東京レイヴンズ~神の契約者~ (エンジ)
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プロフィール

小説第二作目です。
第一作目<ソードアートオンライン~神速の剣帝~>もよろしくお願いいたします。

意見や感想があったら、どんどんください!
読者様のアドバイスはできる限り、作品に入れていきたいと思っていますのでビシビシ言ってください!

では、本編へどうぞ!


 

 

その昔、伝説の陰陽師《安倍晴明》とそれを支えた同じく伝説の陰陽師《天道義正》が存在した。

彼らは京都で起こる数々の霊災を修祓していった。

その一人である天道義正は、子孫に自分の呪術を託すため、子を授けた後、陰陽界伝わる大呪術<技才天盤>を使い、天道義正自身の霊力をすべて、誰かはわからない未来の天道家の人間に託して、この世を去った。

そして、時代は過ぎ去り平成。

その奇跡とも呼ばれる大呪術を受け継いだ、天道家の雛。

これはその雛とその仲間たちが起こる、陰陽道物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリ主設定

 

名前:天道 真(てんどうまこと)

 

生年月日:二月四日 十六歳

 

身長:176㎝

 

体重:65㎏

 

容姿:黒髪短髪。筋肉は高校生男子の平均より少し上。

 

 家柄、性格

 

生まれは平安時代から伝わる、由緒正しい陰陽宗家《天道家》の分家。見鬼の才は少しばかりあるが、陰陽師育成機関<陰陽塾>には通わず、地域にある一般校に通っている。

土御門春虎とは高校の時に知り合い、阿刀冬児の三人とよくつるんでいる。

困っている人は見過ごせない性分で、どんな状況でも助けようとする無鉄砲な青年。しかし、楽天家であり、自分の身に起きる数々の不幸を前向きにとらえている。(見方を変えればただのバカ)。

 

 

 

 

 

 オリヒロ設定

 

名前:天道 流華(てんどうるか)

 

生年月日:一月十七日 十六歳

      

身長:158㎝

 

体重:??

 

容姿:茶髪のロングで腰まで伸びている。外見は美少女で、勉学、努力量以外はただの女の子。

 

 家柄、性格

 

生まれは平安時代から伝わる、由緒正しい陰陽宗家《天道家》の本家。生まれ持った才能と、血のにじむような努力によって<陰陽Ⅰ種>に合格している、国家一級陰陽師『十二神将』の一人。

黄金に輝く鳥《ラーの翼神竜》を式神として体に宿している。その正体は陰陽界を司る<三幻神>の一体で、咆哮一つで山をも吹き飛ばすといわれている。

主に火炎系の呪術を使い、その実力は現代最強の陰陽師と呼ばれる<宮地磐夫>、と同等またはそれ以上とも言われている。

また、火炎系だけでなく様々な種類の呪い術を使うことも可能。

それの影響なのか二つ銘は<真炎>。

霊災修祓の時は、巫女姿で頭に鉢巻を巻いて修祓を行う。

 

天道家の人間は何かが似ているのか、流華もまた困った人を見過ごせない性分である。分家の真とは、幼少時代は仲が良かったが、真が一般高校に行くと言うと、激しく落ち込み、仲違いをして以来疎遠になっている。

今現在、卒業認定を貰うため<陰陽塾>に通っている。

夏目が女の子だと知ってる数少ない友達の一人。

 

 

 

 

 




今回は、設定だけなので第一話にカウントしないつもりです。

いろいろなオリジナル設定が組み込まれているので、原作と少し離れた形になると思いますが、できるだけ原作通りに進行できるようにしますので、温かい目で読んでくだされば幸いです。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第一章 落ちこぼれの分家

 

「呪術の神髄が何だかご存じだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えは『勇気』だ」             ――――天道義正

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦♦♦♦♦

 

今から何年か前の話―――

 

敷地の四分の二ほどの大きな館には、大勢の人たちが訪れていた。どの大人も身だしなみがよく、とても礼儀正しい。

どの大人にも、大きな貫録が感じられる。何か、特別な力を持っているような…。

 

そう、ここは古来から代々伝わる由緒正しい陰陽宗家《天道家》の本家の館である。これから、大きな会合でも開くのであろう、ぞろぞろと館に人が入っていく。

 

そんな中、本家にあるこれまた大きな庭が二人の少年少女の遊び場だった。

広大な庭の中、大きな松の木登りをしている少年。そして、それを下から見ている少女。

やがて、少年が大きな木の枝にたどり着くと、そこに付いていた大きな松ぼっくりをむしり取ると下にいる少女の手に落とす。

 

―――ほら、大きな松ぼっくりでしょ?

 

―――うん、本当に大きい!ありがとう!

 

少女は無邪気に笑う。それを見た少年は、思わず頬をかくと大きな松の木を降りはじめる。

 

―――気を付けて!

 

―――うん、大丈夫だよ……ほら!

 

少年は難なく大きな松の木を降りると、少女に駆け寄っていく。

しかし、少女は笑う少年とは対称的に池の方を見ながら少しおびえていた。

 

―――どうしたの?

 

―――あそこに何かいるの

 

少年は少女が指をさした方向に視線を向ける。そこには、微かに人間のような形のした黒いものが見えた。

 

―――また、来たな!あっち行け!

 

少年は近くにあった、木の棒を拾うと池の方に走っていき思い切り振り回し始めた。少女は、その光景を少し離れた位置から見守っている。

やがて、黒いものが消えると少年が少女のほうへ駆け寄ってきた。

 

―――これで大丈夫だよ、流華ちゃん。

 

―――ありがとう、真君。

 

二人は微笑み合う。それは、とても仲の良い友達の姿であった。

少年が少女の手を握る。

 

―――流華ちゃんは絶対ぼくが守るからね!

 

―――それは式神になるっていうこと?

 

少女の言葉に少年が首を傾げる。そのシキガミというものを少年は理解していないようだった。

 

―――シキガミって何?

 

―――式神はね、わたしのことを大切にしてくれて、守ってくれるんだって

 

少年は少し考え込むと、やがて何かを決心した様子で顔を上げる。少女の顔には不安の色が満ちていた。

 

―――わかった。ぼく、流華ちゃんの式神になるね。それで、絶対流華ちゃんを守ってみせるよ!

 

―――本当?ありがとう!

 

少女は少年が見た中で一番の笑顔を少年に向ける。少年は頬をかくと、握っていた手を引っぱり、また少女と遊び始める。

 

 

―――――そう、それ少年がまだ陰陽という道を理解していなかった頃の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輸送車が到着した時にはすでに、あたり一帯瘴気み満ち溢れていた。

一般人が避難した、東京のオフィス街。急停止した輸送車から、蒼い服を着た陰陽師たちが次々と下りていく。

 

霊災の発生源は、オフィス街の中央に生えている一本の老木だ。異様な霊圧を放っているその老木は、姿かたちは似ていても一般の老木とは全然違うものだった。

万物に満ちる気―――――霊気。

その霊気は、常時揺らぎ、全体としての安定を保っている。

しかし、時々霊気がの揺らぎが極端に偏ることがある。それが、瘴気に変わり、より一層甚だしくなるのだ。

 

自然界が持つ自浄作用の許容量を超えた、回復の見込みがない霊的・呪的偏向。それが、陰陽法に定められた霊的災害、<霊災>だ。そして、それを修祓することこそ、陰陽庁祓魔局に所属する陰陽師たち、すなわち祓魔官の任務だ。

 

彼らは老木を包囲すると、腰から小刀を抜いた。

呪文を詠唱しながら、一斉にアスファルトの地面に突き刺す。その刃は青白い光を発し、それが地面を伸びて老木を囲む大きな環を形成した。

これは、霊災を発生源を周囲から遮断するための呪術、結界だ。

だが、老木の勢いは止まらず、瘴気を吐き続けている。それは、今にも結界を破る勢いだ。

 

「ワリいっ。待たせた!」

 

結界を敷く陰陽師の背後に、一台の大型バイクが急停止する。

そのバイクから降りた男は、派手なアロハシャツに膝の抜けたジーンズという姿であった。

しかし、彼はこの部隊を率いる指揮官であり、国家に数十人しかいない国家一級陰陽師の一人なのだ。

 

「なんとか間に合ったな。一発で祓うから、お前ら、気張って結界維持しろよ!」

 

男は腰から日本刀を抜き取った。

刀を振り、複雑な印を描く。その刀身が火にくべられたように目映く輝いた。

 

「五行の理を以て、鋭なる金気、沌せし木気を滅さん!金剋木!魔瘴退散!」

 

大上段に構えた霊刀が老木目掛けて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ。すげー」

 

「かっこいいな、あれ」

 

割り箸を掴んだまま、土御門春虎と天道真はテレビの中継に釘づけになっていた。

老店の雰囲気が漂う、うどん屋の狭い座敷には、三人の青年の姿があった。この店にはエアコンがなく、年代物の扇風機が音を立てて動いている。

 

ライブ中継されているのは、陰陽師たちによる霊災修祓現場。霊災はほとんど東京で起こるため、三人がいるような田舎には滅多に起きない。

 

「見ろよ、冬児。めっちゃでかい木をあっさり斬り倒したんだぜ?漫画みてー」

 

「ほんとだな。俺もやってみたいなー。ああやってズババーンと」

 

黒い短髪の髪をした青年、天道真は割り箸を刀に見立てて、テレビに映った男のように振る。だが、それがどんぶりに当たり、倒れそうになった。

 

「うおっ、あぶねー」

 

「お前らなー……」

 

真と春虎の向かい側に座る、阿刀冬児があきれた様子でつぶやいた。

すでに食事を終えたようで、膝を崩して寛いでいる。だが、すぐさま額に巻いたヘアバンドの下から、目つきの悪い双眸が、興味の薄い視線を真と春虎に向ける。

 

「……ま、陰陽師のキャリアなんて漫画みたいなもんだからな」

 

「「キャリア?」」

 

「『陰陽Ⅰ種』の合格者のことだ。国家一級陰陽師ってやつさ。……このあいだ見せた雑誌に載ってただろうが?」

 

「そういや、載ってたな」

 

「じゃあ、さっきのは『十二神将』なの?すげー」

 

再び春虎はテレビに視線を向ける。だが、すでに現場のリポーターに変わっていた。しばらく見ていた後、思い出したように食事を再開する。

真は爪楊枝を口にくわえながら、古くなった天井を見つめる。

 

『十二神将』という名に、聞き覚えがないわけではない。なぜなら、親戚にその『十二神将』がいるからである。

十二神将とはマスコミが勝手につけた俗称に過ぎないが、『陰陽Ⅰ種』に合格している国家一級陰陽師は国内に十数人しかいない。

超一流のエリートだ。

 

「最近、この手の中継が増えてるな」

 

春虎はきつねうどんをすすりながら呟く。

 

「確かに。なんか、嫌な予感がするな」

 

「実際、霊災そのものが増加傾向にあるらしいぜ。……まあ東京だけだがな。それに比べればこっちは平和なもんさ」

 

うどんをすすっていた春虎と、天井を見つめていた真が冬児を見つめる。

 

「なんだよ。久しぶりに帰りたいのか?」

 

「別に。俺は平和が嫌いじゃないからな」

 

「昔のお前が今のお前を見たらなんと言うか…」

 

「うるさい。てか、春虎はさっさと食え」

 

春虎は笑いながら一味唐辛子の小瓶に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店を出ると、目映い日差しが三人を容赦なく照らした。

ぎらぎらとした八月の陽光と、強烈なアスファルトの照り返し。それに加え津波のように襲ってくるセミの鳴き声とのコンボは、改めて夏を感じさせてくれる。

 

「……あっちーなー」

 

「夏だからな」

 

「でも、東京のほうが暑いんだろ?大変だよなーバリバリのサラリーマンとかは」

 

まじかよ、とつぶやく春虎はそそくさに木陰に移動する。真と冬児も後に続いた。

この三人は、同じ高校に通うクラスメイトだ。

普通ならば夏休みの真っただ中だが、午前中いっぱい夏季補習を受けていた。その帰りの昼食を済ませて後だ。

 

なぜ、三人が補習を受けているというと、春虎は安定の赤点キング、冬児は安定のさぼり魔、真は対策はばっちりだったのに、真に配られたテスト範囲のプリントだけが、周りと違い、あえなく撃沈。対策している時点で違う範囲に気付くはずだが、相変わらずのバカっぷりである。

 

「まだ口の中がカレえ」

 

「唐辛子のかけすぎ」

 

「蓋が外れたんだよ」

 

「やっぱり、春虎は運がないな」

 

「お前にだけは言われたくないわ!」

 

真の言葉に、春虎が反応する。

だが、春虎はこれでもかっというほど運が悪い。例えば交通事故にあった回数は十二回であり、なかなかの不幸男である。

 

対する真は、身体的な不幸は起きていないが、何もないところでつまずき、バックにしまってあったケータイが、飛び出して車にひかれてつぶれることや、これまた何もないところで躓き、田んぼに思いきり突っ込むなど、つまずいてからの不幸が何回か発生している。

 

「これって絶対、先祖から続く祟りとか呪いだと思うんだよな」

 

「俺もそう思う……」

 

「ああ。お前らの血筋だと、いかにもありそうだな」

 

冬児は皮肉っぽく答える。

アスファルトに落ちる木漏れ日は、輝いている銀貨のようだった。

 

「さて……これからどうすっかな?」

 

春虎がそうつぶやくと同時に、ケータイが鳴りだした。春虎はケータイの画面を見た後無言で閉じた。そして、何事もなかったようにポケットにしまう。

 

「……北斗か?」

 

「……北斗だ」

 

「あいつは暇でいいな」

 

それっきり、この話はなかったことになった。まあ、いつものように真と冬児はそれ以上の説明を求めない。

なぜなら、普段からそうだからだ。

春虎は気を取り直したように二人を見る。

 

「さてっ。これからどうする?金ないけど、ゲーセンにでも行って涼むか?」

 

「……いや、あいにくだが無駄だった」

 

「どうやら、そうみたいだな」

 

「は?何が?」

 

「お前は運が悪いってことだよ、な?」

 

「ああ。冬児の言う通りだ」

 

春虎は何のことがわからない様子だった。だが、真と冬児はそれにかまわず、春虎から距離をとる。

 

「この、バカ虎ぁ!」

 

アスファルトを蹴る音と共に大きな声が三人を包む。だが、それと同時に春虎が駆けてきた人物に裸締めをされる。

 

「見てたぞ!なんで携帯でないんだよ!」

 

「や、止めろ、北斗!息が―――!死ぬ―――!?」

 

その人物はボブカットの髪型をした、男のような女だった。

 

――――てか、見てたなら電話すんなよ……。

 

冬児が真の肩に手を置く。まるで、あいつには常識は通用しない、と言っているようだった。

そうこうしているうちに、北斗と呼ばれる女性は春虎から離れた。

 

「この暑い中うどんなんて、相変わらずどうかしてるよ」

 

「余計なお世話だ!それにうどんをバカにするなっ。うどんは日本の偉大な――――」

 

「冬児は何食べた?」

 

「ざる」

 

「真は?」

 

「冷やしラーメン」

 

「無視かっ?放置か!?」

 

春虎が悲痛の叫びをあげる。まあ、いつものことだから気にしなくてもいいだろう。

北斗は、気持ちよく引き締まった素足を軽やかに交差しながら、憮然とする春虎と溜息をついている真と冬児を交互に見る。

 

「三人は今日も補習帰り?さすが赤点キングとさぼりマスターと、躓き大魔王」

 

「うるせえ。お前こそこんなとこで何してんだよ」

 

「ん?別に?散歩してただけ」

 

「この炎天下に散歩だと?どうかしてるのはお前の方だろ」

 

「補習組よりはずっと有意義だね。わかる、春虎?結局世の中、賢い人間が得するようにできてるんだよ?」

 

「うわ。この野郎、嫌な説得力を……」

 

「やろうじゃないもん。女の子だもん、バカ虎」

 

「黙れ、オトコ女」

 

「……てか、炎天下に散歩する奴って、賢くなくね?」

 

「まあ、気にすんな」

 

真が溜息をつくと、冬児が肩に手を置く。一方、春虎と北斗はなんやらまたいがみ合っているようで、北斗が春虎の服の襟をつかんで先にどんどん進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしておれが北斗にかき氷を奢らなければならないんだ」

 

「ペナルティーだから、仕方がないだろ」

 

公園のベンチに座った四人は、プラ容器に盛られたかき氷を食べ始めた。

 

「―――ぱく」

 

「あっ、おい!黙って人のかき氷を食うな!しかも一番てっぺんを、ごっそり持っていくとは何事だ!」

 

春虎は叫びながらかき氷のカップを遠ざける。対する北斗は急に食べたせいで、顔をしかめ、こめかみを指で押さえていた。なかなか、勝手なものである。

一足早くかき氷を食べ終わった冬児が北斗に問いかける。

 

「……で?北斗。お前、また春虎に陰陽師を目指せって言いに来たのか?」

 

すると、北斗は、そうだったと言わんばかりに背筋を伸ばした。

 

「春虎」

 

北斗が春虎にずいっと顔を寄せる。その迫力に、思わず春虎は体を逸らした。

 

「な、なんだよ?」

 

「さっきのテレビ中継、春虎も見てたんだよね?

 

「ま、ま……」

 

「だったら春虎もああいう風になりたいと思わないの?思うよね?普通思うよね?思わないわけないよねっ?」

 

「……思わねぇよ」

 

「どーしてっ?だって春虎、安倍晴明の子孫なんでしょ?陰陽道宗家、土御門の人間なんでしょ!真もだよ!」

 

「………」

 

ここぞとばかりに北斗が詰め寄る。春虎は思わずげんなりと渋面なった。

北斗が口にしたことは事実だ。

平安時代に活躍した、伝説の陰陽師、安倍晴明と天道義正。安倍晴明の死後、安倍家の人間は「土御門」と名乗り、明治の世まで長い年月、陰陽道宗家として陰陽師たちの頂点に君臨していた。そして、春虎―――――土御門春虎は、何を隠そう、名門一族の末裔なのだ。

 

天道家もまた、安倍家から土御門家になってもなお、従い続けた名門一族。実力としては、明治以降衰退してきた土御門家とは違い、今も頂点に君臨している。

それでも、土御門家に従い続ける理由は、初代天道家当主、天道義正の言葉があるからだろう。

そして、真は分家だがその名家の末裔だ。

 

「あのなぁ、北斗。もう、いやってほど言ったはずだが、おれん家は、土御門って名乗っちゃいるけど、あくまで『分家』なの。偉い『本家』とは違うの」

 

「そんなの、春虎が土御門の人間であることに変わりないじゃない!一般高校に通って、赤点とってヒーヒー言ってるなんて、情けないと思わないの?」

 

「余計なお世話だ……」

 

北斗の真剣な態度に春虎はうんざりしているようだった。一方真は複雑な心境だった。

一瞬昔の記憶がよみがえる。

 

――――絶対守ってみせるよ!

 

だが、それを真は素早く打ち消す。

もちろん真に見鬼の才がないわけではない。しかも、少しばかり呪力がある。

しかし、それはあくまで<少し>だ。

陰陽の道を行くものは少なくとも、見鬼の才が強い。それに加え、生まれ持った才能が多少なりともある。

そんな、高レベルなところで半端な力しか持っていない真が行ったらどうなるか。十中八九、置いてけぼりにされるだけだ。

それならいっそ、多少望みがある一般人の道に進むことが得策だと考えて一般高校に進学している。

真がしばらく考えている間に、春虎と北斗はどんどん話を先に進めていった。

 

「……たれてるぞ」

 

「もっと早く言えよ!」

 

春虎のスラックスには大きなシミができていた。いつの間にか太陽が移動して、春虎の手元だけ木陰からはみ出していたらしい。相変わらずの運の悪さだ。

 

「……おもらしみたい」

 

「嬉しそうだな、北斗!?」

 

赤くなる春虎に北斗がハンカチを手渡す。

 

「……ま、今日の進路相談は、ここらで終わりにしようぜ。分家の嫡男どもはまだ高1だ。将来を決めるのに、焦る必要はないだろ」

 

「でも……」

 

「おまけにこの成績だ」

 

「あー」

 

「そこは反論なしかよ!?そして余計なお世話だ冬児!」

 

春虎の声はセミの鳴き声にかき消される。

まだまだ、夏は長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

適当にゲーセンで時間をつぶした真たちは、日暮れとともに解散した。

真の家は三人とは違う方向なので、ゲーセンを出るなり三人と別れた。

 

いつもと変わらない、帰り道を歩く。

日暮れによって、大分日差しが弱まった太陽だが、まだ沈まんと言わんばかりに西の空にとどまっている。

夏休みに入ってもなお、変わらないいつもの日常。

これが当たり前だと思っていた。いつものように四人でつるんで、バカやって、青春を満喫する。

とても素晴らしいことだが、何か心に引っかかるものがあるのも事実だ。

 

「あいつはあいつなりに頑張ってるんだよな……」

 

残念ながら、真の言葉はオレンジ色の日差しにかき消されるだけだった。

 

 

 

 

しばらく歩いていると、家が見えてきた。相変わらず、大きな家だとつくづく思う。

松に囲まれた大きな館、その周りに家が何件も建っているが、真が返ってくる時刻には人けがまったくない。

普段通り、門から入って家に帰るのだが、今日は、今日だけはいつもと違った。

 

門の前に白いワンピースに大きな麦わら帽子、その横には大きなボストンバックが置いてある。

真の目の前にいる、長い茶髪が似合う美少女がこちらに視線を向ける。

 

「……久しぶり、だね。真君」

 

真の思考は完全に停止していた。

 

 

本家の少女と分家の少年――――。

 

天道流華と天道真の、三年ぶりの再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたか?
基本的に三人称視点で行きたいと思っています。

投稿速度は二日か三日に一話になると思いますのでご了承ください。
ほとんど原作通りですが、少しずつオリジナル要素を入れたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第二章 再会と祭り

 

「えーっと……なんでこっちにいるんだ?」

 

「……今日から夏季休暇だから」

 

「ああ、それで帰省したのか」

 

「うん……」

 

淡々と話す二人の間には、何か深い溝のようなものがあった。それは、きっとこの三年間によって、生まれてきたものなのだろう。

真はなんだか気まずくなり、とっさに呟く。

 

「……入るか?」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天道家分家に祭ってある観音様が二人を見据えているような感覚だ。

二人の周りには、大量の畳が敷いてあり、その広さは七十畳ほどだ。

ここは、普段宴会などに使う大広間であるのだが、どこに連れていけばわからずにここへ来てしまった。

 

向かい合って座る二人の間には会話がない。静寂だけが二人を包んでいく。

今の二人にとっては、痛い静寂だ。

すると、真がその静寂を破って口を開く。

 

「……こっちにどれくらいいるんだ?」

 

「……一週間くらい」

 

「そうか。やっぱり陰陽塾は忙しんだな。休暇が少なくて大変じゃないか?」

 

「いや、そんなことは……ないよ」

 

「そ、そっか」

 

再び会話が途切れる。

真は何か話題がないかと、必死に考えをめぐらすが、残念ながら何も浮かばない。いつもなら、ぽんぽん出てくるのだが、いつもの調子で話せないのは二人の間にある隔たりが原因なのかもしれない。

 

対して流華は、体育座りをしながら、畳をじっと見つめていた。その表情は心なしか怒っているようにも見える。

真はそんな流華の容姿をまじまじと見つめる。三年前よりも、成長しているのが一目見ただけでわかった。

誰が見ても美少女と思わせる彼女は、はっきり言って男子に人気があるだろう。だが、それはあくまで外見の話だ。

その美しい容姿とは裏腹に、ものすごい努力家で、怠けている奴がいたら絶対に許さないような、善く言えば正義感が強い、悪く言えば自分勝手、というような少女なのだ。

 

「陰陽塾はどうだ?」

 

「……うん、大変だけど楽しいよ」

 

「そうか。それは良かったな。……クラスメイトは知ってるのか?流華が十二神将だってこと」

 

「うん、知ってるよ。でも、私の力は倉橋さんに封印されてるから、実力は普通の塾生と同じだけどね」

 

「そっか、大変なんだな。まあ、国家一級陰陽師様なら楽勝か」

 

真は笑い出す。しかし、そんな真とは対照的に流華はやはり少し怒っている。

その理由はなんとなく真にもわかっていた。

 

「えーっと、陰陽塾には慣れたか?……って、その様子じゃ慣れてるに決まってるか」

 

「……うん。陰陽塾は問題ないんだけど、『しきたり』が……」

 

その言葉を聞いた瞬間、真は心臓の鼓動が早まるのを感じた。

天道家本家においての『しきたり』。それは、分家の者を式神にするということだ。真以外にも分家の人間はたくさんいるのだが、その人たちの要望を何故か流華は拒み続けている。

きっとそれは、昔にした『約束』を守っているからなのだろう。

真は早まる鼓動をおさえながら、口を開く。

 

「……そのことなんだけど、なんで俺にこだわるんだ?」

 

「え?」

 

「だってさ、俺はなんちゃって見鬼だしさ、呪力も全然強くない。ほかの分家の人なら優秀な人がたくさんいるし、それに今のお前の実力にも合ってると思うぜ。もし、子供の時の約束がお前のブレーキになってるんなら、それは忘れたほうが有益なのはお前が一番わかってるだろ?」

 

真は正直な気持ちを流華に伝える。

真の言っていることは、正直正しい。今の流華は陰陽塾塾生だが、同時に国家一級陰陽師でもある。

国家一級陰陽師は、日本の国民のために活動している。つまり、実力がなければだめなのだ。すなわち、天道家分家の落ちこぼれである真ではなく、そのほかの優秀な分家の者を式神にするのが日本国民のためであり、何より自分のためになる。それを、『昔の約束』という理由で受け入れないということは、人間としては正しいのかもしれないが、陰陽師としては失格だ。

 

真は流華を見据える。だが、一瞬で息をのんだ。

なぜなら、流華が明らかに怒っているからだ。彼女は彼女自身の何かがプツンと切れたように、その場に立ち上がる。

真は何が何だかわからなかった。

流華は真を上から見据えると、冷ややかな嘲笑を浮かべて口を開く。

 

「そうだよね。君みたいな意味のない日々を送っている落ちこぼれよりも、私のために尽くしてくれる優秀な人のほうが、何百倍も有益だよね」

 

真は、自分から言い出したくせにカチンと来ていた。思わず立ち上がる。

 

「相変わらずの性格だな。昔となんも変わってない」

 

「そう、でも事実でしょ?」

 

「……さすがは天才さんだな。言葉に重みがあるぜ」

 

「事実を口にするのは天才も凡人も関係ないと思うけど。それに、何の努力もしないで生きてきた君が、どうこう言う権利なんてないよ」

 

頭一個分ほどの身長差でお互いの視線がぶつかり合い、見えない火花を散らしていた。だが、分が悪いのは真の方だ。

いくら正論を言ったって、約束を破っているのは真側であり、何の努力もしないでのうのうと生きてきたのは、真自身だ。

 

「そうか……だったらこれで、お前と会うことも無くなるな」

 

だから、苦し紛れに毒づいた。

しかし、てっきり流華は「それはこっちのセリフ!」と怒鳴ると思っていたが真の予想した反応を大きく裏切った。

その言葉を聞いた流華は、何故か大きく目を見開き、目元を赤くしたのだ。

 

「………うそつき」

 

「え?」

 

流華はそのまま、廊下を走っていく。

かろうじて聞き取れた少女の言葉は、真の心に深く突き刺さっていた。

小さくも、鋭い刃。

真はただ茫然とその場にたたずむことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は花火祭りに相応しい快晴になった。

祭りの場所は、市のはずれにある神社とその裏にある河川敷だ。立ち並ぶ屋台と祭りの客の熱気で、日中から続く暑さに変化がない。途切れ途切れだが、微かに祭囃子が聞こえてくる。

 

「……半年ぶりと三年ぶりに出くわした、本家の天才児と口喧嘩ねえ」

 

石塀に寄りかかったまま、冬児は半分あきれ、半分おかしそうに言った。

三人は朝補習の帰りに待ち合わせ場所に来ていた。時間に厳しい北斗だが、まだ顔を見せてはいない。

北斗が来る間に、真と春虎は昨日の出来事を冬児に話していた。もともと、二人は話すつもりがなかったらしいが、二人の様子の変化に冬児が見抜いたのだ。また、このさぼりマスターは他人から話を引き出すのがうまく、気が付けば二人は過去に起きたことまで全部喋らされていた。

 

「正直どう思う?」

 

「お前らダサいな」

 

「「はぁ~」」

 

「ナンパの時はお前らを外そう」

 

冬児は冷ややかに笑う。このさぼりマスターは気持ちのいいくらいにストレートに言ってくる。二人は忌々しく見上げた。

 

「そりゃあ、最後は大人げなかったけど……先にふっかけてきたのは向こうの方だぜ?」

 

「俺は……どっちもどっちだったかな」

 

「どっちが先だろうと関係あるか。女と口でやり合ってる時点でアウトだ」

 

涼しい顔をしている冬児は容赦なく言い放つ。二人には弁論する気力さえ残っていなかった。

 

「にしても、さすがは旧家だな。お前らの家に生まれてこなくてよかったぜ」

 

うなだれている二人を余所に、冬児は皮肉っぽく呟く。

式神とは陰陽師の操るしもべ。その意味は術者が意のままに使役する鬼神というものだ。

 

「お、待てよ。てことは、夜光にもいたわけか?そういう式神が」

 

「さあ?まあ、いたんじゃね?知らねえけど」

 

「じゃあ、お前ん家は?」

 

「俺も知らないな。でも、俺ん家は代々土御門に仕えてきたんだし、たぶん昔にそれを習って、同じようにしたんじゃね?」

 

そうかと冬児はつぶやく。そんな中、春虎が口を開く。

 

「てか、人間を式神にするってどうよ?人権無視してんじゃん!てか、人間として扱ってないし!」

 

式神は呪符を用いる符術と並び、陰陽師の代表的なパートナーというイメージがある。パートナーといえば聞こえはいいが、悪く言えば下僕や奴隷あるいは<道具>ですらある存在だ。

 

「人間を式神にするなんてよくあることさ」

 

「「適当なことを言うな!」」

 

「まあ、式神なんて今で言えば、スポーツチームの監督と選手だって似たような関係さ。……ま、絶対服従ってとこが少し違うが」

 

「何が少しだ!そこ、超重要だろっ!?」

 

真の脳裏に昨日のやり取りが浮かぶ。キレた時の冷酷な態度の流華。そんな流華に絶対服従?あんなのに服従したら、命が何個あったって足りない。

 

「「………」」

 

「……ま、一度の失恋でくよくよするな。女なんていくらでもいる」

 

「なんでそうなる!」

 

「誰が失恋したって?」

 

「誰が失恋したの?」

 

「うわっ!?……なんだ、北斗か」

 

冬児がにやにやと笑い、しゃがんでいた春虎は慌てて立ち上がる。

しかし春虎は、ぽかんと目を丸くした。

なぜなら、北斗が、あの小学生みたいな性格をした北斗が、浴衣を着ておしとやかにしていたからだ。

はっきり言って、美人だ。

春虎と北斗が珍しくぎくしゃくした感じで会話していた。そんな二人を見かねたのか、冬児が口を開く。

 

「さて。北斗も到着したことだし、そろそろ屋台でも冷やかしてみるか」

 

「そうだな、行こうぜ」

 

春虎も北斗もコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦♦♦♦♦♦♦

 

残念というべきか、おしとやかな北斗は開始三分で崩壊した。

今や、いつもの小学生がそのまま高校生の容姿になったような北斗だった。はっきり言ってはしゃぎまくりである。

 

「……去年もこうだったのか?」

 

「去年はこんなもんじゃねえよ」

 

「まじかよ……」

 

北斗の後に続きながら春虎は苦笑する。すると、そのまま何かを考え始めた。

真と冬児が顔を見合わせると、無言の春虎に声をかける。

 

「……春虎?」

 

「大丈夫か?まさか、熱中症とか―――」

 

「ああっ、そんなんじゃねえって。俺は大丈夫だ」

 

春虎はそう言って笑うと、普段通りの春虎に戻った。

すでに太陽は沈み、屋台の裸電球や提灯があたりを照らしている。もう少しで花火のプログラムが始まる。

と、そのとき、しゃがみこんで金魚とにらめっこしていた北斗が勢いよく立ち上がった。

 

「あ!あれ何?初めて見る!」

 

「お、射的か。懐かしいな」

 

そう春虎が言い終わる前に北斗は射的屋の前に駆け出して行った。

春虎は慌てて後を追い、二人もそれに続く。ちょうど大学生ぐらいのカップルが挑戦していたところで、北斗はその横から真剣に観察していた。

 

「……そうか。あのオモチャの銃で並んでいる景品を倒せばいいんだ?そしたら、倒した景品がもらえる、と……」

 

「おっ、珍しく察しがいいじゃん」

 

「珍しくは余計だー!」

 

真の言葉に北斗が食い掛かる。だが、すでに二百円支払ったようで、店主から銃を受け取ると、真とのやり取りを忘れ目の前の景品に意識を集中し始めた。

 

「よし。いいか、北斗。こういうのは大物を狙っても無駄だ。当たらないし、当たったとしても重くて倒れない。だから、手前に並んでいる軽い景品を狙うのがセオリーで――――」

 

「あ、外れた」

 

「最後まで聞けよ!」

 

春虎の言葉を無視した北斗は、そのあとも外しまくった。無謀にも最上段の棚にある、リボンのかかった箱を狙ったのだ。

冬児はいつの間にか買ってきたイカ焼きをかじりながら高みの見物をしている。醤油の焦げた匂いが何とも香ばしかった。

 

「悔しい!掠りもしないじゃん!」

 

「だから言ったろ。大物を狙っても無駄だって」

 

「もう一回!」

 

「諦めろよ」

 

「やっ!あれが欲しいのっ!」

 

地団太を踏み続ける北斗にしびれを切らしたのか、真が三人の前に出た。

 

「ふっ、ここは俺に任せろ。この『ドジ男サーティーン』の異名を持つ俺が、すべてを撃ち抜いてやるぜ」

 

「おお!なんだか頼もしいぞ!」

 

「行ってくる」

 

真は親指を三人に向けると戦場(射的)に向かって行った。

 

 

 

 五分後

 

「ふっ、なかなか手応えある相手だったぜ。今日はこの辺で勘弁してやるよ」

 

真は立ち上がると、三人に振り向いた。その手には大量の商品が――――――あるわけもなく手ぶらで戻ってきた。

 

「結局二千円も使って、収穫ゼロかよ!?」

 

「あれだよ、あれ。あそこだけ強風が吹いてて軌道が変わるとか――――

 

「んなわけあるかぁぁ!!」

 

真は見た目は平然を装っているものの、内心では激しく焦っていた。

 

―――やべぇよ!二千円も使って商品を取るどころか、掠りもしてねえよ!?これじゃあ、俺はただのアホ田サーティーンじゃねえか!……恥ずかしいっ!

