女帝が引っかき回すお話 (天神神楽)
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第一章
アイドルの頂点


アーニャたんのお姉さんを生み出したくなりました。
アーニァは天使。異論は認めない。
チア姿最高でした。昇天した。
セーラー服もっと着て欲しいお。


346プロダクション。芸能界に大きな影響力をもつこのプロダクションが、アイドル部門を設立したのが2年前。シンデレラプロジェクト等様々な企画を成功させ、その存在感を確かなものとしていた。

そんな346プロダクションのシンデレラプロジェクトに抜擢された新人三人が、レッスンのためにレッスンルームに向かっていた。

「凛ちゃん、美央ちゃん頑張りましょうね!」

「うん。今まで以上に大変そうだけど……」

「弱気になっちゃ駄目だよ! むしろ私は楽しみだよ!」

期待に胸膨らませ、レッスンルームの前に到着する三人。しかし、中からは音楽が聞こえていた。

「あれ? 誰か使ってるのかな?」

「でも、ここで良いはずだけど」

首を傾げつつ覗いてみると、一人の女性が音楽に合わせてダンスを踊っていた。

そのダンスは激しく、それでいて正確なステップと振りと、それと共に揺れ動く綺麗な銀の長髪は、見ていた三人を魅了した。

「ふぅ……あら? あなたたちは?」

音楽がとまり中の女性が三人に気付く。三人は慌てて中に入り、その女性の正体に気が付く。

「エレーナ・パタノヴァ!? トップアイドルの!?」

美央がその女性がエレーナだと気が付く。

「ふふふ、ごめんなさいね。空いてたから少し貸してもらってたのだけど、いつの間にか時間になってたみたいね。すぐに退くわ」

エレーナが片付けを始めようとすると、そこにトレーナーが入ってくる。

「よし、始めるぞ、っと、エレーナ。お前も踊るか?」

「それも魅力的だけどね。あぁ、あなたたちが美嘉ちゃんのバックダンサーの子達ね。なら、せっかくだから見せてもらおうかしら」

まさかのトップアイドルの見学という事態に三人が慌てる中、そこに城ヶ崎美嘉が入ってくる。

「すみませーん! 前の撮影が押しちゃってーって、エレーナさん!」

エレーナに気が付くと、そのままエレーナに抱きつく。

「あら、後輩が見てるのに甘えんぼさんね。ほら、レッスンをしなくちゃ」

「エレーナさんが見てるんじゃ、頑張らなくちゃですね! さ、後輩ちゃん達! 頑張るわよ!」

やる気満々になった美嘉とともにレッスンを始める三人。今までのレッスンとは異なり、激しい振り付けは、まだまだ新人の三人には苦しいもので、息絶え絶えとなっていた。

「ふふふ、お疲れ様。はい、スポーツドリンクだけど、いいかしら? 美嘉ちゃんもどうぞ」

「ありがとうございまーす!」

美嘉は元気に受け取るが、三人は絶え絶えにしか返事が出来なかった。

「エレーナさん、久しぶりに歌聞かせて下さいよ!」

「さっき踊ってたんだけどね。そうね、三人と出会えた記念に、一曲歌おうかしら」

コホンと軽く息を整え、四人の前に立つエレーナ。ただそれだけなのに、卯月たちはエレーナに見惚れていた。そんな間に、エレーナは歌を歌い始める。アイドルを目指しており、色々なアイドルのステージを見てきた卯月。もちろん、トップアイドルでであるエレーナの曲は全てチェックしていた。しかし、今歌っている歌は初めて聞くものだった。

どこまでも響き渡るような透き通るような歌声。エレーナの非現実とも言えるような美貌と相まって、味気のないレッスンルームが、どこかのお城の舞踏会にいるかのような幻想的な雰囲気に包まれたような気がした。

一番だけを歌い、小さく息を吐く。歌い終えたエレーナに、美嘉が駆け寄った。

「やっぱり凄いですエレーナさん! もしかして、新曲ですか!?」

「えぇ。今度発売する歌よ。《ホシゾラ》っていう曲なんだけど。こっちはカップリングだから本邦初公開かしらね。どうだった?」

「さいっこーです! 絶対にCD買いますから!」

美嘉は興奮気味にエレーナの手を握る。エレーナも嬉しそうに美嘉の頭を撫でる。

「エレーナさん、私もう新人じゃないんですよ?」

「ふふ、美嘉ちゃんは、ずっと私の後輩さんだもの。じゃあ、私はこれで。新人さん達も、頑張ってね」

「「「はい!」」」

憧れの人物にエールを送られ、卯月達は大きな声で返事をした。その返事に満足そうな笑みを浮べるとエレーナはレッスンルームを出ようとした。が、入り口の所でふと立ち止まる。

「そうだ。明日ちょっとご飯に行くつもりだったんだけど、四人とも良ければ一緒にどうかしら?」

「もちろんお供しますよ! 久しぶりだなー!」

美嘉は突然の誘いに、飛び上がらんばかりに喜んでいた。対照的に、卯月達はいいのかどうか困惑していた。

「会社の人達というわけじゃないから、遠慮しなくていいわよ? それに、可愛い新人さん達のお話も聞きたいしね」

「じゃ、じゃあ……」

「その、私達も行かせてもらいます」

「エレーナさんとのご飯……」

卯月の目配せに、凜と未央も遠慮気味に頷いた。

「ふふっ、決まりね。場所と時間とかは後で美嘉ちゃんに連絡するからね。もしかしたら先に始めちゃってるかもしれないけど」

ふふふと微笑みながら、今度こそレッスンルームを出て行くエレーナ。

エレーナが出て行った扉を見つめながら、美嘉がぽつりと口を開く。

「流石《ツァリーツァ》は健在、か」

「《ツァリーツァ》?」

「ロシア語で《女帝》っていう言葉。エレーナさんのあだ名みたいなものよ。全国ツアー、武道館、アリーナ、それに世界ツアー。日本が誇る、名実ともにトップアイドルね。お父さんの出身国であるロシアだと、首相と大統領もエレーナさんのファンみたいね。まさに女帝ね」

エレーナの凄すぎる経歴に、三人は口を開いてしまう。

「私の憧れで、目標よ。あの人に憧れて、モデルの世界に飛び込んで、ここに来たの。良かったわね、三人とも。エレーナさんとご飯だなんて、滅多に出来ないわよ」

美嘉の真剣な言葉に、三人は表情を引き締める。

「さっ、エレーナさんに笑われないように、私達も頑張るわよ!」

「「「はいっ!」」」

前までよりも気合いの入った返事で、残りのレッスンも今まで以上に気合いの入ったものとなっていた。

 

 

 

美嘉達との約束の日、仕事を終えた後、エレーナは社内のカフェで人を待っていた。

346プロだけでなく、日本が誇るトップアイドルの姿に、道行く人々が皆エレーナのことを見ていた。エレーナも、顔見知りのアイドル達には、小さく手を振ったりしていた。

そんなエレーナに近付く人物が一人。

「お待たせしました」

「お疲れ様楓ちゃん。どうする? ちょっと休んでいく?」

「いえ、どうせ向こうで飲むのですから、行きましょう」

エレーナは代金を払うと、楓と一緒に会社を出た。二人とも人気アイドルである。簡単な変装はしているが、存在感からか、道行く人々の視線を集めていた。

エレーナと楓は、行きつけのバー《ステラ》に入る。マスターは二人に気が付くと笑顔を浮べて二人を出迎えた。

「二人で来るのは久しぶりだね。二人ともいつものでいいかい?」

「はい。お願いします」

エレーナは奥のテーブルに座る。マスターはすぐに白ビールとチーズを持ってきた。

「はい、どうぞ。つまむものも簡単に持ってきたよ」

「ありがとうございます、マスター」

「それにしても、いつもの席じゃないの?」

「えぇ。可愛い後輩ちゃんと新人さんがくるから。後でいくつか料理も頼みますから、美味しいの頼みますね」

「えぇ。腕によりをかけて用意させてもらいますよ」

マスターが下がると、二人はグラスを打ち合わせて乾杯をする。一口目で半分以上をなくしたのは、二人とも酒豪であるためである。

「ふぅ……、そう言えば、新曲いい曲ね。CD買ったわよ」

「ありがとうございます。エレーナさんも今度新曲を出すそうで。新曲のしんきょく(進捗)状況はいかがですか?」

相変わらずな楓なのだが、エレーナはクスクスと笑いながら突っ込むことはしない。

「いい感じよ。お披露目ミニライブも決まったし。練習の毎日ね。それに、今度は楓ちゃんとお仕事も一緒にすることだし、頑張らなくっちゃね」

その後も、どんどんと杯を空けていくと、お店の中に入ってきた。

「あら、来たわね。こっちよ、みんな」

エレーナに気が付くと、美嘉達は奥に移動する。楓もいることに気が付くと、新人三人組は驚いた。

「た、高垣楓!? さん」

「あら、この子達が新人さん?」

「えぇ。今日はみんなの話が聞くのが楽しみで楽しみで。マスター、オーダー追加で」

エレーナは、いくつか料理と飲み物を頼む。飲み物を受け取ると、改めて全員で乾杯をする。

「ふぅ。いきなり呼んじゃったけど、大丈夫だったかしら?」

「は、はい! ママっ、お母さんにもきちんと伝えましたから」

「そっか。じゃあ、いっぱい食べてね。今日は私が奢っちゃうから」

「いいんですか! じゃあ、いっぱい食べるぞー!」

笑顔満点でメニューを見る美嘉に対して、やはり卯月達は緊張しているのか、背筋を伸ばしていた。

そんな三人に楓が声をかける。

「そんなに緊張しないで下さい。遠慮なさらずに。ここの料理はとても美味しいですよ」

「じゃ、じゃあ……」

未央が恐る恐る料理に手を伸ばす。そのまま口にした瞬間、顔をとろけさせる。

「お、美味しぃー!」

「ふふ。気に入ってくれて良かったわ。さぁ、二人も食べて下さい」

楓に促されて、卯月と凛も料理を口にし始めた。

「さてと、そろそろ聞かせて頂戴? 貴女たちのこと」

エレーナに見つめられ、思わず顔を赤くしてしまう三人。つっかえつっかえながらも、自分達のことを話した。

「へぇー、凛ちゃんはお花屋さんなの。今度、お邪魔しようかしら。私、お花大好きなの。いえ、絶対にお邪魔させてもらうわね」

「ぜ、是非」

凛は、エレーナが来たときの両親の狼狽振りを想像しつつ頷いた。

「じゃあ、これ、私の連絡先。何かあったら連絡してね。卯月ちゃんと未央ちゃんも」

ニコニコしながら連絡先を交換するエレーナ。それを美嘉が羨ましそうに見つめていた。

「あー、いいなー。エレーナさん、三人には優しいんですね」

「うふふ、私は美嘉ちゃんも大好きよ。それに、新人さんを導くのは私達先輩の役目だもの。それに、お花も見たいしね」

エレーナは、346プロの中でも後輩の面倒見が良いことでも有名である。本人としては、初々しい様子を見るのがほほえましいと思っているだけなのだが、後輩からの人気はすさまじい。

やがて夜も遅くなり、卯月達は先に帰宅した。改めて二人きりとなったエレーナと楓。席をいつものカウンター席に移動し、改めて乾杯をする。今度はビールではなく、日本酒で。

「こくっ、こくっ、ふぅ……やはりマスターの選ぶお酒は美味しいですね」

「あら、色っぽい。マスター、これは?」

「兵庫のお酒で、《夜鷹》というお酒です。旧友に頂いたので、お二人に是非と思いまして」

つまみとしてネギの造りを二人に出すマスター。そんなマスターに、エレーナは徳利をマスターに傾ける。

「どうぞ。マスターもご一緒に」

「おや、こんな美女にお酌されるなんて、長く生きるものです。ちょっと待っていて下さい。今日はお二人の貸し切りにしてしまいましょう」

そういうと、マスターは扉に付いている札を〈CLOSE〉にすると、改めてお猪口を一つ取り出す。それにエレーナは酒を注ぐ。それをマスターは美味しそうに飲む。

「あぁ、やはりエレーナさんに淹れていただいたお酒は絶品ですね」

「あら、マスター。杯が乾いていますよ。今度は私から」

今度は楓が面白そうに笑いながら、酒を注ぐ。マスターも断ることなく楓からの酌を受けていた。

「それにしても、エレーナさんは相変わらずですね」

「え? 何のこと?」

「新人さん達のことです。確かに可愛い子達でしたけどね」

楓も卯月達のことは気に入ったようだった。エレーナの後輩好きのことは誰よりも知っていたので、今回はどこが気に入ったのか気になったのである。

「楓ちゃんはシンデレラプロジェクトって知ってるかしら?」

「えぇ。一端停止していたものですね。たしか武内Pが担当しているとか」

「そ。その中の一員のようなの」

シンデレラプロジェクトの単語を聞き、あ、と何かに気付く楓。

「確かそのプロジェクトって、アーニァちゃんも」

「えぇ。プロデューサーがあしげく通ってスカウトした子達、気になっちゃって。とってもいい子達だったけど」

エレーナはコロコロと笑いながら、杯を空ける。

「これからアーニァがお世話になるし、私もお世話したいしね。今度、武内プロデューサーに話通しておかないとね」

その後のマスターの旅行の土産話を聞いたりしている内に、いつの間にか日を跨いでいた。

「あら、もうこんな時間。ごめんなさいねマスター。長く居着いちゃって」

「いえ、私もお話できてとても楽しかったです」

そろそろお開きにしようと立ち上がるが、楓の足下は少し心許ない。困った妹を見るような目で微笑みつつ、支払いをしようと財布を取るが、それをマスターは止めた。

「今までのエレーナさんのお釣りが溜まりすぎていますので。そこからお支払いしておきますよ」

エレーナは代金のお釣りを受け取っていなかった。エレーナとしては美味しい料理とお酒を出してくれるマスターへのお礼のつもりだったのだが、マスターはしっかりとキープしていたようだった。

「ではお言葉に甘えて。また来ますね。美味しいお酒、楽しみにしてます。楓ちゃん、行きますよ」

「はい。じゃあ、マスター、またますたー」

「キレがまだまだよ」

足下のおぼつかない楓をフォローしつつ、店を出た。終電も終わっており、エレーナは楓を自分のマンションに招くことにした。346プロから30分ほどの所にある高級マンションがエレーナの家である。酔いが醒めてきたのか、先程までよりも足下がはっきりとしていた。

「ごめんなさい、エレーナさん」

「いいの。ウチのベッドが大きいのは知ってるでしょう? 美味しいハーブティーもあるから。リラックスしなくっちゃね」

エレーナはお風呂にお湯を入れると、その間にハーブティーも淹れる。

「ありがとうございます。……あぁ、ほっとしますね」

「ふふ、よかった。軽く温まったら、早く寝ましょう。パジャマ、用意しておくわね」

楓がお風呂に入っている間、クローゼットから二つパジャマを取り出す。結構な頻度で楓を泊らせているので、他のサイズの服をいくつか用意しているのである。

「上がりました」

「あら、早いのね。ごめんね、はい、パジャマ」

タオルを巻いて出てきた楓に、パジャマを渡す。入れ替わりにエレーナも風呂に入り、出てくると楓はソファでウトウトしていた。

「あら、楓ちゃん。こんな所で寝たら風邪ひいちゃいますよ」

「んぅ……、あ、ごめんなさい……」

どうやら楓は限界のようだった。少しふらふらしながら、ベッドに入る。エレーナも一緒にベッドに入るが、クイーンサイズはあるベッドである。二人入ってもまだ余裕がある。しかし、夜はまだ少し冷える時期。早々に眠りについた楓は、エレーナの腕を抱きしめていた。

「あらあら、ふふふ。可愛い二十五歳児さんだこと」

それを払うわけでなく、エレーナは最初の後輩を優しく撫でると自分も眠りについたのであった。

 

 

 

エレーナはレッスンを終え、自販機の前で休憩をしていると、同じくレッスンを終えたアイドルがエレーナの所にやってきた。エレーナはそのアイドルに気が付くと目を輝かせた。

「アーニァ!」

呼ばれたアイドル――アナスタシアは、エレーナに気が付くと、パッと笑みを浮べて駆け寄ってきた。

「スィストラ!」

「アーニァ、今日はレッスン?」

「うん!」

アナスタシアの頭を撫でていると、アナスタシアを追いかけてきたもう一人の女の子がやってきた。

「アーニァちゃん? どうしたの、ってエレーナさん!?」

「あら? あなたは、あぁ、もしかしてシンデレラプロジェクトの?」

アナスタシアがエレーナに抱きついていることに驚いていた。

「あ、私は新田美波です! アーニャちゃん、アナスタシアさん達と一緒にシンデレラプロジェクトでアイドルを目指しています!」

「そんなに畏まらないで。そっか、アーニァちゃんと一緒なのね。それに、声もステキね。アーニァちゃんと仲良くしてあげてね」

「はい!」

美波もエレーナに笑みを浮べられ、嬉しそうに返事をした。エレーナはジュースを買うと、二人に渡した。

「お近づきの印。このジュース、美味しいのよ。疲れた身体には美味しいものよね」

「ありがとです、お姉ちゃん!」

「ありがとうございます。あ、美味しい」

二人の反応にエレーナは満足する。

「お姉ちゃんは、なにしてたですか?」

「私もレッスンよ。新曲のときにちょっとしたライブをすることになって。ちょっとスケジュールがギリギリだから」

「お姉ちゃんの新曲、どんなですか!?」

大好きな姉の新曲ということで、興味津々なアーニァ。美波も憧れの存在であるエレーナも新曲ということでウズウズしている。

「うーん、今回は賑やかな曲よ。カップリング曲は反対にしっとりとした曲よ」

「わぁ……、聞いてみたいです」

エレーナの新曲を想像してウットリとしているアーニァ。そんなアーニァを見てエレーナも嬉しそうだ。

「それなら、今日ラジオの収録があるんだけど、見に行くかしら? ワンフレーズくらいだけど、口ずさむつもりだから」

「そ、その、嬉しいのですけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと思うわ。もちろん聞いてみるけどね。二人くらいなら大丈夫よ」

「じゃ、じゃあ……」

「行っていいですか?」

「もちろん。アーニァちゃんに連絡するわ。貴女たちのプロデューサーさんには私から話しておくわ」

一足先に休憩を終えた二人を見送り、早速と言わんばかりに、とある部屋に向かう。ノックをすると、中から低い声が返ってくる。

「失礼します。突然すみません、武内プロデューサー」

エレーナがやってきたのは、シンデレラプロジェクトの執務室。プロジェクトメンバーの待機部屋でもあるのだが、今はアイドル達はいなかった。

「エレーナ、さん? 何か御用でしょうか?」

突然のエレーナの訪問に、武内Pも少し驚いていた。

「いきなりごめんなさい。ちょっと、アーニァ、アナスタシアさんと新田美波さんのことでお話があって」

来訪に驚いていた武内Pだったが、取り敢えずエレーナをソファーにすすめるが、すぐに終わるとして、そのまま話し始めた。

「私、この後ラジオ収録があるのですが、二人の名前を出してもいいでしょうか?」

「アナスタシアさんと新田さんですか? それは構わないのですが」

突然のことに許可は出したが、疑問はあるようである。

「ふふ、後輩さんたちとの繫がりは大切ですので。よければ、私のライブにも呼んでみたいわ。まぁ、そのことはまた今度でしょうけど、確かに了解いただきましたからね」

了解をもらい、部屋を出るエレーナ。そのままレッスンルームに戻るエレーナ。そこではトレーナーが腕を組んで待っていた。

「あら、時間ギリギリだったわね。エレーナにしては珍しい」

「ふふっ、可愛い後輩ちゃんと約束して来ちゃったので。じゃ、再開しましょう」

戻ってきてすぐレッスンを再開する。歌いながらのダンスのレッスン。タイトなスケジュールながらも、殆どをものにしている。しかし、それでもなお高みを目指すために、エレーナはレッスンをおろそかにしたりはしない。

時間いっぱいにレッスンを行い、クールダウンをしていると、トレーナーがドリンクを差し入れてくれた。

「お疲れ様。さすがはエレーナね。もう殆ど完成じゃない」

「ありがとうございます。でも、もっと詰めなくっちゃですよ」

ハードなレッスンの後なのに、疲れた表情を見せずに笑顔であった。

「この後、ラジオの収録なんでしょう? ちょっと休んだ方がいいんじゃないの?」

「まだまだ大丈夫ですよ。美穂ちゃんともお話ししたいですし、軽く汗を拭いたら行きます」

その言葉通り、汗を拭くとすぐに着替え、収録スタジオに向かった。

スタジオと行っても、収録のため、346プロの中にあるスタジオである。すぐに到着すると、すでに来ていた構成作家や音響のスタッフ達に挨拶をする。

「あ、エレーナさん。おはようございます!」

構成作家と軽い打ち合わせをしていた小日向美穂は、エレーナに駆け寄った。その様子に、スタッフ達も苦笑い。

「おはよう、美穂ちゃん。美穂ちゃんとお話ししたかったから、早く来ちゃった。作家さんもお疲れ様です」

エレーナが早く来てくれたことに喜び、打ち合わせをすぐに終わらせてしまう美穂。大体の打ち合わせを終えると、収録までの間、二人でお茶を飲んでいた。

「でも、エレーナさんの新曲、本当に楽しみです。今回はポップの曲ですよね?」

「えぇ。こういう曲は何気に久しぶりだったけど、やっぱり楽しいわね。美穂ちゃんだって、今度のライブ、どんな感じかしら」

「ばっちりです! エレーナさんにも出てもらいたかったですけど」

「それも楽しそうだけどね。ユニットとしては別だから、難しいわね。美穂ちゃんと一緒に歌うのも楽しそうだけど」

エレーナとのユニットを組むということに、目を輝かせる美穂。正直なところ、企画自体持ち上がっていないため、組むと言うことはないだろう。

色々話していると、スタジオの扉がノックされる。

「失礼します。新田美波と申します」

「アナスタシアです」

「二人ともレッスンお疲れ様。さ、まだ少し時間があるからこっちに座って。お茶でいいかしら?」

待っていましたと言わんばかりに、二人を出迎えるエレーナ。出演するわけではないが、初めてのラジオの現場ということで、少し緊張しているようだった。

「彼女がエレーナさんの妹さんですか? 初めまして、私は小日向美穂です。よろしくね?」

「よ、よろしくお願いします、です。お姉ちゃんの妹です」

「そっかー。流石エレーナさんの妹さん。綺麗ですね!」

「ふふん、アーニァちゃんは可愛いのよ。もちろん美波ちゃんも。今日は私の新曲、少し口ずさむでしょ? それを聞いてもらいたくて。それに、ラジオの雰囲気も味わって欲しいしね」

もう少し話そうとすると、監督から始まるとの声。エレーナとしてはもう少し話していたかったのだが、仕事なので仕方がない。美穂と一緒にブースの中に入る。

「さあ、始まりました。小日向美穂の日向ぼっこラジオー。いつもならふつおたなんだけど、今日はステキな、ほんっとーにステキなゲストさんが来ています。先週の告知で知っているとは思いますが、あの世界トップアイドル、エレーナさんがいらっしゃってます! 今日の私はもう、お客さんです。なので、お聞き苦しい所もあるとは思いますが、それは皆さんも分かってくれるはず! これからの約一時間、皆さんも一緒に日向ぼっこしましょうね」

妙に興奮した美穂の挨拶。ジングルが終わると、早速エレーナを紹介する。

「さぁ、早速紹介しましょう! 346プロが誇る最強の《ツァリーツァ》、エレーナさんです!」

「皆さんこんにちは。このラジオでは一年ぶりかしら。エレーナです」

「はい、今仰っていたように、エレーナさんは一年ぶりの出演です。今日は……何と! 新曲のお知らせに来てくれました! しかも、ほんの少しだけ歌ってくれるんです!」

「アカペラだから、申し訳ないですけどね。また後で詳しく紹介しますけど、とても良い曲ですので、楽しみにしててくださいね」

「私も楽しみです! 早速ですが、皆さんのお便りを読んでいきましょう。今回はすさまじい数のお便りが来ています。エレーナさんもお願いしますね」

どん、と置かれたメールの山。その中から渡されたメールを読んでいく。どれもエレーナに対する熱烈なメッセージであった。

「あ、これが最後のメールですね。えーっと、お昼寝ネーム《なめこ》さんです。『小日向さん、そしてエレーナさん、こんにちは』はい、こんにちは」

「こんにちは」

「えっと、『ついに、ついにエレーナさんがひなラジに来てくれました! これでまた一年戦えます!』私も戦えます! でも、今度はもっと早くきてもらいたいですね」

一年ぶりの出演なので、美穂としてはもっと来てもらいたいらしい。

「ふふ、それは監督さん次第ですね。私としてはもっと美穂ちゃんとお仕事したいですけど。そこのことどうなんでしょう?」

「そうですよ、監督。もっと頑張って下さいね。さ、続きです。『そんなエレーナさんに後生一生のお願いがあるのです。どうか、どうか! 告白の言葉を囁いて下さい! そうしてもらえば、このなめこ、一生戦えます!』 ……監督、これ、監督の趣味で選んだでしょ? こんな、こんな、うらやまけしからんお願い、私がお願いしたいくらいですよ!」

少しズレたところで怒っている美穂。監督もわざとらしく視線を逸らしていたが、エレーナとしてはそんな様子も楽しいようだ。

「ふふふ、困ったリスナーさんね。えっと、なめこさんでしたね。では……コホン。『愛していますわ。あなたが困難な道を進むのならば、それを私が、一生をかけて支えます。だから、あなたも私と一緒に歩んで下さい。私は、なめこさんが、大好きです』 ……こんな感じかしら?」

エレーナのまさかの告白セリフに、美穂だけではなく、スタッフ達も固まってしまった。

「美穂ちゃん?」

「……はっ!? す、すみません。……明日はなめこ狩りですね。私でも言ってもらったことないのに、こんな本気の告白してもらえるなんて。エレーナさんも、あんなに本気の告白する必要ないですよ! 私だって言って欲しいですよ!」

ばんばんと机を叩きながら、本気で悔しそうな美穂。そんな美穂に、エレーナは意味ありげに微笑む。それに気付いた美穂は思わずたじろぐ。

「な、何ですか?」

「『そんなに慌てないで。私が好きなのはあなた、よ?』」

囁くように、目を見つめられて言われた美穂は、ボヒュンと顔を沸騰させた。

「ちょ、ちょっと、タンマです……。だめ、本気でドキドキしてます……」

「あらあら、じゃあ私が進めましょうか。そう言えば、先日高垣楓ちゃんと一緒にちょっと飲みに行ったんですけど、思わず飲んじゃって。マスターが貸し切りにしてくれたので、たくさん飲んじゃいました。その時、兵庫の美味しいお酒を出してくれまして、それが凄く美味しかったんです」

「えー!? いいなー、私も連れて行って下さいよー」

復活した美穂だったが、今度は楓が羨ましいようだ。

「ふふ、美穂ちゃんはまだお酒駄目でしょ? それで、楓ちゃんが随分酔っ払っちゃって。終電も過ぎてたし、私の家でお泊まりしたんです。可愛かったですよ、酔っ払ってる楓ちゃん」

「へぇー、いつもの楓さんからは想像出来ないですね。でも、エレーナさんと楓さんって、凄く仲が良いですよね」

「えぇ。楓ちゃんとはモデルの頃からのお友達ですから。同い年だし、346プロでは同期ですからね。仕事を一緒にすることも多いから、この二年間は楓ちゃんと一杯いましたからね。温泉ロケの後だと、スタッフ全員酔いつぶしたりとか。ふふ、美味しいからつい、一晩中飲んじゃいました」

楓とエレーナはその容姿からは想像が出来ないくらいの酒豪である。酒豪だと意識していた男性スタッフ達でも太刀打ち出来ないくらいに。

「は、はは……噂には聞いていましたが、事実だったとは。そのお話も気になるところですが、時間も一杯です。次のコーナーに行ってみましょう!」

未成年の美穂では広げにくい話題だったのか、美穂は次のコーナーに移動させた。

その後も色々なコーナーを終え、新曲の紹介に入る。

「さあ、皆さんお待たせしました! エレーナさんの新曲発表のお時間です! あーもう、楽しみです♡」

「では早速。今回出させていただくのは、《NEWWORLD》という曲です。とても明るい曲で、皆さんにも楽しんでいただけると思っています。それと、カップリング曲の《ホシゾラ》もオススメです。《NEWWORLD》とは反対に静かなバラードなんですけど、こっちもよく出来たと思っています。再来週にCD発売なので、みなさん、買って下さいね?」

「絶対買います、五枚は買います! それでそれで、まだ取って置きのお知らせがあるんですよね?」

「はい。実は発売日にミニライブを開くことになりました。発売日の○月×日、新宿のアニメイツのライブブースで行います。実は事前に募集していたライブチケット、このミニライブのものだったんです。もちろん、当選しなかった方も安心して下さいね。当日、同じく新宿アニメイツでサイン会を行います。こちらは枚数分だけなので、皆さんお早めに」

「私も行っちゃおうかなー。え? 仕事がある? ……マネージャーさんNGが出ました」

しょんぼりーと落ち込む美穂。そんな美穂を尻目に、エレーナは鞄の中から何かを取り出す。それを見て美穂がわなわなとおののく。

「そ、それは……」

「はい。今度のCDです。もちろんサイン入りです。それと、今回だけのオリジナル、キスマーク付きです。ちょっと恥ずかしかったですけど、音響監督さんにやってみろと言われまして。はい、どうぞ」

エレーナに差し出されたCDをふるふると震えながら受け取る美穂。

「あ、ありがとうございます。家宝にします!」

喜びに震える美穂をよそに、番組はエンディング。未だに幸せに浸っている美穂だが、何とか進行をする。

「はぁ~、このまま幸せな時間が続いて欲しいですが、残念ながらエンディングです。今まで言っていなかったですけど、実はステキなゲストさんがいるんですよね」

「はい。実は外に私の妹ちゃんと、そのお友達が来てるんです。あ、でも無関係じゃないんですよ? 実は彼女たち、アイドルの卵さんなんです。とっても可愛い子たちなので、皆さん、応援してあげて下さいね。アーニァちゃんも美波ちゃんも、とっても可愛くてステキな子達ですから」

「私も頑張って欲しいです! さぁ、今日のひなラジ、いかがでしたか? ステキなゲストエレーナさんの新曲披露と、ステキな回でしたね。私もステキなプレゼントを頂きましたし、一足先に楽しませてもらいます。あ、写真もアップするから、ぜひホームページもチェックして下さい。では今日はこの辺で。本日のお相手は、小日向美穂と」

「エレーナでした」

「「お休みなさーい」」

『……はいオッケーです。お疲れ様でした』

監督からのオーケーもでて、一息つくエレーナと美穂。チェックの間、アナスタシアたちと話す二人。

「ふふ~ステキなCDです。アーニャちゃんは、先に聞かせてもらったりするの?」

「ハイ。おきゃくさんの反応を知りたいから、っていっぱい聞かせてもらいました。ワタシ、お姉ちゃんのファン一号ですから!」

「えぇ。いつも初披露するのはアーニャちゃんなの。私の大切なファン第一号。まだちっちゃな時は独占ライブもしてあげたわ」

「ワタシがアイドルになったの、お姉ちゃんに憧れたからです」

「なんて羨ましい。私もエレーナさんの単独ライブ独占したいです」

「ふふ、今度お弁当作ってあげるから。それで勘弁してね」

エレーナの趣味兼特技は料理である。エレーナが気まぐれで作ってきてくれるスタッフへの差し入れ弁当は、アイドル、スタッフ、垂涎の的である。

「はい! お願いします!」

あっさり美穂は陥落した。そんな美穂を微笑ましそうに見つめるエレーナ。監督からもOKが出たので、美穂と別れることにする。

「ぶー、私もエレーナさんのお家にお邪魔したかったです」

「美穂ちゃんはお仕事でしょう? また今度招待するわね。その時は美穂ちゃんが好きなもの作ってあげるわね」

「じゃあじゃあ、オムライス作って下さい。フワトロの!」

「分かったわ。美味しいオムライス作ってあげる。じゃあ、また連絡するわね」

そうして、アナスタシア達とスタジオを出て、346プロを出る。

「じゃあ、今日は美波ちゃんの好きな料理を作ってあげる。何が良いかしら?」

「い、良いんですか?」

突然トップアイドルの自宅に招待され、さらに料理を作ってくれるというのである。妹であるアナスタシアはウキウキしているが、新人アイドルである美波は緊張していた。

「もちろんよ。何でもいいのよ」

「じゃ、じゃあパスタが食べたいです」

このまま断るのも失礼と思い、ふと思いついたパスタをリクエストする。

「パスタか……、じゃあ今日は美波ちゃんと知り合えた特別な日だから、パスタアルフォルノにしましょう。アーニァちゃんも良いかしら?」

「はい! 美波、お姉ちゃんのパスタ、とってもおいしいです!」

「アーニァも手伝ってね」

「はい!」

途中の商店街で材料を購入することにしたのだが、美波は変装しているとは言え、エレーナが来て大丈夫なのかと心配していた。しかし。

「あら、エレーナちゃん! 美味しいトマト仕入れてるよ! 買っててよ」

「まぁ、美味しそうなトマト。じゃあ、少し多めに買っちゃおうかしら。お母さんオススメのはどれかしら?」

「エレーナちゃんには取って置きの渡しちゃうよ! はい、トマトとあと、ジャガイモもオマケしちゃうよ!」

袋一杯にトマトとジャガイモを入れてエレーナに渡す八百屋の女将さん。エレーナが店を去るときも手を振っていた。

その後に訪れたお店でも、色々なオマケをもらい、三人の両手にはパンパンの袋が握られていた。

「ごめんね。招待するのに、荷物持ってもらっちゃって」

「い、いえ。でも、エレーナさん、凄くお店の人に人気なんですね」

「北海道からこっちに来たときからずっとここのお店を使ってるからかしら。それに、ここの皆さんはとっても優しいから。毎回オマケをくれるから、たまにお料理のお裾分けもしないといけないのだけれど」

それも楽しいんだけどね、とクスクス笑いながらいうエレーナ。

商店街から五分もかからずに、エレーナのマンションに到着する。部屋に着くとすぐに料理の準備に取りかかる。

「今日は一杯オマケしてもらったから、豪華にしなくちゃね。二人はゆっくりしてて。すぐにお茶を出すから」

「あ、私も手伝います」

美波も手伝おうとしたが、エレーナは首を横に振る。

「今日は美波ちゃんはお客さんなんだから。アーニァちゃん、お部屋に案内してあげて。あ、何だったら、シアタールームで映画でも見ててちょうだい。映画のDVDならたくさんあるから」

そう言うと、エレーナはキッチンに入ってしまう。その後、すぐにお茶のセットを受け取り、アナスタシアと美波は、言われた通りにシアタールームに入る。

「わぁ……すごい大きい」

美波はシアタールームの大きさに圧倒される。

「美波、なに見るですか?」

アナスタシアは早速映画を探していた。美波もアナスタシアの元に行こうとすると、ふとあるものに目がとまる。

「あら、これって」

「どうしましたか?」

アナスタシアも美波の所に戻ると、そのDVDを見ると首を傾げる。そのDVDはパッケージに入ったものではなく、白いディスクのものであった。ラベルには《ニューイヤーライブ》と書かれていた。

「もしかして、お姉ちゃんのライブのかも」

「今年のライブ? でも、まだDVDの発売はしてないはずだけど……」

そのディスクを二人はジッと見つめ、無言でうなずき合うと、そのディスクをプレーヤーの中に入れる。

映像はすぐに始まり、アリーナに設置されたステージが映っていた。そして、会場が暗くなると、エレーナのデビュー曲《Queen’s Garden》のイントロが流れ始め、観客の声援が大きくなる。

すると、突然ステージから花火があがり、同時にエレーナがステージ下から飛び上がって、それと同時に歌とダンスが始まった。

速いテンポで激しいダンスにもかかわらず、エレーナの声がぶれることはなく、高いソプラノの歌声が、アリーナ全体に響き渡る。

最初の曲が終わり、音楽が止まると、盛大な歓声が沸き上がった。

『みなさーん! あけましておめでとーございまーす! 大切な日に、私のライブに来てくれてありがとー!』

エレーナの呼びかけに、観客も手を振り上げて答えている。

『今日のライブは皆さんへのお年玉! たくさん歌うから、最後まで着いてきて下さいね! じゃあ、二曲目は、皆さんからのリクエスト! 《AnotherSky》、行きますよ!』

エレーナが世界のトップアイドルとして君臨したきっかけとなった曲《AnotherSky》。英語で美しい歌い上げるこの曲は、父親の母国ロシアでは、未だにCD売り上げはランキング上位であり、カーネギーホールのステージでは、スタンディングオベーションを受けた曲でもある。世界中で《至高の天鐘》と讃えられた曲である。

最初の曲とは違い、落ち着いた音楽が流れ始める。先程までの歓声はピタリと静まりかえる。

そして、エレーナが口を開いた瞬間、美波は天使の鐘が鳴り響いたと感じた。

どこまでも透き通る歌声。エレーナの持ち味であるソプラノの音色。歌うエレーナの物憂げな眼差し。全てが見事に組み合わさり、暗く照明が落とされた会場を、柔らかな光で包むような錯覚を覚える。スクリーン越しでも、その光は感じられ、それを聞く美波は、シアタールームから飛び出し、満天の星空の下に放り出されたような感覚に陥っていた。

「スゴイです……」

「えぇ……、凄い綺麗……」

アナスタシアと美波は、エレーナの歌声に魅了されていた。笑顔で観客の声援に応えるエレーナは、まさしくアイドル。自分達が目指す先の頂点が、スクリーンには映されていた。

「本当にスゴイです。キラキラで、ポカポカで、ズヴィズダ……」

「えぇ。お星様ね。それに、冷たいんじゃなくて、包みこんでくれるような……、星空みたいな」

二人は、エレーナのライブの映像を食い入るように見つめる。いつか、自分達もその舞台に立つことを夢見るように。気が付けば、休憩の時間となっていた。一時間以上が過ぎていたのである。

二人は、無意識に大きな息を吐き出す。見ている間、息を潜めていたからだった。

そんなところに、エレーナが入ってきた。

「二人とも、料理出来たわよーって、あら?」

エレーナは、二人が見ているものに気が付くと、アラアラと顔を赤くする。

「ごめんなさい、この間のライブのDVDを置きっ放しにしてたみたい」

「い、いえっ! 凄く素晴らしい歌で! 感動して!」

美波は自分の感動を伝えようとしたが、しどろもどろになってしまった。そんな美波の頭を優しく撫でる。

「ありがと、美波ちゃん」

「エレーナさん……」

「さ、ここでお話も素敵だけど、料理が冷めちゃうわ。ご飯にしましょ」

シアタールームから出ると、トマトのソースの良い香りがリビングに立ちこめていた。

 

 

 

夕食を食べ終え、際ほどのライブの残りを見終わると、十時近くになっていた。

「遅くなっちゃったわね。アーニァちゃんはここに泊まっていきなさいね。美波ちゃんは私が送っていくわね」

「うん。お風呂の準備しておくね」

「だ、大丈夫ですよ。歩いて帰れますから」

美波は恐縮していたのだが、エレーナは首を横に振る。

「駄目駄目。美波ちゃんは可愛いんだから、暗いところを一人でだなんて、危ないわ。じゃあ、一緒に来て」

「は、はい。じゃあ、またねアーニァちゃん」

「はい。また明日です、美波」

エレーナは車のキーを取ると、上着を羽織って玄関に向かう。美波も慌ててエレーナの後を追いかける。

地下の駐車場には、高級な車がたくさん並んでいる。その中の青みがかった黒の車。エレーナは鍵を開けて美波を助手席に座らせる。内装も革張りで、高級車であることがよく分かる。

「す、凄い車ですね」

エンジンを暖めている間、美波は車を見た感想を言う。

「そうねー、これ、大統領がプレゼントしてくれた車だから」

「え゛?」

日常の会話からはまず出ないであろう「大統領」という言葉。絶句する美波を余所に、エレーナは話を続ける。

「ロシアでライブをやったときに、大統領がプレゼントしてくれたの。大統領のリムジンを乗用車サイズにデザインしてくれたの。流石装甲車級のリムジンのエンジンね。すっごく安定しているわね」

それに、ポケットマネーで出してくれたみたいだから、予算に関しても安心ね、と笑顔で言うエレーナ。しかし、それを聞いた美波はますます緊張してしまう。

「よし、そろそろ温まったかしら。じゃあ、出発するわね」

そう言ってアクセルをふむエレーナ。エレーナが言った通り、静かに走り出す。

「うん、いい走り出し。美波ちゃん、ナビ、よろしくね」

「は、はい。あ、ここを左折です」

慌てて道を教える美波。信号で止まると、エレーナは美波に話しかけた。

「今日はごめんね。いきなり招待しちゃって」

「いえ。とても楽しかったです。それに、興味深いお話も聞けましたし」

信号が青に変わり、車が走り出す。

「それなら良かったわ。ねぇ、シンデレラプロジェクトはどう? 楽しいかしら?」

今度はシンデレラプロジェクトの話だった。

「はい。とっても楽しいです。まだ、本格的な仕事はまだですけど……大変ではありますけど、それでも楽しいです」

「そっか。それなら、大丈夫ね。アーニァちゃんも毎日楽しそうにメールしてくれるし、美波ちゃんの話もよくしてくれるの。きっと、すぐにデビューできるわ。美波ちゃん、歌上手って聞いたわよ」

「そ、そんなっ、まだまだです」

「ふふっ、それはレッスンを重ねて自信を持つしかないわね」

「自信ですか?」

「そっ。歌が上手くなる云々については、大切なのは自信。自信を持って歌えないなら、どんなに歌が上手い人でも、お客さんは感動してくれないわ。反対に、少しくらいヘタっぴでも、自信を持って歌えた方が、お客さんの心に届く歌を歌えるものよ」

エレーナがレッスンを行うのは、自信を持つためである。アイドルに関する才能を殆ど持ち合わせていると言われるエレーナ。初見の歌でもダンスでも、殆ど完成型に歌い上げる。それでもなお、他のアイドル達よりも多くのレッスンをこなしている。それは、一重に誰かの心に届けるためと言っているのである。

「自信、ですか……」

「そう、自信。それに、初ステージなんて、誰でも緊張しっぱなしで、がちがちになっちゃうんだから、それなら、空元気でも何でも、自分が一番自信満々にならなくちゃ。それだけで、喉が開いてくれるわ」

話している内に、美波のマンションに到着する。エレーナは車を入り口につける。

「ありがとうございました」

「いいえ。これからも、アーニァちゃんと仲良くしてあげてね」

そうしてエレーナは手を振って美波がマンションに入るのを見送る。

「さてと、早く帰って、アーニァちゃんと一緒にお風呂に入りましょ」

エレーナは高級車を先程よりも速く走らせて、自分のマンションに戻るのだった。

 

 

 

「エレーナさん、今日はありがとうございました」

インタビューを終え、雑誌の記者達が、カフェから去って行く。エレーナは追加でコーヒーを頼むと、マネージャーに連絡をする。

「……あ、華耶さん? 今日はこれでお仕事終わりよね? うん、うん。じゃあ、美嘉ちゃんたちのライブに行くから、もしかしたら電話出られないかも知れないから、メールして下さい」

電話を切ると同時に、コーヒーが届く。やはり、絵になる姿に、周りの視線を集めていた。そんな彼女の元に、スーツ姿の女性が歩いてくる。その女性もまた美人だったが、アイドルではなく、出来る女性という出で立ちであった。

「エレーナ」

「あら、華耶さん。どうしたの? 何かお仕事でも入っちゃたかしら?」

柳華耶。エレーナをここまで押し上げた人物。エレーナをアイドルとしてスカウトして、僅か一年で世界レベルのアイドルまで成長させた名プロデューサーであり、エレーナのマネージャーでもある。

「いえ、部長が私も着いていくように、と。城ヶ崎さんたちにもご挨拶しておきたいですし、それに、あの子達、島村さんたちも出られるのですから、あなたのお目付役です」

「もう、最後のが本音でしょ?大丈夫。今日は《彼女たち》には、口出しはしないわ」

エレーナの言葉を、華耶は無表情で聞いていた。だが、すぐにため息をつくと、アイスコーヒーを頼む。

「これを飲んだらいきましょう。車、用意していますから」

「流石、敏腕プロデューサー。じゃあ、私の大切な人との時間を楽しみましょうか」

「……変なことを言わないで下さい」

無表情に言う華耶だったが、濃密な時間を過ごしたエレーナは、僅かに頬を赤くしているのを見逃さなかった。

その後、美嘉達のライブ会場に向かうエレーナと美嘉。事前に連絡をしていたため、関係者入り口から入る。すれ違うスタッフ達から、驚きの表情でお辞儀をされつつ、出演者控え室に向かう。

「こんにちは! 差し入れ持ってきましたよー!」

途中で買ってきた、絶品アイスを中で控え室で待機していた美嘉達出演者に見せる。

「あー!? エレーナさん、来てくれたんですか!」

美嘉が、嬉しそうにエレーナに飛びついた。美嘉を抱きしめながら、他の出演者たちに頭を下げる。

「お疲れ様。どうかしら、調子は?」

そんなエレーナに、川島瑞樹が頭を下げる。

「上々ですよ。でも、エレーナさんが来てくれるなんて嬉しいです」

「はい、アイス。美味しい、私のお気に入りよ。これならライブ前でも大丈夫だと思うから、食べて食べて。特に、茜ちゃんは少しクールダウンしないと」

エレーナは、何故かウズウズしている日野茜に、自分のお気に入りであるバニラアイスを茜に渡す。

「ありがとーございまっす! ……んー!! おいしー!!」

茜が大袈裟に喜んでいるのを見て、控え室の緊張が少し緩む。他の皆も、それぞれ差し入れのアイスの美味しさに舌鼓を打っていた。

「美嘉ちゃん、今日は出来そう?」

「はい! バッチリです!」

そういう美嘉の表情は、笑顔そのもの。そんあ表情を見たエレーナは、安心したように微笑んだ。

「なら、全力で見せてあげなさいな。美嘉ちゃんの自信たっぷりの歌をね」

「はい! 私の本気、見せちゃいます! だから、エレーナさんも私に惚れちゃって下さいね!」

美嘉の笑顔は自信に溢れるものだった。何の心配もいらないと感じたエレーナは、そのまま優しく美嘉のことを抱きしめる。

「え、エレーナさん!?」

「ふふっ、私はもう美嘉ちゃんにメロメロよ。そうね、また惚れ直させてくれたなら、何でも好きなこと叶えてあげる」

そういうエレーナは、何よりも嬉しそうで、抱きしめられて慌てながらも嬉しそうにしている美嘉よりもずっと嬉しそうだった。

「あーっ! 美嘉ちゃんズルいです!」

そんな美嘉に、美穂は羨ましそうに二人に近寄る。そんな微笑ましい様子に、他の皆もクスクスと微笑んでいた。

「エレーナ、そろそろ」

「そうね。じゃあ、私はこれで。皆さん、頑張って下さいね」

「「「はいっ!!」」」

エレーナの声援に、五人のアイドル達は力一杯に頷いた。

控え室から客席に移動していると、華耶がエレーナに声をかける。

「……安心、しましたか?」

華耶の言葉に、エレーナは少し考える。

「……そうね。私の後輩ちゃん達が、あんなに真っ直ぐに育ってくれている。それだけで、良かったと思ったわ」

その言葉は、少し暗い。しかし、そこに絶望の色はなく、寂しさが込められていた。

「それに、美嘉ちゃんが私を惚れ直してくれるって言っていたんだもの。しっかり聞かないとね」

今までの感情を払い、笑顔で言うエレーナに、華耶も同様に笑みを浮べて頷いた。

「そうね、そうしないと失礼だわ」

「あっ、華耶さん笑ったわね。ふふっ、やっぱり美人さん」

「そ、そんなことはどうでも良いでしょう!」

慌てる華耶をからかいつつ、エレーナは観客席に向かうのだった。

 

 

 

