ル・ロウド信者が往く! (生パスタ200g)
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00話:おまわりさん。私です。

果たしてこれはいかなる状況か。ふむ、と腕を組み顎に手を当て……腕があることに驚いた。

腕があると見当がつくという事は触覚、ないし痛覚があるはずだし、そもそも今認識している世界が『視えて』いる時点で視覚と眼相当の器官があるはずである。

それならば嗅覚と味覚、聴覚についてはどうなっているのかと思考を移しかけて、はた、とそれを止めた。

 

「ふむ」

 

おお、聴覚は正常で声帯に当たる部位も人間であるらしい……とまた思考が逸れてしまった。

疑問と興味が底をつく事は無いが、今はそれよりも優先するべき事がある。

 

何故、私は此処にいるのだろう。

 

哲学的なり宗教的な意味ではなく……あ、いや、その意味を完全に否定するわけではないが。

 

記憶が正しければ私は死亡するような状況にあったはずだ。少なくともこのように通常の健全な痛覚状態で、体を自由に動かせるはずはない。

横断歩道で信号待ちをしていた私は、赤信号(ただし右折のみ可能な状態のアレ)から黄信号に変わったためスピードを上げた普通車のハンドリングミスにより死の淵に立たされて――もしくは何らかの負傷をしているはずだ。

車の軌道に先に気付けたため、幼稚園帰りであろう親子を突き飛ばし、肉壁程度にはなれただろうが、彼女らは無事だろうか?

否。例え無事だったとしても目の前で人身事故。血塗れ挽き肉スプラッタ。母はともかく娘の精神衛生、ひいては成長上よろしくない。とはいえ、私はその身一つで車を止められるほど人離れした身体能力を持っているわけでもなし。スポーツジムに通って筋肉モリモリマッチョマンになっておくべきだったか。いやいや、また話が逸れた。

 

つまりはそういうことである。今までの情報を統合して考えるに。

 

「死後の世界……というのが的を得ているのだろうか」

 

私は無神論者と言う名の多神論者である。正式に言うならば、厨二病をこじらせた時期に自国他国様々な宗教文化・思想に触れ、そのあり方・考え方を吸収し知識として蓄えているのだ。正月クリスマスハロウィンお盆バレンタインドンと来い。八百万の一柱の催しとして歓迎しよう、盛大にな。

 

「仏教思想的には中有の期間なのだろう。キリスト教的には召天後の最後の審判前、なのだろうか。こうして生前の知識を有しているならば、それも覚えているはず。逆説的だが最後の日を迎えた訳でもあるまい」

 

「あ、あの……」

 

思考に没頭していると後ろから――少女、だろうか。年幼げな声が投げかけられる。

振り返ると純白のゆったりとした衣を着た、整った顔立ちで、色素の薄い黄金色の髪をした少女が認識できる。

 

「ふむ」

 

此処が三途川の前、と考えるには些か西洋的にすぎる。

符合する概念――天使ないし霊的上位存在。ならば川渡しの巨乳死神にお目通し願う事はないようだ。残念。

 

「初めまして。私、株式会社△△、○○課の××□□と申します。名刺は――ああ、すみません。このような身にて所持してはおりません。平に、ご容赦を」

「あ、これはこれはご丁寧に。私は――そうですね、仲介者(エージェント)とでもお呼びいただければ。そこまで長いお付き合いではありませんが故、適当でしょう」

 

ふむ、仲介者(エージェント)ときたか。つまり彼女と同等、ないし上位存在が存在し、何らかの目的を持って接触を行っているのが妥当、か?

 

「その認識で間違っていませんよ……先に申し上げておきますが読心相当の能力を行使しているので貴方の思考を覗いての回答になります、はい」

「読心、と来ましたか」

「はい。先ほどから様子を伺わせてもらっていたのですが、貴方の思考が興味深かったので、つい」

 

本来すぐにでも行われるはずのエンカウントがああいう形になってしまった?

 

「そういうことです――こちらから先に種明かしをしたといえその順応の早さには驚きを隠せません」

 

ふむ。研究者気質というか興味の塊的なものがありましてね、その読心の効果範囲と対象となる事項、記憶の引き出しから映像・音楽・痛覚・味覚にどれまで作用するか試してみたいのですが。早速、桜の花の下で梅酒を飲み頬を撫でる風を想像して……っと、すみません。貴女は仲介者(エージェント)でしたね。これはとんだ失礼を。どうかこの様な思考など気にせずお話を続けてください。

 

「本当に、順応の早いお方」

 

クスクス、と目の前の仲介者(エージェント)は微笑んで――

 

「貴方は死亡しております。ですが、それは貴方の運命とは異なる最期。故にその調整(後始末)のため私が派遣されました」

 

と、のたもうた。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

詳しく聞けば、人の最期というものはある程度定められた結末にしか至らない……らしい。ある程度、というのは全てがシナリオの上で踊らされる哀れな道化師を演じる、と言うことを防ぐ措置だとか。

自殺については多種多様なシュミレートを行っているためその例外になり難いが、それ以外の最期はおよそ(といっても万を越えるパターン)が決まっているらしい。

人の人生決定という名の自由意志にて迎えた死。どうやら私の死はそのパターンの外にあるものらしかった。故に仲介者(エージェント)が派遣されたという。

死の先については各宗教観に抵触するのでダメです、とは彼女の弁。答え合わせはまた今度。普通の死に方をしたときに。ちぇー。

 

「と、いうわけで予期せぬ死の補填として貴方には『特別な生き方をする権利』を来世にて進呈したいと思います」

「来世、と言うからには黄泉帰りはタブーというわけですか。なるほどそれだけでも死後のヒント足り得ます」

「本当に頭の回る面白い方で。全てはご想像にお任せしますよ。私が嘘を言っている可能性もありますが、ね」

「それはそれで。読心に対する反応とカマの掛け方というのも想像するには面白いものです」

「全く……」

 

ふむ、この可愛らしい「か、可愛らっ……!?」……会議でダンスして舞踏会の12時の鐘を鳴らすわけにもいきますまい。先へと進みましょうか。

 

「は、はい……コホン。具体的には希望する環境・固有能力・物質や概念等が貴方の生に付与されます。3つほど」

 

随分と大盤振る舞い。参考は蛞蝓星の竜の玉?