 

「安心しろお前はただのアホだ」

 

「人の心を読むなっ!」

 

二人が謎のコントをしている間に、春虎は射的で例の箱をとったらしく、北斗がはしゃいでいた。

それから北斗は何かを思い出したように、はしゃぐのを止めると、三人に「待ってて」と言い残して走って行ってしまった。

 

「なんだあいつ」

 

「「さあ」」

 

三人は首をひねったが、こんなところで待っていても仕方がないので、北斗の後を追って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

確かにさっき春虎と冬児と一緒に走っていたはずだ。だが、今は周りがたくさんの人に囲まれていて、二人の姿はどこにもない。

そこから導き出される答えはただ一つ。

 

「俺、この歳で迷子ォォォォ!?」

 

真の叫びは、周りの通行人を驚かせたが、通行人すぐに何もなかったように祭りを楽しみ始めた。

 

「しかたない。ここは、俺の勘に頼るしかないようだ」

 

とりあえず、真は神社に足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

神社にたどり着くと、春虎と冬児が黒いスーツ姿の男に連れていかれるところだった。あいにく、北斗の姿はどこにもない。北斗のことが心配だったが、こっちはこっちでなんかやばい空気を漂わせていたため、尾行をすることにした。

 

二人はフランクフルト屋の前に連れていかれると、一瞬にして姿を消した。

 

「!?結界か!?」

 

真は少し迷った後フランクフルト屋の前に走った。すると、目の前に春虎と冬児が出現する。

 

「やっと来た。あんた尾行が下手すぎっ」

 

金髪のツインテールの髪型をした少女がケラケラを笑い出す。

春虎と冬児は真の乱入に少々驚いていたが、すぐに硬い表情に戻すと、春虎が口を開く。

 

「……それで?用ってのは?」

 

「簡単よ。ちょっとあたしの実験に付き合ってもらいたいの」

 

「実験?いったいなんの?」

 

「ん、そうね…」

 

ツインテールの少女は、フランクフルトをかじりながら、歩き出す。

そのあいだに、冬児から状況を説明してもらった。

 

目の前の少女の名は<大連寺鈴鹿>。『陰陽Ⅰ種』に合格している最年少の『十二神将』であり、二つ銘は『神童』。

鈴鹿の狙いは土御門家の土御門夏目らしく、今は春虎を夏目と勘違いしているらしい。十二神将が絡んでいるとなると、なかなか複雑なことが起こると思われる。だから、春虎は夏目のふりをして鈴鹿の話を聞いているらしい。

真がしばらく考えている間に話がどんどん進んでいく。

 

「……あんた、実験に付き合えって言ってたよな?それは、じゃあ……」

 

春虎が確認するように尋ねると、鈴鹿は悠然と首肯した。

 

「あんたに付き合ってもらいたいのは、あたしが復活させた魂の呪術。でも、ビビることないわよ?素直に言うことを聞いてくれれば、乱暴なまねはしないから」

 

その言葉は、誰がどう聞いても脅迫以外の何物でもなかった。

本能的に三人は後ずりさる。

その瞬間夜空に花火が輝いた。そして、その影に飛来するものも視界に入る。

対峙する両者の間へ滑り込み、歓声を無視してぴたりと空中に停止し、ホバリングする。

蒼いツバメ。

 

「―――ソコマデダ!大連寺鈴鹿。陰陽法ニ基ヅキ、貴様ノ身柄ヲ拘束スル!」

 

そのツバメがしゃべり始めた。そして弾けた。

広げた翼の風切り羽が、爆発するように伸びる。そしてそれが複数の鞭と化して、目の前の鈴鹿を包み込もうとした。

 

「なっ、なんっ―――」

 

「捕縛式か!?」

 

「まじかよ。初めて見るぜ!」

 

唖然とする春虎の隣で冬児と真は叫んだ。

一方、ツバメに襲われた鈴鹿は、口元に不敵な微笑を浮かべていた。「ふん」と鼻で笑いながら手に持っていた、ポリ袋を投げ捨てる。直後、彼女をとらえようとしていた鞭が空中で食い止められた。

それと同時に彼女の背後から、ぬっと現れる歪な人影。

何もないところから出現したそれは、異次元の扉をくぐり抜けたかのようだった。

身長二メートル、左右に三対の長い腕を持つ、針金のように細かい人外。

 

「ま、また式神かよ!?」

 

式神の頭部は仮面に覆われ、表情が読めない。生物というよりも機械といったほうが正しいのかもしれない。

その式神は、掴んでいたツバメを引きちぎると、そのツバメにラグが発生し、式符に姿を変えて地面の上に落ちた。

 

鈴鹿の結界も敗れたのか、騒ぎに気付いた客が悲鳴を上げ、一斉に逃げ出す。屋台の店員も慌てて店を放りだし始めた。

 

だが冬児はこんな状況でも楽しい口ぶりで叫ぶ。

 

「あれ、陰陽庁製の人造式だぜ?多目的型の汎用式、『モデルM3・阿修羅』」

 

「ツバメの方は!?」

 

「『モデルWA1・スワローウィップ』。ウィッチクラフト社の捕縛式」

 

「じゃなくて、操ってる術者の方!」

 

「冬児、お前楽しそうだな!?」

 

真が叫ぶと、スワローウィップを操っていた術者がすぐに現れた。

 

「そこまでだ!すでに周囲は包囲した。投降しろ!」

 

鈴鹿を囲むように現れたのは、十人ほどの拳銃を持った男たちだった。中には呪符を持っている者もいた。

 

「なんなんだいったい!?」

 

「あいつら呪捜官か?」

 

「見た感じ、それっぽいな」

 

呪捜官というのは、呪術犯罪捜査官のことだ。呪術者による犯罪を捜査し、取り締まる陰陽師だ。対人呪術のエキスパート。祓魔官が呪術界の消防士なら、呪捜官は刑事に当たるものだ。

 

「でも、なんで呪捜官が?あいつ『十二神将』なんだろう?仲間じゃねえのか!?」

 

「警察官が犯罪を犯したらそれを逮捕するのは、仲間の警察官だろ?おそらくそんなことだと思うぜ」

 

すると、呪捜官の言葉にイラついたのか鈴鹿が叫んだ。

 

「――――やっちゃえ」

 

鈴鹿が命じると彼女の周りにいた、紙でできた獅子、蛇、鷹、豹が一斉に動き始める。その数はおよそ五十。

 

「冗談――――!?」

 

三人はとっさに鉄板の下に身を伏せる。たちまち、式神の群れが屋台を襲い、台を飛び越えつつ、さらに駆け抜けていく。

それはまるで、鈴鹿を中心として広がる生きた雪崩のようだった。

 

呪捜官たちも即座に応戦する。だが、あまりの数の多さに対処しきれていない様子だった。

 

「てか、なんでおれら、呪術戦に巻き込まれてんだよ!?」

 

「さすがだな春虎。驚きの運の無さだ」

 

「安定の不幸だな」

 

「おれか?おれのせいか!?」

 

三人は騒いでいるが、正直この状況はよろしくない。冗談抜きで生死に関わる。

 

「どうしたんですか、先輩方ぁ?式神で勝てないなら、呪符で試してみますぅ?」

 

鈴鹿は呪捜官の狼狽っぷりを見て、ケタケタ笑っている。そして、ポシェットから呪符を一枚取り出した。

 

「今日は暑いしねー」

 

と笑いながら、取り出した呪符を投じる。

五行符の一つ、水行符。

呪符が輝き、そこから大量の水流が発生し、呪捜官だけでなく真たちにも襲い掛かった。

だが、まったく濡れない。本物の水ではなく、呪術の水なのだ。

 

「い、歪な水気を堰き止めよ!土剋水っ。オーダー!」

 

呪捜官の何人かが、水中で呪符を使い対抗する。

足元の土行符をたたきつけると、たちまち地面が隆起して水流を押し止め、同時に呪術の水を大地に呑み込んでいく。

やっとのことで水流は相剋されるが、その間も鈴鹿はにやにやと笑っていた。

正直素人が見ても、呪捜官側が劣勢だということが明らかだった。

 

「……大分まずそうだな!春虎、真、隙を見て逃げるぞ!

 

「ああ!」

 

「わ、わかった!」

 

冬児の提案に真も春虎も賛成した。

冬児と真が何かないかとあたりを見渡し始めると、いきなり声がかけられる。

 

「じゃあな、二人とも」

 

「「な―――――」」

 

唖然とする冬児と真を置いて、春虎は一人先に屋台を飛び出していった。

 

「おい、春虎!」

 

「待て、春虎!」

 

冬児と真が必死に叫ぶが、春虎には止まる様子が見られない。春虎はそのまま屋台を駆け抜けて行って、ついには見えなくなってしまった。

 

「あの、バカ」

 

「とりあえず、動かないほうが得策だな」

 

「ああ、納まるまで待つか」

 

真と冬児は、動ける状況ができるまでひたすら待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中途半端なところで終わりました!すいません。

なんか、真が主人公って感じがしませんが彼はこれから活躍していくので、温かい目で見てやってください。

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第三章 泰山府君祭

花火祭りを騒がせた事件は、その夜のうちにニュースになった。

近年、全国の呪術犯罪事件は増加傾向にある。おそらく、陰陽庁が首都にあり、主力部隊も首都にあるからであろう。だが、その多くは一般人に知られることなく「業界内」で処理されている。これは、陰陽庁の優秀さを示すとともに、陰陽師の活動が、霊災修祓に関わる活動を除けば、基本的に一般社会と無縁であることを主張するものなのだろう。

 

戦時中に開発された技術を礎とする現在の陰陽術は、使用目的が厳しく制限されてきた。卓越した利便性、汎用性とは裏腹に、ごく限られた用途でしか社会に還元されることがなかったのである。

 

しかし、霊災同様、現在の陰陽術もまた、夜光の遺産であることに変わりはない。いかに規制し、制御下に置こうとしても、時として陰陽術、いや、陰陽師は鋭い牙を向けてくる。今回の事件はまさにそのようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花火祭りの翌日は快晴とは打って変わり、重たい雲が空を埋め尽くしていた。

天気予報によると、台風が近づいているらしい。最も接近するのが夕方から夜にかけて。

午前十一時。昼食前の空席が目立つファーストフード店。

二階にある窓際には、いつもの三人の姿があった。

こんな日にも夏季補習はあるのだが、今日は三人とも早々学校を抜け出していた。空模様に負けないくらいの重たい空気で、テーブルを囲んでいる。

 

「で―――――」

 

そんな中、太いヘアバンドの下から、冬児の視線が春虎に据えられた。

 

「お前の方も、あれから北斗とは連絡がついていないんだな?」

 

「……ああ。メールの返信は来ないし、携帯もつながらない」

 

「まいったなあ。まあ、無事は確かなんだろ?」

 

「……少なくとも、おれと別れたときはな」

 

春虎は視線を落としながら答えた。

冬児は何か言いたげだったが、

 

「なら、いい」

 

と言って、テーブルのアイスコーヒーに手を伸ばした。

 

「まったく、嵐のような一夜だったな。台風が来るのは、これからだってのに」

 

「………」

 

冬児の言葉に、春虎はうなだれたままだった。

真とも冬児も当時の状況は詳しく知らないが、それが起きる前に一度北斗にあっているのである。そこで、北斗を一人で行かさず、三人で行っていれば今とは何かしら別に、何かしらの変化があったかもしれない。

真はすっきり白ブドウを、飲むと小さくつぶやいた。

 

「……あの時、俺らも追いかけるべきだったのかもな」

 

「……俺達が行ったって、今とはあまり変わらないと思うぜ」

 

「……そうか」

 

春虎に続いて今度は真がうなだれる。

冬児は小さくため息をつくと口を開いた。

 

「……まあ、北斗のことはともかくだ。お前の幼馴染の方も、まだ連絡は取れていないのか?」

 

「一応メールは送ってる。こっちも、返信ないし、携帯にも出ないままだけど」

 

「そうか……そういえば、お前の幼馴染も帰省してるんだよな?そいつは十二神将だろ?あのくそ生意気なガキとは知り合いじゃないのか?」

 

「さあ、でもあいつは研究員なんだろ?現場に行ってた流華とは接点もなさそうだし、知ってるのは、名前だけじゃないか?」

 

「……そうか、だが、あいつがこのままで終わらせるわけはないと思うぜ」

 

「おれもそう思う」

 

「たぶんな……」

 

事件のことはおそらくほぼ確実に、流華の耳に入っているはずだ。だが、あいにく、あんな別れ方をしてしまったので今となっては声をかけづらい。

 

「まだこっちにはいるはずなんだ。とりあえず、この後本家の屋敷に行ってみるよ」

 

「その方がいい。あのガキ、手段を選ばないって感じだったからな」

 

「手段を選ばない、か……」

 

冬児の台詞を聞いた春虎が、ポツンとつぶやいた。すると、その言葉を聞いた二人は春虎に目を向けた。

 

「なんだ?どうかしたのか?」

 

「ん……その……」

 

春虎は何かを悩んでいる様子だった。そして、何かを決心したように、口を開く。

 

「あいつ――――大連寺鈴鹿さ?呪捜官と戦ってたとき、勝ってたのに急に逃げ出しただろ?あれ、逃げ遅れた兄妹を、巻き込まないためだったんだよ」

 

「あいつが……?」

 

「そう、あいつは、自分の兄貴を生き返らせるって言ってた。そんなことができるなんて、おれには信じられないけど、でも、あいつはそれを試す気なんだ。夏目を利用して」

 

「なるほどな」

 

「でも……さ?……それってそんなに悪いことか?」

 

確かに、今の話を聞いた限りではそんなに悪いことだとは思わない。鈴鹿がどんな罪を犯したのかは知らないが、兄貴を助けたいという思いは間違ってはいないと思う。

すると、冬児は椅子に背中を預けながら口を開いた。

 

「……実は、俺もあのあと、いろいろ調べてみた」

 

「「え?」」

 

「まず、あのガキが言ってた『帝国式陰陽術』―――まあ『汎式』と同じで、『帝式』って略される場合が多いみたいだがな。その『帝式』ってのは、いまじゃ公式には教授されてない、古いタイプの呪術体系らしい。ただ、あいつも言ってたが、古いと言っても元が軍用だけに、実戦的で強力なものが多いそうだ。かなりの呪術が禁呪指定されてるが、それでもまだ、一部の呪術は現役で使用されている。

 

「魂の呪術ってのもか?」

 

「いや。そいつは『別格』だ」

 

冬児は冷ややかな笑みを浮かべる。春虎と真は、首を傾げる。

 

「魂の呪術ってのは、そんなに凄いことなのか?幽霊とやり取りするなんて、いかにも陰陽師らしいんだが」

 

「それは、民話や昔話の話だ。少なくとも、現在の呪術に、魂に関わるものは存在しない。魂が存在するかどうかは『わからない』っていうのが、『汎式』のスタンスだ」

 

「そうなのか?でも霊気とか霊災とか、扱ってるじゃんか」

 

春虎がキョトンとする。

 

「ああ、そこがややこしいとこでな。『汎式』で言う『霊』というのは、幽霊の『霊』じゃなくて、万物を成す―――あるいは万物に宿るとされる『気』のこと。『霊災』というのは、『気』が乱れて起きる災害のことだ」

 

陰陽術の基本思想は『陰陽五行説』と呼ばれるものだ。この思想は、戦前と戦後――――つまり旧来の陰陽術と現在の陰陽術では解釈に大きな差があるが、依然として陰陽術の根幹を成している。

 

「世界は陰と陽の気からなり、陰の気と陽の気は、さらに木火土金水の五気に分類される――――ってな。ま、詳しいことは、それこそお前らの幼馴染にでも聞いてくれ」

 

そう言って、冬児は肩をすくめた。

 

「それで魂の話に戻るが、『気』が成す万物はの中には、当然人間も含まれる。だから『汎式』でも、霊体という人間が持つ霊的身体――――『気』としての体の存在は認めている。紛らわしいことに、人間によってはそれを魂魄なんて呼ぶこともあるらしい。他にも、残留霊体と言って、人の死後一定期間、霊体だけが残るケースも確認されている。それこそ、幽霊みたいにな」

 

冬児はアイスコーヒーを飲むながら説明を続ける。もともと、冬児は自身の事情から陰陽術や呪術業界のことは詳しいのだが、今回は相当調べている。それほど重大なのかもしれない。

 

「しかし、霊体や残留霊体は定義している『汎式』も、いわゆる『人の塊』となる話は別になる。そもそも『魂とは何か』って問題をクリアできていないんだから、その『何かもわからない魂』に作用するような呪術が存在するはずないのさ」

 

「でも、大連寺鈴鹿は魂の呪術を―――――」

 

「ああ。だから『汎式』にはないが『帝式』にはあったってことだな。ただ、そこら辺は特に突っ込んで調べたんだが、どうも業界の中でも、はっきりとはしないらしいぜ?」

 

「何がはっきりしないんだ?」

 

「『帝式』には魂の呪術が存在したと考えている研究者は多いが、それを証明する記録は何も残されていないんだと。それどころか、魂に関わる呪術研究は、現在は陰陽法で禁止されている」

 

「「禁止?」」

 

「そうだ。それも、倫理的な理由じゃなく、もっと切実な理由でな」

 

冬児はアイスコーヒーを一口飲むと、鋭い冷笑を浮かべた。その、楽しげな笑みはいつものことのように、『何かがある』という合図みたいなものだ。

少し間を置いた後春虎が口を開く。

 

「……切実ってどういう意味だよ?」

 

「春虎、真。土御門夜光が最後に行った儀式のことは知っているよな?」

 

「そりゃあ、教科書に載ってるくらいだからな。知らない奴なんて、あまりいないだろ?」

 

冬児は冷笑を浮かべて、頷いた。

 

「<あれが>、そうだったと考えられてるらしい」

 

春虎と真は唖然とする。

夜光の最後の儀式に関する資料は、何一つ残されていない。しかし、もしあれが魂に関する呪術なのだとすれば、研究が禁止されているのも納得がいくし、鈴鹿が呪捜官に追われている理由も理解できる。

 

「……しかもだ。現在では、夜光は成功したと考える陰陽師は、相当多いらしい」

 

「なんでだよ?あの儀式のせいで夜光は死んだんだろ?」

 

「ところが、夜光が成功したと考えている陰陽師たちはこう言ってるのさ。『天才陰陽師土御門夜光は、生涯最後の大呪術によって、自らの魂を転生させた』ってな」

 

「て――――!?」

「な――――!?」

 

春虎と真は同時に息をのむ。

冬児は不意に表情を消し去った。細めた双眸だけを鋭く光らせ、

 

「相変わらず察しが悪い奴だ。―――春虎。あのガキの言ってたことを、よく思い出せ」

 

「………あ」

 

「おい、鈴鹿は何を話してたんだ?……まさか」

 

「そう。そのまさかだ」

 

今の話から察するに、土御門夜光は現代の土御門家の人間に転生したと推測できる。そして、鈴鹿はそれを探していた。春虎を夏目と勘違いしていたとなると、<土御門夏目>が<夜光の転生者>ということになる。

春虎はしばらく何かを考えている様子だった。真はすっきり白ブドウを飲み干す。

すると、重苦しい空気の中、春虎の携帯の音が鳴った。

 

「北斗か?」

 

「……いや」

 

春虎は二人にそのメッセージを見せる。

 

『会って話したいことがあります。今日の夕方、春虎君と真君は、時間を作れますか?』

 

「……俺も?」

 

二階の窓に雨粒が、当たり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼前から降り出した雨は、時間と共に雨脚を強くしていった。

夏目が指定したのは、老舗の喫茶店だった。春虎と真は傘をたたんで、店内に入ると、ドアのチャイムがカランと乾いた音を立てた。

 

時刻は午後五時。

店内はこの悪天候のため、客が少なった。春虎と真は店内を見渡すと、奥のほうに夏目がいるらしく、春虎が歩いて行った。真も後を追う。

しかし、真はそこにいた人物に驚愕した。

おそらく長い黒髪の女性が<土御門夏目>なのだろう。黒いブラウスにロングスカートの姿で、大人びたその様子は何とも美しかった。可愛いというより美しいのほうがあっていると思われる。だが、問題はそこではない。それは、その隣にいる長い茶髪の女性だった。

白いブラウスに、ボタンを全部開けたデニム。そして、白いロングスカート。

そこにいたのは、真の幼馴染である、天道流華だった。

とりあえず夏目に促されて、春虎と真は座り込む。

一昨日のやり取りで、気まずかった。だが、真は意を決して、口を開く。

 

「えっと、なんでお前がここに?」

 

「私が呼んだんです。流華さんは私のためにわざわざ帰省してくれたので」

 

「え?」

 

それは初耳だった。

流華からは夏季休暇で帰省したとしか言われていないので、思わず目を丸くする。

すると、そんな真に見かねたのか、流華が口を開いた。

 

「……私たち、天道家の人間でしょ?天道家の人間は代々土御門家を支えてきた。だから、私は夏目ちゃんを助けるために、帰ってきたの」

 

「ふーん。……え?ちょっと待って、『助ける』?」

 

「そう」

 

そういうと、流華は夏目に笑顔を向ける。対する夏目もそれを笑顔で返した。

二人はどうやら、知り合い、基、友達らしい。だが、助けるという言葉に少し引っかかる。わざわざ、帰省してまで助けるということは、相当大変なことがあると予想できる。

すると、妙にそわそわしている夏目が口を開いた。

 

「メール、読みました。ごめんなさい」

 

「え?な、何が?」

 

「だって、春虎君が狙われたのは、私と間違えられたからからなんでしょう?春虎君を危険な目に遭わせてしまいました」

 

夏目はおそらく花火大会のことを言っているのであろう、真もそれを理解した。

 

「いいよ、そんなの。謝らなくても。てか、メールじゃそこまで書かなかったけど、あれは俺達が悪かったんだ。向こうが勘違いしたのを、そのまま黙って、お前の振りをした訳だからな。第一、一番悪いのはあの女だろ?お前は悪くないよ」

 

「そうそう、あれはたまたま、俺達の運が悪かっただけだ。気にすんな」

 

春虎と真が慌てて説明すると、何故か今度は夏目が驚いた表情になった。

 

「私の振りを?どうしてそんな」

 

「いや、だって、あいつがお前を実験に付き合わせるとか言うからさ。どういうことなのかと思って……」

 

歯切れ悪く、春虎が答える。

 

たちまち夏目は、「そんな……」ととがめるような視線を春虎に向ける。

 

「相手はいわゆる『十二神将』――――国家一級陰陽師だとわかっていたんでしょ?騙すなんてどうかしてますっ」

 

「だから、気になったんだって。なんか、ヤバい雰囲気だったし……」

 

「危険だと感じたのなら、なおさらです!春虎君は素人なんですよ?真君も。陰陽師のいざこざに巻き込まれたらどうなると―――現に大変な目に合ってるじゃないですか。無事で済んだからよかったものの、あまりに軽率すぎます!」

 

夏目は柳眉を逆立てた。それは、悪ふざけをしているクラスメイトを咎める委員長のようだ。隣で、流華が「まあまあ、落ち着いて」と夏目をなだめていた。

「……悪かったよ」と春虎は渋い顔で謝った。真も短く「反省してます」と答える。

 

しかし、春虎の渋面を見た夏目は、ハッとして口を閉ざした。

 

「……ご、ごめんなさい。私のせいで巻き込んでしまったのに」

 

「だから、お前は悪くないってば」

 

春虎は再びフォローするが、夏目がそれを受け入れる様子はなかった。そろえた膝の上に握りこぶしを作り、顔を赤らめて唇をかんでいる。

 

「・・・・・それよりお前、自分の身の安全は大丈夫なのか?おれが言うのもなんだけど、あの大連寺鈴鹿って、半端なかったぞ」

 

鈴鹿の名前が出た瞬間に、夏目の眉がピクリと震えた。おそらく気のせいではないだろう。

 

「……ええ。知っています」

 

その声は今までの声のトーンとは違い、何か憤りに充ちている感じだった。

 

「知り合い――――じゃないよな?」

 

「当たり前じゃないですか!?」

 

「じゃ、じゃあなんで、そんな……」

 

「そ、それは、……ひょ、評判を聞いていますから。国家一級陰陽師としての実力は認めますが、人格的には――――嫌な人です」

 

夏目は忌々しげに目をそらす。

春虎は今度は流華に口を開く。

 

「流華…さんは、知り合いなの?」

 

「流華でいいよ。私は、話したことはないかな。彼女は研究してたから、現場に行ってた私とは接点がなかったし」

 

やはり流華は大連寺鈴鹿に会ってはいなかった。

それにしても、同じ数少ない国家一級陰陽師なのに、少しも接点がないなんて、狭そうで広い世界だな、と真は思っていた。

すると、夏目が唐突に口を開く。

 

「……ただ、彼女は最年少で『陰陽Ⅰ種』をクリアした『神童』と呼ばれる陰陽師。こちらには流華さんがいますが、力が封印されているそうなので、ここは早急に対処します」

 

「じゃ、じゃあ、具体的にはどうするんだ?親には話したのかよ?」

 

「いえ、まだ。……父はいま東京ですから」

 

「お前の親も?ツイてないな。実はうちもなんだよ」

 

「俺ん家もだ」

 

「……父は、小父様や小母様、天道家の重役と一緒に上京しているんですよ?」

 

「「え?」」

 

天道家の重役、つまり真の両親だ。

二人は、元独立祓魔官で、今では本家を守るためにこの田舎にいる。

春虎が何故か赤面していると

 

「だから私と流華さんが帰省したんです」

 

さっきの言葉から、大方流華が無理やり夏目についてきたような気がするが今は関係がないだろう。

 

「みんな東京にいるんだったら、この際、お前らもあっちに戻ったほうがいいかもな」

 

「それは……できません」

 

「なんで!?」

 

「彼女は『泰山府君祭』を行うと言ったんですよね?」

 

「ん、ああ。はっきり聞いたわけじゃないけど…って、知ってるのか!?」

 

「知ってるも何も、『泰山府君祭』というのは、元々『土御門家が』代々行ってきた、儀式です」

 

「……は?」

「……え?」

 

思わぬ言葉に、春虎も真もぽかんとした。

夏目はあきれたように言葉をつづける。

 

「土御門家の祖、安倍晴明が祀ったことから始まった祭儀です。その後も国家の秘祭として、長年土御門家が取り仕切ってきました。彼女が行おうとしているのは、大幅にアレンジされた『帝式』の『泰山府君祭』だと思いますが、根本的なところは変わりません」

 

「そ、そうだったの?」

 

「はい。そして、私の家の裏―――と言っても距離はかなり離れていますが、私たちが『御山』と呼んでいる裏山に、土御門家が守ってきた『泰山府君祭』の祭壇があるんです。彼女はおそらく、そこで祭儀を行うつもりでしょう。ならば、土御門家の人間として、祭壇を守らねばならない。だから、ここを離れるわけにはいかないんです」

 

「そんな……」

 

「『帝式』の『泰山府君祭』には、大きなリスクがあります。万が一にも手出しさせるわけにはいきません」

 

大きなリスク。それは土御門夜光が行った最後の儀式によって起きた、東京の霊災発生のようなものかもしれない。それなら、何としてでも止めなければならない。

すると、春虎が口を開いた。

 

「そんなこと言っても、お前ら二人で守るのは無理があるだろ?相手は、本領を発揮できる『十二神将』だぜ?」

 

「……できるかできないかではなく、責任の問題です。父たちが不在の今、祭壇を守る役を果たすのは私と流華さんしかいません」

 

「いや、だからそれ、解決になってねえだろ?どうせ守れないなら居ても居なくても一緒じゃん」

 

「確かに」

 

春虎の言葉に真が相槌を打つ。

確かにその通りだ。負ける戦に立ち向かうのは、勇気がある者ではなく単なるバカだ。それでも、夏目は引き下がろうとしなかった。きっと、それは『土御門家』としての責任を何としても果たすためだろう。そんな彼女は、どこか流華に似ている気がした。

 

一方春虎は何かを考えているようで、天井を見ていた。すると、突然何かを決心したように、口を開く。

 

「祭壇は俺が守るから、お前らは東京に戻れ」

 

「俺も手伝うぜ、春虎」

 

「「……え?」」

 

春虎の言葉に、夏目と流華は目を丸くする。

そんな顔をした流華を見たのは、四年ぶりくらいだろう。

 

「……、あ、何を言っているんですか?春虎君も真君も呪術なんか……」

 

「そ、そうだよ」

 

「できるできない関係なく『やろうとする』ことが大切なんだろ?どうせ、俺達でも、お前たちでもリスクは同じだからな」

 

「でも……」

 

「いいから、任せとけって!」

 

春虎が夏目に笑顔を向けると、夏目は少し迷っていたがそれを笑顔で返した。流華を見ると、少し不満げだったが、理解してくれたようだった。そして何故かテンパった春虎が口を開く。

 

「―――――あ、それにな?あの大連寺鈴鹿ってのも、評判ほど悪い奴じゃなさそうだったぜ?生意気だし、ぶっ飛んではいたけど、あれで実は結構、可愛いところもあってさ。いざあいつが祭壇に来ても、話せばわかるっていうか、命までは取らない気が――――」

 

―――――何を言っているんだ?この赤点キングは。

 

真がそう思うと同時にガチャンッ、と非音楽的な音がした。春虎がビクリと口を閉ざす。

見れば、膝の上に置かれていたはずの右手が、テーブルの、紅茶のカップの隣に振り下ろされている。握りこぶしのまま。

 

「……そうですか。彼女は、可愛かった、ですか」

 

その言葉を聞いた瞬間、夏目以外の三人に戦慄が走り始める。明らかに今の夏目の声は今までとは違った。何か天敵に囲まれたような感覚だった。

夏目はケータイを取り出すと、誰かと話し始める。

 

「……もしもし?さっきの者です。今から店を出ますので、もう一度タクシーを回していただけませんか?……はい。ではお願いします」

 

そう言って、電話を切った。

 

「え?店出るの?」

 

「はい。これ以上話しても『無益』ですから」

 

無益の部分に必要以上のアクセントを感じる。これが本当の夏目の姿!?と思わせるほどの豹変っぷりだった。

 

「あの……でも俺達、まだ正確な祭壇の場所を聞いていないと言いますか……」

 

「お二人はもう結構です。お引き取り下さい」

 

「ちょっ。ま、待てよ?祭壇は俺達が守ることになったろ?」

 

隣で真が思い切り顔を上下に振る。

 

「誰が、いつ、土御門の聖域を、ただの素人に委ねると言いました。あなたたちの提案を勝手に決定事項のように言わないでもらえますか」

 

――――――こ、怖ええええええええええええ!!!!!!

