ガンバッテー!」

 

「つーことで頼んだー」

 

喧嘩組の2人はどうやら今は補欠のようだった。

 

「小生が参るぞォ!」

 

フィルが先陣を切った。フィルはエヴィ糸をぐるぐると手に巻き付けた。それを発行させ魔物の目の前に見せつけながら前進した。魔物はうめき声をあげて後退する。

 

「せぇい!やっ、はっ!」

 

それからフィルは杖を回転させドスドスと殴り付ける。そして次々と糸の攻撃で連携し、蹴りを交えた光属性の連続攻撃を畳み掛ける。

 

「ピラーハドルテ!」

 

杖が光り、最後にそれで強く魔物を殴打した。魔物はもがき苦しみ動きを止めた。

 

「明澄たる光、降り注げ!レイ!」

 

その隙をつき、ノインが光属性の光術で追い討ちをかけた。

 

「グギィイイアア!」

 

「チャンスですわ。私も、行きますわよ!ヘラ!」

 

ロダリアもそれに続き、ショットガンで魔物の足元を撃った。すると魔法陣が展開され、浮かび上がり、やがてそれは光の鳥籠となった。一気にホワイトアウトし、目の前が真っ白になる。

 

「ふむ、終わったと思ったのですが、ついてないですわね。意外としぶといようで」

 

ロダリアの攻撃でほぼ瀕死状態になった魔物だが、まだ息があった。

 

「聖なる槍よ、敵を貫け…」

 

ルーシェの詠唱だ。

 

「とどめっ!ホーリーランス!」

 

魔物の頭上から光の5本の槍が出現した。それは魔物に向かって突き刺さった。光に串刺しにされた魔物は動きが止まった。

 

「ッギィッ、………ギ、ギイィイ…」

 

どうやら息絶えたようだった。ルーシェの光の槍がパッと消える。

 

「うっひょー!こいつの身体鉱石だらけじゃーん!ふへへへ金金金金ー!金の元よぉー!!アッハハハァー!」

 

カヤは真っ先に向かい、魔物を剥ぎ取っていた。まるで死体に群がるハイエナのように貪欲だった。

 

「カヤったら……、もう…」

 

ルーシェはそんな彼女の姿に呆れて頭を抱えた。一方、後方でクラリスを保護していたアルスはドスの効いた声で言った。

 

「さてクラリス……。ワケを聞かせてもらおうか?さっき話の続きをな」

 

「う………ぁ、は、はい……」



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2人の涙

「で?どうしてお前がここにいるんだクラリス?」

 

アルスはクラリスの肩をがっちりと掴み、彼女の目を見つめた。

 

「そ、それは、深いジジョーが」

 

「嘘ついても、分かるからな?」

 

「うぐ…」

 

クラリスは観念した。

 

「私、アルス兄ちゃんとあの背の高いお姉さんが話してたの聞いちゃったの…、名前忘れちゃった」

 

クラリスはそっとロダリアを指さした。

 

「ロダリアさんの事か…」

 

「そう、ロダリアお姉さん、思い出した」

 

「………どこまで聞いてたんだ」

 

アルスは声を低くしてなるべく彼女にしか聞こえないように問いかける。あの会話の内容がバレるのはあまりアルスにとって芳しくない。

 

「えーと、だからね。私ね?ロダリアお姉さんとルーシェお姉ちゃんがやったように、アルス兄ちゃんにサシイレしたかったの」

 

「差し入れ……か?」

 

アルスはロダリアの差し入れは至極余計だった、と心の中で思った。

 

「うん、でも何あげたら喜んでもらえるか分かんなくてロイに相談したら直接聞いてみたら?って言われた。だから何がいい?って聞きに行こうとしたら見つからなくてで。そしたらなんか声が聞こえてきたから。ぬ、盗み聞きするつもりじゃなかったんだよ!ホントだよ!?」

 

「わかったわかった、続けて」

 

「でぇ、2人が話してる内容ムズくてあんま私分からなかっんだけど、とりあえずレオンテ鉱石っていうのが必要だって事は分かったの。それがフードル鍾乳洞にあるって聞いて。私そこにね、前ピクニックで行ったことがあるの!ほんのふもとの草原だけどね、場所は覚えてたの、で、で、ポワリオにいた頃にね、家族で行ったの!!その時はお弁当食べて遊んで走り回ってすっごく楽しかったんだけどね!?」

 

「その話はまた今度聞こうか、クラリス」

 

クラリスは話がずれて、アルスに諭される。

 

「う、はい。えっと、まぁ。そのだから、レオンテ鉱石を、とりにに行こうかなぁーと」

 

「気持ちは大いに嬉しいが。ピクニックと同じ気分で来るところじゃないよな?この鍾乳洞は」

 

「う、うん……」

 

クラリスは身に染みてその体験をしたのだった。

 

「俺達が来ていなかったら、お前は死んでいたかもしれないんだぞ!?」

 

アルスはクラリスをしっかりと叱咤した。そのほうが彼女の為なのだ。

 

「……皆に、皆にロイを治してもらったお礼が、どうしてもしたくて。そしたら体が勝手に、動いたというか、来てしまったというか」

 

「積極性に優れ行動力があるのは大いに結構だが、もう少し相応の判断ができるように。1人でこんな危険な場所に来て!お前はまだ7才の子供だぞ!」

 

「ご、ごめんなさいぃ…………」

 

クラリスはしゅんと頭を下げた。

 

「そもそも、レオンテ鉱石がどんなものか分かっていたのか?見つけられると思ってたのか?」

 

「分かんない……けど、何とかなるかなー…って」

 

「何とかならなかった結果が今この状況だ。ちゃんと反省すること。ロイの病気が治ったと思ったら、その後姉が今度は行方不明。そんな報告を御両親が聞いたらどう思う?」

 

「多分悲しむ………」

 

「そうだ。帰ったらきちんと謝る事。いいな、約束できるか」

 

「うん、約束する………」

 

そこでアルスの説教が終わった。アルスは立ち上がり、クラリスから視線を外した。

 

「なんか、先生みたいだネ」

 

「どっちかって言うと兄貴じゃねぇか?」

 

「父親みたいにも見えますね」

 

男性陣が感想を言った。

 

「姉のポジションは小生だぞ!」

 

と、そこでフィルは思いっきりアルスの脛を蹴っ飛ばした。

 

「おぁっ!?何するんだ!?」

 

アルスはびっくりして飛び上がった。

 

「小生のポジションを奪うな!」

 

「はぁ?ポジションって……!」

 

「フィルお姉ちゃん!だめー!!」

 

「な、なにひゅるんだ!?」

 

クラリスはフィルの両頬を引っ張った。

 

「ふ、ふふん。アルス兄ちゃんは私の恩人だから。今度は私がまもった!」

 

「いや守れてないけどな…」

 

思いっきり蹴られたアルスだった。

 

「こ、これ以上キケンがこないようにしてるの!」

 

クラリスは顔が赤くなっていた。

 

「んー?なんかクラリス……様子可笑しくないかー?」

 

「おおお、おかしくないんかないよ!何言ってるのフィル姉ちゃん!」

 

「………顔赤いぞ?」

 

「あー!あー!あー!アルス兄ちゃん!今フィル姉ちゃんから守ってるからねー!安心してー!」

 

クラリスは誤魔化すように大きな声で言った。

 

「それはどうも……」

 

アルスは小さな体で必死に自分の足元に手を広げて守る彼女の姿を見て苦笑いした。

 

「あそうだアルス兄ちゃん!しゃがんでしゃがんで!早く早く!」

 

「ん?」

 

クラリスに手を引かれたアルスは再びクラリスに視線を合わせ、しゃがんだ。

 

「さっき渡せなかったやつ!これ!」

 

「これは……」

 

クラリスが差し出したのは綺麗な青色をした鉱石だった。アルスの髪の色と瓜二つであり、キラキラと輝いていてとても綺麗だった。

 

「あのね、これ、アルス兄ちゃんの色だなーって」

 

「これ、どうしたんだ?」

 

「えへへいやぁ〜、この石見つけてきれい!って思って取ったら、あの魔物の足だったんだ〜。……一応なんとか取れたけど。なんか怒らせちゃったみたいで…」

 

「………それでさっき襲われてたのか……」

 

「そのとおりデース………。で、それね!ちょうどいいから私からのサシイレ!あと助けてくれたお礼も!アルス兄ちゃんにプレゼントだよ!」

 

アルスはクラリス程の素直な笑顔を見たことがなかった。純粋に、自分を喜ばせようとした彼女なりの行動だったのだ。

 

「………」

 

アルスは複雑な気持になった。自分はクラリスを利用した立場なのだ。そして、元は彼女が原因でルーシェとのあの件が起こってしまった訳でもある。

 

「……………うれしくない?もしかして、嫌だった?」

 

クラリスは反応の薄いアルスに不安を駆り立てられた。

 

「いや、何でもない。ごめん、嬉しいよ。すごく嬉しい。嫌じゃない。ありがとう、クラリス」

 

とりあえずアルスはお礼を言った。嘘はついてはいない。クラリスは照れたように目をそらした。

 

「……へへ、でーしょー?良かった!助けてくれてありがと!アルス兄ちゃん大好きっ!」

 

「うわっ!」

 

クラリスは思いっきりアルスに抱き着いた。

 

「あー!!」

 

フィルが叫んだ。続いてノインが、

 

「ぉう…うらやま……、ゲフンゲフン!」

 

「まぁ、これはこれは……」

 

「大将、やっちまったな」

 

「ルーシェ〜、嫉妬しちゃダメよ〜?」

 

カヤはにやけてルーシェを見た。ルーシェはうつむいてボーッとしていた。

 

「……ルーシェ?」

 

「あっ…!ごめん何っ?」

 

「アンタ、……やっぱ最近変じゃない?」

 

「変じゃないよ!大丈夫、大丈夫だから!カヤが心配することないよ!」

 

「……………そう」

 

しかしカヤは絶対何かあったと分かっていた。だが今は聞かないことにする。

 

「アルス君!犯罪ですよ!?」

 

ノインが糾弾した。

 

「アンタにだけは言われたくないんだが。それに、俺は別に何もしてないだろ!」

 

「すっかり懐かれたみたいだネ〜」

 

ラオのその言葉に微妙な表情を浮かべるが、アルスはクラリスの背中をさすってやった。自然とこうした方がいいと思ったのだ。

 

「ぅぅう、うぇえぇえぇぇん!アルス兄ちゃん〜!怖かったー!!えぇえええん!!」

 

「おい、どうした?何でいきなり泣くんだ」

 

クラリスはスイッチが切れたように、わんわんと泣き出してしまった。

 

「安心したんじゃねぇの?ただでさえ1人でこんなところまで来て、心細かったんだろ」

 

ガットが言った。

 

「限界がきた、って感じね〜、あーあー鼻水が」

 

カヤはしゃがんで膝に両肘をつき頬杖をつきクラリスの泣き顔をまじまじと見つめながら言った。そして布を取り出し鼻に当ててやった。

 

「あー、よしよし……」

 

「ぶえぇえぇえぇ!うぁぁああ………」

 

「はいはいはい……、頑張ったなー」

 

激しく泣き叫ぶクラリスにアルスは困惑しつつ、慰めた。頭を撫でたり、背中をぽんぽん、と叩いたり。お転婆で元気一杯で明るい少女だが、まだ所詮7才。クラリスは泣き続けた。

 

 

 

そしてようやく落ち着いたのか、クラリスは泣きやんだ。しかし泣きつかれてしまったのか、アルスの肩に寄りかかかったまま寝てしまった。静かな寝息がアルスの耳元で聞こえる。

 

「すー………」

 

「はぁ……今度は寝るのか…。しかもこんな所で……」

 

「いいんじゃねーの?ロイの事で、色々思い詰めて疲れきってたんだろ。少しは甘えさせてやれよ」

 

「こうゆうのは俺じゃなくて、両親とかの役目なんじゃ……。それに俺はあまりこの子と……」

 

「懐かれた宿命だネ〜。お兄ちゃん、ホラおんぶしてあげなヨ」

 

ガットとラオはアルスの複雑な思いを知るはずもなくクラリスを気遣う。

 

「ぐぎぎぎぎぎ…………!アルス!僕と変わってもいいんですよ!?というか変われ!」

 

「アンタは黙ってろっつーの!起きちゃうでしょーが!」

 

「あいたっ!」

 

カヤは先程拾った鉱石でノインの頭を殴った。鈍い音が鳴った。かなり痛そうである。

 

「ぉぉぉおおう…………!かなりのダメージ……!」

 

「あら?あなたのその鉱石………」

 

ロダリアはカヤの右手に持っていた鉱石に注目した。それは中央が黒く染まり、周りは緑色だった。

 

「あぁ、これ?なんかさっきの魔物から拾った時は綺麗な緑色してたんだけど、段々黒く変色してきちゃってさぁー。こりゃダメね。価値なしだわ」

 

カヤは両手をあげ、やれやれ、とポーズを取った。しかしロダリアの口から衝撃発言が飛び出した。

 

「それ、レオンテ鉱石ですわ」

 

「なぁんですってぇ!?」

 

 

 

クラリスをおんぶしながらアルスは帰路に着いた。ミガンシェに着いた頃には既に日は落ちていた。途中、列車の中でクラリスが目を覚ましたが、まだ眠いようで二度寝してしまった。

 

そして、列車を降りて、ポワリオ駐屯地倉庫。レガート家の人達はどうやら自分達のことを心配して、疎開先ハイルカークからここポワリオの実家に一旦帰って来ていたらしい。

 

(なるほど、だからクラリスがここにいたのか)

 

と、アルスは納得した。しばらくハンナにハイルカークの家を任せたらしい。寝ているクラリスをソランジュに預け、アルスは修理の最終作業に取り掛かった。

 

「アルス君、ミーレス輸送機をあそこまで修理するなんて素晴らしいよ!感動してしまった!」

 

アルスは倉庫に来ていたセドリックにべた褒めされていた。

 

「こんな短時間で、本当に凄いよ君は!いや純粋に!凄い!」

 

「はは……、俺も必死でしたから。前に話したでしょう?本気だって」

 

「そうだとしても、いやはや君の技術は素晴らしいとしか言い様がないよ。あのオンボロがここまで生まれ変わるなんて!」

 

セドリックはミーレス輸送機を舐め回すように見た。あとはレオンテ鉱石を搭載するだけだった。

 

「そうだ、娘のクラリスが随分と迷惑をかけたようだね……。申し訳ない…」

 

セドリックは頭を下げてアルスに謝った。

 

「あぁ……いいんですよ、大丈夫です。気にしないでください。でも、怖いもの知らずというか、何と言うか。そのくせ後々わんわん泣いたんですよ」

 

「………あの子はロイの姉として、気丈にに振舞ってきたのだろう。その反動だ。許してやってくれ……」

 

「……………ええ、そうですね」

 

「さて、私はそろそろ行くよ。作戦まで後残り少ない。なるべく少しでも家族と一緒に居たいんだ。娘のことも、しっかりと叱っておかないとね!」

 

「分かりました、では」

 

セドリックに別れをつげ、彼が歩いていくのを見送った。アルスはなんとなくポケットに手を入れた。するとヒヤリとした感触がした。

 

取り出すとそれはクラリスにもらった鉱石だった。アルスは静かに見つめた。綺麗な青。少し濃いめで、クラリスの言った通り、自分の髪と同じ色をしていた。コバルトブルーの鉱石…。

 

あの子がきっかけで、スヴィエートに行ける手段を手に入れることができた。クラリスのおかげで、結果的にレオンテ鉱石をみつけることが出来た。そしてその後何故か猛烈に懐かれたが、悪い気はしなかった。最初は利用するだけの、所詮過去の存在の子供だと思っていた。だがその存在がアルスの中で大きく変わっていた。情が湧いた、とでも言うのだろうか。しかし、罪悪感で押しつぶされそうになった。

 

そう、彼女の父親、セドリックは恐らくこの先死ぬ運命なのだ。

 

ロピアス空軍の大きな作戦というのでアルスには大方の予想が付いていた。今の時代背景も踏まえて、今後何が起こるのか。アルスには全部見えていた。

 

(セドリックさんは、恐らくリュート・シチート作戦で戦死するのだろうな……)

 

先程まで話していたセドリックの姿を思い浮かべた。家族思い、娘思いの、良い父親だ。でも、ルーシェだって、ロイを助けたじゃないか。セドリックはどうなる?

 

(………俺は過去を変えに来たんじゃない、それはやってはいけない禁忌だ。クロノスも言ってたじゃないか。無闇に干渉するなと。俺は、俺がこの過去に来た1番の理由は、精霊マクスウェルの在処の調査だ!フレーリットがマクスウェルの力を持っていたとしたら、それをどうしていたのか!父が死んだ後もマクスウェルはスヴィエートにあるのか!?それを知りに来たんだ俺は!目的を見失うな!ルーシェに言ったことを忘れたのか俺は………!)

 

「お父さん!」

 

クラリスの声だった。アルスはその声にハッとし、その後の会話を聞いて思考を停止させた。

 

「クラリス!来ていたのか。だがもう邪魔しちゃだめだぞ。アルス君は今忙しいんだ」

 

「ええええええええー!?アルス兄ちゃんに会いたいー!!遊びたいー!!」

 

「何だ、お父さんじゃ不満か?」

 

「不満ー!」

 

「言ったなこのっ!」

 

「きゃーははは!やめて!お父さん!くすぐったいよ!」

 

アルスは倉庫の入口付近にいたその親子の姿を見つめた。セドリックがクラリスを抱き上げてくすぐっている。とても幸せそうだった。アルスはあの夢を思い出した。つい最近見たあの夢。

 

フレーリットとスミラの幸せそうな姿。それと、彼らの姿が重なって見えた。

 

「…………許して……くれ…」

 

アルスの右眼から一筋の涙がこぼれた。



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別れ

夜通しでの作業の結果、早朝間際にアルスはレオンテ鉱石をミーレス輸送機に搭載することが出来た。これを、国境ギリギリのところで発動させればレーダーに感知されずにスヴィエートに行くことができる。アルスは急いで仲間の元に戻った。仲間達はポワリオのレガート家の実家にいたようだった。ロイの病気も治った事だし、アルス達がスヴィエートに渡るとまたハイルカークに戻り、その後戦争が落ち着いたらここ実家に戻り、住まうのだと言う。

 

「けれど、またいつ空襲が来るかもしれません。いくら軍の駐屯地があって、抑制となっていても近隣地のラメントがスヴィエートによって占拠されてるとなると、油断は禁物です」

 

ソランジュは不安を顕にしながら言った。レガート家のリビングにはセドリックもいる。

 

「セドリックさん、我々は明日の早朝に出発します」

 

アルスは皆に聞こえるようにはっきりと言った。仲間達はその言葉を聞き身を引き締めた。

 

「いよいよ明日、スヴィエートに行くんだな…」

 

「しかも、戦争中のネ。ぶっちゃけ前代未聞だよネ」

 

「でもアタシ達その為に、来たんだもんね…」

 

セドリックは立ち上がり、アルスに握手を求めた。

 

「アルス君…、君に出会えて良かった。そしてルーシェさんも。その他の皆さんも、娘、息子の心を癒してくれて感謝する。あなた方に会えたことを誇りに思う。ロイの病気を治してくれた事、一生忘れない。ありがとう…」

 

「……礼を言うのはこちらの方です。ミーレス輸送機、提供してくださって本当に感謝しています。ありがとうございました」

 

アルスはしっかりとセドリックの手を握った。しかし、あの事を咄嗟に思い出した。クラリスの笑無邪気な笑顔がフラッシュバックする。

 

「………!」

 

アルスはその思いを振り切った。作業中も何度も葛藤した。だが、どうすればいいのか分からないのだ。

 

「クラリスに言わないのですか?明日出発すると」

 

ソランジュが言った。

 

「はい……クラリスはきっととても悲しんで行くな、とせがむでしょう。連れていけ、とも言うかもしれない。それを無理矢理振り切って行くのは心苦しい。どうか、我々の事は忘れるように、と彼女には言って聞かせてください」

 

「しかし……それではいささか不憫では……」

 

「………スヴィエートに行ったら、今後再会できるかも分からない。もう会えないかもしれない。まだ幼いクラリスには酷かもしれませんが。これでいいのです」

 

アルスなりに考えた結果だった。所詮自分は現代の人間で、彼女達は過去の人間。干渉しすぎたのだ。

 

(これでいい、これでいいのだ────)

 

「何だか、寂しいネ」

 

「そういや、お前もそれなりに懐かれてたからな」

 

「首で遊ばれたヨ、あの子意外とかなりアグレッシブなんだよネ」

 

「私も遊んでやったなぁ〜、最初の方に比べると随分元気になって、良かったよ」

 

「貴女変なこと教えてないでしょうね?スリとか、バレにくい詐欺法とか」

 

「それはもう卒業したっつーの!つーか!そんなの7才の子に普通おしえるかっ!」

 

ガット、ラオ、カヤ、ノインはクラリスとの思い出を語った。アルスが作業中の間、かなり相手をしてやったようだ。

 

「小生も、悲しいぞ……。あやとりを教えてやった」

 

「フィルちゃんは、お姉さんになれたって、嬉しがってたね」

 

「うん…、小生の妹分だ。皆の中では、小生が1番年下だから、シンセイだった」

 

「………えっと、新鮮、って言いたいのかな?」

 

「あ、それだそれ。それとプチ騎馬戦ごっこもやったんだぞ」

 

「あぁ、最終的にノインがぎっくり腰になってたやつね……」

 

「ルーシェが奴を治した時、ぶつぶつ何か言ってたぞ。借りを作ってしまっただどーのこーの」

 

「別にそんなの……借りでもなんでもないのに」

 

フィルとルーシェもいつも通り仲良さげに話していた。皆、クラリスという少女に思いれを抱いていたのは確かだった。

 

「………各自早めに休むように。今日はもう解散しよう」

 

アルスは皆に告げた。アルスがリビングの扉を開けた。すると何か突っかかったような感触がした。

 

そこには────

 

「っクラリス!?」

 

「っ!」

 

ドアにクラリスが寄りかかっていたようで、アルスはドア越しに突き飛ばしてしまったようだ。彼女は尻餅を着き、俯いて言葉を発しない。

 

「また何でここに…!大丈夫か…って、あ……」

 

クラリスはアルスの差し出した手を無視すると一目散に廊下を走り、自室に走っていた。

 

「あーあ、聞かれたんじゃねーの?」

 

「あの子まーた盗み聞きしちゃったのねー」

 

「今回ばかりは、すごく可哀想な結果になっちゃいましたね…」

 

ガット、カヤ、ノインの言葉が言った。

 

「クラリス……」

 

アルスは彼女の走って行く後ろ姿を見つめた。少し見えた彼女の頬にはきらりと涙があった。

 

 

 

アルスはその出来事の後、ポワリオのある店を転々としていた。戦争中なゆえ、やっている店は少なかった。それに加えてアルスが探していた店は、それなりの物な為、探すのに苦労した。やっと見つけたその店の女性店主と会話を交わした。

 

「買ってくれるのは有り難い事です。なんせこのご時世ですから。客が来ること自体が逆に珍しいんですよ。戦争さえ無ければ結構繁盛している老舗なんですよ。しかし、こうしてやっててよかった。報われますよ。お買い上げ本当にありがとうございます」

 

「あぁ…、何か、綺麗なラッピングはなだろうか?」

 

「あ、ありますよ。誰かへのプレゼントですか?」

 

「……そうなればいいんだが、渡せるか分からない…、もしかしたら無駄になるかもしれないな…」

 

「……事情は深くはお聞きしません。ですがいい品物ですから、これがいい御方に渡ることを祈ります」

 

店主はそれを愛おしそうに撫でた。黒と銀に輝くそれは、製作者と店主の愛を感じられる。綺麗にラッピングされたそれを受け取るとアルスは店を出た。

 

「ありがとうございました、またご縁があれば嬉しい限りでございます」

 

「それと、この辺りにお菓子を売っている店はないか?チョコレートとか置いてあるとありがたいんだが…」

 

「あぁ、それなら突き当たりを左に曲がればすぐそこに。人気のお店です。多分あそこは構わず年中やっていると思いますよ」

 

「ありがとうございます」

 

店主に見送られ、アルスはまた寄り道しつつ帰路についた

 

 

 

そしていよいよ翌日の早朝。天気は悪くない、風もない。絶好の日だった。

 

倉庫外の、使われていない小さな滑走路。皆、ソランジュから渡されたバスケットの中のパンを頬張っていた。これがロピアスでの最後の食事となる。まだ夜は明けていない。薄暗闇の中、あくびをしたりストレッチをしたり、パンを食べまくったりと皆それぞれの行動をしていた。アルスは少し辺りを見回した。セドリックとソランジュも見送りとして来ている。しかし、ロイとクラリスの姿は無い。

 

(来るわけないか……)

 

アルスは昨日あった出来事を思い出した。もしかしたら来るかもしれないという思い、そして傷ついてすっかり嫌われているかもしれないという思いがアルスの中でも錯誤していた。

 

「いよいよですわね……」

 

「長いようで、短かったなァ」

 

「旅とはそうゆうものですわ。そして出会いも、別れも…」

 

「…………クラリスどうしてんのかねぇ」

 

ガットとロダリアが話していた。皆も緊張と寂しさが入り交じっている心境なのだろう。あまり口数は多くない。

 

「………じゃあ皆、乗ってくれ。じきに出発する」

 

「りょうかーい」

 

皆、クラリスの両親方に会釈を交わしながらミーレス輸送機に乗り込んでいった。最後に搭乗するのはアルスだ。

 

「お二方、何から何まで、色々とありがとうございました」

 

「こちらこそ、つまらない物しか用意できなくてすみません!」

 

「いえ、とても美味しかったです。ご馳走でした」

 

「元気でな………。君なら上手くやれるさ。幸運を祈ってるよ」

 

「………セドリックさん……。貴方も……。いや、申し訳ない……」

 

何故か謝るアルスにセドリックは笑った。

 

「ハハッ、どうして謝る必要があるのかね」

 

「…いえ、何でもありません。俺も、貴方の、いや。レガート家の幸福を祈ります」

 

「ありがとう」

 

2人は今一度固く握手を交わした。夜が明けてきたようだ。東の方角が眩しい。

 

「では……」

 

アルスはタラップの階段を一段一段ゆっくりと登って行った。走馬灯のように、彼らレガート家の事を思い出していた。

 

(やはり、来ないか……)

 

アルスはタラップを登り終たところで振り返り、下を見下ろした。輸送機の出入り口付近に隠して置いておいたそれは、どうやら無駄になりそうだった。

 

(申し訳ないな、あの店主)

 

アルスは昨日の女性店主を思い出した。だが、仕方がない。アルスは踵を返した。

 

 

────…ちゃん!

 

声が聞こえた。

 

───兄ちゃん!

 

何度も呼ばれたその呼び名。

 

「アルス兄ちゃーんっ!!!」

 

アルスはその声を聞き素早く振り返った。

 

─────クラリスだった。

 

「クラリスッ!!」

 

「アルス兄ちゃん!!」

 

滑走路を、燃えるような赤い髪をした少女が涙声で必死に、全速力で走ってきている。アルスは昨日買ったそれを取ると、勢い良くタラップを降り始めた。

 

「何?どうしたのアルスは?」

 

「見てカヤ!あれ!」

 

「クラリス!?」

 

既に乗り込んでいた仲間達は窓に目を向けた。

 

「クラリス!」

 

「アルス兄ちゃんっ!」

 

タラップを降り終えた所で、クラリスはアルスの所に追い付いた。彼女は感情任せにアルスの胸に飛び込んだ。アルスはしゃがんでそれをしっかりと受け止め、背中を撫でた。右手に例の物を持ちながら、クラリスの息が落ち着くまで待った。

 

「アルス兄ちゃんのばかぁっ!バカバカバカー!!アルスのバカー!!」

 

「ごめん、ごめんなクラリス」

 

クラリスの泣き顔はかれこれ3回目だった。彼女はぽかぽかとアルスの胸を叩いた。

 

「勝手に行っちゃうなんてひどいよぉー!」

 

「連れて行って、って言われると思ったんだ。でも危ないから……」

 

アルスが言い終わる前に、クラリスは泣き叫んだ。

 

「私も連れて行ってよー!!!うぇええぇえええん!!」

 

「ダメだ、それは出来ないんだ。分かってくれクラリス」

 

「えぇええへえぇえん!!うぁあぁああ!」

 

「あー、よしよし………」

 

アルスは背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせた。クラリスはアルスの心臓に耳を当てていた。

 

「うぅ~……グスッ…」

 

「クラリス、お前はお姉さんだろ?しっかりするんだ、泣いてばっかだぞ、泣き虫」

 

「ロイの前じゃないからいいんだもん!!ロイはわざと置いてきた!起こしてって言われてたけど、こんな姿見せたくないし…」

 

涙で顔を腫らし、クラリスは酷い顔になっていた。しかしアルスの心音を聞いて落ち着いたのだろうか。もう泣きやんでいた。そしてクラリスは何かを取り出した。

 

「これ……」

 

「これ……折り紙か?」

 

クラリスから渡されたそれは音符の形をしていた。

 

「うん……、ラオ兄ちゃんから教わった……。それで、皆の髪の毛の色で作ったの」

 

重なっていた折り紙を1枚1枚丁寧にクラリスは見せた。深い青のコバルトブルー、弾けるようなオレンジ、ガットを象徴する緑。ベージュ、漆黒、薄金、灰色、赤みがかった茶色。仲間達の人数分のそれをアルスに渡した。

 

「それでね……最後の1枚が、これ」

 

クラリスは赤い折り紙音符をアルスに見せた。

 

「赤……。クラリスの髪の色だな……」

 

「私は行けないから、これ持って行って。あと、これもプレゼントだよ!ロイと一緒に描いたの!」

 

クラリスは丸めてあった画用紙を広げた。そこには皆の似顔絵が描いてあった。決して上手いとは言えないが、一生懸命かいたのだと、アルスは分かった。

 

「ありがとう、クラリス。大切にするよ。皆もきっと喜ぶ」

 

「えへへ、2人でがんばったんだよ」

 

照れてはにかむクラリスの頭を撫でた。自分もこれを、とアルスは右手のそれを差し出した。

 

「これ、何?」

 

クラリスはラッピングされている細長いものを不思議そうに眺めた。

 

「俺からのプレゼントだ」

 

「プレゼント!?アルス兄ちゃんからの!?」

 

クラリスは素早く受け取った。

 

「開けていい!?」

 

「ああ」

 

クラリスは満面の笑みを浮かべてビリビリと包装を剥がした。そして出てきたそれに感嘆の声を漏らした。

 

「これって……!」

 

「クラリネットだ。是非活用して欲しい」

 

「ホントに!?ホントに貰っていいの!?後で返してって言っても返さないよ!?」

 

「大丈夫。それはもう、君の物だ。それとこれも。ロイに渡してやってくれ」

 

アルスはチョコレートを取り出した。昨日買った物だ。かなり多めに用意し、ロイの分もきちんと用意してある。しばらく持つだろう。

 

「わー!チョコだぁ!!やったぁ!!!ありがとうアルス兄ちゃん!!」

 

アルスは最初に会った時のクラリスを思い出した。必死にリコーダーで演奏していた彼女はひどく健気だったが、音色と熱意は、本物だった。だからアルスはクラリネットを選択した。そして自分の好物、チョコレートも。

 

「そういえば名前も似てるな、クラリスとクラリネット」

 

「うん!!だから私これずっと欲しいと思ってた!!リコーダーなんかよりずっといい!クラリスとクラリネット!!吹いてみるね!?」

 

クラリスは試しにそれを思いっきり吹いた。しかし、空気が抜ける音だけで、クラリネットの音色は出なかった。

 

「むー………」

 

「まだ無理だよ。一杯練習して、上手くなって。そしたら、是非聴かせて欲しい、君が奏でるクラリネットの演奏を」

 

「うん!!!」

 

クラリスはこれでもかと元気な返事を返した。セドリックとソランジュが、様子を静かに見守っていた。アルスはハッとした。

 

「………っ!」

 

「アルス兄ちゃん……?どうしたの?」

 

虚空を見つめるアルスに、クラリスは怪訝な顔で尋ねた。

 

「クラリス……」

 

「なーに?」

 

「すまないクラリス……。俺を……許してくれ……!」

 

アルスはクラリスをぎゅっと抱きしめた。クラリスは驚いていた。

 

「何を?私何もしてないよ?もう怒ってないよ?」

 

「ごめん……、ごめん、な……」

 

アルスは涙をこらえられなかった。ぽろぽろと控えめに出るそれを必死に抑えようとする。

 

「どうしたの……?チョコ食べる?私の分いらないから」

 

今度はクラリスがアルスの頭を撫でた。渡したチョコを差し出すクラリス。

 

アルスは罪悪感で押しつぶされそうになった。自分は、クラリスの父親が死ぬのを知っている。即ちそれは彼女を裏切り、世話になったセドリックを見殺しにする事────

 

この事は仲間達も知らない。スヴィエートの人間で、更に皇帝という立場だったから、余計に申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだ。例え直接自分が命令を出していなくても。

 

「大丈夫だよ、アルスお兄ちゃん……、いたいのいたいの飛んでいけー!」

 

「………あぁっ……」

 

クラリスはアルスの頭を撫で続けた。

 

「………ありがとうクラリス……」

 

クラリスの小さな体を抱き締め、アルスは別れの挨拶を告げた。

 

「………さよならだ、クラリス」

 

ゆっくりと、彼女から離れた。クラリスは希望に満ちた目でアルスを見つめた。

 

「また……また会えるよね?きっと!」

 

「あぁ……、きっと会えるさ」

 

アルスは嘘をついた。

 

(会えるわけないのにな────)

 

クラリスは去っていくアルスに手を振った。

 

「………バイバイ」

 

「バイバイ………」

 

アルスは静かに手を振り返した。そしてゆっくりと搭乗し、操縦席に着いた。気待ちを切り替え、一気に神経を集中させる。

 

「─────行くぞ!スヴィエートへ!!」

 

その日、ミーレス輸送機はロピアスから飛び立った。地平線の彼方に消える最後まで、クラリスはその姿を見送った。腕がちぎれるほど大きく手を振り、叫んだ。乗っていた仲間達もそれに答え、クラリスに向かって、大きく手を振り返した。

 

 

 

早朝の朝日が、アルスの目に眩しいほど飛び込んできた。それは綺麗な朝焼けだった。とても爽やかで、そして何故だか無性に悲しくなるような風景を超え、スヴィエートに向かって行くのだった。




さようならクラリス(フラグ)


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20年前のスヴィエート

世界の中心、スターナー島、海上付近。

 

ミーレス輸送機は順調に航空していた。もうじき、ロピアスとスヴィエートの領空の境目だった。仲間達の様子は、操縦席からはあまり見えない。出発してすぐにはクラリスの描いた似顔絵と折り紙等、クラリスの話題が耐えなかったが今は寝ている者が殆どだ。

 

「アルスー、これ。腹減ったっしょ。ソランジュさんから貰ったのよ」

 

先程まで爆睡していたカヤが起きてきたようだ。彼女の手のバスケットにはサンドイッチが沢山入っていた。

 

「サンドイッチまで作ってくれたのか。ありがとう、頂くよ」

 

「ん」

 

アルスは卵のサンドイッチをとった。それからツナとカツサンドと野菜が入ったサンドイッチ食した。

 

「今あたし達どこらへんなの?」

 

「もうすぐでスヴィエート領内に入る。入る瞬間、あのレオンテ鉱石の機能を発動させる。その効果は1時間しかない。だからスヴィエートに入ったら一気にスピードを上げざる負えない。皆に覚悟しておいてくれと伝えといてくれ」

 

「はいはーい。んじゃそん時になったら合図頂戴ね〜パイロットさん」

 

「ああ」

 

アルスは現在の位置を確認した。ロダリアが言うには、レオンテ鉱石に雷属性のエヴィを注入すれば反応すという。調整に苦労したが、やりがいのある作業だった。

 

 

 

そして、スヴィエートの領内に入る直前まで来た。アルスは気を引き締めた。いよいよである。ここで油断してはいけない。

 

「皆!そろそろスヴィエートに入る!」

 

アルスは言った。

 

「……ついにスヴィエートか」

 

「なんだか緊張するね…。一応私の母国なのに。戦争中ってだけでこんなにも緊迫感があるなんて……」

 

「戦争中でなくてもスヴィエートは厳しいですがね。ロピアスのスパイでスヴィエートに潜入して、帰って来た者はいませんわ」

 

「ひぇ〜、そんな事聞くと余計恐ろしく感じちゃうヨ」

 

仲間達が雑談していると、アルスの声が聞こえた。

 

「境界線を発動する!」

 

アルスは操縦席のあるスイッチを押した。すると少し窓が曇りがかった。しかしそれは透明になり、境界線のようなものを空に作り上げた。アルスはレーダーを確認した。実機が消えている。どうやら成功のようだ。

 

「うまく行ったか……」

 

「はぁ〜……、あとは無事スヴィエートに着くだけだね〜……」

 

 

 

 

そして次第に雪が降ってきた。白い大陸が見える。目の前には高い雪山がある。グラキエス山だ。

 

「え、ちょっと待って下さいよ?アルス君はどこに着陸するつもりなんですか?」

 

「………そういえば」

 

ノインとフィルが外の光景を見て話している。

 

「……機体はグラキエス山に飛んでるネ」

 

「………まさか」

 

そしてラオとカヤ。

 

「グラキエス山!?」

 

ルーシェが叫ぶ。

 

「はっ!?マジかよっ!?」

 

「まぁ、機体が発見されたら大変な事になりますからねぇ。手を加えているとはいえ、立派なロピアス航空機ですし」

 

「だからってうおっ!?」

 

「まじかぁあぁあぁぁぁぁぁぁ!」

 

そしてガット、ロダリア、カヤの会話を最後に、機体は着陸態勢に入り、会話どころではなくなったのであった─────。

 

 

 

「おいアルス!何て事すんだテメェは!?」

 

「先に知ってたら大反対してただろう」

 

「たりめぇだ!!心臓飛び出るかと思ったぞ!」

 

「飛び出てないから安心しろ」

 

アルスが操縦するミーレス輸送機は、スヴィエート最高峰のグラキエス山に着陸した。勿論、アルスもこの事を想定していて、改良は元より重ねていた。ここ以外どこにも着陸させる場所が思い浮かばなかったのだ。目撃されれば撃墜待ったなしのロピアス輸送機をのうのうとそこらへんに止めるわけにも行かない。

 

「はぁ………、ガチで死ぬかと思った…」

 

「おえ……小生吐きそう……」

 

カヤとフィルが胸を押さえている。

機体は大分揺れたものの、なんとか無事に着陸することが出来たのであった。アルスの操縦技術のお陰でもあるが、二度とできない体験であった。

 

「アルス君……、やけに手慣れているようですけど……、何かやっていたんですか?貴方皇帝ですよね?」

 

ノインがアルスに話しかける。

 

「あぁ…、スヴィエート皇家男子は代々空軍で飛行免許をとるんだ…。それがとれないと、皇帝になれないし認めらもしない。一種の通過儀礼みたいなものだ。その他にも色々な免許は一応持っている。かなり苦労したが、今ではいい思い出かな」

 

「す、すごそうですね……」

 

「へぇ〜……大変なのね皇帝も……」

 

「10代の頃はとにかくこうして己を磨く事に専念の毎日だった」

 

「………ハッ。だ〜から女に免疫ないのね………」

 

カヤが鼻で笑った。

 

「ぐ………」

 

「図星なんかい。天下のスヴィエート皇帝アルスも、可愛いとこはあんのね〜」

 

「う、うるさい……、とにかく、早く中から出て、下山して、オーフェングライスに行く」

 

アルスの声に皆はぞろぞろとミーレス輸送機から降り始める。外から、寒い寒い、死ぬ、凍る、と悲鳴が聞こえてくる。アルスはまた懐かしくなった。この銀景色こそ、時代こそ違うが自分の生まれた故郷なのだ。

 

 

 

そしてグラキエス山をなんとか下山し、アルス達はオーフェングライスに到着した。

 

「さ、寒い、寒すぎる………」

 

ノインが言った。彼の鼻から垂れる鼻水が凍っていた。あの雪山から降りてきたのだ。皆心身共に冷え切っていた。首都オーフェングライスの広場は独特の静けさに包まれていた。雪に音が吸い込まれるため静かなのだ。

 

「でもはっきり言って今は暖かい方だ。もうすぐ冬が終わる時期なのかもしれないな。皆…、とりあえず今日はどこか休める所へ行こう…。そこで次の目的について話し合おう、平民街に宿屋があるはずだ…」

 

アルスの意見に賛同し、平民街地区に行く。すると思いの外賑わっていた。ロピアスとは勝手がまるで違った。いかにスヴィエートが現時点で優勢かが分かる。歩いている途中見かけた本屋の新聞記事の見出しにこう書いてある。

 

”我が軍はまたもや圧勝。我々スヴィエートの民の復讐劇の終幕は時間の問題か”

 

アルスはこの時代がまるで違う事を改めて思い知った。ロピアスと違いスヴィエートは逆に戦争の影響が全く街に被害を及ぼしていない。

 

(俺達は平和な時代に生まれたんだな…)

 

アルスはそう思えざる負えなかった。

 

 

 

平民街の宿屋”ピング・ヴィーン”の扉を開けた。カランカランと来店を知らせる音が響いた。この宿屋は1階がバー、2階、3階が宿屋になっているようだ。アルコールの匂いがアルスの鼻に付く。

 

「あぁ〜いいなぁ〜、酒飲みてぇなぁ…」

 

ガットが言った。

 

「駄目だ我慢しろ。何が起こるか分からない。気を抜くな」

 

「しばらく飲んでねぇんだよ…」

 

「……俺は受付してくる」

 

ガットを無視しアルスは受付へ向かった。

 

「ルーシェ、あれ何?」

 

「ん?」

 

フィルがクイクイとルーシェの服を引っ張った。彼女が指をさしているのはダーツボードだった。

 

「あれはダーツっていうゲームに使う道具の一つだよ。あの的に向けて手でダーツの矢を投げるの。射的みたいなものかなぁ」

 

「小生やってみたい!」

 

「うーん……フィルちゃんは、身長が明らか足りてないみたいだね……」

 

「えー!」

 

それもその筈。全て大人用の身長の高さに的があるためフィルは到底届かない。

 

「むー……」

 

「アハハ、僕が肩車してあげようか?ほらプチ騎馬戦ごっこの時やったよネ」

 

ラオが笑いながら言った。

 

「お前首取れそうで怖いから断る!」

 

「大丈夫だヨきっと。クラリスがアグレッシブ過ぎただけだヨ」

 

「えぇ〜、どうせならノインがいいー」

 

「ノインはこの前乗せてもらったデショ。彼よりかは僕の方が身長高いヨ」

 

ノインのプライドを傷つけつつフィルの両肩を掴み歩かせ、ラオはダーツゲームのコーナーへ歩み寄った。今、ゲーム中の客は4人いた。非番と思われる軍人が2人、中年で小太りの男性が1人、そして黒のコートを着て、全身黒ずくめの背の高い男性が1人。彼は室内だというのに黒い帽子を深くかぶっていた。

 

「………アレ?」

 

ラオは突然鋭い頭痛に襲われた。こめかみを押さえ立ち止まる。

 

「おい、ノインの身長を言ってやるな。本人それかなり気にして……、って、どうした?頭痛いのか?」

 

振り向いたフィルは驚いて声をかけた。普段基本的に緩い表情なラオだが、険しい顔をして目を開けている。

 

「……、ナンカ、何かが流れてくるような………」

 

「何だそれ?」

 

「ウッ……!」

 

ラオは頭の中にキーンと音が響くのを感じた。まるで足りない何かを埋め合わせるように、その何かが流れ込んでくる。しゃがみ込みそれに耐えたが、気分は良くならない。

 

「おい、大丈夫か?」

 

フィルはラオの手を引き移動させた。ルーシェの元へ連れていく。

 

「ルーシェ、ラオが頭痛いらしいぞ。何とかならないか」

 

「えっ?どうしたの?」

 

ルーシェもしゃがみ込み、ラオの頭に手を当てる。ラオは俯いて痛みが緩和されるのを待つが一向に痛みは引かない。それどころか更に痛みが増した。

 

「うぐっ……!」

 

ラオの視界が突然真っ白になった。そして徐々に視界が開けてきた。真っ白な空間にたった1人、誰かが立っていた。

 

 

 

(……………アルス?)

 

──────否、似ているがよく見ると違う。髪はアルスと同じコバルトブルーだったが、顔は違う。似ているがやはり違うのだ。

 

その人物はにこやかに笑い言った。

 

「僕の名前はサイラス・レックス。首都からここの工場に視察団として来たんだ、色んな人を見たけど君の惚れ惚れする仕事の達人っぷりに思わず目がいってしまってね」

 

─────ボクはこの人を知ってる。

 

「へぇ、アジェスからわざわざ奉公なんだ…。すごいねェ。尊敬するよ。ご両親もきっと君を誇りに思っているんじゃないかな」

 

いつか見た光景。いつ?どこで?この人は誰?知ってる、ボクはこの人を知ってる。

 

「ラオ・シン…、か。いい名前だね。よろしく、ラオ」

 

そして彼は握手を求めてきた。その差し出してきた手を握り返そうとした。しかし次の瞬間。

 

「………ハッ!?」

 

そこで視界が戻った──────

 

 

 

「ごめん、少し気分が悪くなったから今日は帰るね。お金はここに置いておくから。釣りはいらない」

 

丁度受付をしている最中だった。アルスは突然後ろから無造作に置かれたガルドに驚いた。条件反射で後ろを振り返ったが顔は見えない。見えた姿は後ろ姿だった。

 

「だっ、大丈夫ですか?」

 

受付の店員が心配そうに声をかけた。それを無視して黒い帽子に黒く長い丈のコートを着た背の高い男が店のドアを無造作に開け出ていった。カランカランとベルの音が大きく響く。

 

「………?まぁいいか、で、男4人と女4人の8人なんですけど…」

 

アルスは特に気を止めず中断された受付を再開した。



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二手に分かれて

宿屋の部屋をとりしばらく自由行動となった。皆体を休め暖まったりシャワーを浴びたりして疲れを癒す。ルーシェはラオの頭痛の具合を見るため彼の部屋に来ていた。

 

「ラオさん、もう痛みはありませんか?」

 

ラオの頭痛はすっかり収まり今は至って平常である。

 

「あ、ウン…、もう平気だヨ。わざわざありがとネ」

 

ラオはにこりと微笑むルーシェにお礼を言った。

 

「頭痛……。そういえは、以前にも似たような事がアルスに起きてましたね…。今度はラオさんが……」

 

ルーシェは思い出した。あれは確かベクターに船上で襲撃された時。

 

自分を庇おうとしたアルス。しかしベクターの標的は最初からアルスだった。ルーシェを庇いに来る事を前提した上で攻撃してきたのだ。アルスはそのフェイクにハマり、いきなり方向転換したベクターに対処しきれなかった。そして、それから庇ったのがラオである。突如まばゆい光に包まれ、その後アルスはあまりの頭痛のひどさに失神してしまった。

 

「ボク、頭痛がしてしばらくしたら視界が真っ白な空間にいきなり飛んだんだ」

 

「……?アルスみたいに失神しかかったってコトですか?」

 

「ウウン、違うんだ。その真っ白な空間に男の人が1人、いた」

 

「男の人……?」

 

「アルスに少し似てた。髪の色はアルスと同じ色だった。ほら、コバルトブルーの綺麗な青って感じの」

 

「アルスに似たコバルトブルーの髪の男の人……?」

 

「でも雰囲気は大分違ってた。爽やかで、物腰柔らかくて…、アルスみたいに堅苦しくないし髪もアルスより少し短い。その人は、サイラス。サイラス・レックス。ひとりでに話してて、自己紹介してくれた」

 

「えっ!嘘!?サイラス……!?」

 

ルーシェは大きな声で驚いた。

 

「ナニ?どうしたの?知ってるの?」

 

「そんな訳ない筈です、何か、何かきっと見間違えですよ!だって…サイラスは……!」

 

「サイラスは…?」

 

ラオは静かに答えを待った。ルーシェは顔を青ざめて言った。

 

「……私が生まれるもっと前に暗殺された6代目スヴィエート皇帝です。私の記憶が間違ってなければ…、多分サイラスはアルスの祖父にあたる人物…」

 

ルーシェは記憶をたどり、サイラスに関係する事をラオに説明する。

 

「────下町の人々から話は散々聞いたことがあります。サイラス暗殺後、即位した彼の弟、ツァーゼル。一時期彼が暗殺を企てたのではないかと騒がれたそうです。実際の犯人はアジェス人だったそうですが……。

 

ツァーゼル、彼はその…つまりアルスの大叔父にあたる人物ですね。

 

彼は、兄サイラスと対立していました。兄とは全く反対の思想を持ち、スヴィエート暗黒期として名高い時代を作り上げた最悪の皇帝だったらしいです。今も残る身分制度を確立し、とことんサイラスとは反対な事をした。民衆がサイラス政権下で行われた政策を望み、反対運動を起こすと大粛清が行われスヴィエートは激しい内戦状態となった。反政府軍とスヴィエート軍がぶつかり、戦力差は歴然。反対勢力の民衆は皆殺しにも近い形で粛清されたんです。生々しい記憶としてスヴィエートでは有名だと同時に苦い記憶でもある。忘れないように親から子へと語り継がれる場合が多いそうです。私もその1人です。最も私の場合、女将や下町の人から聞いた話ですけど……」

 

身分制度と言うのも、スヴィエートでは特徴的だ。首都も貴族街、平民街、そして貧民街と分かれている。ラオは頷いた。

 

「なるほどネ……。まぁツァーゼルは今はおいといて、祖父ネェ……どうりでアルスに似てたわけだヨ…」

 

「でも、何でその人がラオさんの頭痛の幻に?」

 

「それが分かったら、頭痛に悩まされないんだけどネ。原因何なのかな…。でもツァーゼルってのもナーンカ聞き覚えあるような……ん〜、ダメだ……」

 

ラオははぁ、と溜息をついた。そして思い出したように行った。

 

「あぁ、そうだ。この事は、アルスには黙っててくれないかな?」

 

「え?どうして?」

 

ルーシェは疑問に思った。アルスの祖父の話なら彼は知っているかもしれないからだ。

 

「彼、何だか今神経質じゃない?ルーシェも今喧嘩中なんデショ?」

 

「……それは…」

 

「防空壕で喧嘩してたよネ。途中から話がズレて、彼のコンプレックスに触れてしまったってところかな。昔、つまり過去の事を口にしたときだったよネ。アルス、何だか過去にあまりいい思いを抱いていないみたい。皇帝家ともなれば、家系が複雑なのも肯けるヨ」

 

「そう…ですね…」

 

ほんのちょっとした事からすれ違いが始まり、アルスとルーシェの2人仲に深い亀裂が刻み込まれてしまった。ラオはなんとなく察していた。一線引いた目で見てはいるが、実はよく観察し、見ている。口にしないだけだった。

 

「だから、頭痛の事を話すのは、今じゃなくていいと思うんだ。ただでさえさっきのはボクの問題だったしネ。あまり彼に心配かけられないヨ。迷惑にもなるし」

 

「分かりました……、そうゆう事にしておきます…」

 

「ウン、ありがとう」

 

 

 

一方その頃、ロダリアはというと─────

 

「そこのお二方…、私と一杯どうです?」

 

ロダリアは1階のダーツバーに来ていた。そしてそこで、先程からダーツをプレイしていた非番中の軍人2人に話しかけた。

 

「あ?誰だアンタ?」

 

「ちょっとお聞きしたい事がありますの。立ち話もなんですし、カウンターで御一緒にお飲みしません事────?」

 

ロダリアは上品に笑うと扇子で口元を隠した。

 

 

 

アルスはシャワーを浴び終わり着替えるとベットに座った。棚に置いておいた懐中時計を手に取ると鎖を持ち、蓋に装飾されているスヴィエート皇室の紋章をじっと見つめた。この紋章から明らか父、つまりスヴィエート家の者が所有している筈なのに何故か話によると母の形見となっている。つまり、裏切り者のスミラだ。父があげたのだろうか?母はこの金色の懐中時計を一体どこで手に入れたのだろうか?やはり父が?

 

────謎は深まるばかりである。

 

「………本当、俺は両親について何一つ知らなかったんだな……いや、スミラの事になると、知りたいとも思わなかった…」

 

20歳にもなって後悔している自分が馬鹿に思えてくる。物思いにふけっていると、コンコン、と誰かが扉をノックした。

 

「…はい?誰ですか?」

 

アルスは立ち上がって言った。

 

「私ですわ」

 

「その声はロダリアさん?」

 

アルスは扉を開けた。ロダリアが立っている。

 

「ふふ、いい情報が手に入りましたのよ、感謝して下さいな」

 

「情報?」

 

「ええ、これからの目的に大いに関係してくるかと……」

 

「………とりあえず、部屋にどうぞ」

 

アルスはロダリアを招き入れた。

 

 

 

その日の夜アルスの部屋に皆が集まった。テーブルを囲み、彼を中心に話をする。

 

「皆、これからの予定についてなんだが……」

 

アルスは神妙な顔付きで話始めた。

 

「ロダリアさんからある情報を聞いた。非番中のスヴィエート軍からの噂話だそうだ」

 

「噂話?」

 

ノインの返しにロダリアが答えた。

 

「ええ。なんでも、シュタイナー研究所とかいう所で、ここ最近大規模な研究や実験が繰り返し行われているそうですわ」

 

「シュタイナー研究所………」

 

ガットが呟いた。

 

「そこは昔からスヴィエート皇室が関係しているそうです」

 

「へぇ〜、アルスは知らなかったの?」

 

「あぁ、知らなかった。俺もさっきロダリアさんから聞いたんだ。俺達の時代になかったということは、恐らくこの時代限定で重要な機密だったんだろう。戦時時代独特のな」

 

カヤの問いにアルスは答えた。

 

「そう、兵器を開発したりする所なら尚更国家機密の筈です。国家機密となれば皇室管轄の研究所と言っても不思議ではないはず……。私はそこに目をつけましたわ」

 

「つまりどうゆうコト……?」

 

「ロピアス王国でラメントがもう陥落していたということは、スヴィエート軍がロピアス本土に既に上陸しているということ…。つまり、マクスウェルがもうロピアスにはいないと言っても過言ではないでしょう」

 

「もう……スヴィエートが手に入れてる……って事ですか?」

 

ルーシェが言った。あえてフレーリット、とは言わなかった。あまりアルスの逆鱗に触れたくはない。しかし、当の本人アルスもそう予想している。

 

「えぇ、あくまで仮説ですがね。可能性は高いでしょう。フレーリット氏がマクスウェルを掌握しているとして、しかも研究、実験となればそれ相応の施設が必要です。管理するにもね……。そして、ここ最近では何かの研究、実験が頻繁に行われている……。これ以上怪しい事はありませんわ」

 

ロダリアの言う通りだった。アルスも先程2人きりで聞かされたがまさにそれしか今は可能性がない。父の事が未だよく分からずじまいだが、自身とロダリアの仮説通りだと、結局辻褄が合いすぎているのだ。あと残る仮説といえば────

 

「まぁ、先程言った通り、あくまで仮説を前提とした予想。そして、そうではないとする場合の仮説は…」

 

ロダリアはアルスを見た。目が合い、アイコンタクトで合図を送られる。話せ、と言っているのだろう。

 

「あと残る可能性は……、父、フレーリットが直接マクスウェルを掌握している事だ。そんな所業出来るのか定かではないが、可能性がないとは決して言いきれない。もしかしたら、体に精霊を取り込む事だって出来るのかもしれない。父は自ら戦場に立った。そして、かなり精度が高く、完成された高威力の完璧な光術を用いたリュート・シチート作戦に前線として参加した。つまり、道は2つ。シュタイナー研究所に行くか、スヴィエート城へ行き、直接何か手がかりになるものがないかを探す」

 

可能性は五分五分と言ったところか。どちらも有り得る話なのだ。

 

「でも師匠、どうするのだ?順番に回ってその可能性とやらを潰していくのか?」

 

フィルがロダリアに聞いた。

 

「あら、それは私の考える事ではありませんわ。アルスが決定を下す筈です。この話は今より事前に、アルスに話していたことですからね」

 

そう、目的の決定権はリーダーであるアルスにある。

 

(ま、私は城行きを所望しましたがね)

 

あとは彼の決断を待つのみ。そうロダリアは助言したに過ぎないのだ。しかし、事は思い通りに転がっていった。自暴自棄に陥っている人程掌で転がりやすい。

 

「これから、4人4人で、二手に分かれて行動する。研究所へ行くチームと、城へ行くチームだ」

 

ロダリアはほくそ笑んだ。




次話から研究所サイド、城サイドと交互に話が進みます。こっちがここまで進んだらあっちに切り替わる、みたいなゲーム展開。
なお、残念ながらパーティは固定。


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研究所サイド1

「二手に分かれる…か。それが1番効率いいわね…。でもチーム分けどうすんの?アンタはどうせスヴィエート城でしょうけど」

 

カヤはアルスに言った。しかしアルスは首を振った。

 

「いや、俺は研究所だ、スヴィエート城にはロダリアさんに行ってもらう。彼女は城行きチームのリーダーになってもらう」

 

「はぁ?何で1番城の事知ってるアンタ自身が行かないわけ?」

 

「考えてもみろ。俺は現代のスヴィエート皇帝だ。隠密に行動するとは言え、外見や目の色でバレる可能性だってあるし、明らか不審に思われる。特に側近のハウエルやマーシャ、そして両親と接触するのは極めてまずい。顔を見られちゃいけないんだ。未来を変えかねない」

 

「な、なるほど……、確かにそうね……万が一ってのがあるし」

 

カヤは納得した。

 

「だが、正直少し興味があったりもする……」

 

「何に?」

 

「俺の父と母だ」

 

「あぁ、ご両親の事ね……」

 

「でも…、会わない方がいいんだ。特に、スミラと会ったら…………。はぁ、俺は平静ではいられないかもしれない。それも考慮して考えた結果だ。安心しろ、城の地図は既に書いておいた。父の部屋も書き込んでおいてる。後はルート通りに行くだけだ」

 

アルスは書いておいたスヴィエート城の地図を引き出しから出した。

 

「それで?チーム分けはどうすんの?くじ引き?」

 

「俺が考えておいた、まず……」

 

「俺は研究所行きを希望する」

 

アルスの言葉を遮るようにガットが言った。いつも適当に流し積極的な態度など皆無な男が、自ら希望した。

 

「ガット?珍しいな、だが何故?」

 

「頼む、アルス。それに俺、その研究所多分知ってんだ。あと治癒術も多少使える。治癒術師は片方に1人は入れておいた方が絶対いい筈だぜ」

 

「…………それもそうだな、分かった」

 

アルスは少し心の中で安心した。ただでさえ気まずいルーシェと同じチームになると行動に支障をきたしかねない。ガットが一緒ならルーシェとは別チームになる。アルスはガットの願いを受け入れた。

 

「ルーシェは私のチームに、いいですわね?」

 

「はい…、分かりました」

 

残るメンバーはフィル、ラオ、ノイン、カヤだ。

 

「城の方は完全な潜入捜査になりますわ。よって子供のフィルは必然的に対象外。貴方は研究所チームですわ」

 

「……分かった、師匠がいうなら…」

 

「って事は僕も研究所って事で…」

 

「ノイン、お前は城だ」

 

アルスは素早く言った。

 

「ええっ!?何で!?」

 

ノインはフィルと一緒のセットのように仲がいい。だが今はそんな事考慮していられない。

 

「最初は変装の得意なカヤを城に行かせようとした」

 

「アタシ?アタシは別にどっちでもいいけど…」

 

カヤは自分を指差して言う。

 

「だが、城で変装するとしたら男の方が確実に動きやすい。男2人でスヴィエートの警備軍人に扮して、フレーリットの部屋に侵入するんだ。そうなると、残りのノインとラオは城行きだ」

 

「オッケー、潜入なら任せて!スパイ活動の基本だよネ。忍者のボク!色々城での行動なら役に立つと思うヨ!」

 

「うー……フィルと別れるのか……、まぁ仕方ないか……。分かりましたよ…」

 

ノインは承諾した。

 

「じゃあアタシは研究所って事ね」

 

「あぁ、ノインとラオに変装のコツでも教えておいてくれ」

 

「そんなホイホイできるもんじゃないっての!まずスヴィエート軍人の服!それが必要でしょうが!」

 

「あら、それなら心配ありませんわ」

 

ロダリアが言った。

 

「こうなる事を想定して、既にご用意できています」

 

 

 

ロダリアは宿屋2階の物置部屋に案内した。そしてその扉を開けた。

 

「あー!これってさっきバーにいた軍人だ!師匠!?殺したのか!?」

 

「まさか、そこまでしませんよ。ちょっと眠ってもらっただけですわ。泥酔状態にもさせましたし、しばらく目を覚ますことはありません」

 

バーでダーツをしていた非番中の2人の軍人が下着姿で縛られていた。ぐっすりといびきをかいて寝ている。ロダリアは言葉巧みに誘い、この状態に持ち込んだのだ。

 

「うっわ、えげつな…」

 

カヤが言った。スヴィエート軍服は既に用意できているとはこのことだったのか。

 

「あら、変装の得意な盗賊さんに言われたくありませんわ?」

 

「ごもっとも………」

 

「じゃあ、ボクとノインはこのスヴィエート軍服着て潜入だネ〜」

 

「うへぇ……、絶対上手くいかないと思うんですけど……」

 

ノインはげっそりした。ルーシェがロダリアに言った。

 

「あの、ロダリアさんはどうするんですか?」

 

「私は平民街に売ってる洋服をそれっぽく組み合わせて、シスター姿に変装します。精霊信仰として使用人達や軍人達に祝福をしに来たシスターに扮します」

 

「な、なるほど。で、えっと、私はどうすればいいでしょうか……?」

 

「貴方の変装服は現地調達ですわ。まず私の助手としてついてくる、そして後にメイドに変装して、スミラに接近してもらいます。フレーリットの妻なら、彼の部屋に入る事等、造作もないことですから。貴方はスミラと親しくなり、そしてそれを介してフレーリットに近づくのです」

 

「メ、メイド!?」

 

「あら、貴方家事全般得意でしょう?うってつけのポジションですわ」

 

「わ、分かりました……、上手くいくかは分かりませんが、全力を尽くします……」

 

「シュタイナー研究所は、貴族街の北西にありますわ。さ、2人はまず着替えてください。そして私の服を揃えた後、アルスとたてた作戦をお話しますわ。では、ご武運を?」

 

そこで城チームと宿屋で別れた。残るアルス、ガット、フィル、カヤの4人は研究所だ。

 

 

 

研究所チームは貴族街に足を運び、北にあるシュタイナー研究所に来ていた。

 

「思ったんだけど、研究所ってそう簡単に入れるもんなの?」

 

「見学しに来ましたー、じゃダメか?」

 

「フィル…子供のアンタならもしかしたら通用するかもしれないけど、流石に無理っしょ……」

 

「どこか入れる場所が必ずあるはずだ。正面玄関ではなく、裏口とかが…」

 

「あぁ、あるぜ」

 

ガットがさも当然のように言った。

 

「それは本当か?」

 

「あぁ、言っただろ、俺知ってるってな。多分そうだと思ったが、やっぱりそうだった。昔来たことあんのよ」

 

「昔?お前スヴィエート人だったのか?それに貴族……?お前が?」

 

「何も俺がスヴィエート人だなんて言ってねぇだろうが。色々とあったのよ、で、どうすんの。裏口。案内するけど?」

 

「あまり深くは聞かない方がいいか……。分かった、案内してくれるならありがたい事この上ない」

 

「────こっちだ」

 

 

 

ガットが案内した場所は貴族街の片隅にあったマンホール。静かで人通りが少ない簡素な場所にポツンとあった。

 

「この下の下水道から、研究所に繋がる梯子がある。まずは下に降りて、その梯子を探す」

 

「分かった。よし、行こう」

 

アルス達研究所チームは、マンホールの梯子を降りていった。

 

 

 

下水道の道を抜け、しばらくすると天井に梯子が掛かってるいるのが見えた。

 

「アレだ。あれを登ると、研究所に繋がってる」

 

「しかし、どうしてこんな裏口を作ったんだ?」

 

フィルは上を見上げて言った。

 

「そうねぇ、万が一事故とかが起きて出口が封鎖されたりした場合の脱出路として確保しておいたんじゃないの?」

 

カヤが答えた。

 

「……まぁ、あながち間違っちゃいねぇな…」

 

ガットは目を伏せて言った。

 

「え?アンタどこまで知ってんの?まさか職員だった………とかはないよね?」

 

「ちげぇよ……。ま、多分入ってみりゃ分かるんじゃねぇの?」

 

「お前……過去にここで何かあったのか……?」

 

アルスは不審そうに聞いた。しかし、彼は答えなかった。無視して梯子を登っていった。

 

梯子を登り終え、研究所の床に降り立つと、皆が何かを感じ取った。

 

「……なんか、すっごいエヴィの濃い所ね……」

 

カヤは顔をしかめた。通常、エヴィは肉眼では見えないが濃度が濃いと属性に従ってその色を表す。イフリートの時は赤い色をしていたというように、それぞれ色が違う。しかし、現在の場所は様々なエヴィが混ざり合い、紫色の霧状のモヤがうっすらと見える。アルス達は梯子がある部屋を出た。薄暗い廊下に出る。更に不気味だった。まるで毒ガスのようにエヴィが宙に円満していた。

 

「薄気味悪い所だな……、しかも、人の気配が感じられない……。本当に研究しているのか?ロダリアさんは大規模とか言っていたが……」

 

「それは恐らく、ここのエリアが通常の研究員は立ち入り禁止になっているからだ。下水道から上がってきたってことは、地下施設って事だ。つまり、光の当たらない、影の……」

 

ぅおぉおおぉおおおぉおぉぉぉん───────

 

廊下の奥から、突如地に響くような不気味な唸り声が聞こえた。

 

「ギャー!!カヤ!!今のはなんだ!?」

 

「知るかぁあ!ってちょ!ひぃぃいぃアタシを盾にしないでよぉ!」

 

フィルは悲鳴をあげてカヤの後ろに隠れた。

 

「な、何だ今の声………!?」

 

アルスも声が震えていた。

 

うぁああぁあおおおお────

 

「ちょっとちょっとぉ!アタシ達は肝試ししに来たんじゃないっての!」

 

カヤは涙目になり、必死に後ずさる。しかし、段々と声は近づいてくるのだ。

 

しかし、声は聞こえ続ける。それにも増して、ヒタ…ヒタ…と何かが歩く音も聞こえてくる。人間の靴音とは思えない。聞いたこともない音だ。

 

「この声………」

 

ガットは何かに感ずいた。しかし、確信が持てない。いや、持ちたくなかった、と言おうか。

 

「おい!何か来たぞ!」

 

アルスは拳銃に手をかけた。ヒタ…ヒタ、と歩いてくるそれは、人間─────。

 

いや、おおよそ人間とは言えなかった。しかし足はある。それに、白衣と思われる白い布がボロボロになりつつもかろうじて体に着ている。上半身は、結晶とような物に覆われたいた。様々なエヴィが凝縮し結晶化したものだ。

 

「なに…………あれ…………?」

 

「ひっ…………」

 

カヤとフィルは立ち尽くして戦慄した。

 

「ア゛ァァアァアァオ゛ォオ゛ァオ゛アァアアア!」

 

その得体のしれない生物は手を伸ばしてこちらに近づいてくる。

 

「嫌……来ないで……!来ないでよっ!!」

 

「やめろ!しょ、小生に近づくなぁ!!」

 

「2人共!下がれ!」

 

アルスは恐怖を押さえ、カヤとフィルを手でかばった。しかしその生物は、

 

「イオ………オレイル………ア゛ット……アァアアァ」

 

そう言い残しガシャァン!と、耳障りな音を立てて床に崩れ落ちた。結晶が砕け散り、やがて跡形もなく空気中に消えていった。そして、白い布がパサリと床に落ち、そしてカラン、と金属の音がした。

 

「……え、何……、何なの?何て言ってた?」

 

「………し、死んだのか?」

 

アルスは恐る恐る近づいた。何も動く気配はない。完全に結晶からエヴィに昇華したようだ。ガットも近づき、しゃがんだ。そして、先程音を発した金属を拾い上げた。

 

「それ……鍵か?」

 

アルスが尋ねた。

 

「あぁ、みたいだ」

 

鍵を見ると、何か文字が刻み込まれている。数字だ。

 

「084……」

 

アルスはその数字を読み上げた。

 

「これは多分、研究員の部屋番号だ。つまり、コイツはここの研究員だった。恐らく、俺の記憶が間違ってなけりゃ………。認めたくないが、まさかハーシー……」

 

「ハーシー?」

 

「いや、まだそうと決まったわけじゃねぇ…。とりあえず、ここの番号の部屋に行ってみようぜ」

 

ガットの意見に皆同意し、研究所を散策した。そしてその部屋を発見した。

 

そこは研究員が寝泊まりする部屋だった。しかし、個人部屋だ。この部屋の人物はそれなりに階級が高いのだろうとアルスは思った。

 

(幹部の1人……か?)

 

簡素で必要最低限なものしか置かれていないその部屋。しかし机の上に、何かが置かれていた。本だ。

 

「これは、日記?」

 

カヤがそれを手にとった。

 

「ハーシー・グレイウェル…、と書かれているな」

 

「………やっぱり、そうだったか………」

 

ガットは溜息をつき、首を振った。

 

「知ってるのか?」

 

「あぁ、……話せば長い、とりあえずアルス、それ読んでみないか?」

 

「あ、ああ。分かった」

 

アルスはゆっくりとその日記を読み始めた。



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城サイド1

「ホ、ホントに、ホントに上手くいくんでしょうか……!?」

 

ルーシェはロダリアの服の裾を掴みながら言った。

 

「覚悟を決めなさいルーシェ。この先は行き当たりばったりしかありませんわ。計画などたてても無意味です。貴方はスミラが相手なのですから」

 

城チームはゆっくりと貴族街の道を歩いていた。この道を抜ければスヴィエート城だ。右隣には妙に似合ってるシスター服姿のロダリア。先程平街の仕立て屋で仕立てたものだ。

 

「しかし、物の見事に様になってますね……」

 

「あら、そうゆう貴方こそ、ノイン?」

 

「………どうも……」

 

「同僚皆背高いから気まずそうだネ!ノイン!」

 

「だぁから!身長の事は!言わないで!下さい!!」

 

そして左隣にはスヴィエート軍服姿のノインとラオ。こちらもこちらで2人ともなかなか似合っている。この中で唯一通常服なのはルーシェだけだ。

 

「ルーシェ、まず城に入ったら地図なメモ通りの手順に、ひっそりと、さり気なく私から離れて行ってください。そして、使用人達のロッカールームに入ったら、適当にメイド服を拝借し着替えるのです」

 

「そそ、その後は!?その後はどうすればいいですか?」

 

「あとは自己判断です。流石にスミラの場所までは分かりません。ですから、自分の判断で行動して下さい。くれぐれも怪しまれないように、スミラを探して近づくのです。貴方ならきっと大丈夫な筈ですわ。

 

─────さ、着きましたわよ。お二人は先程仕立て屋で話したとおり、お願いしますわね?」

 

「リョーカーイ!」

 

「そっちも上手くやってくださいよ!でないとこっちも動けないんですから!」

 

「ええ、勿論…」

 

 

 

「ご苦労様ー!」

 

「ご、ご苦労……」

 

ラオとノインは城の警備に配属されている2人の警備軍人に声をかけた。

 

「ハッ、異常はありません」

 

ラオとノインの軍服は警備軍人のとは違う。階級が少し高い者が着れる服の為、難なく素通りできる、かと思いきや…。

 

「すみません、そちらの方々は……?」

 

軍人姿のラオとノインの後ろに、シスター姿のロダリアとルーシェがいた。

 

「こんにちは、いつも警備お疲れ様ですわ」

 

ロダリアは静かなトーンで話しかけた。

 

「………誰だ貴様は?」

 

警備軍人は顔をしかめた。

 

「あぁ〜っとね、この人達は、ボク達スヴィエート軍を勝利に導いてくれるお祈りや激励をしてくれる精霊信仰の宗教のお偉いさんだヨ!」

 

「精霊信仰のお偉い……?曖昧だな……しかもそんな連絡は届いていないが……?」

 

「サプライズですの…。皆さんに暖かいお料理も後でお持ちいたしますわ。そして、どうかスヴィエートに、精霊様の御加護があらんことを……」

 

ロダリアは服の裾をつまむと恭しくお辞儀をした。

 

「……………そちらの女性は?」

 

「この方は私の助手……。主に下請けの仕事を引き受けてくれて、お料理を作ってくださるのもこの子ですわ。付き人……と、言ったところでしょうか?」

 

「ど、どうぞお見知りおきを……」

 

ルーシェもロダリアと同じようにお辞儀をした。しかし、

 

「どうも怪しいな………。怪しすぎる………。そもそもフレーリット陛下はそうゆう類のものは一切信じず、受け入れない御方だし……」

 

「あぁ……、これ、もっと上の方に確認とった方がいいんじゃないか?」

 

もう1人の警備軍人が提案した。

 

「ちょ、ちょっと……ラオさん……、この流れ非常にマズいんじゃないんですか……」

 

ノインは小声でラオに耳打ちする。

 

「あら…?こうゆうものは一々陛下の許可が必要でして?」

 

「2人には申し訳ないが、少しここでまっ……」

 

「ずぇぇぇぇえええいい!!」

 

ラオは渾身の力で両手に持った札を2人の警備軍人の顔に叩きつけた。警備軍人は一瞬固まり、札が剥がれると言った。

 

「どうぞお通り下さい」

 

「お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 

いきなり彼らの態度が急変した。そして城への門を開けてくれた。

 

「ちょっとぉ!そんな札があるなら最初から使ってくださいよ!」

 

ノインはラオに掴みかかった。

 

「これ3枚しかないの!!なるべくとっといて使いたくなかったのにこれで2枚も消費しちゃって!!残り1枚だヨ!!」

 

「どうしてもっと用意してないんですか!」

 

「無茶言わないでヨ!そんな簡単に手に入るものじゃないんだヨ!これかなり貴重なんだヨ!」

 

「ラオ!ノイン!今はそんな争いは無意味ですわ!」

 

ロダリアは2人を引きはがし言った。

 

「もう作戦は始まってます。早く行きますわよ!」

 

「えぇぇえい!もうなるようになれ!」

 

「ダイジョーブなんとかなるって!」

 

「ひぃいぃ、私これから1人行動……!やだなぁもぅ……!」

こうして、城チームはドタバタながらも潜入捜査に入っていたのだった。

 

 

 

ルーシェは使用人達のロッカールームに無事たどり着き、メイド服を探していた。ラオ、ロダリア、ノインの元の服もルーシェが全て預かっており、ロッカーにしまった。

 

「そんな、簡単に、見つから、ないよね〜……」

 

ルーシェはロッカーを1つずつ確かめ、開けては閉め、開けては閉めを繰り返していったが、そう簡単には見つからない。

 

「あぁ~、どうし、よー。早く、見つかって、ってあったー!!」

 

ルーシェはやっとメイド服を見つけた。サイズも少し小さいがまぁいい。ルーシェは素早くそれを手で掴むとそれに着替えた。

 

「………よし!」

 

ルーシェは腰を叩くと自身に気合を入れた。

 

「頑張るよ!私!」

 

そしてロッカールームを出ていった。

 

 

 

同時刻、ロダリアとラオとノインはというと。

 

無線管理室がある廊下の角。ロダリアが小声で話している。

 

「作戦通り、まず連絡手段を確保するために無線を拝借します。そして1人1つずつそれ持ちます。後にルーシェにも無線は私が渡しておきます」

 

「あんな無謀な作戦……上手くいくんです?」

 

「上手くいくためには、貴方方が上手く立ち回る事、ですわ」

 

「はいはい……」

 

「じゃあ仕掛けてくるネ」

 

ラオが先陣を切った。ラオはカヤから貰った爆竹を無線部屋の前に置いた。そして素早く角に戻って来る。

 

「よし、ノイン、頼むヨ」

 

「オッケ~………、ほっ!」

 

ノインはキューを取り出すとを爆竹に向け突き出した。次の瞬間炎が先端から飛び出し爆竹に火をつけた。バン!バン!バン!と大きな音を出し爆発して煙を出した。

 

「何だ!?」

 

「一体何が起きた!」

 

扉のロックが解除され開き、中からゾロゾロと人が出てきた。

 

「今ですわノイン!」

 

「いきますよ!」

 

ノインはカヤから渡された催眠玉を宙に投げ、キューでつついた。それはノインのエヴィでコントロールされ部屋の中に入って行く。中で弾けたそれは催眠ガスを発生させた。

 

「よし!行くヨ!」

 

ラオはマフラーをマスク代わりに巻き付け、扉へと走り入口付近にいた無線の管理者たちを部屋に押し込んだ。先程の爆竹を聞いて出てきた2人だ。

 

「やめろ!何をすっ……」

 

(ごめんヨ~)

 

そして彼らを押し込んだ後、ラオは扉に札を貼り付け素早く閉めた。自身の背も扉をつけて、中から出られないように押さえる。ドンドン、と扉を叩く音と咳き込む音がする。そしてしばらくするとそれもなくなり、静まり返った。

 

「上手くいった……かな?」

 

ラオは扉を開けた。すると中にいた人々は全員眠っていた。

 

「とりあえず、無線は確保…ですわね?」

 

ロダリアが言った。

 

 

 

ルーシェはロッカールームを出て、城の階段を上っていた。

 

「ぁあ、あのっ!スミラ様!スミラ様どこにいるか分かりますか!?」

 

しどろもどろになりながらも階段を掃除していた1人のメイドに話しかける。

 

「スミラ様ならさっき中庭にいたわよ?あの方がどうかしたの?」

 

「ぇ、あっ、ええと!先程仕事を頼まれたんです!それで!その報告を!」

 

そのメイドは首をかしげた。

 

「……?よく見ると貴方見ない顔ねぇ?新人?」

 

「は、はい!そうです!ぁあ早く行かないとスミラ様に怒られてしまうかも!私!もう行きますね!」

 

ルーシェはそのメイドを通り過ぎ、階段を駆け上がった。

 

「ちょっと!中庭は1階に決まってるでしょー?」

 

「そそ、そうでしたー!!」

 

慌てて引き返して降りていく。

 

「落ち着きのない子ねぇ~……」

 

階段を降り中庭へと続く通路を歩いた。

 

「きゃあっ!?」

 

すると角で誰かに腕を掴まれ引きずり込まれた。

 

「しっ、静かに、私ですわ」

 

「ロダリアさんっ!?」

 

ロダリアはルーシェの口に人差し指を当てて黙らせた。

 

「ルーシェ、これを」

 

ロダリアは1つの無線機をルーシェに渡した。先程手に入れたものだ。

 

「なんですかこれ?」

 

「無線機ですわ。別々行動の我々4人の唯一の連絡手段、無くさないで下さいまし?」

 

ロダリアはルーシェに使い方を少しレクチャーすると、またどこかに立ち去っていった。

 

「そういえば、ロダリアさんはどんな役なんだろう……?2人のサポートなのかなぁ?」

 

ルーシェは無線機を服にしまうと、再び中庭を目指した。

 

 

 

「いた、あれだきっと!」

 

ルーシェは中庭の位置やどんな場所なのかもある程度は知っていた。アルスの戴冠式の後に来たからだ。そしてその中庭の中央、ジョウロを片手に花に水やりをしている女性がいた。ローズピンクの髪。花片を思わせるふんわりとしたスカートにエプロン。ルーシェは彼女に近づき、勇気を出して話しかけた。

 

「あ、あの!スミラ!様……ですよね?」

 

「はい?」

 

その女性がルーシェを見た。

 

(わっ、つり目がアルスそっくり……)

 

背はルーシェより低い。その為か高いヒール靴を履いている。髪は結んでいなく全て下ろしている。かなりの美人だ。

 

「私に何か用?」

 

「こ、こんにちは、私、メイドの新人で、ルーシェって言います。ええっと、ご、ご挨拶に来たんです!」

 

「あらそうなの、こんにちは。わざわざどうも。私はスミラ、フレートの婚約者よ……ってあ、いけない、これあんまり他言しちゃいけないってフレートに言われてたんだった…、まいっか☆」

 

このスミラという女性が、後にアルスの母親になるのだ。ルーシェは思わずまじまじと見つめてしまった。





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アルスの母 城在住時 スミラ

アルスとは目がスミラとよく似てますよ。母親似の目つきです。


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研究所サイド2

俺の名前はハーシー・グレイウェル。突然だが日記を付けることにした。毎日は書けないから恐らく部分的にはなる。俺がこの歴史あるエヴィ研究の権威、シュタイナー研究所に配属された事は、とても名誉な事だ。少しでもそこ事を記録していきたい。そしてこの国に貢献して行きたい。これからここでの研究員生活が始まりだ。ここが俺の第2の家となるだろう。

 

この研究所に来て3ヶ月、研究や実験で忙しい毎日だ。徴兵制の軍学校とは言え、学生時代もっと遊んでおくんだった。でも、こうしてここ、エリートが集う研究所に配属されたのも、学生時代に真面目に必死に勉強しておいたおかげだ。しかし、友人ともうしばらく会っていない。研究員の友人も話は合って楽しいが、やはり昔なじみの友人が懐かしい。

 

配属されてから半年がたった。相変わらず研究はエヴィについてばかりだ。だけど最近は特に複合光術の取得をさせられる。複合光術は、術発動の際、エヴィ結晶を用いて威力を最大限まで高める術の事だ。はっきり言って複合光術は難しい。使う術の属性と逆の属性を操れなければあの術は発動しない。火の術の複合光術を発動するためには用いる炎結晶に水のエヴィを操って注入して反応させなければいけない。しかし量が少なければエヴィに変換されず発動しない。逆にエヴィを注入しすぎれば結晶から大量のエヴィが放出されて暴走し、命の危険に晒される。エヴィの調節事態がかなり難しいのだ。よほどの光術エキスパートでなきゃ出来る芸当ではない。しかしどうしてこんな訓練じみた軍人の真似事なんかしなきゃいけない?俺らはあくまで研究員であって術の実践訓練はさほど必要ないはずだ。だがこの技術を訓練をしないと何だか研究員の風上にも置けねぇ、そんな冷たい視線で見られる。前にも書いたようにここはエリートが集うシュタイナー研究所。光術に長けた奴も多くいる。だが取得した者は少ないみたいだ。少しホッとした。俺だけじゃないみたいだ。

 

ここに来て1年、半年もかかってしまったが、俺はついに複合光術を会得した!!嬉しい事がもう1つ嬉しいことが起きた!!俺は研究所の幹部として昇格したのだ!!たった1年で幹部だなんて、あぁ喜びが文体には表せない程嬉しい。平民街の実家にも手紙を書いておいた。きっと喜んでくれているに違いない。そして俺以外にも幹部になった奴が2人いた。デンナー・エーリッジ、ローガン・キャドバリーだ。こいつらも複合光術を会得したのだろうか?何にせよ、幹部になったからには、配属が変わるようだ。このシュタイナー研究所には地下施設がある。ただでさえ上にも長いのに下にも長いとは、随分縦長に伸びた研究所なこった。そして昇格と共に上司も変わった。何か上と地下だと所長が違うらしい。俺の上司はクラーク・ヘクター・シュタイナーから、サーチス・イキシア・シュタイナーに変わった。まさかの女だ。びびったぜ。男社会のスヴィエートの中のさらに男社会の研究部門に女がいるんだから。しかも所長ときた。さらに驚く事に、噂によると彼女こそが、複合光術の考案者だそうだ。しかし部下に任せてあまり表には出てこないらしい。何か他の研究に力を入れているんだとか。怪しいな。さて、一体どんな研究生活が待っているやら……。

 

 

 

そこまで読んで、アルスは一旦中断した。

 

「サーチス……!?サーチス・イキシア・シュタイナー!?

 

「どうしたアルス?」

 

ガットが聞いた。アルスは知っていると思ったが、ガットは知らないらしい。

 

「お前、知らないのか!?」

 

「いや……俺は昔……名前だけ聞いたことはある…が、姿は見たことない。記述通り、殆ど部下に任せてたらしいからな……」

 

そういえば、ガットは城でもサーチスの姿を見たことが無い。話題も話したことがあるのはルーシェとカヤのみだ。

 

「サーチス……サーチス様は、俺の親戚で、従兄弟叔母だ……!」

 

 

「んだと……!?サーチスって…、スヴィエート皇室関係者だったのか!?」

 

「……とりあえずもう少し読み進めてみよう…!」

 

 

 

幹部になって1か月、ここの研究はヤバイ。ヤバすぎる。地下にある理由が分かった。最初は先輩方から7代目皇帝ツァーゼルの時代に成し遂げられなかった意志を継ぐものだと聞かされてきた。即ち、人口治癒術師を生産する事だ。聞こえはいいが、治癒術師を生産する過程がヤバイのだ。身寄りのない子供や孤児などを拾い集め、実験の材料にすると言った非人道的な研究施設であった。7代目ツァーゼルが残した何処で集めたかは知らないが、治癒術師達の細胞遺伝子サンプル。簡単に言うとそれを被検体に埋め込み、治癒術が使えるようにするというものだ。治癒術師には独特で特殊なエヴィが体内に流れているからだ。我々はそれを゛イストエヴィ゛と呼んでいる。そしてその実験結果もえげつないのだ。実験は失敗続きばかり。

 

大まか経緯を書くとこうだ。

 

まずサンプル、つまりイストエヴィを被検体に注入する。しかし、イストエヴィの素養のない者は必ず自己免疫反応を起こしてしまう。それにも増してイストエヴィ事態も何故か拒絶反応を起こすのだ。それがこの実験の最大の問題だった。まるで意思を持つかの如く、このイストエヴィは扱いが難しい。双方の反応が体内で暴れ回り、体の細胞はズタボロにされる。そして最終的には死ぬ。失敗だ。

 

次に、イストエヴィを注入後、被検体の免疫情報をエヴィで上書きする事によって体の免疫反応を抑えるという事を試した。しかしイストエヴィの方はそう甘くはなかった。意思を持つかの如く、と書いた。つまりそうなのだ。イストエヴィの拒絶反応は抑えきれない。奴らは被検体の細胞をいいように作り替えてしまった。正確に言うと、死んでいく元の被検体の細胞の代わりとして、新たに治癒術師としての細胞を生み出す。凄まじい再生力だ。結局は細胞が一斉に変わっていく事に対し体が追いつかない。なおかつ人格変動、凶暴化も見られ、バタバタと死んでいく。これも失敗だ。

 

その後改良の結果、イストエヴィに情報の上書きをした。簡単に言えば、今まではイストエヴィが強すぎた。だから抑制する命令情報をエヴィに変換し、それをイストエヴィに書き込んだ。ついに成功かと思われた。しかし、本末転倒だった。体内に入るエヴィの量が膨大になってしまい、被検体は耐え切れなかった。精神崩壊や、皮膚に斑点、結晶化が見られた。

 

治癒術師生産。

 

この実験の実現は不可能だ、と、思われた。しかし被検体の中で唯一3体のみ、成功したのだ。エヴィに対して多少の抗体を持つ者だ。

 

そいつらは

 

No. 0765 トレイル・ロトマイア 11才

 

No. 1457 リオ・ターナー 12才

 

No. 1778 ガット・メイスン 7才

 

 

この3人は見事イストエヴィと適合した。しかしあれだけいた被検体の中でたった3人とは。特殊過ぎる、このイストエヴィというものは。今後要観察対象、といけすかねぇデンナーの奴から言われた。アイツの目はちっとも光がねぇ。まるで人形のようだ。実験で頭がイカレちまったのか?

 

何にせよ、彼ら3人の世話係を頼まれたなんでもNo.0765No.と1457は適合が不十分らしい。しかし、これはあまりにも哀れだ。まだ10才そこらの子供だというのに。1番年下は7才だ。そして皮肉にも7才の奴が1番優秀な結果を残してくれる。他の2人も適合してくれるといいんだが……。

 

 

 

「No.1778ガット・メイスン!?」

 

アルスは日記に記されているその名前を見て驚愕した。

 

「これアンタの名前じゃない!」

 

カヤの声にガットは静かに息を吐いた。ついに隠しきれなくなった。そう、それはどうして自分が治癒術を使えるのか。

 

「あぁ……、そうだ。俺は、この研究所の、被検体だった……」

 

「そうか、だからお前は治癒術を使うことができるんだな?適合した1人だったから!」

 

「その通りだ」

 

「でも、どうやってここから脱出したんだ?やっぱりあのマンホールの抜け道が関係あるのか?」

 

フィルが言った。

 

「……、こいつが、この日記の書き手、ハーシー・グレイウェルが俺らを逃がしてくれたんだ」

 

ガットが再び日記を読み始めた。

 

 

 

あまり研究員としてよくないことが俺に起き始めている。いや、もはやこうなる運命だったのかもしれない。俺は元々情にもろい。彼らの世話をしているうちに、同情してしまったのだ。成功者の彼らだけ過酷な実験の毎日。モルモット生活で自由という言葉はない。一体彼らはいつから外に出ていないのだろう。いつから太陽の光を浴びていないのだろう。No.1778ガット・メイスンは安定期に入っているが、残りの2人は、これ以上実験を続けるとマズイ。無茶させすぎたんだ。俺は何度もデンナーとローガンに言ったが、奴らは耳を貸しやしない。所長の命令は絶対、としか言わない。一体どうすれば………。

 

とうとうリオに異常が見られ始めた。適合が上手くいかないからといって、上書き情報のエヴィを大量に摂取させすぎたんだ。いくら抗体を多少の持つとはいえ限度がある。それにリオは女だ。体が他の2人と比べ丈夫ではない。体力もない。彼女は1日に1回、精神が狂ったように凶暴化し暴れ出す。同部屋のトレイルとガットにまで被害を及ぼしてしまった。このままでは、このままでは………!なんとかしなければ。トレイルさえもいずれこうなってしまう。その前に、俺が何とかしなければ!!!

 

リオの精神崩壊が1日に数回になってきた。彼女の部屋を別にした。姉弟のように仲が良かった3人だったが、仕方がない。そしてトレイルの肌には斑点が見られ始めた。まだだ、待ってくれ。まだ耐えてくれ頼む。このスヴィエートの冬真っ只中に脱走なんかしたら凍え死んでしまう。もう少しだけ耐えてくれ!

 

ついに脱走計画を実行した。冬も終わりに近づいてきた今日のスヴィエート。この寒さなら、外に出ても、グラキエス山にさえ行かなければ凍死はすまい。No.0765 トレイル・ロトマイア。No.1457 リオ・ターナー。No.1778 ガット・メイスン。常に一緒で仲が良かった3人をこの地下の実験牢獄から開放してやった。この前教えてもらったマンホールの抜け道を使わせた。貴族街から出られるはずだ。あぁ、3人共、無事に生き延びてくれよ…。

 

「………なるほど」

 

フィルはガットが読んだ日記の内容を聞いて納得した。

 

「それでアンタ、どうしたのさ、この後」

 

カヤが言った。アルスもそこは気になるところだ。

 

「俺ら3人は、無事に逃げられた、そう思った。けど────」

 

ガットは語り始めた。あの苦い記憶を、命懸けの…脱出劇を。



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城サイド2

そう言うとスミラは再び花壇に水をやり始めた。ルーシェに課された潜入ミッションは、彼女と親しくなりなるべく多くのフレーリットの情報を引き出す事だ。そして最終的に彼の部屋に入れれば上出来、と言ったところだが流石にそこまで上手くはいかないだろうとルーシェ自身そう思っていた。それにフレーリット部屋の調査はあちらに任せた方が良さそうだ。しかし、会話も計算ずくめでやってもぼろが出てバレるだけだ。

 

(よし……ここは自然体に行こう…!)

 

ルーシェは笑顔でスミラに話しかけた。

 

「スミラ様、そちらのお花は何のお花ですか?」

 

ルーシェが指さした花は小さな白い花。丁度水をやっていた花だ。

 

「あぁ、これ?スノードロップよ」

 

「すのーどろっぷ?」

 

「白くてちっちゃくて可愛いでしょう?花言葉は希望、慰め、逆境のなかの希望、恋の最初のまなざし、よ」

 

「へぇ……、希望……!」

 

ルーシェはスノードロップという花に好感を持った。その小さく可愛らしい外見も好みだ。

 

「この花はね、冬に育つの。耐寒性が強くてスヴィエートのここの地域でも育つのよ。ただし土壌は選ぶから、ここの花壇に栽培してるんだけどね」

 

「凄い……、流石花屋さんですね!」

 

「あら。よく私が花屋だったって知ってたわね。新人さんでしょう?」

 

「えっ!?あ!さっき先輩に聞いたんですよ!」

 

ルーシェは咄嗟に思いついた嘘を述べた。未来から来て貴方の家に実際に上がり込ませてもらえました、なんて口が裂けても言えない。

 

「何だ、そうだったの。でもね、今は戦争中もあるし、身の危険もあるからって、あまり平民街にある私の家には帰れてないのよね、はぁ、ったくアイツ過保護過ぎんのよ……」

 

「そう、なんですか……」

 

スミラは溜息をついた。だがルーシェは納得してしまった。ただでさえ戦時中で何が起こるか分からない世の中だ。いくら勝ち越し続きで戦火に巻き込まれていないスヴィエートと言えども心配なのだろう。フレーリットがスミラを溺愛しているなら尚更の事だ。ルーシェは戦争という話題から反らすために花の話題に戻した。

 

「私、この花好きです!希望って、いい響きですよね!こんなの貰ったら、元気でちゃいます!」

 

「あら、水を差すようで悪いけど。その花、贈り物には向かないのよね」

 

「え?どうしてですか?」

 

「ロピアスから伝わる話でね。ロピアスでは、スノードロップは不吉な花として有名なのよ。貴方の死を望みますって花言葉でね。恋人の死を知った乙女ケルマはスノードロップの花を摘んで、恋人の傷の上に置いた。でも、命を蘇らせることはなかった。ただ、花が触れたとたん、男の肉体は雪の片、つまりスノードロップに変わってしまった。この言い伝えからロピアスでは死の象徴となっていのよ。勿論、異性に贈るなんて言語道断ね。貴方の死を望みますって言ってるんだから」

 

「そんな!こんな可愛らしい花なのに!」

 

ルーシェは慌てふためいた。

 

「まぁ落ち着いて、これはロピアスの話よ」

 

スミラはくすりと笑った。そしてしゃがむとスノードロップの白い花片を愛おしそうに撫でた。

 

「へ?ロピアスの?」

 

「そ。最初に希望って言ったでしょ?スヴィエートではこう伝えられてるの。月で暮らしている精霊アスカと精霊ルナ。2人の精霊はとても仲が良い親友同士だった。けどある日アスカは人間に興味を持った。そして人間に会ってみたいとルナに相談した。ところがルナは猛反対。2人の意見は完全に割れてしまったの。ルナは怒ってアスカを月から追い出してしまった。追放されたアスカ、もう月に戻ることは決して出来ない。堕ちた地上、そこは人の姿などまるで無くただ降りしきる雪の中だった。アスカは絶望したわ。けどそのとき、天使が現れて『もうすぐ春がやってきます、それと、酷い事言ってごめんなさい』と告げたの。そして、雪をスノードロップの花に変えた。天使はルナの使いだったのよ。アスカは親友ルナを許し、希望を見出したこの地上で生きて行く事を決めた。このことから、希望という花言葉が生まれたって言われてるわ」

 

「へぇ〜!そうなんですか!あ、でもルナとアスカの話は私も少し知っていますよ!スヴィエートの月明かりが他国と比べて明るいのは、2人がお話しているからなんですよね!」

 

ルーシェは女将に昔聞かせてもらった話を思い出した。これはアルスにも以前話した事がある。

 

「ええ、ルナが地上のアスカを照らしていると言われているわ。謝罪の念も込めて。見守ってる、照らしてる、例え生きる場所が違っても、私達は親友だ、ってね」

 

「素敵な話ですね〜」

 

ルーシェはその話を聞き安心した。両手を合わせウットリする。

 

「2人の絶縁の雪解けを現してるって、私は勝手に解釈してるわ。そして、雪解けと言ったら、新たな希望ね。だから、オーフェングライスでこの花が咲くと、徐々に季節が変わる潮時なのよ。冬が終わって、もうすぐ春がやってくる知らせなのよ」

 

「あ、そっか。だからあんまり寒くないんですね?」

 

スヴィエート出身のルーシェにとって、改めてあまり寒くない感じる。むしろ暖かい方だ。グラキエス山は相変わらずの寒さで、そこから下山して来たので気づくのが遅かったが、今の時期、冬がもう終わろうとしているのだ。

 

「そうよ。最も、春超短いけどね。すぐ夏。これもまた短くて次の秋すっ飛ばしてまた冬に逆戻りよ。ここの地域はホント不便ね。ほっとんど雪に覆われてるんだもの。寒いったらありゃしないわ」

 

スミラは再び立ち上がるとルーシェにやれやれと言った様子で言った。

 

「凍結風……、ありますもんね…」

 

「そうねぇ〜、グラキエス山がねぇ〜。あぁ、でも寒い環境下だからこそ、咲く花ってのもあるのよ。原因分かってないんだけど。その花は───」

 

「スミラ様!」

 

スミラが何かを言いかけた時、庭師の1人が彼女の名を呼び駆け寄って来た。

 

「シャガル?どうしたの?」

 

シャガルと呼ばれた中年の男性の庭師。彼はある折りたたまれたメモを差し出した。

 

「陛下からのスミラ様に渡してくれと申し付けられました。えーと、あと伝言なんですが…よろしく頼むよ、だそうです」

 

「はぁ?何がよ?」

 

スミラは訳が分らないと言った様子で、メモをひったくった。それを開いた途端、スミラは顔をしかめた。

 

「で、では私はこれで…」

 

シャガルがすごすごと立ち去っていく中、スミラは舌打ちした。

 

「チッ、ったくまぁた〜!?アイツどんだけよ!!」

 

「え、え、ど、どうされました?」

 

スミラのうんざりと言った表情にルーシェは不安になった。

 

「これよこれ!」

 

ん!と見せびらかしたメモにはこう書いてあった。綺麗で達筆な字だ。しかし書かれていたのは完結に一言。

 

”スミラのチョコクッキー食べたい”

 

「チョコ……クッキー………?」

 

ルーシェは目が点になった。陛下からと言われていたのでてっきり重要な知らせかと思えば、ただのおねだりリクエストだった。しかし、念のためにルーシェは聞いた。

 

「え、えっと、これって何かの暗号ですか?」

 

「暗号?ぷっ、アハハ!違うわ、ホントそのままの意味よ」

 

スミラはルーシェの警戒した言動と表情がおかしくて笑ってしまった。

 

「フレーリット陛下、がチョコクッキーを食べたい……、と言ってるのですか……」

 

「そうよ。そのまーんま!」

 

(…………そう言えばスミラさんのフレートアルバムにあったっけ……)

 

ルーシェは思い出した。あれから推測するに、恐らく彼の好物なのだろう。

 

「しかし面倒ね……、この前作ったばっかなのに全く……、よっと」

 

スミラはじょうろの中の水が空になった事を確かめ、片付け始めた。地面に置いてあった植木鉢なども台車に乗せる。背を向けたスミラにルーシェは言った。

 

「あ、あの、私!」

 

「……?どうしたの?」

 

振り返ったスミラに少し大きな声で言った。

 

「私も料理好きなんです!チョ、チョコクッキー作りのお手伝いさせてもらってもよろしいでしょうか!?」

 

スミラと更に親しくなれるかもしれない。これはチャンスだ。逃すわけには行かない。それにチョコクッキーは、チョコ系全般が好きなアルスにとって必ず大好物だろう。今のルーシェにはよこしまな気持ちも少し入り交じってもいる。

 

「嘘!手伝ってくれるの!?ありがとー!」

 

スミラは顔をパッと明るくさせるとルーシェに礼を言った。

 

「それと、あ、あとついでにできたらでいいんですが、その……、作り方教えてもらえたらなぁ〜……なんて」

 

ルーシェはもじもじと指をいじった。アルス、彼と仲直りするためにもここで1つ母の味とやらを学んでおきたい。それも本音だ。

 

「お安い御用よ〜。ふふ、この前マーシャにも教えてって言われたわ。私の1番の得意お菓子なのよ!」

 

「あ、ありがとうございますスミラ様!」

 

「よし!そうとなれば厨房へ行くわよ!あ、えっと………」

 

スミラはまだ彼女の名前を知らない。呼ぼうとしたが、止まってしまった。

 

「新人さん、じゃ悪いわよね。貴方の名前何て言うの?」

 

「ルーシェです!」

 

「そ、ルーシェね。よろしくルーシェ!」

 

2人は笑い合った。そしてルーシェはスミラの案内する厨房へと向かったのであった。



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研究所サイド3

─────俺は、俺達はハーシーの助けを借りて、この地下研究所から脱出した。

 

「3人で一緒にどうにかして最南端のシューヘルゼ村へ逃げろ、そこなら安全だ。そして助け合って共に生きて行け」

 

そう言われた。そして俺達は船を求めてオーフェンジーク港へ向かった。必死に逃げて、走って走って走りまくった。後少しだった。港まであと少しの所で……リオが精神崩壊を起こした。

 

リオは魔物のように凶暴化して、俺らを襲い始めた。かなり進行が進んでたんだ…。何度呼びかけても、正気には戻ってくれなかった。そこで足止め食らってる時に、トレイルの足が突然撃たれた。撃ったのは、研究所の追手だった。

 

俺はトレイルに駆け寄ったが、来るなと言われ突き飛ばされた。次の瞬間、光術陣が2人の足元に広がった。術が発動して、光の檻があっという間に2人を閉じ込めた。リオはその檻から発動した光に貫かれて、倒れた。………死んだかどうかはわからない…。気絶だったかもしれねぇが、幼い俺にはショックがデカかった。慌ててその檻に駆け寄ったさ。でも、すぐ近くから追手の声と足音が聞こえた。

 

トレイルは俺に逃げろと言った。そんなの出来ない、3人で一緒に、そう言った。けど、トレイルに初めて怒鳴られた。

 

「俺達の事は構わずに行け、じゃないとげんこつ食らわすぞ!!」

 

って言われてな。もう追手がすぐそこまで来てた。俺は涙をボロボロ零しながら、走り出した。視界が滲む道の中、後ろを振り返った。そしてその時トレイルの声が、聞こえた。

 

「ガット、生きろ!生きるんだ!!!」

 

ってな。

 

──────俺は、2人を見捨てて逃げたんだ………。そして港へ行き、人の目を盗んで密航した船はシューヘルゼなんかじゃなく、スターナー貿易島行き……。そっからは捻くれた人生の始まりよ。スヴィエートに戻る気も起きねぇ。んでよ、ガキに出来る仕事なんてありゃしねぇ。かっぱらって、物乞いして、ドブネズミのような生活をしていた。それでも生き続けた。生に必死にしがみついて、辛い時は、あの言葉を何度も思い出した。身を守るために、剣術を身につけた。宿屋に泊まってる奴らから盗んでな。そしていつか、2人を助けたい。生きているのなら、もう1度会いたい。けど、20年もたってて……、いまだ会えない。

 

いや、恐れてんのかもな…。2人見捨てた罪悪感から…。それを紛らわすために、万事屋なんて便利屋やってたのかもしれねぇ……。とにかく、時系列的に、ここは俺らが逃げた後の研究所って事だ。

 

 

 

ガットの壮絶な過去が明らかになった。何故彼が治癒術を使えるのか。そして何故この研究所に土地勘があるのか。

 

「………そんな過去があったのか」

 

静かに聞いていたアルスが口を開いた。たまに見せる黄昏たような表情、そして治癒術に何かしら思いれがあるとは思っていた。だが深くは聞きはしなかった。

 

「ふー……、他人に話したのは、初めてだ…」

 

ガットは深呼吸すると気持ちを落ち着かせた。でも、ずっと誰かに話したかったのかもしれない。この苦しみを誰かに知ってもらいたかったのかもしれない。

 

「今は、俺達3人しかこの話を知らないが…、他の4人にはどうする。話していいのか、秘密にするか?」

 

「構わねぇさ………。知られても痛くも痒くもねぇ。いや、むしろ話したいのかもな……。とにかくアイツらとは、合流して落ち着いたら、俺から話すさ」

 

「そうか……」

 

アルスはそう言うとガットから視線を外す。そしてフィルが日記を手にとっているのを見た。ハーシーの日記をめくっている。

 

「ム?どうやらまだ続きがあるようだぞ」

 

「え?ウソ、終わりじゃないの?」

 

「小生は文字が読めない。カヤ、読んでくれ」

 

フィルはカヤに日記を渡した。彼女はペラペラとそれをめくった。

 

「ホントだ、脱出させた記録で終わりかとおもってたけど、ページが飛んで書き足されてるみたいね」

 

カヤは日記を読み上げた。

 

 

 

あれから数日、案の定研究所内ではあの被験者脱出事件の話題でもちきりだ。誰かが手引きしたに違いない。そう言われている。部下の研究員達がコソコソと話していた。大体予想はつく。逃がしたのは、世話係の俺だと疑っているのだろう。1番彼らと近かった関係だ。疑われて当然。そして、逃がしたのは紛れもない事実だ。バレるのは時間の問題だろう。そして何故、俺達が複合光術を取得させられたかも分かった。戦争の為だ。優秀で実践で使える奴は光軍に全て引き抜かれていったそうだ。何か大きな作戦が今度リュート海付近で実行されるそうだ。どうりで最近研究員がめっきり減ったと思ったわけだ。俺は根っからのインドア派だったから引き抜かれなかった。まぁ結果オーライだ。そのお陰で3人を安全に外まで逃がすことができた。研究所内の人の数自体が少なかったからな。

 

俺はこの研究所を去る事にした。ここにこれ以上留まっても、意味はない。もう目的は決まってる。この研究所を告発する。全てを明らかにしてやる。人権もクソもありゃしない。こんな研究所なんか、あってはならない。

 

しかし、どうしても1つだけ気になることがある。俺が加担してきた”イストエヴィ技術”

即ち、治癒術師生産の技術。

 

それの後に出てきた言葉がある。

 

”シフレス技術”

 

ローガンとデンナーが話していたのを聞いた。一体何なんだ?胸騒ぎがする。何故だが嫌な予感しかしない。俺はこれを調査してから退職する事に決めた。告発するなら、なるべく多くの事を知っておいた方がいいに決まってる。告発タイミングは戦争終結後になるから時間は十分あるはずだ。

 

調査してから、あくまで噂だが関係ない話まで色々と分かってきやがった。なんでもこの地下研究所はスヴィエート城にも繋がってるらしい。7代目ツァーゼルが行き来出来るように作ったとか。だが噂に過ぎない。これも確かめておく必要がありそうだ。7代目がこの研究所自体さえも作ったのだとしたら、大スクープだ。何かと嫌な噂しかなかった7代目だが、また汚名を発見することになるなこれは。ここを去った後、全てを告発してやる。そういえばサーチスっていう所長の姿を結局俺は一度も見ていない。彼女がここに姿を現さないのは、もっと大切な役目があるからに違いない。もしかして、最近複合光術を使える奴らが引き抜かれていった事に関係してるのかもしれない。しかし元々姿をめったに見せなかった人だ。真相は、調査してみるしかないな。

 

 

 

「…………、今度こそ終わりみたい」

 

カヤは日記を読み終えた。ペラペラとページをめくったが最後のページまで書いていないがどうやらここで終わりらしい。

 

「今までの日記の書き方からして、ハーシーがシフレス技術の調査内容を書かないのは可笑しい。これは、彼に何かあったとしか言い様がない」

 

アルスが言った。ハーシーは研究内容を事細かく書き込んでいた。しかし、真相を調査する、その後は何も書かれていない。つまりこれは…。

 

「ハーシーに何かあったってワケね…」

 

「恐らく……な」

 

アルスは頷いた。アルスは言わなかったが、だいたい予想はできた。

 

「………俺らが研究所入って、最初見た結晶に覆われたバケモンの奴が、本当にハーシーだったって事だ……」

 

ガットは拳を握り締めた。背の低いフィルはそれを間近に見つめた。

 

「ガット………」

 

しかしガットはそれ以上は何も言わなかった。フィルは視線を拳からはずし、カヤの持っていた日記に移した。

 

「この後、研究所で一体何が起こったのだ?何故人の気配がこれ程までに感じられない?閉鎖されたとでも言うのか?それとも、事故が起きたとでも?どれも小生には有り得ると予測するが」

 

「分からない、だが何かがあったに違いないのは確かだ。ハーシーが、あんな姿になってるなんて…」

 

ガットは幼い頃の記憶を必死にたぐり寄せた。世話係だった彼。ガットにとっては、自由への恩人だ。しかし、自分が去った後あんな事になっていたとは。

 

「しかし、ここに来てはっきり分かったことがある。幹部のハーシーが知らないと言うことは多分……ここに、マクスウェルはいないという事だ」

 

アルスが改まった表情で言った。

 

「つまり、ハズレね……」

 

「そう、それとスヴィエート皇室が関係しているとロダリアさんが言っていたが、それは7代目ツァーゼルの事。それから、大規模な実験というのは、恐らく、日記に書かれていたとおりの事だったってわけだ。恐らくはイストエヴィ技術……についてだと思うんだが。シフレス技術というのも気になるな…。これ以上情報がないのが、残念だ」

 

アルスは日記のシフレス技術、というのが気にかかった。記述には、嫌な予感がする、と書かれていた。その調査後に日記が終わっている。アルスも、これには胸騒ぎがしないはずがない。しかし、真相は闇に包まれたままだった。フィルはアルスに言った。

 

「って事は、師匠率いる城チームが当たりなのか?」

 

しかし、アルスではなく、ガットが答えた。

 

「いや、それはまだ定かじゃない。でも俺は、ここに来て心底良かったと思ったよ。あの後のハーシーの事を、知れたからな。カヤ、その日記、俺にくれないか」

 

ガットは日記を持っていたカヤに言った。

 

「……?いいけど」

 

「サンキュ」

 

カヤはそれを差し出した。ガットはそれを受け取った。

 

「俺にとっちゃこいつは俺の命の恩人だ。アルス、いいだろ」

 

「……………好きにしろ。ただ、クロノスが何言われるか分からないぞ」

 

「覚悟の上だ。俺は、これを持ってなきゃいけない。そんな気がするんだ。これはハーシーの、唯一の………形見だ。そして、弔ってやりたい…。俺の手で…」

 

ガットは日記を持つと部屋のドアの前に立った。

 

「すまねぇちょっと待っててくれ、さっきの所まで戻ってくる。あいつの白衣の布の切れ端があったはずだ」

 

ガットはドアノブを回した。しかし、カヤの手がそれを静止させた。

 

「アンタ1人で行くつもり?」

 

カヤの目はいつになく真剣だ。ガットは目を逸らした。

 

「あぁ、これは俺個人の問題だ。それに、付き合わせるわけには行かねぇ。ここで待ってて……っておい!」

 

ドアの前にアルスが立ちはだかった。真っ直ぐとガットを見つめている。

 

「単独行動は危険だ。それに、ガット。お前は俺個人と言ったな。それは間違っている。ここにいる、日記を読んだ研究所チームの3人全員の問題のはずだ」

 

アルスが言った。

 

「そうだそうだ!悲しみは分け合える!ってどっかで聞いた!今がその時だ!」

 

フィルも続いて言った。

 

「お前は俺達の仲間だ。辛い過去を思い出して、苦しかっただろう。話してくれて、本当に感謝する」

 

「大将………」

 

「アンタ1人いいカッコすんなっての。私達も、ハーシーさんを弔うわ。アンタを、ガットっていう仲間を助けてくれた人なんだから」

 

「お前ら…………」

 

ガットはツンとする感覚が、鼻を突き抜けたのを感じた。

 

「ありがとう…………」

 

 

 

先程のハーシーが倒れた廊下へと着いた。跡形もなく、身体は消えてしまったが白衣の布切れが、床に落ちている。アルス達はその前で、祈りを捧げた。ガットがしゃがみ、それを手にとった。

 

「…………ハーシー」

 

ガットはそれをギュッと掴むと額に当てて、ハーシーを弔った。そして、決意を固めた。

 

「俺は、お前の意思を継ぐぜ。お前がどうしてこうなっちまったかの原因も、絶対明らかにしてやる。それと、果たせなかった真相の調査もな……」

 

ガットは白衣の布切れを太刀の鞘に結びつけた。

 

「見ててくれ、アンタの無念、俺が必ず……」

 

「御守りってヤツね」

 

カヤが言った。

 

「御守り……か。そうだな……」

 

ガットは立ち上がった。しかし、クラッと頭が揺れた。

 

「……っ、なんか、頭いてぇな……」

 

「小生も……」

 

「そういえば、アタシの気のせいかな……、エヴィがさっきよりも濃く感じるような……」

 

エヴィは濃すぎると体に毒だ。軽いものだと頭痛や目眩を引き起こす。しかし長時間ここにいるのは危険だ。いずれ命にかかわる。

 

「いや、気のせいじゃない。さっきよりも確実にエヴィの濃度が濃くなってる…。もしかして、この研究所がこう人気がないのに関係してるんじゃな……」

 

アルスがそう言いかけた途端、廊下のランプが赤く光り出した。

 

「エヴィ濃度レベル5に到達。残っている研究員は、至急避難してください。シェルターが閉まります。繰り返します────」

 

突如音声が廊下に響きわたった。

 

「どうりで行けない所が多かったワケだな…」

 

ガットはここに来て疑問に思っていた。記憶にある研究所よりも、狭く感じたのはシェルターが閉まっていたせいだ。濃度が濃い場所はほとんど封鎖されているのだろう。

 

「エヴィ漏れの事故が原因で、この研究所は封鎖されたのか?」

 

フィルがガットに訪ねた。

 

「……詳しいことは分かんねぇ!とりあえずここをいち早く脱出すんぞ!ここにいたらマズイ!」

 

「来た道を戻るぞ!」

 

アルス達は駆け出した。

 

 

 

そして下水道の抜け道まであと少し、という時に、アルスは絶句した。

 

「道が、封鎖されてる……!」

 

「嘘だろ……!?」

 

ガットから教えられ、通って来た抜け道への通路がシェルターで封鎖されていた。また赤くランプが光、音声が鳴り響いた。

 

「エヴィ濃度限界レベル到達。緊急非常用通路のロックを解除します」

 

「やばいよ……ホントにエヴィ濃度が、ハンパじゃなくなってきてるっ……!」

 

「緊急非常用通路!?さっきそのドア前を通ったぞ!」

 

アルスは後ろを振り返った。

 

「ハーシーから聞いたことがある!開かずの扉で有名だったやつだ…!」

 

ガットは思い出した。

 

「本当に緊急時しか開かないらしく、その扉を開ける事ができる権限は光機関の判断次第と所長だけだったはずだ!」

 

視界が赤くなった。廊下全体がランプで赤く染まり、エヴィの濃度もかなり濃くなっている。

 

「エリア17、エヴィ濃度限界値まであと1分。エリア17のシェルターを閉めます。至急避難してください」

 

後ろでシャッターが降り始めた。緊急非常用通路のドアはシャッターの向こう側だ───!

 

「皆走れ!!!」

 

アルスが叫んだ。全速力で皆駆け出す。シャッターはもう中間まで降りてきている!

 

「うぉおおおぉおお!間に合ええぇ!」

 

ガットはそれをしゃがんでくぐり抜けた。

 

「っしゃセーフ!!!」

 

背の高いガットが一番乗りだった。

 

「………ハァッ!間に合った!」

 

2番目にアルスが到着する。

 

「カヤ!フィル!」

 

振り返り残り2人を見る。2人ともあと少しだ。

 

「フィル!走って!!」

 

カヤは必死に足を動かし振り返りつつ駆け抜けた。これならフィルは間に合いそうだ。カヤはスライディングしてシャッターをくぐり抜けた。

 

シャッターは中間を過ぎ、もう少しという所まで閉まりかかっている。

 

「っぐえ!」

 

フィルは前のめりに崩れ落ち、転んでしまった────!その声に反応し、アルスは急いでしゃがんだ。

 

「フィル!!!」

 

名を呼び叫んだ。シャッターはもうあと残り少しだ。アルスは頬を地面に着けて向こうを覗き叫んだ。

 

「フィルー!!!」

 

絶体絶命のピンチだった。



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城サイド3

ルーシェが厨房でスミラとのクッキングを楽しんでいる間…。

 

「えーっと……、どうやら地図によるとフレーリットさんのお部屋は最上階みたいですね」

 

ノインはアルスから受け取った城の見取り図を広げて言った。

 

「そういえば、アルスの部屋も最上階だったネ。あれって皇帝だったからなんだヨきっと。皇帝の部屋って最上階って決まってるんじゃない?」

 

隣にいたラオが言った。

 

「あぁ…確かそうでしたもんね」

 

ノインは戴冠式の事を思い出した。アルスの部屋は城の最上階にあった。マーシャに案内されてエレベーターに乗ったのだ。

 

「じゃあ、あの時と同じようにエレベーターで行けばいいのかな?」

 

「多分そうだと思いますよ、行ってみましょう」

 

ラオとノインは無線確保の後、2人行動となっていた。地図に従いながら城を2人で歩いているとノインが言った。

 

「ところで、ロダリアさんは今頃何を?」

 

そう、ロダリアはルーシェに無線を届けに行くと言いつい先程別れたのだ。

 

「ルーシェ探しに手間取ってるんじゃないの?」

 

「ルーシェに無線届けた後、彼女はどうするんですか?」

 

「うーん……、分からないネ…。あ!そうゆう時こそ、この無線だヨ!」

 

「そうですね、聞いてみましょう」

 

ノインは無線機を取り出してロダリアにかけた。ザ…ザ…と少しノイズが聞こえた後、声が聞こえた。

 

「……はい、こちらロダリア」

 

「あ、ロダリアさん?ルーシェに無線は渡せました?」

 

「はい、渡しました。彼女の周波数は3612です」

 

「わっ、ラオさん!メモメモ!」

 

「ハイよー」

 

ノインに言われラオは札に書き込んだ。それを無線の裏側に取り付ける。

 

「要件は以上でしょうか、では」

 

「あ!ちょっと待ってください!」

 

「何ですか?」

 

「貴方はこの後どうするんです?僕達は、さっき貴方に言われた計画通りにフレーリットさんの部屋に侵入して調査しますけど……」

 

無線を確保した後に言われた作戦だ。

 

「貴方方の役目は、部屋に何か手がかりや証拠がないかを調査する事。私はその間にフレーリットが部屋に行かないように仕向けるのですよ」

 

「………え、どうやって?」

 

ノインは首をかしげた。

 

「勿論、直接足止めですわ」

 

「え゛えっ!?会うんですか!?」

 

会話を聞いていたラオは小声で「マジで?」と言った。

 

「当たり前です。今は外部の仕事中で城には不在のようですが、もうじき帰って来るそうです。私は彼と直接対峙します。ルーシェの方はスミラと対峙しているのだから、別に驚く事はないでしょう?」

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 

「ええ。それに直接話すとなると、大きなチャンスですわ。彼の事を聞き出す…ね」

 

「そんな簡単にいくわけ……」

 

「失礼、人が来ました、切りますわよ」

 

「ちょ、ちょっとロダリアさん!?」

 

無線はそこで切れてしまった。

 

「直接話す……か。すごいネ」

ラオがそう呟いた。

 

「っとは言ったものの、上手くいくわけないと僕は思いますよ!そんな見ず知らずの人にいきなり聞かれてマクスウェル持ってますか、はい持ってますー、なんて簡単にいくわけないでしょう!」

 

「まぁまぁ、あっちはあっちに任せようヨ。彼女がやるって言ってるんだし、お、ここだネ」

 

2人は廊下を歩き、エレベーター前まで到着した。ボタンを押し、中に乗り込む。そしてノインが階のボタンに手をかけた時。

 

「で……どうやって最上階に?」

 

「あれ……29階までしかないネ……」

 

「と、とりあえず29階に行きますか…」

 

「そ、そうだネ…」

 

(ホントに大丈夫なのかな……僕達)

 

エレベーターが上昇し始めた。

 

 

 

「まずは卵を割って混ぜてくれる?私はその間に計量するから」

 

「はい!」

 

一方厨房ではほのぼのとした料理教室が開かれていた。ルーシェはスミラに言われたとおり、ボウルに卵を入れてかき混ぜた。

 

「すみません、お聞きしてもよろしいですか?」

 

「ん?なぁに?質問かしら?」

 

「その……」

 

「その……?」

 

(言うのだルーシェ!フレーリットさんについての事を!ここで聞かないでどうする!何か不思議な力持ってないかとか!)

 

「フレーリットさ……、フレーリット陛下の……!」

 

「フレートの?」

 

「ふふ、フレーリット陛下との馴れ初めを!」

 

(私の馬鹿ー!!!)

 

「えっ、えっ、あっ。ええっ!いきなり!?」

 

ルーシェは緊張のあまり思ってもない事を口にしてしまった。スミラは顔を赤くして驚いた。

 

「すすすみません!!忘れてください!」

 

「あ、あはは、なんか恥ずかしいわね…!」

 

「はは、話したくないなら全然大丈夫ですから!全然………!」

 

ルーシェは慌てて失言に訂正を入れかけたが、止まってしまった。スミラの顔がこの上なく穏やかだったのだ。

 

「そうね……、話してもいいかもしれないわ…。ふふ、将来この子にも聞かれるかもしれないし……」

 

スミラは愛おしそうに、自分のお腹をさすった。

 

「えっ……、それって…」

 

「ふふ、そう!私、妊娠してるのよ。今朝分かったのよ。フレートにさえまだ言ってないわ。話したのは貴方が初めて」

 

「そそ、そんな重要な事を!」

 

「いいのよ。なんだか、貴方と話してると楽しいもの。私友達とか……、少ないから」

 

「ぁあぁぁぁ、アルスが今……、そこに…」

 

「え?何か言った?」

 

「ななななんでも!」

 

ルーシェはスミラのお腹をまじまじと見つめた。赤ん坊としてまだかなり小さいだろうが、アルスが今スミラのお腹に宿っているのだ。

 

「そうね……どこから話そうかしら。うぅ、やっぱ恥ずかしいっ!」

 

そう言いつつも、スミラのその横顔はとてつもなく幸せそうだった。顔を赤らめ、愛おしそうにお腹を撫でるその姿を見て、ルーシェはこう思わざる負えなかった。

 

(こんな、こんな幸せそうな人が、何故フレーリットさんを殺したの?本当に、殺したの────?)

 

ふと、その疑問が浮かびながらも、今は彼女の話に耳を傾けることにしたのだった。

 

 

 

29階に辿り着くと、2人はとりあえずエレベーターを出た。

 

「こっから、どうするんだえーと……?」

 

ノインは地図を一生懸命見つめた。ありがたい事に、アルスの地図はかなり綺麗に細部まで書き込まれている。彼の性格が現れていると言ってもいいだろう。

 

「あ、ココ!ココだヨ!29階って書かれてる!」

 

「あ本当だ!」

 

ラオは2枚目の地図を見て、指さした。流石に全ての見取り図が書き込まれている訳ではないのだが、必要な事はきっちりと書き込まれてた。最上階へ行くためのルートが赤で書き込まれている。

 

「次のエレベーターに乗り換えるみたいですね。えー、何々……地下や1階から直通で最上階に行けるのは皇族やその他関係者のみ使えるエレベーターのみ。使用人達は、29階乗り換えルートを基本使う、って書いてありますね」

 

「へぇ〜、しっかりしてるネェ。めんどくさいヨ全く」

 

ノインがアルスのコメントを読み上げた。彼は本当に几帳面なようだ。

 

「では、乗り換えエレベーターに行きましょう」

 

「オッケー!」

 

そしてルート通りに進むとエレベーターがあった。中に入ると1つしかボタンがない。

 

「………?これかなぁ?」

 

ノインはそれを押した。するとパネルに何かの入力画面が表示され、数字パネルが出てきた。

 

「……………ナニコレ?」

 

「パスワードを入力してください、だ、そうです」

 

「パスワード!?そんなの知らないヨ!」

 

「セキュリティ対策ですね…だから上位の使用人達しか最上階に行けないんですよ!えー、どうするんだこれ!」

 

ノインは再び地図を広げた。しかし29階エレベーターの位置に、小さく数字が書き込まれていた。

 

「ん?あ……、これっぽいですね……」

 

「ンン?」

 

ノインはその数字を慎重に入力した。そして決定ボタンを押すとエレベーターが揺れ、上に上昇し始めた。

 

「すげー……、アルス君様様ですね。彼の地図がなかったらホント詰んでましたよ」

 

「彼は何手先も読んでるようだネ」

 

上昇するエレベーターに揺られ会話を交わす2人。最上階の45階に着いたようだ。地図を広げ、45階を見た。ルートが示されており、丁寧に文字が書き込まれている。どうやら1階降りるようだ。

 

「フレーリットの部屋に侵入するために、まずマスターキーを入手する。マスターキーがある場所は、44階角の1番端の部屋…」

 

「よし、じゃあそこに行きましょう」

 

 

 

ロダリアはルーシェと別れ、ノインとの無線の後、フレーリットが帰ってくるのを待っていた。1階の廊下の隅、正面扉を通るならここしかない。

 

「来た……」

 

正面扉前でざわざわと使用人達が慌ただしく動いている。そして、城の扉が開いた。

 

「お帰りなさいませ陛下…。帰りが遅いので心配しておりました」

 

「少し、寄り道をね」

 

若き日のハウエルと思われる人物が恭しくお辞儀をした。そのお辞儀をした相手は何と─────!

 

「っ!あの人は……!?」

 

ロダリアはその姿に驚きを隠せなかった。あの宿屋”ピング・ヴィーン”で見かけた人物なのだ。黒いコートを身にまとい全身黒ずくめ。サングラスをかけ黒い帽子姿。傍からみたら不審者だが、それは身分を隠すためだったのだと理解した。

 

「はぁ…、少し気分が悪いな…。最近のスミラの体調不良が僕に移ったのかな……。で、スミラは?」

 

彼は帽子、コート、サングラスを全て取り払いハウエルに預けた。遠目に見ても分かる程、雰囲気がアルスによく似ている。彼は歩きながらハウエルと会話をしている。

 

「スミラ様は只今厨房でございます。絶対に邪魔はしないように、との通達が来ております」

 

「厨房……って事は!チョコクッキー作ってくれてるんだね!?」

 

フレーリットは顔を綻ばせて言った。

 

「はい、左様でございます」

 

「やった!何だかんだ言ってやっぱリクエスト聞いてくれるんだよね!あ、でも気分優れなかったみたいだからね、後でその事聞いてみよう」

 

「その事なんですが、今朝医者に見てもらったそうですよ」

 

「あ、そうなの。どうだった?大丈夫だった?何も大事無い?」

 

「すみません……、聞いたんですが、何も教えてくれませんでした…」

 

「はぁ?何で?」

 

「さ、さぁ…」

 

「……分かった、もう下がっていいよ」

 

「御意」

 

ハウエルや使用人達が一礼をし、解散していく。恐らく彼はこの後は自由行動なのだろう。コツコツと靴音をたて最上階直通へ行けるエレベーターへ向かっている。

 

行くなら今、後少し、もう少しでここまで来る────!

 

「こんにちは」

 

ロダリアは悠々と歩いて行き、正面から堂々とフレーリットの前に立った。

 

「…………誰?」

 

彼は警戒心を露にした。だが、声を出して事を荒げる雰囲気ではないようだ。しかし不信感に溢れている。

 

「まぁ、そんなピリピリしなくても…」

 

「誰だと聞いている」

 

(アルスそっくりですわね…)

 

ロダリアはクスッと笑った。

 

「私の名はロダリア。精霊信仰のシスターですわ」

 

まじまじと正面から彼を見つめた。紫紺の髪に、銀の瞳。整った端正な顔立ちだが、目の下に隈がある。サングラスをかけてさっきは分からなかったが、少し不気味な目つきだ。脚が長く、背はスラッと高い。ガットと同じぐらいだ。

 

「は?精霊信仰のシスター?また元老院が招き入れたのか?勝手なことを……」

 

「私、ご挨拶に参りました」

 

「そうゆうのはいらないって前も言っただろ。親切心で来てるならいい迷惑だ。僕はそうゆう宗教みたいなのは一切信じないんだ。悪いけど、帰ってくれないか 」

 

つっぱねる態度に一貫している。そうゆう類の物を信じない。警備兵が言った通りだった。フレーリットはロダリアを素通りするように横を抜けた。2人の影が重なり合ったその瞬間、ロダリアは静かに囁いた。

 

「貴方からは、精霊様の力が感じらますわね」

 

ピタッと、時が止まったように、フレーリットは足を止めた。横目でロダリアを一瞥する。それはまるで射殺すような鋭い目つきだ。

 

「…………何の事?」

 

「フフッ。その様子だと図星も当然のような態度ですわよ?」

 

「何の話だか分からないな」

 

「あら、だったら何故一瞬足を止めたのです?精霊信仰を信じない御方なら、精霊自体という不確定な存在の言葉に反応しないと思うのですが、違いますか?」

 

「…………何が言いたい」

 

フレーリットは視線を正面に向けると、そっけなく言い放った。

 

「私は精霊信仰のシスター……。精霊様のお声に耳を傾けることにした事など、造作もない事…。貴方……、何か、精霊のお力をお待ちなんでしょう?」

 

いよいよロダリアは本題に入った。鎌をかけ、ボロが出るのを待つ。

 

「精霊の力……ね。あぁ、確かに、持ってるよ」

 

フレーリットは言った。

 

「……精霊を信じ、会ったことがおありなのですね?」

 

「フッ、そうだねぇ」

 

今度はフレーリットが鼻でクスリと笑った。

 

「それは、その精霊は、マクスウェルですか?」

 

ロダリアはついに直接聞いた。しかし、期待した返答ではなかった。

 

「はぁ?マクスウェル?原初の三霊みたいな強大な力、僕が持てるわけないだろ?そこまで大それた事、できないね」

 

どうゆう事だろうか。これではアルス達の予想は違っていたという事になる。しかし、ロダリアには分かっていた。そして、真に問いたかった事を聞き出す。それが彼女の目的だ。

 

「ふふ、冗談ですわ」

 

「僕をおちょくっているのか?」

 

ロダリアは一呼吸置くと言った。

 

「貴方のそれは、─────の力……なのではなくて?」

 

「………フン、シスター様とやらはお見通しのようだね……。全くどうやってその情報を手に入れたんだか……」

 

「言ったでしょう?精霊様の声に耳を傾けただけ……」

 

「その事を知ってるのは、オリガだけなんだけどなぁ……。やはりあの時、情けなどかけずに殺しておくべきだったか……」

 

フレーリットはそう言うと何一つ見ていないような冷たい目になった。

 

「ふー………全く、君のおかげで気分がますます悪くなったよ……。リラックスに煙草でも吸いに行こうかな…」

 

そう息をつくと、再び歩き出した。

 

「あら、どこへ行くと言うのです?秘密を知っている私を放っておいてよろしいのですか?」

 

彼女の役目は、フレーリットの足止めをすること。このまま最上階に行かれて2人と鉢合わせ、なんて事になったら大変だ。だがフレーリットは振り返って言った。

 

「今、ここで刃傷沙汰を起こす訳にもいかないだろう?それに、最初言ったように貴様に興味はない」

 

ロダリアはその恐ろしい形相に思わず怯んでしまった。ただでさえ不気味な目つきなのに、それに加え恐ろしい殺気を帯びている。

 

「殺されたくなければ、さっさと僕の前から消えろ。目障りだ」

 

フレーリットは踵を返した。エレベーターに乗り込み、ドアが閉まった。

 

「っ!」

 

ロダリアはドアが閉まると同時に、急いでエレベーターに近づいた。そして上にある階表示を見つめた。45階に行かれたらまずい。2人が部屋を探索している間に入られたら非常にまずい事になる。

 

「……!止まった! 」

 

エレベーターは44階で止まったようだ。

 

「……最上階の自室には…まだ行っていないようですわね……」

 

ホッと一息ついたロダリアだった。

 

(欲しい情報は掴めましたわ……。ですが、まだどうなるか分かりませんわ……油断はしないで行きましょう…)




スミラ設定図(友人が気合入れて描いてくれました♡)


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ツインテールバージョン


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フレーリット

「フィル!早く立て!閉じ込められるぞ!皆手伝え!」

 

「おう!」

 

「フィルゥゥ!早く!」

 

シャッターがもうまもなく閉まろうとしている。アルスは咄嗟に手でそれを押さえつけた。ガットとカヤもシャッターの両端に手をかけ上に持ち上げる。だが降りてくる力はとても強く、長持ちするとは思えない。カヤは目をつぶり必死に力を振り絞った。力が一番強いガットがいた事が幸いだ。

 

「っらぁ!」

 

フィルはうつ伏せに転んだ状態から、両手を斜め上へと精一杯伸ばした。そして神経を集中させ、元々手に巻き付いている糸にエヴィ糸を連結させ一直線に放出させた。それは宙を駆け抜けるように飛んでいき、シャッター前の両端の壁のランプに巻き付いた。

 

「っ!?何してるんだフィル!?」

 

「おりゃぁぁぁぁあああああああ!!」

 

フィルはエヴィ糸をリールのように自らへと吸収し前進した。そして弾丸のように、地面を這うようにして、ものすごい速さで引っ張られるように飛んでいく。やがて空中に浮きシャッターを押さえているアルスの懐に向かってきている。

 

「どけー!!アルスー!!!」

 

「は!?ちょっ!ぐはぁっ!?」

 

シャッターを通り抜ける直前に糸を切り、フィルはそのままの速さを保ったままアルスの腹に頭から突っ込んだ。まるで人間パチンコだ。

 

「うわぁ…………」

 

ガットが思わずそう呟いてしまった。

 

「えっ!ちょっ!何!?アタシ目つぶってて分かんなかった!」

 

「ふぃー、咄嗟の判断と奴が幸を期したな」

 

フィルはあぐらをかき、汗を拭うようにして前髪を払った。

 

「ぐぉおおぉおおあぁ………!!」

 

思いっきり突っ込まれ、クッション替わりにされたアルスは、あまりの痛さに涙目になる。よろよろと足の力が抜けるようにしゃがみ、腹を抑えた。

 

「だ、大丈夫かアルス…」

 

衝撃的瞬間を間近に見てしまったガットである。流石に心配し、肩に手を置く。

 

「ほ、ほら。腹見せてみろ、その為の治癒術師の俺だ」

 

ガットはアルスの腹に手を当てる治癒術をかけた。

 

「な、何があったの?」

 

「フィルがものすごい頭突きをアルスの腹に食らわせた」

 

「うわ………、お気の毒に………」

 

カヤは状況を理解した。

 

「い、いや……むしろ、腹でよかったのかもしれない……。もう少し下だったらこれ以上に大変な事になってた……」

 

「あぁ…うん…確かにそうだな……」

 

アルスの切実な男の訴えにガットはうんうんと頷いた。

 

 

 

アルスの治療も終わり、脱出路が見えた。

 

「これか」

 

アルスはロックが解除された非常用通路のドアを開けた。長い廊下になっており、障害物は一つもない。ただ長い廊下を光結晶の淡い光が照らしている。しばらく進むと、光を放っている陣があった。

 

「これ…、ガラサリ火山の祭壇にも同じような物があったね」

 

カヤはしゃがんで陣を触った。光が反応を示している。アルスは感心した。

 

「こんな技術があったのか…、城にもあったら便利だろうなぁ…」

 

「つーか、どこ繋がってんだこれ?」

 

「非常用……と言っていたから、外ではないのか?」

 

「とにかく、入ってみよう」

 

アルスの言葉に皆頷くと陣内に入った。光に包まれ、飛ばされた場所。そこは…。

 

「真っ暗だ!」

 

視界は黒にそまり、何も見えないフィルは慌てふためいた。

 

「フィル、迂闊に動くな」

 

「でもどうすんだ大将?」

 

「待っててアタシ、ライト持ってるから」

 

「助かる」

 

カヤは腰のポーチからライトを取り出すと、スイッチを入れた。パッと光がついた先にカヤは視線を向けた。そこにあったものは────

 

「うわわわぁっ!?」

 

「何だ!?………ってち、父上!?」

 

「ぅおっ!?アルスの親父っ!?」

 

「おい!どうなっているんだこれ!?」

 

「ちょ、ちょっと待って、これって……」

 

カヤはライトをあちこちに照らした。すると、目の前にゾッとする光景が広がった。

 

「これ………全部写真よ……!?」

 

その部屋の壁という壁一面にアルスの父であるフレーリットの写真が大量に張り付けてあった。

 

「な、何だこりゃっ………」

 

ガットが顔を引きつらせ一歩下がった。

 

「気持ち悪っ……!誰よこんなんやったの!ストーカーじゃない!」

 

「………な、なぁっ…こっこれは……」

 

アルスは戦慄しか感じなかった。立ち竦み、ただただ目の前の光景に唖然とした。

 

「て、天井にもあるぞ…」

 

フィルが上を見上げて言う。アルスは上に視線を向けた。もう限界、というように彼は愕然し、ついには情けなく尻餅をついた。手が震えている。

 

「アルス!大丈夫?」

 

カヤが心配してアルスに駆け寄った。

 

「あ、あ、ああっ……」

 

「声震えてるわよっ…!」

 

ガットがその部屋を散策しだした。所狭しにフレーリットの写真だらけである。部屋の真ん中に陣が配置されていて、他にあるのは机とベットだけの狭い部屋だ。

 

「お、お前の親父っ、誰かにストーカー被害受けてたみたいだなっ。つーか!何てとこに繋がってんだ!!あのワープは!どこが非常用だよ!ストーカー部屋に繋がるとか頭おかしいのか!?」

 

「だ、だからアレだったんじゃないか……?ほら、開かずの扉………」

 

フィルが言った。

 

「早く……、一刻も早くここを出よう!」

 

アルスは寒気が止まらない。ここにある全ての写真は、自分の実の父親なのだ。彼は足に力を振り絞り、逃げるように立ち上がり部屋を出ていった。

 

「ここはっ!?」

 

そしてアルスは更に驚愕した。なんと出た先はスヴィエート城の中なのだ────!