 

「上役にそのようなものがいることは否定しません、とだけ」

「そうですか……ふむ、来世の世情についてはお伺いしても?」

「貴方もご存じの作品『魔法少女リリカルなのは』に酷似した平行世界を舞台にする、とのことです」

「……」

「お察しの通り、上役にそのようなものがいることは否定しません、とだけ」

 

上役ェ……。

まぁ、ふむ。二次元の世界が三次元人である私の感覚からどう逸脱するか、興味がある。平行世界と言うからには原作からの乖離や、乖離時の世界の修正力の発動を気にすることはないのだろう。

 

「付与される事象について、可能不可能を教えてもらうことはできますか? それともこちらから提示した条件の範疇で審査していただく形を取った方が?」

「うーん。であれば後者でお願いします。もちろんですが剰りに荒唐無稽なお願いは無しですよ?」

「荒唐無稽!?」

 

ええ、例えば無限に願いを叶えろ、とか、と彼女は苦笑する。

 

別にいのちのうたを唄うアニメ版では髪の毛がないスーパーロボットを望むわけでもないけれど、荒唐無稽と聞て反応してしまったんです。別に荒唐無稽なお願いをしようとしていた訳じゃないんです、すいません。

……ふむ、どうしたものか。

 

「別に今すぐ決めずとも良いのです、焦る必要はありませんよ。イスとテーブル、飲み物を用意しますのでそこでお考えください」

「相席していただけるので?」

「端から見たら事案発生ですね」

 

頬を緩めながら二人分のイスを用意してくれるあたり、彼女、エージェントさんのノリは悪くないらしい。

 

「アイスティーしかないんですけど、いいですか?」

「ファッ!?」

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「これぐらいなら、そうですね……良いのではないでしょうか。ご不満などなければこれにて交渉を終了としたいと思いますが?」

「こちらのお願いを最大限に酌んでいただき、本当にありがとうございます。特に一番目のお願いに関しては予め私生活に影響しないように確認が必要でして」

「まぁ、それ故の私(仲介者)ですから」

 

テーブルに手をつきながらクスリ、と笑う少女は本当に絵になる。

 

「……事案」

「残念。性については枯れていまして。父性を刺激された、と言うのが正しい解釈でしょうね」

「それはそれで残念なお方」

 

体より心。性より愛。我ながら歪んでしまったものだ、とひとりごちるが読心の前では無意味な足掻きだ。

 

「……自己評価の低さからくるものでしょうか」(ボソッ

「? ふむ、何か言いましたか?」

「いーえ、何も」

 

そっぽを向く彼女を前に、渡された用紙を確認する。

 

 

【××□□様の例外死への処理。

 

①TRPGであるSW2.0キャラとしても扱う。ただし現実世界へ対応させるため××□□様へ仮GM権限も譲渡する。(なお、キャラクターシートは初期能力で作成済みであり、仲介者:☆☆☆☆☆☆の許可を得たものである)

 

②『場を引っかき回す程度の能力』を付与する。

 

③自己の能力を完全に可逆的に制御出来るものとする。

 

以上を来世に付与することで補填とする。 仲介者:☆☆☆☆☆☆】

 

 

正直、こんなに貰っていいのか悩むが、彼女曰く『大丈夫だ、問題ない』とのこと。気付いていないようなので『それ、スラングですよ』と言ったら上役へのため息をついていた。えーっと、頑張れ。

 

「それではそれでは、次の生へとご案内ですね」

「案内?」

 

門か、扉か、湖か。『10t』なんて彫刻されたハンマーで脳天カチ割られるか、落とし穴のようなもので追放されるか。お湯をかけられて別のナニカになるか、トゲ付きバットで殴られてぱ行の多い不思議な呪文で人生やり直してもらえるのか。

そんな未来に思いを馳せている中、

 

「はい。こちらへ、どうぞ」

 

そう彼女が指差す先には――

 

「ソ、ファー?」

「そうですよ……っと。早く早く!」

 

大人一人横になれる位の大き目のソファー。

その端に座る少女。

ぽむぽむと示されているふともも。

 

「えっとですね……安らいでいただけるよう、子守唄でお送りします」

 

ぽむぽむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまわりさん。私です。

はい、事案です。ええ、でも抗えなかったんです。自制しようともしました。でも少しした後彼女に『やっぱり、恥ずかしい、ですよね……』なんてしゅんとした顔で言われ気がついたら頭が彼女の上にあったんです。反省はしています。再犯の可能性があるのでぜひ刑を重く、出来れば更生施設への手続きなども検討に――

 

「□□さん。余計なことは考えないでいいんです」

 

左手が目を覆い、右手で頭を撫でられる。

 

「ね?」

 

アッハイ。もうロリコンでいいです。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

「――♪――♪♪――――♪……

 ……お眠り、ですか? おやすみなさい。次は、良き生を」

 

魂は形を失い、空へ溶けていくように霧散していく。

これにて仲介者:☆☆☆☆☆☆としてのお仕事は終わり。久しぶりのお仕事なので若干テンションというか色々が乱高下していたような気もしますが……まぁ、良いでしょう。

 

「しかし予期せぬ結末とは……ここ200年起きていなかった事象ですが何かあったのでしょうか」

 

シミュレータの再設定が必要ということでしょうか。それとも彼の件のみが異常?

報告書をまとめて今度議案に出そうかしら、と仕事中は切っていた携帯端末の電源を起動すると――

 

不在着信:25件

メール:5通

 

「……」

 

嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感が。

まずは無言でメールを読み解く。

 

「」

 

『人生の書にコーヒーこぼしちゃったから仲介者としてよろしく:A』『蝿がいたから人生の書で挟んじゃった。仲介者としてお願いしていいかな?:B』『ごめんなさい何でもしますから仲介お願いします。妻に見つかったらホントにアレだから、ね!ね!?:B』『仲介者仕事斡旋します至急早く速やかに:C』『もう時間無いから早く来て!!早く早くh:B』

 

「……ふむ」

 

あ、彼の口癖が移ってしまいました。

 

【一括送信】『自業自得です。自己責任でお願いします:☆☆☆☆☆☆』

 

上役である彼らの影響で死亡した生物リストをチェック。その中に彼の名前は――無い。

恐らくは上役共のアレのでせいで不確定要素が加速して彼の例外死を招いたのでしょう。

 

「面倒なことに、ならなければ良いのですが……」

 

あ、もしかして私フラグ立てちゃったかも。すみません、元□□さん。



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01話:Hello world

【リーンカーネーション】達成値算出。32、成功。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

【1998/6/13(Sat) 高鴨家 7:15a.m.】

 