二階の端の前に飛び出している席。用意されていた席に座る。薄々とエレーナの存在に気付いていた観客達も、彼女を邪魔するようなことはしない。

「後十分くらいね。一曲目は、《お願いシンデレラ》ね。あの曲、私も歌ってみたいわ」

「……あなたは姫というか、女帝でしょう。お客さんも戸惑います」

「あら、失礼ね。っと、噂をすれば、シンデレラの卵達の登場ね」

後ろを振り向くと、たくさんの女の子たちがエレーナ達の席に向かってきていた。その中にいたアナスタシアが、エレーナがいることに気が付いた。

「お姉ちゃん! お姉ちゃんも卯月たちのステージ、見に来たですか?」

駆け寄ってきたアナスタシアを抱きしめながら、奥にいる皆にも顔を向ける。

「みんなのステージをね。それより、アーニァちゃん。あなたのお友達を紹介して欲しいわ」

エレーナに視線を向けられ、美波達は皆背筋を伸ばす。そんな様子に、エレーナはクスクスと微笑む。

「あ、はい! えっと、シンデレラプロジェクトの仲間です!」

アナスタシアは、エレーナから離れると、他の皆の所に戻る。

それぞれ名前を言ったりと自己紹介をすると、エレーナの近くに座る。

「それで、卯月ちゃんたちはどんな感じかしら? 初めてのステージだから、緊張してなければ良いけど」

「エレーナさんは、三人に合わなかったんですか?」

「えぇ。だって、初ステージ前に、先輩が来たらますます緊張しちゃうでしょ?」

美波達は、自分の初ステージにエレーナが来たときの状況を思い浮かべる。そして、その時、緊張でガチガチになると確信した。

「あ、でもみんなの初ステージには絶対に行くからね。だから、緊張に負けないように、精一杯レッスンすること」

エレーナの笑顔に、一同は笑みを固まらせてしまった。

すると、会場の照明が暗くなる。

「あ、始まるわ」

お城の時計がスクリーンに映し出され、針が十二時の位置で止まると、ステージに美嘉達五人が出てきた。

そのまま、《お願いシンデレラ》を歌い上げ、盛大な拍手を送られる。

そのまま美穂が引き継ぎ、そして四曲目。美嘉の《TOKIMEKIエスカレート》である。

イントロが始まり、美嘉が飛び出してくると、盛大な歓声が起こる。そして、美嘉がダンスを始める瞬間、ステージ下から、卯月達三人が飛び出して。

「よし!」

見事に着地し、そのままダンスを始めた。エレーナは三人が飛び出してきたときの笑顔に、ステージの成功を確信した。そして、その笑顔を維持したまま、四人のダンスは続く。

そんな四人を見て、エレーナは噛み締めるように頷く。

「エレーナ……」

そんなエレーナのことを少し心配するような、それでいてホッとしたような表情で見つめていた。

そして、美嘉の曲が終わり、盛大な拍手に包まれる中、美嘉が卯月にマイクを向ける。戸惑いつつも、卯月は両隣にいる凜と未央を見て、三人で最高! と、手をあげながら笑顔で叫んだ。

「そっか、最高、か。ふふ、みんな、惚れ直しちゃったわ」

「そうですね。これは素晴らしいステージでした」

拍手をしながら、小さく呟いたエレーナに答える華耶。そんな華耶も少し興奮しているようだった。

「ふふふ、そうね。最高のステージだったわ。まだまだ私もウカウカしていられないわ。華耶さん、敏腕っぷりを一杯見せて下さいね?」

そんなエレーナの笑みに、華耶は自信たっぷりの笑顔で答える。

「任せて下さい。本気、ださせていただきます」

そういう華耶の表情は、抜群に格好良いものであった。

 

 

 

大成功と言っていいステージが終わり、控え室に向かうと、卯月達が武内Pに自分達の想いを告げていた。

そんな四人を見つめる美嘉達に、エレーナが声をかける。

「お疲れ様、みんな。最高のステージだったわ」

「エレーナさん! ふふっ、エレーナさんにそう言って貰えて、すっごく嬉しいです!」

興奮した美穂が、エレーナの手を取りながらそう言った。となりにいた美嘉も、エレーナの身体に抱きつく。

「それで、どうでしたか? 惚れ直してくれましたか!?」

「もちろんよ。私は、美嘉ちゃんにメロメロなんだから」

優しく囁くような言い方に、美嘉は顔を真っ赤にさせた。

「え、エレーナさん! そんなに艶めかしい声で話しかけないで下さい! 嬉しいけど、嬉しすぎます!」

「あら、ごめんなさい。でも、約束通り、惚れ直させてくれたんだから、何でも言うこと聞いてあげる」

エレーナの言葉に、美嘉や美穂だけでなく、その場にいたスタッフ全員がピタリと止まる。その様子に気が付いたエレーナは、何故かアラアラと嬉しそうに笑い、華耶が呆れたようにため息をつく。そんな二人の様子に、黙っていた全員が盛大に笑ってしまった。

「アラアラ、少し恥ずかしいわ。で、何がいい? 今日はサービスとして、簡単なことなら聞いてあげるわ。別枠でね」

その言葉に、美嘉はその意味に気が付くと、再び顔を沸騰させ、アワアワと慌て出す。その様子を、エレーナは楽しそうに見つめている。

隣で美穂が羨ましそうに見つめており、他の三人の出演者は、クスクス笑いながら見つめており、卯月達は興味津々に見つめている。他のスタッフ達も同様であった。

まさに四面楚歌。美嘉は嬉しい悲鳴が脳内に鳴り響いていた。

「だ」

「だ?」

聞き返すエレーナは、もうはち切れんばかりの笑顔。楽しくて楽しくて仕方がない様子であった。

そんなエレーナに至近距離で見つめられて、口から出た言葉は。

「抱きしめて下さい……」

美嘉の言葉に、美嘉本人を含めた全員が固まる。そんな中、動けたのは、その言葉を投げかけられたエレーナ。

「喜んで!」

エレーナは、満面の笑みで、美嘉の身体を包みこむ。頭を胸に抱え込み。優しく、キュッと抱きしめた。

「お疲れ様、美嘉ちゃん。本当に、本当に、ステキなステージだったわ。美嘉ちゃんの気持ち、しっかりと心に届いたわ」

「エレーナさん……」

モゾモゾと、胸の中からエレーナを見上げる美嘉。

「ステキな後輩でいてくれてありがとう。私に抱きしめさせてくれて、本当にありがとう」

慈愛に満ちた言葉と笑み、そして抱擁に、美嘉は堪えていた涙をあふれ出した。

「エレーナさぁん……」

「アラアラ、泣き虫さんね」

そう言いながら、美嘉の頭を撫でるエレーナ。その様子に、他の皆も微笑ましそうに優しく見つめていた。

抱きしめること数分。見つめられていることに気が付いた美嘉は、急に恥ずかしくなり、モゾモゾと動き出す。

「え、エレーナさん。そろそろ」

「だーめ。こんなに可愛い美嘉ちゃん、滅多に見れないもの」

「あー! お姉ちゃん、ズルーい!」

そんな二人の所に、美嘉の妹である莉嘉が飛び込んでくる。それに、エレーナは目を輝かせた。

「あらあらあらあら! 莉嘉ちゃんも一緒ね!」

「きゃぁ!」

エレーナは顔をとろけさせて、莉嘉も一緒に二人を抱きしめる。美嘉は照れの限界で目をぐるぐるさせて、莉嘉は楽しそうに抱きしめられていた。

その後、華耶が、いつまでも二人を離さないエレーナに見かねて、頭に渾身のチョップをたたき込むまで続くのだった。

 




アーニァたんは大天使。
アーニァたんは女神。ゴッデス。
アーニァたんは世界そのもの。
くそぅ、スタドリが足りない……。
クールよデレよ。


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撮影会のち勧誘

アーニァのセリフは、各自でのうない再生して下さい。
アーニァへの愛があれば、可能なはず。私は出来る。
ふみふみ、ふみふみしたい。
う、浮気じゃねーし


美嘉達のライブが終わり数日。エレーナは庭でお菓子を食べていた。三村かな子と緒方智絵里と一緒に。

「う~ん、かな子ちゃんのお菓子は絶品ね~。今度一緒に作りましょうね。私もお菓子作り好きなのよ」

「そ、そんなエレーナさんとだなんて!?」

「駄目?」

コテリと首を傾げて聞いてくるエレーナに、かな子はタジタジである。智絵里にいたってはおどおどしていた。

「はい、智絵里ちゃんも、アーン」

「ふえっ!? あ、あーん」

クッキーを差し出され、戸惑いながらもそれを食べる智絵里。エレーナはそんな小ウサギのような智絵里にキュンキュンしていた。

「あらあら~! ねぇ、次はなに食べたい? あーもう! 今度は私が作ったお菓子食べてね!」

「はぅはぅ~」

抱きしめられて頬ずりまでされた智絵里は、目をぐるぐるとさせてしまった。それを見ていたかな子は苦笑いである。

そんな三人の所に、同じく三人組が近付いてきた。

「かな子ちゃんと智絵里ちゃんはっけーん! って、エレーナさん!?」

二人と一緒にエレーナ(E:智絵里)がいることに、のけぞる未央。そして、そんな未央に手を振るエレーナ。

「どうしたのかしら? あ、三人もお菓子食べる? とはいっても、かな子ちゃんのだけど、いいかしら?」

「もちろんです。今日のもよく出来たんですよ!」

「じゃ、じゃあ……」

三人は戸惑いつつもシートの上に座る。

「あ、美味しい」

「よかったー、あ、こっちのも美味しいですよ」

凛の小さな感想に、かな子は笑みを浮べる。

しばらくのんびりとしていると、何か気にしていた凛が口を開く。

「ねぇ、未央。私達、何しに来たんだっけ?」

しばしの沈黙。凛の視線の先にはビデオカメラ。

「…………。あーっ!?」

仕事を思い出し、慌てて、かな子にカメラを向ける未央。かな子は落ち着いてお菓子の紹介などをして無事に終わる。続いて智絵里の番だったのだが、おどおどとしてしまっていた。

そんな智絵里から、エレーナは用意していたカンペを取り上げてしまった。

「え、エレーナさん、返してくださいぃぃ……」

「だーめ。智絵里ちゃんの素直な気持ちを言えばいいの。ほら、四つ葉のクローバー」

バスケットの中から、クローバーの形のクッキーを智絵里に渡す。

「あ、四つ葉のクローバー……ふふっ、良いことあるかも」

可憐な笑みを浮べながら、そのクッキーを口に入れた。その様子はしっかりと未央がカメラに収めていた。

「へっ? も、もしかして、今の撮ってましたか!?」

「うん、バッチリ!」

「とっても、可愛い笑顔でしたよ!」

そのことに気が付き、智絵里は顔を俯かせてしまった。そんな智絵里の頭を優しく撫でる。

「お疲れ様、智絵里ちゃん。とっても素敵でしたよ。お疲れ様」

「そ、そうでしたでしょうか?」

「うん。智絵里ちゃんの可愛らしさ、しっかりと通じましたよ」

エレーナの微笑みに、智絵里は緊張していた体から、フッと力を抜く。

そんなところに、やってくる人物が一人。

「見つけましたよ、エレーナ」

「あら、見つかっちゃった。それじゃあ私はこれで。あ、アーニァちゃんの映像は、可愛く撮ってあげてね」

そう言うと、華耶に連行されていくエレーナ。

「全く……最近は大人しいと思ったらこれです」

「そんな、まだ時間はあるでしょう?」

「きちんと待機していて下さい」

キラリと眼鏡を光らせる。それにはエレーナも大人しくせざるを得ない。

ズルズルと引きずられながら連れて行かれたのは、プロダクションの撮影スタジオ。今日は、雑誌の撮影である。

エレーナが引きずられながらスタジオに入ると、全員がエレーナの方を向き、戸惑った。それはそうである。天下のトップアイドルが、ズルズルと首根っこを捕まれて引っ張られているのである。

「あ、おはようございます。ほらー、まだ時間じゃないじゃない」

「そういう問題ではありません」

「はーい、着替えてきまーす」

華耶に手を振りながら、更衣室に移動していくエレーナ。そんなエレーナにため息をつきつつ、手のかかる妹に手を焼く姉のような表情を浮べていた。

「華耶さん。お疲れ様です」

「あら、楓さん。ごめんなさい、エレーナがまた悪い癖を発症してしまって」

水着に着替えた楓が、華耶に挨拶をしに来た。

「やはり、楓さんは素敵ですね。よく似合っています」

楓が着ている水着は、黒のビキニとパレオ。今は上に一枚は負っているが、真っ白な楓の肌にはよく似合っていた。

「ふふ、ありがとうございます。でも、あのエレーナさんと一緒となると、女のとして自信を失ってしまいます」

そう言いつつも、クスクス笑っているので、実際は楽しみにしているのだろう。

「でも、まさか本当にユニットを組めるとは驚きました。流石は346プロ一のプロデューサーですね」

「どうやら、久しぶりに本気を出すそうで。であれば、彼女のマネージャーが手を抜くわけにはいきませんから」

そういう華耶は誇らしげで、楓はそんな華耶を見て微笑む。

「ふふっ、流石は女帝《ツァリーツァ》の恋女房。いえ、流石は皇帝《ツァリー》様ですね。世界最強のコンビです」

《ツァリーツァ》であるエレーナを支えた華耶は、皇帝《ツァリー》と呼ばれている。女性である華耶は不本意なのだが、それをエレーナがたいそう気に入ってしまい、世界中に定着してしまったのである。

「その言い方は……」

「あら、ごめんなさい。でも、華耶さんだってそんなに綺麗なんですから、デビューすればいいのに」

「そうよねー? 華耶さんったら恥ずかしがり屋さん」

楓の提案に、いつの間にか着替え終わっていたエレーナが後ろから華耶に抱きついた。

「……私はプロデュースする側ですので」

「でも、華耶さん宛のインタビューでも、顔出しNGだったじゃない。せっかく綺麗なお顔を見せる絶好の機会だったのに」

「アイドルのプロデュースの話なのですから、私が顔を見せる必要はありません」

「もぅ……、いつもこうなんだから。楓ちゃんももったいないと思いますよね?」

「ふふっ、今日の所は許してあげましょう。さ、お仕事といきましょうか」

楓は上着を脱いで、カメラの前に立つ楓。まずは一人ずつである。

エレーナはそんな楓の撮影の様子を見ていた。真っ白なビキニの胸の下で腕を組みながら。

「さすが、せくしぃね」

「というか、上着くらい来て下さい。風邪ひきますよ」

「大丈夫よ、この部屋温かいし。それで、どうかしら? 私のツァリーさん?」

「……とてもお似合いです。流石は私のツァリーツァさんです」

否定するのを諦めた華耶は、むしろ乗っかっていった。

「ありがと、華耶さん」

「エレーナさん、次、お願いします!」

楓の撮影が終わり、次はエレーナの番である。華耶に投げキッスをしながら撮影をしにいった。

入れ替わりに楓が華耶の元にやってくる。

「お疲れ様です、楓さん」

「華耶さんこそ。エレーナさんのお相手は大変そうですわ」

「えぇ……本当に」

そう呟く華耶は、どこか遠くを見ていた。それを見ない振りをして、楓はエレーナの撮影風景をみることにした。

エレーナは、カメラマンの指示を受け、様々なポーズをとる。たまに、少し過激なくらいなものもあるが、幻想的といえるほど美しいエレーナがそのポーズをしても、決して下品ではなく、禁断の果実に手を伸ばしているかのような風景となっていた。

「では、楓さんも一緒にお願いします」

一人ずつの撮影も終わり、今度はエレーナと楓とのツーショットである。腕を組んだり、抱きついたりと、色々なポーズを撮っていく。

「一端休憩でーす。お二人は着替えて下さい」

今度は二人で意匠を変える。水着から今度はドレスに着替える。楓は新緑の色のドレス。エレーナは真っ赤なドレスである。二人とも装飾は多くはないが、彼女たち自身がドレスを輝かせ、同じく彼女たちも輝いていた。

ドレスに着替えたまま、二人は紅茶を飲んでいた。服装と相まって、二人のいる空間がファンタジー空間のようになっていた。

「ふふ、不思議な気分です」

「あら、楓ちゃん、ドレスお似合いよ。お姫様、というよりも妖精さんみたい」

「そういうエレーナさんは貴族のお嬢様みたいです。どちらかというと、姫騎士という感じですけど」

長い銀髪を綺麗に結い上げ、いつもよりも鋭い目つきは楓の言うとおり、騎士とも見えるものであった。

「なら小道具で剣とか用意してもらおうかしら。ユニット名は《TITANIA》かしらね」

「じゃあライブは真夏の夜にやらないといけませんね。後輩さんたちにも協力してもらいましょう」

「でも、それならライブは来年になっちゃうわね。だって、ヴァルプルギスの夜は過ぎちゃったもの。だから、今年やるなら《A Midsummer Night’s Dream》じゃないと駄目ね。来年は、そうね《Walpurgis Night》、いえ、《Вальпургиева ночь》ってタイトルでやらないと。ふふ、魔法使いの夜ね」

「あ、でもそれではどちらかがロバの首をかぶらないといけませんね。ロバの耳と尻尾でも付ければいいのかしら? 華耶さん、そこのところどうなのでしょう?」

散々好き勝手話していた二人が、華耶に話を振る。それまでジト目で見つめていた華耶は、今までよりも深いため息をつく。

「……お二人が博識なことはよく分かりました。……いいんじゃないでしょうか。お二人とも、そういう遊び、お好きですし。とくにエレーナは」

「そうだけど、女王様も魅力的ね。あと、楓ちゃんのコスプレ姿も」

「まぁ、案として参考にさせてもらいますが」

しっかりと二人の会話をメモしていた華耶であった。

 

 

 

ドレスでの撮影を終え、そのドレス衣装のままインタビューを受けていた。

「……そうですか。そう言えば、撮影前に面白いお話をしていましたが……」

「お話? ……あぁ、《夏の夜の夢》のことですか? あれはちょっとしたおふざけですよ。面白そうではありますけど」

先程撮影前に話していたユニット名についてなどである。

「あれはエレーナさんと遊んでいただけなのですけど。でも、ちょっと詩的でステキ。ふふふ……」

二人は完全にワザと遊んでいたのだが、衣装が二人とも似合いすぎていたので、周りのスタッフからも好評だったのである。

「ははは、では話を戻しまして最後に。お二人のユニット、《TITANIA》(仮)は、どのようなユニットにしていきたいでしょうか」

最後の質問に二人とも少し考える。そして考えがまとまると、先にエレーナから答える。

「そうですね。歌を聴いて下さったお客様が、聞き終わった後幸せになってもらえるような、そんな歌を歌いたいです」

「私もですね。あと、ライブでは夢の中に迷い込んでもらえるような、そんな幻想的なライブもやってみたいです」

二人の回答を聞くと、記者はお礼をいって帰って行った。

「お疲れ様でした、エレーナさん」

「楓ちゃんこそお疲れ様。あ、そうだ。楓ちゃん、この後予定あるかしら?」

「いえ、ありませんが、何かあるんですか?」

楓が聞き返すと、エレーナがニヤニヤと笑い出す。

「実はね……、アーニァちゃんのデビューが決まったみたいなの!」

一足先に武内Pから聞き出していたエレーナは、心底嬉しそうにしていた。

「本人達には今日発表するみたいだから、こっそり忍び込んでビックリさせようと思ってるんだけど、楓ちゃんも一緒に来ない?」

楽しそうなお誘いであったが、果たして自分も行っていいのやらと、華耶の方を向く楓。

「武内プロデューサーには許可を取っています。……少々気の毒でしたが」

エレーナが出て行った後、エネドリとスタドリをいくつか差し入れしたそうで。

相手方の了解も取っていたということもあり、一緒に行くことにした。着替えようとすると、何故かエレーナに止められた。

「この衣装のままで行くの。言ったでしょ? ビックリさせるって」

それに驚いたのは楓である。しかし、こうなったエレーナが自分を曲げないのはよく理解していたため、更衣室に背を向ける。スタイリストから上着を受け取り、スタッフに挨拶をしてから、スタジオを出る。

いくら上着を着ているとは言え、ドレスを着たエレーナと楓が事務所の中を歩いていれば、そりゃ目立つというものである。シンデレラプロジェクトルームに行く途中途中、アイドルたちが二人の姿に興奮していた。

「じゃあね、文香ちゃん。あとでオススメの本、持っていくから」

「は、はいっ。わ、わたしもとっておきの本を持っていきますね」

緊張しつつも笑顔で答えてくれた文香を抱きしめたい衝動を抑えつつ、シンデレラプロジェクトルームに到着する二人。

「あぁ、やっぱり文香ちゃんは可愛いわぁ。ふみふみしたい」

「そんなことをしたら泣いてしましますよ。失礼します」

ため息をつきながら部屋の扉をノックする。女性の返事が返ってきて、扉が開けられると、千川ちはやが二人を迎えてくれる。

「お疲れ様です二人とも。それにしても凄い格好ですね」

来ることは知っていたが、まさかドレス姿で来るとは思っていなかったらしく、流石に笑みが引きつっていた。

「ふふっ、みんなを驚かせたくて。どうやら成功みたいね」

「はは……たしかに驚きましたけど」

そう言いつつ、ちひろは二人のことを奥の部屋に案内する。そこでは武内Pが仕事をしていたのだが、ちひろと同じように、二人の服装に驚いていた。

ちひろが二人に紅茶を出してから下がろうとすると、エレーナが彼女を止める。

「みんなが来る間、みんなの話を聞きたいわ。武内Pはお仕事のようですし、ちひろさんに。お時間大丈夫?」

「……分かりました。お付き合いします」

ちひろは自分の分の紅茶を淹れると、二人の向かいのソファに座る。

「それで、皆さんのお話でしたね。皆さん、とてもよく頑張っています。レッスンなどはまだまだ苦労しているみたいですけど、それでも頑張っていますよ」

「よかった。でも、ようやく本格的にスタートするんですね。他の子達の話も進んでいるんですか?」

これは武内Pに向けた言葉である。

「……はい。まだ企画段階ではありますが」

「さすが優秀なプロデューサーさんね。ちょっと固いのが玉に瑕だけど」

「固いのに瑕とは、これいかに」

何かが楓の琴線にふれたのか、クックックと笑う楓。どうすれば良いのか困っている武内Pに、エレーナが一つのメールを見せる。

「これは?」

「そんなプロデューサーさんへのご提案。再来月の私のライブのバックダンサーに、誰か二人、このプロジェクトから回して欲しいの」

「……アナスタシアさん達をですか?」

アナスタシアの姉であるエレーナからの提案ということで、一番確率の高いと思われる返答をする武内P。しかし、意外にもエレーナは頷かなかった。

「うーん……確かにアーニァちゃんたちとは一緒にステージに乗りたいけど。もちろん、メンバーの中で難しいのなら、断ってくれても構わないわ。そうね、この後発表するときに、伝えても良いかしら?」

「…………分かりました。エレーナさんの意見と私の方の判断で、結果をお伝えします」

「はい。お願いしますね。あ、そうだ。まだ武内Pには聞いていませんでしたね」

「何を、ですか?」

エレーナにそう言われても、とくに思い当たるフシはない。

「私達の衣装、どうかしら? 男性の方の意見も聞きたいわ」

そういうとエレーナは楓と一緒に立ち上がり、上着を脱いでドレス姿を武内Pに見せる。何故か楓もノリノリで、エレーナと一緒に手を広げてポースをとっている。

「よ、よく、お似合いです」

「ふふっ、ありがとうございます」

言葉少なな答えだったが、エレーナはそれで満足だったらしい。その後も話していると、プロジェクトのメンバーが部屋に戻ってきたようだった。

「じゃあ、私達は最後に出るので、ここで待っていますね」

「早くデビューを教えてあげて下さい」

二人に送られ、武内Pは14人にデビューが決まったことを話し始めた。

今回デビューが決まったのは、卯月・凛・未央の三人と、アナスタシアと美波の二組である。

そのことを告げられたメンバーは、ワッと歓声を上げる。しかし、他のメンバーはまだであることを聞いて、その歓声が止んでしまう。すこし、空気が重くなる中、武内Pはエレーナ達を呼んだ。

「みんなお疲れ様。撮影終わりで直行しちゃったから、こんな格好で失礼するわね」

「それと、デビューおめでとうございます」

楓の言葉に、今度は素直に喜べない。しかし、エレーナの次の言葉にメンバーは顔を上げた。

「再来月の私のライブ。楓ちゃんもゲストで出てくれるのだけれど、そのライブでの一曲、今度発売する《NEWWORLD》のステージに二人バックダンサーとして乗って欲しいの」

「それって……」

エレーナの言葉に、みくがぽつりと呟く。

「そうよ。貴女たちの中から二人、バックダンサーとして踊って欲しいの。この曲、結構激しいダンスもあるし、ステージの雰囲気もあるから、出たい子は軽いオーディションをさせてもらうわ」

エレーナの突然のバックダンサーへの誘いに、メンバーは驚愕する。

そんな中、みくが真っ先に手をあげる。

「でるにゃ! せっかくのチャンス、無駄にしないにゃ!」

みくを皮切りに、杏などの一部を除き、何人かが手をあげた。

「ふふ。じゃあ、ダンスレッスンを撮影しておいた映像があるから、プロデューサーさんに渡しておくわ。明日の10時にみんなのお話を聞きたいんだけど、大丈夫かしら?」

「はい。明日のレッスンは午後からですので大丈夫かと。みんなも大丈夫かしら?」

「「「はいっ!!」」」

それを聞いたエレーナは後を武内Pに引き継がせる。その後解散したとき、エレーナはアナスタシアを手招きする。

「どうしたですか、わふっ!?」

近寄ってきたアナスタシアを、エレーナは抱きしめた。そしてそのままアナスタシアの頬にキスをする。

「CDデビューおめでとうアーニァちゃん」

「お姉ちゃん……、はい! ありがとう!」

エレーナに褒められて満面の笑みでエレーナに抱きつくアナスタシア。そんな妹の頭を撫でながら、着替えるために一端皆と別れた。

「相変わらず意地悪ですね、エレーナさん」

「あら? 私は落ち込む前に発破をかけてあげただけよ。なんせ、私は後輩ちゃん大好きっ子なんだから」

そういうエレーナに、楓は苦笑する。

「楓ちゃんはこの後どうするの? 今夜アーニァちゃんおめでとうパーティーするけど、一緒にどうかしら?」

更衣室で着替えながら言われたが、楓はいいえと首を横に振る。

「せっかくのお祝いなんです。姉妹水入らずでお祝いしてあげて下さい」

「そうかしら? 分かったわ、それじゃあ精一杯盛大にお祝いしてあげなくっちゃね」

着替えを終え、楓と別れたエレーナは、待ち合わせをしていたカフェに向かう。そこでは先に支度を終えていたアナスタシアが待っていた。

「お待たせ、アーニァちゃん。美波ちゃんは?」

「今日は二人で楽しんで、と言ってくれました。だから、今日はお姉ちゃんと一緒です!」

二人っきりなのは久しぶりなため、アナスタシアはエレーナと二人っきりでいられることが嬉しいようだ。

「なら、今日はパーティーね。今日はアーニァちゃんが大好きなもの作ってあげる。何がいい?」

「私、お姉ちゃんのボルシチ食べたいです! あとあとっ!」

「あらあら、じゃあ、商店街で色々選びましょうか」

興奮するアナスタシアと手を繫ぎながら、商店街に向かったのだった。

 



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ふみふみ

浮気ではない。
愛である。


翌日。エレーナはアナスタシアとレッスンルームにいた。約束の十時よりも早く九時。

「じゃあ、軽くレッスンね。基本のステップからしてみよっか」

「はい!」

エレーナに言われて、基本のステップをしていくアナスタシア。所々エレーナに指摘されながら、あっという間に三十分過ぎていた。

「ちょっと休憩しよっか。はい、ドリンク」

用意しておいたスポーツドリンクをアナスタシアに渡す。

「ありがとう。んくっ、んくっ」

「どう? だいぶ良くなってきたと思うけど」

「はいっ。私じゃ気付けなかった所が、いっぱい分かりました!」

今回エレーナが見ていたのは基本的な動きだったが、その中で改善点を指摘していき、確実にアナスタシアのダンスは動きが良くなっていた。

「そっか。なら良かったわ。じゃあ、もう少しやりましょうか。今度は私も一緒にやろうかしらね」

十時まで、二人で動きを確認しながらダンスのレッスンをしていった。十時前になり、レッスンを終え、皆が来るのを待っていると、すぐに皆がやってきた。他にも武内Pや華耶も来ていた。

「じゃあ、始めましょうか。お名前と、簡単なステップを踊ってもらおうかしら。それと、この後で私がやる動きをやってね」

そうして始まると、次々とみなエレーナのステップを真似していく。しかし、エレーナが踊るダンスは今のメンバーには難しいもので、みな苦戦していた。

「では、次はアナスタシアさんですね。お願いします」

そして次はアナスタシアの番である。指示されたダンスを終えると、今度はエレーナのダンスを踊る番である。

「じゃあアーニァちゃんにはこれね」

アナスタシアに見せたのは、激しい動きのダンスではなく、静かな、だからこそ指の先まで神経を研ぎ澄まさせなければならない類いのダンスである。

「っと、これを踊ってね」

踊り終えると、エレーナは席に戻る。一人になったアナスタシアは、呼吸を整えると、エレーナの踊りを踊り出した。

エレーナに比べればまだまだ未熟である。しかし、他のメンバーに増して動きは洗練されていた。

「アーニァちゃん、凄い……」

「(ダンスをするときは、手の先指の先にまで意識して。そして全身で表現して)」

エレーナから先程、そしてずっと教わってきたダンスをするときの心構えを心の中で振り返りながらダンスを踊るアナスタシア。

そして、ダンスを終える。

前に座っていた三人を見ると、それぞれ皆違う表情をしていた。華耶は感心したような表情を、武内Pは驚いた表情を。そしてエレーナはもの凄く嬉しそうな表情を。

「お疲れ様でした。ではこれで終了といたします。結果は決まり次第ご連絡いたします」

「みんなお疲れ様。多分今日中には連絡出来るから、待っててね。じゃあ武内プロデューサー、行きましょうか」

「はい。では、皆さんはレッスンの準備をお願いします。卯月さん達と新田さん達はライブに向けた練習も始まりますので、頑張って下さい」

そうして三人はレッスンルームを出て行った。

残ったメンバーは、お互いのダンスを評価し合っていた。

「アーニァちゃん、凄かったよ!」

「ありがとうございます美波。でも、私、どんな風に踊っていたのか……」

「覚えてないの?」

美波の驚いたような声に、アナスタシアは恥ずかしそうに頷く。

「はい……夢中で……」

「凄かったにゃ! アーニァちゃん、何があったのにゃ!?」

みくもアナスタシアのダンスには驚愕していた。

「昔からお姉ちゃんに言われてたことを振り返ったです」

「言われてたこと?」

「はい。『ダンスをするときは、手の先指の先にまで意識して。そして全身で表現して』って言われたんです。だから、それを意識してたら、どんな風に踊ってたか、覚えてなくて」

照れたように言うアナスタシアに、みく達はポカンとしてしまったのであった。

一方こちらはシンデレラプロジェクトルーム。審査を終えたエレーナ達がその件で話し合っていた。

「では、やはり新田さんとアナスタシアさんですか?」

「えぇ。お二人が良いかと思います。踊りの質が、エレーナのステージに合っていると思います」

「質、ですか?」

「はい。激しい中にもどこが艶がある。そのようなダンスが出来ていたのはお二人だと思います。城ヶ崎さんや前川さんもお上手でしたが、どちらかというと元気に溢れるダンスでしたので、今回のステージとは少し違うと思います」

「そうですか……エレーナさんはどうでしょうか?」

一人お茶を飲んでいたエレーナは武内Pに言われて顔を上げる。

「私は華耶さんの意見と同じです。ミニライブもあるから少し不安な所もあるけど、そこは私の方でもフォローするから大丈夫だと思いますよ」

エレーナも二人の意見に賛成であった。武内Pの懸念材料であった二人への負担についてもエレーナがフォローしてくれるというので、そこもクリア出来る。

「では、エレーナさんのバックダンサーは新田美波さんとアナスタシアさんということで。お二人もよろしいですか」

「えぇ。部長には私の方からお伝えしておきます」

「私もオーケーです。ふふっ、レッスンが楽しみね」

バックダンサーも決まり、エレーナも自分のレッスンに向かう。部屋に残された華耶と武内Pは互いに息をつく。

「ふぅ……突然申しわけありませんでした、武内プロデューサー。お忙しいときに面倒事を持ち込んでしまって」

「いえ。こちらとしてもとても良いおさそいでしたので」

苦労性のプロデューサー達であった。

 

 

 

「はい、文香ちゃん。約束の本」

レッスンが終わると、エレーナは待ち合わせをしていたカフェで文香に本を渡す。

「あ、ありがとうございます。私も持ってきたんです。えっと」

文香が渡してきたのは、三冊。二冊は読書家の間で評判の本、もう一冊は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』であった。

「ありがと、文香ちゃん。この版、中々見つけられなくって。流石は346プロ一の読書家さんね」

「そ、そんな、エレーナさんに比べたら……。私は洋書は読めないし」

「あらあら。じゃあ、今度一緒にお話ししましょうか。そうね……近代の翻訳文学についてとかどう? 文香ちゃん、鴎外の『ファウスト』とか好きだったわよね」

「は、はいっ! もし今夜空いているなら……、あっ、ごめんなさい」

本のこととなると、興奮してしまう文香は、自分の行動に顔を赤くする。

「ふふ、大丈夫よ。今夜ね。明日の仕事は夜からだから、一杯お話ししましょうね。美味しいコーヒー用意するわ」

「は、はいっ! えへへ、楽しみです」

大人しい文香だが、エレーナにはよく懐いている。それは、エレーナが読書家であり、文香と濃い話が出来る数少ない人物だからである。そんな尻尾がついていたらぶんぶん振り回しながらすり寄ってくる犬のような文香は、エレーナにとってとても可愛い後輩なのであった。

「どうする? 家に行く前に、どこかに寄っていく? 予約はしてないけど、美味しい中華のお店があるの」

「で、でもいきなりなのに……」

「いいのいいの。ちょっと連絡してみるから、待っててね」

エレーナは連絡をするために、席を立つ。すぐに戻ってくると、文香に指で丸を見せる。

「席取れたわ。七時に取れたから、少し洋服でも見ましょうか」

「え、えぇっ!?」

慌てる文香の手を取り引っ張って、エレーナは自分のよく行く店に連れて行った。

買い物も終わり、予約していた中華料理店に入る。よく訪れているエレーナは気軽にしていたが、文香は小さくなっていた。それは店の雰囲気にやられたのではなく、その服装にあった。

「え、エレーナさぁん……」

「ほら、そんな俯かないの。よく似合ってるんだから、顔を上げて。ね?」

「うぅ……」

エレーナに言われ、顔を真っ赤にさせながら顔を上げる。前髪は綺麗にまとめられ、服装も豪華すぎない控えめなワンピースである。エレーナがせっかくだからと、着替えさせたのである。化粧はブティックのスタッフにお願いして。コーディネートを終えたスタッフがやりきった顔をしていたのは印象的であったとか。

「さ、なんでも食べてね。ここの料理はすっごく美味しいんだから」

「じゃ、じゃあ……エビチリを」

何を頼めばいいか分からなかった文香は定番を一つだけ頼む。エレーナがいくつか追加で料理を頼むと、奥から調理服を着た女性がやってきた。

「いらっしゃいませ、エレーナ。久しぶり」

「えぇ。最近は中々来られなくてごめんなさい。あ、この子は後輩の文香ちゃん。文香ちゃん、この人は料理長の朱仁禛さん」

エレーナが文香に仁禛のことを紹介すると、文香が慌てて仁禛に頭を下げる。

「あ、私、鷺沢文香です!」

「ふふっ、仁禛よ。今日は飛びっきり美味しい料理を作るから楽しみにしててね」

「は、はいっ!」

仁禛は文香に手を振ってから厨房に戻っていく。

「ふふ、どうしたのそんなに緊張して」

「そ、その、仁禛さん、とてもお綺麗でしたので……」

「そうね。テレビ番組とかもオファーされてるけど、全部断っているの。このお店も、仁禛さんの料理に惚れ込んだオーナーが頼み込んで出店したお店なの」

内装は竹などが盛り込まれており、落ち着いた雰囲気である。奥の影になった所に案内された二人だったが、そこも綺麗で文香は段々落ち着いてきていた。

料理も運ばれてきて、食事も進み、デザートの杏仁豆腐を食べていた。

「その、エレーナさんはここによく来るんですか?」

「えぇ。いつもは一人で仁禛さんと食べてたけど。そう言えば事務所の子とくるのは初めてね」

「えぇっ!? その楓さんとは来ていないんですか?」

「えぇ。楓ちゃんとはいつもお酒を飲みに行っちゃうし、他の子達とも別の所に行くわね」

成人組(うさみん含む)とは大体はお酒の席になるし、未成年組とはイタリアンなどをよく食べにいっている。

「えと、じゃあ、どうして今日は?」

文香は恐る恐るエレーナに尋ねる。そんな文香にエレーナは優しい声で答える。

「そう大した理由はないのだけれど。そうね、文香ちゃんに美味しいものを食べてもらいたかったからかしら」

「そ、それだけ?」

「えぇ。文香ちゃんは可愛い後輩ちゃんだけど、大切な読書仲間ですもの。もし、文香ちゃんとお仕事をさせてもらえたなら……あ、そうだわ」

途中で何かを思いつき、言葉を区切るエレーナ。

「どうしたんですか?」

「ふふふ、まだ内緒。それで、文香ちゃんといるととっても楽しいの。秘密のお店を教える位にはね」

「で、でも私地味だし」

「そんなことないわ。文香ちゃんはとってもステキな女性よ。そうね、太陽のような綺麗さじゃなくて、月のように神秘的な美しさ。あなたもそう思うでしょ、仁禛さん?」

エレーナは文香の後ろに来ていた仁禛に声を掛ける。文香はきていることに気が付いていなかった文香はヒャッと声を上げる。

「そうね。文香さんはとっても綺麗だわ。はい、私からのサービス。文香ちゃんはまだ未成年だから、白茶ね」

「あら、じゃあ私達は?」

「私も白茶。まだ仕事の最中なんだから。今もエレーナがきているから、少し休憩をもらったの。で、貴女は紹興酒。車じゃないんでしょ?」

「えぇ。文香ちゃん、一人だけで申し訳ないけど、いただくわね」

「は、はいっ」

エレーナは仁禛に酒を注いでもらうと、美味しそうにそれを飲んだ。常連であるエレーナの嗜好を仁禛は熟知しているため、エレーナは酒の味に顔を綻ばせた。

「さ、文香ちゃんもどうぞ。今、淹れるわね」

仁禛は持ってきていたガラス製のポットにお湯を注ぐ。すると、中の茶葉が綺麗に揺れる。

「わぁ……」

「このお茶は淹れるとき、とても綺麗なのよ。そして、味もね。はい、どうぞ」

しっかりと味を出されたお茶を文香に渡す。文香は息を吹きかけてから口に含むと、その味に驚いた。

「お気に召してもらえたみたいね」

「は、はいっ。とっても美味しいです!」

本当に美味しかったのか、文香は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「あら、仁禛さんったら羨ましい。初対面なのにそんなに可愛い笑顔を向けられるなんて」

「へ? あ、あわわ……」

自分の行動に気が付いた文香は顔を真っ赤にさせる。

「さてと、お茶も淹れたことだし、私は失礼するわ。ごゆっくり」

それだけ言うと、エレーナは下がっていった。文香は去って行く仁禛の後ろ姿を見ながらぽつりと呟く。

「素敵な人です」

そんな呟きをエレーナが聞き逃すはずもなく。

「あれー、文香ちゃんは私より仁禛さんがいいの?」

「へっ!? そ、そんなことはっ!?」

慌てる文香に、エレーナは嬉しそうに文香の頭を撫でる。

「ふふふ、かーわい。もう、ふみふみしちゃう」

「ふみふみって何ですかぁ……」

もうやりたい放題である。エレーナは一頻り文香をイジリ倒す。

「ふぅ、堪能したわ。それじゃ、お茶を飲み終わったらでましょうか。簡単につまめるものを買ったらウチに行きましょう」

「は、はいぃ……」

若干へろへろな文香だったが、最高級のお茶を飲むことでいくらか持ち直す。

会計をすると、その際に一つの袋を渡された。

「あら、これは?」

「料理長からでございます。お二人で楽しんで欲しいとのことです」

「あら、ならありがたく頂くわ。仁禛さんにはまたきますと伝えて下さいな」

仁禛からのお土産を受け取ると、エレーナは一端買い物をしてから家に帰る。

「さ、お話の前に用意しちゃうわね」

「あ、私も一緒に……」

「そうね。じゃあ、一緒にやりましょうか」

エレーナは文香と一緒に簡単な食事を作った。所々アドバイスしながらバゲットなどの軽い食事を作る。

「じゃあどんなお話をしましょうか」

「あ、それならお父さんが送ってくれた本があるんですけど……」

その後、二人は夜が明けるまで語り明かしたのであった。

「ふわぁ……」

「昨日は夜更かしですか?」

車の中であくびをしていたエレーナに、華耶は運転席から声をかける。

「えぇ。文香ちゃんと語り明かしちゃったから。そうだ、昨日メールした件、大丈夫そうかしら?」

「その件でしたら今朝伝えてあります。あちらとしては是非と言ってくれましたが、本人には貴女から伝えて下さい」

「分かったわ。いつがいいかしら?」

「今日、仕事終わりに事務所に帰ってくるようですので、その時にと。全く……まだ本格始動する前だからいいですけど、こういうことはあまりしないで下さい」

華耶はため息をつくが、幾分諦めてもいた。

「えぇ。これ以上は増やしにくいしね。じゃあ、事務所まで目を閉じてるから、着いたら起こしてね?」

そう言うと返事を聞く前に目を閉じてしまう。そしてすぐに寝息を立て始める。

「全く……ともあれ、ユニット名は《TITANIA》に決定ですね」

そう苦笑を浮かべる華耶の隣には、文香について書かれた書類が置かれていた。

 




だって、可愛いんだもの。
エレーナ
楓さん
ふみふみ

最強ユニットだと思う。

因みにエレーナとふみふみとの読書トークはマニアック過ぎたのでカットしました。
取り敢えず、ふみふみはフリフリ悩殺妖精ドレスで真っ赤になることが決定しています。
エレーナ? 彼女は女帝です。
楓さん? 彼女は……男役? いや、女性の男役は花形ですから。《TITANIA》の楓さんはイケメン予定(駄洒落は言う)


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ふみふみのステキな所

胸。
あ、いや、普段おどおどしてるのに、本番になるときらきらするところとか、あ、それに、さらさらのおぐしとか、ね?
アーニァより、ふみふみの方が多く登場しそう……。
でも、それも愛のなせる業。
……貢ぐか。


翌日、エレーナは満面の笑みで事務所内を歩いていた。

通りがかった人皆が何事かと二度見していた。

そんなエレーナの予定は卯月達やアナスタシア達へのレッスンである。デビュー前にレッスンすることが決まっていた。

「おはよ、みんな」

レッスンルームには既に卯月達五人は揃っていた。

「「「おはようございます!!!」」」

「うん、元気でよろしい。じゃあ、まずはストレッチね。じゃあ卯月ちゃんは私とペアね」

エレーナと卯月、凛と未央、アナスタシアと美波でペアを作り、ストレッチを始める。

「あ痛たたっ」

「あらあら、まだまだ固いわね。毎日ストレッチしてる?」

「はい~」

「ふふふ、じゃあ今度は私の背中を押してね」

位置を変わり、今度はエレーナがストレッチをする。卯月がエレーナの背中を押すと、抵抗なくぺたりと胸が床についた。

「わっ、エレーナさん、体柔らかいですね!」

「小さい頃はバレエもやっていたからね。それに、アイドルにとって毎日のストレッチは必須よ。……はい、今度は卯月ちゃんの番ね」

「はいっ! あ痛たたっ!!」

気合いを入れる卯月だったが、気合いだけでどうにかなることではない。取り敢えず、ストレッチを終えると、早速レッスンに入る。

「トレーナーさんからダンスの流れは見せてもらいました。まずは卯月ちゃん達に踊ってもらおうかしら。二人は一緒に見てて頂戴」

アナスタシアと美波を下がらせ、三人のダンスを見ることにした。

取り敢えず流しで一曲を踊り終えると、エレーナは一つ一つ注意点と改善方法を指摘する。

「卯月ちゃんはターンの所を気を付けて。そうね、重心を意識しながらやると失敗しないわ。凛ちゃんはもう少し自分を前に出しましょう。今回は貴女たちが主役なのだから、小さくなっちゃダメ。未央ちゃんはもっと細部に気を遣って。それだと雑に見えちゃうわ」

エレーナはどこがダメだったかを実演を交えながら指導する。何度か踊ると、今度はアナスタシア達と交代である。

二人のダンスを見ると、エレーナは満足そうに頷く。

「うん、二人はいいわね。注意するべき点は凛ちゃんと同じかしら。もっとお客さんを意識して。今のままじゃステージに負けてしまうわ」

卯月達の時にも言えたことだが、エレーナが踊ると同じ振り付けなのに、何倍も迫力があり、素晴らしいダンスとなる。しかし、そのエレーナの教えを受け、少しずつだが上達していく。

瞬く間に時間は過ぎ、あっという間にレッスンの時間は終了する。卯月達は息絶え絶えだったが、エレーナはけろりとしていた。

「それじゃ、レッスンはお終い。急ぎ足になっちゃってごめんなさいね」

「はぁはぁ……いえ、ありがとうございました!」

それでもレッスン生の中で最年長の美波がお礼を言うと、卯月達も顔を上げてエレーナにお礼を言う。

「っと、ごめんなさいね。この後行くところがあるから、お先に失礼するわ。今日言ったこと、覚えていてね?」

最後にウインクをすると、エレーナはそのままレッスンルームから出て行ってしまった。残った卯月達は、エレーナの体力に脱帽した。

「ふえぇぇ……エレーナさん、凄い元気です」

「はぁはぁ……私達以上にダンスをしていたのに」

卯月達は自分達のダンスだけだが、エレーナは二つ分ダンスを踊っていた。それなのに汗も少ししかかかず、全力で踊れていたのである。

「でも、アーニャちゃんたち、褒められてたね」

「ハイ。頑張りました」

「アーニァちゃんに、エレーナさんから教えてもらったコツとかを教えてもらったの。心構えとかだったけど、それだけで動けるようになったような気がしたの」

「へー、エレーナさんのアドバイスかぁ。ねぇねぇ、どんなこと言われたの?」

「多分基本的なことだと思いますが、お客さんの目を意識して、と言われました。でも、まだまだ難しいです」

エレーナがアナスタシアに教えていたことは、基本的には心構えといった類いのものである。それ故、アナスタシアはどんな風に踊っていくのか、ということについてよく考えていた。

「うーん、どんな風に踊る、かぁ……。そう言えばきちんと考えていなかったです」

「今は踊りきるのだけで精一杯だもんね」

とはいえ、レッスンを始めたばかりの卯月達にとって、まだまだその余裕はなく、踊るだけで精一杯で、改めて世界最高のトップアイドルの実力を痛感したのであった。

一方、その世界最高のトップアイドルはというと。

「文香ちゃん、ふみふみ~♡」

「ふみふみ……」

「あぅあぅ……」

先輩二人で後輩を抱きしめていた。

《TITANIA》のメンバーとなった文香を交えて打ち合わせをするために、集まっていたのだが、時間にはまだ余裕があったため、楓と一緒になって文香を弄くりまわしていたのである。

「ふふ、文香ちゃんはとってもふみふみね。楓ちゃんもそう思うでしょ?」

「はい。可愛い後輩とはいいものです」

「……お二人とも、その辺にして下さい。鷺沢さんが倒れてしまいます」

時間になり入ってきて早々暴走している先輩二人を見て、心底疲れたようなため息を吐く華耶。そんな華耶が文香には救世主に見えた。

「はーい。じゃあ、お仕事の話をしましょうか。仕事、取ってきてくれたのでしょう?」

散々ふざけていたエレーナだが、仕事のこととなれば別である。

「はい。まずは皆さんのユニット結成の発表となる雑誌のインタビュー。これは今日の十九時から。そして、再来週にテレビ、朝のニュース番組の出演ですね。まだ曲は出来ていないので、ここではエレーナさんの《HOPE》を三人で歌って頂きます」

「あら、楓ちゃんと一緒に歌った曲ね」

346プロアイドル部門の最初期に一曲だけデュオとして出した曲である。ミリオンを達成した名曲である。

「わ、私もですかっ!?」

青天の霹靂なのは文香である。なにせいきなりなのだから。

「はい。この曲は346プロの中でもカバーされているので、パート分けもそれを使います。歌の練習はトレーナーに頼むことも出来ますが……」

華耶が途中で言葉を切ったのはエレーナがいるからである。華耶に視線を向けられたエレーナは胸を叩く。

「任せてちょうだい! 今週来週とあまり仕事は入っていないし、私がレッスンするわ」

「もちろん私も。よろしくお願いしますね、文香さん?」

「は、はいっ、よろしくお願いします!」

最強の教師が出来た文香は緊張と少しの高揚を持ちながら頷いた。

「では続けます。新曲は今制作中ですので、今月中には完成させていただくことになります。来月の最初の週末にある生放送で初披露ということになります。CD発売はもう少し後、となりますね」

