億万+一々 (おくまん たす いちいち) (うぇろっく)
しおりを挟む

プロローグ
『−1』


私はフリーランスのライターを生業としている男だ。30半ばでサラリーマンから身を引き、転職に成功した。

 

このご時世、フリーライターはネットだけでもやれないことはないが、それでも私は自らの足を運んでネタを集めることを信条としている。所謂『百聞は一見にしかず』である。

 

しかし、現代ではネット上に写真や動画が満ち溢れ、百聞どころか十見でも百見でも個人の力で簡単にできてしまう。さらに、1人の人間の一見が千にも万にもなって世界中に広がっていると言えよう。

 

『One experience is worth a thousand photographs』という言葉をご存じだろうか。もし初耳だとしても、ある程度の教養がある方であれば訳を読み取ることはできる筈である。

 

この英文は、1つの経験は千の写真と同じ価値を持つ、と言っている。私は雑誌の仕事を行う際、必ずと言って良いほど写真を添付している。というか、写真の有無によって記事全体の質が大きく左右されてしまう。無論、使用する写真はネット上のものではなく、自身のカメラで撮ったものを、である。「これを行うために自ら足を運んでいる」というのは勿論理由の一つだが、最も大きな理由は「私自身が経験を積むため」だと言って良い。「何万部と出回る写真を撮った当人に1つの経験もないのはお笑い種である」という考えに至ったその日から、私はこのスタンスを変えていない。

 

 

 

 

 

 

私は大体、雑誌やネットの記事を書くことが仕事内容である。しかし、偶に書籍の仕事が舞い込んでくることがある。今回の仕事がそれだ。

 

依頼主は背の丸い老婦人だった。ニコニコ笑う顔からは愛嬌があふれ、優しそうな雰囲気がする、というのが第一印象であった。是非若い頃の写真を見てみたいものである。

 

そして、一目見て、純系の日本人ではないと分かった。しかし、外国人という訳でもないらしい。肌は白かったが、詳しいことは判断できなかった。

 

老婦人は「作家活動は随分昔からやっていた」と言っていたが、私は彼女の顔に見覚えはなかった。私は学生時代文系で、加えて現在の職業柄のこともあり、長く作家活動をしていると聞いて記憶の中を探ってみたのだが、その時の脳内検索にヒットする記憶はなかった。宗教関係は興味が無かったのでそのような書籍には滅多に手を伸ばさなかったことから、老婦人がそちらの方面の人物である可能性を考えた。そうすると老婦人から多少宗教クサい臭いもしたが、そんな彼女の依頼を断れなかったのには訳がある。

 

彼女は、人が積む『経験』について長年筆を走らせていると言う。この時点でさらに宗教関係の香りが濃くなってきていたが、『経験』という言葉に引っかかるものがあった。私も『経験』についてある程度のこだわりと信条を持っていることは前述の通りである。しかし、彼女のその言葉だけでは、私の首を縦に振らせるには不十分だった。

 

私と老婦人が経験についてお互い一家言あるとはいえ、両者にとってこれは仕事である。一度宗教関連の書籍に関わると別の方面である程度の痛手を被ることがあったり、別件の仕事に支障をきたすことがあるのを私は知っていた。その時もまだ老婦人からはその可能性が拭いきれておらず、「信用に足らない」というのがその時の正直な感想である。

 

ーーーこの仕事の契約を決定づけた理由は、その後であった。

 

老婦人が探していたある男が、現在日本に帰国しているというのだ。彼女が経験について筆を執るきっかけになった人物であるらしい。老婦人とその男は旧知の仲であり、今回新たに執筆するにあたって彼の話を聞いた他人の意見や感想が必要とのことだ。

 

元々執筆の手伝いをしてほしいという依頼だったが、これほど内容に直結する部分を担当することになるとは想像していなかった。

 

他人の感想や意見が欲しいのであれば私に頼む必要もないのではないかと一瞬考えたが、老婦人の立場になって考えてみれば「経費を1人分で済ませたい」「実際に話を聞いた人物が文字に起こした方が効率的である」などの考えが浮かんだので、前述のように一瞬浮かんだ考えはすぐに消え去った。

 

フリーライターにこのような仕事を頼むのには何か訳がありそうな予感がしたが、男の元へ向かう交通費などの諸経費の手当は悪くない条件だった。寧ろ、老婦人の方が損をするような額で。

 

損をしてまで頼まれた仕事の依頼を水に流すのは、私の中になにか良くないものを残すことになるであろうと予見した。さらに、頭を下げる老婦人の丸まった背とその姿がいたたまれなくなり、これが決め手となった。

 

最後に「会って絶対に損はしない」と半ば常套句になっている言葉を聞いて、私は首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

そして私は今、男が住んでいるという家が見えるくらいに近い場所まで来ている。屋敷林に囲まれた住宅で、それ以外は特に物珍しさは感じられない。ごく普通の、古き良き田舎の一軒家と言ったところだ。

 

辺りには田んぼが広がっており、天に向けて青々と伸びる苗達の葉が、風に揺られて波を立てているのが見える。少し遠い場所に他の家も見えるが基本的にこの家の周辺に別の民家はなく、せいぜい古びた神社らしき建物がある程度だ。

 

視点を目標の家に戻し、玄関に続く道の両脇に広がっている、手入れの後が窺える庭に目をやりながら足を進める。そして、当たり障りのない挨拶をする。

 

「こんにちは。千紗さんのご紹介で参りました、新町(しんまち)です」

 

((はーい))

 

ーーーここで少し違和感があった。私の想像している人物像とは、声の質や調子が大分違っていたのだ。

 

戸の向こう側からこちらへ進んでくる足音が聞こえ、玄関が開かれた。

 

その瞬間に「え」と声を漏らさなかった私自身を大いに褒めたい。私の目の前に立っている男性は、顔がしわくちゃな訳ではなく、背が曲がっている訳でもなく、白髪が生えている訳でもなかった。

 

あの老婦人の友人と聞いていたので、50~60代だと想定していた私はこの瞬間に完全に面食らってしまい、数秒間思考と行動が固まってしまった。そうしている内に、男が私に声をかける。

 

「えっと、新町さん・・・でしたよね」

 

「あ、はい。千紗さんからの仕事の依頼で、あなたの元に行くように、と」

 

「・・・・・・あぁ、はい。遠路はるばるお疲れ様です。どうぞ、中に入ってください」

 

「お邪魔します」

 

私の言葉と男の反応の間にあいた謎の時間に疑問を抱きつつも、これ以上まぬけな表情を見せられない、余計なことを考えまい、とすぐに靴を脱いで揃え、男の後に付いていった。

 

 

 

 

 

 

案内された居間には、丸テーブルとそれを囲むように4つの座布団が敷いてある。

 

「その辺の適当なところに座って。飲み物は?」

 

「お任せします」

 

男は給湯ポットに手を伸ばしながら、片手だけで器用に急須を取り出し、茶葉をその中に入れる。

 

「こんなところまでお疲れ様。千紗の仕事の手伝いをしているんだってね」

 

「はい。ありがたいことに、仕事をいただけました。千紗さんは生明さんにもよろしく、と言っていましたよ」

 

「『よろしく』ね・・・俺なんかが新町さんの手助けになればいいんだけど」

 

ーーーやはり違和感が拭いきれない。この男性・・・生明圭太郎(あざみ けいたろう)さんは、見た目や話し方から判断できる年齢がハッキリしない。最低限、私よりは年上だということは分かるが、髪色も真っ黒で肌の色の別段暗いわけでもないので、「若く見える」というのが第一印象だ。しかし、ほうれい線や手の甲などの肌を見て判断できる情報から、現時点では、40~50代と判断しておくことにする。

 

そんなことを考えている内に、厚手の湯飲み茶碗が差し出された。うっすらと湯気が立っているのが見える。

 

「ありがとうございます」

 

湯飲みの表面を通して、茶の温かさが指に伝わってくる。厚手のものなので、持っていられないほど熱いということはない。

 

一度湯飲みをテーブルに置き、本題に入ることにする。ーーーつもりだったのだが、やはり生明さんの年齢がハッキリしていないと、こちらの言葉選びも定まらない。

 

「生明さんは千紗さんと旧知の仲だと聞きましたが、いつ頃知り合ったんでしょうか?」

 

「そうだなぁ・・・俺と彼女がまだ二十歳にもなっていない頃だね」

 

「学生時代からの付き合いですか」

 

「うん。そうなるね」

 

そうであれば、先ほど生明さんが千紗さんのことをファーストネームで呼び捨てにしていたことにも合点がいく。大人になってから知り合った相手のことを下の名前で呼び捨てにするのは、余程仲が良くなければ厳しい筈である。ーーー厳しいというだけで、可能ではあるが。

 

「失礼ですが、生明さんは今おいくつで?」

 

「40後半。もうすぐ50だよ」

 

「ーーー千紗さんには失礼ですけど・・・彼女は50代か60代かと思います。歳の離れた女性と学生時代から今まで友人でいるのは、あまり聞かない特種な交友関係ですよね」

 

「ははは、やっぱりそうなのかなぁ。第三者から言われると、改めて実感するね」

 

私の予想は当たっていたが、喋っている生明さんを見るとさらに若く見える。先ほど私自身が立てた推測は当たっているというのに、今更になって「実はもっと若いのではないか」と考えてしまう程に。

 

「わざわざ足を運んでもらったけど、俺にできるのはこうやって飲み物を出すくらいーーーいや、俺の話に付き合ってくれるのならそうでもないかもしれない」

 

「謙遜はいけませんよ。是非生明さんのお話を聞かせてください」

 

「よぉし、分かった。長くなるけど大丈夫かな?」

 

「元からそのつもりです」

 

「 ・・・良い返事だね。こっちのやる気も上がるってもんだ」

 

私は鞄からノートパソコンとメモ帳を取り出した。

 

 

 

 

 

 

「ーーーさてと。話し始める前に、これだけは言わせて欲しい」

 

生明さんが私の方に向き直り、声のトーンが変わった。

 

「はい。なんでしょうか」

 

「新町さんに俺のことを話している間、あなたには『俯瞰者』でいて欲しくない」

 

「・・・と言いますと」

 

「俺は今から、自分の物語を話す。つまり、基本的に俺の視点で話が進むってこと」

 

生明さんが『物語』という言葉を選び、まるで彼が自身の人生を他人事のように考えているかのように感じながらも、話の本筋をしっかり押さえようと集中する。

 

「だけど、あなたにはあなた自身が体験しているように感じ取って欲しい。つまり、俺の視点にダイブするんだ。そうでないと、俺がこれから話すことに意味が無くなってしまう」

 

「小説の中に登場する『私』や『俺』などの一人称の人物の気持ちを考える、ということでしょうか」

 

「まぁ、大体そんなところじゃないかな。現代文の問題でよくあるアレだね」

 

「なるほど、分かりました。そのように努めます」

 

つまり、生明さんは自身の話を「他人事」ではなく、自身の立場や気持ちになって捉え、感じ、考えて欲しいそうだ。確かに、そのようにしなければ生明さんが話すことの本質を捉えることは難しいだろう。現代文の「〇〇さんの心情を~」の問題が難しくなるように。

 

「ーーーそれともう一つ」

 

「はい」

 

 

 

「俺はあなたに『異世界や並行世界の可能性』だとか『魂という考え方』を伝えたい訳じゃない」

 

「今例に挙げた異世界だとか魂の話は、氷山の一角。俺があなたに対して本当に伝えたいものや大切なものは、あなたが水に潜らないと分からない。ーーーあ、今のはさっき言った「ダイブ」とかかってるんだけど、上手かった? ・・・なんだよ、結構センスよかったと思ったんだけどなぁ」

 

 

 

 

 

「じゃあ、どこから話そうか。小さい頃のことは話してもつまらないから・・・うん。高校に入学した辺りからにしよう」

 

「小さい頃のことは、説明しないと話が進められなかったり、辻褄が合わなくなったりしたら話すことにするよ。ほら、最初につまらない話をしても興ざめでしょ? 何事も出だしが肝心、ってね」

 

「・・・む、なんだか『もう出だしでつまずいている』って顔をしてない?」

 

「そういえば、1人暮しはこの頃までだったかな・・・? いや、後でまたーーーあぁ、ごめんごめん。思い出す練習ってやつだよ」

 

 

 

 

 

 

「では、『生明 圭太郎』(あざみ けいたろう)の物語を・・・いや、『物語』って言うと他人事みたいだから、『人生』って言うことにしよう」

 

「その人生を面白おかしく、ありのままに話すよ」

 

「きっと喋っていく内に口の滑りも良くなって、どんどん面白く話せるようになるから」

 

「それでもしも、あなたのためになったり、あなたの暇潰しになったり、可笑しく思って「フッ」と笑ってくれるのならーーー」

 

 

この『一』にも、少しは意味があったのかもしれない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『+1』

さっき見た、神社に行ったら神様が出てきてその流れで転生、っての面白かったなぁ・・・

 

幼い頃から古い物や昔の物が好きで、中学生の頃に寺や神社などに親近感を覚えるようになり、それらの雰囲気が好きになった。まとまった時間がとれた時には、少し遠くの神社に足を運んだりしている。この趣味は良い運動になるし、自然を楽しむこともできる。

しかし、多くの神社は山の上などにあるので、大抵は階段を登ったりそれ以外の時はもうただの山登りになったりする。・・・年寄りになっても簡単に続けられるものではないだろう。

先程までは、スマホでSS投稿サイトを見ていたところだ。もともと小説は好きな方だし、SSはなんというか・・・アンダーグラウンド感があって良い。

 

確か家の裏にも神社あったよな・・・明日にでも行ってみよう。

 

ふと、小さい頃に祖父と一緒に行った記憶がある神社の存在を思い出し、限りなく0に等しい確率に淡い期待を込めてみた。

今になって考えてみれば、俺の考えは中二病・痛い人の考えるそれと一緒である。だが、それらを気にして躊躇する気持ちよりも、その確率にかけてみたいという好奇心が勝った。

 

 

 

 

 

 

5月らしい暖かさの、少し遠くにでも出かけたくなるような、そんな日だ。

辺りに広がる田んぼに囲まれた土地の中にぽつんと、高い松や杉に囲まれた狭い平坦な土地が見えた。木々の中には幹の太さが1m強もありそうな大きなものがある。それらがこの神社の過ごしてきた時間の長さを物語っており、同時に、自分のような小さな命に対して「どんなもんだ」と誇っているような感じがした。

周りにはコスモスなどの花がちらほらと、様々な色を咲かせている。そこに近づくにつれ、木々の間から小さな建物が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

鳥居をくぐる前に神社が見えた。縦横が6~7mの正方形に収まるくらいのこじんまりとした大きさで、薄い橙色をした金属製の屋根が目を引いた。が、全体的に見ればボロい類に入るだろう。

鳥居の前で一礼をしてから、足を踏み入れた。

木々の中に囲まれた神社の周りの敷地は一面落葉した杉の茶色い葉に覆われ、その間からちらほらと少し背の高い雑草が生えていた。掃除などはされていないようだ。少し立ち止まって上を見上げると、木々の葉の中にはぽっかりと空いたスペースがあり、そこには丸い空があった。流れる雲は少し遅く感じた。

鳥居に向かって右には石碑なのか墓なのかよく分からないものが並んでいた。それを見たとき、幼少の頃に聞いた祖父の言葉を思い出した。祖父が自分に話しかける時は一人称を「おじいちゃん」にして、優しい言葉でしゃべってくれていた。自分も、祖父を「おじいちゃん」と呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

「圭太郎、これは何だと思う?」

 

「うーん・・・おはか?」

 

「そう。お墓だ」

 

「誰の?」

 

「人のお墓ではないんだ」

 

「・・・?」

 

「これは、おじいちゃんの家で昔飼っていた馬の墓なんだ」

 

「うま・・・」

 

「馬って知ってるか? 4本の足で歩いて、ヒヒーンって鳴く奴だ」

 

「うん。わかるよ」

 

「おぉー? 物知りだなー」

 

「おじいちゃんが小さい頃は足を踏まれて酷い目にあったんだ。運良く下が柔らかい地面だったから大怪我にはならなかったけど、足がこんなに腫れたんだぞ?」

 

その時祖父は足の上に手を置いてどのくらい腫れたのかを自分に教えてくれたのだが、今ではその手がパーだったのかグーだったのかは覚えていない。・・・まぁ、グーはないだろうな。

 

昔を思い返していた意識を再び外界に向け、地面から伸びて屋根を支える支柱の生え際から続いているひび割れた石の道を避けてその脇を歩き、枯葉や枝をパキポキと踏む音を鳴らしながらゆっくりと目的の場所へ足を進めていく。左側には大きな文字で深く『古峯神社』と掘られた大きな石と、その隣には朽ち果てた大木の切り株とそれをぐるっと囲む紙垂(しで)があった。切り株は相当前に切られたようで、正体不明のキノコが生えていた。

 

 

 

 

 

 

「熊野・・・神社・・・」

 

神社の屋根に、【熊野神社】という文字が隠れていた。誰が書いたのかは当然分からないが、習字の紙に筆で書かれてあり、それが額縁の中に収められていた。

とりあえずお賽銭くらいは入れておこうと思ったのだが、賽銭箱らしき箱は見当たらなかった。仕方がないので、3段ほどしかない階段を登り、南京錠で閉ざされた木の戸の前に45円を重ねて置き、階段を降りてから鐘を鳴らした。

二礼二拍手一礼をし、最後の礼は少し長めにやった。その後顔を上げ、2、3歩下がり神社をじっと見た。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

少しの間待ってみたが、結局何も起こらなかった。淡い期待を裏切られたのと、『やっぱりそうか』という確信を持ってしまったことで少し残念な気持ちだ。

俺は家に帰ろうと思い、神社を後にしようとする。

・・・だが、何かが俺の足を止めた。足を止めたというよりは、『俺に足を止めさせた』。

音が聞こえたわけでも、何かが光ったわけでも、触れられたわけでもないがーーー『なんとなく』としか言いようのない正体不明の感覚が、俺の行動を引き止めた。

 

 

 

 

 

 

振り返るとそこには、白い着物姿の大人の女性が凛と立っていた。そりゃあもう『凛ッ』って効果音が聞こえそうなくらい。パッと見で、身長は俺より少し小さいぐらいだった。服装のせいで仇討ち前の女性に見えたが、全身に咲いた赤い花を見て、その考えが間違いなのだと分かった。

腰まで伸びた長くて黒い髪が目を惹く女性は微笑みとも無表情ともとれる顔をしており、その切れ長の目でこちらを見据え、何故か俺の方に向けて指を指し、口を開く。

 

〈はいそこのもはやテンプレと化したお決まりの展開に突入しそうになったのを察してその指でチョチョイと画面をスクロールして適当な所まで飛ばそうとしたアナタ〉

 

第一声は、一呼吸も置かない予想外のセリフだった。

 

「・・・えっ? 俺?」

 

〈いえ、違いますよ。貴方ではありません〉

 

「ーーー話に付いていけないんですけど」

 

〈大丈夫です。時間が解決してくれます〉

 

今すぐに解決してほしいんですけど。

 

〈いけませんね、よく読まない内に分かった気になって「はいはい、どうせ特典とかチートとか付けてもらって異世界転生するんだろテンプレ乙 トラックにでも轢かれてろ」などと決めつけるのは〉

 

俺はあまりよく状況を把握出来ないまま、なんとか目の前の女性との会話を試みる。

 

「あのー・・・」

 

〈ーーーあら、そういえば名前を言っていませんでしたね〉

 

話の主導権を握られてあたふたしていたせいで気づかなかったが、俺の方に向けて指差ししていた手は、いつのまにか女性の胸元に添えられていた。

 

〈初めまして、私はこの熊野神社に祀られている『伊邪那美命(イザナミノミコト)』の分霊です〉

 

「ーーーお、俺は『生明 圭太郎』です」

 

〈・・・丁寧なお返事に感心しますが、なんだか反応が味気ないですね。 先程よりも驚くのが当たり前だというのに、しかも『神様だ』などと言われて簡単に信じるのですか?〉

 

「いや、さっきまで誰も居ませんでしたし、あなたが自分で『神様だ』って言ってるので、まぁ、そうなのかなー・・・って。あと、雰囲気というかそういうのがそれっぽいんで」

 

付け加えると、このシチュエーションはアニメとかssとかで見る展開と似ているから。自分でも何を言っているのかよく分かっていないまま、なんとか口を開いて声を出した。ーーー俺がこんなこと言うのはおかしいけど、賽銭を入れただけで出てくる神様とかちょっと安くないですかね・・・?

気持ちを誤魔化している言葉とは逆に身体は正直なようで、口が乾いて鼓動が早くなっている。動揺を隠しきれそうにない。

 

〈まぁ・・・理解が速くて助かります。少しお話しても宜しいですか?〉

 

「構いませんよ、神様」

 

あれ? なんで俺はこんなにこの人・・・じゃなかった、神様とすんなり会話できてるんだ? 神様の言う通りだ。いくらこのシチュエーションを把握したとはいえ、不自然じゃないか?

俺は自分自身に疑問を投げかけるも、それを遮るように神様が話を始めた。

 

〈あぁ・・・「神様」と言われるのは久方振りですね。私はこの【熊野神社】で何百年もの間この辺りの土地を守り続けています。しかしある日、退屈になった私は気分転換に異国の地にホームステイに行きました〉

 

「神様が退屈って・・・ていうか神様のホームステイとは・・・」

 

今の俺は『泣きっ面に蜂』の理解不能な時バージョンだ。それに該当する言葉を今この瞬間に見つけられる程、俺は落ち着いた状況ではない。もはや、神の世界に『ホームステイ』という概念がある時点で驚きなのだが。

 

〈はい。私は【クロノス】という神の元でホームステイしました。・・・まぁ、二人きりでしたけど。そして楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、私が帰る日にクロノスからあるお願いをされました〉

 

神様は昔を懐かしむそうにしみじみと喋る。

 

〈この世界とは似て非なる世界である『平行世界』や、全く異なる『異世界』の増加に伴い負の感情の制御が難しくなったので、それを手伝って欲しいと言われたのです〉

 

なんだか話が壮大になった。日常生活では聞かないようなワードを連発されてノックアウトされそうだ。

 

「えっと、難しくなったっていうのはどういう・・・」

 

〈それも含めて説明しましょう。少し話が長くなるのでその辺にでも腰掛けてください〉

 

神様は階段の辺りへ手を向ける。

言われた通りに階段のところに腰掛け・・・ようとしたが、神社の敷地の中で腰を下ろすことは失礼ではないかと思ったので動きを止めた。俺がそれを話すより先に、神様は口を開いた。

 

〈遠慮なさらず。ここは我が家同然で、貴方はお客のようなものです。茶も菓子もありませんが、楽な姿勢でどうぞ〉

 

このように言われたので俺の遠慮と緊張は少し溶け、階段の2段目に腰を下ろした。

神様は俺の目の前に立っており、今は俺が神様を少し見上げるような位置関係になっている。

 

〈並行世界・異世界とは、様々な世界の人々の可能性によって分岐し、広がり続ける世界のことです〉

 

〈ク口ノスはその並行世界や異世界の管理を担当している神なのですが、近年それらの数が以前の何倍にもふくれ上がっています。その管理・・・すなわち、その世界の崩壊を防ぐための負の感情の制御がとても難しくなったのです。クロノスだけでは、とてもこなせる量ではありません。そこで、貴方の誠意ある行動を認め・・・〉

 

・・・たかが賽銭を入れただけで?

 

「俺に、その負の感情をなんとかして欲しいってことですか?」

 

俺は先読みをして言葉を挟む。

 

〈その通りです。物分かりが良くて助かります〉

 

あ、どうも・・・と言っておく。

だが、正直に言うと『世界が崩壊する』とか、それが負の感情で壊れる仕組みや理由はさっぱり分からない。今ここでそれを聞いても良かったのだが、これ以上は俺の方がキャパオーバーになりそうだったのでこの辺りでギブアップすることにした。

 

「ある程度の話は分かりました。けど・・・俺は具体的に何をすれば?」 

 

〈あなたには、クロノスがこの神社に次元の穴を開きその穴から転生されるその世界の崩壊のキーマンとなる人物を、彼らがこの世界にいられる3日間の中で心の闇を取り払ってもらいたいのです〉

 

心の闇を3日間で・・・は? 3日? 3日って言ったのかこの人? あ、神様だった。

 

「・・・えーっとですね、人の心をどうこうするっていうのは、もっと長い時間をかけてゆっくりジワジワやるものだと思うんです常識的に考えて」

 

〈では、貴方は今の自分を客観的に見て、常識的な考えが通用するような状況であるとお思いですか?〉

 

「質問を質問で返された・・・」

 

〈本来であればあなたの言う通り時間をかけるべきなのですが、世界に時空の穴を開けていられる時間は限られています〉

 

「それが3日間・・・と」

 

〈はい。世界と世界を繋ぐには準備が必要で、短期間に何度も穴を開けることは出来ないのです〉

 

つまり、常識にとらわれてはいけない・・・と。うん、訳分かんねぇ。

とにかく、3日間という期間についての返答はこれ以上もらえそうにないので、仕方なく他のことについて質問する。

 

「その・・・世界の崩壊とか負の感情とかよく分からないんですけど、そのキーマンになってる人の負の感情をなんとかしただけで世界が崩壊するのを防げるんですか?」

 

〈勿論、無作為に選び出した1人の人物の負の感情を取り払っただけでは、その世界の負の感情全てを取り払うことはできません。しかし、キーマンとはその人物の負の感情が他の人物に影響し、連鎖的に多くの人物の負の感情に働きかけてしまうような人物のことを指して言います〉

 

「つまり、キーマンの負の感情をどうにかすることでそこから広がる大量の負の感情を未然に防ぎ、結果として世界崩壊を免れることにつながる、ということですか?」

 

〈その解釈で問題ありません〉

 

こんな感じの解釈で問題ないそうだ。

ーーーさて、どうしたものか。淡い期待が叶ってしまった。ぶっちゃけ心の準備なんてしてなかった。ていうか準備できるはずねぇだろ。

 

〈ーーー如何でしょうか。強制はしません、貴方の今と今後の生活を考えた上で決めて下さい〉

 

起床06:00、就寝23:00時々跨いで01:00。学校は平日毎日でたまに土曜日も。休日は少し忙しい。

ーーー正直に言うと事が事なので、想像も何もあったもんじゃない。

転生者の心の闇をどうこうする前に俺の生活や身体がどうこうしてしまっては仕方がない。

 

 

 

 

 

 

人の人生において、このような、これからの人生を左右しかねる決断を迫られる時は、何回訪れるのだろう。たった1つの選択肢の分岐で道が分かれ、そこからもう1つの道へは2度と戻れないとしたら・・・

俺は今までの人生でこのような分岐点に出会った際、必ず祖父の言葉を思いだす。ーーー思い出してしまう。

いつ言われたか、どこで言われたかは定かではないが、その言葉は他のどの思い出よりも強く、深く、鮮明に、俺の記憶に刻まれてしまっている。一度は忘れようと努めたその言葉は、幼い頃に言われた影響もあってなかなか記憶から消えてくれない。

ーーーそういえば、その言葉も『ここ』で言われたような・・・

 

 

 

 

 

 

「いいか、圭太郎。人間には、他人につけられる価値なんて無いんだ」

 

「価値っていうのは、物に順位をつけたり、他の何かをよくする性質を表すためのものだ」

 

「だが、本来人間に順位はない」

 

「何が良いだの悪いだのというのは、その人にとっての都合の良し悪しでしかない」

 

「人につけられる価値より大切なのが・・・これだ」

 

「うーん・・・なんて書いてあるか読めないよ・・・」

 

「『己為己』(こ い き)と読むんだ。少し難しいか」

 

「こいき・・・」

 

「『己が為す己』、『己を為す己』、『己の為の己』という3つの意味がある」

 

「おのれ・・・?」

 

「己っていうのは、自分って意味だ」

 

「1つ目の言葉は、魂が為す肉体を善くする。2つ目の言葉は、肉体を為す魂を善くする、という戒めだ」

 

「ーーーよく分からないや」

 

「今は分からなくてもいい」

 

「ーーーそして、大切なのが3つ目だ」

 

「・・・自分のための自分って・・・なに?」

 

「おじいちゃんは一回しか言わないから、よーく覚えておくんだぞ?」

 

「『己の為の己』とはーーー」

 

 

 

 

 

 

「ーーーやります。やらせてください」

 

〈・・・貴方に頼む私が言うのもおかしな話ですが、そんなにも簡単に了承して良いのですか? これは世界単位のとても複雑な問題なのです 〉

 

確かに、今ここで『だが断る』なんて言えば、この事は綺麗さっぱりとまではいかなくても、普通の生活を送ること位は出来るだろう。

ーーーでも、俺はこれを必然だと信じたい。やってみたい。

例えこれを引き受けたせいで普通の生活が出来なくなっても・・・俺はこの『お願い』を受ける事が、自分の人生で進むべき道だと決めた。

 

「まだいろんなことが全然分からないけど、あなたが俺を頼りにしてくれるならーーーそれに応えたいって思いました。それにこんな機会滅多に無いし、きっと大きな経験になると思うんです」

 

〈私が見込んだ貴方なら、きっとそう言ってくれると思っていました。では、これから宜しくお願いします。・・・後ほど、またお会いしましょう〉

 

見込んだって、会って間もないのに・・・

 

神様の姿は、そう言い終わる頃にはもう見えなくなっていた。俺は自分の顎先から汗が滴り落ちているのにこの時気付いた。

 

そしてふと考える。神様が言ったことをそのまま捉えると、『逆転生者』側からすれば、自分が死んでしまってから異世界に行く訳ではなく、ただ単に時空を超えて神様がこちらの世界に彼らを連れてくるということらしい。これなら別に、『転生』という言い方をしなくても、『異世界召喚』ないし『召喚』で良いのでは・・・?

 

・・・まぁ、最近になって聞き慣れてきた言葉だけど、こうして考えてみると難しく思える。神様がなんであぁ言ったのかは分からないけど、俺が考えても分かる筈ないか。俺には他に、もっと考えなければならないことがあるしな。

 

ここへ来た時に見上げた流れる雲は、今は少し速くなった気がした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 「変わらぬ優しさ」
第一話 最初の逆転生者を知る


神社で神様に出会ってから2日が経った 。

今日は月曜日なので、当然の如く学生の本業を全うしてきた。昨日、完全に忘れていた週末課題と夜遅くまで格闘していたのは言うまでもない。

土曜の朝、〈後ほど、またお会いしましょう・・・〉なんて言われてそのまま帰ってしまったけれど、そもそも普通に生活してて連絡とれるのか? 今更だけど、神様に会ったって実感沸かないんだよなぁ・・・2日経っても音沙汰無しだし。

 

 昨日の夜と同じことを考えながらベットに入って布団をかける。今日の昼休みに、自分は脳に異常があるのではないかと思った。あれは相当タチの悪い夢か幻覚か幻か、そうでないことを祈りながら布団を首元まで引き寄せ眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

瞼の向こう側に光を感じて目を覚ますと、何故か自分は熊野神社にいた。何を言っているか分からねぇと思うが、俺も(ry

 

一瞬記憶がすっ飛んだと思ったが、今の自分を見ると着ている服が寝る前と同じだったので、ここは夢の中なのでは? と半信半疑で仮定をした。こんな事を考えられる程度には意識がハッキリしている。

そんな自分の背後から、2日前にこの場所で聞いたあの声が聞こえてくる。

俺はこの前よりも速く、声のする方を振り返った。

 

〈お待たせしました。転生者を連れてくる準備が整ったので、あなたの夢に干渉して連絡に来ました〉

 

そこにいるのはやはり、俺の想像する声の主と同じだった。

 

「また会えるとは思ってましたが、まさか夢枕に立たれるとは思いませんでしたよ。神様って凄いんですね」

 

てっきり、自分から神社に会いに行かなければならないと思っていたから予想外だった。実際、明日の放課後行くつもりだったし。

 

〈ええ。当たり前です。それでは早速、転生してくる者の説明をしましょう〉

 

「・・・」

 

「ーーーどうかなさいましたか?」

 

この時、俺の心の片隅には一欠片の疑念があった。どうやら神様は俺のそれを感じ取ったらしく、俺が『どうかなさっている』のをある程度分かった上でこのように聞いてきたようだ。

誤魔化しは効かなそうなので、正直に話すことにした。

 

「ーーー神様って、なんなのかなぁ・・・って、この数日考えていたんです」

 

〈『神』という存在に疑念を抱いている、と?〉

 

「・・・そんなところ・・・です」

 

目線を下に落として、小さな声でそう呟いた。

神様を前にしてかなり失礼なことを言っているのだと分かってはいるが、どうしてもこのモヤモヤした気持ちを晴らしたかったのと、この神様は俺の疑念を受け止めてくれるような、そんな感じがしたことが相まって、俺は心の内を吐き出すことにした。

 

〈良い機会です。そのような状態では逆転生者の心の闇を取り払うことにも支障をきたしますから、どうか遠慮なさらず、正直に心の内を話してください〉

 

 

 

 

 

 

「今こうしてあなたのような存在が目の前にいるので、あなたが自身を『神だ』と言うならば、俺は『あぁ、そうなんだな』と、そう思いはするんです」

 

〈私の存在については半信半疑、と?〉

 

「はい」

 

実際、言葉では上手く言えないのがもどかしいのだが、やはり『雰囲気』というものが人のそれと明らかに違うのだ。「ここがこうだからこう違うのだ」と詳しく説明出来ないが、俺はよく分からない感覚でそれを捉えているらしい。

 

「国や地方によって色々な種類の、大勢の神様が語り継がれているのは知っています。・・・『神話』や『伝承』といった形で、ずっと昔から」

 

〈えぇ、その通りです〉

 

「イザナミさんは『日本神話』の神様だと思うんですけど、他にも『ギリシャ神話』とか『北欧神話』がありますよね」

 

〈はい〉

 

「そこに登場する神様達が実際に存在しているのだとしても、『神話』っていうのは『人間』が『空想』で作ったものですよね?」

 

〈つまり貴方は、神話とは人々が空想で作ったものであるからそこに登場する神々もまた空想の存在である筈なのに、今こうして神を名乗る存在が目の前にいることに矛盾や疑念を感じている。このような解釈で問題ありませんか?〉

 

「ーーーはい」

 

やっぱり、見透かされてる。

神様に対して「あなたは空想の存在だ」なんて言って、バチが当たったりしないといいけど・・・

 

〈まず最初に・・・私たち『神』とは、世界の均衡を維持するために存在している『力』であり、『概念』です。ありとあらゆる世界を管理し、監視し、保護する為に、時間や空間を超えることさえ可能です。ーーーまぁ、出来ない神の方が多いですが〉

 

〈故に、この世界の人間が過去に『神話』を生み出す遙昔に・・・ホモ・サピエンスやこの星が誕生するよりも前に、神は存在しています〉

 

「じゃあ、何故人間は神様の存在を『神話』として書き記すことができたんですか?」

 

〈これに関しては、『たまたま』としか言いようがありません〉

 

「・・・え? たまたま・・・?」

 

〈本来、人間が神々の存在を五感で捉えることは不可能です。ですが、もう既に存在しているものと、人間が空想で生み出したものが『たまたま一致した』のだとしたら・・・?〉

 

既に存在していた、世界の均衡を保っていた力や概念に、人間はそれらを知覚できないまま姿や名前を与えていたっていうのか?

もし、本当にそれが真実なのだとしたらーーー

 

「ーーー人の空想は、現実のものになる・・・」

 

〈そういうことになります〉

 

神々は既に存在していて、たまたま人の空想がそれと一致した・・・? じゃあ・・・

 

「何故神様は『人の姿』をしているんですか? 人の姿をしているということは、やはり人の空想で生み出されたという説が有力になると思うんですけど・・・」

 

〈人間が生み出したのは、私達の『姿』や『名前』です〉

 

〈私達がこの姿をしているのは、神話の中の神々は最も優れた生命体である『ヒト』の姿をしている、と人間達が意識の中に定着させてしまったからです。人間が五感で捉えられないものは、人間の持ち得る知識や経験、妄想で補うしかありません。空想として生み出した神々を人の形として定着させてしまった結果、人々は実際の神々を人の姿でしかとらえられないのです〉

 

「俺たちが、『神様は人の姿をしている』っていう先入観を持っているせいで、そのようにしか捉えられないってことですか?」

 

〈物分りが良くて助かります。そのような先入観がなければ、私達はあなた達の目に三角形として映ることもありますし、霧にも、動物にも、植物に映ることもあります。動物や植物の姿をした神がいるのにはこのような理由があります〉

 

「はぁ・・・」

 

〈逆に言えば、私達が本来持っていない姿や名前を貴方達人間から与えられた、という解釈もできます〉

 

「ーーーはい?」

 

〈言ったでしょう。私達は元々『力』や『概念』です。身体や名前など持っていません〉

 

〈しかし、こうして人間達が私に『伊邪那美命の分霊』という存在を与えてくれているお陰で、私はこうして貴方の前に現れることができるのです〉

 

「・・・人間は神様を五感で捉えられないって言ってましたけど、何故俺は神様の姿を見て、声を聞くことが出来るんですか?」

 

〈今は、私の存在を『姿』や『声』といった情報で貴方が捉えられるカタチにしています〉

 

「そうだったんですか・・・なんか、ありがとうございます」

 

知らないところで労力を費やしていたと知って、ついお礼を言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

なんだかとってもややこしくなってきたが、煙を吐き出しそうな脳味噌をフル回転させてなんとか話についていく。

 

「結局のところ、イザナミノミコトはイザナギノミコトと一緒にたくさんの神様を生み出したんですか?」

 

〈はい。実質、そういうことになります〉

 

神様の「実質」というワードに引っかかったので、そこを詳しく聞いてみることにする。

 

〈貴方が先程仰ったように、『神話』はあくまでも『空想』です。しかし、『神』という存在は間違いなく現実のものです〉

 

〈私達が『神様』として姿形を固定された瞬間に、人間が想像したその神達の言動や他の神との関係も、私達の存在と同様に、現実となります〉

 

「ーーーもう分かんねぇなこれ」

 

話の場を整える意味でも、自分の頭の中を整理する意味でも、一旦自分の言葉でこれまでの話を整理する必要があった。

 

「元々存在した概念と人間の『神』という空想がたまたま一致したことは分かったんですけど、なんで神話上の神様達の言動も本当にあったことになるんですか?」

 

〈例を挙げれば、『イザナミ』とは、イザナギと共に天照大神などの多くの神を生み出した神です〉

 

〈この時、『イザナミノミコト』の存在は今言ったように定義づけられます〉

 

〈そして強大な力を持つある概念が『イザナミノミコト』という名前と姿を得て存在を確立すると、その存在に伴い、定義づけられていた言動も現実となるのです〉

 

なんだかすごく無茶苦茶な事を言われている、ということだけは理解できた。

 

「存在や名前を与えられた、ってのはまだ分かりますけど、既に行われた『言動』を後から与えられてそれが本当にあったことになるなんて、ちょっと無理がありませんか?」

 

〈私達からすれば、因果の逆転など些細なことです〉

 

「左様でごぜぇますか・・・」

 

どうやら、常識は通用しないらしい。ーーーまぁ、薄々分かっちゃいたが。

 

 

 

 

 

 

〈この世界も数多の異世界や平行世界の中の一部分である以上、勿論、『人々が神話という空想をしなかった世界』も別ルートとしてしっかり存在しています〉

 

「ーーーちなみに、そこはどういう世界なんですか?」

 

〈『神』や『仏』という概念が存在しない以外は、大した違いはありません。ただ、この世界における現代のような発展状況になるのは向こうの方が一千年早かったですね〉

 

「一千年も・・・ですか?」

 

〈『神』という人間を超えた超常の存在を知覚できずに想像もしない場合、彼らにとって重要なのは目に見える『現実』です。その分、宗教戦争などの余計な争いが消え、科学技術の発展が早かったのです。・・・勿論、戦争や争いはありましたが〉

 

最初から現実主義だったってことか。

 

〈対して、小説などの物語の文化の発展はこちらよりも遅いですね。物語の妄想や空想力の欠如とでも言いますか・・・そのような点が原因です〉

 

「うーん、成る程なぁ・・・」

 

〈ーーーさて、長い話になってしまいましたが、私達について理解していただけましたか?〉

 

「まぁ、なんとなく理解しました。失礼なことを言ってしまってすみませんでした」

 

〈いえ、お気になさらず。人間であれば抱いて当然の疑問です。世界のバランスを保つ補助を神である私が貴方に託す以上、貴方に対する説明責任は十分にあります。ましてやそれが、貴方の不安や疑念に関するものであるならば、尚更のことです〉

 

「・・・ありがとうございます」

 

こうして、俺の疑念や疑問はある程度すっきりした。後から考えればまだまだ聞きたいことや疑問点はあったのだろうが、その時は十分な回答を得られたと思ったので、それ以上深く質問する気は起きなかった。

 

 

 

 

 

 

〈では、改めて、この世界に転生させる者についての説明をします〉

 

「・・・はい。よろしくお願いします」

 

ぶっちゃけ緊張してる。夢の中のはずなのに、胸のあたりがキュウッとなっているのが分かる。

さて、ただでさえ相手は負の感情が溜まっているのだろうから、ちょっとしたことでまた鬱な気分になってしまうだろうし、細心の注意を払おう。

意を決して、返事を待った。

 

〈今回の転生者は【エルフの少女】です〉

 

「ーーーは?」

 

〈ですから、【エルフの少女】ですよ〉

 

「・・・」

 

この場合、勘違いをしていたのが俺だとしても、悪いのは俺なのだろうか。もはや自分でも何を考えているのか分かっていない。

 

「えーっと・・・来るのって負の感情が溜まった『人々』って言ってませんでしたっけ?」

 

俺は神様に、自分が言われた事を再確認するように問う。

 

〈では、私がいつ、来るのは『人間』だと言ったのですか?〉

 

もっともらしい理由が帰ってきた。日本語難しー。

ーーーとか言ってる余裕の1つや2つがあればよかったのに・・・

 

完全に予想の斜め上を行っていたが、もしも同じ言語で会話を交わせるのなら勝機はある。・・・ん? 同じ?

 

「ーーーあ」

 

〈どうかしましたか?〉

 

「俺とその娘って、会話できるんですかね? 主な言語的な意味で」

 

初対面の、種族も違う、言語も通じない+ネガティヴになっているエルフとコミュニーケーションをとれるだろうか、いやとれない。これなんて無理ゲー?