「……にぃ、椎名にぃ」

「どーした、星?」

「んー……椎名にぃはこれからお稽古?」

「そ。御神もバタついていたとはいえ自主練は欠かさないとね。恭也兄さんにも呼ばれてるし」

「星乃、お留守番?」

「ごめんな」

 

椎名と呼ばれた少年が幼子の頭を撫でる。

 

「んーん。なのはちゃんによろしくね?」

「りょーかい。昼過ぎには帰ってくるから、母さんに晩御飯よろしくって言っといてくれ」

「ん!」

 

自身を星乃と呼ぶ幼子は重大な役割を任されたかのように大きく頷いた。

 

「いってらっしゃい!」

「ああ、いってきます」

 

これがこの一家――高鴨家の日常。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

「星のやつも大きくなったもんだなぁ……同い年のなのはよりちっこいけど」

 

今年で2歳か。そう思うと自然に頬が緩くなる。

この――諸事情によって俺が転生した世界、『魔法少女リリカルなのは』。

その日常を、俺は謳歌していた。

 

「最初はどうなることかと思ったが……」

 

自我の確立が生まれた瞬間っていうのは、中々に堪えるものがあった。

子供のふりをするのに気を使う。まぁ精神が肉体に引っ張られているせいか無意識で年相応な対応をすることもあって、『少し大人びた子』だと思われる範疇だろ。

 

目下の事態はこれから先に起きるイベント。

 

「恭也兄さん、無茶してないといいけど……」

 

原作知識が正しいならいずれ起きる、オーバーワークによる恭也兄さんの膝の不調。

士郎さんの事故自体は未然に防げなかったけど、特典による魔法をこっそり使い、回復の経過は順調。今ではリハビリの日々を送っている。

そう、俺こと高鴨椎名は転生者で、御神流(表)の門下生であり魔法使いなのだ……長いな。

高鴨家は高町家とはちょっと遠い親戚。同じ海鳴市ということもあり幼いころから入り浸っては少しずつ振るわれる剣を見ていた。

いずれ始まる原作を前に強くなりたいという下心は否定できないが、恭也兄さんと美由希姉さんに混ざりたいといった気持ちの方が強かったのが事実。何度も頼み込んで士郎さんから門下生として御神流を教えてもらえると許しを得た晩は、中々寝付けなかったことを覚えている。

ただし、表の顔としての要人警護を主とした御神流のみ。まぁ、親戚の子供に暗殺術は教えられないよな。

 

「俺が潤滑油になって高町の皆も関係は良好みたいだし」

 

まず、なのはの心の闇である孤独感を拭う事には成功しているんじゃないだろうか。

道場での稽古の合間、なのはと遊んで恭也兄さんから『光源氏とは感心しないな』とお小言をもらっているが……恭也兄さん、貴方12歳ですよね。古文の勉強は未だの筈ですが。

最近ではたまに星を連れて行って二人で遊ばせている。うんうん、仲良きことは美しきかな。たまにそこに美由希姉さんも突っ込んで行ったりして。

とまぁ、二次創作にありがちな展開もありながらの日々。これはこれで割り切れば楽しいもの。

生前はキャラクターとして愛着を持っていた人々も、実感を伴えばさらに好きになってくる。

 

「星のやつも転生者かと思ったんだが、あの様子だと違うな」

 

俺の両親は地球生まれでリンカーコアは持っていない。星がリンカーコアを持っているか調べたが結果は白。普段の仕種も俺の覚えている限り年相応のものだし。

それじゃあ他に転生者はいないのか、となると限りなく黒に近いグレー。魔力の痕跡がこの海鳴市のあちらこちらにあった。リーゼ姉妹のものかとも考えたが、彼女らならもっと上手く隠匿するだろ。

 

「……難しいことを考えすぎたな。それじゃ、今日一日も楽しく過ごしますか」

 

特典と前世の経験と原作知識で、幸せな結末(ハッピーエンド)を目指したいな。

最悪、状況になったらこのカード(魔法)を切るか、なんて考えながら道場兼高町家への道を歩いていった。

 

――その後、美由希姉さんから振舞われ(てしまっ)たおやつによって、晩御飯が食べられなかった、とだけ追記しておく。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

【2001/4/2(Mon) 高鴨家 8:43p.m.】

 

その日、一つの怪異が起きた。

命より転じた生。神の奇跡。

 

誕生日のお祝いにケーキを食べて、ゲームソフトを買ってもらって、明日から遊ぼうと兄と約束したその夜。

子供には少し遅いそんな時間帯に、星乃――高鴨星乃は星を見ていた。

 

良好な高町家との関係。自分を魔法使いと言い、ハッピーエンドが大好きだと断言する椎名にぃ。

父も、母も。満たされた環境であるには違いない。おそらく転生者であろう兄、椎名にぃの人柄も悪くない。

それは鎖とは言わない、それは絆である。

でも、ごめんなさい。星乃は星乃で、これからも星乃だけど、同時に今日からボクになる。

 

……初めの一言は決めていた。

 

「Hello world」

 

 

この一家――高鴨家の日常は、どうやら少し変わっていきそうだ。

 

 

幼きル・ロウド神官は記憶を取り戻す。

神聖魔法【リーンカーネーション】。効果は――転生。



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02話:信仰は強かな人間の為に(前編)

【2001/8/12(Sun) 高鴨家 6:30a.m.】

 

 

泣く子も黙る外気温。みんな楽しく夏休み。社会人の皆もお盆ぐらいは休もうよ。

休日にも働く人たちがいるから休日が満喫できる、とは皮肉なことだと思うけど。

 

「ふむ」

 

あー、あー。本日モ晴天ナリ本日モ晴天ナリクッソ暑イヨ馬鹿野郎。よし。

 

「やりますか」

 

……この世界には海鳴市から広まり始めた奇妙な噂が存在する。

曰く、それは幸運をもたらすおまじない。

曰く、それは現代に降りた女神の力。

曰く、それは深淵からの開放を呼ぶ導き。

 

鳥の羽根、もしくはそれを模した何かを手に添え――

唱える祝詩(のりと)は簡単な、そう、ごく簡単な一文。

 

「ル・ロウド様。今日もいいことがありますように――【ラック】」

 

ネット・口コミによって広まって(広めて)いったそれは、今では一種の新興宗教扱いされている。回覧板には大きく『騙されないで!!新興宗教に注意!!』と書かれていた。

……しかし人間の好奇心はその程度では防げない。

五円玉で催眠術をかけられるのかと疑って、こっくりさんを放課後の教室でやってみて、肝試しと称して心霊スポットに足を踏み入れ、海に向かってかめはめ波を練習する。

そんな中で――実際に効果が出たと言い出す人間が出れば、人の興味は爆発的に広がっていく。

 

そうして何れかはこのおまじないを通じてル・ロウド様の認知度を引き上げる。それが――風来神ル・ロウド様信仰作戦!!

