魔法少女まどか☆マギカ[異編]禁断の物語 (榊原啓悠)
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【開幕へのプロローグ】
輪廻


 

 

 

 希望を信じた少女を待ち受ける、あまりにも残酷な運命。

 

 

 

 私は受け入れられなかった。/私は受け入れるしかなかった。

 

 

 

 みんなのために、私は祈った。/あの娘のために、私は戦った。

 

 

 

 祈りは届き、私は消えた。/戦いは終わり、私は残された。

 

 

 

 私は私を失った。/私は彼女を失った。

 

 

 

 ―――――だからきっと、これは失われた禁断の物語。

 

 

 

 

 

 理不尽な偶然が、望まぬ戦いを強いてきた。

 

 

 

 俺は理不尽を許さず抗い続けた。/俺は理不尽に屈さず戦い続けた。

 

 

 

 俺の信じた希望のために。/俺の信じる強さのために。

 

 

 

 あいつを殺し、俺は闇の世界に旅立った。/奴に殺され、俺は光に消えていった。

 

 

 

 でももしあの時、俺がやられていたら?/だがもしあの時、俺が勝っていたら?

 

 

 

 ―――――だからきっと、これはあってはならない禁断の物語。

 

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=FVQJFJArbWI&list=PLKVB0I9O7c2Mi35Z_7fSVXQAKlfhH47ho&index=4

 

 

 

「僕たち、どうしてこうなっちゃったんだろうね」

 

「………どうして?」

 

「だって僕たち、この間まであんなに一緒だったじゃないか」

 

「………違う!」

 

「お互いどこで間違えたのか、どこが分かれ道なのか………正直、僕には分からない」

 

「…………」

 

「でもさ、………そんなに、昔のことじゃないと思うんだ」

 

「………」

 

「だから、引き返そう」

 

「引き返すなんて………無理よ」

 

「これから先、どれだけ歩くことになるのか、分かってるの? ……………それに比べたら、大したことないよ」

 

「……あなたには分からないわ。これまで私がどんな思いで、誰のために生きてきたのか。そして一時の間だとしても、そんな大切なことを今の今まで忘れてしまっていたことに対して私がどれだけ悔やみ、恥じたことか」

 

「なら、彼女の遺志に恥じないよう、一生懸命に最期まで生きようよ。僕がいつでもそばにいる」

 

「…………やめて。もう私は、あなたが愛した私じゃない」

 

「関係ないよ。僕はいつだってきみの味方だ」

 

「あなたの愛した私は死んだわ。それでも私の味方だというのなら――――」

 

「―――――ここで私のために消えなさい」

 

 

 

 人間の感情の極み。

 

 

 

 希望よりも熱く、絶望よりも深いもの。

 

 

 

 僕はきみへの愛のために。/私は彼女への愛のために。

 

 

 決して届かない想いのために。

 

 

 

 世界を侵す叛逆の、その前日譚。

 

 

 

 ――――だからきっと、これは開けてはいけない禁断の物語。

 




 雰囲気は伝わりましたでしょうか?

 この二次創作は、【永遠の物語】の終盤で、ほむらがまどかのことを思い出すまでに起こったとある事件を描いた小説です。もちろん捏造です。公式設定ではありません。
 とはいえ限りなく本編に寄り添うカタチでストーリーを進めていこうとも思っているので、【魔法少女まどか☆マギカ】と【仮面ライダー鎧武】の視聴はどうしても必要になってしまいます(それ以外の作品はオマケみたいなものなので、気が向いたら視聴するくらいの気持ちでOKです)。


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闇夜を切り裂く

『さやか、聴いてごらん。これは、ドビュッシーの《亜麻色の髪の乙女》っていう曲でね……』

 

 美樹さやかの14年間の生涯において、上條恭介という少年はもはや全てと言っても過言ではなかった。幼い頃から共に過ごし、いついかなる時も、彼の味方であり続けた。少々思い込みが強い性格から、たびたび喧嘩にはなったものの、それですぐに仲直りすることができた。

 

 

 ―――――そう、あの事故があるまでは――――

 

 

 ※※※※

 

 

「そんな……私どうしたらいいの………恭介……」

 うなだれながら深夜の公園を歩く、美樹さやかの表情は暗い。先程、上條恭介の病室で彼が言い放った言葉が、快活だったはずの彼女を酷く打ちのめしていた。

『さやかは、僕をいじめてるのかい?』

「…………」

『もう聴きたくなんかないんだよ!』

「………………………」

『奇跡か魔法でもない限り治らない………』

「………………………………ッ」

 リフレインする言霊が、少女の歩みを止め、膝を折った。

 懺悔するがごとく、地に跪き、少女―――美樹さやかは全身を震わせて慟哭をあげる。

「どうして、どうして恭介なの?! どうしてあいつが………っ、音楽を誰よりも大切にしていたあいつがぁっ! こんな、こんな酷い目に遭わなきゃいけないのよぉ!!!」

 

 不幸なことと、諦めなければならないのか。

 降りかかる理不尽に屈し、絶望するしかないのか。

 …………そんな、そんな馬鹿なことがあってたまるか。

 

 

 

 ――――そう、思っているのに

 

 

 

 どうして、足が動かないの?

 どうして、涙が、嗚咽が、さっきからちっとも、止まらないの?

 

 そして、少女は悟る。

 不幸には抗えず

 理不尽には逆らえず

 この残酷な運命に飲み込まれるしかないことを。

 

 世界が歪むような錯覚の中、なおもさやかは己の涙に溺れていく。深夜の見滝原に少女の慟哭を受け止める者は居らず、虚ろな街にさやかの絶叫はどこまでも反響していった。

 

 そして、虚ろな街に、虚ろな影が次々と立ち上る。

 視認することも困難な、ノイズで出来た影。

《魔獣》と呼ばれるそれらは、ノイズのようなその身を滑らせ、絶望に暮れる少女に迫っていく。

 やがて、先ほど感じた世界が歪むかの如き錯覚が錯覚ではなかったことに気付いたものの、さやかはしかしその場から動けずに涙を流し続けていた。

 嗚咽を漏らす少女は抵抗することも逃げることすらもせず、影法師の伸ばした大きな手にそのまま首を掴まれようとしていた。

「きょ………う、す…………け…………」

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、少女は愛しい人の名を呼んだ。

 

 

『諦めるな!!!!!!!!』

 

 

 ノイズ音の中、轟いてきたその声にさやかはハッとして顔をあげる。

 

 次の瞬間、さやかを取り囲んでいた《魔獣》たちめがけて無数の武器群が凄まじい轟音と共に空から降り注ぎ、その身を八つ裂きにされた《魔獣》たちはそのまま闇の中へ霧散していった。

 

 あまりに突然のことに、さやかは呆然として周囲を見渡す。

 先程まで影法師たちがいた場所には、大小様々、色とりどりの武器が、舗装された地面に突き刺さっていた。

「えっ……なにこれ、どういう……ていうか、ここは? 公園、じゃない………?」

 一度は落ち着いたさやかではあるが、自身を取り囲むこの不可解な事象に、新たな混乱を抱きつつあった。立ち上がり、武器の隙間を縫って歩き出す。風景は依然、虚ろなビル群の様相を呈している。

『そこをまっすぐ、歩いていくんだ。そうすればここから出られる』

 再び響いてきたその声に、さやかはギョッとして上を見上げた。

「………誰か、いるの………?」

 問いかけに答えはなく、虚ろな夜空からは沈黙しか帰ってこない。しばらくそのまま佇んだ後、さやかは声の主を突き止めるよりもここを離れる方が懸命であると結論付け、言われた通りその場から駆け出した。

 

 

 ※※※※

 

 

 電子音と共に目が覚める。

 気がつくと、そこは自室のベッドの上だった。

「………夢オチィ?」

 




 作者は、本格的な二次創作はこれが初めてです。
 至らぬ点などがありましたら、ぜひ感想等でお寄せください。


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少女たちの昼下がり

「さやかさん、今日は具合がよろしくありませんわね?」

 机に突っ伏しているところへ、クラスメイトの志筑仁美に覗き込むようにして声をかけられると、さやかは緊張感のない弛緩しきった表情のまま顔を上げた。

「はぇ? そ、そうかな?」

 ウェーブのかかった豊かな髪をてぐしで直しながら、仁美は不安げな瞳でさやかを見つめている。中学生でありながらほぼ完成された彼女のモデル体型は、クラスメイトの羨望の対象だ。それゆえ、並ぶだけで身体的コンプレックスを刺激させてしまうことも少なくないため、志筑仁美には同年代の同性の友達があまり多くない。

 それだけに、そういった感情を挟まずに接してくれるさやかに対し、仁美は少なくない恩義と友情を感じていた。

「そうですわ。確かに授業中にさやかさんが寝るのは珍しいことではありませんが、それでも今日のように放課も寝たままだなんて……。何かあったんじゃありません?」

 心配そうな表情で顔色を伺う親友の心遣いに暖かさをを感じながら、しかし心配をかけないよう、さやかは無理やり笑顔を浮かべた。

「ああ、ありがとね仁美。でもなんでもないから大丈夫だよ。昨夜、なんとなく眠れなかったってだけのことだからさ」

「………なら、いいんですけれど……………」

 

 しかし実際、美樹さやかの心中は穏やかではない。

 上條恭介の病室を訪れてた後、しばらく街を放浪したあとに公園で泣き崩れてしまったところまでははっきりと覚えている。だがその直後、突然現れた影法師たちや、空から降り注いできた無数のカラフルな武器など、不可解な事象が立て続けに起こり、空からの声に導かれて駆け出した辺りからの記憶がどうにも曖昧ではっきりと思い出すことができない。

 夢と断ずるには、あまりにも鮮明すぎる昨夜の記憶。さやかは普段あまり使わない脳までもフル回転させて自身の記憶を照合したが、結局わけがわからなくなって机に突っ伏してしまっていた。

「はぁ………恭介のことだけでもいっぱいいっぱいなのに、どうしてこんなことに……」

 深い深いため息をつき、小さな声で独り呟く。女子中学生のキャパシティーを超える事態の連続に、さやかは完全に参ってしまっていた。

 

「美樹さん、大丈夫なんでしょうか」

「あら、ほむらさん」

 心配そうな声色で仁美に話しかけたのは、先日転校してきた転校生、暁美ほむらその人であった。長い髪を三つ編みに束ね、メガネをかけた彼女は、いかにも内気で引っ込み思案な雰囲気を醸し出している。だがそれでも、彼女の持つ隠しきれないその美貌は、見るものが見ればすぐに気がつく程のものであった。いわゆる、隠れ美少女というやつである。

「なんだか今朝からずっと元気がないみたいで……私、心配です」

 いじらしい仕草で不安をアピールするほむら。そんな彼女に安心するよう促すべく、仁美はそっとほむらの頭を撫でた。

「大丈夫よほむらさん。本人も大丈夫と言っていることですし………私たちが心配してどうにかなるということでもありませんわ。それに、なんといってもさやかさんですもの。たとえ何があったとしても、明日になったらケロリとしていますわ」

「聞こえてるわよ、仁美ィ~~!」

 つい先程まで突っ伏していたはずのさやかだが、いつの間にか立ち上がって仁美の背後でファイティングポーズをとって唸り声を上げていた。

「ほら、もうすっかり元気に……」

「ほっとくとあんたが言いたい放題言うからよっ! ったく考え事をする暇もありゃしない!」

「あはは、志筑さんの言うとおりですね」

「ほむらぁ、あんたまでアタシの敵になるのかァ~!」

 

 じゃれあう少女三人。クラスの綺麗どころ二人と盛り上げ担当一人で構成されるこのどこかちぐはぐなトリオは、今日も変わらない、しかし確かに幸せな日常を謳歌していた。

 

 

 ※※※※

 

 

「さやかちゃん、仁美ちゃん、それに、ほむらちゃん………。大丈夫だよ。この世界は、私がきっと守ってみせる」

「私たち、だろ? 女神さま。《森》に関してなら俺だって力になれるんだからな」

「うん……そうだね。…………ありがとう」

 

 窓から少女たちを見つめながら、二人は語らった。

 これから始まる戦いに、改めて決意を固めるように。

 



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新たな敵

 帰り道、さやかと仁美に別れを告げてから、暁美ほむらは自宅へと歩を進めていた。引っ越してきたばかりでまだ慣れない見滝原は、病室暮らしを強いられていた彼女の目にはとても新鮮で、ただ外を歩いているというだけでもほむらは十分に満たされていた。

 人並みに孤独を恐れはするが、こういった一人の時間も嫌いではない。友達付きあいにまだ不慣れなほむらにとって、一人になってほっと息をつく時間はとても大切なのだ。

 

「暁美さん、聞こえる?」

 だが、幸福に満たされた時間は虚しく終わりを告げた。

「はい、巴先輩。《魔獣》ですか?」

「いえ――――《森の魔獣》よ」

 

 ソウルジェムを用いたテレパシーが、ほむらに女子中学生としてではなく、魔法少女としての使命を果たすよう急かす。

 

《魔法少女》――――どんな願いも叶えてもらう代わりに、その対価として、この世界に災いを巻き起こす《魔獣》を狩る使命を受けた少女たち。

 常人ならざる異能、すなわち魔法を駆使し、常識の外から人々を襲う《魔獣》を退治する。言うなれば正義の味方であるが、彼女たちの戦いに報酬は存在しないし、コトの性質上、部外者に頼ることもできない。いつ終わるとも知れぬ孤独な戦いに、彼女たちは日々明け暮れているのだ。

 

「場所は市民ホール裏手の自然公園よ、すぐに来られる?」

「そこなら、ここから走って十分ほどです! すぐ行きます!」

 必要事項を確認すると、ほむらはテレパシー打ち切って来た道を全速力で駆け戻っていった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 魔法少女、巴マミは歴戦の強者だ。

 平均的な寿命の短い魔法少女の中でも、だいぶ長く生き残っている部類であると言える。一年以上魔法少女として生き延びられたら一人前、というのが、彼女らの世界での共通の理解であった。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=OsdkQKDVvus&list=PL95Nm5f4kEsA5LgpxyjBu_2ErZN16oIP5&index=33

 

 

 だが、そんなベテラン魔法少女である巴マミをして、眼前のそれはまったくの未知の存在であった。

「今日は一匹なのね……。これで何度目かの相敵だけれど、いったい何者なの………?」

 召喚したマスケット銃を突きつけ、堂々たる構えをとりつつも、しかしマミの表情と言葉には明確な不安と疑問が浮き彫りにされていた。

 

《森の魔獣》―――森のような結界から現れ、従来の《魔獣》を超える戦闘力で暴れる新種の《魔獣》。結界に取り込んで標的を襲う今までの《魔獣》とは異なり、彼らは自ら結界からこちら側に出てくるのが、魔法少女たちを悩ませる最大の特徴であると言えた。

 また、通常の《魔獣》がノイズで出来た不定形な影法師であるのに対し、彼ら《森の魔獣》は対照的に生物的なフォルムをとっており、爪や牙を用いた直接的な攻撃を仕掛けてくるという性質を持っている。

 これまでの《魔獣》よりも分かりやすいとはいえ、その分かなり凶暴で、猛獣の如き挙動で襲いかかってくる彼らは、巴マミの総評としては《魔獣》のそれよりも遥かに手強いと言わざるを得なかった。

 

「――――ふッ―――!」

 気合と共に、引き金を引く。

 炸裂音と共に吐き出された弾丸が、《森の魔獣》めがけて殺到する。だがすんでのところで躱した《森の魔獣》は掠った弾丸に岩のような表皮を抉り飛ばさえながら、なおもマミに突撃を敢行した。

「………速いッ」

 舌打ちをしつつも冷静な挙動でリボンを展開し、《森の魔獣》の拘束を試みる。それ自体が意思を持っているかのように、マミの放ったリボンは《森の魔獣》の手足を器用に縛り上げ、《森の魔獣》の動きを一瞬鈍らせることに成功した。

 リボンの拘束程度なら腕力だけで引きちぎられてしまうことは、先日遭遇した際に検証済みである。マミはすかさず大砲を二門召喚し、《森の魔獣》がリボンを引きちぎる頃にはその照準を完了していた。

 悔しがるかのように《森の魔獣》が唸り声をあげる。マミは勝利を確信して大砲を発射した。

 

 マミの戦闘は完璧であると言えた。

 唯一、惜しむべき点があるとするならば。

 それは、背後から忍び寄るもう一体の《森の魔獣》の気配を

「しまっ………!」

 察知できなかったことであろう。

 



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宵闇が迫る

 背後から飛び出してきた紅い《森の魔獣》が爪をマミの背中に振り下ろしたのと、マミが右斜め前方向に回避行動をとったのは、まさにほぼ同時の出来事であった。

 

 視認できたわけでも、足音を聞いたわけでもない。

 ただ、何かを感じたから避けただけ。

 それは理屈ではない。

 だが、それは絶対的な確信を以てマミに回避を促した。

 積み重ねられた戦いの年季が、彼女を窮地から救ったのだ。

 

「ずッ………はぁッ…………?!」

 止まっていた呼吸を再開し、久しぶりの酸素に肺が悲鳴を上げる。

 だが、そのような瑣末事に気を取られて勝てる相手ではないことは明白である。マミは震える四肢に喝を入れ、再び立ち上がってみせた。

「今度こそ、一匹よね………?」

 さっき砲撃をかまして消し炭にした最初の個体と、今現れた紅い個体。周囲の気配を落ち着いて探ってみるが、しかし他に気配は感じられなかった。

 だが、マミが周囲に緊張を巡らせたその僅かな隙を突いて、紅い《森の魔獣》は牙を剥き出しにして襲いかかった。

 

「何度もくらうものですかッ!」

 あと数歩でも近づかれれば八つ裂きにされるという局面においても、マミは冷静だ。自身の上空にマスケット銃を数丁召喚してからの撃ち下ろし攻撃、そしてそれをくらってひるんだ隙を突いた砲撃と、近づいて攻撃するしか脳のない《森の魔獣》を遠距離から巧みに牽制する。

 しかし先ほど倒した丸っこい形状の同族よりも頑丈なのか、マミの砲撃をその紅い《森の魔獣》は耐え切ってみせた。魔獣の紅い体色が、心持ち高揚しているかのように見受けられる。

「手強い………!」

 たてがみを振るい、《森の魔獣》が咆哮をあげる。このまま大きな音を立て続ければ、市民に目撃されてしまう恐れがある。

「今すぐ決着をつけさせてもらうわよ………!」

 マミは意を決し、最強の一撃(ティロ・フィナーレ)を放つべく、その場から垂直に跳躍した。

 

 パワーと初速に優れる分、移動や跳躍が鈍重な《森の魔獣》に対し、この魔法少女の身軽さは武器になる。

 軽快な動きで翻弄し、魔法を用いた重い一撃で硬い表皮を貫くのが、この新たな敵に対する最も効果的な戦法であると、マミは結論づけていた。

 

 ―――――この紅い新種が、マミの上空に現れるまでは。

 

「嘘ッ?!」

 魔法少女のそれを遥かに超えた恐るべき跳躍を以て、紅い《森の魔獣》は巴マミの上空に躍り出たのだ。地表からおよそ20メートルはあろうかというその高度から、魔獣は嘲笑うかのように口端を歪ませながら落下攻撃を仕掛けて来る。

 空中で格闘戦に持ち込もうとするならば、敵よりも高度をとらなくてはならない―――昔読んだ本の知識が頭をよぎる中、しかし空中で動く術を持たないマミはどうすることもできずにいた。

「やられた…………!」

 

 

 

 だが、死を覚悟したマミに、奇跡とも言えるタイミングでチャンスが巡ってきた。

 マミに《森の魔獣》の爪が殺到しようとしたその瞬間、紫色の光矢が魔獣の紅い表皮を貫いたのである。

「巴さん!」

「ナイスアシストよ、暁美さん!」

 きりもみ回転で地面に墜落した《森の魔獣》に、マミは着地と同時にマスケット銃を召喚しつつ飛びかかった。

「………ッ!」

 鬼気迫る表情で、《森の魔獣》の口の中にマスケット銃の銃口をねじ込む。やがてくぐもった銃声が周辺の雑木林に響き渡ると、魔獣はその動きを停止した。

 

 

 ※※※※

 

 

「助かったわ……ありがとう、暁美さん」

「いえ、私こそ遅れてごめんなさい」

 結界の入口である空間の裂け目に《森の魔獣》の遺体を放り込み、ほむらの矢で裂け目を消し飛ばすと、魔法少女たちはやっと変身を解いてその場にへたりこんだ。

 

 大きく息をつく巴マミの姿に、ほむらは心配そうに目を向ける。

 ―――――普段の彼女(巴マミ)は、あんな戦い方をする人ではない。

 経験に裏打ちされた確かな射撃と華麗なまでの体捌きが彼女の本来とっていたはずの戦闘スタイルだ。それなのに、今日見た彼女にはそれが一切と言っていいほど見受けられなかった。

 

 憧れの先輩が、いつになく必死になっている。否、追い詰められている。

 事態を把握するごとに、ほむらの中の不安は大きくなっていった。

 

 

 

 西の空が、やがて夕焼けから夜のそれへと移り変わっていく。

 この先待ち受けているであろう更なる《森の魔獣》との戦いに、少女たちは言い知れぬ恐怖を募らせていった。

 




 今回登場した《森の魔獣》、もといインベスは、まるっとしたフォルムの愛らしい下級インベスたんと、レッドホットのリーダーが召喚したライオンインベスです。

 鎧武とまどマギのコラボではありますが、戦闘に関しては今回のようにクウガのような泥臭い描写でいこうと思っています。
 圧倒的な力で敵をねじ伏せる俺TUEEEE展開はほぼ無いものと思っていただいて構いませんので、どうかご容赦ください。


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猫と少年

 よろよろと、少女が疲弊した体を引きずって夜の街を歩く。

 少女――――暁美ほむらは悔いていた。先程の《森の魔獣》との戦闘で、結局ほとんど役に立つことができなかったことを。そしてそれ以前に、現場に向かうだけで体力のほとんどを使い切り、もしマミが敗れていたらそのまま自分も《森の魔獣》の餌食になっていたかもしれないことを。

「駄目だ……私、弱い子だ」

 マイナスな感情に流され、魔法少女として戦う決意がぶれていく。そんな自分を自覚し、ほむらは立ち止まって大きくため息をついた。

「しっかりしなきゃ……。もっと強くなって、巴さんを支えてあげなくちゃいけないのに」

 

 本来、魔法少女とは孤独なものだ。あの巴マミも、ほむらが魔法少女になる以前はずっとひとりぼっちで戦っていたという。

 

 本来は《魔獣》の落とす《グリーフキューブ》を集めることが魔法少女にとって最も重要なことなのであって、《グリーフキューブ》を落とさない《森の魔獣》と魔法少女がわざわざ戦う必要は無い。それにも関わらず、巴マミは「街を脅かすものと戦うのが、魔法少女でしょう?」という一言だけで戦い続けているのだ。

 

 愚かとも言えるその行動理念は、しかし暁美ほむらに『巴マミを手助けする』という決意をさせるに十分なものであった。

 だからこそ、ほむらは苦しんでいる。

 マミの助けになれない、弱い己自身に。

「………なんとかして、頑張らなくっちゃ」

 だが、そんなネガティブな気分をいつまでも引きずるわけにはいかない。

 ほむらは己の魔法少女としての原点に会いに行くことにした。

 

 

 ※※※※

 

 

 黒猫のエイミー。

 見滝原に来たばかりの頃、事故に遭って瀕死だったその猫を助けるため、ほむらは魔法少女の契約を果たした。野良猫を助けるためだけに魔法少女の宿命を受け入れたことを、最初はマミに咎められはしたものの、そのマミとも今はこうして協力して魔法少女活動を続けていられているので、ほむらの中にその引け目は無い。

 今日のように、魔法少女活動で失敗をしたりすると、ほむらは決まってエイミーに会いに行く。自宅は見滝原の外にあるためバスに乗らなくてはならないが、そのバス停の近くでエイミーはよくくつろいでいるため、寄り道にはならないのである。

 

「エイミー……いる?」

 角を曲がって、バス停の方角へ小声で呼びかけてみる。さいわいバス停には人の姿は無く、ほむらは安心した心持ちでいつもエイミーがいるバス停の裏を覗き込んでみた。

「…………え?」

 だが、暁美ほむらの憩いの場所に、今日は侵入者がいた。

「…………何か?」

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=A_HOKs-1IKk

 

 

 白い学生服と片目を隠した前髪が印象的な少年が、前髪の隙間から覗く中性的な美しい顔に訝しげな表情を浮かべて、ほむらを見つめ返していた。胸には、エイミーが抱かれている。

「あ、いえその、その猫ちゃんの………」

「………飼い主さんですか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど………」

 どもるほむら。少年があまりにも美形だからというのもあるが、そもそも彼女は人とコミュニケーションをとるということが苦手なのである。

「………はい」

 しばし逡巡すると、少年はおもむろに立ち上がり、抱いていたエイミーをほむらに譲り渡した。おろおろとした挙動ながら、なんとかほむらもエイミーを受け取る。エイミーは人に抱かれることに慣れているのだろうか、特に反応を示さずに少女のつつましい胸の中に収まった。

「かわいいよね、猫」

「えぁ、は、はい」

 突然の少年の言葉に、またもどもるほむら。同年代の少年との会話に、マミや仁美、さやかとの会話とはまた違った緊張をほむらは感じていた。

「名前とか、あるの?」

「え、エイミーっていいます。……私が勝手につけた名前ですけど」

「へぇ……。じゃあ、僕も今度からエイミーって呼ぶことにするよ」

 憂いを帯びた表情を僅かにほころばせ、少年はほむらの胸に抱かれるエイミーを撫でる。どこか影のある少年であるが、エイミーと戯れている間の彼には、素直で優しげな微笑みが見受けられた。

 

「あのっ」

 気がつくと、ほむらはこみ上げる言葉を口に出していた。

「私、見滝原中学校二年の、暁美ほむらっていいますっ」

 言い切り、体中がかぁっと熱くなる。

 普段の自分では考えられない行動に、ほむら自身も動揺していた。

 少年もどこか驚いたように目を瞬かせると、なんとなく少女の心情を察したのか、かすかに微笑んで自己紹介をした。

「僕の名前は呉島光実(くれしまみつざね)。きみと同じ、見滝原中学校の二年生だよ。……よろしくね。暁美さん」

 

 魔法少女は多忙だ。

 恋にかまける暇などありはしない。

 だが、溢れ出す気持ちに正直な彼女を、いったい誰が咎められようか。

 彼女もまた『少女』なのである。

 




 この物語の時系列として、まどマギが放送された2011~2012を舞台として採用しております。そのため、2013~2014に放送された鎧武のキャラクターは、まどマギにあわせて2歳若返ってもらいました。また年齢以外にもこの小説の核心的な設定に基づいた性格の改変などがあるため、特に鎧武側の登場人物はいわゆるキャラ崩壊を引き起こしている可能性があります。
 続きを読んでくださるという読者様は、その辺の諸事情を踏まえて読んでください。


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ひそひそ話に恋と筋肉を添えて

 金曜の放課後に演じたあの《森の魔獣》との激戦から一晩明け、マミは昨夜の疲労を感じさせない軽快な足取りで陽だまりの下を歩いていた。

 唯一と言っていい友人である暁美ほむらと、今日は見滝原に新装オープンしたケーキ屋に行く約束をしていたのだ。《魔獣》たちと日夜人知れず死闘を繰り広げる彼女ではあるが、甘味に目がない少女らしい一面もある。というよりむしろ、そちらの方が巴マミ『らしい』のだ。

 

 約束の時間の五分前、見滝原駅にマミがやって来ると、しかし既に暁美ほむらは現地に到着していた。

「あら暁美さん、早いのね」

「10分前からいましたから……」

 はにかむほむらの笑顔は、思わず目を覆いたくなるほどまばゆい。普段の引っ込み思案な彼女との微妙な差異に、マミはなんとなく違和感を抱いた。

「それじゃあ……もともと早めの時間に行くつもりだったし、早速行きましょうか」

 

 

 ※※※※

 

 

 シャルモン洋菓子店。

 先日オープンしたばかりであるにも関わらず、今ではすっかり見滝原市ナンバーワンの座を欲しいままにしている、驚異の洋菓子店だ。また、扱われているケーキの味もさることながら、店長の強いキャラクターも人気の秘訣である。

 

 それだけに混雑は容易に想定できたため、二人は混雑する時間をずらしたのだ。結果として、比較的に空いている時間に入店することに成功できた。

 隅の席を確保し、腰を下ろす。メニュー表に並ぶケーキの数々はどれも美味しそうだ。マミとほむらは、思わず感嘆の声をあげた。

「……ん?」

 ふと、マミがメニュー表と一緒に挟まれたカードを手に取る。カードには、店長である凰蓮・ピエール・アルフォンゾの肖像と、彼の経歴が完結に綴られていた。

「なになに……『新時代のパティスリー界をリードしている第一人者として著名な凰蓮・ピエール・アルフォンゾ。パティシエの世界大会であるクープ・デ・モンドに優勝し、品位あるルレ・デセールの会員にも認定された。その後も各大会に出場しては優秀な成績を収めている。その鬼才ぶりは世界的に認められ“パディスリー界のシェークスピア”と賞賛されている』……ですって」

「やっぱり、人気のお店なだけあって凄い人がケーキを作っているんですね」

 

 他愛のない談笑をしつつ時間を潰していると、やがて筋骨隆々の大男がマミとほむらの席にケーキを持ってきた。果たして、噂の凰蓮・ピエール・アルフォンゾである。

「お待たせいたしました。スワンフレーズ4号と、ブルーベリーチーズケーキになります」

 鍛え上げられた無骨な見た目とは裏腹に、彼の出したケーキは驚くほど美しい見た目をしていた。きめ細やかな生クリームや、ふわふわのスポンジが、見る者の食欲をそそる。

「すごい……見てるだけで幸せになっちゃいますね」

「Merci. Jeune dame.喜んでいただけて何よりですわ」

 流暢なフランス語でにこやかに挨拶する凰蓮。確かに見た目は強面ではあるものの、彼のプロとしての誇りの垣間見えるその堂々たる佇まいに、ほむらとマミはただただ感心していた。

 

 

 ※※※※

 

 美味しいケーキで心もお腹も満たされ、ほくほくとした幸せな笑顔で会話するほむらとマミ。

 幸福感に満たされ隙の生じた今こそが好機と見込んで、マミはかねてからの疑問をほむらにぶつけることにした。

「暁美さん。昨夜、もしかして何かいいことでもあったの?」

 三秒ほど無言で固まったあと、一気に顔面を紅潮させ、あわあわとほむらが慌てふためき出す。その様子を微笑ましく思いながら、マミは彼女が答えを返すのを待った。

「どっどどど、どうして、それをっ………」

「さっき、何となく気がついたのよ。………結構、顔に出るタイプよ? 暁美さんって」

「あぁううぅ…………」

 熱くなった頬をこねながら、ふしゅぅと息を吐く。そんな仕草も絵になるのだから、美少女というのは得である。

「その様子じゃ、もしかして好きな人でもできたのかしら?」

「そそっ、それ以上言わないでくださいぃ~っ」

 眼鏡の奥の瞳にいっぱいの涙をためて、向かい側に座るマミの口を塞ごうとする。人の目がある中でほむらがここまでするというのは、実に異例中の異例であると言えた。

 

 

 

「可愛らしいお嬢さんですこと……。ほらそこ、手が止まってるわよぉ! 生地が固まるだろーがぁッ!!」

 シャルモン洋菓子店は、今日も大繁盛だ。

 



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円環の女神と“仮面ライダー”

 美樹さやかが運命に苦しみ

 

 暁美ほむらが恋に落ち

 

 巴マミが新たな敵に戦慄していた頃

 

《森の魔獣》の現れる結界内に広がる森――――《禁断の森》で、二つの影が群がる《森の魔獣》を蹴散らしながら進軍していた。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=5NvgZOEXY7Y&list=PL95Nm5f4kEsA5LgpxyjBu_2ErZN16oIP5&index=3

 

 

「オォオラァアッ!!!!」

 威勢のいい掛け声と共に、二つの人影のうちの一人である、銀色の鎧武者が手にした馬上槍と緑の盾で、襲いかかってくる有象無象の《森の魔獣》たちを一気になぎ払う。弾き飛ばされた仲間をぶつけられて後方の《森の魔獣》たちが体制を崩すと、銀の武者は敵を一網打尽にすべく、上空に瞬く間に色とりどり、大小様々な武具を召喚し、それらを一挙に発射した。

 次々と打ち出される武器群に、為す術無く砕け散る《森の魔獣》たち。圧倒的なまでの制圧力と攻撃力を見せつけると、銀の鎧武者はそのまま敵の残骸には目もくれず、森の奥へと飛んでいってしまった。

「あっま、待ってください紘汰さん!」

 慌てた様子で、ピンク色の可愛らしい衣装に身を包んだ少女が後を追う。彼女もまた、先行した銀の鎧武者のように空を飛んでいた。

 

 

 ※※※※

 

 

 ―――――どこだ……? どこにいる…………?!

 己の想像を超えた不可解な現状に、銀の鎧武者―――葛葉紘汰(かずらばこうた)は焦っていた。

「サガラ!!! 俺だ!! 葛葉紘汰だ!!! 返事をしろォッ!!!」

 だが、響いてくるのは彼自身の叫び声だけ。虚しい静寂に、紘汰は拳を固く握り締めた。

 

 ――――この世界に来てから、分かってはいた。

 かつて自分が人間だった頃に見た《ヘルヘイムの森》と、《円環の理》を名乗る別宇宙の女神によって導かれたこの《禁断の森》は、明らかに様子が異なっている。この世界にやって来てからずっと感じていたぼやけた違和感が、今やっと紘汰の中で確信となった。

「違う………! この森は、《ヘルヘイム》じゃない……。この森に、サガラの意思は感じられない………!」

「………紘汰さんの知っている《森》とは違うんですか?」

 追いついた桃色の衣装に身を包んだ少女が、不安げな表情で紘汰の仮面に隠された顔を見上げる。

「ああ。……女神さま、“この宇宙の地球”を侵略する《禁断の森》は、“俺のいた宇宙の地球”を襲った《ヘルヘイムの森》とは別物だ。あの《森》は人格を持っていたが、この《森》にはどうやらソイツが無いらしい」

「つ、つまり……」

「すまねえ、女神さま。…………未知の脅威への対抗策を知る俺を頼ってもらったところ悪いんだが、俺にもこの地球に何が起きているのか………」

 言葉を濁し、口惜しげにうなだれると、紘汰は銀の鎧武者の姿から金髪赤眼の青年へと姿を変えた。申し訳なさげに、先程“女神”と呼ばれた桃色の少女が青年に寄り添う。

「ご、ごめんなさい。わざわざ別の宇宙にまで押しかけて、関係ない私の宇宙の地球の面倒事に巻き込んで………本当なら、私だけでなんとかしなきゃいけなかったのに」

 震える声で、己の非を恥じる少女。だが紘汰は、少女に己の行動を悔やむことを強いてしまったことに気がつくと、すぐに表情を笑顔に切り替えて少女に向き合い、彼女の小さな肩に両の手を優しく乗せた。

「そんなことねえよ。女神さま……いや、いい加減に堅苦しいか。なあ、まどか。きみは確かに俺なんかじゃ比べ物にならないほど次元の違う、すっげえ神様かもしれない。この宇宙の法則を守る使命があるかもしれない」

 語る口調は荒っぽく、およそその神々しい見た目には合わない。だが、彼の言葉はどこまでも揺るぎない強さと優しさに満ちていた。

「でも、困ったときは、苦しい時は、他にどうしようもない時は! ………誰かを頼ったっていいんだ。…………俺も一応、《仮面ライダー》ってやつのはしくれ、だしな」

「…………紘汰、さん…………」

 

 潤んだ瞳で見つめてくる少女の姿の女神―――鹿目まどかのあまりのあどけなさと可愛らしさに、一度は格好つけた紘汰も、思わず彼女の瞳から目を逸らした。

「まっ………まぁ、それに! ………まどかだって、こうやって現界して世界に干渉しようと思ったら、その魔法少女の姿になるしかないんだろ? その姿じゃ、いくら女神さまだっつっても出せる力なんてたかが知れてるじゃないか。戦いなんかは俺に任せて、まどかはこの《森》に迷い込んじまった魔法少女の救助にだけ専念してくれよな!」

「え………あ、はい。頑張ります!」

 突然恥ずかしそうにそっぽを向いた紘汰に疑問を抱きながらも、円環の女神、鹿目まどかは小さくガッツポーズをとって頷いた。紘汰の想いは、取りあえずは届いたようだ。

 

 ――――俺はロリコンじゃないし、そもそも舞一筋だから……。ああ、少しでも邪な気持ちになっちまった俺を、神様許して……。

 

 声にならない声で、別宇宙からの来訪神、葛葉紘汰は思わず神に懺悔した。

 




本小説における紘汰さんは、ドライブ&鎧武の後の時間軸からまどかによって連れてこられた、本編そのままの紘汰さんです。

 また、これは当然といえば当然なのですが、『魔法少女まどか☆マギカ』はアニメです。そのため、キャラクターの記号化がある程度成されており、主人公のまどかにいたってはピンク髪という、実写作品の『仮面ライダー鎧武』と共演させるには少々無理のある奇抜な髪色をしております。

 そのため本小説では、『まどか☆マギカ』のキャラクターにはいわゆる”アニメ補正”がかかっていたためピンク髪や青髪になっていたのだという設定とします。そのため実写作品の『鎧武』キャラクターには、彼女たちは普通に落ち着いた髪色の女子中学生として見えているものとし、また『まどマギ』勢たちも自分の髪色をピンク色であるとか自称したりはしません。

 ただ、僕が勝手に彼女たちの髪色を変えてしまうのも無作法ですので、彼女たちの髪色は読者様の脳内補正に一任します。
 『鎧武』勢にアニメ補正をかけてカラフルな髪色にするもよし、まどかたちをお気に入りのアイドルや子役に置き換えて登場人物を実写で揃えてみるもよし………。

 厳密に決めてしまうことでこの小説から遊びを奪いたくないので、両作品の外見上のギャップは、こういった形で処理させていただきたく存じます。


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魔王再臨

 上空を飛行しつつ、たまに群がる《森の魔獣》を打ち払いながら、紘汰とまどかは森の探索をかれこれ一日以上は続けていた。

 ところどころに構造物の遺跡と思しきものが見受けられるものの、辺り一面は鬱蒼とした森に覆われ、この世のものとは思えない毒々しい色の花々や、《ヘルヘイムの果実》に酷似した謎の果実がそこかしこに散らばっている。

 

 女神、鹿目まどかは、そんな異世界の森を食い入るように見つめていた。

 彼女がわざわざ現界してまでこの世界に干渉しようとするのは、《円環の理》の運営にこの《森》が支障をきたしているからにほかならない。

 

 紘汰が《クラック》と呼ぶジッパー型の裂け目を通じ、この《森》と地球はつながっている。だが一部の魔法少女には、この《クラック》を《魔獣結界》への入口と勘違いして迷い込んでしまう者がいるのだ。

 ………それだけならまだ良いのだが、しかしここで最悪の事態が起こってしまった。

 

 どうやら《森》は、円環の理の届く領域の外――――つまり別宇宙から《クラック》を起点に侵略活動をしているらしいのである。つまり《森》に迷い込んでしまった魔法少女は、力尽きると《魔女》になってしまうのだ。

 

 それだけではなく、《森の果実》は食した者を《森の魔獣》に変えてしまうという恐ろしい効果がある。《魔女》になるか、《森の魔獣》になるか……この森に迷い込み、出口を見失った魔法少女に待ち受けていたのは、あまりにも残酷な最期であった。

 

 かつて、魔法少女をその因果から解き放ち、世界を改変して女神となった鹿目まどかではあるが、そんな彼女ですら対応できない《森》に対し、彼女には“現界して直接《森》から魔法少女たちを救い出す”以外に道は残されていなかったのだ。

 

 

 

「魔法少女のみんなだけじゃない。普通の人だってこの《森》に迷い込んでしまったら、絶対に無事じゃすまない」

 

 ぽつりと、募る不安に押しつぶされそうになりながらまどかが呟く。

 彼女は《円環の理》そのものだ。

 魔法少女を魔女化させることなく導くという義務がある。

 だが、言ってしまえばそれだけなのだ。

 一般人を《森》から助け出すような真似は、彼女の神としての役割を大きく外れてしまう。

 宇宙の調停者には、定められた役割というものがあるのだ。

 

「その為に、俺がここにいるんだ。大丈夫、きっとこの事件もすぐに解決するさ」

 にっと笑う紘汰の笑顔は明るい。

 その笑顔に励まされ、まどかは《円環の理》となって以来、ずっと感じていた孤独から救われたような気がした。

 

 そしてまどかが再三のお礼を言おうとしたその瞬間――――

 

「なッ………?!」

 

 森から、巨大な瘴気が立ち上った。

「この感じ………まさか、いや、そんな!!」

 立ち上る瘴気から何かを感じ取ったのか、紘汰は激しく狼狽した。

 

 

 ※※※※

 

 

 瘴気の出処に降り立った二人の神を待ち構えていたのは、これまでにないほどの大量の《森の魔獣》であった。

「インベス……! クソッ」

 悪態を吐きつつ、赤い眼光をほとばしらせる。

 次の瞬間、紘汰の身体は銀の鎧に包まれていた。

 この森の《森の魔獣》――《インベス》は元いた世界のように操れないことは既に経験済みなので、最初から殲滅だけを狙う。

 腕を翳すと同時に、大量の武具が空中に出現し、高速で発射されていった。

 恐るべき制圧力でインベス軍団を蹴散らして道を切り開いていくと、やがてインベス軍団は紘汰との対決を諦めたのか、モーゼの海割りの如く左右に散らばっていった。

 

「…………こいつら、統率されすぎている」

 仮面越しに敵を睨む紘汰が更なる武器掃射で散ったインベスたちを殲滅しようと腕をかかげる。

 

「…………ッッ?!」

 

 だが次の瞬間、戦場を支配していた紘汰のパワーを一気に吹き飛ばすかのようなプレッシャーが現れた。

 プレッシャーの源と思しきシルエットがインベス軍団の奥からその姿を現した頃には、戦場の支配者は完全に紘汰からそちらへと移行してしまっていた。

 

「だ、誰か近づいてきます!」

 一応ながらも、弓矢を構えてまどかも警戒態勢をとる。

 だが紘汰は、そんな彼女の健気な健闘ぶりを称えることなく、その弓矢を遮って前に出た。

「え………?」

 様子のおかしい紘汰の背中を、戸惑う表情で見上げるまどか。だが、紘汰が振り向くことはなかった。

 

 瘴気を見た瞬間、紘汰には確信があった。

 あの瘴気はいったい誰のものなのか。

 この《森》はいったい誰が支配しているのか。

 

 紘汰は、胸の内に渦巻く戸惑いを押し殺し、眼前に現れた“彼”に告げた。

 

「お前だったのか、戒斗ッ………!」

 

「久しぶりだな。……………葛葉」

 



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神々の戰い

「戒斗……馬鹿な、どうして!」

 どうして生きているのか。

 湧き上がる感情に混乱しつつも、紘汰は現れた旧友、駆紋戒斗(くもんかいと)に向かって叫んだ。

「それはこっちのセリフだな。どうして貴様が今頃になって現れる? ………まぁいい」

 高圧的な物言いと、言葉尻から醸し出される己の強さへの高い自身。葛葉紘汰の知る駆紋戒斗に、彼は瓜二つだ。

 そればかりか駆紋戒斗は、言葉を切るほんの一瞬、含みのない笑顔を見せた。

フレアパターンの入った黒いロングコート、蒼白の顔面に赤い瞳と、彼の容貌はあまりにも毒々しい。しかしその毒々しさを打ち消してしまうほど、その一瞬の笑顔は穏やかであった。

 

 だが次の瞬間には既に、戒斗はその目から赤い燐光を迸らせ、その身を赤い怪人へと変えた。

「蘇ってきたとでも言うならそれでもいい。再び俺が貴様を葬ってやる!!」

 雄叫びと共に襲いかかる赤い怪人――――《ロード・バロン》。

「ま、待ってください。話ができるなら……」

「すまないまどか、アイツとは“コレ”の方が分かりやすい……!」

 まどかの制止も振り切り、銀の鎧武者が迫り来る《ロード・バロン》に突進する。

 

「ハァアァアアアッ―――――!!!!!」

「うぅおおおおお―――――ッ!!!!!」

 両雄が激突したその瞬間、小型爆弾のそれすらも遥かに凌ぐ猛烈な衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばした。

 

 

 ※※※※

 

 

「…………はッ?!」

 十秒だろうか、それとも一日中だろうか。

 気絶状態から覚醒すると、未だ朦朧とする頭を振りながら、鹿目まどかは周囲を見やった。

 どうやら、なぎ倒された木にひっかかったおかげで助かったらしい。取り敢えずほっとため息をついたまどかだが、すぐさま辺りに紘汰の姿が見えないことに気がついた。

「ッ…………!」

 

 ―――――戦いはどうなっていまったのか? ……その問の答えは、実に簡単に出た。

 森を次々と壊し、もうもうと土煙を立てながらぶつかり合う二つの閃光が、遥か数キロ離れた場所の空中で激突しているからである。

「あれが、紘汰さんの本当の力……!」

 彼らが剣を打ち鳴らすたびに衝撃波が発生し、周囲の木々を吹き飛ばすその様は、まさに戦神同士の壮大な戦いに相応しい荘厳さと苛烈さを演出している。神としての階梯では自身の方が上であるものの、ここまで壮大なぶつかり合いにはさしもの円環の女神も感嘆せずにはいられない。

 

 だが次の瞬間、戦場に変化が現れた。

 植物のツルと思しきそれらが、ぶつかり合っていた閃光のうちの一つを縛り上げたのである。

「あれは………紘汰さん! 縛られてるのは、紘汰さんだ!」

 何とかしなければ。震える体を勇気付け、戦場へはせ参じようと上空へ飛び上がったその時、しかしまどかは悟った。

 

「…………!!!」

 そこかしこにできた巨大なクレーター。

 燃え盛る森の木々。

 上空からこそ見えたその惨状はあまりにも凄まじく、まどかが気絶していた間に起こった戰いの凄まじさを無言のうちに語っていた。

「あ……あ…………」

 ―――――あまりにも、格が違いすぎる。

 戦意を喪失し、恐怖のあまり涙を零したその少女を、いったい誰が責められようか。

 

 

 

 だが、そんな少女の心の機微に関係なく、事態は深刻化していく。

 森のツルに全身を縛り上げられ、胸を刺し貫かれた紘汰は、変身を解除し、口から何色とも取れぬ色の血泡を吹いた。

「グボッ………」

「その血の色。………やはり黄金の果実を持っていたか。蘇っただけではなく、俺に匹敵するだけの力を持って来るとは………凄まじい執念だ」

 賞賛するかのような響きを持った言葉を述べつつも、駆紋戒斗は一切の容赦をしない。既に瀕死の状態である紘汰に止めを刺そうと、戒斗は大剣《グロンバリャム》を高々と振りかざした。

「……………相変わらず詰めが甘いな、戒斗。そんなことだから、お前は俺に負けたんだ」

 だが、もはや頭を垂れ、断頭の時を待つばかりであるはずの銀の鎧武者は、単なる負け惜しみとも取れない不穏な一言をつぶやいて口端を釣り上げた。

 

「まさか貴様――――――――――――」

 

 

 

 瞬間、閃光が迸り、葛葉紘汰と駆紋戒斗を中心に巨大な爆炎が上がった。

 




 これにてプロローグは終了です。
 次回からの本編にご期待下さい。


 ※※※※


 https://www.youtube.com/watch?v=YeHOwDVOSlA


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【第一話 黒猫たち】
再会は唐突に


 葛葉紘汰と鹿目まどか、そして駆紋戒斗。
 神々の決戦の火蓋が切り落とされたその翌日、神のことなど露ほどに知らぬはずの暁美ほむらもまた、悶々としていた。


「呉島光実くん」

 先日の邂逅以来、頭を離れないあの少年の名を口に出してみる。

 あのどこか影を帯びた少年は、自分と同じ見滝原の2年生だという。

「………」

 高鳴る胸に手を当て、暁美ほむらは己に問うた。

 

 私は彼に会いたいの?

 

 彼に会えたとして、それからどうするの?

 

 幼い頃から病弱で、病室暮らしが常であった自分には、同性の友達でさえ得難いものであったというのに、同い年の男子との会話など、もはや想像を遥かに超える大事件であった。

 

 とはいえ、学校には行かなくてはならない。

 これまでにも、もしかしたらすれ違うくらいはしていたかもしれないが、それならそのように振る舞えば良いというだけのことだ。彼と自分は、たまたま学校の外でちょっとした会話があっただけの間柄なのだから。

 

 姿見の前で悶々とするほむらに彼女の母親が声をかけたのは、それから間もなくのことである。

 

 

 

 

 暁美ほむらは、今でさえ健康体ではあるものの、元重病人であることに違いはない。最近開発が進んだ地方都市、すなわち見滝原に引っ越してきているのは、この街の病院を以前までかかっていた医師に勧められたからである。

 決して裕福ではない暁美家であるが、彼女のために見滝原周辺の郊外へ引越し、市内の中学校へ通学させるためのバス代も各方面から工面している。

 全ては、愛娘がこれから先、幸せに暮らしていくため。

 病気で苦労した彼女を想い、少しでも良い環境に置いてやりたいという、両親の深い深い愛情のなせる技であった。

 

 そんな事情もあり、暁美ほむらは現在、市の外からバスで見滝原中学校へ通っている。毎朝のバス通学には慣れてきた頃ではあるが、学生だけでなく社会人もたくさん利用する公共交通機関というものは、やはり人ごみの苦手なほむらにとって少々しんどかった。

 

 

 

「う…………」

 か細いうめき声をと共に、なんとか人ごみをかき分けて見滝原市内のバス停に到着する。両親の配慮も分からないではないが、どうせなら市内に引っ越してくれればとほむらはため息をついた。親の心、子知らずである。

 

「おはようっ! いつもながらバス通学大変ねぇ~」

 そんな朝からお疲れ気味のほむらに、妙に元気のいい挨拶がかかる。声の主は、級友である美樹さやかであった。

「さやかさんも、少しはほむらさんを見習うべきですわ。淑女が往来で朝っぱらから大声なんて出すものではありません」

 てへ、なんて言って舌を出すさやかを、慣れた手つきでいさめるのは、これまた級友の志筑仁美である。ほむらにとっては貴重な、数少ない友人たちだ。

「お、おはようございますっ」

 

 

 ※※※※

 

 

 バスの中で人ごみに揺られる時間は苦痛だが、そのあとに待っている三人の通学路は、ほむらにとっての楽しみの一つであった。

 新興都市らしく、綺麗に舗装された通路や設置された噴水など、まだ来たばかりで日の浅いほむらにとってはそれだけでも目を引くものばかりであるが、それ以上にほむらが嬉しいのは、一緒に登校してくれる友達と一緒にいられることである。

 

 だから、その瞬間が来るまで気が付かなかった。

 

 背後から近づいてくる、少年の影に。

 

「おはよう、暁美さん」

 

 すれ違いざま、小声で挨拶をすると、少年はそのまま一人、歩き去っていった。

 

 ―――――――――声が、出なかった。

 

「え、ほむらってば、呉島くんといつ知りあったの?」

「ふぇっ? え、いや、あの」

 さやかの言葉に我に返り、困惑した様子で目を白黒させる。そんなほむらのリアクションに、さやかは不審げに首をかしげた。

「呉島くんですか――――――ええ、少し独特な雰囲気の方ですけれど、なかなかハンサムで、素敵な方ですわね」

「あ、それ分かるわー。親が転勤族だったとかで、4月の途中でいきなり編入してきたんだけどさ、あの通りイケメンじゃん。目付けてる女子多いんだよねー」

 うんうんと相槌を打つさやかを尻目に、仁美が何やら意味深な瞳でほむらを流し見る。

 

 …………絶対、バレてる。

 緊張と不安が、ほむらの胃を締め付けた。

 




 この小説の第一話は、2011年の10月中旬頃を設定しております。『まどマギ』本編とほぼ重なる時期を想定しておりますので、今が本編でいうどの日に当たるかを考えてみるのも、ひょっとしたら面白いかもしれません。


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死の影

 仁美に付き合ってもらっているうちに、学校の勉強には少しずつだがついていけるようになった。

 さやかとするおしゃべりは、自分が病室で寝ていた間に失いかけていた女子中学生の感性を取り戻させてくれた。

 マミとの魔法少女活動を通じて、誰かの為に戦うことの貴さと暖かさを知った。

 

 なら、あの少年――――呉島光実との交流は、いったい何をもたらしてくれるのだろうか。まだ特別仲良くなったわけでもないのだが、もし仲良くなれたら、と自問せずにはいられない。………否、たった数回顔をあわせただけで、これほどに心をかき乱してくるのだ。何もないはずはない。

「はぁ………」

「あらほむらさん。あまりため息ばかりついていると、一緒に幸せも逃げていってしまいますわよ?」

「あははっ、仁美ってば古風なんだぁ」

「おばさん扱いしないでくださいっ」

 ぷくっと頬を膨らませる仁美であるが、それでも美貌がまるで損なわれないというのだから凄い。おまけに出るところも出て背も高く、あらゆる分野に通じる才色兼備と来たものだから、学校中の男子が彼女に憧れている。

「私も、志筑さんくらい胸があれば良かったのに…………」

 そうすればもっと、自身を持って彼に向き合えるのに。

「ほむらっあんたいきなり何をッ?!」

「嫌ですわ、恥ずかしい」

 少々オーバーリアクション気味におののくさやかに、頬を赤らめてうっとりとした表情を浮かべる仁美。………時折仁美がとるその妖艶な仕草が、何か背筋に嫌なものを走らせるのは恐らく気のせいではない。暁美ほむらに、“そっちのケ”は無かった。

 

 

 ※※※※

 

 

 放課後の魔法少女の特訓は、今日はお休みとマミからテレパシーで告げられた。何やら一身上の都合とかで忙しく、相手をしてやれないのだそうだ。

 それならそれで別に構わないのだが、やはり普段一緒に放課後を過ごす相手がいないと手持ち無沙汰になってしまう。仁美は習い事で多忙であるし、さやかに関しては放課後から姿を消してしまっている。ここのところ、さやかと放課後一緒に過ごすことの方が珍しいのでそこは気にならないのだが、やはり淋しい時にはあの笑顔が見たくなってしまう。

 ついこの前までひとりぼっちであったというのに、今では立派に他人に依存している。そんな自分に、ほむらは一人自嘲的な笑みを浮かべた。

 

 

 だが、なんの気なしにふと歩道橋を見上げた瞬間、ほむらのぎこちない笑みは消えた。

 

 確信は無い。

 だが、あの孤独な背中は、今朝見たあの少年のものと酷似していた。

 

「光実くん……!」

 

 気がつくと、ほむらは駆け出していた。

 メガネがずれるのも構わず、長い三つ編みを風になびかせて、少年の背中をひたすらに追いかける。

 

 だが、あと少しで歩道橋にたどり着くというところで、少年はほむらに気付くことなく歩き去ってしまった。

「ま、待って……!」

 なんとか追いつこうと、懸命に追いかける。

 群衆に紛れる少年を見失わないように見据えながら、苦手な人ごみにも飛び込んでいくほむらには、普段のそれとは比べ物にならない積極性に満ちていた。

 

 

 

 

 やっとの思いで人ごみをすり抜けていった先は、人の気配のない古びた住宅街であった。開発前の見滝原の、洋風住宅街といった風情のそこは、しかし寂れた雰囲気も相まってほむらには非常に不気味に見えた。

 ロンドンのそれを想起させる古い建築物は、見るものが見ればノスタルジックで退廃的な美に満ちているのであるが、同時にそれらは死のイメージを強く内包してもいる。病院という、人の死が日常であった場所に長くいたほむらにとって、それは美でもなんでもなく、ただただ恐怖でしかなかった。

 自然、歩調も緩やかになっていく。

「ど、どうしよう……見滝原に、こんな場所があったなんて……」

 震える声でか細く呟くほむらは、真実おびえていた。

「………あっ」

 だが、彼女の孤独に光が挿し込む。

 三叉路の左奥に、少年の背中を見つけたのである。

「光実くん!」

 夢中になって、石畳にけつまずきながら少年に駆け寄る。

 少年――――呉島光実は、突然自分の名前を呼ばれたことに振り向き、ほむらの存在をここに来てやっと認知した。

「あ、暁美さん? どうしてここに?」

「みつっ、光実くんを、追いかけてきたの。は、話が、したくて」

 怖いところに来てしまった恐怖から少年を見つけ出したことで解放され、ほむらは安堵の涙すら流していた。当然、光実は困惑する。

「ええ、えっと、大丈夫だよ。泣かないで……どうしたの?」

「だって、ここ怖くって………ううぅうぅう」

 光実が肩に優しく手を乗せて語りかけると、ほむらはダムが決壊したかのように大粒の涙を零しだした。

 なんとか彼女の涙を止めてやらねばと思い立ち、少々慌てた挙動でハンカチを取り出す。こういった状況でどういった行動をとるべきか、光実は14歳という若さではありながら既に心得ていた。

 

 だが、取り出したハンカチをほむらに渡そうとした瞬間、光実はほむらの肩ごしに現れたそれを目撃し、戦慄した。

「かっ、怪物―――――?!」

 

 住宅街の壁に突如開いた《クラック》を通り抜け、怪物――――《森の魔獣》が迫る。

 



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思考と判断

 大振りのモーションで繰り出される《森の魔獣》の爪。

 咄嗟に動けないほむらを救うべく、光実は彼女を無理やり押し倒して突然現れた敵の凶爪から彼女をかばった。

「………!!」

 戦慄の表情で《森の魔獣》を見上げるほむらだが、しかし彼女の中で二つの選択肢が生まれていた。

 ここで魔法少女に変身して《森の魔獣》を倒すことは、恐らく不可能ではない。

 マミの教えのもと、日々積んできた研鑽を思えば、今眼前にいる丸っこいタイプの《森の魔獣》相手なら戦える自身があった。

 だがそれはすなわち、この無関係な少年に魔法少女と魔獣の繰り広げる、恐ろしい血みどろの戦いの世界を見せてしまうということ。

 

 守るために戦うか。

 守るために逃げ出すか。

 

 どちらにせよ、リスクは避けられない。

 

 だが、襲い来る脅威は彼女に十分な思考をするだけの余裕を与えない。その丸っこい《森の魔獣》が、形容し難いうめき声のような鳴き声を上げると、そいつの現れた空間の裂け目から、これまたそいつと同じ形状で色違いのまるっこい《森の魔獣》が次々と姿を現したのだ。

 

「こいつ、仲間を呼んでいるっていうのか………?!」

 光実はほむらの手を引いて立ち上がりながら、周囲にざっと警戒を飛ばす。

 遥かに彼の理解を超えた超常現象が発生しているというのにも関わらず、しかし光実は必要以上に怯えることなく、己のするべき行動を導き出そうとしていた。

 

 あの空間の裂け目から見える森、恐らくこの怪物たちはその森から現れたに違いない。仮に、あの怪物たちが任意の場所にあの裂け目を作ることができるとするならば、このまま逃げたとしても自分たちは決して怪物からは逃げられないだろう。先ほど見受けられた、ある程度統率の取れた集団行動をから推察するに、怪物たちが自分たちを意識的に狙っていることに疑いの余地はない。

「あの森の中でだけ、暮らしていればいいだろうに……!」

 踊りかかって来る怪物をすんでのところで躱しながら、光実は悪態をついた。むろん、ほむらも抱きかかえた上で、である。

 胸の中の少女の熱が高まっていくことに、光実はまだ気がついていない。

「光実くんっ! 早く逃げないとっ」

「どういうつもりかは知らないけど、奴らは僕たちを狙っている。今ここから逃げおおせたとしても、またあの裂け目を作ってワープしてくるだろう。その時もし僕らが街中にでもいてごらん、大惨事になることは避けられない」

 異常事態に身を置いても、冷静な思考と分析を忘れない光実に感心しつつも、彼の言葉の意味を理解するやいなやほむらは唖然とした。

「じゃ、じゃあ、あいつらをここでやっつけるってこと?!」

「こいつらを引き連れて交番まで逃げるわけにはいかない。…………そりゃ見込みは無いけど、僕らでなんとかするしかない」

 

 言い切ると、光実は敢然と《森の魔獣》に挑みかかっていった。細い体に見合わず、意外と運動神経が高いようで、光実はジャンプからのハイキックを華麗に決めてみせた。顔らしき部分を蹴たぐられ、《森の魔獣》がバランスを崩して後ろにひっくり返る。

「す、すごい……!」

 感嘆の声を漏らすほむらであるが、彼女にとっても人ごとではない。光実の援護をするべく、足元の石畳に転がる(つぶて)を《森の魔獣》めがけて投げつける。だが、ノーコンピッチャーほむらの投球は、遥か明後日の方向へとすっ飛んでいった。

 

 およそ役に立ちそうにない相方を尻目に、光実は襲い来る怪物の爪を紙一重で避けながら、ひたすら渾身の蹴りを叩きつける。だが三発目の蹴りを怪物に食らわせたところで、足首に鈍い痛みを光実は感じた。

「ウッ……!」

 怪物の硬い外骨格が相手では、いくらローファーを履いていて通常より硬いといっても、素人の蹴りでは効果があるはずもない。痛みのあまり光実が攻撃を躊躇すると、怪物はすかさずタックルを光実にかました。

 

「あ―――グッ――――――!」

 弾き飛ばされ、崩れ落ちる光実。

「光実くんっ!!!」

 金切り声をあげるほむらだが、しかし彼女は悟っていた。眼前の光景が、魔法少女への変身を躊躇し、ろくな援護もできなかった、役立たず自分が引き起こした必然であることを。

「…………許さない」

 だから、許せない。

 理不尽な暴力を振りかざして襲いかかってくる、眼前の敵を。

 そして、つまらない葛藤で彼を傷つけた、自分自身を。

 

 暁美ほむらは、倒れ伏す光実が見守る中、魔法少女へと変身した。

 



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死中に活を

 背中に走る激痛に呻きながら、呉島光実は後悔していた。

 妙な気を起こして、幼い頃に少し習った程度の格闘術などで怪物に立ち向かってしまうという、自分の愚かしい行動を。

 言ってしまえば、非日常に酔っていたのだ。自分は特別な人間で、危なくなったとしてもすぐになんとかできる。

 そんな中学2年生にはよくある妄想のせいで、たった今、自分は死にかけている。

 自分が取るべき行動は、暁美ほむらと共に一刻も早くこの場から逃げ出すことだったのだ。

「くッ………」

 羞恥心と悔しさで、涙がにじむ。呉島光実は今、間違いなく精神的に成長しようとしている。『分相応』という、万能感に溺れる少年にとって最も受け入れがたい、だがどうすることもできない現実を飲み込むことで。

 

 ――――――だがしかし。

 彼に与えられたのはそんな“現実”ではなく、覚めることのない更なる“夢”だった。

 

「ふっ……く………」

「ぁ――――――暁美、さん?」

 振り下ろされた怪物の爪を手にした黒弓で防ぎ、魔法で強化した腕力で必死に光実をかばう暁美ほむらの姿が、倒れる光実の瞳に飛び込んできたのである。

 彼女の衣装は先程まで身につけていた見滝原中学の制服ではなく、黒と紫を基調とした、奇抜なセーラー服のような衣装であった。手に持った黒い弓のようなそれで怪物の爪を押し留める腕は相変わらずか細いが、対峙する怪物の腕の太さを見るに、恐らく信じられないほどの筋力が秘められているのだろう。少なくとも、あの怪物の腕力に拮抗しうるだけの力が。

 予期せぬ事態に光実は混乱した。

 だが、彼はそれ以上に高揚もしていた。

 あの頼りなさげな少女が、大人ですら敵いそうにない恐ろしい怪物を相手に、それに負けない力を発揮している。

 年相応の幼い万能感が、光実の中に再び蘇ってしまった。

 

「えぇいッ!」

《森の魔獣》の爪を押し留める弓を起点に、魔法で弦と矢を現出させてゼロ距離射撃を敢行すると、《魔獣》はあっけなくほむらの放った魔力矢とともに吹き飛んだ。

「やった……!」

 マミの銃と違って、ほむらの弓矢にはバリエーションこそ無いものの、《森の魔獣》の硬い外殻にすら通用する高い火力を有している。

 そんなものを至近距離で放たれれば、この結果は自明の理だ。それでも、ほむらは自分だけの力で初めて敵を仕留めた高揚感に、思わず胸の前で小さくガッツポーズをとった。

「暁美さん! まだ来る!」

 背後の光実の声にはっと我に返ると、倒した《森の魔獣》の奥からわんさかと敵が押し寄せてきているのが見えた。すかさず、新たな魔力矢を弓につがえる。

 

 次々とほむらが放つ矢が、怪物たちの群れを怯ませる。だが、そんな怪物たちの中の一匹が妙な挙動をとるのを、光実は見逃さなかった。

「なんだ……?」

 見れば、他の丸っこい個体とは異なるフォルムをとった蒼い個体が混じっているではないか。しかもそいつは、ほむらの放つ矢を軽快な動きでかわし続けている。丸い個体があらかたほむらの矢に倒れたあとも、その蒼い個体は一撃ももらうことなく生き残っていた。カミキリムシのそれのような形状の口と思しき器官を震わせ、あざ笑うかのようにギチギチと音を立てている。

「暁美さん、気をつけて! こいつは素早い!」

 光実が叫ぶと同時に、怪物は頭部から伸びる長い触角をなびかせつつ跳躍した。

「ぐっ―――!」

 狙いをつけるべきか、回避行動をとるべきか。一瞬の判断の遅れが、致命的なミスにつながる。暁美ほむらは怪物の落下攻撃をその身に浴びせられ、血泡を吹いて膝から崩れ落ちた。

 

「暁美さんッ!!」

 駆け寄った光実が、半ば引きずるようにしてほむらを抱いて怪物から距離を取る。

 腕の中で荒い呼吸を続ける少女の肩に刻まれた深い切り傷が、光実に彼女がもはや戦闘不能であるという事実を冷酷に告げる。

「まずい……ッ?!」

 手負いの獲物をむざむざ逃がしてくれるはずもない。蒼い怪物はすかさず触角をムチのようにしならせて光実とほむらを打ち据えようとした。なんとかそれを見切って回避を続ける光実ではあるが、ほむらを抱いたままでは限界があるのは明白だ。

「このままじゃ………死ぬ!」

 しなる触角の隙間を縫って、敵の背後に飛び込む。

 下手に背中を見せるよりも逃走の成功率が高いという光実の狙いは、ある意味功を奏した。

「しまった………! うわあぁああぁッ?!」

 怪物の背後に、彼らの現れた空間の裂け目があることを、失念してはいたのだが。

 




 今回のインベスはカミキリインベスです。触角で打つより噛み付いたほうがらしい気がします。


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森の罠

 裂け目から飛び込んだそこは、やはり外から見た通りの鬱蒼とした森であった。木々や植物は、どれも既存の種別に当てはまらない奇妙なカタチをしている。

「どこなんだここ……本当に地球なのか?」

 途方に暮れた声で呟く光実。とはいえ、未だ危機から脱出できたというわけでは無い。背後の裂け目を通ってあのカミキリのような蒼い怪物が追いかけてくるのも時間の問題だろう。胸の中でぐったりとしているほむらを抱きかかえ、なんとか逃げ延びるべくその場から走り出した。

 

 

 ※※※※

 

 

 20分ほど走ったところで、振り向く。

 どうやら、あの怪物はこちらを追いかけることを諦めたらしい。

 再び森を脱出しない限り安心はできないが、ひとまず光実はほっと息をついた。

「あ、あの…………」

「あっ、ごめん」

 居心地が悪そうに抱かれているほむらに気がつくと、光実はそっとほむらを地面に下ろした。

「………え?」

 だが、光実はすぐに異変に気がついた。

「あれだけの傷が、完治している………?」

「え、ええ。治癒の魔法を使ったので……」

 魔法。

 怪物との遭遇から続く非日常がまさに極まった瞬間である。光実は思わずめまいを覚えた。

「あー、えっと…………。この状況、分からないことがあまりにも多すぎるけど、取り敢えず分かりそうなことから潰していこう」

 自分に言い聞かせるように言う光実だが、彼の目にはまだ理性の明かりが灯っている。心情的には彼にすがりきりのほむらにとって、これだけでも今はありがたかった。

「まず一つ。………きみって何者?」

 

 

 

 暁美ほむらが、《魔獣》から人類を守る使命を与えられた《魔法少女》という存在であること。

 先程の怪物たちは、《魔法少女》の本来の敵である《魔獣》とは違う、《森の魔獣》と仮称される正体不明の化け物であること。

 ほむらが拙いなりに努力して光実に説明したそれらは、とてもではないが常軌を逸しているし、正気を疑わざるを得ない内容である。だが、光実は少女の言葉を今は信じるほか無い。先程、彼女が文字通り“変身”して彼を守ったのだから。

「なるほど…………。無茶苦茶といえばそれまでだけど、だいたいの状況は把握できたよ」

「ありがとうございます、信じてくれて」

「信じなきゃ始まらないからね。きみの怪我が完治して、衣装まで直ってしまっているんだもの。これは魔法でもない限りは説明がつかない」

 自分の言葉を信じてくれたことへの喜びで無垢な笑顔を見せるほむらだが、対照的に光実の表情は暗い。

 確かに不明な点のいくつかは解消されたが、それでもこの現状が打開できるようなことは何一つとして存在していない。

 暁美ほむらは魔法を使えるが、それでも戦闘力の観点で言えば《森の魔獣》の本拠地であるだろうこの森の中では心もとないと評価せざるを得ない。

 しかも彼女の知る限り、この森に入ったことのある魔法少女はいないそうだ。これでは帰れるかどうかすら定かではない。

 深刻な様子の光実を察してか、ほむらもすぐに笑顔を取り消し、不安げにうつむいてしまう。このまま森を彷徨い続ければ、いずれ多くの問題に直面することは、光実ほど賢くなくても容易に想像がつくというものだ。

「お腹空いちゃっても、食べるもの無いですよね……」

「…………」

 さらに熟考すること数秒、光実は取り敢えず周囲に休めそうなところが無いか周囲を見渡した。木々や植物の他にも、建造物の遺跡らしきものなどが散見されるが、どれも風化と侵食が激しくて、中に入るには危険性が高い。そもそも植物のツタに入口を塞がれているところもあって、どうやらそのセンで休憩場所を探すのは厳しそうだ。

 さらに状況の深刻さを確認し、肩を落とす光実であったが、しかしほむらはどこか嬉しそうな表情でいる。それどころか、アオシスをやっと見つけた砂漠の旅人の如き感激ぶりで、何かを目指して歩いているではないか。

「ど、どうしたの暁美さん」

「どうしたって………お腹が空いてる時にこんな美味しそうなもの見つけちゃったら、嬉しくもなりますよ………」

 どこか上の空の様子で、何かに吸い寄せられていくほむら。不穏な何かを察知して光実が彼女の行方を見ると、独特な形の植物に、何やらとても食欲をそそる果実が実っていた。

「あれは――――――駄目だ!」

 だが、光実はほむらの行く手を塞いだ。

 自身を誘惑する強烈な食欲が、逆に彼の理性に警鐘を鳴らしたのだ。

「どっ、どうしてですかっ。私、本当にお腹が空いてて……」

「あれが普通の食べ物なら、見ただけでここまで異常に食欲を刺激されるはずはない。アレはこの森の罠だよ!」

 根拠は無い。

 本当に純粋な食欲である可能性もゼロでは無い。

 だが、用心深い彼の性質が、この果実は危険だと告げていた。

「そんな……」

 しょげた様子でうつむくほむら。彼女には悪いが、ここは我慢してもらうしかないだろう。

 項垂れる彼女の肩に優しく手を置いて励まそうと試みるが、どうやら消耗している様子のほむらにはあまり効果が無かった。

「どうしよう………ん?」

 ふと、視界の端に違和感を覚えてそちらを向いてみる。

「…………!!!!!」

 先程《森の魔獣》に襲われた時に匹敵する驚愕と恐怖が、光実を襲った。

「し、死体…………!!!」

 




 ほむらが妙に腹ペコキャラなのは、単純にお腹がすいているからです。あと、食欲に正直なのは女子だからです。


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戦士の遺産

「暁美さん、ちょっとここで待ってて。しばらくこっちを見ちゃダメだよ」

「えっ、でもさっき『死体』って……」

「トイレだよ。『したい』っていうのは……まぁ気にするだけ野暮じゃないか」

 軽い口調で誤魔化しつつも、戦慄の表情を浮かべたままで死体の方角へ駆け寄る。ほむらが取り残される格好になってしまうが、この死体を見せてパニックに陥られるよりはマシであるとの判断であった。

 死体はほとんど白骨化しており、肉の名残と思われる黒いそれがところどころにこびりついているものの、遠目に見た時に想像したほどスプラッターなことにはなっていないようだ。

 服装はオリーブドラブカラーの野戦服で、背格好から男性であることは容易に想像がつく。ブーツも底の厚い安全靴で、全体的にミリタリーな格好と言える。

 

 だが、そういった服飾品とはちぐはぐに、彼は武装と呼べるものを持っていなかった。サバイバルナイフ程度なら持っているようであるが、この森を探索する以上、およそ武器にはなりそうもない。あの《森の魔獣》に対抗しようと思うのなら、ライフルの一丁でも携行しなければあまりに無謀だ。

「装備品は十分に整っている。軍関係の人間かもしれない。………にも関わらず非武装だなんて、この死体は矛盾している」

 

 中学生にしてはえらく座った根性で、ぶつぶつと呟きながら無遠慮に死体をまさぐる光実。少し前まで留学していたアメリカで、何度か死体を目撃していたためであろうか、少年の中には死体というものに対する、いわばある種の抗体ができていた。

 

「ん……?」

 調べている最中、光実は死体の裏に隠されていた古ぼけたアタッシュケースを発見した。掠れたロゴマークと思しきものに印刷された文字を睨む。

YGGDRSILL(ユグドラシル)…………世界樹、だっけ。……中を見てみよう」

 どうやら経年劣化でケースが脆くなっているようで、軽く光実が力を加えると容易く蓋を開けた。

「何だ、これ……。何かをはめ込むような形状をしているけれど」

 YGGDRSILL(ユグドラシル)と記されたその古ぼけたアタッシュケースの中には、何かの留め具のような形状の黒い物体が5個入っていた。ナイフのような形状のプレートが取り付けられたそれは、光実の手でつかめるくらいの大きさである。

「何かの部品なのか? いや、接続箇所は見当たらないし……クソッ、これじゃ分からないことが増えるばっかりじゃないか」

 思わず叩きつけてやりたいほどの激情に駆られたが、しかし光実はすぐに冷静さを取り戻した。この機械とも装飾品ともつかない奇妙な物体の、ナイフ型プレートの付いていない側が湾曲していることに気がついたのである。

「………まさか」

 脳裏に浮かんだ仮説を試すべく、恐る恐る自らの腹に黒いそれをあてがう。すると、一瞬の機械音声と共に黄色いベルトが展開され、光実の腰周りに巻き付いた。

「なっ………! これは、ベルトだったっていうのか? でもだとしたら、コレはいったいどういう意図で造られたモノなんだろう…………?」

 怪訝な表情でベルトを睨む光実。だが、この非武装の兵士と思しき彼が命を賭して守り抜いた品物である。価値のあるものであると今は信じることとし、光実はその直感を信じて残りのベルトもアタッシュケースと共に持っていくことにした。

 

 アタッシュケースを片手に急ぎ足で戻ると、しかし光実は休む暇も無く衝撃を覚えた。残しておいた暁美ほむらが、さっきあれほど言った果実を手にし、今にも食べようとしているではないか。

「ばっ………! やめるんだ暁美さん!」

 慌てて駆けつけ、ほむらから果実を取り上げる。すると、果実は突然妙な光を発し、次の瞬間には紫色の錠前にそのカタチを変えてしまっていた。

「あぁ!! これじゃぁ食べられないじゃないですかぁ」

「暁美さん、逆だよ。きっとこいつが、この果実の正体なんだ。…………あの妙な食欲も収まった。どうやらこれで危険性は除去できたようだけれど………この柄、なんだかブドウみたいだ」

「はぁ…………シャルモンのブルーベリーチーズケーキ、美味しかったな……」

 



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幼さという強さ

「『L.S.-09』……いったいどういう意味なんだ?」

 錠前に書かれた型番号を訝しげに眺めるが、どうやらこの錠前が機械であるらしいことぐらいしか分からなかった。

「そういえば、そのベルトどうしたんです?」

 きょとんとした表情で、ほむらが首をかしげながら光実の腹部を見やった。思い出したように、光実がベルトに手をかける。

「さぁ……。さっき向こうに行った時に拾ったんだけどね。このケースの中に入ってたんだよ」

「勝手に持ってきちゃって良かったんですか?」

「使えるかもしれないじゃないか。どうせ落し物なんだし、ここに交番があるとは思えないけど」

「それもそうで………………光実くん」

「あぁ」

 会話を打ち切り、背中合わせになる。

 彼らの周りは、既に数体の《森の魔獣》に取り囲まれていた。

 

「私が、全力の矢を撃って道を拓きます。そしたら光実くんはすぐに離脱してください」

「でも、そしたら暁美さんが………」

 張り詰めた声で耳打ちをしてくるほむらにただならぬモノを感じ、光実は彼女の方を振り向いた。

「私は、魔法少女ですから。心配、無いですよっ」

 

 引きつった笑顔。

 当然だ。怖いに決まっている。

 

 ――――――だというのに

 

「……分かった」

 

 ――――――――――だというのに。

 

「それじゃあ行きます………やぁッ!!」

 

 ―――――――――――――――だというのに、僕は。

 

「うっ、うわあぁあぁあああ!!!」

 

 ――――――――――――――――――僕は、震える女の子を独り置き去りに、逃げ出した。

 

 

 ※※※※

 

 

 自分の荒い息遣いと破裂しそうに高鳴る心臓の鼓動音で、耳が潰れそうになる。

 やがて流れてきた汗に目を潰されると、光実はバランスを崩して沼地に崩れ落ちた。

「うぐ………」

 白い見滝原の学生服が泥に汚れ、整った顔立ちが苦悶に歪む。

 

 だが、本当に痛いのは。苦しいのは。

 

 破裂しそうな心臓でもなく、擦りむいた膝小僧でもなく、打ち付けた額でもなく、《森の魔獣》を蹴たぐって痛めた足首でもない。

 

 ――――――本当に痛いのは、心だ。

 

 あの、無垢で幼い、三つ編みの少女を置き去りにしたことだ。

 

 

 

 幼い頃から、金持ちの家の息子だというだけで数多くの人間が自分に擦り寄ってきた。

 そこに呉島光実としての存在は介在する余地など無い。あるのはただ、“呉島のおぼっちゃん”という己の立場だけだった。

 誰も彼もが、欺瞞と猜疑に満ちた瞳を向けてきた。

 ――――――ヒトというものに対する絶望を覚えるには、十分すぎるほどに。

 

 だが、暁美ほむらは違う。

 

 見滝原に来てからというもの、友達の一人も作らず孤高を気取っていた自分に対し、彼女は今までに見たことのない無垢な瞳でこちらを見つめてきた。

 

 ヒトというものに愛想が尽き、何もかもが嫌になっていた時、そんな自分にヒトの純粋さを見せてくれたのは、紛れもなく、あの暁美ほむらだ。

 

 出会ってからほんの僅かな時間しか過ごしていない。

 

 交わした言葉もごくわずかだ。

 

 だが、あのバス停裏で出会った時から、彼女の存在は心の中で大きくなっていくばかりであった。

 

 そして、彼女は魔法少女という非日常の存在となり、日々、想像を超えた狂気の世界に挑んでいるという。

 

 それも、幼い正義感だけで。

 

「ッ……………!」

 

 何かを悟ったような気になって、彼女のことを愚かと今の今まで思い込んでいた。

 

 だが、暁美ほむらは違う。

 

 自分のように、諦めてはいない。

 

 自分以外の誰かのために、一生懸命に戦って、傷ついている。

 

 

 

 気がつくと、呉島光実は元来た道を引き返していた。

 



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紫龍、来たる

 少年は駆ける。

 己の痛みには目もくれず。

 自分のために苦しんでいる少女を救うために。


 暁美ほむらに勝算は無かった。

 

 周囲を囲んでいる丸っこい個体ならまだなんとかなるが、その奥で待ち構えるあのカミキリムシのような蒼い個体は手に負えない。

 そうでなくとも、彼女の弓矢では同時に複数方向から襲いかかる敵を同時に仕留めることができないのだ。

「くっ……」

 師匠であるマミのように華麗に立ち回れればよかったのだが、あいにくほむらにそんな芸当は不可能である。次から次へと湧いてくる《森の魔獣》の攻撃にさらされ、ほむらはものの数秒で体中を切り刻まれた。

 

「――――――ア――――――――――――」

 

 か細い悲鳴と共に、鮮血に染まるその身を地に横たえる。

 それでも握り締めた弓に矢をつがえようと必死に身をよじるが、どうやら血を流しすぎたようで、指を動かすことすらもままならない。

 

「――――――――――――」

 

 割れた眼鏡の向こう側に、《森の魔獣》の群れが倒れたこちらを覗き込んでくるのが伺える。このまま食べられてしまうのだろうか。それとも、いたぶり弄んで玩具にされるのだろうか。

 悲観的な想像ばかりが脳裏をよぎるが、しかし暁美ほむらはそれでいいとすら思っていた。

 自分に攻撃が集中するなら、それだけ光実の生存率は高まる。

 目的である足止めは、大成功だったというわけだ。

 

 とめどなく溢れる涙をいっぱいに目にためて、ほむらは安らかな表情で微笑んだ。

 

「私…………魔法少女で、良かった…………」

 

 

 

《BUDOU・ARMS! (RYU)(HO)! (HA)ッ! (HA)ッ!! (HA)ッ!!!》

 

 

 

 銅鑼の音が鳴り響き、戦士の到来を告げる文句が声高に名乗りを上げる。

 瞬間、強烈なエネルギーを纏った紫弾が《森の魔獣》たちに殺到し、全てを一気に蹴散らした。

 

 突然の襲撃者に、《森の魔獣》たちが敵を見極めるべく皆一様に弾丸の飛んできた先を睨みつける。

 

 そこには、紫色の甲冑に身を包んだ中華風の鎧武者が銃を構えて佇んでいた。

 

「み、つざ、ね、くん………?」

 

 ほむらが言葉を漏らすと同時に、新たな戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 襲い来る《森の魔獣》たちが、異常発達した爪を振り上げて襲いかかる。

 だが、紫の鎧武者はそれをこともなげに躱し、正確かつ冷酷無比な回し蹴りで打ち据える。その後も慣れた様子の体捌きで次々と襲いかかる敵をすべていなし、紫の鎧武者の他にこの場で立っている者は誰もいなくなった。

 

「………」

 

 立ち上がろうとのたうちまわる《森の魔獣》を狙い、鎧武者は淡々と引き金を引く。それらは一発として外れることは無く、やがて《森の魔獣》たちは鎧武者の撃った弾丸で沈黙した。

 しかしなんとか耐え忍んでいたのだろうか、唯一生き残っていたカミキリの《森の魔獣》が、触角を振り乱して背後から飛びかかる。

 

「……………」

 

 だが、鎧武者は動じない。

 寸分違わぬ挙動で下ろしかけていた銃を構え直すと、鎧武者はそのまま振り向きざまに敵の眉間を撃ち抜いた。

 

 

 

 体液を撒き散らし、カミキリの《森の魔獣》が沈黙する。

 冷静沈着、それでいて洗練されたその一挙一動は、まさに熟練した戦士のそれに違い無い。治癒魔法で最低限回復を済ませたほむらが抱いたのは、この戦士の正体に対する疑問であった。

「あなた、光実くん………なんですか?」

 

 ほむらの言葉に、鎧武者が向き直る。

 彼の紫色の瞳が何をほむらに感じているのか、さだかではない。

 だが、鎧武者はほむらを見つめてしばらくその場に佇んだ。

 

「暁美さん!」

 だが、ほむらにとって思いもしない事態が訪れた。

 

 

 呉島光実が、鎧武者の背後から現れたのだ。

 

 

「えっ………! じゃあ、この人は」

 ほむらが口にし終えるか否かというところで、鎧武者は光実を振り返った。

「な、何者だ…………!」

 睨む光実。

 その足は震えてはいるが、しかし“もう二度と逃げない”という決意に固まった瞳は小揺るぎもしていない。

 鎧武者は最初こそ少々驚いたような様子であったものの、何を思ったのか、やがて光実を視界から外し、赤い錠前を地面に投げ捨てた。

「使えって、ことなのか………?!」

 

 しかし、鎧武者に言葉は無い。

 やがて彼は、唸る光実に肯定も否定もせず、悠然と彼の横を通り過ぎてそのまま森の奥へと消えていった。

 

「な、なんだったんだ…………?」

 

 

 ※※※※

 

 

 世界に絶望した少年と、世界に憧れる少女。

 

 二人の運命は、今動き出した。

 




 第一話【黒猫たち】、終了です。
 ミッチとほむらが主人公のエピソードなので、二人の比喩として黒猫になってもらいました。ちなみに僕も黒猫を飼っています。可愛いですよね。