 

〈基本的に、この世界に転生させる者達には一般的な日本語を使える程度の言語能力を授けています。所謂、特典というやつです〉

 

「・・・まぁそれなら、会話を交わすことについては大丈夫そうですね」

 

ご都合展開だけど正直助かった。つーか、さらっと言語を理解させるとか言ってるけどそれって色々大丈夫なのか? 脳に負担がかかるとかなんとか・・・

 

「ちなみに、言語能力を身につけさせるのって身体的に影響があったりするんですかね? 脳に負担がかかるとか・・・」

 

〈その点に関しては心配無用です。脳をちょちょいと弄るだけですから〉

 

神様は人差し指をクルッと回しながらそう言った。

寧ろ余計に心配を掻き立てる発言が返ってきたんだが・・・

神様はエルフの女の子についての説明を始めた。

 

〈彼女の住むエルフの隠れ里がとある商人に見つかってしまい、彼らの持つ知識・技術・物資などの強奪を目的として近くにある人間の国に攻め入られ、国の人間と里のエルフの間で戦争が起こった結果、エルフの里は彼女以外、家族も含めて皆殺しにされてしまいました〉

 

さらっと『戦争』というワードが出てきたことに少し身を竦めた。

 

「親戚などが生き残っていればまだしも、同族皆殺しなんて小さな女の子に耐えられる筈ないだろうに・・・」

 

〈ーーーえぇ。そうでしょう〉

 

ここにきて、事の重大さがようやく分かるようになってきた。これから俺の身にのしかかる様々なものの重さを予感して、先程よりも胸の締め付けが強くなった。

神様はそんな俺の状態を察したのか、少し厳しい言葉を投げかける。

 

〈しかし、避けて通る道はありません〉

 

「・・・分かってますよ。元からそのつもりです」

 

神様の言う通りだ。これは俺が決めたことで、避けてなんか通れない。誠心誠意、真正面からぶつかって彼女と打ち解けてみせる。

 

〈では明日の夕方に神社の鳥居(とりい)の下に彼女を転生させます〉

 

「はい、分かりました」

 

神様はこの前と同じようにスゥーっと消えて見えなくなってしまい、俺もそこで目が覚めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 逆転生者とのファーストコンタクト

帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わり、放課後になる。神様との約束の時間が迫っていた。スマホの表示は16:30。

俺は自宅へ向けて順調に自転車を走らせる。何事も無く家に着き、合鍵で裏口のドアを開けて荷物を置き、今度は徒歩で神社へ向かった。

神社へ着いたのは17:00頃だった。

俺を待っていたのだろう、神様はすぐに姿を現した。

 

〈来ましたね、説明は昨日したので省きましょう。心の準備は出来ていますか?〉

 

「愚問ですね、いつでもOKですよ」

 

緊張を紛らわせる為に少し調子のいい言葉で返答したがーーー体は正直なようで、手には汗がうっすらと滲み、胸のあたりも引き締められている。

神様は無言で頷き、溶けるように姿を消した。数秒後、鳥居の下の石の道が歪み、真っ黒で底なしのように見える直径2m程の穴が開いた。ーーーついに来たか。

 

その大きな穴は丸から六角、五角と角を減らしながら小さくなっていき、やがて見えなくなってしまった。そして穴があった場所には、細い二本の脚で立ってまわりをキョロキョロ見渡している、少しボサついたブラウン色の髪からのぞくぴょこっと出た長い耳が目立つ、13~14歳ぐらいの少女がいた。あまり失礼な言い方はしたくないが、彼女の身につけている服のようなものは明らかにボロ雑巾と同じだった。彼女は俺の存在に気付くと、ビクッと反応して数歩後退りし、距離をとる。足がガクガクと震え身を縮めながらも、彼女は俺にオドオドと話しかけてきた。

 

「誰・・・ですか? あ、あなたも私を捕まえようとするんですか・・・?」

 

そうか、この子は極限の環境の中で家族もいないまま、必死に生活してきたんだな。周りの人は敵。みんな敵。逃げて逃げて逃げまくる生活。

彼女の、薄い赤が滲んだ傷だらけの裸足が、それを物語っていた。

 

 

「いいや、違うよ。俺は君を安全な場所に匿う為にここにいる。もう誰かに襲われるような事が無いようにする為にね」

 

俺は両手を少し広げて何も持ってないことを示しながら話した。

ここで、両腕の動きが少し窮屈なことに気づく。どうやら俺は学生服のままここへきてしまったようだ。全身真っ黒な人間がいきなり目の前に現れたら誰だって警戒するのは、少し考えれば分かっていたはずなのに・・・

 

俺は不自然な様子を見せないように注意を払いながら、学生服の金色のボタンを下から順に、合計5つを外してワイシャツ姿になった。

 

「・・・」

 

彼女は何も喋らない。足の震えはまだ止まっておらず、少しよろけるような仕草を見せる。が、その目だけはしっかりとこちらを捉え、まるで「いつでも逃げられるように」といった強い意志をその中に抱いているように感じられた。

 

「ーーーそ、それじゃあ、あなたがあの神様が言っていた人なんですか・・・?」

 

神様曰く、逆転生者がこちらの世界に来る前に、ある程度の説明はしておくらしい。俺の事、これから行く世界の事、etc・・・だけど、負の感情を取り払うという事だけを除いて。

 

「あぁ、その通りだよ。君はもう安全だ。逃げる必要なんかどこにもないし、この世界は君を傷つけたりしない」

 

「・・・」

 

彼女が俯いたまま黙りこくってしまったので、切り株に腰掛けるように促す。

まぁ、最初にしては当たり障りのない会話だったかな・・・

 

 

 

 

 

 

切り株に腰掛ける彼女の隣・・・ではなく、正面に胡座をかいて座る。俺が彼女を見上げるような位置関係になる。

ふと、大切なことを思い出す。

 

「そういえば、まだ名前を言ってなかったね、俺は生明圭太郎。歳は16だ」

 

「ーーーあ・・・ざ、み、さん・・・」

 

彼女は言い辛そうにボソッとつぶやくと、しばらくしてから口を開いた。

 

「・・・私の名前は【エイブリー】っていい・・・ます」

 

名前を教えてくれないと思っていたので、彼女がーーーエイブリーが自ら名を名乗った事には少し驚いた。こちらが先に名前を名乗ったので、礼儀的な精神が働いたのだろうか。

 

「エイブリーか・・・うん。俺の名前は長いから、呼ぶ時は好きに呼んでね」

 

「ーーーじゃあ・・・あざみさん、で」

 

「うん、これから3日間よろしく、エイブリー」

 

そう言って手を差し出そうとして、止めた。まだ会って30分も経ってないのに、いきなりこれは良くないと思った。彼女も俯いた頭をもう少しだけ下げるだけだった。

 

結局会話はそこで途切れ、数分程沈黙が続いた。聞こえてくるのは、風で木々が擦れる音と鳥の囀りくらいだ。うーん、気まずいなぁ・・・

 

俺が何か話題提示をしようと頭を捻っていると、突然彼女・・・エイブリーはスンスンと匂いを嗅ぐように鼻を動かした。自転車をこいだ時にかいた汗が臭ったのかと、慌てて自分の服の襟元を引っ張って確認しようとしたが、彼女の様子を見るとどうやら違うらしい。

 

「なんだか・・・ここはちょっとだけ、居心地がいいです。私の故郷と似た雰囲気がするんです」

 

ここはそれなりの数の松の木やらなんやらに囲まれている。それに、人の手があまりついていない。エイブリーが暮らしていた里の周りの環境も、こんな感じだったのだろうか。

 

「エイブリーの里も、こんな感じだったの?」

 

「そう・・・ですね、花や木がいっぱいで、お日様のいい匂いがして、それに、みんな笑ってて・・・」

 

「・・・俺も見てみたいなぁ、エイブリーの故郷」

 

同情や哀れみの感情からではなく、素直に、異世界の自然環境を見てみたいと思った。元々植物は好きだし、木々に囲まれるのも落ち着いた気分になれる。

俺はそんな事を考えているのだが、彼女は違ったらしい。

 

「私も、もう一度見れるのなら見てみたいです・・・」

 

「ーーーッ、・・・ごめん。嫌なこと思い出させちゃったかな・・・?」

 

「いえ・・・逆に、懐かしい故郷の景色を思い出せて良かったです。目を閉じて思い出そうとすると・・・もう、綺麗な緑は見えません」

 

やってしまった。ほんとうに少しの間、エイブリーのことを忘れて異世界の自然環境のことを考えていた。そのせいで、エイブリーの傷を抉ることに繋がるような話を振ってしまった。

良い感じで話が進んできたと思ったのに、ちょっとまずいな。話の流れを変えないと・・・

 

俺は座っていた石の道に沿ってに仰向けになり寝転ぶ。ゴツゴツしているがヒンヤリとした感触のためプラマイゼロといったところだろうか。

 

「・・・こうやってさ、緑に囲まれてるとすっごい安心するんだよね。布団に包まれてるのとは違うし、お風呂に入ってるのとも違う。森林浴なんて言葉、誰が考えたのか分からないけどよく思いついたなぁ・・・って」

 

「あ、それちょっと分かる気がします。ちょっと前に、私も同じこと考えてました」

 

「あ、エイブリーも? 」

 

「・・・はい」

 

今の状態では彼女の顔は見えないが、少しだけ・・・ほんの少しだけ、声のトーンが明るくなったような気がする。

 

「あざみさんって、どういう人なのか全く分からないですけど、こういう話ができて、ーーー少し、楽しいです」

 

「そ、そうかな?」

 

「少し楽しい」という言葉を聞いて少しの安心と根拠のない自信を得たのか、俺はそこから、エイブリーに嫌なことを思い出させないように話を振っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 彼女の思い出

私の名前はエイブリー。14歳。種族はエルフです。

家族はお父さんとお母さんとお兄ちゃんと、私を含めた四人家族です。たまに喧嘩する事もあるけれど、すぐに仲直りします。とっても良い家族だと自慢出来ます。そのおかげで、毎日の生活はすごく充実しています。

 

少し前に私は、「私達エルフはとても賢いので、その知識や技術を人間が狙っているから気を付けなさい」とお父さんから教わりました。実際に、二軒離れた同い年の女の子の友達も、薬草を取りに行った時に人間に捕まりそうになりました。その時は大人のエルフ達が、その女の子が連れ去られる前に人間から助け出したので無事でした。

 

そういう訳で私達エルフは、人間が踏み込めない森の奥深くで暮らしています。地図はないし、霧が深いので普通はたどり着けません。そのおかげで、人間に見つかることは絶対にありませんでした。

 

だけどその日は霧が薄くて、里はある人間に見つけられてしまいました。そう、それが悪夢の始まりでした・・・

 

 

 

 

 

 

私の里へ人間達が侵攻して防壁が破られたとき、戦う準備をしていたお父さんとお兄ちゃんは人間達との戦場へ行き、私とお母さんは里のみんなと一緒に避難所に隠れていた。すると、遠くからドーンという音と共に、地響きが伝わってきた。おそらく戦場はここから近いのだろう。

 

そんなことを考えていた瞬間、崩れて空いた壁の穴から何かが入ってきた。その「何か」は地面に落ちてコロコロと転がると、白い煙を勢いよく吹き出し始めた。

 

避難所の中のみんなは突然のことにパニックになりながら、ゲホゲホと咳こんでいる。煙を吸い込んだみんなは倒れこんだり、喉を抑えて言葉にならない声をあげたりしていたけれど、すでに煙は避難所の大部分に広がっていて5m先も見えないような状態だった。

 

私は煙の無い所にいこうとするも、視界の悪さとパニック状態の影響もあり、安全な場所を見つけられずにいた。とにかくこの場所から移動して離れようとしても、周りはみんなが動き回っていて身動きがとれない。

 

すると、どうしたらいいか分からずアタフタしていた私は左腕を急にグイッと引っ張られた。突然の事で驚いたけど、よろけた先にいたのは私の腕をしっかり掴んだお母さんだった。

 

「エリー。この避難所には緊急時の地下通路があるの。あなたはそれを使ってここから逃げなさい。通路にそって真っ直ぐ進めば、里の裏山に出られるから」

 

「で、でも!それじゃあお母さんは!?」

 

「私はここで大人達と一緒に人間達を食い止めるわ」

 

「駄目だよ!お母さんも一緒に逃げようよ!!」

 

「・・・ごめんね、エリー。私だけあなたと一緒に逃げることは出来ないわ。エリーと一緒に生きたいけれど、私達は誇り高きエルフよ。ここから先は言わなくても分かるわね?」

 

「・・・じゃあ、また後で会えるって約束してくれる・・・?」

 

私は涙でいっぱいの目で、輪郭が歪んで見えるお母さんにそう聞いた。

 

「えぇ、もちろん。さぁ、早く行きなさい」

 

「約束だからね! 私、良い子にして待ってるから!!」

 

そういって私は、お母さんに手を振って走りながらその姿を背に、通路の中に入っていった。

 

「・・・ごめんね。こんな、娘との約束も守れないお母さんで。せめて、あなただけでも生き残って。」

 

「ーーー愛してるわ、エイブリー」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ブリー? エイブリー? どうしたの、何か考え事?」

 

「へっ!? あ、ご、ごめんなさい、 ちょっとボーッとしてました・・・」

 

「そう? なら良いんだけど」

 

神社にて日が暮れるまでエイブリーと会話した俺は、彼女を自宅へ招き入れた。暗くなって風も冷たくなってきたので、彼女に野宿をさせる訳にはいかなかった。ていうか、そもそもそんなつもりは毛頭なかったけどね。彼女は野宿でも大丈夫だと言ったが、そこは俺が一歩踏みとどまってなんとか野宿を回避できた。

今は彼女に夕飯の準備を手伝ってもらっていたのだが、包丁を握ったまま上の空だったので危ないと思い声をかけたところだ。

 

そんなこんなで時間が経ち、俺とエイブリーは夕飯を作り終った。いつもは一人で作っているが、二人で作るとすごく速かった。久しぶりに誰かと一緒に料理をしたから、楽しかったなぁ。

料理中エイブリーはIHのクッキングヒーターを見て、「なんで火を使わないで魚が焼けてるんですか?」なーんて驚いた顔をして目をキラキラさせていた。何このカワイイ生き物、眼福です。

別に俺がIHを発明した訳じゃないけど、なんだか鼻が高かった。いやぁ、文明の利器っていうのは素晴らしいね。今度、IHを発明した人に感謝しておこう。ーーー誰だか知らんけど。

 

その後、慣れない箸を使っているエイブリーの向かい側で一緒に夕飯を食べ、食器の後片付けも終えた。時計を見ると夜の9時過ぎだったので、俺はエイブリーにお風呂に入るよう促す。

 

「エイブリー、もう夜も遅いから先にお風呂に入りなよ。さっき沸かしておいたから」

 

「じゃあーーー先に入りますね。お湯は台所にあった水が出るやつと同じように、取っ手を上げればいいんでしたっけ?」

 

「そうだよ、俺のことは気にしなくていいから、ゆっくり入って疲れをとってね」

 

そう言ってエイブリーに着替え(俺の中学時代のジャージ)を持たせた。ちなみに、女の子用の下着なんて持っていなかったので、仕方なく・・・『仕 方 な く』、タンスの奥から未使用の男性用のブリーフパンツを引っ張り出した。

本当はコンビニに行って女性用のものを買ってくれば良いのだが、この家の半径2キロ強にはコンビニなどの生活必需品を取り扱う店が無い。

ぶっちゃけると、エルフの女の子が来ると言われた衝撃が強すぎて、下着のことなんて考えもしなかった。ーーーこれは反省点だな。

 

そうして、俺はエイブリーを無事に風呂に入らせた・・・筈であった。この時俺は自分が犯したミスに気付いておらず、エイブリーもこれから自分に降りかかる災難を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

((キャ〜〜〜〜!!))

 

「なんだ!? エイブリー! 何かあったのか!?」

 

俺はリビングで週末課題をやりながらエイブリーが風呂から上がるのを待っていたのだが、突然風呂場からエイブリーのエコーがかかった悲鳴が聞こえてきた。

シャーペンを置いて慌てて風呂場へと急行し、扉の前に立つ。この向こう側にエイブリーがいるのだろう。

 

「エイブリー! どうしたんだ!?」

 

((生明さーーーん! 石鹸みたいな液体で髪を洗おうとしたら、目に入っちゃったんですーーー!!))

 

そこで俺はハッとなって気付いた。

 

(エイブリーにシャンプーのこと教えるの忘れてたー!)

 

やばい、これはやばい、さっき言った、親にバレるやつよりやばい。ポルノ的にヤバいやつだ!

冷静に考えてみれば、エイブリーのいた時代に石鹸はあったかもしれないけど、シャンプーなんてないじゃないか! ・・・いや、あるかもしんないけどさ。

 

((うー、目が開かないよ〜 生明さーん! 助けて下さ〜い!!))

 

「えっ!? 助けてって言われてもどうにもできないんだけど・・・」

 

おそらく彼女は今、自身の眼球に、経験した事のない痛みを感じているのだろう。そのせいもあって、少しパニック状態になっているのかもしれない。

 

俺は悩んだ。確かに、このままエイブリーの言う通りに風呂場に入れば彼女を助けられるだろうし彼女の華奢(きゃしゃ)・・・ゴホン、可憐な姿を拝められるだろう。

 

((生明さん? 今何か失礼なこと考えてませんでした・・・?))

 

「いや、そんなことないよ!?」

 

だが冷静に考えれば、如何なる理由があったとしても破廉恥は破廉恥であり、俺が社会的にも人間的にもまずいことになるのは明らかだ。誰かが見てなくても俺が気にする。

かといってここでエイブリーを助けなければ、彼女は悶え続けるだろう。こんな挿絵をぶち込む絶好の機会に俺は一体何をしてるんだろうか。

 

((もう! いい加減はやく助けてください!! 私気にしませんから!!))

 

「お、おう! それじゃあ入るよ!?」

 

 

 

 

 

 

ど、どうしよ・・・気にしないなんて言っちゃったけど本当は凄く恥ずかしい・・・

でも、こうでもしないと生明さんが困って助けに来てくれないし・・・

 

すると、風呂場の扉が開く音がして私はそれに反応して体をビクッと震わせた。

 

「じ、じゃあエイブリー、髪流すからね? なるべく見ないようにするから。」

 

「はい、お願いします・・・」

 

うー、覚悟してたことだけど、やっぱり恥ずかしいよ〜

 

そんなこんなで私は手で身体を隠しながら縮こまって、無事に髪を流してもらい目も開くようになった。鏡を見ると、目が真っ赤になっていた。その奥に、生明さんの背中も見えた。ちらっと見えた横顔から覗く耳は私の目と同じくらい真っ赤になっていて、生明さんもあんな風に恥ずかしがるんだなぁと思った。

 

「も、もう大丈夫? 」

 

「あっ、はい。おかげさまで」

 

「それじゃあ俺は出るから」

 

生明さんはそう言って足早に風呂場から出ようとしたけれど、足元には流し損ねた泡が・・・

私はそれに気付き生明さんが危ないと判断し、私は反射的に立ち上がった。

 

「そこに泡がーーーへっ!?」

 

しかし、私は目先の危険にとらわれて、自分の足元にも泡が残っていることに気が付かなかった。・・・って、このままじゃ・・・

 

私は足を滑らせ、振り向いていた生明さんの方へダイブ・・・

 

「させねぇよ!」ピキュリイイイィィィン(←ニュータ◯プ的なアレ)

 

しそうになったけど、間一髪生明さんが私と床の間に滑り込み、バスタオルで私を包んで抱きかかえた。

 

「ねぇ、どんな気持ち? お約束の、風呂場での事故によるラッキースケベを予想した画面の向こうのあなた、今どんな気持ち?」

 

「お約束ってなんですか!? 画面ってなんなんですか!?」

 

「それは、エイブリーがもうちょっと大人になってから教えてあげるよ」

 

「いや、そんなにこやかに言われても・・・っていうか、この状況はちょっと・・・」

 

「フフフ・・・ここにダッシュで向かう際にさりげなくバスタオルを持ってきていた俺の勘の良さに自分でも驚きだよ」

 

「あのー、生明さん・・・聞いてます・・・?」

 

その後、生明さんは自身への酔いから醒めた。

そして冷静になって今の状況を理解した生明さんがどうなったかは、察しがつくと思います。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 1日目終了

俺は今シャワーを浴びている。怪我を免れたエイブリーに着替えてもらい、リビングでテレビを見ているよう頼んでから現在に至る。やっーとゆっくり風呂に入れるので、一日中俺の肩に乗っていた重いものを降ろせたような気分だ。

 

シャワーを止めて左の手のひらにシャンプーを2、3回出して泡立てながら先程の事を思い返す。

 

いやぁ・・・危機一髪だったなぁ。確かに俺はエイブリーを助けたけど、彼女も俺の危険を察知して声をかけてくれた訳だから後でちゃんとお礼を言っておこう。

あ、いや、色々な意味での『お礼』じゃないからね? あの時は自分に酔っていたというか、若気の至りというか・・・

 

そんな事を考えるうちに髪を洗い終え、今度はボディソープをタオルで泡立てる。

 

ていうか、エイブリーには申し訳ないけど、風呂場の泡で足を滑らせるなんて漫画かアニメかラノベか、ごく一部のリアルでしか起きないっつーの。

ローションくらいじゃないと普通滑らないよ。それともなにか? 足腰が弱すぎるのか? 何処ぞのスタンド使いに足の裏の摩擦を奪われたのか?

・・・まぁ、実際に危ない目にあった娘がいるんだから、この辺にしておこう。後で反感を買われそうだ。誰にとは言わんが。

 

体全体を綺麗にし、お楽しみのバスタイムに突入しようと浴槽へ目を向け、ふと気付く。いつもは閉じられている浴槽の蓋が開けられ、いつもは波一つない水面が僅かに揺れている。これらの現象が意味すること、それ即ち『使用済み』。

皆さんは知らないだろうが、自分の趣味の一つに『入浴』がある。シャワーを浴びただけでは風呂に入ったことにはならず、疲れが取れず、明日への活力を得られない。そういうわけで自分は春夏秋冬365日・・・閏年とか面倒くさい事は気にしないで下さい。欠かさず浴槽に入ってきた。

・・・だかしかし、史上最大のピンチが訪れた。『コレ』、エイブリーが入った後じゃん・・・

 

 

 

 

 

 

私は今、圭太郎さんに言われてリビングで待機しています。そして、『てれび』というものを見ながら麦茶を飲んでくつろいでいます。

てれびでは、にゅーすというこの世界の世の中の情報を伝えているものが映っていて、私はこの世界の事をまだ何も知らないから興味があって、真剣に見つめています。

 

てれびを見た私は驚愕しました。この世界の人間が持つ技術や知識の多さ、街並みなどは私たちエルフとは比べ物にならないくらい発展していました。それそこ、私のいた世界の人間よりも。目に入ってくるもの全てが初めて見るようなものばかりで、見たことがあるのは街中に生えている木々くらいでした。

 

でも、私に入ってきた情報は良い物だけではなかったのです。

男性が高い所から飛び降りて自殺、16歳の子供が放火、親が自分の子供を殺したなど、1番強く印象に残ったのは『人間が人間を殺す』でした。エルフの里では考えられない『同族殺し』がこの世界では起きていたのです。

私は先程よりもさらに驚いて、悲しい気持ちになりました。

 

(どんな世界でも、平和なんて無いのかな・・・)

 

『この世界は平和だ』という私の、そう考え始めた安直なそれを否定された瞬間でした・・・

 

 

 

 

 

 

波が静まった浴槽の水面を眺めることはや5分。俺は悩んでいた。・・・ん? 何に悩んでいるかだって? この浴槽に入るか入らないかで悩んでいるんだよ。

 

普通はこんな状況なら気にしないで入ったり、迷わずに入ったりするだろう。・・・いや、2つ目は普通じゃないな。

 

風呂には入りたい。けれども、これはエイブリーが入った後の浴槽だ。

俺が考える、こういう時の主人公の行動パターン

その1:恥ずかしがりながらも入る。

その2:グヘグヘ言いながら嬉々として入る。

その3:入ろうと思うも誰かに見つかってしまう。まぁ、これくらいかな。

そんな中で俺が選ぶのは・・・

 

 

 

 

 

「あ、圭太郎さん。上がったんですね。ゆっくりと浸かれましたか?」

 

「えっ?あぁ、まぁ・・・」

 

「?」

 

さっき俺がとった行動、結局入らなかった。ヘタレとヘンタイのどっちを取るかを悩み、結果俺はヘタレを取った。

 

「そんなことよりさ、エイブリー。髪まだ濡れてるでしょ? そのまま寝ると風邪ひくから、まずは髪を乾かそうよ」

 

「そうですね」

 

「そこで出しますはコレ! デレデデッデデ~ン ド~ラ~イ~ヤ~」

 

「・・・なんだか、使い古したネタみたいですね」

 

「たとえそうであったとしても、使わなければならない時があるんだ」

 

「ネタ切れですね、分かります」

 

「グゥッ! 痛いところを・・・」

 

「フフフ、それじゃあ生明さんにその『どらいやー』っていうのお願いしてもいいですか?」

 

「もちろん」

 

ふーん、女の人って男の人に自分の髪を触られるのに抵抗あるって聞いたことがあったけど、エイブリーは気にしないんだなぁ。

 

そんなこんなでエイブリーの髪を乾かすことになった。

 

 

 

 

 

 

「よーし、乾かすよー」

 

俺はそう言って、エイブリーを目の前に座らせる。

そして、スイッチをいれた。

 

「ポチっとな」

 

「キャッ!」

 

案の定、エイブリーは肩を跳ねさせビックリした。

 

「大丈夫だよー温かい風が出てるだけだからねー」

 

「あ、本当だ・・・慣れると気持ち良いですね」

 

「そう言ってもらえて良かったよ」

 

生まれてこの方16年、自分の髪しか乾かしたことがなかったので上手く乾かせるか心配だったが、杞憂だったようだ。

 

そうして安心した俺に少しの余裕が生まれ、少しばかりテレビによそ見をしていた時のことだった。

 

「ひゃうっ」

 

エイブリーの髪を乾かしていた俺の左手の指が、彼女の耳に当たったのだ。

俺はよそ見をしていたせいで、その声に気付かなかった。

 

「あの、生明さん? 耳は敏感なので・・・」

 

エイブリーが俺に声をかけるもまだ気付かず、さらに俺はエイブリーの耳を無意識に弄る。

 

「あっ、ちょっ、そこは・・・ひゃっ!?」

 

俺の指は留まることを知らず、エイブリーの耳の奥へと侵攻を続ける。

 

「生明さぁん、そこは、そこはぁ・・・」

 

エイブリーが耐え切れずに身をよじらせ、涙ぐんで声をかけてきたところで俺はやっと気付いた。

 

「ん? どうしたのエイブリー・・・ってオォイ!?」

 

俺は声のする方へ向き直ると、そこには俺の手から離れて倒れているエイブリーがいた。彼女の上気した顔からは涎が垂れ、肩で息をしていた。

 

「どうしたんだエイブリー!? 一体何があった!?」

 

「あ、あざみ、さ・・・」

 

彼女はそこまでいうとコテッと倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

俺の今の状況・・・正座。

 

「ごめん! 本当にすまなかった!」

 

「・・・」

 

あっちゃ〜やっちまった・・・

俺はあの後、自分のした事をエイブリーから聞かされた。無意識の力ってすげー。っと、そんな事よりも、

 

「まったく、女の子にあんな恥ずかしい思いをさせて・・・」

 

「返す言葉もありません・・・」

 

「・・・まぁ、生明さんもわざとやったわけではないようですし、誠心誠意誤ってくれているので許してあげます」

 

あ、結構簡単に許してくれるのね。

 

「ありがとう、エイブリー。ーーーあ、そういえば、風呂場で俺の危険を知らせてくれたこと。あのお礼も言ってなかったね。まとめて言うようで悪いけど、ありがとう」

 

「いえ、結局助けられたのは私ですし。お礼を言うのは私の方ですよ。ありがとうございました」

 

お互いに頭を下げてる状況が可笑しくなって、俺とエイブリーは目が合うと一緒に声を上げて笑った。

 

「それじゃあ、寝ようか。」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

俺達は二階へと上がった。二階にはトイレと両親の寝室と俺の部屋があるのだが、両親の寝室は滅多に使われないので物置のような状態だ。つまり、残された選択肢は一つ。

 

「わぁ〜、綺麗な部屋ですね」

 

当たり前だ、エイブリーが風呂に入ってる間、全力で片付けてたからな。湿る程度にはファブリーズしたし、問題は無いだろう。

 

「エイブリーはこのベッドで寝てくれ。俺は床で寝るから」

 

「・・・そうですか。いや、そうですよね」

 

「俺なら心配いらないよ。慣れてるからね」

 

慣れてるっていうのは嘘。けど、床で寝る事に抵抗があるわけじゃないから大丈夫だ。

 

「わ、手で押すと押し返してきます! これなら気持ち良く寝れそうですよ!!」

 

「そいつは良かった。じゃあ電気消すよ?」

 

「はい」

 

エイブリーの返事を聞いた俺は天井の照明から伸びている紐を引っ張って明かりを完全に消す。

するとエイブリーが、

 

「あの、生明さん・・・もうちょっとだけ明るくしてもらえませんか?」

 

「え? あぁ、良いよ」

 

そう言われた俺は再度紐を2、3回引っ張って、全照状態から今度は豆電球の状態でストップする。

真っ暗だった部屋は、ほんのりとした淡いオレンジ色に染まった。

 

「これくらいで良い?」

 

「ありがとうございます」

 

「ーーー怖い?」

 

「はい、真っ暗にして寝るのは少し怖くて・・・」

 

「そっか・・・」

 

俺がそう言うとエイブリーはうつ伏せになって枕に顔を埋めた。

 

「この布団、生明さんの匂いがします」

 

「ブッ! いきなり何を言うんだよ!? は、恥ずかしいからよしてくれよ・・・」

 

あれ~? ファブリーズが活躍しなかったのかなぁ?

 

「フフフ、さっきのお返しです」

 

エイブリーは意地悪な目でこちらを見る。

 

「そっか、なら仕方ないね」

 

これで差引勘定0かな。

するとエイブリーは少し黙っていた後、ポツリポツリと喋りだした。

 

「ーーー私、今まで人間をすごく嫌っていました。恨んでいました。家族の、エルフの仇ですし・・・」

 

「・・・」

 

エイブリーが真剣に話し始めたので俺は黙って話を聞く事にした。

 

「けど、神様にこの世界に連れてきてもらって、分かったんです。確かに、この世界は私のいた世界と比べれば平和です。けれど、この世界にはこの世界の危険がありました」

 

「・・・そうだね」

 

「私は一瞬こう思いました。『どの世界の人間も、危険だ』って。私はどの世界に逃げても、人間に襲われると。そう考えました」

 

「でも、今目の前にいる『生明 圭太郎さん』は優しかったんです。初めて、人間が私に優しくしてくれたんです。そして、人間から・・・圭太郎さんから、『エルフと変わらない優しさ』を感じました」

 

「エイブリー・・・」

 

「だから、私ーーー決めたんです。例えこの世界の人間がみんな私の敵だったとしても、この人だけは・・・圭太郎さんだけは信じてみようって」

 

エイブリーの言葉につっかかりが出始めて、先程までとは様子が違うようだ。床に寝ていた俺は自然と布団を這い出て起き上がった。

 

「もう私には・・・信じられる人がーーー圭太郎さんしか、いないからっ・・・!」

 

大粒の涙で枕を濡らし、しゃっくりで上手く喋れない中エイブリーは必死に自分の言葉を紡いでいるようだった。

 

「エイブリー、俺、凄く嬉しいよ。エイブリーにそう言ってもらえて。口下手だから上手く言えないけど・・・俺は絶対にエイブリーを裏切ったりしない。どんな時でも、必ず君を助ける。だからこれからは、もっと俺を頼ってくれ。いつだって、君の期待に応えてみせるから・・・」

 

そう言ってエイブリーの頭に手を乗せると、彼女は初めて俺の目の前で声を上げて泣いた。小さい子供が親にすがる様に、延々と、ただひたすらに泣き続けた。

しばらくしてエイブリーは泣き止み、俺もあくびを我慢できなくなってきた。

 

「今日はもう遅い、寝よう」

 

エイブリーを離してベッドに寝かせ、俺も床に敷いた布団で眠りにつこうとする。が、服を引っ張られた。

 

「一緒に・・・寝てくれませんか?」

 

「え、いや、このベッド、シングルベッドだし・・・」

 

振り返ってエイブリーを見た瞬間、衝撃が体を突き抜ける。彼女は涙で潤んだ瞳でこちらを見つめていた。しかも上目使いで。意識してやっているわけではないのだろうが、天然物の上目使いは俺を折れさせるのに十分すぎる程の武器であった。

 

「・・・分かったよ。俺が壁側に寝るから」

 

「・・・はい」

 

その言葉を最後に喋らなくなったエイブリーは、俺の服を掴んで離さなかった。

 

 

 

 

 

 

(あああああぁぁぁぁぁ今になってめちゃくちゃ(現代日本語では表現不可)恥ずか死ぬるぅぅぅ!!)

 

後に俺の忘れられない記憶になるのは言うまでもない。

ーーー良い意味でも、悪い意味でも。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 学校生活

中途半端に降ろしたスクロールの隙間から日差しが差し込む。その光は的確に俺の目を捉え、半ば強制的に意識を覚醒させる。

 

「いてっ」

 

いつもと違って壁側に詰めて寝ていた俺は、左に寝返りを打つと案の定、壁に鼻とデコをぶつけた。

 

「ん~~~・・・よっ、ほっ」

 

腰を左右に捻ってボキボキと骨をならす。これは俺の癖。

エイブリーはまだ寝ているのか、と思い彼女が寝ていた、ベッドの右側に視線を向ける・・・が、

 

「・・・あれ?」

 

そこにいるであろう人物はいなかった。布団を見ればついさっきまでそこにいたのは確かなのだが、肝心の本人は部屋を見渡しても見当たらない。用を足しているのかと思ってトイレを見てみるも、やはり彼女はいなかった。

 

「一体どこに行ったんだ・・・?」

 

俺はエイブリーの身に何か起こったのかと思い、家を飛び出そうとドアノブに手をかけたところではっと冷静になった。

ーーー今なら分かる。きっと彼女は『あそこ』に行ったんだ。

 

 

 

 

 

 

朝の早い時間独特の、木々が放つ自然の香り。私は毎日朝早く起きて、森林浴をする事を日課にしてた。

あちらの世界でもこちらの世界でも、形は違えど自然はそこにあった。

やっぱり、ここの木々はエルフの里のそれと似ている。生えている木々の種類が一緒というわけではないのだけれど、雰囲気がどことなく似ていたのだ。

鼻から空気をゆっくりと吸い込み、同じようにゆっくりと、口から吐き出す。これらを数回繰り返したたころで、後ろから誰かが歩み寄る音が聞こえた。逃げ続ける生活を送っていたせいなのか、私の聴覚は敏感になっていた。

とっさに神社の裏に隠れるが、来たのはあの人だった。

 

「おーい、エイブリー。俺だよ、圭太郎だよー」

 

今ではもう聞き慣れた声を耳にしたことで安心した私は、緊張を解いて姿を現す。

 

「おはようございます、圭太郎さん。良くここにいるって分かりましたね。圭太郎さんが起きる前に戻るつもりだったんですけど」

 

「今日は偶々早く起きたんだ、いつもはもっと遅い時間まで寝てるよ。最初、エイブリーがいなくなっててビックリしたけど、きっとエイブリーならここだろうと思ってね。(まさか、浴槽に入らなかったせいで疲れが取れなかったから早く起きてしまった、なんて言えないよなぁ・・・)」

 

結局昨日は風呂に入らなかった。「水道代が勿体無い」とか「湯船に浸からないのは不潔だ」という考えと昨晩の考えが脳内でデットヒートを繰り広げていたが、あれこれと自分の中で問答をする内に、ある事に気付いてしまった。

俺が、エイブリーが入った後の湯船に浸かりたくないと思ったのは、俺が変態扱いされたくなかったから。というのはほんのちょっとした理由であって、本当のところは、「他の誰かが入った後の湯船に抵抗があった」からだった。

 

一人暮らしを始めて早数年、毎日の楽しみである入浴の時間は俺1人の心安らぐひと時だった。俺以外の人物などいない隔離された空間の中に昨日、数年ぶりに他者の存在があった。それまで俺が入るときは一番風呂だった我が家の浴槽が既に誰かに使われていたというのは、俺が考えもしなかったほど自身を憂鬱にさせていた。どうやら俺にとっての「俺専用の浴槽」というのはそれほどまでに心地の良いもので、他者がそれを使うと一種の潔癖症的な不快感を催すという事実が判明した・・・そんな昨晩であった。

 

とまぁ自己分析はこの辺にしておいて、今は自分の外に意識を向けよう。

 

「そうでしたか、心配させてしまってごめんなさい・・・」

 

「あ、いや気にする必要は無いよ」

 

その後、私は圭太郎さんと家に帰った。

 

 

 

 

 

 

問題発生。分かっちゃいたが、避けられない事だ。

俺が学校行ってる間、エイブリーはどうすんの?

エルフの少女と朝食を食べながら深刻な問題にふと気付いてしまった件。

 

「あのー圭太郎さん、圭太郎さんが学校というところに行ってる間、私はどこでどうしてれば良いんですか?」

 

「・・・ごめん、考えてなかった(笑)」

 

「いや、(笑)じゃないですよ! もっと真剣に考えてくださいよ! (笑)の使い所を間違えないでください!!」

 

テーブルの向かい側からエイブリーがそう言って身を乗り出す。

 

「うーん、どうしよっかなぁ〜・・・夕方までエイブリーをこの家に1人、ってのは心配だし、何があるか分かんないし・・・」

 

「私もそれはちょっと・・・」

 

「かといって、エイブリーをこのまま学校に連れて行くのも無理だしなぁー・・・」

 

さぁ、ここでアンケートをとります。『エイブリーを家に1人にする』が1、『何とかしてと学校に連れて行く』が2です。

画面に表示されるアイコンをタップしてどちらかをお選びくだs「もっと真面目に考えてください!」何故分かったし・・・

 

「! 分かった、こうなりゃ奥の手を使おう」

 

「何か良い手があるんですか?」

 

「あぁ、とっておきの、最終兵器と書いてファイナルウェポンと読むやつがな。ちょっと耳貸して」

 

俺はそう言ってエイブリーに手招きをする。

 

「・・・」

 

「いや、何もしないから。だからそんなジト目でこっちを見ないでくださいエイブリーさん」

 

俺から距離をとるエイブリーを呼び寄せて作戦を伝える。

 

「ーーーそんな事で本当に何とかなるんですか・・・?」

 

「なる。それじゃあいくぞ? せーの、」

 

「「助けて〜! ナミえも〜ん!!」」

 

俺とエイブリーが声を合わせると、玄関から神様が自分の家に入るように入ってきた。あれ? 鍵はしっかり締めてたんだけどなぁ・・・? もっと威厳のある登場の仕方をしてくださいよーーーあ、ここ家の中なんで土禁です。

 

〈いや、普通に呼ばれても出てきますが・・・〉

 

なんだかしっくりこないが召喚成功だ。久しぶりに神様にあったなぁ・・・

ていうか普通の呼び方ってどんなだよ。

 

「お久しぶりです神様」

 

久しぶりの登場を祝して挨拶。

 

「あ、あなたは・・・あの時の神様ですか?」

 

エイブリーは、この世界に来てから神様に会うのはこれが初めてのようだ。

 

〈いかにも、私がエイブリーさんをこの世界に転生させたイザナミノミコトです。まぁ、張本人はクロノスですが。というか、あの呼び方はどうにかならないんですかね・・・〉

 

「わざわざありがとうございます。しばらく見なかったので顔を忘れそうになってましたよ」

 

(あ、圭太郎さん、呼び方の事はスルーするんだ・・・)

 

〈そのようなことはこの私が許しません。この物語の真のヒロインは私だというのに〉

 

(あれ、神様もスルーしちゃった? 案外、あの呼び方が気に入ったのかなぁ?)

 

「あのー、何の話をしているんですか・・・?」

 

「〈気にするでない〉」

 

「そうですか・・・」

 

 

 

 

 

 

登校前の貴重なフリータイムの時間を使って神様にお茶を出す。お茶受けも一緒に。あ、お湯はやかんで沸かしました。

 

〈成る程。私の力で、あなたが学校にいる間エイブリーさんを安全な所に居させたい、と〉

 

「まぁそんな感じです」

 

「何とかなりませんか? 私からもお願いします」

 

エイブリーも一緒に頼む。神様はお茶をズズッと一口飲んでから口を開く。

 

〈ーーー分かりました。エイブリーさんには、一時的に熊野神社の神職になってもらいましょう〉

 

「神職って、神主の事?」

 

〈大体合っています〉

 

「でも私、そんなに難しそうなことなんて出来そうに無いです・・・」

 

〈心配しなくても大丈夫ですよ。元々誰も来ませんし地図にも乗らないような神社ですから、掃除などをしてもらえれば結構です〉

 

「あ、それなら私にも出来そうです!」

 

成る程、考えたね神様。ていうか前半自虐してるし・・・

 

〈では、万が一の事を考えてエイブリーさんの耳を人間のそれにしておきましょう〉

 

「うーん、ちょっと不安ですけど・・・よろしくお願いします」

 

「ていうか、神様はそんな事も出来るんですか?」

 

〈出来なければ、最初から言いませんよ〉

 

〈ただし、あくまでも『他者からそう見える』ようにするだけなので、感情が乱れると元に戻ってしまうので気を付けてくださいね?〉

 

「はい、分かりました」

 

 

 

 

 

 

俺が通っている学校は県立境堀(さかいのほり)高等学校。自宅から自転車で15分程度のところにある。この辺には他にも高校はあるのだが、境堀高校が一番近かったのでここにした。せっかく受けるならということで早めに決めたいと思って前期選抜を受験したら合格したのでそのまま入学した。

俺はいつものように自転車で田んぼに囲まれた道を走り、通学路を行く。田んぼに植えられた苗たちはまだまだ背が低く、水路を流れる水の音が風の音に混じって聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

2-4と書かれた教室のドアを開け、もはや見慣れたクラスメイト達(男子のみ)にいつものように挨拶をする。家の玄関で俺を見送ったエイブリーは早速神社へ向かったようだ。

 

このクラスは出席番号順に席が並んでいるので、出席番号1番の俺は窓側の一番後ろの席に座る。普通なら一番前の廊下側に座るのだろうが、うちの担任は趣向を凝らして席順を真逆にしたのだ。

この席なら、夏は窓から風が入ってくるし、冬はストーブが温かいし、何も困ることはない。いや~、このクラスに『相沢』とか『朝野』とか『相川』とかいなくて良かったなぁ。

ーーーあ、どうせ席替えしちゃうか。

 

「オイ! 鬼の熊ちゃんが来たぞ!! 」

 

男子の誰かがそう言った。猛獣注意ーーーじゃなくて、担任の先生が来ることを知らせる合図だ。

 

鬼の熊ちゃんというのは、うちのクラスの担任、鬼怒川 熊二(きぬがわ くまじ)先生の事だ。保健体育担当で、生徒指導部の先生。柔道部の顧問でもある。恐ろしく顔が怖くて、睨まれたら泡を吹いて倒れるという噂があるとかないとか。熊ちゃんは眼鏡を掛けているのだが、その眼鏡がサングラスならば完全にヤッさんに見えていただろう。

鬼の熊ちゃんという呼び方は俺達が勝手につけた呼び方だが、自分たちの間だけでしか使っていない。というか使えない。

 

伝達が伝えられてから僅か9秒後、先程までの馬鹿騒ぎが一転、全員が各自の席に座って教室は静まり返った。

廊下から聞こえてくる熊ちゃんの独特の足音がだんだんと大きくなっていき、ついに最終防壁(教室のドア)が突破された。

 

「おはよう」

 

『おはようございます』

 

みんなで一緒に挨拶をする。

 

「起立、 礼。 着席」

 

日直の俺が号令をかける。

 

「号令ご苦労。今日の日直は生明か?」

 

「はい」

 

熊ちゃんに聞かれたので返事をする。

 

「よろしい、今日は1時間目が5時間目と交換で3時間目は木曜の2時間目の教科だから把握しておくように」

 

簡単な今日の日程を伝え熊ちゃんが教室を出て行き、みんなが肩を下ろした。

 

 

 

 

 

 

4時間目終了のチャイムが鳴り、昼休みになった。お楽しみの弁当タイムだ。他の奴らは購買に行ったりしているが、俺は持参の弁当を机に広げる。ーーー購買に行くのめんどいしね。前日の夕食のおかずをそのまま使ったり出来るし。

高校入学前は、「屋上でお弁当を食べたり出来るんだろうなぁー」なんて期待していたのだが、ものの見事に打ち砕かれた。屋上へ出る扉を開けようとして開かなかった時の悲しさはもう思い出したくない。という訳で、俺のランチタイムは誰と一緒に食べるでもなく、教室の、自分の机の上で開かれる。窓から見える風景を眺めながら。

 

そんな俺の所へ、見慣れた・・・というか見慣れすぎた2人がやって来た。

 

「あ、やっぱりけーちゃんここに居たんだ」

 

最初に口を開いた大柄の男は、袋 隆幸(ふくろ たかゆき)。身長180cm超え、体重100kgちょいの大男。柔道部に所属していて、めちゃくちゃ力持ち。

俺は彼を『デーブ』という愛称で呼んでいる。

・・・決して他意はない、筈・・・

 

「・・・僕が言った通りだったね」

 

聞き取りにくい小さな声で話す知的メガネは、小原 巧(おばら たくみ)。容姿を端的に表すとひょろ長のもやし。部活動はパソコン部で、主に映像の編集や写真の加工をしているらしい。

見た目通りのオタクで、興味の有る事にはのめり込むが、興味の無い事には恐ろしい程無関心。ちなみに、三次の女には興味が無いそうです。

俺は『やしも』と呼んでいる。

他意は・・・というか他意しかねぇわ。

 

この2人は中学から一緒で、色々あって中学の時に仲良くなった。俺にとっては数少ない、腹を割って話せる親友達だ。2人とも俺より背が高く、デーブ>やしも>俺 といった関係図になる。中学時代は3人とも同じくらいの高さだったのにーーー悲しいかな、俺の背丈の成長は止まってしまったらしい。170cmと数ミリのこの身長を少し恨んでいる。

 

「卵焼きも〜らいっ!」

 

「あ! ちくしょうデーブ! ウィンナーは良いって言ったけど、卵焼きは駄目とも言った筈だぞ!」

 

「・・・」

 

「? どうしたんだよデーブ?」

 

デーブは突然、咀嚼(そしゃく)行動を停止したかと思うと、いきなり俺の両肩をガッチリと掴んできた。

イタイ、イタイっすデーブさん・・・

 

「けーちゃん、この卵焼き、いつもと味付けが違う・・・」

 

「へ?」

 

「これ・・・誰に作ってもらったの・・・? けーちゃんが作ったやつじゃないよね・・・? ーーーまさか、女?」

 

「おっと、それは由々しき問題だね」

 

「ギクッ!」

 

デーブはユラユラと揺れる炎を目に宿し、俺を見つめてくる。

ていうか、台詞だけ見ればただのヤンデレなんですけど・・・おっと、スーパークズトレインばりに脱線してしまった。

 

「・・・はぁ、俺に『安全地帯』(セーフティゾーン)なんて無かった・・・」

 

その後、ミートボール1個とコロッケ1個を犠牲にして、この件は不問となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 覚悟

学校が終わり、放課後になった。デーブは部活があるそうなので柔道場へ行ったが、やしもが所属するパソコン部は今日は休みだそうだ。

 

今俺は荷物をまとめて、自転車を押して帰り道をやしもと一緒に歩いている。途中までだけどね。

やしもと家が近いという訳ではなく、彼はバスで学校に通っているので、バス停まで一緒なのだ。

 

本当はエイブリーの事が心配で早く帰りたいが、こういう機会は偶にしかない。勿論エイブリーのことも大切だが、自身の数少ない友人も同じくらい大切だから今こうして一緒に歩いている。

 

 

 

 

 

 

久しぶりにゆっくりと会話をするやしもは話したい事が沢山溜まっていたようだ。

俺の話が終わるとやしもは真剣な面持ちになり、改まった様に口を開いた。

 

「ーーーねぇ、けーちゃん」

 

「ん? どないしたとね?」

 

「聞いて欲しい事があるんだ」

 

「ほぉー、言ってみ?」

 

あ、このパターンって・・・

 

「最近、新しいムーブメントに目覚めたんだ」

 

「それ、先週も言ってなかった? ーーーまぁいいや、それで、今度は何?」

 

「ズバリ・・・『ヤンデレ』」

 

「それまたコアなジャンルだなぁ・・・」

 

何を言い出すかと思ったら、そっち方面か。

 

「ヤンデレってさ・・・良いよね。一途に愛してくれるというか、構ってくれるというか・・・」

 

「いやでも、行き過ぎた愛故に監禁されたり、最悪殺されるかもしれないんだぜ?」

 

「僕を愛してくれているのならそれが本望」

 

「手が付けられねぇや・・・」

 

やしも、現実へ戻ってこい。

 

「しかもヤンデレ属性は、最近人気がある吸血鬼や悪魔、死神といったキャラと結び付けやすい。ーーー彼女らがほとんど赤い髪なのはご愛嬌・・・」

 

「と言いますと?」

 

「ヤンデレは、『血』『契約』『主従関係』といったキーワードと組み合わせがしやすいんだ。それに伴って、さっき言ったようなキャラに、簡単にヤンデレ属性を付与できるんだよ! 脳内再生が捗って留まるところを知らない・・・!!」

 

「分かった、分かったからそんなに興奮するな。傍から見ればただの変質者だぞ」

 

「でね、ここが佳境なんだけど、僕、とんでもない事に気付いてしまったんだ・・・」

 

「(そこはスルーすんのかよ・・・)それは・・・?」

 

「ヤンデレの男主人公と、ヤンデレの女ヒロインは結ばれるのか? という疑問だよ」

 

ーーーへぇ、中々面白そうだな。

 

「それは・・・俺も興味があるな。やしもはどのような結論に至ったんだ?」

 

「先に結論を言うと・・・『結ばれない』」

 

「それは何故?」

 

「基本的にヤンデレが結ばれるのは、『片方の歪んだ愛を、もう片方が受け入れた時』なんだ。この時点で、どちらかがヤンデレで、そうじゃない方は正常な人間でなければならない」

 

「合ってるような、合ってないような・・・」

 

やしものトークがヒートアップしていく。

いつもの事だが、彼は自論を喋り出すと声が大きくなり、早さも1.3倍位になる。(当人比)

 

「だけど、どちらもヤンデレだった場合はどう? お互いにその歪んだ愛を押し付けあって、しかも押し付けるが故に相手の歪んだ愛を受け入れられない。そんな2人が行き着くところは・・・」

 

「皆まで言うな。最悪、お互いに殺し合うかも、ってことだろ?」

 

お願い、私の為に死んで! いや、それは君を殺してからゆっくり考えるよ。・・・的な? うわ、想像するとカオスだなぁ・・・

 

「流石、僕の理解者。デーブにはこういう話は通じないからね」

 

「デーブに限らず、クラスでお前の話を受け止められるのは俺くらいだろ」

 

「うん、そうだね」

 

と、毎回こんな感じでやしもと話をしている。この前はアンドロイド、その前は文学少女、さらに前はジーパン女子など、やしものムーブメントは逐一更新される。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで帰り道を歩き、バス停で彼と別れて一人になる。

早く家に帰ろうと思い自転車をこぐスピードを速くするが、ふと、エイブリーが神社に居る事を思い出す。

変える前に神社に寄って彼女を迎えに行こうと、進路を熊野神社へと移す。

 

 

 

 

 

 

10分ちょいで熊野神社へ到着した。

 

ーーーなんということでしょう。苔が生えていた石の道は作られた当時のような美しさを取り戻し、辺りに落ちていた小枝や葉は綺麗に片づけられています。

俺は悲劇的ビフォーアフターになる可能性を危惧していたが、杞憂だったようだ。

余計な心配が去ったので、エイブリーに声を掛けようとする。

 

「エイブリー、掃除お疲れ様。迎えに来たよー」

 

だけど、帰ってきた返事は彼女の物では無かった。

 

〈エイブリーさんなら、もう遅いので家に帰しましたよ〉

 

「っ!? 後ろから話しかけてビックリさせないで下さいよ・・・」

 

聞こえてきた神様の声は真後ろからだったので、不意を突かれた俺は驚いて振り返った。

 

「ていうか、エイブリーは家の鍵を持ってないじゃないですか」

 

〈物置の中の棚にあると教えておきました〉

 

「なんで知ってんすか・・・」

 

 

 

 

 

 

少しおちゃらけた雰囲気を一旦リセットするように、神様は俺の方に向き直った。

 

〈私は貴方にこの仕事を頼む際、『逆転生者達の心の闇を取り払って欲しい』と言いました〉

 

「そうでしたね」

 

〈そしてこうも言いました。『この世界に三日間しかいられない』と・・・〉

 

それも勿論分かっているが、再確認をするためならばそのような言い方でなくてもいいはずだ。なのにこの言い回しには少し良くないものを感じる。それの正体は結局わからないが、とりあえず今は神様の話を聞くことにする。

 

〈はっきり言いますと、今彼女の『人間に対する憎しみ』はほとんど薄れています。たった一人の人間に触れただけで、というのはありえない話かもしれませんが、それだけ彼女がまだ純粋で、貴方を信用しているということです〉

 

「ーーーエイブリーの抱えていた心の闇は『憎しみ』だったんですね」

 

初めてエイブリーに会った時は分からなかったけれど、今になってハッとなったように気付いた。

 

〈その通りです。そして、エイブリーさんをこの世界に連れて来た理由なのですが・・・〉

 

神様は少し間を置いて、再び話し出した。

 

〈もしエイブリーさんをあのまま元の世界に残していれば、彼女は各地のエルフ達を引き連れて王国に攻め入り、人間とエルフの全面戦争になっていました〉

 

「ーーー笑えない冗談ですね。エイブリーがそんな事をするなんて・・・」

 

あんな小さな娘にそんな行動力があるなんて、全く想像出来ない。

 

〈結果は火を見るよりも明らかでした。エルフ達は次第にその勢力を失っていき、最後にはエイブリーさんも・・・〉

 

「ーーーやめてください、最後までは・・・聞きたくない」

 

〈しかし、それはエイブリーさんの運命のようなもので、たとえどのような手を尽くしても、彼女のその運命を変えることは出来ません〉

 

神様にも変えられない運命なんて、よっぽど強い覚悟があったんだろう。

 

「そこで、第三者である俺に何とかしてほしいって訳だったんですね」

 

俺がそう言うと神様はコクリと頷いた。

 

〈貴方はこの2日間で、やれるだけの事をやったと思います。けれど、今のままでは・・・彼女が元の世界に帰ってしまっても、また同じ事を繰り返してしまうでしょう〉

 

「! そんな・・・」

 

〈何か一つ・・・そう、あと何か1つ、エイブリーさんに足りない物があるのです・・・〉

 

「何なんですか、そのあと1つって!」

 

俺が神様に聞いても、首を横に振るだけだった。

 

〈貴方はその1つを埋められますか?〉

 

「俺は・・・」

 

エイブリーと過ごした、短くも笑顔に溢れたひと時を思い返す。

一緒に話したり、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり・・・長い間、独りぼっちのまま逃げ続ける生活を送っていた彼女にとって、この世界での生活は砂漠の中のオアシスだったのだろう。

そんな彼女を、水も持たせずに見送るかどうか。聞かれなくたって、最初から答えは決まっている。

 

「もし・・・もしエイブリーの心の闇を完全に取り払えないまま元の世界に帰す時は・・・俺も一緒に付いて行きます」

 

〈・・・それは、貴方の今の生活を全て捨てるという事を意味します。エイブリーさんをこのままの状態で帰しても、貴方には何の被害もありません。何故そこまで彼女に入れ込むのですか?〉

 

神様にそう言われた瞬間、昨晩のエイブリーの言葉が頭に浮かんだ。

 

(「もう私には・・・信じられる人がーーー圭太郎さんしか、いないからっ・・・!」)

 

「エイブリーは・・・俺を信じてる、信じられる人が俺しかいないって、そう言ってました。そんな娘を1人、またあんな世界に帰すなんて嫌なんです」

 

「それに、『何の被害も無い』っていうのは間違いです。被害大有りです。このままエイブリーがいなくなったら、俺はこの先ずっと後悔します」

 

「ーーーこれを引き受けた時から、普通の生活を捨てるくらいの覚悟はとっくに出来てるんです」

 

神様の辛辣な口調にイラつきを覚え、ふつふつと腹の底から熱い何かが沸き上がる。それを抑えながら怒りの感情を表に出すのを我慢していた。ーーーだが、それにもやはり限界があった。

 

 

〈別に、後悔しても良いではないですか。キッパリ忘れる事は出来ないでしょうが、時間が解決s「いい加減にしてください」〉

 

神様の一言で、堪忍袋の尾が切れた音がした。

怒気を孕んだ俺の声は、自分でも驚くくらい低かった。

 

「俺には、この仕事を任された使命と、エイブリーの信頼に応える責任があります!! 」

 

昨晩の自身の言葉を自分に言い聞かせる。

 

(俺は絶対にエイブリーを裏切ったりしない。どんな時でも、必ず君を助ける。だからこれからは、もっと俺を頼ってくれ。いつだって、君の期待に応えてみせるから・・・」)

 

〈でしたら、私が貴方に背負わせてしまった、その使命と責任を無かった事にしてあげましょうか?〉

 

「そういう問題じゃない! 別にアンタにとってはこんな仕事、他の人に頼めば良いんだろうけどよ、今のエイブリーを救えるのは俺だけだ! 君を助けるって、そう彼女と約束したのは俺なんだよ!!」

 

徐々に怒りが思考を侵食し、口調が乱れる。

 

「例え誰からも俺の行動が褒められなくても、後ろ指指されても、俺がどうなっても・・・エイブリーだけは・・・せめてエイブリーだけは・・・!」

 

〈・・・・・・〉

 

神様はまるで俺を見定めているかのような冷たく、鋭い目でこちらをしばらく見た後、その口をゆっくり開いてこう言った。

 

〈・・・良いでしょう、明日の丑三つ時までの猶予を与えます〉

 

「・・・ありがとう・・・ございます」

 

熱くなっていた自分をなんとか冷やし、『ございます』を捻り出す。

 

俺は汗で濡れた額を腕で拭い、熊野神社を後にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 やっと湯船に浸かる

「あ、おかえりなさい、圭太郎さん」

 

「ただいま、エイブリー」

 

神様との一悶着の後、家へ帰った。

神様の言う通り、エイブリーは掃除を終えて先に帰っていたようだ。

 

「ごめんなさい、圭太郎さん。勝手に1人で家に帰ってしまって・・・」

 

「なぁに、全く問題ないよ。むしろ、家にいた方が安全な場合もあるからね。

それと、神社の掃除お疲れ様。ビックリしたよ! 1日であんなに綺麗になるなんて、エイブリーは掃除が得意なんだな」

 

「そんな、褒める程じゃないですよ」

 

エイブリーはそう言いながら両手を顔にあて、下を向く。

 

「・・・あ、そういえばお昼はどうしたの? 俺用意してなかったけど・・・」

 

彼女が朝から夕方まで神社にいたことを思い出して、ふと気付いた。もしかしたら俺はエイブリーに申し訳ない事をしてしまったのではないか、と。

彼女の事を良く考えなかったせいで、エイブリーはお昼抜きで掃除を頑張っていたのかもしれない。もしそうだったのなら、謝らなければならないと思ったので聞いてみた。

すると、返ってきた答えは意外なものだった。

 

「あ! 私も言おうと思ってたんですけど、お昼ご飯は神様にご馳走になりましたよ! 掃除を頑張っているから差し入れです、と言われたので」

 

「へぇ、良かったね。というか、エルフって普段は何を食べてるの?」

 

昨日の夕飯は俺が用意したものを普通に食べていたし、いつもはどんな食事をしていたんだろう・・・? 意外と雑食とかかな? でも、ガッツリ肉食なのかもしれないし・・・

 

「あ、基本は何でも食べますよ。私はあまりお肉を食べないですけど」

 

彼女から帰ってきた答えには何ら問題は無いのだが、何かが引っかかる。

昨日の夕飯を普通に食べた・・・昨日の・・・夕飯を・・・?