 

「……と、気を長くしてやっていこうと思っていたんだけど」

 

正直予想外な事態に陥っている。予想外というのは予想の斜め上すぎて、という意味だ。

 

流石は原作をアニメとする世界。フゥーハハハ!適応者がわんさか居やがるぜ!!

 

妖怪変化を吹っ飛ばす退治屋の存在や、変異性遺伝子障害を端に発するHGS(高機能性遺伝子障害者)の下地があるため、なんか政府も不思議な力は諦めてるっぽい。魔女狩りに類することは起きてなく、ちょっとした抵抗が初期にあったぐらいだった。

ル・ロウド様の大胆かつ繊細で、それでいてまったりとした中にコクとキレのある教義を記載したHPのカウンターは回転する鉄球が目じゃないぐらいに回っている。gaagleで『る・』と入力したら検索候補の一番目に『ル・ロウド』と出るぐらいには。イッタイダレガツクッタンダロウナー(棒

挙句の果てにはこのおまじないを知る前に神の声を聞いたと言う人間まで現れる始末。ボクが言えた筋合いはないでしょうけど、ル・ロウド様自由過ぎです。

 

『(・ω・)bグッ!』

 

あ、信託ありがとうございます。これからも風の吹くまま精進いたします。

 

 

――ボクが転生者であるという記憶を取り戻してから4ヶ月と少しが経った。

少し色々なことがあったので、ここで1つ整理してみるのも悪くはないだろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

【2001/4/3(Tue) 高鴨家 7:00a.m.】

 

 

「それじゃあ、皆集まったし、朝ごはんを食べましょう」

 

母のこの一声が我が家の朝食の始まりを告げるゴングだ。

ボイルドされて香料の風味豊かなウィンナー。

青紫蘇とポン酢の酸味が食欲をそそるグリーンサラダ。

甘い味付けながら深みのあるスクランブルエッグ。

狐色か、それより薄いぐらいに両面焼かれたトースト。

少し甘めのホットミルク。

生前は和食派だったボクも、もう5年もこの体で暮らしていた(調教されていた)せいで全く気にならない。いや、むしろこれ無しでは生きてはいけな……ハッ、もしやこれが食育!?

実際奥ゆかしい妻は常に背後から胃袋を掴む。古事記にもそう書いてある。

 

「「「「いただきます」」」」

 

家族全員が両手を合わせるまでは先駆け厳禁。それがカースト最上位に母が君臨する、高鴨家暗黙のルールだ。

先日リーンカーネーションで転生してきたボクも、知識や経験としてそれを受け入れている。

 

「椎名は今日は1年生の入学式で半分、星乃は夕方まで?」

「そ。今年はどんな奴等が来るのか楽しみだ」

「ほ……ボクもいつもどおりの幼稚園。新年度の挨拶は昨日だったし」

「あれ星乃、ボクっていうようになったのか?」

 

うぐぅ、父め。まぁ流石に誤魔化せないよね。

 

「星乃、星乃って言ってたら女の子と間違われて……だから、ボクにしたいかなって」

 

実際間違われることも多い。

このボクの体は5歳児の男の子にしては少し背が小さい。

付け加えて――

 

「何だと星、髪は!? 髪は切らないでくれるんだろうな!?」

「椎名、朝ごはんの途中で大声上げないの」

 

これである。

椎名にぃはどうやら妹が欲しかったらしく、両親に妹とその良さを熱弁していたそうな。

残念なことに生まれてきたのは弟だったので、その夢は叶うことは無かった……のだが、その熱気に当てられた母がボクの身長の小ささと、女寄りの顔をしていたため女装を――強いられているんだ!!(効果線)

その一環でボクの後ろ髪は今、肩甲骨ぐらいまでの長さのポニテ。幼稚園のスモックでは男女の見分けが付き辛いのか、街中では良く間違われる。

茶色っ気のある髪のため、そのうち某麻雀漫画のジャージちゃんとか地元子供団の女ピッチャーのコスプレが出来るようになるのかもしれない。

 

「んーん。結構愛着もあるし切るつもりは無いかな?」

「そ、そうか……」

 

そんな安心した顔をしなさんな。自我が不在の5年間だったとはいえ、それでもボクの記憶として刻まれた人生。どうして簡単に捨てられようか。

 

「それにしても星乃も男の子として意識する年になったのねぇ」

「こりゃ母さん、お赤飯を炊かないといけないかな?」

「何だと星!? 相手は誰だ、男か、女か!?」

「父さん、母さん。そういうのじゃないって……あと椎名にぃ、相手が男ってどういう質問なの!?」

 

もうやだこのシスコン(になりたかったブラコン)。

 

「ま、そういうことで――ご馳走様でした」

 

両手を合わせて一礼。

 

「なんだもう終わりか? 大きくなりたかったらもっと食べるんだぞ?」

「んー、お腹一杯だから。幼稚園の準備してくるね」

「はーい。忘れ物しないようにね」

 

ぱたぱたとスリッパを鳴らしながらテーブルを後にする。

 

【クエスト:朝食を達成しました。経験点+500,成長1回分,獲得資金+0G,名誉点+0】

 

(…………は?)

 

思わず振り返ってしまった。

そこには変わらぬ食卓があり、母さんがどうしたの?と笑顔を向ける。

幻聴じゃないなら――クエスト達成? は? どうして?

嫌な予感。お手洗いを済ます合間に特典を流用して自己の状態を確認する。

 

 

『高鴨星乃

種族:人間 [特徴:剣の加護/運命変転]

生まれ:一般人

器用13 敏捷13 筋力13

生命13 知力18 精神15

・冒険者レベル1

【プリースト(神官)・ル・ロウド】1 【デーモンルーラー(召異術師)】1

【ミステック(占者)】1 【バード(吟遊詩人)】1

・特技

【魔法拡大・数】

 

クエスト達成1回

経験点残 500点 成長回数残 1回』

 

 

うんうん。我ながらゲテモノPCだ、って――あーこれ絶対(成長分)入ってるよね。

ちょっと待って、クエストってこんな簡単でいいの!?