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【第二話 狙いと想い】
不可侵領域


 光実たちが《禁断の森》に迷い込んだその数十分前、巴マミは今日の特訓の休止をほむらに言い渡し、一人とある館へと足を運んでいた。


 魔法少女にとって、《魔獣》を狩ることはすなわち生きることに直結する。生死を賭けて戦うことがどうして生存へと繋がるのかというのは当然の疑問であるが、その疑問に回答を用意するためには少々ここで魔法少女のシステムについての説明が必要であろう。

 

 

 

 魔法少女が魔法少女たる証明は、すなわち《キュウべぇ》との契約によって成立した《ソウルジェム》の有無である。奇跡の対価に《魔獣》との闘争を選んだ彼女たちは、それぞれ魔力の源である《ソウルジェム》という石を持つ。

 この《ソウルジェム》がその輝きを保っている限り、魔法少女は魔法を行使することが可能なのだが、その魔法を使いすぎると今度は《ソウルジェム》が濁ってしまう。この濁りが極限まで達してしまうと、《ソウルジェム》は消失。魔法少女は魔法のみならず、その命すらも散らしてしまう。

 

 そこで登場するのが、《魔獣》の落とす《グリーフキューブ》である。これは読んで字のごとく立方体の形状をとっており、《ソウルジェム》の汚れを除去させることができるという機能を持った代物である。つまり、同時に魔法少女たちに契約を持ちかけた《キュウベぇ》が欲しているモノなのだ。

 そうした事情が重なって、魔法少女たちの間ではしばしば《グリーフキューブ》の争奪戦が起こることがある。そのため彼女たちには縄張りが存在しており、その縄張りの中でのみ《魔獣》の退治を行っているのだ。

 

 逆に言えば、苦労して倒したところで《グリーフキューブ》を落とさない《森の魔獣》は、そもそも彼女たちが相手にするべき“敵”ですらないのである。

 

 

 

 そんな存在を相手にわざわざ巴マミが戦うのには理由があった。

 まず第一は、彼女の縄張りである見滝原を中心に《森の魔獣》が出没していること。そして何よりも、《森の魔獣》や、彼らの現れる《禁断の森》につながる空間の裂け目が現れるようになったタイミングと前後して、《キュウべぇ》が姿を消してしまったことだ。

 

 巴マミにとって、キュウべぇは気の置けない友人同然の相手だ。素っ気ない冷血漢ではあるが、友人のほとんどいないマミにとってはそれでさえも構わない。喋る小動物といった風情の彼の存在は、彼女にとって日々の癒しでもあり、数少ない友達という拠り所なのだ。

 

 正義の魔法少女を自負するマミにとって、《森の魔獣》と戦う理由は、彼らが“街を脅かす存在であること”に疑いの余地はない。だがそれ以上に彼女の動機となっているのは、未だ行方知れずのキュウべぇを探すことであった。

 

「彼女なら、きっと…………!」

 

 

 ※※※※

 

 

 見滝原のはずれの一等地に、その屋敷は堂々と建っていた。

 かつてこの屋敷の家主だった美国久臣は、優秀な政治家であった。しかし、その影では常に汚職の影が絶えなかったという。そして数ヶ月前、とうとう美国は汚職の追求を逃れるため、家族を残して一人首吊り自殺をした。

 その自殺は死を以て彼自身の容疑を認める結果となり、残された美国一家は壮絶な攻撃を世間から受けた。門や壁面の落書き跡が、当時のバッシングの激しさを暗に物語っている。

 

 一見、無人の幽霊屋敷のようではあるが、しかしこの屋敷には現在も住人がいる。その名は美国織莉子(みくにおりこ)――――――美国久臣の一人娘であり、お嬢様学校に通う中学生であり、そして魔法少女だ。

 

 魔法少女には縄張りがあり、その境界は絶対不可侵である。その禁を破って、巴マミは今日、織莉子を訪ねて彼女の家までやって来た。

 

「よしっ………。お願い、今日こそは私と会って……!」

 意を決し、マミはチャイムを鳴らした。

 同じ見滝原市の魔法少女とはいえ、彼女とマミとでは縄張りが異なるのだ。よってこの訪問が宣戦布告と受け取られても仕方のないことなのである。それゆえか、こうやって美国織莉子を訪ねても、彼女と会えたのは片手で数えられるほどの回数だけだった。

 

 チャイムの無機質な電子音が、まるで誰もいないかのように虚しく屋敷に響き渡る。今回もいないようだ……。そう判断して引き返そうと思い立った瞬間、しかし突然ドアが音を立てて開け放たれた。

 ぎょっとした様子で玄関を見つめるマミだが、ドアを開けた人間の気配は無い。どうやら、ひとりでにこのドアは開いたようだ。

 

 心臓に悪い子ね……。

 

 マミは冷えた肝を落ち着かせようと、心の中で呟いた。

 

 

 ※※※※

 

 

「ねぇねぇ織莉子、恩人を招き入れて本当に良かったの?」

「そうねぇ…………。これはある種の賭けでもあるから、何とも言えないわ」

「ふーん……まぁでも、もし恩人の存在が織莉子にとって害悪になると判断した場合、私は恩人を故人にしてしまうのを躊躇できないよ」

「ふふっ……………穏やかじゃないわね」

 



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白と黒

 招かれた先に広がる薔薇の庭園で、美国織莉子とその従者―――(くれ)キリカは優雅に紅茶を啜りながら待ち構えていた。色とりどりの薔薇の咲き誇るその美しい庭で佇むその様は、非常に絵になる。巴マミは、心ならずこの情景に魅了されていた。

 

「………ごきげんよう、巴マミさん。本日はどういったご用件でいらっしゃるの?」

「私と織莉子の時間を邪魔するんだから、それ相応に重要な用事のはずだよね」

 

 …………だが、綺麗な薔薇には刺がある。

 相変わらずな二人に内心ヒヤヒヤしながら、マミは口を開いた。

 

「今日来たのは、最近この街に現れるようになった《禁断の森》、およびそこから出現する《森の魔獣》、そしてキュウべぇの行方。………以上の三件について、同じ見滝原の魔法少女として話がしたかったのよ」

 

 マミが一息に用意していたセリフを述べると、織莉子は飲んでいた紅茶のカップを机に戻してマミの瞳を覗き込んだ。

 

 嫌な汗が、背中を伝う。

 

「………あら、ごめんなさい。お客様を立ちっぱなしにしておくだなんて、私も無作法をしたわ。そこにかけてくださる?」

「え、ええ」

 だが、マミの緊張とは裏腹に織莉子は自然体だった。

 

 確かに中学生離れした威圧感と類まれな頭脳を持った超絶の美人ではあるが、美国織莉子という少女は、本質的には花を愛で、恋に焦がれる……そんな少女なのである。

 

 ……無用な警戒は逆に向こうを危ぶませるだけかもしれない。

 そう思ったマミは、半ば拍子抜けした心持ちで席についた。

 

「…………じー」

 だが織莉子の従者、呉キリカはそうはいかないようだ。どういった経緯でこの二人が組んでいるのかは知らないが、どうやらキリカにとって織莉子との時間は何よりも大切であったらしい。マミは取り敢えず、半目で睨めつけてくるキリカに微笑みを返して謝罪の代わりとした。

 

「さて………さっきの話ですけれど、私の予知魔法を頼って来てくれた、という解釈でいいのかしら」

 ほわほわとした柔らかい雰囲気を醸しながら、織莉子がマミに話しかける。いつの間にか、マミの前には紅茶の入ったカップが新しく用意されていた。

「言ってしまえば、そういうことになるわね。私たちはお互い不可侵のスタイルをとっているけれど、今回の《森》にまつわる事件に関してはその限りではないと思うの。同じ見滝原の魔法少女として、事態の究明に協力してはくれないかしら」

 本題をいきなりぶつけてきたマミに少々驚いたような面持ちでいた織莉子ではあったものの、やがてすぐにもとの柔らかな笑みに戻った。

「ええ。魔法少女活動の上で、あの《森の魔獣》はかなりお邪魔ですからね。うちのキリカも、この前《森の魔獣》と戦ったばかりなんですよ」

 

 織莉子の言葉に、マミは思わずキリカを見やる。堂々と胸を張るキリカだが、自分が《森の魔獣》と戦った時のことを振り返ると、むしろ恐々とした感情に駆られた。

「だ、大丈夫だったの? よくあれと戦って生きていられたわね……」

 マミの言葉を賛辞と受け取ったのか、キリカは気を良くしてニッと笑った。

「まー、確かにアレは強敵だったね。でも、『織莉子が待ってる!』って思えば、どんな相手であったとしても、私は決して負けはしないよ。絶対に織莉子のもとへ帰り着いてみせるさ」

 

 得意げに語る呉キリカであるが、織莉子は少々曇り気味な面持ちでそれを見つめていた。不審に駆られたマミが、それとなく視線を飛ばしてみる。

 

「………キリカ自身はああ言ってますけど、あの時はかなり危なかったんですよ。キリカの強さは貴女もご承知の通りですけれど、そのキリカだって私のところに帰ってきた時には瀕死の状態だったんですもの」

「あぁ! 織莉子ってば! 私が武勇伝を語っている横からそんなチャチャを出してぇっ! 織莉子なんか織莉子なんか」

「嫌い?」

「だいっ好き!」

 

 

 

 二人の息ぴったりの掛け合いに、マミは終始圧倒されていた。

 




え? 話がちっとも進んでいない?
気にしてはいけません。


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相違点

 キリカとのやり取りが一段落したところで、織莉子は小さくコホンと咳払いをした。

「………では、そろそろ本題に入りましょうか。まずキュウべぇのことについてですけど」

 睫毛の長い瞼を伏せ、織莉子は一瞬残念そうな顔を浮かべた。

「申し訳ありませんが、私もあの子とはずっと連絡がつかないんです。私の予知でも、あの子の行方はつかめませんでした」

「…………そうですか」

 僅かに、カップを持つ手が震える。

 密かに感情を押し殺すマミを、キリカは横目で見つめていた。

 

「キュウべぇについては他にも問題があります。………使用済みの《グリーフキューブ》の処分です」

 マミの心は、“キュウべぇがいないことで発生する不都合”よりも“キュウべぇの安否そのもの”に傾いていることは、織莉子にも察しはついている。しかしマミがそんな感情を抑えている以上、織莉子も事務的に対応せざるを得なかった。

 

「私の方では《グリーフキューブ》の数をなるべく揃えてまんべんなく使うことで、なんとか孵化を防いでいるけど……この方法には問題があるのは火を見るよりも明らかね」

 そう言うマミではあるが、彼女も分かっている通りこの方法では問題の解決には至れない。

「《グリーフキューブ》は穢れ、すなわち人の世に充満する憎しみや悲しみといった感情の結晶……。私たちの《ソウルジェム》の穢れを移さずとも、時間経過で世界に満ちている先述の憎しみなどの感情を吸って穢れを溜め込んでしまいますわ」

「そうなれば、どちらにせよ《グリーフキューブ》は《魔獣》を生み出してしまう……」

 先程までのふわふわとした雰囲気とは一変して、二人の間には深刻とすら言える空気が漂い始めていた。

 

「敢えて《魔獣》を孵化させて、改めて討伐するという方法は取れないのかい? 恩人も織莉子も、ちょっと難しく考えすぎなんじゃないかな」

「キリカさん、孵化直後をすぐに叩くことができるなら私もその案に賛成よ。だけど、《グリーフキューブ》が孵化するタイミングは完全にランダムだわ。私たちにも普段の生活がある以上、四六時中《グリーフキューブ》を見張っているワケにはいかないのよ」

 少々性格と倫理観に問題があるものの、呉キリカは決して愚か者では無い。孵化の阻止が無理ならば、いっそ孵化させてからもう一度倒してしまえという彼女の案も確かに理に適ってはいる。だが、学校生活と魔法少女活動を両立させているマミや織莉子には、その方法は困難であると言わざるを得なかった。

 

 だが、キリカの言葉は織莉子にヒントを与えていた。

 

「難しく考える必要は無い……。そうだわ。どうしてこの方法を思いつけなかったのかしら」

「何かいい策を思いついたの? 美国さん」

「《禁断の森》よ。あそこに投棄してしまえばいいんだわ」

 

 織莉子の言葉に、マミは自分の耳を疑った。

「そ、そんなことをすればあの森には……」

「《魔獣》と《森の魔獣》が混在するようになる。でも巴さん、彼らには一切と言っていいほど関連性が無いわ。恐らく両者は全く出自の異なる存在だと、私は思うんです」

「つまり………《魔獣》と《森の魔獣》に争ってもらう、ということ? でも彼らに関連性が無いというのはどうかしら。根拠がないと思うのだけど。姿かたちの違いだけで彼らを別種扱いするのは危険なのではないかしら」

「根拠ならあります。まず、今まで私たちが戦ってきた《魔獣》は、有史以前から人の世にはびこる悪意の集合体であり、人がその営みを続ける限りついてまわる、ある種の自然現象です。だから時代と場所を問わずに彼らは現れます」

 

 続いて、キリカが口を開いた。

 

「対して《森の魔獣》が現れるようになったのはごく最近。均一であるはずの《魔獣》の外見にとらわれない、個性豊かな形状などの相違点があるのは………まぁ戦ったことのある私や恩人なら分かるよね」

「でも根本的な部分に変わりはないわ。結界から群れをなして現れるという点では同じだもの。外見だけ変わった同じものではないの?」

 マミの言葉を受け、キリカは己の主人に視線を向けた。

 

「そこですよ巴さん。従来の《魔獣》と《森の魔獣》には、決定的な違いがあるんです」

  確信に満ちた織莉子の言葉に、マミは畏怖にすら近い感情を覚えた。

 

「………違いって、いったい何かしら」

「それはターゲットです。《魔獣》の狙いは一般市民ですけど、《森の魔獣》の獲物は私たち……つまり、魔法少女なのです」

 



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見えない侵略者

 織莉子の言葉がマミに与えた衝撃は、マミの表情にすぐに現れた。

「そんな、私たちを普通の人間と区別して狙っていると言うの?!」

「それだけではないわ。《魔獣》と違って自らのテリトリーから飛び出してくる習性を持っているというのに、これまでただの一度すら衆目にその姿を現したことは無い……必ず人気のない場所に、魔法少女を狙って出現している。それも、この見滝原を中心として、ね」

 織莉子の言葉はどれも的を射ていた。

 事実、あれだけ目立つ姿をしているというのにも関わらず、《森の魔獣》の存在はまるで世間に認知されていない。特殊な結界に獲物を引きずり込んで襲う《魔獣》が世間に知られていないのは納得できるとしても、これはあまりに不自然だ。

 そして魔法少女を狙っているというのも、考えてみれば合点がいく。この見滝原の周辺に縄張りを持つ知り合いの魔法少女たちからも《森の魔獣》の被害を受けたという話は聞いているし、中には行方不明になってしまった魔法少女もいる。

 そして彼女たちの証言した《森の魔獣》との遭遇率と自分のそれを比べてみると、明らかに見滝原市に住んでいる自分の方がより高い頻度で襲撃されている。

 

 己の持つ情報と照らし合わせるにつれ、織莉子の言葉がますますその信憑性を増していくのをマミは感じた。

 

「美国さん、あなたは」

「私は、あの《森の魔獣》たちは、何らかの明確な目的のもと、人間社会に精通した人物の指導を受けながら行動しているものと推測しています」

「人間社会に精通……?!」

「正確には、見滝原の地理に精通している、と言うべきでしょうか。確実に人がいない場所を狙ってくる辺り、計画的な犯行であることに疑う余地はありません。おそらく事前に私たちを襲うポイントを選定し、そこに何らかの手段で誘い込んでいるのでしょう。《森の魔獣》は、《魔獣》のような“自然災害”ではありません」

 饒舌な語りをいったん休んでひと呼吸置き、織莉子はまた改めて口を開いた。

「“人災”です。それも、計画的な」

 

 

 

 足元が崩れるような感覚、とでも言うべきか。

 マミはこれまで感じたことの無い未知の恐怖感を感じていた。

 

 人知を超えた化け物《魔獣》と繰り広げてきた戦いの日々は、常に死の恐怖と隣り合わせだった。

 だが、《森の魔獣》が織莉子の言う通りの存在であるとすると、湧き上がってくるのはもっと別の恐怖だ。

 

「もしそれが本当のことだとしたら……!」

 

 想像を絶する敵の周到さと悪辣さに、マミは言い知れぬ感情を抱いて震え上がった。

 

 

 

「ところで巴さん。あなたのお家って、確かマンションの一室よね。防音性って高いのかしら」

 突然の話題転換にぎょっとするマミだが、織莉子は相変わらず真面目な顔をしている。真意を測りかねるものの、マミは取り敢えず返事を返すことにした。

「え、ええ……。高い防音性が評判のマンションだし……!」

 言いながら、マミは織莉子の言葉の意味に気がついて愕然とした。

 

「まずいですね。マミさん、あなたはこのままだと、寝込みすらも襲撃される可能性があります」

「そんな………!!」

 織莉子の注意勧告に、マミは思わず口元に手を当てて当惑した。

「ですが、襲撃されても周囲に露見しにくいという点では、屋敷住まいの私も同じ。しかし私は未だ、この屋敷の中で《森の魔獣》の襲撃を受けたことは一度もありません」

 紅茶を少量口に含むと、織莉子は話を続けた。

「それは何故か。導き出される答えは一つ。……敵は、常識の範囲内ででしか、私たち魔法少女の存在を確認できていないということです。《禁断の森》の向こうから一歩的にこちらを監視したり、所在を把握するのではなく、もっと現実的な手段で私たちの動向を探っているんですよ」

「それじゃあ、《森の魔獣》たちはこの見滝原のどこかから私たちを監視しているということ?!」

「まぁ、その織莉子が言っている監視者っていうのも、分かりやすい格好ではないだろうね。恐らく人に化けていると思うよ」

 狼狽するマミに、さらなる追い討ちをかけるようにキリカが新たに仮説を提示する。

 

 美国織莉子と呉キリカが提示したのは、あくまでも仮説だ。

 判明しているだけの状況から推測しただけで、決定的な証拠など何処にもない。

 それでも、そんなものはただの仮説であると言い切れないだけの説得力があった。

 

「わ、私たちはいったい、何と戦っているの……?」

 

 

 震える手で紅茶のカップを持ち上げようとするマミだが、しかしカップは彼女の指をすり抜けて落下してしまった。

 瞬間、音に反応してキリカが反射的に身構えたまさにその時――――――

 

「止めて止めて止めて~~~~!!!」

「うわあぁぁあぁぁあぁあ!!!」

 

 ――――――赤いバイクに跨った暁美ほむらと呉島光実が、どこからともなく現れた。

 



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見滝原最強の実力

 現れたかと思いきや、そのままバイクごとひっくり返った二人の闖入者に、マミは驚きのあまり硬直した。端正な顔立ちに、次々と疑問符が浮かび上がる。

 だが、硬直する客人とはうって変わって、織莉子とキリカの対応はそれとは対照的だ。

「やはり、織莉子の予知の通りだったね……!」

「ええ……」

 軽く言葉を交わしながら、手にしたソウルジェムから光をほとばしらせる。次の瞬間、織莉子とキリカは魔法少女へと変身を完了していた。

 白いドレスに身を包んだ織莉子、眼帯が印象的な黒い衣装のキリカ。白と黒、あるいは静と動といった対比を、並び立つ二人は醸し出していた。予知魔法と水晶玉で戦う、どちらかと言えばサポート向きな織莉子を後衛、スピードと殺傷力に優れたキリカが前衛という布陣だ。

 マミもほむらと連携して戦いはするものの、両者の間には歴然の実力差があるため、どうしても対等のタッグとは言えない。それに対して織莉子とキリカのコンビは、互いが互いの短所をフォローし、長所を高めあう、理想的な二人組となっている。

 縄張りという習慣のある魔法少女たちにとって、こういった協力関係にある魔法少女というのは極めて珍しい。それが二組も共存しているというのだから、見滝原市という街は魔法少女の視点からすると、非常に特異な場所なのである。

 

 そんな見滝原最強タッグが、たった二人の闖入者を相手にわざわざ変身までして身構えるのは何故だろうか。マミははっと我に返ると、慌てて闖入者のうちの少女の方に駆け寄った。

 

「暁美さんっ! こんなところで何をしているの?!」

「とっ、巴さん?」

 闖入者、暁美ほむらが朦朧とした表情でマミに応答する。どうやらしたたかに頭を打ち付けたようだ。マミはほむらともう一人の少年をかばうようにして、織莉子とキリカの前に立ち塞がった。

「彼女たちは敵ではないわ。私たちと同じ魔法少女よ」

 あくまで毅然とした態度で、後輩を守るマミ。単騎の戦闘力でならキリカすら凌ぐマミではあるが、織莉子も一緒となると話は変わってくる。かなり不利な状況ではあるが、それでもほむらを見捨てることなどできるはずもなかった。

 

「安心しなよ恩人。私たちが変身したのは、そいつらを殺るためじゃないさ。……そいつらの出てきた方を見てごらんよ」

 

 促された方向へ瞳を滑らせると、マミは更なる衝撃に駆られた。

 

「《禁断の森》………?!」

 

 織莉子やキリカ、マミたちの眼前の空間には、先程まで存在していなかった空間の裂け目が開いていた。裂け目の向こうには、薄暗い森が広がっている。

 

「こぉんな分かりやすい結界、アイツら以外にありえないよ。……さぁ、恩人も構えて構えて」

 

 言われるがままに、ソウルジェムを取り出して変身を実行する。一秒未満の感覚を置いて、マミは黄色い衣装に身を包んだ魔法少女へと変身を完了していた。

 

「しまった………! 僕らが出てきた穴をそのまま使って、こっちに攻めてこようっていうのか……?!」

 

 ほむらと共に現れた少年が、乗ってきた赤いバイクを立て直しながら呻くが、しかしそちらを気にする余裕などマミたちにはあるはずもない。

 彼女たちが身構えて数秒、緊張がついにピークへ達した瞬間、空間の裂け目から《森の魔獣》の集団が飛び出した。

 

 

 

「ああぁぁあぁ――――――ッ!!!」

 

 雄叫びと共に、美国邸のバラ園を駆けるキリカ。彼女が突撃と共に繰り出した巨大な鉤爪が、そのまま《森の魔獣》の一体を切り裂いた。キリカ最大の武器であるこの鉤爪にかかれば、いかに頑丈な《森の魔獣》といえども無事では済まないのである。

 

「援護するわ、キリカッ!」

 

 凛とした声音で援護を宣言すると、織莉子の袖口から水晶玉が飛び出した。自陣のど真ん中に飛び込んできたキリカを囲みこもうとする《森の魔獣》たちを、対する織莉子の放った縦横無尽に駆け巡る水晶玉が打ち据える。

 キリカと織莉子のコンビネーションが生み出す爆発力は、《魔獣》はもちろん、《森の魔獣》にも通用する攻撃力の高さを持っていることを証明していた。

 

「負けてられないわね……!」

 

 だが、それは二人が組んでいるからこその話。

 彼女たちのコンビネーションの威力をたった一人で再現することができるのが、この巴マミという魔法少女なのだ。

 空中に呼び出した無数のマスケット銃たちから吐き出される弾丸の雨が、キリカと織莉子が倒しきれなかった《森の魔獣》たちを蜂の巣にしていく。しかも、敵の只中にいるはずのキリカに傷一つ付けず、である。

 威力、スピード、精密性と、どれをとっても一級品。巴マミは、まさに最強の称号に相応しい恐るべき戦闘力を秘めていた。

 

「さすがね、巴マミ………。この判断は、やはり間違ってはいなかったわ」

 圧倒的火力で敵をなぎ払う彼女を見つめながら、小声で呟く織莉子。つい先程までのぽやぽやとしたお嬢様の面影はそこにはなく、代わりに少女らしからぬ影が差していた。

 

 だが、うかうかしてばかりもいられない。

 マミの攻勢がおさまると同時に、裂け目から蒼いカミキリのような《森の魔獣》が三体飛び出してきた。

 

「新手……!」

「織莉子、準備はいいかい?」

「ええ。よくってよ」

 



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究極の一射

《森の魔獣》との間に幾度かの交戦経験を持つ見滝原の魔法少女たちにとって、このカミキリのような個体はさほど強敵という訳では無い。だが、それを三体同時に相手取るのはこれが初めての体験であった。

 

 単純計算にして、一人が一体を倒すことになる。

 だが、丸っこい形状の下級種と思われる《森の魔獣》たちとは違い、上級種らしき強力な個体の持つ戦闘力は並の魔法少女のそれを遥かに凌駕している。それでも相性さえハマれば勝てないというわけではないのだが、なかなかそういった状況に持ち込むことは難しい。

 美国邸の広いバラ園が今回のフィールドであり、環境という一点では広い場所を得意とする魔法少女の性質を考慮すると、一見すると有利に見えるが、それは向こうも同じである。ムチのようにしなる触覚での攻撃を行うカミキリの《森の魔獣》にとっても、このように広い場所というのは戦いやすい場所であった。

 

 

 

 自宅を突き止められ、そこに大挙して刺客が迫ってくる……考えうる限り最悪の事態だ。だがしかし、織莉子はこの襲撃を“敵が意図して行った襲撃ではない”と捉えていた。

 

 状況から推察するに、あの三つ編みの少女と片目が前髪に隠れた少年が、《禁断の森》からなんらかの手段で脱出し、その空間の裂け目が偶然我が家の庭先に出現。図らずして、彼らは《森の魔獣》をこの庭に呼び込んでしまったのだろう。

 

 その仮定から導き出される結論はただ一つ。この襲撃は自分とキリカの所在が露見したことから発生したものでは無い。しかし逆に言えば、ここで《森の魔獣》を撮り逃せば、ここに自分とキリカがいることが判明してしまうということだ。

 敵がこちらを狙う以上、所在を漏らすわけにはいかない。

 勝ち目があるかどうかは置いておくにしても、ここでなんとしても敵を全滅させなくてはならないのだ。

 

「敵が上位種である以上、こちらも全力でいく必要があるわ。キリカさん、速度低下をかけて頂戴!」

「恩人に言われるまでもなくかけているよ!」

 

 呉キリカの固有魔法“速度低下”が、彼女の前方に発動。キリカ自身の高い機動力も相まって、彼我のスピード差はちょっとやそっとでは埋められないモノになる。

 

「そらそらそらそらッ!! あはははははッ!」

 

 壊れた笑い声を上げながら、キリカの爪が目にも止まらぬ速度で飛来し、《森の魔獣》たちを切り刻む。

 だが、上位種の甲殻は、丸っこい個体とは比べ物にならない硬度を持つ。幾度となく繰り返されたキリカの攻撃は、結局敵に致命傷を与えるまでには至らなかった。

 

「ちっちちちち畜生ッ!! いつもいつもいつもいつもいつも硬いんだよコラァ!!」

 

 狂気と破壊衝動を全開にして再度のアタックをキリカが試みるが、結果はやはり同じだ。速度では上回るものの、こちらの攻撃力が敵の甲殻を突破できないという現実は容易には覆らなかった。

 

「キリカさん、交代よ!」

 

 巴マミが名乗りをあげ、キリカは渋々といった面持ちで速度低下を切って後方に退却した。彼女の速度低下は敵味方を問わず発動するので、ソロの時にしか使えないという欠点があるのだ。

 

「悪いけど、一気に決めさせてもらうわよ!」

 

 狂喜乱舞という形容がしっくりくるキリカのそれとは対照的に、マミの戦いは優雅で華麗であった。踊るようにして地面から伸びるリボンが敵に巻きついて拘束し、触角のムチ攻撃を一時的に封じる。

《森の魔獣》のパワーは既に承知しているので、リボンの拘束が成功したとしても足止めできるのはわずか数秒であることをマミは熟知している。その数秒の時間を使って、マミはバラ園の四分の一はあろうかという巨大な大砲を召喚した。

 照準を合わせるまでもなく、大砲の巨大な砲身は《森の魔獣》たちを捉えていた。射角は彼らをなぎ払い、そのまま空へ飛んでいくように魔法で設定されている。必殺の気合を込めて、マミが引き金を引いた。

 

「ティロ・フィナーレ!!!」

 

 掛け声と共に、大砲が巨大なエネルギーを爆発させる。その奔流に、《森の魔獣》はおろか、彼らの現れた空間の裂け目もろとも一気に蒸発した。

 

 

 

 

 マミの攻撃(ティロ・フィナーレ)で抉れた芝生が、西日を受けて赤く揺れている。危機が去ったことを察して、織莉子はほうとため息をついた。

 

「マミさん。芝生って、結構高くつきますのよ?」

「え“」

 

 優雅に佇んでいたマミに、超ド級の攻撃を食らわせる。涙目で振り返ったマミに、織莉子はぞっとするほど美しい微笑みをむけた。

 



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戦い終わって日が暮れて

 薄暗くなったバラ園で、少女四人と共に光実は軍手をはめて庭園を片付けていた。バラの香り漂う中、土や草をいじるのはあまり無い経験であったが、しかし光実は面倒だとは思わなかった。庭が荒れるようになったそもそもの原因は自分にあり、その謝罪の代わりにこうして庭掃除を手伝わせてもらっているのだから、申し訳無いとは思いこそすれ、面倒だなどとは思わない。

 

 ………だがしかし、今日一日であまりに多くのことがあった。

 

 人外の怪物《森の魔獣》との遭遇、そしてそれと戦う《魔法少女》との邂逅。

 そして、謎の森で出会った紫色の鎧武者………。

 

 ――――――疲れた。

 心の声に従って、光実は思考を停止した。庭掃除のおかげで、思いの外無心になれる。連続する非日常に、呉島光実の精神は疲弊しきっていた。賢いとはいっても、彼はまだまだ14歳の少年なのである。

 

 

 ※※※※

 

 

それからの質問攻めは、疲れきっていた光実とほむらを更に精神的に打ちのめした。

せっかく庭仕事で落ち着いたばかりだったというのに…………ほむらと光実はお互い顔を見合わせて嘆息した。

 だがマミたちの疑問ももっともである。二人は自分の知る限りの事柄を、殺気立つ三人の少女に細かく説明した。

 

 何故《禁断の森》の中から現れたのか?

 そっちの男の子は誰なのか?

 男の子が手に持っているアタッシュケースは何なのか?

 

 すべての疑問を完璧に回答し終えたのは、夜の9時を回った頃。さすがに夜も遅くなったからだろう。家族から心配の電話がかかってきたので、ほむらが慌てて携帯電話を握りしめてリビングから退室した。それを合図として、織莉子とキリカも席を外す。

 

「呉島くん」

 

「あ、はい」

 

 向かい側に座るマミが、光実に話しかける。一つ年上の美人な先輩に声をかけられて、光実は内心ドキドキしていた。

 

「怖い思いをさせて、ごめんなさいね。魔法少女でもないのにこんな話に巻き込んでしまって、申し訳なく思っているわ」

 

 下手な富豪なんかよりもよほどお淑やかで優雅じゃないか。

 過去見てきたどの金持ちのマダムよりも淑女らしいマミの物腰に、光実は半ば陶酔するように見とれた。

 

「い、いえ……。でも、こんな恐ろしいことに同じくらいの年頃の女の子たちが身を投じているだなんて、恐ろしいことです。こう言うのは僕自身も悔しいですけれど、14、5歳なんてまだまだ子供じゃないですか。社会的には非保護者の立場です。それがこんな命を賭けて戦うだなんて……」

 

「漫画や映画なら、それもいいんでしょうけどね。本当なら私だって暁美さんだって、こんな風に戦いなんてしたくないわ。普通に学校生活をおくることができればどれだけいいか……なんて、考えることもたくさんありますもの。でも呉島くん。魔法少女にも、戦いに赴くようになったそれなりの理由があるのよ。心配してくれるのはとても嬉しいのだけれど、どうかそのへんで抑えて頂戴」

 

 光実は己の失言を悟り、思わずあっと声を漏らした。哀しげな顔で、マミがこちらを見つめている。

 彼女の覚悟を汚すような発言をしてしまったことを恥じて、光実は消え入りそうに小さな声で謝罪した。

 

「あなたが謝ることなんて無いのよ。そんな風に私たちのことを言ってくれるのはあなただけだから……」

 

 慌てた様子でマミが言葉を付け足す。真実、彼女の言葉は感謝に満ちていた。だがしかし、光実の言葉に寂しさや悲しみを覚えたのもまた、否定できない。魔法少女という、根本的に歪んだシステムの上で生きているマミにとって、光実の言葉はあまりに正論過ぎたのである。

 

「………あの、巴先輩」

 

 数秒前までとは異なる顔つきになった光実が、マミに向き直る。その瞳は、ほむらと出会う以前の濁った色では無い。強く、そして若い心の光に澄んでいた。

 

「暁美さんに、僕は何度も助けてもらいました。確かに僕は貴女の言う通り、魔法少女には何の関係もない部外者です。ですがそれでも、僕は貴女たちの戦いに関わりたい、手伝いたいんです。それが、僕を命懸けで守り抜いてくれた暁美さんへの恩返しになるはずだから……!」

 

「呉島くん……」

 

 少年の決意は固まった。

 人の暖かさを教えてくれたあの少女のために。

 この世の呪いと戦い続ける、魔法少女のために。

 

「戦います、僕。あんな奴らのために、これ以上暁美さんの涙を見たくない。魔法少女のみんなにも、笑顔でいて欲しいんです」

 



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影の魔法少女

「巴マミ……。やはり彼女は恐るべき魔法少女だわ」

 

 リビングから一時退室すると、織莉子は顎に手をやってシンキングポーズをとった。悩ましげな美少女の横顔にたまらず飛びつきたくなるキリカだが、ここはぐっとこらえる。本能の胎動をなんとか抑えると、キリカは代わりに理性を働かせることにした。

 

「あの赤いバイクに乗ったカップルが《禁断の森》からここのバラ園に飛び出し、彼らを追って《森の魔獣》が襲来。彼ら共々私と織莉子も《森の魔獣》の餌食になる…………その予知を回避できたのは、“魔法少女、ないしはその関係者との繋がりを断絶する”という方針を曲げて、恩人を招き入れたからだ。私たちだけではどうにもできなかったあの未来が、恩人が一人介入しただけで変わってしまった………。織莉子の言葉通り、恩人は恐ろしく強い」

 

「魔法少女関係者との交流を絶ったのは、《森》側からの追跡を逃れるため……。いったいどんな手段でこちらをモニターしているのかは分からないけれど、少なくとも私とキリカが魔法少女であることは、“まだ”敵に漏洩していないわ」

 

「そうだといいけど……。でも織莉子、この前《魔獣》狩りに出かけた時に私が《森の魔獣》に出くわしてしまったあの一件……アレは、本当にいいの?」

 

 心配そうな表情で訪ねてくるキリカに、織莉子は柔和な微笑みを以て応えた。

 

「安心してキリカ。貴女が前に《森の魔獣》と戦ったのは、《魔獣》の結界内での話でしょう? おそらく、こちら側に出てきたところを《魔獣》の結界に囚われていたのよ。つまり貴女とその不幸な《森の魔獣》との接敵は――――」

 

「偶然……?」

 

 あっけにとられた表情のキリカに、織莉子は首を縦に振って肯定を示した。

 

「私たちは運がいい。《魔獣結界》の一件と、今回の一件……私たちはその存在を敵に知られることなく、逆に敵に関する情報を得られたのですもの」

 

 必要に迫られなければ魔法少女活動を行わない織莉子とキリカは、未だ《禁断の森》の奥にいる“何者か”に魔法少女として認識されていない。巴マミとその後輩が囮となっている限り、その影に隠れて動くことができるというわけだ。

 

「これで“《グリーフキューブ》の処分”にまつわる問題は解決したね。使用済みの《グリーフキューブ》は、恩人たちに頼んで《禁断の森》に投棄してもらえばいい。《森》にノコノコ捨てに行ったりしたら、こちらの正体が露見してしまう」

 

「そうと決まれば、巴マミの郵便番号を訪ねておかないと。郵送なら、彼女と直接コンタクトをとる必要はないものね。………あと、稼いだ《グリーフキューブ》のストックがあれば、なんとか譲ってもらいましょう。私たちは今後、穴熊を決め込むのだから、ね」

 

「ちょっと待って、確かに今回の襲撃は事故だったけれど、恩人を家に招いてしまったことで私たちのことがバレるんじゃないかい?」

 

「――確かに、巴マミを一時的とはいえこうして家に入れてしまったのは失策かもしれない。けれど、おそらく現在、巴マミに監視はついていないわ」

 

「それまたどうして」

 

「時系列を思い出してみなさいキリカ。今日この事故が起こる以前に、こことはまったく別の場所で《森の魔獣》による襲撃が発生しているわ」

 

「暁美ほむら……! なるほど、監視は暁美ほむらについていた。しかし暁美ほむらが《禁断の森》に逃げ込んでしまったため、監視は断念され、そればかりか監視者は今もなお、監視対象を見失っている……。でも織莉子、そう仮定すると、監視者は一人だけということになるよ」

 

「私たちの敵は、確かに悪辣で周到だけれど、積極性に欠けるわ。計画的に人気のない場所で私たちを襲ってくるけれど、自宅にまでは攻めてこない。というかそもそも、人の目を気にしているという時点で、敵は“私たち魔法少女の抹殺”だけが目的では無いと推察されるわ」

 

「何か他に目的があるから、隠密行動に徹していると?」

 

「そう。そして慎重にコトを進めるため、彼らは一度に複数箇所で魔法少女を襲撃したりはしないわ。衆目に触れる危険性をわざわざ高めるような真似はしない。私が魔法少女を隠密に仕留めようとするなら、その方法をとるわ」

 

「一度に起こる襲撃は一件だけ。だから監視者は一人だけ、と……。織莉子にしては、少なからず楽観的じゃないかい? 魔法少女一人につき監視がついていて、連絡を取り合っている可能性は無いのかな。あ、私と織莉子を除いて、だけど」

 

「巴マミが、長期間の監視に気がつかないと思う?」

 

「ははっ………ありえないね。しかし、そうなると厄介だよ。敵の監視者は、つきっきりの監視をしなくとも、暁美ほむらと恩人のおおまかな所在を知ることができているということになる。そうでなくちゃ、監視したりしなかったりするなんて無理だ」

 

「けどそれを逆に言えば、監視者は襲撃の際にはターゲットに接近しなくてはならないなんらかの理由があるということよ。大まかな所在が割れているのに、わざわざその現場に行っていることになるわ」

 

「ん? こんがらがるなぁ。監視者はいつでも恩人と暁美ほむらの所在を把握しているけど、いざ襲撃になると彼女たちの近くに現れていると? 近くに現れる意味が不明だよ」

 

「いつでも所在を把握、というのは違うわ。もしそうだとしたら、監視者は私たちのことも察知しているものの」

 

「私たちのことが敵にバレていない根拠は?」

 

「さっきの襲撃がそれよ。確かに我が家の庭は外から見えないけれど、それでも周囲に人が誰も住んでいないわけではないわ。衆目を逃れることを考えたら、ここを襲撃ポイントにするのはあまりに非効率よ。つまりこの襲撃は、敵にとっても予想外の事故。したがって私たちが魔法少女であることは、まだ敵にバレてはいないのよ」

 

「なるほど……。このアドバンテージは有効活用したいね。今後もバレないようにいこう」

 

「ええ、もちろんよキリカ。しばらく《魔獣》狩りはおやすみね」

 

“魔法少女への接触はなるべく絶っていく”という方針に変わりは無い。美国織莉子と呉キリカ一派は、見滝原の影の魔法少女として今後も活動していくことを決定した。

 

「ただ、もう一つ問題というか、懸念というか……ひっかかるんだよ。織莉子」

 

「?」

 

 不意に症状を曇らせ、呉キリカは織莉子から視線を背後のリビングにつながるドアへと向けた。

 

「呉島光実くんさ。彼は、暁美ほむらのとばっちりを受けただけみたいだけれど、彼は魔法少女とは異なる立場にありながら、この件に深く関わりすぎているよ。しかも、あの《森》とこの世界を行き来できるバイクなんかも手に入れてしまっている。…………取り上げておいた方がいいんじゃないかな?」

 

「あらキリカ、穏やかじゃないわね……。でも大丈夫よ。彼だって、状況が分からない訳では無いと思うわ。話してみた限り、結構賢そうな男の子だったし。それに……」

 

「あーーー! 織莉子は私よりアイツの方がいいの?! おのれ呉島光実、ゆ”る”さ”ん”!」

 

「そっ、そんなことないわよキリカ! 私はいつだって貴女一筋よ? 一度だって裏切ったことがあって?」

 

 駄々っ子のように地団駄を踏むキリカを、手馴れた手つきでよしよしとあやす。…………魔法少女の宿命さえなければ、幼稚園か保育園で働く未来があったかもしれない。

 

 

 ――――――なんて、無意味な妄想。

 

 

 すっかり遠ざかってしまった人並みの幸せに背を向け、織莉子は切り替わりかけたスイッチを再びもとに戻した。

 先程言いかけた言葉を口にして、自分を“魔法少女・美国織莉子”に定着させる。

 

「………それに、うまくいけば《森の魔獣》に対抗する手立てが見つかるかもしれないわ。彼の持ち帰った《森》の遺物はきっと、この先の戦いの鍵になる」

 

 

 ※※※※

 

 

 どんなに暗い夜だとしても、月と星は必ず瞬いている。

 

 どんなに長い夜だとしても、いつかは必ず陽は昇る。

 

 美国織莉子、呉キリカ、巴マミ、暁美ほむら、呉島光実。

 

 五人の少年少女たちの、《森》の侵略への挑戦が始まった。

 




 第二話【狙いと想い】終了です。

 続く第三話は、この五人から少し距離を置いた視点から始まります。

 ご期待ください。


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【断章】
人物紹介


【開幕】から【第二話】までの登場人物をまとめました。

 本文中で紹介しきれなかった点につきましては、こちらにて紹介させていただきます。

 物語が進むにつれて、随時こういった整理の回を設けていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 なお、本小説は独自解釈、独自設定のオンパレードです。ご注意ください。


●呉島光実【出典:仮面ライダー鎧武】

 

『魔獣の世界』の人間。《鎧武》本編に登場する光実とは特に因果関係は存在しない。

 とある出来事から他人を信じるということができなくなっており、一方ではそんな“他人に頼らない自分”に酔っているところもある。

 優れた思考力を持ち、物事の飲み込みが早い。また、先述のとある出来事を皮切りに今いるこの世界に対する不満を抱えるようになっており、魔法少女たちの残酷な世界に対して同情と憤りを覚えつつも、そこに参加することで自分の周りの世界を変えたがってもいる。

 非日常に身を置くことで退屈で窮屈な日常から逃れようとしている、という本音を抱えてはいるものの、魔法少女への同情心もまた本心である。特に初めて出会った魔法少女である暁美ほむらに対する感情は強く、弱いながらも懸命に戦う彼女の力になりたいと思っている。

 自分の世界を変えるため、そして暁美ほむらを守るため、呉島光実は戦う決意をしたのだ。

 

 

 

●暁美ほむら【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。心臓の病気で長期間入院していたこともあって、周囲に対する引け目のようなものは人一倍強い。しかし野良猫のエイミーを救うために魔法少女となってからは、師であるマミの指導のもと、人々のために戦い続けている。

 とはいえ、本人に世のため人のためというつもりはあまりなく、魔法少女としての日々は“自分は何の役にも立たない”という考えから脱却するための手段でもある。だが自分の価値を、外付けの力―――魔法少女であることに預けてしまっている自身の危うさに、本人はまだ気がついていない。

 エイミーを通じて知り合った光実に好意を寄せており、自らのうちに芽生えた新たな感情に戸惑う日々を過ごしている。

 

 

 

●巴マミ【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。見滝原市を縄張りに持ち、圧倒的な戦闘力で街を護っているベテラン魔法少女。自己中心的思考に陥りやすい魔法少女の中でも珍しく、他人のための戦う正義の魔法少女として活動している。年相応に精神的な脆さもあるが、そんな弱々しい自分を封じ込めて戦うことのできる強い心を持っている。

 だが、最近はまだまだ魔法少女として頼りないほむらを指導する一方、これまで孤独に耐えてきた反動で彼女に依存してしまっているきらいがある。長すぎた孤独とそこからの解放が、彼女から以前の精細さを失わせているとも知らず……。

これは余談ではあるが、《禁断の森》、《森の魔獣》といった固有名詞は彼女が考え出したものである。

「一生懸命考えたの! 中二病とか言わないでくれません?!」

 とは本人の弁である。

 

 

 

●美樹さやか【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。ほむらの数少ない友人の一人で、クラスの盛り上げ担当。普段は明るく能天気な性格であるのだが、想い人である上條恭介の絶望を支えられない自分と、彼を追い込んだ不条理の数々に、内心では酷く打ちのめされている。

 本来であればこの時点でキュウべぇによって恭介の腕の治療と引き換えに魔法少女になっていたはずだが、キュウべぇの不在によって契約は達成されていない。それどころか魔法少女の存在すら知らないため、今のところは完全に蚊帳の外である。

 

 

 

●志筑仁美【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。暁美ほむらの数少ない友人の一人。見滝原有数の名家のお嬢様であり、多くの習い事を掛け持ちでこなす多忙な日々をおくっている。美貌と性格、そのどちらも浮世離れしたところがあり、それゆえ異性には人気だが同性からのウケはイマイチである。

 さやか、ほむらと一緒にいることが多く、天然ボケを炸裂させてはしょっちゅうさやかに突っ込まれている。ちなみに、ほむらはオールラウンダーなのでボケにもツッコミにもなりうる。

 実は恋に悩む乙女なところもあり、とある少年に密かな想いを寄せている。

 

 

 

●凰蓮・ピエール・アルフォンゾ【出典:仮面ライダー鎧武】

 

『魔獣の世界』出身。圧倒的な存在感と“本物”な実力でスイーツ業界を激震させている著名人。彼の逞しい肉体からは想像もつかない程の繊細な洋菓子の数々は、誰であろうと魅了すること間違い無しである。

《鎧武》本編よりも二年早く帰国しており、また沢芽市ではなく見滝原市に店舗を構えているといった差異が見受けられるが、本人の人となりには特に《鎧武》本編と変わるところは無い。

 

 

 

●上條恭介【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。美樹さやかの想い人。天才ヴァイオリニストとしての名声を欲しいままにする、14歳の若すぎる天才。しかし、不慮の事故で腕を負傷。一時は回復を目指してリハビリに勤しんでいたが、とうとうヴァイオリンの演奏は不可能であるという事実を突きつけられ、絶望してしまった。

 

 

 

●葛葉紘汰【出典:仮面ライダー鎧武】

 

『鎧武の世界』に住んでいた、《黄金の果実》を持った《オーバーロード・インベス》。円環の女神による召喚に応じて次元の壁を超えてやって来た、人の心を持った神である。

 全能の力《黄金の果実》を持ち、一度刃を振るえば一面を焦土と変える、無双の武神。しかしもとは人間であり、それどころかアルバイトを転々とするフリーターですらあった。それがどうしてこのような神域に達してしまったのか………その真実は、彼の時折見せる哀しげな笑みに隠されているのかもしれない。

 なお、《禁断の森》で宿敵と対決した後、彼の消息は不明のままである。

 

 

 

●円環の理(鹿目まどか)【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』を司る女神。魔法少女の希望を守り、宇宙の法則――《円環の理》となった少女の成れの果て。現象に過ぎなくなった彼女ではあるが、かつての自分をそっくり再現したアバター『鹿目まどか』を遣わすことによって世界への干渉を可能にしている。そもそもの階梯の異なる地球人類はおろか、高次元生命体である《インキュベーター》や《オーバーロード・インベス》ですら彼女をアバターを介さずに認識するのは不可能である。

 紘汰が認識していたのはあくまでも彼女本人では無く、“彼女がもし人間だったら”の再現である『鹿目まどか』というアバターであり、そもそも本人に“人格”などという低次元な概念は存在していない。《円環の理》という概念の体現者であるがゆえに、『鹿目まどか』は真実“女神”なのである。

 現在、円環の理のアバター『鹿目まどか』は、葛葉紘汰と駆紋戒斗の激戦に巻き込まれ、《禁断の森》内で消息を絶っている。

 

 

 

●駆紋戒斗【出典:仮面ライダー鎧武】

 

『バロンの世界』を統べる神。マミたちが《禁断の森》と呼称する異世界を統べる、葛葉紘汰と同じ《オーバーロード・インベス》。全能の力《黄金の果実》を持っており、その恐るべき力は本気を出せば世界を七日足らずで滅ぼせるほど。

 彼も葛葉紘汰と同じく、もとは人間であったが、何故このような神域に達したのかは定かではない。

 紘汰とは同じ世界の出身であるにも関わらず、しかし互いの存在は互いの認識と激しく矛盾しあっている。お互いの存在を許容できない以上、二人の激突はもはや必然であった。

 なお、《禁断の森》で宿敵と対決したあと、彼の消息は不明のままである。

 

 

 

●美国織莉子【出典:魔法少女おりこ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。予知の魔法を操る魔法少女。不正議員としてこの世を去った父の影響で周囲から酷いバッシングを受け、『父の付属品ではない本当の自分』を求めるようになり、キュウべぇと契約を取り交わして魔法少女となった。

 圧倒的威圧感と類まれな頭脳を持ち、凡夫を寄せ付けぬ孤高の魔法少女として、マミとは違った意味で魔法少女界隈に名を轟かせている。

 ただ一人心を許した相棒である呉キリカを伴い、二人一組で活動している。

 正体不明の敵の存在をいち早く察知し、他の魔法少女を取りまとめて事態の究明を目指している。

 しかし内面では、本来持っているはずの少女らしい性格を育ってきた環境や己の才能によって食い潰されており、それらのギャップに密かに苦しんでいる。

 

 

 

●呉キリカ【出典:魔法少女おりこ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。美国織莉子の従者にして、彼女の唯一の理解者。互いが互いに依存し合っており、どちらが主であるかなどというのは、もはや二人の間では瑣末なことでしかない。

 精神的に壊れており、良心というものをおよそ持ち合わせていない後天的異常者。彼女の狂った/それゆえに何よりも純粋な愛は、織莉子一人にしか向けられていない。

 また、過去に織莉子からもらったキーホルダーを拾ってもらった縁から、巴マミを“恩人”と呼んでいる。

 魔法少女としての戦闘力は極めて高いものの、本人の猪突猛進な壊れた性格から、一度不利に転じてしまうと、そのまま敗れてしまうことが多い。織莉子のサポートがあって初めて一人前と言えるだろう。………戦闘時だけでなく、私生活においても、だ。

 

 

 

●キュウべぇ【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』に住まう地球外生命体。正式名称《インキュベーター》。

 宇宙の延命を成すべく、エネルギー回収のために地球にやって来た高次元生命体であり、魔法少女というシステムを地球人類にもたらし、世界を呪う《魔獣》との戦いに駆り立てた。その価値観はヒトとは決して相容れないが、彼ら無くして人類の発展は無かったと言っても過言ではない。

 なお、《禁断の森》による侵略が始まったタイミングに前後して、彼らはこの星から姿を消してしまっている。

 ――――――、またこれは余談ではあるが、葛葉紘汰のいた『鎧武の世界』、およびそれの近似値である『バロンの世界』はかつて、《ヘルヘイムの森》という《インキュベーター》とは異なる存在によってその進化を促されていたという。

 



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出典紹介

 この小説に登場するキャラクターたちの出典をまとめました。



【魔法少女まどか☆マギカ】

 

 虚淵玄先生の出世作とも言うべき大ヒットアニメ。平凡な少女である鹿目まどかと個性的な魔法少女たちが織り成す、まさに“新時代の魔法少女物語”とも言える作品。

 その人気ぶりは凄まじく、【おりこ☆マギカ】や【かずみ☆マギカ】といったスピンオフシリーズをはじめとしたあらゆるメディアへと進出している。その人気ぶり、話題性は、【宇宙戦艦ヤマト】【機動戦士ガンダム】【新世紀エヴァンゲリオン】に連なるアニメ界の革命とさえ専門家のあいだでは囁かれるほど。

 そしてその人気はとどまるところを知らず、総集編の【[前編] 始まりの物語】と【[後編] 永遠の物語】がそれぞれ2012年10月6日(前編)、10 月13日(後編)に劇場公開され、とうとう完全新作劇場版である【[新編]叛逆の物語】が2013年10月26日に公開された。

 

 なお、この小説は劇場版である【後編 永遠の物語】と、【新編 叛逆の物語】を繋ぐミッシングリンク………を妄想した二次創作である。

 

 

 

【魔法少女おりこ☆マギカ】

 

 先述の【まどか☆マギカ】のスピンオフコミックの一つ(これらは俗に、《マギカシリーズ》とも呼ばれている)。暁美ほむらの繰り返した時間軸の中の一つを舞台としており、魔法少女を狙った殺人事件“魔法少女狩り”が物語の中心となっている。全2巻と短めなストーリーではあるものの、詰め込まれた要素はどれも強烈で、まるで長編小説を読み終わったかの如き読後感を味わうことができるだろう。

 作者であるムラ黒江先生の独特なタッチは蒼樹うめ先生のキャラクターデザインに慣れ親しんだファンには少々奇抜に映るやもしれぬが、それを差し引いても全く問題ないストーリー性を持っているため、【まどか】ファンなら一度は読んでみることを推奨する。

 また、近年になり外伝作品が執筆され、主人公2人のキャラクターが掘り下げられたこと、映画「叛逆の物語」の描写と近似した部分が少なくないことから(外伝の連載は続いているが)完結から二年以上経って再び評価された作品でもある。

 

 

 

【仮面ライダー鎧武】

 

 2013年に放送が開始された、平成仮面ライダーシリーズ第15作目の子供向け特撮番組。

 2009年に放送され大ヒットした【仮面ライダーW】以降、安定した作風の続いた“平成ライダー第二期”の流れに逆らうかのような挑戦がたくさん為された、まさに“異色作”といった作品。そしてこの作品において最も話題になったのが、脚本に抜擢された虚淵先生の存在だろう。

 平成ライダー第一期のシリアスな物語展開の復刻を目指しながら、しかし同時に【仮面ライダー】の新たな可能性も切り拓いた、あらゆる意味で特別な作品である。

 2015年現在もスピンオフシリーズの【鎧武外伝】が続々と制作されており、後番の【仮面ライダードライブ】にも負けない存在感を放っている。

 



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【第三話 始動、鎧武】
悩める乙女


《禁断の森》の奥に潜むまだ見ぬ“敵”への反撃に出るべく、同じ見滝原の魔法少女である巴マミ、暁美ほむらと盟約を取り結び、さらには《森》の遺物を持ち帰った呉島光実を仲間に引き入れた美国織莉子と呉キリカ。

 五人の少年少女の戦いが水面下で開始された頃、魔法少女になりそこねた“あの少女”の運命が動き出そうとしていた……。


「今日はみなさんに大事なお話があります、心して聞くように!」

 

 暁美ほむらが転校してきた数日前と似たようなフレーズのセリフが、朝の教室内を震わせる。教鞭を振るいながら力説しているのは、果たして早乙女和子女史であった。職業は中学校教諭、年齢は34歳。独身である。

 

「男女二人きりで観戦するスポーツといえば、球技ですか? それとも格闘技ですか? はい中沢くん!」

 

「えと……どっちでも楽しいんじゃないかと」

 

「その通り! ちょぉ~っと高圧電流有刺鉄線デスマッチで盛り上がったからといって女の魅力が下がると思ったら大間違いです! うー!」

 

 血みどろのレスラーたちの白熱バトルに思わず我を忘れて発狂した昨夜の自分を省みることなく、早乙女女史が唸り声を上げる。

 怨念に満ちた彼女の声と姿は、生徒たちにはヒールレスラーよりも恐ろしく思えた。

 

「女子のみなさんは、多少の暴力性にも拒否反応を示すヘタレ草食男子とは交際しないように! そして男子のみなさんは、パートナーの趣味に文句を絶対に言わないこと!」

 

「また駄目だったか……ってか、前の彼から全然時間経ってないよね」

 

「それだけ先生も焦っているのでしょう。気になる人には片っ端からアタックしているんでしょうね。きっと、まだまだ候補の男性がいらっしゃると思いますわよ」

 

「仁美、アンタ発想が黒いわ……」

 

 苦笑いを浮かべるさやかに、きょとんとした顔を向ける仁美。恐ろしい想像ではあるが、それだけに真実味を帯びていた。

 仁美のコメントに恐々としたものを感じつつ、前に向き直るさやかだったが、眼前で荒れ狂う担任教師を見ていると、別の感情が湧いてきた。

 

「気になる人に片っ端からアタック、か……」

 

 それほど身軽になれたら、どれだけ楽だろうか。

 

 病室での一件以来、結局一度も会えないままの想い人を想起する。

 

 あらかた動けるようにはなっているらしいが、それでも指の回復は絶望的らしい。

 

 ヴァイオリンが弾けなくても、貴方には十分価値がある。

 

 その一言を言い出せないまま、結局お見舞いにも行けない。

 

 表面上では元気を取り繕ってはいるものの、美樹さやかの精神は既にズタズタであった。

 

 

 ※※※※

 

 

 何日か前から、ほむらが三年生の美人な先輩によくなついていることは、さやかも仁美も知っていた。巴マミというらしいその先輩との面識は特に無かったが、噂だけなら知っている。女子特有の情報伝達の早さには、目を見張るものがある。

 

 成績優秀にしてスポーツ万能。年齢の割に落ち着いた性格で、見滝原の中でも特に異性からの人気が高い。しかし部活には参加しておらず、それどころかクラスでもそれらしい交友関係を持たない、ミステリアスな一面もある。

 

 巴マミの風聞を信用するならば、暁美ほむらとの交流は彼女らしからぬ行為であるといえる。気になってほむらに事情を何度か問いただしたものの、そういった場合は決まって光実が割り込んできてしまう。

 

 そう……呉島光実。美人の先輩と仲良くなるだけならばまだ許せるが、あの美少年とも仲がいいというのは由々しき問題である。というか、こっちが恋に苦しんでいる真っ最中だというのに、目の前で遺憾なくリア充ぶりを発揮してくるのは如何なものであろうか。

 

「…………まぁ、まだ付き合ってはいないらしいからギリギリ許すけど……でも付き合ってもいない男女があそこまでイチャコラしますかね普通?…………」

 

 ぶつぶつと独り言を呻きながら、帰り道をトボトボ歩くさやかの姿は、もはや異様ですらあった。

 

 仁美は今日も習い事、ほむらはほむらで光実たちと一緒だ。

 とはいえ、彼女たちが仮に一緒に帰ることをこちらに提案してきても、今のさやかの精神状態はそれを了承できるほど健康的ではない。カラ元気もそろそろ品切れ。いい加減、疲れてきてしまったのだ。

 

「はぁ……。あたし、どうすればいいんだろ……」

 

 見るからに心労の重なった顔で、気だるくため息を漏らす。もはや明日からも引き続き学校に行く気力すら、今の彼女には残されていなかった。

 

「…………ん?」

 

 ふと、なんの気なしに顔を上げると、さやかの虹彩に奇妙な光景が飛び込んできた。

 

「あれって……巴先輩、かな。それに……ほむら?」

 

 川を挟んだ向こう側の商店街に、並んで歩く二人の姿を捉えた。遠目でははっきり見えないが、楽しくショッピングというわけでもなさそうである。どことなく、二人の姿にはぎこちないものが感じられた。

 

「なんだあれ……まぁ、いいか。……あたしには関係ないし、ね……」

 

 仲睦まじく語らう二人に割って入るのも、野暮というものであろう。そんなガラでもない気遣いをしつつ立ち去ろうとするさやかであったが、視界の端に捉えた“ソレ”に、思わず再び振り返った。

 

「アレは………中沢ぁ?!」

 

 商店街を歩くマミとほむら。その背後から、クラスメイトの中沢少年が不審な挙動で忍び寄っていた。

 




【第二話】は【第一話】とほとんど同時進行でしたが、この【第三話】は【第二話】よりも少しだけ時間が経っています。

 群像劇という複雑な構成ですが、どうか最後までお付き合い頂ければと思います。


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好奇心と猜疑心

 中沢。

 

 何故かいつも苗字しか思い出せないが、あの後ろ姿は間違いなくクラスメイトの中沢だ。

 

 想い人である上條恭介と親交があるという点でも、さやかにとって知らない人物ではなかった。

 

「ストーカーとか……。これはちょっと見過ごせないよね」

 

 そもそもストーキング中である確証も、その対象がほむらとマミである証拠も無いのだが、さやかの中で中沢は哀れにも完全にストーカーとして認定されていた。自分の知っている人物だけがピックアップされて見えてしまうというのは、さやかに限らず人間の習性である。その点を考慮に入れても、さやかのそれは少々思い込みが激しいと言わざるを得ないが。

 

 しかし判断の内容に少々の難はあるものの、その後すぐさま行動に移ることができるのは彼女の立派な長所である。

 

 最近の陰鬱とした気分を振り払うように、駆け足で橋を渡って商店街に向かう。舗装された地面をローファーがコツコツと叩く音をリズミカルに響かせて、容疑者のもとへ一気に接近した。

 

「コラァ中沢!」

 

「ヒィッ?!」

 

 背後から突然怒鳴りつけられて、中沢少年が怯えたようにすくみ上がる。恐る恐る振り向くと、背後にはしかめっ面のクラスメイトが腰に手を当ててこちらを睨みつけていた。

 

「み、美樹かよ。脅かすなよな」

 

「驚いたのはこっちよ。あんた、まさかストーカーに身を落とすとは……」

 

 やれやれと額に手をやりながら呆れるさやかに、中沢はギクリとした表情を浮かべて戦慄した。

 

「スッ、ストーッ…………?!」

 

「なによ、陸に上がった魚みたいにパクパクしちゃってさ」

 

 ジリジリと追い詰められ、涙目になる中沢。周囲の人々がチラチラと向けてくる同情や奇異の視線が、なおさらに辛い。さっきまで子供たちに風船を配り歩いていた見滝原市公式キャラクターである《ころぶー》の着ぐるみすらも、こちらを見ている。

 

「どっどうしてバレ、いや違う、その、あーっと……」

 

「ホラホラ白状なさい。正義の味方であるこのさやかちゃんに、嘘ごまかしは通用しませんっ」

 

 どうやら、もう逃げ場は無いらしい。むんと胸を張る自称正義の味方(さやかちゃん)に、中沢は全てを正直に白状することにした。

 

「ス、ストーキング中です……ごめんなさい」

 

 哀れにも項垂れる中沢の眼前で携帯を取り出すと、さやかは無言で操作を開始した。

 

「ちょ、やめて! 通報しないでよ!」

 

「うっさいわね、変態」

 

「変態じゃないよ! 仮に変態だとしても、変態という名の紳士だよ!」

 

 衆目すら厭わず、膝を折り地に手をついて懇願する中沢にさすがに哀れみを覚えたのか、さやかは携帯の操作を打ち切ってポケットの中にしまいこんだ。

 

「まぁ、さすがに通報は冗談だけど……で、どっちなのよ」

 

 ここからおよそ20メートルほどの地点で店頭商品を物色するマミとほむらに視線を向けつつ、中沢に問いかける。ここから先は、正義感ではなくさやか個人の好奇心であった。

 

「へ? どっちって……そりゃ巴先輩は美人だし、暁美もそこそこ可愛いけど……」

 

「だから、どっちなのよ?!」

 

 はっきりとしない中沢の態度にフラストレーションを募らせつつ、胸ぐらを掴んで顔を近づけながら脅しかける。

 

「ど、どっちでもねぇよ! あと離してくれ、人が見てるっ!」

 

 もはや泣き声の域である中沢の懇願に、我に返って周囲を見渡す。午後四時の商店街は、さすがに人が多い。先程までの己を省みて、さやかは急に恥ずかしくなった。

 

「うぐっ……ごめん」

 

 ぐぬぬと唸り声を漏らしながら、中沢の胸ぐらから手を離す。考えなしで突っ走る彼女の性格は、女子というより少年漫画の主人公だな、と中沢は思った。

 

「俺が追っかけてたのはあの二人じゃなくてあっち。あのお姉さんだよ」

 

「どれどれ……って、え?! あの人?!」

 

 マミとほむらのどちらかを予想していたさやかにとって、中沢の示した先に佇む女性の姿はあまりにも意外であった。

 

「外国人ッ?! し、しかも巨乳だッ……!」

 

 十月現在の気温の中では少し開放的すぎる露出度の高い衣装、高く結われた赤い髪と、商店街の奥様たちの中で一層際立っている。顔はこちらから見えないが、きっと美人に違いないとさやかは感じた。

 

「中沢、あんたも凄い人に惚れたね……」

 

 

 ※※※※

 

 

「……どうやら、中沢くんはシロのようだね」

 

「思わぬ乱入があったけれど…………まぁ結果オーライかな?」

 

 さやかと中沢のいる地点からほど近い場所で、新聞で身を隠しつつ様子を伺うひと組の男女が言葉をかわす。

 

 果たして、呉島光実と呉キリカである。

 

『それは良かったとしても、あなたたちのその格好はどうにかならないかしら? もし私が監視者の立場だったら、絶対にあなたたちを警戒するわよ』

 

 ヘッドセット越しに、織莉子の呆れたような声が光実たちの耳朶を震わせる。

 

「馬鹿な、僕たちの変装のどこがおかしいっていうんです……?」

 

「ミッチの言う通りだよ織莉子。さすがにこれ以上の変装は思いつかないな。

 

 ハンチング帽、サングラス、紙マスク、そして広げた新聞と、いかにも古風な追跡衣装に身を包んだ二人が首を傾げる。その表情には、織莉子が何を言っているのか分からない、という疑問符が浮かんでいた。

 

『はぁ……呉島くんはこっち側の人だと思っていたのに……』

 

《ころぶー》の着ぐるみの中で、織莉子はやれやれとため息をついた。

 

 



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オケアノスから来た女

 やれやれとため息をつくと、さやかは中沢に対して虫を見るような目を向けた。

 

「だいたい、ストーカーっていうのがまず男らしくないわよね。男ならガツンと一発、『僕とお茶しませんか』くらい言いなさいよ」

 

 だらしないわね、と一言付け加えるさやかに、中沢は信じられないといった表情を向けた。これだからデリカシーの無い女は……!

 

「なっ……! 無理に決まってるだろ! 相手は年上で、何より外国人なんだぞ?! それにな、ガツンと一発なんてお前が言えるセリフかよ?! みんな知ってるんだからな、毎日毎日、飽きもしないで甲斐甲斐しく病院に……」

 

「わーーーーーー! わーーーーーーーー!! キーコーエーナーイー!」」

 

 中沢の口を無理やり塞いで、それ以上の発言をストップさせる。さやかの顔は、まるで先程までサウナにでも入っていたかのように朱が差していた。

 

「もごごっ、はなっ、はなしっ! いきが、できっ」

 

 マウントポジションで口を塞がれ、今にも窒息しそうな中沢。彼の脳裏には、これまでの日々の記憶が凄まじいスピードでスライドショーのように流れていった。

 

「そのへんにしときな。これ以上はおふざけじゃ済まなくなるよ」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 凛とした声が頭上から聞こえてきたかと思うと、さやかは猫のように首根っこを掴まれて持ち上げられていた。

 

「ぶはっ……あ、あなたは!」

 

 むせる中沢の虹彩に飛び込んできたのは、あの赤髪の外国人女性だった。気の強そうなその顔は、まさに《頼れる姉》といった感じであろうか。ここまでの至近距離で見たのは初めてであったが、想像以上に美人な顔立ちに、中沢はある意味意識が遠のきかけた。

 

「おいおいっ、 大丈夫かよっ!」

 

「こ、今度はあたしが苦じい……」

 

 

 ※※※※

 

 

 最寄りのファーストフード店に移動しておよそ数分。やっと呼吸が落ち着いてきたところで、中沢は思い切って向かい側に座る赤髪の外国人女性に話しかけた。

 

「ごっ………ご趣味は……?」

 

「お見合いかよ! ああごめんなさい、コイツあがり症なもので。あ、こっちは中沢で、私は美樹さやかです。あやうく殺人犯になりかけてたところを助けていただいて、どうもありがとうございましたっ」

 

 鋭いツッコミから間髪いれず、その流れから自己紹介。さやかの対人スキルは、人見知りしがちな中沢にとっては神の域にすら等しかった。

 

「こっちの子にしては、随分明るい子だね。私はベローズ。よろしくね。サヤカ、ナカザワ」

 

 露出の高い衣装と気の強そうな顔立ちとは裏腹に、ベローズの落ち着いた受け答えは《知性と良識を併せ持った常識人》という印象をさやかと中沢に与えた。

 

「ベローズさんって、なんだか潮の香りがしますよね。海のある国から来たんですか?」

 

 同性とはいえ、いきなり匂いを話題に出すさやかの暴挙に、中沢は戦慄のあまり言葉を失った。

 

「あははっ、潮の香り、か。あたしのいたところは…………まぁすごいマイナーな国だから言っても分からないかな。まぁとにかく海に囲まれてたよ。この国も海に囲まれてるみたいだけど、私たちの国はもっと小さくてね。潮の香りなんてものはいつでも漂ってたから、こうして改めて言われたのはこれが初めてだよ」

 

 ベローズの言葉にふんふんと頷くさやかの脳裏に、昔恭介と一緒に行った海の記憶が蘇る。あの頃は小学生の低学年で、その日の最後に『またここに来よう』と約束も交わした。しかしその後すぐに恭介のヴァイオリンは周囲の大人たちから評価を受けるようになり、結局あの日の約束は果たされていない。

 

「素敵ですよね、海って。……また行きたいです」

 

「いつだって海は逃げないよ。……もっとも、サヤカは一緒に海に行きたい人がいるようだけど?」

 

 いたずらっぽく笑うベローズの頬に、小さくえくぼが刻まれる。さやかは羞恥と驚きがないまぜになった顔で慌てて言葉を返した。

 

「どっ、どうして分かるんですっ?!」

 

「顔を見れば分かるわよ。あたしもまだまだ18歳の若輩者だけど、それなりに人を見る目はあるつもりよ?」

 

 ベローズの蒼い瞳が、まるで陽光の下のさざ波のようにきらめく。そこには、海の深さと広大さを思わせる精神的な大きさがあった。

 

 4歳違うだけで、ここまで変わるのか。

 

 ………否、それは違う。

 

 こんな目ができる女性なのだ。きっと自分では、彼女の人生を測ることなど、できはしまい。

 

 なればこそ、この異国の女性にも劣らない素敵な女性へと変身を遂げたいと思う。

 

 そうすればきっと、(恭介)の絶望を理解してあげられる。

 

 そして、その絶望を共に背負うことができる―――――

 

 新たな価値観との邂逅が、さやかの萎えかけていた精神を再び奮い立たせた。

 




《まどか》、《鎧武》をベースに進めてきた本シリーズですが、動かせるキャラクターが限られてしまうため、《ガルガンティア》にもクロスオーバーの一つになってもらいました。

 とはいえ、本来《まどか》を主軸に据えたお話に《鎧武》で味付けをした小説なので、後付けの《ガルガンティア》につきましては、知識が一切無くて結構です。

 なるべく“原作が分からなくても楽しめるように”をモットーに書いているつもりですが、もし描写が不十分、ないしは不適切だった場合は、感想等でお寄せください。


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心が変われば……

 久しぶりの三人での昼食。ここのところ先輩や光実にベッタリだったほむらも、今日は本人曰く“お休み”らしい。仁美の方も、今日の習い事は代休を貰ったという。ここのところ集まれなかったメンツなだけに心が踊ったが、しかしさやかはそれでもいつもの調子を取り戻しきれずにいた。

 

「変身……。そうだよ、変身しなきゃ……!」

 

 ベローズと別れて数日、心に根強く残り続けている言葉。

 

 誰に言われたわけでもない、しかし、心の底から湧き上がってきた言葉。

 

 ――――“変身”

 

 もちろん肉体的な意味ではなく、精神的な意味での変身である。今の自分とは違う自分に変わりたい。そんな想いが、さやかの中で渦巻いていた。

 

 だがその一方で、さやかの中に新たな不安もまた生まれてきた。

 

 

 ――――――――こんなことをしていて、本当に“変身”できるのか?

 

 

 朝起きて、学校に行って、友達としゃべり、退屈な授業をこなし……。これまで当たり前に過ごしてきた日々が、急に違って見えてきたのである。

 

 これでは、何も変わらない。何も変えられないのではないか?

 

 本当になりたい自分に、この日々を繰り返しているだけでなれるのか?

 

 数学の公式が、国語の文章が、英語の単語が、自分を成長させてくれるのか?

 

 数日前に出会ったあの蒼い瞳の持ち主に、こんなことで追いつけるのか?

 

 ただなんとなく過ごして来た日々に、じわりじわりと焦燥感を募らせていく。

 

 ガラス張りの教室から見える外の風景が、今のさやかにはとても不透明なモノに感じられた。

 

 

 ※※※※

 

 

「初心者にも優しい習い事ですか?」

 

「そう! 仁美って、いろいろ頑張ってるじゃない? あたしもその、何かやってみようかなって……」

 

 放課後、悩んだ末にさやかは親友に助言を乞うことにした。自分の理想への第一歩として、まずは身近な人物の長所を模倣することから開始したのである。

 

「そうですわね……。でも今は中学二年の秋。私たちも、もうあと数カ月もすれば受験生ですわ。今から何かを始めても、その……」

 

「うっ……そりゃそーか……。あーもー! 短い期間で手っ取り早く何かできない~?!」

 

「でっでも、さやかさんは今のままでもいいと思いますよ? 明るくって、親切で」

 

 フォローにまわるほむらだが、しかし彼女の言葉はさやかの悩みを癒すことはない。逆にさやかは、ほむらに対して苛立った表情を向けた。

 

「あんたにとっちゃそうかもしれないけれど、あたしは今の自分から変わりたいのよっ! あんただって、同じ悩みを抱えてるでしょう?」

 

 以前こぼした弱音を引用されてしまっては、押し黙るしかない。ほむらはしょんぼりとうなだれてしまった。

 

「別に、何か特別なことをする必要はありませんわよ。生活習慣を一部改めてみるとかでも、心の在り方が変わっていくものですわ」

 

 とても中学生とは思えぬ貫禄たっぷりなセリフを吐く仁美。だが、彼女のアドバイスはさやかの心にもしっかり届いた。

 

「なるほど……」

 

「『心が変われば、態度が変わる。態度が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば、運命が変わる。運命が変われば、人生が変わる。』………思考を変えれば人生は変わる、という意味ですわ」

 

「思考を、変えれば……」

 

 ――――――復唱しながら、己の胸に仁美の言葉を刻みつける。

 

 胸の前で拳を固く握り締め、さやかは深呼吸をした。

 

「…………よしっ。すぐってわけにはいかないけど、きっと“変身”してみせる。ありがとね、仁美」

 

「ええ、お役にたてたのでしたら何よりですわ。……頑張ってくださいね」

 

 さやかに向ける仁美の微笑みは、どこまでも清く澄んでいる。それに応えるさやかの浮かべる表情もまた、晴れ晴れとしていた。

 

 だが、彼女たちのやりとりが深く心に突き刺さり、一人複雑な心境を抱く少女が一人。

 

「思考を変える……それだけで……」

 

 思わず呟いたのは、“魔法少女”暁美ほむらであった。

 

 ――――――魔法少女になったことで変わったのか。

 

 ――――――変わることで魔法少女になったのか。

 

 その答えを見つけない限り、自分は本当の“正義の味方”になれないだろう。

 

 眼鏡の奥の瞳が、迷いを孕んで黒く光った。

 

 

 ※※※※

 

 

「塩を送った……と言うべきかしら。さやかさん、貴女は私の恋敵ですけれど………。それでも私たちは友達です。少なくとも私は――――」

 



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戦士の勘、女のカン

 巴マミと暁美ほむらによる囮作戦……失敗。

 

 暁美ほむら単独の囮作戦……失敗。

 

「次はどんな作戦で行こうかしら。ここまでで唯一の成果といえば、中沢くんの潔白ぐらいだし……」

 

 続く作戦の失敗で、マミはすっかり頭を抱えてしまっていた。電話の向こう側で、織莉子もまたため息をついている。

 

「敵がこちらの思惑に感づいているとしたら、恐らく私たちの協力を分断する方法をとるでしょうね。キリカはともかく、私はまだ尻尾を出していないはずだから、最悪でも今のところ私はまだ魔法少女として認識されていないハズ」

 

「まぁ、貴女は私たちのリーダーですものね。そう簡単にチェックメイトをかけさせるもんですか」

 

「しかし、これでいよいよ襲撃の法則が分からなくなってしまったわ。マミさんと暁美さんが二人組でいるところを襲わないのは分かるとしても、どうして暁美さん単独の時は襲わなかったのか……」

 

「あぁ美国さん、そのことについて、暁美さんから抗議のメッセージを預かっているわよ」

 

「何かしら」

 

「『お休みだなんて言って、本当は後ろからついて来ていたなんてひどいです』……だそうよ」

 

「彼女の演技力がイマイチなのだから、仕方がないじゃないの。囮であることを自覚していると、彼女の挙動はどうしても不自然なのよ」

 

「ふふっ……そのことに関しては、暁美さんには伏せておきますね」

 

 電話越しに演技力評価を下す織莉子に、くすくすと笑いながら対応する。だが、彼女の胸中には百を超える思考が光速で飛び交っていた。

 

 暁美ほむら一人なら、確実に仕留められるはず。敵にとって絶好のチャンスであったのは間違いない。しかし、ならば何故彼女は襲われなかったのか?

 

 魔法少女の自宅に直接襲撃に来ないのと同じように、なんらかの理由があって襲撃をためらったのか?

 

 それとも、こちらの動向を見失っているのか?

 

 そもそも魔法少女“だけ”を襲うというのが、まず合理的ではない。ターゲットの魔法少女に近しい人物を襲撃するなり拉致するなりして、精神的な揺さぶりを全くと言っていいほどかけて来ないのは、戦術的視点からすれば愚策としか言い様がない。

 

 状況から推察するに、敵は今なんらかの理由でこちらを襲撃できない、あるいはしていない。そして彼らはこちらに対する敵対行為こそ行ってはいるが、決して魔法少女以外の一般人を巻き込まない。

 

「………美国さん、ちょっといいかしら?」

 

「ええ」

 

「私なりに考えてみたのだけれど、いくら私と暁美さんが魔法少女として頻繁に活動しているとはいえ、それを全くの部外者が突き止めるのは難しいと思うの。実際、敵は貴女と呉さんという魔法少女の存在に気づいていないわ。だから彼らもきっと………」

 

「きっと?」

 

 マミの不自然な言葉の切り方に首を傾げる織莉子。一拍を置いて、マミは自分の推測の続きを語りだした。

 

「悩んでいる……ように思ったの。ごめんなさい、敵に同情するようなことを言って。……でも、もしかしたら私たちが敵と呼んでいる存在は、もしかしたら私たちとほとんど変わらない存在なんじゃないかと思うの」

 

 ――――――敵はこちらの仕掛けた罠を察知し、しかしそれにどう対応するかを考えあぐねて動けずにいるのではないか?