 

俺はそこまで思考の整理を終えると、自分は取り返しのつかない事をやってしまったのではないかと思い、とエイブリーの肩を掴む。

 

「エ、エイブリー、 昨日夕飯を食べた後、お腹を壊したりしなかった・・・?」

 

「? いえ、大丈夫でしたよ?」

 

エイブリーの言葉を聞いて安心した俺は、いきなり肩を掴まれて困惑する彼女から手を放して、安堵のため息をついた。

 

「なんだ、良かった」

 

エルフの身体構造や生理機能をよく知らないので明言は出来ないが、消化器官は人間と似ているのだろう。と勝手に想像した。

 

するとエイブリーは大切な事を思い出したような顔をすると、袋に包んでいた何かを出した。

 

「そういえば神社を掃除している時に見つけたんですけど、木の箱の裏にこんなものがあったんですよ!」

 

彼女の手には、俺が少し前に切り株に生えているのを見つけたキノコがあった。

 

「・・・エイブリー、捨てなさい」

 

俺はキノコについての知識がある訳ではないが、エイブリーが持っているキノコは禍々しい色をしており、誰が見ても「毒アリ、キケン」と判断するようなシロモノだった。

しかし、

 

「えぇ~、可愛いじゃないですかコレ。特にこの傘の部分なんか・・・」

 

「最近の女の子の『カワイイ』は理解出来ない・・・」

 

この会話のあと、このキノコを処分することをエイブリーはしぶしぶ了解してくれた。

もし「今日の夕飯で食べましょう!」なんて事になっていたら、こんどこそ二人まとめてお腹を壊す・・・どころかもっと酷い事になっていたかもしれないと考えると、本当に捨てて良かったと心からそう思う。

 

 

 

 

 

 

昨晩と同じように、俺とエイブリーはテーブルに向かい合わせで座り、夕食を食べる。ちなみに、今晩のメニューはアジの干物とチンゲン菜のおひたしにご飯、味噌汁だ。俺は味噌汁に玉ねぎを入れる派なのだが、やはり心配だったので今日はよしておいた。

 

「今日は神様と色々な話を沢山したんですよ」

 

「退屈ではなかったみたいだね。で、どんな話をしてたの?」

 

「えーと、ホームステイの話に熊野神社の歴史に神様のあるある話に・・・」

 

俺の質問に、エイブリーは自分の指を折りながら記憶を辿っていく。

 

「この国が生まれた時の話や、スリーサイズの話もしてましたよ」

 

「・・・ちょっと待って、ツッコミ所が多すぎてツッコむ気になれないんだけど、最後の話の対象はどなた?」

 

「え? 神様の事ですけど・・・」

 

そんなふうに首を傾げて、何で当たり前の事を聞いてるんですか? みたいな顔しないでよ。

 

「というか、神様にそんな概念あるのかよ・・・」

 

「気になるんですか?」

 

「いえ全く」

 

俺がそう言うと、想像していた答えと違ったのかエイブリーは少し顔を歪める。

 

「おかしいなぁ、神様はこの話をすれば圭太郎さんが食い入るように「教えて欲しい」って言う筈だって・・・」

 

「神様は俺の事を何だと思ってるんだよ・・・」

 

「お、男の人は、女の人のそういう話に興味があるって聞いてたんですけど・・・」

 

「エイブリー、それは偏見だよ」

 

なんか変だ・・・エイブリーは大抵の場合、俺と話をする時は主に自分や自分関係の話をするのに、今日の彼女は俺の事ばかり聞いてくる。

さては、神様に何か吹き込まれたのか? ・・・いや、余計な詮索はよそう。

 

 

 

 

 

 

夕飯を食べ終えたので、風呂に入ることにした。エイブリーの提案で、今日は俺が先に風呂をいただくことになった。昨日は浴槽に入れなかったので、今日こそは心置きなく入らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

よ、よーし。神様に言われたとおり、圭太郎さんに恋話を振ってある程度心を開かせた状態にして、この家に住ませてもらってるお礼という口実で圭太郎さんの背中を流す。うん、作戦どおり。

 

今日、神社で神様に言われた事で、私から圭太郎さんに何かお世話になっているお礼をしてあげるのはどうか? と提案されたんですけど、何をすれば圭太郎さんに喜んで貰えるか全く分からなかったので神様に、圭太郎さんがお風呂に入っている時に背中を流してあげるのは? とアドバイスを貰ったんです。

なるほど、それは良さそうですね。この国の人は裸の付き合いを大切にする、と前に神様から聞いてい・・・って裸!?

 

とても大切なことに気付いたんですけど、神様は「ちょっと待って下さい!」を言う前に消えてしまった。確かに、何かお礼をしたいとは私も思っていたんですけど、さすがに恥ずかしいかな・・・かといって、他に良い案が思いつかないし・・・

そして今に至ります。

 

どっ、どうしようっ・・・タオルを巻くのは逆に失礼だっていうし、かといって昨日みたいになるのは・・・

えーい! どうにでもなっちゃえ!

割り切った私は服をカゴに放り投げて、思い切って風呂場の扉を開けた。

 

 

 

 

 

「良い湯だな〜ハハハーン 良い湯だな〜ハハハーン

ここは宮城県 生明のお家〜♪」

 

不思議なもんだ。たった1日浴槽に入らなかっただけなのに、すごく恋しかった。

とにかく、習慣づいた俺の身体は『湯船に浸かる』という行為を相当欲していたようだ。

 

「は〜、最高。お風呂最高。寝る事の次に最高。ってそれ最高じゃないな」

 

長い時間入ってのぼせしまっているのか、訳のわからない事を言う。

 

「いや、考えてみると、寝るのと風呂に入るのってどっちが素晴らしいんだ・・・? どっちも最高なんだけどな〜」

 

そんな事を考えている暇があるのならもっとエイブリーの事を考えなければならないのに、完全にのぼせてしまっている俺は正常な思考が出来なくなっていた。

すると、

 

「け、圭太郎さん! お背中を流しにきました!!」

 

顔を赤らめ、エイブリーがいきなり風呂場に入ってきたのだ。タオルも無しで。

いつもの正常な俺なら背を向けるか、この前のようにあらかじめ用意しておいたバスタオルをエイブリーに巻いてもらうかをするのだが・・・

 

「あ、エイブリーじゃん。俺はもう髪と身体は洗ったから、一緒に入ろうよ」

 

「・・・はい?」

 

生憎、今の俺はのぼせていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 仕返し

えー、皆さんこんにちは。エイブリーです。

まず初めに、今の私の心情を聞いて下さい。

 

「どうしてこうなったの・・・」

 

「ん?」

 

「何でもありません・・・」

 

この状況を説明しようと思うのですが、普通に説明してもつまらないので、あいうえお作文というものでやってみます。

 

あ:生明圭太郎さんの背中を流そうと

 

い:勢いでお風呂場に突入したら

 

う:後ろを向いたまま圭太郎さんが

 

え:エイブリー、一緒に入ろうよ。と言ったので

 

お:お風呂に圭太郎さんと一緒に入る事になってしまった

 

どうです? 上手く出来ましたか?

ーーーいや、こう見えても結構余裕が無いんです。

私はてっきり、圭太郎さんは恥ずかしがって背を向けたり、すぐに浴槽から出ようとすると思ってたんですけど、予想外も予想外。圭太郎さんの様子もおかしいですし、よもや、こんなことになろうとは・・・

 

 

 

 

 

 

私と圭太郎さんの体勢なんですけど、圭太郎さんの家の浴槽はあまり大きくなくて、人が2人入ろうとするとギュウギュウになってしまいます。

そんなところに、どうやって1人のエルフと1人の人間が入っているのかというと・・・

 

「あ、エイブリーじゃん。もう髪と身体は洗ったから、一緒に入ろうよ」

 

「・・・はい?」

 

「だから、一緒に入ろうよって」

 

「いや、あの・・・自分が何を言っているか分かってますか?」

 

「なんかその台詞、聞いたばかりのような気がするなぁ」

 

「ほ、本気で言ってます? からかおうとしてるんじゃないんですか?」

 

「いや、単にエイブリーと一緒にお風呂に入りたいと思ったから言ったんだよ?」

 

(なんでそんな、当たり前の事みたいに言えるんですか!)

 

圭太郎さんはそう言って、足を広げた。私は思わず顔を両手で覆い隠したのだが、それってつまり・・・

 

「あの・・・そこに、ってことですか?」

 

「うん」

 

別に、男の人の身体を見たことが無い訳じゃないんです。お父さんやお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ったこともありました。けど、今一緒にお風呂に入ろうとしているのは昨日初めて会った、それも種族の違う人間の男性。「恥ずかしい」という気持ちもありますが、それとは別の、種族間の複雑な感情もある訳で・・・

そもそもの話、私が圭太郎さんに不意打ちのような事をしようとしていたのですから、断る訳にもいきません。私もそれなりの覚悟を決めていたので、負けたくありません。

そんなくだらないプライドを捨てたくなくて、先程よりも大きな決断をしました。

 

「じ、じゃあ、失礼します・・・って熱っ! なんでこんなに熱くしてるんですか!?」

 

そう言って、目を閉じたままゆっくりと圭太郎さんの両足の間に距離をとり、背を向けて腰を下ろす。さすがに、背中を預けることはできなかった。

 

「いやーごめんね? そういえば、なんでこんなに熱くしてたんだっけかなぁ・・・? 思い出せないやぁー」

 

「・・・」

 

「あれー? もしかして、恥ずかしがってるのー? ハハハハハ」

 

圭太郎さんは、たまらなく恥ずかしくて背中を丸めている私に、笑いながらそう言った。

 

「恥ずかしいですよぅ・・・け、圭太郎さんは恥ずかしくないんですか・・・?」

 

私は小馬鹿にされたようで悔しくて、半身で振り返りながら反論するように聞き返します。そうして返ってきた返答はというと、

 

「んー・・・あまり、恥ずかしいとかそういう風には思わないかなぁー」

 

少し、ほんの少しだけ、圭太郎さんの意思だとか感情といった部分を疑った。

 

「・・・何でですか?」

 

「んー、何でだろうね?」

 

「姉妹がいて、一緒に入ったりしてたんですか?」

 

「そういうことは無かったかな」

 

「じゃあ尚更おかしいですよ・・・」

 

うーん、圭太郎さんって、女の人に興味がないのかなぁ・・・?

 

「何ていうか・・・当然ながら俺は親になって子供が出来たことなんて無いけど、父親と娘が一緒にお風呂に入る感じじゃないかな?」

 

「じゃあ、圭太郎さんにとって、私は娘みたいな存在なんですか?」

 

「ーーーそうやって当人に直接言われると、なんか違うなぁ・・・あ、それよりも兄と妹の方がしっくりくるなぁ」

 

兄と妹、ですか。

 

「じゃあ、私はそろそろ髪と身体を洗うので、その・・・向こうを向いていて下さい・・・」

 

熱いお湯に耐えられなくて、急いで浴槽から出ます。

 

「えー、またあんな事になったりしない?」

 

「こ、今度は大丈夫です!」

 

「はいはーい。んじゃ俺は先に上がってるねー」

 

圭太郎さんはそう言っておぼつかない足取りで風呂場を後にしました。

 

 

 

 

 

 

あー、頭がクラクラする・・・久しぶりにのぼせたな。お風呂の温度を高くしすぎたのかなぁ? げ、設定温度が42℃になってるし。

冷蔵庫の脇の壁にある、風呂の状態を教えてくれるやつを見て初めて知った。

 

あ、そういやエイブリーがまだだったな。設定温度を40℃に下げておかなきゃ。

ーーーん? エイブリー?

 

熱く火照った全身を冷やすうちに、次第に頭も冷えてきた。のぼせていたせいでまともな判断が出来なくなっていた思考が、だんだんと冷静になっていく・・・

 

すると、風呂場の方から扉を開ける音が聞こえてきた。どうやら、エイブリーが風呂から上がったらしい。リビングに戻ってくるまでは推定9秒半。そこからの俺の行動は迅速だった。

転がっていたクッションを掴みとり、仰向けで床に寝転がる。

世間一般に言う『狸寝入り』というやつである。あとは意識が朦朧としている(していた)ような挙動を取れば完璧・・・な筈。

 

まずいまずいまずい、昨日の今日でこれはまずい。非常にまずい。どれくらいまずいかって言うと・・・ってそんな場合じゃない!

 

「圭太郎さん、上がりましたよ・・・ってあれ?」

 

「グ、グゥ・・・」

 

「寝てる・・・?」

 

頼む、神様仏様エイブリー様。どうかお願いですから気付かないで! いやもうホント!! 300円あげるからお慈悲を!!

 

「・・・」

 

ん・・・? どうしたんだろう、エイブリーが急に静かになった?

 

「さぁ~て、圭太郎さんは今寝ているんですかねぇ? それとも・・・」

 

「スンマセンシタァ!!」

 

仰向けの状態から一気に飛び上がり、頭を垂れる。生明圭太郎108の奥義の内の一つ、『ジャンピングDO☆GE☆ZA』である。※今考えました。

先にこちらから謝れば少しは罪が軽くなるかもしれないという考えから、この行動に至った。我ながら姑息で卑怯な考えである。

 

言うまでもなく、この後エイブリーさんになが~いお話をされました。内容は各自の脳内補完でお願いします・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・あのー、エイブリーさん?」

 

「はい。」

 

「確かに、『言う事を一つ聞く』って言いましたけど・・・」

 

「はい」

 

「さすがにこの体勢はちょっとどうなんですかねぇ・・・」

 

「浴槽で圭太郎さんが私にしたこと、忘れたんですか?」

 

「スンマセンシタ」

 

エイブリーからの説教を受け終わった後、昨晩の様に同じ部屋で寝る事になった。さすがに今日は俺が床で寝ようとしたのだが、彼女はそれを許してはくれなかった。

俺がエイブリーの言う事を可能な範囲で聞くという条件を飲み、一体どんな事を言ってくるのかと思考をめぐらせていたのだが、その要望とは『今日も一緒に寝る事』だった。

昨日のような体勢でさえドキがムネムネだったのに、今日のこれは・・・

 

「いや、ちょ、くすぐったいって」

 

「・・・」グリグリ

 

「無言で顔を擦り付けるのやめてくれます?」

 

マーキングじゃあるまいし・・・

 

客観的に、なおかつ簡潔に説明すると、『エイブリーが俺の胸に顔をうずめて』います。

 

「あ、あの・・・」

 

「あれ? お風呂場での余裕はどこにいったんですかね? さっきはこんな事よりも比べ物にならない位の『恥ずかしい事』してたんですけどねぇ」

 

「ぐぅの音もでない・・・」

 

くそ、くやしいけど今は完全にエイブリーが上の立場だ。ここぞとばかりに、あからさまな態度を取っている。

今はこのまま時が過ぎるのを待とう。うん、そうしよう。

こんな風に自己暗示をかけないといけない程、我慢するのが辛かった。

 

「圭太郎さん」

 

「な、何でしょうか?」

 

「あ、いや、もう何かをさせようって事じゃないですよ?」

 

「そ、そっか」

 

そう言われて、声の主がたった今顔をうずめている胸を撫で下ろす。

 

「その・・・今日は色々とワガママを言ってすみませんでした」

 

「そんな、別に俺は我儘だなんて思ってないよ」

 

「そもそも、私が圭太郎さんのいるお風呂場に無断で入った事が原因でしたし・・・」

 

「でも、入ってきたエイブリーをあんな風にさせたのは俺だし・・・」

 

「・・・じゃあこの件は『おあいこ』ということで」

 

「そうだね、エイブリーがそう言うなら、そうしよっか。・・・じゃあこの体勢をどけt「ダメです」アッ、ハイ」

 

チクショウ、いい流れだからいけると思ったんだけどなぁ・・・

 

「・・・圭太郎さんがさっき言ってましたよね、私の事を妹みたいだって」

 

「え? そんな事言ってた? のぼせてたからよく覚えてないや」

 

「そうやって、のぼせていた事を理由にうやむやにしようとしないで下さいよ・・・とにかく、そう言っていたんです」

 

「はぁ、それで?」

 

「私もあの後少し考えたんですけどね、圭太郎さんの言う通り、私にとって圭太郎さんはお父さんっていうよりはお兄さんの方が近いと思ったんですよ」

 

「あぁー、何となくそんな事言ってた気がしてきたよ」

 

「・・・それで、何が言いたいの?」

 

「・・・」

 

「あふっ、ちょっ、やめて。擦りつけないで」

 

(ーーー仕返しになったかどうか分からないけど・・・まぁ、いっか)

 

(俺、眠れるかなぁ・・・?)

 

ちなみに、俺はこの後そう遅くない内に爆睡した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 町を駆ける

 

「圭太郎さん、準備が出来ました」

 

エイブリーは帽子をかぶって耳を隠した。

 

「おし、それじゃあ出発しようか」

 

俺達が今から出かける場所は家から離れた場所にある商店街。何故わざわざ人が沢山いるような場所を選んだのかというと、訳がある。

 

昨日、神様はエイブリーは元の世界に戻った後、各地のエルフを総動員して王国に攻め込むと言っていた。とどのつまり、俺は彼女にそんな事をさせなければいいのだから、俺以外の『人間の優しさ』を教えてやればいい。

人間全体への敵対心が弱まれば、心優しい彼女は戦争なんてしないだろう。

 

エイブリーにお出かけの話を持ちかけたときは少し戸惑っていたようだが、やはり人間社会への興味は無くならないのか僅かな差で好奇心が勝ったようだ。なんとか彼女を説得して、商店街へとくり出すことになった。

 

 

 

 

 

一応、女の子とのお出かけなのでそれなりの服を着てこようとしたのだが、それだと女性服を用意できずジャージのままのエイブリーが浮いてしまうので、まずは呉服店で彼女の服を買おうと思う。

 

「へぇー、色々あるんだなぁ。エイブリーは何か欲しい服はある?」

 

「いや、私はその、服に関しての知識はあまり無くて・・・できれば、最初の服は圭太郎さんに選んで欲しいなぁ・・・なんて・・・」

 

げ、まじか。いつも母親に買い与えられた服しか着てない俺に、ファッションセンスの欠片もないこの俺に、服を選んで欲しい・・・だと・・・!? 斯くなる上は!!

 

「・・・ちょっとここで待っててくれる?」

 

「? はい、分かりました」

 

とりあえず、エイブリーに適当な服を持たせて試着室の中で待機させる。

そして、適当にその辺にいた店員さんを捕まえる。

 

「あのー、すみません」

 

「はい。お召し物はお決まりになりましたか?」

 

「えっと、あそこにマネキン、あるじゃないですか」

 

俺はそう言って、向こうに立っている女の子を模したマネキンを指差す。

 

「えぇ」

 

「あの服あのまま全部下さい」

 

「・・・え?」

 

「あのマネキンの身ぐるみ全部剥がして下さい」

 

「」

 

ファッションセンスが無いのなら、他から奪えばいい。

数分後、そこには衣服を全て奪われた小さなマネキンが立っていた。・・・マネキンさんごめんなさい。

 

 

 

 

 

「♪〜〜〜」

 

会計を終えた服をそのまま試着室に持ち込み、その場でエイブリーに着替えてもらった。途中で彼女が、服の着方が分からなくて試着室から出てきそうになったところを慌てて止めたりもしたが、店員さんが彼女の着替えを手伝ってくれたおかげで無事に着れたようだ。ちなみに、耳はうまいこと隠し通したらしい。どんな手を使ったかは言わなかったけど。まぁ、神様が絡んでるのは間違いない。

 

肝心のその服は、ちょっと暖かい今日の気温に合わせて膝上まで裾がある白いワンピースだ。

気に入ったのか、鼻歌なんて歌っている。

 

「ありがとうございます。こんなに可愛い服を選んでくれるなんて、圭太郎さんは服を選ぶセンスがあるんですね」

 

「いやー照れるなー」

 

バレない程度の棒読みで返答する。

くっ、そんな純粋無垢な顔で言われると心が痛い・・・

 

「そういえば、私が待っている間圭太郎さんはどこに行ってたんですか?」

 

「トイレだよ」

 

「あっ、そうでしたか」

 

トイレ万能説、ここに証明される。

 

 

 

 

 

 

「次はどこに行くんですか?」

 

「果物屋さんだよ」

 

2店目はお世話になっている果物屋さん。果物屋さんというか青物店に近いが、そこの店主が青物店と呼ばれたくなくて無理やり果物屋を名乗っている。

 

「おじさん、こんにちは」

 

「お、圭太郎か。 今日は何を買ってくんだ? ・・・ってお前の隣の嬢ちゃん、見ない顔だけんど・・・『コレ』か?」

 

なんて言いながら、その節くれだった右手の小指を立てている。

・・・それ、どの世代にも通じると思ってんのかね?

 

おじさんには俺が幼少の頃から可愛いがってもらっている。付き合いも長くて、気楽に話せる数少ない大人だ。そんなおじさんは俺の隣のエイブリーの姿を見つけて、大きな口を開いてニカニカ笑いながら、おどけた様子で俺をからかってくる。

 

「ははは、違いますよ。父さんの知り合いの娘さんがこっちに遊びに来てるんです」

 

「ど、どうも・・・」

 

打ち合わせなどはしていないが、エイブリーは空気を読んで頭を下げる。

 

「大体、俺にそういう縁が無いのは知ってるじゃないですか」

 

「ハハハ! そりゃそうだったな! ついにお前にも人生の春がやってきたと思ったんだがなぁ〜」

 

「そういえば、おばさんは今どこに?」

 

「ん? うちのなら奥で、棚に出てないイチゴとさくらんぼの選別中だ」

 

「そうですか。挨拶をしておきたかったんですけど、お仕事中なら仕方ないですね。じゃあ、イチゴとさくらんぼを1パックずつ下さい」

 

「あいよ! いつもありがとな」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

そう言ってお金を手渡しして商品を受け取り、店を出ようとする。が、

 

「ちょいとお嬢ちゃん」

 

「へ? あ、はい」

 

おじさんは俺の後をついて店を出ようとするエイブリーに声をかけて引き止め、チョイチョイと手招きをした。すると、

 

「こいつはおまけだ。可愛いお嬢ちゃんにもう1パックずつ付けてやるよ」

 

「そんな! こんなにたくさん貰えませんよ!」

 

「いい歳した子供が遠慮なんてするもんじゃねぇよ! 大人からの親切は受け取ってナンボだ! いいから持ってけ!!」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

 

 

 

 

「いやーラッキーだったね。エイブリーと一緒に来て良かったよ」

 

「あのにん・・・人は、いつもあんな風なんですか?」

 

次のお店へ向かう途中、エイブリーから話を投げかけられた。

 

「そうだね。おじさんは俺が一人暮らしなのを知っているから、店に行くたびに毎回サービスしてくれるんだ。でも、今日はエイブリーと一緒だったからいつもよりも多く貰っちゃったよ」

 

 

 

 

 

 

会話をするうちに、次のお店、観賞用の植物などを取り扱っている店に着いた。エイブリーは花や草木が好きなようなので、何か彼女が世話をできるものを買ってやりたいと思ったので、ここにした。

エイブリーも俺の予想通り、店内に入ると並んでいる植物を見て目を輝かせている。

 

20分ほど店内をグルグルと2人で歩き回っていたが、どうやらエイブリーは気に入ったものが見つかったようで、足を止めた。

 

「これ・・・これがいいです」

 

「これは・・・サボテン?」

 

エイブリーが指差ししていたのは、高さが10センチほどの手のひらサイズのサボテンだった。

 

「見たことがない種類だったので、つい・・・」

 

「お世話もたまに水をやるだけで簡単だし、いいと思うよ」

 

会計をする際、エイブリーは店員さんからサボテンのお世話の仕方を教えてもらっていた。その時のエイブリーは好奇心に満ち溢れていて、真剣な目をしていた。

 

 

 

 

 

 

午前中に回るところは回り終えたので、休憩を兼ねて公園のベンチに2人で腰掛ける。

 

「私ビックリしました。こんなにもたくさんのお店があるなんて」

 

「見ていないお店はまだまだあるよ。地方とはいえ、中々広い商店街だからね」

 

「圭太郎さんはいろんなお店の人たちと仲が良いみたいですけど、前に何かあったんですか?」

 

「ん? あぁ、俺が中学生・・・15歳の時に、中学校の活動で地域ボランティアみたいなことをしよう、ってのがあったんだけど、その時に俺はこの商店街の活性化をやってね。全ての店で出来た訳じゃないけど、さっき行った3店舗はその時に一緒に案を考えさせてもらった店なんだ」

 

「そんなことが・・・」

 

俺はエイブリーの質問に答えながら、俺たちが腰掛けているベンチの、二人の間にイチゴとさくらんぼを1パックずつ広げる。残りは家に持って帰るつもりだ。

 

「どうだった? あの人達は」

 

「・・・」

 

返答に困っているのか、下を向いて黙りこむ。

 

「少なくとも、私が今日会った人達は・・・優しかったです」

 

「そっか、そりゃ良かった」

 

やっぱり優しい娘だな。そこは認めるのか。

 

「でも、あの人達が優しかったからって、他の人間がみんなあんな風だってことはないと思います」

 

人間への憎しみが消えたわけではない事を俺に再確認させるように、エイブリーは少し強調して言った。

ーーーが、言質はとった。

 

「エイブリーの言う通りだね。けど、人間にも、優しい人はいる。多かれ少なかれ、心優しい人間がいる。その事実を確かめられたのは良かったんじゃない?」

 

「・・・」

 

またもや、先程と同じように黙りこむ。が、俺は話を続ける。

 

「エイブリーがさっき言ったように、優しい人間ばかりじゃないって事は、恐ろしい人間ばかりじゃないって事と理屈は同じなんじゃない? どっちが多いかは分からないけど」

 

「それは・・・」

 

返答に困ってしまったエイブリーは、頭を上げなくなってしまった。

・・・少し意地悪だったかな。

 

「まぁ、ゆっくり考えなよ。俺はちょっとトイレに行ってくるから、イチゴとさくらんぼ食べてて良いよ」

 

俺はそう言ってベンチから立ち上がった。

ーーーあ、服屋でトイレに行ったことにしてたのに、今行くのはマズイか・・・? ま、エイブリーはお悩みタイムみたいだし、大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

「私は・・・」

 

圭太郎さん以外の人間の優しさを知った。

私は、人間の優しさを認めていない訳じゃない。けど、認めきれない。

ーーーどうしても、あの時の惨劇が頭をよぎる。

あれは確実に、人間のせいだ。私たちは悪くない。・・・と、思いたい。

人間の優しさを認めてしまったら、「エルフにも何か悪いところがあったのではないか」と考えてしまう。

それが嫌で、人間は敵だ、怖い生き物だ、と考える。

 

・・・もしも、エルフと人間に、『共通の優しさ』があったら?

文化や言葉は違くても、他人に向ける優しさが同じものだったら・・・?

 

 

 

 

 

 

「オイ、あそこの女の子が良いんじゃねぇか?」

 

「いやいや、こんな真昼間に・・・ってマジか、ホントにいるし」

 

「どうせ近くに親とかがいるんじゃねぇのか?」

 

「よく見てみろよ、そうでもないらしいぜ。どうすんだ?」

 

「そりゃぁよぉオメェら・・・やるに決まってんだろ。俺達は5人なんだぜ? んじゃぁ、いつも通りでいくぜ」

 

 

 

 

 

 

放尿しながら暫し考え事をする。

エイブリーが・・・彼女たちエルフが人間を憎むのは、やはり当然の事なのだろうか。もしエルフ達が高い知能を持っていたのなら・・・・

ーーーいや、高い知能を持っていたから、か。

ミミズは天敵であるモグラに対して憎しみを持つことはない。高度な思考能力を持つエルフや人間だからこそ、『憎しみ』という感情を抱いてしまうのか。

同じ『ヒト』という種族の中でやれ肌が白いだの黒いだのと差別したり迫害したりするのだから、他種族間でそういう事が起こるのは・・・

 

ここで、小便の出が弱まる。意識の方向を内面から外界に戻す。

んー、残尿なのかいまいち尿切れが良くないな・・・久しぶりに立ち便器でしたからかなぁ? つーか早く戻ってエイブリーとデザートタイムを満喫せねば。

 

「あれ? もしかしてけーちゃん?」

 

「お、その声は・・・デーブじゃないか。奇遇だな」

 

俺に声を掛けてきたのはデーブだった。

 

「珍しいね。けーちゃんが休日に一人で外を歩くなんて」

 

「余計な御世話だ。どうせデーブも、いつもみたいに商店街の試食の食べ歩きしてたんだろ? 例のごとくマイ爪楊枝を携帯して」

 

「あ、やっぱり分かる?」

 

「当たり前だろ」 

 

「あ、そういえばさっき、そこの公園のベンチに座ってた女の子がこの辺の不良グループ・・・確か5人だったかな・・・? に連れていかれてたんだよ。なんだか変な雰囲気だったから、少し怖くて・・・」

 

・・・何だって? ベンチに座っていた女の子・・・?

 

「あ、ちょっとけーちゃん!」

 

俺は最悪の状況を察して、急いで公衆トイレから飛び出る。デーブも俺の後を着いて駆け出す。果物を広げたベンチまで戻ると、そこにいたはずのエイブリーの姿は無かった。

 

「ねぇけーちゃん、あの女の子と知りいなの・・・?」

 

「デーブ! その不良共は、どこに行くかとか言ってたか!?」

 

「た、確か、町外れの廃工場って・・・」

 

俺はそこまで聞くと、目的の場所まで走り始めた。

 

「助かったよデーブ! ありがとう! 後でフランクフルト奢ってやっから!」

 

「ちょっ、けーちゃん!! 行っちゃったか・・・」

 

 

 

 

 

 

くそ! ちょっと目を離しただけでこれかよ!

何でもっと気にかけてやらなかったんだ俺は!!

 

自分を責めながら、目的の場所へ向けて商店街の中を全速力で駆け抜ける。すれ違う人達が驚いた顔で振り返る。

これは警察に任せられるような事じゃないし、第一それじゃぁエイブリーの都合が悪い。

 

息が切れてスピードが落ちてきた頃、俺は目の端に自転車屋さんを捉えた。

 

「ナイスタイミーング!!」

 

自動ドアを無理やりこじ開けて、店内に駆け込んだ。

 

「おいおいどうしたんだ圭太郎、そんなに息を荒げて。汗でビショビショじゃないか」

 

「すみません! ちょっとコレ借ります!!」

 

「お、おい! それ高いんだぞ!!」

 

「気をつけて乗ります!」

 

「だーもう! 分かった! 壊さねぇ程度でかっ飛ばしてこい!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

マウンテンバイクのハンドルを握り、乱暴にペダルを漕ぎ回す。

廃工場までの道のりが、長く、長く感じられた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 2人は歩き始める

ハァッ、ハァッ、ハァッ、と肩で息をしながら自転車を全速力でとばす。口の中が渇き、痰が絡まる。もう何度目か分からなくなったふくらはぎの「つり」をやり過ごし、再び全力でペダルを漕ぎ回す。

 

クソッ! なんで、なんで今日に限ってこんな事に!

 

足をつった回数の何倍も多く、同じセリフを頭の中で叫んだ。女の子が5人の不良に囲まれたら・・・なんてことを想像するだけで、胸の辺りが引き締められる。だが、今の自分に出来ることはただ一つ。なんとかして、エイブリーを無事に助け出す。そもそも、何事もあってはならないのに、何かがあってからじゃ遅すぎる!!

 

とにかく、自分の両足を全力全開で動かすことだけに、意識を集中させるんだ。

 

〈と、意気込んでいるところ悪いのですが、貴方の言う『なんとか』とは、具体的にどうするのですか?〉

 

この声は・・・神様か。頭の中に直接話しかけられるのって、何だか気持ち悪い・・・

 

(すみません、状況が状況なので、心の中で喋るだけで良いですか?)

 

〈ええ、構いませんよ。貴方はそのまま、貴方のしたい事をしていて下さい〉

 

いきなりの事で少し驚いたが、声を出さずに言葉を喋る・・・丁度、本を読む時に、『書いてある文字を読む=それを自分の中で言葉として発音し、その音を脳が聞く』ような、そんな感覚で神様と意思疎通をする。

そんな事をしている場合ではないのかもしれないが、無視できなかった。

 

〈では本題に入りましょう。貴方が助け出そうとしているエイブリーさんの身柄を拘束しているのは、男性5人。それも、各々喧嘩にそれなりの自信があるようですそれぞれに得物もあります〉

 

〈そんな人達をたった一人の高校生が『なんとかする』などと、無謀にも程があります。貴方は物語の主人公でもなければ英雄でもヒーローでもありませんし、特別な能力もありません〉

 

(ーーーそんな事、自分が1番よく分かってますよ)

 

〈分かった結果の行動が、それなのですか? 愚かですね〉

 

(・・・・・・)

 

(それでも自分は、今こうしなくちゃいけないんです)

 

〈えぇ。逃げ道を作るには最善の方法です〉

 

『逃げ道』という言葉に少し引っかかったが、話の芯に迫る為に会話を少し加速させる。

 

(・・・既に結果は決まっている、と言いたいんですか)

 

〈まぁ、そんなところですかね〉

 

別に俺も、これから俺が対当しなければならない相手のことを考えていない訳じゃない。頭の片隅で色々と策を練っていたのだが、何一つ良い案は浮かばなかった。

 

〈自分一人ではどうにもならないのが分かっているのに、エイブリーさんの所へ行ってどうしようというのです?〉

 

(向こうに着いてから考えます)

 

〈そんなことでは、とても間に合いませんよ〉

 

(・・・神様は何をする為に俺にこんな話を?)

 

神様の話の流れが掴めず、真意を問う。

 

〈そうですね・・・貴方の覚悟を確かめようかと〉

 

ーーー覚悟、か。簡単そうで、難しい言葉だ。

・・・確かに難しい言葉なのだが、神様は俺の結果が決まっていると言っているのに俺の覚悟を確かめて、どうするつもりなんだ?

 

一瞬そんな疑問が頭をよぎったが、すぐに消え去った。

 

〈まさか、『最悪の結果が変わらないから』と、せめてその場で自分の成せることを成し、少しでも責任や負い目を軽くする為の『免罪符作り』をするつもりなのでは?〉

 

あぁ、そうか。神様が言った『逃げ道』ってのは、そういうことか。

 

(それは違います。俺はこういう時、過程よりも結果が大事だと思ってるんで)

 

(『自分に出来る事を精一杯やったから、あの結果は仕方がなかった』なんて、チンピラでも吐かないようなかっこ悪い台詞は言いたくないですからね)

 

(俺が欲しいのは、過程なんかで手に入る『免罪符』なんかじゃない。エイブリーを助け出すという『結果』だけなんです)

 

(自己満足で済ませる気なんてありません)

 

ーーー今の俺に言える、全てだった。

心に浮かんだ言葉を1つ1つ紡ぎ、形を成し、気持ちを伝える。

上手く言えたかどうかは分からないがーーーとにかく、あれが俺の表現できる最高の『己の覚悟』だ。

 

神様の声はしばらく聞こえてこなくなったが、確実に話はまだ続いていた。俺にはそれが分かっていた。

 

〈・・・良いでしょう、貴方の覚悟、このイザナミノミコトが見極めました。エイブリーさん救出の為、最大限の助力をする事を約束しましょう〉

 

「ハァッ・・・ありが・・・とう・・・ございます」

 

息が切れて上手く喋れなかったが、これだけは、きちんと自分の口から言わなければならないと、そう思った。

 

(でも、神様が『約束』をするなんて、なんだか可笑しな話ですね)

 

〈そこはツッコむところではありません。そして助力のことなのですが、この件は『生明圭太郎』しか干渉することができません。他人や知人、友人はおろか、神であるこの私が干渉するのも少々まずいです〉

 

(じゃあ、手助けなんて出来ないじゃないですか!)

 

何故神様まで干渉できないのか。その理由は聞かされなかったが、それをこちらから聞こうとしたり、聞いて理解する余裕はもはや残っていなかった。

 

〈私に良い考えがあります。・・・ほら、廃工場が見えてきましたよ。息を整えて、今から私の言う通りに動いて下さい。そこからは、貴方の腕の見せ所です。少しギャグをかますくらいの心の余裕を持っていて下さいね。期待していますよ?〉

 

(フラグでないことを祈る・・・)

 

 

 

 

 

 

「ン~~~~~! ム~~~~~!!」

 

「黙ってろガキ!」

 

人間の男はそう叫ぶと同時に、私が拘束されている椅子の足を勢いよく蹴り上げた。私はその反動で、椅子に縛られたまま肩から床に倒れてしまった。捲れてしまった服のスカートを戻すこともできない。

 

ーーーやっぱり、人間はこういう生き物だ。いつだって、エルフの敵。たまたま人間に優しくされても、最後にはこうなるんだ。

 

「おいおい、あんまり乱暴にするんじゃねぇよ。お楽しみはもう少し日が暮れてからだ」

 

「チッ、・・・分かってるっつーの」

 

「にしても、近くで見るとさらにカワイイじゃねぇの。ホントに『コレ』に手ェつけても大丈夫なんだろうな」

 

「あぁ、間違いねぇよ。そいつはきっと家出か何かだろう、足は付かねぇ」

 

「・・・いや、待つのはもうやめだ。どうせこの人数だ、全員終わるのにはかなり時間がかかるだろうし、何よりもう我慢がきかねぇんだよ」

 

「こいつの体力が持たないだろうしな」

 

「なら、キメるか?」

 

「それは、こいつがバテてからでいいだろ。俺達までやるこたぁねーよ」

 

「オメーはまだキメたことねーからだろ。俺は軽いの頻繁にやってっから問題ねぇーよ」

 

「な、最初に見つけたオレが一番で良いんだろ!」

 

「俺、後ろ使っても良いか?」

 

「あぁ、壊さない程度にしろよ、後ろに四人つかえてるんだからな」

 

い、イヤッ! 来ないで! 誰か、誰か助けて!! こんな人間達になんて、死んでもイヤ!

お願いだから、誰でも良いから私を助けて!!

 

私は必死に助けを請う内、なぜか一昨日の夜のことを思い出した。

 

(俺は絶対にエイブリーを裏切ったりしない。どんな時でも、必ず君を助ける。だからこれからは、もっと俺を頼ってくれ。いつだって、君の期待に応えてみせるから・・・)

 

ーーー違う。誰でも良いんじゃない。私は、『生明圭太郎さん』に助けてもらいたいんだ。他の誰でもない、私が唯一信じられる、あの『ヒト』に。

 

だからお願い、圭太郎さん。私に、あなたを信じさせて・・・圭太郎さん・・・!!

 

心の底から願った。「助けて」と。生きる事で精一杯だった私を、絶望と孤独の沼から引き上げてくれた恩人の名前を、心の中で叫ぶ。

一昨日の夜、ああ言った時の圭太郎さんの優しさを、もう一度・・・

 

 

 

 

 

 

〈遅くなっていしまい、すみませんでした。もう大丈夫です〉

 

(この・・・声は・・・?)

 

ーーー頭の中に響いた声は、聞き覚えのある声だった。

 

 

 

 

 

 

ガッシャーーーン!! と廃工場内に、自転車をウィリーで漕いでシャッターをブチ破る音が響いた。その後に続くのは男の声。

 

「チワーッス! 三河屋で〜っす!!」

 

完全に油断していた5人は、突然の第三者の登場に驚き振り返った。

 

「ーーーあ?」

 

「誰だよ。知ってっか?」

 

「いや・・・」

 

お互いの顔を見合わせるが、誰も知らない。

 

「おい、誰だテメェ」

 

しかし男は口を開かない。

 

「テメェは誰だって聞いてンだよ!」

 

少年は自転車から降り、不良達の方へ体を向ける。しかし、依然として声を発しない。

 

「オウオウ、ヒーローごっこも良いんだけどよぉガキ、お前この状況がわかってんのか? こっちは5人、オメェは1人、誰がどう考えても結果は見えてるだろ」

 

不良達は笑いながら、少年を取り囲むように円になる。

釘バット、メリケンサック・・・物騒な得物ばかり。

 

「って思うじゃん?実はそうでもないんだなぁ、これが」

 

少年がニヒルな笑みを浮かべると、先程破られたシャッターを踏む足音が聞こえてくる。1人の足音ではなく、もっと大勢の人間の足音だ。足並みを揃え入り一列に並んだのは、6人の男達だった。

 

「あ? 今度は誰だよ」

 

彼らは質問には答えず無言のまま、コツコツと足を進める。舞い上がった埃と影によって見えなくなっていた彼らの顔が次第に露わになっていく、その顔は・・・

 

「・・・は?」

 

少年を取り囲む不良達は彼らの顔を見て驚愕し、あっけらかんとした顔をする。肝心の少年はというと・・・

 

「誰が来てくれるかまでは聞いてなかったけど、教えてくれなかったのはこういう理由だったからなんですね」

 

少年は何かを悟ったように笑い、先程の会話を思い出す。

 

(〈この件は『生明圭太郎』しか干渉することができません〉)

 

ーーその男達は多少の年齢の違いが見られるが、全員が少年と『同じ顔』だったーー

 

(け、圭太郎さんが1.2.3.4.5.6・・・7人も!? 一人は凄く年寄りですけど・・・)

 

いずれの男も圭太郎と顔が同じだが、全員が圭太郎よりいくらか老けており、明らかに圭太郎よりも年齢が上だった。

 

「さぁ、若かりし頃のワシ達よ。遠慮はいらん、ぶっとばせ!!」

 

『お前もやるんだよ!!』

 

「ーーーチッ、老体をこき使いおって・・・」

 

「おい聞こえてんぞ老いぼれジジイ」

 

すると、割と歳をとった俺が何か大切な事を思い出したように声をかけてきた。

 

「おっ、そうだった16歳のワシ。お前はエリーを助けに行くんだ」

 

「(エリー?)お、おう」

 

「・・・さぁ、若かりし頃のワシ達よ、ワシ達が16の時に助けられた、その恩を返す時だ!!」

 

『オウ!!』

 

「何なんだよ・・・一体何だってんだよテメェらは! こんなの無茶苦茶だ!!」

 

すると、圭太郎達はまるで待っていた台詞がきたかのように顔を見合わせ、まるでお決まりのように叫ぶ。

 

『そうさ、俺は無茶苦茶なのさ!!』

 

(実は、一番無茶苦茶なのは神様な件について・・・ってそんな事考えてる場合じゃないな、早くエイブリーを!)