「結構過密スケジュールね。私は大丈夫だけど、二人は?」

「私も大丈夫です。華耶さんの鬼指導にかかれば朝飯前ですから」

楓もエレーナ同様問題ないようであった。そして、一番不安げなのは文香である。

「文香ちゃん、大丈夫?」

「は、はい……。でも、私に出来るかどうか……」

トップアイドル達と一緒に仕事をすることは文香にとっても光栄なものだったが、自分がついて行けるのかどうか、ここに来て現実味を帯びて不安となってきたのである。

小さく震える文香の手を、ギュッと握るのはエレーナ。

「エレーナさん……」

「震えは止まった?」

「あ……はい。……あったかいです」

エレーナに手を握られたことで、不思議と震えが止まっていた。

「文香ちゃんも緊張するのは無理ないと思うわ。でもね、文香ちゃんはもう立派なアイドルなのよ? 私達と一緒だから、っていう理由で震える必要はないの」

「でも、エレーナさん達に比べたら」

「比べる必要はないわ。だって、文香ちゃんのステキな所を私は持っていない。楓ちゃんのステキなところを私は持っていない。もちろん、私が持っているステキも二人にはないもの。でもね、だからこそ、すっごくステキなものになるんだとおもうの」

「私の、ステキ、ですか?」

「うん。文香ちゃんのステキな所は、本が大好きな所。髪の毛がサラサラな所。前髪を上げるとお姫様みたいな所。すぐに真っ赤になって可愛い所。他にもいっぱい、いっぱいあるの。私が知らないような、文香ちゃん自身しか知らない、とってもステキな文香ちゃん」

「私しか知らない、ステキな私……」

文香はエレーナの言葉を反芻すると、顔を上げる。

「……エレーナさん」

「なぁに、文香ちゃん?」

文香の真剣な眼差しに、エレーナは優しい眼差しで答える。

「私、頑張ります。エレーナさんが見つけてくれた私のステキな所を見つけるために」

そう宣言する文香の目にはもう迷いはなかった。それを見届けたエレーナは、一瞬目を閉じると、立ち上がった。

「よしっ、それじゃあ早速練習ね! ビシバシいくわよ!」

「は、はいっ!」

戸惑いつつも笑顔で返事をする文香。そんな二人に、ゴホンと華耶の咳払いの音。華耶の表情は気まずそうだ。

「その、やる気を出していただいたことは何よりなのですが、まだ連絡はありますので、練習はその後で」

華耶の言葉に、文香がボフンと爆発したのは言うまでもなかった。

 




ふみふみの魅力は、照れ屋なのに頑張る所だと思う。それが表現できるように頑張ります。あ、あと髪、うわ、なにをっ……………………。
アーニャチャンハカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイカワイイ

あ、いつものことだ。


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喜びと痛み

エレーナにも過去はあるのです。
チエリエルまじ大天使。



レッスンも重ね、あっという間に時間は過ぎていく。あっという間にテレビ出演前日。そして。

「はい、これで今日のレッスンは終わりね」

前日と言うことで全体の確認程度で終える。

「明日は朝早いから、早めに休んでね」

「ふふふ、分かりました。でも、エレーナさんも急がないと」

汗を拭きながら、楓がエレーナに笑いかける。その隣では文香もエレーナの方を向いていた。

「そうです。アーニャさんのデビューの日なんですから、急がないと」

今日はアナスタシア達のデビューミニライブの日なのである。

「そ、そうね。じゃあ、先に失礼するわ。また明日」

言い当てられて恥ずかしかったのか、珍しく頬を赤くしながらレッスンルームを後にする。すると、外には既に華耶がスタンバイしていた。

「車は用意してありますよ。着替えも中に持って行ってありますから、そこで着替えて下さい」

準備万端であった。

「流石、私の旦那様。ありがと」

エレーナは華耶にウインクしながらお礼をいうと、早足で駐車場に向かった。

車の中に入ると、すぐに車を出発させる。もちろん運転手は華耶。

「時間は大丈夫かしら?」

着替え終わり、目立たないように髪をまとめながら尋ねるエレーナ。落ち着きのないエレーナの様子に、華耶はクスリと笑いながら答える。

「えぇ。時間には十分間に合いますよ。始まる前にご挨拶していきますか?」

「……いいえ。終わった後に抱きしめてあげるわ。緊張しちゃったら大変だもの」

「それがいいかと」

会場に到着し、サングラスと帽子で変装をして会場に入る。本来ならあまり目立たないようにするべきなのだが、エレーナは最前列に行く気満々だった。

すると、そこに見知った顔ぶれを見つけ、エレーナはそちらに方向転換する。

「そろ~、やっ! 美嘉ちゃんたちも見に来たのね」

「エレー、んむっ」

後ろから抱きつかれ、思わずエレーナの名前を呼びそうになった美嘉の口を人差し指で塞ぐ。

「今の私はエレンって呼んでね。きらりちゃんたちもオッスオッス。みんな見に来たのね」

「もちろん! 私達の一番手だもん! 一杯一杯応援しちゃうよ~!」

「智絵里ちゃん達もきてくれたのね。私が言うのも何だけど、ありがとう」

「我が盟友の初陣、ならば世界の果てであろうと駆けつけるのが道理というもの(大切な友達の初ステージなのですから、絶対に応援します!)」

「そ、その、私達もドキドキしてきました……」

「ふふふ、そんな智絵里ちゃんには抱きついちゃいましょう」

「はわわ」

この先輩やりたい放題である。

「さてと、そろそろかしらね」

舞台袖に動きが見え、進行役のスタッフが出てきた。エレーナは智絵里を抱きしめながらステージに集中する。

そして、《ラブライカ》の名前が呼ばれると、《Memories》のイントロが流れ、ドレス衣装で着飾ったアナスタシアと美波が出てきた。

歌が始まり、二人のしとやかで神秘的な歌声が会場に響く。

「そうよ、アーニャちゃん。お客さんに届けて」

エレーナは智絵里を抱きしめる力を強める。智絵里がエレーナの顔を見上げると、満足そうな、それでいて心配そうな表情に、思わず見入ってしまった。

そして《ラブライカ》の歌が終わり、観客から拍手を受ける。達成感に満ちあふれたような笑みを浮かべ、手を振っていた。

智絵里も拍手をしていたが、突然グッと智絵里の体に体重が掛かってきた。慌てて後ろを向くと、エレーナが智絵里の肩に顔を乗せていた。

「え、エレー、エレンさん!? 大丈夫ですか?」

「えぇ、ごめんなさいね。ホッとしたら力が抜けちゃって。少しだけ肩を貸してね」

そういうエレーナの声は少し震えていて、智絵里の肩は少し湿っていた。智絵里は周りに気付かれないように、頷くと自分の前にあるエレーナの手をソッと握った。

「ん、ありがとう、智絵里ちゃん」

エレーナは片手を智絵里の手の上に置くと、しばらくその体勢のままでジッとしていた。

そして、卯月達《ニュージェネレーション》の名前が呼ばれるとエレーナは顔を上げる。

「大丈夫ですか?」

「えぇ。ありがとう。さて、次は卯月ちゃん達の番ね。ふふふ、楽しみね」

先程までの涙はすっかり消え、笑みを浮かべるエレーナに、智絵里はホッとする。そして卯月達がステージに上がってきた。だが。

「…………」

「エレン、さん?」

その瞬間、エレーナの表情が硬くなったことに気が付いた。それを余所に、曲は始まる。

 

曲が終わると、観客からは拍手が送られる。しかし、未央は放心したようにお辞儀をするとすぐに裏へ戻ってしまった。

「未央ちゃん!」

かな子が心配そうに思わずステージに声をかける。しかし、ステージからは卯月達も下がってしまった。

「すみません! 私達、これで失礼します!」

かなこ達は急いで未央達の元へ急ぐ。その際美嘉は不安げにエレーナを見たが、エレーナの困ったような笑みを見ると、心配そうな顔をしつつ、かな子達に着いていった。

「……アナスタシアさんの所へ行かなくてよろしいのですか?」

心配そうに見つめる華耶に、エレーナは首肯する。

「えぇ。アーニャちゃんは今日家に泊まっていく予定だし、その時に抱きしめてあげるわ。それに、今は大変でしょうしね」

「……戻りましょうか。荷物は持ってきてありますので、送りますよ」

「お願いするわ」

そして、エレーナは卯月達に顔を見せることなく会場を後にする。

車中でエレーナは黙っていた。華耶は、そんなエレーナに心配そうに声をかける。

「……大丈夫ですか?」

「えぇ……。いいえ、ちょっと目を閉じてるわ。着いたら起こしてちょうだい」

エレーナはそう言うと、ごろりと寝てしまった。華耶は前を向きながらも、心配そうな顔をしていた。

その夜、アナスタシアがエレーナの家にやってきた。エレーナはケーキを用意して、アナスタシアのデビューを祝った。

食事も終え、歌について話していると、突然、アナスタシアが心配そうにエレーナに声をかけた。

「お姉ちゃん、どこか痛いですか?」

「え? どうしたの、突然」

いきなりそんなことを言われて、困ったように首を傾げるエレーナ。アナスタシアはエレーナの隣に移動しエレーナに抱きついた。

「あ、アーニャちゃん?」

「お姉ちゃん、何だか辛そうです。今日のステージで何かあったですか?」

「アーニャちゃん……。ううん、アーニャちゃんのステージは素晴らしかったわ。思わず涙が出ちゃったくらいに」

エレーナはアナスタシアのことを抱きしめ返しながら頭を撫でる。

「でも……」

「ふふ、ちょっと気になることがあってね。でも大丈夫よ。それに、私もこれから忙しくなるから、武内Pに任せないと」

「未央のことですか?」

やはりアナスタシアもすぐに気が付く。自分達に関係のあることで、心配事と言えば未央のことだ。

「そうね。やっぱり未央ちゃん、何かあったみたいね」

「はい。アイドルを止めるって……」

「そっか……」

エレーナは寂しそうに微笑むと、アナスタシアを強く抱きしめる。

「お、お姉ちゃん?」

「アーニャちゃん、未央ちゃんのこと、私からは何も出来ないけど、見捨てないであげて。直接会うことが出来なくても、待ってあげてね?」

「もちろんです! 未央は私達の大切な仲間です」

「うん。それなら未央ちゃんも大丈夫ね。あとは武内P次第かな。さ、今日は一緒にお風呂入りましょうか。髪の毛洗ってあげる」

エレーナは立ち上がると、アナスタシアの手をとる。アナスタシアはエレーナが笑顔になってくれたことに喜ぶ。

「はい! 私もお姉ちゃんの髪洗ってあげます!」

そうして、二人は仲良くお風呂に入り、ベッドの中で最近の出来事を楽しく話していたのだった。

 




未央の件に対してはほとんど関知しません。
当然といえば当然ですし。精々武内Pや他メンバーへのフォロー中心かと。
その前に《TITANIA》のお話。ふみふみ。
因みにアーニャちゃんとはニャンニャンしていません。翌日に備えて。


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第一歩

短いですが区切りが良いので。
ふみっ


色々な事があった翌日。エレーナは早朝テレビ局に向かっていた。楓と文香も一緒である。

「ふふ、文香ちゃん、緊張しすぎよ。まだ到着してもいないじゃない」

「は、ははははいぃぃぃぃ」

「ほらリラックスして」

楓が文香に水を渡す。文香はその水を一気に飲んだが、それでも緊張は取れていなかった。

「もうすぐ着きますよ。楽屋に入ったら挨拶回りをお願いします」

いつの間にかテレビ局前に到着していた。駐車場に車を入れ、楽屋に入る。そして準備も早々に、スタジオの方に向かった。

「お、来たね。今日はよろしく」

番組コメンテーターが三人に気が付くと、近付いてくる。エレーナが前に出て始めに挨拶をする。

「今日はよろしくお願いいたします。新曲は歌えませんが、精一杯歌いますわ」

「エレーナさんの歌が聞けるのだから幸せ者だよ。そちらの二人のことも紹介してくれるのかな?」

「もちろんですわ。こちらは高垣楓さん、そしてこちらの子が鷺沢文香さん。文香さんは私の可愛い可愛い後輩さんです」

エレーナに促され、楓と文香が前に出る。

「お久しぶりです。今日はよろしくお願いいたします」

「さ、鷺沢文香です! 今日はよろしくお願いします!」

楓は落ち着いていたが、緊張がピークに達したのか、文香は必要以上の大きな声で挨拶をしてしまった。大きな声を出せば注目される。文香は自分が失敗してしまったことに気が付き、アワアワと慌ててしまう。

しかし、エレーナはそんな文香の手を取ると、目の前で目を丸くするコメンテーターにニコニコしながら声をかける。

「文香さん、とっても可愛いんです。でも、もう一度ちゃんと挨拶しましょうか?」

パチンと文香にだけウインクするエレーナ。文香はハッとすると、もう一度背筋を伸ばし、しっかりとお辞儀をしてから顔をあげる。

「は、初めまして。今日はご迷惑をおかけしないよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」

今度はしっかり言えた文香。エレーナは後ろから満足そうに頷いていた。コメンテーターも笑みを浮かべたため、文香は内心でホッとした。

「ははは。私も新人の頃はそんなだったよ。そういうときは一呼吸すると良い。そうするだけで、スッと気が楽になるからね。エレーナさん、とても可愛らしい後輩じゃないか。今日の歌、楽しみにしているよ」

そう言うとコメンテーターは三人から離れていった。

その後もアナウンサー達出演者に挨拶をし、軽い打ち合わせを終え、一旦楽屋に戻る。

楽屋に戻った瞬間、文香がガクっと床に座り込んでしまった。

「き、緊張しました~」

「でも、後からはしっかり出来ていましたよ。自信を持って下さい」

座り込んだ文香に手をさしのべながら励ます楓。文香はその手を取って起き上がると、少しフラフラしながら椅子に座る。

「ふふふ、緊張する文香ちゃんもふみふみね」

「ですから、そのふみふみって何なんですか?」

「ふみふみはふみふみよ。それより衣装合わせしないとね。スタイリストさんも来る頃だし」

エレーナの言うとおり、スタイリストはすぐに来た。

「あら、肌がとても綺麗ね。それに髪の毛もサラサラ。エレーナさん、この子といい楓さんといい、凄い子達メンバーにしましたね」

文香を担当するスタイリストが文香の肌や髪を絶賛する。エレーナはそれを自分のことのように自慢げに誇る。

「ふふーん、だって、自慢の後輩ちゃんですもの。いつもより200%増量で可愛くしてね?」

「了解です。さ、ちょっと目を閉じてね。わっ、まつげも長い……」

「はわわ……」

少し目が座るスタイリストになすすべもなく、されるがままにされる文香。楓やエレーナに助けを求めてたくても、二人ともそれぞれ楽しそうにスタイリストと会話しているのでそれは出来ない。

本気になりすぎて少し怖いスタイリストに、あちこち弄くられた結果。

「文香ちゃん、マジ天使ー!!!!」

「えぇ。とても可愛いです」

エレーナが少し壊れるくらいになってしまった。

「うぅぅ……変じゃないですか……?」

衣装への着替えとメイクを済ませた文香は先程よりも驚くほど華やかになっていた。そんな文香を見ているエレーナと楓も非常に輝いていたため、余計文香が自信を持てない理由となっていたのだが。

「何を言っているの。文香ちゃんはとってもステキよ。ほら」

エレーナは文香を改めて鏡に向かわせる。そこにはニコニコしているエレーナと楓、そしてきょとんとしている文香が映っていた。

「ほら、綺麗な髪で、綺麗な睫毛。それに、ステキな衣装。ホント、お姫様みたい」

「そ、それならエレーナさんの方が」

「あー、エレーナさんはお姫様じゃなくて女帝だから」

スタイリストが言うように、エレーナの風格はお姫様では収まらない。まさしく女帝たる堂々としていた。

「じゃあ私はロバ役かしら? ふふふ、華耶さんに衣装用意してもらわないといけませんね」

楓も嬉しそうに文香のことを見ていた。和やかな雰囲気が楽屋を包み、文香の緊張もほぐれていた。

「《TITANIA》の皆さん、スタンバイお願いします」

番組も中盤となり、エレーナ達の出番が近付く。スタジオの袖に移動する。

「文香ちゃん、緊張は大丈夫?」

「……はい。緊張はしてますけど、大丈夫です」

少し表情は硬いが、それでも文香はしっかりと前を見ていた。エレーナは楓と顔を見合わせ、クスリと笑う。そして、二人で文香の頬を挟む。

「ふみっ!?」

「ほら、表情が硬いですよ。リラックスして下さい」

「そうそう。ほら笑顔笑顔」

二人で文香の頬をムニムニとほぐす。うにゅうにゅとする文香を見て、二人は手を離す。

「うん、大丈夫みたいね」

「うぅ……ありがとうございます」

頬を抑えながらも、笑みを浮かべる文香。そこにスタジオ内に入るよう指示が入る。

「さ、行きましょう文香ちゃん、楓ちゃん」

「はい。さ、文香さん」

先輩二人に手を差し出され、文香は笑顔で二人の手を取る。

「はいっ!」

文香にとって大きな一歩となる《TITANIA》の活動は、とても素敵な笑顔で幕を開けるのだった。

 




次はアニメの話かも。
番外編として、エレーナがいつもより10倍はっちゃけるのを書こうかと。
具体的に言えばあーにゃんのところ。えれにゃん爆誕かも。


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番外編:女帝がやりやがった話

あの場面にエレーナがいたらこうなった。



あーにゃん&えれにゃん

 

「アーニャちゃんがいると聞いて」

そんな訳の分からないことを言っているエレーナを、華耶が冷たい眼差しで見つめていた。

「何をいきなり訳の分からないことを……」

「私の姉センサーがティンときたのよ。それに、今はフリーなんだからいいじゃない」

そう言いつつ来たのはレッスンルーム。今はシンデレラプロジェクトのメンバーが使っているのだが、中からはガヤガヤと賑やかな声が聞こえていた。

「突撃よー!」

笑顔で部屋の中に突入すると、中には猫の楽園が広がっていた。

「アガルタはここにあったのね……」

鼻を押さえてその場に崩れ落ちる。そんなエレーナを見てどうすれば良いのか分からないのは、みくたちである。

「え、えーっと……」

「お姉ちゃん? 大丈夫?」

急に倒れ込んだエレーナを心配して、アナスタシアが近寄ってくる。しかし、それがエレーナに対して更なる追い打ちとなる。

「あぁ……可愛いわ、アーニャちゃん、いえ、あーにゃん」

心配そうにエレーナの隣にかがむアナスタシアの頭には真っ白なネコミミ。銀髪のアナスタシアにネコミミを装備させると、それは最終兵器あーにゃんとなってしまっていた。

「え、エレーナさん? 大丈夫ですか?」

そこで、同じくネコミミを付けた美波が近付いてきた。

「あぁ……私、二人連れて帰っていいかしら?」

「ダメです」

きっぱりと却下する華耶。ようやく立ち上がると、改めて室内を見る。見ればアナスタシアと美波以外にも、みくと莉嘉とみりあもネコミミを付けていた。

「それで、これは何事?」

ようやく正気に戻ったエレーナが、今の状況について尋ねる。戸惑いつつもみくが答えると、エレーナはみくにある提案をする。

「みくちゃん、お願いがあるんだけど?」

「な、何にゃ?」

「まだそのネコミミ、予備とかないかしら?」

そして三分後。

「にゃん♪」

ネコミミを付けたエレーナが爆誕していた。

「どうかにゃ? あーにゃんとお揃いにゃ」

「にゃ」

アナスタシアと一緒に手を猫のように曲げてポーズをとる。しかし、このトップアイドル、ノリノリである。

「か、かわいい……っ」

まず美波がやられた。鼻と口元を押さえて、顔を赤くしながら背ける。

「み、みくのアイデンティティが……」

二人のはまりっぷりに、自分の存在意義に疑問を持つみく。

そんな罪作りなネコ二匹は、同じくネコミミを付けた莉嘉とみりあと戯れていた。

「にゃーん」

「にゃにゃーん」

「にゃぁ」

「にゃにゃ~♡」

上から莉嘉、みりあ、アナスタシア、エレーナである。ニャンニャン言いながらちびっ子二人を侍らしながら顔をでれでれにするエレーナに、卯月達はどうすれば良いか困っていた。

そこに、エレーナに何かを頼まれていた華耶が大きめな鞄を持って戻ってきた。

「あ、華耶さんあった?」

「はい。特に使う予定もないので人数分お借りしてきました」

華耶が鞄を置くとカシャリと音がした。何かと近寄ってきた卯月がその中身について尋ねる。

「エレーナさん、これは?」

「ん? これはね?」

ニヤニヤしながら鞄の中身を取り出すエレーナ。その中には、種類様々な耳カチューシャが。

「こ、これは?」

少し汗をかいた卯月が皆の疑問を代表してエレーナに尋ねる。そんな卯月にフワフワのカチューシャを見せながらにこりと微笑む。

「卯月ちゃんはうづパカね」

数分後、レッスンルームにやってきた武内Pが絶句したのは言うまでもない。

 




多分、この後アーニャと美波をお持ち帰りした。

各キャラ概要

卯月 →うづパカ
 凛 →りんにゃん
未央 →みおわん
智絵里→ちえぴょん(大天使)
かな子→かなくまー(どひょ……ウワナニヲスル!)
りーな→りなりす(にわかわいい)

武内Pどういう反応するのか。
私にとっては理想郷です。
あーにゃん・えれにゃん・みなみにゃん。最強のトライアングルである。


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後輩

エレーナが後輩をやたら可愛がる理由を少し。
あと、サマーシーズンのSレア楓さん二枚ゲットしました。
5STEP一周で二枚ゲット出来たのは奇跡だとおもう。
なので、次回は楓さん回になると思います。


テレビでの初出演を終え、エレーナ達《TITANIA》は大きな好評を得た。エレーナや楓の人気はもちろんであったが、文香の評価も非常に高かった。

そんなエレーナは連日レッスンにラジオにインタビューにと忙しかったが、その合間にシンデレラプロジェクトルームを訪れていた。言わずもがな、未央のことである。

アナスタシアには手は出せないといっていたものの、心配であったのである。

「失礼します」

部屋の中に入ると、雨のせいもあってか、室内はいつもより暗かった。中には仕事なのか凛以外はいなかった。

「あら、凛ちゃんこんにちは」

「え? あ、エレーナさん……」

凛はエレーナに気が付いたが、それでも元気なく頭を下げるだけだった。エレーナは凛の隣に座る。

「今日は二人ともお休みかしら?」

「あ、はい。だから手持ちぶさたで」

「そっか……。…………」

「エレーナさん?」

急に黙り込んでしまったエレーナに、凛は首を傾げる。

「ちょっと待っててね」

エレーナは急に立ち上がって奥の部屋に入ってしまった。だが二三分で出てくる。

「さ、行きましょ」

「行きましょう、って……どこに? それに、勝手に」

「大丈夫。武内Pには了解取ったから。それに、そんな暗い顔してたら、出来ることも出来なくなっちゃうわ」

エレーナはどんどん凛のことを引っ張って、あるレッスンルームに入った。

「エレーナさん……と、渋谷さんでしたか? こんにちは」

「こ、こんにちは」

中で休憩していた楓と文香が、エレーナに連れられた凛を見て驚いていた。

「どうしたのです? また誘拐でもしてきたんですか?」

「せっかくだからね。凛ちゃん、明日は予定あるかしら?」

「は、はい。明日はお休みです。学校もないですから」

「じゃあ今日は家にお泊まりしていきなさいな。楓ちゃんと文香ちゃんもね」

突然のお誘いに、ポカンとする凛(と文香)。

「いいですね。帰りに色々買って行きましょうか」

楓はいつものことなのでノリノリだが、凜と文香はそうではなかった。

「そ、その、いきなりすぎて、どうすればいいか」

「文香ちゃんくらいのサイズの服ならあるから大丈夫よ。凛ちゃんのもあると思うから、安心してね」

「え、えと、その」

あたふたとしつつも、家に連絡をする凛。初めは両親も渋っていたようだが、その相手がエレーナと聞いた瞬間、即座にOKした。

「……大丈夫みたいです」

「よかった。今日は車で来たから、駐車場に行きましょうか」

帰ることを連絡すると、エレーナ達は駐車場に向かう。エレーナの車を初めて見た文香と凛は、車のエピソードを聞いて硬直していた。

そんな二人を余所に、エレーナのマンションに着く。

「お、お邪魔します」

「し、します」

「はい、いらっしゃい。今お茶を淹れるから、待っててね。楓ちゃん、二人とお話ししてて」

「えぇ。さ、こっちです」

エレーナはハーブティーを淹れると、三人の元に持っていく。楓達は、以外にも楽しそうに話していた。

「あら、私だけ仲間はずれ?」

「ふふっ、エレーナさんの恥ずかし話を話していましたから。ありがとうございます」

エレーナは三人にお茶を配ると、自分も楓の隣に座る。

「それで、どんなお話をしていたの?」

「エレーナさんのライブの時に、違う衣装が届いてしまったときの話です。あのとき、違う衣装を着て歌いきったんですよね」

楓の話を聞いて、エレーナは苦い顔をする。

「あー、あれね。華耶さんが海外に行ってたときだったわね。まぁ、いつもと違う感覚で楽しかったけど」

「帰ってきた華耶さんがもの凄く怒っていましたね」

のほほんと話すエレーナと楓だったが、まだまだ新人に近い文香や新人そのものである凛にとっては笑えることではない。

「確かその時撮った写真があったわね。ちょっと待ってて」

そう言うとエレーナは自室に行ってしまった。とはいえ、すぐに帰ってくると、持ってきたアルバムを広げた。

「えーっと、あぁこれよ。ほら、可愛い衣装でしょう?」

アルバムに収められた写真には、フリフリのゴスロリ衣装を着たエレーナと楓がポーズを取っていた。

「本当はスポーティーな衣装のはずだったんだけど、まさか真逆のタイプの衣装が来ちゃったのよ。流石にそのままの振り付けじゃ大変だったし、急遽曲とダンスを変更したの。音源はあったし、楓ちゃんとはいつもダンスを一緒に踊ってるから、合わせるのは簡単だったわ」

「スタッフの皆さんは顔を真っ青にしていましたけど。特に音響さんと照明さん」

何でもないようにクスクス笑うエレーナと楓。しかし、凜と文香は先輩達のトンでもエピソードに絶句していた。

「そ、その、お二人は本当に凄いんですね」

「あら、文香ちゃんだって、これからは私達の一員よ? 頑張らなくっちゃ」

「あぅぅぅぅ……」

蹲ってしまった文香の頭をよしよしと撫でるエレーナ。その間凛は苦笑しつつもアルバムをめくっていると、一枚の写真が目に入る。

その写真には、満面の笑みを浮かべるエレーナと、そのエレーナに後ろから抱きしめられ、困りつつも嬉しそうに微笑んでいる女の子が写っていた。

エレーナの後輩と思われる女の子との写真は他にもたくさんあったが、この写真のエレーナの笑顔は他のものよりも一段と華やかに見えた。しかし、凛はこの少女に見覚えがなかった。それは文香も同じようである。

「エレーナさん、この人は?」

文香が写真の女の子について訪ねると、楓があっと声を上げる。エレーナも少し困った顔をしていた。

「この子はね、私の初めての後輩ちゃんなの。とっても頑張り屋さんで、すっごく可愛らしい子だったわ」

エレーナは寂しそうな顔をしながら、その写真を眺めていた。

「その、この人は?」

「この子は宮城やえちゃん。今は……実家のケーキ屋さんにいるはずよ」

エレーナの言葉に、部屋の空気は固まった。

「えと、そ、その……」

この雰囲気を作り出してしまった文香は涙目になってしまい、凛も気まずそうな顔をしていた。

「ごめんなさいね。そうね、折角だから、お話ししましょうか。あながち凛ちゃんも全くの無関係というわけでもないしね」

「え?」

「やえちゃんはね、私がまだモデルを始めたばかりの頃に華耶さんがスカウトしてきた子なの。だから、本当に私の初めての後輩ちゃんね」

アルバムをめくっていくと、やえの写真がたくさん収められていた。

「これはやえちゃんが初めて取材を受けたときの写真。こっそりついて行ったから華耶さんに怒られちゃったわ」

クスクスと笑うとエレーナは話を続ける。

「一年間くらいしたころかしら。アイドル部門はなかったけど、私も華耶さんも欧州ライブで忙しかったから、殆ど日本にいなかったの。だから、やえちゃんとは離れ離れだったんだけど……」

「そういえば、やえさんがいなくなってしまったのもその頃でしたね」

「いなく、なった?」

楓の言葉を聞いた凛が、ぽつりと呟く。

「えぇ。最終日が終わった後、華耶さんに聞かされたわ。急いで日本に戻ったけど、あの子がどこにいるかは分からないままよ。華耶さんも知らないみたいだし。実家の方にも行ったのだけれど、お店もお休み状態で連絡もつかなかったの」

それっきりやえには会っていないというエレーナ。

最後のページに一枚だけ収められている写真には、エレーナとやえ、そして華耶の三人が写っていた。

「これは私がロシアに行く前に撮った写真。やえちゃんがどうしても三人で撮りたいっていうから、喜んで撮ってもらったんだけど、まさか最後の写真になるとは思わなかったわ」

寂しげな表情で写真に触れるエレーナ。エレーナはアルバムを閉じると、凛の目を真っ直ぐ見る。

「凛ちゃん、未央ちゃんのこと、聞いているわ」

「っ!? 分かっていますけど……私達には何も出来なくて……」

「未央ちゃんのことは、武内Pが頑張っていると思うわ。だから、凛ちゃん達は、待っていてあげて?」

「でも……そんなことしか出来ないなんて」

待っているだけしか出来ないことに不安を覚えていた凛。そのため、悔しそうな顔をした。

エレーナはそんな凛の手を握り、微笑みを向ける。

「そんなこと、ではないわ。それを出来るのは、凛ちゃん達しかいないわ。帰ってこられる場所を、また笑顔でいられる場所を守ることは、とっても大切なことなのだから。だから、私もずっとやえちゃんの居場所を護り続けているんだから」

エレーナの言葉に、凛は無意識に涙を浮かべる。そんな凛のことをエレーナはいつもよりも優しく抱きしめた。

数分後、エレーナは凛を話して立ち上がる。

「さっ、しんみりしちゃったから、今からは楽しみましょう!」

ちょうどよいタイミングでチャイムが鳴る。玄関から戻ってきたエレーナは袋をいくつか持っていた。

「ちょうどよく頼んでいたケータリングも来たことだしね。ここの料理、とても美味しいのよ。楓ちゃん、フランスのお友達からシャトー・ラフィットもらったのよ。今日は飲み明かすわよ!」

「はいっ! あぁ、楽しみすぎて待っていられません!」

急にテンションが上がり始めたエレーナと楓に、文香と凛は戸惑う。

「ほら、二人にも美味しいジュースを用意してあるわ。お酒はまだ駄目だけど、香りだけでも楽しんでね」

その後は、それまでの喰らい雰囲気は消え去り、ワインの香りに中ってしまった文香と凛が眠ってしまい、そんな二人をエレーナと楓は優しい瞳で見つめていた。

「ふふふ、本当に可愛らしいですね」

「えぇ。色々大変だとは思うけど、頑張って欲しいわ。そこだけは私でも助けられないからね」

二人をベッドに運んでから、二人は新しいワインを開ける。

「こんなに高級ワインをあけても良かったんですか?」

「大丈夫よ。ワインは一緒に楽しみながら飲むことが一番なんだから。それに、初仕事を終えて初めてのお食事なんだから、豪華にいきましょう」

その後、エレーナと楓は朝まで飲み明かし、迎えに来た華耶にしっかりと説教されるのであった。

 



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にゃにゃん

間違えて鳳凰の舞姫のほうに投稿してしまった。
女神爆☆誕


ある日の午後、その日の仕事を終えたエレーナは事務所に戻り、楓とお茶を飲んでいた。その際、華耶から未央が戻ってきたことを聞く。

「そう。それは良かったわ。三人とも、これからが頑張りどころね」

「はい。シンデレラプロジェクトも本格始動しますから、これからが楽しみですね」

華耶も卯月達のことは楽しみに思っているらしく、珍しく笑みを浮かべていた。

「とはいえ、まずは《TITANIA》についてですね。明後日のライブ、《TITANIA》の初ライブとなりますので、気合いを入れて下さいね」

華耶の言葉に、エレーナはアラと声を上げる。

「誰に言っているのかしら? ねぇ、楓ちゃん?」

「ふふふ、頑張るなんて当然のことですよ華耶さん」

二人の様子に、華耶はそれもそうかと苦笑した。

「では今日はこれで仕事は終わり、明日も午前中だけで終わりますから、体調の管理は気を付けて下さい」

「分かったわ。じゃあ、楓ちゃん。今日明日は家に泊っていきなさいな。一人暮らしじゃ色々大変だと思うしね」

「では……お邪魔しますね」

「あと、文香ちゃんもお誘いしたいけど……。華耶さん、文香ちゃんって、今来てるのかしら?」

文香は二人とは別の場所でインタビューを受けていた。時間的にはそろそろ終わっていてもおかしくないが、まだここには来ていなかった。

「文香さんはそろそろ来る頃だと思います。あぁ、今日は私もお邪魔いたします。実家から沢山夏野菜を送られてきたんです。お裾分けしますよ」

「あら、それなら文香ちゃんは絶対に呼ばなくちゃね。華耶さんはもう上がれるの?」

「流石にそれは難しいですが、もう準備は出来ていますから、定時には上がれます。向こうも準備は出来ていますし、問題はありません」

「じゃあ、今日はみんなで一緒に帰りましょう。ふふっ、華耶さんとも一緒に帰るだなんて、デビューの頃以来じゃないかしら」

エレーナのデビュー当初は、華耶に面倒を見てもらっていた。とはいえ、その頃から料理などは得意だったため、メンタル面でのフォローが主だったが。

「ふふっ、じゃあ久しぶりに部屋が片付いているかチェックしましょうか。良ければアナスタシアさんも呼んであげて下さい」

「もちろんよ。確か、アーニァちゃん達も今日来てるはずだし……そうだ、美波ちゃんも呼びましょう。彼女もライブで踊ってくれる仲間の一員だし」

着々とお泊まり会の計画が進められていく。遅れてやってきた文香は即座に捕獲され、美波にはアナスタシア経由で伝えられた。

アナスタシアと美波が六時に仕事が終わるということで、それまでは華耶も仕事をしているということになり、エレーナ達三人は一階のカフェでお茶を飲んでいた。

「菜々ちゃん、紅茶のお替わりちょうだい」

「はーい!」

カフェでアルバイトをしている菜々にお替わりを頼む。すぐに持ってきた菜々を引き留め会話に加わらせた。

「それにしても、菜々ちゃんは相変わらず可愛いわね。また一緒にマスターの所に行きましょうね」

「ははは……その時は私はウーロン茶をいただきますね。マスターの料理はおいしいですしね!」

菜々は額に汗をにじませていたが、エレーナと楓はしっかりと知っているのでにやにやするだけであった。菜々のことを知らない文香は首をかしげるだけであったが。

「そういえば、菜々ちゃん。この間のラジオ聞いたわよ。とても面白かったわ」

「あー、あれですか……。いえ、確かにとても楽しかったんですけど、まぁ、色々大変でしたよ……」

その放送を聞いていたエレーナはクスクスと笑う。

と、客も少ないこともあり、カフェの店主は気を利かせて菜々を休憩に入れてくれた。

「そういえば、皆さんは今日はどうされたんですか?」

「このあと、華耶さんたちと一緒にお泊まり会するのよ。華耶さんとアーニァちゃん達がまだ仕事があるから、ここで時間潰し。三人で来るのは初めてだけどね」

「そういえば、文香ちゃんと来るのは初めてでしたね。私たちはよく来ますけど」

「わ、私はすぐに帰っちゃいますから、何度かしか来たことがありません」

文香は本を読むときは寮か図書館で読んでいた。

「それならオリジナルパフェをご馳走したいところだけど、この後、私のご飯を食べてもらうから、それはまた今度ね」

菜々を交えて話しているうちに、約束の時間となる。やはり華耶がいるせいか、時間ぴったりに華耶とアナスタシアと美波がやってきた。

「お仕事お疲れ様。無理矢理呼んじゃってごめんなさいね美波ちゃん」

「いえ。また呼んでいただけてとても嬉しいです」

美波にとってエレーナは大先輩だが、アナスタシア経由で比較的触れ合う機会が多いため、このようなプライベートの場では落ち着いて話すことができるようになっていた。

「お姉ちゃん、私も一緒に行っていいですか?」

「もちろんよ。アーニァちゃんも最近は忙しかったでしょ? 武内Pにもしっかり連絡してるから、今日は楽しんでいって」

「お姉ちゃんと一緒なら何だって楽しいです!」

「……この子、なんてかわいいのかしら。これは、かねてから準備していた“アレ”をやるしかないわね……」

「エレーナさん?」

なにやら小声でつぶやき始めたエレーナに、文香が首をかしげたがエレーナは笑顔でスルーした。

「じゃあいきましょうか。今日は車を持ってきてないからタクシー行きましょ」

あらかじめ呼んでおいたタクシーで、エレーナのマンション近くの商店街に停まる。エレーナや楓はもちろん、文香たちアイドルの卵達も合わせて六人もいれば目立つ。しかし、この商店街はエレーナ行きつけの商店街であり、声はかけられつつも、囲まれるということはなかった。

「しかし、この商店街には久しぶりに来ましたが、やはりとても心地いいですね」

「えぇ。いつも賑やかで、おじさんやおばさんがとても優しくて。ここに通うようになってから寂しくなることはなかったわ」

エレーナにとってこの商店街は、もう一つの家族のような存在であった。そして商店街の皆にとってもエレーナは自慢の娘であった。

「あらエレーナちゃん、今日は一段と華やかね。パーティでもするのかい?」

肉屋のおばさんが、エレーナに声をかける。

「えぇ。明後日のライブの前々夜祭をするの。おばさん、とっておきのお肉ないかしら?」

「もちろんあるに決まっているだろう? 待ってな! 最高級のを見繕うよ」

おばさんは奥に入ると、お肉を抱えてすぐに戻ってきた。

「ほら、特別に仕入れたA5のお肉だよ! 原価でいいよ!」

「そんな……流石にそれは……」

「あーもう水臭いよ! じゃあこれはお祝いだよ! みんなでライブをするんだろう? だったら、美味しいものたくさん食べて、しっかりと英気を養わなくちゃ」

お肉を押し付けられ、困ったようにするエレーナ。そこに、周りの店の店主たちがそれぞれ商品を持ってエレーナたちを囲み始めた。

「あ、楓ちゃん! とっておきの日本酒だぜ、ほら持ってきな」

「あなた、エレーナちゃんたちのユニットの子だろう? この間テレビ見たわよ。ほら、お菓子だけど持っていきなさい!」

「アーニァちゃん達も、これから頑張れよ! この間のライブ、見に行ったぜ!」

店主たちの輪を抜け出したころには、全員が両手にパンパンの袋を持ち、さらに大きな袋を抱えるまでになっていた。

「うふふ、流石人気者ですね。こんなにたくさんいただいてしまって」

「ありがたいことだけどね。また今度お礼をしなくっちゃ。それにしてもあらかじめ華耶さんの野菜を取りにいっておいてよかったわね」

話しつつ、エレーナのマンションに入る。文香は若干ふらついていたが、エレーナが出してくれたアイスティーで一息つく。

「さ、みんなは休んでてね。華耶さん、料理、手伝ってくれるかしら?」

「えぇ。エレーナと一緒に料理をするのも久しぶりね。皆さんは、ゆっくりしていてくださいね」

華耶にとって、エレーナの部屋は勝手知ったる何とやら。二人は手際よく材料を確認して、てきぱきと様々な料理を作っていった。

「エレーナさんと華耶さん、料理凄いお上手なんですね」

「お姉ちゃんと華耶お姉さんは、昔から一緒でしたから。私も何度もご飯を食べさせてもらいました」

アナスタシアが少し自慢げに胸を張りながらいう。そんなアナスタシアのかわいらしい仕草に、文香と美波はクスクスと笑ってしまった。

「むぅ、美波、文香。笑うなんてヒドいです」

「ふふふ、ごめんねアーニァちゃん。でも、アーニァちゃんがそんなにいうほどなら、ますます楽しみになってきたわ」

アナスタシア達の話を聞いていたエレーナと華耶は、その様子を微笑ましそうに見つめていた。

「期待されていますね」

「ふふふ、なら、期待以上のものを作らないと。せっかくたくさん素敵な激励をもらったのだしね」

そうしてエレーナと華耶は、様々なご馳走を作り、皆の下をとろけさせたのであった。

そして、食事も終わり、食後のコーヒーで一息ついていると、ふとアナスタシアが、エレーナがいつの間にかいなくなっていることに気がつく。

「あれ? お姉ちゃん、どこですか?」

「そういえば、いつの間にかいなくなっていましたね。お手洗いでしょうか?」

普通に考えれば華耶のいうとおりなのであろうが、そこはエレーナ。そんなことではなく、例の“アレ”のための準備をしていたのである。

なにやら大きな袋を持って戻ってくるエレーナ。

「エレーナさん、それは何ですか?」

「ふふふ、気になる美波ちゃん?」

「え、えっと……」

わざとらしい笑みに、聞いておきながら思わずたじろぐ美波。そんな美波をよそに、エレーナは素早く美波の後ろに回ると、袋から取り出した“ソレ”を美波の頭に装着させた。

「きゃっ……って、これは!」

「美波にゃん、爆☆誕!」

そう。美波の頭につけたのはネコ耳であった。エレーナは人数分のネコ耳を持ってきたのである。

「さ、楓ちゃんも文香ちゃんも。もちろん、アーニァちゃんもね」

それぞれネコ耳を手渡される。

「あらあら、うふふ。ふかふかですにゃ?」

お酒も入り、上機嫌の楓は楽しそうに手を曲げてご満悦。

「にゃ、どうかにゃ? お姉ちゃん、似合ってるかにゃ?」

一度あーにゃんをやっていたアナスタシアは、特に恥ずかしがることなく猫のまねをしていた。

「にゃ、にゃぁ……」

文香も恥ずかしそうにしつつも、周りに合わせて猫のまねをする。しかし、その声はほとんど聞こえなかった。

「私も付けてっと、さて、最後は……」

ロシアンブルーのネコ耳をつけたエレーナは、にやりと笑いながら、こっそりと部屋から離れようとしていた華耶に標的を合わせる。

「かえにゃん、ふみにゃん! 今こそ《TITANIA》のチームワークを見せる時にゃ!」

「にゃぁ♡」

「にゃぁぁぁぁ……」

楓と文香に腕をつかまれ、身動きできなくなる華耶。

「や、やめなさいエレーナ! あなた、酔いすぎよ!」

「いいえ、まだまだ素面よ。言うなれば、皆の可愛さに酔っているのよ」

「わけがわからないわよ!」

しかし、身動きがとれなければ、いくら華耶でもどうしようもない。その結果。

「くぅ……屈辱だわ……」

見事、ネコ耳に加え、尻尾までつけられたかやにゃんが誕生していた。ちなみに尻尾の先にはおもりがつけられており、華耶の意思とは関係なくユラユラと揺れていた。

悔しそうにしている華耶とは裏腹に、文香達は華耶の姿に目を輝かせていた。

「華耶さん、凄く可愛らしいです……」

「凄く、ネコが似合っています」

特に文香と美波に好評であった。

「……嬉しくありません」

このとき無理矢理撮った六人の集合写真(ネコVer)は、346プロ内で、伝説となるのだが、それはもう少し後のお話。

 



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TITANIA

ちょっと短め


この日、346プロは大きなイベントを控えていた。346プロが世界に誇るトップアイドルであるエレーナ率いる《TITANIA》の初ライブである。

リハーサルを午前中に終え、控え室に戻った三人。本番には時間があるため、エレーナや楓はリラックスしていたが、文香は今から緊張していた。

「もう、文香ちゃんったら、今から緊張してたら本番前に倒れちゃうわよ?」

「で、でも、緊張しちゃって」

文香にとっては、エレーナと楓という346プロを代表するトップアイドルとユニットを組んでいるという意味をここに来て実感していた。チラリと見たステージ前には、まだまだ会場時間まで時間があるにも拘わらず、何人か待っている人々がいたのである。

それをエレーナ達に聞いてみると。

「それは私や楓ちゃんのファンクラブの人達だと思うわよ。特にロシア人の方は私のファンの方だと思うわ。公式ブログは三カ国語で書いてるから」

「三カ国語?」

「えぇ。日本語と英語とロシア語ね。熱心な方は、ロシアから来てくれるわ。SNSの方で今日も来るって言っていたのだけど、来ていてくれているのかしら」

「私のファンの方はよく美味しいお酒のことを教えてくれますね。それを飲んでみて、それの感想を書いています」

「す、凄いんですね」

「何言っているの? 文香ちゃんのファンだって増えてきているのよ? 前のテレビ出演以来、私や楓ちゃんのブログの返信に文香ちゃんに聞いてくる人、増えたんだから」

「えぇ。私の所にも何件か来ています。文香ちゃんの二十歳の誕生日のために、色々なお酒を紹介してくれていますよ」

エレーナ達の言うとおり、文香に対する注目は日に日に増していっていた。文香自身はまだブログやファンクラブはないため、同じユニットであるエレーナと楓が書く話を心待ちにしているのだった。

「そろそろ文香ちゃんもそういうことやるようにしなくっちゃね」

「文香さんなら、本に関するお話でしょうか。今度私にもお勧めの本を紹介して下さいね」

助けてくれない先輩二人。文香はあうあうしていたが、そんな姿を二人は楽しそうに眺めていた。

そんなところに、楽屋にある人物が訪ねてくる。

「エレーナ、久しぶりだネ」

「イヴァン! 来てくれたの!?」

エレーナは勢いよくその男性に飛びつく。エレーナの珍しい行動に、特に文香は目を大きく開けていた。

そんな視線に気が付いたエレーナは、その男性を紹介する。

「あ、ごめんなさい。紹介させてもらうわ。彼はイヴァン・ヴィッテさん。私のロシア公演を成功に導いてくれた立役者よ。イヴァン、彼女たちは高垣楓ちゃんと鷺沢文香ちゃん。私の可愛い後輩で、パートナーよ」

「初めましてお嬢様方。君たちに会えて光栄だヨ」

「初めまして。エレーナさんからお話は聞いていましたが、お会い出来てとても嬉しいですわ。どうか、今日はよろしくお願いいたします」

「あ、あの、その、よろしくお願いします!」

楓は堂々と挨拶していたが、文香はしどろもどろになってしまった。しかし、ここはエレーナの友人である。態度を悪くすることなく、文香の初々しい様を微笑まし下に見ていた。

「そうダ、今日の夜はどんナ予定なんダイ?」

「今日の夜は中華料理屋さんで打ち上げの予定よ。そうだ、イヴァンも来ない? 朱仁禛の名前は聞いたことあるでしょう?」

「モチロンだ! 今まさにそれヲお願いしようと思っていたからネ。それに、朱仁禛、エレーナに自慢されてカラ、一度食べて見たかったんダ!」

大袈裟な仕草で喜びを表すイヴァンに、エレーナと華耶はクスクス笑った。

「イヴァン、嬉しいのは分かりましたから、少しは落ち着いて下さい。お二人gあ驚いてしまいます」

「おぉ、すまないネ、カヤ。しかし、彼女たちのようナ美女達と食事が出来るノナラ喜ばない訳にはいかないヨ」

「全く……あなたはロシア人で、イタリア人ではないでしょう? エレーナ。お店には私の方から連絡しておくわ。それと、イヴァン。嬉しいのは分かったから、あまり女性の部屋にいるものではないわよ。これから、もっと素敵な女の子達が来る予定なんだから」

「オォッ! それはそれで待っていったいケド、確かに失礼だネ。それじゃあエレーナ、カエデ、フミカ。今日のステージ、楽しみニしているヨ」

最後に投げキッスをして、イヴァンは楽屋を出て行った。

「ふふっ、相変わらず元気な人ね」

「全く……もう子どもではないのですから、少しは落ち着いてもらいらいたいものです」

そう言いつつも、華耶は笑みを浮かべていた。文香はそのことに、先程のイヴァンのことよりも驚いていた。

「その、エレーナさん。華耶さんとイヴァンさんって……」

「あ、文香ちゃんも気付いた? イヴァンさんは華耶さんの想い人よ。残念ながら、気が付いてもらえないみたいだけどね」

「そ、そんなのではありません! 彼は手のかかるパートナーであって、そういう関係ではっ!!」

これまた珍しく慌てふためく華耶。それをからかうエレーナとそれに乗っかる楓。そんな三人のやりとりを見ているうちに、文香の体の強張りは、いつの間にか消えてしまっていたのであった。

 

イヴァンの後にも、楽屋には多くの来客があった。

美嘉たち後輩のアイドルは勿論、事務所のアイドル部門の部長、それに事務所の役員達もエレーナの元を訪ねてきていた。

訪問ラッシュが一段落して、エレーナはお茶を淹れる。

「ふふふ、お疲れ様。とはいっても、本番はこれからだけど」

「あ、ありがとうございます。あ、良い香り……」

「イヴァンが置いていってくれた紅茶よ。流石はイヴァンね。日本では手に入れにくい茶葉よ」

その味と香りを楽しんでいるが、本番はもう近い。いくら緊張がほぐれたと言っても、本番が近付いてきて文香も再び緊張してきた。

しかし、今度はエレーナも楓も必要以上にフォローしようとはしなかった。

「皆さん、そろそろ袖の方に来て下さい」

そうこうしているうちに、時間がやってくる。三人は上着を脱ぐと、衣装の状態をチェックしながら舞台袖に向かった。

「文香ちゃん、いよいよ初ステージだけど、意気込みは?」

掌にのの字を書いている文香の肩を握りながら、文香に尋ねる。

「ど、ドキドキしてきました」

「ふふふっ、そのドキドキは大切にして下さい。そのドキドキをワクワクに変えてみて」

「ワクワクに、ですか?」

首を傾げる文香に、エレーナは文香の前に回り込む。

「そうよ。適度な緊張は必要なこと。私も楓ちゃんもドキドキしているしね。でもそれだけではだめよ。その緊張を楽しむの。そのドキドキはね、一歩踏み出すための素敵な鐘の音。その鐘は、文香ちゃんの素敵なステージのためのプレリュード。だから、緊張を恐れないで。緊張を高揚感に変えて、ドキドキをワクワクに変えて、全てを楽しんじゃいなさいな」

「素敵な、プレリュード……」

「そうですね。私もいつもドキドキしていますが、ワクワクもしています。文香さんも、もっとふみふみしましょう」

「で、ですから、ふみふみって何なんですかぁ……」

そんな様子に、後ろに控えていた華耶がこっそりとため息をつく。

「うふふ、それじゃあ行きましょうか。私達の第一歩」

「素敵なガラスの靴音ですね。さ、エレーナさん、文香さんのエスコートを」

楓に促されてエレーナは文香に手を差し出す。その姿は、ドレスを着ているがまるで王子様のようであった。

そんなエレーナの姿に、文香は先程までとは違うドキドキを感じてしまう。

「文香ちゃん?」

「え、あ、えと。よ、よろしくお願いします!」

文香は笑顔でエレーナの手を取り、最初のステージに向けて、その一歩を踏み出した。

 




これ書きながらMAGIC HOUR聞いていたので、もしかしたら次回はまじあわ回かも。
司会はもちろんあの人。飲み物? わかるでしょ?