 

 言葉を選びながらマミが語ったそんな仮説は、織莉子に新たな発想を与えた。

 

「なるほど……。敵は人間社会に潜伏しつつ魔法少女の存在を突き止め、魔法少女のみに狙いを絞って攻撃。しかし私たちに自分たちの存在を突き止められたことを察知するやいなや、その活動を休止した………というわけね。確かに筋が通っているわ」

 

 論理的思考力では織莉子に及ばないものの、マミの直感は論理を飛び越えて真実に辿り着くだけの鋭さを持つ。長い戦いの日々で鍛えられた彼女の“心眼”とも言うべき発想力に、織莉子は驚嘆とともに戦慄を覚えた。

 

「私も貴女に同意見よ、巴さん。……しかしだとすれば、私たちはなおさら敵の正体を突き止めなければならないわ。彼らが私たちと近しい存在であるならば、コミュニケーションをとることができるかもしれませんし、ね」

 

 

 ※※※※

 

 

「………ぃよしっ」

 

 パンパンと頬を叩いて気合を入れる。見据えるその先には、市民病院が天を突く勢いでそびえ立っている。ここに最後に来た時のことが思い出されて気が滅入るが、それでも今日こそは彼に会うと決めたのだ。

 

「待ってろよ……恭介!」

 

 

 

 ――――――病院。

 

 人間にとって、負のエネルギーが溜まりやすい場所。

 

 この世界に巣食う負の化身、すなわち《魔獣》にとって、これほどの好立地はそうそう無い。

 

 結界の向こう側で、ノイズの影法師たちが獲物を見つけて蠢いた。

 



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鮮血病棟 そして―――

「しまった…………!!」

 

 まだ日の出ている時間帯ではあるにも関わらず、巴マミは魔法少女に変身した状態で家々を屋根伝いに駆け抜けていた。

 

『ごめんなさい、私のミスよ。……《森の魔獣》への対策に気を取られるばかりに、《魔獣》の対応がおろそかになっていたわ』

 

「謝る必要なんてないわ美国さん。こればっかりはどうしようもありませんでしたもの。……でも病院と《魔獣》、これ以上ない最悪の組み合わせね。パトロールをしていた頃はこうなる前に《魔獣》発見して被害を予防できていたんだけど……」

 

 口惜しさに眉をひそめながら、魔法によるテレパシーで織莉子と会話を続ける。その一方でマミは、今動けるはずのもう一人の魔法少女にもテレパシーを飛ばしていた。

 

「暁美さん? 《魔獣》の存在は感知できるわね? すぐに来てもらえるかしら?」

 

『こちらでも感知したところですっ。今急いで向かってるところですけれど……どう頑張っても15分以上は確実にかかりますっ』

 

 切迫した声色でほむらが自身の到着予想時刻を告げているその頃、マミの視界の中には見滝原市民病院のシルエットが飛び込んできていた。

 

「それじゃあ美国さん、後方からのサポートをよろしくお願い。暁美さんは無理しすぎないスピードで来てちょうだい。体力が尽きた状態では、いくら《魔獣》の脅威度が《森の魔獣》に及ばないとはいえあまりにも危険だわ。……くれぐれも慎重に、ね」

 

 後輩に念を押すと、マミは魔法で自身を衆目から見えにくくした後、さらに自身に魔力のブーストをかけて加速した。魔力を多大に消費してしまう移動方法だが、《魔獣》に襲われている病院にいち早く向かわなければならないことを思えば、マミにとってはこんな加速など、むしろ遅すぎるくらいである。

 

「お願い、間に合って……!」

 

 

 ※※※※

 

 

 病院内は、さながら地獄であった。

 

 院内がそのまま《魔獣結界》と化しており、患者も医師も無差別に《魔獣》らに襲われている。

 

「くっ………来るなァ――――――!!」

 

 恐怖と絶望に叫び声をあげながら、ブンブンと松葉杖を振り回す男性患者。だが《魔獣》に対して魔力のこもらない一撃などというのはあまりにも効果が薄い。物理的に干渉してくる以上、こちらの攻撃がまったく通らないわけではないのだが、そもそも生命体ですらない《魔獣》に対して常識的な攻撃手段は通用しない。

 相当に武を修めた武道家ともなれば拳による《魔獣》の撃退も不可能では無いが、しかしそんな人物がよしんばいたとしても、ここは病院だ。健康な人間は、医師と看護婦、そして見舞い客だけである。

 

 先程の男性患者の上半身がノイズに飲み込まれて赤い噴水を吹き上げだした頃、一方健康体でありながら病院にいるイレギュラー、すなわち見舞い客としてやって来た美樹さやかは、眼前に広がる血の海に戦慄していた。

 

「なんでこんな化け物が……?! 恭介、恭介は無事なの?!」

 

 上條恭介を探す―――――その行為にのみ専念することで、美樹さやかはその精神をギリギリ安全域に保ち続けている。“上条恭介はとっくの昔にこの血だまりの一つになっている”という可能性を、必死で何度も何度も否定しながらではあるが。

 

 しかしそうしたパニックに陥る一方、さやかは頭のどこかが急激にクールダウンしていくのを感じていた。―――――既視感(デジャヴ)である。

 

 病院内に突然現れ、内部構造すら歪めてしまったあの影法師たちを、さやかは既にして知っている。以前、病院から帰る途中に体験した自分の周りの世界が歪んでいく感覚や、おぼろげながら視認した全身ノイズだらけの長身の男のような影法師たちのシルエット……。それらはまさに、今さやかを襲う事象とそっくりそのまま合致しているのである。

 

「――――――あの声の人は――――――?」

 

 そして、それら影法師の魔物たちから自分を救ってくれたあの声の主も同時に想起される。周囲を見渡して彼らしき痕跡を探すが、そのようなモノは影も形も見当たらない。

 

「あの人が、あの人さえいてくれれば――――――!」

 

 モノクロと鮮血に染まる地獄の中で、さやかは必死に希望を求めて駆けずり回っていた。

 

 

 ※※※※

 

 

「こいつらが《魔獣か》……。これが初めてだけど、試運転にはちょうどいいかもね」

 

 美樹さやかが病院内で七転八倒し、巴マミと暁美ほむらが現場に急行する中、最も早く現場に到着していた光実は《魔獣結界》に飲み込まれた病院のロビーで生身でつっ立っているというのにも関わらず、あくまでも自然体を崩さなかった。

 

 呉島光実は愚か者では無い。

 

 魔法少女のような異能の存在でもないただの人間の力で、彼らのような異形を打倒するのは不可能であることは、先日の《森の魔獣》との相敵で十分に理解している。

 

 ならば何故、少年は《魔獣》の巣窟に足を踏み入れたのか。

 

 無数の《魔獣》がロビーに集結し、光実をジワジワと取り囲んでいく。質量を感じさせない文字通りの“影法師”たちだが、その圧迫感はあまりに冷たく、重い。

 

 だが今の光実には、そんな圧迫感を跳ね返すだけの自信に満ちていた。

 

「既にテストは完了している……。この《武器》の使い方は完璧に把握した!」

 

 見滝原中学校の制服である白い学生服の腹部中央に、黒い小型の機械をあてがう。それはまさに、数日前に《森》で拾ったあのベルトであった。

 

 ベルトが展開し、光実の体に合わせてぴったりと装着される。尋常ならざるその気配を感じ取ったのか、《魔獣》包囲網が一瞬蠢いた。

 

「――――――――――――変身」

 

『BUDOU』

 

 ポケットから取り出した紫色の錠前のスイッチをいれると、合成音声が錠前の機動を告げた。同時に光実の頭上に《森の裂け目》が現れ、葡萄を模した金属塊が出現する。

 

 だが、上空に謎の金属塊が現れても光実は動じない。律動するたびに鈍く発光する錠前を、バックル中央の凹みにはめ込む。

 

『LOCK・ON!』

 

 錠前とベルト、二つの機能が噛み合ったことを告げる物々しい機械音声が鳴り響くと、古代中国のそれを思わせる勇壮なメロディが奏でられ始めた。

 

 垂れた前髪の奥で、光実の双眸がぎらりと煌めく。

 

 その瞬間、光実はバックルに装備されたナイフ型のプレートを操作、錠前はナイフで切られたかのように割れ、断面から拳銃を思わせる形状の文様が浮かんだ。

 

『ハイィ―――ッ!!』

 

 果実の錠前が両断された直後、合成音声が高らかに鳴り響き、滞空していた金属塊が光実の頭に突然覆いかぶさった。

 

 金属塊から燐光が迸り、光実の体躯は緑色のボディースーツに包まれていく。

 

 かなり出遅れたものの、ここに来て《魔獣》たちは眼前の少年を“獲物”ではなく“脅威”と認識した。感情を持たぬ彼らではあるが、一般人を相手取る時とは異なる獰猛な挙動を以て、一気に襲いかかる。

 

 だが、時既に遅し。

 

 光実に覆いかぶさっていた金属塊が駆動音と共に展開すると、それは上半身を防護する堅牢な鎧へとその形状を変化――――――否、変形した。

 

『BUDOU・ARMS! (RYU)(HO)! (HA)ッ! (HA)ッ!! (HA)ッ!!!』

 

 けたたましく鳴り響く銅鑼の音と共に、呉島光実は紫色の鎧武者へとその変身シークエンスを完了した。

 



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心は折れず

 上條恭介は絶望した。

 

 己の全てとも言えるヴァイオリンの道が閉ざされたから、ではない。

 

 あらゆる可能性が飲みこまれ、虚ろな闇へと沈みゆく、原初の恐怖。

 

 

 ――――――死だ。

 

 

「なんなんだよ、こいつらっ………!」

 

 辛いリハビリのおかげでなんとか動くようになった身体に鞭を打ち、命からがら病室から逃げ延びたのはいいものの、あのノイズの化け物たちの餌食になってしまうのはもはや時間の問題だ。

 

「逃げられない……。僕はここで、こんなところで……殺されるのか………?!」

 

 ガチガチと歯を鳴らしながら、松葉杖に全体重を預ける。もはや己の足で立って歩くだけの意志力も、恭介には残されていなかった。

 

 一面に広がる、おびただしい量の血、血、血――――――。

 

 ついさっきまで自分の世話をしてくれていた看護婦の遺骸らしきモノも、そこかしこに散見される。恭介は知る由もないが、《魔獣》によって結果内で殺害された人間は、結界の消滅と共にその遺骸ごと消えてしまう。誰に看取られることもなく、何の意味もなく、ただただ無残に殺されていくのだ。

 

「こんなの人の死に方じゃない……こんなのが僕の最期だなんて、認めない……!」

 

 理不尽な死を前にして、恭介の精神状態はもはや崩壊寸前のところまで来ていた。彼の絶望に誘われるように、既に一歩も動けずにいる恭介のもとへと《魔獣》が迫る。

 

「ひっ…………!」

 

 体を縮こまらせ、固く瞼を瞑る。それが今の恭介にできる唯一の恐怖に対する抵抗であった。

 

「………………?」

 

 だが数秒経っても何も起こらないことに気づき、恐る恐る瞼を開く。

 

 少しぼやけた視界の中心には、向こう側が透けて見えるほど存在感の薄い、一人の青年が佇んでいた。とはいえ、佇むというには少々彼の息は荒い。それどころか、そこら中に転がっている魔物の被害者並の外傷が、彼の体には刻みつけられていた。

 

「け……怪我は、無いか……?」

 

 ぎこちなく振り返った青年が、恭介に手を差し伸べる。恭介はいつの間にか動くようになった足を使って立ち上がることにした。

 

 とはいえ怪我人の手を借りるわけにもいかない。差し伸べられた手は力強くもあったが、本人の怪我もあってか、まるでガラス細工のように脆そうに見える。

 

 ふと気がつくと、目を瞑るまでそこにいたはずの魔物たちは皆、色とりどりの武具によって壁や床に磔にされていた。

 

 状況から推察するに、この見知らぬ青年の仕業と見て間違いあるまい。

 

 しかし、それならば。

 

 この満身創痍の青年が何故、あの化け物たちを退けられたのか。

 

「あなたは、何者ですか………?」

 

 湧き上がる疑問を素直にぶつけると、青年は苦しげな顔を少しだけほころばせた。

 

「……そうだなぁ……。道端で倒れてたところを搬送されてきた、身元不明の怪我人、かな」

 

 青年の言葉に、虚飾の匂いは感じられない。どうやら彼の自己紹介は真実のようだ。

 

「…………あの化け物をやっつけてくれたんですか、さっき」

 

 期待を込めて縋る恭介に、青年はほころんだ顔を再び苦痛に歪ませる。

 

「まあ、俺はそういうことができる……いや、できた、か。わりいな、もう……」

 

 最後の方はうわごとのようだった。絞り出すように声を出すと、そのまま青年は膝から崩れ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫ですかッ?!」

 

 倒れた青年に、床の色が透けている。

 周囲に現れた魔物のように、この青年もどうやら常識の外からやって来た存在であることに間違いはなさそうである。だが魔物たちと違って彼には害意は無く、またコミュニケーションも可能であった。

 

「…………えっ………。か、軽すぎる……?」

 

 倒れた青年に肩を貸すが、そのあまりの軽さに恭介は驚きの声をあげた。透けかけていることを除けば本当にタダの青年にしか見えないその外見もあって、彼の持つその異常性はとてもちぐはぐなものに感じられる。恭介は、恩人であるこの青年を助けるという新たな目的とともに、この鮮血病棟で行動を開始した。

 



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励まし、勇気を与える力

 怪物でギュウギュウ詰めのエレベーターを諦め、階段を駆け上ること数分。やっと上條恭介の病室があるフロアにたどり着いたさやかは、荒い息を整える暇もなく周囲を見渡した。

 

 比較的、ここは怪物の侵食が薄いようだ。まだ何人かの人間が生き残っている。

 

「たっ……助けて、助けてくれぇ!」

 

「家に帰りたいよぉ……!!」

 

 とはいえ、それはあくまで“まだ生きている”というだけの話。彼らの精神は完全に恐怖で萎えきっていた。無理もない。さやか自信、恭介を探すという支柱を持たなければとっくに心が瓦解していた。

 

「どうしよう、恭介は、いやでも、この人たちを見捨てるなんて……!」

 

 具体的に何を為すことができるのかは分からない。だが、さやかはここでこの人たちを見捨てて恭介を探しに行くのは何かが違う気がした。

 

 だが、冷静に考えれば何が正しいかなど明らかだ。

 

 パニックに陥った彼らの避難誘導をする心得など持ち合わせていないし、そもそもこの中に今までずっと探していた上條恭介はいない。

 

 彼らを見捨て、上條恭介を探し出し、速やかに脱出……それが最も生存の可能性が高い。さやかは踵を返して引き返した。

 

「…………『心が変われば、態度が変わる。態度が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば―――』」

 

 ふと気がつくと、仁美に教わった言葉をぶつぶつと呟いていた。

 

 爆発し、次々と湧き上がる衝動が、さやかの引き返す足を止めた。

 

「――――――『人格が変われば、運命が変わる』!!!」

 

 こんな運命、打ち破ってやる。

 

 たかだか人知を超えた怪物の脅威に晒されたところで、諦められるはずがない。

 

 こちとら、想い人にまだ告白もしていないのだから――――――!

 

 気合一発、膝小僧を殴りつけると、さやかは恐怖の海に沈殿していた勇気を引き上げた。

 

「こっちです! ついて来てください!! 大丈夫、助かります!!!」

 

 きっと、あの海色の瞳の持ち主(ベローズ)ならばきっとそうする。

 

 決意と覚悟が、さやかを強くした。

 

「本当か……?」

 

「あの娘についていけば助かるぞ!」

 

「天使さま………!」

 

 心折れ、ただ震えるばかりであった人々が、さやかの強さに釣られて一人、また一人と立ち上がる。

 

 生きようとする意思を、彼らは再び取り戻したのである。

 

 

 

 ――――だが、現実は非情だ。

 

 

 

「えっ――――――」

 

 壁や床を透過し、無数の《魔獣》がフロアに突如出現した。

 

《魔獣》たちがノイズの壁となって、生き残ったさやかたちを飲み込もうと迫る。

 

 そして、決定的な絶望をその場にいる誰もが悟る。これ以上の抵抗は無駄。何をしようとも、この病院から逃れることはできない――――――

 

「俺が相手になってやる!」

 

「お前らなんかに負けてたまるか!」

 

「もう……怖くないんだからぁッ!」

 

 涙が溢れそうになるさやかの前に、一人また一人と立ちふさがる。無論、彼らにも自分たちでは勝てないことは分かっている。だがそんな絶望よりも、さやかの勇気によって得た“希望”の方が大きかった。理屈ではない。ここで諦めて死ぬのが正しい理屈だというのなら、そんな理屈はぶち壊してみせる。

 

 さやかの強さが、彼らの強さに火をつけたのだ。

 

 

「うおおぉおぉおおぉおお――――――!!」

 

 

 瞬間、どこからともなく響いた雄叫びと共に空間に亀裂が走った。亀裂はそのまま暴風を巻き起こし、人々を吸い込んでいく。そのわずか一瞬の出来事に、さやかは息を飲んで目を見張った。

 

 ふと気がつくと、空間の裂け目は閉じきり、代わりに通路の奥から患者衣に身を包んだ男性が二人現れた。

 

「恭介?!」

 

 一人は上條恭介。そしてもう一人は――――

 

「こ、今度は諦めなかったんだな………。よく、頑張った…………」

 

 掠れ、すっかり弱々しくなってはいるものの、この声は間違いない。

 透け通るほどに存在感が薄まってしまっているあの青年こそ、以前に自分を救ってくれた声の主であるとさやかは確信した。

 

「こ、紘汰さんっ! さやかも早く病院の外に出してくださいっ!!」

 

 狼狽した様子で、恭介が青年に叫ぶ。我に返ると、さやかは自分が未だ怪物たちの只中に突っ立っていることに気がついた。

 

「すまねぇ………もう、これでホントのホントに品切れなんだ……」

 

 弱りきった声で青年がギブアップを宣言する。苦渋に満ちた表情が、彼の無念を如実に物語っている。

 

「さやか! こっちに来てくれ! 早く!!」

 

 いつになく必死な恭介の声に、弾けるようにしてさやかは走り出した。怪物の隙間を縫って全速力で駆け寄ると、恭介はさやかの手を掴んでヨロヨロと走り出した。

 

「きょ、恭介っ……あんた、そんなに動けるように……」

 

「そんなことどうでもいいだろっ! それよりもさやか、紘汰さんがもう動けない以上は、もう僕らにできることはない。出口まで案内してくれ!」

 

「あ、いや、あたしもここまでどうやって来たか……」

 

「…………………その必要は、ない」

 

 困り顔を付き合わせるさやかと恭介に、青年――――葛葉紘汰が消えかけの体で言葉をかけた。

 

「ちょ、さっきから気になってたんだけど、あなたさっきから色がスケスケですよ?!」

 

「さやか、お前の強さ………しかと見せてもらった。本当は避けたかったんだが、お前ならきっと……この力を使いこなせる。かつての俺のような過ちを犯すことなく、な」

 

 さやかの心配もどこ吹く風か、紘汰は早口で言葉を紡ぎ続ける。これ以上喋れば命に関わることを察し、恭介は慌てて紘汰を支える肩に力を込めた。

 

「紘汰さん、もう喋っちゃ駄目だ!」

 

「いいんだ恭介。大丈夫、俺はぜってぇ死なねえ。………さやか、俺の手を取ってくれ」

 

 促されるまま、もはや輪郭すらぼやけている紘汰の手を取る。すると一瞬の閃光とともに、さやかの手の中に黒い機械と橙色の錠前が出現した。

 

「『L.S.-07』……? これって……?!」

 

 だが、さやかの問いかけに応える者はいない。

 

「消えた……?!」

 

 ほんの一瞬、わずかな隙をついて、さっきまでそこにいた青年は姿を消してしまっていた。

 

「紘汰さん!」

 

「……………」

 

 悲痛な声をあげて膝をつく恭介。喪失感に上の空となったさやかもまた、背後に迫る《魔獣》から逃れることもせずに立ち尽くした。

 

「…………でも」

 

 手の中で胎動する力はさやかに『戦え』と叫んでいる。

 

「でもまだ、私たちがいる」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 頭の中に浮かんできたイメージに従って、さやかはベルトを装着し、錠前を構えた。

 

「さやか……?」

 

「恭介、私ね、変身したんだよ。………だから、今からそれを見せてあげる」

 

 穏やかな顔で想い人に言葉をかけると、さやかはすぐさま表情を切り替えて眼前に迫る敵を見据えた。

 

 

 

『ORANGE』

 

 

 

 錠前がイグニッションを告げる電子音声を響かせる。

 

 武神の神話が、今ここに新章の幕を上げた。

 




第三話【始動、鎧武】はこれで終了です。

第四話は引き続き病院内での戦いとなるので、ご期待ください。


 ※※※※


 https://www.youtube.com/watch?v=WhbW9LRinUU


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【第四話 混迷の戦場】
少女の刃は絶望を切り裂いて


《森の魔獣》への対策に追われるあまり、病院に現れた《魔獣》への対応が後手になってしまった見滝原市の魔法少女たち。

 彼女たちが病院に駆けつけるまでの間、次々と《魔獣》に魅入られ、無辜の人々が次から次へと命を落としていく。

 だが、偶然にも病院に搬送されていた葛葉紘汰と、彼と同じ“強さ”を持つ少女――美樹さやかの出会いが、ここに戦神の紡ぎし神話の再現を成した。


 ※※※※


 https://www.youtube.com/watch?v=N6KCTNx5dMU



 紘汰からベルトを受け取った瞬間に脳内に流れ込んできた情報に導かれるように、錠前とベルトを操作していく。眼前の敵――――恐らく、入ってきた記憶の中にある《インベス》とは別個体だが――――を打ち倒すには、彼に与えられたこの力を使うしかない。選択の余地すらないこの不条理に、しかしさやかは不思議と高揚していた。

 

 想い人である上條恭介を守る―――ある時を境に無くなってしまった、しかし幼い頃はよくあったシチュエーション。近所のワルガキから、さやかはいつも恭介を守っていたのだ。

 

『LOCK・ON!』

 

 あの頃と同じシチュエーション――――郷愁の念に駆られ、彼の方を振り返りたくなる。だがさやかはそんな想いを押し殺し、より一層の気迫を込めて敵をにらめつけた。

 

『ソイヤッ!』

 

《カッティングプレート》を倒し、錠前――『オレンジロックシード』を両断する。瞬間、エネルギーが迸り、さやかの上空に『クラック』を通じて橙色の金属塊が出現した。

 

 

『ORANGE・ARMS! 花道、ON STAGE!!』

 

 

 金属塊が展開し、さやかを包む頑強な鎧へと変形を遂げる。青色のライドウェアに包まれた肢体は、さやか自身の体格を示すかのように少々小柄に編まれている。

 

「ここからは、あたしのステージだァアッ!!!」

 

 咆哮と共に、腰の刀を引き抜く。

 

 変身が完了した段階で手に握られていた橙色の刀と合わせて、さやかは二刀流の構えをとった。

 

「さやかが……変身、した……?!」

 

 驚きを露わにする恭介だが、今は驚いてばかりもいられない。さやかの邪魔にならないように、恭介は足を引きずりながらその場からジリジリと後退して柱の影に隠れた。

 

「おおおおおおおおッ!!!」

 

 二刀を構えて、敵の群体に突撃する。その走力は、通常時のそれを遥かに凌駕していた。

 

 一撃、二擊と、オレンジ色の竜巻の如き勢いで怪物を次々と斬りつけていく。ベルト―――《戦極ドライバー》から流れ込んでくる戦いの記憶が、さやかの未熟な剣腕を、高みへと押し上げているのだ。

 

 さやかが敵陣に飛び込んで、体感時間で十秒ほど経過しただろうか。恭介が恐る恐るそちらを覗いてみると、最後の怪物があっけなく切り伏せられ、空中に霧散するシーンが展開されていた。

 

「…………強いッ………!」

 

 鎧武者となったさやかを見て、まず出てきた言葉がそれであった。

 

 体のラインは華奢な少女のそれではあるが、ふた振りの刃を手にして敵陣に飛び込み、単騎での敵群体の殲滅を成し遂げた今の彼女を形容する言葉は、“強い”以外にないだろう。

 

 二百年以上昔、この国の戦場からとうに消えた“武者”という戦場の英雄が、さやかの面影にちらつくのを恭介は感じた。

 

「他のフロアにまだ人が残ってるかもしれない……。恭介、一緒に来てくれる?!」

 

 だが、どんな姿に変わろうともさやかはさやかだ。橙色の鎧武者の差し出した手を取り、恭介はふらつく体にムチを打って駆け出した。

 

 

 ※※※※

 

 

 時は遡り、さやかが未だ恭介たちと合流する前。呉島光実はベルトの力で鎧武者へと変身し、《魔獣結界》と化した病院内を駆け抜けていた。

 

『BUDOU・SQUASH!』

 

 東龍の顔を思わせる紫色のエネルギーの奔流が、廊下の《魔獣》を一気に吹き飛ばす。《森の魔獣》と違って、彼らは後片付けの心配がない……光実はそんなことを考えながら、このベルトから得た力を試すようにして進軍を続けていた。

 

「システムボイスがちょっと間抜けだけど……このチカラは間違いなく魔法少女に匹敵、いや、それ以上のパワーを秘めている……!」

 

 先日のマミやキリカの戦闘を思い出しながら、自らのスペックを比較する。あらゆる方面からシュミレートしても、この形態になった光実の力は彼女たち魔法少女に肉迫する恐るべきものになっていた。眼下に広がる無辜の人々の死に様は確かに心痛むものがあるが、それでも今の光実は自分のこの新たな力の方に関心を寄せていた。

 

「あなた、誰なの……?」

 

 突然かけられた声に光実が驚いて振り向くと、声の主もまた警戒した様子で銃を構えた。果たして、巴マミである。

 

「マ、マミさんですか……。僕です。光実ですよ」

 

 なるべく冷静に、向けられた銃を下げることを促す。

 

「その声……。どうやら本当にそうらしいわね」

 

 言い切ると、マミは銃口を下げて歩み寄ってきた。なんよなく、彼女の頬には涙の跡があるように見える。

 

「マミさん、泣いていたんですか」

 

「ええ……。私がもっとしっかりしていれば、こんなにたくさんの人が死なずに済んだのに……。私が、もっと……」

 

 震える声で言葉を繰り返し、懺悔するかのようにまぶたを伏せる。今日まで見滝原市民のために戦ってきたマミにとって、この戦いは既に敗北も同義なのだ。

 

「マミさん、しっかりしてください。まだ誰も助からないと決まったわけじゃない。きっとまだこの病院のどこかに、生存者はいますよ。……そういえば、ほむらちゃんはどうしたんです?」

 

「まだ来ていないわ。私も今やっと着いた頃だし……。あなたのその姿は、どういうわけかしら?」

 

 泣きはらしたのであろうマミの潤んだ瞳を向けられて、光実は少々の照れと共にベルトの力について解説した。

 

「………なるほど。《禁断の森》にも、もしかしたら《森の魔獣》に抵抗する人類がいるのかもしれないわね」

 

「その考察はごく自然な流れですね。僕も同じことを考えました。…………とはいえ、今は《魔獣》退治が先決です。僕の話はこの辺にして、生き残った人々を救出しなきゃいけません」

 

「あ、待って光実くん。それならこの結界を閉じるほうが早いわ。結界の核である《魔獣》を倒せば、この《魔獣結界》も閉じる。その方が効率よく救命活動も行えるわ」

 

「核? 《魔獣》に個体差は無いんですよね? 見分けがつくんですか?」

 

「問題ないわ。《ソウルジェム》で探知が可能よ。……《魔獣》退治は《魔法少女》の専売特許ですもの」

 

 自嘲気味にうつむきながら、マミがせめてもの軽口を叩く。人の死に対して、マミはどうしても無感動ではいられなかった。

 

「………分かりました。探知はお任せします」

 

 対照的に、あくまでも合理的に動く光実。持ち歩いているアタッシュケースから赤い錠前を取り出すと、スイッチを押して中空に放り投げた。瞬間、錠前は変形しながらその質量を増大させ、一台のオフロードバイクへと変貌を遂げる。

 

「足はこのバイクを使いましょう。さあ、マミさん」

 

 相乗りを促す光実の手を取りながら、マミは涙を拭って少しだけ微笑んだ。

 

「………バイクにまたがる鎧武者。………私たちを《魔法少女》と呼ぶなら、あなたは《アーマードライダー》といったところかしら」

 



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すれ違い

 真っ赤なバイクに相乗りし、病棟を走り抜けるマミと光実。マミの誘導に従いながら最短ルートを突っ走るが、しかし二人は未だにこの結界の核とされる《魔獣》の居所をつかめずにいた。

 

「こいつがオフロードで助かりましたね。おかげで階段も難なく登れる」

 

「比較的生身に近い私には、これでも振動が結構辛いんだけどね……。そこを曲がって頂戴」

 

 言われるままにバイクを運転する。だがカーブを切って渡り廊下に出た瞬間、光実は急にブレーキをかけた。

 

「……くそッ!」

 

《アーマードライダー》に変身している今の光実の背中越しに前を見ることはできない。マミは事態が掴めず、頭の上にハテナを浮かべた。

 

「どうしたの光実くん?!」

 

 だがマミはすぐに、光実を驚愕させた異常を窓の向こうに発見した。

 

「あれは……!!」

 

 ここから直線距離でおよそ100mだろうか。全面がガラス張りの休憩室らしき部屋で、生き残った人々が大量の《魔獣》に取り囲まれているのが窓から見えた。

 

「光実くんっ、今はあちらの救援を優先しましょう! このまま見殺しにになんてできないわ!!」

 

「ここからじゃ間に合いませんよ! くそっ……畜生……!」

 

 理性と感情がせめぎ合い、光実とマミが苦悶の表情を浮かべる。だが次の瞬間、事態は大きく動き出した。

 

「なっ………!!」

 

 突然現れた空間の裂け目が、《魔獣》によって取り囲まれていた人々を飲み込みだしたのだ。当然、今まで《森の魔獣》対策に奔走してきたマミと光実の目の色が変わる。

 

「あの場所になんで《禁断の森》への結界が………? なるほど、そういうことだったのね!」

 

「ええ……。どうやら敵は、なんらかの方法で《魔獣》すらも操っているようですね。そして僕らの不意をついて病院を襲わせ、生き残った人々を《森》に取り込んでいる。魔法少女だけがターゲットだなんてとんでもない。全てはこの日のためだったんだ……!」

 

 ――――実際には、葛葉紘汰が病院の外へ続く《クラック》を開けただけである。しかし正体不明の敵を相手に暗中模索の戦いを強いられてきた光実たちにとって、この光景は決定的に見えてしまったのも、また仕方の無いことであろう。

 

『ソウルジェムを介して、そちらの状況は把握したわ。これまでとは明らかに行動パターンが異なるけれど、事実として空間の裂け目が観測されている以上、私たちのとる行動は明白だわ。………巴さんは結界の核を引き続き追って頂戴。そして光実くん』

 

 テレパシー越しに、織莉子の言葉が淡々と連ねられていく。口調そのものは静かであるものの、彼女の高揚とも怒りとも言えぬテンションの高まりは容易に察せられた。

 

『あなたは今すぐ現場に急行して、あの裂け目を作り出した敵を突き止めてください。恐らく、これで私たちが今日まで突き止められずにいた敵の正体が明らかになるわ』

 

 テレパシーが終わると同時に、マミはバイクから飛び降りて渡り廊下を走り抜けていった。信頼と覚悟に満ちた瞳で、光実を一瞥しながら。

 

「これで決着だ……! 絶対に仕留めてやる!」

 

 唸る爆音を響かせて、続いて光実のバイクが疾走を再開した。窓から見えたあの場所は、病院の見取り図を暗記している今の光実ならすぐにでも行くことができる。敵の正体に肉迫できる絶好の機会に、光実の心はむしろ嬉々としていた。

 

 

 ※※※※

 

 

「キリカ、どうやら私たちの隠遁生活もこれで終わるかもしれないわよ」

 

「ああ。………ミッチには是非とも、頑張っていただきたい限りだよ」

 

 少しだけ嬉しそうに、しかし油断のない声で声をかけてくる織莉子に、キリカは仏頂面で返す。

 

「どうしたのキリカ、なんだか顔色が優れないようだけれど……?」

 

「いや、ただ単に、ミッチがあんな隠し球を持っていたことが驚きだったってだけだよ」

 

「仲間に隠し事をされてご立腹ってわけね。……キリカがそんな仲間意識を彼に向けているとは気づかなかったわ。ふふっ、喜ぶべきかしら、悲しむべきかしら……」

 

「んなっ! 違う、違うよ織莉子、私はいつだってキミ一筋だよ?! ミッチのことだって、“あの力で寝首をかかれたら危なかったな”と思っただけさ! 愛は無限に有限なんだ! ミッチに向ける愛なんて、私にはこれっぽっちもありはしないよ!」

 

「ええ。………ありがとう、キリカ。あなただけは、私の永遠の友達よ」

 

 慌てて釈明するキリカに、織莉子は優雅に微笑んで見せた。

 

 

 ※※※※

 

 

「この音、バイクの……?」

 

 アーマードライダーに変身することで鋭くなった聴覚が、さやかに何者かの接近を告げた。紘汰に託されたベルトの力で《魔獣》たちを蹴散らした直後ではあるが、まだまださやかには余力が残っている。生き残った人々を救助するのが先決ではあるが、ここで彼らを脅かす脅威を除けるというのであれば、まさに願ったり叶ったりである。

 

「さやか、どうするつもりだい……?」

 

「恭介は私の見えるところに下がってて。……多分、これから来る奴はあたしたちの敵だよ……!」

 

 音の聞こえる方角に、刀を構えて待ち構える。《無双セイバー》と《大橙丸》―――流れ込んでくる記憶が、さやかにこのふた振りの相棒の名を囁く。この流れ込んでくる記憶は、いったい誰のものなのか……。それはきっと、あの紘汰という青年なのだろう。

 

 目を閉じて、《戦極ドライバー》を介して伝わってくる彼の記憶を見つめる。

 

 乾いた風の吹きすさぶ瓦礫の街で、橙色の鎧武者となった紘汰が《インベス》の群れを相手に死闘を繰り広げる。未だノイズがかかって閲覧できない記憶も多いが、今最も鮮明に見える彼の記憶が、それだった。

 

 彼の過去やこの力の正体など、未だ不明瞭な事項は多いが、それでもこの風景はきっと再現してはいけない恐怖の光景であることは理解できる。

 

 この力がこの手に転がり込んできたのは、きっと偶然ではない。この心象風景のような未来が、この世界に迫っているのだろうか。

 

 良くない想像が不安を駆り立て、思わずさやかはライドウェアに包まれた体に汗を滲ませた。

 

 

 

 そして、唸る爆音がさやかの意識を現実に引き戻す。

 

「見つけたぞ……!」

 

 少年の声で、バイクに跨った紫色の敵が語りかけてくる。

 

「なるほど、このベルトはお前たちの文明が作り出したテクノロジーだったってわけだな……。だが、こうして僕に利用されている。裏目に出たな」

 

 こちらと酷似した紫色の鎧武者が、何やらよく分からないことを言いながら銃口を向けてくる。《無双セイバー》を使えば撃ち合いも可能だろうが、恐らくそれではあの敵には適わない。

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ! 向かってくるってんなら、すぐにでもやっつけてやる!」

 

 さやかの叫びを以て、ついに《アーマードライダー》同士の戦いの火蓋が切って落とされた。

 



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危険な快感

「うぉああああああっ!!!」

 

 脳に流れ込んでくる紘汰の戦いを再現するように、咆哮と共にさやかは突撃した。

 

 銃を持った相手に対し、こちらも銃を使うという発想が無かったわけではない。しかし、《アーマードライダー》同士の戦いにおいて《無双セイバー》の銃撃程度では決定打には至らないという事実が、紘汰の記憶からも読み取れる。

 未だおぼろげにしか見えないながらも、さやかは紘汰の記憶から正しく知識を読み取っていたのだ。

 

 だが、対する呉島光実にも知識はある。《森》で遭遇した鎧武者の腹部にあったモノとこのベルトが同一の存在であることを所見で見抜いていた彼は、マミやほむらにも内緒で密かにベルトの機能について実験を繰り返していたのだ。

 

 実験による検証で、光実は既にこの力の全容を完璧に把握している。ゆえに、銃の有効射程の内側に入り込まれた際の対策も用意があった。

 

「うわあぁっと?!」

 

 鋭い蹴りが、さやかの鼻先を掠める。慌てて後ずさるさやかだが、光実は容赦することなく無防備なさやかの腹部に弾丸を三発ほど撃ち込んだ。

 

「がっ……ぐぅう」

 

 走る鈍痛に尻餅をつくも、光実の銃から逃れるようにさやかはすぐさま中腰の態勢をとって横にローリングした。

 

 荒い息遣いとともに再び二刀を構えて立ち上がるさやかだが、今度は腰を深く落としている。戦えば戦うほどに、さやかの体には葛葉紘汰の記憶が宿ってきているのだ。

 

「………チッ……」

 

 舌打ちと共に、紫色の鎧武者が引き金を引く。

 

「こっちだよ~!」

 

 挑発のセリフと共に、さやかは銃撃を逃れるべく敵の周囲をぐるぐると走り出した。

 

 橙色の鎧武者は走り方こそでたらめではあるものの、驚異的な走力で弾丸の追従を振り切っていく。

 

「なら……!」

 

 主兵装であるこの銃で、動き回る敵を捉えられるほど自身の射撃は成熟していない。自己判断をくだすとともに、光実は突貫した。

 

「?!」

 

 今度不意を突かれたのはさやかの方だ。銃撃による中距離戦闘を行う敵を相手にどう攻めるか考えていた矢先に格闘戦を挑まれたのだから、その驚愕は当然であるといえる。

 

「………そっちがその気なら!」

 

 だが驚きこそあれど、さやかの動きは澱まない。すぐさま足を止め、二刀を構えて腰を落とした。

 迫る眼前の敵に呼吸を合わせて、《無双セイバー》と《大橙丸》を振りかぶる。すると、敵は拳銃を突然逆手に持ち替えた。

 トンファーのそれを彷彿とさせる戦法に、さやかは驚きの中で同時に勝利を確信した。刀の二刀流と、銃を兼ねたトンファー……リーチも威力も、圧倒的にこちらの方が勝っている。

 

 さやかにとって一番恐ろしかったのは、あのまま中距離戦に持ち込まれることだった。アドバンテージを捨ててこちらの土俵に乗ってくるその度胸はなかなかであるが、しかしさやかはこの敵を“戦い慣れていない”と評価することにした。

 さやか自身、特に慣れているわけではない。だが、《戦極ドライバー》から流れ込んでくる葛葉紘汰の戦いの経験が、さやかの戦闘論理の根拠となっていたのだ。

 

 振りかぶられたトンファーより先に二刀を振り下ろして、そして――――――

 

「もらっ――――――ガッ?!?!?!?!」

 

 

 

 

 景色が突然暗転し、腹部に鈍痛が走る。気がつくと、仮面の内側には自身の吐き出した吐瀉物が満ちていた。

 

「うっ…………!!」

 

 すぐさま吐瀉物は仮面の内側に取り付けられていた装置で吸引されたが、顔にべっとりと汚物が張り付いた悪寒がそれで拭えるわけではない。さやかは肉体と精神の双方にくらったダメージのあまり、そのままがっくりと膝をついた。

 

「武器を逆手に持ったくらいで釣られるなんて、喧嘩慣れ……いや、戦い慣れしてない良い証拠だね」

 

 蓋を開ければそう大したトリックでもない。フェイントで身を乗り出させ、無防備になった腹を一気に蹴り上げたのだ。

 

「話はあとでゆっくり聞かせてもらうよ。お前が誰なのか……その仮面を剥いでやる」

 

 害意に濁った声色で呟くと、光実は既に戦闘不能の敵の顎を思い切り蹴り上げた。

 

「あぅっ………」

 

 少女の声で苦痛の声を漏らす敵に一瞬の躊躇を見せたものの、光実はすぐさま気を取り直してベルトに手をかけた。

 

「………チッ。女の子だったとしても、容赦なんかしないぞ」

 

『BUDOU OLE!』

 

 システムボイスと共に、錠前から銃へとエネルギーが充填されていく。それはまさに、目の前で横たわる鎧武者の命を奪うだけの威力を秘めていることを光実に感じさせた。

 

 敵の生殺与奪を、引き金にかけられたこの指で思うがままにできる。

 

 その圧倒的な優越感に、光実は射精にも似た快感を感じた。

 

「死ね……!!」

 

 殺意の快感に酔いしれながら、光実が呪詛を吐く。

 

 人差し指に、容赦なく力が込められた。

 




 本作において、必殺技の際に流れるスカッシュ、オーレ、スパーキングの音声はチャージレベルの差異を明確にするためのものとします。

 そのため、繰り出される技そのものに、ベルトの音声は対応していないと解釈してください。

 スカッシュだろうとスパーキングだろうと、繰り出される技は変わりません。技に込められるエネルギーが変わるだけです。


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霧の海のピニオン

 光実の構える銃口に、重々しい駆動音と共にエネルギーが充填されていく。

 

「恭介っ……!」

 

 死を覚悟したさやかが、恐怖と無念に目をつぶった。

 

「さやっ……!!!」

 

 言われたとおりに物陰から様子を伺っていたが、もう黙ってはいられない。幼馴染のピンチに、恭介は戦場に飛び込むべく立ち上がった。

 

 だが、脚が動かない。ここまで無理をして動き回っていたツケがまわってきたのだ。

 

「ぐぅっ……肝心な時に、僕は何の役にも………!!」

 

 萎え切った膝を殴りつけながら、無力感に全身を震わせる。だが刻一刻とさやかに危機が近づいているのは間違いない。何か具体的な行動を起こさなければ、あの紫色の鎧武者にさやかは殺されてしまうだろう。

 彼の先程まで口ぶりは、まるでさやかを生け捕りにするつもりがあったように見受けられたが、どうやら今はそういうわけでもないらしい。平和の中で育ってきた恭介にも伝わるほどの殺意が、あの紫の鎧武者にはみなぎっていた。

 

「やめろ……! やめてくれ……!!」

 

「死ね……!!」

 

 殺人衝動に突き動かされる光実が、狂気を孕んだ声でさやかに呪詛を吐く。

 

 己の無力に、恭介は思わず涙を零した。

 

 

 

「男が泣くもんじゃないぜ。……俺様に任せときな」

 

 

 

 背後から現れた男が、恭介の肩にぽんと手を置いて囁いた。

 

「えっ……?」

 

「さぁ行け《インベス》たちっ! あの嬢ちゃんを助けるんだ!!」

 

 威勢のいい合図と共に、さやかと光実を包囲するように次々と《クラック》が開いていく。突然の出来事に光実が顔を上げると同時に、《クラック》から《インベス》が群れで押し寄せてきた。

 

「なっ……なんだ………っ?! ぐぅあッ!!」

 

 四方八方から襲いかかってくる《森の魔獣》―――《インベス》に押さえ込まれ、身動きが取れない光実。仮面越しに周囲を見わたすと、柱の裏からこちらに歩み寄ってくる長身の男が目に止まった。

 

 豊かな金髪をリーゼントでまとめ上げ、瞳は海を写したように蒼い。全体的に派手ないでたちでの彼であるが、しかし光実が注目したのは彼の見てくれではなく、彼の手に握られた色とりどりの錠前であった。

 

「その錠前……!」

 

「おう、《ロックシード》か? お前みたいに《戦極ドライバー》を噛ませりゃ確かに変身アイテムになるが、コイツそのものは《インベス》の召喚機なのさ」

 

 人を馬鹿にして……!!

 

 屈辱が光実のプライドを激しく傷つける。

 だが、得意顔で見下してくる男に、光実は激昂しつつも疑問を叩きつけた。

 

「お前だったんだな、ほむらちゃんやマミさんを《森の魔獣》に襲わせていたのは……ッ!! お前は何者なんだ!!!」

 

「そりゃこっちのセリフだぜボーヤ。なんで旧人類のドライバーをこっちの世界の人間が持ってるんだよ? ……まぁいい。聞かれたからには名乗らねえとな」

 

 取り出した櫛でリーゼントを整えつつ、光実に視線を向ける。焼けた肌と彫りの深い顔立ちはどう見ても日本人のそれではないというのに、日本語はやけにはっきりしているのが奇妙だった。

 

「俺の名はピニオン! 人呼んで、“霧の海のピニオン”だ!」

 

 

 ※※※※

 

 

 ピニオンが堂々と自己紹介をする最中、柱の影で恭介は事態の急展開に目を白黒させていた。

 

「霧の海の、ピニオン……?」

 

「ったく、顔が割れちまったじゃないか。ピニオンのヤツ……」

 

「うぉわっ?! まだ一人いたぁッ?!」

 

 素っ頓狂な声をあげながら、恭介が背後に現れた女性を振り向く。予想以上に大きなリアクションに、女性は慌てて恭介の口を手で押さえた。

 

「ば、ばかっ! 声が大きいよっ! 別にとって食いやしないんだから」

 

 少しだけ慌てた声で諭され、なんとか声を抑える恭介。突然現れたこの女性への驚きは未だ消えないが、取り敢えず疑問をひとつ解消することにした。

 

「あなたは……?」

 

「私はベローズ。一応、あっちのバカの相棒ってことになってる。詳しいことは後で話すから、取り敢えずここから出るよ」

 

「は、はい……」

 

 促されるままに、ベローズに手を引かれる。少し休んだおかげか、脚は生まれたての子牛のようではあるが、少しは動いた。

 

「結界の外に《クラック》を開くよ。その脚じゃ辛いだろうけど、少しだけ頑張りな」

 

 言い切ると、ベローズは懐から《ロックシード》を取り出した。『L.V-01』と印刷されたそれは瞬く間に白いバイクに変形し、ベローズと恭介の目前に現れた。

 

「すごい……」

 

「ピニオン! そっちは上手くやってよ!」

 

「ったりめーよぉ! 嬢ちゃんを回収したらすぐ離脱するってぇの!」

 

 いくつか言葉を躱すと、ベローズは恭介を後ろに乗せてバイク――――《サクラハリケーン》を発進させた。

 

「ま、待て!! お前たちは何者なんだ!! どうして魔法少女を襲う!!」

 

《インベス》に取り押さえられた光実が、再度の問いかけを行う。ピニオンはうんざりといった顔で光実を見下ろした。

 

「あのバケモンを《魔法少女》だと……? センスがイカレてんのか、お前? それともあいつらに騙されてるのか……。まぁどっちでもいいけどよ。俺たちは《魔法少女》をぶっ倒すだけだぜ」

 

 不可解な一言だけを残し、ピニオンは橙色の鎧武者を担ぎ上げた。

 

「うぉっ……やっぱ変身したままじゃ重いな」

 

 ぼやきながら淡々と《サクラハリケーン》を展開すると、ピニオンは鎧武者を背中に担いだまま病院の廊下を走り去ってしまった。

 

「クソッ……待て、待てよ畜生ッ!! ピニオォオォオンッ!!!」

 

 鮮血に彩られた病棟に、光実の咆哮が虚しく木霊した。

 

 



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傷跡は深く、決意は固く

集団蒸発? 関係各所、首をかしげる

 見滝原市民病院にて二十九日午後五時ごろ、突然の集団蒸発事件が発生した。蒸発したのは、患者はもちろん、医師や看護婦といった職員も含め、およそ三十人ほどだと言われおり、その正確な数字は未だ明らかになってはいない。
 しかし病院内の人間全てが消えてしまったわけでもなく、病院から少し離れた駐車場にて多くは無事に保護されている。しかし彼らには記憶の混乱があるらしく、病院内で一体何があったのかをまるで覚えていないのだ。
 県警の発表によると、テロリストによる集団拉致の可能性も考えられるという。一刻も早い事態の解明を待つばかりである。

                   (二〇一一年十月三十日、OREジャーナル)


「これを見てください。ネット記事にまでなってます。《魔獣》の被害っていうのは、こんなにも大規模になってしまうものなんですか? いくら《魔獣》の事件は証拠が残らないとはいえ、これはあまりにも……」

 

「いえ、《魔獣》による被害は大体の場合、その地域の《魔法少女》によって未然に防がれるのがほとんどよ。今回が特別ってだけの話だわ」

 

 携帯に表示されたネット配信記事とにらめっこをしながら、光実と織莉子が言葉をかわす。病院の惨劇から二晩が過ぎ、彼らの気持ちも徐々に落ち着きだしていた。

 

 液晶画面から顔をあげると、テープの向こうで警官たちが忙しなく動き回っている。他の魔法少女たちとは別行動で現場の調査にやって来た光実と織莉子ではあったが、これではとても捜査などはできない。

 

「どうします? 分かりきっていたことではあるけど、これじゃあ現場が調べられない……。美国先輩、いったんここは帰りませんか?」

 

「それもそうね……。それに、事件そのものが起こったのはこの病院じゃなくて、“この病院の内側に擬態した《魔獣結界》”だわ。その《魔獣結界》も核を潰してしまった以上、もうこの世界のどこにも存在していない……。あなたの言うとおり、この調査は無駄骨だったようね。…………………分かりきっていたことでは、あったけれど、ね」

 

 一縷の望みをかけた調査も、結局何の手がかりも得られずに終わってしまった。現場にくるりと背を向けて立ち去る織莉子の背中は、光実にはどこか小さく頼りないものに見えた。

 

「美国先輩……」

 

 巴マミと同じように彼女もまた、力なき人々を《魔獣》の脅威から守る使命を持った《魔法少女》だ。口にこそ出さないが、それでも彼女の心は酷く傷ついているに違いない。

 しかも織莉子の場合、その現場にすら行けなかったという負い目もある。《森の魔獣》関連の問題を鑑みればそれは致し方のないことではあるが、それでも彼女は《魔法少女》だ。人々を救えるだけの力を持ちながら、しかしその救うべき人々を見殺しにしてしまった。

 

 だが今回の事件は、失うばかりでは無かったのもまた事実だ。

 

 巴マミと暁美ほむらを魔法少女であると特定し、幾度となく《森の魔獣》に彼女たちを襲わせていた犯人――――“霧の海のピニオン”を突き止め、さらにはその手口の全容すらも明らかになった。

 

 しかも喜ばしいことに、謎に包まれていたこの《戦極ドライバー》と《ロックシード》の機能も、ピニオンのセリフからそのほとんどが解明された。光実にとっての懸念であった、“ベルトの機能の不確実性”は、ここに完全に解消されたと言っていい。

 

 だが、真相が少しづつ明らかになるにつれ、それと同様にこの事件の根の深さも徐々に伺い知れてきている。

 

《魔獣結界》の中に空間の裂け目を創り出し、生き残った人々を外に逃がしていた《橙色のアーマードライダー》。

 

 ピニオンの言った《旧人類》というワード。

 

 そして、同じくピニオンが口にした“魔法少女はバケモノ”という発言――――

 

《橙色のアーマードライダー》に関してはこちらの早とちりもあったとはいえ、ピニオンの態度から見て彼の味方―――すなわちこちらの敵であることは疑いようもない。

 

 つまり《禁断の森》の一派は、一般人に被害を出すことなく《魔法少女》を殲滅することにあると推察できる。もし一般人の犠牲も厭わないというのであれば、《魔獣結界》で人々を外に逃がしていたあの行動に説明がつかないからだ。

 

「美国先輩」

 

「何かしら」

 

「僕らの敵は、意思疎通もできるし、一般人への被害を抑えようとするくらいの良識も持ち合わせていました。彼らの《魔法少女》への勘違いを晴らすことができれば、この事件は丸く収まるのではないでしょうか」

 

「そうね……。けれど私たちには彼らの所在が分からないわ。向こうから接触してくるのを待つしかないのね……」

 

「いえ、もっと積極的に動くべきですよ。顔も分からない相手を探していた以前とは違います。こちらから彼らを見つけちゃいましょう」

 

 ………光実くんって案外、肉食系なのね。

 

 密かに呟くと、織莉子は薄く微笑みを浮かべた。

 

 

 ※※※※

 

 

「ほらほらほらほらッ! そんなんじゃこの先生きのこれないよッ!!」

 

「くぅっ……!!」

 

 狂ったようにケタケタと笑いながら繰り出されるキリカの爪を相手に、暁美ほむらは呼吸をする余裕すら無い。

 

 傍から見れば一方的な暴力だが、しかしこれはほむらのための戦闘訓練なのだ。

 

「ぁんッ!」

 

 これで五度目。

 

 悲鳴をあげてうずくまるほむらの脇腹から、鮮血が滴り落ちる。

 

「暁美さん、これ以上はもう……」

 

 監督役に徹していたマミも、思わずほむらにギブアップを促す。病気で今までほとんど寝たきりだったというハンデもあってか、暁美ほむらの運動能力はお世辞にも高くない。情熱はあっても彼女の場合、その情熱に体がついていけてないのだ。

 

「ま、まだやれますっ……呉さん、もう一度っ、お願いしますっ……」

 

 暁美ほむらが立ち上がるのには理由がある。

 

 先日の病院での一件で、彼女が現場に到着した時にはほとんど片付いていたからだ。

 

 己の不甲斐なさのせいで、救えたはずの多くの命が奪われたからだ。

 

 唯一出来たことといえば、《森の魔獣》に取り押さえられていた光実を救出したことぐらい。

 

 ………これでは、魔法少女になった甲斐がない。

 

「私も、弱いものいじめが好きってわけじゃないんだけどな……。グリーフキューブだってほら、今回たくさん収穫できたとはいえ、無限じゃないし」

 

「じゃあもう治癒魔法は使いません。呉さんから一本取るまでは、やめませんっ……!」

 

 闘志に燃えるほむらの瞳が鋭い光を放つ。

 

 暁美ほむらもまた、更なる“変身”を遂げようと必死にもがいていた。

 




 この小説の独自設定ですが、《魔獣》の習性についてまとめます。

●その場所そっくりな《魔獣結界》を展開し、その中に潜んでいる。

●《魔獣結界》は現実世界とは異なる次元に存在している偽物の世界であるため、《結界》内部でどれだけ建物などが壊れても現実世界におけるその場所には何の変化もない。つまりはミラーワールド。

●《結界》内部には《魔獣》の源であるこの世界の《呪い》が充満しているため、それらを遮断するなんらかの方法が無ければダークサイドに堕ちてしまい、理性を半ば喪失してあらゆる物事に怯えるようになってしまう。逆に、この《呪い》に犯されていた人間は《結界》の外に出ると、世界による修正が働き、《呪い》に侵されていた間の記憶を喪失してしまう。

 ……これは余談ではあるが、さやかの強さに励まされ、ほんの一瞬ではあるが何人かは《呪い》を振り切っていた。《結界》の出来事は忘れてしまった彼らだが、さやかの示した“強さ”は記憶のどこかに刻まれているのかもしれない。


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変わりゆく二人

 十二回の試合の末にとうとう暁美ほむらが力尽きた頃、美国家に彼女の迎えがやって来た。

 

「ほ、ほむらちゃんっ?!」

 

「あらあらキリカ、ちょっとおイタが過ぎるんじゃなくて?」

 

「待ってくれ織莉子! 誤解だ! 私はやめようって言ったのに、暁美ほむらが聞かなかったんだよ!」

 

 ぐったりとしたボロボロのほむらを挟んで、織莉子とキリカがいつものやり取りを交わす。どんな時でもこの二人は固く結ばれているのだ。

 

「酷い傷だ……。どうして治癒魔法を使わなかったんだ!」

 

 とはいえ、ほむらの状態が芳しくないのは変わらない。光実はワタワタと取り乱しつつも織莉子の傍に駆けつけた。

 

「暁美さんの治療は私が行うわ。光実くんは暁美さんを運んであげて」

 

「は、ぇ……はい!」

 

 冷静に対処するマミに釣られて我に返った光実は、慣れない手つきながらもなんとかほむらを抱え上げて屋敷に入っていった。

 

 

 ※※※※

 

 

「ほむらちゃん、大丈夫でしょうか……」

 

 心配そうな声色で呟く光実の表情は暗い。ほむらのおしぼりを取り替えてやりながら、当の怪我人よりも深刻な表情でため息をついた。

 

「ふふっ……。光実くんって、普段はどんなことにも動じないけれど、暁美さんのこととなるとすごく心配性よね」

 

 たおやかに微笑むマミの言葉に、光実は驚きと羞恥心で顔を赤く染めた。

 

「んなっ……僕は別に、そういうつもりじゃ……」

 

「いいのよ。普通の子との恋愛は魔法少女にとっては御法度だけれど、あなたは“こちら側”の関係者のようなものだから」

 

「あ、あはは……。巴先輩の目はやっぱりごまかせませんね」

 

 照れくさそうに頬をかく光実が、砕けた笑顔を浮かべる。だが、マミは彼の笑顔を素直に喜べずにいた。

 

「光実くん、正直に言うと、私はあなたが戦うのには反対だわ」

 

「え……?」

 

 思いもよらぬ先輩の一言に、笑顔が凍りつく。

 

 彼女がこちらに向けてくるあの瞳は……哀れみと、心配だろうか。

 

「《森の魔獣》……いえ、《インベス》だったわね。その《インベス》と戦うには、確かに私たち《魔法少女》は人手が足りないわ。今回のような事件を未然に防ぐためには、あなたにも戦ってもらわなければいけない状況が、きっとこれからたくさんあるでしょう。でもね……」

 

 哀しげに瞳を伏せ、紅茶を口にする。マミの所作は見とれるほどに美しかったが、今の光実にとってそれらは取るに足らぬ情景にすぎなかった。

 

「戦力が足りないのなら、僕が変身すればいいだけのことです。いったい何が問題だっていうんですか」

 

「………そんな言い方ができてしまう時点で、光実くん。あなたは“命を賭けた戦い”がどんなモノかまるで分かってはいないわ」

 

 アメリカで味わったそれに匹敵するマミの凄みに、光実はゾッとした。

 

「私たち《魔法少女》は、キュウべぇとの契約のもとで戦っているの。私たちの活動は伊達や酔狂じゃない。叶えてもらった願い……その対価として必要な闘争なのよ。でもあなたは違う。ただ私たちの戦いを知って、首を突っ込んで、偶然手に入れた力を使って飛び込んできただけの……誤解を恐れずに言ってしまえば、他人だわ」

 

 突き放すような言葉に、光実は思わず絶句した。もちろん言い返すこともできないわけではないが、それすら許さぬ意志の光がマミの虹彩にちらついていたのだ。

 

「あなたは以前この場所で、暁美さんのために戦うと言ったわね。……でも、それは“暁美さんを守ることによって彼女に感謝されたい”だけではないの?」

 

「ちっ………違う、僕は……!」

 

「酷いことを言っているのは自覚しているわ。だけど聞かせて光実くん。あなたの戦う理由を、その覚悟のほどを。いい加減な意思で戦場に立ってしまった《魔法少女》の末路をたくさん見てきた私には、今のあなたはあまりにも危うすぎるのよ……」

 

 俯き、唇を噛む光実。

 

 病院での戦いで感じた、人の命運を手中に収めるあの快感が脳裏をよぎる。冷静になった今なら言えるが、あの時の自分は快楽に溺れる邪悪そのものだった。

 

 快感に呑まれるのが先か。

 

 命を落とすのが先か。

 

 マミの言葉は光実に逃げ道を与えず、しかしこれ以上なく厳しい優しさに満ちていた。

 

 

 ※※※※

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=pRqeDWmDUxM&index=6&list=PL95Nm5f4kEsA5LgpxyjBu_2ErZN16oIP5

 

 

「……それで光実くんは、なんて答えたの?」

 

「……答えられなかった」

 

「………そう」

 

 帰り道、周囲から見えなくなる隠匿の魔法で身を隠しながら帰路につく光実とほむら。だが二人の顔は、暗く沈んでいた。

 

「私もずっと、考えてるの。……《魔法少女》になって戦っても、以前から感じていた世の中への劣等感や疎外感は前と変わらない。というかそもそも、《魔法少女》としての活動に、そんなモノを求めてしまっている不純さ……っていうか。そういったモノを抱えている限り、私は永遠に一歩も進めないんじゃないかって」

 

 夜風にさらわれそうに小さな声で吐露したその言葉は、紛れもなく彼女の本心から零れた苦悩そのものであった。

 

「…………」

 

 無言で傍らのほむらを抱き寄せる光実。唐突な抱擁に一瞬びくりとはしたものの、しかしほむらはすぐに彼の腕の中へと身を委ねた。

 

 行き交う人が、隠匿の魔法で隠された二人に気付くことなくその傍らを歩き去っていく。スクランブル交差点の中でただ二人、寄り添う少年少女はまさに世界から切り離されていた。

 

「一人じゃ無理なら、僕も付き合うよ。二人で一歩、踏み出そう」

 

「………うん」

 

 他に誰もいない、今はまだ小さな世界。

 

 交わされた幼い二人の秘め事を、月だけが見つめていた。

 



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異世界よりの使者

 時は遡り、十月二九日 午前零時。


 目が覚めると、乳白色の天井が見えた。どうやらベッドに寝かされていたらしい。重い頭を無理矢理に持ち上げて周囲を観察すると、さやかはここがホテルの一室であることを理解した。

 

「ぇ……?」

 

 視覚情報とそこから導き出される自身の現状が、唐突すぎて把握できない。未だまどろみの中にいるさやかにとって、それは仕方のないことではあるのだが。

 

「目が覚めたかい? あ、ご家族の方には『友達の家に泊まる』って言っといたから安心してね」

 

 落ち着いた色調の中に、鮮やかな赤が現れる。思わず瞬きを繰り返して、さやかはそれがベローズであることを理解した。

 

「えっ、ベ、ベローズさんっ?!」

 

 海色の瞳、長い赤髪。間違いない。

 さやかにはすぐに彼女がベローズであると分かった。

 

「よう、俺のことも覚えてるか? サヤカ」

 

 顎に手を当ててにししと歯を見せる長身の男。特徴的なリーゼントは一度見たら忘れられないが、しかしさやかはどうしても彼が誰だか分からなかった。

 

「えっと……誰でしたっけ」

 

「おいおいそりゃねえだろ? 敵の《アーマードライダー》にコテンパンにやられてたのを助けてやったのを忘れたのか?」

 

「――――!!」

 

 男の言葉で、混濁していたさやかの意識がはっきりと覚醒する。

 

 鮮血に濡れる病棟。

 

 葛葉紘汰との邂逅。

 

 そして手に入れた、新たな力――――

 

「――――鎧武(ガイム)

 

 夢の中で何度も出てきたその言葉。おそらくきっと、この力はそう呼ばれていたモノなのだろう。

 

「やっぱ俺の思った通りだな。サヤカ、お前さんには気の毒だが、こうなっちまったのは運命ってやつだろうさ。………全てを教えてやる」

 

 どこか憐れむような口ぶりで、男―――ピニオンがさやかに“運命”を投げかける。

 

「まず、何から話そうか……」

 

「ちょっとピニオン、サヤカはまだ回復しきってないんだよ?!」

 

「そうかもしれねえが、分からないことだらけで放置するのも可哀想じゃねえか」

 

「………」

 

 言い合う男女をどこか他人事のように見つめながら、さうかはピニオンが言った運命というワードにどこか計り知れないナニかを感じていた。

 

「……あ、恭介! 恭介はどうなったんですか?!」

 

 はっと我に返って、弾けるようにして想い人の名を叫ぶ。さやかにとっては、そちらの方が優先事項なのだ。

 

「安心しな。キョウスケは無事だよ。さっき病院の前に置いてきた。あの《結界》の特性上、何が起きたのかもキレイさっぱり忘れてるだろうさ」

 

 何やら聞き慣れぬ単語を含んだ状況説明であるが、それでも上條恭介は無事らしい。さやかはほっと胸をなでおろした。

 

「よかった……」

 

「でも、あんたは喜んでばかりもいられないんだよ。あんたは“神”に選ばれてしまったんだからね」

 

「…………神?」

 

 さらに飛び出した聞き慣れぬ単語に、さやかは訝しげに首をかしげる。ベローズを疑う訳では無いが、しかし彼女の話はあまりにも突飛だった。

 

「いったいどういう意味なんですか? 結界とか、神とか」

 

 齢十四のさやかにとって、中二病は身近なモノだ。クラスの男子にも、そういう言動をとる者は少なからず存在する。だがしかし、彼らの言う妄想と、ベローズが口にする言葉とは、どうしようもなく“重み”が違った。

 

 戯言の類と断じて切り捨ててしまうには、あまりにも危険な言葉たち。

 

 さやかは直感を信じて、ベローズとピニオンの言葉に耳を傾けた。

 

「そうさな……。サヤカ、今から俺たちが話すことは全て、一言一句本当のことだ。あのノイズのバケモノを見たお前になら、きっと飲み込める話だと信じてるぜ」

 

 重々しく前置きを語るピニオンに、首を縦に降る。しかし悲しいかな、さやかのキャパシティーはこれから語られる真実を許容するにはあまりにも小さく、そして幼いのだ。

 

「まず、俺とベローズはこの世界……いや、この星の人間じゃねえ。ここと限りなく近い、たどってきた歴史すらほとんど類似する、いわば“もう一つの地球”の住人だ」

 

「………はい?」

 

「今はまだ分かんないだろうけど説明を続けるよ。さっき『たどった歴史すら類似する』とは言ったけれど、私たちの地球とこの地球は、ある点で根本的に異なる歴史を歩んでいる。そしてその異なる点による分岐が発生して数百年経った、いわばifの未来……私たちは、そこからやって来た」

 

 ベローズの言葉を要約するならば、彼女らは異世界における未来の地球からやって来た存在、ということだろうか。

 

「……大体わかった。かな?」

 

 無理やり納得して、さやかは話の続きを促した。

 

「私たちの世界では、神様によって作られた新しい人類である私たちは海の上で船団を作り、そこで暮らしていた。私たちの神様である《ロード・バロン》が、そうルールづけたのさ」

 

「陸地には野蛮で獰猛な旧人類の生き残りが、まだまだたくさんいるからな。そして奴らが海に出てこられないように、《ロード・バロン》は地球上の陸地全てを《森》で覆い尽くした。《森》には守護者である《インベス》が闊歩し、旧人類は彼らとの闘争をむこう数百年にわたって続けている。まぁそんなわけで、俺たち海の民たる新人類はのどかに平和に暮らしていたのさ」

 

「でも、数年前にその平和は破られた。……たった一人の、小さな女の子によってね」

 

 憎々しげに語るベローズ。話の半分も飲み込めないが、しかし彼女が本気で悔しそうにしているのはさやかにも伝わってきた。

 

「……当時俺たちは、その娘を漂流者だと思っていた。ずいぶんと衰弱していたから、海でそいつを拾った俺の兄貴が、責任を持って看病にあたった。……だがな。その娘はこともあろうか、俺の兄貴を…………食いやがった」

 

 憎しみを募らせ暗い声で、ピニオンが事実を淡々と吐き捨てる。さやかは雲行きの怪しくなってきた彼らの話に若干の恐怖感を抱き始めた。

 

「俺の兄貴だけじゃねえ。俺たちの船団……《ガルガンティア船団》全体が、そのバケモノ娘のせいで甚大な被害を被った。俺たちにも自衛の手段があったが、奴は自分の結界に獲物を閉じ込めるっつー習性を持っていやがった。結局《ガルガンティア船団》はほとんど壊滅。俺とベローズも、その《結界の化け物》に食われそうになった」

 

「でも私たちは、危機を察知した《ロード・バロン》によって遣わされた一人の《オーバーロード》によって救われた。……紹介するよ」

 

 ベローズが背後に一礼し、うやうやしく膝をつく。

 

 すると、つい先程まで何もなかったその空間に、突然黒衣の男がその姿を表した。

 

 黒のロングコートにサングラスといった出で立ちと、ベローズたちとは対照的に青白い肌は、とても彼女たちと同じ世界の存在とは思えなかった。だが、あのピニオンですら膝をついているあたり、きっとこの人は偉い人なのだろう。さやかも二人にならって、ベッドの上ではあるが頭を下げた。

 

「あぁ、いいよ。楽にしてくれ。………はじめましてサヤカ。僕は、ベローズの話に出てきた無銘の《オーバーロード》だ。名前はなくしてしまったが……みんなは僕を《サーヴァント》と呼んでいる」

 




 本作における《翠星のガルガンティア》出身のキャラクターは、“戒斗さんによって創造された新たな人類”です。そのため、原作である《ガルガンティア》に登場するベローズやピニオンとは一切の相互関係を持たない赤の他人なので、その点につきましてはご了承願います。


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不気味な圧力

「えと……オーバーロード、様? それとも、サーヴァント様?」

 

「“様”はつけなくていいよ。《オーバーロード》という呼び名そのものが敬称だからね。僕のことは気軽に『サーヴァント』と呼んでくれ」

 

 穏やかな態度をとるサーヴァントだが、しかし彼の物腰は非常に物騒だ。ボサボサの黒髪や無精髭、そしてサングラスの奥の瞳。それらすべてが、彼の外見を危険人物のそれである。

 

「サーヴァント様は、俺たちの神である《ロード・バロン》の右腕なんだ。サヤカ、粗相のないようにな」

 

 小声で耳打ちしてくるピニオンの額に脂汗が浮かんでいる。それだけ各の高い人物なのだろう。

 

「……さて、話の続きをしよう。僕らは《旧人類》以外の新たな脅威であるその《結界の化け物》の正体を探るべく調査を開始した。その結果、たどり着いたのがこの世界だったというわけなんだ。……ここまでで質問はあるかい?」

 

 正直言えばここまでの話のほとんどを理解出来ていないが、彼らは彼らなりの事情があってこの異世界へとやって来たということなのだろう。

 

「えと……。ベローズさんたちはベローズさんたちの神様に生み出された新しい人類で、古い人類は陸地に閉じ込められてて、だけど新しい敵が現れて……ってことですか?」

 

「上出来だ。サヤカは賢いね」

 

 やつれ気味の顔に笑顔を浮かべて、サーヴァントが笑う。黙っている時も十分恐ろしいが、笑顔を浮かべられるともっと恐ろしかった。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「そして、ここからが本題だ」

 

 不気味な笑顔はすぐに消え、再びサーヴァントは無表情に戻った。余計な感情などはとうに捨てているのだろう。

 底冷えするものを感じながら、さやかはしかし目をそらさないように努めた。

 

「きみや、きみと戦ったあの鎧武者……あれは《戦極ドライバー》という装置で《アーマードライダー》と呼ばれる存在に変身した姿だ。《戦極ドライバー》というのは僕ら《新人類》側に対抗する《旧人類》が作り出した装備で、きみも体感した通り、恐るべき能力を使用者に付加する機能がある。あれを身につけることで、《旧人類》は僕のような《オーバーロード》に対抗しているんだ」

 

「え、それって、サーヴァントさんたちの敵が、私たちの世界に《ドライバー》を流出させてるってことですか?」

 

「いや、今の《旧人類》に平行世界への《クラック》を開くような力も設備もない。

《戦極ドライバー》の流出そのものは、おそらく事故と見て問題はない。きみの前に現れたあの《演義タイプ》のアーマードライダーは、偶然の産物だ」

 

 紫色の鎧武者が瞼の裏に蘇る。サーヴァントの言を信用するなら、《演義タイプ》と呼称される彼は偶然手に入れた《ドライバー》を使っているだけの、こちらの世界の人間ということらしい。

 

「だがサヤカ。きみの持つ《戦極ドライバー》は、ピニオンの解析の結果、とんでもない代物であることが発覚した。……葛葉紘汰、という名前に聞き覚えは無いかな?」

 

 サングラスの奥の瞳がさやかをじっと見つめる。さやかは居心地の悪さを噛み締めながら、正直に白状した。

 

「あります。私、病院で紘汰さんに助けられて、その時に《戦極ドライバー》を託されたんですよ」

 

 さやかが言葉を紡ぐと同時に、深刻な空気が彼らを包み込んだ。どうやらこの事実は、彼らにとって相当まずかったらしい。

 

 

「これで確定、か……。いいかいサヤカ、《葛葉紘汰》というのは、僕らの世界における、《ロード・バロン》の対になる神の名前なんだ。荒ぶる戦神で、新世界を創造しようとした我が《ロード》の前に立ち塞がった、僕らにとっては恐るべき存在なんだよ」

 

 サーヴァントの言葉に、ベローズとピニオンもうんうんと頷いている。どうやら彼らにとって、葛葉紘汰は畏怖されるべき魔王のような存在のようである。

 

「そしてきみの持つ《戦極ドライバー》は、その葛葉紘汰の転生体だ。意識は未だ眠り続けているようだが、その《ドライバー》がどんな力を生むか想像もつかない。今後、その《ドライバー》とその資格者であるきみは、我々にとって最大の障害になるかもしれない」

 

「ぇ……」

 

 やっと分かった、居心地の悪さの正体。

 

 サーヴァントと名乗るこの男は、こちらをいつでも殺せるように身構えつつ、しかし殺気を押し殺しているのだ。

 

 背後のベローズやピニオンも、渋い顔でこちらを見つめている。彼らにとって相当に危険な力を有しているという自覚が、さやかの中に初めて芽生えた。

 

「だから、僕らとしてはきみには協力して欲しいんだ。僕らはこの世界に干渉しない。ただ、僕らの世界に攻めて来たあの《結界の化け物》のモトを絶つことだけが、僕らの目的なんだ」

 

 真摯に訴えかけてくるサーヴァントに続いて、ベローズやピニオンも頭を下げてくる。病院で出会ったあの半透明の青年にそこまでの力があったというのはにわかに信じ難いが、このサーヴァントという男は自分が断った瞬間、こちらの息の根を止めてくるであろう確信がある。自分の安全のためにも、さやかにはイエスの選択肢しか無かった。

 

「……………分かりました。協力、します」

 

「……………ありがとう」

 

 再び浮上してくるサーヴァントの不気味な笑みに、さやかは怖気と恐怖のあまり鳥肌が立った。

 



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時を超える悪意

 サーヴァントは語った。

 

 ピニオンとベローズをこの世界に連れて来たのはサーヴァントであること。

 

 彼らの世界を揺るがした新たな脅威―――《結界の化け物》の正体が、この見滝原市からやって来た《魔法少女》を自称する少女であること。

 

 他にも様々な事柄が語られたが、それらは全てさやかの耳を通り抜け、吐き出された紫煙のように空中に霧散していった。

 

 だが一度家に帰ってじっくりと考えて、得た情報を総括すると、どうやら自分がとんでもない立場に立たされていることがわかってきた。

 

 まず、ベローズたち異世界人の問題。

 

 彼らの信仰の詳細はよく分からないままだが、彼らの神と敵対する存在である葛葉紘汰と自分は同一視されている。もちろんさやかは異世界の神なぞ見たことも無いのだが、彼らは自分の中に眠る葛葉紘汰がいつ牙を剥くのか気が気でないらしい。

 

 そして第二の問題とは、彼女たちの世界を脅かした《結界の化け物》なる存在は、この世界からやって来た存在であること。

 

 もちろんさやかの知る常識に、そんな《結界の化け物》などは存在しないし、一番それらしいあのノイズの怪物たちも、ベローズたちの証言とは食い違っている。

 それどころか彼らの調査によると、《魔法少女》を自称する女の子というのが、この世界における《結界の化け物》の正体らしいのだ。もちろんこの《魔法少女》などという存在がこの世界に実在することも、さやかは知らない。

 

 

 

 ………あまりにも非現実的な現実に、さやかは頭を抱えた。

 

 唯一この珍妙な状況を別な角度から捉えうるであろう存在である葛葉紘汰も、病院でのあの一件以来《ドライバー》のまま黙して語ることは無い。

 

 与えられた真相は漠然としすぎていて、さやかの理解を完全に凌駕してしまっている。そしてそれを検討し、考察するだけの知識もまた、彼女は持ち得なかった。

 

 結局、状況に流され、わけのわからない脅しをかけられ、混乱の末に少女が選んだ結論は、“彼らに協力し、まだ見ぬ《魔法少女》とそれに味方する《演義タイプアーマードライダー》を殲滅すること”だった。

 

 

 ※※※※

 

 

 急ピッチで進められた改装によって、見滝原市内は近未来的都市の様相を呈することになったのは既に周知の事実ではある。だが光あるところに影ありとはよく言ったもので、改装以前の状態を未だ残している古い建物の多くは寂れ果て、それらの密集する場所はちょっとした無人街となっていた。

 廃墟マニアやたまり場を求める無軌道な若者たちが時折訪ねてくるものの、基本的にここは人のいないゴーストタウンだ。数日前に暁美ほむらが“死”を感じたこの街は、真実既に“死んでいる”と言えるだろう。

 

 しかしこの“死んだ街”旧見滝原市街に、二人の男が連れ立って歩いていた。

 

 果たして、異世界よりの使者サーヴァントと、その従者ピニオンである。

 

「こんな所に連れ出して、いったいどんな用だい、ピニオン」

 

「一つどうしても聞きたいことがありまして。……昨日、どうして俺たちを病院に派遣したんです?」

 

躊躇無く質問してくるピニオンを流し見ながら、サーヴァントはタバコに火をつけた。

 

「《魔法少女》がエネルギー補給手段にしていると考えられる《ノイズの化け物》の大量出現が観測されたからさ。奴らが現れれば《魔法少女》も現れる。こちらの存在に感づいていた奴らに奇襲をかけるには絶好のタイミングだと踏んだんだ」

 

「ならば何故、その時そう言ってくれなかったんです。………本当は、あの病院に葛葉紘汰がいたのを存じていたのではありませんか?」

 

 使い慣れない敬語で、しかし鋭さを伺わせる口調で淡々と語るピニオン。向こう見ずで夢見がちな性格ではあるが、同時に本業の技術屋らしい合理的思考を併せ持つ食えない男でもあるのだ。

 

「何故、僕が葛葉紘汰の居場所を知っていたのだと思う?」

 

煙を吐き出すサーヴァントの目は相変わらず虚ろだ。疑問を投げかけてはいるが、しかし彼の瞳はピニオンを映してはいない。

 

「………数週間前にロード・バロンが《森》で何者かと接触し、巨大な焦土を残してその消息を絶ったという情報を信頼できる筋から入手したからです。《黄金の果実》を持つかのロード・バロンに拮抗しうる力を持つ存在といえば、葛葉紘汰以外には考えられません。《黄金の果実》の欠片を持つ《オーバーロード》であれば、数百年経った今になって復活を遂げたといっても不思議ではありませんからね。しかし同等の戦力を持った奴も無事では済みはしないでしょう。戦いの結果、力を失ってこちらの世界に流れ着き、病院に搬送されていると推測するのは、不自然では無いと思われます」

 

「なるほど。そして僕はその推論を確かめさせるためにきみとベローズを病院に向かわせ、そして偶然にも《ノイズの化け物》が現れてしまった、と……。だが仮にそうだったとして、きみは何が言いたいんだい?」

 

「ロード・バロンが消息不明になってしまったという情報を、オレ……私やベローズに敢えて知らせなかったのは無用の混乱を避けるための処置として当然であります。しかしサーヴァント様、私たちは船団のため、世界のために、命を賭してこの異世界にやって来たのです。恐れ多いことは重々承知の上ではありますが、もっと私たちと情報を共有して欲しいのです」

 

「つまり?」

 

「葛葉紘汰がこの世界に漂着していたということは、つまりロード・バロンもこの世界にいる可能性があるということです。《魔法少女》と《結界の化け物》の調査を中断し、ロード・バロンの救出に当たるべきではないでしょうか」

 

 ピニオンの額に玉のような汗が浮かんでくる。仕方のないことだろう。彼はサーヴァントに対して、『情報を秘匿することでロード・バロンの救出活動を意図的に避けているのではないか?』という疑惑をぶつけているのだ。

 

「一応言っておくが、僕は何もロード・バロンの危機を放ってあるというわけではないよ。きみたちに《魔法少女》関連の調査を引き続き行ってもらっている水面下で、僕もこっそり調査を続けていたのさ。それに、今回きみたちの働きのおかげで葛葉紘汰の所在を確認できた。つまりこの世界に我がロードがいる可能性はうんと高まったというわけだ。しかしだからといって、ロード・バロンの捜索にきみたちを駆り出したりはしない。例えきみらが望んだとしてもね」

 

「…………はい………」

 

 虚ろな目をした《オーバーロード》の“仕事の住み分けを徹底するように”という指令に、ピニオンは渋々引き下がった。

 

「さて、僕はロード・バロンの捜索。きみとベローズは《結界の化け物》の調査。ここからはこの辺をキッチリ分けていくこととしようか」

 

「分かりました。しかしサーヴァント様。この事件、あまりにも分からないことが多すぎませんか? 何故か繋がってしまった二つの世界、《魔法少女》と《結界の化け物》、流出した《戦極ドライバー》、そして復活した葛葉紘汰……。オレには何がなんだか分からなくなってきたぜ……」

 

 頭を抱えるピニオンが、思わず敬語を忘れてぼやく。

 

「ああ、そうだね……。だけどねピニオン」

 

 リーゼントが萎れてしまうほどの混乱を抱く彼に対し、しかしサーヴァントは更なる混乱を投じた。

 

「僕らの敵が《結界の化け物》でもなく、葛葉紘汰でも無いとしたら、どうだい」

 

「………は?」

 

「僕らの世界とこの世界を繋いで《結界の化け物》を呼び込んだ何者か……。真の敵がいるとすれば、それはその“何者か”じゃないかと僕は思っている」

 

「……旧人類勢力、ですか? しかし奴らには――――」

 

「そんな設備も技術も無い。ならば彼らにその設備と技術を与えた“ナニか”が存在すると考えるのが自然だろう?」

 

「―――――まさか、サーヴァント様、あれはあくまで伝説じゃ――――」

 

「………《戦極凌馬の遺産》。案外、実在するかもしれない」

 

 




【第四話 混迷の戦場】はこれで終了です。

第五話はこれまでとは趣向を変え、見滝原市では無く風見野市を舞台に物語が展開していきます。ご期待ください。


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【断章】
人物紹介その2


【第三話】から【第四話】までの登場人物をまとめました。

翠星のガルガンティアからのキャラクター引用等もありますが、彼らの設定はこの小説にあわせてかなり改変されています。

今後も虚淵玄先生の作品から続々キャラクターを引っ張ってくる予定ですので、また折を見て紹介していきます。



●呉島光実【出典:仮面ライダー鎧武】

 

『魔獣の世界』出身。偶然手に入れた《戦極ドライバー》で、異世界では《演義タイプ》と呼ばれるアーマードライダーへの変身能力を手に入れた中学二年生。

 あらゆる場面で活躍する万能の天才であり、まさに完璧をカタチにしたような少年。

 だが、数年前にアメリカで体験した“とある出来事”のせいで倫理観を少々こじらせており、自分に関係ない人間の命を軽んじる傾向にある。それでも心を開いた人間に対しては年相応の少年らしい表情を見せてはいるが、果たして……?

 

 

 

●暁美ほむら【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。新たな敵《森の魔獣》改め《インベス》の出現で揺れる見滝原において、魔法少女としてあまりに半端な自分の弱さに苦悩する中学二年生。親友の美樹さやかが成長していくのを傍らで見ながら、彼女のように新しい自分へと“変身”したいという願望を持っている。

 なお、光実とは友達というのも少し違う間柄ではあるものの、かといって恋人同士というわけでもない。彼との距離が縮まるには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 

●巴マミ【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。美国織莉子と結託し、見滝原市の魔法少女をまとめあげる実力者派魔法少女。中学三年生という受験真っ只中な身分ではあるが、地元公立高校へ進学できるだけの学力は常にキープしているらしい。

 合理的計算で動き、ある種冷徹でさえある織莉子とバランスをとるように人情家な側面を持っており、悩むほむらや光実に厳しくも優しい愛情を向けている。殺伐としがちな魔法少女の世界において、彼女の存在は大きな精神的支柱であると言えるだろう。

 

 

 

●美樹さやか【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。葛葉紘汰が転生した《戦極ドライバー》によって橙色の《アーマードライダー》へと変身する力を手に入れた中学二年生。親友の志筑仁美に贈られた言葉によって精神的な“変身”を遂げ、恭介に関する悩みの一部を振り切ることに成功した。だが彼女をとりまく環境は、彼女の都合を無視して進行してしまう。

 そして偶然が重なった結果、とうとう異世界人を名乗る謎の集団になぜか協力するハメになってしまった。

 何故戦うのか? 誰とどう戦うのか?

