萌えっ娘もんすたぁSPECIAL -Code;DETONATION- (まくやま)
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プロローグ

――はじまりは、ひとつだった。

ひとつを生んだ空間は時とともに拡がりを見せ、いつか…やがてそれは、数多の分岐を経る事になる。

…これは、その分岐の中のひとつ。

原初よりその姿が大きく変わったとしても、紛うことなくそれは、原初より続く一つの世界であることを記す…。

 

 

 

 

 

萌えっ娘もんすたぁSPECIAL -Code;DETONATION-

 

第1部

 

【 Glorious Skyhigh 】

 

 

 

 

 

 “萌えっ娘もんすたぁ”。

 縮めて、"萌えもん”。

 ヒトの姿を模し、ヒトと似た肉体を持ちながら、その生態は野生動物のソレに酷似している、フシギな不思議な生き物。

 萌えもんは何処から生まれ、如何様に進化していったのか…

 世界各地に数多の伝承が詠われるものの、その真実を知るものは、だれも居ない。

 だが、誰も居ないからこそヒトは、その真理へと到達したいがために絶えず研究を重ね続ける。

 ある者はその【生態】を、ある者はその【発祥】を、ある者はその【進化】を…各々がそれぞれ、強い探究心と好奇心を持って、真理へと臨んでいた。

 またある者は、そのヒトならざる力を持つ萌えもん達を争いの道具にし、他者を傷つける【威力】とした。逆に萌えもんを家族に迎え入れ、【愛情】を育んだ。中には種族の壁を越え、生涯の伴侶とする者も居た。

 そうやってヒトは萌えもんと接してきた。時に争い、互いに淘汰し合いながらも、決して共生を止めなかった。

 やがて文明の発達とともに世界は変わり行き、人が操る萌えもん同士の争いは、いつしか一つの競技として確立していき、それを【萌えもんバトル】と呼ぶようになる。そして萌えもんを操り戦う者を【トレーナー】と呼ぶようになった。

 そしてトレーナーが萌えもんと共に登り掴みとる強さの頂…【萌えもんマスター】の称号は、多くの人にとって至上の栄光として燦然と輝くようになった。

 ヒトは数多の夢を持ち、萌えもん達と共に生きる。夢を掴み取るものがあれば、夢に敗れ妥協する者もある。夢を叶えるために、汚泥へと踏み入れる者もある。

 そういう意味では今も昔も、ヒトと萌えもんの関係は変わってはいなかった。

 世界とは、美しいだけではいられないのだ。

 …それは、この物語の基点となる一地方…カントーの地でも同じである。

 

 

 生きるものは皆優しく、陽の当たる世界は常に美しい。

 だがそれと同じくして

 生けるものは皆汚らしく、陽の当たらぬ世界は昏く澱んでいる。

 均衡の取れた不平等な世界で、彼らは今日も、生きている…。




=補足=

作中世界観は原作のFRLG、正確には【萌えっ娘もんすたぁ 金銀ver】をベースにしております。
夢特性あり。タイプと技はXY、ORASの第六世代準拠。
バトル描写はアニメ版をベースにしたものとなっており、当たらない必中技などゲームではあり得ない描写が見られます。
また、ベースにしている【萌えっ娘もんすたぁ金銀ver】の仕様上、一部のキャラの進化方法に原作とは異なる仕様が施されています。
可能な限り作中で話には取り上げますが、至らぬところがあればなんなりと仰って頂ければ幸いです。

また「萌えもん」と銘打つ作品が原作でありますが、当作品内には普通に♂の萌えもんも登場します。
ストーリーでも個人的な趣味嗜好に偏り、「萌え」より「燃え」を重視する部分があります。

以上をご理解した上で、何卒よろしくお願いします。


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第1話『始まりの君と』 -1-

 

 

  -マサラタウン-

 

 カントー地方の陸地の中で、南西部の半島は沿岸付近に有る小さな町。

 『マサラは真っ白 始まりの色』という標語の通り、小さな町ではあるがここから旅立つ者は他の街に比べて遥かに多い。

 やはり、子供たちは大なり小なり夢がある生き方をしたいのだろう。そしてその背中を押す町づくりを成しているのが、マサラと言う町に住まうものが感じる魅力なのかもしれない。

 その最もたるものが、萌えもん研究の第一人者であるオーキド・ユキナリ博士が仕切る”萌えもん研究所”と、彼の下で行われる子供向けの萌えもん学術セミナーの開講であろう。

 彼のセミナーを受けるために様々な地方から多くの子供達が集まり、その子供達がやがて次代のトレーナーや研究者を始めとする、萌えもんと正しく生きる為の大きな礎になっていくのだ。

 …もちろん、それが全てではない。

 博士の教え子の中には、道を踏み外し萌えもんを傷つける事を生業とした者も確かに居る。それに加担する萌えもんもまた存在する。弱きに屈し、悪しきに堕ちるもまた、彼らには等しく知恵や意志、感情があるが故に…。

 

 照明の落ちた部屋で、モニターから発せられる輝きが初老の男の顔を照らす。その目は何処か疲れを孕んでおり、普段は明るく大きな目が少し細くなっていた。

 壁にかけられたコルクボードに貼られていたのは、一人ひとり顔立ちの違う子供達の写真。そのどれもが10歳前後であり、普通の服を着ている子と並んで、鳥を思わせる子やネズミを思わせる子が無邪気な笑顔を向けている。セミナーに参加した子供たちとマサラタウン周辺に住まう萌えもん、ポッポやコラッタ達との集合写真だ。

 しかし、モニターに向かう男はその様々な思い出の紙片に目を遣ることもなく、無機質な文字の羅列と、また別の萌えもんの写真を映し出す画面に向かい合っていた。

 彼こそがマサラタウンが…カントー地方が誇る萌えもん研究の権威、オーキド博士である。

 「…ふぅ~…これは大変じゃのう…」

 一度光から目を離し、目の周りを指でマッサージする。どうにも最近、老眼が進んできたように思っているようだ。

 そんな彼へ、後ろから一人の少女が気怠げな声をかけてきた。ライトグリーンの一枚着と鮮やかな緑のショートヘア。頭の天辺からは、ちょこんと葉っぱが飛び出ている。彼女もまた、萌えもんだ。

 「博士ー、こんな時間まで何見てんの?ニコ動?…あっ、もしかしてエロ動画?」

 「はしたない事を言うのは止めなさい、チコリータ。…なかなかどうして、研究が進まなくなってきてのぅ」

 「萌えもんの分布の実態調査だっけ。そんなにおかしい事になってんの?」

 「…どうにも、カントー以外の萌えもんが増えておるようでな。特にジョウトに多く住まう種族の発見数が爆発的に増えておる」

 「それ、なにか問題あんの?カントーとジョウトは地続きじゃん。いくらでもコッチに来れるんじゃないの?」

 「萌えもんは皆それぞれ縄張りがあるでの、そう簡単に地方を跨ぐようなことはないはずじゃ。

  …やはり、行ってもらうしかないか」

 呟きながら椅子から立ち上がり、足元のチコリータを抱きかかえる。

 「あ、博士セクハラ」

 「やかましいわい。…二人共、まだ起きておるかの?」

 大きなテーブルの上、赤と白が上下半分で分かれたボールが3つ並べてある。

 萌えもんトレーナーたちが用いる、萌えもんを電子化、格納する”科学の力”、モンスターボールである。

 博士によってテーブルにちょこんと座らされ、不満そうな顔で自分のボールを転がすチコリータ。

 その隣の2個が、ゆらゆらと動きながら声を上げてきた。外部に音声を出すことが出来る便利機能だ。

 中央のボールからはハキハキとした少年の声が、チコリータとは反対側のボールからはまた別の少女の声が発せられる。

 『起きてますよ、オーキド博士』

 『どうかしたんですか?』

 2人の返事を確認してからボール中央にあるスイッチを押し、"扉”を開ける。

 するとボールが半分に開き、中から光とともに2人の子供が姿を表した。

 中央の男の子…ワニノコはアクアブルーを基調とした一枚着に青い髪。腰からは爬虫類を思わせる尻尾が伸びている。

 その隣から出てきた女の子、ヒノアラシは黒髪に背面が黒で前面がクリーム色のダボッとしたツナギを着ている。

 そして目は細く鋭くなっている、所謂糸目と言うものだった。

 テーブルの上に座る3人はそれぞれ…チコリータは気怠そうに、ワニノコは真面目に真っ直ぐ、ヒノアラシは何処か神妙な面持ちでオーキド博士の方を向いている。そんな3人に対し、博士もゆっくりと言葉を紡ぎだした。

 「…ワニノコ、ヒノアラシ、チコリータ。3人とも、よく聞いておくれ。

  今度、ワシの孫のロイと、その幼馴染のダイヤに研究の手伝いを兼ねた新しい萌えもん図鑑完成の旅に出てもらおうと思っておる。

  そして…その旅に、お前たちの誰かを二人のパートナーとしてついて行ってもらおうと思っておるのじゃよ。

  アイツら自身が選んだ、パートナーとしてのう」

 「私はやだなー。だって面倒臭いし」

 「ははは、ちーちゃんらしいなぁ。でも、それじゃ選ばれた時大変だぞ?」

 「いーよ別に。その時はボックスに篭って即ボイコットしてやるもーん」

 「だ、駄目だようちーちゃん。そんな事したら、選んでくれた人に悪いよ?」

 「ひーちゃんは真面目すぎだよ。てきとーに楽すりゃいいじゃん。向こうも面倒事に付き合わされるわけだしー」

 「うん、確かにひーちゃんは真面目が過ぎるかもね。でも、ちーちゃんも少しは見習うこと。そんなんじゃ、捨てられても文句は言えないよ?」

 自堕落に自分勝手な言葉を重ねるチコリータと、それを諌めようと焦るヒノアラシ。そしてそれを優しく見守るワニノコ。

 まるで兄妹のような間柄で話し合う彼らは、長いことこうしていたようにも見える。

 それもそのはず。この子らはオーキド博士が、ジョウトのウツギ博士から譲り受けたタマゴから生まれた萌えもん達。ここで生まれ、ずっとここで、一緒に暮らしてきたのだ。

 それなのに、3人の意識には既に…いつの間にか大きな差が生まれていた。

 「人の手持ちになる以上、俺達はトレーナーの期待に応えなきゃならない。

  トレーナーのために全力を尽くすこと…。それが、俺達の使命なんだよ、きっと」

 「…私達の、使命…」

 「だーからー、兄さんもひーちゃんも真面目に考え過ぎだってばー。もっと楽に考えていいじゃん。ねぇ博士?」

 話を振られたオーキド博士が、優しく微笑みながら返答する。

 「ワニノコの言っていることは間違いじゃないがな。じゃが、人と萌えもんとの繋がり方は、そういう主従関係と言うだけではないのじゃぞ。

  友情や愛情…もちろん、使命感や義務感もある。それは全てに等しく、千差万別じゃ。ならばワシは、みんなにはみんなだけの繋がり方を見つけて欲しい。無論、それはロイとダイヤの二人にもなぁ」

 「俺達だけの…」

 「…繋がり方…」

 博士の言葉に考え込むワニノコとヒノアラシ。やはり年季の違いか、その言葉は二人に大きく響いていた。

 「…出発は近日中になると思う。せめて、心の準備はしておきなさい」

 そう言いながら3人それぞれに優しく頭を撫で、ボールを操作して3人をその中へを誘った。

 

 夜も更け、消灯された研究所内は漆黒の闇に包まれていた。

 台座に置かれた3つのボール。そのうちの一つから、小さく声が漏れだした。

 「…ねぇひーちゃん、起きてるかい?」

 「……どうしたんですか、兄さん?」

 「うん…一つ、聞いてもらいたい事があって、ね」

 声の調子は変えずに、呟くようにワニノコが話しだす。

 「もし、俺達同士が戦わなきゃならなくなった時…ひーちゃんは、戦えるかい?」

 彼の言葉に、思わず身を強張らせるヒノアラシ。自覚してしまったのだ。自分が、その考えを避けていたということに。

 少し考えてから出した彼女の答えは、生真面目な彼女らしい返答だった。

 「…わかりません。でも、もしそうなったとしても…私は兄さんともちーちゃんとも、出来れば戦いたくない、なぁ…」

 「…うん、俺も。

  でもさ、それがマスターの命令なら、俺達は迷っちゃいけないと思うんだ。

  あぁ勿論、悪いコトを…道理に外れるような事をしようとしたらそれに反抗するのは別だよ。だけど、やっぱり俺達はマスターの手足となって戦うべきだと思う」

 「それが…私達の使命、だから…?」

 「うん…。ひーちゃんは優しいから、きっと辛い命令になるよね。でも、それじゃ俺達萌えもんに価値はない。

  厳しいけど、価値の無くなった萌えもんは必要とされないんだ。俺は自分がそうなりたくないし、ひーちゃんやちーちゃんにもそんな悲しいことになってほしくない。

  だから、迷わないで。俺も迷わない。相手がひーちゃんでもちーちゃんでも…きっと、容赦はしないから」

 「兄、さん…?」

 ワニノコの言葉に、困惑を隠せないヒノアラシ。

 一緒に育ってきたはずなのに、いつから彼はこんなにも強い意識を持っていたのだろうか。

 きっと彼はこの信念を貫き通すのだろう。気楽に怠惰を求めるチコリータも、きっとその考えはブレることがない。

 それを鑑みて、自分は一体なんなのだろうと思う。覚悟なんかない、信念もなにも、自分には――

 「…ごめんね、もう夜も遅いのに。なんか、今のうちに聞いて欲しかったんだ。

  それじゃ、おやすみひーちゃん」

 話はそこで途切れ、周囲にはまた夜の静寂が訪れる。ボールの中で目を閉じて、ヒノアラシは考えを募らせた。

 (…それが、萌えもんの使命…?私には、よく分からない、けど…

  私は…そんなの、嫌だな…)

 




試しに3分割で投稿してみます。
ひとまとめにした方とどっちが読みやすいか、良ければ教えていただけると助かります。


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第1話『始まりの君と』 -2-

 

 

 

 …1週間後。

 閑散としたのどかな町であるマサラシティと、そこにある小さな一軒家。物語の始まりを告げるのは、いつだってこの家からなのである。

 「……あー、朝かぁ…」

 カーテン越しに入り込む朝日を浴びて、ぼんやりと目を覚ます少年。

 気怠そうに上半身を起こし、欠伸をしながらぐぐぅっと寝起きの身体を伸ばす。

 階下からはテレビから流れるニュースの声と、食欲を刺激する朝食の匂い。これぞ朝って感じだ。

 寝惚け眼を擦りながらベッドから降り、ボサボサの短髪をわしわしと乱雑にいじりながら階段を降りだした。

 

 「おはようダイヤ。朝ごはん、出来てるわよ?」

 「ん、おはよう母さん」

 階段から降りてきた少年…ダイヤが、母アオイの挨拶に生返事で返す。

 そのままテーブルに座り、用意された朝食をかじり出した。今朝はベーコンエッグとトースト、木の実のミックスジュースだ。

 「そういえば、オーキド博士に仕事を手伝って欲しいって言われてたわよね?

  もう一週間くらい前かしら…」

 「…そんな前だっけ?2~3日前ぐらいだった気がするけど…」

 おもむろに話しかけるアオイ。

 その問いに答えるダイヤも、随分曖昧としたものだった。完全に失念していた、って顔である。

 「どっちにせよ、そろそろ行かないと博士も怒るわよ。

  ったく、いくら余裕を持たせてくれたからって、一週間も何してたんだか…」

 「半分は私用。もう半分は誰かさんの布教に付き合わされたんですがねー。ったく、何がマイナーアニメ特撮祭りだよ…」

 「そういう口答えする子には…」

 言うが早いか、アオイがダイヤの背後に回りこむ。

 音もなく残像を纏って背後に回るそれは、正に某なんとか閃空だ。そして――

 「くおぉだッ!!」

 相手の右の脇の下に体を入れて両手で挟み込むように首をホールド。そしてこちらの左足を相手の腰から股へ回し込み、上体を起こす。

 すると歪に折れ曲がったダイヤの身体から、ギリギリという嫌な音が発せられ、彼にはもれなく激痛が贈呈されていた。

 あまりにも有名すぎるプロレス技、コブラツイストである。

 「ちょ!痛ッ!痛いッ!!

  コブラ?コブラツイストッ!?昨日何見やがったママーン!!」

 「こどくぅなぁ~~シィルエェ~ット♪ 動きだぁ~せぇ~ばぁ~~♪」

 「それは紛れも無くヤツかぁッ!!!」

 コブラツイストを極められながら、ダイヤはある男の姿を思い出す。

 短い金髪に丸っ鼻、赤い全身タイツを身にまとい、左腕がサイ○ガンの”ヤツ”の姿を。

 …それが、この家の日常なのだから恐ろしい限りである。

 

 「あー、痛ってぇ…。ったく、ちょっとは自重しろよな」

 逃げるように家を出てきたダイヤ。色を合わせた赤のジャケットとキャップを被り、黄土色の小型リュックをぶら下げながら、家の前で体を動かしてコブラツイストによってもたらされたダメージを緩和させる。

 体の調子を戻したら、晴天の空に向かってもう一度大きく背伸び。

 一息ついて戻したら、すぐさま持ち物を確認する。

 「…財布、良し。ポケナビも良し。その他諸々オールオッケー、と…。

  さって、何を頼まれるのやら」

 呟きながら歩き出す。目的地はマサラタウンの名物とも言える建物、オーキド博士の萌えもん研究所である。

 

 

 多くの荷物や機材が置かれた白い空間。パソコンやよく分からない計測機器、ギッシリと綺麗に並べ詰められた本棚があり、中でも目に付く大きな機械は、萌えもんセンターに備えられている萌えもんの回復設備と同じものだ。その向かいに置かれているテーブルには、一週間前と変わらずに3個のボールが鎮座していた。

 しかしその研究所の中にオーキド博士の姿はなく、そこには代わりに、回復マシーンにもたれかかった少年が一人居た。

 背格好はダイヤと同じぐらい。やや釣り上がった目に、赤みがかった明るい茶髪の尖った髪型が印象的な少年だ。

 彼の名はロイ。オーキド博士の孫であり、ダイヤの幼馴染でもある。

 「ようダイヤ」

 「おうロイ。博士は…居ないのか。まぁあの人も忙しい人だけどさぁ」

 「なに、あの爺さんのことだ。どーせまたどっかその辺をほっつき歩いてんじゃねェのか?」

 「だったらまだ近くに居そうだな。俺ちょっと探してくるわ」

 「おう、じゃあ頼むな。入れ違いになったら連絡ぐらいはしてやるよ。

  ったくあの爺さん…ヒトを呼び出したんならちゃんと来いってんだ」

 (…なんだ、ロイも博士に呼ばれてたのか。いや、どっちかってーと俺がロイのオマケなのかね。

  しっかし、一体何の用なんだろうねぇ?)

 ボヤくロイに呆れた笑いを返し、適当な思考を巡らせながら研究所を出るダイヤ。

 こうして自分から面倒を名乗り出るのも、一週間もの時間を空けてしまったという小さな負い目である。責任感が有るのか無いのか微妙なトコロだ。

 外は相も変わらず晴天真っ盛り。日も高くなり始める時間帯で、見事な洗濯日和と言えよう。

 「さーって、あのフーテン博士は何処に行ったのかなぁ」

 思い当たる場所があるわけでもない。が、ジッとしてても何もならない。なので思い付くままに、動くことにした。言い換えれば、テキトーってことだ。

 町の中は勿論、東西でを柵に仕切られた森や南にある21番水道の入り口付近にも、博士の姿は見えなかった。ダイヤが最後に行き着いたのは、北にある1番道路手前。町を出る一本道だった。

 「…まさか、トキワの方にまで行ったんじゃないだろうな…」

 あまり考えたくないケースを考えながら道路の先を見据えるダイヤ。その顔は、明らかにイヤな…面倒くさいと言わんばかりの顔をしていた。

 そんな彼の背後から、突然大きな声が放たれてその動きを止める。

 「おーい!待て、待つんじゃぁー!!」

 「な、なんだ!?」

 驚き振り返るダイヤ。彼に向かって一人の元気な老人が慌てたような小走りで寄って来た。ダイヤが探していた、オーキド博士その人である。

 「危ないところだった…。

  まったく、草むらでは野生の萌えもんが飛び出すことぐらい知っておろうに?」

 「そうは言うがな大佐、こっちはアンタを探しに行こうとしてたわけでさ。それをそんな風に言われるのは、ちょっとばかし心外ッスよ」

 博士の心配に対し、戯けたように返すダイヤ。だが博士には、そんなナメた態度を取る孫の幼馴染に対しても強いカードを持っていた。

 「…ほぅ、人からの呼び出しに対して一週間待たせた挙句そう抜かすか」

 鋭い一撃。そのカミソリのように鋭利な一言は、ダイヤの未熟な考えを瞬時に改めるに容易い言葉だった。

 「すいませんでした博士。何なりとご指示を」

 腰を直角に曲げて、最上級の敬礼して博士の指示を待つ。きっと静かに怒りを秘めていると思っていたが、博士の声はそれを一切感じさせないほど、”いつも通り”だった。

 「うむ。それでは、ちょっとワシについてきなさい」

 オーキド博士の先導で道を進む。辿り着いた其処は、先ほどダイヤが出て行った研究所だった。

 



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第1話『始まりの君と』 -3-

 

 

 

 「なんだ、もう爺さん見つけたのか。意外に早かったな、ダイヤ」

 「見つけたっつうか、見つかったっつうか…まぁそんなとこだけどな」

 「そんなことよりも、ホレ。そこにボールが3つあるじゃろう?」

 博士の言葉で、ダイヤとロイは二人してテーブルの上に置かれたボールを注視する。

 全く動かない左端、時々、脈動するように動く真ん中、どこか落ち着かない様子で動いたり止まったりする右端と、ボール越しでも三者三様だった。

 そんな彼らを見ながら、博士は話を続ける。

 「ジョウトのウツギくんが渡してくれた萌えもん達でな。この子らを、お前達二人に預けたいと思う」

 「俺達二人でこの三人を世話しろってか?」と返すロイ。

 「そうではない。お前達はこの中から一人ずつ選んでパートナーにすれば良い。残った一人は、研究助手としてワシが育てるさね」

 「つまりは俺たちには一丁前のトレーナーになれと。でも、なんで突然そんな事を俺たちに?」

 「ワシももうジジイだからのぅ。ヤル気があっても身体がついて行かんのじゃよ。それにこの子たちはまだこれから…老いぼれと一緒にいるよりは、お前達のような若者と一緒に外の世界を知った方が良かれと思ってな」

 優しく笑いながらそう告げる博士。その言葉にいち早く理解を示したのは、孫のロイだった。

 「なるほどな。で、どうするダイヤ。トレーナーやるか?」

 「んー……正直面倒くs」

 「はて、ワシとこの子たちの一週間…どうやったら帰ってくるんじゃろうかのぅ?」

 ダイヤのネガティブな意見を遮るように、またも”一週間”をタテにしてきた。

 どうやら拒否権はないものであるらしい。

 「是が非でもやらせていただきますとも博士」

 脊髄反射と思わんばかりの返答速度。崩れない博士の笑顔がとても不気味だ。

 「うむ、よろしい。それじゃあ二人とも、選びなさい」

 「…だってさ。どうする、先選ぶか?」

 「気ィ使うなよ気色悪い。ほら、さっさと決めちまえよ。どうせまた長くなるんだろ?」

 「…む、言いやがったなこの野郎。見てやがれ、たまにはバシッと即決してやるぜ」

 売り言葉に買い言葉、ちゃんと考えてるのか分からないダイヤの言動に、ロイはやれやれといった感じでテーブルに向かう姿を眺めていた。

 テーブルに相対するダイヤ。並べられたボールにしまわれた萌えもん其々の状態と姿を、ボールから出していくことで一つずつ確認していく。

 「………?」

 「……草萌えもんのチコリータ、か……」

 (うわ…スッゴい見てるよこの人…。やだなー...まさかあたしを選ぶんじゃないよねぇ…ダッリィ)

 楽な格好で座りながら、ダイヤの視線に対し冷ややかな、露骨に嫌そうな顔で返すチコリータ。

 インドア派の彼女にとって旅は苦痛以外の何物でもない。そのクセ、ストレートに意志と感情を表現できる図太さは、彼女の長所とも言えるだろう。

 しかし、さすがに察しの悪いダイヤでも彼女の顔には気付いたようで、少し不安を抱えながら彼女を選ぶのは保留し次のボールを開ける。

 願わくば、後の二人は良い子でありますように。

 「……水萌えもんの、ワニノコ……」

 「はい、俺がワニノコです。こんにちは、はじめまして」

 「お、おう。こん、にちは」

 元気で快活な返事が聞こえてきた。凛々しく礼儀正しい声を聞く限り男性型のようで、その顔つきからはどこか勇敢なイメージを持てる。返事は予想外だっただけに、軽く狼狽えてしまい返す言葉もしどろもどろだ。

 (この人がダイヤ君、か…。

  良い人そうではあるけど、随分迷ってるなぁ…。大丈夫かな…?)

 初対面の萌えもんにも心配されてしまうほど、ダイヤは切羽詰まってるように見えるんだろうか。

 それでも彼は16歳。一人前に旅立っても良い年齢である。

 そしてダイヤは、最後のボールに手をかけた。強い拍動のようなモノを手から感じながら、中央の開閉ボタンを押して開放した。

 (わっ、私の番だぁ…!)

 「で、コレが最後のヒノアラ、シ―――」

 飛び出た彼女は、後ろで結った黒髪と細い目。背中だけが黒く他はクリーム色のダボッとした着ぐるみを着た、小さな萌えもんだった。

 …目と目が合う瞬間。ダイヤの中では時が止まったように感じた。電流が流れるような衝撃。

 なぜこんな事になったのか、激しい衝動が彼の脳内を直撃する。

 「………………」

 (あ、あれ…なんだろうこの人…?私の前から動かないし…なんだか、眼の色が違うような…?)

 異変に気付くヒノアラシ。不安げな顔できょとんと小さく首を傾げ、ダイヤを見つめ返す。

 だがそのアクションは、ダイヤの脳へと更に追撃をかけることとなったのは知る由もない。

 そしてそれは、身体の反射としてすぐさま現れることになったのだ。この場の誰もが、あらゆる予想を反したモノとして。

 

 「        ジュルリ       」

 

 「「ジュルリ!!?」」

 (ジュルリっつった!?今ジュルリって言ったよコイツ!!)

 (…え、えーっと… ど、どうしよう…どうしたら良いのかなぁ…?)

 驚愕する一同。いや、それも当然だろう。如何な反応が有るかと思いきや、意外、それは唾液を啜る音。

 理知的なワニノコでさえドン引きするその光景を眼前で見ていたヒノアラシも、引いていたことに変わりはなかった。

 (よ、よだれ!?な、なんだろう…変な人だ、この人…!)

 ダイヤの形相に畏れを覚えるヒノアラシだったが、周囲の如実な反応で取り戻した僅かな冷静さで改めて彼の姿を見る。

 …うん、どう贔屓目に見ても異常この上ない。だけど彼女は、どこか少しだけズレた見え方をしていた。

 (………でも、すごく真っ直ぐな目をしてる人なんだなぁ…)

 「……失礼、取り乱しました。まぁそんな事より、俺はこの娘に決めますが構いませんよね。

  答えは聞いていませんがッ!!」

 「あ、あぁ…。って言うかもう手にしとるのう、それ…」

 ヒノアラシのボールを天に掲げ、ダイヤが宣言する。そのガッツポーズは、完全勝利したなんとかクンにも見えるかもしれない。

 それを見て呆れるチコリータと、苦笑いをするワニノコ。当のヒノアラシはまだ何処か戸惑っていた。

 一息入れてヒノアラシの方へ振り返るダイヤ。その顔は普段の顔付きに戻り、目線をヒノアラシと同じ高さに合わせてニッコリと微笑んで挨拶する。いや、本人としては軽くキメ顔してるのかもしれないが。

 「…はじめまして、だな。俺はダイヤ。今から君のトレーナーになる人間だ」

 「は、はい!はじめまして!私はヒノアラシの、えっと…」

 「ん?…あ、そっか。ニックネームはまだ無いんだな。じゃあそれを考えることが、俺のトレーナーとしての初めての仕事というわけか」

 思考を巡らせるダイヤ。だが、これはそんな簡単なものではない。名前を付けるとは、ある種の儀式と言っても過言ではないのだ。

 「そうだな…『ヒノアラシ』だから…」

 何度か推敲するように小さな独り言を繰り返した後、ダイヤはニッコリと微笑んで彼女の名を決めた。

 「――うん、『ノア』だ。どうかな、イヤじゃないか?」

 (ノア…私の、名前…)

 たった二文字のシンプルな名前。それを噛み締め、砕き飲み込むヒノアラシ。

 次の瞬間、その顔はパアッと明るくなり、ヒノアラシ…ノアは嬉しそうにダイヤへと返答した。

 「…はい、ステキです、すっごく!こんな良い名前…ありがとうございます、ご主人様!」

 (ご主人様、か…。なんかこそばゆい響きだなぁ)

 呼ばれなれない敬意溢れる呼び方に少しモヤモヤするダイヤ。互いに初々しい、萌えもんとトレーナーである。

 と、ダイヤがロイの方を向いて自慢気に話しだした。

 「さぁ俺はスパッと決めたぞロイ。お前はどうすんだ?」

 「ジュルっとの間違いじゃねぇのか…。まぁいいや。それに、俺が貰うヤツはもう決まったしな」

 呆れた顔もすぐに戻し、強い視線を萌えもん達へ向ける。ある意味この選択は必然だったのか、ロイの目線に通じたのは青い髪と服の彼だった。

 「ワニノコ、俺のパートナーはお前だ。来い」

 「えっと…お、お呼びですか、マスター?」

 「あぁ。俺はロイ。爺さんから名前ぐらいは聞いてるだろう?」

 「はい。えと、よろしくお願いします」

 ダイヤとノアに比べてやや堅苦しい挨拶を交えた末に、ロイもまたワニノコのモンスターボールを自分のモノとして登録した。

 今此処に、二人の新人トレーナーが誕生した瞬間だった。

 「さって…それじゃあダイヤ、やろうか?」

 「やるって、何をだ?」

 突然のロイの言葉に戸惑うダイヤ。彼の一言が何を意味しているのか、全く気付いていないようだ。

 「決まってんだろうが…バトルだよ、萌えもんバトル。せっかく貰ったんだぜ?

  練習用の躾けられた奴じゃない、俺達だけの萌えもんだ。やらなきゃなんだってんだよ」

 「…戦わせるだけが萌えもんの価値じゃないと思うけどな。それに、いきなりじゃこの二人の準備もあるだろ?」

 「こっちは準備出来てんだよ。な、ワニノコ?」

 「うん。マスターが望むなら、すぐにでも戦える」

 ロイの問いに即答するワニノコ。それに誇らしげになるロイ。

 「ほらな。そっちはどうなんだよ?」

 臨戦態勢になった二人を見て、ダイヤはノアへ心配そうに言葉をかける。

 「…ノア、いきなりのバトルだけど…やれそうか?」

 「は、はい!大丈夫です、お任せください!」

 「本当に大丈夫か…?無理なら遠慮せずに…」

 「や、やれます!必ずや、ご主人様に幸先良い白星を送ってみせましょう…!!」

 血気盛んと言うにはぎこちなさ過ぎるノア。そこでダイヤはようやく気付きだした。彼女…ノアは、強過ぎる責任感で空回りする、所謂せっかちな性格なのだろうかと。

 (…大丈夫かな…)などと、他人事のように馬鹿が思う。

 「決まったようだな。んじゃ、やろうぜ!」

 

 

 研究所の裏地にある小さなバトルフィールドで対峙するノアとワニノコ。

 この二人にとってもダイヤとロイにとってもここは馴染み深い場所だったが、その捉え方は大きく違う。前者達にとってはただの遊び場、後者達には何度か模擬戦を重ねたホームグラウンドである。

 しかし、どちらにとっても今は全く違う気持ちで此処に立っていた。生まれて初めての『ちゃんとした』バトルなのだ。

 「…先行は貰う!ノア、体当たり!」

 「は、はいっ!」

 ダイヤの指示に従い、ワニノコに向けて走りだすノア。そのスピードは同じ体格であるヒトの子供のそれより圧倒的に速い。

 人を超える身体能力。それもまた萌えもんがヒトに酷似していながらもヒトならざるモノであるという証でもある。

 その速さを以ってワニノコに迫るノア。だが…

 「避けろワニノコ!」

 「――ッ!」

 ロイの声を聞くやいなや、即座に横へ転がり回避するワニノコ。勢い余ってそのまま転がってしまったノアの大きすぎる隙を付き、

 「ひっかく!」と飛び込むロイの指示。爪を立てたワニノコの手が力を増して光り、ノアに向かって振り下ろされた。

 「きゃあっ!!」

 吹っ飛ばされるノア。思わず尻餅をついてしまう。

 「ノア!だ、大丈夫か!?」

 「は、はい!

 (やらなきゃ…やるんだ…!だって、そうしなきゃ…!)」

 前を見据えるノア。だが、眼前のワニノコとロイの姿は、彼女にとってとても大きなものに映っていた。

 「そのまま行けワニノコ!」

 「ノア、もう一度体当たり!」

 今度はワニノコの攻撃を耐えて、そのまま突っ込んだノアの体当たりがヒット。一瞬よろけるも、ワニノコの爪が再度ノアにヒット。続けざまに攻撃を繰り返して攻め立てる。

 そんなワニノコに対し、ノアの心には小さな恐怖が芽生えていた。つい昨日まで、一緒に笑いながら遊び合っていた、兄のような彼がこんなにも強い目で自分に向かって攻撃しているのだ。

 (兄さん、なんで…なんでそんな、怖い目をしているの…!?

  …やっぱり、私は……私、なんかは…)

 現実離れした現実に、ただただ募っていく焦り。バトルに身が入らなくなった時点で、この勝敗は決していたと言える。

 「トドメだワニノコ!水鉄砲!!」

 「ノア!避けろ!!」

 ロイの声に合わせて突き出された右手。そこから放たれる水流に、ノアは避けることも叶わず直撃。そのまま倒れ込んだ。

 ダイヤが何度かその名を呼ぶものの、ノアからの反応はない。戦闘不能による、ダイヤたちの敗北だった。

 「ノア、大丈夫か!?」

 「ぅぅ…ごめんなさい、ご主人様…」

 ダイヤに抱きかかえられながら、弱々しく答えるノア。対するロイは、得意気に笑っていた。

 「ヘヘッ、俺の勝ちだな。ま、お前が俺に勝つなんざ100年早いって事だ」

 敗者に背を向けて、手を振りながら歩き出すロイ。その眼が見据えていたものは、此処よりもっと高い場所だった。

 「んじゃ、俺は行くぜ。もっと…もっと強くなるつもりだからな。ワニノコ、行くぞ」

 「ん、うん…分かったよ、マスター」

 立ち去る二人。そして、バトルフィールドには静寂が戻る。地面にへたり込んだノアはただ呆然と、かつて兄のように慕った萌えもんの背を見つめていた。

 「…負けちゃった、な」

 「…ごめんなさい、ご主人様…」

 「うん、まぁ初戦だし…俺の指示も悪かったんだ。ノアが気にすることじゃないって」

 「…でも、勝てなかったのは私の責任です…。私みたいな弱い萌えもん…要りません、よね…。

  ……グスッ…ヒック……」

 小さな胸に募るは不安と悲しみと無力感。自然と眼の端から零れ落ちる涙と、それを堪えんとする鼻声は、彼女の心を表すにそれ以上必要としないほどだった。

 「あぁもう泣かないでってば!

  …博士、こういう時ってどうすれば…」

 「それをワシに頼るのは、筋違いじゃぞ?ダイヤ、お主はもうそのヒノアラシ…ノアのパートナーなんじゃからのう」

 厳しいその言葉に、ダイヤはようやく気付かされた。トレーナーとは、萌えもんと共に生きるとは…。

 今はまだその片鱗に過ぎないのだろうが、確実な一歩でもある。

 (…そっか、そうだよな…。この娘はもう、俺のパートナーなんだもんな…。

  だったら…俺が、何とかしなきゃ…!)

 小さく芽生えた決意を胸に、ダイヤはノアと向かい合う。

 「…ノア、こっち向いて?」

 「……え?うゎっ…」

 脇に手を入れて、そっと抱き上げる。幼子のような彼女の身体の重みは、ダイヤ自身が背負うべきモノの重さだった。

 「あ、あの…ご主人様、何を…?」

 「大丈夫だノア、俺に任せろ。この町に生まれて16年…俺が得てきた経験の全てを使って、お前に敗北を乗り越える魂を…

  全力で教えてやるッ!!」

 …正直よく分からない理屈である。だが、そんな言葉でも今のノアには力強いものに感じるのだから分からんものだ。

 「…それで私、強くなれますか…?ご主人様のお役に立てるようになれますか…?」

 「なれる。…いいや、してみせるさ。――約束だ、ノア」

 「……は、はい…ッ!」

 ほんの少し、ノアの顔に光が戻った。

 

 「…うむ、善きかな善きかな」

 

 

 

 

 

たった一つの他愛ない約束

 

そこから全てが始まった

 

この日彼に芽生えた衝動は、多くを巻き込み螺旋しながら拡がり

 

固く抱く、熱き結束となる

 

 

時に焦り、されど共に歩み、心はいつも寄り添って

 

それは、愛情に程近い感覚で――

 

 

約束の炎と運命に導かれ、ここから始まる物語

 

 

 

第1話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(ヒノアラシ ♀)
 所持バッジ…無し

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:ヒノアラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:体当たり、睨みつける
 所持道具:無し


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第2話『冷たい夜を、突き抜けろ』 -1-

 挫かれた心、立ち直さんとする心。
 決意の灯火が点る時、その物語の始まりが動き出した。



 

 

 

 

 黒髪糸目の少女を後ろに連れて、赤いジャケットと帽子をかぶった少年が町中を歩いている。

 つい先程オーキド博士から萌えもんを貰い受け、トレーナーデビューを果たした少年、ダイヤだ。そして後ろに付いているのがその萌えもん、ヒノアラシのノアである。

 「あ、あの…ご主人様、どこに…?」

 「俺の家だ。何日かかろうとも、お前に燃え魂を叩き込んでやる」

 「で、でも博士の頼まれ事が…」

 「そんなことはどうでもいい!!」

 断言である。が、さすがに生真面目な気質であるノアは、それを良しとはしなかった。

 「ど、どうでも良くないですよぉ!博士って優しそうに見えて、怒ると凄く怖いですし…」

 「…そうだよなぁ。超怖いよなぁ、あの人…。キレるときっと、どこぞの任侠みたいな形相で迫ってくるんだろ…」

 ダイヤの言葉に黙るノア。少なくともそれは、否定を示すものではなかった。

 「…ノア、黙らないでくれ。真実味が増してよけいに怖い」

 ため息を一つついて、ポケットにしまわれた2つの小型携帯端末を取り出す。

 これが、オーキド博士からの頼み事、カントー地方の萌えもん生態分布調査の旅だった。この端末は萌えもんの生体データを認識と登録、電子音声でそのデータを発声してくれるという、なんともハイテクなシロモノだ。その名も『萌えもん図鑑』。

 しかし、それをなぜダイヤが2つも持っているのか。答えは単純。早々に出て行ったロイに、博士も渡し忘れたというのだ。

 「…で、ロイに届けなきゃいけないんだよなぁ…」

 面倒くさそうにボヤく。まだ遠くまで行ってないにしろ、飛び出したロイと上手い具合に会うのは如何なものか。

 だが渡さなければ、それはそれで激しいお叱りを受けること間違いない。握りつぶされるかもしれない。

 「仕方ない、ちょっと探すか…。燃え魂のレクチャーはその後だな」

 「分かりました。いっぱい教えて下さいね、ご主人様っ」

 可愛らしい笑顔で、そんな無垢なセリフを放つノア。ダイヤは思わず口元を抑え明後日の方向に顔を向ける。

 (…さり気に破壊力の高いセリフ言うじゃねーか…。侮れん萌えっ娘だな)

 などと考えながら、二人はマサラタウンより出て1番道路へと足を踏み入れた。

 

 

 閑散とした道路や草むらを歩き進む。そうする中でも多くの萌えもんと出会っていた。

 「案外、こんなところでもいろんな萌えもんが居るんだなぁ」

 歩く先々で飛びだす萌えもん達。紫のネズミのようなコラッタや、明るいブラウンの羽根を持つポッポなんかはオーキド博士のセミナーで出会ったことはあったが、大きな尻尾がトレードマークのオタチや、日陰で立ちながらウトウトしているホーホー、赤い身体と頭から羽のような葉っぱを伸ばしたハネッコは晴天に喜ぶように跳ねている。

 その中にはこちらに喧嘩を挑むものも居たが、ノアの元来持つポテンシャルからか、さほど苦も無く撃退していった。

 「ま、ボールも無いから撃退するしかないのよねぇ」

 「ボールがあれば、ゲットしていましたか?」

 「どうだろ。今のところはそこまで心惹かれるのは居ないからなー。それに、みんながみんな素直に付いて来てくれるってわけでもないしさ」

 そう、これが萌えもんをゲットすることにおける暗黙の了解。萌えもん達は基本的に人間に対して好意的ではあるが、彼らの中の善悪もハッキリと見つめている。そして、トレーナーと萌えもんの両者の抱く利害が一致した時、初めて『仲間』となるのだ。

 もちろん萌えもん達にも個人差はあり、嬉々としてトレーナーに付いて行くものも居れば、断固としてゲットされたことを認めずに反抗的な姿勢…最悪脱走に走るものも居る。

 それは正に、『皆其々』なのだ。

 「っと、そうこうしてる間に着いたな、トキワシティ」

 「ロイ、さん…達は居ませんでしたね」

 「そうだな…。ったく、何処にいやがんだアイツ」

 やれやれという感じで、また歩きながらツンツン頭のアイツを探す。いくらか歩きまわった時、フレンドリィショップの傍であの分かりやすい髪型が眼に入ってきた。

 「うおーい、ロイー」

 「ん?ダイヤじゃねぇか。何してんだお前」

 「お前を探してたんだよ。ホレ、博士からの贈りもんだ」

 そう言って萌えもん図鑑を手渡すダイヤ。受け取ったロイは軽くそれを眺めてポケットに突っ込む。

 「…で、コイツで研究の手伝いをしろってのがじーさんの話なんだな」

 「さすが孫、理解が早い」

 「吐かせよ。ま、こんなもん俺が片手間で終わらせてやんよ。お前は精々、弱い萌えもん囲って楽しんでな」

 刺のある言い方に、思わず怒りを覚えるダイヤ。

 確かに彼は、トレーナーズスクールではロイと何度も勝負して、何度も負けてきた。白星を数えても両の手をちょっと余らせるほどだ。

 それが現実。いつしかそれに甘んじるようになっていったのは、どこかで育ち方を違えたからだろうか、それを知るものは居ない。

 だが…いや、だからこそ、そんな自分の実力の無さよりも、身内への侮辱に怒りを覚えるのはダイヤが持つ本質的な優しさだ。

 そこを刺激され、黙ってなど居られなかった。

 「…ナメんなよロイ。調子に乗ってんのも今だけだと思ってやがれこんにゃろう」

 「へぇ、なんだやるってのか?さっき負けたばっかりのソイツで」

 見下すようにノアへ目線をやるロイ。それに思わず恐怖したのか、ノアはサッとダイヤの後ろに隠れた。

 「ばーか、ノアはお前が思ってるほど弱い萌えもんじゃねぇよ。それに、トレーナーってのは萌えもん一人だけで戦うわけじゃないだろうが」

 突き出した手に握られた、空のモンスターボール。それはつまり、仲間を増やして戦おうというダイヤの意思表明でもあった。

 それを見たロイは、自信満々の笑みで言い返す。

 「ハッ、上等だぜ。じゃあ明日、22番道路で待っててやる」

 手を降ってその場を去るロイ。その姿が見えなくなると、ダイヤは後ろで隠れていたノアの頭を優しく撫でた。

 「…もういいぞ、ノア」

 「うぅ…ごめんなさい、ご主人様…」

 「真っ直ぐ見据えられるようにならなくちゃ、な。さて、それじゃ言っちまった手前だ。燃え魂のレクチャーついでに仲間も探すか」

 「は、はいっ!」

 なんとか返事をして、ダイヤの後を追うノア。だったが、思わず躓いて転んでしまった。

 「…あ、あれ…?」

 へたり込んだまま、どうにも四肢に力が入らない。小さな身体に秘めていたはずの力を、どれだけ振り絞ってもノアは立ち上がれないでいた。

 「ん…ノア?」

 数歩先に進んだところで気付いたダイヤ。彼女の異変に、血の気がサァッと引いていくのが分かった。

 「おっ、おいノア!どうした!?」

 「…ごめんなさい…。ちょっと…疲れました…」

 駆け寄る彼にもたれ掛かり、ついに寝息を立てるノア。完全に、意識は落ちてしまったようだ。

 「…ね、寝ただけか…。ともかく、家で休ませてやらないとな」

 そう言って彼女をおんぶするダイヤ。小さな体躯に相応しい軽い重みを背に受けて、少年は来た道を駆け足で引き返す。

 無論、すぐ傍にトレーナーの必需施設である萌えもんセンターが有ったにもかかわらず、だ。ザ・アウトオブ眼中。

 

 

 

 

 「…それで、あの娘は大丈夫なの?」

 ダイヤの家のリビング。その食卓を挟んで今現在この家のすべてを取り仕切る母アオイが、呆れたような声で対面に座る息子に尋ねる。

 「…あぁ。今は俺の部屋で寝かしてる」

 小さく溜め息をつき、ダイヤが答える。ノアは今、ダイヤの部屋のベッドで寝かされていたのだ。

 母アオイにとっては、ボンクラ息子が萌えもんを背負いながら慌てて家に帰ってきたという随分と急転直下な出来事。しかしそれにも難なく対応して適切な処置を行える辺り、強い母である。

 「まったく、アンタの無茶に付き合っちゃったんでしょうね。萌えもんは強いけど弱い生き物。トレーナーになったんなら、ちゃんと考えてあげないと」

 「無茶って、そんな…」

 「してたんでしょ? ――例えば、萌えもんセンターに行かずに何度もバトルしたりボールから出したまま連れ回したり」

 見透かしたような母の言葉にダイヤはハッとなる。正に、言われたとおりなのだから。

 「…母さん、エスパータイプ?」

 「アンタのやりそうな事ぐらい分かるわよ。…いつもいつも、周りを見ずに行っちゃうものねぇ。まるでお父さんみたい」

 やはりどこか呆れたように、ほぅっと呟くアオイ。馳せた思いの先にあるのは、今この場に居ない彼女の夫でありダイヤの父の姿だった。

 だが、父にも似てきた我が子の姿に、いつまでも思いを寄せておくわけにもいかない。オーキド博士の依頼、萌えもんトレーナーになったということ。そこから導かれる結論を、彼女はしっかりと把握していた。

 「…旅に出るんでしょ。だったら、しっかり面倒見てあげないと。

  アンタがあの娘を頼りにしてるように、あの娘も…これから仲間になる萌えもんたちも、アンタしか頼れなくなるんだから」

 「……うん、そうだな」

 反省の色を見せるダイヤ。初めてだから無理もない、と言えることはもう無いのだ。

 悔やんだような厳しい顔をする息子に、アオイは緊張を解くように言葉をかけた。

 「今日はもう、準備して休みなさい。

  『少年よ、旅立つのなら晴れた日に胸を張って』って言うしね」

 「母さん…。

  そういうネタを出してくる辺り俺の親だなってホント思うよ」

 いい話がちょっと台無し。そんな距離感の親子である。

 

 

 

 

 

 ――暗い深い闇の中。

 彼女はただ、漠然と歩いていた。

 歩く道の先には、青の幼馴染が自分よりも早足で歩いている。

 覗いた横顔から見えた眼は、強い意志を宿していた。一つの目的を為すために、今迄の全てを投げ打てる、強く冷たい眼をしていた。

 振り向いたそこには、緑の幼馴染が面倒くさそうに横になっている。

 だが、その眼はとても優しかった。全てを知るからこそ全てを甘受し、肯定や否定とは程遠いところにある、そんな温かい眼をしていた。

 「…兄さん…ちーちゃん……わたし、は…」

 動けなくなった。

 自分は一体何処に進めばいいのか。

 何を導にすれば良いのか。

 焦って何度も両者を見返していたら、そのどちらも陰り消えてしまった。

 …目尻に涙が浮かぶ。

 焦るだけ焦って、結局自分一人では何も決められない自分。

 弱くてちっぽけで、大嫌いな自分。変わりたくても、変え方が分からずにいた。

 涙ぐむ声が小さく響いた時、誰かに優しく、頭を撫でられたような気がした。

 辺りを見回しても、見上げても誰もいない。

 ほんの僅かだった。でも確かに感じた。その誰かを探していたところで、

 

 「おはようノア。よく眠れたようだな」

 

 目が、覚めた。

 

 

 

 

 

 「ご、ご主人様!?あああごっ、ごめんなさい!勝手に倒れてしまって寝床まで占拠してしまってえと、えと…!」

 「気にすんな。むしろ、疲れてることに気付かなかった俺が悪いんだ。すまなかった、ノア」

 座ったままで頭を下げるダイヤ。それを見たノアが焦って恐縮するイタチごっこ。

 さすがに話が進まないのでダイヤがちょっと無理矢理気味に話を切り出した。

 「まぁなんだ!予定は少々狂ったが問題ない。あとは新しい仲間を迎えて、ロイの野郎をブチのめすだけだ!」

 「で、でも…折角してくださるはずのレクチャーが…」

 「大丈夫。そんな事もあろうかと、睡眠学習を施しておいたッ!

  これでお前の魂<こころ>にも、燃え魂が刻み込まれているはずだッ!」

 「…そ、そうですか。でも言われてみればそんな気がします!」

 この主人にしてこの萌えもんである。馬鹿と馬鹿正直は時にあらぬ方向へ行ってしまうのだ。ツッコミ不在だとだいたいこうなる。

 

 「そういやノア、お前はボールから出てる方と入ってる方、どっちが良いかあるか?」

 出発準備の確認をしながら、ダイヤが問いかけてきた。

 萌えもんにとってモンスターボールは、非常に大きな意味を持つ。旅をするに当ってはトレーナーの負担軽減になるし、開放、召喚のシーケンスが少ないことからあらゆる状況、あらゆる場所でも柔軟に対応できる。

 また萌えもんたちにとっても、ボールは檻ではなく揺り籠のようなものだという。バトルで負った傷…毒や火傷の状態異常、そして瀕死の重傷を負った時でも、ボールに入ってしまえば肉体が外部から完全に遮断されるので、死に至る確率が大幅に減少される。

 無論それは双方向にして一方的な考えであり、それに反しボールに入ることを嫌う萌えもん、入れることを嫌うヒト、様々だ。

 だから二人が交わすこの話は、トレーナーと萌えもんにとって無くてはならない話なのである。

 「…私は中に入っています。その方がご主人様にも負担がかからないでしょうし」

 「ん、そっか」

 短く肯定を言葉にするダイヤ。内心はその愛らしい姿が見れなくて残念に思っているのだが。

 

 リビングでは、いつもと同じようにアオイがそこに居る。降りてきた二人の姿を見て、優しい微笑みを向けた。

 「うん、二人とも元気ね。それじゃ、気をつけて!いってらっしゃい!」

 「おう、ありがと母さん。じゃあノア、出発するか」

 「はい。どうも、お世話になりました!」

 意気揚々と外へ出る二人。外は快晴、絶好の旅立ち日和。

 少年と萌えもんの旅は、一日の間を置いてここに始まったのだ。

 



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第2話『冷たい夜を、突き抜けろ』 -2-

 

 昨日通った1番道路を再度進むダイヤ。今度はノアをボールに仕舞い、腰のホルダーに装備している。

 「それでご主人様、まずはどこに?」

 ダイヤの耳に響くノアの声。右耳につけたイヤホンマイクから流れるものである。ボールとリンクさせることでワイヤレスで中の萌えもんと話ができる便利グッズだ。

 コレも、萌えもんがヒトと酷似した知能を持っているが故に生み出された叡智といえる。

 「とりあえずもう一度トキワまで行って、あとは俺のセンサーを頼りに新しい仲間をゲットしに行くつもりだ」

 「センサー、ですか?」

 「あぁ、萌気センサーと言ってな…」

 

 

『説明しよう!

 萌気(ほうき)とは、この世界に存在するあらゆる物体から発せられる気のことである。

 そして、全ての生き物には其々が固有のセンサーを持ち、萌気に触れることで反応を示すのだ。

 その反応こそが世間一般で言う【萌え】であると、筆者はそう仮説を建てた。

 勿論センサーの感度には個人差が存在するし、どの萌気にどの程度反応するかに至っては、一度も同じ結果になったことがない。

 嗜好は千差万別。まだまだ研究が必要ということだな。

 

 なお、反応した際の具体的な症状について知りたい場合は、よく【変態】と呼ばれる諸兄の活躍や行動を参照すればひと目で分かるぞ!』

 

 

 「…そんな感じで、センサーを当てにしてココをうろついてるんだが…」

 そう言って入り込んだのはトキワシティは西にある、22番道路に続く小さな草むらだった。

 先ほどとは打って変わって、攻撃的な鋭い目と小さな羽根を持つオニスズメや、まるで少年みたいな格好で格闘戦を好むバルキーなども飛び出してくる。

 その其々を、ノアがバトルで打ち負かしたり話し合いで去って貰ったりしていたその時の事だ。

 二人の目に前に現れた…と言って良いのか、暖かな陽気を受けて気分よく眠っている萌えもんを見た瞬間、ダイヤに電流が走った。

 「――ッ!?」

 眼に前にいたのは、ふんわりカールした黄色い髪と、同じく黄色いモコモコした着ぐるみを着た少女。耳からは黒と黄色の縞模様をした突起、腰辺りからも耳の突起と同じ色の尻尾が伸びており、その先にはまた輝く黄色の玉が付いている。

 紛うこと無く彼女も萌えもんであり、懐から神速で開いた図鑑からは【メリープ】だと読み込まれた。

 そこまで分かれば、行動は早かった。

 「…あの、ご主人様?」

 「ノア、捕まえるぞ。俺のセンサーは既にレッドゾーンを振りきっている」

 「り、了解です…」

 モンスターボールを構えるダイヤの隣で戦慄するノア。そこで彼女は、あることを思い出していた。

 (…変だ。ご主人様がなにか変だ…。あの眼は、初めて私を見た時と同じ…)

 というところまで思考が至り、結論が導き出される。否、多少鈍くてもコレで分からないなどありえない。

 (―――なるほど。これが、萌えですか…)

 「っしゃあああああいっけぇええええええ!!!」

 派手に叫びながら大きく振りかぶってぶん投げる。

 その声に気付いたのか、メリープが目を覚ました…が、寝惚け眼では現状を把握する事など出来るはずもなく…

 「きゃうっ!」と、可愛らしい声をあげて頭にボール直撃。そのまま赤い光になってボールへと吸い込まれていく。

 その後ゆらゆらと2,3度揺れ動くが、やがて動かなくなりカチッという閉鎖音が鳴った。

 「おぉっし!ゲェェッット!!」

 「お、おめでとう、ございます…?」

 さすがに疑問形である。と、そこに…

 「ちょっと待ちなさい、そこのトレーナー!」

 草むらからまた一人、別の萌えもんが飛び出してきた。黄金に流れる髪と小さく飛び出た耳。前面が白のワンピースは袖から背面にかけてが髪色と同じ黄金色で、どこか砂岩をイメージさせられる。

 スカートの裾から覗く太く短めの尻尾を引きずる少女は、ノアや先ほどのメリープよりも、体格を含めてやや大人びて見えた。

 そして最大の特徴として、彼女はあたかも真面目そうな、楕円形のメガネを装着していたのだ。

 「見ましたよ。貴方今、メリープの彼女と話も何もせずに突然ボールを投げましたね?それは萌えもんにとって非道に違いありません!」

 「うっ、えっと、その…す、すまない。つい衝動的に…」

 「すまないで済んだらジュンサーさんの仕事はありません!貴方のようなヒトには、粛清が必要なようですね!」

 長い袖の先から小さな…しかし人の身と比べるには大きな爪を伸ばし、ダイヤに襲い掛かる萌えもん。即座にノアが、ダイヤの前に出て彼女の攻撃を受け止める。

 「クッ…邪魔をしますか!」

 「わっ、私はご主人様の萌えもんだもの…!」

 「ノア!相手の娘は…!?」

 少し怯んだものの、すぐさま図鑑を開いて確認する。映しだされた姿にメガネは付いていなかったが、それ以外の外見では完全に【サンド】であるとハッキリした。

 「地面タイプか…!ノア、体当たり!」

 「…!たあぁっ!」

 受け止めていたサンドの爪を弾き飛ばし、開いた身体に体当たりを放つノア。それを受けて退くサンド。だがすぐに体制を立て直して、再度爪で襲い掛かる。

 「ノア、かわして火の粉だ!」

 「てぇぇいッ!!」

 ダイヤの指示に合わせノアの後ろ髪が炎と化して伸びる。炎タイプであるヒノアラシ種の特徴であり、炎技を用いる時はこのように髪の一部が燃え上がるのだ。

 サンドの爪攻撃を横に避け、同時に右手へ集められた炎を、薙ぎ払うように外へ振るう。手の中の炎は小さな火種の雨となり、サンドへ直撃していった。

 「きゃああっ!」

 「ご主人様、今です!」

 「お、おう!モンスターボールッ!!」

 思わぬノアの言葉に反応して、空のボールを投げつけるダイヤ。弧を描く一投はサンドの頭にぶつかり、先ほどのメリープと同様に彼女を光と化してボールへと吸い込んだ。

 やがて動きを止めるボール。ほんの僅かな時間に、ダイヤは二人の萌えもんをゲットするに至ったのだった。

 「…っぷはぁ~…お疲れノア。一度戻って、萌えもんセンターに行こうか」

 「ふぅ…はい、分かりました」

 ひと声かけてノアをボールに戻すダイヤ。草むらには他の萌えもんの気配もするが、特に突っかかってくるようなことは無さそうだ。

 なんとか刺激しないように草むらを離れ、センターへと帰るダイヤだった。

 

 

 

 -トキワシティ:萌えもんセンター-

 「マサラタウンのダイヤさーん、萌えもんたちの治療と回復、終わりましたよー」

 センター内に響く綺麗な女性の声。それを聴いてすぐにカウンターへと駆けるダイヤ。全国各所のセンターを取り仕切るジョーイが、笑顔でダイヤのモンスターボールを返してくれた。

 「ありがとうございます」

 「遠出する時などは、フレンドリィショップで傷薬や異常回復薬をお持ちになっておくと良いですよ」

 などといった些細なやりとりを経て、再度センター内の一角、ソファーの置いてある休憩所に陣取った。

 「ふぅ…よし、みんな出てこい」

 言いながら軽くボールを投げる。3つのボールが開き、光を発して3つの影が顕現した。

 ノアの隣に、さっきゲットしたメリープとサンドの二人。メリープはきょとんとした眼で、サンドは何処か責めるようなむーっとした眼でこっちを見ていた。

 「…あー、なんだ。まずははじめまして、かな」

 「うん、はじめましてっ!」

 元気な笑顔で答えたのはメリープだった。とても無邪気で、元気のいい返事だ。それだけで外見相応に年下な雰囲気が漂ってくる。

 「おにーさんがあたしをゲットしたの?」

 「おう。突然で悪かったな」

 「ほんとだよ~。ひなたぼっこしてたらとつぜんボール投げられたんだもん」

 ちょとだけ不満気だが、コレはどちらかと言うと妹が上のものに対して露わにする可愛らしい不満の声だ。

 やっぱり可愛い。ダイヤのセンサーは、彼にとって最も都合のいい萌えもんをしっかり捕捉していたのだ。

 「本当にゴメン。怖かったか?」

 「ん~、ビックリしただけ。でも、ゲットされたってことはあたしもなかまってことだよねっ!」

 「あぁ、これからよろしくな!」

 小さな手とキュっと握手し、互いに笑顔になる。二人共特に深い考えはないのが良かったのか、こうしてメリープはあっさりと仲間入りしたのだった。

 …だがもう一方の新顔は、未だ厳しい物だ。

 「…で、私までゲットした理由は何なのでしょうか?」

 「あー、その…勢いで」

 サンドの顔に青筋が立ったような気がする。

 「…つまり私は、信義や大義…いえ、そこまで言っては大仰でしょうが、目標や目的も無い方に捕らえられてしまったと」

 「いや、まぁ、その…当面の目標はあるんだけど、ねぇ…。…なぁ、ノア?」

 「え、えぇ、まぁ…」

 怪訝な顔でダイヤとノアの顔を見比べるサンド。メガネの奥の黒い瞳に、つい呑まれそうになってしまう。

 「……その目的というものは?」

 「ろ、ロイ…って言っても知らないもんな…。昨日一緒にトレーナーになった幼馴染でさ。俺達昨日そいつにしっかり負けちまって、それのリベンジをしてやろうと思っておりまして、はい…」

 更にジッと見つめてくるサンド。

 可愛らしい、というよりも整った美人顔を寄せられて、ダイヤも少し赤面してしまう。

 そして再度ノアとメリープの姿を見回して、ふーっと溜め息を付いた。

 「…分かりました、ご一緒してあげましょう」

 一体何を納得したのか、上から目線でそう言ってきた。嫌味はないし傲慢という訳でもないが、やはりちょっと気になってしまう。

 「いや、その、気に入らなかったら逃がすよ?だから――」

 「私が良いと言っているのです。まずはその目的を達成するのでしょう?それにバトルならば、手段を選ぶ必要はないと思いますが」

 謎の眼力に圧倒され、ダイヤはただ首肯するしかなかった。そこでようやく、サンドが微笑んだ。

 「決まりですね。よろしくお願いします、マスター」

 「…おう、よろしく。それじゃまず、二人にもニックネーム付けることから始めようか」

 そう言って考えだすダイヤ。片やメリープ、片やサンド。種族を考慮した上で、周りに聞かれても恥ずかしくない名前がいい。

 あぁ、名前決めるのってこんなに悩むのか。そんな無駄な親心を解しつつ、慎重に決める。間違っても【げろしゃぶ】や【フーミン】みたいなのは駄目だ。

 「……よし、決めた。君はメリープだから、【メルア】。君はサンドだから、【サーシャ】にしたいと思う」

 指を指しながら決めた名前をゆっくりと呼んでいく。呼ばれた二人は、その名を刻みこむように黙っていた。

 「…気にいらなかったか?」

 「いいえ、思ってたより普通の感性をしていてくれたことに感謝します」

 「あたしはメルアでいいんだねっ!かわいい名前、ありがとうマスターっ!」

 満面の笑顔のメルアと強かな笑顔のサーシャ。それを横で嬉しそうに見つめるノア。

 「改めて、俺はダイヤ。昨日トレーナーになったばかりの人間だ。こっちが相棒のノア」

 「よろしくお願いします、サーシャさん、メルアちゃん」

 「よろしくね、ノアっ!」

 「こちらは呼び捨てでも構いませんよ。よろしくお願いしますね、ノア」

 3人揃った。偶然の産物だとは思うが、それでも心強い戦力であり仲間だ。ダイヤは思う。これなら、ロイの奴にも勝てるんじゃないかと。

 「よっし、ロイとのバトルは午後からだし、少しの間だけどトレーニングしてからヤツに臨むぞ!」

 「おーっ!」

 メルアの合いの手も元気よく、まるで光明の様に感じられたのだった。



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第2話『冷たい夜を、突き抜けろ』 -3-

 

 僅かな時間ではあるが22番道路でトレーニングを行った一行。それによって力量も少しは上昇したし、ダイヤ自身も彼女らの使える技、傾向も把握してきた。

 ノアは3人の中で一番素早く、物理と特殊のどちらにも対応できる。代わりに防御は3人の中で一番低く、どうにも打たれ弱い欠点が見えてきた。

 メルアは力が弱めで足も早くないが、ふわふわした服の効果か耐久力が総じて高く、放たれる電気技の威力も高い。身体を纏う静電気や電磁波で相手を麻痺させることも出来る。

 そしてサーシャは、物理攻撃と物理耐久に特化してあると気付いた。逆に特殊攻撃には弱く、足もそこまで速くない。ただ彼女は他の二人よりも状況を把握する力が強く、それも長所と成り得るだろう。

 そうして待ち望む、22番道路。ダイヤはただなんとなしに、その道の先を眺めていた。

 「ねぇマスター、この先ってなにがあるの?」とメルアが聞く。

 「この先は、萌えもんバトルの最高峰…萌えもんリーグのある、セキエイ高原に続いてるんだってさ」

 「ほへぇ~~…萌えもんリーグかぁ…」

 「トレーナーなら誰もが憧れる場所だって聞いたことがあります。マスターも、いずれはそこに挑戦するつもりなのですか?」

 「…どうすっかなぁ」

 「ご主人様…?」

 ぼんやりと呟くダイヤ。その眼に覇気は無く、どこか虚ろとしたものだった。

 少し不思議そうなノアの声も、彼の耳には届いてはいない様子だ。そんな時、リーグの方向からどこか不満気な顔でロイが歩いてきた。

 その姿を見て、ノアは思わずダイヤの後ろに隠れてしまった。

 「あーあ、まったくよぉ…チョットぐらい良いじゃねぇかよなぁ」

 ダイヤと同じイヤホンをつけて話をしているロイ。相手はおそらく、あのワニノコだろうか。

 話が終わったのか、互いに向かい合うダイヤとロイ。少し呆けたダイヤを見て、さも当然のように愚痴りだす。

 「リーグの見物させてくれっつったんだけどよ、招待もバッジも持ってない奴を通す訳にはいかないんだとさ。お堅いもんだぜ」

 「それでも行こうとするお前の熱意がスゲェと思うよ俺は」

 「フン。…で、ちょっとはマシになったのかよ?」

 言いながらダイヤの後ろに控える3人の萌えもんを一瞥するロイ。その顔は、どこか見下したようにも思える。

 が、ノアは委縮して後方に控えているしメルアは何を言っているのか分からない顔。幸か不幸かその事に気付いたサーシャは静かに怒りを溜めるタイプだったので、いきなりトラブルになるようなことはなかった。

 しかしこの僅かな時でも、ダイヤは彼女たちの事を把握し始めている。みんなが眼前の相手に対して何を思い、どう考えているのか…想像に容易かったのだ。

 なればこそ。ロイの幼馴染としてではなく一人のトレーナーとして…自分を主として認めてくれた皆のため、自分が代弁するべきことはハッキリとしていた。ただ一つの、明確な意思を。

 「…ロイ」

 「あん?」

 「――勝つぜ。今度は『俺たち』が」

 「…ハッ、上等だ。その生意気な鼻っ柱を圧し折ってやる。来いよ!」

 意思を示したダイヤに、ヤル気を見せるメルアとサーシャ。ノアだけが、そこに入れずにいた。

 (…わ、私は…)

 「大丈夫だ、ノア。最初は俺もお前も、バラバラの一人ぼっちで戦ってたと思う。でも、今は違うよな。

  お前には俺がついてるし、メルアとサーシャもついてる。…独りじゃないんだ」

 ノアの頭を撫でるように手を置くダイヤ。メルアは満面の笑みで片手をギュッと握り、サーシャは強い笑顔で肩を叩いた。

 「だいじょーぶだよっ!一緒にがんばろ、ノア!」

 「私も、力になりますから」

 「…私は、独りじゃ、ない…」

 「あぁ。挫けそうな時は、俺達が戦う勇気を支えてやる。だから――」

 みんなからの温もりが、私に力を与えてくれる。ノアはそう、直感していた。

 昨日夢見た冷たい眼も、温かい目も、結局自分はどっちに行けばいいのかなど分からない。

 ただ一つ…あの一瞬に感じた温もりの正体は、分かったような気がした。

 「……私、もう負けません」

 言葉は自然と、口から漏れていた。徐々に声は大きくなり、自然と足も、主の後ろから隣へと進んでいた。

 「負けません!今度こそ、絶対にッ!!」

 後ろ髪から炎が燃えあがる。それは、ノアが自身の力で闘争本能を昂らせたことに他ならない。

 その決意の声を合図とし、ダイヤとロイ、トレーナーとしての二人の第2戦目が幕を開けた。

 

 

 「まずはお前だ!行け、メリープ!」

 「了解ー!」

 ロイの投げたボールから、元気よく飛び出したのはメリープだった。メルアと同種。だが服装は微妙に違い、声質や喋り方から少年ということが分かる。

 それに対しダイヤは…

 「サーシャ、頼むぞ!」

 「了解です、マスター」

 メガネをクイッと上に上げ、サーシャが飛び出した。

 メリープは電気タイプであり、サンドであるサーシャは地面タイプを持つ萌えもん。トレーナースクールで学ぶ、10にも満たない子供ですら知っている萌えもん同士の相性法則に則り、電気タイプに有効な地面タイプを繰り出したのだ。

 「チッ…一丁前に相性合わせやがって…。メリープ、体当たりだ!」

 「うおりゃぁー!」

 勢い良く突進するメリープ。だが、サーシャの目はその直線的な動きを見越していた。

 「躱して砂かけだ!」

 「…ッ!」

 軽快なサイドステップで軸をずらし、体当たりの直撃を避ける。そして背後に回った隙を付き、その爪を地面に突き立ててそのまま大きく巻き上げた。

 砂というよりも軽度な土砂に近いサーシャの攻撃、砂かけがロイのメリープに当たり、倒れこんだ。

 「ううぅ~、目が…。やったなぁー!」

 「やりかえせ!電気ショック!」

 やられた怒りをぶつけるように高ぶらせる。すると、メリープの身体から電気が放たれだした。

 電気タイプの中でもポピュラーな技、電気ショックである。が、ダイヤの目から見てもその威力はメルアの放つそれを上回っていた。

 「悔しいが、強いな…!サーシャ!」

 「お任せを!」

 彼女の動きは緩慢ながらも、放たれる電撃を転がりながら避けていく。

 時に当たることもあったが、地面タイプに対し電気技の通りは基本良くなく、全く効果をなさない場合も存在する。タイプの相性とは、これほどまでに戦局を転がすものなのである。

 「くっそ、なんで当たらない…!」

 ロイが忌々しそうに呟く。ダイヤもそれには疑問を感じていたが、特に口に出さずにいた。

 気付いているのはバトルの当事者たちのみ。サーシャの放った砂かけで、メリープの命中率が下がっていたのだ。

 それに加えて相性の悪い電気技。当たっても満足なダメージにならないことに、ロイもメリープも苛立ちが募っていた。だが、サーシャが電気ショックを躱して、且つメリープとの距離と位置が重なった一瞬、

 「そこだ!真っ直ぐ体当たり!」とロイの指示が飛ぶ。

 「!! うおりゃぁー!!」

 指示を信じて真っ直ぐに体当たりを繰り出すメリープ。大きな音が響き、サーシャに直撃されたことが一瞬で分かった。

 「サーシャ!」

 俯くサーシャを案じて呼びかけるダイヤ。だが、その眼はまだ生きていた。

 「…ったあぁッ!」

 爪を立て、メリープの身体へとその腕が伸びる。まるで懐に入ったストレートパンチのような、鋭い爪の一撃がメリープを直撃した。

 「メリープ!おい!」

 ロイの呼ぶ声もむなしく、メリープは目を回して気絶していた。ノックアウトである。

 「…っしゃあ!よくやったぜサーシャ!」

 「サーシャすごーい! ね、ね!サーシャが勝ったんだよねっ!」

 「うん、うん…!!」

 喜びに震えるダイヤたち。一方でフィールドにいるサーシャは、さも当然といったしたり顔でロイたちを眺めていた。

 「…んだよ、やるようになったじゃねぇか。戻れメリープ」

 ボールにメリープを戻し、すぐさまもう1個のボールを取り出す。

 「ダイヤの相手ごときに、そこまで本気でやるつもりも無かったんだけどなぁ」

 『そこはマスターの驕りだと思う。いつだって誰にだって、全力でいかなきゃ』

 「チッ、やれやれだ。――ワニノコ、行けッ!」

 投げた2個目のボールから飛び出したのは、青い萌えもん。ダイヤにとっての”ノア”と同じ存在である、彼の相棒にして切り札、ワニノコだった。

 一方ダイヤのフィールドにはサーシャのまま。バトルのルールは勝ち抜き戦、仕切り直しに萌えもんを交代できないのだ。

 (兄さん…)

 「サーシャ、もう一度砂かけだ!」

 「はい………ッ!?」

 指示を受けたサーシャの動きが鈍くなる。そのことに、ダイヤたち全員が驚きを隠せないでいる。そして、その隙をロイが見逃すはずもなかった。

 「水鉄砲ッ!!」

 「一発で決めるよ!」

 両手を突き出し、水流を発射するワニノコ。その一撃をもろに受け、サーシャはダイヤの足元まで吹っ飛ばされた。

 「さ、サーシャ!大丈夫か!?」

 ダイヤの声に目立った反応は見せず、先ほどのメリープと同様に目を回して倒れてしまった。

 「サーシャ…すまん、戻ってくれ」

 「お疲れ様です…。でも、なんであの時…」

 「あー、そいつはアレだな。メリープの特性に引っかかったんだ」

 「特性…あ、そっか!」

 忘れていたものを思い出すかのように声を上げるダイヤ。ノアは未だに分からずにいて、同種族であるはずのメルアも、頭にクエスチョンマークが飛び交っていた。

 「メリープの特性は【静電気】。触れた相手をマヒさせる特性。さっきのサンドちゃんは、うちのメリープへの最後の一撃の時に、その特性効果をくらってしまったんだろうね」

 やや淡々と…だがクソ真面目に答えたのは、ワニノコだった。

 「おいワニノコ!んなもんアイツなんかに説明してやるなよ!!」

 「それは卑怯だよマスター。友達なんだから、ちゃんと正々堂々と戦わなくちゃ!」

 …随分とフェアプレイ精神が旺盛である。まともに話したこともなかったからか、ロイの相方がこんな奴だとは思ってもみなかった。

 だがその実力は確かなものだろう。相性が良くなかったしマヒも受けていた。加えてバトル直後とはいえ、サーシャを一撃で倒したのだ。弱いはずがない。

 そんな彼の前に進んだのは、ノアだった。

 「お、おいノア!」

 「…私が、私が行きます…!」

 「…よし。なら行くぞ!」

 「ハイッ!!」

 小さく震える体に力を入れて、再度後ろ髪を炎に変える。

 少なくとも昨日までのノアじゃない、強い気持ちがそこにあった。

 「馬鹿が、炎タイプじゃ水タイプには勝てないっての!ワニノコ、水鉄砲!」

 「了解…ッ!」

 「火の粉で迎え撃て!」

 「はい!これでッ!」

 ワニノコの右腕から放たれた水流と、ノアが両の手から強く解き放った火の粉が激突。空中で爆発を起こす。

 その煙で一瞬目が眩むが、そこを見逃す相手ではなく、白い煙の中からワニノコがすでに接近していた。

 「…ひーちゃん、貰うよ!」

 「……っ! っああぁ!」

 一切ブレのないその言葉に怯んでしまい、爪の一撃を貰ってしまうノア。

 転がりながらも体勢を立て直し、再度ワニノコへと目をやる。

 (…やっぱり、私は兄さんとなんか……。でも、だけど今は…!)