 

 

 

「────ってな具合〜かなっ?あぁっ、もぅ〜、なんか恥ずかしいわ!」

 

「素敵です!!スミラ様!そんなロマンチックな所で!ロマンチックなプロポーズ!!良いです!羨ましぃ〜!」

 

オーブンでクッキーを焼き上げている間、後片付けをしつつ、スミラはルーシェに話をしていた。フレーリットとの馴れ初めについてだ。ルーシェはその話を聞き感激している真っ最中だ。

 

「セルドレア……!冬に咲き誇る青い花……!あぁ、感動的ですね!!」

 

「う、運命の青い花……ってやつ?いやぁっ!何言ってんの私!もぅ!」

 

「じゃあじゃあ!それ!その薬指の指輪が!結婚指輪なんですね!?」

 

ルーシェは目を輝かせスミラの左手の薬指を指さした。

 

「ま、まだ結婚はしてないわよっ!これは、婚約指輪!」

 

「いつ結婚なさるんですか!?」

 

「え、ええっ、わ、分かんないっ…。彼は、落ち着いたらって言ってくれたわ。ほら、戦争中だしね……。結婚式なんて今は挙げてらないでしょ?」

 

「でも!いつかは結婚するんですよね!?」

 

「も、勿論……よ?」

 

「はぁ〜、凄い……!いいなぁ〜…」

 

「貴方はそうゆう人いないの?」

 

「えっ!?私っ!?」

 

「あら、いるのね」

 

「んなななっ、いませんよ!」

 

「え?だって目泳いでたわよ?」

 

「いないです!あ……、でも、なんだか、そうなのかなって人が、つい最近まではいたんですけど……」

 

「何?他の人とくっついちゃったとか?」

 

「いや……、喧嘩……というか…」

 

「あらま……どうしたの?」

 

ルーシェは潜入任務の事などすっかり忘れ、スミラと女子トークを繰り広げていた。

 

 

 

「あった!ここですね!」

 

ノインはルート通りに進み、44階にある一室を見つけた。

 

「またパスワード入力みたいだネ…」

 

「んじゃ、ちゃっちゃと打ち込ん……、ん?何か書いてありますねぇ」

 

「え?何?」

 

ノインは地図に書いてあるアルスのコメントを読んだ。

 

「片方は外廊下の目立たない所で待機し見張りをした方が良い。フレーリットの部屋も同様に行う事……だそうです」

 

「なるほどネ、じゃボクが行ってくるヨ。ノインは見張りよろしく」

 

「お、僕は丁度見張りがいいと思ってました、賛成です」

 

ラオはパスワードを打ち込むと、マスターキーがある部屋へと入っていった。

 

「ラオさんファイト!」

 

「すぐ戻ってくるヨー」

 

ノインは地図の指示通りに外廊下の目立たない死角の位置に立ち、その部屋のドアを見守った。

 

「何この部屋タバコくさっ!?」

 

ラオは入った瞬間に、鼻をつく臭いに思わずそう言った。部屋の明かりをつけ、

 

「え?鍵が安置されてる部屋だよネ?何でこんなにもタバコの臭いすんの?」

 

ラオは疑問に感じながらもとりあえず部屋を散策した。物置のように古い本棚や、使わなくなった棚などがある。狭くはないが、広くもない。しかしどこに鍵があるのか、なかなか見当たらない。

 

「あれ、灰皿?」

 

窓際に丸いテーブルと椅子があった。テーブルの上には灰皿があり、煙草の吸殻が大量に入っている。

 

「この吸殻、新しいネ……誰かここで吸ってんの……?え?こんな所で?まさかぁ?喫煙ルームじゃあるまいしここ?まぁそんなことはどうでもいいか…」

 

ラオが鍵を探している最中に、外はとんでもない事が起きていた。

 

 

 

「早く出てこないかなぁ、ふぁあ……」

 

ノインは大きな欠伸をした。しかし、その直後エレベーターが開く音がして、廊下を誰かが歩いてくる音がした。

 

「ん?」

 

ノインは顔を少し出してそれを覗いた。モノクルを手で持ち、目を凝らした。一瞬だが姿が見え、すぐに顔を戻した。

 

(ぃぃぃぃぃっ!?ふ、フレーリットさんっ!?)

 

ロダリアが足止めしていたはずのフレーリットが、こちらに向かってきている。ノインは急いで無線をラオに繋げた。

 

「ラオさんっラオさんっ!」

 

ノインは小声で懸命に喋った。

 

「え?何〜どうしたの?まだ鍵探してるんだけど〜」

 

ラオの悠長な声が聞こえてきた。こちらの緊迫した様子など微塵にも気づかない。

 

「フレーリットさんが来てます!!」

 

「はっ、はぁッ!?どうすんの!?とりあえず部屋から出……」

 

「今出たら確実にバレますよ!!隠れてください!」

 

「ちょ、ちょっと待って!そうゆうの足止めするのがキミの仕事なんじゃないの!?」

 

「僕に出来るわけないでしょう!?それに!本来この仕事を第一に請け負ってたのはロダリアさんですよ!」

 

「何のための見張りだヨおバカ!」

 

「とと、とにかく早く部屋のどっかに隠れて!!」

 

「あ、ちょっ!」

 

ノインは無線を問答無用に切った。テンパって何もできないノインは情けない事に身を隠すことに徹底した。フレーリットは部屋のパスワードを入れ、ついさっきラオが入っていったマスターキー安置室に入ってしまった。

 

(ぁぁぁぁああああ!!ラオさぁぁあん!!)

 

ノインは必死にラオの無事を願った。

 

 

 

「……あれ、明かり消し忘れてたのか?」

 

フレーリットは部屋に入ると、部屋の明かりが付いている事に疑問を覚えた。

 

「消したと思ったんだけど……、気のせい?まぁいいか……」

 

フレーリットはズボンのポケットから煙草とライターを取り出した。煙草に火をつけ、窓際に置いてあるイスに座る。深く腰掛け、寄りかかった。

 

「はぁ…………」

 

煙を吐き出した。落ち着く感覚だ。吸殻を落とすとまた口につける。

 

そんな中─────。

 

ラオは息を殺して身を潜めていた。なんとか慌てて隠れた場所は本棚の中。うつ伏せになりじっと身を潜める。横に長い本棚の下から4番目の段は4分の1程度しか本は入っていない。好都合だ。ラオは体勢を直すため、少し体をよじった。しかしそれが過ちだった。足で何かを蹴飛ばしてしまったのだ。ドサッ、と重い音をたててそれは床に落ちた。

 

「っ何だ今の音?」

 

(ヤッバイッ!?)

 

ラオは冷や汗がぶわっと吹き出した。

 

「誰かいるのか!?」

 

ラオは慌てて本棚を反対側から出ると棚の影に隠れた。フレーリットは不審な音に反応し、本棚を確かめに来た。

 

「………古い本が落ちただけか」

 

フレーリットは本を拾い上げた。その本を適当な位置に戻そうとする。しかし、背の高い彼は上から4の段が見下ろせる。

 

「……?」

 

そこで本棚のある異変に気づき、彼の目つきが鋭くなった。手袋をはめているその右手の人差し指でスーっと本棚の棚をなぞった。そして視線を横へ横へと移す。

 

(────埃が途切れている……)

 

フレーリットは埃を親指で擦り払いくわえている煙草を手に取った。そして窓側に戻り灰皿に煙草を潰して処理すると、ドアに向かって歩いて行った。ラオは心臓が飛び出しそうになりながらもホッと一息をついた。

 

(ふぅ〜、なんとかやりすごしたヨ……)

 

フレーリットがドアノブに手をかけた。ドアの閉まる音がする。ラオは気をゆるめた。そして棚の影から出ようとした矢先─────

 

「そこか!」

 

(へひぃっ!?)

 

壁に刺さったダガーナイフ。ドスッという音と共に、ナイフがしなる音。鼻先スレスレに空を切ったそれに、ラオは驚きのあまり縮こまった。

 

フレーリットはドアを開け閉めし、音をわざとたてて出ていったフリをしたのだ。急いで振り返り、本棚の裏側に回る。棚の側に案の定人影がある。そう、それこそが隠れているラオだ。

 

ラオは恐怖のあまり、ロボットのようにぎこちなく、顔を震わせてフレーリットに対面する。

 

「──────お前はっ………!?」

 

フレーリットは目を見開いた。開いた口が塞がらない。目の前の人物に、ただただ絶句した。

 

「あ、ど、ドーモ………」

 

ラオは緊張で声が裏返った。冷や汗がだらだらと流れる。ついに見つかってしまった。

 

「その顔は……ラオ・シン!」

 

「………へ?」

 

ラオは間抜けな声を出した。どうして自分の名前を知っているのだろう?

 

「どうして、何故貴様がここに……。しかもスヴィエート兵姿でいる!?」

 

「え、あ……、えっ?」

 

ラオは頭が混乱し、どう受け答えればいいのかまるでわからない。しかしフレーリットは至って緊迫した雰囲気だ。

 

「お前は処刑されたはず……!まさか、逃げ生き伸びていたのか!?この裏切り者がァ!」

 

「うう、うら、裏切り者?」

 

「今度は僕を殺しに来たのか?死ね!!」

 

「ホギャァァア!?」

 

フレーリットは素早く胸元に手を差し入れた。拳銃を取り出し引き金を引く。壁に弾丸が食い込む音がラオの耳に入った。かなりの早撃ちだ。ラオは咄嗟にしゃがんでかわした。しかしすかさず2発目が撃ち込まれる。ラオは前方に飛び込み前転してかわし、本棚の裏に隠れた。

 

「隠れても無駄だ!出てこい!絶対に殺してやる!!」

 

ドスの効いた恐ろしい声と同時に5発撃ち込まれた。本棚があっと言う間に破壊されドサドサと本が落ちていく。ラオに向かって半壊した本棚が倒れ込んできた。

 

「ぬぉあっ!」

 

すかさずバク転して倒れる本棚をかわした。宙を待っている途中、彼がナイフを取り出す瞬間を見た。ラオは着地と同時に足元にあった分厚い本を両手で持ち、顔の前に盾代わりにした。

 

「っ!!」

 

間一髪だった─────。

本を貫いたナイフの先がラオの目スレスレのところで止まっている。

 

「チッ!」

 

「なんのこれしきっ!」

 

フレーリットは舌打ちし、また拳銃を構える。ラオは紐でくくりつけられ、連なっている札を取り出し前にかざした。それはエヴィ弾を弾き返す効果がある札。防御に徹底した札だ。フレーリットが撃ったエヴィ弾は札によって完全に相殺された。

 

「くそ!」

 

「待ってヨ!どうして僕を殺そうとするの!?そりゃ侵入者かもしれないけど、裏切り者って何の事!?」

 

「白々しい!とぼけるのも、大概にしろっ!!」

 

フレーリットは拳銃を投げ捨て腰からコンバットナイフを取り出すとラオに斬りかかった。

 

「うぐっ!?」

 

札の紐が切り裂かれ防御が解かれた。ラオは右手でクナイをを取り出しそれを受け止める。ギチギチと嫌な金属音が耳に響く。

 

「お、落ち着いて!話をしようヨ!」

 

「父の敵!!今ここで果たす!!」

 

フレーリットは左足でラオを回し蹴りで吹き飛ばした。

 

「かはっ!」

 

壁に叩きつけられたラオは肺が圧迫され、息が詰まった。しかし気づくと目の前にナイフが飛んできている。

 

「っ!しまった!」

 

慌ててよけたがそれはマフラーに刺さってしまった。ラオは身動きがとれなくなった。

 

「このっ!」

 

抜こうと必死に引っ張るが、抜けない。それどころかまたフレーリットが斬りかかりに来ている!

 

「つっ!」

 

ラオはまた右手のクナイでそれを受け止めた。ガキィン!と高い音が響く。しかしフレーリットは左手をラオの首に差し出し、絞め上げた。

 

「うっ、あっ……!?」

 

「お前のせいで、僕は、僕はァ!」

 

ラオは首を絞めあげる彼の手を剥がそうとした。しかし何か異変を感じた。冷気が彼の手から生み出されている。

 

(っ!凍ってるっ……!?)

 

パキパキと音を立てて、自分のマフラーが凍り始めている。彼の手からその力が溢れているようだ。マズイ、首まで侵食し始めている。

 

「や、やめ、て……、フレー……リット……」

 

このままでは本当に殺されてしまう。ラオは渾身の力を振り絞って彼のその手を掴んだ。

 

その瞬間─────、

 

「っ!?」

 

「何だ、これはっ!?うわぁぁぁあっ!?」

 

眩い光がそこから発生した。凄まじいエネルギーだ。ラオは体中にエヴィが駆け抜ける感覚が巡った。

 

そして、走馬灯のように何かの映像と声が頭に流れ始めた。これは記憶だ。

 

 

 

─────工場だ。工場の控え室。目の前にまたあの人。アルスと同じコバルトブルーの髪の男性がいた。

 

「────へー、もうすぐ子供が産まれるんだ!おめでとう!え、男の子?女の子?」

 

「ありがとう、多分男の子だよ。名前はフレーリットっていう名前にしようと思ってる。妻と一緒に決めたんだ」

 

「フレーリットかぁ………。今度来た時はその子も連れておいでヨ!早く会いたいヨ!」

 

「ああ、今度は妻も子供も一緒に連れてくるさ。不思議だよ。お前との会話は、本当によくはずむ」

 

「僕会話上手だからだヨ!きっと!子供ともすぐ仲良くなれる自身あるネ!」

 

「はは、そうに違いないな!そうだ、言い忘れてたけど僕の正体は視察団幹部の1人じゃなくて、サイラス・レックスっていう名前も偽名なんだ」

 

「え?何いきなり?どうゆうコト?」

 

「僕の本当の名前はサイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。スヴィエート第6代目皇帝さ」

 

君はそうやっていきなりの衝撃発言を平気でして、ウインクして笑った。

 

 

──────場面が変わった。

船の上、甲板、寒空の下、刀に貫かれ磔にされている君の生々しい姿。

 

それは血まみれのサイラス。

呼吸が浅く、目に光がない。

 

「サイラスッ!!サイラス!しっかりして、あぁ、僕がもっと早く来ていれば!もっと早く気づいていれば!!こんな事にはっ……!」

 

「ラ……ラオ………、ゴフッ………」

 

君は力なく僕に手を伸ばし、吐血した。

 

「しっかりして、死んじゃダメだ!生まれてくる子供と奥さんが待ってるんだろ!?」

 

僕は血に汚れた友の手をがっしりと掴む。

 

「あぁ………クリス……ティーナ…、フレー……リット………」

 

力なく呼ぶ、君の家族の名。

 

「だから死んじゃダメだ!死ぬな、死ぬなサイラス!」

 

「ラオ、君のせいじゃない……さ…。こんな事に巻き込んでしまって、すまないな……そして………」

 

「何言ってるの、そんな事言わないでヨ!聞きたくないヨ!!」

 

僕はその先の言葉が聞きたくなかった。まるで最後の言葉みたいじゃないか。

 

「ありがとう………、僕の、1番の、親友………」

 

次の瞬間、何かが体に流れ込んでくる感覚がした。体がホッと温かくなった。彼の目尻から、雫が溢れ、そして、瞳を閉じた。

 

「サイラス………?サイラス!?サイラス!!!サイラスー!!!」

 

掴んでいた手がポトリと血だまりに落ちた。

 

 

 

ハッと我に返った。一瞬の出来事だったようだ。光は爆発するように弾けた。そのとてつもない衝撃にラオは再び後ろの壁に叩きつけられた。フレーリットも同様、ラオとは反対方向に吹き飛ばされた。

 

「うぁっ…………!?」

 

窓に叩きつけられ、彼はずるずると膝から崩れ落ちた。頭から血が伝い、ガラスを汚している。そのままそこに寄りかかるようにして目を閉じた。

 

「──────思い………出したっ…………!!」

 

ラオは膝を折り、四つん這いになった。そして叫んだ。

 

「フレーリット………、フレーリット!!サイラスの息子の……!フレーリット!!!」

 



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メンバー合流

ラオはハッし慌てて顔をあげてフレーリットを見る。

 

「大変だ……!フレーリット!」

 

急いで体を起こして、窓際に走る。そして彼の様子を伺った。目は虚ろで、気を失いかけている。必死に目を開けて、憎き目の前の人物に憎悪の眼差しを向けた。

 

「………ぅ、ぐ………、殺す……貴様は…、僕がっ……!」

 

「フレーリット!」

 

彼の頭から血を流れ、額に流れ出した。ラオは包帯を取り出そうと腰を探った。そこにはらりと札が落ちた。この城に入るときに使った代物だ。初めは3枚あったが、今は残り1枚。ラオはあることを思いついた。

 

(気を失う前に、今なら間に合う!)

 

ラオは札をフレーリットの額に当てた。

 

「っ!?」

 

額の血が札に染み込んだ。ラオは集中して、エヴィを流し込む。するとフレーリットの目は更に虚ろになった。ラオは彼の目をしっかりと見つめ、札の催眠術をかけた。

 

「フレーリット、答えて。精霊マクスウェルはどこ!?」

 

「精霊………マクスウェル…?だから知らないって言ってる……だろ………。何度も……言わ……せるな……」

 

フレーリットはゆっくりと答えた。

 

「どうゆうこと?アルスが言ってた見解と違う……?本当の事を言って!この札には逆らえないはずだヨ!」

 

「本当……だっ……。僕は、マクスウェルなんか……見たこともない……聞いたことがある………だけだ………」

 

フレーリットの瞼が段々と降りていき閉じた。

 

「フレーリット?フレーリット!」

 

札が額から剥がれ落ちた。ラオは慌てて彼の心臓に耳を当てる。

 

トクン、トクンと音が聞こえた。

 

(────良かった、生きている)

 

「気を失っちゃったか……」

 

ラオは包帯を取り出すと、彼の頭に巻いて応急手当をした。そして気絶しているフレーリットの顔をまじまじと見つめた。

 

「髪の毛以外、サイラスにそっくりだったな……」

 

ラオは彼の髪の毛を触った。紫紺の髪。サイラスは濃い青、コバルトブルー色だった。

 

(サイラスの髪は、アルスに遺伝したのネ…。だからアルスからは懐かしい感じがしたんだ。何故なら、彼の孫だったから……)

 

アルスの髪は母親譲りでも父親譲りでもない。祖父サイラスの隔世遺伝である。

 

「……フレーリットは、マクスウェルを持っていない……。これは、嘘ではない…。そうなると、こっちの城はハズレって事…?研究所の方が気になるネ…」

 

思考を巡らせていると、無線がかかってきた。ノインだ。

 

「ラオさん!ラオさん大丈夫ですか!?何か凄い音聞こえましたけど!」

 

「ノイン!状況は後で話す!とりあえず今からそっちにいくヨ!」

 

ラオはそう伝えると、当初目的だったマスターキーを取らずに部屋を出た。

 

 

 

厨房のオーブンからとてもいい匂いが漂ってきている。スミラはそれを開けた。

 

「出来たわ!」

 

「わぁー!」

 

丸いチョコレートのクッキーに、チョコチップが散りばめられている。甘い香りが広がった。

 

「美味しそう〜!!」

 

「よし!味見味見……!あつっ。ルーシェ気をつけて、まだ熱いわ」

 

スミラは2つクッキーを手に取り、1つルーシェに渡して味見した。ルーシェはそれを口に入れた。焼きたてで熱いため、チョコチップが口の中でとろけた。ルーシェは頬が落ちるのを抑えるように、両頬に手をあてた。本当に美味しい。

 

「んんん〜!!!美味しいっ!こんな美味しいの初めて食べました!!も、もう1個食べていいですか!?」

 

「感激しすぎよ!まぁ……いいけど……。でも、悪くないわね。上手くできたみたい」

 

「ふぅぅあぁぁ、美味しい〜!」

 

「あ、ルーシェ。これレシピよ。欲しがってたでしょ」

 

スミラはチョコレートクッキーのレシピが書かれた紙を渡した。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「ふふ、クッキーは貴方と私分のもとっておきましょうか。フレーリットの分と、あとクリスティーナ様のも取り分けましょう」

 

「クリスティーナ様?」

 

「フレーリットのお母さんよ。最近は体の具合が悪くてね、お見舞に行こうと思うわ。お腹の子の事も伝えたいしね」

 

「あ、なるほど……」

 

「さ、取り分けましょう」

 

スミラはあらかじめ用意しておいた2つのバスケットにクッキーを入れ始めた。

 

「フレーリットも今の時間帯はきっとお見舞いのためお義母様の所にいるはずだわ。お義母様の部屋へ行きましょう」

 

「はい!」

 

バスケットに分ける作業に取り掛かり、余ったクッキーをつまみ食いしていると、ふとルーシェは当初の目的を思い出した。

 

(そうだ…、私ったら何してるんだろう。目的はフレーリットさんの事、スミラさんから聞き出す事だったけど、全然関係ない話しか聞いてない!)

 

ルーシェはスミラに恐る恐る聞いた。

 

「あの、スミラ様…」

 

「何?」

 

「私……噂で聞いた事があるんですけど、フレーリット様って、その、何か不思議な力を持っているとか…、何か……」

 

「不思議な力?」

 

「その……単刀直入に言うと、精霊っていう、御伽話に出てくるような者が使える力……とか」

 

「無詠唱の光術の事?」

 

「っ!そう!それです!」

 

スミラは「あぁ〜」と言って作業を一旦中止した。

 

「そうねぇ、氷属性の術なら見た事あるわよ。そのおかげで私生きてるようなもんだし」

 

多分日記に書かれた出来事の事だ、とルーシェは思った。

 

「あの、その氷属性以外のとかは…見た事あります?」

 

「え?ううん?ないわよ?アイツ元々氷の術が得意…というか好きなのかしら?この前私の誕生日の時なんか、アイスキューブ作ってサプライズしてくれたわ」

 

「アイスキューブ?」

 

「花とか、フルーツとかを氷の中に閉じ込めて凍らせてあるのよ。それお酒に入れて飲んだの。すごく綺麗だったわ。悔しいけど、アイツのセンスを褒めざる負えない出来だったわね」

 

「へぇ〜……」

 

「それがどうかしたの?」

 

「いえ!何でもないです!気にしないでください!あぁ!クッキーが冷めちゃう!」

 

ルーシェは誤魔化すように作業に戻った。しかし、浮かんでくるのは疑惑ばかりだ。

 

(フレーリットさんは、本当にマクスウェルを持ってるの?それとも、ただ巧妙に隠してるだけで、スミラさんには見せてないだけ?でも、無詠唱で術を使ったっていう証言はある…。けれどそれ以外の一切の証拠がないよ……、城の方はハズレっぽいのかな…)

 

ルーシェはスミラの方はこれ以上何も聞き出せないだろうなと踏み切った。彼女を溺愛し大切にしているフレーリットだが、知られたくない裏の姿というのも、絶対にあるだろう。しかもそんな裏の姿なんて、愛している女性には極力知られたくないはずだ。その証拠に、スミラのつけた日記の記述時に、無詠唱の術について聞かれた際、うやむやにしている。恐らくその部分は研究所の方、あるいはロダリア、ラオ、ノインの方が調査してくれているはずだ。ルーシェは他のメンバーに託すことにし、今はスミラに協力しきる事にした。

 

 

 

部屋から出てきたラオにノインは急いで駆け寄った。

 

「ラオさん!何があったんですか!」

 

「あの無線の後、慌てて隠れたんだけどフレーリットに見つかっちゃって、戦闘になった」

 

「戦闘っ!?」

 

「大丈夫、なんとか倒して、今は気絶してる」

 

「たっ、倒したんですか!?」

 

「ウン……ちょっと、色んな事が起きてネ………。とにかく要点だけ話すヨ」

 

「要点?」

 

「さっきの戦闘後、フレーリットに城に入るときに使った一種の催眠術をかける札を使った。アレは嘘をつけずに真実だけを喋らせる札としても使える。そして聞いたんだ僕。マクスウェルを持っているか、どこにあるかを。でも彼は知らない、としか答えなかった。マクスウェルという単語は、聞いた事があるだけだと」

 

「そんな、馬鹿な!?じゃあ一体何の為にここまで来たんです!マクスウェルはスヴィエートにある筈なんでしょう?」

 

「分からないヨ……だからボクはマスターキーは取ってこなかった。これ以上ここにいても無駄だヨきっと。この事を報告するために皆と合流しよう!まずロダリアを探さないと!」

 

「分かりました、無線をかけてみます!」

 

ノインはロダリアの周波数に合わせた。しばらくして、無線が繋がる。

 

「あ!ロダリアさん!?」

 

「はい、私ですわ」

 

「今どこにいるんです?」

 

「私は今、1階西エリアの甲冑廊下、人通りが少ない廊下の隅に待機しています。マズイ傾向ですわ。城が騒がしくなってきているんですのよ。恐らく、眠らせた無線室の管理者達が起きて、事がバレたんでしょうね」

 

自らの目的があらかた済んだロダリアはもうこの城でやる事はなかった。そうして暇を持て余していると、何やら城内が慌ただしくなってきているのに気づいていた。

 

「それはヤバイですね。あ、ちょっとラオさん!?」

 

ラオはノインの無線機をひったくった。

 

「ボクだヨ!ラオ!さっきフレーリットとばったり出会って戦闘になって色々あって、彼はマクスウェルを持っていない事が判明したヨ!こっちは多分ハズレだヨ!研究所チームにかけるしかない!」

 

「で、出会った!?私足止めしたつもりだったのですが……」

 

ロダリアは、マクスウェルがフレーリットの手元にはないと言うことは大方分かっていたが、出会ったのは予想外だ。

 

「なんか44階のとある一室を彼専用に喫煙ルームにしてたみたいで!それでボク達はというと、フレーリットの部屋に入るためにマスターキー部屋に行ったんだヨ!それが44階のまさかのその部屋で!タバコ吸いに来たフレーリットとボクが会っちゃったんだヨ!」

 

「今彼はどうしてますの!?」

 

「気絶してる!大丈夫!死んではないヨ!」

 

「とにかく、そうなるともう私達の正体がバレるのは時間の問題ですわ!皆合流して、脱出しますわよ!」

 

「分かった!で、一体どうしますか!?」

 

会話を聞いていたノインが言った。ラオが慌てて言った。

 

「ルーシェ!ルーシェはどうすんの!彼女はこの事知らないヨ!」

 

「2人はとにかく1階へ降りてきてください!ルーシェには私が連絡いたしますわ」

 

「分かった!1階だネ!じゃルーシェを頼んだヨ!」

 

ラオは無線を切った。無言の緊迫した雰囲気に包まれる2人。

 

「………行きましょう」

 

ノインの言葉にラオは頷き、2人は1階を目指した。

 

 

 

スミラとルーシェはエレベーターで45階まで上がり、フレーリットの母、即ちアルスの祖母の部屋までやってきた。スミラはドアをノックした。

 

「お義母様、スミラです」

 

「スミラさん?どうぞ〜」

 

「失礼します」

 

「し、失礼いたします!」

 

中から透き通るような綺麗な声が聞こえた。ルーシェは緊張した。アルスの母の次はアルスの祖母ときた。

クリスティーナという女性は白いベットによりかかり、座っていた。息子のフレーリットと同じ紫紺の髪、顔色は白く、綺麗な人だ。穏やかに目を細め上品に笑う。

 

「まぁ、またお見舞いに来てくれたのね。ありがとうスミラさん」

 

「とんでもございません。お身体の具合は大丈夫ですか?」

 

「ええ、最近は調子がいいのよ。それより、気になるわ。貴方の後ろにいる人と、この美味しそうな匂い」

 

クリスティーナはスミラの後ろを覗き込んだ。

 

「ルーシェ、ご挨拶しましょ」

 

「は、はい!」

 

スミラに小声で言われ、ルーシェは前に出た。

 

「新人メイドのルーシェと申します。恐れ多くも、スミラ様のお料理のお手伝いをしておりました」

 

「お料理……、それがこのいい匂いの元ね?チョコレートクッキーかしら?」

 

「ええ、フレートに作ってって、せがまれて……。こちらはお義母様の分です。よかったら食べてください。ルーシェ、渡して」

 

「はい!失礼いたします」

 

ルーシェはお辞儀をするとクリスティーナにそれを渡した。彼女はにこやかに笑った。

 

「ありがとうルーシェ。そういえば、フレーリット。あの子どうしたのかしら?この時間帯になるといつも来るはずなのに、来ないのよ」

 

クリスティーナは不安げな表情を浮かべた。

 

「きっと少し仕事が溜まってるんですよ。大丈夫です、そのうち来ますよ。ところでお義母様、御報告申し上げたい事が」

 

「報告?」

 

「はい……!」

 

スミラは静かに笑うと両手でクリスティーナの手を握った。

 

「この度、私スミラのお腹に、新たな命が宿りました」

 

「まぁ………!それは!」

 

クリスティーナは手を口に当てて驚いた。

 

「えぇ、彼……フレーリットとの間の子を、儲けました」

 

「……あぁっ!」

 

クリスティーナは感動のあまり泣き出してしまった。

 

「お、お義母様っ!」

 

スミラは慌ててクリスティーナにハンカチを差し出した。

 

「ありがとうスミラさん……。ごめんなさい、本当に嬉しいのです。あの子は本当に、貴方に会うまでは女性には全く興味がなくて、仕事一筋だったわ。皇帝として忙しかった面もあるけれど。世継ぎ問題も考えて私が無理矢理にでも何度お見合いさせても全部失敗だったわ。そもそも他人に対して一切興味を持たなかったのよ」

 

「はい、存じております……」

 

涙溢れるクリスティーナをスミラは見つめた。

 

「けれどそんな中、フレーリットは貴方と出会って変わったわ。以前よりも笑い、明るくなり、自分の事を喋るようになった。貴方の事をずっと私に話していたわ。その時のあの子の目といったら………とてもキラキラしていて、貴方に夢中と言った様子で。ホント、恋に燃える純粋な男の子だったわ。感謝してるのよスミラさん。貴方は息子を変えてくれた」

 

「はいっ………」

 

スミラの声が震えた。

 

「ふふ、彼女の事が気になりすぎて仕事に手がつかない、って相談しに来たのよ?あのフレーリットがよ?」

 

「はいっ………」

 

スミラはついに涙をこぼした。

 

「ありがとうスミラさん。そしておめでとう。フレーリットもきっと、喜ぶわ」

 

「お義母様っ……!」

 

スミラとクリスティーナはしっかりと抱きしめ合った。ルーシェもその光景に思わずもらい泣きしたしまった。手で涙を拭う。

 

(っ!?)

 

しかし、この感動的なシーンを壊すようにルーシェの無線機がバイブ音を発した。スミラとの会話中に鳴らないようにしていたのが今の状況にも幸いした。

 

「ちょ、ちょっと失礼します!!」

 

「え?ちょっと?ルーシェっ?」

 

ルーシェは目頭を押さえつつ慌てて部屋を出た。スミラの制止する声を無視し走った。

 

「えーと、応答ボタン、応答ボタン……これだ!」

 

鼻をすすり、人気の少ない廊下まで来ると応答ボタンを押した。

 

「は、はいぃ!ルーシェです!」

 

「ルーシェ?私、ロダリアですわ!」

 

「ロダリアさん?一体どうしたんですか?そんなに慌てて……」

 

「今どこですか!?」

 

ルーシェは彼女の喋り方からして、並々ならぬ雰囲気を感じ取った。きっと緊急事態が発生したに違いない。ルーシェは生唾を飲み込み、答えた。

 

「……!私は今45階にいます。さっきまでスミラさんと一緒にフレーリットさんの母親のクリスティーナ様のお部屋にいました」

 

「詳しい事は後でです!城はハズレですわ。フレーリットはマクスウェルを直接掌握していません!」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「そうと分かれば、早く撤退しますわよ!私達の正体がバレるのも遅くありません!一旦合流しますわよ!」

 

「は、はい!分かりました!え、今ロダリアさんはどこに?」

 

「私は今1階西、甲冑廊下ですわ!」

 

「あ、はい!えっと、地下3階の使用人ロッカー室に、皆さんの服がしまってあります!ロダリアさん、先にロッカールームに行って着替えてたらどうでしょうか?私もそこに行きます!」

 

「分かりましたわ。ではそのロッカールームを待ち合わせ場所にしましょう!」

 

「了解です!あ、ラオさんとノインさんに私伝えときます!」

 

ルーシェは無線を切った。慣れないメイド服。裾を持ちエレベーターに向かって走り出した。

 

(よし、エレベーターで45階から、一気に地下まで降りて行こう!)

 

45階にはエレベーターが2つある。使用人用と皇族関係者用の2つだ。スミラと自分が乗ってきた皇族用のエレベーターのボタンを押し、ドアが開く。皇族用エレベーターは降りる時ではパスワードはいらない。スミラから聞いた情報だ。一方通行で、もうここに戻る事はできないがパスワードを知らなくても使用は出来る。一方その隣、使用人用のエレベーターは29階に止まっていた。

 

(ごめんなさい、スミラさん、さようなら。そして、ありがとうございました─────)

 

ルーシェは皇族用のエレベーターに乗り込むと、B3のボタンを押した。そして、ラオのへと無線をかけた。

 

 

 

スミラは困り顔で45階廊下に立ち尽くした。

 

「ルーシェ〜?もうっ、一体どこまで行ったのかしら?フレートも全然来ないし〜!せっかくの焼きたてクッキーが冷めちゃうじゃない!」

 

クリスティーナのお見舞いも終わり、ルーシェやフレーリットが来るのを待っていたが一向に帰ってこない。心配して廊下を見回ってみるが誰1人いない。しかし、靴音が後ろで聞こえた。

 

「あ、ルーシェッ?」

 

スミラは振り返った。しかし、違った。T字路の突き当たりを横へとまっすぐに、足早にそれは通り過ぎて行った。

 

「フ、フレートッ…!?」

 

間違いない、フレートだ。スミラは急いで追いかけた。しかし彼はというと、かなり早歩きで追いつけない。

 

「……では、引き続き侵入者の捜索に当たれ」

 

無線機を持ち、何かを喋っていたが遠くからではスミラは聞き取れなかった。

 

(ふふ、妊娠したって言ったら、なんて言うかしら……?)

 

スミラは彼に伝えなければいけないことがある。そう、妊娠の事だ。会話が終了し彼が無線機をしまったのを確認しスミラは顔の頬が緩んだ。弾んだ声色でフレートの後を追った。

 

「フレート!フレートってば!もうっ〜!」

 

やっと追いついた。彼女の声に反応し振り返った彼の額には包帯が巻かれている。スミラはギョッとした。

 

「え、ど、どうしたのその頭?」

 

「スミラ…。あぁこれか……何でもないよ。解くの忘れてたな…」

 

彼は忌々しそうに頭の包帯を解いた。ラオがやったものだ。

 

「ちょっと…血がついてるじゃない!?」

 

スミラはその包帯が血で赤く染まっているのを見た。

 

「何でもなくないわよこれ!」

 

「大したことないよ…。しかし、一体どうゆう事なんだ…。トドメをささず、それは疎か、僕に応急処置を施すなんて…」

 

「え、何?トドメ?応急処置?何の話?」

 

「…説明している暇はない」

 

「っきゃ!」

 

そう言うと、フレーリットはその包帯を握り締めた。それはたちまち凍りつき、彼の握力で粉々に砕けた。キラキラとした氷の欠片が宙に舞う。スミラは思わず驚き後ずさりした。

 

彼はスミラの話を全く聞く様子もなくまた早歩きで廊下を歩いて行く。スミラは慌てて追いかけた。

 

「ま、待って?ほら、チョコクッキー!アンタが食べたいって言ったんじゃない?今ならまだ焼きたてよ?」

 

スミラはチョコクッキーが入ったバスケットを差し出した。いつもなら大体はこれで必ず反応を示すのだが、期待は大きく裏切られた。

 

「後にする」

 

「えっ!?ねぇ、ちょ、ちょっと!ど、どうしたのよ?いつものアンタなら……!そ、それに、お義母様のお見舞いもまだ……!」

 

「それも後だ」

 

「ね、ねぇお願いフレート?アンタが忙しいのは分かったわ。ほんのちょっとだけでいいから待ってってば!私、今すぐ貴方に伝えたい嬉しいお知らせが────」

 

妊娠で舞い上がるスミラの心情など知るはずもなく、フレーリットは大きく舌打ちした。立ち止まり、スミラに振り返った。

 

「……少し黙っててくれないかっ!!!」

 

「ひっ!」

 

スミラはひきつった声を出し手で顔を覆い、酷く怯えた。彼に大声で怒鳴られたのは初めてだ。こんな彼の姿、今まで見た事がない。怖い。ジワリと視界がにじみ始める。雰囲気はとても冷たく、何者も寄せ付けないようだ。

 

「フ、フレー……ト……?ご、ごめんなさいっ…?ちょっと、私。空気、読めなさすぎよねっ……!?ホント私だけ舞い上がってて……馬鹿みたいっ。ごめんなさい。許して…ね?」

 

「あっ……ち、違うんだ!ご、ごめんスミラ……!こんなの八つ当たりだ…!」

 

気がつくと、フレーリットの部屋の前まで来ていた。彼はハッとすると自分の発言の過ちを悔いた。しかし、決心は変わらない。キッ目つきを鋭くしてと覚悟を決める。

 

「っこれは、僕個人の問題だ。放っておいてくれ…。君を巻き込みたくないんだ」

 

バツが悪そうな顔でそう言うと、早々に部屋に入っていった。中から鍵が閉まる音が聞こえる。

 

「ど、どうしたのよ一体……!」

 

スミラの目から涙がこぼれた。先程の緊張が解かれたのだ。だが、それと同時に胸騒ぎが収まらない。フレートの様子といい、物言いといい。いつもと明らかに違う。

 

(何か、何か嫌な予感がするわ……!)

 

しかし、今の彼女はどうすることも出来なかった。

 

 

 

ルーシェが使った45階の隣の使用人エレベーターを使った人物達。

 

それはノインとラオだ。

 

44階には使用人用のエレベーターは止まらないため降り口もない。彼らは45階へと上がりのそこの使用人エレベーターに乗り、既に下へ降りていた。ルーシェがクリスティーナの部屋にいた時だ。29階から乗り換えてきた元のルートを辿っている時、ラオが無線機を取り出した。

 

「ルーシェの方は大丈夫かな?」

 

「ロダリアさんから連絡がいっていれば、大丈夫でしょう」

 

ノインがそう答えた。

 

「………万が一を考えて、念のためちょっとかけてみようヨ!」

 

「別に構いませんが……」

 

ラオは歩きながらルーシェの周波数を合わせた。

 

「ルーシェの周波数何だったっけ……?」

 

「忘れたんですか?札にも書いてたのに、3612です……って、ん?」

 

「アレ?」

 

周波数を回しているうちにザ、ザ……と、他の無線に繋がった。どうやらいつの間にか傍受してしまったようだ。何やら会話が聞こえてくる。2人は耳をすませた。

 

「……………はい、無線室の管理人達が、侵入者の手によって全員眠らされていました。おかげで連絡機能が一旦麻痺していたようでして……」

 

「目撃者はいるのか?」

 

「はい、無線管理人によると、白いマフラーをして薄金髪、スヴィエート城警備の兵士だったようですよ。これは、味方兵の裏切り行為なのでしょうか…?」

 

「いや違う、その可能性はない。……目星はついている。そいつを見つけ次第、僕に連絡しろ。必ずだ」

 

「了解です」

 

「では、引き続き侵入者の捜索にあたれ」

 

無線がそこできれた。ノインはサーっと冷や汗が出た。ラオはすぐに分かった。

 

「フレーリットの声だネ……!」

 

「ま、まずいですよ!もう目覚めちゃって、完全にバレてます!」

 

「やばいネ……これ……、お?何かかかってきたヨ?3612……、ルーシェだ!」

 

ラオは応答ボタンを押した。

 

「ラオさん!待ち合わせ場所は地下3階の使用人ロッカールームに変更です!そこで皆さん元の服に着替えてください!待ってます!」

 

「あ、ちょ!」

 

ルーシェの無線が早々に切れた。しかし、こうして連絡が来るということは無事ロダリアが伝えたということだ。

 

「そ、そうゆうことです!地下3階に行きましょう!」

 

「リョウカイ!」

 

 

 

「ルーシェ!ロダリア!」

 

ロッカールームに着くと、既に着替え終わっている女性陣2人がいた。

 

「ようやく合流ですわね」

 

「良かったです!」

 

「さっさと着替えましょう!」

 

ノインとラオは素早く元の服に着替えた。

 

「ふぅ〜、やっぱこの格好がしっくりくるヨ……」

 

「急いで撤退しますわよ!」

 

ロダリアの声に皆賛同し、ロッカールームを出た。

 

 

 

─────一方、その頃アルス達は。

 

「ここ!城の地下だ!」

 

「何だと?城に繋がってたのか!?」

 

アルスは辺りを見回した。どこなのかという場所は分からないが、地下であることは間違いないだろう。壁や作りでわかる。

 

「じゃあこれがハーシーの日記に書いてあったヤツよ!きっと!」

 

カヤが言った。ハーシーの記述通り、城に繋がる抜け道とやらはここのようだ。

 

「今更戻るわけにも行かない。とにかく、城チームのメンバーを探そう!」

 

「ああ、そうだな!」

 

アルス達は走り出した。そして、ある部屋の前に差し掛かった時、扉がいきなり開いた。

 

「っ!」

 

「うわぁっ何っ!?」

 

アルスはその部屋から出てきた男とぶつかった。しかし、その声は聞いたことがあった。

 

「ノ、ノイン!」

 

「アルス君!?」

 

偶然にも、こうしてメンバーが全員合流した。



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逃走

「すまない、立てるか」

 

衝突し尻餅をつき倒れたノインにアルスは手を差し伸べた。しかし、それと同時にロッカールームから出てきたルーシェもノインに近寄った。

 

「ノ、ノインさん、大丈夫ですか?」

 

「は、はい。ビックリしましたよ」

 

「あ、アルス……!?」

 

「ルーシェ……!」

 

ルーシェはアルスの姿に驚きを隠せない。ノインはアルスの手を握り立ち上がった。アルスは静かにルーシェを見つめた。しかし何も言わず、そのまま目を逸らした。その様子に、ルーシェも何を言っていいのか分からない。とてつもなく気まずい雰囲気だ。ノインはその状況に違和感を抱きながらもアルスに質問をぶつけた。

 

「ど、どうしてアルス君達がここに……?」

 

「研究所から脱出する際、とある抜け道を通って来た。それが城の地下の一室に繋がってたんだ」

 

「そうだったんですか。あぁ、残念な報告がありますよ。城はどうやらハズレのようです」

 

「え?どうゆう事だ?」

 

アルスは困惑した。研究所がハズレなら城の方は成果があると思っていたのだ。

 

「ラオさん、説明してください」

 

「えーと、すごく簡潔に話すとネ、フレーリットに直接聞いたんだ。ボクの特殊な札を使って尋問みたいなので喋らせた。アレを使われた人は、嘘は絶対をつけない。一種のマインドコントロールみたいなのにかけるんだ。彼はボクの質問、マクスウェルを持っているかという問に対いして『持っていない』と、はっきり答えた。名前を聞いたことがあるだけ、そう言った」

 

「一体どうゆう事……?」

 

カヤが言った。アルスもガットもフィルも、その事には疑問しか抱けない。ラオは研究所チームの反応に首をかしげた。

 

「え、研究所チームがアタリって事じゃないの?確かに持っていないとは言ってたから、もしかしたら研究所に他に何か手がかりがあるんじゃないかってボクらは期待してたんだけど……」

 

「いや……、研究所の方はもっと凄い、というか。予想外なモノを発見してしまった」

 

「予想外?それは一体なん……?」

 

ノインが言いかけた時、廊下の先から1人の執事が来た。

 

「ア、アンタ達誰だ!?見ない顔だ!城の人じゃないな!?」

 

「あっ!ヤバイですよアルス君!」

 

彼は恐らくロッカールームを使いに来た使用人だ。ノインがアルスに助けを求めた。

 

「ハッ!まさか例の侵入者……!そうに違いない…。し、侵入者だー!!皆ー!!」

 

執事はくるりと方向転換すると叫びながら駆けていった。

 

「やっべぇ、どうすんだ!」

 

「小生に任せろ!捕まえてやる!」

 

「待て!事を荒立てるのは良くない!俺はあまり人に見られちゃいけないんだ!ここは逃げるぞ!」

 

アルスは糸を構えるフィルを止めた。

 

「どうやって逃げるのだ!?」

 

「……城に、甲冑廊下のある場所から抜け道へと続く道がある。そこから逃げる。行くぞ!多分こっちだ!」

 

アルスは城の地下の構造を思い出した。勘で行くしかないが、感覚で大体分かる。アルスに皆続いた。

 

「抜け道抜け道って、どこもかしこも抜け道ばっかだな!」

 

「城には必ずあるものだ!攻められた時の脱出路としてな!」

 

「……!傍受しましたわ!」

 

走っている最中、ロダリアは無線をいじっていた。さっきロッカールームで聞いた傍受の件を聞き、周波数を少ない情報を頼りに手探りに合わせていたのだ。ロダリアは無線の音量を上げた。

 

「緊急連絡、ネズミ共は複数いる!地下3階だ!殺すな、生け捕りにしろ!特に薄金髪でマフラーを身につけている奴は、発見し次第陛下に御連絡するのだ!」

 

「了解!地下3階へ急行します!」

 

警備兵と思われる人達の会話だった。

 

「完全にバレましたわね」

 

「早く逃げないと!」

 

アルス達は駆け出した。

 

 

 

「いたぞ!アイツらだ!逃がすな!追え!」

 

1階まで上がって来て後少しという矢先、警備兵に発見されてしまった。

 

「逃げろ!」

 

逃走しながらも、1階甲冑廊下に到着した。

 

「この先だ!この先の初代皇帝銅像の下に抜け道がある!」

 

そこには左右に甲冑が並び、一直線に続く廊下だ。その先は行き止まりだが、人の銅像がある。後ろから靴音が聞こえる。追っ手だ。

 

「走れ!!」

 

アルス達は全力で走り出した。皇帝銅像までたどり着けば、逃げ切れたも同然だ。あと少し───!

 

「あそこを曲がったぞ!薄金髪のマフラー野郎も一緒にいる!」

 

警備兵達が甲冑廊下にやって来た。しかし、その廊下には誰もいなかった。

 

「なっ……消えたっ!?」

 

「そんな馬鹿な!この先は行き止まりだぞ!」

 

警備兵は消えた侵入者に困惑するしかなかった。

 

 

 

間一髪だった。

 

アルスは初代皇帝銅像の隠しボタンを押した。裏側の土台部分が開き、抜け道の階段が現れ、それを下った。この道を知っているのは本当に一部の人間だけだ。アルスの場合、ハウエルから教わったのだ。

 

「はぁ……はぁ……危なかったな……」

 

「あと、少しで見られそうだったよもうー!」

 

カヤはへたっと腰が抜けたように座り込んだ。暗い地下道だ。微かに下水の匂いもする。

 

「確か、この地下道は数カ所に繋がってるらしい。俺も全部は把握してない。とりあえず1番近い北のルートを使ってみよう。記憶が正しければ平民街に繋がってるらしい」

 

 

 

フレーリットは自室に入ると、本棚の後ろの隠し部屋に入った。そして明かりをつける。そこには大量の武器が壁にかけられ、保管されていた。彼は軍服の上着を脱ぎ、無造作に床へ放り投げた。ワイシャツ姿になり、第一ボタンと袖のボタンを外し、袖を少し折り曲げ手首を出す。

 

首からキラリと光る水色のネックレスがこぼれた。

 

彼はそれをワイシャツの下にしまうとボディアーマージャケットを手に取るとそれを身につけた。

 

ジッパーを閉め、ナイフ、弾、投げナイフ。それらを手当たり次第に掴んで選び、装備品としてジャケットのポケットにしまう。両肩にホルスターをかけた。右には予備の弾をしまい、左は拳銃を入れた。両太腿にベルトを身につけた。次にサーベルを取り出し、状態を確認し終わると、鞘にしまった。それを右腰に身に付け、右太腿のベルトでしっかりと固定する。腰周りのベルトを閉め、確認した。最後に手袋をはめギュッと奥まで指を入れる。馴染ませるように指を動かした。

 

「ふー………」

 

そして静かに息をついた。これで準備は整った。フレーリットは隠し部屋の机に乗っているとある写真を手にとった。そこにはラオとサイラスがにこやかに笑い、肩を組んだ姿で写っていた。

 

「父上………」

 

フレーリットはそうポツリと呟き、うつむいた。そして目を見開き、拳銃を構えた。

 

「………父上、敵は必ず取ります。母のためにも、僕自身のためにも」

 

フレーリットは拳銃で写真のラオの頭を撃ち抜いた。貫通した弾が机にめり込む。無線から声が聞こえた。侵入者は甲冑廊下に追い詰めたが、そこで突然消えた。一体どうなっている、と状況が混乱しているようだ。

 

「陛下!陛下!応答してください!薄金髪の奴も複数の仲間と共に消えました!」

 

「分かった…。ご苦労だった」

 

無線を切り、隠し部屋から出る。ふと壁にかかっているネッグウォーマーに目をやった。

 

「汚したくはないが……一応着けていくか……」

 

街の外に出る時、お守りのように身に着けている。誕生日にスミラが作ってくれたものだ。そのネッグウォーマーを首に身につけた。ネックレスを隠すのにも丁度いい。

 

「絶対に、僕の手で葬ってやる」

 

フレーリットはそう言うと部屋を後にした。

 

 

 

「アルス、研究所の方は結局どうだったの?」

 

ラオが地下道の道中、質問した。さっき話せなかった内容だ。

 

「実は────」

 

アルスはあらかた研究所の出来事を話した。ハーシーという人物の日記により、大規模な研究の正体は”イストエヴィ技術”

 

つまり、治癒術師生産研究だった事。その他にまだ明らかにはされていないが”シフレス技術”があった事。そして、ガットの治癒術の件については、本人の口からだ。

 

「俺は、2人を見捨てて、逃げて、今だ人生をさまよってる屑だ……。どうしても、あの時の恐怖が蘇る。暴走したリオは、幼かった俺達の手にはとても負えなかった……。トレイルがリオから俺を何度もかばってくれた。その光景が、未だ鮮明に目に焼き付いてやがる。こびりついていて、取れないんだ……!優しくて、姉のように俺の面倒見てくれたリオが、1日に数回精神崩壊を起こしてまるで獣のように暴れ、暴言を吐き、破壊衝動が止まらない。俺らの事をキレイさっぱり何もかも忘れちまったかのように…」

 

過去を、城チームに自身の口から話した。しかし、彼の握り拳は震えていた。相当堪えているのだろう。無理もない。

 

「まさかとは思ってたが、そのまさかのあの研究所とはね……。はずれて欲しかったっつー願いがあるのは本当だ。でも、どうしても行かなきゃいけない使命感に駆られた気がしたんだ……。ハーシーが、呼び寄せたのかもな……」

 

ガットは鞘に巻いてある彼の白衣の切れ端を指でなでた。今はハーシーのおかげで心を保っているようなものだ。

 

「へぇ……そうだったんですか」

 

「大変でしたわねぇ?」

 

「君の方も、色々あったようだネ」

 

犬猿の仲のラオは流石にはぐらかさなかった。それにラオ自身も、フレーリットと接触した際、一切の記憶を取り戻したのだ。だが、言うタイミングがない。彼の息子、アルスは今かなり神経質だ。わざわざコンプレックスをいじって、更に逆鱗に触れたくはない。

 

(……とりあえず、事が落ち着いてからにしようかな…。過去から戻った後でもいいし、なによりガットの辛い話もあったってのに、今話すとゴチャゴチャになりそうだヨ)

 

ラオは記憶の事はまだ話さないことにした。

 

「ガット……、そんな話があったの…」

 

「俺は所詮ルーシェに比べりゃ、劣化治癒術師さ」

 

「そ、そんな事ない……!むしろ、使える私が、何だか…申し訳なくなってくるし……、こんな力、なんだか気味悪い……」

 

後半の言葉は、ほぼ聞きとれない程の小声になった。ルーシェは自分がごく当たり前に使っている治癒術が急に恐ろしくなってしまった。でもそういえば、と思い出した。

 

(アルスも……、私との最初の出会いの時には、この力に対してかなり気を使ってくれた。私を全力で守ってくれた…。私は、世間知らずの能天気娘だっただけ…。この力……、今思うと、ホント薄気味悪い力なのかも…。人の傷を一瞬で治せちゃうんだもん……)

 

ルーシェは両手の掌を見つめた。その様子を、横から怪訝そうな顔でカヤが見つめた。

 

治癒術。つくづく不思議な術だ。しかし、この力があったからこそ今の自分が形成されている。アルスと出会えた理由の1つでもあり、旅に着いてこれる唯一の理由でもあるのだ。

 

(………アルスは、私にこの力がなかったら、もし、もしカヤに形見を取られていなかったら……戴冠式の後に、さよならだったのかな)

 

自分の長所は、なんといってもこの傷を治せることだ。あぁどうも気分が沈んでいる。いつもポジティブな考えが、ネガティブに行ってしまう。ルーシェは目を伏せた。城で再開した時も、何一つ彼は物を言わなかった。ただ、憎悪と軽蔑ざ混じった眼差しで見ただけ。

 

(ダメダメ!何の為に!スミラさんにチョコクッキーのレシピ教わったの!私のばか!)

 

ルーシェは一足先を歩くアルスの後ろ姿を見つめた。フィルはルーシェの服を引っ張った。

 

「ルーシェ?」

 

距離が昔とはかけ離れている。昔は並んでたのに。

 

「ルーシェってば!」

 

気がつくと、目の前にカヤの顔があった。隣にはフィルもいる。

 

「わぁっ!カヤ!」

 

「何ボーっとしてんのよ、ほらあれ!着いたっぽいわよ?」

 

カヤは上の梯子を指さした。経緯の会話をしながら歩いていたらいつの間にかもう着いていたようだ。先頭のアルスが梯子を登っている。

 

「アタシは、アンタの治癒術の力に本当に感謝してる。気味悪いだなんて、全然思わない」

 

「小生もだぞルーシェ!」

 

「……!」

 

ルーシェは2人を見た。

 

「もちろん、アンタの治癒術だけを評価してるんじゃない。アタシはアンタに命を助けられた。ルーシェが手を掴んでくれなかったら、あのままマグマにドボンよ。アタシは、明るくて真っ直ぐで能天気で天然なルーシェが好きだよ」

 

「ルーシェは、小生にアイスを奢ってくれた!小生の旅の同行に、小生の為に一肌脱いでくれた!一緒に夜寝てくれた!」

 

「カヤ…フィルちゃん…」

 

「その力のおかげで、我が妹ポジションとなったクラリスとの出会いがあった。結果オーライで、ここスヴィエートにも来れたのだ。しかし、あの堅物スカシ顔のアルスとの喧嘩に発展したりもした。物事には、メリットデメリットってものが必ずついてくる。それをどう乗り越えるかが重要なのだ」

 

フィルはたまにこうゆうふうに、見透かしたような事を言う。年齢を疑ってしまう程大人びている。と、思いきや子供なところもたくさんあるが。

 

「あんま気にすんな!ポジティブに行きましょ!それがアタシ達女の取り柄っしょ?ネガティブでネクラのうざい女なんて、嫌われるだけよ!」

 

「アルスに何かされたら、すぐ小生に言うのだぞ」

 

「皆……、ありがとぅ……」

 

ルーシェは涙目になり、思わず顔を覆った。カヤはそんな彼女の背を優しく撫でた。

 

「あーったく、ガットもルーシェも、最近メンタル弱くなってるわよ!ガットは仕方ないかもしれないけど、とにかく女は度胸!タフでなきゃ!気張っていきましょー!」

 

「おー!!」

 

「本当に、ありがとう…!」

 

フィルは拳を高く上げた。ルーシェは、2人に深く感謝した。

 

 

 

梯子を登ると平民街のマンホールに出た。

 

「おぉ……、本当に平民街ですね……」

 

ノインは見覚えのあるその建物に目をやった。宿屋ピング・ウィーンだ。

 

「っ!皆さん!スヴィエート兵ですわ!」

 

ロダリアが指さした。平民街だと言うのに兵がうろついている。情報伝達がかなり早い。ここに留まっていてはいずれ発見されてしまう。

 

「北門から街の外へ逃げよう!」

 

アルスに続き、平民街の中を駆け出した。外に行き、事が落ち着くまで待つしかない。平民街の北門。つまり首都オーフェングライスの北だ。それを抜けた先には、住民の貴重な水資源、レイリッツ湖が広がっている。

 

外に出ると、街道が続いている。所々雪があった。道が全て雪で覆われているわけではないが、まだ少し肌寒い。だが、冬が終わろうとしている。この冬が終わると、ロピアスの大規模な空軍の作戦のリュート・シチートが始まるのだ。

 

「大将!これからどうすんだ!」

 

「とりあえず、もう少し先に行って様子を見るしかない!最悪野宿するハメになってもこの寒さなら問題ない!」

 

「アンタは慣れてるかもしれねーけど、アタシは蒸し暑いアジェス育ちだっつーの!」

 

「グダグダ言うな!我慢しろ!」

 

「ってか、もういいんじゃないの!?」

 

カヤは文句を垂らした。アルス達は速度を落としながらもまだ逃げ続けている。街道を進み、水のある湖を目指そうと思っていたアルス。しかしとある木の陰、寄りかかっている人影を見つけ足を止めた。

 

「逃げきれた、そう思ったかい?」

 

アルスは唖然とした。その人影はタバコを右手に持ち、口に加えている。煙を吐き、こちらへと向き直った。

 

「─────ち、父上」

 

アルスは小声で、自分にだけ聞こえるようにそう呟いた。

 

紫紺の髪、銀色の瞳、目の下に隈が少々、不気味なその目つき。だが、写真で見るような軍服姿ではなかった。そう、言うなら戦闘服。ボディアーマーを身に付け、脇のホルスターには拳銃、腰にはサーベル。そして首にネッグウォーマーを身につけていた。

 

アルスの父、フレーリットだった。

 

彼は吸殻を落とすと、タバコを握り潰した。それを広げると、凍りつき、とても細かい破片となって風に流され消えた。皆その光景にただただ驚いた。

 

「僕の目的はただ1人、そこのアジェス人だ」

 

フレーリットはラオを真っ直ぐに指さした。アルスはラオに振り返った。ラオの周りの空気が張り詰めている。目つきは鋭い。いつもの緩い目ではない。アルスはこう疑問を持たざる負えない。

 

「どうしてラオを……?」

 

「だが、邪魔すると言うなら容赦しない。どの道貴様等は侵入罪に問われている。しかし、アジェス人と違って、殺しはしない。スパイの可能性もあるからね。特にそこの女は」

 

フレーリットは目線をロダリアにやった。この中で唯一フレーリットと接触したのはこの2人だけだ。

 

「アッハハハッ。さぁーて?どうする?」

 

フレーリットは口元を歪ませて、意地悪く笑った。



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氷結の湖

「ま、こんなに人数がいたなんて少し予想外だったけどね。8人か…」

 

フレーリットは嘲笑うように見下し、初めてそこで全員を確認した。あくまで目的はラオだが、ある人物を見ると目を見張った。

 

「お前のその瞳……」

 

そう、フレーリットはアルスを見てしまったのだ。アルスはビクッと反応し、思わず後ろに一歩下がる。

 

「銀の瞳って、基本的最近のスヴィエート皇帝の証みたいなもんなんだけど…。もしかして、養子に出された皇族の女の誰かの子孫かなぁ?」

 

「……………」

 

(貴方の息子なんですけどね………)

 

アルスは黙った。口が裂けても言えない。そもそも未来から来た貴方の息子ですなんて言っても到底信じてもらえないだろう。

 

「なんか、君……つり目がスミラにそっくり……。気味悪いなぁ、僕にもちょっと似てるし…」

 

「………世の中、自分に似てる人は案外いるものですよ。スミラって人と似てるのも、偶然でしょう」

 

アルスは誤魔化すように嘘を言った。気づかれて欲しいとは思わないが、これが親子の会話なのもなんだか少し寂しい気がした。

 

「そうだね。スミラと違ってまぁ野郎だし。そうゆう事にしておくよ。世の中広いしね」

 

フレーリットは会話を終了させるとサーベルを引き抜いた。その剣先を、ラオに向ける。首を傾げ口角を上げ少し笑うと言った。

 

「そうだな…。もしそこのアジェス人、ラオを引き渡すんだったら他の人はちょっとは刑を軽くしてやってもいいよ」

 

「ラオ……、一体彼と何が…?」

 

「………」

 

アルスの質問に、ラオは答えなかった。しかし険しい目つきでフレーリットを睨んだ。彼は嘘をついている。自分を確実に仕留めるための口実に過ぎない。ラオにはそれがお見通しだった。

 

「そんな胡散臭い笑み、バレバレだっつーの」

 

「べー!誰がそんな手にのるかー!」

 

カヤが言った。フィルも舌を出し拒否した。フレーリットは笑った。しかし、目は笑っていない。

 

「心外だねえ。親切心で言ってあげてるのに?僕だって、君みたいな女子供を斬る趣味はないよ?」

 

また嘘をついている。アルスにはそれが分かった。論理的でさえあれば、どんな非道な事でも実行する。それがフレーリットだ。アルスはカヤに耳打ちした。

 

「馬鹿、あんまり挑発するな。父の戦闘能力は計り知れない、歴代皇帝最強と言われていた人なんだぞ!」

 

「チッ、めんどくさいわね…。かと言って、なんも訳も分からないままやすやすラオを引き渡すわけにもいかないしって、フィル?何して…」

 

そこで、2人の会話を聞いていたフィルはカヤの腰のポーチをガサゴソとまさぐった。

 

「ならこうすればいいのだ!」

 

「うべっ!?」

 

フィルは煙玉を取り出すと地面に叩きつけた。たちまち煙幕が辺りを覆った。

 

「煙玉……?」

 

フレーリットは動じもせず、ただ立っていた。

 

「でかしたぞ!」

 

「ここは逃げるが勝ちだ!!」

 

「おいお前ら走れェ!!」

 

ガットが叫んだ。フィルの機転の利いた発想だった。アルス達は全力で煙の中を駆け出した。

 

「……逃げたか」

 

フレーリットは煙が晴れた街道で、彼らが逃げた方向を見つめた。

 

「あっちは湖だったか」

 

フレーリットはサーベルをしまうと、ゆっくりと彼らの後を追った。

 

 

 

アルス達は何とかフレーリットから逃げ、湖畔までやってきた。

 

「湖だ!」

 

フィルが指をさした。

 

「どうしますかアルス君!?」

 

レイリッツ湖。首都オーフェングライスの北に位置する世界最大の湖だ。水面が風に揺られ、波立っている。ガットはほとりの小屋に目をつけた。

 

「おいあそこ!ボートがあるぞ!」

 

桟橋に少し大きなボードがあった。エンジンつきだ。

 

「あれに乗りましょう!」

 

「あれに乗って遠くまで逃げればフレーリットさんはきっと追いかけてこれないよ!」

 

「皆!あのボートに乗れ!」

 

ロダリアとルーシェの意見に皆賛成し、ボートに乗り込んだ。アルスはエンジンをかけ、ボートを運転した。

 

「よし…、これで向こう岸に着けば、当分は追ってこれない…」

 

「よっしゃぁ!やったわね!」

 

「フレーリット……」

 

ラオはボートの手すりに掴まり、どんどんと遠くなっていく陸地に目をやった。彼は誤解している。ボクはサイラスを、彼の父親を殺していない。でもそんな話題をどの面下げてアルスの前で言えるだろうか?フレーリットに信じてもらえるというのも無理な相談だろう。余計状況が混乱してしまう。

 

ただでさえまだ頭がぐちゃぐちゃで整理がつかなくて、訳が分からない状態が続いているのに、言えるわけが無い。でも、アルスは絶対疑問に思っているはずだ。何故ボクがこんなにも彼に命を狙われているのかも………。

 

 

 

フレーリットは遠目に、ボートが桟橋から出発するのを見た。あれに乗って逃げたと思って、間違いないだろう。

 

「湖上に逃げたのか…」

 

フレーリットはゆっくりと湖畔まで歩いていく。波打つ湖。季節は冬の終わり。フレーリットは湖に手を入れた。水温はまだ冷たいが凍りついてはないない。住民の水資源のためにこの湖の一部には特殊な火属性の光術がかけられ、そこだけは凍らないようになっている。

 

「僕から逃げられると思うなよ……」

 

フレーリットは、砂浜に移動すると、広大に目の前に広がる湖を見つめた。そして深呼吸すると右手の掌を湖の水面に当てた。その瞬間、そこから湖の水が凍り始め、徐々に広がっていった。

 

 

 

ラオはいち早く異変に気づいた。隣にいたノインも続いて気づく。

 

「さっむ!?何ですかこれいきなり!?」

 

ノインはガタガタと体を震わせた。一気に気温が下がり始めている。体をさすり、足をバタバタと動かす。

 

「皆……、あれ……」

 

ラオは湖を指さした。その場にいた全員が恐怖におののいた。操縦席とアルスも、ある違和感に気づいた。

 

「舵が……!?」

 

舵の操作が効かない。硬くなっている。そしてボートの動きが鈍りはじめた。アルスは窓を見た。凍りついている。氷点下まで一気に気温が下がり始めているのだ。アルスは思わずハァッと息をついた。真っ白だ。バキバキと外から不審な音が聞こえた。アルスは操縦席から慌てて飛び出した。

 

「一体どうなってる!?」

 

「あ、アルス君……!」

 

「っ!?」

 

アルスはノインが指差す方へ目をやった。すると、にわかには信じられない光景が目の前には広がっていた。

 

湖がバキバキと大きな音を立てて凍り始めている──────!

 

「凍ってっ………!?うわぁっ!?」

 

そして次の瞬間、ボートは隆起した氷に貫かれ、バランスを崩した。

 

「うわぁぁぁあああっ!?」

 

「きゃあああああっ!?」

 

皆、悲鳴をあげ、ボートから放り出された。激突した地面は氷。さっきまで波打つ湖だった。

 

「う、嘘だろ!?さっきまで普通の水だったぞ!」

 

「カチカチだぞノイン!」

 

「何が起こってるんですか……!」

 

「この湖全てが凍っているようですわね……!」

 

ガットはなんとか立ち上がると、凍りついた湖を踵で蹴った。背後で大きな音がした。全員が振り返った。ボートがまっぷたつに割れている。

 

「ああああああ!!」

 

「ボートが……!」

 

よく見ると、ボートの中央を巨大な氷柱が貫いていた。結果としてボートから放り出されて正解というだった訳だ。

 

「な……、あの氷柱は……!?」

 

どう考えてもあれは自然で発生するものではない。一瞬で湖が凍っているのも、氷柱の発生も、誰ががやったのだ。そしてその誰かがやってきた。

 

「見つけた」

 

彼はゆっくりと歩いてきた。しかし、異様なオーラを放っている。近寄り難く、冷たい冷気が彼を纏っていた。

 

「フレーリット…、君が湖を凍らせたの……!?」

 

ラオが姿を確認した。彼は感情を巧妙に隠し、手の内が全く読めない。

 

「僕は絶対にお前を許さない。お前を殺す。地の果てまでも追いかけてでも、八つ裂きにしてやる。邪魔する者共には一切手加減はしない。もうここは僕のホームグラウンド…。逃げる事は不可能だ」

 

淡々と恐ろしい事を抑揚なく彼は言った。本気だ。本気で殺しに来ている。この場にいた全員の身の毛がよだつ。

 

「全員まとめて仲良く、皆殺しにしてやるよ!!!」

 

フレーリットが拳銃とサーベルの同時に引き抜いた────!





【挿絵表示】


戦闘 フレーリット


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凍てつきし過去

フレーリットの狙いは決まっている。真っ直ぐラオに向けると、彼は右手の拳銃の引き金を引いた。アルスは素早くラオを見た。今ラオの隣にいるのはアルスだ。

 

「ッ!」

 

ラオとアルスはそれを見切り右に転がり回避した。フレーリットはそのラオの行動を読んでいた。避けた位置に向かって走りこみ、凍りついた湖の氷を切り裂くように下から上へ斜めに斬り上げた。

 

氷苑椿(ひょうえんつばき)!」

 

バキバキと音を立てながら氷が割れていき、せり上がった。自然現象の御神渡りを人間の彼がやってのけたのだ。しかし自然現象のものとは規模がまるで違う。隆起する氷が大きい。

 

「うっ、くっ!」

 

「くそっ!」

 

ラオは必死にバク転して避けた。アルスも同様にそれから逃げた。しかしそれは枝割れしては、蛇のように迫ってくる。

 

「んのヤロッ!やめろ!」

 

ガットが太刀を抜き走り出した。あれをコントロールしてるいのはフレーリットだ。ガットはそう確信し斬りかかりに行く。

 

扇氷柊(せんひょうひいらぎ)!」

 

「うおっ!?」

 

フレーリットは右足を強く踏み出した。ガットの目の前に鋭い氷柱が氷結した湖上から生み出された。槍のような鋭い氷柱は扇型に広がり、意思を持つかのごとく動きガットを牽制した。思わず足にブレーキをかける。

 

「チクショ〜…、おいノイン!頼むぜ!」

 

これでは彼に近づけやしない。仲間の援護が必要だ。

 

「了解!」

 

「一旦下がれガット!」

 

「おわっ!?」

 

ノインは光術を唱えた。フィルは糸をガットの背中に張り付けると引っ張って後退させる。

 

「勇猛なる黒炎、ここに集いて浄化の力を示さん…、爆散!ノワールインフェルノ!」

 

ノインの光術が炸裂し、フレーリットの出した氷柱を中心に広範囲に黒煙が上がった。カラカラと湖上に散る氷柱の破片。ロダリアがショットガンを構えた。

 

「降り注げ、オルフェス!」

 

フレーリットの頭上に撃たれた光弾は雨のように降り注いだ。

 

「チッ」

 

フレーリットはラオへの追跡を辞めるとサーベルを上に一閃振りかざした。パキン、と冷たい音がしてそれは凍りついた。

 

「っ!何て力……!?」

 

凍りついた鋭い氷柱。光弾だったものだ。ロダリアの術は凍らされ一振りで完封されてしまった。

 

「利用させてもらう」

 

斜めに一振り、横に一振り。氷柱は意思を持つかのごとくサーベルの動きに操られ彼の左右の空中に浮かび上がった。新たに生み出された一回り大きな氷柱もある。彼自身の術も発動しているのだ。

 

間違いない、無詠唱だ。しかし、同時にラオとアルスの攻撃がやんだ。

 

「フリーズランサー!」

 

「っまずい!」

 

皆防御体制をとった。無数の氷柱が矢となり風を切る。

 

「オラオラオラ!」

 

ガットは氷柱を太刀で切り裂く。前衛の自分はなるべく仲間に行かないように努めなければ。

 

「カレンズガン!」

 

フィルも負けじと、エヴィ糸玉を発射し相殺させた。フレーリットは新たに複数の氷柱を空中に生み出した。彼のサーベル一振りで現れるそれは、少なくとも人間相手では見たこともない光景の無詠唱光術。

 

「そろそろ行かせてもらうよ!!!」

 

鋭い氷柱を纏わせながら彼は走り出した。

 

「させるかっ!」

 

「邪魔だ!」

 

「ぐっ!?」

 

サーベルを振りかざしガットへ氷柱を発射した。氷を自在に操り縦横無尽に走り抜ける彼は正に恐怖そのものだ。

 

「カヤ!」

 

「ルーシェ!」

 

2人はアイコンタクトをとり、同時に頷いた。カヤはナイフを逆手に持ち走り出した。すかさずルーシェが詠唱を唱えた。

 

「焔よ!彼の者に眠りし力を引き出したまえ、フレイムオフェンス!」

 

クロノスと戦闘した時の術だ。

 

「いくよっ!覇道滅封(はどうめっぷう)!」

 

「なっ!?」

 

流石にこれには驚いたのか、フレーリットは狼狽えた。灼熱の熱風衝撃波がフレーリットを一直線に襲った。

 

「やったか!?」

 

カヤはナイフをくるくると回した。水蒸気が辺りを覆い視界が白く、かなり悪い。

 

「ラオ!上だ!」

 

アルスが叫んだ。水蒸気の煙を切り裂くようにフレーリットがサーベルを振り下ろした。

 

「うっ、ぐぅっ!」

 

素早くクナイを2本取り出し、頭上で交差させ防ぐ。しかし上と下では力が圧倒的だ。ラオの地面の氷がその衝撃で割れた。

 

「死ね!!」

 

空いた右手の拳銃を、無防備なラオの額に、狙いを定める。アルスは咄嗟にラオを守るため、実の父親向けて、撃った。

 

蒼波弾(そうはだん)!」

 

「っつ!?」

 

一直線に高速で飛んでいく光弾。見事空中で身動きが取れない彼に命中した、と思われた。

 

フレーリットは拳銃を持ったまま、トン、ラオの両クナイに手で触りそこを起点として空中で一回転して避けた。そのまま体制を少し崩しながらも、ラオの後方に着地する。

 

当然、ラオのクナイはカチコチに凍りついていた。

 

「クソがっ!!」

 

フレーリットはキッとアルスを睨みつけた。後少しのところだったのに。

 

アルスはその恐ろしい視線に恐れおののいた。父の口調が荒くなっている。段々と感情を露にしている。その感情は言うまでもない、憎悪と怒りだ。

 

「ラオ!アンタと私で同時に!!」

 

「リョーカイ!」

 

カヤが走り斬りかかった。ラオもすかさず新たなクナイで同時にフレーリットへと斬りかかる。

 

「くっ!」

 

彼はすかさずサーベルを頭上に掲げ、横に構え防いだ。正面から見て左側にラオのクナイ、右側にカヤのナイフ。2人の力だ、両手で支えざる負えない。拳銃を片手にサーベルを押さえつけているフレーリットの様子にラオは違和感を覚えた。

 

(こっちの方が、明らか圧している───!?)

 

男女の力の差なのか。しかし、これは歴然としすぎている。しかも利き腕の右手のはずだ。これはおかしいとしか言いようがなかった。

 

この好機を逃すまいとガットが駆けつけた。

 

「喰らえっ!白鬼塵(びゃっきじん)!!」

 

前方に跳躍し、サーベル中央に豪快な兜割を叩き込んだ。ビキッ、とフレーリットの右肩に鈍痛が走った。

 

「っつ゛、ぁああ゛っ!?」

 

その苦痛の表情、声と共にサーベルがベキンッ、と鈍い音を立てて折れた。右手の拳銃も手放してしまい、思わずバックステップしてその衝撃から逃れた。ラオはその一瞬、彼が右肩を手で押さえたのを見逃さなかった。

 

「ッ舐めるな!」

 

フレーリットは勢いをつけ地に掌を当てた。

 

「ハイドレンジア!!」

 

次の瞬間、フレーリット以外全員の足元が隆起し、複数の氷の槍が出現した。

 

「っ皆!!よけろー!!」

 

いち早くその術に反応したノインが叫んだ。

 

「きゃあぁあっ!」

 

「うわぁっ!」

 

「うおぁっ!?」

 

「わぁああっ!」

 

フレーリットの近くにいたカヤ、アルス、ガット、ラオはよけきれなかった。仲間同士固まっていたせいか、氷槍が他のより比べて格段に巨大だったのだ。

 

「皆ぁ!!」

 

後方のルーシェ、ノイン、フィル、ロダリア達はなんとかよけきったが、あれは並大抵の力ではなかった。もろにくらった前衛の彼等を見て、ルーシェは叫んだ。

 

「命を照らす光よ、慈雨(じう)となり彼の者へ降り注げ、ハートレスサークル!」

 

「なんだとっ!?治癒術師がいるのか!?」

 

フレーリットは目を見開いてルーシェを見た。前衛陣の氷槍に貫かれた傷がみるみる治っていく。

 

「クソッ、治癒術師め……。つくづく面倒だ、死ねッ!」

 

これでは埒があかない。フレーリットはルーシェに向かってナイフを投げた。一直線にそれは彼女の喉元へと空を切る。ルーシェは一瞬の出来事過ぎて動けなかった。

 

「っ危ない!裁花爆(さいかばく)!!」

 

カヤがうつ伏せになりながらも咄嗟にそのナイフに向かって花を投げつけた。ドォォオン!と音が響きナイフは粉々に砕けちってしまった。

 

「ッ!?」

 

フレーリットはカヤを見た。ルーシェの治癒術のお陰で行動が可能なのだ。その隣へと視線を移した。ラオだ。傷は治り、既に立ち上がっている。彼は舌打ちし、ラオへ回し蹴りを入れた。ラオは腕で対応し、そこから凄まじい体術合戦に突入した。

 

「っとぅ!」

 

「はぁっ!」

 

見とれるような攻防戦。互いに一歩も譲らなかった。

 

闘褐翔(とうかっしょう)!」

 

杜若(かきつばた)!」

 

ラオの側転を受け流すように手刀でかわし、

 

闇走波(あんそうは)!」

 

駆け抜けるようにクナイで切りつけ背後に回ろうとするが、

 

鳳仙花(ほうせんか)!」

 

コンバットナイフで繰り出す火属性の技で受け流し火花が散る。

 

花水木(はなみずき)!」

 

陽動で4本投げナイフを咄嗟に投げる────!

 

だが全てラオは反応しきった。

 

(今だっ!)

 

ラオは渾身の力でサマーソルトを繰り出した。

 

鉄閃蹴ッ(てっせんしゅう)!」

 

右肩に命中し、

 

「つっ!」

 

隙あり。思ったとおりだ。着地と同時に、技を繰り出す。

 

鈴鳴(りんめい)!」

 

「ぐあっ!?」

 

地に手をついて回転蹴りを食らわす。

 

雷縛双(らいばくそう)!!」

 

後方に飛び、雷を纏った2本のクナイを右肩に向かって投げた。

 

「うっ、ぐぁぁああぁあっ!?」

 

電流が流れフレーリットは絶叫した。膝を折り、右肩を押さえる。少し可哀想だとも思ったがこうでもしないと自分がやられてしまう。

 

(スミラさんの日記にも確か書いてあったな……)

 

と、ラオは思い出した。日記の内容は『拳銃を撃ち続けていたら肩を押さえた』だったか。あの時はあくまでも推測だったが、当たったようだ。

 

(彼、右肩を痛めてるみたいだネ………)

 

その事に不謹慎だが大いに感謝した。これがなければ彼の圧倒的な力には絶対に勝てなかっただろう。唯一の弱点と言ったところか。

 

「っ!父ッ………ぅぇ………!」

 

アルスは咄嗟に言ってしまった。しかし後の声は、蚊が鳴くような声に変わってしまった。ダメだ、抑制しなければ。悟られてはいけない。例え親子だとしても、知らないふりをしなければいけない。

 

「ぐぅ、がァっ!」

 

フレーリットは刺さったクナイを勢いよくがむしゃらに引き抜いた。氷結の湖上に鮮血が散る。

 

「貴様ッ………!!」

 

「ごめんネ卑怯な真似して」

 

「何…、謝ってるっ…!?貴様に同情されるぐらいなら、死んだ方がましだ!」

 

よろよろと立ち上がると、左手にまたナイフを持ち、鬼のような形相で言い放った。

 

「殺してやる、殺してやる……!絶対に殺してやる!!ラオッ!!裏切り者の貴様の行き先は、地獄の底だ!僕が送ってやる!!たとえ相打ちだとしてもだッ!!」

 

迫真の表情だ。何が彼をそこまでさせているのか。

 

「貴方は何故そこまでして!?」

 

その疑問。気になって仕方が無いアルスは思わず聞いた。

 

「何故だと?僕が理由もなしにここまで追いかけてきたりはしない!そう、そこまでするのには当然理由があるからだ!!」

 

ついに感情を爆発させたフレーリットは独白した。そして、衝撃的な発言が飛び出した。

 

「そいつは!ラオ・シンはっ!僕の父上を殺したんだ!!!」

 

フレーリットはラオを指さし糾弾した。

 

「殺した……!?」

 

「っはぁ?何言ってんだコイツ……?」

 

「どうゆうことですの?」

 

「何?どうゆうこと?サッパリ分かんない」

 

「ノイン、説明しろ!」

 

「僕にも分からないよフィル……!」

 

皆その発言に驚いた。しかし、1番驚いているのは──────。

 

 

 

「えっ………………?」

 

アルスは絶句した。何が何だか分からない。これは一体どうゆうことだ。言葉がうまく発せられない。動揺のあまり震えてしまう。

 

「………ラオ、一体どうゆう………」

 

「違うんだ!免罪なんだヨ!」

 

「黙れ!!」

 

全てを遮り、彼は叫んだ。

 

「言い訳なぞ聞きたくもない、どうやって死を逃れたのか、そしてどうやって今まで生きていたのか、どの面下げて僕に会いに来たのか。不明な点はあるが、あのラオに間違いない事は事実だ!!お前は!6代目皇帝サイラス、父上の敵だ!!」

 

「父上を殺した……!?ラオは、サ、サイラスを………殺し……たのか!?」

 

アルスは後ずさりした。頭が混乱し、呼吸が荒くなる。

 

「あんな事がなければ!僕はあんな惨めな人生を過ごすことはなかった!!あの悪魔のような叔父に虐げられる人生を過ごすことはなかった!!!」

 

フレーリットは頭を抱え、叫ぶように言った。彼の感情の起伏に答えるように、吹雪が湖上に吹き荒れ始めた。

 

「え……?どうゆうコト……?」

 

ラオは震えながら言った。

 

「お前がそれを聞くのか!?裏切り者のお前が!父に巧妙な話術で親しくなり信用を得てから殺す!実に卑怯な手口だ、流石はアジェス人と言ったところだよ。

 

僕はお前に!人生をねじ曲げられた!父上が死んでいなかったら母上は、叔父の慰めものにならなくて済んだ!父が死んだ事で、あの悪魔のような叔父が皇帝になることもなかった!全てうまくいってたんだ!地獄のような日々…!抜け殻のように過ごした10代…!何度死のうと思ったか、何度罪の意識に何度潰されそうになったか!」

 

「フレーリット。君に、一体何が……?」

 

「叔父に従わなければいけない、叔父に気に入られなければいけない、だから僕は!叔父に気に入られるような体裁を繕った。もう本当の自分が何なのかも分からなくなってたよ!まるで自分で自分自身に洗脳をかけてたみたいだ!

 

体裁が本物になりかかってた学生時代のある日、叔父が病にかかった。あの時ほど幸福な気持ちになったことはない!まだ僕にも抗いの自我とチャンスがきちんと残ってたんだ!

 

でも、病は叔父の残虐な性格をさらに歪めるものに過ぎなかった!病を治すために、スヴィエート中の治癒術師の召集命令を出した。僕にもそれは命じられた。

 

病を治せない、それだけで、何の罪もない治癒術師が、叔父のその機嫌1つ損ねるだけで殺される。治癒術師を叔父に引き渡す時に、『殺さないでくれ、助けてくれ』そう懇願していた奴らを僕は、叔父への恐怖に負けて、引き渡した!

 

次にその治癒術師の姿を見るのは、殺された後の死体処理の時…。憎き兄の息子の僕にやらせる仕事は、吐き気を催すような殺され方をした治癒術師達の死体の数々ッ……!

 

気が狂いそうだったよッ……!いや、狂ってたのかなァ…?

 

だってもう、その死体処理に、僕は慣れてしまったんだからね…!でも、ある日母上が叔父の部屋から出てきた時、僕はすぐに分かった。様子がおかしいってね。

 

その後嫌でもなんとなく分かったよ……、僕の母上は愛人として叔父の性欲処理にされてたって事がね!!あいつはどこまでも僕達をどん底に陥れた。母上の絶望に恐怖する顔を見た時、僕の中で何かが音を立てて切れた!」

 

皆、その先のセリフが予想することが出来た。猛吹雪の中、アルスは首を左右に振ってまた後ずさった。

 

「だからッ!!僕の手で殺してやったのさ!アーハッハハハァ!思い出すだけでも笑いが止まらないよ!クハハッ!あのイカれた!血が繋がってると思っただけでも反吐が出る叔父をこの僕が!この僕が殺したんだからなァ!?ハハハハハッ、ハハッ、アーッハッハッハッハッ!」

 

フレーリットは狂ったように笑い叫んだ。

 

「アッハハハハハ!!皇族なんてこんなもんさ!!血なまぐさい継承権争い!父が死んだ時から、僕の人生の運命は既に決まってたのさ!!僕は復讐者だっ!!母の、父の!そして僕自身の!!ハハッ、ハハッ、アハッ、ハハハハハハハ!!」

 

「あの闇皇帝ツァーゼル7世を殺したのは、貴方だったのっ……!?」

 

ルーシェは驚愕した。国民は皆原因不明の病で死んだと聞かされていたからだ。

 

「あ、あぁっ……、そん……なっ……」

 

アルスに至っては、声も出せない。

 

「お前も殺してやる、殺してやるラオ!!どんな事をしてでも!お前を─────!」

 

「もうやめてフレート!!」

 

「っ!?」

 

フレーリットはビクッと反応し声がした方に振り返った。吹雪が止んだ。

 

 

 

ローズピンクの髪、ふわりと揺れる花びらのようなスカート、アルスによく似たつり目、そして左目の下の泣きぼくろ。

 

「スミラッ!?」

 

フレーリットは唖然とした。

 

「スミラさんっ!?」

 

ルーシェは両手で口を押さえて驚いた。アルスはこれ以上ないほどに、目を見開き彼女を見た。体のそこから、あらゆる感情が押し寄せてくる。

 

「お願い、もう……もうやめてよ…!」

 

悲痛な表情でスミラは訴えた。

 

「ど、どうして……、君がここに……!」

 

「アンタが心配だからに決まってるでしょー!?」

 

「えっ、ええっ、そ、それっは、あ、いやこれはそのっ」

 

スミラは叫んだ。フレーリットはあたふたと弁解し始めた。

 

 

 

アルスは、混乱していた頭の全てがある感情に注がれた。憎悪だ。スミラに対する全ての思いが爆発した。

 

冷静などかなぐり捨てた。頭の中で響く。

 

殺せ。

殺せ。

今すぐ奴を。

裏切り者を。

 

──────スミラを殺せ!!!

 

「ッ!スミラァァァァアアア!!」

 

アルスは拳銃を両手で構えた。スミラは状況が判断できなかった。

 

「えっ、何っ?」

 

「ッやめろ大将!!!」

 

「うぁぁあああああぁああああああああ!!!」

 

パァンッ!

 

と、乾いた拳銃の音が静かに湖上に響いた。




ボス、フレーリットのシークレットミッション
右肩破壊(モンスターハンターじゃないんだから←)

氷石はこんな感じです ネックレスにしてますが、形だけで鎖部分は割愛


【挿絵表示】


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現代へ

過去編はここで終わりになります


全てがスローモーションに見えた。

俺を突き飛ばすガット。

顔面蒼白で驚愕する父。

左肩から鮮血を散らす裏切り者の母。

 

「キャアッ!」

 

「ッスミラァ!!!」

 

響く悲鳴。

フレーリットの絶望の声。

赤い血が氷結の湖上を真っ赤に染めた。

 

スミラは左肩を押さえた。ドクドクと血が流れ出す。腕を伝い、ポタポタと血だまりを作っていく。しかし、同時にその欠損部分を補うように、彼女の体内からエヴィが生み出された。蒸発するように、傷が再生されていく。しかし、誰一人そのおかしな様子には気づかない。いや、気づけなかった。アルスの行動に驚きすぎていて。

 

「何やってんだ馬鹿野郎!」

 

ガットはアルスを叱咤した。あと一歩でも遅かったら、スミラの頭を撃ち抜いていたところだ。

 

アルスの行動を止めようとガットは彼の腕に手を伸ばし突っ込んだ。ガットはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。なんとかギリギリに軌道をずらす事はできたようだ。

 

アルスの手はこれ以上にないほど震えていた。

 

やってしまった、感情を抑えきれなかった。過去に干渉するなとルーシェに1番言い聞かせていた自分がやってしまった。アルスはこれ以上ないほど震え、ずりずりと後ずさりした。

 

「貴様──────!!ッよくもスミラを!!貴様から先に殺してやる!!!」

 

「あっ、……あっ、あぁっ……!」

 

フレーリットが怒りに震えた表情でアルスを見た。今までで1番恐ろしい顔だ。目は血走り、息が荒い。

 

彼の周りからまた猛吹雪が吹き荒れ始めた。激しく吹き荒れるそれは、彼の姿を隠した。

 

アルスは頭の中の整理が追いつかない。足も手も震え、動く事ができない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 

視界も、吹雪で真っ白。かなり悪い。

 

何も、見えない。

 

「待って、ッフレ──────!」

 

スミラの制止の声を振り切りフレーリットは手の内から一瞬のうちに氷の剣を作り出し、走り出した。

 

アルスがハッと気づいた頃には、彼が目の前にいた。

 

「ぁっ……………!」

 

一瞬だった───────。

 

ズン、と腹に何かが貫かれた衝撃。

揺れる紫紺の髪。怒りに満ちた父の表情。

 

「……………が、ハッ……」

 

腹を貫いた氷の剣先から、血がぽたりと落ちた。痛い、息ができない。苦しくなり、口から血を吐いた。

 

「大将ぉお!」

 

仲間全員が驚き、戦慄した。1番近くにいたガットはその様子を目の前で見てしまった。

 

「ああっ、あ、アル……ス……!」

 

吹雪の中、ルーシェは絶望に打ちひしがれた。吐血したアルス。その光景をただただ見つめることしかできなかった。膝から崩れ落ち、ガタガタと震えた。

 

しかし、ある力が体の奥底から湧いてきた。何だろう、この力は。私の物じゃない。そして、頭の中である聞き覚えのある声が木霊した。

 

(やはり奴のアレはセルシウスの力か…。もうしばらく傍観しておこうと思ったが、まぁいい。確信したぞ。ご苦労だった、器)

 

(えっ、何っ………!?この声っ、まさかクロノス!?)

 

(我のもう一つの目的がこれで果たせそうだ。人間でないと、いかんせん会話が不便だ。しばらく体を借りるぞ)

 

(え………なっ……何………っ!)

 

ルーシェのに右手から何か熱いエヴィが溢れだした。クロノスの分身とも言える、力の一部だ。以前クロノスに手を掴まれた時と同じ感覚がかけ巡る。その直後、ルーシェはふっと感覚が夢の中へ落ちていくのを感じた。

 

 

 

「よくも、よくもスミラをっ!!」

 

真っ赤に染まる氷の剣。フレーリットはアルスの肩を掴み、剣を引き抜いた。アルスは重力に身を任せ仰向けにドサッと倒れた。

 

その一瞬、近くで父の顔を真正面から見た。彼からすれば、愛する妻を撃った輩にしか今見えていないのだろう。怖い顔だ。余裕はもうまるでない。

 

(────スミラの事を、本当に心から愛しているのか。何故?何で……?裏切られる運命なのに?彼女に殺されるのに?父上……、貴方は…………)

 

薄れゆく意識の中、悲しい目で、そして憐れむような目で父親を見つめた。アルスの血は、氷の上にどんどん広がっていった。フレーリットは両手で剣を構えた。止めを刺すつもりだ。大きく息を吸うと、

 

「死ねぇええええええええ!!!」

 

無防備なアルスの胸の中心に、まっすぐ剣を振り下ろす────!

 

(あぁ、殺される………)

 

アルスは妙に冷静さを取り戻した。死の間際だからだろうか。死ぬのか。いや、殺されるんだ。実の父親に、こんなにも憎悪に満ちた顔で。

 

「やめてフレートッ!!!」

 

スミラが叫んだ。

ピタッ、とフレーリットの動きが止まった。間一髪。剣はアルスの心臓スレスレで停止した。彼はカタカタと手を振るわせ、歯を食いしばり叫ぶ。

 

「何故だ…!何故止めるスミラ!!コイツは君を撃った!殺そうとしたんだ!」

 

首を振り、何故、と剣を構えながらスミラに振り返り訊ねた。

 

「さっきから、もうやめてって、言ってるでしょ…!?私の為なんかに…、これ以上手を汚さないでよっ!私は大丈夫だからっ!」

 

スミラは肩を押さえるのを辞め、フレーリットへ訴えかける。驚く事に、スミラの肩の傷は治り始めていた。

 

「ウソ……!傷が治りかけてるっ…!?」

 

「そんな馬鹿な…!確かに撃たれた筈なのに……!?」

 

カヤとノインはその様子に目を疑った。先程まで血を流していたのに、これは一体どうゆうことだろうか。しかしフレーリットはさして驚かず続けた。

 

「何言ってるスミラ…!僕はちっとも大丈夫なんかじゃないよっ!君は、君は僕の全てだ!君の為に今僕はここに存在している!」

 

「だったら!私の言う事さっさと聞きなさいよこのアンポンタン!」

 

フレーリットはその発言に思わず剣を下ろした。

 

「なっ、ア、アンポンタンって…!君は撃たれたんたぞ!少しは怒りってものが湧いてこないのか!」

 

「湧いてるわよ!?当たり前じゃない!沸かない方がおかしいわよ!!でも元はと言えば、原因は何も言わずに出ていったアンタのせいでしょー!!1人で勝手に暴走してー!バッカじゃないの!?これは僕の問題?私が悩んでた時は、ウザイくらいに相談に乗るくせしてっ!これじゃ何のための夫婦よー!?」

 

「君を巻き込みたくなかったんだ!!」

 

「いちいちカッコつけて、紛らわしいし、全部裏目に出てて余計ダッサイのよ!復讐者だか何だか知らないけど、普通妻に相談するものでしょ!?悩みを分かちあって、それが夫婦ってもんでしょー!?」

 

「君にこんな血なまぐさい事情は、知られたくなかったんだ!!君の事を想って……!!」

 

「んなの!何となく察して分かってたっつーのぉ!私を舐めてんの!?」

 

「し、知ってたのか!?」

 

「さっき聞いて確信に変わったのよっ!!ぅっ、気持ち悪っ!」

 

まるで痴話喧嘩だ。しかし突然、スミラは口を押さえて突然座り込んだ。

 

「ッスミラ!?」

 

「うっ、うぉぇぇ……。きぼちわるっ…」

 

「だ、大丈夫か!!」

 

フレーリットは血相を変えて駆け寄った。しかしスミラの険しそうな表情は変わらない。それどろか、

 

「そうよ……、普通そうするもんでしょ……!何が私のためよ……。普通撃たれた後私に駆け寄るもんでしょ……!」

 

と、先程の不満点を露にする。フレーリットはスミラの肩を支え、心配そうに覗きこんだ。

 

「ご、ごめん……。僕ちょっと、冷静じゃなかったね……」

 

「私が、これ以上、手を汚さないでって、言ってる理由は………!うっえぇ!」

 

「わぁぁあ!スミラ!!」

 

嘔吐したスミラの両肩を掴もうとしたフレーリットだが、

 

「ちょっと、触んないで!殺すわよ!?」

 

「ええっ!?」

 

突き飛ばされた。

2人のペースに、周りは全く付いていけない。

 

「し、尻にしかれてるってああいうんですね」

 

しみじみとノインが感想をもらした。

 

「なんか、フレーリットの表情がだいぶ穏やかなものになったネ」

 

ラオも頷き、彼の顔を見て言った。

 

「あの症状って……」

 

「つわり………?」

 

カヤとロダリアは、スミラの症状に気づいたようだ。

 

 

 

「おい!大将!」

 

フレーリットのその隙を見てガットは瀕死のアルスに駆け寄った。目が虚ろで、ヒューヒューと浅い呼吸だ。

 

「父上…………、あな……たは………」

 

「黙ってろ!今治すから!」

 

ガットはアルスの貫かれた胸に手を当てた。しかし、何かが遮るようにして、力がうまく発動できない。

 

「な、んだこれ……、嘘だろ……、治せねぇ……!?」

 

ガットは両手の掌を見つめた。何かが、邪魔をしている。しかし次の瞬間、アルスの傷口から大量のエヴィが生み出された。それらは自力で傷を再生し始めた。

 

「んだこれ………?再生してやがる……?けど、俺の治癒術は全く効かねぇ。一体何の力だ……?フレーリットの野郎、何をした!?」

 

ガットは、その奇妙な様子を見ていることしか出来なかった。

 

 

 

当のスミラのそばに付き添っている彼は先程の様子からは想像もできないほど情けない姿だ。

 

「だから、フレート、あんたは、パ……!っうぇぇっ」

 

「あぁ、ス、スミラ…!しっかりして、ど、どうすれば……。待って、死なないで。君が死んだら、僕は生きていけないよ…!くそっ、やっぱりアイツのせいでっ…!」

 

フレーリットは必死にスミラの背中をさすった。それだけしかできなかった。

 

「肩……撃たれたぐらいで………死なないっての……!アンタ、いい加減……、気づかないわけ……?」

 

「え、えっ?何が?」

 

スミラはうんざり、といった表情の後、説教混じりの声色で言った。

 

「赤ちゃんが!!赤ちゃんが出来たのぉ!?分かる!?これはつわりなの!!」

 

「……………………………え?」

 

フレーリットは素っ頓狂な声を出した。目が点になり、いまいち受け入れられない。

 

「アンタはパパになるの!!だから、赤ちゃん抱くその手!これ以上穢さないで!!」

 

「パ………パ?僕が?」

 

「あとタバコもやめて!!いい!?」

 

フレーリットはスミラのお腹をじっと見つめ、

 

「僕が……………、父になる、のか?」

 

と、言い聞かせるように繰り返す。

 

「そうよ!!そんな血なまぐさい手で、私の赤ちゃん抱かせないから!いい加減自分を自制して!いい大人なんだから!出来るようになりなさいよ!言わせないでよ!」

 

「僕、が……父親……」

 

「聞いてんのっ!?」

 

「い゙ッ!」

 

スミラはフレーリットの頭をゴン、と思いっきり殴った。フレーリットは反射的に頭を押さえる。

 

「復讐とか!そうゆうのじゃなくて!今を生きてよ!生まれてくるこの子のために!私の事が全てなんでしょ!?だったら私と私達の子の為にこれから生きなさいよ!復讐者とか、もうっ、ハッキリ言ってダッサイから!いつまでネチネチネチネチ男が引きずってんじゃないわよ!キモイのよっ!」

 

「スミラ……!僕、は……!」

 

「っきゃ!」

 

フレーリットはスミラを抱きしめた。瞳から涙を流し、大切に、愛おしそうに。

 

その様子にぽかんと見ていることしか出来なかったラオがついにつっこんだ。

 

「ナニコレ!ボク達の事完全忘れて、いきなりハッピーエンドみたいな展開になってるんですケド!?」

 

「スミラパワー………、ですね」

 

「ノイン!気楽なこと言ってないで、このスキに逃げた方がいいんじゃないのかこれ!?」

 

フィルが冷静に判断しノインに言う。

 

「に、逃げるわよルーシェって、あれ?ルーシェ!?」

 

カヤは先程絶望していたルーシェを心配し、様子を見た。しかし彼女はゆらゆらと立ち上がり、とにかく様子が変だ。

 

「ルーシェ?どうしたの……?」

 

 

 

彼女はゆっくりとフレーリットとスミラに近づいた。そして普段の彼女では想像もつかない口調で話しかけた。

 

「フレーリットとやら」

 

「ん?」

 

フレーリットはスミラを抱きしめながら立ち上がった。そして怪訝そうにルーシェを見つめる。

 

「っルーシェ!?」

 

「知っているのかスミラ?」

 

スミラはルーシェの顔を見て、驚いた。彼女にとって、つい先程まで一緒にいたメイドなのだ。

 

「何処行ってたのよ、心配したのよ!?」

 

「黙れ」

 

ルーシェは冷たく突き放すように言った。いきなりのことにスミラは、

 

「………は?」

 

と、唖然とする。

 

「我はこの男に話しかけているのだ」

 

「僕?」

 

フレーリットが自分の顔に指をさした。

 

「何?どうしたのルーシェ?クッキー作ってたさっきとまるで雰囲気違うけど……!?」

 

「貴様その力、セルシウスの力か」

 

ルーシェはスミラを無視して話し続けた。フレーリットは舌をまいた。

 

「へぇ……気づいたの?まぁあれだけ使ってれば、そりゃ分かるか…」

 

「せるしうす?精霊の?」

 

スミラや他の皆は話についていけない。

 

「彼女、何言ってんの?」

 

「ルーシェ?どうしたというのだ?」

 

ラオとフィルは明らかにおかしいルーシェの様子に首をかしげた。だが、これだけは分かった。セルシウスとは、氷の精霊の事だ。ここスヴィエートではおとぎ話で有名である。

 

「何故人間如きのお前がそこまで力を扱える?」

 

「……ん〜、力の使い方が上手いのかは僕も詳しくはあんまり分からないんだけど、古くからスヴィエート家がセルシウスの監視者だったらしいから、力が馴染んでるのかもねぇ?」

 

「ま、今の全部適当だけど」と、小声でフレーリットは言うとこれ見よがしに肩をすくめた。

 

「ふざけるな!真面目に答えろ!それに力が馴染んでいるからと言って、そこまでの力はいくらなんでも人間には不可能だ!貴様、一体何を……!?まさか、直接使役を……!?」

 

ルーシェは足を一歩引き、ドン引き、といった様子でフレーリットを見つめた。彼はというと、

 

「アハハッ、いくら何でも、そんなハードルの高い事は僕には無理かなぁ」

 

クスリと笑いどこか馬鹿にしたように、首を傾げる。

 

「じゃあ一体何故────!?」

 

詰め寄るルーシェに、ふぅ、とフレーリットは息をつくとネッグウォーマーを首から緩めた。そして

 

「これさ」

 

と、言って首に下げていたネックレスを取り出す。綺麗な水色の装飾だ。ひし形に輝くそれは、この世のものとは思えないほど綺麗なものだった。まるで雪の結晶のように、角度ごとに白く、銀に、そして水色に輝く。

 

「ずっと隠してきたけど、もう君には何故かバレちゃってるみたいだし、別にいいか〜」

 

「っそれはっ!?」

 

そのネックレスから、ルーシェは強い力を感じ取った。間違いない。セルシウスの力だ。そのネックレスを見たロダリアは確信の表情で小さく言った。

 

「やはり……あれはまさしく氷石……!確認できましたわ……!」

 

しかし、仲間の誰一人遠目にはそれが一体何なのか分からず、ロダリアの小さな声も聞き取れなかった。カヤは、

 

「何?ルーシェは一体何してんの?」

 

と、不審に思うばかりである。

 

「な、何それ!?私そんなの見たことない!」

 

スミラはネックレスを見つめると目を見開いた。

 

「だから、隠してきたって言ったでしょ?」

 

ルーシェはわなわなと震え、奪い取ろうと手を伸ばした。

 

「っそれを渡せ!!」

 

「おっと」

 

しかし、彼は軽々とよける。

 

「ル、ルーシェ!?」

 

スミラは尋常じゃないそのルーシェの姿を見て、驚き声をあげた。

 

「悪いね。よく分かんないけど、まだ奪われるわけには行かないんだ。この先まだ大きな仕事が残ってるしね」

 

フレーリットはネックレスを右手に巻き付けた。そしてルーシェに手をかざすと、ネックレスから氷の力を発動させた。集結した氷のエネルギーがルーシェを襲う。

 

「効かぬ!」

 

ルーシェはそれに素早く反応し、手で吸収するようにして防御した。

 

「え?」

 

フレーリットは目を丸くした。今までこんな事をやってのけた人物はこの女性ただ1人だ。

 

「っ、あの力って…!」

 

カヤは思い出した。これに少し似た現象をカヤは見たことがあった。精霊イフリートの戦闘後の事だ。火の精霊であるイフリートが彼女に触れてもルーシェに何も代償はなかった。

 

「驚いたなぁ?」

 

フレーリットはケラケラと笑った。しかし、言うて驚いた様子ではない。

 

「この娘に、そのような力は効かぬ!」

 

「ふ〜ん…………?」

 

フレーリットは顎に手を当てて不敵な笑みを浮かべると、スミラを優しく手で制し下がらせた。

 

「下がってスミラ」

 

「っちょっと、なに?」

 

スミラは眉をひそめてフレーリットの後ろ姿を見つめた。

 

「ならこうするしか、ないよねっ!」

 

次の瞬間、フレーリットの容赦ない強烈な蹴りがルーシェの腹に叩き込まれた。

 

「がっ!?」

 

ルーシェは勢いよく吹き飛ばされた。息が詰まる。腹は、じんじんと鈍痛が残っていた。

 

「ルーシェ!!」

 

フィルは素早く糸で大きな蜘蛛の巣を作り、クッションとしてルーシェを受け止めた。見ると、ルーシェの口から一筋の血が流れている。

 

「ルーシェ!ルーシェ大丈夫か!?」

 

「しっかりしてルーシェ!」

 

フィルが顔を覗きこんだ。カヤも駆け寄り、心配そうに見つめる。

 

「ア…アンタ何してんのよっ!?」

 

絶句したスミラはフレーリットに詰め寄った。しかし彼は、

 

「人の物をいきなり奪おうとするんだもの。これは大切なものだし、彼女は引き下がる様子もない。だから僕はそれ相応の処置をしただけだ」

 

と、淡々と何食わぬ顔で受け流した。

 

「だからっていくらなんでもやり過ぎよっ……!」

 

スミラは顔を青くして、あちらの様子を伺った。

 

 

 

苦しそうにルーシェは目を開けた。

 

「ぐっ、まずい…!」

 

ルーシェは蹴られた腹を押さえた。

 

「ルーシェ、あぁ、血が…大丈夫!?」

 

カヤは彼女の口の血を指で拭き取った。

 

「いきなり変な喧嘩売ったりするからよ!」

 

「我の……力が……っ!」

 

「え、我?」

 

カヤは彼女の一人称に疑問を覚えた。

 

「カヤ!離れて!そいつはルーシェじゃない!」

 

「えっ!?」

 

ノインは異変に気づきカヤを引き離した。確かに、口調がおかしい。しかし、外見はルーシェそのものだ。

 

「くそっ、人間のこの娘のダメージが大きすぎてっ……力が、維持できんっ……!」

 

「おいルーシェ!!頼む!アルスが!アルスの傷が治んねぇんだよぉ!!でもなんか、再生しててっ!よくわかんねぇ!って、どうしたんだ!?」

 

ガットがアルスを背負い、急いでルーシェの所へ走ってきた。しかし、ルーシェのその様子を見て驚きを隠せない。

 

「一体何がどうなってやがる!?色んなことが起きすぎて、何がなんだか……!?」

 

ガットの声を遮るようにして、ルーシェは呻き苦しんだ。

 

「うっ、ぐぁああっ。くそっ!限界だ───────!」

 

ルーシェは胸を押さえつけた。次の瞬間、眩い光が彼らを包み込んだ。

 

「おわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「のわぁっ!?」

 

「っ!」

 

「うわわっ!」

 

ぁぁあぁぁぁああああぁぁあああ─────!

 

光の中、皆の声が木霊した。

 

「っいきなり何だ!?」

 

「フレート!何が起こってるの!?」

 

凍りついた湖上の中心で、凄まじいエネルギーが爆発するように広がり、ルーシェの周りにいた仲間達全員がそれに巻き込まれた。

 

フレーリットとスミラはその光に思わず目をつぶり、手で顔を覆った。

 

そして、目を開けた時には──────

 

「消えたっ!?」

 

ルーシェ達の姿は、跡形もなかった。




仮にも未来の息子をブスリしちゃうフレーリット。
でも赤ん坊の時はしっかり守ったよ(言い訳)

でもルーシェという女の腹容赦なく蹴る時点でコイツも結構クズである。心を許した者以外相当ひねくれている。というかこのあと明らかになる元凶は大体コイツのせい。親父ェ…。

彼が言った「この先の大きな仕事」とは、言わずもがな。「リュート・シチート」作戦の事です


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番外編 スミラとフレーリット 
スミラとフレーリット 馴れ初め編


アルスの両親、スミラとフレーリットがどのようにして出会って、結婚まで至ったのかという番外編のストーリーとなっております。我ながらこの記念すべき出会いをえがいた馴れ初め編1話は、これほどドキドキしないラブコメはあるだろうか、とおもいました。

本編読んでない人だと完全にネタバレになりますので本編読んだ上で読むことをお勧めします、その点はご注意。


レイシア・エッカート

家族構成 母のタチアナ、父のレオニド、弟のコールジェイ

 

母親譲りの薔薇色の髪、家族全員同じの赤い目。父親譲りのつり目。そして左目の下に泣きボクロがあった。

 

家族や村の皆からはレシーというあだ名で呼ばれていた。

 

レイシアはスヴィエート最南端の村に産まれた。村の名前はシューヘルゼ。この村は主に農業や林業、狩猟、それと鉱業で生活している。

 

南にはアジェスのガラサリ火山があるに加え、クロウカシス山に東北部分は包まれ、東から吹く凍結風が来ない。この恵まれた環境のお陰でスヴィエートの中では群を抜いて温暖である。植物が豊富で自然の恵みを一身に受けることが出来るこの村で、レイシアはすくすくと育った。

 

特に彼女は花が大好きだった。よく花冠を作っては家族にあげたり、村人にあげたりした。お花のレシーちゃん、なんて村であだ名をつけられたりもした。

 

この魅力的な自然に惹かれてやって来る首都民も多い。観光目的や、退役した軍人など。所謂田舎と呼ばれる土地だ。レイシアが9歳の時、ある首都民からこんな話を聞いた。

 

「ここの花をあっちに持っていけたらなぁ…」

 

そこでレイシアは尋ねた。

 

「首都には花がないの?」

返ってきた答えはこうだ。

 

「厳しい環境下だからね、特定の花しか咲かないよ。この国の国花は知ってる?そう、セルドレア。あれぐらいかなぁ、咲けるのは」

 

”咲けるのは”

 

この言葉にレイシアは引っ掛かった。首都の詳しい話を聞き、図鑑でセルドレアを調べた。首都民の話では、首都オーフェングライスではグラキエス山から発生する凍結風の風下に位置する影響で年中降雪状態。わずかにある夏の期間はとても短く1ヶ月程度だと言う。夏と冬のみ。それがスヴィエートと言われ想像するイメージだろう。無論スヴィエート全域がそうというわけではない。この村が証拠だ。

 

その中で咲くセルドレアは特別な花のようで、あの極寒の環境でこそ咲き誇る、とでもいうように鮮やかな青の花を咲かせる。植物の対応進化なのか、もとからそのような性質の花なのか。図鑑には不明、としか書いてない。ただ、国花に指定する理由も分かる。あの鮮やかなコバルトブルー。はじめて見た人は目を奪われるという。この村で青色に咲く花は観たことない。

 

(見てみたいなぁ…)

 

どうせ家業は長男の弟コールが継ぐのだ。私はどうしようか。もうすぐ18歳だ。何もしないまま華の10代、そして20代を終わらすの?この村にいたままじゃ絶対そうなるに決まってる。

 

(そうよ、首都よ。都会!都会へ行くの!)

 

首都でこの素晴らしい花を皆に見せてあげたい。首都でセルドレアの花を見てみたい。こんな田舎じゃなくて都会に行きたい!!都会に行って、私自身のお店を!花屋を持つの!

 

これが私の夢になった。17歳の時、この事を家族に話した。だが、夢はすぐさま打ち砕かれた。

 

「首都へ行くだと!?言語道断!!それに、お前はこの村から出てはならん!!」

 

「姉さん!?本気なの!?よりによって首都だなんて!俺は反対だよ!姉さんを危険な目に遭わせたくない!」

 

「だめ、だめよレシー。母は許しませんからね」

 

家族に話したらそれはもう大反対。

 

私は呆気にとられた。だって、てっきり了承してくれるものだと思っていたからだ。ここの良さをを伝えて何が悪い?それに家業は弟が継ぐはずだろう。農業は弟に任せて自分は自分の道を行く。それのどこがいけないのだろうか。このまま田舎でつまらない人生を送るつもり?嫌よ、遊びたい。夢を追いかけたい!

 

実質、この村からオーフェングライスやグランシェスクに行った者も多い。確かにここは辺境の地すぎるせいか圧政の影響が少なく居心地がいい。だが、彼女は夢に燃える女だった。家族と離れ離れになる、それでも、それでも行きたいのだ。だってよく言うでしょう?

 

反対されたり、障害がある程恋や夢は燃え盛るってね。

 

「私!!絶ッッッ対に首都に行くからぁぁああーーー!!!」

 

 

 

エッカート家は特殊な能力を引き継ぐ末裔だった。治癒術を得意とする能力。いわば再生だ。傷ついた部分に手をかざして術を発動すればその傷は治る。術者にもよるが、きれいさっぱりに消えるのだ。だがその力の能力者は第1次世界対戦時にスヴィエートからほぼ全滅した。敵国、ロピアスによって。

 

なんとか難を逃れ必死に逃げてきたのが遠い最南端の地、シューヘルゼだ。彼らは村を作り、静かにひっそりと暮らす事を決めた。そして力を隠し、決して使わないと誓った。元々個々の一族別に力の強さが別れていた末裔だ。エッカート家は治癒の力があまり強くない代わりに、再生能力だけは飛び抜けていた。

 

生命力に溢れ、寿命が長く、傷はすぐさま治る。治癒の力を使わない分力は再生能力に特価し、やがて治癒術は使えなくなったが再生能力はもはや一族の中で最も優れていると言ってもいいだろう。

 

だがエッカート家は守っていかなければならない。一族の歴史と力を。それが、頑なにレイシアの父が村の外に出ることを禁じたのだ。

 

レイシアはその話を聞いた。18歳の時だ。お前がまだあの夢を持っているというなら話しておく。そう言われ話された。父の思惑はきっとこうだろう。

 

この話を聞けば自分のやろうとしている事の重大さが身に染みるだろう。それで、首都に行くなんて事も諦めてくれる。だけど私の意見はそうだ。

 

 

「はぁ?お父さん、大事な話ってそれ?それが何?力なんて隠せばいいじゃない。少なくとも私の夢に支障はきたさないからそれでいいじゃない、私の意思は変わらないから!」

 

レイシアは20歳の時に家を出た。誰にも相談せずに。お金、花の種、服。必要なものは全て自分で貯めて持った。

 

夕飯を自分で作り、家族全員の水に独学で学び花の花粉から生成した睡眠薬を混ぜた。

 

もう、数年、いや、もっと長い期間会えないかもしれない………。

 

「うぅーん……もう食べれない……姉さぁんの……相変わらず……、料理ウマ……」

 

「ッ!」

 

寝言で弟コールが呟いた。私をずっと慕ってくれた可愛い弟…。

 

「ごめんねコール……。お母さん、お父さん……」

 

せめてもと、家族全員に置き手紙を残し、セビ川にかかるエフロ橋を渡り、その日の最終ゴンドラでクロウカシス山を越えた。

 

麓の山小屋で一夜を過ごし、馬車に揺られ2日。グランシェスクに到着し、またそこでひと休みし港へ向かう。

 

「港で船に乗れば、いよいよ首都へ行けるのね……」

 

港まで徒歩で向かう途中の街道に、菫の花が咲いていた。

 

「私は今日からレイシアじゃない、レシーでもない。スミレ……、貴方から名前を貰うわね。あとは、花の女神フローラから……、フローレンス。うん、花屋っぽくていいわね」

 

私はもう、レイシア・エッカートじゃないわ。

 

スミラ・フローレンスよ。

 

 

 

スミラが首都に来て6年がたった。

 

時間はかかったけど念願の自分の店を持てた時は本当に嬉しかった。

 

でも、時代が時代というか、素直に喜べなかった。もちろん、首都ではあまり取り扱ってない花ばかりを取り入れてる花屋だから花自体は飛ぶように売れる。

 

田舎者が首都に来てよくやって来たと思っている、我ながら。

 

エヴィの扱いだって独学でなんとか取得したし、それを応用してこの店に特殊な環境にして花は咲けるようになってる。

 

私の努力の賜物。苦労は多かったけど。

 

田舎者、とか身分の事とか。名前も変えて、きちんと平民身分証も発行した。私がレイシアだと知る人は家族だけ。

 

家族が心配じゃない、といえば嘘になる。なんでも、今は戦争が始まりそうで、花は軍事パレード用や軍人の見送り式で使う用の大量予約が入ってる。

 

「ハァー……戦争か…………………」

 

微妙な気持ちだ。起こって欲しくないと思う反面、今の主な収入源はこれなのだ。本当に複雑な気分になる。

 

今思えば、セルドレアの花だって、見ることは出来た。だけど本物じゃない。軍事パレードの時、軍人達の軍服に必ずある花模様。それがセルドレア。

 

正確に言うとそれらはアウドレアと言う。

 

セルドレアは花が完全な状態の事を指している。6枚の花弁が咲いている時を満開時でセルドレアと言い、それ以外はアウドレアと言う。軍人がつけてるのはほぼアウドレア。なんでもその花弁の数で階級が決まってるらしい。つまり、皇族は必ず6枚のセルドレアの紋章が服のどこかにある。

 

と、そんな事を思っているともう日が暮れていた。そろそろ閉めて、また明日の準備をしなければ。

 

「さてと、予約の確認は終わったし、後は………」

 

 

 

そう言いかけた途端、店入口のドアが開きカランカランと音がした。

 

(わっ、やばっ。閉めてなかった!)

 

「すみません!お客様!今日はもう……」

 

「どうも」

 

声がだんだんと小さくなり、終わり、そう言いかけた。でも言えなかった。

 

なんか、今その台詞言ったらダメな気がしたのだ。気まずく、なんとなく。入ってきた男性の雰囲気的に言えなかった。正直怖かった、トラブルは起こしたくないし、このお客様が今日の最後の人としよう、スミラはそう決めた。

 

「ごめんごめん、店閉めるところだった?でもちょっと花が必要でさ」

 

そう言ったそのお客様は店を散策し始めた。帽子にサングラス、丈の長い黒いコート。怪しい…、めちゃくちゃ怪しい。

 

そして怖い。

 

(お花売って大丈夫かなこの人……)

 

身長は高いし、目は全く見えない。ピリピリと冷たい空気を纏ってるというか、そもそと全く店主である私に興味を示していない。

 

「へ~、こじんまりとしてるけどなかなか見ない花の品揃えばかりだな」

 

でもこの声、どこかで聞いたような…。

 

「あ、ありがとうございます。よろしければ今日はどのようなものをお探しか教えて頂けませんか?」

 

「……………」

 

(無視!!?)

 

流石に顔が引き攣るのを感じた。この客はまじまじと花を見つめている。

 

(いやいやいや、聞こえなかっただけかもしれない。きっとそうよ)

 

負けるものか…、とスミラは平静を保った。接客業は辛いが、私が店主である。お客様放置は論外。

 

スミラは花を見ている彼に再び話しかけた。

 

「あの、今日は…誰かの贈り物ですか?」

 

「…?君には関係ないだろ、放っておいてくれ」

 

何度も話題を振ってくる自分に迷惑そうに答えた。案の定の返事だが、案の定すぎて余計腹がたった。私のことを見もしない。スミラは若干ムキになって言い返した。

 

「むっ…!い、いやいやか、関係ある……と思います。いやてかあります!!お客様の目的と条件によって私は適切なお花を選べます!」

 

「え」

 

彼はそこで驚いたように、そして初めて真正面からスミラを見た。

 

「……ふーん?」

 

ようやくここでお客様は振り返った。

 

「じゃあ目的と条件を言うからやってみてよ。僕の母が喜ぶ花を選んで。これだけ、簡単でしょ?」

 

「へ?」

 

「ほら早く~」

 

「そ、それだけ!?」

 

「うん」

 

(ええええええええええ……何こいつ…)

 

スミラは心の中で悪態をついた。最後の最後で嫌な客に当たってしまった…。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。せめて何か……あの、ヒントを…!」

 

「ヒント~?あーヒントか、そうかそうだなぁ。んーそういえば寒いのは嫌いって言っていた~かな?」

 

どこか嘲笑うような、バカにするような言い方に更にカチンときた。

 

(この喋り方うぜえええええええええ、てかそれヒントなの!?)

 

「わ、分かりました!すみません!少々お待ちください!」

 

(この野郎…!私を試してる!いや完全に舐めてる!!こんなお客は初めてよ!)

 

「いい性格してるねぇ、君」

 

(アンタに言われたくないんですけどッ)

 

「しょ、少々お待ちを~」

 

思わずリップサービスが崩れ苦笑いで答えたスミラだった。

 

 

 

(寒いのが嫌いってことは暖かい、つまり夏の花が好きなのかもしれない……。このバカめ!今の時期夏に咲く花なんてあるわけないと思っているでしょうねコイツあるわよ!!今冬だけど!)

 

スミラは店の奥へ進みラッピングを整えた。アジサイ少々、キキョウにアサガオ。メインはヒマワリにして見事な花束の出来上がりだ。

 

「お…、お待たせしました!」

 

「え、ホントに出来たの~?」

 

ニヤニヤと笑い、腕組みをして観戦気分の彼にドヤ顔でスミラは言ってやった。そしたら拍子抜けした顔で、いや、声も拍子抜けしていた。

 

「ひ、ひまわりメインで夏の花を周りにやって、ひまわりをひきたたせるようなイメージで作りました…。寒いのが嫌い…だ、そうなので暖かいイメージのあるひまわりでその……仕上げてみましたが、あの、いかがでしょうか?」

 

深く帽子被っててサングラスかけてる人の表情なんて、背の低い私からじゃ見れない。因みにこの身長の低さは私のコンプレックス。必然的に背の高い彼を見上げる形なる。彼の様子を窺う為に。

 

「いや…ビックリした。まさか、こんな事って。凄いね君。いやホントに。ヒマワリが好きって確か昔母が言ってたよ。君は超能力でもあるの?」

 

彼はサングラスを外しながらそう言った。思わずその瞳に驚いた。綺麗な銀色だ。目の下にはクマがあるけど。それにコイツの顔もどこかで見たことあるような…。

 

「い、いや、超能力は…流石にないですけど。まぁ一般的な夏の代表的な花ですから。ヒマワリの花畑なんてとっても綺麗ですし、いかがですか?お客様!」

 

花の事を話すと、スミラは自然と笑顔になる。我ながらよく出来た、と愛おしそうに花を見つめる彼女の姿に、その客は息を呑んだ。

 

「っ…!」

 

「あの…気に入りませんでしたか?」

 

返答を待っている彼女に慌てて声を出す。

 

「あっ、いっ、いや、あ…、ありがとう。こんな良い花束をくれるなんて思っていなかった。これで母も喜ぶよ」

 

「いえ!そんな、全然!」

 

こうも素直に褒められると照れ臭くなる。スミラの中で初期の第一印象とは少し違う人になった。

 

(あとはお金なんだけど…。どうしよう、ええいズバッと言っちゃえ!)

 

「えーと、すみません!お代を…」

 

恐る恐る言ってみると、

 

「へっ!?あっ!ああそうか。お金ね」

 

彼はそう言うと衣服をまさぐり始めた。ポッケの中に手を入れると一瞬止まり、「ごめん」と一言。

 

「財布忘れた」

 

「ええっ!?」

 

「あー、ゴメンゴメン、大丈夫。代わりのモノあずけておくから。これで勘弁してくれるかな」

 

彼はそう言うと懐中時計を取り出した。

 

「はい。取り合えずこれ。まぁ担保だと思って。価値は保証するよ」

 

ジャラっと卓上に出されたそれはなんと金の懐中時計。美しく満開に咲き誇るコバルトブルーの、セルドレアの花が蓋に美しく装飾されていて、どこからどう見ても相当な値打ち物である。

 

「えっ!?こんな、いいんですか!?いっ、いやいやいや!受け取れませんよ!これ割に合いませんよ!お釣り多すぎます!」

 

スミラは思わず目がくらみ、最初は悩んだけど、いや、ダメだ!と思い思わず断りを入れる。

 

「いいよいいよ気にしないで。なんなら君にあげようか?ソレ」

 

「いやいやいや!?でも!」

 

「んー、じゃあこうしようか。ソレお金として持っておいてよ。また今度絶対お金持ってくるからさ」

 

「ええー!う、売っちゃいますよ?私?!」

 

この金時計、どれだけ価値があるのだろうか。スミラはやっぱり金に目がくらむ。いや、お金は大事だ。

 

「別に売っても構わないよ。でもどうせしないんでしょ?」

 

「うっ、……そ、そんなこと」

 

完全に嘘がバレていた。しないって分かってて煽ってくるのだ。こいつは。

 

「じゃあ僕、そろそろ帰らないと。またね、フローレンスさん。意外とすぐに会えるかもよ」

 

彼は花束を持ちサングラスをかけると出ていった。ドアに設置してある鐘がカランカランと鳴り、しばらくしてまた店に静寂が戻った。

 

「……意外とすぐに会える……?ってぇ!住所聞き忘れた!!もし会えなかったり来なかったらどうすんのよーー!?あのクソ虫!!」

 

 

 

数日後……。

 

「いっ、いっ、1億7千万ガルドォ!?」

 

スミラは履いていた高いヒール靴を曲げさせ、危うくコケそうになった。

 

「おい姉ちゃん!これどこで見つけたんだ!贋作にしても出来すぎてる!ていうか本物かこれ!?こりゃ先代皇帝のツァーゼル陛下が持っていたという世界に1つしかないスーブル社製の貴重でとても豪華な懐中時計だよ!!姉ちゃん!俺に是非売ってくれ!もうこの際どうやって手に入れたとか聞かないからさぁ!」

 

なんてこった。スミラは目眩を覚えた。これ、こんな、こんな時計に私の一生を賄える価値があるのだ。スミラは混乱せざる負えなかった。とにかく落ち着こう。とりあえず家に帰って一旦ゆっくり考えよう。

 

「いや!やっぱりやめます!ありがとうございました!」

 

「あっ!おい姉ちゃん!」

 

スミラは周りを警戒しながら帰り道を急ぐ。

 

(驚いた!!なんて事なの!?試しに質屋に持っていった結果がアレよ!1億7千万って!こんな小さな時計にそんな価値があったなんて!というか、それも重要だけどあの質屋の言い分が本当ならあの人は何であんなもの持っていたの!?質屋の人の反応は演技には見えなかったわ。一体どうなっているのよー?!)

 

しばらく歩いていると、すごい人混みになってきた。困惑して立ち往生していると周りの人が話す噂話が流れてきた。

 

「おい!フレーリット様の演説がはじまるぞ!」

 

「急げ!何と今日は平民街まで来るらしいぞ!」

 

「大変!陛下に失礼のないようにしなきゃ!」

 

軍事パレードだ。

 

(げっ、今日は平民街の私の店の前も通るの…)

 

ああ、だからあんな予約入っていたのか…、とスミラは納得した。もう花は随分前に用意して軍に発送したが…、どんな風に使われているのか気にならないでもない。

 

今の時間帯は商店街の皆が店を閉めてパレードを見ている。私もその1人にならざる負えない。緊張して喉が乾いたので軍がやっていた売店の飲み物のミルクティーを購入し、少しずつ飲みながらパレードの様子を観察した。楽器隊やら、兵器を持った人やらが闊歩していて、道路はかなり盛り上がっている。と、次の瞬間、ワァッと人々が更に歓声を上げた。

 

「なになに……なんなのよ……?痛っ!ちょっと!押さないで!もうっ!」

 

背が低いせいで押されるわ埋もれるわ全く見えないわでスミラはだんだんイライラしてきた。

 

「陛下ー!!!」

 

「フレーリット様ー!!」

 

「皇帝陛下ー!!」

 

「どうも~~」

 

皇帝陛下とやらがいて皆騒いでるけどスミラは本当に何も見えない。ピョンピョンと飛び跳ねるが、誰かの靴をヒールで踏んでしまって悲鳴が上がった。

 

「あっ、ごごめんなさい!」

 

今確認できたのは散って、地面に落ちている花片や花が私が出荷したモノだっという事ぐらいか。地面に落ちているのでいやでも分かった。

 

パレードの行進は進んでいき、スミラも人の流れに流されつつやがて平民街集会場に行き着く。演説する所は高いので、見上げる形で見えた。

 

(なんだ、待ってればどの位置からも一応見れることになっているのね)

 

そして歓声が上がったと思えば陛下と思われる後ろ姿が見えた。後ろ姿に思わず目を疑った。この前来たあのクソな客にそっくりだったからだ。

 

そして彼が振り返った瞬間、確信した。

 

(あいつだ!あのクソ虫!)