 答えの見えない日々が、これから始まろうとしていた……。

 

 

 

●志筑仁美【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。悩むさやかに複雑な心境を抱きつつも、持ち前のフェアプレー精神から彼女の心を救った、ある意味さやかの恩人的存在。レズセクシャル風な雰囲気を装いながらも上條恭介に一途な想いを寄せていたり、かと思えば悩める恋敵を励ましたりと、彼女は彼女で色々と自分の立場の置き場所を迷っているところがあるのかもしれない。

 

 

 

●上條恭介【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。美樹さやかと志筑仁美という二人の少女から思いを向けられる罪な中学二年生。不慮の事故でこれから始まるはずだったヴァイオリン人生を奪われた苦しみの渦中から、未だ抜け出せずにいる。

 

 

 

●中沢【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。本名不詳の中学二年生。とはいえ、別に本人が名前を隠しているわけでもないので、ただ単にフルネームが周囲に定着しないだけかと思われる。学校周辺でよく見かけるベローズに想いを寄せており、思わずストーカー行為まで働いたほど。

 

 

 

●早乙女和子【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。結婚を焦る花の34歳。独身。男に振られた翌朝の彼女の演説は、クラスの名物となっている。

 

 

 

●葛葉紘汰【出典:仮面ライダー鎧武】

 

『鎧武の世界』出身。結末の異なった『バロンの世界』における彼はとうに故人であるが、この紘汰はそれとは異なる世界線からやって来た存在なのであまり関係はない。

 戒斗との激突の余波で魔法少女の世界に漂着しており、身元不明の患者として病院に搬送されていた。

《魔獣結界》と化した病院から人々を逃がすために力を使ったが、消耗の激しいその身には負荷が大きすぎたため、さやかに力を託すという形で《戦極ドライバー》に転生し、いつ目覚めるかも分からぬ休眠状態に入ってしまった。

 

 

 

●駆紋戒斗【出典:仮面ライダー鎧武】

 

《ロード・バロン》を名乗る新世界の神。その正体は、葛葉紘汰との決戦に勝利して《黄金の果実》を手に入れた、【仮面ライダー鎧武】とは異なる歴史をたどった平行世界『バロンの世界』を統べるオーバーロード・インベスだった。

“弱者が虐げられない世界”の実現を、新たに想像した新人類に託し、《禁断の森》に今も尚潜伏する旧人類残党を狩り出す日々を送っていた。

 

 

 

●美国織莉子【出典:魔法少女おりこ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。少し天然ボケが混じっているものの、頭のキレは見滝原一の策士系魔法少女。人情派なマミとは対照的に、常に冷静沈着な態度を崩さない。ふわふわとした普段の振る舞いも、悲しいかな、彼女の策謀の内なのである。

 

 

 

●呉キリカ【出典:魔法少女おりこ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。見滝原の魔法少女の中でも一番の危険人物。狂ってはいるが馬鹿でもない、織莉子以外には制御不可能な文字通りの爆弾だ。

 

 

 

●ベローズ【出典:翠星のガルガンティア】

 

『バロンの世界』出身の18歳。家族同然だった《ガルガンティア船団》を《結界の化け物》と呼称される未知の存在に傷つけられたことに激しい憤りを感じている。

 ピニオンとは船団時代からの仲だが決して恋人同士だとかでは無く、彼のことは“お互い言いたいことを言い合える仲間”として認識しているらしい。

 

 

 

●ピニオン【出典:翠星のガルガンティア】

 

《ガルガンティア船団》にいた頃はベローズと共にサルベージ業をしていた、『バロンの世界』の20歳。海で船団を営むという自分たちの数百年間変わらない生活方式に飽き飽きしており、いつの日か陸に上がることを夢見ていた。

 だが、突如襲来した《結界の化け物》によって兄を殺されたことで心境が変化。兄の夢でもあった陸地上陸の野望はもちろん、彼の仇を討つという新たな目標も見据えている。

 

 

 

●サーヴァント【出典:仮面ライダー鎧武、Fate/Zero】

 

『バロンの世界』出身。《サーヴァント》と周囲から呼ばれる、無銘の《オーバーロード・インベス》。《結界の化け物》の出どころが別世界に通ずるクラックであることを発見し、被害にあった《ガルガンティア船団》の生き残りであるベローズとピニオンを従えてこの世界にやって来た、一連の魔法少女襲撃事件の黒幕。

 ロード・バロンの片腕として長年戦ってきた男ではあるが、しかし彼の怪しげな容貌は、カリスマに溢れる主人とは違って周囲を遠ざけてしまっている。

 かなりのチェーンスモーカーで、タバコが無いと落ち着かない。また無類のジャンクフード好きで、ベローズとピニオンの目が届かないところではいつもハンバーガーを貪っているのだとか。

 

 

 

●戦極凌馬【出典:仮面ライダー鎧武】

 

 葛葉紘汰が勝利した『鎧武の世界』、駆紋戒斗の勝利した『バロンの世界』……そのどちらにおいても死亡している、狂気の天才科学者。彼の死後、数百年経った今も尚『バロンの世界』において彼は新人類、旧人類双方にとって伝説の男となっている。彼の《戦極ドライバー》や《ロックシード》といった発明が、旧人類勢力に多大な影響力を与えているのは想像に難くない。

 また一部では、種として滅びかけている旧来の人類を救う切り札である《戦極凌馬の遺産》なるものが存在していると、まことしやかに囁かれているという。

 いずれにせよ『バロンの世界』では、新世界を作った駆紋戒斗、旧世界を守ろうとした葛葉紘汰に並んで、彼らにとってこの男は紛れもなく“伝説”なのだ。

 



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出典紹介その2

【翠星のガルガンティア】

 

 2013年4月より放送された、Production I.G制作の日本のテレビアニメ作品。

 陸地のほとんどが水没した未来の地球を舞台に、遥か彼方の星系で戦争に明け暮れていた主人公のレドが乗機のロボット《チェインバー》と共に地球を訪れ、ヒロインのエイミーとの出会いを通じて文化の違いに触れたり人間らしさを取り戻していきながら、やがて世界の真実を知ることとなる物語である。

 キャラクター原案は【かみちゅ!】でお馴染みの鳴子ハナハル氏。これを呼んでいる読者の中には、快楽天でお世話になっている方もいるかもしれない。

 また、監督には【鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星】などで知られる村田和也氏、シリーズ構成には【魔法少女まどか☆マギカ】を手掛けた虚淵玄氏を起用している。

 

 ……なお、この二次創作での【ガルガンティア】キャラクターは“駆紋戒斗によって創造された新世界の住人”という扱いになっている。ただしこの法則が適応されるのは、原作において《ガルガンティア船団》をはじめとした船団を営んでいた残存地球人だけであり、《人類銀河同盟》側のキャラクターにおいてはその限りではない。彼らは彼らで、また新たな役割を持ってこの二次創作に登場する予定である。

 

 

 

【Fate/Zero】

 

 言わずと知れた、TYPE-MOON(レーベルはTYPE-MOON BOOKS)から発売された伝奇小説(ライトノベル)。著者はニトロプラスの虚淵玄氏。キャラクターデザイン・イラストはTYPE-MOONの武内崇氏。TYPE-MOONとニトロプラスの初コラボレーション作品である。

 TYPE-MOONの奈須きのこ氏がシナリオを執筆した【Fate/stay night】の10年前を描いたスピンオフ作品で、奈須氏が創作した設定を虚淵氏が引き継ぐ形で執筆している。『Fate/stay night』本編において過去のできごととして断片的に語られていた「第四次聖杯戦争」の詳細を描いた内容で、【Fate/stay night】の登場人物たちの1世代前の人々を中心に物語は展開する。【Fate/stay night】では曖昧にされていた疑問点も伏線として回収するような内容となっている。

【TYPE-MOON × ufotable プロジェクト】第2弾として、2011年10月より2012年6月まで独立局ほかにて放送されたテレビアニメ版が本作品のメディアミックスの中でも最も著名だろう。

 制作はTYPE-MOON作品である空の境界のアニメ映画を制作したufotable、音楽を梶浦由記氏が担当するなど製作陣のほとんどが【劇場版 空の境界】からの続投である。また、奇しくも梶浦氏は【まどか】の音楽も担当しており、こういった点でも両作品には共通点が存在している。

 

………なお、先述の【stay night】とのすり合わせだが、本家大元である奈須きのこ氏の「Zeroはstay nightと条件は同じだけど微妙に違う世界」という旨の発言に基づき、少なくともこの小説内においては“【Zero】の十年後≒【stay night】”という扱いとする。

(具体的に言うと、“【Zero】の後に起こった第五次聖杯戦争は【stay nighat】ではなく、【stay night】の十年前に起こった第四次聖杯戦争は【Zero】ではない”ということ)

 



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【第五話 幻影と騎士と魔法少女】
消えた魔法少女たち


 新たな脅威に対抗して結集した見滝原市の魔法少女たち。

 だが、その脅威をもたらした異世界よりの使者もまた、自分たちの世界を救うためにやって来ただけに過ぎなかった。

 両陣営の睨み合いが続く見滝原市であったが、しかしその隣町である風見野市でもまた、不穏な空気が立ち込めつつあった。



 立て付けの悪くなった戸を思い切り蹴破る。大きな音を立てて扉が開くと、もうもうと埃が舞い上がり、杏子は思わず顔をしかめた。

 

 埃だらけの部屋に人の気配は無く、しかし生活の痕跡が残されている。無人の廃ビルを無断借用して住み着いていた何者かの存在を匂わせるが、しかしこの埃の具合からして恐らく一月ほど前からここに人は出入りしていないと見て間違いはないだろう。

 

 推理を張り巡らせながら、ここにいたはずの“誰か”の遺留品を物色する杏子。

 

 探偵業なんていうのも悪くないかもしれないな……。

 

 ふと益体のない妄想が頭をよぎり、杏子は自嘲気味に鼻で笑った。

 

「………何考えてんだか。あたしは魔法少女だぜ……それ以外になんて、なれるもんか……お」

 

 手にとったレシートに記載された客の名前に目がとまる。ざっと目を通して、杏子はここにいた“誰か”の正体を確信した。

 

「エリーゼ、こまち、ひより、クレア……」

 

 呟きながらレシートを机の上に戻す。すると、杏子は机の上に散乱しているゴミ山の中からカラフルな広告を発見した。

 

「見滝原市……」

 

 手書き調のフォントで可愛らしく書かれた、市の公報パンフレット。状況から推察するに、どうやらここにいた少女たちは見滝原市に向かってそのまま消息を絶ったものと見て間違いないと杏子は結論づけた。

 

「キョーコ、ここ、新しいおうちにできそう?」

 

「ん、ああ……。先客もいなくなって久しいようだし、あたしらで使ってやろうぜ」

 

 ひょっこりと現れた小さな相棒――――千歳ゆまにほほ笑みかけながら、杏子はいつもの調子で応えた。

 

 

 ※※※※

 

 

「『見滝原に来てはいけない』、か……」

 

 廃ビルの屋上で、数日前に巴マミから告げられたメッセージを口にする。彼女とはとある事情で少々気まずい仲ではあるものの、内容が内容なだけに無視もできない。

 彼女の言葉の意味を自分なりに調べようとここ数日調査を行っていたのだが、どうやらマミの言葉は真実らしかった。

 

 佐倉杏子はいわゆる“一般的な魔法少女”だ。自己中心的な思考で行動し、己のためだけに《魔獣》を狩り、そして自分の縄張りを侵す他の《魔法少女》を決して許さない。

 そんな彼女のいるこの風見野市を、四人がかりで侵略しようと目論んだ《魔法少女》たちがいた。それが、エリーゼ、こまち、ひより、クレアである。

 

 最初の頃こそ、数に物を言わせて杏子を押していたのだが、一月にも及ぶ長期戦の末、勝手知ったる杏子のゲリラ戦法に結局根を上げたのは彼女達の方だった。

 

 それからの彼女らは一切の音沙汰が無く、杏子自身も大して関心を持っていなかったのだが、マミからの忠告からもしやと思って彼女らのねぐらを突き止めた結果がこれである。

 

「風見野の侵略に失敗し、次に見滝原に行ったあいつらは、けれどねぐらに帰ることもなくそのまま消息を絶った……。あっちでいったい何が起きてるんだ?」

 

 夜の街を睨む杏子。その視線の先には、彼女の古巣でもある件の見滝原市の街並みが広がっていた。

 

「キョーコ、どうしたの?」

 

 不穏な空気を感じたのか、傍らにいたゆまが心配そうな表情で見上げてくる。基本的に自己中心的な杏子が、唯一心を開くのがこの少女であった。

 

「……どうもしねえよ。あっちがどうなってようが、あたしには関係ないしね。大丈夫だって。あんたを置いていったりしねえよ」

 

 くしゃくしゃとゆまの頭を撫でる杏子に手つきは、不器用ながらも優しさに満ちていた。本心では古巣の見滝原に起きているであろう何事かを確かめたい気持ちがあるのだが、しかし今の杏子にはゆまがいる。

 危険と知りながら彼女を連れて行くことなど、杏子にはできるはずもなかった。

 

 

 

「……………ていうかさぁ、勝手に人ン家に入って来といて挙句に監視とか、マジチョーウゼェんだけど」

 

 

 

《ソウルジェム》から巨大な槍を召喚し、臨戦態勢に入る。

 

 杏子の突然の行動に驚くゆまだが、彼女に杏子が状況を説明することはなかった。

 

「そこにいんのは分かってんだよ! 出てこい!!」

 

 ゆまを庇うように位置をずらしながら、鋭い殺気を物陰からこちらを伺う“何者か”にぶつける。この廃ビルに入った時から感じていたこの気配の正体を確かめるべく、杏子は屋上まで上がってきたのだ。

 

「超常現象を操る十代の少女……。貴女、《魔法少女》だったのね」

 

 噂に聞いていた情報と少女を比較しながら、気配を発していた“何者か”がついに姿を現した。

 

「気配をよまれてしまうなんて……迂闊」

 

 物静かな声で呟きながら現れたのは、十代とも二十代ともとれぬ、不思議な雰囲気の女性であった。幻影のようなその存在感の薄さは、およそ常人が発していいモノではない。未知の恐怖を覚えながらも、杏子は自分を、そしてゆまを守るために、殺気を尖らせて眼前の女を睨みつけた。

 

「何者だよてめぇ!!」

 

「私は―――――私は、江蓮(エレン)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




エリーゼ、こまち、ひより、クレアは、モバゲー版魔法少女まどか☆マギカよりの登場です。


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カルマ

「あんた、いったい何の用があってここに来た」

 

「あなたと同じ。ここを宿にさせてもらおうと思っただけよ」

 

「ワケありってことか。まぁ《魔法少女》のコトを知ってる辺り、タダ者でもなさそーだが」

 

「私が《魔法少女》だとは考えないの?」

 

「こっちが魔法を使っているのに、《ソウルジェム》を出して応戦する気配すら見られないんでね」

 

したたかな戦闘論理を解説しながら、杏子はふてぶてしくニヤリと笑った。

対する江蓮に笑顔は無い。それどころか、杏子の挑発に乗るように、懐へ手を入れて何かを取り出そうとしている。

 

「おっと待ちな! あたしも別にあんたと戦いたいワケじゃない。幸い、このビルは人間が3人寝泊まりしても申し分無い部屋数があるんだ。ここは仲良く同衾といこうぜ」

 

肩をすくめた杏子が槍を戻し、抱き寄せていたゆまを解放すると同時に、江蓮もまた、懐から手を戻した。

 

「自己紹介するぜ。あたしは佐倉杏子。で、こっちのチビは千歳ゆま。住所不定の《魔法少女》ってところかな?」

 

「……よろしく。キョウコ、ユマ」

仲睦まじく寄り添う二人に、江蓮は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「へぇ……あんた、笑うとすげぇ美人だな」

 

杏子に指摘されて、江蓮は初めて自分が笑っていることに気がついた。少しだけ慌てた様子で手鏡を取り出して、自分の顔を確認する。

 

「お姉ちゃん、自分のお顔が珍しいの?」

 

「………そうね。とても、珍しいわ」

 

 

※※※※

 

 

杏子は江蓮の詳細を求めなかった。確かに一般人でありながらなにして《魔法少女》の存在を知る彼女の正体は、確かに気になるところではある。だがここで一晩を共に過ごす者同士、いさかいや揉め事は避けたかった。こんなところで寝泊まりする相手が、そもそも自分のことなど説明してくれるなどとは毛頭思ってもいないが。

 

日もすっかり落ちて、幼いゆまはすっかり眠くなってしまったようだ。杏子はゆまを寝かせると、自分も寝る支度を始めることにした。

 

「可愛いわね」

 

意外にも、会話の口火を切ったのは江蓮の方だった。

 

「まぁな。起きてる間はやかましいが……寝てる間はタダの子どもだ」

 

「起きていると、タダの子どもではないの?」

 

「タダの子どもに《魔法少女》なんか務まるかよ」

 

「あなたも?」

 

「当然だろ。そもそもあたしは子どもじゃねーよ」

 

ジロリと半目で見返す杏子。だが江蓮は、澄み切った、しかしそれでいて底のない井戸のような瞳で見つめて来るばかりである。

 

「私も……今まで生きてきて、タダの子どもだったことは一度も無かった。ひょっとするとあったかもしれないけれど、その記憶ももう忘れてしまった」

 

「お互い、ロクな人生じゃねーな」

 

「……でも、まだ生きている。自由な心と体を持っている」

 

確かめるように、噛みしめるように、江蓮は杏子の目を見据えて語りかけた。

 

「ふぅん……前向きだな、あんた」

 

「………罪を重ね、業を背負ってきた私だけど、今もこうして生きている」

 

杏子のコメントを他所に、江蓮は更に言葉を綴る。杏子が訝しげに彼女を流し見ると、江蓮は突如として服を脱ぎだした。

 

「え、ちょっ……⁈」

 

上半身裸になった江蓮に慌てふためきながらも、しかし杏子はすぐさま彼女に異常を発見した。

 

「な……⁈ これ、全部……⁈」

 

目をみはる杏子だが、それは無理も無い。江蓮の体には、無数の銃創や切り傷が残されていたのである。

 

「醜いでしょう? でもねキョウコ。こんな私を、愛してくれた人がいた。新しい名前と、人生をくれた人がいた。……だから、あなたも生きることを諦めないで」

 

儚げな笑みを浮かべる江蓮の姿は、体に刻まれた無数の傷と相まって、さながら”傷だらけの女神”であった。

 

「……あんたが神様だったら、うちの親父も救われたかもな」

 

「?」

 

「なんでもねえよ。……『生きることを諦めない』か。…………ちっとばかし救われた気がするよ」

 

消え入りそうな声で呟きながら、やさぐれ修道女は傷だらけの女神に懺悔した。

 




虚淵玄先生のデビュー作【Phantom 〜Phantom of inferno〜】より、メインヒロインの吾妻江蓮の登場です。

彼女のビジュアルや設定はリメイク版準拠です。09年に放送されたアニメ版のEDのアフターという扱いですが、本編未視聴でも問題無い話の展開をしていく予定です。
とはいえ本編のネタバレは避けられないので、興味のある方はwiki等で調べておくか、本編を視聴、ないしは原作ゲームをプレイしてみることをお勧めします。


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暗殺者と弱虫

「……キョーコ、なんだかお外が騒がしいよ?」

 

 不安げな声で、ゆまが傍らの杏子に囁く。実際、彼女たちの眠る廃ビルの外から、何やら複数の男たちが暴れるような音が聞こえてきていた。

 

「ほっときなよ。どうせ半端なチンピラがリンチでもしてるんだろ」

 

「そんなぁ、ケンカはよくないよぉ」

 

「あんたもいい加減学習しろって。アタシらにはなんの関係も無い事なんだから。下手に首突っ込んだって、こっちが損をするだけさ」

 

「でもぉ……」

 

 ぐずるゆまを無理やり寝かしつけようと悪戦苦闘する杏子。それに釣られて目が覚めたのか、少し離れたところで横になっていた吾妻江蓮がむっくりと起き上がった。

 

「…………私たちの安眠を妨げる障害を除く、という名目ならいかが?」

 

 冷たい視線をビルの外に流しながら、ポツリと囁く江蓮。どうやら眠りを妨げられたことが酷くご立腹の様子である。

 

「……はぁ、なんだかねぇ」

 

 ため息をつきながら、杏子はボリボリと頭を掻いた。

 

 

 ※※※※

 

 

「うわあぁぁああん!! どうしてボクがこんな目にいぃいぃい!!」

 

 鳴き声をあげながら逃げ惑うは、赤と黒のツートンカラーのロングコート風の衣装に身を包んだ、年の頃二十代ほどの美青年であった。そしてその背後には、怒りの形相で追いかけてくるガラの悪い少年たち。彼らの手にはそれぞれ鉄パイプやバールといった、いかにもといった鈍器が装備されていた。

 

「待ちやがれテメェ!!」

 

「ダッテメコラー!!」

 

「スッゾオラー!!」

 

 口々に叫ばれる怒声暴言の数々に、その対象たる青年は汗と涙と鼻水を総動員して泣き叫び続けている。それでもまだ諦めてはいないらしく、夜の路地裏をひたすら走り続けていた。

 

 だが、青年の必死の逃避行もここで終わり。

 

 眼前に立ちふさがるエアコンの室外機の群れが、とうとう彼の足をとめた。

 

「これでもう逃げらんねぇよなァ?!」

 

「オラ手ェ突いて詫び入れろやァ!!」

 

「うわわわわっ!! 謝ります、謝りますからっ! だから乱暴はやめてぇ~~!!」

 

 みっともなく泣きじゃくりながら、言われた通りに地べたに張り付いて頭を下げる青年ではあるが、しかし彼のそういった無抵抗ぶりが、それどころかさらに少年たちの怒りに油を注ぐ結果に繋がってしまったのは、もはや哀れとしか形容のしようが無い。

 

「なぁにがランボウハヤメテーだ! ブッ殺してやる!!」

 

 少年たちのうちの一人が、我慢ならんといった様子で鉄パイプを振り上げる。彼が青年に打ちかかると誰もが思ったその瞬間、しかし少年たちにとって不測の事態が発生した。

 

「はぇ……?」

 

 目を皿にして、少年が自身の目の前に現れた“ソレ”を凝視する。

 

 それはどう贔屓目に見ても、“室外機の隙間から生えた巨大な槍の穂先”だった。

 

「どわわわわわわッ?!」

 

 慌てたように尻餅を突いて、少年が後ずさる。あと数歩全身していれば、あの槍に顔面を刺し貫かれていただろう。あまりにも唐突な出来事に、少年たちはおろか、彼らに襲われていた青年までもがポカンとした表情を浮かべている。

 

 そして続く、第二の攻撃。

 

「――――ぐえェッ?!」

 

 お互いの顔を見合わせる少年たちの背後から、突如として現れたチャイナドレス風の衣装の女が、見事な体術で少年たちのリーダー格をねじ伏せたのである。

 

「は、えちょ、待て待て待てどういうことだぁ?!」

 

 少年たちのあげる大声は、もはや涙声であった。

 

「大人しくおうちに帰りなさい。せいぜいママに泣きつくのね」

 

 女の無情な声が、少年たちに逃走を促す。今度みっともなく悲鳴をあげたのは、少年たちの方だった。

 

 

 ※※※※

 

 

「うぅう……怖かったよぉ。本当にありがとうねぇ」

 

 チャイナ風の衣装の女――江蓮の手をとり、青年が心からの礼を述べる。先程まで、チンピラ未満の子ども相手に少しやりすぎた気がしていた江蓮ではあったが、この青年の弱虫ぶりが全ての感慨を彼女からかっさらってしまっていた。

 

「お兄ちゃんも、もっとしっかりしなきゃダメだよ? オトナなんだから泣いちゃだめっ」

 

 ヘナヘナした物腰の青年に、ゆまが一喝を入れる。すると、青年は申し訳なさそうに舌を出して、これまたヘナヘナとした笑顔を浮かべた。だが驚くべきは、こんな仕草ですら絵になるこの青年の顔立ちの良さだろう。アイドルだと言われたらそのまま信じてしまいそうだと、杏子はなんとなく感じた。

 

「だいたい、あんたみたいなのがなんでこんな夜中に出歩いてんだよ」

 

 うんざりした顔で、杏子が青年を睨みつけながらぶっきらぼうに問いかける。すると青年は、顎に人差し指を当ててうーんと考え込んだ。

 

「………分かんない」

 

「はぁ?!」

 

「気がついたら路地裏にいて、気がついたら彷徨ってて……。で、あの子たちがコレを持っていて、いいなーって思ってちょっと借りたんだけど」

 

 言いながら青年がポケットから取り出したのは、バナナの絵が描かれた錠前であった。

 

「あんた、そんなオモチャみたいなののために………」

 

 呆れてものも言えないとはこのことである。ほとほとうんざりした顔でため息をつくと、杏子は寝床に変えるべく踵を返してしまった。

 

「あぁん、待ってよぉ! ボク行くところがないんだよぉ」

 

「やかましいッ! んなことアタシが知るか!」

 

「………ちょっと待って」

 

 ブチギレ5秒前の杏子とは対照的に、江蓮はいたって冷静だ。静かな瞳で青年を見据えながら、江蓮は唐突に不可思議な質問を始めた。

 

「あなた、自分の名前は分かる?」

 

 杏子とゆまの目が点になる。江蓮の質問内容が、あまりにもブッ飛んでいたからだ。

 

「え………あれ、思い出せないや」

 

 さらに目が点になる魔法少女×2。江蓮はかつての自分を想起しながら、まぶたを伏せてため息をついた。

 

「………記憶喪失ね。彼」

 

「「えええええええええええええ?!」」

 



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名前

 
 https://www.youtube.com/watch?v=57UfvGvDmCY


 ※※※※


「…………私は《インフェルノ》に追われている。―――――もし今ここに追手が来たら……あなたは組織と私、どっちに銃を向ける?」

「……決まっている。組織を撃つ。僕は、僕の意思で引き金を引く」

「……どうして、どうしてそうまでして、あなたは生き抜くの?」

「…………」

「………………そういう生き方を、私にもしろっていうの?」

「……嫌なのか?」

「………だって私、もう、誰でもない…………なにもない。生きてる理由も………役目も」

「アイン………。いや、アインはやめよう。アイン(Ein)なんてタダの数字だ。名前じゃない」

「………っ」

「きみには新しい名前が必要だ」

「名前?」

「《ファントム》でも、数字でもない。きみが、きみとして生きていくための名前」

「…………エレン。今から僕は、きみをエレンと呼ぶよ」

「……どうしてエレンなの?」

「理由なんていい。僕がそう決めた。殺し屋でも人形でもなく、きみがきみとして生きていくための名前」

「エレン………エレン。……なんかヘン」

「………そうか。………エレン、探そう。きみが無くした過去を」



 東の空に昇る太陽。その朝焼けが次第に朝の風見野を赤く染めていく頃、佐倉杏子はむっくりと起き上がった。

 

「やべ、早起きしすぎちまった……さぶさぶ」

 

 どうやら寝ている間に毛布を蹴飛ばしていたらしい。足元につくねられているそれにくるまろうと、猫の如き柔軟性にモノを言わせて横着に手繰り寄せる。

 

「………」

 

 寝ぼけ眼の端に止まった人影を追って、ふとそちらを見やる。すると、曇ったガラス窓から朝焼けに染まる風見野を睨む、吾妻江蓮の姿があった。

 

「早いのね」

 

「そっちこそ……。っつーか、眠くねえのかよ。あんたひょっとして、前世は目覚まし時計だったんじゃねえか?」

 

「いいえ、ヘタなそれよりも正確な体内時計を持っているわ」

 

「ははっ、そいつはすげえや……」

 

 呟きながら、少女は打ち寄せる睡魔というさざ波に飲み込まれ、そのまま眠りに没していった。

 

「………まるで、妹みたいね。……………彼も、こんな気持ちだったのかしら」

 

 キャル・ディヴェンス。

 

 数年前の記憶が頭をもたげる。彼女はもうこの世のどこにも存在しないし、彼女が慕っていた“彼”もまた、モンゴルの地に果てた。

 

 今頃天国で、二人は出会えているのだろうか。

 

 ……………いや、それはありえないだろう。

 

 自分も、“彼”も、そしてキャルも、あまりに人を殺しすぎた。

 

 (karman)を背負いすぎたのだ。

 

 彼らはきっと、地獄に堕ちたに違いない。

 

 そして自分も、いつか――――

 

 

「え、江蓮さん?」

 

 ハッとして振り向くと、そこには昨夜出会った、あの記憶喪失の青年が立っていた。一応、男性である彼には上の階で寝ていてもらったのだが、彼の見た目にやつれた様子は無い。どうやら一人でも寝られたようだ。

 

「おはよう……」

 

「おはよう。……江蓮さん、なんだかすごく遠い目をしていたよ。なんだか、そのままどこかに消えてしまいそうな……そんな目をしていた」

 

 澄んだ瞳で語る青年が、心配そうな表情でこちらを覗いてくる。幼いゆまにも劣らぬその澄みきった瞳は、しかし江蓮にとっては辛いものだった。

 

「…………そういえば、あなたの名前を決めなくてはね。そのコートに縫ってあったりしないのかしら」

 

 露骨な話題転換。我ながら酷いセリフ選びだと江蓮は自嘲したが、しかし眼前の青年にはそれで十分だったらしい。

 

「うわあぁ……! どんな名前にしてくれるのか、楽しみだなぁ!」

 

「………!」

 

 青年の言葉に、江蓮は再びハッとした。

 

 細かい事情こそ異なるが、このシチュエーションは以前、“彼”に『エレン』の名を与えられたあの時と酷似しているのである。

 

 まっさらな、何ものにも染まっていないシーツに、汚れを落とす感覚。江蓮は眼前の青年の純粋無垢さに、躊躇と恐怖を覚えた。

 

 …………ならば、彼を自分の管理下に置いてしまおう。

 

 帰るところも名前も分からぬ、赤子同然の彼を、ならば、自身の分かりやすいカタチに当てはめてしまおう。

 

 ここにきて、江蓮は“名付ける”ことによってヒトとヒトとの間に生じる関係性というものを肌で感じ、そして理解した。

 

「…………ウォレス。あなたの名前は、ウォレスよ」

 

「へぇえ………かっこいい! ウォレスかぁ、ウォレス……ウォレス……」

 

 新しい名前が、どうやらたいそう気に入ったらしい。

 

「でも、どうしてウォレス?」

 

 きょとんとした表情で首をかしげるウォレス。だが、江蓮は続く言葉も既に知っていた。

 

「理由なんていい。私がそう決めた。あなたが、あなたとして生きていくための名前」

 

 取り返しのつかないことをしている自覚はある。名前とは、すなわち呪いなのだ。しかし江蓮は、万感の想いを込めて名を呼んだ。

 

“彼”の記憶を、遡るように。

 

「…………そう。あなたは、今日からウォレスよ」

 



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空の下、迷い子たちはみな等しく

 前の住人であったエリーゼたちの蓄えを拝借し、朝餉にいただく。棒状の菓子パンが数本とミネラルウォーター程度しか無いが、飢えた野良猫たちには十分な量であった。

 

「あいつら、けっこう金持ってたんだな……」

 

「《魔法少女》というのは、あなたのような一文無しが基本なの?」

 

「アタシは特殊なケースだな。っつーか江蓮、あんたどこまで知ってるんだ?」

 

「《魔法少女》について?」

 

「そうそう」

 

「アメリカで暗殺者をしていた頃に噂で聞いた程度の知識しかないわ。超常的な現象を引き起こし、《魔獣》と呼ばれる魔物を相手に日夜戦っている十代の少女たちの都市伝説……。まぁ、私自身も都市伝説のようなモノだったけれど」

 

 凍りつく空気。衝撃的すぎる江蓮の過去に、ウォレスを除いた二人は空いた口が塞がらなかった。

 

「江蓮、カッコイイ!!」

 

「殺し屋なんて、格好いいものじゃないわよウォレス」

 

「まてまてまてまて! あんた映画か何かから飛び出してきたのか?!」

 

 仲睦まじい姉と弟が如き二人に割って入りつつ、杏子が驚きをぶつける。

 

「私からすれば、《魔法少女》の方がフィクションね。《魔法少女》なんて、ジャパニメーションの中だけかと思ってたわ」

 

 殺し屋と魔法少女が交差するとき、カオスが始まる――――

 

 ふとそんなキャッチコピーが脳内をよぎり、杏子は本日何度目かのため息を漏らした。

 

「誰かこの幻想をぶち壊してくれ……」

 

「それはそうと、話を戻すわよ。あなたたち、若くして既にホームレスなの?」

 

 オブラートに包むことなく直球で問いかけてきた江蓮に、杏子はしばし閉口しつつもバツが悪そうに返事を返した。

 

「まぁな。家も無けりゃ財産も無い。万引きやらなんやらで食いつないで、寝泊りするときゃこうして廃屋を使ってるぜ」

 

「おおぉ~! サバイバルだね!」

 

 ウォレスの見当違いな賞賛もどこ吹く風か、杏子とゆまの表情は硬い。表情の機微の少ない江蓮の顔もまた、どこか憂いげだった。

 

「……この国でそんな生活をしていくのには限界がある。それに、幼いゆまちゃんの精神衛生上、万引きを繰り返すことは望ましくないわ」

 

「んなことあんたに言われなくたって……!」

 

 だん、と手を叩きつけ、机に身を乗り出す杏子。だが、江蓮はあくまでも冷静だった。

 

「………ごめんなさい。余計なお世話だったわね」

 

「キョーコ……」

 

「……っ」

 

 おどおどとした表情でこちらを見上げてくるゆまの瞳を、直視することができない。

 

 佐倉杏子が敢えてこういった生活をするのには、多分に自罰的な意味合いが含まれている。

 

 自分のためだけに生きてれば、何もかも自分のせい。誰を恨むこともないし、後悔なんてあるわけがない。そう思えば大抵のことは背負える。

 

 そう心に決めて今まで生きてきた。………一人で、独りで。

 

「《魔法少女》である以上、アタシらに普通の人間のような生活は絶対にできない。できたとしても、それもすぐに消えちまう一瞬の夢みたいなものに過ぎねぇんだ」

 

 そう口にすると、杏子はもううんざりといった表情を浮かべながら食卓を離れてしまった。

 

 

 ※※※※

 

 

 空。

 

 教会に信者たちが詰めかけたあの日も、父がそのカラクリを知って絶望した時も、この空はきっと青かったのだろう。

 

 気を失いそうなくらいに、真っ青な空……。

 

 いつだったか、書店で見かけた何かのキャッチコピーを思い浮かべながら、杏子はふっと笑った。

 

 

 

「杏~子ちゃんっ!」

 

 廃ビルの屋上で青空を見上げる杏子の背中に声がかかる。果たして、昨夜であったばかりの記憶喪失の青年、ウォレスであった。

 

「んだよ。まだ消えてなかったのか」

 

「江蓮もボクも、しばらくはきみと一緒にいるよ?」

 

「ウゼエからとっとと消えな。………ああ、なんならゆまも連れてってくれ。江蓮の言う通りさ。アタシといても………って、ちょっ」

 

 うわ言のように語る杏子だが、しかし上着のフードを引っ張られて語りが中断されてしまう。思わず振り返ると、ウォレスがにんまりと笑みを浮かべてそこに立っていた。

 

「ダンスしよう!」

 

「は?!」

 

「朝ごはんの時からなんか暗いじゃない? そういう時は、楽しく踊って気分をリフレッシュだよっ! ほらほらっ、レッツダ~ンス♪」

 

「うぉわっ、ちょっ」

 

 たじたじの杏子の手をとって、ステップを踏み出すウォレス。その体捌きはどことなく洗練されており、混乱のさなかにいる杏子をして、わずかながらも感心の念を抱かせるものであった。

 

「ほらっ、クイッククイックターン!」

 

「うわわわっ?!」

 

 体格で勝るウォレスにリードされるまま、あれよあれよという間にペースに飲まれていく杏子。ゲームセンターで鍛えた足さばきでなんとか食い下がると、ウォレスもそれに負けじと動きに工夫を凝らしていった。

 

「あっ、キョーコったら楽しそう!」

 

「ウォレス、ダンスが得意なのね」

 

 いつの間にかやって来ていたゆまと江蓮が、微笑ましそうに視線を向けてくる。

 

「ちょ、馬鹿、見るんじゃねえ!」

 

 

 

 どこまでも遠く、どこまでも澄んだ蒼い空。

 

 この空の下では、魔法少女だろうと元殺し屋でも、きっと等しくただの人間なのだ。

 

 記憶の中に垣間見たモンゴルの空を頭上のそれに重ね合わせて、江蓮は微笑んだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 



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忘れえぬ、記憶

 江蓮たちとの同居生活が始まって数日が経った。

 

 他人と交わりながら生きるということに対し、いささか以上にこそばゆいものを感じてはいるものの、しかし杏子の胸に去来したのは小さな幸福感であった。

 

 ウォレスは相変わらずの能天気ぶりで皆を笑わせ、ゆまは新しくできたこの年上の弟の教育で一生懸命。江蓮は江蓮で何かとこちらの気を使ってくれる。

 

 そんな風に日常が緩やかに変わっていくのをこそばゆく感じていたそんな折、杏子のもとにある一通のメッセージが届いた。

 

「こいつは、まさかマミからか……?」

 

 夕餉であるカップ麺をすする一同のもとへ、どこからともなくひらりと現れたその手紙は、かつての師である隣町の魔法少女の象徴とも言うべき、黄色いリボンに包まれていた。

 

「え? なになに? お友達からのお手紙?」

 

「ウォレス、しゃべるのはごっくんしてから!」

 

「はぁい」

 

 いつもの姉弟コントを尻目に、リボンにくるまれた手紙の文面を読み上げる。価値観の相違から道を違え、半ば絶縁状態と言って過言ではない相手からのメッセージ。これが2回目であるとはいえ、杏子は少々臭いモノを感じていた。

 

「……杏子、例の見滝原の先輩?」

 

「…………ああ。明後日の正午、風見野駅で待つってよ」

 

「『見滝原に来てはいけない』というメッセージを以前にも送ってきた、あの先輩?」

 

「まあな。でもねぇ……。あっちで何が起こってるのかなんてアタシは知ったことじゃないし。仮に何かが起こっていたとしても、それをなんとかしてやるような義理もないわけよ」

 

「そのことだけれど。昨日、見滝原市民病院で原因不明の集団蒸発事件が発生したそうよ。蒸発した人数はおよそ三十人ほど……普通の数字ではないわ。《魔獣》被害に遭ったとみて間違いないんじゃない?」

 

「へえ……耳が早いんだな。そりゃ、話を聞く限りじゃ《魔獣》の仕業に間違いは無さそうだけどよ。でも見滝原にゃマミがいるんだぜ。それに最近じゃあ、美国とかいう食わせ物もいるらしいし。ただでさえあそこは魔法少女が集中する土地なんだ。これだけの被害を、あいつらがどうして未然に防げなかったのか……あ」

 

「この状況が、見滝原で起きている異常事態が作り出した側面の一つだとしたら。巴マミをはじめとする、見滝原市の魔法少女たちが、本来の使命である《魔獣》狩りをおろそかにせざるを得ない何かしらが起きているとしたら」

 

 麺を啜りながら、杏子に答えを促すように問いかける江蓮。その眼差しは、杏子一人に向けられていた。

 

「………マミは、アタシを助っ人にしたがっている?」

 

「その可能性は十分ありうるわね」

 

「でもアタシとマミは、もう絶縁した仲で……」

 

「それを即座に復縁したくなるほど、状況は切迫しているということでしょう。あるいは、切迫してくることが予想されたからこそ、というのもあるかもしれないけれど。いずれにせよ、彼女があなたを頼りにしているのは間違いないわ」

 

 重い沈黙が二人の間に流れる。いまや食卓に響いているのは、話についていけないウォレスとゆまが麺を啜る音のみであった。

 

「………それでも、アタシには何の得も無い。別に見滝原がどうなろうが、アタシの知ったこっちゃないな」

 

「そうかしら」

 

 残ったスープを一息に飲み干し、往年の暗殺者時代を思わせる暗い瞳で杏子を見据える。

 

「事態解決の暁には、手柄を盾に縄張りの割譲を迫ればいいのよ。《魔獣》の出現率と人口密度は比例する。この条件から考えれば、新興都市である見滝原市の方がここよりも《魔法少女》的には好立地だとは思わない?」

 

「………なぁるほど。それにしても江蓮、あんたが《魔法少女》じゃなくて良かったぜ」

 

 思わぬ策略家との邂逅に、杏子は思わずにやりと笑った。

 

「え、お引越しするの?」

 

「ウォレス、しゃべるのはごっくんしてから!」

 

「はぁい」

 

 

 ※※※※

 

 

「佐倉杏子は、果たして乗ってくるかしら」

 

 紅茶を優雅に楽しみながら、織莉子はどこか楽しむように受話器に語りかける。一方通話先のマミは、今にもため息が出てきそうな憂いげな表情を浮かべていた。

 

「人手が足りない現状、他の街の魔法少女の助けを借りなくちゃいけないのは分かるけど……。正直、佐倉さんと共同戦線をはるというのは、気乗りがしないわ」

 

「あら、彼女とあなたは旧知の仲じゃない」

 

「………私と彼女の関係は、そんな簡単なモノではないの。………プレイアデス聖団の魔法少女とは、連絡がつかないの?」

 

「まったくもって音沙汰なしね。あなたの名前も出してみたけれど、返答は無かったわ」

 

「そう……。やはり、彼女の力を借りるしかないのかしら……」

 

 一年前、まだ魔法少女になりたてだった頃の杏子と過ごしたかつての日々を瞼の裏に投影する。

 

 今の彼女は、いったいどんな顔をして過ごしているのだろうか。

 

 自分にとって初めての、魔法少女の友達。

 

 あの日あの時、彼女を引き止めることが出来ていれば。彼女の絶望を支えることができたら、あるいは。

 



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誰よりも少女であるが故に

 届いた手紙には日付と場所しか書いておらず、詳細な時間までは指定されていなかった。学校に通っていないため、一日暇を持て余している杏子としてはさして問題でもないのだが、いつ来るとも知れぬ相手をずっと待ち続けるというのもなかなか退屈であった。

 

「はぁ……マミのやつ、いつになったら来るんだよ」

 

 ベンチで横になりながらソウルジェムの気配を探るものの、しかし正午になる今も尚探知にちっとも引っかからない。

 朝の九時から待ちわびているのもあって、杏子は自身の腹が切ない音を鳴らすのを我慢できずにいた。

 

「あーもー我慢できねえ。腹減ったぁ……」

 

「はいどうぞ」

 

「あーあんがとな………って?!」

 

 差し出された弁当箱を思わず受け取って和みかけるも、しかし我に返った杏子は慌てて飛び起きた。弁当箱はもちろん、しっかりと抱きかかえたまま。

 

「相変わらずね、佐倉さん」

 

「巴、マミ………どうして」

 

「お腹がすいている時の佐倉さんって、実は集中力にムラがあるのよ。少し魔力を抑えれば、簡単に接近できるわ」

 

「はっ……人が悪いぜ、相変わらず」

 

 笑う杏子の隣に腰掛けるマミ。そろそろ冬の足音が聞こえて来る時期なだけあって、白い洒落たコートに身を包んでいた。

 

「お弁当、食べましょ」

 

「ああ。……おっ、美味そうだな~。量も申し分ねぇし!」

 

「佐倉さんのために作るお弁当ですもの。張り切って作らせて頂いたわ」

 

 蓋を開けると、その中には彩りに溢れた弁当が詰まっていた。

 カボチャと枝豆のサラダ、のりたまふりかけのかかった白飯、可愛らしい楊枝の刺さった唐揚げ、ホウレンソウのおひたし……。

 

 決して豪華ではないが、家庭的で、温かみを覚える品々。かつて家族とともに囲んだ団欒の食卓を想起して、杏子はどこか懐かしい気持ちになった。

 

 だが、これを口にする前にハッキリさせておかなければならないことがある。

 

「………なぁマミ」

 

「ん?」

 

「どうして、アタシと会おうって思ったんだ」

 

「………あなたの力が、必要になったからよ」

 

「そうじゃねえよ。助っ人の魔法少女なら、あすなろ市にプレイアデス聖団がいるじゃねえか」

 

「……………」

 

「…………なんで、よりにもよってアタシだったんだ。あんたの好意を裏切って、見滝原から飛び出したアタシを、どうして」

 

「…………」

 

「話してくれなきゃ、アタシはこの弁当を食うことはできない」

 

 真剣なまなざしでマミを見つめる杏子。マミはほっとため息をつくと、自嘲気味な微笑みを浮かべた。

 

「あなたもニュースなんかを見て気付いているとは思うけれど、今の見滝原には《魔獣》とは異なる新たな驚異が現れているの。それに対抗するために、今見滝原の《魔法少女》たちは結集しているわ。でも、迫る未知の敵に対して、私たちはあまりに力不足……」

 

「だったらなおさら……」

 

「だからこそよ。……最も信頼できる、ほかの誰でもないあなたの力を貸して欲しかったの。…………一度は袂を分かった私たちだけれど、あなたは私にとって、魔法少女になって初めてできた大切な友達だから………」

 

 潤んだ瞳から静かに涙をこぼしながら、見滝原最強の魔法少女、巴マミは切々と語った。

 

「マミ……」

 

 震える少女の肩を抱いて、あやすように髪を撫でる。年齢の上では彼女の方が上ではあるものの、杏子の目には、今のマミが幼い少女のように見えたのだ。

 

「ばっか、泣くなよな……。あんたが泣いてちゃしょうがないだろうが……。先輩なんだろ……?」

 

 

 ※※※※

 

 

「さすがは杏子、つかみはバッチリね」

 

「キスするかなぁあの二人ー。わくわく」

 

「ウォレスったらー、女の子同士はそういうことしないんだよ?」

 

「ゆまちゃん、そういうことする女の子だって大勢いるわ」

 

「え?! ほ、ホントなの江蓮っ」

 

「本当よ。アメリカにはたくさんいたわ」

 

「じ、じゆうのくに……!」

 

「でも江蓮、ボクたち、杏子をこんな風に監視してていいの?」

 

「いいのよ。邪魔さえしなければ、No problem.」

 

「発音いいね」

 

「Thank you.」

 

 最強の殺し屋、ファントム。

 

 尾行、監視は、お手の物。

 



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しあわせは指をすり抜けて

 そして佐倉杏子は、かつての師である巴マミとあらゆる言葉を交わした。

 

 見滝原市に現れた新たな驚異《インベス》と、それらを使役する謎の男女のこと。

 

 彼らがやって来たと思われる謎の世界《禁断の森》のこと。

 

 そしてそれらと対決するために、美国織莉子と呉キリカの一派と手を組んだこと。

 

 マミの口から語られた言葉の数々は、この世の闇と戦う魔法少女である杏子をしても信じられないような事柄の連続だった。

 異世界からやって来た存在など到底信じられる話ではないし、そもそも巴マミが追い詰められるほどの強敵の存在が信じられなかった。

 

「信じてくれる……?」

 

 徹頭徹尾リアリストで、戦士としての精神構造ではマミより優れているのがこの佐倉杏子という魔法少女だ。

 

「………ああ。あんたは確かに夢想家だが、こんなタチの悪い冗談を言うような奴じゃなかった。信じるぜ、その言葉」

 

 だが、佐倉杏子はマミの言葉を信じた。

 

 誰よりも利己的に生きようとした彼女の根底にあるのは、他人を思いやり、慈しむ聖女の如き優しさだ。それは、“母性”と言い換えてもいい。

 

 秩序を守り、己を戒める巴マミの精神構造は、自身がそれに耐えられるかはさておくとして、およそ“父性”的な思考に傾いている。

 

 無条件に他人を受け止め、慈しみ、許す。そして理性や秩序よりも、信じる何かや愛する誰かのために戦う精神構造――――母性。

 

 相反するこの二つを抱えるのが人間という生き物であり、その意味で言えば、佐倉杏子と巴マミはおよそ考えられる限り最高のコンビなのである。

 

「……ありがとう、佐倉さん」

 

 再び生まれた二人の友情を祝福するように、夜の風見野にネオンの灯りがきらめく。丘の上から見下ろす街の景色は、かつて二人が別れた頃とちっとも変わってはいなかった。

 

「今日は長いこと話し込んじまったな。もうすっかり暗くなっちまった」

 

「そうね……。久しぶりにお話できて、すごく嬉しかったわ」

 

「……ったく、あんたってホント、言葉をオブラートに包むってことをしねえな」

 

 面と向かって告げられた感謝に頬を赤く染めながら、ぷいと顔を背ける。

 

「そう言うあなたは、もっと素直になるべきよ」

 

「……先輩からの命令かい?」

 

「いいえ。お願いよ」

 

 お互い顔を見つめ合って、ふっと笑う。病院の惨事以来、曇り気味だった表情からよどみが消え、マミの顔には心からの笑みが浮かんでいた。

 

「そうだ、あんたに紹介したい奴らがいるんだ」

 

「え?」

 

「アタシの新しい家族、さ」

 

 ゆま、江蓮、ウォレス。

 

 三人の新しい家族を思い浮かべながら、八重歯を見せて杏子は朗らかに笑った。

 

「……………っ」

 

 自身の願いのせいで、家族を失った彼女の過去を知るからこそ。

 

 優しさゆえに苦しみ続けた彼女の深い深い愛を知るからこそ。

 

 ―――――その笑顔は何よりも、尊いモノに見えたのだ。

 

「佐倉さん、あなたは、やっと――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巴マミ、確認。捕縛、します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 何よりも尊い。そう思えた少女の笑顔が、突如として歪む。

 

 ――――――どうして?

 

 浮かび上がる疑問を口にしようとして、マミは悟った。

 

 胸を刺し貫く、鋭い刃。

 

「ゴボッ――――」

 

 鮮血に染まる景色の中、杏子の泣き顔にも似た顔だけが最後にまたたいた。

 

 

 ※※※※

 

 

「マミッ!!!!!!!!」

 

 背中から一突き、心臓を抉られている。治癒魔法の得意ではない杏子では、このレベルの傷は癒せないだろう。

 眼前に広がる惨状を認められず、崩れ落ちたマミを抱き起こして必死に声をかける。

 

 やっと仲直りできたのに

 

 やっと対等な友達になれたのに

 

 ぜんぶ、ぜんぶこれからなのに――――

 

「―――――なんでだよ……なんでだよ、畜生ッ!!!!」

 

 怒りの形相で涙を流しながら、全身に赤い燐光をほとばしらせて魔法少女へと変身する。

 

 眼前に立ちふさがるは、四人の魔法少女。道化師風衣装のエリーゼ。和風衣装に薙刀を構えたこまち。修道女の如きカソックのクレア。ハープを抱えた黄色い衣装のひより。まさしく、彼女らは以前この風見野を賭けて戦った魔法少女たちだった。

 

「……!! てめえらは、もうッ……殺す!!」

 

 怒りで爆発する炉心と化したその身を翻して、杏子は跳んだ。

 

 

 マミの気配探知をかいくぐり、背後から物音一つ立てずに接近し、致命傷を負わせる。

 

 事実のみを書き出すのなら、あの四人の行った芸当は以前とは比べ物にならないほど手口が洗練されていると言えるだろう。だが、怒りに我を忘れた杏子にそんなことは関係ない。

 

 

 ――――この薄汚いアバズレどもを叩き潰し、グチャグチャのケチャップに変えてやる。

 

 

 それだけが、今の杏子の胸中に宿る全てだった。

 

「死ねええぇぇえぇッ!!!」

 



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アーマードライダー・バロン

 魔法少女同士の戦いは、“静かに確実に”という言葉に尽きる。

 

 自身の正体を秘匿せねばならない魔法少女にとって、《魔獣結界》の外での戦いは外部に知れてしまう危険性が極めて高い。ゆえに彼女らは、基本的にはよほどのことがなければ戦ったりはしない。相手の力量はソウルジェムの気配で察知は可能であるため、縄張り争いにおいても実際の戦闘にまで発展するケースはまれなのだ。

 

 それも、秘密を守らなければならない都合上、どれだけ強力な技を持っていたとしても結界の外で仕える魔法は限られる。

 例としてあげるならば巴マミの銃撃などであるが、彼女の攻撃は“銃”という性質上、銃声は轟くし、広い場所が必要になる。必殺の砲撃などはその最たるものだ。彼女が結界の外で全力を出すには、人のいない場所と時間帯が必要になるのである。

 

 その点で言うならば、佐倉杏子の魔法は結界以外での闘争で使うのに向いている言える。槍で突くぶんには大げさな音は出ないし、それでいてマミの銃撃に匹敵する威力を持っている。そして言うまでもなく、槍は原始的な近接格闘武装だ。

 つまり佐倉杏子という魔法少女は、“環境や時間帯に左右されず、常に全力で戦える”。ストリートファイトにおける杏子のアドヴァンテージとは、まさにここに尽きると言っても過言ではないのだ。

 

 

 

 ならば何故、杏子は

 

「………!!」

 

 ゆまたちが木陰から見守っている中

 

「なんで……!!」

 

 手足を叩き折られ、血の池に沈んでいるのか。

 

「キョーコ……!!」

 

 単純計算にして、一対四。

 

 佐倉杏子がいかに強力な魔法少女であるとはいえ、動けないマミを守りながら四人を相手に戦うのはあまりに部が悪い。

 

 こまちの薙刀が、クレアの打撃が、ひよりの魔弾が、エリーゼのトラップが、杏子の肌に無数の傷を刻み続けていく。

 

 何のことは無い。

 

 魔法少女同士の戦いにおけるセオリー以前の問題だ。“大勢で攻める”という戦闘における最も基本の戦術の前に、佐倉杏子は敗北したのである。

 

「うぉあああぁーっ!!」

 

 緑色の衣装へと変身しながら飛び出したのは、千歳ゆまだった。

 

 戦闘に特化した杏子でさえダルマに変えた眼前の敵に対し、戦力にさえならないことは幼いながらもゆまは承知している。

 それでも彼女が突撃したのは、こちらに注意を引きつけている隙をついて、自身の持つ中でも最大の魔法である治癒魔法を使って杏子を回復させるためだ。

 

 契約直後の初陣で、《魔獣》との戦いの中、四肢を断絶された杏子を遠距離から回復させた驚異的な回復魔法。戦いの苦手なゆまの持つ、最高の援護。

 

「キョーコ、今たすけ―――――ガッ?!」

 

 その援護も、届かない。

 

 まるでそれが作業であるかの如く、ゆまの喉に魔弾を炸裂させるエリーゼ。実際、彼女の瞳は作業機械のようにがらんどうであった。

 

「かはっ……ひゅぅ、ひゅぅ、き、キョ」

 

 なおも手を伸ばすゆまに、こまちの無情な刃が突き立てられる。

 

「思わぬ収穫。佐倉杏子に、こんなオマケがついてくるとは」

 

 ゆまがその蠕動を停止するのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「………動かないで」

 

 暗く冷たい声で、江蓮が捕らえたひよりの頭部に拳銃を突きつけながら告げる。ゆまを囮に接近し、人質にとったのである。

 

 コルト=パイソン。江蓮の愛用するリボルバー銃であり、かつて米国で幾人ものターゲットの命を奪ってきた殺しの道具。

 

「………ソウルジェム反応なし。排除します」

 

 だが、それはあくまでも人間相手の武器。魔法少女という人外の存在に、どれほどの効果が期待できようか。

 

「がはッ……?!」

 

 鍛え上げられた江蓮の腕をいともたやすく振りほどき、鋭く重い肘打ちで江蓮を打ち据えるひより。

 

「くっ――――」

 

 かつて最強の暗殺者とうたわれた彼女が、まるで赤子の手をひねるように追い詰められていくその様は、人間と魔法少女の埋まることのない決定的な差をまざまざと見せつけていた。繰り出す蹴りも手刀も躱されて、ひよりハープから漏れ出る魔弾に吹き飛ばされる。

 

「う、ぐ………」

 

 体制を立て直してパイソンを再び構える江蓮だが、しかし魔法少女の身のこなしが相手では、当たるかどうかすら怪しい。

 至近距離であるとはいっても、江蓮には彼女たちに弾を当てる自信は無かった。

 

「排除します」

 

 機械的な処刑宣言とともに、ひよりのハープへと魔力が充填されていく。

 

「…………!」

 

 以前の江蓮であれば、ここで逃げていたかもしれないが、しかし今の彼女には家族がいる。

 

 杏子とゆまを救出しない限り、この場からの撤退はできない。歯を食いしばりながら、江蓮はパイソンの引き金に力を込めた。

 

 

 

「待て!!」

 

 

 

 突如戦場に響き渡った声に、魔法少女たちと江蓮が思わず声の主に視線を向ける。

 

「ウォレス……!!」

 

 声の主は、記憶喪失の青年、ウォレスであった。

 

「下がっていろ、江蓮」

 

 普段のそれとは真逆の、鋭い表情で敵を睨むウォレス。言い知れぬ違和感と恐怖を覚えつつも、江蓮は言われた通りに後ずさりした。

 

「ロード・バロン……? ありえません」

 

「この世界にいるはずが……」

 

「ここがどこだろうと、俺のやることは変わらない。……変身」

 

『BANANA!』

 

 その手に握られたバナナ柄の錠前を起動させ、腰に巻いたベルト――――《戦極ドライバー》に装填する。

 

『LOCK・ON!』

 

 その慣れた手つきも、鋭い眼光も、もはや江蓮の知るウォレスのものではなかった。

 

『COME ON!』

 

 カッティングプレートの作動とともに、錠前が開いて黄色い燐光を放つ。バックに流れるファンファーレと共にウォレスの身体は真紅の《ライドウェア》に包まれ、その頭上から出現したバナナ型の金属塊がウォレスにかぶさった。自信の体に急激な変化が生じているにも関わらず、ウォレスは悠々とバナナをかぶって歩いてくる。

 

「バナナ?! バナ、バナナァ?!」

 

 唐突すぎる展開に、思わず杏子が驚きの声をあげる。致命傷を負ったゆまもまた、力なく横たわりながらも唖然としていた。

 

「バロンだッ!!」

 

『BANANA・ARMS! NIGHT OF SPEAR!!』

 

 電子音声の名乗りとともにかぶっていたバナナは変形し、西洋の騎士を思わせる堅牢な鎧へとその様相を変化させた。その手には、巨大な槍が握られている。

 

 誇り高きバナナの騎士《アーマードライダー・バロン》。

 

 非道なる魔法少女たちを撃滅すべく、騎士はその槍をとった。

 




【第五話 幻影と騎士と魔法少女】はこれで終了です。

 第六話もどうかご期待ください。


 ※※※※


 https://www.youtube.com/watch?v=gWvJe-LXmkE


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【第六話 強さの証を立てるもの】
魔法少女VSアーマードライダー


「ハアァアァアァッ!!!」

 

 雄叫びとともに、《バロン》となったウォレスが槍―――バナスピアを構えて突進する。彼が最初に標的にしたのは、卑劣にもマミを後ろから刺したこまちだった。

 

「防御――――え?」

 

 アーマードライダーの馬力は、魔法少女のそれを遥かに凌ぐ。その馬力から繰り出される音速にすら近い速度の突進が、薙刀の防御程度で相殺できるはずもない。こまちの虚しい努力は、へし折られた薙刀とともに叩き潰された。

 

 全身の骨がバラバラになるほどの衝撃が、槍の直撃をギリギリそらしたはずのこまちに襲いかかる。結果、こまちの身体は芝生と土を巻き上げて地面を抉るように茂みの中へと吹き飛ばされた。

 

 だが、魔法少女たちも先手を取られてばかりではない。四人の中で最も格闘戦に長けていたこまちがあっさりと敗北した時点で陣形を組み直し、魔弾による一斉砲撃を準備していたのだ。

 

「ロード・バロン……ここで排除します」

 

 エリーゼの機械的な宣言と共に、三人の魔法少女が力を合わせた強力な魔弾が《バロン》に殺到する。

 

「江蓮! 杏子とゆまを守れ!!」

 

『BANANA SQUASH!』

 

「まさか……迎撃する気?!」

 

 江蓮の驚愕をよそに迎撃の構えをとりつつ、《カッティングプレート》を素早く操作して《バナスピア》にエネルギーを充填。そして魔弾到達の0.5秒前、そのどこかバナナにも似た形状のエネルギーが地響きと共に凝縮され、ついにそれが解き放たれた。

 

「あぁあぁッ?!」

 

 ほとばしるスパークと熱風が、江蓮に立つことを許さない。舞い上がる奮迅と吹き荒れる暴風から、横たわる杏子とゆまの上から覆いかぶさって守るのが精一杯だった。

 

 

 ※※※※

 

 

「………ぁ……?」

 

 少し離れたところで横たわっていたマミが、轟く轟音に目を覚ます。鮮血に染まったコートの上から胸を抑えながら首を動かして周囲を見わたすと、吹き荒れる暴風の中心がいったい何なのかすぐに判明した。

 

「赤い、《アーマードライダー》……?」

 

 不意を疲れて背中から刺されたことは覚えているが、それがどうしてこのような状況に発展しているのか皆目見当もつかない。とはいえ、今ここでただ横たわっていればいいというわけでもないのも、また確かである。

 

「……づっ……」

 

 痛みをこらえながら、《ソウルジェム》を当てて患部に治癒魔法をかける。“命を繋ぐ”願い事で《魔法少女》になったマミにとって、治癒魔法の類は苦手分野ではない。数秒を待たずして傷口を塞ぎ終えると、マミは瞬時に変身してその場から跳躍した。

 

『BANANA OLE!』

 

 そしてマミが跳躍するのに呼応するがごとく、戦場に変化が訪れる。拮抗していたはずのエネルギー同士のぶつかり合いが、《アーマードライダー》側がベルトを操作してさらにエネルギーを充填したことで、ついに押し切ったのである。

 

「「「――――――ッ?!?!?!?!」」」

 

 合体攻撃を押し切られた魔法少女たちが、荒れ狂うバナナの嵐に飲み込まれ、衣装を焼き焦がしながら吹き飛ばされていく。

 そしてそのまま三人は自身らの身をもって放物線を描きながら、その人形のような表情のままに地面に全身を叩きつけた。

 

「どうした、他愛もない。お得意のチームワークはどこへ行った?! それとも、糸が切れては動けんか?! 人形!!」

 

 高圧的な態度で罵りながら、しかし槍を構えてゆっくりと歩み寄っていく。この赤い《アーマードライダー》には、一切の情け容赦が存在しないのだ。彼の槍が下ろされる時とは、完璧な勝利を収めた時なのだろう。それは、すなわち――――

 

「――――駄目!!」

 

 気がつくと、マミは脇目も振らずに戦場へと飛び出していた。

 

「………なんだと?」

 

「勝負は既につきました! これ以上の戦いに何の意味が、……ッ?!」

 

 木陰から見ていた時には気が付かなかった光景が、マミの瞳へと飛び込んでくる。

 

 それは、血染めの佐倉杏子と幼い《魔法少女》が、ボロボロの女性に庇われたまま横たわっているという衝撃的な惨状であった。

 

「…………あなたが、やったんですか?」

 

 震える声を押し殺して、眼前の赤い騎士を見据える。月明かりと街頭に照らされているにも関わらず、しかしマミの表情は陰っていてよく見えなかった。

 

「……どうしてそう思う?」

 

「状況からしてあなたしか考えられないからです!!」

 

 巴マミは、自身を刺した真犯人が、今は茂みの中にいるこまちであることを知らない。現状見えている証拠から推理して、“赤い《アーマードライダー》が自分を刺し、杏子をはじめとした他大勢の《魔法少女》に襲いかかった”と考えるのは、仕方の無いことであったのだ。

 

「いいだろう。貴様が望むというのなら、力を以て示すまでのこと!」

 

 マミの誤解に論理的注釈をなすことが、この場におけるベストアンサーなのは言うまでも無い。だが、この赤い騎士にそれを期待するというのは、賢明な読者諸君ならば野暮以外のなにものでもないということをすぐに理解できるだろう。

 

「すぐに治療しないと佐倉さんたちが危ない……一気に決めさせてもらうわよ!」

 

「大きく出たな……。ならば来い! 存分に相手をしてやる!!」

 



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不撓不屈の信念を込めて

 火蓋が切って落とされると同時に、マミと《バロン》は杏子たちを置いてその場から走り出した。お互い睨み合いながら併走を続けつつ、手にした武器で隙を伺い合う。

 

「――――ハァッ!!」

 

 先に攻撃をしかけたのは《バロン》だった。《バナスピア》による近接格闘の他に攻撃手段を持たないため、その挙動はマミからすれば非常に分かりやすい。要は近づかせなければいいだけの話なのである。

 

「―――――ふっ!」

 

 姿勢を低く保ちつつ、飛びかかってくる《バロン》の腹部を目掛けて、散弾を撃ち込む。普段召喚するマスケット銃とは少々趣の異なった武器ではあるが、《インベス》戦の増えてきた最近になって開発した、近距離戦闘用の新たなバリエーションであった。

 

「ガッ――――!!」

 

 散弾銃を腹部にお見舞いされて、無事な人間など存在しない。くぐもった唸り声とともに、《バロン》はくらった弾丸の慣性で後方へと吹き飛ばされた。

 

「まだまだっ……?!」

 

 追撃を試みんと新たな散弾銃を召喚して構えるも、しかしマミは《バロン》の挙動に愕然とした。なんと、まるでダメージを意に介していないかの如く、悠然と立ち上がったのである。

 

「どうした……? この程度かッ!!」

 

「散弾を、それも至近距離でくらってノーダメージ……? 《インベス》以上の堅牢さを持っているとでも言うの?」

 

 とはいえ、気後れしている場合ではない。ダメージにこそ繋がらないかもしれないが、衝撃で後方に弾き飛ばすくらいできるのは実証済みだ。

 

 

 

 風見野を見下ろすこの丘の上で、銃声と金属音が鳴り響き続ける。

 

 幾度となく発泡されるマミの散弾銃と、その回数を重ねていくごとに巧みになっていく《バロン》の回避。

 

 めまぐるしく動き回りながら戦う二人ではあるが、戦況そのものは膠着しているといえた。このままでは、散弾をすり抜けた《バロン》の槍で叩き伏せられるのも時間の問題である。

 

「だったら……これで!」

 

 垂直に跳び上がり、《バロン》を上空から睨みつける。

 

「食らいなさい! 《ティロ・ボレー》!!」

 

 中空に召喚された、無数のマスケット銃が一斉に火を噴く。巴マミの得意戦法である、マスケット銃の大量召喚による乱れ撃ち》だ。

 

「チッ……!」

 

 雨のように降り注ぐ弾丸は、その一発ずつで見るならば、そう大した驚異でもない。《アーマードライダー》の、それも高い堅牢さを持つ《バナナアームズ》を装備した《バロン》の体には、おそらく爪の先ほどのダメージすら与えられないだろう。

 

 だが、それが十発なら、百発ならどうだろうか。

 

 頑丈な鎧に防御を預け、ひたすら槍で攻撃していくという戦法を得意とする《バロン》にとって、単純な攻撃力だけでは測れないこのマミの攻撃は相性が悪いと言えた。

 いかに重装甲とはいえ、これだけの弾丸を浴びせられてはひとたまりもない。かといって、この弾丸を全て叩き落とせるほど、彼の槍は細かな芸当には向いていない。

 

「おおおおおおぉぉおぉッ!!!」

 

 受けきることはもちろん、避けることもままならない。素早い状況判断の結果《バロン》がとった選択は、愚直な突進であった。

 

「それならッ!」

 

 眼前の騎士がとった戦法は、ある意味でマミの予想通りであった。戦闘において熟練の域に達しつつあるマミにとって、相手の行動予測は本能的に察知できるのだ。

 

「なにッ?!」

 

 突然地面から生えてきたリボン群に全身を縛り上げられて、身動きがとれなくなる《バロン》。なんとか千切ろうと力を篭めるも、しかしリボンは見た目以上に頑丈であった。

 

「《レガーレ・ヴァスタアリア》……。《インベス》戦を想定して開発した技だったけれど、どうやら《アーマードライダー》にも通用するようね」

 

「クッ……!」

 

「がんじがらめにされては、そのベルトも操作できないわね。《アーマードライダー》の弱点は、既に承知しているわよ。………あなたの負けだわ」

 

「舐めるなッ!! この程度の力で、押さえ込まれる俺ではない……!!」

 

「ッ……?!」

 

 冷徹に敗北を諭していたはずのマミが、《バロン》の一喝で後ずさる。この赤い騎士が放つ異様な迫力に、マミは無意識のうちに気圧されていた。

 

「何故貴様は、俺に敗北を勧める」

 

「だ、だって、もうあなたは動けないし……これ以上戦っても、無用の血が流れるだけでしょう?!」

 

 杏子たちを襲われた恨みこそあれど、巴マミは非情の人ではない。例え敵だとしても、それが人間であれば、殺生はマミの望むところではないのである。

 

 だが眼前の赤い騎士は、がんじがらめになりつつも、マミの申し出を一蹴した。

 

「笑止! 自ら新しい敵を求めず、憎まれることから逃げている……貴様はただの臆病者だ!! その力は強さとはほど遠い。奪い取り、踏みにじる。それが本当の勝利の形! 力とは、強さの証を立てるもの! 貴様に足りないのは、その覚悟だッ!!」

 

 力強い咆哮とともに、《バロン》の全身に更なる力が漲る。次の瞬間、彼を拘束していたはずのリボンは無残にも引き千切られていた。

 

「?!」

 

 驚きのあまり身動きの取れないマミに、《バロン》の槍が殺到する――――

 



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重い引き金

《レガーレ・ヴァスタアリア》の拘束を引きちぎり、その勢いのままマミに殺到する《バロン》。あまりに突然の出来事だったが故に、マミの思考と反射は完全に停止していた。

 

「――――」

 

 彼女自身は知る由もないが、かつて《円環の理》がこの宇宙に誕生するより以前、まだ《魔女》と呼ばれる存在がいたころ、巴マミはその中のとある一匹の《魔女》による不意打ちを食らって命を落としていた。

 

 その《魔女》の名は《お菓子の魔女》。あるいは《charlotte》ともいう。

 

 だが《円環の理》の成立によって宇宙が最初から作り直された時点で巴マミの死は無かったことになり、同時に《お菓子の魔女》の存在も消え失せた。

 

 いわゆる“前世”とさえ言えない、改変前の宇宙の自分の記憶。しかし《バロン》の槍によって死の淵に立たされたマミは、その“前世”とも呼べない“過去”の自身の死を追体験しようとしていた。

 

「こんのぉッ! 止まれウォレス――――!!!」

 

 マミの喉元に迫る《バナスピア》。しかしそれを槍を変形させて受け止め、同時に《バロン》にきついカウンターをお見舞いする。

 

「さ、佐倉さん……?」

 

 赤い修道服の魔法少女、佐倉杏子。彼女もまた、巴マミに並び立つ実力者なのだ。

 

 

 ※※※※

 

 

 装着者であるウォレスの意識が断絶したことで《戦極ドライバー》のシステムは機能停止。《ライドウェア》は元のエネルギーとなって霧散し、《バナナアームズ》もまた放散して散っていった。この現象を簡潔に述べるとするならば、《バロン》の変身が解除された、ということである。

 

 先程までの猛々しさもどこ吹く風か、ウォレスの寝顔は穏やかだ。ほんの数秒前まで命のやり取りをしていたことを、当人であるマミでさえ信じられずにいる。

 

「………っ! 佐倉さんっ」

 

 放心状態から何とか復帰したマミが、慌てて杏子を見上げる。そしてこの時、身長ではそう変わらないはずの自身が杏子を“見上げる”という体勢になっていることに気がついて初めて、マミは地べたにへたり込んでいる自分を自覚した。

 

「ゆまのヤツが治してくれたんだ。アイツの回復魔法はスゲェぜ。あれだけの傷が完治しちまうんだからな」

 

 杏子の視線を追うと、そこにはつい先程まで重傷を負って倒れていたはずの少女がはにかんでいた。緑を基調とした、猫を思わせる衣装に身を包み、その手にはこれまた猫の手の如きメイスが握られている。

 

「あなた、魔法少女だったのね……」

 

 すっかり抜けていた力を再び込めて立ち上がりながら、マミは驚きつつも物憂げな表情で呟いた。

 

「そちらのあなたも、《魔法少女》なのかしら。お名前を聞かせてくださる?」

 

 ふとその存在に気がついたマミが、ゆまの後ろに立っていたチャイナドレス風の女性に声をかける。

 

「いえ………。私は《魔法少女》ではないわ。名前は―――吾妻江蓮よ」

 

 ゆまと江蓮。この二人が、杏子の新しい家族なのだろうか。とすると残る一人は――――

 

 

「う……」

 

 

 和みかけていた空気が瞬間的に張り詰める。杏子の一撃でのされていたウォレスが、再び覚醒したからだ。

 杏子を倒したエリーゼたちを容易く蹴散らし、マミを後一歩のところまで追い詰めたあの戦闘力で再び暴れだされたら、今度こそ押さえつけられるかわからない。今まで共に過ごして来た彼の人物像とはかけ離れたあの言動や態度を思うと、杏子たちはどうしても騙されたような気分を拭えずにいた。

 

「ウォレス……?」

 

 誰もが緊張を保って構える中、江蓮が心配そうな感情を滲ませながら声をかける。普段、誰よりも冷静な彼女らしからぬ行動ではあるが、しかし記憶を失っていた彼に名前を与え、今日までまるで母親のように甲斐甲斐しく世話を焼いてきたことを思えば仕方の無いことではあった。

 

「くっ……!」

 

 しかし、彼の以前の姿を知らぬマミにとって、眼前の青年は脅威以外の何者でもない。舌打ちとともに、マミはマスケット銃を召喚して構えた。

 

「………お願いよ、撃たせないで……っ」

 

 変身していない今ならば、弾丸の一発も致命傷になる。だが、自身の死すらも抑止力たりえないこの男を相手に、こんな脅しにどれほどの効果があろうか。マミの中で渦巻く焦燥が、引き金にかけられた人差し指に力を込めてゆく。

 

「だめ、撃ってはいけない」

 

 だがマミが撃つより素早く、銃は背後から取り押さえられてしまった。果たして、吾妻江蓮である。

 

「でも……」

 

「もしもの時は…………私が止める」

 

 コルト=パイソンを握り締めながら、瞳に決意の灯をともらせる江蓮。彼女の覚悟に、マミたちは押し黙るしかなかった。

 

 

「……………ふぇ、みんな、なにしてるの?」

 

 

 起き抜け一発目のウォレスのセリフに、全て台無しにされたが。

 



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オトシマエ

「ええ。…………ええ。そうよ。彼女たちの《ソウルジェム》は偽物だったわ。限りなく本物に近い代物だったけれど…………でも、意図的に完全なコピーを避けた節があるのよ。まるで、何らかの機能を増築させたかのような………これは私の勘だけれど、これがあの四人を操っていたのではないかしら。…………そうね、それじゃ、また」

 

 美国織莉子との通話を切ると、巴マミは渋い表情で振り返った。

 

 自身を刺し、杏子たちを襲ったのが、あの四人の《魔法少女》たちであったことを聞かされてからおよそ一時間。場所を丘から杏子たちのねぐらに移した現在、勘違いに端を発したあの激闘を思い出して鳥肌を蘇らせつつも、しかしマミは新たに目の当たりにした事実に更なる恐怖を感じていた。

 

「佐倉さん、その………エリーゼさんたちは」

 

「目を覚ます気配もねえぜ。大人しい限りでこちらとしてはやりやすいんだが……身じろぎもしねぇで縛られたまま座ってるってのも、気持ちわりいな」

 

 襲撃犯たちは、気絶したきり目を覚まさない。ウォレスの攻撃がそれだけ強烈だったということもあるかもしれないが、傷の治療を施した今も沈黙したきりというのは少なからず不気味であった。

 かといって、死んでいるというわけでもないのだ。心拍は正常、呼吸も規則正しく、その他にもそれらしい異常は見られない。

 

「私の魔法、失敗しちゃったんでしょうか……」

 

「重傷だったあたしらを一瞬で全快させたお前の治癒魔法が、こいつらには効かねえって道理はねえだろ。ゆまはよくやったさ」

 

「えへへ、ありがとう、キョーコ……」

 

 照れくさそうに笑うゆま。先程の戦闘で彼女は、喉を焼き焦がされていたというのに、それに耐え切って自分と杏子に治癒魔法をかけた。魔法を使うということにどれほどの負担が生じるのか、《魔法少女》ならざる吾妻江蓮にはそれを憶測することさえも難しい。……だが、十歳にも満たぬ少女が耐え切れるだけの痛みではないことは江蓮にも十分に類推できる。微笑ましいやりとりを交わす杏子とゆまを流し見ながら、江蓮は少女たちがこれまで潜ってきたであろう修羅場の数々に思いを馳せていた。

 

「ねえぇ……どぉして僕まで縛られてるのぉ???」

 

 ぐずぐずとした声で、簀巻きにされた美青年が抗議の声をあげる。我に返った江蓮がそちらを見やると、青年―――ウォレスは縋るような瞳で見上げてきた。

 

「ごめんなさい。今はあなたの縄を解いてあげられないの……」

 

 模造品の《ソウルジェム》を媒介にして操られていたエリーゼたちもそうだが、それ以上に不可思議なのはこの青年である。この人畜無害の女々しい彼が、突然豹変したかと思いきや《アーマードライダー》なる姿にその身を変えてエリーゼたちを一蹴し、実力者であるマミをすら追い詰めたのだ。これを不思議に思うなという方が、無理な話である。

 

「なぁマミ。……ウォレスが変身したのはその、《アーマードライダー》ってやつなんだよな」

 

「ええ。私たちが確認したどの《アーマードライダー》とも違うタイプではあるけれど、システム部分ではほとんど共通しているわ」

 

「《戦極ドライバー》ってやつか……。おいウォレス、あんたなんでこんなモン持ってんだ?」

 

 ウォレスから没収した《ドライバー》をぶらつかせながら尋ねる杏子。だが、ウォレスは首をかしげて唸るのみだった。

 

「え~? もともと持ってたよ?」

 

「だから、なんでかって聞いてんだろが」

 

「……………分かんない☆」

 

「ブッコロッゾオラー!!!」

 

「杏子、落ち着いて。彼には以前の記憶は無いのよ。………巴マミ、《戦極ドライバー》とは、もともとどこから来た機械なの?」

 

 荒ぶる杏子を何とか抑えつつ、江蓮が冷静に質問を投げかける。マミは曇る表情に内心からにじみ出る恐れを含んで返答した。

 

「私が聞いたわけではないけれど……見滝原の魔法少女に《インベス》をけしかけていた例の《霧の海のピニオン》のセリフや、《ドライバー》を拾った光実くんの証言によると、どうやら《禁断の森》で《インベス》と戦っていた人々の使っていた兵器のようなのよ」

 

「……………もはや、オカルトね。杏子をつけまわし――ストーキングしていた時にも聞いた話ではあるけれど、とても現実的とは言えないわ」

 

「いやいや江蓮、それ言い直せてねえから、オブラートに包むどころか、余計に露骨になってっから」

 

 顎に手を当てて呟く江蓮に、呆れ顔でツッコミを入れる杏子。そんな彼女たちのやりとりを眺めていたゆまに、ふと天啓が舞い降りた。

 

「………じゃあ、ウォレスはきっと、もともとはその《インベス》と戦っていた人なんだよ。記憶を無くしちゃってるから確かめられないけれど、きっと見滝原の《魔法少女》をいじめる奴らから助けるために来てくれたんだよ」

 

 当のウォレスは頭上にクエスチョンマークを浮かべているが、ゆまの仮説は確かに筋が通っている。全てが真実とは言えなくとも、大筋は正解と見て間違いないというのが、この場にいる全員の共通の見解であった。

 

「………その《インベス》というのは、どこから?」

 

 江蓮が考察を張り巡らそうとマミに尋ねる。本来《魔法少女》ではない彼女を巻き込むのには気が進まないが、ここまで来てしまっては黙っているわけにもいくまい。諦観の念をため息とともに吐き出して、マミは全てを話すことにした。

 

「私たちが《禁断の森》と呼称する、謎の森よ。空間の裂け目からしか観測できないけれど、そこを通れば向こう側に行くこともできるわ」

 

「あ、裂け目って……」

 

「バナナが出てきた時も、似たような現象が見られたわ。……なるほど、あの向こう側から何らかの手段でこちら側にやって来たのがウォレスである、と」

 

 相変わらず当の本人はちんぷんかんぷんといった様子だが、江蓮たちが納得しているのを眺めて自分も納得した気分になっているようだ。

 

「ウォレスのこともそうだが、こんな舐めたマネをしやがる連中を放っとくワケにはいかねえよな。ピニオンだっけか? フザけた名前しやがって、上等だ。きっちりオトシマエをつけてやろうじゃねえか」

 

 情報を統括し、状況を確認した上で、杏子は好戦的な笑みを浮かべた。

 

《インベス》を操って《魔法少女》を襲うことを諦め、今度は捕獲した《魔法少女》に人口の《ソウルジェム》を埋め込んで使役。まだ見ぬ敵の回りくどい手口に、杏子は怒りの炎を激しく燃え上がらせていた。

 

「行こうぜ、見滝原に。舐めた野郎どもに泡を吹かせてやろうじゃんか」

 

「……血を流すのは、私のような汚れた大人だけで十分。私も同行するわ」

 

「キョーコかっこいい! わたしも行くよ!」

 

「ボクもー!」

 

 口々に同行を希望する仲間たちに、照れくさそうな笑みを向ける杏子。かくて、ここに風見野市よりの助っ人チームが編成された。

 

 

 ※※※※

 

 

「いっきし! うぃ~……どこの美女が俺様の噂話をしてるのかな?」

 

「やめときなよピニオン。変に期待すると後から辛いぜ」

 

「お、妬いてんのか?」

 

「ばっ、バカ言うんじゃないよっ! ていうかそれより、考えるべきコトがあるだろ!」

 

「んあ? ああ、わーってるよ。でもな、サーヴァント様のゴーサインが無きゃ俺らは動けないっしょ?」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

「まぁしかし、当初の目的だった《魔法少女の捕獲と調査》にこれほど手こずるたぁ思わなかったな……。未だに一人も捕まえられねえなんて、あーあ、かったりい」

 



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白い天使

 開幕より以前。

 あすなろ市に存在する、とある洋館にて。


「軽くおさらいをしよう、和紗ミチル。《魔法少女》の核は《ソウルジェム》であり、肉体はあくまでも外付けのハードウェアだ。そして《ソウルジェム》の正体とはすなわち、視覚的に認識できるカタチとなった少女の“魂”……。きみたちの行使する魔法とはすなわち、現実世界に干渉できるようになった魂のエネルギーの発露を示している」

 

「…………」

 

「きみたちと契約した《インキュベーター》。彼ら……いや、彼と呼ぶべきか。ともかく宇宙からの来訪者である彼は、人類が持つ“感情”というエネルギーを搾取するため、大気中に浮遊していた負の感情にカタチを与え、それを《魔獣》と名付けた。認識可能な状態にしなければ、それらを回収できないからだ。そしてその回収を任されたのが、人類の中で最も強力な感情を持つ第二次性徴期の少女たち……つまり、《魔法少女》だったというわけだ」

 

「…………」

 

「以上が、きみたちへの拷問と我々独自の調査によって明らかになった、《魔法少女》というシステムの本性だ」

 

「…………」

 

 椅子に縛り付けられて身動きの取れない和紗ミチルに、白い青年は淡々と語り続ける。

 透き通るような白い肌と白い髪、そしてあまりにも整いすぎている美貌。薄暗い地下室という状況であるにも関わらず、青年はまばゆいほどの白いオーラを身に纏っていた。それはどこか、見る者に神秘的な何かをも感じさせるほどの域に達しており、事実、ミチルは彼のことを天使のような姿をしているとさえ感じていたほどだ。

 

 だが、彼の所業は天使のそれなどではない。

 

 唾棄すべき汚物を見る目で青年を睨めつけると、ミチルは唾を彼の足元に吐きつけた。

 

 突如あすなろ市に現れて、自分とその友達で構成されていた魔法少女チーム《プレイアデス聖団》を笑顔で蹂躙し、拷問にかけたことを、ミチルは忘れてはいないのだ。

 

「何が目的でこんなことを……この悪魔……ッ!」

 

 仲間たちを傷つけられた怒りと自身に与えられた苦痛と屈辱は、本来温厚であったミチルを憎しみで支配するには十分すぎるほどに激しかった。

 だが激流の如き彼女の憎しみを、青年はまるで意に介していないといった様子で受け流す。それどころか、青年はその美しい顔に、薄く笑顔すら浮かべていた。

 

「………『悪魔は理論家である。悪魔は現世のよさや官能の悦びなどの代表であるにとどまらず、彼はまた人間理性の代表者である』」

 

「…………え?」

 

「ドイツの詩人、ハインリッヒ・ハイネの言葉さ。……きみの仲間の御崎海香なら、もっと機知に富んだ返しをしてくれたんだがね」

 

「……ッ! うみか、海香はどうなっちゃったの?!」

 

 取り乱すミチルに、青年は口端を釣り上げて意味深な笑みを浮かべた。

 

「彼女の《ソウルジェム》は、ついさっき改造を終えた。牧カオル、浅海サキ、若葉みらい、宇佐木里美、神那ニコも同様だ」

 

「………!!!」

 

 決定的な絶望が、ミチルの表情を覆っていく。

 

「《インキュベーター》を掌握した僕らにとって、それは雑作もないことだ………さて」

 

 ふと言葉を切ると、青年はおもむろにポケットの中から折りたたみ式の剃刀を取り出した。銀色の刀身が、鈍く光っている。

 

「きみに聞きたいことはただ一つ。“円環の理”とは何だ?」

 

 青年の表情から、笑顔が消える。これが最後通告なのだと、ミチルは悟った。

 

 

 

「し、知らない……! 知ってたって、教えてやらない……!!」

 

 だが、ミチルは首を横に振った。

 

 最後まで、《魔法少女》の矜持を守ることを決めたのだ。

 

 自分を慕って今までついて来てくれた、仲間たちを裏切らないために。

 

「そうか……残念だ」

 

 

「ッ、ああああああッ!!」

 

 

 一閃、青年の刃がミチルの両目を切り裂いた。患部から鮮血が迸るが、しかしそれを止められるはずの治癒魔法が発動しない。

 

「今までの拷問でも味わってもらってきたが、きみたちの《ソウルジェム》は僕らの管理下にある。魔法による治癒も、痛覚遮断も不可能だ」

 

 

「ああぁあぁッ! ひあああああぁぁあッ!!」

 

 

 太ももに突き立てた剃刀を、ゆっくりと刺し込んでいく。白い少女の脚と剃刀の隙間から、ぽつぽつと真っ赤な血がにじみだしていく。骨のコリコリとした感触を刃先に感じるまでに深々と刃を突き立てると、青年はそのまま剃刀を捻って周囲の肉を引き裂いてみせた。

 

 

「ふうぅうぅうぅうう、ぐ、ぐうぅうううぅう」

 

 

 喉を震わせ号泣し、唾液と鼻水を垂れ流しながら必死に痛みに耐えるミチル。彼女にできるせめてもの抵抗といえば、この痛みに屈さないことだけであった。

 

 

「あああッ! いぎゅ、ふ、うぅうぅうぅうぅうあぁああああぁッ…………!!!!!」

 

 

 足の爪を、一枚一枚、丁寧に時間をかけて剥がしていく。痛みはとっくに許容レベルを超えているだろうに、しかしミチルはそれでも耐えていた。

 

“円環の理”の詳細を教えれば、この拷問はすぐに終わるかもしれない。だがそれでも、ミチルはどういった形であれ、この男に屈服することができなかった。

 

 ……だが、彼女がいくら耐えようとも拷問は終わらない。

 

 和紗ミチルが痛みに屈し、全ての尊厳を放り出すその時まで、青年――――槙島聖護の地獄は終わらないのだ。

 

 

 ※※※※

 

 

『あああッ! いぎゅ、ふ、うぅうぅうぅうぅうあぁああああぁッ…………!!!!!』

 

 液晶画面に映し出された友達が、変わり果てた痛々しい姿で苦悶のあまりに獣の如き声をあげている。

 

「ミチル………!!」

 

「さあ、どうするんだい御崎海香。きみが供述を断れば、このビデオの続編が制作されるわけだが」

 

 

 誰よりも大切な友が拷問にかけられる映像を目の当たりにして

 

 

「槙島、聖護……ッ!」

 

 

 それでも意地を張り続けられるほど

 

 

 

「…………分かった………。話す。全部話すから……。ミチルを、楽にしてやって…………」

 

 

 御崎海香は、役目に徹することはできなかった。

 




【第六話 強さの証を立てるもの】はこれで終了です。

 この【白い天使】のみ、時系列が【開幕】以前のモノとなっております。ややこしい書き方ですが、ご理解の程をお願いします。

 次回以降は、再び本来の時系列に戻りますので、この次もどうかよろしくお願いします。


 ※※※※

 https://www.youtube.com/watch?v=4IkLEmswL30





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【断章】
人物紹介その3


【第五話】~【第六話】の登場人物をまとめました。

 怒涛の新キャララッシュだったと思われますので、こちらで是非ご確認ください。


●佐倉杏子【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。風見野市を縄張りとする、巴マミと双璧をなす《魔法少女》。その好戦的な性格もあって、腕に自信のない《魔法少女》はまず風見野に訪れることはない。

 本編開始以前、エリーゼ一味との風見野防衛戦を制した彼女ではあるが、それ以来音沙汰のなくなったエリーゼたちをどこか気にかけていた。そして相棒のゆまを伴って調査を進めていくうち、江蓮やウォレスと出会い、家族になっていった。

 

 性格は好戦的かつ粗野。しかしそれらは深い思いやりと愛情の裏返しであり、自分の良心を傷つけるストレスを軽減するため、常に何かしらを食べていた。しかしゆまたちと出会って以来は幾分素直になってきているようで、どことなく笑顔が増えてきた傾向にある。

 

 

 

●千歳ゆま【出典:魔法少女おりこ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。佐倉杏子の相棒を務める非就学児。《魔法少女》になったのは、《魔獣》に両親を殺されて一人ぼっちになっていたところを杏子に助けられ、彼女の支えになりたいと願ったから。なお時系列的にはエリーゼ一味による襲撃以降の契約者であり、また、キュウべぇと契約した最新の《魔法少女》でもある。

 得意魔法は治癒魔法で、攻撃力と機動力に長ける反面、当たると脆い杏子のバックアップを主に担当している。過去にも彼女のピンチを幾度となく救ってきたらしい。

 素直で元気な少女であるが、以前は母親から凄惨な虐待を受けていた過去を持っており、前髪を上げると額にはタバコを押し付けられた火傷の跡が醜く刻まれている。

 

 

 

●吾妻江蓮【出典:PHANTOM ~phantom of inferno~】

 

『魔獣の世界』出身。かつて米国を震撼させた殺し屋《ファントム》の一人。当時はドイツ語で“1”を意味する《アイン》という名で呼ばれていた。

 雇い主であったマフィア《インフェルノ》とは既に縁を切っているが、今でもその頃のことを引きずっている節がある。

 特に《インフェルノ》を脱走した際に連れ添っていた元恋人の《ファントム》の《ツヴァイ》と、《インフェルノ》の新たな刺客として送り込まれてきた新たな《ファントム》の《ドライ》の死が、彼女の心に深い闇を落としている。

 しかし《ツヴァイ》の意思を汲み取り、現在は生きることに対して前向きなスタンスをとっており、杏子たちを人生の先輩として一歩引いて見守っている。

 

 

 

●ウォレス【出典:PHANTOM ~phantom of inferno~、仮面ライダー鎧武】

 

『魔獣の世界』出身(?)。江蓮によって名前を与えられた、記憶喪失の美青年。なお、このウォレスという名前は、江蓮の元恋人であった《ツヴァイ》が暗殺任務中に使っていた偽名でもある。

 赤と黒の派手目なコート風衣装や端正な顔立ちがどことなくアイドルやダンサーを思わせる見た目をしており、性格はバカがつくほどの能天気でお人好し。過去の記憶が無いというのにも関わらず、まったくもってその辺を気にしていない。

 

 ………が、非常事態に際して一時的に記憶が覚醒した際に、好戦的かつ不遜な態度をとっており、杏子たちを激しく動揺させた。

 おまけにこっそり所持していた《戦極ドライバー》で《アーマードライダー》へ変身して、エリーゼ一味を簡単に退け、勘違いから戦闘した巴マミも後一歩まで追い詰めるほどの戦闘力を発揮。杏子がはなった後頭部への一撃で再び記憶を失ってはいるが、それでも要注意人物であることに変わりは無い。