 焦りに満ちながらも、キッと強く眼を締める。誰にも止められないし、待ってもくれない。

 これは、戦闘〈バトル〉なのだ。

 「そのまま押し切れワニノコ!水鉄砲!!」

 「ノア!躱して体当たりだ!!」

 両手から連続で放たれる水鉄砲。持ち前のスピードでなんとか避けて行くものの、回避一辺倒になり攻撃指示へ動けない。

 (…これじゃ駄目だ…。もっと、あと少しだけでも、速く…ッ!)

 「…やるね。昨日の今日でよくこんなに躱すようになったもんだ!でも、俺だって負けないよ!」

 ほんの少し、タイミングをずらして発射される水鉄砲。僅かなテンポのズレが、動揺と失敗を誘うフェイントだった。

 「――あ…」

 「ノアッ!!」

 叫ぶダイヤと、思わず目を伏せるメルア。誰もが直撃を確信した、その瞬間。

 「――ッ!! …ハッ…ハアッ…!今の、は…」

 砂煙を巻き上げてダイヤの前に戻るノア。そのスピードは、正に『瞬く間』だった。

 「今のは…そうか、新しい技!」

 すぐに図鑑で確認するダイヤ。映し出されるノアのステータス画面に、体当たりが上書きされて新しい技が示されていた。

 「新しい、技…こんなところで…」

 「うわあー!ノアすっごい!そのままやっちゃえー!!」

 メルアの応援に応え、ワニノコの方へ再度目を向けるノア。小さな変化が、小さくても確固たる自信へと変化した瞬間だった。

 「チッ…行けんのか、ワニノコ」

 「うん、これは予想外ではあったけど、バトル中に技が進化するなんて事はザラにある。それらを加味しても、やれるよ」

 「よっし、ならやっちまえ!」

 「ノア、こんどこそ反撃だ!電光石火ッ!!」

 「ハイッ!!」

 再度走り出すノア。そのスピードは見る見る上がっていき、まるで輝くようにも見える。

 先ほどとは違う速度の世界。視界は一瞬で慣れ、ワニノコが放つ水鉄砲もその動きが目で追える程になっていた。

 「兄さん…これで!!」

 全ての水鉄砲を躱しきり、ワニノコへ肉薄するノア。高速で懐に入り、速度の乗った体当たりがワニノコを直撃する。

 決まった。と、ノアがそう直感した時だった。

 「…惜しかったよひーちゃん。でも、よくできました」

 ノアの耳に、『いつもの優しい兄さん』の声が届いた。

 しかし、彼女はそれを瞬時で理解してしまった。これは、真の意味での『仲良しからの決別』なのだと。

 それの理解と同時に、ノアの小さい体は宙に舞っていた。ワニノコの水鉄砲が、ゼロ距離で放たれたのだ。

 「ノアアァッ!!」

 ダイヤの声が聞こえる。兄の放った水鉄砲は、前に受けた時よりも遥かに強くなっていた。

 あ、私はまた負けたんだ。と、彼女はぼんやりと思う。

 落ちていく先に見える主と、心配そうに見守るもう一人の『仲間』の姿。そこで彼女は、また一つ実感として気付くのだった。

 (…そっか。独りじゃないって、こういうことなんだ…)

 落ちてきたノアを何とかキャッチするダイヤ。メルアもすぐに、泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

 「ノア、だいじょうぶ!?いたくない!?」

 「…うん、大丈夫。でも、ちょっと休ませてもらうね。…メルちゃん、あともう少し、頑張って…」

 「…うん、メルがんばるよ!ノアの分も、サーシャの分も!」

 そこまで言ってぐったりと倒れるノア。戦闘不能である。

 「よっしゃ、メルア。ノアとサーシャの分まで行くぞ!」

 「おー!!」

 最後にダイヤの元から飛び出したメルア。鼻息荒く、ヤル気を見せている。

 「さっさと終わらせんぞ!ワニノコ、水鉄砲をぶち込んでやれ!」

 「たああッ!!」

 水流がメルアに向かって直進、避けることも叶わず命中する。ずぶ濡れになったメルアは、どこかキョトンとした顔だった。

 「メルア、大丈夫か!?」

 「…?うん、へーきへっちゃら!」

 「よっし…。なら、一気に決めようぜ!電気ショック!」

 「ちえりゃぁー!!」

 気合一発、メルアの身体から電気が放出され、ワニノコへと一直線に伸びていった。

 それをなんとか躱すワニノコ。だが、その動きにも限界が近づいていた。

 どこか忌々しそうに胸を押さえながら回避行動を繰り返す。それは、ノアの電光石火を受けたダメージ痕だった。

 反撃としてワニノコも水鉄砲を放つが、メルアにはどうにも効果が薄い。

 相性というよりは、彼女自身のもつ耐久力に依るものだろう。事実、彼の仲間のメリープを相手にした場合は3発ぐらいの直撃でノックダウンしている。

 だが彼女は、同じ回数当ててもケロッとしている。自分の体力低下による威力の減少もあるだろうが、それを差し引きしても耐え過ぎだ。

 その焦りに支配されたとき、ワニノコは自身の敗北を認めてしまっていた。その一瞬のスキに――

 「あったれぇー!!」

 メルアの電気ショックが、ワニノコへと直撃した。

 水タイプに電気技は効果抜群。ノアとの戦いで体力が減っていたとはいえ、たった一撃のヒットで、ワニノコは目を回して倒れこんだのだった。

 「あぁ、ワニノコ!くっそ、戻れ!」

 すぐにワニノコをボールへと戻すロイ。対するダイヤ達は、まだ身構えていた。

 「ちっくしょう…!今日はこのぐらいにしといてやる!大体な、そっちの方が数も多かったし相性も有利だったんだ!そんなマグレ勝ちでいい気になるなよ!!」

 これ以上ない見事な捨て台詞を吐き捨て、萌えもんセンターへと走り去るロイ。

 場に残ったのは、未だに身構え続けているダイヤとメルアだった。

 「…マスター、バトルは終わりなの?」

 「…そう、みたいだな」

 「じゃあ、メルたちの勝ちってこと?」

 「…そう、みたいだな」

 風が寂しく吹いたとき、ダイヤはようやく自分の勝利を実感した。なんとなく、呆気なかったが。

 「――っしゃああああ!!ロイの奴に勝ったあああああッ!!」

 「勝った勝ったー!!」

 「ノア、起きてるか?勝ったぞ俺たち!あの野郎に勝ったんだ!!」

 倒れているノアに嬉しそうに語りかけるダイヤたち。その声を聞き、ノアはゆっくりと目を覚ました。

 「ご主人様…。…おめでとうございます。でも…私は何もできませんでした。勝手に出て、負けちゃって…」

 「馬鹿野郎、今日の勝利はみんなで掴んだ勝利なんだ!

  サーシャは先鋒でメリープを倒してくれたし、ノアはワニノコに決定的な一撃を与えてくれた。そしてメルアが止めを刺した…これ以上ないチームプレイじゃないか!

  そんなみんなで掴んだ勝利、みんなで喜んで祝わなきゃダメだろ?」

 その言葉を受けて、へたり込むノアの目尻に涙が浮かびだした。

 「ご主人様…私、わたし……」

 極まった感情が遂に、堰を切ったように溢れだした。

 「…うれしくって…涙が、とまりません…!」

 泣き出すノアの髪を強めに撫で回しながら、ダイヤもそこに座り込んで思うがままに笑う。

 「そっか、嬉し泣きならどんどん泣け!俺も貰い泣きしそうだ、ははははは!!」

 「あはははは~。マスターもノアも泣き虫だぁ♪」

 少年と萌えもんの笑い声と泣き声が、混じりあって響き渡る。

 それは『勝利』と言うにはあまりにも小さすぎて、しかし大きすぎる勝利の歓声。

 彼らはこの時、ついに一歩目を踏み出したのだった。

 

 

 (うーん…いい雰囲気なんだけど、私としてはそろそろセンターに戻って回復してもらいたいなー…。

  ………あ、お花畑………)

 

 少年と萌えもんたちの往く先や如何に。

 というか、ただ唯一瀕死状態でボールの中に置き去り状態なサーシャの運命や、如何に。

 

 

 

第2話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(ヒノアラシ ♀)
        メルア(メリープ ♀)
        サーシャ(サンド ♀)
 所持バッジ…無し

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:ヒノアラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、睨みつける、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:メリープ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:体当たり、鳴き声、電磁波、電気ショック
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンド(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:引っ掻く、砂かけ、丸くなる、毒針
 所持道具:無し


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第3話『覚悟、完了』 -1-

 出会い、敗北、そして勝利…。
 僅かな時に重ね得た多くの経験は、少年に我道を指し示す灯火の一つとなる。
 彼らの旅は始まったばかり。その歩みは、新たな街へと続く道を切り拓いていく。



 

 

 萌えもんセンターとは、地方其々にある街や、山岳や森林などの付近道路に点在している公営施設である。

 そこでは萌えもん達の回復や治療を行う医療施設だったり、トレーナー向けのコミュニケーションルームや共同宿泊施設、大きなところだと簡易バトルフィールドまでも兼ね備えているトレーナー向けの複合施設である。

 とは言うものの、主だったところは萌えもん関係で占められているため、ヒトに対してはそこまで快適な施設とは言い難いのもまた事実。宿泊施設なんかは、高価な寝袋で野宿したほうがマシだという者も居る。

 それでも日々、多くのトレーナー達がこの施設を用いる理由は、やはり利用無料というところにあるだろう。

 無論、悪事や迷惑行為を行ったトレーナーにはペナルティとしての罰金が加算され、酷くなれば一部施設の利用禁止まであり得る。

 とある町では、再三の注意も聞かずにセンターでトレーナーが萌えもんや同室に居る異性と情事に及んだ事が発覚、ブラックリストとして載ったことまであったという噂もある。

 街にはホテルや旅館といった宿泊専門施設もあり、言ってはなんだが金のある者がそういうところを使う。トレーナー、特に男旅にとっては、屋根の下で寝れるだけでも十分なのだ。

 それは先日から旅に出始めた少年にとっても同じことで、昨晩はセンター内の宿泊施設で一泊していた。

 今日はその翌朝。日も上がり、スッキリと晴れていて良い洗濯日和だ。なお状況としては、

 「…………………」

 (ガクガクガクガクガクガク)

 太陽に光り輝く砂をイメージさせる黄金の髪を下ろしたメガネの少女の前で、少年と二人の少女が正座させられていた。

 少女の顔は、正に100万ドルの笑顔と形容するに相応しい満面の笑み。だがその頭には、これ見よがしと青筋が浮かんでいる。

 センターの一角、彼らの周囲の空気だけが重圧に支配され、まるで”ドドドドド”という効果音が鳴っているような錯覚が起きるほどだ。

 「…さ、サーシャ?あ、ああ、あの、一先ずは落ち着いて…」

 「ノアはちょっと黙っててください」

 恐ろしい笑顔で返されて、ノアは思わず仰け反って黙りこんでしまう。下手に触れたら何が起きるかわかったものじゃないというのが、有り有りと見えていたのだから。

 その証拠にか、サーシャのスカートの裾は赤や青などの彩色に染まり、足元にはどこから調達してきたのか分からない、もはや原型も留めていない木の実らしき物体が汚らしく転がっていた。

 「…マスター、私がなぜ木の実を握りつぶしているのか分かりますね?」

 「フフフ…さっきから一体何個潰しているんだか…」

 「ハハハ、いっそお菓子やフーズに変えて売り捌いて色々入用な資金の足しにしたいですよ!」

 まるで怒りが後光を差しているようにも見える。例えるなら神か…神は神でも阿修羅だろう。そして笑い声が笑い声に聞こえない。それはある意味では最上の恐怖に数えられてもいい気がする。

 「の、ノアぁ…サーシャが怖いよぅ…」

 「ぼ、ボールに隠れましょう。サーシャが怒ってる原因はご主人様にあるはずなんで…」

 ヒソヒソと話すノアとメルア。だが、今のサーシャはそんな些細な言動すらも容易く聞き取るほどの聴力を発揮していた。人それを、地獄耳という。

 「そこ、逃げようったってそうはいきませんよ。二人にも相応の責任があるのですから」

 「は、ハイイィ!!」

 「ふえぇぇぇ…サーシャが怖いぃぃぃ…」

 どこのイキモノかと思うぐらいに、素早くグリンと動いてノアをメルアを視線で射殺すサーシャ。

 彼女がなぜこうまで怒っているのかと言うと…

 「大体ですね、マスターが率先して祝勝会を挙げるからこんなことになるんですよ!食べて騒いでそのままセンターで一泊して、その間私は瀕死状態で完全放置!なんとかジョーイさんにSOSが通じたから良かったものの、あのままでは大変なことになってたんですよ!

  どこぞの世界でよからぬ事態になることだって遭ったかも知れないですのに!」

 「お、おーけいサーシャ、時に落ち着け。言ってることはイマイチ分からないが、確かに、全面的に俺が悪かった。

  とにかくゴメン、済まない、悪かった、反省してる」

 「…謝罪の言葉を並べれば許して貰えるとでも?その考えが気に入りませんね…。

  全員そのまま正座ぁッ!!」

 そのまま正座を指示され、地獄の説教タイムが開始される。

 くどくどと実に小喧しいサーシャの怒りやら説教やら愚痴やらの入り交ざった言葉の数々。メルアは泣きそうになるし、ノアもずっと困った顔をしている。

 だが悲しいかな、この馬鹿トレーナーは説教に対してマトモに聞こうとせずに、彼女の人となりを観察していたのだ。

 (…サーシャってこんなヤツだったのか…。怒ると説教臭くなって、それでいて敬語は崩さない。そしてあのメガネ…」

 「――うん、委員長だな」

 つい気を緩めたのか、そんな事を口走ってしまったダイヤの頭に、サーシャの手が神速で伸びて鷲づかみする。

 驚くダイヤ達だったが、輝きの消えたサーシャの眼鏡越しの眼を見た瞬間に全ての言葉を失ってしまった。

 脊髄反射で分かったのだ。あっ、コレは駄目なやつだ。と。

 「ますたー?きいてますかー?あたまとみみはちゃんとつながってますかー??」

 「ちょっ!痛っ、痛いっ!アイアン!アイアンクロー!!

  頭が!トマト!トマトになる!Gに耐え切れなくて爆ぜるッ!!」

 「ちゃんと話を聞いてくれないヒトの頭なんて爆ぜればいいんです。脳漿をブチ撒ければいいんです」

 ギリギリと軋む音を立てて、ダイヤの頭が圧迫されていく。その中で彼は、サーシャの背後に錯覚たる幻影を見つけていた。

 「み、見える!見えるぞ!お前の背後に居るスタンドが!!

  4本の処刑鎌で迫るセーラー服の悪鬼が!憤怒の形相でこっちを見てるぅぅぅ!!」

 「アハハハハハ、血塗れの蝋人形にしてあげましょうか」

 「ちょおおおおお願いやめて閣下ァーーーッ!!」

 

 嗚呼、阿鼻叫喚。

 

 

 萌えもんセンター前。正確には、ジョーイさんに萌えもんセンターから追い出された直後のこと。

 「…ご主人様、大丈夫ですか…?」

 「…まだ頭がクラクラする。頭蓋骨歪んでね、コレ?」

 「…メル、サーシャの前で悪いことぜったいしない…」

 「うん…俺もしない…」

 「コレに懲りたら、ちゃんとみんな居ることを確認してから遊ぶことです。…私だって、そういうのが嫌いなワケじゃないんですから」

 「はい、猛省します…」

 その言葉にサーシャが溜め息一つ。彼女の顔にはもう憤怒は無く、普段と同じ顔になっていた。

 「それでマスター、これからどうするんですか?」

 「ん、あぁ…そうだな。その事、なんだが…」

 どうにも言葉に詰まるダイヤ。だが、その困り方にはどこか恥じらいが潜んでいた。

 一つ大きな深呼吸をし、なんとか言葉を紡ぎだす。

 「…俺、もっといろんな奴と戦いたい。

  恥ずかしい話だけどさ、あの時の感覚が、どうにも忘れられないんだ。

  初めて本気でやりあって掴んだ勝利の感覚…勝利の味、っていうのかな。

  一回きりじゃ、満足できなくてさ。だから…」

 恥じらいを残したまま語ったダイヤの想いが一区切りしたところで、3人が話しかける。

 「分かりました、ご主人様。私は、最後までご一緒します」

 「メルもメルも~!」

 「まぁ、私も拒否する理由はありませんしね。行かせていただきますよ」

 「…良いんだな。俺は、知識も技術もなんもない、三流トレーナーなんだぞ?」

 思わずそう返す。それは、彼の自信が抱く無さの現れだろうか。しかし、彼女たちにとってそんなものはどうでも良かった。

 「メルはむつかしいことよくわかんないけど、マスターと一緒にいたいからいるのっ!」

 「それにマスター、ヒトをゲットしておいて、しかもこっちはちゃんと受け入れているというのにそんなことを言うのは駄目だと思いますよ。」

 「ん…そっか」

 少し申し訳無さそうに返すダイヤ。その手を取り、ノアが満面の笑みで自分の想いを口に出した。

 「ご主人様、私楽しみです。これから始まるすべてが、本当に楽しみ…!」

 「俺もだ。きっと楽しいコトばっかりじゃないだろうけどさ、それでもみんなと一緒なら、笑い話に出来そうだ。

  改めて、よろしくな。みんな!」

 小さな結束を固め、少年と3人の萌えもんが歩き出す。

 往く先は何処か。何を求めての歩みなのか。本当はそれすら分かってなどいない。

 言わば快楽を求め進む欲望の旅路。そこに是非は問うまい。往々にして、万事を動かす始まりは【喜楽】の感情なのだから。

 

 

 「ねぇマスター、いまからどこいくの?」

 「萌えもんジムに行こうと思う。このトキワシティにも在るしな」

 ボールから届くメルアの問いに答えるダイヤ。

 『萌えもんジム』とは、萌えもんバトルが競技として昇華したこの世界において普遍的に存在している、バトル向けの養成施設だ。

 バトルに特化したトレーナーと萌えもんの育成を主体としているが、初心者向けのトレーナースクールや人々の暮らしに密着した活動を行ったり、時には街の警備組織にも成る面も兼ね備えた、便利屋集団と見られることもある。

 だが、街にとってはジムの存在こそが街のステータスであり、誇りでもあるのだ。人々はジムを治めるもの…ジムリーダーに敬意を表し、それを誇りとする。

 それは時に蔑視となることもあるが、ジムリーダーと成る者は変人と呼ばれることはあっても人道に逸れた者は存在しない。そんな者は、ジムリーダーとして認められないのである。

 そのジムは各地方に協会が定めた8つのジムが存在し、現在このカントー地方ではトキワ、ニビ、ハナダ、ヤマブキ、タマムシ、クチバ、セキチク、グレンの8箇所に鎮座している。

 この全てのジムに君臨するジムリーダーと戦い、彼らに認められることで得られるバッジを揃えることで初めて萌えもんリーグへの入場権となり、リーグを目指す者にとっては決して避けては通れない道なのである。

 無論、今のダイヤみたく力試しという意味合いで挑戦するものも居る。好きなように挑み、そこで思いを固めるものも居る。

 ジムとは、そんな数多のトレーナーたちの指針となるべく存在しているのかもしれない。

 話は戻り、ダイヤ達は緑の街の中で一際大きく見えるトキワジムの方へ進んでいた。

 「うわぁ…おっきいね~」

 「初めてのジムですね…。私、頑張りますよ!」

 「ヤル気だなノア。俺もヤル気がデッドヒートしてるぜ!」

 イマイチ意味が分からないのは気にしたらいけないところだろう。

 「…あれ?でもトキワジムって今…閉まってるんじゃ…?」

 サーシャの言葉よりも速くダイヤの眼に入り込む情報。ジムの扉に貼られた一枚のプラカード。そこに書かれていたものは、

 

 【トキワジム、無期限休止】

 

 という内容だった。

 「「…………………」」

 この予想外の状況に言葉を無くしたのは、最もヤル気にあふれていた二人。ダイヤとノアだ。

 まるでどっかのジョーみたいに真っ白になっちゃった二人を置いといて、メルアはサーシャに疑問をぶつけた。

 「ねぇサーシャ、なんでジムあいてないの?」

 「ふむ…どうやらリーダーが不在だからですね。おそらくはいずれ、協会の方から代理派遣されるでしょうが…いつになるか分からないものを、このバーンアウトした二人と待っているのもなんですしねぇ」

 「むー、まってるなんかつまんなーい。ジムってべつにここだけじゃないんでしょ?」

 「そうですね…。幸い北にあるニビシティにもジムは有りますし、そちらに行きましょうか。

 マスター、聞こえてますか?立ち止まっててもなんですし、次のジムがあるニビシティに行きましょう?」

 「まーすーたー!おへんじしなきゃサーシャがおこるよー!」

 「…次のジム…ニビシティ…?」

 「そうです。トキワの森を越えた先にありますから、日が暮れる前に行きましょう」

 サーシャとメルアの言葉に、なんとか自分を取り戻したダイヤ。軽く頭を振り、思考を一新させる。

 「あ、あぁ…そうだな、切り替えないとな。ノア、今は諦めてニビシティに行こう。腕試しはそこでだ」

 「……えっ!?あ、はい、ニビシティですね! ココはちょっと残念ですが、仕方ないですね」

 「それじゃ、れっつごー!」

 



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第3話『覚悟、完了』 -2-

 

 

 一行が進んでいった先は、トキワシティの北にある小さな森。トキワの森と呼ばれる、多くの植物が覆い茂る場所だ。

 トキワとニビを繋ぐ道の一つであり、綺麗に舗装されているわけではないが、多くのヒトが通るため萌えもんの住処と折り合いを付けながらある程度の整備はされているので通りやすい場所ではある。

 ただ、そうは言ってもやはり森。暗くなると迷い込む恐れもあるので、注意が必要である。

 そんな身近な森の中に、一人の少年が立った。

 「さて、それじゃサクッと抜けちゃいますか」

 日はまだ頂点にも達しておらず、日の光が木々の間を縫って差し込んでいく。思った以上に森の中は明るく、静かだった。

 そんな森の中を散策しながら歩いていく。道の端には誰かが落としたのであろうか、空のモンスターボールや木の実が転がっていて、再利用とばかりに使えそうなものは拾っていく。

 割とみんなやっている、暗黙の了解な部分でもある。

 草むらからはメルアやノアよりも一回り小さい、虫の特徴を持った萌えもんのキャタピーやビードルなんかも飛び出してくる。それとバトルしたりじゃれあったりしながら進んでいく。すると、割と早く大きく開けたところに出てきた。

 「ん、もう着いたのか?」

 見回すダイヤ。だが、どうにも周りの景色に見覚えがある。

 「って言うか入口に戻ってません!?」

 鋭いサーシャのツッコミ。ダイヤもそこでようやく気付くのだった。

 いや、まさか自分が素で元の場所に気付かなかったとは。

 「な、なんてこった…。これがまさか、かの有名な孔明の罠…」

 「諸葛亮孔明がそんなチンケな罠を仕掛けますか…。どっかの樹海とは違ってある程度しっかりした道なんですから、迷わないでくださいよ…。日ももう降り始めてますし、早めに抜けなきゃ迷い込んじゃいますよ?」

 てきぱきと物事を進める中にもしっかりとした知識を加えるサーシャに、皆は一様に感嘆の念を覚えていた。

 「…サーシャって、物知りですよね」

 「すっごいねー。メルなにいってるのか分からないことあるもん」

 「さすがは委員長キャラだな。似合いすぎてるメガネがステキだよ」

 「マスター、フザケたこと言ってないで進みますよ。進まないとアイアンクロー、夜になったらアイアンクローです」

 「お願いやめて栗○さん。よっしゃ、一分一秒でも早くこの森を抜けるぞ。でないと俺の頭がぶっ壊される」

 「え~?もっと遊びたい~~!」

 「メルちゃん、ご主人様の命が危ないんで今は先に行きましょう。お願いだから…」

 「う~…」

 不満そうなメルアの声。そういうところは、やはりみんなよりも年下に見える。

 彼女の願いも叶えたいが、今はとりあえず脱出を優先すべく早足で森の中を進む。途中で短パン小僧や虫捕り少年にバトルを申し込まれるも、みんなの活躍(特にメルアの腹癒せ)で難なく勝利を収める。

 バトルの後、彼らにも道を尋ねながら少年は先を急ぐ。流れる汗を拭い、時々息を切らせながら進んでいった。そして…

 「つ、着いたぁ~…」

 「良かった、なんとか無事に着きましたね」

 トキワの森北部ゲート。ニビシティとの間をつなぐ関所であり、森を抜けたトレーナーの休憩所としての意味合いも持っている。

 すぐさまゲート内のベンチに腰掛け、ホッと一息。壁にかかっている時計を見たら、もう5時を超えていた。

 「結構時間かかったなぁ…」

 「にゅぅ~…メルもうつかれたぁ~」

 「ニビシティはもうすぐそこだから、あと少し頑張ってね」

 「さ、行ってしまいましょうご主人様」

 「おっし、ラストスパート!」

 口に含んだドリンクを勢い良く飲み、すぐ立ち上がって歩き出した。目的地は、もうすぐそこである。

 

 

 

 「ここが、ニビシティか…」

 ニビシティ。【ニビは灰色、石の色】という標語の通り、石で出来た道路がそこかしこに広がっていて、公共施設も石を模した色彩で統一されて街に馴染んでいる。

 だがそれと同じくして、街には多くの緑が見られ、大きな共営花壇も存在していた。

 東のオツキミ山と南のトキワの森。2つの自然に挟まれることで、両者の良い所を組み合わせた街づくりが行われてきたのだろう。

 2つの自然が調和した街、それがニビシティなのである。

 街には博物館が有り、そこではオツキミ山から発掘された化石を展示してある。なんともニビらしい観光スポットだ。

 「さって…みんなも疲れてるだろうし、今日はもうこのままセンターで泊まるか」

 「そして翌日にジム戦、ですね。それが良いでしょう」

 「ご主人様、私は今からでも…」

 「そうは言うがな、既に一人ダウンしてるんだ。無理させる訳にはいかないだろ?」

 逸るノアを諭しながら、メルアの声に耳を傾ける。彼女は、ボールの中で小さく可愛らしい寝息を立てていた。連戦の疲れだろうか、出口に着くいくらか前からこの調子だ。

 「…な?」

 「あ……そうですね」

 「休むこともまた戦の準備と言います。逸りすぎるのもどうかというところですね」

 「だな。よし、明日は頑張ろう!」

 意気込みを入れて萌えもんセンターへ。一先ずは森を抜けた疲れを癒やし、明日のバトルへ備えるのだった。

 

 

 迎えた翌朝。ダイヤは街にそびえる大きな建物の前に居た。看板にはニビジムと書かれてあり、その下にはジムリーダーの紹介も載っていた。

 「ニビジムリーダー、タケシ…。強くて硬い、石の男…ですか」

 「石ってことは岩タイプが多いんでしょうか?だったら、私はちょっと苦手だなぁ…」

 「むー、メルむつかしいことわかんなーい」

 萌えもん同士のタイプ相性をして、ノアたち炎タイプは岩タイプに弱いとされる。また岩タイプは防御力が特に固く、物理攻撃の効きもあまり良くない。加えて岩タイプには地面タイプを複合してるものも多く、電気技も効果が低いと見られている。

 総合的な相性としては、明らかに不利といえるだろう。

 「マスター、何か対策や作戦はあるんですか?」

 「すまん、今色々考えてるんだ」

 「やはり相性の不利がありますものね。相手の手持ちも分からぬ以上、万事に備えられる作戦を練らないと…」

 「そうだよなぁ…やっぱり俺一人で行くしかないよなぁ…。でも、最後のカート戦には戦力が要るしなぁ…」

 呟くように思案するダイヤ。が、言ってることはなんというかかなり的外れだった。

 「えーっと…ご主人様?」

 「それにアレだよ…竜神池はみんなでチャレンジしてこそネタ的な意味がある難関だからなぁ…悩む」

 「なになに?ジムってそんなにおもしろいものがあるのっ!?」

 「ありません!何処の風雲城ですかそれはッ!!?」

 サーシャの鋭いツッコミが響き渡る。

 皆さんは御存知だろうか。かつて一世を風靡したアトラクションバラエティ番組を。筆者はぶっちゃけよく知りません。

 「そんなゆとり世代ガン無視なネタを引っ張りだして、一体何処の読者が喜びますかッ!

 大体ですね、他所の地方じゃあるまいしジムにそんな愉快な施設があるはず無いじゃないですか!」

 「じょ、冗談だよサーシャ。それに、全く何も考えてないわけじゃないぞ」

 「どういう作戦なんですか?」

 尋ねるノアからの問いに軽く咳払い、自分の持っている作戦を言い渡す。

 「サーシャは砂かけで、相手の視界を奪いながら攻め立てる。ノアはスピードで撹乱しながら火の粉で攻撃。メルアは悪いけど、出番は無いかもな…」

 「えぇー!?メルはお休みなのぉ!?」

 「メルちゃん、時には我慢もしなきゃいけないのよ。相性が良くないと、どうしてもそうなっちゃう時があるの」

 「むーー…」

 サーシャの説得に、理解はしたけど納得はしない、そんな具合の不満の声を上げるメルア。だが、彼女には素直に諦めてもらう他なかった。

 「まぁ、あとは当たって砕けろだ。いくぞみんな!たーのもー!」

 元気よくジムのドアを開ける。そこには数人の少年トレーナーと、その指導に当たる一人の男の姿があった。

 「ようこそ、ニビジムへ。その意気込み、ジム戦の挑戦者かな?」

 「あぁ、まぁそういう者だ。ジム戦、お願いできるか?」

 「ふむ、良いだろう。俺はここのジムリーダー、タケシだ。君は?」

 「マサラタウンのダイヤだ」

 「へぇ、またマサラからの挑戦者か。面白い、受けて立とう!」

 タケシのその一言から、すぐさまジムのバトルフィールドが展開。タケシ自身は一歩も動かず、その対面にダイヤが立つこととなった。

 「準備はいいか?」

 「もちろんだ」

 「では、ニビジムリーダータケシ、相手になろう。バトルだ!!」

 その掛け声で、初めてのジム戦の幕が切って落とされたのだった。

 

 

 中略。

 

 

 「…で、見事フルボッコにされたわけだが」

 萌えもんセンターで3人を外に出し、反省会開始。なお、結果としては惨敗もいいところだったようだ。

 「完全に負けちゃいましたね…一人も抜けないなんて、残念です」

 「うにゃー!でんきショックきかないからきらーい!」

 「作戦ミス…と言うより、力量差が著しく出ていたと思いますね。力も素早さも、あちらの方が上でした」

 悔しがるノアとメルアに対して、こんな時でも律儀に分析するサーシャ。だがそれは、ある意味心強くもあった。

 「…やっぱり、ちゃんと鍛えなきゃ駄目か」

 「力の底上げですか…。まぁ一番妥当なところだと思いますが…」

 「俺は戦術家でもないしさ。鍛えたりなきゃ、鍛えるだけだってヒビキさんも言ってたし」

 (ヒビキさん…?)

 「よっし、それじゃ今日はトキワの森でしっかり鍛えさせてもらいましょうか!」

 「おーっ!」

 威勢よく再度森の中へと入っていくダイヤたち。打倒ジムリーダーを掲げ、鍛錬に乗り出したのだった。

 

 虫捕り少年や短パン小僧、野生の娘らとのバトルを繰り返し、そして日も暮れ始めた夕方ごろ。

 「おっし、みんなお疲れ。今日はもう戻るか」

 「つーかーれーたー…」

 「でも、良い訓練になったと思います。今日はゆっくり休んで、明日頑張りましょう!」

 メルアとノアの言葉を聞きながら、サーシャも含む3人をボールへと戻す。

 そのままセンターへと帰り、談笑しながら夕食を済ませ、特訓を済ませた3人を寝かせておいた。

 「…ふぅ、よっし」

 暗くなったセンター内。スタンドライトを付けて、ダイヤは図鑑を見ながらメモをいじり回していた。

 時折頭を掻きながら、慣れないように書いては消してを繰り返している。

 「まだ寝ないんですか?」

 「うぉっ、サーシャ!?なんだ起きてたのか…」

 突然耳に響くサーシャの声に驚きを隠せないダイヤ。それに意を介さず、サーシャは言葉を続ける。

 「明日のジム戦の戦略ですか?」

 「ん、うん。今朝駄目だったところも反省しなきゃだしな」

 「…意外と熱心なんですね、マスター」

 「意外ととは何だ、意外ととは」

 すこしムッとした声で反論する。その声に対し、サーシャは可愛らしい笑い声で彼に返した。

 「フフフ、失礼しました。でも、どうするつもりですか?小手先の手段や付け焼き刃じゃ、あのジムリーダーには勝てないと思いますが…」

 「あぁ…まぁやっぱ、真正面からぶつかって行くしか無いかなぁ…」

 図鑑を眺めながらそう愚痴る。特訓を終えた3人のステータス、覚えた技を何度と無く確認している。

 確かに新技は増えたし、能力も上昇している。あとは…

 「…俺がしっかり出来るか、だな」

 今朝のジム戦を思い返す。タケシと相対して行ったバトルで、ダイヤの指示は常に後手に回っていたように思う。

 もっと上手く指示が出せれば、みんなはきっともっと上手く戦えるのだろう。なればこそ、もっと自分が――

 「気負うのも結構ですが、それが原因でヘマだけはしないでくださいね?

  マスター、ノアに言ったじゃないですか。…独りじゃない。みんながついてる、と。ならば、一人で気負うより私達を頼ることも考えてくださいな。

  少なくとも今は、私達はマスターとともに戦う仲間なんですからね?」

 彼女にとってそれは、些細な言葉だったのかもしれない。だが、その程度の言葉が今のダイヤには有りがたかった。

 仲間を…みんなを頼ること。そんな簡単な事を、今の今まで気付けなかったのだから。気付かせてくれたのだから。

 「…そうだな。サンキュ、サーシャ。よっし、寝るか」

 「えぇ、おやすみなさいマスター。明日は頑張りましょう」

 軽い挨拶を交わして、ダイヤも布団に包まった。考えることも必要だが、行動することはそれ以上に重要な事なのだ。

 今はただ、勝利を目指しての休息の時…。

 



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第3話『覚悟、完了』 -3-

 

 

 迎えた翌朝。ダイヤ達はまた、ニビジムのジムリーダー、タケシと相対していた。

 「ほう…君は昨日の。確か、マサラタウン出身のダイヤと言ったね」

 「あぁ。…今日こそ勝たせてもらうぜ」

 「自信があるようだね、良い事だ。でも、俺だってこのジムを任されているジムリーダー。

  そう簡単に、勝てると思わないことだ!」

 立ちはだかる壁。タケシの固い意志を前に、ノア、メルア、サーシャの3人がそれぞれ飛び出した。

 「…望むところです!」

 「こんどはまけないもんね!」

 「確かに貴方は強いし、相性もそちらが有利です。ですが…」

 タケシに向かってピッと指差すようにその爪を突き出すサーシャ。眼鏡の奥に見える眼は、強く輝いていた。

 「――一度負けたぐらいで、引き下がると思わないことです!」

 「…いいだろう。その不屈の闘志で、かかって来るがいい!」

 構えるタケシ。その強い顔付きに、気迫に少し気圧されてしまう。

 だが、ダイヤはそれに負けてなどいられなかった。

 自分の前に佇む小さな3つの背中が、自分を支えてくれるのだと朧気ながらに分かり始めてきたから。

 だからこそ、最後は自分自身が決めなければならない。それを肌で感じ、心で感じた。

 小さく付いた一呼吸の後、放たれた言葉はとても自然に…だがしかし、それはとても力強く飛び出してきた。

 「…覚悟、完了ッ!勝負だ、ジムリーダータケシッ!!」

 

 「今度はコイツを抜けるかな?さぁ行くぞ、ウソッキー!」

 「あいさー!」

 タケシが繰り出した萌えもんは、木のような模様をし、しかし岩のようにゴツゴツとした服を着た萌えもんだった。

 その両手には緑の球体の付いた枝のような物を持っており、どことなく植物かと思わせる。

 だがその実態は、れっきとした岩タイプ。その身を木に似せていると言われる萌えもん、ウソッキーである。

 「………ッ!」

 思わず息を呑む。昨日のバトルでは、このウソッキー1人にこちらは3人共突破されたのだ。

 (えぇい、くそっ…!悩むな、迷うな!)

 悪いイメージを払拭するように首を強く振る。そして決めた一手、先鋒は…

 「頼むぞ、ノア!」

 「はいっ!」

 ヤル気に溢れたウソッキーに怯まず、後ろ髪を炎と燃やすノア。

 動き出したのは、互いに同時だった。

 「ウソッキー、叩き付ける!」

 「ノア!電光石火!」

 大きく振りかぶったウソッキーの腕が、しなやかに激しくノアへと打ち付けられる。

 だがダイヤの素早い指示があったのか、ウソッキーの攻撃を躱しながら速度を上げていく。

 二度三度と振り抜かれる攻撃をかいくぐり、ノアの速度を乗せた一撃がウソッキーの腹部へと打ち込まれた。だが…

 「くうっ、固…ッ!」

 「そんなものでぇ!」

 効果はいまひとつ。ウソッキーは怯むこともなく、ノアへと一撃を叩き込んだ。

 なんとか空中で受け身を取り着地するノア。だが、ダメージはウソッキーに与えた其れとは比べ物にならなかった。

 「ノア!まだ行けるか!?」

 「ハッ…ハッ……はい、行けます!」

 「よし…なら、撹乱しながら火の粉で攻撃だ!」

 「はいッ!」

 次なるダイヤの指示に、ノアは再度炎を上げてウソッキーへと走って行った。

 電光石火の応用でスピードを高め、ウソッキーの目を惑わせていく。

 そして一瞬のスキを突き、ノアの両手から放たれた火の粉がウソッキーへと直撃した。

 こちらも効果はいまひとつだが、電光石火よりは良いダメージをしている。

 「よし、これなら…!」

 「ぬぅぅ~…ちょこまかとぉ!」

 相手はこちらに追いつけない。そんな素早さの低さこそがウソッキーの弱点だが、ジムリーダーであるタケシがそれに対策していないはずがなかったのだ。

 「焦るなウソッキー、岩石封じ!」

 「おっけー!」

 手に持った枝らしきもので地面を強く叩く。すると、ノアの周囲の地面から岩が隆起し出して、その素早い動きを抑えられることとなった。

 「くっ…来た…!」

 そう、この技こそが昨日ダイヤ達を苦しめた大きな一因だったのである。

 岩石封じ。岩タイプの技で、相手の周囲に岩石を隆起させることでその素早さを抑える効果を持つ技だ。

 炎タイプで素早さ主体のノアとは、最悪の相性を持つ技だといっても過言ではない。

 どんどん隆起する岩石群に、ノアはそのスピードが完全に殺されていた。そして、ノアの真下から隆起する一発。避けることもできずに、跳ね飛ばされてしまった。

 「くっ、ああああっ!!」

 「ノアッ!!」

 吹き飛ばされ、倒れ込むノア。さすがに限界だと察し、ダイヤもノアのボールを取り出した。しかし…

 「ぐっ、ううぅ…!」

 「ノア…もう良いぞ、下がっても…!」

 「…いいえ、やります。最後まで…!」

 力を振り絞り立ち上がるノア。だが、その体力はだれの目で見てもギリギリだと分かるほどだ。

 「よく立ったものだ。俺の目には、もうこの一発で限界に見えたんだが…」

 ノアのガッツを称賛するように言うタケシ。フィールドに立つウソッキーにも、最初のような余裕のある顔は消え失せている。

 「…ご主人様、指示を…!」

 息を切らせながら、ダイヤに指示を求めるノア。その闘志は、バトル開始時より高まってるようにも思える。

 その闘志に、ダイヤは応えなければならなかった。それこそが、トレーナーなのだから。

 「――ノア、もう一度スピードで撹乱だ!」

 指示が通った直後に、ノアが再度駆け始める。初速は先ほどより遅いが、徐々にまたトップスピードへと持っていく。

 隆起した岩をかいくぐりながら、生まれた障害物をも逆手にとって相手の視界を行ったり来たりする。

 「今度こそ止めだ!ウソッキー、もう一度岩石封じ!」

 「させるかよ!岩を使ってジャンプ!」

 「はいッ!」

 追い立てるように隆起していく岩石封じに対し、ダイヤが出した指示は、既に隆起している岩を使って跳び上がるというものだった。

 その指示通りに動き、ノアはウソッキーの上を取る。そして腰だめに据えた手から――

 「煙幕ッ!!」

 「これでッ!!」

 投げつけられた、黒い塊。地面に当たった直後、周囲は黒い煙に包まれた。

 「くっ!?そう来たか!」

 煙幕に包まれて周囲の状況が分からない。ウソッキーは技も出せずに周りをキョロキョロするだけで、ほぼ完全に視界が奪われてしまった。

 「今だノア!火の粉ッ!!」

 「てえええええいッ!!」

 ノアの髪の炎が普段の倍ほどにも大きくなり、強い力とともに煙の中を目掛けて火の粉が放たれる。広範囲に広がるそれは、まるで火の雨のようだ。

 着弾と同時に連鎖する轟音と爆発。衝撃が黒い煙幕をかき消していく。

 やがて視界が晴れたそこには、ウソッキーが目を回して倒れ込んでいた。

 「ウソッキー!…戦闘不能か。よくやった、戻れ」

 労いの言葉をかけながらウソッキーを戻すタケシ。そこで初めて、ウソッキーに起きていた異常に気付いた。

 「…火傷を負っていたのか。通りで、岩石封じの威力も落ちていたわけだな…」

 「よ…よっしゃ!ノアよくやった!」

 「…はぁっ…はぁっ…ご主人、様…」

 振り返りダイヤの元に戻ろうとするノア。だがその足は数歩で縺れ、倒れ込んだ。

 「ノア…ッ!?おっ、おい!」

 思わず駆け寄り抱きかかえる。腕の中で息を切らすノアは、普段以上に疲れ切っているように見えた。

 「ね、ねぇマスター!ノアはだいじょうぶなのっ!?」

 「あ、あぁ…疲れてるだけだろうが…」

 「ノアの特性である【猛火】が発動されたんでしょう。体力が僅かになったことで、炎技の威力を限界以上に引き出せる特性…。それでギリギリまで力を使い果たしてしまったんでしょう。

  不勉強ですよ、マスター」

 ダイヤを諌めながら、粛々とその前に立つサーシャ。次は自分の番だと言わんばかりの立ち姿だった。

 「行かせてくれますね、マスター?」

 「…あぁ、勿論だ!」

 「サーシャ、がんばって!」

 ダイヤとメルアの声に、サーシャは強い笑顔で返す。それが自信か空元気かは定かではないが、その微笑みは確かな心強さを与えてくれた。

 倒れたノアはボールに戻し、ダイヤもまたタケシと真っ直ぐに相対した。

 「さて、俺の番だな。こっちは次で最後、こいつに勝てば、晴れて君たちの勝利だ」

 「それが容易い相手だとは思いませんがね」

 「その通り。さぁ、いくぞイワークッ!」

 タケシが繰り出した2体目、イワーク。サーシャ達よりも一回りは高い身長に、グレーの岩肌のようなワンピースを纏い、頭には岩の角が生えている。そして特徴的なのは、地面にまで着く程の長さを持つ編んだ髪…否、岩石の連なり。

 ”いわへび萌えもん”の異名を持つに相応しい、そんな様相の萌えもんだった。

 「不足なし、ですね」

 「あぁ…。でも、折角ノアが勝ってくれたんだ!行くぞサーシャ、砂かけ!」

 放たれた指示を即座に反応。前傾姿勢で走り出したサーシャがその爪を地面に抉り込ませる。

 そして放たれる砂かけ。確実に相手の目を狙う一撃だ。だが…

 「薙ぎ払え!」

 強く足を踏ん張り、岩石の後ろ髪を振りぬくイワーク。放たれた砂は吹き飛ばされ、逆にその砂塵に隠れて襲いくるイワークの髪がサーシャに直撃した。

 「ぐううっ!?」

 「サーシャ!」

 弾き飛ばされ転がるサーシャ。なんとかすぐに体勢を立て直せたのは、持ち前の頑丈さがあったからだろうか。しかし、ダメージはしっかり通っているようだった。

 「なんて威力だ…サーシャ、行けるか!?」

 「…行けるか、じゃない。行きます!」

 「そう好き勝手にはさせないさ。イワーク、ステルスロック!」

 「おう!」

 イワークの身体が小さく光り輝き、髪を地面に叩き付けるとサーシャの周りに尖った岩が浮き出した。

 不気味に浮かぶ岩は何をするでもなくそこに佇んでいる。だが、それは岩石封じのようなこちらに不利を与える技だということは直感で分かった。

 「何だか分からないが…待ってるだけでも仕方ない。サーシャ、ひっかく!」

 「体当たりで迎え撃て!」

 「たああああッ!」

 サーシャの爪とイワークの頭がぶつかり合い、両者がともに吹き飛ぶ。だがその時、ステルスロックがその牙を剥きだした。

 自らの陣に戻った時、浮遊する尖った岩がサーシャの身体に食い込み、予想外のダメージとなったのだ。

 声もなく倒れ込むサーシャ。なんとかすぐに立ち上がるものの、ダメージは目に見えて増えている。

 「くっそ、あんな技アリかよ…!」

 呻くダイヤに、したり顔で微笑むタケシ。多くの挑戦者を、この技で苦戦を敷いてきたんだろう。そんな自身に満ち溢れた顔だった。

 「来ないのならこっちから行くぞ!イワーク、穴を掘るッ!」

 「あいさっ!」

 言うが早いか、真下に穴を掘り隠れるイワーク。長い髪の全ても入り込み、穴以外は何も見えなくなっていた。

 「死角から攻めてくるつもりですか…。そして周りにはステルスロック…!」

 息を切らしながらも冷静に状況を把握するサーシャ。正直言って、これは絶望的な状況だった。

 どこから攻められるのか分からない上、当たったらその上からステルスロックの追撃があると思った方が良い。運もあるだろうが、望ましい状況が訪れるなどとは考えない方が良いだろう。

 ならばどうする?自分は。そして我が主は。

 「くっ…どうすれば…!?」

 「考える暇など与えるか!イワーク、やれ!!」

 タケシの声に合わせ、サーシャの足元から飛び出してきたイワークの一撃をもろに受けてしまう。なんとか受け身を取りながら落下するも、ステルスロックの尖った岩がガードの上から食い込んでいく。

 なんとか立つものの、すぐさまイワークが潜りはじめる。

 このままではジリ貧…そして見えるは最悪の状況。

 ノアはもうすでに戦えないし、メルアにはイワーク相手に決定力が足りなさすぎる。そして何より、メルアが自分と同じように弄られる姿など見たくないのだ。

 だからこそ自分が…いや、自分でケリをつける。そうサーシャは確信していた。あとはこの意図がダイヤに届けば良いのだが…。

 一方でダイヤも、自分の持っている知識を総動員しながら打開策を考えていた。だが、そうは思うものの出来ることは少なすぎる。相手の布陣も非常に堅牢で、こちらには相性の良い草、水タイプなど居るはずもない。

 サーシャが使える技、昨日の訓練で覚えた技を確認してもイワークを討てるかは…。

 (…いや、これならもしかしたら…でも、これじゃただの博打じゃねぇか…!)

 出てきた案を振り払うように首を振る。そういうしている間に、またも下からイワークが攻め立ててきた。

 「同じことを何度も…くううっ!」

 読んでいたのか防御は間に合った。だが、辛うじてダメージが減ったぐらいで状況は劣勢のまま。

 それでもサーシャは、ダイヤの方を見ずにしなやかに立っていた。撤退の意思を、何一つ見せないように。ただ少しだけ、彼に向けて言い放つ。

 「…マスター、私はどんな指示にも応えますよ。それが、どんな運任せの攻撃でも」

 その言葉で思い出す。昨日の晩にサーシャが言ってくれたこと…もっと、自分たちを頼っても良いのだと。それが、ダイヤの背をまた押すことになった。

 「…さんきゅ。じゃあお望み通り、博打を打つとするか…!」

 (……何かしてくるか。だが、破れかぶれの攻撃など問題ない!)

 自信満々に身構えるタケシ。一方でダイヤとサーシャに残っていた切り札は、たった一つの技…それも不安定な博打技。しかも一度使ったらもう一度同じ状況にはならないだろう。

 故に、この一撃に賭けなければいけなかった。

 「どんなに防御があっても、あと一発を耐えられるほどじゃないだろう?さぁ、止めだイワーク!」

 

 タケシの声に反応し、地中からサーシャへと向かうイワーク。重い音が、フィールドに響く中で、僅か一瞬を推し量る。

 そして――

 「サーシャ!マグニチュードッ!!」

 「はああああああッ!!」

 イワークが出てくる直前、両手で強く地面を叩きつけるサーシャ。その直後、叩き付けた地点を中心にして小範囲ながらも強い地震が発生した。

 局所的に地震を発生させる技。それが【マグニチュード】である。しかしこの技、発生する地震の規模がまちまちで、最大威力ともなれば相性も関係なく大きなダメージが与えられる反面、全く心許ない威力となることも非常に多い。

 事実、ダイヤ達は森で試しに使うものの大した威力の出ない、所謂残念な技という認識を持っていたのだ。

 しかし、このタイミングで引き当てたのは高威力の震度。そこに加えてイワークは地中に潜っている。倍加した地震の威力をダイレクトに食らい、あまりのダメージにイワークも思わず飛び出してしまった。

 「し、しまった!地中が仇になったか!!」

 「まだだ!サーシャ、スピードスターで追い打ちだ!!」

 「これ、でえッ!!」

 腕を外へ振りぬき、放たれるは星型の光弾。必中とも謡われるその技を、空中で当て続けられるイワーク。効果はいまひとつだが、一気に攻撃するならこれ以外になかった。

 ここでの不安要素は一つだけ。特殊攻撃が苦手なサーシャの放つスピードスターがどれ程のダメージになるだろうかということ。

 サーシャは息を切らせながら、ダイヤとタケシは息を呑みながら、倒れたイワークの動きを見つめていた。

 そして、次の瞬間――

 「うおおおおおッ!!」

 「ッ!?まだ、立つの…!?」

 最後の力を振り絞り、怒りのボルテージを高めて襲い掛かるイワーク。

 それを見てサーシャが瞬時にとった行動は、正しく偶然だったと言う以外にないだろう。

 ゴォン!という重く鈍い音が響き渡る。傍目には、サーシャとイワークが激突したようにしか見えない。

 だが実際はそうではなく、サーシャの手には真横に浮かんでいたステルスロックの岩が握られていた。その尖った岩が、イワークの額にザックリとめり込んでいたのだ。

 ふらふらと倒れ込むイワーク。先ほどまでの怒りも、脳天に一撃食らったせいで完全に消え去り伸びてしまったようだ。つまり…

 「…勝負あり、だな。君たちの勝ちだ」

 イワークを引っ込ませながら、ダイヤに勝利を伝えるタケシ。ダイヤがそれを自覚するのには、やはりいくらかの時間がかかってしまった。

 「……お、俺の…俺たちの、勝ち…?」

 「そうですよ。まったく、しっかりしてくださいな。ギリギリで掴んだ勝利だというのに、もう…」

 フラフラと歩いて戻るサーシャに諌められる。だがその直後、彼の目の前でバタンと倒れ込んだ。ダイヤはその瞬間、自分の意識をハッキリと引き戻した。

 「おっ、おいサーシャ、大丈夫か!?」

 「…さすがに疲れました。ボールの中で休ませてもらいますね。まったく…これだから博打は嫌いなんですよ」

 「あぁ…うん、ありがとうな、サーシャ」

 愚痴るサーシャに一言礼を言い、優しく頭を撫でる。それに対して彼女は何も言わずに、ボールの中へと誘った。

 「マスターもノアもサーシャも、みんなおつかれさま!やったね!!」

 「あぁ…そう、だな。俺達の勝ちだ…ッ!」

 拳を天に突き上げる、あまりにも簡単でいながらもハッキリとしたガッツポーズ。勝利を味わうには、この程度で十分なのかもしれない。

 「おめでとう、良い試合だった。さぁ、ジムを突破したことだしその証であるリーグ公認バッジと技マシンを受け取ってくれ」

 「あ、あぁ、ありがとう」

 少々照れながら、ぎこちない手つきでタケシからバッジと技マシンを受け取る。

 灰色のバッジは、専用のケースに入れられながらも鈍く輝いていた。

 「…まさか、昨日の今日でここまで強くするとはね。大したものだよ」

 「いや…まだまだだよ。どうしてもこれは運頼りの勝利…手放しで褒められたものじゃない」

 「運も実力の一つ。その運を引き寄せたのは、やっぱり君と君の萌えもん達の力さ。

  だが、君たちはまだ一歩踏み出しただけだ。今日の勝ちに驕ることなく、頑張ってくれ!」

 「――あぁ。まだまだ、もっと強くなってやるさ!」

 固く握手を交わす二人。その後は簡単に技マシンの説明を受け、ついでにタケシからニビの観光スポットを紹介されまくってしまった。どうやら彼は、ジムリーダーであると共に自分の街を愛する一人の青年なのだと気付かされた。

 

 

 「…っふうー…。みんな、お疲れ様。ノアとサーシャはよく頑張ってくれたな」

 「いえ、そんな…」

 「当然のことをしたまでですよ、マスター」

 「いやいや、それでもよくやってくれたよホント」

 「むぅー、メルのがんばっておうえんしたもん!」

 「そうだね、メルちゃんの応援もあったからこその勝利ですっ」

 ノアの言葉に、純粋に喜ぶメルア。声だけしか届かないものの、3人の仲はこの僅かな時でも十分に良くなっていたと思える。

 「まぁとりあえず、今日は二人は早いとこ回復してもらうか」

 「あっ、はい…そう、ですね」

 どこか歯切れの悪いノアの言葉。さすがにその程度にも気付けないダイヤではなかった。

 「ん、どうかしたかノア?」

 「い、いいえ、そんな特には! …その、なんだか少しだけ、身体の調子がおかしいかなって。決して悪い状態ではないんですが、何となく違和感が…」

 「違和感か…まぁ、そんな嫌な感じじゃなければセンターでのメディカルチェックで何かわかるだろ」

 「…そうですよね」

 一拍置いたものの、また明るい声で返すノア。彼女の身体に起こる小さな異変には、今は誰も気付くことはなかった。

 「明日はどうするんです?」

 「地図によると、次に行けるのはハナダだからな。オツキミ山を越えていくことになりそうだ」

 「山越えするならしっかりと準備しなければいけませんね。忙しくなりますよ、マスター?」

 「トレーナーってのも大変だな…」

 苦笑いしながらセンターへの帰路を往く。日はまだ高く、この先の明るさを示しているようでもある。

 最初の壁を越えたところで、旅路はまだまだ始まったばかり。

 少年と萌えもん達の行方は、これから大きく揺れ動く…。

 

 

 「そういえばマスター、バトル前に言ったあの言葉は何だったんですか?」

 「ん?あぁ、アレな。まぁなんだ、トップトレーナー達の姿を見てるとそういうのが多くてさ。

  カッコいいから真似しようと思って、な」

 「…アレ、聞いてる方は結構恥ずかしいものなんですよ?」

 「…よし、それじゃ事ある毎に言ってやろう」

 「嫌がらせですかッ!?」

 

 揺れ動く、はずだ。

 

第3話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(ヒノアラシ ♀)
        メルア(メリープ ♀)
        サーシャ(サンド ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:ヒノアラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、睨みつける、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:メリープ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:体当たり、鳴き声、電磁波、電気ショック
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンド(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:引っ掻く、砂かけ、スピードスター、マグニチュード
 所持道具:無し


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第4話『巡り至るは銀月の命』 -1-

一つの勝利は、次への挑戦の鍵。
鍵を持って開いた扉の先にあったのは、月に最も近いと呼ばれた場所。
待ち受けるは黒き意志か、白銀の魂か。


 

 「ノア、電光石火!」

 「たああああッ!」

 ノアの一撃が雄のニドランに直撃、そのままKOする。

 「よっしゃ!やったぜノア!」

 「あぁー、ニドラン!くっそー、イケると思ったのに…!」

 倒れたニドランをボールに戻しながら、悔しそうに地団駄を踏む短パン小僧。

 ここは3番道路。ニビとオツキミ山を繋ぐ、山道への入り口。

 ここにはトレーナーが多く集い、力比べやジム戦に向けた特訓、うちの子自慢など…皆が其々、様々な思いを持ちながら萌えもんバトルに励んでいた。

 その一方でダイヤは、挑戦してくるトレーナーと連戦し勝利を収め続けながらオツキミ山へと進んでいった。

 「あーしんどっ…。もう完全に山道だよくっそう」

 愚痴りながら勾配のある道を進んでいく。まだ日は天辺に来ていないものの、帽子の中やジャケットの内に着た下着はシッカリと汗を含んでいた。

 「休憩されますか、ご主人様?」

 「そうすっかなぁ…。…ん、アレは…」

 少し心配そうに尋ねるノアに同意しようとしたところで、街でよく見るピンク色の屋根が見えた。萌えもんセンターだ。

 「ぉおお、あった…センターだ!よっしゃ、そこまでは頑張るぞ!」

 「えっ、えっと、ご主人様!?」

 「ノア、折角目標が見えたんだし、あと少し頑張ってもらいましょうよ」

 「センターならみんないっしょにやすめるもんねぇ。マスターふぁいとー」

 声援を受けてやや駆け足で歩を進める。そうして徐々に大きくなっていくセンターの姿に、ダイヤは歓喜を覚えていた。

 …が、実際そこに辿り着いたのは屋根が見えてから1時間以上経った後ぐらいになったのでした。

 「遠いよ畜生ッ!!」

 「お、お疲れ様ですご主人様…」

 おいしい水を一気飲みしながら叫ぶ。割と開けていたからといって、山道を侮るのはいけないことだと痛感した。

 一息ついて壁にかかった時計を見ると、時間はもうお昼時。

 「あー…ちょっと早いけど、このままセンターで昼メシ食っちまうか。そしたら出発して、洞窟抜けちまおう」

 「そうですね。今のうちに体力を戻しておきましょう」

 「ごっはんごはーん!」

 和気藹々としているトレーナーと萌えもん達。そんな彼らに向けて、何処からか視線を向けられていることを、今はまだ知らない…。

 

 

 「…ロケット団、ねぇ」

 危険注意の張り紙を見ながらダイヤが呟く。そこには黒いシルエットで胸に大きな【R】が目立つ絵が描かれていた。

 そこに、一足先に回復を終えたノアが隣に立つ。

 「なんの張り紙ですか、ご主人様?」

 「危険注意だってさ。他所の街で事件起こしてるらしいから気を付けろっていうヤツ」

 「…危ないんですね。でも、なんでそんな悪い事をするんでしょう…」

 ノアの言葉に、つい考えてしまう。なぜ悪を為すのか…そんなことについて、マトモに考えたこともなかったからだ。

 今まで見てきたアニメや特撮などでは、それぞれの首魁には大なり小なり何かしらの理由があったが、その末端は何を目的としているのだろう。その悪事は、いったい何のために。

 「…なんでだろうな。ノアはどう思う?」

 「わかりません…。でも、悪いことはいけないと思います」

 「そうだな。俺もそう思う」

 「…ご主人様は、悪いことなんかしませんよね…?」

 どこか不安げに見上げるノア。それを見て、優しく頭を撫でながら答える。

 「大丈夫だって。悪事なんざ面白くもないし、そういうことやる度胸もねぇさ」

 気さくに情けないことを言うダイヤに、ノアの顔も少しほころんだ。

 「ふふふっ、じゃあ大丈夫ですね。私も、悪いことをするような勇気はないですし」

 小さく談笑をしていると、センターのスピーカーからダイヤを呼ぶ声が響いた。メルアとサーシャの回復も終わったのだ。

 「それじゃ、迎えに行くか」

 「はいっ」

 そう言って、二人は仲間を迎えに歩き出すのだった。

 

 

 「さって、いい具合に休憩にもなったし、オツキミ山攻略と行きますか!」

 「目指すは今日中に攻略、ですね」

 「洞窟だと回復手段が限られますからね。なるべく早く越えちゃいましょう」

 「そうだな。…ん、メルア?」

 と意気を高めたダイヤの耳に、メルアの呼ぶ声が聞こえてきた。すぐにチャンネルを合わせて、彼女の言葉に耳をやる

 「マスター、さっきからあのおじさんがこっちを見てるけど、ともだち?」

 「あのオジサンって、どの――」

 と言いながら振り返ったら、バッチリと目が合ってしまった。

 中年男性が物凄くいい笑顔でこっちを見ているその様相は、ある種の怪しさも見受けられる。

 正直引いてしまったが、目が合ってしまった以上無視するわけにもいかないだろう。変にツケられても困るし。

 「…えーっと、なん、ですか?」

 「いやぁよく来てくれたよ坊っちゃん…!実は、あ・な・た・だけに…いいお話がありまして」

 「あ、いえ、そういうの間に合ってるんで…」

 「いやいやいや絶対損はしないから…ちょっと、ちょっと聞いてってよねぇねぇねぇ…!」

 ヒソヒソと話を続ける中年。怪しさが更に増している。さすがのダイヤもすぐさまここから離れたかったが、身を捩ったり離れようとしたら謎のフットワークで先回りされてしまう。

 なんでこんな目に…と思うが、もはや手遅れだった。

 「あぁもうなんなんですか一体…」

 「ふふふ…実はね、このボールに入っているのは…な、なんと秘密の萌えもんトゲピーでして…!しかもメス。この希少価値溢れる萌えもんが、なんと500円でキミの手に!