『ご飯食べよう』が依頼でいいの!?

この調子だと一日あたり1500点の経験点が保証だよ!?

Bテーブル技能一本なら1ヶ月半でLv.15(英雄)だよ!?

 

「はー、はー……もちけつ。まだ焦る時間じゃない」

 

逆に考えるんだ。貰っちゃっていいさと考えるんだ。

しかし、これは――

 

「『計画』が早まりそう、だね」

 

先ずは幼稚園の準備をしよう。

 

【クエスト:幼稚園の準備を達成しました。経験点+500,成長1回分,獲得資金+0G,名誉点+0】

 

「……」

 

本当に、早まりそうだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

【2001/5/26(Sat) 海鳴市内某所 00:55a.m.】

 

 

「もし、そこの貴方」

 

顔を布で覆った怪しげな女性が、道往く青年2人組に声をかける。

 

「ここであったも何かの縁。お1つ占いなどいかがでしょう?」

「げ、宗教の勧誘ですか? そういうのはいいです……? どうしたβ」

「……α、ちょっと待てよ、もしかして噂の『トランプ占い師』じゃないか?」

 

――トランプ占い師。

13種と各4枚のカードを使って未来を言い当てると、今海鳴市で密かに話題になっている占い師。

彼女は、時には幼く、時には若く、時には妙齢の姿で現れ、しかし探しても見つからずふらりと現れるといった謎の多い存在。

 

「正確にはトランプ、ではありませんがね。東西南北、子丑寅……犬亥猫の52枚。それを使っているだけです」

 

目の前でパラパラとカードをシャッフルしていくその存在には、あるひとつの決まったジンクスがあった。

曰く、無視をすると幸運を逃す。

その存在を見かけて占ってもらった者には、その日少しの幸運が約束されるらしい。

 

「そこまでお知りなら……どうです? お1つ?」

 

対価は一律一回1000円。少し財布に痛いのが辛いところ。

 

「お、俺はいいです……βは?」

「そうですね……財布はっと。はい。お願いします」

「本気か?」

「まぁ、噂が本当なら儲けものってことで、な」

 

はい、と『トランプ占い師』は渡された1000円を受け取る。

 

「それでは、お手を拝借」

 

βと呼ばれる青年の片手を取った後に、まるで魔法のように広がるカード。

一瞬の煌きの後に、3枚のカードが『トランプ占い師』の手元に残った。

 

「北の寅の裏、南の未の表、南の戌の表。ふむ……貴方、恋煩いを……しかも長い間に渡ってのものをしているでしょう?」

「!?」

「転機です。良いも悪いも貴方次第ですが……ハンカチを忘れないこと。後は一歩を踏み出す勇気を持つことです。幸運は自ら掴むもの。待っていては機を逸します」

 

そう言って手を放し、ありがとうございましたと一礼する『トランプ占い師』。

 

「ちょっ、恋煩いって、どうしてっ!?」

「愚問ですね。私が占い師だから、ですよ」

 

――それでは。風来神ル・ロウド様のご加護があらんことを。

 

その一言がキーだったのか、『トランプ占い師』は姿を消し、道には2人の青年だけが残された。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

よっし、今日も儲けた儲けた。

【ホーリー・クレイドル】で3時間寝て(魔法効果により6時間睡眠に相当)、【クリエイト・デバイス】で魔法の発動体を得る。【コピー・ドール】で分身を作り、本体を家に置いておく(ただし動けるのは分身だけで本体は気絶状態なのがこの魔法の使い勝手の悪いところ)。必要なら母さんか父さんに【ポリモルフ】(変身)して体格を変え、その上で朝の特撮に出てくる怪しげなキャラクターに【ディズガイズ】(変装)する。声は【コピーアナザー】で変更――か、完璧だ。

占いはほら、【ミスティック】技能の【幸運の星の導きを知る】のちょっとした職権乱用。力は役立ててこそ意味があるってね。

こうやって少しずつ活動資金を貯めていって目指せ妖精魔法用の宝石の確保。そして布教資金の確保。

去り際にル・ロウド様の名前を仄めかしておくのもポイント。噂の1つでも立てば布教の助けになる。

 

魔法の使用を前提としているため、転生者である椎名にぃに気付かれないか心配だが、どうやら使用体系――と言うより魔力の質が違うものの感知は難しいらしい。こっちは逆に椎名にぃの魔法がどうなっているのか判らないしね。

 

ふむ。明日……じゃないか。今日に備えて帰ってもう一眠りしよう。

多分、ボクも道場で扱かれる日だろうからね。



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03話:信仰は強かな人間の為に(後編)

【2001/5/26(Sat) 高町家道場 09:17a.m.】

 

 

上は白一重、下は紺の袴。

ボクが女装を忌避しなかった理由のひとつに、多分袴を着慣れた所為もあると思う。

ズボン以外を履く機会ってこういう時ぐらいだし。あれ? その理論ならこの袴を着用しながら、いともたやすく行われるえげつない行為をされてるボクは寧ろ苦手意識を持っているはずじゃ?

ふむ――む?

 

カンッカカンッ

 

「稽古中に考え事とは……余裕だな、星乃」

「いや、恭也兄さん。どうしてこうなったのかなーって思い出しまして」

「それを考え事と言うんだ」

 

カカカンッカンッ

 

「確かにな。椎名とは違ってお前はやりたいと言って始めた訳じゃないからな」

「ええ。見ていただけですよ……」

「その、見ていた……いや、『視えていた』のが一因だとは思うが、な」

「そんなー……ッ」

 

カッカカカカッカンッカカンッ

 

「同情するな、っら!少しは加減してくっだ!っさいよ!」

「その年でこんなに打ち合えるお前が悪い」

「御神は護りの剣ですよねっ!?」

「時には攻めきらないといけない時もあるんだ」

 

カカカカカカカカ……

 

「こっちは、太刀筋に合わせるだけで精一杯なんです、っよ!」

「だからその年でこんなに合わせられるお前が悪い」

「そんなー」

 

――ボクは、恭也兄さんに扱かれている。こんなのスパーじゃないわ、ただの虐めよ!