 いったい、彼は駆紋何斗なのだろうか……疑問は尽きない。

 

 

 

●巴マミ【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。かつて新米だった杏子と共に戦ったこともあったが、彼女の“願い事”の破綻を契機としてコンビは解消。

 以来、軽い連絡網程度のやりとりしか交わせなかったが、今回やっと杏子との仲直りに成功した。

 

 戦闘力は相変わらず最強ランクで、魔法のバリエーションにもさらに磨きがかかってきており、格闘武装による物理攻撃しかできない《アーマードライダー》相手なら完封もできるポテンシャルを見せつけた。

 だが結局《バロン》を詰めきれなかったことから、精神的な脆さと少女らしい優しさが仇となり、人間相手の戦闘においては常に不安要素が付き纏うであろうことも示唆している。

 

 

 

●エリーゼ、こまち、クレア、ひより【出典:魔法少女まどか☆マギカ(モバゲー)】

 

 原作【魔法少女まどか☆マギカ】における杏子的ポジションの、典型的な略奪型魔法少女一味。もちろん全員『魔獣の世界』出身。

 風見野市を縄張りにすべく襲撃したが、先客である佐倉杏子によって阻止され、その後行方をくらませていた。

 しかしそれから数ヶ月が経った今、ロボットのように変貌して再び風見野市を襲撃。巴マミを後ろから刺し、杏子とゆまを半殺しにしたばかりでなく、彼女らを助けようとした一般人の吾妻江蓮にも手をかけた。

 使う魔法などに変わりは無いが、行動原理が作業機械のそれになっているため油断や隙が介在する余地が無く、ますます手強くなっている。

 

 …………これは余談であるが、一味の首魁であるエリーゼは見滝原に縁があったらしい。しかし彼女たちが植物人間状態となってしまった今となっては確かめようがない。

 

 

 

和紗(かずさ)ミチル【出典:魔法少女かずみ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。見滝原市とは少し離れた“あすなろ市”の魔法少女。明るく朗らか、友達思いの少女で、自分を含めた七人の魔法少女グループ《プレイアデス聖団》を結成していた。

 だが、突如あすなろに現れた槙島聖護によって《プレイアデス》は壊滅。捕縛された七人は壮絶な拷問の末に《ソウルジェム》を改造されてしまった。

 

 

 

御崎海香(みさきうみか)【出典:魔法少女かずみ☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。女子中学生でありながらにしてベストセラー作家という異色の肩書きを持った《プレイアデス》のブレイン。

 その教養の高さを気に入られてただ一人拷問を受けなかったが、無残な姿にされたミチルを見せつけられて絶望。槙島に屈すると共に、彼女の《ソウルジェム》も改造された。

 

 カズミの示した強さより、彼女への友愛をとってしまった海香。……だが、彼女を責められる者がいるとすれば、それは人を愛したことのない人間だけだろう。

 

 

 

槙島聖護(まきしましょうご)【出典:PSYCHO-PASS ‐サイコパス‐】

 

『バロンの世界』出身。同志たちと共にあすなろ市を強襲し、《プレイアデス》に残酷な最期を迎えさせた“白い天使”。読書を好み、名書の引用を会話の中に取り入れるなど、知的で教養深い一面を持っている。

 しかしその所業は凄惨極まるもので、十代の少女たちを相手にあまりに残酷な拷問の限りを尽くして《魔法少女》のシステムを無理矢理に聞き出した上に、彼女らの“魂”そのものである《ソウルジェム》を改造するなど、極めて残虐で冷酷な人物像が見て取れる。これで見た目は“白い天使”なのだから、悪い冗談にしか聞こえない。

 

 

 

●キャル・ディヴェンス【出典:PHANTOM ~phantom of inferno~】

 

『魔獣の世界』出身。この物語の始まる以前に死亡している、暗殺者《ファントム》の少女。《ファントム》としての名はドイツ語で“3”を意味する《ドライ》である。

 マフィア間の抗争に巻き込まれて保護者を失ったところを《ツヴァイ》に拾われたことをきっかけにして裏社会に身を投じていき、それと同時に《ツヴァイ》への愛を深めていった。

 

 だが、《ツヴァイ》が自分を置いて《アイン》(当時の江蓮)を連れて組織を脱走したことで性格が激しく歪み、トリガーハッピーな無情の殺し屋へと変貌。その数年後には《ドライ》として完全覚醒し、刺客として、そして女として想い人を賭けて江蓮と決闘した。

 

 

 

●キュウべぇ/インキュベーター【出典:魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。宇宙の延命のため、感情エネルギーを搾取しようと地球にやって来た宇宙からの来訪者―――であったのだが、現在は槙島たちによってどこかに隔離され、調査を受ける身になってしまっている。

 



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出典紹介その3

【PHANTOM ~phantom of nferno~】

 

 今や一世を風靡する人気シナリオライターの虚淵先生だが、彼のスタート地点となったデビュー作がこの、2000年2月25日にニトロプラスが発売した18禁ハードボイルド系アドベンチャーゲーム【PHANTOM】である。

 殺し屋《ファントム》としての生き方を強要された主人公《ツヴァイ》が、その運命の中で生き抜いていくという物語。

 数々の洋画からの引用や、銃器と車を前面に出した作風など、18禁ゲームとしては異端すぎる作品の【PHANTOM】だったが、その確かな物語性と重厚な描写が口コミを通じてジワジワと人気を獲得していったという経緯を持っている。

 

 この小説ではキャラクターデザインをリニューアルしたXBOX360版、ないしアニメ版の【PHANTOM ~requiem for the phantom~】がクロスオーバーに採用されている。

 

 

 

【魔法少女まどか☆マギカ(Mobage)】

 

 DeNAのソーシャルゲームサービス「Mobage」で2011年9月20日より携帯電話(フィーチャーフォン)向けに、同年10月にはスマートフォン向けにカード育成ゲームとして本作のソーシャルゲームが提供開始された携帯ゲーム。運営会社はアニプレックスで、【魔法少女まどか☆マギカPlus】配信に伴い、2012年11月19日をもってサービスを終了している。

【plus】はMobageにて2012年12月29日より提供開始されており、2013年10月29日よりGREE、2013年11月20日よりdゲームでもリリースされた。運営会社はデジターボ・ネクストリー。

 ゲームオリジナル魔法少女のエリーゼ、こまち、ひより、クレアが登場する。

 

 

 

【魔法少女かずみ☆マギカ 〜The innocent malice〜】

 

 原作を平松正樹先生、作画を天杉貴志先生が手がけた【魔法少女まどか☆マギカ】の外伝作品。《まんがタイムきららフォワード》で、2011年3月号から2013年1月号まで連載された。

  見滝原とは別の街「あすなろ市」に住む魔法少女かずみを中心として描かれた物語で、魔法少女やその契約と使命、《ソウルジェム》などの基本概念は本編と同様ではあるが、人間の悲しみや絶望、憎悪に付け入ってその人間を魔女化させるなど、一見すると本編との設定の差異があるように見受けられる。

 このシリーズの単行本第一巻はプロローグという扱いで、二巻からが物語の真骨頂となっている。【まどか】系列の作品群、通称《マギカシリーズ》の中でも有数の欝ストーリーを、是非体験してもらいたい。

 ちなみに、サブタイトルは直訳すると「無邪気な悪意」。

 

 なお本作の設定上、この小説に“かずみ”は登場しない。

 

 

 

【PSYCHO‐PASS ‐サイコパス‐】

 

 Production I.G制作による日本のアニメ。フジテレビ「ノイタミナ」にて、2012年10月から2013年3月までテレビアニメ第1期が、2014年7月から9月までテレビアニメ第1期の新編集版が、同年10月から12月にはテレビアニメ第2期『PSYCHO-PASS サイコパス 2』が放送され、2015年1月には映画『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』が公開された。

 実写ドラマ【踊る大捜査線】の監督として知られる本広克行氏とアニメ監督の塩谷直義氏、そして脚本家に【まどか】で一躍ムーブメントを起こした虚淵玄先生を迎え入れて制作された経緯を持つ。

 “近未来SF”、“警察もの”、“群像劇”というコンセプトのもと、システムによって支配されたディストピアを舞台に、新任監視官として公安局刑事課一係へと配属された常守朱と、ベテラン執行官の狡噛慎也を主人公として、ストーリーは進行していく。

 また、制作会社や物語の要素などに押井守氏の手がけた【攻殻機動隊】や【機動警察パトレイバー】といったアニメーション作品の遺伝子が見受けられるのも本作の特徴とされる。

 



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第一回 キンダンホットライン(ゲスト:セイバー)

「HELLO~!! みんなぁ! キンダンホットラインの時間だぜッ!」

 

「司会進行はこの俺、DJサガラだッ! 《ヘルヘイム》としての俺はあくまで傍観者だが、ネットアイドルとしてはまだまだ現役! こういったカタチで電波をお届けさせてもらってるゼ!」

 

「今回のゲストは、ン~~……コイツだッ!」

 

「どうも、【Fate/Zero】より参上致しました。サーヴァント、セイバーです」

 

「今回は【UBW】の番宣も兼ねての出演なわけだが、どうだいセイバーちゃん。【禁断の物語】に登場している【Zero】出身者は、“サーヴァント”を名乗る謎のくたびれたオッサンなわけだが」

 

「どことなく、というかキリツグそのものですね。正直、黒い感情を隠せません」

 

「まぁな~。しかし敢えて衛宮切嗣と名乗らず、毛嫌いしていたはずの“サーヴァント”を名乗ってるからには、何かがあるのは間違いないぜッ!」

 

「そこなんですがサガラ、私はここにいてもよろしいのでしょうか」

 

「ウィ?」

 

「あれがキリツグ本人であるとすれば、彼のサーヴァントである私も無関係では無いはずです。本編からかけ離れたこの謎空間に私が出ていてもいいものかどうか……」

 

「ああそれか。モウマンタイッ! ここに登場するゲストは“今後登場予定のないキャラ”から選ばれるからな!」

 

「」

 

「ん、どうしたセイバーちゃん」

 

「いえ、しかし……私の出番が、無い?」

 

「皆無だな」

 

「…………シロウのところに帰りたいです」

 

「ままままっ、そう言いなさんなって。本編に出られないからせめてここに呼んでるんじゃねえか」

 

「またあの赤いのに『青はオワコン』と言われてしまう………」

 

 

 ※※※※

 

 

「さて気を取り直して質問だ! セイバーちゃんは、その名の通り、剣の英雄なんだよな! しかも、とびきり上等なヤツときた!」

 

「ええ。【Zero】本編である第四時聖杯戦争でも、他の英霊に遅れをとることはありませんでした」(キリッ

 

「まあそんな戦いのプロフェッショナルであるセイバーちゃんならではの観点からすると、今のところ【禁断の物語】に登場している連中をどう評価するんだい?」

 

「そうですね……。ざっと見たところでは、やはりトップランクは巴マミでしょう。彼女の魔法は私たちの“魔術”とは根本からシステムの異なるものですが、それでもあれが凄まじい威力と応用力を持っていることは理解できます。しかし……」

 

「しかし?」

 

「戦いに際して、彼女はその優しさが悪い方向に作用してしまいがちですね。それこそが彼女の原動力であることに変わりはありませんが、しかしバロンとの対決で詰めきれなかった辺り、彼女の優しさは今後の戦闘で如実に弱点として浮き彫りになっていくことでしょう」

 

「強くて優しい奴……だが、そんな奴から先に死んでいく。悲しいが、それが世界の理なんだろうな」

 

「なんかキャラ変わってませんか、サガラ」

 

「おおっと、ついつい素が出ちまったぜ☆ ほんじゃセイバーちゃん、他のメンツはどうだい?」

 

「巴マミに限らず、魔法少女の応用力には常に驚かされるばかりです。単純な戦闘力だけで測るべきではないでしょう。しかし、アーマードライダーは別です。彼らの戦いは、どちらかというと私のようなサーヴァントに近いものがある」

 

「んまあ、チチンプイプイよりゃ刃物の方が分かり易いもんな」

 

「ええ。つまるところ、戦場ではそれしかありません。私もできることなら、あの場に出て行って手合わせをしてみたいものですが……」

 

「ご縁があれば、いつかできるさ。なぁに、《ニトロプラスブラスターズ》なんかもあるんだ。ワンチャンあるかもしれないぜ?」

 

「【鎧武】の戦うヒロインというと……湊耀子でしょうか」

 

「【鎧武外伝】から引っ張って朱月藤果かもしれないな」

 

「アシストキャラはそれぞれ、湊耀子なら駆紋戒斗、朱月藤果なら呉島貴虎でしょうか。どちらも実力者ですね……刃を交える時を楽しみにしています」

 

「まぁ天下の《仮面ライダー》をエロゲ屋の企画に引っ張れるかどうかは、社同士のディスカッション次第だろうな」

 

「サガラ、発言がリアル過ぎて怖いです」

 

 

 ※※※※

 

 

「さてセイバーちゃん、個人の強さの次は、格陣営の強さの評価を聞かせてくれるかな?」

 

「やはり、第二話からメインとして活躍している美国陣営が強豪でしょう。最高ランクの魔法少女である巴マミとアーマードライダーの呉島光実を戦力に据え、控えにはバーサーカーの呉キリカ、そしてブレインには予知魔法の使い手である美国織莉子がいます。常に先の展開を見越して行動できるというのは、大きいのではないでしょうか」

 

「なるほど、さすが剣の英霊なだけあって優れた戦力分析だ! しかし彼らは病院の魔獣襲撃を未然に防げなかったぜ?」

 

「予知に指向性を持たせた弊害でしょうね。予知しようと思った事柄には予知は働いても、そうでない未来は見ることができない……。受動タイプの予知ならば、あのような事態にも対応できたでしょう。例えば、予知夢のような……」

 

「ふ~ん……なるほどな。しかしそうなるとあいつらも無敵じゃないってことかい?」

 

「雑技団じみた風見野陣営も底知れないものがありますし、なにより魔法少女そのものに対して何らかの強みを持っている節が見受けられる槙島陣営があります。そして直接対峙している新人類陣営には、不完全ながら黄金の果実という特大の爆弾が眠っている。どの陣営も、状況次第でどう転ぶか分かりませんね。現段階では、何とも言えないでしょう」

 

「つまり、どこの陣営が勝ってもおかしくない、と?」

 

「何を以て勝利とするか、という点でも不明瞭ですし……やはり何とも言えないというのが、私の結論でしょうか」

 

 

 ※※※※

 

 

「さて、そろそろ番組も終わりが近づいてきちまったぁ! 最後にセイバーちゃん、何か言うことはあるかい?」

 

「絶賛放送中のテレビアニメ【Fate/Stay Night[unlimited blade works]】、劇場公開予定のアニメ映画【Fate/Stay Night[Hevens Feel]】、そして【Fate/Zero】と、メディアミックス目白押しの【Fate】シリーズを、どうかよろしくお願いします!」

 

「さすが、typemoonのドル箱! 宣伝もバッチリだぜ! そんじゃま、see you next time~!!」

 




 現在、【Fate/stay night[unlimited blade warks]】の放送は終了しております。


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【第七話 ノブレス・オブリージュ】
思い出は遠く、セピア色の夢の中に


この【第七話】は【五】、【六話】と同時進行です。


 

【挿絵表示】

 

 

 

貴虎(たかとら)ぼっちゃま。起きてくださいまし」

 

 メイドの朱月藤果(あかつきとうか)に揺すられて、重い瞼をなんとか開く。霞む視界をまばたきの度に修正しながら時計を見やると、まだ朝の五時だった。

 

「………どうした藤果。まだ五時じゃないか」

 

「うふふ……ぼっちゃまでも、寝ぼけることがあるのですね」

 

 む、と眉間に皺を寄せて藤果の微笑を睨めつける。だがその直後、何かに気がついたようにはっとすると、貴虎はバツが悪そうにうつむいた。

 

「そうだったな……。今日が、その日だった」

 

 

 ※※※※

 

 

 呉島家は、いわゆる大企業の社長一族だ。クレシマ製薬といえば、知らぬ者は日本人にいないだろう。そんな家の息子である貴虎は、親の教育の方針で、今日を以て米国へと移住することになっていた。

 

「良いか貴虎。お前も将来の呉島を支える男。十五歳ともなれば、もう子供を卒業しなければならん。アメリカの一流ハイスクールで人を統べる者としての学問を身に付けなさい」

 

 そんな父の言葉に従って米国のサウスハービー大学付属高校へ進学することになったことを振り返りつつ、貴虎は内心ではため息をついていた。

 

「いかがなされました、おぼっちゃま。食指が止まってらっしゃいますが……」

 

 いつもより早い朝食の席で一人きりで食事をとる貴虎に、傍らに控えた藤果が声をかけて来た。

 

「ああ。………どうにも気乗りしなくてな」

 

「光実おぼっちゃまのことですね。………言われずとも分かります」

 

 もう三年以上も身の回りの世話をしているだけに、藤果は自分の主人が何を考えているかを熟知している。貴虎は察しのいいメイドに僅かばかりの微笑みを向けた。

 

「ああ。この春にやっと小学生になるあいつを残して、遠いアメリカに行かねばならない……。そう思うと、父が恨めしくてな」

 

 こんなことが言えるのも、藤果の前でだけだ。常に公を意識しなければならない立場にある貴虎少年にとって、唯一本音を言えるのがこの少女の前だけであった。

 

「本当に、弟様を愛してらっしゃるのですね」

 

「たった一人の、年の離れた弟だからな。………さて、愚痴を言っても仕方がない。ああそれと」

 

 気がついたように振り返って、貴虎は厳格な顔に年相応の少年らしい表情を滲ませながら、藤果に眼差しを向けた」

 

「………なんでしょうか」

 

「俺……いや、私のことを“ぼっちゃま”と呼ぶのはもうよせ。この門出を以て、私は金輪際、子どもであることを捨てるのだからな」

 

「かしこまりました、貴虎さま。…………ふふ」

 

「? 何がおかしいんだ?」

 

「いえ。他の方は存じませんが、貴虎さまのそんな可愛らしいところを知っているのが私だけなのだと思うと、こう……」

 

「………主人をからかっているのか? とんだ不良メイドだな。連れて行くメイドを吟味する必要がある」

 

「まぁ、これはとんだ御無礼を……。申し訳ございませんでした」

 

 頭を下げる藤果だが、表情には隠しきれない笑みが広がっている。それは、彼女を咎めた貴虎も同じであった。

 

 

 ※※※※

 

 

 空港に着くと、黒服の一団が貴虎と藤果を出迎えた。期待を込めずに見渡してみるが、やはり父の姿は無い。ふんと鼻を鳴らして見送り集団を振り切るように早足で歩き去ろうとすると、眼前に奇妙な出で立ちの少年が立っていることに気がついた。

 

「………どけ。貴様が誰かは知らんが、取るべき態度というものを知らんのか?」

 

「当然、よ~く知っているよ。貴虎のぼっちゃま? そっちこそ、天樹氏に聞いてないのかい?」

 

 半ズボンにアロハシャツ、白いメッシュの入った髪と、少年の外見には奇妙な記号が無数に散りばめられている。しかしそれ以上に貴虎の興味を惹いたのは、この少年の堂々とした態度だった。

 

「………あなたは………」

 

 小声で囁くように、藤果が少年を見つめながら呟く。しかし貴虎はそれに気づかぬまま、少年に声をかけた。

 

「………なるほど。父さんの差し金か。それを差し引いても、貴様の無礼は度し難いがな。………名前は?」

 

「ボクの名前は戦極凌馬(せんごくりょうま)。きみと同じ、サウスハービー大学付属高校へ進学予定の十五歳だ。天樹氏の言いつけにより、ボクはきみの学友としてサポートさせてもらうことになった。どーぞこれからよろしく」

 

 物怖じすることなく、大胆不敵に手を差し伸べてくる凌馬。

 これまで出会ったことのないその態度に戸惑いを覚えたが、しかし同時に貴虎はこの不遜な少年に興味を抱きつつあった。

 

「…………ふん。貴様のその態度、本来であれば許しがたいが、父さんの言いつけとあらば仕方があるまい。……………私のことは、貴虎と呼べ。それが私の求める、友への条件だ」

 

「ああ。きみとはうまくやっていけそうで安心だ。………“貴虎”」

 

 凌馬の華奢な手を、幼くも鍛えられた手で握り返す。

 

 ―――――これが、二人の友情の始まりだった。

 



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男の戦い

「先生、呉島先生?」

 

 声をかけられ、貴虎ははっと眠りから目覚めた。

 

 空港のそれとは違う、開けたグラウンドや走り回る学生たちの姿。思わず自分の手を見やると、硬くて無骨な大人の腕だった。

 

「―――――あ」

 

 それで初めて、さっきまでの光景が、呉島家が滅んだ“あの日”以前の思い出の風景であることに貴虎は気がついた。

 そして、今の自分はこの《あすなろ中学校》に勤務している教師であることも。

 

「どうしたんです、先生。あたしの個人練習に付き合ってくれるって約束だったじゃないですか」

 

「ああ、すまない。………どうやらベンチに座って、そのまま眠ってしまったようだな」

 

「どうやら~じゃないですよ! 長いこと風邪で休んでたせいでカンを取り戻すのが大変なようだから、特別に見てくれるって言ってたの先生ですよ!」

 

 ユニフォーム姿の少女―――牧カオルが、ふてくされたように頬を膨らませながら、抱えたサッカーボールをぼすぼすと叩く。先日の約束を寝ぼけた頭でなんとか思い出すと、貴虎はいそいそと起き上がってグラウンドを踏みしめた。

 

「いや、本当にすまない。生徒との約束を破って居眠りなど……。まだ時間は大丈夫か?」

 

「え? 私はまだ大丈夫ですけど……」

 

 太陽はすっかり西に傾いているが、日没までには時間がある。貴虎は時間いっぱい、カオルの練習に付き合うことにした。

 

「よし。ではさっそくはじめよう。お前には早々にブランクを取り戻してもらわないと、うちのチームの戦力に支障をきたすからな……行くぞ!」

 

「おうっ!」

 

 茜色の夕焼けに染まった、下校時間間近で人の少なくなったグラウンドに駆け出す。

 

 さっきまで見ていた子供の頃のの夢を、振り切るように。

 

 

 ※※※※

 

 

 満員電車。

 

 クレシマの御曹司だった頃は、このような庶民的な交通機関にまるで縁が無かったが、今となってはそうも言ってはいられない。そんな風に考えながら庶民的な生活に身を染めていく自分が、貴虎にはとてもあの頃の自分と同一人物には思えなかった。

 

 中学校教諭として昼間は生徒たちに英語を教えつつ、午後からはサッカー部の副顧問としてグラウンドを駆ける日々。そんな今の暮らしに充足感が無いと言えば嘘になるが、人の上に立つ者として教育を施されてきた自分にとって今の生活は、どうにも本当の自分とはズレているような気がしてならなかいのだ。

 

「ノブレス・オブリージュ………」

 

 今は亡き父の教えの中で、唯一正しいと思えた理念。『優れた者こそ真っ先に犠牲を払わなければならない。それが本当の名誉』………。

 

 しかし、富も権力も失い、“呉島の男”から“ただの貴虎”に成り下がった今となっては、その理念も無効だ。一介の凡夫に過ぎぬ身で差し出せる犠牲など、自らの命以外にあるはずもなく、そして何よりも、それを差し出すべき身分でさえない。

 

 自らを支えていたアイデンティティーである呉島家という“エリートとしての自覚”の支柱を失くした今、貴虎はまさしく存在価値(レゾンデートル)と呼べた何かを見失ってしまったのだ。

 

『藤果、凌馬――――私は――――』

 

『俺は――――』

 

 揺れる電車の中で、その他大勢の大衆の中に埋もれながら、彼らのリーダーになるはずだった男は車窓の向こうで音も無く通り過ぎる無情な世間を見つめていた。

 

 

 ※※※※

 

 

 全てを失った貴虎だが、彼には血を分けたたった一人の肉親がいる。それが弟、呉島光実だ。

 彼のためを思えばこそ、これまで貴虎はなんとか壊れることなく、この社会という戦場で戦ってこられたと言っても過言ではない。来年に高校受験を控えた弟のためにも、貴虎の戦いは常に全力だった。

 飛び級で高校をパスした後、18歳でサウスハービー大学から日本の城南大学に転入して教職免許をきっちり4年をかけて取得。23歳の若さで社会に出たことで、なんとか光実の受験に間に合ったカタチである。

 そして24歳になった今、貴虎は持てる力の全てを注いで光実のために貯金を貯めている。全ては、来年に控えた光実の受験と、その先にある大学受験のため。

 

 家を失い、財を失い、地位を失った呉島家であるが、それを理由に弟の人生を阻むことだけは許せなかったのだ。そしていつか、光実にはかつての呉島家を再興して欲しいという欲もある。貴虎自身、それを口には出さないが、光実もそれを何となく察している。

 

 だが、そんな弟のための毎日を自身のアイデンティティーであるとも思えない。もっと大きな何かのために奉仕することこそが、かつて貴虎が己に掲げていた使命であったはずだからだ。

 

 近親者のためだけの労働――――それしか今の自分にできることはないと理解してはいても、貴虎の持つ価値観や視野というものは、もっと大きなモノのためになるために教育され、矯正されてきたものだ。

 

 だがそれは、結局のところは我が儘だ。社会は既に、呉島貴虎を必要とはしていない。

 

 これが、地位を失ったかつてのエリートの末路―――そう思うと、貴虎は怒りすら通り越して、ただただ自嘲の微笑みを浮かべるしかなかった。

 

「どうしたの、兄さん。変な顔をして」

 

 向かい側の席で夕食をとる弟に声をかけられ、ふと我に返る。

 

 どうやら考え事をしているうちに、食指が止まっていたようだ。

 

「………近頃、ぼんやりするクセがついてしまったようだな……。すまない光実」

 

「疲れているんじゃない? ここのところ、得に働き詰めだったから……」

 

「いや、この程度ならまだ大丈夫だ。………それよりも、また腕を上げたんじゃないか? …………いや、違うか。お前の料理の腕が上がるということは、それだけお前に家事の負担をかけているということ。………昔のように、使用人の一人でも雇えれば良かったんだが……」

 

「やめてよ兄さん。確かにあの頃は裕福だったけれど、こうして兄弟揃って食事をとったりすることも無かった。今のこの、慎ましいけれど兄さんと一緒にご飯が食べられる生活の方が、僕は好きだよ」

 

「…………そうか………。ああ、そう、だな………」

 



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兄の心、弟知らず

「では、行ってくる。お前ももう少ししたら学校に行けよ」

 

「大丈夫だよ。行ってらっしゃい兄さん」

 

 午前六時、弟に挨拶して玄関を出る。子供の頃暮らしていた豪邸とは比べ物にならない小さな玄関ではあるが、それでも今はこの家が自分たち兄弟の砦だ。

 貴虎は小さく息を吐いて意識を切り替えると、キッと前を見据えて歩き出した。

 

 

 

「ふう……。さて、兄さんも行ったことだし、学校に行くついでに済ませちゃおっと」

 

 制服の白い学ランに袖を通し終えると、光実は鞄を持って自宅を駆け出した。普通に学校に行くだけならば、こんなに早く家を出る必要は無い。それもそのはず、光実は今朝、寄り道をするつもりなのだ。

 

 

 ※※※※

 

 

「この辺でいいかな……」

 

 廃工場の立ち並ぶ無人の通り道。旧見滝原市街に比べれば規模も小さいうえに趣きも無いが、それでも光実の寄り道にとっては好都合だった。

 

 鞄にしまっておいた《L.V.-02》の《ロックシード》を取り出す。スイッチで開錠して放り投げると、瞬く間に《ロックシード》は薔薇をあしらったバイクに変形した。

 

「質量保存もあったもんじゃないよな……ま、いいけど」

 

 この《ロックシード》の仕組みについて詳しいことは知らないし、知る必要もない。あの《霧の海のピニオン》とやらの事情も素性もどうでもいい。ただ、降りかかる火の粉を払うだけだ。

 

 クラッチを握りこんで、ギヤを一速にいれる。免許は持っていないが、基礎的なことはハワイで兄に教わっていた。

 

 スロットルを少し開けて、エンジンの回転数の上昇を体全体で受け止める。このバイク特有の感覚が、光実はなんとなく気に入っていた。

 

 クラッチを離していよいよ発進させる。スピードメーター風のディスプレイに表示された一定の速度に達するまで加速させることが今回の目的だ。

 

 今回、光実はヘルメットを被っていないが、それは必要がないからだ。なにせ、ヘタなヘルメットよりも安全な防護対策を持っている。

 

「変身!」

 

『BUDOU』

 

 片手で器用にハンドルを握りつつ、《L.S.-09》の《ロックシード》を開錠する。そのまま慣れた手つきで腰の《ドライバー》に装填し、自身の上空に《ブドウアームズ》を召喚した。

 

 バイクで疾走する光実のすぐ後ろを、葡萄の形をした紫色の金属塊がふわふわとついてくる。だがそんな奇妙な光景も、ベルトの掛け声と共に終わりを告げた。

 

『BUDOU・ARMS!』

 

 一気に加速して追いついてきた《アームズ》が光実の上半身を飲み込み、ライドウェアを瞬間的に展開しながら《アームズ》も鎧へと変形を遂げる。

 

 そしてタイミングを同じくして、バイクのメーターもサイレンをけたたましく響かせはじめ、次の瞬間には《アーマードライダー》となった光実もろとも高速で回転し、そのまま前方に《クラック》を開いて飛び込んでいった。

 

 

 ※※※※

 

 

 まさに異世界そのものな雰囲気の森に、バイクの走行する爆音が鳴り響く。《クラック》を通って、《アーマードライダー》となった光実がやって来たのだ。

 

「さてと……」

 

 バイクを止めて、森の土を踏みしめる。

 

 今回の目的の一つである“使用済みの《グリーフキューブ》の投棄”を果たすべく周囲を見わたすと、丁度いい崖があることに気がついた。

 

「よしっ」

 

 崖から下を見下ろすと、かつて街があったかのような遺跡群が広がっている。ピニオンたちが《魔法少女》以外に被害を出したがっていないことを鑑みて、この《森》に自分たちの世界が侵略される心配は無さそうではあるが、それでも光実は《森》に飲み込まれた見滝原を想像してゾッとしてしまった、

 

「万が一ってこともあるからな……」

 

 良くない想像を持て余しながら、持ってきた《グリーフキューブ》を崖から投げ捨てる。キュウべぇがいなくなった今でも、見滝原の《魔法少女》ならこうして《グリーフキューブ》を処分できるから良いが、他の街の《魔法少女》ではこうはいかない。

 まだ見ぬ彼女たちのためにも、一刻も早い事態の究明を急がなくてはならない。

 

 そのためにも、光実はここにやって来た“もう一つの目的”を果たす必要があった。

 

 手に入れた《戦極ドライバー》は全部で五つ。うち一つを自分が使っているので、残り四つが所有者不在のままだ。逆に言えば、《ロックシード》の数さえ揃えられれば《アーマードライダー》四人分の戦力増強が見込めるという寸法である。

 敵側にも《アーマードライダー》がいる以上、こちらも同等の戦力が必要だというのが光実の考えであった。

 

 またそうでなくとも、今自分が使っている《ロックシード》がいつまで使えるものなのか分からない、ということもある。果実を変質させたものが《ロックシード》になるという性質上、エネルギー源がこの果実由来であることは容易に想像がつく。しかしそれはつまり、元になった果実のエネルギーが無くなってしまえばこの《ロックシード》も“電池切れ”になってしまうかもしれないということだ。

 

 何度の変身に耐えられるのか分からない以上、ストックは多いに越したことはない。光実は早速、木に実っている果実を次々にもいでいった。

 



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少女との邂逅

「む、もうこんな時間か……遅くなってしまったな」

 

 カオルとの個人練習に夢中になるあまり、日が暮れた事にも気が付かなかった己を恥じながら、貴虎は手にしたタオルで顔をふいた。

 

「先生、ほんとサッカー上手いっすね」

 

「そうか? 今はもちもん、学生時代も特にサッカーをやっていたわけではないのだがな」

 

「いやいや、こう言っちゃアレですけど、現役選手でもないのにここまであたしを圧倒するのって割と冗談じゃないっすよ? これでも日本代表目指してるんすけど……」

 

「まぁ、そこは男女の差というものだろう。自信を持て。実際お前の腕前は相当のものだぞ。長い休みでなまった分、早く取り戻すんだな」

 

「ぐっ……。ガンバリマース」

 

 貴虎自身に自覚は無いが、彼のサッカーにおける実力には目を見張るものがある。全国を目指すだけの実力を持つスーパー中学生牧カオルをして、しかしそのスキルはプロ並みと称された。

 

 だが貴虎の無敵伝説はこれだけにとどまらず、球技全般、陸上競技、格闘技、水泳と、ほぼ全てのスポーツに長けている。修学旅行で雪山に行った際、彼が元プロの指導員すらも圧倒する超人的なボード捌きを披露したのも、あすなろ中生ならば記憶に新しい。

 勉学優秀、スポーツ万能、憂いを帯びた甘いマスク、生真面目で責任感の強い人柄と、呉島貴虎は教員の身分にありながらにして学校のアイドルの座を欲しいままにしていた。

 

 だが、貴虎が幼い頃からの努力で身につけたそれらは、決して学校のアイドルになるために身につけたものではない。望んだ形とは違いすぎる現在に、貴虎は内心歯噛みしていた。

 

 

 ※※※※

 

 

 満員電車に揺られ終えて、くたびれた体を引きずるようにして帰路につく。毎日繰り返していればさすがに慣れるが、それでこの生活に対する不満が無くなるわけではない。贅沢がしたいわけではないが、せめて駐車場のある家に移りたいものだと貴虎はため息をついた。

 

 

 

「………ん?」

 

 ふと、鼻腔をくすぐる甘い匂い。

 

「これは………?」

 

 確かに時間としては夕食時かもしれないが、これはそういった類の匂いではない。そう。昔、あの使用人の部屋で嗅いだことのあるあの――――

 

「――――藤果?」

 

 朱月藤果。

 

 少年時代、ずっと傍にいてくれたあの使用人の匂いだ。

 

 甘酸っぱい林檎を連想させる、そんな匂い。

 

 少女の匂いなど変態的すぎる記憶だと貴虎は理性で否定したものの、しかし思い出に焼き付いたそれは容易にぬぐい去れるものではない。

 

「………馬鹿な」

 

 朱月藤果は死んだ。それは絶対だ。

 

 だというのに、どうして――――

 

 

 

 ふらふらと匂いに釣られ、夢遊病患者の如き足取りで歩を進める貴虎。一歩を踏み出す毎に、彼と藤果の記憶がフラッシュバックしていた。

 

 あの日あの時、彼女は海の彼方の米国で、自分と光実のために命を落とした。

 

 あれからずっと、彼女のことは思い出さないようにしていたのに。

 

 辛くなるから。

 

 切なくなるから。

 

 どうしようもなく―――――愛おしくなって、しまうから。

 

 

 ※※※※

 

 

 たどり着いたのは、自宅とは正反対の方角にある土手だった。ここまで来ると、もうすぐ隣町の見滝原だ。すっかり暗くなったことで、見滝原の街のネオンがよく見える。

 

 

 

 その、見滝原のはずれの土手で

 

 

〈………私が、見えるんですか?〉

 

 

 貴虎は、土手に座り込む、薄いピンク色の光に包まれた少女に出会った。

 

「きっ、きみは……?!」

 

 光る少女という超常現象を目の当たりにして、貴虎は思わず冷静さを取り戻した。

 

 ピンクと白を基調としたフリフリな衣装に、ツインテールの髪型。まるでアニメに出てくる魔法少女のようであるが、それが薄ぼんやりと光をまとっているというのだから余計に現実感が無い。貴虎は再び混乱してきた頭を落ち着かせるために咳払いをした。

 

「ん、んんっ、……確認しよう。私はきみが見えている。これは、おかしいことなのか?」

 

〈は、はい。普通の人には私は見えません。えと………私、鹿目まどかっていいます〉

 

「…………その自己紹介には、どんな意図があるのか?」

 

〈あ、その、意図っていうか。この世界で初めてお話する相手なんで、つい……〉

 

 まどかの言う意味の半分も分からないが、取り敢えずこちらも名乗った方がいいのかもしれない。あくまでも冷静さを保ちつつ、貴虎は自己紹介をすることにした。

 

「私は呉島貴虎だ。………鹿目、見たところきみはまだ中学生くらいに見えるが」

 

〈は、はい〉

 

「今は夜の八時だ。……中学生の女子が、一人きりでうろつく時間では無いな。私も一応、教職者でね。見てしまった以上、見逃してやるわけにはいかない。送ってあげるから、ちゃんと家に帰りなさい」

 

 貴虎が帰宅を促して手を差し伸べると、しかしまどかは悲しげに俯き、沈んだ口調で呟いた。

 

〈…………帰れるおうちなんてありません。…………この世界のどこにも、私の居場所なんて無い。独りぼっちなんです〉

 

「――――」

 

 抽象的ではあるが、今のはこの少女にとってとても大切な一言だ。教育者として、一人の大人として、貴虎はこの少女を放っておくわけにはいかないと決意した。

 

「…………………そうかもしれないな」

 

 貴虎の思いがけない言葉に、思わず顔をあげるまどか。貴虎は普段の憂いげな表情を浮かべて、まどかの隣に腰掛けた。

 

「私もかつて理不尽に居場所を奪われたことがあった。―――そしてそれから今に至るまで、私は“居場所”なるものを見つけだせずにいる。――――笑わないで聞いてくれると嬉しいが、実は私も独りぼっちなんだ」

 

 貴虎のこけた頬に、少年のように素直な笑みが浮かぶ。初対面の、しかも子どもを相手にこんな話をするべきではないことくらいの常識は承知している。だがそれでも、貴虎は後からこみ上げてくる言葉を飲み込みきれずにいた。

 

「独りぼっちだというのならそれでもいい。だが私は、私の一番大切な人に、そうなって欲しくは無い。………だから、私は独りでも戦うことにした」

 

〈…………戦う?〉

 

「ああ。戦うことは誰でもできる。きみのような格好をしたテレビアニメのヒーローやヒロインになれなくても、人間は何かのために戦うことができるんだ」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 戦うと言いながら、スーツの襟を正すジェスチャーをするこの男に、まどかは“大人の男”にとっての“戦い”とは何なのか、なんとなく察した。

 

〈………でも、それでも独りぼっちは嫌です〉

 

 貴虎の言わんとしていることは何となく理解できるが、それでもまどかは己を奮い立たせることができない。

 

「そうだな……。きみは、“ノブレス・オブリージュ”という言葉を知っているかな?」

 

〈のぶ……なんです?〉

 

 ――――悩み、苦しむ少女に、貴虎は己の信じる信念を語った。

 

「“ノブレス・オブリージュ”。力を持った人間こそ、それを持たない人間のために戦わなければならないという意味だ。きみの孤独は私には分からないが、それでもその孤独は意味のあるものだ。………少なくとも私は、私の孤独をそういうものだと思っている」

 

〈意味のある、孤独…………わたし、わたしっ…………!〉

 

 貴虎の偽らざる言葉に何を感じ取ったのか。まどかは後から後からこみ上げてくる涙を抑えきれず、そのまま泣き崩れてしまった。

 

「お、おい、鹿目。………参ったな」

 

 まどかの感情が高ぶるのに呼応するかの如く、彼女のまとっていた淡い光が粒子状になって放散していく。それはまるで、ピンク色の妖精たちが舞を踊っているかのようだった。

 

 闇夜の中、貴虎とまどかを幻想的な桃色の光が包み込んでいった。

 



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その恋は罪の匂い

 しばらくしてまどかがやっと泣き止んだところで、しかし貴虎はそれとは別の事柄に困り果ててしまっていた。

 

 孤独うんぬんは置いておくとして、こんな夜に中学生女子が何の目的もなく外を一人でうろついているのは社会健康的によろしくない。そのため何度も自宅に送ると言っているのにも関わらず、まどかは『自宅なんて無い』の一点張りで、頑として譲らないのだ。

 

 最終手段として彼女の手を引いて交番に向かったものの、貴虎はそこでも面食らうハメになった。

 

 

 ※※※※

 

 

「だから、この鹿目まどかという女の子の住所を訪ねているんだ」

 

「あのねぇ、何度も言うようだけど、この見滝原市に鹿目さんは一軒しか無いし、鹿目さんのご家族に“まどか”なんて子はいないんだよ。っていうか、さっきからなんで地面を指差してんの? お兄さん酔ってるの? 場合によっちゃしょっぴくよ?」

 

 まどかをいくら指さしても無視される。というかそもそも、まどか“そのもの”がこの警察官には見えていない。

 

〈貴虎さん、あの、もういいですよ。貴虎さんが怒られちゃいますよ〉

 

 困った顔をしたまどかが、こちらを潤んだ瞳で見上げてくる。目の前の少女にはこんなにも存在感があるというのに、どうしてそれがこの警察官には分からないのか―――?

 

「ふざけるのも大概にしろ! ここにちゃんと、女の子がいるだろう!? 百歩譲って目に見えないなんてことがあったとしても、触れることはできるはずだ!」

 

 まどかの背中を押して、警察官の前に差し出す。

 

「あーはいはい」

 

 ぞんざいに手をぶらつかせる警官。彼の手がまどかの頭を捉えた瞬間、貴虎はこの警官の驚く顔が目に浮かんだ。

 

 ―――だが、現実は貴虎の予想を遥かに超えた。

 

 警察官の手は、まどかを“透過”してしまったのである。

 

「もうわかったでしょ。あなた、どこのどなた?」

 

「―――――ええいっ、もういい!」

 

 

 ※※※※

 

 

 そんなこんなでまどかの手を引いて交番を飛び出して、しばらくそのまま連れ立って歩いて行ったのち、通りすがった公園で貴虎はまどかと向き直った。

 

「まどか、もう一度確認したい。きみはいったい―――何者だ?」

 

〈…………今度こそ、ちゃんと聞いてくれますか?〉

 

 困ったような表情に笑みを浮かべて、まどかが尋ね返してくる。貴虎は、少女のどこかこちらを憐れむような顔から視線を逸らして悔しげに呻いた。

 

「…………ああ。きみが幽霊か何かだということは、よく分かった」

 

〈そんなっ、私おばけじゃないですよぉ……〉

 

 貴虎の無神経な発言に、いたく傷ついた様子で落ち込むまどか。紅潮した頬も、細く白い足も、どれをとっても人間のそれだ。

 

「………確かに、幽霊の類というのは誤りのようだ」

 

 心から不思議そうにまどかをきょろきょろと品定めでもするかの如く見つめる貴虎。彼に注がれる熱視線にたまらなくなったのか、まどかは恥ずかしそうに顔を隠してしまった。

 

「あ、いやすまない。………きみのような女の子にする態度ではなかったな。謝罪する」

 

〈もう、貴虎さんって、真面目が度を過ぎてますっ〉

 

 ぷーと頬を膨らませるまどかが、人差し指で前のめりに「めっ」としてくる。纏った光の粒子も、まるで怒っているかのように、くるくるとまどかの周りをまわっていた。

 

〈それじゃ、改めて自己紹介します〉

 

 咳払いでお茶を濁して、場を仕切り直すと、まどかは踵を揃えて貴虎をまっすぐに見据えた。貴虎もまた、それに応じて真面目な表情をとる。

 

〈私の名前は鹿目まどか。………この宇宙の法則が……じゃなくて、サーヴァントシステム、いや違うか、えっと、うーん………かみさま! そう、神様です、私!〉

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 ………鳩が豆マシンガンを浴びた顔、とでも言うべきか。

 

 貴虎の顔は、あまりに予想外すぎるまどかの自己紹介に唖然としていた。

 

 

 ※※※※

 

 

〈ですからえっと、私は《魔法少女》が《魔女》にならないようにインキュベーターと契約した《魔法少女》で、願いが叶えられたことで私はこの宇宙の法則の一つとして……って、聞いてます?〉

 

「アア、チャントキイテイル。スコシリカイニトマドッテイルダケダ」

 

 うわ言のように「聞いている」と繰り返すが、どう見ても完全に許容をオーバーしている。耳から煙が立ち上るのが幻視できそうなくらい、今の貴虎はショート寸前だった。

 

〈あはは……いいんですよ、無理に分からなくても〉

 

「ぐっ……すまない。なにぶん、私は頭がカタいタチらしくてな」

 

 昔、凌馬に笑われたことを思い出しながら、貴虎は自嘲するようにため息をついた。

 

「………まあ、きみが人ならざる存在であるということは分かった。私にしか見えない触れないというのはなんとも奇妙なことだが、それを不思議に思っているのはきみも同じだろう」

 

〈はい。ここに来てから今日まで、誰にも気づかれなかったんですけど……。貴虎さんって、実は何か特別な力を持ってるんでしょうか〉

 

「いや、それはない。………そうだな、あいつ風に言うなら……」

 

 

 

 

『貴虎、イマジネーションだよ。きみに足りないのはそれだ』

 

 

 

 

「……………いや、なんでもない。さぁ、そろそろ行こう」

 

 ショートから立ち直ってすっくと立ち上がると、貴虎はまどかについてくるように目で促した。

 

〈え、行くってどこへ……〉

 

「円環の理やらなんやらは私にはさっぱりだが、きみのような少女を野ざらしにしておくほど常識に欠けた大人ではないつもりだ。今晩くらい、うちに泊まっていくといい」

 

 穏やかな表情で誘う貴虎。そこに他意は無く、むしろ非常に精錬潔白な善意を感じ取ることができた。

 

 口は偉そうで態度も不器用だが、彼の言葉はどこまでも真摯で、優しい。

 

〈はい………よろしくお願いします!〉

 

 

 ※※※※

 

 

 離れ離れになった葛葉紘汰を探し出し、ともにこの世界を《森》から救わなければならない使命が、まどかにはある。

 

 果たさなければならない、《円環の理》としての自分が持ち合わせている使命。

 

 だが、目の前の青年に抱いた信頼と安らぎと少々の胸の高鳴りは、それとは大きく逸脱したものだ。

 

 ―――――けれど。

 

 ―――――ちょっとだけなら……いいよね?

 

 この世界でたった一人、自分を認識し、声をかけ、励ましてくれた彼と。

 不器用ながらにも優しい彼と。

 

 ともに時間を共有したい――――そんな風に、願ってしまった。

 

 それが、例えほんのわずかな間だけでも。

 



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夜は更けてゆく

 午後九時を過ぎた頃、貴虎はまどかを伴って自宅に帰り着いた。

 

「お帰り兄さん、今日はやけに遅かったね」

 

「ああ……。ただいま、光実。帰る途中、妙なのに出くわしてな」

 

「妙なの?」

 

「お前が知る必要はない。………そうだ、見滝原中もそろそろ期末テストだろう? 家事で時間を割いては元も子もない。これからは私が……」

 

「大丈夫だよ、家事も勉強もちゃんと両立してるから。兄さんこそ、僕のことばっかり心配しすぎだよ。恋人とか探さないの?」

 

「それこそ余計なお世話だ」

 

 不機嫌そうに光実の言葉を一蹴すると、貴虎はくたびれた体を食卓の椅子に預けた。目の下のクマやこけた頬が、二十四歳という彼の実年齢よりさらに老けた印象を見る者に与えている。そんな疲れきった兄の顔を、光実はそれからも不安そうに何度も覗き込んだ。

 

〈兄弟なんですか? ………なんだか熟年夫婦みたい〉

 

「ぶっ」

 

「兄さん?!」

 

 予想外すぎるまどかの言葉に貴虎が吹き出し、そんな兄に対して光実が狼狽する。貴虎は、この自分にしか見えない少女の存在を改めて認識し直した。

 

「鹿目、少し黙っていろ……」

 

「兄さん、誰としゃべっているの?! ああ………やっぱり疲れているんだ……」

 

「そ、そんなことは無いぞ光実! 私は元気だ! すこぶるな!! というわけだから早く夕飯をよそってくれ!」

 

 

 ※※※※

 

 

 食事を終えて部屋にまどかを放り込むと、貴虎は心労でふらふらの体を引きずって洗面所に行き、シャワーを浴びた。

 

 牧カオルの長期欠席による、あすなろ中サッカー部の弱体化。

 

 弟の進学、就職。

 

 そして、己を《円環の理》と自称する、自分にしか見えない少女、鹿目まどか。

 

 考えることはいつだって山積みで、休まる時などありもしない。気の利いた趣味のひとつもないので、積み重なったストレスの解消も一苦労だ。

 

「…………もう寝よう」

 

 シャワーからあがると、貴虎は上半身裸のままで自室のベッドに倒れ込んだ。ボクサーパンツとスウェットの下を履いてはいるものの、むき出しの上半身が妙に艶かしい。湯上りでほんのり赤みがさしているところなど、ますます扇情的だ。

 

 とはいえ、その持ち主である貴虎自身は、自身の肉体美を人前で晒すような性格ではない。飾らない性格もまた、彼の美徳の一つと言えた。

 

「んんっ……ふぅ……」

 

 人目をはばかることなく思う存分にリラックスした状態にはいると、貴虎は掠れた呻き声をあげながらベッドで寝返りをうつ。

 

「………………」

 

 寝返りをうったその先で、貴虎は顔を真っ赤にしてこちらを見つめるまどかと目があった。

 

〈ウェッヒー! いやえっとあのその見とれてたっていうかカッコイイなっていうかですねその見てはいけなかったのでしょうかみたいなえーっとごっごごごめんなさいっ!!〉

 

「あ、いや、こちらもすまなかった。私としたことがきみの存在をすっかり忘れ……あいたぁっ?!」

 

 

 ※※※※

 

 

「兄さん……疲れているのか……?」

 

 ドアに聞き耳を立てながら、おののく光実。

 

 まさか自分と同い年の女の子と兄が同衾しているなど、彼が知る由もない。

 

 

 ※※※※

 

 

 やがて夜は更け、街全体が寝静まる。

 

 呉島家のある住宅街より少し離れたホテルでグラスを傾ける、二人の男たち以外には。

 

「泉宮寺会長。この世界を、どう思われますか?」

 

「突然だね、槙島くん。……我々の育ってきた《森》とは比べ物にならない、豊かな文明を持っている。これが最盛期の人類の世界……そう考えると、少しばかり高揚するね――――だが、それは上辺だけのモノだった。ここもやはり、我らの求めたエデンとは程遠い。インキュベーターという存在によって管理された、箱庭の中の世界だ」

 

 泉宮寺と呼ばれた人形じみた老人が、つまらなさげに酒をあおりながら呟く。

 もう一人の男―――槙島聖護は、視線に応えるようにして薄く笑った。

 

「しかし、《戦極凌馬の遺産》のおかげでこの世界はインキュベーターの管理から開放された。我々の求めるエデンは完成間近だ。あとは尖兵である《魔法少女》を排除するのみではないかね」

 

 槙島の微笑みをこちらの更なる発言を促すものと理解した泉宮寺が、槙島にさらに語りかける。だが、当の槙島はというと本に目を落としながら意味深な笑みを浮かべるばかりだ。

 

「………邪魔な人間を殺し尽くしたその先に待つのは、無人の荒野だけですよ。《魔法少女》は殺さない。彼女たちには、今度は僕らの尖兵になってもらいますよ」

 

 本をぺらぺらとめくりながら、表情一つ変えずにさらりと《魔法少女》の私物化を宣言する槙島。だが、泉宮寺はその無機質な瞳に少々の戸惑いを浮かべて反論した。

 

「………しかし、《ソウルジェム》の改造は手間がかかる。この世界の全ての《魔法少女》の《ソウルジェム》を片っ端から改造していくのは、ちと無理なのではないかね」

 

「その無理を解決する方策こそが、《円環の理》です」

 

 ぱたんと本を閉じ、口端を釣り上げる槙島。さらさらと銀髪をなびかせて、彼は腰掛けていたソファから立ち上がった。

 

「あれは本来、僕らの手の出しようのない“宇宙の法則”そのものですが、一月ほど前、《森》で視覚化可能なカタチとなった《円環の理》を観測しました」

 

「………それは、本当かね」

 

「ええ。インキュベーターだけではなく、《円環の理》すらも手中に収められるかもしれない可能性が出てきたということですよ。そうなれば、我々は《魔法少女》を支配することができる。それはつまり、この世界を支配することにさえ繋がる」

 

「世界征服、か……。まるで、悪の秘密結社ではないか」

 

 口では講義しつつも、泉宮寺はその無機質な顔面にこらえきれない笑みを刻んでいる。そんな彼を振り返りながら、槙島は天使のような微笑みを見せた。

 

「人間の価値をはかるには、ただ努力させるだけでは駄目だ。力を与えてみればいい。法や倫理を越えて自由を手に入れたとき、その人間の魂が見えることがある………ああ、でも」

 

 白い天使は語る。小さく、囁くように。

 

「彼女たちは退屈だ。彼女たちの力は、インキュベーターに取り決められたシステムの上でしか成り立たない。プレイアデスの時もそうだった………。奇跡という甘い誘惑に頼ってしまったその時点で、彼女たちに人間としての価値は無い」

 

 眼下に見下ろすは、寝静まった夜の街。そしてその先には、まだネオンの灯る見滝原のビル群が伺える。

 

「――――『さあ狩りが始まるぞ。白々開けの朝。野原は馨しき香り。森の緑は濃い。ここで猟犬を解き放ち、声高く吠えさせよう。真夜中になるとここは、何千もの悪魔やシューシューと威嚇の音を立てる蛇、何万もの子鬼や体の膨れ上がったヒキガエルどもが集まって、身の毛もよだつ狂乱の叫び声を上げる』」

 



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亡霊、襲来

 七年前。米国東海岸の某州にて。


 それは、大学入学記念パーティーの夜だった。

 

「貴虎さま、お疲れですか?」

 

「そうだな………。どうも、こういった席は苦手だ」

 

 半歩横に控えた藤果と語らいながら、会場ホールの角で少しだけ疲れた様子でため息をつく貴虎。ハイスクールをたった一年で卒業し、サウスハービー大に進学したはいいものの、慌ただしい日常は貴虎に少年らしい心のゆとりを与えてはくれなかった。

 

「ですが、今夜のパーティーには天樹様も出席なさっておいでです。お疲れであるとは思われますが、せめてお父様にご挨拶をなされてはいかがでしょう」

 

「父はクレシマグループの米国展開の商談のついでで来ているだけだ。私のことなど、気にもとめてはいまい」

 

「そんな……血の繋がった親子ではありませんか」

 

「どうかな。あの人の考えていることは、私にはよく分からない」

 

 憂いを帯びた表情で、疲れたように微笑む貴虎。それが十七歳の少年がしていい顔ではないことは、藤果にもすぐに分かった。

 

「貴虎さま……」

 

 

 

「たかとらにいしゃん!」

 

 不意にかけられた声に、思わず目を見開く貴虎。そこには、久しぶりに会った弟、呉島光実の姿があった。

 

「光実!」

 

 疲れも忘れて駆け寄ると、貴虎は一年ぶりの再会を祝すように、幼い弟を抱きすくめた。

 

「にいしゃん、痛い」

 

「ああっ、すまない光実。………それにしても大きくなった。こんなに重くなって……こっそり隠れてだっこやおんぶをしてやっていたのが、嘘のようだ」

 

「にいしゃんも、大きくなりました」

 

「ははっ……そうかな。俺はあまり、変わっていないよ」

 

 仲睦まじく語らう二人は、一見するとどこにでもいる普通の兄弟にしか見えない。当たり前の幸せの尊さを、藤果は二人の抱擁に垣間見た。

 

「良かった……。貴虎さまも、まだあんな風にお笑いになられるのですね」

 

「いやー、それにしても貴虎の光実くんに対する溺愛ぶりには凄いものがあるね。あの鉄面皮が一瞬でユルユルじゃないか」

 

 音もなく忍び寄り、背後から声をかけて来たその少年に、思わず驚きながら振り返る藤果。声の主は、果たして戦極凌馬であった。

 

「………あなたですか。後ろからだなんて、趣味が悪いのではないですか」

 

 パーティーにおよそ似つかわしくないシャツと半ズボンという、さながらバカンスの如き装いに身を包み、壁にもたれたその姿は、まるでこのパーティーの出席者、ひいてはクレシマグループの全てを斜め上から見下しているかのような不快感を見る者に与えてくる。

 

「それは失礼。だけど、ボクに背後をとられているようでは、きみのアサシンとしての能力には少々問題がありそうだね。そんなことで、この先も貴虎を守れるのかい?」

 

「なっ………!」

 

 表情と声色をころころと変えながら、一方的に言葉を投げかける凌馬。その瞳の奥には、かつて藤果と共に過ごした地下施設の壁のようなくすんだ色が沈殿していた。

 

「きみに一つ忠告しておいてあげよう。さっき、表のSPたちが噂しているのを聞いたんだが………」

 

 言いながら、藤果の肩に手を置くと、凌馬は彼女の耳元に顔を近づけてあざ笑うように囁いた。

 

「このパーティー会場に、《ファントム》が忍び込んでいるらしい。天樹氏の命を狙っていると見て間違いは無いだろうね。そしてその御曹司である貴虎と光実くん……。今のうちに、避難させたほうがいいんじゃないかな?」

 

 瞬間、朱月藤果に電流が走った。

 

 米国最強の暗殺者、ファントム。

 

 それが、このパーティーに忍び込んでいる――――!!

 

「………確かなの?」

 

「嘘だと思うなら、表に出て警備をチェックしてみるといい。素人のボクから見ても、あれは異常だよ。まるで襲撃を恐れるように、大量のSPが警備にあたっている。………それにしても、天樹氏もバカだよねーホント。《インフェルノ》が動いているこの東海岸に来ちゃうなんてさ。それもわざわざ御曹司とセットになる、このタイミングで」

 

 どんどんと青ざめていく藤果とは正反対に、耳元で囁く凌馬の顔には自信に満ち溢れた表情が浮かんでいる。彼がその心中で何を思うのか、それを知る人間は恐らくこの星には存在しないだろう。

 

「…………どうした、凌馬、藤果。何をしている」

 

 二人の異常を貴虎が察するのに、それほど時間はかからなかった。

 

「ああ。実はね貴虎。これはさっき表のSPたちが話していたことなんだが――――」

 

 

 

 凌馬が口を開くと同時に、響く轟音。

 

「―――何だ?!」

 

「爆発?!」

 

「天樹氏の方だぞ!!」

 

「余興にしちゃ派手すぎないか?!」

 

 突然の爆発に、騒然となる会場。どよめく招待客たちが口々に漏らす言の葉は、どれも不安に駆られていた。

 

 光実を庇いながら振り返ると、さっきまで天樹が立っていた場所からもうもうと炎と煙が立ち込めている。

 

 ―――――――暗殺だ。

 

「父さん………!」

 

 貴虎は、混乱する頭のどこかで、父の死を直感的に感じた。

 

「さすがファントム。手際もいいが、演出というものを分かっている。さ、貴虎。ボクらまで殺されちゃかなわないからね。すぐにここから―――」

 

 

 

 サイレンサーで抑えられた銃声が鳴り響く。

 

 ―――無言の暴力が、続く凌馬の言葉を止めた。

 

 

 

「がっ…………。どうやら遅すぎたようだ。藤果クン、貴虎を、頼む、よ」

 

 弾丸に胸を貫かれ、血泡を吹きながら微笑む凌馬。

 

「―――――りょう、ま、?」

 

 貴虎は、何が起こったのかさっぱりわからなかった。

 

 がっくりと膝から崩れ落ちる凌馬。そして彼の背後には――――

 

「………ファントム………ッ!!」

 

 仮面をつけた、黒髪の男が拳銃を構えていた。

 

 

 

「逃げてくださいッ!!!」

 

 スカート裏に忍ばせた拳銃を取り出しながら、藤果が叫ぶ。

 

 彼女の声に我に返った貴虎は、促されるまま、弾かれたように光実を抱えて走り出した。

 

 混乱しきった意識に、周囲の怒号と悲鳴、更なる爆音と銃声が鳴り響く。だがそれ以上に、今の貴虎の世界は抱えた光実の泣き声と、後ろに置き去りにしてしまった藤果と凌馬の亡骸のことに支配されていた。

 

 

 ※※※※

 

 

「ハッ―――ハッ―――ハァッ―――く、くそっ――――!!」

 

 出口に雪崩込む人々の波に飲まれるようにして、外へと脱出する。

 

 泣き叫ぶパーティー客たちの中に紛れつつも、貴虎の意識は未だ会場内にあった。

 

「にいしゃん、大丈夫?」

 

「俺は問題無い。それより藤果だ。あいつ、たったひとりでファントムに――――!」

 

 合衆国全土を震撼させた、マフィア幹部連続殺害事件。その実行犯と目される謎の暗殺者が《ファントム》だ。手口といい、藤果の言葉といい、今回の暗殺の下手人が《ファントム》であることは明白である。

 考えるまでもなく、一介の使用人風情が叶う相手ではない。

 

「光実はここにいろ。………俺は藤果を助けに行く!!」

 

「そんな、待って、たかとらにいしゃぁん!!!」

 

 誰よりも自分に尽くしてくれた、少女のために。

 

 呉島貴虎は、死を顧みずに走り出した。

 



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運命の夜、呪いの始まり

 燃え盛るパーティー会場を駆け抜ける貴虎。炎にも瓦礫にも目をくれず、がむしゃらに駆け続けるその表情は、ぬぐい去れない不安に押しつぶされかけそうになる彼の感情がありありと浮かび上がっていた。

 

 そして、そんな彼の不安に回答を示すように、煙の一部が晴れていく。

 

 

 

 明らかになった視界の中心には、血染めの戦極凌馬が横たわっていた。

 

「凌馬―――――!!」

 

 生まれて初めてできた、対等な友達。気心の知れた、たった一人の仲間。

 

 最期の最期まで自分というキャラクターを崩すことなく生き抜いたのは、きっと彼の最期の矜持だったのだろう。

 

 

 

「ッ―――――」

 

 

 

 悔しさと悲しみで思わず涙が溢れるが、今は泣いている時ではない。

 友の矜持に勇気を受け取り、貴虎は再び駆け出した。

 

 

 ※※※※

 

 

「藤果、どこだ、どこに―――!!」

 

 堕ちたシャンデリアを踏み越えて、もう一人の探し人の名を叫ぶ。焦燥感に支配されるあまり、今の貴虎には冷静さが失われていた。

 

 

 

 そして、そんな彼の失った冷静さを突くように、刺客が迫る。

 

 

 

「―――――ガッ!?」

 

 突如煙の中から飛来した回し蹴りを、間一髪のタイミングで辛くも躱す。蹴りを放った当の本人の姿は煙に紛れて捉えられないが、貴虎を狙う何者かの存在を、空気中にほとばしる無言の殺気が如実に物語っていた。

 

「………ファントムか。いいだろう、この煙だ、銃は使えまい。格闘ならばこちらにも覚えがあるぞ……!」

 

 プロの殺し屋を相手にしているという恐怖感は確かにあるが、貴虎自身の格闘センスも桁外れだ。溢れる自信と『絶対にやられるものか』という鋼の意思が、今の彼を支えているのだ。

 

 そして、誘いに乗るように仮面の暗殺者(ファントム)が煙の中から姿を現す。凌馬を撃った男と違い、どうやらこちらのファントムは女らしい。『男としてのプライドに賭けて、ますます負けられない』―――――闘争心に火が付いた貴虎は、砕けて棒状になったシャンデリアの破片を刀のように構えて突進した。

 

「うううぉぉおおおおおッ!!!」

 

 女ファントムはナイフで貴虎に応戦するが、精神的に“キレた”貴虎の勢いは刃物程度で押しとどめられるものではない。打ち合うたびに何度か貴虎の体を斬りつけはしたものの、貴虎はその度にさらに速く、強く打ち込んできた。

 

「――――――!」

 

 最強の暗殺者と謳われても、それはあくまで“暗殺者”としての実力。真っ向勝負で敵を打ち倒すことが、彼女たちの本分ではないのだ。

 

 もっと速く。

 

 もっと強く。

 

「おおおおおおぉぉおぉおぉおッ!!!!!」

 

「ぐ――――!」

 

 打ち込むたびに強烈になってゆく貴虎の打ち込みに、女ファントムがとうとう後退を開始した。

 だが、全力で打ち合っていた状態から後退した敵を逃すほど、貴虎は甘くはない。煙が晴れるまでにこの場を撤退するのがファントムの狙いならば、それまでこの場に釘付けにすれば良いだけのこと。

 食いしばった歯をギリギリと鳴らしながら、貴虎はさらに一歩踏み込んだ。

 

「はぁぁぁああああぁああッ!!!!」

 

 一閃、女ファントムの隙を突いた打突でナイフを叩き落とし、返す刀で仮面を払った。女ファントムの、美しいが無機質な素顔があらわになる。

 

「もらったァ!!」

 

 勝利を確信し、さらに踏み込む。狙うは顔面、渾身の一撃を叩き込んで―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴虎さま、危ないッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想外の方角からぶつかってきた衝撃に、為す術無く弾き飛ばされる貴虎。その瞬間、貴虎は背後に轟く銃声を感じた。

 

 

 ※※※※

 

 

「呉島貴虎、こいつを殺れば……」

 

「駄目よツヴァイ。もう時間切れ。マスターから撤退命令が来てる」

 

「っ………。分かったよ、アイン」

 

 

 

 朦朧とした意識の中で、ファントムたちの会話を聞く。弾き飛ばされた際に頭をぶつけたせいか、指の一本も動かすことがままならない。

 

 足早に去っていくファントムたちの背中を睨みつけながら、貴虎は敗北の屈辱に思わず呻き声を上げた。

 

 だが、そんな敗北など、あまりにも些細なことなのだということを、貴虎は次の瞬間思い知る。

 

 

 

「―――――――とう、か」

 

 

 

 あの《ツヴァイ》と呼ばれていた男のファントムが、相棒のピンチを救うために撃った弾丸。それから身を盾にして庇い、致命傷を負って血の海に沈む少女が、貴虎の視界に飛び込んできた。

 

 朱月藤果。

 

 あかつきとうか。

 

 アップルパイを作るのが下手くそで、いつも世話を焼いてくれて、実はすごく強くて、でもとっても優しい、世界で一番の使用人。

 

「―――――とうか、とうか、とう、か―――――」

 

 

 失って初めて、思い知る。

 

 自分がどれだけ、彼女を愛していたのか。

 

 彼女がどれだけ、自分を愛してくれていたのか。

 

 

「うああああアァあああぁあアアアぁッ!!!!!!!!!!」

 

 

 ※※※※

 

 

 煙が晴れ、慟哭の雄叫びをあげる兄と、倒れ伏す二人の少年少女の骸があらわになる。

 

「たかとら、にいしゃん………」

 

 幼心に、呉島光実は理解した。

 

 力とは何か。

 

 最後にものを言うのは何なのか。

 

 この世界を支配する、残酷な真理が何なのか―――――。

 

 

 

 

 

 呉島貴虎には、屈辱と怒りを。

 

 呉島光実には、恐怖と憧れを。

 

 兄弟に残された呪いは、根深い。

 

 

 ※※※※

 

 

〈貴虎さん、大丈夫ですか、貴虎さんっ!〉

 

 少女の声に起こされて、思わず飛び起きる。

 天井は低く、身体は大きい。

 貴虎は今の自分が何者なのかを瞬時に理解すると、安心したようにホッとため息をついた。

 

〈ど、どうしたんですか? すごくうなされてたみたいですけど……〉

 

「鹿目………。ああ、心配ない。昔の夢を見ていただけだ。――――大丈夫だ。いつものことだからな」

 

 滝のような汗を腕で拭いながら、力なく微笑む貴虎。

 

 その笑顔には、何かが欠けている―――そんな感想を、まどかは思わず抱いていた。

 




【第七話 ノブレス・オブリージュ】はこれで終了です。

 現在と貴虎の回想が入り乱れた複雑な構成でしたが、いかがでしたか?

 なお、クレシマグループはその後、ファントムを擁する犯罪組織《インフェルノ》に呉島一族の暗殺を依頼した《某財団》によって吸収合併されました。

 次回の【第八話】は、新人類陣営とさやかを軸に展開していく予定です。こうご期待ください。


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【第八話 使命と情と】
浮かれ女とお悩み男


 水面下で刻一刻と戦況が変化していく見滝原。各々の陣営がそれぞれの思惑で動く中、しかしこれといった動きを見せずにジッとしている陣営があった。

《オーバーロード》サーヴァント率いる、新人類陣営である。

 しかし彼らも、ただ無為に時間を過ごしているわけではない。

 特に、偶然にも《アーマードライダー鎧武》の力を手に入れてしまったさやかは、ベローズとピニオンのサポートのもと、来るべき魔法少女との戦いに望むべく実戦形式の戦闘訓練を積んでいた。




「ピニオン、次はもっと強い奴出して!!」

 

「しゃあねえなぁ、あらよっとぉ!」

 

《オレンジアームズ》を纏ったさやかが、二刀を肩に担いでトレーナーであるピニオンに声をかける。彼女の声掛けに応じる様に、ピニオンは手にした《ロックシード》から青龍の如き怪物《セイリュウインベス》を三体召喚した。

 

「出力はオリジナルの六割だ。とはいっても相当に硬いから気をつけろよ?」

 

「へっへーん。アーマードライダーさやかちゃんにまかしときなさぁ~いっ!」

 

 

 

 

 

 サーヴァントに『仲間にならなければ殺す』と脅されてからはや数週間。当初は顔も知らない《魔法少女》と戦うことに抵抗があったものの、今となってはすっかりその気になっていた。

 

 そもそもベローズのことは好きだったし、ピニオンとも気心の知れた親友になれた。サーヴァントは相変わらず何を考えているかわからないが、味覚がかなりお子様で可愛い所もいっぱいある。《魔法少女》に敵意は無いが、ベローズたちのために戦うというのならさやかも簡単に割り切ることができたのだ。

 

 そしてなにより、初陣でこちらをコテンパンにやっつけてくれたあの紫色のアーマードライダーにリベンジマッチを挑まないことには、寝覚めが悪くて仕方がない。

 

 ベローズたちに会うため、来たる再戦に備えるため、さやかは日々こうして見滝原旧市街のアジトに通っては訓練を続ける日々を送っていた………。

 

 

 

 

 

「ここらで一気に決めちゃいますかッ!」

 

『ORANGE SPARKING! イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン!』

 

「はあああああ!!!」

 

『ORANGE CHARGE!』

 

 薙刀モードの《無双セイバー》と《大橙丸》から放ったエネルギー波で《セイリュウインベス》三体をまとめてオレンジ型の力場に拘束。動けない《インベス》めがけて突撃すると、さやかは雄叫びとともに力場ごと三体をほぼ同時に両断した。

 

「すげえなサヤカ……」

 

「あんまりおだてんなよピニオン。サヤカは調子に乗りやすいんだから」

 

 ベローズたちのヒソヒソ声をかき消すように、強烈な爆発を起こしながら哀れにも四散する《インベス》たち。最初の頃こそそれなりに勝負になってはいたが、今のさやかが相手ではてんで勝負にならない。

 

「イエ~イ! さっすがさやかちゃん! よしよし、この技は《ナギナタ無双スライサー》と名付けよう!」

 

 はっちゃけたテンションで小躍りしつつピースを決めるさやかは、傍から見てもかなり上機嫌だった。

 

「「はぁ……」」

 

「あ、ちょっとー! ベローズさんはまだしも、ピニオンまでため息つくぅ!?」

 

 

 ※※※※

 

 

「なぁ、最近のサヤカってどう思う?」

 

 古びた無人マンションのベランダで、灰色の空を眺めながらベローズが呟く。彼女の問いかけは、傍らに座り込んで機械いじりをしているピニオンに向けられていた。

 

「どうって言われてもよ……。調子いいじゃねえか。すこぶるよ」

 

「その調子が良すぎってあたしは言ってんの。ここんとこアイツ、《インベス》相手の試合に慣れすぎて、《アーマードライダー》の力に浮かれてるようにしか見えないんだ」

 

「結構じゃねえか。そもそもアイツはあれくらいで丁度いいんだよ。俺たちの事情を押し付けて深刻になられるより、“困っているので助けてください”ってスタンスであいつに力を借りている現状が一番いいと思うがねえ」

 

「…………戦う相手の《魔法少女》がアイツの同級生だってことを、隠したままでか?」

 

 ドスの効いた冷ややかな声で、ベローズが憎々しげに呟く。

 

「…………それがあのオッサンの決めた方針なんだから、仕方ねえじゃんかよ」

 

「サーヴァント様、か……。そりゃ、あの人はロード・バロンの直属の部下だし、あの《結界の化け物》から《ガルガンティア船団》を救ってくれた恩人だよ。でもだからって………」

 

「俺だってそうさ。何百年も戦争が続いてるのに未だに決着がつかないのも、あのオッサンが《旧人類》と繋がってるからだってのはもう常識だしな」

 

「だっていうなら」

 

「だからさ」

 

 ベローズの言葉を遮り、リーゼントをかき乱して立ち上がるピニオン。その瞳には、兄の仇討ちを決意したあの日のような暗い光が揺らめいていた。

 

「ハッキリ言って、このままじゃ俺たちの目的は達成できない。オッサンの《夢幻召喚(インストール)》があれば確かにあの小娘どもをぶちのめすくらいはできるだろうけどよ、俺たちの目的はあくまでも《魔法少女》と《結界の化け物》の因果関係を調査することだ。問答無用で奴らを皆殺しにしちまえるならそりゃ容易いが、そんなの悲しいじゃねえか」

 

「ピニオン……」

 

「俺だって、殺された兄貴のことを思えば《魔法少女》が憎い。病院の時《演義タイプ》に言ったみたいに、あんな化け物どもは殲滅してやりたいとも思ってる。だがよぉ、話し合いで解決できるんなら、それに越したこたぁねえじゃねえか」

 

「………そうか、サヤカが架け橋になってくれさえすれば……!」

 

「オッサンの目論見っつーのは、要するにそういうこったろ。あいつらの友達であるサヤカがこちらにいれば、少なくとも俺たちには話し合いの余地があるということを向こうに伝えることができる。よほど決定的な事態になりさえしなけりゃあ、この一連の騒動はそれでケリだ」

 

 言い切ると、ピニオンはポケットに手を突っ込んであくびをしながら奥に戻っていった。

 

 …………確かに、冷静に考えればピニオンの言葉は正しいだろう。しかしベローズには、その背中にやりきれない想いが滲んでいるように見えた。

 

「あんたそれでいいのかい? 兄貴の仇討ちは、どうするんだよ!」

 

「………………」

 

 暮れなずむ街に、二人の影がどこまでも長く伸びていった。

 



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偽りの再生

 真冬の木枯らしが吹き荒れる朝、美樹さやかと暁美ほむらは悲痛な面持ちで登校していた。

 

「ねえほむら、あんた今回どうだった?」

 

「いいわけないじゃないですか……一緒に地獄に堕ちましょう……」

 

 地獄兄弟ならぬ、地獄姉妹となったさやかとほむら。普段は明るい二人だが、先日の期末テスト以来ずっとこの調子なのだ。

 

 さやかは知らない。

 

 ほむらが魔法の特訓や《霧の海のピニオン》とその一味の捜索に時間を割いていたせいで十分なテスト勉強をすることができなかったことを。

 

 ほむらは知らない。

 

 さやかがピニオンと《インベス》を用いた戦闘訓練に明け暮れててテスト勉強をおろそかにしていたことを。

 

「「ハァ………笑えよ………」」

 

 暗く濁った瞳で、半歩後ろを歩く仁美をじろりと睨みつける。そつなく優等生をこなす彼女の存在は、今の二人にはまぶしすぎたのだ。

 

「わ、笑えってなんですのっ!? そんな怖い顔されては、笑いたくても笑えないですわっ!」

 

「あんたも、あたしらのこと馬鹿にしてんだろ……?」

 

「どうせ私なんか…………」

 

 奈落のような暗い目を伏せて、絶望に沈む地獄姉妹。なんとか二人をこちら側に引っ張りあげようと、仁美は全力のフォローにまわった。

 

「まだ赤点と決まったわけではありませんわ! それに、たかだか定期テストで人間の価値が決まるわけではありませんのよ!」

 

「仁美ィ、あんたはいいよねぇ……前向きになれて……」

 

「いいなぁ志筑さん。きっといい点とったんだろうなぁ……」

 

 仁美に羨望の眼差しを向けるほむら。痩せこけた野良犬のようなその痛ましい姿に仁美が思わず手を差し伸べるも、しかし間に割って入ったさやかにその手は遮られた。

 

「あたしたちは地獄の住人だ……。光を求めるな」

 

「姉貴ィ……私が間違ってましたァ……」

 

「「はぁ………」」

 

 仁美に背を向けたまま乱暴にほむらを抱き寄せ、彼女の耳元でネガティブな妄言を囁き続ける。そんな今のさやかに、以前の元気な姿はかけらも見当たらなかった。

 

 

 ※※※※

 

 

 時刻は午前七時五十分。登校中の暗黒微笑を浮かべたまま、さやかたちは教室に到着した。

 

「ん……?」

 

 何かあったのか、教室が妙にざわついている。

 

「おはよう美樹……って、どうしたんだ? っつーか暁美もかよ」

 

 挨拶直後、訝しげに視線を向けてきたのは、果たしてクラスメイトの中沢だった。

 

「今あたしたちを笑ったなァ……?」

 

 薄暗い炎を瞳の中に立ち上らせて、地獄の住人nと化したさやかがゆらりと中沢に近寄る。

 

「うおおおっ!?」

 

「ごめんなさい、中沢くん。さやかさん、テストで失敗したショックのあまりにキャラ崩壊してるんです」

 

 先日商店街で味わわされた恐怖の再現を恐れて及び腰になる中沢を庇うように仁美が立ちふさがる。

 メガネの奥からジト目で睨んでくるほむらの迫力も、なかなかではあるが。

 

「それにしても、この騒ぎはいったいどういうことなんですの?」

 

 がじがじと肩をさやかに齧られながら、志筑仁美はいたって普段通りといった様子で中沢に尋ねた。小首をかしげる仕草などが、いかにも楚々としていて実にお嬢様風味だ。それでいてわざとらしくなく、その動作が自然に身に付いていることが読み取れる。

 

「ああ。…………えっと、その前に、美樹。お前、ちゃんと女の子らしくしたほうがいいぞ」

 

「ああァ?」

 

 せっかくの忠告にも、低い声で唸りながら地獄フェイスでガンを飛ばしながら対応するさやかに、恐怖半分呆れ半分といった面持ちで、中沢はため息をつきながら道を譲った。

 

 

「―――――――え――――――――」

 

 

 生徒たちに囲まれる、純白の制服に身を包んだ美少年。

 

 松葉杖が痛々しいが、それでも、こちらを見据えてくる眼差しはもう病人のそれではない。

 

 

「――――――恭介」

 

「ああ。――――――――ただいま、さやか」

 

 

 その瞬間、世界の全てが硬直した。 

 

 もう二度と立ち直れないかもしれなかったあの少年が、怪我を乗り越え、喪失を乗り越え、ついに今、目の前で自分のためだけに微笑んでくれている。

 

 

「きょぅすけぇ………!」

 

 

 先程までの地獄フェイスもどこ吹く風か、涙をいっぱいにためた恋する少女の顔で、さやかは想い人の胸に飛び込んだ。

 

 

 

 ―――――先を越された。

 

 そんな黒い感情が、湧きそうになる。

 

 だが、これは最初から決めていたことだ。

 

 誰よりも彼に寄り添ってきた彼女にこそ、先に彼に触れる権利がある。

 

 思いの強さに優劣をつけたくはないが、それでも彼女は自分では想像もつかない長い年月、胸に想いを秘めてきたのだ。その想いを無碍にできるほど………自分は友達に強くあたれない。

 

 ――――――だからせめて、笑顔で。




ストーリー進行に矛盾点が生じましたので、大幅に改稿させて頂きました。

申し訳ありません。


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翼の代わりに得たモノは

 上條恭介は、有り体に言ってしまえば“有名人”だ。

 

 整った顔立ち、誠実な人柄、そしてなによりも、天才的なヴァイオリニストの素養……。

 

 世界的に注目を集めつつある彼は、まさに飛び立つ直前の若鳥だ。そのさえずりに女たちは心酔し、その羽の美しさに男たちは嫉妬の念さえ抱くだろう。

 

 誰からも愛され、賞賛されるだけの能力を持った、若き天才。

 

 だがそれだけに、それを失った今の彼に対する周囲の目の落差というものは、やはり残酷であった。

 

 

 ※※※※

 

 

「恭介、お弁当食べよっ」

 

「うん。場所は屋上でいいかな」

 

 昼休み、上條恭介はランチをとるため、さやかに手を引かれながらエレベーターで屋上に登った。

 

「うーん、やっぱ屋上が開放されてる学校って貴重ですわ~。なんていうか、開放感がすごいよね!」

 

 明るい笑顔で語りかけてくる幼馴染と手をつなぎながら、応じる様ににっこりと微笑む。病院での倒錯ぶりが嘘のように、今の恭介は落ち着きに満ちていた。

 

「………良かった」

 

「え?」

 

「あっ、ううんなんでもないなんでもないっ。さささ、早いとこ食べましょうぜ」

 

 動転したような口調でわたわたと受け応えながら、適当な段差に腰掛けて弁当箱を開く。恭介もそんなさやかに習うように腰掛け、持ってきた弁当箱を取り出した。

 

「――――――あっ――――――」

 

 だが、蓋を開けようとした瞬間、弁当箱はするりと恭介の手の中からこぼれ落ちてしまった。

 

「――――――――――――」

 

 …………結論から記すと、上條恭介の指は未だ回復していない。正確に言えば、回復の見込みすらない。

 

 翼を失い、大空を羽ばたく術を失った若鳥―――――。

 

 周囲の生徒から向けられる同情と憐憫の視線から逃れるために、さやかが気を利かせて屋上に彼を引っ張ってきたのは、恭介も何となく察してはいた。

 

「ははっ……駄目だな。やっぱり、僕の指は治らなかった」

 

「そんな、恭介……」

 

 支えるように、それでいてどこか頼りなさげな目をしたさやかが恭介の麻痺した手を握る。それを払うでもなく包み込むでもなく、恭介は淡々とした眼を床落ちた弁当箱に向けていた。

 

「分かっていたことさ。今さら気に病むようなことじゃない。………さやかにも、悪かったって思ってるんだ。入院中、キツく当たったりして、本当にごめん」

 

 

『さやかは、僕をいじめてるのかい?』

 

 

 あの夕暮れの病室の出来事を想起し、思わずさやかは暗い表情でうつむいた。迷いを振り切って恭介を支えていく覚悟を決めた今であっても、やはり辛い思い出ではあるのだ。

 

「ううん。私もあの時は、恭介の気持ちを分かっていなかったし」

 

「それでも、僕を心配してくれるさやかに当たるようなことを言ったのは事実だ。―――あの時、僕はさやかの優しさに甘えていたんだ」

 

 恥じるように、項垂れながら語る恭介。

 

「恭介………」

 

 うまい言葉が見つからない。所在無さげに目を泳がせながら、沈む想い人をなんとか元気づけようと、さやかは思わず彼の手を強く握り締めた。

 

「さやか……」

 

 手のひらから伝わる想い―――それで全てが伝わったのだろうか。

 

「ぇ――――――」

 

 恭介は、そっと傍らに寄り添うさやかの肩を抱き寄せた。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 ―――――――拭えない違和感が、触れる肌から伝わってくる。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

「心配かけてごめん。………もう、さやかの優しさに甘えない。こんな僕だけど、これからはさやかの優しさに報いられる男になってみせる」

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 妙に饒舌に、愛を囁く恭介。

 

 ――――だが幸せであることに嘘は無い。

 

 徐々に加速する違和感に背を向けて、さやかはこの甘美な言葉に酔いしれた。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

「きょうすけ………っ」

 

 

 

 事故から始まった苦しみの日々が、一気に溶けていく。

 

 ―――――その言葉で、全てが報われた。

 

 

 

「もう演奏はできないけれど、これからの人生、演奏に使う予定だった全ての時間をかけてきみに報いるよ。だって僕には――――」

 

 

 

 ―――――幸せが、喜びの涙が、あとから溢れて止まらない。

 

 

                

 

 

                            なのに――――――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 どうして、その先の言葉が怖くてたまらないの?

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「今の僕には、演奏の代わりにこれがあるからね」

 

 

 

 澄んだ笑顔で、恭介は制服の懐から《戦極ドライバー》を取り出した。

 

 

 

「―――――ッ!? 恭介、あんたなんでこれを………!!」

 

 

 

 ―――――焦燥、困惑、怒り、嘆き、恐怖、悔恨――――――

 

 ありとあらゆる感情が、さやかの胸の中に吹き出してくる。

 

 

 人生の全てであった音楽を失って、どうしてこんなに穏やかでいられるものか?

 

 音楽に代わる代替物を見つけたのではないか?