  ……どうかな?」

 ヒソヒソ声の中にも大仰な身振り手振りに声まで振ってくる。トゲピーという萌えもんがどう稀少かとかそういう詳細は分からなかったが、さすがに一つは分かることがあった。

 「それこそ萌えもんなら間に合ってますし…。つーか、萌えもんの売買って犯罪じゃなかった?」

 怪訝な顔で中年に詰め寄るダイヤ。犯罪という言葉を聞いた途端、男の顔から汗が吹き出てきてひどく不快な顔に変わった。

 だが、その言葉のペースは落ちるどころか逆に早くなってしまう。なにをそんなに必死なんだろうと疑問視するほどだ。

 「いやいやいやそんな固いこと言わないでさ…!500円だよ、ワンコインだよ?君がさっき食べてた昼食より安く買えるんだよ??」

 「いや、でもホントそう言うの良くないと思うんですよ。だから折角ですが…」

 「水臭いこと言わないでよぉぉぉぉ…!ホントお願い。人助けだと思ってさ、このトゲピー買い取ってよぉぉぉぉ…」

 「あーもう、分かった分かりましたよ!だからこんなところで泣き付くなしがみつくな!」

 勢いに負けてついそう言ってしまう完全敗北の瞬間。ボールの中からサーシャの深い溜息が聞こえてきたようだ。NOと言えるようになることも、大人への一歩なのである。

 一方で勝利を収めた中年男は、明るい顔になってすぐさまボールを手渡してきた。…なにか、よっぽど早く手放したかったかのような動きだ。

 「あぁぁぁありがとう~!それじゃコレがボール。あと返品はお断りだよ。それじゃっ!」

 ボールを渡して金を引き取り、まるで脱兎の如くセンターから走り去っていった。

 「…なんだったんだ一体。あー…しかし面倒な事に遭ったもんだ」

 「うゆぅぅ…ごめんなさい、マスター…」

 「メルアは悪くないよ。俺がもっとシッカリしてりゃ良かったんだ」

 項垂れるメルアを優しくフォローする。すぐに元気な声を返してくれたんで、こちらも気に病む必要はないだろう。

 「さて…カタチはどうあれ、秘密の萌えもんとやらをゲットしたんだ。折角だし顔見せさせてもらおっか」

 ボールを上へ軽く放りながら、なんとなくセンターの外に出たダイヤ。ほんの僅かな期待感を胸に抱き、スイッチを入れて放り投げる。

 パカァンという小気味良い音を立てて、白い光が小さな卵のような姿に変わり、顕現した。

 寝惚け眼を擦る萌えもんはノアやメルアよりも小さく、白銀の丸いショートヘアはその頂上が角のように3本出っ張っている。白い小さなワンピースは、赤と青の丸や四角や三角といった柄が散りばめられた可愛らしいものだ。

 見た目は少女というよりは幼児と言った方が正しいような、そんな萌えもん。だがその口振りに、ダイヤたちは皆驚いてしまうのだった。

 「…ふあぁ~…うむ、よく寝たわい。しかしあのオヤジ、この妾をずっとボールに閉じ込めておくとは…やってくれよったのう。

  まぁ良いわ、せっかく出れたのだ。あやつには死よりも苦しい地獄の責め苦を味わわせて……」

 トゲピーはそこで気付く。自分の置かれた状況が、変わっていることに。

 具体的に言うと、彼女の眼前に居たのは小汚い中年男ではなく、口を開けてポカンとしている赤いジャケットと帽子をかぶった少年が一人。

 装備からしてトレーナーだということは分かったが、彼女の理解できる現実はそこまでだった。

 「…なんじゃ、お主ら?」

 

 

 センターにすぐさま戻るトゲピー。だが、件の男はすでにその場から消え失せていた。

 「おのれ、逃げよったか…」

 (そりゃまぁ…これだけ恨み買われてたら、言われなくてもスタコラサッサだよなぁ…)

 口惜しそうに呻くトゲピー。さっきから思っていたが、その口調は可愛らしい外見とは大違いである。

 自分を売りに出した中年男を一頻り口汚く罵った後、大きな溜め息をつくトゲピー。そして、改めてダイヤの方へ向き合った。

 「まぁ良いわ。あんな下郎、放っておいても勝手に天罰を食らうじゃろうて。

  それで、お主らはどこの馬の骨じゃ?」

 「う、馬の骨って…。まぁ、うん、俺はダイヤ。そのオッサンから君を買った、マサラ出身のトレーナーだ。んでもって…みんな、出てこーい」

 軽く言いながらボールを放る。その言葉からすぐに、3つのボールが開いて其々から萌えもんが姿を現した。

 「ヒノアラシがノア、メリープがメルア、サンドがサーシャ。3人共俺の仲間だ」

 呼ばれた順にノアは粛々と、メルアは元気よく、サーシャは礼儀正しく簡単に挨拶した。ただ、ノアはどこかぎこちない笑みであり、サーシャに至っては笑顔を見せることはなかった。

 トゲピーはそれらを一瞥し、再度視線をダイヤの元へと戻す。

 「ふむ、それではお主が、妾の次の主ということになるのだな。

  我が名はソーマと言う。世話になるぞ、ダイヤ坊」

 「…だ、ダイヤ坊ぉ?」

 聞きなれない言葉に戸惑い、思わずもう一度言ってしまう。

 そんな、どこか相手を舐めきったような…吐き捨てるようなソーマの言葉に対し、口火を切ったのはノアだった。

 「ち、ちょっと貴方!ご主人様になんて口の利き方を…!」

 「それ以前にさっきから思ってましたが…本当に、随分上から目線ですね。貴方何様のつもりですか?」

 「お、おいノア、サーシャ…!」

 思わず不満をぶつける二人。サーシャに至っては、敵意も込められているように感じられる。

 だがそれを向けられているはずのソーマは、そんな事も意に介さず、逆に二人を鼻で笑い飛ばした。

 「ハンッ、主をどのように呼ぼうかなど妾の勝手ではないか。これだから生娘(ガキ)は…」

 「あははははー今なんて言ったんですかねー。なんて書いてガキって読んだんですかねー」

 「さ、サーシャ!暴力は禁止ですよ!?」

 笑顔で手をワキワキと動かすサーシャを見て、思わず羽交い締めにするノア。こんなところで血を見るのは嫌だし、ジョーイさんにも迷惑がかかるのだから、止めない理由がない。

 一方ソーマはと言うと、そんな激昂に駆られるサーシャを嘲笑いながら更に煽ってきたもんだから恐ろしい。

 「生娘と言ったのじゃが、解らんかったかのぅ。それとも初心い処女の方が良かったかぇ?」

 「な、なななななにを言うんですか!!」

 「…ねぇマスター、しょじょとかきむすめってどういういみ?」

 「…メルアが大人になったら分かることだよ」

 さすがにその言葉で意味を理解するノア。思わず赤面してしまいながらよく分からない言葉を言ってしまう。図星というヤツだろうか。

 隣ではメルアが無自覚にダイヤへ言葉の意味を聞いていた。さすがに彼も普通の青少年、分かる言葉ではあるが、だからこそメルアには教えられなかったと言える。

 彼らの多種多様な反応を見てかんらかんらと笑うソーマ。なまじ楽しそうなのもタチが悪い。

 そんなソーマの姿に業を煮やしたのか、力尽くでノアを振り払ったサーシャが、テーブルを強く叩いてダイヤに詰め寄った。

 「マスター、私は反対です。こんな非常識な方は速やかにボックスに預けて先に進むべきです」

 「えぇ~!?せっかくなかまがふえたのにぃ~!ねぇそんなのだめだよねぇノア!」

 「わ…私は、ご主人様の決定に従います、が…」

 「まぁ妾も、坊が言うのであればボックスの中で大人しくしているぞよ?この身が戦力として数えるには弱すぎるぐらい分かっておる。そんなことで責めたりはせんから、思うが侭にするんじゃな」

 反対1、賛成1、そして決定を待つ者が2。つまり50/50。すべてはダイヤに委ねられてしまった。

 少し考えた末に、彼が出した答えは――

 「…よし、決めた。俺はソーマをこのまま連れて行こうと思う」

 「そんな、マスター!?こんな方と一緒だなんて、悪影響です…!」

 「そう言うなよサーシャ。人の出会いは一期一会、人の心は千差万別…。これも、きっと何かの縁だと思うんだ。

  それになサーシャ、遠くの星から来た男が残した言葉に、こんなものがある。

  『優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも…』

  ――ってな」

 どこかの切断光線技が得意な兄さんを連想させるセリフである。言ってる方も少し誇らしげなのがなんか鼻につくが気にしたらいけないと思う。

 「…だから、私にもそのようになれと?」

 「あぁ、まぁ…できたら、な」

 なんとも煮え切らない返しである。その答えにはサーシャも呆れ気味で、だがそれでも主の決めた方向性を立てるよう、今は我慢することにした。

 「…分かりました。そう仰られるのでしたら、私はもう何も言いません」

 フイッと目を逸らされるダイヤ。いくら鈍感でも、さすがにサーシャの不満が目に見えている。だが、言った手前取り消すことはできない。

 その一方でメルアは、ソーマを歓迎しながら笑顔で話をしている。ノアはと言うと、サーシャの味方をすれば良いのかメルアを一緒に歓迎すべきか分からずに、どこか所在無くしていた。

 (参ったなぁ…。ソーマにも、サーシャとも仲良くするよう言っとかなきゃな…)

 なぜあのオッサンがソーマを手放したかったのか。そんな仲間が増えるとはどういうことか…。そういうことが分かってきたのだった。

 



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第4話『巡り至るは銀月の命』 -2-

 

 日はまだ高いものの、正午は過ぎてしまっている。

 予定外の仲間が予想外のキャラをしていた為に起こってしまった事態…と言えば聞こえは良いのだろうか。

 しかしそこは追求したくないところなんで考えないでおく。

 少年と萌えもん達は、こうしてオツキミ山洞窟へと入っていくのだった。

 「さー、気を取り直してオツキミ山攻略、いっくぞー!」

 「でもご主人様、道筋は…」

 「勿論解らない!…となると、やっぱり今日は一度戻るぐらいのつもりで進むのが良いかもな…」

 「私もこの辺りまで地形を把握してるわけじゃないですしね…」

 「えー、でもそれじゃあ日がくれちゃうよぉ~」

 頭を悩ませてしまい、なかなか答えを出さない一行。そんな姿を見て、腰に据えた4つめのボールから深い溜息が聞こえてきた。

 「…やれやれ、世話の焼ける阿呆どもじゃ。ほれ坊、妾が案内してやるから出してくりゃれ」

 「道、分かるのか?」と、ボールからソーマを出しながら尋ねる。

 「舐めるなよ小童めが。妾にかかれば、こんな洞窟だけじゃなくカントー全ての道路や洞窟の道筋を事細かに網羅しておるわ」

 「そ、それは凄いですね…」

 「フン、どうせいい加減なものだと思っとるじゃろうが、そうはいかんぞえ。ほれ、坊」

 言いながらその小さな手をクイクイっとこちらに寄せるようなジェスチャーをするソーマ。

 だが、ダイヤにはその意図は伝わって居ないようで首を傾げている。

 「…………?」

 「あぁもう分からん奴じゃのう!案内してやるんじゃから、おぶるか肩車するとかそういうことも無いのか戯け者が!」

 「あ、おう…悪い悪い」

 言いながらすぐにソーマを持ち上げ、肩車の姿勢に持っていくダイヤ。身体に似合わずズシッとした確かな重みが、彼の肩に伸し掛かった。

 「やれやれじゃわい。ほれ、さっさと行くぞ」

 すぐさまあっちこっちと指示を出すソーマの言葉に従い歩き出す。

 薄暗い洞窟は広く、暗い影には小さな翼を小刻みにはためかせたり天井に張り付いたりする小さな影…顔の半分を長い青紫の前髪で隠した萌えもんのズバットや、周りの石をいじったり投げ合ったりして遊ぶ、先日戦ったタケシのパートナーであるイワークに似た色合いの萌えもんのイシツブテが居る。

 毎度の通り野生の娘とは話し合いかバトルでケリを付けているのだが…。

 「ねぇねぇ、ソーマはバトルやんないの?」

 「そんなクソ面倒臭いことが出来るか。妾は楽に生きるのじゃい」

 「それが年の割に進化してなければ力量も低い理由ですか。御大層なことですねぇ」

 「ハッ、小娘が吐かしおる。乙女の過去には秘密が付き物だというに」

 「あーもー喧嘩するなよー」

 頭の上と隣から、視線が交差し火花を散らす。サーシャとソーマは、やはりどうにもウマが合わないようだ。

 「ったく…。んでソーマ、この先は?」

 「まっすぐ進めば下に降りられる。そのまま進めィ」

 あいよ、と軽く返してまた歩き出す。

 階段を降りた先、一つ下の階層へと続く道は明るく照らされており、単純な一本道であることも容易に把握できた。

 岩陰には背中にキノコを背負った茶色い影も見え隠れしている。きのこ萌えもんのパラスだ。

 まぁ見つけただけで特にバトルすくこともなく、ただ通り過ぎていく。そのつもりだったのだが…

 「…おにーさん、この先に行くのかい?」と、一人のパラスが話しかけてきた。

 「…?ん、あぁ。そのつもりだけど」

 「んー、なんかさー、黒服のニンゲンたちが変なことしててさー。なんか見るからに怪しいし、できればどっかに追っ払ってほしいなーって思ってさー」

 「見るからに怪しい、黒服のニンゲン…?んー…まぁ見かけたら注意するよ。追っ払えるかまではわかんないけどな」

 「頼りになんないなーもー。まぁいいや、そこら辺の連中や山男さん達よりはマシっぽいし」

 パラスに呆れられながら軽く別れを告げ、先に進むダイヤ。歩きながら、耳にみんなの声が聞こえてくる。

 「黒服の怪しいニンゲンかぁ…」

 「ヘンなヒトもいるんだねー」

 「出会ったらどうしますか、マスター?」

 サーシャの問いに、曖昧な唸り声を上げるダイヤ。些細ではあるものの、やはり悩ましいものだった。

 「…関わらないのが一番なんだろうけどなぁ…見て見ぬフリってのも、なんかなぁ」

 「私は…助けられるなら助けたい、ですが…」

 「ん~…まぁ、そうだよなぁ…」

 「ハッキリせんのぅ戯けが。それでもタマついてるのかぇ、坊?」

 「自称乙女の言うセリフじゃないでしょうにソーマさん…」

 ソーマの言動に呆れながら先を進む。明るい通路はもう終わり、また薄暗い洞窟が広がっている。

その薄暗さに溶け込むように、何者かが蠢いていた。

 「…なんだ?」

 思わず入口の影に隠れるダイヤ。そっと顔を覗かせて、影の正体を探ろうとする。…その影は、苛立つように何かを呟いていた。

 「あーくっそ…んなとこに化石なんかあるわきゃねぇだろぉ…」

 耳を澄ませると、その声は随分と愚痴っぽかった。

 (…何言ってんだ…?)

 「なるほどのぅ、アレが件の”黒服”か。…ほぅ、あのマーク…」

 「…あ、あれってもしかして…」…と、ダイヤが聞こうとした矢先のこと。

 「あれぇー!?ロケット団の下っ端クズじゃないかあー!こんなところでなにやってんのかなぁー!!」

 などと言い出しやがったもんだからどうしよう。

 「あぁん!?何処のどいつだコラァ!!」

 (ちょおおおおいソーマさぁん!?ナニ言ってくれちゃってんのぉおおお!!?)

 黒服の若々しくも荒っぽい声が響く中、ソーマに小声で激しく突っ込むダイヤ。そこらのピン芸人といい勝負だ。

 それに対してソーマさん、全く悪びれずにテヘペロっ♪って顔をしていた。確信犯である。

 これは一発ぶん殴っても良さそうな気がしたが、さすがにそんな暇はない。怒りを燃やした黒服の男が、真後ろにいたからだ。

 「…今舐めたこと言ったのはお前だな?」

 「…人違いじゃない?」

 思わず苦笑いしながら視線を逸らす。言って通るとは思ってないものの、非を認めるのもなんだか違うのだから仕方ない。

 「おいクソガキ…人を馬鹿にするのも大概にしとけよ?一回痛い目見ないと分からないようだなぁ…!」

 手をパキパキ鳴らせながらダイヤに詰め寄るロケット団の男。さすがにヤバいと思ったダイヤは、おもむろに腰につけたボールへと手を伸ばす。

 だがその行動は男の方が速く、その腰に付けたボールをダイヤ目掛けて投げ付けた。

 「いけぇ、アーボ!!」

 「ノア、頼む!!」

 空中でボールがぶつかり合い、光と共に顕現する。ノアと相対したのは、足の出ない濃紫の着ぐるみを着た蛇目の萌えもん、アーボだった。

 「アーボ、巻きつけ!」

 指示とともにノアへと飛びかかるアーボ。その顔はニヤけた笑みを浮かべながら、キヒヒっと笑っていた。

 その笑顔に一瞬怯んでしまったのか、攻撃を許してしまうノア。まるで尻尾のように蠢く下半身で締め付けられてしまう。

 「くっ、しまった…!」

 「ヒヒッ!まぁアンタに恨みも何もないが、やられてもらうよ!」

 「貴方…どうしてあんなニンゲンに…!」

 動きを封じられ、徐々に締め付けを強くされて体力を削られるノア。その中でなんとか放った言葉は、ロケット団に与するアーボを諌めようとするものだった。

 しかし、相手はそんなことを全く意に介さないような、至極適当な返事をした。

 「簡単だよ、食ってく為さ。トレーナーと居れば食いっぱぐれない。その為にトレーナーの指示には従う。言うなれば、これは仕事ってヤツさ」

 「悪行が、仕事ですって…!」

 「捨てられて苦労すんのはコッチだもんね。割り切りも必要なんだよ、お嬢ちゃん」

 ノアにとって、それは初めてぶつけられた現実の一つ。ヒトの下で育ったが故に生まれた、野生との決定的にして大き過ぎる差。だけど…

 「…だけど、それが正しいなんてことは、絶対にない…!」

 ノアの後ろ髪が赤く燃える。掌に炎が集まり、瞬時に爆裂。巻き付いていたアーボを弾き飛ばした。

 「チッ、やってくれんね…!」

 「なにやってるアーボ、毒針!」

 「はいはい、っと…!」

 「ノア、火の粉で撃ち落とせ!」

 「はい…ッ!」

 口から放たれる紫の毒針。それに反応して、手から火の粉を放つノア。炎は毒針を飲み込んで、更なる威力でアーボへと襲い掛かった。

 「なあっ!?う、っそだぁ…!?」

 驚愕と共に襲い来る炎、巻き起こる爆発。ノアの火の粉たった一撃で、アーボは倒された。

 「ほぅ…中々やるのぅ」

 「ノア、よくやった…。でも、なんだか強くなってないか?」

 「えっと…どうなん、でしょう…?」

 見ると、軽くだがノアの息が上がっている。猛火が発動するほどまでに体力が減っているはずはないのだが…。

 しかし、こちらのその状況を見逃してくれる相手ではない。

 「舐めやがって…!コラッタ!」アーボを引き戻し、すぐさま次を繰り出す。出て来たコラッタの眼は、アーボと同様に敵意を宿していた。

 「ノア、戻るか?」

 「…いいえ、やります!」

 「やっちまえコラッタ!電光石火!」

 「ノア、こっちも電光石火だ!」

 二人の萌えもんが光を纏いながら加速する。互いに対抗するように速度を上げ、ぶつかり合う。先に攻撃を当てたのは、ノアの方だった。

 (…身体が、熱い。速くなってる…強く、なってる…)

 「くぅ…ぉのやろぉー!」

 怒りに任せて前歯を突き立てる。コラッタの得意技、『必殺前歯』だ。肩口を噛みつかれながら、ノアはまたコラッタに言葉を放った。

 「貴方も、なんで…!」

 「バトルすんのに理由なんかあっか!コイツのところに居たら、好きにバトルが出来るもんな!」

 「だから、悪事にも手を染めるの…!?そんな、戦いたいってだけで…!」

 またも髪が炎と化す。何故、こんなにも憤りを感じているのだろう。バトルを楽しむのも手を尽くして生を謳歌するのもそれぞれの生き方なのだから、誰にも口出しする謂れなどない。

 だが…否、だからこそ、それを”間違い”として正しく生きようとすることもまた、一つの生き方なのだ。

 そしてノアは、誰よりもそんな責任感が強かった。だから許せない。だから、どうしようもなく猛りだすのだ。生来の生真面目さが、そうするのだから。

 「――…そんなの、間違ってる。誰かを傷付けて喜ぶなんて、間違ってる…ッ!!」

 肩を咬まれたまま、ノアの声が激昂と変わる。髪の炎がさらに大きくなり、その小さな体から、信じられないほどの光を放ち始めた。

 「の、ノア!?一体何が…!」

 「落ち着け坊。…萌えもんなら誰もが通る道じゃ」

 慌てるダイヤに対し、ソーマは落ち着き払った声で淡々と言い放つ。それは何処か、感情を感じさせないような声のようにも思えるものだった。

 「うあああああああッ!!!」

 叫び声とともに放たれる炎。それによってコラッタが吹き飛ばされる。

 一方でノアは、光り輝きながらその肉体を大きく変えていった。身長も体格も、纏う衣服さえも再構成し、今までよりも大きなものに変わっていく。

 『成長』と言うには急すぎる変化。そう、これこそが萌えもんの最大の特徴の一つである…

 「――進化、か…!」

 進化。ある条件を満たした萌えもんが、自らを上位種へと変態させる独特の生態。その条件には多種多様なものが存在するが、多くは一定力量への到達が挙げられる。

 ただ進化はその外見をも大きく変えるために、自らの意思で進化を止める萌えもんやトレーナーも存在し、現在はそれを補助する道具も存在している。

 だが新米トレーナーにとっては、今迄の全てを変化させる進化に大きな意味を見出す者が多いのもまた事実。それは、ダイヤとて同じなのだ。

 「はぁっ…はぁっ…これは…私、は…」

 少し高くなった目線、開けた視界に少し戸惑いを覚えるノア。自分の手を握っては開きながら、身体の調子を確認する。…問題は、ない。

 周りを見ると、ロケット団の男とそれに与するコラッタはこちらを警戒した目を向けて、ダイヤはどこか感嘆とした顔をしていた。

 「くそっ、こんな時に進化しやがるとは…!怯むなコラッタ、ぶちのめせ!」

 ロケット団員の指示に従い、強く飛びかかるコラッタ。だがノアは、先程までよりも速い反応速度でコラッタの突進を見切り、回避する。

 「…!見える…!」

 その直後、相手の動きに反応して、手の中に燃え上がった炎を投げつけるように振り抜いた。火の粉と言うには威力の高まった炎が、コラッタを吹き飛ばして一撃でKOする。

 「くぅ…ッ!ち、ちくしょう!覚えてやがれ!!」

 あっさりと負け惜しみを言いながら、目を回したコラッタをボールに戻して走り去るロケット団員。周囲にはすぐに、静寂が戻ってきた。

 「…私、一体…」

 「進化、だってさ。お疲れノア」

 「進化…私が…」

 労いの言葉をかけながら、萌えもん図鑑をノアにかざして彼女の変化を一緒に確認する。そこに載っていた名前は、【ヒノアラシ】から【マグマラシ】へと変わっていた。

 「【マグマラシ】、か…。すっげぇな、進化って。見た目も力もこんなに変わるんだな」

 「私も、驚いてます…。身体の全部が進化する前よりも強く鋭敏になったように感じました。…今思うと、ニビジムの後に感じていた違和感は進化の前触れだったのかもしれません。それに…」

 「それに?」

 「あっ!い、いいえ!な、なんでもありません!あ、あはは…」

 少し慌てながら自分の言葉を否定するノア。

 (…さっきよりも、近くハッキリと見えるようになってる、なんて…。それに…バトルの時も私、ついカッとなっちゃって…うぅ~ん…)

 その顔の火照りは、ただ進化をした直後…バトルが終わったからというだけでは無い、のかもしれない…。

 「一回程度の進化で何を呆けておるか阿呆共。萌えもんは多種多様。進化の幅や回数も、種族それぞれにあるのじゃ。

  坊、お主はこれから何度と無くこの現象を見ることになるのじゃぞ?最初の感動は大事じゃが、いつまでもそれに浸っておるでないわ」

 「ははは…ソーマきっついなぁ。まぁ肝に銘じとくよ」

 「フン、分かったら先に進むぞ。まったく、わざわざ喧嘩吹っかけてやったというに、進化までしてぶっ倒してしまうとはのう」

 「やっぱり確信犯か…ったく」

 やれやれと言った感じのダイヤに、ノアが小さく見上げながら進言した。

 「…ご主人様。怒るべきところは、ちゃんと怒った方が良いと思います…。これで危険な目に合うのは、ご主人様ですから…」

 「ん、うーん…」

 「ハッ、何を甘っちょろいことを。どうせあの連中とは避けて通れぬ道じゃよ。やりあうのが嫌なら、その目と口を塞いで貝のように生きるしかあるまい。…いや、それでも連中に通じたものか分かったモンじゃないわ」

 ノアの進言を、一笑に伏せるソーマ。その口振りには、自分たちよりも”世界”を知っている者の風格があった。

 マサラという小さくて平和な町。ダイヤとノアが知っているのは所詮その程度の小さな世界だ。メルアももちろん自分の住処だったところしか知らないだろうし、博識なサーシャにしても、それは所謂【知識】と言う程度。

 空想の中でしか知らぬ現実の暗部に、今は事なきを得たとはいえ彼らは出会ってしまったのだ。平和に生きていれば、出会うことのなかった存在に。

 そんな少年と萌えもん達に比べれば、誰とどんなところを生きてきたかも解らぬソーマの方が、言葉の現実味が強いということも頷ける。

 「…まぁ、これも覚悟しとくべきことなのかもな。それに、誰かを助けるってのも気分の良いことだしさ。な、ノア?」

 「それは、まぁ…そうですが…」

 「でもソーマ、今みたいなのはもう勘弁してくれな。俺はともかく、みんなが危険な目に遭うことだってあるんだ。もちろんお前だってさ」

 「……フン、何を言うか戯けが」

 互いに不服を感じたまま終わりとなった話し合い。ノアの進化には手放しで喜びたいものの、相手がロケット団でありその引き金を引いたのがソーマだったと言うのが、どうにも心にしこりとして残ってしまうのだった。

 体格と共に大きくなったノアの頭をいつもと同じように撫でてやり、ボールへと戻すダイヤ。再度ソーマを肩車し、洞窟の先へと進みだす…。



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第4話『巡り至るは銀月の命』 -3-

 

 シャツの裾で汗を拭う。いくら洞窟が涼しいとはいえ、バトルをしたり歩いては走ったりしているだけでも身体は熱を帯びてくる。

 息の切れ始めたダイヤは、もう結構な時間洞窟を歩いているように感じていた。

 「安心せぃよ坊、もうすぐ出口じゃ」

 「おぅ、本当か?」

 「うむ、風が流れてきておる。」

 「よっしゃ…!」思わずそう呟きながら足を速める。出口と分かると洞窟から早々に出ようとするのは、太陽の光と新鮮な空気を求める、日の元で生きるものの本能なのかもしれない。

 「慌てるでないわ阿呆…。まだ何が潜んでいるのか分からんというに」

 やれやれといった感じで呆れるソーマ。出口が近いからといって、注意を怠ることは絶対にしてはいけない。

 往々にして、一度起きたトラブルがそう簡単に…その場は切り抜けたとはいえ、穏やかに解決することはないのである。

 「うわああああああ!!だ、誰かあああああああ!!」

 ……そう、このように。

 

 「おいおい何だってんだよもう…!」

 嫌な予感をひしひしと感じながら、叫び声の方へと走るダイヤ。彼らはつい先ほどにロケット団と出遭い、不本意ながらもバトルして勝利を収めたばかり。

 アングラな組織とはいえ、そこに構成されている団員が、まさか一人で来ているとも考え辛い。ならばこの悲鳴の先に待っているのは…

 「そいつぁ化石だな!よこしやがれ!」

 「ひぃぃぃいい!な、なんなんだよぉ~!!」

 やっぱりか。それを見た瞬間、ダイヤの顔が言い得もない歪み方をした。落胆と困惑と面倒臭さが入り混じったような、思わず嘆息を漏らしたくなるような表情だ。

 「さて、どうする坊よ?」

 「…正直嫌だけど、見て見ぬフリってのも後味悪いしなぁ…。みんな、もう少し頑張れるか?」

 「大丈夫、やれます!」

 「仕方ない…と言えば良いのでしょうかね」

 「わるいことにはめっ、しなきゃだねっ!」 

 3人それぞれの答えに顔を綻ばせながら、小さい深呼吸の後に叫び声の方へ駆け出していった。

 

 「こっ、これは僕が見つけた化石なんだぞ!誰かに渡すなんかゴメンだ!」

 「はン、ガリ勉メガネが言いやがる!オラッ、行けラッタ!!」

 「うおらぁー!!」

 威勢よくボールから現れた茶色い影。鋭い目つきに大きなネズミを思わせるその恰好は、コラッタの進化形であるラッタだった。

 コラッタの倍ぐらいある体格からは強い気合が漲っており、綺麗に生え揃った白い歯が暗闇で怪しく光る。

 「やれ!必殺前歯!」

 「あ…わあああああ!!」

 襲いかかるラッタの攻撃。化石を抱えた理科系の男は、懐から自分のモンスターボールを出すことも出来ずにいる。その瞬間…

 「サーシャ!スピードスター!!」

 「邪魔させてもらいますよ!」

 ラッタに向けて流れるように放たれる無数の星型光弾。真横から割り込むように射たれたサーシャのスピードスターは、ラッタの不意を突き直撃した。

 「な、なんだァ!?」

 「…正義の味方、見参…って感じかな?」

 「マスター、馬鹿言ってないで。来ますよ!」

 サーシャの言葉を即座に解するダイヤ。横から攻撃を受け、怒りに目をギラつかせたラッタがサーシャ目掛けてスピードを上げながら突進してきた。電光石火だ。

 「サーシャ、ひっかく!」

 「了解!」

 ラッタの電光石火に対し、受け止める様に立てるサーシャの左爪。何とか持ちこたえるものの、その勢いに押されて弾かれたのはサーシャの方だった。

 「くっ…!さすが、コラッタとは違いますね…!」

 「生意気なガキが!ラッタ、必殺前歯で噛み千切れ!!」

 「ひっかくで受け止めろ!!」

 大きくジャンプして、サーシャの頭上から襲い掛かるラッタ。その前歯がエネルギーに包まれ、倍ほどの大きさに肥大化、彼女に迫る。

 それに対して、ダイヤの指示を聴いたサーシャはその手に力を溜めて爪を形成。両手で前歯を受け止めて鍔迫り合いのように火花を散らし受け止めた。

 「そんな華奢な爪なんぞでェ!」

 「…ッ!それは、どうでしょうね…!!」

 両の手に力を込めて、生み出した爪をクロスに引き裂くよう押し返していく。やがて、ラッタの前歯に宿ったエネルギーに亀裂が入りだした。

 「なぁっ…!?」

 「受け止める腕は一本より二本の方が強い。当然のことです!」

 高い音を立てて砕けるラッタの前歯。悶えながら吹き飛ぶ相手に、サーシャは追撃の姿勢を見せる。そしてそれは、ダイヤも瞬時に察していた。

 「いけサーシャ!連続斬りッ!!」

 「了解ッ!」

 即座に飛び掛かり、右手の爪を大きく振るうサーシャ。だが一撃の重さは小さく、大したダメージには至っていない。直後にラッタの体当たりで反撃されるも、容易く耐えたサーシャの二回目の連続斬りが外薙ぎに振るわれた。

 「さ、さっきより痛い!?」

 碧色に輝く刃は一度目よりも大きく形成され、見るからに威力が上昇している。そして三度目に備えた刃は、さらに大きく伸びていた。

 これが、連続で当てることでさらに攻撃力を増していく『連続斬り』という技の特徴なのだ。しかしその事を知らないラッタは、眼前で肥大化していく刃の姿に戦慄する以外なかった。

 「止めだ!全力で叩ッ切れ!!」

 「たああああぁぁッ!!」

 小さく跳ねながら振りかぶった右腕を、ラッタに向かって振り下ろす。サーシャの身の丈ほどの大きさにもなる爪を模した碧刃は、更に倍加した威力を以て相手を切り伏せたのだった。

 倒れ込みクルクルと目を回すラッタ。それを見下ろし、髪をかき上げながら黒尽くめを睨み付けるサーシャ。その眼には未だ闘志が見えている。

 「…まだやるか?」

 前に立つ彼女の言葉を代弁するように、ダイヤが告げる。放ったその言葉は、少しぎこちない。

 「…チッ、もういいヤメだクソッ!どうせ化石なんざ、大した価値もねぇんだ!おら、何時まで寝てやがる!」

 忌々しそうに吐き出しながら、倒れたラッタをボールに戻して走り去っていくロケット団員。それを見送ったダイヤの足は、闇に隠れて小さく震えていた。

 「…い、行ったか…」

 「みたいじゃの。やれやれ、中々やるではないか」

 「口だけでしたね。あの程度なら、ジムリーダーの方がもっと強い」

 蔑むように言い捨て、ダイヤの元へ戻るサーシャ。彼女を軽く労いながらボールへ戻そうとかざす彼のもとに、おずおずと襲われていた理科系の男が寄ってきた。どこか、疑いと敵意の孕んだ目線を向けながら。

 「あ…大丈夫、でした?」

 「…お、お前も僕が手に入れた化石が狙いなのか?」

 「――は?」

 思わずマヌケな声が出てしまう。そりゃいきなり横から乱入してきたのはこちら側、不信感を抱くのは分かる。が、危険から助けた相手にそういう風に言われるなど想像していなかった。

 それは、ある意味お気楽な思考だったのかもしれない。『正しいことをすれば、自ずと誰もが喜び讃えてくれる』という、他者に依存した思考。世界はそれだけではないと、知るには彼らはまだまだ若かったのだ。

 「お、俺は別にそんなつもりじゃ…」

 「フン、恩着せがましく助けたからってこの化石はやらないからな。せっかく見つけたんだ…僕のモノなんだぞ」

 強く抱え込みながら睨み付ける理科系の男。化石なぞどうでもよかったのだが、中々そう言って退きそうな感じでもない。

 どうしたものかと考えるダイヤに代わり声を上げたのは、その背にしがみ付いてるソーマだった。

 「坊、そんな輩に付き合ってやることもあるまい、ほっといて先に進め。こんな根性のヒネた奴は、死ぬまで治らんぞ」

 「不本意ながら同意見ですマスター。さっさと行ってしまいましょう」

 見向きもせずに先を急ぐサーシャ。礼儀正しい彼女のことだ、謝辞の一つもない男のことなど眼中にもないのだろう。

 それに続くように歩き出すダイヤ。男の横を通り過ぎる時に、「じゃあ、気を付けて」と一言だけ残して行った。その直後。

 「…そこの角に、要らない化石が置いてあるんだ。もういくつも発見されてるヤツだし、自分でも前に発掘したこともある」

 まるで拗ねるかのように吐き捨てる理科系の男。その言葉を聞いたダイヤが顔を向けた先に、確かに無造作においてある石の塊があった。

 「デカくて持てないんだ。別にレアな物でないし、欲しけりゃもってけよ」

 と、言うだけ言って歩き去る。思わず彼の方を振り向くが、その後姿からはなにも読み取れなかった。

 「…お礼のつもり、かな」

 『どうでしょう…。でも、そうだと嬉しいですね。ちゃんと分かってくれたんだもの…』

 小さな呟きに、優しい声で返すノア。まるで自分の心を代弁してくれたかのような感覚に、思わず笑みが溢れてしまう。

 「やれやれ、甘ちゃんどもめが」

 背中から聞こえるソーマの皮肉。敢えて聞こえないことにして、足元の化石を拾い上げる。ズシッとした重みは、確かにその大きさに比例していた。これを”歴史の重さ”と喩える人もいるだろうが、生憎この少年たちに、そのような感性は持ち合わせていなかったのは幸か不幸か。

 「マスター、もうすぐ出口ですよ。幸いまだ日は沈んでいないようです。さっさと行ってしまいましょう」

 「おう、すぐ行くよ」

 急かすサーシャに応え、やや駆け足で出口に向かうダイヤ。ようやく見えてきた出口からは、西に傾き黄色に輝く日光が差し込んでいた。

 「ここを抜ければ、もうすぐハナダシティだな」

 『やっとつぎのまち~!もうつかれたよぉ~』

 『日も暮れそうですし、早く行って休みましょうご主人様』

 「だな。サーシャも、あとはボールで休んでてくれ」

 「そうさせていただきますわ。マスター、もうひと頑張りしてくださいな」

 赤い光に誘われ、ボールへ戻るサーシャ。手のひらサイズに戻ったボールを、腰のホルダーにセットする。

 「ソーマ、お前はまだいいのか?」

 「構わん。はよ行け」

 短くそう言いながら、ダイヤの後頭部に身体を預けるようにもたれかかる。その重みを感じながら、ダイヤはまた足を進め始めた。

 下りの山道、段差を飛び越えていく。だんだんと日が沈むにつれて街の灯りがハッキリしてくる。目指すハナダシティはすぐそこだ。

 新しい街、新しい世界。そこで少年たちを待ち受けるのは、一体なにか…。薄暮れの空、暗がりに現れだした月は、ただ静かに青く輝きだしていた。

 

 

第4話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(メリープ ♀)
        サーシャ(サンド ♀)
        ソーマ(トゲピー ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、睨みつける、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:メリープ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:体当たり、鳴き声、電磁波、電気ショック
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンド(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:連続切り、砂かけ、スピードスター、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲピー(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:指を降る、あくび、悪巧み
 所持道具:無し


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第5話『戦慄のブルー・スター』 -1-

 新たな仲間を迎え、黒き意思に触れ、少年たちは知り得なかった事を知る。
 月に届きそうな山を越え、辿り着いたは水色の街。
 神秘の色に包まれた街で、如何なる壁と出会うのか。


 

 昇る太陽が眩しく照らしだすハナダシティ、その萌えもんセンターでの朝。日差しを浴びながら大きく背伸びする一人の少年がいる。ダイヤだ。

 「んぁぁ~~…。ふぅ、よく寝た」

 伸びをしながら首を左右に動かす。まるでコキコキと音が鳴りそうな具合だ。そのまま大きく深呼吸して、ぼんやりと声を出す。

 「…ハナダジムのジムリーダー…カスミ、か…」

 何となしに呟いたのは、今彼らが滞在している街、ハナダシティのジムリーダーの名前。昨晩の情報収集で、彼女のことと使用する萌えもんのタイプは把握していた。

 ハナダジムはプールにもなっており、ジムトレーナーが扱う萌えもんは、全て水タイプ。その中でもリーダーとして頂点に立つ存在である彼女は、かなりの強敵であろうことは火を見るよりも明らかだ。

 「…とりあえず、ぶつかってみなきゃ分かんないかな」と、溜め息一つ。気を取り直してジムに挑むべく、預けていた仲間を引き取りにセンターへ戻っていった。

 

 

 同時刻、萌えもんセンター内。一つの座席を間借りして、ダイヤの手持ちの萌えもん達がテーブルを囲っていた。

 その中で、サーシャが一際神妙な面持ちでダイヤが残していったパンフレットを見つめている。眼鏡の奥の瞳からは、どこか不安の色が見えるようだ。

 「ねぇサーシャ、どぉしたの?さっきからずっとそれみてるけど」

 「これは…今回挑戦するジムリーダー、ですよね」

 ノアとメルアが覗き込み尋ねる。そこに写っていたのは、プールサイドで綺羅びやかにポーズをとるカスミの写真だった。

 「…どうにも気になるんですよね。今回の相手は…」

 「なんじゃサーシャ、お主そんな趣味があったのかぇ…。同性愛はいかんぞ非生産的な」

 「ぶっ潰しますよクソ卵」

 ソーマの冗句に対し、即座に射殺さんとする視線を向けるサーシャ。だが、視線を向けられた彼女は毎度の通り、怯むわけもなくにやけた笑みを返すだけだった。

 「おぉ怖い怖い。ま、冗談はさておき…お主が不安に思うのも仕方あるまいなぁ」

 「知ってるんですか、ソーマ?」と尋ねるはノア。

 「無論じゃわい。ハナダジムリーダーのカスミと言えば、"ハナダのデススター”の異名を持つ強豪の一人じゃよ」

 「タケシさんよりもつよいの?」

 「相性の有利不利もあるがな。カスミは水タイプのエキスパート。岩タイプを主体とするタケシは相性最悪というわけじゃ」

 「そしてそれは、私たちにも同じことが言える…」

 サーシャの呟きに、思わずハッとするノア。考えてみればそうだ。ノア自身は炎タイプで、サーシャは地面タイプ。どちらも水タイプには相性が良くない。ソーマはフェアリータイプであり特別耐性がある訳でもないが、種族としての力はとても弱い方だ。ジムリーダーとの戦いに耐えられるとは思えない。

 「つまり、勝利のカギは…」

 ソーマの声と共に、3人の視線が自然とメルアに向かれる。それを受けてなお、メルアはまだキョトンとしていた。

 「うに?」

 メンバー唯一の好相性萌えもんは、その視線の意図をまったく分かってないと見える。愛くるしい笑顔にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。

 「どぉしたの、メルがどうかしたぁ?」

 「…大丈夫かのぅ、こんなので」

 頭を抱えるメルア以外の一同。そんな皆のところにダイヤが現れた。

 「なんだ、みんなもう起きてたのか」

 「おはようございます、ご主人様」

 「おう、おはようみんな」

 「おはようございますマスター。もうすぐにジムへ挑戦されるので?」

 「そのつもりだよ。…ま、相性は悪いとは思うけどさ、やってみなきゃ分かんないさ」

 自信があるのかないのか曖昧な答え。だが相手の力量を推し量るには戦ってみないと分からない。その事はノアもサーシャも分かっていた。 故にノアは力強く、サーシャは小さな溜息を一つつきながら首肯した。

 「メルもメルも!バトルがんばるよぉー!」

 ぴょんぴょん跳ねながら、メルアも自分の意思を主張する。それにダイヤは、嬉しそうに頭を撫でまわした。

 「あぁ頑張ろうな!今回はメルアを一番頼りにしてるからな!」

 「えっへへー、いっぱいがんばるもんねっ!」

 ふわふわした薄黄色の髪を撫でながら、くすぐったそうにしながらも嬉しそうな声で返事をした。

 「坊、分かってると思うが妾は参加せんからな」

 「分かってるよ。ワケは聞かない。が、お前をバトルには参加させない。そういう話だもんな」

 「…分かっておればええんじゃ」と、ダイヤの返答にそっけなく答えるソーマ。ぷいっと背を向け、それ以上こちらに目を向けようとはしなかった。

 さすがにまだ慣れてはくれないなと思いながら、ベルトのホルダーからボールを外し取り出す。

 「それじゃ行くか。みんな、一度戻ってくれ」

 言葉と共にボールから放たれる赤い光線。光は4人を包み込み、それぞれのボールへと戻っていった。

 「よし…」呟いて歩き出す。目指す先は萌えもんセンターのすぐ隣、ハナダジム。

 

 

 

 - ハナダジム -

 

 

 大型の競技用プールを改造したこのジムは、プールがバトルフィールドそのものとなっている。トレーナーはスタート台を指揮台とし、萌えもんはプールに浮かべられた浮島の上で戦うということになる。

 それは陸上生活をしている萌えもんにとって最も不利な条件で戦うということ。加えて、カスミの愛用する萌えもん達は全て水中の活動を得意とする水タイプ。多くの挑戦者にとって圧倒的に不利な条件でのジム戦に、彼女が駆け出しトレーナーの壁…デススターと呼ばれ恐れられているのも頷ける。

 「…こんなところでバトルするのか」

 「こんなところとは、ご挨拶ね」

 どこか可愛げの残る明るい女性の声に呼びかけられる。その口調には、どこか挑発的なものを孕んでいた。ダイヤが振り向いた先には、スポーツウエアを羽織り、内には白い競泳水着を着た山吹色の短髪の女性が佇んでいた。

 「あなた、チャレンジャーかしら?」

 「ああ。えっと、あんたは…」

 「ジムリーダーのカスミよ。ようこそ、『こんなところ』のハナダジムへ」

 強調されてようやく、自分が失言していたことに気付くダイヤ。この鈍感さはどこからきたものだろうか…。

 「あ…わ、悪い」

 「いいわよ別に。うちのジムを初めて見た初心者サンは、だいたいがそう思うもの」

 嘲笑うように言い捨てるカスミ。その言動と表情は、明らかにダイヤを見下している。そんな彼女の言葉に、ダイヤは少し苛立ちを覚えた。

 曲がりなりにもマサラタウンでオーキド博士のセミナーを受けていたし、ニビシティではタケシに勝利してグレーバッジも手に入れている。

 相性の差でこちらが不利だとしても、そう簡単に負けやしない…。そんな勝手な自信が、彼の胸中には存在していた。

 「…ジム戦、受け付けてくれるか?」

 「勇み足ね。ま、いいわ。受けてあげる」

 「よっしゃ。それじゃ、いくぜ…!」

 互いにプールの飛び込み台に立ち、手に持ったボールを突き出しあう。それが、バトルの合図であった。

 「手厚い歓迎してあげましょ。さぁ、お願いねマイ・スタディ!スターミー!!」

 「はーい!アタシにおっまかせぇい☆」

 青紫の、裾の尖ったワンピースを身にまとう少女が勢い良く飛び出してきた。黄色の髪は肩に当たらないぐらいのツインテールにまとめられ、髪留めには中央に赤い宝玉の入った星型のアクセサリーが付けられている。

 浮島に降り立った彼女は、まるでアイドルのように可愛らしくポージングを決めて見せた。中々に、目立ちたがりのようだ。

 「スターミー、か…」

 「さぁさぁ、アタシの相手はだぁれっかなぁー?」

 「…最初っから全力で当たるしかないよな。ノア、頼むぞ!」

 「はいッ!…きゃっ、うわっ…!」

 勇んで飛び出してきたのはノア。だが浮島に降り立った途端、水上足場である浮島のバランスの悪さに驚き、ふらつきへたり込んでしまった。

 「あらあら、そんな調子で大丈夫かしら?見たところ炎タイプ…相性の悪いその子じゃ、プールに落ちたらそれだけでマトモに戦えなくなっちゃうかも」

 「クッ…ノア、気を付けろ!」

 「は、はいッ!」

 なんとかバランスを保ち、立ち上がるノア。その様子を、カスミとスターミーは余裕で眺めていた。

 「先行はあげるわ。好きに攻撃してきてみなさい」

 「馬鹿にしやがって…!ノア、火の粉だッ!」

 ダイヤの指示と共に手から放たれた火の粉がスターミーを襲う。が、相手のスターミーは余裕の笑みを崩さぬままに右手を前へ突き出すだけだった。

 「スターミー、バブル光線」

 「はーいっ☆」

 高速で放たれた泡の連射が火の粉に直撃し、すべて相殺する。否、その威力はそれ以上だった。

 相殺された水蒸気を突き破り、ノア目掛けてバブル光線が一直線に襲い掛かってきた。

 「――ッ!?」

 来る。そう分かった時には遅かった。高速で向かってくる水の泡を防ぐ間もなく、ノアに直撃した。爆発が巻き上がり、ノアの小さな身体は為す術もなくプールサイドへ吹き飛ばされていった。

 「…う、そだろ…!?ノア…!!」

 返事もなく眼を回して倒れるノア。その姿を見て、ダイヤは愕然とした。相手からの技が、相性による効果が抜群だということもあるとはいえ、マグマラシへと進化したノアがたった一撃でノックアウトされるなど思いも寄らなかったのだ。

 「くっ…!戻れノア!」

 悔しそうにノアをボールへと戻す。すぐさま腰に戻し、次のボールを手に取った。…とは言え、ノアで一撃で倒された時点で打つ手が無いに等しいようなものだったのだが。

 「…サーシャッ!!」

 「はぁ…了解ですよ」

 焦りの含まれたダイヤの声にやや気落ちしながら、サーシャが飛び出す。勝敗は目に見えている。相対する全員がそれを理解していたのだが。

 「ふーん…馬鹿にされてるのかそれしか手持ちを用意してなかったのか、理解に苦しむところね。まぁいいわ。…スターミー」

 カスミが一言、彼女の名前を呼ぶだけで指示は通っていた。突き出されたスターミーの小さな掌から、再度バブル光線が撃ち放たれる。

 既に相手の行動を予測して身構えていたサーシャは即座に防御の構えを取るが、スターミーのバブル光線はガードを易々と突き破りサーシャを吹き飛ばした。

 自分の足元で倒れ込み目を回すサーシャの姿を見て、ダイヤはさらに戦慄する。

 「…ま、まだだ!メルア!!」

 サーシャを戻しながら、今度はメルアを呼び出す。三つめのボールから、勢いよく黄色い少女が飛び出してきた。

 「むんっ!」

 「気を付けろメルア…。強いぞ…!」

 「あら、ちゃんと対抗策用意してるんじゃないの。ま、どこまでやれるか見物ってことね」

 キッと、カスミとスターミーを睨み付けるダイヤとメルア。敗北覚悟で挑んだにしても、なんとか一矢は報いたい…ただそう思うのみだった。

 「メルア、電気ショック!」

 「スターミー、バブル光線」

 重なる二人のトレーナーの声。それに合わせ、メルアのふわふわの綿毛が帯電し真っ直ぐにスターミーへ直進する。対するスターミーも、突き出した掌から虹色に煌めくバブル光線をメルアに狙いを定めて発射した。

 プールの中央でぶつかり合い、爆ぜる両者の攻撃。その煙を突き破り、バブル光線がメルアに襲い掛かる。先ほどの…ノアとのバトルと全く同じ様相だ。

 「――ッ!メルア、ガードだ!!」

 「ふぇっ…ぅきゃああぁっ!!」

 咄嗟に頭を抱えるように防御の姿勢をとったメルア。直撃と共にプールサイドへ吹き飛ばされはしたが、なんとか起き上がる。どうにか、あの一撃にも耐えられたようだ。

 「あらー、やるねぇお嬢ちゃん。カスミー、耐えられちゃったよ?」

 「関係ないわ。止めよ」

 「容赦しないねぇ。ま、悪く思わないでよねー」

 悪びれもせずに可愛らしい表情で言い放つスターミー。その手から再度、メルアに向けてバブル光線が発射された。

 「メルアッ!!」

 「――……ふぇ…?」

 ダイヤの言葉が届いた時には、もう遅かった。

 七色の光線のように高速で撃ち放たれた泡は、一瞬でメルアの眼前へと迫り、飲み込んで炸裂した。

 水飛沫とともに、黄色い身体が吹き飛ばされる。プールサイドに打ち付けられ、小さな身体は目を回しながら力なく倒れていた。

 手持ち全滅。挑戦者ダイヤの敗北である。

 「メルア…!くそ……俺の、負けか…」

 「ふん、さっさと帰んなさい」

 カスミの辛辣な言葉を受けながら、ダイヤは小さな三つのボールを抱えて、萌えもんセンターへと駆け出していった。

 



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第5話『戦慄のブルー・スター』 -2-

 

 

 「くっそー、強ぇー…」

 センターの机に突っ伏しながら、ダイヤが呻く。強敵であることは理解しているつもりだったが、ここまで手も足も出ないとは思いもしなかったのだ。

 「全員ほぼ一撃、かぁ…」

 「大丈夫ですご主人様!私たちはもう回復も終わりましたし、また挑戦できますよ!」

 「それに、いまのままじゃダメでもまた近くにすむ子たちにきたえてもらえばいいもんねっ!」

 「戦略も洗い直しましょう。相手は強いですし、ニビジム以上に此方には不利な状況が揃っています。なんとかそれを覆しませんと」

 ダイヤを励ますように、ノア、メルア、サーシャが其々の案を出す。元々一戦目は当たって砕ける心算だったのだ。敗北を反省し、次に活かすべきなのはダイヤ自身も分かっていた。

 俯いたまま小さく深呼吸し、また強い笑顔で起き上がる。

 「…サンキュ、みんな。よっしゃ、それじゃ一先ず近くの草むらで鍛えに行くか!」

 ダイヤの掛け声に、三者三様の肯定を見せる。その返事に嬉しくなりながら、メルアの頭にポンと手を乗せる。

 「特にメルア、今回のジム戦はタイプ相性が良くてあのスターミーの攻撃を耐えられたお前が重要だもんな。ちょっと厳しく鍛えていくけど、頑張れるな?」

 「うん、もっちろん!メルがんばるよ、マスターっ!」

 「おう、期待してるぜ!」

 フワフワの頭をわしわしと撫で回す。くすぐったそうに「やぁーん」と笑うメルアは、 ただただ無邪気に喜んでいた。

 トレーナーと萌えもんの仲が良いという、とかく微笑ましい光景。そこに異を唱える者は、誰も居なかった。

 (……仲良きことは、美しきこと。じゃが…美しいものが常に、万事において正しいとは限らぬ。

 …こやつらはまだ、そのようなことも解らぬか)

 

 

 彼らは挑んだ。

 やられては回復し、鍛え直し、戦略を見直し、何度も何度も。

 だが、それでも勝てなかった。

 ある時は水中から翻弄され、ある時はスターミーの持つ多種多様な攻撃に対し為す術もなく、何度戦っても…何を試しても敗北を繰り返している。

 …気付はダイヤたち、もう一週間はハナダの街に滞在することになってしまっていた。

 そして、通算20回目の敗北を打ち付けられた時…。

 「クソォッ…!なんでだ…なんで、勝てない…ッ!!」

 プールサイドに拳を打ち付けるダイヤ。悔しさだけが延々と募っているのは、誰の目から見ても明らかだった。

 そんな少年の姿を嘲るように、カスミが冷たい声をかける。

 「…はぁ。もうこれ以上挑戦されても迷惑だし、いい加減教えてあげるわ。

 貴方と私の、決定的な差を」

 「…決定的な、差…!?」

 「――貴方の戦いには、”信念”が無いのよ」

 突き付けられた言葉。それは、『信念』という曖昧にして強固なる言葉だった。

 「信、念…?」

 「そう。ポリシーと言ってもいいかもね。因みに私の信念は、私が信愛する水タイプの萌えもん達で、攻めて攻めて攻めまくる…。そして水使いの頂点を目指すこと。

 最も種族数、個体数が多いとされる水タイプだからこそ、究める価値がある…。私は、そう思ってる」

 カスミの真っ直ぐな強い言葉を、ダイヤはただただ聴いていた。傾聴と言うには不十分過ぎる、そこに彼自身の意識があるのか解らぬような顔つきで。

 カスミはただ淡々と、相対する少年に冷たく問いかける。

 「貴方はその心に、一体何を固めて戦っているの?どんな信念を以て、その萌えもん達を戦わせてるの?」

 「俺は…何、を……」

 分からない。分からなかった。分かりようが、なかった。

 少年の心には固めているものなど無く、目標も、信念も、なにも見えていない中でただなんとなく歩いてきたのだ。

 それは、誰もが自分の足で歩きだしたからには、遅かれ早かれいつかはぶつかる壁だった。

 中にはそんなものにぶつかる事もなく進むものもいるだろう。ぶつかる前から逃げるものも、また同様にいるだろう。

 ダイヤの悲しくも愚かだったところは、そんな壁があることにすら気付けなかったことにあるのかもしれない。

 「信念が無いから、貴方との戦いには重みが無い。前向きに攻めているのか、後向きに逃げているのか、それすらも曖昧。

 …ホントつまらないわ、貴方。同じマサラタウン出身なら、私に勝ったロイっていうヤツの方がよっぽど重かった」

 敢えてダイヤと同郷の少年の名を挙げるカスミ。だが、ダイヤ自身は彼女の言葉になんの反応を示すことはなかった。

 「……帰りなさい。貴方の萌えもん、回復させてあげないとね」

 その言葉を聞き、ようやっと立ち上がりのろのろと歩き出した。その足取りに、覇気は感じられなかった。

 「…珍しくキビシーこと言うじゃんカスミ。もしかして、惚れちゃった?」

 「はぁ?ありえないし。あんなの惚れるどころか、眼中にすらないわ」

 「まぁ、今のままじゃーねぇー」

 「そんなどうでもいいことより、スターミー。あんたこそ手加減してんじゃないの?他のはともかく、あのメリープに何回耐えられたと思ってんのよ。今回なんか、倒すのに3回も攻撃してるのよ?」

 「それこそまさかよ。アタシはいつだって全力。アンタと同じものを見てる以上、手を緩めることはしないわ。

 …あれだけ耐えられたのは、間違いなくあの子の持つポテンシャルよ」

 その言葉だけは、表情を固めて言い切ったスターミー。彼女にそのような顔をされては、カスミもそこだけは認めざるを得なかった。

 「…ま、ここで折れるようじゃそこまでの、いつものトレーナーに過ぎなかったってことネ☆」

 真面目に固めた顔から、いつもの明るい作り笑顔に戻るスターミー。

 この明るい笑顔で繰り出される多彩にして怒涛の攻め。挑戦者たちをなぎ倒す彼女らの姿こそ、【ハナダのデススター】と言う異名を生み出しているのである。

 

 

 

 - ハナダシティ:萌えもんセンター -

 

 壁際の一席に、一人の少年が座っている。今は赤い帽子とジャケットを外し、これまでは見せたことのない…ただただ神妙な面持ちで、座していた。

 いつもとは違う、ピリピリとした空気。威圧感のようなものが、この一席を支配していた。

 「…ご、ご主人様!わ、私たちなら大丈夫です。もう回復も済みましたし、今度こそ…」

 「……いや、今日はもういい。休もう…」

 なんとか声を発したノアに対し、表情を変えず、目を合わせようともせず呟くように答えた。

 「じゃっ、じゃあまたトレーニングしよっ!次はメル、もおっとがんばるから――」

 「…ぅッさい!俺が休めって言ってんだ!つべこべ言わずに休んでろよッ!!」

 「ご、ご主人様…!?」

 「大体メルア、毎回頑張る頑張るって言いながら、結局いつも何もできずに倒されてるじゃないかッ!!ノアやサーシャは相性不利があるけど、お前は…ッ!!」

 ついに、荒げた言葉が出てきてしまった。一度放たれた言葉は、まるで栓を切ったように続けざまに飛び出してきてしまう。

 それはメルアにとって初めての、そして想定外の怒りと罵倒。あろうことか彼女の主たる少年は、これまでの敗北の責を彼女に転嫁してしまったのだ。それが度重なる苛立ちから来るものなのか、それとも本心から来る故意かどうかは、この際どうでもいい。

 その心無い言葉を受けて、彼女はついに、その小さな顔をくしゃくしゃに崩してしまったのだから。

 「…ぅ…ふぇ…うぇええええええええん!!!」

 「マスター!貴方なんて事を!!」

 「泣くなよッ!泣きたいのはどっちだと思ってんだッ!!鍛えても、策を作っても、結局――」

 泣き喚くメルアと当り散らすようにがなり立てるダイヤ。サーシャの諌めも、今は何の効果も為さなかった。

 そんな時ダイヤの視界に飛び込んできたのは、白銀の塊…ソーマ渾身の体当たり、だった。

 顔にめり込み窓へ押し飛ばされるダイヤ。テーブルの上に立ったソーマは、彼を見下すように冷たい目で見据えていた。

 「……糞喧しい。頭を冷やせぃこの餓鬼が」

 「ソーマ、手前ェ…!」

 「なんじゃ、今度は盾にもならずに傍観しておる妾を責める気かぇ?役立たず、穀潰し、邪魔者、そう言って罵り蔑む気かぇ。

 構わんぞ。そういう扱いを受けることには慣れておる。お主のような癇癪を立てる餓鬼の放つ罵詈雑言など、何の痛痒も感じぬわ」

 嘲笑いながら、見た目幼い少女が言い放つ。

 「カスミの言うとおりじゃわぃ。信念無き者が為せることなど、なにもありゃあせんわ。ましてや自分の為に、自分に代わって戦う者たちの痛みも分からんようではのぅ」

 「………ッ!」

 ソーマの言葉を受けて、ダイヤはようやく、改めてみんなの顔を見回した。

 そこにいつもの笑顔はなく、恐れや怒り、悲しみに支配されていた。彼自身の身勝手のせいで起こした、負の感情。

 そんなことに今更気付いたダイヤは、思わず逃げるようにその場から走り出した。

 「マスター!待ちなさい!!」

 「よせよせ。イジケた糞餓鬼に、お主がキレたところでどうにもならんわぃ。捨て置けよ」

 「で、ですが…!」

 ソーマの冷たい言葉に思わず狼狽えてしまうサーシャ。果たしてどうするのが正しいのか、彼女には分からなかった。

 「ひっく…えぐっ…ごめん…ごめん、なさい……」

 「メルちゃん…大丈夫、大丈夫だから…」

 喚き声は止まったものの、未だ涙を流し鼻をすすり続けるメルア。ノアはただ、そんな彼女を慰めようと必死だった。

 「いつまでもベソかいておるでないわ。あんな糞餓鬼の下になど、居り続けても仕方なかろうて」

 「…ぐすっ…そんな…そんなこと、ないよぉ…!」

 ソーマの言葉を否定するように、涙ながらにメルアが異を唱える。

 「ますたぁも…ノアも、サーシャも…みんな、いっぱいがんばってた…。だから…だから、メルも…メルも……だいすきな、みんなのために……。

 ……でも、でもますたぁ…メルのこと、きらいになっちゃったの、かなぁ……。ぅ、ぇええええぇぇ…」

 言いたくなかったことを言ったのか、またも泣き出すメルア。そんな彼女の頭を、優しくノアが撫でていく。

 その顔に先ほどまでの必死さはなく、小さな決意を秘めた、強く優しい顔に代わっていた。

 「…大丈夫。ご主人様が、メルちゃんを嫌いになる訳なんか、ない。だって、私はメルちゃんをゲットした時のご主人様の姿を、よく覚えてるもの。だから、大丈夫」

 優しい笑顔をメルアに向ける。いつか自分が、そうしてもらったように。

 「サーシャ、ソーマ、メルちゃんの事をお願いします」

 「ノア…どうするつもりですか?」

 「一人で鍛えに行ってきます。今私が出来るのは、それだけだもの」

 それだけ言い残して、センターから走り出すノア。前に言われた言葉…『鍛えたりなきゃ、鍛えるだけ』という言葉を、愚直に実行するだけだった。

 「…分からんのぅ。なんであんな餓鬼に、そこまでしてやる義理があるんじゃ」

 「そうですね…。確かに、理解に苦しむとは思います」

 「ほう、意見があったのう」

 「ですね。…でも、行動はあなたと合わないと思います。私も、ちょっとばかし鍛えに行ってきますよ」

 「何故じゃサーシャ。お主もあの阿呆の行動にはほとほと面倒がっておったじゃろうに」

 ソーマの言葉に、思わず溜め息をつくサーシャ。彼女の出した答えは、思った以上に簡単なものだった。

 「放っておけないからですよ。マスターも、ノアも、もちろんメルちゃんも…。危なっかしくて見てられないからです。だから、私も強くならないと」

 「メルもいくっ!!」

 サーシャが小さな決意を固めた時、横からメルアも声を張り上げた。その眼にはまだ涙が滲み、顔は赤くなっていたが、キッとした強い顔に変わっていた。

 「マスター、メルを頼りにしてくれたんだもん…。もっと、マスターやみんなのおやくにたちたい…!マスターと、みんなと、笑ってたい…!」

 そんなメルアの手を両手でキュッと握り、サーシャもまた笑顔で返した。

 「…ノアのところ、行きましょう」

 「うんっ!!」

 そうして二人、手を繋ぎながらセンターを後にする。残されたのは、ソーマただ一人となった。

 「……随分とまぁ、手厚い信頼を持っとるようじゃのぅ。まるで………」

 そこまで呟いて、思わず首を振る。何かを思い出そうとして、思わずそれを払拭するかのように。

 溜め息を一つ吐いて腰かける。そこに、桃色の作業着を着た女性、ジョーイが声をかけてきた。

 「みんな、良い娘たちね」

 「…騒がしくて済まぬな。迷惑をかける」

 「よくある事よ。特に、この街じゃあね。

 ジムに挑んで何度も負けて、嫌になって萌えもん達に当り散らす。ここじゃ見慣れた光景よ」

 「くくくっ…さすがは、【ハナダのデススター】と言ったところか」

 笑いながらそう返す。対面するジョーイは、普段の受付の時と何ら変わらぬ優しい顔のままだった。

 きっと、そうやって喧嘩別れしてきたトレーナーたちを何人も見てきたのだろう。それらはすべてトレーナーと萌えもんの間での自由な出来事。よくある、些末な出来事に過ぎなかった。

 そして、ソーマもまたそのような出会いと別れを繰り返して今ここにいる。それを誰よりも理解しているのは、他でもないソーマだった。

 あの小僧もまた、この壁に打ちのめされて道を諦めてしまうのだろうか。しかし、彼の少年とそれに付き従う者たちの姿を目の当たりにし、その答えを出すのは早計ではないかとも思いはじめていた。

 「貴方も、自分のトレーナーともう少し器用に話が出来ればいいのにね」

 「ハッ、不器用者共の集まり、か。…まぁ、かもしれんのう」

 他愛ない、そこまでの話を終えて、ソーマも立ち上がり椅子から飛び降りた。

 「…さて、それじゃ妾も行くかのう」

 「行ってらっしゃい。萌えもんセンターは、24時間いつでも、傷付いた萌えもんやトレーナーの看護を受け付けてるからね」

 「昔から何度も世話になっておるでの。お主らジョーイには頭は上がらぬわ」

 軽口を叩いて、外に出ていく。今日も月は、眩しく夜を照らしていた。

 



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第5話『戦慄のブルー・スター』 -3-

 - 4番道路 -

 

 「まだまだ…!他に、相手になってくれる方はいませんか…!?」

 小さく息を切らしながら、ノアが草むらに向かって声を投げつける。だが、問いかけた草むらからは一切の返事も聞こえなかった。

 10回ほど戦っただけなのだが、もう野生の萌えもんの誰もがノアを避け、戦おうとはしない。そこに住まう者達が、彼女と戦うことを拒否しているのだ。その力量差を、本能で理解しているから。

 「どうして…!私は、もっと強くならなきゃいけないのに…ッ!」

 苛立ちに思わず歯軋りしてしまう。

 メンバーで唯一の進化態であるにも関わらず、カスミのスターミーを相手にした時は常に一撃で倒されてきた。相性と地形の悪さや力量差が大きく関係しているにしても、碌に回避も出来ぬまま吹き飛ばされては何一つ進歩が見られない。そんなことはもう許されないと、ノアはそう感じていた。

 「私は…もっと…!」

 「そんなに思い詰めても、良い結果は出ませんよ?」

 夜の草むらに響く、聞き慣れた声。思わず振り返ると、そこにはやれやれといった顔でサーシャが佇んでいた。その後ろには、メルアもいる。

 「サーシャ…メルちゃん…どうしてここに?」

 「ノアが一人で行くもんだから、心配になって私たちも来ちゃいました。それに、ね」

 そう言ってメルアの背中を軽く叩くサーシャ。彼女に押されて、メルアが小さく前へ出た。

 「メルも、つよくなる…。マスターのお役に、たちたいもんっ…」

 「こう言ってますし。私だって、負けっぱなしは癪ですしね」

 二人の言葉を受け、ノアの心に僅かながらも力が湧く。だが、直面している現実はそう軟なものではない事も知っていた。

 「ありがとう、二人とも…。でも…本当に、これで良いんでしょうか…。

 私たちの行いは、想いは…ご主人様にとって、重荷になってるんじゃないでしょうか…」

 思わず、焦りと迷いを吐露してしまうノア。それもまた、サーシャとメルアにとっては初めてぶつけられる想いだった。

 「…ご主人様は、最初、私を強くしてくれると約束してくれました。私はそれが嬉しかった。私は…いつも、迷ってばかりだったから。

 二人と出会い、【みんなの力】で強くなった。私自身も進化して、【自分の力】でも強くなった。私たちはそうやって…戦う度に、仲間を得る度に強くなれる。そうやって、約束を果たしてくれている。

 …だから私は、強くなった力で戦い、勝つことで、ご主人様にその恩返しをしたい。なのに…それが、ご主人様にとって重さになってるんじゃないでしょうか…。…私たちに、囚われ過ぎて…」

 自身が主であるトレーナーに対し自分が感じたもの、所謂直感を語るノア。それが正しいのかどうか、サーシャもメルアも分からなかった。肯定も否定も、行うにはまだ付き合いが短かすぎる。

 その場の誰もが口を開こうとしなかったその静寂に、一人の少年の声が割り込んできた。

 「…考え過ぎじゃねぇか?あの馬鹿が、そんなこと思ってるワケねぇと思うけどよ」

 「!?貴方は…!」

 3人の前に現れたのは、茶髪の尖った髪が特徴的な少年、ダイヤの幼馴染であり同時期に旅に出たマサラタウンのトレーナー、ロイだ。

 すかさず臨戦態勢をとるノアとサーシャ。メルアも顔を強張らせて、敵意に似た感情を露わにしていた。そんな姿を見てロイは、溜め息と共に後ろ髪をガシガシとかき回した。

 「よせよ、ヤル気はねぇ。たまたま見かけただけなのに、コイツがうるさくてよ…」

 言いながらボールを一つ放り投げる。光と共に飛び出したのは、見覚えのない萌えもんだった。

 青を基調とした服や髪に、赤と黄色が入り混じっている。その『彼』は、嬉しそうにノアへと駆け寄った。

 「ひーちゃん、久しぶりだね!その姿、やっぱりひーちゃんも進化してたんだ!」

 「その声…兄さんですか!?」

 「そうだよ!へへっ、俺も進化したんだ」

 嬉しそうに言葉をかけた彼こそは、ロイのパートナーであるワニノコが進化した姿、アリゲイツだった。

 よく見てみれば、確かにワニノコだったころの面影も残っている。が、ノアにとって一番意外だったのは、道を違えたと思い込んでいた慕っていた兄貴分が以前と変わらぬ気さくさで自分と接してきたことだった。

 「に、兄さん…!あ、あの、私たちは、その…敵同士に、なったんじゃ…」

 「…え、そうだったの?俺はてっきり、良きライバルになれたもんだと思ってたんだけど…」

 二人の間に僅かに訪れる沈黙。そしてアリゲイツの言葉の意味を理解した瞬間、ノアは脱力してしまった。

 「な、なぁんだぁ…。私、てっきり…もう兄さんと、こんな風に話せるなんて思ってなくって…」

 「そそっかしいのは変わってないね、ひーちゃん。…ま、君らの状況はあまり良いものじゃなさそうだけどね」

 そう言いながらサーシャとメルアにも視線を回す。たったそれだけで、彼はノア達の置かれた状況を察していた。一息置いて口を開いたのは、ロイだった。

 「ジムリーダーに負けて、ダイヤの奴はイラついてどっかに行って、か。ガキの頃のまんまだぜアイツ」

 大きく溜め息を放つロイ。幼馴染である彼は知っていたのだ。ダイヤが、どういう人間かを。

 「ガキの頃のまま、って…」

 「そのまんまの意味だよ。辛いことや嫌なことが積もり積もると、逃げるようにどっかへ行くんだ。

 マサラに居た頃は、大体いつも21番水道に通じてる柵の向こうでしょぼくれてたがな」

 懐かしむ素振りも見せず、ロイは淡々と語る。良い思い出、とは言えそうにない雰囲気でもあった。

 「…でもロイさん、マスターはそんなこと考えてないっていったよね。なんで…?」

 メルアからの問いに、また溜め息一つ。語るのも面倒という感じではあったが、自分で考えろと突き放すことも出来なかった。

 「……アイツがそうなるのは、何時だって『好きで始めたことで壁にぶつかった時』だからな」

 「壁に、ぶつかった時…」

 「アイツは馬鹿だからな。ぶつかった時はとにかく悩まなきゃ気が済まない。優柔不断なんだよ」

 悪口のように言い放つ。だがそんなロイの言葉が、ノア達3人には沁み渡るように届いていった。

 我らが主は自分たちを見捨てたのではない。自分自身に嫌気が差した訳でもない。彼自身もまた未熟だから、迷い悩んでいただけなのだと。

 ならば…それならば…。

 「ロイさん」

 「あン?」

 ノアの呼ぶ声に、気怠げな返事をするロイ。

 だが、彼を見据える三つの目線を見た時に、彼の中でスイッチが切り替わる感覚が走った。

 「手合せ、してください。私は…もっと、強くなりたい」

 「メルも!もうメルのせいで、マスターをこまらせたくないの!」

 「この先どんな選択をするかはマスター次第です。ですが、前へ進む選択をした時に私がマスターの枷になるようではいけないですからね」

 相対する三人の眼には、発せられたその声には、強い闘志が秘められていた。それに、思わず揺さぶられてしまった。

 「アリゲイツ、やれるか?」

 「もちろん。サントアンヌ号の到着まで、まだ一週間あるしね」

 「よし。じゃあ、ボコるぞ」

 「…大人げないなぁ。相手は女の子たちだよ?」

 「強くなりたいって言ったのは向こうだ。一度二度倒れるようじゃ、話にならねぇだろ」

 辛辣とも取れるロイの言葉を、いつものことのように肩を竦めて受け取り、戦う構えをとるアリゲイツ。この二人もまた、ここまでの旅で確実に関係を深めてきたのだろう。

 ロイ自身が持つ強さと、それに付き従う萌えもん達の強さ。彼らが新人の壁と言われたハナダジムを突破できたのも理解できた。

 故に、今この時に聞いておかなければならないと、ノアは思った。

 「…一つだけ教えてもらっても良いですか?」

 「なんだよ。強さの秘訣とか鍛え方とか、そういうのなら遠慮するぜ」

 元よりそんな事を聞くつもりはない。これはノアが…否、三人が知るべき、もっと大まかにして確固たるもの。

 「ロイさん…。貴方の『信念』って、なんですか?」

 質問が予想外だったのか、ロイの顔が一瞬驚きに変わる。が、すぐにその顔は強く固いものに変わっていた。

 開かれた口から出た言葉はあまりにも単純で、それでいてあまりにも壮大なものだった。

 

 「――【最強】だ」

 

 

 

 

 - ゴールデンボールブリッジ -

 

 ハナダシティより北にある、豊かな水を湛える川の両岸を繋ぐ橋。週に一回、金の珠を賭けてトレーナー達が戦い合うバトルスポットだ。その卑猥じみた名前は、何処の誰が呼び始めたのかは定かではない。

 だが今は夜。月の光だけでなく、橋灯も優しい明りを点している。橋に日中の喧騒はなく、川の流れる音と草木の揺れる音が静かに響いていた。時折ホーホーの鳴き声も、小さく聞こえてくる。

 そんな静かな橋の欄干に、ダイヤが一人肘をついて川の方を眺めていた。

 「…何やってんだろうなぁ、俺」

 誰に聞かせるわけでもなく、何処に届かせたいでもなく、ただ呟く。深い夜の闇へ、放った言葉を消してしまいたいのかもしれない。

 「みんなの気持ちを、あんな風に踏みにじったりして…」

 思い返す。自分が言うべきでない言葉を放った時の、みんなから向けられた目を。

 …悲しみを孕んだ、恐怖の目を。

 「……俺、ホント駄目だなぁ……」

 自責の言葉に出し、思わず頭を突っ伏す。どれだけ悔やんでも足りない。悪いのは、自分自身なのだから。

 せっかく自分を慕ってくれたのに、自分なんかの仲間になってくれたのに、自分でそれを突き放した事実に、取り返しのつかない後悔だけが思考を支配している。

 それを引き戻したのは、最近になって聞くことになった新しい仲間の声だった。

 「…なんじゃ、こんな処でイジケておったのか。そうやって現実逃避か?この屁垂れめが」

 「ソーマ…?なんだよ…休んでろって言っただろ」

 「休んでおるとも。夜風を当たる場所まで、お主に決められる筋合いはないぞぇ?」

 「……勝手にしろ」

 「おぉ、勝手にするとも」

 それだけ言いあって、ソーマもまた欄干にもたれかかるように座りこむ。先ほどまでの静寂が、戻ってきた。

 何十秒か、はたまた何分か。幾分かの時間が経った時、ダイヤの口から声が漏れた。

 「……何も、言わないんだな」

 「何か言って欲しいのか?」

 「………分からない。でも、言ってくれた方が…責めてくれた方が、楽なんじゃないかって…。みんなも……俺も……」

 ポツリポツリと、零れ落ちるように出てくるダイヤの言葉。情けなく女々しい言葉を、ソーマは別段顔を向けようともしなかった。だが、決して彼の言葉を遮ることもなく聴いていた。

 彼女が言葉を発したのは、ダイヤが言葉を出し終えた後だった。

 「あやつ等は何も言わんよ。あやつ等は、お主の事を本心から信頼しとるからのぅ。幸せ者め」

 「……信頼なんか、重いだけだ」

 「…そうじゃな。信頼は重い。多くの時を懸け、小さく小さく積み上げていく。だというのに、それが崩れ去るのはあまりにも呆気なく、刹那の出来事じゃ。そして…それに気付く時には全てが手遅れになっておるのも世の常じゃのう」

 ソーマの言葉は、どこか哀しかった。彼女についてダイヤ自身は何も知らない。なのに、語られる全てが彼女の歩んできた道ではないかと思わせる…そんな説得力があった。

 「…よく、知ってんのな」

 「伊達に長く生きとらんわ、小童めが」

 どちらともなく、小さな笑い声が響いた。やや乾いている力無いものだとしても、それは確かに笑い声だ。

 「…お主は優しい。じゃがあまりにも不器用で、臆病者じゃ。信頼が瓦解することの恐怖…それに伴う苦痛に、耐えきれなんだのじゃろうな」

 「そうだな…俺は、臆病者だ。みんなには何度も痛い思いをさせてるのに…俺は、ただ見ているだけで…。その上、自分の力不足をみんなに当たるような真似して…。

 あの時…俺が馬鹿みたいにキレちまった時、みんなの顔を見て思ったんだ…。こんなことして…俺は、何がしたいんだろうって…」

 自責の伴う独白が続く。それはただの言い訳なのだろうが、弱音を誰かに話すことは自分と向き合うことに他ならない。

 ソーマはただじっと、先ほどと変わらずにダイヤの言葉を聴き続けていた。

 「…本当に優しいのだな、坊は。じゃがな、優しいだけでは何も掴むことは出来ん。名誉も、栄光も、…絆でさえも、な。

 坊、お主はもう少し気楽に考えよ。ヒトはそう簡単に変われぬし、独りで出来ることには限りがある。その少ない選択肢から選んだ最良の妥協なぞ、如何程の価値がある?