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飲み回

今のガチャで特等が当たりました。
姉ヶ崎Sレア二枚。
前の楓さん二枚といい今回の姉ヶ崎二枚といい、この小説を書くようになってから、良いのが当たるようになった。
あとはふみふみ。
ちなみに、この四枚を当てるのに、一万円かかっていないというのが奇跡。


ライブから一夜明け、興奮冷めやらぬ346プロ。そんな346プロの中にあるスタジオに、エレーナ達《TITANIA》は来ていた。

「文香ちゃん、昨日はよく眠れた?」

「それが、興奮してしまったのか、あまり眠れませんでした」

そう言いながらふぁ、と恥ずかしそうにあくびをする文香。案の定、そんな文香の仕草にメロメロなエレーナ。

「というか、どうしてエレーナさんも楓さんも、昨日あんなにお酒を飲んでいたのにいつもより元気なんですか?」

文香の言うとおり、エレーナと楓はいつも以上に肌がつやつやしていた。

「ほら、私はロシア人の血が入っているから」

「私はオッドアイですから」

理由になっていない理由で、誤魔化す先輩二人。文香はそれ以上訪ねることは出来なかった。

「こんばんは、エレーナさん、楓ちゃん、文香ちゃん」

そこにやってきたのは川島瑞樹。今日のラジオ《MAGIC HOUR》のパーソナリティである。

「お久しぶりです、瑞樹さん。今日はよろしくお願いします」

「えぇ。それにしても、昨日は大盛況だったみたいね。聞いたわよ? ロシアから華耶さんの想い人が来たんでしょう?」

「ふふふ、そうですよ。華耶さんったら、今回もアタックしきれなかったのよ? それでね……」

「エレーナ?」

その声はヒドく恐ろしいものだった。ギシギシと聞こえるようにぎこちなく振り向くと、菩薩様のような笑みでエレーナのことを見つめていた。

「それ以上いったら……、分かってるな?」

「D、Da……」

思わずアナスタシアのような返事をしてしまうエレーナ。それに満足したのか、華耶は怒れる菩薩オーラを消した。しかし、文香だけでなく、楓と瑞樹も華耶から離れていた。

「あら、どうかしましたか皆さん?」

「い、いえ、何でも……。そ、それじゃあブースに入りましょうか!」

「は、はい!」

「触らぬ神になんとやら」

華耶の視線から逃れるために、三人はブースに入っていった。

「じゃ、じゃあ私も……」

「あ、エレーナ。言っておくけど、やり過ぎないように」

いつもの華耶に戻った華耶は、エレーナに釘を刺す。そんな華耶にエレーナは、何も言わずに親指をグッと立てて応えた。

「皆さんこんばんは。真夜中のお茶会にウェルカーム。このラジオは346プロダクションからゲストをお呼びして、お話を楽しむ番組です。今日と明日の間の《MAGIC HOUR》、私と一緒に楽しみましょう?」

イントロの後に《まじめ》のコーナーも早々に終わる。

「さぁ、今日のゲストはスペシャルシークレットゲストよ。昨日初ライブを大成功で終えた《TITANIA》の三人よ」

「皆さん、まじあわわー。《TITANIA》のリーダーを務めています、エレーナ・パタノヴァです」

「皆さん、まじあわ~。ゲストとして来るのは初めてですね。高垣楓です。そして、次は私達の可愛い後輩さん」

「ま、まじあわ、です。鷺沢文香です。二回目ですが、よろしくお願いします」

「はい、と言うわけで、今夜は《TITANIA》から、エレーナ・パタノヴァさん、高垣楓ちゃん、鷺沢文香ちゃんの三人と一緒にお送りするわ。早速お話に移りたいところだけど、その前に恒例のティータイムのコーナーよ。三人とも別々のものを持ってきたみたいだけど……というか、エレーナさんと楓ちゃん、大荷物ね」

「えぇ。昨日、頂いたとっておきのを。文香ちゃんのも、私からのプレゼントよ。ね、文香ちゃん?」

「は、はい。私はブドウジュースです。とっても美味しいと紹介されました」

「これは……山梨の甲州葡萄の最高級ジュースね。となると、二人のも気になるわね」

「私は《ヴォール・ロマネ・プルミエ・クリュ・クロ・パラントゥー’05》よ(どん)」

「私は《喜久水 特別大吟醸 朱金泥能代 醸蒸多知》です(どどん)」

「「…………………………」」

堂々とお酒を持ち込んできた二人に、瑞樹はスタッフ達を見る。スタッフ達は苦笑いをしつつも首を縦に振った。

そうこうしているうちに、エレーナは大きなワイングラスを二つ。楓はお猪口と徳利を準備していた。それを和気藹々とお互いにお酒を入れていた。

「流石、日本で一、二ともいう日本酒ね。なんて芳醇な香り」

「それを言うなら、流石は幻のワインです。お花畑にいるようで、うっとりしてしまいます」

「瑞樹さんはどうします? パーソナリティだから、お酒は控えますか?」

「え、えぇ。流石に控えさせてもらうわ。本当なら、飲んでみたいお酒ばかりだけど」

二人が持ってきたお酒は共に最高級。346プロの酒飲みの一人である瑞樹でも飲んだことのないものであった。

「じゃ、じゃあ私は文香ちゃんのブドウジュースを貰うわね」

「は、はい。お注ぎしますね」

はっと文香は用意されていたグラスにジュースを注いだ。

「それじゃあ、《TITANIA》の初ライブ大成功を祝してかんぱーい」

「「「かんぱーい!」」」

チンとグラス(一名お猪口)を鳴らし、乾杯した。

「あぁ……まさしくお花畑だわ。何だか、またルジェさんに会いたくなるわ」

「ほぅ……」

「二人ともー……って、駄目ね。完全に幸せに浸っちゃってるわ。それじゃあ、文香ちゃんにくじを引いてもらいましょうか」

「は、はいっ」

トリップしている二人を放っておいて、瑞樹は文香にくじの箱を渡す。

「じゃかじゃかじゃかじゃか……」

「これですっ。えっと……きゅんきゅんする話?」

「それなら私が話すわ!」

急に戻ってきたエレーナ。文香は驚いていたが、日頃の付き合いで慣れている瑞樹はそのまま進行する。

「はいはい。それじゃ、エレーナさんが説明してね。それでは、スタート!」

「きゅんきゅんした話よね。まぁ、10秒で終わらせるなら、文香ちゃんが、『ふみっ!?』って言ったときなんだけど、それじゃあ怒られちゃうから、別の人の話をするわ」

そう言うと、エレーナはブースの外をチラリと見る。瑞樹はどうしたのかと気になったものの、エレーナが話し続けてしたので止めようとはしなかった。

「昨日の打ち上げにね、私のヨーロッパ公演をプロデュースしてくれた方が来てくれたの。それも、わざわざロシアからね」

「その方って、イヴァン・ヴィッテさんかしら?」

「えぇ。あ、一応説明しておくと、イヴァンは、ヨーロッパ公演の段取りの殆どを取り仕切ってくれた人よ。それで、打ち上げの最後の方で、私とイヴァン、どっちの方がお酒を飲めるのかって話になったの」

「……イヴァンさんって、ロシア人よね?」

「えぇ。それで、私だってロシア人を父に持つ女。負けてられないから、完膚なきまでに打ち破ったの」

自信満々に言うエレーナだが、このモデルのような体のどこにそんな力があるのか、瑞樹には理解出来なかった。

「それで、ここからが本題なんだけど、酔いつぶれたイヴァンを、華耶さん、あ、私の《ツァリー》さんね。華耶さんが介抱していたんだけど……」

もったいぶるように話を区切るエレーナ。ブースの外では華耶がスタッフに押さえられていた。

「その時イヴァンが華耶さんに膝枕をせがんで、それをしてあげてたの。口では困ったようなこと言っていたけど、華耶さん、すっごく優しい笑みを浮かべていたの。あの時の華耶さんの顔、とっても素敵だったわ。思わずキュンキュンしちゃったわ」

そう目を閉じるエレーナ。パッと見では思い出に浸っているように見えるが、実際はブースの外で菩薩から鬼に変わった華耶から視線を逸らしているだけであった。

「そ、それじゃあ判定はー?」

ピンポンピンポーn。

「あら? 途中で途切れたけど成功かしら。まぁ、後ろを見さえしなければ本当に素敵なお話だったものね」

「あの時の華耶さんは、本当に素敵な笑顔をしていました。思わず写真を撮ってしまいましたし。ほら」

楓が出したスマホには、イヴァンのことを嬉しそうに膝枕する華耶の姿。エレーナの言うとおり、その姿は確かに素敵なものであった。

「ふふふ、確かにキュンキュンしちゃうわね。……後ろは見たくないけど。ま、まぁ、見事に成功したので、この後の時間は自由に使っていいわよ。今日は拡大スペシャルだから、たっぷりお話ししてちょうだい」

「あ、エレーナさん、ワインつぎますね」

「楓ちゃんもお猪口が乾いちゃってるわ」

話をしろと言われているのに、酒に興味がいっているエレーナと楓。

「だから、話をしろって、言ってるでしょーが!!」

「んー、それじゃあ昨日のライブの話をしましょうか? それとも、文香ちゃんがふみふみしたときの話? これなら三時間くらい話せるわ」

「なんですか、ふみふみって……。ともかく、ライブについてね?」

「そうねー、今回のライブは《TITANIA》初ライブって形になったけど、文香ちゃんと一緒に初めて出たライブでもあるわね」

「そっか。エレーナさんと楓ちゃんは何度か一緒にライブに出ているものね」

以前見たライブ衣装の間違いがあったライブ以外にも、エレーナと楓は一緒にライブに出ている。そのため、半分ユニットだと言われていたのだが、本当にユニットを結成したときは、やっぱり、という意見と、文香を加えたことに対する称讃がネットの掲示板に溢れていた。

「じゃあ、今度は文香ちゃんに聞いてみましょうか。この二十五歳児コンビと一緒になって、何か感じたことはあるかしら?」

「え、えっと……エレーナさんも楓さんも、346プロダクションを象徴するアイドルです。そんなお二人と一緒にやっていけるのか、何度も悩みました。いえ、今でも悩んでいるのかも知れません」

今までの雰囲気とは一転して、真面目な話となる。これにはエレーナと楓も、静かに見守ることにした。

「それでも、エレーナさんが私にしかない素敵なものを見つけていこうって言ってくれたんです。だから、私はお二人と一緒に活動して、お二人に負けない素敵なものを見つけていきたいなと思ったんです」

「「「……………………」」」

文香が話し終えると、ブースの中は静かになる。そんな様子に文香はあわあわとしてしまう。

「ねぇ、瑞樹さん。私、今、すっごくキュンキュンしちゃったんだけど」

「私もよ。これが、ふみふみしたふみふみなのね。わかるわ」

「文香さん、ふみっ、って言って下さい(真顔)」

「ふ、ふみっ!? あっ」

年上三人は、文香の健気な姿に撃沈していた。

「あぅぅぅ……」

「ふふふ、二人の後輩さんは、とっても可愛いことがよく分かったわ。さ、そろそろお酒を置いて、お二人も話してね。はい、エレーナさん」

「私? んー、それじゃあユニット名について話しましょうか」

「ユニット名といえば《TITANIA》ね。由来は確か」

「はい。シェイクスピアの《夏の夜の夢》の妖精の女王です。エレーナさんと一緒に撮影をしているときにお話していたのを採用したんです。その時ちょうどドレスを着ながらお茶を飲んでいましたから、ついつい話し込んでいたら、雑誌のインタビュアーの方が取り上げてくれて」

「あとは、文香ちゃんと近代の翻訳文学についてよくお話していたから、丁度いいって華耶さんが決定したの」

「それに、エレーナさんは《ツァリーツァ》ですし、ピッタリですよね。実は私はロバの耳をつける予定なんですよ」

「何というか……三人とも凄く知的なのね。というか、楓ちゃんがロバなの?」

「はい。エレーナさんがタイターニア、私はロバになったボトムですね。文香さんは何でしょうか?」

「文香ちゃんは何か好きな登場人物はいる?」

「わ、私は小妖精のパックが好きです。ちょっと気の抜けたところが面白いので」

「それじゃあ文香ちゃんは可愛い妖精のコスプレね。今度のライブはその衣装でやるから、今ラジオを聞いているリスナーの皆さん、文香ちゃんがフリフリのフェアリー衣装に身を包んでいる姿を想像して待ってて下さいね」

「はいはい。何だか《TITANIA》の意外な一面を知ることが出来たところで、そろそろ時間になっちゃったわね」

色々な話をしているうちに、あっという間に時間は過ぎる。

「もうエンディング? 私、ブースから出るのが怖いから、このまま続けていたいのだけれど」

「私もこのままお酒を飲んでいたいのですが」

「全くもう……この二十五歳児コンビは……。もういいわ。文香ちゃん、最後の挨拶お願いね」

二十五歳児コンビ+二十八歳児に無茶振りされる十九歳。

「ふぇ!? え、えと……。エレーナさんと楓さんに置いていかれないよう、私も精一杯頑張りますので、《TITANIA》のことを応援して下さい。少しでも、皆さんに夢をお届け出来ることを願っています」

「はい、しっかりとした挨拶ありがとう。それじゃあ今夜のお茶会を彩ってくれたのは」

「これから楓さんと一緒に《ドメーヌ・ロマネ・コンティ’85》で乾杯の予定です。良ければ瑞樹さんも来て下さいね。エレーナ・パタノヴァと」

「これからマスターの美味しい料理と可愛い文香ちゃんを愛でながら乾杯しようと思います。高垣楓と」

「そ、そんなこと初めて聞きました……、鷺沢文香と」

「是非ご一緒させてもらいます。パーソナリティの川島瑞樹でした」

色々ありつつも無事にラジオが終わる。しかし、四人、というかエレーナは中々外に出ようとしなかった。

「……出たくないわぁ」

「そんなこと言ってないで、早く打ち上げに行くわよ。その《クロ・パラントゥー》もお店に行く頃には飲み頃になっているでしょう?」

「そこに行く前に明王様に成敗されちゃうわよー!」

「それは自業自得でしょうが! それよりも、そんな当たり年のワイン、一生に一度飲めるかどうか分からないんだから、もたもたしないの!」

瑞樹としても、ワイン好き垂涎のワインが待っているとなっては、少々正気を失っていた。

「さ、私達は一足お先にマスターのお店に行きましょうか。文香さんは初めてでしたよね?」

「は、はい。お話には聞いていたので、とても楽しみです」

文香もブース越しに眼鏡を光らせている華耶が怖かったので、素直に楓について行った。楓も楓で、自分の一升瓶とエレーナのワインを持っていっていた。

案の定、エレーナと華耶はマスターの店に到着するのが遅れるのだった。その間、楓と瑞樹は《クロ・パラントゥー》で乾杯をしており、文香はマスター特製の料理をご馳走されていたのであった。

 



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はんなり、どすえ~

下せかのEDを見て思いついた小話

華「そういえば、アナスタシアさんがアニメのED曲を歌うことになったようですよ」
エ「そうなの? ふふふ、アーニァちゃん、歌上手だから楽しみだわ」

~アニメ視聴中~
エ「……中々ぶっ飛んだアニメね。流石クールジャパン。っと、EDだわ」
ア『S○XS○XS○X』
エ「スタッフ出せやゴラァ!!!」

因みに。
エ「……これはこれで」
にしようか迷いました。


この日のエレーナの仕事は、楓達とは別の場所での仕事であった。そして、華耶は楓達の方に出向いており、この日のエレーナの担当プロデューサーはというと。

「でもまさか、あなたが今日の担当だとは思わなかったわ。武内P」

シンデレラプロジェクトの武内Pであった。

「今日はシンデレラプロジェクトの皆さんはお休みでしたから。柳さんには及ばないかも知れませんが」

「あら、そんなことないじゃない。そうだ、折角だから、みんなのお話を聞かせてくれないかしら?」

エレーナとしても、妹が参加しているプロジェクトには興味があった。

「皆さんとても頑張っています。今度、神崎蘭子さんのCDデビューも決定した所ですし、これから本格始動となります」

「蘭子ちゃんか。もしかして、やみのまっ、とか歌詞に入ってるの?」

ビシッと蘭子のポーズを真似しながら尋ねるエレーナに、武内Pは困ったような顔をしていた。

「流石に歌詞には入っていません。《Rosenburg Engel》という名前でデビューしてもらうことになりました」

「薔薇、ね。それに天使っていうのも蘭子ちゃんにピッタリね。へにゃってなっちゃう蘭子ちゃん、とっても可愛いし、いつもの蘭子ちゃんの声は凜々しいから、色々な曲が出来るわね」

「はい。ですので今回は堕天使をモチーフにした曲にしました。来週PVの撮影もあります」

「あら、もしかして、見に行ってもいいのかしら?」

来週はエレーナも連休がある。ライブやインタビューと仕事詰めだったため、まとまった休みが用意されているのである。

「はい。エレーナさんがよければ是非見に来て下さい。皆さん、エレーナさんにお見せしたいと言っていましたから」

「是非見に行かせてもらうわ。その時までに、蘭子ちゃん語、えっと、熊本弁勉強しておくわ。挨拶は、闇に飲まれよ、よね」

「それは……、いえ、何でもありません」

「ふふっ、あ、ここよね?」

今日訪れているのは京都の桂離宮。この日の仕事は、この最高傑作と言われる庭園でのインタビューであった。

 

着替えを済ませ、用意された間に案内される。部屋の中にはもう一人、小早川紗枝がいた。

「遅くなってごめんなさいね、紗枝ちゃん」

「そんなことありまへん。それより、お着物、もの凄くお似合いですなぁ、エレーナはん」

紗枝の言うとおり、今のエレーナの格好は着物であった。黒の着物はエレーナの銀髪に映えており、非常に良く似合っていた。

「エレーナはんのお着物、まるでお伽噺の中の妖精さんみたいやなぁ」

「それをいうなら紗枝ちゃんだって、お姫様みたいよ。紗枝はん、っていう感じね」

「あらあら、それは嬉しいですわぁ。それに、こんな素敵な場所を用意していただいて。ウチもこのお部屋に入るのは初めてやわぁ」

庭園を一望できるこの間は、普段は非公開の部屋であるが、今回特別にしようが許可されたのである。

そして、紗枝が選ばれたのは、京都出身のアイドルであり、何度かエレーナとも仕事をしたことがあるからであった。

「そう言えば、今日は華耶はんとは一緒じゃないんですなぁ」

「えぇ。今日は武内Pと一緒。華耶さんは楓ちゃんと文香ちゃんと一緒よ」

「文香はんといえば、ふみふみ、どすな。年上の方やけど、ほんと、可愛い方でいらしました」

「でしょう? ふみっとするとふみって言うの。もし許されるなら、一日中ふみふみしていたいわ」

「その時はウチもご一緒させて下さいね」

いつもは華耶が止めるのだが、この場にはいない。さらに、紗枝も乗ってしまうため、話を止めるものはいなかった。

「エレーナさん、小早川さん。そろそろ時間ですので」

「あら、もうそんな時間? それじゃあ、今日はよろしくね」

「はい。よろしく頼み申します」

この日のインタビューは、日本文化についてであった。エレーナはロシア人とのハーフであるが、日本の文化に精通しているため、このような主旨の企画によく呼ばれているのである。

「そういえば、以前お聞きしたことがあるのですが、エレーナさんは日本舞踊もお上手なのですよね?」

「えぇ。ロシアにいた頃から母に教わっていましたし、日本に来てからは、先生にも教えてもらいましたから。346プロに入ったときは、専門の先生もいたので、そちらでも教えてもらっています」

「エレーナはんの日舞は、本当に綺麗なんですよ。まるで、お月さんが待っているかのようで、夢の中にいるかのようでなぁ」

「あら、それは言い過ぎよ。紗枝ちゃんだって、踊っているときはとても綺麗よ」

「あらあら~、エレーナはんにそんなこと言われたら、顔が熱くなってしまいますわぁ」

そう言いながら、本気で照れている紗枝の顔は真っ赤になっていた。

「ははは。では、どうして日舞を始めたのですか?」

「ふふふ、そんなに大したことではないの。一度、日本の時代劇を見たときに、綺麗な着物を着た女性が出てきて、それで自分も着てみたいって思ったから始めたの。初めて母から教わったときは、厳しくてビックリしたわ」

その頃のことを思い出したのか、エレーナはクスクス笑ってしまった。

「ウチもお稽古を始めたばかりのころは泣いておりましたなぁ。エレーナさんも一緒だったなんて、何だか安心しましたわ」

「あら、私だって小さな女の子だったころはあるのよ? アーニァちゃんが生まれてからかしらね、お姉ちゃんでいようって思うようになったのは。って、当然といえば当然ね」

姉たるもの、最も優れた存在でなければならない、というのが、エレーナのモットーである。

インタビューも終わり、庭園での撮影に移る。着物姿の二人は、日本庭園の背景にとても映えていた。

撮影も終わり、職員の好意で着物のままお茶を飲んでいた。

「お疲れ様、紗枝ちゃん。それにしても、美味しいお茶とお菓子ね」

「ほんに。エレーナはんみたいな美人さんと一緒に飲むお茶ほど美味しいものはあらしまへん。ほんま、今日のお仕事は楽しゅうございました」

お茶を飲み、ほうと息をつく紗枝の姿は非常に艶やかであった。

エレーナにジッと見つめられていることに気が付いた紗枝は、顔を赤くさせる。

「そ、そんなに見つめられると照れてしまいます」

「ふふふ、ごめんね。でも、今の紗枝ちゃん、本当に素敵だったから」

「うぅぅ……エレーナはんのそんな声で言われたら、惚れてしまいますわ」

「それじゃあこれからデートしましょうか。武内P、電車の時間にはまだ余裕あるわよね?」

部屋の隅に控えていた武内Pに声を掛けると、武内Pはすぐにスケジュールをチェックした。

「はい。まだ時間はあります。駅付近でしたら、ゆっくりできると思います」

「ありがとう。じゃあ、紗枝はん? もう一席ご一緒してくだはりますか?」

「ふふふ。是非ともご一緒させていただきやす」

お互いにクスクスと笑いながら、離宮を後にする、武内Pの運転する車で駅前に着くと、武内Pは一人離れようとしたが、それをエレーナはとめ、一緒にお茶をのむことにした。

「でも、プロデューサーはんと一緒にお茶する、てのも、なかなか新鮮ですなぁ」

「私は華耶さんと結構お茶をするけど、346プロのプロデューサーって、忙しいものね。武内Pは、シンデレラプロジェクトの皆とお茶したりはしないの?」

「私はしませんね。こうしてアイドルの方とお茶をするのは初めてです。千川さんとは打ち合わせがてら食事に行くことはあるのですが」

その話を聞いた瞬間、エレーナと紗枝の目が光った、ような気がした。

「へぇ、ちひろさんと。どんな所で食べるの?」

「そうですね、時間が遅くなることも多いので、居酒屋になることも多いです。仕事の話をするので、個室を取ることも多いですね」

「そら、中々興味深いですなぁ。ちひろはん言うたら、難攻不落の魔王城と言われるほどのお方やないか。そんなお方と一緒にでぇとだなんて、武内はんも、なかなかのお手前で。人は見かけによりませんなぁ」

紗枝もこういう類いの話は大歓迎ならしく、ぐいぐいと身を乗り出してきた。ここで己の失言に気が付いた武内Pだったが、時既に遅しであった。

「そっかぁ、武内Pはちひろさんと一番仲がいいのね。これは凛ちゃんがご機嫌ナナメになっちゃうわね」

「あらあらぁ~、武内はんは罪作りなお方ですなぁ」

「で、ですからそのような意味では……」

「ほらほら、吐いちゃいなさい。色恋云々は置いておくとしても、どんな女の子がお好み? 凛ちゃん? それとも美波ちゃん? あ、もしかして蘭子ちゃんとか? でも、アーニャちゃんは駄目よ?」

「いえいえ、川島はんやまゆはん辺りかもしれまへん。小梅はんは……色々と危険なかほりがしますなぁ」

「で、ですから……」

もうタジタジである。一頻り聞いて満足したのか、二人は一息入れた。

「それにしても、この二年でうちの事務所も沢山のアイドルが出てきたわね」

「ウチはまだまだ入ったばかりやから、アイドル部門が出来る前のことは知りまへんけど、どんな感じやったんですか?」

「そのころから346プロは大手だったから、沢山のモデルや女優さんがいたわ。楓ちゃんやまゆちゃん、それに美嘉ちゃん達ね。346カフェの安部ななちゃんなんかはアイドル部門に直接きた子よ」

「私はスカウトされたクチやったから、そこら辺のことはよく知りまへんでした。エレーナはんはいつ頃入社したんどす?」

「私は二十歳の頃だから、五年前ね。ロシアから日本に来た時に、空港でお茶を飲んでたら華耶さんにスカウトされたの。実は、私は殆ど北海道にはいなかったのよ」

エレーナが346プロに入ったのは、日本に来てすぐであった。エレーナに一目惚れした華耶が、名刺を渡していたのである。一度北海道に行ったが、すぐに東京に出てきたのである。当時、エレーナは飛び級で学士号を取得していたため、就職先を探そうとしていたので、半月後にすぐに東京に出てきていたのである。華耶と生活をしていたのはその頃である。

「因みに、武内Pにはその頃からお世話になっているわ。私は部門が出来る前に試験的にアイドルになったから、華耶さんも色々忙しくて、よくフォローに来てくれてたの。ね?」

「はい。アイドル部門の設置はその頃から決まっていましたから、私もマネージャーのお手伝いをさせて頂いていました。柳さんは私の先輩ですから」

華耶は、年齢こそ若いが、プロデューサー歴は長い。加えて、多くのアイドルやモデルや女優のプロデュースをしていたため、346プロ内での影響力は大きい。

「シンデレラプロジェクトは今の346プロの大切なプロジェクトだからね。みんなとっても仲がいいから、これからが楽しみだわ。皆のCDデビューも決まっているのでしょう?」

「はい。順次発表していく予定です」

「ふふっ、それじゃあ、華耶さんにお願いして共演させてもらおうかしら。ふふふ、姉妹共演なんて楽しみだわ」

「エレーナはんとアナスタシアはんとのステージやったら、是非とも見させて貰いたいですわ。お二人とも綺麗な御髪やから、神秘的なステージになるんでしょうなぁ」

アナスタシアが持つ神秘的なイメージは、ラブライカのファンにかなり人気がある。エレーナも普段はとても明るいが、過去のステージにおいて、神秘的なドレスの衣装を来て登場したとき、一万人以上の観客を黙らせたという伝説を持っている。その幻想的な姿をみた女性ファン達は、男達に興味を持てなくなったという伝説も作った。

「で、実際の所どうなのかしら? 共演とか出来そう?」

「……いずれはお願いしたいと考えています。ですが今は彼女たちの足場を固める時期なので、もう少し先になるかと」

「ふふふ、じゃあ皆をしっかりと導いてあげて下さいね、プロデューサーさん?」

エレーナの微笑みに、変装をしているのにも拘わらず、周囲の皆が顔を赤らめていた。それを直接言われた武内Pは、誤魔化すように手を首にやっていた。

「あらあら、エレーナさんはもっと罪作りなお方でしたなぁ。エレーナはん、帰りの新幹線は一緒に座ってもいいですか?」

「もちろんよ。個室を取って貰ったから、ゆっくり出来るわ。武内Pは別の席みたいだけど。一緒でもよかったのに」

「……からかわないで下さい」

流石にこれには武内Pも白旗をあげるしかなかった。

 



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妖精女王とロバと小妖精

ちょい長いです。
下せか四話、ひどい(褒め言葉)


エレーナは蘭子のPV撮影を見学し、その後デビューすることになったかな子達《キャンディアイランド》の所にも顔を出していた。

そして現在、エレーナは文香と共にプロジェクトルームに来ていた。

「かな子ちゃんのお菓子はホントに美味しいわね」

「はい。このマフィン、とても美味しいです」

文香ももふもふと美味しそうにかな子のマフィンを食べていた。

最近はエレーナ達に慣れてきていたメンバー達だったが、今回に限っては緊張していた。

その理由は、テーブルに乗せられた様々な焼き菓子にある。

「そ、そんな、お二人のお菓子には敵いません」

 この日はエレーナもお菓子を持参していた。曰く、先日泊まりに来ていた文香と一緒に作ったものである。

「そんなことはないわ。お菓子に上下なんかないんだから。はい、智絵里ちゃんも、あーん」

「あ、あーん?」

エレーナにとって、可愛い子を可愛がるのは、何よりの癒しである。戸惑いつつもしっかりと応えてくれる智絵里のことは特に可愛がっていた。

「智絵里ちゃんたち、今度バラエティ番組に出演するのよね。華耶さんから聞いたわ」

「は、はい。川島さんと十時さんが司会の番組です」

「あの番組は新人アイドルにとっての最初の洗礼だから、頑張ってね。私も少しなら顔を出せると思うから」

「き、来てくれるんですか?」

「もちろんよ。武内PにもOK貰ってるし、今が頑張り時の子達を応援しないわけにはいかないしね」

パチリとウインクするエレーナの気障な仕草は、彼女にとても良く似合っていた。

「みなさん、っと、エレーナさんに鷺沢さん、来ていたのですね」

そこに、書類を持った武内Pがやってきた。

「お邪魔しているわ。番組の打ち合わせかしら?」

「はい。では三人はこちらへ」

「は、はい」

「それじゃあ、失礼しますね。杏ちゃん、起きて」

「む~」

約一名引っ張られながらも、奥の部屋に入っていくかな子達。エレーナも椅子から立ち上がった。

「それじゃあ私達もそろそろお暇するわ。文香ちゃん、行きましょう」

「は、はい。皆さん、お邪魔しました」

そうして二人が出て行くと、残ったメンバーはふぅと息をつく。

「エレーナさん、相変わらず綺麗だったにゃ」

「キラキラしてたよねー!」

「うんうん! すっごいオトナな女性って感じ」

エレーナに憧れているみりあや莉嘉などは目をキラキラ輝かせていた。

エレーナの話で盛り上がっていると、仕事を終えたアナスタシアと美波が戻ってきた。

「あ、アーニァちゃん、美波さん、お帰りなさい」

「はい、ただいまです、卯月」

「ただいま、みんな。何か盛り上がってたみたいだけど、何の話をしていたの?」

「さっきまでエレーナさんが来てたんだよ。たった今帰っちゃったけど」

凛の話を聞くと、アナスタシアが残念そうに眉を下げる。

「お姉ちゃん、来ていたですか? 会いたかったです……」

「また来てくれたのね。最近は《TITANIA》のお仕事で忙しいって聞いてたのだけど」

先日のライブ以来、《TITANIA》は多くの仕事が入っていた。テレビ出演は勿論、雑誌のインタビューや個々のメンバーへの取材も多く入っている。

「そう言えば、お姉ちゃん、今日はテレビに出るって言ってました」

「今日の撮影って言ったら、生放送の音楽番組でしたよね! 久しぶりにエレーナさんが出演するからって、先週すっごく宣伝してましたよね! 私、ママに絶対録画してって頼んでおいたんです!」

卯月は楽しみにしている様だったが、何故か、アナスタシアと美波が気まずそうに顔を合わせた。

「ん、どうしたの、みなみん?」

「えっと……その……」

「わたしたち、お姉ちゃんに招待されたんです、その音楽番組に」

「「「えーっ!?」」」

プロジェクトルームに絶叫が響いた。

「えー、いいないいなー! 二人だけずるーい!」

「その、今度のライブで歌う曲だから参考にって、言われたです」

「ライブって、夏の終わりのやつですよね! どんなステージになるんですか?」

エレーナのことには敏感な卯月は、すぐに飛びついた。

「まだ正式には決まっていないみたい。エレーナさんからダンスレッスンを受けてはいるけど、まだ本格的な振り付けはまだね」

「いいなー、エレーナさんと一緒にレッスン出来るなんて羨ましい!」

「ねぇねぇアーニァちゃん、エレーナさんとのレッスンってどんな感じなんですか?」

「お姉ちゃんのレッスン、とても厳しいです。ハードですし、細かい部分にまで気を配ります。でも、とても楽しいです」

「うん、エレーナさんがどんなことを考えながらダンスをしているのか分かるの。もちろん、レッスンはもの凄く濃密だから、すっごく疲れるけど……それでもとても楽しいわ」

アナスタシアも美波も、エレーナのレッスンを思い出してウットリとしていた。そんな二人をみて、エレーナの大ファンである卯月は羨ましそうな顔をする。

「う~、羨ましいです~」

「あ、あはは……でも、今度みんなともレッスンしたいって言ってたよ。エレーナさん、定期的に他のアイドルの人向けのダンスレッスンを開いているみたい。あと、予約を開けておくから、皆揃える日を教えてって言ってたよ」

エレーナのダンス教室は346プロでも大好評である。そのレッスンの予約はすぐに満杯のなってしまう。そんなアイドル垂涎のレッスンを、エレーナ自ら席を空けてくれるとなれば、受けない理由はない。

「絶対に受けるにゃ! プロデューサーに予定を開けて貰わなきゃ!」

「エレーナさんのレッスンかぁ。楽しみだね、しまむー、しぶりん!」

「はい! 憧れの人にレッスンをして貰えるなんて感激です!」

「世界のトップアイドルの人に教えて貰えるなんて、滅多にあるものじゃないからね。私も楽しみだよ」

《ニュージェネレーション》の三人も、更なるレベルアップの機会に胸を躍らせていた。

そんな新人アイドル達の羨望を集めている本人はというと。

「え、エレーナさん?」

「はい、このままこのまま。まだ時間はあるから、ほら、力抜いて」

「は、はいぃぃぃ」

文香に対して膝枕をしていた。

「昨日は芥川の話で盛り上がっちゃったからね。少しでも休んでおかなくちゃ。夜には生放送もあるんだから」

「でも、エレーナさんも一緒に起きていました、よね?」

文香と一緒に盛り上がっていたのだから、当然エレーナもあまり寝ていないことになる。が、エレーナはいつも通りハツラツとしていた。

「ちょっとだけど休憩の時間に目を閉じていたから。アイドルにとってお昼寝は必須スキルよ。楓ちゃんも得意よね?」

「はい。目を閉じて15秒で眠れますよ」

「あら、私は10秒よ。楓ちゃんもまだまだね。もっと精進なさいな」

色々間違っているが、それを突っ込めるものはここにはいない。ともあれ、10分ほど文香の頭を堪能してエレーナは文香を解放した。

「さてと、まだ入りの時間までには時間があるから、お昼に行きましょうか。二人とも、まだ食べていなかったわよね?」

二人もまだだということで、三人で昼食を取りに行く。

今世間で騒がれている《TITANIA》の三人が揃って食べにいける店は中々ない。というわけで、最近よく行くようになっている仁禛のお店に向かった。

「いらっしゃい。ランチに来るのは久しぶりね。楓さんも文香ちゃんもいらっしゃい。文香ちゃんは前のお休みの時に来てくれたわね」

わざわざ仁禛自らお茶を持ってきて三人に挨拶をしてきた。

「あら、文香ちゃん、ここの常連さんになったのね」

「は、はい。とても落ち着きますし、料理も美味しいですから」

「文香ちゃんは最近よく来てくれるのよ。エレーナも見習いなさい」

「じゃあ、とっておきのランチを注文させてちょうだい。今日は二人に奢るから、最高ランクのでお願いね」

「分かったわ。すぐに作るから、それまではお茶を楽しんで頂戴」

後から来た女性から受け取った茶器をテーブルに置くと、仁禛は厨房に下がっていった。

「ふふふ、仁禛さん手ずから作ってくれるお昼なんて、最高の贅沢ね」

「そ、その、いいんですか?」

「いいのよ。私は皆の先輩なんだから。素直に奢られなさい」

エレーナが何でもないように言ったため、最近は慣れてきた文香も大人しく奢られることにした。

相変わらず、仁禛の選んだお茶は絶品で有り、三人はリラックスをしていた。

そうしている内に仁禛が料理を持ってくる。

「あら、リラックスしてもらえたみたいね。今日は生放送なんでしょう? 何時から向こうに行くの?」

「15時には入るわ。挨拶したい方達も沢山いるし、お話ししたい子達も沢山いるから」

「それならちょうどよかったわね。なるべく早く食べられるようなメニューにしておいたわ。もちろん、あなたの注文通り、最高ランクのね」

そう自信をもって出された仁禛謹製の料理は、その言葉に違わぬ芳しい香りを放っていた。

「今日は台湾の料理よ。ちょうど台湾の友達から色んな茶葉を貰ったのよ。日本では馴染みがないかも知れないけど、とても美味しいわよ」

そういいつつ、仁禛自らお茶を淹れる。食前のお茶とは違い、今度は緑茶であった。

「餃子の中にも茶葉が入っているわ。それと、こっちの海老の方にも別の茶葉が入ってるの。それぞれ風味が違うから楽しんでね」

料理の説明を簡単にすると、仁禛は料理場に戻っていった。

「ふふふ、流石は仁禛、最高の激励ね」

「はい。香りだけでも心が安らいできました」

この料理にはエレーナも楓も嬉しそうにしていた。文香は料理に釘付けである。

「それじゃ食べましょうか」

「はいっ」

文香は、いつもとは異なり元気よく返事をした。

仁禛の言葉の通り、その料理の味は掛け値無しに素晴らしいものであった。その幽玄な香りに、三人は話すのを忘れ、黙々と料理を口に運んでいた。

食事を終え、新たに淹れて貰ったお茶で一息を吐く。そんな所にデザートを持った仁禛がやってくる。

「ご満足して貰えたみたいね。はい、杏仁豆腐」

「ありがと。全く……仁禛さんのことを甘く見ていたわ。ごめんなさい」

「ふふふ、甘いのは杏仁豆腐だけで十分よ。フルーツも切ってきたから一緒に食べましょ」

今度は仁禛も席につく。《TITANIA》の三人に加え、そこに仁禛が加わると、迫力が増す。奥の席なので目立たないものの、従業員の方が顔を赤らめていた。

「文香ちゃんは生放送の音楽番組は初めてなのよね?」

「えぇ。《TITANIA》はライブから入ることになってたから。順番が逆になっちゃったわね」

《TITANIA》にはエレーナと楓というとんでもない大物がいる。そのため、普通のユニットとは違う動きをしても十分過ぎるものであった。

「文香ちゃんなら大丈夫だと思うけどね。この二十五歳児コンビを相手にする方が大変でしょう。片や隙あらば抱きついてくるわ、片や隙あらば寒いダジャレをブチ込んでくるわ……というかそこの小さくなってる二人、こっち向きなさいよ」

「楓ちゃん、ぎゅー」

「中華料理人さんはなんちゅうか厳しいです」

全く反省していない二人に仁禛はため息をつく。

「こいつらは……文香ちゃん、辛くなったらいつでもウチに来なさい。二人に食べさせたことのないとっておきの料理を食べさせてあげるから」

「あはは……その、楽しみにして、いいんでしょうか?」

文香も素直に喜んでいいのか困っていたが、それでも仁禛に可愛がってもらえることは嬉しいと感じていた。

それを悔しく思うのが二十五歳児の片割れ――すぐに抱きつく方である。

「むぅ、仁禛さん。文香ちゃんを奪わないでよ。仁禛さん、女性にモテモテなんだから」

「あら、それなら奪い返してみなさい? 私だって文香ちゃんのことはとても気に入っているのだから」

「あらあら、うふふ。大人気ね、文香ちゃん。あの《ツァリーツァ》と料理界の至宝からラブコールを受けるだなんて、中々体験出来ないわよ」

「光栄なんですけど、素直に喜べないというか……」

その後、10分ほど二人の口論は続いたのだった。

 

テレビ局に到着し、スタッフ達に挨拶をする。今回はエレーナ達の楽屋に挨拶をしにくるアイドルや歌手たちが沢山きていた。

そんな中、挨拶しに来たユニットとお茶をしていた。

「千早ちゃんと一緒に番組に出るのは久しぶりね。一年ぶりくらいかしら」

765プロの如月千早だった。楓達と同じくトップアイドルとして名を馳せ、その歌唱力には多くのファンが涙している。

「確かそのくらいです。でも驚きました、まさかエレーナさんがユニットを組むとは思っていませんでしたから」

「中々組んでくれる子がいなくってね。文香ちゃんは私がスカウトしたのよ。とても綺麗な声をしているの」

「ライブは見に行けなかったので、今日はとても楽しみにしてたんです。鷺沢さん、今日はよろしくお願いしますね」

千早に笑顔で挨拶され、文香は慌てて頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします!」

「ふふふ、ではこれで失礼します」

「えぇ。トップバッター、頑張って」

千早はもう一度頭を下げると、楽屋を出て行った。

「ふふ、大人気ね文香ちゃん」

「先輩として顔が高いです」

「き、緊張してきました……」

日本を代表するトップアイドル達に注目されれば緊張するのも無理はない。

「千早ちゃんも新曲を出したから、私も楽しみにしてたの。ここのプロデューサーと765プロにお願いして一緒の日に調整してもらったの。華耶さんに感謝しないとね」

テレビ局としても、トップアイドルが三人も集結することは大歓迎だったため、二時間スペシャルの日にねじ込んだのであった。

「でも、お昼に仁禛さん応援して貰いましたから、私も頑張ります!」

むん、と小さく張り切る姿を微笑ましげに見つめる二人。最近は度胸もついてきた文香に頼もしさを覚えていた。

やがて本番の時間が近づき、スタジオに移動する。今回の番組は出演者は少なく、歌の他にトークの時間も長く取られている。そのトークが非常に人気で、今回の出演者に千早と《TITANIA》がいるということで、放送日前から大注目されており、観客の抽選には万を超える応募があった程である。

今日の衣装は歌劇を意識したものである。《TITANIA》の由来、《夏の夜の夢》をモチーフにしたものである。

スタジオに入ると、すでに千早がスタンバイしていた。千早の衣装はキラキラとしたステージ衣装であった。

「素敵な衣装ね、調子はどうかしら?」

「エレーナさん達と一緒のステージに乗れるのでワクワクしています。それにしても、凄い衣装ですね」

「ふふふ、可愛いでしょう? 今度のライブでのコンセプトが《夏の夜の夢》だから、それに合わせたの。千早ちゃんに褒めてもらえて嬉しいわ。でも、私の一押しは文香ちゃんの妖精さんよ。ほら、可愛いでしょう?」

ズイッと文香を前に出すエレーナ。そんなエレーナの様子に千早はクスクス笑ってしまった。

「えぇ、とても可愛らしいです。でも、文香さんはとても綺麗な方ですね。髪の毛なんか、本当に妖精みたいです」

千早にも絶賛され、真っ赤になってしまう文香。その様子に、他の出演者もほっこりしていた。

そして番組が始まり、千早のトークが始まる。今なお小規模な事務所である765プロで起こった面白可笑しいエピソードには皆笑ってしまう。

トークも終わり、千早が歌のスタンバイに入る。千早の歌う歌は《約束》。今なお、人気のある曲である。

「この曲は、プロダクションのみんなで作った曲なのよね。私、この曲大好きなの」

「そう言えば、エレーナさんは何曲か765プロの曲をカバーしていましたよね」

「えぇ。千早ちゃん、貴音ちゃん、あずささんの曲をいくつかね。それで一枚アルバムを出したけど、それっきり765プロとはお仕事をあまりしていないわね」

この時のアルバムの初回限定版は、予約分で全てが売り切れ、今では幻のアルバムとなっている。

話している内に準備が終わり、千早の《約束》が始まる。

「あぁ……やっぱり綺麗な声。やっぱり大好きだわ」

千早の透き通った歌声を、目を閉じながら噛み締めるように聞いていた。

歌が終わると、一瞬の静寂の後、盛大な拍手に包まれる。笑顔で隣の席に戻ってきた千早にこっそり声を掛ける。

「お疲れ様。あの時の歌も良かったけど、今日の歌も素晴らしかったわ」

「えっ?」

「初めて《約束》を歌ったあのライブ、実はこっそりお邪魔していたの」

エレーナの言葉に、千早はポカンとしてしまい、そんな千早を見て、エレーナはイタズラ成功と言わんばかりにクスクス笑っていた。

 

時間は瞬く間に過ぎ去り、最後の《TAITANIA》の出番となる。

「いやー、今が一番緊張しています。最後は《TAITANIA》のエレーナ・パタノヴァさん、高垣楓さん、そして、機体のニューホープ、鷺沢文香さんです!」

ここ一番の大歓声で迎えられ、一言加えられた文香は狼狽していた。

「はい、こんばんは。この番組に出るのはお久しぶりです。今日はとっても可愛い後輩さんを連れてきましたよ。しかも妖精コスだから、録画してない人は、今すぐリモコンの録画ボタンを押しなさい。女王様の命令よ♪」

「こんばんはー。今夜の私はロバなので、緊張してろーばいしないよう気を付けます」

「え、えっと、みなさん初めまして。鷺沢文香です。テレビ番組は初めてなので、よろしくお願いします」

三人のあいさつが終わると、早速トークに入る。まず触れられたのは、衣装についてである。

「それにしても、衣装が凄いね。ユニット名の《TAITANIA》と関係があるんだって?」

「はい。私の衣装がタイターニア、妖精の女王で楓ちゃんがロバ、そして文香ちゃんがそそっかしい妖精さんです。見てください、文香ちゃんの妖精姿。まさしく妖精さんでしょ?」

グイっと文香を前に出し、文香の衣装を強調させる。文香の衣装は、エレーナの言うとおり妖精をモチーフにした衣装である。地位さん透明な羽や透き通った生地が幻想的である。

「あら、私の衣装は可愛くないのですか? シクシク」

わざとらしく泣き真似する楓の衣装も可愛らしい。ロバになったボトムがモデルであり、一番目立つのは頭に乗っているロバの耳である。ミステリアスな楓とは似合わなそうであるが、そのアンバランスさが逆にマッチしていた。

「そんなことないわ。とっても可愛らしいわ。流石346プロ衣装部渾身の作品ね」

「ははは……そういえば、エレーナさんといえば、大変な美食家としても有名だけど、最近どこかいいお店とかあるの?」

「美食家だなんて気取るつもりはありませんけど、そうね、今日ここに来る前に仁禛さんのお店に行ってきたわ。そしたら、文香ちゃんの初テレビをお祝いしてくれて、彼女自らの渾身のランチを作ってくれてね、それがとっても美味しかったわ」