 

「う、嘘…」

 

そう、心の中ではクソ虫なんて悪態付いているけどこれ軍に聞かれたら多分不敬罪で殺される。

 

「どうも、こんにちは皆さん。フレーリット・サイラス・レックス・スヴィエートです。単……入に言い……す。近々………スと我が………………戦争が起………でう。しかし、私は約………す、必ず…………スヴィ…………収め…………──────────」

 

驚きすぎて、スミラは全く話が耳に入ってこなかった。そうか、そうだったのか。聞き覚えのある声だと思ったらいつかのパレードの時に聞いた声だっだ。

 

彼の綺麗な銀の眼が私を捕らえた。

 

「ふっ!ぐふぅッ!」

 

ストローで飲んでいたミルクティーを思わず吹き出し、咳き込んだ。

 

「げほっ!ごほっ!ごほ!うっ、ごほ!」

 

目がばっちりと合ったのだ。何でここにいるって分かったんだろうか。そのとき私は一体どんな間抜けヅラだったか。

彼はウインクをしてきた。まるでアイコンタクトでやあ、また会ったね。とでも言っているよう。私以外の女声だったらキャーキャー言うんだろう。現に自分の周りの女性は自分にウインクされたときゃあきゃあ騒ぎ立て、黄色い悲鳴をあげている。だがスミラが感じた感想はただこれだけの、たった一言だった。

 

 

 

「うわ………キッモ……」




この話で出てくるアルスが本編で持っている懐中時計は1億7千万する、という事でした。

スミラはフレに対する第1も第2の印象も最悪でしたので割とひどいことしか言ってませんが、フレの方は花屋でしっかり恋に落ちています。

スミラ・フローレンス 花屋スタイル

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スミラとフレーリット デート編

今回はラブコメしてると思う。


軍事パレードの途中にも関わらずスミラはその場から急いで離れ、走り出した。

 

人混みを掻き分けると迷惑そうな声が聞こえてくる。

 

「ご、ごめんなさい…!」

 

とにかくスミラはあの場から離れたかった。

 

(アイツ、アイツよ!この前の!絶対アイツ私の事気づいた!目が合った!まさかとは思ってたけどアイツ皇帝!?嘘でしょ!?)

 

巡り巡る思いに混乱しつつ自宅に戻り2階の自室に行くと机の上に懐中時計をそっと、傷など絶対つけないように置いた。

 

質屋に持っていった結果なんと1億7千万ガルドと知ったこの時計。

 

「これ、返さないと。大切で貴重な物だろうし…。お金は…、まぁ諦めるしかないよね…」

 

皇帝に直接お金下さいなんて口が裂けても言えない。いやそれどころかどうやって会えと?相手はこの国の皇帝だ。

 

大体城にいるのかな程度の認識ではあるが、その城にどうやって入れと言うのか。門前払いされるに決まっている。

 

(あー、でもこの時計……!!どうするのよ私…………)

 

スミラはベットに倒れ混んだ。頭を抱え心底困り果てる。

 

「こうなったのも全部アイツのせいよ!

 

でもまた会いに来るって言ってたような…、いやいや!来て欲しくないんだけど!?というか何で来たのよもぅ~…。おかしいでしょ、皇帝がこんな平民街の、しかも私の店にくるなんて………」

 

そんな盛大な独り言を言っているとお腹が減ってきた。そういえば朝から水しか飲んでないし、まだお昼も食べてない。

 

スミラはキッチンの床下にある、貯蔵庫を開けた。

 

「ほとんど何もないじゃない…」

 

我ながら情けなくなった。最近忙しかったのもあるが食料尽きるまで買い出しに行かないとは。

 

今度は冷蔵庫の方を開けたがホントに何もない。ひんやりと氷結晶の冷気が伝わってくるだけ。しかも軍事パレード終わるまで市場は開いてない…。

 

「お腹減った……」

 

じっとしているだけでは余計空腹が気になるので花の手入れをする事にした。

 

(もうそろそろ炎結晶切れる頃かしら…、変えないといけないわね…)

 

なんて思っていたら外の様子が騒がしくなってきた。どうやら軍事パレードが終わって皆開店し始めたようだ。

 

(悪いけど、今日は花屋はお休みね…。食料買い出しの往復になるわねこの深刻な食料不足は)

 

はぁ…、とため息を付きスミラは買い物袋を持って店を出た。正面口から出ると鍵をかけクローズの看板に変えた。すると、

 

「あれ?今日はお店やらないの?」

 

ピシッと全身が固まった。恐る恐る振り返ると───────。

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

「やぁ、久しぶり、でもないか。また会ったね」

 

後ろにいたのはいかにも暇を持て余してタバコを吸っていました、とばかりにタバコを吹かすあのうざい客。

 

およびさっき演説をしていたと思われる…皇帝陛下…。また深く帽子をかぶりサングラスをかけ丈の長いコートを羽織っている。先程演説をしていた格好とはまるで違う。

 

「ななななななな何でっ、貴方がここにっムグッ!?」

 

彼は右手てスミラの口を塞ぎ左手でシーッとジェスチャーをした。

 

「軍事パレードも演説ももう終わったんだ。今は皇帝じゃない。アンタの客だ」

 

「ていうかここ禁煙!!花屋の前でタバコ吸うとかどういう神経!?今すぐやめてください!」

 

「えっあっ、ごめんごめん。そうだったね」

 

フレーリットは吸殻を携帯灰皿に捨てると残りの煙を吐き出した。既に灰皿は吸殻で埋もれていた。スミラは急いで彼の手をどけると、

 

「ケホッゴホッ!ちょっ、もう!さいぁ……じゃない!何本吸ってるんですか陛下!あと今は皇帝じゃないって!何を言ってるんですか!?」

 

「んー6本位?。あーていうか、陛下って呼ばないでよ。今は皇帝じゃないって言ったでしょ?」

 

彼はうるさそうに迷惑そうに目をそらした。

 

(こんの野郎…、私の気も知らずに…!)

 

「陛下!!お言葉ですが、早々に帰られた方がいいかと!」

 

「ねぇ、聞こえなかった?陛下って呼ばないでほしいって僕言ったんだけど」

 

「うるさいわね!!じゃあ何て呼んだらいいのよ!?って…」

 

(ヤバ…、敬語…!)

 

スミラは頭が混乱してきた。今何を言うべきなのか、分からなかった。

 

「………」

 

黙り混み、目が据わっている彼に負けじとキッとにらみ返した。

 

冷静になって、少し考えがまとまる。

 

(いやいや何やってるのよ私。内心滅茶苦茶怖いわよ。これ私ヤバくない?ホント何やってんの私。不敬罪じゃないの?)

 

一気に冷や汗がぶわっと出てきて目が泳いだ。

 

「ふっ、いや~君面白い人だね~」

 

「は?」

 

「いや、表情がコロコロ変わってさ、今は目が泳いでて。そのくせ変なところですごい度胸あるというか…、無謀というか…。僕が皇帝って知っててその態度と反応は凄いね」

 

「だ、だって呼び名がないと不便だし…」

 

「ふっふふ……、あそこでまさか逆切れされるとは思わなかったよ、あだ名がないと不便っていうそこに注目することも。しかもさっき思いっきり敬語抜けてたしね」

 

「もっ、申し訳ありません…」

 

スミラは不満げな顔をした。

 

(アンタが今は皇帝じゃないって言ったんでしょうが!いや、ちょっと待ちなさいスミラ。落ち着くのよ、彼は客。客に対してあの対応もどうかと思うわ。いくらアイツがうざいからと言って、冷静になるのよ、私)

 

「まあ、店の前でこんな風に揉めてるとちょっと目立っちゃうんじゃない?」

 

「あっ、そそそ、そうですね。えーと」

 

(大丈夫、落ち着いたわ。まずは店に入れて、で、例の懐中時計を返すの。それだけよ)

 

「ど、どうぞ…………」

 

もう一度鍵を挿しドアを開ける。嫌々だが。

 

「おじゃましま~す」

 

カラン…との鐘が静かに鳴り、ドアを閉める。

 

「あの、陛下…、じゃない。お客様、この前の懐中時計の事なんですが…」

 

「ああ、アレ?いいよ別に。あげる。丁度新しいのを母から貰ったんだ。あれはもういらないし、そういえばなんかあの懐中時計とセットのオルゴールみたいなの見つけたから今度あげるよ」

 

ジャラリとまた懐中時計を彼は出した。今度は派手な装飾もなくシンプルだが美しい銀色の時計だった。彼の瞳と同じ色だ。

 

「あの、その、困ります。えっと、ちゃんとしたお金を頂かないと…。あの懐中時計はお返しいたしますので…。少々お待ちください」

 

スミラは急いで2階に上がり時計を取ってくる。

 

ところが彼はさっきいた場所におとなしく待っていなかった。それどころか店の天井や炎結晶がおいてあるケースに顔を近づけている。

 

「ちょちょっとお客様、何を…!?」

 

「これ…、炎結晶だよね?で、天井にちらほら見えるのが光結晶。なるほどね、これで花を栽培できる環境を作るんだ。言わば疑似太陽みたいな構造だね」

 

「えっ、あ、はい」

 

驚いた、少し見ただけでこの男はこの店独自のシステムをすべて見抜いたのだ。

 

「なるほどね、これは凄い。よくこんな事が出来たね。思いついたとしても、簡単に出来ることじゃない。エヴィの調節にも工夫が必要だ。温度調節と光、そして水が花を維持させてる訳だ」

 

「あ、ありがとうございます…。あとはまぁ、やっぱり肥料や土…ですかね。でもこんなに褒められたのは初めてです。ありがとうございます…」

 

今までエヴィ結晶の事を聞いてくる客なんていなかったから、思わず顔が赤くなる。と、また話題そらされていた。

 

「そ、それはそうと、これ。ホントに、お返ししますから」

 

「だからいらないって~。ぶっちゃけ貰って」

 

「それは困ります!わ、私の道徳に反しますから!」

 

「道徳って?」

 

「だから、お釣り多すぎると言うか、んもう!何度も同じこと言わせないで下さい!」

 

「んー、そうは言っても僕お金持ってないしなぁー」

 

「何で持ってないんですか!」

 

「その時計で十分でしょ?それに僕現金自体持ち歩く習慣ないし」

 

根本的に生きる世界が違う人だ、とスミラはヒシヒシと感じた。そしてこの男は何がなんでも懐中時計を受け取らないようだ。この時計がむしろ嫌い、なのだろうか?

 

「そうですか、では。お金が払えない場合、体で支払ってもらいます、私のルールに従ってもらいます。私の道徳観で、この懐中時計を売ることはできません。お釣りが多すぎるし、それに何となく嫌だからです。で・す・の・で!」

 

「何?僕に体を売れと?」

 

「違う!!あの花束に合う分のお金の働きをしてもらうって言ってるんです!変な事言わないでください!気持ち悪いです!」

 

スミラは変わらないペースの彼の発言を遮りまくし立てるように言った。彼は呆気にとられ不思議そうに私を見つめた。

 

「……いいけど僕、皿洗いも掃除も料理も洗濯も出来ないんだけど」

 

「荷物持ちぐらいなら出来ますよね?」

 

スミラは、それぐらいなら誰でも出来るわ?と小さく、しかし聞こえるように挑戦的に呟いた。

 

「は?ん?うーんそうだねぇそれぐらいなら」

 

「いいですか?ここでは働かざる者食うべからずです!貴方は今から私の荷物持ちとして働いてあの分のお金を払ってください!」

 

「えっ?え?なにそれ?」

 

「返事は!?」

 

スミラはフレーリットの両肩にバン、と手を置き念を押した。

 

「えっあ、はい」

 

「うん、よろしい」

 

スミラの言い訳を許さない気迫に押されたのか少し仰け反りながらも返事はした。

 

(やった!荷物持ちゲット~♪)

 

「では、手始めに私の買い出しを手伝ってもらいます!」

 

「買い出し?何それ?」

 

「食料買いに行くの!それと敬語使いなさいよ!今は私が貴方の雇い主なんだから、もう契約は成立してるのよ?」

 

「え、僕一応皇……い゛っ!たぁ~!?」

 

口答えするのでスミラは彼の足を思いっきり踏みつけた。

 

「さっき陛下って呼ばないでくれって言ったのはどなた?」

 

「………………僕です」

 

「そう?なら聞けるわよね?」

 

「うん……」

 

フレーリットは踏まれた足を押さえながらしぶしぶ答えた。

 

「返事は、はいよ!」

 

「はい~。あの、貴女の事何てよべばいいんですかね?」

 

「え?あー、と。前みたいにフローレンスさんでいいわよ」

 

「じゃあ、スミラ」

 

フレーリットはニヤりと笑って言った。

 

「ちょっと!何で私の名前知ってるのよ!?」

 

「ふふ、隣の店から既に聞いてきたから」

 

してやったり、と笑うフレーリットにぞわりと鳥肌がたった。

 

「キモ……。ていうか気安く呼ばないでくれる!?」

 

「いいじゃないですか、スミラ」

 

「っ!信じられない!呼び捨て!?ありえないし気安く呼ぶなって言ってんでしょ!」

 

「僕の事もフレーリットって呼んでいいよ」

 

「話聞いてる!?」

 

「ほら早く行きましょうよスミラ~」

 

「あぁもう!いいわよスミラで!ていうかアンタの事普通に名前で呼んだら色々とまずいでしょうが!」

 

「え?ああ、そう言えばそうだな」

 

「……じゃあアンタは今からクソ虫ね」

 

「それは流石に酷くない?クソ虫て」

 

初めて言われたよ、とフレーリットは若干笑いながら言った。

 

「だって思いつかないんだもの、じゃあフレーリットだからフ、フよ」

 

「それもどうかと……」

 

「クソ虫とフどっちがいいのよ!?」

 

「何でその二択なの?もう少しマシなのないの?」

 

「早く決めないとクソ虫って呼ぶわよ」

 

「……………クソ虫よりかは名前の一部の方がいいかな……フでお願いします…」

 

「そうね…、フから昇格したらフレートって呼んであげる」

 

「何が基準で昇格するのか分からないけど、まぁ、それなら。あだ名なんて付けられたことないから新鮮だしいいですよ、それで。ていうか逆にフ、って呼ぶ方が変じゃ……」

 

「いいから!さっさと行くわよ!フ!」

 

「はいはい……」

 

「はいは1回!」

 

「は~い」

 

よし!とスミラはツインテールの髪を揺らしドヤ、と仁王立ちした。

 

「さぁ行くわよ!」

 

「はい~」

 

 

 

フ、ことフレーリットはスミラの隣に歩くと怒られるので後から付いていき、歩く事5分………。

 

「ねぇ、あー、えっと。すみません、その靴歩きにくくないですか?」

 

「えっ?」

 

花屋フローレンスを離れてからしばらく、後ろに着いてきてる彼から声をかけられスミラはキョトンとした。フレーリットは彼女の足元を指さした。

 

「だってさっきから歩きにくそうにしてるし…、この街は山の近くだ。天気も晴れてるけど急に悪くなるかもしれないし、雪だってまだ少し積もってる」

 

「なっ、ちょっとどこ見てるのよ?気持ち悪いわね、前見て歩きなさいよ!前!」

 

「えぇ……」

 

実に理不尽である。フレーリットは困惑せざる負えない。何故なら、前にいるのがスミラなのだ。しかし話しかけただけでこれだ。別に足をずっと見てる訳じゃないのに、しかも下心ではない。

 

「なっ、何よ…」

 

「いや、別に……?」

 

「そ、そう?それならいいけど、くれぐれも余計な事はしないでよね!お店のモノ勝手に盗んだりしないでよ?」

 

スミラはツン、と言い、また目的地のお店に向かって歩き出した。

 

「一応、僕それ位の常識は持ってるんだけど…」

 

「あ!ラヴロフさん!」

 

彼女はパッと表情を明るくさせ、商店街の八百屋の店主の中年男性に話しかけた。

 

「こんにちは!買い物に来たのよ」

 

「お、スミラちゃんじゃないか!どうだい、そっちの花屋の方は?」

 

「まぁぼちぼちって感じ!今日は軍事パレードの人の流れで疲れたし、臨時休業にして食料の買い出しに来たのよ」

 

「おや珍しいね、お店を休みにするなんて」

 

「ま、たまには…ね?息抜きも必要よ。それにまた試しに育ててる花があるのよ」

 

「なるほどね。おっと話し込んじまった!さ、見てってよ!今日は軍事パレードのお陰で人が沢山来てるから野菜セールやってるんだ!」

 

「あら本当?じゃあ奮発しちゃおっかなー!」

 

「………………………」

 

心底面白く無さそうな、不機嫌な目でフレーリットはラヴロフという男性を睨みつけた。

 

(何?あの態度の変わり具合?僕の方は名前すら教えてもらえないどころか、彼はスミラちゃんて)

 

さらにフレーリットは見たこともない輝く笑顔で八百屋と話しているスミラ。どうにも腹が立ってしょうがなかった。

 

「長話はいいからさっさと買いましょうよ…」

 

「は?何よ?いいじゃない、少しくらい喋ったって」

 

振り返った彼女の顔は先程の笑顔とはうって変わって不機嫌顔。

 

「まぁ、少しならね………」

 

顔をそっぽに向けたフレーリットにスミラは訝しんだ。

 

「何不機嫌になってるのよ?お喋り位誰だってするでしょ?」

 

「……ソウデスネ」

 

ラヴロフはそんな姿の2人を見て

 

「何だ?スミラちゃん、デートか?」

 

「あぁ!そう見えま───」

 

フレーリットはパッと顔を明るくさせたが、

 

「絶対違うから!!!ないから!!」

 

スミラは全否定した。

 

「え?そうなのかい?ごめんよ、なんか兄ちゃん不機嫌そうに俺の事見てたからよ、邪魔しちまったかなって」

 

(そうだよ!!分かってんなら早く他の客に行けよ!)

 

決して口にはしないがぎりぎりと歯を食いしばったフレーリットであった。

 

「もう!全く余計な事はしないでって言ったでしょ!?」

 

「だって……!」

 

「何拗ねてるのよ?ワケが分からないわ」

 

スミラに怒られ少し反省したが、フレーリット自身も何でこんなに自分が不機嫌になっているのか分からなかった。

 

彼女はハァ、と溜め息を付くと店の奥に行きカゴに目当ての物を入れ始めた。大人しくそれを観察していると、スミラからちょいちょい、と手で招かれた。

 

「!」

 

急いで近くに行くと、

 

「フ、これ持ってて」

 

「えぇ~…」

 

ズーン、とガッカリした。所詮荷物持ちである。

 

「荷物!持ちなさいよ!そうゆう契約なんだから!ほら早く!」

 

「はいはい、随分入れましたねー…」

 

「買い物はまだまだこれからよ!!」

 

(なんだ、まだ一緒にいられるのか)

 

そう思うと荷物持ちも悪くないな、とフレーリットは気を取り直した。だがその思考をちょっぴり後悔することになる。

 

 

 

3時間後──────。

 

正直、女の買い物を舐めてた。

勿論、今まで欲しい物は使用人に言えば大体手に入ったフレーリットにとっては殆どが初体験であるが。

 

 

手には全ての荷物の紙袋、ビニール袋がぶら下がっている。

 

(普通に重い………ていうかお腹空いた…)

 

今日は奮発よ!!なんて言いながら服、靴、アクセサリー、バッグなどをあれよこれよとは買い、フレーリットに預けた。

 

そのお陰で体は荷物だらけになっていた。多少の荷物も彼女は持っているが、ほんの少量だ。

 

この状況は陸軍訓練時代にやった装備を担ぎながらの訓練に似てる。正直言って疲れた、しんどい。

 

「あの~、ねぇ!ちょっと!まだ買うんですか~?」

 

「んー!あらかた欲しい物買ったわねー!最高!ストレス発散ね!やっばり荷物持ちがいると違うわ!」

 

「そうですか…」

 

「さてと。フ!そろそろ帰るわよ!」

 

「やっとか……。了解~」

 

スミラは満足感を露にしながら軽快に歩いていく。買い物をしまくったせいでご満悦のようだ。

 

「フーンフフーン♪」

 

軽快なステップで鼻歌まで歌って、ゴキゲンそうである。そんな彼女の横顔を見たら、自然とこちらも笑顔になった。

 

(やっぱり彼女いいな……、可愛いし、いい匂いだし……見ていて飽きない。一緒にいて楽しいし…….。こんなの初めてだ)

 

フレーリットは未だにこの感情が理解出来なかった。我ながら、今まで何故か散々女性に言い寄られ、モテて来たので女には困らず、10代の頃は遊び半分と自分の性処理目的で付き合っては捨てていたが、女性と一緒にいて楽しいなんて思ったのは人生初めてである。

 

「フーンフーン♪ンーきゃっ!?」

 

「えっ、何?」

 

と、彼女は突如姿勢を右に崩した。見ると右の靴のヒールが折れている。アレだけ歩き回ったからだろう。

 

「あー……だから言ったのに…」

 

(そんな高いヒールの靴を履いているからだ)

 

心の中で思ったフレーリットだが、少し反応が見たくて、意地悪したくてそのままあまりに気にしないような素振りを見せた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「なっ、何でもないわよ!?ヒールがちょっと折れただけ!話しかけないでくれる?」

 

「はぁ、すみません…。じゃあ先行きますよ?」

 

さも気にしないような素振りでスタスタ歩き始めるフレーリットを、悔しそうにスミラは睨みつけた。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

「はい~?何ですかぁ~?」

 

「なっ、やっぱり何でもないわ!」

 

彼女は強がり、折れたヒールを拾うと歩き出そうとした。が、しかし

 

「うぅ…痛いっ…」

 

小声で呟き、くじいた足を擦った。

そんな素直じゃない様子を見てフレーリットは引き返した。

 

「はぁ……」

 

呆れたように溜め息をつき、スミラの正面に立った。

 

「だから最初言ったじゃないですか。ヒールの高い変な靴は危険だって。慣れてて油断してる時が一番怖いんですよ。それに今日は歩いたし…」

 

「へ、変な靴って何よ!?これお気に入りのパンプスだったのに!ア、アンタに言われる筋合いから!!」

 

「だって、その足で歩けるの?帰れるの?」

 

「か、帰れるし!?舐めないでよもう!いひゃぁ!」

 

スミラは折れて歩きにくい方の靴を踏み出し、そして案の定コケた。

 

「うわっ!」

 

ドサッと体制を崩し、正面にいたフレーリットに倒れ込んだ。手で支えることは出来なく、何とか踏ん張り倒れずにすんだが、荷物もある分かなりキツイ。

 

「だ、大丈夫?」

 

「うっ、うぅ~!うぅー!全然大丈夫じゃない~!痛いよ~もぅ~…最悪……!」

 

強がっていたが、限界のようだ。若干涙目になりながらフレーリットにしがみついて離さない。

 

(びっ、びっくりした……。ていうか、動けない……)

 

バクバクとうるさい心臓が彼女に聞こえていないか不安で仕方なく、下を向いているとふんわりとしたいい匂いがして、慌てて上を向いた。すると、白いフワフワしたモノが、フレーリットの頬に落ちて溶けた。

 

「あっまずい、雪降ってきた」

 

「えっ嘘でしょ!?」

 

「ちょっと待ってて」

 

これは本格的に早く帰らないとまずい。フレーリットはそう決心すると、とりあえずからスミラから離れた。近くにあったベンチの上に荷物を置き、彼女の手を引きそこに連れていった。

 

「座ってて」

 

と言い、フレーリットはコートのポケットからハンカチを取り出した。そして積もっていた新雪に浸し冷やす。すぐに戻ると、しゃがんで彼女の足をとった。足だけ見ていたので、正面を向けばスカートの中が見えそうだったが、そういった下心は一切なかった。

 

「足見せて」

 

「ちょっアンタいきなり何を…!?」

 

天気のせいで急いでいたので、問答無用に彼女のお気に入りのパンプスとやらを脱がせた。そして腫れている部分に手を当て確認していると─────

 

「んなっ!変態っ!?」

 

「ぐはぁっ!?」

 

「あっ!いったたた……」

 

いきなり生足を持たれ、なんの前触れもなく触られたスミラは恥ずかしさのあまり、フレーリットの顔をその足で思いっきり蹴っ飛ばした。蹴った時、また痛さが増して後悔したが。

 

「ほんっとに有り得ない!アンタデリカシー無いワケ!?何でそんないきなり脱がすのよ!?そんで触るのよ!」

 

「…?……?…?僕は捻挫時の応急措置をしようと思っただけなのに何で蹴られなきゃいけないんだ…?」

 

彼は至って真面目である。頭にハテナマークしか浮かばない。そう、本当に下心はなかった。それがスミラにとって余計しゃくに触った。

 

「う、うるさい!アンタが誤解されるような行動をするからいけないのよ!!それとどんだけ気遣いないの!?」

 

「ああもう分かったから!すみませんね!失礼!いいから!もうじっとしていてください!動かれると上手く出来ない!」

 

彼はそう言うと冷やしたハンカチを切り裂き、足にギュッと巻き付けた。

 

(このハンカチ…、いくらするのかな………)

 

と、くだらない事がスミラの脳裏に走ったが彼が本当に自分を想ってやってくれているのだ、とやっと気づくと大人しくなった。それが終わり、パンプスを履かされると彼は立ち上がった。

 

「はい、とりあえず応急処置はしたから。ゆっくりでいいから、家に帰りましょう。じゃないとますます天気が荒れて状況が酷くなる」

 

「へー……すごい…。ってな、何よっ?私こんなこと頼んでないんだけど!?」

 

スミラは思わず真逆の事を口走ってしまった。

 

(ああ、もう何でこんな言葉しか出てこないの?どうして素直にお礼が言えないのよ私!)

 

「はいはい、いいからいいから。ほら、僕の手に掴まって」

 

「え?」

 

フレーリットはスミラの手をとると、

 

「いち、に、さん!」

 

「きゃぁ!」

 

勢いよく持ち上げ、スミラを立たせた。彼女はよろけそうになったが、しっかりと支えられしかもさっきより断然歩けるようになっている。

 

「えっ?嘘?す、すごい……」

 

「ゆっくりでいいから、それと歩くの辛かったら僕に体重かけていいから、ね?」

 

「えっ!?悪いわ!貴方荷物も持ってるのにそんなの!そっ、それにこんなの楽勝よ!」

 

「いいから!」

 

フレーリットはベンチの上の荷物をとると、スミラとは反対側の左手に全て持ち、右手で彼女を支えた。

 

「ほら行きますよスミラ、早かったら言って」

 

「う……うん……」

 

 

 

もうすぐ、もうすぐフローレンスの花屋だ。

 

 

スミラは歩幅を合わせてここまで歩いてくれたフレーリットを見上げた。彼は背が高く、必然的には見上げる形になる。

 

こちらの視線に気づいた彼と一瞬目が合い、慌ててスミラは目を逸らした。

 

「もうすぐだよ、頑張って」

 

「あ、うん……」

 

 

 

スミラは小さく、本当に小さく呟いた。

 

「────ありがと……フレート………」

 

彼女はその日初めてそのあだ名で彼を呼んだ。




ラブコメの波動を感じる

クソ虫→フ→フレート←new!



フレーリットさん立ち絵

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スミラとフレーリット 自覚編

幸せそう


フレーリットは小さく聞こえた、彼女のお礼の言葉に、聞こえないふりをして、心の中で言った。

 

(どういたしまして、スミラ────)

 

 

 

(もう捻挫、大体治ってるのは秘密。だってまだこうしていたいから…………)

 

もうすぐだよ、と言われこの帰り道が伸びれば良いのに、とスミラは切なく思った。

 

 

 

なんとか家にたどり着くと、スミラは普通に歩き出し、フレーリットの腕から離れた。

 

「え、あれ?スミラ?荷物、どこ置けばいいの?」

 

「2階よ。1階はお店になってて、2階が私個人のお家なの」

 

フレーリットは彼女に連れられるまま、店の奥へと行き、階段を上がった。

 

(ん……?って事は彼女の家に上がれるって事?)

 

そう分かると妙な緊張感を覚えた。それを表に出さずに隠しつつ、一旦食物以外の買い物袋はリビングの机に置き、キッチンに向かった。

 

「ふぅ…疲れた~…」

 

「御苦労様。よく働いてくれたわね、期待以上だったわ」

 

「それはどうも…。というか、足は大丈夫なんですか?」

 

「へ?足?」

 

「さっき挫いたじゃないですか」

 

「あっ、ああ!あれね!大丈夫!多分もう大丈夫!」

 

「…また痩せ我慢?」

 

「ちっ違うわよ!本当に大丈夫なの!ほら!」

 

スミラはパンプスを脱ぐと足のハンカチを解いた。フレーリットはそれを見ると目を丸くした。先程の腫れが引いている。

 

「…!?治ってる…」

 

先程見た時の腫れは何だったのか。彼女の足は通常時そのものである。嘘だ、こんなの有り得ない。

 

「あ、ぁぁー、えっと貴方のお陰というべきかしら?」

 

「あれはあくまで応急措置だ。捻挫が短時間でこの回復はまずありえない……。一体どうなっているんだ……?」

 

フレーリットはしゃがんで、彼女のスカートを持ち上げ、生足をまじまじと見つめた。

 

「ちょっと!どこ見てんのよ変態!?」

 

「ぶっ!」

 

スミラはフレーリットの顔を踏み蹴飛ばした。盛大に尻餅をつきフレーリットは情けない格好で倒れ込んだ。

 

「もう!さっきもそうだけど、今度はレディのスカートめくるとかアンタ一体どういう神経してんのよ!」

 

「いや!だって!?あんなに最初は痛がってたじゃないか!おかしいだろ!」

 

「う、うぅうるさい!細かい事気にしないの!それからアンタはもう用済みなの!余計な事口にしないで!」

 

フレーリットは納得いかない、と言った顔でスミラを睨みつけたがこれ以上追求しても嫌われそうなだけなので今日の所は諦めることにした。

 

「まぁ今日はいいか……。で、えーと残りの荷物は……」

 

貯蔵庫に食物を閉まっているスミラを横目に、リビングに戻ったフレーリットはその他の荷物を手に取った。

 

「全部スミラの私物だし、部屋に運べばいっか」

 

適当にすぐ近くにあった、スミラの部屋と思われる部屋のドアに手をかけ開けようとした瞬間、

 

「何勝手に入ろうとしてんのよ!?」

 

「ぐふぅッ!?」

 

ガンッ!

 

背中を思いっきり蹴り飛ばされフレーリットは扉に顔面を叩きつけられた。

 

「乙女の部屋を無断で覗くとかホンットありえない!もう私がいいって言うまでリビングから1歩も動かないで!」

 

「痛い………」

 

思わず強打した額を押さえた。

 

「アンタがデリカシーのない事ばっかりするからでしょ!このデリカシー0男!」

 

フン!と腕を組みそっぽを向くスミラ。

 

(か、完全に嫌われた…………)

 

フレーリットはズーンとまた今の行動を悔いた。

 

「………ご……ごめん、殆ど僕は無自覚なんだ…。ずっと君を不快にさせてたら、謝るよ…」

 

「な、何よ?今度は妙にしおらしいじゃない?」

 

「このまま大人しく帰ればいいんでしょ……?だって、僕君の事怒らせてばかりじゃないか………」

 

「ちょっと、何いきなり?まだ帰れなんて一言も言ってないじゃない」

 

「僕もう疲れたし、お腹空いたしさっさと帰るよ、無神経な事ばっかりして……ごめん。じゃあね……」

 

明らかに落ち込み、しょんぼりしているフレーリットはそのまま階段を降りようとした。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

スミラは慌ててフレーリットの腕を掴んで制した。

 

「え、何?」

 

振り返ったフレーリットに思わず緊張する。

 

「あ、あの。その…。私も言い過ぎたわ。ごめんなさい…。それと悪い所は、これから直していけばいいのよ。わ、私もすぐ貴方に手出しちゃって、悪かったわね…」

 

「スミラ……!」

 

フレーリットの思考は単純であり、あっという間に顔が明るくなった。

 

「えっと、で、続きなんだけど。お金の分は働いてもらったんだけど、足の捻挫の件は別で…」

 

「足…?で?」

 

「だ、だから!貴方にお礼がしたいの!」

 

「え…」

 

予想外過ぎて驚くしか出来なかった。フレーリットは真っ先に思いついたことを口にした。

 

「それって体でってこ…」

 

「だからもうアンタそういうっ……!?なんでそう言う事になるのよ!?」

 

「僕だって体で払ったじゃないか!」

 

「ご、誤解を招くような言い方しないで!?」

 

「じゃあ何お礼って?」

 

「えーと、ほ、ほら!もう5時じゃない?私お昼食べてないし、それにお腹空いているんでしょ?」

 

「うん……僕お昼食べてないし」

 

「ごはん、よかったら食べて行って?」

 

「え!?いいの!?」

 

「………ええ。それが”お礼”だもの」

 

 

 

買った食料のほとんどは貯蔵庫に入れ、使う分は持ってきた。エプロンを巻き終わり、スミラは考えた。

 

(さて、とりあえずお湯を沸かして肉を入れたけど……、そういえば彼、嫌いなものはあるのかしら……)

 

聞いてみよう、と思い振り返ろうとした瞬間、目の前に既に彼の姿があった。

 

「ねぇ」

 

「ひゃあぁっ!?」

 

思わず悲鳴をあげて後ずさった。

 

「何作るの?」

 

「もう!びっくりさせないでよ!」

 

「だって気になるじゃないか、それに、毒が入ってないかとかね」

 

「ど、毒なんて入れるわけないでしょ!?またもうっ、失礼ね!シチーを作るの!」

 

「シチー?あぁごめん冗談冗談。気を悪くさせたなら謝るよ。ただ僕の立場上、そうゆうのは気にしなきゃいけないんだ」

 

忘れていたが、彼はこの国の皇帝である。最上級の地位に君臨する者としては毒殺などはごく身近にあるものなのだろう。

 

(恥ずかしい……無神経なのは私の方じゃない……)

 

「あ…………、そっか。そうよね…、ごめんなさい…やっぱり迷惑だった?」

 

しゅん…、と下を向きがっかりした。良い計らいだと少しでも感じた自分が恥ずかしくなった。

 

「え?何で?迷惑なんて一言も言ってない。むしろ楽しみなんだけど。毒とか不味くなければ基本なんでも食べるし」

 

「ホ、ホントに?」

 

「うん」

 

スミラは安堵の表情を見せたかと思うと、またしかめっ面に戻した。

 

「そ、そう?大丈夫よ!毒なんて入れないわよ!というか持ってないし!」

 

「ねぇ、料理してるとこ見てていい?」

 

「え……、いいけど、私そんなに信用ない……?」

 

「違うよ、僕がただ見たいだけ。人が料理してる所なんて見たことないんだ」

 

「そうなの?」

 

「だから見てみたいなって」

 

「それで気が済むなら……まぁ、いいけど……」

 

 

 

────────ち、近い…。

お肉を煮込んでいる間に野菜の下ごしらえをし始めたスミラだが。

 

見学を許可したのは自分なので今更何も言えない、しかし物凄く彼はなんでも興味津々に見てくる。

 

「これ何?」

 

「ニンジン」

 

「へぇ~……、調理前のやつ初めて見た……その大きいやつは?」

 

「キャベツよ」

 

「へぇ~……!」

 

少年のように、キラキラした目で野菜を見つめる姿にスミラは少しほっこりした。物珍しいのか、新しい食材を出す度に何なのか聞いてくる。

 

「これは?」

 

「ジャガイモ、その隣のやつは玉ねぎ」

 

「うわぁ~面白い形してるねコレ!ジャガイモも玉ねぎも皮があるんだね!」

 

ニンジンの皮をピーラーで剥いている姿をまじまじと見られると気になって仕方がない。

 

「…………やってみる?」

 

「え!いいの!?」

 

「そんなに見られると…集中できないわ、一緒にやりましょ?」

 

「僕、料理なんて初めて」

 

ワクワクとスミラからニンジンとピーラーを受け取るとスミラの指導を受ける。

 

「左手でニンジン持って、右手にピーラー、野菜をスライドした方がよく剥けるから」

 

「ぉ、おお………」

 

初めての料理体験にフレーリットは物凄く感動した。

 

「そう、上手よ、出来てるじゃない。そのまま回して皮をどんどん剥いて」

 

「うん……………大丈夫!?これでできてる!?」

 

皮を落とす度に、大丈夫かと聞いてくる彼の姿に思わずスミラは────

 

「ふふっ、大丈夫よ、いちいち面白いわねぇ……」

 

(…わ、笑った………)

 

フレーリットは顔にカーッと熱が集まるのを感じ、思わず見とれてニンジンをシンクに落としてしまった。ゴンッ!という耳障りな音が響き、フレーリットの思考を一瞬で現実に引き戻す。

 

「きゃあ!ちょっと気をつけて!」

 

「ご、ごめんいやちょっと、手がその、滑ったというか………」

 

初めて素で自分に対して笑いかけてくれたスミラを見て動揺を隠しきれなかったフレーリットは自分がもう既に、どれだけこの女性に惚れ込んでいるのか自覚してしまうほどだった。

 

 

 

「さ、後はしばらく煮込むだけね」

 

「え~まだ出来ないの?」

 

「シチーは煮込み料理なの。でもその分体がとっても暖まるわよ?」

 

「ボルシチじゃなくて?」

 

「似てるけど違うわ、出来てからのお楽しみよ」

 

煮込んでいる間、結構暇だったので彼女のリビングにある本棚をなんとなく見ていた。彼女はキッチンの後片付けをしている。こればっかりはあんまりやりたくないし、でも何も手伝えることがなく邪魔だと怒られ暇を持て余している。

 

(ほとんどが花に関する本か…)

 

彼女らしいと言えばそうだが暇を潰せそうなモノはなさそうだな…。だが、エヴィ関係の本もちらほらあり、興味をそそった。彼女はきっと努力家なのだろう。エヴィの事を独学で学び、この花屋を作ったのだろう。キッチンをふと見れば、スープの味見をしている姿が見える。

 

(……………そういえばこの前母上と話した時も、結婚って急かされたなぁ)

 

 

 

数日前────

 

スミラと初めて出会った日、花束を母に渡すと物凄く喜ばれたはいいが、案の定見合いの話になった。ベットに腰掛けながら愛息子を見るフレーリットの母クリスティーナは息子と同じ紫紺の長い髪を梳きながらその話題を口にした。

 

「そういえばフレーリット、私がこの前差し上げた見合い写真集は見ましたか?」

 

「え?あぁアレ?えーと、燃やした」

 

フレーリットはそういえば貰ったな、と思い出す。使用人から受け取り、即刻暖炉の中の火に突っ込んだのを覚えている。

 

「燃やした!?」

 

「だって……別に興味無い…」

 

「貴方って子は……!貴方が興味なくても私は興味あるのよ!それ以前に貴方はもう25歳を過ぎてるのよ!?いつまでフラフラとしているつもりなの?」

 

「フラフラだなんて失礼な。母上、僕は立派に皇帝としての仕事の勤めを果たしているじゃないですか」

 

「フラフラしています!昔はあんなに浮ついた話ばかりだったというのに、今度結婚の適齢期となるとピタリとそういう話がなくなる…!?私は悲しいです!不安で仕方がないですわ…。貴方はこの国の皇帝で、跡継ぎを考えなければならないのですよ!?それが分かっているのですか?」

 

「そんな事言われても……。そりゃ若い頃は遊んでたかもしれないけど、誰だって大人になっていけば落ち着くのは当たりまえですよ」

 

フレーリットはタバコを吸いたい衝動をぐっと抑え、長くなるかな、と母をうんざりした目で見る。

 

「サーチスは?お仕事一緒にやっているのでしょう?」

 

「サーチス?彼女はただの部下ですよ。珍しくてしかも使える科学部門に突出してた人物が偶然サーチスという女性だっただけだ。彼女の才能に注目したわけで、目をかけている部下という立場。それ以上でも、それ以外でもない」

 

「ならいい人を探しなさい…!あの見合い写真集の女性達は私が選んだ物なのですよ!?」

 

「とは言われましても。1枚も見てないし。あー、でもなんとなくいい人は見つけ」

 

最後の方小さく呟いたフレーリットの声を、母は大きな声で遮った。

 

「全く貴方は!もういいです!私は寝ます!貴方と話していると頭が痛くなる!お見舞いの花どうもありがとう!」

 

クリスティーナは枕に頭を沈め、フレーリットとは反対側を向いてこれ以上の会話を拒否した。

 

「もう~、怒らないでくださいよ母上」

 

「知りません!」

 

拗ねた母に溜息をつき、また仕事に戻ったフレーリット。

 

 

 

自分で勝手に作った専用の喫煙室で、タバコに火をつけ一服。煙をハァーと吐くと、

 

「結婚ねぇ~………」

 

しばらく吸って味わいタバコを潰すと、もう1本取り出し火をつけた。

 

叔父をこの手で殺し今まで駆け抜けるように必死に仕事に己を捧げてきた。少しだけ自分の人生を振り返るが、そもそも、今まで知り合った女は厄介者ばかりだった。まともに人を本気で愛したことすらない。

 

(オリガも………ヴェロニカも……みんな僕を裏切った……。女がみんなそうだとは思いはしないし、サーチスが僕を裏切るとは思わないけど、彼女もただの部下としてしか、仕事仲間としてしか、見れない。

 

僕にとって、”愛”だの”恋”だの、よく分からないし、正直言ってどうでもいいんだ─────)

 

 

 

どうでもいいと思っていたはずモノを僅かにでも求めて、自分は今日スミラの元に来たのだ。時計を渡して、接点を残してまで会いに来たいと思った女性だ。

 

どうでも良くないモノが目と鼻の先にある。エプロンをはずし、鍋の蓋を取り皿に盛り付ける彼女をじっと見つめた。

 

─────彼女と共にいたい

─────彼女の笑顔が見たい

─────彼女に喜んでもらいたい

 

(あぁ………きっとこれが”恋”とか、”愛”、なんだろうな─────)

 

笑顔を見てドキッとしたり、抱きつかれてびっくりしたり、心配して急いで足を応急処置したり、怒られて落ち込むのも全部彼女の事が好きだからだ。

 

(スミラ…………僕、……)

 

 

 

「フレート!フレート!出来たわよ!ねぇ、フレートってば!」

 

「………へっ?」

 

「聞こえてる?」

 

いつのまにか彼女が目の前にいて、びっくりした。急いで持っていた本を戻し、何でもないふりをした。

 

「何の本読んでたの?」

 

「え、エヴィに関するやつ」

 

「ふーん、ほら運ぶの手伝って」

 

急いでキッチンに行き、料理を運ぶ。スープが盛り付けられている皿から湯気が美味しそうにあがり、とてもいい匂いがした。

 

「ふふ、貴方が切った野菜もしっかり入ってるわよ」

 

そういうとスミラはオレンジの野菜を指さした。ニンジンだ。

 

「美味しそう………」

 

思わずお腹の虫が鳴きそうなる。もうお腹ぺこぺこだ。

 

「キャベツがベースの野菜たっぷり栄養満点シチーよ。パンもあるから、それと一緒に」

 

スミラはとフレーリットはテーブルに料理を置くと食器を並べた。そして椅子に腰掛けると、一瞬沈黙が流れる。

 

「お先どうぞ?」

 

「い、いただきます…」

 

スープを掬い口に入れるとフレーリットは驚いた。本当に美味しいのだ。

 

「…美味しい!!」

 

「本当!?嬉しいわ、良かった!」

 

味付けは殆どスミラ担当であったため、彼女は顔をフッと綻ばせた。チラリと彼女の顔を盗み見たが満足そうに、笑顔でじーっと見つめられていたので恥ずかしくなり再びスープの方を見た。

 

彼女も食べ始め、野菜を頬張った。

 

「うん、上手く出来たわ、ニンジンも美味しいわよ」

 

「はは、ありがとう」

 

「はい、パン」

 

「ん、ありがと」

 

フレーリットは夢中でシチーとパンを食べた。いつもそれなりの物を城では食べているはずなのに、スミラの料理が今までで1番美味しく感じるのは何故だろうか?

 

「これ、今までで1番美味しいよ」

 

「えぇ?何よ?お上手ね?」

 

「ほんとだってば」

 

「ふふ、ありがと……。でも美味しそうに食べてくれると、こっちも嬉しくなるわね」

 

照れながらお礼を言い、スミラはまた笑った。

 

「ねぇスミラ、僕………その……君が……」

 

「何?」

 

フレーリットはまっすぐとスミラに見つめられ、恥ずかしくなって目をそらした。

 

「君が……………………じゃなくて君の、所に、またここに来てもいい?」

 

………まだ早いか、と思いフレーリットは慌てて言い換えた。スミラはキョトンとしてフレーリットを見つめた。

 

「また、花買いに来るから。今度は僕も勉強してくるから」

 

「あら嬉しい。花に興味持ったの?」

 

「うん」

 

(正確に言うと君に興味を持った、だけど)

 

「いいわよ、常連さんが増えるのは嬉しい事だわ。まぁ、皇帝のお仕事の息抜き程度になら、どうぞ」

 

「ありがとう、僕、君と出会えて良かったよ」

 

「庶民体験は楽しかった?全く、褒めても何も出ないわよ?」

 

「茶化さないでよ、本当だってば」

 

「はいはい、分かってるわよ………、あら貴方、パンの欠片が頬についてるわよ?」

 

「………んぐっ…ごめん」

 

フレーリットは顔を赤くし、どこ?と頬を触った。

 

「謝らなくていいわ、反対よ。じっとしてて」

 

スミラは机に手をつき、フレーリットの頬に手を伸ばした。

 

「はい、取れた」

 

ほんの小さな欠片だったが、スミラはそれをそのまま自分の口に入れると優しく微笑みかけた。

 

「皇帝様も、案外子供なのね」

 

「………っ………!」

 

悪戯が成功した子供みたいに無邪気に笑う彼女のその仕草に、ゴクリと息を呑んだ。そのままいてもたってもいられずコップの中の水を一気飲みする。

 

今まで付き合ってきた女性はそれなりにいたが、こんな感情は本当に人生初めてだ。

 

(もう彼女が好きで好きで堪らない────!!!)

 

こんな短期間でこれほどベタ惚れした自分を自嘲気味に笑うが、溢れる彼女への想いは抑えきれなかった。

 

微笑むスミラを見て、フレーリットは心の底から思った。

 

(あぁ、願わくば、結婚するならこの女性がいいな──────)

 

赤くなった顔を隠すように背け、水のお代わりをしにキッチンへ行くフレーリットだった。




「デザートにチョコクッキーもあるわよ」

「何それ?」

「はい、作り置きしてビンの中に保存してたんだったわ」

「………………!?何これ凄く美味しい!」

「良かった、紅茶入れてくるわね」

「何でこれだけなの!?僕もっと食べたい!」

「あらそんなに気に入ったの?また作ってあげるわよ…。ホント、フレートって子供みたいね…」


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スミラとフレーリット 告白編

やっとくっつくよ


確かに、息抜きに来てはいいとは言った。だがしかし、息抜き?と思うほどフレーリットはそれからほぼ毎日店に来た。

 

翌日

 

「ねえスミラ~構って~」

 

「ちょっと!仕事の邪魔よ!」

 

「じゃあ見てる、見学してる」

 

「………ハァ………手伝ってみる?」

 

「手伝う!」

 

翌々日

 

「ねぇねぇスミラって好きな食べ物ある~?」

 

「うーん、そうねぇイチゴかしら…?」

 

「分かった」

 

「え?分かった?」

 

翌翌々日

 

「スミラ~!シューヘルゼ産のメアリーベリーのイチゴ持ってきたよ」

 

「ええぇ!?ちょっとそれ高いヤツじゃない!?」

 

「え?そうなの?とりあえず美味しいイチゴ食べたいって言ったらこれ仕入れたみたいだから一緒に食べよ~」

 

「国民の税金でしょ…………呆れた……」

 

「いやでも、僕仕事はちゃんと今のところしてるよ?」

 

「それでも来すぎよ!!」

 

「いい!?これからは私が何か言ってもすぐ取り寄せてこないで!」

 

「どうして?女性って買い物好きで物よく欲しがるんだろう?」

 

「どうしてもよ!」

 

 

 

本当に毎日連続で来るフレートに流石にスミラは呆れた。

 

「また来たのね……フレート…」

 

「ねえねえ~スミラ~♪仕事終わったら一緒に出かけようよ~」

 

「今日はそんな暇ないの。お願いだからお仕事してちょうだい」

 

「してるってば。こう見えても僕優秀なんだよ?それに君とこうして会って帰った後も仕事してるし」

 

唯一の楽しみたいなものなんだよ、とフレートはお店の回転式椅子に座りグルグルと回り暇を持て余す。

 

「貴方、ちゃんと寝てるの?」

 

スミラは手で彼の無造作に伸びた前髪を横にかき分けた。相変わらず妙に色気のある端正な顔立ちだが目元には変わらずのクマ。しかし年中彼にはクマがある気がする。

 

「いっつもクマあるじゃない」

 

「君に会えるなら睡眠時間ぐらい削るし、これはもう、そうだな、スミラで言う顔のホクロみたいなもんだよ。ほら、君の左目の下のね」

 

フレートはそういい自分の左目の下をトントン、と指を当てた。スミラは左目の下に泣きぼくろがあった。

 

「可愛いよね、スミラのチャームポイントって感じ」

 

「……なら貴方のチャームポイントはそのクマなのね……」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

「パッと見不健康そうに見えるわ。目つきが悪いと更に不気味だし、怖いし」

 

「酷っ!それはないよスミラ!」

 

「本当の事言っただけよ、まぁ顔がいいからチャームポイントになってるのね」

 

これでさらに人相悪くなったらまるで逃亡中の殺人犯だわ、とスミラは付け足した。

 

「……っ………それ褒めてるの?貶してるの?」

 

フレートは一瞬ドキリとしたが平静を保った。

 

「……冗談よ。ほら、これで機嫌直して」

 

スミラは”いつもの”を取り出すと彼に渡した。

 

「やった~!」

 

フレートは目に見えるように喜んでビンの蓋を急いで開けた。中にあるモノをヒョイッと取り出すと、口の中に放り込んだ。

 

「ホントに好きねそれ……」

 

よく飽きないもんだわ、とスミラは逆に感心した。

 

「甘いものは疲れた脳の栄養補給みたいなもんさ」

 

くぁ……と欠伸しながらビンの中のチョコクッキーをすごいスピードで食すフレート。作っておかないと不機嫌になるし、もし材料がないと言えば取り寄せて

大量に城から送り付けてくるものだから、彼のチョコクッキーに対する執念は凄まじい。そのせいでほぼ毎日花屋なのにスミラはチョコクッキーを作るハメになり、もはやレシピを見ずに作れるようになっていた。

 

(まぁ……今までお菓子は自分で食べるだけだったのに、彼が食べるようになってから作るのが若干楽しみにはなってはいるけども………)

 

スミラもスミラで、美味しい美味しいと言って手作りのチョコクッキーを食べてくれる彼に対しては、満更でもない。純粋に嬉しいのだ。

 

「でも私じゃなくて使用人に作ってもらえばいいじゃない。それにお城でしょ?一流シェフやパティシエなんて簡単に呼べるんじゃないの?」

 

「いーの。その人達に恨みは無いけど、上品過ぎる味というか。足りすぎてるというか。僕はスミラの作る料理の方が好きなんだ。庶民的って言ったら怒られるかもしれないけど、でもすごく安心するんだ」

 

「そ、そう…………?」

 

「うん、正直言って、スミラの料理が1番美味しいよ」

 

「お世辞がお上手ね……。でも……ありがと……」

 

「ん……、スミラ、クッキーなくなった」

 

「はやっ!!」

 

 

 

ほとんど毎日来るのに、不思議とスミラは嫌ではなかった。こんな事本人に言ったらしかめっ面されそうなので言わないが、1歳年上なのにまるで手のかかる子供が出来たみたいなのだ。その子供がチョコクッキーというお菓子をたかりに来る、と言ったら悪い言い方だが、事実その通りではある。が、しかし、彼と他愛もない話をしている時間はそれなりに楽しい。互いに仕事一筋だったフレーリットとスミラにとってかけがえのない時間となっていた。

 

「へー……向日葵って太陽の方向向くんだ……」

 

「そう、私の故郷では向日葵畑があったわ。太陽が移動するにつれて、その方向を追うように花が回るから、ヒマワリって名前なのよ」

 

「ここ、なんか食用って書いてあるけど」

 

フレーリットは図鑑の文字を指さした。

 

「もちろん、ヒマワリって食べれるわよ」

 

「そうなの!?」

 

「私の故郷では食用だったもの」

 

スミラはもう、6年も帰っていない懐かしき故郷の事を思い出した。

 

「え?スミラの故郷ってどこ?首都じゃないの?」

 

「違うわ。私はシューヘルゼ村出身よ」

 

「シューヘルゼ!?あのド田舎の!?国内でここから1番遠い所じゃないか!」

 

「ド田舎って!失礼ね!まぁその通りなんだけど……。そうね、こっちの寒さには最初はびっくりしたわ…。もう慣れたけど……」

 

「スミラは何でオーフェングライスに来たの?」

 

「それは………」

 

スミラは一瞬、答えようか迷った。故郷の事を聞かれればいずれ家族の事にも会話が発展しそうな予感がしたからだ。だが、正直に言うことにした。

 

「それは?」

 

「理由は2つあるわ。花屋を首都の都会で開きたかったのと………」

 

「もう一つは?」

 

「セルドレアの花を見たかったからよ」

 

「セルドレア……?あの青いやつを?」

 

フレーリット自身、城の中庭には必ずと言っていいほどセルドレアが咲いているので正直拍子抜けした。何度も何度も幼い頃から見ているし、何なれば正式に着る服の模様として必ず刺繍されている。

 

「皇族やここの人からしたらあまり珍しい物じゃないでしょうけど、私の村では見たことなかったわ、衝撃的だった。あんなに見事なコバルトブルーの青い花、故郷じゃ見たことないんだもの。それにこっちの環境でしか咲かないんですって」

 

フレートは、それを聞くと納得した。まぁ確かにその通りだ。セルドレアの花は寒い地方独特の環境でしか咲かない。だからこの国の国花なのだ。

 

「そうだね、確かにセルドレアはとあるエヴィの恩恵を受ければ受けるほど青く立派に育つから」

 

フレーリットはそういいながら、枯れて落ちた葉っぱを拾った。

 

「とあるって?」

 

首を傾げスミラは訪ねた。その様子を微笑みながら一瞥すると、フレーリットは葉と細い茎部分を持ち、スミラに見せた。

 

「氷のエヴィさ」

 

そしてそれを持ったまま手から冷気を発生させあっという間に凍らせ、カチンコチンにしてしまった。そしてそのまま手で砕いて粉々にするとゴミ箱にパラパラと捨てる。

 

「わっ!凄い!」

 

フレーリットは人差し指の上で水色のエヴィを作り出し、スミラに見せた。

 

「ってそうだったの!?」

 

「あぁ。セルドレアは氷のエヴィを養分として育つ。氷や水のエヴィはスヴィエート特産だからね。だからあんなに鮮やかな青になるんだ。だからエヴィが濃い山や海辺だともっと鮮やかに輝く」

 

「凄い!図鑑にも書いてないことじゃない!どうして知ってるの!?」

 

スミラは驚いた。フレーリットから花の事を教わるのは初めてだ。

 

「それは………」

 

「それは?」

 

今度はフレーリットが口ごもった。この事はあまり彼女のような人に話したくない事だった。

 

「いや……?どこで知ったか忘れちゃった」

 

「何よもう!知ってるんでしょ?!勿体ぶらないで!気になるじゃない!それに貴方が私の好きな花に詳しかったなんて!」

 

「スミラはセルドレアが好きなの?」

 

「ええ!いつか自分の目で群生地で咲くセルドレアの花畑を見るのが夢なの!」

 

輝かんばかりの笑顔で夢を語るスミラにフレートはある考え事にふけった。

 

「ふーん………」

 

「何よ?反応薄いわね!どうせ薄っぺらい夢だと思ってるんでしょ」

 

「…………いや?」

 

フレートはふーっと息をつき、椅子から立ち上がった。

 

「ねぇスミラ。僕がその夢叶えてあげようか?」

 

 

 

2日後、フレートは彼女との約束を守るため朝早く起き、装備を整えた。その後ホットミルクを持ち母の様子を挨拶がてらに見に行ったら、目を丸くされた。

 

それもそうだ。今のフレートは明らか城にも、市街にも似合う服装ではない。どちらかと言うと戦闘に向いている、というより戦闘用の服装だった。

 

緑のボディーアーマーにサーベルに拳銃。腰にまいたベルトにはナイフやポーチが装備してあり、パッと見ぎょっとしてしまうような格好だった。

 

「貴方、ここ最近どうしたのです?空き時間を見つけては城を抜け出して市街を視察なんて。それに今日は朝からそんな格好をして」

 

母クリスティーナがフレートからホットミルクを受け取ると、それはまだ飲まずにここ数日の疑問を投げかける。

 

「はい。今日も行ってきます。昨日のうちに大体の仕事は終わらせて今日は緊急でも無い限り1日休みにしたんだ。今日はちょっと遠出もしてきますけど、心配ご無用です」

 

ハウエルやマーシャにも既に言ってある、とフレートは付け足した。

 

「一体毎日何が目的で………」

 

「んー、端的に言うと女」

 

「女!?」

 

クリスティーナがホットミルクに口づけ飲もうとした瞬間、息子の爆弾発言に危うく火傷してしまいそうだった。

 

「お、おおお女って……!貴方また火遊びしているの!?いくら私が結婚しろと言ったからって─────」

 

「違う違う。誤解ですって母上。火遊びなんかじゃない。どちらかと言うと、んーそうだな、花火?」

 

「花火!?」

 

「それだけ僕が本気って事」

 

「…………まぁ」

 

クリスティーナはとても驚いた。今まで女とは散々その日限りであったり、いくら無理矢理見合いさせても発展しなかった彼の恋愛事情が変わり始めているのだから。

 

「どんな方なの?」

 

「平民街にいる花屋の女性。スミラって言うんだ。ほらあの向日葵の花束だって彼女が作ったんだよ。その子といるだけで僕は安心するし、楽しいし自然と笑顔になれる。彼女の笑ってる姿や喜んでいる姿がもっと見たいと思うし、最近はもう彼女の事しか考えられないんだ」

 

もう26歳にもなるというのに彼はまるでこんな感情は初めて、とばかりに興奮を抑えきれていない。母の手前、少しばかりか素直になるフレーリットは夢中でスミラの事を話した。

 

「……最近妙に機嫌が良くてどことなく幸せそうにしていたのはそういう事でしたのね……」

 

ハウエルやマーシャ、そしてシェフやその他の使用人達も言っていたので、バレバレだ。美味しいイチゴを用意しろだの、花の図鑑を取り寄せろだの、タバコと仕事ととりあえず腹を満たせる料理以外無関心だった御主人様の劇的な変化に使用人達は噂で持ち切りだった。その噂が当然彼の母であるクリスティーナにも回ってくるわけで。

 

あの放蕩息子がまさかとおもいきや。

 

「そういう?」

 

「フレーリット、貴方彼女に”恋”してるのね」

 

面と向かって母に言われたフレーリットは少し顔を赤らめて目をそらした。照れている。クリスティーナはまたその息子の珍しい表情に驚きを隠せない。

 

「─────そう……ですね。愛と言うものが何なのか、分かった気がするんです」

 

「貴方のそんな顔、20年ぶりぐらいに見ますわね。私は応援しますわ。頑張りなさい!出来ればその子と結婚するのよ!いい事!?」

 

「う、うん……応援感謝します…母上」

 

「早く告白して正式にお付き合いしなさい!」

 

「だから今日それをする予定なんですって」

 

「まぁ!?なら早くお行きなさい!!いい報告を待っていますよ!」

 

息子が本気となれば母も本気になった。もともと見合い話で持ち切りだった母の話題はこれからどんどんスミラとなっていくのだった。

 

 

 

母にグイグイと押され、2つの意味で背中を押され城を後にしたフレート。城門を出ようとした途端─────

 

「陛下!!」

 

「え、何、うわ!ちょっと!」

 

「御髪が乱れております!それと水筒をお忘れですよ!」

 

執事ハウエルが急いで彼の腕を引き、戻し妹マーシャに前髪を整えさせた。ハウエルは腰ベルトに水筒を取り付けると後ろの跳ねた髪を整えた。

 

「お弁当も!それとタオル、ティッシュはお持ちですか?あぁっ、マフラーが乱れております!お直しいたしますね!」

 

あれよこれよとどこからともなく取り出すお節介の側近達。そして恋愛事情となればそのお節介度は格段に跳ね上がる。

 

「って僕は子供か!?いらないいらない!余計なものは!あとお弁当はいい!いらないよ!スミラが作ってくれてる約束だから!」

 

「まぁ!?申し訳ありません!私とした事が気がきかずに……!でしたらせめて花束を……!」

 

中庭の庭師シャガルを呼んできます!とパタパタ走り出したマーシャを慌ててハウエルが引き止めた。

 

「バカマーシャ!これから花畑行くのに何で花束プレゼントするんだ!?」

 

「ハッ!?そうでしたわ!」

 

「マーシャ落ち着け!陛下はきっと上手くやる!今までだってそうだったじゃないか!」

 

「あぁ陛下。あの陛下が清廉で甘酸っぱい恋だなんて!?応援せざる負えないでしょうこれは!兄さん!」

 

「あの陛下って、君達ね……」

 

フレーリットはハァ、とため息をつき、「やっぱりこいつらに話すんじゃなかった」と後悔した。

 

「スミラ様、きっとお喜びになると思いますわ」

 

「いいアイディアだと思いますよ」

 

言うと本当に付いてこられそうなので正確に場所は知らせていないがとりあえず花畑という事だけは伝えてある。そのせいで彼らは息子を初めてのピクニックに送り出すようなお節介節を発揮した。

 

「ちょっと、もういい?僕そろそろ行きたいんだけど」

 

「その女性を本当に愛しておられるのですね……」

 

「何という純愛………」

 

「さっきからうるさいんだけど!?」

 

 

 

やっと姦しい2人から解放され、フレートは街の出入り口に向かった。待ち合わせは街の外壁の門前である。

 

 

夢を叶えてあげる。

 

そう言われて約束の日が来た。なんと彼はセルドレアの花が咲く群生地を知っていてしかも連れていってくれるらしい。

 

群生地となれば街の外となる。当然魔物も出るし、歩くので彼にはヒールの高い靴は履いてくるな、と再三言われていた。格好もなるべく動きやすく、なおかつ防寒性のあるもの。下は丁度良い長さのスカートにしてある。持ち物はお弁当と水筒ぐらい。勿論自分は非戦闘員である。エヴィの扱い方を花屋の環境応用に使用しているとはいえど、正式に術の指導など生まれて受けたことは無いので従って必然的にフレートに守ってもらう形になる。

 

「ふふ………それにしてもすっごい楽しみ………!」

 

約束の時間よりかなり早い時間に来てしまう程スミラは浮かれていた。お弁当に彼の好物も作ってきたし、勿論デザートのチョコクッキー持ってきた。料理を作っている時、彼の喜ぶ顔が見たいと思ってしまう程には、フレートの事を意識していた。

 

(……よく忘れてしまうけど、それでも彼はこの国の皇帝なのよね……)

 

そりゃー毎日来るものだから、嫌でも意識してしまう。話題を合わせようと花の事を聞いてきたり、勉強してきたり、初めて会った時とは思えない程気が遣えるようになっているし、デリカシーのない発言も徐々に減ってきている。

 

しかしスミラは自身の気持ちに蓋をしていた。彼を好きになったところでどうせ天地がひっくり返ってでも叶う恋ではない。平民と皇帝だ。しかも自分は元ド田舎出身のただの田舎娘。

 

やはり彼も所詮息抜きの庶民体験で毎日来ているかもしれないし、いつ飽きられてもおかしくない。彼の素直で子供っぽい面を見て、母性本能をくすぐられているだけかもしれない。

 

(弟を思い出しているだけよ………、きっとそうに違いないわ…。でもこれって明らかピクニックデート……)

 

幼い頃ピクニックで姉さーん!と野っ原を駆け回っていた幼き頃の弟を思い出した。転んで泣いて、自分の元に甘えてきた手のかかる、7歳の離れた弟、今はもう、18歳だろうか。立派な青年だ。

 

「……でも、やっぱり弟とは違うのよね……」

 

弟とフレートに対する感情は似ているが全く違う。自分でも分かっている。

 

「………ハァ………」

 

毎日来ていたフレートが、昨日1日来なかっただけでも寂しいと思ってしまったのだ。完全にこれは───────

 

「スミラ~~!!」

 

「っ!?」

 

その声にスミラは一瞬で思考を停止させた。

 

「ごめんごめん!遅れた!いや~使用人達に捕まっちゃってさ~」

 

「べ、別に大丈夫よ、私が早く来すぎただけ……って」

 

スミラは初めて見る彼の格好にドキッとした。

 

「ぁ………あ、……その…………」

 

「ん?何?」

 

「……ふ、ふーん…?それ…様になってるじゃない。でも寒くないの?」

 

意地でもカッコイイ、とは言わなかった。少しでも褒めると調子に乗りそうだからだ。

 

「そう?ありがとう。僕、寒さに結構慣れてるから平気だよ。まぁ街の外に出るからね。対魔物としては動きやすくて機動性もあって、装備もしているから」

 

スミラも今日は街に出かけるため普段の花屋の格好ではない。フレートもそれもそのはずだが、なかなかに男らしいというか、頼もしいというのだろうか。これなら魔物が出ても全然平気な気がする。

 

「じゃあ早速出発しようか」

 

フレートはスミラの手を自然に引きよせ、街の外へ連れ出した。

 

「え、ええ。ちゃんとエスコートしてよ?!守ってよ!?私一般市民なんだから!」

 

「勿論、命に変えても君の事は守るよ」

 

「そ、そこまではしなくてもっ………」

 

(まぁそれは私が大事なスヴィエートの国民だからよね……)

 

先程考えていた自分らしくないネガティブな思考に呑まれそうになるが、これから第2の夢が叶うのだ。スミラはその想いを振り切り久々の街道へと足を踏み出した。

 

 

 

「フレート~、あとどれぐらい?」

 

「ハハ、それ何回目?楽しみで仕方が無いんだね。もうすぐだよ」

 

「もぉ~、さっきからそればっかりじゃない」

 

街から離れて暫く、街道を大きく外れ森に入り魔物に襲われないようにホーリィボトルを使ったが、もう少しで切れそうだ。

 

「フレートー?」

 

「あっ、ちょっと目つむって」

 

「え?」

 

「スミラ、こっちこっち。ほら目をつむって、手に掴まって」

 

森の出口だろうか?向こうに白い光が見えた。一件ただの開けた雪の原にしか見えないが、フレートが立ち止まり、目を瞑れと言う。仕方がなくそれに従う。

 

「まだ開けないでー、そうそう。手離さないで。危ないから」

 

「どうして?まだ花畑は先でしょう?」

 

「いいからいいから、そう疑わずに。花畑の周りには、僕が特殊なエヴィ結界術を張っているんだ。誰も来られないように 」

 

「え……?そうなの?」

 

「そう、だからとっておきの秘密の場所。スミラにだけだよ?教えるのは」

 

フレートの両手を握り、恐る恐る歩く。彼の声はまるで秘密を共有する子供のようにワクワクと弾んでいた。フレートはスミラの手を左手で引き、目の前の右手の透明な壁に向かって手を当てた。そしてそのまま進むと、スミラをエスコートし、少し前まで連れていく。

 

「よし、いいよ。目開けて」

 

フレートの許しが出て、スミラは恐る恐る目を開けた。

 

「わぁぁぁあ…………!!」

 

 

 

スミラの目の前に広がっていたのはあのセルドレアの花畑だった。一面青、青、青の絨毯で、どれも6本花びらの満開の花ばかりである。ちょうどこの場所は少し小高い崖に位置しているようで遠くに海が見える。

 

今までにない神秘的な雰囲気を漂わせセルドレアは美しく、堂々と咲き誇っていた。青く、それはとても青く。故郷では決して見れなかった青い花──────

 

「凄い!凄い!!フレート!ねぇ見て!セルドレアよ!本物のセルドレアの花畑!!嘘!うそうそ!夢みたい!!」

 

スミラは思わず走り出し、花畑の中心に立ち、くるりと回った。フレートはそれをゆっくりと追いかけた。

 

「早く早く!!あぁ最高!なんて素敵な場所なの!」

 

その姿を見てフレートはフッ、と笑った。

 

「夢みたい、じゃなくて、これが君の夢だったんだろ?」

 

「そう、そうよ!私の夢が叶った!フレートが叶えてくれた!ありがとう!本当にありがとう!」

 

「おっと……と…!…うわぁ!」

 

スミラは感激のあまり走ってフレートに思いっきり抱きつき、勢い余って押し倒してしまった。

 

「あっ、ごめんなさいフレート!怪我はない!?」

 

ハッと目を開けた体を起こした瞬間彼の顔が目の前にあり、スミラはカーッと顔を赤くして停止した。

 

「い、いや、大丈夫。下が花畑でクッションになってるから」

 

今まで以上に1番距離が近い。それに倒された時に普通に胸が当たっていた。フレートは、なるべく変な所を触らないように注意したが、スミラが思考停止し固まっているのを不思議な目で見た。

 

「……スミラ?」

 

「わっ、わぁぁぁあぁ!!?この変態!いつまでアンタそこにいるのよ!」

 

「ちょ、何でっ!?」

 

どう見て理不尽な光景であった。押し倒されたのはフレートであるのにそのまま変態呼ばわりされ平手打ちを食らっている。

 

「アンタがいつまでもどかないから!」

 

「だってスミラがどかないから!」

 

「う、うぅうるさい!!もう!」

 

お弁当食べるわよ!と言ってスミラは真っ赤な顔を隠すように急いでご飯の支度をしはじめた。

 

 

 

2人で花畑の中に座り、スミラの美味しいお弁当のサンドイッチを食べながら他愛もない会話をし、そしてデザートのチョコクッキーを食べながら、フレートはこの場所を見つける経緯について話した。

 

あまりにしつこくスミラから聞かれるので、観念したのだ。フレートはクッキーを食べ終わると水を飲んで一呼吸おいた。

 

「はー、分かったよ話すよ。ここは……陸軍訓練時代、僕がチームを務めるサバイバル訓練中偶然いつのまにか見つけた場所なんだ」

 

「へー、そうなの?」

 

「あぁ……。見つけた経緯……、についてはちょっと割愛するね。血なまぐさい話になっちゃうから……。

 

とりあえず部隊が吹雪と魔物の襲撃でバラバラになって、1人になった僕にとって命を助けられた場所だった。氷のエヴィが豊富で、ほとんどエヴィの力を使い果たして気絶して、目を覚ましたら何故かここにいた。意識がない、朦朧としているうちに自分がたどり着いたのかもしれない、はっきりと覚えてないんだ。

 

でも僕にとって地から直接エヴィが溢れ出てる程濃い場所に来たのは本当に奇跡だった。それを利用して、みーんな僕に殺意剥き出しにして襲ってきた 、()()()()()を皆殺しにして、チーム部隊で僕だけが生還した」

 

「そう……、そんな事が………」

 

妙に裏のある言い方だったが、スミラは何も気づかなかった。フレートも、出来れば話したくなかった。誤魔化した血なまぐさい話など、彼女には似合わない。

 

スゥーッと息を吸って、フレートは深呼吸した。

 

「ここは、凄く貴重な場所だ。誰にも知られたくなかった綺麗だし、エヴィは濃くて綺麗で澄んでるし、僕のとっておきの場所になった。でも、君になら、教えてもよかった」

 

「そ、それは……私が、見たいってて……言ったから?」

 

スミラは目を伏せ、思わず聞いてしまった。聞きたくないのに。関係が壊れるぐらいなら、いっそずっとこのままの関係でいたい。素直になりたいのに、いつも反対の言葉が出てきてしまう─────。

 

「違うよスミラ。いや、それがきっかけであることは事実だけれど、それだけじゃない」

 

「じゃ、じゃあ何っ!?はっ、皇帝様がしがない田舎出身の庶民の願いを1つ叶えてやろうっていう感動企画?相変わら─────」

 

フレートはスミラの肩を掴み、その減らず口を塞ぐようにして目を瞑り、そっと彼女の唇に口付けた。

 

────────突然ふっと塞がれた視界と唇に、本日3回目の思考停止がスミラを襲った。

 

「君の事が好きだからだ、スミラ」

 

「ぇ………………」

 

「僕は君の事が大好きだ、もっと一緒に居たい、君の男になりたい、君の恋人になりたい」

 

「は……?………じょうだ…………」

 

「冗談なんかじゃない!僕は本気だ!」

 

「きゃ!」

 

今度はフレートがそのままスミラをセルドレアの花畑へと押し倒した。

 

「皇帝とか、平民とか、そんな身分は関係ない。僕は1人の男として、スミラというたった1人の女性が好きで好きで堪らないんだ!」

 

「うそ、……うそ…………」

 

「嘘なんかじゃない。絶対に手放したくない、君を守りたい、愛している。この世で一番、スミラを愛している!!!」

 

「あっ、ああぁぁぁぁ……、愛してるっ!?へぁあっ!?」

 

そのままギュっと抱きつき、スミラを腕の中に閉じ込めた。

 

「………スミラは?」

 

「っ!?」

 

「僕の事愛してる?」

 

顔を覗き込まれて凄く近い距離で大胆にいますぐにでもと返答を聞いてくるフレートにスミラは手で彼の顔を押さえた。

 

「ちょ、ちょっと!近いっ近いってば!」

 

「ダメ、答えてくれるまでずっとこうしてるから」

 

フレートはスミラの細い腕を掴むとじっとスミラを見つめた。

 

「………………うっ、うぅぅうう……!」

 

スミラは恥ずかしさと嬉しさのあまり涙目になった。ただ物凄く直接的に、いっぺん一気にしかも大胆ストレートに告白をかましてきた挙句愛しているとまで言われた。正直キャパオーバーだ。

 

「………し…………も…………き……」

 

「え?何?聞こえないよスミラ」

 

「私もぉ!アンタの事が好きだって言ってんの!」

 

なかばキレ気味にスミラは返答してやったが、これが正直な返答だ。

 

「スミラ!それじゃあ……!」

 

何度も言わせないでよ恥ずかしい!!それと答えたんだから退いて!」

 

「うぐうっ!」

 

スミラはフレートの顎を手で押しあげ立ち上がり急いでその場から離れた。

 

「はー!はーー!もう!この変態!死ね!」

 

「それって大好きって意味だよね!?」

 

「は、はぁ!?アンタの思考どうなってんの!?」

 

「もう大体スミラの言うことなら分かるようになってきたよ。ありがうスミラ!僕も大好きだよ!」

 

喜びを押さえきれずフレートはまたスミラに抱きついた。

 

「きゃぁあああ!?」

 

そしてそのまま軽々と腰を持ち上げるとくるくる周り出した。

 

「やった!僕は今日からスミラの恋人だ!愛してるよスミラ~!!」

 

「おっ、下ろしなさいこのバカ!!」

 

「あはは~何で~?いいじゃないか~」

 

満面の笑顔のフレートと、顔を赤らめそっぽを向くスミラ。フレートはそのままゆっくり彼女を下ろし、また静かに口付けた。

 

セルドレアの青い花びらが風で舞い上がり、それはまるで映画のワンシーンのような光景であった─────────。




魔物達って中に勿論人も含まれてます。チーム隊員は全てツァーゼルに買収されており、フレーリットは裏切られます。リンチの如く殺されかけるんですけど、まぁ何か気づいた傷は治ってたし、そしてあそこにたどり着いたって事ですね。その時氷石も手に入れてます。この話もいずれ書きます

セルドレア先輩「告白からプロポーズ、そして天国まで見守るやで」


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スミラとフレーリット 調査編

スヴィエート諜報機関

アン・ピア所属、フレーリット直属部下
以下5名

トーダ・ストフール(45)

【挿絵表示】

1番のベテラン諜報員で、下記4人達の上司。既婚者で、妻1人、娘1人、息子1人
メガネをかけて、人生に少し疲れてるような顔をしている。フレーリットが皇帝、総司令就任日より部下であり、最初の部下。彼に1番信頼されている、長い付き合い。喫煙者。

テリー・コサレフ(30)

【挿絵表示】

5人の中で1番ガタイがよく、力が強くて、腕っ節が自慢。独身。好みの女性タイプは筋肉を嫌わない人、マッチョ好きの女性。女性にモテたいと思うが故に、筋肉をつけたが、つけすぎて、モテなくなってからしばらくたつが何だかんだ言ってもう三十路。イースとは長年の付き合いで同期であり全てにおいて正反対だが腐れ縁。喫煙者。

イース・ケレンスキー(30)

【挿絵表示】

5人の中で1番記憶力やデータ収集、その照合や計算が早くて得意だが少し筋肉が足りない。独身。メガネを昔からテリーに壊される為コンタクトにしている。過去に彼女とチェスで対決し、容赦なくコテンパンに叩きのめし、泣かれて振られた経験を持つ。テリーとは腐れ縁。喫煙者。

ラルク・ニジンスキー(26)

【挿絵表示】

最近仕事を任されるようになってきた、アン・ピア所属4年目の中堅。独身。クソが付くほど真面目で個性がなく、無個性。真面目故に空回りや仕事を押し付けられたりすることが多く、苦労人。好物はケーキ、甘い物全般。女性への理想が若干高い。非・喫煙者。

アンディ・ボロトニフ(22)

【挿絵表示】

トーダチームの中で一番若く、配属されたての新人。ラルクを先輩に持ち、真面目過ぎて融通が効かない所をたまに歯がゆく思って仕方が無い。独身。まだまだ青く、調子に乗りやすい。気が利き、上司に可愛がられるタイプ。彼女が欲しいのになかなか出来ない。出会いを求めて合コンやバーによく行くが酒に滅法弱く話にならない。喫煙者。


フレートがスミラに自分の想いをドストレートに伝え、無事恋人同士になった日からしばらくが立った。あの日以来フレートはこれでもかという程に彼女に素直に、わかりやすく言えば甘々に、デレデレになっていた。と、いうのもフレートの方の仕事が徐々に多忙を極め、会う回数が確実に減ってきているせいでもある。それもそのはず。何のために軍事パレードなんてものをやっていたのか、戦争準備のためだ。恐らくもう2年、いやもしかしたら1年以内には、と大体の目安はついている。その間に、もはや自分は彼女と結婚を前提に付き合っているも同然なので恋人ではなく、婚約者になりたいものだ、と思うようになっているのも事実だ。問題はスミラがどう思っているかだ。付き合い始めたとはいえ、まだ浅い。それでもこうして甘えさせてくれるのはとてもありがたいが。

 

 

 

スミラは握ってた手を放し、彼の頬軽くをつねった。

 

「ねぇちょっと…、いい加減重いんだけど…」

 

「えぇ~?お願いだよスミラ、もう少しだけこうさせて」

 

スミラの部屋にも無事入ることが許され、彼女曰く、お気に入りのソファだと言っていたものに深く腰をかけて座ってもらい、余った彼女の太ももに頭を乗せ膝枕をしてもらう。勿論元々2人用サイズでもないし、そもそも背の高いフレートは端側で足がはみ出してしまう。しかし、その時間が彼にとって何よりの癒しであった。

 

「アンタってホント…手のかかる子供みたいね…、いや…もはや猫…?」

 

はぁ、とため息をつきそれでも仕方なく付き合ってくれるスミラは何だかんだ言って満更でもないし、無理矢理どかそうともしない。連日の仕事で彼が疲れ切っているのは承知だ。またそんなに寝ていないのだろう。どこか彼の眼のクマが深くなっている気がする。スミラはそんな彼の紫紺色の髪の毛をゆっくりと手でほぐし、愛おしそうに頭を撫でる。無造作に伸ばしてある邪魔な前髪をどけるとウトウトと夢の中に落ちそうなフレートが気だるげに答えた。

 

「…ふぁぁあ…。んー…一応言っておくけど、君の前だけだよ僕がこんな態度見せるのは」

 

フレートは頭を撫でるスミラの手を取り、頬に摺り寄せた。自分よりはるかに小さい手だ。柔らかくて、ごつごつしていない。細い指先が、愛しい人に触れている、触れられている。それだけで安心できた。しかし、癒されているフリをして、フレートはスミラの手を目敏く観察した。スミラは自分が今さっき訪問した時、薔薇の花を触っていた。うっかり棘に手をやり、それで指を切り、血が出ていたのだ。

 

(……………やっぱり治ってるか……)

 

その異常な回復の早さ、再生の早さを見たのはこれが初めてでは無い。最初も今も、本当に不思議に思っている。常人では考えられない。本人に言うと必ず誤魔化され、なおかつ機嫌も若干悪くなるので言わないでいたがフレートはやはり調べた方がいいか……と、スミラに申し訳ない気持ちになりながらも、今は思う存分甘えているフリをする。

 

事実それにこうして膝枕をしてもらうと自分の視点的には絶景なのでそれが見たい、っていうのも決して嘘ではない。言うと怒られそうなので言わないが。太ももも女性ならではの柔らかくて気持ちいい。彼女自身のいい匂いもするものだから、至福のひと時といっても過言ではない。

 

「……そ、そう…?まぁ息抜きは大事よね」

 

少し照れくさいのかツーンとそっぽを向いて目をそらす仕草がなんとも可愛らしかった。今までのフレートにはスミラは何もかもが新鮮に感じる。あまりからかいすぎるとキレて暴力が飛んでくるのも、もう慣れたものだ。むしろ彼女の愛情表現だと思っている。故に、何も構って貰えないよりかはビンタされたり蹴られたり罵倒されたりするのはもはやご褒美みたいなものだ。我ながら本当に自分はスミラのせいで変わったなと思いながら、そっと真上のそっぽを向いた顔を手で引き寄せた。

 

「ねぇスミラ…」

 

「なに…、フレ………」

 

甘ったるい雰囲気が漂い、自然とお互いの顔が近づき2人がキスしようとした瞬間―――――

 

ビーッ!

 

「ひゃあぁ!?」

 

「ふぐぅっ?!」

 

花屋正面玄関の呼び鈴がタイミング悪く鳴りスミラは驚き立ち上がった。そのお陰でフレートは心地よかった膝枕から勢いよく投げ出されドスン、と体ごと床に叩きつけられた。

 

「な!?何!?あ!あぁそういえば納品!納品だわ!きっとそうよ」

 

甘ったるい雰囲気に照れくさくなりそれを誤魔化すようにスミラは慌てて部屋を出ていき急いで1階に降りていく。

 

「はぁ!?納品はいつも朝だろう!?こんな時間におかしいじゃないか!居留守!居留守だそんなもの!」

 

当然フレートの機嫌は一気に悪くなった。恋人との口づけ寸止めをくらい、床に投げ出され体を軽く打ったのだから当たり前である。時刻は夕方を過ぎ、営業時間はとっくに終わっている。自身の仕事も少しカタがつき束の間こうしてきているというのに。

 

「スミラ―!?ねぇちょっと!さっきのは酷いよ!?」

 

急いでスミラを追いかけフレートも下の階へ降りた。

 

「うるさい!アンタは黙ってなさい!納品じゃなくてお客様かもしれないでしょ!はーい!今開けます!」

 

スミラはいつもの調子で鍵を開け、クローズ看板のかかった店のドアを開ける。てっきり目の前にはいつもの納品業者か、それもしくは仲のいいお隣さんのおばさんがおすそ分けをまた何か持ってきてくれたのかもしれない。そう思っていたのだが、目の前にいたのは身長の高いスーツ姿のかっちりした男性。スミラはひゅっ、と息を吐いて身を縮こませた。

 

(だ、誰!?)

 

「このような時間に申し訳ありません。しかし、緊急の要件ですので、ハウエル殿よりこちらにいらっしゃると聞き、お伺いしたのです」

 

「えっと…、どちら様…?」

 

「申し遅れました。自分はラルク、と申します。突然の訪問で本当にすみません。あの、フレーリット司令は、いないのですか?」

 

スミラが返答に困っていると、どうやら要件はここに遊びに来ているフレートらしい。後ろから階段を降りてきている足音が聞こえ、スミラは振り返った。ちょっとこれ、どうすればいいのよ、といったアイコンタクトを送るとすぐさま状況を把握したフレート。急いで玄関に向かうと、

 

「30秒、30秒で出る。向かいの家の方向を見てろ」

 

つまり後ろを向いていろ、という指示を取り付くまもなく早口で言う。スミラと話す時とは全く違う声のトーンだった。

 

「了解しました」

 

そしてピシャリと扉をしめた。男性は大人しく指示に従った。スミラはその様子をみて、きっとあの人はフレートの部下なのだといやでも分かった。そして、フレートがあと30秒でここを去ってしまうことも。

 

「もう行っちゃうの…?」

 

スミラは外に聞こえないように、小声で少し伏せ気味に目だけでフレートを見つめた。恋人との逢瀬の時間ももう終わりだ。少し前までうざいと感じるぐらいには会っていたというのに、時代の流れや物事というのは容赦がない。

 

「あぁ、ごめんスミラ…。ごめんね…」

 

本当に申し訳なさそうにフレートは謝り、彼女を強く抱きしめた。

 

「仕事なんだ…、行かなきゃ」

 

本当は行きたくない、君とずっとこうしていたい、それを口にするのはやめた。離れるのがもっとつらくなる。

 

「分かってるわよ、いってらっしゃい…」

 

寂しそうにフッと笑って送ってくれる彼女だけは、自分の宝物であり癒しでありかけがえのないものだった。

 

「愛してるよ」

 

「ん…」

 

スミラの顎を持ち上げ、キスを交わす。名残惜しそうに離れ、もう一度だけ強く抱きしめ大きく息を吸い、彼女の匂いを味わう。いつも花に囲まれているせいか、フローラルで、本当にピッタリで落ち着く匂いだ。決心がつき、バッと離れると、

 

「また来るから」

 

と言い、ドアノブに手をかけた。

 

「気をつけてね…………」

 

「あぁ」

 

 

 

スヴィエート諜報機関、アン・ピア所属

の部下のラルク、と言っても26歳で同い歳だ。独身で、付き合いは彼のベテラン上司、トーダよりは浅い。最近仕事を任されるようになり、後輩のアンディという部下もつき信頼するに値する部下である。平民街を離れ、城へと帰還する道を歩いている最中、フレートは、気を取り直し、いわゆる仕事モードに入った。

 

「で?緊急の要件って?」

 

「トーダさん、テリーさん、イースさんがロピアスのラメントから、予定より早く少し早く帰還しました」

 

「…!そうか、無事帰ってきたか」

 

「はい、ロピアスの天気が回復し船が出航可能になったそうなので」

 

トーダ、テリー、イースの3人には1年前、長期任務を言い渡した。海洋都市ラメントへの諜報活動。まぁいわゆる、スパイ活動である。

 

アン・ピアなんて諜報機関の名前も、アンチ・ロピアスから来てるものだから笑えた。自分が生まれる前よりあったその組織の名前。考えた人はなかなかセンスがあるな、とフレートは心の中で笑った。

 

「てことは、なんとかロピアス兵の数人は買収できたんだな。パイプも作ってきたという訳か」

 

「えぇ、恐らくは。ですが作戦実行時にまた確認を入念に行う予定だそうです」

 

「分かった、お前はもう3人と会ったのか?」

 

「はい、自分はアンディと港でお迎えしました。今はスヴィエート城で待機、休憩しています」

 

「そうか。分かった急ごう」

 

フレーリットは落ち着かない様子でポッケをまさぐった。しかし、目当てのものは見つからない。

 

「ちっそうだ……、置いてきたんだった…」

 

フレートはスミラの家や、スミラの前では煙草は吸わないと決めたのだ。彼女にけむい、抱きしめられた時煙草臭い、と言われてからなるべく彼女の前だけでは禁煙を心がけてきたが、機嫌が少し悪くなり、スミラから離れると途端に吸いたくなる。しかし煙草は今持っていない。今最高に吸いたい気分なのに無いこと苛立ち、舌打ちをすると、

 

「司令、よれしければどうぞ」

 

「え」

 

フレートは驚いた。ラルクがオレンジ色の箱のマッチと自分の吸っている銘柄の煙草の箱を差し出してきたからだ。皇室関係者や貴族、または軍階級上層部に好まれ、そのお陰でわりと値が張る煙草、インペリアルノア。略してイルノア。箱のデザインには投げナイフが描かれている。フレーリットは仕入れられたものを吸っているだけなので値段など知らないが。

 

そして安価なのに驚く程よく燃える、しかし湿気に極端に弱く主に愛用されるのは南西地方のシューヘルゼの田舎の火起こし御用達のジャン、と書かれたマッチだ。その極端な銘柄ブランドの偏りぶりにも驚いたが、もっと驚いたことは、

 

「お前煙草吸わないんじゃなかったのか」

 

そう、ラルクは非喫煙者である。

 

「はい。自分は吸いません。ただ、部下で喫煙者のアンディにこれを持っていた方がいいんじゃないか、と渡されまして」

 

その2つを渡すとラルクはまた何かを取り出す。携帯灰皿だ。これはアンディに、フレートがプレゼントしたものだった。

 

「へー………、彼なかなか気が利くじゃないか。マッチで火着けるのは久々だ」

 

「マッチで着けた方が上手い、と言っていましたね。吸わない自分にはさっぱりでしたが」

 

ラルクは煙草とマッチと渡した。フレートはそれを有難く受け取り、煙草を口にくわえる。

 

「後でチップでもあげようかな……」

 

「やめて下さい、タダでさえ調子に乗りやすいのに」

 

「冗談さ」

 

「まぁでも、イルノアはお高いんでしょうね。マッチに関しては一番安いの買ってましたから」

 

サイフの中身を見てうーん、と渋るアンディの顔が目に浮かんだ。新人でまだまだ青く、垢抜けない彼だが、年上に可愛がられるタイプでこういう気を聞かせられる所がフレートは気に入っていた。

 

「やっぱ後で褒めとこ……」

 

「それぐらいなら…まぁ…。今月ピンチって言ってましたので……」

 

部下の差し入れに感謝し、マッチで煙草に火をつける。はぁ、と吐いた煙がオーフェングライスの空に消える。

 

「やっぱこの煙草は美味いな………」

 

 

 

城に着くと、3人は応接室にいるのではなく射撃訓練場と仮眠室にいるとアンディから聞かされた。

 

「ゆっくり休んだ方がいいんじゃないかと俺も言ったんですけど、船の中で充分寝たと言ってますし、訓練してなきゃ気が済まない、ってテリーさんが」

 

アンディは俺のせいじゃないっすよ、と苦笑いし上司のフレートの目の色を伺う。

 

「オーバーワークだバカ。テリーは脳まで筋肉で出来ているのか?」

 

「イースさんもテリーに挑発されて乗っかっちゃって。トーダさんは疲れきって仮眠室で爆睡中です。やっぱ歳っすね」

 

フレートは呆れた。一番ガタイがよく、屈強な部下テリー。イースはどちらかと言うとインテリな方で体格はフレートとそう変わらない。テリーとは正反対の性格とガタイをしているが何かと競いあう個性の強い2人だ。さり気なく自分の上司であるトーダに失礼な事を言ったアンディもアンディで個性が強い。この中で一番無個性なのはラルクだ。無個性なのが個性、というのだろうか。

 

「まぁいい。そうだアンディ、煙草ありがとね」

 

フレートは煙草とマッチを見せ、携帯灰皿だけ彼に返した。

 

「えっ!?いえそんな!司令に喜んで頂けたなら何よりです!」

 

「良くやった」

 

「しっ、司令ぃっ………!」

 

アンディは後ろを向き「うぉぉっ……!」と喜びを噛み締めた。普段怒られてばかりなのだろう。抑揚の無い言葉で良くやった、と褒めただけでも見るからに喜んでいる。

 

「訓練場に行くぞ。ラルク、お前はトーダを起こしてこい。後で謁見の間で落ち合おう」

 

「はっ、畏まりました」

 

「アンディ行くぞ、着いてこい。2人を迎えにいく」

 

「エエッ!?司令自身がですか!?俺が行きますよ!?」

 

アンディは慌てて引き止めたが、フレートが手で拳銃の形を作りアンディに突きつけた。

 

「……………僕も久々に少し撃ちたくなった」

 

 

 

S難度マリナコースだけ。そう言い、フレートはシューティンググラスをかけた。おおよそ20m、10m、5mとバラバラの先にいる目標。人形の看板をし、水平、斜め、奥へと動くそいつの頭のど真ん中をフレートは撃ち抜いた。次々に設置され、予測できない動きを不規則にするその看板を淡々とフレートは撃ち続けた。弾が切れるとすぐにマガジンを装填しリロード、その間約2秒。後ろから見ていたアンディは、テリーに耳打ちした。

 

「…フレーリット司令は化物ですか?」

 

「しーっ!失礼ですよアンディ……!」

 

聞こえていたイースはしーっとアンディに注意する。

 

「だってあのマリナコースを全弾命中………」

 

アンディは1度もクリアした事がない。マリナコースは、とにかく命中精度が問われるコースである。動く的にも当てるのがまだまだ危ういアンディにとって不規則に動く的に全弾命中させていく様子は、信じられない光景だ。命中率の低い者が相当訓練を積まないと反応できないような、いわゆるチートコースだ。

 

「俺らよりずっと昔からずぅーっとやって来てんだ。それこそ物心のついた子供の頃からだ。腕が良くて当たり前だ。訓練のし過ぎで1度右肩を壊しかけてるしな」

 

アンディの質問に答えてやるテリー。しかしアンディはまた驚いた。

 

「1度肩壊しかけててあの腕ですか!?」

 

「まぁ……、お前がそういう感想抱くのも無理もない。俺も最初見た時同じ感想だった」

 

「僕らは1度も勝った事ありません」

 

イースがふぅ、とため息をつく。直後そのマリナコースが終わりフレートが振り返った。

 

「やっぱ腕落ちてるな、ひとつ頭外した」

 

「いやそんなことないですよ本当に」

「司令、それは有り得ないです」

「あれで腕落ちてるなら俺の腕は何なんですか!?腐りきって骨になってます!?」

 

一斉に部下のツッコミを食らうフレートだった。

 

 

 

謁見の間にて───────。

 

「改めて、よく無事帰還した。トーダ、テリー、イース」

 

「はっ。報告書は既に提出済みですが、改めて少し口頭でも報告いたします」

 

イースが報告書の内容の重要部分や、注意部分などを強調しつつ、簡潔に読み上げた。

 

「────────からして、海洋都市ではあるが故に陸地方面の警備は海ほど厳しくはありません。急峻な街並みで構造は世界で1番複雑な街だと思いますが、マッピングして地図も作ってきました。配備されている軍の分配、それから金で買収しスヴィエートに亡命するロピアス兵と複数人、と」

 

フレートは書類に目を通しながらその報告を聞いた。やはり自分で目利きしただけはあり、優秀に仕事をこなす人材である。

 

「ご苦労。よくやった。早速だけど、次の仕事に着いてもらうよ」

 

「はっ……」

 

部下達全員がお決まりのように返事をしたが、トーダだけは声のトーンが低かった。

 

「トーダ、君が次に当たるのは特別任務だ。僕の執務室にこの後来るように」

 

「…………承知いたしました」

 

トーダは何か言いたげだったが、何も口にしなかった。

 

「テリー、アンディ、イース、ラルクの4人もトーダの後で僕の部屋に来い」

 

「はっ!」

 

 

 

先に次の任務を受けるため、フレートの執務室に向かうトーダを見送った4人。喫煙室で煙草を吸いながら、自然と仕事の話になる。タバコを吸わないラルクは休憩室でマーシャからの差し入れのケーキを食べている。

 

「それにしても可哀想、トーダさん。長期任務から帰ったばかりなのに家族と会えないなんて、同情しちゃますよっぱり俺的には」

 

と、アンディ。彼が吸っている煙草の銘柄はライナスだ。オールマイティで価格も消費者に優しく、多くの人に親しまれている煙草である。箱にクロスの模様が入っているのが特徴的である。

 

「仕方が無いだろう、このご時世だ。トーダさんは司令から信頼されてる。むしろ名誉な事だ」

 

テリーはごそごそとスーツの懐から煙草を取り出した。

 

「あれ?テリーさんそれ新しい煙草っすか?」

 

テリーが吸っているのはロイヤルアベル、と書かれていた。アンディは興味津々に聞いた。

 

「ライナスから変えたんですか?」

 

「あぁ、スパイ中にラメントで見つけたタバコでな。ロイベルって親しまれてるんだと。ロピアス製なんで大量に買い付けて持って帰ってきた。すげー味が濃くて良いんだ。すっきりするぞ」

 

「へぇ~……、箱に羽のデザインが入ってるんすね……シャレてる…」

 

「それ、僕は嫌いだね。味が濃すぎる。それ絶対吸いすぎると肺とか呼吸器官やられるぞ」

 

イースが吸っているのはフレートと同じイルノアである。

 

「お前みたいなネガティブで陰湿な奴には分からねぇ味だ」

 

テリーは煙をふーっと吐き出し、ロイベルの煙草箱をトントン、と叩いた。

 

「僕は陰湿じゃない。賢いって言うんだよ。脳筋め」

 

「まぁまぁ、皆好きな煙草吸えばいいじゃないですか」

 

アンディがその場を和ませ、また話題を戻した。

 

「しかし司令も鬼ですねぇ…。今度はトーダさん単独任務ですよ。孤独との戦いって感じスカ?」

 

テリーとイースが答えた。

 

「トーダさん、嫁さんいるのになぁ……。俺も嫁さん欲しいなぁ」

 

「………嫁かぁ、はぁ………うっ、嫌な思い出が…」

 

「俺も彼女マジ欲しいッス…………はぁ…」

 

独身組の切ない嘆きとため息が喫煙室に響いた。

 

 

 

「やっぱ……、クロード屋のケーキは美味いな……」

 

煙草を吸わないラルクは紅茶と共に優雅にケーキタイムを過ごし、暇を持て余した。

 

 

コンコン、と無機質な音が響く。フレートは来たか、と思い問いかけた。

 

「誰だ」

 

「司令、トーダです」

 

「よし、入れ」

 

フレートは扉の鍵を明けトーダを通した。トーダは一瞬でいつもと違う上司の対応と態度に気付き、不審がった。

 

「失礼致します」

 

「誰にも尾行されていないな?」

 

「はい」

 

そもそも城の中でしかも皇室関係者のみ入れるフロアは、入れる人間は極わずかだ。信頼されている者しか入ることは出来ない。

 

「どうかしたのですか」

 

「い、いや何でもない」

 

「?」

 

トーダは自分が国を離れている間彼に何かあったのだろうか、と不安になった。

 

「司令、それで特別任務というのは」

 

「あぁ、そうそう。うん、とりあえずまぁ……」

 

執務室の奥の自分の椅子にフレートは座り、引き出しから何かを取り出した。それは写真のようだった。

 

「何も言わず、この女性の出身地や生まれなどについて調べて欲しい」

 

トーダは写真を受け取り、見た。

薔薇色の髪をツインテールにし、つり目の女性がそこには写っていた。背景には青い、一面セルドレアの花畑である。左目の下に泣きぼくろがあり、一言で言うと可憐な女性、というのだろうか。それがトーダが最初に思った感想だった。

 

「…………………………名前は?」

 

「名前は、スミラ・フローレンス。平民街で花屋をやってる」

 

今までこんなに突拍子もない仕事があっただろうか。平民街で花屋?もし彼女がロピアスのスパイというのなら別だ。調べろと言われるのも納得がいく。

 

「何故この女性についての出身や生まれなどを?何か怪しいものでもあるんですか?」

 

訝しむように聞いた。

 

「…………何も言わずって言っただろ」

 

「………今まで貴方は、任務についてはかなり用意周到に計画を練っていた。何もかもターゲットや調べるものの対象に対して情報を怠らない。今もそうだ。貴方はこれからラメントの電撃陥落作戦の打ち合わせでほぼ仕事ですし詰め状態になる。それに必要な情報とあらば、私は納得が行きますがね」

 

トーダも、遊びではないのだ、と心の中で思った。1年ぶりに祖国に帰ってきたというのに次の依頼で訳の分からない仕事を下されては、怪しむに決まってる。

 

「君には、南方のシューヘルゼ村に行ってもらう、もう経費は落としてある。皇帝の僕持ちで」

 

ヒラ、とフレートは小切手を見せた。そこにスラスラと何かを書き込んでいる。

 

「……………………はい?」

 

トーダはずり落ちたメガネを直した。今この上司はなんと言った?

 

「1ヶ月間の休暇、及び任務を命じる。家族全員でシューヘルゼへ旅行に行き、羽を伸ばしてこい。土産も経費で買ってきていいよ」

 

「え、……はい?」

 

トーダは混乱した。1年間の長期任務が終わり、次の特別任務となると、と覚悟をしていたのにも関わらず、意味不明な調査依頼。そして挙句の果てには、シューヘルゼ村へ行けとは。

 

「妻と子供に、家族サービスしてこい。1年間、ご苦労だった」

 

カカカッ、と羽ペンで小切手にフレートは素早くサインをする。スミラと呼ばれた女性の写真と共に小切手をクリップで挟むと立ち上がり、トーダに押し付けるように渡した。

 

「シューヘルゼは退役した軍人や、脱サラした者、人生に疲れた者がよく行く、スヴィエートで1番リフレッシュできる地だ。ここみたいに寒くないし、むしろ暖かい。バカンス気分で行っていい。

 

ただし、仕事はちゃんとしてくるようにね。嫁さんと子供によろしく」

 

「へ………?フレーリット総司令……?」

 

トーダは小切手と任務書の内容を見た。

 

『トーダ・ストフールに、皇帝より以下の任務を勅命する。

1ヶ月間シューヘルゼへバカンス旅行へ行き、家族サービスする事。無論、グランシェスクに行っても構わない。部下全員と皇帝に土産を持ってくること。経費は全て皇室持ちとなる。領収書の名前はスヴィエートにすること

 

 

追記:スミラ・フローレンスの事を何でもいいから調べてくる事』

 

小さく追記、と書かれた所にスミラ・フローレンスについて書かれている。ただし、シューヘルゼ村出身、ということしか知らないようだ。だから写真付きなのだろう。

 

「か、家族サービス………!」

 

トーダには願ってもない、最高の任務だった。しかも1ヶ月。十分すぎるほどだ。家族サービスしても、スミラという女性を調べる余裕がある。

 

「あ、有難うございます…有難うございます……!」

 

トーダは心から感謝の意を述べたのだった。

 

「次、アンディとラルクを呼んできて」

 

 

 

次々と勅命された任務はこうだった。

 

『ラルク・ニジンスキーとその部下、アンディ・ボロトニフ2名に皇帝より以下の任務を勅命する。

 

平民街、商店街の花屋フローレンスの店主、スミラ・フローレンスを監視し、彼女の身に何も起こらないようにする事。暗殺者や彼女を誑かしたり、脅威に陥れる人物がいた場合、殺害も厭わない。この事を監視対象に知られてもならない。

 

私が仕事でしばらく忙しい為、貴殿らを信頼し、この依頼をする。なおこの任務は最高機密である。決して他言無用であり、漏らした場合は厳罰に処す。

 

 

 

『イース・ケレンスキー、テリー・コサレフ2名に皇帝より以下の任務を勅命する。

 

平民街、商店街の花屋フローレンスの店主、スミラ・フローレンスについてオーフェングライスで調査する事。身分証明書の発行や生まれ、名前の偽造がないか等をしらべ、ラルク班と連携し報告書にまとめ各自報告する事。調査対象にこの事を知られてはならない。

 

なおこの任務は最高機密である。決して他言無用であり、漏らした場合は厳罰に処す。

 

 




「え、こんな楽な任務でいいんスカ?やった、監視と護衛だけで報酬貰えるなんて最高じゃないっスカ先輩!」

「し、司令……これって完全に職権乱用………」

「え?ていうかトーダさんは?」

「家族旅行行った」

「家族旅行!?」



「スミラ・フローレンス………?」

「なかなか可愛いな彼女。はぁ~……、司令も隅におけませんねぇ…」

「こんな楽な任務久々だぜ。俺だからもっと腕っ節系来ると思ってたのによ」

「僕もてっきりデータ系かと。まぁ、司令も人の子なんですねぇ、安心しました。完全に私用っぽいですけどねこの任務」

「ていうかトーダさんはどんな任務についたんだ?」

「家族サービスとかなんとか」

「家族サービスゥ!?」


おまけ
煙草の銘柄に異様に凝ってるのは使用です。
イラスト 逢月悠希様より

インペリアルノア

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ロイヤルアベル

【挿絵表示】


ちょっとしたゲスト出演ですww。
ゲストキャラが登場するオリジナルテイルズ作品もどうぞよろしくお願いいたします。


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スミラとフレーリット 部下編

タイトル詐欺です。これ、スミラと愉快なフレーリットの部下達、です。


トーダが家族旅行に出掛け3日目。

 

「うーん、飽きたーー。監視っていっても何すればいいんだ……?至って普通の女性だし、花屋の仕事に勤しむ素敵な女性って感じですけど。そ、それにしてもスミラさんって可愛いなぁ……」

 

「彼女は司令の恋人だからな。心配なんだろう。命を狙われる事を危惧するのも無理もない。可憐な女性だ、司令が過保護になる理由もわかる」

 

ラルクはアンディが買ってきたカツサンドとミネラルウォーターを頬張りながら時折アンディと交代を挟みつつ、スミラという女性に何か異変がないかをひたすら見守っていた。アンディは何なんだこの任務、と心の中で思いつつ欠伸をした。楽でいいが、ひたすらクソ真面目に取り組むラルクとは激しく任務姿勢のギャップ差があるため、割と疲れるのも事実だ。

 

「ありがとうございました~!また記念日に来てくださいね!」

 

輝く笑顔で店の外まで客を見送り、手を振るスミラはを見て、男性客はテレテレと頭をかきお辞儀をして帰る。

 

「アイツ……、今スミラさんを誑かしてましたね……よし殺害しよう。アンディ、サイレンサー寄越せ」

 

チャキッ、と拳銃を取り出し、見張りポイントの隙間から出ていこうとするラルクをアンディが慌てて止めた。

 

「ちょおお!!いくら何でも早とちりしすぎですって!それに彼の左手の薬指見てください!既婚者ですよ!奥さんとかに送るものですって!」

 

「む、確かに…」

 

ラルクが花束を持ちウキウキと帰路に付く男性の左手の指輪を見て引き下がった。

 

「そんな簡単に殺害しようとか言わんでください!後処理どんだけ大変だと思ってるんですか!」

 

「そ、そうだな。すまない」

 

アンディはハァ、と盛大に溜息をついた。任務内容を忠実に守る真面目さと誠実さだが、如何せんこの先輩は融通が本当に効かない。だから自分が部下として配属されたのかもしれない。少なくとも先輩よりは柔軟な考えはできると自負しているアンディと実直さが売りのコンビ。そういえばもう2人の先輩のテリーとイースコンビもほぼ正反対というか、互いのない部分を補い合ってるものだ。

 

「トーダさんやフレーリット司令は、人を見る目はあるのは分かってるんだけど、はぁ~……、慣れねぇなぁ…」

 

「こら真面目にやれアンディ。これも任務だぞ」

 

「分かってますけど……暇すぎっスヨ……」

 

そう、至って平和なのである。彼女が皇帝の恋人であるなぞ公表されるものでもないし、知っているのも司令のご家族とその使用人達、そして自分達だけだ。

 

「せめて彼女の為になりつつ、監視とかできないのかな」

 

「何言っている、任務書には監視対象に監視しているということを決して知られてはならないと書かれていたのを忘れたのか」

 

「別に忘れてはないっすけど……」

 

「油断するな。万が一という事もあり得るだろう。俺達はしっかり皇帝勅命を厳守しなければならないんだ」

 

「こんな平民街真ん中で暗殺騒動なんてそうそう起きないっすよ……」

 

突如グギュルル……と、ラルクの腹が鳴った。

 

「…うっ……、は、腹が……!」

 

ラルクが腰を折り曲げ腹を抑えた。

 

「エ!?先輩!?」

 

「ぐぅ……腹が痛い…いや胃痛か…?!ストレス……!?それともすきっ腹にいきなりカツサンドはやっぱりヤバかったのか……!?」

 

「先輩が腹に溜まるカツサンドって言ったんじゃないすか!ちょ!トイレトイレ!トイレ行ってきてください!」

 

「ウゥッ……!現場を放棄するわけには……!」

 

「ここでクソ漏らされても俺に迷惑がかかるだけですから!!早くトイレ行ってくださいよもう!!」

 

「む、無念…だ…!限界だ!持ち場を離れる!アンディ任せたぞ!」

 

「ウィーッスパイセン~、お大事に~」

 

ラルクは腹を押さえながら慌てて監視ポイントから離れ、商店街のフリートイレの方向へ走っていった。アンディはそんな様子をニヤリと笑いながら見つめた。

 

「ふー……、成功成功っと☆」

 

ラルクはカラン、と懐から瓶を取り出し中の錠剤を揺らした。

 

「フォール・エリック。強力下剤。いや~助かったぜエリック~。お前をさっき薬局で買ってこなきゃ俺がクソ真面目な先輩のせいで胃痛に悩まされるところだったぜ~!」

 

アンディは先程のカツサンドの差し入れと共にミネラルウォーターの中にこれを仕込んでいた。

 

「さーて!スミラさんとお話してこよ~っと☆」

 

るんららん~☆と鼻歌を奏でながらアンディは花屋フローレンスへと向かった。

 

「任務には監視って書いてあったけど、監視ついでにお話と冷やかしは可哀想だから花を買ってイース班との情報連携もとらなきゃな!」

 

(あの司令が惚れるんだから1回どんな人か確かめるぐらいバチ当たらないっショ!)

 

アンディは命知らずな若者である。

 

 

 

「ふーむ、スミラ・フローレンスか……。そもそもフローレンスなんて名前で花屋やってるってのもどこか胡散臭いな。名前が出来すぎてる」

 

テリーとイースは渡された資料を見て、さっそく調査を開始する。

 

「えーとなになに。ふむ、ちなみに資料に書かれているのは…」

 

イースが司令から渡された彼女の資料を読み上げた。

 

『名前 スミラ・フローレンス

 

身長 150cm位(ヒールでいつも誤魔化している為正確な数値は不明)

 

体重 ざっと持ち上げて見た時普通に軽かったのでスヴィエート人女性平均体重よりは結構下だと思われる

 

性格 ツンデレ 照れ屋 強がり 気が強い 花に対しては驚く程素直 目の下のホクロが可愛い

 

好物 イチゴ(メアリーベリー)

 

得意料理 煮込み系やお菓子系統 チョコレートクッキーが絶品

 

好きな花 セルドレア

 

体型 かなり痩せ型 その癖出てるとこは出てる 多分胸はFぐらい 最高

 

出身地 シューヘルゼ村

 

貞操 恐らく処女。反応が大体ウブなので』

 

 

 

「…………………………これ最後の情報いる?」

 

イースが無表情でテリーに同意を求めた。まっっっっったく参考にならない資料である。

 

「相変わらずあの人はデリカシーがないな………」

 

テリーも苦笑いで答えたが、ひたすらにあの人らしいと思う情報資料だった。

 

「スミラご本人様に見せたら面白いことになりそうだ」

 

「やめろ……俺らが消される……」

 

ポン、とイースの肩に手を置いた。そんな事をしたら社会的にも現実的にも抹殺されてしまう。

 

「しかしこれは独身の僕らにまるでこれは当てつけじゃないか……」

 

「そういう所もデリカシーがないから……」

 

「本人悪気ないから余計タチ悪いな……」

 

「ハァ……」

 

「ハァ……」

 

三十路2人の溜息が重なった。

 

「とりあえず聞き込みいくか……」

 

「そうだな……」

 

 

 

カランカラン、と店の扉のベルがなる。アンディはワクワクしながらその店の中を見渡した。

 

「こんにちは~、いらっしゃいませ!」

 

奥から頭にバンダナを付け、髪をツインテールにした女性が駆け寄ってきた。パタパタと小動物のように駆け寄る姿が何とも可愛らしい。アンディは不覚にもドキッとした。

 

(普通に可愛い………)

 

「ど、どうも……!えっとちょっと店の中見て回ってもいいですか?」

 

「はい、もちろん!」

 

スミラにとってはいつもの営業スマイルだが男は簡単に騙される。アンディは直視しないようチラチラとだけ顔を見て花を見回る。

 

「ごゆっくりどうぞー、用がありましたらお声をおかけ下さい」

 

「アッ、はい。あ!すみません!」

 

「はい?何でしょうか?」

 

「え、えーとこの花なんすけど」

 

「あぁ!その赤い薔薇ですか?」

 

「は、はいッス!」

 

「恋人への贈り物なら最適ですよ。特に薔薇っていうのは送る本数によって───────」

 

なんとなく知っている花を見つけ指を指しすと、スミラがまた近付いて、花ついて解説をし始めた。アンディは不思議な緊張感に包まれる。スミラはやはり遠目で監視していた時より、近くで見た方が圧倒的に魅力的だった。彼女が近くにいるだけでふわりといい匂いがするのも卑怯だ。

 

(なんかクラクラする……あぁ~……、いい匂いだ……)

 

かつて無いほど、魅力的な匂いがした。花の香りと、そして彼女自身から出されるような女性ホルモンというのだろうか。とにかくいい匂いがする。ボーッと思考が停止し、なにも考えられない。

 

「───ってな感じの意味なんですけど……」

 

「へあっ!?は、はい!」

 

「ど、どうかされました?」

 

「いやっ!?何でもないっす!これください!」

 

聞いていなかったので、問いかけられ慌てたアンディは思わず購入すると言ってしまった。

 

「かしこまりました、では何本にしますか?」

 

「へっ?え、えーとじゃあ、……3本?」

 

丁度そんぐらいがいいか、と思った本数を適当に言っただけだったが、スミラはそれを聞くとフフっと笑った。

 

「上手くいくように願ってますね……♡」

 

とっても素敵な笑顔でそう笑いかけられては。

 

「…え………っ…」

 

愛の矢がトスッとアンディの胸に刺さった。もうフレーリット司令の事などどうでもよかった。

 

「すすすみません!なんか!メッセージカードみたいなのありますか!?」

 

「え、はい。ございますよ?」

 

「すみません俺字ヘッタクソで!書いてもらえませんか!?」

 

「は、はい。分かりました。何て書きますか?」

 

「お仕事頑張ってください、で!!!」

 

「……………?え、お仕事……?かしこまりました。ではそのようにお書きしますね」

 

スミラは少し、ん?と感じたが、お客様がそういうのであれば、と特に言及せずに書いた。少しだけ丸字で、とても可愛らしいメッセージカードが薔薇3本に添えられた。

 

「うぉぉっ………っ!」

 

そのメッセージを読み、スミラが自分に当ててくれたものだと思い、懐にそっとしまう。ポンポン、と叩きぐっと幸せを噛み締める。

 

「ありがとうございます!!」

 

「そんなに喜んで下さり、私も嬉しいです…!」

 

「あぁスミラさん!なんて素敵なんだ!貴女という人は!お題を払わせてください!お釣りはいりません!!!」

 

アンディはそう言うと1万ガルドを差し出し、スミラの手に握らせた。

 

「!?1万?!こんなにしないですよ!悪いです!」

 

「いや!これは俺の気持ちと、チップです……!受け取ってください!!ハッ、そろそろ行かないと先輩が帰ってきちゃう!じゃそういう事で!!」

 

「エッ、あっちょっと!」

 

アンディはそろそろ持ち場に帰っておかないとラルクに怒られると危惧し急いで店を出ていった。店を離れ、監視ポイントまで蒸気し赤い顔で嬉しそうに戻るアンディ。薔薇の花の香りをスーッとかいで、癒される。

 

「はー!ヤッベー、ヤッベー!本当にすっげー可愛い!司令が惚れるのも無理ない!ていうかもはや司令になんて勿体な─────」

 

「───────アンディ」

 

アンディの背筋がゾッと凍りついた。ギギギ……と、首を横にやると、腹を押さえたラルクが立っていた。

 

「俺は、部下殺しの汚名を背負わなければならないのか──────!」

 

ラルクはジャキッと、拳銃のセイフティを外した。尊敬するフレーリット司令の恋人を警護、監視する役割任務なのにあろう事かアンディはその警護対象に接近し、しかもスミラにほの字である。

 

「ギャー!!!ごごごごごかい!誤解ですって!先輩!ていうかもう腹は大丈夫なんすか!?」

 

「大丈夫………だ。アンディ残念だよ、まだ配属されたばかりなのに」

 

額に銃口を押し付けられ、アンディは慌てて花束を持ったまま両手をあげた。

 

「ほほほんと違うんですって!これ!フレーリット総司令に送るものなんです!」

 

と、咄嗟にでまかせを言う。

 

「………は?」

 

「ほほら!その、………花の香りはリラックス効果やリラクゼーション効果があるって!本に書いてあって!だから俺!司令へプレゼントする為に!そりゃ監視対象に接触してしまった事は謝りますけど!任務放棄は決してしてないですよ!」

 

「ふむ………それもそうだ。アンディ、お前は本当に気が利くな。司令もお喜びになるだろう。どれ、俺が渡してきてやる。またトイレ行きたくなってきたから、それついでに城に一旦戻ろうじゃないか」

 

「い、いや!それは!?」

 

アンディは絶句した。この花は持って帰り、ドライフラワーにしようと思ったのに!

 

「どうした。何かまずい事でもあるのか。気が利く褒美として帰りに飯奢ってやるから、な?」

 

「うぅ…………………………………は、はい………………………」

 

アンディは財布の中身(給料日前、現時点残金 765ガルド)

 

そして気が利くと勘違いしてくれた鈍感な先輩(そしてこんな人に薬まで盛ってしまったという罪悪感)

 

そして司令に申し訳ないという複雑な思いと心の中で相談し、結局この薔薇の花3本はフレーリットへ送られることとなった──────。

 

 

 

「へー………、ウェイターのアルバイトやってたんだなスミラさんって」

 

「そりゃお金稼がないと自分の店持てないからな。まぁそれ程不思議な事でもないな」

 

一方テリーとイースの聞きこみ調査で少し分かった事は、スミラが花屋を開業する前はウェイターのアルバイトをしていたという事だった。

 

「あぁ。でも1回騒動起こしちゃってねぇ」

 

カウンターにいるオーナーがグラスをタオルで拭きながら言った。

 

「え?騒動?」

 

「あぁ。酔ったお客さんに尻を撫でられてなぁ。俺も注意してたさ。でも直らなかった。出禁にしようか悩んでた時だったよ。

 

スミラちゃんも最初は我慢してたみたいなんだけど、何度も何度もとにかくしつっこくセクハラされるもんだから堪忍袋が切れたんだろうね。そりゃあ見事な回し蹴りを食らわせてたよ。まぁ完全にあっちのお客が悪いんでスミラちゃんは悪くないって俺は言ったんだけど、居づらくなっちまったんだろうねぇ。そのセクハラ客、泡吹いて倒れてたし。で、それで辞めちゃったのよ」

 

「ま、回し蹴り……」

 

「泡吹いて倒れる…………」

 

テリーとトーダは顔を見合わせ、スミラの写真を見た。こんな可憐な女性がそんなに足グセが悪く、しかも回し蹴りで客をノックダウンさせるとは。

 

「俺も悪いと思ったんで、次の仕事紹介したやったのさ。今でも交流は割とあるよ。あちらさんは念願の自分の店開けたみたいでお忙しいみたいで、最近会えないけどな」

 

「オーナー、次の紹介した仕事っていうのは?」

 

「宿屋ピング・ウィーンの受付嬢さ。1階が落ち着いてなかなかシャレてるダーツバーになってるから、俺のところみたいにわーわー騒ぐ連中がいねぇし、2階は宿屋だからな。確か住み込みで色々やってたよ。そのお陰で料理や掃除とか、色んな技術が身についたって感謝されたな」

 

「お?ピング・ウィーンか。俺知ってるぞ。平民街における代表的な宿屋だ」

 

「じゃあ次そっち行ってみるか。案内を頼むテリー」

 

「あいよ」

 

テリーとイースは、至って平和だがスミラという女性の意外な過去に触れる事が出来た。

 

 

 

 

 

「…?マーシャ、この赤い薔薇は何だ?」

 

フレーリットは執務室の机に置かれている薔薇の花、しかもそれが3本というのを見て怪訝な顔をした。

 

「あ、陛下。それはですねぇ、陛下が元老院と会議中に部下の人が持ってきたようでして。私が代わりに受け取っておきました」

 

「……………………………一体誰から?」

 

「持ってきたのはラルクさんなんですが、何でもアンディさんからだそうです、と仰っていました」

 

フレーリットはゾーッと全身が鳥肌立つのを感じた。グランシェスクで出会った、あのオカマ工場長、スベトラーナを思い出す。

 

「ばっ、薔薇の花!しかも3本!?しかもアンディ!?お、おい!今度ソイツが来た時伝言しておけ!」

 

「はい?そんなに慌てて、どうかされたのですか?」

 

「僕が仕事して忙しい時も、僕が忙しくない時も!とりあえずトーダが帰ってくるまで会わないからな!いいか!こう伝えろ!

 

僕に()()()の趣味は一切無い!とな!」

 

 

 

 

のどかで、空は晴れ渡っていた。雪の存在など感じさせない天候、そして空気。

遠くでは牛の鳴き声やブウサギ、家畜の鳴き声が聞こえる。

 

煙草で汚れた肺に新鮮で美味しい空気が入り込むのを、身にしみて感じた。

 

「お父さーん!見てみてこのイチゴ!大きいよ!」

 

「おお本当だ。カティアはいちご狩りが上手だなぁ」

 

「父さん!ほら!こっちも大きいよ!」

 

「オレグ!あまり取りすぎないのよ!他のお客さんもいるんだからね!」

 

「メアリーベリー、本当に美味しいな……」

 

「貴方、このイチゴ達をジャムにする体験教室もあるらしいのよ。後で子供達連れて行ってみましょう?」

 

「そうだな…、お土産にもよさそうだ」

 

トーダはその頃家族で平和にいちご狩りを楽しんでいた。




赤い薔薇の花3本をプレゼントする意味

「貴方を愛しています」


フレーリットは既にスミラとの会話で花に関する知識はそれなりに蓄えられています。


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スミラとフレーリット  秘密編

イラスト 長次郎様
これ、部下5人達のそれぞれの容姿です。とってもかっこいいですね!
誰が誰なのか、調査編の最初のキャラ紹介欄に一人づつ追加しましたので、よろしければそちらもご覧ください。調査編のあとがきには無駄に凝ってたタバコの設定のイラストも追加しましたので(笑)


【挿絵表示】


それと、首都とシューヘルゼ村の位置関係がわかりやすいように、地図を改定しました。以前のアナログのよりは見やすくなっていると思います!スヴィエートの一番右にある小さな村がそうです。

【挿絵表示】



「そういえばあの人…バラの花3本の愛の告白うまくいったのかしら…?」

 

スミラは以前来店した金髪の若い男性客を思い出した。少々印象に残った客だったので、彼のことは自分がつけている日記に書いたのである。ここ数週間の間、恋人であるフレーリットとは会っていない。以前ここに迎えに来た緑色の髪の男性を思い出した。彼に連れられ仕事に行ってから、それからご無沙汰だ。その男性が最近手紙を持ってきて、それの内容曰く、仕事が現在かなり立て込んでおり、戦争も近いためしばらく来られないだとか。

 

「そんなに忙しいってことは…、きっと戦争もう本当に間近なのね…」

 

スミラは憂いを帯びたため息を吐いた。軍事パレードであれだけ国民アピ―ルしているのだ。無論フレーリットからも聞いた。彼は仕事の話となるとあまり話したがらないが、自分が心配していた事は答えてくれた。

 

 

 

数週間前のことだ。

 

 

『戦争…、私怖いわ…』

 

『大丈夫さスミラ。君は何の心配もいらない。スヴィエートは必ず勝利を収める。誓ってもいい。先祖の屈辱、僕の代で晴らしてみせるよ、むしろ楽しみだよ。今まで散々ロピアスには辛酸を嘗めさせられたからね。今度はこっちがやり返す方さ』

 

その自信と心の奥深くに普段はしまい込んであるロピアスへの恨み。フレーリットはロピアスが大嫌いである。アジェスに関しては複雑な感情は抱いてはいるらしいが、利用価値はあるとしては見ているとその時言っていた。いつもは仕事の話をしない彼だが、その時は心配で仕方がないと自分の心のうちを明かしたら、意外とすんなり喋ってくれたので印象に残っている。勿論、重要な機密などは何があっても教えてはくれないが、彼の意思はスヴィエートという国そのものだった。戦争となれば自国優先になるのは当たり前だ。そうでなくても元から何かのよっぽどの絆や事情、利用価値がない限り、他人には興味を示さない淡泊な性格をしていて手厳しい。

 

『ねぇ…、昔はスヴィエート本土が戦場になったのよね…?首都や城にまで戦闘機やロピアス兵が攻めてきてその…、治癒術師(ヒーラー)達が多く殺されたと聞いたわ。その後もツァーゼル闇皇帝のせいで生き残りも狩りつくされたりとか…。そんなことは、起きないわよね?』

 

スミラは父親から脅しで聞かされた治癒術師掃討作戦(ラーナ・ヴェーラ)の話を持ち出した。隠せばいい、そう考えていたが戦争状態となるとまた話は別だ。もし怪我をして、それがすぐに治ったりでもしたら絶対に奇特な目で見られるに決まっている。それに父に言ったら気絶されそうな話だが、戦争の第一人者が今目の前にいる自分の恋人なのだ。

 

『フフッ、スミラは心配なのかい?やけに歴史に詳しいじゃないか』

 

『べっ、別に!?ただ聞いた話をしただけよ!それよりどうなのよ!?』

 

心配そうに、そして慌てて聞くスミラの頭を撫で一息置くと、フレーリットは淡々と答えた。

 

『むしろその逆さ。こっちがロピアスに上陸してやるのさ。何のためにあっちの国にアン・ピアを送り込んだかって、そのためさ。あ、アン・ピアっていうのは僕の部下達のスパイの事ね』

 

『アン・ピア?スパイ?』

 

『そ、僕の部下。もうすぐ長期任務を終えて帰ってくる。その人たちが帰ってきたら、僕は作戦会議や予算会議、兵器割り当てとか、軍激励とかすっごく忙しくなるだろうなぁ…』

 

フレーリットは、ふぅ、と息をついた。本当に自分はよく忘れるが、こいつは国の皇帝で、この国で一番偉く、権力がある。荷物持ちや、ビンタ、蹴っ飛ばしても文句を言われないのは世界でたった一人、自分だけなのだ。

 

『そう…、あらでも平気よ。むしろアンタが仕事に専念してるおかげで私も仕事に専念できるわ。それに、アンタが頑張ればこの国がもっと良くなるんでしょ?願ったり叶ったりで万々歳だわ』

 

腕を組み、目をそらしながら冷たく言い放つと、フレーリットはフッと笑って、そのあとにやりと笑う。

 

『もー、相変わらず素直じゃないんだから。でもそういう所も可愛いよ♡』

 

『は?キモッ。本心だっつーの。アンタの頭の中って相当おめでたい作りしてるのね。ていうかニヤけないでくれる?気持ち悪いんだけど』

 

『手厳しいなぁスミラは~♪ねぇでももっと罵ってくれてもいいんだよ、その方が僕嬉しいしなんかちょっと興奮する』

 

『ヒッ!やっ!!ちょっと触らないで変態!?』

 

いやらしく手慣れた手つきで腰にするりと手を回され、スミラは速攻で振り払った。流れるようなその手つきに思わず昔酒場で働いていた時の事を嫌でも思い出し、反射的にその場から離れる。

 

『えーなんでー?僕らもう恋人でしょースミラ~!』

 

眉をしかめて不満そうな顔をされるが、嫌なものは嫌なのだ。彼に関してはボディタッチは慣れてきたとは言え、いきなりそういう事をされると不快だ。

 

『何でアンタそうやってもう!?手が早いんだから油断も隙もありゃしない!』

 

『ダッテコイビトナンダカライイジャナイカ』

 

フレーリットはジト目でスミラを睨んだ。せっかく想いをうち明け恋人になったというのにこれでは不満になるなという方が残酷だ。

 

『そんな不貞腐れた顔しないで!イラつくわ!』

 

『ウブな反応だなぁ…。あのさぁ、スミラってさぁ…』

 

スミラを見つめ、一瞬だけその考えを口を出そうとしたが、それはやめておいた。

 

『は…?な、何よ…?』

 

『……いや、何でもない。デリカシーのない発言は控えるように心がけているからね』

 

『あ、そう。だったら行動にも表れてほしいもんだわ』

 

『それとこれはまた別♪』

 

『だー!もう!殴るわよ!?』

 

段々とイラついてきたので、スミラはそこで思考をぶった切った。

 

(まぁでも…寂しくないといえば嘘になるかもしれないけど、別に大したもんじゃないわ。仕事に専念するのはいいことだし、お互いにいったん離れて距離をとるってのも必要よね…。あいつ、今頃何してるのから)

 

 

 

いつも通り、開店時間になり、スミラは店の看板を外に出し地面に置いてセッティングする。その時、どこからかやけに視線を感じ、スミラは顔を上げ振り返った。

 

「……?気のせいかしら…?」

 

振り返り、辺りを見回したが、誰もそれらしき人物は見当たらなかった。

 

「嫌ね私ったら、疲れてるのかしら。今夜はラベンダーのアロマでも炊きながら寝ようかしら」

 

スミラは気のせいか、と流し店の中へ入り、開店準備の続きを始めた。

 

 

 

「っぶねー!!危うく見られるところだった!」

 

金髪の髪を揺らし、慌てて路地裏の物陰に隠れる青年が一人。その後ろにはもう一人の男性。

アンディとラルクだ。

 

「このバカ!アンディ!この前もそうだが、隠れてるときに監視対象に悟られてどうする!?監視とはいえ見すぎだ!!」

 

「いやだってカワイ…じゃない!いやアレっすよほら!!なんか開店を狙って変な輩が彼女の元にやって来ないかを見てたんすよ!」

 

「む…それは確かに一理あるな。誘拐するならそのようなときが一番狙われやすい」

 

(ホントに信じたよこの人…)

 

その変な輩にアンディ自分自身が一応含まれている事は自覚しつつ決して口にはしない。ラルクに言えば必ず毎日提出する報告書としてフレーリット司令にチクられるに決まっている。司令を裏切ることは自分にはできない。個人的に彼のことは尊敬しているし、昔の話を聞くに随分自分と違って女性に困らず、モテまくっていたにも関わらず、私用でアン・ピアを使う程彼女に惚れ込んでいる。その一途な姿勢に男としては大変好感が持てるし(職権乱用は置いておいて)仕事に関しても今現在は城に籠りっぱなしで勤務漬け。自分じゃ我慢できない、愛しの彼女に会えない日々が続いている。

 

(叶わぬ恋…、これは俺の胸の中だけにしまっておくべきなんだ…)

 

さようならスミラさん…、と心の中で付け足しアンディの恋は玉砕し、またこうして愛しの人の監視の日々である。

 

(そういえばこの前の報告書提出の時、今後から俺は来るなって司令が先輩に言ってたそうだけど何でなんだ?あれ以来司令に会ってないや…。ま、まさかバレたわけじゃないよな…?)