 

「エイブリー!」

 

俺を取り囲む不良達があっけらかんとしている隙に輪を抜け出してエイブリーのもとへ素早く駆け寄り、噛ませられていた猿轡(さるぐつわ)と手足を縛っていた紐を解く。

 

「プハッ、圭太郎さん!」

 

するとエイブリーはよっぽど怖かったのか、勢いよく抱きついてきた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私がさらわれちゃったばかりに・・・」

 

「いや、それを言うのは俺の方だよ。今回は完全に俺の落ち度だ。エイブリーは何も悪くない。怖い思いをさせてしまってごめんよ・・・」

 

エイブリーは泣くのをやめて少し落ち着いた。

 

「あの、圭太郎さんにそっくりの人達は?」

 

「あぁ、神様が、エイブリーを助けるのに助っ人を連れてくるって言ってたんだけど・・・まさか未来の俺を呼ぶなんてね、流石に驚いたよ。ていうかあの一番歳とってる俺、ドス振り回してるし・・・俺も将来あんな風になっちゃうのかな・・・」

 

「圭太郎さん、遠い目をしないでくださいよ・・・」

 

釘バットなどの武器をものともせず、圭太郎達は相手を一方的にボコしている。絵面だけみれば、どっちが不良だか分からないようなひどい状況だ。

スクリーンで見るような格闘ではなく、殴る蹴るの原始的で野蛮な暴行。顎を撃ち抜き、みぞおちに拳をめりこませ、目を潰し、腕を折り、踏みつけ、蹴り上げ、叩き潰す。

俺と同じ顔をした人間のそのような姿をエイブリーに見て欲しくなかったので、エイブリーの視界を遮る。

 

しばらくして、不良達は皆ズタボロになって地面へ倒れこんだ。

 

「おし、ざっとこんなもんかな」

 

ーーー強い。神様は、あの不良達は喧嘩に自信があるって言ってたけど、そんなのを全く感じさせない程未来の俺達は相手を圧倒していた。

未来の俺達に怪力や超スピードや特別な能力があった訳ではないが、ただ単純に『相手を打ちのめす、単なる暴力』を振るうことに慣れているようだった。

エイブリーに酷いことをしようとした不良達に同情の余地など無いが、彼等があまりにも酷い姿だったので僅かばかりの心配をしてしまった。

 

「さぁ、俺達の仕事はこれで終わりだ。ここからは、お前の番だぜ」

 

もはや誰がどの歳の俺か約1名を除いて分からなくなってしまったが・・・とにかく未来の俺がそう言うと、他の未来の俺も頷いた。

 

「もう・・・行くのか?」

 

「当たり前の事聞くなよ。他に何か聞いておきたいことはあるか? 答えてやるぜ。・・・あ、ネタバレにならない程度でな」

 

・・・聞いておきたいこと、か。

 

「俺はこれからも『コレ』を続けていくのか?」

 

「そんなの、お前が・・・俺達自身が一番よく知ってるだろ」

 

「今までと変わらない生活は出来るか?」

 

「うーん、フィフティフィフティってとこだな」

 

「俺もアンタ達みたいに・・・強くなれるか?」

 

「あ、その点は心配なく。嫌でもこうならなきゃいけなくなるから」

 

「じゃあ最後に・・・神様はデレますk〈はい、そこまでです〉ひでぶっ」

 

アレ? 何か頭に強い衝撃が・・・なんで未来の俺達は「アイツ、タブー中のタブーに触れやがった・・・」みたいな顔で俺を見るの? ・・・あ、駄目、意識もたない・・・

 

薄れる意識の中、またしてもエイブリーの慌てる顔が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

俺は意識がハッキリしないまま目を覚ました。そして一言、

 

「・・・おもクソ見慣れた天井だな」

 

テンプレを心の内にしまい込むと、自分の隣にいる存在に気がつく。それはエリーと神様だった。

 

「あれ? 何でエイブリーと神様が一緒にいるの?」

 

「いちゃダメなんですか?」

 

と、エイブリーがムスッとした顔で言う。

夢でも見ているのだろうか? 確か頭を何かで強打されて・・・

 

〈まだ意識がハッキリしないようですね。私の口から今の状況の説明をしましょう。〉

 

そう言ったのは神様だった。

 

〈あの不良達は、近所の人が騒ぎを聞いて通報し駆けつけた警察のお世話になっているところです〉

 

「そっか、良かった・・・って、どうやってここまで?」

 

〈私が運びました〉

 

「あ、そうでしたか。ありがとうございます」

 

〈当然の事をしたまでです〉

 

「ところで、俺さっき何かで頭を打たれたような・・・」

 

〈貴方は緊張と疲労で倒れた。いいですね?〉

 

「あっハイ」

 

 

 

 

 

 

俺が一連の事件の終着に安堵で胸を撫で下ろすと、エイブリーが神妙な面持ちで俺に向き直った。なにやら大切な話があるようだ。

 

「あのですね、圭太郎さん、私決めました。私はこれからも、この世界で圭太郎さんのお手伝いをします!」

 

「・・・」

 

「えっと、圭太郎さん・・・?」

 

えっと、何だって? この子は何を言ってんだ・・・?

お手伝い? ここに、残るの?

 

「で、でも、エリーを帰してあげなきゃいけなくて、このままだと戦争を起こすって、そう神様が・・・」

 

「戦争・・・?」

 

エイブリーは何のことやら、と首を傾げる。すると神様は俺の方を黙って見ながら、直接頭の中に話しかけてきた。

 

〈彼女が元の世界に帰った後に戦争を引き起こす事は事実です。ですが、それは彼女の心の闇を取り払えずに帰してしまった場合の話です。今の彼女は戦争の引き金になる本人こそすれ、戦争を起こそうなどという気は微塵もありません〉

 

エイブリーが戦争を起こそうと考えるのは、彼女があちらに帰ってからの話・・・か。まぁ、今はその気がないんだったらそれでいいか。

ーーーけど、なんで神様は俺がエイブリーの心の闇をどうにかできなかった場合のことを知っているんだ・・・?

 

「あのー・・・圭太郎さん?」

 

深く考えを巡らせていると、それを遮るようにエイブリーが話しかけてきた。彼女としては、俺が意味不明なことを言いだして黙りこくってるもんだから心配してくれたのだろう。

 

「え? あ、あぁ、何でもないよ。それで、こっちに残るっていうのは一体・・・」

 

神様だから何でも知ってるってことなんだろう。・・・多分。今はその程度に考えるくらいにしておこう。

 

〈実は私はエイブリーさんがこの世界に転生した一日目の夜に、彼女の夢に干渉しました。 そこでエリーさんにこう言ったのです。【圭太郎さんの『仕事』を手伝うなら、ずっとこの世界にいてもいい】と。勿論、その時は仕事の内容を明かしていません〉

 

「えっ? そんなことって可能なんですか?」

 

〈ええ、可能です。手伝ってくれる者は、多い方が良いですからね〉

 

なら最初からそういう目的で連れて来ればいいのに・・・って、それじゃ俺の意味が無くなるのか。

 

〈そしてエリーさんは2日目の朝に【仕事を手伝う】と直接言ってくれたので、こうしてこの世界にいるのです〉

 

「2日目の朝・・・あの時に神様に会っていたんだな」

 

「ーーー私、考えたんです。圭太郎さんに私の家族と変わらない優しさがあったなら、他の人間にもエルフと同じ優しさがあるんじゃないか、って。さっきは人間達に酷いことをされたしあの人達を許すつもりはありませんけど・・・人間のこと、少し信じてみようと思います。もし裏切られても、私には信じられる『ヒト』がいますから」

 

「・・・そっか、そう言ってくれて嬉しいよ」

 

少し照れ隠ししながら、そう返答した。

 

「というわけで、不束者(ふつつかもの)ですが、これからもよろしくお願いします」

 

「あぁ、こちらからもよろしく頼むよ」

 

これからエイブリーと暮らしていくわけか。まだ実感は沸かないし、どんな生活になるか想像もつかないけど・・・こちらを見て微笑みかける、この子の笑顔を絶やさない。そんな生活にしたいと思った。

 

 

 

 

 

 

「あのー、圭太郎さん。折り入ってお願いがあるんですけど・・・」

 

「ん? どうしたの?」

 

「私、前の世界では家族から『エリー』って呼ばれてたんです。だから圭太郎さんにも、そう呼んでほしいなぁ、なんて思ってみたり・・・」

 

彼女はそっぽを向いてモジモジしながらそう言った。

 

「『エイブリー』を縮めて『エリー』か。ーーーあっ」

 

あぁ、やっと分かった。未来の俺が彼女の事を『エリー』って呼んでいたのは、そういう理由だったからなのか。

じゃあ早速・・・

 

〈もしもし? 私を抜いて二人っきりで良いムードにならないで下さい〉

 

「あ、それじゃあ、神様のことも何か別の名前で呼ぼうよ」

 

「良いですねそれ! うーん、何が良いですかねぇ・・・」

 

〈あの、お二人共・・・?〉

 

「あ、じゃぁ、イザナミノミコトだから『ナミちゃん』とかは?」

 

「その呼び方、可愛くて良いと思います!」

 

〈あの、私の意見は・・・〉

 

「悪質なウソをつかれた仕返しです。これで差引勘定0にしてあげます」

 

「神様も満更でないようですし、良いんじゃないですか?」

 

〈いえ、私はまだ・・・〉

 

「よーし、それじゃあ『エリー』、『ナm、フフッ ナミちゃん』。これからもよろしく」

 

「はい!」

 

(どうしてこうなってしまったのか・・・)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オマケ話その1 一人増えた日常

エイブリーの一件の数日後・・・

 

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

「お、圭太郎じゃないか! 待ってたんだぜ」

 

「本当は借りた次の日に返せば良かったんですけど、何分学校が忙しいもので・・・」

 

「分かってるよ、気にすんな。忙しいもんな、学校生活。で、現物はどうした?」

 

はい、そうなんです、その事なんです。

エリーを助けるために廃工場へ突入したのは良いけど、その時にちょっと調子に乗ってシャッターを自転車をウィリー乗りして打ち破ったので、自転車の前輪が凹んだりしていないかが唯一の不安である。

 

「はい、ここに」

 

「おぉ、よかったよかった・・・無事で何よりだ」

 

無事で良かった・・・

 

「・・・ちなみに、その自転車はおいくらするんですか・・・?」

 

「ん? 確か・・・36000円ぐらいだったかな」

 

「」

 

「どうした圭太郎・・・?」

 

「本当にすみませんでした許して下さい」

 

「お、おい! 土下座しようとすんな! 他のお客からの目が痛いから!!」

 

 

 

 

 

 

「おっ、デーブ。公衆トイレ以来かな」

 

「そうだね。・・・そういえば、あの女の子はどうだった?」

 

「ーーーあぁ、何ともなかったよ」

 

「一体何があったの?」

 

「その、あの子が迷子になっていたから、探すのに必死だったんだよ!」

 

「ーーー? ・・・ん、そっか。その様子だと無事に見つかったみたいだね。」

 

「あぁ、おかげさまでな。そういうデーブは食べ歩きツアー楽しめた?」

 

「そりゃあ勿論。結局あの後たこ焼きを2パック買ったよ」

 

「ハハ、デーブらしい・・・」

 

 

 

 

 

 

「けーちゃん、一緒にお昼、良い?」

 

口の中に食べ物が入っていたので、俺の机の向かい側辺りをポンポンと手で叩いた。やしもは俺の意図を汲み取ったようで、適当なところから椅子を拝借し、机を挟んで俺の向かい側に座った。

 

「この前の開校記念日、また何かやらかしたみたいだけど」

 

まぁ、デーブから聞くよねー・・・

 

「何ともなかったよ。これまで俺たちがやらかしたことに比べれば些細なモンだって」

 

「ーーー本当、けーちゃんは偶に無茶苦茶な事するからなぁ。まぁ、その件に関しては詮索はしないよ」

 

「助かる」

 

「そうそう、新しい僕のムーヴメントなんだけど」

 

何だよまたそれか、ヤンデレの次はなんだってんだ?

 

「ズバリ、『エルフ』」

 

「」ブフッ

 

「どうしたの? 卵焼きを吹き出すなんてけーちゃんらしくもない・・・」

 

「すまんやしも、お願だからその話は勘弁してくれ・・・」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい、圭太郎さん」

 

学校から帰ってきて家の玄関を開けると、これまでの生活ではなかなか聞くことが出来なかった言葉が聞こえてきた。

正直に言って『ただいま』という言葉も、その言葉の返事が返ってくることも、まだ慣れていない。けれど、『ただいま』の返事が返ってくるのなら、これからも言おうと思う。

 

「うん。わざわざ玄関までありがとう、エリー」

 

「いえいえ。どういたしまして」

 

エリーはそういってキッチンの方へ歩いていく。何か作っていたのかと思って覗いてみると、そこには香ばしい香りが漂うクッキーがあった。

 

「これは・・・エリーが作ったの?」

 

「前に圭太郎さんが買ってくれた料理の本に載っていたので、作ってみたくなったんです。出来立てですから一緒に食べましょう」

 

ここの会話だけ切り取ると夫婦の会話に聞こえるのは、きっと俺だけではない筈。アレ? 俺って・・・リア充・・・?(※違います)

 

「これ、初めて作ってみたんですけど、どうですか・・・?」

 

エリーに勧められて一口頬張る。

 

「・・・うん。美味しくできたね」

 

素直にそう思った。おったまげる程美味しかった訳ではないが、ごく自然に『美味しいクッキー』だと思った。

 

「ほ、ホントですか! (よし、これでまずは胃袋を掴んだ!)」グッ

 

「それにしても、あれから数日でかなりここの生活に慣れたよね、エリー」

 

「そう言われるとそうですね、自分でも驚くくらいです」

 

「なんというか、適応能力? みたいなのが強いんだろうね。それがエルフだからなのかは分からないけど」

 

「あぁ、それは少なからずあると思います。元々エルフは適応能力が高い生き物ですから」

 

「へぇ~、それは初耳だ」

 

「話は変わりますけど、この世界って熱中出来るものが多くて良いですよね。料理もそうですし、裁縫とか、絵とか、音楽とか。向こうの文化には無かった面白いものが沢山あって、毎日の生活にワクワクしてます」

 

そう言って笑う彼女の顔はとてもキレイだった。神社で初めて会ったときの、こちらを見る恐怖と絶望に溢れた瞳とはまるで違う。生きる活力を見つけ、残され託された人生を全うする覚悟が出来た顔だと思った。

 

「圭太郎さん? そんなにじっと見られると恥ずかしいんですけど・・・」

 

「・・・あ、ごめん」

 

「そういえば、神様が言っていた次の逆転生者って、どんな人なんですかね?」

 

「ん〜・・・予想もつかないな。せめて人間、それに近い種族であってほしいかな。まぁ、どんな人物であっても、今度はエリーにも活躍してもらわないとね」

 

「はい! 出来ることを精一杯頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、まぁ最初はこんな感じだったかな」

 

「いやぁー・・・なんだか色々小っ恥ずかしいね。上手く話せていればよかったけど」

 

「・・・ん? あぁ、そうだね。彼女は良い子だよ。気が利いたし、自然と場の空気を取り持っていたと思うよ」

 

「・・・・・・うん。やっぱり、俺が最初に出会った逆転生者だったからね。信頼とか安心は、他の人へのそれよりも強かったかもしれない。あ、この言い方は少し誤解がーーーおっと。これ以上は話し過ぎかな」

 

「じゃあ、少し休憩してから、話を進めよう」

 

「あなたのグラスも空いているし、ちょうど良い頃合いじゃないかなな。話も一区切りついたし」

 

「飲み物は何が良い? ・・・あ、そうだ。聞いてから言うのもなんだけど、彼女から教わったお茶を入れられるんだ。まだ茶葉はあったはずだ」

 

「彼女ほど上手には入れられないかもしれないけど、どう?・・・よしきた。少し時間がかかるから、それまでの間、ゆっくりしててよ」

 

「まだまだ話し始めたばかりだからね。聞く方にも休息は必要だ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章「笑ふはひとがたに非ず」
第十一話 次の転生者を知る


「おい生明、お前、ここに書いてある文章を読んでみろ」

 

我が高校、県立境堀(さかいのほり)高等学校の進路指導室に重苦しい空気が漂う。その部屋にいるのは教師と生徒の二人だけ。

 

「はい・・・えー、第一志望:未定大学・未定科 2年4組1番 生明圭太郎・・・です」

 

「これは何の書類なのか把握しているか?」

 

「進路希望調査、です」

 

「そこまで分かっているのなら、何でこんな風に書いたんだ?」

 

「その・・・なんというか、そうとしか書けないというか・・・」

 

えー、遅くなりましたが皆さんこんにちは。圭太郎です。

ただいま、俺のクラスの担任の鬼怒川 熊二先生と放課後に臨時の二者面談をしています。

・・・おい誰だ、「あ、そういえばこんな人いたなぁ」って思った人。この人の目の前でそのセリフを言ってみろ、ぶっ〇されんぞ。

 

で、面談をしているその理由。それは、俺が進路希望調査に『未定』と書いたから。だって、それしか書く事がないんだもん・・・

 

この高校は地方によくある『古き良き伝統()』パターンの学校だが、進学校を謳っている。

前年度の大学進学率は7割以上で、公務員や地元の企業に就職する人も少なくない。そういう訳で、1年次から進路講話だのオープンキャンパスだの模試だの小論文だのと、進学向けのカリキュラムが組まれる。

その中の1つがこの進路希望調査。これに関してはどこの高校でもやってるとは思うが、うちのはちょいと面倒くさい。志望する大学のアドミッションポリシーや合格者平均点や使用科目や「合格のために自分に足りないもの」「それを補うにはどうすれば良いか」など、別に3年になってからでもいいだろ、って思うようなことばかり書かされる。

 

このご時世、大学卒業者でも就職が難しい。それは百も承知。しかし、俺は『将来の夢』なんて大層なものは持ち合わせていないので、志望する大学はない。

・・・はい。このまま行けばバイト暮らしの世間一般で言う無気力人間でございます。

でもまぁ、やりたい仕事が見つかってそのために大学に行かなきゃいけなくなる可能性も無きにしも非ずなので、とりあえず『未定』ということにしている訳なのでした。長文失礼。

 

鬼の熊ちゃんはかけている眼鏡をはずしてポケットにしまい、さぁ、ここからが本気モードだぜ、みたいな雰囲気を醸し出している。生きて帰れるかなぁ、俺・・・

 

 

 

 

 

 

 

「生明は何かやりたい事は無いのか?」

 

「えーと・・・特に、無いです。というか、進学するか就職するかも決まってません」

 

「お前・・・ふざけてるのか?」

 

「い、いやいや! そんな滅相も無い!!」

 

ヤバいヤバい、鬼のくまちゃんを怒らせる=死 という方程式をここで証明してしまうのはなんとしても防がなければ。

 

「やりたい仕事が見つかって、それが大学に行かなければならない職業ならば大学に行こうと考えています。けど、その仕事が大卒でも高卒変わらないのならば、高卒で早めに働き始めたいとも考えています。勿論、専門的な技術や知識が必要ならば専門学校にだって」

 

「・・・」

 

でもぶっちゃけ、大学はあまり乗り気ではない。なにしろ俺は一人暮らしだから、俺が家を離れてしまうと土地とか色んな面倒な事を対処できなくなってしまう。・・・それに、俺はもう1人で暮らしてる訳じゃないしな。

 

「・・・それに、進路を早く決めなければならないのは百も承知ですけど、自分が将来、定年退職するまでの残り30年以上を17歳やそこらで決めろなんて、冷静に考えればかなり無茶な事だと思いませんか?」

 

面接練習をしてる人達を見てると思うんだけど、自分の今後の将来がどうなるかなんて誰にも・・・ましてや自分にすら確実に分かる筈なんてないのになんであんな自信満々に、分かりきったように言えるのか・・・俺には分からん。

 

「ふむ・・・それもそうだな」

 

「ですから、もっと時間をかけてちゃんと決めたいんです。自分の大切な将来がかかってますから」

 

誰だ、「高2にそんな時間は無いだろ」って言った奴は。

ーーーはい、仰る通りでございます調子に乗ってすみませんでした。

 

・・・さてどうだ、ここまで口を並べれば流石に折れるだろ。

俺は机の下でグッとガッツポーズをしてみせる。

 

「・・・良いだろう、今日のところはこれ位にしてやる」

 

ッシャ! ラッk

 

「ただし、次回は都合の良い理由をつけて誤魔化さないように。分かっているだろうな?」

 

「・・・はい」

 

ちょっとでも、この人を誤魔化せると思った自分が馬鹿だった・・・

 

話が終わったと思って席を立とうとすると、熊二先生は俺を呼び止めた。

 

「おい生明」

 

「え? あっ、はい」

 

「新しいクラスでの生活が始まってそれなりの時間が経ったが、お前の普段の生活を見ていると、どこか周りと馴染めていない様子があるな。袋と小原とは仲良くやっているようだが」

 

「はぁ、そうですか・・・でも、自分はそれなりにクラスメイトとうまくやってるつもりですけど・・・」

 

話しかけられれば笑顔で対応するし、女子と話すのが苦手な訳でもない。掃除だって真面目にやるし、与えられた仕事や課題はちゃんとこなしてる筈なのに・・・どこか熊ちゃんを不安にさせるようなことってあったかなぁ・・・?

 

「それだ。『それなり』とか『うまくやってる』とか、お前は自分の教室を職場とでも勘違いしているのか?」

 

「あ、いや、そんなつもりは・・・」

 

「もっと、ありのままでいいと言っているんだ。お前はもう少し周りと同調しろ」

 

『同調』ねぇ・・・それははしてると思うんだけどなぁ。『協調』はしてないかもしれないけど。

 

「頑張ります」

 

「あまり難しく考えるなよ、まずは自分のやりたい事からゆっくと探していけ」

 

「・・・はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

「という事があったんだ」

 

「へぇー、圭太郎さんも大変なんですねぇ」

 

今日は1人で、何事も無くに家に着いた。ここのところ家に帰るとエリーが出迎えてくれるのが日課になってきた。アレ? 俺ってリア充・・・?(違います)

 

学校の荷物を部屋に片付けたので、リビングでくつろぐことにした。

 

「そういえば、エリーには何か将来の夢とかはあるの?」

 

学校での熊二先生との会話もあってか、ふと気になったので聞いてみることにした。

 

「そうですねぇ、一応ありましたよ。植物を調合して薬を作るお仕事です」

 

ふーん、良く分からないけど、薬剤師みたいなものなのかな? いや、適当なことを言うのはよしておこう。

 

「確かに、エリーはそういう仕事が似合ってると思うよ。なんというか、エリーは植物を触ってるのが様になってるというか・・・」

 

実際、家の庭の花壇の手入れを日中暇だ暇だというエリーに任せてみたのだが、それはもう凄かったね。俺はフラワーアレジメントとかそういうのに疎いけど、立派な花壇だと思った。でも、芝桜で『あざみ』ってやるのはちょっとどうかと・・・

 

〈ですが、芝桜を『あざみ』と植えるのはちょっとどうかと思いますよ。さすがのこの人もご近所さんからの目が痛いでしょうに〉

 

「そうそう・・・ってit's no money!?」

 

最近、近所の神様が神出鬼没な件について・・・って違うそうじゃない。

 

「ちゃんと履物を脱いで家にあがってくれるようになったのはいいんですけど、せめて何か一言言ってくれませんかねぇ・・・」

 

〈何を言いますか、普通に出てきたってつまらないではありませんか〉

 

クッ、この駄神め・・・俺のプライベートゾーンがどんどん浸食されていく・・・

と、またしてもいきなり現れた神様の対応をしていると何やら隣からすすり泣く声が・・・

 

「・・・」グスン

 

エリーを完全に空気扱いしてしまっていた。

 

「〈あ、ごめん(なさい)・・・〉」

 

 

 

 

 

 

数分かかって機嫌を直してくれたエリーと、彼女の機嫌を悪くした張本人のうちの1人である俺に神様が本題を切り出した。

 

〈というわけで、今日はお二人への連絡をするために来ました〉

 

「というと、新しい転生者が決まったんですね」

 

分かりきったことだが一応確認のために聞いておいた。ここ最近の楽しみでもあったしね。

 

「それで、今回はどんな人物なんですか?」

 

エリーも身を乗り出し、興味津々に聞く。もちろん俺にも興味はある。

 

〈今回の転生者は、『平安時代の貴族の娘』です〉

 

「・・・今度はどんなぶっとんだ人が来るかと思っていたんですけど、わりかし普通ですね」

 

人間・・・ヒトで良かったと安堵している。

 

「へいあん・・・?」

 

エリーは『平安時代』に関しての知識がないらしい・・・ってそりゃそうか。

 

〈平安というのは、1200年程昔のこの国の時代の名称です。今回はその時代の貴族の娘を転生させることにしました〉

 

なるほど。今回は転生とタイムスリップを兼ねているのか。

 

「この国は長い歴史を持った国なんですね」

 

「平安の貴族というと、藤原氏ですか?」

 

〈いえ、彼女は『橘氏』の人間です。源氏・平氏・藤原氏とともに『源平藤橘』の四姓と総称される程の名家なんですよ?〉

 

「へぇ~、神様は物知りなんですね」

 

〈当たり前です。これでも、国造りの神の分霊ですから〉

 

俺は、エリーからの感心にエッヘンと胸を張る神様へ質問を重ねる。

 

「で、その娘さんは一体どんな心の闇をかかえているんです?」

 

これこれ、これが一番大事。

 

〈詳しくは彼女が自分から言い出すのを待つとして、まぁざっくりと言えば結婚騒動ですかね〉

 

「あの~、その娘さんって何歳ですか?」

 

エリーが『結婚』というワードに敏感に反応した。

 

〈もうすぐ・・・いえ、既に15です〉

 

「ふえっ!? そんなに若いのに結婚できるんですか!?」

 

エリーがすっとんきょうな声を出したが、まぁ無理もないだろう。

 

「エリー、昔のこの国はね、政略結婚とかのために14,15歳で結婚するのはあたりまえのことだったんだ。それこそ、12,13歳とかでも。そして、当人の意思とは関係なく・・・」

 

〈どうやら貴方はもう察しがついているようですね〉

 

まぁ、大体だけどね。

 

「多分、平安時代は摂関政治がされていたから、良いお家の人達は自分の娘を天皇の嫁、それも本妻にして、生まれてきた子供が次の天皇になった時に、自分がその天皇の祖父として摂政や関白になって政治の実権を握ろうと必死になっていたんだろう。今回のその娘はきっと、そういう政略結婚の渦に巻き込まれてしまったんでしょうね」

 

〈えぇ、貴方の言う通りです〉

 

「そんな事が・・・」

 

エリーは自分と同年代の女の子が人間のドロドロとした私欲のために利用されていたことを知ってショックだったのか、言葉を失っている。

 

〈というわけで、明日の16:30にいつもの場所へ彼女を転生させます。よろしいですね?〉

 

「是非も無い。今回は同じ種族、同じ国に生まれた人だからエリーの時よりすんなりいきそうですね」

 

「ム~、それじゃあ私が面倒くさかったみたいじゃないですか!」

 

まぁ、服買ったり、走ったり、不良にケンカ売ったりしたからなぁ・・・なんてことは口が裂けても言わない。

 

〈さぁ? 本当に貴方の思っている通りになりますかね・・・?〉

 

ーーーえ、なにその不敵な笑みは・・・

 

〈先程言ったように、彼女は平安時代の名家『橘氏』の人間です。現代日本の一般人である貴方は、平安貴族の文化や嗜み(たしなみ)を知っているのですか?〉

 

「・・・」

 

「あの~、圭太郎さん・・・?」

 

エリーが俺を心配して声を掛けてくれたが、当の俺はそんな場合じゃない。

 

「・・・エリー」

 

「は、はい・・・?」

 

「ゴーグル先生とヤフォーの力を借りる! 今夜は寝かさないからな!!」

 

俺は言うが早いか早速パソコンがある自室へと足を進めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ圭太郎さん!! 今夜は寝かさないってどういう意味なんですか~!?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 奮闘

いつかの日と同じように、定刻が訪れるのを神社にて待つ。ただし、今回違うのは、傍に心強い助手がいること。

・・・え? そういうアンタとその心強い助手の目の下に、隈ができているって? 大丈夫だ、問題ない。・・・はず。

 

首がカクカクいっているエリーを右腕で支えながら、左腕の腕時計で時刻が16:30になったことを確認する。すると、もはや懐かしく感じられる底なしの黒い穴が現れたかと思うとその穴が見えなくなる頃には既に、長くて艶やかな黒髪が目を引く、エリーよりも数センチ程背丈の低い十二単らしき着物を着た女の子が立っていた。

転生者の登場にエリーもシャキっとして気を引き締めているようだ。

 

その娘はゆっくりと辺りを見渡して深呼吸をすると、俺達の方を向いた。俺とエリーはお互いに肩をビクッとさせたが、その娘はハァとため息をついて一言。

 

「何をしておる。妾の着物が地に着いておるぞ? そなた等、端を持て」

 

「「・・・」」

 

想定してたことだけど、自分の事を『妾』って言う人ってホントにいたんだなぁ・・・

つーか俺達、頭高い?

困ってエリーの方を見るが、どうやら彼女も同じ状態のようだった・・・

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、エリーに十二単の端をもってもらい、目の前の女の子との会話を試みる。開口一番、どんなふうに切り出すか悩んでいたが、なんと向こうから声を掛けてきた。

 

「そなたが『生明』という者か? イザナミ神から話は聞いておる」

 

「はい、その通りです。私は生明圭太郎と申します」

 

「え、えと、私は恵里とおっしゃ・・・も、申します」

 

流石に初対面の相手にエリーの正体を明かすのはまずいと思ったので彼女には偽名を使ってもらい、さらに神様に頼んで耳を人間の耳にしてもらった。

これで見た目は問題無いし、口調も差し支えの無いものだろうと思っていたのだが・・・

 

「堅苦しい話し方をするでない。そなた等がそのような口調で話すのに慣れていないことなど一目瞭然。郷に入れば郷に従え、と言うであろう。妾がこちらの時代に合わせる」

 

・・・あれ、この娘、思ってたより寛大な人? なんかもうちょっと高圧的な人物かと想像してたけど、全然イメージと違うな。

エリーも予想外だったのか、驚いた表情をしている。

 

「それに、折角身分差別などがあまり無いというこの時代に来たのだ。そなた等とは上下関係など無く、対等な立場で話をしたい。もう、白々しい喋り方をされるのは御免だ」

 

彼女はそう言った後、「場所を移そう」と、俺の家へ案内するように言った。

んー、なんだか拍子抜けだな・・・

 

 

 

 

 

 

一同は帰宅して、とりあえずリビングでくつろごうと3人でテーブルを囲む。エリーは気を利かせて麦茶を出してくれた。あ、ちなみに、ウチでは一年中麦茶を作ってます。

十二単を着た娘は麦茶を飲んで一息つき、話始める。

 

「遅れてしまったが、自己紹介でもしよう。妾は藤原の分家である『橘』の当主の次女、『橘小春』だ。歳は14。これから色々と頼むぞ」

 

あれ? 神様は15だって言ってたけど・・・暦の問題か? まぁ、今は置いといて。

ーーーいくら彼女が年下とはいえ、纏っているオーラが違う。なんていうか、貴人の風格というか・・・うん、まぁそんなかんじ。

それでつい、堅苦しい喋り方になってしまった。

 

「いえいえ、こちらこそ『橘さん』」

 

瞬間、黒髪のその娘の頬の筋肉がピクッと動いた・・・ような気がした。すると彼女の雰囲気が変わった。

 

「その名で妾を呼ぶな・・・妾の名は『小春』であって橘ではない!!」

 

彼女は憤怒し、テーブルに握り拳を振り下ろすと置いてあったコップが倒れ、中に入っていた麦茶がテーブルの上に広がった。

 

「ッ! す、すまぬ・・・」

 

一瞬こちらも驚いたが向こうが落ち着いたのを見て、冷静に返答する。

 

「いや、こちらも悪かったよ。ごめん。だから、これからは『小春』って呼ぶことにするよ。な? 恵里」

 

「は、はい・・・」

 

エリーも突然のことに肝を冷やしたようだ。しかしすぐに落ち着くとふきんでテーブルを拭き始めた。

 

・・・ふむ。やっぱり、自分の家の事を良く思ってないみたいだな。『橘』ではなく、『小春』として接して欲しい、といったところか?

 

「ところで小春さんは、神様に何て言われてこの時代に来たんですか?」

 

エリーは場の雰囲気をなんとかして変えようと、話題を切り出した。

 

「そうだな、丁度歌の写しが終わって一息ついていたところ・・・一日中局(つぼね)に閉じ込められる生活に嫌気がさしてな、なんとかならんか、いっそのこと世界が変わってしまえと性にもなく神仏に願ったのだが、まさか本当に神が現れるとはな。最初は自分の正気を疑ったが、神格というべきか・・・纏っている雰囲気が人のそれと違うと分かった時、初めて妾は目の前の神を信じた」

 

「歌の写しというと、誰かの編纂のお手伝いということ?」

 

折角エリーが作ってくれた流れを切りたくないので、さらに話を掘り下げてみる。

 

「まぁ、そういう事だな。察しが良いではないか、生明とやら」

 

「それで、神様はなんと?」

 

「確か、窮屈な鳥籠から出してあげましょう。とでも言っとったかの・・・全く、妾を鳥と呼ぶなど無礼な言い種(いいぐさ)だと思ったが、よく考えてみれば鳥と言われてもおかしくない生活を過ごしていたのもまた事実だな」

 

「それで、こっちへ来たと」

 

成る程。まさかそんな理由だけで神様が転生させる訳がないのは重々承知しているが、さっきみたいな事があった後で核心に触れるのはまずいと思うから、とりあえず今はこんなところだろう。話を始めてくれたエリーに感謝だ。

 

 

 

 

 

 

「・・・さて、妾の話は聞き飽きただろう。今度はそなた等の話を聞かせてくれ」

 

おっとそう来たか。話の流れからすれば自然な事なんだろうけど、困ったな・・・自分の話なんて考えてないや。

 

「はは、まだまだ聞きたい事はあるけれど、小春がそういうなら話そうかな・・・いや、聞きたくもない事をダラダラと話しても悪いから、聞きたい事に答えるよ」

 

「そうか、まずは、そなたの両親は何処に?」

 

「どちらも仕事で海の向こうの異国の地だよ」

 

「ほぉ、それは感心なことだ」

 

ていうか平安時代って、あんまり海の向こうの国の関わりがないような・・・強いて言うなら今の中国辺りの国とか。「異国」って言ってイメージがちゃんと伝わってるかなぁ?

 

「それでは生明というのはこの時代ではさぞ大きな名前なのだろうな。神官の類か? 神と関わりがある程なのだから」

 

「いや、いたって普通の一般家庭だよ?」

 

(私みたいなエルフと二人で暮らしている時点で一般家庭ではないような・・・)

 

何やらエリーが微妙な表情になっているが気にしないでおこう。

 

「なんと。では何故そのような家の人物が神と関わりを持っているのだ?」

 

く、食い付きハンパねぇ・・・いつの間にかテーブルに肘を掛けて身を乗り出してるし。まさか「仕事(?)上」なんて言えないしなぁ。

 

「偶々神社に賽銭を入れたら現れたんですよ」

 

「そうか、そのような事だけで神仏が姿を表すならば、こちらの時代の人々は挙って銭を投げただろうな」

 

と、笑ってくれたが今の俺の返答は若干危なかったな。もしあのまま根掘り葉掘り聞かれていたらいつか必ずどこかでボロを出していただろう。

 

俺が心のとこかで安心していると、小春が少し真剣な顔になって次の質問をしてきた。

 

「念のために聞いておきたいのだが、この時代には貴族は残っているのか?」

 

やっぱり。流石に気になるよな、来ると思ったよ。

 

「いや、小春の時代みたな貴族はもう残っていないんじゃないかな。天皇はいらっしゃるけど」

 

「そうかそうか、やはり世は盛者必衰。無常の理はやはり正しかったか」

 

と、クスクス笑いながら言うので不思議に思ってこちらから聞き返す。

 

「えっと、小春は、自分の家が何時までも続かないって分かってたの?」

 

「当たり前だ。この世の何処に、未来永劫、永久に衰えることを知らない家があろうか。自然でさえ形を変えるというのに、人の作ったものが同じ形をいつまでも維持できる訳がないだろう」

 

ほぉ、自分の家の滅亡、はては時代の流れまで把握していたのか、14歳で。こりゃ、エリーとは別方向で難しそうな相手だなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

外も暗くなってきたので、俺が夕飯を作っている間にエリーと小春で風呂に入ってくるように言う。

さぁて、平安時代の貴族に現代の一般人の料理は通用するかな? ・・・しないか。

 

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ、髪を洗いますね」

 

圭太郎さんに、小春さんと一緒にお風呂に入るように言われて、現在に至ります。

小春さんの時代の貴族の女性は髪の毛が命だそうなので、慎重に洗います。

でも、うぅ〜、こんな長い髪、洗ったこと無いよ〜!

 

「・・・すまんな、恵里とやら」

 

「へ? は、ひゃい!」

 

しまった! 変な声出ちゃった!? もう、駄目っぽい・・・

 

「長い髪を洗うのは慣れていないだろうに、無理を言ってすまない。妾は生まれてこの方、一度も髪を自分で洗ったことが無いのでな」

 

「え? それじゃあ誰が小春さんの髪を洗っていたんですか?」

 

「使用人だ」

 

「それなら、こんなに綺麗な髪なのも納得しますね」

 

「そ、そうか? ふふん、自慢の髪だ」

 

「はい。とっても指通りが良くて、すごく大切にされてるんだなぁって、すぐ分かりますよ」

 

「・・・恵里とやら、ちと頼みたい事があるのだが・・・」

 

「なんです?」

 

頼み事って何だろう? 全然想像ができない。

 

「その・・・だな、妾の髪を洗って貰ったお礼に、妾に恵里の髪を洗わせて欲しいのだ・・・」

 

「へ!? い、いや、小春さんにそんな事させられませんよ! しかも、私の髪は小春さんみたいに綺麗じゃないし

・・・」

 

「一度で良いから、自らの手で人の髪を洗ってみたいのだ。・・・駄目か?」

 

う、そんな顔をされると断れないよ・・・

 

「そ、そこまで言うなら良いですよ?」

 

「ほ、本当か!? よし・・・」

 

小春さんはやる気に満ちているようだ。ここは私も小春さんを信じて、彼女に委ねよう。

 

 

 

 

 

 

「うむ、慣れてくればやはり楽しいものだな。妾はこうやって、同い年の女子と髪を洗い合うことに憧れていた」

 

「えっと、小春さんのいた元の時代にはお友達はいなかったんですか?」

 

私は小春さんに恐る恐る聞いてみたが、首を横に振るだけだった。

 

「本当にあそこはつまらない場所だった。一日中歌を写し、男から歌が来たかと思えば落書きのような歌。実際に会いに来たかと思えば里芋のような顔。毎日毎日同じような事の繰り返しで退屈ここに極まれり、といったところだ」

 

そっか、小春さんは華やかな生活をしているようで、実はすごく窮屈な生活をしていたんだ。

 

「実を言うとな、妾は少し緊張していた」

 

「何にですか?」

 

「恵里とこうやって話す事だ」

 

「そ、そんな事を言ったら、私だってそうですよ! 貴族の人と一緒にお風呂に入るなんて・・・」

 

私がそう言うと小春さんは、さっきのように首を横に振った。

 

「違う。妾は恵里の様に身分の差で緊張しているのではなくてな・・・単純に、同年代の女子と会話をするのが不安だったのだ。先程は憧れていたなどと余裕を装っていたが・・・実の所、緊張で何を言えば良いのか分からなかった」

 

「同い年の女の子とおしゃべりするのは、初めてなんですか・・・?」

 

小春さんは、無言で頷いた。しかし、彼女は勢い良く立ち上がって言った。

 

「・・・だがな、その緊張はもう無い。やはり人間は裸の付き合いが一番だな。こうして一つの風呂に二人で入れば、もう妾達は姉妹同然だ」

 

「小春さん・・・私、そう言ってもらえてとても嬉しいです」(私、人間じゃないんですけど・・・)

 

「だからな、その『小春さん』等の堅苦しい言葉は要らん。恵里も妾を姉妹と思ってくれるなら、生明の様に『小春』と呼んでくれ」

 

小春さんは、友達が欲しかったんだろう。外に出る事もままならない生活の中で『友達』というのはどれほど大きくて、遠い存在だったか・・・けど、今その存在になるかもしれない人が目の前にいる。

・・・もちろん、言う事なんて決まってるよね。

 

「うん。良いよ、『小春』」

 

「恵里! やっと呼んでくれたか!!」

 

「わ、ちょっと!」

 

小春さ・・・ゴホン、小春は余程嬉しいのか、泡まみれの体で私に抱きついてきた。

 

「このこの〜愛い奴め〜」

 

「もう! 小春ったら・・・」

 

最初はどうなるかと思ったけど、今はもう大丈夫。私が圭太郎さんに助けられたように、絶対私が、小春を助けるんだ。友達として。

 

 

 

 

 

 

「なんか、キマシタワーが建設される音が聞こえてくるんだけど・・・」

 

〈いいから貴方は口よりも手を動かしなさい。出番が少ないから最後に押し込もうなど、悪足掻きにも程があります〉

 

「トホホ・・・」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 月を見上げる

 

エリーと小春をお風呂に入れている間に俺が作っていたのはいたって平凡な和食。まぁ、お客は平安の貴族ですから。平凡じゃダメなんだけどね・・・

俺は自分一人が食いっぱぐれない程度の料理スキルしか持ち合わせていないので本当に簡単なものしか作れなかったが、一汁三菜はきちんと意識したつもり。

食事のシーンは割愛するが、小春の感想は・・・まぁ、可もなく不可もなく、といったところだった。「平民の手並みにしては上々」だそうだ。

ただ一つ、料理をテーブルに並べたときに小春が「これは間食か?」と、割とリアル顏で言ったときは普通に凹んだ

 

 

 

 

 

 

「む、恵里達・・・いや、現代の人間は、こんなにも低い枕で寝ているのか? しかも畳の上ではなく、手で押すと押し返してくるよく分からんものの上に布団を敷く、と・・・時代の流れは不思議なものだな」

 

小春が怪しげな顔をしながらベッドを手で押している。

 

「最初はそう思うでしょ? けどね、いざ寝てみると、とっても寝心地が良いんだよ! 例えば、鳥の羽に包まれてるような・・・」

 

「ほぉ、それはなかなか興味深いな。」

 

といった感じで、俺は今蚊帳の外です。もうね、エリー1人で良いんじゃないかなって思うんだ、うん・・・

 

とりあえず俺の愛しのシングルベッドちゃんを女の子2人に貸して、自分は同じ部屋の別の場所にて睡眠を取る。・・・・え? どこで寝るかって? 安定と信頼のフローリングだよこの野郎! 別に良いもん、ミノムシみたいに布団に丸まってれば痛くないもん! つ、強がりじゃねぇし!

 

「それじゃあ私は小春と一緒にベッドで寝ますね?」

 

「オッケー。んじゃおやすみ、二人共」

 

「はい、おやすみなさい」

 

「うむ、お互い十二分に疲れを癒そう」

 

そうして俺達三人は眠りについた・・・

 

 

 

 

 

 

・・・ふと、ベッドの方から物音がして目が覚める。はっきりしない意識の中で薄目を開けて音のする方を見てみると・・・その正体はベッドから静かに起き上がる、エリーの寝巻を着た小春だった。時計を見てみると00:30で、こんな夜遅くにどこへ行くつもりかは分からないがとりあえず今は寝たふりをしておこう。・・・何時ぞやの、狸寝入りの二の脚を踏むのだけは避ける。

 

小春はエリーを起こさないようにゆっくりと布団から出てベッドから降りると、そのまま部屋の扉を開け、ベランダへ出て行った。扉が閉まり終わる音を確認したあと、エリーに布団を掛け直して俺も小春の後をつける。

 

 

 

 

 

 

小春が向かったであろうベランダへ着くと、案の定小春はそこにいた。さすがに冷えると思うので、「こんな時間に何してるの?」ぐらいの軽い口調で話しかけてみようーーー

 

「おーい小春、こんなじk・・・ッ!」

 

ーーーとしたが、続きが言えなかった。言えなかったというよりは、言うことが出来なかった。何故なら、ベランダに立って月を見上げる彼女の頬に、『涙の跡』が出来ているのに気付いたからだ。

絶句。見惚れたとかそういうのではないけれど、何故か、それに触れてはいけない、神秘的な力が作用しているようだった。月明かりを反射して光ることでやっと確認できるその頬の跡に、乾く様子はないようだ。

 

「・・・! 誰かいるのか?」

 

と、小春がこちらに気付いたようだ。

 

「俺だよ、圭太郎だ」

 

ギリギリ小春の死角になっていた影から出てくる。

 

「そなた・・・見たか?」

 

嘘を言ってもしょうがないので、ここは正直に答える。

 

「あぁ、ごめん・・・ちょっと見た」

 

「ははは、見苦しい姿を見せてしまったな。これで今日二回目・・・いや、もう日は跨いだか。何にせよ、良くないものを見せてしまってすまぬ」

 

と、小春が顔を手で拭いながら言う。

 

「小春がそう思っているんだろうけど、別に俺は嫌なものを見たとは思っていないよ」

 

「? それはどのような理由だ」

 

「人の涙は心の鏡。その人の心の表れが涙なら、俺はそれを不快になんて思ったりしない。・・・あ、嘘泣きは例外だけど」

 

「心の鏡、か。・・・成程。なかなか風情のあることを言うではないか」

 

「いやぁ、光栄だよ」

 

危ない危ない、たった今即興で考えたことだけど、何とか上手く流せた。

 

「それで小春は、こんな遅い時間に何をしているんだ?」

 

「ん? あぁ、月を見ながらちと考え事をしていた」

 

「さすがに寒いでしょ? はい、毛布」

 

そう言って、クローゼットから引っ張り出しておいた毛布を小春の肩に掛けてやる。

 

「おぉ、気が利くな。うんうん、この時代の男は女に優しくて感心感心」

 

「誰しもがそうだとは限らないと思うけど・・・」

 

小春が毛布を身に纏ったまま腰を下ろし、彼女の左隣の空いたスペースをポンポンと手で叩くので、『ここに座れ』の合図だと察する。お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「先程の湯は良かったぞ。恵里が髪を洗ってくれたのは勿論の事、恵里の髪を洗ったりもしたのだ」

 

「そいつは良かった」

 

「そういえば、そなたとはまだ良く話したことが無かったな。こんな夜分に済まないが、良いか・・・?」

 

「あぁ、構わないよ」

 

確かに、日が明るい内は大雑把な話しかしていなかったし、月夜の下で談笑、というのも悪くはないだろう。ーーー少し寒さが気になるが。

 

「先程、恵里が妾の事を『小春』と、『さん』を付けずに呼んでくれたのだ。姉妹のように、友達のように思ってくれている、とな」

 

「そんな事が・・・どう? 嬉しかった?」

 

「うむ、それはそれはもう嬉しかったな。友のいなかった妾にとっては、恵里のような存在はずっと心に願っていたものだったからな」

 

「うんうん、恵里も嬉しそうだったよ。『私、小春と友達になったんですよ!』なんてはしゃいでいたよ」

 

夕飯の食器を片づけている時にエリーが俺に言ったことだ。

 

「・・・少し、羨ましかった」

 

「え?」

 

「この時代のこの国に生きる、そなた等を羨ましいと、そう思った」

 

「それは・・・」

 

「妾も生まれる時代が違えば、このような平和な時代に生を受け、自由に生きられたのだろうか・・・と、そう考えてしまうのだ」

 

「まぁ、少なくともあの時代に小春が生まれていなければ、あんな生活はしていなかっただろうね」

 

「あの生活が妾の運命だというのなら、それを憎んだりはしない。だが、どうしても、あの生活の何百年も未来にこのような世界があると知ると、逃げたくなってしまう」

 

「そりゃそうだろうね。もし、小春の立場になったら誰しもがあの時代から逃げたくなるだろうよ。『隣の芝は青い』っていう言葉があるけど、この場合、そんなんじゃ済ませられないもんね」

 

千年も先の未来が『隣の芝』だというのなら、身近な人やモノはどうなるんだ?って話。

 

「三日しかこの時代に居られない以上、未練を残してはいけない事は重々承知している。だが・・・」

 

「その未練を何とかする為に、俺と恵里がいるんだ。心配しなくていいよ」

 

「・・・ふふふ、そうだったな」

 

彼女は笑いながら月を見上げ、深呼吸をしてからそう言った。

 

「おっと、そなたの事を聞かせて貰うつもりが、つい、妾の話を聞かせてしまったな。そなたは聞き上手だから、口の滑りが良くなってしまった」

 

「どういたしまして」

 

「では何を聞こうか・・・そうだな、そなたは恵里の事をどう思っているのか、聞かせてくれ」

 

どうしてこの状況で恵里の事を? まぁいっか。

 

「うーんとね、妹・・・かな?」

 

「これは妾の勝手な見解だが、そなたと恵里は血が繋がっているようには見えなくてな。違かったならすまぬ」

 

「いや、その通りだよ。俺と恵里に血の繋がりは無い」

 

「では何故『妹』と?」

 

「えっとね、何かこう、守ってあげたい、みたいな? 歳的にも兄と妹ぐらいの歳の差だったからね」

 

「そうか・・・因みに聞くが、恵里と兄妹以上の関係になろうという気はあるのか?」

 

「何でそんな事聞くんだ」

 

「渋らずに答えよ」

 

「ハッキリ言って、そんな気は微塵も無い。恵里が俺の事をどう思ってるかは分からないけど、俺は彼女の保護者として接し続けるよ」

 

「そう、か・・・そなたも存外堅物よのぉ」

 

「どういう意味だ?」

 

「良い、こちらの話だ」

 

なんだかなぁ、調子狂っちゃうよ・・・

 

「そろそろ身体が冷えてしまう頃だからな、最後の質問をさせてくれ」

 

そんな風に改まられると、緊張しちゃうな

 

「ドンと来い」

 

「妾は先程『平和』の話をしていたが、そなたは『平和』とは何だと思う?」

 

おっと、真面目な感じのやつか。ならこっちも真面目な感じで返そう。

 

「『平和』か・・・それの感じ方は十人十色だと思うけど、共通して言える事が一つあると思う」

 

「ほぉ・・・それは何だ?」

 

「『平和』は、飽くなき欲求だよ。いくら昔の時代よりも世の中が平和になったって、全人類が平和を感じる事は無い。全世界で戦争が無くなったって、全人類が1人も欠かさず平和だと思う、何て事は不可能なんじゃないかな」

 

「随分と、平和を切って捨てる様な事を言うのだな。それを夢見て散っていった英雄も居ただろうに」

 

「俺は、絶対に戦争や紛争は無くならない、と言っている訳ではないんだ。それらが完全に無くなっても、人が、その人の今の生活に満足するなんて事はないってこと」

 

「つまりそなたは何が言いたい?」

 

「『平和』に終わりは無いんだ。戦争の無い世界になれば、殺人の無い世界を求める。殺人の無い世界になれば、自殺の無い世界を求める。自殺の無い世界になれば、いじめの無い世界を求める。こうやって人が『平和』という世界の完全な状態を求める限り、人々の理想はそれに合わせて高くなっていく。ちょうど、豚の目の前にニンジンをぶら下げる様に、ヒトが全人類共通の『平和』に辿り着くなんて事は無い。そう言いたいんだ」

 

「人が『平和』という理想に辿り着く事は無い・・・と。『いじめ』というのが何を指す言葉なのかは分からぬが」

 

あら、途中からヒートアップしちゃったかな。

 

「ふむ、考えてみれば、確かにそなたの言う通りかもな。人の理想は常に高く、遠くなければ意味が無い。それを踏まえれば全世界の平和など、それこそ永遠の理想郷だな」

 

「いや、あの・・・ごめん、偉そうな事言っちゃって・・・こんな年端もいかない、何も知らないガキの言う事なんか、真に受けなくて良いよ?」

 

「はははは! そなたの様な者が小童だと言うのなら、殆どの人間が生を受けてはいないだろうに!!」

 

「え、そう?」

 

「あぁ、そうだ。そなた・・物事を客観的に捉えるどころか、人の本質を悟るか。いやはや、よもやこの様な男に出会うとは、つくづく妾の小ささを思い知らされるわ」

 

こんな感じで、彼女はずっと笑っている。別に笑わそうとして言ったんじゃないんだけどなぁ・・・

 

「まぁ、そなたの意見に異を唱える者も必ずいるであろうが、間違った事は言っていないと思う。それが一人の人間の思想だとするのなら、妾は否定もせず肯定もせず、ただ噛みしめるとしよう」

 

なんか良く分からないけど、満足してもらえたのかな? ま、それなら良いか。

 

「軽く話をするだけのつもりが、まさか笑わせてくれるとは予想外だった。礼を言うぞ」

 

「いえいえこちらこそ。小春とおしゃべり出来て楽しかったよ。さ、そろそろ中に戻ろう。恵里が気づくと心配するからね」

 

「そうだな、そうしようか」

 

こうして、月夜の座談会は閉幕した。

 

 

 

 

 

 

〈どうでした? 圭太郎さんは〉

 

(うむ、中々に面白い奴だった。未来の大和人があの若さであのような境地へと至るのだから、本当に妾の時代は発展の途中だったのだな)

 

〈えぇ、何せ『信じれば救われる』ですもんね。都合が良いにも程があるってんですよ〉

 

(それはそうと神よ。一つ思った事があるのだが・・・)

 

〈何ですか?〉

 

(生明とやら、『ガワ』と『中身』が全く噛み合っていないな)

 

〈あ、やっぱり貴女もそう思いますか? そうなんですよね、あの人、変にこまっしゃくれてるというか・・・〉

 

(だかそこが面白い。人は見た目によらないと言うが、正に彼奴の事であろう)

 

〈歪んでいると言えばそこまでですけど、そうでもないという・・・〉

 

(この事は夢枕で話さなくても良いだろう。そろそろ妾も疲れた)

 

〈そうですね。では、残りの期間を楽しんで下さいね〉

 

人の夢はその人の物。圭太郎とエリーには、知る由もない・・・

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 負けず嫌いと負けたがり

朝、気づくと何故か部屋の隅に居た。布団にグルグル巻きになっていたので、俺が寝返りを打ち続けた結果こうなったのだと察する。

ベッドを見てみるとエリーと小春はまだスヤスヤと寝ている。

・・・あー背中痛い。

取り敢えず包まっている布団から出ようと一回転、二回転して脱出。2人を起こさないようにそ〜っと部屋から出ていった。

さーて、朝ご飯は何にしようかな。

 

 

 

 

 

 

ある程度の朝食が完成したのでテーブルを布巾で拭き箸を並べていたところ、階段から2人分の足音が聞こえてくる。やっとお目覚めか。

 

「おはようございます」

 

「ふあ・・・良い寝心地だったぞ・・・」

 

いつもの様にシャキッとした顔で挨拶をするエリーとは対照的に、小春はまだ眠気が抜けていないようだ。

 

「おはよう、2人共。もう少しで出来上がるから、その間に顔でも洗ってきなよ」

 

 

 

 

 

 

「で、朝食を食べ終わった訳だけど・・・」

 

「何・・・します・・・? 圭太郎さん・・・」

 

ご飯を食べ終わってさぁどうする? となったのだが、何も思いつかない。いつかの様に外に出掛けるのも選択肢の内にあったのだが、エリーの事があった後だし中々行きづらい。

 

「どうしたそなた等。この時代の趣味趣向を教えてくれるのではないのか?」

 

「えっと、そうなんだけどね・・・」

 

ちょっとこの手は使いたくなかったけど、こうなったら仕方ない。悠長な事を言っていられる場合でもないだろう。

 

「よし、それじゃあゲームしよっか」

 

「「ゲーム・・・?」」

 

この選択が後に自身の身を滅ぼす事になろうとは、誰も知らな・・・いや、神様は知ってたのかな?