 

 

 

 懸念はあった。

 

 予感はあった。

 

 だがそれでも――――甘い夢に浸っていたくて、全てから目をそらしていた。

 

 

「実はさ、《魔獣結界》のこと覚えてたんだよね。それで、あの時きみが変身したあれ――――僕も、欲しくなったんだ」

 

 

 感じていた違和感の正体が判明し、とたんに景色がその様相を変化させていく。

 

 想い人の優しい笑顔が、虚ろで醜悪な笑みに変わっていくのを、さやかは知覚した。

 

 

「さやかが戦うっていうのなら、今度は僕がきみを助ける番だ。……いや、実際には、サーヴァントさんの方からこの話を持ちかけてもらったんだけどね」

 

「恭介、あんた」

 

「今日の放課後、僕は《魔法少女》を相手にデビュー戦を飾る。………よかったら、見に来てね。コンサートに欠かさず来てくれた、あの頃みたいにさ」

 



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この気持ちの名前は……

 同時刻、あすなろ中学校屋上にて。


「………つまり、きみは力尽きた《魔法少女》の魂を導く役割を持った女神で、その役割を果たせない謎の異空間が現れるようになったから、それの調査をするために現界したものの、その異空間で敵の攻撃を受けて助っ人もろとも吹き飛ばされてしまった、と」

 

 硬い頭を極限まで軟化させて、まどかの事情をおおまかにまとめてみる。《魔法少女》だの《円環の理》だの《オーバーロード》だのと謎の固有名詞のオンパレードではあったものの、目の前に“自分以外には知覚できない少女”という超常現象的な存在がいるならそういった不思議な世界もきっとあるかもしれない程度に貴虎もなんとか納得した。

 

〈はい、だいたいそんな感じです〉

 

 傍らに腰掛けて嬉しそうに見上げてくる発光少女。職場である学校にまでついてきた時には思わず頭を抱えたが、しかし自分以外に触れられる人間もいない彼女を独りぼっちにしておくのも可哀想な気がしたので、結局はこうして共に屋上で昼食をとっている。

 

「それで、まどかはこれからどうしたいんだ」

 

〈当面の目標は、はぐれてしまった紘汰さんの捜索です。一応、私なりに探してはいたんですけど……。力をかなり失ってしまっているので、足頼みでの捜査しかできないんですけど」

 

「力というのは……その葛葉とかいう男と《オーバーロード》の戦いに巻き込まれて消失したあれか」

 

〈そうなんですけど……今では実体化もできないありさまで……〉

 

 言いながらしょんぼりと項垂れるまどか。纏った光の粒子も、どこか控えめだ。

 

「……それは、なんとかして回復できないものなのか? きみは《円環の理》の運営に支障をきたした場合に現れる意思を持った自然現象だと言うが、それならその本体である《円環の理》からのバックアップがあっても良さそうだろう?」

 

〈それが力を失いすぎたせいか、どうにもうまく《円環の理》とパスが繋がっていないみたいで………。このままじゃ私、使命を果たすことができない………〉

 

 フォローのつもりでかけた言葉なのだが、ますますまどかを落ち込ませる結果となってしまったようだ。貴虎は困ったようにうーむと唸ると、腕組みをして思索にふけった。

 

「………葛葉紘汰という男を探し出すことが目的なんだな」

 

〈は、はいっ〉

 

 確認するように言葉をかけてくる貴虎に、取り敢えず肯定の意を示すまどか。彼女のテンションの推移を示すように、光の粒子もびっくりしたかのように飛び跳ねた。

 

「ならば私も、葛葉紘汰の捜索に付き合おう。……《魔法少女》のような不思議な世界の存在にはとことん無知だが、困っている少女を見捨てるほど私も非常識ではない。それにその《森》とやらが我々の世界を蝕む存在であるというのならば、なんとしてもそれを防がなければならないしな」

 

 正義感と責任感に溢れた誠実な瞳で、まどかを見つめる。この自分以外に頼れる者のいない少女のため、そしてまだ見ぬ脅威からこの世界を救うため、貴虎は決意を固めた。

 

〈貴虎さん………〉

 

 光の粒子が、くるくると“の”の字を描きながら二人を包むように旋回する。まどかは紅潮した頬を両手でおさえながら、貴虎の申し出をこくこくと頷きながら何度も心の中で反芻した。

 

〈で、でもでもっ、もしかしたらすっごく危ないことになるかもしれないんですよ……?〉

 

「問題ないさ。……なに、ピンチに駆けつけてくれる正義の魔法少女も、この世界にはいるのだろう?」

 

 ぎこちなく、しかし温かみのある微笑みを浮かべて、貴虎はまどかの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

 

〈………ぁぅ〉

 

 しゅうしゅうと湯気を立てながらまどかが潤んだ瞳で貴虎を見上げると、貴虎はハッとした様子で手を引っ込めた。

 

「あっ………、すまない。つい、光実にしていたようにしてしまった。謝罪する」

 

〈え、光実くんって、弟さんの?〉

 

「ああ。きみと同じくらいの年なんだが……。昔と違って少し気難しくなってな。こうしてスキンシップもとれないんだ」

 

〈は、はぁ…………って、私は光実くんの代わりってことですかっ!?〉

 

「? 何を言っているんだまどか。………うむ、弟か……そうだな。妹がいたら、こんなかんじかもしれん」

 

 顎に手を当てて、ふむふむと自身の心境を冷静に分析しつつ、目の前の少女に対して抱く感情を端的にまとめる。そしてその結果導き出された“妹”という表現に納得がいったのか、貴虎は合点がいった表情でまどかに微笑みかけた。

 

「うむ。私にとってきみは妹的存在ということだな。ああ、やっと納得がいった。いや、実を言うと、きみのことを放っておけないとか守ってやらねばという風に思っていたんだ。しかしどうやら、それは危惧していたような犯罪的な思考ではなかったようだな。うむ、安心した。私に少女趣味は無かった。いや、分かりきっていたことではあるのだが」

 

「…………謝罪してください」

 

「うん?」

 

「ナンデモナイデス」

 

 先程までの殊勝な表情はどこに消えてしまったのか、まどかは頬を膨らませてツンと向こうの方を向いてしまった。

 

「…………?」

 

 

 ※※※※

 

 

「………呉島先生、誰と喋ってんのかな」

 

「カオル、呉島先生と仲いいのね」

 

「まーねー。サッカー部でお世話になってるし。そういう海香はどうなのさ」

 

「そうね……。彼のような完璧超人はそうそういるものではないから、今後の執筆活動のためにも是非取材をしてみたいとは思っているわ」

 

「お待たせ~っ! いやぁ、先生に捕まっちゃってさ~」

 

「おや、やっと来たねぇ」

 

「もうっ……先にお弁当食べちゃってるわよ、ミチル」

 



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冷血なる正義

「どうして上條恭介に《戦極ドライバー》を渡した!! 答えろ!!」

 

 叫びながら、机を蹴倒すピニオン。隠れ家であるマンションの壁が、彼の怒号のあまりにビリビリと震えた。

 

「……きみたち海の民は、《戦極ドライバー》を使うことができない。ロード・バロンがタブーを設けたからだ」

 

「理由になってねえな! 戦力の増強が目的だったんなら、あんたの直属の部下の《オーバーロード》をこっちに寄越しゃ良かったんだ!」

 

「やめろって、おいピニオン!」

 

 静かに対応するサーヴァントの冷ややかな目に抗するように、怒りのボルテージを上げて憤るピニオンを、なんとか抑えるベローズ。だが、ピニオンの暴走は止まらない。

 

「《森》で旧人類と戦争中である《オーバーロード》をこれ以上こちらに割くのは、戦争の均衡そのものの崩壊に繋がりかねない。ロード・バロンが行方不明である以上、僕らはうかつな動きをするべきではないんだよ」

 

「戦争の均衡だと!? ロード・バロンの片腕でありながら、旧人類の首脳部と繋がっているコウモリ野郎ならではの発想だな!! 預けられた《黄金の果実の欠片》に恥ずかしいと、これっぽっちも思わねえのか!!」

 

「思わないね。ロード・バロンは僕の内通を黙認している。彼は“力を以て己の強さの証を立てる者”をこそ好み、“自分の弱さを恥とも思わず、本当に強いものを後ろから撃つような卑怯な弱者”を憎んでいる。彼が《黄金の果実》を求めるに至ったのは、自身が裁定者となって弱者を振るいにかけ、“真の強者”をこそ世界に満たすためだった。きみたち新人類の祖先こそがそれだ。そして戦争が始まって数百年が経ち、それでも生き残った彼ら旧人類もまた、“強者”と呼べる存在となるに至った。………それならば、彼らを殲滅することは我がロードの理念に対する冒涜となってしまう」

 

 朗々と語るサーヴァントの目は虚ろだが、彼の言葉はガルガンティア船団に伝わる伝説のロード・バロンの人物像と一致している。

 いまいましげに歯ぎしりをしながら、ピニオンは気持ち半歩引き下がった。

 

「…………話を戻そう。『何故、上條恭介に《戦極ドライバー》を譲渡したか』だったね。…………その答えは、きみが一番良く知っているんじゃないかな、ピニオン」

 

「なっ……!」

 

「きみは兄の仇をとるために《魔法少女》の調査に志願し、僕とともに来た。だが、きみは年端もいかぬ少女の姿をした《魔法少女》の見た目に惑わされ、かつての誓いをすっかり忘れてしまっている。そんなきみに、この先の《魔法少女》との戦いを任せることはできない。…………簡潔に言うと、上條恭介はきみの代役だ」

 

 サーヴァントの言葉が、ピニオンの心の隙間に刃を次々と突き立てる。悲鳴のような唸り声は、真実悲鳴だったのかもしれない。

 

「………ちょっと待て。あんたはさっきから、《魔法少女》と“戦うこと”を前提として話を進めてるけどね。私たちの真の目的は“《結界の化け物》と《魔法少女》の因果関係の調査”のはずだ! それがどうして、奴らを殺すことに直結している!?」 

 

 容赦のないサーヴァントの物言いに反感を覚え、思わず敬語を忘れたベローズが唸る。だが、サーヴァントは二人目の反抗に戸惑うどころか身じろぎ一つしない。

 それどころか、その一言を待っていたとでも言わんばかりに、サーヴァントはおもむろに立ち上がった。

 

「ああ―――そのことについて、きみたちに説明するのが遅れてしまったことはすまなく思っている。………紹介しよう。旧人類側のエージェントにして僕の相棒……きみたちにとっても、親しい人物だ」

 

 促すように、サーヴァントが背後の扉を拳でノックする。すると、漆黒のスーツに身を包んだ金髪の少女が入室して来た。

 

「あんた……!!」

 

「な……! お前、マジか……!」

 

 驚愕の表情で凍りつくベローズとピニオン。無理もない。現れたのは、彼らにとっても既知の人物だったからだ。

 

「紹介しよう。僕の相棒のリーマだ」

 

「………お久しぶりです、ベローズさん。ピニオンさん」

 



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流血への足音

「ベローズさん、お届け物でーすっ!」

「おっリーマか。お疲れ様。どうだい、配達の仕事にはもう慣れたかい?」

「ええ、エイミーさんたちが良くしてくれるので」

「よぉ~リーマじゃねぇか!」

「ピニオンさんこんにちは!」

「おう! それでどうだい、例の件は?」

「もう………アンタはまたリーマをサルベージ屋に勧誘してるのかい? 懲りないねぇ」

「あははっ……確かにユンボロは好きですけど、でも今はこの仕事が気に入ってるので! それじゃっ」

「あっ……ッチ、行っちまった。釣れないねぇ」

「はいはい、油売ってないで仕事に戻るよ! さっさと今日の分のを済ませて“例の女の子”を看病してやらないと」

「ぐっ……あ~あ。兄貴もあんなガキじゃなくてもっとスンゲェお宝取ってきてくれりゃ良かったのによぉ」



「リーマ、あんたがなんで………」

 

 驚きのあまり震える声で問いただすベローズに、リーマが悲しげに目を伏せる。精神的に追い込まれたピニオンもまた、弱々しい瞳を眼前の少女に向けていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 配達屋としてガルガンティア船団で働いていたのは、こちらの目を欺く嘘だったとでもいうのか。あの笑顔も、言葉も、全てが演技だったというのか。

 

「…………ッ」

 

 リーマ自身は申し訳なさそうにしてはいるが、それで今まで騙されていたことに対するショックがぬぐい去れるわけではない。ベローズは振り下ろす相手のないまま拳を握り締めた。

 

「………さて、久しぶりの再会に積もる話もあるだろうが、そろそろ実務に戻ろうか。リーマ、説明を頼む」

 

「……サーヴァントッ………」

 

 鋭い眼光で、幼いエージェントはサーヴァントを睨みつけた。旧人類側からのスパイである彼女と、ロード・バロン側からのスパイであるサーヴァント。互いの利害のために同盟を組んだ相手ではあるが、それでもリーマはこの底の見えない暗い瞳の男を微塵も信用してはいなかった。

 

 とはいえ、今は私情を挟んでいられるほど事態が優しくないのもまた事実だ。リーマはサーヴァントの冷ややかな視線を振り切るようにベローズたちの方へ向き直った。

 

「………では今から私は、旧人類抵抗軍のエージェントとして、あなたたちに必要事項を伝えます」

 

 言葉通りの、明確な立場の差異。状況に巻き込まれるようにしてこの世界にやって来たベローズとピニオンにとって、見知った彼女の突き放すようなその言葉は、彼女がそれを望んでいるわけではないということを知っていてもなお、胸に刺さるものだった。

 

「あなたたちは陸の戦争とは本来は無関係です。にも関わらずサーヴァントと共にこの世界にやって来たのは、故郷であるガルガンティア船団に異世界の怪物が襲来したから。……そうですね?」

 

「………ああ、間違いないな」

 

 あくまで大人の対応を心がけつつ、ベローズが問いかけに応える。リーマは身を切るような想いを胸に秘めたまま、説明の続きを語り始めた。

 

「実は、あの怪物が『異世界から来た』とすぐに特定されたそもそもの原因は、旧人類抵抗軍……つまり私たちが、サーヴァントを通じてあなたがたに情報提供をしたからなんです」

 

「「!?」」

 

 告げられた真実に、再び戦慄するベローズとピニオン。だが、リーマの言葉が途切れることはない。

 

「陸に閉じ込められ、《森》と《オーバーロード》を相手に戦う私たちは、しかしながら一枚岩ではありませんでした。私の所属する《旧人類抵抗軍》もまた、旧人類の勢力の一つに過ぎません。味方同士でお互いに牽制し合いながら、このサーヴァントのような《オーバーロード》側の間者を通じて戦線の均衡を保つ日々……それが、私たちの真実だったんです」

 

 握り締めた小さな拳が、ふるふると震える。今まで感じてきたのであろう、幼さゆえの潔癖さから生じる現実への苦悩が、そんな小さな仕草の中に痛ましくにじみ出ていた。

 

「しかしそんな脆弱な均衡も、旧人類側に属していたある男が《戦極凌馬の遺産》を掌握したことよって破られました。………その男は、槙島聖護といいます」

 

 男の名を口にしながらリーマが差し出したのは、ピンボケの酷い白黒写真だった。大勢のアーマードライダーに囲まれた、パーカーのフードを被って顔を隠している細身の男が写っている。

 

「………こいつが、槙島聖護?」

 

「そうです。……サイバネティック部門の重職についていた泉宮寺豊久をパトロンに、これまでも数多くのテロ活動をしていた危険人物でした」

 

「…………なるほど。コイツが《戦極凌馬の遺産》を使って二つの世界の境界をこじ開け、向こうの世界から《結界の化け物》を引っ張り込んだ。そしてオーバーロードの包囲網をすり抜けて俺たちに直接攻撃させたってことか」

 

 以前、サーヴァントがそれとなく示唆していた“黒幕”の存在に照らし合わせながら、ピニオンが呟く。全て知っていたにもかかわらず白々しい真似をした眼前の黒衣の男に、侮蔑と怒りの篭った視線を向けながら。

 

「彼らの動きを逐次追っていたこともあって、なんとか被害は最小限に食い止められたんですが………それでも、ガルガンティア船団が被った被害は尋常のモノではありませんでした」

 

 あの事件の発生時、リーマもガルガンティア船団にいた。出自はどうあれ彼女もまた、数多くの犠牲者を払ったあの事件の被害者なのだ。

 そして、それが分かっているだけに、同じく犠牲者であるピニオンたちも彼女の苦悩を感じてしまう。ままならぬ痛みが、三人を深く結びつけていた。

 

「抵抗軍はもちろん槙島を捕らえようと必死に動きました。しかし彼は、パトロンの泉宮寺と数名の部下を連れてこの世界に逃げ込んでしまったのです。そして数日前、皆さんに遅れる形でこの世界に来た私は、隣町の風見野市で“なんらかの方法で洗脳処理を施された魔法少女の一味”が、現地の魔法少女と偶然居合わせた巴マミを襲撃していたのを目撃しました」

 

 そして走る、三度目の戦慄。

 

「そ、それって……」

 

「………その槙島って野郎は、魔法少女を手駒にする力を手に入れているということか……」

 

 観測されたすべての事件が、ついに槙島聖護という男に収束した。

 

 そしてその槙島は、詳細不明の《戦極凌馬の遺産》なる存在を手に入れ、魔法少女をも配下に収める力を有し、この世界のどこかに潜伏している。

 

「―――――つまり、事実として彼女らが邪悪ではない存在だったとしても、槙島の手に落ちる可能性がある限り、危険分子であることに変わりは無いってことだ。《結界の化け物》との因果関係を調査など、もはや是ここに至っては何の意味もないんだよ」

 

 取り出した煙草をくゆらせながら、ピニオンとベローズに淡々と事実を突きつけるサーヴァント。その瞳は闇より暗く濁りきっているにもかかわらず、絶えず何かを見つめていた。

 

「すべての黒幕である槙島聖護の捕縛を最優先。そのため、奴の兵隊になる、ないしはなっている可能性のある魔法少女は全て始末する。―――――これが、僕らのとるべきこれからの方針だ」

 



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暴力の愉悦

冬まっさかりの今の季節、日が落ちる時間はどんどん早まっていく。白く浮かぶ夕月と同じく白い自身の吐息に季節を感じながら、光実は校門で人を待っていた。

 

 先程、靴箱に届けられていた一通の手紙―――あるいは、果たし状とでも呼ぶべきもの。アーマードライダーを名乗る謎の人物からの手紙には、校門の前で待つようにと記されていた。

 

『光実くん、頑張ってくださいね……! 私たちもついてますからっ……』

 

「………ああ。任せておいてくれ」

 

テレパシーでほむらが囁きかけてくる。魔法少女ではないので彼女のテレパシーに返信はできないが、テレパス越しでもほむらと光実の心は通じ合っていた。

 

 

 

「っ……」

 

 ひときわ強い木枯らしがひゅうと吹きすさび、思わず目をつむってやり過ごす。十一月のそれとなってくると、耐え難い寒さも覚えるものだ。風で乱れてしまった紫色のマフラーをもそもそと直し、状態を確認するべく再び目を開ける。

 

 ―――だが、光実の瞳に飛び込んできたのは、マフラーばかりではなかった。

 

 

 

「やぁ、光実くん。待っていてくれたということは、やはりきみがそうなんだ」

 

「………まあね」

 

 

 

―――薄ら寒い笑顔を浮かべた少年が、光実を伽藍堂の瞳で見つめてくる。隣のクラスの上条恭介だ。

 

「『アーマードライダー同士、正々堂々一騎討ちを申し込む。もしきみが僕に勝てれば、僕は僕らの目的の全てをきみに教えよう。』……か。これまた随分と胡散臭いメッセージだけど、これに僕が取り合わなかったらどうするつもりだったんだい」

 

「その場合、僕の仲間がこの学校にインベスを放っていたよ。僕は雇われの身だから詳しくは知らないけど、どうなら僕の雇い主はきみたちと早急に戦う必要が出てきたらしい」

 

「………ここじゃ人目につく」

 

「ああ。じゃあ適当なところまで移動しよう。ついてきてくれ」

 

 

 

上条恭介の言葉から察するに、どうやら彼は何らかの方法でピニオンたちに操られているらしい。しかし彼の事情がどんなものであるにせよ、敵側の人間とコミュニケーションがとれるこの状況はまさに願ったり叶ったりと言えるだろう。

上条恭介のアーマードライダーとしての強さがどの程度のものかは定かでは無いが、万が一の時に備えてほむらとマミへは既に援護の根回しをしてある。キリカという伏兵の存在に加えて、マミの連れて来た風見野の助っ人とやらもこちらにはいる。光実には決闘の申し込みを素直に受けてやるつもりなど更々無かった。

相手の決めたルールに従う必要など無い。光実の狙いは要するに、数の暴力である。こちらのフィールドに誘い込んで捕縛し、無理矢理にでも話を聞き出してしまえばいいのだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 上條恭介に導かれるままにやって来たのは、自然公園の雑木林の奥地であった。ここならば多少の騒音もかき消されるし、時間帯的にもここへ訪れる人間は希と言える。光実が知る由もないことだが、ここは一ヶ月前、マミとほむらが《ライオンインベス》と対決した場所でもある。

 

「…………随分と奥まで連れて来たものだね。ここでなら確かに戦っても人目につかないだろうけど……きみたちが人目を気にする目的はなんだい? これまでの傾向といい、きみたちのやり方は“僕らだけを狙っている”というより“近隣住民に被害を出さないようにしている”ように感じられるんだけど」

 

「光実くん。手紙にちゃぁんと書いておいたはずだよ。僕にその答えを言わせたいんだったら、僕を倒してくれないと」

 

 一見しただけでは冷静そうに見えてしまうが、上條恭介は間違いなく“狂っている”。口調はまるで酒に酔ったように間延びしているし、よくよく見ると全身が小刻みに震えている。

 

 かつて、使用人と親友を同時に失い、その上家の権威すら剥奪されたことで、今の上條恭介と同じような状態になってしまったとある男がいた。だが彼は、その身に宿した高潔かつ強靭な精神でそれをはねのけたのだ。

 

 この少年に彼のような強さは望むべくもないことは分かりきってはいる。しかしそれでも光実は、眼前の少年の“弱さ”に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

「――――だいたい察しはつくけどね。おおかた、怪我で動かなくなった左手に絶望していたところにつけこまれたんだろう? 『音楽よりも楽しいことを教えてあげるよ』とでも言われたのかな」

 

 その一言が、引き金になったのか。恭介は浮かべていた余裕ありげな笑みを打ち消し、石より冷たい無表情を顔に刻んだ。

 

「……弁が立つね。さすが、落ちぶれたとはいえ呉島の男か」

 

 心が、ざわつく。

 

「……………僕の素性を知ってるのか?」

 

 苛立ちの色が伺える声色で、光実が尋ねる。先程の挑発へのお返しのつもりか、恭介の台詞にはこれまでになく鋭いトゲがあった。

 

「僕の家もちょっとした資産家でね。お噂はかねがね。…………まぁ、もともとが強引な商法で成り上がっていったヤクザ者だったっていうし、きみのお父上の末路はある意味当然といえば当然なんじゃないかな。天誅を下したのが本職さん(マフィア)だったっていうのは、出来過ぎな気もするけどね」

 

 恐らく、恭介としてはこれ以上ないほどの口撃なのだろう。死んだ家族の悪口を言われて冷静でいられるはずはない―――そう、上條恭介は判断していた。

 

 だが。

 

「………別に。僕は父さんのことなんかどうでもいいよ。兄さんはどうだか知らないけれど、僕は呉島の権威への執着なんて無いし」

 

「―――なっ」

 

 呉島光実は、呉島貴虎とは違う。父の死も、兄の大切な人たちの死も、彼にとってはどうでもいいのだ。

 

 呉島光実にとって、大切なことはただ一つ。

 

 かつて“世界”で一番強かった呉島天樹を、いとも簡単に、あっけなく葬った二人の暗殺者。

 

 あの日、光実はあの顔も知れぬ二人の男女にどうしようもなく憧れた。

 

 余人の生殺与奪を手中に収めることこそが“権力”の本質であり、それこそが求めるに相応しい本当の強さなのだ、と。

 

 

 ――――――――故に。

 

 

「―――上條恭介、きみは個人的な鬱憤を晴らすためにその力を使っている。僕にはそれが許せない。その力は、僕みたいな選ばれた人間だけが使うべきモノなんだ。―――お前のようなクズが、持っていていい力じゃないんだよ」

 

『BUDOU』

 

 取り出した《ロックシード》を開錠し、腰に《戦極ドライバー》を装着する。迷いのない光実の手つきには、本物の殺意が込められていた。

 

「―――クズ、か。上等じゃないか。結局はきみも、暴力の持つ甘美な誘惑に負けたクチだろう? …………どっちが真性のクズか、この役立たずな僕の拳で、証明してあげるよ」

 

『KURUMI』

 

 対する恭介も、劣らぬ狂気と殺意を全身から発しながら《ロックシード》を開錠する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ―――――見滝原でも一二を争うこの美少年二人の対決は、しかしこれ以上ないほどドス黒い醜悪な怨念と共に戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

「「変身」」

 

 

『BUDOU・ARMS! (RYU)(HO)! (HA)ッ! (HA)ッ!! (HA)ッ!!!』

 

『KURUMI・ARMS! Mr.KNUCKLE MAN!!』

 




【第八話 使命と情と】はこれで終了です。

 しばらく茶番を挟んだ後で【第九話】に入りますので、どうかそれまでご期待ください。


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【断章】
人物紹介その4


 各キャラの右側にある【出典】は、題材になった作品も含まれます。ご注意ください。


●呉島光実【仮面ライダー鎧武、PHANTOM ~phantom of inferno~】

 

『魔獣の世界』出身。アーマードライダーに変身する、本作の主人公格の一人。冷静沈着な判断と優れた万能の素質で、あらゆる困難をくぐりぬけてきた。だが幼少期に植えつけられた《ファントム》によるトラウマのせいで“暴力”へ異常な憧憬を抱いてしまっているという、負の側面を持つ。一見しただけではタダの中二病にも見えがちだが、その裏にあるのはもっと危険な“思い込みの暴走”だ。

 無意識下に抱えていた権力への渇望と暴力への憧れが綯交ぜになっているという非常に危うい彼の内面を、しかし現在、肉親の貴虎はおろか、想い人である暁美ほむらでさえも知らずにいる。それが今後どのような結末を彼にもたらすのか、それは誰にも分からない……。

 

 

 

●暁美ほむら【魔法少女まどか☆マギカ】

 

『魔獣の世界』出身。光実とは両想いであるものの、なかなか告白には踏み切れないウブな中学二年生。魔法少女としては相変わらずの半人前であるが、その揺るがぬメンタルにおいてのみならマミ以上に戦士として優れているとされる。戦力的に力不足感は否めないが、死すらも省みることなく光実を守るために戦ったり、治癒魔法抜きでキリカとの試合に望んだりといった場面にそれは顕著に現れており、コーチを担当したキリカも思わず驚嘆するほどの根性を見せていた。

 

 

 

●美樹さやか【魔法少女まどか☆マギカ、仮面ライダー鎧武】

 

『魔獣の世界』出身。アーマードライダーに変身する、本作の主人公格の一人。ベローズとピニオンの力になる、という安直な理由で協力関係を取り結んでいたが、状況は彼女の想像を遥かに超え、刻一刻と変化してしまっていた。

 

 

 

●ベローズ【翠星のガルガンティア、仮面ライダー鎧武】

 

『バロンの世界』において、《新人類》あるいは《海の民》と呼ばれていた人間たちの一人。《結界の化け物》の調査のためにこの世界にやって来たが、サーヴァントの発した方針転換命令によって、現在は“魔法少女の殲滅”を任務としている。だが、元来が人情家で心の優しい性格なのもあるからだろう。調べれば調べるほどに邪悪とは程遠い魔法少女の実態に対してベローズは、この任務とサーヴァントへの不満を募らせてしまっている。

 

 

 

●ピニオン【翠星のガルガンティア、仮面ライダー鎧武】

 

 陽気で明るい『バロンの世界』出身の好青年。しかし現在は、海を漂流していた魔法少女を兄と拾ったことで間接的にではあるがガルガンティア船団に致命的なダメージを与えてしまったことを悔やむあまり、少々精神的に不安定になってきている。兄の仇を討つことでその悔恨を振り切ろうともがいていたが、そのために魔法少女を犠牲にするということに対する躊躇いもあり、更なるジレンマの渦中にはまりこんでしまった。

 ベローズ共々、本来なら善良で自由な人柄であるため、意にそぐわない命令を与えてくるサーヴァントには強い不信感を抱いている。

 

 

 

●サーヴァント【Fate/Zero、仮面ライダー鎧武】

 

『バロンの世界』出身。ロード・バロンの片腕でありながらにして、同時に旧人類側との内通者でもある、本作の主人公格の一人。ロード・バロンに与えられた《黄金の果実の欠片》を所有している他、単独での《結界の化け物》の撃破、そして《夢幻召喚(インストール)》という謎のキーワードなど、強力な力を秘めている可能性は示唆されているが、具体的な戦力やオーバーロード・インベスとしての姿も未だ見せてはいない。

 あくまでも理詰めで動き、情の類を一切見せないその態度のせいで部下から批判的に見られてはいるが、本人はあまり気にしてはいないようだ。

 

 

 

●リーマ【翠星のガルガンティア ~めぐる航路、遥か~ 、仮面ライダー鎧武】

 

『バロンの世界』出身。陸地で暮らす《旧人類》の派閥の一つである《抵抗軍》に在籍する、十三歳の幼いエージェント。潜入調査や諜報活動を主な任務としているが、ガルガンティア船団の面々に対してはどうやら情が移ってしまったようである。

 船団にいた頃と違って、現在は全身をサーヴァント同じく黒のスーツで包んでいるが、身長的にあのスーツは既製品ではありえない。あれがオーダーメイド品であるのはお察しの通りである。

 

 

 

●呉島貴虎【仮面ライダー鎧武】

 

『魔獣の世界』出身。米国最大のマフィア《インフェルノ》と、そしてその裏にいた大組織《財団》の謀略によって全てを失った二十四歳。あすなろ中学校に勤務しており、サッカー部の副顧問を担当している。担当科目は英語。

 思考の硬さが珠のキズだが、本作中最も常識を心得た大人の男でもある。身体能力も抜群で、現役時代の江蓮を一七歳にして退けたほど。

 何故かまどかが見えてしまう特異体質の持ち主で、その原因は全く不明。ひょっとすると、今は亡き貴虎の親友が言っていた、《イマジネーション》なるものが、彼の特異体質の正体を握る鍵なのかもしれない。

 

 

 

●鹿目まどか【魔法少女まどか☆マギカ】

 

 かつて《円環の理》へと昇華することで世界を『魔獣の世界』として再編し、概念となってしまった少女。なお、貴虎の家に居候している彼女は、《円環の理》の運営に支障をきたした時に現れる安全装置としての自然現象である。

 しかし人間だった頃にできなかった恋を知ったことで、安全装置としては少々の不具合が生じてしまっている。

 

 

 

●槙島聖護【PSYCHO-PASS、仮面ライダー鎧武】

 

『バロンの世界』出身。旧人類の中でもかなり過激な派閥の筆頭である、超A級の危険人物。《エデン》を求めてこの世界にやって来た。

 

 

 

●泉宮寺豊久【PSYCHO-PASS、仮面ライダー鎧武】

 

『バロンの世界』出身。槙島のパトロンである、サイバネティックスの第一人者。とはいえ彼は科学者ではなく、むしろ経営者としての側面が強い。

 彼自身もサイボーグであることが示唆されているが、詳細は不明である。

 

 

 

●上條恭介【魔法少女まどか☆マギカ、仮面ライダー鎧武】

 

 サーヴァントに与えられた《戦極ドライバー》でアーマードライダーに変身できるようになった『魔獣の世界』の少年。病院での一件以来感じていた強さへの憧憬がマイナス面に暴走した結果、もはや使い物にならない拳を握り固めて他人に叩きつけ、暴力の愉悦と快感に浸るという最悪な精神状態に堕ちてしまった。

 

 

 

●御崎海香【魔法少女かずみ☆マギカ~innocent malice~】

 

『魔獣の世界』出身。あすなろ中学校生徒であり、ベストセラー作家である才女。その正体は、プレイアデス聖団に属する魔法少女である。しかし既に【禁則事項です】

 

 

 

●牧カオル【魔法少女かずみ☆マギカ~innocent malice~】

 

『魔獣の世界』出身。あすなろ中学校生徒であり、トレセンに選抜されるほどのサッカー選手。その正体は、プレイアデス聖団に属する魔法少女である。しかし既に【禁則事項です】

 

 

 

●和紗ミチル【魔法少女かずみ☆マギカ~innocent malice~】

 

『魔獣の世界』出身。あすなろ中学校生徒であり、帰国子女の人格者。その正体は、プレイアデス聖団のリーダーを務める魔法少女である。しかし既にそのソ【禁soku事コゥdeath】

 



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☆閑話☆ エンジェルキリカ!

 巴マミが見滝原を留守にし、風見野市に赴いていたその頃……。


「できた………!」

 

 ついに完成した。

 

 達成感のあまりひっくり返りそうになりながら、堪えきれない笑みを浮かべて足をぱたぱたとばたつかせる。

 

 苦節二週間、時間を見つけてチクチク作った甲斐もあって、“それ”はなかなかの完成度を誇っている。作り手として贔屓目に見ているところはあるだろうが、それを差し引いても十分な出来栄えのはずだ。

 

「はぁ……喜んでくれるかなぁ……♥」

 

 

 ※※※※

 

 

 放課後の教室の一角で、わらわらと群れる女子三人衆。その中心にいたのは、まるで肌がツヤツヤとしているような錯覚すら見る者に覚えさせるほどの恋愛オーラを漂わせる暁美ほむらであった。

 

「で~? 愛しの光実クンへのプレゼントがこちらですかぁ~?」

 

「やっ、やめてくださいっ」

 

 ニヤニヤと笑いながら、ほむらの鞄の中からラッピングされた袋を取り出すさやか。慌てるほむらが取り返そうと手を伸ばすが、さやかは器用に追跡を逃れ続ける。

 

「さやかさん、あまり意地悪してはダメですよ」

 

 横からひょいと包みを取り返し、ほむらの元へと返したのは、果たして志筑仁美であった。

 

「別に意地悪なんてしてないわよっ。恋する乙女をイジってるだけじゃないの~」

 

 自分のことを棚に上げて、よくもまぁいけしゃあしゃあと。そんな呆れ顔を誰もが浮かべるが、しかしさやか本人だけは気がつかない。

 

「それにしても、ほむらさんも思い切りましたね。私もなんだかワクワクしてしまいますわ」

 

 気分が高揚しているのだろうか、少し頬を染めながら、志筑仁美がもじもじと心情を吐露する。それに釣られるようにして、ほむらの方もうつむいて顔を赤らめた。

 

 ―――ああ、光実くんは喜んでくれるだろうか。でも、プレゼントなんて恥ずかしい―――

 

 

 今この瞬間だけは、さやかもほむらも戦いを忘れていた。

 

 

「浸ってるところ悪いけど、ちょっとこっちおいで」

 

 だが、仲睦まじく語らう三人の間に、突如現れた少女が割り込んできた。着崩した制服と目の下のクマが、少女の不健康そうな印象を強めている。

 

 ―――呉キリカだ。

 

「あっ、あんた―――」

 

 思わず、さやかが仁美とほむらを庇うように構える。このキリカという少女が、登校拒否の不良学生であると知っているからだ。

 

「? キミに話は無いよ? 私が用があるのは、そっちの三つ編み眼鏡ちゃん」

 

「ほむらさんが……!?」

 

 およそ信じられないといった顔でほむらを振り向く仁美。応えるほむらの苦笑いは、どこか歯切れが悪かった。

 

「すぐに終わるから、心配しなくていいさ」

 

 他人の目というものを気にしないのか、キリカは強引にほむらの手を引いて立たせると、そのまま教室の全員から視線を集めつつ退室していった。

 

「なによアイツ、わっけわかんない!」

 

「嵐のような方でしたわね……」

 

 

 ※※※※

 

 

 渡り廊下まで引っ張り出されたところで、キリカがぱっと握っていたほむらの手を離した。独特の一挙一動もそうだが、彼女の行動はいつも読めない。《インベス》を倒すべく共同戦線をはってはいるが、それでもほむらには彼女を素直に仲間だとは思うことができなかった。

 

「んなっ……い、いったいなんなんですかっ!」

 

「ふぅ…………。ま、私もさ。このとおりの鼻つまみものだから邪険に扱われたりするのには慣れてるけど……。今回に関しては、アタシに感謝して欲しいくらいだね」

 

「な、何をわけのわからないことを……!」

 

「忠告しよう。………キミは、そのプレゼントを自力で渡すことはできない」

 

 突きつけられた突然の失敗予告。瞬間、ほむらはキリカのバックに織莉子の存在を感じ取った。

 

「そんな……! 織莉子さんの予知だって、絶対じゃありませんよ! 私はちゃんと、このプレゼントを渡します!」

 

「い~や無理だ。今日のキミの運勢は最悪。ゆえにキミがいくらその気になろうとも渡すことはできな~い」

 

 おかしな調子をつけながら、歌うように予言していくキリカ。そんな彼女の挑発的行動にさすがに怒りを覚えたのか、ほむらは歯を食いしばってキリカを睨めつけた。

 

「ふざけないで! 私はちゃんと渡します! どんな困難が待ち受けていたとしても、絶対に!」

 

 キリカの忠告を跳ね除けるように、凛とした表情で決意を新たにする。だが、キリカはそんなほむらの姿を見ながら「ふぅん」とだけ鼻を鳴らすと、一瞬にしてほむらの持っていたプレゼントの包装を取り上げた。

 

「あッ―――――返してくださいッ!!」

 

「いーやだね~っ、返して欲しかったら追いかけておいで~」

 

 捨て台詞とともに回れ右をすると、キリカは猛然と渡り廊下をダッシュし始めた。当然、ほむらもキリカを追いかける。

 

 

 

「待てぇ~~~!!!」

 

 叫びながら、ほむらがキリカを追いかける。キリカはキリカで、追いすがろうとする彼女を余裕の表情で振り返りながらさらに加速をつけていく。

 

「コラあなたたちっ! 廊下を走ってはいけませんよ! あ、それに暁美さんっ、この前の小テストの件ですが……」

 

 廊下を走る生徒がいれば、そこに教師が現れて減速を勧告するのは当然のことだ。早乙女和子は、教師としての職務を立派に務めている。

 

 だが――――――

 

「邪魔だああああ!!!」

 

「きゃうんッ!?」

 

 飛び上がったキリカによって顔面を足場に使われ、そのままバランスを崩してあえなく轟沈。

 

「ごっ、ごめんなさいっ」

 

 ほむらが倒れた担任の横を、謝りながら走り抜ける。だが当の被害者である和子女史に、もはや意識は残されていなかった。

 

「クォラァ暁美ィ! 何だその包み紙はァ! 没収没収ゥ!」

 

 早乙女先生を蹴倒してしばらく直進したところの曲がり角で、二人の前に竹刀を持った古風な体育教師が現れた。

 学業に関係の無い物を持ってきた生徒からそれを取り上げるのは、生活指導を務める彼にとって当然のことだ。彼は立派に、生活指導の職務を勤めている。

 

 だが――――――

 

「邪魔だああああ!!!」

 

「あべぇしッ!!」

 

 加速からの飛び蹴りを繰り出したキリカによって股間を見事に蹴り潰され、あえなく撃沈。

 

「ごっ、ごめんなさいっ」

 

 ほむらが倒れた教師の横を、謝りながら走り抜ける。だが当の被害者である彼に、もはや男性としての尊厳は残されていなかった。

 

「おぉ~い暁美~、見滝原中ナンバーワンのイケメンを決定するべく、アンケートに参加してほしいんだけど……って、え!? 呉キリカ!?」

 

 階段を駆け下りたところで、ボードを持った中沢とばったり出くわした。

 学友のみんなのために、女子の本音調査をすることは彼にとって当然のことだ。「どっちでもいい」なんていう誤魔化しの回答は認めない。彼は女子たちの、偽らざる本音が知りたいのだ。

 

 だが――――――

 

「イッテルミツルギスタイル!!!」

 

「ファーイ!?」

 

 突進の勢いから放たれた飛天御剣流奥義九頭龍閃の直撃をもらい、あえなく爆沈。

 

「わっ、私は光実くん一筋ですからっ!」

 

 ほむらが倒れた中沢の横を、謝りながら走り抜ける。だが当の被害者である中沢少年に、もはや返事を返すだけの力も残されてはいなかった。

 

 

 

 それから、いったいどれほどの人間を蹴散らしながら学校を駆け抜けただろう。

 

 

 

 やがて体力に限界を感じ始めた頃、キリカとほむらは昇降口に到着した。

 

「っぶはぁ、ま、待って、待ってくださいぃ……」

 

 だらだら垂れる汗に加えて、追いすがれない焦燥感から涙すら流しながら、とうとうほむらがへたりこむ。

 

「そろそろ頃合か―――――ああー疲れちゃったしどうでもよくなっちゃったなーこのぷれぜんとはきみにかえしてあげようー」

 

 まるで感情のこもっていない棒読み台詞を読み上げながら、取り上げていたプレゼントをぽいっとほむらに投げ返す。まさか本当に返してもらえるとは思っていなかったので、ほむらは驚きのあまり取り落としかけた。

 

「わっととと……って、え? キリカ、さん……?」

 

 プレゼントに意識が偏ったその瞬間をついたのか、キリカは既に影も形も見当たらなくなっていた。先程まで彼女がいた場所は、昇降口から差し込む夕日に紅く染められている。

 

「い、いったい何が………?」

 

 

 

 

「―――――ほむらちゃん、どうしたの?」

 

 

 

 

 瞬間、ノータイムで声のした方角を振り返る。

 

 声の主は、果たして呉島光実であった。

 

「あ、えと、その………」

 

 大急ぎで身繕いを整え、握りしめていたプレゼントを後ろに隠す。

 

「その……」

 

「ん?」

 

 優しげな顔で、続きを待つ光実。ほむらは彼の優しさに応えるべく、意を決して息を大きく吸い込んだ。

 

 

 ※※※※

 

 

 翌朝。

 

 お揃いの紫色のマフラーを付けたほむらと光実が、仲良く登校していく。

 

 そんな仲睦まじい二人を木の上からこっそり眺めながら、キリカは満足げにニッと笑った。

 

「………さて、次は私が勇気をださなくっちゃな。待っててくれよ織莉子……♥」

 

 呉キリカ。

 

 彼女もまた、誰かの希望のために戦う魔法少女なのだ。

 



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第二回 キンダンホットライン(ゲスト:シド)

 本作オリジナル要素の説明になります。公式設定ではありませんので、予めご了承ください。


「HELLO~!! みんなぁ! キンダンホットラインの時間だぜっ!」

 

「続く第二回の今回、ゲストにはこいつに来てもらったぜェ! カマン!」

 

「どーもどーもっと。錠前ディーラーこと、シドだ。【仮面ライダー鎧武】から失礼するぜ」

 

「よぉうシド、元気にしてたかい?」

 

「最終回まで生き残れなかった俺への皮肉か、そりゃ」

 

「どうとってもらっても構わんさ。………まぁ、お前さんはお前さんなりによくやったよ。組む相手の選択と引き際を見誤っちまったのが、失敗だったがな」

 

「おいおい、素が出てるぜ」

 

「おぉっとこりゃ失敬。んじゃまずは、錠前ディーラーとしてこの状況にどんな所感を抱いているのか、聞かせてくれッ」

 

「錠前ディーラーとして、か……。そんじゃま、今回は《ライドウェア》について説明といきますか」

 

 

 

「アーマードライダーは《ライドウェア》と各種《アームズ》を組み合わせて変身するが、ライダーそれぞれの基本的な性能の方向性は《ライドウェア》に大きく左右される。だがこの《ライドウェア》ってやつぁ、自由に取り替えられるモンじゃねえ。コイツは、変身する人間の体質によって《ドライバー》側が選択するモンだ」

 

「なるほどなぁ。同じ《バナナアームズ》でも、鎧武とバロンの数値が微妙に違ったのはそういうことか」

 

「そういうこった。種類は様々だが、取り敢えず下に紹介しておくぜ」

 

 

 

●演義タイプ……採用されたウェアの中では最初期に開発された緑色のライドウェア。カメラは双眼モデルの《竜眼》を使用。全体のバランスが均一になっている。装着条件は『均整のとれた肉体』。唯一の中華モチーフ。

 

●無双タイプ……固定武装《無双セイバー》を装備した白いライドウェア。カメラは双眼モデルの《パルプアイ》。呉島貴虎の使用を想定して作られた背景があるので、彼の体質や戦闘スタイルに合わせて設計された。装着条件は『呉島貴虎のDNA』。デザインは和風モチーフ。

 

●武者タイプ……無双タイプと平行して作られた《無双セイバー》を装備している青いライドウェア。貴虎の無双タイプとの差別化を図るため、単眼タイプの《パルプアイ》を使用している。跳躍力や走力といった運動性能を重視されている。装着条件は『高い身体能力とセンス』。デザインは和風モチーフ。

 

●庭番タイプ……《無双セイバー》の使用をコストパフォーマンスの関係上見送られた、のちのちの量産を視野に入れた黒いライドウェア。カメラは武者タイプと同じ単眼モデルだが、《パルプアイ》とは機構が異なる。数値的には武者タイプ以上の身軽さを誇っている。装着条件は『強ハングリー精神』。デザインは和風モチーフ。

 

●騎士タイプ……《無双セイバー》に流れていたコストを全て性能向上に割り当てることで高いパワーを実現した赤いライドウェア。カメラは装備した《アームズ》に合わせて設定が変更される双眼タイプの《マルチサイト》を使用。装着条件は『激しい闘争心』。なお、こういった精神的な装着条件は発汗量や脈拍を根拠としている。西洋モチーフ。

 

●黒騎士タイプ……テロ組織《黒の菩提樹》が保有する、非ナンバリングのロックシードに対応するライドウェア。騎士タイプが黒くなった姿をしている。

 

●救世主タイプ……過去《L.S.-TABOO》のテスト中に起こった事故によって消滅した当時の研究責任者、狗道供界が独自開発したロックシード《L.S.-MESSIAN》に対応するライドウェア。ゲネティックライドウェアの技術を一部盗用しており、性能はそれに肉薄している。

 

●遼馬タイプ……開発者である戦極遼馬が自分用に作ったライドウェア。同じく戦極遼馬専用である《L.S.-99》に対応している。《騎士》や後述の《衛士》といった西洋系統のライドウェアをベースにライドウェアの限界に挑んだ、後のゲネティックライドウェアのプロトタイプ。

 

●衛士タイプ……騎士タイプをベースに、コストを削減した茶色のライドウェア。庭番タイプの対抗馬であったが、こちらの量産は見送られた。カメラは双眼タイプだが、こちらは《マルチサイト》ではない。装着条件は『慎重な性格』。西洋モチーフ。

 

●闘士タイプ……西洋モチーフ系の優れたパワーを元に開発された、高出力な黄緑色のライドウェア。それゆえ身軽さは犠牲になっており、少々玄人向けな扱いにくい仕様になっている。カメラは双眼タイプだが、開発者である戦極凌馬の趣味で余計な装飾(左目の傷のような意匠)が施されている。装着条件は『このライドウェアを扱える能力を持っていること』。ローマモチーフ。

 

●無双タイプ・改……無双タイプの更なる性能向上を目的として開発されたライドウェア………だったのだが、大幅な出力上昇と引き換えに専属装着者である呉島貴虎にすら扱えなくなってしまった失敗作。

 同じように強すぎる反動から封印されていた《L.S.-PROTO-10》と併用することでお互いの反動の相殺を期待されたこともあったが、結局反動が倍増してしまうという結果に見舞われた。

 

●黄泉竈食タイプ……《L.S.-YOMI》にのみ対応する、封印されたライドウェア。《演義》の旧型にあたり、《演義》が登録された戦極ドライバーでしか現出しない。そのため《L.S.-YOMI》も《演義》の戦極ドライバー以外では使用不可。

 

●TABOOタイプ……《L.S.-TABOO》にのみ対応する、封印されたライドウェア。コードネームは《イドゥン》。後述の《E-PROTO》のゲネティックライドウェアと同じ、“使用者のインベス化”という安定性の面での著しい欠陥を抱えている。

 

●カチドキライドウェア……《K.L.S.-01》にのみ対応する、サガラ製のライドウェア。《武者》がベースであるが、戦闘力は遥かに上をゆく。

 

●キワミライドウェア……《L.S.-∞》にのみ対応する、サガラ製のライドウェア。これそのものがアームズの複合結晶体であるため、さらなるアームズの装備を必要としない。根本的なシステムそのものから異なる、もはやアーマードライダーであってアーマードライダーではないもの。もちろん、スペックも桁違い。

 

 

 

「………とまぁ、試作型戦極ドライバーが内蔵しているライドウェアのラインナップはこんな感じだな。ちなみに『装着条件』だが、こいつはあくまでイニシャライズ時のライドウェア選択の際にしか機能しないシステムだ。イニシャライズ後、なんらかの理由で『装着条件』が満たせなくなったとしても、そいつの生体IDが一致している限り変身は可能だぜ」

 

「ほっほーう、なかなかに凝ってるじゃねえか。つまり曽野村がイニシャライズを行っていたとしたら、ブラーボは《闘士》にはならなかったかもしれねえってことか」

 

「まっ、おおかた《庭番》か《衛士》だったろうな。んじゃ次は量産型だ。こっちは特に『装着条件』は無いな」

 

 

 

●雑兵タイプ……庭番タイプの廉価版。戦闘力の変化は無いが、細やかな点で改善が施されている。

 

●拳士タイプ……戦極の趣味で作られた黒いライドウェア。これが内蔵された戦極ドライバーは一応ハードウェアとしては量産型ではあるが、内蔵されたソフトウェアが特別製のものに変更されている。ゆえにこちらは本品限りの一点もの。ローマモチーフ。

 

 

 

「なるほどなぁ。真の意味での量産型は『雑兵タイプ』だが、中のソフトウェアをいじれば『拳士タイプ』みたいなモンもでっちあげられるってことか」

 

「量産品なだけあって、仕組みは単純だからな。とはいえ、量産型ってのはつまり正式採用型ってことだ。単純な火力では試作型の『武者』や『闘士』に劣るが、それでも信頼性はバツグンなんだぜ」

 

「ディーラーとしてオススメするならこっち、と」

 

「そういうこった。ま、あんたに売りつけても意味は無いがね。なぁ、“蛇”さんよ」

 

「よく言うぜ」

 

「それじゃあ次にゲネシスドライバーだ。こいつは少々特殊でね。装填したロックシードに応じてライドウェアが選択される方式になってる。元来が俺みたいなユグドラシル幹部組のための装備だからな。それぞれに合わせたロックシードとライドウェアになっている。……ま、正しくは《ライドウェア》じゃなくて《ゲネティックライドウェア》なんだがね」

 

 

 

●E-PROTOタイプ……コードネーム《タイラント》。《E.L.S-PROTO》に対応しているが、あまりの危険性ゆえに封印されたゲネティックライドウェア。モチーフは悪魔。

 

●E-1タイプ……《E.L.S.-01》に対応する、戦極凌馬専用として作られたゲネティックライドウェア。彼の使用していたゲネシスドライバーには特別製のソフトウェアが内蔵されており、彼の作った全ライドウェア中最強のスペックを誇る。モチーフは西洋の王。

 

●E-2タイプ……《E.L.S.-02》に対応する、シド専用として開発されたゲネティックライドウェア。モチーフは北欧の戦士。

 

●E-3タイプ……《E.L.S.-03》に対応する、湊耀子専用として開発されたゲネティックライドウェア。モチーフはアラビアの戦士。

 

●E-4タイプ……《E.L.S.-04》に対応する、呉島貴虎専用として開発されたゲネティックライドウェア。旧ライドウェア《無双》の正統進化版的な位置づけにある。モチーフは日本の鎧武者。

 

●E-5タイプ……《E.L.S.-05》に対応する、唯一専任装着者を持たないゲネティックライドウェア。《雑兵》のゲネシス版。

 

●E-HEXタイプ……メガヘクスによって完成させられた《E.L.S.-HEX》に対応する、メガヘクス製のゲネティックライドウェア。メカ戦極凌馬のパーツとして作り出された存在で、彼の生前を再現するかの如く《E.L.S.-1》に酷似した見た目をしている。

 

●騎士タイプ……これそのものは旧ライドウェアであり、ゲネシスドライバーによる運用は想定されていなかった。しかし、ユグドラシル傘下に下った駆紋戒斗の戦闘力を十全に発揮できるよう採用され、どのエナジーロックシードを装填しようともこのライドウェアが展開されるように、彼のゲネシスドライバーはソフトが書き換えられていた。

 

 

 

「………といった具合だ。なお、《L.S.-GOLD》、《L.S.-DARK》とそのライドウェアはあくまで“コウガネの能力の一部”とする。《L.S.-SILVER》とそのライドウェアはサガラがコウガネの能力を真似たモノだ。ごちゃごちゃしちまったが、分かってもらえたかな?」

 

「ああ、ど~もお疲れ! 視聴者のみんなに代わって、御礼申し上げるぜ!!」

 

「ったく、キャラの定まらねえ野郎だぜ……。ま、シメの挨拶でもしときますか」

 

「【仮面ライダー鎧武】のシリーズ展開はまだまだ終わらない。このまま外伝が制作され続ければ、あるいは【仮面ライダーシグルド】が制作されるかもしれねえぜ? ……これからも、どうぞよろしくってやつだ」

 

「前回のセイバーちゃんに続いてバッチリ宣伝もキメやがったなこのこのっ! そんじゃま、see you next time~!」

 



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【第九話 輝く希望、塞ぐ絶望】
鋼の拳闘士


 絶望の果てに狂気に堕ちた上條恭介。

 サーヴァントによる魔法少女徹底殲作戦滅が、彼の変身と共に始まってしまった。

 避けられない運命だったのか、それとも何者かの陰謀が招いた必然か……いずれにせよ、戦いは始まってしまった。



《拳士》の黒いライドウェアに《L.S.-02》の《クルミアームズ》を装備した上條恭介は、光実のそれとは大きく趣の異なる形態をとっていた。

 

 光実の中国武将風のそれとは異なる、さながら拳闘士とでも言うべきいでたち。なんといっても注目すべきは、両手に装備された巨大なナックル状の鉄塊だ。こんなもので殴られでもしたら、アーマードライダーでもない限り内臓破裂は避けられないだろう。

 

 だが、装甲に関しては軽装もいいところだ。《ブドウアームズ》のそれに比べれば、あの程度の守りは紙と同じである。あれならば、拳銃による銃撃でも十分な有効打になるだろう。

 

 一瞬で恭介の戦力分析を終えると、光実は早速銃を連射した。開幕早々の銃撃で意表を突くことに成功したのか、上條恭介は巨大な拳を盾に耐えることしかできない。

 

「グ―――ッ!!」

 

 拳がいかに巨大であるとはいっても、それで体表全てをカバーできるわけではない。要となる《戦極ドライバー》はなんとか死守したものの、恭介は代わりにその四肢を痛めつけれる結果となった。

 

「うあぁああぁああぁあッ!!!」

 

「!!」

 

 だが、状況がそのまま硬直することはなかった。銃撃が止んだ一瞬の隙を突き、狂気に濁った唸り声と共に逆襲の拳を振り上げて突進したのである。間合いが一瞬にして縮められ、拳銃のアドバンテージが消失する。

 

「ならばッ――――!」

 

 だが、それは分かりきっていたこと。落ち着いてトンファー状に構えた銃を恭介の拳の側面に押し当てて、拳打の軌道をずらす。結果として、繰り出した拳もろとも勢いづいた恭介の身体が、無防備な胸部を光実に晒す格好となる。

 

「―――!?」

 

 だが、光実は繰り出された拳の背後で振りかぶられていたもう一方の拳打を完全に見逃していた。ナックルが巨大すぎて、視界が遮られていたせいだ。

 

 ――――まずい、これは………!?

 

 一瞬の驚愕とともに、光実は恭介の拳に顔面を殴り飛ばされた。

 

 

 

 巨大な拳を用いて相手の視覚情報を遮断し、必殺の鉄拳を確実にお見舞いする《クルミアームズ》の基本戦術。上條恭介が無意識にそれを活用できたのは、己が身を投げ捨てるが如き捨て身の姿勢があればこそであった。

 上條恭介に死の恐れは無い。よしんばあったとしても、それは現在、封殺された感情だ。『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』という言葉の体現。がむしゃらな力押しを戦闘スタイルとする今の上條恭介と《クルミアームズ》の組み合わせは、まさに最狂の撲殺魔の誕生を意味していた。

 

「あぁぐっ、おぶっ……!」

 

 一方で光実は、戦闘開始早々に顔面にクリーンヒットをもらったことで出鼻を挫かれたカタチとなった。苦痛と目眩に喘ぎながら、こみ上げる吐き気をこらえてなんとか立ち上がる。

 

「舐めるなよ、クズめっ!!」

 

 どくどくと流れる鼻血の不快感を振り払うように、逆上した光実が殴りかかる。だが近接戦闘、それも格闘戦において、中距離戦闘用の《ブドウアームズ》が格闘専門の《クルミアームズ》に敵う道理はない。結局、振りかぶった拳を繰り出すより速く、光実は恭介の鉄拳に再び殴り倒された。

 

「ククク……どうしたんだよ呉島のおぼっちゃんン?」

 

 がっくりと膝をついた光実に、追撃の拳打が襲いかかる。腹を、胸を、顔を、恭介の鉄拳が次々と打ち据え、そのたびに光実のくぐもった悲鳴が漏れ出す。

 

「あ―――――」

 

 蓄積したダメージのあまりに光実が崩れ落ちるが、それでは恭介の攻撃は終わらない。倒れた光実に馬乗りになって、恭介はマウントポジションからの滅多打ちを開始した。

 

 もはや防御姿勢をとることすらかなわず、

 

 ―――まさに嬲り殺しである。

 

「ひゃあっはあああ!!」

 

 歓喜と愉悦に打ち震え、絶頂と共に止めの一撃を振り上げる。

 

 だが、光実はその大きいタメの瞬間を見逃さなかった。

 

「ギッ―――!!」

 

 歯を食いしばり、痛みをこらえながら全身のバネを使って上体を起こす。振り上げられた恭介の腕を、逆に攻撃するためだ。

 

「な!?」

 

 既に死に体だと思っていた相手の予想外の反撃。だが驚いていてばかりもいられない。振り上げた右腕に、光実の強烈な手刀が叩き込まれた。

 

「ギッ、ぎゃあああああ!?」

 

 肘を狙った一撃は見事にヒット。恭介は苦痛のあまりマウントポジションを捨て、横にローリング回避を行った。

 

 だが反撃は終わらない。光実の間合いから逃れた恭介に、まったく予想だにしていなかった方角から三本の光矢が殺到した。

 

「何ィ――――ガッ!?」

 

 生半可な装甲程度ならば問答無用でぶち抜く、高威力の魔力攻撃。

 

「ほむらちゃん―――か?」

 

「光実くん! 今です!」

 

《竜眼》のモニターに、弓矢を構えた暁美ほむらが表示される。光実は援護に感謝しつつ、第2ラウンドを開始すべく森で採集した新たなロックシードをひとつ取り出して開錠した。

 

『KIWI』

 

《L.S.-09》を外し、新たに取り出した《L.S.-13》を装着する。

 変身の時と同じように、《カッティングプレート》を倒してロックシードを両断。断面から武器ウィンドウが表示されると同時に、電子音の掛け声が鳴り響き、頭上から新たな《アームズ》が被さった。

 

『KIWI・ARMS! 擊・輪! SAY! YA! HA!!』

 

《L.S.-09》のそれとはまた異なる、接近戦を想定された重装甲のアームズ。黄緑色の塗装は紫色だった《09》と視覚的にも判別がつきやすく、遠く離れているほむらにも光実が新たな形態に変化したことをすぐに察知することができた。

 

 しかし最も見る者の気を引くのは、その両手に握られた巨大チャクラムだ。

 こうも巨大だと、チャクラム本来の投擲武器としてよりも、一種の刀剣のようでもある。

 この重装甲と巨大な格闘武装があれば、《クルミアームズ》の鉄拳にも対抗できる。光実は戦意を新たに、巨大チャクラムを構えて吠えた。

 

「さぁ……第2ラウンドだ!」

 



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最後の魔術師

人避けの結界魔術を施し、雑木林を一般人の決して立ち入れない戦場に仕立て上げたのが数分前。なんとか二人の変身に間に合わせることに成功し、サーヴァントは取り敢えず安心していた。

 

 ――――魔術。

 

 体内の疑似神経である《魔術回路》を使用し、“世界”に刻まれた《魔術基盤》にアクセス、しかる後に発動される“神秘”の技法。

 

 本来ならば魔術師と呼ばれる者が使う技術であるが、本来魔術師と呼ばれた者たちはとっくの昔にロード・バロンが滅ぼしてしまったし、“こちらの世界”にはそもそも魔術という概念が存在していない。恐らく《魔法少女》というこの世界特有の存在に阻まれて発達しなかったのだと推察されるが、しかし今のサーヴァントにとってその推量は不要のものだ。

 

 要するに、魔術を使える、ないしその知識を持った人間はこの世界にも存在していないということだ。ならば、そのアドバンテージは有効活用しなければならない。かつてロード・バロンと共に魔術師たちを滅ぼした頃は、彼らの“近代知識の欠如”を利用した。しかし、今回はその逆だ。

 

「魔術の特性を最大限に利用し、敵を屠る――――」

 

 敵の持たざる知識と技術を用いてこれを討つ。同じ土俵に立って正々堂々と勝負してやるつもりなど、サーヴァントは最初から持ち合わせてなどいないのだ。

 

 

 ※※※※

 

 

 ライフルのスコープでは反射光を捉えられる恐れがある。そのため、サーヴァントは魔術による視覚強化で恭介と《演義》の戦いを見つめていた。無論、コートの下には銃器を隠し持っているのだが。

 

「リーマ、そちらからはどうだ」

 

『魔法少女が二名接近しています。あれは……暁美ほむらと、巴マミですね』

 

 通信機越しに、別ポイントから状況を監視している相棒に連絡を入れる。返ってきた答えは、果たしてこちらの予想通りであった。

 

「やはり、か。佐倉杏子とその仲間たちが出てこないあたり、どうやらあちらさんもこっちの存在には感づいているようだ。ここはやはり、さやかの到着を待つより他はない」

 

 美樹さやか。出処不明とはいえ、葛葉紘汰の力を持ったアーマードライダー。現状動かせる駒としては最強の彼女を“使う”ことに、しかしサーヴァントは一分の躊躇いも持たない。

 

『………サーヴァント』

 

「なんだい、リーマ」

 

『私には、魔法少女の殲滅というあなたの方針が全面的に正しいとはどうしても思えない。確かに全ての魔法少女には、槙島聖護の管理下にあるかもしれないという危険がつきまとっている。だがこの状況そのものが、槙島の狙いということも有り得る』

 

「なるほど。確かに僕らが潰し合っているこの状況こそ、奴の狙い通りなのかもしれない。お互いの意識がお互いにしか向いていない今、側面から奴に叩かれたらひとたまりもないだろうね。………けど」

 

 雑木林の戦いを視界から外すことなく、しかし思考を展開させてリーマに受け答える。普段あまり器用なタチではないサーヴァントだが、張り詰めた空気の中ではまったくの別人であった。

 

「僕らが餌に釣られたと勘違いしてまんまと誘われて出てきてくれれば、それこそ願ったり叶ったりだ」

 

『つまり“魔法少女を殲滅する”という今の方針そのものがブラフである、と?』

 

「敵を欺くにはまず味方からってやつさ。きみも陰謀蠢く《陸》の生まれなら、せめてそれくらいの知恵は持っておかないとね」

 

『馬鹿にして……!』

 

 通信機越しにも、リーマの苛立ちが伝わってくる。しかしサーヴァントはそれには取り合わず、何食わぬ顔で戦況の監視を続行した。

 

 

 ※※※※

 

 

 ―――――――状況に変化が訪れた。

 

 暁美ほむらが現着したのである。

 

「………ここまでか。さやかはどうした?」

 

『ベローズたちによると、こちらに向かっているとのことです。到着まで、残り五分ほどとのことで』

 

「上條恭介はまだ切るには早いカードだ。……潮時か。迅速に撤退を――――」

 

 言いかけ、しかしその先を口にすることなく唇を一文字に引き結ぶ。

 

『どうしました? サーヴァント』

 

「これよりの指揮はきみに委ねる。………どうやら、僕は魔法少女を甘く見すぎていたようだ」

 

『ちょっ、待ちなさ』

 

 リーマの抗議にも聞く耳持たず、通信機をそのまま放り捨てる。

 

「―――いいの? 援護を呼ばなくって」

 

 音もなく、木陰から眼帯の少女が顔を出す。凶悪な爪と派手な衣装から察するに、十中八九魔法少女だろう。

 

「私の気配にギリギリで気づけたところは褒めてあげるけど、その判断はいただけないなぁ。分かってるよね。私、魔法少女だよ?」

 

 自身に満ちた言動に開きっぱなしの瞳孔。この眼帯の少女の実際の強さの程はさて置くにしても、暁美ほむらや巴マミとは全く毛色の異なる魔法少女であることに間違いないようだ。

 

「…………無視っすか。あ、ニポンゴワカラナイ? アイム キリカ=クレ。フーアーユー?」

 

「…………」

 

 …………殺意を全開にしておきながら冗談をかましてくるあたり、どうやらマトモな神経は期待できそうに無い。

 サーヴァントは無言でコート裏から短機関銃を取り出し、発砲した。

 

 

 ※※※※

 

 

「ちょっちょっちょっちょっちょ!?」

 

 織莉子からの言いつけ通りに意思疎通を試みた結果、まさかの機関銃乱射。両手に備えた爪と速度低下魔法で弾丸を凌ぐが、どうにも先手を取られた感が否めない。

 

「チィ――――!」

 

 このままリロードの瞬間を待ち続けるのもいいが、いくら速度低下を使っているとは言っても機関銃の弾丸を裁き続けるのには無理がある。キリカは銃に詳しいワケではないが、眼前の男が使っている短機関銃の形状からして装弾数がかなり多い部類であることに気がついていた。

 

 ゆえに、肉を切らせて骨を断つ。

 

 弾丸のダメージは覚悟の上。キリカは爪による防御を解き、懐に飛び込んだ。

 

「ぐっぐうぎぎぎぎいぎぎいっぎ…………!!!」

 

 腿を、肩を、骨盤を、弾丸の雨が容赦なく抉り抜く。

 

 運動に支障をきたさない程度に痛覚遮断をかけてはいるが、それでも弾丸をばらまく機関銃に真っ向から立ち向かうのはさすがに愚かだったかもしれない。だが、ヒトならざる身であるからこそ、この境地に到れるのだ。最低限の回避行動を取りつつ、敵が対応しきれない距離まで接近する。

 

 

 

 3メートル。まだ足りない。

 

 

 

 2メートル。ソウルジェムに被弾しかけたが、左手を犠牲になんとか庇いきった。

 

 

 

 ―――――1メートル。

 

 

 

 ―――――――間合い! 殺った!!

 

 確信と共に、必殺の爪を繰り出す。

 

 生身の人間がこれを食らってタダで済むはずが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、速度低下魔法によって極限まで時が引き伸ばされた刹那の中、キリカは確かに聞いた。

 

 眼前の男の、確かなその言葉(魔術詠唱)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固有時制御(time alter) 三倍速(triple accel)

 



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奇跡も魔法もなくっても

 時を遡り、ここは夕暮れの見滝原中学校。


 夕日の没した紺色の空。

 

 窓から吹き込む冬の風。

 

 寒々しい情景は少女の心象風景の写しとなって教室の窓の向こうに広がり、人影の失せた放課後の校舎はひっそりと静まり返っている。

 

 

 

 ―――――恭介がアーマードライダー?

 

 ―――――あの、誰よりも温厚で虫も殺せないような、あの恭介が?

 

 

 

「笑えない笑えない笑えない笑えない――――こんなの可笑しくてどうにかなっちゃいそうな現実、あんまりにも笑えない―――――!」

 

 

 

 誰もいない、凍えるような寒々しい教室で、膝を抱えてすすり泣く。

 

 しなきゃいけないことはたくさんある。

 

 それを支える動機もある。

 

 なのに、なのにどうして――――

 

 

 

「さやかさん!!」

 

「――――え」

 

 顔を上げると、そこには見知った学友の顔があった。志筑仁美だ。

 

「仁美……?」

 

「さやかさんまでどうしたんですの? しっかりしてください!」

 

 泣きじゃくるさやかをなんとか引っ張り起こそうと、仁美が言葉をかけながら腕を引っ張る。だが余裕を失った今のさやかにとって、それはただの邪魔にしかならなかった。

 

「うるさい、ほっといて……!」

 

「えっ――――」

 

「何がおかしいとか、もうどうでもいいの……私はタダの子どもなんだから……」

 

 拒絶の言葉を吐き捨てながら、頭を抱えてさらに縮こまる。

 

 …………何と言うことはない。所詮は彼女もまた、凡百の娘にお似合いの器量しか持ち合わせないということだ。

 

 美樹さやかはどうしようもなく平凡な少女だ。想い人が狂気に堕してしまった現実に耐え切れず、今もこうして教室の隅ですすり泣いている。

 

「…………上条くんのことですわね?」

 

 膝を折って、さやかの目線で語りかける。

 

「うるさい」

 

 子供じみた、しかしそれゆえに絶対的な拒絶。だがそれでも、仁美はあきらめない。

 

「上条くんの様子がおかしいのは、私にも分かっていましたわ。お昼休み、一緒にお弁当を食べている時―――何か言われたんですね?」

 

「うるさい」

 

「………………上条くんのこと、嫌いになりましたか?」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけ………無いじゃない………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔に、どうしようもない感情をむき出しにして、さやかは弱々しいながらも告げた。

 

「助けたいに決まってる……! あいつはまだ、壊れた左手に蝕まれたまま、どうしようもない絶望の中にいるんだ……! でも、でも私にはどうしようも無い。救えない。だって私には、あいつの腕を治せるような奇跡も魔法も、無いんだもの………!」

 

 悲しみが、無力感が、溢れて溢れて止まらない。

 

 叫ぶように吐き出したそれは、さやかの想いの全てだ。

 

「…………大丈夫ですよ、さやかさん」

 

 ――――――――それを、仁美は正面から受け止めた。

 

「あ――――――――?」

 

 暖かい抱擁。親友の腕の中は、これ以上ない優しさで満たされていた。

 

「さやかさん、もう一度聞きます。上条くんのこと、まだ好きですか?」

 

「……………好きだよぅ…………」

 

「じゃあ、もうやることなんて決まってるじゃないですか」

 

 ぽんぽんと、さやかの背中をあやすように叩く。

 

 志筑仁美のそれは、混じり気のない純真な親友への優しさでできていた。

 

「泣かないで、さやかさん。…………私にできないことが、あなたにならできる。上条くんを救い出せるのは、あなただけなんですよ?」

 

 その言葉に、はっとして顔を上げる。

 

「仁美、あんた――――」

 

「それ以上、言わないでくださいませ」

 

 

 

 その言葉で、その笑顔で…………さやかは全てを察した。

 

 

「奇跡や魔法が無くたって、あなたは上条くんを救うことはできます。それは他でもない、あなただけができることです。………あなたの持つ力を、信じてあげてください」

 

 仁美の言葉の一つ一つが、凍りついていた炉に火をくべる。

 

 その火の名前は、“人の心の暖かさ”。

 

 凍え悴む手足を手探りに動かして、なんとか立ち上がる。

 

「………ありがとう………。ありがとう、仁美……」

 

 最後にぎゅっと手を握り、取り戻したぬくもりを伝える。仁美は言葉も無く、ただ無言でさやかに微笑みかけた。

 

 ―――――――いってらっしゃい、さやかさん。

 

 言葉はなくとも、伝わる想いはある。繋いだ手を通して、仁美がそう言っているようにさやかには感じられた。

 

 ならば、こちらも言葉を使うわけにはいかない。

 

 親友のエールを背中に、美樹さやかは凍える教室から飛び出していった。

 

 

 ※※※※

 

 

 こらえていた涙が、とうとうと溢れてくる。

 

 ――――あれは、もはや完璧な敗北宣言だった。

 

 自負はある。

 

 想いの強さならこちらも負けてなどいないと。

 

 悔しさもある。

 

 いの一番に駆けつけたい衝動を堪えなければならなかったことが無念でならぬと。

 

 

 

 ―――――――ああ、でも。

 

「さやかさんなら、仕方ないですわよね………。私なんかでは敵いっこない、素敵なヒトですもの……………」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――少女の慟哭が、静かに教室を震わせる。

 



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戦うと決めたから

http://www.nicovideo.jp/watch/sm14364135


 校門から飛び出すと、見知った人物が悲痛な面持ちでこちらを待っていた。

 

「…………ベローズさん……」

 

 慌てて涙の跡を拭いつつ、ベローズのもとに駆け寄る。この二人ならば、恭介の居場所を知っているはずだ。

 

「―――教えてください。私、恭介のところへ行かなきゃいけないんです」

 

「サヤカ、それは……」

 

 口ごもるベローズ。さやかの目の下に見られる涙の跡が、彼女の決意を揺らがせる。

 

 上條恭介がアーマードライダーになってしまったことで、今のさやかには心理的な余裕が失われている。これ以上の負担をかければ、彼女はきっと壊れてしまう。

 

 だが、いつかは言わなければならなかったことだ。

 

 躊躇いを振り払い、拳を握り締める。

 

「サヤカ、私は今まで、あんたに黙っていたことがある。………魔法少女のことだ」

 

「え…………」

 

 ベローズの予想外の言葉に、少しだけ面食らった表情を浮かべるさやか。

 

 ――――このいたいけな少女に、更なる心の傷を負わせなければならないのか。

 

 ベローズは少女のいたたまれなさと罪悪感に身を裂かれそうになりながらも、続く言葉を口にした。

 

「魔法少女が私たちの世界を襲った。だから私たちは、魔法少女がもう私たちの世界に来れないようにするためにこっちの世界にやって来た。ここまではいいね?」

 

「え……うん」

 

「だが、状況が変わっちまった。私たちの世界からやって来た大悪人が、この世界の魔法少女を支配しようとしていることが分かったんだ。だから私たちは、魔法少女が良い奴か悪い奴かっていうのとは関係無く、魔法少女を倒さなくちゃならなくなった」

 

「………大丈夫だよ、ベローズさん。私は恭介のためなら、どんなことだってするって決めたから」

 

「それが! 友達殺しだったとしてもか!!」

 

 静寂が訪れる。暗くなりかけだった空は本格的に闇色に染まっていき、背後の見滝原中学校校舎がぼんやりと浮かび上がる。

 

「…………どういう、こと?」

 

「―――――」

 

 唇を噛み切り、必死に耐える。今のベローズに、この続きを語る勇気は残されていなかった。

 

「…………もしかしたらって、想像してたから。………ベローズさんが言えないなら、あたしが当てる」

 

 ―――――――今、何と言った?