 

色んな事がすれ違い、アンディの災難は続のであった…。

 

 

 

イースとテリーは宿屋ピング・ウィーンの一階のバーにいた。そして今までに集めた情報を整理する。

 

「なるほどねぇ、はいはい。えーとスミラさんはシューヘルゼ村出身、そして本名はレイシア・エッカート、と。んでそれからだな…」

 

イースは司令に提出した報告書の内容を紙に書きだした。すでに記憶とメモしておいてある。

 

「スミラさんについて色々とわかってきたな。しかしお前よく一字一句間違わずに覚えているな」

 

イースとテリーも正反対である。

イースはどちらかというとよく考えてから動き、状況を判断し、慎重に行動しことを進める理性タイプ。

テリーは直情型、思い立ったらすぐ行動、機敏に動き、決断も早い。

 

「脳筋のお前とは頭の作りが違うんだよココが」

 

イースは嫌味ったらしく、こめかみをトントンと指さしテリーを馬鹿にした。

 

「あぁ?脳が動いても体がついていかねぇお前に言われたかねぇよ?」

 

「なんだと?」

 

「なんだよ?」

 

相変わらずお互いに売り言葉に買い言葉で口喧嘩が絶えないが、仲がいい証拠なのだと周りからの認識である。

長くなりそうなのでお互い引き、とりあえず2人共タバコを取り出し火をつける。

 

「まぁ、何はともあれ身分証明書を偽って発行しているな。これぐらいは俺らの情報網を駆使すりゃ簡単に割り出せることだ。スミラは偽名。俺が予想した通りフローレンスなんで出来過ぎた名前も納得がいったぜ」

 

「問題は何故身分を偽ったり、偽名を名乗ったりしていることだ」

 

「あ?花屋を開業するためじゃねぇのか?」

 

「お前は本当に頭も脳みそだな。普通それだけでそこまではしないだろう。身分を偽ったり偽名にしたりするのは、何か知られたくない過去や生まれがあるからだ」

 

「なるほど…、少しづつだが彼女の核心部分に近づいてきたな…」

 

「ここまでくると、トーダさんの情報を待つしかない。旅行にいってそろそろ2週間ちょっとだ」

 

「は?トーダさんは家族旅行中だろ?なのに何で情報を待つんだよ?」

 

イースはタバコの吸い殻を灰皿に荒々し気に落とし、嘲笑った。

 

「馬鹿かお前。何も考えなしに1ヶ月もあんな辺鄙な村、シューヘルゼへ向かわすか普通?家族サービス、旅行はカモフラージュであって、トーダさんはきっと指令からスミラの出身地について調査してくるように言われているに違いない。少なくとも僕はそう見てる。僕ら男3人でシューヘルゼ行く理由ある?ないだろ?この前の諜報活動じゃないんだからな、この問題は国内だ」

 

「なるほど!でも絶対家族旅行も楽しんでいると思うぜ。だって1ヶ月だぜ?それにトーダさん休みが欲しいってぼやいてたじゃねぇか」

 

「そこはまぁ…、司令の粋な計らいと言ったところだろう」

 

2人のタバコが吸い終わり、灰皿につぶすと2人はガタンと席を立った。

 

「ま、とりあえずトーダさんの情報が来たら俺らの詰まりは解消しそうだな、これ以上首都で調べられる事はあまりなさそうだから、ラルク班とそろそろ合流して警備固めようぜ。調べつくしちまって暇だ」

 

「ああ、賛成だ」

 

 

 

一方シューヘルゼ村、トーダは妻に十分なガルドを渡し、子供たちと共に5日間のグランシェスク旅行へ行かせた。なんでも、闘技場で年に一回のお祭りイベントがあるらしい。自分は健康な空気を吸いたいと適当な嘘をつき、こののどかすぎる辺境の村、シューヘルゼへ留まる。勿論、司令のおまけのような依頼をこなすためだ。シューヘルゼからグランシェスクまで行くのにもロープウェイで山を超えたりと好都合に時間がかかる。家族とは一旦離れ、この5日間をトーダは勝負にあてた。それにそろそろ情報が欲しいと部下達がごねる頃だ。家族サービスもいいが、十分やった。無論1年間も単身赴任していたわけだからまだ足りない位だが、貴重すぎる休みを無料で家族ごとプレゼントしてくれた上司に恩は報いなくては(完全に職権乱用なのはこの際置いておいて)

 

「突き抜けてここまで私用目的で使われると、国の諜報機関アン・ピアというより、ただの一介の探偵だな…」

 

トーダはふっと笑うと、タバコを取り出し口にくわえた。

 

「…たまにはいいか…。浮気調査とかじゃない分、断然マシだ」

 

スミラの写真を取り出し、それをよく観察する。自分が1年間のスパイ活動をしていた時期にあの仕事一筋(少なくとも皇帝、司令に就任してからは)の司令にまさかこのような魅力的な彼女ができるとは。

 

「まぁ、若い者応援する気持ちで、気張るか…」

 

そう、自分はもう40をとっくに過ぎ四捨五入すると50代だ。子供も上の子は思春期真っ盛りである。トーダはため息と一緒にハァーと、煙を吐き、シューヘルゼに来てから被っている農家用の帽子を整え被りなおした。

 

しかし、その時はまさか何の変哲もないあの女性にあのような秘密があるとは、トーダは思いもよらなかった。

 

 

 

フレーリットは、今日のノルマの仕事を終わらせ、トーダから届いた調査報告書の手紙の封を切った。随分時間がかかったようだが、無事に調べがついたようだ。まぁ家族旅行を楽しんで来いといったのは他でもない自分なので我慢はしていたが、これを待ちわびていたのも事実だ。内容はこうだった。

 

【  調査報告書 

スミラ・フローレンスについて 

 

フレーリット・サイラス・レックス・スヴィエート皇帝陛下殿

 

アン・ピア所属、トーダ・ストフールより、スミラ・フローレンスについての調査結果をご報告致します。なお、自身の判断で、かなり重要な機密と判断しましたので、失礼ながら全て暗号で書き記してあります。部下のイースにも同封してある別紙の調査報告書をお見せください。彼らなら解読の方法が分るでしょう。お手数ですがお許しください、これは私自身も非常に驚いた事なのです。 】

 

 

 

その手紙と共に、暗号で書かれた調査報告書が中に入っていた。

 

「チッ、暗号か…めんどくさい…」

 

しかし、曲がりなりにも彼は諜報機関に所属する人物なので仕方がないといえば仕方がない。今すぐ彼女についての情報が知りたいのに、と少しイラだつ。それもそのはず、もう最近は全スケジュール仕事詰めで、2週間半もスミラと話してもいないし、会ってもいない。それに反比例するようにタバコの吸う量が増えているのも自覚している程だ。毎日提出されるラルクの監視報告書には逐次何がこうだとか、どんな客が来てどのような対応をしていただの、今日は買い物に出かけていたなど事細かに記されているが、肝心の彼女とは自分は絶対に会うことは今は出来ない。一方テリーとイースの報告書はそれなりに読む価値はあり、彼女がどのような仕事をしてきたのか、そして案の定身分を偽っていたことだったり、偽名を使っていたことが判明した。まぁ普段の態度から見て水商売はないと踏んでいたので、その報告を聞いて少し安心したのは事実だ。(客を蹴り飛ばし泡を吹かせたというのは聞いて戦慄したが)

 

(………イースを呼びつける前に僕が解読しよう…。彼女の特に重要な情報を他の誰かに少しでも知られるのも癪だし)

 

はぁ、とため息をつき報告書の書類を全て持つと、フレーリットはタバコの吸える自分専用の喫煙室へ向かった。(自分の執務室は母やハウエル、マーシャから掃除が大変だから吸うなと言われたため)

 

 

 

村に一つだけある、小さな教会―――――――。

 

酒好きだという一人の神父に上等の酒を持ち込み、機嫌をとり、話を合わせ食事を共にとる。スミラの写真を見せ、その顔に似た女性の住民の話を聞き出し、簡単に家族を突き止めた。酒のせいで饒舌なせいもあって、すぐに本名や家族構成も聞き出せた。隙を見計らい睡眠薬を混ぜ、神父はとぐっすりと夢の中に落ちた。

 

トーダは教会の関係者部屋に侵入し、過去帳を拝借した。シューヘルゼ村は小さな村であるがゆえに、この一つの教会に住民全ての過去帳が載っているとみて、まず間違いなかった。そして何度か村人にスミラの写真を見せた時、異様な反応を示されたのでトーダはこの対応をとった。その異様な態度というのは、話を聞くに明らか知っているというそぶりを見せるのに、絶対に話したがらないし、口を割らないのだ。そのような状況で歩き回って目立ち、聞き込みをして回っても、あらぬ疑いや噂をかけられるだけだ。まだこの村に少なくとも家族と滞在するため、そのような事態は避けたい。しかし教会のこれだけでも、とてつもなく収穫があった。むしろ、この調査で全て完了だ。平和ボケしていた住民や神父に感謝と謝罪しながらも、過去帳に記してある村の一族達に共通するこの能力に、目を見張らざる負えなかった。

 

 

 

「よし、こんなもんか。えーと、何々…」

 

フレーリットは暗号コードを一通り書き出し、解読できるような状態にすると、報告書を読み始めた。

 

「調査対象、スミラ・フローレンスの本名 レイシア・エッカート。家族構成 母タチアナ、父レオニド、弟コールジェイ。

 

まず最初にスミラ氏の写真を見たとき、赤い瞳は非常に珍しいものだったので印象に残ったことを覚えています。しかし、この村に来ると、燃えるような赤色をした瞳の者はそう珍しくはないのです。むしろ多いようにも感じました。村という隔離された環境のせいかと思ってましが、この村の人間の結束力は非常に強い結びつきとなっております。狭い村特有の近親婚などの影響もあるかと考えていましたが、少々違います。

 

レイシア・エッカートは治癒術を使える一族の末裔であり、その分家一族の直系に当たります。自分はほぼ全滅したと思われている治癒術師(ヒーラー)が使うというその治癒術をこの目で見たことがないので分りませんが、彼女がその分家の生まれであることは間違いないでしょう。その生まれの事情があるが故に、身分と名前を隠していたと思われます。

 

実際治癒術師(ヒーラー)という対象は、ひと昔前のツァーゼル政権では、ただでさえ第一次世界大戦で虐殺され、希少価値があり絶対数が少なかった、能力を隠して暮らしている生き残りの者が全て集められ、人体実験の素体や先代の病を治す手段として使い捨てられていたと聞きます。アン・ピアでもそのような仕事、治癒術を使える者の調査や連行は首都やグランシェスクなどで行われていたと聞きます。この村は恐らくそれから逃れた、もしくは昔から住んでいたかのどちらか、あるいはその両方の治癒術師(ヒーラー)の末裔達の暮らす楽園となっているのです。

 

首都から遥か遠く、そして山と海に囲まれた辺境の地であるが故でしょう。この村の治安は平和そのもので、治癒の能力を使う必要性がない。村の結束力も強いので、噂が漏れたり、裏切り者が出たりしない。しかしもし仮にレイシアがその対象だとすれば、家族から勘当されている事でしょう。村人に聞き込みをしても、一切答えようとしない態度に良くも悪くも、村独特の風習や習慣が少し残っています。しかし、理不尽に虐殺された過去を持つ彼らにとっては無理もありません、それが暗黙の了解なのでしょう。

 

最初は少々調査にてこずりましたが以上が調査結果となります。この結果を陛下がお聞きになり、どう対応するかは私の管轄ではありませんが、スミラは平民、あるいは田舎出身のレイシアという娘という立場ですが、愛に身分や血筋を拘らない陛下なら、私は何も言う必要はないと判断しております。

 

 

 

追伸 家族旅行ありがとうございます。まだもう少しだけ休みを堪能したいと思います。フレーリット陛下の今後のご活躍を心からお祈りいたします。結婚式には是非呼んでください」

 

 

 

フレーリットはその調査報告書読み終わると即座に暗号コードと共に報告書をライターで燃やし、灰皿に捨てた。

 

「まさか…治癒術師(ヒーラー)の末裔だったとはね…」

 

フーッとタバコの煙を吐き、燃えていく灰皿の紙に押しつぶす。彼女には何かしら能力があるとは思っていた。最初は薄々。

 

そして確信したのは、告白してからまた数回程、セルドレアの花畑へデートしにいった時だ。もう行き慣れていたし、ホーリィボトルを使用し自分が彼女に離れずにいれば危険はないと油断し、武装も緩めて行った時だった。スミラが帰りに駆けっこしようと言い出し、花畑から魔物の出る森へ入ったときだった。ウルフやアイスハーピー等の魔物がホーリィボトルを使っていない彼女に群がり襲った。携帯している拳銃でなんとか対処したが、昔の古傷が傷んだ。学生時代、訓練のし過ぎで右肩を壊した経験がありそれが突然ぶり返した。その時だった。彼女を自分の命に代えても絶対に守ると約束したのに。スミラから悲鳴が上がり、見ると彼女の体が、左肩が背後からの魔物の攻撃で切られていた。

 

もうなりふり構ってられないと判断し、隠していた氷の精霊セルシウスの力を氷石として常に身に着けているネックレスと媒体として使い、その場を一掃し、なんとか切り抜けた。問題はその後だ。対して気にしないようなそぶりを彼女にはして、とりあえず抱きしめて無事でよかったと安堵しながらも例の左肩を見ると、なんと治っていたのだ。血が出て、あんなに痛そうにしていたのにだ。一番最初の捻挫の時もそうだが、彼女には尋常ではあり得ない回復、再生能力が備わってる。

 

フレーリットはタバコの箱、ライターを喫煙室に置くと、スミラに会いに行く準備を簡単にだが整えた。一応、以前の反省も生かして、拳銃は反動の少ない物を取り出す。スミラの真実がこういう事だったとは。この事が他の者にバレれば、色々と問題である。自分がもみ消し、バレないように気を付ければ済む話ではあるが、油断は禁物だ。彼女を守らなくては。誰がこれ以上、愛している恋人を危険に晒すものか。

 

しかし一度真実は確かめなくてはいけない。

 

そう、本人の口から――――――――――。

 




おまけ 
イラスト 逢月悠希様より
ダインクローバー トーダが吸っているタバコの銘柄です。
タバコの中では一番安いですね、きっと妻からタバコ高いんだからと文句や小言言われているのだろうと思いますw

【挿絵表示】



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スミラとフレーリット プロポーズ大作戦編

クッソ長いです。今までで一番長いです、詰め込みました、そのせいでいちいちシリアスだったりギャグだったり温度差激しいですが、どうぞお付き合いください(笑)

これで完結です。

笑いあり涙あり鬱ありのハチャメチャ恋愛ストーリーですが、楽しんでいただけると幸いです。


フレーリットは自分の執務室に赴き、鍵のかかったデスクの引き出しを施錠し、中の物を取り出した。手のひらの上に乗る小さな箱だ。ずっと引き出しにしまっていたので、埃一つついていないそれは、フレーリットが20歳になった時に母親からプレゼントされたものだった。もちろんこうしてずっとしまっていたということは、いつか使う日に、と母が自分に渡した結婚指輪だ。

 

「…まさか本当に、これを使う日が来るとはね…」

 

箱を開け、中に入っている指輪をフレーリットは取り出した。受け取った時は、心底いらないと思ったものだ。母の顔色を窺い、なんとか顔に出さずに済んだが、その時の自分は最高に微妙な感情をしていた。「20歳の祝いにコレですか母上」やら、「うっわ…、ナニコレすっごくいらない…」や「まるで早く結婚しろと無言で言われているような微妙すぎる圧力プレゼント」や「ていうかサイズどうすんの?」とかいう事は胸の奥深くにしまっておき、とりあえずずっと所持していたが、あの時の自分を蹴りたい、今はそんな気持ちだった。

 

小さくも可憐に、優雅に存在を放つアイオライトの宝石がついた、輝く銀の輪は、今思えば最高の指輪だった。

 

「そういえばサイズは何か母上が言ってたな…、なんだったっけ…」

 

その時はまるで興味がなかったため適当に聞き流し、すっかり忘れてしまった。まぁいいか、とその場で流す。

指輪は勿論2つある。自分用は無造作にズボンのポケットにしまい、渡す用のものは大切に懐に入れた。

 

 

 

 

 

まだ時刻は18時過ぎ。当然部下達はまだ仕事をしている時間帯である。そうでなくても夜中も交代交代で仕事をしているが。

 

「…今日はあいつらは解散させるか…。僕がいれば問題ないし、それに、この仕事ももう少しで終わりそうだしね」

 

フレーリットは机のペン立てに置いてあるダーツの矢をとると、ダーツボードに投げた。そのダーツボードには世界地図が貼ってあり、矢は真っすぐに、海洋都市ラメントに突き刺さった。

 

(いよいよロピアスと開戦だ。スミラと生きる、平和な世界を作ろう。そのために、すぐに終わらせてやる。電撃作戦で行くぞ)

 

部下クラークと、その娘サーチスの担当するシュタイナー研究所での、才能に秀でた研究員を引き抜き構成した、”光軍”の連中も大分成長してきた。流石、彼女は光術のエリートなだけはある。あとは、複合光術を出来る者を増やしていくだけだが最近どうも他の研究に熱をかなり注いでいるらしい。彼女には今、微塵にも興味がないので好きにさせている。

 

あのような天才肌のタイプの人間はどうにも何を考えているか自分には理解出来ない。だが天才肌故に、少し放っておいても好奇心とその圧倒的な頭脳で、また複合光術のように、画期的な技術を生み出してくれる者だから、便利なものだ、とフレーリットは冷めた想いであの23歳の若い白髪の女研究員を思い出した。今まで女性という身分だけで注目されず埋もれていた彼女の才能を見出したのは、他でもない自分だった。それ以来、サーチスからは心酔されているのは自覚していた。むしろ、それならありがたいものだ。それ即ち、優秀な戦争への技術革新と、忠実な部下が出来たのだから。あまり周りや家族からも褒められ慣れていない、才能を埋められていたという境遇故に、褒めれば褒めるほど伸びるという彼女の成長特徴を見抜き、目はかけてきた。それよろしく、彼女はメキメキと才能を開花して行き、こうして一個中隊である特殊軍隊、光術を専門とする光軍を任せているわけだが。

 

 

 

まだスミラと出会う前、彼女に話したものだ。彼女の研究資料を黙読し添削している傍らに、夢は何ですかと彼女に聞かれた時だった。

 

『んー、宿敵ロピアスを叩き潰す。ついでにアジェスも属国にしてやる。我が国スヴィエートが、全世界を支配する。そんな世界を作ることかな』

 

嘘ではなかった。本当にそれは、当時のフレーリットの本心だった。仕事一筋で走り抜け、先祖の恨みを晴らすべく、臥薪嘗胆してきたのだ。皇帝として、ふがいない、いつまでもあの憎きロピアスなんぞに負けてたまるか、その想いだけがフレーリットを突き動かしていた。

 

フレーリットは資料を捲り、変わらず読みふけった。

 

『陛下っ、なんて素晴らしい心得なのでしょう。その想いはスヴィエート全国民が抱いている夢といっても過言ではありません。流石はこの国そのもの、スヴィエートの象徴であらせられる方です』

 

サーチスは恍惚の表情で彼を見つめた。相変わらず資料しか見てないがそれは自分が書いた資料なのだ。それ程目をかけられていると思うと、堪らなく嬉しかった。

 

『んー、まぁ、そりゃどうも。あれ?ここって誤字?』

 

適当に生返事をし、黙々と読み進んでいったが、明らかに誤字と思われる部分を発見し、フレーリットはそれを指摘し、マーカーで塗った。

 

『えっ!?すみません!どこですか!?』

 

『ホラここ、駄目だよ僕に提出する用の資料は完璧でなくちゃ。それが君の仕事なんだから』

 

ペシペシ、と資料の紙をボールペンで叩く。確かに、これは完全なる自分の確認ミスだった。サーチスは酷く落ち込む。

 

『もっ、申し訳ございません…!私なんて事を…!今すぐ手直しして―――――!』

 

『いいよまだ読みたいから。細かい添削や、提示資料不足とかはまた後で別途で指示する。以前より大分読みやすくなってきたし、分かりやすいからね。君はよくやっているよ、サーチス』

 

立ち上がり、今すぐにでも訂正を、と逸る彼女をやんわりとフレーリットは抑える。

 

『…っ、勿体ないお言葉でございます…!』

 

サーチスは顔を赤らめ、うつむいた。その様子をフレーリットは一瞥し、思った。やはりこいつは褒めれば褒めるほど伸びるタイプの人間だな、と。3つ年下だが、ある突出した才能、科学部門ということに関してだけは本当に目を見張るものが、彼女にはある。

 

『うん、まだ粗削りだが、君は十分ダイヤの原石だな。用意して欲しい機材などがあったら言うように。手配しよう』

 

『はっ、はい…!』

 

『もっと自分の才能を信じろ。そしてこの国、スヴィエートに尽くせ』

 

添削し終わった資料を彼女に差し出し、そう言った。裏は全く無かった。本当に、この国に役に立つ人材だと思ったのだ。

 

『フレーリット様……、あぁっ、ありがとうございます…。何と身に余る光栄でしょうか。これほど本望なことはありません。捧げます、この身全てを、スヴィエート(あなた)に――――――!』

 

 

 

とは言ったものの、今ではあの夢は夢であって夢ではない。勿論それなりの制裁をロピアスにはするつもりだ。目には目を歯には歯を、というのは実行させてもらう。ただ全てを支配するとなればそれは、戦争が長引くことを意味する。そして、そうなれば、自分は更に仕事が激務になっていくだろう。スミラといる時間が減るし、それでは彼女が望む、平和な世界など、到底作ることはできない。彼女に少なくとも治癒術師の能力が欠片でもあると判明した今、全世界を掌握してまで戦争など続けたくはない。そう、むしろ早く終わらせて、スミラと共に正式に夫婦になりたい。そうフレーリットは望んでいた。

 

「第二次世界大戦も、プロポーズも、必ず成功させるさ」

 

そう言い、踵を返すと、彼はスヴィエート城を後にした。

 

 

 

一方花屋フローレンス前路地裏監視ポイントでは。

 

「ふぁ~、今日のフローレンスの営業も終わっちゃった事ですし、暇っすねー…。相変わらず平和だし」

 

アンディは、家の2階に上がってしまい、もう姿の見えないスミラを恋しく思いながらそう欠伸と愚痴をこぼした。

 

「そう言うな。まだ明かりはついてる。彼女は起きてるし、就寝中もポイントで交代で仮眠しつつ監視だぞ」

 

ラルクもそう言いつつ、クロード屋のロールケーキを頬張った。アンディにおつかいさせた新作ロールケーキだ。

 

「お前らいつもこんな勤務態度でやってたのか…。司令やトーダさんに見つかったら大目玉だぞ…」

 

イースは気の抜けた彼らを横目にはぁ、とため息をついた。

 

「む…、新作ロールケーキ…これかなり美味いな…。リピート確定…」

 

「まぁ気持ちは分かる。スミラさん隠れて1階のカーテン閉められてクローズすると、全く見えないからな。はっきり言って暇だ」

 

テリーも持ち込んだ簡易ダンベルを持ち、トレーニングしながら同意する。

 

「お前ら真面目にやれよ。僕らも調査完了して監視に入ってからは暇で仕方がないが、真面目なラルク、お前まで…」

 

「あ、イースさんそれは仕方がないっすよ。先輩この前すきっ腹にカツサンド食って腹壊してたんでケーキしか受け付けない体になってるんすよきっと、ホラよく言うじゃないですか。甘いものは別腹って」

 

(まぁその原因おもいッきり俺のせいなんすけど)

 

と、アンディは心の中で付け足す。

 

「おいその言い方はやめろアンディ。まるでいつもケーキで生活してるみたいに。きちんと家では食べている」

 

「ハァ~?いうて同棲してる彼女に全部任せてるんでしょ?」

 

「いやあの子とは一か月前に別れた」

 

「アァン!?なんなんすかそれ!彼女出来ない俺に対する当てつけですか!?あんなに可愛かったのに!」

 

「家事が全然なんだ。それに、全く俺の事を理解してくれない」

 

「なんて贅沢な奴なんだ…」

 

イースは呆れた。

 

「お前意外と図々しいのな…。真面目故か?」

 

「畜生なんなんだよこの差は…!?」

 

テリーの言葉に大いに同意し、アンディは歯ぎしりした。このクソ真面目な先輩には女の影が割と絶えないが、よく消えてはまたできる、みたいな事を繰り返している。顔はいいし誠実で真面目、そしてこれからも給料に期待が出来るオーラはあるので、そのせいだろうか。しかしアンディは、どうもフレーリットのように尊敬はできず、むしろ先輩には嫉妬全開であった。どうしたら女性にモテるのか、みたいな指南本をなけなしの新卒給料で購入したりもしている。(それでも普通の仕事よりは国の諜報機関という身分、給料はいい方だが女性に見栄を張るために大体貢いで終わる)

 

「あー、それにしてもスミラさんって可愛いですよぇ…」

 

「いきなりどうした」

 

「いや、俺この前ついうっかり直接コンタクトとっちゃったんですけど、その時にお話ししたんですよ。めっちゃくちゃいい匂いしました。いやホンットマジで。甘ったるくてキツい、とかそんなんじゃないんですよ、とにかくいい匂いなんです」

 

アンディはうっとりしながらあの匂いを思い出した。ふわぁ~と脳内をいつのまにか支配されるようなフローラルな花の香り。彼女はいつも花に囲まれているせいか、とてつもなく魅力的な匂いがするのだ。近くにいるだけでも癒されるような、そんな香りだ。いい匂いすぎて彼女自身が香水やアロマのような効果を持っている、そんな気がしてならない。絶対司令もスミラさんのそんな部分に少なくとも惚れている、アンディは確信していた。

 

「ホントお前…怖いもの知らずだな…バレたら司令に殺されるぞ…」

 

「バレなきゃいいんすよ。それに何故か最近俺司令に避けられてる気がしてるっス」

 

「それって…、バレてる…のか?」

 

イースのつっこみを無視し、アンディは語りだした。

 

「薔薇の、ローズ系のフローラル香りってい言うんですかね。一回嗅いだら忘れられないッスよ」

 

「だがな、綺麗な薔薇には棘がある、って言うぞ」

 

「は?スミラさんにそんな棘あるわけ…」

 

「あの人、昔働いていた酒場の酔っぱらった客にセクハラされて、キレて回し蹴り食らわせたらしい。蹴られた客は泡吹いて倒れたってよ」

 

「回し蹴り」

 

「この前ハウエルさんから聞いた噂じゃ司令もそれ何回も喰らってるらしい。蹴りだけじゃなくてビンタとかも。本人喜んでるみたいだが」

 

「喜んでる」

 

アンディとラルクは口をあんぐりさせながら復唱した。若干スミラ、そしてフレーリットに対して幻想を抱いていた2人としては聞きたくない話だった。

 

「いつも仕事中は鉄仮面みたいな司令の、人間らしさや本性って言うのかな」

 

「だな…、あの人ぜんっぜん笑わないからな」

 

「あぁ、笑ったとしてもいつも張り付けたような笑みというか、心から笑ってるのは僕は見たことない」

 

「分かるー!!イースさんそれなー!!」

 

「声でけぇよお前…!」

 

テリーにやんわりと注意されアンディは、

 

「あっ、へへ…すんまっせん…。でもそんな司令だからこそ、気になりません?スミラさんのどこに惚れたのか、惹かれたのかとか。司令はスミラさんの前じゃぜっっったいデレデレッスよ。普段俺らじゃ決してみられない甘えっぷりとか、にゃんにゃんしてる笑顔とか。俺の勘がそう言ってる」

 

「すみませんお2人共…。こいつ女の話題や司令の話題になると水を得た魚のようになるんですよ…」

 

ラルクは先輩2人に謝罪したが、

 

「確かに。俺も気になる」

 

「僕もそれは凄く興味あるな」

 

30歳コンビは思いっきり話に食いついてきた。

 

「えぇ…」

 

ラルクは監視という名の任務を続けつつ、尊敬する上司であるフレーリット司令の恋愛事情で盛り上がっているのを横目に呆れた。

 

「やっぱ可愛いからじゃないか?」

 

「俺は匂いに賭けます。あと性格ッスかね」

 

「いや体、顔。つり目もそうだが、泣きぼくろがエロい」

 

「わっかるーーー!!!」

 

アンディはイースを指さして激しく同意した。

 

「だぁから声でけぇってば!」

 

「ちょっとうるさいですよ!!俺達仕事中なんですからね!?」

 

「んな固いこと言うなよ。今まで俺達気を張り詰めてスパイ活動してたんだからさ、こんな楽な仕事きたら、そりゃ気になるに決まってんだろラルク」

 

「そうだよ、お前はどうなんだよ。司令の事尊敬してるんだろう?気になるだろ。ラルク、お前も言え」

 

先輩2人に据わった目で見つめられては、とラルクは目を泳がせた。

 

「ええぇぇぇ……。う、うぅぅっぅぅーーーーん…、じょ、女性らしさ…ですかね…」

 

苦し紛れに、当たり障りのない返答をした。

 

「つっまんない答えだな」

 

ハッ、とイースは嘲笑った。

 

「いや逆に面白い答えって何ですか」

 

「そりゃお前、胸、とか尻、とかだろ」

 

テリーがにやぁと笑い、ラルクの肩に手をやり抱き込んだ。

 

「し、司令の恋人をそんな目で見られませんよ俺は!?」

 

「いいだろー別に本人いないんだし」

 

「スミラさん今頃シャワーでも浴びてるんスかねェ!?」

 

「胸は確かFカップだと…」

 

「F!?でっか!」

 

どうしてこう、男は集まるとこういう話題になるのだろうか…、とラルクは呆れた。昔からあまりついていけないトーク話題である。既婚者トーダさんがいないと余計につけあがって盛り上がる。

 

「俺はそういう話題ははっきり言って苦手です…」

 

「バッカお前なぁ~。絶対司令だってえげつない下ネタ言うぞ。あの人ただでさえデリカシーないから」

 

「仮にそうだったとしても話すわけないでしょう!身分考えてくださいよ!」

 

「まぁ大きければいいって問題でもない。Eぐらいがちょうどいいぞ。うん」

 

この人一体何様のつもりなんだ…、というツッコミはラルクの心の中にしまっておき、大人しくしておいた。イースとテリーは自分の先輩に当たるので、下手なことも言えない。イースはインテリ系の外見よろしく、むっつりスケベの鑑である。

 

「お前それ元カノのサイズだろ、まだ未練引きずってんのか」

 

「あっ!俺元カノの話知ってる!確か3年前に別れたっていう彼女ですよね!?プライドが無駄に高いイースさんが、彼女が遊び半分で誘ったチェス勝負で大人げなく本気になって口を挟んで惑わせたり、馬鹿にしたり容赦なく全勝負でボッコボコにして泣かれて振られたってやつ!」

 

「お前何でそれ知って――――――――!ッテリーー!!お前話したのか!?」

 

「あ?ああ。あの後お前が俺を無理矢理付き合わせて酒場でヤケ酒して号泣して自分で自分の眼鏡割ってた話もな」

 

「何で胸のサイズ言っただけで元カノに結び付けるんだよ!一言も元カノの話はしてないだろ!」

 

「あぁ?何言ってんだよ鏡見てこい。クッソ自慢気な顔してたぞお前」

 

「アッハハハハ!ひーっ!それそれ!昔からテリーさんっに、眼鏡壊されるとかボヤいてたのに、あの時は自分で破壊してたんスよね!?」

 

「あぁ、涙拭こうとしてとった時に、割と本気だった彼女に振られた悲しみに駆られたのか、絶叫し涙しながら眼鏡握りつぶしてた。ちなみにその眼鏡は彼女が付き合って1年目の記念にくれたプレゼントだそうだ。アホな奴だぜ。普通泣かせるまでするか?よっぽど負けず嫌いなんだろうな。プライドが無駄に高い所彼女に見せつけてどうすんだよ。嫌われるに決まってんだろ」

 

「ぶっはっ!ふっ!くくくっ!ちょっとイースさんテリーさんっ……!笑わせないでくださいよっ!」

 

イースにとってはとんでもない古傷に塩をぬられる話題である。イースがデータ収集している間に喫煙室で聞いた話だ。アンディは爆笑したのを覚えている。傍聴と傍観を決め込んでいたラルクだったが、面白すぎるのでつい反応してしまった。いかんいかん、と気を取り直し、再びスミラの家を監視するが、込み上げてくる笑いにしばらく耐えられそうにもない。アンディも思い出し笑いが爆発し、仕事中というのをすっかり忘れ腹を抱えて笑う。そのアンディの笑い方がまた気を抜くと釣られる笑い方なため、ラルクの神経は、笑いをこらえるのに全力を尽くしている。だから気が付かなかった。この場にあり得ない声が聞こえるのが。

 

「アヒャヒャヒャヒャ!!ハハハハハ!!ハー!ハヒッ!えっほゲホッゴホッ!!ゲッホ!」

 

「ねぇ君達」

 

「おい!!相方のプライベートをペラペラ喋るな!お前仮にも諜報機関勤務だろ!!!」

 

「ちょっと」

 

「あ?知るかよ。お前があまりにも面白い振られ方するのがいけないんだろ」

 

「えぇい黙れ!昔からそうやってお前はいつもいつも僕の事を馬鹿にして!!」

 

「聞いてる?」

 

「お前がネタになる身の振り方するのが悪いんだよ。いい加減学べよ」

 

「おーい」

 

「貴様ァアァア!!昔からそうだが、もう今日という今日は許さん!!報いを受けるがいい!直水清閃!アクアゲイザー!」

 

「おわっ!!っっぶね!!」

 

「え…――――――――」

 

バシャーンッ!と水が弾ける音が鳴る。

光術が得意なイースが速攻で詠唱し術式を完成させ発動させたのだ。手から作り出した光術陣が弾け、一直線の放水となりテリーに向かっていったが、元々反射神経のがよく、相方イースの術なんぞ見慣れている彼は一瞬で横によけ、事無き事を得た。しかし、その後ろにいた人物には思いっ切り当たる。テリーは身長もガタイも大きいので、後ろにいた”彼”にとって完全に死角からの攻撃である。

 

「いきなり何すんだよこの馬鹿がっ!」

 

テリーはイースに思わず抗議するが、肝心のイースはというと、

 

「あっ、ああぁぁぁぁしれ#$%&’|{*?!!!」

 

言語化できない意味不明な言葉を発した。

 

「あっ……」

 

アンディは思わず口を閉ざした。

 

「ん?何だ?」

 

「あぁ?」

 

テリーとラルクが振り返るとそこには、全身ずぶ濡れで水滴を髪の毛からポタポタと垂らしながら、自分達の絶対的な上司でありこの国で最も権力を持ち、崇高である皇帝が立っていた―――――――。

 

「……………へくしっ」

 

「うおっ!?フレーリット司令!?」

 

「フレーリット皇帝陛下!?」

 

「そう、君達の司令で皇帝のフレーリットだけど」

 

テリーとラルクの問いにあっけからんと答え、彼は水に濡れ張り付いた前髪をうっとおしそうに振り払った。その時に見えた銀色の瞳は、確実に怒っていた。

 

「うっうわぁぁあああああああああしっしれ!皇帝陛下ぁぁあああああ!!!あぁぁあああぁぁあああああ!!誠に!!誠に申し訳ありませんんんんんん!!!」

 

イースはその場でフレーリットの足元に、誰が見ても立派なスライディング土下座をした。

 

「司令ィィィ!?何でここに!?」

 

アンディがハンカチを取り出し、フレーリットに近づいたが、彼は急いで手で制した。

 

「いや、いい。お前は来るな。それにしても君達、人が聞いていないのをいいことに、あることないことペラペラとよく喋るねぇ」

 

ニコォ…と、先ほど話題に上がった張り付けたような笑みをうかべるフレーリットだが、いつもと全く違いオーラと目の笑ってなさが振り切れている。

 

「しッ司令!ともあれお風邪を引いてしまいます!!どうぞこちらのタオルを!」

 

「あぁありがとうラルク、助かるよ。それにしても酷いなぁ。ちょっとだけ君達の勤務態度を見学させてもらったけどさ、まぁ監視させててその人の話題が出ない方がおかしいんだけど、僕や僕の恋人をどうのこうの。別に僕の事は事実しかないからいいんだけど、スミラが汚されてる気分になるよ」

 

渡されたタオルで顔と頭をふきながらフレーリット答えた。ラルクは除外されるが、その他3人は思いっ切り語ってしまっている。

 

「す…すみませんでした…。でもスミラさん素敵だったからつい…。ってかやっぱり事実なんだ…」

 

テリーは頭をかき、とりあえず言い訳し最後は小声で言う。しかしフレーリットの視線は地面にダンゴムシのようにうずくまるイースに向けられていた。

 

「イース。君さ、勤務態度どうこう言う資格あんの?」

 

「返す言葉もありませんんんんんんんんん!!!どうぞ煮るなり焼くなり司令のお好きになさって下さい!!」

 

数分前の、大目玉を食らう、という発言を自ら実行しているイースのその姿にテリーはまたこれはいいネタになるな、とほくそ笑んだ。

 

「これからプロポーズしに行く男を全身びしょ濡れにするって酷くない?」

 

「へっ!?司令プロポーズするんスか!?」

 

「だから来たんだよ。ムード邪魔されたくないし、君達の今日の仕事を切り上げさせようときてみたらこのザマだよ」

 

「あぁぁぁぁぁあぁぁああ!!!僕は何てことをぉおぉっぉ!!!自決してお詫びしますぅぅっぅうううう!!」

 

「いや別にいいけど、許すけどさ。そんな簡単に自決されちゃ困る。君に自決されても解決しないし。でもちょっと寒いかな」

 

これで怒らないのだから、司令は器が広い、とラルクは思った。これがトーダさんだったら恐らく自分達は厳重注意の上、始末書書かされるか、上司の顔に泥を塗ったとして部下解任、皇帝及び司令直属の地位を剥奪されてしまう。よくてボーナスカット、または出向だ。というか最悪クビ案件。上司の上司であり、アン・ピア最高司令官フレーリットに泥ではなく水を思いっ切りぶっかけたわけだが、フレーリットは烈火のごとく怒ったりはしていない。むしろ許すと言っている。上司でなくても、皇帝陛下なので立派な不敬罪及び、一歩間違えれば皇帝殺人未遂で死刑にされてもおかしくないのに。

 

「ヨッ司令!!水も滴るいい男!」

 

「お前はもう黙れ」

 

相変わらず余計な口しか開かない後輩アンディの口を押さえつけ、両足の脛を蹴り飛ばし、サイレンス、と光術を唱えた。ぐぎゃぁあ、と一瞬悲鳴をあげ、そのあと口を押えてのたうち回るアンディ。かけた術は詠唱をさせなくする光術封じの補助技だが、 とりあえずこれ以上喋らせると先輩である自分にも降りかかりそうなので仕方がない。

 

「イース、早く光術で乾かして。君光術得意でしょ。僕そんなに炎系得意じゃないんだ。そしたら許してあげる」

 

「今すぐに!ただちにやらせていただきます!!テリーもぼさっとしてないで!結晶屋から炎結晶買ってこい!お前は光術使えないだろ!」

 

「お、おう分かった。赤いやつ買ってくりゃいいんだよな」

 

自分は難しい光術理論や使い方等はさっぱりなので、大人しくイースの指示に従い、商店街の結晶素材屋に走る。

 

「あっ!赤いやつだけじゃなくて緑のやつも買ってきてください!風結晶です!急いで光術簡易熱風ドライヤーで乾かさないと司令が風邪を引いてしまいます!ただでさえ今でもオーフェングライスは寒いのに!」

 

「頼んだよ~」

 

濡れた服を脱ぎながら、フレーリットはテリーに手を振った。

 

「んぐぅ~!しぇんふぁい!ひゅふほいへふらはい!!(んぐぅ~!先輩!術解いてください!!)」

 

「お前はしばらくそうしてろ!」

 

「うん、アンディはそのままでいいよ」

 

イースはオロオロと、脳内の火属性光術の引き出しを開ける。

 

「えーとえーと、バーンストライクに…、イグニートプリズンだろ…、あとそれからブレイジングハーツ…、じゃ流石に火力強すぎだよな…」

 

「それじゃ司令も司令の服も丸焦げになるでしょ!なんで攻撃術基準で考えてるんですか!簡単で本当に基礎的な術使ってくださいよ!攻撃用にしないで!」

 

「いっ今まで光術は戦闘にしか使ってこなかったから、応用の仕方がいまいち分からない!」

 

「イースさんはじゃあもう手に炎宿しといてください!俺がそれ応用して最小タービュランスで熱風作りますんで!」

 

「早くしてくんない?そんなにクビ切られたいの?」

 

 

 

「というか服乾かすよりも、着替えた方が絶対早いだろ!!プロポーズするなら、軍服よりビシっとしたスーツだ!!おい仕立て屋のじぃさん!!出張代とスーツ代の領収書は全部イース・ケレンスキーって書いてくれ!出張クローゼットやその他の荷物は俺が運ぶから、今すぐ大体身長大体185前後で細身の男に似合いそうなビシっと決まったスーツ一式持って来い!あぁ!?今から風呂!?知るかよ国の未来がかかってんだよ!あと俺らの人生もな!」

 

イースは結晶屋に行く前に通りかかった老舗紳士服店に押し入り、店主の男性老人と荷物を担ぐ(老人は誘拐に近い)と急いで引き返した。

 

 

 

ビーッという呼び鈴に、スミラは慌てて料理の手を止めた。あとほんの少し煮込むだけで完成しそうなのに。

 

「もう…だれよこんな時間に…」

 

カチッとコンロの火を止めると、スミラは1階への階段を降りていく。店は閉めているし、フレーリットも仕事で忙殺されているはずである。その他考えられる人物としたら、まさかまたあの部下だったりする?きっとそうだ。納品がこの時間に来るはずもないし、何か宅配を頼んだわけでもない。スミラはデジャヴを感じつつ、扉を開けた。

 

「残念ね、フレートはここに来てないわ――――――、ってフレート!?」

 

「スミラ~!あぁ~スミラ~!会いたかったよ~!ずっと会えなくて僕死にそうだった~!!」

 

扉を開けるとそこにはスーツ姿の恋人が立っていた。いつも適当に着こなしている軍服の上に適当にロングコートを着てくる恰好とはまるで違い、スミラは驚いた。

 

「ちょ!ひゃぁ~!?いきなり抱き着かないでよ!というか何よその恰好!」

 

「え?ああちょっと。アレ。部下の仕事視察するっていう仕事みたいなのしてたから。その仕事帰りみたいなもんだと思ってて」

 

流石に部下に全身ずぶ濡れにされて、プロポーズ大作戦をせめて成功させるために、という経緯を話すのは面倒で仕方がなかったので、フレーリットは適当にごまかした。スミラに仕事についての話はしないので彼女にはさっぱりである。あっさりと信じたようだ。

 

「もうっ!ちょっと離しなさいよ!」

 

「やだ、離したくない、スミラ抱きしめてると落ち着くんだもん。いい匂い。愛してるよスミラ」

 

「…う~…、そ、そう……?」

 

スミラはいい匂いと言われて別に満更でもないが、少々照れくさい。フレートも、彼女の何に惹かれたと聞かれれば間違いなく匂いとその飾らなく、見ていて飽きないお転婆さと、破天荒な性格である。(実際にアンディの勘は当たっていたといいことになる)

 

フレートは体勢を変え、スミラを後ろから抱きしめて髪と首筋に顔をうずめた。

 

「僕の癒し~…スミラ~あぁ~…ホントいい匂い…」

 

「アンタは、なんか、普段とちょっと違ってタバコ臭くないわね」

 

「ん~?あぁー、この服着てからは1回もタバコ吸ってないから、だからかな?」

 

「そう…なんだ…。ふーん……、まぁ私もアンタの香り、嫌いじゃないわよ。タバコの匂いはすっごく嫌いだけど!!」

 

「スミラと会う前や会ってるときは吸ってないでしょ。あ、今日は会う前に吸ってきちゃった…。でもそこまで言われると、ちょっと禁煙考えちゃうなぁ…」

 

「私に惚れてるなら禁煙ぐらい楽勝でしょ?」

 

「スミラと一緒にいる時…はね。でも仕事中とかイライラした時はどうしても我慢できなくて」

 

「なら私が一緒にいればいいわけ?」

 

「えっ!勿論だよ!四六時中一緒にいればそりゃもう喜んで禁え…」

 

「は?甘えたこと言ってんじゃないわよこのアリマキ。何で私がそこまでしてアンタ自身の努力でどうにかなる問題に協力しなきゃいけないわけ?身の程を知りなさいアブラムシ風情が」

 

「うーんこの毒舌っぷりもなんか懐かしい…」

 

アブラムシ…、と苦笑いしフレートは心の中で微妙な気持ちになったが、スミラからの罵倒はこれが初めてではないし、最初はクソ虫呼ばわりであった。名前すら呼ばれなかった時に比べれば今は幸せな方である。それにそれこそ何も言われず無視されたり、冷たい反応をされるよりかは構って貰う方が断然嬉しいので、フレートはまったく気にしない。むしろ久しぶりにスミラらしい所を見れて嬉しい。

 

自分が甘えられる相手は、この世でスミラだけなのだ。甘えて何が悪い、と開き直り、思い存分愛しの彼女に甘える。母は僕が幼い頃から何かと苦労してきた。僕に父親はいない。生まれた時からいない。叔父に虐げられつつ、懸命に息子の自分を守りここまで育て上げ、立派にしてくれた。疲れている母に甘えて迷惑はかけたくなかったし、我慢を貫き通した。時々父を思い出し、静かに泣いている母に何か出来ないかと無力な自分に腹が立ったものだ。少年時代も、青年時代も、甘える相手が誰もいなかった。全部周りが敵に見えたし、愛が何なのかさえ分かってなかった。

 

スミラの前でこうして素直になる自分は、きっと今まで隠し、表に出さなかった自分の本性や弱みなんだと思う。弱みを見せたら、寝首をかかれるかもしれない、強請られるかもしれない。そんな心配微塵にもスミラからはないのだ。だって彼女は、田舎出身の娘で、皇帝家のような身内同士の骨肉の争いとは全く無縁だったのだから。

 

「ねね、スミラ、夜ご飯食べさせて」

 

「えぇ~!?アタシの明日の朝食なくなっちゃうじゃない!」

 

「頼むよ~ね~ぇ~。スミラのご飯が食~べ~た~い~!」

 

後ろから腰にがっちりと手を回され、ゆさゆさと左右に振られる。こういう甘えてくる時の仕草だけは、素直で子供っぽくてつい流され許してしまう。

 

「もう分かったわよ、しょうがないわね…。今日だけ特別よ」

 

「やったー!」

 

フレートはスミラを解放すると待ちきれないといった様子で勝手に2階へ駆けあがって行った。

 

「まぁいいわ…。久しぶりの再会だし、許してあげる」

 

「ねぇ今日の夜ごはん何!?」

 

「ロールキャベツよ」

 

「ホント!?僕それ大好きだよ!」

 

「アンタ何でもそう言って食べるでしょ。ちゃんとチョコクッキーもあるわよ」

 

「最高!スミラわかってる~!」

 

 

 

フレートはスミラの料理を食べていてうっかり忘れそうになったが、今日ここに来たのはプロポーズの前に、どうしてもハッキリさせておきたい事があったからだ。トーダから受け取った調査報告書。それに書いてある事は本当なのか。本人に確かめなくてはいけない。場合によっては彼女を保護しなくてはいけない。それでなくても、世界で一番大切な存在なのだ。彼女の真実を知って、きちんと理解し、話し合っておきたい。

 

「美味しかった~…、また食べたいなぁ。このロール何とか」

 

「ロールキャベツ、ね。ほら、食器片づけるの手伝ってちょうだい。自分のは自分で運んで。別に洗わなくてはいいから。どうせ割るでしょ」

 

スミラは自分の分のお皿を持つと席を立ち、キッチンへ向かう。

 

「う…ご、ごめん」

 

フレーリットも食器を持ってその後を追いかける。いつ話を切り出そうか、そう思っていた。

 

(確か本名はレイシア…だったよね…)

 

「いいわよ。仕事忙しかったんでしょ?ゆっくりして行って」

 

「ありがとうスミラ…。……いや、レイシア…って呼んだ方がいいのかな」

 

言い終わる前に、ガチャン!!と音を立て、食器が無残に割れた。スミラの持っていた食器は床のフローリングに破片として散らばり、料理の残りスープが広がる。

 

「な……んで。アンタがその名前を――――――――」

 

スミラは恐る恐るフレーリットの顔を見た。どうしてその名前を知っているのか。それを知っている人間は家族と村の人間だけ。スミラの額に、ブワッと嫌な汗が流れる。そして同時に思い出す。父から脅しのように話されたあの話が嫌でも脳裏をよぎる。

 

『お前の血は、首都へ行き、万が一バレたりでもしたら必ず捕まる。軍や研究機関、そして皇帝にでも見つかってみろ。一生奴隷として生きる人生の幕開けた。父さんの一族は治癒術こそ使えないが、再生の力だけは優れている。それを利用されないという保証はどこにもないだろう!』

 

あの時は若さ故と、夢を全否定されたせいもあって、父親に酷く反発していた。バレなきゃいい、何でそこまで言われなきゃいけないんだ、と、ムキになっていたのだ。

 

「ごめん、調べさせてもらったよ。君の出身はシューヘルゼだそうだね。そこに部下を派遣させて、ちょっと、ね」

 

「た、確かにシューヘルゼ村出身だけど、それが何だっていうのよ!?デタラメ言わないで!私は、私は!スミラ・フローレンスよ!!」

 

スミラは誤魔化すように、急いで割れた食器を集めた。フレートもしゃがんで割れた食器を集めるのを手伝うが、スミラに手をひっぱたかれる。

 

(何で、何で何でよりによってこいつ皇帝(こいつ)にバレてるのっ!)

 

「いいっ!自分でやるから!全く、バカバカしい!今度変な事言ったらただじゃ―――いっ!!」

 

プツン、と指の先から血が滲み出た。焦るあまり、破片を指先でうっかり鷲掴みし、すっぱりと切ってしまったのだ。切り傷が付き、血は止まらない。

 

「あぁっ…もうっ!さっ最悪…っ!全部フレートのせいっ…きゃ!」

 

怪我をした右手を腰の後ろに隠す前に、フレートがそれを素早く掴んだ。手首をしっかりと掴み、注意深くその怪我をした人差し指を観察した。

 

「いやっ!!何するの!離しなさいバカフレート!」

 

スミラは酷く焦った。このまま1分でも放っておけば、外傷の傷などあっという間に治ってしまう。捻挫や打撲より、外傷は治るのがとてつもなく早いのだ。

 

「誤魔化しても無駄だ。今まで気づかないと思ったのか。捻挫に薔薇の棘、僕はそんなに鈍感じゃない」

 

鋭く射貫かれるようなその視線に、スミラは溜まらず、泣きそうになる。

 

「スミラ、真実を話してくれ。僕は君を――――――」

 

フレートの真剣な眼差しは、焦燥と恐怖で支配され冷静を失ったスミラにとって戦慄以外の何物でもなかった。

手を引っ込めようにも、強く掴まれ決して離れそうにもない。それでもスミラは激しく抵抗した。

 

「痛いっ!痛いぃっ!離して!離してってばぁ!!」

 

「落ち着いてスミラ!どうしたんだ!」

 

「今まで私を騙してたの!?愛しているって言ったのは嘘なんでしょっ!私の力を利用するた――――――あっ、ああっ!」

 

指先の痛覚が、消えてきた。スミラは恐る恐る人差し指を見ると、そこには自らの体から生み出されるエヴィで傷を瞬く間に修復していく光景だった。自分の意志とは関係なく、それは発動してしまう。

 

「…っ!これか―――――!」

 

「いやぁ!!」

 

「ぐッ!?」

 

スミラはあまり手を出さないと心得ていたが、とうとうフレートの顔にビンタし、急いでその場から離れる。フレートは尻もちをついて倒れた。

 

「いやっいやっ!もういやっ!貴方とはいられない!さようなら!」

 

「スミラ!!待ってくれ!落ち着いて僕の話を聞いてくれ!」

 

「貴方と話すことなんて何もない!今すぐ私と別れて!この家から今すぐ出て行ってぇぇぇぇええー!!!」

 

スミラは頭を抱えて叫んだ。愛していたのに、本当に彼の事を愛していたのに!!

全部全部自分は騙され、手のひらの上で踊らされていたのだ。この目の前の男によって―――――――――!

 

「お願い出て行って……!お願いっ…お願いよ…!」

 

涙をぼろぼろとこ零し、スミラは荒れた息をゼイゼイと吐きだす。

 

「…、分かった。出ていくよ……」

 

フレートは目を伏せて立ち上がり、スミラの言う通りにした。そうでもしないと、彼女はますます興奮するだろう。

 

「もう二度と来ないでっ……つぁっ!?」

 

頭を両手で抱えて項垂れる彼女の隙をつき、フレートは素早く首の後ろに手刀を入れた。ガクンッと前に倒れこむ彼女の体をそっと抱きかかえる。

 

「ごめんスミラ。手荒な真似して。あとでビンタでも蹴りでもどんな制裁は受けるよ。一旦落ち着いてほしい。僕も悪かったよ、問い詰めるような言い方して」

 

聞こえてはいないだろうが、彼女にこんな手荒な真似をしてまで興奮させ、何も考えず迂闊に話を切り出してしまった自分の無神経さを反省した。彼女は自分とは境遇が違うのだ。バレたら人生の終わり、そう教えられていてもおかしくない。

 

「どんな君でも愛しているから。そして守るから――――――」

 

 

 

『お母さん!見て~!』

 

『まぁ素敵ねレシー。とっても上手に作れているわ、その花冠!』

 

『えへへっ、お母さんにあげるー!』

 

『あぁ何て可愛いのかしら、私の娘レイシアは!』

 

『2こ作ったんだよ!お父さんにもねー、これあげるの!』

 

『きっと凄く喜ぶわ。こんなに可愛い娘からのプレゼントなんですもの。可愛いレイシア、貴方を愛しているわ。どこにも行かないでね、お母さんとお父さんがずっと守ってあげるから――――――』

 

『ありがとうレイシア。父さん嬉しくて泣いちゃいそうだ』

 

ふわふわとした夢現の中、声が聞こえた。もう何年前になるのだろう。母の暖かな温もり、父の大きな背中と腕の中。故郷シューヘルゼの花畑で作った花冠を、両親にプレゼントし、褒められた。母とそっくりな赤いつり目をくりくりとさせた娘を、父は愛おしそうに抱き上げ、頬にキスをした。

 

『貴方は私達の愛の結晶、宝物よ。ずっとずっと愛しているわ、レイシア……』

 

『愛しているよ、可愛い私の娘、レイシア…』

 

お母さん、お父さん…。手を伸ばし、その温もりを受け入れようとすると、それはまるで黒い霧のように消えた。そして聞こえてくる、聞きなれたアイツの声。

 

『スミラ、愛しているよ。この世で一番、君を愛している』

 

『いたた…、アハハ、手が早くて足癖も悪い、スミラのそんな所も、僕は愛してる』

 

『身分なんか関係ない。僕はスミラ・フローレンスという女性ただ一人を心から愛しているんだ』

 

スミラ、スミラ、スミラ、飽きるほど私の名前を呼び、愛していると囁くフレート。無邪気な笑みを浮かべ、微笑みかけてくる。

 

『命に代えても、君の事は守るから』

 

『ずっとずっと愛してる。スミラの全部が好きだよ』

 

『僕の可愛いスミラ…』

 

『ダメよ、私は貴方とはいられない。身分とかそんなんじゃない。ダメ、もうとにかくダメなの。私達は終わりなの!!』

 

それでも、そのフレートが差し出してくる手を、掴みたいと思ってしまう。

 

『僕の事、無理に愛してくれとは言わない。強要したりはしないさ。それは真実の愛って言わないだろ?』

 

『違う!!フレートの事!本当に愛してるっ!愛しているから!どうしていいか分からないの!!』

 

『簡単な事だよ、僕の手を取ってスミラ』

 

『でも私はスミラじゃないっ、私はっ!私はぁっ!』

 

『どんな君でも、愛してる。受け入れるよ』

 

『ほ…んとに…?』

 

『勿論。むしろ今更何言っ――――――』

 

フレートの姿がぼやけ、黒い霧になっていく。掴もうとした手は消え、フレートが消えてしまう―――――!

 

『待って!行かないで!フレート、フレートォ!』

 

 

 

「──────っ!!」

 

スミラはバっと体を起こした。

 

「うわっ!?」

 

聞きなれた声が聞こえた。男の声だった。

 

「っ!!ハァッ…はぁっ…、ここ…は…?」

 

辺りをきょろきょろと見回し状況を確認する。見慣れた自分の部屋でも部屋でも、リビングでも、花屋でもない。さっき見ていたさっきのものは夢だったのだ。しかし、右も左も、青。そして地面を青だった。そして右には銀色の瞳に、紫紺色の髪の神を揺らし、こちらを見つめる男がいた。それは紛れもない、フレートだった。

 

「びっくりした。いきなり飛び起きるんだもの。ここはスミラと僕だけの場所、セルドレアの花畑だよ」

 

ふっと笑い、フレートは顔を近づけてきた。

 

「フレー…ト……?」

 

「あ、大丈夫?落ち着いた?」

 

彼は顔を近づけてきてスミラの顔を覗き込む。

 

「…ッきゃ!」

 

スミラは慌てて顔を引っ込めて離れた。一気に顔に熱が集まるのが分かった。

 

「あっ、ごめんごめんいきなり。でもうっすら涙流してるし、まだどこか傷むかい…?首は大丈夫?」

 

「いっ、いや!何もない!何でもない!……わよ!」

 

「そう?本当に?」

 

「ええ全然!どこが痛いのかこちらが聞きたいぐらい……」

 

そう言いかけた途端、頭が覚醒していき何が起こったのかを思い出した。

 

「そうよ…私は確か…」

 

フレートと夕食をとり、そこまでは良かった。その後彼に自分の正体がバレたのが分かり、錯乱してしまったのだ。

 

「ここなら、スミラも落ち着くかなって」

 

自分の夢を叶えてくれた場所、セルドレアの花畑。時間帯も恐らく夜、いや恐らく深夜に近い。しかしスヴィエートは万年月明りが明るいため、夜でもはっきり分かる。木々にも囲まれていないため、幻想的に月明りに照らされ輝きを増すセルドレアが辺り一面にあった。

 

「綺麗……」

 

「でしょ?空気は澄んでるし、景色も綺麗。これなら落ち着いてスミラと話せるね」

 

スミラの隣に移動し、刺激しないようにフレートは話を切り出した。

 

「スミラ、僕はどんな君でも愛しているよ。僕にとってスミラはスミラだ。レイシアっていう名前の可愛いけど、僕にとってのスミラは、今目の前にいるスミラだから」

 

「あっ、ああっ…、アンタ…私の本名知って…!能力も知って…!」

 

スミラは思わず先ほど怪我をした指を隠した。

 

「うん、全部知ってる。だーいじょうぶ、とって食いやしないよ!何吹き込まれたか知らないけど、僕はツァーゼルみたいな奴とは違うんだ。闇皇帝ってのを気にしてるんだったら、僕は決してそんなことはないって信じてほしい、それにさ」

 

「それに……?」

 

「命に代えても守るって言ったでしょ。スミラの事、全て愛しているんだ。それぐらいさせてよ」

 

「ま…守る…?」

 

スミラは隠した指を恐る恐る解いた。警戒心が薄れていくのが自分でも分かる。

 

「利用しないの…?私を騙してないの…?」

 

「当たり前じゃないか。逆に最初からその気で近づいてたら、こんなに回りくどいやり方しない。すぐに薬でもなんでも嗅がせて、城に連れて行けばいい話でしょ」

 

「……、確かに。そうね…。私、ごめんなさい。フレート、本当にごめんなさいっ。酷いこと言って、叩いたりしちゃって…!」

 

「大丈夫大丈夫、僕にとってむしろご褒美だから!」

 

といって、勢いよく立ち上がった。

 

「あ…そう…」

 

変わらぬいつもの調子を見せるフレートに呆れつつ、スミラも立ち上がる。

 

「君を守るよ。でも守るためには僕の目の届く範囲にいて欲しい」

 

「何それ、私に自由はないって言うの?」

 

「違う。いいかスミラ。もう間もなく、スヴィエートはロピアスと戦争をする。今までずっと仕事で忙殺されてたのはそのせい。本当に始まるんだ」

 

フレートの雰囲気が一気に変わり、スミラの目をじっと見つめた。

 

「せっ、戦争……。それは…」

 

「そう。万が一って事もない。この世に絶対なんて事はないんだ。スヴィエートで一番安全な場所は、皇帝の僕がいる城だ」

 

「城に……、行けばいいの?保護してくれるの?」

 

「うん、僕の目の届く範囲、でしょ。ただしそれには条件がいる。ただの一介の平民を城になんて呼べるわけないし、使用人達や警備軍も納得しない」

 

「じゃぁ…どうするのよ…?」

 

スミラは遠まわしな言い方に眉をひそめた。フレートは、いまいち鈍くて分かっていない可愛い様子にフッと笑いながらも、彼女左手をそっととり、膝まずいて薬指にキスをした。

 

「…スミラ、僕と結婚してくれないか」

 

「え――――――――!」

 

いきなり何をするのだ、と思いきや、フレートは、そう言ってきた。結婚してくれないか、はっきりとそう言われた。聞き違いではない、プロポーズの言葉をいわれたのだ。

 

「勿論、今すぐに結婚式は上げられない。婚約してほしい。僕の婚約者になってほしい。そしていずれ結婚しよう、僕は君と生涯をともに生きたいんだ。これ、受け取ってくれる?」

 

驚きすぎて言葉が出ないスミラにたたみかけるように、フレートは小さな箱を取り出し、開けて中を見せた。

間違いなく、婚約指輪だった。

 

「あっ…ああっ…あぁぁッ…」

 

スミラは込み上げてくるものを、我慢できなかった。大粒の涙が零れ落ち、セルドレアの花びらにポトリと落ちる。

 

「スミラ、愛してるよ。この世で一番、君を愛してる。だから僕の妻になって下さい」

 

「うっうぅぅっ!うううっ!うわぁぁぁぁぁあぁん!!!」

 

「えええ、マジ泣き…!?」

 

わんわんと声を上げて泣くスミラにフレートはおろおろと慌てた。

 

「うんっ…うん…いいわよっ…!アンタみたいな人の面倒を見れる人なんてっ…ひっく、私にしか出来ないだろうし!」

 

「うんうん」

 

「私を惚れさせたんだから責任取りなさいよー!!いつもと恰好違うのも、プロポーズする予定だったからなの…!?」

 

「勿論」

 

「うぇぇ…うっ…ひっく…、フレートの…馬鹿…。今日だけで何回婚約者泣かせてんのよ…!」

 

「ふふふ、でも今は嬉し泣きでしょ?僕も嬉しいよ」

 

「うっ、ふぇ…うぅぅうわぁぁん!」

 

「凄い涙。僕も釣られて泣きそうだよ」

 

「愛してる…!私っ……、フレートの事っ…!この世で一番愛してるっ…!からぁっ!」

 

「ありがとうスミラ。僕今、最高に幸せだよ」

 

ざぁっと風が吹き、青い花びらが夜空一面に舞った。思えば、ここで半年前程にスミラに想いを伝えたものだ。

人生の危機も、人生で緊張する時も、人生で一番幸せなときも、この花畑だった。

 

「いつか、子供が出来たら、またここに一緒に来ようね」

 

「気…早いけど…、うんっ…そうしましょ…。約束よ、フレート」

 

「ああ、約束だ」

 

スミラには自分が、自分にはスミラが指輪をつけてくれた。不思議なことに、両者サイズピッタリであった。そういえば、このことだったのだ。母が言っていたのは。特殊な光術が施されており、指輪をはめた者にぴったりと合う。

 

「アイオライトって言ってたかな。母上がくれたんだ」

 

「綺麗…。とっても…」

 

スミラはうっとりとその銀の指輪を見つめた。小さくアイオライトの宝石が飾られていて、月夜に照らされる。

 

「僕達が年をとって、おじいちゃんやおばあちゃんになっても、一緒にいよう。またここに来よう」

 

「えぇ…」

 

「ずっと一緒にいよう。スミラ。墓だって一緒さ」

 

「アハハっ、そうね…。随分先の話でしょうけどね…」

 

「一緒の墓で眠ろうスミラ。愛してるよ。この先もずっと、愛してる」

 

「私も、愛しているわフレート…」

 

自然と互いの唇が近づき、キスを交わした。願わくば、この幸せが一生続いてほしい、この時、この瞬間をずっと止めておきたい。

それは叶うはずもない絵空事だが、フレートは心からそう思った。

 

やっと真実の愛を見つけたのだ。やっと心から愛せる人が見つかったのだ。幸せになりたい。スミラを幸せにしてあげたい。

そう思うのは、罪なんだろうか。

 

叔父や、叔父に買収された士官学校の同級生を殺した。

オリガやヴェロニカの家系、レイシュマンの血筋を滅ぼした。

そしてこの先も、戦争で多くの命を奪うだろう。それでも、人間の欲というのは止まらない。愛されたいし、幸せになりたい。子孫を残したい。

壊された10代の闇の時代でしかなかった思い出を塗り替えて、全て何もかも幸せになりたい。愛する人との子は、どんなに愛しい存在だろうか。

 

裏切られたくなかった。

今まで散々、裏切られてきた。

 

叔父にも、同級生にも、オリガにも。自分が生まれる前なんて、父は親友に裏切られて殺されているのだ。

 

「もうこれ以上、裏切られたくないなぁ。幸せに、なりたいなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

「何で………、スミ……ラ…、何で……」

 

走馬灯が駆け巡る。ゆっくりと死に近づいていく感覚。腹と胸から血があふれ出し、止まらない。

 

僕の心臓も、もうすぐ止まる―――――――――。

 

(結局僕は、この世で最も愛した女性にも裏切られて、殺されるという結末か……)

 

泣き叫ぶ可愛いわが子の額をゆっくりと撫で、虚ろな目で見つめると、今までの記憶が全て走り抜け、わが子に流れ込んでいる、そんな気がした。

銀色の瞳は父親の僕譲りだが、目元はスミラに瓜二つだ。髪の色は自分の父親譲りのコバルトブルー。それは皮肉か運命か、あの運命の花セルドレアと同じ色。

 

(結婚式…あげたかったなぁ…)

 

死に際は妙に冷静になるものだ。戦争が終結し、落ち着いてからあげようと約束したウエディングドレスを着せるという約束。裏切られてなお、彼女に未練があるとは。

 

(ハッハハ…、僕、本当にスミラにベタ惚れだなぁ…)

 

横目で、生気のない瞳で立ち尽くす妻を見つめる。今更彼女に何故僕を裏切った、と、問い詰めるのは、ただただ虚しくなるだけだ。現実は変わらない。僕はスミラに殺された。それでも、本当にそれでも、最後まで気持ちは変わらなかった。

 

(ありがとうスミラ…、僕みたいな奴に愛を教えてくれて、子供を授けてくれて…。罰が当たったのかな…、叔父の呪いや、その他恨みを買うことはたくさんしてきた…)

 

 

 

今までありがとうスミラ。そしてアルス、2人共この世で一番、愛しているよ――――――――――――――――――。

 

 

 

フレーリットはそう最後に心の中で言い残し、27歳という短い人生に幕を下ろした。

 

 

 

子供と来ることも出来なかった。

おじいちゃんやおばあちゃんにもなれなかった。

死してなお、2人は共にはなれなかった。

 

セルドレアの青い花は散り、海へと風に流され、地平線のかなたへ消えてていく――――――――――――。




アイオライトという名前は「ion(スミレ色)」と「lithos(石)」という二つの単語を合わせた造語だといわれています。その名の通り、少しくすんだような、落ち着いた青紫色の天然石です。アイオライトの最も特徴的な点は、肉眼でもはっきりとわかる「多色性」にあります。多色性とは、見る角度や光彩によって色が変化して見える現象のこと。アイオライトを光にかざしながら方向を変えてみると、紫がかった青色、ごく淡い青色、灰色がかった黄色など、違う色あいを見る事ができるでしょう。

アイオライトは「誠実・貞操・徳望」を象徴する石。
その昔ヨーロッパでは、娘が少女から大人になった時に、両親からアイオライトを贈る習慣があったといわれています。淡い恋を卒業して、本当に誰かを愛する年頃になった時、迷わずに本物の愛をみつけられるように、一途な愛を貫いて幸せを手に入れられるように、という願いがこめられています。このことから、アイオライトは「結婚へ導く石」とも伝えられています。(http://www.natural-style.biz/powerstone/iolite.html参照)

ちなみにスミラ気絶から目を覚ますシーンは、本編のアルスとルーシェが初めて出会うときのやつまんま引用しました。(彼女との出会い、の話より)

あと勘違いして早とちりして、まくし立てるように感情を爆発させて怒ったりするスミラの部分は、何気アルスに遺伝してたりします。(性格は遺伝どうこう、とかいうツッコミはなしで)



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以下思い出


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以下あり得ない未来の挿絵

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以下雰囲気ぶち壊しネタ(本当にぶち壊すので覚悟してください)




















空前絶後のぉぉぉぉ!!!超絶怒涛のセクシー皇帝!!スミラを愛し、様々な女性に愛された男!!火遊び、見合い、純愛、すーべてのアルスの現代イザコザの生みの親!!!

そう!!この僕こそはぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!

身長186cm、体重73kg!
貯金残高、150兆とんで80万ガルド!(国家予算)
個人金庫の暗証番号、6974。
金庫は今、執務室に置いてあります!
スミラさーん!!今がチャンスです!
もう一度言います!!6974!!

ロクデナシって覚えてくださぁぁあぁあい!!!!


そう、全てを曝け出した僕はサンシャイィィィィィィィン!!!!!フ!!レェ!!ボゴォ!!!!リット!!!!!!!!!!

イェェェェェェェェェェェェ!!!!!ジァァァァァァァァスティス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


アンディ・ボロトニフ(理想cv:KENN)
「最高に痺れるッス!!!司令ィィ!!」

テリー・コサレフ(理想cv:安元洋貴)
「何気肺活量すごいな」

イース・ケレンスキー(理想cv:杉山紀彰)
「司令体張りすぎ」

ラルク・ニジンスキー(理想cv:島崎信長)
「誰かに脅されてやったんですよね!?でなければ個人金庫の暗証番号なんて教えるはず無いですよね!?誰ですか!?脅した奴は!俺が今すぐ殺してきます!!国家予算を狙う輩め!!」

トーダ・ストフール(理想cv:黒田崇矢)
「疲れていれば、人間はっちゃけたくなる時いくらでもある」

スミラ
「うるさい」



頑張って過去最多の1話2万文字書いたんで感想落としてくれると死ぬほど嬉しいです。

死ぬほど嬉しいです。











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本編 第2部折り返し
エーテルとロダリア


「……一体何がどうなったのよっ……?」

 

ルーシェが突然胸を押さえ苦しみ出したかと思うと光に包まれた。カヤは目元を手でこすりボヤける風景に焦点を合わせた。ラオがふらりと立ち上がっているのが第一に見えた。ラオはガットとアルスが倒れている方へ駆け出している。次にノインが首を回しているのを見た。

 

「ここって……ハイルカークの大聖堂ですよ!過去に来た時と一緒の場所だ!」

 

ノインが辺りを見回して言った。

 

「なら、ルーシェの変な光で飛ばされたって事?あたし達またふりだしに戻されたわけ?」

 

カヤの問いに、

 

「いや、多分…、現代に戻ってきたんだ…!椅子が過去の時より古い。小生達の時代、現代に戻ってきたんだ!」

 

「そのようですわね……フフフ」

 

と、フィルは椅子を確かめるように触りながら言った。ロダリアは不敵な笑みを浮かべてふらりとその場から離れていった。

 

今大聖堂はアルス達以外誰もおらずしんと静まり返っていた。

 

「そうだ、アルスとルーシェはっ!?」

 

カヤは2人の姿を確認した。ガットの背に折り重なるにようしてアルスがうつ伏せで倒れている。隣には駆け寄ったラオが心配そうにオロオロと2人を見つめていた。

 

「あわわ……脳筋!アルス!しっかり!」

 

ラオはガットの肩を揺すった。

 

「う、ぐ……お、重い…!」

 

「ダイジョウブ?」

 

ガットはなんとか両手で立ち上がろうとするがアルスが重荷となっている。ラオが手伝い、アルスの体をそっとどかせた。

 

「ガット!アルスはどうなったの!?」

 

カヤはアルスの傷を見て言った。しかし、既にそれは治りかけていた。

 

「わ……っかんねぇ…、俺の治癒術が効かねぇけど、なんか勝手に再生してやがんだよ…!」

 

ガットはアルスの刺された腹を確かめつつ答えた。確かに、彼の言う通りだった。刺された傷の部分から、蒸発するように煙が発生し、驚異的な再生が行われている。

 

「これって………スミラさんのあの肩の傷の治り方に似てません?」

 

ノインがモノクルをかけ直しながら言った。そう、アルスがスミラの肩に負わせた傷も、同様に驚異的な速さで治っていたのだ。ノインはそれをはっきりと目撃した。

 

「再生能力………?」

 

ラオが傷口を眺めて言った。

 

「そうだルーシェは?ルーシェはどこなのよっ!?」

 

カヤはハッとしてきょろきょろと左右を見る。ルーシェの姿だけ確認できていない。

 

「あ、あそこだ!」

 

フィルが指をさした。クロノスの結界へと続く壁のアーチ状の入口。その地下螺旋階段へと続く階段の1番上に、横たわるようにしてルーシェは倒れていた。

 

「ルーシェ!」

 

カヤは急いで彼女に駆け寄り、抱き抱えた。ピクっと瞼が動いたかと思うと、ルーシェは目を覚ました。

 

「あ…れ……、私…。どうなったの……?」

 

「それはこっちのセリフよ!アンタが胸を押さえて苦しみ出した途端、多分だけどいきなり現代に戻されたのよ!」

 

「う、うぅ〜ん……」

 

ルーシェは頭を抱えて起き上がった。そしてハッとした。

 

「そうだ…!私!確か、アルスが刺された直後、頭の中でクロノスの声が響いて……、その後クロノスに精神を乗っ取られたんだ!」

 

「の、のっとられたぁ!?」

 

2人の会話を聞いていたノインが「やはり」と、言った。

 

「クロノスはルーシェの体を使って、フレーリットさんにセルシウスの力がどうとか言ってたましたよね?」

 

「そんで結局フレーリットに返り討ちってワケ?ルーシェの体勝手に使って何やってんのよあの色黒精霊はっ!?」

 

カヤは身勝手なクロノスの行動に腹を立てた。精神を乗っ取られたルーシェは外傷を負わされたのだ。

 

「うぅ……、なんだか、凄くお腹が痛いよぉ……カヤ」

 

ルーシェはフレーリットに蹴られた腹を押さえた。ズキズキと鈍い痛みが続く。

 

「あぁもぅ、大丈夫?あたしが治癒術使えないのがもどかしい!」

 

「アハハ……、心配してくれてありがとうカヤ。大丈夫。なんとか自分で治せるよ…、それに私って昔からなんか傷の治り早いんだぁ。だから大丈夫だよ」

 

ルーシェはそう言うと腹に手を当てて治癒術を発動させた。しかしルーシェは突然ハッとした。

 

「そうだ!アルス!アルスは!?」

 

ルーシェは慌てて立ち上がるとアルスの姿を探した。

 

「ッ!」

 

キン、と頭の中で何かが響いた。ルーシェは時が止まったように立ち止まる。

 

(─────我だ)

 

クロノスの声だった。

 

(クロノスっ!?一体全体どうして貴方が私の中に入ってるのよ!?)

 

(案ずるな、すぐに返す。今度は意識を完全には奪わない)

 

そして借りるぞ、と一言言った。するとすぐにルーシェの意識はまたフッと落ちていった。

 

「ルーシェ?」

 

不審に思ったラオが声をかけた。しかし、ルーシェの中には今クロノスがいる。ルーシェとは全く違った口調で喋り出した。

 

「我はクロノスだ」

 

「マジで?」

 

ラオが目を丸くして言った。

 

「はぁっ!?ちょっと!何勝手にルーシェまたのっとってんのよ!?この色黒精霊!」

 

カヤは指をさしてクロノスを非難した。

 

「最初に貴様と出会った時、我の力の一部をこの娘に宿した。そのおかげで貴様らは生身の人間にも関わらず長時間過去に存在できたのだ。普通なら精霊の自然の摂理とでも言おうか。時の力の作用によって現代の者は現代に戻されてしまう。その時代にはいなかった異端とみなされてな」

 

クロノスはあらましを話した。しかし、カヤが知りたい肝心な所は話していない。

 

「アンタ!それはそれとして、何ルーシェの体勝手に使ってんの!そのおかげでフレーリットに怒られてルーシェは蹴られたんだからね!?思いっきりぃ!」

 

「そう、フレーリットだ。あやつはマクスウェルの力など持ってなどいなかった」

 

「…はっ?」

 

いきなりの事に混乱するカヤはぽかんとルーシェを見つめた。

 

「どうゆうことですか、クロノス」

 

ノインが言った。

 

「我は各々の霊勢を感じ取ることができる。薄々貴様らも気づいていただろうが、フレーリットはマクスウェルを持ってなどいない。それ以前にスヴィエートにマクスウェルの霊勢も感じなかった」

 

クロノスはきっぱりと言った。しかし、これでは辻褄が合わない。フィルが疑問をぶつける。

 

「どうゆう事だ?ならマクスウェルは今どこにいる?フレーリットが持っているというのを確かめるために、小生達は過去へ行ったのではないか!」

 

アルスを傍らで見守るガットも同じように言った。

 

「そうだぜ!イフリートの奴が言ってたんだ!スヴィエートにマクスウェルの霊勢を微かに感じられるって!」

 

「確かに、現代はな」

 

ルーシェに入ったクロノスは目をつぶって言った。

 

「だが、貴様らが行った過去では、まだマクスウェルはロピアスにいた」

 

「………何だって?」

 

アルスが刺された腹を押さえつつ、状態を起こして言った。元々意識はあった。仲間達の会話も聞こえていたのだ。

 

「お、おい!?アルス!?お前……!」

 

ガットは突然の事に口をあんぐりさせた。彼の口の端に付いた血はすっかり乾ききっている。しかし、かなりの重症だったはずだ。こんな短時間で治る筈がない。

 

「どうゆう事だ、クロノス……!俺達を騙したのかっ……!?」

 

ルーシェ…、もといクロノスは鼻で笑った。

 

「騙した?ハッ、責任転換もいいところだ。これだから人間は。いいか、我はあくまで、過去へ行く事を手伝っただけだ。その先協力するとは言っていない」

 

「なっ……、それっ……は……」

 

アルスは狼狽えた。確かにそのとおりだったのだ。

 

「貴様個人の願いとやらの両親の死などというのも、我にとっては至極どうでもいいことなのだ。偶然我と貴様らの利害が一致したからついでに過去に連れていってやったようなものだ」

 

「両親の………死………」

 

自分が過去に行く前に話した事だ。

 

(結局、これと言った手がかりはつかめなかった……のか?)

 

アルスは記憶をたぐり寄せた。フラッシュバックして、あのインパクト抜群の強烈な出来事が思い出される。

 

(いや、掴めたのだが、何がなんだか分からなさすぎた。あの一面写真部屋……。父のストーカー被害など、スミラの父暗殺事件にそもそも関係あったのだろうか?)

 

アルスにとって、あの気持ちの悪い空間は忘れたかった、見たくなかった出来事の中で1番だ。ただでさえ父に対してもコンプレックスを抱いているというのに、父に劣った事を咎められ、本人に睨まれているようで気味が悪かった。あの時は早くあの空間を抜け出したい一心だったのだ。

 

アルスが20年前の過去で見た情景を思い出している中、クロノスは続けた。

 

「我にとって、別に一人や二人の人間の運命がどうなろうと気にしたことではない。それが過去に起きた事によって現代があるという場合も少なからずあるのだ。それに精霊の我にとって、人間の人生、運命などどうでもいい」

 

クロノスは冷たい瞳で皆を見つめて言った。

 

「だがあまりに歴史が動く出過ぎた行動をすると、ルーシェの中に入っているほんの一部の我の力だけでは、狂いすぎた未来には戻りにくくなる。それを危惧して過去へ送る直前にあのような事を言ったのだ」

 

「何よそれー!時は人を待たない、とか意味深な事言っといてー!?」

 

カヤがあの時言ったクロノスの口調を真似して言った。

 

「しばらくこの娘の体に馴染む時間が必要だったのでな。あまり我にとって芳しくない行動はとってもらいたくなかった。それでもこの娘は余計な道草は食っていたようだが、結果オーライと言うことにしておこう」

 

(クラリスの事か……)

 

アルスは思った。そしてクロノスに言った。

 

「しかし、お前は偶然利害が一致した、と言った。そして、芳しくない行動をして欲しくなかった、とも言っている。つまり、20年前に行く事に対して、お前個人の目的もあったわけだ」

 

「フン、それを知ってどうなる?元より、聞かれても答える義理はない。ただ、そうだな。これだけは分かっただろう?フレーリットとやらがマクスウェルを掌握していたというのは、お前の勝手な思い込みだ」

 

「っ!」

 

アルスは痛いところを突かれた。ぐうの音も出ない。

 

「我が気になり確かめてはみたが、あやつはセルシウスの力は持っていた。だが、それだけの事だ。氷の精霊、セルシウスの力だけ。どうやって手に入れたのかは知らんが、それだけを知れたのは大いなる収穫だったのではないのか?ふははは!」

 

そう、クロノスはこう言いたいのだ。アルスは言い換えて言った。

 

「過去に行って、一番知りたかった目的…。それは父、フレーリットがマクスウェルを掌握しているかどうか。しかし、結果は掌握していなかった、という情報だけ……。ただ、それだけ……」

 

「そ、そうだネ……」

 

ラオは頬をかき、気まずそうにそっぽを向いて肯定した。彼にとっては自らの重要な事が過去に行ったことで判明したのだ。しかし、まだ仲間達誰一人とて話してはいない。

 

「っざっけんなテメー!人をコケにしやがってー!?」

 

「そうだそうだ!小生は危うく死にかけるところだったんだぞ!?それぐらい苦労して調べに行ったのだ!」

 

「知ったことか。我の目的は多方果たせたのだ。この娘は今しばらく返してやるとしよう」

 

クロノスはルーシェと意識を離した。途端ルーシェはふっと倒れ込み、カヤが慌てて支える。

 

「おっとと。あんの色黒精霊ー!!好き勝手やりやがってー!」

 

「どこ行きやがったー!?」と、カヤはメラメラと復讐の炎を燃やした。今度ははっきりと会話を聞いていたルーシェだ。目を覚ますと慌てて弁解に入る。

 

「まぁまぁ!カヤ、ガット!フィルちゃん!落ち着こう?ガット、少なからず少しは収穫あったでしょ?ほら!ハーシーさんの事とか、ね?前向きに考えてこ!」

 

騒ぎ立てる2人をカヤは慌てて止めた。

 

「ハーシー……。ま、まぁ……そりゃ……、そうだけどよぉ…」

 

ガットは少し合点がいったが、ノインはふと思った疑問をぶつけた。

 

「ん?待ってくださいよ?そもそもこの、『過去に行こう』っていうこの案を出したのは誰でしたっけ?」

 

「え?確かロダリア……だったよね?」

 

カヤは確認するようにガットへ首を傾げる。

 

「お?おう。あ?つか、ロダリアは?」

 

「あれ?師匠?」

 

皆、姿が見えないロダリアを探した。

 

「彼女は一体どこへ?」

 

まだ完全に傷が治ったわけではない。アルスは柱に掴まりつつなんとかふらふらと立ち上がりロダリアを探した。

 

「……ん?」

 

アルスは小さい子供がいつの間にかこの大聖堂にいることに気づいた。

 

「あの子は……、確か以前エルゼの港で……」

 

その子はレインコートのような物を着ていた。雨の中、傘を持っていたのにも関わらず指してはいなかった。とにかく、不思議な雰囲気を持つ子供だった。

 

「あれっ?あの子何でこんな所にいるのっ…?」

 

「え?何ルーシェ、あの子知ってんの?」

 

「う、うん。でも私とアルスしか知らないと思う…。前にエルゼ港で会ったの。落し物を届けてくれたんだけど……?」

 

カヤに聞かれたルーシェも、彼の姿を見て不思議に思った。どうして今この大聖堂にいるのだろか。彼は、首をぐりんと回すとアルスをまっすぐ見つめた。

 

「っ……な、何だ…よ…!?」

 

アルスは反射的にビクッとして一歩下がった。前と動揺、何故かコイツの無機質な瞳に見られると気味が悪くて仕方が無い。そして、おもむろに柱の影からロダリアが姿を現した。

 

「エーテル、目的は達成出来ましたわ。オリガ達も外にいるのでしょう?作戦を開始してください」

 

「了解シマシタ…」

 

少年は傘の尖端をコツン、と床に突いた。

 

「ごきげんよう?」

 

「ロダリアさん?」

 

アルスが一体何を、と言いかけた途端、

ドオォオオオォン!!と、大聖堂の外から大きな爆発音が聞こえた。衝撃は大聖堂にも響き、音は反射し、響きわたる。

 

「何だっ!?」

 

アルスはいきなりのことに、慌ててバランスを崩さないように柱に掴まる。パラパラと上からレンガの破片が落ちてきた。

 

「ゴホッ、げほっ、オイ!ロダリア!お前何をした!?」

 

ガットは土煙を払いながら、ロダリアを探した。しかし、見たのはエーテルと呼ばれた少年と共に大聖堂の外へ出ていく彼女の姿だった。

 

「っとにかく彼女を追うぞ!……ぅっ!」

 

アルスは柱から手を離し追いかけようとした。しかし、まだ傷が完全に癒えている訳ではない。アルスは鋭い痛みに耐えかねてドサリとうつぶせに倒れた。

 

「アルス!」

 

ラオが駆け寄り彼を起こした。

 

「アルス!大丈夫!?」

 

「オイ!ったく無茶すっから!」

 

ルーシェとガットも駆け寄った。

 

「ルーシェ、アルスに治癒術を頼む、俺の治癒術がなんでだか知らねぇが全く効かないんだ」

 

「えっ?嘘?どうして?」

 

「いや、俺にもよく分かんねぇけどよ……」

 

アルスはその会話を聞いて驚いた。

 

「何だって……?じゃあ一体誰がここまで傷を治したんだ?ガットじゃないのか?意識は薄々あった。ルーシェに治されたという記憶はない」

 

「アルス…、自覚ないの?君は自力で傷を治していたんだヨ。傷が再生していた。驚異的な再生速度で傷が治っていくのをボク達は見た」

 

ラオの答えにアルスは目を見開いた。

 

「何だと?」

 

「とにかく、アルス。じっとして、今治すから……」

 

ルーシェはアルスの腹に手を当てた。治癒術をかけようとした瞬間、

 

「っ触るな!」

 

アルスはその手を払い除けた。

 

「ッ!」

 

ルーシェは揺れた目でアルスを見つめた。

 

「おいお前……!」

 

「アルス、今のは流石にチョット…」

 

ルーシェを心配したガットとラオはアルスを睨んだ。

 

「ちょっとアンタァ!?何してんのよ!?ルーシェが治してあげようってんのにその態………」

 

カヤもそれに見かねてアルスに物申したが、

 

「っ、早く!早く中へ逃げ込めー!!」

 

その声を遮るように男の声が響き怒涛の人ごみが大聖堂の出入り口にごった返した。

 

「大変だ!早く!早く医者を!?」

 

「あぁ、助けて!息子が!息子とはぐれてしまったのよぉ!?」

 

「誰か!コイツを運ぶのを手伝ってくれ!足を怪我してんだ!」

 

ハイルカークの住人と見られる人達が瓦礫や土煙に汚れ、火傷等の傷を負いながら大量に大聖堂へと避難してきた。

 

「なっ、何なんですかこれはっ!?」

 

「ノイン!一体外で何が起こってる!?」

 

人混みに揉まれたノインとフィルは慌てて端の壁に両手を張り付けて避難した。

 

「だあぁっ!こんな人だらけじゃルーシェの治癒術なんか使って見られでもしたらパニックが起きちまう!怪我してんなら尚更だ!」

 

ガットはどんどん押し寄せてくる怪我人を見て言った。大聖堂はさっきとはうって変わって呻き声や泣き声、人の熱気に包まれている。ルーシェは立ち上がり、

 

「外で………何が起こってるの……?」

 

と、震えた声で言った。

 

「おいアルス!掴まれ!」

 

ガットはアルスの肩を担ぐと出入り口へと走り出した。

 

「とにかくお前ら!ロダリアを追うのと!状況把握のため外いくぞ!」




エーテルは序盤の男の子で、アルス達をストーカーして監視していた少年です。一応、アルスとルーシェがアジェスで両親の話題を話していた描写入れたんですが、あの時の最後の怪しい声の正体がエーテルです。


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裏切り者

外へ出ると、過去初めて行った時のより悲惨な光景が飛び込んできた。皆、目の前の光景に目を疑った。

 

「誰か、助けてくれ、手を貸してくれ、頼む……!足が折れてて、歩けねぇんだっ……!」

 

「早く瓦礫をどかして!大勢の人が生き埋めになってるのよっ!」

 

「お母さん!お母さんどこっ!?ぅあわぁああああん!!」

 

「軍は!?ロピアス軍は何をしているんだこんな時に!どこに派遣されているんだ!?俺ら国民を守るのが軍の勤めだろ!」

 

「………ッ何だ…、これは………!?」

 

アルスはガットに肩で支えられながら震える声で言った。

 

遠くで燃え上がる火柱、崩れ落ちた建物。あちこちに転がっている人、パニックになり逃げ惑う人々。足の骨が折れて歩けなくなっている男性、頭から血を流しながらも、瓦礫に埋まる人を必死に助ける女性、母を求めて泣き叫ぶ少年。これがあの栄えていたハイルカークなのだろうか?

 

「ねぇチョット!一体何が起こってるの!?」

 

ラオは大聖堂へ避難してくる一般人の男性を捕まえて聞いた。

 

「テロだよ!テロ!いきなり色んな建物が爆発したんだ!あの鉄道爆破事件の時みたいに!」

 

男性は早口に言った。次の瞬間、またドォォン!と爆破音が聞こえた。男性は悲鳴をあげた。

 

「テロ……!?」

 

「ああそうだ!漆黒の翼による、爆破テロだよ!!!」

 

フィルは持っていた杖をカシャン、と地面に落とした。呆然としている中男性が横を通り抜け聖堂へ向かって走っていった。

 

「漆黒………の、翼………!?」

 

フィルはうつむいて目を泳がせた。嫌な予感はしていた。大聖堂でロダリアがあのような行動をとった時から。いや、それ以前に前サーカス団に泥棒が入った時もそうだ。何も盗まれなかったのではなく、盗まれたのはきっと何かの情報だったのだ。そして、その後巡り合わせるようにアルス達と出会った。その時のアルス達の目的は、鉄道爆破事件を調べることだった。

 

フィルは口の中がカラカラになった。全てが繋がったような気がした。このような最悪な形で。

 

「漆黒の翼って、確かロピアスで有名なサーカス団だったわよね?」

 

カヤが言った。ルーシェは頷いた。

 

「うん。フィルちゃんは、そのサーカス団の大トリをつとめてた……」

 

ルーシェに続けるようにしてノインが、

 

「ええ、そして……ロダリアが幹部として所属していた組織でもある……!」

 

と言い、くそっ、と地面を蹴った。

 

「カイラ店長の予想は当たっていたようですね………。店長に言われて、監視していたとは言え、まさかあんなタイミングでやられるとは思いませんでしたよ!過去から帰ってきてゴタゴタしていたとはいえ、僕が油断したせいだ…!彼女が、ロダリアがこれの首謀者に違いない!」

 

「う、嘘だ……、しょ、小生の、小生の家だったんだぞ……!?サーカス団漆黒の翼は!小生の帰る所だった!!それが、それがテロ組織……!?この状況を作り上げたのが、漆黒の翼……!?」

 

「フィルもさっき見ただろう!?ロダリアとあのエーテルと呼ばれる少年が共謀して、この爆破テロを引き起こしたんだ!」

 

ノインはフィルの肩を掴んで言い聞かせるように言ったが彼女は振り払うように下がり叫んだ。

 

「う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

フィルは首を激しく振って否定した。

 

「そんなのっ!!そんなの小生は認めない!認めてやるものかっ!!だって、皆、仲良く、家族のように暮らしていたのにっ…………!」

 

フィルが現実を受け止めきれないでいた時、突然セーレル広場の方向から花火のようなものがあがった。

 

「あれは、あれはっ……!漆黒の翼が使っていた打ち上げ用の花火……!!」

 

フィルがひきつった声で言った。まさしく、そう。漆黒の翼である線がいよいよ高まってきたのだ。いや、もうこれは確実と言ってもいいだろう。

 

「とにかく、あっちにロダリアがいるかもしれないヨ!行ってみようヨ!!」

 

ラオの言葉に皆賛同し、広場へと急いだ。その後方、丁度駅から出てきた2人の赤髪の男女がいた。赤髪の青年は外の様子に気づくと慌てて様子で隣の女性に話しかけた。

 

「おわっ!?何だよこれっ!?楽団の収入も安定して、やーっと治った鉄道でここまで来れたと思ったら、なんか大変な事になってんぞ姉ちゃんっ!?」

 

「なぁロイ、あの人達の後ろ姿…、なんか見覚えないか?」

 

彼女はアルス達を指さした。しかし、ロイが見た時その姿は人混みに隠れてしまい確認できなかった。

 

「え?どれ?なんか皆パニックになってごった返してて誰が誰だか分かんないよ。つーか、どうするコレ?まぁ姉ちゃんなら迷わずここはやっぱ救助活動に協力する……ってオイ姉ちゃん!?どこ行くんだよ!?」

 

ロイは広場へ走り出した姉を追いかけた。

 

 

 

セーレル広場では、大勢の人が集まって混雑していた。一般人、ロピアス兵、そして広場の中央、ステージの上には奇抜な格好の集団がいた。

 

「何だ、あいつら……?」

 

アルスが言った。それらはピエロの格好をしたり、仮面をかぶったり、メイクで顔が判別出来ない人がほとんどだった。ロピアス兵が怒鳴りその集団を止めに入ろうとしている。

 

「捕まえろ!そいつらがテロを引き起こした集団だ!!」

 

「静まり給え、ロピアスの兵よ」

 

「なっ……!?体が動かないっ!?」

 

突然、そう声を響かせて言い、手をあげてロピアス兵を制止させた男がいた。特殊な光術を使っているのだろう。ロピアス兵は身動きが取れなくなった。

 

その集団の中央の人混みが割れて、1人の仮面をかぶった男が出てきた。彼はまた、ある光術を使って全体に響き渡るように、声を拡張させて叫んだ。

 

「我々!!漆黒の翼!もとい!国際テロ組織リザーガは!!ロピアスとスヴィエートとの和平など!決して認めない!!」

 

「あの声は、司会のジュベール!?それにリザーガって……!?漆黒の翼は、小生の家が、国際っ、テロ組織……!?」

 

アルス、ガット、ルーシェもその声には聞き覚えがあった。サーカスを見に行ったとき、司会者をしていた男だ。フィルは絶望し、頭を抱えた。無理もない。自分の帰る場所、家の正体はリザーガという国際テロ組織だったのだ。

 

リザーガ、アジェスに行った時初めて聞いた組織の名前だった。そいつらの目的は一貫している。戦争を起こす、これに尽きる。しかし、ここまでするとは三国を敵に回していると言ってもいい。彼らの目的は一体何なのだろうか?

 

「そしてこの平和条約という、ふざけた条約!!」

 

仮面の男はロピアスで発行されている新聞の一面を見せびらかした。以前発行されたものだ。その一面に掲載されている写真は、アルスがレガルトとしっかりと握手を交わした時だった。そう、まさに、一時的ではあるが事実上スヴィエートとロピアスの間に平和条約が結ばれた時のだ。

 

「長年争い続けてきたスヴィエートと和平を結ぶなど、我々ロピアスにとって屈辱にも近い!そうは思わないか!ロピアス兵よ!?」

 

その呼びかけにロピアス兵は困惑した。

 

「た、確かに、今まで仮想敵国はずっとスヴィエートだった……」

 

「ロピアスの敵といえば、スヴィエートだ…!」

 

ざわざわとよどみ始めたロピアス兵。仮面の男、ジュベールは演説を続けた。

 

「宿敵として争ってきたスヴィエートのお情けと憐れみをもってして!このふざけた条約は無理やり通された!!」

 

「そんな馬鹿な!レガルト女王が握手しているじゃないか!」

 

「そうだそうだ!!レガルト女王は今後のロピアスを思って、あの決断をなされたのだ!!」

 

一般人の男達が叫んだ。ジュベールは首を振った。

 

「女王は、我々ロピアスの民に、今後の生活の安定を約束された!そう!長年続いた悪天候を改善すると!」

 

「そ、そうだ!女王はそう言ってた!スヴィエートと協力してこの問題を改善していくと!」

 

「そうらしいなぁ!?だが、ハイドディレからこんな情報が手に入ったぞ!?」

 

ジュベールは嘲笑った。そして、後ろからある人物のを手で招いた。その人物は、扇子を広げて上品な笑みを浮かべてていた。そして帽子をくい、と直した。フィルはその姿を見て、静かに呟いた。

 

「──────し、師匠…………」

 

目の前が真っ暗になった。その人物は、紛れもなくロダリアだった。

 

「こんにちは皆さん。私は、漆黒の翼のプロデューサーという仮面と共に、王立情報期間ハイドディレの諜報員としても暗躍していましたわ」

 

ざわざわと一般人も、ロピアス兵も困惑した。

 

「そしてある時、悲しい事にこんな情報を手に入れてしまったのです。まずは、何故栄華を極めたロピアスがここまで落ちぶれてしまったのか、その理由をお話いたしましょう」

 

ロダリアはわざとらしく肩をすくめた。

 

「そう、前スヴィエート皇帝であるフレーリット……。彼は、この国にとって、まさに死神、疫病神ですわ。そして更に悲しい事に、この悪天候の原因を作り出したのは、他でもない、その死神フレーリットだったのです!!彼はロピアスの恵まれた天候を妬み、その恩恵を奪い取りましたわ」

 

「な、何だと!?」

 

「それは本当なのかっ!?」

 

「し、しかし!先の大戦、20年前からロピアスが衰退している事は確かだ!」

 

「天候だってそうよ!アルモネ島を取られて、私達ロピアスがスヴィエートなんかに大敗してから、この国はおかしくなってるのよ!!」

 

「当時のスヴィエート皇帝フレーリットは、圧倒的な指導力で軍事を牛耳ってた!」

 

「アイツが今言った通り奴が何かしたに違いない!!きっとそうだ!」

 

大衆が大きくざわついた。しかし、アルスは納得できない。一体何を血迷った事を言っている?今まで何を見てきたのだ彼女は?確かにスヴィエートにマクスウェルの霊勢があるとは判明したが、フレーリットが掌握していたわけではなかった。

 

彼女の言っていることは、全くの虚言だ。

 

「何言ってるんだロダリア!?お前は今まで何を見てきたんだ!」

 

「おいアルス!?」

 

アルスはガットの肩を振り払い、前へ出た。ロダリアはそれを一瞥し、口角をあげて笑った。

 

「そう、そして!あろうことか、いいえ?こんな事があってよろしいのでしょうか?そこのフレーリットの息子、現皇帝、アルエンスこそが!このふざけた平和条約を提案した張本人なのですわ!」

 

ロダリアは目の前のアルスを指さした。大衆の注目が一気にアルスに集まった。ジュベールがロダリアに続いた。

 

「だから言っただろう!お情けと憐れみだと!!ロピアスを馬鹿にするのも大概にして欲しいものだ!?何故なら彼は、まるであてつけのようにロピアスに恩を売っているのだから!これはスヴィエートによる余興にも近い自作自演だ!!」

 

「ど、どうゆうことだ!?」

 

大衆の中から一人が叫んだ。ジュベールは答える。

 

「ロピアスが困っている原因を作り上げたのは、さっき説明したとおり他でもないスヴィエート…。それを一緒に協力して解決するなどと、女王は言っていた。しかしそれはうまいこと口車に騙されただけだ!掌で転がされていると言っているのだ!女王はまだ若い。仕方のない事かもしれない。しかし、スヴィエートの、あの死神フレーリットのような外道なやり方は、しっかりと息子にも受け継がれているのだ!協力するなど、民にかこつける都合の良い口実に過ぎない。手段もない、後戻りもできない、ロピアスはスヴィエートに頼るしかない!そう、スヴィエートがやろうとしている事はきっとこうだ!ロピアスの困っている事を、スヴィエートなら簡単に助けてやれる。だから今のところ緩和しておいてあげるけど、この先の恩返しはよろしく頼むよ、とな!!」

 

「ッデタラメだ!?おかしいだろ!?レガルトに聞けば分かる!奴の言ってることは全部デタラメだ!騙されるな!」

 

アルスは叫び、周りを見回した。しかし、味方になってくれそうなロピアス人は誰一人いなかった。

 

自作自演。つまりそうゆうことだ。スヴィエートが作り上げたロピアスの改善不可能な不幸を、恩着せがましく、スヴィエートが解決してあげますよ。今はスターナー条約を緩和してあげるけれど、その後の報酬はよろしく頼みますよ、とそう彼は言いたいのだ。

 

勿論、こんな事はアルスは微塵にも思っていない。純粋に平和を望んでいるのだ。ジュベールは声を荒らげて続けた。

 

「我々は訴え続ける!この腐れ、狂ったロピアスの政策が変わらない限り!!このテロは続くのだ!!分かってくれロピアスの民よ!!これは、平和ボケした同胞に対する鼓舞だ!!目を覚ますのだ!!我々の敵は何だ!?」

 

あるロピアス兵が答えた。

 

「スヴィエートだ!!」

 

「死神フレーリットの息子だ!!」

 

「そうだとも!!!そこのアルエンスだ!!よくもぬけぬけと現れたものだ!!さぁ!!どうする同胞達よ!?彼という、ロピアスの不幸因子を取り除かなければ、テロは続くだろう!落ちぶれた政府への悲痛な訴えとしてな!!」

 

ジュベールが叫んだ。大衆は暗示にかかったように付和雷同していった。

 

「そうか、そうだったのか……!」

 

「全部スヴィエートが悪いんだ!!」

 

「死神の息子め!!ロピアスの毒だ!」

 

ロダリアはほくそ笑んだ。群衆とは、愚かなものだ。思考が単純になり、暗示にかかりやすくなる。そう、今となってはロピアス兵は、当初の目的だったテロ組織漆黒の翼、もといリザーガを捕まえるという事が、今の状況を作り上げた人物としてあげられたアルスを捕まえる、という事にすり変わろうとしている。

 

アルスはロダリアを睨み、反論した。

 

「ふ、ふざけるな!?何を言っている!?そんなの!貴様らのエゴに過ぎない!!言ってる事がむちゃくちゃだ!ロダリアの言っている事は全て嘘─────」

 

「皆さん!!宿敵スヴィエート人などに、耳を傾けてはいけませんわ!!ましてや死神フレーリットの息子ですわよ!?彼が言っている事こそ、嘘にまみれた外道なのです!私達を信じてください!私達は、何かおかしな事を言っていますかっ!?」

 

ロダリアはかぶせるようにしてアルスの声を遮った。

 

「ッ、ロ、ロダリアさんっ……?」

 

冗談だろ、とアルスは呆気にとられ思わず顔がひきつり、笑ってしまった。そして次に、ふつふつと怒りが湧いてきた。仲間だと思っていたのに、あっという間にこんな形で裏切られた。

 

そう、今、これだけは分かる。アルスはついにそれを言葉に紡ぎ、叫び、糾弾した。

 

「──────この、裏切り者!!!」




テイルズ恒例の仲間裏切りイベント


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赤髪姉弟

「裏切り者?おかしな事を言いますわね?」

 

「っ何?」

 

ロダリアは口を歪ませて笑った。

 

「私を裏切り者と呼ぶなら、貴方のもう1人のお仲間、ラオはどうなんです?」

 

「っ!?そ、それは!?」

 

目を泳がせたアルスを見てロダリアはまくしたてるように早口で言う。

 

「ラオは貴方の祖父であったサイラスという人物を殺した。フレーリットが言っていたではありませんか?過去に行って、何も成果が無かったなんて事はありえません。この衝撃的な事実が判明したのですから、ね?」

 

「そ、それ、はっ、で、でもっ……!?」

 

過去から戻り、まだ状況の整理がついていなかったアルスを追い詰めるように、ロダリアはその話題を蒸し返した。アルスの後ろにいたラオはそれ聞き、慌てて前へ出て強く講義した。

 

「違うんだヨアルス!ボクはサイラスを殺してなんかない!後で事情は必ず説明する!あれはフレーリットの誤解なん────」

 

「今の彼に、何を言っても無駄ですわ。愚かなアルエンス。フフフ、ホホホ、オーッホホホホッ!!」

 

ラオの言葉を遮るようにロダリアは被せて言った。アルスを見下ろし、冷たい目で彼を見つめる。

 

ロダリアの言う通りだった。アルスは下を俯き、混乱したように首を振っている。そして、今アルスの耳に誰の声も響かない。ロダリアは扇子で口を押さえ、今まで見たことない笑い方をしている。それは、フィルでさえ見たことがなかった。フィルは胸を押さえた。

 

「う、うそ、嘘だ…、し、師匠っ……!ホントに、裏切ったなんて……!ぅっ、あっはっ、ハァッ!はっ!ハァっー!」

 

そしてフィルは膝をつき、胸を押さえつけて苦しみ出した。

 

「フィルっ!どうしたの!?」

 

隣にいたノインは彼女がおかしいと分かり、すぐさましゃがんで様子を伺った。

 

「あ゛、はぁっ、うあ゛っ、はぁっ!ハァ!ハァ!ハァ、はっ!」

 

「っ、大変だ!過呼吸を起こしてる!」

 

極度の不安と緊張、そしてストレスに押しつぶされたフィルは過呼吸を起こした。呼吸を荒げ、目に涙が浮かぶ。

 

「はぁっ、ハァ!!あ゛、ハァッ、の、ノイッ、ンッ!」

 

「と、とにかくここを離れよう!」

 

ノインはフィルを抱き抱えた。

 

「どいて下さい!緊急なんです!子供が過呼吸を起こしてるんです!」

 

「う、あ゛、はっ、ノイッ、ン!」

 

「喋っちゃダメだフィル!どいてっ!お願い通してください!そこを通してっ!」

 

ノインはフィルを連れ人混みをどうにかして掻き分け、セーレル広場の後方へと走っていった。

 

 

 

「さて、茶番はそろそろ終わりですわ。さぁ皆さん!アルエンス陛下を捕まえるのです!!」

 

ロダリアは扇子を折りたたみ、そしてアルスを指した。

 

「まず漆黒の翼の俺が行こうではないか!!」

 

ジュベールが先頭をきり、ステージの上から光術を唱え始めた。

 

「絡めとれ光の鎖、彼の者を拘束せよ!」

 

アルスの地面に光術陣が展開された。

 

「ッ!?」

 

アルスはそこで初めて自分の置かれている状況に気づいた。周りは殺気溢れたロピアス人しかいない。そしてジュベールが叫ぶ。

 

「ソリッドコントラクション!」

 

「っしまっ……!」

 

光術が発動し、光の鎖がしなり、アルスを捕らえようと向かってきた。アルスは対処しきれなかった。もうだめだ、そう思った時、

 

「アルスッ!」

 

人混みを掻き分け、ルーシェは横から飛び込んだ。

 

「おいルーシェ!?」

 

ガットの声が聞こえる。でも、迷ってなんかいられない。ルーシェはアルスの前に立ち、光の鎖に向かい手をかざした。

 

「ッ!!」

 

咄嗟の判断だった。しかし、上手くいったようだ。ルーシェは胸をなでおろした。

 

「な、何…だと…!?」

 

ジュベールはその光景に目を疑った。自身の術、光の鎖がまるで吸収されるようにルーシェの手に消えていったのだ。

 

「アルス!逃げなきゃ!!」

 

「ルーシェ……!」

 

ルーシェはアルスの手を引き、走った。しかし、ハッとしたジュベールが叫んだ。

 

「に、逃がすな!その娘ごと捕まえろ!邪魔する者はロピアスの敵だ!容赦するな!我々も行くぞ!」

 

「おおおおお!!」

 

ステージ上にいた他の漆黒の翼のメンバーも動員し始めた。セーレル広場は人で溢れかえっている。

 

「逃がすか!!」

 

「死神の息子を捕まえろ!」

 

そして軍人も一般人も混ざり合い、2人を取り囲みじりじりと詰め寄っていった。

 

「っ、どうしよ……!」

 

ルーシェは行く手を遮られ立ち止まった。

 

「何か、何か逃げる方法はっ!あぁ、アルス、どうすればっ!?」

 

「………くそッ!!」

 

ルーシェはアルスを見た。しかし、彼の様子からして何かアイディアがあるとは到底思えない。

 

「アルス!ルーシェ!」

 

ラオが身を乗り出して2人の名を呼ぶ。

 

「邪魔をするな!」

 

「っどいてヨもうっ!」

 

2人に助太刀しようと走るが、漆黒の翼に遮られてしまった。ラオの少し後方にいたガット、カヤも同様だった。カヤが緊迫した声色でガットにたずねた。

 

「ガット!2人は今どうなってるのよっ!?」

 

「分かんねぇ!今かろうじてラオが見える!」

 

「ごめん!どいて!前へいかせてっ!」

 

カヤとガットは人混みを掻き分け前へ進もうとしたが、なかなか進めない。

 

「おい!!頼むどいてくれ!連れがいるんだ!」

 

「背の高いアンタなら見えるでしょっ!?ルーシェ!ルーシェッ!!」

 

「っ、人が多すぎて、わっかんね、って、見えた!あっちだ!ラオよりもう少し先だ!」

 

「通してってば!!!」

 

「おい!どけっ!!通してくれっ!」

 

「アルスッ!ルーシェッ!!」

 

なんとか2人は進んでいき、そこでラオの手招きが見え、声も聞こえた。

 

「2人共!こっちだヨ!2人は囲まれてる!」

 

そしてラオと合流した2人だったが、依然として前方は漆黒の翼のメンバーに塞がれている。

 

「おいそこをどけ!!」

 

「絶対に邪魔させるな!通すんじゃない!」

 

「あぁもう邪魔っ!」

 

「脳筋!早くしないと2人がっ!!」

 

「んなの分かってるよ!!」

 

カヤ、ラオ、ガットの間に緊迫した空気が流れた。このままでは本当に2人が捕まってしまう!

 

 

 

一般人の男性が口々に言った。

 

「もう逃げ場はないぞ!!」

 

「この卑怯で外道なスヴィエートめ!」

 

「っ、くっ、どうすれば!」

 

アルスは拳銃を手にかけた。

 

「ど、どいてください!貴方達は騙されてます!」

 

ルーシェは必死に話をしようと持ちかけるが、

 

「聞く耳を持つな!その女もきっとスヴィエート人だ!!」

 

と、軍人が叫び無に終わる。

 

「ロピアスから出ていけー!!」

 

「っダメだ、こんな状況じゃ……!」

 

拳銃は取り出せなかった。一般人も多く混じっているこの中で発泡して当たったりでもしたら、それこそ負の連鎖が続きロダリア達の思うつぼだ。うまいものだ、民衆を味方につけて、自分が手を出せないと分かっていてその隙をついて漆黒の翼が自分を捕らえるつもりだ。

 

2人はまさに四面楚歌。周りは殺気立ったロピアス人しかいない。一体どうすれば、と思っていた矢先、

 

「どいたどいた〜!ほらそこ通して!」

 

「なっ、何だお前はっ!?」

 

軽快なノリでスケッチブックを抱えた青年が人混みを押し分けている。押し退けられた男の文句がアルスにの耳に入った。

 

「………?」

 

何かが起こっている。アルスは首をかしげて依然として目の前の人混みを見つめた。

 

「はいはい、ちょっ〜と失っ礼〜!」

 

「すまない、どいてくれないか?」

 

今度は女の声も聞こえた。そして赤い髪が2つ見える。

 

「よ〜、こらっ、しょっ!と!!」

 

そして人混みが一筋割れたかと思うと、赤い髪の若い青年がよろけながら2人の前へ出てきた。

 

「いたいた〜!ここだよ姉ちゃん!」

 

この場に釣り合わない暢気な雰囲気を醸し出す青年は2人を指さしてそう言った。

 

「なっ、誰だ?」

 

「君は……?」

 

「失礼しますよ、アルスさん、ルーシェさん!」

 

青年はそう言いながら、自分の両耳に何か詰めると、今度は2人の両耳にも何かを詰め始めた。

 

「な、何するんだっ!というかどうして俺のその名前と彼女の名前を…!」

 

「いいからいいから!!」

 

アルスをなだめ、ルーシェの耳にもそれを入れ始めた。

 

「何これ?」

 

ルーシェは耳に入れらたそれを指でつついた。青年はスケッチブックを広げ、そのページを見せびらかした。そこには、

 

『合図するまでその耳栓は絶対に外さないで下さい』

 

と、書かれていた。

 

「……えっ、と?」

 

「………耳栓?どうゆうことだ?」

 

『耳栓はしっかりとつけて、どうか言う通りに』

 

青年は説明している暇はない、と判断し早々とペンで書き加えた。2人の頭には疑問符しか浮かばないが、とりあえず流れに任せ青年の言う通りにすると意思を伝えるため、コクリ頷いた。

 

「うし!姉ちゃん!オッケー!」

 

「よし来た!私も今行く!」

 

青年は指で丸を作り、まだ人混みの中にいた赤髪の女性に合図を送った。彼女も耳栓をしており、言葉は聞こえないだろうが、2人は硬い絆で結ばれているようにアイコンタクトを取り合った。

 

そして赤髪の女性が人混みを掻き分け、アルスとルーシェの前へやって来た。

 

「貴方はっ…?」

 

アルスはそう言ったが、彼女の顔は見れなかった。

 

「いくぞロイ!!」

 

「思いっきしやっちゃって〜!」

 

赤髪の彼女がリコーダーを取り出して構えた。

 

「いつもの3倍増しだ!」

 

「……?一体何をなさるつ……!?」

 

ロダリアの声を遮り、彼女は言った。

 

「ドローエント・エンデ !!」

 

そして息を深く吸い、思いっきりそのリコーダーを吹いた。アルスとルーシェはびりびりと音波が自身の体に伝わるのが分かった。

 

「っ!?」

 

ロダリアは思わず耳を塞いだ。地を這うような、それでいて空にも響くような、形容し難い音波が彼女のリコーダーから発せられている。周りにいたロピアス人も苦痛の表情を浮かべ、耳を塞いだ。

 

「っぐあっ!?」

 

「何だっ!この音はっ!?」

 

「うぅっ、頭が、割れそうだ!」

 

皆耳を塞ぎ、目を瞑りそれに耐えた。

 

「ちょっと!?何なのよこれっ!?」

 

「うがっ!?んだこりゃっ!?」

 

「ギャー!耳が!!おかしくなる!」

 

後方にいた3人もその音にたまらず耳を塞ぐ。

 

「今だ!」

 

赤髪の女性はリコーダーから口を離し、耳栓を抜いた。そしてアルスの手を引く。

 

「こっちだ!」

 

「うわっ!」

 

「きゃあっ!」

 

アルスと手をつないでいるルーシェも自動的に彼女に引かれて行く。彼女は隙ができた人混みを無理矢理掻き分け、走り出した。そして、リコーダーぶんぶんと振り、青年に言った。

 

「ロイ!そっちは任せたぞ!」

 

「オッケー姉ちゃん!任せて!」

 

彼の返事を確認し、女性は一気に駆け出しあっという間にあの人混みから脱出した。

 

「もう耳栓はとっていいぞ!」

 

女性は走りながら一瞬振り返り、両耳を指でつついた。

 

「っ?お前……?」

 

アルスはその顔を見て、首をかしげた。

 

 

 

一方ロイは素早く1枚服を脱ぎ、フローブを身にまといフードを深くかぶり顔を隠した。姉に任された仕事をするのだ。人混みを少し掻き分け、ラオ、ガット、カヤのいる3人の元へ駆け寄った。そしてスケッチブックを広げ、走り書きする。

 

『アルスさんとルーシェさんはこっちです』

 

「あぁ?誰だテメー!?」

 

耳を塞ぎ、イライラした様子でガットは大声で言った。

 

「ロイです!!ほらこの顔!ちょっとでも覚えてませんか!?」

 

「え?アレ?君、どこかで見覚えが…?」

 

フードをとった彼の顔をラオはその薄目で確認した。どこかで見覚えがある。

 

「もう大丈夫ですよ!!!とにかく!こっちです!俺についてきてください!!」

 

青年は耳を塞いでいる皆に聞こえるように大声でそう言うとセーレル広場の後方へと駆け出した。

 

「はぁ!?いきなりんな事言われてもっ!?」

 

「ガット、とにかく行こうヨ!!この人なんか見覚えある!大丈夫な気がするヨ!」

 

「マ、マジかよっ!?」

 

「えぇぃ!と、とにかくついて行きましょ!」

 

 

 

アルス、ルーシェ、赤髪の女性は無我夢中で走りセーレル広場のかなり後方まで来た。そして女性は裏路地の入口付近にいたある2人を見つけ、アルスとルーシェを誘導した。その2人とは、

 

「はっ、ハァッ!はぁーっ!はっ!」

 

「あぁっ、フィル、し、しっかりして!僕は一体どうすれば!」

 

フィルとノインだった。フィルは依然として過呼吸が続き、しゃがんで胸を押さえつけている。ノインはそんな様子を見ながらオロオロと背中をさすっていた。

 

「っフィルちゃん!とうしたの!?」

 

フィルの様子を見たルーシェは驚いた。

 

「ルーシェ!!フィルが、過呼吸を起こして!早く治してあげてください!」

 

「過呼吸だと!?」

 

「大変!!」

 

アルスとルーシェがフィルに駆け寄った。そしてルーシェがフィルに手をかざそうとする。

 

「駄目だ!治癒術で過呼吸は治らない!」

 

それを見ていた赤髪の女性はルーシェの前へ割り込んで言った。

 

「えっ?貴方どうして私が……」

 

治癒術を使える事を知っているのか、そうルーシェは言いかけた。赤髪の女性はフィルの胸と背中に手を当てた。

 

「ゆっくり息を吐くんだ、ゆっくり、そう」

 

「はっ、ハァッ!はぁーっ!はぁー!」

 

フィルはコクコクと頷き、指示通りにした。

 

「落ち着いて、焦らないで。ゆっくり呼吸を整えるんだ」

 

女性は手馴れた様子で優しく声をかけ、背中をさする。

 

「はぁーっ、はぁっ………!はぁ、はぁ、はぁっ……、あ、はぁ、おぉ………」

 

フィルは少し呼吸が整った。もう大丈夫のようだ。

 

「ふぅ…」

 

女性はフィルが落ち着いたと判断し、手を離して立ち上がり息をついた。

 

「お、お前は一体…?」

 

「昔よく、体の弱い弟にこうしてやったんだ。昔と言っても、もう20年も前になるけど」

 

フィルはその女性の顔を見ようと上を見上げた。

 

「だいぶ落ち着いたようだな小生お姉ちゃん」

 

その女性は笑ってそう言った。

 

「っ!あっ!お前!」

 

「あ、気づいた?ほら、私さ」

 

女性は自分の顔をさして無邪気に笑い皆を見る。フィルは気づいた。

 

「っ!お前その呼び方!というか、その顔、その赤い髪!」

 

アルスも気づき、最初の違和感が何だったのか、それが全てが繋がった。

 

「久しぶりだねぇ?アルス兄ちゃん?」

 

女性はそう言いいたずらっぽい笑顔で、アルスに顔をグイッと近づけた。

 

「っち、近い!」

 

アルスは思わず赤面し、一方下がる。

 

「あははっ、ごめんごめん。やっと再会を果たせたと感極まって興奮してつい、ね」

 

「嘘!?」

 

ルーシェも目を見開き口を抑えた。開いた口が塞がらない。

 

「ま、まさか!」

 

ノインもモノクルをかけ直して彼女の顔を凝視した。

 

まだあどけなくそして幼かった彼女の可愛い顔の面影を少し残しつつ、それは大人の美人な顔へと成長していた。いたずらそうに笑う無邪気な笑顔は変わらない。その特徴的な赤い髪の彼女は───

 

「そう、私はクラリス。クラリス・レガートだ」




ロダリアと入れ替わるように仲間になるのがクラリスです。しかし、ロダリアとは戦闘スタイルも全く違っています(  ̄▽ ̄)

次の話でクラリスの設定集あるんでよかったらどうぞ。
クラリスとは過去編からの再会ですね。ロイも生きています。ルーシェが治さなかったら死んでいましたけど。


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隠れ家へ

そう、彼女はアルス達が過去へ行った時最初に出会った笛吹きの少女だった。赤い髪を揺らし、元気いっぱいのお転婆娘だった。皆によくしてもらい、アルスとルーシェには特に懐いていた。

 

「本当にクラリスちゃんなの!?」

 

ルーシェがクラリスの手をとり見つめた。

 

「ああ、勿論だとも。オレンジのルーシェお姉ちゃん。弟の事、本当に感謝している」

 

ルーシェは感動して言葉にできずただただ驚いた。

 

「そ、そんなっ、まさか、こ、こんな事が…!」

 

ノインがモノクルを持った手をカタカタと震わせて言った。

 

「あ、ノインおじいちゃん、ぎっくり腰は治ったの?」

 

クラリスはからかうようにしてノインの腰をバシンと叩いた。

 

「失礼な!?僕はまだ21歳ですよ!?相変わらず口達者ですね!」

 

ノインはキィキィ文句を言って反論した。他人の目から見れば彼は老けて見えるがまだ21歳という若さなのだ。

 

「はははっ、だってプチ騎馬戦で腰痛めてたじゃないか!」

 

クラリスが笑って言う。そう、アルスがミーレス輸送機の修理をしていた頃仲間達はと言うとロイやクラリスと思う存分遊んであげたのだ。プチ騎馬戦とはラオ、フィル、ノイン、クラリスでやった遊びでノインは終盤それでぎっくり腰になり、泣く泣くルーシェに治してもらったという苦い思い出がある。

 

「えぇいそれでもおじいちゃんはない!!断じて!前みたいにノイ兄と呼びなさい!」

 

「はいはい、そっちも相変わらずだなぁノイ兄。そうゆうの、ロリコンって言うんだよ」

 

クラリスは呆れて言った。ノイ兄、ノインがじきじきに呼べとクラリスに指定した呼び名だ。ラオもラオ兄と呼ばれていた。他の人もそれぞれの呼び名が色々あった。それらはクラリスの気分次第で変わったが。

 

「クラリス、今更分かりきったことだろう。ノインはロリコンだ」

 

フィルはうんうんと頷いて言った。ノインがロリコンなのは皆承知の事実だ。

 

「ク、クラリス…」

 

アルスは目を伏せて言った。アルスはクラリスの父親が戦死すると分かっていてそれを伝えなかった。真実をクラリスは知らないとは言ってもアルスにとって、気まずい以外の何者でもなかった。だが、クラリスはそうでもなかったようだ。

 

「青の、そしてチョコレートのアルス兄ちゃん、本当に久しぶり。ずっと、ずっと貴方に会いたかったんだ」

 

「えっ…?」

 

クラリスはアルスの両手を握って言った。アルスが予想した展開とは大きく異なり、目が点になる。彼女は顔を赤くして目を逸らして言った。

 

「だって、アルス兄ちゃんは私の命の恩人であり、そしては────」

 

「おーい姉ちゃーん!!!」

 

クラリスが言おうとした言葉を大きく遮り、先程の青年の声が聞こえた。クラリスのこめかみがピクリと動き、空気を読まないその声のする方向へ仕方なく顔を向けた。

 

「アルス!ルーシェ!ノインにフィル!」

 

「ルーシェ!!無事だったのね!」

 

「皆ー!ダイジョウブだったー?」

 

そしてその赤髪青年と共にガット、カヤ、ラオもこちらへやって来た。ルーシェが顔をほころばせてカヤに駆け寄った。

 

「皆!無事だったの!?」

 

「それはこっちのセリフよもう!いきなり飛び出してくんだもの!」

 

「ご、ごめんねカヤ…つい」

 

ルーシェとカヤが仲むつまじく手を握り言った。ガットもアルス達の元へたどり着き、壁に手をあてやれやれとうなだれる。

 

「はぁ、ったくロダリアのヤロー、マ〜ジで裏切りやがったのか…」

 

「どうも、そうっぽいネ…」

 

走ってきて疲れたのか2人はそのまま壁に背を預けて寄りかかった。

 

「あ?つーか、その美人の姉ちゃんは誰だ?」

 

ガットはクラリスの存在に気づき指をさした。クラリスはニッと笑った。

 

「ガト兄、ナンパは上手くいってるのかい?」

 

「あ?ナンパどころか最近大体辛い目にしかあってねぇ……、って」

 

ガットはつい自然に受け流しながら答えたが、途中でハッとし彼女を指さした。

 

「お前その呼び方……!」

 

「首もげのラオ兄も、また折り紙教えてよ?」

 

クラリスは自分の首を手で斬るようにジェスチャーして言った。

 

「あー!!君!!もしかして!」

 

「クラリス………なのか!?」

 

ラオとガットがほぼ同時に気づいた。そしてラオはロイへと顔を向けた。

 

「って事はこっちはやっぱりロイだネ!?」

 

「せいかーい、っていうかぁ、今更気づいたんですかぁ?もっと早く気づいて欲しかったっスよ」

 

不満げに頬を膨らませてロイは言った。

 

「あー!!えっ嘘!あのロイ君!?」

 

ルーシェもロイの顔を見て言った。

 

「さっきぶりですルーシェさん!!俺、原因不明だった病の事、本当に感動してるんです!正直あんま覚えてないけど!」

 

「本当に正直だな…」

 

アルスも彼がロイだと気づいた。彼はどうやら明るい青年になったようだ。

 

「っていうか色々ツッコみたいんですけど。どうして皆あれから20年もたってるのに全く歳をとってないんですか?」

 

「お、そうだロイ。それは私も疑問に思ってたところだ。最も根本的な事を聞くのを忘れていた」

 

クラリスがそういえば、と手を叩いて言う。

 

「あー、そ、それは…」

 

ルーシェが言いづらそうに目をそらした。そして偶然にも目を逸らした先のセーレル広場の先、ロピアス人と目が合った。

 

「あっ!」

 

「あっ…」

 

ロピアス人は驚き、ルーシェに指をさす。

 

「い、いたぞ!!皆こっちだ!!」

 

「っ!まずい!?気づかれた」

 

アルスもそのロピアス人を見て言った。

 

「ぅおっと、のんびりし過ぎたようだな」

 

クラリスがそう言い、

 

「皆!こっちだ!あの隠れ家に行こう!」

 

と、背を向けて皆に呼びかけた。クラリスの言うあの隠れ家と言ったら、あそこしかない。

 

 

 

皆全力で走って例のゴミ箱前に来た。クラリスがそれをどかし、隠れ家への梯子を下ろす。それぞれ順番に降りていき、

 

「よし!皆いるな!?」

 

と、最後に梯子を降りてきたクラリスが言った。過去へ行った時、幼少のクラリスに案内された使われていなく、忘れ去られていた防空壕だ。20年たっても未だ健在らしいが、酷くカビくさく中も以前とはうってかわって荒れていた。

 

「うわぁ、久しぶりだなここー!」

 

ロイが感動したようにあたりを見回した。

 

「ロイ君、ここ知ってたの?」

 

「ええ、まぁ一応。最も、知ったのは皆さんと別れてからですけどね。姉ちゃんに教えてもらいました。でも来たのは本当に久しぶりですよ」

 

ルーシェに聞かれてロイは答えた。

 

「ゲホゲホッ、埃だらけだネ」

 

「長らく放置していたから、だいぶ劣化しているなやはり」

 

ラオとクラリスはあちこちに漂う埃を払う。

 

「居心地はかなり悪いが、許してくれ」

 

「いや、………大丈夫だ。またお前に助けられたな。ありがとうクラ……」

 

アルスはそう言いかけた途端酷い目眩に襲われた。

 

「っアルス兄ちゃん!」

 

フラッとそのまま倒れ、アルスはクラリスに支えらる。

 

「大丈夫か!?」

 

「……ッ、はっ……」

 

クラリスはハッとしてアルスの額に手を当てた。

 

「凄い熱だ!」

 

「アルス!」

 

ルーシェはすぐさま駆け寄り、アルスの容態を見る。

 

「アルスさん!大丈夫ですか!?姉ちゃん!手伝うよ!とりあえず綺麗な所に寝かそう!」

 

ロイが1人で支えているクラリスの手伝いに入り、アルスはロイに肩で支えられた。

 

「っそうだコイツ、大怪我したばっかなんだよ!」

 

「ったく!素直にルーシェの治療を受けないから!!」

 

ガットとカヤがアルスを心配そうに覗き込んだ。

 

「自力で治りかけているとはいえ、あれ程の重症だったんです。無理もありません」

 

「ふん、自業自得だ」

 

ノインの発言にフィルが鼻を鳴らして言う。

 

「フィル、言っておくけど君もさっき過呼吸起こしてたんだからね?」

 

「わ、分かっている…、迷惑をかけたなノイン、すまなかった」

 

2人のやりとりをよそに、アルスは床に寝かされた。

 

「アルス、しっかりして…!」

 

ルーシェは泣きそうになりながらアルスに付き添った。

 

「ロイ!何かかけるものを!」

 

「あ、う、うん!」

 

クラリスに言われたロイはリュックの中からコンパクトに折りたたまれた毛布を取り出すと広げてアルスにかけてやった。きっと大量出血したしで血も足りていないのだろう。貧血と熱が同時に発生したようなものだ。アルスは苦しそうに息をしながら目を閉じ、意識を失っていった。ロイはそのただ事ではないアルスの容態を見て、

 

「ねぇ、一体何があったの?それに大怪我って…」

 

と、率直に聞いた。

 

「そうだ。それにさっき聞きそびれた。どうして君達は全く歳をとっていない?私達が最後に会ったのは20年前だぞ?私なんてもう27歳だ」

 

「俺ももう25歳だよ〜」

 

クラリスとロイが続けざまに言う。7歳だった少女、5歳だった少年は今や立派な大人に成長しているのだ。

 

「あぁ、そうだな、話さなきゃなんねぇな…。助けてもらっといて、話さないのはアレだよな」

 

ガットがしぶしぶと思い口を開いた。

 

 

 

「そんな壮絶な事になってたのか…!」

 

クラリスとロイは今までのあらましを全てガットから聞いた。

 

「っていうか、俺!新聞見た時疑問に思ってたんだよ!女王と握手してた人、かなりアルスさんに似てたんだもん!」

 

「あぁ…、と、言うことは、アルス兄ちゃんは、っと、こう呼ぶのは失礼なのだろう。この御方はスヴィエートのアルエンス陛下で間違いないのだな…」

 

クラリスは寝ているアルスの顔を一瞥して、言い直した。

 

「というか、凄い体験だね。まさか時を越えて未来から来るなんて」

 

「私達がどんなに探しても見つからなかった訳がようやく分かったよ」

 

ロイとクラリスがうんうんと頷いて言った。そこにラオが割り込んだ。皆の中心に立って、神妙な面持ちで言う。

 

「ねぇ皆、あのね、僕ネ」

 

「何よいきなり。どうかしたの?」

 

いつもと雰囲気が違うラオにカヤは思わずそう声をかける

 

「記憶が戻ったんだ」

 

「マジかよ!?」

 

「ええっ!」

 

「っていうかいきなり!?」

 

「このタイミングで!?」

 

ガットとカヤ、フィルとノインが驚いて声をあげた。カヤ、ノインはラオの事情は仲間達から既に聞いている。墓から蘇った非現実な出会いだった事、そして記憶が無いこと。それを知らないクラリスは

 

「ラオ兄、記憶喪失だったのか?」

 

と、目を丸くしてたずねる。

 

「うん、そうだヨ。2人は知らなくて当然だよネ、ボクが仲間になったのはネ…」

 

ラオはクラリスとロイに自分の事を説明した。

 

 

 

「何だか、にわかには信じられないな」

 

「それも不思議な事だけど、やっぱりあの話の後じゃ何でも信じられるよ俺」

 

そしてラオは続けて言う。

 

「うん、それでネ。とりあえず皆に記憶が戻ったって事だけでも報告しておこうと思って。この状況、先いつまた話せるか分からないし、タイミングまた失っちゃいそうだと思って」

 

「ちょ、ちょっと待って?その無くなった記憶の部分は話してくれないわけ?」

 

カヤが慌てて言った。

 

「ううん、勿論話すヨ。でも、この話を一番聞いて欲しい人は、アルスなんだ」

 

ラオは寝ているアルスの方を見てそう呟く。

 

「というと?」

 

「ほら、フレーリットも言っていたでしょ?僕がサイラスっていう、アルスにとっての祖父を殺したって」

 

「え、ええ、そうでしたね。フレーリットさんの父親、でしたよね?」

 

ノインの問いに、ラオは頷く。

 

「そう、でもそれには本当に話すと長くて深い事情があるんだ。殺したって言うのも、違う。あれは免罪なんだヨ、信じてもらえないかもしれないけど…!」

 

「ちょ、ちょっと待った」

 

ガットがそこで制止をかけた。

 

「信じるか信じないかは今はその記憶云々の話を聞いていないからよそにおいておいて。じゃあお前はどうしてその、生きているんだ?」

 

そして最も根本的な事を聞いた。

 

「仮に今まで生きていたとしても、お前の見た目からして、そうだとは考えにくい。それにお前は墓から蘇った訳だしな。一応死んでいたのかもしれない。そうだとしたら、どうやって、何でお前は生き返ったんだ?それは記憶とは違って分かってないのか?思い出せねぇのか?」

 

その質問に、ラオは首を振って答える。

 

「それは……ボクにも分からないんだ…」

 

「分からないって……!」

 

「ホントなんだ、でも、記憶の事はアルスが目覚めたら必ず話す!約束するヨ!皆、今まで隠しててごめんネ!」

 

ラオは頭を下げて謝った。

 

「ボクにも、色々と整理がつかなくて…!でも、記憶が戻ったのは過去のスヴィエートへ行って、そこで初めてフレーリットと接触した時だヨ。城内侵入中に想定外な事が起こって、彼に見つかって戦闘状態になったんだ」

 

「前に話してた札で話を聞き出した時のくだりか?」

 

フィルが聞いた。

 

「ウン…で、ネ。彼は本当に強くて、追い詰められて首を絞められた。その時、いきなり凄い光がフレーリットとボクの間に生まれて、両者それに吹き飛ばされた」

 

「凄い光?」

 

「フィルも前見たことあるヨ。ほら、ベクターっていう槍使いに襲われた時、ボクがアルスを助けた時のあの光」

 

「おぉ、あれか!」

 

フィルは思い出したように手を叩いた。

 

「あの光と同じようなことが起こって、更に凄い力で吹き飛ばされた。で、その瞬間、失ってた記憶のすべてが戻ったんだ」

 

「ラ、ラオさん。僕が部屋を見守ってた中、そんなことが中で起こってたんですね」

 

ノインは苦笑いして言った。

 

「ウン、あの時の凄い音ってのも、両者が吹き飛ばされた時の音だヨ」

 

「なるほど…」

 

「それで、隙が出来たフレーリットに札を使って聞き出すことができたんだ」

 

ノインはそれを聞いて納得した。

 

「へぇ…、城チームでラオはそんな大変な目にあってたのね…」

 

カヤがご愁傷様、と肩をすくめる。

 

「ま、いいわ。とりあえずその話の続きはアルスが目覚めるまで待ちましょ」

 

「そうだな。事実アルスがリーダーのようなもんだし、アイツがダウンしてちゃ迂闊に移動も出来ねぇ」

 

ガットとカヤそう言い、アルスの所へ行く。すぐ側にはルーシェが彼の手を握り、顔を青くして見つめている。

 

「おいルーシェ、あんま無理すんなよ」

 

「ガット…」

 

声をかけられたルーシェはゆっくりと振り向いた。今アルスの怪我はルーシェの治療によって完治していた。しかし、熱は下がっていない。彼の体調はまだ全く優れないはずだ。

 

「やっぱ、お前の治癒術はすげぇよ。俺のなんて、何かに遮られるようにして効かなかったんだ」

 

ガットはアルスの刺された傷を見て言った。カヤもそれに続けてあの時見た光景を思い出しながら言った。

 

「スミラの肩の傷もあっという間に治ってたけど、それとやっぱ似てない?親子だからなのかなぁ…?」

 

(これってもしかして特殊な遺伝か何か…?)