「はいっ、茶葉入りの料理は初めて食べたんですけど、香りもすごく幽玄で、桃源郷に迷い込んだかと思いました」

仁禛の料理となると、文香も口が滑らかになる。司会者も文香から話を引出し、それにエレーナと楓もフォローを入れた。

「ふふふ、文香ちゃんったら、すっかり仁禛さんのファンになったわね」

「あっ……すみません。わたしばっかり話してしまって」

「いやいや、とても興味深いお話だったよ。いや、朱仁禛さんのお店には一度行ってみたかったんだけど、今の話を聞いてますます行きたくなってきたよ。あそこ、なかなか予約が取れなくてね。お三方が羨ましい」

料理の話の後は、それぞれの話に移る。エレーナや楓の話はもちろんだったが、新人ながら《TAITANIA》に抜擢された文香についてはほとんど知られていないため、今回も文香の話題について多く触れられた。それに対してエレーナが大いに協力し、楓が同意するものだから、文香はアワアワと慌てて、二十五歳児コンビの琴線を大いに震わせたのだった。

「さて、このままずっとはなしていたいけど、そろそろスタンバイに入ってもらいましょう。じゃあ、今日話題の中心だった文香ちゃん。今日歌ってもらえる曲について説明お願い」

「は、はいっ。今日歌うのは、《TAITANIA》デビュー曲の《Oberon》です。これは《夏の夜の夢》に登場する妖精王オーベロンのことで、タイターニアの夫です。彼とタイターニアにかけた魔法から始まる喜劇をモチーフにした歌で、少し面白おかしい歌になっています」

「では《TAITANIA》のみなさん、スタンバイお願いします」

そうしてスタンバイに入り、ステージの上で待機する。

「文香ちゃんお疲れ様。あともう一仕事よ」

「あは……緊張するかなって思ったんですけど、なんだか不思議とドキドキしています」

「あら、文香さんもなかなか度胸がついてきたのですね。いつものふみふみな文香さんもよいものですけど、今の文香さんも素敵です」

「ですから、そのふみふみって……」

楓にからかわれ、へにゃっとする文香。しかし、すぐに表情を戻した。

「確かに、お二人に比べたら私はまだまだ未熟です。でも、エレーナさんが教えてくれた、私しか知らない私な素敵なところをもっと見つけてみたいんです」

そういうと文香は一度言葉を区切り、エレーナと楓の顔をしっかり見つめる。

「だから、ひたすらに前に進もうって、そう思ったんです。世界で一番素敵なお二人と一緒に」

そういう文香の笑みに、二人は見惚れていた。二人は顔を見合わせると、くすくすと笑いあった。

「な、何か変なことをいったでしょうかっ!?」

「いいえ、そんなことないわ」

「はい。素敵なメンバーと一緒に歌えることをうれしく思っただけですよ」

「は、はずかしいですよぅ」

そんなことを話しているうちに、準備が完了した。

「それでは本日最後の曲です。《TAITANIA》で《Oberon》」

そうして、夏の夜に繰り広げられる不可思議な喜劇の幕が開いたのであった。

 



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悪巧み

職場が変わり、中々投稿出来ずスミマセン。
因みに二期編からエレーナは原作にグイグイ介入していく予定。
それまではクール組が沢山登場します。


 

「いやー、杏ちゃんがあんなに活躍するとは思わなかったわ。それに、幸子ちゃんは相変わらずだったし。沙枝ちゃんもバンジー楽しかった?」

杏たちの番組を見学しに行ったエレーナは、後日346カフェで沙枝とお茶を飲んでいた。

「初めてのバンジーやったから、ドキドキしましたけど、結構楽しかったですよ」

「私もモスクワにいたころは、何度か友達としたけど、結構面白かったわ。ロシアの人たちって恐れ知らずだから。ほら、おそロシアっていうじゃない?」

「それって、手作りのやつとかやありまへん?」

「さすがにその時のは違ったけどね。でも、ウインタースポーツはたくさんやったわ。スノーボード、結構得意なのよ」

「一度テレビの企画で滑ってるのを見ましたけど、確かにプロ並みでしたなぁ。私はスポーツは苦手やから、憧れます」

「じゃあ今年の冬は北海道にスキーしに行く? 私でよければ教えてあげるけど」

ちなみに、エレーナの腕前はインストラクター級である。

「あら、とても嬉しいお誘いやけど、エレーナはんに教えてもらったいうたら、事務所の方に嫉妬されてしまうわ」

「ふふふ、お上手ね。たぶん、何人か呼ぶことになるとは思うけど、その時は連絡するわ。今日はこれからお仕事?」

「はい。幸子はんたちと一緒にお仕事です」

「それじゃあ幸子ちゃんたちによろしく言っておいて。ここは私が払っておくから、先に失礼するわね」

エレーナは伝票をとると、手を振ってカフェから出て行った。そんな細かい仕草も様になっており、会計をしていた菜々がぼんやりしていた。

カフェを出たエレーナは、仕事までに時間があるためエステに向かう。そこには、やはりというか、先客がいた。

「あら、瑞樹さん。こんにちは」

「エレーナさん? ここに来るのは珍しいんじゃないの?」

先日ラジオで仕事を一緒にした川島瑞樹である。曰く、エステルームの主。

「折角こんなに立派な設備があるのに使わないのは勿体ないですからね。どうしても肩が凝っちゃいますし」

それを聞く瑞樹の視線はエレーナの胸部にいく。瑞樹も決して小さくないが、エレーナには負ける。瑞樹は世界の不条理を感じた。

「あら、どうかしました?」

「なんでもないわ。もしよければ、同じ部屋で受けない? お話もしたいし」

「もちろん。文香ちゃんの可愛いところ、たくさんお話したいですしね」

前からと言えば前からだが、エレーナの一番のお気に入りが文香である。シンデレラプロジェクトのメンバーを抑えて、今、最も注目されているアイドルである。

「話は聞いてるわ。文香ちゃん、今大注目のアイドルだものね。エレーナさんとも話が合うし、声もとても澄んでいるわ。因みに最近話した話題は何?」

「最近? そうね……最近は近代文学ばかり話していたから、平安期について話したわ。私も文香ちゃんも西行は好きだから、桜の話題と新古今の話で盛り上がってるわ。今夜からは歌についてお話する予定よ。凄く深い分野だから、半年は話し合えるわ」

「……ホントに《TITANIA》の人たちは博識揃いね。クイズ番組とかには呼ばれないんじゃない?」

「あら、高学歴芸能人には呼ばれたことあるわよ」

「そりゃ、飛び級でモスクワ大学出てればね。下手な東大卒の人よりも高学歴よね。専門は何だったの?」

「言語学よ。外国語専門にしていたから、色々な国の本を読めるようになったわ。ロシア文学も面白いのだけれど、そうね、ベトナムの文学も好きよ。日本の文学との関わりも深いしね」

346プロには天才と呼ばれるような人材もいるが、エレーナはそのなかでも飛び抜けている。科学分野ではなく文学分野だが、世界中の多くの言語に精通しており、特に日本文学に関する論文については評価も高い。

「私も元アナウンサーとして勉強はしていたけど、エレーナさんには負けるわ」

「勉強は勝ち負けではありませんよ。そういう意味では、アイドルのお仕事も日々勉強です。まだまだ学ぶことは沢山あります」

そんなことを話しながら、マッサージを受けるエレーナと瑞樹。346プロのアイドルの中でも年長者である二人が、事務所内でリラックス出来る場所はあまりなく、そのうちの一つであるエステルームは二人にとって大切な場所であった。

「ここの子たちって、十代の子ばっかりだから、あんまりエステに来ないんですよね」

スタッフの言うとおり、346プロのアイドルは学生が多い。つまりエステなどが必要ない年齢なのである。

「そうねぇ、文香ちゃんなんて、メイクしなくても睫毛長いし、お肌スベスベだし、特に気を付けてないのに髪の毛サラサラだったからね。まぁ、文香ちゃんに関しては特例なのかもしれないけど」

ちなみに、文香の美貌は、アイドル達を含む世の女性達の羨望の眼差しの対象となっている。

「前に話を聞いてまさかと思ったけど、本当にお肌スベスベだものね。……本当に羨ましいわ」

瑞樹の笑みに陰りが生まれたが、エレーナは笑うだけであった。そこにスタッフが追い打ちをかける。

「あら、エレーナさんだってお肌スベスベじゃないですか。衰える気配が皆無じゃないですか。髪だってサラサラですし、私からしたらエレーナさんも川島さんも憧れの存在なんですからね?」

「あらあら、うふふ。嬉しいこと言ってくれるわね」

「嬉しいんだけど、何だか複雑よ。隣にこんなのがいると尚更ね」

こんなのと言われ、頬を膨らませるエレーナ。そんな仕草も様になるのだから、瑞樹は内心ため息をついていた。

二人ともエステから出る。瑞樹は仕事が終わった後に来ていたが、エレーナはこの後仕事があった。

「よければ、瑞樹さんも来ます? 監督さんが是非お会いしたいって言ってたから、喜ぶと思うのだけど」

聞けば、この後のラジオ収録の監督は、アナウンサー時代の瑞樹と何度か仕事をしたことのあるスタッフであった。瑞樹もその人物のことを覚えていたため、是非にと一緒に行くことにした。

「そう言えば聞いたかしら。《TITANIA》のライブの後に、美城会長の娘が日本に戻って来るらしいわ」

「そうなの? 以前アメリカに行ったときに顔を出してくれたけど、凄く凛々しい女性で、思わず少佐って敬礼したくなるような女性だったわ。……確か今は常務だったはずだけど、ふふふ、何だかお祭りが起こりそうね」

何を考えているのか、エレーナはクスクス笑っていた。

「私はお会いしたことがないから何とも言えないけど、さっきのを聞いた後だと笑えないわよ?」

「あら? それだって素敵な魅力の一つじゃない。それに、みんななら何があっても何とかすると思うしね。だってほら、346プロのアイドルって個性が大爆発してるじゃない。言うじゃない、《芸術は爆発だ》って。アイドル足るもの、芸術というのも必要よ」

その筆頭が何を言っているのかと思ったが、敢えて口に出すのを諦めた。分かって言っているのだ。いくら言っても無駄である。

「それに、あの人なかなかやり手として有名みたいだし。ふふふ、華耶さんと打ち合わせでもしておこうかしらね」

何やら不敵な笑みを浮かべるエレーナ。そんなエレーナの様子に、なまた何かやらかすのだと思いつつ、巻き添えを食らわないために気にしないことにしたのであった。

 

この日の仕事を終え、エレーナは楓と共にマスターの店で乾杯していた。

「そうだ、楓ちゃんは美城常務のお話は聞いた?」

「噂程度ですが聞きました。随分なやり手の方みたいですね」

楓も346プロの看板アイドルである。このような噂には敏感であった。

「それで、何を企んでいるんですか?」

楓の問い掛けに、エレーナは意味深な笑みを浮かべる。

「企むだなんて人聞きの悪い。ちょっと一つ企画を華耶さんに出してみようと思っただけよ」

「企画、ですか?」

「えぇ。346プロには沢山のアイドルがいるでしょう? そして、それぞれ色々なキャラクターを持っているわ。その中には歌歌声を中核にしている子もいる。私はそういう子達のことを《歌姫(ディーヴァ)》って呼んでいるわ」

「《歌姫》、ですか。素敵ですね」

《ディーヴァ》とは、オペラにおけるプリマドンナを指す。主役をはれるほどの歌唱力を持つアイドルは、多くのアイドルを抱える346プロといえども多くはない。

「でもどうやって選出するんですか?」

「もちろん、アイドル全員の歌を聞くわよ。一応CDは全部持ってるけど、新人の子達や上手になっている子もいると思うから、デモテープも送ってもらいたいとも思ってるわ」

何でもないように言っているが、アイドル全員の歌を聞くなんてことは簡単なことではない。

楓もそう思ったため愕然としていた。

「それは、いくらエレーナさんでも大変なんじゃ?」

「そうね。出来ないことはないだろうけど大変ね。華耶さんにも手伝ってもらうつもりだけど、だからこそ楓ちゃんにお話したのよ」

「だからこそ?」

「楓ちゃんには、このプロジェクトに参加してもらいたいの。そして、一緒にオーディションをしてもらいたいと思ってるわ」

エレーナの誘いに、楓は困ったような表情になりながらもすぐに頷いた。

「そんなお誘い、断るわけないじゃないですか。とても楽しそう」

「ふふふ、楓ちゃんならそう言ってくれると思ってたわ」

楓が了承してくれたことが嬉しかったのか、エレーナはグラスを一気にあけた。そんなエレーナの前に、マスターがお猪口と徳利を置く。

「どうぞ。お猪口じゃ乾杯になりますけど、お二人にはこちらの方がいいでしょう? お二人のプロジェクトの前祝いに。私からも応援させて下さい」

マスターから受け取ったお猪口に酒を注ぐと、エレーナと楓は小さく乾杯する。

「でも、このプロジェクトが実現すれば、エレーナさんの全力の歌が聞けるんですか?」

「あら、私はいつでも全力よ?」

「それは分かっていますけど。それでも、歌に100%力を注ぎ込んだエレーナさんの曲は本当に素晴らしいですか」

エレーナが仕事で手を抜くようなことはない。しかし、100%歌に重きを置くということもあまりなかった。

エレーナの持ち味は、その歌声は勿論、ダンスにもあった。

ポップなダンスはもちろん、本場ロシアで指導されていたバレエの実力も相当に高く、クラシカルなダンスも高い評価を得ている。

そのため、エレーナのステージでは歌とダンスが注目されているのである。

「そう言われてみると確かに、最近は歌一本ではやってなかったわね。そうね、久しぶりに全力全開フルパワーで歌うことにするわ。華耶さんに相談しておかなくちゃ。新曲案はあるしね」

そういうとエレーナは音楽プレーヤーを取りだし、とある曲を流す。それはピアノとエレーナが口ずさむ簡単なメロディーだけであったが、楓としては良いと感じた。

「もちろん、これで決定というわけじゃないけど、色々試してみるわ」

そう言いながら、エレーナと楓はお酒を飲みつつ、新作案(悪巧み)をするのだった。

 



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頑張った娘へ

お久しぶりです。
すごく、難しい……


「よし、今日はこの辺にしておくか」

事務所内でマスタートレーナー略してマストレさんと呼ばれる青木麗は、パンと手を叩きレッスンを止めた。

「ふぅ……やっぱり麗さんのレッスンは楽しいわ。それに、マンツーマンのレッスンも久しぶりだったし」

麗から受け取ったエネドリを飲みつつ、柔軟をするエレーナ。

「ん? あぁ、そういえばそうだったか。エレーナも最近ますます忙しいからな。それでも動きにキレがあるのは流石だが」

「ふふっ、だってそれが私の強みですもの」

エレーナは早々に柔軟を終えると、麗と話を続ける。

「そういえば、《TITANIA》のライブの方はどうだ?」

「上々ですよ。準備自体は華耶さん達の仕事ですし、私達はより良いものを目指すだけですから」

「それこそが難しいのだけどな。エレーナには言うだけ無駄か。しかし、サマーライブにも個人で出るのだろう? 流石に大変じゃないか?」

エレーナは《TITANIA》のライブの他に、346プロのサマーライブにも出る。二つのライブの日程は近いため、非常に厳しいスケジュールである。

「あら、たくさんステージに乗れるのだから楽しいじゃないですか。まぁ、サマーライブでは新曲は歌わないし、体力的にも問題はないから大丈夫です」

「何と言うか、流石だよ」

これには麗も苦笑するしかなかった。

レッスンを終え、部屋から出たエレーナは、別のレッスンルームに向かう。

最近のエレーナの楽しみは、シンデレラプロジェクトメンバーの激励であった。アナスタシア達を皮切りに、次々とデビューしていく彼女達は、エレーナにとって、とても気になる存在なのである。

が、レッスンルームには誰もいない。首を傾げつつプロジェクトルームに向かうと、何故か電話の周りに集まっていた。

「どうしたのみんな?」

「あっ、エレーナさん! その、きらりちゃん達がいなくなってしまったみたいで」

「……詳しく聞かせて?」

美波から話を聞くと、エレーナはすぐに電話をかける。

「……あ、華耶さん。次の仕事まで時間ありますよね?」

『はい。夜景を背景に、というコンセプトですので、時間はありますよ。一度帰りますか?』

「そういう訳ではないけど、少し会社を離れるわ」

きらり達の件を説明すると、華耶は少し考える。

『……分かりました。どうしても間に合わないようでしたら、分かり次第連絡してください』

「ありがとう華耶さん。大好きよ」

そう言って電話を切ると、エレーナは車のキーを取り出した。

「車を出すわ。取り合えず武内Pの方にはちひろさんが行っているから、私達はステージの方に行きましょう。えっと、美波ちゃんと蘭子ちゃん、それと凛ちゃん。一緒に来て。卯月ちゃんは、連絡がきたらいけないから、ここで待機してくれる?」

「は、はいっ!」

三人を連れて駐車場に向かう。

「こ、これはまさしく女帝の馬車ぞ」

「す、すごい車……」

「ふふふ、ありがと。ともかく、すれ違いが起きてるだけみたいだから、事故や事件ではなさそうでよかったわ」

話を聞く内に、エレーナも緊張をほぐす。それに伴い、美波達もホッと肩を落とした。

幸い会場は近く、すぐに到着した。そこには既にちひろが来ており、状況を説明した。

「そうですか……ありがとうございましたエレーナさん。それで、三人にお願いがあるのですけど、もし、三人が間に合わない場合、代役として場を繋いで頂きたいのです」

「代役って……これを着てですか!?」

衣装を指差しながら叫ぶ凛に、ちひろは澄みきった笑みを向ける。

「それ以外に、何が?」

その笑顔の前に、三人は従うしかなかった。

「まぁ、衣装合わせは私も手伝ってあげるわ。大丈夫、みんな可愛いんだから、絶対に似合うわ」

自信満々に腕を捲るエレーナに、凛達三人はヒクリと頬をひきつらせた。

 

「お、おまたせー!!」

テントに莉嘉達が飛び込んでくる。皆息は切れているが、とても晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

「エレーナさん! 来てくれたんだー」

「えぇ、みりあちゃんの可愛い姿を見たくって。勿論、きらりちゃんと莉嘉ちゃんもね。ふふふ、でも今日はたくさん可愛い姿を見られて幸せだわ」

ちらりとエレーナが視線を向けた先には、見事にドレスアップした凛達の姿。エレーナが手掛けたコーディネートは、《凸れーしょん》とはタイプの違う三人にも良く似合っていた。

「わぁ! とっても可愛いにぃー!」

「蘭子ちゃん、すごい可愛いー!」

「諸星さん、城ヶ崎さん、赤城さん。急いで下さいっ」

目を輝かせている三人に、武内Pは慌てて声をかける。時間がギリギリなことを思い出した《凸れーしょん》の三人は、慌ててステージに走っていった。

そんな三人を見送ったエレーナは、こっそりとテントの外に出た。

「お疲れ様、お姉ちゃん」

「エレーナさんにお姉ちゃんって言われると変な感じです」

そこには美嘉がいた。声をかけられ、困ったように微笑むのを見て、エレーナは傍にあった自販機でコーヒーを買い、それを美嘉に渡す。

「頑張った美嘉ちゃんにご褒美ね。缶コーヒーだから格好つかないけど」

「ありがとうございます。でも、エレーナさんが来てくれて良かったです。もしもの可能性もあったし、それに、莉嘉達も喜んでますし」

「私がきたのは偶々時間が空いてたからだけどね」

チラリとステージの方を見れば、莉嘉達がキラキラ輝いていた。それを見たエレーナと美嘉はとても嬉しそうに微笑み合うのだった。

 



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ある夜のお話

おひさしぶりです。
最近はデレステやり過ぎて書くのが遅くなりました。
近況報告。
ふみふみSSレアゲットしました。
ふみふみSS+Lv90のエレーナPがいたら、それは私です。


 

ある夜、エレーナはパソコンでとある人物と会話をしていた。

「それにしても、こうしてお話するのは、ロスでのライブ以来でしたね」

『そういえばそうだったな。とは言っても、私はアイドル部門には携わっていないから、当然といえは当然だが』

その相手は美城常務。最近事務所の一部で噂になっている張本人である。

「ふふふ、こうして連絡先は教えあっているのですから、もっとお話させてくださいな。メールでもいいんですよ」

『善処しよう、とだけ言っておこう。それで、わざわざ連絡してきたのは噂の確認というわけではないのだろう?』

美城常務の鋭い視線にも、エレーナは全く怯むことなく切り返した。

「あら、それはそれで事実なのですけど。まぁ、常務の言うとおり、一つお話しておきたいことがありまして」

『それが、この送ってきた企画書、という訳か。簡単に目を通したが、どうしてここには君の名前しかないのかな?』

エレーナが美城常務に送ったのは、先日楓と話していた企画の企画書である。しかし、その企画書にはエレーナの名前しかなく、本来ならば無ければならない華耶の名前がなかった。

「どうしてもなにも、まだ華耶さんには話していないからです。このことを知っているのは、私と楓ちゃんと、美城常務、あ、バーのマスターもいるから計四人ですね」

『まだ私的な企画書だから構わないが……ともかく、どうして柳くんではなく、私に連絡をしてきたのだ?』

常務が聞いてきたのはまさしく本題。エレーナは笑みを少し強めると、自身の考えを常務に伝えた。

その提案を聞いた常務は、少し考え込むと顔を上げた。

『いいだろう。君がそのような企画を持っていること、考えておく。しかし、企画自体は君ではなく柳くんから出すように』

「分かっています。もちろん華耶さんがNGを出したらまた考えます。では今日のところは失礼いたします」

『あぁ。……何かあったらメールしなさい。そちらはもう夜だ。アイドルの顔に隈があってはいけないからな』

「あら、それは大変。ふふふ、では」

通信を切ると、エレーナはソファに腰かける。この日は文香との本談義もないため、エレーナ一人の時間である。エレーナはテーブルに残っていたウォッカを一気に空ける。

「ふふふ、何だかワクワクしてきたわ。美嘉ちゃん達と触れあうのも最高だけど、自分から動くのも久しぶり」

今でこそ、346プロにアイドル部門が正式に設立され、多くのプロデューサーのサポートによる運営が為されているが、エレーナが試験的にアイドルをしていた時には、エレーナ自身が企画を提出し、華耶とともにステージを作り上げてきた。今とは異なり、プロデューサー自体が少なかったため、エレーナは華耶の仕事を見て、プロデューサーの仕事を学んでいたのである。

世界のトップアイドルたるエレーナがプロデューサーになることは考えていなかったが、それでもその頃に築いたパイプはエレーナにとって重要な財産になっていた。

「さてと、常務には釘を刺されたけど、お手本くらいは作っておかなくちゃね」

そういうとエレーナはたちあがり、奥の防音室に入った。

 

「か~や~さんっ」

エレーナの猫なで声を聞いた華耶は、迫り来る苦労の予感を感じ取っていた。

そしてそれは勘違いなどではなく、とびきりの企画(厄介事)であった。

「……企画自体には文句はありません。面白いとも思いますし、チャレンジする意味もあると思います」

「華耶さんならそう言ってくれると思っていたわ」

分かっているくせにと思いつつ、何を言っても無駄であることを熟知している華耶は、喉まで出てきていた恨み言を飲み込んだ。それを見つめるエレーナの笑みが恨めしい。

「それとね、参考資料という感じで一曲歌ってみたの。流すわね」

そう言ってエレーナが持ってきたCDをパソコンに入れる。そして流れてきた曲は《Ma Donma》。エレーナの出した歌の中で、最も美しく、難しいと評価されている曲である。

当然ながら、この難曲をエレーナは美しく歌い上げることができる。その証拠に、この曲はエレーナが出した曲の中でも上位の人気を誇っている。

華耶もこの曲は気に入っていたため、繰り返しきいていたが、今流れている《Ma Donma》の出来には驚愕していた。

「エレーナ、この企画のコンセプトは、まさしく歌声なのね?」

「そうよ。アイドルに必要な要素の《Vi》、《Da》、そして《Vo》。その内の歌声を取り上げた企画。アイドルでも、歌手でもなく、《歌姫》の素質を持つお姫様を探す企画なの」

「《DIVA PROGETTO》、イタリア語なのは元義を残すためかしら?」

「えぇ。主役を飾れる歌声を持つ娘に歌ってもらうの。だから、誰が、ということ以上に、どこで、ということの方が難しいかもしれないわ」

エレーナとしても、楓のときのように指名はせずとも、何人かに目星はつけている。

しかし、その舞台をどうするかについてはまだ未定な箇所が多かった。

大舞台に関しては問題ない。場所の確保という課題はあるが、そこで何をやるのかという企画は立てやすい。

しかし、小さな舞台で考えると、どうやるか、というかとに関してはエレーナも決めかねていた。小さな舞台が駄目だということではなく、舞台に比べて浮いてしまいかねないのであった。

エレーナや楓が、個人でステージに立つのならば、まだ問題はないのだが、《DIVA PROGETTO》として立とうとすると、舞台が完全に負けてしまう可能性があるのである。

「一番簡単なのは、大きな舞台だけを用意することでしょう。エレーナと楓さんがいる、ということを考えれば、不思議ではありません。それに《歌姫》という存在の意味を考えても合ってはいます」

「お城の小さなバルコニーのお姫様を眺めて恋い焦がれるのも素敵なことだけどね。でもそれだと、これまでの346プロのカラーとずれてしまいかねないわ」

346プロのアイドルは個性豊かであり、各々がファンに近い位置で活動している。シンデレラプロジェクトのメンバーは勿論、楓やエレーナもその姿勢は大切にしている。

それを崩しかねないこの企画は、更なる飛躍をもたらすものであり、同時にこれまでのものを壊しかねないものでもあった。

「変革ということならそれでもいいけど、私はそれを理由としていないの。一つのことを極めようとすることの達成感を、その成果をお披露目したときの喜びを感じてもらいたい。そして、私自身も感じたいと思っているわ」

エレーナの偽りのない想いを華耶はしっかりと感じ取った。そこまでの想いを抱いているのならば、華耶はこの企画を落とすきにはなれなかった。

「分かったわ。それで、いつから本格的に始動しましょうか」

「それなら決めているわ。私たちのライブの後に動きだそうとおもってるわ」

華耶が美城常務の件を知らないはずもなく、華耶はエレーナのことをじっと見つめる。

「本気?」

「本気よ。私の夢の一つを叶えるためだもの。簡単な道じゃつまらないわ」

それを聞いた華耶は、深い溜め息を吐いた。

「じゃあ、取り敢えず私の方で細かい所を詰めておくわ。曲は書いてきてるの?」

「イメージ程度ならあるけど、今回はお願いしようと思っているの」

「お願い? どなたにですか?」

華耶としても、作詞作曲を依頼するならば早くしなければならない。しかし、その名前を聞いた瞬間、もう一度愕然とするはめとなる。

「作詞、佐久啓、作曲、大林美星。この二人にお願いしたいと思っているわ」

やられた、と思いつつ、これが成立したときのメリットが次々と浮かんできていた。

「連絡などは?」

「流石にしていないわ。華耶さんに相談していないのに、お願いなんて出来ないから」

「……分かりました。楓さんのプロデューサーには至急連絡しておきます。できる限り時間を作ってもらうように」

「私はちょっと早いけど、このままスタジオに行っているわ。華耶さんは予定が決まったら来て。スタッフには私から伝えておくわ」

エレーナは、華耶といくつか情報を確認すると部屋を出る。そしてそのまま346プロ内の録音スタジオに向かった。

その途中、渡り廊下を歩いていると、庭でみくと李衣菜が何やら言い合っていた。

何事かと首を傾げたが、流石に仕事があるので気になりつつもスタジオに向かおうとする。すると、休憩所のベンチに武内Pが座っていた。

「ふぅ……」

「お疲れさまです。休憩ですか?」

突然声をかけられ、武内Pは慌てて後ろを振り向いた。

「エレーナさん」

「ふふふ、最後のユニットはあの二人なのね。とってもいいユニットね」

エレーナがそう言うと、武内Pは驚いたように目を開く。

「あら? 変なことを言ったつもりはないのだけど」

「あ、いえ、すみませんでした」

武内Pはそのまま立ち去ろうとしたが、エレーナはそれを止めた。

「武内P。どうしてそのような反応をしたのか、教えてくれませんか?」

武内Pは首もとに手をやり、困ったように考えたが、観念してエレーナに李衣菜とみくのユニットについて説明した。

その話を聞いたエレーナは、思わずクスクスと笑ってしまった。

「エレーナさん?」

「ふふふ、ごめんなさい。ふふ、仲が悪いのではないかということですか。でも、武内Pはそんなことないと思っているのでしょう?」

「はい。あの二人ならば歌詞を書き上げてくれると信じています」

そう言いきる武内Pの目を見たエレーナは、満足そうに頷いた。

「なら、心配する必要はないですね。じゃあ、先輩からの差し入れとして、ジュースを二人に持っていってくれませんか?」

エレーナはスタドリを二本買うと、それを武内Pに手渡す。

「それは構わないのですが、エレーナさんが直接お渡しになってもいいのではないでしょうか?」

「そうしたいのはやまやまなんですが、流石に急がないといけないので」

気が付けばエレーナの仕事の時間が迫ってきていた。

「……それは、失礼しました。お仕事頑張って下さい」

「ありがとうございます。では」

エレーナは武内Pと別れ、スタジオに向かう。そこには既に華耶が来ていた。

「ごめんなさい、お待たせしちゃったわね」

「いえいえ、まだ時間には余裕がありますから。エレーナさん基準だと確かにギリギリですけどね」

今日の番組担当の女性プロデューサーが、苦笑しながらエレーナに挨拶をする。他の出演者にも挨拶をすると、華耶の元へ向かう。

「珍しくギリギリですね。何かあったのですか?」

「あったといえばあったけど、心配するようなことではないわ。ちょっと、後輩ちゃんに差し入れをね」

エレーナの言葉に華耶は首を傾げたが、いつものことかと納得した。

「ともかく、例の件に関しては、楓さんのプロデューサーには伝えておきました。後はあちらの返事待ちです」

「ありがとう華耶さん。それじゃ、今日もお仕事頑張らなくっちゃね」

エレーナは笑顔でそう言うと、打ち合わせのためにスタッフ達の元へ向かう。

そんなエレーナのことを見つめながら、華耶は小さく溜め息をついた。

「ああいう時のエレーナは、本当に魅力的なんですけどね……」

しかし華耶にとって、普段の自分を振り回してくるエレーナのことも嫌いではなかった。

「全く……私も重症ですね」

誰にも聞こえないように呟くと、華耶も打ち合わせのためにエレーナ達の元へ向かったのだった。

 



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女帝、自重をやめる

お久しぶりです。
デレステに専念していて遅れました。
喪服蘭子ゲットしました。
今は
ふみふみ
蘭子
○クロスさん
だりーな
たくみん
のSSR艦隊でプレイしています。


 とある日の午後、エレーナは346カフェで紅茶を飲んでいた。珍しく一人である。

 とはいえ、知り合いを見つければすぐさま声をかけるのがエレーナである。今回声をかけられたのは、相葉夕美であった。

 「こうやって二人でお茶をするのも久し振りね。大学の方はどう?」

 「最近忙しくなってきたので行けない時もありますけど、楽しいです」

 「ふふふ、それで課題を持ってきたのね」

 夕美の傍らに置いてある少し膨らんだ鞄を見てエレーナはクスリと微笑む。それに対して夕美は照れたように頬をかいた。

 「あはは……教授に課題を出されてしまったので。本自体は読んでいるので、後は纏めるだけなんですけど」

 「あら、文学関連の課題なの? それなら少しなら教えられるわよ」

 エレーナは、夕美から書いている途中のレポートを受けとるとそれを読む。

 「テーマは……あら、白居易なのね。これならアーサー・ウェーリーの本を読んでおくといいわ。確か、華耶さんの部屋に置いてあったから貸してあげる」

 「あ、ありがとうございます。漢文は内容は面白いんですけど、難しくて……」

 「文学なんてそんなものよ。私が纏めた論文もあるから、後でメールで送ってあげる。植物に絡めた論文だから、夕美ちゃんにピッタリだと思うわ」

 そう言われた夕美は、驚いたようにエレーナを見つめる。

 「エレーナさんって、本当に博識なんですね」

 「ふふ、ありがとう。私は大学を出てからアイドルになったから、勉強には専念できたのよ」

 346プロの中でも飛び抜けた学歴を持つエレーナである。それでいて、アイドルとしても飛び抜けているため、夕美はますます憧れを強くしていた。

 「エレーナさんは、今でも研究とかしてるんですか?」

 「最近は忙しくなってきて中々纏まった時間がとれないから本格的なのはやっていないわ。でも、モスクワのお友達の研究にアドバイスをしたり、教授方の研究を拝見させてもらったりはしているわ」

 「ほえー……凄すぎて想像が出来ません」

 「ちょっと専門的過ぎたわね。物理や科学分野と違って大掛かりな設備はいらないけど、資料を集めるのが大変ね」

 エレーナの研究の話をしていると、そこに文香がやってきた。文学の話題と分かるとすぐに飲み物を頼んでいた。

 「ははは、文香さんって、ラジオとかテレビで言ってた通り、本が好きなんだね」

 「はい。特にエレーナさんとお話をするときは殊更に楽しいです。私は本を読むだけですが、エレーナさんは、それを深く研究していますから、私だけではたどり着けないような解釈に導いてくれるんです」

 文香も大学では文学を専攻しているが、世界有数の大学に飛び級で、しかも博士号まで取得したエレーナには敵わない。

 「文香ちゃんだって凄いじゃない。その見識の広さは素晴らしいわ」

 「というか、お二人の話を聞いていると自信がなくなっちゃいますよ」

 あはは、と苦笑する夕美。

 「そうだ、文香ちゃんからも何かアドバイスしてあげたら?」

 「アドバイス、ですか? そのようなことは出来ないと思うのですが……」

 「あ、色んな視点から書きたいから、何か気が付くことがあるなら教えて欲しいな」

 そう言われて、文香は夕美からレポートを受け取った。全体を軽く読むと、文香は少し考えてから口を開いた。

 「そうですね……夕美さんが書いていらっしゃることに大きな誤りはないかと思います。ただ、日本文学との関連性についてはあまり書かれていないように感じましたので、それについて書き加えれば良いレポートになると思います」

 「あー……やっぱり分かっちゃいますか。でも、せっかくアドバイスしてもらいましたし、もう少し頑張ってみますね。お二人とも、ありがとうございました!」

 夕美は二人にお礼を言うと、本を探しにカフェを出ていった。

 「流石は文香ちゃん。的確なアドバイスね」

 「そんな……エレーナさんには敵いません」

 「ふふふ、そういうことにしておいてあげる」

 カフェを出た二人は、事務所の中ではなく駐車場に向かう。

 「お待たせ華耶さん」

 「まだ時間には余裕がありますよ。鷺沢さんもエレーナに付き合わされて大変でしたでしょう? 冷たいお茶を用意してありますから、局に着くまで休んでいて下さい」

 最近では華耶も文香に対して柔らかい態度で接するようになってきていた。

 車に乗り込んだエレーナは先ほどの華耶の言葉に口を尖らせていた。

 「全く華耶さんったら、失礼しちゃうわ」

 「ふふ、私はエレーナさんとお話していて楽しかったですよ」

 華耶が淹れたお茶を飲みながら、二人は楽しそうに談笑していた。

 目的地近くの信号で停まると、華耶は二人に声をかけた。

 「お二人とも、お話するのはいいですけど、準備の方は大丈夫ですか?」

 「勿論よ。私も勉強は止めてないし、文香ちゃんだって現役女子大生。もう、死角なしです」

 「わ、私は文学関連しか自信がありませんけど……」

 「大丈夫よ!」

 少し不安げな文香に対し、エレーナは自信満々な様子で胸を叩く。

 「文学もだけど、数学・化学・物理学・地学・経済学・日本史・世界史・地理学は勿論、語学であれば八ヶ国語は話せるし、読むだけなら倍はいけるわ!」

 ムフーと意気込むエレーナに、華耶と文香は苦笑するしかなかった。

 「私は……必要ないのでは?」

 「……そんなことありませんよ」

 この後の仕事はクイズ番組の収録。《TITANIA》を代表してエレーナと文香が出演することになっていたのである。

 出演者達へ挨拶をした後、自分達の楽屋に入ると、エレーナはお茶を淹れ始めた。

 「昨日仁禛さんのお店に行った時に貰ったの。今日優勝できたら、仁禛さんの全力最高級ディナーコースを奢ってもらうことになってるのよ」

 仁禛曰く『後のこととか考えず、全身全霊で作ってあげる』とのことであり、その言葉を聞いていた店員の女性は裏で興奮していた。

 「今日は本気の本気でやっていいみたいだし、本気でいくわ」

 その時のエレーナの表情は、獲物を虎視眈々と狙うハンターのようであったと、後に文香は語ったのであった。




次回はこれの続きです。
もしかしたら別視点からかもしれない


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夜空を見上げて

更新が遅れたのは入院していたからです。
よしのんの声が聞こえたと言ったら連行されました。
デレステは
クール
しゅーこ、喪服蘭子、ふみふみ、美波、りーな
パッション
たくみん、よしのん、未央(初代)、きのこ、にょわー
でSSR艦隊を組めるようになりました。
因みにキュートは、卯月(初代)、フレちゃん、幸子ォの3人で少し足りません。
しかし、我がSSRはフルボイスで素晴らしいですね。
特に、よしのんのでしてーの愛らしさと言ったら……(以下略)


 

 「華耶さん、みんなへのお土産はこれでいいかしら?」

 「遊びに行くのではないのよ? というか、これから向かうのにお土産とか……」

 エレーナと華耶は、とあるSAでお菓子を物色していた。

 「なに? せっかく久し振りに二人揃ってオフがとれたのにー」

 エレーナの言う通り、二人は休暇である。忙しいながらも、しっかりと余裕を作っていた華耶は、同じく休暇のエレーナに誘われてドライブに来ていた。車は例のエレーナの大統領御用達車。

 「お土産なら私が持ってきてるわ。というか、お昼食べにきたんですから、まずはお昼を食べましょうよ」

 エレーナと二人っきりなので、随分と砕けている。エレーナも買うつもりはなかったようで、大人しくレストランに入る。

 「こういう所だと、カレーを食べたくなるのよねー」

 「分からないではないけど、一応トップアイドルなんだから……私はお蕎麦でも食べましょうか」

 食券を買い、料理を受けとるとテラスの席に移動する。

 「最近はこういう所のご飯も美味しいのよね。小さい頃日本に旅行に来たときに食べた、ちーぷなカレーも好きなのよね」

 「……まぁ、旅の醍醐味と言えばそうね」

 ジャンクなご飯の話題に華咲かせつつ、お昼を食べる二人。

 「そう言えば、武内Pは不在なのよね?」

 「えぇ。重要な会議があるから、一度抜けているわ。その間は新田さんが取り仕切ってくれているはずよ」

 「美波ちゃんなら安心だけど……まぁ、何事も経験よね」

 エレーナが何か含みを持っていることに気が付きつつ、華耶はそれをスルーした。

 「さぁ、そろそろ行きましょうか。運転、変わりますよ」

 「それじゃあお願いしようかしら」

 こう見えて、華耶の趣味はドライブである。エレーナの車によく乗せて貰う為、保険料を折半しているくらいにはスピード狂である。

 

 予定よりも一時間ほど早く到着すると、エレーナはこっそりと旅館の裏口にまわる。そんなエレーナに、旅館の女将が気が付くと嬉しそうに声をあげた。

 「あらまぁ、エレーナさん。お待ちしてましたよ」

 「お久しぶりです。短いですが、よろしくお願いします」

 女将はエレーナをこっそりと部屋に案内すると、お茶を淹れる。

 「765さんがいらっしゃった時以来ですか。最近では主人もエレーナさんの大ファンになったんですよ」

 「ふふ、ありがとうございます。そういえば、みんなはどうしていますか?」

 「そう言えば、さっき皆さんで庭に出ていましたよ。あら、楽しそうなことしてますね」

 窓から覗けば、CPのメンバーが何チームかに分かれてリレーをしていた。

 「あらあら。それじゃあ私は裏方に回ろうかしら。奥様、今日のお夕食なんですが……」

 「分かってますよ。材料は沢山用意してあります」

 以前来たときもエレーナは料理を披露していたため、女将はしっかりと準備をしていてくれていた。

 「ありがとうございます。華耶さんも手伝ってね」

 「了解よ」

 そうして、エレーナと華耶はこっそりと台所に移動するのであった。

 

 美波のスペシャルプログラムを終え、改めて一致団結したメンバー達を出迎えたのは、唐揚げや卵焼きなど、まるで運動会のお弁当のようなメニューの夕食であった。

 そして、大皿を持って出迎えたのは。

 「はい、みんなお疲れ様。今日の夕食は、エレーナさん特製の運動会メニューよ」

 346が誇るトップアイドルであった。

 「「「エレーナさん!?」」」

 「お姉ちゃん!」

 アナスタシアだけは、エレーナに抱きついていたが、他の面々は仰天していた。

 「お姉ちゃん、どうした、ですか?」

 「ふふふ、華耶さんとオフが重なったから旅行に来たのよ」

 「ご迷惑かとも思ったのですが、お邪魔させて頂きました」

 エレーナとはよく話していたCPのメンバーだが、華耶とはあまり話していなかったため、少し緊張気味である。

 「今日は女将さんと華耶さんと一緒に作ったの。さ、いっぱい動いてお腹すいたでしょ? たくさん作ったから、いっぱい食べてね」

 突然のエレーナ達の登場に、初めは驚いていたものの、アナスタシアを筆頭に嬉しそうな笑みを浮かべながら席についた。

 「にゃっ!? エレーナさんの唐揚げ、すっごく美味しいにゃ!」

 「凛ちゃん、未央ちゃん! この卵焼き、すっごくふわふわしてます!」

 エレーナの料理に、CPメンバー大絶賛。それをエレーナは嬉しそうに眺めつつ、ニコニコしながら皆のお世話を続けるのだった。

 

 夕食の食器を洗い終えたエレーナは、縁側へと向かう。華耶は宿の女将と主人に進められ裏でお酒を呑んでいる。

 「お疲れ様、美波ちゃん」

 エレーナが向かったのは、花火で盛り上がっているメンバーを見つめる美波の元であった。美波の隣に腰かけると、冷たい麦茶を手渡した。

 「ありがとうございます」

 「ふふふ、どういたしまして。今日は疲れたでしょう?」

 「はい。でも、とても楽しかったです」

 そう言い切る美波の顔を見たエレーナは、満足げに頷く。

 「うんうん。美波ちゃんも立派なリーダーね。もう、抱きついちゃうわ」

 ぎゅー、と言いながら美波に抱き付くエレーナ。突然抱き付かれた美波は、麦茶を落としそうになっていた。

 「わっ!? え、エレーナさん?」

 「ふふふふ、ごめんなさい」

 すぐに美波から離れると、エレーナはお茶を口にして一息吐く。

 「頑張ったみんなには特別に一曲プレゼントよ」

 「へ?」

 ピョンと縁側から庭に降りると、エレーナはスッと背筋を正す。ただそれだけで、旅館の庭がエレーナのステージへと変化する。

 「わ……お姉ちゃん」

 妹であるアナスタシアは、思わぬサプライズに満面の笑みを浮かべ。

 「星銀の歌姫……きれい……」

 蘭子は、その幻想的な美しさに、思わず本音をこぼし。

 「エレーナさん、お姫様みたーい」

 みりあは、憧れの女性の姿に瞳を輝かせる。

 その他のメンバーも、何が始まるのかを察し、花火を置いてステージの歌姫が歌い始めるのを心待ちにする。

 この曲は、この一言から始まる。

 

 ────ワタシをおいていかないで?