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん」

 

「おぉ。これは何だ? まるで平安京を空から見たようだ」

 

「このマス目が沢山ある板で何をするんですか?」

 

「『オセロ』って言ってね、この黒と白のコマをマスに置いて、相手のコマを自分の色のコマで挟んでひっくり返して、最終的にコマを多く持っていた方の勝ち、っていうゲーム」

 

「ふむふむ、簡単そうに見えるがその分奥が深そうだな」

 

「私の里にも同じような物がありましたよ」

 

「日本人が考えたゲームなんだ。ルールは簡単だから、取り敢えず2人でやってみなよ」

 

「よし、望むところだ恵里! お互い手加減は無しだからな!」

 

「もちろん。『待った』は無しだからね!」

 

おし、取り敢えず後は2人で何とかなるだろう。さーて、作ってた梅ジュースでも飲もうかな。

 

 

 

 

 

 

しばらく時間が経ったけど、さてさて、どうなったかな・・・?

おー、拮抗してるねぇ。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

うわ、ガチで無言になってるし。テレビつけても迷惑だろうし・・・たくあんでも食うか。

 

ボリッボリッ!

 

「・・・」ピクッ

 

「・・・」ピクッ

 

ボリッボリッボリッ!

 

「・・・」

 

「・・・」

 

バリッボリッバリッボリッ!

 

「えぇいやかましい! わざとか? そなたはわざとやっているのか!?」

 

「もう! 気が散って集中出来ませんよ! 少し静かにしていてください!!」

 

「だって、構ってくれないから寂しかったんだもん・・・」

 

「「そなた(圭太郎さん)は子供(です)か!!」」

 

 

 

 

 

 

「グスン・・・」

 

「ふははは! 恵里もそれなりに手強かったが、妾には敵わなかったな!!」

 

「結果は40対24で小春の勝ちか・・・」

 

「うぅ、悔しいです・・・」

 

「まぁ、そう落ち込むでない。何せこの妾と戦って負けたのだ、光栄に思え!」

 

小春は貴族ということもあってか、勉学などの教養は小さい頃からさせられていたのだろうか。それに伴って頭の回転が速いのも頷ける。

 

「よし、それでは次はそなたと勝負だ! 戦わないという選択肢は無いと思え!」

 

あ、やっぱりそうなっちゃう? ここはいい感じで手を抜いて小春に勝たせてやるk「圭太郎さん! 私の敵を取って下さい!」あのーエリーさん、アナタ本来の目的忘れてません? 完全にムキになってるし・・・

 

「恵里の言う通りだ。妾は手加減などされてもかえって不機嫌になるだけだ」

 

あ、左様で御座いますか。つまり・・・本気と書いてマジになっちゃっても良いわけね?

 

「乗った。その勝負、全力で戦わせてもらおう」

 

 

 

 

 

 

「俺は何色でも構わないから、好きな色を選んで良いよ」

 

「そうか、なら妾は白を選ぼう」

 

一つ、相手に色を選ばせる

 

「それじゃ俺後攻ね」

 

「ん? あぁ、そうか。なら先手を取らせてもらうぞ」

 

二つ、相手に先手を取らせる

 

下準備はここまでだ。

 

「・・・」パチッ

 

「・・・」パチッ

 

(む? 何故こやつは二つも取れる状況で一つだけ取ったのだ? まぁ良い、妾の優勢は変わらぬ)

 

「どうした? 妾が押している様だぞ? 圧倒的に白の方が多いではないか」

 

「・・・」パチッ

 

(無言を貫き通す、か・・・ふふふ、内心は焦っておるのだろうな)

 

(と、小春は考えているに違いない。だって、彼女の口角が上がっているから)

 

三つ、序盤は相手にワザと多く取らせて自分の策に溺れさせ、この時自分の色をなるべく中心に維持する

 

そしてそこから戦況は変わり始める。

 

(おっと、先程までは一度に2個以上取れていたのに、一つだけ取れるマスしか残っていないの・・・仕方あるまい、ここは大人しく置いておこう)

 

「・・・」パチッ

 

「・・・」パチッ

 

(気のせいか、妾の方が取っている数は多いのに向こうの方が取れる範囲と数が多いような・・・)

 

小春はそろそろ勘づきそうだが、もう遅い。君は自分の策に長い時間溺れ過ぎた。一度置いたオセロの色が変わることはあっても、オセロそのものを無くすことは出来ないんだよ。

 

「あ、置ける場所が無い・・・」

 

「んじゃもう一回俺の番ね」パチッ

 

「ま、また無いではないか!」

 

「んじゃさらに俺の番ね」パチッ

 

(凄い・・・初めはあんなに負けていたのに、どんどんひっくり返してる・・・)

 

圭太郎さんと小春の勝負を脇で見守っていると、気のせいか、誰かに肩を叩かれたような気がした。振り返ってみると、人差し指を口の前で立てている神様がいた。

 

「あ、ナミちゃ・・・じゃなかった、神様じゃないですか。一体どうしたんです?」ヒショヒショ

 

ちなみに神様の呼び方なんですけど、神の威厳を保つために、流石にその呼び方は・・・と本当に困った顔で言われてしまったので、私と圭太郎さんはしぶしぶ、もとの呼び方に戻しました。

 

〈いえ、ちょっと気になったものですから・・・もう勝負はついてるではありませんか〉

 

「え?」

 

〈この勝負、もう圭太郎さんの勝ちですよ。仇を取ってもらえて良かったですね〉

 

「何で分かるんですか?」

 

〈見て下さい、ほら。もう小春さんが置けるマスがほとんど無いでしょう?〉

 

「あ、本当だ・・・」

 

〈案の定、前半で取りすぎてしまったんですねぇ〉

 

凄い、神様は本当に何でも知っているんだ。

 

〈と、そんな事よりもほら、圭太郎さんの顔〉

 

「圭太郎さんの顔・・・? ん? 下唇を噛んでいる・・・?」

 

〈そうそう。あれは、彼が集中している時の『癖』なんです〉

 

「へぇ~、知らなかったです・・・って、なんで神様がそんな事をしっ〈そろそろ勝負が終わりそうなので、私はここらで帰りますね〉あ、ちょっと! 行っちゃった・・・」

 

神様が透明になって見えなくなったちょうどその時、テーブルから声が聞こえてきた。

 

「ぬお~~~! 何故だ~~~!!」

 

「す、凄い・・・52対12なんて・・・」

 

「ねぇ、今どんな気持ち? 前半勝ってていけると思ったら後半にどんでん返しされるってどんな気持ち?」

 

俺の戦い方はあくまでそういう戦い方があるっていうだけなので、毎回勝てる訳ではありません。「おい! 同じようにやったけど勝てないじゃん!」等と言われても、これらはあくまで個人の感想であり、実際の戦法の有用性を示すものではありません。加えて、一切責任は負いません。というか負えません。

 

「こ、此奴、調子に乗りおって・・・」プルプル

 

「ま、まぁまぁ、小春も頑張ってたよ?」

 

「うるさい! 慰めなど受けとうないわ! もう一回だ!!」

 

「はいはい」

 

「返事は一回!」

 

 

 

 

 

 

「何故だ、何故勝てんのだ・・・そうか! よし、恵里! ここは共同戦線を張るぞ! 一緒に戦え!」

 

「えー・・・」

 

「露骨に嫌な顔をするな!!」

 

「OK、じゃあ二人で考えていいよ」

 

「次は負けんからな! な、恵里!」

 

「そうだね・・・私も圭太郎さんに勝ってみたいかな」

 

 

 

 

 

 

「分かったぞ! 妾達が白を使うから駄目なのだ! 今度は黒を使うぞ!」

 

「ち、ちょっと待って、疲れたから休憩しない? 何か甘い物でも・・・」

 

「何を言うか! そなたに勝たなければ夜も眠れんわ!!」

 

(え? 夜までやるってことなの? 流石にもう手加減して・・・)

 

「まさか、手加減をして終わらせよう、等と考えてはおらんよな・・・?」

 

(コイツ、心の中を直接・・・!?)※違います

 

「ほら立て恵里! 妾達の戦いはまだ始まったばかりだ!!」

 

「も、もう勘弁して・・・」

 

その日、一人の人間と一人のエルフの頭痛が治まらなかったそうな・・・

 

 

 

 

 

 

「結局、お昼抜きで6時半までぶっ通しとか、洒落にならねぇ・・・」

 

「すいません、もう無理です・・・」

 

「二人揃って軟弱者だな。この程度など正に日常茶飯事というやつだ」

 

「ーーー俺はとりあえず夕飯作っておくから、二人はリビングでくつろいでて」

 

「あ、圭太郎さん、私も手伝いますよ」

 

私が圭太郎さんに駆け寄ると、何故か私の耳元でコソコソと静かな声で話し始めた。

 

「エリー、今夜は2日目の夜だ。そろそろ小春の『心の闇』の正体を暴きたい。・・・任せても良いか?」

 

「! はい、任せてください!」

 

 

 

 

 

 

私は場所をベランダに移して、小春も一緒に来るように誘った。

 

「ねぇ小春」

 

「ん? 何だ?」

 

「小春って、どうしてこのせか・・・時代に来てみたいと思ったの?」

 

「それは昨日言ったであろう。あの生活に飽きたからだ」

 

「まぁ・・・今となっては、乳母子とは良い関係を築けていたと思うが」

 

確かにそう言っていた。小春な豪快な人だ。けど、本当に『飽きた』なんて理由だけで小春のような人がそのような時代から逃げ出す筈はない。

 

「小春って貴族の人だったんだよね、私が良く分かっていないからなんだけど、小春が不自由な生活をしているのが想像できないんだ・・・」

 

私の里には長老さんや集落の長はいたけど、特別扱いされる、小春の時代でいう『貴族』という人はいなかった。だから私には小春の生活の不便さが良く分からない。

 

「・・・そうか、まぁ、無理もないだろうな」

 

そう言った小春の横顔は少し悲しそうだった。まるで、本当にお互いを分かりあっていた友人に裏切られたような顔で・・・

 

「なら恵里よ。妾の昔話を聞いてはくれないか・・・?」

 

「小春の昔話?」

 

「そうだ。ずっと昔のこの国にいた、ある少女の話だ」

 

 

今夜の月は雲に隠れ、夜風はいつもよりも冷たい気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 告白

十二単などという重い着物を身につけることも、縁起の良い日にしか風呂に入らないことも、局に閉じ込められ屋敷の外には一歩も出られないことも・・・妾は平安貴族の生活に対し、疑念と不満を抱えていた。

 

平安の世では、自分の娘を天皇の妃にして自分は生まれてきた天皇の子供の祖父になり、その子が将来天皇になった時に天皇の補佐である摂政や関白になって政治を動かす、摂関政治が行われていた。

ーーー妾はこのやり方を忌み嫌っていた。娘や子供を自分の出世の為の【道具】としか見ていない。妾の知人も天皇の妃になって子供を産むと、父親の態度が一変したと言っていた。

そして妾もそんな道具の一つでしかなかったと知ったのは、妾が十二の時だった・・・

 

 

 

 

 

 

「嫌だ! 何故妾が好いてもいない者と結ばれないといけないのだ!!」

 

父上との会話の途中で、勢いよく局の扉を開き中へ駆け込む。だが、すぐに父上が後を追って来た。

 

「それに、姉様は姉様が想いを寄せる他の男と結ばれているではないか!!」

 

「いいか小春、これは決定事項だ。長女の春子が他の男と関係を持ち、行為に及んだ以上、処女ではない『傷物(きずもの)』を差し出すわけにはいかない」

 

「傷物・・・だと・・・?」

 

「橘家の長女とはいえ、既に他の男と関係を持った女を天皇の本妻に推すなど言語道断。橘氏の名に深い傷をつけることになる」

 

まるで姉を物の様に言う父上。だが、これだけではなかった。

 

「だから、次女であるお前が今の天皇の本妻になるのだ」

 

「だからと言って! 何故嫁がないといけないんだ! 妾が嫁ぐ必要が本当にあるのか!?」

 

自分でも驚くくらいの剣幕で父上に反論するが、父上はそれ以上だった。

 

「口を慎め!!」

 

「ッ!」

 

「これはお前だけの問題ではない。当家の名誉と存続に関わる問題だ! 『たかが』一人の娘の戯れ言で、由緒ある橘の名を汚すような事は断じて許さん!!」

 

「『たかが』・・・? 父上は妾達姉妹の事をどう思っておるのだ!? 妾達は父上の人形ではない!!」

 

「は、何を言うかと思えばそのような戯言を・・・お前達は俺の人形に決まっているだろう」

 

「な、何だと・・・?」

 

「お前達は雛人形と一緒だ。ただ、持ち手の意思に沿って持ち手の望む場所に座ってさえいれば良い」

 

絶句した。なんて、なんて男だ・・・この男は人間か? いや、物の怪よりも下劣な畜生か・・・? 人を、自分の娘を本当に『人形』としか見ていないのか・・・? 目の前の『コレ』は・・・

 

「話は終わりだ」

 

妾が黙ったのを見て踵を返す父上。

 

「だ、だが!」

 

しかし、呼び止めて振り返った父上は、妾を睨んでいた。

 

「これが最後だ。下がれ」

 

「ッ! 失礼・・・しました・・・」

 

襖が閉まると、妾は泣き崩れた。自分の無力さよりも、どうしようもない理不尽を押し付けられるこの生活、自分の出生を恨んだ。

妾は基本神や仏は信じない。けど、この時だけは、神や仏のせいにでもしないと気がどうにかなってしまいそうだった。

どうか、お願いだから、妾を助けてくれ・・・

 

その後、妾の前に神と名乗る者が現れた・・・

 

 

 

 

 

 

「ま、といった感じだ」

 

なんて小春は軽い口調で言っているけど、目尻から涙がこぼれそうになっているのを私は見逃さない。

 

「・・・」

 

「どうした? あっけらかんとして」

 

「小春は・・・このままもとの時代に帰っても良いの・・・?」

 

「恵里よ。これは良いか悪いか、帰りたいか帰りたくないか、という話ではない。『帰らなければならない』のだ」

 

「それは、そうだけど・・・」

 

「仕方がないのだ。確かに妾は自らの出生を恨んだ。ーーー今でこそ、その時代を、だが」

 

「それにな、妾は当時、それを恨んだところでどうにもならないのを知っていた」

 

小春は諦めているの? 自分がこれから進むであろう辛い日常から、逃げたいとは思わないの? 心の中ではそう思っているが、どうにも口に出す事が出来ない。ーーー怖くて・・・聞けない。また『帰る』と言われたくなくて。

 

「でも、小春の気持ちを『しょうがない』で大切にしないのは間違ってると思う」

 

「ははは、ありがとう、恵里。そう言ってもらえると助かる」

 

「やめてよ! 私はそんな、乾いた作り笑いなんて見たくない!!」

 

「恵里・・・」

 

「逃げてもいいじゃん! 誤魔化してもいいじゃん! 嫌な事から逃げるのは間違ってるの!?」

 

「恵里よ、少し落ち着け。恵里が妾の為にそれ程熱くなってくれるのは嬉しいが・・・」

 

「あ、ご、ごめん・・・」

 

「やはり、守らなければならないものは守らなければならない。規則はものを守る為にある、それは分かってくれ」

 

「・・・」

 

どうしよう、このままじゃ本当に小春が元の世界に帰っちゃう・・・それだけは何としても・・・!! 

ーーーでも、どうやって? 私の時はもう頼れる身内もいなくなってしまったからだけど、小春には帰る場所がある。帰りたくなくても、帰らなければならない場所が・・・

 

自分の頭の中で同じことを何度も反復した。小春の理不尽をなんとかする方法を・・・

 

そんな困窮の中で、引っかかるものがあった。『理不尽』という言葉に、小春の話と重なって何か大きな意味を感じられた。

 

ーーーもしかして、小春の抱えてる心の闇は・・・

 

「ーーー小春、話を聞かせてくれてありがとう。そろそろ夕飯が出来上がる頃だと思うから、これくらいにしよう」

 

「? そうか、恵里がそう言うならそうしようか」

 

 

 

 

 

 

昨日と同じように夕食を済ませた俺達はしばらくリビングでくつろいでいる。

俺と小春が家で作ったきゅうりの浅漬けを食べていると、エリーが俺に向かってチョイチョイと手招きしている。何か話でもあるのだろうか? とりあえず、小春にきゅうりを全部食べないように言ってからエリーの元へと行く。

 

「どうしたのさ、エリー」

 

「あのですね、私、分かったかもしれないんです、小春の抱えている心の闇が」

 

「! そうか、少し場所を移そう」

 

 

 

 

 

 

「・・・と、こんな事があったそうなんです」

 

エリーから、先程話していたというベランダでの会話の内容を10分程で教えられた。

 

「そっか、そんな事が・・・」

 

「小春は『しょうがない』って言っていたんですけど、やっぱり帰りたくないんだと思います。だって、自分の話をしている時に辛い生活を思い出して涙ぐんでいたんですもん。ホームシックになってたという考え方もあるかもしれませんが、それは絶対に違います。信じてください」

 

「エリーがそこまで言うのなら疑う余地は無いな。続けてくれ」

 

「小春は絶望しながら毎日生活していたんです。そしてこの世界に来てからは『帰りたくないけど帰らなければならない』というジレンマに陥っているんだと思います。この時代に来たことで自分の望んでいた生活を知って、いっそう帰りたくないんでしょうね」

 

「成程。どうしようもないと悟ってしまった事での『絶望』と、『ジレンマ』が小春の心の闇だったのか」

 

理不尽を黙って受け入れるのが動物の運命だって言う人もいるけど、俺はそう思わない。どうしようもない状況で走って、叫んで、足掻いて、そうやって醜く何かにすがる。それが人間の素直な生き方だと、俺は思う。

 

「それで、エリーはどうしたいの?」

 

「ーーー小春を・・・元の時代に返したくないです」

 

「でも、神様に言われた事を覚えているだろう? 転生者は基本、この世界に3日しかいられないって」

 

そう。偶々かどうかは分からないけど、エリーの時はもう帰る場所も無くて、そのまま元の世界に返しても生きていくことが出来ないと、神様が判断した結果だった。単に、俺の仕事を手伝うという理由だけでこの世界に留まることは難しいそうだ。なんでも神様曰く、他の神様から白い目で見られるんだと。

 

「分かってるんです。それがルール違反なのも、どうしようもない事も、規則を守らなきゃいけないってことも・・・小春も、規則は守らなきゃいけないって言っていました」

 

「ま、その通りだね。けど、聞いてくれエリー」

 

俺は腰を屈めて顔をエリーの顔の高さに合わせる。

 

「確かに、ルールや規則は色々な物を守るためにある。それを破った人は悪い人だと言われる。・・・けど、時にはルールや規則より守らなきゃいけないものがあるんだ。ーーー例えば、『友達』とかね」

 

「圭太郎さん・・・!」

 

「さぁ、いよいよ大詰めだ。エリーは小春に『本当の思い』を聞いて、本人に口で言わせるんだ」

 

「はい! やってみます!」

 

さ、正念場だな。今はエリーが上手くやってくれるのを待とう。

 

 

 

 

 

 

「おぉ、帰ってきたか。遅かったではないか、何をしていたのだ?」

 

「ちょっとね。・・・小春、さっきの話の続きなんだけど」

 

「何だ、妾にはもう話す事など無い。妾は元の時代へ帰らなければならないと言ったであろう」

 

さっきの話を出したせいか、少し小春の表情が曇る。

 

「ううん、まだあるよ。小春の『本心』を聞いてない」

 

「ーーー何だと?」

 

「帰りたくないけど帰らなきゃいけないとか、そういうのじゃなくて小春がどうしたいかをまだ聞いてないよ」

 

「それを聞いてどうにかなるのか?」

 

「言ったでしょ? 私と圭太郎さんは小春を助けるって」

 

「それだ、そなた等は妾の事を助ける助けると言っているが、一体何から妾を助けるというのだ?」

 

と、嘲笑混じりで言ってくる。だけど、こっちも引けない。

 

「ーーー小春を苦しめる『理不尽』から」

 

「ははは! どうしようもないから『理不尽』だというのに、それを何とか出来るとでもいうのか!!」

 

「出来る! 圭太郎さんなら・・・あの人なら出来る!!」

 

「あやつか・・・本人曰く、ただの一般人だそうだがーーーあやつに何が出来るというのだ」

 

「ーーー耳で聞くよりも、目で見た方が早いよね」

 

そう言って、私は気を緩める。

 

「な・・・その耳は・・・!!」

 

「今まで騙してごめん、小春。私、『人間じゃないんだ』」

 

 

 

 

 

 

私は小春に全てを打ち明けた。私もこの世界に転生してきたこと、どうしてこの世界で暮らすことになったか、私の本名も含めて全てを話した。

 

「そして、そんな私を助けてくれたのが圭太郎さんと神様だった」

 

「先程から驚きの連続だな、まだ頭の中の整理がつかぬわ」

 

「確かに圭太郎さんはただの一般人かもしれないけど、私たちの為に本気になってくれるし、絶対に何とかしてくれる。そう信じてる」

 

「・・・」

 

「どうなの? 小春の心を聞かせてほしいな」

 

「それは・・・」

 

「ねぇ、正直に聞かせて? どうしようもないからって、あきらめないで?」

 

「小春が気持ちを押し込めてつらくなってると、私もつらいの」

 

そしてーーー私が圭太郎さんに助けられたように、小春を『それ』から助けてあげたいから。

 

「妾は・・・帰りたくない。例え神との約束を破っても、この時代で『圭太郎』と『エリー』と一緒に過ごしたい・・・!」

 

「小春・・・!」

 

私は喋りながら泣き崩れそうになっていた小春を堪らず抱きしめた。

 

「しかし、どうやって神に話をつけるのだ・・・? まさか、もとの時代に帰りたくないからこのままで、等と言えん・・・」

 

「大丈夫。それなら、圭太郎さんが・・・」

 

 

 

 

 

 

「つー訳で、小春をこの世界に留めておきたいんだ」

 

〈ーーー随分と簡単そうに言いますね。3日間の内は元の世界では何の進展もないとはいえ、そんな事をしてしまっては歴史が変わってしまいます〉

 

「けど、歴史を変えてでもターゲットの心の闇を取り払わなければいけない。ーーー違う? じゃなかったら、そんなのとっくにそのクロノスっていう神様が解決してるはずだからな」

 

〈まぁ、それはそうですが・・・〉

 

「小春の心の闇を取り払うには、小春がこの世界に留まることがどうしても必要なんだ! この通りだ!!」

 

そう言って頭を下げる。いつぶりだろうか、神様に頭を下げるのは。

 

〈ーーー確かに、それはもっともですね。ですが・・・もっと、小春さんをこの世界に留めておける要素が必要です〉

 

「なんだ、そんなの簡単じゃないか」

 

〈はい・・・?〉

 

「人様の家の娘さんを貰うんだ。なら、やる事は決まってるだろう?」

 

〈貴方まさか・・・! いえ、そんなの無茶苦茶です!〉

 

「そうさ、俺は無茶苦茶なんだよ」

 

そう、娘さんを引き取るんだから、ちゃ~んと『ご挨拶』しないとね。

 

少年の顔は清々しい程に、ニヒルに笑っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 背中を押す

小春が泣き止み始めたちょうどその頃、タイミングを見計らったように圭太郎さんがひょこっと出てきてくれた。「ちょっと神様と話をつけてくる」って言ったきり全然戻ってこないんだもん、心配しちゃった・・・

 

「えー、オホン・・・良いところで悪いんだけど、二人共注目」

 

小春も圭太郎さんの存在に気付いたようで、慌てて目をゴシゴシ擦っている。

 

「お、おぉ、そなたであったか! して、何やら神と話をしていたようだが、どのような?」

 

圭太郎さんに、自分が泣いていたのを気付かれたくなくて注意を逸らそうとする小春。けど残念。目が真っ赤になってるよ。圭太郎さんもそれを察して苦笑している。

 

「小春のこれからについて話していたんだ」

 

「それで・・・神様は何と・・・?」

 

私も話の続きを聞くのを我慢できなくて圭太郎さんに聞く。

 

「いや、神様は何と、っていうか、俺がどうしたいかを話した」

 

「圭太郎さんが・・・?」

 

「何だ、そなたはどうするんだ?」

 

「率直に言うと・・・」

 

「言うと・・・?」

 

「~~~ッ! あぁもうじれったい! さっさと言わんか!」

 

「小春をこの家で引き取る」

 

 

 

 

 

 

 

今の私の気持ちは、嬉しさ半分驚き半分、といったところ。確かにそうしてくれるのは嬉しいのだけれど、果たして本当にそれができるのか分からず、『出来る』という予想に確信を持てない。

だから、圭太郎さんのその答えが嬉しくて、それに驚かされた。

 

「さっき、神様に無理を言って何とか話をつけた」

 

「は、話をつけたって・・・そんな事、神様と話をしただけで何とかなるんですか?」

 

「いや、ならない」

 

「そら見ろ! ならないではないか!」

 

「そこでだ。人様の家の娘さんを貰うんだから、やらなきゃいけない事があるだろう?」

 

「やらなきゃいけない事、ですか・・・?」

 

「・・・! ま、まさかそなた・・・」

 

 

 

 

「そう、小春のお父さんに挨拶をしに行く」

 

 

 

ーーーあれ? 何で二人して固まってるの? おーい、口が空いてるぞー

 

「・・・」プルプル

 

ていうか小春に関しては震えてるし。あ、ベランダだから寒いのかな?

 

・・・ってちょっと待った、何か小春さんに睨まれてるんですけど。そうだ、助けてエリー・・・さんは何故か倒れて「ハ、ハハハ・・・」なんて泣きながら壊れた機械のようにずっと笑ってるし・・・

 

「こんの・・・大馬鹿者が~~~!!」

 

瞬間、それまで睨みをきかせていた少女から拳が飛んでくる。これまで以上の「え? 何で?」という思考が働く前に、彼女の鉄拳は俺の顔面ド真ん中を的確に捉えていた・・・

 

 

 

 

 

 

〈いやいや、いきなりこの圭太郎(バカ)が訳の分からない事を言ってすみません〉

 

私達だけでは話の内容を良く理解することが出来なかったので急遽、神様に出てきてもらいました。

 

「あの~、圭太郎さんはさっき、小春のお父さんに挨拶をしに行くとか言ってましたけど、どういう事なんですか? 私、あまりにもぶっ飛び過ぎてて訳も無く倒れて泣いてたんですけど」

 

「妾も思わず拳を振るってしまったわ」

 

〈成程。それで圭太郎さんは梅干しのような顔をしているのですね〉

 

「スンマセン、自分じゃ分からないけどきっと的確であろうその例えをするのはやめて下さい」メリコミ

 

「ホント、分かり易い例えですよねぇ。面白いのでしばらくこのままにしておきましょう」

 

〈えぇ、賛成です〉

 

「そうだな。罰だと思い、謹んで過ごせ」

 

「・・・あのね、俺も漫画とかアニメでしか見たことなかったからなんだけど、この状態って『口』と『鼻』という人間が呼吸をする上で欠かせない器官が完全に潰れてるんですけど・・・」メリコミ

 

〈では聞きますが、何故貴方は今言葉が話せているのです?〉

 

「・・・そういえば何でだろ。つーかそんな生命の神秘どうでもいいから早く戻して!」メリコミ

 

〈それでですね、先程の圭太郎さんの発言を分かり易くまとめると、『小春さんをこの世界に留めておきたいから、娘さんを勝手に連れてくのも後味悪いからせめてお父さんに挨拶させて』だそうです〉

 

「・・・なんか、分かり易く言い換えられると尚更頭が痛くなってきます・・・」

 

「まぁ、そうしてくれるのは嬉しいが、何故そんな突拍子もない事を言うんだあやつは」

 

〈そういう人だと思って下さい〉

 

 

 

 

 

 

〈私も最初はそのような事は許可できないと言ったんですけど、あれ程真剣に頭を下げられては・・・〉

 

「何でそんな事をしようと思ったんですか?」

 

「このまま小春を元の時代に帰しても、それじゃあ意味無いじゃん? 小春があんなになって「帰りたくない」って言うくらいなんだから、俺もそれ相応の事をしないと気が済まないんだ」←勝手に治った

 

「み、見ておったのか!?」

 

「ちょっとだけ」

 

「~~~ッ!」バッ

 

「タ、タンマタンマ! その拳を下げて! また梅干しになんてなりたくない!! いつまでギャグ補正がかかるか分かんないんだから!!」

 

「ま、まぁまぁ、圭太郎さんも私達の話を聞かないと決心がつかなかったんだから。ね?」

 

「・・・ふん、許そう」

 

「それで、圭太郎さんはどうやって小春のお父さんに挨拶するんですか?」

 

「あー、それはね、俺の口からでは上手く説明出来ないからそこんとこ神様よろしく」

 

〈私も随分とぞんざいに扱われるようになったもんです・・・まぁ良いでしょう。

圭太郎さんの肉体を直接飛ばしてから何かがあってはいけないので、圭太郎さんの思念体だけを小春さんのお父さんの夢の中に飛ばします。丁度私が皆さんの夢枕に立つのと同じようにです〉

 

「だが、そなたは妾の父を説得させられるのか? ただの平民が名家の当主に刃向っても、気圧されるとしか思えんのだが・・・」

 

「なぁに、心配すんな」

 

「圭太郎さんはああ言ってますけど、本当に大丈夫なんですか?」

 

〈それは、エイブリーさんが先程自分で言った言葉で、十分答えになっていると思います〉

 

「ハ、ハハハ・・・」

 

 

 

 

 

 

〈では確認をしますが、私が圭太郎さんの思念体を小春さんのお父さんの夢枕に立たせる。これで良いのですね?〉

 

「はい、お願いします」

 

「圭太郎よ、どうかよろしく頼む。妾の事なのにそなたに迷惑を掛けてしまってすまんな。それと、一緒にするようで悪いが先の暴力もすまなかった」

 

「いや、良いんだよ。これからもじゃんじゃん迷惑を掛けてくれ」

 

「言質は取ったぞ? 故意に迷惑は掛けたくないが、これからも頼らせてもらうぞ」

 

「私からもお願いします、圭太郎さん。どうか、小春のお父さんを説得して下さい・・・」

 

「分かってるよ。・・・ていうか、そんな泣きそうになりながら言われるとなんかこっちが悪い人みたいなんだけど・・・」

 

〈それではよろしいですか? 最後に、貴方の思念体を飛ばせるのは精々数時間程度です。それを過ぎてしまうとこの世界に帰って来られなくなってしまいます。小春さんの心の闇を払う為の唯一の手段という事で私も着いて行きますが、基本的に貴方の力だけで何とかしてもらいます〉

 

「あぁ、肝に銘じておくよ」

 

圭太郎さんがそう言うと神様はその手を圭太郎さんの額に伸ばし、人差し指をおでこに向けます。

 

〈では、行ってきますね。先に圭太郎さんを飛ばします〉

 

すると何故か神様は伸ばした人差し指を曲げて・・・

 

〈少々痛いですが、我慢して下さい〉ニコッ

 

スパァン! とスリッパで叩いたような快音を響かせながら『デコピン』をした。

すると、圭太郎さんの頭から何やら白い靄のような物が出てきて、そのままその靄はいつの間にか出来ていた黒い穴に吸い込まれていった。

 

「ーーー今のはさぞかし痛かっただろうな」

 

「私もあんなデコピン初めて見たよ。・・・ていうかデコピンってレベルしゃないよね、あれ」

 

〈んー・・・思念体を叩き出す為とはいえ、やり過ぎましたかねぇ。久しぶりにやったのもので・・・あ、これから私も圭太郎さんの後を着いて行きますが、言っておく事があります〉

 

「何でしょうか?」

 

〈一つは、抜け殻になったコレ(圭太郎)を安静な場所に移す事。もう一つはですね・・・〉

 

「もう一つとは何だ・・・?」

 

〈私は先程圭太郎さんに、小春さんのお父さんに何と言うのですか? と聞いたのですが、圭太郎さんは何と言っていたと思います?〉

 

「ん〜〜〜分からないです・・・」

 

「妾も興味があるぞ。して、彼奴は何と?」

 

〈「お父さん、娘さんを僕に下さい」だそうです〉

 

「「!?」」ブフォ

 

〈あの人も『そういう』つもりで言ったのではないとは思いますが、如何せん、発言が発言でしたからそれは絶対に言わないように言っておきました〉

 

「あ、あああ当たり前だまえだ! 娘さんを下さいなどとそんな、そんな事!」

 

〈落ち着いて下さい。パニックのあまり、懐かしい人達の名前になっています〉

 

〈ーーーという事で、後はよろしくお願いします〉

 

私達のパニックが治る頃にはもう既に神様の姿は無く、ただ倒れておでこを真っ赤にした圭太郎さんの体があっただけだった。

 

「ーーーふっ」

 

「小春・・・?」

 

「あ、いや、な。何だかこの時代に来てからというもの、こやつに振り回されてばかりだと思ってな」

 

「まぁ、私も同じだったから分かるよ、その気持ち。ホント、頼りになるんだかならないんだか・・・」

 

「今この時にそれを言われると不安になってしまうのだが・・・」

 

「でも・・・圭太郎さんは、やる時はやってくれる人だよ」

 

(でも逆に言えば、やらない時は全然やらないけどね・・・っていうのは言わないでおこう)

 

「そうか。では妾達はこやつを部屋まで運ぼうか」

 

小春はそう言いながら圭太郎さんの両足を持つ。私は圭太郎さんの両脇に腕を回して小春の合図を待つ。

 

「ではいくぞ。・・・せ~のっ! いち「え!? ちょっとま」ズドン お、おい! 何をしているのだエリー!? エリーが手を離せばこやつが頭を打ってしまうではないか!」

 

「だ、だって! 普通掛け声をする時は『せーのっ!』でしょ! 何で『せーのっ!』の後に『いち、に、さんっ!』って付けるの!?」

 

「う、うるさい! これが妾のやり方だ! 文句を言わず、妾に合わせろ!」

 

 

 

 

 

 

(っつ~~~、何でデコピンする必要があったんだ・・・)

 

〈そう言われましても、ああするしか方法が無かったんですよ〉

 

(何かもっとこう、頭に手をかざすと意識が遠のいて・・・みたいなのだと思ってた俺が馬鹿だった・・・)

 

未だにヒリヒリするし・・・

 

〈まぁまぁ、小春さんの怒りの鉄拳よりはマシだったでしょう?〉

 

(そう言われるとそんな気もするけど、『五十歩百歩』って言葉知ってますか?)

 

〈はいはい、前もって言わなくてすみませんでした。けれど、前もって言っていたら貴方は必ず嫌がっていたでしょう?〉

 

(当たり前だ! 「これからデコピンするよ~」って予告されて身構えない人なんていないだろ! あ、特殊な性癖の人はどうだか分かんないけど・・・)

 

と、神様とこんな会話を交わしながら良く分からない空間の中を飛んでいる・・・様な気がする。何故か、自分の体を見る事が出来ないのだ。確かに自分には手がある筈で、自分でもそれを認識する事も出来るのにそれが目に見えない。これ以上考えても無駄だと思ったので、俺はその事について考えるのをやめた。

 

〈それにしても、今回も随分とぶっ飛んだ事をしましたね。未来の自分を呼んだかと思えば、次は平安時代の貴族の当主の夢枕に立つ、ですか〉

 

(それ、皮肉で言ってるんですか? 第一、エリーの時は俺にも秘密で呼んだんじゃないですか)

 

〈そうでしたっけ?〉

 

(誤魔化された・・・)

 

 

 

 

 

 

〈さて、向こうに着くにはもう少し時間が掛かるので、何かお話でもしましょうか。最近、貴方とゆっくり会話する時間がありませんでしたもの〉

 

そう言われてみればそうだ。小春がやってきてからしばらく神様の顔をみてなかったもんなぁ・・・って、小春が悪いっていう意味じゃないからね?

 

(神様が鼻☆塩☆塩・・・じゃなくて、話をしようだなんて珍しいですね)

 

〈そうですね。あれは確か36万・・・ハッ などと、誘導しようとしても無駄ですよ〉

 

(半分引っかかってるじゃないですか)

 

〈フッ、わざと乗ってあげたんですよ〉エッヘン

 

(ドヤ顔で言ってるところ申し訳ないですけど、絶対嘘ですよね?)

 

〈何を言いますか、神様は嘘などつきません〉

 

(どの口が言う・・・)

 

〈とにもかくにも、神というのは神秘のベールに包まれているのです〉

 

(はいはい、当人の焦りが見え見えになるスッケスケのベールですね分かります)

 

〈クッ、馬鹿にして・・・! 子持ちのお父さんに見えるくらい老けている人に言われたくありません!!〉

 

(今それ関係無くね!? ていうか気にしてんだから言うなよ!!)