 

「ま、待て、サヤカ」

 

「ほむらと………巴マミ、先輩。そうでしょ?」

 

 ――――きっと、魔法少女の話をした時から薄々わかっていたのかもしれない。

 

 寂しげな笑みを浮かべるさやかに、ベローズはたまらず涙を流して声を荒げた。

 

「どっ……どうして、そんなにあっさりしていられるんだよ! 大切な友達だったんだろう!?」

 

「だから、だよ。見ず知らずの赤の他人だったら、私は今の決意を維持できないと思う。………でも、ほむらが相手だったなら、私、きっと戦えるよ」

 

「だから、どうして!?」

 

「ほむらなら、きっと分かってくれるから。私の親友だし」

 

 それは、ゾッとするほど穏やかな笑みだった。

 

 友と殺し合わねばならない現実を前にして、しかし美樹さやかはあまりにも泰然としすぎている。これでどうして、眉一つ動かさずにいられるのか。

 

「分かってるのかさやか! 場合によっちゃ、あんたは友達を殺さなくちゃならないんだぞ! いや、十中八九そうなると言ってもいい!」

 

「そうはならないよ、ベローズさん。私は恭介を助けるために戦う。ほむらは魔法少女の命を守るために戦う。………ほら、どこにも殺し合わなきゃいけない理由なんてない」

 

「サーヴァントは違う! 奴は魔法少女全てを始末するつもりだ!」

 

「その時が来たら、私はサーヴァントと戦う。恭介を救って、魔法少女を助けて、ベローズさんたちの世界とこの世界との繋がりを断ち切る。………私のやることは、ようするにそれだけのことなんだよ」

 

 ―――――――それは、無理だ。

 

 ―――――――すべてを救うなんてことはできない。

 

「んなこと、奇跡か魔法でもない限り……」

 

 最大多数の幸福のため、この戦いにはどうしても犠牲がいるのだ。それは上條恭介であり、魔法少女であり、ガルガンティア船団でもある。いずれにせよ、美樹さやかがいくら足掻いたところで全てを救うことなんてできはしない。

 

 ――――――――なのに。

 

「あんた、本気なんだね」

 

「うん。奇跡も魔法も無くたって、みんなを救える道はきっとある。だからベローズさん―――お願い。力を貸して」

 

 差し出された手は、幼く、脆く、だけど何よりも力強い。

 

 

 

 きっと、美樹さやかはこの決断を後悔するだろう。誰も彼もを救い、ハッピーエンドを迎えるなんてことは絶対にできない。二つの世界を股にかけた壮大な陰謀の渦巻く泥沼は、少女の願いすらも容易く飲み込んでしまうだろう。

 

 だがそれでも、と。ベローズは思ってしまった。

 

 闇の中で何よりも強く輝く希望の星を、この少女に見てしまった。

 

 

 

「…………厳しい戦いになるぞ」

 

「分かってる」

 

「この戦いの根は、多分あたしやあんたが考えてるよりもずっと根深い。それでも最後まで戦い抜くと誓えるか?」

 

「私は私の為に戦う。私が信じた希望の為に。……私が望んだ、結末の為に」

 



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鎧武乃風

「あああっぐ、あぁ、あああぁぁあああ!!!」

 

 狂った雄叫びをあげながら、全身の筋肉を総動員して立ち上がる。だが、既に上條恭介に戦う力は残されていなかった。

 

「いい加減にして……っ!」

 

 眉間にしわを寄せながら、ほむらは構えた弓に魔力の矢をつがえた。生半可な攻撃では通じないというのであれば、もはや全力攻撃を浴びせるより他ない。

 

 光実もまた、チャクラムを構えて斬りかかる体勢を整える。既に彼の脳内に、上條恭介を生かして捕らえるという発想はこれっぽっちも残されてはいなかった。

 

「ほむらちゃん、同時攻撃だ。………奴はもう駄目だ。殺すしかない」

 

「っ………!」

 

 ―――――五回。

 

 上條恭介が光矢を正面からくらい、地面に崩れ落ちた回数。

 

 その度に二人は、彼に逃走のチャンスを与えた。

 

 その全てを無為にした以上、もはや彼に生きてこの場を逃れる意思は無い。

 

「猶予は与えた。それを捨てたのはお前だ! …………上條恭介、ここで死ね!!」

 

『KIWI SPARKING!!』

 

 最大出力のエネルギーをチャクラムに充填し、必殺の一撃への予備動作を完了させる。あとは、あの狂える拳闘士に引導を渡すだけだ。

 

「せっかく………ッ! せっかく力を手に入れたんだッ………! こんなところで死ねるものか………ッ!!」

 

『KURUMI SPARKING!!』

 

 対抗するべく、恭介も自らの必殺攻撃に希望を託す。だが悲しいかな、ロックシードにもレベル差が存在する以上、《クルミ》では《ブドウ》に対抗できないのだ。

 

「ああああああああッ!!!」

 

「――――――――――ッ!」

 

 雄叫びと共に拳を突き出し、必殺の鉄拳を発動する。だがその発生よりも一瞬早く、光実はチャクラムに全エネルギーを託して投げつけた。

 

「―――――アアッ!?」

 

 対向射線上の空飛ぶ鉄拳を切り裂き、飛来したチャクラムが恭介の体を《クルミアームズ》ごと切り裂く。さらに追い討ちをかけるようにして、ほむらの矢が次々に殺到。チャクラムの一撃で砕けた《アームズ》もろとも、恭介の身体は吹き飛ばされた。

 

「ギイイィイィッ、あああッ、あああああああああ!?」

 

 ついに変身が解除され、傷だらけの生身が丸出しになる。チャクラムの直撃を受けた肩や、ほむらの矢で射られた腹と胸部に生々しい火傷跡が残り、今の上條恭介はこれで気絶していない方がおかしいと言わんばかりの痛々しい様相を呈していた。

 

「死ねない、まだ死にたくない、僕は、ぼくはまだ、ああぁああああぁっぁ………」

 

 患部を掻きむしりながらとめどなく涙を流し、痛みにのたうちまわる恭介。だがそれもあと数秒のこと。やがて出血多量で痛みに悶えることすらできなくなる。

 

 

 

「………ほむらちゃん。アイツを哀れと思うなら、もうここで始末してやったほうがいいと思うんだ」

 

 もはや気力だけで生にしがみついている今の上條恭介に、これ以上の苦痛を与えるのは光実としても不本意だった。彼に対する憤りこそあれど、呉島光実に拷問趣味は無い。

 

「………っ」

 

 しかし、ほむらはただ黙って首を横に振ることしかできずにいた。親友の想い人をここまで追い詰め、さらに命すらも奪わなくてはならない――――そんな現実を容認できるほど、暁美ほむらは残酷になりきれなかった。

 

「…………もうやめましょう光実くん! もうここまでです! あとは私たちで……」

 

「捕縛して、どうするっていうんだ。コイツはもう狂っている。その上、コイツはこっちの世界に首を突っ込みすぎた。………だから、コイツはもう救えない。救う義理もない。だったらもう、やることは一つだ。そうだろ?」

 

 返す光実の瞳は完全にすわっている。それはもはや、十四歳の少年の目ではなかった。

 

「それでも殺人は殺人です! お願いです光実くんやめてください! さやかさんが知ったらどんなに悲しむか……!」

 

 必死に助命を嘆願するほむらだが、光実の瞳は揺るがない。いったい何が、彼をここまで頑なにしてしまったのだろう。

 

「お願い、誰か止めて……!」

 

 絶望のあまりに涙すら流し始めたその時―――――

 

 

 

「―――――――大丈夫だよほむら。恭介は殺させない」

 

 

 

 ふわり、と薫る風。

 

 思わず声のした方角を振り返ると、そこには見知った少女が微笑を浮かべて佇んでいた。

 

「さ、やか……?」

 

「さやかさんっ……!」

 

「美樹さやか、だと……!」

 

 暗い声で憎々しげに呟く光実。彼の視線は、さやかの腰に巻かれた《戦極ドライバー》と手に握られた《L.S.-07》に向けられていた。

 

「お前が、あの時の橙色のアーマードライダーだったとでもいうのか……!」

 

「ってことは、あんたがあたしをコテンパンにしてくれた紫のアーマードライダーか。………声とほむらのセリフからして、呉島光実くん……でしょ? いやー、世間は狭いねっ」

 

「………上條恭介をこちらに引き渡してもらおうか」

 

「それはできない。あたしは、恭介を助けに来たんだから」

 

 迷いはない。これから歩んでゆくだろう戦いへの覚悟はとうに済ませている。

 

 だから今、万感の思いを込めて。

 

「―――――――変身!」

 

『ORANGE LOCK・ON! ソイヤッ!』

 

 風がいななき、舞う粉塵と橙色の光の粒子が少女を包み込むようにとぐろを巻く。それは、少女の戦極ドライバーに集中する膨大なエネルギーによる大気の震えを示唆している。

 

『ORANGE ARMS! 花道、ON STAGE!』

 

 そして全ての変身シークエンスが完了すると、戦極ドライバーの名乗り音声と共に、さやかは橙色の鎧武者―――《鎧武》に変身した。

 

「ここからは私のステージだッ!!」

 

 

 ※※※※

 

 

「……鎧武(ガイム)……!」

 

 遠目に戦場を観察していたリーマに戦慄が走る。すると、そこに注釈を加えるかのようにベローズが現れた。さやかを戦場に送り届け、自身はリーマの元へやって来たのである。

 

「驚いたかいリーマ。あれが、サヤカの力さ」

 

「伝説の戦神の力……あんなものを、彼女が持っていていいのですか!?」

 

「いいんだよ。恋する乙女は無敵なのさ」

 

 どこか嬉しそうな顔で言うベローズに、しかしリーマは複雑そうな表情を向ける。

 

「なんだ、リーマ」

 

「私は……私は《陸》の人間です。サーヴァント個人は私だって嫌いですけど、それでもあの男は私たちに必要な人間なんです。もしさやかさんが、鎧武が敵になった、その時は……」

 

「分かってるさ、リーマ。もうあの頃には戻れない。お前のやりたいようにやりなよ」

 

 ベローズの言葉が、優しい瞳が、リーマの幼い心を締め付ける。使命と情の間で揺れ動く少女の心は、既に限界に達しつつあった。

 

 ――――だが。

 

「……分かりました」

 

 適合者に選ばれたその日から、この心は既に決まっている。《L.S.DARK》を握り締め、リーマは苦渋の決断を下した。

 



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圧倒、しかし―――

「…………ははっ」

 

 何を思ったのか、突然嗤う光実。傍らにいたほむらも、思わずぎくりとして一歩後ろに引いた。

 

「…………僕に挑むのか? きみが?」

 

「あんたをやっつけなきゃ、あんたは恭介を殺すわ」

 

 大橙丸と無双セイバーを構え、臨戦状態に入ったさやかを、しかし光実はせせら嗤うばかりで攻撃しようとしない。不審に思ったさやかは、軽い挑発をかけてみることにした。

 

「………病院では確かにあんたが勝った。けど、今のあたしはもうあの時みたいな素人じゃない。今ここで戦って、前と同じ結果になるとでも思っていたら大間違いよ」

 

「ああ―――違う、違うよ。美樹さやか」

 

 やれやれとでもいうかと如き挙動で首を振ったのち、光実はやっと獲物のチャクラムを構えた。

 

「きみのような凡庸な人間が僕に挑む―――――その時点でナンセンスなんだよ。本物の殺し合い、本当の命のやり取りってやつを知る僕に対し、平凡な庶民のきみでは精神のあり方からして根本から異なっている。…………………喧嘩と殺し合いの区別もつかないような凡百のクズと僕を、同列に語るんじゃないッ!!」

 

 言うやいなや、光実はチャクラムを構えて突進した。その圧倒的なパワーは、近接戦闘用の《キウイアームズ》ならではのものであろう。《ブドウアームズ》のそれを遥かに上回る初速に、さやかは少なからず戦慄した。

 

「――――――ッ」

 

 だが、ピニオンとの訓練を積んださやかには分かる。今の光実には“余裕”が無い。恭介との戦闘を経たせいか、今の彼には病院での対戦時のような冷静さが見られないのだ。あのなりふり構わない直線的な突進こそ、彼の昂ぶりを無言の内に物語る良い証拠である。

 

「だったら―――!」

 

 インベス相手の訓練で身につけた身のこなしで、落ち着いて突進を受け流す。敵の武器の届かないギリギリの距離を目で測りつつ、素早くかつ滑らかな挙動を心がければ、およそ目視できる攻撃の全ては回避可能だ。

 

「――――りゃっ!」

 

 そしてチャクラムを回避されたことでがら空きになった光実の背後から、振り向きざまの二刀で斬りつける。

 

「ガッ―――!?」

 

 急停止をかけていたこともあり、さやかの斬撃は彼女の思惑以上に光実にダメージを与えていた。

 

 背中に走る鋭い痛みに苦悶の声をあげながらも、なんとか振り返ってチャクラムを振るう。しかしさやかは一撃を加えたのちすぐに退いていたため、振り向き攻撃は虚しい空振りに終わってしまった。

 

 そして、焦って無理な体勢から攻撃したことで光実に歪みが生じる。大きすぎるチャクラムに引っ張られて腕が伸びきり、光実のガードががら空きになってしまったのだ。そして、この瞬間を見逃すさやかではない。

 

「せいっ!」

 

「づぁッ!?」

 

 疾風の如きさやかの刺突に弾き飛ばされ、仰向けに転がされる光実。景色がぐるりと一回転し、一瞬の浮遊感の直後に吐き気が襲いかかってきた。

 

「あぐ―――」

 

「………で、本物の殺し合いがなんだっけ?」

 

 無様に転がされた光実の喉元に、無双セイバーを突きつける。結局、ついさっきの光実の罵倒はわずか数秒後、皮肉で返されることとなった。

 

「うっ………うるさいうるさいうるさいっ! 黙れぇぇっ!」

 

 若干の涙声が滲んだ声色をあげて、突きつけられた無双セイバーを蹴り払って立ち上がる。さやかは光実の必死の抗議に耳を貸すことなく、再び距離をとって次の攻撃に備えた。

 

「蓋を開けてみれば、エリートを気取りたい中二病患者か……。あんたといい恭介といい、イケメンってのは大概がハンパ者なんだねえ」

 

「なんだとぉッ!!」

 

「あぶなッ」

 

 激昂した光実が、渾身の逆袈裟斬りで斬りかかる。光実の予想外の煽り耐性の無さに意表を突かれて回避こそ遅れはしたが、さやかもなんとか二刀で受け止めた。

 

「ははははっ!」

 

「何を笑って!」

 

「馬力比べなら僕の勝ちだ! 見誤ったな美樹さやかァ!」

 

「だったら…………何さッ!」

 

 組み合う形になったことでパワー比べになったが、それに素直に応じてやるさやかではない。イラつきを吐き捨てると同時に、さやかは無双セイバーのガンモードを用いたゼロ距離射撃を敢行した。

 

「ぎ―――ッ!? 馬鹿なッ!」

 

「お馬鹿はあんたでしょこの馬鹿! 反省ッ、しろッ!」

 

 銃撃にひるんだところへ斬撃を繰り出し、再び光実を弾き飛ばす。今度は転倒するより先に踏みとどまられたが、体勢を整える隙を与えることなく渾身のキックを放った。

 

「だあっぐ――――!?」

 

 一気に吹き飛ばされ、粉塵を上げて転がっていく。蓄積されたダメージは大きく、光実からはとうとう受身をとる体力すらも失われてしまっていた。

 すかさず追撃に向かおうと力をためたその瞬間―――――

 

「光実くん!」

 

 ――――眼前で繰り広げられる痛々しい光景に、たまらずほむらが飛び出してさやかの前に立ちふさがった。

 

 ……これには、さすがに参っちゃうな。

 

「お願いしますさやかさん、どうかこれ以上は……!」

 

「うっ……わ、分かってるわよ。ちょっとやりすぎちゃっただけだってば」

 

 潤んだ瞳で訴えてくるほむらに少なくない罪悪感を感じ、さやかは追撃の二の足を踏んだ。構えた二刀を下ろし、弱々しい声でぼそぼそと言い訳を述べる。

 

「なッ……ほ、ほむらちゃん!」

 

「光実くんも! どうしてそんな風になっちゃうんです! さやかさんは話せば分かる相手だって知ってるでしょう!?」

 

「あはは……尻にしかれてらぁ」

 

 背後から抗議の声を上げかけた光実にぴしゃりと言い放つほむらに、さやかが思わず口を滑らせる。ほんの数秒前まで戦っていた相手ではあるが、さやかはなんとなく光実に同情したい気分になっていた。

 

「どうしてさやかさんがそっち側にいるのかとか、いったい私たちが戦っている相手は何者なのかとか、聞きたいことはいっぱいあります。でも取り敢えず、今は矛を収めてください。その上で話し合いを―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――必要無い。魔法少女は殲滅する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟く銃声。息を飲む声。漂う火薬の匂い。崩れ落ちる―――――

 

 

「ほむらちゃんッ!!」

 

「ほむら!?」

 

 何処からかの銃撃で倒れたほむらに、光実が這うようにしてすがりつく。仮面に阻まれてその様子は窺い知れないが、声や挙動から光実が泣いているのは明らかだった。

 

 だが、泣きじゃくる光実に構っている暇はない。今は親友を撃った何者かを特定しなくてはならないのだから。《パルプアイ》の暗視と望遠をフル活用しながら、周囲をぐるりと見渡して下手人を探す。

 

「誰がこんなことを! 出てこい!!」

 

「さやか、間違えるな。僕は敵じゃない。味方だ」

 

 声のした方向に顔を向け、焦点を合わせる。すると、木陰からなにやら大きな荷物を持ったコートの男が歩み寄ってくるのが見えた。

 

「お前ッ……! サーヴァント!!」

 

「やあ、さやか。まさかここまで強くなっているとは思っていなかった。助かったよ」

 

「ほむらを撃った……!? なんで撃ったのよ!?」

 

「―――その是非を問わず、魔法少女は殲滅すべしとベローズたちから聞いていないのかい?」

 

 何でもないかのように言い放ち、足元に荷物を転がすサーヴァント。放り捨てたそれらに視線を向け―――――

 

「…………!?」

 

 ―――――その“荷物”がズタズタになった呉キリカと巴マミであることに気付き、さやかは思わず言葉を失った。

 



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夢幻召喚

 時は再び遡り、呉キリカとサーヴァントの対戦時。


 ―――固有時制御(time alter)

 

 かつてサーヴァントが人間だった頃、《魔術協会》に保管されていた封印指定魔術師である衛宮矩賢の《魔術刻印》を使って復元した、かの《魔術師殺し》衛宮切嗣の切札の再現。

 

 衛宮の家伝である「時間操作」の魔術を戦闘用に応用したもので、本来儀式が煩雑で大掛かりである魔術であるのだが、“固有結界の体内展開を時間操作に応用し、自分の体内の時間経過速度のみを操作する”ことで、たった二小節の詠唱で発動を可能とし、戦闘時に用いている。

 

 故に、呉キリカの《速度低下魔法》とは相性最悪。倍率さえ合えば確実に相殺可能という、キリカの切札を潰す最悪の魔術なのである。

 

 

 

「クソクソクソクソクソ………! やぁってくれるじゃないかぁ~~!!」

 

 木陰に身を隠しながら、ケタケタと狂った笑い声をあげるキリカ。《速度低下魔法》による鈍速化が通じず、爪による近接攻撃をしようにもあの機関銃が相手では手の出しようもない。

 弾丸の雨に晒されたせいで片腕と片足を喪失しており、脇腹もからっ風が通り抜けるようになって久しい。《ソウルジェム》さえ潰されなければ不死身である魔法少女の特質に、キリカは素直に喜ぶと同時に口惜しさを覚えた。

 

「くそ、これで私が治癒魔法さえ得意ならこんなコトには……」

 

 呉キリカにとって、治癒魔法は致命的なまでに不得意な領分だった。

 

 元来が、《速度低下魔法》と高い機動性にのみ特化していた魔法少女であるが故に、それ以外の魔法についてはとことん疎いのである。そもそも《魔獣》戦においてここまで傷つけられること事態が起こりえないため、必要にも迫られたこともそもそもなかったのだ。

 

「こりゃ詰んだかな……。いやいや、なんとしてもここは勝たないと、織莉子に見せる顔が無い! 頼むよ恩人……!」

 

 

 ※※※※

 

 

 一方、サーヴァントはサーヴァントで懸念があった。これまでの潜伏期間の間、その存在すら確認できなかったあの魔法少女の存在そのものだ。幸いにして相性が良かったためにこうして撃退もできたが、見滝原市に潜伏している魔法少女は暁美ほむらと巴マミのみであるという認識は改めざるを得ない。反則級の魔法を使う、まだ見ぬ強敵が控えているかもしれないからである。

 そして更に恐ろしいのが、未だ姿を見せない魔法少女が槙島聖護の支配下にあるかもしれないという可能性だ。オーバーロードとしての真の力を発揮すれば余程のことがない限り負けない自負はあるものの、それでも魔法少女の持つ魔法の先鋭的な運用には舌を巻くものがある。先程のクレ・キリカにしても、固有時制御(time alter)三倍速(triple accel)まで使わなければあの速度低下には対抗できなかった。

 いかに身体がオーバーロードであるとはいっても、《世界》からの修正力による反動はやはり芯に響くものがある。ダメージを即時再生してくれるようなリジェネ効果付きの礼装か何かがあれば解決する問題だが、しかしサーヴァントはこれ以上の無い物ねだりは無駄であると判断して思考を打ち切った。

 

 キリカの追撃にあたってもいいが、ここでみすみす飛び出していくほどサーヴァントという男は愚かではない。戦場において、生き延びるために常に求められたのは勇敢さでは無く臆病さだった。

 

 

 ――――だから、戦場に新たな脅威が現れればすぐに気がつく。

 

 

 この、自分を少しも隠そうともしない、圧倒的な自身に溢れた強烈な気配――――

 

 

「―――――巴マミ、か」

 

「あら、お名前を知ってくれているなんて……私のことは調査済みってわけかしら?」

 

 丁寧な口調の裏にほのかな毒を滲ませつつ、無数のマスケット銃を召喚しながら木の上から現れたのは、見滝原最強の魔法少女、巴マミであった。わざわざ高いところにある太い枝の上に立っている辺り、自身の存在をアピールしてキリカから注意を遠ざけようとしているフシがある。………単なる格好つけ、と取れなくもないが。

 

「私が来たこの状況が解せない、といった様子ね。魔法少女同士はテレパシーによる念話が可能なのよ」

 

「…………」

 

「だんまり、か…………。その機関銃、《キャリコM950》かしら。とにかく弾をばらまいてこちらを近づけさせないのが狙いと見たけれど……銃撃戦なら、千の銃を一度に放てる私の方が格上よ」

 

 固有時制御(time alter)で優位に立てた呉キリカとは対照的に、巴マミはサーヴァントとしては最悪の敵だ。メインウェポンである重火器のアドバンテージがまるで通用しない上に、いくら固有時制御(time alter)の倍率を上げても、これだけの銃口に狙われてしまっては回避のしようがない。

 

 正面から戦えば間違いなく潰される、圧倒的物量差。これが、巴マミ最強の所以である。

 

「今ここであなたを蜂の巣にすることが、いかに容易いか分かるでしょう? ………みっつ数えるうちに、武器を捨てて、両手を頭の後ろに組んで。――――ひとつ!」

 

 降伏を促すカウントが始まり、同時にマスケット銃たちの撃鉄が下ろされる。二秒後、サーヴァントが降伏していなければ一斉にその引き金が引かれるだろう。

 

「………」

 

 あくまで沈黙を通しつつ、しかし《キャリコ》を放り捨てる。無言ではあるが、取り敢えずサーヴァント恭順の意を示した―――――――

 

 ―――――そう判断した思考を、マミは直後、改めることになる。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=_Ma0z3wMBpM

 

 

「――――『告げる』――――」

 

「!?」

 

 突如、サーヴァントが左手を掲げて呟いた言葉。ざわつく胸の中で、マミはかつてない悪寒を感じていた。

 

「――――『汝の身は我に、汝の剣は我が手に、知恵の実のよるべに従い、この意この理に従うならば応えよ』」

 

「何をしているの!? すぐにやめなさい!!」

 

 圧倒的な第五架空要素(エーテル)の奔流。それが何であるか知らないマミにも、それがとんでもない大魔術の片鱗であることは理解していた。

 

「『誓いをここに、我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』」

 

「やめなさい!! さもないと――――」

 

「『汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手』――――」

 

 阻止しなければならない。この魔術だけは、なんとしても。

 

 しかしマミがその結論に至り、マスケット銃の引き金を引いたのは――――――

 

「――――『夢幻召喚(インストール)』――――」

 

 ―――――――些か以上に遅すぎたと、言わざるを得ない。

 



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巴マミ死す

 第五架空要素(エーテル)の嵐がマスケット銃をなぎ払い、自然公園の一角にクレーターを作り出す。

 

 舞い上がる粉塵に思わず目を閉じつつも、しかしマミは嵐の中心に佇む“異形”をしっかりと捉えていた。

 

「あれは――――」

 

 背後に数メートル跳躍し、粉塵が晴れるのを新たに召喚したマスケット銃と共に待ち構える。

 

「―――――――来る」

 

 予感を口にすると共に、マスケット銃たちを一斉に掃射する。あの“異形”に通じるかは分からないが、しかし現状で打てる手立ては他にない。

 

 だが、吐き出された弾丸の群れが晴れかけた粉塵の中心に殺到するより早く、“異形”は行動を開始していた。

 

「なッ―――!?」

 

 自分の知る限り最速の魔法少女である呉キリカをも遥かに超える、圧倒的な敏捷性。振り返ることすら許されず、マミは背後に現れた“異形”の繰り出す槍に横腹をえぐられた。

 

「くぅッ!」

 

 反射的に体をよじらせて躱せたから良かったものの、あれはほぼ必殺の一撃だった。もしまともに食らっていれば、タダでは済まなかったに違いない。

 

「あなた、何者――――!?」

 

 突如現れた正体不明の“異形”に疑問をぶつけながら、《バロン》戦の際に使用したショットガンを召喚して構える。

 

 深緑に染まった小ぶりな装甲。両手に携えた赤い長槍と黄の短槍。そして、インベスのそれと酷似した、異形の身体構造――――――

 

「武器を使うインベス? それがあなたの正体ってわけ!?」

 

 ショットガンで牽制しつつ、正体を問う。しかし“異形”はそれに答えることはなく、迫り来る散弾の全てを尽く“素早さだけで”躱しきり、一気に距離を詰めていった。

 

「ああぅッ!?」

 

 そしてすれ違い様の一撃が、さらにマミの体を傷つける。短槍の方はリーチの関係もあって凌ぎきれたが、長槍の方は反応するよりも速くこちらの防御圏を突破してしまう。

 ローリング回避を行いつつ《レガーレ・ヴァスタアリア》の拘束を狙うが、これも総て槍に薙ぎ払われてしまった。

 

 ――――手強い――――

 

 歴戦のマミをして過去に経験のない程の、圧倒的な敵。焦りと恐怖で呼吸が乱れ、銃の照準にも余裕が無くなってくるのが分かる。

 

「まぁ。でも――――」

 

 負けるつもりなどない、マミは不敵に笑った。

 

 今の自分には大勢の仲間がいる。そのことを思えば、この程度の逆境など恐るるに足らず。木々を足場に跳躍を繰り返して間合いをとりつつ、マミは自身の精神を落ち着かせつつ、この“異形”の正体を探ることにした。

 

 まず思い当たるのが、ケルト神話に語られるフィオナ騎士団の一番槍、《ディルムッド・オディナ》。あの二本の槍は、まさに彼の代名詞だ。

 しかし解せないのは、あのインベスのような姿である。理性的かつ技巧に溢れるあの槍さばきからしてどう見てもインベスの動物的なそれとは一致せず、しかしかといって外見には人間らしさの欠片も見当たらない。

 

 それに、変身前に使っていた謎の魔法も気にかかる。

 キリカとの念話で彼が魔法らしきモノを使うことは聞いていたし、現にこの自然公園に人避けの魔法をかけたのも彼だ。どう見ても魔法少女には見えないが、キュウべぇとの契約以外に魔法を習得する技術体系を、《森》のむこうの世界は持っているのかもしれない。

 

 以上の条件から推測して、彼が理性を持ったインベスであること、魔法らしき術を使ってディルムッドまがいの力を使っていることは明白だ。

 或いは、あの“異形”の形態も彼の魔法によるものなのかもしれない。

 

 彼の使う術をこちらの魔法と同じものと仮定するならば、あの“異形”の姿はおそらく長時間維持できるものではない。あれだけの力を行使するのに、ノーリスクというのは考えられない。

 

 故に、ここは逃げの一手。つかず離れずのこの距離を維持し続ければ、槍以外に攻撃手段を持たない以上、いつか時間切れがやって来る。

 

「―――やっ!」

 

 思考の末を打ち切ると、マミはリボンの檻を形成して“異形”をぐるりと取り囲んだ。

 

「―――――」

 

 当然のように、無言で切り払われるリボンたち。

 

 だが、それでいい。

 

 マミは不敵に笑いながら、“異形”との距離をとりつつ足止めのリボンを次々に繰り出した。

 

「鬼ごっこといきましょう! さぁ、勝負はここからよ!」

 

 時間経過狙いの逃亡戦。いささか優雅さに欠けてはいるが、マミとしてはこれが最上の戦術だ。

 

 

 

 ――――だが。

 

「―――――――――」

 

 マミの誘いとは裏腹に、“異形”は突如としてその足を止めてしまった。

 

「な!?」

 

 狼狽するマミ。しかし“異形”は足を止めたばかりでなく、それどころか踵を返して引き返していく。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 背後からマスケット銃を掃射するが、それも長槍一本で防がれてしまう。足止めにすらならない現実に歯噛みしながら、マミは思わず叫んだ。

 

「何処へ行くの!? 私はこっちよ! フィオナ騎士団の一番槍ともあろう者が、勝負を捨てて逃げるつもり!?」

 

 しかし、“異形”はこれも当然のように無視。それどころか迷いなく歩を進め、どんどんマミから遠ざかっていく。

 

 そう、まるでその方向に何か目的があるかのように。

 

「いったい何を――――――――………ッ!? まさか!!!」

 

 ハッとして、蒼白になるマミ。しかし彼女が“異形”の企みに気がついたのは、その目的を阻止するには遅すぎるタイミングであった。

 

 

 

「あぐ――――ぁ、恩人、ごめんね」

 

 

 

“異形”の目的――――ほとんどダルマも同然の呉キリカが、“異形”の足元にぐったりと転がされる。

 

 

 

「呉、さん……!」

 

 己の無能さが頭にくる。自分が離れれば、次の標的が彼女になることなど、わかりきっていたはずなのに―――

 

 判断ミスを悔やむあまり、唇を噛み切る勢いでマミが“異形”を睨みつける。すると“異形”は、マミを振り返ってこれまで噤んでいた口をついに開いた。

 

「――――――降伏しろ。でなくば、この少女をここで串刺しにする」

 

「ッ………!!」

 

「だめだ恩人……。魔法少女は、ソウルジェムさえ健在なら、ああグッ!」

 

 言いかけたところで、頭を踏みつけられるキリカ。顔面は地べたの泥に埋没し、おそらく呼吸もままならないだろう。その光景のあまりの痛ましさに、マミは“異形”への敵意をむき出しにした。

 

「あなたは………! この、外道ッ!! 呉さんを離してッ!」

 

「条件は伝えた。助けたければ今すぐ降伏しろ」

 

 

 

 ――――ここで断れば、間違いなく呉キリカは殺される。

 

 溢れる無念を飲み込んで―――

 

「………分かったわ」

 

 ―――魔法少女の変身を、解いた。

 

 

 

「――――ああ。これで条件は達成された」

 

 無造作に蹴り転がされるキリカ。重傷ではあるが、なんとか意識は保っている。マミはひとまずの安堵を覚えて解放された彼女に駆け寄った。

 

 

 

 ―――――だが。

 

 

 

「かふっ―――――え――――?」

 

「僕はただ、“きみが降伏すれば彼女を開放する”と言っただけだ」

 

 

 

 告げられた言葉の意味が分からず、おもむろに視線を落とす。

 

 視界の中央には、自身の胸に深々と突き立てられた黄色い短槍が映っていた。

 

 

 

「あ――――――――」

 

 

 

 やられた。失敗した。軽率だった。

 

 悔恨の想いがいくつも浮かんでは消え、そしてそれもやがて泡のように薄れていく。

 

 鼓動が止まり、布一枚を隔てて現実の光景がどんどん遠くに離れていく。

 

 

「………これで、まずは一人だ」

 

 

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)に心臓を刺し貫かれ、見滝原最強の魔法少女はここに絶命した。

 




 はいマミった。

【第九話 輝く希望、塞ぐ絶望】はこれで終了です。

時系列を整理いたしますと、

 さやか覚醒
   ↓
 恭介vsミツザネェ
   ↓
 恭介vsミツザネェ&ほむほむ/キリカvsサーヴァント
   ↓
 さやかvsミツザネェ/マミvsサーヴァント

という流れになります。
複数のイベントが同時に進行していたので、今回はこのようなカタチとさせて頂きました。

続く【第十話】にも、どうかご期待ください。


 ※※※※


 突然ですが、この【禁断の物語】において「ここのシーンに挿絵が欲しい!」という意見を募集することにしました。要望があり次第、すぐに挿絵を作成いたします。なお、募集はメッセージのみで受け付けますので、どうかご了承ください。

 それではみなさんのリクエストを、心からお待ちしております。


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【第十話 罪の在処】
リーマ、変身


 狙撃されたほむら。

 重傷を負った恭介。

 サーヴァントに敗北したマミとキリカ。

 残されたさやかと光実に、決断の時が迫る。


「さやか、僕を裏切るのかい?」

 

「当たり前でしょう! 魔法少女は殺させない。ベローズさんたちの世界も救う! 最初からどちらかを切り捨てようとするあんたを、私は絶対許さない!」

 

「となると……。参ったな。僕ひとりでさやかと《演義》の二人を相手に戦うのはいささか以上に困難だ。おまけに、そっちにはまだまだ余剰戦力が残っている。撤退させてもらうとしよう」

 

「逃がすか!!」

 

 叫ぶと同時に、木陰に半身を隠したサーヴァントへ迫るさやか。《武者》のライドウェアと《オレンジアームズ》の組み合わせがもたらす機敏な動作がさやかの接近速度を助長し、一秒とかからぬ間にサーヴァントへ肉薄する。

 だが、二刀がサーヴァントに振り下ろされる直前、脇から現れたもう一人のアーマードライダーによってさやかの突撃は遮られた。

 

「なっ、何!?」

 

「さやかさん……いえ、鎧武(ガイム)! あなたはここで……私が止めます!」

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=aTs3qOEssjg

 

 

 銀のライドウェアと漆黒の鎧に身を包んたそのアーマードライダーは、幼い声でそう言うと、さやかの《大橙丸》と《無双セイバー》にそっくりな二刀で斬りかかってきた。

 

「リーマ、ここは任せた」

 

 黒銀のアーマードライダーにそれだけ言うと、サーヴァントはキリカとマミを再びかついて、そのまま木々の影へと溶けるようにして消えていった。

 

「待て!」

 

「追わせません!」

 

「……何を!」

 

 追おうとしたさやかに足払いをかける黒銀のアーマードライダー。さやかはギリギリのタイミングでそれを躱したが、なおも黒銀の鎧武者は食い下がる。

 

「どいて! あんた、リーマっていったっけ!? 誰だか知らないけど、サーヴァントの部下か何か!?」

 

「私たちを裏切ったあなたに、答える道理はない!」

 

 刀を打ち鳴らしながら繰り広げられる問答。だが、さやかの問いかけに黒銀の鎧武者―――リーマは応えようとはしない。

 

「………らぁッ!」

 

「んぁっ!」

 

 激しい白兵戦の末、ついにさやかの大橙丸の一閃が、リーマを捉える。激しい火花を散らして、リーマは木の幹に叩きつけられた。

 

「うぐ……! まだよ、まだ終わってない! 陸のみんなのためにも、私は!」

 

 だが、リーマは諦めない。ガンモードの《無双セイバー》による射撃が、油断したさやかに連射される。

 

「がッ!?」

 

「今だ!」

 

 銃撃にのけぞった今がチャンスと、リーマが《戦極ドライバー》を操作する。操作が

完了すると、装填された《L.S.-DARK》がエネルギーの充填をおぞましい声色で告げた。

 

『DARKNESS・SQUASH……』

 

「これで……!」

 

「な、マズイ……っ」

 

 必殺の気合とともに、リーマの二刀が漆黒のオーラを纏って殺到する。さやかはそれを避け切れる体勢になく、もはや成すすべがなかった。

 

 

 

『KIWI・SQUASH!』

 

 

 だが、不可避の一撃であったはずのリーマのそれに、全く別方向からチャクラムが飛来した。

 

「ぐあッ!?」

 

 予想外の方向からの攻撃に対応しきれず、受身もロクに取れぬままに地に転がされるリーマ。

 さやかもさやかで、意図せぬ第三者の介入によって危機を脱した現状を把握しきれずにいた。

 

 だが、そんなさやかの元へ駆け寄る緑のアーマードライダー。その特徴的なシルエットは、一度見たら忘れないものだった。

 

「みっ……ミツザネェ!」

 

「礼は後だ! その黒銀のアーマードライダーは僕に任せろ!」

 

 チャクラムを投擲してさやかを救ったのは、なんと先程まで戦っていたはずの呉島光実であったのだ。思うところがないわけではないが、しかしここで論議をしている暇は無い。さやかは光実に促されるまま、弾けるようにしてサーヴァントを追走した。

 

「追わせるワケには……!」

 

「へえ、《SQUASH》の直撃をくらわせてもまだ立てるんだ。……まあ、いいけどさ」

 

 フラフラと立ち上がるリーマを相手にチャクラムを構え、光実がジリジリと距離を縮めていく。

 

 にらみ合う二人のアーマードライダー。お互いにダメージが蓄積している今、次の一撃が決着になるのは明白だ。……例えそれが、どちらの勝利であっても。

 

『DARKNESS・SQUASH……』

 

『KIWI・SQUASH!』

 

「「うおおおおおおおお!!!」」

 



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空駆けるチャリオット

 激しい爆音と共にぶつかり合う翡翠と漆黒の閃光。

 

 両者の激突がもたらした衝撃波は、周囲の草木をなぎ払い、半径10メートル圏内を焼け野原に変えるに十分すぎる威力であった。

 

 出力が抑え気味の《SQUASH》とはいえ、その威力は小型の爆弾にも等しい。まず間違いなく明日には警察による調査が行われるであろう甚大な傷跡を、光実とリーマのぶつかり合いは自然公園の一角にもたらした。

 

 そして激突による衝撃波の余波も収まり、舞い上がった粉塵の煙幕が薄れだした頃、エネルギーの放散現象とともに二人のアーマードライダーが同時に膝をついた。

 

 ―――相討ち、である。

 

「ぐっ……! そんな、このアームズが、タダのAランクロックシードなんかに……!」

 

「生憎だったね……。確かに、その黒いアームズの出力は僕の《L.S.-13》を上回っていた。……でも、ロックシードの性能差だけで、今の僕を押し切ることはできない」

 

 お互い傷だらけで、もはや膝立ちの姿勢すら維持するのが困難な状況。リーマが光実の言葉を最後まで聞き届けることなくがっくりと力尽きた後、光実もまたかすかな呟きとともに倒れた。

 

「……ほむ、ら、ちゃん」

 

 

 ※※※※

 

 

「待てええサーヴァントオォォ!!」

 

「チッ……」

 

 追うさやかに、追われるサーヴァント。本来であれば振り切れる筈だが、しかし二人の魔法少女を抱えて逃走するサーヴァントにとってそれは少々無茶な難問だ。《固有時制御(time alter)》による加速も選択肢ではあるが、長距離移動に適さない上に消耗も激しい。かといってここでさやかと対決するのは時期尚早だ。うかつに刺激して葛葉紘汰の力にさらに目覚められても厄介だし、相手側の戦力も完璧に把握できていない。

 そして最も恐ろしいのは、槙島聖護と彼の従える魔法少女軍団による横からの不意打ちだ。こうなってくると、もう使える手札は一つしかない。

 サーヴァントは荒れる呼吸の中、詠唱を簡略化しながら《夢幻召喚(インストール)》用の魔力を集中した。

 

「―――『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手』ッ! 『夢幻召喚(インストール)騎兵(ライダー)』!!」

 

 言い切るやいなや、突如として吹き荒れる第五架空要素(エーテル)の嵐。つい一瞬前まで黒衣を翻して前方を疾走していたサーヴァントを突然巻き込んだ眼前のエネルギーの奔流に、さやかは思わずたたらを踏んだ。

 

「なっななな!? なんだなんだ!?」

 

 びっくり仰天、二刀を振りかざして身構えるさやか。だが彼女の予想よりも早く舞い上がった粉塵は晴れ、さやかはサーヴァントを再び視認することに成功した。

 

「………って、え!? 赤っ!」

 

 ――――が、そこにいたのはもはや、黒いコートの痩せた男などではない。真紅のマントに身を包み、中世の戦車(チャリオット)を操る大男―――の姿をした、《オーバーロード・インベス》である。

 

「それが、あんたの奥の手の《夢幻召喚(インストール)》!? それで私と戦おうっての!?」

 

「あいにくだがそのつもりはない。この英霊を《無限召喚(インストール)》したところで僕には何故か《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》が使えないしね。もっぱら逃走用さ……ヤッ!」

 

 真紅のオーバーロードと化したサーヴァントはそれだけ言うと、掛け声と共に手綱を操り、戦車(チャリオット)を走らせた。

 

 だがここは自然公園の緑地エリア。木々が生い茂るこの場所で、幅の広い戦車(チャリオット)では逃走手段にはなり得ない。そう考え、片眉を釣り上げて訝しげに様子を見ていたさやかだが―――一秒後、彼女はその油断を後悔することになった。

 

 ―――――戦車(チャリオット)が、飛んだのである。

 

「ええええええええ!?」

 

 

 ※※※※

 

 

 さやかの絶叫から十秒。雑木林を飛び出して空を翔る戦車(チャリオット)を、双眼鏡越しに捉えた二人組がいた。―――果たして、吾妻江蓮と佐倉杏子である。

 

「織莉子の言った通りね。ここで待ち構えていれば、奴を追うことができる……!」

 

「さぁ江蓮、あんたの腕の見せどころだよっ!」

 

「了解」

 

 ひしっと背中にしがみつく杏子の体温を背中に感じながら、搭乗したバイク―――《DUCATI916》を発進させる。《DUCATI》の鼓動、杏子の鼓動……そして、自身の鼓動。渾然一体となったリズムが、記憶の中で舞う金髪の少女を蘇らせる。

 

 ――――――風を切り、周囲の景色を置き去りにしていくこの感覚。

 

 ――――――あなたの《DUCATI》。いいバイクね、キャル。

 




《王の軍勢》は魂の絆です。
なので僕は、この宝具は征服王でなければ使えないと解釈しています。


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生ける屍

「………はっ!?」

 

 意識の回復とほぼ同時に、寝かされていたソファから飛び起きる光実。全身の包帯やバンドエイドが、自身が気絶したあと誰かによって介抱されたことを物語っている。未だおさまらない頭痛に顔をしかめつつ、しかし光実はなんとか現状を把握しようと眼球をスライドさせた。

 

 左右には、自身と同じくソファに寝かされた上條恭介と金髪の外国人少女。そして前方には、どこか白々しい微笑を浮かべてこちらを見つめる美国織莉子の姿があった。

 

「おはようございます。以外に早い回復で驚きました」

 

「ここは………? それに、今何時ですか」

 

「ここは私の家で、今の時刻は21時です。あなたは、およそ4時間ほど気絶していました」

 

 ――――そんな引き算、小学生だって計算できる。

 

 織莉子の態度に言い知れぬ苛立ちを覚えながら、ゆっくりと立ち上がる。しかし体にはまだ負荷が大きかったのか、視界が霞むと同時にガクッと膝を折ってしゃがみこんだ。

 

「だ、大丈夫~っ!? まだ寝てなきゃ駄目だよっ! ゆまちゃん手伝って!」

 

「はいっ! ゆまにまかせて!」

 

 巴マミが風見野市でスカウトしたという助っ人の青年が、織莉子の脇をすり抜けて幼女をお供にこちらに駆け寄ってくる。ナヨナヨとした態度が少々カンに障ったが、見た目的に歳も上のようなので、光実は強く出ることができなかった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いいよ~気にしないでっ。ボクの役目は、こうして頑張ったきみたちを介抱することだから」

 

 穏やかな笑みを浮かべて光実を再びソファに寝かせる青年。確かウォレスとかいったか……先日マミから紹介を受けた時のことを思い出しながら、ウォレスの傍らにいる少女に目を向ける。

 

「傷は魔法でなおしたのに……つかれてるのかなぁ?」

 

 ソウルジェムを発光させて患部を撫でてくるこの魔法少女……千歳ゆまも、ウォレスと同じく風見野からの助っ人だ。戦闘能力はほむらより低いが、こういった支援に光るモノを感じる。

 

「ゆまちゃん、傷は大丈夫。ウォレスさんも、僕より他の人のところへ……ッ!」

 

 脳裏によぎった少女の顔が、光実から続く言葉を奪った。

 

「み、光実くん?」

 

「ウォレスさん、マミさんとキリカが、それに、ほむらちゃんが……!!」

 

 どうして今まで気にならなかったのか。突如現れた黒いコートの男……あいつのせいでマミとキリカは連れ去られ、ほむらは眉間に弾丸を撃ち込まれた。

 

「畜生ッ……! 目の前で、目の前で殺された……! 何もできなかった……!!」

 

 ハイになっていた感情が一瞬で冷却されるあの感覚―――ウォレスとゆまを押しのけて、織莉子の肩を握り潰さんばかりの勢いで掴みかかると、光実は憎悪にかられた醜悪な表情で織莉子を睨みつけた。

 

「光実くん、落ち着いて」

 

「あいつ、あいつだ! あの黒コート……! あいつがピニオンたちを操っていた黒幕だったんだ! 美国先輩、奴を追わないと……!」

 

「今、佐倉さんと江蓮さんが追撃しています。光実くん、今はゆっくり休んでいてください」

 

「ッ……! せめて、今どんな状況なのかだけ、教えてください」

 

 はやる気持ちを抑え、努めて冷静に振舞う。そんな光実の努力に応えてか、織莉子はウォレスとゆまにアイコンタクトを送って部屋から立ち退かせ、二人きりの空間を作った。完全に二人だけ、というわけではなく、光実のようにここへ運び込まれた金髪の少女と上条恭介が、横で眠っているのだが。

 

「まず、巴マミとキリカ……。二人はあの黒コートの男に拉致されたわ。途中まであの橙色のアーマードライダーが追っていたみたいだったけれど、事前に配置しておいた江蓮さんと杏子さんに今は追跡してもらっている。そちらに関しては、二人の報告待ちね」

 

「……」

 

 ウォレスたちの退室から間もなくして、織莉子が淡々と状況を述べる。疑問はいくつか挟まるが、光実は取り敢えず今のところは聞きに徹することにした。

 

「暁美ほむらに関しては、頭部に撃ち込まれた弾丸を現在摘出中よ。それさえ終われば、ゆまちゃんの魔法で一応の蘇生は完了するわ」

 

「………は?」

 

 いくらなんでも。いくらなんでも、それはおかしい。

 

「ちょっと待ってください! ほむらちゃんが、助かる? そんな馬鹿な! 完璧にヘッドショットを決められていたはずだ!」

 

「あら、あなたにとっては吉報だと思ったのに……ご不満かしら?」

 

 これだ。いつも感じていた、何かを隠されているような感覚。この美国織莉子という少女は、いつだって自身とそれ以外の人間の間に鉄のカーテンを敷いていて、本心を決して悟らせようとはしない。

 

「………素人目に見たって、あれは即死だった。心肺も停止していた。それがどうして治るんだ。ゆまちゃんが、死者蘇生の魔法を使えるとでもいうのか?」

 

 もちろん、ほむらが助かるというのはこの上なく嬉しい。だがその助かる、というのがどういった意味で言っているのか分からない。

 光実はおのが胸中に湧き上がる疑問と猜疑心を、隠すことなく直球でぶつけた。

 

「………あの子の治癒魔法は優秀よ。でも死者を生き返らせることは、どんな魔法少女にもできないわ」

 

「じゃあ、ほむらちゃんはあの時死んでなかったとでも!?」

 

「いえ。……正確に言うと、人間としての彼女はひと月ほど前、既に死んでいる」

 

「……? なに、を」

 

 何を言っているのか。

 

「全てを教えます。魔法少女の契約とは――どういったモノなのか」

 

 これまでとは比肩もできぬほどの、圧倒的な圧力―――美国織莉子という一人の少女から発せられているハズのそれは、まるで過去現在未来すべての魔法少女の怒りと悲しみを濃縮したもののような感じがして、光実は声にならない悲鳴を喉奥で鳴らした。

 



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隠し事

https://www.youtube.com/watch?v=IHyHL_N-rH4


「私たち魔法少女は、キュウべぇとの契約によって魔獣と戦う使命を受け入れた存在……そのように認識しているわね」

 

「……うん」

 

 確認する織莉子に、首を縦に振って応える。織莉子の方を恐る恐る覗くが、光実からは彼女の表情が陰になっていて見えなかった。

 

「でも、魔法少女と人間を分ける線引きは、具体的には何なのか。分かるかしら」

 

「………《ソウルジェム》です」

 

「そう。ではその《ソウルジェム》とはそもそも何でしょうか?」

 

「美国先輩」

 

 これ以上、彼女の冗長な演説を聞くつもりはない。苛立ちの篭った声で本題に入ることを急かすと、しかし織莉子は寒々しい声音で静かに告げた。

 

「それは、契約した少女の魂よ。キュウべぇ……いえ、インキュベーターは、契約した少女の魂を抜き取って《ソウルジェム》という固形物に具現化させていたの」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……………………………………………。

 

 ………………………………………………………………………は?

 

 美国織莉子の告げた言葉に、これまで積み上げてきたあらゆるモノが瓦解する感覚を味わう。

 

 魔法少女は人間ではない。

 

 魔法少女は人間ではない。

 

 魔法少女は………暁美ほむらは、人間ではない。

 

 温かみに溢れた笑顔も、優しさゆえの涙も……そこにあると思われた何もかもが。

 

 血の通わない、死者のモノだとでも言うのか。

 

「じゃあ、残された肉体は」

 

「肉体はタダの行動端末よ。魔法少女にとって本体は、魂の具現であるこの《ソウルジェム》。脳を割られようが心臓を破られようが、《ソウルジェム》さえ健在ならば私たちは何度でも蘇る。そんな私たちを最も言い表しているいい表現があるとしたら……そうね……『生きているふりをし続ける死体』………ってところかしら」

 

「じゃあ、《ソウルジェム》が壊れたり、《穢れ》が許容量を超えたら……!」

 

「………死ぬ」

 

 垂れた前髪の奥で、戦慄と慄きのあまり瞳孔が開く。守ってくれた、守ろうとした彼女たちの正体が、ヒトのカタチを偽装した、正真正銘の怪物だと知って。

 

「見て」

 

 呼吸も忘れて座り込む光実にさらなる追い討ちをかけるかの如く、織莉子が自らの《ソウルジェム》を差し出す。

 白亜に染まり、鈍く輝く魔法の源―――《ソウルジェム》。だがこれは同時に、この美国織莉子という少女の成れの果てでもある。

 

「これが私。………魔法少女と呼ばれる、おぞましい怪物の正体」

 

 こんな、こんな石ころが、人間だとでもいうのか。

 

「………ほむらちゃんやマミさんも、このことを承知の上で?」

 

 だが、それゆえに違和感もある。織莉子の話が本当のことだとして、それをほむらとマミがこれらの事情をおくびにも出さずにこれまで振舞っていたというのはどうにも不自然だ。

 特にほむらは、契約からまだ間もない新米魔法少女。魔法少女の正体を知った上で契約したと仮定すると、彼女の人間性との間に矛盾が生じてしまう。

 

「ほむらちゃんを馬鹿にしてるわけじゃないけど、あの娘がこの事実を受け止めてなおあんな風に振る舞えるとは僕には思えない。《ソウルジェム》が本体って話、作り話じゃないですよね?」

 

「誓って真実よ」

 

「なら、キュウべぇに騙されている?」

 

「多くの魔法少女はそうね。そして、真実にたどり着くよりも先に寿命を迎える」

 

「それなら合点がいきます。……美国先輩。このことはくれぐれも」

 

「分かってるわよ。私が把握している限り、見滝原でこのことを知っているのは私とキリカ、そしてあなただけだわ」

 

「………正直に言えば、知りたくありませんでした。こう言うのもおかしいですけど、なんだか裏切られたような気分です」

 

 ため息をつきながら、震える手で頭を抱える光実。その顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「裏切り……それは、誰が誰に対して?」

 

「言わせないでくださいよ。僕の勝手なエゴです」

 

 なおも意地悪い問いかけをしてくる織莉子にぴしゃりと言い放ち、軽く睨みつける。充血した光実の瞳は、軽く睨みをきかせただけでも相当な緊張感を孕んでいた。

 

「……で、どうして僕に打ち明けたんですか?」

 

 ショックはある。動揺も隠しきれない。だがそれだけに引きずられる程、感情的な生き方はしていないのがこの呉島光実という少年だ。ある意味、冷血人間ですらある。

 だがそんな光実すらも超える冷血人間ぶりを見せつけるように、織莉子はさらりと言ってのけた。

 

「あなたには、キリカの代理パートナーになって欲しいのよ」

 

「……………駒、ではなく?」

 

「パートナーよ。あくまでも対等な、ね」

 

 冷ややかな笑みを浮かべて、織莉子がのたまう。光実は底冷えする何かを感じて僅かながらも芯から震えた。

 

「さっきの《ソウルジェム》の話は、対等なパートナーになるための第一条件……ってことですか?」

 

「ええ。お互い隠し事は無い方がいいと思って」

 

 ―――タヌキ、いやキツネ……それともネコ? いずれにせよ、化生の類に違いない。

 

 本音を言わず、かつ悟らせぬように振舞う織莉子の姿に、思わず迷信めいた戯言を心内で呟く。それと同時に光実は、真に恐るべきは敵ではなく、この白い魔法少女なのだと確信した。

 

「―――化かし合いは御免ですよ」

 

「あら、失礼ですこと」

 

 ……食えない女だ。

 光実は素直にそう思った。

 




 ほむらルート、マミルートに引き続き、今度は織莉子ルート攻略です。

 意図していたわけではありませんが、どうも僕の書くミッチはハーレム系主人公の素質があるようですね。

 まぁ、ハーレム展開の予定はありませんが。


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迫る戦火と少女の罪

「それでパートナーというのは、どういう意味です?」

 

 告げられた魔法少女の真実に青くなった顔を隠しつつ、なんとかポーカーフェイスを維持して織莉子に尋ねる。すると織莉子は、微妙な表情を浮かべながら光実を中心にぐるぐると円を描いて歩き出した。

 

「そのままの意味よ。私の計画、私の目的のために協力して欲しいの」

 

「計画? どういうことです」

 

 訝しげに睨む光実。しかしそんな視線もどこ吹く風か、織莉子は憮然としている。

 

「魔法少女は契約時、キュウべぇに願いを叶えてもらう。巴マミは『自身の命をつなぐこと』を、キリカは『違う自分に変わること』を。……そして私は、『自分の生きる意味を知りたい』と願った」

 

「それが予知の魔法に至った?」

 

「そういうことになるのかしらね。そういうわけで、私は契約当初からこの予知魔法を使うことができた。………そして、私は契約して初めての予知で、絶望の未来を知った」

 

 円を描くことをやめて足を止めると、織莉子は意味深な、しかしどこか張り詰めた面持ちで虚空を睨んだ。

 

「………絶望の、未来?」

 

「そう。絶望の未来。とはいってもその詳細は分からない。私には、その光景が一瞬見えただけだから」

 

「その、光景って?」

 

 身を乗り出してくる光実を流し見る織莉子の視線は冷たい。だが、とてつもない何かを相手にして途方に暮れるような―――そんな心細さのようなものが、その冷たさの奥には感じられた。

 

「燃え盛る見滝原市。そして、街も人も飲み込んで広がっていく戦火」

 

「戦火……!? ここが、見滝原が戦場になると!?」

 

 信じられない。だが、織莉子の瞳がたたえる光は、それが狂言の類ではないことを如実に物語っていた。

 

「戦っていたのは魔法少女や、アーマードライダー……果てはインベスすら、中にはいたかもしれない。いずれにせよ、あの《禁断の森》からやって来た彼らが、この世界に戦争を持ち込んでくることは確かよ」

 

 ―――戦争。

 

 生唾を飲み下すには十分すぎるほどの説得力と絶望感を持ったその言葉に、光実は恐怖と戦慄を覚えた。

 

「突然現れた異世界《禁断の森》、《戦極ドライバー》、ピニオンたちを従えて魔法少女を襲う黒コートの男、ソウルジェムを取り替えられて操られる魔法少女、消えたインキュベーター………今はまだ謎だらけだけど、これら全てを一本の線で繋いでいけば、必ず真相にたどり着くことができる」

 

「戦争を阻止することも可能である、と?」

 

「分からないわ。でも可能性はある」

 

「馬鹿げている……!」

 

「でも、やるしかない。私たちは既に引き返すことはできないの」

 

 唸る光実の背中に、ややトーンを落とした声で織莉子が呟く。

 

「……引き返せないって……どういうことです」

 

 うつむく織莉子を見つめること数秒。光実の無言の圧力に負けた織莉子は、スカートを握りつぶしながらとつとつと語った。

 

「…………私は当初キリカを仲間に引き込んだあと、この屋敷で籠城生活をおくっていた。予知した戦争を回避するため、情報を集めていたの。でもある日、私たちの屋敷にあなたと暁美ほむらが《インベス》を連れて転がり込んでくる未来を見た」

 

「………!」

 

「結果は惨敗。《インベス》軍団を相手に私とキリカは為す術無く殺された。……だから私はその未来を回避するために、巴マミをその日屋敷に招き入れた」

 

「あれは、そういうことだったのか……」

 

「巴マミという戦力を手に入れたことで、能動的に敵を狩り出すことができるようになった。……けれど、そうしてまだ見ぬ敵を探す毎日の中で、私はまた新たな未来を知ってしまった」

 

「何を、見たんです」

 

 スカートを握り締める小さな手が、力を込めるあまり白く変色していく。

 

「市民病院に現れる大量の《魔獣》……」

 

「なんだって!? じゃああの事件は、未然に阻止できたはずだったっていうのか!?」

 

「………そうよ」

 

 実際に《魔獣結界》で戦った光実には分かる。あれはこの世の地獄だった。何十という人の命が、理不尽な暴力で失われていく光景……それを未然に止めらたはずなのに、それをこともあろうか見殺しにした。

 

「美国先輩、あなたは………! ―――――――いや」

 

 血が登りかけた頭をクールダウンさせ、もう一度冷静な思考を取り戻す。当時の状況を思考、分析し――――光実は、眼前の少女の犯した罪の向こうに隠された答えに辿りついた。

 

「病院の惨状を予知した時、あなたは“見た”んですね。橙色のアーマードライダーとなった美樹さやかと、彼女を助けに来たピニオンを」

 

 光実の言葉を受けて、織莉子は無言の内に肯定した。

 

「敵の正体に迫るチャンスをわざわざ潰してやることはない。事実、あの事件が起こらなければ僕らはここまで来られなかった。だからあなたはあの病院から巴先輩やほむらちゃんを遠ざけて、彼女たちの《ソウルジェム》でも感知できないように《魔獣結界》をギリギリまで隠蔽した」

 

「―――何と言い繕っても、病院の人たちを見殺しにした事実は変わらないわ」

 

「分かってます。彼らの犠牲の上に立つ僕らには、失われた命に見合うだけの対価を……戦争の阻止という結果を得なくてはならない。……『引き返せない』っていうのは、こういうことですか」

 

 頷くことも、首を横に振ることもない。織莉子はただ黙って、ぽつんと立ち尽くしている。思えば、この部屋で目覚めた時からというものの、織莉子はずっとどこか思いつめた表情をしていた。

 

「先輩、今回の……上条恭介の果たし状から始まったこの戦いも、あなたの目論見通りですか?」

 

「………ええ」

 

「聞かせてくれますね?」

 

 一秒か、それとも一分か。永遠とも思われた沈黙の末、瞳を閉じてしばし黙想した織莉子は、ついにその震える唇を開いた。

 

「私の予知はコントロールが難しいから、思い通りの未来を手繰ることはできない。だから私は今回、上条恭介が戦場に選んだ自然公園の数十分後の未来を見た。……その結果、あの場所には黒いコートの男と、同じく黒いスーツに身を包んだ金髪の少女がいることが分かった」

 

「だから巴先輩と呉さんを向かわせた。……それも、倒されるために。………そしてあなたの目論見通り二人は倒され、回収された。奴らが《ソウルジェム》を偽造して魔法少女を操る力を持っているとしたら、倒した二人を自分たちの本拠地に連れ帰るはずだと踏んだんだ。……そして、自然公園の外に待機させていた江蓮さんと佐倉さんに追跡させ、敵アジトの場所を特定させている………。よくできた計画です」

 

「―――暁美ほむらのことは想定外だったわ。上条恭介やこの金髪の少女を拿捕できたのも、半ば偶然。全て私の思惑通りというわけにはいかなかった」

 

 震える声で、うわごとのように呟く織莉子。

 ………もう限界だろう。

 光実は織莉子の限界を悟り、トドメの一言を突き刺すことにした。

 

 

「だけど結果はあなたの狙い通りだ。あなたは大切な友達(キリカ)を危険に晒すことで、大きなリターンを得ることに成功した」

 

「…………やめてっ…………!」

 

 耳を抑えて蹲る織莉子。震える背中は、罪の意識に耐えられなかった繊細な少女の心の現れだろう。だが光実は、その背中を抱いて穏やかな口調で囁いた。

 

「僕はあなたを責めるつもりはありません。むしろ、誇りにするべきだと思います。病院の犠牲者のことも、巴先輩と呉さんのことも……それらは全て、必要な犠牲だったんです。この先に起こる戦争による被害を思えば、些細な犠牲じゃないですか。あなたは己のエゴを捨て、全体のために辛い決断を下したんですから」

 

 それは、自責の念に苦しむ少女に垂らされた蜘蛛の糸か、はたまた悪魔の囁きか。

 

「み、つざね、くん」

 

 涙声になりつつある織莉子に、さらなる追い討ちをかける。―――この上なく優しい一言で。

 

 

「僕は、あなたのパートナーですから」

 

 

 ―――――運命の歯車が、狂い出す。

 



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赤い疾風

 美国織莉子の告白の一方、見滝原市街地にて。

https://www.youtube.com/watch?v=wxQGK-mDUWk


 エンジンが咆哮をあげ、冷たい風が全身を強く打つ。聴覚と触覚が完全に麻痺した世界で、杏子はなんとか江蓮にしがみついているのがやっとだった。

 

 飛行して戦場を離脱したサーヴァントを追うことはや数分。江蓮と杏子は天駆けるサーヴァントの戦車(チャリオット)を見失うことなく、バイクによる追跡を続けている。

 もちろんターゲットであるサーヴァントも、眼下を走る江蓮のDUCATIに気がつかないわけは無く、追跡を振り切るために何度も加速とジグザグ飛行を繰り返す。しかし、元来が戦車(チャリオット)である以上、最初から航空機として設計されたヘリや戦闘機のような縦横無尽な立体的運動が行えるわけではない。その上、今のサーヴァントはマミとキリカを連れ帰るという目的がある。

 空飛ぶ対象をバイクで追跡するという、市街地という環境では一見すると無謀な行為であるが、敵側にもハンデがある以上、状況はイーブンであると言えた。

 

「うわあぁあわああ!?」

 

「バイクが突っ込んでくるぞ!!」

 

 ――――とはいえ、江蓮たちを振り切るために市街地の頭上を飛ぶサーヴァントを追うためには、道路を走るばかりでは追跡できない。結果、江蓮はDUCATIを見滝原市街地で爆走させるほかに選択の余地はないのだ。

 幸いにして未だ人的被害は出ていないが、このままでは危険であることに変わりはない。段差を飛び越え、逃げ惑う市民を躱し、頭上の獲物を追う真紅の車体は、さながら赤い疾風のようであったが、しかしそれは同時に、いつ運転を誤って死傷者を出すかも分からぬ死の風でもあった。

 

「ッ………」

 

 アメリカで《ファントム》をやっていた頃ならいざ知らず、今の江蓮に組織(インフェルノ)の庇護はない。これだけ派手に暴れまわってしまった以上、警察からの追跡を逃れることも考えなくてはならない。フルフェイスのヘルメットで顔を隠し、漆黒のライダースーツで身を包んだことである程度身元を隠してはいるが、日本の警察は優秀だ。江蓮にとって、この街はもはや安住の地ではなくなってしまったと言える。

 だがそれは、この役を織莉子から引き受けた時点で予想されていたことだ。江蓮にとって、安心や保身は大したことではない。

 今の江蓮を動かす感情―――それは、“家族”のみんなのために戦うこと。

 

 佐倉杏子のため。千歳ゆまのため。

 

 ―――そして、ウォレスのため。

 

 自分が生き残るため、主人(サイス・マスター)に言われるがままに人を殺してきた昔とは違う。胸に宿った確かな暖かさと揺るぎない覚悟が、今の彼女の動機なのだ。

 

 

 

 佐倉杏子が江蓮のDUCATIに相乗りしているのには理由がある。それは、江蓮には魔法少女やインベスと戦えるだけの力が無いこと。彼女がアーマードライダーならまた話は違ってくるのだが、《戦極ドライバー》は光実の持ち帰った5つしかない上、その機能にはまだまだ謎も多い。

 ゆえに、サーヴァントにも十分に対抗可能な戦闘力を持った誰かが江蓮をサポートする必要がある。高い戦闘力と判断力―――この任務を遂行するために求められるすべての条件を満たしている人間は、もはや佐倉杏子をおいて他にはない。

 織莉子の人選は無難ではあったが、同時に的確でもあった。

 

 そして、市街地を突っ切って国道に出た瞬間、まさにその杏子の出番がまわってきた。

 

「「!!」」

 

 視界が開けた途端、突然に江蓮を襲う強烈な閃光。ヘルメットのバイザーでは遮断しきれない圧倒的光量が、江蓮の網膜を焼く。

 

 江蓮の背中にしがみついていた杏子は幸い光を直視することなくやり過ごせたが、運転手である江蓮へのダメージが深刻だ。

 

「おい、江蓮! 大丈夫かよ!?」

 

「ッ…………!」

 

 だが、吾妻江蓮にも意地がある。視覚を潰される直前に一瞬目撃したサーヴァントを瞼のむこうに捉えて、気配とカンを頼りになおもバイクを走らせた。

 

 体勢を立て直した江蓮の肩ごしに、杏子もまたサーヴァントの姿を目視する。………どうやら、あの強烈な光の正体は、手にした短剣から繰り出した電撃のようだ。

 

「だってもよ!」

 

 上空からの電撃攻撃は確かに恐ろしいが、こちらに狙いをつけて攻撃する以上、先程までとは違って戦車(チャリオット)の飛行スピードは落ちている。杏子は凍傷予防のためにつけていた手袋を投げ捨てると、その中に隠されていた《ソウルジェム》を閃かせ、一瞬のうちに真紅の修道女へと変身した。

 

 

 ――――勝負は一瞬。サーヴァントが電撃攻撃のために動きを鈍らせた一瞬を突いて跳躍し、槍を多節棍に変形させて戦車(チャリオット)を拘束。ないしは、戦車(チャリオット)を操るサーヴァント自身を攻撃する。

 

 頬打つ風も、鼓膜を破らんばかりの風切り音も、今となっては彼岸の瑣末事。佐倉杏子を構成するあらゆる全てが、上空のサーヴァントに集中しきっていた。

 

 

 ―――――さぁ、かかってこいよ。クソ野郎―――――

 

 

 不敵な笑みが、自然と杏子の表情に現れる。魔法少女として年季と、生来の闘争心に溢れた性格、そして頭上の敵(サーヴァント)に対する静かだが激しい怒り。マミを連れ去ろうとすることに対する、燃え上がるような憤怒の感情が、杏子の獣性を目覚めさせていた。

 

 そして。

 

 極限まで時間が圧縮され、研ぎ澄まされた超感覚の世界で、佐倉杏子はついにサーヴァントの隙を捉えた。

 

「届けえぇええぇぇぇえええ!!」

 

 疾走するDUCATIの慣性と共に跳んだ杏子が、さながら紅蓮の嚆矢とも呼ぶべき速度と鋭さで戦車(チャリオット)に殺到する。

 繰り出した多節棍がサーヴァントに殺到し、そして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――刹那ほどの一瞬早くサーヴァントが撃った雷撃が、杏子の体を焼いた。

 



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闇医者、匂坂郁紀

「―――――というわけで追跡は失敗。結局あれだけの騒動を起こしておきながら、奴らの潜伏先を突き止めることはできなかったわ」

 

 能面の奥に歯がゆさを宿した江蓮が、自分たちの失敗という結果を報告する。その傍らには、治療にあたったゆまとウォレス、そして未だソファに横になったままの杏子がいた。

 

「いえ、あなたたちはよくやってくれたわ。………ご苦労さま」

 

 織莉子の励ましと友に、古びた置時計が午前零時の鐘を鳴らす。何とも言えない重苦しい沈黙が、美国邸のリビングに立ち込めた。

 

「でもさぁ織莉子ちゃん、上条くんやあの金髪の女の子はボクらのところに今はいるわけだし、あの子たちに聞けばいいんじゃないの?」

 

 沈黙を破ったのはウォレスだった。空気の読めない能天気な声色に一瞬場が凍りつくが、その言葉の示す内容は確かに理にかなっている。彼が尋ねなければ、光実がそのことを織莉子に問うつもりであった。

 

「それも確かにそうだけど……。私には、彼らとあの黒コートの男がそんな情報まで共有していたとは思えないわ」

 

「えっ、どうして?」

 

 織莉子の言葉にきょとんとした顔を浮かべるウォレス。そんな無垢な子どものような態度に苛立ちを覚えたのか、光実は半ば彼を遮るようにして織莉子の前に立った。

 

「確かに、緊急避難用のアジトの場所を捕虜になる可能性のある末端の人員に通達するとは思えない。もしあの黒コートが上条恭介たちをそこまで信用していたら、そもそもあの場に置き去りにして自分だけで逃げたりはしなかったはず。そういうことですよね」

 

「ええ。だいたい光実くんの言った通りだと私も踏んでる」

 

 普段であれば積極的に議論に参加するマミやキリカがいないことに切なさを覚えたのか、どこか織莉子の声色は沈み気味だ。釣られるように、光実も小さく息をつく。

 

「風見野の三人、上条くん、金髪の女の子に、杏子とほむらちゃん……。これじゃあ、まるで病院だよ」

 

「けがはなおしてるのに、どうしてめをさまさないんだろう?」

 

 看護担当の二人も、心細げに呟く。直接自分たちが戦場に出ているわけではないことが、余計に彼らの心配を煽っているのかもしれない。

 だが千歳ゆまの治癒魔法は貴重な回復源であるし、ウォレスはそもそも戦いにまるで向いていない。後方支援より他に、彼らに何かを任せようと光実には思えなかった。

 

「………こういった場合、外傷よりも心の負ったダメージが大きい場合がある。魔法少女の場合は特にそれが顕著だね」

 

 議論する少年少女の後方から、どこかやつれたような男の声が聞こえてくる。振り返ると、そこには血のついた白衣に身を包んだ痩せた男が立っていた。

 治療室として使われていたはずの寝室から出てきたことや、家主の織莉子が特に警戒していないことから敵ではないことは分かるのだが、しかし面識の無い男の登場にフランクに対応できるほど光実の警戒心は弱くない。だが、驚いた表情を浮かべる光実とは反対に、ウォレスやゆまがにっこりと微笑んだ。

 

「「匂坂先生!」」

 

 二人の口にした先生という呼び名に、光実の頭上にハテナが浮かぶ。事情を察した織莉子が、小さく微笑みながら説明をした。

 

「紹介を忘れていたわね。彼は匂坂郁紀さん。魔法少女みたいなアングラ専門の、いわゆる闇医者よ」

 

「……相変わらず、手厳しいね。………よろしく」

 

 織莉子の紹介に少しばかり苦い表情を浮かべる匂坂だが、その目はまるで笑っていない。あの黒コートの男のような、得体の知れない怪しげな雰囲気が常にまとわりついている。

 

「あなたたちが負傷して担ぎ込まれた時点で、私が呼び寄せたの。彼の治療技術とゆまちゃんの治癒魔法が無ければ、あなたは今も眠っていたのよ?」

 

「は、はぁ……」

 

「それに、暁美ほむらの頭蓋に突き刺さっていた弾丸を摘出したのも彼。治癒魔法だけでは、異物を取り除くことはできないから」

 

「…………!」

 

 ほむらの名を聞いて、光実の目の色ががらりと変わる。先程までの警戒もどこ吹く風か、光実は匂坂に二、三歩歩み寄ってほむらの安否を尋ねた。

 

「ほむらちゃんは、その、どうなんですか」

 

「………ソウルジェムが少々濁ってはいたが、生命活動に支障ないレベルまで肉体は回復している。………明日には目を覚ますだろうから、安心していいよ」

 

「………………そう、でしたか」

 

 匂坂が穏やかに告げたその報告に、光実は安心して思わずほっとため息をついた。

 確かにこの匂坂郁紀という男は得体が知れない何かを醸してはいるが、どうやら信用はできるらしい。

 光実は気持ち警戒心を解いて、匂坂に小さく頭を下げた。

 

「………ありがとうございました」

 

「礼はいいさ。………それよりもほら、彼女を見てあげてくれ」

 

「えっ……」

 

「きみの大切な人なんだろう?」

 

「…………はい」

 

 黒コートの男、攫われた仲間たち、捕らえた敵……まだまだたくさん考えることはあって、休んでいる暇なんてどこにもない。

 

 でも、今は。

 

 今だけは。

 

「ほむらちゃん……?」

 

 匂坂に促されるままに開けた寝室の扉の向こうで、頭に包帯を巻かれた黒髪の少女、暁美ほむらが静かな寝息を立てて眠っていた。

 そっと近寄って寝顔を見ると、数時間前に脳天に弾丸をくらったばかりとは思えない健やかな顔色を浮かべている。……どうやら、匂坂の手術の腕前は相当なもののようだ。

 

 だが、いくら匂坂が天才的な外科医であったとしても、普通の人間はあれで間違いなく即死している。

 それでも生き残ったことは、間違いなく彼女が人間ではないということの証だ。

 

 ――――でも。

 

 例え人間じゃなくても。ただの死体人形でしかないとしても。

 

 …………生きていてくれて嬉しい。

 

 ………………………また、会えて嬉しい。

 

 

「良かった……。本当に、良かった……」

 

 

 気がつくと、光実の頬に一筋の雫が垂れていた。

 




 ニトロプラスの伝説的PCゲーム【沙耶の唄】より、主人公《匂坂郁紀》の登場です。《病院ED》を迎えてから数年後、モグリの闇医者になった郁紀が、魔法少女たちとどう生きてきたのか、そしてどう生きていくのか……ご期待ください。

 もちろん、【沙耶の唄】を知らない読者様も大丈夫です。ただ知ってたらちょっとお得ってだけです。


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心配性兄さん

 魔法少女の真実。美国織莉子の罪。攫われたマミとキリカ。傷ついた杏子とほむら。

 

 まともに戦える人間が自分だけというこの状況で、いつあの黒コートの男が逆襲をしかけてくるか分からない。そしてその時こそ、本当にやられてしまう気がする。

 

 ………だから、正直に言えば家には帰りたくなかった。

 

 憂鬱な面持ちで呉島家の玄関を睨むこと数分、光実はぐちゃぐちゃの思考で悶々と兄への言い訳を考えていた。

 

「取り敢えず、今日は家に帰りましょう。佐倉さんや暁美さんのことは家主である私が責任をもって看病するわ。みんなも、家に帰って存分に体を休めて頂戴」

 

 などと織莉子はのたまっていたが、そもそも帰る家のない江蓮たち風見野組はあのまま残っていたし、医者としての仕事を果たすためとかなんとかで匂坂郁紀もまだ残っている。結局、家に帰らされたのは光実だけであった。

 

「パートナー認定してもらったのに……まぁいいか」

 

 確かに見滝原を守るための戦いは大事だが、各自の私生活も同様に守るべきものなのは間違いない。

 

「ただいま……」

 

 小さな声で挨拶しながら、そっと戸を開ける。

 

「……………分かるな?」

 

 玄関には、凄まじい気迫でこちらを睨みつける兄の姿があった。

 

「……分かりたくもないけど」

 

「光実ェ!!」

 

 一喝。呉島貴虎の強烈な気迫が一気に解法され、思わず光実も後ずさる。

 

「いいか光実、確かに私はお前に自由な暮らしをして欲しいとは思っている。だから普段家事を任せっきりにしてしまってロクに部活動にも入れてやれなかったことにも反省はしている。しかしこういう、私に無断でこんな遅い時間まで外をほっつき歩くのは絶対に許さんぞ! 子供の自主性を尊重するのも確かに結構なことではあるが、それはあくまで守るべき規範というものが備わっていることが必要最低限の条件だ! 深夜徘徊ダメ絶対。模範的市民として、それぐらいのルール、いや規範を守ることは当然の義務だ! 何かいろいろと事情があったのだろうが、それにしたって私に一言相談してくれるのが筋というものだろう。車にはねられたり、不審者に襲われたりしているかもしれないと心配するこっちの身にもなれ! お前は昔から好奇心が強すぎる。私にはそれが心配で………って、どこに行くんだ光実!」

 

「風呂だよ! 兄さん話が長いからあとにして!」

 

「いーやあと二ページはやるぞ。そもそもだなみつ……っておい、待て!」

 

 

 ※※※※

 

 

〈光実くん、お風呂に逃げ込んじゃいましたね〉

 

「どうして分かってくれないんだ……」

 

 椅子に座ってがっくりと項垂れる貴虎に、まどかが傍らに腰掛けて寄り添う。不良息子の教育に悩む夫婦といった感じの情景だ。

 

〈光実くんって、いつもはこんな感じじゃないんですか?〉

 

「ああ。あいつはいつも日が暮れるより早くちゃんと帰ってきてたし、そうでなくても連絡は欠かすことが無かった。こんな風に、無断で深夜まで外を出歩くなんてことは今まで一度も……。タダでさえ、今夜は大変だったというのに」

 

〈さっきお向いのおばちゃんが教えてくれた、バイク暴走事件ですか?〉

 

「それもある。だがそれ以上に懸念されるのが、きみの言っていた魔法少女と魔獣の戦いのことだ。正直言って私も信じきれてはいないのだが、そういう連中の争いに巻き込まれてしまうんじゃないかと思うと、な……」

 

〈ごめんなさい。今の私は力が弱すぎて、近くの魔法少女や魔獣の気配すら探知ができないんです。だから……〉

 

「構わないさ。葛葉紘汰の捜索は仕事の合間に足を使って調査しているし、今のところ魔法少女とやらにも会ったことはないじゃないか。無論、魔獣やインベスなどといった化生の類はなおさらだ」

 

〈はい………〉

 

「だから余計に不安になる。私たちがまだ見つけていないというだけで、この世界に何か異変が起きているんじゃないか。そしてその異変に、光実が巻き込まれているんじゃないか………と」

 

〈確かに心配ですね……。魔法少女だけじゃない。もっと大勢の人が酷いことになってしまうかもしれないんですから〉

 

「………まぁ、その酷いことというの詳細はまだ何も分かっていないんだがな………」

 

〈…………〉

 

 呉島貴虎には、鹿目まどかに対する疑念があった。《魔法少女の神》であったという割には、誰が魔法少女であったかどうかという記憶も能力と共に喪失してしまっているということ。そして、見滝原市の探索にあまり乗り気では無いことだ。

 まどかが嘘をついているとは思いたくはないが、同時に、彼女が本当のことも言っていないのでは、と貴虎には思えてならない。

 

「…………まどか。きみがかつて人間だった頃、この世界が作り替えられるより以前。……見滝原で何かあったんじゃないか?」

 

〈ぁ………〉

 

 貴虎の問いに帰ってきたのは、か細い声ながらも、痛いところをつかれて動揺していることが如実に伝わってくる小さな悲鳴だった。

 

「光実が巻き込まれているかどうかはまだ分からない。だがそうなってしまう可能性は潰したい。………教えてくれまどか。見滝原で何があったんだ」

 

〈それ、は…………〉

 

 どもるまどかに躊躇を覚えるも、しかし貴虎も引くわけには行かない。以前から考えていた“鹿目まどかと見滝原市の関係性の謎”を聞き出さなければ、彼女の言うこの世界の危機に迫ることもできないのだ。

 

「………………」

 

 秒針の音が、いやに大きく聞こえる。いたいけな少女を問い詰めるのは気が進まないが、教員生活をおくるうえでもこういう場面は幾度となくあった。長期戦の構えとともに、貴虎はじっとまどかが口を開くのを待ち続けた。

 

 

 

「………………………」

 

 十数分経った。

 まどかはますます辛そうな表情を浮かべて、目尻に涙をためている。さすがに可哀想になってきたこともあり、貴虎は気分転換がてらに冷蔵庫からお茶を取り出そうと立ち上がった。

 

「………ん?」

 

 ―――――何か、忘れて…………

 

〈………?〉

 

 時刻を確認する。午前2時半。

 

 光実が帰ってきてから、既に1時間以上が経過している――――!

 

「みっ………光実!!」

 

〈た、貴虎さんっ?!〉

 

 飛ぶように風呂場へダッシュする貴虎。まどかも慌てて追いかけ、現場に急行する。

 

「おい光実、しっかりしろ、光実!」

 

 現場でまどかが見たのは、濡れたまま全裸で風呂場に倒れ伏す光実と、彼を介抱しようと抱き上げる貴虎の姿であった。

 

〈にゃっ、ななな、は、ハダカっ〉

 

「まどか、手伝ってくれ! 光実を部屋まで運ぶ!」

 

〈りょっ、了解ですっ!〉

 




【第十話 罪の在処】はこれで終了です。

 十一話からはまど×貴が本格始動する予定なので、どうぞよろしくお願いします。


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【断章】
年表


 作品内に登場する二つの世界の年表をまとめました。作品の理解にお役立ていただければ幸いです。


 ◇◆魔獣の世界◇◆

 

 

※鹿目まどかの契約時の願いにより法則が改変された結果生まれたのがこの歴史。ゆえに、すべての過去と未来においてこの宇宙に《魔女》と鹿目まどかは存在しない。

 

紀元前???年 インキュベーター、地球人類に接触。《魔獣》と《魔法少女》という概念が誕生。

 

西暦2000年 米国東海岸で反社会組織《インフェルノ》の擁する暗殺者ファントム、アインが活動を開始。

 

西暦2001年 新たなファントム、ツヴァイが誕生。同時期、呉島天樹が暗殺され、呉島家の権利の全てが《財団》と《インフェルノ》に奪われる。しかしこの事件からまもなく、ファントムを擁する《インフェルノ》の幹部《サイス・マスター》が謀反を起こし、ファントムの一人であるアインが消息を絶つ。

 

西暦2003年 ツヴァイ、ファントムの称号を剥奪。《インフェルノ》との間に禍根を残す。同時期、異世界から高度な知性を持った侵略型生命体が日本で活動を開始。しかし事件は意外なことに、被害が少ないままに収束することとなった。

 

西暦2004年 新たなファントムたちが日本に逃れていたアインとツヴァイを強襲。その最中、第三の《ファントム》であるドライが死亡する。

      

西暦2005年 モンゴルに逃れたツヴァイが《インフェルノ》の刺客によって暗殺される。アインは逃亡し、以降は消息不明。

 

西暦2009年 巴マミ、契約。

 

西暦2010年 佐倉杏子、契約。同時期にプレイアデス聖団の各メンバーも契約。《森》はこの頃から干渉し始めており、見滝原を縄張りとしていたとある一人の魔法少女が《森》へ消えてしまった。

 

西暦2011年 美国織莉子と呉キリカが春頃に契約。暁美ほむらと千歳ゆまが秋に契約。それとほぼ同時期に、インキュベーターが《森》から来た槙島聖護たちによって掌握される。それから間もなく《森》から見滝原へ《インベス》が来襲した。一方で《森》で力尽きた魔法少女が《魔女》化してしまうことを《円環の理》が察知。事態解決のために《鹿目まどか》を触覚として現界させ、同時に平行世界から《葛葉紘汰》を召喚した。

 

 ~【禁断の物語】本編につき閲覧不可~

 

西暦2012年初頭 暁美ほむらが《円環の理》による再編より前の記憶を取り戻す。数ヵ月後、ソウルジェムが濁りきって力尽きるも、《円環の理》を手に入れて《悪魔》となり、宇宙を掌握。歴史はゼロに巻き戻り、世界は再び改竄された。

 

 ◇◆BAD END◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆バロンの世界◇◆

 

 

紀元前??? 《フェムシンム》の民が事実上滅び、《ヘルヘイムの森》となった彼らの星が《クラック》を通じて地球人類に接触。地球人類の認識に《黄金の果実》の存在を刷り込ませ、後の人類の神話とする。

 

紀元前2600年頃? 英雄王ギルガメッシュ、《ヘルヘイムの森》による生存トライアル開始よりも早く《黄金の果実》に至りかける。

 

西暦1800年頃 第一次聖杯戦争勃発。同時期、沢芽市に“御神木”の苗木が流れ着く。

 

西暦1860年頃 第二次聖杯戦争勃発。

 

西暦1930年頃 第三次聖杯戦争勃発。アインツベルンの召喚した復讐者(アヴェンジャー)によって聖杯が汚染される。

 

西暦1965年 衛宮切嗣、誕生。

 

西暦1994年 第四次聖杯戦争勃発。衛宮切嗣、セイバーのマスターとして参加。

 

西暦1999年 衛宮切嗣、死亡。

 

西暦2004年 第五次聖杯戦争勃発。

 

西暦2010年頃 冬木市の大聖杯が解体され、聖杯戦争が終結。

 

西暦2013年 沢芽市において《ヘルヘイムの森》の本格的な侵略が開始。

 

西暦2014年 《黄金の果実》争奪戦が駆紋戒斗の勝利を以て終結。

 

※これ以降、西暦は一部でしか用いられなくなったが、本年表においては便宜的に西暦を採用する。

 

西暦2018年 ロード・バロンと名を改めた駆紋戒斗の軍勢がユーラシア大陸の九割を制圧。この頃、ある魔術使いがオーバーロードとなり、ロード・バロンの軍門に下った。このオーバーロードは《黄金の果実》の欠片を与えられ、ロード・バロン直属の従者という意味である《サーヴァント》の称号が与えられた。

 

西暦2030年 地球全土の征服が完了。残存する人類の中から選ばれた者たちは海で暮らすことを強いられ、以降彼らは《新人類》、あるいは《海の民》と呼ばれることとなった。

 

※やがて旧文明が風化したため、年号がつけられなくなった(かろうじて西暦2100年代までは年号が数えられていたという説もある)。

 

 文明崩壊から約100年後、陸で槙島聖護がテロ活動を開始。それから数年後、彼が《戦極凌馬の遺産》を掌握すると同時に異世界との繋がりが発生。槙島の一味はそのまま《向こう側》に逃げ込んだ。

 

《向こう側》からやって来た魔法少女がガルガンティア船団で一時期保護されるも、衰弱していたこともあって間もなく《魔女》化(彼女の宇宙とは成り立ちからそもそも異なるため、《円環の理》が作用しなかった)。間もなくサーヴァントによって《魔女》は始末されたが、ガルガンティア船団は事実上崩壊した。

 それから間もなくサーヴァントとガルガンティア船団の生き残りの有志が出発。《向こう側》の世界に訪れる。

 

 それとほぼ入れ替わる形で《向こう側》からやって来た《鹿目まどか》と《葛葉紘汰》が《森》に接触。ロード・バロンが直々に挑んだが、相打ちというカタチで幕は下りた。

 

 ~【禁断の物語】本編につき閲覧不可~

 

?????年後、幾星霜の時が流れ、この星からオーバーロードの文明が滅びると、地球は新たな《ヘルヘイムの森》となり、いずれかの別宇宙の星を侵略する。行き着くまでにかかる年数こそ変わっても、この地球の結末はこれ以外に有り得ない。

 

 ◇◆BAD END◇◆

 



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人物紹介その5

▲織莉子陣営

 

●呉島光実【仮面ライダー鎧武】

《魔獣の世界》に生きる14歳の中学生。《演義》のライドウェアの適格者で、使用するロックシードは《09》と《13》。

 

●暁美ほむら【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる14歳の中学生。弓矢を操る魔法少女だが、その力はまだまだ

半人前。現在はサーヴァントの凶弾に倒れ、眠り続けている。

 

●巴マミ【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる15歳の中学生。マスケット銃とリボンで戦うベテラン魔法少女で、その実力は見滝原トップクラス。現在はサーヴァントの《必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)》による一刺しで心臓を穿たれ、ソウルジェムは健在であるものの、生命活動を停止している。

 

●美国織莉子【魔法少女おりこ☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる15歳の中学生。水晶玉と予知魔法を操る、謀略と奸計の魔法少女。敵を追い詰めるために病院の人々や親友である呉キリカを差し出した罪の意識に苛まれ、少しばかり思いつめている。

 

●呉キリカ【魔法少女おりこ☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる15歳の中学生。鉤爪と速度低下魔法を操る、狂った魔法少女。織莉子のためならば、全てを犠牲にしてもいいという危険な思想の持ち主。現在はサーヴァントによって戦闘不能の重傷を負わされ、マミと共に拉致されている。

 

●佐倉杏子【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる14歳のストリートチルドレン。多節棍を獲物とする、マミに次ぐ実力を持ったベテランの魔法少女。かつては幻影の魔法を得意としていたらしいが、今ではその力を失ってしまっている。現在はサーヴァントの雷撃で重傷を負い、美国邸で眠りについている。

 

●吾妻江蓮(アイン)【Phantom PHANTOM OF INFERNO】

《魔獣の世界》に生きる年齢不詳の元殺し屋。過去に呉島天樹を暗殺している。

 

●ウォレス(駆紋戒斗)【仮面ライダー鎧武】

《バロンの世界》を統べる魔王であったが、現在は記憶を失くし、江蓮たちと行動を共にしている。天真爛漫な性格で、常に笑顔を絶やさない好青年だが、ふとしたきっかけで駆紋戒斗の人格が表出化することがある。

 

●千歳ゆま【魔法少女おりこ☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる、幼いストリートチルドレン。杏子の相棒であり、治癒魔法の使い手。

 

匂坂郁紀(さきさかふみのり)【沙耶の唄】

《魔獣の世界》に生きる、魔法少女を始めとしたアングラな患者を専門にする闇医者。何を考えているのかよく分からない、得体の知れない不気味さを持った男。

 

 

 

 

 

▲さやか陣営

 

●美樹さやか【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる14歳の中学生。葛葉紘汰の力を受け継ぎ、彼の力を限定的にではあるが使うことができる。

 

●ベローズ【翠星のガルガンティア】

《バロンの世界》からやって来た異世界人。少々荒っぽいが思慮深く、義理人情にも厚い好人物。

 

●ピニオン【翠星のガルガンティア】

《バロンの世界》からやって来た異世界人。魔法少女に対して“兄の仇”という認識を持っているが、同時に彼女らを憎みきれない人の良さも併せ持つ。

 

●葛葉紘汰【仮面ライダー鎧武】

《鎧武の世界》からまどかに召喚された異世界の神。《黄金の果実》を持つオーバーロード・インベスであるが現在は力を失っており、さやかの戦極ドライバーに転生している。

 

 

 

 

 

▲サーヴァント陣営

 

●サーヴァント【Fate/Zero(?)】

《バロンの世界》からやって来た異世界人。その正体は、ロード・バロンから与えられた黄金の果実のかけらを触媒に自身に英霊を降霊させる大魔術《無限召喚(インストール)》を使う、オーバーロード・インベスである。魔術の心得もあるらしく、どこか衛宮切嗣を彷彿とさせる先方と外見をしている。

 

●リーマ【翠星のガルガンティア】

《バロンの世界》からやって来た異世界人。かつてはベローズたちと《ガルガンティア船団》の一員として共に暮らしていたが、実際は危機に瀕する旧人類を延命するため、オーバーロードたちと通じていた陸からのスパイであった。規格外の黒いロックシード《DARK》を持つ。

 

●上条恭介【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》出身の狂った天才少年。もともと失意のどん底にいたところをサーヴァントに拐かされたせいで、現在は衝動のままに暴力に走る危険人物と化している。所持するロックシードは《02》。

 

 

 

 

 

▲その他

 

●呉島貴虎【仮面ライダー鎧武】

《魔獣の世界》に生きる、あすなろ中学校の教師。呉島天樹暗殺を契機に潰された呉島家の跡取りになるはずだった。しかし現在はその栄光に縋ることはせず、弟である光実を何よりも大切にしている。

 

●鹿目まどか【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》において《円環の理》と呼ばれる存在が遣わした、いわば《円環の理のサーヴァント》とも呼ぶべき存在。呉島貴虎にほのかな恋心を寄せている。その一方、見滝原市に対してはなんらかの苦手意識を持っている。

 

●槙島聖護【PSYCHO-PASS】

《バロンの世界》からやって来たテロリスト。インキュベーターを掌握することで魔法少女システムを手に入れ、以降は影で不穏な動きを見せている。

 

●泉宮寺豊久【PSYCHO-PASS】

《バロンの世界》からやって来た槙島聖護のパトロン。

 

●和沙ミチル【魔法少女かずみ☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる14歳の中学生。あすなろ市において、魔法少女チームの《プレイアデス聖団》を率いている。

 

●御崎海香【魔法少女かずみ☆マギカ】

《魔獣の世界》に生きる14歳の中学生。《プレイアデス聖団》のメンバーの魔法少女でもある。

 

●牧カオル

《魔獣の世界》に生きる14歳の中学生。《プレイアデス聖団》のメンバーの魔法少女でもある。

 

●キュウべぇ(インキュベーター)【魔法少女まどか☆マギカ】

《魔獣の世界》で宇宙の延命活動を行う、地球外からやって来た高度知性体。現在は槙島たちによってその全てを掌握されている。

 

●吾妻玲二(ツヴァイ)【Phantom PHANTOM OF INFERNO】

 故人。江蓮の回想の中に登場する、二人目のファントム。かつて江蓮(アイン)の相棒として、呉島天城暗殺に加担した。

 

●キャル・ディヴェンス(ドライ)【Phantom PHANTOM OF INFERNO】

 故人。江蓮の回想の中に登場する、三人目のファントム。江蓮の持つDUCATIは本来彼女のもの。

 

●サイス・マスター【Phantom PHANTOM OF INFERNO】

 故人。江蓮をファントムとして調教した、インフェルノの幹部。

 



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第三回 キンダンホットライン(ゲスト:クロウディア・マッキェネンwithリズィ・ガーランド)

「HELLO~!! みんなぁ! キンダンホットラインの時間だぜ!」

 

「箸休め&解説コーナーとしてスタートしたこのキンダンホットラインもいよいよこれで三回目。今回のゲストは、こちらの方たちにお越し頂いちゃってるぜ!」

 

「クロウディア・マッキェネンよ。【Phantom ~phantom of inferno~】からよろしくね」

 

「同じく【phantom】より。クロウディアのお目付け役、リズィ・ガーランドだ」

 

「おっほぉwwwムッチムチの金髪お姉さん! 【phantom】の車要素とお色気要素を一身に担う、年上グラマーヒロインだな! ………そっちのリズィさんも……うん!」

 

「おい、うんってなんだ、うんって」

 