 

と、カヤが顎に手を当てて考え込む。ルーシェはハッと何かを思い出した。

 

「ねぇガット、カヤ」

 

そして真剣な顔で2人に呼びかける。

 

「あん?」

 

「どうしたの?」

 

「私ね、前にもこれ、不思議に思った事があるの。アルスと初めて出会った時も、彼は血まみれでいつ死ぬか分からない瀕死状態だった。後で聞いてみたら、あのベクターって人に刺客として命を狙われて、槍で刺されたんだって。それでオーフェングライスの噴水前に倒れてた所を私が見つけた」

 

「お?おう。で?」

 

いきなりなんだ、と思いながらもガットは受け答える。

 

「その後私の治療もあって彼はすぐに回復した」

 

「へぇ、そうだったのか。でもそれが何だ?」

 

「それだけじゃないの。またベクターに襲われた後、アルスは気絶して船室に寝かされてたよね?」

 

「あぁ、確かそうだったな。その後天気が激変したんだったな」

 

ガットはその時のことを思い出した。

 

「私その時、アルスが頬を擦りむいてたのを思い出して、治しに行ったの」

 

「アタシそこらへんいなかったから知らないわ」

 

カヤが言った。

 

「へぇ。あ、そういやルーシェは既に部屋にいたもんな」

 

「うん、でもアルスの頬に擦り傷はなかった」

 

「え?へ、へぇ。そうだったの、か?」

いまいち話が飲み込めないガットにカヤがフォローを入れた。

 

「待って、それってつまり…」

 

「うん、多分……、アルスが無意識に自力で再生させたんだと思う…」

 

「っなるほど!似たような事が前にも起きてたんだな!?」

 

ガットはようやく納得して言った。ルーシェはあの時気のせいか、見間違えたんだという事で納得したが、ようやく合点がいった。これで間違いない。ルーシェは確信して言った。

 

「きっと、アルスには再生能力があるんだよ…、あのスミラさんと同じ……」

 

「そうよ!きっとそうに違いないよ!」

 

カヤもそう確信しルーシェに賛同する。

 

「はぁーん、なーるほど……ケッ、でも皮肉なもんだな」

 

ガットが寝ているアルスを見て言う。

 

「死んでもおかしくない状況にコイツは多々遭いながら、それでも尚、再生能力というもののおかげで生きてこれた」

 

ルーシェも、ガットが言おうとしていた事に気づきアルスを見つめた。

 

「コイツが恨み、憎み、殺したい程嫌ってた、裏切り者スミラという……母の血によって、な」

 

「そう…だね…」

 

ルーシェが静かに頷いた。殺したい程、その通りだ。過去へ行ったとき、アルスはスミラを殺そうとした。ガットが軌道をずらさなければ確実に彼女の頭を撃ち抜いていた。

 

アルスは、母親であるスミラを本当に憎んでいた。スヴィエートは昔から裏切り者という立場の者に滅法厳しい。裏切りという行為は万死に値するのだ。当然、その裏切り者の息子であるのだからそのようなレッテルは貼られてきたのだろう。フレーリットというスヴィエートの英雄である父の影に隠れてはいたが、紛れもない事実だった。フレーリットを殺したのは、スミラなのだ。

 

「だってそうだろ?」

 

ガットは続けた。

 

「あの治り方、スミラのと酷似してる。俺は僅かに、しかも遠目にしか見れなかったが、アレはほぼ同じだと見て間違いねぇ」

 

「スミラの肩の傷口から、エヴィが溢れるようにして出てきて、自力で再生してたわね」

 

カヤが補足した。

 

「あぁそうだ。アルスもまさにそうだった。傷口から変な光ってるエヴィが生み出されてた」

 

「そう、だったんだ。私そこらへんはクロノスに入られてたから、覚えてないんだ…」

 

ルーシェが頬を掻きながら言った。

 

「その時はフレーリットが何かしたんだと思った。でも、その直後に傷が再生しだしたんだ。俺はもう、訳がわから無さすぎて、そんで信じられない出来事に驚きすぎて見てる事しか出来なかった」

 

「でも治癒術って、ルーシェのは効くのよね?」

 

カヤはルーシェの右手を掴んで言った。

 

「何かルーシェのとも関係してるんじゃないの?現に、ルーシェがクロノスに操られてた時にフレーリットが攻撃したあの氷の術、ルーシェは消しちゃったじゃない?」

 

「そういや!精霊のイフリートの時も似たような事が起きてたよな!?」

 

ガットはあの時のことを思い出した。自分がイフリートに触ったら熱くてたまらなかったのに、ルーシェは全く平気だったのだ。

 

「っ!そういえば!クロノスもあの力はやはりセルシウスの力だとかどうとか言ってた!セルシウスって精霊だよね?イフリートが存在するんだったら、セルシウスだって絶対いるはずだよ!」

 

ルーシェは意識を乗っ取られる前に、クロノスが言っていた事を思い出して言った。

 

そして、ルーシェはあの時の事も思い出した。全て無意識だったが、クロノスとの戦闘の時、そしてジュベールの術の時もそうだ。

 

(全部、何か攻撃されたモノに対してそれを私は無効化してた………?)

 

ルーシェは心の中で思った。

 

「もしかして、これらって断片的ではあるけど、きっと繋げれば共通点があって、何か重要な事が隠されてんじゃ─────」

 

ドォン!!

と、上から響く音に、カヤの声は中断された。上からパラパラと埃や土くずが落ちてくる。

 

「っ何!?今の!?」

 

「上からだ!」

 

ガットがそう言った直後、女の声が次に聞こえた。

 

「そこに居るのは分かっています!大人しく出てきなさい!」

 

ロダリアの声ではなかった。それは、何かまた他の女の声であった。



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オリガ

あぁ、意識が遠のいていく。

 

クラリスの赤い髪が顔に触れたのを最後に、視界は闇へと落ちていった。

 

そして、目が覚めた時、自分はまた別の場所に居た。そこはスヴィエートだった。スヴィエートの広場だ。よく皇帝が民に向かって演説をする場所。そして、大勢の人に囲まれていた。全部スヴィエート人だ。その人達が口々に言った。

 

「やめちまえ!!」

 

「この役立たずめ!」

 

「お飾り皇帝!」

 

「私の妻と娘を返してくれ!!」

 

「そうだそうだ!治癒術師が大量に虐殺されたんだぞ!」

 

「あの条約は何だ!?俺達に、死ねって言ってるのか!?」

 

アルスは愕然とした。こんなにも憎しみに溢れた目で見られるとは。まるでさっきのあのロピアスの人達の時のようだ。アルスの横から、ある1人の男が通った。アルスと同じ、コバルトブルーの髪色の男だった。その髪は後ろで短く結び、瞳の色は青。そして顔は酷くやつれ気味であった。少なくとも、アルスより歳上なのは確実だろう。その男が、民衆に向かって頭を下げた。

 

「本当に、本当に申し訳ない!でも、こうするしかなかったんだ!これ以上戦争を続ければスヴィエートは滅びる!」

 

男は悲痛な声で、真摯に謝った。しかし、民衆はブーイングの嵐になる。

 

「だから黙ってロピアスの言いなりになれって言うのか!」

 

「今はそうすべきなのだ!!分かってくれ!」

 

アルスは静かにその光景を眺めていた。この先どうなる、それだけが気になった。

 

「ふざけるな!!死んでいった国民は生贄か!?」

 

「そ、そんなつもりで言ってるんじゃ…!」

 

「この売国奴!!」

 

男に一斉に物が投げられた。ゴミや紙くずが大ブーイングの中飛び交う。

 

「っつ!」

 

投げられた石が、男の顔に命中する。男は目をつぶり、顔を押さえた。

 

「父上!」

 

「父上!」

 

男によく似た2人の子供が心配そうに駆け寄った。2人ともまた、アルスと同じ髪の色だ。

 

(2人は息子だろうか……?)

 

アルスはそう予想した。2人は父親を庇うようにその場から離れさせる。

 

「何故、何故分かってくれない……、私は、私はただこれ以上民を苦しませたくないだけだ…!」

 

男のその青い瞳から涙がこぼれた。しかしお構いなしに、追い討ちのするように物は投げられとどまることなく罵倒もヒートアップしていった。

 

「スヴィエートの恥め!」

 

「ライナントなんて屑よ!屑!」

 

「死ね!!死んじまえ!! 」

 

ライナント、そう呼ばれた彼。

 

「ライナント…!?」

 

アルスは自分の家系図を思い出した。よく覚えさせられたものだ。確か彼は、

 

「この人、俺の曾祖父だ!」

 

かなり時代は遡る。アルスの父がフレーリット。フレーリットの父がサイラス。そしてサイラスの父がこのライナントだ。アルスは彼の直系の曾孫にあたる。

 

「って事は、これはかなり昔の記憶……?なのか?そうだとすると、あの子供2人は恐らく息子で、長男サイラスと、次男のツァーゼル……?」

 

見てきた夢の中、時代はバラバラだが過去の事だとはアルスにも既に分かったいた。以前見た夢が父と母の事だった。しかし今度は曾祖父ときた。

 

「一体いつからこの記憶の夢は来てるんだ?どうして、俺はこんなものを見るんだ?」

 

幼い頃はこんなもの見なかった。本当に、最近になってからだ。特に20歳になる頃、そしてなってからもこうして頻繁に見る。アルスが立ち尽くしていると、場面が勝手に変わった。

 

 

 

「……?」

 

アルスは辺りを見回した。ここは恐らくスヴィエート城だ。そして、やつれ、弱りきったライナントがベットに横たわり、その横の少年に静かに語りかけていた。まだ少しあどけない。恐らく10代半ばだろう。

 

「サイラス…、私はもうダメだ」

 

「父上…!」

 

サイラス、アルスの祖父だ。まだ少年の彼は涙を流して父に泣きついた。

 

「何故お前をここに呼んだのか、それはね…」

 

ライナントがサイラスの頭を撫でた。

 

「お前に、私の全てを授けるためだ……!」

 

「え?すべ……て?」

 

サイラスは困惑した表情で見つめた。そしてライナントが手に力を込めた。次の瞬間サイラスは悲鳴をあげた。

 

「うっ!?うわぁああああぁあぁあ!?」

 

ライナントはありったけの力を使い、息子サイラスにエヴィを注ぎ込んだ。頭を撫でていた手が光り、サイラスにそれが吸収されていく。サイラスの頭に鋭い痛みが走った。

 

「頼む、民を、導いてくれ……!平和な世界、そして、精霊と、共…存……」

 

「何を、父上!やめて下さい!あ、ぁあああぁあああ!?」

 

サイラスは必死にその手を振り払おうとした。しかし、断固としてライナントは離さなかった。

 

「一族の、悲願……、セルシウスの監視などではなく……、解……放……!」

 

「うっ、がっ、あぁあああああ!?」

 

サイラスはあまりの激痛に仰け反り、涙が溢れ、口からは涎が落ちる。サイラスは父が何を言っているか、全く聞こえなかった。ただただこの痛みが早く終われ、とひたすら願う。

 

「一体何をしているんだ…!?」

 

アルスはその光景を見ていることしか出来ない。干渉する事が出来ないのだ。

 

「っ、ぐぁあぁああ!!!」

 

「平和な世界……を、頼んだ、ぞ……!!」

 

ライナントの手から光が弾けとんだ。それは見た事ある、既視感のあるものだった。

 

(俺とラオの間にできた光とほぼ一緒だ!)

 

その光と共にサイラスは仰向けに倒れた。ライナントの手はだらんとベットの外に落ちた。彼は目をつぶり、絶命していた。

 

「っ父上!?何がっ、………っ!?」

 

バンッ!とドアが激しい音を立てて開いた。少年は目の前の光景に目を見張った。

 

「兄上!?父上!?」

 

その少年はツァーゼルだろう。彼はまず倒れていた兄サイラスに駆け寄った。

 

「兄上!!一体何がっ……!?」

 

ツァーゼルがそう言いかけた途端、絶句した。父、兄、そして自分と皆同じだった青色の瞳。しかし、虚ろに目を開けるサイラスの瞳は銀色に光っていた。アルスもそれを見て驚いた。自分と、そして父とそれは全く同じものだった。

 

「銀色の瞳…!?」

 

アルスがそう呟くと、視界がそのまま真っ黒になっていった。

 

 

 

ドォン!という耳障りなその爆音で目が覚めた。

 

(今の夢、そして今の音は……!?)

 

「っ何!?今の!?」

 

「上からだ!」

 

すぐ側からカヤとガットの声が聞こえる。

 

「そこに居るのは分かっています!大人しく出てきなさい!」

 

篭って少し聞こえにくいが、女の声だ。しかし、ロダリアではない。初めて聞く。衝撃で埃や土くずが崩れ落ちて来た。

 

「ッ!」

 

ルーシェはそれがアルスにかからないように自分の体で覆い、身を呈して守った。アルスの薄目にそれが見えた。

 

(ルーシェ…、君は……)

 

アラスは虚ろにそれを見つめる。見れば、自分の左手はルーシェに握られている。きっとずっと傍にいてくれたのだろう。そして、既にフレーリットから刺された傷は完治していた。

 

ロイの慌てた声が聞こえる。

 

「そんな馬鹿な!?ここを知ってるのは俺と姉ちゃんと、せいぜい皆だけだ!」

 

「っ、まさか見られたのか!?いや、でもここに入る前、周りに誰もいない事はちゃんと確認した!」

 

クラリスが言った。この隠れ家へ来る前、入念に周囲を警戒した筈なのに、何故?

 

「っ、し、師匠だ……!」

 

フィルが青ざめた顔で言う。

 

「っそうか!ロダリアなら、この場所を知っていて当然だ!」

 

ノインが上を見上げて声を張り上げて言いった。

 

「どうすんだ!逃げ場がねぇ!」

 

「ロダリアの奴!教えたのね!?」

 

アルスの傍に座っていたガットとカヤが立ち上がり、愚痴を零す。

 

「クラリス!?何か手はないの!?他の出口とか!」

 

「っ無茶言うなラオ兄!ただでさえここも狭いのに、他の出口なんてないよ!」

 

見つかった、そう緊迫した空気が暗い防空壕の中に流れた。

 

ドォン!!

 

「うおっ!?」

 

「ッロイ!」

 

さっきより大きい爆発音がまた響く。バランスを崩したロイはクラリスに支えられた。

 

「聞こえないのか!?なら居ないと判断して、生き埋めにする!いいのか!」

 

そしてまたあの女の声が聞こえた。さっきと違い、口調が荒い。アルスは意識がまだ朦朧とする中、ルーシェの体に寄りかかりつつ、起き上がった。

 

「ッアルス!?起きてた……、ってまだダメだよ!」

 

ルーシェは無理に立とうとするアルスを慌てて押さえた。

 

「っ……、このまま、ここに……いたら、皆本当に生き埋めにされてしまう…!」

 

アルスはふらりと、ルーシェに支えられながら立ち上がった。

 

「ありがとうルーシェ…」

 

「っえ…?」

 

ルーシェはごく普通にアルスにお礼を言われた事に逆に不自然に感じた。

 

「怪我、治してくれたんだろう…?」

 

「う、うん……」

 

「変な意地張って、さっさと治して貰えばよかったものの。その結果がこのザマだ。自分が情けないよ…、ゴホッ、ゲホッ!」

 

アルスは痰が詰まり、苦しそうに咳をした。

 

「と、とりあえず……、っここから出よう。ここにいると危険……だ…!ゲホッ!ゲホッ!」

 

「アルス!」

 

アルスはそのままよろけ、ルーシェにかろうじて支えられた。

 

「おいおい、ひでぇ姿だな大将さんよ」

 

ガットがルーシェ1人では、と判断しすぐさまフォローに入った。

 

「っ、すまない……」

 

アルスがそう言った直後、また外で、威嚇するように爆発音が響く。

 

「次で最後よ!出てこなければ、ここを破壊する!」

 

アルスは決心を固めて言った。

 

「皆、一旦ここを出よう!」

 

 

 

アルス達は地上に出た。細い路地、ボディーガードと思われる2人の屈強な男性に付き添われ、その女が1番最初に目に入った。

 

「やっぱりここにいた。ロダリアの言っていた通りね」

 

淡く、黄緑色の髪の毛、黒い瞳、凛として勝気そうな顔つき。シワが所々あり、年齢はいっているが綺麗な貴婦人、といったところか。

 

「っ、貴方は…?」

 

ガットとルーシェに支えられ、アルスは酷い疲労感に押しつぶされそうになりながらも彼女を見た。

 

「私はリザーガの幹部の1人、オリガ」

 

「オリ……ガ……?」

 

そしてそのオリガという女性の足元からレインコートを着た男の子が顔をのぞかせた。

 

「あ!さっきの!」

 

ルーシェがそう言った。ロダリアと共に教会を後にした、エーテル、と呼ばれた少年だ。

 

「………」

 

その少年に感情は一切無かった。その瞳には何も写っていない。オリガが冷めたトーンで言う。

 

「思いのほか邪魔者が多いわ。エーテル、排除を」

 

「ハイ」

 

エーテルは傘を取り出した。そして次の瞬間、傘の先端の石突きから光が発射された。

 

「っうわぁっ!?」

 

それはロイの体に真正面から当たり、ロイは吹き飛ばされた。クラリスはすぐさま振り返った。

 

「ロイ!!がっ!?」

 

後ろに飛ばされたロイに駆け寄ろうとしたが、またエーテルの傘から光のような弾が発射された。

 

「あの傘から強力な光術を発生させてる!」

 

ノインが気づき、そういった時は遅かった。

 

「わぁ!?」

 

「ノイっ!ぐへっ!?」

 

「ノイン!フィル!っきゃあ!?」

 

「うわぁっ!」

 

ノイン、フィル、カヤ、ラオと次々に撃たれていき、エーテルの光術の餌食になった。

 

「っやめろ!!」

 

アルスが叫んだ。しかし、今自分を支えているガットも一緒だ。迂闊に動けない。傘の照準がガットに合わせられた。

 

「オ、オイちょ、やめっ、おわっ!?」

 

「ガット!!」

 

ガットも吹き飛ばされ、アルスは何とかルーシェに支えられて立っている。

 

「み、皆!!」

 

ルーシェが悲痛な声で叫んだ。次の瞬間、傘のアルスに照準が向けられた。

 

「っやらせない!」

 

「ッルーシェ!」

 

ルーシェが前に出て両手を広げ、咄嗟にアルスを庇う。

 

「エーテル!その娘に光術は効きません」

 

「承知シテオリマス」

 

オリガがその時言った。エーテルはコクンと頷くと傘の柄を抜き、鋭い剣を取り出した。そしてダッと彼女に向かって走り出した。

 

「っえ……?」

 

「ッルーシェあぶな──────」

 

アルスの声と同時に刹那、ルーシェの体を斜めにエーテルが斬り裂いた。真っ赤な血が切れ目に沿って吹き出す。

 

「っぁ……!」

 

ルーシェはそのまま、声も出せずに仰向けに倒れた。エーテルは剣から血を払うと、パチン、と納刀する。

 

「ッルーシェ!?ルーシェ!!!」

 

アルスは倒れてくる彼女をしゃがんで受け止めた。彼女の顔に、飛び散った血が付着する。ルーシェの目は光を失い、アルスをただただ見つめた。

 

「私の目的はアルエンス、貴方よ」

 

冷徹な声でオリガが言う。そしてゆっくりとアルスに近づいた。

 

「フン。本当に、若い頃のあの人そっくりね」

 

オリガはアルスの顎を持ち上げ、笑った。

 

「っ!お前!?」

 

アルスが涙を流し、睨みつけると仲間の、ノインの悲鳴があがった。

 

「うぁあっ!?」

 

ボディガードの1人が彼の腕を締めあげている。そして、ボキッと嫌な音が響いた。

 

「っぐぁぁぁあ!!!」

 

「っや、やめろ!!」

 

アルスは見ていられず叫ぶ。

 

「あぁ、可哀想に?骨、いっちゃったかもね?」

 

オリガはフッと笑い、アルスの顎を向かせてその光景をわざと見せつけた。ルーシェは浅い息を吐き、自分を抱えるアルスを見つめる。頬に雫が垂れた。それはアルスの涙だった。

 

「アル……ス……」

 

「る、ルーシェ!」

 

ルーシェがなんとか無事だとアルスが安堵したのも束の間、次はカヤの悲鳴が聞こえた。

 

「ぎゃあぁぁあっ!?」

 

男がカヤをの背中を踏みつけている。ミシミシと音がなり、カヤは絶叫した。

 

「やめろ!!やめてくれ!!頼む!やめてくれ!!」

 

アルスは懇願するように叫んだ。しかし、その願いを嘲笑うがごとく、オリガは笑って言う。

 

「やめるわけにはいかない、お前の心を十分に折ってから連れて来いとの命令なんですもの」

 

オリガが顎で指図すると男達はクラリスとフィルの足を折り曲げ始めた。

 

「っうあぁああ!?」

 

「うぎゃあああああああ!!!」

 

「やめろー!!!」

 

2人の断末魔が同時に響いた。アルスはルーシェをそっと下ろし、オリガの手を振り払うと拳銃を取り出した。

 

「どうした?それで私達に抵抗できると……」

 

オリガはそう言いかけたが、止まった。アルスは自分のこめかみに拳銃を突きつけたのだ。

 

「っ、これ以上仲間に手を出すなら、俺は引き金を引いて自害する!!」

 

「……そうきたか」

 

オリガは口元を歪めて笑った。

 

「俺を連れて行くのが目的なんだろう!?俺が死ねば、お前達は困る筈だ!」

 

アルスの手は震えていた。これは賭けだ。しかし、これ以上仲間が傷ついているのをただ見るのはとても耐えられない。

 

「流石あの人の子、よく頭が回る。状況が分かっているようね」

 

オリガは男達に合図を送った。クラリスとフィルはなんとか解放された。

 

「では、エーテル!」

 

エーテルが反応し、アルスの背後に回った。そして彼の頭に向けて光術を発動させた。

 

「っぐっ!?」

 

アルスはそのまま倒れ、男2人に抱えられた。

 

「行くわよ 」

 

オリガのその声を最後に、アルスの意識はまた落ちていった。



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自分の存在価値

ボディガードの大男達が、アルスを抱えアイコンタクトを取り合い、コクンと頷くと路地裏から連れ出した。

 

「行くわよ」

 

オリガはそう一言言うと、エーテルにまた指示を加えた。

 

「エーテル、まだ生きている者達を処分しなさい」

 

「ハイ」

 

エーテルが傘を振りかざし、術を発動させようとした。

 

「っやめろこのガキ!」

 

「っ!?」

 

そこに起き上がったロイが飛びついた。エーテルを持ち上げ羽交い締めにする。

 

「っハナセ!」

 

エーテルはジタバタと暴れた。

 

「これ以上、皆に……!手を出させるか!」

 

ロイも負けじとそれを押さえつけた。

 

「邪魔ヲスルナ!!」

 

エーテルはそう言うと自分の体にビリビリと電流を流し始めた。

 

「うぎゃぁぁっ!?ぬぉおおおおなんのこれしきー!!」

 

ロイはたまらず悲鳴をあげたが、それでもエーテルを離さなかった。

 

「ロイ!」

 

そこに起き上がったラオが応援する。

 

「ラオさん!」

 

「離れて!」

 

ラオはクナイを投げた。エーテルの傘を持つ右手に赤い札が付いているクナイが刺さる。ロイは言う通りにエーテルをパッと離し、すかさず避難した。

 

次の瞬間ボッ!と音がしてエーテルの右手が炎上した。持っている傘が落ちる。

 

「っ今だ!」

 

ロイは素早くその傘を拾い上げ攻撃の手段を奪った。地面にガシャンと落ちたエーテルはヨロヨロと立ち上がり左手を突き出し言う。

 

「ソレヲカエセ!!」

 

「皆の仇だ!えぇーと……、これだ!」

 

ロイは傘の柄についている適当なボタンを押した。すると傘がバッと開き、ミサイルが放たれた。

 

「うおっ!?」

 

ロイはその反動で数歩下がった。ミサイルはエーテルに向かって一点集中に発射された。

 

「──────ッ!」

 

ドドドドッ!と音がして、エーテルから煙が上がる。

 

「や、やった、のか……?」

 

ロイが傘を下ろし、ハァハァと荒い呼吸をしながら見つめた。煙が晴れ、エーテルはプスプスと音を立てて倒れていた。

 

「よくやった、ロイ!お前は男だ!」

 

ガットも撃たれた箇所を自分で治癒しながら立ち上がった。

 

「ガ、ガット、さん、無事でよかった…」

 

安堵した表情でロイはガットを見つめた。

 

「ロイ、君のお陰だヨ!本当にありがとう」

 

「いえ、俺なんて!」

 

ロイは首も手もブンブンと振って否定した。

 

「しょっぱなから吹っ飛ばされて、その後は皆さんがあんな目にあってるのを、ガタガタ震えてて、俺に来ませんようにって、祈ってたただのヘタレ野郎です…」

 

「それでも、君は最後にやってくれたじゃない!」

 

「おう、かっこよかったぜ。このガキ!って言ってたの聞こえたけど、俺からしちゃお前と会った時は5歳のガキだったから、なんか笑っちまったぜ。感慨深かったけどな」

 

ラオに頭を撫でられ、ガットにポン、と肩に手を置かれて褒められる。ロイは照れて顔を赤らめた。

 

「っお、俺の事はいいんです!早く、皆さんの治療を!!」

 

「あぁ!おいとりあえず、重傷のルーシェからだ!あとの2人は皆の容態を確認しろ!」

 

「は、はいっ!」

 

ロイはルーシェの元へ素早く駆け寄った。ガットの言っていた通りひどい傷である。

 

「うぅ、これはひど過ぎる……!容赦なしだ…!」

 

しかし、突如傷からまばゆい光が漏れだした。

 

「な、何だ!?」

 

ロイは目を疑った。斬り裂かれた傷の部分が煙を発しながら再生していっているではないか。

 

「………ぇ?な、なにこれ?どうなってんの……!?」

 

ロイはその場に立ち尽くした。何が何だからわからない。

 

「っ!?おいっ!ちょっとどけ!」

 

後ろにいたガットが素早くロイをどかせた。ガットはルーシェのその様子を見るやいやな、驚愕した。

 

「間違いねぇ、アルスと全く同じ傷の治り方だ…!」

 

だがガットは疑問に思った。こんな力があったら以前ガラサリ火山でカヤにナイフで斬りつけられた時に治せたのではないのか、と。

 

「一体全体どうなってやがる…?アルスに次いでルーシェまで変な力が解放されたのか……!?それとも大怪我じゃないと発動しないのか……?あぁ、もうっ、分かんねぇッ!とりあえず!ルーシェがこの状態なら以前のアルスん時と同じくしばらくは俺の治癒術が効かねぇ筈だ!悪ぃルーシェ、お前は後回しにすんぜ!」

 

ガットはもう何が何だか分からなくなったが、これだけは分かる。今の彼女に治癒術をかけても無駄だ。以前のアルスと同じなのだ。

 

「おいラオ!他に重傷な奴はっ!?」

 

彼らの事態は切迫していた──────。

 

 

 

 

「うぐ……なんとか動きます……」

 

ノインは折れた腕をガットに治療してもらい、腕の動きの様子を確かめた。少し動かしづらい。

 

「はぁ…、し、師匠……、何で、やっぱり場所を教えたのか……!くぅっ!そのせいでルーシェが、皆がっ……!」

 

「死ぬかと思ったよ……、助かった、ガト兄……、ありがとう。だが、走ることは難しそうだ…」

 

フィルとクラリスは折られた足をさすった。しかしまだ違和感を感じざる負えない。フィルは人一倍ルーシェに懐いていた。無理もない。

 

「ぅぅぅああぁぁぁ、あんにゃろぅぅ!乙女の背中を容赦なく思いっきり踏んづけよって……!っでいだだだだ!もう少ししゃがんで立ってガット!」

 

「お、おう、すまねぇ」

 

カヤに関しては背骨を折られるというルーシェの次に重傷だ。ガットに肩をかしてもらいなんとか立ち上がる。彼の決死の治癒術のおかげで皆なんとか動けるまでに回復した。

 

「よ、よかった……ぜ、皆……大事なくて……ぐ、はぁ……、はぁ……」

 

ガットは己が出せる最大限のエヴィを酷使し、治療にあたった。皆が回復した頃には疲労困憊だった。だがしかし今の状況は非常に良くない。ルーシェは依然として意識不明の重態。傷は自力で治りつつあるが、意識が戻らないのだ。ガットの治癒術も、もう限界だ。これ以上は今は使えない。唯一動けるラオは意識のないルーシェを横抱きにしている。

 

まさに満身創痍。今、まともに動けるのが非戦闘員のロイだけだ。

 

「ロイ、お前、どっか助けを呼んできてくれねぇか…?あと休む場所を見つけてくれ…。勿論、俺らに危害を加えないような奴を」

 

「わ、分かったよガト兄!!待ってて!!すぐ戻ってくるからさ!!」

 

ガットの頼みにロイは力強くうなずき、裏路地を駆け足で出て行った。

 

「こ、これからどうするべきなのボク達…はは…、なんかもう…やばいネ」

 

ラオはこの状況に絶望しか感じなかった。逆に今の状況で何が出来るというのだ。彼は?アルスは?

 

リーダー格だった彼を失い、治癒術師2人は治癒術が使えない。ノインは腕がまだ本調子ではない。詠唱は出来るものの、術を発動する媒体であるキューが上手く扱えなければ術が発動しない。

 

フィルは戦意喪失、クラリスとカヤは走れない。ラオもルーシェを抱えている為動きが制限される。これ程に絶望的な状況に、ラオはから笑いしかできなかった。

 

しかしその状況に追い打ちをかけるように、その人物は再び姿を現した。

 

「まぁまぁ皆さん、無様ですわねぇ」

 

コツコツと靴音をたてながら近づいてくる影。扇子で口元を隠すその仕草。その声、その黒髪。

 

「ッ、ロダリア………!!」

 

ガットはこれでもかという程彼女を睨みつけた。

 

「やっぱり……!アンタだったのね!ここの場所をオリガとか言う奴に教えたのはっ!?」

 

カヤが責め立てるように言う。

 

「御名答。その赤髪。まさかとは思いましたが、そのまさかとは。フフッ、面白いですわねぇ。過去に出会った泣き虫少女がこれ程までに頼もしく成長しているとは」

 

小馬鹿にしたように鼻で笑い、ロダリアはクラリスを見つめた。

 

「ロダリア、貴方ッ…!リザーガだったのか……!」

 

「クスッ。感動の再会、というやつですか?アルスに恩返しをしたつもりですか?おやぁ?おかしいですわね?その割にはアルスの姿が見えません。彼はどこです?あぁ、貴方の王子様は既にさらわれてしまいましたか」

 

「くっ、黙れッ!!」

 

「どの口が言ってますか!!」

 

クラリスとノインが大きな声で言った。挑発し、憎たらしく煽るロダリアは普段より一層輝いている。

 

「全く、そこのガラクタが正常に働かなかったようで」

 

ロダリアは冷たい視線で倒れているエーテルを見た。そこにゆらり……、とエーテルの前に人影が立った。揺れた瞳、震えた声でかつての師を呼ぶ。

 

「師匠………。いや、ロダリア…!」

 

「…………フィル」

 

フィルは糸を取り出し、エヴィ糸と連結させ、いつでも動かせるように戦闘態勢に入った。だが、鼻がツンとした。それでも涙声になりながら訴えた。

 

「何故……、何故……!?いや、最初からか!?答えろ!答えてくれ!!疑いだしたら止まらない!あの日、ハイルカーク鉄道爆破事件があった日!貴方はどこに出かけていた!?サーカス団に泥棒が入った時だって、侵入され物色されたのは貴方の部屋だった!その泥棒を差し向けたのはきっとカイラ店長だ!今思えばおかしいと思ったんだ!アルス達は自信を持って最初から漆黒の黒を疑って来ていた。そう、カイラ店長が犯人は漆黒の黒にいると確信していたから!そしてノインは貴方の監視をするために旅に着いてきたと言っていた!」

 

「…………」

 

ロダリアは黙って無表情で聞いていた。

 

「最初から、最初から全部、全部全部全部全部全部全部全部演技だったのか!?サーカス団漆黒の翼は何だったんだ!?小生の居場所だったあそこは!?小生にとって家族だった皆は!?ずっと小生を騙し続けて、小生はそれに気付かず生きてきたのか!?

 

だったら、だったら今までの小生は何だったんだぁっ!?」

 

フィルは涙をボロボロと流し泣き叫んだ。

 

「そんなの、決まってますわ」

 

しかし返答は至極冷たい声色で、シンプル。

 

「ただの私の暇つぶし。面白い人形、ですわ」

 

「…………ッ!?」

 

自分の存在価値が、音を立てて崩れていく。フィルは涙が止まった。

 

「面白ければ、良い。ただそれだけですわ」

 

それだけ言うと、ロダリアは球体のカプセルを取り出した。そしてガスマスクをかぶった。

 

「な、何を……!?」

 

「おやすみなさい?」

 

黒いドレスを翻し、彼女の後ろ姿を見たのが最後。カプセルから煙が吹き出し、あっという間に充満した。

 

「っ、まさか毒ガス……!?」

 

「うっ、ゲホッ!ゲホッ!」

 

「な、何だ、これ……、畜生、体が……痺れ……」

 

「ダメ、体が、動かない、もう、ムリ……」

 

その場にいた全員が、バタバタと倒れて行った。

 

「フィル……………」

 

地に伏した少女を見て、ロダリアは静かにただそれだけ呟いた。

 

 

 

「早く早く!!こっちだ!早く来てくれよ!!!」

 

「分かってるよ!団長の頼みなら聞くしかねぇだろ!」

 

「着いたッ!!」

 

自分の楽団の仲間を引き連れ、先程の路地裏に戻ってきたロイ。しかし、そこには─────、

 

「なっ、アレッ!?誰もいないっ!?」

 

そこはもぬけの殻だった。



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もう一度、貴方のいる世界を

the ヤンデレ


ここは一体どこだ────?

 

アルスは目を覚ました。真っ暗な空間だった。鈍い痛みを頭に感じた。エーテルに最後にやられたせいだ。足を動かそうとしたが、ジャラ、と鎖の音がした。どうやら繋がれていて身動きができないようだ。そして果てしない暗闇。目隠しをされているらしい。手を動かそうとしてもダメだった。縛られている。それはそうと、体が熱っぽくてだるい。まだ体調は優れないのだ。

 

頭が、ぼーっとする。

 

(俺は、これからどうなるんだ……)

 

口にもガムテープが貼られて、喋ることはできなかった。そしてしばらくするとガタン!と音がして、アルスの体が揺れた。

 

(馬車、か?)

 

アルスは揺られている感覚と、聞こえてくる馬の蹄の音で、馬車に乗せられていると分かった。そしてしばらくして、馬車が止まった。ガラガラと扉が開く音がして、外の空気が入ってくる。

 

(スヴィエートか……!?)

 

アルスは一瞬で分かった。肌に感じる冷たい冷気。慣れしたんだアルスにはこの場所がスヴィエート、しかも雪の多く降る首都付近だと判断する。

 

「来なさい」

 

女の声が聞こえた。オリガじゃない。また別の、違う人物だ。アルスは足枷をとられ、腕の縄をグイッと引っ張られた。喋る事は出来ないため、素直にそれに従った。歩かされ、空気が変わった事で何かの建物に入った事が分かった。そしてまたしばらく歩かされ、何かに乗り込んだ時、その浮遊感で気づいた。

 

(っこれはエレベーター…?しかも、スヴィエート城の……!?)

 

長年住んでいた家だ。アルスは靴で床を擦り、確認した。この質感、恐らく間違いないだろう。エレベーターから降り、今度はどこかの部屋に連れていかれた。そこでいきなり強く背中をドンッと押されてアルスはうつ伏せに倒れ込んだ。

 

(っ!)

 

手荒いな、と内心思いながらも、手も縛られていて、目隠しだ。アルスは大人しくせざる負えない。

 

「これが例のモノよ」

 

アルスを連れてきた女性が、相手に何かを手渡した。彼女はそれを満足そうに眺めて首につけた。そして、

 

「ご苦労、貴方は下がっていいわ」

 

と言い下がらせた。

 

(っこの声は!?)

 

アルスの耳に飛び込んできたその声。アルスはグイッと後ろの縄を引っ張られ、膝をつかされながら起こされた。前のめりになるが、後ろの手の縄がしなり、無理やり前を向かされる。アルスの手に縄の跡ができた。

 

「目と口を開放してあげなさい」

 

「はい、母上」

 

2人の声に、酷く聞き覚えがあった。自分の目隠しと口のテープが取られた。徐々に明瞭になっていく視界。その目に飛び込んできた人物は─────

 

「サ、サーチス叔母様!?」

 

アルスは喫驚仰天した。あまりの展開に絶句し、言葉が出てこない。そしてここは、そう、謁見の間だった。

 

「アルス、待っていましたよ」

 

玉座を背に、そう言うサーチスは、雰囲気も、姿も全くと言っていいほど変わっていた。長い白髪をポニーテールにしていたが、今は髪の毛を下ろし、いつもかけていた眼鏡はかけていない。琥珀色の垂れ目がはっきりと見える。青色を基調とし、銀のラメが入っているトップスに、下は真っ白のマーメイドドレス。そして首はいつもしていた金のネックレスではなく、雫型の澄んだ水色のネックレスに変わっていた。アルスは目撃していなかったが、それはロダリアがカヤから取り返した時の四角く歪で無骨だった氷石とは形は違うが、全く同じ色をしていた。そして、過去でフレーリットが所持していたあのひし形の物とまた形は異なるが、とてもよく似ている。

 

とにかく、アルスがいつも見る厳格な雰囲気を漂わせ、それでいて聡明そうな、普段の叔母の様子からは計り知れない程、妖艶で美しかった。

 

「な、何で、叔母様が!叔母様が俺をここに連れてきたのか!?」

 

「そうですね、その通りです」

 

アルスは後ろを振り返った。自分の縄を持っているのは、また顔見知りだった。母親と同じ白い髪に、琥珀色の瞳を冷たく光らしている。サーチスの息子にして、アルスの従兄弟のアロイスだった。

 

「アロイス!これは一体何の真似だ!?」

 

「うるさいな。お前は今、そんな口を聞ける立場じゃない」

 

アロイスはそう言うと足でアルスの背中を踏んだ。

 

「っぐぁ!」

 

そしてまた手首の縄を引っ張り、違う方向を向かせた。そこには光の帯がカーテンのようになり、何かを隠していた。サーチスが指をパチンと鳴らすと、そのカーテンがバサッと降りた。そこには─────

 

「ッハウエル!!マーシャ!!」

 

何かの光術で、2人は光の鉄格子の中に閉じ込められていた。手首と足首を縛り、口にも何かの術をかけられているのだろう。光の帯が猿轡(さるぐつわ)となり2人の唇に巻かれていた。

 

「んんん!!」

 

ハウエルもマーシャも苦しげにアルスを見つめた。

 

「2人に何て事してるんだ!?早く解放しろ!」

 

「だから、お前は今そんな事が聞ける立場じゃないって言ってるだろ!!」

 

「どうゆう事だ!っやめろ!何する!?ハウエル!マーシャ!」

 

アロイスは無理やりアルスを縄で引っ張ると、その光の鉄格子の少し前まで誘導した。2人の悔しそうな表情がアルスの目に映る。

 

「2人共!大丈夫か!あぁっ、何で、どうしてこんな事に…!」

 

アルスはサーチスを睨んだ。

 

「何してるんですか叔母様!?っ俺はスヴィエート皇帝だ!こんな事が許されると思っているんですか!これは立派な反逆罪だ!軍は何をして……!」

 

「果たして、本当にそうですか?」

 

サーチスは嘲り笑った。

 

「な……に……?」

 

アルスは予想外の答えに狼狽えた。

 

「ロピアスと平和条約が結ばれた事で、スヴィエート国民に少しでも反対がないとお思いで?」

 

「っどうゆう……!」

 

「わかっていないようですわね。7代目、ツァーゼル皇帝から続いた人種主義。ここスヴィエート。特に身分制度を含め、差別を正当化するその考え。悲しいことに、人間は差別し、その対象を卑下し、抜かれたくないと争う事によって成長していくのです」

 

サーチスはアルスを見下し、続ける。

 

「スヴィエートにとって、今まで仮想敵国はロピアスでしかなかった。当たり前ですね、ほんのつい最近まで戦争になりかかったのですから」

 

「ッ…!」

 

「いくら先代の平和主義政策を引き続こうか、何もかも付け焼刃の貴方には到底及ばないのです。先代だって昔は超合理主義で、スヴィエート人以外なんて、人間以下だと思っていらしたわ。貴方の父、フレートはね。しかしあの人には、説明のしようがない圧倒的なカリスマ性があった。だから皆信じて突き進んだ。でも、あの人のような、この人に付いて行きたいと思わせる事を微塵にも感じさせない貴方なんかに、平和条約、平和主義などと言う馬鹿げた政策、務まるわけが無い」

 

フレート。スミラが呼んでいたあだ名だ。サーチスは、ごく当たり前のように父の名をそう呼んでいた。

 

「っ、そんなのは、俺が一番よく分かっています!俺が父に劣っている事も!」

 

「フン、どうしてお前について行きたくないか、分かるだろ?おいおい忘れた訳じゃないよな?なんたってお前の母親は…」

アロイスがそう言い、アルスの髪の毛を掴み、ぐっと下げて俯かせた。

 

「あの裏切り者、スミラだ!!」

 

「ッ!!」

 

それを聞いた瞬間アルスの目は大きく見開かれた。そう、これは呪いにも近いアルスの生まれながらの宿命だ。超カリスマ性を持ったスヴィエートの英雄、フレーリットを父に持つという反面、スヴィエートで最も忌み嫌われる行為、裏切りという行為をした母、スミラを持つ。彼女は、そのスヴィエートの英雄を殺したのだ。国家を裏切った大罪人だ。

 

「父親が立派で、多少その七光りのお陰で!表面上は上手く事は運んだんだろうよ!でも、反対勢力がいるのも事実だ!リザーガのようにな!お前があのスミラの息子なら、愚息だと思われても仕方ないだろうよ!!」

 

アロイスはアルスの髪の毛を強く引っ張りながらそう言う。サーチスはアロイスの言葉に頷いて、

 

「そう、貴方はどうあっても、その宿命を背負い続ける。なら、そんな宿命など捨てて、生まれ変わればいいのです」

 

と言った。

 

「生まれ……変わる……?貴方は何を言って……」

 

アルスはその訳のわからない事に、思わず聞き返した。突然サーチスは指一本、檻に向けて振った。

 

「私が、生まれ変わらせてあげる…!」

 

そう言って、術が操られた。ハウエルがくわえていた猿轡を光の槍へと変え、それを彼に突き刺した。口が自由になり、悲鳴が上がる。

 

「っぐぁぁああああ!?」

 

アルスはハウエルのいる檻へと素早く振り返った。

 

「っハウエル!!何してっ!?」

 

アルスはサーチスのやっていると思われるその行為に絶句し彼女を睨みつけた。

 

「うっ、うぐぁああああ!?」

 

貫かれた槍から電流も流れ出した。ハウエルの服からじわりじわりと血が滲み始めている。

 

「んんんん!!」

 

マーシャは涙目でその兄の姿を見つめた。

 

「やめてくれ!!何で!どうしてこんな事が出来るんだ!?」

 

「あぁ、やっと計画が始められる…!」

 

叫ぶアルスをよそに、彼女は恍惚の表情を浮かべ、両手を広げ天を仰ぐ。そしてぐりんと体制を戻すと、

 

「アロイス!」

 

と、名を呼んだ。呼ばれた彼は頷き、鉄格子に更にアルスの顔を近づかせた。そしてまたサーチスが指を鳴らすのが聞こえたかと思うと、今度はマーシャの猿轡が光の鎖へと変形し、それは首に勢い良く巻き付いた。

 

「っマーシャ!!」

 

「っ、ぅっ、あっ!?」

 

マーシャはギリギリとそれに締めあげられ、やがて宙に浮かんだ。彼女は必死に抵抗し、前で縛られた手首をこれでもかと動かし、指で苦しげにカリカリと首を引っかき回した。その光景を、アルスはまさに目の前でそれを見せつけられている。

 

「っやめろ!!やめて下さい!!お願いします!!やめて下さい!!」

あまりに卑劣な行為。見るに耐えられず、アルスは涙を流し、上を見上げてサーチスに懇願した。サーチスはその目を見るとハッとして唇を噛み、

 

「憎たらしい、あの女のその目つきにそっくりだわ…!」

 

と言って、指を鳴らしハウエルにもう一本槍を刺した。

 

「っぎゃぁあああぁあああ!!!」

 

「は、っ、ぁ!ルエンス……様!」

 

「ッハウエル!!マーシャァ!!」

 

サーチスは手を握り締め、彼らが死なぬように、苦しみが長く続くように術を操った。

 

「大人しく私の言う通りにしなさいアルス、私が貴方を、変えてあげるわ」

 

「だからさっきから生まれ変わるとか、何言ってるんだ!?2人を、2人を助けてくれ!」

 

アルスは首を左右にぶんぶんと振って答える。

 

「どうあがいても、裏切り者スミラの息子という汚名は着せられる!けれども、貴方はあの英雄、フレートの息子でもある!」

 

「それが何だって言うんだ!!!」

 

2人の悲鳴を背に、アルスは叫ぶ。早く解放して欲しい。彼らを傷つけないで欲しい。それだけを願っていた。

 

「アルエンス、様っ……!」

 

「っか、ハッ……!」

 

マーシャはもう限界に近い。アルスの額にじわりと汗が流れた。

 

「2人を解放して欲しいですか!?」

 

「頼む!お願いだ!!このままじゃマーシャが、マーシャが死んでしまう!!」

 

「なら!!私の命令に従いなさい!!」

 

「っダメですッ、アルエンス様っ……!彼女はっ、サーチスはっ……!うっ、がぁああ!?ダメだッ、アルッ、エンスッ…!」

 

ハウエルは苦しげにアルスを止めた。しかし同時に、妹マーシャの様子も見る。マーシャは息苦しさに涙を流し、口からは涎がだらりと垂れた。

 

「私に従え!!そうすれば2人の解放は約束するわ!」

 

「っく………!」

 

アルスは奥歯を噛み締めた。どうして2人がこんな目に遭わなければならない?仲間達もあんな傷つけらた。それは全部、全部俺のせいなのに。彼らはちっとも悪くないのに。俺が、俺が従えば彼らは救われる。俺が、いっときの間だけでも命令を聞けば!ならなぜ迷う必要がある?2人は俺の家族じゃないか!!

 

「ア゛、アル、エッ……ンス……」

 

マーシャの呻き声がアルスの耳に入った。サーチスは追い詰めるように、叫んだ。

 

「さぁ!?」

 

「っ分かった!!貴方の!貴方の言う通りにする!!」

 

「少しでも命令に違反すれば、2人はすぐに殺す!!他の関係のない者も、大勢ね!?」

 

アルスの脳裏に、仲間達の姿が走った。それに、他の召使い、自分によく尽くしてくれた軍関係者、そしてスヴィエートの国民。一体今この国が何がどうなってるのか分かりはしない。でもこれだけは分かる。サーチス、彼女がスヴィエートの覇者にならんとしていることだ。全てを人質に取られていると言ってもいい。悔しいが、今俺にはどうすることも出来ない。出来ることは、一時的だけでも彼女に従い、被害を甚大にさせない事。救える命なら…!

 

2人を、家族を殺したくはない!!

 

「従います!!貴方の言う通りにします!!だからっ………!」

 

「私に全てを捧げますか!?」

 

「2人を助けてくれるなら何でもする!俺はどうなっても構わないっ!関係のない人達には手を出すなっ!だから、だからお願い…っします……、どうか……!」

 

アルスは声を枯らして叫んだ。2人はアルスにとっての親代わりだった。幼い頃から一緒で、血は繋がっていないが、本当の家族のようだった。祖父と祖母が生きていたら、こんな感じなんだろうなぁと思っていた。

 

アルスは、彼らに育てられたも同然なのだ。

 

サーチスは今のそれを聞くとにやりと笑い、2人の術を解いた。マーシャは落とされ同時に咳き込み、ハウエルの悲痛な声も一旦やむ。彼女は檻に手をかざし、光のカーテン、光の猿轡を作り出す術を再び彼らにかけながらアルスへと歩み寄った。アルスは嗚咽しボロボロと涙をこぼした。惨めで、情けなくて仕方なかった。自分の無力さをこれほど嘆いたことはない。

 

「貴方はっ、これ以上、俺から何を奪いたいんだ……、地位か?名誉か?俺は仲間達とも離れ離れになって……。なぜこんな事をする?何が望みだ…?どうして、いきなりこんな事を?」

 

サーチスは黙って聞いていた。アルスは涙で顔がくしゃくしゃになる。

 

「俺が、憎いのか…?裏切り者スミラの息子が……、それほど憎いのか………?」

 

「そうね…、憎いわ」

 

サーチスはアルスの顎を履いているヒールの先ですくい、静かに見つめた。

 

「なら、俺はどうすればいいんだ……、何がしたい?俺は、一体何をすればいい?何をすれば許してくれる?何でっ、何でっ、どうしてこんな事をする……?」

 

アルスの目に光が消えかかっていた。絶望的な状況。抵抗する意思など、今はとっくに消え失せていた。ただこれだけは聞きたかった。なぜこんな事をするのか。納得がいかないまま終わらせられるのはごめんだ。

 

「私の望みはただ1つ………本当のあの人の復活……」

 

「………本当の、あの……人……?」

 

もう深く考える気力もなかった。元々体調はすこぶる悪い。思考力は著しく低下している。

 

サーチスはしゃがみうなだれるアルスに視線を合わせ、艶をきかせた猫なで声で言った。

 

「ねぇアルス、フレートに劣っていると思うなら────」

 

彼女の瞳が、ギラリと光った気がした。そして、静かに、しかしはっきりとこう言った。

 

「フレートになればいいのよ」

 

「っは………?」

 

アルスは、一瞬幻聴かと思った。何を、何を言っているんだこの人は?

 

しかし一瞬、あのとてつもなく濃い光景が頭に浮かんだ。そう、過去へ行き見たもの。部屋一面がフレートの写真だった、その光景。

 

「私が、貴方をフレートにしてあげる」

 

「…………何………言って…………」

 

ぞわりと鳥肌がたった。あの部屋の持ち主が、今確かな確信を持って分かったのだ。彼女は艶めかしい表情で、語り始めた。

 

「あぁ、愛しの人……可哀想に、今から私が貴方の、スミラなんていう女が存在しなかった人生を作ってあげる。心から愛してた彼女に裏切られた悲しみは、辛く、痛かったわよねぇ?」

 

「おば………様………?」

 

アルスは、サーチスの言動が全く理解できなかった。一体俺に何をしようとしているのだ彼女は。けれど、その言い様のない何かとても愛憎溢れ、そして狂気じみた雰囲気だけは感じ取れた。

 

「ふふっ、まぁアルス、貴方はどうせここで終わりだから教えてあげるわ」

 

サーチスはアルスの耳元に口を寄せ、こう囁いた。

 

「フレートを殺したのは………私よ」

 

「っえ………!?」

 

アルスはその衝撃的発言に体を大きく仰け反らせた。涙も止まる。ただ驚き、叔母の目を見つめた。もはや、その妖艶な笑みはアルスにとって恐怖そのものにしか見えなくなった。サーチスは続ける。

 

「スミラに狂わされた、途中で偽者の、別人と化してしまったのフレートの人生に、終止符を打ってあげたのよ。あの女の手で殺されたんだもの。焦燥、絶望、困惑、そして…、恭悦、至福に満たされ、胸はいっぱいだったでしょうね」

 

「貴方が………父を、殺した!?でも、父を殺したのはスミラだって……!?何が、一体…、一体それはどうゆうことだ!?」

 

喚くアルスをサーチスは完全に無視する。

 

「でも安心して?今からもう一度貴方を作ってあげる。私は貴方の理想世界を作る手伝いをする伴侶となるのよ。昔語ってくれた貴方の夢、共に叶えましょう?前はきっと、スミラに悪い夢を見せさせられていたのよ。感謝してよね?私が覚まさせてあげたんだから。そして、今へ、現代へ蘇るのよ。私と…、未来永劫共に生きましょう?フレート…!」

 

サーチスはアルスの顎を手で愛おしそうに撫でてすくって、顔を見つめた。

 

「フレー、トって……、何、何言ってるんだ……?俺は、俺はアルス、だ、ぞ?」

 

声を震わせて半泣き、そして半笑いで言った。冗談だろう?意味不明な言動に彼はただただ戦慄し、全身を震わせた。冷や汗が滴り落ちる。喉もカラカラだ。

 

サーチスはアルスの両目に手を横にし、かざそうとした。

 

戦(おのの)く体が、本能が、逃げろと叫んでいる。ダメだ、怖い、嫌だ、この人に捕まったら、俺は、俺という存在が消えて、死んでしまう!!

 

アルスは恐怖に耐えきれず叫んだ。

 

「っひっ、あっ、あああぁあっいっ、嫌だやめろ!?来るな、さ、触るなァ!」

 

「大丈夫よ、何も心配はいらないわ。だってもう、私は何よりも完全な力を手に入れたんだもの」

 

「い、嫌だ!!やめろ!?俺はフレーリットじゃない!!フレーリットになりたくもない!!うっ、うわぁあああ゛あ゛ぁあ゛ぁあ゛あああ!!!」

 

ピタッと手で両目を覆われ、アルスは完全に視界を絶たれた。あまりの恐怖に総毛立ち、歯もガタガタと震えて鳴る。手足はそのまま痺れ、少しも動けない。サーチスはまるで我が子の、赤ん坊に語りかけるように優しい声で言う。

 

「さぁ、お別れよ。あの女の、憎き息子。愛する人によく似た、私の甥っ子。おやすみ、ゆっくりお眠り」

 

「やめっ…………っ!?」

 

アルスはそう言われると、彼女の手から発動された術によって眠りに落ちていった。フッと、サーチスの肩に倒れ込んだアルス。アロイスは、その狂気的な光景に、全身を震わせた。ただ傍観せざる終えなかった。

 

「貴方はもうお下がりなさい」

 

「っ、は、はい……」

 

アロイスは素直に従わざるおえず、急いでその場を立ち去った。母の目、まるで自分を見ていなかった。何もない、何も映ってなどいない、ただ、無。息子を見る目じゃない。

 

「─────僕は、どうすればよかったんだ……、誰か、誰か教えてくれよ……」

 

アロイスの嗚咽交じりな声が、ただ静かに廊下に響いた。

 

 

 

それから1ヶ月後──────

 

とある実験室に横たわるその体。彼女はそれを見ると、予想以上の結果にほくそ笑んだ。左手で首にかけている水色雫型のネックレスを触ると、やがて彼の頭を愛おしそうに撫でた。

 

「素晴らしいわ、流石マクスウェルの力ね……!あぁ、20年越しの夢がついに叶うのよ……!」

 

「………………」

 

彼のすっかり憔悴しきった体。虚ろで廃人のような瞳。目の前で不気味に、そして、とても無邪気にも見える笑いを浮かべるその人が、もはや今は何も感じさえしなかった。いや、何も感じられなかった。

 

「おやすみなさい……フレート……」

 

彼女はそう言うと、また1ヶ月前のように、彼の両目をゆっくりと手で覆い隠した。実験室に横たわる体。その髪の毛は黒紫色に染まっていた。記憶という記憶は全てが曖昧になり、もはや自分がもうどうなっているのか、何なのかも分からなかった。

 

俺は何してたんだっけ…、家族はいたんだろうか…?何でこうなったんだっけ…?ダメだ、さっぱり分からない。

 

あぁ、なんかもう、何もかもどうでもよくなってきた─────。

 




理想通りのフレーリットがいないなら作り出せばいい(狂気)

息子は当然のように遺伝子配列が似ているし、記憶も一部継承している、なんと好都合な生贄でしょう。
愛とはこれ程歪んでしまうのか。


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グランシェスク

しばらくアルスは出てきません( ˇωˇ ) (主人公なのに)
離脱中です。なんだかまるでアルスがヒロインみたいですね←


「ぅうっ……あ、あれ……?」

 

ラオはぱちくりと目を開けた。徐々に覚醒する脳。もともと眠気という概念は彼にはあまりない。ガバッと体を起こした。

 

「ココ……どこだ…」

 

ラオは辺りを見回した。暗い空間だが、光はわずかにある。しかしその光結晶があるのは鉄格子の向こう側の廊下。そう、今ここにいる場所は牢屋だった。

 

「牢屋………」

 

ラオは鉄格子を触り、様子を伺っていると、向こう側に見慣れたオレンジ色が見えた。

 

「アッ!ルーシェ!?ルーシェ大丈夫!?」

 

ラオは大怪我をしていた彼女を案じ、大きな声で呼びかけた。幸いにも彼女はすぐに反応を示した。

 

「うっ、う~ん………?」

 

「生きてる!!ルーシェ!起きて!怪我は大丈夫!?」

 

「はれ……、私なんでこんなとこに……、頭痛い……」

 

ラオの大きな声に皆反応したのか、隣の牢屋、そのまた隣の牢屋からも聞きなれた声が聞こえた。

 

「ここぁ……どこだ……?何で俺達生きてやがる…?」

 

「アダダダタ……、アタシなんだかまだ腰が痛いわぁ……」

 

「おいノイン、腕は大丈夫か?」

 

「う、うん。多分……、カヤに比べれば僕は軽いほうだよ」

 

「ダメだ……装備品は取られてる……、あぁ、私の笛まで取り上げられるとは……」

 

ガット、カヤ、フィル、ノイン、クラリス達も同様、このエリアの牢屋に捕らえられていた。

 

「ロダリアの奴…、俺らを毒ガスで殺したんじゃなかったのか…?」

 

「どうやら生きてるみたいだヨ。既に死んでるボクが言ってもアレだけど」

 

ガットとラオは牢屋が隣同士。ガットの問にラオが答えた。ラオはひどくこの風景に既視感があった。キョロキョロと鉄格子からなるべく身を乗り出して観察した。

 

「でもあの変なガス、明らかアタシ達を殺しにかかってた感じだったんですけどぉ?」

 

「師匠……」

 

「だってさぁ?あのガス吸った途端体は痺れてくるし、だんだん喋れなくなってくるし、全神経やられたかと思ったわ」

 

フィルとカヤが言った。

 

「ここはどうやら牢屋のようですが……、一体どこなのでしょうね?」

 

ノインが呟いた瞬間、ラオは「アッ!」と声を出して思い出した。

 

「思い出した!ココ!グランシェスクだヨ!!!」

 

地下の廊下にラオの声が響いた。

 

「グランシェスク?」

 

カヤが聞き返すと、

 

「そう!グランシェスク!ボク昔ここに出稼ぎに来ていたんだヨ!だから覚えているんだ!ここはボクが閉じ込められてた場所!」

 

しかしガットは訝しむような顔で見る。

 

「出稼ぎィ?いつの話だよそれ?つーか閉じ込められたって?」

 

「多分かなり昔……。あ、その話はまた今度アルスがいる時に~」

 

「はぁ~?ったくアテになんねぇな。構造似てるだけかもしれねぇだろ?牢屋なんてさぁ」

 

「で、でも、なんとなく分かるんだヨ!いや、鮮明に覚えていると言ってもイイ!」

 

「ノイン、グランシェスクって何だ?」

 

フィルの問いにノインは答えた。

 

「あー、カジノのお客さんにはグランシェスクから来る人もそれなりにいたなぁ。えっとね、スヴィエートの東の大陸、ヴァストパ大陸にある工業都市だよ。お客さんは住民は技術者や工業関係者がほとんどだって言ってた。光機関が特に発達しててスヴィエートの生産の要ってトコロ。確か南東のクロウカシス山で資源を調達してるって言ってたような……」

 

「おぉ!ノイン、流石。詳しいな」

 

「はは、お客さんが言ってた事言っただけだよ」

 

ノインの説明は完璧であった。

そう、ここはアルスが出張で来るはずであった地、グランシェスクだ。何故このようなところにいるのだろうか?

 

「んっん~、あ!あった!コレは取られてなかったみたいね!」

 

一方カヤはと言うとノインの説明を上の空で聞き流し、自分の胸元を探っていた。そして谷間からボールペンを取り出した。

 

「えぇ?カヤ姉、そんなボールペンがなんだって言うんだ。そんな大事な物なのか?」

 

「チッチッチ、クラリス~。アタシを誰だと思ってんの?世を少し騒がせてやった女盗賊のカヤ様よ?」

 

「えっ、そ、そうだったのか?」

 

「あっ、アンタはまだ知らなかったのか!そりゃそうよね、7才の子にそんな事話さないわ普通。まぁ見てなって!」

 

不思議そうに見つめるクラリスを横目に、カヤは舌なめずりするとボールペンの中央部分を回した。カチチ、と音がし、出てきたのはボールペンの芯ではない。なにやら四方八方歪に広がっている針金だ。

 

「さーて、上手くいくかどーか…」

 

カヤは鉄格子の隙間から腕を伸ばし鍵穴にそれを差し込んだ。

 

「しっかし警備ザルね~?見張りの気配もないし、なんか案の定鍵の型古めだし手の届く位置にあるしさぁ」

 

独り言をボソボソ言いつつカヤは手探りで鍵穴をつついていく。確かにここにいる仲間達以外の気配はまるで感じられなかった。

 

「そうか!お前そういやそうゆう小賢しい特技あったな!?ピッキングやらスリやら変装やら……」

 

「小賢しいは余計だっての!フン、覚えてて損な事はないって事よ!あっ!嘘!?ホントに開けられたわマジ!?」

 

ガットの声に怒りつつ、カヤはなんとガチャリと鍵の施錠を見事開いてしまった。

 

「うわ本当にやりやがった!流石カヤだな!?」

 

「ふふふ~、アタシいてよかったっしょー?待ってて皆のも今からチョチョイのチョイッとやってやんよ!」

 

 

 

「イヤー、カヤさっすがー!ボクにもピッキング教えてヨ!」

 

そしてカヤは全員の牢屋をピッキングで見事開けてしまった。

 

「なんか驚く程簡単な鍵の型だったわ。むしろわざとこんな所に閉じ込めてんの?って感じな位。鉄格子もところどころ錆びてるし、見るからに古い所ねぇ?もしかして誰にも認知されてないからこんなに他の人の気配がないんじゃ…」

 

カヤはクルクルとボールペンをペン回しにすると少し不思議そうに鍵穴を見つめた。

 

「助かったぜカヤ」

 

「ううん、アタシ。アンタに怪我を治してもらったんだ身よ?これで貸し借りナシだし、そもそもアタシ達仲間っしょ?」

 

「それもそうだな。けど、ありがとよ」

 

「へへっ、どういたしまして~☆」

 

ガットの礼に鼻をかきながら照れてカヤは返答した。

 

「ラオ兄ばっかりずるいぞ!カ、カヤ姉!私にもピッキング教えてくれ!」

 

「クラリスに教えるなら小生にも!」

 

「フィルに教えるなら当然僕にも!」

 

「ちょっとアンタら!?どんだけピッキングに興味持ってんのよ!?」

 

「ふふ、カヤ。ありがとう!」

 

教えろ教えろと騒ぎ立てる4人に微笑ましいなと見つめつつ、ルーシェはカヤに向かって笑顔でお礼を言った。

 

「ルーシェ!ちょっと、アンタ。怪我は大丈夫なワケ……!?なんか薄々覚えてんのよ!エーテルに斬り裂かれたって…!」

 

「あ、うん。でも、なんかきれいさっぱり治ってるみたい。そりゃその時は痛かったけど。ガットが治してくれたみたい」

 

その話を聞いていたガットとラオは反応した。

 

「いや違うヨルーシェ」

 

「え?」

 

「あぁ、お前はな。自力で傷を治していた。再生させてたんだ。スミラ、アルスと同じように」

 

「………………え!?」

 

ルーシェは口に手を当てて驚いた。

 

「直にこの目で見たんだ。間違いない」

 

カヤも驚きを隠せない

 

「う、ウソォ!?アンタにもアルスやスミラさんみたいな再生能力があったの!?」

 

「えっ、えぇ……!そんなまさか!?確かに昔から傷の治りは人より少し早かったけど!」

 

カヤが慌てたようにまた言う。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!?じゃあアンタさ、アタシにナイフで斬られた時の傷はぜんっぜん治ってなかったじゃない!アンタの血が私のほっぺたに落ちたの鮮明に覚えてる!火山の時よ!」

 

「そう、それだカヤ。俺もそれは真っ先に不思議に思った事だ。あの時の傷は俺の治癒術で治した。勿論その時、傷は自力で再生していなかった」

 

「何…!?一体どういう事なのよ…!?」

 

「そ、そんなの私の方が聞きたいよ…!多分無意識にそうやってたんだと思う!自分の意思とは関係なしに」

 

「ったくどうなってんだか……!?」

 

「いやぁー、アルスもルーシェも便利な特殊能力持ってるネェー?」

 

緊迫する3人をよそ目にラオは純粋にその力を羨ましいと思った。

 

「ラオ!アンタね!仲間の大事な事だってのに…!」

 

「うんそうだネ、カヤ。でもさ、それ確か地下防空壕でも話してた事だよネ?アルスと似た能力ならアルスがいた方が話進むし、それにこんな暗い所早く出ちゃおうヨ。その件、今いくら考えても打開策思いつかなさそうだしさ。ネ?」

 

ラオの諭すような口調とその正論にカヤは、

 

「う、うん。それもそうだね……」

 

と、納得するしかなかった。それにクラリス、ノイン、フィルも痺れを切らしていたところだ。

 

「まぁまぁカヤ、ルーシェ。その話はいずれ絶対に分かる時が来るだろう。アルスと同じなら尚更、な。さぁ、サッサとこんな場所出てしまおう!」

 

「オッケオッケ!多分出口こっちだヨ!僕の記憶が正しければ!」

 

ラオの案内を頼りに、仲間達は暗い地下牢の廊下を歩いて行った。

 

 

 

「だぁれもいなかったわねー?ちょっとおかしいんじゃないの?ザル過ぎてむしろ罠かと思っちゃうのは私だけ?」

 

「そうだなぁ。武器取り上げられたけど、すぐ近くの部屋に置いてあったからな」

 

地下牢を出るとそこは長い廊下があり、隣のすぐ近くの部屋に武器が安置されたいた。ピッキングでこじ開けそれらを取り出した。どこにもひとっこ1人いない。所々扉がある長い廊下を歩き、一行はある梯子を見つけた。ちなみにその扉

達はピッキングでは開けられない、南京錠で外から施錠しているタイプや外から打ち付けられているものばかりあった。

 

「あ、アレ出口かな?」

 

「いかにもそうっぽいな。そうでなきゃ困るんだが」

 

ガットとカヤが話しつつ、仲間達はその梯子を登っていった。

 

地上に出るとそこは、人気の少ない裏路地のマンホール。裏路地を進み、大通りに出ると─────

 

「ぅ、ぅぉおおおお………!」

 

ガットは感嘆の声を上げた。

 

工業都市グランシェスク。その名の通りであった。街には数多く並ぶ工場、煙突、光機関。街にはせわしく光機関が出す独特の機関音がどこもかしこも響き渡っていた。

 

そしてガットが見たのは目の前にある大きな建物。

 

「闘技場だ………!」

 

円形の建物でかなりの存在感を放っている。

 

「スゲー!アタシ噂には聞いてたけど、ホントにスヴィエートに闘技場ってあったんだ!?」

 

カヤとガットは感心した。だがこれだけ賑わっていそうな街であるのに人の姿がかなり少ない。おまけに物々しく緊迫雰囲気が漂っている。

 

「なんか、変な雰囲気だな」

 

「そうだね。僕、嫌な予感がするよ」

 

「ノイ兄、私もだ……。アル兄もいないし、私達これからどうすれば?」

 

フィル、ノイン、クラリスが会話する中、ラオが提案を出した。

 

「まぁさ、とりあえず情報集するのがセオリーデショ。ついでに休む為とご飯のために宿屋行ってみヨ?そこでお話聞けるかもヨ?」

 

 

 

ラオはこの街に土地勘があった。そのおかげで仲間達は驚く程スムーズに宿屋にたどり着くことが出来た。しかし、その何故詳しいのか、という理由はいくら問いただしても彼は今話そうとはしない。曰く、アルスが強く関係しているからだそうだ。

 

「おっ、新聞が置いてあるぞ」

 

クラリスは宿屋の出入口付近の網棚にかけてある新聞を発見した。それを読むと何故このグランシェスクが物々しく緊迫した雰囲気であったのかすぐに分かった。

 

記事には一面トップでこう書かれている。

 

『首都オーフェングライスにてクーデター発生!!!

 

ついに皇位継承を巡る戦いが勃発。首都は内戦状態となり戦場と化す。

第二皇位継承者であったアードロイス・ヴォルフディア・レックス・スヴィエートが反旗を翻す。

 

以前より、軍支持のアルエンス派と元老院支持のアードロイス派で対立していたこの二代勢力。軍事的圧力、先代より培われた信頼もあり圧倒的支持を保っていた10代目皇帝アルエンスだが、アードロイス派元老院はリザーガという大きな国際テロ組織を引き入れ戦力が大幅に上がっている。

 

特にリザーガは光術を得意としているため光機関頼りであったスヴィエート軍は苦戦を強いられている。更に唯一の頼み綱である大将サーチス率いるスヴィエートの特殊部隊、光軍がリザーガへと寝返ることによりアルエンス派の状況は著しく悪化。

 

アルエンス皇帝の姿も全く見られない。一部では既に人質に取られているのではないか、もしくは殺されているのではないか、という噂も広がっている。ここグランシェスクからオーフェングライスは大陸を隔てて離れている。未だ情報が少ないと言ったところか。

 

グランシェスクの住民にはアルエンス派が圧倒的に多いようだ。しかしオーフェンジーク港は既にリザーガによって封鎖され首都に行くことは出来ない。このまま指を加えて見ているしかできないのか。

 

スヴィエートは昔から皇位継承の事柄で話題や事件になるが、これ程大規模な物はあの闇皇帝ツァーゼル以来か。ロピアスもリザーガには手を焼かされていたが、いくら平和条約があるとは言え、同盟というワケではない。今は自国の問題に忙殺されていると見られる。中立を貫くアジェスの支援はないに等しい。ともあれ、歴史が大きく動こうとしている。今後の展開が見離せないところだ』

 

 

クラリスはそれを読み終わると、ぐしゃりと新聞を握りつぶした。

 

「アルス兄ちゃん………!!!」

 

クラリスにとってアルスは命の恩人だ。

それでいて大切な人でもある。彼女は歯をギリギリと噛み締めた。

 

「…よりによってこんな最悪なニュースかよ」

 

ガットが呟いた。

 

「クーデター…!?何て事を……!しかもリザーガって…!」

 

カヤはフィルをチラリと一瞥しながら小声で愚痴を言った。

 

「うーん、これは、やばいネ」

 

ラオの一言が今の状況の全てを物語っているのだった。





【挿絵表示】


クッソ汚いですけれど、少しでも分かりやすくするよーにー、と大まかな地図的なものを書いてみました。(かなり雑で汚いですけど)


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スベトラーナ

濃いキャラまた登場しますww


ラオの一言に皆が暗い気持ちになり下を俯いていると、

 

「んもー!皆こんな暗いニュースで陰気な気持ちになっちゃダメよん!明るく行きまショ!ねっ!?」

 

どこからともなく金髪のセミショートの髪を揺らし顎にはヒゲ、そして軽快なノリで話しかけてくる女、いや男がいた。

年齢は40代後半と言ったところか。メイクを施し髪のセットはしているが完璧男だとわかる声色にその顔、そして外見。いくら女っぽく着飾っていようと。

 

そう、男である。

 

「うわっ!?何だアンタ!?びっくりした!」

 

クラリスは仰天して飛び退いた。思わず新聞を手放してしまい、その宙に投げられた新聞をパシリ、と彼が空中でキャッチする。

 

「もぉ、新聞握り潰しちゃう程アルエンスちゃん派さんなのねウフフッ。お仲間が見つかってアタシ嬉しいわぁ!」

 

「だ、誰だテメェ……!?」

 

ガットが据わった目で言う。

 

「アタシ?アタシはスベトラーナ!グランシェスクのとある兵器生産工場の敏腕経営者の女工場長よ♡」

 

「あっ、スベトラーナさん。こんにちは、はじめまして!私はルーシェと申します!こっちはカヤ。で、彼女がクラリスです」

 

「キャラ濃いわね~この人。オネエなの?」

 

「あっ!そういう事か!いわゆるゲイと言うやつか?」

 

カヤとクラリスが小声で会話を交わした。

 

「ンマッ、可愛いお嬢さん達ね。あらそこのおチビちゃんの名前は?」

 

ルーシェの足にしがみつき後ろに隠れていたフィルはヒクヒクと唇が上がって苦笑いしながら言った。

 

「い、いや、お前明らか女じゃないよなムグァッ!?」

 

「おチビちゃん………!女って言ったら女なのよ………!お分かり………!?」

 

「ムグー!?………………………!!」

 

スベトラーナはフィルの発言に対しまるで獲物を見つけた鷹のように反応し即座に口を手で塞いだ。フィルはその鬼のような形相に怯えコクコクと頷くことしかできなかった。

 

「ちょっとフィルに何してるんですか!」

 

「何って、禁句が聞こえそうな予感がしたから口を封じたのよ」

 

スベトラーナはノインに向かってぱちくりとウインクして答えた。

 

「ゲッ!?何なんですかこの人!?」

 

「ゲッ、なんて失礼ね。アタシの名前はスベトラーナよ♡さっきも言ったでしょンフッ。あらアンタ、なかなかのイケメンじゃない?ちょっと老け顔だけどそれがまた……」

 

スベトラーナはススッと手を動かしノインの体を正面からあちこちまさぐった。

 

「アアアアアア!?ちょっとどこ触ってるんですか!?やめてください!ききっ、気持ち悪い!」

 

ノインは全身が総毛立ち、鳥肌まみれになった。

 

「んも~ウブね。そんなところがまた可愛いけど。お?」

 

パッと手を離すと今度は目をつけたガットの尻を撫でた。

 

「ヒッ!?」

 

突然の感触にガットはゾワリとびくついた。

 

「あーらアンタいい男ねぇ~?このあと一緒にお茶しない?」

 

「なっ、何しやがんだテメェッ!?」

 

ガットは顔を赤らめ急いで彼から距離をとった。ラオは既に危険を感じ取っており、クラリスとカヤ、ルーシェの後ろに隠れかくまってもらっている。

 

「あらん?女慣れはしてそうだと思ったけど、男慣れはしてないみたいね。予想通りだわ。どう?この道開いてみない?」

 

「ギャァァアアアこっち来るなオカマ野郎!?おおっ、俺はそっち系じゃねぇ断じて!!ピッチピチな姉ちゃんの方が断然いいわ!」

 

じりじりと近づいてくるスベトラーナに負けじと後退していくガット。ラオは憐れむような目で見つめていた。

 

「ここにアルスいなくて正解だったかもネ……。彼なら真っ先に目をつけられそうだヨ……」

 

ラオがカヤの後ろに隠れながらボソッと呟いた。

 

「つれないわねぇ~、アタシの初恋のフレちゃんはチョットだけノッてくれたってのに。ま、彼は妻一筋だったけど……。一途な男って素敵よ。だからアルエンスちゃん派のお仲間がまた見つかって舞い上がっちゃった♡」

 

聞いてもいないことをべらべらと喋る饒舌な彼。しかしラオは聞き逃さなかった。

 

「フレちゃん?」

 

「そっ、アルエンスちゃんのお父さんのフレーリットちゃんよ。アタシ、彼がこの街に視察しに来た時親しくなったのよ。彼とーってもハンサムでカッコよくてクールで話分かる人で!一目見た時からもうアタシは一目惚れだったけどね~、キャッ!」

 

年甲斐にもなく彼は恥ずかしげに内股で手に口を当ててぶりっ子をした。

 

「キモッ」

 

「オエッ」

 

「キツッ」

 

フィル、ノイン、ガットはその姿を見て大層怪訝な顔をした。

 

「ちょっとアンタ達殺すわよ!?」

 

彼女(彼)はグシャリと新聞を握りつぶした。

 

 

 

彼はスベトラーナ。グランシェスクのとある兵器生産工場を任されている自称敏腕女工場長らしい。クラリスが納得したように言った。

 

「あぁ、やっぱり。ゲイなのか」

 

「そうよ赤い髪のお姉さん。……貴方は私の事軽蔑したり可笑しいと思ったりしないの?」

 

「いや?そんなもの個人の自由だろう?むしろその道を貫いて行くスタイル精神は素晴らしいと思うぞ。私はおかしいとは思わない」

 

「キャー!?名前なんだっけ貴女!?そうクラリス!クラリスちゃんイケメン過ぎ!?」

 

意外な人物、クラリスと意気投合したスベトラーナ。男性陣はすっかり萎縮し、ルーシェのとカヤの後ろに隠れている。

 

「私は音楽をやっていてな。芸術や音楽は縛られてはいけない。様々な観点からの見方が必要だ」

 

「音楽!まぁ素敵!!クラリスちゃん貴女最高よ!」

 

スベトラーナのご機嫌をすっかり無意識にとったクラリスは何気なく先程の話題を出した。

 

「そういえば、アルエンス派がどうとか言ってたな?」

 

「そうなのよクラリスちゃん。さっきの新聞読んだでしょ?」

 

スベトラーナは握りつぶした新聞紙を広げた。そして一面トップの部分を一瞬見せたかと思うと別の頁を広げて見せた。

 

"皇室関係者まとめ"という見出しだ。

 

そこには皇室関係者の顔写真が並んであり、関係図が示されていた。フレーリット、ヴォルフディア、サーチス、アロイス、アルスの写真がある。当然、スミラは裏切り者で皇室から追放扱いされている為、写真はない。

 

彼はアルスの写真を指さした。

 

「彼ね、アルエンスっていうのは。フレちゃんの息子ヨ。雰囲気がソックリね。よく似てるわ。可愛いし」

 

「ああ、私。彼の事がすごく心配なんだ。ここにいる私の仲間全員彼と友人でね。さっきまでどうしていいか悩んでいた所だ」

 

「まぁそうなの!?確かに陛下はここ最近他の国によく出張なされてたって言ってたけど!?」

 

「えっと…」

 

クラリスはそこで口篭る。彼女はつい最近仲間になったので、現在の状況をあまり知らない。過去の交流時間の方が長かったのが事実だ。どううまく伝えようかとなやんでいたところ…

 

「そうそう!ボク達アルスの護衛みたいな役割だったんだけれども、出張先のロピアスで国際テロ組織リザーガによる首都のあの凄いテロに巻き込まれてネ、彼はそこでリザーガによって誘拐されてしまったんだ」

 

ラオがフォローを入れた。

 

「は、な、何ですって!?」

 

スベトラーナは目を見開いて驚いた。無理もない。公開されていない情報だ。そして同時にショックなのだろう。彼が既にアロイス派の手中と分かってしまったのだ。新聞を読み、僅かでも誤報であって欲しいと願っていたスベトラーナは揺れた目でラオを見つめた。

 

「大変じゃない!?今すぐ彼、アルエンスちゃんを助けないと!」

 

「そうしたいのは山々だ。だが首都にどうやって行く?さっきの新聞にも書いてあっただろう。港は既にリザーガによって封鎖されてやがる」

 

ガットが言った。スベトラーナは、いつになく真剣な表情になり少し思考を巡らせた。

 

「………厳重な守りで有名な首都オーフェングライスは確かに、一般的には船で港から行くのが正攻法だわ」

 

「ですね……。逆に私はそれ以外の方法があるなんて思えません……。こことオーフェングライスは大陸を経て離れてしまっているし…、海路しか…」

 

ルーシェも顎に手を当て、言った。

 

「一般的には、ね?」

 

「………え?」

 

彼はクスッとそこで笑った。

 

「1日、1日だけ待ってくれる?貴方達を直接ではないけど首都に連れていってあげるわ」

 

「は……?え、で、出来んの?」

 

カヤが目を丸くしてたずねた。

 

「出来るとかじゃなくて、やるのよ!」

 

スベトラーナはグッと拳を握りしめ、

 

「やってやるわよ!!!女工場長の権限舐めないでくれる!?それにアタシそれなりにコネあって顔はきくのよ。これも何かの縁だわ。陛下を助けてくれるなら、アタシは全力でサポートしちゃうんだから!!こうしちゃいられないわ!待ってなさいよぉおぉおおおおぉおおぉぉぉぉぉぉ………」

 

喋っている途中に走り宿を出ていく嵐のような彼を、呆然と皆は見つめることしか出来なかった。

 

 

 

スベトラーナの決意表明の後、1日待てと言われた通り皆、宿でゆっくりと休養をとった。特にルーシェが万全な状態に戻った為、彼女の治癒術でカヤ、ノイン、クラリス、フィルの体を治癒し完全に元通りの状態にした。

 

「うわっスゲッ、腰かるっ!」

 

「おおっ!腕がしっかり動く!」

 

「ジャンプできる!」

 

「痛くない!」

 

カヤは腰を捻って動かし、ノインは腕を回す。フィルは飛び跳ね、クラリスは腿揚げをして各々コンディションを確認した。

 

「えへへ、良かった皆。これでもう大丈夫だね」

 

ルーシェは指を閉じたり広げたりしつつ、治癒術を使ったばかりの自分の体を労った。カヤは腰を撫でながら愚痴を言った。

 

「はぁ~治った治ったやーっと治ったわ!ったくロダリアの奴!おかげで散々だったわ!アタシの腰に何か恨みでもあんのかっての!」

 

「……師匠」

 

「………あっ」

 

言い終わった後にやってしまった、とカヤは気づいた。今ロダリアの話題はフィルの前では禁句だ。

 

「あっ、え、えーと!なぁなぁフィル姉、見てみて外!何て綺麗な月明かりだ!流石スヴィエート……!」

 

クラリスは一瞬の重い空気を感じ取り、誤魔化すように窓の外を見て指さした。

 

「あぁ!そ、そっか!クラリスはスヴィエート初めてだもんね」

 

カヤがその場に合わせるように言った。

 

「クラリスちゃん、外出てみたら?」

 

ルーシェが言った。

 

「えっ、い、いいのか?」

「ふふっ、当たり前だよ。別に私達の許可取らなくたっていいの。貴女はもう大人なんだから。それに私より年上だよ?姉、とか兄、ってつけなくてもいいのに」

 

クラリスは照れたようなはにかんだ。

 

「いや……、やっぱり癖でどうしてもな……。いいんだ、私が好きで呼んでる事だし、ここにいる皆は私とロイと思う存分遊んでくれた。今でも鮮明に覚えているさ」

 

ノインが胸を張って誇らしげにした。

 

「そうそう!ノイ兄と呼ぶのは決定事項ですからね!?」

 

「ノイ爺………」

 

カヤがボソッと呟いた。

 

「誰がジイだ!!」

 

「ヤダ聞こえちゃった?ごっめ~ん☆耳いいのねお爺ちゃん!」

 

「ノイ爺!肩もんであげるよ!」

 

「コラー!えぇい別に肩などこっていない!どっちかって言うと腰………」

 

悪ノリしたクラリスはノインの肩を揉んだ。

 

「ほ、ほら!フィルもまざろ!」

 

カヤはフィルの手を取るとノインの方へ引き寄せた。

 

「………」

 

フィルは下をうつむいて黙りこくっている。

 

「フィル…、あ、そうだトランプやる?この前のポーカーのリベンジしたいって前フィル言ってたよね?」

 

ノインが気をきかせてトランプを取り出そうとすると、

 

「うわわわっ、ちょっと!アハハハハ!フィル!くすぐったいよ!!ハハハハハハハハ!!」

 

フィルは吹っ切れたように顔を上げてニヤリと笑うと、ノインをくすぐり始めた。

 

「うわッ!?ノインがこんなに笑うのアタシ初めて見た!」

 

「フンッ、いつまでも落ち込んでられんな…!そらっ、小生のくすぐりテクニックは伊達じゃないぞ!くらえ!」

 

はしゃぐフィルはいっときの間ではあるがロダリアの件、漆黒の翼の件を忘れられたような気がした。

 

「………フィル姉、ちょっとは元気出たかな……」

 

少し寂しそうに、そして憂いを帯びた表情のクラリスをルーシェは見逃さかなった。彼女も何かを溜め込んでいる。

 

「クラリスちゃん、外行こう?ほら、月明かりをもっといい場所から見たいでしょ?」

 

「ルシェ姉?え?ああ、うん。別にいいよ?」

 

賑やかな3人を横目にルーシェはクラリスを連れ出す事にし、2人はこっそりと抜け出した。

 

 

 

「おぉすごい!是非とも生でスヴィエートの月明かりというのを見てみたかったんだ!」

 

部屋を抜け、宿の屋上のテラスに2人は足を運び、柵に寄りかかった。年甲斐にもなく、異国であるスヴィエートに少なからずはしゃいでいるクラリス。ルーシェはそんな彼女の姿を見てクスリと笑った。

 

「こうして2人でいると懐かしいねクラリスちゃん。アルスが修理で忙しい時、一緒にシチュー作ったっけ」

 

「あ!そうだったな!それでその後来たロダリアさんの料理が壊滅的で!」

 

「ふふっ、凄い色してたよね」

 

「全く、何であんな料理できるんだか!アハハハハハ……ハ……」

 

クラリスの笑った声が夜風に乗って流れていき、やがてシン……と辺りが静寂に包まれた。ルーシェは静かに切り出し、沈黙を破った。

 

「ねぇクラリスちゃん、何か胸に溜め込んでいるものがあるんじゃないの?」

 

「っえ?」

 

クラリスはドンピシャに言い当てられ、動揺した。

 

「何か、私に話したいことはない?」

 

そして彼女には叶わないな、と息をついた。

 

「…………………私が考えもなしにあの地下防空壕に逃げ込んだせいで皆が大変な目にあってしまった……」

 

クラリスは柵をギュッと握りしめ呟いた。

 

「クラリスちゃん……」

 

ルーシェはじっと彼女を見つめた。

 

「アル兄はそのせいで連れていかれてしまったし、ルシェ姉は斬られるし、カヤ姉も重症だし、ロイを危険な目に巻き込んでしまった…!」

 

「違うよクラリスちゃん。貴方のせいじゃない」

 

「アル兄とロイは今どうしてるんだ……!?私がもっといい隠れ場所を知っていれば!ああはならなかった!!」

 

クラリスはずっと心に留めていたものを吐き出して独白した。

 

「ずっと探していた皆、そしてアル兄に恩返しが出来る。再会にはしゃいでたのは事実だ。もっと状況を判断するべきだったんだ……!」

 

「あの時フィルの過呼吸を治してくれたのはクラリスちゃんだった。凄く的確な判断でね。そして、あそこから最も近い隠れ場所は地下防空壕以外私達にはなかった。貴方の判断は、間違ってなんかいないよ。結果論でああなってしまっただけ」

 

ルーシェはきっぱりと言いきった。あの時はああするしかなかったのだ。

 

「クラリスちゃん。後悔は過去にしか繋がらない。私は今、未来にいる。未来に帰ってきた。だから、これからの未来に繋げていくんだよ。クラリスちゃんも私達と同じ時代を共に生きている。何かをやってしまったという後悔は、時間と仲間、私が癒してあげられる。でもあの時貴方が行動を起こさないで何もしなかった、っていう事の後悔だったら決して未来に繋がれる事は無い、何も無いよ」

 

クラリスはハッとして顔を上げルーシェを見つめた。

 

「ル、ルシェ姉……」

 

ズズッと鼻をすすり子犬のような目で泣きかけるクラリスにルーシェはフッと笑い、

 

「…ほら、おいで」

 

と、両手を広げた。

 

「うぅっ、うわぁああぁぁぁぁん!!」

 

赤い髪を揺らしクラリスはルーシェの胸に飛び込んだ。

 

「よしよし。全く、相変わらず泣き虫だね~」

 

からかうように、懐かしむようにルーシェは言う。更にアルスと同じく背中をポンポンと優しく一定のリズムで叩きながらあやしてくるものだから余計にアルスの事を思い出してしまい涙が止まらない。

 

「グズッ、うっ、ルシェ姉…、ずるいよ……!こんなの、こんなの泣いちゃうに決まってるよ……!」

 

「溜め込んだらダメ。私達がいるんだから利用しないと」

 

「ぅ、ぅぇえぇぇえん………、ヒック、グスッ……」

ルーシェはしばらく彼女を泣かせておいたが、思い出したように、

 

「でもロイの前では泣かないんだよね?」

 

と、言った。

 

「あ、当たり前だ!!」

 

クラリスはルーシェの胸からバッと離れ、顔をゴシゴシと擦り涙を拭くと、

 

「ふぅ!!やっぱりルシェ姉に聞いてもらってよかった!凄く今は気持ちが楽だ!」

 

クラリスもすっかり気持ちが吹っ切れたようだ。

 

「フィルちゃんも辛いけれど、クラリスちゃんだって辛いよね。当たり前だよ…、本当のお兄さんのようにアルスを慕ってたんだもの」

 

「あぁ。アル兄……は、私の初恋の相手だったよ」

 

「え゛ぇっ!?そうなの!?」

 

ルーシェはかなり驚いた。そんなの初耳だ。

 

「そうだよ!?っていうか20年前の時気づかなかったのか!?」

 

「全然!!」

 

「私をあの魔物から助けて受け止めてくれた時!本当にカッコよかった。さながら幼い頃憧れた白馬の王子様そのもののようだったからな」

 

「アハハッ!でも合ってるよ!アルスって皇帝陛下だもの!」

 

「そうだよな!冗談が本当になってて何か笑っちゃうよ!ハハッ!」

 

「そっか………………。アルスを助けたら、告白するの?」

 

あからさま少し気分が落ち込んだルーシェはクラリスに気になることをたずねた。

 

「告白!?まさか!!しないさ!!」

 

クラリスは即答した。

 

「えっ?どうして?」

 

「ど、どうしてって……アル兄にはルシェ姉がいるじゃないか」

 

クラリスは不思議そうにルーシェを見つめた。

 

「………………………………私?」

 

「えっ、貴方以外に誰かいるんですか」

 

クラリスは思わず敬語になってしまった。

 

「私は大好きな人が幸せになってくれるならそれは応援するさ。ルシェ姉もアル兄も、私は大好きだから………」

 

クラリスはニッと笑い、ルーシェの肩をポンっと叩いた。

 

「幸せになってくれよ。全力で応援するからさ」

 

「………?う、うん。クラリスちゃんもね?」

 

いまいちルーシェは理解していなかったので曖昧に返事をした。

 

「ハハッ、気づいていないのか!鈍感だなぁ~!まぁいいや!面白いし!ありがとルシェ姉!さぁ、体が冷えてしまう。部屋に戻ろう!」

 

2人はテラスを抜け、部屋へと戻っていった。




前半と後半の雰囲気の差がヤバイですねwwww

カマホモスベトラーナ


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砕氷船オーロラ

初めて作中に挿絵が出てきます。苦手な方は注意。
(まぁただの書き足した雑な地図なんですけど)


一方その頃ラオはと言うと──────

 

「懐かしいな、少し変わってる部分もあるけど、大部分は変わってないや…」

 

彼は夜のグランシェスクの街を1人歩いていた。迷う事は無い。自分には地の利がある。何故なら─────

 

(この街で初めてサイラスと出会ったんだっけ………。あの頃のシャーリン、いやアジェス全体が貧乏で、栄えてなくて…。産業発展著しかった当時のスヴィエートに出稼ぎに行くのは、一種のボク達若者の流行りみたいなものだった……)

 

ラオは当時働いていた工場へと足を運んだ。勿論この話を知る人は現時点で自分しかいないだろう。まだ仲間にさえ話していない。

 

「あの時はストーブ工場だったのに、今じゃ兵器工場になってる……。しかもこんなにでっかくなってるし……。これも時代かネ……」

 

ラオはその大きな工場の門にある看板を読んだ。しかしそれを読んだ瞬間驚いた。責任者の名前がなんと

 

「ス、スベトラーナ!?」

 

ラオはピクピクとと口角が上がりその場から一歩引いた。

 

「マ、マジで……。っていうかこんな大きな工場任されてたんだ……、案外凄い人なのかもネ……」

 

ラオは工場の周りも見ておこうとその場から立ち去ろうとした。しかし門の前でこんな夜だというのに作業員総出で何か作業をする声が漏れて聞こえる。

 

(……ん?)

 

ラオは耳をすませた。

 

「ったく、工場長も人使いが荒いな!あのオカマ野郎!」

 

「仕方ないだろ、あの人のお陰で俺らは食っていけてるんだし、文句言えねーよ。オカマだけど」

 

「優しくていい人なんだけど、1度決めた事となると頑固だよなぁ~、オカマだけど」

 

「なー。半日であの最新型砕氷船をアズーラ海岸まで運搬とか鬼畜だぜ。オカマのくせに」

 

門の鉄格子の隙間から覗いてみると、男達が寝間着から作業服に着替えながら歩き、どんどんと工場の中へと入っている。作業員用の寄宿舎方面からからゾロゾロ、次々と動員されていくではないか。

 

(アズーラ海岸って……確かヴァストパ大陸最西端の所だよネ。何でアズーラ港の方じゃないの?)

 

アズーラ港とはグランシェスク最寄りの港である。そこから首都へと出発する船や貿易島から送られた品物などが到着する。もちろん兵器もそこに運び込まれて運搬されるはずだ。しかし港から伸びている海岸に運ぶとは。

 

「まぁいいや……、ここにいたら邪魔になるかもだし…とりあえず帰ろ…」

 

不思議に思ったラオだが、この疑問は翌日に解決する事になったのである。

 

 

 

「あ゛っーよく寝た……!」

 

ガットは大あくびをした後、腕を上へと伸ばし、体を曲げたりして関節をポキポキと鳴らした。

 

昨日、1番早く寝床についたのはガットだ。ルーシェが治癒術を皆に施している以前に彼は既に夢の中にいた。

 

「体の疲れはとれました?」

 

「あぁ、たっぷり休養とったからな」

 

ノインの問いにガットはニッと笑って答える。ガットはルーシェが戦闘不能であった時に最大限の力を酷使して治癒にあたっていた。その疲労感は尋常ではなく牢屋から出た後でも倦怠感は続いていた。加えてあのスベトラーナの災難である。心身ともにげっそりと疲れていた彼は、宿につくなり泥のように眠ったのだった。

 

「流石に疲労感は治癒術で治せねぇからな。もう夢も見ずぐっすり寝させてもらったぜ」

 

「イビキチョーうるさかったからネ…」

 

ラオの小声はガットには聞こえず、その代わりあの男が無理やり女声を出しているが男だと分かってしまう声が宿屋のエントランス方面から聞こえた。

 

「みーんなー!!!待ったー?ごっめーん♪」

 

「あっ!スベトラーナさん!おはようございます!」

 

宿屋の2階、手すり付近にいる男性陣は1階のルーシェの明るい声とは正反対にこれでもかと顔をしかめ、低い声で呟く。

 

「うっわ………」

 

「ゲッ、来ましたよ……」

 

「めっちゃ手振ってるヨ……」

 

ガット、ノイン、ラオは顔を見合わせて溜め息をついた。

 

「この階段を降りたくねぇ……」

 

「分かりますよガットさんその気持ち」

 

「ハハ……でも多分、やる事はやってくれてたんだと思うヨ。昨日の言動と言い、あのハイテンションと言い」

 

全身から褒めて褒めて~、というオーラを出している。体をくねらせ既に1階にいる女性陣、特にクラリスと会話を弾ませている。

 

「気持ちワリーな、揺れんなよ」

 

「内股がまた更にウザいですね」

 

汚物を見るかのような目で2階から見下すガットとノイン。散々な言いようである。

 

「ま、まぁ気持ちはボクも大いに分かるけどサ。とりあえず降りようヨ」

 

「てめぇ昨日1人で逃げてたからんな悠長な事言ってられんだよ!!」

 

「そうですよ!!あの体を触られる感覚はもう2度と体験したくないですね……!貴方は体験してないからそんな事が言えるんですよ!!」

 

「な、なんかごめんヨ……」

 

2人に詰め寄られたラオは思わず苦笑いするしかなかった。

 

 

 

ともあれ無事に1階に降り、全員が揃った所でスベトラーナはエントランスの机を借り、地図を広げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「いい?とりあえずこれからアズーラ海岸に一緒に行ってもらうわ。そこに昨日のうちに徹夜で運び込んだ最新型砕氷船、オーロラがあるの」

 

「砕氷船オーロラ?」

 

ルーシェが聞き返した。

 

「そう、チョット原始的なやり方だけどこれしか行く方法がないわ。説明するわね。

 

スヴィエートは2つの大陸に別れてるの。

ここグランシェスクとシューヘルゼ村があるのがヴァストパ大陸。

 

オーフェングライス首都、オーフェンジーク港、グラキエス山、レイリッツ湖があるのが、ヤーゼラ大陸よ。

 

この2つは陸続きじゃなくて別れてるのね。だから船や飛行モノじゃないと行けない。空は不可能ね。何でかって言うと、おそらく空の方は光軍が制空権を握っているから。リュート・シチートの時みたいに万が一空に光術の弾幕なんて張られてたりしたら一瞬であの世行きよ。

 

だから船なの。勿論オーフェンジーク港に直接行くわけじゃない。何故港からじゃないかって言うとね、アズーラ港にリザーガがいないとは限らないわ。だから海岸からなの。勿論出航する時は私達の社員が霧の光術をアズーラ港付近に展開させて援護するわ。そして砕氷船で大陸ギリギリのラインをついて海の氷を砕きつつ、無理やりヤーゼラ大陸のオーフェンジーク港の警備スレスレの場所に停泊させるわ。降りる場所は、整備もされていない極寒の大地………"ハドナ雪原"よ」

 

「えぇっ!?ハドナ雪原!?」

 

ルーシェは驚いて声をあげた。

 

「どうしたのだルーシェ」

 

「あ……そっか、スヴィエート出身じゃないと知らないよね……。ハドナ雪原って言うのは別名"極寒の要塞"って言われてる首都東に広大に広がる雪原のことだよ。

 

ほら地図見て、首都の東側って何も無いでしょ?ここにはとにかく何もなくて、寒いし水資源もないし平野だから凍結風がビュウビュウ吹き荒れる。人が住める場所じゃないの。どうしてオーフェングライスが厳重な守で有名な要塞の首都って言われてるのかって言うと。

 

この、東はハドナ雪原に、西はグラキエス山に、北はレイリッツ湖、南はオーフェンジーク港に守られてるからなの。オーフェンジークは一般的にはただの港に見えるけど、実は軍港で、漁民や商人の他にも軍人さんが隠れて沢山いるんだよ」

 

「へぇ~、確かに地図を見る限りそうだな。首都はほぼ自然の要塞に囲まれているという訳か」

 

フィルが地図を見てうんうんと頷いた。

 

「いい説明ねルーシェちゃん。完璧よ。という訳。さ、分かったかしらアンタ達!?」

 

スベトラーナは地図をしまい、全員に向かって声を張り上げた。

 

「イヤイヤイヤイヤ、ハドナ雪原の説明聞きました?極寒の要塞って!?」

 

ノインが勘弁してくれ、と体を震わせた。

 

「こんな方法しかないのー!?アタシ寒いのい~や~!!」

 

カヤはただでさえアジェスの暑い地方の出身である。普段の彼女の軽装からも、暑さには強いが寒さにはめっぽう弱い。

 

「グダグダ言ってられないぞカヤ姉ノイ兄!もうこれしか方法がないんだ!むしろこれだけ最善尽くしてくれてるスベトラーナさんに感謝すべきだ」

 

クラリスはアルスを助けるため全力を尽くす所存だ。決意は固く、もう既に覚悟も出来ている。

 

「極寒の地、ハドナ雪原……。そこを乗り越えれば首都に着くんだネ……?」

 

「ええ、無事にたどり着ければ……だけど?」

 

スベトラーナはニヤリと笑った。

 

 

 

スベトラーナと共にグランシェスクを後にし、アズーラ海岸へと到着した一行。海岸という名前の通り辺りには砂浜が広がり、波がザザン……ザザン……と打ち寄せられている。男性陣は潮の匂いに混じった、何か昨日のトラウマを呼び寄せる匂いがあることに気づいた。

 

「オイ……なんか、変な匂いしねーか……」

 

「は、はい…ガットさんも気づきました?」

 

海岸付近に綺麗な薄青色に咲く花があった。

 

「わぁっ、綺麗!これってアズーラハマナスじゃない!いい香りの香水で有名な!これ採って香水にすると高く売れんじゃないのー!?」

 

カヤは目ざとくそれに気づきしゃがんで花の香りを嗅いだ。

 

「………んん~いい匂い!!…………あれちょっと待ってこの匂い、なんか、スベトラーナさんの匂いに似てるんだけど…」

 

「あらカヤちゃん、当たり前じゃない。アズーラハマナスの花の香水は私の愛用品よ♡」

 

スベトラーナは青色の香水を取り出して見せた。

 

「あっ、だからか~。なるほどねー!キャー綺麗でお洒落な香水!ちょっと使ってみてもいい!?」

 

「いいわよ~♡」

 

カヤはそれを手首にシュッと付けた。ルーシェはそれを興味津々に見つめ、匂いを嗅いだ。

 

「わぁー、いい匂いですね~!」

 

「デショデショ~?」

 

男性陣はその香水の匂いが生理的にダメになったのは言うまでもない。

 

 

 

「さー!タラップを下ろしてちょうだい!」

 

スベトラーナが砕氷船の上の船員に大声で呼びかけると、タラップが海岸へと伸びてきた。かなりの高性能だ。流石最新型と言ったところか。

 

「いい?これから貴方達をこの砕氷船オーロラでハドナ雪原まで送り届けるわ。このご時世だワ。アタシは軍からの兵器生産の命令が連続で来てて工場を留守にできない、戦えないし、そんな力もない。ただ出来るのはこれしかない。だから無力なアタシの代わりに頑張って来て頂戴!必ずアルエンス陛下を救うのよ!!」

 

「ああ!!勿論だ!」

 

クラリスの大きな返事と共に皆も頷いた。

 

「よし皆!アルスを助けに行くぞ!!」

 

ガットの掛け声と共に、一行は砕氷船オーロラへ乗船するのだった。




ちょっとでも分かりやく……と、地図を追加。汚くてすみません。説明不足だったアジェスの腐海部分がどのへんなのかとかも一応付け足しておきました

あれ……?アルスがヒロインかな……?←


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ハドナ雪原

砕氷船オーロラは海面の氷を砕きながらヴァストパ大陸とヤーゼラ大陸の間の海峡、アズーラ海峡を進んで行く。甲板は極寒の寒さだ。とてもじゃないが居られない。しかし彼、ラオだけは1人甲板に立っていた。

 

「あの時と同じ景色……違うのは時代だけ…」

 

ラオはアズーラ海峡を見つめ、ハァッと息を吐いた。風に流されそれは消えていく。ラオはいつもの糸目ではなくなった。目を開き、憂いに満ちた表情で自らの両手を見つめた。

 

「サイラス……、ボクは、君を助けられなかった。そして君の孫も……、今は囚われの身だ。情けないヨ……およそ100年たってもボクは何一つ変わらない。何でボクがこうして生きているのかも分からない」

 

ラオは首をかいた。斬られて1度真っ二つになった首。

 

「あの時、君はボクに何をしたの。君の子孫、血が繋がっていたフレーリットやアルスとボクの間で同様の光の反応があった。あれは一体、何だったノ……」

 

その呟きは海風にかき消され空へと消えていった。

 

 

 

翌日、砕氷船オーロラは無事当初の到着地点へと辿り着いた。まだタラップが降ろされてはいないが、興味本位でガットは船の中から外へと出る扉を開いた。すると同時に猛吹雪が皆を襲った。

 

「うっぉ……!?」

 

「な、なんという寒さだ…!?風に切られてるようだ!」

 

ガットとクラリスは思わず怯んだ。

 

「オイ早く閉めろ!!小生を殺す気か!」

 

「イヤァァァアアアア寒い!!アンタ頭おかしいんじゃないの!?何開けてんのよ!?」

 

フィルとカヤが怒ってガットに抗議した。

 

「あっ!皆さん!待ってください!」

 

「えっ、何だ?」

 

クラリスが慌てて船の扉を閉め、中へと避難する。船員の1人が赤いマントを持ってきた。

 

「スベトラーナさんから差し入れです。着いたらこれを渡すように言われています。我が社最新のマントです。火のエヴィ結晶がきめ細かく織り込まれています。これが無いと1時間と持たずにハドナ雪原で凍死してしまいますよ!」

 

「へぇー色んなもの作ってんだなぁーあのオカマ野郎」

 

ガットはそれを羽織る。

 

「あったけぇー!!」

 

「凄い!まるでストーブの前にいるみたい!?」

 

ルーシェは感激した。こんな物がスヴィエートにあったとは。

 

「人数分ありますのでしっかりとコレを羽織っていってください。これがあっても、極寒の雪原です。厳しい旅になりますよ」

 

船員はタラップのスイッチを押した。すると外でガシャン、と音がしタラップが降りたというのが分かる。

 

「……………では、お気を付けて」

 

 

 

ハドナ雪原へ降り立つとごうごうと音を立て猛吹雪が彼らを襲った。まさに風に切られている感覚だ。寒いというよりもはや痛い。

 

「フレーリットさんが湖で出した吹雪より酷いですねこれ……寒すぎ……」

 

「まさに自然の驚異ってカンジね……」

 

ノインとカヤがガタガタと震えながら愚痴った。まだマントがある分マシである。

 

「ぶえーっくしょいっ!!」

 

「うわっフィル姉!?鼻水凍ったぞ!」

 

「ギャー!小生の鼻に氷柱が!」

 

フィルがくしゃみをした瞬間彼女の鼻に特大の氷柱が発生した。

 

ルーシェはマントのフードを押さえつつコンパスを取り出し方角を見つめた。

 

「ここから丁度北西の方向がオーフェングライスだよ……」

 

「よし……、くれぐれも迷わねぇようにしねぇとな……」

 

ガットは気を引き締めた。

 

「うん……、それと絶対にはぐれないようにしないと。ここ、一度はぐれたら終わりだと思ってね。周りは辺り一面真っ白だもの」

 

「流石、スヴィエート出身者の言うことは違うネ……」

 

いつもふわふわしたルーシェが神妙な面持ちで警告するという事は、余程の事なのだろう。それ程危険を伴う場所だ。

 

「アハハ、まぁ全部人から聞いた話なんだけどね……」

 

ただひたすらに白い雪原を迷わないように歩いて行った。ここは極寒の要塞。生命体自体少ないのだが、環境に適応して強くなった魔物は恐ろしく強い。加えて猛吹雪の中であり体力消耗が激しい。

 

特に狼の魔物、アイスウルフは極めて危険だった。群れで襲ってきて、しかも一体一体一筋縄では行かない。

 

「くっそ、強いな……。大丈夫か!ヒール!」

 

ガットは噛み付いてきたアイスウルフを斬り、カヤに治癒術を施した。

 

「ありがとガット!有芹ッ!」

 

「焔大蛇!!」

 

カヤの赤いレーザービームに、お次は大きな火の大蛇が口寄せされ体当たりをかます。

 

「ギャゥッ!?」

 

魔物達は案の定火の攻撃に弱い。カヤはナイフを振り払うと次の魔物へと走った。皆は優先的に火属性の技を出す。

 

「ノワードボム!おらっ!くれてやるっ!」

 

フィルは一体に赤い糸を巻き付け、他のアイスウルフへと投げつける。次の瞬間爆発が起こって周りを巻き込んでいった。

 

「ノワールインフェルノ!」

 

アイスウルフの群れの中心に黒い火柱が上がった。ノインの術だ。アイスウルフ達のうめき声が響いた。

 

「わっ、皆……凄いな……!」

 

後衛のルーシェとノインの近くにいたクラリスが感嘆の声を洩らした。彼女にこれ程の戦闘は初体験だ。

 

アイスウルフの数は減ったものの、サイズの大きいウルフが現れた。恐らくコイツが群れの親玉だろう。

 

「クラリス、君は下がって!」

 

「クラリスちゃん、危ないから私の後に!」

 

「えっ、あっ、ああ」

 

後衛2人に庇われたクラリスは、一度は下がった、が─────

 

「いや、違う。私だって戦う!皆に守られてた、昔とは違う!子供扱い禁止!」

 

「ックラリス!?」

 

クラリスはノインの制止の声を振り切り猛吹雪の中走り出した。

 

「ッオイ!?何で前出てきた!?」

 

「ガト兄!私は中衛だ!前線でも戦えるんだよ!下がって皆!!」

 

クラリスはリコーダーを出すとウインクした。そして魔物の中心に突っ込んでいく。当然そこには一番大きいアイスウルフがいる。

 

「ッ、まさか前のやつじゃ……!」

 

ガットは耳を塞ごうとした。

 

「前のやつは人間にも効くよう3倍にやっただけだ!とにかく、いくぞ! フィステルッ!」

 

思いっきり息を吸い、彼女はリコーダーを吹いた。ピィー!という超音波がアイスウルフ達の脳内に響き渡った。

 

「ガゥッ!?」

 

アイスウルフ達はたちまちフラフラと眩暈を起こした。

 

「よしっ!隙が出来た!今のうちだ!」

 

クラリスは音階を奏でて自分の周りに赤い炎の球体を作り出した。

 

「いっくぞぉおおお!!!」

 

そのままそれを保ちつつ彼女は一番大きなアイスウルフへと突っ込んでいく。

 

「チョッ!?何してッ……!」

 

ラオが言いかける瞬間、

 

「インポニレント!!!」

 

ドォオオォオオオォオン!!!

 

なんとアイスウルフに赤い球体をまとったクラリスがぶち当たった瞬間大きな火柱を上げて爆発を起こした。

 

「クッ、クラリス!?」

 

「す、すげー!!さすが小生の妹!」

 

「ちょっと!?燃えてる燃えてる!?あの子は大丈夫なワケ!?」

 

「炎上してるヨ!」

 

前衛のガット、フィル、カヤ、ラオはびっくりして思わず仰け反った。真っ白い空間に赤が派手に飛び散ったのだ。蒸気が漂い、彼女の姿が見えない。

 

「クラリスー!!!」

 

「クラリス返事してっ!あの子ッ、まさか捨て身の技じゃないでしょうね!?」

 

ガットとカヤが心配して駆け寄って行った。しかしクラリスはゆらりと立ち上がり、辺りを見回して叫んだ。

 

「ワァッ!?すごい!私もやれば出来るじゃないか!!今の我ながら凄かったな!100点満点だ!アッハハハハハ!」

 

魔物達の死体の中心で高々と笑っていた。捨て身の技に見えるが、どうやら炎の球体がバリアーの役割も果たしているらしい。敵に当たれば、の話だが。

 

「や、やるじゃねぇかお前」

 

「凄っ!?いやいやクラリスアンタ!怪我はない!?」

 

「大丈夫だよ〜!カヤ姉!私は凄く元気さ!」

 

カヤはそんなクラリスを見て呆れた。

 

「ハァッ、アンタ。性格変わったわねぇ〜」

 

「いや、逆に変わってないんじゃないノ?昔っから行動的でアグレッシブだったヨこの子。ボクの首で遊んだりさ」

 

「そういやそうだったわね……」

 

「アハハハハハ!!さっきのめっちゃ楽しかったなぁ!!もっかいやりたい!」

 

「アホな事言ってんな!魔物は出てこないに越したことはないんだよ!」

 

「そうだよなガト兄!でも!ホント面白かったんだ!アハハハハハハハ!」

 

クラリスの笑い声がハドナ雪原に響いたのだった。

 

 

 

厳しいハドナ雪原をだいぶ進んで行くと、吹雪が止み、目の前に森が見えてきた。

 

「あっ!ここまで来るともうすぐ首都だよ!」

 

ルーシェが森に指を指して言った。

 

「首都の東って森エリアがあるの!だから皆!もうすぐだよ!頑張ろう!?」

 

「おう!あと少しだぜ皆!」

 

ルーシェとガットに励まされ皆寒さに凍えながら無言でひたすら歩いた。森の中に入っると風が木々で和らげられるせいか、さっきよりも断然暖かいと感じる。

 

ルーシェとガットを先頭に一行は進むが、ルーシェがピタリと止まった。

 

「あ、あれ?」

 

「どうしたのガット?」

 

「コンパスが………狂っちまった…?」

 

「うそっ!?」

 

ルーシェはガットの手のひらの上のコンパスを見た。針はクルクルと回りだし、止まらない。

 

「クソッ!?まさか寒さでやられちまったのか!?このポンコツ!」

 

ガットはコンパスを振ってみたが依然として変わらない。

 

「待って、何かここら辺って……少し違った空気を感じない?」

 

「あ?」

 

ルーシェはガットの肩に手を置き静かに喋った。

 

「何か、神秘的なエヴィを感じるような……?エヴィが他の所より若干濃い…?」

 

「そうか?俺には全く…」

 

ガットは不思議そうに辺りを見回した。

 

「っちょっとかして?」

 

ルーシェはガットからコンパスを拝借するとゆっくり深呼吸し、手のひらの上で水平を保った。

 

「ねぇねぇ?距離的にはもうすぐなんでしょ?とりあえずさ、さっきまで北西の方向指してたんだから進んでみな……」

 

「ごめんカヤ。少しだけ待ってくれる?」

 

「え?」

 

愚痴を言うカヤをルーシェは真剣な表情で静止させた。カヤは思わずぽかんとする。

 

「あ……、う、動いた……!?」

 

コンパスの針はゆっくりと回転をやめ、やがて北の方角を指した。

 

「……こっち……?」

 

ルーシェが導かれるようにその方向へフラフラと進んでいった。まるでこの先に何かが絶対あると確信しているようだ。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

カヤは、いいのかなぁと思いつつ着いていくしかなかった。後ろの仲間達を振り返っても皆同じ反応のようだ。

 

やがて、目の前に不思議な結界のようなオーラが張ってある箇所にたどり着いた。ルーシェはそれを難なく通り抜けたが、他の仲間達は少し違和感を覚えながらそれを通り抜けた。

 

「なんか、変な感じがするな……」

 

「ああ、ルーシェは何も感じていないようだが……」

 

最後尾のクラリスとフィルがそれを通り過ぎると、信じられない光景が広がった。思わず一同は驚きの声を上げた。

 

「わぁ………!?」

 

「嘘!?さっき見た時ただの雪景色だったのに!?」

 

目の前に広がるのは一面の青。

スヴィエートの国花であるセルドレアの花畑だ。満開のシーズンを迎え花達は見事に咲き乱れている。

 

月明かりに照らされるセルドレアの花畑は、言葉で言い表せない程に美しく、幻想的な空間であった。

 

「………ここってまさか、スミラさんが言ってた……!」

 

「お、おいルーシェ!」

 

ルーシェは駆け出した。スミラと厨房で料理をしていた時に聞いた話とそっくりだったからだ。ガットは慌てて追いかけた。

 

「ここ……!スミラさんの家の階段の壁に張ってあった写真と同じ場所じゃないでしょうか?」

 

ノインは思い出した。スミラの家に行った時この風景と全く同じ写真写真が飾られていたのだ。

 

「なんて美しい場所なんだ……」

 

クラリスは月を仰ぎ見て深呼吸した。まるでここだけ別空間のように空気が澄んでいて、雪が降っていない。

 

「ここ……どんなお宝にも勝る価値があるわ……素晴らしいの一言しか出てこない…」

 

「小生、海以外でこれ程の青色を見たのは初めてだ。凄く綺麗だな…」

 

カヤとフィルは息を呑んで景色に見とれていた。スヴィエート城の中庭の花壇にも沢山のセルドレアがあるが、あれとはまるで比にはならない。一面青、青、青。青の絨毯だ。

 

「……………ッ!?」

 

「おいルーシェ、どうしたっ、て……」

 

ルーシェは花畑の中心で足を止めた。ガットもつられて止まる。

 

中心だけ花がない部分が気になり、そこに駆けつけてみれば──────

 

「墓…………!?」

 

ガットは唖然とした。地面に平たく斜めの墓石が埋め込まれ、小さな墓がポツンとそこにはあった。なぜこんな所に墓があるのだろうか。

 

「まさかっ……まさか…!」

 

ルーシェは急いでしゃがみこんで土埃を払った。しばらく誰も来ていないのだろう。少し汚れている。

 

「ッ!!」

 

ルーシェは墓の文字を読んでひゅっと息を呑んだ。予想していた事が的中してしてしまった。

 

『 スミラ・フローレンス ここに眠る 』

 

そう。そこはアルスの母、スミラの墓だった。裏切り者である彼女は皇族を追放され本来埋葬されるべき皇族専用の墓には埋められる事は無かった。

 

フレーリットの隣の墓は空白のまま、何も無い。あれ程仲睦まじく、おしどり夫婦であった彼らは死してなお、一緒にはなれなかった。20年間引き裂かれたまま、それぞれ別の地で眠っている。

 

「っスミラの墓!?どうしてこんなところにっ!?」

 

ガットはその文字を見て驚いた。やがて後方の仲間達も合流し、それを見て同様の反応を示す。

 

「……、関係者の誰かが気を利かせてここに埋葬したのでしょう。こればっかりはアルス君に聞かないと分かりませんが…」

 

ノインは経緯から察した答えを出した。彼女は花屋だった。そしてこの花畑も思い出深い場所だったに違いない。

 

「ッ多分、アルスは知らないと思う。スミラさんがここに埋葬されている事、そしてこの花畑の存在すらも」

 

ルーシェが答えた。

 

「そうなんですか?」

 

「う、うん。彼女は皇族を追放されているから……。アルスはスミラさんの話の事は全て拒絶してた。と言うか、全く彼女の事を知らないと思う。私は過去にスミラさんと会って、この場所は聞いたことがあったの。ここはね──────

 

フレーリットさんがスミラさんにプロポーズした場所なんだよ」

 

一同は無言に包まれた。彼ら亡くなった背景を知っていると、何と言っていいのか分からないのだ。

 

「そういやマーシャやハウエルが言ってたな……。スミラは中庭で死亡してたって……」

 

ガットがその沈黙を破った。

 

「ええ。そしてその中庭にもセルドレアの花がある」

 

ノインが続けた。

 

「彼女は……、セルドレアの花畑で幸せを迎えて、中庭のその花の上でに死に、ここで花と共に眠っている………」

 

「何だか、皮肉なんだか、いい話なんだか………分からないね……」

 

ルーシェは一筋の涙を流し、呟いた。

 

そして仲間達一人一人、周りのセルドレアの花を少し摘み、彼女の墓の前に置く。

 

「どうぞ、安らかにおねむり下さい…、スミラさん……」

 

アルスはこの墓を見たらどんな反応を示すだろうか。ルーシェは少し暗い気分になりながらも、墓に祈りを捧げ、その地を後にした─────。



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内戦の地へ

ちょこっとパロディネタ?みたいなの入れました
知ってる人はクスッとくるかも( ´ ▽ ` )


セルドレアの花畑を後にし、北西方面へ進んでいくとやっと目当ての地が見えた。スヴィエートの首都、オーフェングライスだ。高い城壁がそびえ立ち、外からも重い雰囲気が伝わってくる。

 

「正門からはまず無理だな……。ぜってーリザーガの野郎が見張ってるだろうし…。かと言ってこの高い要塞の壁をどう突破するかだよな……」

 

ガットが壁を見上げながら言った。今彼らがいる現在地は首都の外側の壁沿いである。正門は当然閉ざされており当たり前だが見張りもいる。ガットは困り果てたが、ある事を思いついた。

 

「そうだ!カヤ!お前確かフックショット持ってたよな!?」

 

そう、カヤが逃走用として常に携帯しているいわゆる便利盗賊グッズのフックショット。彼女はこれを使ってスターナー島のアルスから逃げおおせた。

 

「え?あぁこれ?」

 

カヤは腰のポーチから取り出した。そしてノインがふと思い出し言った。

 

「………待ってください?あのガラサリ火山でマグマに落ちそうになった時ソレ使えばよかったんじゃないんですか…?」

 

「……………………………あっ」

 

カヤはたらりと汗を流した。「そういえばあったわ」という今更な事を言う。

 

「い、いや、なんと言うか?その。あの時は想定外過ぎて、対処出来なかったというか、忘れてたというか、その、ね?」

 

「コラー!お前これ使えばルーシェが危ない目に遭わずに済んだのではないのか!?盗賊あるまじき失態だぞ!なーにが世を騒がせてやった女盗賊、だ!」

 

フィルがビシィッ!と指を指して彼女を責めた。

 

「だぁから忘れてたんだってば!咄嗟のこと過ぎて!?分かるでしょ!盗賊カンケーないし!それにアタシもう盗賊じゃないし〜!?あーもう!ごめんってば!!」

 

いぎぎ…!といがみ合う2人をルーシェが苦笑して仲介に入った。

 

「そうそう、過ぎた事だよフィルちゃん、ね?私の心配してくれたのはありがとう。でもあの出来事のお陰で私達2人の和解と友情が生まれたわけだし、結果オーライって事だよ♪」

 

「ヌゥ……」

 

「ほらー!ルーシェもそう言ってるし〜!?」

 

ルーシェに諭され悔しげな表情を浮かべるフィルを見つめ勝ち誇ったようにカヤは胸を張った。

 

「オイ、俺の話聞け!」

 

「あっごめんごめんガット忘れてた」

 

置いてけぼりを食らったガットはムスッとした顔で再びカヤに話しかけた。

 

「そのお前のフックショットで俺ら全員何とか上げることは出来ねーかな?一人づつ交代してやるとか」

 

「エェー!?無理だよ!?まず距離が足りないよ!?見てよこの高い壁、どうやったって途中までしか届かないよ!」

 

カヤは「ほら見て!」と言いフックショットを発射した。バシュッと音を立てて射出された先端は壁のてっぺん2分の1というところで刺さって止まった。どう見ても届いていない。

 

「ハァ!?もっと伸ばせねーのかよ!」

 

ガットはもどかしい気持ちを押さえきれずに食い気味にカヤに突っかかった。

 

「アホー!無茶言うなー!無理なもんな無理なのー!」

 

ギャイギャイ騒ぐ2人を見つめ悩んでいたルーシェはそういえば、と思いつき手をポンと叩いた。

 

「フィルちゃんは確か綱渡りの名人だったよね?」

 

「お?おぉ?どうしたルーシェ?突然褒めても何も出ないぞ?」

 

フィルは顔を赤らめ照れた。

 

「つまりバランス感感の達人であり、アクロバットの達人で空中を制するフィルちゃんじゃない?」

 

「フフン、そうであるな」

 

おだてに乗るフィルは鼻を高くした。しかし次の瞬間ルーシェはとんでもないアイディアを口にした。

 

「あのさ、フィルちゃんがあのフックショットを使って途中まで登って、その後糸とかなんかで足りない分補ってあとの残りのところを登りきる事とか出来ないかな?」

 

「ッウェエ!?いっ、いや!?出来なくはないが……!?そんな無茶振りルーシェの口から出てくるとは思わなんだ!」

 

フィルは鼻を高くした分それをポキりと自分で折るわけにも行かず思わず出来なくはないと言ってしまったがかなりの難関アクロバットだ。

 

「ホント!?よし!じゃあ頑張ってみようか!フィルちゃん!」

 

 

 

「いや……まさかまたコレにお世話になることとはネ………」

 

ラオはスルスルとその丈夫なツルを登りながら心底あの時長めに、余分に採っておいてよかったと思った。生来の自分の性格か、いつか使うかも、もしかしたらこの先どこかで使うかも、と思いイカダに使う分も若干ケチったのだ。その分丈夫さが減りあの荒運転になったとは口が避けても言えない。幸い皆川が氾濫しかけているからと勘違いしてくれたが。

予め雪を溶かしてその水をかけておいたマビヅルは強靭なロープとなった。

 

フィルは無事ルーシェの無茶振りをやり遂げたのだ。手順はこうだ。

 

フィルはラオから札、クナイを何本か、そしてマビヅルを拝借し、口にクナイをくわえた。そしていつでもエヴィの糸をいつでも出せるように神経を集中させ、フックショットを発射させた。シュルルル、と音を立て伸びていくソレは壁の2分の1というところで止まり突き刺さる。

 

カチっとボタンを押して上昇し出すワイヤー。フィルは壁に激突する寸前に右手でクナイをフックショットよりも高い位置に投げつけ、その持ち手にエヴィ糸を巻き付けた。フックショットから手を離すと同時に糸を伸縮させ登る、そしてまた上の位置にクナイを投げつけ同じような動作をして登って行った。クルクルと空中で回転しながら登っていく様は流石空中戦の達人と言ったところか。

 

クラリス曰く、小さい頃絵本で読んだ「きょじんのおはなし」に出てくるキャラクターの移動のようだったと絶賛していた。

 

ともあれ無事壁の上に降り立ったフィル。「思ったよりも簡単だったな」と、また鼻を高くした。

 

そして壁の上の平坦な位置に札とマビヅルを貼り付けて下の仲間達の元へ下ろした。この札はどうやら一時的絶対に剥がれないいわば敵のマーキング用のモノだが、応用してマビヅルをくっつける小道具として役に立った。

 

男性陣から先にマビヅルクライミングが始まり体力のあるガットは自力で登りきり、ラオは持ち前の身軽さと器用さでガットより早く登りきった。問題はノインだった。彼は男性陣の中で1番体力がない。術を得意とする後衛のため力がないのだ。

 

「ちょ、も、もう無理……………」

 

マビヅルに捕まりぐったり、と音を上げるノインにガットは上から見下ろして言った。

 

「んだよノイン!もうちょい頑張れよこの非力野郎!」

 

「ここまで登りきった事でも僕としては凄いわァ!!お前ら2人が異常なんだよォ!」

 

クワッと目をかっぴらき、ノインは逆ギレを起こした。ラオも便乗してからかってやる。

 

「やーいこのモヤシ〜!」

 

「アンタに言われたかないわァ!!」

 

すっかり敬語口調が崩れているノインは無事救済措置として、フィルのエヴィ糸に引き上げられた。女性陣と同じ扱いを受け自業自得だが若干落ち込んだノインであった。余談だが、女性陣の中でカヤだけは自力でなんとかマビヅル登りきり、ルーシェとクラリスはフィルに引き上げられた。しかもクラリスはノインより記録を更新した。ルーシェに励まされ、男としてのプライドがズタズタになったノインは何とも言えない気持ちになり切ない目でクラリスとカヤを見つめたのだった。

 

 

 

壁からまたマビヅルを使い降りるとそこは幸運にもオーフェングライスの貧民地区だった。ここはルーシェの住んでいる地区だ。彼女はこの地区の地理だけは知り尽くしている。しかし以前より変わっている事が多々あった。

 

「建物が…!崩れてる……!?」

 

故郷の下町をゆっくりと歩き、彼女は変わり果てたその風景に心を痛めた。

 

「内戦の影響ね……、ルーシェアンタ大丈夫?」

 

内戦の影響は確実に出ているようで建物が崩れ、人の気配がなかったりと状況はかなり酷い。雰囲気はグランシェスクよりも物々しい。カヤはそんな彼女を案じた。カヤも困窮した故郷の村の似たような経験がある為、余計心配になったのだ。

 

「…………大丈夫。下町の人も心配だけど、内戦中の今はどうしようもないって、分かってるから……。カヤも心配ありがとう。とにかく皆!今日は疲れてるでしょ?私のお家に行こう?女将がいるから!そこで一旦体を休めないと!」

 

ルーシェの案内について行き、無事女将シューラの経営する宿、アンジェリークにたどり着いた。再会を喜ぶルーシェと女将。彼女は自分の状況も危ういのに事情を聞き優しく快く迎え入れてくれた。シューラには一同は感謝してもしきれなかった。食事を振舞ってくれた後、彼女はスヴィエートの現在の状況を語り始めた。

 

「頻繁にリザーガや軍がたかりに来るさ。特にリザーガと奴らは話を聞かない連中でね。それに訳の分からない理想とか精霊だか何だか知らないけど変な宗教を掲げてやがって、熱心にそれを広めてくるのさ。追い返してやると逆上するもんだからタチが悪いったりゃありゃしない。まだ軍人さんの方がマシだね!協力しろだの、ゲリラの一味として疑われて理不尽に怪我を負わされた人もいる。何か意図があるのか、殺されはしないがね。誘拐された者はいるよ。軍人さんは出来る限り街に被害が出ないよう、それと気候と土地勘を活かすため北のレイリッツ湖やグラキエス山付近で戦うようにしているが、最近じゃ軍が圧され気味でね。泥沼化してきて、なんとか耐え抜くためにゲリラ戦をやってるが、そろそろ限界さ。街にもやがて本格的に戦火が降りかかる。全く、この状況がどこまで続くんだか……」

 

シューラは深く溜息をついた。思った以上に深刻な状況に陥っているようだ。ルーシェは神妙な面持ちで尋ねた。

 

「ね、ねぇ女将…。アルス…、アルエンス陛下がどうなったかとかは……噂は聞いてる?」

 

ルーシェは今、それが1番の気がかりであった。

 

「あぁ、あの青年、アルエンス陛下かい?さぁね……。未だどこかに息を潜めているのか、それとも捕まっているのか、はたまた亡くなられたしまったのか、分からないさ。ただ、軍が圧されてるんたから、良い状況ではないのは確かだろうね…。風の噂によれば城に捕らえられていると聞くが、本当か定かじゃない……。現時点で分かる僅かな情報はこれだけさ。申し訳ないね…」

 

ルーシェは首をふった。

 

「ううん、十分だよ。本当にありがとう女将。いきなり押しかけちゃったのに美味しい料理、ごちそうさまでした」

 

「何言ってんだい、娘が帰ってきたんだから母親が料理を出してやるのは当たり前さ。ただ、怪我人や逃げてきた軍人を寝かせてるから泊まらせてやれる部屋がねぇ…。屋根裏とルーシェの部屋しかないんだよ……」

 

ガットは「とんでもねぇ」と笑った。

 

「全然構わねぇよ、恩に着るぜ、シューラさん。俺ら男は屋根裏で休むわ。女達はルーシェの部屋で休め。皆、明日は平民街のマンホールから城に侵入するぞ。過去の時と逆ルートだ。だけど油断はするなよ。特にクラリス、お前は俺達と絶対はぐれんじゃねーぞ…」

 

「ウグッ、相変わらず過保護だなぁ…!」

 

クラリスはガットを睨んだ。

 

「まぁ過保護ってのもあるけどさ、20年前君と別れた後ボク達はスヴィエートで色々やってたんだ。前話したやつね。その時もギリギリで大変だったから。クラリス、期待してるよ。明日は一緒に頑張ろうネ」

 

「ラオ兄……。ああ!!」

 

ラオの言葉に照れくさそうに目をそらしクラリスは大きく頷いた。

 

 

 

翌日、閑散とし、内戦の影響で変わり果てた平民街へ行きマンホールから地下道に侵入した彼らは城へと無事侵入した。しかしアルスがどこにいるかなんて見当もつかなかった。とりあえず例の皇帝とやらの石像の下から出て、甲冑廊下を歩いているとラオが言った。

 

「ボク、過去にこの城に行った時アルスが作った地図を見た。僕の記憶が正しければ、確か地下に牢屋があるはずなんだ。よく城とかには定番にあるよね」

 

「あ、そう言えばそうだったような…!それにロピアス城も地下に牢屋はありますし!ってか僕まだ地図持ってました!」

 

ノインは帽子の中から地図を取り出して言った。ラオが鍵を取りに行く時さりげなく自分に渡してなんとなく今まで持っていたのだ。ルーシェもそう言えば、と思い出した。

 

「じゃあその地下に行ってみるっきゃねぇな…。途中のリザーガの連中とかに見つからねぇように行かねーと……」

 

スヴィエート城の構造は相変わらず難解で地図がなければ絶対に迷っていただろうとガットは思った。ただでさえ自分は研究所チームだったのであまり城には馴染みがない。

 

階段を降り続け地下4階。そこはまさしく地下牢の階だった。カヤが煙玉を投げ、その隙に見張りの者をラオがアサシンのように素早く眠らせ行動不能にした。

 

「ゴホッ、あぁ〜、巻き込んじゃった人ごめんなさいッ!大丈夫!?」

 

カヤは辺りの煙を払うとゲホゲホと咳き込んだ。ノインが風の術を発動させ煙を消し去ると、牢屋には大量の捕虜と思われる軍人達が囚われていた。咳き込みながら軍人の1人が皆の姿を確認した。

 

「ア、アンタ達は……!?誰だ!?敵か!?」

 

「うわっ!?こんなに軍人さんいたの!?ヤバくない!?」

 

カヤは開けてくる視界に入る軍人達の数に驚いた。シューラが言っていた通り軍が圧されているのは間違いないようだ。

 

「お待ちください!彼らは…!?」

 

牢屋の中から聞き覚えのある声が聞こえた。軍人とは違う、執事の格好をしている。しかしその燕尾服はボロボロになり汚れていた。

 

「ハウエルさんっ!?」

 

「ルーシェ殿!」

 

ルーシェは牢屋越しに、老執事ハウエルに駆け寄った。

 

「あぁっ、誰が一体こんな事を!?酷い、傷を早く傷を見せてください!」

 

顔や身体あちこちに傷が見られる。老体にこのような仕打ちをするなんて、とルーシェは怒りに震えた。鉄格子の隙間から手を伸ばし治癒術を必至に施したが、ハウエルは彼女の手を両手でつかんだ。

 

「あ、ありがとうございます…ルーシェ殿。ですが、この老体などどうでもいいのです。それにここに囚われている人達はどこかしら怪我を負っている。キリがなくなります」

 

ハウエルはチラ、と後ろを見た。

 

「で、でも…」

 

ルーシェは戸惑った。確かに軍人達は皆薄汚れ、傷を負っている者もいる。戦場から直接捕虜として連れてこられたのだろう。しかし決して衛生的ではないこの環境に、ルーシェは首をふり治癒術を続けようとする。

 

「……いいのです。心優しい貴女様のお気持ちはとてもありがたい、本当にありがとうございます。しかし、今は私達よりも大変な思いをなされていらっしゃるであろうアルエンス様のをいち早く救出して欲しいのです」

 

それを諭したハウエルはアルスの名を口にした。今ルーシェが、皆が1番目的としている人物だ。

 

「そうだよお嬢さん。我々の事は今はいい。どうか陛下を助けてください!」

 

「あぁっ!俺からも頼むよ!どの道怪我してる俺は大して役に立たねぇ!だから!」

 

「我々は若き陛下が皇位継承した時、この身を捧げてでも仕えると誓ったのだ!」

 

軍人達がハウエルの後から口々に言った。囚われの身の彼らの今の希望はルーシェ達なのだ。

 

「皆さん……いいですか、よく聞いてください…」

 

ハウエルが牢屋の向こうの全員に目配せをした。

 

「このクーデター、内戦の首謀者は……、サーチス様なのです!!」

 

クラリスはピンと来なかったが、それ以外の皆は反応を示した。

 

「さ、サーチスッ!?嘘だろ!?アロイスとか言う奴じゃねぇのかよ!?」

 

ガットは新聞と違う内容に驚いた。

 

「………誰だ?サーチスって?あっ、そういえば新聞で見かけたような……。アロイスの母親だったか……?」

 

クラリスが首をかしげた。

 

「確か…アルスの従兄弟伯母…だったような?」

 

カヤが呟いた。しかしカヤも姿は戴冠式や城で少し見かけた程度である。

 

「ガットが過去の事話してくれた時に、彼女の名前も出てきたネ。研究者だったんでショ?しかも結構な立場の」

 

「あぁ、ハーシーの日記にそういや……。確かそうだったわね。アルスは彼女の事苦手だって、話してたような」

 

ラオとカヤの小声の会話の後にハウエルが続けた。

 

「恐らくアルエンス様はシュタイナー研究所の地下です!長らくあそこはエヴィ濃度が高く閉鎖されていた研究所だったらしいのですが、内戦を期に再び使用されたのです。アルエンス様は約1ヶ月前にサーチス様に捕らえられてしまって…!恐らく、そこに監禁されています!どうか彼を助けて下さい!あの女の様子、明らか様子がおかしかった!私を最初にこんな目に遭わせたのも彼女だ!アルエンス様が無事だとは到底思えないのです!!」

 

「シュタイナー研究所……!?20年前に行った……!?」

 

ノインが驚き、続ける。

 

「しかも様子がおかしいって…!それったアルス君の大丈夫なんですか?ヤバイんじゃないんですか!?」

 

「そっ、そんな!早く助けに行かないと!?」

 

ノインの発言にルーシェは震えて言った。

 

「ハウエルさん、情報ありがとうっ!アタシ達今から早速アルスを助けに行くわ!」

 

「しかし、どうやって行く?」

 

カヤの意気込みは良いが、クラリスが肝心な事を聞いた。

 

「過去行った時、アタシ達研究所チームは貴族街のマンホールの地下道から行ったの。ガットがその場所を知っていたのよ。使用再開したなら、もしかしたら開放されているかもしれないわ。何より、今はそこに賭けるしかない。前のワープの所は開かずの間だろうし、あんまり……」

 

行きたくない、カヤはその言葉を飲み込んだ。カヤにとってあんな気味の悪い場所はごめんである。

 

(って言うか誰だってあんな空間嫌だわ……)

 

「あんまり……何だ?」

 

「あっ!?いやいや何でもない!ただあんまり得策じゃないっていうか!ただそれだけよ!鍵閉まってそうだし!?」

 

「え、あ、ああ……?そう、なのか。分かったよ」

 

慌てるカヤに不信感を抱きつつクラリスは納得した。

 

「ハウエルの爺さん、情報ありがとよ。必ずアルスを助けてくる。そんで連れ帰ってきてここにいる全員を開放してやる!待っててくれ!」

 

「頼みましたぞ……!」

 

ガット達は後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、牢屋を後にした。

 

しかし、ここにいる全員と再会を果たすことは叶わなかった───────。



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こんな形で会いたくなかった

ストーリー中間恒例鬱イベント


一行はいつ戦いが起こるか分からない緊迫した街中を慎重に抜け、貴族街の例のマンホールから地下道に侵入した。

 

「20年たって、老化はしているけど未だにあったみたいでよかったわね…」

 

カヤはぶつぶつと独り言を呟いた。暗くじめじめとした地下道は以前よりかなり古くなっていた。あの時とは違うのだから当たり前だろう。しかし過去へ行ってまたすぐここに来た研究所チームは違和感を感じざる負えない。研究所に続くハシゴまであと半分という所でフィルが足を止めた。

 

「あの時はホント怖かったな…、研究所に入った途端ゾンビホラーみたいなことが起こったんだった……」

 

思い出したように体を震わせた。

 

「な、なんだそれ……!?」

 

「フム、そう言えばクラリスは具体的に説明していなかったな」

 

フィルがあらかたクラリスにあの時の状況を説明した。ガットの話の事は本人の口からだ。

 

「ゾ、ゾンビ…。でも元々ガト兄の恩人だったって事が更に酷い話だ…それにその友達だったリオとトレイルって人達も……、いや、よそう…。すまないガト兄、嫌な事を思い出させてしまった…」

 

「いや……構わねぇさ…。希望を捨てるわけじゃねぇが、2人は普通生きてるわけねぇんだ……。20年前の時点であんなエヴィ濃度だったんだ。人が生きていける環境じゃない……。ハァ、ったくこの研究所にはつくづくいい思い出なんざねぇよ…。また入った瞬間変な事が起きなきゃいいが…」

 

「ガット………ホントにいいの?2人を探さなくて?」

 

ルーシェが心配そうに聞いた。

 

「さっきも言っただろ。生きてるわけねぇって。勿論探したいさ。アイツらが生きていた証拠をな。だが、今優先するのはソレじゃねぇって事ぐらい、………お前にも分かんだろ」

 

ガットは目を伏せて言った。今は一刻を争うのだ。寄り道をしている暇はない。ハウエル達の想いを無駄にはできない。

 

「う、うん…そうだね…ごめんね……」

 

ルーシェはガットのやりきれない思いが痛い程伝わった。

 

「さて……、変な事が起きなきゃいいわね……」

 

カヤが一番最初にハシゴの所に到着し、後の皆が上を見上げた。

 

「よし……ここを登ったら研究所だ……行くぞ皆!」

 

ガットの掛け声に皆元気よく返事をした。しかし、カヤだけは素直に返事を返せなかった。

 

(何か、何かとてつもなく嫌な予感がするのは……気のせい……?)