 

真は頭の中で叫びまくっていた。このレベルは流華でも見たことがないものだった。もしかしたら、夏目は流華よりも恐ろしいのかもしれない。

 

夏目は春虎の分まで代金を出してテーブルにたたきつけて、無言で立ち上がった。

 

「おいっ」

 

春虎は腰を浮かせるが、返ってきたのは、触れた瞬間火傷しそうな極寒のまなざしだ。この視線だけで『十二神将』を倒せるんじゃないか?と思わせる視線を春虎に投げかけながら、夏目は口を開く。

 

「……可愛かったら話せばわかる?そんな半端な気持ちで臨まれても迷惑なだけです。お二人は家に帰って、おとなしくしていてください」

 

夏目は身を翻すと、喫茶店のドアに向かって行った。流華は慌てて追いかける。

しかし、このままいかせないのが春虎だ。

 

「待った!ちょっと待ってくれ。冷静に話そう。『夏目』!」

 

春虎は慌てて立ち上がり、夏目の元に向かう。だが、すぐさま店の床に突っ伏した。店員が小さな悲鳴を漏らし、夏目も流華も思わず振り返る。

 

「おい、春虎!大丈夫か!?」

 

真が叫んでいると、夏目も春虎の前に駆け寄ってきた。

 

「……春虎君?」

 

その言葉には、先ほどまでの怒気は感じられなった。

そんなことを思った瞬間、春虎が何かを吐きだす。

 

「ガハ―――!?」

 

それは、黄色い紙だった。しかし、ただの紙ではない。

その紙は、生物のように動き、折れ曲がって、「形」を成した。

蜂。

それが、完成するや否や、一瞬で夏目の首に移動し、針を刺した。

夏目は反射的に手で払ったが、蜂は素早く移動すると、見えなくなってしまった。

 

「夏目!」

 

「夏目ちゃん!」

 

春虎と流華が必死に倒れこんだ夏目に声をかける。夏目は小さな声でつぶやいた。

 

「……霊力を……吸い取られました……」

 

「夏目っ。大丈夫か?霊力って―――どうすりゃいいんだ!?」

 

「それより……今の式神は……」

 

「逃げられたみたいだ。しかし、いつ……」

 

真が言うと、春虎がつぶやいた。

 

「―――――やられた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春虎は意識の朦朧としている夏目をタクシーに乗せ、土御門本家に向かって行った。

真と流華は店の前に、立っている。

 

「なんか、ヤバくなってきたな……」

 

「そうだね……あっ」

 

流華がいきなり何かを思い出したように呟く。

 

「どうした?」

 

「……傘」

 

「ああ、そういえば一本しか……あっ」

 

真も何かに気が付いたのか、流華に視線を向ける。二人の視線がぶつかった。

その瞬間、同時に顔をそらす。

真は傘を広げると緊張した声で、流華に尋ねる。

 

「……入るか?」

 

「……う、うん。…ありがとう」

 

「いいって。……それより急ごうぜ」

 

「うん」

 

二人は大雨の中、早歩きで天道本家に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたか?
相変わらず長いですね(笑)

これからもこの調子で書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!!


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第四章 約束と決意

更新遅れてしまってすいません!
今週は最後の隔週テストがあったため、なかなか書けませんでした。
ですが、時間ができたので、これからどんどん書きます。
待ってくださった皆様には、お詫び申し上げますm(_ _)m





 

雨脚は強くなり、ついには雷までも発生し始めた。

 

そんな、天気とは真逆に、ここ、天道家本家の<祈りの間>は火が燃えているのが聞こえてくるくらい静かであった

二十畳ほどの部屋は、火の光以外に光源はないため、薄暗い。部屋の隅には、太陽を神格化した神、天照大神が祀ってある。

 

その中では、一人の少女が巫女装束の服に着替えていた。それが終わるや否や、襖の外から声がかけられる。

 

「流華。終わったか?」

 

「……うん。……どうぞ」

 

「ああ。……お邪魔します」

 

思わず、そんなことを言ってしまうのは、この部屋が何とも、学校の職員室に似た重苦しい空気に充ちているからだろう。

真は、一礼すると、流華の向かい側に、正座で座る。二人の間は、約二メートルほどだ。

薄暗い光が、二人の影を生成する。

 

「……なあ、流華。本当に行くのか?」

 

「うん。私たち天道家は土御門を守る番人。夏目ちゃんが行くのなら、私もそれについていく」

 

「だから、それは―――」

 

「真君には分からないよ。私たちの<本当の使命>。私たちは何をしなければならないのか」

 

「………」

 

真は押し黙る。

そんなことは、真自身もわかっている。いや、わかっていた。

幼少時代に父や母から何度も言われ続けてきたことだ。わからないわけはない。だが、それでも真はその使命から逃れるしかできなかった。<才能がない><落ちこぼれ>。陰陽師として優秀だった父や母に比べられ、様々の分家からさんざん言われ続けた言葉。

 

最初は熱心に練習していた呪術も、そんな言葉を言われ続けたからなのだろうか、次第に熱が冷めていき、中学に進学するころには、もう、陰陽師を目指すことなんて頭の片隅にも置いていなかった。いや、逃げていた。

 

―――陰陽師を目指すことよりも、もっと楽しいことがいっぱいある。

 

そんな、理由を勝手に作り、中学から始まった部活動に熱を入れるようになっていった。中学に入ると、流華とも面識はなくなり、陰陽師のことを考えなくていいようになっていく。だが、どれだけ部活動をやっても、どれだけ友達と遊んでも、何故か心に穴が空いているような気がしていた。

それは、一般校に進学するとともに、次第に広がっていく。

土御門春虎と阿刀冬児とのそして、北斗との出会い。

妙に熱心に陰陽師のことを語る彼女は、真に改めて陰陽師のことを考えさせるきっかけになっていった。だが、それでも、真は<才能がない>というのを理由に、陰陽の道から逃げていた。

 

そんな中、真は流華と四年ぶりの再会を果たした。

彼女は、四年前とは比べ物にならないように美人になっていて、思わず目を疑った。そして、それと同時に脳裏に浮かぶ四年前の言葉。

 

――――真君の嘘つき。

 

おそらくそれは、真にあいた大きな穴だ。

だが、結局また逃げようとしている。今回も。

 

「流華。俺は……」

 

彼女は、危険なことに立ち向かおうとしている。自分の命が危ういというのに、たった一つの信念とそれを支える大きな勇気で。

 

「……私は、逃げないよ。どんなことがあっても」

 

彼女を守ると決めたあの日。それは、嘘なんかではなく真自身の本心から出た言葉だ。それなのに、嘘をつき続けた。自分の勝手な理由を作り続けて。

真は、いつになく真剣な表情で流華を見つめる。

そんな真を見て、流華は少々驚くが、すぐに元の表情に戻す。

 

――――自分に嘘をつき続けるのは、もうごめんだ。

 

真は心の中で決心する。

約束を果たすために。今度こそ、彼女を守り通すために。

 

「俺は、お前を止めない。でも、一人で行かせるわけは行かない」

 

「…一緒に行く気なの?気持ちはありがたいけど、真君には危険すぎるよ。だから、ここで―――」

 

「ここで待てって?」

 

「……うん」

 

今なら言える。ずっと二人の間に立っていた壁を乗り越えることができる。

 

「俺は、流華を守るって約束しただろ?」

 

「……え?」

 

「今度は逃げない。うそをつかない。流華を守り続ける。だから――――俺を式神にしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

流華は絶句する。

長年聞くことができなかった言葉。そして、最も待ち望んでいた言葉。

 

「流華。俺を式神にしてくれ」

 

再び真は口を開く。一語一語、かみしめながら。

 

式神になれば、術者と同行し、守る必要がある。そうなれば、流華は真をここに置くことはできない。そう考えたのだろうと流華は思うが、すぐに違うと悟った。

 

《約束》

 

幼少期に真が流華の式神になり、一生守り続けるという約束。

そんな言葉を口にするということは、本気で真は流華の式神となり、彼女を守っていくと決心したということだ。

流華は真の目を見るが、その視線には一切の迷いが見られなかった。

 

「……憶えてたんだ」

 

「あ、ああ。ずっとな……」

 

「……じゃあ、知ってて生活してたんだ」

 

「い、一応―――ひっ!」

 

流華の視線に冷気が帯びる。その突き刺すような視線は、信じられないと物語っていた。だが、すぐにその目に、うっすら涙を浮かべながら口を開く。

 

「……なんで、今更!どうして……!」

 

真は立ち上がり、涙をぬぐっている流華の目の前にしゃがみこむ。

 

「ごめんな、流華。俺さ、今まで逃げてたんだよ」

 

「え?」

 

流華は、何のことだかわからない様子で、真を見上げる。二人の視線が自然にぶつかった。

 

「小さい頃にさ。才能ないとか落ちこぼれとか周りから言われて、それで、陰陽の道を歩く熱意を失ってさ、それを口実に逃げてたんだ。しっかりと現実に向き合わずにな」

 

「そ、それは――――!」

 

「流華との約束は忘れてはなかったよ。……少なくともつい最近には。でも、やっぱ俺は才能ないから流華の足手まといになるかと思って、逃げてたんだ。だから、ごめん。流華を一人にして、ごめん」

 

真は、自分の本心を口にする。それは、自分勝手な理屈かもしれないけど、それでも告げなければならないことだった。

流華は、少しの沈黙の後、静かに口を開く。

 

「……後悔はしない?」

 

「ああ、しない」

 

「これから先も私の式神として生きていく覚悟はある?」

 

「当たり前だ。俺は、お前を守り続ける」

 

流華は目を閉じると、ふっと笑った。

真は首を傾げるが、流華が目を開けると真に笑顔を向けた。

 

「当然だよ。私の式神なんだからね」

 

それは、久しぶりに聞いた幼馴染のやさしい声音だった。

しかし、それもすぐに真剣な表情に移り変わる。だが、何故か頬がほんのり赤くなっていた。

 

「……真君。目を閉じてくれないかな?」

 

「え?ああ、わかった」

 

真は流華に言われた通り、目を閉じる。

そして、流華のささやき声が聞こえてきた。

その声は、いつになく真剣で、古めかしい韻律を奏でていた。すると、目を閉じている真の頬に流華の手がやさしく添えられる。

 

「―――祖霊天道義正の名において陰陽の理を授ける。汝、天道真、我、天道流華の式神とする―――」

 

呪文を唱え終わると同時に、流華が迫ってくる感じがした。だが、真は流華の言いつけを守り、目を閉じ続けている。

ふわりと、あまいにおいがした瞬間に、唇に柔らかい感触が伝わり、変な感覚に陥る。それは、何かを体内に流し込まれているようなそんな感覚だった。

 

真は反射的に目を開ける。視界いっぱいに流華の顔が広がっていた。その目は閉じられている。

やがて、流華の顔が真から離れると、真は流華を凝視していた。対する流華も、顔を赤らめていた。少しの沈黙が二人を包むが、それを先に破ったのは流華だった。

 

「……終わったよ」

 

「そ、そうか……」

 

何とも気まずい。

しかし、これが式神になるための儀式というなら、男同士でもやるということなのか。真の背筋に、寒気が走る。そして、思わず口を開いていた。

 

「な、なあ。これが、式神になるための儀式なのか?」

 

「い、いや、違うよ。これは、天道家に伝わる儀式で、呪力が弱い式神に呪力を分け与えるために行うんだって。でも、今までに一回も行ったことはないらしいよ」

 

「ま、まあ、それもそうだよな。ここまで呪力が弱い天道家の人間なんて、普通はいないからな」

 

真は慌てて口を開いた。

天道家は、安倍家並びに土御門家と共に平安時代から栄えた名家だ。その初代である天道義正は相当な実力を持った陰陽師らしい。噂では、安倍晴明をも上回ると言われている。

そんな、血筋でここまで呪力が弱い人間は、今までの千年間に一人もいないはずだ。

少しボーっとしていた真に流華が軽く咳払いをする。

 

「それで……真君。ちゃんと『視』えてる?」

 

「え?」

 

真が首を傾げた瞬間、流華に何か大きなオーラを感じた。それだけではない。この部屋、この世界に何かがある、そんな感覚に襲われた。

 

「これは……?」

 

「よかった、視えてるんだね。それは霊気だよ」

 

「これが、霊気。……この部屋だけじゃなく、外にも広がってるんだな」

 

真はあたりを見回す。視界に映る風景はいつもと変わらないが、それでも、何かがあるのは感じる。

 

「すっげえ、きれいだ」

 

「……え!?」

 

「ん?いや、霊気ってもっと重いものだと思ってたけどきれいなんだなって」

 

「……ああ、そう。……はぁ~」

 

「?」

 

流華はなぜか残念そうにしているので、真は首を傾げる。何か、流華を落ち込ませることを言ったのだろうか?、と自分の言動を思い返してみるが、見つからない。

 

そんな真を一瞬じっと見た後、改めて溜息をつき、仏壇の前までトコトコ歩いていく。そして、仏壇の前に会った大量の式符と、先端が鋭くとがった二メートルほどの槍を手に取る。それを、真に渡した。

 

「それは、天道家に伝わる呪具だよ。銘は『氷翔』。……それ家宝だから、壊さないでね?」

 

「な、なんて、無責任な!?」

 

流華はクスッと笑うと、玄関に足を運ぶ。慌てて追いかける、真に流華が少々焦ってるように、口を開く。

 

「早くしないと、祭壇が……」

 

「先に夏目と合流するのか?こっから歩きとなると、十五分くらいかかるけど……」

 

「それは安心して。私が式神を持っているから」

 

「……俺は飛べないぞ?」

 

「真君じゃないよっ」

 

玄関を出ると、朧月が夜道を照らしてくれた。

すでに台風は過ぎ去ったらしく、さっきまで容赦なく襲って来ていた雨と風は、嘘みたいに止んでいた。

 

流華はそそくさに、懐から一枚の赤色の式符を取り出した。それを投じて、式神を召喚する。

そこに出現したのは、茶色い羽毛を持った二メートルほどの大きな鷹だった。

天道家に仕える式神、明嵐(めいらん)。

 

「……でかいな。この鷹」

 

「うん。これでも、すごく大人しいんだよ?……スイッチ入ると面倒なことになるけど」

 

「おーい。最後によからぬことが聞こえたんだけど」

 

「真君は頭だけじゃなく、耳までもおかしくなっちゃったの?」

 

「ひでっ!?」

 

「はいはい。ほら、乗って」

 

「へーい」

 

流華が明嵐に乗るとその後ろに真も乗り込む。すると、ケータイの着信音が鳴り響いた。どうやら、流華のケータイのようだ。

すぐに、内容に目を通すとすぐさま真に振り向き口を開く。

 

「夏目ちゃんがもう向かってるって。私たちも急ぐよ!」

 

「なあ。巫女装束にケータイってどうよ?」

 

「気にしないの。行くよ、明嵐!」

 

流華が手綱を持ち、叫んだ。

明嵐は、大きな翼をバサッとひろげると、地面を蹴り思い切り上空に飛び立つ。ある程度高い位置まで上がると一気に急降下し始めた。それはまるで、ジェットコースターに乗っている気分だった。

 

「ちょ、まっ、やあああああああああ!!!!!!!!」

 

真の絶叫が、夜空に響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は、少し短めでした。

次回は戦闘シーン?があると思います。意見などがあったらどんどんください!



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第五章 魂呼

明嵐は今も疾風の如く、飛んでいた。周りには、木々がたくさんあるが次々と過ぎていく。しっかり掴まってないと、振り落とされそうだ。

真は流華の腰にしがみつきながら、率直に思ったことを問う。

 

「これって、警察に見つかったらどうなんの!?」

 

「大丈夫!一応、隠形してるから!」

 

「え?…何?」

 

「もういい!」

 

流華はできるだけ大きな声を出すが、あいにくジェットコースターが下りるとき並のスピードが出ているため、真にうまく伝わらない。

 

そうこうしているうちに、前方に青白い光を放ちながら走る馬が見えてくる。その上には、二人ほど乗っているように見えた。

 

「夏目ちゃんが見えたよ!もっと飛ばすね!」

 

「え、まじで!?」

 

流華は手綱を引っぱると明嵐がそれに答えるように、スピードを開けた。かなり開いていた、夏目との差も数秒で縮まる。

 

馬の隣にたどり着くと、明嵐は馬にスピードを合わせるために減速し始めた。

真は安堵した後、馬に乗っている人物に視線を向ける。

 

「な……!?春虎!?」

 

「え?真!?なんでお前がここに!?」

 

「それはこっちのセリフだ!てか、なんでそんなに装備もってんの!?」

 

それは、ついさっき別れた悪友、土御門春虎だった。背中に背負っているのは、修験者などが使う竹で編んだ、笈だ。それ以外にも、腰には一振りの剣を佩き、腕の付け根には弓をかけている。どれも、歴戦をくぐり抜けてきた貫録が感じられた。

 

対する真は二メートルほどの槍一本だけ。あるだけましだが、それはいかに天道家は近接戦闘が苦手だということを物語っているものでもあった。

一応真も呪符ケースを持ってきてはいるが、呪術を練習していたのは五、六年前の話であり、印象のあるものしか記憶に残ってはいない。

 

真は土御門との物量の差を嘆いていると、流華が緊張の面持ちで口を開く。

 

「夏目ちゃん、結界は!?」

 

「あと一個です!急がないと……!」

 

どうやら夏目と流華は、祭壇への道のりの途中に何個か結界を張っていたらしい。だが、それも残すところあと一個だ。相当な実力がある夏目と、力が封印されているとはいえ『十二神将』である流華の結界をやすやすと破っていくなんて、やはり万全な力を持つ『十二神将』は、格が違う。

 

「春虎、冬児には……!?」

 

「連絡した!お前は?」

 

「ばっちりしたぜ!」

 

天道家の屋敷を出るとき、マナーモードにしていたケータイを開くと、冬児から鬼のような着信履歴が残っていた。しかし、なかなかでないことで、真の状況を理解したのか、途中でメールに変えたらしく一通来ていた。

 

警察に連絡したこと。呪捜官は呪力を奪われ、当分使い物にならないこと。台風が通過したことで、東京から増援が来ていること。

どれも、詳しく説明されていた。呪捜官が何故呪力を奪われているのかわからなかったが、疑問に思っても仕方がない。

真は『説明ありがとう。鈴鹿を止めてくる』とだけ打ち返信すると、ケータイの電源を切ったのであった。

 

「――――!春虎君っ」

 

夏目の声に、春虎と真が視線を前方に向ける。そこには、コンテナが無残に壊れている一台のトラックが乗り捨ててあった。そして、そこから県道脇の丘を頂上に向かって、木々がなぎ倒された跡があった。

 

「春虎、あれは……!?」

 

「装甲騎兵。『土蜘蛛』が移動した後だ!……夏目、蜘蛛は見えるか?」

 

「いえ。すでに祭壇に向かったようです」

 

「追おう!」

 

「はいっ。流華さん、ついて来てください!」

 

「わかった!」

 

やあっ、と勇ましい掛け声を放ち、夏目が馬の手綱を振るう。主の意を受けた馬は、矢のように『御山』に駆けていく。明嵐もそれに続いた。

 

『装甲騎兵、土蜘蛛』それは夜光が生み出した式神であり、教科書に載るほど有名なものだ。鋼鉄をまとい、さらにその内部に呪文を刻み込むことによって、物理的、呪術的攻撃に対し、強い耐性を持つことに成功した<軍用>の式神なのである。

 

すると、夏目からパキッと硬い音が聞こえてきた。流華が悔しげにつぶやく。

 

「最後の結界が、破られたみたい」

 

「そうか。だけど、見えたぜ。……あれが祭壇だろ?」

 

真が指差すそこには、高い木に囲まれた、草の広場になっていた。その広場の中央に、四方を鳥居に囲まれた石の舞台が作られている。

それが、『御山』の祭壇だ。舞台の四隅には篝火が燃えていた。

祭壇で用意を進める二つの影と、指示している一つの影。その近くに、祭りの時に現れた汎用式の『阿修羅』が主人の命令を待っていた。

 

「いたぞ!」

 

春虎が叫ぶ。その声が聞こえたのかわからないが、指示している一人の影、鈴鹿が春虎たちのほうへ顔を向けた。

 

祭りの時以来の彼女からは霊気が溢れ出し、彼女の周りに漂っていた。

苛烈で煌びやかな―――しかし、どこかバランスの欠いた、独特の霊気。それは、改めて真を「凄い」と思わせるものであった。それが、『十二神将』の一人、『神童』の放つ霊気なのだ。

 

そして、鈴鹿の霊気は春虎たちを目にした瞬間、激しく揺らぎ、乱れた。

 

「なんで……来るのよっ!?」

 

鈴鹿は歯ぎしりをし、大きく右手を振りぬいた。

次の瞬間、間一髪気が付いたのは、春虎でも夏目でも真でも流華でもなく、二つの式神だった。

 

土御門の馬と明嵐は広場に入る前に、大きく身を翻し広場から離れた。それは、急なものであり、流華も真も振り落とされそうになる。そして、先ほどまで土御門の馬と明嵐がいた空間に大きな杭が地中から飛び出してきた。

 

鋼鉄の土蜘蛛、『装甲騎兵』。それは、森の樹木が途切れたところで身を潜めていたのである。

 

「雪風!距離をとって!」

 

雪風と呼ばれた土御門の馬は、夏目が手綱を引いた瞬間にまるで、指示が遅いと言わんばかりに、宙を蹴った。明嵐は、流華の指示を待つ間もなく、翼をはばたかせて距離をとる。なんと、この式神は主の命令以外にも最優先の行動ができるらしい。

 

不意打ちをかわされた土蜘蛛は、わさわさと広場に全容をさらけ出す。

篝火を受けた土蜘蛛の鋼鉄なボディはぬるぬる光っている。しかし、土蜘蛛は巨大だが、構造上、上方への攻撃には適していない。鎧武者が吐く糸さえ気を付ければ、攻撃は簡単に避けられるはずだ。

しかし問題もある。それは、

 

「夏目っ。これだと祭壇に近づけないぞ!」

 

「………」

 

夏目は厳しい表情で広場をにらむ。

土蜘蛛は、雪風と明嵐が森の上に逃げれば、追撃はしてこなかった。しかし、広場に近づこうとすると機敏に反応し、襲ってくる。おそらく、広場を守れと言われているのだろう。

石舞台に立つ鈴鹿は、春虎たちを忌々しげに見上げてくる。彼女の背後では、二体の式神が、手を休めることなく、働いていた。

 

真は目を細める。祭壇には台座が組まれ、幾つもの供物が祀られている。朱塗りの大器に盛られた銀銭に、白絹の巻物。鞍馬。紙の人形。脇には太鼓、法螺貝なども見える。

そして、祭壇の中央に横たえられている、長細い大きな包み。

包みは、びっしりと式符に覆いつくされていた。それは、ちょうど子供一人の大きさのもの。

 

―――まさか、あれは……!?

 

おそらくそれは、鈴鹿が言っていた<兄>の亡骸だ。本気で鈴鹿は儀式をやろうとしている。真がそれを確認していると、雪風に乗った春虎が叫んだ。

 

「大連寺鈴鹿!」

 

夏目が驚いて背後を振り返る。

 

「言ったはずだぞ!こんなことしても、お前の兄貴は幸せになんかなれない。いい加減に目を覚ませ!」

 

「うるさい!あたしこそ言ったはずだよね?次は殺すって!」

 

小さな体を精一杯伸ばし、鈴鹿は大声で怒鳴り返した。

 

「だいたいウザいんだよ、お前!あたしの命の使い方は、親にも、大人にもあんたにだって口出しなんかさせないっ。あたしが自分で決めるんだ。誰が何と言おうと、あたしはお兄ちゃんを生き返らせてみせる!」

 

怒気がそのまま霊気となり、炎の如く燃え立つようだった。

しかし、

 

「そんなことは不可能です。いえ。試すべきではないんです!」

 

ピンと張りのある声で、夏目が横から割り込んだ。すぐさま鈴鹿は烈火の如き視線を夏目に向ける。

 

「―――現在の陰陽術は、魂の呪術をすべて禁じている。それは、夜光の件はもちろん、それ以上に、関わるべきではないからです。人は、人の魂に干渉してはならない。なぜなら、それは人が手を出すべき領域ではないからです!」

 

「……あんたも、土御門の人間?誰だか知らないけど、あんたも何が言いたいワケ?」

 

「かつて人々の心には、神仏に対する畏敬がありました。自然に対する感謝と畏怖。人知を超えた存在への、理屈ではない信念がありました。真摯『祈り』が。だから効果があった。いえ、効果があったとされているんです。それは、その時代に生きる者が、その時代に行って初めて成立する呪法です。今に生きる人間が、形だけで真似てもいいものではありません!

 

夏目は鈴鹿にきっぱりと言い放つ。しかし、鈴鹿はさらに激情し叫び返す。

 

「『泰山府君祭』を祀ってきたのも、復活させたのも、全部土御門なのよ?自分たちはよくてあたしたちは駄目ってワケ?ふざけんな!」

 

そして、それまで黙々と作業を続けていた二体の式神が、同時にぴたりと停止した。どうやら、すべての準備が整ったらしい。

真が鈴鹿に向かって叫ぶ。

 

「やめろ、鈴鹿!今ならまだ間に合う!」

 

「あんたらもなんなんだよ!天道家の人間がしゃしゃり出てくんな!」

 

鈴鹿は呪文を唱え始める。祭祓の祭文ではない。陰陽術だ。

すると、吹き出す呪力の圧力に耐え切れず、二体の式神が、形をゆがませ、そのまま近くにいた『阿修羅』吸収されていく。そして、『阿修羅』の背中には、コウモリのような羽が出現する。

 

「ヤバいっ。夏目!」

 

「春虎!夏目!」

 

飛来する『阿修羅』を雪風がギリギリのところで回避する。だが、『阿修羅』はそのまま雪風より高く舞い上がり、今度は高度を維持したまま、頭上攻撃を仕掛けた。焦った夏目は、思わず雪風を下降させる。

 

「よせ、夏目っ。上と下から挟み撃ちにする気だ!」

 

「くそっ!流華、阿修羅の元に。速く!」

 

「わかった!」

 

流華は明嵐の手綱を握ると、阿修羅の元へ向かうように指示をする。主人の言うことを聞いて、明嵐は大きく翼を広げ、阿修羅の元に向かう。

真は、二メートルほどの槍《氷翔》を持ち、明嵐の背中を立ち上がる。かなりの速さが出ているため、バランスが崩れそうになるが何とか踏ん張ると、流華に口を開く。

 

「ギリギリまで、阿修羅に!」

 

「うん!」

 

明嵐は飛翔し、阿修羅に近づくと阿修羅はこちらに気付いたようで、方向を変えた。

 

――――今だ!

 

真は向かってくる阿修羅に《氷翔》を投げつけた。中学の頃はバスケをやっていたため、腕力には自信がある。

氷翔は投擲された瞬間、真の霊気がごっそり持っていかれ、先端に青白いオーラを出しながら、阿修羅に向かっていく。

 

阿修羅は急停止し上昇しようとするがすでに遅く、腹部に投擲された氷翔が直撃した。それと同時に阿修羅は、ラグを発生させながら吹き飛んだ。

阿修羅に当たりはねた氷翔を、落ちる直前に掴む。

 

「な、な、何やってるの!?さっきも言ったけど、それは『家宝』なんだよ!?」

 

「いやっ、あんなの相手に近接戦闘仕掛けたら死ぬのは間違いなく俺だよ!?」

 

「いや、それでも『家宝』―――」

 

「いや、だから、死ぬって!」

 

くだらない言い争いをしている最中、春虎は刀を抜き取り、土蜘蛛に攻撃をしていた。しかし、手綱を操っている夏目の手つきは妙に危なっかしく、春虎は何度も転倒しそうになっていた。

 

「流華、加勢しに行くぞ!」

 

「わかってる!」

 

仲間の危機を感じたのか、明嵐は流華が指示する前に雪風の元へ飛んでいく。そして、ぎゃおっと鳴き声を上げた。

 

「あっ……」

 

「え?『あっ』って何?……まさか」

 

「うん。雪風は一応女の子だから、スイッチが入ったみたい……」

 

「うっそーん!!………あああああああ!!!!!」

 

明嵐は今まで見た中で一番スピードを出していた。そして、今にも雪風に攻撃しようとしている土蜘蛛と雪風の間に全速力で通過する。

その節に、真の槍が土蜘蛛の胴体に当たり、土蜘蛛が少し後ろへ吹っ飛ぶ。ありえない速さで槍が物体に当たっため、真の手はものすごく痺れていた。腕が折れて、いや、腕が吹き飛んでもおかしくはなかったはずだ。思わず、氷翔を地面に落としてしまった。

 

「こいつ……!わざとやりやがった。腕が吹っ飛んでもおかしくはなかったぞ!?」

 

「だ、大丈夫?明嵐はスイッチが入ると、それ以外は無視しちゃうから……」

 

「……こうなったら、力ずくで制御してやる……!」

 

「え?……きゃっ!」

 

「流華、式符で攻撃してくれ!」

 

「わ、わかった。でも…」

 

「いいから!」

 

真は流華の後ろから明嵐の手綱を握ると、今もなお自分の意志……雪風のために土蜘蛛の周りを飛び回っている明嵐を力づくで、制御する。

すると、真の中から呪力が明嵐に流れ込んでいく。それと同時に、明嵐は大人しくなった。……相変わらずのスピードだが。

 

明嵐を土蜘蛛の近くまで行くように指示すると、土蜘蛛の周りをぐるぐる回り始めた。そんななか、真の前にいる流華が何かを呟き始める。

 

「―――光なる矢よ、今ここに集いて、爆砕せよ!急急如律令!(オーダー)

 

持っていた三枚の式符を土蜘蛛目掛けて投げる。式符が流華の手から離れた瞬間、三つの光の矢となって土蜘蛛に向かっていく。それが、土蜘蛛に当たったと同時に大きく爆発を起こした。

 

「……やったか?」

 

「いや、こんなのは足止め程度にしかならないよ」

 

「なんで!もっとこう、強力な―――」

 

「簡単に言わないでよ、もう。私の呪術は主に固定式、つまり式符を空中に設置して術を唱えるの!しかも、もっと強力と言ったって、力を封印されてる私が土蜘蛛を倒す方法なんてほぼないの!」

 

「……まじかよ」

 

真は思わずつぶやいた。

流華の言うことが本当なら、夏目と流華の二人だけで鈴鹿を止めるなんてほぼ不可能だ。ついて来てよかったと思うが、真と春虎が来たって状況はあまり変わらない。だから、今頼れるのは、氷翔と春虎が持っている装備、つまり春虎と雪風、明嵐だけということになる。

 

何かないかと考えていると、雪風に乗る夏目の隣から、目映い光が発生した。その光はするりと伸びて宙を泳ぐように翻った。

竜だ。

体長はざっと十メートルほど。鹿に似ている二本の角と、長くたなびくたてがみがある。その前身は黄金色の鱗に包まれており、四肢は短いが鷹のような鉤爪を備えていた。竜は神話の中だけのものだと思っていたが、まさか現実に存在したなんて驚きだった。

 

現れた竜はいつの間にか落馬して、空中を落下していた春虎の下にもぐりこむ。真は明嵐の手綱を引き、夏目の元に向かう。

雪風の隣に着くと、真が口を開いた。

 

「夏目。あれは……?」

 

「あの子は私の切り札です。代々当主に仕えてきた、由緒正しい使役式。数少ない本物の竜の<北斗>です」

 

「まじかよ………北斗…?」

 

真は何かに引っかかる。そう、あの小学生みたいなオトコ女も名前が<北斗>だ。しかし、夏目に、土御門に仕えてきた竜だ。関連性は低い。

すると、春虎が北斗にしがみつきながら叫ぶ。

 

「どうして最初からこいつを出さなかった!?」

 

「まだ御しきれていないんです!式神にはなってくれましたが、ちゃんということを聞いてくれなかったからっ」

 

夏目はそう言って、北斗を少し睨む。しかし竜は、主の小言などどこ吹く風と、眼下の祭壇、そして『装甲騎兵』を見下ろしていた。

闘志に燃えているというよりは、興味と好奇心でワクワクしているように見える。何とも、子供っぽい竜だ。

春虎は苦い顔をしながら口を開く。

 

「……確かに。迫力のわりに緊張感はないやつだな」

 