 …大事なのは、最良の選択…『どうすべきか』ではない。自分自身の心に沿った希望…『どうしたいか』だと、妾は思っておる」

 「俺が、どうしたいか…」

 ソーマの言葉を反芻するように呟いて大きく一息つく。少し冷たい夜風が、身体に染み渡るようだった。

 「情けないよなぁ…ウジウジ悩んでさ。下手に考えたって、何か見つかる訳じゃないのは分かってるはずなんだけど、なぁ。

 でも、ま…ありがとうな、ソーマ」

 まだぎこちないものの、精一杯の感謝と笑顔を向けるダイヤ。横目でその顔を見たソーマは、すぐにフイッと顔を逸らすのだった。

 「フン…。妾に感謝するぐらいなら、お主を慕うあやつ等に応えてみせろよ」

 「だな…。俺に足りないもの…【信念】、か…」

 今度はカスミから突き付けられたものを思い返す。ソーマの言葉の通りに、自分が何をしたいかを考えてみても何も思い浮かばない。まず出てくるものは、ノアとサーシャとメルア、三人に対してなんて謝ろうかと思うぐらいだった。

 またも大きな溜め息一つ。悩んで答えは出ないと分かっているものの、悩まずにはいられなかった。

 「まったく、阿呆めが」

 「そうは言ってもなぁ…。……ん、なんだアレ?」

 橋灯の光に照らされる川面を見ると、何かが流れていた。明るい碧緑色の藻のようなモノから覗く青肌色。瞬間的に理解した。アレは――

 「…萌えもん!?やべぇ、助けなきゃッ!!」

 「お、おい坊!」

 思わずジャケットを脱ぎ捨て、欄干から川へと飛び込むダイヤ。夜の川は気温と共に水温も下がっており、流石に冷たかった。

 「冷って…!水タイプじゃなかったら、こんな中に居たらたまんねぇぞ…!おい!大丈夫か!?」

 必死で泳ぎながら碧緑色の萌えもんに近付いていく。

 なんとか傍に付け、相手の腋の下に身体を入れる。その瞬間、ダイヤの肩に鋭い痛みが走った。

 「痛ッ…!?こいつ、刃があるのか…。あぁもう、ったく…!」

 思った以上に大きな身体を支えながら、ゆっくりと橋へ泳ぐ。萌えもん一人を抱えたまま泳ぐのはどうにも無理があり、ダイヤ自身も溺れそうになっていた。

 「坊ッ!えぇい、世話が焼ける…!」

 欄干から覗き込むソーマの顔にも焦りが生じる。ミイラ取りがミイラになるという言葉の通り、このままではあの萌えもんだけでなくダイヤまで溺れ死ぬ恐れがあるのだ。

 しかも周囲には誰も居ない。ジョーイやジュンサーを呼びに行こうにも、自分の足の遅さを考えればそんな暇はなかった。

 「…神頼みはガラではないのじゃがのぅ…!」

 呟いて、右手の指を立てる。そしてその指を小さく数回振り、ダイヤへと振り下ろした。次の瞬間、ソーマの袖の部分から二本の緑の蔓がダイヤへと伸びていった。

 「ハッ…妾もまだ捨てたもんじゃないか。坊、そいつに掴まれぃ!!」

 「ソーマ…お前、それ…!?」

 「あとで説明してやるわい!早よぅせんか戯けが!!」

 訳も分からずに怒られたものの、今は一先ず助け綱。片方は隣の萌えもんの身体に巻き付け、余った方は手に巻いて握りしめた。強度に不安があるが、この際贅沢は言えない。

 「い、いいぞソーマ…!あとはどうすれば…」

 「簡単じゃ。無事を祈れ!全身全霊でなッ!!」

 「…えっ、えっ?」

 ダイヤからの返答を待たずに、再度指を振るソーマ。振り下ろした瞬間、彼女の指先に強いエネルギーが収束し破壊光線となって撃ち放たれた。

 危険を察し、思わず狙いをダイヤから川面へ変更。爆発と共にダイヤと肩に背負っていた萌えもんが一緒に吹き飛ばされた。

 「う、うぉあああああ!!?」

 放物線を描き川から橋へと逆戻りする。ソーマから伸びていた蔓も、途中で切れて落ちた。そしてドォンと大きな音を立てて、二人が橋へと落下した。

 「坊、無事か!?」

 「いってぇぇぇぇぇ…!死ぬかと思ったぁ…。…そうだ、あの萌えもんは!?」

 すぐに周りを見回し、隣で気を失っている萌えもんに気付く。顔色は青ざめているものの、その胸は上下に小さく動いていた。息がある証拠だ。

 碧緑の髪に、やや角ばった顔。身体の大きさや筋肉からしてもこの萌えもんがオスだと言うことが判る。何よりも特徴的なのが、両手を形成している大きな鎌状の刃だった。

 「…珍妙じゃな。こんなところに、ストライクが居るとは…」

 「ストライク…?」

 「虫タイプの萌えもんじゃな。一息吐いたら図鑑で確認すればよかろう。それよりも先に…」

 「あぁ、センターだな…!」

 今度は刃で切らないように、再度腋の下に身体を入れて持ち上げる。川の水に濡れたストライクの身体は、水中よりも遥かに重かった。

 歩き出して数分、ハナダシティ側の橋の袂に付いた。ここまで来ればもう少し…安堵したその時、ダイヤ達の前へ二つの黒い影が遮ってきた。

 夜の闇に紛れていたその影には、胸に大きく赤いRの文字がプリントされている。それを見た瞬間、思わず顔が固まってしまった。

 なんでこんな時に…。ダイヤはただ、そう思うだけだった。

 「…獲物みーっけ」

 「トゲピーとストライクか。こりゃ結構旨いな」

 嫌な笑いをしながら、二人の男…ロケット団の団員が近づいてくる。オツキミ山で会った相手とは違う、最初からこちらを標的にした動きだ。

 

 …今のダイヤ達に、戦う術はない――

 

 

 

第5話 了

 




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(メリープ ♀)
        サーシャ(サンド ♀)
        ソーマ(トゲピー ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、睨みつける、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:メリープ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:体当たり、鳴き声、電磁波、電気ショック
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンド(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:連続切り、砂かけ、スピードスター、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲピー(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:指を降る、あくび、悪巧み
 所持道具:無し


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第6話『Believe Your Justice』 -1-

 突き当たったものは巨大な水壁。突き付けられたものは甘過ぎた認識。
 少年は悩み、少女たちはもがく。己が心底を、見つける為に。
 思うが侭に何を為す。壁を前にし、悪意を前にし、愚者は何を信じて進むのか。



 

 夜のゴールデンボールブリッジ。そのハナダシティ側の袂で、ダイヤとソーマは黒服の男たち…ロケット団の団員と対峙していた。

 「なんだってこんな時に…!」

 思わずボヤく。こっちは足元に居るソーマだけで、意識の無い野生のストライクを肩に背負っている。しかもダイヤ自身は、隣のストライクを助けるために川に飛び込んでずぶ濡れ、しかもその鋭利な腕でついてしまった切り傷もある。

 対する相手は万全な状態の二人…そこに所持萌えもんも居るから、あらゆる状況を鑑みても圧倒的に不利なのは明白だった。

 思わず息を呑むダイヤ。なんでもいい、どんな手段でも構わないから、打開の方法を思考する。しかし、彼のアタマはそう上手く出来ていない。最初に出した行動は、おおよそ不可能なものであった。

 「…な、なぁ、頼むよ。コイツさっきまで溺れてて、気を失ってるんだ…。すぐにセンターへ行って、回復させてやらないと…。だから、この場は…」

 「見逃してくれ、ってか?やーだねー」

 やっぱりか。と、思わず歯軋りする。元より和解が成立するとは思ってない。万が一を考えての事だったが、やはり出来るわけがなかった。

 相手はにやけた笑みを続けながら、腰から取り出したボールを放る。飛び出してきたのは、どちらもオツキミ山洞窟で出会った萌えもん、アーボとズバットだ。

 「ソーマ…さっきのスゲェ技、まだ出来るか?」

 あの技…【破壊光線】の威力なら、この危機も突破できる。そう考えたのだが、ソーマから返ってきたのは絶望的にも近い言葉だった。

 「…無理じゃろうな」

 「な、なんで…!」

 「そもそも妾が使った技は【指を振る】。ありとあらゆる技をランダムで発動させる技じゃ。狙って使うことは出来ん。

 最初使った時は運良く【蔓のムチ】を発動できたが、次の【破壊光線】は良い意味での予想外じゃった。本当なら【サイコキネシス】でお主等を持ち上げるのが理想だったのじゃが、のぅ…」

 「分の悪すぎる博打ってことか…」

 忌々しげに相手を睨み付けるダイヤ。こんなにも無力な自分が、今は只々辛かった。

 ノアが、サーシャが、メルアが、今までどれだけ自分の力になっていたのか…気付くには遅かったのかもしれないが、それでも求めずにはいられなかった。

 「…ん、よく見たらお前…オツキミ山で仕事を邪魔してくれたガキ、だよなぁ?」

 片方の、アーボのトレーナーであるロケット団員が問いかける。ダイヤは身構えながら、とりあえず首肯で返した。

 「それはそれは、だなぁ。…ここで意趣返ししてやってもいいが、折角だ。選ばせてやるよ」

 「…なにを?」

 ダイヤの質問に対し、団員の一人は下卑た笑みを絶やさないままに右手の指を三つ立てながら言葉を続ける。

 「一つ目。ここで俺たちにボコボコにされて、泣きながら家族のところに帰る。

 二つ目。そのトゲピーとストライクを渡して、そいつらの事を全部忘れて早々にこの場を立ち去る。

 そして三つ目。そいつらや手持ちと共に、俺たちロケット団の一員に加わる。

 どうだ、簡単な三択だろう?」

 思わず、血の気が引いた。

 眼前の男が示した三択…一つ目は肉体的に相当痛めつけられるのだろうと分かる。二つ目は自分としてそんなモノを選びたくはなかった。

 だが最後の三つ目は、誰も傷付かない代わりに、自分が皆と悪の道に進むというもの。この場を万事において平穏無事にやり過ごすというなら、これはある意味理想的な選択だ。だが、それすらも悩みの種として少年の思考を混沌へと叩き落としていった。

 そんな彼の姿を見て、ソーマは小さく微笑んだ。まるで、諦めのような笑みを。

 「…坊、構わん。妾とそやつを置いて、此処を去れ」

 「ソーマ!?お前、なんでそんな…!」

 「流れ者と流され者を渡せば、お主らはまた旅が出来るのじゃろう?ならば、簡単ではないか。

 こんな処で、余計な軋轢に関わってる暇など無かろうて」

 「まぁそれが賢明かもなぁ。お前っていう戦力になりそうなトレーナーが居ないのは残念だけど、こっちはそれでも良いしなー」

 「上手いこと言うねぇ、流石俺らは悪の組織の一員ってヤツかぁ?ハハハハハ!」

 ソーマの言葉は、何も間違ってはいなかった。間違っていないはずだ。関係の薄い二人を、目の前の連中に渡せばそれで済む。それだけのことだ。そのはずなのに…。

 (俺…どうすりゃいいんだよ…どうすりゃ…!)

 思わず目を閉じる。瞬間、彼の脳裏に何かがフラッシュバックしだした。それはいつかの記憶、想い出――。

 

 

 『んもーダイヤってば…なんでアンタが泣いてんのよ』

 『だって…だって…』

 『だって、なぁに?』

 『だって…あいつら、ロイをいじめてたんだもん…!』

 『そう…ロイくん、ダイヤの友達だもんね。でも、一緒になって喧嘩してたくせに…ロイくんは泣いてないのに、なんでアンタは泣くかなぁ?』

 『グスッ…だって、たたかれるの…いたかったから…』

 『よしよし、そうだねー。叩かれるのは痛いもんねぇ。…でも、叩かれるって分かっててロイくんを助けに行ったんだよね?』

 『……ぅん……』

 『えらいね、ダイヤ。立派だよ。でも、別にダイヤが痛い思いをしなきゃいけないってこと、ないんだよ?』

 『…でも、でも…ぼく…』

 

 

 『……【せーぎのみかた】に、なりたいんだもん……!』

 

 

 

 思わず目を開く。なんでこんな時に、こんな事を思い出すんだろう。だけど…

 「……俺が、やりたいこと……」

 だけど今、彼の目にはそれが、ハッキリと視えていた。

 「いい加減決まったか?決まらねぇんなら、実力行使で行かせてもらうぜ?」

 「よせぃ、妾達がそっちへ行って――」

 「ソーマ、戻れッ!」

 不意に、その場の全ての言葉を遮ってダイヤが叫んだ。空いていた左手には、ソーマのボールが握られている。

 「なッ…おい坊ッ!?」

 言うが早いか、赤い光の線がソーマを包みボールへと引き戻した。すぐに小型化し、腰のホルダーへ仕舞い込む。

 その一連の動作を見送った時、ロケット団員たちの顔から下卑た笑顔が消え、険しさを孕んだ硬い表情に変わっていた。

 「…どうやら、痛めつけられなきゃ分からないようだな。泣いてママんとこに帰りな!」

 「痛めつけられても…もし泣いたとしても…!こいつ等は俺が守り抜く!それが、俺のやりたいことだ…ッ!」

 「正義の味方気取りかよ!クソガキがッ!!」

 襲い掛かるアーボとズバット。二つの敵意がダイヤに向かって牙を剥いている。

 思わず担いでいたストライクを地面に下ろし、ボールホルダーも下にして、その上に覆い被さるように背を向けた。今出来ることは、それしかなかったから。

 カッコつけたのに結局はこの程度か、と内心情けなく思う。だが少なくとも、この選択に後悔はなかった。どれだけ痛めつけられれば諦めてくれるだろうか…そう思った瞬間だった。

 「いったれサンダース、10万ボルトや!!」

 「っしゃあ!食らいやがれぇッ!!」

 電撃が闇を走り、ズバットへと直撃。小さな身体はそのまま痺れ落ちて目を回す。ダイヤがそれを認識した時、既に眼前には一人の青年が間に割り込んでいた。

 黄色く尖った髪に、逆立った髪色の上着と白いスラックス。長身でスマートな身体は、いかにも素早そうに見える。その頭からは、髪と同じ色の鋭く伸びた耳が生えていた。

 「な、なんだてめぇ…!」

 「遅いぜ!もう一発くれてやる!」

 言うが早いか、帯電した身体からもう一度10万ボルトが放たれる。狙われたアーボはそれを躱す間もなく直撃。一撃でノックアウトさせられた。

 「まだ続けるか?何が出てこようともマッハで痺れさせてやるけどよ」

 挑発的な笑みを浮かべながら萌えもんの青年…サンダースが自信満々に問いかける。

 一気に形勢を逆転された団員達は、この状況を不利と悟ったのか、忌々しそうに歯軋りしながらも足早に撤収していった。下っ端らしい、鮮やかな逃げっぷりだ。

 夜の闇に消える二つの黒尽くめを見送りながら、サンダースが舌打ちする。その背後から、ジョウト訛りの男が軽く拍手しながら寄ってきた。男の後ろには、薄紫色のワンピースを纏い、同じ髪色のショートヘアの女性が佇んでいる。頭からは大きめの三角形の耳が生え、額には赤い宝玉。ワンピースの後ろからは二股に分かれた尻尾がゆらゆらと揺れていた。

 「なーんだ、呆気ねぇの」

 「えぇてえぇて。よぉやったで、お疲れさんやサンダース」

 「貴方、だいじょうぶー?」

 「…あ、あんた達は…!?」

 思わず身体を反対に返し、その背に気を失ったストライクとソーマの入ったボールを庇おうと構えるダイヤ。

 眼前の男たちは何者なのか…そう考える中で、ほんの少しだけ、先日オツキミ山で出会った理科系の男の気持ちが分かったような気がした。

 未知のモノに対する警戒心。それは無くしてはいけないものだったのだ。特にこんな状況になったからこそ、研ぎ澄まされてしまう。

 「そんな警戒せんといてぇな。ワイはマサキ。この先の岬に住んでるモンや。んで、こいつ等がワイの萌えもん。サンダースとエーフィや」

 黄色い方…サンダースは気さくな笑顔で手を振り、薄紫の方…エーフィは優しい笑顔でお辞儀した。少なくとも、ロケット団の連中とは違って見えた。

 「…ありがとう、ございます。でも、マサキさん…どうして俺たちを助けに…?」

 「うちのエーフィな、エスパータイプなもんで結構危機察知能力ってのが強いんや。丁度キミらがそれにヒットしたっちゅうワケやな。そしたらサンダースのヤツが連れてけってゴネよるさかい連れて来たったらこの通りや。いやぁ良かった良かった」

 カラカラと笑いながらうちの子自慢なのかよく分からない理由を語るマサキ。だが一先ずは確信できた。この人は、間違いなく悪い人間ではないと。

 ホッとしたその瞬間、ダイヤの身体から力の全てが抜ける感覚が走った。背後で気を失ったままのストライクにもたれかかる様に倒れ込んでしまう。

 自己紹介、感謝の言葉、マサキの話に対する返答…とにかく何かしようとしたものの身体は一切の自由を失ってしまっている。橋灯の輝きに映る景色はボヤけ、フラフラと歪んでいた。

 『坊ッ!!おいこら!何をしておるかこの阿呆ッ!!』

 ソーマの怒号に対しても、頭の中でそんなに怒るなよと思うだけで、言葉として何も返せなかった。

 やがて、その視界は真っ暗に暗転した。

 「お、おいキミ!大丈夫かいな!!」

 「あらあら…マサキ兄様、早くセンターへ運ばないといけない、わね」

 「ニンゲンはニンゲン同士で頼むぜ。俺はこのデカい虫を運ぶからよ」

 「あぁもうしゃあないなぁ…。ワイは頭脳派なんやし、そこまでするつもりはなかったんやけどなぁ…っこらせぇ!」

 なんとか勢いをつけて身体でダイヤを持ち上げるマサキ。16歳のダイヤとさほど変わらぬその細い身体では、なんとか支えて運ぶのが精一杯のようだ。

 その隣では、サンダースがストライクを簡単に起こしている。さすが、普通の人間より地の力は強いようだ。

 「あぁー!重いー!他のヤツらも連れてくれば良かったぁー!手伝えやサンダースぅー!」

 「そっちよりこっちの方が絶対重たいからお断りだ」

 「貴方は、私が、ねー♪」

 ボールに入ったままエーフィに持ち上げられながら、ふてくされるように溜め息をつくソーマ。一先ず難は逃れたにしろ、逆に多くの問題を抱え込んでしまったと考えてしまう。

 偶然とはいえ、ロケット団と出会うのは2度目。それでも言い成りになっていれば、彼が今後進む道に大きな害とはならなかっただろう。否、それ以前に川を流れる見ず知らずの…生きてるかも怪しい者を何故自分を顧みず助けに飛び込んだのか。そのようなトラブルの源など捨て置けば良かったのだ。

 だと言うのに…

 『……なんで、お主はそれを選んだのじゃ……』

 不満と疑問が思わず口に出る。…まるで、何かに囚われているように。

 



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第6話『Believe Your Justice』 -2-

 

 - 萌えもんセンター -

 虚ろな意識の中、誰かが自分を呼んでいるような気がする。毎日呼ばれて、話をして、声を聴いて。少し前までは聞いたこともなかったのに、今ではすっかり聞き慣れてしまった声が――。

 「ご主人様!しっかりしてください!ご主人様ぁ!!」

 「……ぁ、ノア…か?」

 視界が正常に戻っていく。光が差し込み鮮明になった眼には、ノアの顔が真っ先に入ってきた。視野が拡がるとともにすぐ隣にメルアが、一歩離れたところにサーシャの姿も確認できる。

 思考がままならないまま、ゆっくりと上体だけ起こした。その時身体に重みを感じたのは、メルアがしがみ付くように抱き付いていたからだ。

 彼女の顔は、最後に見た時と同じく涙で濡れていた。

 「メルア…サーシャ…。…あれ、俺…?――痛っ…!?」

 「マスター!だいじょうぶ!?ねぇねぇっ!!」

 「ちょ、ちょっと待ってメルア。痛い大丈夫じゃない。大丈夫じゃ……」

 そこで気付いた。自分がどこで、何をやっていたのかを。

 「ソーマは!?あのストライクは!?あの後、どうなった!?」

 「…それを聞きたいのはこっちの方ですマスター。貴方、一体何をしていたんですか?」

 「それは、もちろん話す!それよりもソーマたちは…!」

 「……喧しい。此処に居るわぃ、阿呆」

 背後から呼びかけられる声。変わらぬ不機嫌そうな顔で、背もたれの上にソーマが座っていた。

 「ソーマ、無事だったか!良かった…!それで、アイツは…」

 「此処で療養中じゃ。それよか坊、言わねばならぬ事があるんじゃないかぇ?」

 言われて周りを見回すと、やはりまた周囲の目が痛い。心配そうに涙を浮かべたメルア、眼鏡の奥に責めるような視線を向けるサーシャ、そしてその両方を併せているような…しかしうまく読み取れない目を向けているノア。

 其々の思惑を感じながら、そのあまりの重圧に言葉に詰まってしまう。何を言うべきか悩んだ結果、出て来た言葉は実に間抜けなものだった。

 「…あー…おはようみんな。その…いま、何時?」

 「夜の10時21分ですマスター。おはようと言うよりおやすみの時間ですね」

 「正確な回答ありがとうサーシャ。…さて、何処から話したもんか」

 一際大きな溜め息を放つ。切った肩がまだ少し痛むが、気になるほどじゃない。ダイヤはゆっくりと、口を開いた。

 「北の橋で夜風に当たってたら、川の中で気を失ってる萌えもんを見つけたんだ。何度か言ってた、ストライクな。そいつを助けに川へ飛び込んだは良いが、一緒になって溺れそうになった。そんなところをソーマが助けてくれた。

 …で、センターまで帰ろうとしたところにロケット団の連中が現れて、マサキさんたちに危ないところを助けてもらった…だったか」

 うろ覚えでここまでの経緯を話す。掻い摘んでいるが、大丈夫だろう。

 「そうだ、マサキさんは?」

 「お主を運んで腰をいわしたーとかほざいて帰って行きよったわ」

 「そっか…悪いことしちまったな」

 当然のようにマサキを気遣うダイヤ。顔に何枚も貼られた絆創膏や、頭や肩へ巻かれた包帯、湿布の数々を知らないと見える。

 それを見て、メルアが心配を率直に声に出す。

 「ねぇマスター…マスターは、だいじょうぶなの…?」

 「あぁ、今は大丈夫だ。さっきはちょっと痛かったが、もう平気。痛くない」

 「念の為、もう一度検査を受けた方が良いんじゃないですか?」

 「大丈夫だって。自分の身体は自分が一番分かってるんだし、これぐらいイイだろ?」

 あまりにも普通に、笑いながら返答するダイヤ。その言葉はとても軽々しく、薄っぺらいもののように思えた。この一言を境に、ただ一人沈黙を守っていたノアが、ついに爆発した。

 「良くありませんッ!ご主人様、自分の身体を何だと思ってるんですかッ!!」

 「の、ノア!?」

 後ろ髪が赤熱し、小さい尾部と共に大きく燃え広がっている。それはマグマラシ種の特徴の一つで、感情の高ぶりによって起こるものだ。

 サーシャもメルアも、さしものダイヤでも瞬時に広がるこの熱で察した。ノアは今、本気で怒っているのだと。

 叫びと共に上げた顔、その眼には大粒の涙が浮かんでいた。

 「ご主人様、言ったじゃないですか…!独りじゃないと…支えあおうと…!なのに…それなのにご主人様は、私たちに支えさせてもくれない…!!

 それでもし、ご主人様の身に何かあったら…私は……どう、したら……」

 只々感情を吐露していく中で、徐々にノアの炎が収まっていく。それと反比例して、涙は止め処なく溢れていた。

 鼻をすすり、肩を上下させながら、それでも喚くことはせず、耐えるように涙を流す。彼女がどれだけ少年の身を案じていたか、想像するに容易いものだ。

 その思いを、素直な感情を受けて、ダイヤは優しくノアの頭に手を乗せた。優しく、出来るだけ柔らかく、その頭を撫でてやる。

 「…悪い、ノア。それにみんなも。心配、かけちまった。

 確かにあの時、川で流れてたヤツを見て見ぬフリするも出来た。ロケット団に絡まれた時も、放って逃げることも出来たかもしれない。もっと上手く回避する方法も、あったかもしれない…。

 でも、その…確かに後先考えてなかったけど…上手く言えないけど俺、『やりたかった』からやったんだ。川へ飛び込んで助けたのも、ソーマとあのストライクを守ろうとしたのも、全部」

 全員の顔を見ながら、ゆっくりと吐き出すように語るダイヤ。素直な気持ちを受け取ったからか、彼自身も素直な気持ちを返しているに過ぎない。だが誰も、顔を逸らしたり目を背けたりする者はいなかった。

 「まぁでも、結局はソーマやマサキさんに助けてもらったんだけどな。我ながら情けねぇよ、はは」

 自嘲気味た言葉を聞き、「…だったら」と、ノアが口を開く。

 「だったら私が、ご主人様が出来ないことを補います。ご主人様に戦う力が無いと言うのなら、私がご主人様の、『力』になります」

 強く意志を固めた顔で、ノアが言う。その表情には、一切の迷いも何も感じることは出来なかった。

 ダイヤはそう言ってくれたことが嬉しくなり、返事の代わりにもう一度ノアの頭を撫で回す。ただ内心で、その言葉が嘘ではないことを信じながら。

 「…いい加減寝るか。明日はどうするか、また朝から考えなきゃな」

 言ってボールを取り出そうとした時、メルアがその腕にしがみ付いてきた。思わぬ行動で戸惑うダイヤに対し、俯きながら発した彼女の言葉は…

 「…メル、マスターといっしょにねたい」というモノだった。

 「………えっ、えぇっ!?め、メルア?その、それは――」

 「マスターだけじゃないよ。ノアともサーシャともソーマとも…今日はみんなでいっしょにねたいの」

 「そ、そうか…」

 思わず胸を撫で下ろすダイヤ。いくら相手が萌えもんで、精神的にも肉体的にも幼いとはいえ…否、それ故に事案発生する可能性だって無きにしも非ず。

 ほんの僅かにでも邪な感情を抱いたのは紛れもない事実であり、その事を他のみんなは察してしまっていたようで…。

 「残念ですねぇマスター。メルちゃんと2人一緒に寝れなくて」

 「恰好を付けたと思ったら直ぐコレか。全く雄と言うイキモノは、下半身に脳味噌があっていかんのう。おぉ怖い怖い」

 「………不潔です、ご主人様」

 「ち、ちげーってばぁ!!あぁもう俺は寝る!一緒に寝たきゃ勝手に入ってこい!」

 不貞腐れながら共同寝室に入り、空いてる布団に潜り込む。すると少し間をおいて、四つの重みと体温が布団に加わってきた。なんだかんだ言いながらちゃんと入ってくるあたり、みんな現金だ。

 …しかし、その温もりは少しばかり嬉しくもあった。

 

 

 ――前言撤回。

 「……暑い。狭い。重苦しい」

 「我慢せぃ阿呆。自分で言ったんじゃろうが」

 一つの簡易ベッドに都合5人。中央にダイヤがいて、その両隣にはノアとメルア。メルアの隣にはサーシャがいて、ソーマはダイヤの腹の上に陣取っていた。

 小さなベッドのキャパシティをオーバーしているこの状況。横に居る者は、そこから落ちないようにとにかく密着しているのだから困り者だ。

 その上、少し動くだけでベッドが軋んでいる。幻聴じゃない。間違いなくギシギシ音がしてる。

 「えへへ、みんないっしょー♪」

 (――ち、近い!近い、です…!)

 「…ノア、ごめん。熱量下げて」

 「ごっ、ごごごごめんなさい…!な、なんとか努力します…!」

 「あとサーシャさん、首筋に冷たく鋭いモノが当たってるんですけど…」

 「当ててるんですよ。マスターがおいたしないように」

 「この状況でんなことしませんよ…。寝てる間に間違って掻っ捌くとか止めてねホント」

 軽口を叩きながら溜め息のような深呼吸をする。他のベッドから寝息が聞こえなかったからか、おそらくこの部屋には自分たちしかいない…そう思った。

 ともなると広いとはいえ個室状態だ。そんな心のゆとりからか、無言の静寂の中でダイヤがぼんやりと小さな声を発した。

 「…なぁ、みんな。……『正義』って、なんだろうな」

 「…なんですかマスター、藪から棒に」

 「いや、なんとなく…な」

 思い返すは先ほどの、ロケット団との戦いの出来事。彼は覚えていた。あの時…二人を守ろうとしたときに言われた一言を。

 「『正義の味方気取り』…か」

 「…なんじゃ坊、そんな戯言を思い出しておったのか」

 「なんか、な…」

 「戯言って…えと、何があったんですかご主人様…?」

 「んー…ロケット団の奴らに襲われた時にそんなこと言われたんだ。まぁ、それでこの様だけどなぁ」

 ノアの問いに自嘲気味の笑顔で答えるダイヤ。その肩にしっかりと巻かれた包帯は、彼女の眼前にある。

 大したことはないと言う風ではあるが、やはり少し悲しくなってしまう。そこで口を噤んでしまった時、次いでメルアが話しかけた。

 「マスターって、せーぎのみかたなの?」

 「どーだろーな。でも、似合わないよなそんなの」

 「そんなことないよー。せーぎのみかたはカッコイイものでしょ?マスターはカッコイイもん」

 「なんじゃその理屈は…。そんな甘っちょろいモノじゃないんじゃぞぇ?」

 「格好良さだけでなれるものではありませんしね。漠然としたものは、とても難しいものです」

 「むー、サーシャもソーマもいじわるぅ…」

 サーシャとソーマからの辛辣な指摘に、不満げに頬を膨らませるメルア。ダイヤ自身も、そんなものは分不相応だと思っている。

 一時の衝動と幼い頃に眺めた夢を胸に封じ、どこか物懐かしさを感じながら目を閉じる。もう、こんなことでみんなの迷惑にならぬようにと。

 だったのだが…

 「……でも、それがご主人様の、『やりたかったこと』なんですよね?」…と、左側から声がした。

 「ノア…?」

 声に合わせて顔を向ける。すぐ隣にあるノアの目線と、即座に絡み合った。暗くて顔色までは分からなかったが、彼女の目は、ただ真っ直ぐだった。

 真っ直ぐに、ダイヤを見据えていた。

 「本当に『やりたかったこと』なら、心置きなくやってください。目指したいのならば、目指してください。さっきも言いましたが…私はどこまでもお供します。ご主人様の、力になります」

 「なんで…そこまで言ってくれるんだ、ノア?」

 「……私は、ご主人様に感謝してます。私を支えてくれた、強くしてくれた…私のただ一人のトレーナーで、ご主人様です…。

 だから…私は、ご主人様の力になると決めました。本当についさっき固めた決意…けど、この思いに一切の嘘はありません。私を…ご主人様の力にしてください。

 …ただ、ご主人様がご迷惑でなければ、ですが…」

 ノアの言葉が、沁み渡る様に広がっていく。こんなにも自分の為に言ってくれるなんて思いもしなかった。

 心身の成長と共にいつしか周りに気を使うようになってしまった臆病者の彼が、何かを思い出し掴もうとしている。そこへ放たれたノアの言葉は、最後の一歩を踏み出せない彼の心を、そっと支え押してくれるような優しい強さがあった。

 「………いいのかな。俺が…俺みたいなのが、『正義』を語っても…。それを…目指していっても…。俺…なにも出来ないってのに…」

 「メル、むつかしいことはよく分からないけど…マスターがやりたいことなら、お手伝いしたいって思ってるよ?」

 「私も、言わずもがなです」

 「はぁ…仕方ない人ですね、マスターは。別に貴方が何を指標にしようが勝手ですが、そういう事をするのであれば、もっと自分の身体に気を使うべきです。でないと、心配するのはこっちなんですから」

 三者三様。だが共通していた答え。彼女たちは皆、彼の正義に力を貸そうと言うのだった。

 自分の馬鹿みたいな夢を、愚かしい望みを共に分かちあい力を貸してくれる者達がいる。そのことが、ダイヤにとって只々喜ばしかった。

 歓喜に叫ぶわけでもなく、咽び泣くわけでもなく…だがしかし、その心には確実に火が灯っている。返答は小さく、ただありがとうと言うだけだったのだが、それが聴けただけでもノア達も嬉しく思うのだった。

 「…あとは、俺の信念か…」

 「今更何を言っておる。既に坊にもあるではないか、信念が」

 「え…ど、どういうことだ、ソーマ?」

 ソーマの呟きに驚きを隠せないダイヤ。こちらへ振り返ったソーマの目は少し気怠そうではあったが、普段の自信満々な表情だった。

 「坊、お主は誰かが感じる痛みに耐えられない。近しい者であれば、それは余計にじゃ。そしてお主は、それを助ける為に自らの身体を張る。傷付くことも厭わずにな。

 お主は優しい。そして、お主が望んだ『正義』は、その優しさから生まれるものじゃ。

 自己犠牲を是とする訳ではないが…坊のその優しさは、その『正義』は、誇るべき信念と言っても良いと、妾は思うがのぉ」

 「俺の『正義』が…俺の、信念…?」

 「お似合いです、ご主人様」

 「マスター、本当にせーぎのみかたになるんだねっ」

 「まったく、変な人間にお付き合いする羽目になったものです」

 「面白いではないか。わざわざ正義の味方に為りに往くような阿呆とは、一生懸けても出会えるか分からんぞ?」

 4人の声が響きわたり、寝室が騒がしくなる。女三人寄れば姦しいとは言うが、4人になるとそれもまた一際だ。だが急に寝室の扉が開き、険しい笑顔の女性が入ってきた。

 ピンクのナース服を身にまとった女性で、腹部には大きなポケットがある。その中にはタマゴらしきものが入っていた。彼女も無論萌えもんであり、各センターのジョーイをサポートする、ラッキーだ。

 その姿を見た瞬間、ダイヤは危険を察してしまった。少なくとも自分はやましいこともやらしいこともやってはいない。いないの、だが――

 「……なん、でしょう?」

 「消灯時間は過ぎています。行為なしであれば同衾は一応認めていますが、あまりに騒がしいようでしたら叩き出しますよ?」

 「すっ、すいません、寝ます!ほらみんなも…!」

 とにかくそう言うのが精一杯だった。そんなダイヤ達の姿を一瞥し、ラッキーが立ち去っていく。

 ホッと一息撫で下ろし、改めて布団に横になる。周りのみんなの顔は、少し嬉しそうに綻んでいた。少なくとも、ダイヤはそう感じ取れた。

 「ふぅ…寝ようぜ、みんな」

 「ですね…。また怒られたくはないですし」

 「うん。みんな、おやすみっ」

 「また明日、ですね。マスター、ちゃんとご予定を決めておいてくださいね?」

 「了解だ。じゃ、おやすみ」

 一日の最後のあいさつを済ませ、皆が静かに目を閉じる。いくらか時間が経つと、一つ二つと寝息が聞こえてきた。

 思えば日中はジム戦を行い、夜はダイヤとソーマが川を流れるストライクを助け、ロケット団と遭遇。ノア達はロイに鍛えて貰っていた。色々おき過ぎた一日が終わると、皆が一様に心身を休めるのだった。

 翌日、今度は全員で新しい一歩を踏み出す為に…。

 



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第6話『Believe Your Justice』 -3-

 

 - ハナダジム -

 

 プールサイドで背伸びをするカスミ。その身体は水で濡れており、照明の明かりで光る身体からは薄らと上気していた。つい先ほどまで泳いでいたのだろう。

 傍らに置かれた大きなタオルを頭から被り、水気を取るように全身を拭いていく。すると、重い音を立ててフロントへと続いている扉が開かれた。

 「カスミさん、挑戦者です。…その、彼です」

 「…良いわ、通して」

 扉の向こうから、赤いジャケットと赤い帽子を付けた少年が歩いてくる。プールサイドの飛び込み台に立った彼の顔は、その眼は昨日よりも強くなっていた。

 相対する飛び込み台に立つカスミ。小さな変化ではあるものの、彼女の目は少年の変化をしっかりと見据えていた。

 「…案外懲りないのね、キミ」

 「俺もそう思ってる。…まぁでも、独りじゃきっと折れてたんだろうな」

 「ふぅん…何かあったのね。まぁいいわ、今日は今までよりもう少しは楽しませてくれるかしら」

 「どうかな。ただ、勝つ気だけは変わらずあるさ」

 真っ直ぐと伝える。ダイヤのその言葉を受けて、カスミが小さくフフッと笑った。

 持っているボールを放り投げる。軽快な音を立てて中から現れたのは、この一週間で何度も見てきた相手。カスミの手持ちであり相棒である萌えもん、スターミー。

 毎度のように可愛らしい決めポーズをとり愛想を振りまく様も、ダイヤ達にとっては見慣れた光景だ。そんな彼女の肩に軽く手を置き、カスミが言い放つ。

 「私たちも変わらず、今日も本気で叩きのめしてあげる。その代わりこの娘…スターミーを倒すことが出来たら、貴方に勝ちをあげるわ」

 「…ハンデってことか?」

 「ジムリーダーは相手の力量に合わせて手持ちを変えるもの。ハンデっていうより義務よ。でも私のスターミーは、私の手持ちの中じゃ一番強い。私とスターミーを打ち負かしてやっと、バッジ2個分の実力があるって認められるのよ」

 ジムリーダーの仕組みを改めて説明させられて、なるほどと納得するダイヤ。実際のところ詳しくは理解していない。が、それでも解かることは、自分たちが強くなるためにはカスミとスターミーを倒さなければいけないということだ。

 一足飛びでは強くなれない。自分一人ではみんなを鍛え上げるのも無理がある。一歩ずつ、山を登る様に強さを確かめる他ないのだ。

 焦ってはいけない。胸に秘めた信念をより強固に、確固たるものにする為に、ゆっくりでも前を向いて歩んでいくしかないのだから。

 「分かった。それじゃあ、ジム戦をよろしく頼む」

 「オッケー。そっちは何体で挑んでも良いわ。…返り討ちにしてあげるから」

 カスミとスターミー、二人の目が戦闘状態に移行する。毎日のように見てきたはずなのに、今日はその重圧がいつも以上に強く感じられた。

 (さて…)と、緊張を気取られないように深呼吸しながらボールに手をかける。技のや能力の再確認、戦闘プラン、一通りは考えたつもりだ。だがそれでも、どれだけ勝つ気が有っても勝てる確率は低いのが現実である。あれやこれやと思考が巡り巡り、そこでつい動きが止まってしまった。

 「どうしたのかしら。勝つ気が有ると言ったのは、ただのハッタリだった?やる気が無いんなら帰りなさい」

 カスミの罵倒に思わず歯軋りしてしまう。此処まで来てまだ踏ん切りがつかないのかと、尽く自分が情けなくなる。かといって、今まで通りのままでは玉砕するだけだ。それでは意味がない。

 控えているノア、サーシャ、メルアの3人もそれを理解している。だからこそ、何も言えなかった。自分たちの主の判断を信じ、それを待つだけだ。

 ――だからこそなのか、最初に声を上げたのは最後の一人だった。

 『ハァ…えぇぞ坊。構わず妾を出せ』

 「…良いんだな?」

 『今更斯様な小娘を相手に怖気づくモノか。…想像しろ。目の前にある壁を。己が何を為し、如何にすべきかの為にあの壁と向かい合うかを。

 アレがもし、お主の信念に叛する存在であれば…それがお主に牙を剥く時、如何するかを』

 「乗り越える…。打ち砕く…!」

 『それで良い。…だが、これだけは忘れるな。戦う以上、傷付き倒れゆくのは妾達じゃ。

 決して背くな。何があろうと見逃すな。お主が向ける想いは、あとの奴等の力になるでの』

 「あぁ、分かってる。俺が目を背けてみんなが泣くようじゃ、本末転倒だもんな。だけど――」

 ダイヤの言葉に耳を傾けるソーマ。問われた言葉は、あまりにも簡単で当然で…しかし彼女が失念していたことだった。

 「――俺の想いってヤツは、お前自身の力にもなるんだよな?」

 『…フンッ。往けぃ坊、お主の得たものを見せつけてやれ!』

 「あぁ、覚悟完了だ!ソーマ、行けぇッ!!」

 意を決してボールを投げる。先発に選んだ萌えもんとしてプールの浮島に現れたのは、ソーマだ。彼女の姿を見た時、カスミは一瞬怪訝な顔をしたもののすぐに蔑むような顔に変わった。

 「これまでは見なかった子ね。物量勝負に出るってことかしら?嘗められたもんね」

 「嘗めておるのは己の方じゃなかろうかぇ、この小娘が」

 開口一番、カスミを煽りはじめるソーマ。彼女の言葉に、カスミの顔もまた固まった。不敵な笑みを浮かべながら小さな胸を張り、まるで挑発するように言葉を重ねていく。

 「大体のぅ、ハナッから自分の有利なフィールドとハイスペックな萌えもんで勝負させて相手の心を折るほどにボッコボコにする。どこの初心者狩りじゃ賢しい雌餓鬼めが。

 そんな弱者ばかりをいたぶって、それで水タイプを究めるじゃと?思い上がりも甚だしいわ戯けが」

 「い、言いたい放題言ってくれるじゃない…!」

 「そーよそーよ!それに、真の強者はどんな相手にも全力で挑むものなのよッ!」

 「そうしてまた打ちのめしては悦に浸るんじゃな。見た目通り器も乳も小さい奴じゃのう。あぁアレか、『細ければ反れ』とかいう貧相な身体を強調する小手先の手段か?哀れを通り越して涙が出てくるわ」

 「ぐぐぐぅぅ~~…!ちょ、ちょっとアンタ!なんなのよその萌えもんはぁッ!!」

 「お、俺に言われてもなぁ…。まぁこういうヤツってことでさ」

 怒りで顔を紅潮させながら、カスミがダイヤに言い詰める。慌てながらそれがソーマの性格だと説明するも、ここまで怒らせてしまっては聞く耳持たないと言ったところだ。

 「ムッカツクわ…!そっちの挑戦に何度も何度も付き合ってやってるってのに、そうまで言われなきゃならないなんて…!!

 大体ね!胸は小さい方が水泳の時に邪魔にならなくていいのよ!!それに小さいのはステータス!希少価値なのよ!あんな脂肪の塊、こっちから願い下げだわ!!」

 「ほっほーぅ、聞いてもいないことをわざわざブチ撒けてくれるとは豪気よのぅ。じゃがその物言い、ただの貧乳コンプレックスにしか聞こえんぞ、ナイチチが」

 「…もう無理!!ブッ倒してやるわ!!スターミー、水中から徹底的にやっちゃいなさい!むしろ殺れッ!!」

 「はーい!カスミを怒らせるなんて、馬鹿なことしてくれるもんね!」

 そう言いながらプールの中へ潜るスターミー。ただでさえ水タイプなのだ、水中の活動は本領発揮というところだろう。

 実際ものの数十秒で、プールは小さく波打ちはじめ足場の浮島は不安定に揺れ始めた。ソーマはその小さな身体を踏んばらせ、なんとか揺れに耐えている状態だ。

 「ソーマ、本当にこれで――」

 「案ずるな坊。これでもう、無事に『積んだ』。あとは…」

 「あとは!?」

 右手の人差し指を立てながらダイヤの方へ振り向くソーマ。その顔は、まるで相対する少年が持っている本来の表情を映し出したような、ニカッとした強く明るい笑顔だった。

 「祈れ!…昨晩と同じようにな」

 「スターミー!水の波動ッ!!」

 「死角、貰った!!」

 水中、しかも背後からソーマに向けて放たれる波打つ水の波動弾。思わず振り返るものの、回避行動すらとれずに直撃し、大きな水飛沫が弾け飛んだ。

 「ソーマ!!」

 「一人目…!ったく、生意気言うからそうなるのよ…」

 「カーッカッカッカッ!…誰がどうなるじゃと?」

 水飛沫の中から声がする。先ほどまでと同じ、傲慢不遜の高笑い。飛沫が晴れた浮島に、ソーマの小さな身体が未だ五体満足で健在だった。彼女の周りには、薄緑色に輝く光の膜が張り巡らされていた。

 「――『守る』ッ!?そんな技どこで…!」

 「さぁさぁお立合いじゃ!次はどんな技が出るかのぅ!?」

 そう言いながら再度指を振る。だが次の瞬間、ソーマが小さくその場で飛び跳ねた。ただ、飛び跳ねただけだ。

 「「………え?」」

 ダイヤとカスミ、二人一緒に思考が消失する。彼女が行った技は、何も起こらない技である『はねる』だ。

 「すまぬ坊、ハズレを引いたわ」

 「お、俺の祈りはどこへッ!?」

 「祈りは天に届かなかったのぅ。カッカッカッ」

 「…そ、そんな…『指を振る』みたいな博打技で私たちと戦おうなんて…どこまでもコケにしてぇ…ッ!!スターミーッ!!」

 カスミの激昂と共に、もう一度水の波動が襲い掛かる。今度こそは回避もする暇なく、ソーマに直撃。天へと吹き飛ばされた。

 大ダメージに顔をしかめ、なんとか受け身をとる様に身体を動かす。だがその動きの鈍さで、あと一回技を発動するぐらいしか体力が持たないことを察していた。

 落下しながら思わずダイヤの方を向く。彼は、心配そうな顔を必死で押し殺し、唇を噛みながら…それでも落ち行く我が身から、目を背けたりはしなかった。

 (…愚直な奴め。やれやれまったく…そんな目で見られたら、応えたくなるではないか…!)

 なんとか指を動かすも、浮島に落下してしまう。流石に立てないか、と思いながら久方ぶりに自分の弱さに憤りを感じた。こんな小さな、非力な身体で…よくもまぁ皆に偉そうな事を言えたと、ほんの僅かに反省しながらカスミの方へ指を指して、倒れた。

 「ソーマ!大丈夫か…!?」

 「…もう立てんわい。さっさと戻せ坊。…最後の一発が来るでの」

 「?お、おう…」

 そう言って体力の尽きたソーマを自分の元へと戻す。その瞬間だった。

 轟音と共に、何処からともなく吹き荒ぶ極冷風。一瞬で視界を白く染め、やがてすぐに消え去った。

 「そ、ソーマ…お前何を…?」

 「祈りは天に通じた、と言ったところか…。大当たり、『吹雪』の発動じゃ」

 吹雪。氷タイプの技で最高の威力を誇る技。命中率はやや低いが当てることで相手を凍らせる追加効果を持つ。

 だが肝心の相手であるスターミーは水中を泳ぎまわっている。これでは効果はないと思うダイヤだったが、場の異変に気付いたのはカスミだった。

 「――…うそ」

 呆然と呟く。眼前に広がっていた光景は、普段のプールではなかった。

 プールの面積の半分以上…ダイヤ側の僅か4分の1を残して水面が完全に凍り付き、地続きとなっていたのだ。

 ようやくその事に気付いたダイヤも、思わず感嘆の声を漏らした。

 「すげぇ…こんなことが…」

 「なんで…ただの吹雪程度じゃ、ここまでは…!」

 驚愕するカスミの方へ向き、ダイヤに抱きかかえられながらニヤケ顔でその問いに答える。

 「気付かんかったのか?妾は既に、『悪巧み』を積んでおったのよ。その上妾の特性は『天の恵み』。威力も追加効果も倍乗せじゃ」

 「ち、『挑発』じゃなかったの…!?」

 「それを見抜かれては『悪巧み』とは言えんじゃて。やはりまだまだ、器の小さな餓鬼よのぅ。

 さぁ坊、お膳立ては済ませてやったぞ。…越えてこい」

 「…あぁ。休んでてくれソーマ」

 ようやく彼女をボールに誘い、小さくしてホルダーに収める。相対するカスミの下には、戸惑ったようにスターミーが戻ってきていた。

 「やられちゃったね、カスミ」

 「迂闊だった…ってのは言い訳かしらね」

 「そうね。迂闊の分はこの状況をどう生かすかで返してもらおうかしら」

 言葉少なに体勢を整えるカスミとスターミー。二人の、特にカスミの顔からは先ほどまでの表情変化が無くなっていた。

 僅かな時間で精神的動揺から戻りゆく様は、正しくジムリーダーの風格と言ったところだ。

 「ふぅ…。さぁ、かかってきなさい」

 「…まだ勝ったわけじゃないものな。サーシャ、頼むぜ!」

 「了解です!」

 次に出て来たのはサーシャ。ノアと共に相性は最悪なのだが、今この時は絶好の機会が訪れていると確信していた。

 それもそのはず。先日までは常に此方を悩ませ続けてきた不安定な浮島と絶対的な隔たりであるプールの水。それがこちらに有利な形で固まっているのだ。つまり…

 「足場がある今なら、普段と変わらず戦える…!サーシャ、スピードスター!」

 「この程度で勝った気になるのは大間違いよ!スターミー、バブル光線!」

 乱れ撃たれる星型光弾と虹色の泡光線。フィールドの中央でぶつかり合い、爆ぜる。

 衝突から一瞬の時を経て、サーシャに向かってバブル光線が襲い掛かってきた。サーシャの特殊攻撃力では、威力を殺しきれなかいのは明白。だが、何度となく倒れてきたダイヤもサーシャもその事は把握済みだった。

 「回避だッ!!」

 「分かってますッ!!」

 指示があるや否や、素早く真横に転がり回避するサーシャ。氷となったプールはよく滑るが、彼女の場合はその鋭利な爪がブレーキになってくれる。それが出来るだけでも、かなり動きやすかった。

 だが、あのスターミーの猛攻をすべて回避しながら一撃入れるのは、実際不可能だろうと考えていた。ダイヤも、サーシャ自身も。

 「…サーシャ、悪いが…」

 「悪いが、は不要です。…ソーマもやったんですもの。私だって、後続を有利にする為の布石にぐらいなりますよ」

 「…頼むな」

 「相性スピード共にこっちが有利!止め行きなさい!」

 「オッケー!速攻で終わらせてやるわ!」

 「サーシャ!岩石封じッ!!」

 「私の役目は、これでッ!!」

 水の波動が迫る中、両の拳を重ね合わせて氷に叩き付ける。その力は氷を地面として伝播し、足を止めて攻撃を放ったスターミーの真下へ伝わり岩石が突き上げた。

 同時に水の波動がサーシャに直撃、大きく吹き飛ばされてしまった。やはり一撃でノックアウトされ、目を回しながら足元に転がり込んできた彼女をすぐに抱きかかえ、速やかにボールへと戻す。

 「サンキュー、サーシャ…休んでてくれ」

 「その技…タケシの!今まで使わなかったくせに…!!」

 「こんなプールで使えるかってんだ…!」

 「フンッ…!だけど、そっちはもう駄目ね!残りで何が出来るというのかしら?」

 「勝ってみせるさ…!ノア!!」

 次のボールを取り出して投げる。3番手はノアだ。凍り付いて動かない浮島に乗り、闘志と共に髪を燃やしている。

 「行くぞノア!電光石火!!」

 「はいッ!」

 氷の上を走りながらその速度を高めていく。足場さえ安定していれば、得意のその速度が殺されることはないのだ。

 対する相手のスターミーは、岩石封じで現れた岩石で動きが遅くなっている。攻め入るには絶好のタイミングである。

 「くっ…隙間からバブル光線!迎撃よ!!」

 「遅いッ!」

 無理矢理に放たれたバブル光線を容易く回避し、隙をついて高速の体当たりを打ち付けた。

 スターミーの顔が痛みで歪む。何度も戦った中で、これが彼女に与えた初めてのまともなダメージなのだ。

 「よっしゃ、いった!!ノア、そのまま火炎車!!」

 「だあああああッ!!」

 密着したまま火力を高め、相手の背後の岩石へと突撃。そのまま弾けるように突き飛ばした。炎を纏い突撃する、ノアの新技である。

 「くそぉ!やってくれるじゃないの…!カスミ!!」

 「狼狽えるんじゃないわ!スターミー、足元に水の波動よ!!」

 「…なぁるほどね!これでッ!!」

 カスミの指示の意図を即座に察し、足元へ水の波動を放つ。攻撃で生じる爆発の瞬間、二人の足場となっている氷が砕け、共に沈没した。

 ノアは咄嗟に炎を引っ込めたものの、炎タイプが水中に落ちることはかなり大きなデメリットである。その状況に、今度はダイヤが対応しきれなかったのだ。

 その上相手はスターミー。本骨頂と言わんばかりに水中を縦横無尽に動き回り、瞬時にその照準をノアに合わせて再度バブル光線を撃ち放った。身動きの取れないままに直撃を受けたノアは、そのまま空いた穴から空へ吹き飛ばされ、氷の上で目を回し倒れるのだった。それを追うようにスターミーも飛び出し、カスミの下に戻っていく。

 「なあっ…ノア!戻れ!!」

 「ふぅ…オッケースターミー。よくやってくれたわ」

 「なんのなんの♪さっきの迂闊もこれでチャラね」

 「押し切れなかった…!なんで…!?」

 「調子に乗って火炎車なんか使うからよ。蒸発して溶けだした氷、利用させてもらったわ」

 「…あ、あぁっ…!」

 思わず頭を抱えてしまうダイヤ。少し考えてみれば幼子でも分かることだ。足場が氷なのだから、炎を浴びせれば融けてしまう。当然のことである。

 だがその当然をも忘れ去り、ついつい最高威力を狙ってしまったのだ。そんな些細な失態から形勢は逆転された。せっかくソーマとサーシャの作ってくれたチャンスを、棒に振ってしまったとも言える。

 そんな後悔でまた心が追いつめられてしまう。焦りで意識が支配されそうなその時、耳元に元気な声が聞こえてきた。

 『だいじょーぶだよマスター!最後まで、メルあきらめないから!がんばるから!だから、一緒につよくなろう!『せーぎのみかた』になろうっ!!』

 「………ははっ、そうだな。ありがとなメルア。――行くぜッ!」

 ボールから現れたのは、最後に残された手札であるメルア。彼女に託し、ダイヤ自身も気を抜かないように引き締める。

 カスミもまた、メルアの存在には注意していた。一撃で倒せないのはよく知っている。相手に反撃の機会を与えると、相性の問題でそれだけ手痛い反撃を食らう危険性もあるのだ。ただでさえ予想外のダメージを受けている。短期決戦が、間違いなく必要であろうと考えていた。

 「速攻で倒すわよスターミー!バブル光線!!」

 「メルア、電磁波で足を止めろ!!」

 バブル光線に合わせる形で、電磁波が足元を走る。相手をマヒさせることが出来ればその動きは圧倒的に制限できる。だが、スターミーはその素早さから容易に回避してしまった。

 逆に相手のバブル光線は直撃。メルアは大きく後ずさってしまう。…いや、倒れずに持ちこたえているだけ、その力は十分に上がっているとも言えた。だがカスミがその攻撃の手を緩めることはしなかった。

 「スターミー!サイコキネシス!!」

 「オッケイ!これで、どうかなぁっ!!」

 攻撃に移る間もなく強力な念力を直接ぶつけられ、メルアの身体が宙に浮く。そしてそのまま、プールの凍っていない部分に叩き落とされてしまった。

 「メルア!なんとか反撃だ、電気ショック!!」

 「くぅぅぅ…えぇーい!!」

 水面から放たれる電気ショック。走る電撃がスターミーを襲うが、それもまたあっさりと躱されてしまった。やはり、真っ当にやって当てるのは難しいのだ。

 「終わりにするわよ!倒れるまでバブル光線を撃ち込んでやりなさい!!」

 「えぇ!最後まで、手は抜かないわよ!!」

 そう言って、バブル光線を乱射するスターミー。詰めを甘くする必要はない。徹底的に、攻めて攻めて攻めまくる…。カスミの信念のに基づいた戦いを、スターミーもまた信じて戦っているのだ。

 だからこそ、信念無き者になど負けたくない。負けるわけにはいかない。二人ともただ強くそう思っている。

 …だがそれは、今のメルアも…いや、ダイヤの手持ち全員も、同じように心に思っていた。せっかく見つけた主の夢。一笑に付されるような愚かな理想。それを共に見ようと。だからこそ、負けたくないと――。

 「まけない…!まけないもん…!!メルは…もっとつよくなって…マスターの力に、なぁるんだぁーー!!」

 直撃することで起きる水飛沫の合間から、電気を伴う光が溢れだす。この光には、見覚えがあった。

 「な、なんでよ…このタイミングで…!」

 「メルア、まさかお前…進化…!?」

 爆発と共に、輝いたままメルアが氷の地面でうずくまる。身体は先ほどよりも一回り大きくなり、手足もシッカリとしている。また身体全体にあったフワフワとした毛が、胸部より下の部分が無くなっていった。

 中に着ていた服は淡いピンク色に変わり、やがてその輝きは消えていった。

 「……ふぇ?メル、どうしちゃったの?」

 「メルア、やったぜ…!進化したんだよ!メリープから、モココに!!」

 萌えもん図鑑をチェックしながら、ダイヤがメルアに言い聞かせる。高くなった目線と視界、身体に漲る力強さ。これが、ノアの感じたものかとキョトンとしながら確かめた。

 「ふわぁぁ~、すごぉい…。こうなるんだねぇ…」

 「メルア、いけるのか!?」

 「だいじょーぶッ!へいきへっちゃらぁ!!」

 ダイヤとメルアが明るく話をしている間に、スターミーもカスミの下に戻って行った。その顔は、やはり真面目に固まっていた。

 「…予想通り、って顔ね」

 「まぁね。昨日言ったでしょ?あの子はちゃんとしたポテンシャルがあるって。どんな些細なものでも、切っ掛けがあれば私たちは強くなれる…。でしょ?」

 「そうね…。さ、止めを刺すわよ」

 「オッケー。最後まで全力でやってやるわ!」

 「メルア来るぞ!」

 「んぃっ!!」

 言ってすぐ水の波動を発射するスターミー。射線は真っ直ぐメルアへ向かうが、既に気付いていた彼女は冷静に防御の姿勢をとっている。

 水飛沫が弾けるものの進化したメルアの特殊防御力は先ほどまでの比ではなく、皆が倒れた攻撃をいとも容易く耐え抜いたのだ。

 そんなメルアの減った綿毛が電気を纏い輝いている。すぐに図鑑で確認すると、そこには新しい技が表示されていた。

 「新しい技…これなら!」

 「だったらこれで、溺れさせてやるわ!スターミー、サイコキネシス!」

 「メルア、充電!!今のお前なら耐えられるはずだ!!」

 「はぁい!ぬぬぬぬぬぅぅ~~…!」

 スターミーの念力を防御姿勢で受けながら、その身体に電気を蓄えるメルア。周囲の電気を溜め込むことで自らの特殊防御力を高める技。それが『充電』の効果の一つだ。

 もともと高い能力を引上げされたことで、サイコキネシスの念力にもしっかり踏んばりが効いている。なんとか力を振り絞って宙に浮かせるが、それが仇となった。

 「今だメルア!電気ショック!!」

 「でぇぇぇっりゃぁああああーーッ!!」

 進化したことで威力が高まり以前より大きくなった電気が、サイコキネシスとぶつかり合った。直撃させようと力を振り絞るメルアと、攻撃を逸らそうと念力を強めるスターミー。両者の額には汗が煌めいている。

 勝利を目指し、より一層の力を込めるメルア。その綿毛から先ほど『充電』で蓄えられた電力が電気ショックと合わさり、威力を大幅に増して放たれた。直後に放つ電気タイプの技の威力を倍加する…それも、『充電』の効果である。その、もはや電撃と言うほどに強力となった電気が念力を突き破り、スターミーへと激しく襲い掛かる。

 瞬間彼女は敗北を悟った。サイコキネシスの制御をする為に足を止めていたのが仇となり、回避する暇もなく直撃したのだ。

 「あばばばばばばば!!!」

 「す、スターミー!!」

 カスミの下へ吹き飛ばされたスターミー。効果抜群の電撃で身体は焦げ付き、目を回して完全にノックアウトさせられたのだった。

 「ふぅ…やれやれ、私の負けね。お疲れ様、スターミー。戻って休んで」

 「俺たちの、勝ち……やった。やったああああああッ!!」

 「マスター!やったね!やったんだよね!!あははははは!!」

 喜びに沸くメルアが全力で抱き付いてきた。それを受け止め2回ほど回りながら飛び込み台から転げ落ちた。

 「あぁっ!ご、ゴメンねマスター!大丈夫!?」

 「全ッ然大丈夫だッ!…ありがとうメルア。本当に、よく頑張ってくれた…!」

 心底嬉しそうに笑いながら、大きくなったメルアの頭を撫でるダイヤ。彼のその顔に、ほんの少し小さくも暖かく感じた掌の感触に、彼女もまた嬉しさを隠そうともせずにまた強く彼を抱き締めるのだった。

 その眼には少し、涙が浮かんでいた。

 

 

 プールサイド、相対するダイヤとカスミ。互いにその顔は、どこか晴れやかなものだった。

 「しっかし、懲りずによく何度も挑んできたわ」

 「迷惑かけちまったかな…。ともかく、何回も戦ってくれてありがとう」

 「本当よ。言っとくけど、スターミー一人倒したからって完勝したとか思わないでよね」

 「もちろんだって。…みんなが居なきゃ、勝てなかったものな」

 嬉しそうに腰のボールホルダーに優しく手を添える。なぜか、とても感慨深いものに思えていた。

 そんなダイヤに、カスミがぶっきらぼうに箱を差し出した。

 「ハイ、うちのブルーバッジと技マシン。中身は水の波動よ」

 「あぁ、ありがとう。…上手く使えるかは分からないけどね」

 「そうね。貴方の手持ち、水タイプ居ないし」

 受け取りながら軽い談笑をする二人。話も程々に、戦闘不能のみんなを回復させるためにセンターへ戻ることにした。

 「それじゃ、戻るよ。みんなを回復しなきゃ」

 「そうね。…じゃあ、これだけ聞かせてもらっても良い?」

 と、ダイヤに尋ねるカスミ。その質問の内容は、ただ一つだった。

 「…見つけたんでしょ?貴方の信念。良ければ教えてもらえないかしら」

 「俺の信念か…。…正義、かな」

 「――はぁ?」

 「…そ、そういうわけだから。じゃあ!」

 言葉の正確な意味を理解できずに固まるカスミ。当然と言えば当然の反応に、思わず恥ずかしくなったダイヤは逃げるようにその場を立ち去った。

 嵐と言うには弱い、一時の風のように去るダイヤ。残されたカスミは、どこか呆然とした顔でいた。

 「正義…正義って…?えー…そんなもんを信念って言っちゃうかぁ…」

 『気に入っちゃった?』

 「更に論外になったわ。デッドボール級の悪球よあんなの」

 大きくため息をつき、スターミーとの軽い会話に終わりを告げる。そのまま大きく背伸びをしながら、彼女をさらに鍛えるためのプランを夢想する。その思考の片隅で、まるで呟くように思うのだった。

 (…まー、偶にはあんな残念な馬鹿がいても良いのかもねー)

 

 

 

 = 萌えもんセンター =

 

 センターに戻ったダイヤは、早速ジョーイに回復をお願いする。その前に、今回は労いの言葉を惜しまなかった。

 「お疲れ様、みんな。…なんかこう、色々とありがとうな」

 「フン、この未熟者めが。これでは命が幾つ有っても足りんわい」

 「でも今回は、ソーマとメルちゃんの活躍が掴んだ勝利ですね」

 「私は、足を引っ張ってしまっただけですし…。ごめんなさい…」

 「そんなことないよっ!みんなが居なくちゃ、メルあそこまで頑張れなかったよ。ソーマがプールを凍らせてくれて、サーシャが素早さを下げてくれて、ノアが先に攻撃しててくれて…」

 「そうだな…。ようやくマトモに、みんなで掴んだ勝利、って感じになったもんな。…それもこれも、みんなが俺の『正義』に付き合ってくれるって言ってくれたからだ。だから、俺もまだみんなのトレーナーでいられる。…みんなで、一緒にやっていきたいって思えてる」

 ダイヤの素直な言葉に、ノアもサーシャもメルアも顔を綻ばせた。ソーマだけはそっぽを向いていたが、別段嫌な感じはしなかった。彼女なりの認め、みたいなものなのだろうと思う。

 「さ、今日はもう休もうぜ」

 「言われんでもそうするわい。存分に休んでやるでのぅ」

 「まったくもう、ソーマったら…。では、私も休ませてもらいますわ。あとマスター、勝利おめでとうございます」

 「せーぎの味方、出発だねマスター。…まだあんまり寝たくないけど、今日は寝ちゃうねっ」

 「ご主人様、貴方もちゃんと休んでくださいね?まだ傷も完治してないんですし。そうじゃないと…私、また怒りますからね」

 「あぁ、休むさ。俺の為に頑張ってくれた、みんなの言う事だもんな」

 最後はいつもの笑顔で返事をし、改めて全員をボールに戻した。揺り籠のように小さく揺らめくボールは、まるで寝息のような静かな暖かみが感じられた。

 それが、少年が預かる命の暖かさ。自らの信念とと行動を共にしてくれる、本当の仲間たちの温もりである。

 もう一度、心の中で大きく感謝しながら4つのボールをジョーイへと預ける。回復が終るまでの間、自分も出来るだけ休んでおこう。そう思うダイヤだった。

 

 

 

 

 ――2時間後。

 センターの共同寝室で寝ていたダイヤだったが、突如ジョーイの呼びかけがあり、渋々目を覚ました。

 「…なんですか?」

 「貴方が昨晩助けたストライク、無事に回復して目も覚まされました

 「あぁ、良くなったんですね。そりゃ良かった…」

 「それで簡単に経緯を話したところ、是非貴方に会いたいと言ってるんですが…」

 「俺と?まぁ断る理由もありませんし、是非会わせてください」

 「分かりました。それじゃ、連れてきますね」

 そう言いながら奥へと入っていくジョーイ。その顔が、普段の温和な笑顔ではなく少し硬くなっていたのは、一応気付いていた。

 だがどうにも…悪いことではないのだが、危険度がハッキリとしない顔。なんとなく、そう直感する。

しかしそれ以上の思考を許す間もなく、ジョーイがストライクを連れて来た。

 明るい黄緑色の3本角みたいな髪に、装甲のような上着。軽い鎧のような腰巻と虫の脚を連想させる爪の生えた長いブーツ。両手の刃は変わらず鋭利で、やや角ばりながらも武骨に整えられた顔には明るい血色が戻っていた。それだけで、無事に回復したのだと安心した。

 「…ユーが、ミーを?」

 「あ、あぁ。無事元気になって良かったよ」

 相手が自分より少し身長が高いことに若干驚きながら、でも気さくな笑顔を忘れずに対応する。するとすぐに、相対するストライクが片膝をついてしゃがみこんだ。

 「この度は、助けてもらってベリーサンキューです。しかしもって、今日はミスターに一つお願いがありマース…」

 英語訛り…と言うよりもこれは英語かぶれ。変なところで変に英語を使う無駄な癖みたいなものだが、こういう事を話す手合いには大体ロクな奴がいない。ジョーイの顔の意味を、何となく理解してしまった瞬間だった。だが、話してしまったからには退くに退けない。みんなもまだ回復中だし。

 「…お、お願い?俺に出来ることなら良いんだけど、そんな大したことは出来ないよ?」

 「ノープロブレム、大したものじゃありゃしません…。…ミーを、ミスターの仲間にしてくだサーイ!」

 「………はい?」

 闖入者、現る。

 

 

 

第6話 了

 




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(モココ ♀)
        サーシャ(サンド ♀)
        ソーマ(トゲピー ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ ブルーバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、火炎車、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:モココ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:電気ショック、充電、電磁波、綿胞子
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンド(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:連続切り、岩石封じ、スピードスター、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲピー(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:指を降る、あくび、悪巧み
 所持道具:無し


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第7話『来陣愚斬 - the synchronize mirror -』 -1-


 心に信じ固めたもの。魂を託し掲げたもの。
 それはあまりにも気高く、尊く、そして愚かしい義に対する真っ直ぐな想い。
 二つ目の巨壁を乗り越えた少年に、偶然は新たなる者を呼び寄せる…。


 

 - ハナダシティ 萌えもんセンター -

 

 ダイヤは考えていた。

 現在のメンバーはマグマラシのノア、モココのメルア、サンドのサーシャ、トゲピーのソーマの4人。奇しくも全員♀だ。いくらみんなが気兼ねなく接してくれるとは言え、正直肩身が狭くなるんじゃないかと考えたこともある。

 というか昨日の同衾はかなり参った。身体つきは皆幼いものの、生々しい肌の温もりには青少年の少年たる部分が青年へと進化しかねない。

 そんな中で出会ったストライク♂。しかも向こうから仲間に加えてほしいと言ってきている。それはいい。むしろ大歓迎したいところだ。

 …なの、だが。

 「なァ頼むZE!ミーをミスター達の旅にDo go(同行)させてくれってばYO!!」

 よりにもよってこんなヤツだった。分からないと思うが分かっていただきたい。こんなヤツ、だったのだ…。

 とにかく相手を振り切るように一度話を切るダイヤ。そうしないと話が前に進まない。

 「ち、ちょーっと待ってくれ…。まずは、だ。その…なんで俺に?」

 「…ミーには目的がありマース。But、そいつぁミー独りじゃどうにもなんねぇと確信したのSA…」

 「目的?」

 「強くなること…。そう、もっともっと強い力を手にすることなんだッZE!