 

 それは、決して弱さを見せてはならぬ、女帝にならざるを得なかった一人の空のお姫様のお話。

 




前回言っていたクイズ番組篇は、番外編として投稿します。意外に難しいよ。


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Present for Cinderella from an Empress

一期最終話に入ります


 暑い夏は日を追う毎に日光の鋭さを増していき、まさしく夏、と言いたくなる晴天のこの日。346プロのサマーフェスの日がやって来ていた。

 エレーナは、アナスタシア達を激励しに控え室に向かっていた。同じようなことを考えていた美嘉も一緒である。

 「一曲だけですけど、エレーナさんと一緒のステージに乗れるなんて、今からワクワクですよー」

 「あら、私だって美嘉ちゃんと一緒よ。楓ちゃん以外とは、あまり一緒のステージには乗らないもの。だから、今年のサマーフェスは楽しみにしてたの」

 エレーナは、スペシャルシークレットゲストとして参加予定である。因みに文香は不参加だが、ステージの雰囲気を味わう為にスタッフとして参加している。

 『リハーサルで気がついたこと、他にあるかしら?』  

 中から美波の声が漏れでている。エレーナと美嘉がキリのよさそうな所で入ると、エレーナにはアナスタシアが、美嘉には莉嘉が抱きついた。

 「「お姉ちゃん!」」

 「もー、莉嘉ったら」

 「アーニャちゃんもリハーサルお疲れ様。私も見させてもらったけど、とてもよかったわ」

 「ほんとですか? 気になったところとか、ありませんでしたか?」

 エレーナに褒められて嬉しそうにしつつも、やはり気になっていたようだった。それは他のメンバーも同じようで、皆がエレーナの方を見ていた。

 エレーナは苦笑しつつ武内Pのことを見る。武内Pも頷いたため、エレーナはホワイトボードの前まで行き、説明を始める。

 「まずは全員に言えることだけど、動きが少し小さいわ。今日は野外ステージだから、意識しておかないとすぐに小さく見えてしまうの。特にダンスが目立つ娘は指の先まで意識しておかないといけないわね」

 エレーナの指摘と改善点に、皆が真剣に耳を傾ける。特にリーダーである美波は、細かくメモをとっていた。

 「……と、こんなところかしら。そ・れ・と」

 説明を終えると、エレーナはおもむろに美波の後ろに回り込み、そのまま美波の背筋をスッと撫でる。

 「ひゃっ!?」

 「少し力を抜くことも重要よ。今日は長丁場なんだから、動きにメリハリをつけなきゃね」

 「もう、エレーナさん!」

 美波の声に、皆クスクスと笑っていた。

 そこで、扉がノックされる。

 「失礼します。あ、エレーナさん。華耶さんがお呼びです」

 入ってきたのは、スタッフジャージを着た文香であった。

 「ありがと、文香ちゃん。それじゃあ、今日は頑張りましょうね」

 「「「はい!!」」」

 メンバーの元気な声に満足すると、エレーナは文香と共に部屋を出た。

 「えーっと、この時間ならアナウンスの所よね」

 「はい。サプライズアナウンスの時間が近いのでとおっしゃっていました」

 プログラムを見つつ、細かく要件を伝える文香。

 「普通なら録音だけど、今日はサプライズキャストだものね。バレないようにしないとね」

 ルンルンとスキップしそうな勢いで歩くエレーナに、文香はクスリと笑みを浮かべる。

 「あら、どうしたの?」

 「エレーナさんが楽しそうにしているので、つい」

 「もぅ、文香ちゃんたら。でも、そうね。とても楽しいわ。文香ちゃんはどう? 裏方さんだけど、ライブの雰囲気は?」

 「そうですね……私はライブというものは行ったことはありませんでしたが、こんなにもたくさんの方々が携わっているのに驚きました。たくさんのアイドルの方がいて、たくさんのスタッフの方々が支える……私もエレーナさんのようにワクワクしているのかもしれません」

 文香の言葉に、エレーナは柔らかな笑みを浮かべてそう、と頷く。そうこうしている内にアナウンス室に到着する。

 「待ってたわよエレーナ。鷺沢さんもお疲れ様です」

 「お待たせ。ねぇ、華耶さん。このアナウンスの件で、ちょっと提案があるのだけれど」

 「いいわ、言ってみて」

 エレーナの提案に、華耶は頭を抱えつつ了承した。元より進行に支障が出にくく、尚且つ効果的であると華耶も感じてしまったのである。

 「……出来るなら、早めに教えてちょうだい」

 「ふふふ、かしこまりました」

 エレーナは嬉しそうに返事を返すと、何故か文香の肩をポンと叩く。

 「へ?」

 「それじゃあ、頑張りましょうね、文香ちゃん♪」

 「へ!?」

 

 

 開演も近付き、ちらほらと会場の熱気が伝わり始めた頃、CPのメンバーは皆集まっていた。

 「そ、そろそろですね!」

 「そうだね、智絵里ちゃん。私もドキドキしてきちゃった」

 智絵里やかな子がお互いに励まし合っていると、天井のスピーカーから音が聞こえてきた。

 『『ピーンポーンパーンポーン』』

 妙な程に綺麗にハモったチャイム音に、皆ポカンとしてしまう。

 『はーい、会場の皆さーん。ちゃんと、水分補給はしてますかー?』

 『きょ、今日はマイクからの出演の、《TITANIA》の鷺沢文香と』

 『駄目よ文香ちゃん。もっとはっちゃけないと。同じくマイクから失礼します、《TITANIA》のエレーナ・パタノヴァでーす!』

 突然のエレーナと文香のアナウンス。会場の歓声が控え室にまで届いていた。

 『まだまだ暑さが続きます。なので、しっかりと水分補給をして、ステージを楽しんで下さい。それと、ふみっ!?』

 突然の文香の悲鳴に、何事かと心配になる一同。

 『文香ちゃんったら、まだまだ固いわよ? これから、一回お堅い言葉遣いをしたら、一ふみよ?』

 『一ふみって、え、何なんですか!?』

 『文香ちゃんがふみふみするときに発する可愛い言葉のことね。頬っぺたをツンツンすると、よくふみって言っていったい!』

 バチンという音と共に、エレーナさんの悲鳴が会場に響く。漫才のようなやり取りに会場は勿論、控え室の中にも笑いが起こっていた。

 『もー。今ね、私のツァリーさんが私の頭を叩いたのよ? え? 台本通り進めないと、禁酒令……さて、これからライブが始まりますが、幾つかの諸注意があります』

 いきなり行儀よくアナウンスをし出すエレーナ。これには、同じくアナウンスをしている文香までも苦笑していた。

 「ははは、エレーナさんのお陰で緊張がほぐれてきました!」

 「エレーナさんから、元気をもらったし、頑張ろー!」

 卯月や未央がオー、と手を挙げているのに、他のメンバーも続く。

 「皆さん、一度舞台袖に集まってください」

 そこに、武内Pが皆を呼びに来た。

 「「「はい!」」」

 全員が程好い緊張に包まれつつ、舞台袖に向かうのだった。

 そして、その舞台袖で目にしたのは、シンデレラのドレスを纏う、ツァリーツァの姿であった。




もう少し続きます


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大切な人の代わりは、大切な人

今回、オリジナル展開になります。
賛否両論あるかと思いますが、ご了承下さい。


 

  

 会場に響き渡る、時計の針の音。そして、オルゴールの音色が徐々に響き渡る。

 徐々に会場のボルテージが上がるなか、大きな鐘の音が響くと、天上の鐘の音が更に鳴り響く。

 

 ──お願い、シンデレラ。

 

 最初のフレーズは、ソロの歌声。この歌声の持ち主は、参加者に名を連ねてはいなかった。それ以前に、この曲を歌ったこともなかった。

 だが、それでも。この歌声を聞き間違えるような者は、数万人の中には一人もいなかった。

 天上の鐘と謳われ、世界中のファンを感動に震わせ、その歌声で数万人を黙らせる、まさに女帝《ツァリーツァ》。

 ソロが終わり、楓と並んで登場したエレーナの姿を見た会場のファン達は、一曲目にも拘わらず、力の限りの歓声を上げたのだった。

 「真夏の夜の前に、私達の《ツァリーツァ》からのプレゼントでーす!」

 「皆さーん、準備はいいかしらー!」

 楓と瑞樹の問いかけに、ボルテージを一気に最高潮まで押し上げられた会場は、手を挙げて応える。

 それを受け取ったエレーナは、高らかに宣言する。

 「346プロサマーアイドルフェス、スタート!!」

 エレーナの宣言に、会場は大声援を以て応えたのであった。

 

 

 『346プロサマーアイドルフェス、スタート!!』

 会場の大声援を控え室で聞いていたCPの面々は、エレーナが世界トップアイドルと呼ばれる所以を実感していた。

 「凄いです……」

 「うん。エレーナさん、一瞬で会場を虜にしてる」

 そう呟いた卯月と凜だけでなく、他のメンバーも会場のボルテージを一気に最高潮まで盛り上げたエレーナの実力に驚愕していたのである。

 「あわ……緊張してきました」

 「智絵里ちゃん、少し声だしする?」

 緊張を口にした智絵里に、美波はそう提案した。智絵里も頷いていたが、そんな中、アナスタシアは心配そうな表情で美波を見つめる。

 「美波、大丈夫ですか?」

 「うん。私もエレーナさんの歌を聞いたら緊張してきちゃって」

 そう言うと、美波と智絵里は控え室を出て空いている部屋に向かう。

 その途中、二人はとある人物とすれ違った。

 「あら? 新田さんと緒方さん?」

 

 

 その頃、歌を歌い終えたエレーナは、盛大な拍手に送られステージを降りた。

 「お疲れ様です、エレーナさん」

 一番に声を掛けたのは、隣で歌っていた楓であった。二人は更衣室に向かいながら話をする。

 「楓ちゃんこそお疲れ様。初めて歌ったけど、やっぱり楽しい曲ね」

 「今回はちょっとお姫様というより女王寄りでしたけど。アダルトなシンデレラでドキドキしましたよ?」

 フェスは時間との勝負である。会話をしつつも、急いで次の衣装に着替える。特に、エレーナと楓の衣装はドレス衣装なため、スタッフの助けもいるのである。

 「あ、エレーナさん、お疲れ様です!」

 先に着替えを始めていた美嘉が、エレーナに気が付く。

 「お疲れ様。美嘉ちゃんの《TOKIMEKIエスカレート》楽しみなの。だから、後ろからコールしていくから宜しくね♪」

 「あはっ、じゃあ、いつもより声張り上げていきますね!」

 お互いの曲について話していると、ふと扉の方が騒がしくなっているのに気が付く。

 「あら? どうしたのかしら?」

 「私、着替え終わったから見てきますね?」

 先に着替え終わった美嘉が、外に行き様子を伺いにいった。

 「ごめんなさい、ちょっと見てきても大丈夫かしら?」

 服自体は着替え終わっていたエレーナは、スタッフに断りを入れて美嘉の後を追う。

 外に出てみると、医務室の前にCPのメンバーが集まっていた。だが、そこには美波やアナスタシアの姿はない。

 と、そこに文香が走ってきた。

 「文香ちゃん、何かトラブルがおきたの?」

 「あ、エレーナさんっ。それが、新田さんが……」

 文香の説明を聞いたエレーナは、何かを考え、あることを文香に尋ねる。 

 「文香ちゃん、私とやったレッスン、今でも出来るかしら?」

 

 

 「新田さんの出演を認めるわけには、いけません。……申し訳ありません」

 武内Pの通告に、美波は声にならない慟哭をあげる。

 室内が悲痛な雰囲気に包まれる中、ちひろが遠慮がちに口を開く。

 「……ラブライカが出られないとなると、プログラムの変更が必要ですね」

 その言葉に美波はバッと顔をあげる。

 「待ってください!! 私は、私の管理不足だから仕方ありません。だけど、だけどっ、アーニャちゃんだけは何とか出してあげて下さい!!」

 あまりの剣幕に、アナスタシアが美波の肩を抑える。

 「だって、あんなに頑張ってきたのに……」

 「美波……」

 美波の嗚咽だけが響く中、ガチャリと扉が開く。部屋に入ってきたのは、エレーナと文香であった。

 「エレーナさん……」

 エレーナにあわせる顔がないと思った美波は、思わず顔を反らしてしまう。だが、エレーナはベットの脇に屈むと、そのまま美波のことを抱き締めた。

 「そんなに大きな声を出したら、疲れちゃうわ。だから、落ち着きましょう?」

 「エレーナさぁん……」

 エレーナの慈愛に溢れた声に、美波はエレーナの胸に顔を埋めて涙を流す。

 「一杯一杯頑張ったのよね? だから、今だけは休んで? 美波ちゃんの心配なら、私達も協力出来るかもしれないから」

 「エレーナ、さん?」

 エレーナの協力という言葉に、美波は顔をあげて尋ね返す。

 それに笑顔だけで応えると、エレーナは武内Pの方を向いた。

 「武内P。私からこのようなことを言うのは無礼なことだと承知して提案をさせていただきます」

 「はい……」

 真剣なエレーナの言葉に、武内Pも神妙に返事をする。

 「ラブライカの《Memories》、文香ちゃんならば、アーニャちゃんに合わせることが出来ます」

 「……そうですか」

 武内Pは、エレーナの提案に首元に手をおき考える。

 「練習のとき、ですか?」

 「えぇ。文香ちゃんのダンスレッスンのとき、《Memorise》も練習していたんです。《TITANIA》のライブの為の練習の時にですけど」

 「しかし、歌の方は……」

 「あら、歌の先生は私ですよ? 美波ちゃんと比べるとちょっとアルトかも知れませんけど、アーニャちゃんとなら丁度いいと思います」

 武内Pは、再び考え込むと顔をあげた。

 「私としては、それもいいかと思います。ですが……」

 「それは私も承知しています。ですから、アーニャちゃん、美波ちゃん」

 エレーナは振り返ると、アナスタシアと美波に問いかける。

 「ラブライカの美波ちゃんの代わりに、《TITANIA》の文香ちゃんが入ることに賛成かしら?」

 その提案に、美波は少し考えると小さく頷く。

 「私は……私の不注意でこんなことになってしまいました。だけど、私達と一緒に練習をしてくれた鷺沢さんなら、アーニャちゃんを輝かせてくれると信じています」

 「美波……」

 「そっか。じゃあ、アーニャちゃんは?」

 続いてエレーナはアナスタシアに問いかける。

 「……私も、美波と出られないの、悲しいです。でも、文香となら、美波に安心してもらえると思います」

 美波もアナスタシアも、代役を立てるということを理解し、納得した。

 それを聞き届けたエレーナは、笑顔を浮かべると、二人を抱き締めた。

 「ありがとう、二人とも。……そうと決まれば、CPのみんなにも説明しなくっちゃね」

 そう言うと、美波のことをちひろに任せ、エレーナは武内P、アナスタシア、そして文香と共にCPの控え室に向かった。

 その途中、武内Pは文香に話しかけた。

 「その、先程はお願いをしてしまいましたが、鷺沢さんは宜しかったのですか?」

 「は、はい。お手伝いが出来るのならば、是非とも、と思っています。プロジェクトのメンバーではないのにやらせていただくのは恐縮ではありますが……」

 「それは……いえ、受けてくださったこと、本当に感謝します」

 二人の会話を聞きつつ、エレーナはアナスタシアに話しかける。

 「こんなことになってしまったけど、アーニャちゃん、大丈夫かしら?」

 「確かに、残念です。でも、文香ともたくさん練習しました。だから、不安、ありません」

 「そっか。なら、美波ちゃんを安心させるために精一杯楽しんで。それが、一番よ」

 「はい!」

 アナスタシアからもわだかまりがなくなった頃、エレーナ達は控え室に着いた。中では、メンバー達が心配そうな表情をしていた。

 その中から、未央が一番に武内Pに声を掛ける。

 「プロデューサー、みなみんの体調は!?」

 その質問に、武内Pは高熱な為、出演は出来ないことを皆に伝える。皆、絶句したが、理由に納得をしてしまった為、何も言うことが出来なかった。

 そんななか、武内Pが文香が美波の代わりに《Memoris》のステージに乗ることを告げた。

 「これは、エレーナさんの提案であり、柳プロデューサーの許可も降り、そして、アナスタシアさんと新田さんの願い、でもあります。ですが……」

 そこまで言うと、武内Pは一度口を閉じる。エレーナがそれを引き継ごうとしたが、武内Pが首を横に振ったため、エレーナは引き下がった。

 「ですが、皆さんの心に影をさしてしまうのであれば、他の案を考えてもよいと、私は考えています」

 「他の、案?」

 凜の呟きに、今度はエレーナが答える。

 「今回は文香ちゃんを推薦したわ。だけど、他のユニットから代役を立てるということに不安があるのも事実だと思うの。だから、もし、CPから代役を立てるのなら、蘭子ちゃん」

 「は、はいっ!?」

 突然名指しされた蘭子は、驚きで飛び上がる。

 「合宿でアーニャちゃんと美波ちゃんと一緒に練習したわよね? もし、蘭子ちゃんが出たいというなら、私が責任をもって、本番までに形にしてみせるわ。私と楓ちゃんの出番はラストだから支障はないからね」

 エレーナの言葉に、蘭子は真剣な表情で考える。

 「ツァリーツァの……いえ、エレーナさん」

 蘭子は普段の言葉遣いでなく、真剣な言葉でエレーナに問いかけた。

 「私、合宿でエレーナさんにスペシャルレッスンしてもらって、誰かと一緒に歌うことの楽しさを知りました。だから、もし、出られるのならアーニャちゃんと一緒に出てみたい」

 「…………」

 蘭子の一生懸命な言葉に、エレーナは真剣な表情で聞き入る。

 「だけど、エレーナさんが、アーニャちゃんのことを誰よりも大切に想っているエレーナさんが、文香さんのことを推薦したのなら、私は文香さんとアーニャちゃんの《Memorise》を見てみたいです」

 蘭子の言葉を聞いたエレーナは、小さく頷く。他のメンバーも蘭子の心からの言葉を聞き、今回の件について納得していた。

 武内Pは、皆の決意を確認すると、改めて結論を口にする。

 「それでは、ラブライカの《Memorise》は、新田さんの代わりとして鷺沢文香さんに出演していただきます。鷺沢さん、急な話となり申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

 武内Pに頭を下げられ、文香はアワアワと慌ててしまう。

 「あ、頭をあげて下さい。……まだまだ若輩者ではありますが、アナスタシアさんを託してくださった新田さんの為にも、そして皆さんの為にも、心からお受けします」

 文香の言葉を聞いたCPのメンバーは、改めて文香を加えて円陣を組む。美波の代わりに中心となったのは未央。

 「不肖、本田未央。みなみんの代わりに音頭を取らせていただきます!」

 「未央……ふざけないの」

 凜の嗜めに、みなクスクス笑ってしまう。

 「あはは。では……こんなときだからこそ、いつも以上に頑張ろう! シンデレラプロジェクト、アーンド、《TITANIA》、ファイトー」

 「「「オー!!!」」」

 小さなシンデレラの卵達の輝く姿を、ドレス姿の女帝はとても嬉しそうに微笑みながら見守るのであった。

 




因みに、私はラブランコは愛しています。
アナスタシア×ふみふみ……ふみあーにゃ(てじ○ーにゃの発音で)とでも呼ぶべきか。
次回は、ふみあーにゃの《Memorise》とエレーナと楓のステージの予定です。
エレーナと楓は、最難関の曲の予定。……歌詞考えるかもしれないので時間がかかるかも。もし挫折したら早めに挙げます。


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素敵を磨きあげるために

ステージ前の段階です。

水着美波SSRが当たったので《Tulip》のMVをみていたのですが、私は大変な事実に気がつきました。

……美波が着ているのが水着だからなのでしょうか。
スカートの奥が見えるんですね。
喪服蘭子では見えそうで見えないのですが、水着美波は見えるのです。

これを報告したかったので、早めに投稿しました。

次回こそステージです。


 文香の代役が決定すると、エレーナはすぐさま動き出した。

 「それじゃあ文香ちゃんはまず衣装合わせをしてきて。あ、そのとき、美波ちゃんとスタイルが近いことを伝えてね」

 「文香さんには、私が着きます。武内P、関係各所には連絡を入れておきました。順番はそのままでいきます。CPの皆さんに連絡をお願いします」

 「はい。どうか、よろしくお願いします」

 頭を下げる武内Pに、華耶は苦笑を浮かべる。

 「後輩の面倒を見るのは先輩の役目です。だから、そのまま突き進みなさい」

 「……はいっ」

 華耶達が動き始めているとき、エレーナはアナスタシアにも指示を出す。

 「アーニャちゃんは、華耶さん達に着いていってちょうだい。私も楓ちゃん達にこの事を話してから向かうから。もし遅くなるようだったら、華耶さんの指示に従ってね」

 「はいっ!」

 皆と別れたエレーナは、そのまま楓のいる控え室に向かう。そこには美嘉や美穂がいた。

 「エレーナさん、美波ちゃんのことは聞きました。具合は大丈夫でしたか?」

 心配そうな表情の楓達に、エレーナは今の状況を説明した。

 「そうですか、文香ちゃんが……」

 「えぇ。それで、私がアーニャちゃんと文香ちゃんのことを見てあげることにしたの。だから、楓ちゃんと取れる時間が少なくなっちゃうの」

 「私のことは気にしないで下さい。エレーナさんとのレッスンで歌とダンスは叩き込みましたから」

 そう言い切った楓に、エレーナもしっかりと頷く。

 「ありがとう楓ちゃん。二人のステージから時間があるから、そこで一度合わせましょう」

 いくつかの打ち合わせをすぐに済ませてしまうと、エレーナはアナスタシア達が待つ部屋に向かってしまった。

 残された美嘉や美穂は、二人の会話を呆然とした表情で見つめていた。

 「あら? どうしたの、そんな表情をしちゃって」

 「いやー、二人の打ち合わせが早くて驚いちゃって」

 「お二人とも落ち着いてすごいです。私じゃ慌ててアワアワしちゃいます」

 二人の言葉に、楓はあら、と言いながらクスクスと微笑んだ。

 「私一人じゃ慌ててしまうわ。エレーナさんがいるからこんなに落ち着いていられるのよ」

 「あー……納得ですね」

 美嘉の苦笑いに、楓も苦笑いで応えた。

 「以前のコンサートで衣装の取り違えがありましたけど、エレーナさんったら、スタッフさん達の中に颯爽と入っていって代案を出していったの。エレーナは、コンサート前になると色々な曲を練習するから、それが助けになったのね」

 「だから、鷺沢さんも今回代役になれたんですね。私もエレーナさんと同じステージに立ってみたいです」

 美穂の言葉は、346プロのアイドル全員の願いでもある。

 今回の《お願い!シンデレラ》を別とするならば、エレーナが共にステージに立ったことがあるのは、楓と文香だけである。楓は言わずもがな、文香も時間に余裕があるときはエレーナの個人レッスンを受けているため、メキメキと歌やダンスの実力をあげてきている。

 その成果として、運動が苦手だと公言していたにも拘わらず、ダンスにおいてはエレーナや華耶も驚くほどの成長を遂げていた。

 「《ラブライカ》の二人も《TITANIA》のライブに出るんですよね? 今からでもバックダンサーの募集ってしてないんですか?」

 「んー、ダンサブルな曲だと《Madonna》とかしかないわよ? しかも、エレーナさんがソロでやるから、相当ハイレベルな振り付けにするっていってたわね」

 楓の言葉に、美嘉と美穂は頬をヒクリとひきつらせた。

 「そ、それは……」

 「私は、無理、かなぁ……。美嘉ちゃんなら……」

 「いやいや、私だって《Madonna》は難しいよ……」

 過去のコンサートの際、プロのダンサーを選抜してバックダンサーを選んでおり、その結果世界トップクラスのダンサーが集結して話題になったのである。

 エレーナの伝説の一つである。ダンスが得意とは言えど、世界トップクラスのレベルを求められては美嘉でもお手上げであった。

 

 一方、エレーナは文香達に合流していた。

 「じゃあ、早速一度合わせてみましょうか。文香ちゃん、美波ちゃんのパートになるけど大丈夫?」

 「はい。取り敢えずは、というくらいですが」

 「それなら大丈夫よ。華耶さん、音楽よろしく」

 オーディオからイントロが流れると、文香とアナスタシアはダンスを始める。エレーナは歌とダンスを真剣な眼差しで見つめる。

 一曲を通し終えると、エレーナはすぐに訂正箇所を指摘する。

 「大体は大丈夫ね。ダンスの部分はほぼ大丈夫ね。歌については響きのバランスが少し悪かったわね。華耶さん、少しアーニャちゃんのパートを歌ってもらっていい?」

 「はい。サビの部分でいいですか?」

 「えぇ」

 華耶がアナスタシアのパートを、エレーナが美波のパートを歌う。

 エレーナの歌唱力は当然素晴らしいものだったが、華耶もまた、エレーナに劣らぬほどの歌唱力を持っていた。

 「と、こんなところね。文香ちゃんは……って、どうしたの?」

 歌い終えた二人を、文香は呆然とした表情で見つめていた。

 「華耶さん、とてもお上手なんですね」

 「え? あぁ、まぁ、エレーナに付き合わされてカラオケとかに沢山連れていかれていたからかもしれないわ」

 「私の初期の歌のコーラスは、いくつか華耶さんがやっていたのよ」

 「華耶さんの歌、私、大好きです!」

 《ツァリーツァ》と《ツァリー》の規格外さに驚愕しつつ、エレーナ達のレッスンを確実にこなしていくのだった。

 

 「アナスタシアさん、鷺沢さん。そろそろお時間です」

 CPの出番が近付き、武内Pが二人を呼びに来た。

 「もう時間ね。それじゃあ、二人とも頑張って。二人の素敵な姿をファンのみんなと美波ちゃんに見せてあげましょう」

 「「はい!」」

 エレーナの激励に大きく頷くと、二人は控え室を出ていった。武内Pもエレーナと華耶に向けて頭を下げると部屋から出ていく。

 「さ、私も行かなくちゃね」

 「貴女のことだから心配はしてないつもりだけど、大丈夫?」

 華耶の質問に、エレーナはニヤリと笑みを浮かべる。

 「あら、愚問ね。私は《ツァリーツァ》。であるならば、いつでも堂々としていなくっちゃ」

 その誰よりも頼もしい言葉と表情に、華耶はそれ以上何も言わなかった。




 因みにですが、ふみふみ主役のお話を別作品で書こうかなと思っています。
 ふみふみとおじさんのお話で、アイドルメインというより、ノベマステイストなお話になるかと思います。
 叔父さんではなく、おじさん。これが重要です。
 あまり、おじさんとふみふみのお話は見たことがないので……。ないよね?
 


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妖精達の《Memories》

アナスタシア(妖精)と文香(妖精)。至高だと思います。
なお、歌詞がかけないのであやふやですみません。


 CPのメンバーにとって、今回のライブは初めての大きな舞台だった。

 今まで夢見るしかなかったお城の舞踏会。そのきらびやかなステージに自分達が立つのである。

 だから、当然とも言うべきだろうか。美波とアナスタシアを除いたメンバーは、ステージ袖で緊張してしまっていた。

 「そ、そろそろだね」

 その中で、卯月が同じく隣で緊張していた凛と未央に声をかける。

 「うん。こんなに緊張するだなんて思わなかった」

 「エレーナさん達って、本当に凄かったんだね」

 緊張をしつつも、そんな緊張をはね除けているエレーナ達先輩アイドルの凄さを改めて実感するCPの面々。

 そんな卯月の背後にヌラっと現れたのは件のアイドル。

 エレーナは卯月の頬をつんとつついた。

 「ふみゃっ!? え、エレーナしゃん!?」

 「ふふふ、お待たせ。とっても可愛いアーニャちゃんと文香ちゃんのお届けよ」

 エレーナの言う通り、ラブライカの衣装を着たアナスタシアと文香も舞台裏に来ていた。武内Pも一緒である。

 「緊張するなとは言わないけど、笑顔よ。はい、にぱー」

 卯月の頬に置いた指をそのまま上に持ち上げる。律儀にピースをした卯月だったが、可笑しい顔になってしまっていたため、皆笑ってしまう。

 「うん。みんな美人さんね。トラブルはあったけど、お客さんにとってそれは関係ないわ」

 厳しいともとれるエレーナの言葉に、みな真剣にエレーナのことを見つめる。そんな視線を受けたエレーナはニコリと笑う。

 「だからこそ、楽しんで。緊張の震えは、心の高ぶりに変えて。みんなの素敵なところを、大舞台でお披露目よ」

 そして、エレーナは蘭子を方を向く。

 「蘭子ちゃん」

 「は、はい!」

 「ふふふ、そんなに緊張しないで。トップバッターだから、緊張しちゃうかもしれないけど、いつもみたいにカッコよく、可愛くいきましょ」

 優しいエレーナの言葉に、蘭子の緊張はほぐれていた。

 「は、……うむっ!! 我が鎮魂歌にて、女帝の城を彩らん!!」

 ビシッとポーズを決めて、蘭子は足取り軽やかにステージに走っていった。

 Rosenburg Engelとアスタリスクがステージを終えて戻ってきた所で、エレーナがマイクをとる。

 「エレーナさん?」

 「ふふ、後輩ちゃん達が頑張っているんだもの。私からの激励よ」

 魅力的な笑みを残したまま、エレーナはそのままステージに出て行った。

 「はーい、皆さーん! まだまだ体力は十分ですかー!!」

 突然のエレーナの登場に、会場の熱気はさらに燃え上がる。

 「ふふふ、歓声ありがと。さてさて、シンデレラプロジェクトの子たちが頑張っていますけど、みんな可愛いわよね?」

 エレーナの言葉に、観客は大いに同意する。

 「そんな皆さんに私たちからのちょっとしたサプライズ。私の恰好を見て分かると思うけど、どこかで私も一曲歌わせてもらいます」

 飛び切りのサプライズに、観客はもはや絶叫レベルの歓声を上げた。

 「ふふふ、まだまだ続くわよ。それで、楓ちゃんもこのライブに出てるわよね? でも、私たち《TITANIA》のメンバー、もう一人いるのを忘れてないかしら?」

 その言葉に、観客はざわつき始める。

 「そう、皆さんのご想像の通り、最後のメンバー、可愛い可愛いふみふみの登場よ!! さあ、みんな! 私達の妖精たちを愛でる準備は出来てるかしらー!!」

 エレーナのサプライズ発言に、会場のボルテージが上がる。

 「さぁさぁ、登場していただきましょう! 今日限りの限定コンビ、私の可愛い妹アナスタシアちゃんと、私の可愛い後輩鷺沢文香ちゃんの《ラブライカ》! 曲は《Memories》よー! あ、私は舞台袖の特等席で見てるからね?」

 エレーナは舞台袖に下がると、すれ違いざまに二人に向かって笑顔を向ける。

 「頑張ってね」

 その一言を聞き、二人は笑顔で頷いた。その表情を見たエレーナは嬉しそうに頷くと、そのまま袖に立って二人を見守ることにした。

 「エレーナ、お疲れ様」

 そこに、華耶がやってくる。

 「ふふふ、美波ちゃんのことは残念だったけど、この二人のステージを見られるのは嬉しいの」

 「私としても、アナスタシアさんのステージを見られることが嬉しいです。小さい頃から可愛かったですし、その彼女のステージは感無量です」

 「あら、華耶さんったらお母さんみたいよ」

 「……まだそこまでの歳ではないですよ」

 苦笑する華耶に笑い返しているうちに、曲のイントロが始まった。

 「うん、二人ともとても立派ね」

 「えぇ。鷺沢さんもしっかりと歌えています」

 「だって私がみっちり教えたもの」

 二人の曲の出来栄えに満足そうに頷くエレーナと華耶。

 「お二人とも、なんというかすごいですね」

 その二人のことを後ろで観ている卯月は、二人の会話を聞いてポカーンとしていた。

 「世界のトップアイドルとそれをサポートするプロデューサーだものね」

 その間にもアナスタシアと文香のステージは続く。歌に入ると、文香の歌声が響く。美波よりも少し低いその声は、アナスタシアの歌声とよく響き、観客は勿論、スタッフやほかの出演者をも魅了させていた。

 「やっぱり文香ちゃんとアーニャちゃんの声は合うわね。今度のステージの構想、練り直しましょうか」

 「……魅力的な提案ですが、またスタッフが泣きますよ?」

 「あら、それじゃあ止しておく?」

 「まさか。泣くだけで済むのです。やらせていただきますよ」

 華耶が呟いた瞬間、346本社で作業をしていた幾人もの社員が一斉にくしゃみをしたという。

 そんなやり取りをしている内に、アナスタシアと文香が最後のポーズを決め、歌が終わった。

 息を切らせつつも笑顔の二人に、観客達から盛大な拍手が送られた。二人は観客に手を振りながらステージを降りる。

 そして、CPのメンバーと共に拍手をするエレーナを見つけると、二人ともエレーナに抱き着いた。

 「お姉ちゃん!!」

 「エレーナさん!!」

 「あらあら、二人とも甘えん坊さんね」

 そう言いつつも、嬉しそうに二人のことを抱きしめ返すエレーナ。

 そんな光景を嬉しそうに見つめる卯月達《New Generations》は、それに続けと言わんばかりに、ステージに向かう。

 しかし、そのステージにポツリと雨が降り注ごうとしていた。

 



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その一歩は階段を昇る

そろそろ一期部分を終わらせなければ……
本日2話目です。


 雨に続いて、雷も鳴り始めたため、ライブは一時中止となった。

 「幸い一時的な通り雨みたいだから、このまま中止になることはなさそうね」

 エレーナ達も控室に戻っており、ニュースを見て安心していた。

 「それにしても、アーニャちゃんと文香ちゃんのステージ、凄かったわね。これもエレーナさんが仕込んだの?」

 同じ控室にいた瑞樹が、先ほどのステージのことを称賛していた。楓たちと共にいた文香が恥ずかし気に頭を下げていた。

 「えぇ。とはいっても文香ちゃんには色んな曲を練習させていたから、何とかなったようなものね。最近体力がついてきたのだけど、文香ちゃん、ダンスがとっても上手いのよ」

 「そ、そんなことはありません。エレーナさん達に比べたら……」

 「あら文香ちゃん。エレーナさんと比べちゃったらダメよ。この子、プロダンサーの人たちにレッスンを頼まれるくらいなんだから」

 そう笑いながら言われたエレーナは、頬を膨らませる。

 「酷いわ瑞樹さん。あ、それなら瑞樹さんも一緒に、《目指せMadonna》のスペシャルダンスレッスンを……」

 「やめて!! それ、プロダンサーが死屍累々になったやつじゃない!」

 「でも、評価は上々よ?」

 「だから、それは専門の人用でしょう! 私がやったら死んじゃうわよ」

 冗談ではなく、本気で必死な瑞樹の反応に、同じ部屋にいた美嘉たちアイドルは苦笑するしかなかった。

 「もう、冗談なのに」

 「貴女の冗談は命に関わりかねないのよ」

 ぐったりする瑞樹に、エレーナは微笑みつつ席を立つ。

 「あら、どうしたの?」

 「そろそろ止んだ頃かなと思って。ちょっとステージに行ってくるわ」

 「あ、じゃあ私も一緒に行きます」

 「私も行きます。《TITANIA》全員で行きましょう」

 エレーナに続き、楓と文香も立ち上がった。

 廊下に出ると、スタッフたちが忙しそうに駆け回っていた。

 「佳境ねぇ」

 「のんきに言ってますけど、大丈夫でしょうか?」

 楓は心配そうにしていたが、エレーナはあまり心配そうにはしていなかった。

 「それは大丈夫そうよ。それより、お客さんが少なくなっちゃってるかが心配ね。卯月ちゃんたちの為にも頑張らなくちゃね」

 そういうエレーナは華耶を探していた。

 「……何か悪寒が」

 再開に向けて支持を出していた華耶は不意に悪寒を感じていた。

 「あ、いたわ。華耶さーん」

 楓と文香を伴って現れたエレーナに、華耶は今の悪寒の原因を察知した。

 「元凶か……」

 「へ? どうしたの?」

 流石に首を傾げたエレーナだったが、華耶は気にせず眼鏡の位置を直すだけだった。

 「なんでもないわ。で、何を企んでいるの?」

 「企んでいるだなんて。それで、再開は出来そうなんでしょう?」

 「えぇ。雨自体はもう止んでいるし、空も晴れてきているわ」

 「じゃあ、あとはお客さんを呼び戻すだけね」

 エレーナの言葉と笑みに、華耶はすべてを察しため息をついた。

 「……ちょっと待っていなさい。各所に確認を取るから、それまで待っていて」

 「ふふふ、大好きよ華耶さん」

 エレーナは華耶の頬にキスをすると、楓たちと共に相談を始めていた。

 「全く……こちら柳です。ステージ再開の前に、一つ提案があります」

 この華耶の提案は、すぐさま可決されたのであった。

 

 

 

 一方、ステージ再開を武内Pから告げられた卯月達は、ステージの袖に来ていた。

 「やっぱりお客さんまだ少ないですね」

 武内Pから、まだ観客が戻ってきていていないことを告げられていたが、三人ともそれに悲観することはなかった。

 「でも、エレーナさん達、何をやるんだろう?」

 凛の言葉に、卯月と未央も首を傾げていた。武内Pからは《プレゼントがある》としか聞かされていないため、エレーナ達が何をするかは知らなかった。

 そんな中、エレーナ達《TITANIA》がステージ上に現れた。その衣装に、卯月が歓声を上げた。

 「わぁー! 皆さん、とっても綺麗です!!」

 卯月の言葉の通り、エレーナ達は豪奢なドレスをまとっていた。

 エレーナは真っ赤なドレスを、楓は漆黒のドレス、文香は輝く薄い羽が付いた薄緑のドレスを。その姿は女王と妖精達を彷彿とさせていた。

 「みなさーん!! ちょっと雨が降っちゃったけど、まだまだ熱は冷めてないですよねー!」

 「ちょっと早いですが、私たち妖精からのサプライズですよー」

 「ま、まだまだライブは続きます。続いては《New Generations》の皆さんが歌います!」

 少々やけくそ気味な文香に、エレーナは苦笑気味。

 「私の可愛い可愛い後輩ちゃんのステージを、皆さんは見なくていいのかしら? 女王様の命令よ? 皆さん、直ちにステージ前に集合よー!!」

 「あ、落ち着いて、ゆっくり来てくださいね? オチはつけないでくださいねー」

 楓の言葉が聞いたのか、観客たちは落ち着いてステージ前に戻ってきた。

 「ふふふ、それでこそ皆さんね。じゃあ、私たちは失礼するけど、皆さんはおっきな声援で迎えて下さいねー」

 エレーナは袖に戻る直前、卯月達に向けてウインクを飛ばした。

 先輩の激励を受け取った卯月達はお互いに頷きあう。そして、歓声が待つステージに一歩踏み出した。

 「初めまして! 《New Generations》です!!」

 その声を、エレーナを笑顔で聞いていたのであった。

 「……さ、私はもう一人連れてこないとね」

 「エレーナさん?」

 ステージから離れようとするエレーナに、文香は声をかけた。

 「文香ちゃん。今日は振り回しちゃってごめんなさいね。大変だったでしょう?」

 「い、いえっ。大変ではありましたけど、とても楽しかったです」

 そう笑顔で言う文香のことをエレーナは思わず抱きしめてしまう。

 「ふ、ふぁ!?」

 「ありがとう文香ちゃん。私、こんなにも健気な子とユニットを組めて幸せよ」

 「あら、私は違うのですか?」

 抱き合う二人に、楓も乗っかってきた。

 「もちろん楓ちゃんもよ!」

 「きゃっ」

 文香と一緒に抱きしめられた楓は、嬉しそうに悲鳴を上げた。

 「ともかく、CPのもう一人のメンバーを連れてこなくっちゃ」

 「でも、美波さんは熱が……」

 文香は美波の体調を心配していたが、エレーナは何かを確信していた。

 「美波ちゃんは大丈夫よ。だけど、寝ていたから、髪の毛を整えてあげなくちゃ。文香ちゃんも一緒に来る?」

 「は、はい!」

 「私も行きたいところですが、《Madonna》の練習をしなくちゃいけませんから、残っていますね」

 「えぇ。一度くらいしか最終確認できないけど、大丈夫?」

 エレーナの言葉に、楓は自信をもって頷いた。

 「私は《ツァリーツァ》の相棒候補ですよ? それくらい出来なければその資格はありませんよ」

 その言葉に、エレーナは安心したように頷き返した。

 「じゃあ文香ちゃん、行きましょうか」

 「は、はい! 楓さんも頑張ってください!」

 楓と別れ、エレーナと文香は医務室に向かった。ノックをするとちひろの声が返ってきたため、エレーナは静かにドアを開く。

 「失礼します……って、あら。ふふふ、美波ちゃん、準備中だったのね」

 そこには、エレーナの予想通り、着替えをしている美波がいた。

 「え、エレーナさん!? そ、それに鷺沢さんも!?」

 「ふふふ、美波ちゃんのお色直しに来たのよ。ほら、寝ぐせが出来ちゃってるわ。さ、座って。文香ちゃんは、ドライヤーを取ってきてくれるかしら?」

 「は、はい」

 エレーナは美波を椅子に座らせると、手で髪を整える。

 「文香ちゃんもだけど、美波ちゃんも髪がとても綺麗よ。文香ちゃんの髪が漆黒の宝石なら、美波ちゃんの髪は亜麻色の飴細工のようね。とっても綺麗で美味しそう。ふふ、蘭子ちゃんが喜んじゃうかしら」

 「え、エレーナさん。流石に恥ずかしいですよ」

 エレーナの称賛に頬を紅く染めつつも、美波はエレーナに身を委ねていた。

 「美波ちゃん。熱は下がったの?」

 「はい。緊張からきた熱だったので、それ自体はすぐに下がりました」

 「それはよかったわ。折角のライブで、一度もステージに登れないのは残念だものね。そのためにも、飛び切りにおめかししましょうね」

 妙に張り切るエレーナに、美波やドライヤーを持ってきた文香は困った笑みを浮かべることしか出来なかった。

 「美波ちゃん。貴女は責任を感じていると思うわ」

 突然の言葉に美波は振り向こうとしたが、それをエレーナに止められてしまう。

 「でもね、美波ちゃん。その責任は重しにしてはいけないわ。もし悔いていることがあるなら、それを全部バネにして、満面の笑みに変えるの」

 「責任をバネに、笑顔にですか?」

 美波の呟きを聞いたエレーナは、櫛を置いて美波の肩に手を置いた。

 「ほら、笑って美波ちゃん。貴女の笑顔はみんなを幸せにする笑顔なんだから、まずは自分を幸せにしてあげなくっちゃ」

 美波の口元を指で持ち上げ、強引に笑顔にさせるち自分も満面の笑みを浮かべた。

 「エレーナひゃん……」

 「うふふ、これじゃあダメね。さ、笑ってみて?」

 エレーナに促され、美波は笑みを浮かべる。その笑みを見たエレーナはうんと頷いた。

 「それでこそ、お城のシンデレラね。それじゃあ、お化粧をしましょうか」

 そういってエレーナは、ちょうどよいタイミングで入ってきた華耶が持ってきた化粧品を手に取り、キラリと目を輝かせたのであった。

 

 

 すべてのユニット曲が終わり、CPのステージも残すは全体曲のみとなっていた。

 「みんな!」

 そこに着替えを終えた美波がやってきた。その後ろには同じく着替えを済ませたエレーナと楓、それに付き従う文香もやってきていた。

 「ちょーっとぎりぎりになっちゃったけど、キラキラな美波ちゃんをお届けよ」

 「お姉ちゃん!?」

 エレーナの言葉に、アナスタシアが叫ぶ。それは他のメンバーも同様であり、美波が復活してきてくれたことは嬉しいものの、彼女の体調も心配なのであった。

 「お姉ちゃん、美波、大丈夫ですか?」

 「えぇ。熱はもう下がっているし、気力も十分よ。それに、お色直しは私がやったから、見栄えも完璧346%よ」

 エレーナの言葉にみな安心する。その輪に入れるため、エレーナは美波の背を押した。

 「さ、美波ちゃん。掛け声よろしくね」

 「えっ!? だ、ダメです! 本番に熱を出してしまったのに、リーダー失か」

 「みんな待ってたよ。みなみん!!」

 失格と言い切る前に、未央が待っていたと声をかける。他のメンバーも笑顔で以て頷き、美波を受け入れた。

 「みんな……」

 その光景に美波は涙が込み上げてきそうになった。しかし、エレーナに言われたことを思い出し、涙をこらえて円陣に入る。

 「みんな……ちょっと遅くなっちゃったけど……今はこれだけ。私のことを待っていてくれてありがとう」

 美波はそれだけいうと、一歩踏み出した。それを見て他のメンバーも同じく一歩踏み出した。

 「シンデレラプロジェクト、ファイトー……」

 「「「オー!!!」」」

 その円陣を組むシンデレラたちはみな笑顔だった。そしてその中で、美波の笑顔が最も輝いていたのであった。

 




あと一話で一期部分の終了かも。


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世界の《Madonna》

これにてアニメ一期分終了です。
改めて見てみたら2年掛かっていたのですね……



 最後の歌詞を歌い終え、音楽が止まる。14人のシンデレラの卵達は、息を切らせながら、ばっと顔を上げて客席に目を向けた。

 一瞬の後、盛大な拍手が送られ、大きな声援に包まれた。

 「「「ありがとうございました!!!!」」」

 整列して感謝の言葉を贈られ、更に大きな拍手と声援に送られて、CPのメンバーはステージから降りたのであった。

 「みんな、お疲れ様。とっても素敵だったわよ」

 「お疲れ様です。とてもキラキラしていました」

 袖に戻ると、エレーナと楓に迎えられたCPのメンバー。そんな中、アナスタシアが涙を浮かべてエレーナに抱き着いた。

 「お姉ちゃん、ワタシのステージ、どうでしたかっ!」

 エレーナはアナスタシアの涙を指で掬うと、優しい笑みでアナスタシアの頭を抱きしめた。

 「最高にキラキラしていたわ。まるでお星さまみたいに素敵だったわよ」

 「お姉ちゃん……ありがとう!!」

 エレーナの胸からパッと満面の笑みを見せるアナスタシア。普段はクールと言われがちな彼女だったが、その姿は、姉に甘える、只々可愛らしい妹であった。

 「それよりエレーナさん、その衣装って……」

 アナスタシアがエレーナから離れた頃、卯月が目をキラキラさせながらエレーナの衣装に興味を持っていた。

 エレーナは着替えており、先ほどのドレス衣装とは異なり、装飾が抑え目で、体の線がくっきり出ている衣装となっていた。楓もエレーナの衣装の色違いのものを着ており、二人の次の曲を物語っていた。

 「そうよ。次の私たちの曲は《Madonna》。他のアイドルの子とやるのは初めてだけど、とっても見ものよ。ね、楓ちゃん?」

 「はい。とても難しかったですけど、遣り甲斐がありました」

 346プロの象徴的なアイドルの一人である楓と、346プロだけでなく、日本を代表するトップアイドルのエレーナがともに歌い踊る《Madonna》。

 卯月は最難関の曲をどのように表現するのか、アイドルとして、一人のファンとして、楽しみで仕方がなかった。

 それは他のアイドル達も同じなのか、美嘉や美穂、瑞樹やまゆ達も舞台袖を訪れており、二人に対して激励を送っていた。そんな姿をみなまぶしそうに見つめていた。

 そんな一人である南は、文香に声を掛けられていた。

 「お疲れ様です新田さん。お体は大丈夫ですか?」

 「え? あ、はい。鷺沢さん、今日は本当にありがとうございました。突然出演をしてもらってしまって……鷺沢さんのおかげで、アーニャちゃんがステージに登ることができました」

 「そんなことは……でも、私にとってもとても良い経験となりました。それもこれも、全てエレーナさんが私に指導をして下さったお陰であり、新田さんが私のことを信じて下さり、そしてアナスタシアさんを託して下さったからこそです。こちらこそお礼を言わせてください。ありがとうございました、新田さん」

 「鷺沢さん……では、私のこと、美波って呼んでください」

 「では、私のことも文香と。よろしくお願いしますね、美波さん」

 「えぇ。よろしく、文香さん」

 エレーナ達の輪から少し離れたところで、友誼を結ぶ文香と美波。美嘉達と会話しつつも、同い年の二人が仲良くしている様子を見ていたエレーナは嬉しそうに微笑むのであった。

 「エレーナ、楓さん。準備は出来て、って……相変わらずですね」

 エレーナ達の様子を見に来た華耶だったが、大勢に囲まれている二人を見て、苦笑しながらため息をついた。

 「ふふ。そろそろ時間なのね。じゃあ、皆さん、行ってきます」

 エレーナは敬礼のポーズをして、ステージへと向かっていった。

 「全く、いつまで経っても子供みたいなんだから」

 そう言いつつも、そう呟く華耶の顔は嬉しそうであった。

 「華耶さん嬉しそうです」

 「へ? 文香さん? 今の、文香さんが?」

 「はい。エレーナさんのことを信頼していて素敵だな、と」

 「お、お願いですから、文香さんまでエレーナのようにならないで……」

 華耶の必死な懇願に、みな笑ってしまったのだが、党の文香本人だけは首を傾げていたのであった。

 

 

 ステージ袖で待機していたエレーナは、後ろが賑やかになっていることに気が付いていた。

 「あら、何だか賑やかね」

 「皆さん、仲が良くて何よりじゃないですか」

 エレーナはともかくとして、これから難曲に挑もうとしている楓もリラックスしていた。

 「こんなときにいうのも何なのだけど」

 「? はい」

 エレーナの声色がいつもより固いことに楓は首を傾げる。

 「楓ちゃん。いつも私の勝手で振り回してしまってごめんなさい。私の相手は大変でしょう? それでも着いてきてくれること、とても感謝しているわ」

 エレーナの突然の謝罪と感謝の言葉に、楓は目をパチクリとさせてしまう。しかし、すぐに目を細くして悪戯気な笑みを浮かべた。

 「確かに、エレーナさんは、ワガママで直感的で皆の度肝を向いたりしますから、着いていくのは、とっっっっっっても大変ですよ」

 「うぅ、自分で振っておいて何だけど、もう少しお手柔らかに」

 わざとらしく肩を落とすエレーナに、楓は悪戯気な笑みを満面の笑みに変えた。

 「それでも私は貴女に着いていきたいんですよ。私だけじゃなくて、華耶さんも文香さんも、みんなみんな、貴女のそんな姿に憧れたんです。だから、自信満々でみんなを導いて下さい。何せエレーナさんは346プロアイドルみんなの先輩なんですから」

 楓のその言葉に、エレーナは嬉しそうに微笑む。そして、ぱちんと頬を叩いて気合いを入れる。

 「楓ちゃんにそんなこと言われたら、私も全力以上を出さないといけないわね。楓ちゃん、着いてきてね」

 そう言うエレーナの姿は、彼女の通り名に相応しい、気高き女帝のようで。

 「……私が憧れたエレーナさんですね」

 「ん?」

 気合いを入れていたからか、楓の呟きを聞き逃したエレーナ。しかし、楓は言い直すことはせず、エレーナと同じように気合いを入れる。

 「私だってエレーナさんのスペシャルレッスンを受けてきたんです。全力で追いかけますから、追い抜かれないようにしてくださいね」

 楓の挑戦的な言葉に、エレーナも嬉しそうに頷く。

 「勿論よ! お客さんだけじゃなくて、みーんなをメロメロにさせちゃうんだから!!」

 その笑顔は、今まで見たものよりも晴れやかで。それを間近で見た楓は、まだまだ敵わないなと思ってしまうほど綺麗な笑顔だった。

 

 この日最後の楽曲となった《Madonna》。メロディーもダンスも複雑で歌い切るだけでも一苦労だと言われるこの曲を、エレーナと楓は見事に歌い切った。

 一瞬の無音の後、会場にはこの日一番の歓声が鳴り響いた。観客達の中には涙を浮かべて号泣している者も少なくなく、エレーナと楓の《Madonna》の出来の素晴らしさを表していた。

 盛大な拍手に見送られ、手を振りながらステージから降りると、再び盛大な拍手に迎えられた。

 「エレーナさん、楓さん! とっても素敵でした!!」

 「二人とも流石ね。凄かったわよ」

 「わ、私、感動してしまって」

 卯月が真っ先にエレーナに感想を叫び、瑞樹、美波と続く。その後も次々に二人に感動の言葉を伝えていく。

 エレーナも楓もそれを嬉しそうに聞いていたが、不意に楓の体がよろめき、エレーナに支えられる。

 「楓さん!?」

 皆に囲まれている様子を後ろから見ていた華耶が慌てるように二人の元に駆け寄ってくる。

 「ご、ごめんなさい。みんなの顔を見ていたら、ホッとしちゃって。気が抜けちゃったのかしら。もう大丈夫です」

 すぐに立ち直った楓に、皆ホッと胸を撫で下ろす。

 「大丈夫楓ちゃん?」

 「はい。エレーナさんに着いていこうとしたので、張り切りましたから。まだまだレッスンを頑張らなくちゃいけませんね」

 笑い合う二人に、アナスタシタと文香が前に立つ。二人の手には大きな花束があった。

 「お姉ちゃん、とってもステキでした!」

 「楓さんも素晴らしい歌とダンスでした。これからもよろしくお願いします」

 二人からのサプライズに、エレーナと楓はお互いに顔を見合せて笑い合う。

 「私達は幸せね。こんなに可愛い後輩に囲まれているんだもの」

 「はい。なら、お返しは盛大にしなければいけませんね」

 二人の《Madonna》が終わり、残すはアンコール曲。

 「それじゃエレーナさん。掛け声よろしく」

 瑞樹に促され、エレーナは円陣を組んだ全員の顔を見る。みな、エレーナの言葉を期待し、目をキラキラさせていた。

 「みんな、ステキな贈り物をありがとう。遂にライブも最後の曲。だから、みんな笑顔でいきましょう! 346プロ、ファイトー!!」

 「「「「「「オー!!!!」」」」」」

 大きな掛け声の後、エレーナがマイクを持ってステージに戻る。

 「みなさーん! 私と楓ちゃんの《Madonna》、どうだったかしら?」

 エレーナこ再登場に、会場のボルテージは再燃する。

 「プログラムは終わったのだけど、最後にスペシャルアンコール! 聞いてくれますかー!」

 そこら中から勿論! と叫ばれ、エレーナは嬉しそうに曲名を告げる。

 「最後の曲だから最高に豪華にいくわよ! 出演アイドル全員での《ススメ☆オトメ》!!」

 エレーナのコールの後にイントロが流れ、楓達やCP、それに加えて文香までもがステージに現れ、観客の歓喜の絶叫が響き渡る。

 最初の歌詞は勿論エレーナから。だが、今回は楓と文香を巻き込んで《TITANIA》からとなったのだった。

 