「北斗!命令です。敵の式神を倒しなさい。あなたならできるでしょう?」

 

真面目な顔で夏目が命じた。北斗は、ん?――――と首を捻って夏目を眺める。敵ってどいつ?――――と尋ねているような仕草だ。

だが、夏目が教えるまでもなく、いつの間にか復活していた『阿修羅』が襲い掛かってきた。

雪風も明嵐も主の指示を待たずに、阿修羅を回避する。

一方北斗は『阿修羅』の襲撃に驚いたようだった。胴体を捻り、慌てて体を入れ替えた。しがみついている春虎のことを気にも留めずに。

 

「どわああっ!」

 

「コ、コラ!北斗!」

 

夏目が竜をしかる。が、まったく聞く耳を持たなかった。縦横無尽に夜空を泳ぎ、『阿修羅』を相手に空中戦を始めた。

 

「た、た、たいそうな式神にしちゃあ、大人げなくねえか、お前!?」

 

「危ない!春虎君、こっちに飛び移ってください!」

 

「よーし、春虎。もう一遍死んで来い!」

 

「どういう意味だよ!?てか、夏目も無茶言うな!」

 

春虎がそう怒鳴った途端に、北斗が勢いをつけて急旋回。春虎は遠心力で、あっさりと胴体から投げ出された。

すぐに春虎のところに向かおうとするが、明嵐よりも早く雪風が動いた。

 

「うっひゃぁあっ!」

 

「は、春虎君!」

 

飛び込んだ春虎を、両腕広げて夏目が抱きしめる。春虎が無事救出されて、真と流華は安堵する。しかし、雪風はバランスを崩した春虎と夏目を沈み込みながら必死に修正する。

そこへ、土蜘蛛の脚が向かっていく。

 

「流華っ、どうにかできないか!?」

 

「駄目っ、遠すぎる!」

 

土蜘蛛の脚が春虎を襲う瞬間、春虎は腰の式符ケースから呪符を取り出し、叩きつけた。

 

急急如律令!(オーダー)

 

春虎の呪力が護符に流れ込み、輝いて光の障壁を作る。

『装甲騎兵』の脚は障壁を貫いたが、雪風に時間を作った。雪風は背中をゆすって、二人を背負い直し、障壁を貫いた足をギリギリでかいくぐった。

そのまま地面すれすれまで下降するが、さらに土蜘蛛の攻撃が襲い掛かった。

 

「流華っ!」

 

「――――堰き止めよ!急急如律令!(オーダー)

 

先ほどから詠唱していた呪文を終えると、式符を土蜘蛛の脚に投げ込む。それが土蜘蛛の脚に張り付いた瞬間、光の鎖が現れて土蜘蛛全体に巻き付いた。

天道家に代々伝わる不動金縛り。それは、普通の不動金縛りとは違い、呪文は長いが簡単には解除できない強力なものだ。

 

土蜘蛛が不動金縛りによって停止すると、雪風は土蜘蛛と距離を取り、こちらに向かってきた。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫だ。ありがとうな、流華」

 

「うん。無事でよかった」

 

四人は頭上を見上げる。上空では、高度を上げた北斗と『阿修羅』との一騎打ちが続いていた。優勢なのは圧倒的に北斗だ。

これなら、四人は土蜘蛛だけに集中できる。

 

「とはいえ、落っことした剣を探してる余裕ねえな!夏目?なにか、あの蜘蛛を突破する手はないか?」

 

「は、はいっ。あります。春虎君、弓を!流華さん、不動金縛りをお願いします!」

 

「うん、わかった!」

 

夏目の指示を受け流華が式符に、呪力を流し込む。春虎は、腕にひっかけていた弓を渡した。

 

「矢は?」

 

「矢は要りませんっ。これは、魔を避ける桃の霊木を素材に、呪力をねじ込んだ『桃弓』です。敵に向かって鳴らすだけでいい。ただし、牽制にしか使えないと思います。『装甲騎兵』の装甲は、それ自体が強い対呪性を持たせてありますから」

 

「つまり、流華の金縛りが切れた後に使って、強行突破するってことか」

 

「そういうことです」

 

軍用式神の『装甲騎兵』を相手に、確実に効果が出る呪具は存在しない。本気で倒すつもりなら、『十二神将』並の技術を持つ陰陽師数人か、軍隊レベルの装備が必要だ。

 

「よし。そうと決まれば、行くしかないな!流華は蜘蛛を止めてくれ。夏目は金縛りが解けたら牽制しろ。雪風、そっちの鷹は隙を突いて祭壇までとばしてくれ。とにかく儀式を止めるんだ!」

 

「オッケーだ」

 

「わかった」

 

「りょ、了解です。でも、春虎君。春虎君は私の式神なんだから、指示は私が―――」

 

「わかってる!夏目、みんな、行くぞ!」

 

ごにょごにょ言う夏目を余所に、春虎はかけ声をかけて手綱をふるった。それと同時に雪風がダッシュ。明嵐は全速力で雪風についていく。

 

「流華!」

 

「うん!急急如律令!(オーダー)

 

土蜘蛛と雪風、明嵐が接触する瞬間に、流華が呪力を流し込んでおいた式符を土蜘蛛に投げつける。張り付いた式符は、先ほどと同様に光の鎖が出現し、土蜘蛛に巻き付く。だが、二度目は学習しており、式符が張り付いた脚を自分で切り落とすと、三本の脚で横ばいに追った。

 

「夏目!」

 

「わかってます!」

 

春虎が叫ぶと夏目は、土蜘蛛に向けて、弦を弾いた。

『桃弓』が吠える。

ビィィィンッ、と空気が震え、夏目の呪力が土蜘蛛に放たれた。呪力の籠った音波が、不可視の矢と化して土蜘蛛に浴びせられる。

見鬼の才が強くなった真には、夏目の呪力が土蜘蛛の装甲にはじかれるのが見えた。その瞬間、土蜘蛛がわずかに怯む。

その空いた時間で、祭壇まで一気に突破する。

 

四隅に焚かれた篝火が、漆黒の夜空に火の粉を飛ばしている。四方に立つ鳥居は、北が黒く、東が青く、南が朱色で、西が白い。

そして、中央で兄の遺体に向かってひざまずく鈴鹿。

行ける。春虎が思わず身を乗り出した。

 

「―――――舐めすぎ」

 

兄の遺体に項垂れたままの鈴鹿が氷のような声でつぶやく。

直後、遺体を覆っていた呪符が、一斉に剥がれ、吹き飛んだ。

まるで、遺体が爆発したようだ。呪符は紙吹雪のように舞い、魚群のように春虎たちに襲い掛かった。

夏目が慌てて『桃弓』を撃つが、一部しか叩き落とすことができず、大量の呪符が四人と二体をのみ込んだ。

 

「うわっ!」

 

「っぷ!」

 

ポンプの放水の直撃を受けたように、四人は二体の式神から強制的に落とされる。その式符たちは、四人の体にまとわりつき、身動きを封じ込めた。

 

「くそっ!夏目!?真!?流華!?」

 

「だ、駄目ですっ。抜け出せない!」

 

「私も、無理!」

 

「俺もだ…くそったれ!」

 

鈴鹿の兄の死を封じ込めていた呪符たちが、今度は復活を阻止せんとする真たちを封じ込める。しかも、真の視界に入ったのは、呪符の呪文が、すべて血で認められていることに気付いた。

 

――――まじかよ!?こんなに……!

 

呪符はどう見ても千枚以上ある。それらすべてを、鈴鹿は自らの血で書き上げたのだ。兄を生き返らせるためなら何でもするということは、やはり本当のことのようだ。

 

鈴鹿の目の前には、鈴鹿と変わらないくらいの少年が横たわっていた。おそらく、ずいぶん前に亡くなっているのであろう。

鈴鹿はおもむろに立ち上がった。

 

「陰陽師、大連寺鈴鹿。謹んで泰山府君、冥道の諸神に申し上げ奉る―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真は感じていた。

祭壇に降臨する、強大な何かを。

人知を超えた存在を。

 

「こ、これは……!?」

 

「……わかりませんっ!でも、神様なんかじゃ―――」

 

慄然とする真の問いに、夏目は弱々しく首を振る。いまや祭壇は、天から降り注ぐ霊気に満ちている。四人の視線は祭壇に釘付けになっていた。

鈴鹿が掲げる都状が、そよ風に踊る綿毛のように、少女の手をふわりと離れた。

折りたたまれていた和紙が広がり、突然発生した青い炎に焼き尽くされる。

 

「……ああっ。お兄ちゃん……」

 

鈴鹿が歓喜の声をこぼす。

石舞台に横たわっていた少年が、身じろぎしていた。

 

「お兄ちゃん!」

 

妹の呼びかけに、少年の視線がゆっくりと移動する。

 

「……鈴鹿」

 

少年はよろよろと上半身を起こすと、鈴鹿がそれに抱き付く。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」

 

鈴鹿は子供のように泣きじゃくっていた。対して四人は顔を真っ青にしていた。

死に別れた兄と、妹との再会。

それは、一見感動的なものにも見える。

しかし、真はこれまでにない怖気を感じていた。

人が踏み込んではならない領域に足を踏み入れた、冒瀆感。

 

そしてこれが―――

失われた、魂の呪術。

天才、土御門夜光の――――咒。

 

だがしかし、真は違和感を感じ取った。その直後、妹の抱擁を受けていた兄が、突然そのか細い腕を強引に引き離した。

涙でぬれた鈴鹿の顔に戸惑いの色が浮かぶ。

 

「お、お兄ちゃん?」

 

「鈴鹿……」

 

「な、なに?」

 

「足リナイ……」

 

少年は瞬きをせず、水気の感じられない眼球で鈴鹿を見据えた。そして、すぐさま鈴鹿を掴む。

 

「お兄ちゃん?」

 

鈴鹿が反射的に身を引こうとするが、少年の指が少女の肩に食い込み、逃げることを許さなかった。

 

「足リナイ……足リナイヨ、鈴鹿……」

 

少年の腕が鈴鹿の首を絞め、指が首筋に食い込んでいく。

 

「ま、魔って、お兄ちゃん!あ、あげるから……あたしの命をあげるから、もう少しだけ……!」

 

鈴鹿の抵抗は弱かった。兄の腕に手を添えながら、それをはねのけられない。

 

「待って……お願い……」

 

息苦しい吐息と共に、目尻から一滴、涙が落ちる。歓喜のそれではない。驚きと、苦痛と悲しみの混じるものだ。

 

禁呪を犯し、国家の犯罪者となった彼女。非情で、冷酷な彼女。でも、兄を思う気持ちは本物だった。どんな苦しい状況になっても、たとえ自分が犠牲になっても、兄を救おうとする信念。今、それが成し遂げられようとしている。長年の信念。それなのに、そんな中流れた一滴の涙。それは、まぎれもない少女の涙だった。

 

それを見た瞬間、真は決意する。このクソッタレのガキを助けてやりたいと。

 

「……う、うおおおおおお!!!!」

 

真はありったけの力で立ち上がろうとする。すると、術者が弱っているせいか、動きを封じていた式符がメリメリと音を立てて、剥がれはじめた。

 

「この、クソッタレー!」

 

真は叫んだ。それと同時に、夏目が口を開く。

 

「息を止めて」

 

真は即座に息を止める。

 

「邪符を薙ぎ払えっ。急急如律令!(オーダー)

 

夏目が叫ぶと同時に、放たれた火行符が猛火の渦を巻き、真と春虎を呪符ごと包んだ。

その炎は、人間を傷つけることなく、鈴鹿の呪符だけを焼き尽くした。

呪符による拘束が解けた瞬間、真と春虎は同時に立ち上がり、駆け出す。どうやら、考えは同じだったようだ。

 

「くそガキ!」

 

「この野郎!」

 

真と春虎は少年に体当たりしようとした。だが、直前で急停止する。いや、何かに急停止されたと言ったほうが正しいかもしれない。

真は冷静さを取り戻すと、視界に何かが映る。それは、少年に宿る霊気だった。頭上から注がれているそれは、尋常ならぬ霊気の脈だ。これが、少年を動かしている。

 

――――これを断つにはどうすれば。

 

だが、頭で考えるよりも早く体が動いていた。

式符ケースに手を伸ばし、大量の式符をかすめ取ると、その霊脈に叩きつけた。

 

「―――爆散せよ!急急如律令!(オーダー)

 

それと同時に、春虎が笈を投げつけていた。それらが、霊脈に触れた瞬間に爆発を起こす。

真と春虎は、爆発の衝撃後ろに吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真が目を覚ますと、目の前に流華の体がかぶさっていた。何が起こったかわからない。とりあえず、真に覆いかぶさる流華に声をかける。

 

「流――――」

 

「上を見ないで!目を閉じてて!」

 

あまりにも必死な声で返されたため、反射的に目を閉じる。

何かを感じるが、それが何かは想像できなかった。しかし、本能的に恐怖を感じていた。だがそれも、流華から香る甘いにおいによってかき消される。お互いに、<それ>が終わるまでぬくもりを感じ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

再び目を開けるころには、さっきまで感じていた強大な霊力を感じ取ることができなかった。上に覆いかぶさる流華の背中を手でぽんぽんと叩くと。流華は、上半身をあげた。少々頬が染まっている気がするが、気のせいだろう。

 

真も体を起こすと、すでに体を起こしていた春虎と目が合う。春虎にも何が何だかわからない様子だった。

 

「……終わったのか?」

 

「…さあ。でも、きっと終わったんだろう」

 

真は立ち上がると、祭壇のほうへ視線を向ける。そこでは、鈴鹿がぐったりと横たわっていた。

 

「―――雪風!?」

「―――明嵐!?」

 

雪風の口には春虎が持っていた刀、明嵐の嘴には氷翔が咥えられていた。真はそれを受け取ると、鈴鹿のほうへ歩いていく。春虎は刀を鈴鹿に向けて、降伏を呼びかけようとした。

 

「……どうして」

 

鈴鹿がぽつりとつぶやく。その空疎な声を聞いて、春虎も、真も武器を下ろした。鈴鹿がすすり泣き始める。動かなくなった兄の身体を抱きしめ、胸に額を埋めて透明な嗚咽を漏らした。

春虎と真は苦い顔で振り向くが、夏目と流華はそっと、顔を逸らした。

空には大きな月が、五人と二体を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「……遅い。いつまで待たせんだよ、夏目と流華のやつ……」

 

「まったくだ」

 

大都市東京の雑踏の前に、大きなスポーツバックを隣に置き、大型のリュックを背負っている春虎と真は、憮然と立ち尽くしていた。

陰陽塾があるのは、東京三大都心のひとつ、渋谷だ。そのJR渋谷駅ハチ公改札を抜けたところで、真と春虎は流華と夏目を待っていた。

 

あの事件から数日が経過している。鈴鹿を確保した陰陽庁は、翌日に事件が解決したと発表される。しかし、鈴鹿の名前を出すことはなかった。

 

真の両親は事件の翌朝に戻ってきて、何故か一晩中呪捜官拘束された真を見るや否や、母親が思い切り真の頬をひっぱたいた。そして、力いっぱい抱きしめられた。父親は何も言わず、ずっと笑顔だった。

そんな二人に、高校を辞め、陰陽塾に行くと伝えると、簡単に了承してくれた。おそらく、二人はずっとその時を待っていたのだろう、真は何か申し訳ない気持ちで満たされていた。

 

それから数日が経ち、今現在に至る。

 

「……結局こうなっちまったな」

 

「……ああ。それが<土御門春虎>と<天道真>の運命だってことだ。冬児もいるけどな」

 

「そうとらえておくか……しかし、いくらなんでも遅すぎね?一人でいたら、めっちゃ心細いぜ」

 

春虎が冗談を口にする。ちょうどそのとき、誰かが俺達、いや、正確には春虎を呼んだ。

 

「バカ虎!」

 

春虎と真の視線は、声のしたほうこうへ向けられる。そこには、二人に歩み寄ってくる人たちがいた。雑踏の中でも目立っている。それは、二人が着ている服に原因があるのだろう。

一人は、烏羽色の制服を着た、髪の長い男性らしき人物。そしてその隣には、白い制服を着た、また最近になって、見慣れた女性が歩いていた。

 

「ひ、久しぶりだね。と言っても、二週間ぐらいだけど……ま、待たせたかな?ぼくもちょっと……すぐには踏ん切りが付かなくて。で、でも、もう大丈夫だ。もう、覚悟は決まったから」

 

呆然と立ち尽くす春虎に話しかけているのは、男性の生徒ではなく、男性の制服を着た<夏目>だった。口調は男子そのもの。長い髪は肩から胸元の回して、毛先一つに束ねてあった。

 

「……何やってんの、夏目?」

 

「な、何とはなんだよ?春虎と真を迎えに来てやったんだろ!」

 

「………なんでそんな喋り方なの?」

 

「なんでって、そんなの決まって……え?――――ちょ、ちょっと待って?まさかご両親から聞いてないの!?」

 

夏目が慌てた様子で口を開いた。そんな、夏目と春虎を置いといて、真は流華から聞くことにした。

 

「な、なあ。なんで、夏目は男装してんの?」

 

「えっとね、土御門家は代々跡取りは他家に対して、あっ、もちろん天道家は別だよ。それで、他家に対して男子として振る舞わないといけないらしくて、男装してるんだぁ」

 

「……ほかの生徒は知ってんの?」

 

「ううん。知ってるのは、私だけだよ」

 

真は改めて夏目を見る。どう見ても、無理がある。だが、それは<女性>としての夏目を知っているからだろう。普通の人が見れば、男に見えなくもない。……特に体型が。

そんなことを思った瞬間、春虎が持っていた小さなスポーツバックが真の顔面に直撃した。もちろん、春虎ではない。

 

「真っ!今、失礼なこと考えてただろ!」

 

「……なんでわかるんだよ」

 

そんなやり取りをしていると、遅れてやってきた冬児と合流する。どうやら、挨拶は済ませたようだ。

 

「よう、冬児。あ、こいつがいつも言ってた本家の天才、土御門夏目。こんな格好してるけど女だぜ。んで、真の隣にいるのは『十二神将』の天道流華だ。まあ、力は封印されてるらしいけどな」

 

春虎は簡潔に夏目と流華を冬児に紹介した。流華は「よろしく」と言って冬児と握手している。ふと、春虎のほうへ視線を戻すと、何故か夏目に胸倉をつかまれ何かを言われていた。

そして、冬児が何かを言うと、夏目の口がわなわなと震え、胸倉をつかんでいた両手が力なく落ちる。

 

「………」

 

「えーと、いまいち状況が読めないんだけど」

 

「それは俺も聞きたい」

 

春虎の発言に、夏目は半べそをかき、冬児はやれやれと首を振った。

 

「春虎」

 

「ん?」

 

「バカ虎ってのは、的確なニックネームだ」

 

すると、何かに耐えかねたらしい。夏目は顔を真っ赤にして、「キーッ」とヒステリックな声をあげた。

 

「もういい!さっさと来い、バカ虎とその他二人。言っとくけど、陰陽塾じゃ三人とも後輩だからなっ。覚悟しとけよ!」

 

そう吐き捨てると、ずんずん雑踏の中に歩き始める。

 

「……どうしたんだ、あいつ。悪いな、冬児。いつもはあんな奴じゃないんだけど」

 

「いや。あんなもんだったぜ」

 

冬児は笑い、さっと夏目を追いかけていく。春虎は首を傾げると「真、流華、置いていかれるぞ」と言って、歩いていく。

真は流華と共に、三人の後をゆっくり追う。

 

「……これからよろしくね、真君」

 

「ああ。こちらこそよろしくお願いします、<ご主人様>?」

 

流華は苦笑いするが、急に何かを思い出したかのように、顔を真っ赤にし何故か走って行ってしまった。

取り残された、真は何が何だかわからず、つぶやいた。

 

「夏目といい、流華といい………俺、なんかしたっけ?」

 

真は自分だけ置いてけぼりにされないように、走って行った。

 

 

 

『天道』と『土御門』の歴史が、再び動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いや~、今回は長かったです。
次回からは陰陽塾編です。何故か、春虎が主人公っぽくなっていましたが、これからは真の時代です!(笑)

これからもこの作品をよろしくお願いします!!


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第六章 陰陽塾

 

「え、このビルなの?ほんとに?」

 

「ああ」

 

「でっかいな」

 

目の前に聳えるビルを見上げ、土御門春虎と天道真は口をあんぐり開けていた。その隣では二人の悪友である阿刀冬児も、幅広いヘアバンドの下から珍しそうにビルを見上げている。

 

それはいかにも洗練された雰囲気の建物だった。

 

まだ新しい外壁は、磨き上げられた御影石のパネル。適度に設置された窓枠の鮮やかな朱色が、重厚さの中に華やかさを添えつつ、全体の印象を引き立てている。お嬢様学校のように見えてくるのは、真だけではないはずだ。

 

ここが、国内有数の陰陽師育成機関、陰陽塾。

 

目の前にあるのは、その塾舎だ。

 

「……おれ、『塾』なんていうから、もっと古臭いと思ってたよ。歴史のある学校だって聞いたし……」

 

「確かに。これじゃあ、新品同様だな」

 

「陰陽塾自体は、半世紀近くの歴史がある。こいつは去年完成したばかりの新塾舎だ」

 

「中の設備も最新ってこと?陰陽塾って、実は儲かるのか?」

 

「さあな」

 

いささか気圧され気味の真と春虎に、冬児はいつもらしい、気のない様子で返事した。塾舎の前に立ち尽くす三人は、制服だ。

しかし、普通の学制服とはかなり趣が異なっている。わずかに青みがかった黒――烏羽色のそれは、平安時代の狩衣を模した変わったデザインをしていた。

 

「……実感、湧かねー」

 

「いや、さすがにもう湧いたろ。行くならどーんと行こうぜ?」

 

「真の言う通りだ。春虎、いい加減腹くくれ」

 

「いや、陰陽師を目指すって覚悟はできてるんだぜ?……と思うんだけどね?」

 

「どっちだよ!?」

 

真があいまいな発言をする春虎にツッコミを入れる。しかし、真もああは言ったが、戸惑いがないわけではない。

ここは、全国で選りすぐった、才能のある人たちが集う学校だ。そんな所に、いくら呪力が強くなったって、陰陽の道がド素人で、半年のブランクがある真がついていけるか不安だ。いや、普通に考えてついていけないだろう。だから、普通な努力ではダメということだ。

 

「いや、だって、見鬼にもなったわけだしよ。夏目の式神にもなったんだから、そりゃあ覚悟も決まってるって言うか、決めざる負えないって言うか……」

 

春虎の左目の下には、タトゥーのような五芒星があった。春虎が夏目の式神になると誓ったときの証らしい。

 

「要は怖気づいたわけか」

 

「ここまで来てか?」

 

「もう少し言い方には気を遣えよ」

 

真と冬児があきれると、春虎は二人を凝視し始めた。しかし、冬児はそれを無視するようにつぶやく。

 

「まあ、俺達はスタートラインに立ったところだ。怖気づくには早すぎる。……つーか、お前らは自分の置かれてる状況に気付いてるか?生半可な気持ちだと『喰われる』ぜ?」

 

「「『喰われる』?」」

 

「いいか?分家だろうが何だろうが、お前らは『土御門』と『天道』なんだぜ?そしてここは、全国から陰陽師を目指している連中が集まる、陰陽塾だ。前の学校とは違う。お前らの名前を聞いてピンとこない奴なんて一人もいない。お前たちが来ることはもう知られているだろうから、入塾前から注目度抜群のはずだ」

 

「で、でも、ここには夏目がいるんだぜ?本家の跡取りがすでにいるのに、今更分家の俺が来たところで……」

 

「そ、そうだぜ。ここには流華がいるんだから俺なんて眼中にないに決まって……」

 

「お前ら……。考えてもみろよ。その本家の跡取りの二人が、陰陽塾でどんなポジションにいると思う?本物の『天才』なんだろ?塾生の中で、カリスマ的な立ち位置にいるとは思わないか?

 

「う。そ、それは……」

 

「た、確かに……」

 

「そこに今度は、本家のみならず分家のお前らが―――しかもこんな不自然な時期に、突然転入してくるんだ。なんだかんだ言っても、土御門と天道のネームバリューはトップクラスだ」

 

「いや、でも……」

 

「単純な興味から、嫉妬や妬み。あるいは土御門と天道を倒して目立ちたいなんて勘違い野郎だの、名門にゴマすって取り入ろうって馬鹿だの……本家の天才児ではなく分家の新人相手なら―――って考える奴は、一人や二人じゃないはずだ。違うか?」

 

「「………」」

 

二人は押し黙る。

確かに違う、とは言い切れない。むしろ、ものすごく<ありえそうな>話だ。

霊災が多発する現在、陰陽師という職業は、広く一般的に認知された職業ではある。

 

しかし、それでもやはり、特殊な業種であることの違いないのだ。また、素質の持たない者はなりようがないため、陰陽師の職業は閉鎖的な面が強い。そして、それはプロのみならず、見習いや訓練生の世界でも変わらないのである。真が挑むのはそんな、世界なのだ。

才能が弱い、いや、ほぼない真はこんな世界事情を知るとますます怖気付きそうになる。

 

「でもおれら、ほとんど素人だぜ!?」

 

「関係ないだろ、それは」

 

「ああ、まったくもって関係ない。連中が気にするのは、名だけだ」

 

青ざめる春虎に、自分の状況を理解した真と、冬児は冷淡に答えた。

 

「まあ、ビビることはないさ。お前らなら大丈夫だ」

 

「……今年のお前の発言の中で、一番説得力ねえよ」

 

「……俺もそう思う」

 

春虎が恨めしげな顔になり、横眼を冬児に向ける。真はもうあきらめたようで、陰陽塾を眺めていた。

 

「……よしっ。いつまでも突っ立ててもしょうがない。行くか!」

 

「ああ、やるっきゃないな!」

 

―――才能ない者は才能がないなりに、がんばればいい。

そんなことを思って、陰陽塾に歩を進める。

 

陰陽塾の正面入り口は、間に短いスペースを置いた二重の自動ドア。学校というよりは、洒落たオフィスビルのような造りだ。

 

「さすがにセキルティーは『それっぽい』な」

 

自動ドアの前で冬児がもらし、春虎も真も、確かに、と同意した。

冬児が言ったセキルティーというのは、一般のものではなく呪術上の保安処理のことだ。呪術の基本は、万物に宿る霊気の操作にある。そして、陰陽塾の塾舎内は、野外に比べて霊気が安定していたのである。

以前は見鬼の才が弱かった真も、強い呪力を持っている流華から呪術を施されたため、今までに視えなかったものを感じ取ることができるようになっていた。

 

最初のドアをくぐり抜けた三人は、二枚目のドアで冬児が「おっ」と言って、立ち止まったので、足を止める。

 

「見ろよ」

 

「狛犬?」

 

「二匹いるぜ」

 

奥の自動ドアとの間には、左右に、犬や獅子に似た石像が設置されていた。神社に置かれているのと同じ、狛犬である。ビルが現代的な違和感があるかと思えば、意外とモニュメントのように溶け込んでいる。

 

「へー。陰陽塾っぽいじゃん」

 

「かわいいな」

 

「うかつに触るなよ?噛みつかれるかもしれないぜ?」

 

「確かに。なんせ陰陽塾だからな。動いたり喋ったりしてもおかしくないかもな」

 

「うむ。動くし、喋るぞ」

 

「へー。……へっ!?」

 

真が冗談を口にすると、途端に狛犬の一匹が動いて喋った。

真は思わず尻餅をつき、春虎はのけ反る。冗談で話し始めた冬児も、ぎょっとした様子で目を丸くした。

 

「う、動いた!喋ったぞこいつ!」

 

「お、怨敵退散!さよならバイバイ!しゃしょしゃぶい~!―――」

 

「落ち着け真。それに、後半は何言ってるかわかんないぞ」

 

「何を驚く。汝、動こうが喋ろうが、おかしくないと、自ら口にしたばかりではないか」

 

匍匐前進で引き返す真の両足を冬児が掴み、引っぱる。

取り乱している真と春虎とは対照的に、狛犬は悠然と答えた。しかも、なかなか渋く、かっこいい声だ。もう一方の狛犬も、鷹揚な仕草で頷いている。

 

「……式神、か?」

 

「左様。とはいえそこいらの市販品と同様に見てもらっても困る」

 

「然り。我ら、塾長自らの呪力を吹き込まれし高等人造式、アルファとオメガである。主の命により、陰陽塾開塾以来、その番を司っておる」

 

「……なんだよ。ただの式神かよ」

 

真は平常心を取り戻し、立ち上がる。片方の狛犬が「高等人造式であると言っておろうが!」と叫んでいるが、真は気にしていない。

 

「ど、どっちがアルファで、どっちがオメガなんだ?」

 

「我がアルファなり」

 

「そして、我がオメガなり」

 

春虎の質問に、左右の狛犬が順に答える。向かって右側の狛犬がアルファ、左側がオメガらしい。よく見ると、オメガの方は短いつのが一本、頭に生えている。

 

「すげえなあ。こんなの、夏目んちでも見たことねえや」

 

「確かに変わった式神だ。塾長の式神と言っても、ここに常駐してるんだろ?ひょっとして機甲式みたいな仕組みなのか?」

 

「ほう。汝は詳しいようだな。もっとも、ここの塾生なら当然だが」

 

狛犬は春虎たちの会話を気さくな態度で答える。言葉遣いは厳めしく偉そうだが、意外と気の良い性格なのかもしれない。

 

「――――さて、汝らのことはすでに聞き及んでいるが、我らは我らの任を全うせねばならぬ。まずは己が名を、名乗るがよい」

 

「仕事熱心なんだな。俺は、天道真だ」

 

「おれ、土御門春虎」

 

「俺は、阿刀冬児だ」

 

三人が名乗ると、ふっ、と狛犬たちが、ただの石像に戻ったかのように動きを止めた。しかし、それは一瞬の出来事で、瞬きするような間をおいて、狛犬たちは再び口を開ける。

 

「よろしい。天道真。土御門春虎並びに阿刀冬児。声紋と霊気を確認し、登録した」

 

「我らは、汝らを歓迎する。学友と切磋琢磨し、良き陰陽師となるべく精進するがよい」

 

アルファとオメガは厳かに告げた。おそらくこれで、三人は、塾舎の呪力セキルティーに対するパスを得たのだろう。

ただし、

 

「汝と汝の式神も共に登録した。次からは、そちらから申告せよ」

 

アルファは最後にそう付け加えた。

真と春虎はきょとんとし、聞き間違えかと確認するように冬児を振り返る。しかし冬児も、さあ、という顔で肩をすくめた。

真と春虎はアルファに向き直り、

 

「汝と汝って、俺と春虎のこと?」

 

「左様」

 

「ということは、俺の式神を登録したのか?俺は、式神なんて持ってないぜ?」

 

「俺もだ」

 

真に続き、春虎も同意する。

 

「真、春虎。お前らが式神だって意味じゃねえの?」

 

「そうなの?にしちゃあ、言い方が変だろ。どういうことだよ、アルファ」

 

春虎は納得ができないまま問いかける視線をアルファに向ける。

アルファは春虎の質問に答えようと、大きな口を開きかけたが、「待て」とオメガが割り込んできた。

 

見ればオメガは、魂がどこか遠くに抜け出してるように動きを止めている。それから、さっきと同じように、少しの間を置いて再び動き出した。

 

「我らの主が、汝らをお呼びだ。汝らは直ちに塾長室に向かうがよい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「……あれか?」

 

「みたいですね」

 

一階に通じる廊下に、彼は立っていた。正面からは見えづらい位置だ。壁に肩を付けた姿勢で、エレベーターに乗り込む三人の塾生を興味深そうに見送った。

 

「気に入らぬな」

 

「まあそう言わずに。まずは様子を見ましょう」

 

 

 

 

 

 

 

塾長室があるのは、塾舎ビルの最上階だった。

ほとんど作動音が聞こえないエレベーターを降りて、三人は廊下の奥に進む。

入口を抜けたフロアもそうだったが、塾舎内の内装はシンプルで、どちらかと言えば無機的だった。しかし、所々に呪物や呪具らしき品々がインテリアのように展示されていて、見方を変えれば博物館のようなところだ。

ガラスケースには指紋などは見られず、床は塵一つ落ちていない。あちこち置かれた観葉植物も、手入れが完璧に行き届いている。

 

「……これ、掃除とか式神がやってんのかな?」

 

「そうじゃないとすると、よっぽど綺麗好きな人が掃除してるってことになるな。常人じゃさすがにここまでは……」

 

「まあ、式神がやってるって考えるのが妥当だな」

 

塾舎内に感心していると、塾長室のドアが見えてきた。

素っ気ないドアに、簡素な『塾長室』のプレート。

再び緊張する真と春虎を余所に、冬児は平然とドアをノックする。

返事はなかった。

仕方なくもう一度ノックしようとしたとき

 

「どうぞ」

 

その返事は足下からした。

春虎が子供みたいな声をあげ、真がまた尻餅を着くと、声のしたところを見る。

そこにいたのは一匹の猫だった。

賢そうな目で春虎たちを見ながら、長い尾の先でとんとんとドアに触れた。

 

「開いていますよ。お入りなさいな」

 

喋る狛犬の次は、しゃべる猫らしい。

 

「……これって、ここの塾長の趣味?」

 

「知るか」

 

うんざりする春虎に、冬児は素っ気なく返す。三毛猫は少しまどろこしそうに身をくねらせ、今度は猫らしく「にゃあ」と鳴いた。早く開けろと言いたげな様子だ。

真はドアノブを掴む。

 

「―――失礼します」

 

中に入ると、部屋の雰囲気が廊下と全然違うことに気付く。

大正時代のカフェのような、落ち着いたレトロな部屋だった。

壁は色あせたクリーム色で、床には臙脂色の絨毯が敷かれている。ブリキのコート掛けにステンドグラスの間仕切り。その奥には猫脚の椅子と天板が飴色になったテーブルの応接セットがある。

 

しかし一番目立つのは、両側の壁を埋め尽くしている書架だろう。おびただしい数の蔵書が、整理されているのかいないのかすぐには判別できない様子で、隙間なく並べられている。

そして、部屋の奥。

 

曇りガラスの窓を背に、巨大なマカボニーのデスクが置かれている。そしてその向こう側に、ちょこんと椅子に腰を掛けた小柄な人影があった。

三人が顔を見合わせる。てっきり、男の塾長かと思っていたが、そこに座っていたのは老女だった。

三毛猫はまっすぐにデスクに近づくと、体重を感じさせぬ身軽さで、ひょいっと老女の膝の上飛び乗った。老女は読んでいた本をゆっくりと閉じ、三毛猫の毛並みをなでている。

 

「ようこそ。お待ちしていましたよ」

 

それは、三毛猫と同じ声だった。

肩口を揃えた髪は、半ば以上に白く変わっている。それなりの高齢なのだろうか、しかしまったくそれを感じさせないのは素晴らしい姿勢の良さだからなのかもしれない。

着ているのは小豆色の着物で、ほとんど体の一部であるかのように、しっくりと着こなしていた。

 

「天道真さん。土御門春虎さん。阿刀冬児さんですね。初めまして。塾長の倉橋美代です」

 

「ど、どうも。初めまして」

 

「こ、こちらこそ、初めまして」

 

「………」

 

真と春虎があいさつをして、冬児が無言のまま会釈する。そして、老女――――倉橋塾長に呼ばれるままに、彼女のデスクの前に移動した。

 

 

「なるほど」

 

「え?」

 

「?」

 

春虎がきょとんとして聞き返し、真は首を傾げる。冬児は様子をうかがうように、静かに観察していた。

 

「あなたたちが夏目さんの飛車丸に角行鬼で、あなたが流華さんの守り神というわけね」

 

「「「………」」」

 

三人は無言になる。塾長は柔らかく笑い、すぐに次の話題を持ち出した。

 

「そう言えばお三方は、日常的に陰陽術と親しんでいたわけではないんでしたね」

 

膝の三毛猫をなでながら、親しい口ぶりで言った。

 

「一階のアルファとオメガは、もう会ってるはずね。あの子たちだけじゃなくて、この猫も私の式神なの。驚かせてしまったかしら」

 

「ま、まあ、少し……」

 

「俺も、少しだけ……」

 

春虎と冬児が心の中で「嘘つけ!」とツッコンでいた。

 

「ごめんなさいね。でも、早く慣れてちょうだい。あなたたちも、これからは『こちら』の世界で生きていくことになるんですからね」

 

塾長はそう言ってまっすぐな視線で三人を見据える。

 

「阿刀冬児さん。あなたの境遇は、春虎さんのお父さんから聞いています。あなたの決意は立派だわ。後遺症に負けないで、頑張ってくださいね。

 

冬児の次に、春虎に顔を向ける。

 

「土御門春虎さん。あなたのことも、あなたのご両親から聞いています。それに夏目さんからもね」

 

「夏目から?あいつ、俺のこと何か言ってたんですか?」

 

「ええ。あの子は律儀ですからね。あなたの入塾が決まった時に、あなたが土御門家の『しきたり』で式神になっていることを、報告してくれましたよ。それに、実は言うと私は、この夏の事件のことも聞いています。大連寺鈴鹿さんのことを。こちらは、陰陽庁に知り合いがいるからですけど」

 

そして最後に真へ顔を向ける。

 

「天道真さん。あなたのことは、ご両親と鈴之助さんから聞いています。そして、流華さんからも」

 

「え?……流華ならありえそうなんですけど、鈴之助おじさんからもですか?