いやまぁ、勿論恭也兄さんは本気じゃない。アップだと言い張るそれは、しかしボクにとっては十二分にしんどいんだが。

 

「いいなー星の奴、恭也兄さんとあんなに楽しそうで」

「恭ちゃんも何だかんだ星ちゃんに甘いからね」

 

向こうで基礎の反復をしている2人の声が聞こえる、が、絶対嘘だ。

嘘じゃないなら……もっと甘やかしてください(切実)。

 

「それでは要望どおり一段階上げていこう」

「読心した上でお手本のようなドSの回答ありがとうございまっ……いやいや無理無理無理ィ!? 徹で打たないで下さい貫を混ぜないで下さいッ!!」

「はっはっはっ、後1分有効打が無ければ貫の精度を上げるぞ?」

「それってボクが打ち込まないとってことですかッ!? それとも防ぎ続けたらってことですかッ!?」

「はっはっはっ」

 

いい顔で微笑みやがった。こ、このドS――!!

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「ぐへぇ……ぐでぇぇぇ……」

「星乃君……大丈夫?」

「あ、なのは――っとと」

「そのままでいいよ。お兄ちゃんが『今日は少しやりすぎた』だって」

「今日のがやり過ぎじゃなかったらやり過ぎの定義を疑うよっと」

 

壁に寄りかかっている状態から何とか正座に体勢を直す。結局あの後2分後に貫で抜かれ、満身創痍でばたんきゅー。うう、頭がまだ回っている……。

 

「第一、ボクは御神流の門下生じゃないんだけど……そういうのは椎名にぃに回して貰えないかな……」

「私としては門下生じゃない星乃君が打ち合ってる方が驚きなんだけど――椎名さん、来てるの?」

「うん。今の――この時間なら多分ランニングに行ったんじゃないかな?」

「そっか……」

 

あからさまに落胆するなのは。

椎名にぃの『自覚無し光源氏』計画は、まぁそういう結末に至った訳だ。椎名にぃは大変なものを奪っていきました。なのはの初恋です。年齢差6歳。ギリギリ、のように見えなくも無い。うん。カードをキャプチャーするぽけぽけ女の子は小学4年生で高校2年生のゆきうさぎに7歳差の恋をしていた訳だし。やったぜ……しかしどうしてホモが沸いてたんですかねぇ……?

椎名にぃ自体は主人公特有の朴念仁属性持ちなのだから……あれ、余計に手に負えないなコレ。未来で夜道に気を付ける破目にならなければいいのだが。

 

「ふむ。んー」

 

無駄に洗練された無駄のない無駄な思考回路で高速演算。 3.141592653589793238462643383279502……

よっしゃEnter。【場を引っかき回す程度の能力】、発動。

【アポート】を発動して呼び寄せたカードで幸運を占い、ラッキーな事象を呼び起こす。

それで椎名にぃとなのはが抱きつきなりして、怒った恭也兄さんからのギャグ的修行パートに突入する訳だ。

苦労を分かち合おうじゃないか、椎名にぃ。

 

「ふむ。くっくっくっ……」

「げ、星乃君がこの笑い方をしているときは大抵碌な事にならないの……」

 

流石は幼馴染。判ってるじゃないか。

 

「全ては、青き清浄なる世界のために……」

「勇者王さん、お帰りはあちらです」

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

【2001/5/26(Sat) 高町家 13:04p.m.】

 

 

先述の儀式が無事執り行われた後、高町家で恒例の昼食タイム。

本日は恭也兄さんがフライパンを振るっている。士郎さん夫妻は翠屋だし、一番の年長者だし。たまに恭也兄さんに変わって椎名にぃも参加したりする。美由希姉さん? ちょっと何を言っているのか……?

その肝心の椎名にぃ? いやぁ、実の兄がボロ雑巾のようになる様を見るのは心が痛みましたねぇ。

気絶中とはいえ5歳児の膝枕を頂いているんだからおつりも十分といったところだろう。

しかし、少し、暇になって……き、た……

 

――……

 

(――聞こえていますか……私の声が、聞こえていますか……?)

(ファミキチ下さい)

(コイツ、脳内で……お久しぶりです元□□さん。今は星乃さんでしたか。相変わらずの順応の早さですね)

(こちらこそお久しぶりです、仲介者(エージェント)さん。それとも☆☆☆☆☆☆さんとお呼びした方が?)

(いえ、仲介者(エージェント)で結構ですよ。というかそっちを良く覚えていましたね)

(それはもう。あんな経験死なないと忘れませんよ)

 

まぁ死んだからこそあそこに招かれた訳なのだが。

 

(名指し、ということはボクに何か御用が?)

(まぁ、ええ。そうです。話を急く様で悪いのですが、簡潔に用件のみを)

 

簡潔にと言うことは時間に追われているという事の裏返し? 顕界、ないし干渉の為にエネルギーを消費して……? 次元軸移動を伴う干渉? 虚数存在を実数空間に……否、虚数存在なら波による逆干渉が可能でパフォーマンスはそう悪く……干渉の演算に必要なマシンがハイスペックで利権が絡んでいるため使用に許可が……あ、すみません。悪い癖が。

 

(お変わりありませんね――まずは、再誕の祝福を。そしてこちらの不手際の謝罪を)

(前者については有難く。後者については?)

(上役の存在は仄めかしておきましたよね)

(ええ、俗世に染まってる感じの)

 

仲介者(エージェント)さんも結構染まってますけど、とは言わない……ぬかったわ、エージェントさん読心出来るんだった。

 

(――続けますよ。上役達の不手際により貴方の世界にも他の転生者が存在することになってしまいました)

(ボクの兄についてはご存知で? 恐らくそうじゃないかと思っているのですが)

(【閲覧】……ふむ、そのようです。C様の被害者ですね。彼に加えて後2人、貴方も含め全4人の転生者が存在することになります)

(後2人……)

(本来ならばありえなかった事態。私共に落ち度のあることは疑いようもありません。ですのでこの度は連絡させていただきました――申し訳ありません)

 

どうしてか、見えていないはずなのに彼女が頭を下げているのだと確信できた。

 

(頭を上げてください)

(でも)

(いいんですよ。そのお陰で、椎名にぃと……椎名にぃが作ってくれた絆で、こうして高町の皆とハチャメチャしてるんですから)

 

父さんは忙しいながらの家庭の時間を大事にしてくれている。

母さんの料理は美味しくて、愛情を感じる。

椎名にぃには好かれすぎてる気がしないでもないけど、みんなのムードメーカーで。

士郎さんのコーヒーは……まだ舌が付いていかないので砂糖がいるけど。

桃子さんのシュークリームに舌鼓を打って。

恭也兄さんはぶっきらぼうながらも優しいところは優しい。

美由希姉さんのお勧めの本は面白くて。

なのははきっと泣く子も黙る魔砲使いになるんだろう。

 

(『命』に、いちゃもんはつけません。寧ろ――恵まれていると、感謝したいぐらいなんですよ?)