 そんな感じでMUSHA-SHUGYOしながら他所から余所への根無し草やってたんだが、ちょーっとばかりケアレスなミスをやらかしちまってYO。不覚を取ってあの川でドンブラコッコやってた時、そう!正にその時ユーが助けてくれたってワケSA!あのTesticle Bridge(キン○マ橋)からDive inしてくれてなッ!!」

 「うぜぇ。ちょっと黙ってくれ。あとンなもん英語で言うな」

 「オーゥ、ミスターは案外短気ネ。短気は損気。マジメが過ぎても付いてくるヤツぁすくねぇZEヨ」

 「言うんじゃねぇよ!これでも結構気にしてんだぞ!」

 「HAHAHA!まぁそんなワケで、命の恩人たるミスターに惚れ込んでお願いしてるのSA!」

 刃の峰で肩をバンバン叩きながら気楽にそう言ってくるストライク。最初の片膝ついてくる仰々しさは何だったのか。というか叩かれてるところがちょうどコイツを助けた時に傷付いた場所なせいで、肩がズッキズキ痛んでいる。

 「痛ぇ!痛ぇって!大体な、強くなって何をするつもりなんだ!?」

 ダイヤが思わずそう言ったほんの一瞬、俯いた彼の目が怒りで鋭さを増した。奥歯を軋め、身体も一瞬固まって止まる。そこから放たれた言葉は、思いも寄らぬ深い感情が籠っていた。

 「――…Revenge…同胞の、仇討ちだ…!」

 

 

 椅子に座って向かい合い、ストライクが抱く目的の理由を聴くダイヤ。

 曰く、彼らは自分達の住処が何者たちに襲撃されたと言う。その中で命からがら生き残ったこのストライクが、仲間たちの仇をとる為にその”何者たち”の足取りを探りながら、独りその連中を討つ為の力を求めていたそうだ。

 その旅の中でロケット団の数々の悪事を知り、自分が復讐する相手も連中であると確信したのだと言う。

 悲惨な境遇。凄惨な過去。ダイヤの眼前に座るストライクはそれを痛ましく語ってくれた。…のだが、ところどころに挟まる英語とか明らかになんかどこか間違った日本語使いとか擬音とか、とにかく理解と把握に時間がかかったせいでさほど感情移入出来なかった。

 少年はこの瞬間初めて痛感した。「言葉って、大事だ」と。

 「…とりあえずは分かった。それで復讐、か…」

 「イエース…。ミーはヤツらが許せナイ。だから!抹殺すると宣言したッ!!」

 「何処の赤い三倍速だお前はッ!!」

 「ヒュー、よく分かってるじゃねぇか我がトレーナーのミスター・ダイヤ。流石だZE。ナガレイシだZE」

 「なんか知らない間にトレーナーにされちゃってる!?いいのかコレで!いいのか俺ェ!!」

 「HAHAHA!!人生なんてEnjoy and Exciting!!カゲキに楽しんだヤツが勝ちなのサァ☆」

 「復讐なんて大仰なモン掲げてるくせになんだその言い草は!!仲間が泣くぞ!大泣きだぞ!!草葉の陰から枕を涙で濡らしまくってんぞッ!!」

 全力でツッコミに回るダイヤ。矛盾を孕んだハイテンションに晒されてしまっては、さすがの彼もツッコまざるを得ない。

 そんなツッコミの連続で息が切れる彼の背後に、謎のプレッシャーが感じられた。空気が重く沈み、地鳴りのような音が聞こえるようである。直感で分かった。これは、怒りの念だと。

 「…坊、喧しい。一体何を糞五月蠅く騒いどるんじゃ。妾の休息をそうまでして邪魔したいのかぇ?」

 「センターでは騒音注意のルールが有ることを忘れたとは言わせませんよマスター。せっかく私たちも安眠させて貰っていたというのに…」

 顔を固まらせながら振り向くダイヤが見たものは、白い身体が黒く見えるほどにオーラを迸らせるソーマと、同じく黒いオーラの中で眼鏡だけが白く輝いているサーシャ。憤怒に燃える二人の姿だった。俺は悪くねぇと言いたくもなったが、それを聞いてくれる空気ではない。またボコボコにされるのがオチだ。だがそんな彼女らを制してくれる、ダイヤにとって一番の味方がいた。

 「まぁまぁ二人とも落ち着いて…。その、ご主人様だって好き好んでうるさくしたわけじゃない、でしょうし…」

 「そぉだよぉ~。まだお昼なんだし、きゅうけい終わりにしよっ」

 ノアとメルアが間に入り、怒りに滾るサーシャとソーマを抑えこむ。こう、良心的なメンバーがいるだけで当たりが弱くなるのは本当にありがたい。

 「の、ノア!メルア!悪い助かった…!」

 「ったく、二人はマスターに甘いんですから…。それでマスター、そちらが昨日の?」

 「あぁ、コイツが――」と紹介しようとしたその時だった。

 「Hoooooooo!!!ブラーボゥ、やるじゃねぇかミスター!正統派従順タイプ、無邪気な妹タイプ、真面目な委員長タイプ、そして年増ペドタイプまで揃い踏みたぁYO!

 ユーは中々にHENTAIの素質を秘めてやがるZE。ミーが保証してやる!ユーはBIGになる!その嗜好性癖は万国共通のOh Do!だからなッ!!」

 「意味分かりたくないけど止めてくんないそんな言い方!!そういうビッグ目指してんじゃねーし!!」

 …会話とは、言葉と言葉が意思を持って相手同士に交錯する様をいう。それを言葉のキャッチボールと喩えるのは、至極真っ当な表現と言えるであろう。

 だがダイヤとその手持ち…メルアを除く3人は感じていた。眼前のコイツの放つ言葉は、投げてくるボールは明後日の方向からスライダーの軌道を描きキャッチャーの後頭部へぶつけてくるような、端的にいうと辛うじて話が通じるんだけどお前は一体何を言っているんだと返答せざるを得ない言葉の数々だった。疲れる。ただ疲れる。

 そんな悪意なき全力ストレッサーに歩み寄ったのは、やはり最も悪意なき存在、メルアだった。

 「おにーさん、元気になったんだ。良かったね!」

 「おうYO!それもこれもミスターのおかげだッZE!今日からユーたちとトゥゲザーさせてもらうから、夜露死苦フレンズ!!」

 「わぁ、仲間になるんだ!よろしくねっ!おにーさん、名前はなんていうの?」

 「Oh Year!よくぞ聞いてくれましたってんDA!耳ン穴ァかっぽじって、とくと聞いて刻み込むんだゼェーット!!」

 「えぇから早よ言わんか…。一々前置きの喧しい奴じゃ」

 「ならば聴けッ!!!そう、ミーこそは…」

 テーブルの上へお立ち台のように立ち、演武をするように回る馬鹿。まるでスポットライトを浴びてるような、逆光を受けているような…そんな、世界で今一番輝いているのはこの俺自身であり、なおかつガイアがもっと俺に輝けと言っているのだと言わんばかりのオーラらしきものを纏っているように思えてくる。

 一挙手一投足、そのそれぞれの動きがなまじ滑らかなのが余計腹立つ。無駄に洗練された一切の無駄が無い無駄な動きとは、かく言うものだとダイヤは思った。そんな波紋使いみたいに時々ポージングを挟みながら、馬鹿は自分の名前を高らかに、何処か色めかしく名乗りあげるのだった。

 「I am a Super Ultra Sexy Hero!…Xan<斬>」

 今まで見た中で史上最高のドヤ顔。完膚なきまでにやり切ったって顔でダイヤ達の方を向く馬鹿野郎。ダイヤとサーシャは呆然としノアは困惑。メルアはまたカッコいいものを見たような輝かしい目で見つめている。そんな中でただ一人、ソーマだけが冷淡なツッコミを行うことが出来たのは僥倖だった。場の空気的に。

 「――あぁ、つまりジョニーじゃな」

 「Whyッ!?Why Japanese Peapleッ!!?り、リトルBBAガール…Why何故にミーのファーストネームを知っているアルか…?」

 「ド阿呆めが。スーパーウルトラセクシィヒーローなどと言うたらジョニーしかあるまいて。つか誰がババアじゃバ○サン殺すぞこの糞虫が」

 「フッ、バル○ンやフ○キラーなんかじゃあミーは殺れねーZE。ってぇButそうじゃねぇ!ミーの名は斬だッ!本来ならばZ・A・NなところがX・A・Nで斬と読むのだッ!!どうだ、カッコイイだろうッ!!?」

 「カッコイイかどうかは置いといて、お前は斬なのかジョニーなのかどっちなんだ…」

 「ジョニーは確かにマイファーストネームだが、それは世を忍ぶ仮の名前…そうフィクティシャスネーム!だぁっが違う!斬は我が魂…真実の名前ッ!トゥルーソウルネームなんだZEッ!!」

 「え、えぇーと…サーシャ、一体どういうことなんです…?」

 「私に振らないでノア。理解したくもないわ」

 「うゅぅ~…よく分からないから、メルはジョニーって呼ぶね!その方が呼びやすいし!」

 「Oh shit!聞き分けのないおジョーちゃんだZE!HAHAHAHAHA!!」

 意味の解らないテンションに圧倒されながら、ダイヤは呆れ果てて疲れ切った顔を前面に押し出ていた。今まで感じたことのないほどのとんでもない疲労感である。

 …考えてみればそれもそうだ。幼少からの友人であるロイは、自己中心的なところがあるけども基本的にダイヤよりも遥かにしっかりした男だ。相棒のノアは忠実なタイプと言って間違いないし、メルアもよく言う事を聞くいい子。委員長気質なサーシャに至っては説明の余地はないだろう。ソーマにしても、時々無茶振りを食らうことはあれどそこまで派手に動く方じゃない。

 しかしそこでコレだ。こんなド真ん中予想GUYストライクを仲間に引き入れてしまっては、心労が増える一方である。最悪癒しを求めて間違いを犯しかねない。ダイヤの脳内は、速やかにその結論へ辿り着いた。だったのだが。

 「なんか…すごい方が仲間に加わっちゃいましたね、ご主人様」

 「ノア、俺はアイツを仲間にした覚えはない。まだ野生の今ならばそのまま野生に返してあげることが出来るしな。彼はきっと野生の中で野性を持って自分の目的を果たす方が良いと思うんだ、うん」

 「そうなんですか?図鑑にもちゃんとパーソナル入ってますし、もう決められたものだと…」

 「あっれー?そんなワケないだろノア。俺はまだそんな操作は一度も――」と言いながら図鑑を見てみる。そこにはハッキリと、【ジョニー…種族:ストライク 親:ダイヤ】と表示されていた。

 それが信じられないように何度か見直す。目を逸らしたりパチクリしてみたり、とにかく何度も確認した。本当に本当なのか。本当だった。

 「ウゾダドンドコドーン!!」

 「HAHAHA、また懐かしいネタだなミスター!まぁそんなワケで、てめーらミンナよろしく頼むッZEィ!!」

 とても清々しい笑顔でポージング。キラッと星が輝いているようだ。

 もちろん、一度親として登録されたとしても逃がすかどうかは彼らの関係次第。自由ではある。だが、ダイヤは思わず悟ってしまった。コイツは離れる気が無いんだと。

 なんとなく、腹が痛くなったような気がした。

 「……サーシャ、胃薬買ってきてくれない?」

 「…私の分も貰いますね。あと頭痛薬もつけてきます」

 「…おっけー。頼むわ…」

 重要な任務を、そう言う面に対して最も信頼のおけるサーシャにお願いするダイヤ。一体どれだけそんなクスリに頼らなければならないのか。そう考えるだけでも、胃が痛くなりそうだ。

 



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第7話『来陣愚斬 - the synchronize mirror -』 -2-

 

 馬鹿を一人、不承不承ながらも仲間に加えたダイヤ達。とにかく気を取り直し、彼らは一路、北の岬へと進んでいった。先日自分の危ないところを助けてくれたマサキが、岬に研究室を兼ねた小屋を構えてそこに住んでいるとのこと。

 その時の礼を言うために、はるばるこうして歩いていたのだ。

 「このTesticle Bridge(キン○マ橋)をなッ!!」

 「連呼すんなよアホッ!!」

 などと言う決して止まないボケツッコミ。また一人トレーナーを倒した斬…もといジョニーが、どっかのナイトフィーバーなポーズでキメていたところだ。

 「しかし、数が多いなここのトレーナーも…」

 「なんでも、この橋には高額な換金アイテムが賭けられた試合が月に1回行われるそうです。その為の鍛錬で、ここにトレーナーが集まったと聞きますね」

 「さすが物知りサーちん。なるほどな、それでゴールデンボールブリッジか…」

 汗を拭って橋を通り抜ける。岬に通じる道路は綺麗に整備されているが、そこかしこでトレーナー達がバトルに興じていた。短パン小僧やミニスカート、ボーイスカウトやガールスカウト、山男に理科系の男まで、さまざまだった。

 「ハッハー!イイ経験値のカモがネギ背負ってやがるァ!!ミスター、全員ぶちのめそうッZE!!」

 「ちょっとは俺らに休憩させろよ…。どんだけ元気が有り余ってんだ」

 とまぁ、こうしてジョニーのバトルを見ていくと彼のスタイルや個性が分かってきた。

 とにかく足が速くて力も強い。耐久力や特殊に関する力はやや低めだが、それを補って余りある長所が目につくのだ。元々個体としても強い種族な上、その能力を生かした技を覚えているのもジョニーの強さの要因でもある。

 「…あとはあのキャラがなんとかなればなぁ…」

 『ここまで一人で戦ってますものねぇ。自己研鑽だか知りませんが、流石に協調性が無さすぎです』

 「そうだよなぁ…サーシャ、なんか良い手ある?」

 『ノーコメントです』

 素気ない返しに思わず頭をかく。本当にどうしようかと悩みながら進んでいると、開けた場所に出て来た。

 ふと左を見ると、そこには小屋が一軒。立て付けられた大きな看板には、変な字で建物の名前が書かれていた。

 「……科学、大迫力、研究所…?」と声に出してみる。どこからツッコめばいいのか分からない。

 こんな様子のオカシイ研究所でなんの研究をしているのだろうか。大迫力って何だろう。しかし、ここがマサキの家だということは理解できた。せざるを得なかった。何故なら、看板にちゃぁんと【MASAKI's Home】と書かれてあったからだ。

 「…帰るか」

 「待てコラ坊。せっかく来たのに帰るのかェ?」

 「きっと研究中だよ。邪魔しちゃ悪い」

 「そう言って逃げるつもりじゃろうがそうはいかんぞ。男児たるもの、向かって行かずしてなんとする。ほれ行くぞィ」

 「ちょっとまってソーマさん引っ張っちゃいやぁー!」などと叫びながら連れて行かれるダイヤ。あまりにも普通の、木で出来た小屋の扉を開いてしまう。そこで見たものとは――

 

 「…お、やぁやぁ!ボクもえもん。…ってちゃうわぁ!!あ、どうこのツッコミ?ジョウトで鍛えた腕の冴え―――」

 

 すぐに閉めた。

 すぐに振り返った。

 すぐに歩き出した。

 「帰ろう」

 「待てコラ坊。せっかく開けたのに帰るのかェ?」

 「いや駄目だろアレ。何なのよアレ。萌えもんって言っちゃっていいのアレ」

 「妾に言うな阿呆。こっちが聞きたいわ戯け。なんじゃあの2頭身モフモフ男は」

 ダイヤ達が見たもの。それは濃い茶色の柔らかそうな毛で包まれ、耳が長く伸びている男らしきものの顔。身体は嫌に小さく、どう見てもその顔には合っていなかった。

 萌えもんの中にはあんなのもいるのかもしれない。が、ソーマをして見たことないというモノだ。萌えもんと言うには、もっとこうケモノっぽい歪な存在だった。

 「ジョーイさんに伝えれば良いかな。それともカスミにかな?」

 「待ってぇー!!ンな不穏なこと考えんといてぇなぁー!!」と扉の向こう側から声がする。向こうから開けられないように、思わずドアノブを握る力が強くなった。

 「ソーマさん110番早く。遊星からの物体Xが襲い掛かってくる。侵略者を撃たなきゃ」

 「やーめーてぇー!!ちゃうねんって!出来心やってんて!!たすけてぇなぁー!!」

 悲痛な叫びが聞こえてくるが、ダイヤは頑なに聞きたくないという風だった。しかしこのままでは話が進みそうもない。他の連中の声も聞こえないようだし、如何しようと考えている時。

 「Don't stop go awayッ!!」

 緑の影がまるでどこぞのヒーローばりの三角蹴りが強襲、ドアを全力でブチ破った。誰が?馬鹿が。

 「…お前何してんの?」

 「あン?話を前に進めてやったんだYO。感謝してほしいもんだZE」

 「かんにんやー!!ちょっとやってみたかっただけなんやー!!頼むから見捨てんといてくれぇー!!」

 馬鹿の行動に唖然とするダイヤ。そこに目掛けて泣き叫びながらしがみ付いてくる2頭身モフモフクリーチャー。生理的嫌悪感はあるものの、ここまで助けを求められてしまってはさすがに何か申し訳なくなってしまう。とりあえず、話だけでも。

 「……まず、アンタ誰」

 「ワイやワイ、マサキや」

 「マサキさんは人間で目の前にいるのはクリーチャーだ」

 「だからやらかしてしもてんって…。実験でこないな姿になってもぅたんや…」

 「どんな実験じゃったんじゃ…」

 「萌えもんの研究の一環でな、生体と遺伝子の構造についての実験してたんよ。萌えもんはいつからこんなニンゲンに近い姿をしてたんか。なにがニンゲンと近いのか、違うのか。そういうのを、ワイの観点で調べてみてくれんかって依頼されてな。

 いやぁそれが中々おもろい研究内容でなぁ。やればやるほどのめり込んでいってもぅたんよ」

 「話が長い上に分からんわ戯け。結局どうしてほしいんじゃおのれは」

 ダイヤに代わり話を進めるソーマ。彼女で理解できないのだ。まだ16歳の少年には、マサキを名乗るクリーチャーのいうことは全く理解できないといえる。

 そういう時は話を無理矢理前に進めるに限る。だってそうしないと明後日の方角にしか進まないもの。

 「やって貰いたいことは簡単や。ワイがあの装置の中に入るよって、そこのパソコンを操作してくれればええだけや。まぁぶっちゃけ、エンターキーをポンと押してもらうだけでええんやけどな」

 「そんなことなら手持ちの萌えもんにやってもらえば良いんじゃ…」

 「…こういう時に限って、アイツらみんなしてお出かけしやがったんや。どないなっとんねんホンマ…。

 んまぁそういうわけやから、キミらはまさに助けに船だったんや!ほな頼むで!」

 そう言い残し、ヘンテコなマシンに入り込むクリーチャー。日焼け機みたいな縦のカプセルが2つ、上にはパイプで繋げられているなんだか良い気のしない物体だ。見てるだけでヤバいものに関わってしまったような気がしてしまう。

 「……帰って良い?」

 「呪われるぞ、恐らくは」

 「ヒトを呪わばAnal Fuckっていうしナ!」

 「『穴二つ』をそんな風に間違えんな…。しゃーない、カチッとな」

 全く乗り気でなく嫌々エンターキーを押すダイヤ。イタズラしてやろうという気も起きなかったあたり、さっさとこんな面倒事を終わらせてしまいたかったと見て取れた。そりゃそうだ。

 プログラムが起動し、その流れで装置も重たい音を立てながら動き出した。重低音と振動音にまみれた駆動音が鳴り響き、なんか装置の中も光りだしてきた。

 「…大丈夫かコレ?」

 「駄目でもミスターのせいじゃねえぜYO。中から合成獣が出てきたら一緒に庭に埋めよう、ナッ」

 「だからやめてくんないそんなイヤすぎる展開!?人体錬成じゃねーんだよ!」

 そんなやりとりをしていると、やがて光も消えて装置から煙が吹き出した。慌ててパソコンのモニターを見てみると、【実行完了】の文字が浮かんでいる。

 恐る恐る装置の方を見ていると、カプセルの扉が開き中から先ほどよりも大きな影が現れた。その姿は、間違いなく人間だった。

 「んっはぁ~…。手ェよし、足よし、視界よし。ちゃんと元に戻れたみたいやな。よかったよかった」と、人懐こそうな笑顔でこっちに歩み寄る男性。

 彼の姿はさすがに思い出せた。昨日の今日だ、忘れるようなものじゃない。

 「ほ、本当にマサキさんだったんですね…」

 「いやホンマなんやと思っとってん自分…」

 「あ、ハハハ…。な、なにはともあれ無事に元に戻って良かったです」

 「そこは感謝やなー。ありがとうなホンマ。これで、昨日の貸し借りは無しやな。あ、でもさっきまでの辛辣な言葉は忘れへんで?」

 「そ、それはその…スンマセン」

 冗談めいた言葉に笑い合う2人。その姿をソーマは少し安堵しながら、ジョニーはさほど興味を示さずに眺めていた。

 「まぁええわ。何はともあれおもろい実験結果が取れたしな」

 「一体何をどうしたらあんなことになったんですか…」

 「萌えもんの遺伝子を調べてたらな、ヒトと酷似した部分と全く別の部分があったんや。まぁ萌えもんってこんな生き物やからあって当然なんやけどね。

 まぁ問題はそこやない。その酷似した部分と同じ遺伝子の中にな、まったく別の…そう、萌えもんを萌えもん足らしめてる部分があったんや。人間とは違う生態を生み出しとる部分。それを抽出して人間に埋め込んだらなんかおもろいこと出来んかなーって思てな。

 ほら、今の遺伝子工学やとクローン技術もだいぶ発達しとるワケやし、そろそろ新しい波を起こさなあかんかなーって思てなぁ。そう考えたら居ても立ってもいられんくなってなー。やっぱ科学って探求心と好奇心と行動力って言うし?」

 「…何を言っているのか全く分かりませんけどマサキさんが楽しそうで何よりです」

 「楽しくないとできひん事やしな!」

 カラカラと明るく笑うマサキに対し、ダイヤはただ作り笑いしか出来なかった。しかし、彼の言葉には一理あるとも思う。何かを追い求めることに対し、やはりモチベーションは大事。マサキはそれを『自分の楽しみ』と表したのだ。

 なにかを達成する。その為には、前向きでも後向きでも強い意志が必要なのだ。きっと彼も多くの失敗をしてきたのだろう。だが、それを楽しみに変えられるマサキの度量は、純粋に尊敬できると感じたのだった。

 「ま、これで昨日の晩のことはチャラやな。結構重かったんやで自分」

 「いやぁ、ははは…すいません。此方こそ、ありがとうございました。改めて俺は――」

 「マサラタウン出身のトレーナー、ダイヤくんやろ。よぉ知っとんで?センターで一通りプロフィールはチェックさせてもろてたしな。んで、カスミちゃんには勝てたんか?」

 「えぇ、なんとか。結構キツかったですけど、みんなのお陰で」と言いながら腰に据えたボールを撫で、最後にソーマの頭を優しく叩いた。

 「フン、たかだか2個目のバッジで何を言うか戯けめ。あんなギリギリの勝負で勝ったなどと言うではないわ」

 「あいよ、手厳しいお言葉で」

 「うん、仲良きことはええこっちゃ。そういやそこのストライク、結局仲間にしたんやな」

 「Oh Year!I’m XAN!Super Ultra Sexy HEROだっZE!!」

 「あ、ジョニーですコイツ」

 「ハハハ、えらいキャラの濃いのが入ってしもたなぁ。苦労すんでぇこれから」

 「既に苦労してますよホント…」

 「せやろなぁ。よっしゃ、折角やしええモンあげるわ」

 言いながらそそくさと、テーブルの上に無造作に置かれていた封筒をダイヤに渡すマサキ。中には随分と綺麗なチケットが入っていた。

 「これは?」

 「今度クチバにやってくる豪華客船、サント・アンヌ号の船上パーティー招待券。ダイヤくんにあげるわソレ」

 「―――……はぁッ!?いやいやいや要りませんよこんな上等なもの!お、俺にはもったいないですって!!」

 「まぁまぁんなこと言わんと。ワイのハプニングを助けてくれたお礼と、ハナダジム突破祝いも兼ねてやって。ちゅーかワイも別にこんなパーティーなんぞ興味あらへんし、何回か行ったけど金持ちの自慢話聞いてるだけ。そんな時間があるんなら研究やってたいやん?」

 「そ、そういうもんでしょうか…」

 「ワイはな。せやけど、ダイヤくんにはおもろい経験になると思うで。ホウエンやシンオウだけやあらへん、イッシュやカロス、オーレとかにも行ったことある金持ちかておるからな。カントーやジョウトに籠ってるだけじゃ分からん話も多いと思うわ。

 せやからな!社会見学ってことで受け取ってぇな♪」

 「その心は?」

 「うちのブイズどもが連れてけって喧しいからそれが面倒臭い」

 反射的に返答したマサキに、ジッと白い目を向ける。やはりと言うか、この人は話の振り方次第では嘘を付けないタイプなのだろう。

 しかしこうも真っ直ぐに個人の面倒事を請け負わされそうになるのも、なにかの貧乏くじだろうか。

 「ま、まぁ固いこと言わんでさ!おもろい話が聞けるってのは間違いない!ワイが保証したる!」

 などと言いながら力尽くで押し付けてくるマサキ。その随分と強い力は、とてもインテリのそれとは思えなかった。大した理由でもないのはさっき聞いて分かっていたし、だからこそ単なる善意で送りたいのであろうことは察することが出来た。

 「…本当に、俺が行っても良いんですね?」

 「当たり前や!こっちかて少しでも行きたいと思ってたらこんなリキ入れて渡さへんて」

 「じゃあ、ありがたく行かせてもらいます。みんなにとっても良い休暇になりそうだし」

 「おぉ、楽しんできてな!」

 返答と共にパアッと明るい笑顔になるマサキ。頑なに遠慮して困るだけなら、いっそ折れた方が良い。

 半ば無理矢理にチケットの入った封筒を握らされたダイヤは、呆れ顔のまま溜め息をついてその封筒をカバンに仕舞い込んだ。まぁ、彼としても興味が無いわけではなかったのだ。

 「クチバまではハナダの南、萌えもん育て屋の先にある地下通路を通った方が速いで。ヤマブキは広くて迷うかもしれんしな」

 「なにからなにまでありがとうございます。研究の方も、頑張ってください」

 「またなんかあったら手伝ってや~」

 軽い挨拶を交わし、マサキの家を後にするダイヤたち。扉を出た途端、なんだかドッと疲れたような気がする。大きな溜め息がそれを物語っていた。

 「…こんなんで良かったと思うか?」

 「妾に聞くな阿呆」

 とぼとぼと歩きながらふと横を見る。大きな木の看板には、『大迫力』の文字が変わらず輝いている。力なくその文字を見つめるダイヤは、先ほどまでの出来事を思い返し、「…そりゃ大迫力だわ」と呟いた。

 「研究者というのは中々どうして可笑しな連中が多いでの。坊、いい加減妾も戻るぞ。疲れたわ」

 「あ、おう。ジョニー、お前も戻ってくれ」

 「What's!?ミーはまだまだやれるZE!大アバレ待ったなしだ!!」

 「いや、お願い戻って。て言うか問答無用で戻れ」

 「I'll be baaaaaack!!」

 どこのターミネーターだ、などという安直なツッコミを心に秘めてソーマとジョニーをボールに封じ込める。

 一人の時間を少しだけ堪能しながら青い空へと大きく背伸び。タウンマップを確認する感じでは、ここからクチバシティまで行くと一日中歩き通しになりそうだ。

 幸いパーティーまでには時間の余裕がある。地下通路を通れば早いと言っていたが、どれほどなのだろうか。

 「まぁ、行かないと分かんねーか…」とゆらゆらと歩き出す。

 『ご主人様、疲れたら無理しないでちゃんと休んでくださいね?』

 「おう、ありがとなノア」

 『ねぇねぇマスター、パーティーってどんなことするの?』と次いでメルアが聞く。

 「んー…俺もよくは知らないんだよなぁ。なんかセレブな人達がきれーな服着て酒飲んだり飯食ったりしてる感じ?」

 『オッケェイ!そう言う事ならミーが教えてやるZE!!

 パーティーってのはな、雄と雌が一つのルームに集まりヒャッハー!もう我慢できねぇー!!なテンションで組んず解れずツイスター念心合体GO!!カ・イ・カ・ン☆なモノでな』

 『黙れ糞虫。己が言うとるのはR-18全開ではないか』

 『メルちゃんを汚さないでくださいぶっ殺しますよ』

 『ハッハー!過保護な連中からの激しいツッコミが身に余るZE!!』

 …喧しい。しかし、これもまたこれまで感じることのなかった賑やかさだ。うんざりする中にも楽しさを感じ始めた少年は、一路岬の街へ向かうこととするのだった。

 



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第7話『来陣愚斬 - the synchronize mirror -』 -3-

 

 

 - クチバシティ 萌えもんセンター -

 案の定日は沈んだものの、目的地に着いたダイヤ達はゆっくりと休憩のひと時を寛いでいた。

 「ん~…何事もなく着いて良かったぁ」

 「お疲れ様ですご主人様」とコップに注いだ水を手渡すノア。ありがと、と簡単に返して煽るように飲み干す。

 「ふぅ、うまぁい…。ノアだけか?他のみんなは?」

 「サーシャとメルちゃんは今夜の宿泊申請をしに行ってくれてます。ソーマとジョニーはまだ回復中です」

 「そっか、了解だ」

 ダイヤの返答に合わせて彼の隣に座るノア。少し見上げながら、思いついたことを尋ねていった。

 「ここのジムにも、すぐに挑戦されるんですか?船上パーティーは明後日ですし」

 「いや、今回はパーティーの後にしようかなって思ってる。いきなりぶつかってボコボコにされて…なんて、カスミの時の二の舞にはしたくないしな」

 「それでは、みんなで頑張ってレベルアップ、ということですか?」

 「だな。サーシャも、実力的にはそろそろ進化してもおかしくないみたいだし」

 「勝手に進化するわけじゃないんですね。…でも、みんなどんどん強くなっていっちゃうんですね」

 少ししょぼくれた声に変わるノア。だがそれを知ってか知らずか、ダイヤはあまりにも普通に言葉を返した。

 「何言ってんだ、ノアもだいぶ強くなってるよ。頼りにしてんだぜ、俺」

 さも当然とばかりに笑いながら頭を撫で回す。そんな明るい少年に、ノアも顔を綻ばせながら「ハイッ!」と元気良く返した。そうしているところに、サーシャとメルアが戻ってきた。

 「マスターたっだいまー!お泊りのお部屋、申し込んできたよー」

 「サンキューメルア、サーシャ。助かったよ」

 「どういたしましてです。ついでに回復の終えた二人も回収してきましたよ」

 「さっすが、出来るオンナは格が違う」

 「一応は、褒め言葉として受け取っておきましょう」ダイヤの軽口に対し、言い捨てるサーシャの顔は別段強張ることもなかった。さすがにもう慣れたものである。

 「さて、みんな戻ったことだし…」

 『レベルアップタイムだな!今夜は寝かさないZE!Let's PARTY!!』

 『妾は寝るぞ。行くならお主一人で勝手に逝ってろ弩阿呆め』

 一方的に慣れ親しんできたジョニーを交えての会話をしていると、急に外が騒がしくなってきた。サイレンが鳴り響き、喧騒がそこかしこで聞こえてくる。

 「…なんだ?」

 「泥棒ですって。怖いわねぇ」と話しかけてきたのはここの萌えもんセンターで働いているジョーイだ。通報の内容は、大好きクラブと呼ばれる萌えもん愛好家の集まりの長が住んでいる自宅兼事務所が泥棒に襲われたとのこと。盗られたのは金品ばかりだということだが、さすがに大騒ぎだ。

 「またロケット団かしらねぇ…」

 「そんなこともやってるんですか、ロケット団って…」

 「悪事が趣味みたいなものらしいし…。ここも警戒状態にして、あとはジュンサーさんに任せましょう。貴方たちも、外出は控えて早く休んだ方が良いわよ」

 と言ってその場を後にするジョーイ。それを見送ったダイヤは、そのまま外に出ている3人とボールの中に2人に向き合った。

 「……みんな、付いて来てくれるか?」

 『言うと思ったわ、戯けめ』

 「もちろんです、ご主人様!」

 「せーぎのみかただもんね!」

 「それを大々的に言う必要はありませんが…まぁ、ジュンサーさんの手助けをする程度なら良いでしょう」

 『なんでもいいぜ!ロケット団ってんならブッ潰してやるァ!』

 全員の同意を聴き、すぐにノア、サーシャ、メルアの3人をボールに戻す。そのまま流れで腰のホルダーに温もりを感じるボールを5個セット。すぐに立ち上がり駆け出して行った。

 

 駆け足と共にサイレンの音が大きくなる。大きな建物が見えることから、アレが大好きクラブの事務所なんだろう。ジュンサーさんに話を聞きに行くべきだと、思ったその時だった。

 「んっ…うん…?」

 『どうしました、ご主人様?』

 「いや、なんでもない…」と呟きながらボトルの水を飲む。何故だか急に、口の中に違和感が現れたのだ。

 潤すというよりも洗い流すといった感じの勢いで口内の水を飲み切ると、すぐに周囲を確認する。…見た感じ、おかしな事は何もない。ないのだが。

 「…多分こっちだ、行こう」

 『マスター、その根拠は?』

 「直感」

 サーシャの問いにも即答しながら走るダイヤ。彼の雰囲気はこれまでとどこか違っている。少年の手持ち達はその様子に疑問を抱きながら、主に進む場所を任せているのだった。

 

 - 11番道路 -

 夜の闇が広がる草叢。街灯の光がぽつぽつと照らしているものの、暗闇の方が色濃く存在している。その暗闇に紛れて、黒尽くめの男が草叢に隠れていた。

 「へっへー…ここまで来れば大丈夫だろう…」

 息を潜めながら呟く男。その服には赤くRの文字がプリントされていた。脇に置いてある大きな鞄からは、貴金属の端くれが顔を覗かせている。よっぽど急いで逃げてきたのだろうということが見て取れた。

 サイレンは遠く、周囲にはこの辺りに棲んでいる萌えもんの気配しか感じない。あとはこのまま逃げ切るだけだ。

 『大成功ですなご主人、グフフフフ』

 「そうだなスリープ。この金を上納すれば、俺も昇進できるぜ…!」

 卑しい笑いを浮かべながら手持ちの萌えもんと話をするロケット団の男。その異様な雰囲気に、周囲の萌えもんも距離を置いているように感じられた。そんな場所に、一人の足音が近付いてきた。

 「…ここだな」

 『11番道路…確かに逃走経路を考えるなら有り得ますが、本当にここなんですかマスター?』

 「俺の直感に従えばな」

 『ンなもんがアテになるのかぇ…?』

 ソーマの呟きを尻目に、またも周囲を確認するダイヤ。彼の直感は、間違いなくこの場所を指していた。ならばあとはどうするか。当然、虱潰しに探す他ない。そう思い草叢に入った瞬間。

 「てっ、てめぇ!なんでここに隠れてるって分かりやがった!!?」

 身を隠していたはずのロケット団の男が凄い勢いで立ち上がった。ダイヤとの距離は10mもない至近距離だ。

 何故分かったかなど知ったことではない。直感のままに進んだ結果がコレだ。本来ならばこの引き当てた不運にガッカリするところだが、ダイヤは今そんなことは関係ないと言う程に集中していた。

 「ち、畜生!やるぞスリープ!」

 「了解ですな!」

 「ノア、頼む!」

 「はいッ!」

 瞬時に間をとり団員の男はスリープを、ダイヤはノアを呼び出す。そのまま相手のスリープのどこか卑しい笑顔や姿形を見て「…違うな」と小さく呟いた。

 「えっと、ご主人様?」

 「あ、いや、すまない。電光石火だ!」

 「スリープ、サイケ光線!」

 スリープの手から放たれる虹色の怪光線。それを回避しながら一瞬で肉薄するノア。相手の隙を突き、速度を乗せた体当たりを食らわせる。まともにヒットしたスリープは2,3度転がりながら団員の下に戻り、なんとか起き上った。

 状況も力量も優勢なのは目に見えて明らかなのだが、ダイヤはどこか怪訝な表情を崩せなかった。悪い予感はないのだが、どうにも違和感が拭えないのである。

 (…勘違い、か?それとも、ただ悪党ってだけで反応しただけか…)

 「ま、マズいですぞご主人…あの連中、普通に強いですぞ」

 「ど、どうやらそうみたいだな…。クソ、こうなりゃ悪党らしい姑息な手段で行くか…!」

 「グフ…そうですなご主人。では用意はお任せを…。時間稼ぎはお願いしますぞ」

 そんな言葉を交わしてその場を離れるスリープ。その不可解な行動に疑問はあるものの、立ち塞がる様に前へ出た団員の方へ意識は集中していった。腰からもう一つボールを取り出し、すぐさま放り投げた。

 「偶には働いてもらうからな!行け、デルビル!!」

 投げ放ちながら呼ばれ出でた萌えもん。デルビルと呼ばれた彼女は、漆黒の長い髪とゴシックロリータの可愛らしい服、犬のような耳に髑髏の髪飾りを付けた紅い眼の少女で――

 「全力全壊絶好調ォォォォォッッ!!!」

 その場の一同が認識するよりも早く、ダイヤの叫び声と共に紅白の弾丸と化したモンスターボールがデルビル目掛けて投げられていた。

 「きゃあっ!?」ボールの直撃を受け封じられそうになる。が、彼女は団員の手持ち。ゲットできるはずはなくあえなく弾き飛ばされた。

 「な、なにしやがる!人のモノをとったら泥棒だぞ!!」

 「やかましい!!泥棒に泥棒呼ばわりされる筋合いはねぇッ!!」

 一理ある。が、説得力はない。そりゃこんな行動したら当然である。

 「はぁ…ご主人様…」

 『ど、どうしたんじゃ坊は…』

 『あー、マスターの悪い癖ですねアレ…。完全に忘れてました…。あの人、自分の琴線に触れる娘を見つけると見境が無くなっちゃうんですよね』

 『メルをゲットした時と同じだよねー』

 『なるほどな…これぞIt's a HENTAI-SOUL!最ッ高に輝いてるZEミスター!』

 次々と聞こえる言葉にツッコむ余裕はない。振り返るノアの視線も呆れて冷たく感じられるがこの際置いておくことにしよう。

 「こっ、こいつヤバいぞ…!だがな…スリープ!」

 「フヒヒっ、こいつが目に入らないかぁ~?」とダイヤ達に問いかける、先ほどまでその場を離れていたスリープ。彼の腕の中には、小さい少女が捕まっていた。

 新緑色の髪と同じ色の大きなワンピースを纏い、頭には左右と頭頂部に羽根飾りのついたカチューシャを付けている。その眼はどこか無感情なものに感じられた。

 「フヒっ、抵抗しようものならどうなるか、分かるよなぁ?」

 「俺はここから無事に逃げれればそれでいいんだ。そうすりゃコイツはそのまま解放してやるよ。デルビル、お前は戻れ!」

 先ほど出されたにも関わらずすぐに戻されるデルビル。一瞬ダイヤの方を向いたものの、特に言葉を発することもなくボールへと吸い込まれていった。

 それよりも問題は、捕まっている彼女だ。

 「ど、どうしましょうご主人様…!?」

 「勿論、助ける」即答したダイヤの顔は、先ほどデルビルを見た時のそれと変わっていなかった。見境が無くなり、何をしでかすか分かったものではない…そのことに小さな不安を覚えたノアは、思わず彼に尋ねてしまった。

 「…それは、どっちが優先ですか?”敵を倒す…捕まえる”ことか、”あの萌えもんを助け出す”ことか…」

 彼を見上げたノアの顔は、不安と諌めを含んだ難しい顔をしていた。彼女から投げかけられた問いはあまりにも単純で、しかし彼の信念の方向を定めるこれ以上ない明確なもの…【悪を討つ】か、【命を護る】かというものだ。

 そのことにようやく気付いたダイヤは、一瞬考えてすぐに答えを出した。両手で顔を叩き、一息ついてからその答えをノアに返す。

 「――当然、”あの萌えもんを助け出す”ことだ!」

 「…はいッ!」

 ほんの僅かに揺れていたものが固まることで、真っ直ぐ進むべく決まった指針となる。ダイヤのその一言は、決定は、ノアの大きな指針と相成った。

 その様子を見て思わず後ずさるロケット団の男と彼のスリープ。腕の中で囚われていた萌えもんの少女は、相対するダイヤとノアの姿をただジッと見つめていた。

 「決まったんならやるだけだ…!ノア、電光石火でスリープをかき回せ!」

 「了解ですッ!」

 言葉と共に再度走り出すノア。速度を上げ、光を帯びながらスリープの周囲を鋭角的に動き回る。いつでも攻撃できるという威嚇も兼ねていた。

 「さぁ、大人しくその萌えもんを放すんだ!そうすれば俺はもう追ったりしない!」

 「そんな言葉が信じれるか!スリープ、念力!」

 団員の指示に反応し、空いている右手を横薙ぎに振るうスリープ。その周囲に念力の力場が発生。それに押され、電光石火の速度が殺されてしまった。

 思わず苦しい顔でブレーキをかけるノア。動きを止めた一瞬、変わらずジッと見つめていた萌えもんと目が合った。彼女が何を考えているのか、その表情からは全く分からない。だが、思わずノアは自然と笑顔で声をかけていた。

 「大丈夫ですよ。私たちが、必ず助けますから!」

 「………………」

 返事のない一方的な言葉であったが、ノアが自身の気持ちを保つ為にもこの一言は彼女にとって必要だったのかもしれない。

 「…でも、どうしましょうこの状況…」

 「誰かに換わるか…だけど、この状況を好くできる奴がいるか…?」

 腰に装備されたボールを触りながら考える。サーシャ、メルア、ソーマ、ジョニー。そのどれを出したところで事態が好転するとは思えない。仮にもう一人出して2対1で戦ったとしても、捕まってる娘が助かるとは思えない。逆に余計な危険を与えかねないのだ。

 ボールで無理矢理ゲットするという手も考えたが、捕まっている彼女は体躯が本当に小さい。ノアの進化前…ヒノアラシよりも小さいのだ。狙うに狙えない。

 「は、ははっ!偉そうな事言って、結局どうしようも出来ないんじゃねぇか!それじゃあこのままオサラバさせてもらうぜ!」

 「ま、待て!」

 迂闊に手が出せずにいると、ロケット団の男とスリープが走りだした。それを追いかけて走り出すも、救出の手段は全く見えずにいた。

 「………………」

 「んん、何を見てるんだぁ?」

 スリープの問いに答えない少女。ただロケット団の男とスリープ、そしてダイヤとノアを見比べる。やがて彼女の身体が、薄暗く揺れる怪しい光を放ち始めた。

 次の瞬間、男とスリープの視界に巨大な影が出現、金切り声をあげながら彼らに向かって襲い掛かってきた。まるで幽霊を具現化したかのような技だ。

 「「う、うわああああ!!なん、なんだぁぁぁ!!?」」

 あまりの驚愕に思わず男は鞄を、スリープは少女を空へを放り投げてしまう。それを見逃すダイヤ達ではなかった。

 「ご主人様!彼女を!!」

 「任せろ!ノア、火炎車でブッ飛ばせッ!!」

 互いに指示を出し合いながら全力で走る。流石に速度はノアの方が速く、加速しながら炎を纏っていった。目標は腰を抜かしているスリープ。そしてロケット団の男だ。

 一方でダイヤは月と街路灯の灯りだけを頼りに飛ばされた少女を目視していた。腕をパタパタさせているところを見ると、飛行タイプなのかもしれない。だが、空を飛ぶ程の力は無さそうだった。

 「よーし、大丈夫。こっちだ…!」

 「だああああああああッ!!!」

 ゆっくりと落ちてくる彼女の落下地点へ先回りし、身体で抱き留めるダイヤ。それと同時に、スリープへ火炎車を炸裂させるノア。その一撃で、男もろともスリープをノックアウト。悪条件から一転して、ダイヤ達の完全な勝利と成ったのだった。

 

 

 近くに落ちていた穴抜けの紐でロケット団の男を縛り付け、ジュンサーに連絡。あとは来てくれるのを待つだけだ。ダイヤとノアは、二人で地面に腰掛けて助けた萌えもんの少女と向き合っていた。

 「はぁぁ~…まぁ、なんとかなって良かったよ」

 「お疲れ様でした、ご主人様。貴方も無事で何よりです」

 「………………(ぺこり)」

 物言わず、小さく礼をする少女。それに笑顔で返し、そのままダイヤはポケットから図鑑を取り出し種族をチェックしてみる。その姿をスキャンした図鑑の電子音声が、彼女をネイティと判別した。

 「なるほど、ネイティって言うのか」

 「………………(こくり)」

 ダイヤとネイティ、二人がじーーーーっと見つめ合っている。改めて少年の目に写っているのは、小さいながらも整った顔。可愛らしさの中に儚さと美しさが混ざり合い、見事なまでに可憐な美少女だと確信する。そしてその黒く大きな眼には、見つめているとそのまま吸い込まれそうな気がしてきた。瞬間。

 「   ジュルリ   」

 「ご主人様ッ!!」

 「うぉうッ!?な、なんだノア!なにもやってないぞ!?」

 「せ、節操がないですよ!さっきだってあのデルビルに反応してましたし…!それに、そうやってゲットしてもみんながみんなメルちゃんやサーシャみたい素直に付いて来てくれるワケじゃないんですし…」

 と、そこまで言った時、ネイティの少女がノアの手を握り力なく引っ張った。

 「えっ、えっと…どうか、したんですか?」という問いかけに返答しないまま、彼女は今度はダイヤの手をキュッと握り締めた。そして二人を交互に見回して、小さく微笑むのだった。

 「…一緒に行く、ってことか?」

 「………………(こくん)」

 彼女の首肯を見て、ダイヤは嬉しそうにノアへ笑いかける。そんな嬉しそうな顔をされては、変に感情的になってしまった自分が馬鹿みたいだ、とノアは思うのだった。

 「じゃあ、ニックネームつけなきゃな。そうだな…ネイティだから、【ネーネ】ってのはどうだろう?」

 「………………(こくん)」と小さく首肯。否定的な感じは受けなかった。

 「良かった。それじゃ、改めてよろしくな。俺はダイヤ。正義の味方を目指すもの…って言い方でいいのかな」

 「私はノア。ご主人様のパートナー…で良いんでしょうか」

 二人揃ってなんだか自信無さげの自己紹介。そんな些細な事に軽く笑い合う。他の手持ちの紹介は後にして、眼前のネイティ…ネーネに優しくボールを押し当てた。

 赤い光が彼女を包みこみ、そのままボールへと吸い込まれた。2,3度揺れた後に、カチッというロック音が鳴る。それがゲットの証だった。

 「ネイティ、ゲット。さて、センターに帰って寝るかー」

 「もう夜も遅くなりましたしね。ゆっくり休みましょう」

 他愛ない話をしながらクチバシティの萌えもんセンターに向けて11番道路を歩く2人。途中でジュンサーに会い、拘束した犯人の居場所を伝えたことで少年の役目は終わりとなった。

 ストライクのジョニーと、ネイティのネーネという新しい2人の仲間を加え、少年の歩みは続いていくのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュンサーも撤収し、誰も居なくなった11番道路の草叢の片隅。そこへ棄てられたように投げ出されていたボールが開き、中から一人の萌えもんが姿を現した。

 漆黒の長髪、黒白の衣服、紅玉の瞳を持つ――。

 「…あのトレーナー…確か名を、ダイヤ…でしたわね…。…あんなヒトならば、きっと――」

 呟きを終え、先ほどまで自らが入っていたボールを壊し、黒い少女は独り歩き出した。

 

 

 

第7話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(モココ ♀)
        サーシャ(サンド ♀)
        ソーマ(トゲピー ♀)
        ジョニー(ストライク ♂)
        ネーネ(ネイティ ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ ブルーバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、火炎車、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:モココ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:電気ショック、充電、電磁波、綿胞子
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンド(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:連続切り、岩石封じ、スピードスター、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲピー(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:指を降る、あくび、悪巧み
 所持道具:無し

・名前:ジョニー
 種族:ストライク(♂)
 特性:テクニシャン
 性格:ようき
 個性:あばれることが すき
 所有技:電光石火、真空破、気合溜め、高速移動
 所持道具:無し

・名前:ネーネ
 種族:ネイティ(♀)
 特性:マジックミラー
 性格:おくびょう
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:ナイトヘッド、つつく、テレポート、おまじない
 所持道具:無し


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第8話『波間に揺れる過去と現在』 -1-


 少年の元に擦り合い集う偶然たち。
 それは復讐の双刃、それは言霊なき鏡心、それは漆黒の焔。
 新たな空気を孕んだ潮風は、とある彼の日の痛みを呼び起させる。



 

 - クチバシティ 萌えもんセンター -

 

 ロケット団による強盗事件から一晩が明け、翌朝。ぼんやりと朝食を頬張りながら、少年は思案に暮れていた。その原因は、主に新しく加入した二人についてだ。

 話はそんな昨晩、ネーネを交えた自己紹介の時に遡る。

 

 「というわけで、新しく仲間に加わったネイティのネーネだ。みんな、よろしくな」

 「………………(ぺこり)」体格どおりの小さな一礼をするネーネ。僅かにしか変わらない表情と相まって非常に可愛らしい。

 それに対して嬉しそうにはしゃぐメルア。サーシャも特に気にしている風ではない。むしろ好意的だ。ジョニーも特に何事もなく馬鹿みたいに騒いだのだったが…。

 「しかしYO、随分喋らねぇんだなネーネは。フリップボードでも持ち歩くかィ?」

 「………………(ふるふる)」いらない、と拒否の意思表現だ。

 「わざわざそんなことしなくても良いでしょうに…。でも、確かにジョニーの言う通りですね。…言い難かったらごめんなさい。ネーネ、貴方は喋れないのですか…?」

 サーシャの問いに、少し困ったように目を逸らす。否定とも肯定とも取れないが、無表情故に難しい顔となった。そこに水を差したのは、ソーマだった。

 「…ネイティという種は群れる習性がある。体格も小さいし、飛行タイプではあるがそのままでは空を飛ぶ力もないしのぅ。そして、群れの中で効率よく意思疎通するのにネイティたちは自らの特性を最大限に活用する。――相手と同調する特性、”シンクロ”をな」

 シンクロ…エスパータイプの萌えもんに備わる特性の一つ。言葉の通り相手の精神と同調し、毒や麻痺、火傷といった異常を相手にも与えることが出来る。加えて、野生の中ではその力で自分に近しい性格を無意識に探し当てたり近寄らせることが出来るのだ。

 故にその特性を持つ萌えもんは、図らずとも群れて寄り添い合い一つの輪の中で暮らしていくのである。それが、生きることに最も適した世界だからだ。

 「じゃがネーネは、昨晩囚われた時誰も助けに来なかった…。いや、そもそも群れてなどいなかったのかもしれん。それは何故か…」

 「ソーマ、お前何が言いたいんだ?」

 不穏な空気が流れる中、ダイヤの声が響く。どこか、怒気を含んだ声が。

 「…余計な水を差したな。じゃが坊、改めて覚えておけ。ジョニーが復讐を掲げているように、誰もが皆何かの目的を持っておる。それを満たすためにお主に身体と命を預けておるのじゃと。それを裏切られることほど、共に付く者にとって辛いものはないとな」

 何の反論も出来ぬまま、その場はそこで終わってしまった。誰も、ソーマの言葉に対して何も言わなかった。

 

 「…何かを満たすため、かー…」

 少年は考え込む。自分が正義の味方を目指すのは良い。ノアもメルアもサーシャもソーマも、それに納得して付いて来てくれているのは其々から聞いたことだ。

 だが、ジョニーとネーネはどうだ?ジョニーは最初から、復讐のために自分たちに同行していると明言している。ネーネは…喋らないからこそ、解らない。今後仲間が増えるとなると、みんなそう考えるのだろうか。それぞれが自分の意思を持ち、自分の考えがあるのではないか。それを強制するトレーナーとは、一体なんなのか。

 「あーむっずかしいなぁ…脳ミソ沸きそう…」

 机に倒れ込む。考えれば考えるほど袋小路に入っていきそうな感覚。トレーナーとは、萌えもんとは、主従とは、仲間とは。そんな答え無き自問自答を繰り返していると、頭にポンと小さなものが乗る感触が伝わった。見上げてみると、机の上でネーネが小さく座りながら撫でるように手を当ててくれていた。

 「………………(きょとん)」

 首を傾げてどうしたの、大丈夫?と言わんとするような表情をするネーネ。その可愛らしい表情にほだされたのか、ダイヤも自然と笑顔になっていた。

 「…何でもない、大丈夫だ。ありがとうな」

 優しく頭を撫で返す。彼女の表情は小さく笑っているように見えた。

 (…ネーネは、何を満たそうとして俺に付いてくことを決めたんだろうな…)と、撫でながらそう思うのだった。

 「ハッハー!!ミスター、レベルアッパーの時間だZE!!」

 「よからぬクスリをキメるみたいな言い方はやめろ。…まぁ今日は元々そのつもりだったし、行くかネーネ」

 「………………」

 

 - 11番道路 -

 ネーネを仲間に加えたこの場所にやってきたダイヤ達。とりあえずはそこで、力量を確かめ鍛えるのだ。ジョニーの方は既に分かっているから、今回の主体はネーネだ。

 「よっし、ネーネ出てこい」言葉をかけながらポンと投げると、ボールが開いて飛び出してくる。背丈の小さなネーネに合わせ、しゃがんで話をしだした。

 「それじゃネーネ、この辺の野生の萌えもんと戦ってみるか」

 「………………(ふるふる)」首を横に振る。

 「ん、嫌か?まぁ出身地で戦うのは嫌なこともあるか…。じゃあ近くにあるディグダの穴で、ディグダたちとやるか?」

 「………………(ふるふる)」また、首を横に振る。

 「んー…ネーネ、バトルは嫌いか?」

 「………………(こく)」いくらか悩んだものの、小さくゆっくりと首肯する。

 思わず苦い顔で頭をかくダイヤ。まさか、近い時間でこんなハッキリと対極な者を迎え入れることになるとは思いも寄らなかった。加えて昨日のソーマの言葉だ。余計どうしようと考えてしまう。

 (やりたくないなら別に良いんだけど…そういうわけにもいかないもんなぁ…)

 『HeyHeyミスター!ソイツにやる気がNOならばミーを出せYO!手当たり次第に経験値に変えてやるZE!!』

 「わぁってるからちょっと待てよ馬鹿!…じゃあ、みんなのバトル見てるか?それなら大丈夫だろ」

 「………………」

 物言わず俯いたまましばらく考え、またゆっくりと首を縦に振るネーネ。とりあえず、バトルに対する恐怖心は無さそうだ。

 「じゃ、ゆっくり見てよう。ほら、出てこいジョニー。あと他のみんなも」

 言いながら残り5個のボールを放り投げる。一斉にパカァンと音を立てながら、控えていた5人が飛び出してきた。佇む5人の萌えもん。だがすぐに、人一倍大きな体格のジョニーが物申してきた。

 「What's!?なしてミーのオンリーイベントじゃねぇんだミスター!」

 「数日前にお前を仲間に加えて、今日までその行動を見て思った。お前がなんかやらかしそうになった時は他の誰かに力尽くで止めてもらう」

 「Oh…信用ねーなミスター。ミーは悲しいZE!そんなんじゃそこらで行きずりパコることも出来やしねぇ!」

 「サーシャさん、岩石封じ」

 「了解マスター」

 「4倍クリティカルヒィッツッ!!」

 指示に対し瞬時で応えたサーシャの岩石封じがジョニーに直撃。隆起した岩石が股間と言うヒト型をしているが故の万物共通の急所にダイレクトアタック。こうかは ばつぐんだ。

 そもそもジョニー…ストライク種は虫と飛行の複合タイプ。岩タイプ技の岩石封じとは相性が良過ぎるほどに良い。せめてもの救いは、技のタイプがサーシャ本人のタイプと一致してなかったおかげで100%の力で攻撃出来なかったことだ。

 股座を押さえながら白くなる馬鹿を見ながら乾いた笑いを浮かべたり鼻で笑ったりする中、いつの間にかネーネがダイヤの後ろに回り込んでいた。変化の薄い顔は余計に固まっており、青ざめながら震えていた。完全にビビってる顔だ。

 「…ネーネ、大丈夫。サーシャはあんなだけどふつーにしてれば怒られることないから」

 「そうですよ、大丈夫大丈夫」

 フォローになってるのかなってないのか分からない言葉をかけるダイヤとノア。そう簡単に震えが収まる訳ではなかったが、小さく首肯してくれたんで大丈夫だと思いたい。

 「ほれジョニー、さっさと起きぬかボケが。お主が言い出したんじゃろう?レベルアップすると」

 「That's all right!オッケェーィしかとその眼に焼き付けろよネーネ!ミーのSexyなバトルをYO!」

 などと言いながら両手を天に掲げながら走り出す馬鹿。そのテンションがどこまで持つのだろうかと思いながら、一同はただあの馬鹿の奇行に注目していた。大体ツッコミの為に。

 そうして周りに喧嘩を売りはじめるジョニーと、それに応じて次々飛び出してくる萌えもん達。ニドランやコラッタ、アーボが多い。対して一人ずつ速攻で倒していくジョニー。得意の電光石火は今日もキレが良いようである。

 「………………(くいくい)」

 「ん、どうしたネーネ?」

 袖を引っ張ったネーネが、ジョニーの方を指差した。が、いまいちそれだけでは何を言いたいのかはよく分からない。

 「ジョニーが、どうかしたか?」

 「………………(ついっついっ)」とダイヤに指を差し、その手をジョニーの方に向けて開いて閉じてを繰り返した。

 「…ん、んー…?」

 「多分…ご主人様が指示しなくて良いのか、という疑問だと思います」

 「そぉなの、ネーネ?」

 「………………(こくん)」

 「そっか、わりぃ。でもよく分かったなノア」

 「いいえ、なんとなくです」

 「いや、助かるよ。んじゃ、ネーネの疑問に対してだが…」言いながら、座る向きをネーネに向かい合うようにする。小さな身体の真正面に陣取り、その答えを話し始めた。

 「…まぁ、特に理由らしい理由はないんだ。俺が面倒だってのが一つと、野性とのバトルならアイツに任せて問題ないってのが一つ。アイツは馬鹿で強さに貪欲だけど、無作為に萌えもんを襲ったり下手に傷付けたりはしないからな。その辺をちゃんと弁えてるの分かるから、手放し出来るんだ」

 「ですが、念の為に私たちが監視している。といったところですね」

 「サーシャの言う通り。懸念材料はあるけど、昨日の今日でいきなり遭遇するとは思えないしな」

 「ロケット団の輩、じゃのう」

 「昨日ロケット団のしわざって聞いた時、ジョニーちょっと怖かったもんね…」

 「あやつは誰よりもハッキリとロケット団に対して敵意を持っておるでの。本当は近寄らんのが一番なのじゃが…このままでは、そうもいかなくなるじゃろうな…」

 語るソーマの顔は暗い。やはり何か、心当たりがあるのだろうかと思うのだった。

 「…なぁソーマ、お前ロケット団のこと…」

 「お、坊よ。なにやら強敵のようじゃぞ?」

 遮るように告げるソーマ。少し口惜しく思いながらもジョニーの方を見ると、これまで戦っていた萌えもんとは一回りは大きな相手と向かい合っていた。濃紫の身体、その半身は蛇のような着ぐるみになっている。大きく丸く広がった服と同じ色の髪には、まるで顔のような模様が出来ていた。鋭い牙と紅い眼でジョニーを睨み付けるその萌えもんは、アーボの進化形であるアーボックだ。

 「ハッハー!こいつぁヤリがいがありそうだZE!蛇サーのprincessにLet's Rock!!」

 「威勢だけで勝てると思うな!食らって痺れな蛇睨み!」

 「ノンノンノーン!踏み込みが甘いッZE!!」

 アーボックの蛇睨みをヒラリと躱すジョニー。だが、その攻撃はジョニーの横を通り抜けその先に居るダイヤに向かっていった。言うて蛇睨み、相手を麻痺させる技。ヒトが食らったところで大したダメージになりはしない。それでもさすがに食らうとマズいと直感するが、避けられるタイミングでもなかった。

 「…あ、やっべ」

 「ご主人様ッ!!」

 「………………!」

 状況を察し、スッと前に出て来たのはネーネだった。小さなその眼と身体が輝いていき、腕を前に突き出す。そこへ迫る蛇睨みが、ネーネのか細い腕に…正確にはそこに届くことなく遮られた。まるで、鏡に防がれているようだ。

 「ネーネ、これは…」

 「………………!」

 もう一度力を込めると、その場で遮られている蛇睨みが甲高い音を立ててそのまま反射、アーボックへ打ち返された。

 驚愕する一同。それはジョニーと相対していたアーボック自身もそうであり、その驚きが回避を疎かにしていた。

 「なっ、なぁ、にぃ!?」

 「オッケェイ隙ありァ!!最速必倒パーリィナゥ!!」

 アーボックが麻痺により動けなかったところに、ジョニーが速度を上げて白く輝きながら突進する。ノアも覚えている技、電光石火だ。高スピードから振り下ろされる刃の一撃はアーボックの脳天に直撃し、ノックアウトさせたのだった。

 なお余談ではあるが、ストライクの両腕は鋭利な刃となっているにも関わらず攻撃しても”斬れない”のは、使用する技や萌えもん自身が行う力加減が関係している。

 野生で他の萌えもんと共生する中で、互いが命を軽んじることの無いように…つまり、殺し合わないように加減し合うのだ。彼らはそうやって、この生態バランスを保っているのである。だが逆を言うと、彼らは本気を出せば相手の命を容易く摘み取れるほどの力を秘めているとも言えるのである。

 閑話休題、倒されたアーボックがゆっくり起き出してきた。流石に今は戦意は無いらしく、気さくな笑顔でダイヤ達の方へ寄ってきた。

 「あのストライクは君の手持ちかい?強いねぇ」

 「あの馬鹿の相手してくれてありがとう。ダメージは大丈夫か?」

 「よく効いたよ、良い腕してるねぇ。それに、そこのおチビちゃんも予想外だった」

 と言って目線を下にやるアーボック。目線の先に居たネーネは、ダイヤの脚に隠れるように立っていた。

 「なるほどね、アンタはこのヒトの手持ちになったのか」

 「ネーネのこと、知ってるのか?」

 「この辺の縄張りじゃ有名な子だよ。ま、鬼子としてだけどね」

 「鬼子、って…」と尋ねるはノア。サーシャとメルアも神妙な表情でアーボックの方を向いている。

 「特異な子ってことさ。具体的には、その種族が本来持ってないような特性を持って生まれた子だね」

 「特性…昨日ソーマが言ってたな。ネーネの特性はシンクロだって…」昨晩の事を思い返しながら図鑑を開き確認する。そこには間違いなく”シンクロ”と書いてある。だが、それに加えてもう一つ…”マジックミラー”という覚えのない文字が表示されていた。

 「マジック、ミラー…?」

 「――他者から放たれる異常や状態変化といった、自分を害するモノを反射する特性じゃ。妾も、話に聞いてただけでそんな特性を持ったヤツ…しかも本来の特性までも併せ持っておる二重特性所持者なぞ初めて会うたがの」

 アーボックとソーマ以外の、周囲の目がネーネに集まる。驚きに満ちた目が。

 「そういうこと。まー私も、此処に棲むネイティの中に村八分されてるのがいるってことしか知らなかったけど、さっきのを見たら納得だわ。可哀想だとは思うけど、ネイティは言葉以上に心を通わせ生きる萌えもん。多分その子、そういうのも遮ってきちゃったんじゃないかな。自分は相手の心を読めるのに、自分の心は相手に読ませないように」

 アーボックの言葉に対し、答える者はいない。共感など出来ようもないのだが、思わずネーネに同情してしまったのだ。ジッと下を見つめているネーネの姿は、恐怖と依存を併せたとてもやり場のないものに見えた。

 「んじゃ、腹も減ったし私は棲み処に戻るよ。元気でやんなねー」

 最後まで気さくに、手を振って草叢へ戻っていくアーボック。きっとその性格は、同種の萌えもん以外からも好かれて仲間も多くいるのだろう。それに対して、足元の小さなネイティはこれだけ大きな草叢、多くの野生が棲まう場所で独りぼっちだったのだろうか。そう思うと、昨晩ソーマが言っていた言葉が自然に一本に繋がっていた。

 「…そっか。そうだったんだな、ネーネ」

 「………………!」ビクッと震えるネーネの前に座り込むダイヤ。彼のその顔は、少しぎこちないものの決して恐怖や侮蔑といったものではない、優しい笑顔だった。

 「あー…上手い言い方とかカッコイイ台詞とかなんも思いつかないけどさ、俺はネーネが仲間になってくれたのは嬉しいと思ってる。

 仲間になってくれたから、俺はずっとネーネの味方だ。それだけは、間違いない」

 「メルもメルも!ネーネはずっと友だちだよっ!」

 「ふぅ…まぁ心は読めても、わざわざそれで悪さするような子じゃないでしょうし。ソーマやジョニーに比べれば可愛いものですね」

 「Why!?ナニを言うのかYou!みんながLOVEしたミーだZE!?さてはツンデレだなサーシャ!」

 「ツンギレで良いですね。いや、クーギレですか?」

 「あはは…。でも、大丈夫だよネーネ。みんな、いいひとばかりだから」

 ネーネの小さな手を握るノア。見つめる顔は、主以上に優しく穏やかな笑顔だ。その顔とその空気、多くの暖かさに触れて、ようやくネーネは笑顔を取り戻すのだった。

 「………………(にこ)」小さくか細く、だがとても素直な笑顔を。

 

 「…まったく、甘ちゃんどもが…」

 



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第8話『波間に揺れる過去と現在』 -2-

 

 綺麗に晴れ渡った朝。澄み切った青空の下で歩き出したダイヤ。香る潮風と看板を頼りに進んでいったそこは、カントー地方最大の他地方との連絡地点であるクチバシティの港だ。

 少年の眼前には、自身の想像を超える大きさの白い物体…豪華客船サント・アンヌ号が海に浮かんでいる。一年に一度、ここクチバ港に停泊し世界各地のセレブや業界に名を馳せる者が集い交流を重ねる立食パーティーを行うのである。

 このパーティーを切っ掛けに多くの研究者やトップトレーナーが更なる高みへ昇るだろうと言われ、実際に歴代の地方チャンピオンやリーグ四天王ら、地方を代表する著名な博士や功績者は一度は参加している。…のだが、こういうパーティーにはどうしても金の話が付き物。スポンサーになろうとする者が期待を込めてすり寄ってくるのだ。そういうモノに嫌気が差した者は必然的にパーティーから足を遠ざけていった。

 無論、大人の付き合いと割り切って参加する者もいるが、マナーの欠いた者達の行いはいつだって煙たがれるものである。

 だが、そのような話を全く知らぬ少年は表面上冷静を保っていても内心は緊張と期待で膨らみ切っていた。俗にいう、おのぼりさん状態だ。

 「ようこそ、サント・アンヌ号船上パーティーへ。招待券を拝見いたします」

 「はっ、はい!え、えっと、これ、ですよね!?」

 「………はい、拝見いたしました。ではごゆっくり、パーティーをお楽しみください」

 タキシード姿の若年紳士に優しく微笑まれ、更に緊張を増しながら船内へ進んでいくダイヤ。耳に付けたイヤホンからは、ソーマの呆れ声だけが聞こえてきた。

 『固まり過ぎじゃ阿呆。堂々とせんか』

 「今はその強靭なメンタルが羨ましいよソーマさん。こちとらただの一般小市民ですよ?」

 『とって喰われるワケじゃなかろうに。天上のボンボンどもが自称一般小市民に注目するか?自意識過剰というのじゃよ其れは』

 「なんか今日は一段とキツいな…。来るの嫌だったか?」

 『別にそういう訳ではない。…まぁ加えておくなれば、この手の場所には坊みたいな田舎モンを餌にして私腹を肥やす汚い輩も居るという事じゃ。ハメられてからでは遅いでの』

 「…おーけー、気を付けるよ」と溜め息交じりに返すダイヤ。しかしこんな指摘でも、緊張は解けるもんだと思うのだった。

 手に持ったチケットを見なおすと、当日限定の休憩室として専用の個室もあてがわれているらしい。なので、とりあえずはそこに行くことにした。

 

 「――…うっわ」

 ただそれだけ。年若く人生経験も少ない少年から発せられたものは、絶句するような感嘆の言葉しか出てこなかった。

 煌びやかな船の一室は隅々まで美しく保たれており、インテリアが完璧な芸術に思えるほどだった。身体を休める為のベッドにすら、軽々しく座ることも畏れ多く感じてしまう。これは本格的に、場違いな場所に着てしまったのではないかと只々思っていた。

 「…とりあえず、みんな出てこーい」と、何処か投げやり気味にセットしてあった6個のボールを全て解放。扉の前で7人が立ちつくす。

 「なるほどのぅ、休憩用の個室でコレかぇ」

 「ワーヲ、こいつぁスゲェ。マネーがバーストしてんな」

 「ほわぁぁぁぁぁ…すっごぉぉいぃ…キラキラしてるぅ…」

 「………………(きらきら)」

 「…んんっ、確かに見事な内装ですね。流石は豪華客船といったところでしょうか。写真でしか見たことのなかったものをまさか目にすることが出来ようとは思いませんでしたが、このような機会に恵まれたのは幸運と言わざるを得ないのでして云々…」

 「でも、本当にすごいです…。すごくて、すごすぎて…あぁぁなんて言ったら良いんでしょうこれ…」

 「この驚きを共有できただけで満足だよ俺は。マサキさんに感謝しないとなー」

 「うわの空で何を言っておるのか坊。はよ行かねばパーティーも終わってしまうぞぇ?」

 「ええぇっ!?そんなのダメダメぇ!早く行こうよマスター!」

 「そうだぜミスター!どうやら此処にはブルジョワなトレーナーも多そうだし、旅費稼ぎに搾取してやろうZE!!」

 いの一番に声を上げるメルアとジョニー。声には出さないものの、その眼は期待で輝いているノア、サーシャ、ネーネ。つまり、満場一致でパーティーを楽しもうというハラだ。ならばこそ自分が臆している場合ではない。だって、自分だって楽しみだったことに違いはないのだから。

 「…よっしゃ!じゃあ徹底的にパーティーを楽しんでやろうじゃねぇか!行くぜぇー!!」

 半ば自棄になったかのように声を張り上げ歩き出すダイヤ。しかし、その顔は外の晴天に負けないような明るい笑顔で、自然と他のみんなも楽しそうな顔に変わっていた。

 行く先々で交わされるなんか高貴っぽいご挨拶に圧倒されながらも、バトルとなると特別ハッスルする馬鹿がいるからか何度挑まれても特に問題なかったのはありがたかったと言える。中でも、ホウエンやシンオウ以外の地方…イッシュやカロスといったところのトレーナーと戦えたのは、ダイヤの見聞を広げる良い機会になっていた。

 それらトレーナーとのバトルを終え、腹の虫も鳴ってきたところで立食会の会場に入っていくダイヤ達。話題はずっと、此処で戦ったトレーナーとのバトルについてだ。

 「スゲェな…初めて見る萌えもんばっかりだったな!」

 「ヨーテリー、マメパト、ダンゴロ、コロモリ…この辺りがイッシュの萌えもんらしいですね。そしてホルビー、ヤヤコマ、シシコ、フラベベ…こっちがカロスの萌えもん」

 「図鑑、なんにも出ないんだね~」と、サーシャの隣から覗き込んだメルアが呟く。

 確かに萌えもん図鑑には、外観写真だけでその習性や生態についてはなにも表示されていなかった。些細な疑問に答えるかのように、ダイヤの後ろから少年の声が聞こえてきた。

 「この図鑑、全国対応してねーんだってよ」とやや上から目線で告げた声。それには聞き覚えがあった。

 「あ、ロイ。なんだ、お前も来てたのか」

 「じーさんのコネを使わせてもらってな。つかお前はどうやって来れたんだここに」

 「あー、なんか成り行きでマサキって人に助け助けられて…何故か来させてもらうことになった」

 「はー…よく分かんねぇなホント。まぁ、俺はここに来たお蔭で海の向こうの萌えもんを交換してもらうことも出来たぜ」

 「交換か…。俺にはちょっと無理かも」

 「お前は変に感情移入しすぎなんだよ馬鹿。互いの気持ちとメリットが合えば交換してやりゃいいんだ」

 「そう言うもんなのかね…。で、どんな萌えもんを交換したんだ?」

 「ヒトモシってヤツと、オンバットってヤツ。ほら、出て来い」

 言いながらボールを二つ放り投げるロイ。そこから出て来たのは、純白の肌の上に同じ色の服を纏い、柔らかな濃い紫炎のような髪を揺らす片目の少女と、淡い紫色の髪と頭に大きな耳のようなものが付いた、腕が蝙蝠の羽根のようになっている黒服の金眼少女だった。