 こうして、346プロサマーアイドルフェスは大好評の内に幕を下ろしたのであった。

 




今後の予定としては、二期編に入る前に色々なアイドルとの絡みと《TITANIA》のライブ編を挟みます。
二期にもなるべく早めに入りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

とりあえず、ありすや美優さんは出演確定です。


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幕間
ハートの女帝と黒髪のアリス その一


ということで、幕間第一段はありすです。
ありふみは至高だけど、ありえれも良さげ。
うちの女帝はツンデレキラーです。


 サマーアイドルフェスが終わり、346プロに束の間の休息が訪れていた。

 とはいっても、社員達には仕事があるし、レッスンをしているアイドルもいる。

 エレーナもその一人であり、休息もそこそこに、一人自主レッスンをしていた。そして、新人どころか、ベテランのアイドルでも厳しいレベルのレッスンを終える。

 「さてと、そろそろあがりましょうかねー」

 しっかりと柔軟をした後で、エレーナはレッスンルームの鍵を閉め、ドリンクを買いに行くことにした。

 ご機嫌な様子で鼻唄を歌いながら自販機の所に到着すると、そこには小さな先客がいた。

 「ん、もう、ちょっと……」

 黒髪が綺麗な小さな少女が、自販機の一番上の段のボタンを押そうと頑張っていた。

 エレーナはその少女の元へ近寄り声をかけた。

 「どれがいいのかしら?」

 「へ? あ、えっと、一番右の……」

 「これね。じゃあお姉さんの奢りよ」

 エレーナはサッと2つジュースのボタンを押した。その片方を少女に渡す。

 「あ、ありがとうございます」

 「どういたしまして。貴女、新人さんかしら? 初めましてだと思うのだけど……あ、私はエレーナよ。よろしくね」

 エレーナには、この少女に、見覚えはなかった。可愛い子には目がないエレーナに見覚えがないということは、新人ということである。

 「はい。最近アイドルになった、橘ありすです。よろしくお願いしますエレーナさん」

 「アリスちゃんね。ふふふ、貴女にピッタリの名前ね。ご両親はとても博識なのね」

 ありすの黒髪を優しく撫でながら、ありすの名前を褒めるエレーナ。

 普段は名前のことを指摘されるとムッとしてしまうありすだったが、エレーナの発音が綺麗だったことと、本当に褒めてくれていることが伝わってきたため、気分が悪くなることはなかった。

 「私にピッタリですか? でも、私は金髪じゃないです」

 その言葉にエレーナは、クスリと微笑んだ。

 「そうね……あら、そのタブレットはアリスちゃんの?」

 「はい、そうですけど……」

 「ちょっと借りていいかしら? 今の言葉の意味を説明してあげるわ」

 ありすからタブレットを受けとると、エレーナは何かを検索し、それをありすに見せる。ありすが横から覗き込むとそこには古そうな本の挿し絵が表示されていた。

 「この絵は?」

 「これはね、アリスちゃんの名前の由来……よね?」

 「ま、まぁ、《不思議の国のアリス》が由来だと思いますけど」

 「なら大丈夫ね。その《不思議の国のアリス》の元々というか、原型とも言える《地下の国のアリス》の挿し絵よ。作者のルイス・キャロルが描いたもので、今は大英博物館にあるのだけど……ともかく、この女の子がアリスなのよ」

 「え? でも、髪が黒いです」

 ありすの言う通り、挿し絵に描かれた少女の髪は黒い。

 「このお話は元々はモデルの女の子、つまりアリス・リデルの為に書かれた本なの。だから、そこに登場している《アリス》は、アリス・リデルの姿をしていたの。まるで、自分が不思議な国に迷い込んだかのように思えるでしょ?」

 「そうだったんですね。私、アリスといえば金髪だと思っていました」

 「それも間違っていないんだけどね。そこら辺の話は複雑だから省くわね。で、英国では《Alice》って名前は凄くありふれた名前なの。そうね、日本でいえば花子さんってところかしらね」

 「そうなんですか?」

 「そ。だけど、日本でありす、って名前をつけるということは、何時までも可愛い女性でいてほしいって願いを込めたのかもしれないわね。それに、日本にも有栖という言葉があるから、気品ある女性でいてほしいという思いもあるかもしれないわ」

 こう書くのよと、《有栖》という漢字を見せるエレーナ。そんなエレーナの言葉を、ありすは目をキラキラさせて聞いていた。

 「凄いです! 名前だけで、こんなにお話が出来るだなんて!」

 「ふふふ。ありがとうアリスちゃん。雑学みたいなものばかりで申し訳ないけどね。名前の由来については、ご両親に聞いてみるといいわ。一番アリスちゃんの名前を愛しているのはご両親なんですから」

 「はい! あ、その……」

 元気よく返事をしたかと思うと、急にもじもじし始めたありす。そんなありすにエレーナは優しく声をかける。

 「どうしたの、アリスちゃん?」

 「その、私、レッスンが終わったんですけど、お母さんが迎えがくるまで、まだ時間があるんです。なので、もう少しだけお話を聞かせてもらえませんか?」

 断られるのではないかと不安げにエレーナのことを見上げるありす。エレーナはそんなありすの手を取る。

 「喜んでご一緒させてもらうわ。アリスちゃんは私の可愛い可愛い後輩ちゃんですもの」

 そう柔らかな笑顔を向けられたありすは、ホッと安心したように笑みを浮かべたのであった。




というわけで、エレーナ×ありすの場合は、デレ100%となります。


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ハートの女帝と黒髪のアリス その二

ありす可愛い。
ありす回は説明臭くなってしまいますが、ちゃんと説明しないとありすが納得しなさそうなのでご容赦ください。


 

 着替えてから346カフェに向かったエレーナは、ニコニコしながらありすの話を聞いていた。

 「アリスちゃんのお母様は、本当に凄いのね」

 「はい! 将来はお母さんみたいな女性になりたいんです」

 母親のことを話し、ご機嫌なありす。ウサミン特製イチゴオレを美味しそうに飲んでいた。

 「エレーナさんは、ロシア人のお父さんと日本人のハーフなんですよね?」

 「えぇ。父は元々軍に勤めていて、母は日本舞踊の家の出よ。二人が並ぶとどう見てもお嬢様とガードマンとしか見えないの。ほら」

 見せられた写真には、どう見ても二児の母には見えない若々しい着物の女性と、どう見ても軍人にしか見えない銀髪の男性が写っていた。

 「す、すごいです」

 「今でもラブラブでよくデートに行っているみたい。私はほぼロシア育ちだったけど、お母さんに日本語を教えてもらっていたし、大学では言語学と文学を学んでいたから、言葉に不自由することはなかったわね」

 「大学って、どんなことを勉強するんですか?」

 早く大人になりたいと思っているありすにとって、エレーナの話には興味津々であった。

 「そうね……ハイスクール、高校生までとの大きな違いは、自分で勉強するテーマを見つけることかしら。ありすちゃんは先生から出された問題とかを勉強しているでしょう?」

 「はい。でも、それが普通なんじゃないですか?」

 「そうね。高校生までしっかりと知識と勉強のやり方を学んで、大学で研究するの。私は世界各国の言語を、そして文学を研究していたの。《不思議の国のアリス》なんかは典型的なテキストなのよ」

 《不思議の国のアリス》の話題に、ありすはぴくんと反応した。

 「そうなんですか? 私も本は読みましたけど、変な言葉遣いだなとしか思いませんでした」

 「その変な言葉遣いの理由ね。《アリス》の原文は勿論英語なのだけど、元々の始まりが語り文学、つまりお話してあけた物語なの。だから、あのお話では発音が重要になる。同じ音で違う意味を持つ言葉がたくさんあるの」

 「原文ですか……英語はまだ分かりません」

 悔しそうなありすに、エレーナは苦笑する。

 「あれは、大人でも難しいわ。でも、《アリス》の醍醐味は音にあるから、意味は分からなくても口に出してみるだけでも面白いわよ。今度アリスちゃんにプレゼントしてあげる」

 「本当ですか!?」

 先程の悔しそうな表情はどこへやら。再び笑顔になったありすに、エレーナも嬉しそうに微笑んだ。

 「あら、結構時間が経っちゃったわね。そろそろかしら?」

 「あ、そうですね。エレーナさんのお話とても面白かったです! もしよければ、また……」

 そこでありすの携帯から着信が入る。頭を下げてから電話に出ると、その相手はありすの母親であった。

 しかし、電話を切ったありすの表情は雲ってしまっていた。

 「アリスちゃん? どうしたの?」

 「その、急に仕事が入ってしまったみたいで、迎えに来れなくなったみたいです。あ、でも、お家の鍵は持っているので大丈夫です」

 慌てて大丈夫なことをアピールするありすだったが、エレーナは何かを考え込んでいた。

 「エレーナさん?」

 急に考え込み出したエレーナに、ありすは首を傾げる。

 「うん、決めたわ。アリスちゃん、この後は予定はないかしら?」

 「へ? あ、はい」

 「それなら、私とご飯に行きましょう。折角アリスちゃんと知り合えたんですもの。これでお別れだなんて寂しいわ」

 「で、でも……」

 急に誘われて困惑するありす。そんなありすの頭をエレーナは優しく撫でる。

 「あ……」

 「遠慮しなくていいのよ。アリスちゃんはおねーさんに甘えなさい。アリスちゃんは私と一回り以上年下なんだから。……自分で言って何だけど、ダメージが……」

 自分の言葉に勝手に傷付くエレーナの姿に、ありすはクスリと笑ってしまった。

 「もう、子供扱いしないで下さいっ」

 そう言うありすの表情は、普段とは異なり、とたも可愛らしい笑顔であった。




次回はありすと晩御飯。
しかし、ありすの「子供扱いしないで下さい」を笑顔で言わせるとは……。女帝の恐ろしさ。
ありす可愛い。


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ハートの女帝と黒髪のアリス その三

やまなしたになし。
仁禛さんはお気に入りです。


 「さ、到着よ」

 エレーナの車に揺られ、到着したのは仁禛の店であった。

 「綺麗なお店です」

 「外装にも拘ってたみたいだからね。さ、入りましょうか」

 ありすの手を握って店に入ると、スタッフにいつもの奥の席に案内される。そして、いつものように仁禛が現れた。

 「いらっしゃい。スタッフがエレーナがママになったって驚いてたわよ」

 「ふふふ、アリスちゃんのママになるのも魅力的だけど、アリスちゃんには素敵なお母様がいるから。アリスちゃん、こちらは朱仁禛さんよ。私のお友達」

 仁禛は、ありすの前で身を屈め、目線を合わせて挨拶をする。

 「初めまして、ありすちゃん。ここの料理長の朱仁禛です。料理は勿論だけど、デザートも自信があるから、何でもリクエストしてね。好きな食べ物はあるかしら?」

 仁禛の大人な笑みに、思わず見惚れてしまうありす。

 「あ、えと、よろしくお願いします。その、私はイチゴが好きです」

 「ふふふ。じゃあデザートの杏仁豆腐は、イチゴたっぷりにしてあげるわ。楽しみにしていてね。それで、エレーナ。ディナーでいいのかしら?」

 「えぇ。今日もお任せで。あ、でも胡麻団子は欲しいわ」

 エレーナのリクエストに仁禛は苦笑する。

 「分かったわ。お茶と一緒に持ってきてあげる」

 仁禛が下がった後でも、ありすはぽーっとしていた。

 「あら。アリスちゃんも仁禛さんのファンになっちゃったかしら?」

 エレーナに声をかけられ、ハッとする。

 「ご、ごめんなさい」

 「ふふふ、からかっちゃってごめんなさい。仁禛には、私でも見惚れちゃうことがあるくらいだもの。無理もないわ」

 「その、エレーナさんもですけど、あんなに綺麗な方を見たのは初めてで」

 「あら、ありがと。アリスちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ」

 「仁禛さんとはどこで知り合ったんですか?」

 「仁禛さんとはロシアでね。旅行に来ていた仁禛さんが困っていたのを助けたのが切っ掛けよ。その後も仲良くさせてもらって、日本に出店するのを聞いたときは驚いたわ」

 その後も仁禛の話をしていると、仁禛がお茶と胡麻団子を持ってきた。

 「なに、私のお話? 変なこと話してないでしょうね?」

 「まさか。仁禛さんがとっても素敵な女性だって話していたのよ。ね、アリスちゃん?」

 「はい!」

 笑顔で元気よく頷くありすに、流石に恥ずかしそうにする仁禛。

 「全く、ほどほどにしてよね? はい、エレーナリクエストの胡麻団子よ。小さめにしておいたわ」

 仁禛が置いた皿には、小さな胡麻団子が数個乗っていた。

 「わ、可愛い」

 「ありがとう。あ、そうだ。この後の料理なんだけど、少しピリッとしたのもあるけどありすちゃん、大丈夫? もし苦手なら調整するけど」

 「だ、大丈夫です」

 慌てて強がるありす。しかし、仁禛は笑わずしっかり頷いた。

 「それじゃあ、とびきり美味しいのを作ってくるから、楽しみにしててね」

 仁禛が去ったあと、エレーナはお茶をいれてありすに渡す。

 「それじゃあいただきましょうか。仁禛さんの胡麻団子は絶品なのよ」

 「い、いただきます。……ほわぁぁぁぁ☆」

 胡麻団子を一口頬張ると、ありすは目を輝かせて感動していた。その様子を微笑ましげに見つめていたエレーナだったが、その視線に気付いたありすは、こほんと咳をして誤魔化した。

 「恥ずかしがらなくていいわ。私だって唸っちゃうもの。うん、とっても美味しいわぁ」

 エレーナも仁禛の胡麻団子に幸せそうな笑みを浮かべる。

 「その、エレーナさんみたいな女性は、あまり表情を顕にしないんじゃないんですか?」

 クールな女性が理想と思っていたありすは、エレーナが今のような表情をすることが不思議だった。

 「確かにそういう美しさもあるし、クールな女性も素敵だと思うわ。だけど、美味しいものを美味しいって素直に喜べる女性も素敵だと思わない?」

 「そう、なんでしょうか?」

 「そうなの。これは要勉強ね」

 コツンと鼻頭をつつかれ、頬を膨らませるありす。

 「そんな顔したら、可愛いクールなアリスちゃんが台無しよ」

 「むぅ」

 膨らんだありすの頬をエレーナがツンツンしていると、仁禛が料理を持ってきた。

 「お待たせ……って、何してるの?」

 「アリスちゃんをツンツンしてるの。柔っこいわよ」

 仁禛はため息をつきながら棒々鶏をテーブルに置く。

 「全く……止めてあげなさい。じゃないと貴女の分下げるわよ」

 「ふふふ、ごめんなさい。あら、いつもと違う感じね」

 「えぇ。少し味付けと材料を変えてみたの。最近暑いし、さっぱりと仕上げてるわ。メインはしっかりとした味付けのものだから、前菜はね」

 「それは楽しみだわ。じゃあいただきます」

 「い、いただきます」

 棒々鶏を口にしたありすは、びっくりしたように目を見開いた。

 「お、美味しいですっ」

 「えぇ。とても美味しいわ。夏にピッタリな味付けね」

 二人に絶賛され嬉しそうに微笑む仁禛。

 「ありがとう。次は魚だから、楽しみにしてて」

 そういうと仁禛は調理場に戻っていく。

 「すっごく美味しいです。お家でも食べますけど、初めて食べたみたいです」

 「仁禛さんの家庭料理、すっごく美味しいのよ。中華は勿論だけど、和食も実は上手だから」

 お互いがオフの日などは、よくエレーナの家で夕食をとったり酒を飲んだりしている二人である。なので、エレーナが店のメニューにはない料理をよくせがむのである。

 「格好よくて、お料理も出来て、凄く優しいだなんて、仁禛さんって凄いです」

 「そうねぇ。それでいて可愛い所もたくさんあるから、反則だと思うわ」

 「可愛い所? 格好いい所じゃないんですか?」

 仁禛とは結び付かなそうな言葉に顔を傾げるありす。そんなありすに、エレーナは小さな声で話し出す。

 「仁禛さんはね、可愛いものが大好きなの。ほら、あそこの置物、可愛いでしょ?」

 エレーナの指さす先には、チャイナ服を着た熊のぬいぐるみが置いてあった。意外にお店にもマッチしていたが、意外ではある。

 「あれは仁禛さんの私物よ。というか、私の贈り物ね」

 犯人はエレーナだった。

 「とまぁ、そういうわけで仁禛さんは反則級のいい女というわけ」

 「子供に何てこと教えるの」

 「アイタ」

 いつの間にか料理を持ってきていた仁禛に頭を小突かれるエレーナ。

 「全く、変なことを話すなっていたでしょうに。貴女の分の料理下げるわよ?」

 「あーあー、ごめんなさい。だから下げないでー」

 わざとらしく追いすがるエレーナに、仁禛はため息をつきながら料理をテーブルに置いた。

 「良い伊勢えびが手に入ったの。少しピリッとしているから気をつけてね」

 仁禛が持ってきた料理は、伊勢えびの頭が飾られた豪華な料理であった。常連であるエレーナは、少し心配そうに仁禛に確認をとる。

 「仁禛さん、これ、私は好きだけど、大丈夫?」

 「えぇ。今日貴女車で来てるんでしょう? それも兼ねていつもと違う味付けにしてあるの。食べてみて」

 「じゃあ……あら」

 一口口にして、いつもと違う味に驚くエレーナ。それを見つつ、ありすも口にする。

 「あ、美味しい」

 ありすの笑顔を見て、仁禛は嬉しそうに笑う。

 「でしょう? いつもはしっかりと辛くするのだけど、今日は香りが強い唐辛子を使ったの。だから、辛さ控えめで香りが高くなっているよ」

 「普段はお酒を飲みながらだから、辛いのが好きだったけど、これだけで食べるのならこっちの方がいいわね」

 「これなら私も食べられます!」

 その言葉の通りに、もぐもぐと食べ続けるありす。その様子を二人とも微笑ましそうに見つめていた。

その後も幾つかの料理が出てきて、どの料理に対しても目を輝かせるありす。品数は多かったが、仁禛が量を絞っていたため、ありすでも完食することが出来ていた。

 最後のデザートを持ってきた仁禛は、自分の分も一緒に持ってきて席に着いた。

 「ありすちゃん、今日の料理はどうだった?」

 「とっても美味しかったです! 初めて食べた料理も多かったですし、家で食べたことある料理でも、味が全然違いました!」

 「そうね、下ごしらえの仕方とか、味付けのタイミングとか、家庭ではあまりやらないようなことをやったりするから、家庭料理とは違いが出てくるの。だからというわけではないけど、ありすちゃんにプレゼントよ」

 そういって取り出したのは、何枚かの紙である。

 「今日食べてもらったメニューのレシピよ。家庭では難しい部分はアレンジしてあるから、お母様と一緒にチャレンジしてみて」

 「あ、ありがとうございます!」

 「仁禛さんったら、文香ちゃんといい、アリスちゃんといい、私の後輩を奪っていくわー」

 ありすに尊敬の眼差しで見つめられていることが、面白くない様子のエレーナ。そんなエレーナに、仁禛は杏仁豆腐のクコの実を渡す。

 「はい、これ上げるから機嫌直して」

 「わーい」

 仁禛からクコの実を食べさせてもらうようすに、ありすはクスクスと笑った。

 「ふふふ、二人とも子供みたいです」

 「あら、エレーナはともかく私も?」

 「はい。とっても仲が良くて羨ましいです」

 「あら、私とアリスちゃんと仲良しよー!」

 そういいながら、ありすに抱き着くエレーナ。

 「きゃっ!?」

 「こら、エレーナ。全く、貴女酔ってるんじゃないんでしょうね? 代行呼ぶ?」

 「いいえ、私は素面、いえ、アリスちゃんの可愛さにメロメロ酔ってるの!」

 「救急車の方がいいかしら?」

 またしても漫才を始める二人に、ありすはずっと楽しそうに笑っているのであった。

 




もう一話で終わりです。


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ハートの女帝と黒髪のアリス その四

ありす編は終了です。


 食事を終え、二人は仁禛に見送られていた。

 「はい、ありすちゃん。これ、お母様にも食べてもらって。それと今度はお母様と食べに来てね」

 「はい。必ず来ます」

 「あら、仁禛さん。私には?」

 「今日は早く上がれるから、貴女の家に行くわ。その時お酒持って行ってあげるから、それで我慢なさい」

 「うふふ! 仁禛さん大好き! 私もとっておきのワイン用意しておくわね!」

 「はいはい、じゃあ、またね」

 仁禛と別れ、車に乗る二人。

 「さてと、ちょっと遅くなっちゃったわね。住所教えてもらえるかしら?」

 カーナビにありすの家の住所を入力すると、その通りに走り出す。

 「仁禛さんのお店はどうだった?」

 「とっても良かったです! 今度、お母さんと一緒に行きたいです」

 「そっか。お母様もきっと喜ぶわ」

 とても嬉しそうに語るありすに、エレーナも嬉しそうに頷いていた。

 「あ、このマンションです」

 「じゃあ、前に停まるわね」

 マンションの前に車を停め、ありすと共に車を降りる。

 「エレーナさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 「それはこちらのセリフよ。私もとても楽しかったから。今度、一緒にレッスンしましょうね」

 「はいっ!」

 そうして、ありすはエレーナと別れた。家の鍵を開け家に入ると、部屋の明かりがついていた。

 「おかえりなさいありす。今日はごめんなさい」

 既に母親が帰ってきており、迎えに行けなかったことを謝った。

 「ううん。今日はエレーナさんのお陰でとても楽しめたから。お母さんにもお土産があるんだよ」

 「あら、何かしら?」

 ありすは仁禛から受け取ったレシピとお土産を母親に渡す。母親は渡されたものの大きさに、内心冷や汗をかいていた。

 「あ、ありす。お夕食に連れて行ってくれた先輩って、どなただったかしら?」

 「え? えっとね、エレーナさんって綺麗な先輩だよ。銀髪がとっても綺麗なの」

 まさかの世界的トップアイドルに娘が招待されていたことに、母親はお返しをどうしようか考え始めたのであった。

 そんな母親をよそに、ありすはおずおずと口を開く。

 「そ、それでね。今度一緒に料理してくれる?」

 心配そうに見つめてくる娘に、ニッコリと笑みを浮かべる。

 「もちろんよ。今度一緒に作りましょうね」

 その言葉に、ありすは今日一番の笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

 一方、自宅に戻ったエレーナは、仁禛を招待するために部屋を片付けていた。

 「あ、華耶さん。そのお野菜、洗っておいてもらえるかしら?」

 そこには同じく仕事を終えていた華耶も来ていた。

 「はいはい。でも、私も来てよかったのかしら」

 「もちろんよ。仁禛さんも最近華耶さんが来てくれないって言ってたわよ。さっき連絡したら嬉しそうにしてたしね」

 「最近は忙しくて行けなかったのよね。楽しみだわ」

 華耶も仁禛とは仲が良い。具体的に言えば、エレーナに振り回される側としてである。

 そのうちにマンションのベルが鳴る。そのまま招き入れた仁禛は結構な量の荷物を持ってきていた。

 「少し遅くなっちゃったかしら。ごめんなさいね」

 「そんなことはないわ。それにしてもたくさん持ってきたわね」

 「日持ちするものを持ってきたから、冷蔵庫の中に入れておいて。さ、とっておきの陳年紹興酒を持ってきたわよ」

 「私は上物のウイスキーを」

 「で、私はワインね。ウォッカもあるけどどうする?」

 三人が三人とも二日酔いになったことがない枠である。一度も介抱されたことなどなく、介抱する側な三人であった。

 次々と酒を開けていく三人。日付も変わりそうになってきた頃。話はありすのこととなる。

 「それにしても、ありすちゃん、可愛かったわね」

 「そうでしょ? 実は今日が初めましてだったのだけど、仲良くなれてよかったわ」

 「……聞いたときはびっくりしましたけど、後でご両親にお礼の連絡をしておいてくださいね。橘さんはまだ12歳なんですから」

 ありすは華耶の担当部署ではないが、華耶はしっかりと把握していた。

 「今回に関しては許して? アリスちゃん、寂しそうだったんですもの」

 「まぁ、それはそうなのですが……」

 華耶も事の次第は聞いていたので、これ以上責めることはなかった。

 「それなら、今度お母様といらっしゃった時には、最高の家族メニューを用意しておかないとね」

 「あ、それ、私も混ぜて。メニュー開発してみたいわ」

 橘家をおもてなしするための計画を三人で考えている内に、夜が更けていく。

 「あ、それなら今度のコンサート。二人を招待しましょうか。家族の為の歌も歌うし、ちょうどいいんじゃない?」

 「そうですね。エレーナが確保しているチケットも余っているし、差し上げましょうか。橘さんもアイドルですから、問題はないでしょう」

 「あら、私にはくれないの?」

 少し顔を赤らめた仁禛が流し目でアピールする。そんな仁禛にエレーナと華耶は顔を見合わせながら笑いあう。

 「ん? どうしたの?」

 「仁禛さんには、世界で一番早くチケットをプレゼント。No.00001のチケット。超レアだから転売しないでね」

 「ついさっきチケットが刷り上がったの」

 まさに出来立てホヤホヤのチケットに、流石の仁禛も驚いていた。

 「全く……不意打ちでこられると、どう反応したらいいか分からないじゃない。でも、ありがと」

 仁禛は嬉しそうにチケットを受け取った。

 「それで、今回は誰を招待するの?」

 エレーナは、コンサートを開く際、関係者を招待することが多い。

 「今回は私のワンマンライブじゃないから、そんなに招待するつもりはないわ。だけど、後二人だけは決定してるわ」

 「二人? あぁ、折角仲良くなれたんだものね。じゃあ、一緒に私のお店の招待券も送ってもらえるかしら?」

 名前を聞かずとも、誰を招待するのか分かった仁禛は、エレーナに便乗することにしたのだった。

 

 かくして、憧れの女性達が何事かを画策している頃。ありすは、母親と同じベッドの中で幸せな夢を見ていた。

 キラキラと輝くステージに立つ自分。そしてその隣には、何よりも美しく煌めく憧れの女性が満面の笑みで立っていた。

 これが夢のままで終わるのか、それとも正夢となるのか、まだまだ不明だが、ありすにとっては既に決定事項となっていたのだった。



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クールな可愛い女の子 その一

意外に難航しました。
仕事も残業続きなので、休みの日にしか書けないのでますます遅筆になってしまいますが、失踪はしないつもりなので、見捨てないでいただけると幸いです。

とりあえず、マスター業では酒呑・キアラ・リップ、P業では少し前ですがドレス奏ゲットしています。最近はプレイできていないのでMVばかり見ています。


 ありすとの食事会の翌日、休憩中のエレーナは誰かに電話をしていた。

 「はい、えぇ、貴女には是非客席から見て貰いたいんです。……ふふふ、楽しみにしてますね。え? 大丈夫ですよ。最近は規則正しく……え゛、華耶さんが? ……はい、お酒はなるべく控えます」

 電話を終えたエレーナは、何故か肩を落としていたので、気になった文香が恐る恐る声をかける。

 「え、エレーナさん? 何があったのですか?」

 「え? あー……大したことじゃないの。ただ、健康に気を付けなくちゃいけなくなって……」

 「「???」」

 よく分からない説明に、文香と楓は揃って首を傾げた。

 「あー、もう! 残りのレッスンはガンガンいくわよー!!」

 自棄になったエレーナに、楓と文香は頬をひきつらせた。

 その後、スッキリしたエレーナが去ったレッスンルームには、ピクリとも動かない楓と文香が残されていたのだった。

 

 一方、二人の尊い犠牲を出したレッスンの当事者は、疲れなど見せずに、ビルの中をウロウロしていた。

 と、机も置かれている休憩室に、一人の少女がいた。そんな彼女の元に、可愛い子大好きなエレーナが声をかけないわけがなかった。

 「こんにちは、お勉強かしら?」

 「え? え、エレーナ・パタノヴァさん!?」

 いきなりトップアイドルに声をかけられれば驚くのは当然であった。

 「ふふふ、ごめんなさい。あまり見かけないから、声をかけちゃった。最近入ったのかしら?」

 「は、はい。速水奏です。よろしくお願いします」

 奏は慌てて立ち上がり頭を下げた。

 「こちらこそ。あぁ、座って座って? 勉強中だったのでしょう?」

 テキストを覗くと、数学の課題をしているようだった。

 「夏休みの課題が少し溜まっちゃって。レッスンも忙しいので」

 学業とアイドル活動の両立とは、学生アイドルの大変なところである。

 エレーナは、ノートをチラリと見ると、間違いに気が付いた。

 「あら、この部分、数列の式が違うわ。それに、仮定の仕方もミスしてるわね」

 「え? …………あ、本当だわ。ありがとうございます」

 「いえいえ。ここの部分は習い始めの頃は間違いやすいところよ。そうね、折角知り合えたのだし、少し教えてあげましょうか?」

 「え、でもそんな悪いですし……」

 「そんなこと気にしないの。それに、私勉強は好きなのよ?」

 世界でも有数の大学を卒業しているエレーナが言うと説得力があった。奏は恐縮そうにしつつも、エレーナの言葉に甘えることにした。

 「それにしても、日本の高校生は中々難しい問題をしているわね」

 「そうなんですか?」

 難しいといいつつ、問題を眺めただけで解き方をしっかりと把握しているエレーナ。そんな化け物のような人物に言われても、少々納得がいかない奏であった。

 「そうよー。どこが一番良いということを論じるのはナンセンスだけど、日本の教育水準が高いというのは本当よ。それを悪く言う人もいるし、問題がないというつもりもないけれど、素晴らしいことであることには違いないわ」

 「エレーナさんって、教育のことも学んでいたんですか?」

 まるで教師のようなことを言うエレーナに、奏は思わず聞いてしまった。

 「教育学は聴講以上のことはしていないわ。それでも、言語学の研究の一環として各国の学校を回ったりもしていたの。先進国各国も勿論だけど、途上国やついこの間まで内戦をしていた国にも行ったことがあるの」

 「な、内戦? だ、大丈夫だったんですか?」

 「まぁ、それは学問の為、というよりもボランティアの為だったんだけどね。私は色々な言葉を使えたから、通訳みたいな仕事をさせてもらったの。その時にお世話になった人達の中に、教育に携わるひとがいらっしゃってね。その人と学校に行かせてもらったの」

 勉強を教えてもらおうとしていたのに、いつの間にかエレーナの話に聞き入ってしまった奏。エレーナはそのことに気が付くと、慌てて話を元に戻そうとした。

 「おっとっと。ごめんなさいね。つい昔話をしてしまったわね。さ、まずは数学よ」

 「えっ!? 話してくれないんですか?」

 「お話自体はしてあげてもいいのだけれど、それで奏ちゃんに宿題をサボらせちゃったら、私華耶さんにとっちめられちゃうから。だから、お話は勉強の後よ。あ、そこケアレスミスしているわ」

 「え? ……あ」

 「ふふふ……それじゃあ、一緒に解いてみましょうか。間違えやすいところを重点的に教えてあげる」

 間違いに気が付き頬を紅くする奏に、エレーナは優しく微笑みかけ、一日家庭教師をするのだった。

 

 「あら、エレーナ。まだ帰っていなかったの? それに速水さんまで」

 黙々と勉強をしていると、定時で仕事を終えた華耶が二人の所にやってきた。

 「華耶さんこそ、今日は早いのね」

 「仕事がないわけではないのだけど、部下に休んでくださいと言われちゃったのよ。そこまで言われて流石に残業は出来ないわ」

 《TITANIA》のライブがあるにも拘わらず、しっかりと定時に仕事を終わらせてしまうこと自体異常なのだが、普段からも多くの仕事を抱えつつも、早々に仕事を片付けてしまう華耶は、多くの社員の憧れであった。

 「あ、そうだわ。ねぇ、奏ちゃんってお家はどこなのかしら?」

 「私は寮に入っていますけど……」

 「寮なら大丈夫かしら……」

 いきなり考え出したエレーナに、奏は困ったように華耶を見つめる。華耶はため息を吐きつつエレーナに声をかけた。

 「エレーナ、何をするつもりなの?」

 「え? あぁ、せっかく奏ちゃんと知り合えたのだから、何かしたいなーって」

 「……今日は仁禛さんの所はお休みよ。それに、仁禛さんはいま仕入れに行っているから、日本にはいないわよ」

 「あら、そうだったかしら。じゃあ、別の所に行くのもいいけど……もう時間も遅いしね。あ、せっかくだから、お買い物にいきましょうか。一緒にお夕飯をごちそうしてあげる。今日は車に乗ってきてるから、寮まで送ってあげられるからね」

 「え? で、でも」

 「遠慮しないの。華耶さんも来る?」

 「……そうね、橘さんの時のように暴走されても困るし。速水さんもいいかしら?」

 意外にも華耶までついてくることになり、奏としては頷く他なかった。

 早速とばかりに車に乗る三人。奏を助手席に座らせ、エレーナは奏の話を聞いていた。

 「じゃあ、奏ちゃんはスカウトされたのね。プロデューサーさんは有能ね」

 「久留米Pが速水さんをスカウト出来たときはとても喜んでいましたよ。あの子、いつもは静かなのに、あの時はとても饒舌になっていましたからよく覚えています」

 「プ、プロデューサーったら」

 いつもは静かで小動物のような自分のプロデューサーが、自分のことで喜んでくれていたことに、照れてしまう奏。そんな奏をまるで保護者のように微笑まし気に見つめるエレーナと華耶。

 「それで、今日はどこに行くつもりなの?」

 「折角だし、お洋服を見に行こうと思うの。この間、唯依ちゃんに可愛い服があって聞いたから」

 エレーナと大槻唯依は意外にも仲が良い。カラオケ好きな唯依に誘われ、一緒にカラオケに行く仲なのだが、カラオケ以外にも唯依コーディネートのギャルスタイルエレーナの写真は、全世界に衝撃と歓喜を呼び起こし、それを達成した唯依は、陰で大英雄と言われているとかなんとか。

 「あぁ……あの写真の件ね。まぁ、速水さんなら似合うと思いますけど」

 「今回はプライベートだからSNSには上げないけどね。さ、着いたわ」

 到着したのは唯依の紹介にしては少々意外というような高級な店であった。

 「あら、意外といえば意外ね」

 「この場所自体は私が紹介したのだけど、唯依ちゃんや美嘉ちゃんが愛用しているブランドとコラボしたみたいなの。意外なコラボだったから驚いたけど、唯依ちゃん曰く、上品だけど可愛らしいみたい」

 そのコラボの理由が先のギャルファッションエレーナなのだが、実は知らされていなかった。

 「さ、入りましょ」

 エレーナ達が入店すると、店員がざわつく。大好評のコラボの影の立役者の登場に、慌てて店長を呼びに行っていた。

 「コラボコーナーはここね。唯依ちゃんのいう通り、とっても可愛いわ」

 「それに、上品さもあるから、大人の女性も着やすいわね。逆に若い子も着やすいから、絶妙なデザインだわ」

 エレーナと華耶はそれぞれの観点で洋服を見ていた。

 エレーナは青色のドレスをモチーフにしたアウターを奏に合わせる。

 「うん、とっても似合うわね。華耶さん、一緒に奏ちゃんをコーディネートしましょ」

 「――いいでしょう」

 眼鏡をキラリと輝かせる華耶。何か琴線に触れたらしい。

 「え? えっ?」

 「さ、奏ちゃん。脱ぎ脱ぎしましょうか。大丈夫、痛くないわ」

 手をワキワキさせて奏ににじり寄るエレーナ。華耶は店員に似合いそうな服を次々と出させていた。

 「え、エレーナさん?」

 「大丈夫。世界で一番可愛くてクールで元気なシンデレラにしてあげるわ」

 盛りすぎな気がした奏であったが、華耶が持ってきた大量の服を見て、目の前のいい大人の二人が本気であることを悟ったのであった。

 



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クールな可愛い女の子 そのニ

お久し振りです。
イリュージョニスタ走っていた為遅くなりました。
無事こずえちゃんを迎え三属性SSR揃えられて、ゆかり嬢を迎え清楚三姉妹を結成出来ました。
ランキングは6721位と初めて四桁に入れたので満足です。
次回はシンデレラキャラバンですか……


 決して短くない時間が経った。エレーナの顔はつやつやになっており、華耶の表情もいつもよりも柔らかになっていた。

 そんな二人と対して、奏は息絶え絶えになっていた。

 「とっても可愛いわ、奏ちゃん。やっぱり奏ちゃんは綺麗だから青と黒が似合うわね」

 「久留米Pにはこのようなコンセプトを薦めてみましょうか」

 「も、もう終わり、ですよね?」

 服装はとても似合っているのだが、疲労で素直に喜べない奏。そんな所に、一人の女性が近付いてきた。その女性はエレーナと並んでも見劣りすることがないほど美しく、疲れていたはずの奏も見惚れてしまっていた。

 「お久し振りです、エレーナ」

 「あら、アンヌ。こっちに来ていたのね」

 アンヌ・アンコヤブル。パリのファッション界を先頭で率いる、世界で最も注目されているファッションデザイナーである。

 「貴女は初めましてですね。当店《Fate》パリ店のグランクチュリエのアンヌ・アンコヤブルと申します。どうぞよろしくお願いしますね、素敵なお嬢様?」

 「お、お嬢様!?」

 「ふふふ、えぇ。其れほどまでに貴女は素敵です。そうだ、エレーナ。この後、お時間はありますか?」

 「え? えぇ。奏ちゃん達と食事をしようとは思っていたけど、少しなら時間はあるわよ」

 その言葉を聞いたアンヌは、とても嬉しそうに手を合わせてほほ笑んだ。

 「それならば、私もそのお夕食にご一緒させていただけないでしょうか? 日本に来たのは久しぶりだったのでお食事をしたかったのですが、誰とも都合が付かなかったのです。こうして再開できたのも何かのご縁。予約はとってあるので、ご招待させていただけないでしょうか?」

 そうお願いしてくるアンヌの目は、心配なのかうるうるとしており、初対面の奏は年上の綺麗な女性にも拘わらず、キュンとしてしまった。

 エレーナはクスリとほほ笑み、不安げなアンヌの頭をポンと撫でる。

 「あっ……」

 「相変わらず心配性ね。貴女のお願いを私が断るわけないでしょう? それに、しばらく会っていなかったのだから、貴女の活躍を聞かせてほしいわ。貴女の話はとても楽しいし、貴女と過ごす時間はそれだけで幸せな時間なのだから」

 「エレーナ……」

 ホッとしたアンヌに優しい笑みを返すエレーナ。二人の間に甘い空気が流れ、店内を侵食していた。

 先ほどまで美女二人に見惚れていた店内が、甘すぎる空気に脳内をとろけさせていた。

 「エレーナ……二人の麗しい仲を見せるはいいのだけれど、周りを見て頂戴。みんな顔が真っ赤よ」

 見渡せば、名店の名に相応しい華やかな女性たちが面持ちを蕩けさせていた。

 「あら、それじゃあそろそろ出ましょうか。アンヌも乗っていくでしょ?」

 「はい。奏さんもよろしくお願いしますね」

 「は、はい」

 奏はアンヌにニコリと笑みを向けられると、顔を紅くしてしまう。そんな奏をエレーナが見逃すはずもなく、頬を膨らませた。

 「むぅ、仁禛さんといい、アンヌといい、私のお友達は可愛い後輩ちゃん達を魅了していくわ」

 「貴女の親友は魅力的すぎるのよ。友達集めてユニット作れば一発で大人気よ」

 「あら、私は大賛成よ。何なら、本気出して説得してあげるけど」

 「……コラボまででお願いするわ」

 現実的ではないとは思いつつ、その提案が非常に魅力的なことに、華耶は少々悔しそうに呟いたのであった。

 

 

 相変わらずの高級車に揺られ三十分ほど。都心とは思えないほどの広い敷地を抱える料亭の中に車を入れた。

 「あ、あの、こんなに凄いところに来てもいいんでしょうか?」

 幾ら周りから大人っぽいと言われる奏といえども高校生。テレビでしか見たことがないような超高級料亭には尻込みしていた。

 「大丈夫よ。仁禛さんのお知り合いの方がいらっしゃるし、私も仲良くさせていただいているわ。それに、味は日本で一番だから期待していてね」

 「私もエレーナに招待されてきましたが、ここはとても日本的なお料理を出して下さいます。それ以来ファンになってしまって、来日した時には無理を言わせてもらっています」

 どう考えても安心できるようなものではなかったが、奏は諦めて華耶の後ろに付いていくことにしたのだった。

 「ようこそお越しくださいました。アンヌ様、それにエレーナ様も」

 店の玄関にたどり着くと、上品という言葉が似合う女将が、綺麗にお辞儀をして出迎えた。

 「お久し振りです、椿さん。しばらく訪れることが出来ずすみませんでした。料理長はお元気ですか?」

 「はい。今日アンヌ様だけでなく、エレーナ様方がいらっしゃると聞き、全身全霊で仕込みをしています。なので、ご挨拶は食後にと言っておりました」

 「あら、それでしたら、最高のお料理が楽しめますね。今の時期は旬ものが多いですし、想像するだけでもワクワクしてしまいます」

 エレーナの言葉に、女将は自信をもって頷く。

 「本日は旬の魚と野菜を用いた料理でございます。なので、皆さまのご期待に添えると自負しております」

 挨拶もそこそこに、一行は座敷に案内される。外観に違わず、室内も落ち着きつつも所々に拘りがちりばめられていた。

 お茶を淹れた女将が退室すると、緊張の糸が切れたのか、奏がほぅと息を吐く。

 「ふふ、流石に緊張した?」

 それをエレーナに見られていたことに気が付くと、奏は顔を紅くする。

 「エレーナ、あまり速水さんをからかわないの。女子高生がここほどのお店に慣れていたら驚きよ」

 華耶のフォローに奏はウンウンと頷く。そんな三人の様子を眺めていたアンヌはコロコロと笑う。

 「ふふふ、やっぱりエレーナ達と一緒だと楽しいですね」

 「あら、それは誉められているのかしら?」 

 「はい。それはもう、飛びきりに」

 ニコニコしながら会話をするアンヌとエレーナの姿を見て、奏は華耶にこっそり尋ねる。

 「大人の女性って、これが普通なんですか?」

 「これは特例中の特例です。普段の言動はともあれ、あの二人は世界トップクラスのアイドルとデザイナーですから。しかも、お互いが人たらしですし」

 「あぁ……」

 取り敢えず目の前の二人が、ある意味目標にしてはいけない類いの人物であることを理解した奏。素晴らしい女性であることは間違いないし、憧れもするのだが、自分ではあぁはなれないと素直にかんじたのだった。

 「あら、今度は華耶さんが抜け駆け? 久留米Pに言いつけちゃうわよ?」

 「違いますから冗談でもやめて下さい。あの子はただでさえ泣き虫なのに、そんなこと聞いたら業務に支障が出ます」

 奏をスカウトした久留米Pは、仕事が出来る人物なのだが、如何せん泣き虫としても有名である。それなりの年齢なのだが、奏よりも遥かに年下に見られる外見と相まって、泣かれてしまうと罪悪感に苛まれるのである。

 「ふふふ、久留米Pを泣かせてしまうのは心苦しいわ。だから、今日のところは食事を楽しみましょうか」

 「私は最初からそう言っているのです」

 それから、料理が運ばれてくるまで少し時間があり、話は奏の話となる。

 「速水さんはまだエレーナとお仕事をしたことはないのですか?」

 「はい。デビューもまだですから。今はレッスンばかりです」

 「最初の内は反復ばかりで大変よね。でも投げ出しちゃダメよ? 最初にやるレッスンが後々大切になるんだから」

 「は、はい」

 それまでふざけていたのに、急に真面目になるエレーナに、奏は慌てて頷いた。

 「でもエレーナも基礎レッスンは欠かさずやっているのでしょう? 貴女のストイックさはパリでも有名なんですから」

 「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、照れちゃうわね。私の曲やダンスは、難易度を高くしてもらうことが多いから、怠けちゃうとすぐに出来なくなっちゃうのよ。《madonna》なんかは特にそうね。今度のコンサートのVerは、特に難しいから大変よ」

 基礎スキルがカンストしていると言われる程のエレーナが難しいと言うのであれば、それは並どころか高ランクアイドルでも難しいということになる。

 「でも奏ちゃんもクールな感じの曲が似合いそうだし、ダンスは必須ね。今度時間があるときにレッスンしてあげましょうか?」

 「えっ!? 良いんですか?」

 「えぇ。今度のコンサートが終わるでは難しいけど、それが終われば多少時間が出来るから。ね、華耶さん?」

 「まぁ、仕事がないわけではないけど、時間は取れるわよ。そもそもエレーナは自主レッスンの時間が多いですし」

 奏やCPメンバーとは異なり、エレーナのレッスンは自主レッスンが多い。仕事が多く、合間合間でしかレッスンの時間が取りにくいこともあるが、エレーナ自身がトレーナーとしてやっていくことが出来る程のスキルを持っており、トレーナー達からの信頼が厚いのである。

 「何人か一緒になるかもしれないけど、スケジュールが決まったら久留米Pに連絡するわ。だから、楽しみにしててね」

 「は、はい」

 突然決まったレッスンに、奏は恐縮しっぱなしである。

 そんな様子を見てアンヌが呟く。

 「相変わらず強引というか何と言いますか。グイグイと引っ張っていくのですね」

 「そうですね。エレーナの悪い癖です」

 「ひどいわ。アンヌも許して? ね?」

 手を合わせてアンヌに頭を下げるエレーナ。それに対してアンヌはわざと頬を膨らませてプイッとそっぽを向いていた。

 この中で奏だけが話題についていけなかった。

 「柳P、エレーナさんとアンヌさん、何かあったんですか?」

 「あぁ、大したことじゃありませんよ。フランス公演の時に、アンヌの後輩達を根こそぎ虜にしただけですから」

 「と、虜に?」

 「えぇ。その頃からエレーナはアンヌと仲がよかったですから、衣装については《Fate》に、アンヌに依頼していたんです。その際にエレーナが事務所を訪れたのですが、いつもの如くこっ恥ずかしい台詞をこれでもかとアンヌの後輩に吐いたんです。それで、公演が終わった後、後輩の方々に全力で接待されてデレデレしていたらアンヌに焼きもちを妬かれた、という話です」

 「それは、何というか……」

 「下らないと言って構いませんね」

 奏が言いにくくて言い淀んでいたことをキッパリと言う華耶。それには奏も苦笑するしかなかった。




キリが悪いですかここで。
何か奏回というよりもアンヌ回。
因みに番外編は後二人分。
簡単に外枠を作ったのですが、全員クールになって驚きました。なので他属性は他の機会の番外編に書きます。
因みに今回の番外編のテーマの一つにエレーナのお友達大集合というのがありまして、最後に華耶が言っていたエレーナフレンズコラボ編(仮)を書く予定です。

現在は
朱仁禛(中国)+橘ありす
アンヌ・アンコヤブル(フランス)+速水奏
?(イギリス)+?
?(日本)+?
の予定で書くつもりです。

こういう設定を考えているときが一番楽しいです。


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クールな可愛い女の子 その三

お久し振りです。奏回、というかアンヌ回はこれで終了です。


 