 

~~~「けーちゃんってさ、眼鏡かけて作業着着て髭伸ばして低い声で「18番下さい」とか言えば、絶対タバコ買えるよね」「そうそう! でさ、徐(おもむろ)に近くに新聞の日経平均株価とかあったら完璧だね」「余計なお世話だ!!」~~~

 

なんて、やしもとデーブに口を揃えて言われた事はあったけど・・・

 

(でも、若い頃に老けてた人って、年を取ると周りより若く見えるらしいですよ?)

 

〈ぐぬぬ・・・〉

 

そんな事を言っている間に、このわけの分からない空間の先に光が見え始めた。

 

〈ーーーと、そろそろですね。さて、覚悟・・・心の準備は出来ていますか?〉

 

(愚問ですね。大丈夫、問題ありません)

 

さてさて、相手は平安貴族の当主ときたもんだ。怖気ず、挫けず、省みず。

 

ーーーさぁ、行こうか。娘さんを貰いに。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 笑ふ

目の前の男はさも当然の様に、吐き捨てる様に俺に言ってきた。

 

「つー訳でお宅の娘さん貰うんで」

 

「・・・は?」

 

 

 

 

 

 

よく分からん空間の先に明るい光が見え、あれが終着点なのだろうと推測する。

 

〈では良いですか、先程も言ったように基本貴方だけで小春さんのお父さんを説得してもらいますが、万が一の事を考えて私も貴方の側にいます。勿論、小春さんのお父さんには見えないように〉

 

(度重なる説明ありがとうございます。・・・で、この先を抜ければもうその人の夢の中ですか?)

 

〈はい、その通りです。では・・・行きましょうか〉

 

神様がそう言い終わった頃には、視界が真っ白に染まっていた・・・

 

 

 

 

 

 

ふと、寝室の中で物音がしたような気がして目が覚めた。

今まで眠っていたというのに、やけに意識がはっきりして気味が悪い。

ゆっくりと上半身を起こして部屋を見渡そうとすると、目の下で人影を捉えた。突然の事で少し声が詰まったが、意識がはっきりしていたおかげもあってかその後はしっかりと声が出せた。

 

「何者だ!」

 

「ん? あぁ、俺? 俺はただの平民だよ」

 

「ぶ、無礼者め、すぐに捕らえて・・・」

 

「無駄無駄。ここ、アンタの夢の中だから」

 

「何? 夢の中・・・?」

 

「そうそう。訳あって、俺がアンタの夢枕に立たせて貰ってる、ってー訳よ」

 

一体何なんだこいつは、いきなり現れたかと思えば「ここは夢の中だ」なんて戯言を飄々とほざきおって・・・

 

「あれ? まだ信用してない感じ? じゃあさ、何でいつも部屋の戸の前で座らせている筈の人達が入って来ないんだろうね?」

 

「何だと・・・?」

 

言われてみれば確かにそうだ。俺はそれなりに大きな声を出したのに、夜の見張り番が一向に入ってくる気配が無い。

 

「んだから言ってんじゃん。ここはアンタの夢の中で、俺がそこに入って来たって」

 

「正体を表せ。他人の夢枕に意図的に立つなど、呪い師(まじないし)でも出来ないであろう。お前は妖か物の怪か?」

 

「はぁー、これだから昔の日本人は・・・自分の感覚では計れない物事に直面した時に決まってやれ妖怪だやれ神だ仏だなんて騒いで・・・みっともないったらありゃしない」

 

「貴様・・・この俺を誰だと心得る!」

 

「知ってるよ? 橘氏の今の当主さんでしょ?」

 

「分かっていてそのような言動を取るとは、貴様は阿呆の塊か」

 

「あーはいはい。今はとりあえず、俺の話を聞いてくれませんかね」

 

本当に何者だこやつは・・・? この俺の存在をまるで恐れていない。一個人としての俺の事を恐れていないというよりは、貴族などの上流の身分の人間に全く恐怖していない、といった所か。しかしこやつは先程、自分の事を「ただの平民」と言った。もしそれが本当なら、何故そのような身分の人間がこのような態度を取れる・・・?

 

「もしもーし、俺の言った事聞いてた?」

 

「はっ、俺にはお前の様な輩と話す事など何も無いわ」

 

「ふーん、じゃあ、それがアンタの娘の小春に関係する事だって言っても、同じセリフが言える?」

 

「何・・・?」

 

「おっ、聞く気になってくれたみたいだ。実は最近、お宅の娘さんが家に遊びに来てたんだ」

 

「お前は何を馬鹿な事を言っている? 小春なら今、歌集の写しを終えて自身の局で眠っている筈だ」

 

「まぁ、話すと面倒くさいから、そういう事があったって思ってくれれば結構。で、小春は家に約3日間泊まったんだけど、帰る日になったら小春は「帰りたくない」って言うんだ」

 

「・・・あれが、か?」

 

「あぁ言ったとも。信じるか信じないかはアンタ次第だけど確かに小春は、泣きながらそう言っていた」

 

「ふん、そのような戯言、誰が信じる?」

 

「って思うじゃん? だから今からアンタに見せてやるよ」

 

(ここで神様、例のヤツお願いします)

 

〈了解です〉

 

こやつが少し黙ると、何故だか急に酷い眠気に襲われた。もう目を開いている事が出来なくなり、ついにはその場に倒れて眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

これは・・・何だ? 見たことも無いような家の中にさっきの奴と見たことが無い小娘と・・・小春が一緒にいるではないか。風呂に入ったり、食事をしたり、囲碁の様な物を使って遊んだり・・・

あやつの言っていた通り、本当に小春が・・・?

 

 

 

 

 

 

という感じで今小春のお父さんには、小春が俺の家に来てからの生活を走馬灯の様に見てもらっている。・・・神様の力を借りて。

言われても絶対に信じられないだろうから、実際にあった事を見て貰えば話は早い。

さて、そろそろ全部見終わって目を覚ます頃かな・・・?

 

(それじゃあ神様、ありがとうございました)

 

俺がそう言うと神様は無言でコクッと頷き、消えるように見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「お目覚めかな? アンタが今見たのは全て事実だ。あれを見てどう思った?」

 

・・・まだ頭が着いて来ていない。本当に、本当に小春がこやつと・・・?

 

「・・・随分と出来の良い幻覚を見せられるんだな」

 

「強がりもそこまでだ。アンタ、自分の額に汗をかいているのに気付いていないのか?」

 

そう言われて恐る恐る自分の額を腕で拭ってみると、手の甲にじっとりとした汗が付いていた。

何故だ? 何故俺は目の前のこの小童を「恐ろしい」と感じているんだ・・・?

 

「それじゃあ質問の仕方を変えよう。アンタが小春の笑顔を最後に見たのはいつだ?」

 

「あいつの笑顔・・・だと・・・?」

 

「あぁ、そうだ。早く答えてみろよ?・・・最も、覚えていればの話だけどな」

 

小春の・・・笑顔・・・

一週間前・・・一か月前・・・一年前・・・

文字の読み書きが出来るようになった頃・・・

初めて十二単を着せた頃・・・

初めて自分の名前を呼んだ頃・・・

初めて・・・小春を自分の腕に抱いた時・・・

 

何故だ。どこまで記憶を遡っても全く思い出せない。いや、よく思い出せ、きっと、きっとどこか、いつかの日に小春は俺に対して・・・

 

「はい、時間切れー。答え知りたい?」

 

「何だと? お前は知っているというのか・・・?」

 

「勿論。さぁさぁ、知りたいの? 知りたくないの?」

 

「・・・教えろ」

 

「よし、じゃあ教えようじゃないか。正解は・・・」

 

この瞬間。飄々としたこいつの雰囲気がまるっきり変わった。まるで、穏やかな夏の空が夕立に染まるように・・・

 

「無い」

 

「・・・何が無いというのだ」

 

「小春が、アンタに対して笑顔を見せた事だよ」

 

「・・・は?」

 

「同じ事は二度も言わない。まぁ、さっきのアンタへの質問への答えは『答えられない』が正解ってわけだな」

 

「ま、またしても戯言を! 娘が父親に対して一度も笑った事が無いなど、そのような馬鹿げた事があってたまるか!!」

 

「それがあるんだよ。俺も最初に知った時は驚いたさ。けどな、よくよく理由を考えてみれば当然の事だったよ」

 

「理由? ならば言ってみろ! 俺が納得出来るだけの理由を!!」

 

ーーーアンタが小春のことを人形だと思っているなら、分からないだろうさ。

 

 

「そんなの簡単じゃん。『持ち主に対して笑いかける人形』がこの平安のどこにある?」

 

 

・・・絶句。何も言えなかった。何も言い返せなかった。的を射過ぎていて、文句のつけようがなかった。

 

「アンタ、小春に対して『お前は俺の人形だ』って言ったらしいな? 世間一般に考えて、そんな事を言う父親に対してその娘が微笑みかける事が出来る思うか? 出来るわけねぇだろ。もしアンタがそう思っていたとしたのなら、アンタこそ本当の大馬鹿者だ」

 

自身の事を『大馬鹿者』と罵られたのに、何も言い返せない。

 

「大体、いつも小春を局の中に押し込めて碌に顔も見ないくせして、よくも『娘が父親に対して一度も笑った事が無いなど、そのような馬鹿げた事があってたまるか!!』なんて言えるな。ちゃんちゃら可笑しくてへそで茶を沸かすわ」

 

「・・・」

 

「よし、そんじゃあこっから本題ね」

 

「・・・何だ、まだあるのか。結局、お前は俺をどうしたい。橘家の当主から引きずり降ろしたいか。脅して金を取るのか。俺を殺すのか・・・?」

 

「いやいや、そんな事はしないよ。誘拐犯じゃないんだから。ただ一つ、お願いっていうか・・・報告? があるだけ」

 

「・・・言ってみろ」

 

「さっきの話・・・小春がこのまま俺の家に居たいって言ってたって、俺がアンタに言ったじゃん? 小春がそう言う理由は分かってもらえた?」

 

「・・・」

 

「つー訳でお宅の娘さん貰うんで」

 

「・・・は?」

 

 

 

 

 

 

「こ、断る! 小春は天皇の正妻になる女だ! たかが庶民の家になど嫁がせて堪るか!!」

 

「誤解しなさんなって。別に小春を俺のお嫁さんにしたいってわけじゃないよ。ただ、その身をこっちの家で引き取るってだけの話」

 

「それが駄目だと言っている! もう縁談の日取りまで済ませている!!」

 

「それがどうした。・・・ハァ。あのさぁ、ついさっき俺に論破されたっていうのにまだそんな事言ってるの?」

 

「た、頼む! 橘の未来がかかっているんだ!」

 

「二言目には橘、橘って・・・そんなに自分の御家が大切?」

 

「当たり前だ!」

 

「そうか、なら話は早いな。アンタが自分の御家を大切にするくらい、俺も小春が大切なんだ。アンタは御家と自分の娘、どっちが大切なんだ?」

 

「それは・・・」

 

「ほら、迷ってる時点でもう駄目だね。・・・もうアンタと話す事は何も無い」

 

「ま、待ってくれ! たちばn「黙れ」ッ!」

 

「せめて、名前くらいは残しておこう。『生明 圭太郎』。アンタに代わって、小春を幸せにする男の名だ」

 

こやつはそう言い残して、煙のように消えていった。

 

ドタバタと、たくさんの人間が走り回る音で目を覚ます。日差しが部屋の中を明るく照らしており、もう日が昇ったのだと分かった。

どこからか、「小春様はどこだ!?」「あっちへ行ったのか!?」「いえ、朝、様子を見に行った時にはもう既に・・・!」といった声も聞こえてくる。

 

ーーーそうか、行ったか。

 

「小春・・・・・・すまなかった」

 

 

 

 

 

 

 

〈あれでは、挨拶というよりも脅迫に近かったですね〉

 

(別に脅迫なんかしてませんよ? あれは俺の中で決定事項だったんです。・・・それと、あらかじめ練っておいたあの作戦、上手くやってくれてありがとうございました)

 

〈小春さんの生活の様子を見せた事ですか? あれ位、どうってことありませんよ。・・・それにしても〉

 

(はい?)

 

〈『小春を幸せにする男の名だ』なんてあんなクサいセリフ、よく言えましたね〉

 

(・・・あの~神様? 神様の力で、その発言を無かったことに出来ませんか? 今さらになってすっごい恥ずかしくなってきたんですけど)

 

〈出来ない事も無いですが、面倒くさいしそのままにしておいた方が面白そうなので却下します〉

 

(こ、この駄神め・・・)プルプル

 

 

 

 

 

 

ここは・・・俺の部屋のベッド? そうか、無事に戻って来れたか・・・って、何か頭痛いんですけど。

 

「・・・あっ! 圭太郎が目を覚ましたぞ、エリー!」

 

「! ほ、本当ですか!?」

 

あぁ、何だかやけに久しぶりに感じるな。

ベッドに横になった体勢のまま目を横に移すと、神様の存在も確認出来た。

 

「大丈夫か圭太郎!? ずっと起きないから心配していたんだぞ!」

 

「・・・あぁ、ありがとう小春。小春のお父さんとちゃんと話をつけてきたよ」

 

「一人で起き上がれますか!?」

 

「エリーもありがとう。もう大丈夫だ。強いて言えば・・・『後頭部が痛い』事かな」

 

「「!?」」ギクッ

 

「んー・・・普通、デコピンされたらおでこが痛いはずなんどけどなぁー・・・」

 

「そ、それはきっとあれですよ! 他人の夢の中に入り込むんですから、頭が疲れているんですよ!」アセアセ

 

「そ、そうそう! きっとエリーの言う通りだ!」アセアセ

 

「「そうであろう(ですよね)神様!!」」

 

〈え? あ、はい・・・〉

 

〈おかしいですね・・・?圭太郎さんの身体になるべく影響が出ないようにしたつもりだったんですけど・・・〉

 

〈まぁ、という訳で小春さんをこの時代に留めておく理由もありますし、今回の仕事については、これにて一件落着と言って差し支えないでしょう〉

 

「やりましたね圭太郎さん!」

 

「あぁ、エリーも良く頑張ったね」

 

「・・・改めて礼を言おう。ありがとう、圭太郎。そなたのお陰で、私はエリーという、大切な親友にして姉妹と離れ離れにならずに済んだ。勿論、そなたともな」

 

「はは、光栄だなぁ。勿体無いお言葉で」

 

「もう! そのような言葉使いはもうよいと言ったではないか!」

 

みんな肩の荷が降りたのか、俺の部屋の中にしばらくの間笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

そろそろ時間も遅いので先にエリーと小春をお風呂に入らせて、俺は梅ジュースで水分補給をしていたところだった。

小春より先にお風呂から上がったエリーが俺の方に近づいてきた。

 

「圭太郎さん。改めて、今回のお仕事お疲れ様でした」

 

「お疲れ様。今回はエリーに頼りっきりになっちゃってごめんね?」

 

「いえいえそんな! 滅相も無い!」

 

「謙遜しないでよ。間違い無く、エリーがあんなに頑張ってくれなければ小春は元の時代に帰っていたよ」

 

「・・・! ありがとうございます!」

 

すると何故かエリーはモジモジし始めた。

 

「・・・あの〜もし良ければ、ご褒美が欲しいんですけど・・・」

 

「ん? あぁ、そうだよね。折角頑張ったんだから、俺が与えられる物で良いなら」

 

「それじゃあ、『頭ナデナデ』してくれませんか?」

 

・・・? この子は今何て?

 

「ごめんエリー、良く聞こえなかったからもう一回言って?」

 

「私に『頭ナデナデ』して下さい」

 

Oh...聞き間違えじゃなかった・・・

あのね、『頭を撫でる』って簡単そうに見えるけど、実は結構勇気がいるんだよ? いや、単に俺がそう思ってるだけかもしれないけどさ・・・

 

「じ、じゃあいくよ?」ゴクッ

 

「はい・・・」ドキドキ

 

あぁ、俺の手がエリーの頭に・・・

 

「そなた等、何をしておる?」

 

「「!?」」

 

「全く、妾のいない間にそのような事を・・・エリーが言ったのだな?」

 

「う〜、あとちょっとだったのに・・・」ボソッ

 

「そうだ、圭太郎。少し話がある」

 

「俺? あぁ、良いよ・・・あー、エリーは先に布団に入っていてくれ。小春の布団も用意しておいてね」

 

「あっ、行っちゃった・・・」

 

 

 

 

 

 

小春に呼び出されたのはもはや恒例になりつつあるベランダ。一体何を話したいというのだろうか。

 

「実はな、妾だけそなたと父の会話の内容を神様から聞かせてもらった」

 

「え、ちょっ! 本当に!?」

 

「あぁ。全く、万能な神よな」

 

クッソあの駄神、後で絶対消去させてやる・・・

 

「内容は既に聴き終わったが・・・そなたは本当に無茶苦茶な事をするな」

 

「俺は無茶苦茶だからね」

 

「よくもまぁただの一般人が、名家の当主にあのような態度を取れる・・・」

 

「ははは・・・ごめん、途中でちょっと調子に乗ってた」

 

「いや、謝らなくて良い。むしろあの言い方はすっきりしたぞ。妾の言いたい事を全て代弁してくれたからな。『持ち主に対して笑いかける人形がこの平安のどこにある?』は傑作だった。それを言われた時の父の顔が面白いことこの上ない」

 

「あぁ、それね。あれも、その場の思いつきだったとはいえ会心の一撃だったよ」

 

「特に終盤の『小春を幸せにする男の名だ』など、最初に聞いた時は驚いたぞ」

 

「ははは、済まなかった」

 

「ああいう言葉は、もっと大事な時にとっておく物だ」

 

「その時が来るとは思えないけど」

 

「はっ、全く・・・そこは「そうだね」で良いというのに、捻くれた奴め」

 

 

 

 

 

 

「・・・圭太郎。妾は前に、妾はエリーを友人であり、姉妹のように思っていると言ったな」

 

「そうだね」

 

「そして圭太郎。最初こそ、そなたをただの小童としか見ていなかったが、今となってはもうそなたは妾の中では特別な存在だ。恋人・・・というのではなく、もっとこう、ただ一緒に生活しているだけの他人同士ではなく、そなたの力になりたい、協力したいと思った」

 

「ーーーありがとう」

 

「まぁ、妾は借りを返したいだけだがな。全て返せるのはいつになるから分からんが」

 

「・・・それで、小春がこれからも俺の家で暮らしていくのは嬉しいんだけど、俺とエリーは・・・」

 

「あぁ、その事なら既にエリーから聞いておる。妾やエリーの様な境遇の異世界の者を助けているのだろう? 妾の恩返しも兼ねて、ぜひそれを手伝わせて欲しい。きっとエリーも同じ様な事を前に言ったのだろう?」

 

「手伝ってくれるのか? でも、無理して一緒にやろうとしなくても良いんだよ?」

 

「何を言うか! そなたにあぁまでして貰って何のお礼も返せないようでは、妾の『ぷらいど』が許さないだけだ!」

 

「分かった。なら、これからよろしく頼むよ。小春」

 

「うむ。大船に乗った気持ちでいろ! 妾にかかればちょちょいのちょいだ!」

 

「それは言い過ぎだと思うけど・・・」

 

「・・・それでな、少し頼みたい事があるのだが・・・」

 

「ん? 何かな?」

 

「『これからも頑張って』の意味も兼ねて、妾の頭を撫でて欲しいんだ」

 

「・・・何か、さっき言ってたのと全く反対の事言ってない?」

 

「う、うるさい! あの時はあの時で、今は今だ! ほら、早くしろ!」

 

小春はそう言って自身の頭をズイッと俺の方へ寄せてくる。

 

「・・・別に俺はやってあげても良いんだけど、何せ、観客席からの視線が痛くてね・・・」

 

「・・・」(<●> <●>)ジー

 

「ハッ!? いや、これは違うのだエリー!」

 

「え? 何がどう違うのかな・・・? さっき、私が圭太郎さんに頭ナデナデしてもらうのを邪魔したのに、小春はやって貰うんだぁ・・・?」ニコッ

 

「かくなる上は・・・圭太郎! そなたの腕を貸せ!」

 

「あ! ずるいよ小春!」

 

「ははは! 早い者勝ちだ!」

 

「あのー・・・二人を同時に撫でれば良いのではないでしょうか・・・?」

 

「「それでは(じゃあ)意味が無い(んです)!!」」

 

「アッハイ」

 

早くお風呂に入りたいのに、どうしてこうなった・・・

 

まだ少し痛む頭を左右に揺らされながら、少年はそう心の中でつぶやいた・・・

 

 

 

 

 

 

《ーーー良い調子だね》

 

《ならそろそろ、アタシも出ないといけないかなぁ》



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オマケ話その2 それぞれのショッピング

えーっと・・・ここまで俺とエリー、そして小春の物語を見てくれた人達にとりあえず挨拶を。

おはようからおやすみまで。あなたの暮らしを見つめる圭太郎です。

 

・・・まぁ、茶番劇はここまでにして本題に移りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「何かさ、自分ってここしばらくけーちゃんと絡みが無かった気がするんだよね」

 

「あー・・・そう言われてみればそうかも・・・でも、一応デーブをちょっと思い出す事があったな」

 

「と言うと?」

 

「ほら、前にデーブとやしもで俺を老けネタで弄った時の事があったじゃん」

 

「そんな事もあったねぇ。けーちゃんはここのところ何かあった?」

 

「あったよ。・・・詳しくは言えないけど、出会いがあったってかんじ?」

 

「・・・」

 

「何だよ、何で口を開けてポカーンとしてんだよ」

 

「いやだって、『あの』けーちゃんに彼女「そういう意味で言ったんじゃねぇから」あ・・・そうなんだ」

 

「そういうデーブは何かあったのか?」

 

「そうだね・・・体重増やし過ぎちゃって減量したんだけど、その時のストレス発散が上手くいったなぁ」

 

「へぇー、そのストレス発散方法、教えてくれよ」

 

「この前、他校との練習試合で自分は先鋒で出たんだけど、相手の先鋒から中堅までの三人を全員絞め技で締め落とした事かな」

 

「・・・そんなとびっきりのスッキリした顔で言っても、やってる事はかなりゲスいな・・・」

 

 

 

 

 

 

「おっす」

 

「あ、けーちゃん。何か久しぶり・・・?」

 

「それ、さっきデーブにも似たような事言われたよ」

 

「実は最近、また新しいムーブメントが・・・」

 

「はいはい、分かってるってその話が出てくるのは。んで? 今回は?」

 

「ズバリ、『黒髪ロング清楚系女子』だよ」

 

(黒髪ロングは思い当たる節があるが・・・清楚・・・?)

 

 

 

「・・・くしゅん!」

 

「? 小春、風邪でもひいたの?」

 

「いや、どうやら妾の事を噂している輩がおるようだ・・・」

 

「ははは、またまた~」

 

 

 

「やっぱり、ツンデレの時代は終わったんだよ。俗世間に浸透しすぎて、もはやあざとくしか見えないんだ」

 

「そっかー、一部の人達にはまだまだ需要はあると思うけど、やしもの言う事にも一理あるな」

 

「でしょ! ツンデレっていうのはただツンツンしてからデレデレすることしか出来ないけど、黒髪ロング清楚は違う! 『清楚』っていう見た目の裏に隠された本性が、様々な場面(シチュエーション)に応用が効くんだ・・・!」

 

「例えば?」

 

「お嬢様系、読書ガール系、眼鏡っ娘系、ミステリアス系、ドS・・・上げたらキリが無いけど、代表的なのはこれらかな」

 

「ほうほう。でも、黒髪ロングのキャラってなんかみんな同じに見えることがあるんだよなぁ」

 

「ジーザス!!」バン

 

「ど、どうしたんだよ、急に机を叩いたりなんかして・・・」

 

「確かに、けーちゃんの言う事は否定しない・・・けど、だからこそ、キャラに印象を持たせる為にカチューシャをつけたり、髪飾りをつけたり、髪型を変えてみたりするんじゃないか! それが黒髪ロングの真骨頂なんだ!!」

 

「お、おぉ、そうだな・・・」

 

「ま、これが今の僕が探し求めるものかな」

 

「・・・ホント、やしもの探究心には感服するよ」

 

「・・・あ、そういえば面白い物見つけたんだよ。日本史の勉強で資料集を見てたんだけど・・・あった、ほらこれ」

 

「ん? どれどれ・・・・・・え?」

 

「平安時代にあった『橘氏』っていうのを調べてたんだけど、その家の当主の人の文献に、『生明』って人が載ってるんだよ。その当主の夢に出てきた架空の人物らしいんだけど、当主の次女を神隠しした伝説が残ってるらしいんだ。苗字からしてもしかしたら、けーちゃんのご先祖様だったりするのかな?」

 

「はい!? あ、あぁ、そそそそうかもね!?」

 

「何で疑問形・・・?」

 

(言えない・・・「あ、それ俺っす」なんて・・・)

 

 

 

 

 

 

「ほら、早く仕度してください圭太郎さん!」

 

「急がないと陽が暮れてしまうぞ!」

 

「いや、午前9時にそれは大袈裟だろ・・・」

 

五日間の学校生活を終えて休日がやって来た。

これから自分達は三人体制で活動していくので、次の転生者がやって来る前に英気を養おうと小春が言うもんだからエリーもそれに便乗して、今日、商店街にお出かけすることになった。

それに、小春の服をまだ用意していなかったので良いタイミングだし都合も良かった。

 

 

 

 

 

ということで、いつかの日にお世話になった服屋さんに再び足を運ぶ。

前回、大変申し訳ない事をしてしまったマネキンさんには可愛い服が着せられていた。

 

「それじゃ、俺は飲み物でも買ってくるから二人で服を見ててね」

 

「うむ。任せられた。」

 

「それと、誰かに連れて行かれそうになったらすぐに近くの大人の人に助けを求めること。分かった?」

 

「わ、分かってますって!」

 

 

 

 

 

 

さて、小耳に挟んだ、タピオカミルクっていうやつでも買ってこようかな・・・

そんな軽い気持ちで近くのコンビニに足を踏み入れようとした時、俺は問題があることに気付く。

 

(コンビニの中に・・・うちのクラスの男子がいる!? しかも3人!)

 

どうする、このまま中に入れば確実に見つけられて絡まれる。すぐに用を済ませてエリーと小春のところへ戻りたいのに、一度見つかれば無駄な時間を買うのは確定的に明らか。しかも、タピオカミルクを3人分買おうものなら奴らはすぐに勘付いてしまう筈・・・

 

どうやら奴らはデザートを買って店の中で食べるらしく、しばらく店を出るつもりは無いらしい。

・・・かくなる上は!!

 

 

 

 

 

 

今妾はエリーと一緒に店の中を見て歩いているのだが、店の中には平安の世では見たこともない服が所狭しと並んであって、目が回りそうだ。

いや、目が回りそうな理由は他にもあるのだが・・・

 

「小春ー! 次はこれなんかどう?」

 

来よった。あれが諸悪の根元だ。もう、このやりとりを三十回以上繰り返している。

日々、十二単しか着ていなかった妾は、衣服の着脱がこんなに疲れるものとは思わなかった。確かに、十二単の方がこれらの服より何倍も重いが、たくさんの服を一日に何度も着替えるというのは初めてでの。時代は移り変わっていくのだな・・・

 

「エリー、そろそろ止めにしないか? もう妾は疲れた・・・」

 

「え~? まだ小春に着せてみたい服の半分も着てないよ?」

 

「妾はエリーの市松人形か!? それに、半分も着ていないだと? 一体何着、着せるつもりなんだ・・・?」

 

「あと50」

 

「妾を殺す気か!!」

 

鬼だ。我が身を滅ぼそうとする鬼神がそこにおる・・・

 

 

 

 

 

 

その後、なんとか全て着終わった妾達は五、六着程服を買い、店の外で待っていた圭太郎と合流した。

 

「二人とも、服はちゃんと買えた?」

 

「はい! ばっちりです!」

 

エリーはそう言うのだが、小春の方に問題があった。

 

「もう二度とエリーと一緒に来るもんか・・・もう二度とエリーと一緒に(ry」

 

オイオイ、何かブツブツ言ってるぞ・・・一体何があったんだ?

すると、エリーが何かを思い出すように

 

「あっ!!」

 

と、言ったので何事かと思うと、

 

「私と小春の下着を買うのを忘れてました!」

 

「!?」ビクッ

 

「ちょっと、今から行ってきますね!」

 

「も、もう沢山だ! 圭太郎、助けてくれ~~~!」

 

すまない、小春。あぁなったエリーは俺にも止められない。エリーと一緒に服を買って以来、彼女は服を選ぶ楽しみを覚えてしまったんだ・・・ていうか小春引きずられてるし・・・

 

30分後、小春は魂が抜けたように、虚ろな目になって帰って来た・・・

 

 

 

 

 

 

「小春、ごめんってば~。ほら、この飲み物おいしいよ?」

 

「ふん! 妾は食い物なんぞで誤魔化される人間ではないわ! あの後、さらに十着程試着させおって・・・」

 

「まぁまぁ、これから慣れていかなきゃいけない事だったんだから、大目に見てやってくれ」

 

「・・・そなたが言うのであれば、今回は! 今回だけは! 大目に見てやっても構わない」

 

「ありがと~小春~!」

 

「エリーも、今日みたいなことは程ほどにしてくれよ?」

 

「はーい・・・」

 

「それにしても美味い飲み物だ。だが、圭太郎よ。よく人目も気にせず3人分も買ってこれたな?」

 

「あ、いや、その事なんだけどね・・・」

 

すると私達の後ろから、圭太郎さんと同じくらいの年の男の子3人の話声が聞こえてきました。何故か圭太郎さんは彼らの姿を見て咄嗟に後ろを向いてしまいました。

 

「お前、さっきコンビニにいた眼鏡掛けたおっさん覚えてるか?」

 

「覚えてる覚えてる。一人で三本も、女子が飲むようなジュース買ってた人だろ?」

 

「うわー、あのおっさんスマホで撮っておけば良かったわ」

 

「その写真もっかい見たらマジウケるんだけどww」

 

「・・・圭太郎さん? もしかしt「言うな。言わないでくれエリー」あ、すみません・・・」

 

そう言って私の言葉を遮った圭太郎さんのポケットには、伊達眼鏡が入っていました。

 

 

 

 

 

 

そして家に帰った後、圭太郎さんが立ち直るまで私と小春でしばらく慰め続けました・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう。この頃まではまだマシだったんだ」

 

「いや、こうやって振り返ってみると最初からブッ飛んでたとは思うけど、本当にこの頃は平和だったと思う。やり方がね」

 

「・・・そうそう。会話の中に常識人とか仲裁人がいるだけで、大人数の話でもスムーズに話せるんだよね」

 

「彼女は小さい頃から口が立ったし聡明で大人びていたから、同い年の大人っぽい女の子と話しているような感じだったね。勿論、俺が面倒を見るっていう意識が前提にあったけど」

 

「こうしてみると、最初に来てくれた2人の逆転生者があの2人で良かったと思うよ。その2人が仲良くしていたことも大きかったね」

 

「この先、2人の安定感や存在はすごく頼りになった。俺の目が届かないところで頑張ってくれたから出来たこともあるよ」

 

「ーーーさて、と。ここからだね。色々起こるのは」

 

「次の話は今までより長くなるから、トイレにでも行っておきなよ。休憩時間を少し長めにとるからさ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章「白と白の矛盾」
第十八話 『計画』


小春がうちに来てから、しばらく平穏な生活を送っていた。

しかし先日・・・というか昨夜、またも神様が俺の夢枕に立った。話された内容は、次の逆転生者を送ることについての報告。詳しい話は次の日に、ということだった。

そして今は、神様がうちへやって来て、俺たち3人に詳しい話をしているところ。

 

〈前日も言いましたが、今回転生者させる者が決まりました。今日はその報告をします〉

 

「待ってました。では教えて下さい」

 

〈はい。今回の転生者は『アルビノの姉弟』です〉

 

「・・・はい? 『姉弟』って、まさか・・・」

 

〈えぇ、エイブリーさんの考えている通りです。今回はその姉弟の『二人を同時に』こちらの世界へ転生させます〉

 

「す、少し待ってくれ。二人も同時にこちらへ寄越すなど、少々無茶が過ぎるのではないか・・・?」

 

〈これは貴方達の功績を認めた上で決定した事です。大丈夫ですよ、今の貴方達なら〉

 

「えっと、姉弟の二人を転生させるっていうのは分かったんですけど、『アルビノ』っていうのは何なんですか?」

 

「簡単に言うと『アルビノ』っていうのは、メラニンっていう動植物の色素みたいなのを作る遺伝子が生まれつき欠乏してて、そのせいで肌や髪の毛が真っ白、または他の薄い色になってしまう遺伝子疾患がある人や動物のことなんだ」

 

〈・・・何故私が説明しようとしたのに横取りするのですか〉

 

「すごいです圭太郎さん! 博識なんですね!」

 

「いやいや、たまたま知っていた知識ってだけだよ」

 

「それで、そのアルビノの姉弟とやらは何故この時代に来ることになったのだ?」

 

〈二人の暮らしている街には昔から、ある言い伝えがあります。それは、街にアルビノの人間がいるといずれ災厄が訪れる。というものです〉

 

「なんだかいい加減な言い伝えですね・・・」

 

〈ですが実際、二人が生を受けてからというもの、その街では直下型の地震、大規模な火災、近くを流れる川の氾濫、疫病など、多くの災害が発生しているのです〉

 

「出来過ぎな気もするけど、それでその姉弟が今まで無事でいられた、ってのも引っかかるな」

 

「ましてやそのような天変地異など人の手で起こせるようなものでもあるまいし、ますます信憑性が高まるな」

 

〈そして二人は街から忌み嫌われ、毎日のように暴行や嫌がらせを受けるようになったのです〉

 

「えっと、二人の両親は・・・?」

 

〈彼らに物心が付く頃には、もう記憶に無いようです〉

 

「そんな・・・」

 

「・・・よし、大体の事情は把握した。これから俺達は二人の受け入れの準備を始める。良いですね、神様?」

 

〈それはそうなのですが、策はあるのですか?〉

 

「そんなものは後からどうにでもなる。そもそも、神様が転生させる人達を受け入れ拒否するっていう選択肢自体、俺には無い」

 

「そうだな。少し前の妾のように困っている者達を見捨てるなど、自身の『ぷらいど』が許さないからな」

 

「・・・うん、小春の言う通り。私も両親や家族がいない辛さは身に染みて分かっているから、二人を助けてあげたい」

 

〈では、今日の夕方に二人をいつもの場所へ転生させます。心の準備をしていて下さい〉

 

神様はそう言い残して消えてしまった・・・

 

 

 

 

 

 

「さて、ついに3人目の・・・じゃなくて3、4人目の転生者のお出ましか」

 

「今回は二人同時だそうですが、本当に上手くいくんでしょうか・・・」

 

「何を弱気になっているのだエリー。転生者第1号のエリーがその調子でどうする?」

 

「ごめん・・・」

 

「今回はエリーの時と状況が似ているな。世間、人間から差別を受けている事と、両親がいない事だ」

 

「しかし、『両親がいない』については問題無いのではないか? お互い唯一無二の血の繋がった姉と弟なのだから、心の拠り所は十分とは言えないが確保されているのでは?」

 

「あぁ、だからこそ問題があるんだ。自分の心の拠り所が一つだけだと、どうしてもそこに依存してしまう。そこが無くなってしまった瞬間に、精神が不安定になって一瞬でパーだ」

 

「そう言われてみればそうだな・・・」

 

「確かに、自分の安心できる場所が一瞬で無くなるのは・・・辛いです・・・」

 

「あ、ごめん、エリー。嫌な事を思い出させちゃったな」

 

「いえ、良いんです。こうしてあの事を思い出せば、これから来る二人と自分を重ね合わせて圭太郎さんが私にしてくれたように出来ますから」

 

「そっか。分かった、期待してるけど無理はしないこと。良いね?」

 

「分かりました」

 

「では、二人の心の闇とやらを根本的に解消するには、一体どうしたら良いんだ?」

 

「それも二人が来てから模索していこう。『無意味』っていう言葉に『意味』があるのなら、『無計画』も『計画』の内だ」

 

「なんだか哲学みたいですね」

 

「いや、ただの屁理屈であろう」

 

「はは、違いないな」

 

 

 

 

 

 

空が茜色に染まってきた頃、約束の時が迫ってきた。いつも通り神社の鳥居の前にスタンバイし、アルビノの姉弟が転生されるその時を待つ。

 

「・・・やっぱり、慣れないものですね」

 

「あ、エリーもそう思う? 実は俺もそうなんだ」

 

「そうか? 妾は左程気にしておらんが」

 

「小春はどうしてそんなに余裕でいられるの?」

 

「こうして二人と共に次の転生者を助けるのを心待ちにしていた。これでやっと恩返しが出来るからな」

 

小春がそう言い終わるのとほぼ同時に、いつもより少し大きめの黒い穴が現れる。やがてその穴が消えると、それがあった場所には二人の子供が・・・倒れていた。

 

「って、姉弟倒れてるし!?」

 

俺がすぐに姉弟の元へ駆け寄ると、エリーと小春も状況を察して俺の後をついて走ってきた。

 

「圭太郎さん! この二人、すごく顔色が悪いです!」

 

「意識は無いが、息はあるようだ。圭太郎! 二人を家まで運ぶぞ!」

 

「分かった! 俺は弟の方を、二人は姉を頼む!」

 

なんとも幸先の悪い始まり方だな・・・と、俺は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

子供をおんぶしての全力ダッシュの末、倒れていた二人を急いでリビングに用意した布団に並んで寝かせ、安静な状態にさせることが出来た。とりあえずこれでひとまず安心だが、二人が目を覚まさないことには本当に安心は出来ない。

にしても・・・

 

「さっきは慌てていて気付かなかったんですけど、この二人・・・」

 

「あぁ。見たところ歳は妾やエリーと同じくらいだが、平均の子供よりも痩せている。もう少しで頬骨が見えそうだ」

 

「きっと、満足に食べ物が得られなかったんだろうな。よく生きていてくれたもんだ」

 

小春の言う通り、今俺達の目の前で眠っている姉弟は病的な程に痩せている。生まれてすぐの小鹿のような手足・・・というのは少し言い過ぎかもしれないが、それを連想させる程二人は弱っているようだった。

 

「・・・! 圭太郎さん! お姉さんの方が!」

 

エリーに声を掛けられてハッと姉の方に振り返ってみると、今まさに彼女の瞼がゆっくりと開かれようとしていた。

 

「・・・ここは・・・?」

 

彼女がまだ鮮明でないであろう意識の中でそう呟き、布団に横になったままで俺達三人の顔をそれぞれ見渡す。

すると・・・

 

「・・・! 殺すならワタシだけにしなさい! 絶対にダレンだけは殺させな・・・」

 

「おっと」

 

みるみるうちに表情が険しくなり、自分の横に弟がいることに気付くと彼と俺を隔てるように間に立ってすさまじい剣幕で俺達を睨み、上記のように叫んできたのだが・・・意識を取り戻してすぐに興奮したからなのか、言葉尻を小さくしながらフラッと布団に倒れてしま・・・いそうになったところを俺はすかさず支えてやった。だが、

 

「ッ! 触らないで!」

 

勢いよく振り出された腕は俺の頬に当たったが、それには悲しくなるくらい力が無かった。

 

「! 貴様!」

 

「ちょっ、小春! 落ち着いて!」

 

「小春、俺は大丈夫だから少し落ち着くんだ」

 

「す、すまん・・・」

 

すると、大きな声で意識が覚醒したのか、弟も目を覚ましたようだ。

 

「・・・んぅ・・・? おねえ・・・ちゃん・・・?」

 

「ダレン! ワタシが分かる!?」

 

「よし、二人共目を覚ましたようだし、状況も呑み込めていないみたいだからまずは自己紹介をしよう」

 

「俺の名前は『生明 圭太郎』。君達姉弟を今の生活から救い出す男だ」

 

 

 

 

 

 

姉弟が二人とも目を覚ましてくれたので、布団の上っていうのもあれだからとりあえずリビング並んで座らせた。申し分程度に麦茶も出したのだが、二人とも中々手を付けてくれない。

様子を見ているとどうやら姉が俺達をかなり警戒していて、弟が姉の後ろに隠れているようだ。麦茶も、姉が頑なに飲もうとしないから弟もそれを見て飲まない、といった感じに見える。

麦茶を飲んでくれないのは仕方がないので、こちらから切り出そう。

 

「二人とも、そんなに警戒しないでくれ。さっきも言った通り、俺達は君達を助けるためにこの世界へ呼んだんだ」

 

「ふーん、アンタ達があの神様らしい人が言ってた人達ってこと?」

 

「そうです。私達は二人を今の生活から解放する為に全力で手助けします」

 

「さっきから救い出すだの解放するだの言ってるけど、アンタ達はワタシ達の生活ってやつを知っててそう言ってるの?」

 

「当たり前だ。その位の事前情報など、既に確認済みだ」

 

「だからって、ホントにアンタ達がワタシ達を助けてくれるって証明出来るの?」

 

「・・・はっきり言って出来ない。君達に信用してもらわない限りは」

 

「そう。それならワタシ達はアンタ達を信用出来ないわ」

 

・・・分かっちゃいたが・・・手強いな。そもそも、簡単に信用して貰えると思っているのが間違いなのは百も承知なのだが、あぁも頑なな態度を取られるとどこから切り崩せばいいのか分からない。

 

「なら、神社で倒れていたそなた等をここまで運んだのは誰なのだろうな?」

 

「それは・・・」

 

「妾達をすぐに信用しろ、とは言わない。無理に信用されてもこちらも困るからな。だが、その事実がある以上、それが妾達とそなた達のまだまだ深い溝を埋めるきっかけになったのは間違いないはずだ。違うか?」

 

「・・・降参。そう言われてみればそうね、そこの男の人が自分のおでこにかいてる汗を拭くのも忘れるくらいだった、って捉えてあげるわ」

 

俺はアルビノの姉にそう言われて初めて気付いた。

 

「良いわ。アンタ達のこと、ほんの少しは信用してあげる」

 

「! 本当ですk「けど」・・・?」

 

「まだ、アンタ達がワタシ達に何もしないなんて、思っちゃいないから。例えば・・・」

 

彼女の次の一言は、俺達に生まれた少しの安堵を打ち壊すには十分すぎた。

 

「アタシ達を殺して、バラバラにした体を売り捌くとか」

 

そうして姉弟はやっと、麦茶に口をつけてくれた。

 

 

 

 

 

 

アルビノの姉弟と出会った頃には茜色だった空も、今ではすっかり暗くなった。

姉が麦茶を飲んだことでやっとこさ弟の方も飲んでくれた。

すると、麦茶を飲み終わった姉の方から思いもよらない言葉が飛んできた。

 

「飲み物を飲んで胃袋が目を覚ましちゃったから、何か食べ物を食べさせて。アタシ達ここ最近、碌な物食べてなかったのよね」

 

「・・・さっきは飲み物一杯口にするのも避けてた位警戒してたのに、凄い変わり様だな」

 

「・・・悪かったわよ。だって、薬とか毒とかが入っていたら・・・って思ってたから」

 

「そんな・・・私達はそんな酷い事しません!」

 

「そうみたいね、さっき確認出来たわ。という訳で頼むわシェフ」

 

「シェフじゃねえし」

 

そんなこんなで五人分の夕食を作ることになったのだが・・・

 

「・・・難しいよなぁ。ここ最近碌な物を食べてなかった子供が食べられるもの・・・」

 

「味の強い物を食べるとお腹がビックリするかもしれませんしねぇ・・・」

 

ある程度料理が出来る俺とエリーでメニューを考え、本人に言うと怒られるのだが、残念ながら料理があまり得意でない小春はアルビノ姉弟の話し相手になってもらっている。・・・というか小春が自ら買って出たのだ。

こちらとしてはありがたいことこの上ないのだが、果たして大丈夫なのだろうか・・・

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 暖かい味

先程、この姉弟が何か食べ物を食わせろと言ったので圭太郎とエリーが台所でうんうん唸っている。おそらく、献立が決まらないのであろう。まぁ無理はない。こんなにも痩せ細った子供の体を考えれば当然の事だろう。

それでは今妾は何をしているのかというと、件の姉弟と話をしている。話をしていると一概に言っても、こちらがほぼ一方的に情報を探り出そうとしているだけだが・・・

 

・・・ん? 妾は圭太郎達と一緒に調理をしないのか、だと? 愚か者め、居間を留守にしてしまってはまた姉弟に何かあった時に対応が遅れてしまうだろう。要するに監視をしているというわけだ。分かったか?決して、妾が料理をするのが得意ではないからではないぞ? 

 

 

 

 

 

 

「先程は圭太郎しか名を名乗っていなかったからな、今度は妾の番だ」

 

「妾の名は『橘 小春』だ。妾は堅苦しい事が嫌いでの、呼ぶ時は『小春』で良い。そして今台所で圭太郎と一緒に夕飯を作っているのは『エイブリー』。見れば分かると思うが、『エルフ』という種族だ」

 

「最初に見た時、まさかとは思っていたけど・・・本物のエルフをこの目で見られるとはね。おとぎ話で聞いたり、絵本で見たことしかなかったから」

 

「妾と彼女はどちらも圭太郎に救われた身だ。今はこうして圭太郎の助手をしている」

 

「成程。そっちのことは大体分かったわ。じゃあ、今度はワタシ達の番ね」

 

「ワタシが姉の『エラ・ハンナ』。こっちが弟の『ダレン・ハンナ』。どっちもハンナで呼ばれるとややこしいから、名前で構わないわ。・・・ほらダレン、挨拶しなさい」

 

「・・・どうも」ボソッ

 

「ごめんなさい、ダレンは気が弱くて・・・」

 

「大丈夫だ。気にしておらん。これから少しハンナ姉弟の事を聞くが、構わんか?」

 

「えぇ、答えられる範囲なら」

 

「では・・・両親がいないと聞くが、それはいつからだ?」

 

「そうね・・・大体、ワタシ達が5・6歳くらいの時にはもう自分達で生活していたわ。一番最後の記憶を思い出してみても、小屋の中にダレンと二人っきりだったことくらいしか・・・」

 

「両親の安否も分からないのか?」

 

「えぇ、写真も、手紙も残っていないわ。まして、生きているのか死んでいるのかすら・・・」

 

「・・・そうか」

 

「それじゃあさ、アンタ達の話も聞かせてよ」

 

「ん? 妾達の、か?」

 

「そうそう。特にあの男の人・・・圭太郎っていったかしら? なんであの人がこういう事をしてるのか知りたいわ」

 

「ふむ・・・あやつの真意はまだ聞いたことが無いが、そなた等も会ったであろう神から頼まれてこれをやっているそうだ」

 

「ふーん・・・それに見返りってあるの?」

 

「特に金銭等を受け取っている様子は見られないが・・・まぁ、『ぼらんてぃあ』というやつだろう。ちなみに、神はそなた等を転生させる際、何と言っておったのだ?」

 

「確か、『貴方達を今の生活から助けて出してくれる人の元へ送って差し上げます』って言ってたわ」

 

「ははは! そうかそうか、あやつも神に高く買われたものだな!」

 

「小春が助手をしているのも、その人の恩返し、っていうこと?」

 

「うむ、その通りだ」

 

妾とハンナ兄弟の話が落ち着き始めた頃、台所から腹の虫を擽るような香りが流れてきた。話に夢中になって気が付かなかったが、圭太郎と小春は着々と夕飯の準備をしていてくれたようだな。感心感心。

 

「・・・さて、どうやら夕飯の準備が整ったようだ。聞きたい事も大方聞けたし、腹を満たそうではないか」

 

「・・・最後に、聞きたいことがあるだけど・・・良い?」

 

「? 構わんが、何だ?」

 

「アタシ達ってこんなに早く素直になって、変? さっきまで、あんなにアンタ達のことを疑ってたのに」

 

「ふむ・・・そんな事はないと思うぞ? 妾はどうなのか分からんが、圭太郎とエリーのあの人柄なら、可笑しなことではないだろう」

 

「・・・ま、餌を与えればすぐ懐く犬達だと思ってるのならそれでも良いけど・・・とにかく今は早く食べ物が食べたいわ」

 

 

 

 

 

 

「・・・出来たな」

 

「・・・えぇ、出来ましたね」

 

俺とエリーが作った今晩の夕飯はシチュー。暖かそうなイメージがあるし、口当たりも良い。なにしろ、優しい味がするからな。

 

「いやぁ、家にシチューのルーがあって助かった」

 

「そうですね、中々案が出てこなくて苦し紛れで見た戸棚の中から出てくるんですから、『棚から牡丹餅』っていうやつですね」

 

「・・・その言葉の使い方がそれで合ってるかどうかはツッコまないとして、どうかな? 二人が食べてくれるかどうか・・・」

 

「きっと大丈夫ですよ! 『空腹は最大の調味料』ですからね、あの姉弟が食べない筈がないです!」

 

「・・・最近思うんだけど、エリーって慣用句を使うのがマイブームなの・・・?」

 

俺がそう質問すると彼女はプイッと向こうを向いてしまい、答えを聞くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

俺含め五人分の食器をテーブルに並べ終わった。長方形のテーブルの長いほうの面のに姉弟を並べ、反対側にエリーと小春を座らせた。

 

「さ、食べて食べて。・・・ちなみに言っておくけど、おかしなものは一切入ってないからな」

 

「そうであることを願うわ。じゃあ、いただきます」

 

「・・・いただきます」

 

姉に続いて弟もスプーンを持った。・・・緊張の一瞬。もしもここで「マズイ」なんて言われてしまったら、それこそ一生の終わり・・・

あっ、ここでは『一章の終わり』のほうg・・・ちょっやめ(ry

 

「・・・」パクッ

 

「・・・」パクッ

 

「どう・・・ですか・・・?」

 

エリーが恐る恐るハンナ姉弟に尋ねると、意外な所から声が聞こえてきた。

 

「・・・これ・・・おいしい・・・」

 

出会ってから一向に口を開こうとしない弟が、自分から声を発したのだ。

 

「ホ、ホントですか!?」ガタッ

 

思わずテーブルに身を乗り出すエリー。

 

「こういう事を言うとウソみたいに聞こえるかもしれないけど・・・ワタシが生きてきた人生の中で一番おいしい食べ物だわ・・・」

 

一方姉の方は、余程おいしかったのか文字通り目を真ん丸にして口をポカーンと開けている。

それまでの人生で一番おいしいだなんて、よっぽど食い物に困ってたんだろうな・・・飢凍しなかったのがせめてもの幸い、といったところか。

 

「でかしたぞエリー! 圭太郎!!」

 

小春も嬉しくなって興奮したのか、俺の肩をバンバン叩いてくる。ちょっと、痛いっす小春さん・・・

 

「やりましたね圭太郎さん!」

 

「あぁ、自分で作った料理を人に食べてもらう事の大切さと嬉しさを、改めて感じられたよ」

 

「よし! 全員揃った、飯も美味い! 今宵は親睦を深めようぞ!!」

 

・・・確かに、今のこの場の雰囲気を全体的に見ればそれはまぁ、良い方だ。姉の方も、きっと・・・まだ確信するのは早いのだろうが、きっと大丈夫だろう。そんな気がする。