 「Excuse me。ヒトモシと申します。この度、マスター・ロイにお仕えすることになりましたので、どうかよろしくお願いします」

 「あたいはオンバットだよ!よっろしくぅ!」

 おっとりした口調で自己紹介するヒトモシと、無邪気に元気よく挨拶するオンバット。どちらも、ダイヤが見るのは初めての萌えもん達だ。

 「初めまして。俺はロイの幼馴染のダイヤってんだ。またバトルする機会もあるだろうし、今後ともよろしくな」

 笑顔で挨拶するダイヤ。傍にいたノアたちも一緒になって彼女たちに挨拶していった。海の向こうの萌えもんとはいえ、特に不便なく言葉が通じるのはありがたいことだ。

 「ワニノコたちは元気にしてるのか?」

 「お前のとこと同じで何人か進化してるがな。せっかくだ、出て来い」

 そのままの流れでロイも残りの手持ちを全て解放し、互いの萌えもん同士の和気藹々とした団欒の場となる。その中にアリゲイツの姿を見ると、ノアとメルア、サーシャがすぐに彼の元へ寄って行った。

 「数日振りです、兄さんっ!」

 「うん、数日振りだひーちゃん。無事にブルーバッジも手に入れたようだね。良かったよ」

 「特訓のおかげだよぉ~。でも、いっぱい頑張ったもんねっ!」

 「メルアちゃん、この前はまだ進化してなかったもんね。その成果が進化って形で表れてなによりだ」

 「それは、私に対するあてつけですか?」

 「あぁごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。でも、サーシャさんも十分進化できる力量はあると思うんだけどなぁ…」

 「…きっと、まだ切っ掛けが足りないんでしょうね。ノアやメルちゃんが進化した時のような、強い切っ掛けが…」

 話し込む4人を眺めるジョニーとソーマとネーネ。どうにも、コミュニケーションに入り込むのが苦手な3人になってしまっていた。すこしぼんやりしている時、前を通ったロイの手持ちのモココを呼び止める。

 「HeyHeyボーイ、ちょっとええかな?」

 「ん、どーしたの?」

 「いやなに、あのアリゲイツ、ウチの連中からも随分慕われてんだなーと思ってYO」

 「あー、まぁあの兄さんなら仕方ないと思うよ。うちでも兄さんは中心的な存在だしねー。頼りになるし面倒見も良い。マスターが強面な時も間に入ってくれるし、なんかこう、つい頼りたくなるタイプなんだよねぇ」

 「随分とよく出来た性格をしとるんじゃのう。うちの盆暗にも見習わせてやりたいわ」

 「………………(ぷーー)」ソーマの軽口に、ネーネが頬を膨らませる。どうやら少し、怒っているようだった。

 「…坊を悪く言うな、ってことかぇ?あぁあぁ、分かったから睨むでない」

 やはりまだ、ソーマはネーネが苦手だった。心の内を読まれたところで、彼女がそれを誰かに話せるような性格でないことはもう分かっている。が、それでも”読まれている”ことそのものに恐怖感を抱いていた。

 「あのアリゲイツ、強いのか?」

 「ウチのメンバーの中じゃ一番ねー。相性が良い僕でも勝つのに苦労するよ」

 「ほぉう…一発バトッてみるのも面白そうだZE!」

 「………………(ふるふるふる)」と、今度はジョニーの言葉に対し首を横に振るネーネ。やはりその顔は、小さいながらもしかめ面だった。

 「…オーライオーライ、いきなり襲い掛かったりなんざしねぇYO」

 どうやら、ネーネは上手い具合にこの二人を抑えられているようだ。言葉は出さなくても、表情変化は小さくても喜怒哀楽をちゃんと出す彼女をちゃんと仲間だと認めているように見えた。

 その様子を嬉しそうに眺めていたダイヤと、隣の席に当然のように座ってくるロイ。二人にとっては、久し振りに顔を合わせて話す機会になる。

 「元気そうだな、ロイ。しっかし、未だにニックネーム付けないのねお前んトコは」

 「面倒だからな。一人につけたら全員に付けなきゃいけないし」

 「それも一つの楽しみだと思うけどな。あ、そういえば俺もハナダジムをクリアしたぜ」

 「俺はもうクチバジムを突破した。あそこのジムリーダーも強かったが、まぁなんとかだな」

 自慢するわけでもなくバッジケースを開けて見せるロイ。グレー、ブルーの次に仕舞われた3つ目のバッジである、オレンジバッジがケースの中で輝いていた。

 「さっすが、早いなそっちは。だってのにこの前はあいつらの特訓に付き合ってくれたみたいで、ありがとうな」

 「ま、こっちはお前らと違っていつでも修行中だからな。野生の連中より良い経験になるし。つーか、お前は何やってたんだあの時。萌えもんの傍に居ないでよ」

 「あー…まぁ、色々だよ色々。さっきも言ったけど、マサキさんに助けて貰ったりしてたの。その原因がそこのストライクだっただけで…」

 「…アイツか。俺が言うのもなんだけど、お前よくあんなのメンバーに加えようと思ったな」

 「物騒なとこあるけど悪い奴じゃないしなぁ…。まぁ、アイツの目的に手を貸せる間までってとこさ」

 「目的?」

 「ロケット団に復讐するんだってよ。物騒なもんだぜまったく」

 平然と言うダイヤに、思わず大きな溜め息で返すロイ。どうもこの幼馴染は、話をしてる事の大きさを理解してないように思うからだ。

 「そんなモンに関わんなよ…。お前が成長しねぇのは勝手だけど、それで痛い目見るのもお前自身だぞ」

 「うるせぇやい。俺は俺のやりたいようにやるんだ。お前だってそうだろ?」

 「…ま、そりゃそうだけどな」

 二人して手元のソフトドリンクを飲みながらまた溜め息をつく。思春期特有の、他者の言葉を聞かない頑固さが二人の間を広げているように思えた。そんな二人のテーブルに、向かい合い相席する形で一人の男が座ってきた。

 初老の顔つきに似合わぬ、大柄で筋肉質な体躯。被る様に着ているポンチョの中からはボロボロの布服の裾が見えている。そして何よりも印象深いのは、まるで太陽のように広がった赤と橙色の髪と、首に下げた一繋ぎになっているモンスターボールの束だ。もちろん腰にもボールは装備されてある。ボックス管理が整った今ではあまり見られない古風な姿でもあった。

 そんな、二人の少年とは二回り以上は歳が離れてるであろう男が豪快な笑顔で話しかけてきた。

 「随分難しい顔してるじゃないか、少年たち。せっかくのパーティーが台無しだぞ?」

 「…誰だよ、オッサン」と睨み付けながら返答するロイ。怒りというより、面倒臭さが前面に出ている感じだ。

 「ワシか。ワシの名はアデク。イッシュから旅をしてきてな、船長とは旧知の仲だから少し羽根休めさせて貰っておったのじゃ。で、君らはなんと言う名なのだ?」

 「…ロイ。マサラタウン出身のトレーナーだ」

 「ダイヤです。コイツと同じ、マサラ出身のトレーナーです」

 「ロイと、ダイヤか。何やら難しい話をしていたようだが、そんな険悪な雰囲気だと萌えもん達も怯えてしまうぞ?同郷の出身なら尚更だ。仲良くとまではいかずとも、互いを尊重してみてはどうだ」

 「尊重、ねぇ…」ロイの呟きと共に目線を合わせる二人。どうにもまだ、そう上手く行かない空気が漂っている。それを察したアデクが、思わず笑みを漏らした。

 「フフっ、若いなぁ若人よ…。互いの思想を素直に認められないのは、若さと見分の狭さ故に許される大切な時期だ。だがそれは同時に、ただ闇雲に鬱憤を溜め込むだけの悪循環でもある。

 うむ、そういう時はバトルだな!そうと決まれば甲板へ向かおうぞ!」

 「あっ、ちょ、ちょっと!」

 「強引なジジイだな…。行くぞお前ら」

 言うが早いか、立ち上がり大股で歩き出すアデク。思わず団欒中の萌えもん達を呼び寄せ、アデクを追いかけるダイヤとロイだった。



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第8話『波間に揺れる過去と現在』 -3-

 

 - サント・アンヌ号 甲板 -

 

 豪華客船の甲板は、その名に違わぬ豪華さだった。広く大きく、隅々まで綺麗に清掃されていて吹き付ける潮風も爽やかなものに感じられる程だ。しかもその広さは、萌えもんバトルをやるのにも十分すぎるサイズでもあった。

 おそらく、金持ちやハイレベルなトレーナーが行うエキシビションマッチを観戦する用途も兼ねているのだろう。そんな野良バトルやジム戦とは一風違ったバトルフィールドに、3人のトレーナーが立っていた。片方にはアデクが、相対する方にはダイヤとロイが並んでいる。

 「さぁバトルだ!二人とも存分にかかってこいッ!!」

 「いや、なんで俺がダイヤとタッグバトルだよ」

 「こっちのセリフだコノヤロー。バトルしあう事はあってもタッグ組むとかないわ」

 「そう、だから良い!互いに切磋琢磨しあうには、時には肩を並べることも大事なこと!相対しているだけでは見えぬものも見えてくるというものだ!」

 「で、でも2対1はフェアじゃ…」

 「案ずるな。君たちのような若人に後れを取るほどヤワな人生を送ってきておらん。臆せずかかってこい!」

 「…じゃあ、望み通りにしてやるか。降りたきゃ降りろよダイヤ。俺はやる」

 「うぅぅ…あーもうしゃーない、やってやる!」

 アデクに対し身構える二人。フィールドの外では、互いの萌えもん達が傍で待機していた。

 「ワシはコイツだ!往けぃ、ウルガモスッ!!」

 「了解よ、ダディ!」声と共に現れたのは、6枚の赤い羽根を持ち胸元は白いファーに覆われたた衣装を纏う女性。端の吊り上がった色眼鏡と、黒いショートヘアから伸びる赤い触角も印象的だ。これがアデクの繰り出してきたイッシュに棲息する太陽萌えもん、ウルガモスである。

 「アンタの実力、試させてもらうぜ。来い、モココ!」

 「あいさー!先陣はお任せだよ!」

 「こっちはお前だ、ジョニー!」

 「ィイヤァッハァァァァァ!!Nice choiceだミスター!野郎からフィーリングするビシバシスペシャルプレッシャー!!こいつぁヤリ合わなきゃ損ってもんだZE!!」

 「さぁ先行はくれてやる!打ってこい!!」

 「言ってろ…!モココ、エレキボール!!」

 「ジョニー、電光石火!!」

 ロイの指示と共に彼のモココの尻尾、その先の珠に電撃が溜め込められる。それを一瞥することもなく駆け出すジョニー。すぐにその速度が高まっていく。すぐさまジョニーの背後より撃ち放たれるモココのエレキボール。それを見て、すぐに指示を付け加えるダイヤ。

 「背後からエレキボールがくるぞ!引き付けて相手にブチ当てろ!」

 「オッケェイこうだなぁッ!」とエレキボールの前を走り出すジョニー。光を纏い最高速へ至るその背後には、モココが放った電撃の玉がピッタリと付いて来ていた。

 そしてウルガモスに近付いた瞬間、上下左右に揺れ動いたかと思うとその場から消え去るジョニー。次の瞬間ウルガモスの眼前にはエレキボールが飛来し、中空に移ったジョニーが相手の背後を斬りつけた。

 電撃と斬撃の挟撃を直撃を受け、ウルガモスを中心に爆風が巻き起こる。それに乗じてすぐにジョニーがダイヤの元へ戻ってきた。が、その爆発の煙を強い風が吹き飛ばした。ウルガモスが、その6枚の羽根を羽ばたかせたのだ。

 「へぇ、即興にしてはちゃんとしてるじゃないの」と、余裕の笑みでホコリを払う。与えたダメージは無いようなものだった。

 「…マジかよ」とこぼすロイ。ダイヤがどこで覚えたのか知らないが、状況を活かしたさっき攻撃は間違いなく高い効果があったはずだ。なのに、それでもほぼ無傷。この一瞬で、ロイは圧倒的な力量差を感じ取っていた。

 「くっそ、なら次だ!ジョニー、真空波!」

 「馬鹿!作戦もなく先走りやがって…!モココ!電気ショック合わせろ!」

 二人の指示が交錯し、ジョニーが両の腕を素早く振り払い真空波を撃ち出す。それを追うように、モココも電気ショックを繰り出した。相対するアデクは片手を前に出し、ウルガモスに指示を一つ出すだけだった。

 「炎の渦だ!」

 「了解!」

 ウルガモスの6枚の羽根が交互に動き出す。炎を伴う羽根が生み出す気流を渦と化し、巨大な炎の渦が真空波と電気ショックの両方を掻き消してジョニーとモココの二人を飲み込んだ。

 「モココ!」「ジョニー!!」

 二人して眼前の炎を見つめてしまう。下手に手出しも出来ないもどかしさが、二人の胸中を占めていた。

 やがて数秒後、炎の渦が収まったそこには、飲み込まれた二人の萌えもんが其々目を回して倒れ込んでいた。たった一撃でノックアウトである。

 すぐさまそれぞれをボールに戻すダイヤとロイ。直後に突っかかってきたのは、ロイの方だった。

 「チッ…!おいダイヤ、どういうつもりだよ!」

 「ど、どういうって…何が!」

 「相手の力量も分からなかったのか、って言ってんだよ馬鹿が!せっかくお前にしては上手い攻め方したと思ったのにコレかよ!」

 「…んだよその言い方は!いつもいつも上から目線で余計なことばかり言いやがって!」

 「馬鹿に馬鹿つって何が悪い!力量差ぐらい読み切れ!その上で頭使ってバトルしやがれ!そんなだからそんな連中でマグレ勝ちしか出来ねぇんだよ!!」

 「だっ、誰がマグレだこの野郎!!俺のバトルの腕はともかく、俺の仲間を馬鹿にするのは許さねぇぞロイ!!」

 「喝ァッッ!!!」と、ダイヤとロイの罵り合いに一喝で割り込むアデク。二人の喧騒が一瞬で冷めていくようだ。

 「…良い喧嘩だ、結構結構。だが、君たちが立っているのは何処だ?向かい合っているのは誰だ?傍にいるのは誰だ?まずはそれと向き合え若人よ!そして君たちの想いを、信念を、魂を…全てを以て打ち込んで来いッ!!」

 強く豪快な笑顔で説教するアデクの言葉を、ただ茫然と聞くダイヤとロイ。

 互いに互いを気に入らないと思う部分もある。だが幼い頃から何度もバトルしてきたのだ、互いの長所だってよく分かっている。先ほどの攻撃一回だけでも、ここまでのトレーナー旅で得たものがハッキリと視えている。

 相手の力量を正しく察知し、適切な行動を選択できる素質を伸ばしたロイ。

 偶然の状況を有利に変える、攻撃的な臨機応変さを習得していたダイヤ。

 互いに理解しているのなら、それを組み合わせれば良い。ただそれだけなのだ。

 「…俺ら言われっぱなしだな、ロイ」

 「ったく、お前と組むとロクなことになりゃしねぇぜ。…相手は炎タイプな上にこのレベル差、マトモにやり合って勝てる相手じゃねぇな。俺はアリゲイツで行くぜ」

 「じゃあ、俺は――」

 「勝ちを狙う時は、情を脇に置いとく事も必要だぞ。優位なタイプがいるなら出し惜しむなよ」

 ノアを選ぼうと思っていたところに釘を刺された感じだった。アリゲイツはノアの幼馴染なら、共に戦いたい気持ちもあるだろう。こんな機会は次いつやってくるか分からない。

 ならば自分は、彼女の想いを叶えてあげたい。あげたいのだが…。そんな迷いの目を、思わずノアに向けてしまう。そんな主に対し、彼女はただ声を上げて言うのだった。

 「大丈夫です、ご自身の判断を信じてください!それが、ご主人様の信念に…正義に基づく判断ならば!」

 「…サンキュ、ノア。っしゃあ行くぜ、サーシャ!」

 「お前もだ、アリゲイツ!」

 サーシャとアリゲイツ、二人の萌えもんがバトルフィールドに立つ。相対するウルガモスは、未だ余裕の笑みを浮かべていた。

 「そうか、君の信念は”正義”か、ダイヤくん!」

 「…えぇ。ちょっとまだ、小っ恥ずかしいですけどね」

 「良いではないか、その信念。それを抱えて進む君は、”正義の味方”になるんだな!ではロイくん、君の信念はどうなんだ?」

 「…俺は、”最強”を目指す。誰よりも強いトレーナーになる。それが、俺の信念だ」

 「うむ、それもまた良し!”正義の味方”と”最強の戦士”、大いに目指せ若人たちよ!その果てに見る光景がなんであるかは、自分の目で確かめるのだ!!このバトルを糧に、もう一段上へ進んで来い!!」

 戦闘態勢に入るアデクとウルガモス。それは時に旅人を照らし闇を裂く導となり、またある時には向かう相手を焼き焦がす大いなる炎にもなる。そんな二人の姿は、まるで本当の太陽みたいだった。

 「……なぁロイ、もしかして俺ら、えらい人とバトルしてんじゃね?」

 「さぁな、今更だ。お前のサンド、炎に効く技持ってるな?」

 「勿論」

 「だったら余計なこと考えずにそいつをパなせ。タイミングとか状況判断は任せる」

 「OK。どこまでやれっか知らないけど…!」

 二人のトレーナーに合わせ、アリゲイツとサーシャも戦闘態勢に入る。相性的に有利はあるだろうが、それだけでこの力量差を埋められるのだろうか…そう思ってしまったサーシャが、呟くように声にした。

 「……貴方は、あの相手に勝てると思います?」

 「…うん、正直無理だと思う。でも、だからってマスターの期待に応えないわけにはいかないしね。俺はただ、マスターを信じて全力を尽くすだけさ。…来るよ!」

 再度ウルガモスを見つめ直す。その羽根は、再度大きく揺らめき始めた。

 「ウルガモス、炎の渦!!」

 「アリゲイツ、水の波動!!」

 「サーシャ、岩石封じ!!」

 3人の声が交錯し、それぞれが同時に動き出す。ウルガモスの炎の羽根が蠢き放たれる炎の渦。その渦が広がる前に、アリゲイツの水の波動が相殺するように炎へ直撃する。が、それだけでは威力を殺しきれず、渦がさらに迫ってくる。その直撃の瞬間、サーシャの岩石封じが発動。甲板より隆起した岩石がサーシャとアリゲイツを守るように飛び出した。

 「…へぇ、上手いこと防御するじゃない。でもまだよ!」と、更に炎の渦を巻き起こすウルガモス。今度はその威力を殺されることなく、先程と同じように渦に飲み込まれてしまった。

 「くっそ、マズいか…!」

 「任せろロイ!サーシャ、岩石封じで打ち消してやれ!!」

 届いた指示と共に甲板を叩きつけるサーシャ。再度周囲に岩石を隆起させるも、それだけで炎の渦は打ち消せなかった。

 「まだ、もう一発…!」

 「無理しないで!俺は水タイプだからまだ耐えられるけど、キミは…!」

 「…いいえ、マスターの指示ですから…!それに、一矢報いるならば貴方の水の波動の方が、確率は高いでしょう…?」

 体力が削られ続ける中で、何度となく甲板を叩き付けるサーシャ。隆起した岩が重なり合い分厚くなってくるも、炎の渦は一向にその威力を弱めることはない。外からその状況を眺めながら、業を煮やしたロイがついに声を上げた。

 「何が任せろだ!全然駄目じゃねぇか!」

 「…確かに俺の指示は駄目だけど、こんな駄目な指示でもあいつらは何とかしてきてくれたんだ!ノアは、メルアは…そして誰よりも、あのサーシャは!だから!!」

 

 (――だから私は、そんなにも私を信じてくれる馬鹿なマスターに応えたい。…いいえ、応えるのよ…ッ!)

 炎の渦の中、青い光がサーシャの身体から発せられる。隣にいたアリゲイツだけが、彼女の異変にすぐさま気付いた。そういえば自分の時もこんな感じだったと思いながら、彼女の変化を黙って見守っていた。

 「――そうよ。岩で遮るのが無理なら、爆風と砂塵で吹き飛ばせばいい…。力がみなぎってる今なら、それぐらいやれる!」

 「俺に手伝えること、あるかい?」

 「反撃の姿勢をとっててもらえば、それで十分です。あとは互いのマスターがなんとかしてくれる、ですよね?」

 「…うん、そうだった。じゃあよろしく!」

 「――だあぁぁぁぁぁッ!!」

 気合と共に岩へ打ち込まれる両手の一撃。マグニチュードが発せられる振動が重なった岩を伝い、粉々に砕け散った。そして掻き上げるように腕を下から上へ振るうサーシャ。高められた力は瞬間的に巻き起こる砂嵐と化し、同じ回転で炎の渦を掻き消したのだった。

 「…ッ!よっしゃ、やったぜサーシャ!」

 「その隙を逃すなアリゲイツ!水の波動!!」

 「でぇぇぇりゃあぁッ!!」

 一発目よりも巨大な水の波動を両手で作り上げ、ウルガモスへ撃ち放つアリゲイツ。全身に漲るように高まっている水の力は、御三家種特有の特性…体力減少時に、その力を大幅に上げるもの。ノアの猛火に対し、アリゲイツのそれは激流と名付けられている。

 その激流の力を足して巨大となった水の波動を迎え撃とうとするウルガモス。だが同時に、彼女に向かって走り込む気配もすぐに察知していた。変わり映えのない…しかし確実に有効な手段である波状攻撃。水の波動の裏に隠れたその気配…炎の渦を放った時のそれより、遥かに大きくなっている。それに気付いた瞬間、ウルガモスの口角が自然と吊り上がっていた。

 防御姿勢は取ってはいるが、激流の乗った水の波動が直撃。爆発するように溢れた水蒸気を目眩ましに、もう一つの影が近付いていた。

 黄砂色の長く尖った耳。同じ色の着ぐるみはノースリーブと化し、肘から下は大きく鋭利な二本爪が伸びている。たなびく髪は流れる黄金色ではなく、太い針のように固まったダークブラウンの髪となっていた。そして標的を見据える彼女の顔には、変わらぬ眼鏡が輝いている。

 サンドパンへと進化したサーシャがその姿を見せた刹那、白いオーラを纏い肥大化した右腕をウルガモスへと振り下ろし、一撃を加えるのだった。

 「サーシャ!…進化、したのか!」

 「そのようですね。力の入り方がさっきとは段違いです。新しい技も使えるようになりましたし、バトルの幅も増えるでしょう。…ですが、それでもあの相手を倒すには至らないでしょうね」

 「マジかよ…」

 「私たちはまだまだ力不足という事でしょうね。正義を為すにも、信念を押し通すにも」

 「…どうしよっかマスター。降参する?」息を切らしながらロイに進言するアリゲイツ。彼の問いに、ロイは答えられなかった。

 降参は最後の手段、そう簡単に取れるものではない。だが、ここまでしても相手のウルガモスはまだまだ余裕がある顔だ。ロイは勿論、ダイヤですら流石に敵わないという事実を察していた。

 ふとロイの横顔を見るダイヤ。歯を強く噛み締めたその表情は、意地を張って言葉に出せないという風に見えた。そんな、昔と変わらぬ幼馴染に何を思ったのか…先に肩の力を抜いたのは、ダイヤだった。

 「降参です、アデクさん」

 「ほう、良いのか?」

 「俺は構いません。喧嘩やジム戦じゃないんだ、白黒つくまでやり合う必要もないでしょう」

 「なるほど。君がそう考えるのなら、ワシもそれで構わん。ロイくん、君はどうかな?」

 「……チッ、分かったよ。降参だ。ったく…お前が先に降参するせいで、俺まで道連れじゃねぇか」

 「元はと言えばお前がバトルに引っ張り込んできたんじゃねぇか。これでおあいこだバーカ」

 二人して座り込んでの罵り合い。その周囲にはそれぞれの手持ち萌えもん達が集っている。それは、アデクが常に望んでいるとても明るい光景だった。

 「よくやってくれた、ウルガモス。戻ってくれ」

 「はーいはい。あー偶には本気でバトルもしたいわダディ」

 「そう言うな、若人の本気を受け止めるのも面白いではないか。まぁ、今は休め」

 そう言ってウルガモスをボールに戻し、言い争いを続けるダイヤとロイの元に近付いてドカッとその場に腰掛けた。

 「お疲れだ。やはり、バトルは良いな!どんな形であろうとも、そこに居る者同士の想いを忌憚なくぶつけ合える!」

 「…アデクさんは、俺たちにどんな想いをぶつけてきたんですか?」

 「うむ…ワシらはいつでも、バトルの時は”己”をぶつけている。己をぶつけ、相手にワシらの存在を認めてもらいたいという想いをな。ただそれは強制ではなく、お願いみたいなものだ。認められず、相容れなかったことなど星の数ほどあった。何度となくこの鍛えた力で捻じ伏せてきた。

 だがそれでも、ワシはこの世界に無数に存在する繋がりを…絆を信じている。ワシにとってバトルとは、絆を生み出し繋ぎ合うためのものなのだ」

 ダイヤもロイも、彼らの萌えもん達全ても、アデクの話をただジッと聴いている。

 「この世界はとても広く、あまりにも面白い。ヒトと萌えもん…似ているようで全く違うもの達が、こうして互いを認め合い共に在ることは本当に素晴らしいと思うのだ。だが悲しいかな…それが通らぬ場合が、この世界には必ず存在するのだ」

 一呼吸おいて、ダイヤの方を向くアデク。その表情は、どこか哀しげな神妙さを見せていた。

 「ダイヤくん、君は”正義”が信念だと言った。だが”正義”とは、相対する”悪”がいて初めて成り立つものだ。君にとって”悪”とはなんなのか…それとどう向き合うのか。悩み多き道だろうが、これからの人生で、ゆっくりその答えを見つけて行ってほしい」

 ダイヤへの言葉を語り終えた後、今度はロイの方へ向く。

 「ロイくん、君は”最強”が信念だと言ったな。力を求めることは決して間違いではない。多くのトレーナーが一度は目指すものだし、大いに目指してほしい。だが、強くなる為に君は一体何を捨てるのか…それを、忘れないでいてほしい」

 言葉が終り、みんなの顔が見える場所へ向くアデク。再度持ち上げたその顔は、最初と同じ明るく元気な笑顔だった。

 自分の何倍もの年月を重ねた、圧倒的な強さを持つ優しい男のその笑顔は、いったいどんな道を歩んで作られてきたのだろうか。それを推し量るには、ダイヤもロイもまだまだ若すぎた。ただこの人生の先駆者の言葉を受け止めるだけで、今は精一杯だった。

 「さぁ、辛気臭い話はここまでにしようか!ワシとのバトルに付き合ってくれた礼をしないとな!」言いながら二つの石を取り出したアデク。黒く渦巻くような見た目の石をロイに、太陽のような形をした橙色の石をダイヤに、それぞれ手渡した。

 「これは?」と尋ねるロイ。

 「うむ、ロイくんに渡したそれは『闇の石』。君はヒトモシを手持ちに加えているようだしな、彼女の最終進化の為に必要となるだろう。

 そして、ダイヤくんのそれは『太陽の石』。こいつはストライクを進化させる為のものだ。なんでも、昔は別の方法で進化するらしかったが、今はこれが必要みたいでな」

 「進化の石、か…。良いんですか、こんなものを頂いて?」

 「うむ、存分に役立ててくれ!…ダイヤくんにはもう一つ、トゲピーの最終進化に使えるこの『光の石』と悩んだんだが…おそらく、これは要らなさそうだったのでな」

 そう話すアデクの目線は、ダイヤの後ろでそっぽを向いていたソーマの方へ向けられていた。だが彼女は、アデクは勿論ダイヤや他の誰とも目を合わせようともせず向き合おうともしなかった。

 「ワシはまた何処とも知れぬ旅に出ることにする。じゃあみんな、縁があればまた会おう!ウォーグル!!」

 呼ばれて出て来た大きな翼を持つ鳥萌えもんのウォーグルに掴まり空へ飛ぶアデク。豪放磊落な笑い声と共に、彼は空へと飛び去って行くのだった。

 「…はぁー、なんか凄い人だったなぁ、ロイ」

 「だな。凄いと言う以外、なんて言って良いのか分からねぇジジイだ。うちのじーさんも見習ってほしいもんだぜ」

 そんな、ただただ感嘆するだけだったダイヤとロイの元に、一人のジェントルメンが近寄ってきた。

 「ホッホッホ、君たちは良い出会いをしたね。あのアデクという人は、先代のイッシュ地方のリーグチャンピオンにしてこの世界で最も『萌えもんマスター』に近いニンゲンと言われている男だよ」

 「――…ち、チャンピオン!?あ、あの、アデクさんが…!!?」

 「………あぁクッソォ!行くぞお前ら、旅の再開だ!」

 「ちょっ、どうしたよロイ!」

 「居ても立っても居られないだけだ…!なるほどまったく…あんなのが上に居るんじゃ”最強”になるのも楽じゃないな…!」

 手持ち全員を足元に寄せて歩き出すロイ。少し進んだところで、おもむろにダイヤの方へ振り向いた。

 「…ダイヤ、俺はまずカントーのチャンピオンになる。カントー最強の座を手にしたら、次は他の地方のチャンピオンを倒す。そして…あのジジイを超えてやる」

 キッパリとそう告げて立ち去るロイ。見据えるものを漠然とした現在から明確化した未来に変えて、強さを追い求める少年は力強く歩き出すのだった。

 

 

 - サント・アンヌ号 個室 -

 ロイと別れ、とりあえず休憩しようと戻ってきたダイヤ。日も暮れはじめ、パーティーはもう終わりに近付いている。

 茜色の光が差し込む一室に据え付けられたベッドへ横になり大きく溜め息を吐く。色々思い返そうにも、この一日は余りにも濃すぎる一日だった。

 「…ロイさんたち、先に行っちゃいましたね」

 「また会えるよね、マスター?」

 「そうだな、きっとどっかで会うだろうな」

 「その時は…きっと、今日より遥かに強くなってるんでしょうね」

 「なぁーに!その分ミーたちも強くなってりゃいいってこったZE!」

 「…まぁ、それも一理あるわな。っとそうだジョニー。お前用の進化の石…『太陽の石』を貰ったんだが、使うか?」

 「ミーが、Evolution?ハッ、悪いがミーはそんなモンに興味はねぇZE。不燃ゴミにでもツッコんどけYO」

 「…そっか。まぁでも、折角だし持っとけよ。お前が自分の意思で進化したくなった時、あった方が何かといいだろ」

 「こぉの心配性め!しゃーなしだZE、ミスターがそう言うのなら持っててやっか!」

 そうしてアデクから貰った太陽の石をジョニーに持たせておく。別に深い理由はない。自分のタイミングで進化できるなら、ジョニー自身の判断に任せて良いのではないかと思ったからにすぎなかった。

 そして、進化の石と言えばもう一つ…。

 「……なぁ、ソーマ。お前、『光の石』持ってるのか?」

 「……だとしたら、どうする?」

 「別に、どうもしない。ただ何処で手に入れたのかなって思っただけだ」

 寝ころんだまま他愛ない返しをする。だがダイヤの目は、決して閉じることなく天井を見つめていた。

 「……ソーマ、良かったら教えてくれないか?」

 「……何をじゃ?」

 「………ロケット団について。…ソーマの知ってること、全部」

 静寂の室内で、波の揺れる音だけが響いている。誰も、何も言おうとはしない。

 現在の正義を見つめる為、未来の正義を形づける為…少年たちはその焦点を、過去に移していく。あとは、今必要な一つのピースを持つ、ソーマ次第だった。

 小さな銀色の肩が揺れ、溜め息を一つ付いて口を開く。それは諦めか、覚悟か…彼女の表情からは、どちらとも取ることは出来なかった。

 

 「…坊、先に聞かせろ。ロケット団とは関わらず、至極平和に過ごそうとは思わんのか?」

 「……それはそれで良いのかもしれない。でも、きっと関わり合いになっていくんだと思う。

 俺が”正義”を目指す以上…きっと、逃れられない」

 「――よかろう。ならば皆、その耳穴をかっぽじってよく聴いておくと良い。

 …ロケット団。その過去と、現在に至る真実をな」

 

 

第8話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(モココ ♀)
        サーシャ(サンドパン ♀)
        ソーマ(トゲピー ♀)
        ジョニー(ストライク ♂)
        ネーネ(ネイティ ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ ブルーバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、火炎車、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:モココ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:電気ショック、充電、電磁波、綿胞子
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンドパン(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:ブレイククロー、岩石封じ、砂地獄、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲピー(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:指を降る、あくび、悪巧み
 所持道具:光の石

・名前:ジョニー
 種族:ストライク(♂)
 特性:テクニシャン
 性格:ようき
 個性:あばれることが すき
 所有技:電光石火、真空破、気合溜め、高速移動
 所持道具:太陽の石

・名前:ネーネ
 種族:ネイティ(♀)
 特性:マジックミラー
 性格:おくびょう
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:ナイトヘッド、つつく、テレポート、おまじない
 所持道具:無し


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第9話『空色の未来へ』 -1-


 鬼子と呼ばれ八分にされた少女は、力を恐れながらもその居場所を求めていた。
 揺れる波間で少年は戦友と再会し、共に出会うは太陽を背負う老いてなお盛んなる豪傑。
 力の差をその身に受け、互いに信念を確かめ合い、其々の道へ進みだす。



 

 - サント・アンヌ号 個室 -

 

 「――よかろう。ならば皆、その耳穴をかっぽじってよく聴いておくと良い。

 …ロケット団。その過去と、現在に至る真実をな」

 ソーマの言葉を受け、身体を起こすダイヤ。彼の隣にはノアとネーネが、椅子にはメルアとサーシャが、床にはジョニーが胡坐をかいてそれぞれ座っており、全員の目が机の上に座るソーマに向けられていた。

 茶化しや冷やかしは無く、それぞれが神妙な面持ちで彼女の言葉を待っていた。

 「…そうじゃな。先ずは、かつてのロケット団がどんな連中だったか。そこからが良かろうか」ふうっ、と軽い溜め息をつき、ソーマが語り始める。

 「元々ロケット団という組織は、トージョウ…カントーとジョウトにおける、トップトレーナーの集まりじゃった。エリートやベテランの中でも栄え抜きの連中が集い、互いにその力を切磋琢磨しながら更なる高みを目指したものよ。”ロケット”の名の通り、『何処までも果てしなく強く在れ』という事を目標としてな。

 今の蛮行を見るとそうは思えんじゃろうが、かつてはそれほどに崇高な意識を持ち掲げたトレーナー集団だったんじゃよ。…あの日までは、な」

 一度言葉を切り、ゆっくり深呼吸するソーマ。その姿は、なんとか一歩踏み出そうとしながらも恐れで身体が竦んでいる外見相応の子供のように見えた。それを見て思わず「無理に言わなくても良い」と言いそうになるダイヤだったが、先に話を求めたのは誰でもない自分自身だ。ならば、少しでも話しやすく助け船を出すべきだと、拙い思考の中で思い至った。

 「…あの日、って?」

 「……20年前じゃったかな。まだ坊が生まれてもいない頃のことじゃ。…ある悲劇が起きた。

 ……ロケット団が、崩壊した。原因は、シオンタウン全焼事件。坊も、事件の話ぐらいは聞いたことがあるじゃろう?」

 「あぁ…ニュースでやってたのを少し見たことがある。多くのトレーナーが亡くなった事故だって…。でも、ニュースでロケット団の名前は聞いたことが無かったぞ?」

 「元より非公式の組織だったしな。それに協会側としては、自分たちの元に居るジムリーダーや四天王に匹敵するほど強い組織を是とせんかったのじゃろう」

 「なので事故そのものは好都合…非公式のまま存在を揉み消そう、ってことですか。権力者の常ですね」

 「サーシャの言うとおり。表面上は偶然の連鎖で起こった悲劇的な事故で片付けられ、当時の団員は一般のトレーナーとして葬られた。…じゃが、その当時の団員の中にただ一人の生存者がいてな。

 その男は、カントーリーグでの優勝を経てロケット団に入団したヤツじゃった。まぁ可笑しなヤツでな、萌えもんを仲間以上…家族と同じほどの存在として見ておったよ。強さが全てである当時のロケット団の中では、異様な男じゃった。

 …だが、その事件がきっかけでヤツは変わった。名を変え、心を捨て、新しいロケット団を再興…そしてその総帥となったのじゃ。『己が欲望のままに、それを追い求めよ』などと言う、糞くだらん目標を掲げてな…。その結果が、お主らが今まで出会ってきた連中じゃよ」

 「そうだったんですね…。だから、好きに生きたいというのも、ただ戦いたいというのも…。それを私は…」

 落ち込んだ声で呟くノア。先日のオツキミ山での遭遇で、他者を否定して進化した彼女はつい自分の行動の傲慢さを嘆いてしまっていた。そんな彼女の肩を、ダイヤが優しく叩く。

 「ノアの想いと行動は、きっと間違いじゃないさ。俺はそう思う」

 「…ありがとうございます、ご主人様」と、主の言葉に顔を綻ばせるノア。そうだ、己が欲望の為に誰かを理不尽に傷付けることが正しいことであるものか。少年の心は、そんな想いで膨らんでいた。

 「一々イチャつくでないわ己ら。過去の話はこれで一区切り、次は現在の話じゃ」

 「現在の?」

 「うむ。ならず者を集めることに特化したが故に、組織の規模自体は20年前のそれより大規模じゃ。トレーナーの質は低くなったが、その身勝手な精神性も相まってマフィアと呼ぶ声もある。そんなものとわざわざ近寄っても、良いことなど無かろうに」

 その言葉に思わず納得しそうになるダイヤ。君子危うきに近寄らず、との言葉ではないが、わざわざ片っ端から喧嘩を売っていくわけにもいかないだろう。少なくとも自分と仲間たちは、それが出来るほど強くなんかないのだから。

 「降りかかる火の粉を払うくらいは許されよう。じゃが、火消しに回るのはお主である必要など無い。それを生業とする者もいれば、それを為す組織もある。お主のような餓鬼一人が粋がったところで、何かが変わることなど有り得ない。

 …じゃから、必要以上に関わるな。それは、坊が成長してからでも決して遅くはない」

 そこまで言い終えたソーマの顔は、少し優しい笑顔になっていた。だがそれは、どこか哀しみを秘めたような、諦観にも感じられるものだ。

 「…そっか、それぐらいの方が良いのかもな」

 どこか軽い生返事するダイヤ。ソーマの表情を察したのか、急いたことを問えなかった。

 その停滞した静かな空気に水をさすかのように、今度はジョニーが口を開く。その口調は、普段の軽いモノでは無くなっていた。

 「待てよ。そんな悠長な、生温い考えで良い訳ねぇだろ?ヤツらは敵だ。敵はぶっ潰す。悪に上下の区別はねぇんだ…!」

 「よせよジョニー。さっきもソーマが言っただろ?俺らの実力じゃ、まだ何も――」

 「変えられないのなら、変えられる程に強くなればいいだけだ。問題はそこじゃねぇ。その力を、如何に早く身に付けるかだろ?違うかッ!」

 ぐうの音も出なかった。ジョニーの言葉も間違ってなどいない。復讐を掲げる彼だからこそ、強さに固執し敵を討つことに執心している。そして成長にかかる時間を、周囲が大人しく待っていることはないのだ。

 だが、それに対して黙っているソーマではなかった。

 「付焼刃ではロケット団に…いや、あやつには勝てんぞジョニー。あやつは強い。経験も実力もなにもかもが…勝てる相手では、ない」

 諌めるように睨み付け聞かせる。だがジョニーも、それに相対するかのように強い…敵意にも似た目を向けていた。

 「…ソーマ、聞かせろ。何故お前はそんなにもロケット団のことに詳しい。敵の規模、主義、戦力…そこいらの萌えもんが持ってる情報じゃねぇだろう。

 ――お前は、何者だ」

 その場の誰もが疑問に思いながら、敢えて聞かなかった…聞こうとしなかった質問をぶつけるジョニー。周囲の空気が一層冷たく鋭いものになっていくことを全員が分かっていた。

 神妙な顔のまま、ソーマが小さく口を開く。そこから出て来た言葉は、彼らの予想にある中で最も重い返答だった

 「……今話した全てを、妾はあやつの傍で見てきた。妾はその男…今のロケット団総帥であるサカキの、かつての仲間だったのじゃ」

 その言葉を聞いた瞬間、碧緑の刃が空気を切り裂きソーマの眼前で静止した。ソーマとジョニー、交錯する両者の目線はかつてない程の敵意が剥き出しになっている。

 張り詰めた緊張感が室内に蔓延する中、先に声を荒げたのはジョニーだった。

 「テメェ…ッ!!テメェも、ロケット団の一味だったかッ!!」

 「よせ!待てよジョニー!!」と、思わず腰にしがみ付き動きを抑えるダイヤ。ノアとサーシャはソーマの前に立ち、ジョニーの動きに対し身構えている。

 「放しやがれ!アイツは敵なんだろうがよぉッ!!」

 「馬鹿違ぇよ…!ソーマは、俺たちの…!!」

 「…敵か味方か、それを決めるのはおのれらじゃよ。妾は、妾じゃ」

 そう言うソーマの声からは、突き放すような冷たさが感じられた。過去も現在も無く、自分の全てを投げ出すかのような無気力さ。冷徹に睨み付けながらも言葉から感じる諦観さは、此処で斬られて命を落としてもなにも思わぬ者のソレだった。

 抵抗する意思も恨み言を吐く意思でさえも無い無感情な瞳。目線を交錯させていたジョニーだけがそれに気付いた。

 「…チッ、放せよミスター。やってられっか」足蹴にするようにダイヤを振り払うジョニー。思わず尻餅をついてしまいながら、彼の方へ向く。その表情は苛立ちで強張っていた。

 「……ハッ、短い間だったがここまでだなミスター。ロケット団の連中をブッ潰さねぇってんなら、ここに居座る理由もねーぜ。また独りで好きにやらせてもらわぁ!あばよッ!!」

 「お、おいジョニー!!」

 言うが早いか扉を蹴り開けて跳ねるように走り出すジョニー。後を追って外に出るが、その姿は一瞬で見えなくなっていた。

 「行っちまったか…」

 「ご主人様、良いんですか?追いかけなくても…」

 「追いかけても追いつけない、だろうな…。ソーマ、大丈夫か?」

 「あぁ、問題ない。まったく、あのまま放っておいても構わんかったのじゃぞ?ジョニーの言う通り、妾はお主らの敵かもしれんものを――」と吐き捨てる言葉を遮るように、メルアがソーマを強く抱きしめた。空いた掌には、ネーネが両手でキュッと握り締めている。二人とも、ソーマの事を慕っての行動だった。

 「友だちだもん。むつかしいことは知らないし分からないけど、ソーマはメルたちの友だち…」

 「………………」

 「…やれやれ、これじゃからお子様は。のぅサーシャ?」

 話を振られたサーシャは、大きく溜め息をつきながら頭を掻く。眼鏡の奥に見える表情は、完全に困り果てていた。

 「…情報の整理は済んでいるのに、心の整理がつかないと言うのはもどかしいものですね。正直なところ、私は貴方を図りかねています。敵かも知れない。だけど、そう思いたくない…」

 「私は信じたいです。一緒に戦ってくれた、ソーマの事を…」と俯きながらも答えるノア。

 「そうだな…。ロケット団のことも隠さず話してくれたんだ。俺は、変わらずソーマを信じようと思う」

 そう言って彼女の頭にポンと手を乗せるダイヤ。慣れない不器用な撫で方だが、温もりは十分に伝わってきた。

 「……ハッ、何処までも甘い奴らめ」ただ一言、いつもの減らず口を呟く。それがどんな感情を秘めたものなのか、顔を見えないダイヤ達は気付かなかった。

 一室で起こった喧騒が収まった時、窓から覗く海原は茜色から紫紺に染まりはじめていた。日没の時間だ。それに合わせて、明るい電子音が船全体に鳴り響いた。

 『本日は、サント・アンヌ号船上パーティーにご来場いただき、誠にありがとうございます。

 本船は30分後、1900時より出航いたします。乗船券を持たない方、パーティーのみご参加された方はお忘れ物の無いよう下船をお願いします。繰り返します…』

 「…終わり、だな。俺たちも行くか」

 全員の首肯を確認し、全員をボールに戻して歩き出すダイヤ。腰に携えているボールは6個。今連れて歩いているのは5人。たった数日でもその存在を前面に押し出してきた喧しい声が無いことに対し、違和感と喪失感の入り混じった想いを胸にしながら少年は船を下りた。

 豪華客船を背にしながら街に向かって港を歩いていると、汽笛が鳴り響き先程まで自分がそこにいた船が港を離れゆっくりと海へ進みだすのだった。

 

 - クチバシティ 萌えもんセンター -

 パーティーを終え、今日はもう休むべく戻ってきたダイヤ。ジョニーの事は気がかりに思うが、元より復讐と言う目的を果たしたいが為に同行していたのだ。意識の違いで道を違えることなどあって然るべきである。

 一先ずジョニーに対する気持ちを切り替えながら、買った晩飯を持ち込んで簡易宿泊室に座り込む。当面の行動指針を決めなくてはならないのだ。

 「…よっし、気を取り直して明日はクチバジムに挑戦だな。サーシャ、相手は?」

 「クチバジムリーダー、マチス。電気タイプの萌えもんを駆使するトレーナーです」

 「…マチス、か」とソーマが小さく呟く。

 「ソーマ、知っているのですか?」

 「あぁいや、何でもない。続けてくれ」

 「…分かりました。マチスはイッシュ出身で、激しく攻撃的なバトルを得意とするそうです。この辺りは、先日のカスミさんと同じですね。

 ですが、今回はジムがプールになってると言う事はないですしタイプ相性も比較的優勢です。カスミさんの時よりは、勝ちの目は大きいと思います」

 「解説サンキュ。ネーネは相性悪いから選出しないとして、やっぱ今回もノア、メルア、サーシャの3人で戦うことになりそうだな。明日に備えて、今日はもう休んじまおう」

 「そうですね…分かりました、ご主人様」

 「ジョニーがいなくっても平気、だもんねー」

 「まぁ頑張れ。応援ぐらいはしてやるでの」

 「………………(ぐっ)」

 ソーマの軽い言葉の隣で、両手で小さくガッツボーズするネーネ。言葉には出さないが、彼女も頑張れと応援しているようだ。対する4人は笑顔で応え、早々に身体を休めに入るのだった。

 

 

 

 ――その夜。

 脇に置かれたダイヤのボールホルダーから1つのボールが自然と開き、ソーマの小さな姿が顕現した。だらしないダイヤの寝顔を見上げ、フッと小さく笑い背を向ける。

 「……これで良い」

 窓から差し込む月の光が、彼女の小さな身体を照らし出す。その光に導かれるように、小さな窓を開けて独り外に飛び出した。

 彼女が出て行った窓から入る潮の香りが混じった夜風が、安らかに眠る少年の髪を小さく揺らしていた。

 



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第9話『空色の未来へ』 -2-

 

 - 11番道路 -

 

 月光と街灯が輝き照らす草叢の中、小さな白い萌えもん…ソーマが足早に歩いていた。静かな道路からは野生の萌えもん達の気配は少なく、別段襲ってくるような事もなかった。

 丁度良い、そう思いながらさらに足を速める。小さい歩幅を補うように、駆けるように歩むその姿はその場から逃げ出そうとしているようにも見える。

 …いや、彼女は逃げ出したのだ。自分を買い取った少年の元から。どんなに傍若無人で不遜な態度と行動をとっても自らを仲間と、友と呼び受け入れようとしてきた者達の元から。

 (――これで良いんじゃ。あやつらは、これ以上は知る必要などない。正しい心と信念があるのだから、あとは時があやつらを鍛えてくれる。…そこに、妾が居てやる必要はない)

 反芻するように頭の中で言葉を繰り返す。思考の片隅でそれは自己弁護だと浮かんでくるたびに、強く首を振って棄てようとした。そんなことで捨てられるものではないと言う事も、分かってはいるのだが。

 俯いたまま歩いていると、ドンッと何かにぶつかった。思わず見上げてみると、逆光になった月の光でも分かる見知った姿がそこにあった。碧緑の体躯と鈍く煌めく双刃を持った――

 「…ジョニー。この首を掻っ捌きに来たのか?欲しけりゃくれてやるが、迷惑にならんところで頼む」

 ソーマの自嘲めいた軽口に対し、何も言わずに左腕の刃を彼女の首に寄せるジョニー。だが、それ以上刃が進むことは無く、代わりに開いたものは彼の口だった。

 「…お前、なんで逃げようとしないんだ」

 「惜しくないからのぅ。こんな命、あって得などありゃせんわ」

 「なら何故今までのうのうと生きてきた。惜しくもねぇ命を捨てる手段なんぞ、そこかしこに転がってるじゃねぇか」

 「…確かに、お主の言う通りじゃな。この20年間…未練ばかり残してきたのかもしれん。「いつか」「きっと」、”過去<あの日>”に帰れるのだと…。

 本当に可笑しなものじゃわぃ。ならば何故、”現在<いま>”はこんなにも惜しむことが無くなってしまったのかのぅ?ハッハッハ」

 カラカラと、どこか乾いた笑い声をあげるソーマ。その声を聞き、ジョニーは左手の刃を首から遠ざけてその場に座り込んだ。

 「む…ジョニー?」

 「はぁ……なぁソーマYO。おめー、なんでミスターと一緒に居たんだ?」

 「坊に買われた。それだけじゃ」

 「マジにか?あのクソ甘っちょろいクソガキを利用するつもりとか、あったんじゃねぇか?」

 「…まぁ無かったと言えば嘘になるか。売られ買われで生きてきた20年だったからのぅ、マトモにニンゲンを信じることなぞ出来やしなんだわな。ボックスにでも入れて貰って、適当に機を見て逃げればいいかぐらいは考えておったのぅ。元々妾は押し付けられて坊の元に渡ったのじゃし、歓迎はされないと思っておったわい。

 ノアとサーシャなんかも、最初は妾の加入に反対しとったんじゃぞ。特にサーシャじゃ。あの堅物はユーモアというものが知らん。ノアはまだ自分を持たず坊に従っておるだけじゃし、メルは賛成じゃったがあのお天気思考にも困ったもんじゃ。

 …なのに、坊は妾を連れていく選択をした。打算があるのではないかと思った。オツキミ山でなにかやっておったロケット団の下っ端をけしかけることもやってみた。周りが非難の目を向ける中でも、あやつは自分の危機よりも仲間の安全を気にかけた叱責をしてきたわ。

 まったく…どうしようもない甘ちゃんめ。綺麗事だけで世の中を渡って往けると思っておる」

 止め処なく出て来たソーマの言葉を一つ残らず傾聴するジョニー。彼女の言葉は、まだ続いていた。

 「まったく腹立たしい馬鹿者じゃ。誰かが傷付くのならば、代わりに自分が傷付けばいい。誰かが危機にあるのなら、自分の危機を顧みずに助けに行く。誰かが涙を流すなら、自分の全てで止めてやる…。本当は誰よりも弱っちいクセに、何処までも”誰かの為”に立つ愚か者めが。それに感化され、妾を仲間と受け入れた馬鹿者どもが。

 …じゃから、妾のような面倒事を呼び寄せる者が共に居るべきじゃなかったのじゃ」

 最後までソーマの独白を聞き終え、ジョニーが大きな溜め息を吐いた。その姿に、船の中で見た怒りと殺意は感じられなかった。

 「んで、逃げ出したってワケか。ミスターやあいつらの傍から。最悪、その命を棄ててでもあの場所から。ったく、トンだ期待外れだZE」

 「…そう、じゃな。妾はあやつらから逃げた。でもそれで良いんじゃよ。妾なぞ居ない方が――」

 「ちげぇだろ、ソーマ」ジョニーの声が少しだけ低くなる。その眼はソーマの方へ強く向けられていた。

 「さっきオメェ、自分で言ってたじゃねぇかYO。アイツは、何処までも”誰かの為”に立つ愚か者だって。そんな奴の元から何も言わずに逃げ出して、どうなるか想像つかねぇか?どう考えたって探しに走るだけじゃねぇかYO。付き合いの短いミーでもそれぐれぇ分かるZE?

 掴まって逃げてを繰り返すぐれぇなら向き合ってみろよ。それが本当にユーのやりてぇことか、考えてみろよ。…また未練を残して、逃げ回るだけか?」

 「じゃが…じゃが如何すれば良い!?妾には真っ当に戦う力なぞ有りはしない…。必ず坊らの足を引っ張ることになる!…そうなった時、坊の信念に歯止めをかけるのは妾じゃ。そんな愚行、妾は望んでおらん…」

 「だから一人で背負って、独りで全部終わらせればハッピーエンドだと!?知るかよそんな理屈はYO!足を引っ張るんじゃねえかと思うなら、どうやったら引っ張らないかを考えろ!戦う力が無いってんなら、どうやったらそれを得られるのか考えろ!強請んな、勝ち取れ!そうじゃなきゃ、どんなモンでも与えられやしねぇんだよ!

 …今まで未練で動いてたくれぇなら、なんかあんだろ?勝ち取りてぇモンが…おめぇが今まで、ずっと強請ってきたモンがYO」

 「妾がずっと…強請ってきたもの…」

 呆然とした顔で暗い夜空を見上げ思い耽る。彼女の眼に浮かんできたのは忘れようとしても忘れることなど出来なかった懐かしい者達の笑顔。そして、つい先ほどまで傍にいた者達の笑顔。

 数多の絶望、恐怖、後悔に押し潰されて見失っていたもの。楽しさ、喜び、安らぎ…憧憬と化していたいつか見た青空を、彼女は雲の無い暗夜に見ていた。未練を、強請ってきたものを――

 「――それを勝ち取れ、か…。出来ると思うか?妾にそれが」

 「さぁなぁ。でもよ、やり始めなきゃ出来ねぇことと同じだZE!」

 馬鹿の馬鹿らしいほどに明るい笑顔に、思わず顔が綻んでしまう。さっきまで敵意と殺意に満ちていたのに、なんでコイツはこんなに切り替えが早いのか。いや、きっとそうでもなければ復讐に執着することなど出来ないのだろう。コイツはコイツなりに、強請るのではなく勝ち取ろうとしているのだから。

 「まったく…ジョニー、お主は馬鹿の癖に人を乗せるのが中々上手いではないか。人生はEnjoy and Excitingか…それもそうじゃ。どうせ惜しくないのなら、勝ち取りに行くのも一興じゃのう」

 「ザッツオーラィ!んじゃ、ヤル気も無くなったんでミーはオサラバさせてもらうZE」

 「ちぃと待てよジョニー。せっかくじゃし、少し妾に付き合わんかぇ?」

 背を向けたところに声をかけられ、怪訝な顔で振り返るジョニー。彼が見た顔は、不敵で傲慢不遜な笑みを浮かべたいつものソーマだった。

 「…そいつぁ、面白いことか?」

 「あぁ。妾にとってもお主にとっても、互いの利益に通じる面白いことじゃ。…命の方は保証せんがの」ニヤリと告げるソーマに対し、獰猛な笑みを返すジョニー。彼女の過去と自分の目的を照らし合わせ、互いの利益になると言うのならば拒否することなど有り得なかったのだ。

 「――ハッ、最高じゃねぇか」

 

 

 - 萌えもんセンター 簡易宿泊室 -

 

 だらしない顔で熟睡するダイヤ。落ちた意識の中でなにかが聞こえてきた。今まで聞いたことのない、何処か儚くか細く掻き消されそうな…しかし美しく透き通った声。

 『………起きて。………はやく、起きて』と響く声に薄目を開けてみるが、そこには誰も居ない。変な夢だと思いながらもう一度眠りに落ちようとするが、声は一向に止まる気配はない。如何に心地好い声であっても、何処からともなく延々と脳内に響き続けるとそれは不快感に変わるのだ。遂に苛立ちが溜まってしまったダイヤは、止まぬ声の主を探すべく起きだした。その瞬間、声はピタリと静止した。

 「…なんだってんだよ。誰だ、こんな夜中に?」

 ボヤきながら見回す。が、残念ながら周囲に心当たりのありそうな姿は見えない。苛立つままに頭を掻きむしりながら隣のボールホルダーに目をやる。きっちり入った6個のボール。その中の一つがユラユラ動いていた。これは…

 「……ネーネ?どうした、出て来い」

 「………………!」

 「さっきの頭に呼んでたのはお前か?一体どうしたってんだ…」

 「………!………!」と一つのボールをトントンと叩く。それは、ソーマのボールだった。

 「ソーマがどうかしたのか?アイツも結構寝る方だし、安眠妨害したらスゲェ怒られるぞ…?」

 嫌な顔をしながら渋々ソーマのボールを開ける。昨日ここで回復してもらった時は、正常なバイタルと出ていたんだしボールの中なのだから急病とかそういうことは考え辛かった。それよりも無理矢理起こしたこの後の制裁が怖いだけだったのだ。次の瞬間までは。

 「……ソーマ?」

 ボールからは何の反応もない。カチカチという開閉スイッチの音だけが空しく響いている。

 「――あれ?お、おいソーマ!?」嫌な寒気が背筋を走り、眠気が一瞬で覚めた。すぐさまボールを開いて中を見てみると、そこはガランとしたもぬけの殻になっていた。

 さっきまで居たはずの者が居ない。何故どうしてという思考に包まれたダイヤは、思わずその場に固まってしまった。それを呼び戻すように、ネーネが手を握り引っ張る。思わず向いたダイヤの焦り顔と、交錯した。

 「…ネーネ、いつ知った?アイツが居ないことを、いつ!?」

 「………………(ふるふる)」思わず首を横に振るネーネ。知らない、と答えたつもりだったのだろうが、今のダイヤにそれを解する余裕は無かった。

 「言わなきゃ分かんねぇだろ!」

 「!!」

 思わず布団を殴りながら怒鳴りつけてしまう。それに驚いたネーネの顔を見て、ハッと我に返るダイヤ。これではつい先日の、ハナダの時と同じだ。落ち着けと心の中で唱えながら深呼吸一つ。

 「…悪い、すまん、ゴメンよ、ネーネ…。こんな簡単に謝って済むようなことじゃないけど…。クッソ…」

 本気で悔いているのか、顔を左手で覆うダイヤに、ネーネが再度手を添えてきた。指先だけ触れた小さな手は小刻みに震えており、未だ恐怖を残していると察することが出来た。

 ゆっくりネーネの方へ眼をやると、彼女の空いた手がどこか彼方を指差していた。そこに見えたのは、小さく空いた窓だ。

 「…ソーマ、あそこから出て行ったのか?そうなんだな、ネーネ?」

 「………………(こくん)」

 「よっし…。ありがとう、ネーネ。あと、怒鳴ったりして本当にゴメン…。ソーマを探すの、手伝ってくれるか?」

 「………………(こくこく)」

 重ねる首肯に笑顔で返し、小さく震える手を優しく握り返した。せめてもの謝罪ではないが、自分の馬鹿さを悔いるのは後回しだと思うようにしたのだ。

 すぐにボールホルダーを腰につけ、ボール用無線イヤホンを耳に取り付ける。空いた窓から身を乗り出し、すぐに周囲を確認する。無論、近くに姿が見えるわけがない。当然の結果に慌てることもなく、窓から外へ飛び出した。駆け出しながらイヤホンのチャンネルをノア、メルア、サーシャの3人に合わせてすぐに声をかける。

 「悪いみんな、起きてくれ!緊急事態だ!!」

 『んゅぅ~…なぁに、ますたぁ~…』

 「…ソーマが、居なくなった!」

 『…えぇっ、ソーマが!?ご主人様、それは――』

 「本当だよ!こんなことで嘘なんか吐けるか!今探しにでたところだから、みんなにも手分けしてもらう!」

 『了解ですマスター。すぐに出してください』

 「3人とも頼む!」声と共に3つのボールを放り投げ開放するダイヤ。それぞれの中から3人の萌えもんが飛び出して、ダイヤの前に現れた。

 「ご主人様、指示を!」

 「あぁ。ノアとサーシャは北の6番道路を、俺はメルアとネーネを連れて11番道路に向かう」

 「了解です。見つけたらふん縛ってセンターに連行しておきますね」

 「頼むな。メルア、ネーネ、行くぞ!」

 「はーいっ!ぜったい見つけるんだからっ!」

 「………………!」

 二手に分かれて走り出す一同。駆け出すその足はこれまで以上に急いていた。

 

 - 6番道路 -

 

 「ソーマ、どこですか!?居るなら返事してください!」

 髪を燃え上がらせ、自らを松明代わりにしながら呼びかけるノア。だが周囲から返事は無い。安易に草叢を燃やす訳にはいかないので、そっちはサーシャに任せて目印になることを心掛けていた。だが一向に変わらぬ状況に、徐々に焦りが襲い掛かってくる。

 額に滲んだ汗を拭って一息ついたところで、眼前の草叢からサーシャが出て来た。

 「サーシャ、どうでした!?」

 「ふぅ…残念だけど、こっちにも居なかったわ」

 「そんな…!」

 「落ち着いてノア。まだマスターの方もあるわ」

 落ちた肩を叩きながら、ノアを励ますように言うサーシャ。サンドパンに進化したことでその体格はマグマラシのノアよりも大きくなり、優しさに力強さも合わさっているようだった。

 「…でも、なんでソーマまで…」

 「ジョニーには元々ロケット団に復讐するという最大目標があったし、離れるのは納得いくわ。でもソーマは…」

 「ロケット団総帥の仲間だったっていう過去を打ち明けて、それを負い目に感じたとか…?」

 「かもしれないわね。でも、本当にそれが負い目ならば今このタイミングで脱走する理由が薄い。

 何故今、何も言わずに?一緒に居たくないだけなら最悪ボックスに隔離することだって出来るはず。みんなは嫌がるだろうけど、パーソナルを消してソーマを逃がす提案と選択も出来るはずよ。

 なのに、ソーマは何をそんなに急いだのか…」

 二人して思案する。ソーマの行動と言動に彼女の真意を知るポイントが無いかどうか。

 「…明日を一緒に迎えたくなかった?明日私たちは、クチバジムに挑戦するだけだったけど…」

 「クチバジム…そういえば、あの時…」

 ノアの呟きでサーシャが思い返す。夕食の時にジムの話をしていて、その中でソーマが過敏に反応した瞬間があったことを。

 「クチバジムリーダー、マチス…。ノア、確かその名前を聞いた時、ソーマが呟いてたわよね?」

 「えぇ、たぶん…。ポツリと呟いただけだったから、あまり気にはしてなかったけど…」

 「きっと何かあるのね…。ノア、先にマスターのところへ戻ってあっちを加勢してきて。私、少し調べてくる」

 「…うん、分かった。気を付けてね、サーシャ」

 サーシャの考えは読めなかったが、聡明な彼女が言うのだ。きっと無駄なことではない。そんな確信がノアにはあった。

 彼女を信じて走り出すノア。持ち前の高い素早さが、少しありがたく感じていた。

 

 一方、11番道路。

 「ソーマぁ、どこぉー!?ねーえー!!」

 声を上げて姿の見えない相手を呼ぶメルア。定期的に電撃を天へ放出することで自分の居場所をダイヤに分かるようにしながら、草叢を潜り続けていた。

 また別の草叢には、ダイヤとネーネが一緒に草を掻き分けながら辺りを見回している。だが何処にもまったく、探している小さな彼女の姿を見つけることは出来なかった。

 「ちっくしょう…どこに居んだよソーマぁ!」

 ただがむしゃらに探すダイヤ。右往左往しながら、しかしその全てが徒労に帰していた。そんな彼の元に、1人の萌えもんが飛び出してきた。大きな紫色の髪と服が印象的な、アーボックだ。

 「やれやれ、うるさいねぇ…こんな夜中に迷惑だと思わないかい?」

 「お前、確か昨日の…?」

 「顔はちゃんと覚えてるんだね。まぁいいよ。そんなことよりさっきからうるさくて困ってんだ。野生の暮らしを侵すってんなら容赦しないよ」

 「わ、悪い…!でもソーマが…うちのトゲピーがどっか行っちまったんだ。だから探さないと…!」

 「なんでだい?」睨むような顔を続けたまま、アーボックがダイヤに平然と質問した。

 「なんで、って…だって、ソーマは俺の仲間、だし…!」

 「仲間なら萌えもんを拘束しても良いって言うのかい?都合の良い時だけ仲間面して、萌えもんから自由を奪うことがトレーナーのやることだもんね」

 アーボックの言葉が胸に突き刺さる。彼女の言葉は何も間違っていない。ソーマが自分の元を去ったのが自由意志なら、自分の行いは傲慢以外のなんであるのか。その傲慢を押し通すのなら、ジョニーが去った時も今と同様に探して捕まえるべきではなかったのか。

 自分の行動の傲慢と矛盾を突き付けられ、思わず歯軋りして動けなくなるダイヤ。しかし、戦う必要が無いのなら構ってなどいられない。ソーマを探したいというのが、彼の頭にある最優先事項なのだから。

 「…そっちが戦う気が無いのなら邪魔しないでくれ!俺たちは、あいつを探さなきゃいけないんだ…!」

 「だから何度も言わせんなよ。アンタらニンゲンは、そうやって手前勝手に萌えもんを束縛したいだけなんだろうが」

 蔑むようなアーボックに睨まれながら、それでもダイヤは自分の意見をただ口にした。

 「確かに俺は、自分の勝手で都合の良い仲間面してるのかもしれない。気にしてるつもりでも知らずにみんなの自由を侵してるのかもしれない。でも、だからこそ理由が知りたい。出ていくってんなら、ちゃんと理由を聞いてからにしたいんだ…!」

 「ふーん、大したご高説だ。だがその理由を聞いて、アンタは素直に納得するのかい?身勝手に手放したくなくて、すぐに仲違いするんじゃないかねぇ。縄張り同士、仲間との和を重んじるあたしら野生と違って、ニンゲンの想いってのはいつだって身勝手だものなぁ」

 「…かもしれない。でも、仲間を心配する気持ちは野生のそれと何が違う?種族が違って、力が違って…それでもみんなで笑い合えることは、想い合えることは、君らのそれと何処が違う!?