 

天道鈴之助。それは、天道家現当主であり相当な呪力を持っている、最強に近い陰陽師だ。夏目の父とは幼少からの付き合いで、厳格さとは程遠い、脳天気な性格をしている。だが、スイッチが入ると、十二神将一人や二人ではかなわないらしい。

真とは四年前からあっておらず、まさかそんな人が自分のことを言ってたなんて予想してなかった。

 

「ええ。あなたのことを心配なさってましたよ。あなたは、元々呪力が弱く見鬼の才が乏しかったのですよね?」

 

「はい、そうでした。だから、陰陽の道を歩むことを止めました。ほかにも理由がありますけど、それが一番の理由だと思います」

 

「そうですか。でも、よく決断してくれました。流華さんはすごく喜んでいるように見えましたよ」

 

「……流華がですか?」

 

「ええ。あなたは流華さんの式神になったそうですね。流華さんは夏目さんと共にいろいろ大変ですから、しっかり守ってあげてくださいね?」

 

「え?……は、はい」

 

それから、少し話をした後、背後のドアがノックされた。「すんません……」と声がかけられ、部屋に一人の男が顔をのぞかせる。

 

「塾長?いい加減時間押してますけど、まだかかりそうですか?」

 

「あら。お待たせしてごめんなさい、先生。今終わりましたよ」

 

「ああ、そらちょうどよかった」

 

入ってきたのは、ひょろりとした背の高い男だった。

まだ若いのかもしれないが、妙に枯れた雰囲気がある。髪はぼさぼさで野暮ったい眼鏡を掛け、着古したワイシャツとネクタイに、安物っぽいジャケットとよれよれのスラックス姿だ。線の細い顔には優しげな笑顔が浮かんでいるのだが、それも「優しい」と言うよりは「頼りない」印象に見えてしまうのは真だけではないかもしれない。

 

ただひとつ目を引くのは、右手に持った短めの杖だ。部屋に入る動きもその杖を突き、足を引きずるように歩いている―――と思って視線を落とすと、スラックスの右足からは、何と木製の棒が伸びていた。

 

義足だ。それも、中世の海賊がつけていたような、いまどき珍しい、古い義足である。

真たちの視線に気づいたのか、男は親しげに笑って、右足の義足を掲げて見せた。

 

「ん、これか?かっちょええやろ?塾講師とはいえ、ボクも陰陽師の端くれやさかいな。これぐらいははったり利かせんといかん思て」

 

男は自慢げに口を開く。どこをどう見ても、はったりではなく本物の義足だ。そして、妙に馴れ馴れしい気配だけはしっかりと伝わってくる。そして、一見胡散臭い男に見えるが、何かただ者ではない雰囲気がした。だが、たぶんそれは気のせいだろう。

 

「こちらは、あなたたちのクラスを担当して下さっている、大友陣先生。こう見えて、とても優秀な方なのよ」

 

「こう見えてはないでしょう、塾長?まあ、ええわ。とにかく、そういうわけやから、三人ともよろしゅう。仲良くやっていこうやないか」

 

そう言って、大友はニカッと笑う。さえない優男と言った感じだが、いかにも人懐っこい笑顔だ。

 

「とにかく、行こか。教室でみんな待っとるし。―――塾長。失礼します」

 

大友はペコペコ頭を下げると、真たちを連れて塾長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっかなかったやろ~?」

 

廊下に出て歩き始めるなり、大友は内緒話を打ち明けるように真たちにささやいた。

 

「え?おっかないって―――何がですか?」

 

「そんなん塾長に決まってるやん……って、なんや、知らんのか?あのバア様、どこぞの大店の大奥様みたいな形してるけど、あれで、この業界の裏元締めやねんぞ?」

 

「え?あの優しそうな塾長がですか?」

 

「せやでー……て言うか、君たち、土御門と天道やろ?なんで知らんねん」

 

大友がおかしそうな顔をする。真と春虎は意味が解らず困惑するが冬児が反応した。

 

「そうか、倉橋……」

 

大友が「そうそう」と相槌をうった。

わけわからない二人を置いといて、大友が口を開く。

 

「気ぃつけや?塾長の式神は塾舎中におるし、サボったりしたら一発やで?まあでも、どうしても言うときは、僕を頼ればいいわ。さっきも言うたけど、これでもプロやからな。塾長の目をかいくぐって、講義をサボるコツを伝授したる」

 

「講師が生徒にサボる手段を与えてどうするんですか……」

 

「ええやないか。それが青春っちゅうもんや」

 

わけがわからない担任講師の話を聞いていると、大友が一つドアの前で立ち止まった。

 

「ここや」

 

ドアの向こうからは、騒々しい気配が伝わってくる。同年代の生徒が集まっているのがすぐにわかる。まあ、隣にいる冬児は真や春虎の一個上だが。

ドアに手をかけた大友が、「覚悟はええな~」と肩越しに笑った。

 

そして大友がドアに手を開けた瞬間、教室のざわめきが溢れ出て―――それからピタリと静まった。

 

「いや~、お待たせお待たせ。皆さんお待ちかね、転入生を連れてきたで~」

 

大友が軽い調子で教室内に入る。真は大友の後を続いていく。

教室は広かった。

面積も広いが、天井が高い。室内の作りは、普通の公立高校や私立高校とはかなり異なっていた。ちょっとした音楽ホールみたいだ。

その、雛壇のような机と椅子に、陰陽塾の制服に身を包んだ同世代の男女が、幾人も座ってこちらを見下ろしていた。

 

教室中から突き刺さる、視線、視線、視線。

こんなにも、大勢の人たちに見られたのはいつ振りであろうか。

 

「はい、注目~。今日からこのクラスに加わる、天道真クンと土御門春虎クンと阿刀冬児クンや。はい、三人とも、挨拶」

 

「えーと、天道真です。よろしくお願いします」

 

「……つ、土御門春虎です」

 

「阿刀冬児です」

 

「ん―――って、おいおい、それだけかいな?ファースト・インプレッションて大事なんやで?もっと自分をアピールしいな」

 

大友がつまらなそうに言った。そんなことを言われても、何を言えばいいかわからない。

自分の性格?自分の好きな食べ物?そんなものはここでは何の役にも立たない。

仕方なく、視線を巡らせていると生徒の中で特に強い視線が感じられた。そこへ。顔を向けると、目がバチリと合う。

 

―――流華

 

そこに座っていたのは、真の幼馴染であり、『十二神将』である天道流華だった。

ピント背筋を伸ばし、栗色のロングヘアが似合う美少女。その瞳には、不安の色が広がっているように感じられた。

 

そうだ。決めたのだ。

彼女の式神となり、彼女を守る。

 

陰陽塾なんてその舞台のようなものだ。流華の近くにいるための舞台。

しかし、その舞台ではしっかりとしなければならない。自分にはまだ、彼女を守る力なんて微塵もない。だからこそ、この舞台で学ぶ。

それが、真がこれからすべきことなのだ。

 

流華に向けて少し微笑む。それを見た流華は少し目を見開いて、驚いた様子だったが、いつもの様子の真だとわかったのか、真にも笑顔を向けてきた。

 

「とにかう、三人はみんなより半年遅れなわけやからな。最初は講義にもついてこれんところがあるかもしれんし、色々教えてやってや。仲良うするんやでー」

 

大友がニコニコしながら、脳天気に言った。どうやら、紹介は終わりらしい。

しかし、大友が話を終えた直後だ。

スッ、とまっすぐに挙手された白い腕があった。

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

手が挙がったのは教室のなかほど。

三人の視線がそこに集中する。

静かに挙手していたのは、白い制服に身を包んだ女子生徒だった。

 

緩やかにウェーブする栗色の髪を、一見ラフな感じにアップしてから、毛先の片側にそわせるように流している。ぱっちりとした力強い瞳に、綺麗にカールした長い睫毛。

 

顔なども流華や夏目に負けず劣らず小振りで、その分スタイルもよく見える。どこかのアイドルグループのメンバー――――それもリーダー格―――と言われても納得してしまいそうな少女である。

まあ、流華も夏目も美人だが、あれほどは大きくなく、むしろ小さいほうに分類されるのでは?と思ってしまう。

その直後、何やら強い殺気の混じった視線が二つ、真に突き刺さった。

真は機械のように、首を殺気の混じる視線のほうへ回す。

 

―――――ひっ!?

 

そこにいたのは案の定、流華とその隣に座る夏目だった。視線が合ったとたん、二人は口元に誰にも見えないような笑みを浮かべた。そう、それは真にしか感じることができない、恐ろしい笑み。

 

――――塾生活一日目にして、死ぬのか。俺……。

 

真はこれから起こることに絶望し始めた。

すると、いきなり夏目が立ち上がった。真は瞬時に夏目に顔を向ける。

真が絶望している間に、話はどんどん進んでいたようだ。

 

「―――言いがかりも甚だしい」

 

凛とした声がいつの間にかざわついていた教室の空気を一変させた。

 

「倉橋京子。君は何の根拠があって、土御門の名を出している?同じ土御門の人間として言わせてもらうが、土御門家は陰陽塾に対し、特別な便座を図るよう依頼したことなど一度もない。ただの思い付きで言っているのなら、それはぼくや春虎に対する、立派な侮辱だ。すぐに取り消して、彼に謝れ」

 

その声は、決して荒々しくないのだが、鋭利な刃物で斬りつけるような響きを有していた。斬りつけられた当人である、京子は表情をなくしていたが、おとなしく引っ込みはしなかった。

 

「だ、だったら、その事情とやらを説明してちょうだいっ」

 

京子は夏目を睨み返し言い放つ。

 

「何の説明もなく、納得なんてできないでしょ!説明ができないというなら、裏に土御門の意志が介在していると考える普通じゃない?そもそも――――」

 

京子はいきなり立ち上がり、夏目を見据えたまま、春虎を指さした。

 

「彼は、夏目君、あなたの式神だそうじゃないの?あなたが、自分の式神を側に置くために、彼をわざわざ陰陽塾に入塾させた。そう考えるのが自然じゃない?」

 

京子の発言に、再び教室がざわめき立った。真も少しばかり驚く。春虎が夏目の式神だと知っている人間が、あの夏の事件に関与していた人間以外にいるなんて知らなかったからだ。

 

「人間を式神として扱うだなんて、時代錯誤な話よね。いかにも土御門らしいけど」

 

京子が鼻で笑う。彼女もなかなかのタマなのかもしれない。

 

「君こそ何を言っているんだ。春虎がぼくの式神であるからと言って、彼が不正に陰陽塾に入った証拠にはならない。当然だろう。たかが一塾生の事情に、どうして陰陽塾が便宜をい図る謂れがある。確かに、彼はぼくの式神だというのは、彼がここに来た理由の一つだ。しかし、彼がこの時期に入塾できたこととは、何の関係もない。単なる自分の妄想を、あたかも事実のように口外するのは止めろ」

 

夏目の台詞は落ち着いているようで、なかなか容赦ない。

 

「たかが一塾生?あなたは土御門家次代当主に―――」

 

「では、訂正しようか?『たかが土御門次代当主』のために、国内最高峰の陰陽師養成所である陰陽塾が、想定を曲げてまで融通を利かせると思うのか?君も知っている通り、今日の土御門家など没落した旧家に過ぎない。そんな疑惑をかけるというなら、第一の候補は君の一族だろ?」

 

冷ややかに、夏目が言う。京子の顔が青ざめるのがわかった。

 

「だ、だったら、彼の不自然な入塾は、どういう裏があるっていうの!?」

 

「先生の話を聞いていないのか?事情があると言っただろう」

 

「だからっ!そんなことじゃ納得できないって言ってるのよ!」

 

「それは君の事情だ。言わせてもらうが、君が納得するしないなど、それこそぼくたちにとっても陰陽塾にとっても、どうだっていい話だ。そもそもこの件に、君は一切関係ない。君が知る権利など、どこにもない」

 

「なっ……!?」

 

「不快な憶測でこれ以上講義を妨げるなら、君の方こそすぐに教室を出ていくがいい。陰陽塾(ここ)は陰陽術を学ぶ場であって、君個人の感情を満足させる場ではない」

 

もはや、夏目の言葉は正論の塊だった。

本人は平静を装っているつもりだと思うが、真から見ればかなり興奮しているようにも見える。隣に座っている流華もいつ止めるか、タイミングをうかがっているほどだ。

きっと、春虎のためなのだろうが、はたから見れば入塾早々、春虎の敵を大量生産しているに等しい。

 

「……止めないんですか?」

 

「ん?……おお!うっかりしとった」

 

頼りにならない先生に声をかけた真だが、今この場の主役であり悪役にも見えるある春虎に顔を向ける。

すると、ちょうど視線が合った。

真は憐みの混ざった笑みを春虎に向けると、春虎はがっくり肩を落とした。

 

まあ、一件落着だろ、と安堵している真に視線が突き刺さった。視線を向けると、いつの間にか座っていた夏目と慌てていた流華に鋭く睨まれていた。

 

結局真がある意味死ぬことには、変わりないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




入塾編でした。

意見などがあったら、どんどんください!


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第七章 護法式

「とにかく、彼女のことは気にしなくていいから。春虎は堂々としてて」

 

「……いや、無理だろ」

 

波乱の自己紹介が過ぎ、気まずい思いのままドタバタと午前の講義を終えた真と春虎は教室の机に突っ伏していた。真は先ほど、流華からげんこつを食らって、撃沈しているだけだが。

 

時間帯はすでに昼休み。塾生の多くは―――例の京子も含めて―――昼食をとるために教室を出ている。ここには、食堂があるらしい。真が通っていた高校は食堂があるどころか、購買すらなかったので、いろいろと新鮮味があった。まあ、まだ行ったことはないが。

 

そして当然の如く、初っ端から嵐を呼んだ春虎に、わざわざ声をかける者は皆無だった。例外はいつもの悪友と夏の事件から親しくなった知り合いだ。

 

「いやいやいやいやいや。春虎。入塾早々ほぼパーフェクトだぜ」

 

「何がパーフェクトだ。ワーストの間違いだろ」

 

「いや。それも意味が違う気がするぜ、春虎」

 

露骨にニヤニヤ笑っている冬児の隣に突っ伏していた真が、やっと痛みが取れたのか顔を上げた。そんな真に一瞬流華が睨むが、すぐに視線を春虎に向ける。なんやら、心配そうなまなざしだ。

 

今回、冬児や真は完全に「土御門の二人」の影に隠れてしまっている。だが、安心できるのは冬児だけだ。

真は「天道家」の人間だ。そして、春虎と共に陰陽塾(ここ)へ入塾した。つまり、京子が春虎に対して言っていたことはすべて、真にも当てはまるのだ。おそらく京子は真のこともよくは思っていないはずだ。

 

「ちなみに、夏目。あの京子ってのは、いつもあんな調子なのか?ずいぶん土御門家を敵視しているように見えたが」

 

「うん……何かある度に、ぼくに突っかかってくるんだ。もっとも、今日みたいなあからさまのは珍しいな。おかげで、ぼくもちょっと熱くなっちゃった」

 

「「……ちょっとじゃないだろ」」

 

「なんだよ、春虎。ぼくは君のために言ってやったんだぞ。まあ、自分の式神を守るのは当然のことだけどね。真に関してはついでだよ。倉橋京子が言ったことは真にも当てはまると思うから、流華さんが困ると思ってね」

 

夏目がえっへん、として自慢げに言う。春虎は口をへの字に曲げ、真は「そりゃあどうも」と短くお礼を言う。

一方、冬児は何かを考えているようだった。

 

「……何か恨みでも買ってるのか?」

 

「知らないよ。少なくとも、ぼくの方には心当たりなんかない」

 

「お前さっきあいつのこと、倉橋京子って呼んだな。それって、『あの』倉橋ってことか?だとすると、そっち絡みってことは?」

 

「確かに彼女はそうだけど、だとしても、どっちみちぼくにはわからない。ぼく自身倉橋家とは、ほとんど面識がないんだ」

 

「……ふーん。流華は?」

 

「私も面識はあまりないかな。あるとしたら、長官だけだよ」

 

夏目と同様流華も、倉橋家とはあまり面識がないらしい。おそらく、天道家は土御門家一筋だからかもしれない。

春虎が「倉橋」の名を聞いてむくりと顔を上げた。

 

「そういやさっき先生も言ってたな。そうだよ、その倉―――って、待てよ?夏目。冬児。なんで、お前らそんな親しげなんだ?お前ら昨日会ったばかりだろ?」

 

春虎が不審に思って問いかける。真もそれに関しては疑問を持っていた。

春虎と冬児と真の三人は同じ高校に通っていたし、真自身、あの喫茶店で初めて顔を合わせたのだ。もちろん冬児の事情は知っている。しかし、それでも春虎が一緒にいたはずだ。その春虎がそう聞くということは、以前からの顔見知りと言う可能性はほぼゼロに近い。それに昨日は挨拶を交わした程度で、二人の間にそれ以降の会話はほとんどなかった。

なのに、何故冬児はともかく、夏目があんなに親しげなのか。しかも二人の間には少しばかり違和感を感じる。何か、昔に交流があったような感じが。

 

「いあ、それは、その……」

 

柔らかそうな頬を引きつらせ、夏目はしどろもどろになって視線を泳がせた。

対して、冬児は泰然としている。流華は何故か視線を逸らしていた。

 

「まあ、気にするな。どういうわけだか、こいつとは初めて会った気がしないんだ。馬が合うんだろ、きっと。なあ、夏目?」

 

「そ、そう!そうなんだよ、春虎。馬が合うの!そ、それに、昔飼ってた猫が、トージっていう名前でねっ?余計に親近感が湧くっていうか、他人の気がしなくってさ!」

 

わざとらしく微笑む冬児に、アハハと必死そうに笑う夏目。なんか、芝居くさい雰囲気があるが、二人が顔見知りであるとは考えにくいので、二人の言葉を信じるしかない。だが、それでも春虎は何か腑に落ちない様子だった。

 

「それとも妬いてるのか?」

 

「あのな」

 

「ま、お前と夏目は、しばらく疎遠だったんだよな。なのに、俺がいきなり親しくしていれば、嫉妬するのも―――」

 

「……わかった。わかったよ。お前らまで喧嘩されちゃ、頼りにならない真だけになっちまうからな」

 

「……どういう意味だよ、それ」

 

春虎は追及をあきらめたようだが、真はなにか腑に落ちない。いつか、絶対見返してやる、と思い真は春虎を横目でじっと見る。春虎は「冗談だよ」と笑った。

 

「まあ、そういうわけで、夏目。冬児のことは信用していいから。おれたちだけじゃなくて、こいつにもなんでも話してくれ」

 

「………」

 

夏目はすぐには返事をしなかった。再び突っ伏しかけていた春虎と真が、身体を起こして夏目を見上げる。すると、夏目は何故か突っ立ったまま目を丸くして、微かに頬を赤らめていた。

 

「……どうした、夏目」

 

「え?いや……」

 

「……やっぱり冬児が信用できないとか?」

 

「そ、そういうわけじゃないんだけど……でも、その……は、春虎が心配することはない……よ?というか、ぼく、別にそんなに冬児と親しいわけじゃないし……」

 

春虎の言葉に、夏目はもじもじするばかりで言うことも要領を得ない。

 

「なんだよ。何が言いたいんだよ?」

 

「だ、だから、冬児のことは信用するけど、でも……ぼくが一番その……し、親しいのは、やっぱり春虎だから。それは、ほんとに……」

 

ぶつぶつ言いながらも、春虎の顔を見ようとはしなかった。春虎は意味がわからず、真と冬児と流華に顔を向けた。真は「さあ?」と首を傾げた。冬児は何故か天井を見ている。その顔は呆れ顔だった。流華は視線を合わせない。

 

「と、とにかくっ!」

 

夏目が狼狽えながら話を逸らす。

 

「僕らは上手くやっていけるってこと!ぼくも、冬児も、春虎もねっ。だから―――他の塾生のことは気にしなくていいよ。彼女のことも。大丈夫。春虎たちがしっかり頑張っていれば、向こうだって何も言わないさ。もし何か言ってくるようだったら、そのときはぼくが黙ってないから」

 

真っ赤になって喚いたあと、夏目は真剣な顔に戻って、そう続けた。

しかし、夏目が介入すればまた話がややこしくなり、どんどん大きくなっていくような気がするのは真だけではないかもしれない。

 

「土御門君、天道さん。―――あ、夏目君と流華さんの方だけど」

 

そんな中、一人の塾生が声をかけてきた。

眼鏡を掛けた男子生徒だ。真たちが一斉に振り向くと、一瞬竦んだ様子を見せたが、教室の出入り口を指さした。

 

「あの――――呼んでるよ?例の、担当の人」

 

眼鏡の男子生徒が指差す方向には、スーツ姿の若い男が立っていた。長身で引き締まった体格。しかも、なかなかの美形だ。真たちが気づいたのを見ると、こちらに向かって微笑みながら、軽く頭を下げた。

思わず真も、頭を少し下げる。

 

「いけない!忘れてた。ごめん、春虎。ぼく、行かなきゃ。流華さん」

 

「うん。…私もすっかり忘れてたよ」

 

夏目と流華は慌てた様子で教室の出入り口に向かって降りていった。

待っていた男に話しかけながら、すぐに廊下へ消えていく。

 

 

 

「なあ、夏目と流華を迎えに来たイケメン。あれもここの講師なのか?」

 

「容姿的に講師には見えないけどな」

 

「気になるか?」

 

「いや。別にそういうわけじゃ……」

 

「案外、こっちで作った恋人かもよ」

 

「「は!?」

 

真と春虎が勢いよく立ち上がる。幸いこの教室には先ほどの眼鏡の男子生徒以外いなかっため、視線は浴びなかった。

真が慌てた様子で口を開く。

 

「な、何言ってんだ。恋人って……。ふ、二人相手だし、夏目は男装してるんだぜ?」

 

「だから?」

 

「「………」」

 

何しろ田舎者なので、冬児に言われると、こっちでは「そういうこと」があると信じそうになってしまう。狼狽える二人を見て、冬児は意地悪く笑った。

 

「ともかく、夏目が消えてくれたのは、ある意味ありがたいぜ。せっかくの機会だ。情報収集と行こう。―――お前らは、待ってろ」

 

ぽかんとしている二人を置いて、冬児はすいすいと席を離れていく。そして、先ほどの眼鏡の男子生徒に話しかけていた。

 

「さっきはどーも。俺の名前は覚えた?阿刀冬児。よろしく。あんたは?」

 

「あ、はい。百枝です。百枝天馬―――」

 

「天馬。そりゃ覚えやすい名前だ。俺のことも、冬児でいいぜ」

 

「あ、そ、そう。じゃあ……」

 

天馬と言う塾生は、遠目でもわかるくらい狼狽えていた。しかし、些か不躾な冬児に対して、それでも丁寧に受け答えした。

背はやや低め。体型はどちらかと言うと痩せ気味。髪型もあか抜けない大人しいもので、眼鏡の下の顔は中学生のような童顔だ。見るからに気の弱そうな少年だったが、その分だけ善人のように見える。

 

どうやら冬児は、夏目の居ないところで、塾生から話を聞いて置くつもりらしい。

ちなみに、何故冬児は情報収集の対象を天馬にしたかというと、その理由を三つ挙げた。

 

その一、夏目の呼び出しを引き受けたということは、少なくとも夏目に特別敵意を持っている塾生ではない。また、他人からの頼み事に対し、比較的素直な対応を見せるタイプである証明である。

 

その二、ちょうど弁当を広げようとしていたところだった。つまり、席を外すには不自然な言い訳を用意する必要があり、逃げづらい。

 

その三、見るからに「カモ」っぽかった。

 

その三に関してはいかにも冬児っぽい考え方だ。しかし、冬児が真たちの紹介で夏目と京子がやり合っている最中に、教室にいた塾生全員の反応を見定め、あとで探り入れる候補者に目星をつけていたことには驚きだった。

 

「これからメシ?邪魔だったか?」

 

天馬の答えを誘導するような形で冬児が質問した。何しろ、邪魔かどうか尋ねながらも、冬児は当然のように、笑顔で隣の席に座りかけているのである。

案の定、天馬は「そんなことないよ」と無害な笑みで返事した。

「よかった。俺、来たばっかで何もわかんなくてさ。ちょっと話が聞きたいんだけど」

 

「そ、そうなんだ。だったら、僕で良ければ」

 

「悪いな。あ、俺のことは気にせず食ってくれていいぜ」

 

さすがは見かけの割に口達者な冬児。とりあえず、情報収集できる形を作り上げた。

 

「でも、陰陽塾(ここ)、すごいとこだよな。設備が新しいのもそうだけど、表に狛犬とかさ」

 

「ああ、アルファとオメガだね。慣れると面白い式神だよ」

 

「式神ね。俺は当然持ってないし扱えないけど、天馬はもう式神を使えるのか?」

 

「ま、まあ、人造式なら少しぐらいは……いまどき式神は、インターフェースが優れてるから」

 

天馬は幾分ぎこちなさが抜けないながらも、冬児の話に付き合ってくれた。昼食の邪魔をされたのに、嫌な顔一つしない。見た目通り、人の良いやつらしい。

冬児が二人に向かって、こっそり手招きをした。真と春虎は顔を見合わせ、おもむろに席を立ち上がり冬児と天馬のもとに歩いていく。

 

「俺達も、いい?」

 

「え?あ―――」

 

「いや、だから、そんなに硬くならないでよ。夏目はどうだか知らないけど、おれなんて人畜無害だぜ?おれのことは春虎でいいよ。土御門って二人になっちゃったしな」

 

「俺のことは真でいいぜ。これからよろしく頼む」

 

天馬の表情は強張っていたが、次第に表情を緩めていった。

 

「……で、だな。知ってる範囲でいいから『クラスの事情』的なものを教えてほしいんだが―――今朝の女、『倉橋』なんだって?」

 

「そうだよ。彼女、倉橋家の令嬢なんだ。でも、令嬢って言っても、お高くとまった子じゃないけどね。僕なんかとも、気取らないで話してくれるし」

 

「……の割に、今朝はなかなか尖ってたな」

 

「うん。どうも、夏目君が絡むとね。……彼女、彼のことをライバル視してるみたいで」

 

天馬の口元に、微かな苦笑が浮かんだ。とすると、京子のあの反応は、クラス全員の総意というよりは、彼女個人の感情によるものらしい。

 

「でも、今朝は正直驚いたよ。僕だけじゃなくて、ほかのみんなもびっくりしたと思う」

 

「なんで?」

 

「倉橋さんが突っかかることはよくあることなんだけど、夏目君があんな風に激しく反論するのは珍しいから。らしくないっていうか……」

 

そう話しつつ、天馬は三人が夏目の知り合いなのを気にして、様子をうかがうような目を向けた。冬児が「気にせずに言ってくれ」と促すと、また申し訳なさそうに口を開く。

 

「彼―――夏目君って普段からすごく冷静っていうか、言い方が悪いかもしれないけど、周りには無関心だからさ。いつも独りで淡々と抗議を受けてる印象しかないんだ。それが、あんな風にみんなの前で―――なんて言うのかな?熱弁を振るう、みたいなことしたから、すごく意外に思った。今朝倉橋さんがむきになってたのも、そんな夏目君の反応に驚いたからだと思うよ」

 

天馬の率直な感想に、三人は思わず視線を交し合った。ついさっきの夏目からは天馬の言う「普段の夏目」が想像できなかったからだ。

 

「よっぽど大事なんだろうね。夏目君は、君のことが」

 

「………」

 

天馬が他意のない眼差しを向け、春虎は照れ隠しにそっぽを向いた。

夏目と京子のいざこざや、陰陽塾での夏目の性格は理解した。しかし、真には少しばかり気がかりなことがあった。

 

「なあ、天馬。流華ってさ、どんな感じなの?」

 

「え?流華さん?」

 