 

カヤの勘は昔からよく当たる。そして、今度も──────。

 

 

 

ハシゴを上がり、部屋からそっと抜けると20年前とはうって変わって、まさに研究所と言わんばかりの清潔な廊下が広がっていた。

 

「……うっわ!綺麗になってる!?」

 

カヤは驚いて声を上げた。

 

「前来た時は、エヴィがそこらにモヤモヤと充満し、薄気味悪く、かなり不気味だった」

 

フィルの言動とは正反対に、廊下は明るく光結晶が照らし、眩しい程の白い空間が広がっている。

 

「エヴィを清掃して中まで改装したのか……?」

 

ガットが怪訝な顔で言った。

 

「ここにアルスがいるのカナ……?」

 

「分かりません、ですが放置していた研究所を改装してまで使うって事は、何かあるのは確実でしょう」

 

「ダヨネ……」

 

ラオとノインは互いに頷いた。

 

「とりあえずアルスを探すぞ。分かんねぇから手当り次第の虱潰しだ。誰かに見つかる可能性もあるから殺さない程度に気絶させていくしかねぇな…」

 

ガットは頭に入っている研究所の地図を必死に引っ張り出しながら先頭を切った。

 

 

 

「ここもダメみたいね……」

 

カヤはある一室の研究室をあらかた探し回り、ここにはアルスはいないと確信した。これが今何度も続いている。しかも研究室にあるのは気味の悪い生物が培養されている部屋だったり、曇ったガラスケースに得体の知れない何かが入っている等、精神的にクるものばかりだ。

 

「っどこにいるの……アルス……」

 

ルーシェの焦りが一行の中に蔓延してくる。

 

「曇って見えないな、一体何だ……これ………?」

 

クラリスは曇ったガラスケースの中身が気になり前のめりになってそれを見つめた。その時、ソレに繋がっている機械装置に、うっかり触れてしまった。

 

途端、ビー!!ビー!!と耳障りなブザー音が鳴り響いた。

 

「わっ!?」

 

「バカッ!アンタ何したのっ!?」

 

カヤが急いでその装置から離れさせた。

 

「ごっ、ごめんなさい!何か触っちゃった……!」

 

クラリスはダラダラと冷や汗を流した。

次の瞬間、ガーッと音を立て研究室の戸棚がスライドしその奥の扉が開いた。

 

「誰だ!?私の崇高な研究を穢す輩は!?」

 

「っ隠し扉!?」

 

戸棚の近くにいたガットが真っ先に見つかってしまい、そしてバチンと目が合う。

 

入ってきた中年の男性は冷たい瞳にメガネをかけ、普通の研究員とは明らかに違った雰囲気を醸し出していた。ガットはハッとした。

 

「ッ!お前は!?」

 

「貴様はっ!?」

 

20年前の記憶をたぐり寄せた。冷たい瞳の面影が強く印象に残っている。リオとトレイル達に散々人体実験を強要してきた1人。

 

「デンナーッ!」

 

「あぁ、貴様のその特徴的な緑の髪!そして顔!おぉ…!覚えているぞ!脱走したNo.1778じゃないか!!」

 

デンナーと呼ばれた人物はガットを名前では呼ばなかった。しかし実験成功体として強く印象に残っているのだろう。

 

「お前の事はつい最近のようによく覚えている!何せ20年前の治癒術師生産実験の唯一の成功体だったからな!」

 

「………はっ、そのくせ名前は覚えてないんだな」

 

苦虫を噛み潰したような顔でガットは応対した。

 

「名前?覚えているじゃないか。No.1778。それがお前の名前だ」

 

デンナーは、「何を言っているんだ」と続けた。

 

「ッテメェ……!」

 

ガットはその態度がとてつもなく気に入らなかった。怒りがふつふつと湧き、それは留まることを知らない。

 

「ッガット!アンタ、コレどうすんの……?見つかっちゃったけど…」

 

カヤが小声で彼に話しかけた。しかし、ガットは己を押さえつけられなかった。

 

「待てッ!じゃあ、じゃあ…!リオとトレイルは、覚えているか!?」

 

「リオ?トレイル?誰だ?」

 

「……………ッ!」

 

ガットは目を見開いてデンナーを睨みつける。

 

「ほんの少しでも覚えていないってのか!?俺と一緒に研究されてた女の子と男の子だ!」

 

「……………あぁっ!思い出したぞ!No.0765 とNo. 1457か!アイツらは実に惜しかった。もう少しで理想の研究体になれたのに、体が持たなかった 。だから………」

 

「ッテンメェ!あいつらを!あいつら2人をどうした!?」

 

全く悪びれる様子もなくガットの神経を逆撫でする発言をする。思わずガットはそれを遮って叫ぶ。

 

「何だ、そんなに気になるのか?今更帰ってきたお前が?」

 

彼は冷たく鼻で嘲笑う。

 

「ッ!」

 

「20年前、お前は2人を見捨てて逃走したじゃないか!?」

 

「違う!違う違う!!黙れェ!」

 

「何だ?私は間違った事を言っているか?事実を言っているだけじゃないか!」

 

「2人はどこにいるって聞いてんだ!!」

 

ガットは責め立てるその発言を振り切るようにかぶせ気味に言った。

 

「さっき教えようとしたじゃないか。だがお前はそれを受け入れたくないと拒むように大声を出した。安心しろ、生きてるぞ、2人は。だが何故私が彼らの消息まで脱走体に教えなければならない?お前達は元々侵入者だろう?」

 

デンナーは辺りを見回しガットの仲間達を見た。

 

「侵入者にはそれ相応の罰が下る。この研究所は機密が沢山あるから、尚更な!」

 

デンナーは持っていたリモコンの赤いボタンを押した。一行は一瞬でマズイ、と悟った。何かを発動されたのはまず間違いない。

 

「粋な計らいをしてやろうじゃないか、なぁ?No.1778?」

 

「な、何しやがった…!?」

 

「お望み通り、2人と再会させてやる。お前が20年間、望んだ物を実現してやる。だが、脱走した事、彼らを見捨てた事を一生かけて後悔するがいいッ!!」

 

突如ボコン、と音を立てガラスケースの中に泡が立ち込めた。上に繋がっているとてつもなくも太いチューブが動き、何かが召喚されようとしている。隣の光機関も同様の動きをしている。

 

「ひっ…!?」

 

ルーシェはゾクゾクッと、寒気が走った。

 

「侵入者対策用のゴーレム兵器だ。とくと味わえ。フハハッ、アーハッハハハハハハハハハ!!」

 

デンナーは背を向けそのまま元の隠し扉に戻っていった。

 

「ま、待てっ!」

 

ラオが追いかけ、扉を開けようとしたが、ロックがかかり戸棚がまたそこを素早く隠してしまった。

 

「ダメだッ!開かないヨ!このぉっ!ハッ!?」

 

ラオは漂ってくる冷気に急いで振り向いた。2つのガラスケースの扉が開き、ゆっくりとその中の冷気の煙と共に上半身が露になった。

 

「ま、まさかリオ………?トレイル………?」

 

ガットの口と目が、これでもかと言うほど開かれた。

 

面影のある2人の顔がまず目に入った。それもそのはず、当時の顔のままだった。

 

しかし──────。

 

「あっ、あぁっ……!」

 

姿が全て露になった時、引きつった声が思わず出る。ガットは今まで敵に対して、後ずさりをする、という行為は一度もしたことがない。しかし、ずりずりと脚も手も、唇も震わせて後ずさりした。

 

「こんなっ、こんな形で会いたくなかったっ……!」

 

震えるその声は、今まで仲間達は一度も聞いたことがない、弱々しい声色だった。

 

酷く滑稽だ。幼い印象の顔とは裏腹にその顔の周りは異形で埋め尽くされていた。エヴィが結晶となり様々な色を混ぜ、身体中にまとわりついている。それは大きく、まさにゴーレムというのに相応しい。過去のハーシーの姿より酷く、悪趣味だ。

 

無機質な瞳で真っ直ぐにガットを見つめ、視線は全く動かない。

 

身体はエヴィ結晶に覆われ、大きく醜くい。

 

それは、リオとトレイルの顔をした怪物だった───────。

 

「リオ……トレイル……、う、嘘だ!嘘だ!?うわぁああぁぁああぁぁあぁぁぁぁあああああああっ!?」

 

ガットの悲鳴にも違い断末魔が研究室研究室中に響いた。



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リオとトレイル、そして…

「ッなんて悪趣味なの!?」

 

カヤは苦虫を噛み潰したような顔で言った。ガットは彼らを見つめたまま動けない。

 

「彼らの顔が幼い。顔は20年前と同じと推定してまず間違いないでしょう」

 

ノインがゴーレム兵器を見て推測した。粋な計らい、とは卑劣、外道そのものだった。

 

「卑劣なやり方を……!」

 

クラリスがガットを心配そうに見つめながら言った。

 

「酷いよこんなの………!」

 

「小生、なんだか、こ、怖いぞ…!」

 

フィルはルーシェの後ろに隠れた。

 

「リオ……トレイル……!こんな、こんな姿にッ……!?」

 

ガットが絞り出すような声で、呟いた。

ゴーレムはゆっくり起動し始め、容赦なく攻撃を仕掛けてきた───────!

 

「ガット!危ないっ!」

 

「ッ!」

 

カヤがギリギリのところでガットに突っ込み、ゴーレムの拳から逃れさせた。

その拳の攻撃を放ったのはリオの方だ。

 

「ガット。貴様随分と身長が伸びたものだ。20年前なんてただのチビだったのに」

 

無機質な声だが、リオの声そのものだった。

 

「ッ!?しゃべっ……!?」

 

ガットは驚愕した。

 

「お前はいつも泣いてた。俺の後に隠れて、俺らが実験室行っちまう度にビービー泣いてやがった。お前は一番年下だったからな……。少し懐かしいよ…、あんなに可愛がってやったのに」

 

トレイルも口を開いた。ゆっくりと拳を振り上げながらカッと目を開き─────、

 

「だけど、俺らを見捨てた」

 

「そう、私達を見捨てた」

 

「!!」

 

同時に言う彼らの発言はガットの判断を鈍らすには十分過ぎる程突き刺さるものだった。

 

ドゴォッ!!とトレイルの拳がガットの腹に打ち込まれた。

 

「かはっ……!」

 

そのまま後方のガラスケースに向かって吹き飛び、ガシャァン!!と耳障りな音が響いた。

 

「キャァア!?ガット!!」

 

ルーシェは悲鳴を上げて彼に駆け寄った。

 

ガラスの破片は身体のあちこちを切り裂き、赤に染めていく。ケースの中の水が大量にドバッと溢れ出し、彼は全身ずぶ濡れになった。水の中に赤い血が生々しく交じる。

 

「ガット!しっかりして!癒しの力よ……ファーストエイドッ!」

 

ルーシェは慌てて治癒術をかけた。

 

「かはっ、ゴホッ!ゲホッゴホッ!ゴホッ!!」

 

腹部への打撃の次は水に濡れ、呼吸が出来ずガットは激しくむせ込んだ。同時にこの2人のゴーレム兵器に違和感を覚えた。

 

「はぁ………、ハァ………!違う……俺は……見捨てたんじゃない……!リオ。トレイルが、トレイルが俺を生かしてくれたんだろ……!生きろって、言ったじゃねぇか!」

 

体力を消耗し動けないガット。すかさずリオのゴーレム動き出し、術式が展開された。

 

「ディバインストリーク!!」

 

凄まじい光の光線が、無詠唱で放たれ追い討ちをかける!

 

「無詠唱っ!?ッ危ないっ!?」

 

ルーシェは咄嗟にガットを両腕で庇った。バァンッ!と音がし、ルーシェは光の光線を吸収した。

 

「ッ、間に合った!」

 

ロピアスで暴徒化した民衆にアルスと共に襲われかけた時と同じようにルーシェは術をまた無効化しガットを守った。

 

「ガット!大丈夫!?」

 

「あ、ああ……。すまねぇ…!」

 

自らの治癒術もかけ、ガットはなんとか全身の傷を回復させた。そこに2体目ゴーレム、トレイルの拳が振り下ろされた。

 

「ハッ!?」

 

「ッキャ!」

 

ガットは素早くルーシェを抱き抱えると横に回避した。

 

「っこのぉっ!」

 

カヤがナイフを振りかざし、トレイルの後ろから斬りかかった。

 

「十一文字ッ!」

 

横、縦、そしてまた横と切り裂く斬撃。ガガガッ!っと金属の擦れ合う、嫌な音が発生した。

 

「痛いぃぃいぁぁぁああ!!!やめろっ!!」

 

トレイルはぐりんと振り向き、カヤに殴りかかった。慌ててカヤは体制を立て直し、ナイフでガードする。

 

「ッキャ!ダメだッ!?アタシのじゃ全然歯がたたないよ!」

 

ゴーレムは外見のエヴィの塊。しかしそれは強固なものだった。物理攻撃が全く効かないと言ってもいいだろう。しかしノインは不思議に思った。

 

「変だな……果たしてゴーレムに痛覚があるのでしょうか……?」

 

ノインが目を細めて言った。確かに可笑しい。兵器というならば、痛覚など全く持って要らない機能だ。カヤは術が使えない。ここは引くしかない。

 

「クラリス!ノイン!術頼んだわよ!」

 

「ま、任せろ!」

 

「あ!はい!了解!」

 

クラリスとノインはギュッと武器を握りしめた。

 

「カヤ!僕達で時間稼ぎするヨッ!」

 

「分かってるっての!」

 

ラオとカヤが走り出し、それぞれ一体を引き付けた。

 

 

 

一方攻撃をギリギリの所で回避したガットは、ルーシェをゆっくりと腕から下ろした。

 

「ルーシェ!お前は下がってろ!」

 

「でもガット!2人はっ!この人達は貴方の大切な人なんでしょ!?」

 

ルーシェは立ち上がるガットを引き止めた。

 

「あぁ……そうだ……」

 

「だったら!皆に任せよう!?こんな酷くて辛い事なんてないよ!!」

 

彼女は純粋に自分の事を想って、心配して言っている。

 

「………違ぇよルーシェ。大切な人だからだよ!!だから許せねぇんだよ!!アイツらをこんなにしやがって!多分コイツら、誰かに操られてる!!俺の傷をわざと抉るような事ばかり言いやがる!本当のアイツらは、絶対あんな事を言わない!何か変だ!俺が!俺がこの手で直接葬る!でなきゃ2人に失礼だろ!」

 

「えッ……!?操られてる!?」

 

2人だからこそ自分でケリをつけなければならない。ガットは頷いた。

 

「ッガット!」

 

引き止めるルーシェの手を放し、走り出した。

 

「ッリオッ!」

 

「フリジットコフィン!」

 

(リオは光術が得意だった…、だがスヴィエートの雪が嫌いで、中でも氷の術は、大嫌いだった!!)

 

リオの術が展開された途端、床がバキバキと音をたて凍りついていく。これに足を取られたら、上空から降ってくる巨大な氷柱に貫かれて一巻の終わりだ。

 

しかし、ガットの抜刀はその速さを遥かに上回る。

 

「……許してくれッ…!」

 

「ッ!」

 

「葬刃っ!」

 

「い゛っぁあ゛あ゛あ゛あああああああっ!!」

 

それは一瞬の煌めき。目にも止まらぬ速さで太刀を抜刀し、遠方からの斬撃が強力な1発をかました。胴体のエヴィの塊一部の剥がれ、リオは絶叫した。

 

「まずいこっちは物理に……っ、あぁ痛いっ!!痛いぁぁぁあああ!!何で?なんで?ナンデ?ナンデコンナコトスルンダヨォオォオオォオォオオオオオ!?」

 

「ッ!」

 

耳をつんざくような金切り声。ガットは堪らず唇を噛み締めた。

 

「リオオオオォ!!」

 

トレイルの声が響いた。それに仲間を大切にする感情も。どこか可笑しい。ゴーレム兵器が仲間を心配するなど滑稽だ。

 

「待ちなさいッ!?」

 

カヤの静止を振り切りトレイルはリオを庇うように前へ出た。

 

「ガット!貴様リオに何て事するんだっ!?」

 

「トレイル……!」

 

「えと……コ、コイツは1番体が弱かったんだぞ!実験にもいつも耐えられなくて!いつも辛そうな顔してた!」

 

「…………!?」

 

ガットはそこでまた違和感を覚えた。

 

(俺の知ってるリオはッ!いつも辛い実験にもヘッチャラだって笑ってた!)

 

「やっぱり……お前……?」

 

近づき、様子を伺おうとしたが、

 

「下がれガット!」

 

「奏でよ不協和音、いでよ黒闇!切り裂け影!」

フィルの声が聞こえた。直後背後からクラリスの術が襲いかかった。

 

「クヴァル・シャーテンッ!!」

 

闇の帯が発生し左右から迫り、トレイルとリオを圧縮していった。

 

「ウッ、ぐぁあぁぁあああぁあ!」

 

不協和音と共にトレイルの悲鳴が上がった。しかしリオは平然としていた。

 

「リオの方には効いていない……?」

 

ラオは目敏くそこに気づいた。

 

「この約立たずが!!お前はどいてろ!なっ、動かない!?クソッ!このポンコツがッ!」

 

身体が一部欠損したからだろうか?動きがかなり鈍り、そして彼女の口調が更に荒くなった。ガットはもうここで確信した────。

 

リオはトレイルを無理やり退かせた。しかし身体がガットに斬られ本調子ではない。すぐに動きが緩んだ。チャンス、と思いラオは手で丸メガネを作り出した。

 

「浄天眼!」

 

そして能力を把握すると「ヤッパリ…」と、呟いた。

 

「皆!リオには術が効かない!その代わり物理攻撃がよく効く!トレイルはその逆だ!物理攻撃が効かないけど、術がよく効くよ!」

 

だからガットの攻撃に酷く痛がっていたのか、とラオは納得した。しかし、ゴーレムなのに痛覚があるのか?と同時に思った。単純に悪趣味の為だけか、ガットの精神を揺さぶるためだろうか?

 

「僕達後衛はトレイルを!前衛はリオを頼みますよ!」

 

ノインの言葉に皆頷いた。しかしそう上手くはいかない。

 

「万有我が手に、来い重力!彼の者を……」

 

「させるかぁ!!」

 

「ッうわ!」

 

ノインのエアプレッシャーの詠唱の隙を突き、トレイルは彼に突っ込んだ。詠唱を中止し、間一髪の所で避けたがまともにあのタックルを食らっていたらただでは済まなかっただろう。

 

「誰か!トレイルを止めて下さい!」

 

「無茶言うな!!物理が効かないんだよ!?」

 

ノインが前衛に言ったがカヤは首を振った。

 

「ならば音だ!!」

 

クラリスがリコーダーを取り出し、音階を奏ではじめた。

 

「圧壊!マジェステート!!」

 

「なにぃッ!?音だと!?」

 

次の瞬間、強烈な音波が発生しトレイルを吹き飛ばした。大きな音を立て先程デンナーが逃げた隠し扉にめり込み、ヒビが入る。

 

「そらっ!」

 

最後に大きな音符で身動きが取れないように動きを封じる。押しつぶされたトレイルはダウンした。その直後、あの隠し扉がガラガラと音をたてて崩れだしたではないか。

 

「あっ!?」

 

ガットは壁の向こうにいた2人の人物を指さした。その手にはリモコンが握られていた。2人共恐怖で固まり、動けなかった。同様に、リオとトレイルのゴーレムは全く動かなくなった。

 

「しまった!!」

 

「てめぇは……ローガンか!?それとデンナー!」

 

「ッヒ!」

 

デンナーともう1人、20年前の実験の一任者だったローガンが震えながら立っていた。

 

(やっぱり……誰かが操作してやがったのか!!)

 

ガットは太刀を握り締めた。

 

「フィル!奴等のリモコンを取り上げろ!」

 

「わ、分かった!」

 

フィルは素早く糸を伸ばして、リモコンに巻き付けリモコンを取り上げた。

 

「ああっ!」

 

「「か、返せ!」」

 

ダウンしているはずのトレイルが、デンナーと同じ言葉を発した。そう、つまり言葉も兵器も、操っていたのは彼らだったのだ。

 

「っぱしな……!おかしいと思ったんだよ。2人が喋る内容に僅かなズレがあった。そりゃ最初のヤツはかなり効いたけどよ……、俺は2人の願い、俺が生き延びる事を最も望んでいた!!」

 

「成程……!兵器なのに痛覚を感じさせるような演技。全部僕達の判断、そして思考能力、ひいては彼の心を揺さぶる為だったのですね!とんだ三文芝居だ!」

 

ノインが続けた。

 

「余計な事をペラペラ喋ったのが仇になったナ……。とことん悪趣味な奴共め……!」

 

ラオが目を開き、これでもかと怒りを露にしながらクナイを投げた。それは風を切りローガンの頬に一筋の傷をつけた。

 

「ヒッ、ヒィイィイイイイ!!」

 

ローガンは頬の傷を見るやいなや、腰を抜かした。

 

「クソッ!!」

 

デンナーはローガンを見捨て、逃げ出した。

 

「待てこのクソ野郎ッ!!」

 

ガットはすかさずデンナーを追いかけた。

 

「しょ、小生も加担するぞ!」

 

フィルもリモコンを後ろの腰リボンに仕舞うと急いで後を追った。

 

 

 

残ったラオはローガンをマビヅルで縛り上げた。彼はしゃがれた声で情けなく命乞いをした。

 

「たっ、頼む!命だけは!?私は命令されただけなんだ!デンナーや所長に!」

 

「ウルサイヨ!別にボクは何も言ってないヨ!」

 

「し、縛り上げといてよく言う!痛いッ!キツくするな!」

 

「オマエが騒ぐからだヨ!静かにしてな!」

 

ラオとローガンが言い合ってる中、糸でぐるぐる巻きにされているデンナーを担ぎあげたガットが戻ってきた。そしてローガンの横に無造作に下ろした。

 

「がっ!」

 

「手こずらせやがって……!」

 

「往生際の悪いヤツだ」

 

ガットとフィルが忌々しそうに言った。

 

「くそー!!離せー!?」

 

まだ抵抗心は残っているようで見苦しく彼は暴れた。

 

「おいデンナー!テメェッ!よくも2人を弄ぶような事をしたなっ!?」

 

「ハハハハハッ!弄ぶ?何言ってる!?むしろ感謝して欲しいな!お前に感動の再会を味合わせてやったではないか!2人の顔は20年前のままでな!?」

 

デンナーは顔を歪めて笑いだした。

 

「んのヤロォっ!」

 

ガットは彼の胸ぐらをつかみ拳を振り上げ思いっきり殴りつけた。

 

「ぐふっ!」

 

「答えろ!2人は!リオとトレイルは20年前何があった!?」

 

「ハハハハハッ……かはっ、ゴホッ。ハッ、知りたいのか?えぇ?2人を見捨てたお前が!」

 

未だギラついた目で抵抗するデンナー。ガットは歯軋りが止まらない。

 

「話をすり替えるなッ!」

 

もう1発、と拳が上がろうとした瞬間、

 

「──────ッ死んだよッ!」

 

ローガンが震えた声で言った。

 

「!?」

 

ガットの手が止まった。

 

「ローガン!貴様ッ!所長の命令を忘れたのか!?彼らの精神を存分に折れと…!」

 

ローガンはデンナーの言葉を無視して続けた。

 

「貴様だって、もう分かってるだろ……認めろガット。─────リオとトレイルはっ!……死んだんだ……」

 

デンナーの胸ぐらをつかむ手が、するりと解かれた。ガットは揺れた目でローガンを見た。

 

「20年前、彼らは研究所に戻された後、脱走した罰を与えられ、実験の日々に逆戻りだ。

 

その後2人の肉体はどんどん衰弱して行った。治癒術師開発として期待をかけられていた彼らだがそれは全て無駄になりつつあった。身体が使い物にならなくなった、だから改造されたんだ。研究所を別の場に移し、そして我々の研究最後の作品が出来上がったよ。改良には所長の手も加わり、あらゆる手であの特殊なイストエヴィを抑え、そして使い物になるようにした結果、あのような歪で醜く大きな身体へと出来上がった…。彼らの人格は既に崩壊し、凶暴以外の何者でもなかった。だから精神を奥底に封印し、我々で操れるように改造したのだ。アレでも良くなった方だ……。改造当時は暴れ周り、手がつけられなかったよ……」

 

「………死んだ、のか…………。2人は、死んだのか……」

 

ガットは下を俯き、小さな声で呟いた。耐えようもない虚無感が彼を襲った。

 

「やっと改造が済み、使い物になるレベルに到達した時、リュート・シチート作戦が決行されて、あっけなく戦争は終わった。それにスヴィエートの圧勝でな。つまり、コイツらは用済みになったのさ。だが莫大な資金と労力を使って開発された物だ。破棄などせず、保存されていた。しかしまぁ、この研究所を復活させる時に彼らは大いに役に立ったよ。操れて、人が立ち入れないエヴィ濃度にも耐えられる。そして侵入者対策用にまた保存されていたという訳さ…」

 

ローガンはふぅと息をついた。

 

「ハハハッ。あの2体は今後改良が加えられて、どこにだって召喚出来るようになる。しようと思えば、このクーデタターにだって参戦した筈だ。いや、その筈だった。ハッ、まぁ能力テストが出来たからよしとするか…」

 

「貴様はいい加減黙っていろ!!」

 

口の減らないデンナーにフィルが怒鳴り、胸ぐらに掴みかかった。

 

「フッ…ハハハッ!甘いなお嬢ちゃん……」

 

デンナーは不気味に笑った。

 

「なっ、何がおかしいっ……!?」

 

「ハハハハハッ!それはっ……、──────返して貰うぞ!」

 

ブチッと糸を切る音がし、デンナーを縛っていたフィルの糸が解かれた。複合光術を使う事が出来るデンナーは、エヴィの繊細な扱いに長けている。彼にとってはエヴィ糸で縛られた体を、エヴィの放出で解くなど、造作も無い事だった。

 

「あぁっ!しまった!?」

 

そのまま後ろに手を回され、フィルの後ろ腰のリボンの部分にしまわれていた2つのリモコンをかっさらった。

 

「ありがとよ!?仲間の為に怒ってあげたんだろうがァ!?それは私にィ!チャンスを明け渡すものとなった訳だよォ!?アッハハハハハハハ!!」

 

「デンナーっ!もうやめろ!?」

 

ローガンが必死に引き止めた。しかし彼は断固として食い下がった。

 

「うるさい臆病者がっ!研究者として!スヴィエート人として恥ずかしくないのか!?貴様は所長の命令に背き、ひいてはペラペラと機密事項を喋り裏切ったのだぞ!いいか!この国では裏切りは万死に値するっ!この売国奴がッ!」

 

デンナーはリオの方方リモコンを操作し、「まずはお前からだ!」と叫んだ。

 

突如動き出したリオのゴーレム兵器は瞬く間に術式を展開させた。

 

「「クリムゾンフレアッ!!」」

 

デンナーとリオが同時に叫び無詠唱の強力な術を発動させた。ローガンは一瞬のうちに紅蓮の炎に包まれた。

 

「ぎゃぁあぁああぁああぁああああああああああっ!!!」

 

肉の焦げる嫌な臭いが充満し、近くにいたルーシェとカヤは悲鳴を上げた。

 

「っきゃぁああ!?」

 

「いやぁあぁあぁッ!?」

 

「フィル!見ちゃダメだ!」

 

ノインは慌ててフィルの目に手を当てて隠した。

 

「やめろ!リオ!やめてくれ!」

 

ガットが、無駄と分かっていながらリオの方に語りかけた。

 

「無駄だよバカが!ソイツを操っているのは私なんだよ!そらこっちもだ!」

 

「「タダでは死なんぞアハハハハ!」」

 

次はトレイルの声がし、大きなゴーレムの手がクラリスに向けられた。

 

「クラリスッ!危ないっ!?」

 

「ラオ兄ッ!?」

 

ラオがクラリスを咄嗟に庇い、彼は手の内に捕まってしまった。

 

「う゛、あ゛ぁ゛ああぁああああっ!?」

 

ギリギリとそのまま握り潰され、堪らずラオは苦しげに声を漏らした。

 

「ラオ兄イイィ!?」

 

クラリスが悲痛な声で叫ぶ。

 

「トレイル!やめろッ!やめてくれ!2人共もう……やめてくれよぉおぉおお!!!」

 

ガットは涙を零し懇願した。滅茶苦茶になった研究室に響く声。突如、不思議な事が起こった。

 

「っ、な、何だ…?リモコンが効かないっ……!?」

 

デンナーが困惑した表情でリモコンを叩き始めた。操作が効かなくなったようだ。

 

「……ガッ………ト……」

 

「ガット………!」

 

「ッリオ!?トレイル!?意識があるのか!?」

 

何と彼らは自らの意思で喋った。誰にも操られる事なく。そしてデンナーの操作に反抗した。次の瞬間、

 

「なっ、がぁあっ!?ばっ、馬鹿な!?こんな事が!?」

 

リモコンがビリビリと雷のエヴィを発し爆発した────!

 

デンナーは思わず仰け反った。

 

「っと!助かった……」

 

トレイルの握りこぶしが開放され、ラオは地面に降り立った。

 

「デン……ナー……ッ!」

 

トレイルが怒り溢れる声でデンナーに向き直った。

 

「待てっ、やっ、やめろ!おいどうなってる!?くそっ!くそっ!?」

 

壊れたリモコンを必死に操作するデンナー。しかし、リオの術の体制が既に整っていた。

 

「グレアケイジ!!」

 

「……ぐわあぁぁぁぁぁァァッ………!!」

 

刹那、光の檻がデンナーを包み込み光のレーザーが彼を貫いた。その術が解かれた後、そこには彼の姿は跡形もなくなっていた。

 

皮肉にもこの術は20年前脱走して逃げる時にガット達がかけられた術であった──────。

 

「っ、終わった……のか…?」

 

ガットが静かに呟いた。



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幸せになれ

静まり返る研究室。クリムゾンフレアの炎の術により、ただただ焦げ臭い臭いが充満している。やがてそれが反応し、天井のスプリンクラーが作動した。

 

「っつ!」

 

ガットは見上げ、降り注ぐ細かい水飛沫に迷惑そうに手で額を覆う。やがて視線を下ろし、先程までそこに”いた”デンナーとローガンを一瞥し、暫くしてリオに視線を向けた。

 

「リオ…トレイル…意識が、戻ったのか」

 

ゆっくりとガットは語りかけた。彼女達の表情は決して変わらなかったが、声色はひどく優しかった。

 

「あぁ……ありがとう」

 

「うん、ありがとうガット。ハナタレ少年が、立派になったものね」

 

2人は懐かしんでいるようだった。20年前、2人の後ろに金魚のふんのようにいつも後ろに居た少年はもういない。成長し、今は逆に仲間を守り、そして頼れる存在になっていた。

 

「………話してぇ事がいっぱいあんのに……、言葉が出てこねぇよ……」

 

ガットは震える声で、正直に今の気持ちを伝える。

 

「ガット。お前は多分、俺を、俺達を見捨てた事を今まで散々後悔してきただろう。強がっていても無駄だ。分かるさ」

 

「気にしなくていいのよ。私はもう、助からなかったんだからさ。あの時、アンタだけでも脱走しきれて、本当に良かった」

 

自分の心を全て2人は見透かしている。ガットは拳を強く握った。

 

「すまねぇ……すまねぇ…!分かってたんだ……!2人は助かってないって!あの時、幼いながらも心のどこかでそう感じていた。あんな状況で、助かる訳がない。例え助かったとしても、2人の体の状態から、もう長くない事だって……!」

 

「その通りよ」

 

「あぁ、お前は間違っていない」

 

「怖かった…!例え生きていたとして!スヴィエートへ行って2人を助けたら、非難されるんじゃないかって!それにまた俺は捕まるんじゃないかって!またあのトラウマに近い恐怖が蘇る!リオは人格が変わっていたしっ……!

 

元の2人はそんな事はしないと、思っていても!!怖かった!そして、あの3人の中で俺だけ生き残ってしまったという罪悪感で!何度も死にたくなる思いが俺の中をかけ巡った!」

 

ガットの悲痛な想いは、決壊したダムの水の如く溢れ出す。

 

「だがその度に!トレイルの声を、思い出す!ガット、生きろ!生きるんだ!って…。2人の分まで長生きしなければという思いと、俺だけ生きているという罪悪感が、生への鼓舞と、そして一体俺は何の為に生きているんだという、堂々巡りの呪いにもなってくる……!」

 

ガットはただ今までひたすら生に執着するだけで、それ以外の事にはあまり関心を示さず、のらりくらりと生きてきた。果たして自分のような存在が、幸せになって良いのだろうか、2人はどう思うだろうか。面倒くさがりだが、何だかんだ言って人の面倒を見てしまう自分は、多分寂しかったのだと思う。人と接し、触れ合う事をどこかで求め、それを手にして少なからず喜んでもいた。仲間達。それらは呪いを紛らわす一時的な効果にもなる。万屋という仕事について、仕事にさえ集中していればその事は一時忘れられる。

 

しかし、その呪いは今───────、断ち切られる。

 

「幸せになりなさいガット。そして、人を幸せにもしなさい」

 

「あぁ、俺達の分まで存分に自由に生きて、楽しんで、幸せになれ、そして少しでもいい、人の役に立て。それが俺達の、心からの本心だ」

 

20年間心を曇らせていた雲が、スーッと割れていく。2つの光の兆しが差し込み、やがてみるみると晴れ渡る。

 

「リオッ…、トレイルッ…うっ…、うぅっ……」

 

ポタポタと己の緑色の髪から雫が垂れる。スプリンクラーはまだ止まっていない。その水飛沫は、自分の涙を隠してはくれても、涙声は隠してくれない。

 

「言いたい事はそれだけだ。俺達はもう、長くない」

 

「そう、長くない」

 

そう2人は言うと、ゴーレムである自分達の身体のエヴィを自ら剥がした。その下にあるのは、淡く光る結晶が1つ。

 

「俺達の精神は元々もう凶暴化して、奥底に封印されていた。今は、昔の思い出やデンナー達に対する怒りでほんのすこしだけ抑えられているだけだ」

 

「そう。あと3分もすれば私達は完全にまた元の凶暴化した精神に戻ってしまうわ」

 

ガットは、2人が言いたい事が分かり、目を見開きただ見つめた。

 

「また俺達が暴走する前に────」

 

「私達を完全に殺して、ガット」

 

黙って聞いていた仲間達は、目を伏せた。

 

「そっ、そんな……!何か!何か方法はねぇのかよ!?2人が助かる方法は!?」

 

ガットは、現実を受け入れたくなかった。やっと再会できたのに。やっと心のもやもやが晴れたのに。まだ話したい事が沢山あるのに!!

 

「ないわ。崩壊した人格や身体を元に戻す事は、出来ない」

 

「それに、こんな身体になってまで、俺達は生きていたくはない」

 

リオとトレイルは淡々と答える。助かる方法は───────無いのだ。

 

「この(コア)を破壊すれば、完全に俺達の機能は停止する」

 

トレイルは自分の胸を指で指した。核は淡く光を放っている。

 

「貴方の手で、破壊して。ガット」

 

「──────ッ!!」

 

残酷な現実だった。2人はもうどうやっても元の体には戻れない。時間が経てば、本人の精神は完全にシャットアウトされる。制御装置のないゴーレムは、本来にデフォルトに下された侵入者排除命令、そして殺戮衝動の人格よってたちまち支配される。

 

「お前をまた、傷つけたくはない」

 

「それに、貴方の仲間達もよ」

 

ガットは後ろを振り返った。彼らはただ、自分を見守ってくれている。誰とて口出しは一切しない。これはガットの問題で、選択を下すのは自分自身であり己と仲間を生かすも殺すもこの手にかかっている。スプリンクラーの水飛沫がやがて弱まりはじめ、刻々と時間が過ぎていく。

 

「お前にはもう、俺達が居なくても大丈夫だろう?」

 

「貴方自身が一番よく、分かっているはずよ」

 

リオとトレイルは低くしゃがみ、隣同士2人寄り添い、ガットに語りかける。

 

「俺は………っ!」

 

目の前の2人を見つめ、まだ迷っている。自分は本当に心が弱い。強がっていても、誤魔化してきたけれども。これだけは、すぐには決断出来るはずがなかった。そんな彼に2人は喝を入れる。

 

「早くしなさいガット!あと少しでも遅れれば!私達は貴方達を排除する機械に戻ってしまうのよ!?」

 

「ガット!早くしないと、げんこつを食らわせるぞ!!」

 

トレイルが言った懐かしいセリフ。彼のげんこつは、とても痛かった────。

 

「ふっ、ははっ……、ゴーレムのげんこつなんざ食らっちまったら、シャレにならねーっつーの……」

 

ガットは俯き、下に落ちている少々長く、手に持てそうなガラスの破片を2つ拾った。先程吹っ飛ばされた時に割れたガラスケースの残骸だ。そして両手にそれを握りしめた。

 

「っ……!」

 

ツー…と血が滴る。その痛々しい光景にルーシェは思わず目を背けた。一番痛いのはガットだが、呻き声は一切上げはしない。

 

「…………………さよならだ、リオ、トレイル─────」

 

フッと2人に笑いかけた。

覚悟を決め、両手に握りしめたガラスの破片を一直線に2人の核に突き刺した─────────。

 

 

 

「……それで、いい」

 

「ありがとうガット……」

 

リオとトレイルは最後の力を振り絞り、ガットを腕で抱きしめた。無機質で、冷たいエヴィの塊でしかないが、しっかりと彼を両脇から抱擁する。

 

「幸せに……なれ……よ…」

 

「私達の……ぶ……ん、まで……、生き…て」

 

2人の声がかすれてゆく。

 

「ああっ……、ああ!!」

 

一度返事をし、もう一度大きく返事をして己と2人に言い聞かせる。カタカタと両手は震え、これでもかと握りしめたガラスの破片は真っ赤に染まり、床を鮮血で染め上げる。

 

「さ……よ…うなら」

 

「じゃあ…な…」

 

2人の核の輝きが弱まると同時に、スプリンクラーの散水も止まり、大きな雫となってピチョン、と垂れる。リオとトレイルの表情は、一切変わることは無い。しかし、スプリンクラーの水滴が、彼らの額を、こめかみを伝っていく。やがて瞳に到達し、瞼が閉じられると、まるでそれは、2人が涙を流しているように見えた──────。

 

「くぅっ……うぁぁっ……、ああっ、うわぁあぁぁあああぁぁぁっ!!っ!あああっ……、リオッ………トレイルゥ……!!」

 

ぐっと奥歯を噛み締め、我慢していた。が、溢れるものがどっと溢れた。歯茎を剥き出しにし、ボタボタと落ちる雫はとどまる事をしらない。

 

「──────っぁぁああぁあああああぁぁっ…………!」

 

泣き叫ぶガットの声が、静寂な研究室にこだました───────。

 




自分で書いて自分で涙ぐんでました(笑)


2016.6.19に、イシル様より挿絵風イラストを頂きました。

【挿絵表示】


リオとトレイル、ハーシーの白衣の切れ端


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俺は、僕は、誰だ

やったねアルス!出番が増えるよ!


俺は誰だ─────。

 

とある研究室。"彼"はキィイィン!!という耳障りな音で目を覚ました。今"彼"はベットの上に力なく横たわっている。ぼやける視界。周りは真っ白…。

 

ここは一体何処だ─────?

俺は誰だっけ───────?

 

何度も堂々巡りするこの疑問。虚ろげな目で自分の髪の毛を見る。

紫紺色…。あれ…こんな髪の色をしていただろうか…?そして横に首を向けるとガラスに写った自分の姿が見える。銀の瞳だ。けれど、変だ。右目が赤と銀が混ざってるように見える。どこからか、篭った怒鳴り声が聞こえた。

 

「…………達!……ぜ……こ……に!」

 

「誰………だ……………アル……ぇ!………ろ!」

 

何を言っているのか聞き取れない。

 

「……………ぁ」

 

ガラスの奥、ぼやけながらも微かに認識できる、オレンジの髪色の人影。何故だろう。酷く懐かしく、そして会いたいという感情が湧き出る。しかし声を出そうとしても、掠れてしまった。しばらく発していないからだ。

 

「ッアルス!!!」

 

ガラスに遮られ、篭もりながら呼ばれたのは、自分の名前だろうか────?

 

 

 

リオとトレイルは完全に機能を停止した。彼らの魂はこの世から開放され、天へと旅立っていった。そして2人の想いはガットに託されたのである。ガラス破片によって砕かれた2つの核────。

ガットはそれを、ハーシーの時と同様に形見として持ち帰る事にした。

 

事がすんだら、2人の墓を建ててこれを埋めよう。もちろん、ハーシーの形見も一緒に──────。

 

ガットは彼ら3人の想いを決して無駄にはしまいと胸に固く誓い、静かにその研究室を後にした。

 

(ありがとな…。安からに眠れよ……)

 

 

 

カヤはやはり自分の勘はよく当たるものだと痛感した。しかも悪い出来事ばかり当たりやすいというものだから困りものだ。

 

「ガット……、良かったわね。リオとトレイルと、その、和解できて…。っ、いやなんか和解っていう言葉はアレかな…、意味違うかなっ!?なっ、なんかごめんっ……!」

 

カヤはガットになんと声をかけていいのか分からなかった。出てきた言葉が我ながら無神経だったのではとすぐに後悔し謝罪する。しかしそれは杞憂に終わる。

 

「いや大丈夫だ。謝らなくていい。結果的に、アイツらと再会できて心から良かったと思ってるよ。和解ってのも、間違ってはいねぇ。皆、さっきは協力してくれて本当に感謝してる。ありがとうな」

 

ガットは礼儀正しく皆に礼をした。

 

「ウム、よいよい」

 

「ガト兄が元気になってよかったよ!」

 

「最初はどうなる事かと思いましたが、良かったです」

 

「困った時はお互い様だよ〜♪」

 

「良かったネガット。さっ!メンタル回復したならキビキビ働いてもらわないとネ!アルス探さなきゃいけないんだし!」

 

ラオはウインクし、グッと親指をたてて彼なりにガットを励ました。犬猿の仲の彼らの事だ。これぐらいが丁度いいのだろう。

 

「ケッ、わぁーってるよ!さっさと大将見つけて助けねぇとな!」

 

「オー!」

 

(なぁーんか……やっぱりまだ嫌な予感すんのよねぇ〜……)

 

カヤは気を取り直している皆を節目に、未だ拭えない胸のもやもやを抱えていた。

 

 

 

この広い研究所の探索もいよいよ佳境に入ってきた。虱潰しに探してきたが、いよいよ最深部まで来ていると空気で分かる。それに部屋数も少なくなってきている。

 

「もう……アルス、アルスどこ……!?」

 

ルーシェの焦りが徐々にイライラに変わってきている。彼女のこんな姿を見るのは皆初めてだ。落ち着きがない。

 

「ルーシェ。少しクールダウンだ。焦りは何も生まない。心配するな。もう少しだ。小生の勘がそう言っている」

 

「そうよ、アタシの勘もそう言ってる、アンタが倒れたら大変なんだから、ね?」

 

「…………………うん、うん、分かってる…。ふぅ〜……分かってる、分かってる!!!」

 

と、本人は言っているものの目は完全に据わっている。自分に言い聞かせるように言い放つその声は気迫に満ち溢れていた。

 

(ヒッ!)

(怖ッ…)

 

カヤとフィルはその眼光に耐えきれずすごすごと離れていった。

 

「ルシェ姉……、アル兄の事になるとマジになるのが恋だっていい加減気づけばいいのに……」

 

クラリスは触らぬ神に祟りなし、とルーシェから距離をとった。

 

たどり着いたとある研究室の一室。その中でも一際厳重に警備されてある部屋があった。一部のセキュリティを解除できるカードキーは研究員から発見された時に気絶させ、そしてそこから盗み出したものが使えていたものの、最後の厳重な扉は破ることが出来ない。

 

「チッ、ダメだ。こうなったら実力行使しか……」

 

ガットは腕まくりし、体当たりを仕掛けようとした。

 

「いやいや!こんな頑丈な扉アンタじゃ無理でしょ!?」

 

流石にカヤはツッこんだ。こんなのに体でぶつかったらただじゃ済まない。

 

「しかもこれ特別な術式が多分かけられてますよ。下手に触らない方が絶対いいと思います」

 

光術の専門のノインが扉を眺め分析した。明らかに扉に何か術式がかけられている。さてどうするか、と皆が唸りだそうとした時。

 

「どいて」

 

「え?」

 

ルーシェがガットの肩に手をやり、彼をどかせた。

 

「ル、ルーシェさん?何をなさるおつもりで………?」

 

ガットはそのドスのきいた低い声に思わず敬語になった。扉の前に悠然と立つルーシェ。ガットは彼女が恐らく、怖い程冷静に、静かに怒りと焦りを露にしている………気がした。

 

「元素、空間、時。全てを断ち斬る虚無の光…我に集結し、そして葬れ」

 

「ファ!?」

 

突如ルーシェが聞くだけで何か恐ろしい術だと分かる詠唱をしだした。いやルーシェだからなおさらだ。しかも淡々と言い放つものだから余計に怖い。ゆっくりと扉に焦点が合わされていく右手。

 

ガットはゾッと身の危険を感じとり急いで後ろに下がった。間違いない、マジギレしている。

 

「閃光、ニヒリティ・レイ」

 

キィイィィイィィイン!!

瞬間、ルーシェがかざした右手から眩い光が生み出された─────!

 

「うおっ眩しッ!?」

 

「何だッ!?」

 

「何してんのルーシェ!?」

 

思わず皆は目をつぶった。そして恐る恐る目を開くと、なんとあの頑丈な扉がなかった。そう、扉自体が消えたのだ!

 

「はぁ!?何だ今の!?」

 

「扉が跡形もなく……!」

 

ガットとカヤは扉があった場所をまじまじと見た。綺麗さっぱり扉だけ消えている。

 

「む……無の力……!?」

 

ノインが口をあんぐりと開けて言った。そして口に手を当て小声で言う。

 

「いやでもそれは大精霊オリジンだけが持つという力じゃ…?」

 

カタカタと震え、ルーシェを恐る恐る見た。彼女はどう見ても人間である。

 

「よし開いた!皆!!行くよ!」

 

「あっ、ああ〜!」

 

ガットはルーシェに言われハッとした。

 

「ルーシェ、今のはどうやっ………」

 

「ノインも早く!」

 

「は、ハイ!」

 

術について聞こうとしたノインだが、ルーシェに急かされ慌ててガットに続いた。

 

(あんな術……ホントいつの間に…!?)

 

「一番実力行使しないような人が……」

 

「彼女怒ると相当怖いネ……」

 

クラリスとラオが彼女を後ろから眺め身震いしながら言った。

 

 

 

その扉の向こう──────。

 

「貴方達!?何故ここに!?」

 

そこにいたのはサーチスではなかった。また別の女性だ。茶髪を肩まで伸ばし、黒い瞳の聡明そうな女性。心なしかロピアスで出会ったリザーガの女性、オリガに髪の色は違えど顔が似ていた。

 

「誰だテメェは?いやっ、何でもいいからアルスを返せ!ここにいるんだろ!」

 

「わっ、私はヴェロニカよっ…!って冗談じゃないわ!?早くここから出ていきなさいよ侵入者!!」

 

「ケッ、お前しかいないなら好都合だ!いっちょやるかぁ!?」

 

ガットがヴェロニカと対峙している最中、ルーシェはバシッと視界に入ったガラスの向こうの人物に駆け寄った。

 

「アルス!!!」

 

ルーシェは彼の名を呼んだ。虚ろな瞳が、こちらを静かに見つめている。瞬時に今やるべき事を判断したルーシェは振り返り、

 

「カヤ!ラオ!お願い!」

 

と2人に言った。

 

「了解!!」

 

「連携いくヨ!」

 

アイコンタクトをとり頷いた2人。ラオは床に手をつくとヴェロニカを影で縛り上げ、身動きをとれなくした。

 

「影縛り!」

 

睡派(すいは)ッ!一閃!」

 

「っな!?……に…………を……」

 

そしてカヤが隙だらけの獲物に狙いを定めると、ナイフの衝撃派でヴェロニカを眠らせた。戦うより今はアルスが最優先と考えたルーシェは彼女にかまってる暇はないと言わんばかりに、次はクラリスに指示を出した。

 

「クラリス!術でガラスを割って!私の術じゃ巻き込んじゃう心配がある!」

 

「分かったいくぞ!怒れ稲妻、シャル・ツォルニ!」

 

黄色の音符がガラスに当たると稲妻が放射線状に広がり、ガラスに亀裂が入った。

 

次に大きな雷が炸裂するとバリィィィイン!!と大きな音がしてガラスが割れた!

 

「アルス!!」

 

ルーシェは急いでベットに駆け寄った。しかし彼は変わり果てていた。まず、髪の色が違う。セルドレアと同じ髪の色をしていたあの澄んだ深い青は、黒く、紫紺色へと変わっていた。虚ろな目でまるで廃人だ。右目は銀と赤が混ざり歪で気持ち悪い色をしている。

 

「ぁ……、ル、………シェ……」

 

自然と出てきたその名前。何故なのかは分からないが、脳内に強く彼女の名前だけはこびり付いている。

 

「アルス!アルスしっかりして!!」

 

「おい大将!しっかりしろよ!」

 

「アルス、アンタ大丈夫!?」

 

「かなり衰弱していますね……!これでは自力で歩けない…」

 

「一体コイツの身に何があったんだ…!?」

 

「アル兄、今にも気絶しそうだよ……!」

 

心配そうに覗き込む彼らの隙をつき、フラフラと立ち上がる影が後ろにいた。

 

「く…………、させる………ものか…!」

 

目を必死に開け、最後の力を振り絞り壁のあるボタンをヴェロニカは押した。突如、館内全体と思われるブザーが鳴り出した。彼女はそのまま力尽き、ずるずると眠りについた。

 

「しまった!アイツまだ!」

 

フィルはハッと彼女を恨めしそうに見た。

 

「まずい!長居は無用だ!おい急いでここから脱出するぞ!ある程度地の利がある俺が先行する!ラオ!お前がアルスを担いでいけ!」

 

「オッケー!!」

 

「急いで脱出だ!」

 

「皆ガットに続いてネ!!」

 

ラオは急いでアルスをおぶると、ガットに続き出口に向かった──────。

 

 

 

研究所から脱出し、地下道に入りさぁ地上まであと少し、という所でラオの背中で眠っていたアルスが突如呻き出した。

 

「うっ……ぐぅっ……!?」

 

「アルス!?目が覚めたノ!?」

 

「マジか!?おぉい!大丈夫かアルス!」

 

先頭を走りながら、ガットはアルスに呼びかけた。しかし、アルスは突如ラオの背中で暴れだした。

 

「はっ!?離せ!離せ!!汚らわしいッ!汚い手で僕に触るな!」

 

アルスはラオを振り払うと、苦しそうに息を吐きながら彼を睨みつけた。

 

「アルス…!?どうしたの!大丈夫だヨ!ボクだヨ!ラオだよ!」

 

「この薄汚いアジェス人め!殺してやる、殺してやる!!皆殺しだ!裏切り者達め!!絶対に僕の手で殺してやる!!」

 

ラオはこの言葉に聞き覚えがある。そう、フレーリットだ──────!

 

「まさか、フレーリットの記憶が…!?」

 

「うっ、ぐっ!ぁあ゛ッ!」

 

アルスは右目を押さえ蹲った。

 

「アルス!ねぇアルス!どうしたの!?」

 

ルーシェが泣きそうな声で彼に駆け寄る────が、

 

「っ来るな!!」

 

彼女の手を振り払い、拳銃を取り出した。

 

「えっ……?」

 

ルーシェは息を呑んだ。彼に拳銃を向けられる日が来るなんて。

 

「皆殺してやる、父の敵……!スヴィエートの怨み…!僕の意思は、スヴィエートの意思だ!アジェス人もロピアス人も、全部皆殺しだ!!!」

 

アルスの銀と赤が混じった右目は完全に赤に染まり、ルーシェと全く同じ色になった。銀と赤のオッドアイ。

顔はアルス、髪はフレーリット、そして右目はスミラ──────。歪でしかない彼は、かつての仲間達に襲い掛かって来た────────!!




アルス何話ぶりでしょうねwwwwwwwwww
せっかく出てきたのにかなり悲惨な事になってます。
ハイ。ルーシェのマジギレも書いてて楽しかったですwww

もうルーシェ本当にチートですね(笑)
まぁでもあの力本人も何で出来たか気づいていない感じの術なんでっ(震え声)


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記憶の混濁

主人公との戦い( °◊° )


「アルス!やめて!ッキャア!?」

 

ルーシェの悲痛な叫びは地下道に木霊するだけだった。バァンッ!殺意と共に放たれた銃弾を、彼女は間一髪で避けた。

ナイフでアルスに斬りかかるカヤが呼びかける。

 

「アルス!やめなよッ!何してんのよアンタ!」

 

「クッ!」

 

ガキンッ!!と金属がぶつかり合う音が響く。アルスは咄嗟に2丁の拳銃をクロスさせ、ナイフを銃の間で挟んだ。ギチギチと散る火花。

 

「誰だ貴様達……!僕に、近づくな!!」

 

アルスはクロスさせた拳銃を力任せにぐりんと右に傾けた。力では男であるアルスの方が断然上だ。カヤは体制を大きく崩された。

 

「しまっ……!」

 

「薄汚いアジェス人が!!炎旋舞ッ!」

 

「ッキャアァアアアアァ!?」

 

カヤの横脇腹に炎を纏った強烈な回し蹴りが炸裂した。容赦など全くない。

 

「カヤァ!!」

 

ガットが吹き飛ばされたカヤを慌てて受け止めた。

 

「全治せよ、万象活性、キュア!」

 

急いで上級の治癒術をかける。幸い早い処置のお陰でガットの治癒能力でも火傷という酷い傷は、すぐに癒えた。

 

「あ、ありがとガット…!」

 

「しばらく下がってろカヤ。アイツは女のお前じゃ前衛だと力負けしちまう!」

 

カヤはこくりと頷き後衛に下がった。更に彼女は加えてアジェス人である。今最も彼の憎しみを向けられる対象なのだ。

 

「聖なる意思よ、我に仇為す敵を……」

 

「六攻弾!!」

 

「ってヒィイィイイー!?あだぁっーー!?」

 

「ノイン!」

 

詠唱など微塵にもさせるかと言うように、ノインに6発の連弾が撃ち込まれた。慌てて詠唱をやめ、避けようとしたが間に合わない。ノインは4発程食らって慌てて下がった。ルーシェが駆け寄り、治癒術を施す。そこにまたアルスが銃弾を撃ち込もうとした所をラオが割り込み、彼らを庇う。

 

「チッ、邪魔だ死ね!」

 

「ワッ!っぶない!アルス!やめて、ヨ!」

 

ラオは弾をクナイで弾き飛ばし、もう片方の手でアルスに向かってクナイを真っ直ぐに投げた。刃先がアルスの頬を掠める。綺麗に切れた頬から直線に血が滲み出した。もちろん本気で当てるつもりはなく、わざと外したクナイだがアルスはわなわなと震え、怒りを顕にした。

 

「ラオっ……!よくも……、よくも!!」

 

「あわわわ!ごめんアルス!でも目を覚ましてヨ!ホラ!皆かつての仲……」

 

「殺してやるっ!深淵に誘え、リベールイグニッションッ!!」

 

一瞬のうちに彼の足元に紫色の円形の陣が出現し次の瞬間には、凄まじい闇のエネルギーを纏ったレーザー2丁拳銃から同時に放たれた。

 

「っワァーーー!?」

 

ラオは急いで横に転がり回避を行った。

 

「皆避けろー!?」

 

ドーン!!という音がし、クラリスは後ろを振り返った。幸いにも一直線の攻撃で来ると分かっていたのでよけられたが、アレをまともに食らったらたたじゃ済まない。地下道の壁の瓦礫がガラガラと崩れ、大きな土埃を立てている。

 

「なんつー大技だ!?かつての仲間にやる術じゃねぇぞコレ!」

 

「もうダメだガット!本気でやるしかない!でないと奴に殺されるぞ!」

 

フィルはそう言い、アルスに立ち向かった。

 

「小生が陽動となる!イラスティシティッ!」

 

フィルの右手からエヴィの糸玉がアルスに向かってる発射される。単純な攻撃だ。難なくアルスはそれを拳銃で弾いた。しかしそれで終わらないのがこの技である。

 

「何だ!?くそっ!?」

 

その糸玉は弾け飛び、多数の細かいエヴィ糸玉に分裂した。

 

「畳み掛けるぞ!すまないアル兄!グレンツェント!」

 

クラリスのリコーダーが吹かれ、花びらと音符がまるで目くらましのように彼の周囲を漂う。

 

「小賢しいッ!」

 

糸玉、花びら、音符がアルスの周りに散乱し、僅かな隙が出来る。そこに回復したノインがすかさずキューを構えた。

 

「今だ!万有我が手に、来い重力!彼の者を重圧の檻にて潰せ、エアプレッシャー!」

 

「ヅっ、あああぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

詠唱が成功し、術は発動した。アルスは重力によって押しつぶされ倒れた。

 

「クソがっ!うっぐぅ……!」

 

ゆっくりと四つん這いになり、奥歯を噛みしめ、恨めしそうにかつての仲間達をアルスは睨みつけた。さながらその雰囲気はフレーリットそっくりである。

 

「アルス!やめてもう!これ以上貴方が傷つくのは見たくないよ!!」

 

ルーシェは彼に距離を置きつつも近づいた。アルスは何とか立ち上がりルーシェに怒鳴りつけた。

 

「黙れッ!!お前らに、俺の何が分かる!?幼い頃から父親に比べられ!優秀なのは全部父親の七光り!少しでも劣等な部分があればやはり裏切り者スミラの息子!!もううんざりだ!!」

 

「っ!?アルス?アルスなの!?」

 

アルスはハッとし、「違う」と首を振った。

 

「スミラ……?そうだ、スミラ、スミラに会いたい。僕の唯一の……!っいや、何を言っているんだ、俺は」

 

彼は頭を抱えて蹲った。

 

「スミラだって?俺は今スミラと言った?奴は裏切り者じゃないか!そうだ、何故、何故、何故僕を裏切った!?何故だ!?何故殺した!!あんなに幸せだったのに!

 

サーチス、サーチスに会わせてくれ!僕を救ってくれたサーチスに!!いや、何を言ってるんだ俺はッ!?奴は、奴はハウエルとマーシャを拷問したんだぞ!!」

 

自問自答し、訳が分からなくなったアルスは苦しみ出した。アルスの脳内に様々な記憶が駆け巡った。もはや何が何だか分からない。”アルス”であった時のコンプレックス、微笑みかけるスミラの顔、血に染まる花斬り鋏、サーチスの姿。サーチスに会いたい、彼女こそが救いなのだと思った瞬間、ハウエルとマーシャの顔がちらつく。

 

「うっ、ぐぁぁあ!頭が!頭が割れるように痛い!何だ、色んな記憶が、俺の中に!うわぁあああやめてくれ!寒い、寒い、助けてくれ。やめろ。これ以上!これ以上殺さないでくれ!スヴィエートは停戦条約は結ぶ!だからもうこれ以上国民を危険な目に合わせないでくれ!私は…!私はぁ!!」

 

「おい落ち着け大将!?一体どうしちまったんだよ!?」

 

「彼の言い分を聞く限り、記憶が混濁してるようですが……!?」

 

「何なの?フレーリットだけじゃないの!?」

 

ガット、ノイン、カヤが言った。彼の一人称がころころと変わっている。

 

「何で僕ばかりがこんな目に遭わなければならない!全員グルだったのか!助けてくれ、死にたくない。僕は死にたくない!誰か!誰でもいい助けてくれ!僕に力を!誰にも負けない力を!」

 

困窮するスヴィエートの民、停戦条約契約の契約書、雪山の溝に落下していく記憶──────。

 

紫紺の髪の毛を掻きむしり、頭痛に必死に耐え抜く。記憶がそこで一旦収まると、アルスは力なく呟いた。

 

「俺は、何だ!一体何なんだ!僕は………一体誰なんだ……!」

 

アルスは力なく膝を折り、涙を流した。

ルーシェはそんな彼を見て、真正面に立ち、しゃがんで目線を向き合わせた。

 

「しっかりしてアルス!?いや、しっかりしなさい!馬鹿!自分を見失わないで!貴方はフレーリットじゃない、比べられる存在でもない。貴方は貴方よアルス!アルスなのよ!皇帝、アルエンスなの!そして目の前にいるのはかつて旅した大切な仲間達!それが貴方の存在を最も証明するもの!思い出して、私達と共に過ごした時間を!それはアルスにしかない記憶でしょ!?」

 

「アルス………俺、……は、アルス…」

 

両肩を掴み、揺さぶりながら必死に訴えかけた。彼女の克は、アルスには効果的麺だった。ルーシェは続けた。

 

「自分が何者かを決めるのは、自分自身よ!」

 

「自分が何者かであるのを決めるのは……自分……自身……」

 

「貴方は貴方なの!それを周りがどう思おうと関係ない!少なくとも私は、アルス、貴方の事しか知らない。他の人なんて分からない!私、ルーシェと初めて出会った時からのアルスしか、私は知らない。例え周りがどうだろうと、例え世界が貴方の敵になろうとも!私は貴方の味方でいる!」

 

ルーシェは、このままアルスが全てを忘れ去り自分の事を忘れてしまうのではという恐怖と悲しみに震え、涙声になっていく。

 

「初めて……会った……ルーシェと……!うっ、あっ、ぐぁぁっ!?」

 

また鋭い痛みが、脳内を貫いて駆け巡る。自分じゃない、様々な記憶が、俺の邪魔をする──────!!

 

「いい加減、目を覚ましなさい!貴方と仲直りしないままお別れなんて、絶対いっ、嫌なんだからね!?アルスのッ、この馬鹿ぁ!」

 

パァン──────!!

 

小気味よい音がし、アルスの左頬が赤く染まった。

 

「っ…………!」

 

沈黙。アルスは目を点にして、虚空を見つめた。ルーシェはついに堪えきれず涙を流した。

 

「うっ、うぅっ…!ひっく……アルスッ、あるすぅ……!」

 

ゆっくりと、顔をあげて彼女を見た。ボロボロと涙を零し、自分の為に泣いてくれる彼女は、彼女の名は─────、そうだ、愛しい、この世で最も愛している。

 

「ルー……シェ……」

 

「っ!アルス!目を覚ましたの!?アルスっ!?」

 

「あぁ………、ありがとう…、はは、ビンタ……きいたよ……」

 

優しげに微笑む彼の笑顔は、ルーシェが最近めっきり見ていなかった表情だ。安堵感が全身を包み込み、歓喜のあまり彼を抱きしめた。

 

「アルス、アルスぅっ!良かった、本当に良かった!心配したんだからね!?うっ、うわぁあぁああん!!」

 

正気を取り戻したアルスは、ルーシェをそっと抱きしめ返した。アルスの髪の毛の黒の色素が細かな粒子のエヴィとなり、抜けていきスーッと宙に消えていった。紫紺色は、元のアルスのコバルトブルーに戻った。しかし、赤い目はそのままだった。

 

(あぁ………でも、凄く疲れた……、眠い、な……。ダメだ……、脳が、動かない……)

 

戦闘による体力消耗、そして脳へのダメージのせいで、アルスはゆっくりと目を閉じた。ずっしりと重くなった彼の体重に耐えきれなくなり、ルーシェは倒れそうになった。

 

「わわっ……!アルス!?」

 

思わず赤面し、何事かと彼の顔を覗き込む。

 

「っと、大丈夫だ、疲れて眠っているだけだ。アレだけの事があったんだからな。はぁ良かったぜ元に戻って…」

 

そこにガットがサポートに入り、2人を支えた。アルスはすーすーと寝息をたて、安らかな顔つきで眠っている。

 

「これぞ、愛の力ってやつね」

 

「ウム……今回ばかりはその言葉が一番お似合いだ」

 

カヤとフィルが微笑みあった。

 

ガットはアルスを背負うと立ち上がる。

 

「とりあえず、ここから出ねぇとな。さてどうしたもんか、戦闘のせいで周りが崩れちまって……しかも貴族街から研究所のあの騒ぎのあとじゃ出ても安全とは限らねぇしなぁ…」

 

土地勘のあるガットは元来た道を探すが、道が若干変わってしまっている為、キョロキョロと迷う。それに貴族街に出たとしても、身の安全を確保できる所まで移動しなければならない。

 

「あ!ガト兄!それならさ!さっきアル兄のすんごいレーザーで壊れた壁の先にね、どうやら通路があるみたいなんだ。とりあえずこっちに行くのはどうかな?」

 

クラリスが指さしたのは先程リベールイグニッションが炸裂した壁だった。

 

クラリスがそれを音波で吹き飛ばし、通れるようにした。その地下道を進んでいくと天井から光が差し込める場所にたどり着き、ハシゴがあるのが確認できた。

満場一致でそこから出ると決まり、地上に出た────。

 

 

 

平民街東のはずれのマンホールが開き、そこから出た場所は見た事がある。来た事もある。

 

「ここは、あの時来た平民街だ……!」

 

マンホールの近くには放置され、外見はボロボロ。ツタが巻き付き、見るからに廃墟がある。裏切り者のかつての家として、スヴィエート人誰1人として近寄りたがらない家。

 

「あそこだ、あそこに身を隠そう!」

 

ガットの提案に皆賛成し、その家へと足を踏み入れた。いらっしゃいませ、そう書かれた室内の看板の埃が舞い上がり、床からは土埃が彼らを歓迎する。外見は不気味だが、中は至って普通の家。2階へ上がる階段通路の壁には、セルドレアの花畑の写真が飾ってある。

 

そう、ここはスミラの家である。

 

2階のベットは埃にまみれていたが、なんとかメイキングし直しアルスはそこに寝かせられた。アルスの意識は、夢の中の、深い闇へと落ちていく─────。

 

 

 

そう、またあの記憶の夢だ。しかし、最初からかなり明瞭で、ハッキリと声も聞こえる。今自分がどこにいるのかすぐに分かった。スヴィエート城だ。そしてその部屋の一室。………応接室だろうか?

 

ソファに座り、話をしているのは、フレーリットと若き日のサーチスだった。

 

「……しかし一体、莫大な研究費用を何に使っているだい?随分実家から仕送り出されてるみたいなのにまだ足りずに、国に援助求めるなんて。複合光術は少なくとも既にエリートの研究員達は会得したのだろう?まだ足りないのかい?」

 

フレーリットは書類とサーチスを不機嫌そうに交互に見つめた。彼女は居心地が悪そうに目を泳がせた。そしてしきりに自分の肘を手でさすっている。落ち着きがない。

 

「は、はい……。やはりリュート・シチート作戦は、絶対に成功させなくてはならないものです。空に氷の膜を貼らせる為にはもっと人員が必要なのです。しかし、あの作戦が成功すれば、我々はもう勝ったも同然です。その為にも更なる兵士達の教育、エヴィ結晶の補填があまり間に合わず……」

 

スヴィエートで綿密に企てられているリュート・シチート作戦は冬が完全に終わり次第決行されるロピアスの決死をかけた空軍精鋭編成隊対、スヴィエート光軍によって繰り広げられた互いの国の威信を懸けた大規模な人海戦術だ。スヴィエート側は空一面に氷の幕を張り巡らす等、並大抵の人数では作戦は成功しない。それを考えるたフレーリットは「それは……ま、僕が何とか出来るだろうとして……」と小さく呟く。書類を机の上に置き、両肘を太股に立てる。

 

「でもさ………本当にそれだけ……?」

 

フレーリットが組んだ手に顎を乗せ、射殺すような目つきで彼女を睨んだ。

 

「な…………、何、を…仰っているのです…?陛下?」

 

「…………いや?ただ風の噂で、君が最近、研究所に顔を出していないと聞いてね」

 

「ッ!」

 

サーチスの目が大きく開かれた。彼は静かに怒りを現しているのだろうか?サーチスにはそれが怖くてたまらなかった。

 

「わ、私はロピアスからの遠征から帰って間もない身ですよ……?そのせいでしょう?」

 

嘘をついた。遠征にいく前からも、しばらくずっと研究所には顔を出していない。

 

「まぁ、確かに、ねぇ?でも別に……、僕としては君は優秀だから光軍の仕事と兵士の教育さえしてくれればいいんだけど。僕はスヴィエート軍総司令官だ。この国を導く必要がある。あまり君にも構ってられないけど、仕事の合間を縫って何してるのかなぁってちょっと気になってね」

 

「な、……にもしてなどいませんわ。陛下。ご冗談を」

 

サーチスは何とか平静を保った。フレーリットのその不気味で見透かすような視線は本当に恐怖そのものだ。

 

「ふーん……?国に黙って、何か。”変な”事はしていないだろうね?それ、もしやってたら国家への反逆、つまり裏切りだよ?」

 

「なっ、めっ、滅相もないわフレーリット!?私が!よりによって、この私が貴方を裏切るわけ────」

 

「あそう?なら良かった」

 

フレーリットは彼女の言葉を遮って、フッと表情を無表情に戻した。

 

「じゃこの話はおしまいね。そっ、光軍は任せたよって事で!さっさと戦争終わらせないとね〜。はは、スミラの子供の為にも、早くこの血なまぐさいスヴィエートとロピアスの2回目の殴り合いに、決着つけて。話し合いして、ある程度は平和な国にして行かないと。ま、勿論それ相応の仕返しはするけども」

 

「っ!?こっ、子供!?」

 

サーチスはテーブルに手をつき、ガタン!と音を立て立ち上がった。

 

「いつの間に……!?」

 

「うん。あれ?言ってなかったっけ?あ、そっか。遠征に行ってたからか。そう、もうすぐ僕とスミラの間に子供が産まれるんだ!いや〜!楽しみだなぁ〜!」

 

そしてまたフッと変わる表情。無表情から一転。サーチスの肩をポン、と叩くと心躍ると言いたげに、応接室から出ていった。コツ、コツと離れていく靴音。サーチスのその時の顔は、まるで百面相だった。

 

「何でフレーリット……、昔の貴方はどこ行ったの………?語ってくれたじゃない私に……。ロピアスも、アジェスも、踏みにじるんじゃなかったの…?スヴィエートが全世界を支配するんじゃなかったの……?私の今までの努力は……?反逆する国のトップ達につかう私のシフレス技術は……?」

 

彼は何もかも変わってしまった。それも、全て

 

───────あの(スミラ)のせいで!!!

 

 

 

瞬く間に場面が変わった─────。

 

フレーリットの私室。青髪の赤ん坊がベビーベッドに寝かされ、静かに寝息をたてている。スミラは満足そうにそれを見つめると、フレーリットの部屋の窓のサッシに置いてある花瓶の花を手に取った。セルドレアの花が幻想的に輝きを放っている。彼女自身の手で生けた花だ。少し葉や花が枯れかかっているのを見て、彼女は花切り鋏を取り出した。チョキン、チョキンと切られる枯れた花───────。

 

「あれ?スミラいたの?」

 

ガチャンと音がしてフレーリットが部屋に入ってきた。書類をデスクに置くと、赤ん坊の眠るベビーベッドを覗き込む。

 

「ふぁぁ……。よく寝るねぇアルスは。僕なんて連日の仕事三昧、他国訪問にクソ忙しいから羨ましいよ……」

 

フレーリットは疲労で更に酷くなったクマを手で擦った。どうも赤ん坊がスヤスヤと寝ているのを見るとこちらまで眠くなってくる。

 

「あ゛〜…なんだか僕まで眠くなってきた……昼寝しようかな……」

 

何気ない日常風景のように見えた。いやその筈、だった。

 

パチン、パチン、パチン!

茎をポッキリと切られたセルドレアの花はトサッ、と落ちた。

 

「ねぇ、アルスをマーシャ達に任せて、スミラも一緒に昼寝しな──────」

 

後ろを振り返った直後だった。

窓際にいた筈の彼女はいつの間にか目の前におり、そして腹部にずぶりと何か刺さっている─────。

 

「──────え?」

 

己の身に、何が起こっているのか分からない。一体何が………?と恐る恐る下を見れば、血に染まっていく服。じわりと侵食してゆき、鋏から伝った血が床にしたり落ちた。その挟を持っている人物は、

 

「スミ……………ラ?」

 

「っ!」

 

スミラは、困惑して身動きの取れないフレーリットの首に手をかけ、水色のネックレスを手に取り無理やり鋏と共に引っ張った。氷石だ。鎖がちぎれた反動で、よたよたと少し下がる。

 

そしてシャラン、と手の中のネックレスをすばやくエヴィで生成した糸で修復し自らの首にかけた。ズブリと傷口から抜かれた挟は生暖かい血に塗れていた。彼女の手も、真っ赤に染め上げられている。

 

「っかはっ……!うっ、が、はっ!?スミッ………ラ!?」

 

深く突き刺された。鋏を抜かれたせいで一気に血が吹き出した。とてつもない痛みが襲う。両手で傷口を押さえるが、血は止まらない。痛い、苦しい。

 

「な゛っにを……してっ………!?」

 

フレーリットはベビーベットに手をかけた。膝がガクンと曲がり、腹部を支えつつずるずると落ちていく。何が起こったのか、彼女に身に何があったのか。倒れ込む寸前でベビーベッドの柵に寄りかかり、なんとか耐えた。霞む瞳でスミラの顔を見た。ゆっくりとまたこちらに近づいてくる。

 

その目には光など宿っていなかった。冷たい瞳だった。

 

「な、何……を………!?」

 

「…………」

 

彼女は一切言葉を発しなかった。まるで操られているかのように─────。

 

「ま、まて!まさか!?」

 

予測は当たって欲しくなかった。しかし、その冷たい瞳は赤ん坊に向けられている。我が子を見る時のスミラのあの慈しみに溢れていた瞳など忘れてしまったかのように。

 

「……………ッ!」

 

「そんな!やめろ!」

 

彼女は赤ん坊のアルスにゆっくりと鋏を振りかぶっている。フレーリットは絶句した。アルスが、我が子が殺される─────!

 

「アルスッ!?スミラッ!!やめろぉおおおおおお!!!」

 

「っ!!」

 

最後の力を振り絞り、フレーリットはスミラとアルスの間に割り込んだ。スミラは最初からこう予想していた、とでも言うように割り込んだフレーリットの心臓に迷わず鋏を突き立てた。

 

貫かれた心臓───────。

フレーリットは悲鳴もあげられずただただ涙を流した。

 

「あ………アルス………無事か…………?」

 

「ふぇ……うぅ、わぁあああぁああん!」

 

「よかっ……………た……」

 

周りの音にビックリしたのか赤ん坊は泣き出した。フレーリットはこれでもかと安堵した。赤ん坊が泣いていると言う事は、元気な証拠だ。

 

「何で………、スミ……ラ…、何で……」

 

確実に死へと近づいていく。困惑と、絶望と、最も愛した女性に裏切られたというどうしようもない悲しみが全身を駆け巡る。

 

「ふぇぇえぇええええんん!!!」

 

「アル…………………ス…」

 

フレーリットは血塗れの手で泣き止まない赤ん坊のアルスの額をゆっくりと撫でると、絶命した─────。

 

 

 

ただただ赤ん坊の鳴き声が部屋に木霊する─────。

 

「………………………え………!?」

 

スミラは、目の前の彼の目を見た。虚ろな銀の瞳。涙が零れ落ちている。スミラの目に、光が戻った。

 

「いっ、………や………!?ああっ!?いっ、いやぁああああぁあああああああぁああああああっ!?」

 

スミラは自分の血に濡れた両手を見て発狂した。

 

「何よこれッ!?何!?何!?何なの!?いや、フレート、そんな!?あっ、あぁっ!許して、い、いやぁあぁああっ!!」

 

気が動転し、錯乱したスミラは部屋から飛び出した。

 

「誰かっ!誰か助けを呼ばないと!?フレートが!私がやったの!?嘘よ、嘘よ、そんな!?そんな事って!何が起こったのよ!?」

 

何が起こったのか理解出来ない。必死に廊下を駆け出した。

 

誰か、誰か、誰でもいいから助けて──────!

 

「っあ!?サーチス!?」

 

バルコニー近く、サーチスが静かに佇んでいた。スミラは彼女に駆け寄った。

 

「お願い助けて!?フレートが!フレートが!?」

 

「触らないで!っ離しなさい!私が欲しいのは彼の形見だけよ!さぁネックレスを寄越して!」

 

サーチスは今、”形見”と言った。フレーリットに何が起きたのか、彼女は知っている────!?

 

「何よこれ、ネックレスって………いつの間に私こんな物を……、それに形見って、何で─────!

 

違う!彼はまだッ生きてる!?いいから助けて!部屋に来てよ!フレートが大変なのよ!私、何も覚えていない、気がついたらフレートがっ、や、殺ったのは、私!?私ィッ!?あぁ、あぁあ!!いやあああぁああああ!?誰か!!誰か助けて!!」

 

スミラは錯乱し、泣き出した。涙に顔を濡らす彼女の顔を見て、サーチスは最高級に不愉快だった。

 

「何故、何故!何故こんなポッと出の女なんかと!?私の方が早く彼と出会っていたのに!彼は籠の中の鳥だった、私の才能と力を見出して認めてくださったのに!私の、運命の人なのにっ!私の方が、ずっと優秀で価値があるのに!!何でこんな女なんかと!?ただの平民の女じゃない!?貴族の私の方が、断然彼に釣り合うと言うのに!私の何がいけないの!?」

 

「いやぁあぁ!?何するの!?」

 

サーチスは怒りに任せてスミラに掴みかかった。

 

(早く彼のネックレスを回収しなければ────!)

 

「私の結婚は、彼としたかった!ヴォルフとなんて、望んではいなかった!彼と同じ志を目指していたのに!どこかで歯車か狂ったのよ!そう、全てアンタのせい、アンタのせいよ!!彼にはあのシフレスの術は使えないっ…。既にアンタの記憶があるフレーリットなんて、いらないわ!」

 

サーチスは彼女に詰め寄った。スミラはじりじりと後ろに下がり後ろのバルコニーの柵に手をかけた。

 

「何!?何を言っているのサーチス!?やめて離して!こ、怖い!いやぁ!」

 

サーチス首のネックレスを奪おうとするが、スミラは恐怖で激しく抵抗する。

 

「私は彼を裏切れない─────。

 

だったらアンタが………、アンタが裏切り者になればいいのよ!!彼の目を一度覚まさせてあげなきゃ……!そしてマクスウェルの力で彼を復活させる!スヴィエート一族には、代々記憶のエヴィが子供に継承される!新たなフレーリットを再構築するのよ!私の、私にしかできなかった研究という取り柄が今ここで生かされる時が来たのよ!」

 

「一体何を言って、あっ、いっ、嫌!?」

 

ネックレスに無理やり手をかけられ、スミラは首を後ろに仰け反らせた。苛立ちが限界まで達したサーチスは右手で思いっきりネックレスを引っ張り、

 

「アンタなんかっ、死ね!」

 

スミラをそのまま左手で力の限り押した。バチィン!と音を立てて切れるネックレスのエヴィ糸。サーチスは勢い余ってそのネックレスの僅かに残った鎖部分を離してしまった。

 

「………え?」

 

「しまっ─────!?」

 

落下していく、スミラの体。空に舞う氷石。氷石を掴もうと、空を切るサーチスの手───────。

 

「イヤァアァアアァァアアァァァアアァァッ!!!」

 

45階の、最上階のバルコニーから、スミラは氷石と共に中庭へと転落して行った───────。




真実が、今明らかに


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私をお母さんと呼んで

後書きに挿絵がありますので挿絵苦手な方は注意


アルスは未だ静かに眠っている。一同は研究所での出来事、そしてアルスとの戦闘に疲れ果てここで一旦休息を取っていた。アルスの側に寄り添うルーシェ以外は皆静かに佇んでいた。

 

そんな中ラオは、スミラの部屋のあのオルゴールを机の引き出しから取り出した。アルスの懐中時計を拝借し、鍵を開けた。オルゴールはネジが切れているようで、鳴らなかった。その中には意味深にしまわれている番号付きの花びら。

 

しかし彼はその”箱”と花びらが目的ではなかった。箱を引っ繰り返し、裏に書いてあるその名前が、ラオの目的だ。

 

(サイラス・ライナント・レックス・スヴィエート………)

 

ラオは目を開け静かにその文字を見つめると、また瞳を閉じた。彼、サイラスとの思い出が脳裏を駆け巡る。最初にここに来た時は、無かった記憶だ────。

 

 

 

「え?別れのプレゼント?」

 

サイラスがきょとん、と目を丸くし目の前の青年、ラオを見つめた。

 

「ソウ。ボク達、せっかく外国人同士仲良くなれたじゃない。まぁ皇帝様って聞いた時は腰抜かしたケド。互いに身分は違えどボク、君みたいなスヴィエート人の友達が出来て本当に嬉しいんだ。だからコレ、受け取って欲しい」

 

「これは……?」

 

サイラスはラオからある四角形の箱を受け取った。

 

「特別、鍵付オルゴールだヨ。色々と豪華でデショ。皇帝様へのプレゼント作るって言ったら上司が快く協力してくれたヨ。宝物でも入れてネ。ヘヘ、でもネ。これボクがいつか独立した時にでもいずれ商品化したらイイナとかとか思ってたけど、君はその第一号のお客様」

 

「凄い………!こんな素晴らしい物、本当に受け取っていいのか!?」

 

サイラスは顔を輝かせた。煌びやかに宝石があしらわれており、よく出来ていた。

 

「勿論。なんせそれは君をイメージして、君の為に作ってに改良してある。鍵はソウ。君の懐中時計サ」

 

ラオはサイラスの腰に付いている懐中時計を蓋の窪みにはめた。カチッと音がすると蓋が開き、オルゴールの音色が流れた。

 

「ハハッ、この曲!君がよく鼻唄で歌っていた……そう、かもめの唄!」

 

「当たり〜♪そのオルゴールは持ち主のエヴィに反応するんだ。いわば記憶、思い出のエヴィに作用する特殊な術がかけてある。だから今はボクが最も記憶に残っている曲が流れるってワケ。どう?気に入ってくれた?」

 

「凄いよ!こんなのを作れるなんて君は天才だ!」

 

サイラスはラオをベタ褒めした。それ程素晴らしいのだ。

 

「イヤ〜それ程でも〜!チョット器用なだけサ。とにかく、喜んでくれて良かったヨ!裏には君の名前が書いてある。もうこれは君の物だヨ」

 

「ありがとう、大事にする!後世までコレは残したいよ。ずっと受け継いでいきたい。早速宝物を入れよう。勿論、君と撮った写真だ───────」

 

 

 

ラオは、ふぅーっと息をついた。(サイラス)はもういない。だがこうして未来に受け継がれたと思うとなかなか感慨深い。何故スミラの手に渡ったのかが不思議だが、ラオには大体の予想がついた。

 

(フレーリットはボクの事を心底憎んでいたし…、その製作者と鍵の時計がアジェス人の僕が微塵にも関係してるのを複雑に思っていたんだろうな……。捨てるにも捨てられず、これはあくまでも父の形見…。だから彼女に渡ったんだ…。プレゼントでもしたのかな……)

 

ラオがそう思考にふけっていると、

 

「ラオ兄?その箱は何だい?」

 

と、クラリスが訪ねた。クラリスはラオ達がここに来た時はいなかった。

 

「あ、そっか。クラリスはこれ見るの初めてだよネ。実は君に会う過去に来る前にあった出来事なんだけど─────」

 

ラオはあらかたクラリスと出会った過去に来る前に起きた出来事を話した。

 

「成程な……。確かに、私もどこかで聞いた気がする。アル兄はお母さんの事を心底嫌っていたんだな……」

 

「ウン…。ボクらからすれば他人事かもしれないけど。スヴィエートじゃそうじゃないらしいヨ。お国柄、裏切りっていう行為は処刑ものなんだって。この国じゃ万死に値するんだヨ」

 

「………アル兄は私達の知らない時に、色々と苦労していたのかもな…」

 

「そうなのかもネ……。で、この箱はスミラさんが持っていたオルゴールなんだ。中には花びらが入っていたんだけど何の意味があるのかさっぱり………」

 

ラオは箱の中身を見せた。薄橙色の花びらがまるで今摘んできたかのように風化もせずにそこに残っていた。クラリスはそれを見た途端、目を見開いた。

 

「こっ、これ!?ポロアニアの花びらじゃないか!」

 

彼女は慌てて花びらを手に取って凝視した。

 

「え?クラリス君知ってるノ!?」

 

「最近ロピアスのエレスティオ付近でも極わずかだけど発見されたっていう凄い力を持つ花だよ!この花─────」

 

「ッ!?はっ!?ああッ!そんなッ!スミラは!スミラはっ!?うわぁぁあっ!?」

 

クラリスが何かを言いかけた途端、ベットの方からアルスのただならぬ声が聞こえそれを遮った。

 

「アルス!?」

 

ルーシェは突然目を覚ましたアルスに驚いた。ガバッと起きあがったと思うと彼はまた頭を抱えて苦しみ出す。

 

「そんな、そんな。スミラを殺したのはサーチス……!スミラを使って間接的に父を殺したのか!!」

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよアンタ!?まだ記憶がこんがらがってるワケ!?」

 

カヤが聞いた。

 

「また地下道のような出来事はごめんよ!?」

 

「違う!そうじゃない!夢で見たんだ!スミラとサーチスを!あれは過去に実際に起きた出来事だ!!」

 

 

 

混乱するアルスを一旦落ち着かせ、説明を求めた。アルスは過去に起きた出来事を夢に見るらしい。

 

「さっきの夢の内容からして…。俺は、いや。スヴィエート一族は代々先祖の記憶が受け継がれていくみたいで……。これは俺の推測だけど今までの多くの記憶が開放された事によって俺の右目が銀から赤になった。代々皇帝の瞳が銀色なのは記憶のエヴィとしてそれが瞳に受け継がれているからだ。そう……俺は元々スミラ譲りの赤の瞳だったんだ…。それでさっき見た夢、つまり過去の出来事が──────」

 

見た夢の内容をぽつりぽつりと明かした。サーチスがシフレスという技術で何かを企んでいた事。サーチスがフレーリットをかつて愛していた事。両親が死亡した真実。スミラは明らかに操られていた。そしてそれを仕掛けたのは、間違いなくサーチスである。彼ら、親達の過去の人間関係のもつれ、タイミング、それらが全て合わさり、現代に繋がっていたのだ。

 

「っ、そんな………!スミラさんは、じゃあサーチスさんに操られていたって事!?」

 

ルーシェはその話を聞いて絶句した。

 

「大方そうだと言って間違いないだろう……。あぁ、そんな、まさかこんな事が……!」

 

あってはならない事が、過去にあった。

死ぬ間際赤子だった自分の額を撫で、絶命した父。自分の命は、彼によって守られたのだと再認識した。

 

「こんな事が………」

 

アルスはベットのシーツを握りしめた。

 

「シフレス技術……。ハーシーの日記にも載っていた単語だ。………ハッ、所詮そういう事か……」

 

「ム?ガット?どういう事だ?」

 

フィルが訪ねた。

 

「シフレス技術っていうのは、俺の予想する限り、人の脳を操る技術って事で確定だ。でもその技術、何かと似てねぇか?」

 

「何か……?」

 

「人工治癒術師製作の技術だ。治癒術師特有のイストエヴィを抑えるため免疫情報を書き換える。つまり脳に作用するって事だ。そしてシフレス技術が生まれたのは人工治癒術師制作の後期……」

 

「ッて事は!」

 

「あぁ、俺…リオ、トレイルがやられた研究はこのシフレス技術の前座に過ぎなかったって訳さ…」

 

ガットは、はは、と乾いた笑いを浮かべた。ノインがハッとして顔を上げた。

 

「っ確かに!第2次世界大戦時スヴィエートは常に優勢だったはずです。それを所長兼光軍だったサーチスが知らないわけがありません。ローガンが言っていました!所長、つまりサーチス自らリオとトレイルの改造に携わっていたと!

 

治癒術師が持つ特有のイストエヴィ注入後、エヴィを体内に流し込み免疫情報を書き換えるというのが人口治癒術師作成の過程だ。それを応用して、操らせたい情報をエヴィに術式を脳内に書き込む。それで脳を支配することにより、対象の体を操る事だって出来たのかもしれまそん!!きっとそうです!それがシフレス技術ですよ!」

 

ノインが事細かに補足し、シフレス技術というのがいかに恐ろしい物なのかがついに判明した。サーチスはこれを用いてスミラを操ったのだ!

 

「…………………」

 

真実が今明らかになり、部屋は沈黙に包まれた。今まで嫌っていた裏切り者の母親が実は仕組まれて、しかも操られていた。その話は深く、重苦しい現実であった。ラオは居心地悪そうに目を泳がせた。尽くタイミングが悪い。

 

「あ……そういやクラリス…。さっき花びらを見て何か言いかけてたケド…?」

 

アルスに自分、ラオの事を話そうと思っていたが、このような雰囲気では話せるにも話せなかった。誤魔化すようにさっきの話を蒸し返し、クラリスに話しかける。

 

「えっ!?ああっ、あぁそう。この花びらの話か……」

 

スミラは薄橙色の花びらを見せた。

 

「ゴメンネアルス。君が寝ている間に時計拝借して勝手にこの中のものをチョット考察していたんだ」

 

「それは………スミラのオルゴールに入ってい花びら…」

 

アルスはラオが持っていた箱を虚ろな目で見つめた。今まで大きな誤解をしていた。裏切り者と心底嫌っていた母親がそうではなかった。アルスはどうしようもない虚無感に襲われた。

 

「これ…。ポロアニアの花の花びらなんだ…。これには映像や声、音声を記録する特殊な力があるんだ…」

 

「何だって!?」

 

アルスはベットから身を乗り出してクラリスに近寄った。

 

「でも、どうやって使うのか、どうやって効果が発動するのかは私は知らないんだ。ただこれが何かを知っているだけ…。でもアル兄に関係する事だから言っておいた方がいいかな…って思って…」

 

「………………っ」

 

そう言い、彼女はそっとその0と書かれた花びらをアルスに手渡した。アルスは果たしてこれを自分が受け取る資格があるのか、と迷い一瞬躊躇ったがゆっくりとその花びらを親指と人差し指でしっかりと受け取った。

 

「スミラ………」

 

0、とだけ書かれたその花びらに一体何の真意があるのか。息子であるアルスにも検討など全くつくはずがなかった。ただ何となくその花びらをよく見るために片目をつぶり右目に寄せる──────。

 

次の瞬間、その花びらが眩い光を放って輝き出した!

 

「何だ!?」

 

「わぁっ!?」

 

近くにいたアルスとクラリスは思わず仰け反りその光が収まるのを待った。光はやがて形となり、人型へと形を変えていった。高いヒールを履いた足元、花びらのようなスカートエプロン、ローズ色の髪の毛、左目下の泣きボクロ、そして赤い瞳………。

 

「っスッ、スミッ!?」

 

紛れもないスミラの人の形が出来上がった。アルスは驚いてこれ以上言葉が出てこかった。

 

「ほ、本当に映像が記録されてた!映像?というか、幻影っ……!?」

 

ルーシェはまじまじと幻影のスミラの姿を見た。映像のように透けてはいるが本物そのものだ。

 

「もしかして、また大将の何かに反応するように仕掛けがあったんじゃねぇかっ!?」

 

「でも以前俺が触った時は何も起こらなかった!」

 

「そうだ瞳!目!アルス!オメメだヨ!オメメ!アルスの右の瞳の色が前は銀色だった!でも今は赤色だヨ!それに反応したんだよきっと!」

 

一同がなるほど…、と納得している間に幻影のスミラは目をつぶると深く深呼吸し、やがてゆっくりとその赤い瞳を開いた。

 

「私の息子、アルエンスヘ…」

 

「しゃ、喋った………!?」

 

アルスは揺れた瞳でスミラを見つめた。語りかける相手はまるで目の前に息子がいるのが分かっているかのように記録されているようだ。

 

「ふふ、えっと…、えっと……」

 

幻影のスミラは少しどもり、照れて頬を指でかきながら言葉を紡ぎ始めた。

 

「まず……、生まれてきてくれてありがとうアルス。0歳の誕生日おめでとう」

 

「な…に…!?」

 

アルスは突然の事に頭がついていかず言葉が出てこなかった。

 

「貴方がこのメッセージに気づいてくれた事に、感謝するわ。こうでもしないと、もしかしたら後に残せないかなって、思って。今のこれを作ることにしたの。だって貴方がこれを見ていると言うことは、私はこの世にいないって事だもの……」

 

アルス、そして他のメンバーも静かにそのメッセージに耳を傾ける。

 

「あはは……まずは、そうね。おっ、思い出話でもしようかしら!?アルス、貴方が生まれた時ね、フレートったら号泣してたわ!あんなに人前で弱みを見せない奴が、お医者さんや助産師さんの目の前で!あの時のアイツの顔と言ったら…、笑えたわ。そして……貴方が私の人差し指をギュッと握ってくれた事…、大きな産声をあげて無事生まれてきてくれた事…、私も。それだけで泣いちゃった…。妊娠してた時は凄く大変だったのに、貴方が産まれたらもう今までの苦労がどうでも良くなっちゃった!赤ちゃんって、不思議ね。そこにいるだけでパッと周りに花を与えてくれる。貴方が笑うだけで周りが幸せになった……。

 

あっと……思い出話はここまでにしておきましょうか……。で、何でこのメッセージを残したかと言うと…。私、最近私が私でないような気がするの。何言ってるか分からないわよね。でも言葉の通りなの。たまに思ってもない事をやろうと思ったり、気がついたら来る予定なんてなかった場所にいたり…、花の活け方間違えていたり…。私怖いの。私が私でなくなっていく。じわじわと侵食されていくような、そんな感覚が頭からこびりついて離れない……。何かしら……何かの病気なのかしら……?これを撮っている時だって、いつ私が私でなくなるのか、既に私じゃない私が撮っているんじゃ、とか耐えようもない不安に駆られたりするの……。私、近いうち死ぬんじゃないかな…とか馬鹿馬鹿しい事まで思い始めて、これを撮ったの……。貴方がこれを聞かないのが一番いいんだけどね……。

 

うふふ、なーんて話、0歳の貴方はまだ、何も喋る事は出来ないし、理解なんて出来ないだろうけど。いつかまた聞いてね。ある程度成長したらママって呼んでくれるのかしら。それはまた5歳の誕生日の時に話しましょうね……。愛しているわアルス。あっ、最後に私がよく歌う子守唄でも入れようかしら、〜♪〜♪〜♪」

 

スミラはそう言って優しく手を振るとオルゴールと同じ音色の鼻唄を歌いながら光の粒子に戻り花びらの中に戻っていった。

 

「っ、い、今のはスミラさんの生前に残したメッセージ…?」

 

ルーシェは花びらを見つめた。

 

「そうか!花びらに0、5、10、15、20って書かれてるのはアルスの年齢の歳に向けて残したメッセージなのよ!」

 

カヤがオルゴールの中の花びらを見て言った。こういう事だったのか、とカヤは納得した。鍵のかかった箱の中には、数字の書かれた花びら、オルゴールの曲。全て息子、アルスの為に残した母スミラの遺物であった。

 

切り裂くように胸が痛む。視界が歪みピリピリと喉が痛み出した。涙を零すことはグッと堪えたが、しかし声は震えて涙声だ。唇をギュッと噛み締しめアルスは強がった。

 

「ッ……。すまないが、少しでいい。皆席を、外してくれないか」

 

「あぁ……分かった………」

 

ガットがそう言い、1階へ降りていった。皆も頷き、階段を降り始める。ラオは黙ってそっとアルスの傍にオルゴールを置くと、皆に続いた。

 

 

 

─────5歳の誕生日おめでとうアルス。5歳って言ったらママって可愛く呼んでくれてるかしら?好きな食べ物は何になっているかしらね。フレートはチョコクッキーが1番好きだったのよ。文字はもう書けるのかしら?お花は好き?ママね、花屋だったのよ。お花の事、教えてあげたいなぁ。アハハッ、興味無いかしら?男の子だものね……?何に興味あるのかしらね。飛行機とか?あ、それとも…

 

─────そろそろ生意気になってきてそうよね。元気な少年って感じかしら。お勉強ちゃんとしてる?勉強もだけど、きちんと寝なさいよ。身長伸びないわよ?好き嫌いしないのよ。スヴィエートは寒いから風邪ひかないようね!部屋は使用人に言われないでもきちんと自分で片ずける事!いい?それと寝る時はちゃんと……

 

─────フフ、思春期真っ盛りね?反抗も程々にしてよね?そろそろ好きな娘は出来た?私は女だから分からないけど、アンタはどんな子が好みなのかしらね。身長、伸びた?私は幼い頃からスヴィエート人の割には小さくて……コンプレックスだったわ。でもフレートは身長高いから、アルスはどうなるかしらね…?やぁね、あんまり拗ねないで?身長の低い男の子だって素敵よ。大事なのは中身よ中身。女の子には優しくしなさい?あ、でも変な女に引っかかっちゃダメよ?私のような女を見つけなさい?なーんちゃってアハハ!自分の意見をハッキリ言うのも大事だけれども。将来皇帝という大それた身だけど………、プレッシャーに押し潰されてないかしら?私がいつも味方だから安心して……。優しい子になってるのいいな…。夜ふかしは………

 

アルスは花びらのメッセージを順々に聞いていった。母の声は常に優しく、そして何よりいつも自分の事を想っていてくれた。どのメッセージにも必ず最後には愛しているわ、と言い鼻唄を歌いながら幻影は消えていく。

 

アルスは啜り泣いた。これ程悲しい事があるだろうか。自分は母を裏切り者と誤解し散々蔑んで来たのに、母はこうして愛情を、将来を見据えてまで心配し注いでくれている。今、自分は20歳である。アルスはついに20と書かれた花びらのメッセージを展開させた。

 

「20歳の誕生日おめでとうアルス。ついにハタチね。ふふ、凛々しいいい男になってるかしら?身長はどのぐらいいった?それで皇帝……になっているのかしら?ぶっちゃけた話、私以前、フレートに似た男性と会ってね。目が私にも似ていたわ。

 

その事についてフレートとも話してね。フレートは別に思い出したくもないって興味無さげだったんだけど、私はもしかして。もしかしたら貴方が成長したらあんな外見の男性になるのかなぁとか思ったのよ。フフ。まぁその人に私右肩撃たれたんだけどね…?不思議と許せたのも、何か運命を感じたからかもしれないわね……。

 

私にとって貴方は可愛い息子に変わりはないけど、仮にも時期皇帝を産むんだもの。当初はプレッシャーにおしつぶされそうだったわ。お義母様に将来スヴィエート皇帝となる跡継ぎを産むのよって改めて言われて自覚した時はもう嫌産みたくないって、ちょっとナーバスになった時もあった。

 

でもフレートや、ハウエル、マーシャ。色々な人に支えてもらったの。人は1人では生きていけない。アルス、貴方も皇帝になったからと言って独りよがりにはならないのよ。威張ったりしちゃダメ。アンタは支えてもらって当たり前の立場なのかもしれない、けれどそれをきちんと感謝しなさい。その感謝の気持ちを一生忘れない事。いいわね?あと、お酒は程々にね。私弱かったから……、貴方に遺伝してそうだわ。そうだったらごめんなさいね?

 

20歳になったら、もう色々分かってそうよね。怪我のない人生が一番なんだけど。貴方、大きな怪我とかした時、エヴィが作用してすぐに傷口が塞がらなかった?それね、私の力なの……。

 

私の名前は本当はスミラじゃないの。

 

レイシア。

 

レイシア・エッカートっていう名前なの。エッカート家っていう治癒術師達の分家の子孫なの」

 

「レイシア………?分家……?」

 

アルスはそれまで黙って聞いていたが、訝しげに首をかしげた。

 

「そしてシューヘルゼっていうスヴィエート最南端、辺境の村の出身のただの田舎娘。花が好き過ぎて、憧れて、都会にもあの故郷の花を広めたいって思って両親の大反対を振りきって勝手に家出同然に上京してきたのよ。いつか、覚えていたら私のお父さんとお母さんに会ってあげて。ごめんね、私の勝手な自己満足だけど、孫の顔ぐらい見せてあげたいなって思うのは私のわがままかしら?

 

それでね、再生能力があるのも、その力のおかげなの。優れた治癒術師特有の能力…。本家は治癒術と再生能力を使えるけど、私達分家は治癒術は使えないみたい。でもその代わり再生能力や生命力、寿命はずば抜けていて本家より高いのよ。赤い瞳は治癒術師達の末裔である証なの。そしてその力、特に生命力は、他の人に強く作用する力を持ってる。共鳴し合うって言うのかしら。その力が反応して自分と同じ一族がいたらすぐ仲間だって事が分かるみたい。ホントかどうか分かんないけど、意外と凄い力なのよエッカート家って。

 

この力を広めたくないから辺境の地でゆったりと暮らしてきた一族だったらしいんだけど……。私は、でも…反抗してよりによって首都に来ちゃったから、今は勘当されたも同然かもね……。でも、伝えておきたかった。貴方の母の故郷は、シューヘルゼ村だって事を

 

「俺はスミラの力を……受け継いでいるのか……。シューヘルゼ村……。スミラの故郷……」

 

シューヘルゼ村はここ首都から国内では最も遠い辺境の村だ。南にあるので比較的温暖で、雪というのが降らない。

 

「そして、今になって強く思うわ────。

 

母になって。私のお母さんがどれだけ私を心配して止めてくれたかを。治癒術師虐殺が行われた本拠地の遠い遠い首都……。治癒の力がバレればそれは命取りとなる。そんな危険な場所に、自分の子供を行かせたくは無いはずよね。若かったのね私も……今更気づくなんて、バカね。でもフレートは、貴方のお父さんはそれを知っても変わらずに愛してくれた。なおかつ、庇ってくれた。

 

花屋を開店して、フレートと出会って、子供が出来て、アルスが産まれて……。私は後悔してないわ。むしろ幸せよ。

 

今撮ってる時、貴方は赤ん坊……。泣いたり笑ったりすることしか出来ない。私の呼び方だって、ママから母上になって、貴方はどんどん成長していく。

 

この先私の身に何が起こるか分からないから、これを作ったの……。私が、私がもしかしたら、思ってもないとんでもない出来事を引き起こすかもしれない……。

 

それでもし貴方が………、貴方が私の事をどんなに恨もうが、蔑もうが、憎もうが構わない。でも一つだけお願いがあるの………聞いてくれる?」

 

スミラの幻影がそこで一呼吸吐いた。目を瞑り、しばらくすると一筋の涙を流した。

 

「一度でいいの。聞こえないのは分かってる。でもね、お願い……。

私を……、私を、

 

お母さんと呼んで───────」

 

スミラの幻影が寂しそうに笑った。それを見たアルスは目頭が熱くなり、涙を止める事が出来なかった。

 

「────────母さんッ……!

 

母さん!ッ母さんッ……!母さあぁあんっ!!母さんっ………母さんッ…」

 

アルスは自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。今まで1度も愛情を込め母、と呼んだ事のないスミラを初めて、──────母さんと呼んだ。

 

スミラはしばらくすると、ふっと笑い目の前をじっと見つめた。まるで息子が本当に目の前にいるのが分かっているかのように─────。

 

「……ありがとうアルス……。私の愛する息子……。私を母にしてくれてありがとう….貴方の事、ずっと私は見守ってる。例え世界が貴方の敵になろうとも、私は貴方の味方でいるわ。自分の人生……、自分の生きたいように生きなさい……。私は息子が決めた道で、それを頑張るっていうなら引き止めたりはしないわ…。精一杯全力を尽くしなさい……。最後に一つ………、

 

貴方を愛しているわ、アルス────」

 

スミラの幻影は最後にそう言い残すとまたあの鼻唄を歌い初めた。

 

「母さぁんッ!!!」

 

幻影が粒子に戻る前のスミラを掴もうと、抱きしめようと手を伸ばした────。

 

しかしそれは虚しくも空を切り、光は粒子となり花びらへと戻っていった。

 

「母さんッ、母さんッ!ごめんなさいッ………!母さんは、母さんは裏切り者なんかじゃなかった…!許してくれ………!

 

ごめんなさい……!ごめんなさい!本当にごめんなさいッ!!」

 

アルスは、母の無償の愛を目の当たりにして泣き崩れた。シーツを握りしめ、歯を食いしばるが、涙はボロボロと布を濡らしていく………。

 

「許してっ!うっ、あぁあっ……!うぁぁっ!あぁああぁぁあぁああああッ!!!」

 

後悔の念が大波のように押し寄せる。涙が止まらず零れ落ち続け、やがて涙が枯れるまでアルスは咽び泣き続けた─────。




愛しているわ、アルス──────


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(このアルスはイシル様よりいただきましたイラストです)


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戻ってきた光景

アルス完全復活











ラオは珍しく目を開いて、神妙な面持ちで耳をすませていた。上からはアルスの泣き叫ぶ声が聞こえる。母スミラと和解できたのだろう。

ラオはフッと笑うと、両手を頭の後ろを回した。

 

(アルス……良かったね……)

 

そしてまたいつもの糸目に戻すと、深く息を吸い込み、深呼吸した。

 

呼吸──────。

人間が必ず行う生命活動だ。これをしなければ生きてはいけない。神経をとぎ済ませてみれば、自分の心臓が動き、脈を打っているのが分かる。これは人間なら自然な事だ。

 

そう、()()なら───────。

 

 

 

アルスはしばらくぶりに泣き続け、落ち着いた頃には涙は枯れていた。目元を真っ赤に腫らし、如何にもついさっきまで大泣きしてました、と言わんばかりだ。声も震えていたが、そこはプライドが許さないのか、意地でも1階に降りてきた時、涙は見せなかった。「すまない、取り乱した」、とただ一言告げて、自分がもう一線を超え、落ち着きを取り戻した事を仲間達全員に伝えた。

 

そしてまず、ルーシェに詫びた。

 

「ルーシェ……本当にすまなかった。今までの俺の態度……酷すぎた。言い訳は一切しない。君の事、貧民がなんだの、過去がどうの、父がどうのとか勝手に言って理不尽に突き放し、勝手に自分で怒ってた。感情が爆発してしまったとはいえ、酷い事を言ってしまった。

 

俺は本当にバカでマヌケのどうしようもない子供だった。自分が情けない。許してくれとは言わない、だがこの通りだルーシェ。申し訳なかった」

 

背筋を伸ばした後、深く頭を下げ真摯に彼は謝罪した。スヴィエート民からしてみればこれはかなり異様な光景だった。

 

皇帝が貧民に頭を下げるのだ。

 

しかし、アルスにとってもはや彼女はもはや無くてはならない存在になっていた。彼女がいたからこそ自分は自分を取り戻せた。彼女がいなかったら今頃自分の精神は完全にフレーリットにすり変わっていただろう。アルスはもう理解していた。否、思い出したと言うのだろうか。最初から今まで、ルーシェのおかげで今の自分がいるのだと。

 

ルーシェはしばらくキョトンとして戸惑った。もうそんな事、どうでもいいのだ。

 

20年前の過去に行った時、確かに自分達の意見が食い違い口喧嘩になり、やがて大喧嘩に発展、2人の仲に大きな溝が生まれたことは事実だ。しかし、覚えている。防空壕できちんと自分に対してお礼を言ってくれた事、エチルエーテルという少年に真正面から身体を斬られた時、彼は自分を介抱し守ってくれた事。自分の命を投げ出す覚悟をしてまで、仲間達を優先した。彼は、落ちるところまで落ちてはいなかった。

 

そう、彼の言う通り、ただの一時的な感情の爆発。いわば、思い通りにならないなら癇癪を起こす子供と一緒だ。年齢は一応自分の方が年下とは言え、男はいつまで経っても子供だ、とどこか悟っており、アルスの事などとっくに許していた。しかし心のどこかで。

 

優越感というか、母性というか、加虐心と言うのだろうか。

 

ちょっと、意地悪してみたくなった。

 

「フンだ、何を今更。許さないも〜ん!」

 

腕を胸の前で組み、ツーン、と顔をそっぽに向けて頬を膨らませながら言った。

 

今までの行いからしてみたら当り前。

ざまぁ見ろ、とルーシェは心の中でほくそ笑む。するとアルスの顔の何と面白おかしい事か。

 

「そっ、そんなぁ……!」

 

ズーン、と効果音がまるで周りに付いたように負のオーラが漂った。今にもまた泣き出しそうである。

 

「どうすれば許してくれる………の?」

 

アルスはまるで雨の中捨てられた子犬のような瞳でルーシェを見た。

 

「ンッフゥ…………クッ………!!」

 

「ブフォッ……!」

 

「カッ、カワイイアル兄…………!」

 

ルーシェの近くにいた女性陣のカヤは妙な呻き声を上げ必死に口を押さえて笑いをこらえた。フィルに関しては完全に吹き出し、慌ててノインの影に隠れる。クラリスは初恋の相手の見たこともない姿に心を踊らせていた。

 

「え〜?どうしよっかな〜。別に何してくれても許すとは言ってないし〜?」

 

ルーシェも楽しくなってきた。

 

「いいわよルーシェ…もっと虐めてやって…こう言いなさい………………」

 

カヤが要らぬアドバイスを小声でルーシェの耳元に囁く。

 

「え〜っと、今まで苦労をかけてきた代わりに、私達に対してスヴィエートから賠償金を支払う事!」

 

「ばっ、賠償金!?なんてリアルな!?」

 

カヤは相変わらず金の事しか頭にないようだ。アルスは生々しい単語にひゅっと息を飲み考え込んだ。

 

おかしい事に、本気にしているようだ。

 

また要らぬアドバイスを今度はフィルが吹き込む。

 

「えーと、それから!3回その場でくるりと回ってワンと鳴いた後、焼きそばパン?を買ってこ〜い!」

 

ルーシェが言わされてる感満載で言い放った。

 

「はぁ!?そ、そんな事出来るわけないだろ!?」

 

流石にこのふざけた要求に対しては反発したが、

 

「え?やらないのか?やらなきゃルーシェに許してもらえないんだぞ?いいのかお前?小生知らんぞ?この先どうなっても、知らんぞ?ん?いいのか?」

 

フィルはアルスの足をグリグリと踏み尋問した。

 

「ぐぬぬ…………!!やめろこのガキ!」

 

「お?そんな事言っていいのか?ルーシェ、今奴は小生の事をガキと言ったぞ?自分がガキとさっき言っていた癖に、これは可笑しいのではないか?」

 

揚げ足を取るのが非常に上手いのが、フィルである。

 

「ルシェ姉ルシェ姉……あのな………」

 

ひそひそ、とまた女性陣がスヴィエートの皇帝に対して微塵も遠慮なく要求をする。

 

「それからクラリスちゃんをお姫様抱っこする事!」

 

「お、お姫様抱っこぉ!?」

 

クラリスはアルスから目をそらし背を向けた。顔を手で覆い隠し、声にならない悲鳴を上げている。

 

傍観し、すっかり空気だった男性陣がぽつりと話し始めた。

 

「すっかり遊ばれてるネ、アルス」

 

「なんか、懐かしいな。この光景」

 

「ええ、しばらく見てませんでしたからね。ホント、アルス君が戻ってきたって感じです」

 

ラオ、ガット、ノインも和やかな気分でそれを見ていた。

 

「お前ら、俺で遊ぶなーーーーー!!!」

 

いい加減キレたアルスが膨大な無茶振り要求ばかりしてくるカヤとフィルの両頬を引っ張り、事態は終息した。

 

そして、一番の主役はこう言った。

 

「アルス。事が落ち着いたら、私と一緒にスミラさんのお墓に行こう?そこで2人でお墓参り。ね?それでこの話はおしまい!私、貴方の事なんて当の昔に許してるし、別に怒ってもないよ♪

 

ただ、今までお母さんに対しての態度への事は誤解だとは言え謝罪は、きちんとスミラさんのお墓に行ってやる事だと思うの。それで仲直りだよ、約束♡」

 

輝かんばかりの笑顔の目の前の彼女は天使にしか見えなかった。天使なんて言葉では生ぬるい。女神だ。

 

小指をしっかりと絡め、指切りをし終わるとアルスはどうしようもなくまた彼女が愛おしくなり衝動的にルーシェを抱きしめた。

 

…………フィルとクラリスに瞬く間に引き剥がされたが。

 

 

 

ラオはアルスの謝罪が終わると、静かに彼に語りかけた。そう、いよいよ話す時が来たのだ。今しかチャンスはない。

 

「ネェ、アルス。ボクの事は、まだ怒ってる?」

 

「え?何で俺がラオに怒る必要があるんだ?」

 

アルスは一連の出来事が巡るましすぎてすっかり忘れていたようだ。

 

「ほら、フレーリットが言っていたでショ?君の祖父……、サイラスを殺したのはボクだって……。裏切り者だって、アジェス人は…」

 

「あぁ!」と、アルスは思い出した。フレーリットとの記憶が混濁していた時にそのような事を言った気がするのだ。少し記憶が曖昧だが、覚えてはいる。

 

「アレか……。確かに、過去に行った時父から聞かされて、そして、またロダリアに煽られた時は困惑したさ。でもお前は免罪だとハッキリあの時父に言っていただろう?あの時俺も父も余裕がなくて……怒りと困惑に支配されて、お前の言い分を一切聞くことは無かった」

 

「その……ボク……ネ?」

 

目を伏せて言いづらそうに口篭るラオを見て、アルスは一瞬で悟った。

 

「分かっている、真実を話してくれるんだろう?」

 

アルスは真っ直ぐラオを見つめた。アルスは一皮剥け、グンと成長した感じがラオにはヒシヒシと分かった。以前ならフレーリットと同じように疑い、まくし立て、聞く耳を持たなかっただろう。ラオは安心した。今の彼ならば、話しても仲がまたこじれる、なんて事はないだろう。

 

「フ〜ッ。皆も、今まで焦らしてきてゴメンネ。そう、ボク記憶が戻ったんだ。墓から蘇っても、その前の記憶は一切ない。ただ、アルスとの間に何かがあるって事だけは分かっていた。それは、血が繋がってたフレーリットも同じだったんだ」

 

ラオはアルスに過去フレーリットと接触した際に起きた出来事を話した。そこで完全に記憶を取り戻した事。そして、今明かされる自分自身のルーツ、失われていた記憶についての全貌を、仲間達に語り出した──────。

 




今回は短いですがキリがいいのでここで一旦切らせていただきます。次話は、いよいよラオの過去話です。


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ラオとサイラス

ちょっとグロ注意


ボクは、エストケアラインと言う現象が発生し、第一次世界大戦が終わった後の時代に生まれた。言うなれば結構激動の時代だったヨ。

 

エストケアラインは国々に様々な影響を与えていった。イフリートが言っていた通りだネ。不公平にもロピアスにばっかりいい事ずくめ。スヴィエートやアジェスは苦労だらけだ。

 

アジェスという国にとってはエストケアラインはとんでもない迷惑だったとしか聞いていないヨ。

 

腐海とかいう訳の分からない底なし沼が発生するし、夜はすぐに訪れる、蒸し暑いし、月明かりは暗い。

 

当時、アジェスは土地の環境変化に追われ、また政治も疎かな状態が長く続いた。そんな中ロピアスがスヴィエートとアジェスに更なる土地拡大を目指して喧嘩を売ってきたもんだからこの2国は溜まったもんじゃないヨ〜。

 

治癒術師虐殺はアジェスでもやられたヨ。全く、ロピアス王国はホント狂犬というか、欲深いネ。あわよくばアジェスを植民地にしようとしたのだろうが、お生憎様。こっちの土地に腐海だらけって事が分かると大人しく手を引いた。狡猾な奴らだヨ。

 

ロピアスの暴虐を尽くす限りの酷い有様にアジェスとスヴィエートはもう堪らず停戦を申し込んだ。とにかく、欲しいもんはやるからもう戦争は辞めてくださいって頼んだワケだネ。さっきも言った通り、アジェスの欲しい土地なんてロピアスにはなかった。そう、その代わり一番の目の敵のスヴィエートに領土割譲を要求した。それをしなければ停戦条約にサインはしないと、つまりまんまと足元を見られたわけだ、スヴィエートは。

 

アジェスとスヴィエートのトップが話し合って、当時のスヴィエート皇帝ライナントは泣く泣く領土を割譲、そして多大な賠償金、不利な関税を押し付けられ戦争は集結した。まぁ結果、アジェスは若干の漁夫の利食えたわけだネ。スヴィエートはすっごく可哀想な事になったケド。

 

この時割譲した土地ってのが、かの有名なアルモネ島だネ。今のアルスの時代でも根強く話題に残る、水結晶のエヴィ資源が豊富な島だヨ。第二次世界大戦後、スヴィエートは取り戻したみたいダケド。

 

 

 

とにかく、戦後の影響で凄まじく貧しかったアジェス時代の、シャーリンという極貧の小さな村でボクは生まれた。この村は忍者の里とか言われて、天災以前の昔は忍者も沢山いたみたい。だが里の大半は水の底に沈んだ 。

 

しかも、今のこの世の中衰退しきった忍者なんて文化の中で生きていける訳がない。しかも皆不思議な事に、忍なんてものがあった事を忘れていたように、どの忍一族もボクが物心つく頃には衰退の一途を辿っていた。

 

現実はいつだってボクの背後につきまとう。

 

ボクの出身のシン家は、何でも忍の家系として代々有名で優秀な家系だったらしい。けど、同じくエストケアライン以降一族は著しく衰退。そもそも忍者の里の大半が水に埋もれてしまえば文化が衰退するのは必然だった。水ならまだマシだ、腐海でないのなら。

 

お金が無くちゃ、何もかもやってられない。ボクが10代後半になる頃にはシン家はやがて破綻の危機に面した。ボクには2人の兄が1人、そして2人と弟、妹がいた。ボクは3男だ。長男が絶対に家を継ぐ。次男はそのサポートに全面的に回っていた。父も母も兄も、家を復興させようと、必死だった。

 

そんな中、時代は大きく動いた──────。

 

遠い北の国、スヴィエートの地で産業革命が起こったのだ。

 

当時からスヴィエートとロピアスはとことん仲が悪かった。悪かったというより、技術発展で睨み合ってたカナ?結果皮肉な事に切磋琢磨してたけどサ。スヴィエートはとにかくロピアスにリベンジしたかったんだヨ。その執念というか、ライナントの息子のサイラスが優秀だったのか、スヴィエートは戦後とにかく頑張って国を復興させていったみたい。

 

─────そう、このサイラスという人物がボクの親友になるなんて当時は思いもしなかった。

 

18歳の夏、兄から話があると言われ向かった。

 

「エ?出稼ぎ?」

 

ボクは長男のロウ兄さんのその言葉に思わず聞き返した。

 

「ああ、お前は家を出ていけ。まだ幼い弟や妹には無理だ。家の事は俺と次男のハンがやる。お前はスヴィエートのグランシェスクっていう工業都市に奉公に行くんだ」

 

「グランシェスク……。でも兄さん、ボク不安だヨ…。一人でなんて…」

 

ボクは当然最初は戸惑った。一人で異国へ出稼ぎに行けと?

 

「なぁに、安心しろ。他のアジェス人だって皆行ってるさ。今の時代、それが流行りにもなってる。あっちの国は人口が少ないみたいでな、俺らアジェス人は無駄に人口が多いから、貧しい人にとっちゃうってつけの稼ぎ場所ってわけさ。グランシェスクにはアジェス人は沢山いる」

 

そのことを聞いて少しホッとした。何だ、同じ国の人が沢山いるならまぁ……。

 

「そこで稼いだ金を持って帰って夢を叶えたり、仕送りにして家族を養ってる父親だっている。とにかく、お前はグランシェスクに渡って出稼ぎに行ってこい。男1人の食費が浮く分、こっちの家計も楽になる。長男と母、父からの頼みだ。頼むよ、ラオ。家を救うと思って!!」

 

そこまで言われちゃ仕方がない。確かに、ボクは3男。この家でやる事と言ったらもうないも当然。昔から衰退させまいと、忍者の修行を無駄にやらされていたお陰で体力もあるし、指先は器用な自信がある。

 

「分かった、ボク。スヴィエートに行くヨ!!!」

 

そんなこんなで、ボクはスヴィエートに渡る事になったんだ。

 

 

 

スヴィエートに渡って3ヵ月が経った。

 

務めた奉公先はスヴィエート国の最大主要光機関、ストーブの部品生産する"チュレーニ工場"だったヨ。

 

このとある小さな工場が後にスベトラーナが運営する巨大な兵器工場になるなんて思いもしなかったけどネ。

 

最初は慣れない土地にかなり戸惑った。アジェスなんかに比べたらクソ寒いし、環境も文化もまるで違う。仕事のミスをしたりと落ち込むこともあったケド、今じゃ作業員の中では1番作業が早いと言われるようになったヨ!