(そう、ですか)

 

そうなんです。

 

(あーあ。本当、調子の狂うお方)

(……すいません?)

(いいんですよ――これから言うことは私の独り言なので、聞かないで下さいね?)

(仲介者、さん?)

 

(私が転生させた魂が未だ知らぬ残りの2人。彼らは少し癖が強いらしいですね――独り言ですが)

 

(命を軽んじる愚か者。自らの価値を知らない賢者。そんな2人がいるらしいですね――独り言ですが)

 

(――ありがとうございます)

(さてはて、何のことでしょうか? 私には全く判りかねますね)

(そういうことにしておきましょう)

(ええ。そういうことです)

 

クスリ、と微笑むあの顔を、思い出すのは簡単だった。

 

(――貴方は今、其処に居るのですね)

(はいって答えたら、同化されそうな言葉ですね)

(こんな幼い容姿の私に同化などとは……事案ですね)

(残念ながら今のボクの容姿ではムショにぶち込まれないでしょうよ)

(そうですね――名残惜しいですが時間です)

(そうですか。それでは)

 

((また、いつか))

 

――……?

 

「――星乃、星乃。寝てたのか? 昼食が出来たぞ」

「あ、うん。恭也兄さん」

 

どうやらいつの間にかまどろんでいたらしい。

まどろんでいたことになっていたらしい、というのは少し深読みしすぎだろうか?

 

(――私は、ボクはここに居ます)

 

嗚呼、そうか。今日新たな発見が。

風であるという事。旅をするということ。自由であるということ。

それはもしかして、自分のカタチを認識するための――正しく自分を解放するために必要な――だから、そっか。正しいル・ロウド様の教えの解釈なのかは判らないけど。そういう事なのかもしれない、程度の自己完結をしてみたり。教義として広めはしない、自分勝手な思い込み、だけど。

 

とりあえずは存在維持(僕がここに居る)の為のエネルギーを確保。

美由希姉さんが手伝ったなんてオチは無いだろうから、美味しい焼きそばを堪能させて貰うとしよう。

 

……あ、なのはと椎名にぃ、大丈夫かな。よし、オチがついた。



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04話:夏の夕暮れ

【2001/8/12(Sun) 高鴨家 6:55a.m.】

 

――とか、そんなこともあったなぁ。

 

よっし、朝ごはんの前に回想終わりっ!!

それじゃあ今日一日も頑張って生きますか!!

 

「おはよー」

「おはよう」

「おはよう星乃。椎名起こしてくれないかしら?」

「珍しい。椎名にぃ、未だ起きてないの?」

 

あの椎名にぃが。朝食は三杯目すら豪快に出す――いや、居候でもなければ和食でもないからこの表現は不適当か。

昨日何かあったのだろうか? 別に御神の修行(山篭りブートキャンプ)があったわけでも、美由希姉さんの料理(マッドパーティ)があったわけでも……うーん、流石に美由希姉さんの料理ネタで弄り過ぎかなぁ。これからは少し自重、出来(る腕になってくれ)ればいいんだけどなぁ。

 

「ま、見てくるね」

 

二階にある、にぃの部屋の扉を開けると、そこには。

 

「椎名にぃ、起きて――」

「あっと、こら!! 暴れるな!!」

「嫌です。このままじっとしてたらシイナにサンボウされますから」

「そりゃペリ子さんの万能中距離兵器で……ってサンボウも乱暴もしないって!!」

 

Q.兄がベッドの上で喋る木刀を抱きながらごろんごろんしています。どうすればいいですか?

 

「A.そっとしておこう」

「ほ、星!? お兄ちゃんそのな!?」

「何も言わなくていいよ、椎名にぃ。腹話術の練習だからって朝ごはんは抜いちゃいけないよ? 母さんが待ってるからね?」

「星、星ぃ――!!」

 

しっかり扉を閉めてやる。魔法使いだもんね、仕方ないね。

 

実際問題、アレは椎名にぃのデバイスだと考えるのが妥当か。今まで兆候らしい兆候が無かったんだが、はてな? 拾ってきた? 降ってきた? 沸いてきた? 急にPOPしてきた?

 

――そうか、誕生日か。

 

本日8/12は椎名にぃの誕生日だったのをすっかり忘れていた。恐らくは11歳の誕生日を境目にデバイスが支給されたのだろ、う……? 原作開始時ではなく、その4年前? 少し疑問が残る。

可能ならば生まれてすぐに所持することも出来るし、原作介入時に手に入れればいい。そもそも、高町家で散々回復魔法を披露している。回復魔法以外は使っていないが、デバイスを所持していた様子は無かった。

今手に入れるメリットは、4年間の練習期間? 早期のネタばらし?

どうにもしっくりこない。そもそも、椎名にぃは良い意味での原作介入派の転生者だ。しかも、パッピーエンド主義者。

その時こぼれ落ちそうな砂を拾い集めるのが目的で、原作を根本からぶち壊すようなことはしないはず。

本来4年後の誕生日に贈与予定だったものが……否、8月にデバイスを渡されても一期は終了している。

ならば……バグ?

本人の意にそぐわない形の受領。うん、まだ納得できる内容だ。その原因が不明とは、モヤモヤしなくもないが。

 

ふむ。――仲介者さんの通信時に考えた予測の一つに『干渉の為のエネルギー』というものがあったはず。

三上役がそれぞれ残りの転生者に品を送るとして、原作開始時当日にデバイスを手に入れるという要望が複数名に渡った場合、瞬間的なエネルギー不足に陥るのではないのだろうか。逆説、継続的になら問題はないと言うこと。

そうして原作前に送られてきた現象が、椎名にぃのアレ、と。ふむ、中々悪くない想像だと思う。

 

しかし――これで椎名にぃの戦闘能力は向上したわけだ。

 

心では良きかな良きかなと思う自分が居る。

 

その反面、羨ましがる自分が居るのも事実だった。

 

精神が肉体に引っ張られた所為か、年甲斐もない。しかし――目に見える華々しい力を目の前に、まるで宝くじが当たったかのような偶然さでそれが現れたのは……ボクは嫉妬している? それとも対抗心を燃やしているのだろうか?