天馬が「そうだなあ」とつぶやいて、考え始めた。その表情は深刻なものではなかった。となると、流華は大きな問題を起こしてはいないということになる。まあ、『十二神将』になるほどの人間がよりによって陰陽の道で問題を起こすとは思えないが。

 

「流華さんは、いつも優しいよ。クラスのいろんな人に話しかけてるけど、特に夏目君の近くにいることは多いかな?夏目君は流華さんといるときが一番楽しそうだし」

 

「そうか。あの、流華が、か……」

 

どうやら、陰陽塾での流華は人懐っこい性格らしい。真が知っている流華とは正反対とはいかなくても、何かしらの違和感がある。この三年間で真の知らない流華が出来上がったのかもしれない。もしくは、あんな態度を時々とるのは真にだけであって、ほかの人に対しては普通の女の子として接している。そして、それこそが本当の彼女なのかも

しれない。どのみち、真の知らない本当の流華をこれから見ることになる。

そう考えると、何故か笑みがこぼれてしまう。

 

――――あの流華が、ねぇ……。

 

黙り込んだ真と春虎の胸の中を読んだのか、冬児が口を開いた。

 

「……ま、『これから一緒に頑張ろう』ぜ」

 

「うん。頑張ろうね」

 

それは、改めて天馬が心のきれいな人間だと感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「屈辱だっ。なんて様だ、このバカ虎!」

 

「本当だよっ。なんで、こんな結果に?よく陰陽塾に入れたね!?」

 

夏目と流華の声には、紛れもない怨嗟が込められていた。

しかし、机に突っ伏す真と春虎には、もはやそれを返す気力がない。春虎の隣に座る冬児まで、頬杖をついたまま、どこか遠い目をしていた。

 

「私、生まれてから十六年、㍘のテストなんて見たことがないよっ。勉強すれば少なくとも半分は取れるでしょ?」

 

「いや、俺、暗記教科は苦手で……それに知らなかったし……」

 

「こんなの英単語や国語と同じようなものでしょっ。この程度も知らないの?これじゃあ、陰陽師になるどころか、留年しちゃうよ?留年なんて主人として許さないからねっ!」

 

午後の講義が一通り終わった放課後。

流華や夏目激怒する理由は、その午後の講義にあった。しかし、特別なことは何も起きていない。訪れるべき(テスト)が、訪れるべき時に訪れただけである。

要するに真と春虎が・陰陽術全般の知識においていかに無知であるか、それが前講師に伝わったのである。

 

「真君は昔、陰陽術を少しかじってたじゃん。幾らなんでも、『汎式』における式神の種類とか、呪術の構成とかがわからないなんて、逆に何なら知ってるの?」

 

「……式符とか急急如律令(オーダー)とか?」

 

「そんなの知識のうちに入らないよっ!陰陽塾(ここ)に来る前に何をしてたの?予習とかしたよね?」

 

「……いや、してません……」

 

「なっ―――」

 

「ま、待てって。俺はてっきり陰陽師育成機関なんていうから、実戦ばかりやると思って……」

 

「これじゃあ実戦以前の問題でしょっ!……はぁ~」

 

流華は大きくため息をついた。さすがに流華は真のバカっぷりに心底あきれた様子だ。

 

元々真は、期末テストのように決められた範囲の勉強を得意とし、苦手な暗記教科も重要点を覚えることやほかの教科で補うというようにして、中学生の時などは学年上位に食い込んでいた。

 

しかし、この陰陽塾は真の苦手の暗記がほとんどで、覚えることがべらぼうに多い。もはや、重要点しかないのでは?と思うほどだ。さすがの真もここまでとは予想していなかったのである。

 

「……わかった。特訓。特訓をしよう」

 

「……え?」

 

「真君を私たちの領域まで上げてあげる」

 

「は?というか、待って。俺が流華の領域まで行ったら、もはや『十二神将』になれるじゃねぇか!?」

 

「とりあえず、『汎式陰陽術概論』と『陰陽Ⅰ種』、『陰陽Ⅱ種』の各種解説書。『現代式神論』と『再説陰陽史話』。あっ、『占事略決』はフル暗記ね。あとは『五行大儀』、『新撰陰陽書』も……」

 

「え、スルー?」

 

その膨大な量の本をどうやって勉強するのか、真は疑問しか思い浮かばなかった。流華が呪文のような本の名称を言っている途中で、何かを思いだしたかのように真に口を開いた。

 

「……真君は寮だったよね?」

 

「あ、ああ」

 

「なら、この後から特訓開始ね」

 

「へ?俺のところは男子寮……」

 

「寮母さんとは知り合いだから許してくれる」

 

「いやでも、それら全部は……」

 

「安心して。寝なくても大丈夫な術を知ってるよ。真君なら一週間以上はいけると思う」

 

「安心できるかァァァァ!!?」

 

真は頭を抱えながら上半身をくねくねと動かしている。

一週間以上寝れないのにどうして安心できるのか。真はこれから起ころうとしている惨劇を思い浮かべる度に、身震いをしていた。

すると、一段下にいる冬児が水を差すように口を開いた。

 

「―――夏目、流華。昼間のあいつ、また来てるぜ」

 

教室の外の廊下で、スーツ姿の男がこちらに手を振っている。昼休みに現れた「イケメン」だ。流華と夏目はハッとして顔を見合わせる。

 

「そういえば放課後もだったよね」

 

「うん」

 

「「じゃあ、特訓は……」」

 

真と春虎の声が重なる。おそらく二人とも、同じようなやり取りを展開していたのかもしれない。

しかし、流華と夏目は破ったノートの切れ端を取り出してシャープペンシルを走らせた。

 

「真君。これ全部、図書館にあるはずだから、貸出ししといてね。すぐに寮には行くから、全部目を通しておいてね?」

 

そう言い放つと、二人はいそいそと教室を出ていく。もはや、真には言い返す暇もなかった。

メモに視線を落とすと、大量の本の名称が並んでいた。正直この陰陽塾でもこれをほぼ暗記しているのは流華と夏目ぐらいだろう。

真は立ち上がり、春虎の隣に歩を進める。春虎が渡されたメモ用紙には真と似たような書名がズラリと並んでいた。

真と春虎は同時に溜息をこぼす。

 

「良かったな、二人とも。夏目先生も流華先生もやる気満々だ」

 

「まさか冬児、お前もこれ、全部読んでたりする?」

 

「生憎、平成以前に書かれた文章を読むと、貧血を起こす体質でな」

 

「なあ、これから先もずっとあんな感じに講義が進んでいくのか?」

 

「そうだろうな。一回生は座学が中心らしいからな」

 

再び机に突っ伏す春虎。真は異様に高い天井を仰ぎ見た。冬児は頬杖を付いて遠くを見つめている。どの顔からも生気失せていた。

 

「頭がよくなる呪術ってねえのかな」

 

「俺も思ったわ、それ」

 

「頭悪そうな術だな」

 

それきり三人は黙りこくってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰陽塾には、全国から集まる塾生のために、寄宿寮が用意されている。

男子寮と女子寮があり、前者の場所は塾舎から歩いて十分。最新設備が整っている塾舎ビルとは異なり、こちらは、三人の歳を足しても築年数に及ばない年代物だ。

外壁は赤茶けたレンガ造りで、玄関を抜けた隣には食堂兼娯楽室。奥の突当りがリフォームされたシャワー室と風呂場になっている。真に割り振られた個室は二階の一番奥から四つ手前だ。

 

今朝のカバンとは比べ物にならないほど膨れたその中には、流華から注文された本が束になって入っていた。

そんな重たいカバンを、六畳ほどの部屋の中央にある折り畳み式のテーブルの隣に置く。そして制服姿のままで、ベットに転がった。

 

「……疲れた」

 

心の底からぽつりとつぶやく。

まだ陰陽塾初日だというのに、一般高校に通っていた半年間よりも精神的に疲れきっていた。

講師たちの呆れ顔―――はまだいい。その後のほかの塾生たちの視線が何ともきつかった。冷めた目線や嘲笑するような視線。それらは、着実に真にダメージを与えていた。

だが、事前に冬児が言っていた状況に比べれば、大分マシな方だと思われる。春虎や真が名門だということにこだわっているのは、今のところ倉橋京子だけだ。

 

「ったく。あそこまで言わなくてもいいじゃんか」

 

真が愚痴をこぼした。

高校中退してまで陰陽塾に入学した真に、流華が見せた優しい態度は、二週間ぶりに会ったその日だけだ。

流華は真が陰陽に関していかに無知であるかを知った途端、手のひらを返すような態度をとった。元々流華は真がどういう状況だったのか知っていたにもかかわらず。

 

真は天井を仰ぎ見る。

本当ならもっと優しくしてくれてもいいはずだ。小さなことから少しずつ。

だが、真には半年間のブランクがある。それを埋めるには、他の塾生の二倍以上努力しなければならない。おそらくそれを思って言ってくれているのかもしれないが、ありがたみは全然感じられなかった。

 

「あいつ、俺のことペットみたいに思ってないか?」

 

真のつぶやいた言葉は、ただ空しく小さな個室に漂うだけだった。思わず寝ようとしたところ、真以外に誰もいるはずがない小部屋から丁寧な声が響いた。

 

『大変ですな。主殿は』

 

「へ?」

 

真が間抜けな声を出すと、視界いっぱいに白い煙が突如出現する。そして、その中からおよそ180㎝ほどの男性が現れた。

着ている服は陰陽塾の制服に似ている。というより、そのデザインの元となった白い狩衣を着ていた。頭には平安時代の陰陽師がかぶっていたような縦長の立鳥帽子をかぶっており、右手には紙と木で作られた何とも簡素な扇子が握られている。

その男はまさに『陰陽師』と言う名にふさわしい服装だ。

 

真は頭が混乱しており、何を言えばいいのかわからなくなっていた。そんな真にかまわず、目の前に現れた男は部屋中に視線を巡らせて歩き回り始めた。

 

「……うーん。何とも簡素な屋敷だな。何もないではないか」

 

「……あんた誰?」

 

真がやっとの思いで口を開く。部屋中を歩き回っていたその男はベットに腰かけている真の前に立つと何かを思い出したように口を開いた。

 

「これは失敬。私はあなたの護法になるために仰せつかったものです。名は凛爽(りんそう)と申します。よろしく頼みますよ」

 

凛爽という男は一言自己紹介のようなものを話すと、再び部屋中を物色し始めた。真は絶句する。

 

―――え?何この人。一体何者!?

 

何もないところから煙を出して出現した。そして、自分自身のことを(あるじ)と呼び、護法になるために仰せつかったと言った。となると、考えられる可能性は一つ。

 

「お、お前ひょっとして、俺の式神か!?」

 

「そうだが、主殿は今頃気づいたのか。二週間ほど前から近くに居ったというのに」

 

「へ?……二週間ほど前?」

 

「そうだ。私が止めていなかったら、主殿は今頃霊脈に呑まれて、三途の川を渡ることになっていたのだぞ?」

 

「霊脈?……あっ!あの時……!」

 

それは約二週間前にさかのぼる。

『十二神将』である少女、鈴鹿が兄を生き返らせるために行った泰山府君祭。術は一見成功したように見えたのだが、突如兄が暴走し始めた。真はそれを止めるために、鈴鹿の兄に触れようとした直前に突如止まった。

いや、誰かに止められた(、、、、、、、、)のだ。

おそらく、その時止めてくれたのが目の前にいる凛爽という男なのだろう。

そして、真は何かに納得した様子で口を開く。

 

「じゃあ、アルファが言ってた式神ってのは」

 

「私のことだ。あの狛犬に、私の隠形を見破ったことを褒めてやりたいぐらいだ」

 

「そ、そうか。じゃあ、これからもよろしく頼むよ、えっと鈴爽」

 

「よろしく頼む、主殿」

 

真は主殿と呼ばれて多少むず痒く感じ、思わず口を開く。

 

「『主殿』はよしてくれよ。俺のことは真でいいぜ」

 

「そうか。では真。あのテストの結果は一体なんだったのだ?私もあそこまでわからないとは知らなかったぞ。これでは陰陽師になるなど夢のまた夢だ」

 

「……お前までそんなこと言うのかよ。てか、俺の式神ならそんな厳しいことを言わなくても―――」

 

「主の恥は式神である私の恥。これでは私の名誉が汚れてしまう」

 

「それって、立場逆だよね!?なんか、すべて俺のせいみたいに……」

 

「それ以外に何があるというのだ」

 

真は肩をすぼませ「何もないです」と弱々しくつぶやいた。

それにしてもこの式神は真を主人に選んだのだろう。言動から相当な実力があると予測させる。実力があるなら、天道家の落ちこぼれである真ではなく、『十二神将』である流華を主人とした方が、ずっと有意義だと思うが。

考えても仕方がない。

とりあえず、護法の式神。護法式として何ができるのか聞いてみることにする。

 

「なあ、凛爽。お前って何ができるんだ?」

 

「愚問だな。私は―――」

 

凛爽が何かを言いかけた瞬間、真の部屋にノックの音が響いた。

 

「真君、いる?」

 

「では、真。私は隠形するとしよう」

 

「あ、ああ。わかった。――――流華か?入っていいぞ」

 

凛爽は流華の声を聞くや否や、主の客だと認識したのかそそくさに隠形をする。それと同時に真の部屋の扉が開かれた。

 

「ごめん、待った?」

 

「いいや、全然。今来たところだし」

 

「そう。じゃあ、早速はじめ―――」

 

流華はそう言いながら、テーブルに視線を移すと口を閉ざした。そんな、流華の様子を見た真は首を傾げる。

 

「どうした、何かあったか?」

 

真は流華が視線を向けているところに顔を向けた。

流華が向けた視線の先、テーブルの脚の隣には一冊の本が置かれている。ピンクをベースとした表紙。その中央には水着姿の女性が映っている。

それは、紛れもなくR―15指定のものだった。

 

「あっ!これ親父のお宝本―――え?ちょっ、流華さん?いや、流華様?なんで式符なんて持ってるんですか?」

 

「真君。私がいない間にこんな……」

 

「いやっ、ちょっ、話を、話だけでも!」

 

「問答無用!急急如律令!(オーダー)

 

「ああああああああ!!!!!!」

 

男子寮に真の叫び声が響いた。

きっと、真が真っ黒焦げで倒れていたことは冬児以外知らないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦

 

 

生成方法による分類とは異なり、用途による式神の分類は、厳密に規定されているわけではない。ただ、陰陽庁が市販する式神が便宜上用途別に分類されており、その分類が半ば公的に、広く使用されているのは事実だった。

 

たとえば、様々な用途に汎用的に使用できる「汎用式」。術者の移動や物品の輸送等に使用する「輸送式」。五感を介して遠隔地で調査する「検知式」。主に呪捜官が犯人を捕縛する際に使用する「捕縛式」。形代がそのまま式神の身体となる「機甲式」等々。

「護法式」そういった分類の一つだ。

ただ、護法式は他の分類の式神とは、ややニュアンスが異なっている。

 

そもそも、護法式の「護法」とは、密教や修験道における「護法童子」から取られたものである。『汎式陰陽術』は、かつて陰陽道に限らず、日本のあらゆる呪術を総括して作られた呪術体系だ。当然、その中には密教、修験道も含まれている。そして本来の護法童子は、神霊や鬼神、神仏の眷属を召喚して使役したり、あるいはその加護を受けるというものだった。

 

実はこれは、『汎式』で言う使役式と、ほぼ同じものと言える。つまり護法式とは、護法童子や使役式に代替品として、それらと同じ役割を果たすべく作られた人造式なのだ。

 

常に主の側にあり、主を守り、主の命に従う、忠実な人造の守護者。

 

それが、護法式なのである。

 

―――……の割になかなか毒舌な奴だよな、あいつ。

 

と、心の中で愚痴る。

 

真が一命をとりとめた翌日。陰陽塾の教室では、その日の最後の講義が行われていた。講師は担任の大友である。彼の講義は初めてだったが、相変わらずに軽いノリで進んでいく。

 

真と春虎には昨日と同様、今日もクラスの塾生から注目を浴びている。ただし、主に見ているのは春虎だ。

隣に座る春虎は何故か、あちこちに包帯を巻き、絆創膏や治癒符をこれでもかと貼り付けている。おまけに、夏目とのこの距離感。夏目は教室の隅に座っていた。その隣には流華の姿もある。おそらく、春虎も真と同じようなことがあったのだろう。昨日聞こえてきた春虎の絶叫は聞き間違いではないのかもしれない。

 

昨日あのあと、冬児に介抱され一命をとりとめた真は、あらためて流華に事情を説明した。

とはいえ、流華の機嫌が直ったわけではない。

理由はどうあれ、そういう本を持ってきてしまったことに変わりはない。

結局、昨日の出来事から流華とは一言も口をきいてはいない。

おまけに冬児まで「ちょっと距離を置く」と言って離れた席に座っている。つまり、今の真の味方は春虎だけなのだ。それは春虎にも当てはまる。

 

「……なんかおれ、涙ぐましいなあ……」

 

「大変だな、お互いに」

 

春虎のつぶやきに真が反応する。すると、春虎に声がかけられた。

 

「こらあ。何ぼうっとしとるんや、新入生!春のつく方!」

 

「わっ!す、すみませんでした!聞いてます。ちゃんと聞いてますよ?」

 

「だったらなんで謝んねん」

 

「あ」

 

春虎が言葉を失うと、代わりに教室中から失笑がこぼれた。

 

「あかんなあ、春虎クン。入塾二日目から、早くも気が抜けとるやないか。そんなんじゃ半年分の遅れを取り戻せへんで?そうやなくても、君、えらいもの知らんゆうて、講師の先生方の間で評判になってるんやから」

 

大友がわざとらしく嘆いてみせる。そんなことわざわざここで言わなくてもいいのでは?と思うがあの講師の性格上考えても仕方がないだろう。

 

「まあでも、いきなり講義についてこい言うんのも、難しい話かもしれんな。うちのカリキュラムって無駄がない分、一回やったことはまず見直したりせえへんもん。特に座学は」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「うん。要は、みんながついて来られるってのを、前提にしてるわけなんや。ちゃんと身に付いてるかどうか、教える方もいまいち不安なぐらいやで」

 

そう言った大友は急に何かを思いついたかのように、ニマッと笑った。手にしていた教科書を、音を立てて閉じる。

 

「……そやな。ちょうど新入生も三人入ったこやし、一回ここらで前期分のおさらいしてみよか。復習にもなるし、ちゃんと理解できとるんか、再確認もできるやろ」

 

突然の大友の発言に。教室がざわついた。「えー」という迷惑そうな声も上がるが、大友はお構いなしだ。

正直真にとって、おさらいはありがたかった。なんせ、自分の知らないことを知ることができる。少なくとも少しは、周りの生徒に追いつけるだろう。

しかし、

 

「冗談はやめてください!」

 

バン、と机を叩きながら、立ち上がった塾生がいた。いうまでもなく、倉橋京子だ。

 

「先生自ら『無駄がない』と仰ったカリキュラムを、たった三人の転入生のために、ねじ曲げるって言うんですかっ?それこそ特別待遇でなくなんなんです!」

 

相変わらずの正論に大友は「んー」と気の抜けた声で返事をした。困ったのか困っていないのかよくわからない顔をしている。

 

「ちゃんと聞きぃや、京子クン。別に三人のためだけの処置やないで?みんなの復習も兼ねてるんやから」

 

「復習なんて個人でやればいいことじゃないですか!みんながついて来ることが前提のカリキュラムなら、講義に遅れている自覚がある者が、自分の責任で復習するのが当然ですっ。自覚のない人がいるとしても、その人たちのために真面目に受けている者が害を被るなんておかしいでしょうっ!?」

 

「ふむ……けど、その論法やと、ついて来れん者は切り捨てるべきやと、そう言うとるように聞こえるな」

 

わざわざそう確認した大友の口ぶりは、相変わらずのとぼけたものだ。ただ、一方で眼鏡の下では、何かを試すような目を京子に向けている。

 

「無駄のないカリキュラムって、そう言うことだと思いますけど」

 

「うん。まあな」

 

大友があっさりと認める。

塾生たちが一斉にざわついた。言い負かした京子まで、驚いた顔をしている。

しかし、塾生たちに反応にかまわず、大友はあくまで飄々としている。

 

「なんせ、陰陽師というんは、ちょっとやそっとでなれる職業やないからな。陰陽塾にしても、先のわからんもんを、わざわざすくい上げたって意味がないんや。となれば、講義についてくる能力のないもんや、講義に遅れて自覚のないもん。そんな『ぬるい』連中には、さっさとご退場願ったほうがええ。それが陰陽塾の方針なんや。実は」

 

恐ろしくそっけなく、大友は言った。

 

「……でもな?一方で陰陽塾では、各担任教師にかなり大きな権限を与えられとる。そして、僕はこの陰陽塾の方針が、あんまり好かん」

 

「す、好かんって、そんな……」

 

「ハハ。矛盾してるよな?でも、そうやねん。しかも陰陽塾は、僕がここの方針に反対してることを承知の上で、担任に据えとるんやで?矛盾を矛盾と承知で容認してるんや。なんでそんなことしてるんか、君らには分かるかな?」

 

大友がにこやかに尋ねる。当然、答えられるものは一人もいない。

 

「それが、呪術というんもんやからや」

 

カツン、と足下で義足が鳴った。

静まり返った教室に、その乾いた音がくっきりと響く。

 

「ぶっちゃけると、たとえば『陰陽Ⅲ種』に受かるなら―――いや、『Ⅱ種』に受かるためにやって、そんなことまで理解する必要はない。受かるためだけならな。けど、陰陽塾の志は、そんなにちっぽけやないねん。僕ら講師はいつもガミガミ言うて、勉強せー勉強せーて、お題目みたいに唱えとるけどな。これでも君らには、期待してんねんで?」

 

大友はおちゃらけた物言いで、そう言った。

正直、話の内容は、いまいちつかみ所がない。ニュアンスは伝わるのだが、意味がはっきりとはしなかった。

ただ、「それが呪術だ」と平然と言う大友には、不思議と説得力があった。

 

「まあ、そういうわけやから―――って、かえって訳わからんようにしてもうたな?とにかく、ここは陰陽塾で、僕は君らの担任講師や。僕の指示には、従ってもらうで~」

 

「……納得、できないわ……!」

 

大友の言葉に絞り出すように答えたのは、またしても京子だ。

 

「何をどう言い繕ったって、さっきの流れは転入生三人に対する―――いえ、土御門家と天道家の転入生に対する贔屓じゃないっ。彼らのために、先生はそんなこと言いだしたんでしょ!?あたし、納得できません!」

 

頑として、京子は言い張る。

これでは、昨日の朝の再現だ。土御門に加えて天道についても指摘されたため、昨日よりひどくなるかもしれない。

塾生たちの視線が一斉に夏目と流華に向けられる。

しかし、

 

「「………」」

 

注目を受けた夏目は、わざとらしい無関心さで外を眺めており、流華は手元にある教科書に目を通してした。

どうやら、二人とも反論するつもりはないらしい。

すると、

 

「あなたたちのことを話してるのよ!何とか言ったらどうなのっ?土御門春虎と天道真!」

 

「―――え、おれ?」

「―――は、おれ?」

 

他人事のように構えていた二人を、京子が名指しした。たちまち、クラス全員の視線が夏目と流華から、春虎と真に切り替わる。

真は流華と夏目をもう一度見る。二人とも顔がわずかに強張って見えるがあくまで助け船をだすつもりはないらしい。

 

―――まあ、仕方がない、か。

 

真が口を開こうとする。だが、春虎がそれを制して立ち上がった。

 

「……おれは確かに、講義について行けてない。先生がもう一度前期の復習をしてくれるんなら、すごく助かるよ」

 

「そのために、ほかの塾生が迷惑を被っても平気なわけ!?」

 

「いや。悪いとは思う。

 

「だったら――――!」

 

すかさず京子が追い打ちをかけようとする。しかし、春虎はそれを遮った。

 

「悪いとは思う―――けど、遠慮はしない。それが先生の決めたことなら、おれはありがたく講義を受けさせてもらうさ。……まあ、それが理解できるかわかんないけど」

 

春虎が息をのんだ。

 

「だけど、おれは、おれたちは、自分が陰陽師になることを第一に優先させてもらう」

 

春虎はきっぱりと言い放った。

その瞬間、ひゅー、と教室の誰かが口笛を吹いた。いや、誰かではない。十中八九、冬児だ。

しばらくの間沈黙が続く。

 

「……それが、あなたたちの意見?」

 

「ああ、そうだ」

 

「……土御門春虎、天道真。悪いけどあたし、あなたたちには、自主退学を勧めるわ」

 

「退塾?ここを辞めろってことか?」

 

今まで黙って聞いてた真が立ち上がり、口を開く。

 

「そうよ!あなたたちが陰陽塾の講義について来れないことは、昨日の時点で誰の目にも明らかでしょ!?ここは、陰陽師を目指す者の中でも、トップクラスの人間が集まる場所よっ。あなたみたいな才能のない人は、お門違いだわ!」

 

ダン、と拳で机を叩き、京子がヒステリックに叫ぶ。

だが、それに対して真はずいぶん冷静だった。おそらく、久しぶりに聞いた「才能がない」と言う言葉の影響だろう。

 

「……才能がない、か。……四年ぶりに言われたよ。その言葉」

 

教室中の視線が春虎から、真に切り替わる。

 

「俺は、さ。元々見鬼の力がほぼなかったんだ。それはもう、ごく普通の一般人並にね。一応これでも昔はここにいるみんなみたいに陰陽師を目指してたんだよ。……でも、身内から、才能ないだの落ちこぼれだの言われ続けて、結局逃げたんだよ。陰陽の道でも身内からでもなく、自分からね」

 

そこまで言うと流華が胸を付かれたように真に視線を向ける。

 

「そのまま、何の目標もなしにふらふらと一般校に通ってた俺に目標をくれたのが、

幼いころの『約束』だったんだ。とある少女との約束が、ね。その少女は約八年間、ずっと待っててくれてたんだよ。何もできない俺のためなんかにね。その時からかな?その少女を守ってあげたいと思ったのは。でも、俺はなんの力もない。だから、陰陽塾に来たんだよ。自分のためにでもなく、家のためにでもなく、その少女のために俺はここに来た。だからさ、春虎が言ったように俺は妥協しない。もちろん、辞めるつもりもない。俺はその少女を守れるくらい強くなりたい。でも、今は陰陽に関してはド素人だし、何も知らない。けど、時機にここにいる全員を凌駕する陰陽師になるよ。才能ないやつは才能ないやつなりに頑張るから、大目に見てくれ」

 

真は京子に微笑んで見せた。

京子の顔が深紅に染まる。「このっ……!?」と言葉を詰まらせながら二人に向かって一歩踏み出した。

真は小声で「悪ィ」と春虎に謝ると「気にすんな」と春虎は真に笑顔を向けた。

その時だった。

 

「そこまでだ、痴れ者」

 

突然、京子の身体が飛び跳ねた。

重心を崩され、くるりと縦に回転しながら、床に投げ出される。

そして、誰もが目を丸くして「――――え?」と思ったときには、茫然としている京子に、突如姿を現した狐の耳と尻尾をした幼女が小刀を持って突きつけていた。

 

「厳命ゆえ大人しくしておれば、春虎様に対して何という非礼の数々。その愚行、もはや看過できぬ。我が愛刀の錆にしてやる故、大人しくそこに―――」

 

ダッシュで駆け出した春虎が、スパーンと脳天をはたく。「ふぎっ!?」と耳と尻尾が逆立ち、ラグがその狐の幼女を駆け抜けた。

 

「ははは、春虎様!?何故?」

 

「なにゆえ、じゃねえっ!隠れてろって言ったばかりだろ!」

 

「しし、しかしこやつ、いま春虎様の方へ行こうと――――コンは御身をお守りすべく!?」

 

「やかましいこの任侠式神!つーかお前、全然どもらず喋れるじゃなえか!さてはおれのこと、からかってやがったな!?」

 

「めめめ、滅相もございません!コンはそんな!?ごご、誤解です春虎様っ!」

 

胸倉を掴んでブンブン揺する春虎と、目を回しそうになりながら必死に無実を訴えるコンと名乗った狐の幼女。

そんな漫才じみた行動とは裏腹に教室は奇妙にどよめきに包まれていた。

 

「……ほう。こら驚いたな。護法式やないか」

 

「す、すみません、先生!わざとじゃないんですっ。すぐに形代ごと消却しますから!」

 

「しょしょ、消却!?春虎様っ、それはあまりにご無体な……!?」

 

「うるせえっ!」

 

「あー、かまへん、かまへん。可愛らしいし健気な式神やないか。許してやり。

 

大友は鷹揚に止める。

 

「ちょっと驚いただけや。まさか君が護法式とは……僕も、ほかの先生方から君の評判聞いて、先入観持ってたみたいやな。反省せんと」

 

「え?な、なんでです?」

 

「うん。まあとにかく、席に戻りぃや」

 

どこまでもニコニコを崩さない大友は、何やらぶつぶつと何かを言い出した。何を考えているのか気になるが、この講師が教えてくれるわけもない。

すると、

 

白桜!(はくおう)黒楓!(こくふう)

 

京子の鋭い召喚に応じ、彼女の前に二体の式神が現れた。

人型。成人男性ほどの背丈と、ボクサーのような絞り込まれたような肢体。片方は白く、片方は黒い。白いほうは日本刀、黒いほうは薙刀を構え、二体とも騎士の甲冑をさらに洗練されたようなアーマースーツで全身を覆っていた。

陰陽庁製の護法式『モデルG2・夜叉』だ。

 

「よくも騙してくれたわねっ、二人とも。まったく大した演技だわ!」

 

「え?」

「は?」

 

「とぼけないで!わざわざ無能を演じるなんて、ずいぶん迂遠なやり方じゃない?いったいどういうつもり!?」

 

「お、落ち着けって!悪気はなかったんだ。謝るからっ!」

 

「ふざけないでっ。先に仕掛けたのはあんたでしょ。上等じゃない。受けて立つわ!」

 

京子が叫んで腕を横に振る。同時に二体の『夜叉』が身構えた。

他方、春虎たちを囲む衆目の輪の外では、冬児が無言で椅子から立ち上がり、夏目も流華もベルトに下げた呪符ケースに手を伸ばしていた。

空気が張り詰める。一触即発の緊張感が、塾生たちの呼吸を重くした。

だが、

 

「よっしゃ、わかった」

 

その快活な大声は、大友のものだった。

叫び声をあげた大友は、一人教室の雰囲気とは無縁の様子で

 

「やる気と元気は、大いに結構。三人ともそこそこ式神は操れてるみたいやし、ここはひとつ、三人に実技の手本を見せてもらおうか」

 

『は?』

 

春虎と京子の声が重なる。だが、真にとってそんなことはどうでもよかった。一瞬で頭に浮かんだ疑問を口にする。

 

「あの~、先生?俺の聞き間違いかもしれませんけどさっき『三人』って言いました?」

 

「言うたで。それがどうかしたん?」

 

「いや、なんで俺が……?」

 

「真クンの後ろにもおるやん。それ、護法式やろ?」

 

「え?」

 

真が後ろを振り向く。先ほどまで真が座っていた席。そこには、白い狩衣を身にまとった凛爽が教科書を読んでいた。

 

「……なあ。なんでお前出てきてんの?」

 

「いや、おもしろそうであったからつい、な」

 

凛爽が平然と答える。

 

「じゃあ、真クン。春虎クン。京子クン。これからちょっと呪練場に移動して、式神勝負といこうやないか」

 

真が立ち尽くして一言。

 

「俺、関係ないじゃん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長かったですね(笑)


これからもこの調子で書いていくのでよろしくお願いします!


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第八章 驚きの連続

更新遅れてすいません。
東京レイブンズ第十三巻を読んでいまして……。

では、本編へどうぞ!