 

流石ボク!持ち前の器用さが生かされたネ〜。

 

そんなある日…、作業員の間である噂が持ちきりになった。同期のそれなりに仲のいいジンが言った。

 

「おい、ラオ、聞いたか?来週、首都のお偉いさん達がこの工場に視察に来るみたいだぜ!」

 

「エ?マジ?全然聞いてない」

 

ボクは昼休み、行きつけのアジェス人で賑わう食堂で、シチューに浸したライ麦パンを頬張りながら言った。

 

「この前、工場幹部達が話してるのを聞いたんだ。ったくめんどくせぇよな〜昼休みでも油断できねぇぜ」

 

ジンはトレイを机に置くとはぁ、と溜息をつきフォークでジャガイモを刺した。

 

「ん〜、授業参観みたいなものデショ?」

 

ボクはジン程、あんまり気にしてなかった。

 

「バカ!そんな生ぬるいかよ!おエライさんだぜ?きっと工場長にグチグチ何が言うはずだぜ。あの作業員がサボってるだの、光機関効率が悪いだのどうの!」

 

「ほえ〜、めんどくさいネ〜。まぁボクはいつも通り仕事するだけだヨ。多分それが一番彼らの見たい姿だろうし、問題ないデショ」

 

「ったく、お前は楽観的だなぁ」

 

「ボク、成績優秀だし☆」

 

ごく普通のアジェス人作業員同士の日常的な会話だった。でも、ここからボクの人生は大きく動いた。

 

 

 

あの会話から一週間が経ち、予定通りチュレーニ工場には首都オーフェングライスから視察団がやって来た。

 

「…………………」

 

ボクはいつも通り部品を組み立てていると、やけに誰かからの視線を感じた。堪らず横目でチラりと見ると、目の前にはじーっとこちらを見つめる銀色の瞳。

 

目がバッチリと合ってしまった。

 

「ワァッ!?ビックリした!?」

 

ボクは思わず悲鳴を上げて工具を落としてしまった。

 

「あぁ、すまない。僕の名前はサイラス・レックス。首都からここの工場に視察団として来たんだ。ちょっと、色んな人を見てきたけど君の惚れ惚れする仕事の達人っぷりに思わず目がいってしまってね」

 

第一言から褒められ、ボクは思わず照れた。

 

「エッ、そ、そうかなぁ。あ、ありがとう、ございます…」

 

慣れない敬語を使って、とりあえず失礼のないように対応したつもりだ。

 

「あ、いいよ別に敬語は使わなくて。フレンドリーに接してくれて構わないよ、君の名前はなんて言うんだい?」

 

「ボク、ラオ。ラオ・シン」

 

「ラオ・シン…、か。いい名前だね。よろしく、ラオ」

 

「あっ、うん。コチラこそヨロシク!」

 

流されるままに握手を交わして、他愛ない話をして──────。

 

「へぇ、アジェスの遠い村からわざわざ奉公なんだ…。すごいねェ。尊敬するよ。ご両親もきっと君を誇りに思っているんじゃないかな」

 

「はは、そうかなぁ?半分追い出されるような形だったけど、結果としてボクは満足してるヨ」

 

「1ヶ月この街に滞在するんだ。様々な工場を見るんだよ。末端の工場まで隅々ね。しかしどこもかしこも出稼ぎのアジェス人だらけだけど、本当に君が一番異彩を放ってたよ。器用だね君。工場長から聞いていたとおりだ」

 

「へへん、ボク、器用さなら自信あるヨ!」

 

それがサイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。アルスの祖父との出会いだった。勿論、この時彼がこの国スヴィエートの皇帝だったなんて思いもしなかったケド。

 

 

 

ボクに比べてサイラスは明らか年上だったけれど、年齢の差、国の壁を通り越してボクらは瞬く間に話が合い、そして仲良くなり気づいた頃にはもう外国人同士の親友と呼べる仲にまで発展していた。

 

彼が仕事を早く終わらせたり、気まぐれで抜け出したりもして、ボクが暇な昼休みや夜に会いに来ては話したり、一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったりした。

工場が休みの日なんかは2人で闘技場に観戦しに行ったり、その帰りにバーに寄ったりして酒を飲んだりした。一緒に教えた故郷のカモメの歌を歌ったり。

 

かけがえの無い1ヶ月だった。

 

ある日に、チュレーニ工場の来客室に呼ばれたかと思うと、彼の後ろには屈強そうな軍人が数人。何事かと思ったヨ、その時は。また他愛のない話から始まって。サイラスが結婚してた事は知ってた。そして、なんと子供が出来たらしい。首都から知らせが来たみたいだ。

 

「へー、もうすぐ子供が産まれるんだ!おめでとう!え、男の子?女の子?」

 

サイラスは照れて頬をかいた。男の子じゃなきゃ困るんだけど…、と小声で言った後、

 

「ありがとう、多分男の子だよ。名前はフレーリットっていう名前にしようと思ってる。妻と一緒に決めたんだ」

 

と言った。

 

「フレーリットかぁ………。今度来た時はその子も連れておいでヨ!早く会いたいヨ!」

 

フレーリット。そう、アルスの父親だ。

 

「ああ、今度は妻も子供も一緒に連れてくるさ。不思議だよ。お前との会話は、本当によくはずむ」

 

「ボク会話上手だからだヨ!きっと!子供ともすぐ仲良くなれる自信あるネ!」

 

「はは、そうに違いないな!あそうだ、言い忘れてたけど僕の正体は視察団幹部の1人じゃなくて、サイラス・レックスっていう名前も偽名なんだ」

 

ボクはいきなりの事に頭にはてなを浮かべた。

 

「エ?何いきなり?どうゆうコト?」

 

「僕の本当の名前はサイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。スヴィエート第6代目皇帝さ」

 

ボクはその爆弾発言に腰を抜かした。

 

それをサラッと今更言うのもおかしいけど、何で今まで身分隠してきたのか聞いたら、

 

「何だろ、仲良くなりたくて。そしたら最初身分なんて明かしたら大変だろ?でも思った以上に仲良くなって、言うタイミングなくしちゃった」

 

と何とも彼らしく、人間らしく、お茶目な返答であった。

 

 

 

楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまったヨ。1ヶ月なんてすぐに経ち、親友サイラスと別れの時が来た。ボクはあの例のオルゴールをプレゼントし、2人で撮った写真は互いの宝物になった。

 

「また、またいつか絶対に会おう、今度は子供と一緒に」

 

「もちろん。また来てネ。奢っちゃうヨ!」

 

彼が首都に帰る日、月明かりが明るく照らす夜の街の門でサイラスとボクは別れを惜しんだ。ボクも凄く名残惜しかった。仲良くなった外国人の親友とはたった1ヶ月でお別れ。しかし、彼とまた会うという事は約束していた。

 

「じゃあ、しばらくさよならだ」

 

「うん、元気でネ!」

 

「あぁ、ラオもな!」

 

そこで身分も、年齢も、国も超えた親友だった彼との一旦の別れ…で、あったはずだった───────。

 

 

 

「ハァ〜、サイラスいないと毎日に刺激がないなぁ……」

 

街の門から引き返す途中、何気なくボクは呟いた。彼との毎日は本当に楽しかった。初めて親友ができたのだ。落ちていた石ころをコンッ、と蹴飛ばすとこちらに歩いてきた黒いフードを被った不気味な人物の足に当たってしまった。

 

「アッ!ごっ、ゴメンナサイ!」

 

ボクは慌てて謝った。しかし無視され、普通に素通りされた。すれ違う時、彼の腰に妙に長細い物がぶら下がっているのが隠しているようだがマント越しでも分かった。

 

そしてその時、不穏な事を彼は囁いていたのだ。

 

「…刺激なんぞ、永遠になくなるさ………」

 

─────ドクンッと心臓が飛び跳ねた。

 

「エ?」

 

ハッとして、慌てて振り返った時にはその人はもう居なかった。酷く不気味だった。

 

「……死神?幽霊?怖っ。帰りお茶でもして帰ろ…」

 

その時は全く気に止めなかった。ただの不気味な人だとそう思っていた。

 

道草をし、アジェス人が経営する団子屋のみたらし団子を食べていた時だった。

目の前の湯のみにピシッとヒビが入るのをボクは見た。

 

「…………………嫌な予感がする」

 

古くからのアジェスの言い伝えだ。食器が割れたりすると、不幸の前触れだと。ただの迷信だと思っていた。でも、どうしようもない胸騒ぎは収まらなかった。

いてもたってもいられない。

 

(待てよ?さっき門付近ですれ違った人って、なんか腰にぶら下げてたよな?)

 

一瞬しか見ていなかった為、その時はそれが何かは分からなかった。でも、今わかった。

 

(あれは……!あれは刀だ!!!そしてアイツは街の出口に向かっていった!門の先の街道真っ直ぐ行くとアズーラ港しかない……)

 

「ま、ま、まさか!?」

 

ボクは勘定も払わずその店を飛び出した───────。

 

 

 

アズーラ港に着いた頃に視察団の船は既に出航していた。僅かに港から見える小さく見える船。アレに違いなかった。ボクは売店で買った双眼鏡を取り出し、その船の甲板を見た。

 

「────────大変だ!?」

 

そう、甲板にいたのはさっきの黒フードの奴だったのだ!嫌な予感はピタリと一致した。

 

(どうやって奴は乗ったんだ!?有り得ない!皇帝の警備だヨ!?)

 

ええい、今はそんな事考えてられない!

一刻も早くあの船に向かわなければ!!

 

港でこっそり拝借したボートの先端、オールに工場からパクって懐に忍ばせていた炎結晶を取り付け簡易的に小型砕氷船を作り、必死に手動で漕ぎ、海上を進んだ。でも不思議な事に、すぐ追いついたのだ。

 

そう、船は止まっていた。船は静かだった、酷く。

 

冷や汗がブワッと吹き出した。吹き付ける海上の寒風の寒さなど、全く感じなかった。ひたすら嫌な予感がした。

 

船の後方の手すりに縄を結びつけたクナイを絡ませ、慎重に船へと上った。後方から手当り次第に見つかったドアへ入ると、

 

「なっ!?」

 

驚く事にそこには警備の軍人達が、何と全員倒れていた。

 

「ど、どうしたの!?ちょっと!大丈夫!?」

 

ある者は白目を向いて、口から泡を吹いていた。声をかけると机の上の食事を指さしていた。

 

「食事に、毒が……それと、通風孔から……ガ、ガスが……がふっ………」

 

そこでその軍人は事切れた。

 

「毒ガスに、食事に毒盛り……!?絶対内通者が手筈したに違いない!あの黒いヤツが乗れたのだって誰かが裏切ったんだ!!!」

 

ボクはそう確信すると、真っ先に親友を頭に浮かべた。

 

「っ、そうだ、サイラス!サイラスは!?」

 

慌ててその船室から飛び出した。

 

 

 

「いっ、嫌だ!誰か!誰か助けてくれ!痛いッ、助けてっ!誰もいないのか!誰かァ!!」

 

先頭の甲板に向かう廊下を走っていた時、向こうからサイラスの悲鳴が聞こえた!

 

「ッサイラス!!サイラスッ!!」

 

ボクは必死に廊下を走った。甲板に着いた時、足、肩、頬から血を流すサイラスを見た。サイラスの目の前には、あのフードの男がいた、手には案の定、刀だを持っている!

 

「っやめろ!!」

 

投げたクナイが、彼が振り返った瞬間、刀に弾かれた。

 

「ラッ、ラオ!?何故ここに!?」

 

サイラスは傷口を押さえ、苦しそうに言った。

 

「君を助けに来た!!」

 

「っ、だ、だめだ危険だ!コイツはっ!」

 

ターゲットがボクに変わった瞬間だった。奴の恐ろしい瞳が一瞬見え、刀で斬りかかって来た!

 

「ッグゥ!?」

 

ガキィン!!と金属がぶつかり合う音がした。クナイで咄嗟に防御体制をとったが、状況は不利すぎた。

 

「邪魔だ。死ね」

 

フードの男は恐ろしく強かった。ボクが思うにアレはきっと雇われた屈強の暗殺者に違いない。しかも入念に準備がされていた。誰の助けも来ないように────────。

 

「手裏剣・波乱!撒菱・万丈!」

 

一点集中の手裏剣を投げつけたが、大半はかわされる、こちらに向かってこないように撒菱をばら撒くが刀の衝撃波ですべて吹き飛ばされる。まるで歯が立たなかった。

 

「殺麟波ァ!!」

 

「ッウワァァァァッ!!」

 

そして一瞬のうちに懐に潜り込まれた瞬間、衝撃波をもろに食らい、ボクは船の外に投げ出された。

 

「ッラオォオ!!!」

 

投げ出される瞬間に、サイラスの悲痛な声が聞こえた。気づいた頃には、極寒の流氷漂う海にボクは落ちた。

 

「ッウギャー!冷たい!しっ、死ぬ!くそ、サッ、サイラスが!!クソォッ!」

 

潮の流れに逆らいながら、ボクはまた必死に船の下に泳ぎたどり着いた。縄はもう無い。寒さで感覚などもうなかった。

 

かじかむ手をもはや気合で動かし、クナイを船の壁に突き刺しながら、海から意地でもはい上がった。親友は、サイラスは無事なのか、ただそれだけの思いと根性だけがボクを突き動かした。吐く息は真っ白、髪の毛は凍り付いていた。意識は朦朧とし、耳鳴りがし出す。

 

「ぐぁあぁああぁぁァッ…………」

 

遠くでサイラスの悲鳴が聞こえた気がした。ボクは必死に意識を保ち、船を自力で上った。

 

「っがっ、ハァッ!ハッ!ハァ……!さ、寒い………冷たい……!」

 

上りきった頃にはクナイの刃先は砕け、体力は限界を迎え、視界はぼやけ、寒さで気がおかしくなり今にも気を失いそうだった。

 

しかし、目の前の光景にただただ絶句した。

 

寒空の下、右足を切り落とされ、刀に貫かれ磔にされているサイラスの生々しい姿が、ボクの目に飛び込んできた───────。

 

「サイラス!!!」

 

慌ててボクは彼に駆け寄った。血まみれのサイラス。呼吸が浅く、目に光がない。

 

「サイラスッ!!サイラス!しっかりして、あぁ、ボクがもっと早く来ていれば!もっと早く気づいていれば!!こんな事にはっ……!」

 

「ラ……ラオ………、ゴフッ………」

 

サイラスは力なくボクに手を伸ばし、吐血した。

 

「し、しっかりして、死んじゃダメだ!生まれてくる子供と奥さんが待ってるんだろ!?」

 

ボクは血に汚れた友の手をがっしりと掴んだ。まだ暖かい、彼は生きている!

 

「あぁ………クリス……ティーナ…、フレー……リット………」

 

力なく呼ぶ、妻と息子の名。

 

「だから死んじゃダメだ!死ぬな、死ぬな、死ぬなサイラスッ!サイラスっ………!」

 

こんな事言ったって、彼がもう助からないのは目に見えていた。もう、手遅れなのに……。

 

「ラオ、君のせいじゃない……さ…。こんな事に巻き込んでしまって、すまないな…そして………」

 

「何言ってるの、そんな事言わないでヨ!聞きたくないヨ!!」

 

ボクはその先の言葉が聞きたくなかった。まるで最後の言葉みたいじゃないか!

 

「助けに来て、くれて、ありがとう………、僕の、1番の、親友………」

 

次の瞬間、サイラスの銀の瞳が一瞬輝き、掴んだ手から何かが体に流れ込んでくる感覚がした。体がホッと温かくなったのだ。しかしその後、彼の目尻から、雫が溢れ、そっと瞳を閉じた。

 

「サイラス………?サイラス!?サイラス!!!サイラスー!!!」

 

掴んでいた手がポトリと血だまりに落ちた。完全に絶命したサイラス。次の瞬間、ボクの体の中に、何かが、何かが素早く駆け巡った、映像が、頭の中に流れてくる────!?

 

 

 

目に写ったのはさっきのフードの暗殺者だった。だが、視点は、不思議な事にサイラスだった。

 

「やっと邪魔モンがいなくなったな」

 

「きっ、貴様ァ!よくもラオを!?」

 

「騒ぐなよ、元々2人きりだったじゃないか。ちょっとお邪魔虫が飛んできただけさ…」

 

「きっ、貴様は何者だ!何故僕を!ラオを!」

 

「別にアイツはどうでもいいさ。俺はただの殺し屋。雇われたのさ、アンタの弟、ツァーゼルにな。お前を殺すように」

 

「ッ!?弟が!?」

 

「そう、邪魔な兄を消すんだってよ。じゃ、俺は仕事させてもらうぜ。アンタに個人的な恨みはないが、これも仕事のオプションなんでね………苦しみながら…死にな!!!」

 

鋭い刀で右足を斬られ、サイラスの足が切断された。

 

「ひぃっ、やっ、やめっやめてくぐぁあぁああぁぁァッ!?」

 

サイラスは足を抑えてのたうち回った。悲鳴なんてもんじゃない、断末魔だ。

 

「おら……よっ!!!」

 

そのまま刀を返し、仰向けに倒れこんだサイラスに向かって刀を突き立てた。

 

「ぐっ、がっ、はぁっ……!?」

 

口から血を吐き出し、この世のものとは思えない、地獄のような痛みが彼の体を貫いた。

 

「さてと………んじゃま、そろそろ港の奴らに通報して、適当においとまするか……。チッ、あのコックに罪をなすり付ける予定だったが、怖気づいて自殺しやがった。ま、幸いな事にあのお邪魔虫がいる訳だしな、俺はこの辺でオサラバするぜ、じゃあな、哀れな皇帝、サイラスさんよ」

 

そこで意識は途切れ、ハッと目が覚めた。

 

(今のは……、今のはサイラスの、死ぬ間際の記憶……!?)

 

どうやら、ボクはあの後気を失っていたみたいだ。意識がはっきりとし始め、頭痛がガンガンと襲い始めた。痛い、頭が痛い、寒い、どうなった?ボクは一体、どうなった?さっきの出来事は、一体何?

 

突如、カッ!と明るい光がボクに向けられ、思わず目をつぶった。僅かに目を開き、周りを見ると、スヴィエート軍人しか居なかった。

 

「こっ、この鬼畜がぁ!!おい!取り押さえろ!コイツは頭の狂ってる殺人鬼だ!」

 

何?何が?ボクが、鬼畜?取り押さえる?狂ってる?殺人鬼?

 

「貴様をサイラス皇帝暗殺の容疑で逮捕する!!!」

 

何で───────?

どうして─────?

 

ボクは……………、ボクは……………。

 



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処刑執行

このフェイティア、なんとハーメルンにおいて連載1周年になりました〜!やったね!

連載してからじわじわお気に入りも増えて150!そして感想も20件突破!いつも読んで下さる皆様!本当にありがとうございます!


凶悪な殺人犯として拘束され、後頭部に強い衝撃を与えられた。また気を失い、目が覚めたら、ボクは牢屋にいた。

 

そう、現代で捕らえられた時と同じのグランシェスクの地下牢だった。一番奥の牢屋に隔離され、問答無用で言い渡された判決は皇帝暗殺の罪で処刑。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、これはれっきとした免罪だ。

 

ボクじゃない、彼とは親友だった、ボクは彼を助けに行った、フードを被った暗殺者と船のコックが裏切り者だ。

 

そんなのは彼らには言い訳にしか聞こえなかったのだろう。やがてボクの声は枯れてゆき、もうどんなに足掻いても無駄だと悟り、諦めた。けれど、何故か処刑と判決されてから刑が執行されるまで時間がやたらかかっていたのは覚えている。

 

「サイラス……、皆…」

 

ボクは隠し持っていた彼と故郷の家族の写真を眺めた。どんなに嘆いてもこの状況は変わりはしないし、死んだサイラスが蘇るわけでもない。

何故こうなってしまったのだろうか、ボクが一体何をしたというのだ。こんな事になるなら、こんなに辛い思いをするんだったら───────!!

 

「彼と出会わなければよかった………」

 

薄暗い牢屋に閉じ込められ、食事は粗末なもの。劣悪な環境に閉じ込められ、ボクの精神はボロボロになっていった。

 

今はもう、何もかもが憎い。

 

ボクをスヴィエートに追いやった家族、その環境を作り出したアジェス、情勢、この世界そものもが。理不尽にもこうして殺される宿命だったのだろうか。ボクの人生は何だったのだろう。

 

「うっ、うぅ………ッ!皆に、会いたい……!サイラス、ロウ兄さん……!ハン兄さん、サン…リュウ…、父さん、母さん、」

 

ごめんネ、サイラス。君は初めての親友なのに。そして家族の皆も。ボクを育て、支えてくれた人達なのに。孤独に苛まれ、思ってもない事を思ってしまうヨ。

 

ただ、どうしようもなく悲しくて……虚しくて、涙が止まらなかった─────。

 

 

 

ガチャン!と耳障りな音で目が覚めた。

耳をすませば、見張り番軍人が慌ただしくしているのが分かる。

 

「おい、聞いたか?あんちゃんよ?」

 

「ワッ!バカ!お前何でいきなりこんなところに!」

 

「いい情報が手に入ったんだよ、ほら、奥の捕らえられてるヤツの最新情報さ。欲しくないかい?」

 

「………いいだろう、ほらよ……金だ」

 

「へへっ、いつも世話になるぜ」

 

「お前の情報は信用できるからな、全くいつもどこから仕入れているんだか…」

 

よく聞けば、恐らく軍人姿に扮した情報屋と、本職の軍人が話しているのだろうとボクは予想した。

「………処刑日が決まったそうだぜ、3日後だ」

「やっとか、随分遅かったな。何故こんなにも時間がかかったのだ?」

 

「サイラス陛下の後を継いだのは弟君のツァーゼル様だって言うことは知ってるよな?」

 

「あ、ああ。新聞で見たよ…。なんか危なそうな目付きしてたっていう印象だが…」

 

「その人がかなりの切れ者で……。なんとツァーゼル陛下はこの事件をダシにアジェスと強制的に密約を結ばせたからだ、だから時間がかかった」

 

(密約……?)

ボクは処刑日がいつかはどうでも良かった。ただ、その内容が気になって更に耳をすませた。

 

「な、何だと!?」

 

「あぁ、アジェスはスヴィエートと戦争なんてやったら破滅は間違いねぇからな…。それに、スヴィエートがアジェスに戦争をふっかけたらロピアスが殴り込んでくるのは目に見えてる。奴らはスヴィエートさえ殴る事が出来ればどこにでも介入してくるような連中だ。必ずまた大戦争になる。現状ではサイラス陛下の政策は平和方針だったから、戦争準備なんてまるで出来ていない。今アジェスに皇帝殺害の件で宣戦布告する事は自殺行為だ。

 

アジェスもスヴィエートも両方足元を見られるのは当たり前だ。アジェスはスヴィエートが攻めてきたらロピアスに助けを求めりゃいいんだからな。だがアジェスの熱帯環境に必要不可欠な氷結晶は手に入らなくなる。そして月明かりが極端に暗いあの国の夜を照らす光結晶だって全品スヴィエート産だ。

 

ロピアスに貿易や援助を頼っても必ず助けてくれる保証はないし、いいように無駄に多い人口を徴兵されて思う存分こき使われて利用される道もある。

 

スヴィエートで生活必需品のストーブの燃料がアジェスで大量に採れる炎結晶なんだ。互いが最重要貿易相手国ってわけさ。

 

こっちはこっちでグランシェスクで大量にアジェス人を雇ってたあげてた恩もあるわけだし、それにスヴィエートの仮想敵はロピアスだ。アジェスの土地なんていらねぇだろうし、何より腐海だらけで価値がない。だから密約という手だ。

 

この事を世界に公にしない為にもサイラス陛下は突然の不幸な病に倒れたと公表され、遺族やその他最重要トップ以外は知らずにこの事件は歴史の闇に葬られるだろう。なんでもツァーゼル陛下は話せば激痛が発生する術式を事件の当事者達に施したようだ。

 

奴の死体は処刑後、一応アジェス皇国に送還されるらしい。あちらの国の埋葬の仕方もあるんだと。あっちじゃアジェス人の死んだ人間は必ずホランの森っつー所で供養するらしい。まぁ簡単に言えば隠されるんだろうな。

 

木を隠すなら森の中っていうだろ?墓だらけの所にまた変哲もない墓を建てて表面上では一応は供養するらしいぜ。バケて出たらシャレにならねぇからな。あっちの国じゃ犯罪者と言えど死者を粗末に扱えば、バチ当たりらしいぜ」

 

「そ、そうなのか……。で?その密約の内容ってのは…!?」

 

「すまねぇ、密約の内容までは流石に分からねぇ。ただ、スヴィエートにとって有利な条件を飲ませたってのは容易に想像できる事だ」

 

「今後の戦争対策に違いないな…。戦争が起これば中立国を貫くアジェスを買収すれば、こちらは存分にロピアスを攻め込むことが出来る…!」

 

「なるほど……、確かにそれは切れ者だな……。しかし、サイラス様とは全く真逆の性格の人だな…。平和主義、復興第一だった時代から一気に戦争準備へシフトか…」

 

「あぁ…、今後スヴィエートは外国人は一切受け入れない。スパイ対策でもあるし、それにスヴィエート人であっても入国、及び出国検査はかなり厳しくなる。どんどん閉鎖された環境になっていく事は間違いない……」

 

「政策が180度ガラリと変わっちまって……、まさに波乱の時代の幕開けだな…」

 

(フーン………)

 

耳をすませて聞いていたが、今後の、将来の事だった。ボクに将来はない。奴らだってボクがこの事を聞こえているのは薄々分かっているだろうが、気にしないのはその為だ。ただ、分かったのは一つだけ。

 

ボクの命は、残り3日だ──────。

 

 

 

「時間だ、来い」

 

牢屋を開けた軍人がぶっきらぼうに言った。あぁ、ついに死ぬのだ。処刑されてボクは死ぬのだ。

 

手を後ろに回され縄で縛られる。厳重に見張られながらトボトボと歩き、闘技場へ連れていかれる。闘技場のド真ん中の処刑台に、近づいていく。

 

見えたのは、ギロチンだ────。

 

観衆には多くのスヴィエート人達。何故かあんなにグランシェスクにいた出稼ぎのアジェス人は人っ子1人としていなかった。ボクが予想するに、恐らく強制送還されたのだろう。外国人を受け入れないって言ってたし、この事件後に規制されたのだろう…。彼らは、そしてボクは何も悪くないのに。

 

物事はとことん悪い方向に進んでいた。もうここまで来ると笑えてくるネ。自分の死がいよいよ見えるところまで迫っている。もはや何も思わなかった。

 

「このアジェス人の男、ラオ・シンを本日スヴィエート人32人殺害の容疑で断首の刑に処する」

 

皇帝暗殺……とは言わなかった。恐らく、船上の殺害された軍人達や視察団員の数だろう。

 

ボクは世にも恐ろしいスヴィエート人大量殺人の凶悪犯としてここで見せしめに首をはねられるわけだ。

 

背中を押され、頭を押さえつけられる。

2本の柱の間に頭を置き、数秒深呼吸した後、固定板が下ろされ、首が完全に固定された。もう逃げることは出来ない。

 

後はもう流れ作業のように、淡々と、あっという間だった。湧き上がる歓声は耳に入ってこなかった。妙に落ち着いていた。刃を固定していた縄が切られる音がし、

 

「あぁ…。ボクの…、人生…がおわ──────」

 

シャッ!と音がして、首がゴトリと落ちる。刃や板にこびり着く血液…。

 

その後、数秒意識があったかは、覚えていない。あったのかもしれないし、無かったかもしれない。

 

そこで、ラオ・シンという人間は、死んだ筈だった───────。

 

 

 

「でも不思議な事に、その後何でか生き返っちゃったんだよネェ〜♪」

 

凄まじく生々しく恐ろしい話をした後、ラオはちゃらけた態度でお気楽にお茶を濁した。

 

「ホラホラ!だから首が取れるんだよネ〜。ギロチンで切断されたから!」

 

そして首を傾け、半分首をとった。

ギャッ、とフィルの悲鳴が上がる。

 

「お前そんな恐ろしい事笑いながら言ってる場合かよ!?」

 

ガットが顔をひきつらせ、気味悪そうにツッコむ。

 

「とにかく〜、ボクのキャラにあんまり似合わない辛気臭い過去の話はこれでおしまいだヨ〜。後は記憶がないからね。

 

まっ、そりゃそうだよネ。死んだんだから、ナハハハ!」

 

そう、後にある記憶はアルス達と旅をしている今現在の記憶なのだ。

 

「気がついたら意識があってアルス達と会ったってコトだけは言えるカナァ〜」

 

アルスは苦笑いしながらとりあえず彼の過去の話は理解出来た。自分の祖父と親友関係にあったラオは免罪をかけられ、処刑された。自分がこの真実を知らなかったと言う事はこの事件の真相を知る人物がもうこの世には少ないと言うことだ。恐らく、父が生きていたのなら直接聞かされていただろう。

 

最重要のトップの人間は今はあの頃から換算したら歳を経て亡くなっているか、老人になっている。恐らく元老院にこの事実を知る者もいるのかもしれないが、トップシークレットな為、安易に口に出せない環境にさせられていたし、粛清されて殺されているかもしれない。だから今まで自分はこの真実を知らなかったのだ。

 

「お前にそんな辛い過去があったなんて…」

 

「いやいやぁ!いいんだヨ!ボクネ、嬉しいんだ!だってアルスってサイラスの孫デショ!?だから最初会った時懐かしい感じがしたんだヨ!なんか巡り合わされた運命感じちゃうネ!何でか理由は分かんないけどとりあえず現代に生き返って、彼の子孫であるアルスを守れるなんてボクの生き甲斐にも等しいからネ!」

 

「ラオ……」

 

ラオは守ることが出来なかった親友を思い、今度こそは彼を守る、と心に決めた。

 

「あの時……、ボクは彼を守れなかった。だから今世で、意地でも君を守るヨ。それがボクの使命なんだと思う。サイラスから託された……ネ。

 

何たって、親友の孫なんだからッ!それを記念して!漢の誓いっ!」

 

ラオは赤い瞳を開き、見つめた後グッと拳をアルスに向けた。アルスはフッと笑い、拳を握りしめ誓を交わした。

 

(………?)

 

だが、拳を離したその時、また、何かの違和感を感じた。

 

違和感というより、()()()感覚だ。その

感覚を感じる時が、()()()()()()()()、余計にラオとの間に発生した感覚に違和感を感じたのだ。

 

スミラの自己エヴィ認証付き引き出しを開けた時、ポロアニアと花びらの効果を発動させた時、そして。

 

最近感じるようになった、ルーシェに治癒術をかけてもらった時に感じるこの感覚だ──────。

 

何か、言い表せない、形容し難いがどこか暖かみを感じる、と表現すればいいのだろうか?何故?ラオからこの感じを?

 

そして、一瞬先程の母の映像が頭を過ぎった。

 

 

 

赤い瞳は治癒術師達の末裔である証なの。そしてその力、特に生命力は、()()()()()()()()()()()を持ってる。共鳴し合うって言うのかしら───────。

 

アルスはハッとした。ルーシェは治癒術を使える。だがラオは使えない。けれど瞳は赤だ。

 

ラオに今まで感じた違和感と言えば、初対面に会った時発生した記憶の映像、そして2回目のベクターに襲われた時の記憶の映像だ。

 

最近判明した、スヴィエート一族は、記憶が継承されるという事──────。

 

自分の夢に見る記憶だって父から、そして先祖代々継承されている。だが父は、ラオの真実を知らなかった。それどころか、彼を一方的に祖父殺害の仇としていた。遺族であるが故に知らされていたのだろう。

 

()にとっては、死んだはずのラオが別に()()のラオであるかは別に関係のないことなのかもしれない。ただ単に、ラオに似ているから、憎いアジェス人だから、という理由でも容赦なく殺しに来る理由にもなるだろう。

 

フレーリットにサイラスの記憶が継承されるはずなのに、真実を知らない。ここに矛盾が生じるのだ。

 

もし、父であるフレーリットに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──────!?

 

「なっ、なぁ!ラオ!」

 

アルスはここまで立てた仮説を明らかにするため慌てて情報を掻き集める事にした。

 

「エ?どうしたのイキナリ?」

 

「20年前、父と。つまりフレーリットと接触した時に、何か凄まじい光が発生したと言っていたな?」

 

「アッ。うん、そうだよ。ボク、それがきっかけで記憶が戻ったんだ。生前の記憶がネ」

 

「やっぱり………。ラオ、お前は生き返る前は瞳の色は何色だった?」

 

「エ?黒だけど?何か生き返ったら()になってたネ。ゾンビだからカナ?なーんちゃって」

 

(記憶継承は、エヴィを媒体として俺の曽祖父ライナントが発明し、それを息子であるサイラスに施してからが最初の始まりで、瞳に埋め込まれている……。記憶の大半が開放されかけたから俺の瞳が片方元の色、母親譲りの赤になっている。だがラオの瞳も赤だ。生命力は、他の人に強く影響する、そして俺がラオに初めて会った時、ルーシェが頭痛に効くようにとかけた治癒術はまるで効果をなさず、それどころか受け流され、どこかに流れていくような感覚がした!)

 

アルスの立てた仮説の歯車がガッチリと合わさった瞬間だ。

 

「ラオ、お前が何故生き返ったのか、大方分かったぞ」

 

「エエッ!?マジッ!?」

 

「ホントかよ大将ッ!?」

 

仲間達も驚きの声をあげた。アルスにも、信じられなかったが、これしかないだろう。本当に、有り得ないような話だが、実際目の前に実現した奴がいる。

 

「順を追って話そう。

 

いいか。何故お前の生前の記憶が曖昧だったのか。それは、お前が死んだ後、()()()()()()()()が半分入っていたからだ」

 

「ハ?言ってる意味が分からないんですけど?」

 

「銀の瞳を持つスヴィエート一族が死ぬ時、自分の血縁者に先祖代々の記憶と共に、その人が生きていた頃に起きた()()()()()()()()()が瞳を媒体としてエヴィとなって継承される。

 

だが、お前とサイラスお爺様は強い絆で結ばれていた。例え血縁者でなくても、あの時は無意識のうちに発動してしまったのだろう。だからお前はお爺様を看取った後、頭痛がしたんだ。一気に流れ込んだエヴィの作用によってな。そしてお爺様の記憶を見た筈だ。それは、本来父フレーリットに継承されるはずの記憶の半分以上ががお前に継承されているって事だ!」

 

「ボクッ!?」

 

ラオは自分に指を指した。

 

「あぁ、だがお前はその記憶の本来の持主じゃない。体が適応して合ってないし、そもそも元お爺様の記憶だ。だから曖昧に覚えていたんたろう。そして特殊すぎるこの記憶継承のエヴィに体がを適応せず、生前の記憶を忘れてしまった。

 

そして、本来の持主である俺と接触した時に発生した光。

 

記憶継承のエヴィは破片のようにバラバラにラオに継承されたんだろう。

 

お前がお爺様と過ごした日々の記憶の中で俺を通じてその経験と似たような事が起こると、そのエヴィが反応して俺に流れ込む。エヴィは多すぎれば体に毒となる。だから一気に流れ込んだ俺の場合、すさまじい頭痛に襲われることに至ったんだ。

 

暗殺者から船上でサイラスを守ろうとした過去の出来事。そしてまた船上でベクターが俺を殺そうとした出来事が重なって、エヴィが反応し光を発した。その際にその時の記憶の欠片がフラッシュバックを起こして俺に見えたんだ。

 

フレーリットの時は、本来継承される筈だった彼とかなり近接距離まで接触したから、記憶のエヴィが反応して両者に頭痛が発生した。そしてフレーリットと城で対峙した際に、一気にエヴィが反応して光となって弾けとんだんだ。

 

その時、フレーリットが受け継いだ曖昧なサイラスの記憶がラオに流れ込んだ。だからお前はその時生前の記憶を取り戻したんだ。サイラスの一部の記憶は、お前の記憶でもある。芋づる式に全ての記憶が、フレーリットと対峙した後に蘇った。そうだろう?」

 

「ウ、ウン。全くその通りだヨ。でもさでもさ、何でそれで僕が生き返って生きてるの?」

 

記憶、頭痛の件は解決したが、それでは生き返った理由にはならなかった。

 

「そう、それを次に話す。俺はさっき2階で母のメッセージを聞いていた。そこで母から様々なことを聞いた。俺に再生能力があるのも─────」

 

アルスはスミラが残したメッセージを要約して皆に説明した。赤い瞳と治癒術師、そして自らの再生能力、生命力について────。

 

「生命力、は他の人に強く作用する………!?ねぇ、待ってください、と言うことは……!」

 

こういった話には鋭いノインが話を聞いた後、悟ったようだ。

 

「あぁ、生命力、再生力に優れた治癒術師末裔のスミラの息子である俺、そして生粋の治癒術師末裔であるルーシェ。

 

俺とは記憶のエヴィを共鳴する事で。

 

ルーシェとはほぼずっと行動を共にする事で、お前に治癒術師末裔が本来が持つ生命力の力が流れ込んでいる。だからお前は治癒術が使えないのに、瞳が赤色なんだ。

 

俺がお前と初めて会った時、エヴィの反応で鋭い頭痛が発生した。その時、ルーシェが俺に治癒術をかけたが、それはまるで体をすり抜けていくように効果をなさなかった。つまり、俺の記憶のエヴィに共鳴、そして介して、お前に流れ込んでいたんだよ」

 

「──────!!!」

 

ラオはハッとした。確かに、自分にも心当たりがあるのだ。20年前、宿屋のダーツバーで頭痛が起きた時もルーシェに治癒術を施して貰ったが痛みは一向に惹かなかった。それは、自分がその力を無意識のうちに大半を吸収していたから─────。

 

こうして旅を続けている時も、ルーシェの治癒術はほぼ毎日受けていた。魔物と戦闘し、負傷した際などにこうしてずっと彼女から、アルスからは記憶のエヴィを媒体として、生命力の作用を受け取っていたのだ!

 

それは最初は僅かな物だったが、ずっと彼らと自分は共にいた。行く宛もなく、彼らについて行っていた。

 

生命力はエヴィとなり具現化し、肉体として形を成す。つまり、ラオの体は今エヴィで形成されているのだ。

 

アルスの記憶のエヴィと反応する事により現代に呼び覚まされ、ラオはずっと彼らによって生かされていたのだ。

 

「ソッカ………だからか!ルーシェなんて、かなり強力な治癒術師だもんネ……。それこそ、再生力は何か持ってたし…、生命力だって多分持ってるに違いない。そっか……だからボクは……」

 

本来なら起こりえない奇跡のような偶然の出来事が合わさり、ラオは現代に蘇った。親友サイラスの記憶が、孫であるアルスと結びつけ、アルスとルーシェから生命力を貰っている………。

 

「そんな……そんな事がありえんのかよ………」

 

ガットがラオを信じられない、という目で見た。

 

「い〜や〜、有り得ちゃった例が、ボクなんでしょ〜ね〜♪」

 

ラオはガットに歯を見せて満面の笑みで返したのだった。




うーん、分かりにくかったらすみません。
結構説明回ですね。一応頑張って傍点とかも使ってみてわかり易く説明文を書いたつもりですが、分からなかったら分かんねーよカス、とでも言って感想に書いていただければ幸いです(これで矛盾発生しててそれ指摘されたらホントどうしよう)

傍点しかり、誤字報告機能とかいう神要素もハーメルンに新しくついたみたいなので、もし誤字脱字発見しましたら遠慮なくお申し付けください。


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愛が欲しい、ただそれだけなのに

やっとアロイスの出番来たよ!!やったね!!!


「何で……何で出ないのよッ……!もう予定時刻どれだけオーバーしてるのよ……っ!」

 

サーチスは謁見の間の中央をひっきりなしにコツコツと足のヒールで叩いている。静かに謁見の間という広い空間に響くその音と母の声はアロイスを更に震え上がらせた。そのイライラは真骨頂に達し、手に持っている無線機を握りつぶしてしまうのではないか、と彼は思った。

突如、ザザッ、と音がし無線の相手と繋がったようだ。サーチスは堰を切るようにまくし立てた。

 

「っ!ヴェロニカ!?一体何をしている?!予定ではもう彼は完成している筈よ!早くフレーリットを連れてきなさい!?」

 

「…………ックッ……やられたわ…サーチス…」

 

相手のヴェロニカは辛そうな声でサーチスに答えた。

 

(ヴェロニカ…。今のアイツ…、アルスの管理を任されている人物だ…。ロピアスでアルスを拐ったオリガの姉で、この2人は内戦関係に忙しい母のサポート役…、いわば右腕と左腕…)

 

「やられた……!?まさか、彼を盗まれたの!?」

 

「えっ、ええ…。まさか光術最高峰の貴方が作り出したあの最強の防壁光術が突破されるなんて夢にも思わないでしょうよ…」

 

「と、突破された…!?誰に!?」

 

サーチスは驚愕した。あの防壁を破れるのは、せいぜい自分より上の光術を扱える人物、精霊や、または無の力を持つものだけである。

 

「オレンジ色の髪の女や、緑の髪の男よ…。赤い髪の女や子供もいたわ…」

 

「まさか……!?そんなはずは…!彼らはオリガとエチルエーテル、それにロダリアが完全にロピアスで始末した筈……!?生きていたっていうの!?それにあの防壁を破れるなんて……!?」

 

この謁見の間にはいない3人だが、サーチスは思わず振り返った。バッチリとアロイスと目が合う。その母のなんと恐ろしい形相か。アロイスはヒュッと息を飲み込んだ。

 

「フンッ…、そうじゃないみたいね……。あの研究室には私しかいなかったし、多勢に無勢、それに奇襲同然に入ってきて私は眠らされて…あっという間に彼は奪われたわよ…」

 

「っ、この役立たずッ!!!今すぐに城に来なさい!!でないと殺すわよ!?」

 

バキンッ!と音を立てて無線機が無残にも真っ二つに折られた。アロイスはその無線機がまるで自分の体のように重ねてしまい、腹を抑えた。

 

「あぁもうっ!?どうして!あとちょっとだったのに!それに、何故場所が分かったのよ!?有り得ないわ!」

 

冷静な母がここまで取り乱すのは稀だ。

いや、ここ最近はよく見ていた。もうすぐね、と心を踊らせ感情を顕にはしていた。だが、怒りの感情がここまで爆発しているといつか自分にも飛び火する。アロイスはじりじり後ろに下がり、彼女と距離をとった。

 

(今は絶対に関わらない方がいい……、早くここを出よう…、近くにいるだけでも…)

 

「アロイスッ!!」

 

「ッ!!」

 

遅かった────────!

 

アロイスはビクリと肩を揺らし、自分と同じ黄土色の瞳に吸い込まれた。普段はタレ目にメガネで落ち着いて、物静かそうな外見の母なのに、今はまるで別人だ。メガネは外してあり、ポニーテールに結んである髪の毛は下ろされ、母というより、1人の年上の女性にしか見れなかった。だが、正真正銘、自分の血の繋がった母親である。

 

「は、はい…」

 

催促が来ないうちにアロイスは恐る恐る返事をした。サーチスは射殺すような目つきで睨み、トーンの低い声で言った。

 

「貴方、情報を漏らしていないでしょうね?」

 

自分には心当たりのない事だった。だが、この目つきは完全に疑われている。

 

「じょ、情報……?漏らす…?」

 

「彼……アルスが隠してある場所を知ってる人物なんてたかが知れているわ。そう多くはないし、極秘よ。それがバレているという事は誰かがバラしたと言うことよ」

 

「なっ……ぼ、僕じゃないッ!!信じて下さい母上!息子の僕を疑うの!?」

 

アロイスは必死に弁明した。

 

「…………………。逆に言えば、息子であろうと、貴方がもし仮にそれをしていたとしたら私に対する裏切り行為よね?裏切りがこの国でどういう意味を持つかは、教えたはずよね?」

 

淡々と言い放つ母に恐怖しかなかった。アロイスは彼女に教えられた通りに言葉を紡いだ。

 

「スヴィエートで裏切り行為……とは、即ち死である……」

 

大量に冷や汗が吹き出した。

 

「そうよ。まさかアルスに情が移ったんじゃないでしょうね?」

 

「っ、ちっ、違う!!断じて違う!僕は情報を漏らしていない!裏切ってない!?情なんかも移っていない!」

 

本当に僕ではない。何故信じてくれないのか。

 

「なら誰がバラしたって言うのっ!?」

 

ヒステリックに叫んだサーチスは無意識に光術を発動させ、ビリビリと地をはう電撃を発生させた。

 

「どこかで情報が漏れたに違いないわ…。オリガやヴェロニカ、それにロダリアがバラすとは思えないし、消去法、それに1番情が移りやすい…もう残るのはアロイス、貴方しかいないのよ」

 

「僕じゃない!!お願いだ!!信じてくれよ母さん!!!僕は裏切ってなんかない!」

 

「詰めの甘い貴方の事……意図せず情報が漏れた、無意識にバラしていた…なんて事もあり得るわ……。でもそうじゃないとしても、今において、そんなに頭のキレる人物なんていないは………、ッ!!!」

 

サーチスはハッとした。ハウエルとマーシャを牢に連れていったのはアロイスだ──────!

 

「ハウエルだわ………!!」

 

「ハウエル……爺さん……?」

 

アロイスは彼の事を思い出した。だが、ここ最近の辛く苦い思い出ばかりだった。執事ハウエルとメイドのマーシャ。2人の兄妹は世話を焼くのが大好きで、アイツ同様、僕にもしょっちゅう話しかけてきた。無駄に世話を焼かれ、うっとおしいと思う反面彼らに見てもらえている、少なくとも愛されていると分かっていたからこそ、あの時、彼らが拷問され痛めつけられているのはとても見ていられなかった。

 

「貴方!彼らを牢に連れていく時何か話さなかった?!」

 

「は………、話したって……、そりゃ少しは話したけど……、大したことは……!それに何を話したかなんて1ヶ月も前の事だからハッキリ覚えてなんか………ッ!」

 

アロイスはハッとした。あの時、確かこう聞かれた─────!!

 

 

 

「私はどこに連れていかれるですか?アードロイス様」

 

「…………牢屋だよ…、っ僕に話しかけないでくれ」

 

「待ってください、マーシャは?妹は?せめてそれだけでも…」

 

「マーシャも牢屋だ。あっちはメイド達と一緒に捕らえられてる」

 

「そうですか……よかった。すみません、あともう一つだけ」

 

「何だよッ!」

 

ガチャン!とハウエルの手首に巻かれている鎖を引っ張ると彼は呻いた。まだ傷が全く癒えていない。傷口に響いたようだ。

 

「あっ………!……チッ!さっさと歩かないからだよ!」

 

「うぅっ…、も、申し訳ありません…。ですが気になる事を以前から風の噂で小耳に挟みまして…。貴方の母上様の事なのですが…」

 

ハウエルはまっすぐにアロイスを見つめた。

 

「………な、何だよ?」

 

ぶっきらぼうに答えたが、母上の事となれば、内容がかなり気になった。

 

「貴方の母上様、の旧姓はシュタイナーで合っていますよね?」

 

「え?あ、あぁ。母上の出身は貴族のシュタイナー家だと聞いた」

 

「そうですか…。最近、シュタイナー研究所が稼働していると噂に聞いたものですから…。いやはや、年寄りの悪い癖で少し気になったことは分かっておかないと済まないものでして。アードロイス様、ご存知でしたか?」

 

ガシャン、と鎖を引っ張りアロイスは目をそらした。ハウエルは注意深くその様子を観察した。

 

「ハ…、ハァ?知るわけないじゃん!その研究所がどうしたって言うのさ?何そんな事気になっちゃってんの?バッカバカしいッ!そんな下らないこと聞かないでよ!ボケてるワケ?!ほらさっさと行くよ!」

 

アロイスは内心酷く焦った。何故その事を知っているのか。そこは、奴の護送先だ…。一瞬表情が引きつった。

 

ハウエルはそれを見逃さなかった──────。

 

「…………………………………。

 

そうですね…、些細な事でした…。妹が無事であれば私はそれでいいのです…。妹は無事ですか?」

 

長い沈黙の後、ハウエルは自嘲気味に笑い、首を振った。

 

「あぁっ!マーシャも無事だよッ!」

 

「そうですか。()()()()()()、ありがとうございます」

 

その後最初の方はぐいぐい聞いてきたのに、妙にしおらしくなり、素直に言う事を聞いたの不思議に思ったのをよく覚えている。あの時だ、あの時に違いない─────!!

 

 

 

「まさか────────!!」

 

絶望の表情に染まるアロイスを見てサーチスは確信した。情報はアロイスから漏れたのだ。サーチスはゆっくりと彼の背後に周り、耳元で囁いた。

 

「心当たりが……………あるようね?」

 

「ヒィッ!!」

 

両肩に手を置かれ、アロイスは恐怖で引きつった声を上げた。

 

「これだからアロイス…、貴方は未熟なのよ……。ほらね?私の言ったとおりでしょう?貴方が無意識に、自覚なしに情報をバラした」

 

「そ、そんな……、僕、僕、そんなつもりじゃ!?待ってください!殺さないでくださいッ!」

 

「あら、何も殺すなんて言ってないわ」

 

サーチスはアロイスの頭を撫で、優しく言った。

 

「で、ですよ……ね?母さん……僕は、貴方の息子でっ……!」

 

「息子だから許すなんて事も、一言も言ってないわ」

 

「ッ!」

 

絶望のどん底にいる気分だった。絶体絶命である。

 

「ぼ、僕は一体どうすればぁ……………!」

 

アロイスの目に、焦りと恐怖から涙が滲んできた。不敵な笑みを浮かべたサーチスは、こう言った。

 

「ハウエルを今ここに連れてきなさい。その後どうするかは、私が教えてあげる、導いてあげる」

 

この後の事は、想像出来たはずだった。でも、今のアロイスにそんな余裕は微塵にもなかった。ただ母の機嫌を損ねてしまったという事、それを直すためにはハウエルをここに連れてくるという事しか頭にはなかった。

 

 

 

「つ、連れてきました……!」

 

顔面蒼白のアロイスにいいから来いと言われ連れてこられたのは謁見の間。途中何かあったのか、何故そんなにも余裕が無いのか、とハウエルは聞いたが今の彼に何を言っても無駄であった。

 

ハウエルは目線の先にサーチスがいた時点でこの先に起こる事が大方予想がついた。

 

(アロイスぼっちゃまは、母上様のサーチスには一切逆らえない…。途中に何一つ喋らなかったのも、命令か…。と、言うことは…)

 

アロイスの身に何があったのかはもう容易に想像出来ることだった。幼い頃からずっと見てきて、世話をしてきた孫のような存在だ。アルスやアロイスの事など、もう手に取るようにわかる。恐らく自分は殺される。

 

ハウエルは覚悟を決めた。

 

「2人共、こちらへ」

 

サーチスは静かに手招きをした。アロイスは言われるがままに鎖に繋いだハウエルをサーチスの目の前に差し出し、横に並んだ。

 

「いい?アロイス?自分の犯したミスの責任は、自分で取るのよ。貴方は今までそんな経験がなかったから、いい機会ね。教育の一環だわ」

 

「え……………?」

 

アロイスは、サーチスが何を言ってるのか理解するのに時間がかかった。ハウエルはサーチスを睨みつけ、糾弾した。

 

「何言ってる?!これが教育!?彼にこんな事をさせたら、彼がどうなるか目に見えてるじゃないか!」

 

「何……なに?母さん……?僕は次に何をすれば………!?」

 

視線をサーチス、ハウエルと右往左往させ、混乱するアロイスは完全に思考停止していた。

 

「フンッ、ハウエル。貴方は昔から鋭かったわね。目障りだから、いい機会ね。むしろ感謝して欲しいわ。今まで生かしてきた事を。私の可愛い可愛い息子に、情報漏洩という、こんな重罪をきせて…」

 

サーチスはアロイスの頬を愛おしそうに撫でた。美しく、白い髪に黄土色。アロイスはまさに母親似である。恵まれた外見であるのに、育った環境は地獄そのものだ。ハウエルは吐き気がした。

 

「っぬけぬけと!貴様それでも母親か!!」

 

「何?何なの母さん……?」

 

アロイスは不安そうに頬をなでる母親の手をとった。サーチスはそれを優しく誘導し、顔の下に落とした。

 

首、胸、腹、腰、ゆっくりと降下していき手が止まった位置は、

 

「アロイス、貴方がハウエルを殺しなさい」

 

左腰に刺さっているレイピアだった───────。

 

「──────────!!!」

 

アロイスはやっと悟った。恐ろしい母の要求に、母の願いに。

 

命令に、ただただ戦慄した。

 

「何をしているの?さぁ早く。ハウエルをそのレイピアで突き刺すのよ。簡単でしょう?」

 

アロイスは首をふるふると振った。

 

「で…………できない………」

 

「え?」

 

「出来ないよ母さんッ!?そんな事!僕には─────」

 

アロイスの言葉を容赦なくサーチスは切った。

 

「なら貴方が責任を負って死ぬ事ね。言ったでしょう?裏切り行為とは、即ち、死である、と」

 

「む、むりだよかあさん……っ!ぼくにはできなっ……あ、あぁっ!」

 

サーチスはアロイスの手をレイピアの柄に掴ませると、無理やり引き抜かせた。キラリと光る剣先。偽物なんかじゃない。本物のレイピアだ。

 

(それで私を殺せというのか、ましてや顔見知りで、今までずっと一緒に過ごしてきた私を!)

 

ハウエルはレイピアを見つめた。そして、サーチスに視線を移す。

 

「サーチス!貴様は外道か!いや鬼畜だ!母親失格だ!!アロイス!言う事を聞いてはいけない!!もうこの人はお前の母じゃ───────」

 

「黙りなさいこの老害!!アロイス!!何しているの!早く殺しなさい!」

 

「アロイス!やめろ!お前は自分の身を一生滅ぼすことになるぞ!!」

 

「命乞いはもう少し上手くしたら?!醜いわね!さぁ早く!!」

 

「か、かあさんっ………!はうえるっ……」

 

アロイスのレイピアを持った右手はガタガタと震え、極限状態までに追い込まれた。

 

「違う!命乞いなんかじゃない!アロイス!お前は母の言う事を一生聞くのか!よく考え直せ!アロイス、お前はまだ若い!答えが出ずに苦しむときもあるだろう!答えがわかった気になって、間違えることもあるだろう!

 

だがこれからお前に何があろうとも、お前はこの国、スヴィエートの意志と共にある!お前はその立場にいる人間なのだ!それをよく考えろ!自分の意思でな!」

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあっ!!嫌だ!いやだいやだいやだいやだ!!!何も聞きたくない!!その立場にいるのはアルスだろうっ!?」

 

アロイスはサーチスとハウエルの板挟みで、もう何がなんだか、どうすればいいのか、分からなかった。

 

「馬鹿をいうな!確かに、血筋や継承権ではそうなのかもしれないがお前はそういう風に、国のトップに立つ人間として育てられた事には一分の狂いもない!

 

国を想え!スヴィエートという国は私が最初に使えたサイラス様より代々受け継がれた、もっとよりよく国を良くしたい意思の元成長してきた!お前のやるべき事は何だ!アロイス!私の声に耳を──────────」

 

 

 

ザシュッ!!っと音が響き、アロイスの頬に血が飛び散った。

 

「………ホント、年寄りはよく喋る口だこと」

 

サーチスは事切れたハウエルにかざした手を下ろした。無詠唱で発動した風の刃は鋭くハウエルの全身を切り刻み、心臓を貫いた。

 

アロイスは目の前に血まみれになって倒れるハウエルを見つめた。

 

「じぃ……じ……?」

 

アロイスはかつてそう呼んでいた名を静かに呟いた。

 

「はぁ、全く、貴方がさっさと手を下さないから。また私が尻拭いするはめになったじゃない」

 

サーチスは手に飛び散った血をハンカチで拭くと、アロイスに囁いた。

 

「2度目はないわ。貴方が私の息子だから、許したのよ。今度しくじったら彼と同じ目にあうわよ。よく理解することね。しばらくの間、頭を冷やしなさい。指示はまた後に連絡するわ」

 

コツ、コツ、とヒールを鳴らしサーチスは謁見の間を後にした。

 

じわりじわりと広がっていく床の血液。アロイスはお構い無しにドサッと膝をつき、崩れ落ちた。膝に染み込む真新しい血液は先程まで生きていたハウエルのものだった。ツーっと涙がこぼれ落ちた。

 

「あ、あぁ、ああああぁぁぁぁぁあぁぁあ…………………、ぁぁぁあぁぁあァァァ、ァハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!!ははっ、ハハハ!アハハッ!ハハッ!ハハハハハハハ!!!」

 

最初に瞼から涙が溢れ、その後はもう、何故だか笑いが止まらなかった。

 

アロイスは狂ったように笑い続けた。

 

もうどうしようもできない。もう引き返せない。

 

僕は母の右腕でも左腕でもない。

 

もう、サーチスの手駒だ。

 

一生、母の愛に飢えて縛られて生きていくしかない─────────。




今まででも群を抜いて鬱展開かもしれないテヘペロ(๑>؂<๑)♪

ハウエル爺さんはここで死亡します。妹のマーシャはまだ生存していますけど。


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番外編 ハウエルの追憶編
ハウエルの追憶 1


この話は、本編に出てくるアルスとアロイスの世話役兼、育ての親、じぃじことハウエルの過去の話となります。もちろん妹のマーシャも出てきます。例のごとくネタバレ注意なので本編を読んでない人は読まない事を強く推奨します。


いつも思ってた。

 

この子は昔の俺に似ているな、と。勿論生まれも育ってきた環境も違う。けれど愛されないと分かっていても、母親の愛を求めてしまう。それは同じだった。少なくとも幼い子供時代は多分そういうモノなんだ。母の愛が欲しい。愛情が欲しい、愛されたい。誰かに愛されたい。

 

誰かに必要とされたい。

 

そう思うのは、罪ではないはずだ。

 

すぐムキになって突っかかってしまう所も、10代の自分にそっくりだった。俺は妹とは違って素直じゃないし、不器用だったし、愛を知らない。自分には妹がいたから救われた。妹が俺を愛してくれた。だから俺も妹は愛したし、大事にした。

 

なら自分も、あの子(アロイス)の救われる存在でありたい。人は、温もりを求めずにはいられない。それは一番よく分かってる。母親に対する想いは少し違うが、ちょっと似ているとは思う。我ながら、いい人生だったとは他人からは言われないかもしれないが、死に際もこれでは、と言われるかもしれないが知ったこっちゃない。言えるさ。

 

(おれ)の人生は、いい人生だった。

 

 

俺、ハウエルこと、”ハーヴァン・フェリンシカ”はスヴィエート、発展途上の首都の街、オーフェングライスで生まれた。

 

これは想像だが物心の付く前は多分、両親に愛されていたのだろう…だろうか?いや、そうと信じたい。正確には覚えていないが物心の付いた3、4歳ころには、既に父親はいなかったと思う、というかいたんだろうが、めったに帰ってはこなかったな。俗にいう蒸発というやつだ。俺が5歳の頃、母親が獣のような雄たけびと、恐らく浮気して消えた父への呪いの言葉を吐きながら、苦しみながら妹をたった1人で産んでいたのを強烈な光景だったので、これはかすかに覚えている。

 

 

妹のマイヤ・フェリンシカが生まれる。母親似でとても可愛い妹だった。人形のようだった。プラチナブロンドの髪に、空色の淡い瞳。瞳は妹と同じ色だが、黒髪で顔もほぼ全て父親似の自分とは大違いだ。

 

俺にとっちゃ、母親なんてただ一緒にいなければならない頻繁のヒステリックを起こす厄介で意味不明な大人、でしかなかった。母親が()()()()()()()()()()、幼かった俺は愛情を求めずにはいられなかった。

 

「成長するにつれてあの男にそっくり!吐き気がするわ!」

 

これは何回も言われた。もはや口癖に近かった。怖くて怖くて、母親が恐ろしくて仕方がないのに、愛を求めてはこんなことを毎回言われたものだ。

 

「うるさいっ!!来ないで!!今母さん忙しいの!分かるでしょ!?」

 

お腹が減っても食べさせて貰えない事が多かったので、いつも空腹だった。妹の粉ミルクを盗んで飲んだことなんて日常茶飯事だ。

 

「妹なんだから兄のアンタが世話しなさいよ!私は今日男と約束があるの!アンタに構ってられないの!邪魔!どきなさいこの屑!!」

 

それが母親との覚えている最後の会話らしい会話だった。

 

母が家に新しい男を連れてきて、俺の存在がほぼ無視されるようになってしばらくして、腹違いの弟ラヴェイとかいう赤ん坊が生まれた。そいつは俺の母親の愛情を一心に受けていた。新しい男と母親の両方をバランスよく受け継いだのか知らないが、よく構われ、寵愛されていた。俺は最高に面白くなかった。

 

──────なんでそいつが愛されるんだ。どうして俺を愛してくれないんだ。

何故俺を無視するんだ。ふつふつと湧き上がる嫉妬と母親に対する疑問と複雑な感情は、少なくとも俺の性格を歪めた。ラヴェイに対する憎悪だけが募っていた。マイヤもそんなピリピリした俺の雰囲気と弟の話題になると必ず冷たい態度になるのを感じたのか、まだ4歳の妹に弟の世話はほとんど任せていた。

 

でもそんな生活はスヴィエートの短い夏のはじまりのある日、突然終わりを迎えた。

 

空から爆音が聞こえたかと思えば、今までいた家はあっという間に火の海に包まれた。新しい男は瓦礫に押しつぶされ、身動きすら取れなかった。母親はラヴェイを庇い、妹にその子を頼む、と託して間もなく死んだ。ロピアスからの空襲だった。厄介な雪が降る冬が終わるのを、今か今かと待っていたのだろう。当然、その時に今でいう治癒術師掃討作戦も行われていた。

 

1歳のラヴェイを連れた4歳の妹、マイヤを俺は連れ、小さな体を生かして瓦礫の隙間からするりともぐりこませ必死にその場から逃れた。無我夢中で逃げて、逃げて、隠れて、その時の事はよく覚えていない。ただ泣き叫ぶ事しかできない幼い弟に対してうるさい、とか、頼むから泣き止んでくれ、という感情しかなかった。泣きたいのはこっちだ。

 

夜、路地裏の瓦礫の下になんとかスペースを作り、寝床にした。腹が空いて仕方がなかったが、食べるものなんてどこにもない。僅かにある雪解け水で餓えを凌いだ。問題は弟だった。訳もわからずただ泣くだけの幼子の弟におろおろとマイヤは困っていた。

 

どうしたらいいのお兄ちゃん、なんて聞かれたりもした覚えがあるが、知るか、と答えた気がする。何でこいつを連れてきたんだマイヤ。馬鹿じゃないのか。こいつに食べ物や水を割いてたら、俺達はどうなる?しかもこいつは、俺達に与えられるはずだった愛情をほとんどかっさらっていった奴だ。マイヤは新しい男にそれなりに可愛がられていたとは言え、俺はゼロ。コイツは俺の敵だ。いや、俺達の目の上のたん瘤でしかない。そんな物、いらない。

 

俺達兄妹が生きていくためには、こうするしかないんだ。

 

――――――――その夜、疲れてぐっすりと夢の中のマイヤを確認した後、寝ている弟ラヴェイの首を締めて殺した。

 

どうしてあんな事をしてしまったのだろうと、考えると後悔と贖罪の念しかない。一般人は一度人を明確な殺意の元、殺してしまった経験は、決して消えない。いつまでもあの日の事がフラッシュバックする。老いても、たまに思い出す。決して忘れられないのだ。殺しが当たり前になってしまえば忘れられるが、俺は軍人だの、そっちの道にはいかなかったから。だが当時の心境としては、やってやった、これで邪魔者がいなくなったんだ、と喜んでいた。コイツを殺したところで、誰から愛されるわけでもないのに。ましてや、マイヤにバレたら軽蔑されるに決まっている。それでも、俺はラヴェイに明確な殺意を抱いていた事は事実だ。そして殺した後に気づいた。やってしまった、と。物凄い冷や汗をかいたのを覚えている。でもその首をしめている時の感情はこうだ。

 

母親からの愛情を横取りされて、こいつを生かしておけば食料も今後一人分多く取られることになる。血が少ししか繋がっていない腹違いの弟なんていらない!いらない!!

 

いらないんだ!!!

 

翌日、目を覚まさない弟の異常に気付いたマイヤに病気か空腹かで死んだと説明したが、まだ理解できてないみたいだった。弟を持って、大人達が囲んでが集って祈りを捧げてた()()の中に放り込んだ。軍人達だって、2人がかりになって頭と足を持って死んだ大人をせーのっ、なんていいながら焚火の中に放り投げてたから、これで多分合っているはずだ。

 

しばらくして街の風景が少し変わった。あちこちで大人達が泣きながら焚火をしているみたいだったし、なにより地面にバラまかれた大量のチラシ。その時は言葉が難しくて分からなかったし、地面に落ちているチラシの文字なんて読めやしなかった。けど幼いながらも、ただ感じとった。多分これは敵国ロピアスからだろうと。

 

誰がこんな不平等な講和条約を受けるものか!と蜂起を起こした人達は城の前で、騒いでいたみたいだったけど、難しい言葉ばかりで当時は何を話しているかよく分からなかった。でもこれだけは分かった。皆今、悲しみに包まれているんだな、と。両親は死んだ。そしてスヴィエートは戦争に負けたのだ。

 

俺達、ハウエルとマーシャ兄妹は第一次世界大戦の戦争孤児だった。

 

その時、これからどうやって生きていけばいいのだろう、と、虚無感しかなかった。

 

 

 

荒廃した首都でストリートチルドレンがいた。治安も衛生環境も最悪。あちこちで店の商品を盗んだ子供が追いかけられ、それを首尾よく撒いては、かっぱらったものを分け合い貪る。俺達兄妹がそれだ。働き口なんてない。せいぜいあったとしても、軍人になるにしても幼すぎた。俺達が生きてこれたのはほぼ奇跡に近かった。一緒に過ごしてきたストリートチルドレンが翌日冷たくなっていた、なんてよくあったものだ。スリ、かっぱらい、汚れ仕事、金をもらえるなら、生きるためなら何でもやった。

 

路地裏、木の下、かまくらの中、マンホールの下、瓦礫の山の近く、ドブネズミのように転々としながら、小さな体を生かして大人からうまい具合に逃げてきた。たった1人の家族の妹を守りながら、必死に生きた。マイヤも、ほぼ育ての親の俺の言う事を従順に聞き、素直で聞き分けもよくて。運よく瓦礫の山から拾ってきた分厚い本を抱えて妹は文字の読める博識なチルドレンの仲間に必死に聞いて、自力で文字が読めるようになっていたのには驚いた。多分、幼い子供だから吸収力が尋常じゃないのだろう。本や文字、知識について好奇心旺盛な妹、喧嘩っ早くてすぐ他の仲間と衝突する俺とは大違いで、大人しくて温厚で。いつの間にか目が悪くなっていたので捨てられていたゴミの山からひびの入った度の合っていない眼鏡をかけ、薄汚れてぱっと見冴えないみすぼらしい少女だったが、本当に可愛い妹だった。妹の為に、俺は生きていける。親がいなくても、子供は成長するのだ。いつのまにか俺は15歳、妹は10歳になっていた。

 

 

 

倉庫の中から大量のパンとリンゴ、野菜の入った麻袋をナイフで開け、詰められるだけ自分たちの袋に詰めて見張りは見張りに徹底する。俺は足を生かして囮チームだ。囮が一番技術と頭を使うし、逃亡術は経験則、イーストエリアの街並みの地図が完全に頭に入っている奴じゃないとだめだ、

 

「おいっ!お前たち何をしている!?」

 

そしてバレそうになったら俺らのチームが走り、あっちはまんまとねぐらに戻るというわけだ。

 

「くそ!!やられた!!」

 

「まてこのクソガキ!おい!あいつがイーストスラムの黒髪のガキだ!!」

 

「へっ、誰が捕まるかよっ、のろまっ!」

 

俺の方が有名だし、わざと盗んだたったひとつだけのリンゴをチラつかせて挑発してやれば、そりゃあもう食いつく食いつく。

 

「ハーヴァン、今日もやったな!成功だ!これなら1週間は生き残れる!」

 

囮仲間とハイタッチし、一仕事を終えた。いつもの調子で、中央(センター)商店街の倉庫に侵入し、約一週間分の量を他の仲間と連携し盗んでやった。量が多いのは、まだ幼くてかっぱらいもまともにできない自分より10も下のガキどもに分け与えるためだ。こうやって助け合って生きるのが、このストリートチルドレンの中で生き残るコツだ。

 

ストリートチルドレン5~6年目ともなれば、俺のスリもかなり板についてきたみたいで、いつの間にかちょっとした有名人になっていた。かっぱらいだってもうお手の物。足の速さはちょっとした自慢だ。騙しや詐欺だっておちゃのこさいさい。嘘をついている大人なんてすぐに分かるし、妹の嘘もすぐに見抜ける。ウエストスラムの奴らが縄張りを荒らされたとかで最近やけに突っかかって喧嘩を吹っ掛けられたが、勝って全部ねじ伏せてやった。勝利の味とコツを覚えたハーヴァンは、吹っ掛けられた喧嘩はほぼ買うようになり、経験もそのせいで積まれてどんどん強くなり、向かう所敵なしになっていた。

 

しかもそれを鼻にかけていたわけでもないし、妹想いで、弱いものには慈悲深くて優しいといった不器用な面もあるため、ストリートチルドレンの他の皆に信用され、ハーヴァンはいつしかイーストスラムのチルドレンのリーダーの立場になっていた。

 

ある日ホレスが、きな臭い噂話を聞きつけてきた。ホレスは仲間の1人でこの前のかっぱらいも一緒にやって仲のいい。2コ上年上で、信頼出来て頼れる奴だ。

 

「なぁハーヴァン、聞いたか?最近、ウエストスラムのストチルの奴らがどんどんいなくなってるんだってよ」

 

「あぁ?いなくなってる?住処を変えてるだけじゃないか?それかヘマして捕まったか、だろ?」

 

ストチルは様々なところに逃げ込む用のアジトを構えている。一か所にとどまらないし、引っ越しだってしないわけでもない。いつまでも同じ所に暮らしていたら軍人や警察に捕まるからだ。

 

「それが違うみたいなんだ。朝起きると消えてるんだ。そのウエストスラムのアジトごとに住んでるストチルの奴らがな、まるで神隠しにあったみたいに。なんでも、今じゃこの前喧嘩した一番強いチームしか残ってないみたいだぜ。ウエストの連中は、俺達みたいに全体的に組まないからな。異変に気づくのが遅れたらしい。でもどんどん消えてるんだってさ。マジだって。ウエストで仲のいい奴から聞いたから間違いないぜ」

 

「そっか、お前はウエストに友達のガスパールいたな」

 

「あぁ、ガスの野郎が怖がって俺に相談してくるなんてよっぽどだぜ。あんなに腕っぷしいいくせに、カルト関係にはまるっきしダメだ」

 

「カルト関係…、で片付くのかねぇ…」

 

「どういう事だ?」

 

「うーん…、これはちょっと調べてみた方がよさそうだな…。本当の話となれば、いずれこっちのイーストスラムに来るって事が高い。あまり放っておける話題じゃなさそうだな。おい、しばらく留守にするからホレス、俺の代わりの年下のガキどもを頼んだぜ」

 

「そうか、分かった。無理はするなよ。お前に万が一何かあれば、マイヤが悲しむからな」

 

「分かってるよ」

 

ハーヴァンはイーストスラムのアジトの寝床を後にすると、ウエストスラムの方へ走っていった。

 

 

 

「うわっ、ホントに誰もいねぇな…」

 

ハーヴァンはあまりウエストスラムのストチルの連中の事は知らないが、地図は頭に入ってるし、住処もなんとなく把握している。俺達ストチルの最大の敵、雪と風をいかに凌ぐかが、生きていく上での最大の要なので、まずそれを凌げる場所を考えればいいのだ。1回喧嘩して逃げた奴を途中まで追いかけて特定した事がある奴らのチームの寝床、ウエストスラム、放置コンテナがたくさんあるエリアの所に行けば、そこはもぬけの殻だった。ストチル達がいた形跡はあるのに、誰一人いないのだ。普通は1人か2人は、住処の見張り、火の見張りでいるはずだ。一年の大半が雪で覆われるこの厳しいオーフェングライスだから、全員が出かける時はそれは、仲間を助けに行くときか、大きな盗み作戦をやる時だ。あとは引っ越ししか考えられない。でもそれは考えられなかった。

 

「食べ物や衣服、寝床も全部残ってる…。しかも数日前の食べ残しが腐ってやがる…」

 

火は消えているが、飯盒の中には腐った米と野菜で炊いた炊き込みご飯だったものが枝にぶら下がっている。洗濯物だって乾いたまんま。これで放置するなんて普通あり得ない。食べ物は貴重なのだ。それを無駄にするとはよっぽど何か異常な事が起きたとしか考えられない。本当に誰もいないのか、それを確かめる為に一通り寝床をハーヴァンはうろついて辺りを見回した。そして、ガタン!と、青いコンテナの中から何か物音をしたのを、聞き逃さなかった。

 

「…っ」

 

息を潜め、その音が鳴ったコンテナの前で、飯盒の下にあった大きな石を構え、じっと息を殺す。もし、ここの連中が本当に誘拐でも何でもされて、それの残りを探している奴だとすれば…?それか、おこぼれを貰いに来た他のウエスト連中だとすれば俺は見つかったらやば―――――――――

 

「あーー!耐えられん!臭くてたまらん!随分劣悪な環境で暮らしてるみたいだな!!げっほごほ!一刻も早く社会問題の彼らを救わなければ国がいつまでたっても立ち直らん!ううっ!臭い!それにしても鼻が曲がりそうだ!!」

 

バァン!とコンテナの扉が空き、中から出てきたのはおおよそスラムで暮らしていた連中とはかけ離れ、小奇麗な恰好をしている、コバルトブルーの髪をした自分よりは多分、年下の少年だった。被っていた帽子でパタパタと鼻の前を仰いでいる。運悪く隠れる前に鉢合わせしてしまい、目の前に鼻を摘んだ奴の綺麗な銀の瞳とばっちり目が合った。

 

「…!?」

 

「うわっ何だ君!?」

 

思いがけない不思議な人物だったので思わずハーヴァンは固まり、その場で石を構えたまま直立不動になってしまった。

 

「ちょっとちょっと、その大きな石を置いてくれよ、危ないなぁ。君は僕が危ない人に見えるのかい?」

 

青髪の少年は両手を上げて勘弁してくれよ、と一歩下がった。ハーヴァンは、じーっとその少年を上から下、舐めまわすように観察した。ふかふかとした耳あてつきの鹿打帽を被り、そこからはみ出した短髪の青い髪。寒さから身を守るコートとマフラーは上質で暖かそうな毛皮だろうか。何故だかわざとむしった様に、毛が逆立ち、みっともないがそれが逆に不自然だった。わざとらしいというか。みすぼらしさは微塵もないそれなりの恰好だ。対して俺は防寒具はぼろっぼろのコートに、ほつれまくったマフラー。穴の開いたシャープカ、そろそろサイズの合わなくなってきた長靴雪用裏起毛、しかもその裏起毛はほぼボサボサでつぶれているときたブーツ。そろそろ履きつぶしそうだ。

 

こいつはどこをどう見ても、ストチルじゃないし、しかもおそらくいいとこの子供なので何か危険はあり得ないか、と少し安心した。

 

「…………、少なくともお前、ストチルじゃねぇだろ」

 

「ストチル?ストチルって何だい?あっ、ストリートチルドレン、の略か!なるほど!僕もそれ使おう!いちいちストリートチルドレンって言うのめんどくさいし!ありがとうとてもいい案だね!うぇっ!?ちょっと待って!?ストチルに見られるような恰好してきたのに!見られてないの!?どうしよう!あーもう!僕のバカ!」

 

何だこいつ、とハーヴァンは思った。このぽややんとして、フレンドリーでアホな雰囲気を全身から醸し出すコイツに、自然と緊張はとけた。石を地面に落とし、話しかけた。

 

「おい、何1人でぎゃーぎゃ―騒いでんだ」

 

「ハッ!ごめんごめん!君の存在を無視してしまった!えっと、とりあえず自己紹介!僕はサ…じゃない!えっと、イラス!!イラスっていうんだ!僕の名前はサ…、じゃなくてイラス!!よろしく!!」

 

「ハァ?名前なんて聞いてねぇよ。まぁいいや、イラス…だっけ?お前ここで何してんの?」

 

「ちょっと、僕も名乗ったんだから君の名前を教えてくれよ少年!」

 

グッと親指を立てウインクするお前に少年って言われたくないぞ、と思ったが、

 

「………ハーヴァン」

 

若干イラっとして、間が空いたが何か言うとまた言われそうなので正直に名乗った。

 

「ハーヴァンだね!じゃあハー君って呼ぼうか!」

 

「あぁ!?てめぇ今なんつった!?」

 

「え?だからハー君。ハーヴァンだろ?君は今何歳?」

 

「15…だけど、ハー君ってその呼び方やめろ!!」

 

「なんだ!だったら僕の3つも年下じゃないか!ハー君でいいよ!」

 

「はぁ!?ちょっまっ!お前より3つ年下っつーことは…!」

 

「うん?僕は18歳だよ!もうすぐ19だがね。君より年上ってことだ」

 

「…………見えね~…」

 

身長も自分と同じ165㎝程度。しかも自分はまだ成長期なので伸びている途中だ。満足にまんべんなく栄養が取れているわけではないので身長が伸びるか不安でしかなかったが、いまのところ18歳でその身長のコイツと変わらないと知ると、凄く安心した。

 

「ははっ、よく言われる。僕、弟がいるんだがね、それにも身長抜かされているし、しかも童顔だから僕の方が弟に見られるんだ」

 

「童顔って自覚はあるのかよ、まぁ確かにすげー童顔だな。俺と同じ位かと思ったぜ」

 

「やめてくれ…、あらためて他の人に言われると傷つく…」

 

ズーン…と、あからさまに落ち込み目を反らしたイラス。

 

「よし!それはそうと握手だはーく…、じゃなくてハーヴァン君!ほら握手!よろしくな!」

 

「うぉっ、なんだよ!?」

 

無理矢理右手を握られ、ぶんぶんと上下に振り回す。握手なんてそうそうしないし、皆薄汚いからといって大体は触りたがらないのに。不思議な奴だな、と思った。そしてそんな態度の奴にいつのまにか結構心を許してしまっていた自分がいた。

 

 

 

イラスの自己紹介は続き、曰くストチルではないがウエストスラムのストチル達が次々に失踪しているという事件を聞き、独自に調査をしに来た探偵見習い…らしい。

 

「将来探偵にでもなるのか?」

 

「うん?えーとまぁそうだね!あぁそうそう。うんそういうこと!!弟子入りしている探偵?かなんかの師匠に命令されて、で、子供に見えてストチルに扮して調査しているってわけさ!」

 

「探偵かなんかってなんだよ」

 

「ほらほら!僕の自己紹介はこれぐらいにして!君の事も教えてくれたまえよ!」

 

「なるほどね。だからさっきストチルに見えねぇって言ったら慌ててたのか。まぁいいや。俺はウエストスラムのストチルじゃねぇ。イーストスラムのストチルなんだ。仲間からウエストの連中がどんどん消えてるって話を聞いてお前と同じく調べに来たんだよ。いつこっちにこの事件の火の粉が降りかかるかもわからねぇからな。それにしても実際見に来てみれば不思議で不気味だからな。チーム全員が検挙されたりでもしたのか?誰も逃げることはできなかったのか?ガキの方が逃げ足も隠れる場所だって優れてる事だってある。それなのにこんなにごっそりと…」

 

「あっ、あのね。軍に問い合わせたけどそれはなかったんだ。捕まっているストチルの子たちは誰一人いない。捕まえた子は、ちゃんと更生するように道を導いてあげたり、仕事を紹介してあげたりして対策を進めているからね。大体の子は軍に入るか、極寒環境でもできる雪の下栽培農業開発を進めたり、グランシェスクの街やシューヘルゼ周辺を開拓させたりしてるよ。シューヘルゼの近くの山脈、クロウカシス山脈は良質な光のエヴィ結晶が採れるって最近分かったんだ!これを年中月明りの暗いアジェスに売れば、そして厄介な氷結晶だって使い道を見出せば…。フフフ、スヴィエートの産業革命の日も近いぞ!」

 

つらつらと自分にとってわけのわからない単語ばかりを語られては、ハーヴァンは前半以外すっかり置き去りだ。

 

「はぁ?何だそれ?何言ってんのかさっぱり分かんねぇよ。ってそうなのか?ってか何でそんな事知ってるんだ?全然よく分からなかったけどすげーな」

 

「えっ!えっと、調査で分かったというか…、いや!新聞にも載せたはずだ!新聞読まないのか君!」

 

「俺、字読めねぇし新聞買う金があったら食い物買うわ」

 

「何っ!?字が読めない!?なっなるほどそうか……」

 

そう言うとサラサラとメモ帳に綺麗なのか分からないが、多分綺麗なんだろう。文字を白紙に書き、俺に見せた。

 

「ほら!これが今現在僕達惑星イストラスで暮らす人間全て共通の世界言語の文字、フォスフィ語だ!他にもエストケアライン前に使われていたプロトスアル語とかいうのもあるけど、それは置いておいて。今はフォスフィ語さえ書ければ、全世界通じるぞ!」

 

「…読めねぇ~。……なんて書いてんだ?」

 

そういえば妹も、お兄ちゃんもフォスフィ語が書けるようになろうよどーの、言ってきた気がする。いつか、といってそのままにしてしまっているがただ単純にめんどくさいだけだ。別に書けなくても生きていけるし。

 

「ハー君とイラスは今日から友達!と書いてあるのだ!」

 

「死ね」

 

 

 

すっかり打ち解けてしまったので、しぶしぶ行動を共にしたいというイラスの提案を受け入れ、ウエストスラムエリアを案内した。他のストチル達の住処を回ったが、最初に回った所と同じく、どこももぬけの殻だった。

 

「ったくなんでお前と…」

 

「何を言うんだハー君、僕たちはもう友達じゃないか。それに目的は一緒。逆に行動を共にして協力しない理由がどこにある?」

 

「そのハー君てのマジでやめろ。妹に真似されたらどうすんだ…」

 

「何ッ?ほぉ~。ハー君には妹がいるのか?仲はいいのか?」

 

「チッ、言うんじゃなかった…、あぁいるよ。5歳年下のマイヤっていう妹がいるんだ。仲はいいぜ。共に苦楽を生きてきたたった一人の家族だからな」

 

「妹かぁ~!いいなぁ~!僕は弟がいてねぇ。昔は仲良かったんだけども、父が皇位けいしょ…んんんじゃない!!えっと、弟と兄の僕がいたんだけど、僕の方ばっかり可愛がって贔屓しちゃってね。それでグレてしまったんだ。ギスギスしてて、他人行儀でねぇ。僕は仲良くしようとしているのに、嫌味や同情はやめろクソ兄貴、と言われちゃって。母上にもそれで余計叱られてしまって。僕とどうにもソリが合わなくてね。弟の性格すっかり歪んじゃって中々これが上手くいかないんだ。だから兄弟仲は最低なんだ、悲しいことにね。なんだか君が羨ましいな」

 

「へぇ…貧しくないってのも大変なんだな。ま、俺は逆にお前が心底羨ましいけどな」

 

「どうして?貧しくないから…と言いたいのかい?」

 

ハーヴァンは昔のトラウマが頭の中でフラッシュバックした。首にくっきりと跡が残り、動かなくなった腹違いの弟ラヴェイ。それをしたのは―――――。

 

「………それもあるけど…。まぁいいや。この話はよそうぜ。それより、そろそろ互いの情報交換しようぜ。俺は大方のウエストスラムの地図書くからさ、絵なら書ける。文字はお前に任せる。まとめてみようぜ」

 

「うん、そうだね、そうしよう。早くこの不可解な怪事件を解決しなきゃだし!」

 




ハウエル
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マーシャ
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ハウエルの追憶 2

あらかたのウエストスラムの地図を描き終わったが、ここで問題が発生した。

 

「絶望的に汚いな…」

 

歯にもの着せず、描き終わった地図を見たイラスの容赦ない一言だった。流石に自分でもこれはない、と思うほど汚い地図だったが、頭に入って記憶している地図をいざ描き起こしてみるとかなり難しいと感じた。

 

「うるせー!!俺はお前みたいに教養なんてねぇんだよ!大体何だこのペン!?書こうにしても先が割れてて全然うまく書けやしねぇ!壊れてんじゃねぇのか!?それにペンなんて最後にいつ持ったことすら覚えてねぇよ!」

 

ハーヴァンはそのペン先を指さしてイラスに怒鳴った。

 

「あのね、これは万年筆って言って。割れてるのは元からなの。まず持ち方がなってない。なんだその持ち方は、割れるに決まってるよ。幼子じゃないんだからグー持ちはやめたほうがいいぞ!」

 

「だーっ!嫌味かよ!?悪かったな幼子で!!」

 

ケッとつばを吐き、イラついて思わず描いた地図をぐしゃぐしゃに丸めてイラスに放り投げた。カサっと当たったそれは地面に落ちた。

しかしイラスは嫌な顔一つせず、ゴミと化したその紙を広いポッケの中に入れると、

 

「まぁごめんよ、すまなかった。いまのは僕が悪かったよ。いつかペンの持ち方を僕が教えよう。とりあえず今は仕方がない、地図は君に描いてもらうのは諦めよう。大丈夫さ、人によって得意不得意があるのは当たり前!今までペンをまともに持っていなかったのなら、当たり前だ。気にすることはない!ペンや頭は僕に任せてくれ!」

 

「なんだよ…、怒らないのか?」

 

「どうして怒るんだ?僕がそんなに気が短く見えるかい?」

 

「いや…別に…」

 

このイラスとかいう奴は随分自分とは違って温厚で優しい性格らしい。こいつとは互いに利用価値なしとして、もしくは喧嘩して終わりか?とも少し思ったが、そのような事は微塵もないらしい。

 

「ふぅ、そうなるとまだ残っているストチルを自力で探して聞き込みしかないな。まぁ地図自体はハー君の頭に入っているようだし、案内をまた頼むよ」

 

「はぁ~?もう残ってるウエストスラムのストチルときたら1チームだって聞いたぜ?それにそいつらは俺と仲の悪い連中、それにガラが悪くて年も割と上ばっかりだらけだぞ。ぜってー情報量と引き換えに何か要求してくるぞ、俺には分かる。俺だったらそうするからだ」

 

「え?1チーム?…確かに寝床をあらかた回ったいる気配はなかったな…ふむ、まぁちょっと待って。確かに情報というのは貴重だけども。ただで教えてもらおうなんて思ってないさ。でもやってみなきゃわからないだろ、それにせっかく君がいるんだから、利用させてもらうとするか!」

 

「あん?どういう事だよ?」

 

 

 

「お、ぉ、ぉおぉおぉぉおまえ~~~~~!!はははははやく知っている情報を離さないと痛い目に合わすぞ!!僕じゃなくてハー君が!!」

 

グイっと背中を押され、前に出て手を少し振り上げる。

 

「………、うぉー…」

 

「ひっひぃぃぃいい!!っ勘弁してくださいよハーヴァンさんっ!」

 

…こういう事か、とハーヴァンは振り返り、へっぴり腰で震えた指で差し、威勢よく自分より身長の高いストチルの青年に啖呵を切るイラス見つめた。ちなみに今は俺の後ろに隠れている。勿論、これはイラスがいきなり運よく1人でいたそいつに喧嘩を売り睨み返された時にヒッと怯え、一目散に俺が隠れていた路地裏に退散してきた後の出来事である。威嚇してっ!と言われ、しぶしぶ手を振り上げただけでビビられるのだから、イラスに過去に一体どんな事をしてきたんだ!?という目で見られたのは言うまでもない。多分コイツは俺と出会ってなかったら偶然縄張りに入り込んでこいつらと対面し、身ぐるみを全てはがされていただろう。

 

「そもそもハー君から聞いた時、不思議に思ったのだ!君らのチーム以外のウエストスラムのストチルがごっそり消えているというのに何故君らが残っているのかというね!何かあるんじゃないかと思ってね!年がちょっと上ならなおさらだ!最近は成長したストチルが裏社会の反社会組織に入るなんてこともあり得るし、むしろストチルが反社会組織を形成している可能性だってありうる!」

 

彼の考察を聞き、ハーヴァンは感心した。何故コイツはそんなにも詳しいのか。流石は探偵見習いなだけはある。

 

「あ…そっかそういう考えもあるのか…お前頭良いな」

 

「え、あぁありがとう。おい!どうなんだ少年!!」

 

「あぁっ!?テメーに少年って言われたか…ってヒィ!!すみません!!」

 

懲りず無自覚に喧嘩を売るイラスに突っかかろうとした少年の胸倉を掴み、目をじっと見つめた。

 

「やめてくださいよ…!俺下っ端だから…!バラしたらいとも簡単に真っ先に消されちまう…!」

 

少年はガチガチと震え、涙をこぼした。その様子を見たイラスは間違いなくこれは何か裏があると確信した。

 

「消される?消されるって、誰にだい?」

 

イラスが目を光らせ、聞き込んだ。

 

「誰がテメェなんかにっ…うっぐぐいぎぎっ…苦しっ…!」

 

めんどくさくなってきたハーヴァンは胸元をつかみんでいた手を上に持っていき、首を強く絞めた。その姿は紛れもなくチンピラである。

 

「わー!ハー君!それ以上やったら死んじゃうよ!!」

 

「大丈夫大丈、せいぜい泡吹いて気絶させるだけだ」

 

「そういう問題じゃなくてね!?いや気絶させちゃダメだよ!情報聞き出さなきゃ!首絞めちゃダメ!!」

 

「ハイハイ、首を絞めるのはやめるよ。おい、さっさと喋らねぇとこの胸倉掴んで浮かせた体制のまま俺の暇してる手が滑って腹パン喰らわすかもしんねぇぞ」

 

空いている右手をプラプラとさせ、よりプレッシャーをかけた。そして胸倉をつかむ手も更に強めた。

 

「やめてーー!!!やめてください!!離して下さい!!」

 

「ハー君、君外道か!?怖いよ!!もっと他の方法で!!!とととにかく!暴力!ダメ!絶対!!」

 

「チッ、じゃあペンかせ」

 

「えっ?」

 

ハーヴァンはメモ片手にイラスが持っていた万年筆とやらをひったくり口に加え蓋を取り開けると投げ槍のように構え、そのまま少年の左目に――――――

 

「わぁぁあああああちょっとぉぉおおおおーーー!!?」

 

イラスは止めようとしたが間に合わず、思わず目をつぶった。

 

「………っ!っ!!」

 

少年は恐怖のあまり、そのまま固まった。ハーヴァンはふぅ、とため息を吐き、イラスに言った。

 

「良く見ろ、別に刺してねぇよ」

 

「………んん?」

 

恐る恐る目を開けると、あとほんの3ミリで目に当たるという位置で、万年筆のペン先は寸止めされていた。少しでも手が滑るとそのまま目の中に入ってしまう距離だ。

 

「いや確かに暴力じゃないけども!?鬼畜か!?そんなことに僕の万年筆を使わないでよ!?」

 

イラスは慌ててハーヴァンからペンをひったくって取り返した。少年は、息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

 

「しゃ…しゃべります…話させてくらさい…!死ぬ…っ!助けてぇ…」

 

「よし」

 

「よし、じゃない!全く!君は悪魔か!!」

 

涙をこぼし、命乞いをした相手にフンッと息をこぼし、地面に荒々しく落とした。過呼吸寸前になったのかごほごほと咳き込み酸素を取り込み、この世の終わりを見るかのような目でハーヴァンを見た。

 

「だ、大丈夫さ。君が漏らしたってことは誰にも言わない。それに僕は、何か事件に巻き込まれているなら、君達を助けたいんだ。信じてくれ。あとハー君の代わりに僕が謝るよ。怖い思いをさせて本当にごめんね。もう大丈夫だから。ね?」

 

イラスは慌てて地面に四つん這いになり咳き込む少年に寄り添い、背中をさすってやる。

 

「俺は別に助けようなんておもってないがな」

 

「ハー君!!余計な事言わないでくれ!」

 

ぷりぷりと怒るイラスに冗談だよ、と返した。

 

「お、俺達ストチルのチーム…ウォークスは…、とある組織に…金をやるから手伝えって、言われたんだ…。目もくらむような大金を目の前に見て、リーダーのイデルさんは…、最近かっぱらいが上手くいってない事や、イーストスラムの悪魔番長、ハーヴァンにボッコボコにされためんつも取り戻すためにも、その話に乗ったんだ…。それが間違いだった…」

 

イラスはメモする手が、ハーヴァンの異名を聞き震えたが、ゆっくりと静かに耳を傾けた。

 

事の発端、それはチームウォークスは、予めイーストスラムのハーヴァンが目をつけていた商業用倉庫の横取りをしようとしたのだ。それを怒ったハーヴァンがチームウォークスに殴り込みし、ボコボコにされたという事。プライド、メンツを壊されたリーダーとこのチームのありさまを目の当たりにし、チーム全体の士気も下がり、かっぱらいも上手くいかない。いったとしても、途中でバレてしまったり、とにかくうまくいかなくなってしまったのだ。

危機を感じたチームウォークスのリーダーイデルは、ある日怪しいスーツの男に話しかけられ、その男はこのような話を持ってきたそうだ。

 

『そうだな、最初の方は怪しまれないように小手調べ感覚に、まだ年端もいかない幼い子供あたりで構成されているチームが好ましい。そいつらの寝床を教えろ。そしてそのガキ達を攫うのも少し手伝ってもらう。なぁに簡単な仕事さ、心配することはない。

 

純粋無垢で、何も知らないような。それでいて少し反抗的な態度の奴がいてもいい。あ、女が多くいるチームでもいいぞ。まずは小さい奴から試すのもありだし、いらない奴はこっちで他に回す。悪い話じゃないだろう?ライバルが減るんだ。ウエストエリアが終わったら、イーストエリアにも行く。お前をボコボコにしたハーヴァンって奴も勿論攫って消してやる。まず前金として少し払ってやる。お前ら以外のストリートチルドレンが居なくなったら、このアタッシュケースの金全部やるよ。えぇ?悪い話じゃないだろう?これだけあれば、10年はチームは生きていけるさ!それに、足りなくなったらまた幼い子を連れてくれば、考えてやってもいい。さぁどうだい以上がこの契約書の内容だ。さ、契約するならここにお前の血判を押しな』

 

リーダーイデルは目の前のアタッシュケースの札束に目がくらんだ。それに、前金として支払う、と言って差し出してきた札束も恐らく100万ガルドはある。前金でこれなら、この分厚いアタッシュケースに入っている金は一体いくらになるのだろうか。しばらく遊んでくらしても大丈夫なくらいである。字もまともに読めないが、縋るような気持ちでその契約書に血判を押してしまったのだ。契約が成立し、前金の100万ガルドの札束を受け取った。そしてウエストスラムで自分たち以外の他のチームの寝床を全て教えた。あっちは、そのお礼として知り合いの店なら安く売ってくれる、と、食べ物の店を紹介されたんだ。そこには欲しいものがいっぱい売ってた、夢中で集めて、正しく購入しようとお金を差し出した。しかし。

 

「でもそれは…真っ赤な偽札だったんだ…!!」

 

「何だと!?」

 

イラスはメモしていた手を止めた。

 

「商人がそれに気づいて、俺達は通報されそうになった。イデルさんが混乱しながらも必死に命令して俺達は逃げおおせたんだ。危うくあのガタイのいい商人のおっさんにもボコボコにされそうだったぜ…。イデルさんはあの男の元に行って、抗議した。でも、殴られて、タバコの火を腕に押し付けられて、門前払いされた。前金はしっかり払ったし、後の金はイーストの連中を捕まえてからだって…。そんなの、絶対嘘に決まってる!イーストの連中は割とウエストとは違って一人をリーダーとして固まってるって、最初の契約の時にまんまとリーダーは話しちまったみたいだし。俺…、俺達は騙されたんだ…!偽札を使って買い物をしてバレて捕まれば、証拠はなかったことにされるし、知り合いの店だってのもグルに決まってる!俺達は仲間を売って…しまって…!それからどんどんウエストスラムからストチルが減っていって…!!」

 

そこまで話すと少年はわんわんと泣き出した。涙のダムが決壊したように、今まで相当我慢をしてきたのだろう。仲間を売るときも無理矢理手伝わされ、拒否したらチームのメンバー1人を殺すという話も、嗚咽紛れに聞き取れた。

 

「俺はっ…俺達はっ!リーダーも!どうすればよかったんだっ…!どうせ用済みで消されるか、あの組織の一生下っ端で暮らしていくしかねぇ…っ!!立場の弱いガキだってわかってる!馬鹿だったってイデルも嘆いてた!でもどうしようもならないんだ!俺達は教育なんか受けていないっ!そんな契約だの、偽札だの…分かんねぇよッ!誰か…誰か俺達チームウォークスを助けてくれッ…!うっううっ!うわぁぁああぁぁん!!」

 

イラスは少年を抱きしめ、頭を撫でた。許せない。怒りがふつふつと湧き上がる。社会的に弱い立場の子供、しかも騙されやすく夢見がちな思春期から青年期の子を狙った巧妙な手口。金と美味しい話をちらつかせ、信用させる為に前金を払うというのも卑劣な手だ。そしてその前金はただの幻想、偽物だ。金の価値なんてありゃしない。彼らに残るのは、仲間を売ってしまったという罪悪感と契約書の胸糞悪い置き土産の内容だけ。もう契約は成立したんだと脅しをかけ、まともに読めない契約書をちらつかせ大人の数と暴力で締め上げる。

 

「なんって卑劣な奴らだ…!!許せない!!それに偽札だと!?これは厳重に取り締まらなければな!!」

 

イラスは帽子のつばを握りしめた。

 

「すまねぇな、元はと言えば俺…が原因じゃねぇか」

 

ハーヴァンはばつの悪そうな顔で少年に謝った。

 

「違う…俺達だって悪かったんだ…、全部俺達の自業自得なんだ…」

 

「いや、ハー君も少年も悪くない。これは不幸な偶然がきっと重なってしまっただけだ。確かにハー君も全く関係がなかったとは言い切れないが。しかし元はと言えばその卑劣な手口を使ってストチルを騙した大人連中が悪い、当たり前だろう!?」

 

イラスはこれでもかと憤慨し、早急に何か対策を取らねば!と豪語して立ち上がった。

 

「待ってくれ…今思い出したんだが…、今何時だ!?」

 

少年は慌てたようにイラスにつかみかかった。

 

「え?そうだな…えーっと…」

 

イラスはポケットから金の懐中時計を取り出した。ハーヴァンは一目見るだけでそれは高価なものだと分かった。蓋には豪華な模様が描かれ、それは何か、花の模様をしていた。文字盤を見つめ、イラスは、

 

「もうすぐ夜の7時だね。おおっともうこんな時間なのか。全く、スヴィエートは万年月明りが明るいから日が沈んでもしばらく気づかなかったな。もう晩餐の時間じゃないか」

 

と、のんきに言った。しかし少年の心は気が気ではない。

 

「奴ら…言ってた…!今夜の7時から8時の間に…イーストエリアのストチルをまとめて攫うって!!!」

 

「何だってー!?」

 

イラスは懐中時計を危うく落としてしまった。その様子が、ハーヴァンにはまるでスローモーションのように見えた。

そして脳裏の横切る、本を読む妹の姿。

 

「―――――――――――――マイヤ!!」

 

「ハー君!?っおい!」

 

イラスの止める声も聞かずに、ハーヴァンは翻し、イーストスラムへ全速力で駆けていった。

 

 

 

駆けていく途中、水はり、凍りついたバケツに躓きハーヴァンは大きく前に転んだ。その音がイーストスラム街に嫌に響いた。何でこんな日に限ってこんな静かなんだ。頼む、何も、何も起こっていないでくれ。

 

ズキンと少し傷む足に自分で鞭を打って、祈るような気持ちで無理矢理立ち上がり、寝床への道を急ぐ。

 

「頼む…頼む頼む頼む…!マイヤ…無事でいてくれ!マイヤ…!!」

 

いつもならこの時間は寝る前の読書を少しして、自然と本に顔をうずめてうたたねしてしまう、なんてのが日常だった。それをいつも俺が、ひきはがしてきちんと毛布を掛けてやる。手間のかかることだが、嫌ではなかった。

 

「マイヤ!!ホレス!!」

 

梯子を下りて、やっとのことで、いつものマンホールの下の寝床についた。ここは匂いさえ気にしなければ暖かく、雪や風もしのげるのだ。

 

「おい!!誰か!誰か返事しろ!!」

 

いつもならこんな事叫んでいれば、うるさい寝れないだろう!と怒号が帰ってくるに決まている。なのにそれがない。ぶわっと冷や汗が噴き出した。いやまて、そうだ。マイヤが寝ているいつものスペースに!藁にも縋る気持ちでそのスペースへ走る。いるはずだ、いつものように、本を読んでいるはずだ!

 

しかし、そこはもぬけの殻だった。”従花の恋慕”とかいう昔から大事にして何度も読み直している中古の大人びた恋愛小説が虚しく、そこには開かれた状態のまま放置されていた。

 

「いねぇ…!!っちっくしょう!!」

 

あいつが許可なくこんな夜に出かけるはずがないし、そもそもホレスも俺も許さない。そしてその肝心のホレスでさえもこの場にいるはずなのにいない。

 

―――――――――誰一人として、ここにはいなかった。

 

「くっそがぁああぁぁぁあぁああああ!!!」

 

ただ自分だけの叫びが反響し、むなしくこの下水道に響くだけだった。

 

 

 

無我夢中で梯子を上り、マンホールから飛び出した。どこだ、どこにいる。まだ時刻は7時半すぎちょっと。遅くなければ追いつける。渡してなるものか、失うものか。妹は、世界でたった一人の家族なんだ!!!

 

イーストスラムを駆け回り、ハーヴァンは目ざとく目を凝らして探した。すると黒づくめのスーツの大人達がイーストエリア境界付近のはずれで複数人いるのを確認したのだ。あいつらに間違いない、ハーヴァンは確信した。何も考えず、体が動いてしまった。元より、頭で何か考えるより先に、手が出しまう体質だった。

 

「っテメェらあぁあああ!!」

 

「あ?」

 

スーツの男の一人が振り返り、薄汚いハーヴァンを見下した。小太りで、髭を生やし、無粋な目。だがその目は冷徹で、平気で人を何度も何度も殺してきたような、そんな目だった。

 

「仲間を!!妹を!!返せえええええええ!!」

 

ハーヴァンはそのまま正面から突っ込み、拳を振り上げその男の溝にめがけて右ストレートを繰り出した。完全に入った!そのはずだった。

 

「いって…!?なんだ…?」

 

殴ったはずなのに、何故かこちらの拳の方がダメージが大きいように思えた。どうしてだ?何故この男の腹はこんなにも固い?

 

「なんだぁ?そのひよっこみたいなパンチは?」

 

「なっなんだと、そんな馬鹿な!?」

 

確かにこの男の溝に入ったはずだ。なのに男はうめき声一つ上げない。それどころかニヤりと笑い、腕を持ち上げて、締め上げた。

 

「いっづぁぁあぁああああ!!離せよ!!おい!!」

 

「フンッ、まだ居残りがいたようだな。夜の小便にでも行ってたか坊主?生憎、俺の腹には防弾チョッキが仕込まれていてね、お前のパンチなんざ屁でもねえな。おい!こいつどうするよ!?ボス!」

 

男はハーヴァンの右腕ごとそのまま持ち上げ、宙に浮かせた。腕がおかしな方向に曲がりそうだ。関節が外されそうで、涙が出るほど痛い。

間違いない、こいつらはプロだ。そして俺は感情に飲まれるまま、相手をよく見ずに喧嘩を売ってしまったのだ。まずい、と本能的に感じた。ボス、と言われた男がずい、と他の連中を押しのけ出てきてハーヴァンの顔を覗き込んだ。葉巻を咥え、分厚い眼鏡のレンズをかけた男だ。

 

「ハッ、反抗的なガキの代表って奴だな。なかなかいい面してんじゃねぇか。って、ん?」

 

何かに気づいたのか、顎をグイっと掴み、目を見つめた。ハーヴァンはそれが気持ち悪くて仕方がなかった。葉巻の、頭痛を催す酷い臭いがする。

 

「よく見るとこいつ、売春用に出したあのプラチナブロンドの髪をしたガキに目元が似てないか?目の色も同じだ。あのガキはストリートチルドレンにしとくには勿体無い奴だったからな、よく覚えてる」

 

その時、ハーヴァンの中の何かが切れた。

 

「てんめぇぇえええ!!マイヤに!!妹に何をした!?妹はどこだ!?このゲス野郎が!!」

 

暴れれば暴れるほど、腕は痛くなった。しかし、アドレナリンが一気に噴き出し、興奮しきった感情、体は感覚を麻痺させた。

 

「妹に手を出してみろ!!俺がぜってーに許さねぇ!!」

 

「うぉっなんだコイツ!いきなり力がデカく…!!」

 

腕を持ち上げていた男は慌てて逃げられないように態勢を整えた。

 

「ハッ、なるほど、こいつにとってそれが地雷、スイッチみたいなワードだったんだろう。ま、これの前には関係ないがな」

 

男は葉巻を口からとると、宙にぶら下がっているハーヴァンの腕に押し付けた。

 

「ぎっあ゛ぁ゛あ゛ぁあああああ!!!」

 

尋常じゃない熱さと痛さが、右腕に走った。

 

「反抗的なガキには、いったん躾してやらないとな」

 

「ハハハッ、ボスゥ~、ガキにも容赦ないですねぇ~!」

 

「こっの!!クソ野郎が!!」

 

ハーヴァンは押し付けられるその痛みに耐えきれず、思いっ切り足を振り上げ、その男の顔をつま先で蹴り上げた。カシャン、と、メガネが地面に落ちた音が響いた。連れの男は、やってしまった、という目で見つめた。

 

「…………、リンチした後に埋めろ」

 

葉巻の男が冷たく言い放つ。まるでそれは死刑宣告のようだった。

 

「了っかい!っと!!」

 

そのままハーヴァンは、先ほど溝を殴った男にお返し、と言わんばかりに思いっ切り溝を殴られた。

 

「かはッ…!」

 

「おい、簡単には殺すなよ。嬲ってから殺せや」

 

「分かって、ますって!!」

 

交互にまるでサンドバッグのように、殴ってくる男達は、人の目をしていなかった。ドサッと地面に落とされ、振り上げた足が背中、腹に当たる。

 

「ちっ、スヴィエート人の反抗好きの趣味をしてるロピアス貴族連中の奴隷にしてやろうかと思ったが、これ程反抗心が強いんじゃ、使えねぇ。それになかなか厄介で牙も爪も他の連中とは分かるほどに違う、研いでやがる。これじゃ売れたとしても反抗が強すぎるって苦情が来ちまう。きっちり処分しておけ」

 

「分かりました」

 

誰か、誰か助けてくれ。何で俺達がこんな目に合わなければならないんだ。妹も。俺達は、ただ生きたかっただけなんだ。そりゃ悪い事してたって自覚はあるさ。でも、それでも。生きる為には仕方がなかったんだ。意識が遠のいていく。俺はこのまま殺されるのか。本当に、妹に悪いことをしてしまった。自分が情けない。相手をよく見ず喧嘩を売ってしまった自分の落ち度でもある。

 

(ごめんイラス…今日知り合ったばかりなのに、再会は出来なさそうだ…)

 

もう友人として接していたあの人懐っこい笑みを浮かべる青年、いや少年か。ただ、探偵見習いとは言っていたから、もしかしたら、いつか仇を

とってくれるかもしれない。俺たちの目標は一緒だったんだ。イーストエリアの案内を出来ずに申し訳なかったと思うが、もうおそ――――――――

 

「いた!!あそこだ!!おい君達!これは皇帝勅命だ!!あの黒髪の少年を助けるんだ!!スーツの奴らは殺すな!威嚇射撃だけして、我々に危害を加えられたら発砲許可は下す!奴らは今は泳がせるんだ!」

 

どこかで聞いた、声がした。

 

「了解しました!おい聞いたか!?サイラス陛下のご命令通りに動け!」

 

「貴様ら!!ここで何をしている!」

 

ピーピー!という笛の音と、大人数が行きかう軍靴の音が、地面の振動が、幼虫のようにうずくまっている自分には分かる。

 

「なっ何で軍の奴らがっ!?」

 

「ここは巡回ルートから外れているはずだぞ!?」

 

「サツもいるぞ!おいマズい!!ずらかれ!!」

 

一斉にリンチを加えていた男たちは散り散りになり、散開していった。しかし、神隠しのように消えた子供達は、この場には一人もいなかった。畜生、という思いだけは残った。しかし意識をそこで失う前に薄れゆく視界の中、誰かに手を差し伸べられたのだけは分かった。

 

「ふぅ~。危なかったねハー君。遅れてごめんよ、ちょっと嫌な予感がしたから多めに手配招集したし、すぐには追わなかったから完全に見失っちゃってさ。大丈夫かい?」

 

軍と警察を我が物顔で引き連れて、さっきとは違った雰囲気を身に纏ったあのうさん臭い探偵見習いの青年が、そこにはいた。

 

 

 



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ハウエルの追憶 3

番外編を引き続き読んでいただきありがとうございます。イラストが少しそろったので公開しますね。

イラスト 未在様
ハーヴァン少年

【挿絵表示】


【挿絵表示】


以下イラスト 長次郎様
サイラス

【挿絵表示】


ツァーゼル

【挿絵表示】


この2人の事をスヴィエートの一族達の欄にて設定追加されていますので、お暇でしたら覗いてみてみてください。


ハーヴァンは震える手で、しっかりとイラスの手をとった。が、

 

「ゔッ…、ってえ…!」

 

先ほどバケツで転び足を打ったのもあるが、宙づりにされて落とされた時あらぬ体制のまま着地したため足がズキズキと傷んでとても立ち上がれなかった。

 

「わっ、足怪我してるっぽいね。ちょっと待ってて。それに酷い。痣だらけだ。安心して。僕が背負うから」

 

イラスはハーヴァンの手をいったん離すと、しゃがんで彼を背負った。

 

「…おい…お前がおんぶなんてガラかよ…!?」

 

若干震えながら、なんとかイラスは立ち上がった。周りの軍人が手を貸すと言っているが、それを丁重に断り自ら請け負う。

 

「ハハッ、君には世話になったからね。今度は僕がお礼をしなきゃ。とにかく傷を手当てしよう。いい知り合いがいるんだ」

 

背負ったハーヴァンは軽かった。イラスは自分が割とひ弱で力がない方だと自覚はしているが、それでもまだ平気だった。しっかりと後ろに手を回して抱えると、軍人や警察に囲まれながら夜道を歩きだした。

 

「待てよ…、俺の…妹は…、仲間たちは…」

 

「大丈夫さ。きちんと手は打ってある。まずはハー君、君を安全なところに連れていこう」

 

誰かに背負われたのは、いったい何年振りなんだろう。とても懐かしい感じがした、そして安心した。兄が居たら、こんな感じなのだろうか…。

 

「助けてくれて…、ありがとう…。俺の仲間達も助けてくれ…約束…だ…ぞ…」

 

瞳が重くなっていき、意識が途切れた。そのゆっくりと閉じられていく瞳からは、一筋の涙がこぼれていった。

イラスは振り返り、背負われたまま安心して眠るその少年の涙を見た時、必ず早急にこの事件を解決しよう、そう改めて心に固く誓った。

 

 

 

「うぅ…やっぱり重い…、もう無理歩けない…誰か助けて…。城が遠い…行けると思ってたけど正直舐めてた…」

 

「大丈夫ですか陛下!?代わりますよ!」

 

「すまない…。…ヤバい僕弱すぎ情けなさすぎる…」

 

 

 

翌朝、ハーヴァンはとある部屋の一室で目が覚めた。でも、白い天井でもない、薬品の匂いとかもしなかった。質素な部屋ではあったが、見たこともない広さと気品で清潔感のある部屋だった。けれど、誰もいなかった。誰かがいた形跡はある。

 

「ここ…は…」

 

辺りを見回した。誰もいないようだが、どこかからうっすらと、微かに声が聞こえた。

 

「……ま…くだ…い…!貴方は……てい…なん…すよ…!」

 

「そ…ん…かっている…!でも…ハー…とのやくそ…なん…!」

 

「別に…ア…キ…の…勝手に…させ…いい…ろ…」

 

「ツァー…ル……様まで…!」

 

「まぁまぁ~……人共!落…着いて!」

 

恐らく3人だ。そしてイラスの声も聞こえた。徐々に鮮明に聞こえてきたそれは、扉のすぐ近くまで来ているという事だ。知っている奴の声が聞こえたのは、目覚めた後1人で心細かったハーヴァンの行動を急かすには十分だった。待ちきれず布団を捨てるようにはぎとると、ベットから飛び出し、

 

「とにかく、約束したんだ。ハー君と。だからその約束は僕自身が果たさ―――――」

 

「おい!イラス!!ここどこだ!?」

 

「グヘッ!?」

 

「へ、陛下!?」

 

「ハッ、無様だな」

 

バンッ!とお構いなしに扉を荒々しく蹴り飛ばして開けた。何か変な声がしたが、扉の開閉音にかき消さてハーヴァンは気が付かなかった。しかし目の前には目的のイラスはいなかった。代わりに赤い瞳で金髪のおばさんと自分やイラスより年上そうで厳格で怖そうな雰囲気のある青髪の青年が立っていた。

 

「あぁ?なんだ?イラスはどこだ?」

 

「まぁ!?なんて乱暴な!?」

 

金髪の女性が糾弾した。

 

「知るか。扉の開け方なんて普通教わるもんじゃないだろ。お前らは扉の開け方を習ったのか?」

 

扉を荒々しく開けたことは確かにそうかもしれないがついついお得意の喧嘩腰で言い返した。

 

「こいつが例の…。随分とまぁ…、愚弄で失礼な態度のガキだな…、浮浪者みたいな兄貴によく似合ってるじゃないか」

 

「あ?んだテメェ」

 

にやりと笑い、視線をわざわざ合わせて青髪の青年は見てきた。身長がそいつの方が遥かに高かったので馬鹿のされた気分になった。いつもなら妹に宥められるのが日常だが、ここにマイヤはいない。一貫してハーヴァンは態度を変えなかった。目の前にいるイラスと同じ髪をした人物がどれ程身分が違うのかを知らないが。そのふてぶてしい視線に喧嘩を売られたような気分になって睨み返した。

 

「ツァーゼル様!兄上様に失礼です。そういった発言は控えるように母上様から言いつけられていたはずですよ?」

 

「うるさい、俺に命令するな。治癒術が出来るという理由でお情けで居させてもらってるだけの奴が」

 

「なっ!」

 

「そうだぞ!パツキンのババアは引っ込んでろ!!」

 

ツァーゼルと呼ばれた青年に触発されてハーヴァンもかなり失礼な事を口走ってしまう。見ず知らずの2人に囲まれじろじろと見られる。不安はぬぐえない。

 

「~~~~~ッ!!なんっっっって失礼な子供ですか!?誰が傷だらけの貴方をそこまで治したと思っているのです!?」

 

「るせーー!!誰も頼んでねぇよバァーーカ!!つか、イラスはどこだよ!?おいイラス!!いるんだろ!返事しろやァ!早く出てこないと引きずりだして雪に埋めるぞ!」

 

「誰ですかイラスって!本当にもう口も悪いし!!どれだけ失礼なガキなの!?そのアホ毛抜くわよ!?陛下の気心か知れます!!」

 

「うぅっ…待って…3人共落ち着いて…!」

 

「あ?」

 

すぐ近くから聞こえたイラスの声に、耳を澄ます。扉の裏側からだった。急いで扉を閉めると、壁には押しつぶされたイラスが鼻を赤くして涙目になっていた。しかも片方の鼻穴からはつーっと鼻血が垂れている。

 

「酷いよハー君…。開けようとしたら君が蹴り飛ばしてくるんだもの…。その扉にぶっ飛ばされて…もう…鼻が痛い…」

 

「えっ…、マジかよごめん…。でも鼻血ぐらい日常茶飯事…」

 

「君にとっての日常茶飯事は僕の日常茶飯事じゃない…、けど許す…」

 

一番信頼していおり命の恩人であるイラスを扉蹴りで吹っ飛ばしてしまったのだからそこは素直に謝った。

 

「ベラーニャァ……、悪いけどちょっと鼻治してくんない…?痛いし、血の味がするよぉ…」

 

「あぁ陛下…大丈夫ですか?かしこまりました、すぐに。癒しの力よ…ファーストエイド!」

 

ベラーニャと呼ばれた金髪の女性が彼の赤い鼻に手をかざし、一瞬光ったかと思うとあっという間に治っていた。鼻血も止まっている。

 

「ふぅ…、ありがとう!さてハー君、君は謝らなければいけない。僕はもう謝ってもらって許したけど。ベラーニャに謝りなさい。さっき彼女が言ってた通り、君の全身打撲の傷やその他もろもろを治してそうやってメンチ切れるまで元気に回復させたのはベラーニャのおかげなんだよ?」

 

幼い子供を諭すような、そしてちょっと叱るような毅然とした態度とその声色に思わずハーヴァンは謝った。

 

「ごっ、ごめんなさい…ベラーニャ…………、さん…」

 

「ちょっと混乱してただけなんだよハー君も。落ち着けばいい子だから!ね?ベラも許してあげて。ホント根はいい子だから。ちょっとやんちゃすぎるだけで…。きちんとした教育を受けてないから仕方がないことなんだ。それにしてもやんちゃだけども…

 

小声で二度言った。必死にかばうその姿を見て折れたのか、ベラーニャはため息をつき落ち着いた。

 

「…、まぁ…いいでしょう…。素直に謝ることはできるみたいですからね…。それにまだ子供ですし…」

 

「身分も知らずメンチを切ってきた俺に対する謝罪はないのか?」

 

イラスは苦笑すると、またハーヴァンに話しかける。

 

「ハー君。扉を乱暴に開けてちょっと失礼で驚かせてしまったことも謝ろう?彼は僕の弟、ツァーゼルっていうんだ。ほら仲直りして」

 

イラスが嫌そうな顔のツァーゼルの肩を抱きよせハーヴァンに紹介した。まじまじと2人を見つめる。確かにちょっと似てて兄弟に見えるのだが。

 

「は?弟?兄じゃなくて?」

 

「……………………」

 

沈黙が流れた。

 

「ふっ…。それ言われるの何回目だろうな…。やっぱり俺の方が皇帝にふさわしいだろ…」

 

ツァーゼルは笑いを堪えきれずイラスをにやにやとした目で見つめた。

 

「君…言ってはいけない事を…」

 

ズーンと落ち込み据わった目でハーヴァンを見つめるイラスの視線に慌てて謝った。

 

「わ、わー!ごめん!ええーーと…。いきなり喧嘩売ってすみませんでしたぁー」

 

棒読みでツァーゼルに謝った。その態度に何か言いたげなツァーゼルだったが、

 

「チッこれ以上は時間の無駄だ。兄貴の勝手にしろ、俺はこんな戯れに今後一切関わるつもりはない。馬鹿が移る」

 

と言い、その場を去っていた。ベラとイラスとハーヴァンがその場に残される。

 

「ま、まぁ色々あったけど。2人の名前は覚えたかな?」

 

「あ?ああ。てかずっと聞こうと思ってたんだけど、ここどこだよ?」

 

辺りを見回せば、長い長い廊下が広がっていた。途中に甲冑らしきものがあったり、シャンデリアのような豪華な照明、そして極めつけは床の赤絨毯だ。これがあればどれ程寒さで喘ぐ同胞を包めるだろうか?

 

「あぁ、ここはね。スヴィエート城だよ。それで君がさっきまで寝ていた部屋は空いてた使用人用の部屋でね。あげるから今後自由に使っていいよ」

 

何でもないように言うが一大事である。

 

「ちょ、ちょっと待てよ?話が全然分からないんだが。何でストチルの俺がそんな場違いな場所に担ぎ込まれてんだ?」

 

「貴方…知らないのですか?このお方はサ…」

 

呆れた様子のベラがしゃべろうとするがそれをイラスが遮った。

 

「あぁ待ってベラ。僕が言うよ。隠してたのは悪いと思ってたけどさ。でも仲良くなるためと警戒されないためにはああするしかなかったんだ」

 

「???なんのこったよ?2人共一体何の話をしてんだ?」

 

「まぁそうだね。じゃあ改めて自己紹介するねハー君。僕の名前はイラスじゃないんだ。本当の名前は、サイラス・ライナント・レックス・スヴィエート。この国の第6代目皇帝だよ。ホントは継承権は20歳にならないと貰えないんだけど、父が早死してしまってね。僕は例外なんだ」

 

「………は?」

 

ハーヴァンは目が点になった。コイツが皇帝?あのどう見てもどっかの庶民か旅人にしか見えなかった奴が?探偵じゃないのか?

 

「おいおい、冗談キツいぜ。もっと笑えるジョーク持って来いよ」

 

「冗談って言われても…それが事実だし…。嘘つく意味なくない?」

 

本気(マジ)で言ってんのか?」

 

「大マジだよ。大体、警察や軍を一声であれほど動かせる人ってなかなかいないでしょ。あんなに軍や警察が駆けつけて君を助けたのは、僕の要請を聞き入れてくれたからなんだよ。多分普通僕みたいな童顔…って、認めたくないけど僕みたいな若輩者にしか見えない奴が通報してもせいぜい1人か2人の警察官でしょ。軍なんてものをそう簡単に動かせるわけがない。でも僕は動かせるよ。何てったって、軍の最高指揮官は皇帝のこの僕だからね。いわゆる鶴の一声って奴。あの事件は怪しい臭いがプンプンしてたし、首都の軍の人たちもストチルには困ってたみたいだから、快く要請を受け入れてくれたよ」

 

彼の言っていることはごもっともだった。普通軍をあれほど動員させる権力をもつ人間はこの国でほんのわずかの限られた人間しか出来ないだろう。それにだから城にいるのだと合点もいく。

 

「えぇ…マジか…マジなのかよ…。イラス…。じゃねぇ。お前の名前サイラス?だっけ?一文字とっただけじゃねぇか全然偽名になってねぇな」

 

思ってたことをズバッとハーヴァンは言った。

 

「う…。そ…それは認める…。とっさに聞かれて思いついたのを言ったんだ。嘘をついていたこと、ハー君を騙していたことは謝るよ。でも信じてくれ。僕は、貧困とこの今回の事件に喘ぐストチル達を助けたいんだ。そして彼らの職と定住場所を提供すると誓う。そのために、自ら現場に行って調べたし、君とも触れ合った。それは大きな収穫だった。とても参考になったよ」

 

「皇帝ってんなことまでするのか?大変だな」

 

茶化すようにそういったが、サイラスの目つきは変わりハーヴァンに訴え始めた。

 

「いやぁ、そこまでするまでもないって確かに弟にも母にも言われたけど。僕はね、皇帝だからするべきだと思っているんだ。あのね、皆僕の事を皇帝皇帝って言って慕ってくれるけど、ハッキリ言って僕はひ弱で弱いよ。どんくさいし、そうただの人間。更に弟からも雑魚呼ばわり、あと15歳の時既に腕相撲で負けた。拳銃なんてものだって一応携帯して経験もあるけど撃ったら全く面白いほどに当たらない。あと肩が痺れる。片手で撃った時なんかは脱臼しかけた程だ。でも僕はそれでもいいんだ。別に争いをしたいわけでもない、最低限自衛は出来るようには努力してるけども、頑張ってる優秀な部下達がいる。それはそれに任せて、僕は僕のすべきことをしなければならないんだ。この国をいち早く復興させて繁栄させる為にね。その為には皇帝がしっかりしなきゃいけないんだ。指導者が現場を知って国民と触れ合わなければ何も知れない、何も意味がない。弟からはよく小言言われるけどもね、僕はこの姿こそ皇帝のあるべき姿だと思うんだ。皇帝は神でも崇拝対象でもない、普通の人間なんだから」

 

ハーヴァンは少しサイラスを舐めていた。しかしそれはすっかりと消え去り、今の想いを聞いて心の中の炎が宿った。この人になら、着いていこうと思える。こいつはそれほど信頼するにあたる人間で、その人間性も完成されている。

 

「……なんか、俺…馬鹿で学歴もないし、はっきり言って皇帝にとかよく分からなくてただ漠然とした無能で税金食いつぶすっていうイメージしかなかったんだ。神なんていないのは同意だし、何で俺達は救われないんだって昔は嘆いてた。敗戦して、無政府?状態が続いたスヴィエートが荒れに荒れまくって、困窮したけど。お前みたいな奴がいるんだったら、まだまだ俺もこの国でやっていける気がするよ。俺はそれを応援したいとも思う」

 

正直な感想を述べた。身分を偽って騙していたなんてもうどうでもいい。こいつについていこう。その時そう思った。

 

「ふふ、ありがとうハー君。そう言ってくれる人がいるから僕も頑張れるんだよ。さて、本題に移るけども。君の妹と仲間達の話だ。ちょっと脱線したけど、もとはといえばこの話をしにきたんだ」

 

「!おい!その件どうなった!?」

 

「とりあえず、ベラにもう一度検査してもらって。話はそれからだ。彼女の腕はいいから、多分もう何もないと思うけど、一応ね」

 

ベラが腕を組み、ハーヴァンを見下ろした。体にもうどこにも以上がないか調べてもらうのだ。改めて命の恩人にさっきは失礼な態度をとってしまったと反省した。

 

「ベラ。よろしく。ひとまず部屋に入ろうか」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

塩らしい態度で素直に頭を下げるハーヴァンの様子を見てベラは優しい笑顔でうなずいた。

 

 

 

体の検査も終わり、席を外したベラを確認するとサイラスは椅子に腰かけ、ベットに座るハーヴァンと話し始めた。

 

「まず、君が昨日の晩に返り討ちにあってから、約14時間程経ってる。僕はその間睡眠時間を削って死力を尽くして奴らの潜伏場所の絞り込みあたったよ。勿論、軍の人達や警察が頑張ってくれたおかげだね。順を追って話すと、わざと逃がして泳がせて追いかけた後彼らが首都から出ていくのが確認できた。つまり、拠点がオーフェングライスじゃないってことだ。そうなるとオーフェンジークの港しか考えられない。首都の東は極寒の死の大地、ハドナ雪原。西は今のこの冬の時期には厳しすぎる全てを凍らせる山と言われてるグラキエス山脈だ。北には広大な湖しかないし、と考えられると南の港しかない。

 

今まで軍が常駐してる軍港にも相応しい場所にそんなのあり得ないって思ってたけど、それはただの憶測にしかすぎなかった。軍にもいい人達はいるけども、逆を返せば悪い人たちもいるってことさ。人間そういう風になってるからね。で、何が言いたいのかというと、調査の結果スヴィエートの一部の軍人がロピアス人と裏取引をしているみたいなんだ。君が出会った黒ずくめの連中はその仲介役だったというわけだ。彼らの仕事は子供を攫ってくること。流石に顔の知れてる軍の人がそれはやれないからね。で、それを軍港滞在の悪い軍人に引き渡してその仲介料のお金を貰う。ってわけ。多分軍港連中も一部の国のお金を横流しにしているだろうね。許せない話だ。国民の税金を自らの懐に入れて楽しむなんてことは絶対に許してはいけない。それはもう、スヴィエートに対する裏切り行為にも等しい。きちんとしかるべき制裁を受けさせる。

 

そして攫われた子供達は、ロピアス人に売られるんだ。悪趣味な話で吐き気がするよ。そのまま奴隷にさせられたり、人身売買にかけられる。スターナー貿易島の裏オークション、裏取引か何かできっと値踏みれているに違いない。子供達は純粋で抵抗力も力もない。それに暴力で簡単に従わせることもできる。船に詰められて、行った先は人身売買の地。まさに地獄だ。ロピアスに行ってしまったらもう取り返す事もできない。だから早急にこの問題は対処しなきゃいけないんだ。僕が直々に動いたのも、こういう、最近軍の金の流れがおかしいって事からだったんだ。何か少しでも疑問に思ったことは調べて、連想して、しらみつぶしに調べ始めた。そして見事にビンゴだった。ストチルがその犠牲になっていた」

 

ハーヴァンは息を呑んだ。恐ろしい話だ。まさか軍港の連中が関わって、ましてや国の事まで関わっていたとは。

 

「許せねぇ…!ロピアス人なんかに!仲間や妹たちを渡してたまるかってんだ!最低だぜ…自国民を売るなんて、本当に許せねぇ!」

 

「あぁ。だから早急に。つまり今夜作戦を決行する。腐った軍港の連中に制裁を加えて一斉検挙する。悲しいことだが、軍ってのは権力がそれなりに高くてね。元老院と軍がこの国で二番目の権力をいつも争っているんだ。力を持つものは時として傲慢になる。お金も持っている連中も多いだろう。すこし裕福になって生活基準が高くなってしまうと人はそれ以前の生活に戻れない。むしろもっと、と望んでしまう。だからあのような金を手に入れるための汚い事に、手を伸ばしてしまったんだろう。それも今日で終わりにしよう」

 

サイラスは軍港の地図を取り出し、ハーヴァンに見せた。

 

「で、その作戦の事なんだけど…」

 

 

 

――――――――――オーフェングライス軍港にて。

闇夜を照らす明るいスヴィエートの月明りを頼りに、素早い韋駄天を生かしハーヴァンは駆け回った。サイラスの言葉をもう一度頭の中で繰り返す。

 

『必ず軍港のどこかに奴らの拠点場所があるはずだよ。それをまず叩く、そして吐かせて検挙する。きっと仲介連中はバレないようにどこか、そうだね。目星としては3か所。軍港のコンテナ、地下倉庫、あるいは使っていない船が考えられるな。そのような所を拠点としているはずだ。首都には置けないからね。それらを少しでも怪しいと思ったら調べて、拠点を特定するんだ。そのあと合流しよう、僕に考えがある』

 

しかし、コンテナ、地下倉庫、船など全て調べたが見当たらない。地図にどんどん渡された軍港の地図の目星場所に×マークが描きこまれていく。うまく隠れているのか、それともサイラスの勘が外れていたのか。前者であってほしいがこれほど空回りだと、焦りが増してくる。どこにいやがるんだ奴らは。早くしないと妹が売られてしまう。急いで調べ終わった倉庫を出ようとすると、人の声が聞こえたのでサイラスは慌てて身をひそめた。

 

 

「ふぅ…昨日はとんだ邪魔が入ってどうなるかと思ったが、なんとかなったな。案外チョロいもんだぜ」

 

「あぁ。ウエストのガキどもはもう全部スターナー島に移送し終わったみたいだから、イーストのガキの連中も早ければ今夜か明日には取引して金を渡すそうだ。中々顔のいいダイヤの原石みたいな女の子がいたみたいでな。プラチナブロンドの髪に透き通るような空色の目。ロピアス人受けしそうな顔だ。きっとオークションにかければ売上がウエスト連中とは違って跳ね上がるぞ」

 

「何?それは楽しみだな」

 

「あぁ。あんな顔のいいガキ久々に見たぜ。薄汚れてるストリートチルドレンなのにどこかやっぱり見るものがあった。綺麗にすりゃ絶対そこらの娼婦よりかは将来稼ぎが望める」

 

ハーヴァンは怒りでその場を飛び出しそうになった。その汚い口から語られるのは間違いなく自分の妹、マイヤの事に違いなかった。今すぐにでもこいつらを殴って歯を折って、海水に無理矢理その頭をつかんでを突っ込んでやりたい気分だった。しかしぐっとこらえ、息をひそめて奴ら2人を尾行することにした。

 

(ここか………)

 

一定の距離を保ちつつ、怒りを我慢しつつ尾行しきりたどり着いたその場所はなんと軍港からは少し離れたエリアにある灯台であった。灯台の裏外壁。白いペンキで隠された扉は、横にかかっている浮き輪のスイッチを押せば動いた。隠し扉を開いたかと思えば、そいつらは地下に入っていった。

 

「チッ。まさに灯台下暗し…だな。よし、サイラスに連絡だ…!」

 

 

 

「いやー。まさか灯台だったなんてね。ごめんごめん、僕の予想全部外れてたね。ハハハ、なかなか洒落がきいてるじゃないか。これぞ灯台下暗しってやつ?」

 

「俺と同じこと言ってんじゃねーよ。無駄口叩いてないでさっさと行くぞ。で、どうすりゃいいんだ。全部ぶちのめせばいいのか」

 

軍港の外の街道でテントを張り、そこでハーヴァンの連絡を待ち、張り込みをしていたサイラスと合流し、また灯台に戻ってくる。近くの茂みに隠れ、他愛もない話をかわす。

 

「コラコラ、またそういう物騒な発言しないの。それにハー君、君ね、返り討ちになったのちゃんと覚えてる?いる場所が分っているなら彼らはもう袋の中のネズミさ。さっき警察に応援要請をしたから来るはずだよ。軍の人たちもね、ちゃんと信頼できる人達集めたから大丈夫。軍諜報部のアンチロピアスっていうなんともストレートなネーミングなんだけど、最近弟が人事を結集してその組織作ってね。皇族と国に身を捧げてるような人間しかいない。だから秘密は絶対にバレないし、裏で軍港の軍の連中と連絡取り合われることもない。ホラ…噂をすれば来たよ…」

 

「うおっ!?びっくりした!!」

 

ザンッと木の上から何かが飛び出してきたかと思えば、それは顔をフードと口布で完全に隠していた怪しい黒づくめの7人だった。一目でやばい連中だと分かる。遅れて1人が慌てて降りてきた。合計8人だ。

 

「いやぁ~、心配だったから念には念を入れてその道のプロの人たちを呼んだんだよ。彼らはアンチロピアスの中でも更に特殊部門で、暗殺を専門とするシガー部隊の人たちだよ。まだ7人しかいないけど。まぁ7人しかいないからフルで呼んじゃったんだけど。今回の仕事は別に暗殺するわけじゃないし、仕事がなくて暇そうにしてたから丁度いいかなって」

 

「そんなゆるふわな雰囲気で語っていい連中じゃないだろ!ガチの奴じゃねぇか!!」

 

「うん、そうだよ~。あのハー君がボコボコにされちゃったからね。まぁ相手は大人だったとはいえ相手がプロならこっちはもっとプロをぶつけるまでさ。今日はよろしくね皆~」

 

「御意」

 

口布をしているので独特の籠って聞き取りづらい無機質な声で返事をする。

 

「ん?っていうか7人っつたよな?1人多くないか?」

 

「あ、それの理由については後でわかるよ。もう一回言うけど殺しちゃダメだよー。ちゃんと命令は守ってね。情報を聞き出すのが優先だからね。殺しちゃダメだよ?」

 

「…努力します」

 

明らか目を反らして返事をしたシガー部隊隊長と思われる人物を見てハーヴァンは思わずツッコんだ。

 

「ダメじゃねぇか!!絶対殺すぞこいつら!!」

 

「まぁまぁ、今のは彼なりのジョークだよきっと。皇帝の命令は基本絶対だからね。これは守ってもらわないと始末書案件だよ。じゃあくれぐれも。よろしく頼むよ。伝えた作戦通りにね」

 

「承知しております、では」

 

「きちんと奴の特徴学んできてね!」

 

サイラスが先ほど遅れて木から降りてきた1人に言った。

 

「はっ、了解しました!」

 

シガー部隊はそう言うと即座に行動を開始し、灯台裏の隠し扉を開くと突入していった。

 

 

 

1分後…。

 

「任務完了しました。こちらが誘拐組織キレサの団員リーダーの右腕、アコニフが来ていた洋服です」

 

「お疲れ様~!ありがと!」

 

はっっっや!!!嘘だろ!?