 俺はそれを守りたい…。いや、守るって決めたんだ!仲間たちの笑顔を!それが俺の信念…”正義”なんだから…ッ!!」

 只々真っ直ぐに思いの丈を言葉に変えて解き放つダイヤ。難しいことは分からないし分かりたくもない。それでも仲間が心配というこの気持ちに嘘なんかないのだ。今はもうハッキリと断言できる。この気持ちこそが、彼にとっての”正義”であるのだと。

 胸を張ってそんな信念を語るダイヤの前に、ネーネが小さな手を広げて出てきた。

 「ふぅん、やる気かい?いくら特異能力を持ってたところで、バトルも碌に出来ないぼっちが私に勝てると思うなよ」

 「そうだネーネ。お前、バトルは嫌だって…」

 「………………(ふるふる)」

 首を横に振るネーネ。彼女は決して退こうとはしなかった。やはり声は出さないし、表情の変化に乏しい顔は、何を考えているのかやはり読み取りづらい。だが手を広げ続ける彼女の姿から、なにか頑ななまでの意志は伝わってきた。それを察したのは、相対するアーボックだった。

 「…恩義かい?自分を迎え入れてくれたそのニンゲン達に対しての」

 ネーネは身体を動かさない。首肯すらしないが、それはある意味肯定しているようなものだった。

 「私には分からんね。自由を奪い取り、仲間から引き離すニンゲンに対し、何をそんな恩義に感じることがあるのか」

 「………………」

 「聞く耳持たず、って感じだね。でもね、私と戦ってどうする?そんな暇あるのかい?小さな鬼子のお嬢ちゃん、アンタがやることはそれで良いのかい。もう分かってんだろ?探し物の居場所、その行方、見つけ出す方法を」

 「………………」

 「本当なのか、ネーネ…!?」

 ダイヤの問いに、思わず目を逸らすネーネ。彼女のその仕草は少し怯えているようにも見えた。さっき不用意に怒鳴ってしまったからか、それとも彼女の持っている”力”のことか。

 本当のところは分からない。だが、今のアーボックの言葉と先日聞いたソーマの言葉、その2つが蘇ってきた。

 『自分を迎え入れてくれた恩義』 『目的を満たす為に、身体と命を預けている』

 それらを繋ぎ合わせ、彼なりの不器用な結論を考え至る。そしてダイヤはまたその場に座り込んで、ネーネと目線を合わせた。

 「…ネーネ、頼む。本当にソーマを見つけ出せるんなら、その力を使ってくれ」

 「………………」

 「怖いと思う。そいつのせいでずっと独りぼっちだったんだもんな。だけど…月並みだけど、俺は絶対にネーネを独りにはさせない。拒絶も否定も、絶対にしないから。…だから、頼む」

 自然と頭が下がっていた。そうする以外に頼み方を知らなかったからと言うのもあるが、只々誠心誠意、トレーナーが手持ちの萌えもんに頭を下げるという異様な光景が広がっていた。

 少しの間を置き、ダイヤの頭にふわりとした感触が広がる。一瞬の思考停止の後に分かったのは、ネーネがその小さな身体で自分の頭を優しく抱いていたという事だ。ハッと頭を上げると眼前には小さな彼女の顔。か細い笑顔に、眼には涙が浮かんでいた。そして、小さくその口を動かした。

 『あ、り、が、と、う』

 やはり声は聞こえなかったが、ダイヤの頭には確かにそう聞こえた。さっき自分を起こしてくれた、儚く美しく透き通ったあの声で。それで、十分だった。

 「…こっちこそ、ありがとうネーネ。やってくれ」

 「………………!!」

 ダイヤの指示を受けた直後、ネーネの身体から桃色の光が揺らぎ溢れ出した。精神の感応を行う特性であるシンクロ。本来は他者…生物を対象にするものだが、彼女の持つ異能はそこに留まらなかった。”世界”にシンクロする事で過去と未来を幻視する…。それは、進化態であるネイティオの力でもあった。ネーネはその小さな身体に、それほどまでの力を秘めていたのだ。マジックミラーという稀少特性を併せ持ちながら。

 ネーネを中心に光が広がり、やがてその念力は彼女の小さな身体を宙に浮かせていった。燦然と輝く大きな瞳に何が見えているの分からないが、きっとそれは、自分たちが今求めているものだと思う。

 その異変を察知したのか、ダイヤの元にやって来たメルア。少し遅れてノアもこの場に現れた。

 「ご主人様、これは…」

 「ネーネだ。ソーマを探すために、ちょっと本気でシンクロを使ってくれてる」

 「キレイ…ネーネ、すっごい…」

 「そうだな…。なぁノア、メルア、ああやって心を読むネーネ、怖くないか?」

 「なんで?なんにも怖くなんかないよ?」

 「純粋に、凄いと思います。私たちの仲間が、こんな誰かを助けられる力を持ってるなんて…誇らしいじゃないですか」

 「あぁ、そうだな…!」

 3人でネーネを見守る。やがて光が収まり、降りてきたネーネがその場でグッタリと倒れてしまった。

 「ネーネ!?お、おい!」すぐに駆け寄り抱きかかえるダイヤ。小さく軽い身体に、力は感じられなかった。小刻みに息を切らしながら、そっと目を開けてなんとかダイヤに目線を合わせた。するとすぐ、彼の脳裏に声が響きだした。

 「ネーネ、しっかり!」

 「だいじょうぶ!?平気!?」

 『………ごめん、なさい。………つかれ、ちゃい、ました』

 「――えっ、ネーネ…お前、ちゃんと話が…!?」

 思わず頓珍漢な事を聞くダイヤ。だが隣にいるノアとメルアは、彼が何を言っているのか分からないというような疑問符の浮かんだ顔をしていた。

 『………念、話、です。………あるじ、だけに、しか…でき、ない…』

 「あ、わ、悪い」

 『………ソーマ、ここ、いた。………ジョニー、一緒。………まちの、ほう、いった』

 「…街の方?クチバに戻ったってことか…。でも、ホント凄いなネーネ。そこまで分かるなんて。もうボールで休んでてくれ。何かあったら、またこっちでな」

 「………………(こくん)」笑いながら頭を指差し、念話をジェスチャーするダイヤ。ネーネの小さい首肯を確認し、彼女をボールに戻す。これほどまでに疲労させてしまっては、もう彼女に負担を負わせることは出来ない。

 「ねぇマスター、何がどうなったの?」

 「あぁ、悪い悪い。ソーマは街の方に行ったんだってさ。ジョニーも一緒だそうだ」

 「ジョニーも!?ご主人様、ソーマは大丈夫なんでしょうか…」

 「ネーネのシンクロじゃ、別に酷い光景は見えなかったってさ。急がなきゃいけない状況なのは変わらないけど、まだ大丈夫だろう」

 「そうですね…。急ぎましょう!」

 そう言って急かすノア。走り出す前に、ダイヤはアーボックの方へ向いた。

 「…ありがとう、って言った方が良いのかな?」

 「さぁね、アタシはただ起こされて腹立ったから出て来ただけさ。でも、その鬼子ちゃんの光を見れて満足しちまった。この辺のネイティどもへの良い話のネタになりそうだよ。アンタらが忌み嫌い棄てたヤツは、アンタらよりも遥かに仲間想いの良い娘だってね」

 相対していた時とは打って変わった気さくな笑顔で草叢へ去るアーボック。改めて彼女の野生としての強さと優しさを心に刻みつけ、ノアとメルアを連れて走り出した。

 

 クチバの街に着いたところで、手荷物を抱えたサーシャと合流した。彼女が持っていたものは、ダイヤの上着と鞄、キャップだ。

 「マスター、こちらを」

 「サンキューサーシャ、流石用意が良い。来る途中ノアから聞いたけど、マチスのことでなにか分かったのか?」

 「…まったく嬉しくない事実が分かりました。嫌な予感が当たらないことを祈るだけです。そちらの成果は?」

 「ネーネが頑張ってくれて、足取りは掴めた。…サーシャの口振りからすれば、悪い予感はドンピシャだろうな。

 …ソーマは今、クチバジムにいる。ジョニーも一緒だ」

 「はぁ…その名前一つでこんなにも状況が読めなくなるとは、思いも寄りませんでしたよ」

 走りながらそこまで話を済ませる。装備もちゃんと済ませてあるが、目的の建物が近付くにつれて不安ばかりが募ってしまっていた。

 港の傍に建てられたトレーナー施設であるクチバジム。深夜にもかかわらず、窓からは光が漏れだしている。

 ジムの扉の前に到着したダイヤ達。草木も眠る時間になおも輝くその施設に、少年は初めて強く戦慄するのだった。

 「…ここを取り仕切るジムリーダー、マチス。彼はジムリーダーでありながら…ロケット団の、一員です」

 



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第9話『空色の未来へ』 -3-

 

 - クチバジム -

 

 稲光が走り、鮮烈な黄光色がバトルフィールドを支配していた。

 片方…ジムの奥側には迷彩色の軍服を着て、サングラスをかけて金髪を短く尖らせた筋骨隆々の男が一人、腰に手を当ててそびえ立っていた。この男こそが、クチバジムリーダーのマチスである。

 彼の前には鉄色の円盤に乗った3人1組の萌えもんであるジバコイル、黒く尖った耳に濃いオレンジの服を着て長い稲妻型の尻尾を持っている萌えもんのライチュウ、明るい黄色に黒いラインが通り後頭部からコードのような2本の尾毛が伸びているマチス同様に筋肉質な萌えもんであるエレキブル。この3人が立っていた。

 相対するフィールドにはソーマとジョニーが傷だらけで倒れている。衆人環視は無かったが、誰がどう見ても完全敗北の様相であった。

 「HeyHeyHey!せっかくチャレンジに来たってのに、お前らの実力はそんなもんかぁ!?」

 「ガッデェェェェム…!こんな簡単にやられるたぁYO…!!」

 「…流石に、妾達2人で戦うのは無理があったか…」

 「ハハッ、まぁ安心してくれていいぜ。Msソーマ…お前はロケット・ウォンテッドリストのトップに君臨してるからな。そう簡単に潰すわけにはいかねぇんだ」

 マチスの低い声がソーマとジョニーに向けられる。彼の口振りからすると、どうにもソーマを生きたまま捕らえたいらしい。恐らくは彼女の捕らえることで得られる報奨は莫大なものになるのだろう。それを下っ端が知らないのは、利権渦巻く組織体制にあるからかもしれない。

 「でもまぁ、そっちのストライクは潰しちまって構わないよなぁ」と標的を射殺す兵士の目を倒れているジョニーへ向けるマチス。やたらに歯向かってきた面倒な相手だ。体力を奪ったのなら回復される前に戦闘力を殺ぎ落とす。そんな徹底された攻撃の指示を、エレキブルに出した。

 「脳天をカチ割ってやれ、エレキブル!雷パンチだ!!」

 「イエス、サー」

 答えと共に高くジャンプし、急降下しながら電撃を纏った拳を振りかざすエレキブル。その眼はジョニーの頭部を狙い澄ましている。直撃への諦めが入った眼で襲い来る相手の姿を見ていると、ジムの中に新たな人間の…ダイヤの大声が響き渡った。

 「ノア!電光石火ッ!!」

 「たああああああああッ!!」

 一瞬で最高速に達した光を纏うノアが、ジョニーの寸前で大きくジャンプ。襲い掛かるエレキブルを身体で叩き落とした。

 大したダメージじゃなかったのか、問題なく着地するエレキブル。それとは逆に、ジョニーを庇うような形で彼の前にノアも着地する。彼女の髪は、既に戦意の炎で燃え盛っていた。

 「What's happened!?」

 「悪いがメンバー交代だ。メルア、サーシャ!」ダイヤの声と共に、ノアに合流する形でソーマ達の前へ立つメルアとサーシャ。突然の出来事に一瞬焦りを見せたマチスだったが、改めて冷静にダイヤへ問う。

 「…ボーイ、大人をからかっちゃいけねぇよ?なんで入ってきたのかは知らねぇが、そこの奴らはこっちへ殴り込みに来たんだ。だからぶちのめした。いわゆる正当防衛ってヤツさ。

 それをわざわざ正義の味方ぶってザコの側に着いたって、ボーイが痛い目見るだけだぜ?」

 「…いくつか指摘させてもらうよ。

 一つ、そこの二人は俺たちの仲間で、俺たちはそいつらを助ける為に来た。だからアンタに殴り込みに来たのも、俺たち全員の意志だ。

 二つ、俺たちはまだ力不足だとは思う。だけど、仲間をザコ呼ばわりされて大人しく出来るほど俺は人間出来ちゃいない。

 そして三つ。…”ぶってる”んじゃない。――俺は、”正義の味方”だッ!!」

 高らかに語るダイヤ。それは虚勢だったのかもしれない。だが虚勢だとしても、ここでそれを叫ばずにはいられなかった。自分にとって大切な信念…それを教えてくれた存在が目の前にいるのだから。傷だらけで倒れているのだから。理由など、それだけで良かった。

 「…ククク、ハッハッハァー!中々いいハッタリだぜヒーローボーイ!じゃあこっちは悪党らしく、容赦の欠片もなく攻め潰してやる。覚悟は良いな!!」

 マチスの言葉に気圧されるダイヤ。同じロケット団員でも、下っ端とは格が違う…同じジムリーダーでも、タケシやカスミの時とは種類が違う大きな重圧が眼前の男から感じられていた。

 今更後悔している暇はなく、正面からぶつかった以上打ち倒す以外の選択肢も存在しない。強い重圧の中でなんとか思考を回転させ、正否も分からぬ答えを弾き出した。

 「…ノアはさっきぶつかったヤツ、サーシャは円盤に乗った3人組、メルアは残った1人、それぞれ臨機応変で当たってくれ。俺はすぐにジョニーとソーマを回復させる。ちょっとキツいけど、5人になればどうにかなるだろ…!」

 「了解ですご主人様!私たちにお任せを!」

 「…まったく、考えなしの行き当たりバッタリな作戦は勘弁してくださいなマスター。まぁ、今は愚痴ってる場合じゃないですね!」

 「あのおじさんはソーマをいじめた悪い人!メルだって怒るんだからね!」

 「頼むぞ、3人とも…!」

 「ハッ!指示も無しにどうにかできると思うんじゃねぇぞガキがぁッ!!」

 襲い掛かるエレキブル、ジバコイル、ライチュウの3人。それに対して向かい合い、迎撃を開始するノア、サーシャ、メルア。3人同時のエンカウントは、マチスの声から一瞬のことだった。

 その交戦が始まった瞬間に、すぐさまソーマとジョニーを抱えて待機エリアまで戻るダイヤ。この乱戦状態だとそんなものがどこまで通用するかは見当も付かなかったが、あのままバトルフィールドに捨て置くよりは圧倒的にマシだろう。

 そんな場所で戦ってくれている3人の心配をしながら、まずはジョニーの回復を優先させる。理由は勿論、即戦力になるからだ。が、それを簡単に受けるジョニーではなかった。

 「Heyミスター、何しに来やがった!帰んな、お呼びじゃあねぇZE!!」

 「うっせぇ暴れんな!手当てできないだろうが!!」と罵倒しながら、傷口の大きいところにスプレー形式の回復薬である良い傷薬を吹き掛け、携帯式の包帯で無理矢理傷口を縛る。小さい傷にはスプレーだけにしたり、絆創膏を貼ったりするに留める。これぐらいの傷ならば、後でセンターの治療を受ければ全部綺麗に治るからだ。

 「とりあえずこれで表面の傷は塞いだ。骨は大丈夫か?見た感じ変に曲がってるところは無いけど…」

 「お、おぅ、モーマンタイだZE」

 「じゃあすぐにコイツ食っとけ。来るまでに拾っといて良かったぜ」言いながら、鞄の中から青い木の実を3つジョニーに差し出した。体力回復が見込める、オレンの実だ。

 「ミスター、なんでそこまで…」

 「…悔しいけど、アテにしてんだぜお前を。気に入らないと思うけど…力、貸してくれ」

 「……ハンッ、しゃーねぇなぁ!食ったら加勢してきてやんZE!」

 「サンキュ。次、ソーマだ」

 可能な限り手早くジョニーの治療を終えて、今度はソーマに向き合うダイヤ。フィールドの方ではマチスの怒号にも似た指示と何度も撃ち落とされる雷撃と地面が抉れる轟音が響いている。

 ノアは電光石火の要領でエレキブルの攻撃を回避しながら、雷パンチとかち合うように火炎車をぶつけあっている。が、さすがに等倍の相性。攻撃がぶつかり合う度にそのダメージは蓄積されている。

 サーシャはジバコイルを相手にしているが、空中から放たれる攻撃に四苦八苦していた。乱れ撃たれるラスターカノンや電磁砲に足を止められ、満足に反撃できずにいる。その上響いてくる嫌な音が彼女を惑わせていた。電気タイプの技は効果が無いとは言え、一方的に攻められては不利に違いない。

 そしてメルアの相手ははライチュウだ。自分よりはるかに高い素早さで翻弄してくる上、10万ボルトや放電といったメルアよりも強力な電気技に加え、接近戦では鋼技のアイアンテールまで使ってくる。なんとか綿胞子や充電で防御を固めているものの、こちらもまたロクな反撃が出来ずにいるのは目に見えて明らかだった。

 贔屓目に見ても圧倒的に劣勢。勝ち目があると言っていた寝る前のミーティングを反省したいところ…なんてことを考えてる暇もあまり無い。

 「…悪いなソーマ、さっさと治療済ませるぞ」鞄から新しい良い傷薬を取り出しながら言う。そんなダイヤに、ソーマが呼びかけた。

 「…なんでここが分かった、坊?」

 「ネーネが、な。シンクロを使って見つけてくれたんだよ。今はちょっと疲れ切ってボールでお休みだけどな」

 「なんとまぁ…まさかそこまでの力を持っておったか。妾の目を持ってしても読み切れなんだわ」何処か力なく笑うソーマ。されるがままに治療を受けながら、言葉を続けていく。

 「…なぁ坊よ。お主は…いや、お主らはみんな、何故ここに来たのじゃ…?」

 「決まってんじゃんか、んなもん。俺たちはお前の仲間だぜ?」

 「そんな理由でか?その程度の理由で、妾を探しておったというのか…!?」

 「そんなとは何だ!俺のみんなも、ソーマが居なくなってスッゲェ心配したんだぞ!?ネーネが真っ先に気付いてくれなきゃ、どうなってたか…!」

 「じゃ、じゃからってのぅ…!それに、妾と一緒に居れば、坊たちまでロケット団に関わる羽目になるのじゃぞ!?あのマチスだってそうじゃ…知らないままならただのジムリーダーで済んだじゃろうに…!なのに、お主らは…!」

 傷薬、絆創膏、包帯を駆使してソーマの傷を覆い隠していく。異議を唱える彼女の声は、歯軋りするかのように固まっていた。

 「…きっとただでは済まぬ…。じゃから、妾は…!」

 「出ていこうと思った、のか。だったら尚更、独りになんか出来ねぇよ」

 「なぜじゃ坊…お主らが関わる必要なぞ無いと言ったろうに…。渦中に入り込み、自らを傷付けるなど、ただの愚劣な行いに過ぎんというのに…!」

 「…でも、それじゃお前を助けることは出来ないだろ?」

 ソーマを顔を向き合わせ、真面目な表情を変えずにハッキリと言う。向き合う彼女の顔は、また少し呆然としていた。

 「仲間を助けること…仲間の笑顔を守ること。身体を張ってそれをやろうとする想いが、俺の信念…俺の正義。それを知る切っ掛けをくれたのはジョニーだし、それを教えてくれたのはソーマ、お前だ。

 理由なんかそれでいい。俺もみんなも、お前を助けたかった。お前の笑顔を守りたかった。…それだけだ」

 真っ直ぐと、自然な笑顔でソーマに答えるダイヤ。彼の思う正義とは、悪を駆逐することではなく不条理に脅かされている者を救うことなのだ。自分に大した力が無くても、それぐらいなら出来ると信じたい。

 襲い来る災いから誰かを守る壁ぐらいには…共に立ち、手を差し伸べることぐらいは。

 「…まぁそれに、ロケット団ってなるとお誂え向きな悪党だ。そいつを叩き潰すなら、正義の味方の役目じゃんか」

 「――正義、か…。そうか、そうじゃったな…。まったく、そんな小恥ずかしいことを平然と吐かしよって…この阿呆が」

 そこまで言い終えたソーマの頭を軽く撫でる。それは治療の終わりを告げる仕草だった。そしてその隣には、既に元気を取り戻して小さく跳ねているジョニーの姿もある。一瞥くれるだけで、すぐに行動に移した。

 「ジョニー、メルアの相手に電光石火を叩き込めッ!ソーマはサーシャに向けて指を振る!何が出ても俺が対応するッ!!」

 「っしゃおるぁあああああッ!!」

 「フン、一丁前に抜かしおるわ!」

 すぐさま光を伴うトップスピードに持っていくジョニー。最初の標的をライチュウに合わせ、特攻する。

 「メルア、綿胞子で相手の視界を遮るんだ!」

 「マスター!りょーっかい!!」

 ふわふわの綿毛を眼前に飛ばし、ライチュウの視界を遮ってしまう。相手の技を考えれば有効な手段とは言えないが、此方はもう一人ではないのだ。

 「ライチュウ、放電で全部弾き飛ばせ!!」

 「イエッサー」と電撃を広範囲に広がる綿胞子に浴びせることで、細かな胞子が黄色い花火のように弾け飛んだ。その輝きに包まれた瞬間、響き渡る音に負けないようダイヤが叫んだ。

 「背後だ!」 「まぁかせろYOoh!!」

 刃で地面を抉り、ブレーキングを行いながら変則的な挙動でライチュウの死角に回り込むジョニー。速度を可能な限り落とさず、光の中から高速接近。空中で姿勢を変えながら、延髄切りのような足の一撃をライチュウに叩き込んだ。

 前に倒れるライチュウを確認し、小さくガッツポーズをした直後に目線をサーシャの方へ向ける。相手のジバコイルは、再度電気エネルギーを溜め込んで電磁砲を発射する体勢になっていた。そこに振った指で相手を指すソーマ。瞬間、浮いていたジバコイルの動きが固まり地面に押さえ付けられて震え出す。円盤に乗っている3人のコイルたちも、この異変に慌てていた。

 「…これは、”重力”?」

 「サーシャ今だ!マグニチュードを叩き込んでやれ!!」

 「なるほど、そういうことですか…!」一瞬だけ背後を確認し、動けないジバコイルへ突進するサーシャ。そして射程範囲に入ったところで、地面を両の拳で叩き付けてマグニチュードを発生させた。中程度の威力だったとはいえ鋼と電気という地面タイプに弱い2つのタイプを併せ持つジバコイルには想定以上のダメージとなり、たまらずマチスの元に転がっていった。

 そこまで目視で確認し、最後はノアと対するエレキブル。反撃の算段はすぐに浮かび、思考は声と変わっていた。

 「ノア、距離をとって火の粉!サーシャは砂地獄、ジョニーは真空波!アイツをブッ倒せ!!」

 「――はいッ!!」

 返事と共に後ろへ下がり、火の粉を放つノア。そこへ重なるようにジョニーの真空波が合わさり浴びせているところへ、砂塵を巻き上げるサーシャの砂地獄がエレキブルの動きを封じる。3人一組の連係攻撃に、相手のエレキブルも吹き飛ばされてダウンした。

 それを見届けながらダイヤの元へ戻るノアとサーシャとジョニー。既に戻っていたソーマとメルアに笑顔でハイタッチし、すぐさま戦闘態勢に戻した。

 「…さぁ、こいつでどうだ…!?」

 「…ハハハハハ、なるほどなぁ…バーリトゥードなサバイバルマッチとはいえ、中々やるじゃねぇかボーイ。その腕がありゃあ、ロケット団の中でも結構イイとこいけるんじゃねぇかぁ?

 ま、正義の味方やるようなスイーツボーイにはンなこと言っても無駄だろうがなぁ。おら、起きろお前ら!」

 マチスの言葉が称賛なのか嘲笑なのかは分からないが、彼の指示によって起き出した相手3人の姿を見てこれだけは分かった。これでもまだ、倒すには至らないと。

 「いいぜぇ、本物の…ガチのバトルってヤツを味わわせてやる!ライチュウ、波乗り!!」

 彼の指示と共に、ライチュウが水のエネルギーをかき集め大波に変えて解き放つ。巨大な水により全体を押し流す、水タイプの秘伝技…普通の野生種では覚えることのない技を、マチスのライチュウは繰り出してきた。

 「そんな、水タイプの技なんて…!」

 「くっそぉ!みんな集まれ!サーシャ、岩石封じでバリケードだ!!」

 「り、了解!!」

 すぐに全員を集合させ、サーシャの岩石封じで直撃を避けようとする。それが今の彼らに出来る最良の手段だった。事実重ねられた巨岩で、波乗りの直撃は遮られている。そのはずだった。

 「だがそうはいかねぇんだよなぁ!!ジバコイル、破壊光線!ヤワな岩ごとブッ潰して食らわせろぉッ!!」

 マチスの声と共に放たれるジバコイルの破壊光線。紅い輝きが真っ直ぐと岩へと伸びていき、直撃と共にバリケードの役目を為していた岩が爆裂しそのまま貫いていった。最前面に居るサーシャがそれを受け止めるものの、何故か防御にまったく力が入らなかった。

 「くっ、う、うぅ…!なんで…!!」

 彼女は勿論、他の誰も気付いていなかった。さっきのジバコイルとの戦闘で発せられた”嫌な音”、それによって特殊攻撃への防御力がガクッと下がっていたのである。

 「ノア!メルア!ジョニー!サーシャの背を押さえて固めるんだ!!」

 ダイヤの指示ですぐにサーシャの後ろに回る3人。押されるサーシャの身体をなんとか支えるが、ジバコイルの放つ破壊光線の威力は非常に強力だ。そしてそれを全員で受け止めていて、後ろから迫り来るエレキブルの事には気付けなかった。気付いた時には、全てが遅かった。

 「なっ――」

 「叩き潰せエレキブル!!ギガインパクトォッ!!」

 破壊光線の裏から現れたエレキブルが、その剛腕に最大限の力を込めて横に伸ばし、ラリアットの要領で岩ごと潰しながら振り抜いた。二重に襲い掛かる破壊の衝撃は、全員の防御を突き破り弾き飛ばす。悲鳴と轟音と土煙が収まったフィールドには、ダイヤの手持ち5人が無残な姿で転がっていた。

 「み、みんな!!」

 「ハッハァー!!パーフェクトにノックアウトだな!これでもう立てねぇだろ!」

 ダイヤがどれだけ呼びかけても、誰の反応も帰ってこない。呻き声だけが辛うじて聞こえるぐらいだ。こうなっては、とにかく一度全員をボールに戻してしまうしかない。そこからどうするかは考えもつかないが、全員の身の危険なのだ。先ずはそうすべきと思い、腰に手を添える。だがその瞬間。

 「ライチュウ、電気ショック」

 「なっ…ぐ、ああぁぁッ!」

 とマチスの声に沿い、電撃をダイヤに向けて発射。避ける間もなく直撃してしまい、身体に電撃による痛みが走り倒れ込んだ。わざわざ10万ボルトの威力を落として放たれた電気ショックだが、ヤワな人間であるダイヤの身体には十分なダメージとなっていた。

 なんとか倒れ込んだ上体を起こすものの、座るまでが精一杯で立ち上がる力は上手く出せないでいる。

 「…ご主人様に、なんてことを…!」息も絶え絶えのダイヤを見て、髪を更に燃え上がらせて立とうとするノア。残った力を猛火発動の起爆剤にするが、それでも顔を上げることが精一杯。他の仲間も同様に、主人への暴行に怒りを感じながらも立ち上がる力に変えることは出来なかった。

 (ちっくしょお……!これじゃ、逃げるのも無理かなぁ…!)

 「フン、そこそこは楽しめたぜボーイ。そのご褒美にオレンジバッジをくれてやる。良かったな、これでクチバジムはクリアってことだ。

 まぁその代わりってわけじゃねぇが、そこのトゲピー…ソーマは頂いていくぜ。なぁに、それでお前らの無事は保証してやるんだ。安いもんだろう?」

 ダイヤの眼前に捨てられるように投げられたオレンジバッジ。これを拾えばみんな無事に戻れる。

 ソーマを除いてのみんな。一つ欠けた”全員”。

 知っている。そんなものに意味はないのだと。

 仲間を守ると言うことは、どんな時も貪欲で、傲慢で、身勝手でなければ押し通すことすら出来ないのだと。

 だから、少年の返事は決まっていた。

 「――……悪いけど、それは無理だ。バッジ一つでも、もしか金を積まれても…俺は仲間を、明け渡したりはしない…!

 みんなも、ソーマも、守り抜いてやる…!俺が出来るのは、それぐらいしかないから…それだけでも…ッ!」

 必死に力を振り絞り、なんとか立ち上がった。膝は震えておぼつかないが、それでも立ち上がったのだ。そんな少年の姿を、偶然とはいえ一番近くで見ていたソーマが険しい顔で見つめていた。

 表情は崩れ、目頭には涙が浮かび、口は強い歯軋りで歪んでいる。彼女はただ憎んでいた。自分の力の無さを…主の想いに、何一つとして応えられない現実を。

 (また失うのか…?坊を…皆を…?――嫌じゃ…!妾は…妾はもう失いとうない…!

 …じゃが、あの日欲しかったものを…今欲しいと思っているものを…どれだけ強請っても足りぬものを…。こんな小さな身体で、いったい何を勝ち取れる…?一体何度、あの哀しみを味わえばいい…!?)

 必死で立ち上がろうとしても身体は動かない。再度顔から倒れ込んでしまい、その反動で目頭の涙が地面に零れ落ちた。その時、懐…その身に纏う小さな服の中に、なにかがある事を思い出した。震える手で取り出したそれは、淡く透き通る中に光を蓄えた一つの石。ずっと持っていた”光の石”だった。

 過去<いつか>の日に手渡されていた進化の石。自分には要らぬものだと思い込みながら、つい持ち続けていた代物。其れを見つめ思案に暮れる。たった数秒程度の、覚悟を固める為だけの思案だ。

 (運命を変える力…それを欲するは現在<いま>…。ならば最早、迷う暇も道理もない…!)

 「ファックジョークだボーイ。じゃあさっさと気を失わせてやる。ライチュウ、10万ボルトだ」

 興が覚めたのか、淡々としたマチスの指示で放たれる10万ボルト。流石にこれを喰らってマトモじゃすまないと思うが、それをどうこう出来る力は彼自身には存在しない。それでも容易く倒れまいと耐える意気込みを見せるダイヤだった。だが…。

 「…ぐ、あぁぁぁぁ!!」と雄叫びあげながらダイヤの前へ突進するソーマ。右手は小さく指を振っていた。辛うじて残った力で飛び込み、ライチュウの10万ボルトを身体で受け止める。気を失おうとするほどの威力だったが、なんとか寸でのところで意識を保てた。

 「そ、ソーマ…!!お前…!」

 「……”堪える”、か…。やれやれ…この期に及んで…運だけは、良いのう…!」

 「馬鹿野郎…おまえ、なんで…!」

 「……なぁ坊よ、お主にとって、妾は何じゃ?」

 突っ伏したまま尋ねるソーマ。力なく震える声は、たった一片だけ残した最後の体力でなんとか出しているような声だった。

 そんな声で尋ねられた問い。存在を尋ねるという大きすぎる命題。それでも、そんな問いをされてしまえば真っ直ぐに答えるしかない。何より、答えなんざ一つしかないのを彼は知っているのだから。

 「…そんなの決まってんだろ。――大切な…俺たちの、仲間だ」

 一切ブレることのないダイヤの言葉を聞いて、突っ伏したままニヤリと口角を上げた。

 

 ただ一つ、その言葉が欲しかった。

 どんな目に遭っても、どんな窮地に立っても、何度でもいつまでも、自分を信じてくれる阿呆が居る。

 それだけで――

 

 「くっ、ハハハハハ!…なぁ坊よ、どうするこの状況?皆が傷付き、力尽き、倒れ込み…それでも尚お主はその信念を通すと願うか?その正義、貫けるか?」

 「あぁ、勿論だ…。当然だ…!」

 「なれば如何する?運命の鍵は妾そのものじゃ。妾を棄て、敵に渡して静謐な退路を作るか…妾を信じ、安寧を棄てて進路を作るか!」

 「んなもん…お前を信じる以外に選択肢ねーだろッ!」

 「ならば何処までも信じ貫けッ!その想いこそが、何よりも強い力になるのじゃから…ッ!!」

 立ち上がるダイヤとソーマ。傷だらけのその身体で無理矢理に起つその眼には、強い光が輝いていた。

 「まぁだ足掻くか!そろそろ命の保障は出来ないぜ!」

 エレキブルたちに指示を出そうとしたマチスだってが、すぐにその声を止める。ソーマの身体に起こっていた異変に気付いたのだ。

 それは、背後から彼女の姿を見ていたダイヤにも同じことが言えた。

 まるで殻を破ろうとする青白く強い光を放つソーマの身体。今となっては何度も見てきたと言える、進化の輝き。

 その閃光の中で、彼女は満たされた想いに包まれていた。決して言葉に出さないけれど、想い止まぬ程に溢れる、大きな想いが。

 (…ずっと、あのままでいれたら良かった。突然帰ってきた穏やかで楽しい日々…ほんの僅かじゃが、嬉しかった。

 信じて良いのだな?妾を信じてくれる、お主らみんなの事を…。

 護らせてくれるな?大切な…妾の仲間たちのことを…。

 そのために覚悟を決める。もうひとりぼっちではないから…。もう2度と、失うものかと決めたのじゃから…!

 弱さも恐れも後悔も、皆がいるから乗り越えられる…。皆の為に、乗り越えるッ!!

 

 

 ――たとえそれが、未来<あした>へ辿り着けぬ運命に飲み込まれるものだとしても…)

 

 

 見開かれる眼。掲げられる手。その手の中には、大きな光を蓄えた小さな石が握られている。

 ソーマ自らの放つ輝きと、光の石から解き放たれた輝き。2つの光はその場全てを白く包み込んだ。

 

 やがて膨大な光も薄れ、まるではらはらと舞い落ちる羽根のように白く輝く雫が消えていく。

 その中心に立っていたのは、まるで見違える程に変わった女型の萌えもんの姿。

 赤と青が散りばめられた純白の衣装はどこか優雅で高貴な佇まいを見せ、それに合わせるように赤青のオッドアイが強く輝いている。

 体格は中背のダイヤとほぼ同等にまで大きくなり、女性の象徴である胸や尻…所謂ボディスタイルもそれ相応に大きくなっていた。

 だがそれ以上に目を引くのは、背中から生えた大きな翼だった。普通の鳥萌えもんとは違い丸みを帯びた特徴的な形の翼は、衣装と同じ純白さと相まってまるで天使のようにも見えていた。

 少なくともさっきまで光の中心にいた彼女と同じ存在だとは、声をかけられるまで認識出来なかった。

 「…腑抜けた顔をするでないわ、阿呆」

 「本当に…ソーマ、なのか…?」

 「妾以外になんじゃと思っとるんじゃ戯けめが」

 「エクセレントだぜ、Msソーマ…。こんな土壇場で進化してみせるなんざ、よくやるもんだ。

 だがそれがどうした?進化したその姿、フライトタイプが加わってるんだろう。俺のエレクトリックタイプの敵じゃあねぇなぁ!」

 「ふむ、そうじゃな…。相性の不利ぐらい無いとハンデにはならぬか」

 見目麗しい姿となったものの、相手を嘲笑する時の下卑た笑顔は正しくいつものソーマだった。どれだけ進化して身体が成長しても、心まではそう簡単に変わりはしないのである。

 だがそれは、ダイヤにとっては何よりも頼もしく感じられていた。

 「は、ハンデだと!?絶対的な相性の差が、ハンディキャップだとぉッ!?」

 「はんッ、舐めるなよ小童が…妾を誰だと思っとるんじゃ。

 妾はソーマ。かつては現ロケット団総帥サカキの手持ちであり、今はこの正義の味方、マサラタウンのダイヤを主として共に歩む者であるぞッ!!」

 丸みのある翼を大きく広げ、強く言い放つソーマ。それこそが彼女の決意だった。故に彼女は、進化を果たすことが出来たのだから。

 「ソーマ、お前…」

 「ほれ、代わりに啖呵を切ってやったぞ坊。…往けるな?妾と…皆と共に」

 「――あったりまえだ!あいつら全員ぶっ倒して、みんな一緒に大手を振って進んでやろうぜッ!!」

 「Fuck'in son of a bitch!!捻り潰してやるぜッ!!」

 マチスの激昂と共に襲いかかるエレキブル、ジバコイル、ライチュウの3人。それに対してダイヤは、真っ先に図鑑を開き今のソーマが使える技を確認する。その技欄からは"指を振る"が消え、新たに2つの技が使えるようになっていた。すぐにフィールドへと目を戻し、迫る相手に対する指示を出す。

 「エレキブルにあくびを食らわせ、そのまま空中に退避!」

 「ふあぁ…やれやれじゃわな!」

 迫るエレキブルに大きなあくびをかまし、そのまま空へ舞い上がるソーマ。エレキブルの拳を躱しながら空中で静止した。

 「ジバコイル!ラスターカノン!!ライチュウ!10万ボルト!!」

 「波動弾で相殺だッ!!」

 ジバコイルの解き放った収束された輝きと、ライチュウから放たれた高威力の電撃が重なり合ってソーマに襲いかかる。だがそれに慌てることもなく、胸元で両手を合わせるように揃える。

 溜め込まれた精神エネルギー…波動の力は球体へと形作られ、すぐに相手の攻撃に合わせて撃ち出された。

 3つの技がぶつかり合い、空中で大きな爆発がおこる。その状況を利用すべく即座に反応したのは、マチスの方だった。

 「そこだライチュウ!アイアンテールで爆風ごと打っ飛ばせェ!!」

 「ッ!!」

 空を切り裂く鋼の尾撃を繰り出すライチュウ。言葉通り相殺で生じた爆風は真っ二つになったが、そこに標的の姿は見えなかった。

 否、そのアイアンテールより一瞬遅れて、白い影が高速で相手に迫っていた。

 「まずはお前じゃ移動砲台!そのクソ厄介な火力、落とさせてもらうぞ!」

 「クッ!?エレキブル、雷パンチでーー」と言ったところで、エレキブルの意識が落ちて倒れ込んでいる事に気付く。相手の眠気を誘い、一時の間を置いて時間差で眠らせる技が"あくび"なのだ。

 「く、クソがぁッ!!ジバコイル、電磁砲!!」

 「遅えッ!ソーマ、波動弾ッ!!」

 「逃がしはせんぞッ!」

 翼を畳み、急降下の速度を最大にまで高めながら右手には既に波動が溜め込まれていた。ジバコイルの攻撃態勢が整わないこの瞬間、ソーマの手から勢い良く投げ付けられた。

 スピードスター同様、必中を謳われるのがこの技。青白く輝く波動弾が真っ直ぐ突き進み、ジバコイルに直撃し、マチスの傍らにまで吹き飛ばしノックアウトした。

 「ふっ、まず一人目じゃ」

 「チィッ!ライチュウ、10万ボルトッ!!」

 「次だ!躱してエアスラッシュッ!!」

 「応さッ!」

 背後から迫る電撃に対する指示に即座に反応し、ジャンプと共に翼を大きく羽ばたかせて空を舞う。電撃の軌道を尻目で確認し、回避と共に腕を大きく薙ぎ払った。空をも切り裂く真空の刃が、ライチュウに襲い掛かる。

 周囲の空気を巻き込み刃の一撃を喰らうライチュウだったが、飛行タイプの技故にダメージ自体は軽微。すぐに反撃に出ようとした、その時だった。エアスラッシュで発生した真空が身体を押さえ付け、怯んで動けなくなっていた。

 「ほれほれ、ちゃんと避けねば反撃出来ぬぞ!?」

 怯んだ隙を逃さずに再度エアスラッシュを放つソーマ。連続して放たれる真空の刃は、ライチュウにダメージを与えながら怯ませ続け、動きを抑えていった。

 「What's happened!?いくらなんでも怯みすぎだろぉ!」

 「そうか…天の恵み!」

 そう、それはソーマの持つ特性。通常の攻撃と共に毒や麻痺、火傷と言った追加効果をもたらす技の効果を倍加、より高い確率で相手に追加効果を与えるといったものだ。

 元よりエアスラッシュには攻撃と共に発生した真空で相手を怯ませる効果があるが、通常の萌えもんが使ってもこんな連続で効果が発動するワケではない。天の恵みを持つソーマだからこそ、この状況が生み出されていたのだ。

 「左様!妾に一時でも隙を見せた事が運の尽きよッ!

 一方的に蹂躙される、苦痛と恐怖を教えてやろうか!?ほぉれほれェッ!!」

 まるでどっちが悪役だと言わんばかりに、空を飛び回りながエアスラッシュを連発するソーマ。一方的に怯ませ続けるその戦況は、バトルと言うにはおこがましい…戦略や相性などと言うモノを全て奪い去る惨状にも見えた。だがそれでも、彼女の手が止まることはなかった。何故なら――

 「――マチス、お主は妾の仲間を相応に甚振ってくれたでのぅ…。これはその礼じゃ!」

 「ソーマ、お前…」

 「さぁ二人目じゃ!散れィッ!!」

 最後の一撃を撃ち込み、ライチュウを倒すソーマ。圧倒的に不利な状況を、本当にたった一人で覆していた。

 余りにも予想外な出来事に思わずたじろぐマチス。そんな彼の前に、睡眠状態から目を覚ましたエレキブルが立ち上がった。最早マチスにしても、ここからは意地の戦いでしかない。が、そこに言葉をかけてきたのはソーマだった。

 「さぁどうするマチス?無様に土下座して赦しを請い、幾つか情報を寄越すのであればこれ以上甚振るのは止めてやろう。なに、お主にも立場の1つや2つあるであろう?そいつは守っておいてやる。この街で暮らす分には問題ない程度にはのぅ。

 それとも、イッシュに逃げ帰って御膝下で甘えて暮らすか?落ちぶれた敗残兵にはそれが似合いじゃろうて」

 饒舌にマチスを煽るソーマ。この行為に、ダイヤは覚えがあった。先日のカスミ戦で、状況を一変させた立役者の得意技…"悪巧み"である。

 特殊攻撃力をぐーんと上げる効果を持つ所謂積み技であるが、この最中は無防備になると言う欠点も存在していた。

 「ッザケんじゃねぇぞ畜生ンの野郎ォ!!エレキブル、雷ッ!!」

 「拙いソーマ!避けろ!!」

 ダイヤの声に反応して空を舞うソーマ。だが、天井から連続して降り注がれる極太の雷撃は最初の2発を躱したものの3発目に直撃してしまった。

 「ダメ押しでブッ殺せッ!!ギガインパクトッ!!!」

 「ソーマぁぁぁッ!!」

 最高威力を乗せた一撃を叩き込むべく、力を溜めながら墜落地点へ走り込むエレキブル。ブッ殺す。その命令を遂行すべく空中からの一撃に切り替えてジャンプした。

 ――瞬間だった。砂塵に覆われた墜落地点から、先程の倍の大きさを持った真空の刃…エアスラッシュが飛んで来たのは。

 「ッ!!?」

 「……まぁ分かっておったよ。貴様のようなヤツが、頭を下げて赦しを請うなぞ考えられぬことだとな。

 それに――元より妾は、貴様を赦す気なんざ無いわ」

 笑顔すら浮かばずに告げるソーマ。それが最後の言葉だった。

 天に掲げた右手に収束される波動の力。悪巧みで特殊攻撃力を上げた今、その大きさは倍以上に膨れ上がっていた。だがその引鉄を引くのは彼女ではなく…

 「坊ッ!!」

 「――あぁ!波動弾ッ!!!」

 肥大化した波動の塊…もはや砲弾と呼ぶべきシロモノを、迷う事もなく全力で撃ち放つ。

 うねりをあげながらも真っ直ぐエレキブルに突進し、防御も間に合うこともなく直撃。爆裂と共にエレキブルを吹き飛ばす。威力の高まった波動弾の一撃は、相手を倒すのに十二分な力を誇っていた。

 「…3人目。これで終わりじゃ」

 爆風が作り出した砂塵が晴れたフィールドに、ただ一人ソーマだけが立っていた。ジバコイル、ライチュウ、エレキブル。マチスの萌えもん達は全て倒れていた。

 マチスの選出した萌えもんは彼の主力部隊。実際にダイヤの手持ち達とは大きな力量差があった。だがそれを、ただ一人…ソーマが覆したのだ。マチスの方に油断や侮りがあったのもあるだろうが、それでもだ。

 つい先ほど…ジムに乗り込んだ時とはまるで違う、ソーマの大きな背中を見ながらダイヤは声も出さずに倒れ込んだ。体力も緊張も、限界だった。

 「坊ッ!この…いきなり倒れるやつがあるか…!」

 「……わりぃ。でも…やったんだよな…?」

 「…あぁ、うむ。勝ったのじゃ、お主は」

 ソーマの回答にニッコリと笑いながら、彼女の肩を借りて立ち上がるダイヤ。その表情は、とても満足げだった。そんな彼の笑顔が、ソーマにとっても嬉しいものだと思えるようになっていた。無論、そんな事は言葉に出さないが。

 「ったく…ほれ坊よ、お主にはもう一仕事残っておるぞ。さっさとみんなと回収し、センターで身体を休めるのじゃよ」

 「あぁ、だな…。流石に疲れたぜ…」

 言いながら腕に力を入れて、4個のボールをかざして倒れていたノア、サーシャ、メルア、ジョニーの4人を回収した。

 「…良かった、みんな無事だな」

 「あぁ、本当にのぅ…。…坊、一人で戻れるか?妾は少し、あやつと話がある」そう言って彼女が目線を向けた先は、仰向けに倒れ込んだまま動こうとしないマチスの姿があった。

 「……何か、するのか?」

 「案ずるな、別に首を取ろうとまでは思っておらぬ。…妾がケジメを付ける為に、聞いておきたい事があるだけじゃ」

 「……ちゃんと、帰ってくるか?」

 「…当然じゃ。妾をこんな身体にした責任、ちゃあんと取って貰わねばならぬでのぅ」

 意味深な笑顔でそんな事を言い出すソーマに、ダイヤは思わず慌てふためいてしまった。

 「なっ、おっ、お前っ…!!」

 「カッカッカ、帰る途中に転ぶでないぞ童貞坊主。ノア、歩けそうなら坊を支えてやれ」

 『あ、はい…!』とさっきボールに戻ったばかりのノアが飛び出した。すぐにソーマに代わってダイヤを支えるよう隣に立つ。…どうにも肩を貸すと言うより腰を支えるといった状態だ。悲しいかな、身長差。

 「…ノア、大丈夫か?俺ならたぶん、大丈夫だから…。ノアだって、ダメージ大きかっただろ?」

 「だ、大丈夫です…!ちゃんと、ご主人様を支えてみせます…!」

 たどたどしく歩きだすダイヤとノア。二人の姿を見送って、ソーマは独りゆっくりとマチスの元へ歩いて行った。

 「…起きておるのじゃろう?」

 「…何が聞きたい」

 「知れたことよ。ロケット団のアジトの場所、構成人数、企画中の作戦。あるなら全部教えろ」

 マチスの胸座を掴み引き起こしながら、声のトーンを低くしてマチスに問いかけた。ダイヤにああは言ったものの、その気になればいつでもその命を奪い取れると分からせる意味も込めて、だ。

 「さぁ、どうする?」

 「…アジトはタマムシシティ。それ以上詳しい場所はテメェらで探すんだな。そこの構成人数は60人そこらってところじゃねぇかな。具体的な数なんざ知らねぇよ。作戦についてもそうだ。俺もあいつらもやりたい事しかやってねぇからな。以上だ」

 「………フン、少しでも期待した妾が間違いじゃったわ」

 投げ捨てるように掴んだ胸座を放す。そんな彼女の姿を見て、マチスが思った事を口にした。

 「随分あのガキを買うんだな。青クセェ正義ってヤツにほだされたか?」

 「――まさか。妾もあの馬鹿どもも、サカキのヤツと何ら変わらぬ。…ただ偏に、己が成したい事を為そうとしておるだけじゃ」

 素気ない答えに肩を竦め答えるマチス。何故そんなにもあの少年に肩入れするのかは、進化した彼女の姿こそが回答なのだろう。そして彼女たちは自分を倒して先に進んでいく。ジムリーダーであり、ロケット団員の一人としてでも敗北し負け犬となった彼は、これ以上開く口は持たなかった。

 

 「勝利報酬は貰って行くぞ。どうせこの先必要になるものじゃ」

 「あぁ、好きに持っていけ」

 「フン…。もう二度と、貴様と会うこともなかろうよ」

 別れの言葉もなくジムを出ていくソーマ。いつの間にか空は白み始め、夜明けが近いことを報せていた。

 激闘を終えたクチバジムを後にし、独りゆっくりと歩きながら萌えもんセンターへの帰路に就く。その足取りの中で、自身の放った言葉を思い出していた。

 (もう二度と、か…。いつか皆とも、そのように別れる日がくるのじゃろうな…。

 …その時、笑顔で別れることが出来るじゃろうか…。皆は…坊は、笑顔で送ってくれるじゃろうか)

 思案に暮れながら歩み進んでいると、気が付けばそこは萌えもんセンターのすぐ近くだった。ネガティブな考えを続けながら、もう着いてしまったのかと自嘲する。

 「……ハッ、女々しいのぅ、我ながら」

 分厚いガラス張りの自動扉が開いたそこには、まるで待ち構えるかのようにダイヤとその手持ち達が佇んでいた。ソーマの帰還を見るや否や、みんなして駆け寄ってきた。

 涙を浮かべ顔を崩しながらも喜びを隠そうとしないメルア、まだ表情は硬いながらも小さい身体で必死に走るネーネ、馬鹿みたいにガハハと笑いながらのジョニー、怒っているようでありながら眼鏡の奥の瞳は優しいサーシャ、安堵しながら素直にこちらの身を案じてくれるノア、そして――

 「おかえり、ソーマ」と、明るく元気な笑顔で出迎えてくれたダイヤ…。

 ただそれだけが、彼女にとって何物にも代えがたく喜ばしいものだった。純粋に、嬉しかった。だから…。

 (いつかの別れより、今は皆との明日を生きよう。その為の力…その為の進化なのじゃから。

 

 

 今だけは皆と、空色の未来<あした>を――)

 

 

 

 

 

 - ロケット団アジト -

 

 光源を絞った薄暗く大きな一室で、団員の男が背筋を伸ばし姿勢正しく立っていた。向かい合う先には、相手を射殺さんとする程に威圧的な眼をした男が座っている。

 重苦しい雰囲気の中、団員の男は決して詰まらぬように声を上げた。

 「…ご報告いたします。クチバジム突破者の所持萌えもんの中に、最重要指名手配者である”ソーマ”が居たとのことです。

 ただ、確認した時はトゲピーではなく、トゲキッスにまで進化していたようです」

 「…トレーナーは誰だ?」

 「マサラタウン出身の、ダイヤというトレーナーです。…如何なさいますか?」

 「捨て置け。恐らくは、向こうからやって来る」

 「了解しました、そのようにいたします。…報告は以上です。失礼します、サカキ様」

 大きく一礼をして、早足で部屋を後にする団員。

 彼が報告していた相手…現ロケット団総帥サカキは、陽の光も入らない暗い部屋で一人、思い出すように呟いた。今はまだ見ぬ、かつて自分の傍らに居た彼女を想いながら。

 「……20年ぶり、か。

 ようやく会えるな…ただ一人残った、我が戦友よ…」

 

 

 

第9話 了

 




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(モココ ♀)
        サーシャ(サンドパン ♀)
        ソーマ(トゲキッス ♀)
        ジョニー(ストライク ♂)
        ネーネ(ネイティ ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ ブルーバッジ オレンジバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、火炎車、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:モココ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:電気ショック、充電、電磁波、綿胞子
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンドパン(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:ブレイククロー、岩石封じ、砂地獄、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲキッス(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:エアスラッシュ、波動弾、あくび、悪巧み
 所持道具:なし

・名前:ジョニー
 種族:ストライク(♂)
 特性:テクニシャン
 性格:ようき
 個性:あばれることが すき
 所有技:電光石火、真空破、気合溜め、高速移動
 所持道具:太陽の石

・名前:ネーネ
 種族:ネイティ(♀)
 特性:マジックミラー
 性格:おくびょう
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:ナイトヘッド、つつく、テレポート、おまじない
 所持道具:無し


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第10話『黒き炎』 -1-


 真意を語り、居場所を棄てた少女。真意を知り、なおも居場所であり続けようとする少年。
 真っ直ぐな想いは信意に変わり、その想いが彼女たちに力をもたらした。
 稲妻を越え、前にしか続かぬ道を進む少年たちの未来は、如何なる空の色だろうか…。



 

 - クチバシティ 萌えもんセンター -

 

 少年は戦慄した。

 何を見てか。

 時計だ。

 短針は1と2の間を、長針は7の辺りを刺していた。

 時間にして13:37。世間的に言うと、ランチを食べた後のお昼過ぎ。

 

 

 それは、少年が睡眠から覚醒して最初に見た光景だった。

 

 

 

 

 「………マジかよ………」

 「マジですよ、ご主人様。おはようございます、健やかな寝顔でした」とどこか嬉しそうな笑顔で言うノア。

 少し開いた窓からは少し潮の香りを伴う風が気持ちの良い程度に入り込み、寝起きの顔を涼めていった。天気は快晴。若干暑いぐらいの気温だ。

 「…ガッツリ6時間ぐらい寝ちまってたワケかー…」

 「いいえ、ガッツリ30時間です」

 ハッキリと返すノアの言葉に目が点になる。言葉に対する理解が完了するまで数秒を用い、それと現状を擦り合わせるのにまた数秒かかっていた。

 そこまでかけて出た言葉は、奇しくも第一声とほぼ同じものだった。

 「………マジで?」

 「大マジです。突然倒れたと思ったら今まで目を覚まさなかったんですよ、ご主人様。

 …みんな心配したんですから。私だって…」

 「……ノア、俺トイレどうしてたんだろう…!?」

 みんなの、特にノアの心配を他所にしてそんな事を言い出すダイヤ。彼女がつい頓珍漢だなぁと思ってしまうのも当然のことだろう。

 「はぁ…ジョーイさん曰く、夢遊病のようにトイレに行ってたそうですよ」と、溜息交じりに答えるノア。冗談でも尿瓶でやって貰っていたとは言わない辺り、彼女の真面目さが分かるようだ。

 言いながらコップに水を汲み、ダイヤに渡すノア。丸一日以上も寝ていたのだし、喉が渇いているはずだという心遣いである。

 それを有り難く受け取り飲み干すダイヤ。渇いていた喉が心地良く潤される。ホッと一息ついたところで、ようやく状況を認識できた。次は一先ず、他のみんなだ。

 「なぁノア、他のみんなは?」

 「外に出ています。ご主人様に元気になってもらうんだって、メルちゃんが筆頭になって木の実探しに」

 「…ジョニーも?」

 「彼は修行と言ってましたが、みんなと一緒に行ってるようです。サーシャとソーマが一緒だから大丈夫ですよ」

 「…まぁ、そうだな」

 溜め息混じりの笑顔で答えるダイヤ。話の通りならそう時間もかけずに帰って来るだろう。その間に、こっちも準備を整えておかなければ。なにより髪から顔から身体から、全部が脂っぽくて気持ち悪い。

 「ノア、ちょっと俺シャワー浴びてくるよ」

 「分かりました。じゃあ私は席の方をとってきますね」と言って、センターの方に歩いていった。

 萌えもんセンターの座席は一応フリースペースとなっているが、ジョーイに申請しておくことで予約席として一定の時間使うことが出来る仕組みである。

 そういう細かい気遣いを当然の様にするのだから、ノアはよく出来た娘である。主人含め、他のみんながそれに気付いているかはまた別であるが。

 

 

 - 萌えもんセンター 座席 -

 

 ノアが確保してくれていた席に座るダイヤ。そこに、外に出ていた仲間たちが戻って来た。

 「あっ、マスター!大丈夫?元気になった!?」とダッシュで抱きついてくるメルア。彼女のフワフワの髪を撫でながら、大丈夫だと回答する。

 「おはようございますマスター。大変なお寝坊さんですこと」

 「悪い悪い。でも、おかげで元気ハツラツだぜ」

 「ホントにっ?コレ、食べなくても大丈夫?」

 「………………(ついっ)」

 メルアとネーネが差し出したのは、もぎたてのオレンの実とモモンの実だった。

 小さな手に握られた木の実はとても可愛らしく見え、また同時に彼女らが向けてくれていた想いだと、流石の彼でも理解できる。それを拒むことなど出来るはずもなかった。

 「んじゃ、そいつは有り難く貰おうかな」

 と早速オレンの実の皮を剥き、中の身を口に運ぶ。酸っぱさと甘さの中に渋さが混じり合った玄妙な味わいが口の中に広がっていく。不味くはないのだが、決して美味しい訳でもない味だったが自分に向けられる2人分の輝く目には勝てなかった。

 「…うん、うまい。ありがとうなメルア、ネーネ」と笑顔を繕いながら優しく2人の頭を撫でてやる。2人共、気持ち良さそうな嬉しそうな顔をした。

 「まったく、2人には特に甘いんですからマスターは…」

 「サッパリFaceキメやがってYO!1発ヌいたりして来やがったかァ?」

 「やめろよホントそういうこと言うの!シャワー浴びて来ただけだっつーの!」

 「シャワーっつったらLucky-SUKEBEの宝庫じゃあねぇかYO!背中流しに入って来たノアにムラムラからの壁DONで背中以外のところも洗いっこしてYeeeeehaaaaaw!な事態になるのがスジってモンじゃねぇのかYO!!」

 「ななななななななにを言ってるんですかあなたはああああああッ!!!」

 ダイヤがツッコむよりも速く、火炎をまとったノアのツッコミパンチ(火炎車)がジョニーの顔面にブチ込まれ、窓ガラスを砕きながら外へ殴り飛ばされていった。

 息を荒げるノアの顔はこれ以上ないくらいに赤面し、髪の炎をメラメラと燃え盛っていた。

 「ナイスツッコミじゃ、ノア。じゃがパンチはもっと、内角から抉りこむように打つと効果的じゃぞい」

 「そ、そんな知識はあんまり嬉しくないです…」

 「で、本当に坊とはなにもなかったのか?」

 「ありませんッ!!」

 「なーんじゃ、つまらんのぅ」

 つまらんと言いながらも、顔を真っ赤にしながら慌てふためくノアの姿を見るソーマのその顔はにやけっぱなしになっていた。真面目というより潔癖なところがある彼女は、ついつい弄りやすいのだろう。

 一方で健全な青少年であるダイヤも、話に出されたせいでついつい助平なことを考えてしまっていた。肌色で桃色な光景を妄想していると、隣からじーーーっと見られていることに気付く。小さくも大きな存在感を示すネーネの目線だ。半目で強く見据える彼女の眼は、自分の妄想を責められているようにも感じられた。

 『………主、えっち』責めていた。

 「やめてネーネ!こんなの読まないでッ!」

 「いつまでそんな馬鹿な話してるんですか。マスターが卑猥なことを考えるのは勝手ですが、いい加減話を前に進めましょう」

 「よぉーしそうだなサーちんの言う通り!話を進めないとなー!!」

 無理くり大声を出して話題を進展させようとする。そうしないといたたまれないからだ。少年も少女も、こうやって少しずつ大人になっていく。

 

 「さて…次は何処に行くか、だな」

 「決めかねているのならば、タマムシはどうじゃ?」

 タウンマップを広げながら現状と現在位置を把握する。地図の上で見ると小さな地方であるカントーだが、実際自分の足で歩いてみると大きな世界だってことはよく分かる。まずはソーマが提言した場所であるタマムシをチェックしてみた。

 今自分たちがいるのはカントー南方の港町であるクチバ。タマムシシティはそこから北西に位置している。海があるので真っ直ぐとは行かないが、それを消しても経路は自然と絞られてくる。

 「なら直近のヤマブキを経由してすぐ西だな。これならすぐ着きそうだ」

 「ですがソーマ、なんでタマムシを?」と尋ねるサーシャ。

 「簡単なことじゃ。ロケット団のアジトが、此処にあるからでの」

 その一言で、周囲の空気が固まった。いつの間にか戻っていたジョニーの眼が、誰よりも強く鋭く輝いていた。

 「そいつぁ、マジな話か?」

 「マチスに直接聞いたからの、ほぼほぼ間違いはないじゃろう」

 「OK、なら決まりだなミスター。ヤツらを皆殺しにしてやろうZE」

 「物騒なこと言うなよ。俺たちに何がどこまで出来るかなんか、分かったモンじゃねぇんだ」

 「じゃが、こんな馬鹿げた障害は早々に越えてしまうのが良かろう。ロケット団としてのマチスを倒した以上、どんな形で狙われているか分かったものではないからな。坊が寝ておる間に喧嘩売られんで良かったわぃ」

 ソーマの嫌味ともとれるその言葉を、腹に落とすように深呼吸する。”敵”を倒した自分たちは、その”敵”達から狙われてもいい存在なのだ。今まで以上に気を引き締めていかねばならないし、ソーマの言う通りいつまでも狙われる危険と隣り合わせで居たくもない。そう思うと、彼女の提言も真っ当なものに思えてきた。

 「嫌いなものは先に食えってことか」

 「そんな感じじゃ。後々を楽にする為に、苦労は今しておけばいいと妾は思う。じゃが、飽くまでも決定権は坊、お主にある。最終的な判断は任せるぞ」

 その言葉を受けて周囲を見回すダイヤ。そこに否定的な眼は無く、ただ自分の意思表示を待ってるように思えた。

 「…それじゃ、一先ずはタマムシを目指す。やり合うかはともかく、足を止めていることもないしな」

 「分かりました、ご主人様。準備したらすぐに出発ですね」

 「だな。傷薬とか買い足したらすぐに行こうか」

 と言いながらいつもの赤いジャケットに袖を通すダイヤ。それを見て、メルアがふと呟いた。

 「マスター、服ボロボロだね」

 「そういえばそうですね。だいぶ毛羽立ってますし裂傷も見られます。帽子も汚れと穴が目立つようになりましたね」

 「そっか?なんにも気にしてなかったけど…」

 メルアとサーシャの指摘に、一度脱いで確認してみる。言われてみれば確かに、焦げたり破れたりしてるところが結構あった。思い返してみれば、旅立ってからずっとこの服で来たわけだ。山越えしたりバトルしたり、色んな道でも構わず着てきたんだった。

 そこに先日のマチス戦。ライチュウの一撃をダイレクトで喰らってしまい、普通のジャケットでは流石に大きなダメージとなってしまったのだろう。よくオシャレ服としてダメージジャケットとかあるが、ダイヤのそれはそんな良いモノではなかった。控えめに言ってもみすぼらしいレベルだ。

 「新調、した方が良いですよね…」

 「そうは言うがなぁ…そんな金ないぜ?旅の必需品や消耗品揃えとくので精一杯だ」

 「ロケット団の連中から金品強奪するか、ミスター?」

 「お前はまずその思考回路をどうにかしろ馬鹿野郎」

 溜め息をつきながら悩んでいると、向かいに座っているソーマの口がニヤリと吊り上がった。

 「フッフッフ…そんなこともあろうとな、用意しておったぞ坊。新しい装備をなッ!」

 「な、なんだってー!?」

 予想通りの反応に喜びながら机の上に服を広げるソーマ。それは、ダイヤ含む全員が一切予想していない代物だった。

 形はこれまで着ていたものとさほど変わらないジャケットとパンツ。ポケットの形とか数は前着ていたヤツより多く、より実用的な感じがする。生地も見るからに頑丈そうであり、またどんな動きにも対応できそうな柔軟性も持ち合わせているように見える。

 隣に置かれた帽子も今まで被っていたキャップとほぼ同じ形でありながら、縫い目の密度をとって見てもジャケット同様にしっかりした造りが見て取れる。どちらも、生半可なことでは破れたりしなさそうな安心感があった。

 …ただ一点を除いては。

 「…ねぇソーマさん、ナニコレ」

 「新たな一歩を踏み出す坊への餞別じゃ。勝利報酬としてマチスの私物からパクってきたモノじゃが、サイズ的に問題は無かろう」

 「いやそういう聞きたくなかった出所は置いといてですね。…なんでこれ、全部銀ピカなの?」

 「カッコイイじゃろう!!!」

 物凄いドヤ顔で言ってくるソーマに、思わず呆然とする一同。思わず見直すが、やっぱりその服はほとんど銀色だ。照明の光が反射して、燦然と輝いている。正直眩しい。

 「…俺にこれを着ろと」

 「うむ」

 「その心は」

 「カッコイイからじゃ」

 「俺に拒否権は」

 「無い」

 相変わらずの不遜顔で言い切ってくる彼女である。カッコイイと言い張るその自信は一体どこから来るのだろうか。だがどれだけ控えめに言っても、これは派手だ。真昼間にこんなギンギラギンに輝いてたらさり気ない着こなしってレベルじゃない。常時マーキングされてるようなものだし、何より恥ずかしい。なのでやんわりと拒否しようとしたのだが…。

 「…ごめんソーマさん。流石にこれは――」

 「なんじゃ、妾を信じ貫いてくれると言うのは嘘だったのか?寂しいのぅ…せっかく進化出来たというに」

 「ぬあぁー!分かったよ着ればいいんだろ着ればぁ!」

 それを言われてしまっては、ダイヤにはどうすることも出来なかった。ぐうの音も出ないとは、正にこの事だ。

 渋々ながら服一式を抱え、簡易宿泊室に入って着替えるダイヤ。部屋の中からか細く「マジかよ…」と情けない声が聞こえてくる。

 「ぬっふふー、さぁてどんな事になるかのぅ?」

 「はぁ…ソーマ、貴方すごく楽しんでますね。あんまりマスターやノアをイジメるのは止めた方が良いんじゃないですか?」

 「固いのぅサーシャ。ノアにはちゃんと戦う理由を固めておいてもらわねばならぬよ。誰よりも、お主やメルよりも気持ちの上で坊の傍らで戦えるようになっておらねば坊は守れんじゃろう。

 それに坊も、あの服自体はかなりの上モノじゃよ?色はともかく、正真正銘イッシュの軍事組織で使われとるモンじゃ。そう簡単に傷物にはならんし、攻撃への耐性も兼ね備えておる。着せておいて損は無かろう」

 笑顔を崩さずに言い放つソーマに、サーシャは初めて敵わないと思った。面白半分のところはあるだろうが、それ以上に誰よりも主人の事を考えていたのだから。

 「…ソーマ、貴方って、そんなキャラでしたっけ」

 「失礼なことを吐かすでないわ。ま、妾も一皮剥けたと言ったことじゃろうかのぅ」

 フヒヒと笑うソーマの真意を、サーシャは窺い知ることが出来なかった。そうこうしている内に簡易宿泊室のドアが開き、新しい服に身を包んだダイヤが姿を現した。予想通りその姿は、銀ピカでピッカピカだ。

 それを見た一同の反応は、まぁ当然と言えば当然のものだった。

 「ぶふぅっ!いやぁ見事!見事じゃぞ坊!!」

 「ハッハッハッハァッ!!It's so coooool!!!イイぜぇミスター、サイッコーに輝いてるッZE!!」

 「ぷっ…くくっ…!た、確かに輝いてますね、マスター…!」

 「………………(ぐっ)」

 「マスターかっこいいー!キラッキラしてるー!」

 「す、凄いですねご主人様…。あの、大丈夫ですか?」

 「……やっぱ痛い。心が」

 周囲の笑顔と自らが纏っている服に反し、これまでにない最高に暗い顔をしているダイヤ。服の見立てが良かったのか、サイズは若干大きい程度であまり気にはならない程度。元々彼自身の体型も中肉中背。つまり、ほぼ完璧に着こなしているのだ。奇しくも。

 「ひぃひぃ…妾の見立ては間違っておらんかったようじゃな。まぁあとは慣れじゃよ坊。2~3日着てれば気にならんようになるて」

 「慣れたくねぇなぁ、それ…」

 「でっ、でもご主人様、それならとても分かりやすい目印になれますよ!今後も夜の外出や洞窟を越えることもあるでしょうし、見失わないで済みます!」

 「精一杯のフォローをありがとうノア…。まぁもう仕方ないよな…。確かに着心地良いし、着てて頑丈さも分かるし、色さえ除けば十分良い服だと思うわ」

 「じゃあじゃあ、これからはコレ着ていくんだねっ!」

 「嬉しそうだなー、メルア」

 「うんっ!だってカッコイイし!」

 無邪気に笑うメルアの顔は、どこまでも嘲笑とは無縁のものだった。純粋無垢に、カッコイイと思ってくれているのだろう。そういう想いは、やはり嬉しいものだ。

 それによく考えてみれば、誰の口からも「似合わないから止めろ」という言葉は無かった。一緒に旅をする以上、この銀ピカ男とずっと一緒にいることが確定しているのにだ。否定の言葉が無い以上、みんなからは十分に受け入れてくれているのではないか…そんな風に、ダイヤも少し前向きに考えを改めるのだった。

 「そっか、カッコイイか…。ありがとなメルア。あとソーマも」

 「む、妾もかぇ?」

 「経緯は喜びたくないけど、わざわざ持ってきてくれたってことだもんな。そこについては感謝するよ」

 「…ふん、分かれば良いのじゃ分かれば」と、また前みたいにそっぽを向くソーマ。ただその顔は少し赤らみ、嬉しそうな笑顔になっていた。

 「よっし、それじゃ出発するか!目的地は、タマムシシティだ!」

 元気な声を出して立ち上がる。それに続くように他のみんなも立ち上がった。進む意志と意気は、十分に整っているようだった。

 ロケット団のアジトがあると言うタマムシシティ。そこでは一体何が待ち受けているのか…それがなんであれ、少年たちは信念を支えにし、新しく大きな一歩を踏み出すのだった。

 

 「――の前に、ちゃんとフレンドリィショップで消耗品の補充からですね、マスター」

 「あ、はい…。的確なツッコミありがとうサーシャさん」

 




補足事項:銀服は萌えもん用追加パッチの一つである主人公色変えを再現、設定追加したものです。


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第10話『黒き炎』 -2-

 

 - ヤマブキシティ 南方ゲート -

 

 クチバシティより北方、カントー地方の中心にして最大のオフィスタウンであるヤマブキシティに直結しているゲート。その前に銀色の少年が佇んでいた。その顔は、服の輝きに反比例して少し暗い。

 佇む彼の眼に見えているものは、黄色も黒の縞模様テープとヘルメットおじさんが頭を下げている看板。それらが表しているものはただ1つ。

 「…工事中って、なんでだよ…」

 ゲートの周りにはヘルメットを被った現場作業員の人と、それを手伝うワンリキーやゴーリキーが作業をしていた。

 『これは想定外でしたね、マスター』

 「最短経路を潰されるとは思いも寄らなかったよ…。しゃーない、地下通路回って北側から行くか」

 「あー駄目だよ兄ちゃん、北側も今通行止めなんだよ。なんか建設検査が始まってなぁ」

 「えぇっ!?じ、じゃあタマムシに行くにはどうやって…!」

 「シオンまで行って地下通路を通るしかないなぁ…。行くなら気を付けてな」

 「マジかー…ありがとうございます」

 作業員の男に感謝を告げ、重い足取りで渋々歩き出すダイヤ。タウンマップを確認しながら迂回路を確認していく。

 「んー…南からの方が平坦な道みたいだし、クチバから回った方が楽かなぁ…」

 『Noだぜミスター。なぁんか11番道路にカビゴンどもが居座りやがって、道を塞いでやがんだYO。ありゃあテコでも動かねぇZE』

 『あー、そりゃ難儀じゃな…。あの大食漢どもに居座られたらどうしようもないわ』とジョニーに次いで答えるソーマ。経験豊富な彼女が言うのだから、まず間違いは無いのだろう。

 「…つまりそっちも無理ってことか…」

 『ん〜、じゃあどうやって行けば良いのかなぁ』

 『ハナダからイワヤマトンネルを通ってシオンに行くルートしか無いですね。かなり大回りになっちゃいますが』

 サーシャの言葉を聞いてうんざりとした顔になるダイヤ。決意も新た、装いまで新たにしての出発だと言うのに、いきなり出鼻を挫かれた気分だ。自分の盛大な寝坊のせいで、もう既に陽は傾き始めている。今からだとハナダで1泊するハメになることは火を見るよりも明らかだ。

 それにイワヤマトンネルを通るって事はまたも山越えだ。使うであろう日数を考えると余計にうんざりしてしまう。軽い失意に心が落ち込み、少し長めの溜息が出て来てしまった。まぁ実際の大きな理由としては、

 「面倒クセェ……」に尽きるのであったが。

 『ま、前向きに考えましょうご主人様!目的地まで時間はかかるけど、その分私たちのレベルアップ期間にもなります!』

 『ノアの言う通りじゃわな。少しでも鍛える時間はあった方がええでのぅ。回り道も時には必要な定めと知れぃ』

 「仕方ない、か…。まぁ立ち止まるよかマシか」

 両手で顔を軽く叩き、再び歩き出す。旅もレベルアップも同じ、一歩一歩進んで行くしかないのだ。

 そう思いながら、ダイヤはまたハナダ〜クチバ間をつなぐ地下通路に足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 結局ハナダシティに辿り着いた頃には陽はほとんど沈んでおり、夕暮れ時となっていた。

 予想通りの時間展開ではあるが、休むには早く進むには遅い時間帯。となると鍛える事に時間を使いたかった。

 「…だからってわざわざウチに来る?」

 迷惑そうな怒り顔で出迎えてくれたのは、競泳水着にパーカーを羽織った少女であるカスミ。

 そう、ダイヤが今いるところは数日前に激闘を繰り広げたハナダジムだ。既にジムバッジは持っているから挑戦する必要はないのだが、この時間でも戦ってくれそうな相手は彼女ぐらいしか思い浮かばなかった。

 「悪いけど頼むよ。なんとなく、時間を無駄にしたくないんだ」

 「こっちの事情は無視ってこと?私だってそれなりに忙しく――」

 「デートをドタキャンされたんで自棄食いするところだったんだよねー☆」

 「うっさいスターミー!ったく…いいわ、腹癒せに相手してあげる。後悔するぐらいにね!」

 青スジを立てながらダイヤに指差して勝負を宣言するカスミ。お怒りの理由からしても、虫の居所が悪かったのだろうと思うダイヤだったが、得られる経験はこれ以上ない相手でもある。それにこれまで何回もボコられて来た相手だ。今更黒星が増えようと構うものではない。だから、そう言ってくれることは素直にありがたかった。

 「サンキュー。でもこっちだって、前ほど簡単にやられやしないさ!」

 

 …数十分後…

 

 「簡単に、なんですって?」

 怒気を孕んだカスミの声。ダイヤの前には倒れ込んだ手持ち達。いつかの第一戦を思い出す惨敗っぷりだ。ただ違うところと言えば――

 「手持ち6人フルメンバーでボコボコにしといて言いますかウチのリーダーは…」と嘆息するスターミーの言葉にあった。

 カスミの前に居たのは相方であるスターミー以外に、4つに分けて尖った青髪と切れ長の赤い目、手足のヒレと額の赤い宝玉に目が行くゴルダック、優雅な錦柄の服と艶めく黒髪と大きな角が印象的なアズマオウ、青と黄色の浴衣を纏い提灯を手に持ったランターン、つぶらな瞳に緩くのっぺりと持ち上がった口角が特徴的なヌオー、青いロングヘア―の上から長く伸びた耳と水玉模様の青い服、薄水色のスカートから伸びる鍵尻尾が可愛らしいマリルリ。以上カスミが本気でバトルする時のフルメンバーが総出で出迎えてくれたのだ。

 スターミー1人でもあの惨状だったのだ、同レベルの萌えもんがあと5人も居るとなると結果は自ずと見えてくる。唯一ソーマだけは1対1だと対等以上の戦いが出来たのだが、数の前では敗北必死。敢え無く全滅という訳だ。

 「…参った。うぁー、足元にも及ばねぇかぁ…」

 「そんな事ないわよー。ちゃんと私たちに攻撃当てれてるし、キミの状況判断やキミの手持ちたちの反応速度もちゃんと上がってるわ。いっちばん多く戦ったアタシが保証してアゲル☆」

 嬉しそうに話すスターミー。まるで師匠のような気分なのだろうか。彼女の評価はトレーナーであるカスミよりも優しく正確だった。

 「褒め過ぎよスターミー。調子に乗ったらどうするの」

 「カスミは褒めなさ過ぎなのよ。後輩たちのカウンセリングを一手に引き受けてあげてるの誰だと思ってるのよ」

 などと言い合う2人。それだけで2人の仲の良さが伝わってくるようだ。果たして自分は、みんなとあんな風に付き合えているのだろうか。ふとそう思うダイヤだった。

 「ほら、アンタもボーっとしない。そっちから願い出てきたんでしょ?回復が済んだらまたやるわよ」

 「うえっ!?い、いやもうみんな結構――」

 「ノォープロブレッ!!まだまだヤるぜぇイケイケドゥンドゥンだヒャッハー!!!」

 と突如興奮しながら跳ね起きるアクロバット馬鹿野郎。それに続く形で、他のメンバーもゆっくりと起き出した。

 「カスミさんの言う事も一理ですよ。自分でやると言ったのですから、最後までやりましょうマスター」

 「まだまだやれるもんねっ!頑張ってレベルアップしなきゃ!」

 「メルちゃんの言う通りです、ご主人様。頑張りましょう!」

 「………………(ぐっ)」

 全員の激励に押され、ダイヤの顔つきも真剣なものに変わる。時間的体力的に何戦やれるかは分からないが、それも経験量の一つとして積み重なるはず。強くなりたい互いの意志にブレが無いのなら、その手を止めることもないのだ。

 「よし…それじゃもう一本、お願いしまっす!」

 「威勢だけじゃないことを祈るわ。来なさい!」

 

 

 …そうして数時間後。もうどっぷりと夜も更けたハナダの街道を、ダイヤがとぼとぼと歩いていた。今日は珍しく、隣にはソーマ一人が付いている。理由は単純。他の全員が疲れ切ってボールの中でお休み中なのだ。そうしてセンターへ戻る道すがら、カスミとのバトルの反省をしていた。

 「…やっぱ、どうしても水タイプは苦戦するなぁ」

 「何の因果かこの構成、メル1人じゃカバーしきれんところがあるのう。ネーネが草技を覚えればフォローもし易くなるじゃろうが、生憎使える技マシンもありゃせんしなぁ」

 「難しいなぁ…」

 「どうせお主の事じゃ、メンバー補充なぞ考えておらんのじゃろう?なれば、持ってる手札で出来ることを増やして行かんとのぅ」

 それもそうだ。それ以上にもそれ以外にも、自分に出来ることは無いのだと改めて思うダイヤだった。

 少し俯き気味になり思考を巡らせる彼の隣で、ソーマは羽を広げて伸びをしながら天を仰いでいた。暗夜の中に一つ、大きな光が街を照らしている。いつか見たような月の光だ。

 「しかし、今宵は月が綺麗じゃ。その銀服もよく輝いておるわ」

 「ぐぅ…いくらか慣れたとはいえ、やっぱまだ辛いよコレ…。でも、なんで銀を選んだんだ?」

 「言ったじゃろう?カッコイイからじゃと」

 「いやまぁ、それは聞いたけど…」とつい言葉を濁らせるダイヤ。カッコイイということは確かに大きな理由となる。自分でもそういう判断で嗜好品を買う時だってあるのだし、別にオカシイとは思わない。

 だが、彼女の行いには何か意味があるのではないか。そんな風に思うようになっていた。その考えを上手く言葉に出せない少年の気持ちを察したソーマが、小さく微笑みながら言葉を重ねだす。

 「…そうじゃな、確かに銀というモノに個人的な趣向があるわな。

 知っておるか坊、古来より銀は”しろがね”と呼ばれ、その輝きは”純真”や”無垢”といった印象を与える。そしてそれは神を象徴する金に対比される、それ以外の精魂…神聖な色とされており、さる宗教ではその神事に用いる物品を銀で作ったと言われておる。また同時に、外邪を祓う守護の力を持つとされるのも銀じゃな。

 他にも銀は月と同一視されることが多い。これは太陽を金と見立てたが故の対比じゃが、それについても中々面白い話があってのぅ…」

 「お、おーけー分かったよ。それだけ好きなら銀を選んだってのも納得だ」

 「む、これからが面白いところだと言うに…。『あいつ銀の話になると早口になって気持ち悪い』とか考えておらんじゃろうな?」

 「わざわざそこまで考えねーよ。早く戻って休もうぜ」

 『マスターまってまって!メルその話聞きたい!いいでしょ!?』

 「っとメルア!?起きてたのかお前…大丈夫なのか?」

 『うんっ!だいじょーぶいっ!ねえねぇソーマっ!面白い話ってどんな!?』

 「うむ、センターに戻ったらたくさん話してやる。そうじゃなぁ、メルには他にもジョウトに伝わる銀翼の海神のことも話してあげようかのう」

 『わぁ、やったぁ!』

 「何その話、俺も興味ある」

 「お主はちゃんと寝て回復しとけぃ。イワヤマトンネルはオツキミ山よりもハードになるからな」

 「ぬぅぅぅ、しゃーないか…」額を小突かれながらの注意に素直に従うダイヤ。考えてみれば、寝て起きれば今度は山越えなのだ。そう考えるとなんだか急に忙しくなったように思う。

 そんな事を考えながら、2人で萌えもんセンターに入っていくのだった。

 

 

 …そうして迎えた翌朝。ダイヤたちは日の出と共にセンターを出て、イワヤマトンネルへと向かって9番道路を歩き出した。

 険しい岩場の道中には朝から元気な虫取り少年や短パン小僧が萌えもんたちとバトルしたり走り回ったりしている。その内数人の血気盛んなトレーナーと勝負をしながら、山道をどんどん進んでいった。

 やがて日はその高さを増していき、麓の萌えもんセンターに到着する頃にはだいぶ上になっていた。お昼前、といったところだろうか。山を越える前に、一先ずは休憩だ。

 (―――――)

 (………?なぁに…?だれか、なにか、言った…?)