 話もそこそこに、旬の食材を匠の技で調理した料理が運ばれてくる。これにはエレーナやアンヌもふざけるのを止め、その味の素晴らしさに舌鼓を打つ。

 「あぁ……これぞ和食というものね。家庭料理にはない、まさに天地人揃った料理だわ」

 「これを食べられただけたでも日本に来た甲斐があるというものです」

 外国人である二人は勿論、奏も初めて食べる味に目を白黒させていた。

 「そういえば奏さんは、まだ、リセ……えっと高校生なんですよね?」

 「はい、そうですが」

 「エレーナが言っていましたが、やはり奏さんはお美しいですわ」

 「はへっ!?」

 突然の賛辞に、奏はらしからぬ奇声を上げてしまった。

 「アンヌ。エレーナと同じようにしては駄目ですよ。エレーナはただのタラシなんですから」

 「華耶さん、流石に酷いわ。それでアンヌ、どうしたのいきなり?」

 華耶の厳しい一言に辟易しつつも、アンヌの言葉の意味を尋ねる。

 「奏さんを見ていて、どんな服が似合うかなって。ドレスは勿論似合うでしょうから、ステージ衣装も映えますよね」

 「えぇ!! 奏ちゃんならアダルトな衣装でも負けないわ。だけど、少女らしい要素も残したいわ」

 「それでしたら、スカートをミニにするのもいいですね。見ているだけで心が高鳴り頬を赤らめてしまうような衣装にしたいですね」

 本人を置いてきぼりにして衣装を決めようとしているエレーナとアンヌ。そんな二人に対して溜め息を吐く華耶。

 「二人とも、勝手に決めないで下さい……」

 「あら、パリでも一位二位を争うデザイナーのアンヌが衣装案を出してくれているのに、みすみす見逃すの?」

 「そ、それは……」

 明らかに悪はエレーナなのだが、悪魔の囁きに心を動かされる華耶。そんなコントをしているコンビを尻目に、アンヌだけは真剣に奏のことを見つめていた。

 「……………………」

 「あ、アンヌさん?」

 「ねぇ奏さん」

 「は、はい」

 自身もアイドルであり、エレーナを始めとした美女達を見慣れている奏にとっても、次元違いの美女であるアンヌに見つめられては顔を赤くしてしまう。

 「貴女、キスしたことないですよね?」

 「はいっ!?」

 とんでもない言葉を吹っ掛けられた奏。突然のことに口をパクパクさせている本人を余所に、大人達が盛り上がった。

 「あら、あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらぁっ!! そうなの奏ちゃん?」

 「えと、その……」

 「演技以外のプライベートでここ10年キスしてない喪女が何を言ってるのよ。このお馬鹿さんは気にしないで。それでアンヌ、なんでそんなこと言い出したの?」

 「華耶さんヒデェ」

 世界のトップアイドルの言葉を聞き流した華耶と奏は、アンヌに発言の真意を尋ねる。

 「え? あ、えっとですね、色恋沙汰とかそういうことではないんです。キスというのは、女性にとって特別なものです。特にファーストキスとなれば尚更です。日本でも奏さんの年頃では特にそうでしょう?」

 「まぁ、そうですね。人それぞれではあるでしょうが、そう易々とするものではないです」

 「そして奏さんはまだそのような経験がない、ということですから、衣装を作るときにそのような初々しさ……いえ奏さんならば、それに想いを募らせ恋い焦がれる成熟しきれぬ艶やかな少女、といったところでしょうか」

 「そうかもしれないわね。ただセクシーなだけじゃ奏ちゃんの魅力を出しきれないわね。アンヌの案ならベストね」

 「もう勘弁して……」

 散々キスに憧れているやら経験がないやら暴露され、これ以上ないくらい顔を真っ赤に染め上げる奏。もう気絶寸前である。

 「あっ、ご、ごめんなさい、つい仕事のこととなると、ね?」

 「お待たせ致しました。デザートをお持ち……あら?」

 暴走から目覚め、慌てて奏に謝罪するエレーナ。そこに、料理を運んできた女将。室内のカオスっぷりにきょとんとしていた。そして、エレーナがペコペコしているのを見て、すぐに納得した。

 「今度は何をしたんですか?」

 女将にくすくすと笑われ、エレーナは困ったように眉尻を下げた。

 「もう、椿さんまでひどいわ。あ、あら、このアイスクリーム、とっても綺麗ね!」

 己の不利を悟ったエレーナは、態とらしく話題を反らす。

 「ふふふ。はい、こちらは料理長が皆様の為にと。抹茶アイスと季節のフルーツの盛り合わせです」

 「とても綺麗ですね。流石は料理長様。以前頂いたすだち餅も素敵でしたが、こちらは可愛らしいですね」

 アンヌの感想に、女将は嬉しそうに微笑む。

 「ありがとうございます。すだち餅もお手土産としてご用意してあります。ただ、今日はお若いお客様がいらっしゃいましたから、料理長が張り切って作っておりましたよ」

 「あら、料理長ったら。私達だけじゃご不満?」

 エレーナが襖越しに声をかけると、一人の老人がカラカラ笑いながら入ってきた。

 「ハッハッハ、まさか、天下のエレーナ嬢ちゃんに不満なんかあるもんか。アンヌ嬢ちゃんも久しぶりだな。今日の味はどうだった?」

 「とても美味しゅうございましたよ。あれほどに味の濃縮された鮎は初めてです」

 「それは良かった。華耶嬢ちゃんも楽しんでもらえたみたいだな」

 「はい。料理長のお料理を口にすると、幸せになりますから」

 仕事中は表情をあまり崩さない(エレーナ相手を除く)華耶も、料理長の料理には柔らかな笑みを浮かべていた。

 「はっは、柳の所の娘さんにそう言ってもらえるなら、ワシもまだまだ現役だな」

 「私の舌などまだまだです。ですが、後二十年は料理長の味を楽しみたいものですね」

 「おいおい、それじゃワシ、九十越えちゃうぜ?」

 仲良さげに話す二人に、奏はエレーナにこっそりと尋ねる。

 「柳Pと料理長さん、お知り合いなんですか?」

 「そうよ。華耶さんのご実家は京都の老舗の割烹なの。華耶さんのお爺様と料理長は旧知の仲で、華耶さんはとても可愛がってもらってたそうよ」

 華耶が上品な女性なことは知っていたが、想像以上にお嬢様であったことに驚く奏。

 「それでな、実は女将が案内しているところを覗かせてもらっていたんだが、随分若い娘っ子がいて驚いたぜ」

 ニカッと豪快な笑みを向けられ、奏は思わず頭を下げる。

 「こういう店には中々若いのは来ないからなぁ。思わず張り切っちまったよ」

 「だから、桔梗の蕾の細工を添えたんですか?」

 エレーナの言葉に、料理長は頭を掻いた。

 「そういうのは、言わぬが花と言うんだがなぁ……」

 「え、えっと……」

 ばつが悪そうにする料理長に、奏は意味が分からず困惑する。

 そんな奏に、アンヌが種明かしをした。

 「この桔梗の蕾は、奏さんのことなのですよ」

 「わ、私が桔梗?」

 種明かしをされても、いまいちピンと来ない奏。

 「桔梗は美しい青の花。そして、その花言葉は、『永遠の愛』。料理長さんったら、ロマンチストなんですから」

 アンヌに笑みを向けられ、料理長は両手を挙げた。

 「あぁもう、降参だよ降参。これ以上年寄り苛めんな」

 「あら。ふふふ、それでは今度来たときにも美味しい料理をお願い致しますわ」

 了解と手を挙げると、料理長は部屋を出ていった。

 「でも、言いたいことは料理長にぜーんぶ料理で語られちゃったわね」

 「はい。ですが、頃合いですし、そろそろお暇しましょうか」

 「支払いは私がしておくわ。三人は先に外に出ていて」

 エレーナ達三人は先に車に戻る。

 「奏ちゃん、初めての料亭はどうだった?」

 「とても美味しかったです。それ以上に恥ずかしかったですけど……」

 「ふふふ、何度も来れるような場所ではないでしょうが、面白い経験も出来ましたし良かったですね」

 弄くり回した本人に言われてもと思った奏だったが、それは呑み込んだ。

 「お待たせしました」

 「お帰りなさい、って、華耶さん大荷物ね」

 車のドアを開けると、エレーナは華耶から大きな袋を受け取った。

 「料理長が張り切ったみたいで沢山頂いたわ。寮の皆さんにもって」

 「あらあら、奏さん、とても気に入られたのね」

 「とても有難いですけど、これ、凄く高級そうですよね?」

 袋の中を覗けば、高そうな桐の箱が幾つも入っている。

 「まぁ、決して安くはないけど、お爺ちゃんからのお小遣いだと思えば気が楽かしらね」

 「流石に無理があるわよ。兎も角、速水さんは私が送りますから運転は私がするわ。二人とも今日は呑むのでしょう?」

 「あら」

 「あらら」

 例に違わずアンヌも酒豪である。

 華耶の運転でエレーナとアンヌをバーの前で降ろした後、華耶は奏を寮に送り届けた。

 「さて、寮母さんにもご挨拶したいし、私も一緒に行きますね」

 「は、はい。今日はありがとうございました」

 「ふふふ、お礼……というか謝罪をしなければならないのは私の方です。まさかアンヌまで一緒になるとは思っていませんでしたから。あの二人と一緒だと疲れるでしょう?」

 「えっと……」

 確かにその通りなのだが、そのエレーナの担当Pである華耶の前では頷き難い。

 「遠慮しないでいいんですよ。エレーナ相手に普通でいられる人なんて、世界に五人いるかどうか」

 「アンヌさん達ですか?」

 「ええ。仁禛さんにアンヌ、それと日本とイギリスに一人ずつ、ってところかしら」

 「柳Pはどうなんですか?」

 ふとそう尋ねると華耶は、可笑しげに微笑んだ。

 「あら、そんな子のプロデューサーなんてしていたら普通でなんかいられないわ。私はいつでもあの笑顔に魅了されているんですから。エレーナには絶対内緒ですよ?」

 しー、と口元に指を当てる華耶の姿に、十分貴女もそちら側です、と思う奏なのであった。

 

 

 

 因みに、お土産を開けた寮生一同はというと、その豪華絢爛な料理の数々に圧倒され、奏は大勢に囲まれることになるのであった。

 

 

 「かんぱーい」

 「ふふ、乾杯です」

 カチリとワイングラスを合わせ、ワインを口にするエレーナとアンヌ。ロシアとフランスが誇る絶世の美女の組み合わせとなれば騒動が起こりかねないが、華耶が選んだのはエレーナのマンション近くのバーであり、精々店内の他の客が眼福、と感じている程度で収まっていた。

 「とても美味しいですね」

 「でしょ? この間見つけた日本のワインなんだけど、すっごく美味しかったからマスターにもオススメしたの」

 「あちらではフランスのワインばかり飲んでいますから、日本に来ると色々なワインを楽しめて嬉しいです。システィナにも飲んで貰いたいですね」

 「そうね。でもあの娘、ワインには煩いからチョイスが難しいわ」

 「でもエレーナが選んだ物なら何でも喜びそうめすけど」

 「だからこそ難しいというか。喜んでくれるからこそ、美味しい物をあげたくなっちゃうのよねぇ」

 可愛い妹分のことを思い、クスクスと笑う二人。

 《ボトル》を幾つか空けた頃に、ふとエレーナはある噂についてアンヌに尋ねた。

 「そう言えば、アンヌ。貴女日本に来るって本当なの?」

 その噂とは、アンヌが日本に拠点を移すというものである。

 世界的デザイナーであるアンヌが拠点を移すとなれば、業界にとって大騒動である。

 しかし、アンヌはあっさりと頷いた。

 「はい。パリは素晴らしい街ですが、私にとって一番大切な物はありませんから」

 「あら。アンヌの大切な物って?」

 エレーナが尋ねると、アンヌは少し考え、エレーナの隣に移動した。

 「アンヌ?」

 アンヌの行動に首を傾げたエレーナ。しかし、アンヌはそんなエレーナにお構い無しに、エレーナの腕に抱きつき、耳元に口を寄せ囁くように言った。

 「それは貴女です、エレーナ。私にとって大切な存在は貴女以外にはいません。だって、叶うならば私は貴女の為だけにデザインをしたいのですから」

 言葉の内容は聞こえていなくとも、アンヌの出す妖艶でいて愛らしい雰囲気に、店内の者達は顔を真っ赤にさせノックダウンされた。

 そんな雰囲気をゼロ距離で受けたエレーナは、少しだけ顔を赤らめつつも、アンヌの頭を撫で返す。

 「アンヌ、貴女酔ってるわね?」

 「えぇ。こんなこと、素では言えませんもの。美味しいお酒と、貴女という素敵な女帝様にもうクラクラしています」

 「もぅ……今日はウチに泊まっていきなさい。ハーブティー淹れてあげるから」

 「ふふふふふ、エレーナさんのハーブティー、大好きです」

 「はいはい。マスター、お勘定お願い」

 店から出て、普段より数段ふわふわしているアンヌを部屋に入れると、エレーナは約束通りハーブティーをアンヌに渡す。

 「エレーナのハーブティーは久しぶりです。やっぱりとても落ち着きます」

 「そう言ってくれると嬉しいわ。それにしてもアンヌも日本に来るのね。システィナも近々日本に来るって言ってたから、今度みんなで集まりましょうか」

 「はい。神楽さんもお呼びして盛大にやりましょうね」

 エレーナ達が《盛大に》というパーティーである。それに華耶が気付いたとき、華耶は冷や汗を掻くことになるのだが、流石の華耶でも気が付くことはなかった。



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幽玄な香りを纏いて、白銀の絲を翻す その一

纏幽玄香、翻白銀絲とでも書きましょうか。
今回のキャラは茄子さんと和服美人(年上)です。


 

 ライブも近付いて来ており、忙しいはずのエレーナなのだが、他の仕事も精力的にこなしている。

 この日エレーナは京都を訪れていた。

 「茄子ちゃん、着物を着るのは久し振りなのね」

 エレーナは共演者である鷹富士茄子の着付けをしていた。

 「はい。お仕事では着させてもらうことはあるんですけど、紗枝ちゃんみたいに普段から着ているわけではないですから」

 「茄子ちゃんは和装がとても似合うから勿体無い気もするわね。さ、出来たわ。うん、やっぱり和服美人さんね」

 締めた帯をポンと叩くと、満足気に頷いた。

 「ありがとうございます。でも、エレーナさんの振袖姿は、本当に天女様みたいですねー」

 エレーナも茄子と同じく振袖を纏っていた。茄子は赤地の華やかな柄の振袖を着ていたが、エレーナは黒の落ち着いた柄の振袖を着ていた。それでも、エレーナの銀髪が輝き、星が瞬く夜のようにきらびやかであった。

 「ふふ、実は神楽さんの振袖をお借りしたの。あ、でも似合うというのなら、神楽さんが一番似合っているはずよ」

 「あら、私の居らん所で内緒話どすか?」

 噂をすれば、二人が着替えていた和室に一人の女性が入ってきた。

 白地を金糸で彩った豪華絢爛の振袖を見事に着こなし、エレーナよりも長い黒髪を揺らす女性の姿に、茄子は言葉を失ってしまう。

 「あら、内緒話だなんて人聞きの悪い。神楽さんは世界で一番お着物が似合う素敵な女性だって話してたんです」

 御神神楽(みかみかぐら)。名家が多い京都において、それら全ての上をいくとも言われる御神の若き当主である。

 「似合うゆうてくれるんは嬉しいけど、そろそろ袖取りたいんやけどなぁ」

 「あらあら。私はまだ神楽さんの振袖姿をみていたいですよ。改めて紹介しますね。こちらが鷹富士茄子さん。私の可愛い可愛い後輩さんです」

 「エレーナはんがアイドルの娘紹介するとき、いっつもそれやなぁ。とと、失礼しました。私は御神神楽いいます。エレーナはんと一緒やと色々大変やろうけど、よろしゅうお頼申します」

 にこりと微笑む神楽に、茄子は更に照れてしまう。

 それが不満なのがエレーナだ。

 「ぷー、神楽さんまで後輩を取るんだからー。ずるいわー」

 「全く、エレーナはんかてええ歳なんやし、そないなこと言わんといてや」

 「……神楽さんの方が歳上のくせに」

 「しばくで?」

 「♪~~」

 「あはは……」

 わざとらしく口笛を吹くエレーナに、神楽は諦めたように溜め息をついた。

 「全く、エレーナはんに何言うても暖簾に腕押しやね。こんなんならエレーナはんやなくてお紗枝はんのが良かったわ」

 御神家と小早川家は京都の名家同士交流があり、神楽と紗枝は仲が良い。

 しかし、そんなことを言えば、エレーナが放っておくはずがなく。

 「あー、神楽さん、茄子ちゃんだけじゃなくて、紗枝ちゃんまで取っちゃうの?」

 「じゃあかしいわ。第一、エレーナはん、後輩ちゃん達取られるの定番やないの。仁禛はんとアンヌはんと会ったのやろ? 何人奪われたん?」

 「うぐっ……それは言わないで……」

 トップアイドルで皆の憧れであるはずなのに、可愛がっている後輩を次々盗られている(と思っている)ことには薄々気付いていたのだが、それをキッパリと指摘され項垂れるエレーナであった。

 「ま、エレーナはんいじりはこんくらいにいときましょ。茄子はん、機材の準備は出来とるさかい。行きまひょか」

 この日の仕事はエレーナと茄子と神楽の三者会談。御神神社が所有する、山百合の花畑の中に建つ東屋で行われるのであった。

 「あぁ、とっても良い香り。最近お花を活けてないけど、ここに来るとお花に触りたくなるわ」

 「ふふ、そう言うと思うてたから、準備しておいてもらろたんよ。絵になるから言うて華耶はんもオッケーしてくだはったわ」

 いたずら成功とクスクス笑う神楽。その絶世の美女が見せる可愛い姿に、撮影スタッフも見惚れてしまっていた。

 「まぁ、私は構わないけれど、それだと茄子ちゃんが退屈じゃないかしら?」

 「もーまんたいどすえ。茄子はんは私がお茶でもてなすさかい。エレーナはんの艶姿を肴にほっこりさせてもらうわ」

 「えぇと、いいんでしょうか?」

 「ええのええの。さ、着きましたえ。御神自慢の《樂香庵(らくこうあん)》、たーんと、夏の香りを楽しんで遅れやす」

 山を暫し歩き到着したその場所は、一面を山百合に囲まれていた。屋外にも拘わらず山百合の貴い香りが立ち込め、気を抜けばその香りに酔ってしまうのではと錯覚してしまうほどの香気である。

 ふと茄子は、自分の前にいるエレーナと神楽を見る。二人ともこの香りにうっとりとしており、その色気は同性の茄子でもクラリときてしまいそうだった。

 その為か、この山百合の香りがほんの少しだけ薄らいだような気さえしてしまったのであった。



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幽玄な香りを纏いて、白銀の絲を翻す その二

エレーナフレンズはS級アイドルと思いながら書いています。
なので、五人でユニットを組んだら華耶さんは胃痛で倒れる。


 《樂香庵》に入ると、そこは既に撮影の準備が出来ていた。それに加えて、神楽の言っていた通り、花の用意もされていた。エレーナはその花達を見て、クスリと笑う。

 「もう、神楽さんったら。これって、アレでしょう?」

 「あらら、エレーナはん相手やと遣り甲斐がないなぁ」

 「ふふふ、それじゃあ、茄子ちゃんのお話相手は神楽さんがお願いね」

 そう言うとエレーナは花を生け始めた。突然のことにあたふたしそうになった茄子だったが、それを神楽がきっちりとフォローする。

 「私の我儘でお客人をほったらかしにしたらあきまへんね。茄子はん、私とお話しまひょ」

 「は、はい。でも、何についてお話しましょう……」

 本来はエレーナを中心にしてアイドルと日本文化について話す予定だったのだが、初手にしてエレーナが離脱したのである。これには茄子も戸惑うしかなかった。

 「せやねー……せっかくやし、茄子はんがこれまで袖にしてきはった勇者はん達についてでもよろしいんやけど……」

 「はへっ!?」

 「ふふっ、じょーだんやで? そや、茄子はん。うちらについて、何か聞きたいことある?」

 「神楽さん達についてですか?」

 「せや。エレーナはんのことだから、こーはいちゃんたちのことばっかりで、自分のことあんま話しとらんやろうし、せっかくやからぜーんぶ話してみよ思いましてな」

 確かに茄子はエレーナ自身の話というのは、あまり聞いたことがなかった。エレーナとは話す機会は多いものの、楓の面白エピソードや、妹であるアナスタシアとユニット仲間の美波のらぶらぶエピソードやふみふみマジゴッデス、といった話ばかりであった。

 茄子も華の女子大学。つまりは、興味津々であった。

 「是非」

 「ふふふ、素直な子は好きやで。ほな、何からお話しようかねぇ」

 グイグイ前のめりな茄子にクスクス微笑みながら顎に指を当て考える。

 「せや、エレーナはんの好きな物とか知っとる?」

 「エレーナさんの好きなもの? ……可愛い子?」

 「あはは、それもそうやけど。エレーナはんのプロフィールには確かカステラ書いとりましたけど、ありゃよそ行き用のやね」

 「カステラ……普通といえば普通ですよね?」

 エレーナさん、カステラ好きなんだー、と思いつつ、よそ行き用という言葉に首を傾げる。

 「いやね、私もエレーナはんにカステラ送ったりしとるし、カステラ好きも嘘やないんやけど、本当に好きなんはな……」

 「ちょいちょいちょいちょいーっ!! 私のイメージ!! 威厳ーっ!!」

 神楽の言葉をぶち切り、エレーナが慌てて割り込んでくる。

 「んなもん、欠片もあらへんやろ。それに華耶はんにはおーけーもろとるから問題なしや。ほれ、お花の方に戻り」

 「華耶さんヒドス」

 涙目になりながら花を生ける作業に戻るエレーナ。しかし、耳は二人の方に向いていた。

 「全く話の腰折られてもうたわ」

 「い、いいんですか?」

 「ええのええの、華耶はんに許可もろとるし。それに、気取ってばっかじゃあきまへん」

 申し訳ないと思いつつも、やはり気になるのか茄子は少々前のめりになっていた。

 「そんでな、エレーナはんの大好物って、カレーライスなんよ」

 「カレーライス……ですか?」

 思ったよりも普通の解答に首を傾げる茄子。

 「そ。普通やろ? 別に隠さんでもええと思うんやけど、この子、皆の先輩だからカッコよくなきゃダメなのー言うて。そんなら、カステラもどうか思うんやけど」

 神楽の言う通り、エレーナがカレー好きと聞いても特に違和感を感じない茄子だったが、エレーナ本人はそうではないようで。

 「うー……だって、みんなの先輩さんなんだから、格好良くないとだめじゃない?」

 「せやから、そんなことあらへんよって、いっつも言うとるやろ」

 「うー……」

 項垂れつつもエレーナはしっかりと生け花を持ってきていた。

 「そんなんでもしっかりと作ってこれるんやから流石やなぁ」

 「まぁ、あんなお題を出されちゃ、形は決まってきちゃうからね」

 「へ? お題ですか?」

 二人の会話に、何のことか分からない茄子は首をかしげた。

 「簡単に言えば和歌のお勉強ね。万葉集の歌なんだけど、まぁ詳しくは省略しましょうか。ユリのことを詠んだ歌があるの。それをイメージして生けたのよ」

 エレーナが生けた花は、大きな山百合を中心にいくつかの花を合わせて出来ていた。

 「流石はエレーナはんやね。ひっかけ問題にも引っ掛かりやせん。つまらんわぁ」

 「こんなにあからさまなのに引っ掛かったら、華耶さんにどやされるわよ、もぅ」

 「???」

 エレーナと神楽は分かりあっているのだが、茄子はますます首を傾げるしかなかった。そんな茄子に対して、エレーナは山百合の周りに添えられている小さめな花を指差した。

 「本当はね、元々京都には山百合は自生していなかったの」

 「え? そうなんですか?」

 「そうやよ。明治ん頃に輸入されてきたんを、京都でも育て始めたんよ。そん頃から山百合も人気出始めたからね」

 「へー、知らなかったです。でも、和歌とかによく百合が詠われてますよね?」

 「そ。その歌に詠われている百合の花がこの姫百合なの。日本古来から人々を魅了し続けた気高くて、とっても可愛らしいお花。だから……」

 エレーナは徐に姫百合を抜くと、茎を短く切るとそのまま茄子の髪に姫百合を指した。

 「へ?」

 「うん。やっぱり茄子ちゃんには姫百合が似合うわ。とっても美人さんよ」

 そのまま頭から頬に手をずらして撫でる。そんなことをされては茄子もポカンとして、数秒の後ボンッと顔を真っ赤に染め上げた。

 「あ、ああああのっ!?」

 「はぁ……やっぱり気障ゆうか、タラシゆうか……。なぁなぁ、私は美人さんやないの?」

 「神楽さんは傾国傾城の美女よー。だから……うん、山百合がとってもお似合い」

 「ふふふ、そんなら許したろ。さてと、スタッフはん、ええ写真撮れたやろ?」

 神楽の言葉に、撮影スタッフはグッと親指を立てた。

 「ん、そんならウチに戻りまひょ。茄子はんがそろそろ限界やし、介抱してあげなアカンし」

 神楽の言う通り、茄子はもう限界と言わんばかりにグルグル目を回し、頭からは湯気が出ていた。

 「あらら、じゃあお姫様抱っこして運んであげましょうか」

 「そら止めやわ」

 神楽の言葉もあってか、茄子は無事(?)に神社に戻ることが出来たのであった。



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幽玄な香りを纏いて、白銀の絲を翻す その三

 

 「茄子はん、大丈夫?」

 「は、はい。ご迷惑をお掛けしました」

 「迷惑かけたんはエレーナはんやから。さ、煎茶やけどどうぞ」

 撮影も終わり、チェックの間三人は神社の奥の応接室で休憩していた。茄子は神楽と共にお茶を飲んでいたが、そこにはエレーナはいなかった。

 「はーい、用意出来たわよー」

 そのエレーナはお盆を持って部屋に入ってきた。神楽はエレーナが持ってきたものを見てパッと笑みを浮かべた。

 「待ってたわー。ふふふ、エレーナはんのご飯大好きやわぁ」

 「わ、美味しそう」

 「ふふふ、神楽さんがとっても美味しそうな鮎を用意してくれてたから。私もここの皆さんと久しぶりに料理が出来て楽しかったわ」

 個人的にもよくこの神社に来ているエレーナは神楽家の侍女たちとも仲が良く、料理に関しては日頃も連絡を取り合っている仲であった。

 「あん娘達もエレーナはんが来る聞いて、張り切っとったからね。だから、今日のお昼は楽しみやったんよ」

 話もそこそこに、神楽は手を合わせると鮎に手を伸ばした。

 「ん~、エレーナはんの鮎の塩焼きは絶品やわぁ。エレーナはんも仁禛はんみたいにお店開かへん? 京都に開くんならウチで出資するで?」

 「ふふふ、アイドルを引退したら考えるわ。それに、私がこの味を出すにはここの皆がいないとできないもの。だから、この料理を出すのは神楽さん達にだけなのよ」

 「……ふふふ、ほんに嬉しいこと言うてくれはるなぁ。そんなら、しっかり味わいましょ。さささ、茄子はんも食べて食べて」

 「はい。わ……美味しい」

 自分の料理に舌鼓を打つ二人を見て、エレーナは嬉しそうに微笑みながら自分も席についた。

 「……うん、やっぱり京のお野菜は美味しいわ」

 「全く、東京にいる皆が羨ましいわぁ。アンヌはもう来てはるみたいやし、システィナもそろそろ日本に来るんやろ?」

 「えぇ。イギリスでの引き継ぎも終わったみたいだし、こっちでの開店の用意も終わったみたいだから、近い内に来るはずよ」

 「こっちに来るとは思うとったけど、まさか独立までするとは思わんかったわ。ほんと、あの娘はエレーナはん大好きやねぇ」

 「ふふふ、私もシスティナちゃん大好きよ。それに……」

 思わせ振りな笑みに、神楽は食いついた。

 「ん? 何なん、思わせ振りな笑み見せて。ほれほれ、言うてみ?」

 「あーん、駄目よ。事務所未発表だから口外禁止なのー」

 神楽に脇腹を擽られ、身を悶えさせるエレーナ。そんな仲の良い二人を見て茄子もクスクス笑っていた。

 「ほらー、神楽さんのせいで茄子さんに笑われちゃったわ」

 「あら、それは堪忍。せや、二人ともこの後街回るんやろ?」

 「えぇ。遠くまでは行けないから、お土産を見ようと思ってるけど」

 「せやったら、私が案内するわ。私のオススメもあるし。どやろか?」

 「是非!! 神楽さんとの京見学だなんて、最高のご褒美だわ!!」

 パッと顔を輝かせたエレーナに、神楽も笑顔を浮かべる。

 「茄子はんも構わんか? こっちで勝手に決めてもうたけど」

 「はい。私からも是非。とても楽しみです」

 茄子も大いに賛成であり、子供のようにはしゃぐエレーナを見て、改めて笑ってしまった。

 

 

 

 

 「んー、アーニャちゃん最近お漬け物に嵌まっているみたいだから千枚漬けもいいけど、それだけじゃ女の子のお土産としてダメな気がするわ……」

 「女の子www」

 エレーナと神楽のじゃれつきを横目に、茄子もお土産を見繕っていた。

 店員に出された試食の千枚漬けをポリポリ食べていると、エレーナを弄くり倒した神楽が茄子の所にやって来た。

 「美味しいやろ、ここは私もお気に入りでな。いつもお漬け物を用意してもろてるんよ」

 「はい。とても上品な味で美味しいです」

 「ふふ、そう言うて貰えると私も嬉しいわ。女将はん、ウチに卸してくれとるのまだあります?」

 「えぇ。少々お待ち下さいな。今お持ちしますね」

 女将が下がると、神楽も試食の漬け物を食べる。

 「そや、茄子はん、和服とかは持っとるの?」

 「実家には何枚かありますけど、自分では持っていませんね。お仕事ではよく着させてもらってますけど」

 「茄子はん、黒髪がとっても綺麗やし和服が似合うと思うから、勿体無いなぁ。せやせや、茄子はんまだ時間はある?」

 「は、はい。まだ時間には余裕がありますけど」

 「せなら、次の目的地は決まりやな。エレーナはん、いつまで漬け物試食しとんの。お土産は見繕っ解いたから次のお店いくで!!」

 「むごっ!?」

 アイドルあるまじき声をあげたエレーナを尻目に、神楽は女将から商品を受けとると茄子とともに店を出た。

 「ま、待っふぇ~」

 アイドルとしての最後の矜持なのか、口にしていた漬け物を飲み込んでから女将にお礼を言ってから店を出た。

 「もぅ、神楽さんったら。それでどこにいくの?」

 「茄子はんがお着物持っとらんいうから、《雀屋》はんとこ行こう思とるんよ。エレーナはんもええやろ?」

 「《雀屋》さん? それじゃあ、アンヌ仕込みのセンスが火を吹くわね!」

 「センスやなくて扇子がええとこやね。ま、茄子はん可愛えから私も張り切ってきてるんよ」

 「え? えぇ!?」

 どこか(エレーナにとって)見覚えのある状況に、茄子は嫌な予感がしたのであった。

 

 

 

 案の定というか、呉服屋《雀屋》では、和服ファッションショーが行われた。

 「まぁ、仕立ててもらうから意味はあまりないんだけどね」

 「こ、こんなに高価なものをもらうわけには……」

 着せ替え祭りから解放された茄子は、まさか和服をプレゼントすると言われ恐縮していた。

 「ええのええの。二人で折半やから然程高額にもならんしな。それに、エレーナはんやないけど、可愛い娘見るんは私も好きなんよ。貯金ばっかり溜まって中々使う機会もないんや。せやから、遠慮せずに受け取ってや。おねーさんからのお願いや」

 「で、でも……」

 そうは言われても、値段を見てしまった茄子は素直に頷けない。

 「大丈夫よ。しっかりお仕事に組み込まれるから、遠慮しないの。雀さん、茄子ちゃん可愛いでしょう?」

 エレーナが話しかけたのは、女将である雀京(すずめみやこ)。神楽の付き添いで常連となっているエレーナが来たため、奥から出てきてくれたのである。

 「せやなぁ。テレビではよう拝見しとりますけど、ほんに可愛らしいお方やわぁ。せや、みーはーで悪いんやけど、サインいただけないやろか? ウチの娘が大ふぁんなんよ」

 「は、はい。勿論です」

 渡された色紙にサインをする茄子。そんな茄子を見て、エレーナもいそいそと動き出した、のだが神楽に摘ままれて動きを止められた。

 「ちょい待ち。雀さんとこにどんだけエレーナはんのサインがある思とるの? あんたはん、事あるごとに書くんはえぇけど、流石に限度ちゅうもんがあるやろ?」

 現在《雀屋》には、エレーナの歴代サインがズラリと並んでいる。量が莫大なもののなりつつあるのだが、それらは全て京の娘の部屋に納められている。

 「ウチ、というか娘が喜ぶから大歓迎やけどね」

 「京はん、エレーナはんを甘やかしたらアカンよ」

 「私は甘やかされて大きくなったのよー」

 エレーナがそう言うが、神楽も京もスルーした。

 「ぶー」

 「ははは……。あ、それでしたら、私のサインと一緒に書いてくれませんか? エレーナさんと一緒だなんて緊張しちゃいますけど」

 茄子の言葉に、エレーナはガバッと顔をあげる。目もキラキラである。

 「ほんとっ!? 是非お願いするわ!」

 思わぬ反応に、茄子は恐る恐る色紙をエレーナに渡す。ウキウキしながらサインを書くエレーナを見ていると、神楽が茄子に耳打ちした。

 「エレーナはん、後輩ちゃんと一緒にサイン書きたいんやけど、本人が皆の憧れやろ? せやから、遠慮されてもうて、数えるくらいしか書けへんかったんよ。だから、あんに舞い上がっとるんよ」

 「あはは……確かに恐縮かもしれませんね」

 今回は思わず自分から提案していたが、エレーナから持ち掛けられていたら、確かに遠慮していたかもしれない。

 「ま、今日のエレーナはんは、随分素でおったし、茄子はんもリラックスしていれたんやろなぁ」

 嬉しさのあまり、京の娘に直接渡してくると部屋を飛び出していったエレーナを、まるで困った妹を見つめるような視線で見送る神楽。そんな神楽の姿を見て、茄子はクスリと微笑む。

 「どしたの、茄子はん? 急にわろうて?」

 「エレーナさんがいつも以上に笑っていたのは、多分、神楽さんと一緒だったからですよ。いつもは、私たちの頼れるお姉さんですけど、神楽さんといらっしゃるエレーナさんは、お姉さんが大好きな妹さんみたいでしたから」

 茄子の言葉に、神楽はキョトンとすると、カーっと顔を真っ赤にさせる。

 「い、嫌やわぁ。そんに歳上の女を照れさせて、どないするつもり?」

 「ふふ、私も大好きなエレーナさんの後輩ですから」

 茄子の自信満々な表情に、神楽もお手上げであった。

 と、その時、奥の部屋から、甲高い悲鳴が聞こえる。

 「あらあら、舞華ったら。お二人とも、ちょっと失礼しますね」

 「いいえ、京はん。私達もご一緒しますわ。多分、あの二人を抑えるんは重労働でしょうし。茄子はんもよろし?」

 「はい。私もファンの娘にお会いしたかったですから」

 この日、遠い憧れの存在であったエレーナの、可愛らしい一面を知った茄子。東京へと戻った後も、度々食事を一緒にとったり、休みが合った日には、一緒に料理をするほどに仲良くなったのであった。



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薫るはカミツレの花 その一

 

 「1・2・3・4! ……今日はこのくらいにしておくか」

 「ふぅ……そうですね。大体確認と修正も出来たし」

 麗の言葉に、汗を拭いストレッチを始めるエレーナ。ストレッチをしながら、麗に歌とダンスの出来映えを尋ねる。

 「流石と言えばいいのかな。響きのバランスもダンスのキレも完成している。《Madonna》のダンスも圧巻だよ」

 「これは私にとって大切な曲ですから」

 エレーナにとって《Madonna》は、世界に名を轟かせた契機となった楽曲の1つである。初期の楽曲ながらもコンサートごとに新Verの振り付けを披露している程である。

 「ライブまであと少しだからな。今日はこれからオフなんだろう?」

 「はい、明日までお休みですから。お友達皆でお泊まり会するんです」

 「む? エレーナのご友人といったら……」

 「はい。仁禛さん達です。それに、ロンドンから来たばかりの娘がいるので、その娘の歓迎会も兼ねているんです」

 今回の歓迎会は、仁禛の店で、神楽が日本の粋を集めた材料を用いて、ロゼが衣装を揃え、エレーナが芸をこなす、おかしいくらいの豪華な会となりつつあった。

 「それは私もお邪魔してみたいよ」

 「ふふふ、大歓迎ですよ?」

 「いや、流石に遠慮するよ。楽しんでこい」

 「はい。お土産、期待していてくださいね?」

 エレーナはレッスンルームを後にすると、時間を潰すために社内をブラブラしていた。

 すると、案の定というべきか、エレーナは後輩アイドルを見つけ出し、そーっと後ろから近付いた。

 「みーゆーさん!」

 「ひゃっ!? え、エレーナさん!?」

 いきなり後ろから抱きつかれた三船美優は、驚きで跳び跳ねた。

 「も、もうエレーナさん。驚かせないでください……」

 「ふふ、ごめんなさい。今日はお仕事終わったの?」

 美優とエレーナは歳が近いこともあり、仲がよい。アイドルとしては先輩後輩ではあるものの、プライベートでも一緒に行動している。

 「はい。今日はもう帰るだけなんですけど、ちょっと一休みしてて」

 「ほっほう……なら、今日はフリーなのね?」

 エレーナの笑みに、あっと感じたが後の祭り。

 「今日、ちょっとお友達のお店に行くんだけど、その娘のお店、香水とアロマのお店なの。美優さんも気に入ってくれるわ!」

 「……ご一緒させてもらいますね」

 断ることは出来ないことは、今までの経験から分かっていたので、素直に頷く。だが、様々なことに巻き込まれてきたものの、そのどれもがとても楽しいものであったため、今回も胸を高鳴らせるのであった。

 

 

 事務所を後にした二人は、タクシーでとある店の前に移動していた。

 「今日は車じゃないんですね」

 「今日は一杯お酒飲むから。さ、ここよ」

 エレーナが指差した店の名は《Prim Rose》。まだオープンしていないものの、周囲にはオープンを待ちきれない女性達が、ちらほら集まっていた。

 「こ、ここって……」

 「ふふふ、私の大切なお友達のお店よ。さ、目立たないように裏から入りましょ」

 アロマテラピーを趣味としている美優にとって、この店は憧れそのものだったが、エレーナは美優の腕を引っ張り、裏口へと向かう。そうして、店内に入るやいなや、エレーナに抱きつく影が一人。

 「お姉様、お待ちしておりました!!」

 エレーナ程の身長のその女性は、美しい顔を満面の笑みで華やかせ、心の底からの喜びを表していた。シンプルな白いワンピースを着ており、装飾などはそれほど多くつけていなかったが、静かに波打つ金色の髪と深く輝く紺碧の瞳が、どんな宝石よりも美しく輝いており、まるで、絵本の中から飛び出してきたお姫様のようであった。

 そんなお姫様のような女性の頭を愛しげに撫でるエレーナ。

 「もう、システィナったら。いつまでたっても甘えん坊ね」

 「だって、お姉様のお側が、私が心安らぐアヴァロンなのですから。甘えたくなってしまいます」

 エレーナの苦笑混じりの言葉にも、お姫様──システィナ・プリムローズはグリグリとエレーナに頬擦りを続けた。

 「ほらほら、取り敢えず離れて? 今日は私のお友達も連れてきたんだから」

 ここでようやく美優の存在に気が付いたシスティナは、エレーナから離れ、優雅な仕草で頭を下げた。

 「これは大変失礼致しました。当店《Prim Rose》の主をしております、システィナ・プリムローズと申します。貴女様は、三船美優様ですね? 日本に来てまだ日が浅いですが、貴女様のご活躍はテレビ等で拝見しております」

 「ご、ご丁寧に。三船美優と申します。プリムローズさんの香水やアロマはよく使わせていただいています」

 あまりに丁寧な挨拶に、美優も慌てて頭を下げる。

 「お姉様からも、貴女様のことはよくきいておりますわ。ロンドンでの私の商品も愛用していただいているようで、心から感謝いたしますわ」 

 自分の作品のファンに会えて嬉しいのか、システィナはニコニコしていた。

 「それじゃあシスティナ。貴女のお城、案内していただけるかしら?」

 「勿論です。お姉様も美優様も、私自慢のお城と香り。楽しんでくださいませ」

 少し澄ました表情のシスティナの姿はとても様になっており、美優は更に胸を高鳴らせるのであった。

 そうして案内された店内では、スタッフが開店に向けての最終チェックを行っていた。

 「あら、忙しそうなのに大丈夫なの?」

 「はい。私もお手伝いしたかったのですが、皆様に止められてしまって。なので、その分お二人を精一杯おもてなしさせていただきます」

 システィナの言葉に、周りのスタッフは頷いた。日本人スタッフが多いものの、システィナがロンドンから連れてきたスタッフもおり、そのスタッフ達はエレーナとも知り合いである。その為、システィナとエレーナの逢瀬の邪魔はしたくなかったのである。

 「一階のフロアは、初めて訪れた方向けの商品がメインです。あちらにいたときにはどうしても高価になってしまいましたから、女の子が大人の女性に変身するためのお手伝いをしてあげたくて」

 システィナの言葉通り、商品につけられた値段は、システィナの香水にしては安価であった。下手をすればブランド価値を下げかねない行為だが、システィナが日本に赴くと発表した際にいった言葉が、逆に評価を上げていた。

 「《お城を夢見るお嬢様が、お姫様になれるように。そして、私が憧れた女帝(ツァリーツァ)に近付くために》でしたね」

 美優の言葉に、システィナは頷き、エレーナは顔を赤らめる。

 「会見を拝見したときに、とても感動してしまいました」

 「私はウォッカでむせちゃったわ。嬉しかったけれど、流石に恥ずかしかったわ。その後、すぐに神楽さんから電話きたもの」

 「偽らず、私の本心ですから。あの言葉に共感してくれた方々が、私についてきてくれましたしね」

 システィナが選び抜いたスタッフは皆、この言葉に感銘を受け集まった人材であった。その為、エレーナと並び歩く様子を見て、感動していたのである。

 「まぁ、オープンの時にはまた来るし、皆さんとはその時にお話しましょうか」

 スタッフに頭を下げつつ2階へと昇ると、1階とは趣を変え、高級感溢れるフロアとなっていた。

 「わぁ……」

 「とても素敵ね。豪華なのにとても落ち着くわ。ワクワクしちゃう」

 「ありがとうございます。さ、美優さん、こちらへ」

 「へ?」

 憧れのシスティナの香水に心奪われていると、システィナに腕を取られ、奥に連れていかれる。

 あれよあれよという間に、椅子に座らされてしまう美優。

 「えっ?」

 「まずは美優さんをプリンセスに致しましょう。お洋服はロゼ姉様からお預かりしているものがありますのでそちらを。私はお化粧担当です♪」

 「へっ?」

 「私はヘアメイク担当よ。私のスタイリストさんに教わった技、お見せするわ!」

 「ちょっと、えぇっ!?」

 やる気満々なエレーナとシスティナに、逃げ場がない美優は後ずさることも出来ない。

 「さ、プリンセス美優様、綺麗になりましょう?」

 「は、はいぃ……」

 にっこりと微笑むエレーナに美優の声は震えていた。

 

 

 



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薫るはカミツレの花 その二

エレーナはNTRれ属性持ち疑惑


 「会心の出来」

 「お美しいですわ」

 イギリスとロシアが誇る絶世の美女二人が、可愛らしくハイタッチしている傍らで、ドレスアップされた美優が、システィナの店のスタッフに写真を撮られていた。小さいながらも本格的なスタジオと無駄に凝っており、美優は顔を真っ赤にさせていた。

 「こ、こんなにしてもらっていいんでしょうか」

 「いいのよ。美優さんは名前の通りに美しくて優しい女性だから、こういう衣装がとっても似合うわ」

 「えぇ。まるで月のお姫様のよう。日本にはかぐや姫というお話がありましたが、再び地上に降りてきて下さったようです」

 黒のドレスを纏った美優は、二人の言葉に更に顔を赤らめる。そんな姿も周囲に突き刺さり、スタッフ一同を更に張り切らせた。

 「それじゃあ美優さんのおめかしも終わったし、私たちも着替えましょうか」    

 「はい。ミラ、私たちが着替えている間、美優さんのお相手をお願いいたします」

 二人は美優のことをスタッフに任せて奥へと移動した。ミラと呼ばれたスタッフはカメラを置き、代わりに美優をソファに案内してお茶を出した。

 「お疲れ様でした。僅かな間ではございますが、私が美優様のお世話をさせていただきますね」

 ニッコリと微笑むスタッフに美優は恐縮してお茶を受け取る。

 「あ、ありがとうございます。えっと、貴女も《Prim Rose》のスタッフの方なんですよね?」

 「はい、ミラ・ステラと申します。私はブリテンからシスティナ様とともに来させていただきました。美優様のご活躍は様々な所で拝見しておりますよ」

 「きょ、恐縮です。私もミラさんの作品はとても好きで、よく使わせてもらっています。そ、それと様と呼ばれるのは……」

 ミラ自身もシスティナと同様に有名な調香師兼デザイナーであり、美優も彼女の香水などを愛用していた。

 「ふふふ、では美優さんとお呼びさせていただきますね。でも、私の香水を使っていただけるだなんて光栄です。今使っていただいてる香水も私がデザインしたものですよね」

 「はい。ミラさんの香水が普段でも特別な時でも使いやすくてよく使っているんです」

 「ありがとうございます。システィナ様にはまだまだ及びませんが、これは自信作なんです。なのでとても嬉しいですわ」

 美優にとってはミラも凄い人だったが、自身と同じく到達点とも言えるほどの憧れの存在がいる同士として、意外にも話が盛り上がった。

 「あら、ミラさんったら、私のお友達を奪っちゃ駄目よ?」

 「奪うだなんてとんでもない。ただ、お互いの苦労話で盛り上がっただけですよ」

 「「苦労話?」」

 なんの事か全く思い当たらないのか、首を傾げる二人に、美優とミラは思わず笑ってしまった。

 「変な美優さん。ま、そんなことよりも、どうかしら?」

 じゃん、とポーズをとるエレーナとそれにノッてじゃじゃん、とポーズをとるシスティナ。流石は世界トップクラスの美女二人だけあり、妙な迫力があった。

 「お二人とも、とってもお綺麗です」

 「ふふふ、システィナ様ったら、少しはしゃぎ過ぎですよ?」

 「だってお姉様とのペアルックですもの。はしゃいじゃうわ。ロゼ姉様におねだりした甲斐がありました」

 確かにシスティナとエレーナのドレスは色違いなデザインであった。エレーナは銀髪が生える濃い瑠璃色のドレス。システィナは金髪が映える東雲色。

 「ロゼ姉様には私のドレスは朝を、お姉様のドレスは夜をイメージして頂いたのよ。そしたら、こんなに素晴らしいドレスを贈ってくださったの」

 エレーナの親友達の中では一番歳下であるシスティナは、皆から妹のように愛されている。そのため全員システィナには甘いのだ。

 「あらあら、システィナ様ったら。はしゃぐお姿も可愛らしいですけど、お時間も押しているんですから、移動の準備をしてください」

 「はーい。あ、私はお土産を確認してから車に向かいますので、お二人は先に車で待っていて下さい」

 「あ、それなら私も確認したいことがあるから一緒に行くわ。ミラさん、申し訳無いのですけれど美優さんのエスコートをお願いしてもいいかしら?」

 「はい。車の準備は出来ていますけど、なるべく早めにお願いしますね」

 ミラの言葉にはーいと子どもっぽい返事を返すと、二人は部屋から出ていった。

 「さてと……美優さんも車にいきましょうか。さぁ、お手をどうぞ」

 ミラは演技っぽく美優に手を差し出す。そんな姿は妙に様になっており、その姿が自分の先輩に重なり、思わず笑ってしまった。

 「ふふふ」

 「あら? 似合わなかったかしら?」

 「いいえ、とてもお似合いです。でも今のミラさん、エレーナさんやシスティナさんとそっくりで」

 そう言われたミラは驚いたように目を見開いた。華耶の場合はげんなりとするのだが、ミラは満面の笑みを浮かべた。

 「それは、私にとって最高の褒め言葉です。だって、私が心から憧れた最高の女性に近づけたんですもの。ありがとう美優さ……いいえ、美優。ありがとう、本当に嬉しいわ」

「そ、そんな……ミラさんは本当に素敵な方ですし」

 「いいえ、そうじゃないわ。私のことはミラって呼んで? 貴女とはそんな関係でありたいわ」

 「きゃっ!?」

 ミラに抱きしめられ、思わず悲鳴をあげる美優。そして、愛情を溢れさせながら写真に収めるスタッフ達。彼女たちにとっては、ミラも憧れの存在なのである。

 「さ、もう一度♪」

 真正面からニコニコしながら見つめられ、あわあわする美優だったが、ミラが微動だにしないため諦めるしかなかった。

 「み、ミラ……」

 「はぁい。さ、仲良くなれたことだし、車に向かいましょ」

 名前を呼ばれご満悦なミラは、美優の腕を取り車へと案内した。

 そして、お土産の準備を終えたエレーナとシスティナが車で見たものとは。

 「大切な妹とお土産を選んで」

 「憧れのお姉様と幸せな時間を過ごしていたら」

 「私の可愛い後輩が」

 「私の頼れるパートナーが」

 「「イチャイチャしている件について」」

 車の中で美優の腕を抱き抱えるミラと、顔を真っ赤にして二人に向かって首をぶんぶん振っている美優の姿であった。



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