 

陰陽塾塾舎ビルには、体育館に匹敵するほどの広大なフロアがある。実技の講義に使われている呪練場だ。

 

アリーナの面積はバスケットコート三、四面分。高さは地上部分の三階分ほどあり、アリーナを囲む高さ二メートルの壁の上には、観覧席がズラリと並んでいる。全体的には屋内スタジアムそのものだが、大きな違いは奥にある祭壇スペース、それに壁面に刻まれた呪文や文様だろう。また、アリーナに降りるすべてのゲートは、両脇に青々とした榊の枝が飾られ、呪力を練りこんだ注連縄が渡されている。いずれもアリーナで行われる呪術の影響を、外部にもらさないための処置だ。

 

そしていま、大友のクラスの塾生たちは、観覧席に散らばりアリーナを見下ろしていた。

 

「なるほど、実技ってのはここでやるのか」

 

「ほかにも実技用の教室はあるけどね。一番大きなのはここだよ」

 

地価の呪練場を見回しながら、冬児が観覧席のシートに腰掛ける。答えたのは、隣にいる天馬である。

 

「甲種呪術の呪練場としては、国内最大クラスなんだ。ここの防壁は国家一級陰陽師が施したもので、相当威力が大きい呪術やフェーズ3以上の霊災でもやぶられない仕様なんだって。時々、陰陽庁の人も利用しに来ているよ」

 

「そんなご大層なとこで喧嘩か。贅沢な話だ」

 

唇を皮肉っぽく歪め、冬児が鼻を鳴らす。トラブル好きの彼でも、さすがにこの展開には呆れ気味なのだ。

 

冬児はそれとなく首を巡らせて、観覧する塾生の中に、夏目と流華の位置を確認した。最前列ではないが、その一つ後ろの席に座っている。

 

この気に及んでも夏目と流華は、春虎と真を助けるつもりがないようだ。ただ、二人とも平静を装っているらしいが、ハラハラと落ち着きのないのが手に取るようにわかる。葛藤と後悔の滲む視線がアリーナに向けられている。

 

ちなみに、現在アリーナに立っているのは、やる気満々で準備体操をするコンと、それを隣で見ている狩衣を身にまとった凛爽。そして、一度『夜叉』たちの実体化を解いた京子だけである。春虎も真もそこにはいなかった。

 

「このクラスってのは、いつもこんなノリなのか?」

 

「そんなことはないんだけどね」

 

「我らが担任も適当すぎねえか?」

 

「そんなことは……なくはないかも……」

 

直截すぎる冬児の質問に、天馬は困った表情で苦笑した。

 

「もともと教師やってた人じゃないからね。今期から陰陽塾の講師始めたってだけで……正直、教えるのもあんまり上手くないし」

 

「前は何やってたんだ?」

 

「足を怪我して引退するまでは、呪捜官だったそうだよ。バリバリに優秀だった―――って本人は言ってた」

 

「……呪捜官か」

 

呪捜官といえば、対人呪術のスペシャリストだ。陰陽師の中でも腕利きが選ばれる職種なのだが、あいにく冬児には、大連寺鈴鹿にまとめて手玉に取られていた印象しかない。

 

「それはそうと、天馬。さっきの一幕なんだが―――倉橋京子といい、周りの連中といい、春虎と真が式神出したくらいで、やけに過敏に反応してなかったか?」

 

「ああ、あれね。ただの式神なら、あんなに驚かなかったと思うよ。でも、春虎君と真君の式神、護法式だったからさ」

 

冬児の疑問、天馬は素直に答える。まだ出会って昨日の今日なのだが、すでにだいぶ打ち解けているらしい。

 

「そういや昨日も言ってたな。護法式を持っているのは、同期じゃ夏目と流華と倉橋京子だけ、とか。あのちびとのっぽ、そんなにご立派な式神なのか?」

 

「立派というか……護法式とか使役式ってのは、基本的に『二十四時間召喚してなきゃいけない』式神なんだ。それって、使役する方には、すごい負担になるんだよ。実体化させてないときは負担も軽くなるけど、常に使役者と霊的に繋がっていることは変わらないしね。だから護法式や使役式は、霊力が強い人間でないと扱うことができないんだ」

 

「ああ。らしいな。要は、霊的に『タフ』でなきゃ難しいとか」

 

「そう。だから陰陽師にとって、護法式や使役式を使役することは、一種のステータスなんだよ」

 

「なるほど。つまり、ド素人の春虎と真が護法式を持ってたってことが意外だったわけか」

 

冬児は納得して頷いた。すると今度は天馬が、冬児の方に顔を寄せてきた。

 

「……ねえ、冬児君。ほんとのところは、春虎君と真君ってどうなの?僕もてっきり素人だと思い込んでいたけど……」

 

辺りをはばかりつつ尋ねる天馬は、眼鏡の奥の瞳に隠し切れぬ好奇心が浮かんでいる。冬児は鼻を鳴らして肩を竦めた。

 

「あいつらは普段のアレが素だよ。真はどうだか知らないけど、あのちびの護法式は春虎の親父さんが餞別として渡したもんらしいぜ。扱いに困ってたしな」

 

「ま、まあ、制御はできてないみたいだね」

 

「……ただ」

 

ふっ、と冬児の双眸に、鋭く冷たい光がよぎった。唇が冷笑を刻み、不敵な気配が周りににじみ出る。

 

「だからってあいつらを侮ると、痛い目を見るかもしれないぜ?この夏にも一人前例がいるし、真もああ言ってたからな」

 

それまでと違う口ぶりに、天馬が「え?」と冬児を見やる。しかし、冬児は天馬の視線を黙殺して、じっとアリーナをにらんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「なんでやねん」

 

「それ、俺が一番言いたいわ」

 

「おれ、昨日入ったばっかの新入生だぜ?しかも超がつくほど初心者だぜ?いい加減すぎねえか陰陽塾?何考えてんだよ大友陣?陰陽師ってのはこんなんでいいのかよ!?」

 

「ったく。何考えてんのかわかんないぜ。あの先生」

 

「二人とも~?声、もれとるで~」

 

呪練場への移動中真と春虎は延々と愚痴り続けた。

 

大友へ抗議している間に、ほかの塾生は、すでに呪練場に向かってしまっている。真と春虎はややこしくなるので護法式を無理やり行かせてから、大友に説得を続け―――結局挫折し、重たい足を引きずっているところだ。

 

「先生、これ、ほんとにマジでやるんですか?このあと、さっきみたいにわかるようなわからないような説教して、なんとなく誤魔化してくれる予定はないんですか?」

 

「ないな」

 

「それって教育者として無責任すぎるでしょ!?」

 

「というか、ほんとになんで『俺も』なんですか?納得できません!」

 

後半は倉橋京子をまねた口調で真は口を開いた。だが、大友は「お、なかなか似てるな」と言ってその話は、それっきりになってしまった。

 

「まあまあ、ええやんか。どうせ君たち、早くもクラスから孤立しかかっとったところやろ?バカにされて、ハブられとったんやろ?」

 

「うわ。転入生のナイーブな心を、デリカシーもなくばっさりと……」

 

「そこかよ!?……それって担任講師が言うセリフじゃないと思いますが……」

 

「せっかく護法式もってるんやし、ここはひとつ格好いいとこ見せて、挽回すりゃええやん。ほら?生涯ニクい采配やと思わんか?」

 

「「思いませんよ!!」」

 

真と春虎の声が重なった。

 

「ていうか、これって十中八九負けるじゃないですか!」

 

「そうですよ!さっきも言ったけど俺達ド素人なんですよ!?」

 

そんな二人とは打って変わって、大友は肩越しに振り返り、ニマッと人を食った笑みを浮かべた。

 

「真クン。春虎クン。君たちは確かに素人かもしれんが、あんまり自分を卑下したらあかん。君たちはすでに、プロの目を見てさえ大それたことを、してのけてるんやで?」

 

「お、おれは何もしてませんよ」

 

「俺もです」

 

「それはどうかな?呪術ってのは、見た目が派手なもんがすべてやない。むしろ、ほんまに強い影響力を持ってるんは、いわゆる乙種呪術の方や。それは、呪術には縁がない素人さんやって、意識せずに使ってるもんなんやで」

 

真は正直、甲種と乙種の違いははっきりとわからなかったため、あまり実感がわかなかった。

しかし、大友は構わず、「それにな?」と一方的に話しかける。

 

「塾長も言うてなかったか?陰陽塾は、どんな事情があろうと、素質のない者はとらん。さらに言わせてもらえば、素質あるなし言うんは、君如きが自分で判断できるような浅薄なもんやない。それはもっと複雑で込み入ってて、深遠なものなんや」

 

「「………」」

 

「自分が陰陽師になることを第一に優先するんやろ?」

 

「「………」」

 

「正直な。僕、あれ聞いて安心したねん。面倒な事情はあれこれあっても、こいつらはちゃんと陰陽師になるつもりなんやってわかったからな。せやから、君たちももうちょっと安心しい。君たちは陰陽塾(ぼくら)が認めた君たちの素質を、君たちなりに伸ばせば、それでええんや」

 

コツン、コツンと大友の足跡が廊下に響く。真と春虎はしばし立ち止まった後、前を行く大友の後を追いかけた。

 

陰陽塾というところは、本当にわけが分からない。建物といい、講義といい。塾生といい、講師といい。それとも、本当にわけがわからないのは、実は「陰陽師」という存在そのものだったりするのかもしれない。

 

だが、その陰陽師を、自分は目指している。流華との約束を守るために。

 

そんなもとを思っていると、春虎が口を開いた。

 

「……大友先生」

 

大友が「うん?」と再び後ろを振り向く。

 

「このあとの式神勝負で頼みたいことがあるんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

アリーナに入ると観覧席にいた塾生全員の視線を一斉に浴びた。しかし、その多くの生徒はぽかんと口を開けている。

真も思わず隣にいる春虎に顔を向けた。当の本人は気恥ずかしそうにしている。

 

なぜそうなっているかというと、春虎が剣道の防具をつけているからだ。その防具の上には祓魔官が着ている防瘴戎衣(ぼうしょうじゅうい)をまとってあった。

 

「あのさ、なんでこんな装備なの?」

 

「俺が知るか。お前が頼んだことじゃん」

 

「わかっとらんな、春虎クン。君の申し出を認めるからには、これくらいの予防は当然や。君が大怪我でもしたら、こっちの責任になるんやで」

 

大友が迷惑そうに言って、春虎に木刀を差し出す。実際、春虎が頼んだのはこの木刀―――正確には、何でもいいからとにかく「得者」をひとつ持たせて欲しいということだったのである。

ちなみに真は烏羽色の制服の上から防瘴戎衣を着ていた。さすがに、真は春虎のように木刀を持つことはやめて、全力で凛爽に任せることにした。

 

「これやって、僕がちょいと術を施しといた。もちろん、防具の方にもや。でないと、まともに受けただけで、木刀もろとも真っ二つになりかねんからな。ちなみに真クンの防瘴戎衣には、結構強めの術が施されてるから安心しい」

 

「はいはい。ありがとうございます、先生」

 

「そりゃあ、どうも。先生」

 

真と春虎は並んで京子を見据える。

すると、

 

「バカじゃないの?」

 

と、軽蔑しきった声で、苛立ちも露わに京子が声をかけた。

 

「式神同士の試合ってのは、実技でも普通にやっていることよ。戦うのはあくまで互いの式神。術者には手出ししないわ。……まあ、それでも怖くて仕方がないって言うなら、好きにすればいいけどさ」

 

「……なあ、倉橋。お前今『好きにしろ』って言ったよな?だったら、俺が武器を使っても文句はないんだな?」

 

「……呆れた。単純に距離を開けて式神を使えばいいだけの話でしょ?そんなにあたしの式神が怖いわけ?」

 

「そりゃまあな。刀と薙刀みたいなの持ってたし。素手で喧嘩するのは、さすがにおっかねえよ」

 

春虎が素っ気なく返すと、京子は怪訝そうに眉を持ち上げた。それから、ようやく相手の言わんとすることを理解したのか、両目を見開いた。

 

そう。春虎は自分も式神と戦うつもりなのだ。

 

すると慌てた様子でコンが口を開く。

 

「いいい、いけません、春虎様!」

 

「いけなかねえよ。だいたい向こうは二体いるんだぞ?ウェイトも体格も段違いなうえに、二体一じゃ勝負にならねえじゃん」

 

「な、何よ、その言い方は!言っとくけど、式神も数を増やせば、それだけ操作は難しくなるのよ?数だって術者の実力のうちなんだから、式神が多いからって不公平だなんて言われたくないわ!」

 

「言ってねえだろ、そんなこと。第一、おれを入れれば、二対二だ」

 

京子は「ふざけないで!?」と声を裏返した。

 

「術者が直接式神と戦おうなんて馬鹿げてる!これは式神勝負よ!?式神で戦いなさいよ!」

 

「だから、おれだって式神じゃん」

 

春虎は面をつけたまま平然と答える。京子は信じられないという顔で首を振った後、真に視線を向けた。それは「まさか、あなたもなの?」という意味が込められているように感じられる。

 

「いやいや。馬鹿は春虎だけだ。俺はちゃんとするよ?」

 

真が京子の様子をうかがうように答える。

 

「そろそろ、始めようぜ。もともとお前が言いだしたことだろ」

 

「……わかったわ。じゃあ、あなたたち二人とも同時にかかってきていいわ。こうすれば二対三で不公平に見えるけど、戦力としては五分五分に近くなる」

 

「それでいいんなら、乗るぜ。こっちとしては結構うれしいからな。春虎はどうする」

 

「構わない。あっちからふっかけてきた喧嘩だ。こっちが有利になるなら大歓迎だ」

 

真も春虎も京子の提案に了承した。

そんな三人を見守る塾生たちが、

 

「……ねえ、ちょっと、本気なの?」

 

「おいおい、マジかよ。あいつら……」

 

つぶやきが徐々に大きくなる。呆れ、馬鹿にするようだった声に、純粋な驚きと興奮の色が帯び始める。まあ、そのほとんどが春虎に対してのことだと思うが。

 

「……三人とも、ええようやな」

 

見守っていた大友のささやきが、呪練場に響き渡った。周囲のざわめきが一気に静かになる。

 

「んじゃ、頼むぜ、凛爽」

 

「……ん?何を言ってるんだ、真。私は戦わないぞ?」

 

「……は?」

 

「申したではないか。私は護法式と言っても、実戦的な呪術は結界しか作れないと。私はてっきり、真が戦うと思ってでてきたのだぞ?」

 

「……うそん……」

 

「では―――始め!」

 

そのかけ声を合図に、式神勝負が開始された。

 

 

 

 




読者様の皆さんに臨時のお知らせがあります。まあ、そんなに重要なことではありませんが。

これからはこのように、今までのような長い一話を二つに分けて投稿していきたいと思います。
こうすれば、いち早く皆様の目にお届けすることができ、更新もほぼ一日でできるようになります。
皆様は、気軽に読みたいですよね?

これからはこういう方針で行きたいと思います。
これからもこの作品をよろしくお願いいたします!

感想や、意見などがあったらどんどんください!  では。


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第九章 覚醒への予兆

 

 

 

 実に大変な状況に陥ってしまった。

 この式神勝負、最も頼りにしていた護法式の凛爽が、結界しか使うことができないポンコツだったなんて誰が想像できただろうか。見た目が『The 陰陽師』であるため、ものすごい術式を一つや二つお見舞いしてくれると思っていたのだが、これでは完全に使えない。つまり、春虎のように真が戦わなければならないのである。

 

「真、今失礼なことを考えただろう?」

 

「いやだって、考えないほうが無理あるだろ!」

 

 真と凛爽のやり取りを最初は呆れながら見ていた京子だったが、もうどうでもいいと思ったのか、黒楓と呼ばれるモデルG夜叉を操り、真と凛爽の元へ向かわせる。

 

「くっ、こうなったらやるしかねえ……!」

 

「何をするのだ?」

 

「男なら、拳と拳で語るもんだろ!」

 

「お前……本当にこの時代の者か?」

 

 真はファイティングポーズを取り、ボクシングのように足踏みをし始める。その姿はなかなかのものであり、観覧席から気持ちの籠ってないエールが飛んでくる。しかし、それはあくまで『見た目』だ。

 真はボクシングなんてやったことはなく、殴り合いの喧嘩もしたことがない。そんな真が達人クラスの格闘技を習得している夜叉に勝てる可能性は一%もあるわけなく、敗北は目に見えている。だが、黙ってやられるのも性に合わないのでこうして強気でいるのだ。

 

「うおおおおおお!!!!」

 

 走ってきた黒楓を迎え撃つため、真も走り出した。そのまま突撃して馬乗りになる作戦だったのだが、ダイブした瞬間黒楓に避けられ、横から服を掴まれ宙に浮く形となってしまった。その姿は巨人が小人をつまんでいるような姿だった。

 両手両足をばたばたさせている真のことを気にせず、黒楓は凛爽のいる元に放り投げた。派手に尻餅をつき、地面を転げまわる。

 そんな姿の真が面白かったのか、観覧席にいる生徒たちが笑い始めた。

 真は春虎の元に視線を一瞬移すと、どうやら向こう側も状況は同じらしく、まるでオモチャのように投げ飛ばされていた。

 

「な、なんとかしてくれ。凛爽」

 

「ふむ。残念ながら、私にできることはないな」

 

「ひでっ!?――――あ、ちょ!」

 

 いまだ倒れている真の両足を黒楓が掴んだ。そのまま後ろへ引きずり込む。その様子はもはやホラー映画だ。

 

「ぎゃああああ!!!」

 

 黒楓が次々と固め技を真に仕掛けていく。しかし、それに対抗できる力や技術があるわけもなく、真はされるがままだ。

 観覧席からは野次や笑い声が絶えなく聞こえてくる。それとは逆に京子の顔には怒りが浮かんでいる。

 

「ふごぉ!」

 

 再び投げ飛ばされた真には、戦う気力なんて微塵もなかった。そもそも真はとばっちりを受けただけで、この立ち合いには何の関係もない。このまま土下座をして、負けを認めるのも手なのだが、やはりそれは性に合わない。やると決めたからには最後までやり通したいものだ。

 

「……真」

 

「なんだ?」

 

「なぜ術を使わない」

 

「式符持ってきてないんだよ。……てっきりお前が戦ってくれるって思ってたからな!」

 

 それは事実だ。真自身すべて凛爽に任せるつもりでこの式神勝負を半ば強引に受けたのであって、自分が戦うなんて微塵も思っていなかった。だから式符は持ってきていないのである。

 しかし、式符があったからと言って、この戦況をひっくり返すことはほぼ不可能であろう。真はここに来る前まで、一般の高校生だったのである。陰陽師の勉強なんて皆無であり、術式なんて知っているわけがない。知っているのは、大連寺鈴鹿を救うためにやった、爆発する術式だけだ。

 それは使えるには使えるのだが、講師の大友陣が使わせてくれるとは限らない。というか使わせてくれないだろう。使い方を間違えたら、人の命も奪いかねないものなのだから。

 

「……真。呪術の神髄が何だかわかるか?」

 

「呪術の神髄? そんなのがあるのか?」

 

「それを見つけることができれば、呪術はお前に応えてくれる」

 

「……どういうことなんだ?」

 

「お前は呪術を知っているはずだ。それを呼び起こせ」

 

 この護法式は何を言っているのだろうか。

 真が呪術を知っているはずがない。幼い時から見鬼の才が弱く、周りからも見放され、挙句の果てに陰陽の道を捨てたのだ。そんな真が勉強もせずに知っているはずがない。

 だが、凛爽の言葉は不思議と説得力があった。まるで本当に自分がいろいろな術式を知っているような、そんな感覚に陥る。しかし、相変わらず何も頭に浮かばない。自分が知っているのなら、一つや二つ頭に浮かんでもおかしくないはずだ。

 

 次でとどめを刺すつもりなのか、黒楓が真の元にじりじりと詰め寄ってくる。真は覚悟を決めて再び突進しようとしたとき、頭の中に文字が浮かび上がった。次の瞬間、同一人物とは思えないほどの声音で、口を小さく開く。

 

「縛れ」

 

 真の口から発せられた言葉はまるで生きているかのように、発せられた瞬間黒楓が鎖に縛られる。会場中にどよめきの声が漏れる。大友陣でさえ、真の行為を予想していなかったのか、目を見開いた。

 そんな様子にお構いなしに真は人差し指と中指をピンと立てる。突如、右手から光が生まれ、二枚の式符が現れた。それを見えない壁に貼り付けるように設置すると、二枚の式符の中央に手を持っていく。真は次の術式を唱える気なのだ。

 

二対(につい)(いかずち)よ、我に立ちふさがる者を―――――」

 

「そこまでや」

 

 会場のどよめきが一層と大きくなった瞬間、関西弁の声が響き渡った。もちろんその声の主は、大友陣だ。

 真は大友陣の言葉で我に返ったのか、大きく目を見開き右手を見つめる。そして周りをきょろきょろと見始めた。真自身、何が起きたかわからない様子だ。

 

「俺…は……」

 

 その言葉を発したと同時に二枚の式符が音もなく消え始め、真はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると見慣れない天井が広がっていた。いや、一度や二度は見たことがある。この天井は真の自室だ。

 いつの間に男子寮に運び出されたのだろうか。ここまで来た道のりを思い出せない。しかし、鮮明に憶えているものはある。それは、京子との式神勝負だ。

 

 頭に浮かんだ言葉を口に出した瞬間、次々と術式らしき言葉が浮かび上がり、まるで自分じゃないように、慣れた様子で次の言葉を発した。だが、それも今では何も頭に浮かんでこない。無数にあった術式が何一つ思い出せないのだ。

 

「大丈夫?」

 

 隣から聞きなれた声が耳に入る。

 そちらに顔を向けると、心配そうな表情を浮かべた流華が座っていた。その服装は陰陽塾の制服であり、真がここに運び出されてからずっといたことがすぐに理解できた。

 しかし、真が無事なのを確認すると、先ほどの表情とは違い、明らかに怒りを浮かべながら口を開く。

 

「なんであんなことをしたの!」

 

「いや、だって……」

 

「相手は『夜叉』だよ? 死んでもおかしくなかったんだよ?」

 

「あれ以外に方法がなかったし……」

 

「なら降参すればいいことでしょ! なんで無茶をするの?!」

 

 確かに真の行為は無茶以外の何者でもなかった。黒楓が丸腰であったからよかったものの、これが実戦となれば話は別だ。相手は容赦なく真を倒しにかかってくるし、丸腰だったら太刀打ちできなかったはずだ。

 真は一言「反省してます」と口に出すと、流華は言い過ぎたと感じたのか急におどおどしながら何かを思い出すと、緊張な面持ちで口を開く。

 

「そういえば、真くん。あんな術式どこで覚えたの?」

 

「あ~、あれね。実は俺もよくわからないんだよ」

 

「わからない?」

 

「ああ。急に頭に浮かんだと思ったら、考えるよりも前に口に出してたんだよ」

 

 流華が何かを考えるように黙り込む。

 無理もないだろう。真はあんな術どころか、簡単な術さえ知らない。過去になんかの書物で読んだとは考えられない。謎しかないのである。

 ただ、凛爽の言葉に反応したことは事実だ。それならば、凛そうに聞いてみるのが一番早い。

 

「流華、今日はありがとう。でももう遅いから、寮に戻ったほうがいいぞ」

 

「……そうだね。わかった。何かあったら、連絡して。……無理はしないでね?」

 

「おう。気を付けて帰れよ」

 

「うん」

 

 流華は立ち上がり、踵を返すと真の部屋から出ていった。

 真はそれを見届けると、どこかにいるであろう凛そうに聞くために口を開く。

 

「凛爽、いるか?」

 

「ここにいるぞ」

 

 声のした方向に顔を向けると、椅子に座ったままの凛爽が真を見ていた。おそらくずっと座っていたのであろう。

 

「さっきの。お前は何か知ってるか?」

 

「知っているが、教えることはできない」

 

「なんでだよ」

 

「それはお前が自分自身で見つけなければ意味がないからだ。まあ、今回のことは気にしなくてもよいと思うぞ?お前にはまだ早いからな」

 

「早いって、何が……?」

 

 それに答えるつまりはないのか、机の上に置いてあった雑誌を読み始める。

 ベットに再び倒れ込み、天井を見つめる。

 自分の身に何が起きているのだろうか。残念ながら真にはそれが分からない。わかるのは、これ以上考えても何も出てこないということだけだ。時期が立てば凛爽が教えてくれるだろう。

 急に瞼が重くなる。 

 今日だけで、何日分もの疲れを感じている気がする。これからもこんな生活が続くということを考えるだけでため息が出そうだが、今、真ができることは明日に備えて寝ることだけだった。

 

 

 

 

 

 




 
短かくて本当にすいませんm(_ _)m

第一作目が原作に追いつきそうなので、これからはこちらをメインに書いていきたいと思っています。

これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第十章 試合による変化

「おいおい。俺も本格的に心配してきたぞ?」

 

「今日は槍が降るかもな」

 

「ひでぇな!?」

 

 翌朝。いつも通り――――といっても片手で数えるほどしか過ごしていないのだが――――の時間に起きると、朝食をとるために部屋を出た。そこでちょうど出くわしたのが、昨日のMVP、赤点キングの春虎様である。顔には外傷が見られないのだが、おそらく体の一部に治癒符を張り付けているのかもしれない。

 

 朝食を終えた真と春虎は、珍しく二人で陰陽塾まで行った。いつもはここに冬児が加わるのだが、もう少し距離を取りたいらしく、その理由は定かではない。

 

 くだらない雑談をしながら、教室のドアを開けると妙な違和感を感じ取る。それは春虎も同じようで、小首を傾げながら昨日と同じ席に座り込んだ。無論、真はその隣に座り込む。

 

 流華と夏目も昨日と同じ位置に座っており、流華はこちらに心配そうな視線を送っているが、夏目に至っては、一瞬だけ春虎を見ただけですぐ窓の外に顔を向けてしまう。どうやら、春虎と夏目はまだ仲直りをしていないらしい。

 春虎に顔を向けると、外見では平常心を装っているがなかなか重いオーラを出している。

 

(そこまでなら、しっかり謝ればいい話だろ……)

 

 ため息をつくと、不意に誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。顔を上げると、三人組の女子生徒が真を春虎の前にいた。

 

「――――お、おはよう、土御門君、天道君」

 

「え? ああ、おはよ……」

 

「おはようさん」

 

 朝のあいさつをされたんだからしっかりと返せよ、と思うのだが、昨日の一件からそうするのは簡単ではないだろう。むしろ、軽い感じであいさつしている真の方が異常なのかもしれない。

 

「あのさ? いま、ちょっといい?」

 

「俺は構わないけど、春虎は……」

 

「いや、俺も大丈夫だ。何か用?」

 

「ううん。用ってわけじゃないんだけど……」

 

 もじもじしながら女子生徒は何かを言おうとしている。話しかけてきた女子の後ろでは、ほかの二人が早く早くと肘でつついている。その瞬間、真は何を言おうとしているのか察しがついた。

 

(こ、このシチュエーションは……罰ゲームの告白だな……!)

 

 しかし、罰ゲームとはいえ男子二人同時に告白するとは、何とも素晴らしい精神を持ったお方だ。

 脳内で勝手に組み立てた予想は、次の一言によって大きく崩れ去る。

 

「き、昨日の試合すごかったね。怪我は、大丈夫?」

 

「………え?」

 

「昨日の試合だよっ。土御門君は木刀で式神とやり合っちゃうし、天道君は簡単に式神を拘束しちゃうし……もしかして、本当は二人とも天才?」

 

 春虎に至ってはある意味天才なのだが、真はそんなつもりは一ミクロンもない。何せ、今まで陰陽の道から逃げてきたのだから。

 なんとなく空笑いすると、今度は近くにいた二人の男子生徒が真と春虎が座る席によって来た。

 

「……よ。昨日は災難だったな、土御門、天道。よく逃げ出さなかったよな」

 

「ほんとだぜ。俺だったら絶対ばっくれてる。だって相手は、あの倉橋だぜ?」

 

「まあ正直言って、俺は完全にとばっちりだけどな。このある意味天才的な奴のせいで」

 

 真の言葉に二人の男子生徒が小さく噴き出す。先ほどまでは、昨日から一言も声を掛けなかったという気まずさが残っているような気がしていたが、今では感じられない。だんだんと、真と春虎はこの教室に馴染んできている。そう感じた瞬間だった。

 クラスメイトが昨日の試合の感想を述べ合っていると、「あれ、春虎君と真君?」という、数少ない顔見知りが声をかけてくる。

 

「おう、天馬。おはようさん」

 

「おはよう。二人とも体の方は大丈夫?」

 

 春虎は両肩を竦ませながら、答える。

 

「ピンピンしてるよ。悪いな、心配かけて」

 

「とんでもない。でも、二人とも、護法式なんて持ってたんだね。しかもあれ、どう見ても市販じゃないよね?」

 

「あ、ああ、まあ……」

 

「たぶんな」

 

「そうそう! ねえ、土御門君、天道君、あの護法式、もう一回見せてくれない?」

 

「あ、わたしも! 私も見たーい!」

 

 護法式という言葉に、女子が素早く食いついてくる。春虎の小っちゃい護法式ならばまだわかるのだが、真の護法式に何の魅力があるのだろうか。

 どうしようか迷っていると、いきなり隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

『呼んだかな? 真』

 

「呼んでねぇよ!?」

 

「あら、やっぱりイケメンだ!」

 

 神速と呼べる速さで、女子生徒の方へ顔を向けると目を輝かせている。全国のエリートが集まる学校と言えど、心は乙女らしい。凛爽はそんなクラスメイトらに、真とは全然違う応対をしていた。

 「お前も大変だな」という声が隣から聞こえてくるので、「ああ、まったくだ」と肩を竦ませる。

 春虎の近くでは、真同様コンがいじられていた。遠慮なく揉みくちゃにされているコンは、もはや人形状態だ。

 そんな姿を見て笑っていると、後方から声が降りかかる。

 

「意味ねえよなあ」

 

 舌打ち混じりの一言。挑発的な響きだった。振り返ると、名前は知らない男子生徒が、机の上に投げ出して、真たちを見下ろしている。

 

「……護法式がなんなのかも知らないようなのが、高等式なんか侍らせてるんだぜ? これだから名門様はよぉ」

 

 嫌悪感むき出しにした口ぶりに、騒いでいたクラスメイト達が口を閉ざす。やはり、真や春虎のことを良くは思わない生徒もいるようだ。

 

「コンっ!」

 

 女子たちの手を振りほどいて躍り上がったコンを、春虎が制止させる。今のはいい判断だろう。このままコンに手打ちさせれば、確実に春虎はこの場に居づらくなる。

 

「―――ったく、お前は反省ってもんを知らねえのか」

 

「しし、しかしぃ~……」

 

 主思いのいい護法式だ。凛爽もコンほどに主である真を慕ってくれたら、どんだけいいか。

 考えても仕方がないだろう。嫌味を口にした生徒は、慌てて机から足をひっこめたせいで、椅子からずり落ちそうになっている。まあ、確かにあんな程度の言葉で式神が飛んでくるとは、誰も思わないだろう。

 泡をくらった男子生徒を見て、クス、と女子の一人が失笑。それが伝染したのか、真と春虎の周りだけではなく、教室中から忍び笑いが聞こえてくる。笑われた男子生徒は、怒りと羞恥に顔面を赤く染めた。

 それを見た真が、謝罪しようと口を開いた瞬間、春虎が頭を下げる。

 

「済まん」

 

 囲んでいたクラスメイトがポカンとし、謝られた生徒までぎょっとした顔になった。コンに至っては衝撃のあまり、目玉が飛び出している。

 

「騒いで悪かった。おれ、目障りだよな。一応自覚はしてるんだぜ? でも……」

 

 と春虎は頭を上げ、たじろく男子と正面から目を合わせた。

 

「おれ、みんなとはなるべく仲良くしたいんだ。昨日、倉橋さんにも言ったけど、大目に見てくんねーかな? おれも、空気読めるとこは、なるべくそうすっから」

 

 今度こそ教室中が静まり返る。

 春虎の周りの生徒は唖然とした表情だ。もちろん真もその一人。真自身、そこまで言うつもりはなかったのだ。

 いまだに奇妙な沈黙が漂っていると、最初に話しかけてきた女子生徒が口を開いた。

 

「……てゆっか、あんたこの前の実技んとき、先生の簡易式だって、ちゃんと操れなかったじゃん。護法式なんて、どうせ使えやしないでしょぉ?」

 

「う、うるせえなっ。あんときゃ、調子が出なかったんだよ。第一、自立系のなら、操作も全然違うだろうがっ」

 

「とか言って、講義終わったあとは、へろへろだったよな?」

 

「最初はあんなもんだろ! そう言うお前はしばらく立てなかったじゃねえかっ」

 

 女子に続いて男子が茶化し、それに減らず口が返る。その結果、雰囲気がとても軽くなることができた。

 

「と、とにかく、土御門っ、天道っ。おれは昨日みてえな試合も、お前らのことも気に食わない。それははっきりと言っておくからな!」

 

 その内容とは裏腹に、言葉には先ほどのような刺々しさは微塵も感じられなかった。彼は彼で真と春虎の存在を認めたのだろう。

 

「覚えとく。あと、おれのことは春虎でいいぜ」

 

「俺のことも名前で呼んでもらって構わない。まあ嫌でも振り向かせてやるさ」

 

「………」

 

 男子生徒は返事をする代わりに、鼻を鳴らして顔をそむけた。

 後ろにいた女子生徒からは「やだー、天道君はそっち系?」などと言う声が聞こえてくる。そんなつもりで言ったわけではないのだが、よくよく考えれば、そういう意味に聞こえなくもない。

 なんとなく苦笑いをしていると、春虎は向き直り、フォローしてくれた女子に眼差しで感謝をささげた。

 

「そうだ。まだおれ、みんなの名前覚えてないから、この機会に教えてくれね? おれのことは春虎って呼び捨てでいいからさ」

 

「俺のことも真でいいぜ」

 

「おっけー、じゃ、ツッチーとマコッチね?」

 

「「話聞いてる!?」」

 

 二人のツッコミに、再び笑いが場を包み込む。天馬が気を利かせてくれたおかげで、ほかの塾生とが次々と自己紹介をし始めた。さっきまで毒づいていた生徒も「けっ」と言ったが、口元には笑みが浮かんでいる。

 この調子なら、思ったよりも早く教室に馴染めそうだ。真は笑いながら、クラスメイトと雑談をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よかったね、夏目ちゃん(、、、)

 

「ふぇっ!?」

 

 突然話しかけられた夏目は思わず地の声を出してしまう。

 

「……こいつは予想外の展開だったな」

 

「と、冬児……」

 

「狙ってやってるなら大したもんだが……あいつらは天然だからな。さらっとああいう真似が出来ちまうことが、できないやつからすると妬ましい―――」

 

 と、冬児が夏目を横目で見やり、

 

「―――なぁんて、思ってたりするか?」

 

「な、何をっ……馬鹿なことを……」

 

 尻すぼみに言い返して、夏目は冬児から目を逸らす。

 しかい、逸らした視線は自然と春虎に吸い寄せられていることに流華は気づいた。そんな姿を見ていた流華は思わず微笑む。

 

「……あんま意地を張るなよ?」

 

「い、意地なんか張ってない! さっきから何を言ってるんだっ」

 

「そうか。悪いな。実はこの夏、俺のダチ(、、)が一人、やっぱりつまんない意地張ったせいで、あのバカと喧嘩したことがあってな。しかも、結局それっきりになっちまってよ」

 

「……!」

 

 そのことについて流華はよく知らないのだが、おそらく夏目にとっては重要なことなのだ。狼狽えた様子で俯いた夏目の手にそっと、手を添える。

 今の夏目はどう見ても女の子にしか見えない。

 できるだけ夏目の手助けをする、そう決めた流華であった。 

 

 

 

 

 




投稿が遅れて申し訳ありません。
この作品を書くに当たって、原作を何度か読み返しているんですが、少々疑問に思ったことがあります。

『陰陽塾って、エリート集団じゃないの!?』

 作中にもあった通り、式神すら満足操れないという生徒が何人かいます。それについてちょっと疑問に思いました(笑)

不定期更新になりますが、できるだけ早く更新したいと思います。
これからもよろしくお願いします!