しかし、問題なのは・・・

 

「ほら、しっかり食べなさいダレン。こんなにおいしい料理を作ってもらったんだから、残さずに食べなきゃ駄目よ? しっかりと胃袋に貯蓄しなきゃ」

 

「うん・・・」

 

きっと、『まだ誰とも目を合わせていない』弟の方であろう。自らの姉とさえも・・・

 

 

 

 

 

さて、楽しい夕飯の時間は終わり、どこからかは分からないが欠伸が聞こえてくるような時間になった。食器の片付けを終えたので冷蔵庫の野菜室からリンゴを取り出して頬張っていた俺の所にエリーがやって来た。

ちなみに、俺が好きなリンゴは固くて酸っぱい青リンゴ。柔らかくてモシャモシャしたのは遠慮したい。・・・はいそこ、「いらん事言うな」とか言わなーい。

 

「ん? どうしたエリー? リンゴ食べたいの?」

 

「それもありますけど、後で良いです。お風呂の事なんですけど、ハンナ姉弟はどうしましょうか?」

 

「あー・・・」

 

悩ましいところだよなぁ、いつも二人がどうやって風呂に入っていたのかなんて知らないし・・・というか、風呂に入れるような生活だったのかさえ分からない。聞かないと分からない事だから聞いてみるしかないな。

 

「おーい、エラとダレンー」

 

リビングにて、夕食前のように小春と話をしているハンナ姉弟に声を掛けると、エラがすぐに振り返ってくれた。

 

「何?」

 

「二人って、お風呂とかどうしてたの?」

 

「ワタシ達が生活していた所にお風呂は無かったわ」

 

「え、じゃあどうやって体を洗っていたんだ?」

 

「日が暮れて人の目に付かないくらい暗くなってから少し離れた川で体を流していたわ」

 

「・・・そうか」

 

「じゃあ、お風呂を沸かしたので入りましょうよ! 体を温めて寝ないと風邪を引いちゃいますからね」

 

「生憎、寒い夜に麻袋を巻いて寝る生活を続けていると、そんなの慣れっこなのよね」

 

「うっ・・・」

 

「まぁまぁ、そんな事言わずに。で、二人は一緒に入るのか? それとも別々に入るのか?」

 

「もうちょっと子供だったら一緒に入っていたけれど、今はもう一緒に入ったりしないわよ」

 

「男女は七歳で何とやら、ですね」

 

「『男女七歳にして席を同じゅうせず』だな」

 

「むぅー・・・」

 

エリーは小春にちゃんとした答えを言われて頬を膨らませている。一方の小春は少し自慢げだ。

 

「じゃあ、どっちから先に入るのかな?」

 

「ダレンを先に入れさせてあげて。ワタシは後で構わないわ。・・・ほら。ダレン」

 

「・・・」コクッ

 

ダレンは姉に言われるまま、浴室へと入っていった。

 

「・・・大丈夫ですかねぇ」

 

「流石にダレンでも自分の身の回りの事くらいはちゃんと出来るわ」

 

「ほう。それはエラが教えたのか?」

 

「いや、違うわ。気付いた頃にはダレンが自分でこなしていたわ」

 

「意外な物だな、言っては悪いがダレンはそのようにしっかりしているようには見えないのだが・・・」

 

「まぁ、あんなに黙りこくってたらそう思うのも仕方ないわよね。でも、なんだかんだで自分の事はきちんとやっているわ」

 

「自分の事は、ねぇ・・・」

 

「どうですか? まだ半日も経ってませんが、この世界は?」

 

「そうね、少なくとも、ワタシ達がいたところよりは断然良いわ。美味しいご飯も食べられるし、お風呂にも入れるし、何より雨風をしのげる暖かい場所が確保されているから」

 

「それは何よりだ。そうだろう、圭太郎」

 

「・・・ん? あぁ、そうだね」

 

「どうした、何か考え事でもしておったか? 曲がりなりにもこの家の家主なのだから、もっとしっかりせんか」

 

「曲がりなりにもって・・・」

 

「そういえば、アナタの両親は?」

 

「海の向こうさ。こっちの世界では珍しい事じゃないよ」

 

「ふーん、そう」

 

ふとエリーを見てみると、何故かソワソワしているのに気付いた。小春もそれに気付いたのか、声をかけた。

 

「落ち着きがないぞエリー、厠か?」

 

「ち、違うよ! ただ、やっぱりダレン君が少し心配で・・・」

 

「そうだよな、また誰だかさんみたいに風呂場ですってんころりんしたら大変だもんな」

 

「〜〜〜ッ! もう! 茶化さないで下さい圭太郎さん!」

 

「ハハハ、悪い悪い」

 

「もしダレンに何かあったらワタシが行くから大丈夫よ、心配しないで」

 

「・・・はい、分かりました」

 

さて、そろそろハンナ姉弟の『心の闇』の正体を探らないとな。

けど、何ていうか・・・今回は糸が色々なところで絡まっていて、躍起になってどこかを切ってしまうとバラバラになってしまいそうだ。

ネックなのは弟の方。夕飯の時に見せた顔に一片の光を感じたけど、あれじゃあまだまだ駄目だ。このままだと、心の闇がどういうものなのかさえ分からず仕舞いになってしまう。

そもそもの話、会話が圧倒的に足りない。エリーと小春は俺と言葉を交わしてくれたけど、俺と喋ってくれないんじゃどうにもならない。

・・・よし、エラの方はエリーと小春に任せるとして、俺はダレンを何とかしよう。男同士なら、何か分かることがあるはずだ。

それともう一つ。エラとダレンに距離を置かせよう。いつも一緒だった二人を引き離すのは少し心配だが、それでも・・・あの二人を別々の環境下に置くことで何か良い刺激が得られるかもしれない。

 

「それにしても、弟の面倒を立派に見ているのは確かにエラだ。実に関心するぞ」

 

「私にもお兄ちゃんがいたんですけど、小さい頃はお兄ちゃんに頼りっきりでした。そう考えると、エラはしっかりしてるんだと思います」

 

「そんな事無いわ。ダレンはワタシがいないと駄目だから、自然とそうしてるだけよ」

 

そう。俺もそうだけど、傍目から見ればエラがしっかり者のお姉さんで、ダレンは気の弱い弟。そう見える。

けど・・・本当にそうか? いや別に、世間一般の目で見れば間違いではないのかもしれない。

これは俺の勝手な憶測だが・・・

 

『エラがダレンに依存している』んじゃないのか・・・?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 それぞれの役割

ダレンの姿が浴室に消えてからしばらくすると、白い髪を濡らしてリビングへ戻ってきた。

 

「あ、ダレン。上がったか。そのままだと体を冷やすだろうから、ドライヤーで髪を乾かしてあげるよ」

 

俺がそう言って立ち上がると、エラもそれに続いた。

 

「あ、いいわよ、ワタシがやるわ」

 

「大丈夫大丈夫。エラは先にお風呂に入っちゃってよ」

 

「でも・・・」

 

「エラよ。ここは圭太郎の言う通りにするのが賢明だぞ。ダレンの事はこやつに任せておけ」

 

「そうですよ。ダレン君なら心配いりません。エラもお風呂に入っちゃって下さい」

 

「・・・そうね、後ろも閊(つか)えている訳だし、入らせてもらうわ」

 

「それじゃ、ダレンはこっちに来て」

 

「・・・」

 

ダレンは無言で着いてきてくれた。

・・・よし、これでやっと『二人きり』になれたな。※圭太郎はノンケです。←これ大事

 

 

 

 

 

 

エラがバスタオルと着替えを持って浴室の扉を閉めたのを確認して、俺はダレンを鏡の前に立たせた。未だに顔を下に向けたままだ。

 

「これから暖かい風を出すからね」

 

「・・・ッ」ビクッ

 

ダレンに確認を取ってからドライヤーのスイッチをONにした。少しビクッとしたが、すぐに慣れてくれたようだ。・・・何だかエリーの時の事を思い出すなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

おそらく初めてだろうシャンプーを使った事で、初めて見たときのボサボサの髪よりは少しマシになっただろう。

 

ダレンはおとなしくしてくれていて、段々と髪が乾いてきた。

 

「夕飯は口に合ったかな? 口あたりの良い物を選んだつもりなんだけど」

 

「・・・」

 

返答なし。

 

「風呂に入ったのは相当久しぶりだったろ? 体は温まったか?」

 

「・・・」

 

これも返答なし。

 

「・・・なぁ、ダレンってさ・・・」

 

「・・・」

 

「『自分がお兄ちゃんだ』って思ったことない?」

 

「・・・・・・え?」

 

これが、ダレンがこの世界に来て初めて、特定の一人に意識を向けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

・・・。

 

「だってさ、気付いた頃にはもう二人きりの生活だったんだろ?」

 

・・・。

 

「仮に双子っていうのが本当だとしても、先に生まれたのはエラじゃなくでダレンの方かもしれないだろ?」

 

・・・。

 

「もっと言ってしまえば、本当は血が繋がってないのかも・・・」

 

・・・。

 

「可笑しな話だよな。気付いたら自分と同じくらいの歳のアルビノの女の子が隣にいて、いつの間にかその女の子が自分のお姉ちゃんになっていて、自分は弟になっていて」

 

・・・。

 

「そして、『エラはしっかり者』で『ダレンは気が弱い』とか、『エラがダレンを守る』『ダレンはエラに守られる』。そんな関係が出来上がっていて」

 

・・・。

 

「もうこの際はっきり言っちゃうけどさ・・・」

 

・・・・・・。

 

 

 

「ダレンってエラのこと『嫌い』だろ」

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりなんでしょうかねぇ、圭太郎さん・・・お風呂から上がったエラに「ちょっと弟借りてくぞ」って言ってベランダに行っちゃうし・・・」

 

「そうだな、あやつはエラから無理矢理引き離すように連れて行っていたな。・・・だが、当の本人が無抵抗だったところを考える限り、髪を乾かす際に何かあったのだろうな」

 

「・・・ダレン・・・」

 

エラはさっきからずっとこんな感じです。ソワソワして、両手をせわしなく動かして、何かをブツブツと呟いています。

 

「エラよ、少し落ち着け。そなたは弟を心配し過ぎだ」

 

「これくらい普通のことだわ! 別に髪を乾かすくらいの間だったら・・・ってさっきは思ってたけど、ワタシがお風呂から上がるやいなや、いきなりダレンをどこかに連れて行くなんて・・・!」

 

「ま、まぁまぁ、圭太郎さんなら悪いようにはしませんよ・・・」

 

「何でそうやって言い切れるの!? いままでダレンをワタシ以外の人と二人っきりにしたことなんてただの一度も無いのに、よりにもよってあんな訳の分からない人と「そこまでだ」」

 

エラの口調が段々と荒くなってきて、今にでも圭太郎さんとダレン君の所へ飛び出していきそうになるエラを小春が制止しました。

 

「頭を冷やせ。風呂でのぼせたのか?」

 

「・・・何ですって?」

 

「ちょ、ちょっと、二人とも・・・」

 

「エラはダレンを気に掛け過ぎだ。それを当然と思うか、過保護と思うかは人によると思うが・・・妾は後者だ」

 

「自分の弟を心配するのは普通の事よ」

 

「果たしてそれは本当に『心配』なのか? エラのそれはもはや・・・『束縛』だ」

 

「束縛・・・」

 

『束縛』か。小春はエラに、何を伝えようとしているのだろう・・・?

 

 

 

 

 

 

この人は一体・・・何を言っているんだ・・・?

 

「俺だって最初はそんな事微塵も思っていなかったさ。けどな、ダレンの行動の端々にそういうのが出てるんだよ」

 

「僕は・・・そんな事・・・思ってない・・・」

 

「・・・まぁ良いさ。ダレンが本気で、そんな風に思っていないと仮定しよう。けどそれは、自分の心に気付けていないだけだ。ダレンの心の奥底では・・・確かに姉を嫌っている」

 

「そんなの・・・なんで分かるんですか・・・!」

 

「じゃあ一つ一つ丁寧に教えてやるよ」

 

「・・・え・・・?」

 

「まず最初、俺とエリーが夕飯を作ってる時、ハンナ姉弟は小春とお喋りをしていただろう? ・・・ダレンに関してはお喋りとは言えないけど」

 

「・・・ただ黙ってただけだよ・・・」

 

「違うな。エラが「ダレンは気が弱くて・・・」と言った時、お前は無意識に舌打ちをしていた。隣で喋っているエラに聞こえないくらいの大きさでな」

 

「それはおかしいよ。なんで隣にいるおねえちゃんに聞こえないのに、あなたには聞こえるの・・・?」

 

「俺は地獄耳なんでな。舌打ちとか小言とか陰口とかに敏感なんだ」

 

「そんな無茶苦茶な・・・」

 

「あぁそうさ。俺は無茶苦茶だからな」

 

「もう一つ、ダレンが風呂に入るために浴室へ行って、出てくるまでの間俺たちは少し話をしていたんだけど、その時の事だ。・・・すぐに風呂に入らないで、暫く扉の側で俺達の・・・いや、正確にはエラの話を聞いていただろ」

 

「・・・証拠は・・・? 何でそんなことキッパリと言えるの?」

 

「簡単さ。脱衣所のスライド式の扉の音と、浴室のドアのガチャっていう音っつーのは全然違うからな。もし普通に風呂に入るなら、

 

脱衣所の扉→脱衣所の扉→浴室のドア→浴室のドア

 

の順番で音が聞こえる。けどダレンの時は

 

脱衣所の扉→脱衣所の扉→浴室のドア→脱衣所の扉→脱衣所の扉→浴室のドア

 

だった。つまり、脱衣所に入って扉を閉め、浴室のドアを開けて風呂に入っていると思わせておいてから脱衣所から出て会話を聞いてから再び脱衣所に入り、あらかじめ開けておいた浴室のドアを閉めた。違うか?」

 

「・・・そんなの、あなたの勝手な思い込みだ」

 

「そうかもな。少し遅く風呂から上がったのも、ゆっくりと湯に浸かっていたと思えばおかしい事じゃない。けどな」

 

「・・・」

 

「俺達はお前達姉弟を助けようとしているんだ。嘘をついたり、誤魔化したりするようなマネはしないでほしい。・・・別に怒らないさ。ハンナ姉弟の今までの生活の事を考えれば、そういう事をしてしまうのは仕方のない事だ」

 

「・・・」

 

「でも今は違う。二人は今『守られている』。誰にも干渉されない、外敵のいない世界に来たんだ。もっとのびのびと、ありのままをさらけ出してくれよ」

 

「僕の・・・ありのまま・・・」

 

「さぁ、自分の心に問いかけてみろ。ダレンはエラをどう思っているんだ?」

 

「・・・僕は・・・」

 

(ごめんなさい、ダレンは気が弱くて・・・)

 

(・・・ま、餌を与えればすぐ懐く犬『達』だと思ってるのならそれでも良いけど・・・)

 

(『流石に』ダレンでも自分の身の回りの事くらいはちゃんと出来るわ)

 

(ダレンはワタシがいないと『駄目』だから)

 

あぁ、何でだろう。お姉ちゃんの言葉を振り返っていく度、僕の中の抑えられていた何かが沸々と湧き上がってくる。

少し前まではそう言われて当たり前だと思っていたし、それに対して何とも思っていなかった。

けど、目の前のこの人に言われてみると、どうだろう。確かに、抑えられていた感情の一部が行動ににじみ出ていたかもしれない。少しイラッときて、ドアを強く閉めて物に八つ当たりしていたかもしれない。

 

・・・僕は・・・お姉ちゃんの事が・・・嫌・・・

 

 

 

(オラそこの野郎共! 挽き肉にされたくなかったら失せろ! どてっ腹に風穴開けたろうか!?)

 

・・・あれ?

 

(何よダレン、全然食べてないじゃない。ほら、ワタシの分もあげるから体力をつけるのよ?)

 

・・・これは・・・

 

(ワタシが屋台から野菜を取るから、ダレンは人の気を引いてちょうだい。その間にワタシが上手くやるわ。・・・もし失敗してしまったら、ダレンだけでも逃げなさい)

 

・・・昔の・・・

 

(・・・ごめんなさい、ダレン・・・痛っ・・・ホラ、『モノ』はちゃんと取って来たわ。・・・仕方ないわよ、気付かれたのはダレンのせいじゃないわ。・・・ワタシ? 少し、逃げてくるのに手間取っただけよ。・・・大丈夫、心配いらないわ)

 

 

 

 

 

 

「・・・圭太郎・・・さん」

 

「どうだ、気付けたか?」

 

「はい、良く分かりました・・・自分の心に」

 

「・・・で?」

 

「・・・圭太郎さんの言う通り、僕は確かにどこかでお姉ちゃんを嫌っていました。いつも僕を見下して、偉そうにするお姉ちゃんを・・・」

 

「・・・気付けたのか」

 

「はい。・・・でも、他にも気付いたことがあったんです」

 

「言ってごらん」

 

 

 

 

 

 

この人に言われて、過去を思い返した。

 

毎日が、辛いことだらけだった。

 

いつの間にか一緒にいた、女の子がいた。

 

自分と同じ、真っ白な女の子だった。

 

・・・いつも、その子に助けられた。

 

お腹が空いたとき、大人に暴力を振るわれたとき、寒いとき。

 

ふとその子を見ると、体に傷があった。

 

聞いてみても、「大丈夫」とだけ言って笑っていた。

 

・・・ある日、そんな彼女を見ながら、ふと思った。

 

 

 

 

 

 

「僕の心は・・・お姉ちゃんを嫌う気持ちより、お姉ちゃんを・・・『エラ・ハンナを助けたい』。その気持ちの方がずっと強かったんです」

 

 

 

 

 

 

助ける・・・か。

 

「嫌いだと言った僕がこんなことを言うのはおかしいけど・・・もうお姉ちゃんが傷つくのを見たり、お姉ちゃんに助けられてばかりでいるは嫌なんです・・・!」

 

するとダレンはこちらに向き直ったかと思うといきなり頭を下げた。

 

「だから・・・お願いします! 僕達『姉弟』を・・・お姉ちゃんを助けて下さい・・・!」

 

「ダレン・・・」

 

下を向いたダレンの足元には、涙がポタポタと落ちて広がっていた。

 

「顔を上げてくれ、ダレン」

 

「・・・?」

 

膝を曲げて目線を彼の高さに合わせ、両肩に手を置く。

 

「俺は一人っ子だからうまく言えないけど・・・ダレンがエラの事を嫌うのは悪い事じゃない。そもそも、人と人が長い間一緒に過ごせば、お互いの良い所や悪い所は嫌でも見えてしまうし、分かってしまう」

 

「そういういろいろな『面』をお互いに受け入れて、我慢していかなきゃいけないのが人だ。・・・けどな、俺は少し違うと思う」

 

「違う・・・?」

 

「受け入れるのは大切だと思うけど、我慢し続けるのは駄目だと思うんだ。相手の良い所だけを見て悪い所には目を瞑ったりしていると、いつか我慢の限界が来る」

 

「我慢の・・・限界・・・」

 

「そう、これまでのダレンは我慢を続けていた状態だ。『お姉ちゃんに助けてもらっている』という事実があり、さらにはエラを守りたいという気持ちもあるからエラに反抗することが出来ず、嫌な事も黙って耐えていた」

 

「・・・はい」

 

「でも・・・これからは違う。・・・そうだろ?」

 

「勿論です!」

 

ダレンは顔を上げ、力強い目で返事をした。・・・中々様になってるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

あんな顔で頭を下げられたんだ・・・やってやるさ。ダレンも、エラも・・・

まずは二人の仲をどうにかしないとな・・・

 

ちと説教くさかったかな?

 

 

 

 

 

 

リビングには未だに堅苦しい雰囲気が漂っています。

 

「ワタシがダレンを束縛している、ですって?」

 

「その通りだ。確かにダレンはエラに頼り切りかもしれないが、エラもダレンに依存しているではないか」

 

「どこが?」

 

「エラは『ダレンの面倒を見ている』という自分の状態に縋(すが)っているのだ。自分の弟を『だし』にする事で自らの存在意義を保っている」

 

「こ、小春! それは言い過ぎだよ!」

 

「分からないのかエリー、エラは先程『ダレンはワタシがいないと駄目』と言っていたのに対し、『エラはダレンがいないと駄目』でもあるという事が」

 

小春の辛辣な物言いをされて、エラも我慢の限界が来てしまいました。

 

「・・・何よ! 優しくしてくれて、少し信じてみても良いかな・・・って思ってたのに! そんな風に言われるなんて思いもしなかったわ!! 」

 

「エラ・・・」

 

「何が『助ける』よ! もうアンタ達の事なんて信用しないんだから!!」

 

エラはそう言い放つと、圭太郎さんがエラに先に入っているように言った布団が敷いてある和室に閉じ籠ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

「・・・小春・・・これで良かったの?」

 

「妾が言ったことはおそらく間違っていないだろう。本人がそれに気づかないのなら、妾達が教えてやるより他は無い。それに・・・」

 

「・・・?」

 

「圭太郎はきっとダレンの事を上手くやるだろうからな。妾達もエラを何とかしなくてはならん。彼奴もきっとこうしていただろうと考えての行動だ」

 

「確かに・・・圭太郎さんならやりかねないよね・・・というか絶対やるよね」

 

私は思わず苦笑してしまう。

 

「しかし・・・状況は思った程良くないな。一体どうしたものか・・・」

 

 

そうやって私と小春が唸っている時、何故かここにいるはずのない『三人目』の声がリビングに聞こえてきました。

 

 

 

《おやおや? どうやらお困りのようだね〜♪ そろそろ登場しようと思ってた頃だし、仕事を頼んだ張本人が出てこないのはマズいよね~》

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 神々の遊戯

突然聞こえてきた『三人目』の声は、神様と同じように頭の中に直接話しかけてきました。

私だけが聞こえたのかと思い、恐る恐る小春の方を見るとどうやら彼女も同じようです。

 

「何者だ! 姿を見せよ!」

 

《んもぉ~、そんなに身構えないでよ~。怪しいもんじゃないって。・・・ね?》

 

「・・・へ?」

 

最後の『ね』と同時に、自分の肩にポンッと効果音が鳴りそうな感触を感じた。私はその感触の正体を知りたくて、すっとんきょうな声を上げてしまった事は忘れていた。

今度は小春の時よりもいっそうゆっくりと後ろを振り返ると・・・

 

《ホラ、寝違えたんじゃないんだからパッと振り返りなよパッと!》

 

・・・途中で勢いよく頭を掴まれ、グイッと回された。

 

目に飛び込んできたのは女性。腰まで伸びたストーレートの金髪が最初に目に入った。背丈は圭太郎さんより少し小さいけれど、すらっとした身体つきが影響してかそれ程小さいという風には見えない。誰もが認めるような、大人の女性だった。

 

何よりも強烈に印象に残るのはその女性の服装。見ているだけで寒くなりそうな程にお腹の部分がパッカリと開いた・・・布。

・・・私はあまり比喩が得意でないからこういう言い方しかできないけど、端的に言えば向こう側が見えそうなくらいスケスケな布を体中にゆったりと巻きつけているようにしか見えない。

一目で並大抵の人ではないと分かる。

 

小春も驚いたのか、目を真ん丸にしている。

 

「ええと、こういう時は・・・」

 

《そうそう、言う事があるでしょ、言う事が♪》

 

私は鼻から空気を吸い込んで、近所迷惑にならない程度の大きな声で叫んだ。

 

「圭太郎さーん! 言葉で説明できないくらい『いけない』女の人がいまーす!!」

 

《・・・へっ?》

 

「うむ、そなた、痴女という部類の人間だろう?」

 

《い、いやいや・・・!》

 

すると私達の声を聴いたのか、圭太郎さんが二階からドタドタと駆け降りてきました。

 

「どうしたんだエリー! 小春! ・・・!?」

 

《お、やっと来てくれた! ホラ、君から二人に言ってやってよ!!》

 

「・・・」

 

《・・・?》

 

「・・・森へお帰り。ここはアナタがいられる場所じゃないんだ・・・」

 

《今度は蟲扱い!?》

 

 

 

 

 

 

さて、いきなり現れたこの痴女の対処に困っていると、ナミちゃ・・・神様が現れた。きっと状況説明をしてくれるのだろう。下の階で何が起こったか分からなかったのでダレンは上に残してきた。

 

〈全く・・・皆さん夜中に騒いでどうし・・・〉

 

《おぉ! 久しぶり、ナm

 

〈圭太郎さん・・・何故痴女を家に上げているのですか? 私はこのような人を転生させた覚えは無いのですけれど・・・〉

 

っておーい!! 怒るぞー、そろそろ怒っちゃうぞー》ピキピキ

 

彼女の蟀谷に怒りマークが浮き上がってきたようだし、そろそろ本格的に真面目な説明をしてもらおう。

・・・ていうか、何で俺達は会ったことも無い人を弄って遊んでいたんだろう・・・? 俺はまだしも、エリーと小春は確実に毒され始めてるよなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

〈ほら、そろそろ機嫌を直して下さい〉

 

《ぶ~・・・元はと言えば、そこの二人が悪フザケするからだぞ~・・・》

 

実際に「ぶ〜」って口に出す奴初めて見たわ・・・

目の前の痴・・・女性は、機嫌が悪そうに唇を突き出し俺の隣に座っているエリーと小春に視線を送る。

 

「ははは・・・」

 

「まぁまぁ、社交辞令というやつだ」

 

《それ絶対使い方間違ってるよね!? ・・・もぉ、君がちゃんと二人の事を見てないせいだよ・・・?》

 

今度は俺の方を見てきたのだが、正直に言って反応に困る。

 

「こっちから色々質問すると面倒臭そうだから、神様にパスってことで」

 

〈良いでしょう。では私が説明します〉

 

 

 

 

 

 

〈この人・・・いえ、この神の名は『クロノス』。圭太郎さんには既に伝えましたが、貴方達が今やっているこの『仕事』を頼んだ張本神です〉

 

「張本人の『人』を『神』に変えたんですね。面白い面白い」

 

〈祟殺しますよ?〉

 

ナミさんは目も顔も笑っていなかったので、本当にヤバそうだと思って口を噤んだ。

 

《ども~。流石にね、元はと言えばナミちゃんに頼んだ事だとしても君達に顔を見せないのは失礼だと思ってね~》

 

「へぇー。あなたが、神様がホームステイしたっていう・・・」

 

以前、神様がそんなことを言っていたなぁ、と思い出した。

 

《そそ、良く知ってるね? ナミちゃんから聞いたのかな?》

 

場が落ち着いたので、俺は、まだよく見ていなかったクロノス神の姿をしっかり覚えようとして、彼女の方を見た。

青い目をしたパツキンの美人さんだったのでパッと見は外国人のようだったが、よくよく見てみるとテレビとかで見るような外国人の人達とは顔立ちが違う。明るく朗らかな性格が滲み出ているような、自然な笑顔を常に振りまいている人の顔だった。

イザナミ神をクールビューティーな大和撫子だとすると、クロノス神は明るくて天真爛漫な女性だ、というのが俺の第一印象だった。

俺がもっと詩的な表現に富んだ思考をしていればこの2人の神様達を『太陽と月』に例えたのだろうが、そう考えるとそれはあまりにも月並みな表現だと思ったので、見たまま感じたままを受け止めるだけにしておいた。

 

「ほーむすてい・・・?」

 

〈以前、私がクロノスの所でお世話になった事があるんですよ〉

 

「おぉ、そういうことか」

 

「それで納得出来る小春の思考回路が分からないよ・・・」

 

顔立ちと印象については結構覚えた。しかし、避けて通れない箇所が1点。

・・・その格好、どうにかなりませんかね?

 

言葉に出すと完全にセクハラなので心に留めておくだけにするが、クロノスさんの女性らしい豊満な身体つきを外界から守っているのは、長くて薄い布だけ。しかも、大事なところはしっかりと隠しつつそれを身体中にゆったりと巻きつけているのだから、目に毒なことこの上無い。少し目を凝らせばその向こう側が見えてしまいそうで、見ているこちらが恥ずかしくなる。

鳩尾の辺りからへその下まで猫の目の形のように大きく開いた布と布の間の空間は、最低限度に隠された上下共に主張の激しい部分をかえって引き立てるように、その胴体のラインをこれでもかと露わにしている。

ミニスカートのように巻き付いた布から下は絶対領域など御構い無しに、脚線美を描く太腿から爪先までが大胆に晒されている。ある程度、例の薄い布は巻き付いているものの、もはやそれはストッキング以上の意味をなしていなかった。というかストッキングより見えてる。

 

総括すると、大多数の男の子が大人の階段を登ることになり、ビーピーオーに引っかかり、対象年齢が15歳以上になるような・・・エリーの言葉を借りるなら、『いけない』女性です。

ーーーここまで長々と分析した自分を殴りたい。

 

 

 

 

 

 

「ところで・・・今俺達がやってる事を、クロノスさんがやってたんですよね? どういう風にやってたのか教えてくれませんか?」

 

《んー・・・厳密に言うと、全く同じ事をやってたって訳じゃないんだよねー》

 

「・・・と言いますと?」

 

《アタシがやってたのは『世界をくっつける』仕事なんだー》

 

「・・・ごめんなさい、もうちょっと詳しく・・・」

 

俺がさらに詳しい事を聞こうと質問したが返ってきた答えは簡単そうで難しかった。エリーは自分がよく理解できていないことを申し訳なさそうにしながら、クロノス神に再度問いかけた。一方の小春は対照的に、黙ったまま静かに話を聞いている。理解できているのかいないのかは定かでないが、彼女なりに真剣に考えて理解しようとしているのが伝わってくる。

 

《そうだね・・・簡単に言えば、同じ樹形図上のほとんどそっくりな二つの世界・・・良好な状態のプラスの世界と、ちょっとヤバい状態のマイナスの世界をくっつけてプラマイゼロにしてたんだ。でも、それだと効率が悪くてねー・・・世界の可能性も蔑ろにしちゃうし。アタシだけじゃ手に負えなくなっちゃったんだ》

 

〈そこで私はクロノスからそれを手伝って欲しいと頼まれたのです。ホームステイの恩義がありましたし、断る理由も無かったので引き受けました〉

 

「暇神(ひまじん)ですもんねー」

 

〈・・・ん?〉

 

「あ、スンマセンシタ・・・」

 

・・・触らぬ神には祟りなし、だな。

 

〈私はその方法を変えるべきなのでは? と提案しました。色々と調査をしていく内に発見があったのです〉

 

《アタシから説明するね》

 

《それは、世界がバランスを崩してしまう原因について。本当はもっと色々あるんだけど、1番多いのは『人々が抱える心の闇』だったよ》

 

「あのー・・・すみません、私には異世界と並行世界の違いがあまりよく分からなくて・・・」

 

《あぁ、気にしなくていいよ? 難しい話だからね》

 

《例えば、この世界には『圭太郎君が生まれた』場合と、『圭太郎君が生まれなかった』場合のそれぞれの世界があるんだ。ここは前者の世界。こういう風に、世界が始まったそのスタート地点からいろんな可能性によって世界の構造がちょっとずつ分岐しながら変わっていく・・・樹形図みたいにね。それが並行世界》

 

「・・・はい、なんとなく分かりました」

 

《でも『異世界』っていうのは、世界の基本構造そのものが全く違う、異なる世界のこと。この世界から見たエイブリーちゃんの世界は異世界になるね。基本構造が全く違うっていうのは説明しづらいから省略するけど、要は、この世界を一本の『樹』だとしてその世界の並行世界を樹の『枝』とすると、異世界っていうのは全く別のもう一本の『樹』なんだよ。どれだけ枝分かれして可能性を広げても、枝を遡っても、絶対に辿り着くことのない全く別の異なる世界・・・それが異世界なんだ》

 

「という事は、妾の生きていた時代とこの圭太郎の時代・・・世界は、並行世界というやつか?」

 

《そう、その通りだよ。この世界とエイブリーちゃんの世界は異世界同士の関係にあるけど、この世界と小春ちゃんの世界は異世界ほどの違いはなくて、並行世界同士の関係なんだよ》

 

「つまり俺は、エリーと小春の2人で異世界と並行世界の2パターンの人々と会ったってことか。なんだかお得な気分だな」

 

〈話を元に戻しましょう。忘れてはならないことがもう一つ。バランスを崩し、崩壊してしまった世界は・・・二度と元には戻せません。

・・・皮肉な事ですが、神々の中には敢えて世界を崩壊させ、新しい世界が生み出されることが無くなれば仕事が増える事も無い、と考えている者達もいます。

ですが私は・・・生きとし生けるもの達の『可能性』を見てみたい。数多に連なる無限の世界の中で、彼らが私達に何を見せてくれるのか。・・・その可能性を蔑ろにしない為にも、私はこの仕事を引き受けたのです》

 

世界の・・・生き物の可能性を無くさないために・・・か。

これは、俺がその事を他人事のように考えているからそう思ったのだが、世界が崩壊してそこから続くことがなくなってしまったとしても、それもその世界の可能性の1つであり運命だった、とは考えられないだろうか。

今それを口に出すことは色々マズイと思ったので、そんな考えを心の中にしまった。

 

 

 

 

 

 

ここで俺は、イザナミ神にいつか聞こうと思ってずっと聞いていなかった事をふと思い出し、それを聞くことにした。

 

「そもそも、『世界が崩壊する』って何なんですか? 人の負の感情がそれを引き起こす原因になっている理由も含めて教えて下さい」

 

最初に口を開いたのはイザナミ神だった。

 

〈説明不足になってしまい、すみませんでした。私たちが言う『世界の崩壊』とは、『世界の可能性の消失』を指す言葉です〉

 

〈先程説明した通り世界には分岐点があり、その数だけ平行世界が存在します〉

 

〈ですが、全ての事象に対して分岐が生じるわけではありません〉

 

「世界がある出来事で分岐する時と、そうでない時があるんですか?」

 

自分の中での確認の為にも、一旦「このような考え方で良いのか」といった気持ちで神様に疑問を投げかけた。

 

〈えぇ。その通りです〉

 

〈貴方も少しは耳にしたことがあるでしょう、世界には『修正力』という力が働いています。世界の歴史はある一定の道筋で進み、例え少しばかりその道から外れたとしても、最終的に本来の歴史へと収束する力のことです〉

 

「ちょっとやそっとの事では歴史は動かない、と?」

 

《流石だね〜♪ ナミちゃんが見込んだだけはあるよ》

 

これくらい誰でも分かることだと思うけどなぁ、と考えつつ、お世辞を受け取ったつもりで「ありがとうございます」と言っておいた。

 

〈先程クロノスは、貴方が生まれたかそうでないかの2通りの世界があると説明しました〉

 

〈ですが、例えばここでボールを上に放り投げ、キャッチしたとします〉

 

イザナミ神はそう言いつつ手振りを加える。

 

〈この場合ではボールをキャッチした場合としなかった場合の2通りに分かれそうですが、実際はこの程度の事象ではこの世界での歴史に大きな影響は無く、平行世界を生む分岐の為の事象としては影響力が小さ過ぎます〉

 

《平行世界はむやみやたらにポンポン増えるものじゃないんだ。世界のもう一つの可能性が生まれるには、それなりの影響力を持った事象の発生が不可欠なんだよ。ーーーまぁそれでも、多いことには変わりないんだけどねぇ・・・》

 

何やらクロノス神が遠い目をしているが、まだ聞きたいことが残っているのでそちらに集中することにする。

 

〈そして、『世界の可能性の消失』とは、歴史に対する影響力が大きい事象が起きない為に平行世界が生まれず、その世界がそこで行き詰まることです〉

 

《特に、その世界の人達が負の感情やネガティブな思考を持っていると、影響力の大きい事象が起きないんだ・・・》

 

あー・・・成る程。だんだん話が見えてきた。

 

「神様達は世界の可能性を守って見届ける為に、異世界や平行世界の管理をしている。けど、世界に負の感情が溜まると、そこの人達が影響力のあるアクションを起こさなくなって世界の可能性が広がらなくなり、行き詰まってしまう」

 

「それを解消する為に俺たちはこういう事を神様達から任されている、って事ですね?」

 

《大正解! ナミちゃんが君を選んだ理由が分かった気がするよ〜》

 

さっきからクロノス神はやたらと俺を褒めてくるが、少しばかりやり過ぎな感じがする。俺は本当に大した事をしていないし、これまでの話をただ要約していたに過ぎない。こんな事で何度も褒められると、逆に何かあるのかと疑ってしまうのは俺だけなのだろうか?

 

「成る程な、概ね理解した。だが何故その仕事を此奴に任せたのだ? はっきり言ってそなた等は神なのだから、超神秘の怪異でも何でも起こす事が出来るであろう。今までもそれを見てきた。・・・何故、人間である圭太郎に?」

 

俺含め、みんなの視線が自然にイザナミ神へと集まる。

 

〈先程も言いましたが、私は生物達の可能性を蔑ろにしない為にこの仕事を引き受けました。それなのに、神である私が生き物達の心の闇を無理矢理取り払ってしまっては先程の発言と矛盾します。・・・ですから、『ヒト』である圭太郎さんにこの仕事を頼み、私はサポートに入ったのです〉

 

「当人の目の前で言っては悪いが、此奴よりも徳の高い人間など他にごまんといるであろう。何故そういう輩には頼まなかったのだ」

 

「どう反応していいか分からん・・・」

 

〈やはり一番大きいのは、彼が私を少しでも『信仰』してくれていた事ですね。それに、目の前に神様が現れるという非現実的にしてそれこそ超神秘の怪異が起こっても、彼なら受け入れてくれると判断した結果です〉

 

「・・・確かにそうだな、よく分かったぞ。礼を言うイザナミ神よ」

 

〈いえいえ〉

 

 

 

 

 

 

《今まで顔を見せられなくてごめんね~? アタシも忙しくて・・・ていうか、アタシ一人にこんな仕事頼むなんて頭湧いてるとしか思えないよね~? こんなん無理だっちゅーの》

 

〈まぁ、時間を司る神なのですから無理もないでしょう。貴女のような神にしか出来ないんですよ〉

 

《そんな風に煽てられたってアタシには効かないぞ~》

 

〈そうですか・・・少し落ち着いたらまた遊びに行きたいと思っていたのですが・・・〉

 

《頑張る! アタシ頑張っちゃう!!》

 

(((ちょろい・・・)))

 

 

 

 

 

 

《そういえば・・・今もお仕事、絶賛継続中なんだって?》

 

「はい。アルビノ姉弟のエラとダレン君です」

 

《ほぉ~中々面白いキャラだね~。・・・で、どう? 上手くやれそう?》

 

「当たり前だ、と言いたいところだが・・・少々難敵だな。・・・主に姉が」

 

「俺が担当してる弟の方は首尾よくいっていると思います。このままいけばきっと大丈夫です。けど、小春の言う通りエラの方はちょっち厳しいかもしれないですね」

 

《うんうん、そっか~大変だよね~。もし困った事があったらいつでも頼ってくれて良いからね~? ナミちゃん程の事は出来ないかもしれないけど》

 

〈何を言いますか。時間を司る神が誰も来ないような古臭い神社に祭られている一介の分霊に劣るなど・・・〉

 

《それはナミちゃんへの信仰が足りてないからでしょ? 『本気』を出せてないだけであって・・・》

 

〈という感じで説明は終わりです。他に聞きたい事はありませんか?〉

 

「んー、今のところは特に無いかな。ありがとうございます、わざわざ来てもらって」

 

「私も、顔を見れて良かったです! 頼もしい神様が増えて嬉しいです!」

 

「イザナミ神とはまた違う神を見れて面白かったぞ。最初に会った時はすまなかったな。これからも頼りにさせてもらうぞ」

 

《待って、ナミちゃん。何? この子達めっちゃ優しいじゃん! 涙腺崩壊しそうなんですけど!! くぅ~羨ましいなぁ!! こんないい子達に囲まれてみたいなぁ・・・》

 

〈今でも十分ですが、もう少し賑やかになったら皆で遊びに行きますよ。クロノスも頑張って下さい〉

 

遊びに行くってどういう・・・ていうか行けんの・・・?

 

 

 

 

 

 

「・・・あ、そうだ。一つ良いですか?」

 

《ん? 何かな?》

 

「クロノスさんは神様の事をナミちゃんと呼んでいますよね?」

 

《まぁそうだけど、それがどうしたの?》

 

「クロノスさんも立派な『神様』なのに、俺たちがイザナミ神を『神様』と呼ぶとあやふやになってしまうと思って・・・」

 

「言われてみれそうですよね・・・」

 

〈私は別に構わないのですが・・・〉 

 

「ですから、本格的に俺達も神様を『ナミちゃん』と呼b〈断固拒否します〉・・・チッ」

 

《えぇ~!? 面白そうで良いじゃん! そうしようよ!!》

 

〈何を言いますか! クロノスと私はお互いに神であり、親しい仲でもあるという事で私がそう呼ばれているだけであって、皆さんにまでそう呼ばれてしまうと威厳が無くなってしまいます! それに・・・〉

 

「それに?」

 

俺が聞き返すと、神様は顔を少し赤らめてこう呟いた。

 

「その・・・皆さんにまでそう呼ばれると・・・恥ずかしいというかなんというか・・・」モジモジ

 

《もぉ~! 可愛いな~このこの~!》

 

〈ちょっ! やめて下さいクロノス! 皆さんが見ていますから!!〉

 

「成程。これが神々の遊戯(あそび)というやつか・・・」

 

〈小春さんも変な勘違いをしないで下さい!!〉

 

「えっと、あの、神様達の遊びって・・・スキンシップが、その・・・は、激しいんですね・・・」

 

〈エイブリーさんまで変な勘違いをしていますから! この・・・離しなさい!〉

 

「それで、どうなんですか? 私も、今の呼び方だと少し不便なんですけど・・・」

 

クロノス神のゴットハンド(直喩)がピタリと止まり、再びみんなの視線が神様に集まる。

 

〈・・・仕方ありません。許可します〉

 

「ありがとうナミえもん!」

 

「ありがとうございますナミゾウさん!」

 

「感謝するぞナミの嬢」

 

〈ーーー言い残す事は?〉

 

上から俺・エリー・小春の順番で言ったのだが、その瞬間、ナミえもんの背後に黒いオーラが立ち昇った。

 

「あ、私先に小春と一緒にお風呂に入ってきますねー!」ダッ

 

「そういう事で、後は頼んだぞ!」ダッ

 

「う、裏切ったな! この薄情者共め!!」

 

〈・・・さて圭太郎さん。少し私とO・HA・NA・SHIしましょうか〉ニコニコォ

 

「待って! 何で俺だけ!? くそっ、入れろー! 俺も一緒に風呂へ避難させてくれー!!」

 

〈慈悲はありません・・・覚悟は良いですか・・・?〉

 

《あーあ、知ーらないっと・・・》ソソクサ

 

「ひ・・・ヒギヤァァァァァ・・・」

 

男性約一名の、恐怖と絶望を孕んだ悲鳴は虚空へと消えた・・・

 

 

 

 

 

 

〈全く・・・良いと言った私が馬鹿でした〉

 

《でも、あんなナミちゃん久しぶりに見たなぁ・・・あ、後で聞こうと思ってたんだけど・・・今良い?》

 

〈・・・? えぇ、構いませんが・・・〉

 

 

《ーーーどうして『生明圭太郎』を選んだの》

 

 

〈・・・その理由は貴女も聞いていたでしょう?〉

 

《エイブリーちゃんと小春ちゃんはあれで誤魔化せるかもしれないけど、アタシは誤魔化せないよ~?》

 

〈何を言いたいんです?〉

 

《り・ゆ・う。もし本当に理由があれだけだったら、彼を選ぶのには足らないよ。『伊邪那美命』を祀ってる神社はこの国中にごまんとあるし、その中のどこかには圭太郎君よりも信仰心の厚い人間がいるはずだよ。それよりももっと大切な『絶対に彼を選ぶ理由』があったんじゃないの?》

 

〈・・・〉

 

《沈黙を肯定ととるか否定ととるかは別として、当の本人・・・圭太郎君も、いつか必ず気付くってことはナミちゃんも分かってるでしょ? それがいつになるかは分からないけど、その時ナミちゃんは・・・》

 

《ま、ゆっくり考えれば良いよ。いつでも頼って良いっていうのは、なにも圭太郎君達だけじゃないからね?》

 

〈・・・・えぇ、分かりました〉



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 団結と決心

イザナミ神とクロノス神が同時に姿を消した後、二階に残してきたダレンの事を思い出して階段を上った。

 

「いやー、待たせて悪かったね」

 

「エイブリーさんと小春さんの声が聞こえましたけど、その・・・大丈夫だったんですか・・・?」

 

「大丈夫だ、問題ない。ちょっと痴・・・じゃなくて、女の人が訪ねてきたからそれの対応をしていたんだ」

 

「こんなに遅い時間にですか?」

 

うぐ、この言い訳は流石に無理があったか? 仕方ないが、無理矢理押し切るしかない。

 

「ま、まぁ、何事も無かったから。ね? それで、これからの事なんだけど・・・とりあえず場所を移そうか」

 

ベランダに吹き込む夜風はいっそう冷たさを増し、話をするには不似合いになってしまった。

 

 

 

 

 

 

ダレンを暖かい室内に招き入れ床に座らせ、先程下の階でエリーと小春に聞いたエラの状態を一部話した。

 

「そうですか、お姉ちゃんが・・・」

 

「ダレン。さっきの言葉を『本物』だと信じて頼みたいことがあるんだが良いか?」

 

「はい、任せてください」

 

「よし、じゃあ初めに・・・」

 

そこからの俺とダレンの会話は十分程続いた。

 

「んじゃそういう事で。頼んだぞ」

 

「はい」

 

ダレンはそう返事をしてから、部屋を後にし下の階へと向かった。

 

そのダレンとすれ違うように、お風呂から上がったエリーと小春が寝室に行く為に二階へ上がってきた。

 

「あ、圭太郎さん」

 

「あ、じゃないよ。さっきは酷かったんだからな」

 

「あ、あぁ、ナミさんの事ですか?」

 

「当たり前だ、それ以外に何があるっていうんだよ」

 

「仕方なかろう。始めにそなたがあのようにふざけてしまっては、妾達も後に続いて同じように言うのが『お決まり』というものだろう?」

 

「ぐっ、そう言われると何も言い返せん・・・」

 

小春の鋭い言葉で俺が口籠ってしまうのを見て、エリーはこっちが本題だといわんばかりに別の話を振ってきた。

 

「それはそれとして、ダレン君に何を話したんですか?」

 

「まぁ、色々話したし色々聞かせてもらったよ」

 

「それで、ダレンは何と?」

 

さっき下でエラの進展状況を聞かせてもらったから、ダレンの事も話して情報を共有しないといけないよな。

そう考えて先程までの会話を掻い摘んで説明する。

 

 

 

 

 

 

「・・・気付かなかったです、ダレン君がそんな事を・・・」

 

「あぁ、黙っているだけの根暗坊主だと思っていたが、心の内ではそのような事を考えておったのか」

 

「エリーは一緒にシチューを作ってくれていたし、小春もエラと話をして何か役に立ちそうな情報を聞き出すのに一生懸命になっていたんだから、気付けなかったのも無理ないよ」

 

「でも・・・」

 

ダレンが心の内で思っていた、エラに対しての『嫌い』という感情に気付けなかったのを気にしてか、エリーの表情が少し曇る。

すると小春はエリーの胸中を察してか、励ましの言葉をかけた。

 

「エリーよ。過去の失敗を振り返るのは大切な事だが、圭太郎も気にするなと言っておるのだからあまり気を落とすな。大切なのはこれからだ」

 

「小春・・・」

 

「そうそう。みんなにはみんなの役割があるんだ。自分たちの手の届かない事は、協力して解決していこう。俺も、エリーに頼って良いよな?」

 

「圭太郎さん・・・」

 

エリーの表情から影が消え、光が戻った。やる気に満ちた良い顔だ。

 

「二人とも、ありがとうございます。・・・任せてください。私は、私にできる精一杯の事をやって、出来ない事は二人に頼ります。ですから、二人も私に頼ってくださいね!」

 

「そうだな、ではこれからもエリーに妾の髪を洗ってもらうことにするか」

 

「それとこれとは別の話。小春はそれくらい自分で出来るようになってよ」

 

「何を言うか! 生まれてこの方一度も切ったことが無いこの長い髪を、妾一人で洗えだと!?」

 

「はいはいはい、話が脱線してるぞー」

 

 

 

 

 

 

「・・・それで、そなたがダレンに自身の本心を気付かせた、と」

 

「ま、そういうことだな」

 

「え、ダレン君に、『自分はお姉ちゃんが嫌いだ』って気付かせて終わりですか?」

 

「まさか、そんな訳ないだろ。・・・実はな、本当はそれを気付かせた後にもっと大切な事を気付かせなきゃいけなかったんだけど、ダレンは自分でそれに気づいたんだよ」

 

「ほぉ、それは一体何だったのだ?」

 

「姉を嫌う気持ちよりも、姉を助けたいっていう気持ちの方が強かったんだって」

 

「! それは・・・」

 

二人は共に驚いた表情をする。

 

「成程。敢えて先程のような感情を認めさせたうえで、か。考えたな」

 

「確かに、エラを助けたいっていう気持ちはすごく大切なものだけど、それだけを再認識させても駄目なんだ」

 

「と言いますと?」

 

「それだと、『自分は姉の事を嫌っている』っていう気持ちに気付いてしまった時に自己矛盾を起こしてしまう。だから、先に認めさせる必要があったんだ」

 

「・・・確かに、その順番は大切ですね」

 

俺とダレンの会話の内容を話し終わり、エリーと小春にも十分伝わったようだ。

 

「てな感じで、ダレンの協力を得ることに成功した」

 

情報共有の時間もそろそろお開きになろうかというムードの中、あくびをしているエリーの横の小春が何やら難しい顔をしているので、気になって声をかける。

 

「小春・・・?」

 

「・・・やはり、圭太郎はすごいな」

 

「?」

 

唐突に言われた言葉に一瞬戸惑い、飲み込むのに少しだけ時間がかかってしまった。

 

「すごい・・・?」

 

「妾はエラに対し、話をして質問をして怒らせる事しか出来なかった。それに比べて圭太郎はどうだ? ダレンの本心を見抜き、後先のことを考え初めにそれを認めさせ、協力とある程度の信頼を得ることが出来た」

 

「信頼を得た、っつーのは言い過ぎじゃない?」

 

「謙遜するな、妾達が先程階段でダレンとすれ違った時、あやつの顔が明らかに変わっていたぞ」

 

「あー、確かに。ダレン君の顔、お風呂に入る前とさっきとじゃ全然違うと思いました。何か、心に引っかかっていたものが取れたような・・・」

 

エリーも思い出すように言い、小春の後に続いた。

 

「いやな、そなたが妬ましい、等と言うつもりは無いのだ。単に、そなたに感心している。妾にとってハンナ姉弟はこの仕事を始めてから最初の逆転生者だが、そなたにとっては3人目と4人目であろう? 経験を積むと、そこまで円滑に事を運べるようになるのだなぁ、と。そう感じたのだ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、自分と比べるのはよしてくれ。今回は逆転生者が二人同時だから俺と、小春・エリーに分かれて対処する事になったけど、俺が意図して早くダレンとの距離を縮めようとしただけ。それは、エラをなんとかするにはダレンの協力が必要不可欠だと判断したからだ。それは小春も考えていたんだろう?」

 

「まぁ、それもそうだが・・・」

 