 センターの一角、昼食を囲ったテーブルの一席。声を出さぬ少女の心が、その異能が、なにかを捉えだした。…まだ今は、僅かに袖すり合う程でしかなかったが。

 「ネーネ、どうした?」

 「………………(ふるふる)」なんでもない、と言ったように首を横に振る。

 「これから山越えだし、ちゃんと万全にしとかないとな。ネーネの力もアテにしてるんだしさ」

 「………………(こくん)」

 ランチを頬張りながら皆が其々話をしている。内容は主に、今から越えるイワヤマトンネルについてだ。オツキミ山より長い道のりになるってことはみんな分かっている。だからこそ地理に詳しいソーマやシンクロを使えるネーネの存在はありがたいのだ。手探りよりもずっと安全に越えられる。

 越えた先にあるのはシオンタウン。そこから8番道路を進み、目的地であるタマムシへと向かうのだ。スムーズに進めば今夜までにはシオンに辿り着けるだろう。

 「スムーズに進んでくれれば、なぁ…」

 「大丈夫ですよご主人様!トラブルの一つや二つぐらい蹴散らしてみせます!」

 「おう、頼りにしてるぜノア!」

 そう言ったダイヤの言葉に、嬉しそうにその顔を綻ばせるノア。彼女の顔を横から、様子を確かめるようにサーシャが眺めていた。昨日のソーマの言葉を見極めているようだった。

 最初から共に旅を始めた仲であり、名実ともにダイヤが一番信頼している相棒であろう。先日も彼が起きない間も一人ずっと傍で様子を見続けていたのは彼女であり、いつだって彼の為に真っ先に動いてきたのも彼女だ。そんな行動の端々を思い返してみると、やはりこう、主に対する秘めた想いを感じざるを得ない。だがまだ不確定、あとは確証に足るものを得られればいいと思い、小さく彼女に声をかけた。

 「…ねぇ、ノア」

 「はい?」

 「今更聞くことじゃないかも知れないけど…貴方、マスターの事が好きよね?」

 ヒソヒソと声を潜めて言うサーシャの言葉。それを理解、把握した途端にノアの顔が一瞬で真紅に染まり、後ろ髪も爆裂するように燃え上がった。

 「――なっ、なっ、なにを言うんですかいきなり!そっ、そっ、その、そんなそんなこと!」

 「あーハイハイ分かったよぉく分かりましたよー」手をひらひらとさせながらぞんざいに返すサーシャ。まさかここまで分かりやすい反応をされるとは思いも寄らなかった。

 「ううぅ~…!で、でもなんでいきなりそんな…」

 「ただ確かめたかっただけ。メンバーも増えて、ノアもうかうかしてられないんじゃないかなーって思って」

 「よ、余計なお世話です…!」ぷいっと顔を背けるノア。髪の炎は収まっているが、その顔はまだ赤面したままだ。

 「…どうしたんだ、ノアは?」

 話題の渦中にいる少年は、一体何が起きているのか分からずにただ不思議な顔で二人を眺めているだけだった。愚かなり。

 「っしゃあ!喰うもん喰ったし、Let's go away!居並ぶ連中全員ボコにしてやんぜァ!!」

 「トラブルメイカーここに極まれりじゃな。ノアや、さっき蹴散らすと言っておったが、あの阿呆も蹴散らせられるかぇ?」

 「…で、出来るかなぁ…」と思わぬフリについつい苦笑いになってしまうノア。昨日の派手なツッコミが記憶に新しく、気が動転したとはいえ(一応)仲間に対し思いっきり手を上げてしまったことに彼女は後悔していたのだった。

 「話を面倒臭くしないでくださいソーマ。馬鹿の処理も大変なんですから」

 「それより行かないのー?早く山越えちゃおーよー」

 「そうだな、馬鹿話は道中でってとこか」

 サーシャとメルアの言葉を受け、立ち上がるダイヤ達。昼食を片付け終わったらそのままみんなをボールへと戻していった。よし、と一言呟いてセンターの自動扉を開けて外へ出る。そのすぐ隣にある大きなゲート状の穴が、イワヤマトンネルの入口だ。

 荷物の確認は済んでいる。心の準備も大した程ではない。深呼吸を一回だけ行い、ダイヤは暗いトンネルの中に入っていった。

 

 トンネルに入って数分、一つ目の角を曲がったところで少年はその先の光景に顔を歪めた。一面に広がる黒い景色。僅かに入る陽光がなんとか壁の存在を理解させてくれる程度のこれは、誰がどう見ても暗闇だった。

 「うっわぁ…」と思わず変な声が漏れてしまう。照明設備とかどうなってるんだと問いたくなる暗さだ。一先ずは灯りが無いとどうしようもない。そう思いおもむろに一つのボールに手をかけた。

 『暗いですね、ご主人様…』

 「…うん、ノア頼む。出て来て周りを照らしてくれ」

 『分かりました、お任せください』

 いつも通りの礼儀正しい返事と共に、ボール開放時の光に包まれてノアが現れた。すぐさま力を込めて、後ろ髪を軽く燃え上がらせる。その炎で周囲が照らされ、少なくとも足元と壁は見えるぐらいの光源にはなった。

 「うーん…まぁ先に進むにはこれで大丈夫か。それじゃソーマ、悪いけどまた道案内頼むよ」

 『ふむ、それは構わんがボールの中からで良いじゃろう?』

 「ん、別に良いけど…外出た方が分かるんじゃないか?」

 『戯けめが。こんなクッソ狭いところではマトモに飛ぶことも出来やせんではないか』

 「それもそっか…じゃあそっちで頼むな。ノア、行こうか」

 「ハイっ!」

 元気よく返事をして一歩前を歩き出すノアと、彼女の僅か後ろを付いて行くダイヤ。二人の暗い山越えが始まるのだった。

 (…暗いところでほぼ二人っきり…。なるほど、そういうことですかソーマ。でもノアったら、この絶好の機会に気付いてないみたいですねぇ…)

 (坊が元々鈍いのは分かるが、ノアも大概じゃのう…。こりゃ先が思いやられるわい…)

 口には出さずに思うサーシャとソーマ。ノアがダイヤに対し想いを秘めているということは、二人とも知っていることだったのだが、肝心の本人にどれだけその気があるのか分からない状態。ノアに至っては、さっき発破をかけたばかりだというのにあまりこの状況を気にしていないようだった。まだ色恋と言うよりは義務感や使命感と言った想いの方が強いのだろうか。不安のような残念なような、そんな事を考えるボールの中の二人だった。

 

 

 暗闇の広がるイワヤマトンネルを越える道中は、オツキミ山よりも遥かに大変だった。視界が悪いことに加え、入り組んだ道も多く行き止まりに当たることも少なくない。しかもその暗闇に紛れてバトルを仕掛けてくるズバットやイシツブテ、好戦的なワンリキーやマンキーもよく現れるのが困りものだ。

 中にいるトレーナーも意外に多く、ダイヤと同じように道に迷っている者から修行場にしている者、珍しい萌えもんを探している者や山という空間そのものを楽しんでいる者もいる。そんなトレーナー達と、時にバトルしたり道の情報を聞いたりしていった。

 『なんじゃ、意外と道も変わってるもんじゃのう』と、山男からの情報を聞いて呟くソーマ。彼女の記憶の中の道筋とはいくらか違うのだろう。それも開発の賜物なのだろうか。

 「ソーマがここを通ったのってどれぐらい前なんですか?」

 『…忘れたわ。10年以上も前じゃったかのぅ…?』

 「だったら間違えることもあるか…。この分かれ道、どっちだと思う?」

 『うむ、右じゃな』

 「了解だ」ソーマとそんなやり取りをしながら歩を進めるダイヤとノア。とりあえず、今の分岐の選択は正しかったようだ。

 特に変わり映えもなく、変なハプニングでさえ起こるはずもなくある意味悠々と洞窟を進んでいく。ロケット団が潜んでいるということも無かったし、トレーナー戦が特別苦戦したということも無い。ジョニーが一人やたらとハッスルしていたせいか、先日行ったカスミとのスパーリングが良い方向で活かされているのかダイヤ自身は分かっていなかったが。

 何はともあれ、そのまま歩いていると外から差し込む光が見えた。出口だ。足を少し速めながら、そこへ向かうダイヤとノア。流れてくる風と新鮮な空気が一際心地よく感じられていた。それに導かれるように、二人並んで出口を飛び出した

 「ご主人様!」

 「あぁ、越えたな~…!」

 大きく背伸びと深呼吸をする。やはり洞窟の籠った空気よりも、広々とした山の空気の方が気持ちよい。正午ぐらいに出発したのにもう日が暮れ始めている辺り、かかった時間も大体予想通りだったと言える。

 茜色の陽光を浴びながら辺りを見回すと、山のふもとに萌えもんセンターなどの建物が見えた。間違いなく、今日の目的地であるシオンタウンだ。

 「あともう一踏ん張りだな。ノア、ボールで休んでていいぞ」

 「いえ、折角なので最後までご一緒させてください」

 「それは良いけど、大丈夫なのか?山歩きなんか初めてだったから疲れてるだろ」

 「えぇ、すごく疲れました…。でももうすぐですし、ここまで来たら一緒にゴールしたいです」

 笑顔で振り返るノアの笑みに、ダイヤは思わず見惚れてしまった。夕焼けで赤くなった顔、疲労を滲ませながらも素直な想いで表れる健気な微笑みでそんな事を言われてしまったからか…よだれを垂らすような普段の反応ではなく、ただ強くドキッとした、気がする。そんな感覚に戸惑い、つい生返事になってしまった。

 「――……あぁ、うん」

 「ご主人様、どうかされましたか?…あっ!ま、まさかご迷惑だったとか!?で、でしたら私すぐに戻りますから!」

 「あぁいやいやそんな事ないから大丈夫、大丈夫だ!よっしゃ、それじゃあと少し、センターまで行っちまうか!」

 駆け出し進むダイヤと、すぐに追いつき隣に付けるノア。夕焼け空の下、二人はイワヤマトンネルの出口と同じように並んで街へ辿り着いた。

 シオンタウン…シオンは紫、尊い色。尊さの滲む町。町の外れには大きな塔がそびえ立ち、この小さな町の全てを見下ろしているようだった。そんな中で…

 (―――…………テ……)

 (………また…?だれか、いるの…?呼んで、いる…?)

 ダイヤの腰で揺れるボールの一つ、ネーネだけがまた何かを感じていた。それはまだおぼろげだが…イワヤマトンネルを入る前よりもハッキリとしていた。それは決して気の紛れではない。何処からか、何かを感じ取ったのは間違いないと彼女は確信する。

 …だが、そこまでしか解らなかった。誰が、何処から、何を感じ取ったのか…。



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第10話『黒き炎』 -3-

 

 其処は暗かった。

 彼女が見開いた眼で視たモノはそう感じた。

 ただただ深い闇黒で、感覚的に何かが蠢いているのが分かる。

 耳を澄ませば呻くような声が聞こえてきた。

 その声は、徐々に大きく響いていった。

 

 ――タスケテ――ユルサナイ――カエシテ――カエセ――

 

 理解した。これは、怨嗟だ。

 四方八方、空間の全てから鳴り響くその声に、聞き手であったネーネは思わず後ろへ駆け出した。

 だが声は止め処なく響き渡る。

 消えることなく、絶えることなく、怨嗟は騒音と化して襲い掛かっていた。

 足がもつれ、躓いて転ぶネーネ。すぐに起き上がるものの、迫り来る”怨嗟”の姿無き姿に腰を抜かし、立てなくなってしまった。

 

 ――タスケテ――ユルスナ――コワセ――コロセ――コワセ―コロセ―コワセコロセコワセコロセコワセコロセコワセコロセコワセコロセ―――

 

 耳を塞いで、目を閉じて、それでも視覚と聴覚を侵食する声。

 出ない声でやめてと叫び続けたその時、響く声が刹那に途切れ消えた。

 思わず目を開くとそこに、黒い火影が浮かび上がっていた。

 その火影が此方を振り向いた時、黒い火影が横に裂け、見開かれたのは深紅の眼眸。

 そしてこれまでの怨嗟よりも遥かに歪な、咆哮ともとれる声が轟いた。

 

 

 「――オ前タチ、殺シテヤル――」

 

 

 

 ―――………!!!!

 

 

 「ネーネ!しっかりしろ!おい!!」

 開いた視界に写り込んだのは、彼女の主人である少年の顔だった。余裕のない表情と粒のように輝いている汗から、彼が焦燥に染まっているのが分かる。

 そんな彼の顔を見て、声を聞いて、ネーネはようやく此処が現実であることに気が付いた。

 「………………(きょろきょろ)」思わず辺りを見回す。何も変わらない、何の変哲もない萌えもんセンターの簡易宿泊室だ。

 それが分かったが安堵の呼吸は出来なかった。汗が噴き出ていながらも身体はいやに冷たくなっている。動悸は激しく、小刻みにブルブルと震えていた。

 「…大丈夫か、ネーネ?」

 ダイヤのかけた声にビクッとしながら、恐る恐る彼の方を向く。変わらぬ彼の顔。何もない。なんともない。それが分かった途端、しがみ付くようにダイヤの胸へ飛び込んだ。

 彼女の震えを分かったダイヤも、なんとかそれを抑えようと優しく背中を撫でる。幼子をあやすやり方ではあるが、それしか知らなかったのだから仕方ない。それでも徐々に落ち着きを取り戻してくれたのだから、効果はあったのだろう。

 「……ちょっとは、落ち着いたか?」

 「………………(こくん)」

 「でも、突然どうしたんだ?急にボールが震え出したと思ったら、出て来たネーネが凄い具合悪そうにしてて…」

 「………………」

 ダイヤの胸にうずくまりながら、淡い光を放ちだすネーネ。そのエスパー能力を発動する証だ。

 (………怖い…とても、怖いもの…。………怖いけど…よく、わからない…。………夢みたいで…夢じゃ、ない、ような…)

 念話で彼女の言葉を聞いたダイヤは、さっきよりも強くネーネを抱き締めた。いつだったか、自分が小さく幼かったころ、悪夢と恐怖で目を覚ました時に母がやってくれたことを思い出しながら。

 「…怖かったんだな。でも、もう大丈夫だネーネ。俺はここに居る。傍にみんなも居る。だから、安心しろ」

 優しく…出来るだけ優しく声をかける。背中をゆっくりさすりながら、安心感を与えるように。心掛けていった。その温もりが功を奏したのか、胸の中のネーネが小さくすすりだした。泣き出したのだ。

 それでようやく彼も安堵した。恐怖や不快なものは涙と一緒に流れてしまえばいい。そう思いながらしばらくそのままでいると、やがて胸元からは小さな寝息が聞こえてきた。

 「…寝た、か」呟きながら窓の外を見るダイヤ。外は既に明るくなり始めていた。壁に掛けられていた時計はもう朝方を示している。溜め息を一つ吐いたところで、他の5個のボールが開いて他のメンバーたちが現れた。

 「…おはようございます、ご主人様」

 「おはようみんな。…いつから起きてた?」

 「マスターがネーネを呼んでいる時からですよ。流石に起きないわけにはいきません」

 「起こしちまったわけか、悪いな。でも出て来てくれても良かったのに」

 「阿呆が、こういう時全員に囲まれると圧迫感と刺激を与えてしまい逆効果。一先ずは最も安心できる者が傍に居ればええのじゃ」

 ソーマの指摘になんとなく納得したような顔になるダイヤ。だがノアやメルアから見える不満そうな顔は、自分もネーネの傍に居たかったという想いからだった。

 「でも…ネーネ、どうしちゃったの?」

 「さぁ…俺も、何が何やら…」

 「…恐らくは、アレかのぅ」と、窓から外を見て呟くソーマ。彼女の視線の先にあったのは、町外れにそびえ立つ塔だった。

 「ソーマ、アレは?」

 「萌えもんタワー。死した萌えもんを供養し、その霊魂を慰める為の慰霊塔…簡単に言えば墓場じゃな」

 「墓場…」

 「うむ。ゴーストタイプの萌えもんの住処にもなっておるが、中には本物の霊魂もおる。その中でも特別強く遺った思念と、勝手にシンクロしてしまったのじゃろう。制御が利かぬほどに強すぎる感受性も困り者じゃな」

 ダイヤの胸の中で小さな寝息を立てるネーネの髪を撫でながらソーマが言う。

 「つーかどうすんだYOミスター。そんなんじゃネーネは連れてけねーZE」

 確かにジョニーの言う通りだ。ネーネにとってシンクロの受信が弱点となるならば、相手によっては今後どんな目に遭うか分からない。ならば今は、彼女を手元から離しておくべきなのではなかろうか。

 「…でも、出来れば傍に居てやりたいしなぁ」と溜め息交じりに呟くダイヤ。心配なのは当然だった。

 「…ネーネが起きるまで待ちましょうか。ここからならタマムシまで、地下通路を通ればあまり時間はかかりませんし」

 「そうだな…。体力も減ってるだろうし、一度ジョーイさんに回復もしてもらうか」

 サーシャの言葉に同意しながら、抱えていたネーネを彼女に渡し一先ず準備を整えるのだった。

 

 

 - 萌えもんセンター ロビー -

 

 ネーネを預け、念の為に回復してもらったダイヤ達。今はみんなで席に腰掛け、机の上にはネーネをちょこんと座らせていた。ジョーイの話では、ネーネの体調そのものは問題ないらしい。だが突如受信したシンクロが、彼女の心理面にどんな影響を与えているかは定かではない、とのことなのだ。

 萌えもん達の命を守るジョーイの観点からは、一度療養を行うべきだという話も出ている。それがまた、ダイヤの頭を悩ませることとなっていた。

 「やっぱり少しの間、置いていくべきか…」

 「うゆぅ~…一緒に居れないのはやだなぁ…」

 それは自分だってそうだと、彼も内心考えていた。自分の手持ちなのだから、なんとか傍で容態を診ていてあげたい。それは山々なのだが、現状はそうも言っていられないのだ。

 「心配なのも分かりますが、専門家に任せるのも必要ですよマスター」

 「サーシャの言う通りじゃな。今は一度休ませておくべきじゃろう」

 「………………」

 件のネーネはと言うと、どうにも不安そうな顔でダイヤの方を見つめていた。自分を置いて行ってしまうのか、と尋ねるような。責めるわけではないが、離れたくはないという抗議の目線だった。

 こういう顔をされてしまうと、余計に離し辛くなる。一緒に居ることと回復の為に離れること、どっちが正しいことかは少年には選びきれずにいた。

 「Cool&Dryになることも必要だぜミスター。望みはどうあれ連れてくことが互いにデメリットになるんなら、連れてかねぇ方がカシコい選択ってヤツだZE」

 「…ノアは、どう思う?」

 「…私は、…もちろん一緒に居たいです。だけど…今はネーネに無理させたくないって想いの方が強い、です。

 先日のクチバジムの時でも、ネーネはシンクロで体力を失っていましたし…これからも、ずっと一緒に仲間でいたいから、今は万全の状態になって欲しいです。先の障害は、私たちが取り除いておきますから」

 なんとかゆっくりと思いを語るノアの真剣な顔に、ネーネもまたゆっくりと首を縦に傾げた。その顔はやはり残念そうではあったが、少しだけ前向きな目をしていた。

 これからも共にいる為に。それが、みんなで出した結論。寂しさはあっても不服は無い。この場の誰もが、それを解っていた。

 「決まったな。それじゃ、ジョーイさんの言ってたフジって人の所に行ってみるか」

 「………………(こくん)」

 

 

 - 萌えもんハウス -

 

 町の南にあるこの建物は、先ほど話にあったフジ老人が取り仕切っている萌えもんの為の養護施設だ。

 親を亡くした、トレーナーに手酷く当てられ棄てられた、などの心身に傷を負った…所謂ワケありの萌えもん達を預かり、その回復と復帰を促す為の施設である。

 他ならばそれは公的な施設である萌えもんセンターでも行われているが、シオンはその立地からか、そのような萌えもんが他よりも多く存在する。

 そこで建設されたのが、この萌えもんハウスというわけだ。

 一見すると普通の、大きめの民家。その建物の呼び鈴を押し、返事を聞いてからダイヤは扉を開けていった。

 「こんにちはー…」

 「はいはい、いらっしゃい」と、優しい声と柔和な笑顔で1人の老人男性が迎え入れてくれた。この人こそ、萌えもんハウスの管理人であるフジ老人である。

 「ジョーイさんから話は聞いておるよ。君が依頼していたダイヤ君、じゃね?」

 「あ、はい」と軽く会釈するダイヤ。

 「よろしく。それで、診てほしい子は誰かな?」

 「はい、彼女です」言いながらネーネのボールを開放、呼び出す。そしてネーネを一目見ただけで、フジはすぐに状態を把握した。

 「なるほど、精神感応で怨念に中てられたか…。怖かったじゃろう…?」

 「………………(こくり)」

 「この施設にはそういう悪しきモノは入ってこないから、安心してほしい。一時の間でも、ワシらは君を歓迎するよ」

 「ネーネのこと、よろしくお願いします。…でも、その…」

 周りを見ながらなにかを言おうとして言葉を詰まらせるダイヤ。彼の目に写っていたのは暗い眼をしていた未進化の萌えもん達の姿。そういう施設なのだから小さな萌えもんが居ることは分かっていた。いたのだが…

 「数が多い。そう言いたそうな顔ですね」

 「…すいません」

 「謝ることはありませんよ。確かに、ここ最近で保護されてくる孤児萌えもんは増えています。…主な原因は、ロケット団」

 ロケット団。その単語を聞いた瞬間、ダイヤの顔が厳しいものに変わった。

 「…ロケット団が、なにを――」

 「…無理矢理に生け捕られた者、抵抗して傷つき、果てには命を落としてしまった者…そんな理不尽の加害者が、ロケット団なのです。それを行っている者は一部とはいえ、連中の非道は広くに及んでいます。

 勿論トレーナーの中には萌えもんを傷付ける心無い者も居ます。ですがロケット団による被害は今までよりも確実に増えている。…私は、そんな現状が辛いです。

 その子の受信した怨念も、もしかしたら…」

 悲しむように語るフジの言葉に、ダイヤは思わず強い憤りを感じていた。ただの軽犯罪ではない、もっと重く罪深いことをやっているのだ。それに対し思考を閉ざしているなんて、彼に出来るはずもなかった。

 「いやはや申し訳ない、要らぬ話をしてしまいましたね」

 「いいえ、俺たちも気を付けます。それじゃ、ネーネの事をよろしくお願いしますね」

 「お任せください」

 そう言ってネーネのボールをフジに渡すダイヤ。そしてそのまま、彼女の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

 「少しだけ待っててくれな。やることやったらすぐ迎えに来るから、そしたらまた一緒に行こう」

 「………………」

 優しくネーネの頭を撫でる。なにかを言いたそうな、何処か不安そうな顔をしていた彼女に出来る限りの朗らかな笑顔で返す。そのまま立ち上がり、再度一礼して出て行った。

 萌えもんハウスから出たらすぐに歩き出すダイヤ。その足取りは、心なしか速くなっている。町の看板を確認し、タマムシへ向かう8番道路へ進んだ時には駆け足へと変わっていた。

 『急ぎましょう、ご主人様…!』

 「あぁ、勿論だ…!」

 ボールからのノアの呼びかけに強く答えるダイヤ。ホルダー越しにでも、彼女のボールから熱を感じていた。その熱を原動力とするように、道路にたむろするトレーナー達を無視しながら駆け足を更に速めていく。そこで皆が彼の変化に気付いた。

 『マスター、どうしたんですか急に!?』

 『ノアも…なんか、熱いよぉ?』

 「どうもこうもないだろ…!さっきの話、聞いたろ…!?」

 『私、許せないです…!ロケット団の人達、そんな酷い事までしてるなんて…!!』

 「叩き潰してやる…!全力で、徹底的に!」

 町を離れたからだろうか、ロケット団に対する怒りを隠すことなく沸き上がらせていた。さっきのフジ老人から聞いた話が引き金になっているのは目に見えて明らかだ。

 『ハッハァー!イイぜぇミスターその意気だ!!』

 『煽るでないわこの阿呆が!ったく、仕方のない奴め…!』と呆れも込めながら、ソーマが自身のボールから無理矢理飛び出した。

 「まったく落ち着かんか戯けめが!坊もノアも、今頭に血を上らせてどうする!」

 『ですが…!』

 「怒る想いは分かるし止めはせぬ。じゃが現状を省みよ。アジトの場所も分からぬままに飛び込んで何をするものぞ?」

 「だったら草の根分けても探し出すだけだ!あんな外道、のさばらせておけるかよ!!」

 激昂を露わにするダイヤ。周りを見ようともしないその言葉に、ついにソーマの顔に青筋が浮かんだ。

 「じゃから…落ち着けと言っとるじゃろうがああああああッ!!!」

 叫びと共に真横からぶち込まれる波動弾。ソーマの一撃がダイヤの足元に着弾し、勢いそのままに傍の草叢へ吹っ飛ばされていった。

 

 「…いってぇ…」

 「自業自得ですよマスター。まったくもう…」

 草叢に座り込みサーシャに手当てしてもらっていたダイヤ。その顔はまだ不服そうだった。

 「フン、少しは頭を冷やせ阿呆が」

 「ですが、このまま手をこまねいている訳にはいかないですよ…!」

 「ノア…」

 歯痒そうに唇を噛み締め両手を強く握り締めるノア。普段見せることのない彼女の姿に、メルアも不安な気持ちが湧いてくるのだった。

 「カァーッ!ガッデェムだZE!獲物まで間近だってぇのに手が出せないなんてヨォー!」

 「ネーネがいればなぁ…」呟くメルアの気持ちは分かる。が、同意の声は誰も上げなかった。その答えに変えてか、ソーマが彼女の頭を優しく撫で回した。

 「ネーネの為にも早々に片付けたいという気持ちがあるのも分かる。でもだからこそ、慌てるべきではない。『急いては事を仕損じる』じゃよ」

 「それは分かるけどさ…。あぁ~くっそぉ…!」

 「――それでしたら、私が案内差し上げますわ」

 悩みながら頭を掻きむしるダイヤ。そんな彼らの元に響いた女性の声。一同が振り向いた先に、一つの黒い姿が近寄ってきた。

 黒の中に白いフリルがあしらわれた、所謂ゴシックロリータの衣装に合わせるような漆黒の長い髪。頭部からは三角の耳が突出しており、前頭部には髑髏を模した髪飾りが付けられていた。その特徴的な格好と深い紅玉色に輝く眼を持つ萌えもん、デルビル。ダイヤ達は彼女に見覚えがあった。

 「皆さま初めまして…。いえ、お久し振りと言った方が正しいでしょうか」

 「久し振り…。もしかして、君はあの時の…?」

 「はい。11番道路で貴方様からの情熱的なボールを受けた、あの時のデルビルでございます」と、スカートの裾を持ち上げながら一礼する。仰々しいまでの礼儀正しさだ。

 一方でダイヤはその時の事を思い出して頬を掻く。一時の衝動とは言え、馬鹿なことをしたという自覚はあるようだ。

 「それで、貴方はどうしてここに?案内とも言っていましたが」

 「言葉の通りでございます。私は皆さまに協力したくてお待ちしておりました。皆さまならばきっと、ロケット団を倒してくれると思って…」

 「倒すだぁ?ンなもん当然のことだが、テメーに言われるまでもねーZEロケット団の飼い犬changがYO」

 「止せよジョニー、せっかく申し出てくれてんだ。それで、君はなんで…」

 ジョニーの暴言を制止し、本題を尋ねるダイヤ。相対するデルビルは緊張した面持ちで言葉を出すのを躊躇っていたが、一息吐いてからゆっくりと話し出した。

 「…今に始まったことではありませんが、ロケット団は私たち萌えもんの事を道具のように扱います。鉄砲玉、爆弾、資金源、性処理…下衆なニンゲンの手にかかり、多くの萌えもん達が命と心を落としていきました…。私自身も…昔は団員の慰み者にされたり、色んな酷い仕打ちを…。

 …ですがあの時、貴方様があの男を倒してくれたおかげで私は自由の身となれました。それで、せめて貴方様達へのご恩返しが出来ればと思い此処へ…」

 「そんなことが…大変だったんですね…。でも、もう大丈夫です。ですよね、ご主人様」

 「あぁ!あいつらは俺たちがブッ潰してやる!」

 「ありがとうございます…。微力ですが私もバトルには参加させていただきますので、どうかよろしくお願いします」

 「うん、よろしくねっ!ねぇねぇ、あなたのお名前は?」無防備に駆け寄りデルビルの手を握るメルア。その行動、明るい笑顔に思わず動きを止めてしまった。すぐに小さく一呼吸して、さっきの質問に答える。

 「…ロケット団に使われていた萌えもんに名前はありません。道具に名前を付ける人、居ませんから。それに、私は別に名前など無くても…」

 「駄目だ、仲間になる以上名前は絶対必須!無いなら俺が考えてやる。そうだな、デルビルだから…」

 急な申し出に戸惑うデルビルだったが、気が付くと周りにダイヤの手持ち達…これから仲間になる者達が集まっていた。

 「まぁ戸惑うのも分かりますが、マスターはあんな人ですから。信用はしていいと思いますよ。私はサーシャです」

 「改めて初めまして。私はノアと言います」

 「私はメルア!あっちのいるのがソーマとジョニーで、今は離れてるけどあともう一人いるの!私たちもマスターにお名前付けてもらったんだよ!」

 「そうでしたの…」

 「よっしゃ決まった!」と声を上げるダイヤ。すぐにデルビルの元に駆け寄り、自分の考えた彼女を示す名を告げた。

 「君の名前だけど…【ルビィ】って名前にしたいと思う。どうかな?」

 「――――――」

 「あっ、気に入らなかったか?じゃあそうだな…」

 「あぁいいえ…こんな私に名前を付けて下さるなんて、思ってもみなかったので…。素敵なお名前だと、思います」

 「そっか、なら良かった。これからそう呼ぶから、よろしくな。ルビィ」

 「……はい、よろしくお願いします。ご主人、さま」

 周囲の明るい笑顔に対し、不器用なたどたどしい笑顔で返すデルビル…もとい、ルビィ。新しいボールに彼女をゲットすることで登録させ、仲間入りの為の行程は完了した。

 「それじゃあルビィ案内してくれ。ロケット団のアジトまで」

 「承知致しました。タマムシシティに着いたらご案内いたしますので、まずはそこまで」

 「っと、そうだな。そこの地下通路を通ればすぐだし、行くか!打倒ロケット団、出発だ!」

 「おーっ!!」

 メルアの合いの手言葉も高らかに、新たな仲間を加えてダイヤ達は出発した。悪しきを打倒するという、正義を掲げた者にとって必ず訪れる目標を掲げて。

 そんな中でも和気を忘れんとしつつ新参者と打ち解けようとする少女たちを、後ろからジョニーとソーマが眺めていた。

 「…何か言いたそうじゃのう、ジョニーや」

 「いや、あいつらはマジでお人好しなんだなって思っただけSA」

 「悪い事ではあるまい。思い過ごしなら世は事もなしじゃし、悪い予想が当たってもどうとでもなるじゃろう」

 「ハッ、自己犠牲はミーの趣味じゃねーZE?せっかくミスターがロケット団を叩き潰すのに前向きになったから水差すこたぁネーと思ってるだけSA」

 「カッカッカ、ぬかしおるわ」

 それぞれの想いが交錯しつつ、少年の歩んできた旅路は一つの帰路に立つ。相容れぬ者達が集う戦場へと――

 

 

 

第10話 了




=トレーナーデータ=

・名前:ダイヤ
 所持萌えもん…ノア(マグマラシ ♀)
        メルア(モココ ♀)
        サーシャ(サンドパン ♀)
        ソーマ(トゲキッス ♀)
        ジョニー(ストライク ♂)
        ルビィ(デルビル ♀)
 待機萌えもん…ネーネ(ネイティ ♀)
 所持バッジ…グレーバッジ ブルーバッジ オレンジバッジ

=萌えもんデータ=

・名前:ノア
 種族:マグマラシ(♀)
 特性:猛火
 性格:せっかち
 個性:ものおとに びんかん
 所有技:電光石火、火炎車、煙幕、火の粉
 所持道具:無し

・名前:メルア
 種族:モココ(♀)
 特性:静電気
 性格:おだやか
 個性:ひるねを よくする
 所有技:電気ショック、充電、電磁波、綿胞子
 所持道具:無し

・名前:サーシャ
 種族:サンドパン(♀)
 特性:砂かき
 性格:わんぱく
 個性:うたれづよい
 所有技:ブレイククロー、岩石封じ、砂地獄、マグニチュード
 所持道具:無し

・名前:ソーマ
 種族:トゲキッス(♀)
 特性:天の恵み
 性格:ひかえめ
 個性:イタズラがすき
 所有技:エアスラッシュ、波動弾、あくび、悪巧み
 所持道具:なし

・名前:ジョニー
 種族:ストライク(♂)
 特性:テクニシャン
 性格:ようき
 個性:あばれることが すき
 所有技:電光石火、真空破、気合溜め、高速移動
 所持道具:太陽の石

・名前:ルビィ
 種族:デルビル(♀)
 特性:貰い火
 性格:ひかえめ
 個性:ぬけめが ない
 所有技:火の粉、不意打ち、噛み付く、嗅ぎ分ける
 所持道具:無し


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第11話『慟哭の曇天』 -1-


 遠回り、回り道。修練を重ね高め、辿り着いたは尊き色を祀り死を悼む町。
 異能の少女は怨嗟と繋がり、少年たちは悪逆非道の現実と直面することとなる。
 沸き上がるは義憤。正義を滾らせる彼らの前に、黒き炎の少女が現れ誘うのだった。



 

 

 タマムシシティ。タマムシは虹色、夢の色。虹色の大きな街。

 その標語が示す通り、ここはカントー地方で最も大きな街として賑わいを見せている。

 他地方の製品も取り扱う大型デパート、夜まで賑わいを見せる娯楽施設、旅行の拠点にもなる大きなホテルなど、最も文化的に栄えた街として知られている。

 それは人の憧れの1つであり、生涯を裕福に暮らすため、また立身出世し大きな存在となるために、多くの人がタマムシという街に夢を馳せていた。

 先程この街に来た少年も、タマムシと言う街に対する憧れはあった。マサラと言う町が良く言えば閑静な…悪く言えば田舎めいた町なのだから、そんな思いを抱くのも必然。状況が状況ならば、素直にこの街に足を踏み入れたことを楽しめていただろう。

 …だが、それを許してくれる状況ではなかった。

 「…着いたな」

 街の入口に立ち呟くダイヤ。これまで見ることのなかった大きな建物の群れにやや圧倒されていた。固めた目付きだけはなんとか変えずに、周囲を見回していく。その姿はまるで田舎者のお上りさんだ。

 都会であるタマムシではそれはある種日常的な光景であり、それを気にするものなど誰も居ない。街往く人の眼からは、彼が萌えもんセンターを探しているように見えているのだろうか。しかし、実際に彼が探していたものは真逆のモノだった。

 「この何処かに、ロケット団のアジトが…」

 『ですね…。一体何処にあるんでしょう…』

 『構う事ァねぇぜミスター!そこいらのヤツを締め上げてゲロらせりゃいいんだ!』

 「はぁ…気持ちは分かるけど穏やかじゃねぇな。事件を起こす連中を前にしてこっちが事件起こしてどうすんだ。とりあえず、萌えもんセンターに行ってみよう」

 最も過激なメンバーの過激な言葉に落ち着きを取り戻したのか、先走ることなくとりあえずセンターへ足を運ぶこととなった。

 

 

 - タマムシシティ 萌えもんセンター -

 

 いつものように一席を借りてミーティングを始める。今回場に出ているのは、ノア、メルア、サーシャ、ソーマ、ルビィの5人だ。ジョニーはというと…

 『HeyYoミスター!!なしてミーを出さねぇんだYO!!』

 「出したら一人で行きかねないからだ」

 『ファーック!こんな時だけアタマが回りやがるZE!』

 このように、一人だけ監禁状態にしておいた。自力で出ないようにするボールのロックに加え、テーブルの上に乗せて全員が監視の目を向けられるようにしておく。そうでもしておかないと、どう動くか分かったもんじゃない…との、サーシャとソーマからの入れ知恵だった。

 「進めるか。これから、どうするか」

 「目的は変わらず、で良いんですね。でしたら、何よりもロケット団のアジトの場所を探さねばなりません」と、てきぱきとマップを広げるサーシャ。

 「広い、ですね…」

 「半分探すだけでも日が暮れちゃいそう…」

 マップを見てノアとメルアが溜め息交じりに言う。カントー最大の街であるタマムシは、トレーナー一人とそれの手持ち萌えもんだけで探せる範囲を大きく超えていた。

 探して、見つけて、整えて攻め込む。その行程に一体どれだけ時間がかかるのだろうか。考えただけでも悩ましいところだ。

 「普通にやっては時間がかかって仕方ないのう。ならばここは、新入りに頑張ってもらうところか?」

 そう言ったソーマの言葉と共に、全員の目線が先ほど仲間として加入した萌えもん、デルビルのルビィへと向けられた。

 「ルビィ、何かアテはあるか?」

 「そうですわね…正直なところ、私もハッキリと分かっていないところはあります。ですが、連中がたむろしてるところは幾つか把握しています。そこに行って聞き出してきますわ」

 「そんな事をして、大丈夫なんですか?一人で行くよりみんなで行った方が…」

 「皆さまはおそらく面が割れておりますので、乗り込んでいっても素直に教えてくれる事は無いでしょう。その点私ならばかつては所属していた身、こういうことは容易いです」

 粛々と、表情を変えずに話をするルビィ。ノアの心配もどこ吹く風で、それは自分の仕事であると言わんばかりの態度だ。

 実際のところ確かに彼女の言う通りだ。これまで何人もの団員を倒し、同じく一員でありながらジムリーダーでもあるマチスをも倒したのだ。さすがに下っ端の団員でも知らないなどと言う事はあるまい。

 それは分かるのだが、アジトを探るという役目をルビィ一人に頼むのは危険が過ぎるのではないか。そんな不安が、彼らの顔にありありと浮かんでいた。

 「…ご安心くださいませ、ご主人様。私、皆さまが考えているようなヘマは致しませんわ」

 「…じゃあ、頼まれてくれるか?」

 「お任せあれ。ご主人様は、万全の体制を整えておいてください」

 「分かった。なんの手掛かりも掴めなくても、夜までには戻ってこいよ」

 「承知致しましたわ」とスカートの裾を小さく上げながら会釈するルビィ。急ぐワケでもなく、悠々とセンターから出て行った。

 自動扉に遮られて彼女の背中が見えなくなったところで、ダイヤは大きく溜息を吐いた。

 「だいじょうぶ、マスター?」

 「あぁ、まぁな。…でもやっぱ、1人に任せるのって気が重いなぁ…」

 「信用問題と言ってしまえばそれまでですがね…。でも、彼女の言う事も一理あります」

 「顔が割れすぎたと言うのも面倒な話よのぉ。その上そんなクソ目立つ服まで着てるとなれば、尚更か」

 「誰がこの服持ってきたんでしたっけソーマさぁん…?」

 テヘペロ♪と言わんばかりの軽い笑顔で悪戯っぽく笑いごまかすソーマ。

 悪気の所在については先日散々言及したのだからこれ以上は何も言わないものとし、ルビィの言った通り彼女が戻って来るまで準備を整えることにした。

 所持道具、回復薬、現予算。トレーナー1人で一組織と戦うとなればどれだけのものが必要だろうか…。それは少年には想像に難く、また余計に頭を悩ませる一因となった。

 「…ぬあぁ〜、万全の体制ってなんだ一体!?どこまで揃えりゃ良いんだ!」

 「まぁ分からんのも仕方あるまい。どうせなら有り金全部叩いて回復薬を揃えておくのが妥当じゃろうかのう」

 「穴抜けの紐も幾つか持っておきましょう。あるだけで撤退も容易になりますしね」

 「…了解だ。茹だってても仕方ないな、ショップに行って揃えるか」

 

 

 - タマムシデパート -

 

 タマムシシティを代表する建物の一つがこのデパート。5階建ての百貨店であるここは、高さは勿論だが全体的な大きさと広さも目を引くところだ。

 この施設の中にはそれぞれの階層毎に別の店舗が出店されており、豊富な品揃えが約束されている。だがそれは来店者を楽しませると同時に迷い悩ませることとなる。それは街に来たばかりの少年にも同じことが言えた。

 デパート2階のトレーナーズショップで傷薬や状態回復薬、穴抜けの紐を一通り買い揃えたダイヤが足を止めていたのは、3階の技マシンショップ。店の名前通り技マシンを取り扱っているのだが、これがまた品揃えが多いのだ。

 まず攻撃技と補助技で分類され、そこからそれぞれに安価な使い捨てマシンとやや高価な使用無制限マシンの2種類がある。陳列されている数々のマシンを、誰が何を覚えられるのか、技の効果やタイプと見るべきところはキリが無い。ズラッと並んだ棚を眺めていたら、すぐに頭が痛くなってきた。

 「…ねぇ、俺もう諦めたい」

 「頭部マッサージしましょうか?血行が良くなって考えがまとまるかもしれませんよ」

 途方に暮れた笑顔で振り向くダイヤの頭にサーシャの手がめり込んだ。ミシミシと軋む嫌な音を出す彼女の顔は、暗くも最高に良い笑顔だ。

 「やめてサーシャさん、せっかくヤル気になってたのにここで終わっちゃう」

 「終わりたくないならちゃんと考えをまとめて下さいな」

 「おっしゃる通り、だけどなぁ…」

 「今度はどんなお悩みですか、ご主人様?」と、ノアの問いに少し頭を捻るダイヤ。

 「んー…いやさ、何度図鑑と睨めっこしてもこれ以上技を揃えられないんじゃないかって思っててさぁ…。

 確かにここには破壊光線みたいな強力な技マシンもあるけど、今の資金じゃ買えないのが現状。補助技にしても、みんなが覚えてる分で十分だと思うし」

 図鑑をプラプラと揺らしながら、少し諦めの混じった嘆息を込めてダイヤは答えた。

 それにここに置いてある補助系技マシンは【いちゃもん】や【威張る】といった一癖ある補助技ばかり。こだわる訳ではないが直球勝負が得意な少年にとって、このような搦め手は使いこなす自信が無かったとも言える。分かりやすい能力向上、下降型の補助技ならばまだ使えるのだが、と。

 ならば下手に使えぬ技を腐らせるより使い慣れた技を使う方が良いのではないか、と言うのが彼の出した結論だった。

 「ふむ、存外マトモなこと考えておったか。それに、新たな技を得たところで慣らす暇は無いと思って良いかのう」

 「無駄足だった、ってことでしょうか…」

 「そうでもないさノア。現状把握って意味じゃ良い時間になったよ」言いながらぐぐぅっと大きく背を伸ばすダイヤ。しばらくしゃがんでいたせいか、色んな筋肉が強張っていたのがよく分かる。

 頭の整理が済んだところでホッと一息吐いたところに、メルアとジョニーが二人で帰ってきた。2人の手には眼前の棚に陳列されているものとほぼ同じ小さな箱…技マシンが握られていた。

 「マスター!これ買って!!」

 「コイツも頼むZE!安心しろミスター、ちゃんと使えるヤツ選んできたんだZE?」

 「…いや、さっき予算も少ないからやめとこうって話してたんだけど…」

 「えぇっ!ダメなの!?」

 「あァん、なにシケたこと言ってんだYO。まだカネはあんだろ?HeyHeyちょっと跳んでみろよメーン」

 「カツアゲはやめろ馬鹿ッ!!」

 ジョニーに対して激しいツッコミをしながらメルアに目を向けると、その顔は残念そうに歪んでいた。泣きそうという訳ではないが、落胆の色がありありと浮かんでいる。

 メルアにそんな顔をされると異常に罪悪感が高まるのは何故なのか。おそらくはナチュラルに愛され上手なのだろう。彼女自身は打算的にそう言う事を出来るタイプではないのだから。

 だからまぁ、ダイヤだけでなく他のメンバーもメルアに甘いのは仕方ないとも言えた。

 「マスター、少しぐらいならよろしいのでは?元より購入目当てでここに来てたんですし」

 「妾はどっちでも構わんがのぅ。まぁメルにこんな顔をさせたままで良いのならじゃが?」

 「…ご主人様、その…私もその、無理でなければ…」

 三者三様の目線が痛い。駄目な時はハッキリと駄目と言うべきなのだろうが、どうしても甘やかしたい気持ちが勝ってしまっている。なんとか拮抗する気持ちを堪えながら、メルアに目線を合わせるよう中腰になった。

 「メルアの欲しいそれ、どんなヤツか見せて貰ってもいいか?」

 「ん…はい」

 差し出された箱を手に取って確認する。パッケージには、『技マシンNo.27』と書かれていた。丁寧に使用無制限タイプとも強調して表記されている。その技とは…

 「【恩返し】、か…。メルア、この技使いたいのか?」

 「ううん、みんなに使ってもらいたいなって思ったの。メルみんなの事大好きだもんっ!」

 屈託ない笑顔で言った言葉に、思わずソーマがメルアを抱き締めた。全力で持ち上がった口角からは嬉しさと愛おしさが溢れ出てるのがよく分かる。

 「あぁぁもうなんじゃいこの可愛い奴は!坊、買え。買わんとどうなるか分かっておるのじゃろうな?」

 「私も賛成です。買いましょうマスター。買いましょう」少し赤くなった顔を背けながら、眼鏡をクイっと持ち上げてサーシャも言う。隣のノアもまた、同様に嬉しそうな顔で首を縦に振っていた。

 確かにダイヤからしてもそんな言葉を聞いてしまっては買わざるを得ないと思っていた。だが、肝心のお値段だ。値札を見てみるとちょっと額が多い。具体的には財布に入っている残金の4倍ほど。

 そんな物理的な無理を見せつけられて、ダイヤは妥協案を取ることにした。

 「…メルア、みんな、ごめん。今は本当に金が無くてこっちは買えない。だから、あっちの使い捨てタイプにしてくれ」

 恥ずかしい物言いにサーシャとソーマからは非難の目が向けられる。だがメルアからは、さっきと打って変わっての明るい喜びの顔に変わっていた。

 「良いの!?やったぁ!ありがとうマスター!!」

 「またちゃんと金が溜まったら、そっちのを買おうな。それまではこっちで、誰が覚えるかは今後のお楽しみだな」

 「うんっ!!」えへへと嬉しそうに笑うメルアを囲むようにし、みんなで一緒に会計に向かう。その時に。

 「待てィ!!ミスター、ミーの分をスッキリバッサリ忘れてんじゃねぇかYO!!!」

 「あー、うん。忘れてた。可愛いは正義だからな」

 「Shock!!どうせだるォ!?ミーの分も買えってんだYO!!」いやに必死で食い下がってくるジョニーに、どうしても呆れ顔で接してしまうダイヤ。態度の差が露骨だとは思うけど、当然のことだと思う。

 「…一応聞くけど、お前のは?」

 「ウィムッシュ!マシンNo.31、【瓦割り】だZEッ!!」

 瓦割り。パッケージの説明文を流し読みしてみると格闘タイプの技だと分かる。特殊攻撃が苦手で物理攻撃は電光石火しか覚えていないジョニーにとっては、真空波の上位互換として習得するに丁度いいのだろう。

 それに一応はこっちの懐事情を理解してくれていたのか、持ってきた技マシンは使い捨てタイプ。お値段の方もメルアの【恩返し】と合わせても予算内に収まる程度だった。不安要素としては残金が心許なくなることだが。

 実際のところ、ニヤニヤと肩を組みながらのたまうジョニーの言葉にも一理あるんだし、決心はすぐに着いた。

 「なぁ、いいだろミスター?どうせヤツらとヤり合うんだ。少しぐらい強い技にしといて損はネーってばYO」

 「……はぁ、分かったよ」と、少し呆れながらジョニーの持ってきた瓦割りの技マシンを籠に放り込む。後ろで馬鹿がヒャッハーと声を上げて煩いことこの上ないが、仕方ないと割り切ることとする。

 レジで会計を済ませてデパートの外に出ると、もう日が沈みかけていた。夜が近いことを全身で理解しながら、ルビィにかけた言葉を思い出していた。夜までには戻ってくるとの約束ならば、早ければ既に…遅くとも日没過ぎには戻ってくるだろう。

 捕まっている、とは考えれないし考えたくもない。堂々と「ヘマはしない」と言ってのけたルビィの事を、ダイヤはただ信じているしかなかった。抜かりはないとは言えなかったが、こちらも今出来る限りの準備は済ませたつもりだ。大丈夫、成し遂げると心を強く固めていく。

 気持ちと共に表情を固め直し、茜色の夕焼けを背に受けながら少年たちは萌えもんセンターに戻って行った。ロケット団と、戦うために。



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第11話『慟哭の曇天』 -2-

 

 

 大都市の夜更け、日が変わる程の時間にもなればこの街も夜の闇に覆われる。マンションの窓からまばらに光が出ているが、その程度では街を照らすには至らない。そんな暗い街の中、ある大きな建物の前にダイヤがいた。

 「ここか…」

 声を潜めて呟くダイヤ。眼前にある建物は、薄い月の灯りでも分かる程度に色彩鮮やかなものだ。大きなロケット型の看板に、ネオンサインでROCKETと銘打たれてある。タマムシシティの誇る一大アミューズメント施設、ロケットゲームコーナーだ。

 ダイヤがなぜ此処に居るかと言うと、また時間は夕刻過ぎまで巻き戻る。

 

 萌えもんセンターの席の一つで座っているダイヤ。

 そこに、ゴスロリのスカートを小さくなびかせてルビィが歩いて来た。パッと見で特に外傷もなく、何事もなく無事だったと見える。

 「おかえりルビィ。大丈夫、みたいだけど…」

 「はい、何事もありませんでしたわ。少しばかり不審がられましたが、実力を見せれば容易いものでした」

 ニコリと笑いながら掌に生み出した炎を握り潰す。仔細なく勝利を収めてきた、と言った顔だった。

 「良かったです…。なにか起こってからじゃ、遅いですもの」と胸を撫で下ろすノア。

 「ンなことより、ちゃんとアジトの場所は見つけてきたんだろうな?」

 「はい、勿論です」

 睨みつけながら威圧を込めて尋ねるジョニーに臆する事なく、ルビィは落ち着いた笑顔で返答した。そしてすぐに街の観光案内図を広げ、迷わずその位置を指し示す。それこそが…

 「ロケット、ゲームコーナー…?」

 「はい。正確にはここの地下をアジトにしているとの事です」

 「なるほどのう。遊戯施設で活動資金を稼ぎながらの暴力団活動か。まぁ理には適っておるわ」

 顎に手を添えながら、納得したように呟くソーマ。確かにゲームコーナーなら一般人にとっても入り易く、音と光が与える刺激に惹かれついつい懐より金を飛ばしていく。無論換金やアイテム等との交換もあるのだろうし、賭け事ならばその時々で勝敗に差は有るだろうが、結果として互いに得をする、所謂Win-Winの関係になっているのだろう。

 そしてそれは既に、この街になんの不自然もなく浸透していることも意味していた。さすがにそれを根底から否定し変えるなどとは考えなかったが。

 「ともあれ、乗り込むのなら閉店後が良いでしょうね」

 「だな。客を巻き込むワケにはいかないし、人質にされたらどうしようもない」

 「…遊べない、よねぇ?」と上目遣いで尋ねるメルア。無論彼女自身もその質問が無意味であると分かっていたのだが、つい口に出してしまった。

 「悪いなメルア。まぁでも、片付けりゃすぐ遊べるようになるさ」

 ダイヤの返答に笑顔で「頑張るっ!」と意気込みを強くするメルア。その前向きさに少し羨ましく思いながら、彼女の頭を優しく撫でる。それこそが、彼の背を押す大きな要因の一つなのだから。

 「オッケェーイ!じゃあカチコミは深夜、草木もスリーピングする時間だな!ナチュラルハイにナイトレイドと往こうZE!!」

 「うっさい馬鹿。…でも、予定としてはそんな感じだな」

 「準備のほどは整っておりますのでしょうか?」

 「あぁ、ルビィが探りを入れてくれてる間に整えたよ。あとは、今のうちに少し仮眠とっとこうか」

 ダイヤの提案に一同は首を小さく縦に振り首肯した。

 

 そこから深夜。ジョニーの言った通りに、草木も眠る半宵を越えた時刻に彼は一人ロケットゲームコーナーの裏手に回っていた。

 スタッフルームへ続く非常口に近寄り、そっとドアノブを回して引く。当然のように固い抵抗があり、戸締りはしっかりしていると感じられた。

 「戸締りシッカリ防犯体制…。ま、そりゃ当然だよなぁ」

 『どうやって開けましょう…』

 『ミーに任せな!Power of powerでブッ潰してやらぁ!』

 「却下。力尽くでぶっ壊して先に大事になっても困るし、鍵だけ焼き切る事って出来ないかな…。ノア、やれるか?」

 『わ、分かりませんがやってみます…!』

 『ご主人様、器用な技使いなら私にお任せ下さいまし。繊細に、綿を裂くように切り落としてみせますわ』

 自信無さげなノアの返答に被せるようにルビィが進言する。彼女からの言葉に思わず戸惑ってしまうが、考えてる暇も無い。進言するだけの自信があるのなら、任せても良いかと結論付けた。

 「…じゃあルビィ、任せた。ノア、悪いな」

 『いいえ…。下手にやって爆発させるぐらいなら、この方が…』

 「気を落とすなよ。すぐに思いっきりやってもらうからさ」

 ノアへのフォローを言葉にしながら、ルビィのボールを出して顕現させる。現れた彼女はすぐに鉄の扉と壁の間に手を当てて力を集め始めた。狙いは扉を固定するカンヌキであるデットボルト。数秒もしないうちに鍵の周囲が赤く熱され、やがて小さくガチャンと金属音が鳴った。

 すぐさまドアノブを捻り、そっと扉を引くルビィ。鉄の扉は、少々の軋轢音を響かせながら開いて行った。壁側から小さな鉄の破片、焼き切れたデットボルトの一部が転がった。

 「如何でしょう?」

 「…想像以上にパーフェクト。サンキュ、ルビィ」

 『しかし、これでは完全に私達が悪者ですねマスター。防犯カメラとかどうしましょう』

 「…あ、考えてなかった」

 『ったくこの阿呆め。メル、綿胞子でカバーしてやれい』

 『わかった!マスター!』

 了解、と軽く答えてメルアのボールを開け放つ。すぐにフワフワの綿毛を膨らませ、開いた扉へ向かって散らばるように解き放った。本来は相手にまとわりつけて素早さをガクッと低下させる技である綿胞子だが、使い方次第では目眩ましにもなるのだ。

 非常口周囲を白く眩ませ、とりあえずの障害はクリア。労いも兼ねてメルアの頭を撫でながら「よくやった」と声をかけ、すぐにメルアとルビィの2人をボールへ戻す。そのまますぐ綿胞子の中へ入り込んだ。ようやくの潜入だ。

 

 「ルビィ、この先は?」

 『店舗の方へ出て下さい。そのまま奥へ行き、壁に掛かった額縁へ』

 出来るだけ静かに動きながら、ルビィの指示に従い進んでいく。彼女の言った額縁はアッサリと発見でき、すぐにその前へ立った。大きなロケットの絵だ。

 「これを?」

 『赤いRの文字をゆっくり押してください』

 指示通りに押す。すると、絵の下にめり込むような、押し込まれる感触が彼の手に感じられた。その直後に、ガチャンと大きな開錠音が鳴る。

 「…開いた?」

 『はい。引き戸になってますので、額縁を手すりにすればよろしいですわ』

 言う通りに引いてみると、重たくはあったが確かに開いた。足元は下りの階段となり、その先は暗い闇が広がっていた。どこか圧迫感の感じる闇に対し、大きく深呼吸をしてそこへ一歩足を踏み入れた。

 『来たぜ来たぜミスター!いよいよだなァ!!』

 「…俺は別に嬉しくないけどな。でも、ここまで来たら腹括るしかないよな…!」

 『マスター、一応確認しますが、作戦は?』

 「正面突破でボスのところまで一直線。どうせこの先はすぐ見つかるさ。だったら真っ直ぐぶちのめす!」

 戦略性皆無の作戦に、ボールの中で頭を抱えるサーシャ。しかし、それがこの少年…我らが主なのだから仕方ない。ジムリーダーや強敵との戦いでも、机上論と綿密な作戦で制するよりも状況変化を活かした戦いを主として来た彼からすれば、正面突破と言うのが最も正しいのだろう。

 『わかっていただろうに、のうサーシャ。坊がここに入るまでコソコソ出来たのが奇跡みたいなもんじゃよ』

 『…まぁそう言うと思ってましたよ。やることはいつも通り、マスターの指示に精一杯応えるだけです』

 「頼りにしてるぜ。それじゃ、思い切って行くか!」

 立っているのは既に扉の前。帽子の位置を整え、一呼吸して心を決める。そして、全力で眼前の扉を蹴破り、ロケット団のアジトへと乗り込んだ。

 派手な轟音が響き渡り、その音に引き寄せられるように団員たちが集まってくる。パッと見ただけでもその数は片手で数えられる数を越えている。黒服の団員達からは、「侵入者か!?」「いい度胸だ!」などと好戦的なセリフが飛び交い、それと同時に宙へ舞う紅白のボールが開き、連続して萌えもん達が出現した。ラッタ、ゴルバット、ドガース、ベトベター、ゴーリキーなど多種多様だ。

 入口を背に団員とその前に立つ萌えもん達を一瞥し、出来うる限りの速さで手を腰に添えた。流れるように行うはただ一つ。

 「みんな、行くぜッ!!」ホルダーからボールを外し、3つずつの計6個、手持ち全員を解き放った。

 「ハッハッハァー!!大暴れ待ったなしだァッ!!!」

 狂気にも似た歓喜をその眼に宿し、真っ先に飛び込んでいったのはジョニー。ここまで溜めに溜め込んだ感情を爆発させんが如く、猛然と攻め込んでいく。

 瞬間的に最高速度へと加速する電光石火で空に浮かぶドガースを踏みつけ、その反動で跳躍しゴルバットを蹴り飛ばした。

 「くっ、コイツ…!」

 「来やがれザコども!テメェら全員ボコにしてやんぜェ!!」

 「ナメやがって!ゴルバット、エアカッター!ラッタ、必殺前歯!」

 「こっちもエアカッターだゴルバット!ドガースは体当たりだ!!あいつらまとめてブッ潰せ!!」

 ジョニーの一撃を皮切りに、一斉に攻撃指令を下してくるロケット団員たち。それを聞いて羽根をはためかせるゴルバット達や襲い掛かるラッタやドガースらを見回し、すぐさまダイヤも応戦の指示を出す。

 「メルア、電気ショック!ソーマ、エアスラッシュ!ルビィ、火の粉!相手はゴルバットだ!!ノアはドガースに火炎車!サーシャはラッタにブレイククロー!ジョニー、お前は好きに暴れとけ!!」

 「YEAHHHHHHHH!!!」

 「妾達はあの阿呆のカバー役か。まぁ正しい役回りじゃな!」

 腕を振り抜き風の刃を放ちながらゴルバットを撃ち落としていく。隣からルビィの放つ火の粉、メルアの放つ電気ショックも合わさり連鎖して爆発が巻き起こった。

 バタバタと順繰りに、目を回して落下していくゴルバット達。その一方で地上では、ノアの火炎車とサーシャのブレイククローが其々の相手に炸裂していた。怯んだ瞬間に背後からジョニーの電光石火が喰らわされ、ドガースとラッタも戦闘不能。すぐにそれらを引かせたと思ったらすぐさま次の萌えもんを繰り出してくる。新たに出現したアーボやコラッタ、イトマルが出て来ると同時に襲い掛かってきた。

 「アーボ、毒針!」「コラッタ、電光石火!」「イトマル、糸を吐く!」

 「ノア、煙幕!サーシャ、砂地獄!」

 互いの指示が交錯し、それを合わせて萌えもん達も動き出す。

白く輝きながらの高速突進を翠の刃が受け止め弾く。黒く爆裂する煙幕が砂塵によって巻き上げられ、互いの視界を殺しながらも構うことなく炎や電撃、風刃が撃ち放たれる。

 そして上がった黒煙が晴れた時、其処に立っていたのは銀服の少年とその仲間たちだけだった。

 「ふう…とりあえず、これだけ…」

 小さく溜息を吐きながら呟く。少しだけでも心を落ち着かせ、次の行動を出来るだけ早く決めなくてはならない。

 「流石に、数が多いですね…」

 「まだこの後も来るだろうし、アジトっていうだけの事はあるな…」

 「Heyミスター!だったらこんなトコで足止めてねーで先に進むんだルォ!?ナニしにカチコミに入ったんだってばYO!!Non stop go Go GO!!」

 ジョニーの言うコトも一理ある。…と言うより、この場では恐らくそれが最善だ。此の期に及んで受け身の対処法ではこちらが無駄に消耗していくだけ。ならばこそ、出来るだけ最速最短で首魁へ攻め入るべきだろう。

 「…確かに、ゲームなんかでも大将取ったら勝ちだもんな。その話乗った!ルビィ、ボスが何処に居るか分かるか?」

 「地下4階の最奥部です。エレベーターを使えばすぐですが、エレベーター自体がキーロックされてますので、先ずはそれを手に入れなければ…」

 「まどろっこしいのう…。もうこの際じゃし、ぶっ壊してしまえば良かないかのう」

 「それはスマートじゃないですね。体力の温存も考えるなら、正面突破するにしても余計な事態は引き起こさないようにやるのが良いと思います。それに、そういう物なら管理室にでも行けばすぐに見つかると思いますが?」

 「残念ながら、キーを持っているのは数人の団員をまとめる班長とそれ以上の役職しか居ないらしいです。管理室を狙うというご提案は良いと思いますが、その道中での戦闘、消費のロスは避けられないと思います」

 サーシャの案に対してやや淡々と、だが正確な意見を述べるルビィ。どう動くにしても派手にしかならず、どちらに転んでもメリットとデメリットがある。しかもその差はほとんど変わらないと来た。優柔不断はこういう時に顔を出すもので、ダイヤの思考はまたもこんがらがって来てしまった。

 「ぬあぁ〜…こんな事で迷いたくなんかないんだけどなぁ…」と頭を抱えながら呟くダイヤ。とその時、彼の服の裾が軽く引っ張られた。メルアだ。

 「ねぇねぇマスター、この人達はそのキーを持ってないのかなぁ?」と倒れている団員を差して彼女は言う。

 そして訪れる一瞬の静寂。無邪気さをも感じられるその言葉に、周囲の目が点になった。

 

 

 

 

 エレベーター前。黒い帽子と赤いRのマークが入った黒服を着たダイヤが開閉ボタンのところに設置されてある認識器にカードを通す。ピンポーンという軽快な音と共に、重い機械仕掛けの鉄の扉が開きだした。

 扉の中、重苦しい一間の中へ入り込み、すぐにB4のボタンと閉と書かれたボタンを押して行く。眼前の扉が自動で閉まっていき、一つの密室が完成。そのまま下へと動き出した。

 「………ドンピシャだったな。お手柄だよメルア」

 『えへへ、やったねマスター!ぶいぶい!』

 『ザル警備…とまで言って良いのかは分かりませんが、こちらの予想をはるかに上回るにスムーズさで来れましたね』

 どこか呆れ声の混じったサーシャの呟き。だが実際その通りで、エレベーターのキーは倒した団員のうち1人を探してみたらすぐに見つかったし、エレベーターまでの道のりはルビィが最短経路を教えてくれた。騙せるとは思ってないけども、一応ジャケットと帽子も拝借して着込んでおき、エレベーターまでの途中に配備されてた団員は奇襲攻撃ですぐに伸してしまった。

 『でも、ちょっと上手く行き過ぎた気はしますよね…』

 「大丈夫だってノア。上手くいくってのはそれだけ良い流れが来てるってことさ」

 『そうじゃよ。心配になる気持ちも分かるが、この先に居るボス…サカキをぶちのめしてしまえば全部終いじゃ』

 『That's all right!!イーズィーなことじゃねぇか!!』

 『でも、ソーマ言ってましたよね…。付焼刃で勝てるような相手ではないと…』

 小さく漏らした不安の種。誰よりも相手の存在を知っているソーマから、以前そんな忠告をうけたばかりなのだ。恐らく相手はこれまでにない強敵。朝方の血の上りも、状況整理の済んだ今となっては冷静さが前面に出ているせいかせっかち故の慎重な考えが彼女の脳裏によぎっていた。

 そんな彼女に対し、気持ちは分かると言わんばかりにダイヤは明るめに言葉を返した。

 「大丈夫だノア!あの時よりも、みんな絶対に強くなってる!負けやしないさ!」

 『…そう、そうですね!私、頑張ります!そう言ってくれるご主人様の為にも!』

 声だけのやり取りだが、そう言ってくれるノアにダイヤの口元が綻ぶ。大丈夫だ、自分たちなら。そう強く思いながら胸を張って前を向き直した。

 まるでタイミングを計ったかのように開かれるエレベーターの扉。階層は地下4階。目的の場所だ。差し込む光と共に映ったのは、数人のロケット団員とその手持ち達。どう見ても臨戦態勢の相手を見据え、彼はそれが最後の障害物だと考えた。ここで負けてなどいられない。勝たなければいけない相手はこの先に居るのだから。

 「ノア!火炎車ッ!!」

 「はいッ!!」

 一番の相棒の名を叫びながらボールを投げる。解放されたボールから顕現した刹那、全身を炎で包みながら突進し相手の中央で爆ぜた。奥へと繋がる広めの一本道が、一瞬で戦場へと変化していった。

 その最奥…アジトの中で最も重厚な扉の奥の一室で、一人の男が大きな椅子に腰掛けていた。

 扉の向こうから聞こえる爆裂音、響いてくる重振動。険しい顔付きはその眉間の皺を深くさせ、その口角を釣り上げていった。静かに、そしてどこか獰猛に。

 「――…来たか」

 やがて戦闘音が鳴り止んだ後、男の眼前にある大きな扉が開いていく。そこに立っていた者は、銀色のジャケットを着て同じ色の帽子を被った少年。強く固めた表情は、気合に満ちていた。

 黒い男と銀の少年、互いに交錯する視線。口を開いたのは、少年の方だった。

 「…あんたが、ロケット団のボス…サカキか」

 出来るだけ低く、可能な限りの威圧を込めて絞り出した声。男は律儀に、その問いに答える。

 開いた口から発せられた声。それは少年が想像していた遥かに強く、重く、優しさというモノを一切感じさせない声だった。

 敵意が、軽侮が、感興が、何処かない交ぜになったような声で、男は答えた。

 

 

 「…ようこそ少年。マサラタウンのダイヤ、だったか。

 ――はじめましてだな。私がサカキ。ロケット団を、率いる者だ」



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