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第十一章 突然の襲来

 

 

 

 蝋燭の光に照らされていた薄暗い部屋で、スーツを着た一人の男が大きく伸びをしながら立ち上がる。

 同じ部屋にいた老人はその男を横目で見やると、再び自分の作業に没頭し始める。男は、そのままスーツの埃を払うようにニ、三回手で振り払うと、近くで座る老人に声をかける。

 

 

「んじゃあ、行ってきますわぁ。師匠」

 

 老人は再び男を見つめると、皺の寄った小さな口を開く。

 

「あまり深追いするではないぞ」

 

 面倒くさいことになるからな、と続けられ、男は口元に笑みを浮かべる。

 

「ほどほどにしておきますよ……ほどほどにね」

 

 そう言って、薄暗い部屋から立ち去る。

 それを聞いた老人は小さくため息をつき、筆を走らせていた手を止める。そのまま自身の伸びた髭を撫でながら小さくつぶやいた。

 

「今回は本当であってほしいのぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「結局来なかったね。夏目ちゃん」

 

「ん? ああ、そういえばそうだな」

 

 午後の講義が終わり、寮に帰る支度をしていた真は不意に流華に声をかけられる。彼女の顔には一目見てわかるほど、不安の色が広がっていた。そんな流華に真はふと思ったことを聞いてみる。

 

「あいつって、さぼり癖あるの?」

 

「あるわけないでしょ。真君じゃあるまいし」

 

 それは心外である。真はこれでも元いた学校では、絶賛皆勤賞中であり、担任教師に『肝心なところでバカじゃなければ、お前の高校人生バラ色なのにな』と言われたほどである。

 一瞬それを自慢しようとしたのだが、どうせ論破されるのが目に見えているので、思ったことを口にする。

 

「おいおい。まださぼってないだろ」

 

「『まだ』って何? もしかして、隙を見てさぼろうとしてる……?」

 

「……いやいや、今のは言葉の綾だから! そりゃさぼりたくなるけど……さすがに俺もそこまで馬鹿じゃないから! 根はまじめだから! だから札をしまってください! お願いします!」

 

 全力で頭を下げる真に流華は、一つため息をつくと手に持っていた札をケースにしまい込む。

 それを見た真は安堵をこぼすと、脱線してしまった話を元に戻す。

 

「んじゃあ、よっぽどのことがあったんじゃね? 適当な理由でさぼるほど自分に甘くはないだろうし。それに……」

 

 それ以上のことは言わなかった。黙った真を最初は不思議そうに見ていた流華だったが、真が何を言おうとしたのかわかったのか、「…うん」と一言だけ言って自分の席のカバンを取りに戻っていく。

 

(あいつらなら、明日になれば元に戻っているだろうな)

 

 あいつら、とは春虎と夏目のことである。

 午前の講義が終わり、昼食を取り終えた真たちは残りの昼休みを満喫するべく、教室へ足を運んでいたのだが、そこへ昨日の問題児第一号である倉橋京子がやって来た。そのまま春虎に「ちょっと顔貸してくれない?」と言って連れてってしまったのだが、昨日のいざこざで心配だったのか、夏目がその後をついていったのだ。

 結局、それから戻ってきたのは、思い切り不機嫌な顔をした春虎と妙にそわそわした倉橋京子だけで、夏目は戻ってこなかった。

 

 どう考えても、春虎と夏目が喧嘩した以外にありえない。あの二人なら、いつものように簡単に仲直りするはずだ。

 

 真は春虎に一言「先帰ってるわ」と言うと、流華とともに教室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日は『陰陽Ⅱ種』を半分暗記ね?」

 

「了~解……ってアホか!? え、何? 流華先生、冗談だよね? 一応俺、怪我人ですよ?」

 

「うん、知ってるよ?」

 

「うん、知ってるよね!? だったら…」

 

「でも、何も覚えられないほど重症じゃないよね? 大丈夫、真君ならできるよ!」

 

「あ……はい…」

 

 がっくりとうなだれながら流華に顔を向けると、先ほどとは打って変わって笑みを浮かべていた。

 ま、元気になったならいいか、と真は夕日に向かって大きな伸びをする。

 

 時刻はすでに五時半を回っており、帰路につく学生や会社員、夕飯の買い出しにでる主婦などが所々で見受けられる。しかし、その中に陰陽塾の制服を着たものはいない。

 おそらく、買い食いやゲームセンターに寄る暇がないのだろう。もしくは制服だと目立つからだろうか、どっちにしろ今の真にはそんな時間がない、というより許可が下りないはずだ。

 そんな姿を流華に発見されたら……考えただけでも恐ろしい。

 

 何とも言えない感情に襲われながら、流華とともに路地に入る。先ほどの道をそのまま進めば、陰陽塾女子寮なのだが、やはり流華は男子寮に来るようだ。数分前の会話を忘れるはずがない。

 

 そのままこの後起きる絶望を頭に浮かべながら、路地を進んでいくと、不意に袖を引っ張られる。突然の行動だったため、バランスを崩しかけるが何とかこらえる。疑問を隠し切れない表情で流華に顔を向けると、当の流華は正面を睨んでいた。

 なんのこっちゃと言わんばかりにその視線をたどると、視界に黒いスーツ姿の男が腕を組みながら壁に寄りかかっている姿が入ってくる。

 

「あいつがどうしt――」

 

 んだ、と言い終わる前にその黒スーツの男がこちらを見据えながら口を開いた。

 

「さすがはかの『十二神将』、並びに天道家の人間だ。そのまま進んでいたら、君たちは死んでたのにな。まったく、つまらない」

 

「あなたはいったい誰ですか」

 

 

 そう言いながら流華は正面に火行符を投げつける。主人の名を受けた札は、その役割の通り小さな火に変わっていく。空中で形を変えた火は、何かに取りつくように分散し、広がっていく。

 それが停止したころには、目の前に火の網目が出来上がっていた。黒スーツが言っていたのはこのことだったのだろう。一目見て、ただの糸ではないことがわかる。

 

「おいおい、完全に殺す気で作ったのかよ。というか流華、お前塾外で式符を使っていいのか?」

 

「長官に許可もらってるから大丈夫。それよりも…」

 

 流華はケースの中から式符を取り出して、次の攻撃を備え始める。確かに、黒スーツは、真や流華を殺す気で罠を張った。それを破ったとはいえ、みすみす返してくれないだろう。真も臨戦態勢を取る。もちろん、何もできないが。

 それを見た黒スーツは「ふ~ん」と真と流華を交互に見始めると、壁から背を離した。

 

「そっちがやる気なら大歓迎さ。ま、師匠にほどほどにしろと言われたから、ちょっとだけな?」

 

 そう言い終えた瞬間、流華が正面に式符を二枚投げ、簡易な結界を張る。それと同時に、二つの黒い矢が迫ってきた。それを見た流華が、隣で叫ぶ。

 

「避けて!」

 

「なっ!?」

 

 咄嗟に体を捻った真だったが、持っていたカバンに矢が命中し、深々と突き刺さる。うそだろ、と思いながら真は黒スーツに顔を向ける。

 いくら力が制御されているとはいえ、十二神将の結界だ。それが簡易なものだからと言って、そうたやすく破れるものではない。

 黒スーツの口元には笑みが浮かんでいる。十二神将の結界を破るほどの力、ノーモーションからの術行使、自信たっぷりの表情。間違いなく奴は相当な実力者だろう。おそらく十二神将に匹敵するほどの力を持っている。だとしたら、何故真や流華を狙うのだろうか。

 

 十二神将になれなかった嫉妬。まずこれはないだろう。奴から憎悪など微塵も感じられない。

 次に、天道家に対する個人的な恨み。こちらもないはずだ。先ほどこの男は、『師匠からほどほどにしろ』と言われているといった。これほどの実力をもって、なおかつ恨んでいるのならば、最初から殺しに来ているだろう。よってこれもない。

 だとしたら、最後に残るのは流華の中に眠る力。

 

 昔親父から、流華には特別な力が眠っているといわれたことがある。今となっては、陰陽塾の生徒や講師なども知っていることなのだが、それを狙いに来たというのだろうか。

 真が考えを巡らせていると、流華がお返しと言わんばかりにノーモーションで四枚の札を投げる。

 

急急如律令(オーダー)!」

 

 正方形に空中で停止した四枚の式符は、主人の名を受け、炎の渦を形成すると、そのまま黒スーツに向かっていく。直径一メートルの渦からして、明らかに加減をしていない。いや、できないほどの相手だと思ったのだろう。

 炎の渦が着々と近づいて行き、黒スーツの男をそのまま呑み込むかに思えた。しかし、男は人差し指と中指を立て、真が倉橋京子の式神相手にやったように式符を生成すると、正面に投げつける。

 途端、炎の渦は見えない壁にぶつかったように拡散すると、黒スーツの目の前で燃え上がる。生き場をなくした炎はだんだんとその勢いを弱め、最初の勢いとは打って変わって、あっけなく消え去った。

 

「なんだよ、こんなもんか。天下の天道家様の実力はよぉ。がっかりだぞぉ、まったく」

 

 黒スーツはあきれた様子で両肩をすくませる。

 すぐさま、この野郎と、奴に立ち向かいたいのは山々なのだが、残念ながら今の真に奴を倒す術はない。それに加え、流華の呪術をいとも簡単に防いだのだ。陰陽塾卒業後に戦っても勝てる保証はない。

 

(くそっ。どうすればいい?)

 

 流華は次の呪術を出すべく式符を取り出しているが、はっきり言って先ほどと結果は大して変わらないだろう。今の流華や真では勝てないことが、明白だ。ここは、戦う手段よりも逃げる手段を考えた方が得策だろう。だが、あれほどの実力者相手に逃げ切れるような気がしない。

 

「逃げる、なんて甘い考えはしないほうがいいぜ。坊や?」

 

「な、に……!?」

 

「真くん!」

 

 はっと我に返った真に向かってくるのは一枚の式符。それは真の正面で急停止すると、まるで木の根っこのように四本の黒い紐が伸び、真の体に巻き付く。それは流華相手も同様だった。だが、様子がおかしい。縛られるところまでは同じなのだが、真と違って流華は、意識がぷつんと途切れたように瞼を閉じる。

 身動きができなくなった二人は、重力に逆らうことなく地面に倒れた。そこへ、ゆっくりと黒スーツが近づいて行く。やがて二人の前に到達すると、しゃがみ込み真の首を掴み無理矢理こちらに顔を向ける。

 

「て、てめぇ……!」

 

「お~怖い怖い。そんながっつくなって、大将。お前今、無性に俺をぶっ飛ばしたいだろ?」

 

 男は挑発するように真に向かって口を開く。

 まったくもってその通りだ。何をしたかわからないが、流華を傷つけたこいつをぶっ飛ばしたい。そんな思いを込めながら、睨んで返答する。

 それを見た男は笑みを浮かべながら再び口を開いた。

 

「それは、『無理』だ」

 

 そう言って、真の首から手をはずすと、意識を失っている流華に手を伸ばす。

 

(俺は……何もできないのか……)

 

「やめろ……」

 

 真の悲痛な叫びは黒スーツに届くはずもなく、奴はそのまま手を伸ばしていく。

 

(約束したじゃねぇか……)

 

 やがて黒スーツの手は流華を縛っている紐にたどり着くと、それを握った。おそらくそのまま連れていく気だろう。そんなことは、そんなことだけは、絶対にさせない。

 

(流華を……『守る』って……!)

 

 その瞬間、真は再び昨日の式神勝負の時と同じような感覚を味わっていた。

 もぞもぞと体を動かし、黒スーツに顔を向ける。そして、いつもよりトーンの低い声で言い放った。

 

「流華に、触れるな」

 

「っ!?」

 

 バチッ、と流華を縛っている紐を持つ黒スーツの手から、小さな電撃が発生する。しかし、それ以上に何かを感じ取ったのか、黒スーツは真剣な表情で大きく後ろへ引き下がると、再び笑みを浮かべた。

 

「なるほど……こういうことね。……面白いじゃねぇか、お前」

 

 先ほど小さな電撃を食らった手を左手でさすると、笑いながら何かをあきらめた口調で再び真に言い放つ。

 

「今日はこの辺で退散するとするかね。こんなとこで問題を起こしたら計画がパーになっちまうからな………んじゃあ、いい夢見ろよ、大将」

 

 途端、黒スーツの周辺に黒い風が発生する。それは、すぐさま黒スーツを呑み込むと、まるでマジックのように消え、黒スーツの姿も消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
どうも、皆さん。大変お待たせしましたm(_ _)m
約半年ぶりの投稿ですね。この作品を楽しみにしていた方々、本当に申し訳ありませんでした。

私の活動報告にあるように、しばらく小説作成のモチベーションを上げるため迷走しておりましたが、ついに取り戻すことができました。

これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第十二章 狙い

 

 黒スーツがいなくなると、主人が相当離れてしまったからか、あるいは術を解いたからかかわからないが、二人を拘束していた黒い紐が音もなく消え去る。

 

「流華! 大丈夫か!?」

 

 すぐさま隣で倒れている流華に声をかけるが応答はない。何度か体を揺らしていると小さな呼吸音が耳に届く。どうやら意識を失っているだけらしい。

 真はそれを聞くなり安堵すると、地面に座り込む。

 もし黒スーツの男が流華に触れていたらどうなっていたのだろうか。考えただけでもぞっとするが、それ以上に自分に起こった現象について気になっていた。

 突如頭に流れ込んできた数種類の術。そして雷のイメージ。その中から無意識に雷のイメージが強くなっていき、気が付いたら流華の周りに電撃が走ったのだ。まるで、真の思いに応えるかのように。

 

『無事だったか、真』

 

 悶々と考え込んでいると、聞き覚えのある声が真後ろから聞こえてきた。

 

「凛爽、お前いたのかよ」

 

 真の言葉がまるで合図かのように、目の前に姿を現すが、その表情は真剣そのものだ。おそらく先ほどの黒スーツのことを考えているのだろう。

 

「まさかあいつがこの世にいるとはな……これは少々まずいかもしれない」

 

「お前、あいつのことを知っているのか!?  あいつの狙いは一体何だ!?」

 

 真は自分の中の疑問をぶちまけると、凛爽は少し考え込み、ゆっくりの口を開く。

 

「それは、流華の中に眠る力だろう……神の……力だ」

 

「神の……力?」

 

 神――それは陰陽を司る絶対的な存在だ。本当に存在しているのかはわからないが、家にある古文書によると、空を制する神《オシリス》、地を制する神《オベリスク》、空間を制する神《ラー》の三柱(みはしら)存在するらしい。それらをまとめて三幻神とも言ったりもする。

 かつてかの安倍晴明と共に活躍した伝説の陰陽師、天道義正が三幻神を用いこの世界の霊的バランスを整えたことは有名だ。

 まさか流華の中に眠る力というのは神のことなのだろうか。

 今すぐでもそのことを聞きたいのだが、流華をこのままにしておくわけにもいかない。とりあえず、流華を女子寮に送るのが先だろう。

 

「凛爽。その話はあとで聞くよ。先に流華を女子寮に送る」

 

「わかった」

 

 凛爽は了承すると、再び姿を消す。それを見た真は、流華をお姫様抱っこするとできるだけ人通りの少ない道を通りながら、女子寮へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子寮につくなり真を迎えたのは、キラキラした表情で真たちを眺める女子生徒たちだった。

 それもそのはず。真は女子が憧れる(らしい)お姫様抱っこで、流華を連れてきたのだ。他人の恋愛沙汰に興味津々な年ごろの女性の前でそんなことをすれば、こうなることはもはや当然というべきものだろう。ましてや流華は女子生徒の憧れ的存在。それがより一層彼女たちを感情を高ぶらせているに違いない。

 それはいい歳した女子寮寮母、木府亜子(きふあこ)にも言えることだった。女子生徒以上にキラキラした表情の木府さんに、「あんた何歳だよ」と突っ込みたくなるが、生憎今回はそんなラブリーな件ではない。

 数メートル近づいて、ようやく流華の状態に気付いたのか、木府さんは一瞬で顔色を変え、流華に駆け寄った。

 そのまま流華を託して、女子寮を立ち去った真は、先ほどの話を続きを凛爽に尋ねる。

 

「で、流華の中に眠る力ってのは、本当に神の力なのか?」

 

「ああ、そうだ。正確には、三柱のうちの一柱だが。流華の中には、空間を制する神、《ラーの翼神竜》が存在している」

 

「ラーの……翼神竜」

 

 確かに神の力があるとするならば、こんな歳で十二神将になれるのに納得がいく。おそらく長官が封印している力とは神の力のことだったのだろう。

 

「じゃあ、他の神はどこにいるんだ? 流華と同じように人の中にいるのか?」

 

「そう考えていいだろう。神は完全覚醒による世界のバランス崩壊を防ぐために何らかの形で封印されているはずだ。完全覚醒は三幻神同時にしなければ危険だからな…………まあ、一人は目星がついているが」

 

 最後のほうは聞き取れなかったが、どうやら神は三柱揃わなければ危ないらしい。ということは、かつての天道義正のように三幻神を引き連れるほどの力を持つ者がいるのだろうか。真の知る人物で一番有力なのは、現最強陰陽師、天道鈴之助だろう。

 頭の中で自己解決すると、次の質問をする。

 

「なら、奴らは神を使って何をしようとしているんだ?」

 

 《奴ら》といったのは、黒スーツの男が言っていた《師匠》という人物も狙っていると考えたからだ。真の疑問に凛爽は答える。

 

「知らん」

 

「即答かよ!?」

 

「私が知るはずもないだろう。他人の考えていることなど」

 

「いや、そうだけれども! なんかこう、予想をだな……」

 

「あの感じだと当分は襲ってこないだろう。今はそれだけで十分だと思うが?」

 

「……そうだな」

 

 凛爽の言う通り襲ってこなければこちらには何の問題もない。しかし、おそらくいつかは本気で流華の力を奪い取りに来るだろう。その時までに何としてでも自分に起こったあの感覚を、いつでもできるようにしておかなければならない。流華を、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 凛爽の言った通り、黒スーツの男はあの日以来こちらに接触することはなかった。あの日以来といっても、まだ一週間もたっておらず、今日が入塾後初の日曜日だ。いきなり波乱万丈の一週間で、本当にこの先やっていけるのかだんだん心配になってくる。

 

 結局のところあの日の出来事を、流華は覚えていなかった。周囲に知られることがなかったとはいえ、結構な呪術戦をしていたにもかかわらず何一つ覚えていないという。

 当然、翌日その日の出来事を根掘り葉掘り聞かれたが、

 

『お前は無理しすぎだ。昨日だって、いきなりぶっ倒れたんだぞ?』

 

 と、返すと、図星だったのかそれ以上聞いてくることはなかった。適当な嘘が通じて運が良かったとつくづく思う。

 一方、春虎たちは春虎たちでその日は大変だったみたいで、いろいろ愚痴をこぼされた。

 その日の出来事が影響してか、春虎は塾を立て続けに休み、現在は天馬から借りた講義のノートを必死に書き写している。まあおそらく、ただ書き写しているだけで、頭に内容は入っていないだろう。

 

「まあお互い大変だったわけだ」

 

「真のほうは何があったんだ?」

 

 春虎のベットに腰かけている真に、あくびを一つしながら冬児が聞いてくる。

 現在、春虎の部屋にいるのは、春虎、冬児、天馬、真の四人だ。春虎の護法式であるコンや凛爽もいるかもしれないが、どちらにせよ信頼できる。正直、真はこの三人にあの日の出来事を言おうか迷っていた。

 相当前から一緒にいる、春虎や冬児。それに加え、困っていた真たちに協力してくれた天馬になら、広まる心配はないだろう。

 しばらくの沈黙の後、決心して口を開こうとしたとき、隣の部屋から大きな音が聞こえてくる。

 

「なんだあ?」

 

 四人の視線は春虎の言葉と同時に、隣の部屋へと突き刺さる。

 真の記憶が正しければ、春虎の隣の部屋は空いていたはずだ。その部屋から物音が聞こえてくるということは、誰かが引っ越してきたのか、あるいは……。

 

「おいおい、昼間にも幽霊って出るのかよ……」

 

「さすがにそれはないだろ」

 

 と、春虎が様子を見に行こうとしたとき、部屋のドアがノックされた。

 春虎はそのまま腰を上げ、ドアを開ける。そこに立っていたのは、朱の盆と湯飲みを手にしたコンだった。

 

「ああ、コンか。お茶、ありがとうな」

 

 どうやらコンは、主人とその客のためにお茶を淹れに行っていたようだ。凛爽もこれほど忠義な奴だったらどれほど楽か。

 心の中で愚痴をこぼしながら、ベットの隣にあった折り畳み式テーブルを部屋の中央に広げようとするが、肝心のコンは廊下に立ったままで動かない。

 

「は、は、春虎様。実は……」

 

 コンは両耳をそわそわ動かしながら、横目に物音がしていた隣室のほうを見た。

 

「えっ? やっぱ幽霊?」

 

 手に持っていた折り畳み式テーブルを抱きかかえて体を震わせた真に、春虎が「そんなわけないだろ」とツッコミを入れると、廊下に首を突き出した。そのあとに続くように、冬児、天馬、真が首を突き出す。その視線の先に立っていた人物に、四人は目を丸くする。

 

「夏目?」

 

 春虎がそう呼びかけると同時に、隣室からぬっ、と立体した影法師のようなものが姿を見せた。一瞬、テーブルを放り出しそうになった真だったが、冬児が両手でそれを止めたため、大惨事になることはなかった。

 ぎょっとしている春虎たちを余所に、夏目は平然としている。影法師は夏目の前で跪くと、廊下の段ボール箱をひとつ持ち上げ、再び部屋に入っていった。

 それを見ていた春虎は、慌てて廊下に出る。

 

「な、な、夏目っ? なんだ、そいつ?」

 

「ああ、春虎。課題はちゃんと進んでる?」

 

 夏目はようやく気付いた様子で振り向いた。その表情は、やけに上機嫌だ。

 

「いまやってるよ。つうか、その黒いのなんだよっ?」

 

「ぼくの作った簡易式さ。ちょっと荷物運びにね」

 

「なんで荷物運んでるわけ?」

 

「ぼくも今日から、ここに住むからさ」

 

「「はあぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

 得意げに言った夏目に、春虎もちゃっかり真も驚愕した。口をあんぐり開けている真に、背後から声がかけられる。

 

「やっほー」

 

「ん? 流華? それに京子も。一体どうしたんだ?」

 

 私服姿の流華とともに現れたのは、これまた私服姿の倉橋京子だった。

 彼女とは、春虎がいない間、なんやかんや確執を埋めることができたため、今では名前で呼び合っている。

 真の言葉によって京子の存在に気が付いた春虎は、京子に声をかける。その間真は、流華と話し始める。

 

「お前、まさか夏目がここに越してくること知ってたな?」

 

「うん。別に言わなくても大丈夫でしょ? 言ったって、夏目くん(・・)は止められないと思うし」

 

 確かにそう思う。

 見たところ春虎たちの身に起こった事件によって、二人の絆はより一層深まったようにも見える。それは大変喜ばしいことであり、真が止めるようなことではないのだが、不安はある。

 

「だからって、隠しておくことないだろ。俺だって知ってたら引っ越しの手伝いくらいはするし……」

 

「だって……真君。何か隠してるでしょ?」

 

「うぐっ」

 

 思わず出てしまった声に、「ほら、やっぱり!」と流華がすかさず追い打ちをかける。言葉の詰まった真に流華はずいずいと詰め寄るが、

 

「な、何のことかな~? ひゅーひゅー」

 

 真は、大げさにそっぽを向いて、鳴らない口笛を苦し紛れに続ける。それを見た流華は、頬をぷっくり膨らませると、指をさしながら口を開く。

 

「真君は私の式神でしょ! 主人に逆らわないの!」

 

「あ~、そーゆーこと言っちゃう? 言っちゃいます? 残念ながら、ワタクシたち式神にも守秘義務があるんですぅ。それにワタシは主人の命を背くことができる唯一の―――」

 

「守秘義務の使い方間違ってるよ! それに主人の命令は絶対なの! 例え天地がひっくり返ったり、地球が滅亡しても守らなきゃいけないものなの!」

 

「それは無理があるだろ!!」

 

 ギャーギャーワーワー言い合っている真と流華に苦笑しながら、その場にいた者たちは夏目の引っ越し作業を手伝い始めた。

 

 

 

 




投稿遅れてしまい申し訳ありません。

ついに本日、東京レイヴンズ第十四巻が発売されますね!
僕は即行買ってきます(笑)

これからもこの作品をよろしくお願いします!


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第十三章

 終了を告げるチャイムが鳴る。同時に、教室にした塾生たちのため息が溢れ、この場の空気がだらしなく弛緩した。

 終了から三分もたたずに、私語と笑い声が飛び交う。試験官の講師が黙々と試験用紙を回収する中、真はその場で大きく伸びをした。

 体の奥底から解放感が感じられると、隣から明らかに心配の色を帯びた声が聞こえてくる。

 

「真君。大丈夫だった?」

 

 その声を聴いてから一呼吸置き、真は深いため息をついた。それを見た流華の顔から血の気が引くのを感じると、笑いながら親指を立てる。

 

「大丈夫だって。今回は試験範囲をしっかり把握してたし、流華が徹夜で手伝ってくれたからな。そこまで絶望することないって!」

 

「そ、そう。それならよかったけど……本当に大丈夫なの?」

 

「心配しすぎだろ!? どんだけ信用されてないの、俺!?」

 

 流華が心配しすぎるのも無理はない。今回のテストはただのテストではなく、二年生への進級試験だったのだ。

 半年間のブランクがあった真であったが、流華による地獄のテスト勉強のおかげで七割から八割ほどは確実に取れただろう。

 

「本当ありがとうな、流華」

 

「ううん。天道家の人間が留年だなんて恥ずかしいしそれに…………真君とは一緒にいたいし……」

 

「ちぇ。結局、天道家として恥ずかしいのかよ……ったく」

 

「……はぁ」

 

 何故か深いため息をついた流華に怪訝な目を向ける真だったが、それもすぐに止め、流華とともに立ち上がると、机に突っ伏している春虎たちのもとへ歩き出す。

 遠目からでもわかるほど、春虎は燃え尽きている。おそらく撃沈したのだろう。

 

「まあ座学は仕方ないとして、あとは明日の実技だな。何とかなるって」

 

「……真はどうだったんだよ」

 

「俺か? まあまあかな。試験範囲さえ間違わなければ割といけるからな」

 

「何だよそれ~。俺だけかよ~」

 

 思わず頭を抱えだした春虎を見てその場にいたものは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明治通り。JR渋谷駅にほど近い場所に、一台のリムジンが停車した。

 後部座席のドアが開き、男が一人降車する。ぼさぼさの長髪は、ゴムで一つにまとめられ、口元とあごにはひげが伸びている。どう見ても高級車には似つかわしくない風貌の男なのだが、体つきは良く、顔だちも凛々しい。身なりを整えれば、それなりの紳士に見えるだろう。

 男は、ドアが開いたままの後部座席を振り返る。

 

「……世話になりました」

 

「構わん構わん。半年前の詫びじゃ」

 

 そう返したのは、後部座席の奥に座っている黒い和装の老人だ。

 

 



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15話

終了を告げるチャイムが鳴る。同時に、教室にした塾生たちのため息が溢れ、この場の空気がだらしなく弛緩した。

 終了から三分もたたずに、私語と笑い声が飛び交う。試験官の講師が黙々と試験用紙を回収する中、真はその場で大きく伸びをした。

 体の奥底から解放感が感じられると、隣から明らかに心配の色を帯びた声が聞こえてくる。

 

「真君。大丈夫だった?」

 

 その声を聴いてから一呼吸置き、真は深いため息をついた。それを見た流華の顔から血の気が引くのを感じると、笑いながら親指を立てる。

 

「大丈夫だって。今回は試験範囲をしっかり把握してたし、流華が徹夜で手伝ってくれたからな。そこまで絶望することないって!」

 

「そ、そう。それならよかったけど……本当に大丈夫なの?」

 

「心配しすぎだろ!? どんだけ信用されてないの、俺!?」

 

 流華が心配しすぎるのも無理はない。今回のテストはただのテストではなく、二年生への進級試験だったのだ。

 半年間のブランクがあった真であったが、流華による地獄のテスト勉強のおかげで七割から八割ほどは確実に取れただろう。

 

「本当ありがとうな、流華」

 

「ううん。天道家の人間が留年だなんて恥ずかしいしそれに…………真君とは一緒にいたいし……」

 

「ちぇ。結局、天道家として恥ずかしいのかよ……ったく」

 

「……はぁ」

 

 何故か深いため息をついた流華に怪訝な目を向ける真だったが、それもすぐに止め、流華とともに立ち上がると、机に突っ伏している春虎たちのもとへ歩き出す。

 遠目からでもわかるほど、春虎は燃え尽きている。おそらく撃沈したのだろう。

 

「まあ座学は仕方ないとして、あとは明日の実技だな。何とかなるって」

 

「……真はどうだったんだよ」

 

「俺か? まあまあかな。試験範囲さえ間違わなければ割といけるからな」

 

「何だよそれ~。俺だけかよ~」

 

 思わず頭を抱えだした春虎を見てその場にいたものは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明治通り。JR渋谷駅にほど近い場所に、一台のリムジンが停車した。

 後部座席のドアが開き、男が一人降車する。ぼさぼさの長髪は、ゴムで一つにまとめられ、口元とあごにはひげが伸びている。どう見ても高級車には似つかわしくない風貌の男なのだが、体つきは良く、顔だちも凛々しい。身なりを整えれば、それなりの紳士に見えるだろう。

 男は、ドアが開いたままの後部座席を振り返る。

 

「……世話になりました」

 

「構わん構わん。半年前の詫びじゃ」

 

 そう返したのは、後部座席の奥に座っている黒い和装の老人だ。

 



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