 

ハーヴァンは腰を抜かした。シガー部隊を見送り、動きがあるまでしばらく待機か暇だな…と思って欠伸をした途端既に完了した。

しかし人数は8人から7人に減っていた。

 

「だって入ってって奴らを眠らせるだけだもの。それで1人の着てる服奪って、今度は潜入専門のサライト部隊の人との連携に移行する。シガー部隊は今から遊撃隊になるから合図がくるまでしばらく待機だよ。お疲れ様、休憩してていいよ。あ、これ差し入れね」

 

と言って渡したのは様々なグミが入った袋だった。グミには薬品効果が含まれているので割と可愛い見た目に限らず高価な品物である。

 

「そんな、いいのですかこんな割に合わない差し入れを…」

 

「いいっていいって!体力減った時とかに是非食べて!」

 

「ありがとうございます陛下」

 

「恐縮です」

 

「是非機会が来たら食べさせていただきます」

 

「その機会が来ないことを祈るべきなんだけどね~。まぁそんな簡単には腐らないと思うよ、保存食に近いし」

 

(本当にこいつら暗殺部隊なのかよ…)

 

それぐらいほんわかとした雰囲気だった。サイラスの醸し出すフレンドリーでアホスタイルに触発されているのか暗殺部隊のくせにさっきのとがった雰囲気は一体どこへいったのやらというまでの和気藹々とした空気になっている。

 

「陛下、ソロニャエフは現在離れた位置で尋問部隊と合流し、練習中です。しばらくお待ちください」

 

「そっか。じゃあせっかくだし休憩してクッキーでも食べようか。クリスから貰ってきたんだ。ほらハー君、食べる?バタークッキーだよ」

 

「緊張感無さすぎか!!ってかうめぇ!なんだこのクッキー!?」

 

そして15分休憩も終わりサイラスは張り切って言い出した。

 

「さてじゃあ僕らの作戦を開始しようか!サライト部隊の元劇団員の経歴を持つソロニャエフことソロっちと合流しよう!」

 

「………劇団員?ソロっち?」

 

 

 

「お~いソロっち~、どう?事前演技練習はばっちりかな?」

 

サイラスが軍港外れの野営テント、茂み近くで身をひそめていたソロニャエフという男性と合流した。

…近くには椅子に括り付けられ身ぐるみはがされ、顔には何か粘着質なものが付着していた。明らか何かをされたと分かるような惨めな恰好の男が泡を吹いて気絶していた。

 

(なんか…もうツッコまないでおこう…)

 

ハーヴァンはとりあえずサイラスの部下達って優秀なんだな、という自己完結をしてその場の空気に身を任せた。

 

「サイラス様、お待ちしておりました。ええ、勿論です。あとはこのアコニフが着衣していた洋服を着るだけです。顔の型もすでに取ってあります」

 

「そっかそっか、よし、じゃあよろしくね~」

 

「ありがとうございます。着衣と準備してきますのでしばらくお待ちください」

 

「?一体何するつもりなんだ?」

 

 

 

5分後…。

 

「お待たせしました」

 

「!?」

 

ハーヴァンは思わず身構てしまった。茂みから出てきたのは、昨日の晩腹に一発食らわせたが全く効かなかったあの小太りで、髭を生やし、無粋な目をした男だったからだ。しかも声まであの男。一瞬あの男が目を覚ましてソロニャエフを気絶させ出てきたのかと錯覚したぐらいだ。

 

「何だテメェ!?えっ!?おい!ソロっちは!?」

 

「私がソロっち…じゃない、ソロニャエフだ」

 

「!?」

 

声がソロニャエフに戻っていた。

 

「彼は元劇団員でね、特殊メイクの人手が足りない時に自力で独学で勉強して取得してたんだ。劇団員と特殊メイクを兼任してた優秀者なんだけど。劇団が経営破綻しちゃって路頭に迷っていた所を僕がアンチロピアスにスカウトしたの」

 

サイラスは自慢げにソロニャエフの肩をぽんぽんと叩いて、頼りにしてるよ、と付け足した。

 

「はっ、全力を尽くします。陛下には大変感謝しております。私のような若輩者に仕事を与えてくださりありがとうございます」

 

「うんうん、長所を生かした仕事をしないとね!ってわけでよろしく頼むよ」

 

「…これ作戦に俺いる必要なくね…?」

 

純粋に疑問に思ってた事を言ってしまった。

 

「お前の部下優秀過ぎだろ」

 

「だから言ったじゃないか。優秀な部下に僕は囲まれて助けられてるってね。それにまぁ、仮に君を作戦に同行させなかったら絶対俺にもついていかせろってダダこねるでしょ」

 

「…………」

 

ぐうの音も出なかった。我ながら絶対にそうするだろうと思ったからだ。

 

「それにきちんと自分の仲間や妹を救い出す仕事は、ハー君の役目だよ。しっかり役目果たしてね」

 

「え?ちょっと待ってこれから何すんだ?」

 

「大丈夫。昨日と同じ事してればいいから」

 

「え?」

 

 

 

「うぐぇ~…捕まった~…!離してくれよぉ!」

 

ソロニャエフに連れていかれた先は、軍港の桟橋先。停泊している貿易船のタラップ前にいる警備軍人に突き出され、大根芝居っぷりを披露した。まぁプロのソロニャエフがいるのであまり気合いは入れてないが、俺を使った潜入作戦らしい。今どうすればいいのか分からないのでとりあえず無理のない程度に暴れる。ソロっちが警備軍人に話しかけた。

 

「おい、通してくれ。ボスは中だろ?ボスに献上する昨晩のガキを連れてきた」

 

「あ?ああ昨日の例のバカで生意気なガキか。話は聞いている。大変だったそうだな」

 

(んだとコラ…テメェ…。後でぶっ殺すからな…。お前の顔覚えたぞ…)

 

「あぁ。このガキのせいで危うくサツに捕まりそうにもなりやがった。きちんと落とし前は着けねぇとな」

 

「よし、いいぞ通れ。ボスのキレサは確か、マーヴァル少佐と一緒に客室にいる」

 

「分かった」

 

必要最低限の情報だけを交換した、短い会話が終わった。貿易船へ見事潜入成功した。

 

「しかし、マーヴァル少佐がキレサと繋がっているということは、その上官である中佐や大佐はこのことを知っているのか?それとも共謀して全体として関わっているのだったらかなりやばいぞ…。軍港連中の総入れ替え…なんてことも考えられる…」

 

潜入し、長い船室廊下をともに歩いていると、ソロっちが呟いた。ハーヴァンにとって何を言っているのかよく分からない難そうな話題だったので聞き流し

 

「おいソロっち。俺は何すればいいんだ」

 

「そのソロっちってのやめなさい。それで呼んでいいのは陛下だけだぞ」

 

「俺もハー君って呼ばれてるから気持ち分かるぞ」

 

「………まぁ許そう。昔のソロにゃんよりはマシだ…。君の仕事は仲間達を見つけることだ。この船のどこかにいることはまず間違いない。探し出して、見つけたら甲板に出てこれを打ち上げて合図を送れ。赤の信号弾だ。もし予測できない事態に陥り、任務続行不能になったら迷わず逃げろ。外では子供たちを保護する警察の船が待機している。子供達が囚われているという事実が確認できれば、彼らは突入することができる。なんとしても探し出せ、君の妹をな。目星はついている。恐らく貨物室だろう子供とはいえ、人を運ぶのにはスペースがいるからな」

 

「ソロっちはどうするんだ?」

 

「俺はこの船の構造が載っている地図を探す。おそらく操舵室か、ボイラー管理室なら入手できるはずだ。行動を開始するぞ。今は皆が船室で就寝中の時間帯とはいえど見つからないように気をつけろよ、貨物室はここから比較的近い。階段を下れ。地下1Fから5Fエリアだ。ではハー君、検討を祈る」

 

ソロっちはそう言うと廊下を走り出し、あっという間に階段を上って行った。流石の韋駄天のハーヴァンでも大人の歩幅、しかもプロとして訓練しているソロっちには追いつけるはずがなかった。

 

「は!?おいハー君って呼ぶんじゃねぇ!」

 

そう怒鳴った声は聞こえるはずもなくポツンと誰もいない廊下に一人残された。

 

「だーっ!くっそ!ええいとにかく行くぞ!」

 

自分自身に気合いを入れ直し、ハーヴァンは船の階段を降りて行った。

 



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ハウエルの追憶 4

この話でハーヴァンの少年編とサイラスとの出会い編終わりになるかなとおもってたんですけどそんなことはあり得ませんでした★

スミラとフレーリットみたくそれなに長くなるかも…。もしよろしければお付き合いください…(まだ全然アロイス出してないってんだから全然終わらせられねぇよって話←)

大体1万文字行くか行かないかの所で切っているんですけど、どうですかね。テンポ大事にしたいんで…。書き方に納得がいかない方は、申し訳ありません。


ハーヴァンは広い貨物倉庫のエリアを見てげんなりした。流石にデカい貿易船だけはある。自分より倍はあるコンテナや箱がずらりと立ち並び、これは相当骨が折れる。しかも密輸扱いなので簡単には見つけられないだろう。

 

「…読めねぇ!」

 

じっと目を凝らし、コンテナや箱に書いてある文字をにらみつけるが、読めるはずもない、当たり前だ。

 

「うぅ…やっぱり俺はどうしようもねぇガキだ…これじゃ見つけるのにどれだけかかるか…」

 

とりあえず手あたり次第に箱やコンテナを叩き、中に誰かいないか、と呼び掛けてみるが返事なんて返ってくるわけがない。そしてこれが1F~5Fまであるのだ。しらみつぶしの地味な作業といえど、これは流石に無茶すぎる。

 

「何か手がかりはねぇのかよ…!」

 

ハーヴァンが現実の厳しさに打ちひしがれていると、

 

「ハー君、どうだね。進んだかね?」

 

「うぉっ!?ビビった!」

 

後ろから声をかけてきたのはついさっき別れたソロっちであった。

 

「え!?あれ!?地図は!?」

 

「もう手に入れたよ。操舵室に行くには結構な監視網を通らなくちゃいけないし、起きている連中がいるし遠くてだね、やっぱり戻って来て、地下のボイラー室先に行ったんだが当たりでね。無事地図は入手できた。なるべくすぐに見つけてその後は君の援護をしろと命令されているから、良ければ手伝わせてもらえないか」

 

「はぁ~!良かった~!もう俺どうしようかと思ってたんだよ!助かったよソロっち!」

 

「そのソロッっちてのを…、まぁいい。君、エヴィは使えるか」

 

何だかんだ言いつつ、変なあだ名に妥協して諦めたソロニャエフはため息をつき、ごそごそと何かを取り出そうと懐をまさぐる。

 

「エヴィ?知ってっけど、分かんねぇよ。使い方そんなにしらねぇもん。結晶とかは高価で俺達にはそんなに手に入るものじゃないし」

 

「そうか。じゃあこれを君に預けよう」

 

ソロっちはそう言うと、懐から何か測定器のようなものを取り出した。メーターが付いていて、振り子のように動いている。

 

「なんだそれ」

 

「エヴィ探知機だ。人間は基本的に様々なエヴィと元素、鉄、水、その他もろもろから作られている。エヴィは体を構成する物質の3分の1を占めている。子供とはいえ、エヴィはこれで探知できる。大人数が攫われたとなると、まとめてどこか一か所に閉じ込められている可能性が非常に高い。この測定器が必ず反応を示してくれるはずだ」

 

「はぁ!?お前そういう便利なものは最初から俺に渡しておけよ!」

 

ハーヴァンは思わずつっかかった。俺の努力を返せ。

 

「すまんすまん、うっかり忘れていた。それでも自分なりに努力し、自力で探そうとする君の姿には感動したよ。さぁ早く君の仲間たちと妹を探して見つけてあげよう。君は1階から探索したまえ。私は5階から上がっていく。怪しいものを見つけたら中を探索してみるんだ。もし仲間を見つけたら、目印ををつけて、後でまとめて私に報告すること。安全な場所に避難誘導させる」

 

ソロっちは簡単な説明を早々に済ませるとそれをハーヴァンに渡すと、また離脱しそうになったので、慌てて肩にてをかけ引き留めた。

 

「う、ぉお…、おい待て!どうやって使うんだこれ!」

 

「簡単だ。君の韋駄天を生かしてこの倉庫内を走り回りたまえ。子供たちがいる場所には必ず反応を示すはずだ、メーターが音とふり幅で教えてくれる、ではな」

 

また颯爽と去ってしまった頼れるナイスガイ、ソロっちを見送りハーヴァンは気合いを入れ直した。

 

「よーし!さっさと見つけて!いっちょサイラスにでも何かうまいもんでも奢らせるか!」

 

 

 

「見つけた!おい大丈夫か!後で必ず助けに来る!とりあえず待機していてくれ!」

 

「おい!無事か!?誰か俺の妹のマイヤを見ていないか!?なぁ、ホレスっていう少年を見かけなかったか。そいつ、俺のイーストスラムでの相棒なんだ。見ていない?そうか…」

 

「ダメか…このグループにも…。そうだ金髪で眼鏡をかけた女の子を見なかったか?」

 

ハーヴァンの韋駄天を生かし、あっという間に1階から3階のエリアをまわり、子供たちがまとめて捕らえられているコンテナを探し当てたが、3つとも中に妹はいなかった。どうしてだ。イーストスラムの連中はあらかたいたのに、やはりマイヤはいない。それに、自分が留守の間にいつも妹を任せているホレスさえ、どこにも見当たらなかった。ソロっちと合流して見つけた仲間たちは安全な場所に誘導されたみたいだが、一番大事なマイヤだけが見つからない。列に並び、順番に保護されに行く仲間たちの中にイーストスラムのルーベンスという見知った奴がいたので、慌てて呼び止めた。

 

「おいルーベンス!よかったお前も無事だったんだな!」

 

「ハーヴァンこそ!流石はリーダーだな。誘拐から逃れて俺達を助けに来てくれるなんて、やっぱりお前はイーストの英雄(ヒーロー)だぜ」

 

「はっ、ウエストじゃ悪魔番長なんて呼ばれてるらしいけどな。って、今はそんな話している場合じゃないんだ。なぁホレスとマイヤを見なかったか。あいつを探してもどこにもいないんだ。一緒にさらわれたんじゃないのか」

 

「そうだ、マイヤとホレス!」

 

彼はその2つの名前聞き、顔色を変えて慌てて答えた。

 

「奴ら2人だけ別の男に連れていかれたんだ!売春用とか言って、あっという間に泣き叫んで嫌がるあの子を!すまねぇハーヴァン!俺は、俺達はどうすることもできなかった!ホレスも引き留めようと必死だった!でも抵抗虚しく、引きはがされて一緒に連れていかれちまった!」

 

「なんだと!?おいそれなら2人はどこにいるか分かるか!知っている情報は何でもいい!頼む!教えてくれ!俺には妹がたった一人のこの世の家族なんだ!ホレスだって俺の相棒なんだ!分かるだろう!?」

 

2人がこの世からいなくなるなんて、おぞましくて仕方がなかった。たった一人の可愛い血の繋がった妹と、信頼できる相棒と呼べるに近い仲間。年は2歳上だが、そんなものは関係ない。苦楽も、共にしてきたし、スリもかっぱらいのコツも俺が教えた。妹も、少しマセているとはいえまだ10歳だ。今頃俺が居なくて泣いているに違いない。

 

「俺達はすぐに目隠しをされて…、2人がどこに連れていかれたかを見ていない…」

 

「そうか…」

 

いや、だが、まだこの船に残っている可能性は捨てきれていない。下の階はソロっちに任せているとはいえ、見つかっていないだけかもしれない。しかしそのソロっちがハーヴァン達の会話を聞いていたのか、

 

「すまないハー君、下の階にも、ハーヴァンという兄がいる者はいないかと子供達に聞いて回ったが、その子はこのグループには入れられていないようだ。おそらく別の所に違いない。売春用はその子の素材や顔がいいほど金になるし、幼い頃から調教される。即座にオークションや店に売られるはずだ。つまり、もうここにはいない可能性が高い。十中八九、世界市場のスターナー貿易島に既に連れていかれたかもしれない」

 

「そ…そんな…」

 

ソロっちの絶望的な情報に、打ちひしがれるしかなかった。

 

「まだ諦めるのは早いぞハーヴァン少年」

 

「え?」

 

「何のために我らがスヴィエート皇帝と、そのアンチロピアス所属の直属部下の俺がいると思っているんだ。ここ俺達アンチロピアス…、長いな…。通称アン・ピアにすべて任せてお前は妹を助けに行け」

 

スッと無線機を取り出すと、ソロっちは誰かにかけ始めた。

 

 

 

オーフェンジークの皇族専用プライベート港から出航し、ものすごいスピードでスターナー貿易島までの航路を弾丸のように突っ走るさながらジェットスキーのような小型船が、走っていく。遠目に見える先ほどまで侵入していた大型船は、警察のサーチライトに照らされ、一斉に検挙されていくのが遠めに見える。怒号と笛の音が夜の港に響き渡り、子供達も無事に保護されいているようだ。優秀すぎるサイラスの部下、アン・ピアと軍、そして警察の摘発により、オーフェンジーク軍港の腐った軍人達は、このあと軍法会議にかけられ、厳重に処罰されることだろう。そして俺達はといえ…。

 

「なんだこれ!すっげー!俺、動いてる船に初めて乗った!」

 

ハーヴァンは海に手を入れ、水しぶきを楽しんだ。海は青いと聞くが、今はいかんせん夜なので真っ暗だが、それでも気持ちいい。スヴィエートの海域付近は水温が低くかなり寒いが、まだ触れるレベルではある。大きな満月が海に写っている。ハーヴァンはそれをパシンと叩いた。

 

「まぁ皇帝の僕にかかれば、めっちゃ速い船なんてあっという間に手配できるさ。例えどんな時間だろうとね!ハーッハッハッハッ!」

 

もちろんこの船は、サイラスのプライベートシップである。(初めて使用するみたいだし、船主も無理矢理呼び出されたため若干不機嫌なのはこの際見なかったことにしておく)

 

「俺、海に出るのも初めてだ!」

 

「ハー君嬉しそうだねぇアハハ、この国は月明りが明るいからね、夜でも全然、スターナー貿易島までくらいの航路なら問題ないのさ~、海が荒れてたり、グランシェスク方面から流氷が大量に押し寄せてきたりしない限りね!」

 

「海に写る月なんてのも初めてだぜ…!綺麗だな…」

 

「さあ早く妹のマイヤちゃんとお友達のホレス君とやらを助けに行こう!」

 

「お前ホント役に立つな!」

 

改めてこいつの有能さに感心せざる負えなかったが。

 

「でしょでしょ~?もっと褒めていいんだよハーく、ぐっおえ…気持ち悪おろろろろ…!」

 

突然サイラスは前のめりになり、波打つ海に向かってリバースした。何もかも台無しである。

 

「うぉぉぉおい!?いきなり吐くな!!さっき乗ったばっかだろどんだけ船に弱いんだよ!?」

 

「ち、ちなみに僕、泳げもしないから船から落ちたら一緒に死のうね……」

 

顔面蒼白でぜーはーぜーはー言いながらにっこりと笑うソイツははたからどう見ても皇帝には見えないただの童顔のもやし野郎であった。

 

「前言撤回。やっぱりお前役に立たねぇな!」

 

 

 

マイヤはじわりじわりと涙をこぼす。黒い目隠しの色をさらに濃くなる。

 

ここは、どこだろう。目隠しされて、目の前は真っ暗。何も見えなかった。一緒にいたホレスお兄ちゃんも攫われた時にどこかに連れ去られてしまったのだろう。声も気配も感じないし、もしかしたら…、と最悪な状況がふと頭によぎるが、マイヤは首を振って自己の後ろ向きな考えを否定した。そんなはずはない。だって、ホレスお兄ちゃんは、ハーヴァンお兄ちゃんの相棒だ。イーストスラムで二番目に強いって言っていた。勿論、一番目はハーヴァンお兄ちゃん。

 

「大丈夫…、きっと、ホレスお兄ちゃんは大丈夫…」

 

あの時だって、大人たちが住処になだれ込んできた時だって、真っ先に私の手を取って脱出させてようと必死に手を引っ張って誘導してくれた。結果的にこうなってしまったが、一番悪いのは大人達だ。ホレスは悪くない。お兄ちゃんが出かけていたのが、最大の誤算だったのかもしれない。

 

リーダーが不在であるイーストスラムのストチルなど、統率力がないに等しい。経験も実力も人望もかなり高いハーヴァンがリーダーで、一塊の大グループなって、団結力や協調性が高いという事はそれ即ちハーヴァンがいなければ、皆住処に侵入された際に混乱し、バラバラになってパニックを起こしてしまうという弱点でもある。副リーダー的存在であるホレスも必死に逃げるように誘導と声を浴びせたが全て裏目に出てしまった。それが今回ハーヴァンが留守にしている間に起ったイーストスラムのストチル達の状況だ。

 

それでも、大丈夫だと必死に言い聞かせても、後ろに手を組まされ縄で縛られて引っ張られて何も抵抗もできない。多分、抵抗したら痛い目にあわされる…。

 

「ううっ…グスッ…おにいっちゃん…!」

 

今出てくる言葉はもうそれしかなかった。いつも世話を焼いて、面倒を見てくれる頼れる兄は、正午ごろ見送ったのが最後。次に会えることはなかった。ホレスは、ちょっとまたフラっとどこかに行ってるだけさ、と知らされた。そのようなことは日常茶飯事だったし、何一つ心配していなかった。日常が突然崩壊し、大好きな兄は無事なのかすらも分からない。

 

「なかなかいい上玉を連れてきたな」

 

「だろ?ずっと俺が目をかけてきたやつだ。10歳でもこんなに容姿が整っているんだから売春でも愛玩奴隷でもきっと高く売れるに違いねぇよ」

 

「よし褒めてやる。お前のロピアスへの居住権と偽装戸籍を確保してやるよ」

 

「ああ、頼むぜ。しっかりと書いてくれよ。俺が治癒術師(ヒーラー)だってな…」

 

マイヤはその会話と声を聞いて戦慄した――――――――。

 

 

 

スターナー貿易島に停泊したサイラスの船から降り立ち、初めての土地に心を躍らせる。今の時間帯は深夜なのに、流石は世界のすべての貿易品があつまる最大世界市場と呼ばれる島である。街は深夜でも、光結晶の光をサーチライトのように照らし、港付近の商業地区や貿易地区は荷下ろし作業で時間など関係なしに働く貿易関係の男たちや、ちょっと路地裏を除けば、怪しい店がたくさん見える。俺のような存在、ホームレスの大人の男が貿易商人に物乞いをして蹴り飛ばされるのを横目で見たとき、ここも大概治安はあまり良くないのだろうと嫌でも感じ取れた。外国特有の、スヴィエートでは感じたことのない変な臭いや食べ物、文化、そして当然のごとく外国人もたくさんいる。

 

街の看板に書いてある地図をサイラスに解読させれば、住居地区もあるようだが、全て端にあるようだ。

 

「この島は五角形の星のような形をしているから、おそらく住人は5つの地区に分かれて星の頂点の居住区で暮らしているみたいだね。中心は商店街とか交易地区だね。星のへこんでる部分が全て港になってるみたいだから、オークションのやりとりがされるとしたらやっぱり中心街だろうね。でも骨が折れそうだ。3国の文化が混ざり合って好き勝手に建物が形成された所もあるみたいだから、分かりにくい独特な街の構造をしている。迷いそうだなぁ。さっきも通ってきた道に裏通りがたくさんあったし」

 

「こういう所は俺は割と得意だぜ。建物の構造や地図、周辺の建物を記憶しておくのもストチルの専門分野みたいなもんだ。追っ手を振り切るために小さな体を生かして大人じゃ入ってこれないようなところに逃げ込むのもコツだからな」

 

「やっぱ君を連れてきて良かったよ、こういう所は頼りになるなぁ。頼むよ。アンチロピアスの人たちや軍の者はオーフェンジーク港の大型船にいる軍の摘発に人員を割いちゃったせいで実質僕ら今2人だからね。バデーだよばでー。あっ、なんかちょっとかっこいいね!相棒って感じじゃない!?」

 

「バディ、だろ。それにお前は相棒って感じしねぇなぁ。どっちかって言うとお供、って感じだ」

 

「酷い!僕達身分は関係なしに平等だろう!?た、確かに僕はハー君みたいに戦えないし弱いけどさ!」

 

サイラスは頬を膨らませプンプンと怒り出したが、何一つ自分には怒っているようには見えなかった。何て言うのだろうか、豆芝が吠えてきてるような、そんな感じだ。

 

「俺の相棒は既に、イーストスラムで一緒にいたホレスって言うやつがいるんだ。茶髪赤目の、お前の一つ年下だったかな17歳の年上だけど、奴に敬語なんてつかった事ねぇけどな。2人で協力したから、この前の倉庫の食糧だって1週間分もとれた」

 

ハーヴァンは最後に会った奴の姿を思い浮かべた。頭がキレて綺麗な茶髪、顔もそれなりにいいので女児のストチルによく懐かれている。本人も面倒見はいいし、子供はむしろ好きだといつだったか言っていた。

 

「へー…、なんかいいなぁそういう相棒関係。僕も欲しい」

 

ハーヴァンとの相棒関係を本人から否定され、既にいると聞かされれば、「ちょっと妬けちゃうなぁ」と小さく語尾に付け足す。

 

「ちなみにお前より顔は大人っぽいぞ」

 

「どうしてそういう意地悪言うんだよぉ!」

 

 

 

捜索は思った以上に難航した。闇オークションが開かれそうな場所を大人に聞き込みして回ったが、2人とも未成年である。そしてサイラスの童顔さも災いし、一切聞き込みは効果をなさなかった。ハーヴァンとサイラスの勘で怪しいところを回るが、そう簡単に見つかる程、甘くはなかった。そもそも街の構造体が複雑であるし、裏路地を回ればきりがない。しびれを切らしたハーヴァンが、何か手がかりはないのかと、はんば八つ当たりまがいにサイラスに怒鳴り散らした。

 

「ちっとも見つからない!何か手がかりはねぇのかよ!これじゃ夜が明けちまうぞ!!マイヤが売られちまう!!」

 

「もー、短気は損気だよハー君、焦る気持ちもわかる。君の妹の身がかかっているんだ、分かるよ。でもいいところまで来ているんだ、一応マッピングはしておいた。しらみつぶしに探索してきたけど消去法で考えるともうすぐ近いかもしれないよ!前向き思考で行こうよ!得意なんだろこういう場所!」

 

「お前そうやって作戦が一切ないのを誤魔化しているだけだろ!分かってんだぞ!お前は行き当たりばったりの展開に弱い!それに得意だってのは逃げることに関してだ!今は誰にも追われて逃げてなんかいねぇ!意味を吐き違るな!」

 

「うぅッ…」

 

サイラスは目をそらした。自分もこの街に来るのは久しぶりであるし、こんなに詳しく街の中を探索したことはむしろ初めてである。こんなに内部は複雑なつくりをしているとは思わなかったのだ。とんだ誤算であるし、誰一人部下を連れてこなかったことを非常に後悔した。いち早くスターナー貿易島にたどり着くことが先決だと思っていたが、一人に少女と、彼の相棒は一向に見つからない。

 

「…ごめん、ごめんよぉ…やっぱり僕、優秀な部下に助けられてばかりの役立たずだよぉ…!」

 

サイラスはしくしくとべそをかき始めた。これで18歳なのだから信じられない。

 

「泣くなうっとおしい!お前が泣いたところで何一つ解決しやしないんだ!それに悩みの種が一つ増える!お供じゃなくてお前はお荷物だよ!」

 

「そっ、そこまで言わなくてもいいじゃないか~!!」

 

元々こいつの涙腺はかなり弱いのだろう。少しきつい言葉を浴びせただけでもう目が潤んでいる。

 

「だー!!うっぜぇ!ひっつくんじゃねえよ暑苦しい!」

 

ぐずぐずと泣き、抱き着いてきたサイラスをひっぺがそうとした時だった。

 

「―――――――ハ、ハーヴァン?」

 

「!?」

 

今いる路地裏の奥、聞きなれた声が聞こえた。慌ててサイラスが持っていたライトをひったくると、声のする方を照らす。

 

「ホ、ホレス!?」

 

パッと明るく照らされた茶髪に赤目。先ほど話していた容姿そのもの、ハーヴァンの相棒である。

 

「お?あれが君の相棒かい?」

 

サイラスはスッと泣き止むとホレスを見た。後ろにロープを持っていた。そのロープの先は暗闇に隠れ見えなかったが、暗闇につながる先が地面から離れて浮いていて激しく上下に左右に揺れている。何かを結んでいるのだろうか。それともそこに結び付けられ、逃げられないようにしてあるのだろうか?

 

「お前っ!ど、どうしてここに!?」

 

ホレスはその赤い瞳を右往左往させた。きっとよほど怖い目にあったのだろう。手も震えている。

 

「何言ってんだ!お前を助けに来たんだ!それとマイヤもだ!心配したんだぞ!さらわれたって聞いて!ああでも良かった!自力で脱出したんだな!」

 

ハーヴァンは慌てて彼に駆け寄った。

 

「あ…あぁそう…なのか…!そうか……どうやって…この島に…」

 

「そんなことはどうだっていい!早くこの島から逃げよう!船はあるんだ!一刻も早く!さぁ!」

 

ホレスの手を取り、元来た道を引き返そうとした。が、できなかった。頑なに拒むように、ホレスはそこから動こうとはしなかった。ハーヴァンの手はずるんと空を切り、思わずあっけにとられた。

 

「っ?おい!どうしたんだよ!?早くここからずらかろうぜ!」

 

手汗で滑っただのろうか?もう一度、ホレスの手首を右手でつかんだつかんだ。

 

…んで…え…は…も……いつ…も…!

 

ホレスが俯き、何かをぼそぼそとつぶやいた。サイラスは、不穏な空気を全身で感じ取った。

 

「ハー君?彼!様子が変だぞ!」

 

「はぁ?何言ってんだよ、確かに受け答えがアレだけど混乱しているだけだろ?なんたって人さらいに遭ったんだ。腰が抜けて動けないなんてのもあるだろ」

 

ハーヴァンは、サイラスが言っている意味を正しく理解できなかった。こいつはずっと俺の相棒だった。誰よりもこいつの事を知っている。もう一度ホレスをそのまま引っ張ろうとした瞬間、ホレスの後ろでどさっと何かが倒れこんだ。暗闇のシルエット的に、人であった。「なんだ?」と、反対の左手で持っているライトで照らすと――――――――

 

 

 

「お兄ちゃん逃げてぇ!!!」

 

「ッマイヤ!?」

 

見えたのは、ロープを自力でほどき口に張られたガムテープを剥がして叫ぶ我が妹。次の瞬間、

 

「ハー君!危ないっ!!」

 

ザンッと、鋭利な刃物が肉を裂く音がし、あいつの青い髪の毛と同時に真っ赤な鮮血が視界の下から飛びだした。ピシャッと血の噴き出る音がし、顔にそれがかかる。

 

「チッ!!邪魔しやがって!」

 

何が起こったのか理解できなかった。サイラスに飛び掛かられて、どさっと情けなく尻もちをついた。けれど、あのままその場にいたら間違いなく喉を掻っ切られていたというのは混乱する頭の中で必死に整理して分かった。

 

「サイラス!おい!おい!しっかりしろ!!」

 

自身の腰に覆いかぶさるようにぐったりしているサイラスを見れば、ぎょっとしてしまった。服はその切られたとおりにざっくりと切れて布切れが垂れ、左肩ににじむ血がじわりじわりと彼の身に着けているマフラーに侵食していく。

 

「ハー…君…にげ…」

 

「あぁっ!サイラス!一体!何で!どうしてこんな!」

 

「あと…少しだったのに…!」

 

ゆらりと彼の影が顔にかかり、上を向けばそこには両手でナイフを振りかぶり、

 

「ホレス!?何してんだやめ―――――――!」

 

「あと少しで俺は勝ち組になれたのに!!」

 

「ぐぅっ!?」

 

頭に突き刺される直前、めいいっぱい振り上げた両手で振りかざしてきた手首を掴み、何とか持ちこたえた。

 

「死ね!死ね死ね!!今ここで死ね!でないと俺の人生が台無しになるんだよ!?」

 

「何言って…、やっめろこのっ!!」

 

ぐぐぐ…と力を振り絞りハーヴァンは下から力で押し返した。今ここで俺がやられたらサイラスまで巻き込んでしまう!

 

「くっそが!!」

 

完全に両足で何とか立ち上がった瞬間に、素早くホレスに向かって足払いし即座にその不利な状況を脱した。

 

「ぐあっ!?」

 

右足に強い強打を食らい、ホレスは横向きに倒れこんだ。その時に誤って持っていたナイフで頬を切りつけてしまう。

 

「何…してんだよホレス!お前!頭おかしくなっちまったのか!?なぁ!そうなんだろ!そうだって言えよ!誰かに操られてんだよな!?他にストチルがいて、そいつらを盾にとられ…」

 

ハーヴァンの脳裏に、昨日の情景が思い浮かんだ。妙に神隠しのあの話に詳しかった。それに重大な事を自分でも間抜けじゃないかと思う程に見落としていた。腕っぷしの強いガスパールがウエストで一番権力のあるチームウォークスに所属していたはず。吐かせた少年でも最初は頑なに口を割らなかったほどなのに、そのような屈強な少年が、わざわざ違う地区の、それにこの前喧嘩したばかりで目の敵の俺のチームのホレスにまで話に来るだろうか?否。

 

それらは全て、ホレスの作り話だと気づいた。

 

「ヘっはははは!!まだ…まだ分かんねぇのかよ…」

 

信じたくなかった。頬に手を当て血をぬぐい、そこから光が漏れた。ベラーニャがやっていた、治癒術であった。

 

「イーストスラムに誘拐組織キレサに住処を教えたのはこの俺だ!ストチル達全員が誘拐されるように逃げる道を誘導したのも俺だ!そして!!お前の妹マイヤをここまで連れてきたのも

 

お前の相棒、ホレスだったのさ!!!」

 



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ハウエルの追憶 5

この話で一旦大まかな少年編は終わりですが、まだアロイス出てきてないので続いたりします(笑)


手についた血をバッと払い、ホレスはそう叫んだ。頬の傷は綺麗に治っている。もう間違いない。それは紛れもない治癒術であった。

 

「なっ…!お…まえそれ!」

 

ハーヴァンは口をパクパクとさせながら、指をさした。

 

「俺は!治癒術師(ヒーラー)として重宝され、国から無償で援助を受けながら豊かな暮らしができるロピアスに亡命する!」

 

「な…何言って…」

 

「もう貧しい思いをせずにすむんだ!大吹雪や飢え、流行り病でいつ死ぬかも分からない、そんな恐怖におびえることのない人生を!俺は獲得する!」

 

ホレスはそう独白し、再びナイフを構え立ち上がった。

 

「だから邪魔を…するな!」

 

「っ!!」

 

刃が確実に急所の首中心部分、喉に向かって突き出されるを避けると、自分の髪がわずかに切られはらりと空中に舞う。そのまま横に斬撃を繰り返しかなり危ない。相手は刃物を持っている。ならばこちらも刃物で応戦するしかない、後ろに壁が来て追い詰められる前に…、後退しつつ、頃合いを見てハーヴァンは素早くいつも懐に携帯しているバタフライナイフを取り出し、折りたたまれているナイフを遠心力で抜刀し、逆手で持ち顔の前で構えた。

 

「やめろ!それ以上危害を加えるつもりなら、こっちもその気で行くぞ!!」

 

「ハッ、来いよ。お前のその護身用でしかないバタフライナイフで切られた傷なんかどうせ致命傷になりやしないんだ。俺のさっきの術を見ただろう?俺は普通の人間とは違う。治癒術が使えるんだ!お前のそんなのなんか、ただのおもちゃのナイフにしか見えないね!」

 

「くっ…そ!」

 

ヒュン、と空気を切る奴のナイフは片手サイズではあるがしっかり殺傷力がありそうな代物。裏路地にわずかにある光結晶ランプで照らされた光でギンと光るそれは、奴の凛とした殺意を表しているように見えた。とにかく落ち着かせなければ、それに理由も訳も分からずこのまま殺されるなんて何一つ納得できない。説得もかねて、ハーヴァンはホレスに語り掛けた。

 

「おい、おいってば!落ち着けよ!何でそんなに俺を殺したがるんだよ?えぇ?何がお前をそんな風にしちまったんだ!ずっと仲間だったじゃないか!苦楽を共にして!イーストの連中とバカやって、同じ釜の飯を食った仲間、俺の相棒だっただろ!」

 

「だから何だ?ずっと一緒にいたから、仲間だから、相棒だからと言って俺がお前を裏切らない保証なんてどこにあった?それはお前が勝手に思い込んでいただけだろう!」

 

「なんで…なんでだよホレス!この前の倉庫襲撃だって!上手くいったじゃないか!1週間は生き残れるって言って喜んでいたじゃねぇか!」

 

()()()()()だ!食べ物なんて!小さいガキに優先的に回されて俺やお前を含めた年長者はいつも後回しだ!何でそんな状況を我慢しないといけない!?お前の弱い者保護に付き合う義理はないし、俺はうまいもんをたらふく食って行きたいんだ!そう望むことが罪なのか!?」

 

「ざっけんな!ちいせぇガキの面倒を進んで見てきた野郎が!今更何勝手抜かしてんだよ!それはお前のエゴだろ!集団で生きるには必要な事だ!分かんだろ!」

 

「小さいガキの面倒を見てきたのだって、いつか俺の役に立って使える駒にしておく布石でしかない!お前とガキ達が勝手に思い込んでいただけだ!俺に懐いていた顔のいい女のガキだって!俺とは別のグループの売春用に今頃売り飛ばされて、俺の金になるんだ!ハハハハハ!!」

 

変わり果て人間として最低な事を言い放ち、腹を抱えて笑い出すかつての相棒。ハーヴァンは奥歯を嚙み締めた。ふつふつ湧き上がる怒りの感情をぶつける為にこいつの腐った根性を叩き直すために。思いっ切り振りかぶり、奴の顔めがけてバタフライナイフを奴に投げつけた。

 

「っうわっ!」

 

まさか近接戦闘用のバタフライナイフを投げられるとは思っていなかったのか、壁にビィンと突き刺さる刃を見た。その予想外の出来事に隙を見せた瞬間、

 

「ホレス!!!このっ!!クソ野郎がぁああああ!!」

 

「がっ!?」

 

ハーヴァンの右ストレートがホレスの頬に直撃し、左手でそのままひるんだ奴の右手首に払うように手刀を落とし込みナイフを地面に落とさせた。そのままナイフをめいいっぱい蹴り飛ばした。地面をスライドしながらカラカラと転がるナイフは、マイヤの目の前で止まった。

 

「マイヤ!!それでロープを完全に切ってここから逃げろ!!」

 

倒れこみうめきを上げているホレスを見つつ、ハーヴァンはマイヤに指示した。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「早くしろ!!黙って兄ちゃんのいう事を聞け!!そのナイフも持って逃げるんだ!」

 

「うん…うん!」

 

元々聞き分けのいい子だ。マイヤは言う通りにし、手足にまかれたロープを完全に断ち切り自由になると、ナイフの柄をぎゅっと握りしめ中心街の方へと駆けだした。

 

「ここには絶対に戻ってくるな!!何があってもだ!!港にあるスヴィエートプライベートシップって書いてある船を探して保護してもらえ!お前は文字が読めるだろう!」

 

「わ、分かった!!」

 

「ま、待て!いって…、くそ!!」

 

殴られたときに口を切ったのか、端から血が垂れている。それを押さえながら逃げる妹に手を伸ばしたがそれは空を切った。素早く離脱した妹を見送り、次はサイラスに指示を出した。

 

「サイラス!!」

 

「はっはいぃ!?」

 

目の前のガチ喧嘩にぶるぶると震え、切られた左肩を押さえ縮こまっている情けないサイラスにハーヴァンは怒号を浴びせた。

 

「立て!!このひ弱野郎が!肩を切られただけで死ぬ奴はいねぇ!テメェが首に巻いてるマフラーガチガチに左肩に巻いてでもいいからとにかく止血して、今すぐ妹を追いかけろ!」

 

「なっ!?ひっ、酷くない!?僕君を庇ってこうなったんだろう!?」

 

ぴぃぴぃヒヨコのように震えた涙声で口答えするサイラスの右腕をつかみ、ハーヴァンは無理矢理立たせた。サイラスはひぃいっと情けない声を上げた。

 

「うるせぇ!!説教と礼なら後だ!分かんだろこの状況が!お前はここにいても何の役にも立たない!だから!妹を…マイヤをどうか頼む!!これは俺の問題だ…、俺はお前の事を本当にお荷物だなんて思ってない!お前はお前のやるべきことを事をやれ!荷物は荷物なりにできることがあるだろ!」

 

「……分かった…分かったよハー君っ!」

 

コクコクと頷き理解したサイラスを確認するとハーヴァンは投げ捨てるようにパッと手を放し、ホレスに向き直った。

 

「僕は必ず戻ってくる!マイヤちゃんを保護して安全を確保したら!必ず戻ってくる!だからそれまで!頼んだぞ!」

 

マイヤちゃーん!どこー!?と涙声のヘタレた叫びを呼びながら離脱する声が耳に入った。治癒術がすんだのか、完全に元通りに回復したホレスは立ち上がった。

 

「ハッ…、相変わらずの…、リーダーシップだなぁおい。的確な指示を出して、被害が関係ない奴にいかないようにする。やっぱりお前はイーストスラムのリーダーだよ。いっつも1人で抱えて、それをあっさりと乗り越えちまう。まさにリーダーの器だ」

 

「なら俺の指示も聞いてもらえないか、ホレス。俺はお前と戦いたくない」

 

ハーヴァンは壁に突き刺さったナイフをグッとひっぱり抜いた。ここには俺とホレス以外誰もいない。何も遠慮することはなかった。

 

「ははは、形成逆転ってか?」

 

バタフライナイフを突きつけられ、ホレスは自嘲気味にこの状況を笑った。

 

「そうだな。俺は今武器を持っていて、お前は持っていない」

 

「舐めんなよクソガキが!俺はお前より年も上で!身長も体のつくりも上なんだ!治癒術だって使える!どのみち持久戦になったらお前に勝ち目はないんだよ!」

 

「んなのは言われなくても分かってんだよ。だから何だってんだ。それは()()()()()()()()()()だろ。俺が勝てないっていう保証にはならない」

 

ホレスのこめかみにがピクリと動いた。ハーヴァンはそのまま続けた。

 

「何故なら俺はお前より強いからだ。強いから、年上のお前出し抜いてイーストスラムのリーダーはってんだ。お前こそ舐めるなよ、治癒術しか自慢になるモンがねぇ臆病者が。ホントの喧嘩なら治癒術なんて捨ててかかってこいよ。この搾りカス野郎。お前なんてちっとも怖かねーんだよ雑魚が」

 

バタフライナイフをプラプラと振り回し、煩わしそうな顔をする奴に見せつけるように、音も立ててやった。

 

「どうした?ホラ来いよ。それとも、武器がないと不安か?自分の力が信じられないのか?だからお前は二番手なんだよ。えぇ?それとも昔の、年下の俺に喧嘩で負けたトラウマでも残ってんのか?怖いんだろう?そうなんだろ?か弱いホレスちゃんよぉ!?」

 

「こいつっ…このっ…ハーヴァンー!!」

 

よし、かかった!!

 

右手のバタフライナイフを素早く折りたたみ握りしめると、ハーヴァンは直線的にストレートに殴り掛かってきた奴の行動を完全に見切り、殴られる直前姿勢を低く左よりにしゃがみ懐に潜りこみ、顎に向かって右拳でアッパーカウンターをかました。

 

「かはっ…!」

 

顎を砕けまではしなかったが、奴の歯が空中に吹き飛んだのが見えた。喧嘩で俺に勝とうだなんて100年早い。見事なまでに挑発に乗ってくれたホレスに感謝した。再び倒れこんだ、ホレスにそのまま馬乗りになり、治癒術が使えないように、ハーヴァンは右手のバタフライナイフをパチンと開くと、ホレスの左手の平に突き刺し磔にした。

 

「ぐっああぁぁあああ!?」

 

「フンッ。勝てねぇ喧嘩吹っ掛けるからだ。それと妹に危害加えた分、俺は容赦しねぇぞ」

 

そのまま右手は自分の腕で押さえつけると完全に治癒術は封じられた。

 

「ちくしょう…ちくしょう……この…悪魔が!」

 

「あ?ウエストのあだ名か?負け惜しみか?どっちだ?まぁいいこのままサイラスが戻ってくるのを待つだけだ」

 

「離せこのっ!」

 

ホレスはまだ抵抗し、暴れるがハーヴァンは押さえつけた。

 

「よせよ。それとも寝技かけられたいのか」

 

「うるさいうるさい!!この悪魔!鬼!!外道!」

 

「んだよ悪口大会か?」

 

「っ…このっ!人殺し!!!」

 

「なっ――――――――――――――!!」

 

ハーヴァンの脳裏に、あの日の夜が過った。暴れる手が、徐々に動かなくなっていく光景。声を出されないように必死に口をふさいで、本当に苦しそうにもがき苦しむ幼い弟――――――――。

 

「……お前と初めて出会って戦った時から、俺には分かった。お前は明確な殺意を持って誰かを殺したことがあるだろう。どんな状況下であれ、ストチルでも人を殺したら独房にぶち込まれるって分かる。人間にとってそれは禁忌だからだ」

 

「なんだよ…何…言ってんだよ…」

 

思わず上ずった声が出た。焦りが声に出てしまった。ハーヴァンはしまったと思ったが遅い。図星だという事が一瞬で分かったホレスはそのまま続けた。

 

「あるんだな…人を殺したことが…。分かるさ…、俺だってあるさ!人を殺したことがな!だって、そうしなきゃ生きられなかったんだ!俺は治癒術が使える!昔はそれを隠さないで、他人の為に、世のため人の為に使って生きてきたさ!でもそのせいで俺は、()()()()見られなくなった!」

 

「…それはっ……どういう…」

 

「俺はただの人の傷を治すマシーンとして扱われたって事さ!!この忌々しい力のせいで俺はロピアス兵に優先的に命を狙われたこともある!軍医所に爆弾が落とされて、俺は自由になった!監禁されていたに等しいその場から逃げて逃げて。それでも追手のロピアス兵に見つかって殺されそうになった時に、偶然落ちていた死んだスヴィエート兵士の拳銃を奪って眉間にズドンとぶち込んでやった。そうしてなきゃ今の俺はいない」

 

「……お前に、そんな過去が…」

 

ストチル同士は互いの過去を聞かないのが鉄則だが、親しいものには境遇を共有してより互いに仲を深める為に話す者もいる。だが俺達2人にはそれはなかった。それを初めて破り、ホレスは語り続ける。

 

「第一次世界大戦が終わって俺は自由の身になった。そしてこの力を隠して生きてきた。他人の為に使ってきたが、そんなのはもう終わりだ。これは俺の力だ!俺だけに使ってやる!もう二度と誰にも使ってやるものか!俺は俺のために生きるんだ!そして忌々しい力を今こそ利用する時が来たんだ!ロピアスじゃ、治癒術師(ヒーラー)には国から特別援助がある。国の金を使って、いい待遇を受けながら、そしてなにより()()()()も扱われながら生きていくことができる!でもそれにはロピアスまでに亡命する金とツテが必要だ!だからお前の妹と女児達を利用した!」

 

「ふざけんなよテメェ!!自分が生きる為に!他人の人生犠牲にしてんじゃねぇ!!」

 

「じゃあなんだ!?お前は生きる為に一度も他人の人生を犠牲にしていないと言い切れるのか!?人殺しはどうなんだ!?盗みだってそうだ!人を殺すことは、自分が生きる為に他人の人生を犠牲にすること、そのものじゃないか!!!」

 

ホレスは半ば笑いながら、ハーヴァンの目をしっかりと見つめて言い放った。赤い目が、血のように燃えるのその赤い瞳がハーヴァンを貫いた。

 

「黙れ!!それ以上喋ったら…!」

 

このまま馬乗りになり、奴の口をふさぐために首を絞めようとした。しかしその光景がバシンッっと何かと重なった。頭の中が、あの日の夜の事でいっぱいになった。

 

(―――――――――――母親からの愛情を横取りされて、こいつを生かしておけば食料も今後一人分多く取られることになる。血が少ししか繋がっていない腹違いの弟なんていらない!いらない!!

 

いらないんだ!!!)

 

「図星だろう!?そうなんだろう!?お前はそれが事実だから、何も言い返せないから暴力で解決しようとしてる!」

 

「黙れェーー!!」

 

「ぐぁっ!」

 

ハーヴァンは首を絞める手を振り上げ、渾身の力で奴に頬をまた殴った。

 

「へははははは……、俺とお前は…同じだ………」

 

「黙れっ!黙れっ!」

 

押さえつけていた手を解放し、両手で交互に殴ったが、ホレスは喋ることをやめなかった。

 

「何のために生きているかもわからない…。いつ死ぬかもわからない恐怖と戦いながらも…、この世の不条理とこんな生きづらい世の国にした大人たちを恨んで、何のあてもなく何の目標もなくただただ生きていく…」

 

「黙れ!」

 

吐血し、咳き込み、それでも互いにやめなかった。

 

「ケホッ…。そんな状況と自身の力に嫌気がさしたから…、俺は自分が自分らしく幸福に生きていくために、お前の妹を犠牲にしたのさ。ぐッ…ごほっ…。もう…、この力を持って生まれたときから…賽は投げられていたのかな…。治癒術師(ヒーラー)が辿るスヴィエートでの運命から…、逃げたくて…逃げたくて」

 

「黙れってんだよ!!」

 

「皮肉なもんだな、この治癒の力で物心ついたころからこき使われて兵士の傷を治すだけのモノとして扱われてきたってのに、今じゃその力のおかげで新しい人生を獲得できるチャンスを手に入れたんだ。それはもう…お前に打ち破られたけどな…」

 

「もう喋るなよッ…!頼むからっ…!」

 

ハーヴァンの殴る手が、思わず止まった。ホレスの口調はもうヤケを起こしているように、大きな声になっていった。

 

「なぁハーヴァンー!お前は何のために生きているんだ?何が嬉しくて、何が楽しくて、何が幸せでストチルをやって生きている?あと5年もしたらお前はチルドレンじゃなくて大人になるんだ。5年なんてあっという間だぜ?俺はあと2年しかない。昨日誕生日だったからな…。誕生日なんて…誰にも言ったことないけど…」

 

「俺は…俺は妹の為に…たった一人の妹の為に…!」

 

何のために生まれて、何をして生きるのか。そんなの、ガキの俺には答えられない難しい質問だった。家族のために生きようとは思うが、そうなると、妹はじゃあ一体何が幸せなのか?妹を幸せにしてやることとは何なのか?ハーヴァンはそれが頭の中でぐるぐると回った。

 

「妹のためを思うんだったら、ストチルなんかやめてまっとうに生きろよ。軍の志願は今の世の中、15歳からいけんだろ」

 

「でもそれじゃあ!俺をリーダーとしているイーストの連中が路頭に迷うだろう!」

 

「だがそれはお前にとって妹の為、で割り切れる話だろう。俺だってそうだ。俺の為にお前との友情と、妹を犠牲にした。どの道この力は普通の人間には理解されないんだ。だったら同じ力を持つものがたくさんいる所に行って生きていきたいんだ…、何のために生まれて、何をして生きるのか。何が俺にとっての幸せなのか。同じ境遇の仲間と出会って…、同じ力を持つ女と恋をして結婚して…どうやってそれから幸せになるのか…。それが知りたいんだ…。分からないまま、何も行動しないまま、死ぬ、そんなのは嫌だ。俺の夢は今話したことだ。なぁハーヴァン、お前に夢はあるのか」

 

「ゆ…め…?」

 

「何も切り捨てられない人間なんかに、何かを得られるわけも、ましてや夢なんかを叶えられるわけがないんだ。俺達ストチルは生きることが夢なのか?何のために?何故生きようとする?何故死から抗う?社会から見放されて、大人達に白くて汚い目で見られる、必要とされていない存在なのに何故生きようと抗う。それがお前の夢なのか?」

 

「夢なんて…考えたことねぇよっ…。俺達はっ!俺達は生きていくだけで精一杯でそんな余裕なんて!」

 

「夢を持つことは罪じゃねぇだろ…。この前盗んだ倉庫を管理している商人のおっちゃんの話を偵察中に聞いたんだ…。あの人の夢は、儲けて市場に今よりデカい店を開いて、買いに来る客全員を笑顔にさせるってな。俺達はその夢を、遠ざけさせちまったなぁ…」

 

ハハハ、とホレスは乾いた笑いをこぼした。もう、治癒術を使う気などさらさらないのだろう。手はだらんと地面に曝け出し、大の字でされるがままである。

 

「なんだそれ…。そんな…そんな事知らねぇよ!!生きていくためには仕方がない事だろ!」

 

「あぁ…それが俺達ストチルの魔法の言葉だ。生きていくためには仕方がない―――――――――――――。

 

だったら!!!だったら俺もそうだ!!生きていくために!!仕方がなくお前の妹を売ろうとした!!ただそれだけだ!!何で生きようとすることをお前に否定されなくちゃいけない!?俺は、俺達はただ生きたいだけだ!ただ生まれて生きているだけなのに社会から冷たい目で見られる!!そんな何の意味もない人生はもう嫌なんだよぉ!!!」

 

「やめろ!やめろよぉ!!そんなの聞きたくない!やめてくれよぉ!!!」

 

ずっと目を背けていた。いや、考えたことすらなかった。俺達が生きる意味は何なのか。それに答えてしまえば、答えがあるとすれば、その答えは、ない、だからだ。それは即ち、存在を否定されることを自ら受け入れることだ。

 

「幸せになりたい。そう思う事が罪なのかよ…。俺は…俺はどうすればよかったんだ…。俺が、俺という特殊能力を持った人間が生きていく為には…」

 

「そんなの………」

 

そんなの分かるわけがない。どうしようもない。どうすることもできない。治癒術師(ヒーラー)だったなんて知らなかったし、俺は治癒術師(ヒーラー)でもない。どうしてこうなってしまったんだ。どうすれば、俺達は仲良く幸せに暮らせたんだろうか。

 

「俺の夢は…今ここで終わった…。またこき使われる人生と、力を欲する人間や、軍に狙われる…。そんな人生に俺はぁ!!!」

 

ホレスがカッと目を開き、ハーヴァンに向かって頭突きをぶつけた。

 

「いッ!?」

 

額に強い衝撃が走り、思わずひるんだ。目の前がちかちかし状況を立て直そうとするハーヴァンをホレスは渾身の力で自分の体の上からどかした。慌てて受け身を取って体制を立て直した次の瞬間、断末魔が聞こえた。ホレスが左手のひらに刺さったバタフライナイフを自力で片方の手で抜いたのだ!

 

そのまま立ち上がり、ナイフを構えた。ハーヴァンは慌ててガードの体制をとる。油断した、まだこんな力があったとは。火事場の馬鹿力というやつだろう。やっちまった、また形勢逆転だ。

 

「そんな人生に、もう……もうウンザリだよ…」

 

しかし襲ってくる気配は微塵もない。ガードした手を思わず緩め下げた。不思議に思い彼を見つめていると、大粒の涙が両目からこぼれていた。何を…と言う前にホレスが口を開いた。

 

「あばよハーヴァン……。先に地獄で…待ってるぜ」

 

サクッと軽い音がした。目の前の光景にハーヴァンは絶句して息を呑んだ。

喉に一突き。自分で自分の喉をナイフで突き刺したのだ。ごぼぼ、とうめき声をこぼしながらそのままホレスは仰向けに倒れていった。

 

「うっうわぁああぁああぁぁあああ!?」

 

かつての親友が、相棒が自ら命を絶つのを目の前で見た。ハーヴァンはおもわずどこにもぶつけることができない思いを声にして叫んだ。力なく、どさっと倒れたホレスに慌てて駆け寄った。彼はハーヴァンを見つめた後、ゆっくりと目をつむり、絶命した。安らかな死に顔である。しかし最後に見つめられたその目つきは、間違いなくハーヴァンには鮮血の、赤い血の色に染まる呪いの目に見えた。

 

「ホレス!ホレス!!何でッどうしてこんな!」

 

揺り動かせば、喉からあふれる血液。喉に刺さってはもう声もだせない。ゆっくりと冷たくなっていくその体に寄り添うように項垂れるハーヴァンをサイラスが軍を連れて迎えに来たのは、それから1時間後の事だった―――――――――――。

 

 

 

オーフェンジークの軍港から離れた海辺の海岸でしゃがみこみ、落ちていた石を朝焼けの海に向かって投げた。たった一夜の事だったのに、長い長い夜だった。昨夜から一睡もしていない、寝る気もおきない。

 

あれからサイラスに保護され、応援で連れてきた軍や警察によって売られた女児達も大人数の力の総動員であっという間に探し出され、ストリートチルドレン誘拐事件は無事解決を迎えた。人身売買で儲けていた軍港上層部の人間たちは全て逮捕され軍法会議にかけられた。誘拐組織キレサもしかるべき刑を法によって正しく課せられるだろう。妹は、ベラーニャの所に連れていかれ検査と休養をとらされている。幸い、衰弱はしていたが、どこにも傷はないし命に別状はなかった。何もかもが綺麗に終わったのだ。それでも、俺の胸には何か大きなものがつっかえていて苦しかった。

 

ホレスの遺体は、ロピアスの大陸がうっすらと見えるスターナー貿易島の郊外の海辺の崖の上に建てられた。奴が呪ったスヴィエートではゆっくり安らかに眠れないだろう。いや、違う。俺がいる国だ。奴が呪ったのは、俺なのかスヴィエートなのか、それとも両方なのか。そんなものは今は知る術もなかった。

 

「ハー君、まだここにいたのかい」

 

冷えるから帰ろう。そう言うサイラスの声をひたすら無視し、海に向かって石を投げ続けている。目の下にはクマが出来て、顔色もとても悪い。サイラスが心配するのも無理はないだろう。何も口にしなくても、サイラスはまたしばらくそこにいてくれた。そしてまたしばらくしたら消えて、また様子を見に来る。今まさにそれのループを繰り返している。事情を帰る船の中でも、静かに聞いてくれた。それでも、心の傷はそう簡単に癒えるものではなかった。

 

「なぁ…、サイラス」

 

「ん?何だい?」

 

サイラスはゆっくりと隣に腰かけた。左肩はベラーニャに治してもらったのだろう。綺麗に傷跡も消え元通りになっている。

 

「お前…お前は、何のために生きているんだ」

 

「え?何いきなり。どうしたの?」

 

サイラスはびっくりして一瞬からかわれているのか?と思ったが今の空気ではあり得ない事か、と次に紡ぎだされる言葉を待った。

 

「俺達ストチルは何のために生まれて、何をして生きるんだ。生きる権利は人間、生き物全て皆平等にあるのに、俺達はそれを否定されている。疫病を撒き散らかす不衛生で汚いハエガキ、市場と治安を荒らすクソガキ。それらがデカくなればゴロツキ、娼婦で社会から除け者扱い。そんなのは分かってるんだ。でも、生きていくためにはそうするしかなかった。食べ物を盗むしかなかった。人も…殺すしかなかった…。何が幸せで何のために生きているのか分からないのに、それでも死にたくないから毎日必死に生きているんだ」

 

「それは…、誰でも思う事だよ。誰だって死にたくない。人間、恐怖っていう感情がある限り、死っていう絶対的な自分の終わりから逃れようとするのはもはや本能で抗ってしまうものだ」

 

「……生きているから…辛いんだ。生きているから、悲しいんだ…。それを放棄して、何もかもから逃れようとしたホレスの気持ちが今なら分かる…。俺の人生、何一ついいことなんてありゃしない。クソな人生だ。俺は、俺は何をして、何が喜びで生きていくんだ。何も生きる希望が見つからない。今までも今でも、生きる希望なんて漠然と妹っていう存在しかなかった。けど、何が妹にとって幸せなのか。生きる希望なのか。そんなのを考え出したら堂々巡りなんだ。生きる意味って…何なんだ?」

 

「そんなの簡単じゃないか。それに逆を言えばね、生きているから嬉しいんだ。生きているから、笑うんだ」

 

「え?」

 

「生きる意味は、これから見つけていこう。まだ君は15歳で、そういうのに悩むのは誰もが通る道さ。生きる意味を模索するっていうのはね、人間特有の悩みなんだ。人間生きながらいろいろ悩むんだ。でもそれは僕達人間にしかない悩みだ。何故なら感情と社会、言葉を人間は交わすことができるからね。動物や魔物は、本能で生きてる。でも人間は理性がある。生きる喜びを探して獲得しようと努力する」

 

それを模索しようとしたのが、ホレスなのだろう。ハーヴァンはサイラスの言葉を聞きながら、昨日までは生きていたかつての親友を思い出した。

 

「…君と妹は仲睦まじい兄妹だ。正直とても羨ましいよ。兄弟仲が最低な僕からしたらね。それで、妹さんの幸せ?希望だっけ?そんなの、ハー君に決まっているじゃないか」

 

「俺…?」

 

ハーヴァンは自分の顔を指さした。

 

「そうだよ。何分かりきったこと言ってんの。兄が助けに来てくれた時の彼女の顔はそりゃもう嬉しそうだった。保護した時、お兄ちゃんなら絶対助けに来てくれるって信じてた、って顔を輝かせて、緊張の糸が切れたのか、泣きながら言ってたよ。よっぽど好かれているんだね」

 

「そうだったのか…」

 

「そうだよ。マイヤちゃんの幸せは多分、ハー君とずっと一緒にいることなんじゃないかな。少なくとも今は、ね。まだ子供だし、この先の彼女の長い人生の幸せは変わっていくかもしれない。けど、家族なんだ。助け合って今まで生きてきたんだろう?お互いに大好きなんだろう?」

 

「そりゃ…可愛い妹だよ…。全然俺に似てねぇし、大人しくて温厚で頭もいい真逆の性格してるけど、可愛いんだ」

 

「うんうん、ハー君みたいな凶悪な目つきはしていないね、目の色は一緒だけども。温厚で大人しくて言葉遣いも丁寧で…」

 

「喧嘩売ってんのかテメェ」

 

「うそうそ冗談冗談!」

 

そういえば!と、サイラスは立ち上がりながら言った。

 

「船の中で夢の話をしたね。ホレスの夢。なかなか興味深かったよ。彼、君の相棒は治癒術師(ヒーラー)だったんだね」

 

「あぁ…。知らなかった…ずっと。俺には、普通の人間には理解できない悩みをずっと抱えてたんだろうな…。それを知らないで勝手に相棒なんて言ってた俺は、とんでもない勘違いな思い込み野郎だった」

 

「…仕方がないよ。誰だって、話したくない事柄一つや二つあるだろう。むしろ無い方がおかしいさ」

 

そう言われて、かつて存在した弟の事を思い出した。自分が生きる為に、犠牲にした命…。

 

「でね、突然だけど今度は僕の夢の話をしようと思うんだ。僕の夢はね、スヴィエートの皆を幸せにすることだよ」

 

何の屈託もない笑顔でサイラスは言った。

 

「今のスヴィエートは貧困で、戦争の爪痕がまだ残っている。ストチルなんてその代表の社会問題だ。僕は皇帝でその夢が届く地位にいる。この国を立ち直らせて国民によりよい豊かな生活を提供して、みんなが笑って幸せに暮らせる、そんな国を作るのが僕の夢」

 

「はぁ?そんな夢無理に決まってる、馬鹿じゃないのか?スヴィエートの皆?あり得ないし、できるわけがないだろう」

 

ハーヴァンはバカバカしい、と言い再び石を海に投げた。

 

「分かってるよ。そんなこと。笑われることだって想定済み。でも夢なんだからあり得ない事を見たっていいだろう?デカいこと言っても、夢です、で片づけられる。それでもこの夢は、すくなくとも皆を幸せに出来なくても、そうするように努力するし、中途半端に終わらせれば、それこそお笑い種だ。1人でも多くの国民を幸せにする、生まれてくる子供たちの未来を創る。そういう事かな」

 

「ふーん…それは…それは…大層なこった…」

 

「ハー君は?ハー君の夢は何だい?」

 

「俺の夢は…。なんだろうな……」

 

ハーヴァンは自分が情けなく思った。俺には何一つ夢はない。こいつは立場も関係しているが、そりゃもう立派な夢だった。夢は何ですか、と聞かれてそう言ったら、それはそれはとても素晴らしい夢ですね、と返される受け答えの模範解答みたいだった。

 

ホレスの夢を聞いて自身の夢についてもずっと考えていた。生きる意味を見つける、夢があれば、何のために生きているのかがはっきりとわかるのではないのだろうか。

 

「ならさ、僕の夢を手伝ってくれない?」

 

「………は?」

 

ハーヴァンは目が点になった。

 

「だから、君と君の妹を助けてあげた代わりに、僕の夢を叶える手伝いをしてって事」

 

何て恩着せがましい奴、とハーヴァンは思ったが、正論だし、何も返せる言葉が見つからなかった。それに、その夢には興味がある。

 

「そりゃあ一体どういう…」

 

「マイヤちゃんを城に連れて行った時にねぇ、国立図書館の前を通ったんだ。城の近くには国が管理している最大の図書館がある。簡単に言えばめちゃくちゃ本がある所。城に住めば徒歩3分で行けるよって言った時に、じゃあ私お城に住みたい!って言ったんだ。可愛いよねぇ?」

 

こいつ。ちゃっかり外堀からがっちりと埋めてきやがった。

 

「君が療養中に寝ていた部屋をあげるって言ったよね?だから、君と妹は城に住みなさい。そして僕の夢を叶えるお手伝いをしなさい。それを夢にするんだ」

 

「はぁ!?しっ城ぉ!?んな場違いな所で暮らせってのかぁ?!」

 

ハーヴァンは驚いて立ち上がり、サイラスと向き合った。

 

「そうだよ。住み込みで。勿論働いてもらう。働かざる者食うべからず!」

 

「んな…んなこといきなり言われても…!」

 

「え?何、なんでそんなに迷ってんの。ストチルの中には既に大半はスカウトしたよ。特に女の子は後世のメイドとして育ってもらいたいからね。これで人手不足だって困ってたクリスの事も助けられたから一石二鳥!」

 

「ま…まじかよ…」

 

「まじだよまじ。その他に腕っぷしのいい子とか、喧嘩に強いことを自慢にしている子は、新しく作った軍士官学校に通ってもらう。士官学校に通っていれば、国から学生といえど公務員扱いで、お給料もでる。卒業したらこの国を背負って守ってもらう軍隊に所属。で、手先が器用だったり、運動に向いていない子はね、グランシェスクっていう技術発展途上の街行きを勧めた。まだまだ職を紹介するツテはある。あと数年もしたら働き盛りの若者になるんだ。こんなに貴重な人材はないだろう?

 

これで首都から、ストチル達は姿を消すだろう。彼らはもう、社会から冷たい目で見られることはないんだ。ちゃんと、きっちり、大人から教育を受けて、この先の国の礎となっていく。子供は国の宝だ。みんなで大切にしないと。で…

 

ハー君はどうするんだ?」

 

何て奴なんだ。俺よりずっと何もかも先を見据えて考えていた。役に立たねぇなんて言っちまったが、またもや前言撤回だ。コイツと出会ったことで、何もかも変わった。俺達ストチルを救ってくれた。このことは、感謝してもしきれない。どんな言葉をもってしても、表すことができないほど、世話をしてもらった。ならばもう俺に残された道はたった一つ。

 

「俺は…俺はお前に命を救われた。あの時、リンチされてた時にお前が来なかったら俺は殺されていただろう。妹も助けられなかっただろう。俺は確かに、助けられた恩を返す義理がある。でもそれだけじゃない。俺は、俺の意志で、お前の夢を手伝いたい。お前になら、俺は付いていきたい。そう思う」

 

「そうか!!良かった良かった!いや~断られたらどうしようかと思ってたんだよー!ありがとうハー君!君ならそう言ってくれると信じてたよ!」

 

バシバシと肩をだいて叩くサイラスにうぜぇ、と思ったがそのままにしておいた。親友を失った悲しみも、こいつと一緒にいたら癒せるかもしれない。そして、生きる喜びも、何のために生きるのかも、分かるかもしれない。パッと頭の中に、まだガキだが、ガキはガキなりにガキらしく、そう。将来の夢というのを思い浮かべた。それは笑いながらコイツと、その生まれた子供と遊ぶ夢だった。その次は、そいつの孫の世話を焼くマイヤと俺の場面だ。妄想でしかない、夢でしかないけど、なんて幸せな夢なのだろう。何て生きる喜びなのだろう。

 

夢はデカく持っても、罰は当たらないはずだ。

 

「俺は…、俺の将来の夢は…、お前にいつかできるガキや孫とか出来て、そういう奴らを守っていくことだ。勿論、できる限りの夢の手伝いはする。でも…、今思いついたんだ。お前含めて、お前の子孫には幸せになってもらいたい。十分世話をしてもらった恩返しと、俺個人の、ささやかな願いも含めての…、将来の夢だ…」

 

「ありがとうハー君。すっごく嬉しいよ。きっとそれってとても素敵で、幸せな事だ!じゃあ一応、儀式しようか!」

 

「儀式?」

 

サイラスはそう言うと、突然スーッと息を吸いきりっとした神妙な顔立ちでハーヴァンに向き直った。空気が一瞬で切り替わりこいつごときにこんな空気が醸し出せるのか、と驚いた。緊張感が走り、思わず背筋がピンと伸びかしこまってしまう。

 

「ハー君、いや。ハーヴァン。今からお前は僕の専属執事だ。この先何があっても僕と僕の子孫に仕え、その身をスヴィエート皇族に捧げると誓うか。誓うなら、ひざまずいて胸に左手を当てるんだ。スヴィエート式の皇族に対する敬礼と誓いを、今ここにその証を示せ」

 

凛とした声とその立ち振る舞いに、昨日のヘタレた様子はまるで感じられなかった。まさに目の前にいるこの人が、この国で一番偉い皇帝なのだろう。今身に染みて分かった。スヴィエート特有の遅い朝日が、海から顔を覗かせる。それと同時に、ハーヴァンは恭しく頭を下げ、ひざまづいて心臓部分に手を当てた。

 

「……はい、誓います。この身全てを、スヴィエート一族に、捧げます」

 

「…よろしい。じゃあお前はもうハーヴァンじゃない。今までのハーヴァンは死んで、新しく生まれ変わるんだ。そのために、新しい名前を授ける。今日からお前の名前は

 

――――――――――――ハウエルだ」

 

朝日が完全に上り、2人を照らした。ハウエルは、これから60年、75歳までスヴィエート家に仕えることになる。人生、まだまだ捨てたもんじゃない。悪いなホレス。地獄に行くにはまだ俺は早いみたいだ。待たせちまう事になるが、必ずいつかそっちに行く。それまでお前の分まで生きてやるし、お前の分まで幸せになって、自分の夢だって叶えてやる。

 

(わたし)の人生は、これからだ。

 




「よーし誓いの儀式終わり!ドッジボールしようか!」

「は?!ドッジボール!?」

「そう!砂浜でストチルの子供達と交流を図るためにドッジボール大会を企画したんだ!もうすぐ約束の時間だから集まってくるよ、あ、早速きたみたい!おーいこっちこっち!」

「俺寝てないんだけど!?」

「後で寝ればいいの!ハウエル!ドッジボール大会に参加しなさい!これは皇帝勅命!!」

「えええええ~~~~!?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数年後の兄妹2人の写真みたいなもの


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アルスはマーシャの写真を見てコーヒーを吹き出し、アロイスは危うく一目ぼれしそうになったとか。ちなみにハウエルは執事になっても口の悪さと喧嘩の強さ、喧嘩っ早いのはしばらく変わらなかった。アロイスは小さい頃から何度も反抗の度に猫のようにつっかかって喧嘩をふっかけているが、勝てたことは一度もない。

あと超絶小話だけどフレーリットにダーツを教えたのはハウエル。同僚と酒を飲みながら賭けダーツをやっている所を5歳ぐらいの時に覗き見られ、クリスティーナに言いつけない代わりとして教えて丸め込んだという。フレーリットはそのうちダーツの才能を開花させハウエルより10倍は上手くなる


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第2部終盤
因縁の相手


ノーヴ・マレイスターの容姿を予め公開しておきます。

イラスト制作、やわ氏。


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人間時


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狼化


「しかし…人体がエヴィで構成されているなんて聞いたことがない、前代未聞だ。ラオ、お前、体に何も異常はないのか?」

 

アルスはラオの体をまじまじと見つめて言った。そもそもエヴィは人間にとって濃すぎると毒だ。しかし、なくてはならない存在でもある。未だに可能性を秘めている、それがエヴィだ。今発見されている8種類の他にも存在するかもしれない。

 

「ウウン、何にもないよ。強いていえば生前より夜になっても眠くなること無かったり、あんま食べないでもお腹減らなかったりするぐらい?アレ?でもなんかそれ生き返った直後の事で最近はないような気がしないでもないナァ?」

 

「それってつまり……人間なのか?オマエは?」

 

フィルが聞くと、

 

「ンー、半分人間で、半分ゾンビなのかなやっぱり。でもボクは満足だよ。そもそも生きかえってこうして生きているだけで丸儲け。人並みの幸せはある程度は味わえないかもしれないけど、別に味覚はあるし、痛覚だってある。体がこの時代にと生命力に合わせて順応していって、徐々に人間らしい人間になってきてるのかもネ」

 

「なるほど……本当に、にわかには信じられない話だ…。エヴィと言うのは不思議だな…」

 

クラリスはラオの髪の毛や顔をあちこち触ってみるが、なんら普通の人間と変わりはない。フィルもその様子を注意深く観察する。

 

「あ、でも首がもげる小ネタはまだ出来るヨ」

 

「ギャー!!!」

 

「ヒィイー!!!」

 

そこでクラリスとフィルの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

城のある一室には、赤黒の髪にサングラスをかけ、フラフラと揺れそのまた赤黒く、派手な丈の長いコートを揺らす男、ベクター・ディラインド。

 

そして白髪、琥珀の瞳に、随分とまいり、精神的に疲れた様子で顔色が少々悪い青年ことアルスの再従兄弟であり第二皇位継承権を持つアードロイス・ヴォルフディア・レックス・スヴィエート。

 

澄んだ黄緑色の瞳に、腰まである長い銀髪を三つ編みに、貴族のような、あるいは騎士のような黒衣装に身を包む長身の男、ノーヴ・マレイスター。

 

ライムグリーンの髪を胸まで伸ばし、吸い込まれるような漆黒の瞳。だがその瞳は勝気に満ち溢れていた。キリッとした目つきで髪をかきあげる女、オリガ・レイシュマン。ロピアスで隠れ家の防空壕へ強襲してきた女性だ。

 

そしてその隣には小さな男の子と、オリガとよく顔立ちの似た女性がいた。

 

男の子は傘を手に持ち、姿をすっぽり隠すように室内だといのにレインコートを着ている。実に無機質な目で虚空をただただ見つめているだけだった。彼はエーテルと呼ばれていた機械の少年で一時的に機能停止させられていたが、自力で修復し、またすっかり元の形に戻っている。名の正式名称はエチルエーテル。

 

サーチスによって作られたアルス達を監視するロボットであり、彼女曰く、ゴーレムの劣化失敗作である。しかし機動力、監視に関してはずば抜けた力を持つロボットで、命令さえあれば忠実に動く完全なる命令型ロボットだ。

 

もうひとりその隣の女。

 

茶髪だが瞳はと顔つきはオリガに似ている女性は、アルスの研究室にいたヴェロニカ・レイシュマンだ。自分の失態のせいで大目玉を食らったのだろう。せっかくの綺麗な顔はしかめっ面、イライラを隠せず腕組みをしている。

 

そしてその隣には、派手なドレスを身にまとい、小さな帽子を斜めに被っている。漆黒の髪に金色の猫のような瞳、紛うことなき、かつてアルス達の仲間であったロダリアである。

 

ベクターはニヤニヤと気持ち悪い顔をしてアロイスをのぞき込んだ。

 

「しっかしま〜…、リザーガ幹部の連中がこれはこれはお揃いで……。ってどうしたんだよ坊ちゃん〜?そんな辛気臭い顔しちゃってよォ?あぁ?ってかいつもそんな面だったかいやーごめんごめん俺の勘違いだったわハハハッ」

 

つくづくふてぶてしくいつも適当な態度で話す支離滅裂な奴………、アロイスは舌打ちをした。

 

「煩いッ!そもそも!お前が最初からあの雪山でしくじる事が無ければこんな事態にはならなかったんだ!」

 

アロイスは取り乱して言った。もう自分は、責任を誰かのせいにしないと気が気じゃなかった。また母親から何を言われるか溜まったもんじゃない。味方に等しかったハウエルは葬られ、次はもう断定的にマーシャであるという恐怖に怯えた。否、確実にそうであろう、と予想がつくのは簡単なことだった。現に自分だけ作戦を伝えたらまた舞い戻るように言われている。

 

「しょーがねーじゃんしくじっちゃったもんはしくじっちゃったんだから。過去のことダラダラダラダラ言っても仕方がねーよ!でもさーァ?結果オーライだったんだろぉ?逆にこのベクター様に感謝しろよ。お前アルスの出張の件さ、俺に依頼した暗殺計画はほぼ独断で決行したんだろ?愛しのママンには内緒でェ〜?」

 

「…………………」

 

アロイスは言い返せなかった。図星だからだ。

 

「ウッハハ〜、その後大目玉だったんだってなぁ!?母親のために良かれと思ってやった事がところがどっこい!な〜んでか叱られちゃうとは!マザコンのアロイスちゃんにはショックな出来事だっただろうよ!」

 

アロイスにとってアルスは目の上のたんこぶだった。アロイスはアルスが憎くて憎くて仕方がなかった。

 

何故かいつも母の目が向けられている先はアルスだ。それがどんな目だった?と問われると何も答えられない。複雑だった、としか言いようがない。

 

後ろ姿を見る時は懐かしげで愛おしそうに。だが決まってアルスの顔、とくに目だ。あのつり目を見ている時は凄まじい憎悪が溢れていた。サーチスは感情を滅多に表には出さない。長年母と一緒にいるアロイスだが成長するにつれて分かっていた。そしてつい最近確信に変わった。

 

母は、息子は僕ではなくアルスにが欲しかったのだと───────。

 

憎悪を向けている対象ならいいじゃないか、そもそもアルスと仲良くするなと言ったのは母上じゃないか。

 

なら何故アルスが死ぬ事を望まない?

 

当時は何度も思ったものだ。私に黙って勝手な行動はするな、と言われこっぴどく叱られた時はただただ母に疑問しか抱かなかった。

 

しかし今はただただアルスの事は哀れにしか思わない。母が昔愛した男と最も憎んだ女の間に生まれた子供。その複雑な感情は、僕には到底計り知れない。だからこそ、今まで生かしてきたのだろうし、僕の独断でのベクターを差し向けたアルス暗殺計画にも怒ったのだ。

 

何故なら、成長し、20歳に近づけば近づく程アルスは父親の面影が色濃く出てきていたからだ。

 

そして、母の研究の軸として可能性があるものは生かしておく、というブレない意思がある。アルスという存在は母のあの計画の可能性を大いに秘めていたのだろう。

 

だが計画は失敗し、アルスは母の元から去った。

 

そして、次に出された司令を話し合うために、ここに彼らを招集したのだ。

 

「で?僕は貴方方の茶番を見に来たわけじゃないんですよ。あの御方が次に出した司令は?」

 

銀髪の男性、ノーヴは淡々と言った。彼は無駄話はごめんだ、と言わんばかりに手をふる。

 

「何が何でも……奴ら……、特にアルスとその近くにいる女、ルーシェという娘を生け捕りにしろという命令だ…」

 

アロイスは母から下された命令を皆に伝えた。ヴェロニカは研究所からなんとか帰還し、監視カメラの映像を調べた。驚く事に、あの光術最高峰と言われたサーチスの光術結界を破った人物とは、あのルーシェという娘であった。

 

「ルーシェを?」

 

ロダリアが聞き返した。

 

「ああ…、何でもかなり興味深い力を持っているらしい…。次の計画の可能性の保険になると言っていた」

 

「あぁ……彼女ですか……、一度見ましたね。治癒術を使える女性だとは驚きましたよ。まさか生き残りがまだいるなんて」

 

初めてルーシェを見た時を思い出した。少ししか見ていないが、自分が怪我をさせた船長のユラを治癒術で見事に全治させていた。彼女はかなりの治癒術の力の持ち主だ。

 

「貴方は何か知らないんですか?」

 

ノーヴはロダアリに聞いた。

 

「ある程度は……。しかし彼女が一体何者であるのかは確信は持てませんが、只者ではないことは明らかです。光術を吸収する力、そして火の精霊イフリート、及び時の精霊クロノスの力を無効化し、その精霊自体にも憑依されたという前例があります。私が見てきた中でも異例である事はまず間違いありません」

 

「なるほど……、それは異例ですね…。精霊と最も身近な力でも持っているんでしょうか…」

 

ノーヴは親指に光術で火を灯すと、取り出した煙管に火をつけて蒸した。

 

「ちょっと、煙管の煙こちらに向けないでくれる?不快だわ」

 

「……おっとこれは失礼しました。申し訳ない」

 

ヴェロニカが迷惑そうにノーヴに言い、手で煙を払った。

 

「それより貴方、ロピアスの手配は妹のオリガがとロダリアがやったからいいものの、アジェスの方はしっかりやったんでしょうね?ま、あの国が今更邪魔してくるとは思えないけど、一応、ね」

 

ヴェロニカが優しげな目を鋭く尖らせ、ノーヴを睨んだ。

 

ヴェロニカは妹のオリガ、と言った。

そう、ヴェロニカとオリガは姉妹である。

 

「ええ、あの国には既に僕が手配をしましたよ」

 

そう言うと煙を誰もいない方へはいた。

 

「いいのかよお前〜?ッハハハ、確かアジェスって一応お前の故郷だったんだろォ?あ?てか俺様お前が何したのか知らねぇけどさぁ。何したの?随分とアジェスにロングバケーションしてたみてぇだけど?」

 

ベクターがおちょくるようにノーヴに茶々を出す。その適当な態度に呆れノーヴは溜息をついた。

 

「僕が長期アジェスに滞在していたのは、決して貴方のようにフラフラと遊んでいた為じゃありませんよ。

 

アジェスのバイヘイ湿地で採れるイセキリアス草を使い捨ての盗賊団に採取させ、あちらのアジトの地下研究所で培養し大量生産していたんですよ」

 

「イセキリアス草?んだそりゃ?」

 

ベクターは聞いたこともない単語に顔をしかめた。

 

「イセキリアス草。麻薬、イセロインの元となる実をつける植物ですわ」

 

ロダリアの言葉に、ノーヴが続いた。

 

「イセキリアス草の実から採取できるイセロインは一度使うともう止められません。

 

イセロインを使うと、強い快感を得られ、不安、心配、悩み事が解消されたような気分なります。

 

人間の経験しうるあらゆる状態の中で、ほかの如何なるものをもってしても得られない最高の状態を味わう事の出来る究極の薬。

 

しかし反面、薬の効果が切れると、落ち着きが失くなり、全身が激しく痛むといった禁断症状が出てきます。これによって死亡することもある。この痛みから逃れるために、またイセロインを使い、さらに激痛が襲って来るという悪循環になる。極めて中毒性の高い薬です」

 

「はぁ?そんな幸福おっかな草をせっせと集めてお前は何してたの?」

 

「言ったでしょう。アジェスの方には僕から手を回しておいたと。

 

イセロインをアジェスの現天皇のワンシエ・リェ・ウアンに煙管として渡しました。やがて国全体に広がっていくのも時間の問題でしょう。あの国は元々劣等感が強い民族だ。いつまた他の2国の戦争に巻き込まれるかという不安、日々広がる腐海によって脅かされる領土、自国の自給率の低さ。ロピアスに続いてアジェスも問題だらけだ。

 

だから天皇なんて、僕が与えた直後からもうハマっていましたよ。あのイセロインにね」

 

ノーヴは嘲笑った。

 

(あの時の哀れな姿と言ったら無い。国のトップがあのような醜態を晒すとは、あの国も落ちたものですね)

 

「アッハハハ!お間の大好きな煙管で吸引する事を勧めたのか。確かにそりゃあっという間に浸透しそうだな。いっつもエセ紳士ぶってるお前がえげつね〜なァ?そういう所嫌いじゃないぜ僕ちん」

 

「別に……あの国がどうなろと僕の知ったことではありません。あの国に一片たりとも未練はない。あの時、家族皆を失った時から、僕の居場所はもうサーチス様の居るリザーガしかありません。それと、エセ紳士は余計です。普段の僕は普通に紳士ですから」

 

「胡散臭いですわね」

 

「貴方に言われたくないですねロダリア」

 

「あら失礼?」

 

 

 

「で?当初の話に戻すけど、どうやって彼らを探すのかしら?サーチスはなんて言ってたの?」

 

オリガがアロイスに聞いた。

 

「母曰く、彼らは絶対にこちらに来る。僕らは城で待ち伏せだ。そこで奴らを徹底的に叩く」

 

「ハッ、なるほど。待ち伏せすればこちらから行く手間も省けるし、ゆっくりと準備できるわね。エーテル、メンテナンスするわよ。来なさい。お姉様も手伝ってくれる?このポンコツをもっと頑丈に改良しなきゃ」

 

「分かっているわオリガ。最初は私達2人とエーテル3人で迎え撃つわ。それでいいわねアロイス?」

 

「オフタリノメイレイニ、シタガウダケデス、ボクハ」

 

エーテルが無機質な声で答えた。

 

「…………好きにしろ。どの道僕に決定権はないんだ。ただ邪魔者達だけは排除し、アルスとルーシェを生け捕りにしろとしか命令は出されていない…」

 

アロイスは目をそらしてどうでもいい、と言うように突き放した。

 

「何?一応貴方が招集したというのにその態度?よっぽど気が乗らないみたいね」

 

「……………うるさい」

 

「お母様から特別命令でも出されたのかしら?」

 

「黙れっ!!!」

 

「あら怖い。行きましょうお姉様。坊やは不機嫌でイラついているみたいだから」

 

「私の足を引っ張らないでよオリガ」

 

「それはこっちのセリフよ!!!」

 

癪に障る言葉を言われ、オリガは八つ当たりにエーテルの頭を引っぱたいた。無論、エーテルに痛覚という概念はない。ただ無機質にそのままオリガの隣を歩き続けた。

 

「相変わらずあの2人は仲が悪い姉妹ですこと。昔は仲が良かったと聞きましたが、同じ男性を好きになっていた事が発覚するとこんなにも不仲になってしまうなんてね。でもその2人とあのお方が手を組んでいるのだから、ホント滑稽で不思議ですわね」

 

「同じ男性?」

 

ノーヴが訪ねた。

 

「先代フレーリット皇帝陛下ですわ」

 

「へぇ………そのお方、サーチス様だけでなくオリガやヴェロニカも虜にしていたんですか」

 

「つくづく、スヴィエート皇帝家はドロドロしいですわね」

 

アロイスはロダリアからの視線に目をそらした。ノーヴは横目で姉妹達とアロイスを一瞥した後、煙管を消した。

 

「ま、人間関係は難しいですね。ではとりあえず、残りの4人で……という事に」

 

が、ベクターがその言葉をすかさず遮った。

 

「やーだね!俺様1人で戦うに決まってんだろ。他人がいると敵味方関係なく殺しちゃうぜ俺」

 

ベクターはサングラスをチャキリと指であげると、目にも止まらぬ速さで槍の刃先をノーヴの喉元に突きつけた。

 

「………………。相変わらずの協調性のない…………」

 

ノーヴはベクターを睨みつけると、指先だけ狼の鋭い爪に変形させ槍の刃を掴み、顔の前からどかした。

 

「お前だって狼のデカイ図体してウロチョロされるとこちとら目障りなんだよ、さっさと失せろエセ紳士」

 

槍を地面に刺し、柄を軸にしてぐるんと一回転してベクターは姉妹達が去っていった後方へと方向転換した。

 

「じゃあな。俺っちはいつも通り好きにやらせてもらうぜ」

 

「………ハァ、では僕達4人は別々で、それでよろしいですね?ロダリア、アロイス」

 

「ええ勿論ですとも。私もその方がいいと思っていました。血気盛んな人とご一緒するのは死んでも嫌ですわ」

 

彼女はドレスを翻すと、彼らから離れていった。

 

「……あぁ、そう……。さっきから全く喋らないアロイスも、それでいいですね?」

 

「………ああ。僕もその方が好都合だ。アイツにとって一番えげつない精神攻撃は後にとって置いた方が一番いい。それにどの道、奴らとは戦う運命にある。そんな予感がするんだ」

 

「……そうですか。奇遇ですね。僕もですよ。少し変な予感がするのは、僕だけの偶然でしょうかね…?」

 

「さぁな。誰だって因縁の相手がいるのはお互い様だろう。僕の場合、それがアルスというだけだ」

 

「因縁……………ね。確かに……」

 

ノーヴはロダリアの後ろ姿を見て呟いた。ロダリアの因縁の相手は勿論裏切った仲なのだから全員にはなるが、恐らく一番はフィルになるのだろう。あの女が一番目をかけ、気にしていた少女だ。

 

「僕には、そんな因縁の相手、いなさそうですね…………」

 

ノーヴは爪を元に戻すと、また煙管に火をつけた。黄緑の瞳を閉じ、三つ編みの銀髪を揺らし、アロイスに少し会釈すると彼もまた去っていった。

 

「………ハウエルの次は………マーシャ……か」

 

アロイスは腰からレイピアを取り出すと銀色に光るそれを見つめる。レイピアに映る今の自分の顔は人生最大にやつれている。

 

「僕は………、僕は…………ッ!!」

 

 

 

「で?これからどうするんですアルス君」

 

一方の方は、ラオの悪ふざけも終わり、ノインが次の目的を訪ねた。

 

「皆、分かっているとは思うが、これからスヴィエート城に乗り込む。サーチスは絶対に俺が来るのを待っているはずだ。俺が来ると確信しているんだろう。事実、このまま指を咥えて俺の国が破壊されていくのを見過ごすことは出来ない。これは俺にかされた使命だ。父と母の仇、そして民の想いを、果たす──────!!」

 

「オーケー。分かりましたよ。ここまで来たら付き合いますよ、っとその前に最後に一服」

 

ノインは煙管を蒸した。ここ最近めぐるましく忙しいため久々になる。

 

「そうだな、この先恐らく戦いが始まる事は避けれないだろう。皆準備は万全にして行け。フィル、お前も覚悟を決めていくんだ。意味は………、分かるな?」

 

そう、リザーガが占拠しているスヴィエート城に乗り込むという事は、そこにロダリアがいる確率が極めて高いということだ。

 

「…………あぁ、貴様に言われずとも分かっているさ。それに、貴様の方が覚悟を決める相手が多いだろう。小生の心配をしている暇などあるのか?」

 

フィルは一旦目を伏せたが、アルスに憎まれ口を叩いた。

 

「……、仲間の心配をするのは当然だ。お前は俺達の仲間だ」

 

「フン………、お互いにな……」

 

フィルはアルスの足を軽く蹴った。以前は思いっきり蹴られたのに。アルスはフッと笑った。彼女なりの信頼の証なのだろう。頼りにしている、と。

 

「頑張るね……!私、全力で傷を癒すから!みんな!無理はしないでね!」

 

「俺も、サーチスにはたっぷりと報復したい事が出来たんでな」

 

「サイラスの孫のアルス……、ボクのこの時代で生きる道はただ一つ。アルスを支えること、見守ることだヨ!」

 

「ハッ、ここまで来ちゃったら付き添わない理由がないっての。ちゃっちゃと終わらせて、胸はっておばあちゃんのところに帰らなきゃね!」

 

「私はアル兄、ルシェ姉、そしてみなに恩返しがしたい。それだけで、サポートする理由としては十分だ。精一杯頑張るさ!」

 

「フィルの因縁、ロダリア………ね。僕にはそんな相手がいませんが、乗りかかった船です。全力でついていきますよ」

 

アルスは皆の顔を順番に見回した。覚悟は出来ているようだ。

 

(俺は本当にいい人間に、いい仲間に恵まれたな……)

 

そして自分も覚悟を決めなければ、とキッと目を尖らせ言った。

 

「行くぞ!スヴィエート城へ!!!」




ノーヴ・マレイスター。誰かに名前も容姿も似ていると思いませんか?

あと、ここで出てきたサブキャラ達の紹介を書いて後で載せたいと思います。

いよいよ2部も大詰めですな!!!
これから言わずもがな戦闘ラッシュになるので作者が死にそうですわ!!!ていうか就活終わってからの初めての更新になるね!!!遅れてすみません!!やっと感覚取り戻して来たんっす!!

あぁあと!またイラスト頂いたので載せます。作者の活動報告欄に知らせて載せますのでご期待ください〜。

フェイティア更新停止から復活ですわ( ^ω^)


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第1部、第2部を振り返って

盛大なネタバレなので注意
でも今までの話を振り返ってちょっと解説したり、みたいないわゆるコラムみたいなものでしょうか。


 

 

アルス、及びスヴィエート関連

 

第2部を跨ぐところで20歳の誕生日を迎えた。それに伴い空白であった皇帝の座に着任する。本人はいきなりの事でかなり驚いたが後には引けずいずれ来ることであった為覚悟を決めた模様。

 

前皇帝ヴォルフディア(サーチスの夫)は長年病を患っており、床に伏せていた(容易に想像出来るかもしれないが、これは人為的な政治操作であり、妻のサーチスが1枚絡んでいる)彼ら夫婦の前に愛情など既に無いに等しく、アロイスも抜け殻のような父親から愛情を感じた事はなく、早々に哀れに思っていた。

本編では一切出てこない過去の親世代ののでかなり可哀想な人物ではある。

 

アルスの1番のコンプレックスは、自分を見てもらえない事、親の七光りだどうの、または母親のスミラ関係でからかわれる事である。この経緯はアルスが士官学校に通っていた頃に形成される。どんなに頑張っても先代フレーリットの影がチラつき、親のおかげだと言われる反面、ほぼ完璧だった父と違い、何かムラがあると今度は母スミラとそっくりなつり目でいじられ、裏切り者の息子だと罵倒される。そんな士官学校生活に嫌気が指しホームシックで1度脱走したり、グレかけた事もある思春期を送っている(ハウエルとマーシャにやんわりと諭されたが)

 

彼の前で前スヴィエート家の話や親の話は家族関係者以外は厳禁。すると大抵ツーンと機嫌損ねる。それを第2部でルーシェがその話題にかすってしまい、アルスが一方的に勘違い。それでロダリアも入りかなりややこしくなり2人は完全な仲違いとなる。(正直この2人、ずっと仲がいいのも良かったが大喧嘩させたかった←)

 

無邪気な少女のクラリスと関わる事で少しだけ本来の己を取り戻したが仲直りまでは至らず、しかも母親と直接会った為さらに何かをこじらせてしまう中二病(高2?)を発動させてしまう。

 

サーチス従兄弟叔母の事は昔から苦手意識が取れず、ちょっと恐怖感を感じていた(無理もない)

 

両親への好感度は物語当初は、

父10割母0割、だったが母スミラの死の真実を知って、深い愛を受け取り成長した後は父4割母6割と見事逆転する(父フレーリットかわいそう)

 

オメメが今オッドアイになってる。お母さんとお揃いでの赤い右目、左の銀の目。元々はどっち赤色だが銀色であるのは瞳に封印された記憶の殆どが開放された為。

 

フレーリットに関してはその夢のせいで精霊がいることも、戦争の事も少し知っていた。本人がそれを見てどう思っていたのかは不明。

 

欠けていたのはラオの方に記憶エヴィが行ったサイラスが死んだ時の記憶。

 

氷の剣で刺された事はまさか実の父に殺されかけるなんて思いもよらず、しかも純粋に痛かった為、普通に根に持っている(痛かったというレベルじゃないが)

 

フレーリットにとってスミラは生きる糧なので仕方がない(笑)

 

余談だけどアルスの第三秘奥義、黎明彩華・菫(れいめいさいか・すみれ)は母の花弁メッセージを聞いた後に習得するイベント習得型秘奥義。黎明は親子の和解の夜明け、明け方を意味し、彩花はその名の通り花。

 

黎明彩る花は菫(スミラ)なり。

みたいな?

 

読み方はスミレだけど。

父親のフレーリットの秘奥義は氷輪梅花・菫(ひょうりんばいか・すみら)と読む。技名、しかも秘奥義に妻の名前まんま入れちゃうフレーリット。スミラ大好きですねコイツら。

 

ルーシェの事が今では大好きです、ハイ

愛してます。でも彼らが無事2人仲良くハッピーエンド~♡になるのかは……?

 

ルーシェ

 

天真爛漫、天然の少女ルーシェ。

彼女は本編で語られたとおり捨て子である。赤ん坊の頃ナイフと共に籠に入れられ、アンジェリーク宿屋前に置き去りにされた。しかしルーシェは宿屋の前、しかも夫を無くし、子供の産めない体のシューラの女将の元に置き去りにしたと言う事は少なからず苦渋の決断だったのではと悟っている賢い子。下町では良くあることではあるし、環境故に仕方がなかったのだと思っている。それに自らの環境に不幸だと思ったことは一度も無い。何不自由なく他の下町住民に愛されながら育った恵まれた娘……ではある(今のところ、は)

 

しかしながら治癒術が使える事に関しては一生持つ悩みの種だと思っている。これのおかげで救われた人もいると思う反面、このせいで昔は戦争が泥沼化したという話も聞かされている。更に今は使える人物自体が希少価値で、命の危険に晒される力でもあるので使い方には注意しなければならない(と、思ってはいるのだがついつい他人のために使ってしまう)

 

彼女は治癒術が使えるだけの力ではない事が旅の中で判明している。

 

・精霊イフリートの力を無効化(触られても平気、ガットは火傷した

・精霊クロノスの力を無効化し、時を戻す力を使えなくする

・精霊が憑依できる体質、される体質

・アルスと同じく高い再生能力を持っているが、カヤに斬りつけられた時は発動しなかった(でも昔から元々少しの傷なら治りは早かった)

・本気出せば一切の光術を吸収し、無効化

 

以下の事から徐々に力が強くなっていってる(開放されてると行ったほうが正しいか)

 

彼女の詳細は3部で大体明かされるよ(*′ω′)b

 

アルスの事はもう2部だと普通に好き。クラリスに言われて初めて自覚するどちゃくそ鈍感っぷり。でもなんだかんだ言ってアルスの事が大好きである。

 

ガット

 

2部で治癒術が使える理由について判明したガット。この経緯からあまり自分の治癒術に関して自信を持っておらず進んで使おうとはしない。でも仲間の為なら躊躇わず使う。旅で培った仲間達との絆、思い出は大切であり、もう彼にとって仲間を失う事はイコールまた孤独に逆戻りであり死である。

 

ガットについては出生が今は不明。スヴィエート人でもないしロピアス人でもないしアジェス人でもない。

 

リオとトレイルは年上でいつも彼らの後ろにくっついていた。弟分であった。彼らの事は本当の姉、兄のように慕い懐いていた。彼らとの生活の物語はいずれ書くかも知れません。

 

ロダリア

 

謎大き人物。彼女についてはまだぜんっぜん語れません。

 

フィル

 

左目が潰れており見えない。傷は痛々しく糸で縫われている。傍から見ると年相応の少女で可愛いし、笑えばそれなりに可愛がられるような容姿してるのにニヤりと憎たらしげに笑ったり生意気だったり無礼だったりと随分ひねくれている。実は凄く寂しがり屋で1人になりたくないだけ。孤独を酷く嫌がる。その気持ちを組んでくれたルーシェに対して絶大に懐いている。ロダリアの次に信用している。

 

性格に関してはまだまだ子供だが、大人ぶって難しい言葉を使いたがったり何かと背伸びしたがる。依存、心の拠り所であった師匠(ロダリア)に裏切られ深く心を抉られるが、辛い事の連続だったガット、母と和解したアルスの姿を見て、全て自分の目で見て、自分で真実を確かめると決意する。

 

ラオ

 

2部にて彼の過去が明らかになりました。

ゾンビで蘇って首の傷、首がもげるのはこういった経緯があるからです。体もエヴィで出来ていますが、ルーシェの力によるものや、アルスとエヴィを共有したり(共にいることで)だいぶ身体を構造するエヴィが安定してきています。徐々に人間に近くなっている感じですね。でも決して人間ではありませんが。

 

彼とサイラスの間のテーマはストレートに国や身分を超えた友情です。テイルズの設定上言語設定は共通ですが、やはり異国の者達の友情というのは熱いですね。友を助け、庇って罪を擦り付けられ死んだラオですが、運命なのか宿命なのか、孫のアルスと出会って、そして会いたがっていたサイラスの息子のフレーリットと会って(殺されかけられましたが)

 

色々と感慨深かったと思います。

 

ラオが女の子だったらヤバイですね。でも悲恋になりそう。だってアジェス人と交わるのは絶対に許されないだろうから(´∀`)

 

友情はセーフ。男同士のなんか、軽いノリも含めつつ友情を書きたかったんです。戦闘能力が全盛期時代ではないとは言えフレーリットと10秒ぐらいタイマンで互角に戦うあたり体術に関してはかなり身軽で優れているでしょう。NARUTO的体術みたいな感じで

 

ノイン

 

影が薄い

煙管吸ってる。賭け事に関してはめっぽう強く、イカサマは得意。

 

戦闘、特に術に関してはエキスパート。術アタッカーである。誰かに似てるとか言うけどもう少し伏線分かりやすいように貼ったりもう少し出番出せなかったのかとちょっと後悔してるので、書き直した時とかに追加できたらいいなぁとは思ってる。正真正銘のロリコンで普段は紳士ぶってるが幼女の前になると豹変するので仲間からは白い目で見られている(フィルは慣れている)

 

カヤ

 

序盤の展開を広げさせる(引っかき回す?)女盗賊カヤ。世界を回りつつ、リザーガの情報兼、村を救う手立て、古文書について調べていた。物資が圧倒的に不足している村の危機を救うため祖母には商人をやっていると嘘をつき、悪徳業者や詐欺師、リザーガ等から金目の物を奪い、仕送りにしていた。

 

 

 

 

若干のネタバレになりますが、解説した方がいいと思ったことを述べます。

 

カヤの田舎故郷ソガラに物資が行き渡らなかったのは、アジェス政府がスヴィエートに結ばされた密約が枷となっているため

 

密約について語られている場面は118話「処刑執行」の話にて。

 

具体的に説明すると、アルス達が序盤予想したとおり、アジェス政府とリザーガは繋がっています。スヴィエートとロピアス間で戦争が始まると必ず物資が不足します。

 

密約というのはつまり、

 

・アジェスの物資をロピアスには内密にスヴィエートに横流しをする。

・また、国際社会的には中立の立場を保ちつつ秘密裏にスヴィエートに協力しろ。

 

これらを承認しなければアジェス人(ラオ)による皇帝暗殺事件を大々的に公表し、長らく守ってきた中立という立場から引きずり下ろして武力攻撃も厭わない、という感じです。だからアジェスはソガラを見捨て物資を掻き集め、それにリザーガも便乗しつつ、サポートしていた、という感じです。リザーガの指導者はサーチスなので、当然ですね。

 

フレーリットは当然これを知っています。しかし、誰にも口外した事はありません。密かに文面で知り、信用した人物にだけこれを共有させました。これ程有利な密約を彼は利用しない手はないのでアジェスを経由してバレないように簡単に陸伝いにロピアス本土に上陸出来たんですね。だから20年前では、ノインがいた海辺のカジノの街ラメントがスヴィエート軍によって陥落されているんです。

 

アルスはこれを知りません。まだ記憶の夢で見ていないですし、密約なので本当に国の上位の人物しか知らないです。サーチスは知っています。でも口にはしないです。元老院や軍もフレーリットから口止めされています。息子に戦争に結びつく血なまぐさいワードに関わらせたく無かったのでしょう。事実彼が戦争を早々と終わらせたのは妻と子の為です。

 

この密約のそもそもの原因はラオなので、関節的にラオのせい、そしてアルスの先祖のせいでカヤの村が苦しんでいる、という事に繋がる事実。

 

クラリス

 

20年前に出会った少女の正体。アルスから貰ったクラリネットを大事に持っている。基本的きままに活動している音楽家、作曲家で、天才的に音楽に関しては優れている。一番得意な楽器はクラリネットで本業だが、大体の楽器なら触ってきたため、オールマイティにこなせる。

 

弟も姉に憧れ追いかけ、指揮者となり楽団を作る。(曲は姉の途中放棄された曲をアレンジしたりパクったりしている。作曲もできるが姉にはまだまだ及ばない感じ)

 

2人でロピアスとアジェスを旅していた。いずれスヴィエートにも行く予定だったが、アルス達と20年越しの再会を果たす。実は未だアルスの事が普通に好きでルーシェに気を利かせて見えるところでは一線を引いているが、気持ちはまだ変わっていないし諦めていない。完全に振られるまで片思い中。切ないので、きちんと気持ちに整理をつける、とは決意している(3部で書きます)



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敵の人達 設定集

前話の敵の人達をちょっと詳しく設定。またネタバレ避けるためにここにひっそりと置いておきます。矛盾設定なければいいんだけど


オリガ・レイシュマン

 

年齢 43歳

身長 168cm

髪色 ライムグリーン

瞳 黒

 

ロピアスでアルス達仲間全員を襲撃した女性。髪の毛を今は一つにまとめ、三つ編みにしている。ヴェロニカの妹。

 

姉よりは影薄くない。一応第1部と第2部にちょろっと名前が出ている。(34話、88話)

 

性格は昔はお淑やか。現在はかなり気が強い。ハッキリとものを言う性格。過去編では出てこなかった親世代の1人。

 

看護学生時代、実習先として訪れた士官学校の学生の先輩、フレーリットに恋心を抱いていた。(およそ15歳ぐらいの時)

 

ある時、フレーリットの重大な秘密と計画を知ってしまい、秘密を共有した事により更に思春期にこじらせた恋愛は彼女を燃え上がらせた。

 

サーチスにフレーリットの氷石の件を内部告発したのもオリガである。

 

戦い方のスタイルは複合光術を用いた強力な術。姉のヴェロニカとの合わせた術等も相当厄介。

 

若い頃のオリガ

 

【挿絵表示】

 

 

ヴェロニカ・レイシュマン

 

年齢 45歳

髪色 茶色

瞳色 黒

 

オリガの姉である。スヴィエート城でアルスをサーチスの元へ連れていったのも引き継いだのもこのヴェロニカ。今までずっと裏方の仕事をして来た人。

 

彼女も親世代の1人で、また関係は複雑。

フレーリットの元見合い相手であり、言わば元カノ。そしてスミラが経営する花屋フローレンスの一時期の常連客であった。

 

オリガ、サーチスもそうだがヴェロニカも殆ど年齢と外見が合ってない。凄く若く見える癖にこの厄介な女達は皆40路(でも年齢の事言うと高確率で怒られそう)

 

この姉妹らの殆どの目的がスヴィエート及びフレーリットへの復讐と、自分の理想の実現する為。ほとんど全能の神のような存在であるマクスウェルの精霊の力を貸してもらえれば、人生をやり直せると本気で考えている。(実際プルートという冥界の精霊が魂を操作すれば生まれ変わる事は可能であり、叶わない夢ではない)

 

性格は昔は穏やか。今も静かに怒りを現すタイプ。彼女達2人共複合光術を会得しており、術がかなり厄介。前衛のエチルエーテルを囮にし、連携の取れた姉妹の合体術等もしてくるため、術防が低いキャラは苦戦必須が予想される。

 

ヴェロニカ(若)

 

【挿絵表示】

 

 

エチルエーテル

 

年齢 なし

髪色 ころころ変わるがデフォルトは灰色

身長 改造によって伸びたりするし縮んだりもするが、大体130cm前後。

瞳色 髪色と同じ設定

 

レインコートをまとい、傘は仕込み武器背格好は殆ど普通の少年の変わらないが、喋り方は本当に無機質で感情がない。ロボットであるから当たり前ではある。サーチスがゴーレム技術開発の合間に作り出した劣化戦闘兵器。命令さえ与えればそれを忠実にこなす。しかし自分で動く力はあまりない。それ故、監視対象であったアルス達を追って、偶然ルーシェの落し物を拾ったがどうしていいかわからなかったようだ(ロピアスで列車が止まって足止め食らってる時に会った少年がエーテル。そこからアルス達を監視するため尾行していた)

 

傘は仕込みの剣、柄のボタンを押せば弾丸、術を発動する媒介にもなっている。殆ど前衛ポジションで、ロボットの為物理攻撃にはめっぽう強い。様々なカラクリを体に仕込んでいる。

 

ほぼ前衛用に作られているがカスタマイズによっては後衛向きにもなるとにかく臨機応変で万能型。当たり前だが治癒術は当然できない。

 

はこより、エーテル

 

【挿絵表示】

 

 

ベクター・ディラインド

 

年齢 不明

髪色 白髪に赤黒のメッシュスタイル

身長 185cm

瞳色 オレンジ色(グラサンかけててあんまり見えないかも?)

 

グラサンかけてる戦闘狂。序盤アルスを襲った暗殺者である。

 

一言で言ってしまえば頭のおかしいキ〇ガイ。戦闘狂でとにかく戦い、殺す事に快感を覚えている危ない人。槍とかいうでかくて長い武器の癖にとにかくちょこまかと動いくわ攻撃力は高いわでうざったい。槍以外に普通に殴ってきたり蹴ってきたりもするし、槍地面にぶっ指して遠心力キックとかもしてきたりする。

 

基本的前衛を狙って来るけど気まぐれで後衛殴りに徹したりする時もあるとにかく心も言動も読めない。目の前のヤツ、目に止まったヤツを殺していくスタイル。なので当たり前だが協調性もない。人をおちょくったり煽ったりするのも得意で挑発行為はお手の物。

 

戦闘中に関しては非常に良く頭が回る。

一人称も定まらずコロコロと変わる。目的も何もかも不明でとにかく戦い、強いヤツを探して殺戮する事だけに人生生きている。

 

イシル氏より、ベクター

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

ノーヴ・マレイスター

 

年齢 21歳

髪色 銀

身長 192cm(ヒール含めて)

瞳色 黄緑

 

誰かとよく似ている青年(後にすぐ明かされます)

 

初登場は41話の「銀色の狼」にて。あの時は手加減し、というか戦うのが目的ではなかったので全力の3分の1もだしていない。もっとも特徴的な戦い方をするやつで戦う時は狼に変身する。そのため敏捷はフェイティアのキャラの中で一番である。なお術も得意で一瞬で離れられてフル詠唱からの光術攻撃、なんてものもできる全力出されたら普通にマジで強い人。狼に変身出来る理由もそのうち。

 

性格は比較的常識人で紳士的。物腰柔らかく穏やかな性格だが内に秘めた暗く闇に閉ざされた思いもあるようで、特にアジェスに対してはあまりいい思い出がない。第一部では影が薄かったけど、秘密裏に動いていたせい。

 

やわ氏より、ノーヴ

 

【挿絵表示】

 

 

狼変身時

 

【挿絵表示】

 




イラスト描いてくださった皆様、本当にありがとうございました。

オリガとヴェロニカだけ私が自力で制作しましたww(アバター制作アプリで適当に)
服がかけないのでバストアップ、しかも若かりし頃という怠惰っぷり。ですが容姿、顔自体の特徴はこのままです、合っています。二人共サーチス同様美魔女なので恐らく今現在も若々しいでしょうね。


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レイシュマン姉妹の追憶

おさらい解説

スヴィエートは、皇帝家、軍部、元老院とこの3つと三代権力があり、最も権力があるのは皇帝家。

2番目は皇帝が行う政治情勢によって変わる。サイラス時代はほぼ平均値。ツァーゼル時代は元老院。そしてフレーリット時代は軍部。

アルスの時代でまた平均値に戻る。

2つの特徴として、

元老院は全て貴族で構成された所謂誇り高く、血筋に拘る。

軍部は体育会系な感じ。全て実力主義で、身分や血筋は一切関係ない。出世して権力身につけたかったら能力をつけてのし上がれ、みたいな。

皇帝がどちらかを贔屓すればもちろん情勢が傾いて、政治権や地位、ひいてはお給料upに繋がる。デットヒートを毎度の事繰り広げるこの二代勢力争いが皇帝家を巻き込み、現在のアルスの時代で内戦を引き起こしている。

アロイス側元老院
アルス側軍部

と、なっている。


・エヴィ結晶
属性エヴィの塊、結晶体。粒子であるエヴィが集まると結晶化する。属性によって色は変わり、火の赤、水の青、風の緑、地の茶、光の白、闇の黒、雷の黄色、氷の空色がある。有限ではあるが、精霊がいる限り無くなる事はない。国によって採れる結晶は異なる。

スヴィエートは氷、光、水。
ロピアスは風、雷だがどれもバランスよく採れる箇所がある
アジェスは火、闇、地

これらは貿易の取引物として非常に重要。

・複合光術
サーチスが開発した、エヴィの結晶(塊)を用いる事により光術の威力を何倍までにも引き上げられる技術。つまり、簡単に言えば有限燃料を使って術の威力を高める、という事。

術者は繊細なエヴィ操作と、使う光術属性の反対属性を熟知し扱うことが出来て、なおかつそれら全てを結晶の大きさや形によって注入するエヴィ量を変える必要があるのでかなり高度な技術がいる。反応させるエヴィの量を間違えたりすると結晶が暴発して命の危険に晒される。

・ハイドディレ
ロピアスの王立機密機関組織。CIAみたいなもの(?)
あらゆる物の情報を探る組織。ロダリアが所属している。


オリガ・レイシュマン

ヴェロニカ・レイシュマン

 

妹のオリガ、姉のヴェロニカ。

彼女達は姉妹だ。

 

スヴィエート三大勢力の1つ、元老院に連なる貴族であるレイシュマン家に生まれる。レイシュマン家は古く歴史がある。いい意味でも悪い意味でも伝統を重んじる一族であった。その為根っからの選民思想の持ち主で、「人間は全て血筋や家柄で決まるのだ」が姉妹の父親の口癖だった。

 

貴族が軍人になるのが当たり前、この国を血筋が優秀なものが率いていく、それが彼らの当たり前なのだ。

 

フレーリットの叔父、闇皇帝と呼ばれたツァーゼルもそうであった。

 

「一般市民の娘と自由恋愛し、結婚した愚兄サイラスとは違う。優秀な血筋の貴族と結ばれ子を成した方が優れているに決まっている」

 

彼もそのような思想の持ち主だった為、レイシュマン一族は忠実に従い命令をこなし、その闇皇帝に大変贔屓されたのだ。

 

しかしその闇皇帝は甥に討たれた。

 

劣等民との混血児と見下し目の上のたんこぶだった兄サイラスがいない事を散々良い事に、幼い頃から調教し、恐怖と畏怖を与え、逆らえないようにしてきた甥のフレーリット。彼の青春時代は叔父によって形成され、歪んだものになった。彼の瞳の下に消えない隈を刻み込み、トラウマを植え付けた。

 

フレーリットもやがて学習し体裁を繕い誤魔化してきたが、それがある日ついに切れ彼は叔父に牙を剥いた。

 

 

 

スヴィート城の正面玄関前の間に佇むオリガは追憶の海に落ちた。

 

もう何年前の話になるのかしら。

 

男からは憧れと尊敬、畏怖。

そして女には恋愛の対象であったある男がいた。

 

スヴィエートの血を継ぐ者としても最初から注目度が高いというのに、全てが並外れた頭脳、成績、身体能力。同じく従兄弟のヴォルフディアと極めて高度は成績争いを繰り広げた。そしてそれを鼻にかけ嫌味ともぜず、しかもそれら全てが血に滲む努力の結晶。

 

ひたすらに高みへと精進し続ける彼の姿に、皆ただただカリスマ性を感じるしかなかった。この人に従えば全て上手くいくだろう、そんな空気を自然と生み出すようになっていった、秀才の青年だった。

 

私もその青年に恋していた1人だった。

その頃は彼の全てが輝いて見えた。どうしようもなく愛してしまっていた。だから、憧れていた彼に協力できたのは誇りだった。オリガは静かに目を閉じた。

 

 

 

───────時は遡り、スヴィエート某所

 

「待って!私…、誰にも言いません!つっ!」

 

しんしんと降りしきる雪の中、黄緑色の髪を三つ編みにした可憐な少女が木の幹に追い詰められ肩を押さえつけられた。

 

若き日のオリガである。

 

その振動で、少しばかり枝から新雪がパラパラと落ちていった。

 

目の前にある銃口を向けられ、ひゅっと息をのみ怯えた。彼女は首をふるふると振りその青年に訴えかけた。しかし、かく言う青年もその手と声色は震え怯えていた。全身血塗れの姿、彼の血ではない。全部返り血だ。紫紺の髪は乱れ、荒い息に、血走った銀色の瞳。

 

冷汗をかき、「もう誰も信じられない」……と呟いた。

 

「言う言わないじゃない……!そもそもあの演習場である場所に看護学生のお前がいる事自体おかしかったことだ!!見られた以上、お前を消すしかない。この先僕にはやる事がある、殺らなきゃいけない!だからお前も……!」

 

「私ッ!貴方の事が心配だったんです!だからあの場所に行ったんです!」

 

この時、半分は嘘で半分は本当の事を言った。彼の隊長姿、作戦中の姿、それを少しでも目に刻みたかった。非戦闘員である看護学生が興味本位で演習場である雪山に行くなんてどうかしてる、そう思うのが当然だけれど。好きな人の姿を1秒でも見ていたい、その気持ちで胸がいっぱいだった。遠くからいつも見ていた、憧れにも近いが、違った。好きだった。でもそれが仇となってまさかこんなことになるなんて、誰が予想できただろうか。

 

「嘘をつくな!オリガ……!お前もどうせあの叔父からの差金なんだろう!?裏切り者なんだろう!?」

 

「違う!違いますフレーリット先輩ッ!」

 

彼女は涙目になって必死に訴えかけた。このままでは本当に殺されてしまう。彼を一旦落ち着かせなければいけなかった。

 

「それにっ!私を殺しても絶対貴方に疑いがかかるのに拍車がかかるだけです!」

 

一瞬、彼の目が泳いだ。

 

「私も貴方の協力者になる…!この秘密は2人だけのもの…!誰にもこの事は言わない…!お願いですフレーリット先輩!」

 

「ふざけるな……!そんな言葉が信用できると思うのか!?」

 

彼は拳銃の安全装置を外していよいよ彼女の額に突きつけた。両者共唾を飲み込み、緊張が走る。

 

「疑いがかからないように全力で手を回します、貴方の右腕になります…!今後、あのツァーゼル帝を討つのでしょう……!?お願いです…」

 

「!?……その事まで聞いていたのかっ……!?」

 

「言ったでしょう……全部見ていたって…!だから…お願い…!」

 

「駄目だ信じられるわけがっ……!?」

 

2人の影が重なる直前、その光景は黒い霧に変わり、辺り一帯フェードアウトした。

 

 

 

───────瞳を開き、そこで思考を停止したのだった。愛に飢えた青春時代、そのいくつかを思い出す。

 

今思えば、元老院に連なるレイシュマンの一族の娘が看護学生をやってるなんて時点で疑われて当然だった。だが闇皇帝と言われたツァーゼルがスヴィエートのトップとして君臨していたあの時代は、家を継がない貴族の娘は看護へ、息子は軍へ行くのが当然の時代だった。いずれ起こす戦争への準備のためだ。

 

看護学生の実習先が軍の士官学校の病院なのも上手い話だ。男女の絶好の出会いの場だろう。看護されたいが為にわざと怪我をする輩もいた。その環境故、互いに伴侶の相手も見つけやすい。人口増幅計画。この政策は見事だったと言える。

 

と、まあこのような環境にまんまと乗せられたのが私オリガだ。この時程、家を継がないに道に進まされてよかったと思った事は無い。家を継ぐのは姉のヴェロニカの役目だった。

 

 

 

フレーリットが士官学校を卒業し、まもなくしてツァーゼルはフレーリットによって暗殺された。オリガの支援も借りつつ、彼は見事(しがらみ)を解き放った。結果論だがやり方はどうあれ彼にとって、そしてこの国にとってこれが最前だったのだ。

 

政権がフレーリットになった途端、ツァーゼル政権とは正反対の実力主義の軍に傾いた。フレーリットは男女差別や血筋の差別には一切こだわらなかった。実力さえあれば女だって出世できるし軍人になれる、血筋による選民思想などもはやないに等しかった。

 

その情勢に、当然元老院は反発した。今まで保ってきた地位が脅かされるのだから彼らからしたらこれ程居心地の悪いものはないだろう。彼らは結集し、皇帝フレーリットを玉座から引きずり下ろし、従兄弟のヴォルフディアを立たせて、政権を剥奪しようと企てた。

 

そしてオリガはこの時、学生時代からフレーリット側、しかも交流があったのが災いした。

 

一族に監視され、後に一族にフレーリット側の支援だった事がバレた為家に監禁されてしまう。愛故にフレーリットに人生を捧げたがそれが全てにおいて空回りし、人生の理不尽さに掻き乱される。

 

何もかも上手くいって、自分の好きな恋愛をしながら人生を歩みたかった。だがそんなのは所詮夢物語だ。

 

国家機密級の事件の真相の共有者、オリガと連絡が途絶え、フレーリットは焦って行方を調査した。もしオリガから情報がリークしたらどうなる?元老院から非難の嵐、国民の信用のガタ落ち、溜まったものではい。しかもこの頃は頻繁にフレーリットは暗殺者に狙われるようになっていた。不穏な空気が漂い始めた。

 

送られてきた暗殺者は全員返り討ちにして殺害したが、とある1人を返り討ちにした後拷問し、情報を吐かせた。

 

それは、暗殺者の雇先は元老院である事。どこの一族に命令されたかも聞いたが、それ以上は聞き出せなかった。元老院側も馬鹿ではない。仲介人を立てていた。

 

暗殺作戦は尽く失敗し、元老院側は作戦を変えた。だが、この決断がレイシュマン一族の運命を滅ぼす事となったのだ。

 

そう、元老院側の指揮を取り、リーダー各であったのはオリガとヴェロニカの家系、レイシュマン一族だ。

 

そこで犠牲になったのが、レイシュマン家の長女、ヴェロニカだった。彼女本人には何一つ知らせずハニートラップとして嫁がせたようとした。ヴェロニカはそんな事つゆ知らず、大いに喜び見合い話を受理した。相手はこの国で一番権力を持つ皇帝、容姿も能力もどこもいい、どこに嫌がる理由があっただろうか。

 

皇帝家と契を結び、血縁関係になってしまえば一番距離が近づける立場になる。合理的な判断だった。

 

一方ヴェロニカはその当時通いつめ、お得意先にしていた花屋にその吉報を知らせに行く。その店には見習いの女性店員がいた。同い年だった事もあって、身分が違えど話がよくあった。

 

ローズピンク色の髪の毛、名前はスミラ・フローレンス。彼女はいずれ独立して店を立てたいという夢を持っていた。

 

「しばらくは忙しくて会えなくなるけれど必ずまた来るから、その時には独立していてね、今度はその店の常連になるわ」

 

「待ってるわねヴェロニカ。どうかお幸せに。ウェディングのブーケの花は是非任せて!」

 

と、いうのが最後にした会話だった。

ヴェロニカがスミラの前に姿を現す事は無かったのだった。皮肉なものだ。この後、スミラがフレーリットに求婚され、結婚するなんて誰が予測出来ただろうか。

 

当のフレーリットは見合いに対して絶望的に乗り気ではなかったが、跡継ぎをと母に言い寄られ迫られてはいくら彼でも逆らえなかった。当時のフレーリットの一番の弱点は間違いなく母親であった。

 

その母親を介して、半ば無理やり見合いをさせられたフレーリット。結局母にも相手側家族にも押し切られ結婚前提の見合いは成立した。

 

「フレーリット様は、母上様にとても大事にされておられるのですね」

 

「……まぁ一人っ子だしね。それに、僕以外家族で信用できる人が居ないからだよ。僕の話はいいだろ」

 

「あっ、そ、そうですわね。一人っ子…ですか。私には妹がおりますの」

 

「ふーん」

 

「オリガと言って。でもここ数年程会っていませんわね、あの子は今も看護で忙しいと聞いています。今頃、本格的な実習にてんてこまいなのかしら」

 

「なんだって……?」

 

「え?えぇですから妹は看護学校に─────」

 

会話を交わす内に自然と出てきた家族の話。自分にとってはあまりいい思い出がないため適当に相槌をうち、真剣に聞いているように見せて流していた内容だったが、彼女の妹の話が出てきてフレーリットは僅かに目を見開いた。ヴェロニカの妹はオリガだと言うことが判明したのだ。オリガとは仕事や支援の話以外一切したことは無い。だから知らなかったのだ。姉妹だと言う事を。

 

「彼女、行方が分からなくなっているそうだよ?君は知らないのか?」と、深く聞き直そうと思っていた矢先、調査を依頼していたハウエルが部屋に飛び込んできた。

 

詳しい情報が入り、更に暗殺者の依頼主が分かったという。ヴェロニカには席を外してもらい、聞き入れた情報は暗殺を送り込んできたのはレイシュマン家だと言う事。

 

そこからはもう早かった。フレーリットはすぐさまそこから分かる情報を予測した。

 

(元老院側の統率をとっているリーダー格の一族がレイシュマン家であるという事はオリガの行方が分からない事から、フレーリットのスクープを一族にリークし、今後政権を奪取する事を企てていた所謂二重スパイだったという事だ。彼女は皇帝からの報復を避けるため逃げたか、匿われているかのどちらかだ)

 

フレーリットは嘲笑った。やはり自分の身の回りの人間は信じられなかった。

 

(レイシュマン家が近づいてきたのもタイミング的に良すぎる。バカバカしい。ヴェロニカ、オリガ、所詮君らはそちら側の人間だったというわけだ。僕に近付いて、揺さぶるつもりだったか?ハニートラップをしかけて殺すつもりだったか?

こっちは命を狙われた身だ。容赦はしない)

 

フレーリットはツァーゼルがやったように、粛清をすることを決断した。粛清とは聞こえが少しいいが、要は自分にとって邪魔でしかない、目障りなものを排除する事だ。

 

しかしそのまま直接的に粛清を行えば反乱がより激しくなること間違いなしだ。

 

そこで同士討ちを狙い、元老院内で内部闘争を起こさせた。

 

レイシュマン家は最初から娘2人を使って地位を確立させようとした計算高い一族。学生時代から交流をして、今もなお懲りずに別の、血縁という関係を築き上げようとしている。レイシュマン家が元老院を率いてきたというのに、全ては計算ずくめで、レイシュマン家だけが他の元老院の一族を踏み台として抜け駆けし、この国の政権を奪取しようとしている、という情報を元老院に流した。

 

そこからは彼の思惑通りに、面白いように転がった。

 

たちまちそのデマは広がり、元老院内で内部闘争勃発したのだ。地位を巡って醜い争いが起こり、やがて内ゲバが起き始めた。

 

オリガがアレから姿を見せず、忽然と消えたのも一族に寝返ったためだろうとフレーリットが考えたのは当然の結果である。

 

レイシュマン一族は元老院全てから反感を買い、他の下級貴族から下克上される形となった。

 

レイシュマンの家は他の貴族に雇われ送り込まれた暗殺者により、姉妹を除く一家全員が殺された。オリガはその家の地下深くに監禁されており発見されずに何とかその時は生き延びた。ヴェロニカは危険をいち早く察知し、下町の路地裏に隠れて難を逃れた。

 

姉妹の遺体が見つからないとなると、また他の者に命を狙われるのは明白だった。ヴェロニカは身を隠しながら家に忍び込み、惨殺された家族や親戚達の遺体を見届けた。しかし、妹の遺体はなかった。家中を探し回り、見つけた隠し通路の奥の地下への階段。その奥にこそ、妹オリガが監禁されていた。

 

ヴェロニカは妹を助け出し、身につけていたネックレスやイヤリング、妹の看護師ドックタグをメイドの遺体に身につけさせた。そして、家中に光術で火をつけた。火は瞬く間に燃え上がり、炎に包まれていく自分の家────────。

 

家は全焼し灰と家具や機材に押しつぶされた損傷した骨だけが残った。レイシュマン家は2人の姉妹を残して燃え盛る炎に包まれた。

 

その知らせを聞いたフレーリットは部下にまた調査させた。ヴェロニカとオリガについてだ。部下は姉妹がしかけた偽装工作に騙され死亡したと伝えた。こうして歴史的に完全にレイシュマン一族は滅びたのである。

 

滅んだ一族などにいつまでも構っていられない。ただでさえ仕事は山ほどある。捜索は打ち切りになった。死んだ元婚約者の事などもうどうでもよかった。もっと他にもやる事か沢山ある。

 

姉妹達にはもう帰る家はない。戸籍もない、居場所もない。亡くなった存在なのだ。

 

こうなるともう選択肢は1つ。

敵国ロピアスに亡命する事だ。

 

以降、王立機密機関に保護され、手厚い保護を受けた彼女達。後にハイドディレと呼ばれる組織だ。

 

ここから姉妹の、やり直しの人生が始まる。

 

「何もかも失い、ゼロになった」

 

「全ての私自身をリセットする」

 

 

 

────────私達の人生は正に時代の波乱、陰謀、そして愛、欲望に巻き込まれた悲劇的なものだった。この話を聞いたら、誰もが生まれる時代や家が悪かった、そう言うだろう。

 

だから生まれ変わるのだ。新たな時代に、自分の見た夢を、現実に変えるために。サチース(あの女)はそれを叶える能力を持っている、手に入れている。それらを秘密裏に管理を手伝ったのも自分達だ。

 

その為なら今の世界を全部壊したって構わない。いやむしろ壊せばいい。どうせ今の世界に何の未練もない。

 

複合光術だって血反吐を吐く思いで習得した。藁にもすがる気持ちだ。今まで1度も幸せを掴んだことがない。幸せの味を味わいたい。あの頃に戻りたい。愛した人と結婚したい、幸せにして欲しい、

 

幸せな女になりたい───────。

 

例え記憶を失ってでもいい。幸せを味わえるのなら何でも構わない。夢物語を見れるなら、もう何だって。

 

そんな我ながら支離滅裂な願いを叶える為、私達はここで待ち構えるのだ。既にエーテルの改造は済ませた。

 

ヴェロニカがアルスを見た時の心情は計り知れない。スミラによく似た目つき、フレーリットの面影を強く残す顔つき。複雑な気持ちが混ざりあい、結果として殺意だけが残った。

 

逆恨みにも等しいかもしれないけれど、これ程恵まれないと、誰かを憎まずにはいられないのかも知れない。

 

オリジンの次に力を持つ精霊、マクスウェル。その力を思う存分これから使う為にも邪魔な因子は、排除する──────!!

 




「ねぇ、アンタ友達とかいないの?」

「ん~?いないねそう言えば。いても殆どビジネス上の付き合いになるね」

「寂しいとか……思わないの?」

「思わないよ。僕の場合、昔は周りの人間全てが敵みたいな環境だったからね、慣れだよ慣れ。別に自分1人で生きていけたし、むしろ自分しか信じられなかった。裏切られるのはもう懲りごりだからね」

「そうなの……詳しくは聞かないでおくわ…、でも大変だったのね、やっぱり皇帝っていう身分だものね…」

「君は─────。

僕の事を裏切らないよね?」

「はぁ?いきなり何言ってんの?当たり前じゃない?何?浮気の話?私がすると思ってんの?」

「違う違う。何でもない忘れて。その言葉が聞けて嬉しい。僕はもう、誰かに裏切られたくないだけだから。

そういえばそっちは?友達とかそういう人いなかったの?」

「私にも……一応昔はそれっぽい人はいたんだけど、結婚見合いする、って言ってそれっきり。ハッ、女の友情なんて所詮男優先よね」

「あぁ、一応過去にはいたんだ」

「えぇ、貴族の娘なのに身分分け隔てなく話してくれるとても上品で気品のある子だったわ。私が花屋見習い時代のお店の常連客で、良くしてくれたの」

「へ~感じ良さそうな娘だね。貴族の娘だったんだ?」

「ヴェロニカって名前だったんだけど、アンタ知らない?」

「…………………………………知らないよ?何で知ってると思ったの?」

「だって貴族の子なら知ってるかなーって。深い意味は無いわよ。結婚して今頃幸せに暮らしているのかしら?」

「─────さぁね、僕等には関係の無い事だよ」

「そうね……」


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