「そんな風に持ち上げられても何も出ないわよ。まぁ確かに私も【phantom】における攻略ヒロインの一人ではあったけれど、その枠で言えばアインやドライの方が人気あるし。………ところで私をゲストに呼ぶなんて、いったいどういうつもりなのかしら?」

 

「こんなスピード狂の策謀家に、何を語らせようってんだかな」

 

「あらリズィ、私にだって他にもいろいろあるわよ」

 

「その通りだぜリズィさん! 今回お二人に来てもらったのは他でもねえ。この【禁断の物語】における恋愛模様について、語って欲しいんだ!」

 

「………おいおい、冗談だr」

 

「面白そうじゃない!」

 

「クロウディア!?」

 

「可愛いものでしょ、十代の男の子や女の子の恋愛なんて」

 

「その気になってくれるか!? それじゃ一つよろしく頼むぜぇ!」

 

「ええ。もちろん♥」

 

「ハァ………。好きにするといいさ」

 

 

 

  ❤️ 呉島光実×暁美ほむら ❤️ 

 

「この二人の恋って……なんていうか、危ういのよね」

 

「そうなのか? アタシには普通に仲のいいカップルに見えるけど」

 

「そうでもないわよリズィ。上条くんとの対戦時を思い出してみて」

 

「ん、上条恭介を殺すか殺さないかでモメたあれか? 確かにありゃ、光実はやりすぎだとはアタシも思ったけどな」

 

「しかもあの時、光実くんはほむらちゃんの声がまるで耳に届いていなかったわ。自分の考えが絶対に正しいと思い込み、視界が狭まっていたのよ」

 

「ああいう修羅場じゃ、よくあるこったろ。プロのアタシらでさえ、そういうことはしばしば起こる」

 

「いえ、光実くんはそれ以前に、精神的にかなり幼いのよ。小さい頃に体験した私たちインフェルノによる呉島天城暗殺がトラウマになって、思想や発想がかなり暴力的になってしまっている。そこに思春期特有の肥大化した自尊心も加わって、とても危険な状態にあると言えるわ」

 

「そして、暁美ほむらのお花畑思考はその残酷性を許せない。あの娘が呉島光実の鞘になれるのか否かは今後次第、ってところかな」

 

「そうね……。光実くんという剥き身のナイフを納められるのは、彼女だけよ」

 

「………なんとも、やりきれない話だな。結局はアタシらのせいってことか」

 

「あの頃のインフェルノにとって、あれは避けて通れない道だった。呉島天城暗殺は、ある意味不可避の出来事だったのよ。仕方ないことだわ」

 

「いいさ。こういう稼業だからな。他人の不幸は蜜の味……とまでは言わないが、そのへんの割り切りはできてるつもりだぜ」

 

「ありがとう、リズィ」

 

 

 

  ❤️ 呉島光実×美国織莉子 ❤️ 

 

「おいおい、さっき暁美ほむらとの恋愛を語ったばっかりじゃねえか。こいつ、他にも女がいるのかよ」

 

「ツヴァイにだって、アインや私、それにドライと藤枝美緒がいたでしょう? 同時攻略を狙うのも、無理からぬことなのよ」

 

「いやその理屈はおかしい」

 

「さて、織莉子ちゃんのことだけど。私はどちらかといえばこっちのカップルの方がうまくいきそうに思えるのよね」

 

「はぁ………。一応、なんでって聞いておくけど」

 

「さっき呉島光実くんの危険性を語ったじゃない。織莉子ちゃんの場合、それをさらに助長するような人間性をしてるのよ」

 

「はぁ!? それじゃやべえだろ」

 

「そうね。うまくはいくだろうけど、この二人は幸せにはなれないわ。目的のために手段を問わない織莉子ちゃんだけど、その罪の意識は常に彼女を苛んでいる。それをやわらげ、正当化し、彼女をさらに過激な方向に駆り立てる……そんな光実くんのあり方は、お互いがお互いの負の面を助長し合ってしまうわね」

 

「ある意味、お互いに一番の理解者ってことになるのか………。ああいう子どもがアタシらみたく荒んでいくのは、正直ゴメンだね」

 

 

 

  ❤️ ウォレス(駆紋戒斗)×吾妻江蓮(アイン) ❤️ 

 

「アインか。お相手は……なんだこりゃ。ツヴァイも昔は随分なヘタレだったが、こいつはそれ以上だな。アインはこういう男が好みなのか?」

 

「いえ。彼とアインの関係性は、かつてのアインとツヴァイの関係に似ているのよ」

 

「というと?」

 

「吾妻玲二の記憶と証明を消され、殺し屋として生きるしかなくなったツヴァイだったけれど、彼には自主性というものが消えずに燻っていた。サイスの奴隷だったアインは、彼のそんなところに触発されるに連れ、徐々に人間性を取り戻していった」

 

「ああ」

 

「今回アインは、それをウォレスくんとの交流を通して追体験しようとしているのよ。………失ったツヴァイの温もりを感じるために」

 

「なるほど。記憶を失って雛鳥同然のウォレスに名を与え、教育し、そしてその過程でツヴァイを感じる……ってところか」

 

「ええ。それに、ツヴァイが偽名として公共の場で名乗っていた《ウォレス》の名を彼に与えていることから、アインがまだまだ過去を振り切れていないことが容易に推察されるわ」

 

「ひでぇ話だな。結局、アインはツヴァイの亡霊(phantom)を今でも追いかけてるってことなのか」

 

「ええ。……でも、ウォレスくんがそれに応えることは無い。なぜなら本当の彼は、異世界を統べる魔王、駆紋戒斗だからよ」

 

「信念のために人間性を捨て、外道に堕ちた男……。アインとは真逆のタイプだな、この駆紋戒斗って男は」

 

「アインに限った話ではなく、きっと彼には恋愛という価値観が無いのよ。肉体的な意味ではない、精神的な不能者……」

 

「結局この二人の結末は、戒斗が拒絶するか、アインが夢から覚めるかの二択しかないってわけだ。……つくづく嫌になる」

 

「優しいのね、リズィは」

 

「言ってろ」

 

 

 

  ❤️ 呉島貴虎×鹿目まどか ❤️ 

 

「ここまで全部、話してて憂鬱になるようなカップルばかりだな。こいつらはどうなんだ?」

 

「そうね……まどかちゃんが人間じゃないってところがもう既にアウトだけど、少なくともそれ以外には問題も無さそうね」

 

「この際、贅沢はいいっこなしだぜクロウディア。いいんじゃねえの? 人間だろうとなかろうと、胸がときめくならそれでいいんだよ」

 

「あら……リズィ、あなたってひょっとして乙女?」

 

「な、そういうこと言うか!? やめろよこのばかっ」

 

「ふふふっ」

 

 

 ※※※※

 

 

「さて、どうだいクロウディアさん! そろそろまとめのお時間だぜ!」

 

「ロクなカップルがほとんどいないのはどうかと思うわ……。まぁ、スーパー虚淵大戦ゆえの宿命かしらね」

 

「つうかサガラさんよ。この【禁断の物語】は、【叛逆の物語】の前日譚なんだろ。つうことはどっちにしろ、全員もれなくバッドエンドってことじゃねえか」

 

「ハッハッハッ。まぁ今後の動向に注目せよってところかな。さ! 最後の挨拶よろしく!」

 

「こういうのは苦手だ。クロウディア、任せた」

 

「ええ、任せといて。……ニトロプラスの原点であり、【まどか】や【鎧武】といった後の作品群の雛形でもある【phantom】。PC、XBOX360でリリースされたゲーム版やノベライズ、アニメ版の【requiem for the phantom】等で、私たちの物語を是非体感してちょうだい。……いつでも待ってるわよ」

 

「それじゃあ次回もお楽しみに! see you next time~!」

 



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【第十一話 理由のない悪意】
戦極ドライバー、没収


 見えない少女、鹿目まどか。

 彼女の告げたこの世界の危機と、魔法少女の存在。

 頻発する怪事件。

 倒れた光実。

 徐々に破綻していく日常の先に、呉島貴虎は何を見出すのか。



 窓から射し込む朝日を瞼越しに感じて、軽いうめき声とともに目を覚ます。時刻は午前7時。平日であれば大寝坊だが、幸いにして今日は日曜日だ。

 

「あのまま、眠ってしまったのか……」

 

 ラジオから流れる静かな音楽とカーテンの隙間から溢れる朝日が、寝室に静謐な空間を演出している。こんな朝はのんびりと過ごしたいものであるが、しかし今の貴虎にはそうはいかない理由があった。

 

〈おはようございます、貴虎さん〉

 

「おはようまどか。……私の代わりに、きみが看病してくれていたのか? いったいいつから?」

 

〈はい。……午前4時頃、だったと思います。看病中に、そのままぐったりと〉

 

 言われてはじめて、肩にかけられたカーディガンの存在に気がつく。どうやら寝落ちした自分が冷えてしまわないよう、彼女に気を配らせてしまったようだ。……貴虎は、素直な感謝で心が温かくなった。

 

「ありがとう、まどか」

 

〈いえ、そんな……。でっでも、光実くん、大丈夫でしょうか〉

 

 貴虎の言葉に頬を赤らめて、まどかが慌てて話題を転換する。まどかの視線の先には、昨夜風呂場で意識を失った弟―――呉島光実が静かに眠り続けていた。

 

「外傷は無し。熱も落ち着いているようだし、病院に連れて行くのは起きてからでもいいだろう。………だが気になるのは、昨夜いったい光実に何があったのか、ということだ」

 

〈えっ?〉

 

 怪訝そうな表情を浮かべるまどか。貴虎は、光実の眠りを邪魔しないようにそっと彼女を伴って寝室を退室した。

 

「昨夜の光実は普段と様子が違っていた。普通に考えれば、昨夜あいつに何かあったのは間違いないだろう」

 

 思考を言語化することでさらに自身の推測への確信を強めながら、まどかとともに廊下を歩き続ける。そんなふたりの数秒足らずな行脚の終着駅は、昨夜光実が意識を失った風呂場であった。

 

「……あった。これだ」

 

 脱衣所の脇に立て掛けられた、古ぼけたジェラルミンケースを手に取り、こわばった表情で貴虎が呟く。そばで見つめるまどかが、より一層に怪訝な表情を浮かべた。

 

〈……これ、なんです? 《YGGDRASILL》……?〉

 

「このところ、光実が肌身離さず持ち歩いていたモノだ。中身を聞いてもあいつは答えなかったが……何かがあるのは間違いない」

 

 企業ロゴと思しきプリントが、どことなくかつてのクレシマ製薬のそれを彷彿とさせる。そんな何とも言えない既視感を抱きつつ、貴虎はケースを開いた。

 

「ふむ……?」

 

 ケースの中に収められていたのは、五つの黒いバックル状の機械だった。そのうちの一つには中世風の蒔絵が描かれている。

 

 

〈……こ、これって……!〉

 

「知っているのか、まどか」

 

〈これと同じものを、紘汰さんも持っていたんです。そんな、どうして光実くんが……!〉

 

「なんだと!?」

 

 緊迫の表情を浮かべるまどかと貴虎。紘汰という名前には馴染みが無いが、それがまどかの目的である人物名である以上、貴虎も驚かずにはいられない。

 

「そんな、光実とどう関係があるというんだ……?」

 

〈分かりません。でもそれは、アーマードライダーに変身するための道具だと紘汰さんは言っていました。……この世界には存在しない技術で作られた機械です〉

 

「アーマードライダー、だと?」

 

「以前にお話した《森》の果実の力を源泉とする、パワードスーツのようなものです」

 

「そして、これはそのパワードスーツの装着デバイス、というわけか……。この世界には存在しないということだったが、つまりこの機械は、本来であればその《森》とやらのある世界のテクノロジーであるはずだということだな」

 

 およそ信じられない話だが、今はまどかの話を信じるしかない。貴虎は殺気だった表情で機械を見つめながら、おもむろにそのうちのひとつを取り出した。唯一蒔絵の描かれた個体だ。

 

「光実がアーマードライダーなのかどうか……確かめねばならない」

 

 

 ※※※※

 

 

 結論から記せば、蒔絵の描かれた機械は呉島光実にのみ反応し、ベルトとして機能した。つまり、呉島光実をユーザーとして認識し、それ以外の人間の使用を拒んでいるということだ。

 

 

「……実に認め難いことだが、光実が《森》となんらかのカタチで接触していることはもはや間違いない。………なんという、なんということだ」

 

 朦朧とした呟きとともに、寝室の壁にもたれる。どうやら相当ショックだったようで、貴虎はそのままずるずると腰を下ろしてしまった。

 

〈貴虎さん……〉

 

 知らぬ間に秘密を暴かれた光実と、その秘密に激しく動揺する貴虎……。二人の同居人を交互にみやりながら、まどかは複雑な表情を浮かべた。

 

「知ってしまった以上、私はあいつを守らねばならない。この機械は全て私が預かる」

 

〈そんな、待ってください、それじゃあ」

 

「光実が倒れたのは、十中八九アーマードライダーとして戦っていたことが原因だろう。だが……あいつは危うい。子どもなんだ。危険だし、戦いなどするべきではない」

 

〈………貴虎さん。まさか、自分が?〉

 

 光実がアーマードライダーであることに疑いの余地は無い。彼が自分の預かり知らぬところで戦い、傷ついていたのだと思うと、胸が張り裂けそうになる。溢れる感情をなんとかこらえつつ、貴虎は静かに呟いた。

 

「子どもが傷つく道理など無い。力という責任を負うのは、私たち大人の仕事だ。あいつがやろうとしていたことは―――代わりに私が引き受ける」

 

 弟の秘密を知りショックを隠せないとはいえ、しかし貴虎の強さに揺らぎはない。そのまなざしには、まだ見ぬ《森》の脅威から世界と弟を守らんとする決意の炎が揺らめいていた。

 



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担任の所感

 日曜日の正午ともなると、お出かけの家族連れが街を行き交っていて、いつにもまして道が賑やかになる。新興都市の見滝原も例外に漏れることなく、活気に満ち溢れた様相を呈している。

 そんな賑やかな通りのなかにあって、さらに一層の賑わいを見せる《シャルモン洋菓子店》の店内で、貴虎はまどかと共に優雅なひと時を過ごしていた。

 

「ふむ……やはりここのケーキは絶品だな」

 

〈ひどいです貴虎さん。私が食べられないことを知ってるくせにっ〉

 

 ふくれっ面でむくれるまどかに、いたずらっぽく笑う貴虎。霊体であるがゆえに実体であるケーキを口にすることのかなわないまどかにとって、このシチュエーションはいささか酷であると言わざるを得ない。それが分からない貴虎ではないが、それでもこの場所でわざわざお茶をしているのにはわけがあった。

 

「今日これから、光実の担任を受け持ってくださっている早乙女先生と会うことになっているんだ。彼女なら、光実のことも私以上に分かっているはずだ」

 

 少しだけ寂しそうな顔をしてはいるものの、貴虎の言葉には光実の良き保護者であろうという決意が伺える。そこに肉親の情を感じるのもつかのま、しかしまどかは《早乙女》という名に妙なひっかかりを覚えた。

 

〈早乙女、先生……それってひょっとして〉

 

「うむ。見滝原中学校で英語を教えている女の先生だ。光実の担任で、本名は……確か、早乙女和子、といったかな」

 

 コーヒーを口にしながら、周りの客に独り言がと怪しまれないように言葉を返す。だがそんな貴虎の冷静な態度とは裏腹に、まどかの表情はさーっと青ざめていった。

 

「……?」

 

〈わ、私……っ。ちょっと、お手洗いに行ってきます」

 

 霊体であるまどかには、当然ながら排泄機構は存在しない。貴虎は訝しげに片眉を釣り上げ、後を追おうとして腰を上げかけた。

 

「お待たせしました。呉島先生」

 

 ……が、去っていったまどかの背中を遮るように、ひとりの女性が貴虎の目の前に現れた。果たして、早乙女和子女史である。

 

「……お待ちしていました。それと“先生”はよしてください。今日は保護者として、光実のことを相談したいのですから」

 

「ふふっ……分かっていますよ。呉島さん」

 

 和子の浮かべた、とても三十路近いとは思えない幼い笑顔に内心驚きを感じながらも、あくまで紳士的に着席を促す。ここのところずっとまどかと共にいたこともあって、こういった大人の女性との会話というものを心のどこかで求めていたのかもしれないと貴虎は密かに考えていた。

 

「それで、光実くんがどうしたんです?」

 

「どうした、というか何というか……。ともかく、何か変わったこととかはありませんか? 例えば交友関係とか」

 

「………そうですね……」

 

 貴虎のどこか思いつめた表情に何かを察したのか。それとも、貴虎に対して和子が抱いている少なくない好意からか。いずれにせよ、早乙女和子は貴虎の言葉を受けて、静かに記憶を巡らせた。

 

「まず、光実くんは転校当初からしばらくの間、ずっと一人でいることが多かったのはご存知ですよね?」

 

「ええ」

 

「呉島さんが何を案じていらっしゃるのかは測りかねますけど、少なくとも私の目から見た光実くんに悪いことの予兆は感じられませんよ。むしろ、彼の学生生活はどんどん順調になっていきました」

 

「………そうなんですか? あいつ、家では何も……」

 

「そういうものですよ。男の子って、一番身近な人にはそういうことを教えたがらないものですから。……クラス名簿、見ますか?」

 

「いえ、暗記しています」

 

 カバンから光実のクラス名簿を和子が取り出そうとすると、貴虎はその挙動に待ったをかけて話の続きを促した。

 

「凄いですね。ご自身のクラスメイトも、もちろん?」

 

「ええ。教職員たるもの、当然ですよ。……それで?」

 

 きょとんとした顔で感嘆する和子だが、貴虎の方はさも当然といった涼しい顔を浮かべたままだ。元のテンションに戻って話を再開するのに、和子はきっかり一秒の間を要した。

 

「暁美ほむらさん……彼女も最近転校してきたばかりなんですけど。最近彼女とはとても仲がいいんです。光実くん」

 

「ほう、女子ですか……。男子とはどうなんです?」

 

「中沢くんなんかとは、たまに喋っているのを見かけるようになりました。それと、最近復学してきた上条恭介くんと一緒に下校するのを見かけましたね」

 

「………なるほど、ありがとうございます」

 

 ―――中沢………中沢、何だったか?

 

 下の名前が思い出せないまま、時間だけがいたずらに過ぎていく。

 取り敢えず、貴虎は暁美ほむらと上条恭介について調べてみることにした。

 

「さて、とりあえずお茶にしましょう。何か注文なさっては? 支払いは私が持ちますよ」

 

 その前にまずは、この食事を済ませることが先決だ。教科書通りなセリフを吐きながら、さっさとこの場を終わらせることのみに集中する。

 

「いっ、いえいえいえっ、そんな、とんでもない」

 

 激しく拒否する割には、口端がつり上がっているように見えるのは果たして気のせいか? 和子のどこかちぐはぐな態度に首をかしげながら、貴虎はメニューを差し出した。

 

「えっとじゃあこれとこれ……にします」

 

 頬を紅潮させて、何が嬉しいのやら、しきりに頷きつつメニューを決める。和子が手を膝の上に乗せてむふーっと鼻息をついたところで、貴虎は店員を呼ぼうと手を上げた。

 

「これとこれを頼む」

 

「かしこまりました」

 

 呼ばれてやって来たいたってノーマルな店員が注文をとってそそくさと厨房に向かっていく。

 

「噂でしか聞いたことはありませんが、ここの店長はなかなかお目にかかれないタイプの人間らしいですよ。一度お目にかかってみたいものですね」

 

 軽口を叩きながら悠々と微笑んで見せると、和子はどこか陰のある表情でこくこくと頷いた。

 



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女神の真実

https://www.youtube.com/watch?v=DeAvjs8rfcg


 適当な嘘をついて逃げ出して、でも結局は物陰から見つめている。

 

 矛盾に満ちた自身の行いに嘆息しつつ、しかしまどかは改めるでもなく、ただこの卑屈な覗きを続けた。

 

 ―――早乙女和子。改めて考えると、彼女こそが自分にとって生涯最後の先生だった。男性関係に一生懸命で、でも生徒たちのこともちゃんと考えてくれている、公私ともにパワフルな人物。母の詢子の学生時代からの親友。………大好きな先生。

 

 だけど、彼女は鹿目まどかを知らない。

 

 鹿目まどかの存在にまつわる何もかもが、最初からなかったことになったこの世界に、人としての鹿目まどかが挟まる余地などどこにもない。世界は一見乱雑にできているようで、実際は緻密に計算された上に成り立っている。規格外のピースが決してパズルに収まらないように、鹿目まどかの存在もまた、この世界には存在し得ない。 だが、それを孤独だと感じる心は消えていたはずだった。己の行為を後悔することも、彼女にはできなかったはずだ。有り体に言えば、彼女は思考と感情を持たない自然現象に成り下がったはずだったのだ。

 にも関わらず、まどかは消えたはずの自我を取り戻してしまった。……女神は自らの行いの報いを受ける羽目になったのだ。

 

 見えるものすべて、合わせ鏡の作り出す鏡像の彼方の出来事のように思えてくる。実体化すらできない今の自分には、あの彼方へと行くことができない。手を触れられない。駆け寄って、「先生、お久しぶりです」の一言もかけられない。自分のことが分からなくてもいい。ただの一瞬でも構わない。想いを伝えたい。

 

 永遠の孤独を、抜け出したい。

 

 宇宙が再び始まって、地球が誕生して、たくさんの生き物が誕生して、滅んで。

 どうしてあれだけの永い永い時を、待ち続けることができたのか、今となってはわからない。

 

 人類が起って、インキュベーターが星の彼方からやって来て、そうしてやっと女神としての仕事が始まって。

 それでも、無限に等しい時を数えてきたという自覚すらも持てなくて。

 

 営まれてきた宇宙のすべてに比べれば、円環の理の努めを果たす期間などというものは、瞬き以下の一瞬でしかない。その一瞬の一瞬。ごく小さな時間のなかで、宇宙に変化が訪れた。

 

 自然現象である円環の理は、その働きを阻害するその“変化”を取り除かねばならなかった。そのために異なる次元、もう一つの宇宙から召喚したのが、あの葛葉紘汰という男であった。

 

 女神にとっての永遠の世界は、彼とともに地上に降りた時からその様相を変えた。“まどか”を再現し、そこに今の円環の理としての情報の一部を上書きしてしまったことが、まどかにとっての地獄の始まりだった。

 ――――そこにずっとあった孤独に、気付いてしまったのだ。

 

「こんな気持ち、気づかなきゃ良かったんだ……。あのまま永遠に、消えたままで良かったんだ……」

 

 ――――いや、違う。

 ――――もっと根本的な後悔。

 

 ひとりはいやだ。

 だいすきなみんなに、もういちどあいたい。

 

 じゃあ、どうしたらよかったの?

 

「………ッ!」

 

 喉元まで出かけた最悪の言葉を慌てて飲み込む。

 

「ダメ……。それだけは、絶対」

 

 希望を信じる魔法少女のためだった。

 彼女たちの願いを絶望で終わらせないためだった。

 

 だから、この想いはあってはならない。

 

 

 ※※※※

 

 

「ふう……危ない危ない。あんな素敵なヒト、実在したのね……」

 

 洗面所で紅潮したままの頬をさすりながら、和子がひとりごちる。これまでに何度となく男性と交際してきた彼女ではあるが、それでもあの青年―――呉島貴虎のようなタイプの人間とは会ったことがない。

 モノにしたいという下心も最初はあったが、彼を知れば知るほどに、和子の中で彼に対する感情は恋愛的なそれよりも、尊敬や畏怖というものに近くなっていった。

 

「正直、年上のはずの私が全然年上っぽくないのが問題よね……。私、いえ彼がしっかりしすぎてるだけよ! 人間なんですもの、もっとふわふわしてたっていいはずだわ!」

 

 年上の面目丸つぶれではあるが、それでも白旗を上げるような気分にはならない。鏡の中の自分をじっと睨んで何とか自信回復を試みる。

 

「…………ん?」

 

 鏡の奥で、妙に懐かしい桃色の光がちらついたような気がした。

 

「…………気のせいよね」

 

 

 ※※※※

 

 

「………ふむ」

 

 自分といると、女性はトイレが近くなるとでもいうのか。

 一人取り残された客席でコーヒーを啜りつつ、他愛のない冗談を考えながら和子とまどかを待ちわびる。

 

「………まどか………」

 

 思えば、彼女のことは何も知らない。彼女がこの世界を作り替えた女神であるということは聞いているが、それ以前はどういった存在だったのかもよく聞いていない。かつては人間だったとは言っていたが、それがいつの時代、どこの国で生きていた人間なのかまでは語らなかった。

 自分のことを喋りたがらないのは結構であるが、彼女の生い立ちとこの見滝原に関係があるのであれば、喋ってもらったほうが都合はいいのだ。現状、真相の外周を彷徨っているだけの貴虎にとって、まどかの言葉だけが真相を窺い知る手立てなのである。

 

 

 

「うわぷっ」

 

 考え事をしていて上の空だった意識が、大腿に何かがぶつかった感覚で現実に引き戻される。何事かと机の下を見やると、ミニカーに手を伸ばす小さな子どもがもぞもぞと股下で蠢いていた。どうやら、走らせたミニカーが想定外の暴走をしてしまったのだろう。

 

「どれ、私が取ってやろう」

 

 幼い頃の光実をなんとなく思い返しながら、ミニカーを拾って渡してやる。すると子どもは、満面の笑みを浮かべて舌っ足らずな礼を言ってきた。

 

「ありゃと! おにいちゃん!」

 

「いや、構わんさ……」

 

 にっと微笑んで頭を撫でてやると、子どもはくすぐったそうに笑う。数秒ほどそうしていると、向こうの方からこの子どもの両親と思しき二人の若い夫婦が歩いてきた。

 

「どうもすみませんでした。ほらタツヤ、ありがとうは?」

 

 夫の方が子どもを諭すように息子の目の高さまでかがみ込む。頭ごなしに子を叱らない良い親なのだなと貴虎はひとり感心した。

 

「いえ、この子はちゃんとお礼を言ってくれましたよ。ちゃんとお礼のできるいい子なんですね」

 

 微笑みながら言葉を返す貴虎に、申し訳なさそうな表情をしていた若夫婦もどこか安心を覚えた表情を浮かべる。

 

「いえいえ、この通りのやんちゃ小僧ですよ。今日だってこの子のためにシャルモンに来たっていうのに……このきかん坊はっ」

 

 母親の方が息子―――タツヤを抱き上げて幸せそうに微笑む。貴虎は、自分が得られなかった両親の愛をそこに重ね、どこか寂しい気持ちになった。

 

「三名でお待ちの鹿目さまー」

 

「あっ……それじゃ」

 

 店員に呼ばれ、軽い会釈とともに三人が去っていく。過ぎ去った幼い日々の残影を見送るような心境でその背中を貴虎が見つめていると―――

 

 

 

〈待って!! 行かないで!! たっくん、パパ、ママァッ!!〉

 



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そして時は動き出す

https://www.youtube.com/watch?v=yvuPEKl8JL8


貴虎の横をすり抜け、店内を歩き回る従業員や客を透過し、まどかが脇目も振らずに若夫婦を追いかける。

 

〈待って! 私だよっ! まどかだよぉっ!〉

 

 届くはずがない。聞こえるはずがない。そんなことは、ほかならぬまどか自身が一番良く分かっているはずだ。

 ……なのに。

 

「なぜだ、まどか……いや、もしや」

 

 店員の言っていた「鹿目」という苗字。まどかのこれまでの言動、態度。

 貴虎の中で、何かのロジックが急速に組みあがっていく。

 

「――――まずい」

 

 電流の如き直感が、同時に言い知れぬ悪寒を背筋に走らせる。眼前の人々をかき分けて、貴虎はまどかを早足に追いかけた。

 

〈ねえ、待ってよ、パパ、ママ! たっくん、たっくんなら分かるよね? ねぇ答えて!〉

 

 半狂乱となったまどかが、全身から淡い光の粒子を立ち上らせながら、団欒の鹿目親子の足元にすがりつく。だが実体を持たないまどかの指は両親をすり抜け、空を切るばかり。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら家族を呼び続ける少女の金切り声を、しかし気に留める者もいない。

 

「よせ……やめろ、まどかっ……!」

 

 唯一まどかの声と姿を知覚できる貴虎だけが、彼女のもとへ歩み寄っていく。だが、冷静さを欠いて少々乱暴に客を押しのけ続けたせいで、気がつくと周囲から非難の視線を貴虎は向けられていた。

 

 顔、顔、顔……。どの顔もみな、強引に人ごみをかき分けた自分に対する非難の感情をたたえている。

 

 見向きもしない両親に泣きじゃくりながら縋り付くあの少女を、無視したまま。

 

「ちょっと。いくらお客様とはいえ、マナーを弁えていただかないと」

 

 そんな客たちの視線を代弁するかのように、筋骨隆々な大男が立ちふさがる。果たして店長の凰蓮・ピエール・アルフォンゾである。

 

「………お前たちには、分からないのかッ……!」

 

 ふつふつとこみ上げるマグマの如き感情が、貴虎の拳を固くしてゆく。

 

Qu'est ce qui est(なんですって)?」

 

 泣き叫ぶ少女の声に、誰ひとり耳を貸そうとはしない。

 その理不尽な光景への怒りと、まどかのいたたまれなさに―――――貴虎は、ついに爆発した。

 

 

「なぜ、泣いている子どもを放っておくような真似ができるんだ、貴様らはッ……!」

 

 

 押し殺した声で、だがはっきりと。

 迸る眼力と胆力で、自身を囲む周囲の客と従業員を引き下がらせる。

 

 まどかを知覚できるのが自分一人だけだなんてあんまりだ。一番彼女の声が届かなければならない彼女の家族に届かずに、どうして自分だけが……!

 

「………泣いてる子供なんて、どこにもいないじゃない」

 

「…………」

 

 貴虎の圧に誰もが怖気づく中でただ一人、立ちふさがる凰蓮だけが動じることなく堂々と立ちはだかる。

 だが、凰蓮と無言の火花がぶつかり合うこと数十秒、店内にずっと響いていたはずのまどかの声が止んでしんと静まり返っていることに、貴虎は気がついた。

 

「………まどか?」

 

「ちょ、ちょっとっ!?」

 

 強引に凰蓮を振り払い、鹿目親子のテーブルに向かう。だがそこには、訝しげにこちらを見つめる若夫婦と、不思議そうな視線を窓の外に向ける男の子だけがいた。

 

「………どこに………?」

 

 事実に耐え切れず、この場を逃げ出したのか。

 ………それともまさか、まどかを知覚する能力が自身から失われてしまったのか。

 

「まどかッ………!!」

 

 今の彼女には、誰かが必要だ。

 まだだ、まだ消えるな。

 まだ………!

 

 

 ※※※※

 

 

「これは……」

 

 薄暗いホテルの一室で、手元のタブレットを覗き込みながら薄く笑う男が一人。奇抜な髪型と派手なライダースーツが印象的な、中国人風の痩せた中年男といった風貌のその男は、向かい側に座る白い天使に微笑みかけた。

 

「とうとう捉えました。……見滝原です」

 

「そうか。ついに……。サーヴァントの件もある。《ゲネシスドライバー》とロックシードを、泉宮寺会長にあとでお渡ししてくれ」

 

「あの人も、大概道楽者ですからね。困ったことだ」

 

 白い天使―――槙島が本を閉じると同時に、男もすっくと立ち上がる。口ではぼやいているが、それでも口元に浮かべた告白な笑みは、男のうちに秘められた愉悦を物語っていた。

 

「僕たちにとって真の戦いはこれからだ。まずは泉宮寺会長の健闘に期待しようじゃないか。チェ・グソン」

 

「ふっ……怖い方だ。あんたは」

 

 糸のように細いその目を少しだけ開いて、男―――チェ・グソンが槙島に視線を投げかける。その瞳に映り込む槙島は、いつにもまして神々しく白い光を放っていた。

 

「葛葉紘汰の動向はどうなっている?」

 

「依然として不明のままです。ですが、今も円環の理の分身と行動している気配はありませんね。どうやら《森》で完全にはぐれたようです」

 

「問題はロード・バロンか。我々の復元した《ゲネシスドライバー》の力を以てしても、彼に対抗するのは難しい。だが今の記憶を失った彼が相手なら……」

 

「攻略は容易い?」

 

「いや、そううまくいくとも限らない」

 

 ふと憂いげな表情を浮かべると、槙島は静かに嘆息した。片眉を釣り上げて、チェ・グソンが訝しげに尋ねる。

 

「と、いいますと?」

 

「限定的にではあるが、彼はその力を有事の際に発揮している。エリーゼたちを退けたのもひとえに彼の力あってのことだ」

 

「しかしアレはただの当て馬です。聖団を総動員すれば……」

 

「更なる力を取り戻す危険性も考えられる。……彼を相手取るのは最後の最後だ。まずは円環の理の掌握と、それによるこの世界の魔法少女の支配が最優先さ」

 

「そして束ね上げた魔法少女の兵力を以て、オーバーロードを打倒する……」

 

「あまり先のことまで考えてはいけないよ、チェ・グソン。取らぬ狸の皮算用、とも言うしね」

 

「あんたにしては、随分と可愛らしい引用ですね」

 

「なに。僕だって、ごく普通でありきたりな人間だからね」

 

 会話を打ち切るその刹那。

 ぞっとするような美しさの中に何か底冷えするようなモノを匂わせて、槙島は笑った。

 



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秒読みは始まった

 だんだん冷え込んできた外気に体をぶるりと震わせながら、白い少女が住宅街を迷いのない足取りで進んでいく。目深にかぶったニット帽と首に巻いたスカーフがその顔を隠しており、少女の正体を余人が伺い知ることはかなわない。

 

 ―――彼は、耐えられるのだろうか。

 

 ―――だが例え耐えられなかったとしても、今の私は彼に頼る他はない。

 

 尋ね人のことを考えながら、少女はその瞳に一抹の不安と迷いをよぎらせる。だが、今立ち止まるわけにはいかない。流してきた血の代償を勝ち取るために。

 

 永遠に続くと思われた行脚もやがて終点を迎え、少女は辿りついた《呉島》の表札のかけられた玄関の前で足を止めた。

 

「………ここね………」

 

 落ち着いた声色で、確認するように小さく呟く。すると少女はインターホンに触れることすらせず、おもむろに胸元から小さな宝石を取り出して扉に近づけた。瞬間、取り出した白亜の宝石が一瞬の閃光を放ち、扉の内部構造に物理的な干渉を行う。

 

「……よし」

 

 数秒と経たずに響いた乾いた音が、扉の開錠を物語る。ドアノブをひねって開錠に成功したことを確かめると、少女は遠慮のない足取りで家屋の中へ踏み込んでいった。

 

 

 ※※※※

 

 

「光実くん……起きなさい。光実くん」

 

 夢とも現ともとれぬ美しい声が、まどろみの中にいた光実に覚醒を促す。言われるままに上体を起こして瞼を開けると、そこには椅子に腰掛けた白い少女―――美国織莉子がいた。

 

「な、おり、こ? っていうか、ここは僕の―――」

 

「気絶していたのよ、あなた。重度の疲労でね」

 

「なるほど……きみが僕を昨夜家に帰したのは、僕が披露で倒れることを予知していたからってことかい?」

 

「そういうことになるわね」

 

「………それならどうして、きみが僕の部屋に?」

 

「…………」

 

 訝しむ光実に、織莉子が感情のない顔を向ける。数秒の沈黙がそのまま過ぎ去り、織莉子は小さな声で厳かに告げた。

 

「キリカと巴マミに予知魔法を使ったわ。………今夜十時、二人のソウルジェムはサーヴァントによって砕かれる」

 

「―――――ッ!?」

 

 織莉子の告げた突然すぎる宣告に、光実は目を見開いて絶句した。

 

「早く助けに行かなくちゃ……! ほむらちゃんは、佐倉杏子は? 吾妻江蓮はまだ動けないんですか!?」

 

 織莉子に掴みかからんばかりにまくしたてる光実。だが、織莉子は伏し目がちにとつとつと最悪な状況を告げるばかりだ。

 

「暁美ほむらと佐倉杏子は、重傷を負ってしまったことで自らの死を誤認し、ソウルジェムがかなり濁ってしまっているの。肉体的な損傷は回復済みだけど……魔法を行使するにはグリーフキューブが足りないわ。でもだからといって、魔法少女でもない吾妻江蓮を戦場に駆り出すわけにはいかない」

 

「だったら戦極ドライバーを使えばいい! 未使用のドライバーはあと4つある!」

 

「そういうわけにもいかないのよ」

 

「どうして……!?」

 

 光実の案を拒絶する織莉子に、募る苛立ちを隠そうともせずに光実が食ってかかる。だが、織莉子は冷淡に現状報告を続けた。

 

「あなたのお兄さんが、ドライバー入りのケースを持ち出してしまったのよ」

 

「なッ………!?」

 

 飛び起きて、部屋を片っ端からひっくり返す。

 机の裏、ゴミ箱の底、洋服箪笥の隙間まで……。

 

「そうか、確か昨夜僕は風呂場で……!」

 

 バタバタと音を立てて階下に駆け下り、リビングを突っ切って風呂場の戸を開く。だがそこには、彼の探し物は存在していなかった。

 

「………お兄さんがアーマードライダーのことまで知ったかどうかは分からないわ。だけど、戦極ドライバーはあなたのものも含め、すべてあなたのお兄さんが所持している」

 

 風呂場で絶句する光実の背後から、歩み寄ってきた織莉子が静かに告げる。激情に駆られた光実は、髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら唸り声をあげて膝をついた。

 

「~~~ッ!!」

 

「落ち着いて、光実くん」

 

 怒り狂う光実の肩に手を置くも、しかし光実はこれを振り払う。激情が彼から本来の冷静さを失わせているのだ。だが織莉子もまた、内に秘めた衝動に身を焦がさんばかりに震えていた。

 

「落ち着いていられるかよ! 早く兄さんを見つけないと! そうしなきゃ……」

 

「そうよ。お兄さんを早く見つけないと……彼の命が危ない」

 

 ぴたりと。さっきまで怒りに打ち震えていたはずの光実が、その激情に水をかけられたように静止する。織莉子は改めて、状況の説明を再開した。

 

 

 

 

 

「今夜10時、あなたのお兄さんは私たちも見たことがない新たなアーマードライダーによって襲撃され……命を落とす」

 

 

 

 

 

「10時……それって」

 

 ハンマーで殴られたような衝撃が、光実を激しく動揺させる。敢えて一番衝撃的だった箇所を避けた質問をすることで、光実は己の精神の安定を図ろうとした。

 

「そう。キリカと巴マミ救出のタイムリミットと同時刻。……けれど、彼女たちの居場所も、あなたのお兄さんがどこで襲撃されるかも、まだ分からない」

 

 絶望が立ち込め、激情の代わりに拭い難い憂鬱と虚脱感が光実の瞳から光を奪う。そのままぺたんと座り込んで、光実はがっくりと項垂れた。

 

 兄が死ぬ。

 無関係であるはずの、何も知らないたったひとりの肉親が。

 不条理に、無慈悲に―――――殺される?

 

「美国先輩の予知は、未来に起こる事象の視覚イメージを得る魔法………それなら、時刻がハッキリ分かるってことはつまり、時計か何かがその周辺に見えたということですよね」

 

「………ええ。キリカたちの予知には、サーヴァントの私物と思しき懐中時計が。あなたのお兄さんが殺害された予知では、彼の腕時計の視覚情報が()えたわ」

 

「ッ………場所の手がかりにはならない、か……」

 

 ますますの絶望感が、項垂れる光実をさらに激しく打ち据える。

 

 ―――――仲間か。肉親か。

 

「……まずは戦極ドライバーだ。僕は取り敢えず兄さんを探す。美国先輩は、ゆまちゃんとサーヴァントのアジトを探してください」

 

「それは現実的ではないわ。私もあの娘も、サーヴァントのような強力な敵と戦えるほどの力は無い」

 

 前衛役がいなければ戦えない織莉子に、そもそもの戦闘力に疑問の残る千歳ゆま。現状動ける魔法少女ではあるが、それでもあまりに心もとないと言わざるを得ない。

 

「ですから、僕がまず兄さんから戦極ドライバーを取り返します。そのあとそちらに合流して、サーヴァントを叩く」

 

「現在時刻は午後3時。タイムリミットは7時間……」

 

 マミが死ぬまで。キリカが死ぬまで。貴虎が死ぬまで―――残り7時間。

 

 長いようで短い命の導火線に、火が灯った。

 

「行きましょう。―――時間がありません」

 



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唐突なる反撃

「それじゃ、行ってきます!」

 

 集めたロックシードを詰め込んだリュックサックを背負い、光実の自転車が弾けるようにして発車する。その背中を見送りながら、織莉子は半ばパニックに陥っている光実の無事を祈りつつ、懐から携帯電話を取り出した。

 宛先は自宅。留守を任せた皆に、戦極ドライバー紛失の状況報告をするためだ。

 

「はい、美国です!」

 

「もしもし、ウォレスくん?」

 

 受話器を取ったウォレスが、張り切った顔で受け答えをする。

 

「織莉子です。みんなはどんな様子かしら?」

 

「ほむらちゃんと杏子ちゃんはまだ寝たきりだよ。ソウルジェムの濁り具合も停滞気味。匂坂先生が看てるから大丈夫だと思う。ゆまちゃんと江蓮も、看病にあたってくれてるところ。………それで、マミちゃんやキリカちゃんは助けられそう?」

 

「そのことも含めて、今ちょっと揉めているところなの。……ウォレスくん、江蓮さんと代われるかしら?」

 

「了解っ! エレ~ン!」

 

 こういった場合、ウォレスよりも江蓮の方が冷静に判断ができるはず、というのがこの人選の根拠だ。無論、この切迫した状況下でウォレスの朗らかな態度が神経を逆なでするという感情的な理由も込みではあるのだが。

 

「江蓮よ」

 

「………悪い方の予想が当たりました」

 

「………戦極ドライバーは既に持ち出された後、か………」

 

 重苦しい沈黙が、電話を介して二人のあいだに立ち込める。織莉子の予知を目の当たりにしていた留守番組もまた、まさにこの“戦極ドライバーの持ち出し阻止”ができるかどうかに注目していたのである。

 

「これで、お兄さんを探す以外に方法は無くなった。今は光実くんにすべて任せきりだけれど……サーヴァントのアジトを突き止めるにせよ、実際そこに踏み込むにせよ―――――このままでは圧倒的に戦力が足りないわ」

 

 美国織莉子は、自身を過大評価も過小評価もしない。己の能力である予知を発揮して勝利に貢献しようとする意志こそあれど、しかしだからといって積極的に戦闘を行おうとは考えない。自身の領分が戦いとは遠く離れたところにあると知っているからだ。 だが、状況がそれを許さないのであれば話は別だ。

 幾つもの要素が入り乱れ、刻一刻と変化していく未来を予知魔法で捉えることはほぼ不可能に近い。《いつ》《どこで》《誰が》《何を》……これらすべてが空の星のように入り乱れる以上、織莉子の予知魔法は絶対的な確定事項にこそ作用するが、戦いの勝敗や得られる情報などは常に運命の水面を揺蕩っていて、掬い上げることは容易ではない。

 織莉子の予知が“既知”ではなく“先見”である以上、絶対的な確信を以て自身の能力を信じることはできないのだ。

 

 ゆえに、織莉子は常に思考を張り巡らせ、仲間を集める。不確定の未来―――そのヒントを手繰る己の《目》を最大限に活かして、望む結末を最高のカタチで手に入れるためにもがき続ける。

 

 ―――――病院の犠牲者たちや、己の失策のせいで未だ囚われの身のままであるマミやキリカのことを思うと、自らのソウルジェムを思わず衝動的に砕いてしまいたくなる。

 

 でもまだだ。

 まだ、ここで止まるわけには行かない。

 最良の未来を手に入れるために、ここで立ち止まってはならない。

 そのための罪を背負う覚悟はできているのだから。

 

「聞こえる? 織莉子、織莉子!」

 

「――――ごめんなさい。少し上の空だったわ」

 

「大丈夫なの?」

 

「ええ。………それよりも、サーヴァントのアジト捜索のことだけど。ゆまちゃんとあなたでちょっとこっちに来てくれるかしら。場所は駅の南の住宅街よ。公園があるから、そこにいます」

 

「分かったわ。くれぐれも周囲に気を付けてね。いつどこからサーヴァントが監視しているとも限らないのだか―――――ッ!!」

 

 突然、電話の向こうで響くガラスの割れる音。何かが砕けたり破かれたりする音が断続的に轟き続け、江蓮やウォレスの悲鳴がかすかに聞こえてくる。

 

「!? どうしたの、江蓮さん、江蓮さんッ!!」

 

 必死の形相で電話に訴え掛けるも、返事はない。やがて轟音は唐突に打ち切られ、後には通話終了を告げる電子音だけが残された。

 

「………一体、何がッ……!」

 

 

 ※※※※

 

 

「せんせいっ! 大丈夫? せんせいっ、せんせいっ!」

 

「あぐッ……逃げろ、ゆまちゃんッ……」

 

 引き裂かれたベッドから吐き出された無数の羽毛が舞い散る寝室―――その部屋の片隅で腕を抑えてうずくまる匂坂に寄り添い、ゆまは患部を癒そうと癒しの魔法をかけていた。……だが、状況は彼女に治療の余裕を与えない。

 

「……悪いけど。二人には人質になってもらうわ」

 

 黒銀のアーマードライダーとなったリーマが、ベッドごと匂坂を斬りつけた《無双セイバー》に血を滴らせながらゆっくりと迫ってくる。

 

「――――ッ!」

 

 ゆまたちにあと一歩で斬りかかれる距離に到達するというタイミングで、黒いリーマのアームズに銃声と共に火花が散る。

 

「ゆまちゃん、匂坂先生を連れてここから逃げなさい」

 

 ゆまたちを救ったのは、階下から駆け上がってきた吾妻江蓮であった。淀みない気迫でリーマを牽制しつつ、パイソンを構えて部屋に突入する。

 

「何故あなたがドライバーを? それは織莉子が自室で保管していたはずよ」

 

 問いかけながら、ゆまと匂坂の退路を確保する。二人がよろつきながらも寝室を出て行ったことを見届けて、リーマは仮面の奥で酷薄に哂った。

 

「昨夜あなたたちが寝てる間にね。狸寝入りにも気付けないだなんて―――この世界の人間は本当に腑抜けばかりなのかしらッ?」

 

「クッ!」

 

 言いつつ、無慈悲にもリーマは無双セイバーの引き金を引いた。パイソンのそれを上回る火力が江蓮を襲う。だが江蓮はそれを巧みに躱し、代わりに床が木屑を舞い上げた。現役時代に培った身のこなしが、彼女の命を救ったのだ。素早いローリングで寝室のドアの影に隠れ、遮蔽物越しにリーマの殺気を伺う。

 

『KURUMI・ARMS! Mr.KNUCKLE MAN!!』

 

「まったくもってその通りだ! ハッハハハハ!!」

 

 だが、劇的に変化し続ける状況は江蓮たちを更なる窮地に追いやる。

 江蓮がもたれかかっていた壁のほんの1メートルほどずれたところの壁が轟音とともに崩れ、中から黄土色のアーマードライダーに変身した上条恭介が現れたのだ。

 さらにまずいことに、恭介の位置は廊下を逃げていたゆまと匂坂を阻むカタチとなっている。前方に上条、後方にリーマ……江蓮たち三人は、まさに絶体絶命の状況となっていた。

 



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目覚める魂

「ククク………僕らをコケにした報いを受けるがいい……ッ!」

 

 巨大な鉄拳を構え、ゆまと匂坂にジリジリと恭介が迫る。その言葉といい立ち振る舞いといい、仮面の裏の醜悪な表情が透けて見えるようだと、匂坂は苦痛の中で感じていた。

 

「簡単にやられたりしないもん……! ゆまだって、魔法少女なんだからっ!」

 

 覚悟を呟き、ライトグリーンの閃光を纏ってゆまが変身する。治癒魔法に特化したサポートタイプの魔法少女であるゆまに、戦闘に先鋭化したアーマードライダーとの戦いは、客観的に荷が重いと論ぜざるを得ない。だが、向き不向きとは関係なく、現実は無慈悲に少女に過酷な運命を強いる。

 

「…………怖くなんか、あるもんか……! うあああああ!!」

 

「らあぁぁあぁぁああッ!!」

 

 理不尽な虐待に苦しみ喘いでいたあの頃に抱いていたあの無力感に足がすくみそうになるが、今のゆまには守るべき人と、戦う理由がある。

 両手に握られた猫の手を模したメイスが振りかぶられるのと、恭介の狂拳が繰り出されるのはほぼ同時であった。

 

 

 ※※※※

 

 

「あぁあ、ぅあ、どうしよう、どうしよう」

 

 二階でいったい何が起こっているのか。未だ目覚めない杏子とほむらを庇うように覆いかぶさりながら、しかしウォレスは彼女たちを守る術を持たぬ己の無力さに絶望していた。

 

「もしかして、恭介くんたちが……?」

 

 二階から響く轟音や銃声が、壮絶な戦いの様子を如実に物語っている。戦っているのはゆまと江蓮だろう。焦燥感が鼓動を早め、呼吸も不確かにさせてゆく。

 

「あああああ………! ボクは、ボクはどうしたらっ……!」

 

 以前エリーゼたちに襲われた時のように、気絶している間になんとなく解決していたというような状況を期待はできないだろう。今回はマミも杏子もいないのだ。

 

「誰か、誰か助けてよぉ………!」

 

 ――――馬鹿馬鹿しい。他人の力を頼ってどうする?

 

「ボクには何も……何もできない……」

 

 ――――できるできないの問題では無い。やるか、やらないかだ。

 

「うぅっ………ひっく……」

 

 ――――弱い者は滅び

 

「…………………強い者だけが、生き残る」

 

 

 ※※※※

 

 

 幽鬼の如き足取りで、ウォレスがフラフラと戸を開けて彷徨い歩く。それと同期するかの如きタイミングで天井が凄まじい破壊音と共に崩れ、五つの影が瓦礫に紛れて落下してきた。

 

「…………ゆま………江蓮………先生………」

 

 舞い上がる粉塵の中、倒れ伏す三つの人影を見つめながら彼らの名前を呟く。すると、粉塵の中でこちらを見つめる二つの人影と目が合った。

 

「なんだぁ、まだ一人いたのか。………って、なんだアンタか」

 

 二つのうち巨大な拳を持った人影が、せせら嗤いながら粉塵を突っ切ってこちらに歩み寄る。血に染まるその巨大な鉄拳が、彼のウォレスに対する害意を何よりも象徴していた。

 

「待ちなさいキョウスケ。………奴は………まさか………?」

 

 もう一方の黒銀の人影が、キョウスケと呼んだ方の人影を制するように刀をかざす。……無論、こちらにもぬらりとした赤黒い血糊が付着している。

 

 

 

「……………」

 

 理不尽な暴力。

 まるでそれが強者に許された当然の権利だとでも言わんばかりの、傲慢な態度。

 

「……………」

 

 力が必要だ。

 どんなに強大で理不尽な暴力が相手でも、牙を剥けるだけの力が。

 

 

 

「そんなことどーでもいいっ! あいつが誰だろうが知ったこっちゃない! あいつもぶん殴るだけだ!」

 

 以前の物静かで温厚な性格のかけらすら見いだせない粗野な大声で、恭介が吠える。するとリーマもまた、彼の言葉に我に返ったように刀を構えた。

 

「………」

 

 だが、ウォレスは立ちはだかった。

 丸腰で武器もなく、仲間もいない孤立無援のこの状況で。

 

「何? まさか、あんたが僕らに戦いを挑むとでも? 勝ち目があるとは思えないけどなぁ?」

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=xLD68SkMEd8

 

 

「勝ち目だと? 典型的な弱者の発想だな。俺は貴様が気に食わん………。戦う理屈はそれだけで充分だ!」

 

『BANANA』

 

 もはや彼はウォレスにあらず。そう、彼は――――

 

『BANANA・ARMS! NIGHT OF SPEAR!!」

 

「何だとッ!?」

 

「まさか、本当に……? いや、そんな!?」

 

 驚愕するリーマと恭介。だが、牙を剥いた赤き騎士(バロン)が二人の精神が立て直されるのを待つ道理などない。驚きのあまり棒立ちになった恭介の腹部に、速攻の《バナスピア》が突き立てられる。

 

「ガハァッ!?」

 

「しまっ……あぁッ!」

 

 吹き飛ばされる恭介に意識が逸れた瞬間を突いて、バロンが横合いからの殴打をリーマに繰り出す。まともに回避も防御もできぬまま、リーマは《バナスピア》のフルスイングを叩きつけられて転がされる結果となった。

 

「フンッ……思い出したぞ。そのアームズ、さてはコウガネの出涸らしだな。奴らの考えそうなことだが……そんな程度では俺には通じんな!」

 

「くぅっ……舐めるな!」

 

 幼い声に精一杯の怒気を滲ませて、リーマが立ち上がりざまに《ダーク大橙丸》と《無双セイバー》を連結させる。だが、バロンはさして警戒するような素振りも見せず、それどころかリーマを嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

 

「小娘の身にありながら、その意気や良し。…………だが、力は手に入れただけでは意味がない。使いこなせなければそれまでだ!」

 

 バロンの言葉が合図となり、リーマが弾けるように薙刀を振りかぶった。

 

「だああぁぁぁあぁッ!!」

 



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悪意の足音

 周囲の幸せそうな人々には目もくれず、必死の形相で貴虎が美滝原の街並みを駆け抜ける。

 

「まどか、どうしてだ、どこに……!」

 

 単に見失っているだけならいい。それならばどこまでだって追いかけて見つけ出してみせる。だがもし、まどかを認識する力が失われてしまったのだとしたら―――

 

「だめだ、だめだそんなこと!」

 

 流れる汗もそのままに、まどかを探し求めて公園に飛び出す。噴水と電飾が夜になると幻想的な空間を演出するこの場所は、見滝原でも有数のデートスポットだ。しかし、まだカップルで混みだすには明るいこの時間帯であれば、逆に人通りは少ないとも言える。気持ちがどうしても落ち着かなくなってきた時、貴虎はたまにここに来て気を落ち着けていた。いわば癒しスポットだ。そして、かつて見滝原市民であったかのような節のあるまどかであれば、癒しを求めてこの場所に来ていたとしても不思議ではない。

 

「まどか……」

 

〈……〉

 

 どんぴしゃり、貴虎の予想は的中した。ベンチに腰掛けて噴水をぼーっと見つめる、桃色の光を纏った少女を視界の中心にとらえる。

 

「どうしたんだ、まどか」

 

〈……聞いてくれますか、貴虎さん〉

 

「もちろんだ。またああいうことをされては困る」

 

 なんて貴虎らしい、高圧的で不器用な言葉だろう。まどかは虚ろな瞳で噴水を見つめたまま、貴虎の遠回しな優しさに感謝した。

 

〈私、契約した時に願ったんです。全ての魔女を、生まれる前に消し去りたいって。……そうして願いを叶えた私は、魔法少女になって、魔女になって……それからすぐに、この世界から跡形もなく消えて無くなったんです。過去からも、未来の可能性からも〉

 

 淡々と、感情の無い声で語るまどかだが、握り締められた拳はかすかにであるが震えている。少女が内に秘めているだろう心の闇を察して、貴虎はそっと寄り添うようにして隣に腰掛けた。

 

「それがきみの孤独の理由か。……あの若夫婦は、本来ならばきみの両親であるばずだった、というところか?」

 

 貴虎の問いかけに、まどかが無言の肯定を返す。貴虎もまた、まどかの意思を尊重してそれ以上の言葉を口にはしなかった。

 

「………」

 

〈………〉

 

 未だその存在を確認できていない魔法少女のことも、この世界を蝕みつつあるという《森》についても、貴虎は内心ではどこかで疑いを持っていた。だがそれでも貴虎がここまでやってきたのは、全てこの少女―――まどかのためだ。そのまどかが今、孤独の悲しみに押し潰されそうになりつつある。

彼女には自分しかいない。彼女の悲しみも孤独も、分かち合えるのは自分だけ。ーーーであるならば。

 

〈……えっ〉

 

 掠れた声で傍を見やるまどか。彼女の視線の先には、貴虎に握られた自分の左手があった。

 

「だが、少なくとも私にとってのきみは、まぎれも無い現実の存在だ。この世界の過去にも未来にもいなくても、私の過去と未来にはきみがいる。……だから、自分を見失うな。いつだって私は、きみと共にある」

 

 まっすぐな言葉。苦しみと孤独の辛酸を舐め続けてきた貴虎の、しかしだからこそ強く響くエール。

 

〈たかとら、さん〉

 

 潤んだ瞳で見つめながら、眼前の愛しい人の名を呟く。震える唇が無意識に貴虎に愛を求め、貴虎もまたそれに応じようとまどかの肩を抱く。

 背徳感も、理性も、今は忘れて。溺れるような愛しさに任せて、二人はお互いを確かめ合うように、貪るように―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて、させるとでもお思いかね?」

 

 壮年男系のそれを思わせる低音の声が、二人の世界を打ち壊す。そして次の瞬間―――

 

〈―――ぁっ!?〉

 

「なにッ!?」

 ―――まどかの体は突如として上空に現れたジッパー型の空間の裂け目に吸い込まれてしまった。

 

「そんな、まどか!?」

 

 吸い込まれるまどかを取り戻そうと手を伸ばす。だが貴虎の手がまどかに届くその寸前、ジッパーは閉じられ、空間の裂け目はその口を閉じてしまった。

 

「バカな……!? どういうことだ、これは!!」

 

 怒りと驚愕に満ちた表情で、先ほどの声の主を睨みつける。するとそこには、まるで狩人の如き装いに身を包んだ白髪の老人が立っていた。

 

「彼女はこの世界の魔法少女を手に入れるため、必要不可欠なキーパーソンなのだよ」

 

「何を言っている!? まどかを返せッ!!」

 

 激情と共に拳を握り固めて、老人に殴りかかろうとする貴虎。だが横合いから突然襲いかかってきた黒い影が、間髪入れずに貴虎を弾き飛ばす。

 

「ガッは……」

 

 チカチカと点滅する頭をブンブンと振りながら、なんとか姿勢を立て直して自分を攻撃してきた黒い影の正体をとらえる。

 

「なんだこれは……!?」

 

 そこには、黒いボディをした犬型のロボットが数台こちらを見つめていた。

 

「貴様はいったい!?」

 

「さぁ、楽しい狐狩りの時間だ。若き狐よ、せいぜい逃げ惑って私を興じさせておくれ」

 

 老人が酷薄な笑みを浮かべて、肩から下げていたライフルを構える。

 前触れも無く叩き落とされたこの信じ難い現実に、貴虎は戦慄と戸惑いの表情を浮かべて身構える他無かった。

 




【第十一話 理由の無い悪意】はこれで終了です。超展開が続きますが、どうかお付き合い頂ければと思います。


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【第十二話 天下御免】
光実、疾風のごとく


 攫われたマミとキリカに、サーヴァントによる処刑が刻一刻を近づく。だが二人の処刑とほぼ同刻に、これまでに確認されていない謎のアーマードライダーによって殺害されてしまう光実の兄―――貴虎の姿を織莉子が予知する。
 仲間と肉親―――天秤に掛けざるを得ない切迫した状況のなか、光実は苦悩とともに走り続ける。
 
 一方貴虎は、まどかを通じて徐々に真相に迫っていたが、突如現れた謎の老人にまどかを攫われてしまう。


 アメリカで《ファントム》に遭遇した時以来久しぶりに味わう、圧倒的な殺気。

 ロボットと思しき金属の猟犬たちといい、老人がこちらに向ける猟銃といい、どうやらむこうはキツネ狩りでもするつもりのようだ。

 

 粟立つ肌をなだめながら、貴虎は状況をつとめて冷静に分析し、思考する。

 

「どうした狐よ。もう狩りは始まっているぞ?」

 

「貴様の狩りとやらにつきやってやるつもりはない。……だが、そうせざるを得ない状況なのは確かなようだな」

 

 その言葉が契機となったのか。

 

 次の瞬間、飛び退った貴虎の10センチほど前で舗装タイルが轟音とともに弾け飛んだ。

 

「クゥッ……!」

 

 どうやら、銃声が周囲の人間に聞かれることなど、まるで気にしていないらしい。

 うめき声をあげながら間一髪回避した貴虎に、無情にも次弾が殺到する。

 

「ッ!」

 

 これも回避。だが、バランスを崩してしまった貴虎が地を舐めるのと、後方に位置していた猟犬たちが襲いかかってくるのは、ほぼ同時のことであった。

 

 ―――――避けられない―――――

 

 命の危機を本能的に察知し、思わず手にしたアタッシュケースを盾にする。

 すると、思いのほかケースが頑丈にできていたのか、猟犬たちの爪を弾くことに成功した。

 

「………」

 

 無感情な顔で猟銃の再装填をしていた老人が、どこか安堵しているかのような表情を見せる。どうやら、老人はこの《狩り》を心から楽しんでいるらしい。

 

「―――――はあぁぁッ!!」

 

 気合いとともに猟犬たちを弾き飛ばし、そのままの勢いで一気に茂みへと走り出す。

 途中、何度も足元の舗装タイルが爆発したが、気にしている余裕はない。

 

 茂みを飛び越え、斜面を転がるように滑り落ち、川を横切る鉄橋に出る。

 

 だがここまでしても猟犬たちの追尾からは逃れられず、それどころか、周囲にあったはずの人影がどこにも見当たらない。

 

「馬鹿な、今日は日曜だぞ……!」

 

 思えば、躊躇なく老人が発砲してきた時からおかしかった。まどかと一緒に出歩いていた時はあんなにいた群衆も、今ではその情景の欠片すら消え失せている。

 

「どういうことだ、これはっ……!」

 

 不可解な世界、奇妙な狩り―――まるで不思議の国にでも迷い込んでしまったかのようだが、しかし迫る生命の危機は紛れもない現実のものだ。

 

 立ち止まれば、確実な死がやって来る。

 

 時刻は午後5時。既に辺りは夕闇の帳に閉ざされ、じきに完全な夜になる。

 そうなってしまえば、もう貴虎に勝ち目はない。恐らく暗視機能もついているであろうあの猟犬ロボットたちに狩り出され、あの老人の弾丸で蜂の巣にされるのがオチだ。

 

「はっ――――はっ――――はぁっ――――――――!」

 

 全力疾走の反動が、次第に呼吸に現れてくる。

 もう、これ以上長くは走れそうにない。

 

 振り返れば、まだまだ猟犬は振り切れてはいない。

 せめてバイクか何かがあれば、また違ったのだろうが……。

 

「ガハッ!?」

 

 曲がり角で突然現れた猟犬の一撃をくらい、吹き飛ばされる。

 どうやらいつの間にか、回り込まれていたらしい。

 

 猟犬たちは一台ずつ色分けされており、赤、黒、青、緑の四台が存在する。

 そしてそのすべてが、今の貴虎を完全に包囲するかのように囲い込んでいた。

 

「ちぃ―――」

 

 急ピッチで開発の進んだ見滝原には、その急速すぎる発展の弊害か、建物と建物の間に奇妙な隙間がある。その隙間はさながら迷宮の様相を呈しており、こうして見滝原中心部にたどり着きさえすれば、この迷宮で猟犬たちをまくことができる、というのが貴虎の当初の目的であった。

 

 だが、前後をこうして挟まれてしまってはそのアドヴァンテージは逆に貴虎を追い詰める。

 

 どこにも逃げられない、本当の絶望――――じりじりと距離を詰められながら、貴虎は歯を食いしばって無念に耐えた。

 

 

 

 ―――――だが。

 

 

 

 

「だあぁああああぁあああ――――――――――ッ!!!」

 

 幼さすら感じさせる少年の声が大気を震わせ、同時に迸った紫紺の光弾が猟犬たちを粉砕する。

 あまりにも突然なその展開に貴虎が目を剥いていると、光弾を発射した主であろうその人影が破壊された猟犬たちを踏み越えて走り寄ってきた。

 

「お前は……」

 

 紫と緑に彩られた、中華風の鎧を身に纏った仮面の戦士が視界に飛び込んでくる。

 

「探したよ兄さん。まさか結界の中にいるなんてね……。ねえ兄さん、この結界を作る魔獣は、どこにいるか分かる?」

 

「結界? 魔獣? ………というか、兄さん?」

 

「ああ、もう……なんでこんなに鈍いかな……」

 

 呆れたようにつぶやきながら、ベルトに装填された錠前を外す鎧武者。するとまとっていた鎧は気化するように放散し、中から見知った顔の少年が現れた。

 

「光実……!!」

 

「……? 戦極ドライバーを持ち出したってことは、だいたいの事情は分かっているものだと思っていたけど……」

 

「あ、ああ。それが、アーマードライダーとかいうやつか」

 

「まあね。異世界からの侵略者を相手に、魔法少女とともに戦う……それが、今の僕だ」

 

 まどかの言葉がグルグルと頭の中を回る。

 

 ―――異世界の森、侵略者、魔法少女―――

 

「……事情はさっぱりだが、まぁまぁ大体のことは飲み込んだ。それより光実、この状況がどういうことか、分かるか? 銃を持った老人に、狩りと称して追われているんだが」

 

「―――いや、僕にも心当たりはないよ。僕らが戦ってきたのは、黒いコートの中年男だ。老人となんて戦ったことはない。……というか僕も聞きたいことが沢山あるんだ。このロボットが何なのか、兄さんがどこまで知っているのか―――」

 

 顎に手をやり、悩ましげな表情で思考する光実。だがその思考は、響き渡る銃声によって唐突に中断させられた。

 

「ッ!?」

 

 煙をもうもうと吐き出す銃口と、不機嫌そうな老人の顔が迷宮の彼方からこちらを見つめている。貴虎は弟の手を取って一目散に逃げ出した。

 

「くそっ……逃げるぞ光実!」

 

「逃しませんよ。私の狩りを邪魔した罰を、あなたには受けてもらう……!」

 



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さざなみの彼方に

一方その頃、美国邸の玄関先で三人の男女が騒いでいた。


 機械いじりで油に汚れた指で、ピニオンが本日五度目のチャイムを鳴らす。

 だが、美国邸のインターホンはやはり、ウンともスンとも言わない。

 

「………出ねぇな」

 

「お昼のうちに訪ねていれば良かったかなぁ」

 

「というかピニオン、その髪型さぁ……お前もう少し考えろよな。今日は魔法少女たちとの和平交渉に来たんだぞ?」

 

「るっせぇなベローズ! 俺様のこのそそり立つリーゼントが、気に食わねえってのかコンチクショー! だいたいなぁ、お前らが上条恭介相手にドンパチやってる間に、ココをつきとめたのは俺なんだぞ! 俺の働きに感謝しやがれってんだ!」

 

「だぁもう、うるっさいなピニオン! 分かったから落ち着きなよ! もう、気合入れて日曜だってのに学校の制服着てきたあたしが馬鹿みたいじゃんか……」

 

 玄関先でぎゃんぎゃんと喚く、三人のデコボコトリオ。美樹さやかを筆頭に、異世界人のベローズとピニオンが後に続く布陣だが、どう見ても隙だらけだ。

 こんなところを呉キリカあたりにでも見られれば、間違いなく襲われるに違いない。

 

 幸いにも、彼女の不在と現在美国邸の中で起こっている“とある出来事”が、能天気な彼らを救っていた。

 

「あぁーもう、いいっ! 全然出てこないし、もうこうなったら勝手に開けて入っちゃうもんね!」

 

「んだよー、サヤカ仕切ってんじゃねぇぞー」

 

「ピニオンは黙ってな! もうっ……変なところでガキなんだから」

 

「少年の心を忘れていない、と言ってくれたまえよぉ」

 

「あれ、鍵が開いて―――――でっ?!」

 

 瞬間、ドアノブを握るさやかの手のひらに電流が走る。

 迸る雷光の如き魔力の残滓が、ドアノブにかけられていた魔法の存在を暗示していた。

 

「いったぁ………ビリっときたぁ…………」

 

「静電気ってワケでも無さそうだな。それに、途端に中の音が聞こえるようになったぜ。なんだかドンパチやってるみてぇだ」

 

 耳に手をやり、薄く開いた玄関の隙間からこっそりと屋敷内の音を聞きとる。すると、くぐもった音ではあるが、まるで騎士たちの剣戟を思わせるような激しい金属の摩擦音が聞こえてくる。

 

「アーマードライダーが中で戦ってる……? と、ともかく突入しようぜ!」

 

「恭介とリーマちゃんだ! そうに違いないよ!」

 

 口々に屋敷内への突入を叫ぶさやかとピニオン。だが、ベローズはこれが罠である可能性を捨てきれずにいた。こんなところに居を構え、これまで自分たちを翻弄してきた魔法少女である。そのアジトにおいて、何があるかなど分かったものではない。

 

「いや、まだ早計だろ……。サヤカ、ピニオン、取り敢えず落ち着け。焦ったまま入っていったら、それこそ何があるか分からねえぞ。突入に関しちゃ私も賛成だが、中で何が起きているのか正確に知る必要がある」

 

 神妙な顔つきでなだめるベローズの態度に、自信の軽率さを悟ったのか。さやかとピニオンは、握り締めたロックシードを再びポケットにしまいこんで、無言のままにコクリと頷いた。

 

「よしっ………ピニオン、ロックビークルをすぐ出せるように構えてろ。サヤカはドライバーを腰に巻いとけ。殿は私がつとめる………。行くぞっ」

 

「らじゃっ」

 

「了解だぜ」

 

 

 ※※※※

 

 

『BANANA SQUASH!!』

 

「セイィーーーーッ!!」

 

 ドライバーの電子音と共にチャージされたエネルギーを、一気に槍とともに解き放つ。バロンの繰り出した《SQUASH》は、これまでの格闘でダメージの蓄積していたリーマの《ダークネスアームズ》を粉砕し、一気に変身解除に追い込んだ。

 

「ぐはぁっ……っ」

 

「例えガキだろうと俺は容赦しない。葛葉を倒し、魔王となったあの日から、俺の弱さは完全に死んでいる……!」

 

 荒ぶるバロンを、しかしもはや止められる者はいない。上条恭介は既に初撃でリタイアしており、魔法少女たちも全員意識を失ったままだ。

 

「う、ウォレス……」

 

 ………ただ一人、崩れた瓦礫の中で手を伸ばす吾妻江蓮を除いては。

 

 

 

「おのれ、ロード・バロン……! お前のせいで、お前のせいで私たち人類はっ……!」

 

 憎悪と屈辱に濡れる頬を拭いながら、なおもロックシードを片手に立ち上がる。握り締められた漆黒のそれは、真実いまのリーマの心を写すかのように黒光りしていた。

 

「お前たち人間は卑怯者ばかりだ。だから滅ぼした」

 

「黙れ! 私たちはまだ滅んじゃいない! お前のような、傲慢な魔王に私たちは絶対に屈しない! …………変身ッ!!」

 

『DARKNESS・ARMS ………黄金noカジtsu………』

 

「フンッ……。とうの昔に滅ぼされたコウガネの遺骸を未だに使い倒す、その根性の腐り具合が卑怯だと言うんだ」

 

「うるさい! 私は負けない……絶対に! うああぁああぁああッ!!」

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『すばらしい……まさかDARKの適合者が現れるとは』

 

『おめでとうリーマ、きみは選ばれた人間だ。この三百年、人類はきみを待っていた』

 

 

 

 追憶の彼方で、白衣の男たちの愛おしそうな声が聞こえる。

 

 どうやら私はあの日の記憶を見ているようだ。

 

 ヘルヘイムに侵食されきった地球で、私たち人類は生き残りをかけて、《プロジェクト・アーク》によって生産された数千台の戦極ドライバーでの戦いを繰り広げていた。

 

 だけど、オーバーロードの支配者―――ロード・バロンは、黄金の果実という神に等しい圧倒的な力を持っている。……私たちになすすべは無かった。

 

 敗北と撤退を繰り返すだけの三百年、私たちは日に日にその数を減らし、いつしか人類は母なる海を忘れ、広い大地を忘れ……森の奥深くで、息を殺して暮らしていた。

 

 だが、あるときロード・バロンの右腕を名乗る、奇妙なオーバーロードが接触してきた。サーヴァントだ。

 

 サーヴァントは、私たち人類の延命を幇助してくれると提案してきた。もちろん最初は断った。だが……もはや戦う力の残されていない人類は、その提案を飲むしかなかった。

 

 そうして、私はサーヴァントのもとに人類側の使者として送り出された。

 最後の切札、《DARK》の力を持たされて……。

 

 

 

 サーヴァントは、私を楽園に連れて行くと持ちかけてきた。

 オーバーロードたちが作った、海の楽園……。

 もちろん、遊びに行くのではない。これは調査。言わばスパイ活動だ。

 オーバーロードの弱点を探るための、そして人類の勝利のための……。

 

 

 

 だが、海に暮らしていたのは、私たち人類とほとんど変わらない姿をした、《新人類》を名乗るオーバーロードたちだった。

 純正の人類とは違い、ロード・バロンの目指す世界を作るための遺伝子を与えられた彼らは、私たちよりもずっと強く、優しく、美しい世界を築き上げていた。

 

 ………消えるべきは私たち旧人類なのではと、何度も思った。

 

 だがそんな劣等感に怯える私に、ベローズさんは、ピニオンさんは、エイミーさんたちは優しくしてくれた。

 

 

 

 …………この海には、槙島聖護のように卑劣な奴はいない。

 

 …………だったらいっそ、私はこのまま…………

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 走馬灯から我に返ったリーマを待っていたのは、くすんだ色の天井だった。薄暗い世界のどこかで、ベローズたちの声がする。

 

「………ごめ………んなさ………い…………」

 

 か細い声で一言残し、リーマは変身を解除して意識を手放した。

 



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今は矛を収めて

「……リー、マ……!」

 

 黒銀のアーマードライダーが《バロン》に打ち倒される、その一部始終。

 網膜に焼き付けるようにしてその光景を見つめていた三人の侵入者は、圧倒的な強さを誇る《バロン》に震える眼差しを物陰から向けていた。

 

 ―――――時間にして、およそ十秒。

 たったの十秒で、再度変身したリーマは《バロン》に叩き潰されたのだ。

 そんな一瞬の戦いに、割り込むことができようか。

 幼い少女が圧倒的な暴力の前に蹂躙されるのを、三人はただ震えて見つめているしかなかった。

 

 

「…………ここは逃げるんだ」

 

「そんな、どうしてっ……!」

 

 震える声で逃走を決意したベローズに、食ってかかるさやか。さやかとて震えてはいるが、その瞳はあくまで徹底抗戦を訴えていた。あの紅いアーマードライダーを止めなければリーマは今度こそ殺される。……そんな確信が、彼女の中で揺らめいていたからだ。

 

「どうしてもだ。あの方は俺たちの創造主にして、黄金の果実を持つ《始まりの男》―――」

 

「ロード……バロン……? あいつがっ……?」

 

 ベローズたち異世界人にとって神に等しい、否、神そのものである存在。

 サーヴァントの仕える、唯一無二の創造主にして破壊神。

 

「―――――っ」

 

 戦極ドライバーから流れ込むフラッシュバックが、さやかの脳裏で明滅する。

 無数のインベスを従えた、紅い騎士のイメージ。

 

「紘汰さん、私に何を伝えようとしているの……?」

 

 恐怖と不安を押し退けようとどこかから湧いてくる、ぐつぐつと煮えたぎる闘志。それはフラッシュバックの感覚が短くなっていくごとに強さを増し、身を屈めていたさやかに直立を促した。

 

「ばっ……! サヤカ、何を」

 

「どっちにしろ、リーマちゃんは助けなくちゃでしょ。ベローズさんたちの……友達なんだから」

 

 例えスパイであったとしても。仮初の関係に過ぎなかったとしても。

 それでもリーマを大切に思う二人の気持ちは本物だ。

 ロード・バロンへの畏怖に押しつぶされそうになりながらもリーマから視線を外そうとしないベローズとピニオンを見ていれば、部外者であるさやかにもそれくらいのことは分かる。

 

「話せば分かるかもしれない。……私、行ってくる」

 

 言うや否や、さやかは駆け出した。

 見送るベローズたちの瞳には、絶望と恐怖、そして小さな希望の光が灯されていた。

 

 

 ※※※※

 

 

 ススと血にまみれたリーマにトドメを刺そうと歩み寄るバロン。

 例え相手が幼い少女であろうと、その槍に迷いは無い。

 だが、その容赦無い最後の一撃は、横合いから現れたもう一人の少女によって阻まれた。果たして、美樹さやかである。

 

「ストオォォオオップ!」

 

「なにっ?」

 

 両手を広げて立ちはだかるさやかに、一瞬ためらうバロン。その隙を見逃すことなく、さやかは素早い挙動でリーマを抱え上げ、バロンをキッと睨みつけた。

 

「酷いんじゃないの、あんた! こんなになるまでいじめちゃってさ!」

 

「………誰だ貴様は」

 

「正義の味方、さやかちゃんだ!」

 

「ふざけたガキだ。どうやら力ずくで黙らされたいらしい」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! だいたい、なんでこんなことになってるか説明しなさい!」

 

「そいつらが俺たちに襲いかかってきた。だから叩きのめした。それだけだ」

 

 話は終わったと言わんばかりに槍を突きつけてくるバロン。だが、さやかは一歩も退かない。震える脚も、乱れる鼓動も、今は根性でこらえる。

 

「それだけだ、じゃないわよ! あたしらは、今日あんたたちと話をしに来ただけなの! それと、この娘はベローズさんとピニオンの友達! そりゃちょっと行き違いがあって戦いになっちゃったけどっ……お願いだから、もう戦いはやめて!」

 

 必死に叫ぶさやかの目尻から、涙がぽろぽろと溢れてくる。

 お互いの勘違いとすれ違いが生んだこの戦いに、そんな戦いに傷ついたリーマという少女に、さやかはあらん限りの感情を震わせて泣いていた。

 

「…………お願い。お願いだから、話を聞いて」

 

 無感情な真紅の仮面に泣き顔を反射させながら、さやかが懇願する。

 すると、さやかの祈りが届いたのか、バロンはロックシードを閉じ、その変身を解除した。

 

「…………いいだろう。聞くだけ聞いてやる」

 

 エネルギーとなって放散していく《バナナアームズ》。その無骨な鎧が剥がれると、厳かな顔つきをした茶髪の青年が現れた。

 青年の肌はどこか青白く、瞳は暗く濁っている。細い体付きではあるが、にじみ出る迫力は変身を解除してもなお健在であった。

 

「そうね。私にもお話を聞かせてくれるかしら?」

 

 ようやく話し合いの場に持ち込めたことで安堵しかけていたさやかだったが、しかし背後からの声は彼女に息つぎを許さない。

 ばっと慌てて振り向くと、そこには白いコートに身を包んだ少女が立っていた。

 

「あ、あなたは……?」

 

「私は美国織莉子。この屋敷の主人であり、この見滝原を守る魔法少女の一人よ」

 



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無双の斬月

「なるほど、そういうことか……」

 

「な、なにがなるほどなんだ!」

 

 遠近感と色彩感覚が狂った虚構の見滝原で、光実がぽつりと呟く。泉宮寺の追跡を一端まいたことで小休止をとっていた二人だったが、その間にも光実は思考を巡らせていたのだ。

 

「この結界だよ。漂う瘴気といい、現実世界に見せかけた虚構の風景といい、これは魔獣結界そのものだ」

 

「だからなんだというんだ!? 分かるように説明しろっ!」

 

「あの老人は、恐らく異世界人だ。恐らく、森側の。けれど、奴はこうやって魔獣結界を作り出してこちらを追い込んでる。ということは……あの老人は、サーヴァントとは違う敵ってこと?」

 

「………?」

 

「兄さん。今は取り敢えず、この結界を脱出することを考えるんだ。僕はもともと兄さんを助けに来たんだから」

 

「………なぜとかどうしてとか、聞いても仕方がない……。そういうことか、光実」

 

「…………説明は、あとでゆっくりする。今は何より時間がないんだよ。人の……大切な仲間の命がかかってる」

 

 瞬間、二人が息を潜めていた塀の端が轟音と共に吹き飛ばされた。泉宮寺の猟銃によるものだ。

 

「チッ……プレッシャーをかけているつもりなのか、あの老人は」

 

「兄さん。こうなったらやるしかない」

 

 迫る危機に加速する鼓動を無理矢理押さえ込むような冷たい声で、光実が呟く。冷や汗のにじむ顔をそちらに向けると、貴虎の視界いっぱいに緑色の錠前が突きつけられていた。

 

「なっ、なんだ」

 

「ロックシード。……今持ってる中では、一番防御力が高いタイプだ。僕がダメになった時は、これを使って」

 

「ちょ、ちょっと待て光実、まさか」

 

「奴を倒すよ。………でなきゃ、こちらがやられる!」

 

『BUDOU』

 

 自身のロックシードを展開しつつ、泉宮寺のいる方へと一気に駆け出す光実。塀の向こうから銃口と片目だけを覗かせて泉宮寺が変身シークエンスの隙を射撃するが、上空に召喚したアームズが射線上で高速回転して、弾丸の着弾を阻む。

 

『BUDOU・ARMS!』

 

 変身完了と共に、余剰エネルギーが果汁めいて迸る。アーマードライダーとなった光実が強化された走力で以て泉宮寺に迫るが、しかしそこへ、鋼の猟犬たちが獰猛な挙動を伴って襲いかかった。

 

「クソッ邪魔だ! うああぁぁあ―――ッ!!」

 

 しかし、いかにアーマードライダーとはいえ同時に四方から攻撃されれば足も止まる。なんとか振り払おうと光実ももがくが、猟犬たちの執拗な攻撃を前に徐々に体力の消耗を強いられる。

 

「正面からとは、愚かだな少年」

 

 そして、泉宮寺の冷酷な一言とともに、彼の猟銃が弾丸を吐き出す。見た目以上のカスタムを施されたその猟銃の威力は凄まじく、ライドウェアの上から光実にダメージを負わせることは造作もない。激しい火花と金属音を撒き散らして、光実は弾丸の直撃をくらってそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 

「がはっ……!?」

 

「光実!!」

 

 貴虎の叫びも虚しく、猟犬たちが倒れた光実を一気に押さえ込んだ。そのまま彼を、自信らのモデルであるイヌらしく、食い殺すためだ。

 

「ぎゃあぁぁあぁあああぁッ!!」

 

 特殊合金製の爪と牙は、アーマードライダーのライドウェアも安々切り裂き、その奥にある生身を容易に傷つける。群がる猟犬たちの隙間から覗く深緑の手足は、ところどころ破けて光実の生身が覗いていた。そんな、獣に弟が食い荒らされていくという凄惨な光景を前に、貴虎は膝をつき愕然とした。

 

「うわぁああぁッ!! 兄さんッ、にいさあぁあぁん!!!」

 

 悲鳴をあげる光実に、もはや先程の冷酷さは無い。そこにあるのは、年相応の少年の、恐怖に怯える必死の叫びだけだ。

 

「よくも、貴様―――!」

 

 父を、友を、想い人を理不尽に奪われ、全てを蹂躙されたあの炎の夜が脳裏に蘇る。光実の叫びが記憶を喚起し、忌まわしきトラウマの扉を開く。

 

 ふざけるな。冗談じゃない。二度と、二度と大切な家族を―――

 

 

 

「やらせるものかぁッ! 変身ッ!!」

 

『MERON』

 

 気がつくと、貴虎はトランクケースを乱暴に開け放ち、中の戦極ドライバーをその腰に装着していた。光実から託されたロックシードを開錠し、彼のやっていた通りのシークエンスをなぞる。

 

『ソイヤッ! MERON・ARMS! 天下・御免』

 

 白亜のライドウェアが瞬時に展開され、貴虎の肢体を包み込んでいく。そして貴虎自信が己に起こった変身を理解するより早く、上空から飛来したアームズが貴虎に覆いかぶさった。

 

「ハァァアアアアアッ!!」

 

 だが、もとより理解は置き去りにしている。

 とにかく今は、早く、強く、鋭く斬り込み、光実を救出するのみ。

 腰の無双セイバーを抜剣すると、貴虎はアームズウェポンである盾を構えて一気に突撃した。

 

 

 https://www.youtube.com/watch?v=crsSDi1GGYs

 

 

 光実を貪ることに夢中になっていた猟犬ロボットらを一太刀で打ち払い、返す刀で逃げ遅れた一体の首を斬り落とす。だが、まだだ。まだ、光実を救い出せてはいない。バックステップで距離をとる猟犬たちめがけて、盾をブーメランの如き挙動で投げつけた。緑色の残光を軌跡にして、即死級の威力を孕んだ盾が飛ぶ。

 

「な―――――」

 

 絶句する泉宮寺だが、しかし現実は彼の驚愕など待ってはくれない。

 飛来した盾が次々に猟犬たちを粉砕し、逃げ延びた猟犬も無双セイバーの餌食になっていく。

 貴虎の変身から僅か10秒足らずで、光実に覆いかぶさっていた猟犬たちは残らずスクラップに変えられていった。

 

「そう、来なくてはな」

 

 だがしかし。泉宮寺豊久は笑った。

 血のように赤い、真紅のドライバーをその身に装着して。

 

創生(ゲネシス)の力、お見せしよう」

 




長いことお待たせいたしました……。
時間的、物理的、精神的に小説を書ける状況ではなかったのです。
今後もゆ~っくり更新していく予定なので、よろしければ最後までお付き合いください。


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