あさはかな だれがしんだと いうのです いやいやちょっと お手伝いをね?

転生の際にデバイスについての注文をするのを忘れた自分が悪い。忘れていたのだ。キャラクターシートを作るのが楽しすぎたのだ……駄目だ思考が纏まらない。自分の気持ちの高ぶりが手に取るように判る。

そうだ。羨望している。待望している。未知の力を。新たな力を。

そうだ。疎ましく思っている。一歩ずつ進むのではなく、段飛ばしで力を手に入れることに。

 

 

――そういえば、仮GM権限なんてもの、あったな。

 

そんなタイミングで、そんなことを思い出してしまった。

 

――試して、みるか。

 

まるでけん玉の大皿を試してみるかの如く。

 

――【今回のミッション達成を、

 

そんな気軽さで。

 

――第二スキューズ数×6回分の達成とする】

 

引き金を引いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「椎名にぃすぐ来るってさ」

「珍しいわね、椎名がおそようさんなんて」

「かあさん、椎名だって子供なんだし寝坊ぐらい珍しいことじゃないよ」

「そうね。星乃、もう少し待てる?」

「うん、大丈夫だよ……あれ?」

「ん? ああ、箸、折れちゃったのか?」

「その箸も結構長いこと使ってたからねぇ。今日あたり買いに行きましょう?」

「う、うん。今は割り箸を使うね?」

「おはよう、寝坊してごめん……どうしたんだ、星?」

「あ、あはは、ちょっとね。箸が折れちゃった」

「ほう? 怪力にでも目覚めたか?」

「握撃出来る様になっても恭也兄さんに勝てそうに無いなぁ」

「……それもそうか」

「ま、椎名も座って。少し遅くなっちゃったけど、朝ごはんを食べましょう!」

「「「「いただきます」」」」

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

てってててー、てってててー、ててててて、ぽん。

 

 

はーい。星乃君とほっしーのなぜなに豆知識のじかんだよー。

 

今回は第二スキューズ数について説明するね。

 

わーい。星乃君、第二スキューズ数ってなんなのさ?

 

うん、それはね。素数の個数関数π(n)が対数積分li(n)より大きくなる、つまりπ(n)>li(n)が真となるnのことなんだ。

 

は?

 

それで、リーマン予想が真の場合のnを第一スキューズ数Sk1、偽の場合のnを第二スキューズ数Sk2と呼ぶんだ。簡単だね!!

 

いやいや。は?

 

それで、第二スキューズ数の解nはn=e^[e^{e^(e^7.705)}]とされ、近似値は10^{10^(10^963)}。慣習的に10^{10^(10^1000)}なんて使われ方もするね。今回ボクが定義した第二スキューズ数Sk2はこの10^{10^(10^1000)}のことだよ。

 

待って、ねぇ、待って。タイム。ウェイト。ストップ。

 

大きさがわからない? しょうがないにゃあ。じゃあ累乗数の上位桁10^1000ですらどれだけ大きな数かについて説明しようかにゃあ。

 

ブレイク、ブレイク!!

 

観測可能な宇宙の直径が930億光年。つまり大体8.80×10^26m程度かにゃあ。電子の直径がシュヴァルツシルト半径を真とした場合の2.6×10^(-57)mだったとしても、タったの電子3.4×10^83個分しかナイにゃあ。ハハッ少な杉ワロリング。ニゃあ。

 

もういい……!もう……休めっ……!休めっ……!

 

どうしタノカナほっしー君にャア? 続ケルニゃあ。10^1000と3.4×10^83がどレダけ違うカって? 10倍すレば3.4×10^830になる……なんて考えナイデほしイにゃあ。10倍しテも3.4×10^84みゃあ。こレが累乗表記のおっそろしイトころみゅう。だから、必要な倍率は単純に考えて10^917倍になルのデしゃア。根本的に比較ノ対象にすらナラナカッタにょが。ゴミが。

 

押せっ……押せっ……!押せっ……!押せっ……!

 

ま、10^1000ですラたかが累乗数の上位桁っていうンだから第二スキューズ数Sk2がどれだけの数字かっテノは良くわかっタよね。第二スキューズ数×6回数分の成長をしタボクの力は留まる事を知らナい。有頂天ニナる。ちなミに第二スキューズ数はクラス4の巨大数に分類さレルんだ。モウ判ルヨネ? ソウ、上ニハ上ガ居ルンダ。グラハム数、夏おこじょ数、ふぃっしゅ数、ラヨ数――

 

わ、わ……なぜなに豆知識、完。終了。終わり!!続かない!!続かないったら続かない!!

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

『高鴨星乃

種族:人間 [特徴:剣の加護/運命変転]

生まれ:一般人

HP:Sk2+x MP:Sk2+x

器用Sk2+x 敏捷Sk2+x 筋力Sk2+x

生命Sk2+x 知力Sk2+x 精神Sk2+x

・冒険者レベル15

【全技能】15

【全一般技能】15

・特技

【タフネス】【追加攻撃】【投げ攻撃】【鎧貫き】【ルーンマスター】

【バトルマスター】【トレジャーハント】【ファストアクション】【影走り】【トレジャーマスター】

【匠の技】【治癒適正】【不屈】【ポーションマスター】【韋駄天】

【縮地】【鋭い目】【弱点看破】【マナセーブ】【マナ耐性】【賢人の知恵】

【ワードブレイク】【魔法拡大/数/距離/時間/範囲】【防具習熟A/S/非金属鎧】【防具の達人】

 

クエスト達成:【いっぱい】回

経験点残 【いっぱい】点 成長回数 【いっぱい】回』

 

 

 

――どうしてこうなった……。

頭に血は昇っていましたが、ギャグのつもりだったんです。ホントに承認されるとは思わなかったんです信じてください。お願いしますなんでもしますから。ん? 今なんでもするって……って、そうじゃなく!!

どうしよう、コレ。海鳥たちも迎えてくれそうにないよ。

 

……あ。

 

ありがとう仲介者さん。ありがとう過去の自分。ありがとう特典③。ありがとう【自己の能力を完全に可逆的に制御出来るものとする】。万が一のため、手加減を必要とする際の保険のためにとっておいてよかった……よかった……。



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