さっきエリーから聞いた話によれば、小春は

 

「エラは先程『ダレンはワタシがいないと駄目』と言っていたのに対し、『エラはダレンがいないと駄目』でもあるという事が分からないのか?」

 

とか、

 

「エラは『ダレンの面倒を見ている』という自分の状態に縋(すが)っているのだ。自分の弟を『だし』にする事で自らの存在意義を保っている」

 

なんて言ってたらしいしな。

 

「ちゃんと気付けてるじゃないか」

 

「し、しかし、妾はエラを怒らせて・・・」

 

「エラは気の強い娘だから、あれくらいしないと駄目だと思う。小春もそう判断して、あぁいう風に言ったんだろ?」

 

「むぅ・・・」

 

「なら、それで良いじゃないか。小春だって、小春に出来る事を精一杯やった。それ以上のことなんて求めないよ」

 

と、諭すように小春に言った。肝心の彼女の反応を確かめる為に、少し外していた視線を再び彼女へと戻すと・・・

彼女の足元に、ポタポタと水滴が落ちていた。

それが小春の流した涙だと判断するのに、一秒も要らなかった。

 

「小春・・・?」

 

立っていた状態から膝を曲げ、先程ダレンにしたのと同じ様に目線を合わせる。

いつの間にいなくなったのか、エリーはもう寝室に行ったようだ。あくびもしていたしな。

 

「グスッ・・・すまな・・・い・・・」

 

「どうして謝るんだ」

 

「折角・・・そなたとエリーが・・・腕をふるって作っ・・・た料理で、ハンナ姉弟が少し心を・・・開いてくれたというのに・・・ヒグッ・・・」

 

「ちゃんと聞いているから、落ち着いて話して?」

 

「それを、妾が・・・台無しにしてしまったのではないかと、そう思って・・・!」

 

普段、さっぱりとした性格で、エリーとは別の方向でしっかりしていると、そう感じていた小春。

エリーもこういう風に泣いた事はあったけど、普段の身振りを見ているとそのギャップからか、かなり心にくるものがある。

・・・やっぱり、肝が据わっていて度胸もあるといっても、小春も女の子なんだな。

 

「さっきも言っただろう? あれは必要な事だったんだ。俺とエリーが料理を作ったのだって、エラが何か食べさせてって言ったからだ。確かに、あの一連の出来事でハンナ姉弟は少し心を開いてくれたのかもしれない。けど、それはあくまでも予定外の副産物だ。もしそれが無くなってしまったのだとしても、どうってことないさ」

 

俺の言葉で緩んでいた涙腺がさらに緩んだのか、涙は先程よりもずっと多く、小春の頬の上を撫でて顎先へ落ちていく。

 

「・・・すまなかった、こうして心の内を打ち明けなければ、押しつぶされそうだった・・・」

 

「お互い頼り合っていこうと言っただろう? それに、小春の心の闇だってこれからも、いつでも取り払ってやるさ」

 

「圭太郎・・・」

 

「さ、もう夜も遅い。早く寝よう」

 

「あ、圭太郎・・・」

 

今夜は本当にいろんな事があったけど、もう日付が変わりそうな時間。小春に、早く寝床につくように言う。

自分もそろそろ眠気がひどくなってきたし、風呂に入ってから布団に入ろうと回れ右をすると自分の服の裾を引っ張られる。振り返ると小春がキュッと掴んでいた。

 

「ん?」

 

自分の部屋に向かおうとした俺を小春が呼び止めた理由は分からないが、とりあえずもう一度彼女へ向き直る。

 

「そ、その・・・だな・・・性にもなくそなたの目の前で涙を流してしまうと、明日の朝、そなたと顔を合わせられん・・・だからな、妾の心に後味の悪いものを残さないよう、今ここでしてもらいたい事があるのだ」

 

「してもらいたい事?」

 

「・・・妾の頭を撫でてくれないだろうか」

 

「・・・へっ!? いや・・・だって、平安の貴族の女性は自分の命と同じくらい髪が大切で、異性は愚か侍女みたいな限られた人にしか触らせないんだろう? それを俺なんかが・・・」

 

「ふふ、妾はもうそのような事は気にしておらん。そなたが言うように、妾の命を撫でて慰めよと言っておるのだ。どうした? 早くやってくれ。エリーにやって、妾にやれない等とは言わせんぞ?」

 

いつもの調子に戻ってもらうのは良いんだけど、それで優位に立たれて主導権を握られるのは・・・

つーか、こっちもなかなか恥ずかしいの知ってて言ってるだろ。

 

「・・・これで良いか?」

 

少し前にエリーにやった、ワシャワシャという撫でまわすようなやり方ではなく、猫を毛並みに沿って撫でるような優しいやり方をする。

 

「ん・・・悪くないな」

 

「・・・もういいか?」

 

「うむ、今日の所はこれくらいで許してやる。そなたはまだ風呂に入っておらんのだろう? ゆっくり浸かってこい」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ」

 

今の小春みたいに、エリーもまた不安定になるかもしれないってことを頭の片隅に置いておこう。彼女達の心の闇を取り払い、救う事は出来たのかもしれないけど・・・本当の意味で助けた、っていうのとは違う。きっと、今はまだ通過点だ。これからも二人の心の闇と付き合っていくことになるだろう。

 

「そういえば、そなたはダレンに何をするように言ったのだ?」

 

ふと、別れ際に小春が俺に聞いてくる。

 

「あぁ、それは・・・」

 

 

 

 

 

 

ダレン・・・遅いわね・・・

 

ワタシ達で使うように、って用意してくれた二つの布団のうちの一つに入っている。

圭太郎に連れて行かれたダレンがなかなか戻ってこないから、全く眠くならない。

すると、扉がスゥーっと開けられ、ダレンが部屋に入ってきた。

 

「ダレン、大丈夫だった? 何も無かった?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「そ、そう・・・なら良かったわ」

 

・・・少し驚く。こちらの世界に来てからダレンは碌に喋らなかったものだから、ワタシの質問に普通に答えたのが意外だった。

 

「・・・お姉ちゃん」

 

「え・・・?」

 

また驚く。ダレンの方から、ワタシに話を振ってくるなんて、めったにない事だったから。

けどそれは、次の驚きに比べればなんてことない、ちっぽけなものだった。

 

 

 

 

 

 

「僕、決めたよ。もうお姉ちゃんに悲しい思いはさせない。今度は僕がお姉ちゃんを・・・『エラ』を守るんだ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 姉弟と兄妹

・・・朝。『襖(ふすま)』って呼ぶらしい戸の向こう側から、複数人が動き回ったり何かをする物音が聞こえてくる。いつもは日が昇り始めて明るくなりかけている頃に目を覚ますのに、久しぶりに暖かい布団に入ったから深く眠ってしまった。

 

チラリと目線を横に流す。昨日の夜・・・いや、正確には今日の0時を過ぎたあたりかな、ダレンに言われた意外すぎる言葉が今も頭の中で何度もリピートしている。

 

「僕、決めたよ。もうお姉ちゃんに悲しい思いはさせない。今度は僕がお姉ちゃんを・・・『エラ』を守るんだ」

 

言われた時はもう何が何だか訳が分からなくて、理解するのにしばらく時間が掛かったけどそれはまだ少しだけ続いている。まさかダレンがそんな事を言うなんて考えもしなかったし、ワタシを「エラ」って呼んだことなんてただの一度も無かったのに・・・

 

当のダレンの姿は無く、布団が綺麗に畳まれていた。

 

あの時のダレンは、言うなれば別人。そう、身体はそのままで中身だけまるまるすり替わったような、というのがワタシの率直な感想。

だからこそ、不安になってしまう。別に、少し明るくなったとかそういう程度の変化だったらワタシも受け入れられるけど、これは程度が違い過ぎる。例えばの話、朝起きたら自分の弟が妹になっていた、とか。言い過ぎかもしれないけど、ワタシはそれくらい衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

隣に畳まれている布団と同じように自分の布団も畳み、ショボショボする目を擦りながら戸を開ける。食器を運んでいるダレンと目が合った。

ワタシは少しビクッとしてしまう。ダレンにまた「エラ」って呼ばれたらどんな反応をしていいのか分からなかったから。

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

「お、おはよう」

 

けどダレンの私を呼ぶ声は、いつも通りの「お姉ちゃん」だった。

 

「あ、おはよう、エラ。良く眠れた?」

 

「まぁ・・・」

 

ダレンの後ろについてふきんを持ってきたエリーにも挨拶をされたので、返事をしておく。

 

・・・お腹のあたりがきゅうっとしてきた。このままの流れだと、小春に会ってしまう。昨日の今日だから彼女とは話し辛い。同じ家の中にいるのだから、会わないなんてことは無いだろうけど気まずい。

ワタシはエリーに、小春はどこにいるのかと恐る恐る尋ねる。

 

「ねぇエリー、その・・・小春はどこにいるの・・・?」

 

「小春? 小春なら圭太郎さんと台所に・・・」

 

そう言われたので、そろ~りと台所の方を覗く。すると・・・

 

 

 

 

 

 

(うわぁ! なにやってんだ小春! 危ないからはやく離せ!!)

 

(何を言うか! 妾にだって菜切り包丁くらい扱えるわ!!)

 

(その菜切り包丁を二刀流で逆手持ちしてる奴が何言ってんだ!!)

 

(ええい! 構うな! 妾の好きなようにさせろー!!)

 

(ゆ”る”さ”ん”! 生明家の破滅を見過ごす訳にはいかない!!)

 

(あくまでも刃向うというのか・・・ならば妾を止めてみよ! 覚悟!!)

 

(刃をこっちに向けているのは小春の方だろうが! うおおおおおおおお!!)

 

 

 

 

 

 

「・・・アナタ達、いつもこうなの・・・?」アアア! ユビ、ユビキッタァァァ!!

 

「え? 一般的な家庭の調理風景だよ?」ケ、ケイタロウ!? イシャ、イシャハドコダアアアァァァ!?

 

「それを本気で言ってるならお医者さんに行って毒を抜いてもらう事を勧めるわ」

 

「とりあえずそれは置いておくとして、エラも手伝ってくれないかな?」

 

「(とりあえずで片づけるんだ・・・)分かったわ。ワタシは何をすればいいのかしら」

 

「んー、それじゃあ、箸を人数分並べておいて」

 

二つ返事で了承したのはいいものの、肝心の箸の場所が分からないことに気がついた。エリーに聞いても良いんだけど、ついさっき「分かった」って言ったばかりだから何となく聞きにくい。すると・・・

 

「お姉ちゃん。箸は棚の上から二番目のところに入ってるよ」

 

「え? あ、あぁ・・・分かったわ」

 

オロオロしているワタシの様子に気付いたのか、ダレンがワタシに箸の場所を教えてくれた。

 

「・・・って、いつの間に覚えたのよ?」

 

「さっき見たんだ」

 

「そう・・・」

 

ダレンに助けられた。本当はここで「良かった・・・」と思うのが当然なんだろう。けど、ワタシのさっきの返答は少しムスッとして素気ない言い方だった。

それから朝食の準備は着々と進んで、全員が席に着いた。・・・若干一名は指に何かを巻いていたけど。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

ダレンは一番最初に食べ終わり、そそくさと食器を台所まで持って行った。

そんなに早く食べて何をするのかと思ったら、ダレンは食器洗いを始めた。

 

「あ、ダレン、気にしなくていいよ俺がやっておくから」

 

「折角食べさせてもらったのでこれくらいやらせてください。それに、その指じゃ痛むと思いますよ?」

 

「んー・・・それもそうか。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

「ワ、ワタシもやるわ!」

 

このままダレン一人にやらせるのが心配なのと、何だかワタシが置いて行かれている、みたいなのが嫌だったからすぐにご飯を口の中に掻き込んで台所へ向かう・・・筈だった

 

ガッシャーーーン!!

 

「だ、大丈夫!?」

 

エリーの悲鳴に近い声が響く。

ワタシは、急いで台所に向かおうとしていたせいで手元が狂い持っていた食器を床に落として割ってしまったのだ。

 

「あ・・・」

 

やってしまった、という気持ちと怒られるかもしれないという恐怖の念に苛まれて、割れて広がった食器たちの破片を見つめることしか出来ずその場から動けない。

どうすることも出来ずに数秒間が過ぎ去ったが、ワタシにはその時間がもっと長いものに感じられた。

・・・だけどワタシは、引き伸ばされた数秒間の中から呼び戻された。

 

「お姉ちゃん、怪我は無い?」

 

ダレンがワタシを覗き込んだ。ワタシと同じ色の目で。

ダレンはそのまましゃがみこみ、割れた食器を雑巾で掴んで袋の中に入れ始めた。

 

「何を固まっておるのだ、そこにいては足を怪我するぞ」

 

小春にそう言われたことで意識が鮮明になる。破片を踏まないように後ろに下がり、ダレンとエリーがせっせと拾い集める。

 

自分も何かしなくてはいけないと思って行動しようとするけど、食器を割ってしまった事で心が動揺し、思うように動けない。

その時、後ろから肩を掴まれてビクッと体が震えた。首だけで振り返ると、圭太郎がワタシの肩を掴んでいた。

 

「ちょっとビックリしちゃったかな? 細かい破片が落ちていると怪我をするから、一旦こっちで落ち着こう」

 

「・・・」

 

返事も出来ないまま、ただこの場所から離れたくて言われたとおりに圭太郎についていく。

 

 

 

 

 

 

 

ワタシは圭太郎の後を付いて歩き、彼の自室らしい部屋に招き入れられる。小奇麗に整えられた部屋で、少し緊張する。ベッドに腰掛けるように言われたのでその通りにする。

 

「怪我はしなかった?」

 

「・・・えぇ」

 

「まだ心臓が驚いてるかな? 少しここで落ち着くといいよ」

 

さっきから速くなりっぱなしの心臓の鼓動を早く落ち着かせようと、苦しくなった胸に両手をギュッと当てる。

 

「そういう時は、深呼吸をするんだ。鼻から息を吸って、長ーく吐き出すようにしてみて?」

 

「・・・やってみるわ」

 

圭太郎に言われた呼吸法をしばらく繰り返す。段々と鼓動と気持ちが落ち着いてきて、数分後には元に戻ってくれた。

 

「どう? 落ち着けた?」

 

「えぇ、おかげさまで」

 

普段通りの会話も出来るようになった。胸を締め付けていたものも、すっかり無くなった。

すると圭太郎は、思い出したかのようにワタシにこう言ってきた。

 

「あ、そうだそうだ。エラに話があったんだった」

 

わざとらしく手のひらを拳で打つ動作をしてみせると、再度ワタシに向き直った。

 

「今日のエラ、ダレンに嫉妬してたでしょ」

 

「・・・へ?」

 

 

 

 

 

 

エリーさんに手伝ってもらい、割れた食器の破片を片づけ終わった。

 

「すみません、手伝ってもらって」

 

「いえいえ、良いんですよ。ダレン君には食器洗いもやってもらっていましたから」

 

とりあえずリビングでくつろごうとエリーさんに提案され、小春さんのいる場所までお菓子を持っていく。

 

「おぉおぉ、煎餅を持ってきたか。大義であった、褒美をやる」

 

小春さんはそう言って器用にお菓子を割ると、その半分を僕に差し出した。

 

「これを僕に・・・?」

 

「そうだ。どうした? 食わぬなら妾が食べてしまうぞ」

 

「じゃあ、いただきます」

 

僕が手渡されたお菓子を頬張っていると、小春さんが不思議そうに自分の顔を覗くものだから恥ずかしくなってしまう。

 

「あの・・・僕が何か・・・?」

 

「いや、昨日のお前の行動を思い出すと、そんなにも無警戒で手渡された食べ物を口に入れるのが不思議でな」

 

「あ・・・」

 

「まぁまぁ、朝ご飯でお腹が動き始めたから小腹が空いたんですよね?」

 

「え・・・? あぁ、まぁ」

 

「それにしても随分と活発になった。昨日の夜に圭太郎から大部分の話は聞いたが、これ程までに豹変すると本人なのか疑ってしまうな」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

「謝れと言っているのではない。ただ、お前の心境にどのような変化があったのかを聞きたいだけだ」

 

「私も気になるなー」

 

2人が僕を見る。このままでは落ち着けないし、何とかしなくてはいかないと判断する。

 

「僕はずっとお姉ちゃんに助けられて、頼ってばかりだったから・・・今度は僕がお姉ちゃんを守りたい。もう、お姉ちゃんが辛い目に遭わないように」

 

「志は立派だな。だから今朝から妙にてきぱきと動いていた訳だ。それで自分がしっかりやれる事を証明しようとしていたのか? 案の定、圭太郎がそうするよう言ったのだろう」

 

小春さんにはお見通しだった。恐らくエリーさんもそうだろう。

 

「ダレン君は立派にやっていましたよ。手伝いもちゃんとしてくれてるし、手際が良いですからね」

 

「確かにそれは認めざるを得ないな。昨日の根暗坊主が一丁前に手伝いをするのだから、見ていて飽きないぞ」

 

「はぁ、それはどうも・・・」

 

「話しは変わりますけど、エラ・・・大丈夫かなぁ?」

 

僕が溜息を吐くと、エリーさんがお姉ちゃんを心配する素振りを見せる。お姉ちゃんは圭太郎さんと一緒に二階へ上がっていったけど、大丈夫かなぁ・・・?

・・・いや、きっと大丈夫だ。あの人と出会ってからまだ1日も経っていないけど、そう確信させてくれる何かがあるのは間違いないと思う。

絶対に圭太郎さんはお姉ちゃんを何とかしてくれる。

 

 

 

 

 

 

ワタシの胸を貫くように突き刺さったその一言は、自分でも気付かない程に鋭かった。・・・あまりにも鋭すぎて、その時のワタシには気付けなかった。

 

「ワタシがダレンに・・・嫉妬?」

 

「あぁ。おもいっきり顔に出てたぞ」

 

「・・・お得意の説教? 生憎だけどそれは昨日聞き飽きてるわ」

 

「まさか。説教だなんて、そんなたいそうなもんじゃないよ」

 

ワタシは少し頭にきてるっていうのに、目の前のこの人が余裕そうに、飄々としてるのが頭にくる。

 

「じゃあ何だっていうのよ」

 

「さっきも言っただろ? ただエラと話をしたいだけさ」

 

「その話の開口一番があんなのじゃ聞く気にならないわ」

 

「まぁまぁ、そんなこと言わずに」

 

圭太郎はそう言って隣に腰掛けてきた。

 

「今日のエラ、何だか様子が変だったぞ? 調子でも悪いのか?」

 

「な、何よ急に・・・まぁ、少し寝ぼけていただけよ」

 

「そっか、寝ぼけてた・・・か」

 

「・・・? 何が言いたいの?」

 

「いや、なんかさ、今朝のダレンはすごくよく手伝ってくれてしっかり者に見えたから、まるでダレンがエラのお兄ちゃんみたいだったなぁ・・・って、そう思って」

 

『ダレンがエラのお兄ちゃん』

この言葉を聞いた瞬間、何故かは分からないがワタシの中に明確な「怒り」の感情が湧きあがった。

 

「・・・何ですって?」

 

「ははは、そんなに怒らないでくれよ」

 

「馬鹿にしないで! 何でそう思ったか理由を言ってみなさいよ!」

 

カッとなって、荒い口調で吐き棄てるように言う。

 

「えー・・・だって、朝起きるのはダレンの方が早かったし、ダレンは朝食の準備を手伝ってくれたけどエラは殆どしてないし、最初に食器を洗うって言い出してくれたのはダレンだし、エラは割れた食器をただ見つめてるだけだったし、エラが困った時に助けてたのはいつもダレンだったじゃないか」

 

イラつく。非常にイラつく。それでいて、間違った事は一つも言ってなくてそれをワタシもちゃんと分かってるから言い返せない、ってのが一番イラつく。

 

「・・・一番言いたいのは、ダレンがエラを助けた時に君自身がダレンに『ありがとう』って言ってないことだ」

 

「・・・」

 

そう言われてみれば確かにそうだ。軽い返事をしたり、ただ呆然と立ち尽くしていたりと、ダレンに対して一言も「ありがとう」と言っていなかった。その上ムスッとした顔になったりもした。

 

「それってつまりさ・・・」

 

・・・やめて。

それ以上言わないで。

もう分かったから、分かってしまったから、声に出してワタシの耳にその言葉を入れないで。

 

圭太郎が言葉を発する前にワタシの言葉で遮ってしまえばいいのに、食器を割ってしまった時みたいにワタシの口は動いてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「ダレンが自分よりもしっかりしていてお兄ちゃん面(づら)されるのが気にくわないんだろ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 姉である理由

「エラ・・・大丈夫かなぁ?」

 

エリーは圭太郎とエラがいるであろう二階の方を見ながら、そう呟いた。圭太郎に対して信頼を寄せている筈のエリーのその言葉には、明らかに不安の色が見て取れた。

 

「大丈夫とは、どういう意味で言っておるのだ」

 

「昨日小春がエラと話した時、エラが怒っちゃったでしょ? だから・・・」

 

「ふむ・・・妾としては、少し圭太郎の言い方を意識して言ってみたのだがな」

 

妾が小春に諭された時のように、相手の心の闇の核心を突く鋭い一言で心に隙を作っていく。おそらくこれは圭太郎の得意とするやり方なのだろうし、エリーもそれを見て真似し、妾に対しあのように言ったのだろう。

 

「それにしても不思議だよねぇ、何で圭太郎さんの言葉はああもグサッとくるんだろ? ・・・良い意味でも悪い意味でも。本当に思ってる事とか気にしてる事を一直線に言ってくるから、かなり心にくるんだよねぇ・・・」

 

「同感だ。ダレンも昨晩、圭太郎にこっぴどくやられたのであろう?」

 

「えぇ、まぁ・・・」

 

ダレンは俯きながらそう呟いて頬を掻く。昨日と今日で言動がここまで変わるのだから、ダレン本人にとっては劇的な変化だったろう。

 

「まるで妾達の心が見えているというか・・・いや、妾達の気持ちになってくれているようだ」

 

「あ、何だかその例えだとしっくりくるね」

 

「・・・」

 

ダレンが黙りこくってしまった。何か思うところでもあるのだろうか。

 

「どうしたのだ、ダレン」

 

「あ、いや・・・確かに僕も昨日圭太郎さんにズバッと言われてしまったんですけど、やっぱりお姉ちゃんがそれに耐えられるかどうかが心配で・・・」

 

やはりこの話題に戻ってきてしまう。なにも、その件について心配しているのはエリーやダレンだけではない。昨晩、直接エラに厳しく言った妾の身にもなってみろ。今朝からずっと、まともにエラの顔を直視出来なかったではないか。

 

「なんだ、圭太郎を信用していないのか?」

 

「そ、そんなんじゃないですよ。圭太郎さんは絶対上手くやってくれるって、そう思ってます。けど・・・」

 

「けど・・・?」

 

エリーが問う。

 

「圭太郎さんが『上手くやりすぎて』、お姉ちゃんの心を抉り過ぎてしまうんじゃないかって、そう思って・・・」

 

・・・確かに、その可能性はあるな。ああいう問答に慣れていない妾の言葉でエラがあのような態度をとったのだから、『本業』の彼奴ではダレンの言うようなことになるのは無い事ではない。だが・・・

 

「・・・ふふ」

 

「小春さん・・・?」

 

「ダレンよ、お前は圭太郎の実力を侮っている。彼奴は平安貴族の当主を黙らせる程の器量と度胸を持った人間だ。口が達者なのと心臓の毛深さは妾が保証しよう。そんな彼奴が相手の心への刃物の突き立て方やその捌き方など、身に着いていない筈があるまい」

 

「(小春、『心臓の毛深さ』っていうのは余計なんじゃないかな・・・)」

 

妾の父と面と向かい、妾を引き取ってくれた彼奴だからこそ・・・必ず上手くやってくれると、そう確信している。昨晩「どうってことない」と言ったそなたの言葉、頼らせてもらうぞ。

 

「・・・詳しい事は分かりませんけど、小春さんの言う通りですよね。すみません、いらない心配でした」

 

「うむ、分かれば良い」

 

このまま心配だ心配だと言われ続けてはこちらの気がもたん。どうにか話題を変えられないものか・・・

 

「やっぱり、ダレン君はエラの事が心配になったりします?」

 

「はい、いつもお姉ちゃんに心配をかけてましたから・・・」

 

するとエリーは何を思ったのか、ダレンにずいと近寄って顔を覗きこんだ。

 

「あ、あの・・・」

 

ダレンは恥ずかしいのか、顔を赤らめて視線を逸らす。

 

「やっぱり・・・ダレン君とエラって、顔つきが似てますよね」

 

「え、そうですか?」

 

「二人とも顔の線が細いから、遠くから見たらどっちがどっちなのか全然分からないです」

 

「は、はぁ・・・」

 

「確かにそうだな。一卵性双生児というやつなのかどうかは分からんが、そなたら姉弟は本当に似ているぞ」

 

「僕からすれば結構区別がつくんですけど・・・」

 

「ダレン君ってまつ毛が長いし、二重(ふたえ)だし、まるで女の子みたいで・・・」

 

ち、ちょっと待て、エリーが話を逸らしてくれたのはありがたいが、この雰囲気は・・・!

 

「ち、ちょっとエリーよ! こっちへ来い!!」

 

「へ? ちょ、ちょっと小春!?」

 

妾はエリーの腕を無理やり引っ張って、とりあえずダレンから引き離した。

 

 

 

 

 

 

「え、エリーよ。暗い雰囲気を紛らわそうと話を逸らしてくれたのは助かるが・・・」

 

「(紛らわす?)助かるが・・・?」

 

「いや・・・その・・・あのようにダレンに近寄っては、彼奴も男子であるというか・・・その・・・」

 

「・・・小春?」

 

「え、えぇい! エリーがあのように近づいては、ダレンが気まずいと言っておるのだ! 察しろ!!」

 

目を丸くさせて動揺しているダレンの姿をエリーの後ろに捉えながら、エリーに状況を説明する。だが・・・

 

「・・・? ダレン君が男の子だからって、何か問題があるの?」

 

「だあぁぁぁぁ! 何故エリーもそのような所で鈍感なのだ!? 良くも悪くも圭太郎に影響を受けおって!!」

 

「そ、そうかなぁ・・・?」

 

「と・に・か・く・だ! あまりダレンが動揺するような所作をしてやるな!」

 

「わ、分かったって・・・」

 

「まったく、本当に分かっているのかどうか・・・」

 

 

 

 

 

 

「ダレンが自分よりもしっかりしていてお兄ちゃん面(づら)されるのが気にくわないんだろ?」

 

・・・言われてしまった。昨日小春に言われたことを受け入れたくなくて、無理矢理掻き消そうとしていたのに・・・!

 

「本当は昨日の時点で大体自覚してたんだろ? それを同じくらいの歳の小春から言われたせいもあってか、認めたくなかっただけであって」

 

嫌だ。認めたくない。ワタシはそんな弱い人間じゃない。

 

「違う! ワタシはそんなこと思ってない!」

 

「全く・・・性格は全然違うのに変な所で似てるんだから・・・」

 

「どういう意味よ」

 

「昨日ダレンと話した時も最初は「そんな事思ってない」って言ってたぞ」

 

「・・・ワタシとダレンは違うわ」

 

「ほら。そういうところに滲み出てるんだよ、自分とダレンを区別しようとしているのが」

 

「何よ、それが悪いことだっていうの?」

 

「それ自体が悪いことだって言ってるんじゃない。それで自分をダレンより上にしようとしてるのが駄目だって言っているんだ」

 

「・・・姉が弟より上なのは当然の事よ」

 

「本当にそうか? 何でエラがダレンの姉だって言い切れるんだ」

 

「・・・」

 

「単に、『自分の方が早く生まれたから』なんて言うつもりだったのなら撤回するんだな。小さい頃の記憶が薄れているのに、どっちが早く生まれたかなんて分かる筈もないし、それを証明するものも無い」

 

「・・・そうね、証明することは出来ないでしょうね」

 

「じゃあ何でエラはダレンの姉であろうとするんだ?」

 

何で・・・? そういえば、いつからワタシはダレンのお姉ちゃんになってたんだろう。いや、そもそもの話、圭太郎が言うように実は自分が妹で、ダレンがワタシをお姉ちゃんって呼ぶからそう振舞っていただけ・・・なのかな・・・?

 

「・・・どうした、言えないのか?」

 

「・・・分かんない」

 

「何がだ」

 

「ワタシが何でダレンの姉であろうとするのかが」

 

「・・・そうか、じゃあ質問の仕方を変えよう」

 

これまでの会話中、ずっと下を向いて圭太郎の顔を見ていなかったワタシは、自然と横を向いて彼の顔を見た。

 

「エラがダレンの姉でなければならない理由ってなんだ?」

 

圭太郎がワタシを見つめるその目は、その表情は・・・ワタシの心臓に直接氷を押し当てるように冷酷だった・・・

 

 

 

 

 

 

「ワタシが・・・ダレンの姉でなきゃいけない・・・理由・・・」

 

「繰り返すようで悪いけど、今朝のエラの行動を見る限りでは全く姉らしくなかった」

 

どうして・・・どうしてなの? こういう言葉を小春や圭太郎に言われるから、悔しくて、悲しくて、怒ってしまうんじゃない。「エラはダレンの姉ではない」と言われるたびに、ワタシの心のどこかが削り取られていく。

 

「そう、それこそ・・・ダレンの方が兄みたいだった」

 

次第に怒りの感情が高まって、自分の唇がプルプルと震えだして、食い縛っていた口が開きかけているのに気付く。だけど圭太郎はそれを許さなかった。

 

「エラのその震えている口元を見て今確信したよ」

 

思わず両手で口元を抑えて隠す。

 

「小春の言う通りだった。エラは、『ワタシはダレンの姉、ワタシはダレンよりもしっかりしている、ダレンはワタシがいないと駄目、ワタシはダレンよりも上』これらで自分のアイデンティティとプライドを保っているんだ」

 

 

 

 

 

 

息が荒い。呼吸をしようとすると上手く空気が吸えなくて咽喉元で引っかかる。さっき静まらせた鼓動もまたバクバクしてる。

自分でも気付かない内に、ワタシは圭太郎をベッドに押し倒して胸倉を掴んでいた。

 

「フーッ・・・フーッ・・・」

 

「こらこら、女の子がそんな暴力的な真似をするもんじゃないよ」

 

「さっきから何度もワタシを馬鹿にして・・・! 一体アンタは何がしたいのよ!!」

 

「君を助けようとしている」

 

「嘘よ! そんなの信じられない! 逆にワタシを怒らせてるだけよ!」

 

「そこなんだよ、何でそんなにも激昂するのか? それはやっぱり『姉』に固執しているからだ」

 

「ッ! さっきから何度も同じ事を!」

 

ついにワタシは圭太郎の首に手を掛ける。圭太郎は苦しそうな顔をするが、振り解こうとはしない。

 

「分からないって・・・いうなら・・・俺が、教えて・・・やるさ・・・」

 

息が詰まってる筈なのに、ワタシの目を真っ直ぐ捉えて言葉を紡ごうとしている。その強烈な視線はワタシを怯ませ、手にかかっていた力を弱めた。

 

「『自分しか、ダレンを守れる人がいない。だから、自分がダレンの姉である必要がある』・・・違うか?」

 

 

 

 

 

 

怖くなって、手を離した。自分でも見失っていた心が見透かされているようで、怖くなった。

 

「昨日ダレンから聞いたよ。『お姉ちゃんに何度も助けられた、自分は何も出来なかった』って。そう言っていた」

 

「そ、それは・・・」

 

「素直に、凄いことだと思う。物心がついた頃には両親の顔も分からないのに・・・ダレンを、自分自身を、よく今まで守ってこられたと、感心どころか尊敬の念さえ抱くよ」

 

「な、何よ、急に手のひらを返して・・・!」

 

「確かに、小さい頃から抱いていたその強い気持ちは素晴らしいものだ。けど、それはいつしか『自分の存在目的そのもの』になっていて、それが自分の全てだと思うようになった」

 

ワタシは・・・ダレンを・・・守る為に・・・

 

「だがその気持ちが強すぎて、ダレンを守る前提条件として『姉』という立場を確立する為、守らなければならない筈のダレンを無意識に自分より下に見て、蔑むことで相対的に自分を『姉』という立場に押し上げていた。・・・というよりは、ダレンを下へ下へと蹴り落としていた」

 

自分の発言を頭の中でリピートさせる。

 

(ごめんなさい、ダレンは気が弱くて・・・)

 

(・・・ま、餌を与えればすぐ懐く犬『達』だと思ってるのならそれでも良いけど・・・)

 

(『流石に』ダレンでも自分の身の回りの事くらいはちゃんと出来るわ)

 

(ダレンはワタシがいないと『駄目』だから)

 

「それがダレンの成長を・・・ダレンの『お姉ちゃんを守りたい』っていう願いを叶える機会を妨げていた。要するに過保護だったんだ」

 

今度は、昨日の夜にダレンから言われた言葉を思い出す。

 

(僕、決めたよ。もうお姉ちゃんに悲しい思いはさせない。今度は僕がお姉ちゃんを・・・『エラ』を守るんだ)

 

「・・・気づかなかった。ワタシ、ダレンの気持ちも知らないで・・・聞かないで・・・酷いことを言ってたんだ・・・」

 

 

 

 

 

 

遂に、最後の一線で守られていた彼女の涙のダムが欠壊した。エラは俺の上で、拭うこともせずにただただ涙を流し続ける。

 

「大切なことだからもう一度言う。エラの、ダレンを守りたいっていう気持ちは素晴らしいものだ。けどエラが悪かったのは、その為にダレンを無意識に蔑んで彼の心の声に耳を傾けようとしなかったことだ」

 

「・・・うん」

 

「分かってくれたか? 何で自分がダレンの姉であろうとしたのか。今までダレンにやってきた、良いことと悪いことが」

 

「うん・・・うん・・・!」

 

涙でグシャグシャになった顔で2回頷く。最初より強く、心から分かったというように。

 

もう、何も言わなくて良いだろう。言葉はいらない。こんなに説教くさく・・・ていうか説教して、泣きながら頷くんだから、きっと分かってくれた筈だ。

けど・・・

 

「さ、これからやらなきゃいけないことがあるって分かってるだろうけど、ひとまず俺のお喋りタイムは終了だ。なんだけど・・・」

 

「・・・?」

 

やはり、これだけは言っておかなければなるまい。

 

「取り敢えず・・・降りてくんね・・・?」

 

「あ、うん・・・」

 

首絞められたのは結構危なかったかも・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 姉弟喧嘩の先に

ワタシが圭太郎の上から降りて泣き止んだ頃、彼に「みんなにはその顔を見せたくないだろう」と言われたので、心と鼓動を落ち着かせるためにしばらくじっとしている。

圭太郎も体を起こし、ワタシの隣に腰掛けている。

 

涙を拭って、ふと、圭太郎の方を見る。彼の首に紫色の指の跡がついていた。

そしてアレはワタシがやったのだと再認識すると、罪悪感に苛まれた。

 

「ねぇ、圭太郎・・・その・・・ごめんなさい。首に跡が・・・」

 

「ん? あぁ、これね。最初はビックリしたけど今はもう何ともないよ」

 

そう言って彼は自分の首を手で撫でるのだが、そのせいで首の跡がより強調されて、さらに申し訳なくなった。

 

実を言うと、ワタシが圭太郎の首を絞めた事自体は覚えているのだが、それに至るまでの記憶がない。「気づいたら首を絞めていた」。

そして自分が怖くなった。

分からなくなった。

ワタシは衝動に駆られて突発的にあんな事をしてしまう恐ろしい人間なのだと知って、なんて酷い事をしてしまったのだと激しく後悔した。

すると・・・

 

「・・・ごめん」

 

圭太郎から、予想外の言葉が飛び出した。

 

「え・・・? な、なんで圭太郎が謝るの・・・?」

 

「ちょっとさっきの自分は厳しく言いすぎたのかもしれない。エラが怒るのも無理ないよな」

 

そう自嘲するように言って苦笑いしながら頰を掻く。

 

「そ、そんなことないわ! アレはただ、ワタシが幼いせいでカッとなったから・・・あなたの首を・・・」

 

「・・・このままいっても平行線を辿るだろうから、この辺にしておこう。どっちが悪いとかっていう話はここでおしまいだ。ね?」

 

「・・・・・・うん」

 

と返事をしたものの、まだ納得できていなかった。どんなに圭太郎がワタシに厳しい言葉をぶつけていたにしても、暴力を振るったのはワタシで怪我をしたのは圭太郎だ。

 

・・・すっきりしていないけど、圭太郎にやってしまった事への反省の気持ちを心に留めたまま、少しだけ、あぁいう風に言ってくれた圭太郎の優しさに甘えよう。

だから、言うべき事を言っておく。

 

「・・・圭太郎」

 

「ん?」

 

「・・・ありがとう」

 

「・・・あぁ」

 

 

 

 

 

 

自分の目の赤みが引いたかどうか、鏡で何度も確認した。だけど、他の人が見るとまだ赤いのかも・・・

 

「ねぇ圭太郎、ワタシの目、まだ赤いかしら?」

 

「んー? どれどれ・・・」

 

彼はそう言って体をこちらに向け、ワタシの瞳を覗き込む。

 

「・・・フフ」

 

「・・・何か可笑しい?」

 

「何でもないわ」

 

さっきワタシが圭太郎の首を絞めてしまった時の彼の強烈な目とは違って、珍しい物を見つけた子供のような目でこちらを見るから少し笑ってしまった。

 

「そうだなぁ・・・ハンナ姉弟は2人共もとから目が少し赤いから大丈夫じゃないか?」

 

「そう。ありがと」

 

ワタシは立ち上がる。

 

「行くのか?」

 

「えぇ、ダレンに言わなきゃいけないことがあるから。圭太郎が教えてくれたでしょ?」

 

「だな。難しく言おうとしないで、思った事をそのまま伝えれば良いと思うよ」

 

「そうするわ」

 

「んーと、俺も下に降りるとエリーと小春がうるさくなるだろうから、後で行くよ」

 

それは彼の首についた痣の事と、ワタシを思って言ってくれたのだろう。

 

「・・・ごめん」

 

「それはもう無しだって言ったろ? 俺のことは気にしないで、ダレンのところに行ってやりな。・・・あ、そうだ。エリーと小春をこの部屋に呼んでおいてよ。そうすれば2人が騒いでも大丈夫だ」

 

「分かったわ」

 

ワタシは振り返らないで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「あ、エラが戻ってきた」

 

「どうだ? 圭太郎に何か言われたのだろう?」

 

「圭太郎が、『エリーと小春の2人で俺の部屋に来て欲しい』って言ってたわ」

 

「・・・。そうか、伝言は確かに受け取った。そら、行くぞエリーよ」

 

「へ? え、ちょっ、私まだエラに聞きたい事が・・・」

 

「そんなもの後で聞けばいい。それとも何だ? 妾を『彼奴の部屋で2人きり』にしてくれるのか?」

 

「?・・・!?」

 

「おぉそうかそうか、やはりエリーは気が効くな。どれ、久しぶりに彼奴と語り合いたいと思っていたところだ。エリーの気遣いに甘えてゆっくりと「ほら、さっさと行くよ!」」

 

小春はエリーに引っ張られながらも、ワタシにアイコンタクトをしてきた。・・・きっとそういうことなんだろう、小春もちゃんと分かってるんだ。

 

「お、お姉ちゃん、圭太郎さんに何か言われてきたの・・・?」

 

「えぇ、キッツイのもらってきたわ」

 

「えっ」

 

「ワタシもね、ダレンに言いたい事があるの。少し時間を貰っていい?」

 

「・・・うん」

 

 

 

 

 

 

小春とエリーが二階・・・圭太郎の部屋に行ったようなので、ワタシもダレンを昨晩寝た部屋に連れてきた。

ワタシは正座の状態から脚をずらして楽に座っているのだが、ダレンは緊張しているのかきっちりと正座している。ワタシは別に怒ろうって訳じゃないのに・・・

 

「えっと、お姉ちゃん。僕に話って・・・何・・・?」

 

ワタシはそうでもないのだけどダレンは緊張しているのか、我慢できずに口を開いた。

本来ならワタシも緊張してガチガチになってたんだろうけど、なんだかさっきの圭太郎との会話で吹っ切れたのかな。心に余裕がある。

 

「あまり強張らないで、ダレン。ワタシはダレンを怒ろうとしているんじゃないわ。むしろ・・・」

 

「・・・」

 

「ワタシはダレンに謝りたいの」

 

「お姉・・・ちゃん・・・?」

 

「まず最初に、今朝の事。ダレンに色々助けてもらったのに何も言ってなかったから、今更だけど・・・『ありがとう』」

 

「そんな、僕はただ・・・」

 

そういえば、ワタシが最後にダレンに対して『ありがとう』って言ったのはいつだったかな・・・ここしばらくは全然言ってなかったし、ましてやワタシがダレンに一方的に話しかけてダレンがそっけない返事をするだけだったから。

そんなワタシの方から『ありがとう』って言われて、きっとビックリしてるんだろうなぁ。

 

「あの時ダレンがワタシを助けてくれなかったら、きっとワタシ、何をすればいいのか分からなくて立ちっぱなしのままだったわ。だからきちんとお礼を言いたかったの」

 

「・・・うん」

 

「まぁ、これも言いたいことだったけど、本命はこっち」

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは脚を揃えてきちっと座り直したかと思うと、腰を折って頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

お姉ちゃんが、そう言った。

昔、お姉ちゃんが大人達に謝っていた時の姿と重なった。

 

何をすることも、何かを言うことも出来なくて、ただ頭を下げるお姉ちゃんの姿を見るしかなかった。

しばらくして、お姉ちゃんが顔を上げた。

 

「情けない話だけど、さっき圭太郎に言われて初めて気付いたの。ワタシがダレンに酷いことを言ってたんだって」

 

「ダレンの気持ちを知ろうとしないで、聞こうとしないで、ダレンを押し黙らせて好き放題言ってたわ」

 

「実際ダレンはちゃんと物事をこなせるのに、それをワタシが奪って、部屋の中に閉じ込めて、全部ワタシがやろうとしてた。そうしないと、ワタシの立場がなくなっちゃうんじゃないかって・・・」

 

お姉ちゃんが紡ぐ言葉の波にあっけにとられて、何もいえずにただただ聞くだけだった。

 

「いつの間にかダレンを弟扱いして、下に見て、ワタシの方がしっかりしてるんだ。って、自分が姉だと思って疑わなかった」

 

「・・・今更言っても許されることじゃないけど、これだけは言わせて」

 

お姉ちゃんは僕の目を見て、僕はお姉ちゃんの目を見て、視線を逸らせなかった。

 

「ワタシはいつだって、ダレンを守りたかった。結果あなたに酷い事をしていたけど・・・それだけは信じて。それと・・・」

 

「ワタシを守るって言ってくれてありがと。嬉しかった」

 

・・・なんだろう、心がモヤモヤする。胸のあたりで何かが引っかかって、キュウッと縮まる感じがする。・・・このままじゃ駄目だ。

 

「・・・違う」ボソッ

 

「ダレン・・・?」

 

「それじゃ駄目なんだ!」

 

「ど、どうしたの? 落ち着いて・・・」

 

「それだと、お姉ちゃんだけが悪いみたいじゃないか! 僕だって、心のどこかでお姉ちゃんを悪く思ってた。・・・それに圭太郎さんに言われるまで、お姉ちゃんを助けたい、迷惑をかけたくない、守りたいって言いたかったのに、言えなかった! 伝えられなかった!! 怪我をして、傷ついて帰ってくるお姉ちゃんを見て、何も出来なかった!

守られてばかりで守れなかった僕がお姉ちゃんに『ごめんなさい』って言われたら、僕は・・・僕は・・・!」

 

言っている途中で涙が滲んで視界がぼやけるのも気にせずに、心の内をぶつける。ついに喋るのも辛くなり、呼吸がしづらくて苦しくなった時、顔があたたかいなにかに包まれた。

 

「・・・ダレン、ありがと。もういいの、あなたの気持ちはしっかり受け取ったから・・・」

 

お姉ちゃんが、僕を抱きしめていた。

前は痩せて冷えきった体の感触が悲しかったのに、今のお姉ちゃんはとってもあたたかい。心まであたたまっていく。

 

「・・・ワタシ達、今日からやり直さない? 今度は2人共対等な関係で、お互い助け合って・・・それとね」

 

「・・・うん」

 

「ワタシ、これからも昨日の夜みたいに『エラ』って呼んでもらいたいな」

 

「・・・でも、僕にとってお姉ちゃんはお姉ちゃんだし・・・」

 

「うーん、ワタシをお姉ちゃんだと思うのは構わないから、どっちが偉いとかっていうのをナシにしたいの。この世でたった1人の『家族』で『姉弟』で『兄妹』で『双子』なんだから、2人共一緒がいいな」

 

「・・・うん、分かった」

 

「何よ、そんなムスッとした顔で返事して。そんなふうにしてると今度はワタシがダレンを『お兄ちゃん』って呼ぶわよ?」

 

「そ、それは・・・」

 

「今朝のダレンは頼り甲斐があったし、それはそれで良いかも・・・」

 

「わ、分かった! 分かったからそれは勘弁して・・・」

 

「それで良し。・・・またこれからよろしくね、ダレン」

 

「うん。僕からもよろしく、『エラ』」

 

心は決まった。

大切な姉であり妹であるエラを、これから守っていくんだ。

どんな人からも、どんな事からも、2人が幸せになるまで・・・

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る

 

「圭太郎さーん、来ましたよー」

 

「あ、入っていいよ」

 

「うむ、邪魔するぞ」

 

「何か用事が・・・って、その首はどうしたんですか!?」

 

「何だエリー、大きな声を立てて・・・ってその痣は何事だ!?」

 

(そらみろ、やっぱりこうなった・・・)

 

「あ、これ? 相手に締め技をかけられた時の解き方の練習を・・・「言い訳をするならもっとマシなのにして下さい!!」」

 

「先程の大声から察するに・・・エラか?」

 

「・・・フ、フフフ、そっかぁ・・・そうなんだぁ・・・」ユラァ

 

「え、あの、ちょっと・・・エイブリーさん・・・?」

 

「すみません圭太郎さん。私ちょっとエラを○○○○して▲▲▲で■■■■■のあと✖️✖️しなきゃいけなくなりまして・・・」

 

「止めろ! エリーのキャラが崩壊しかねない放送禁止用語を連発するのは! 小春! 小春からも何とか言ってやってくれ!!」

 

「・・・ん? すまない、今エラを○○○○○○○○しようと考えていて聞いていなかった」

 

「お前もかよ! ていうか○の数多いよ一体何考えてたんだ!?」

 

「私・・・行かなきゃ・・・」

 

「ストオォォォップ!」

 

「圭太郎さん、離して下さい。エラの所に行けないじゃないですか」

 

「くっそ、俺だけじゃ保たない! 小春! 小春も手伝っt「行かねば・・・行かねば・・・」ってまたお前もかあぁぁぁい! もうそのネタはいいよ!!」

 

「駄目だ、片手で2人づつ抑えるとか無理にも程が・・・」

 

「行かなきゃ・・・行かなきゃ・・・」ユラァ

 

「行かねば・・・行かねば・・・・」ユラァ

 

「くそ! おい2人共! 今エラとダレンが大切な話をしてるって分かるだろ! それを邪魔するなんて俺がゆ"る"さ"ん"! それに、この首の事は謝ってもらったからもういいんだ! 早く正気に戻れ!!」

 

「「・・・ハッ」」

 

「あれ・・・私は何を・・・」

 

「ううむ、強い何かに突き動かされて・・・」

 

「よ、良かった! 正気に戻ってくれたのか!!」

 

〈・・・何ですかこの茶番は〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3.5章「ノン・ルフールマン原則」
第二十六話 アフターサービス


黒いオーラが立ち上るエリーと小春を、神様の協力もあって何とか静めることに成功した。

 

あの時あのままエラと一緒に自分も下に降りていたら、すぐそこにいたであろう2人が彼女に襲い掛かるのは確実だったろう。

だが・・・

 

「それはそれとして、普通に危なかったって自覚してます? そんなに紫色になるくらい絞められてたっていうのに・・・」

 

「よもやそなたがエラの力量を侮っていた筈はあるまい。何故解こうとしなかった」

 

・・・はい、絶賛説教タイムです。おのずと正座してしまいます。

 

「いやー、馬乗りされた時にちょっとマズいかなーって思ったんだけど、その方がかえって都合が良かったっていうか・・・」

 

「馬乗り!? そんなの今初めて聞きましたよ!」

 

「今初めて言ったもん」

 

「そういう事を言いたいんじゃなくて!」

 

「そなたの言う都合が良いとは、合法的に麗しい少女を己の上に跨らせるということか?」

 

「・・・は?」

 

「けーいーたーろーうーさーん?」ニコッ

 

「そ、それは誤解だ小春! エリーも、ニコッとは書いてあるけど目が全然笑ってないから!!」

 

小春は狙って言ったのだろう、とても意地悪な顔をしている。

 

「俺にとって都合が良いっていうのは、エラの目をまっすぐ見て言えるから、ってだけだ。決して他意はない」

 

「・・・まぁ、ちゃんと目を見て言った方が効果的なのは分かりますけど・・・」

 

「ふむ、そなたの言う事も一理あるな」

 

納得してもらえたか? ・・・っていうか、これ以上馬乗りの件に関してつっこまれるのは御免だ。

 

「正直俺もビックリだったよ。昨日エラが目を覚まして俺をぶった時は全然力が入ってなかったのに、今日のエラのアレは同年代の男の子くらいの力だったんじゃないかな・・・?」

 

「感心している場合か」

 

「あ、ごめん・・・」

 

「・・・そなたの言い分は理解した。その首も放っておけば大丈夫だろうし、妾はもうその件について口を挟まぬ」

 

「・・・上に同じく」

 

「2人共ごめん、心配をかけて。これからは自重するよ」

 

((どうだか・・・))

 

 

 

 

 

 

2人を説得して説教タイムも終わりにしてもらったので、そろそろ下に降りてもいい頃かと思い3人で静かに降りる。

申し訳ない気持ちを抱きながらそーっと隙間からハンナ姉弟がいるであろう和室を覗く。すると、ちょうどエラがダレンを抱きしめているところだった。

俺の下で覗いているエリーと小春も少し顔を赤くしているようだ。

2人をつついて『これくらいにしておこう』と目で指示を出す。2人共俺の考えている事を理解してくれたようで、覗いた時のようにそーっと立ち去った。

 

 

 

 

 

 

暫くして、エラとダレンが和室から出てきた。2人のすっきりした顔を見る限り、蟠り(わだかまり)は無くなったようだ。

 

「「あ」」

 

襖を開けたらすぐそこに俺達が座っているもんだから、エラとダレンは揃って「あ」と口にして顔を見合わせる。少し恥ずかしいのかな?

 

「2人共、話は終わったか?」

 

「えぇ、おかげさまで」

 

「はい、自分の気持ちをしっかり伝えられました」

 

エラの後に続いてダレンが喋る。

 

「そんで、2人はこれからどのようにしていくんだ?」

 

俺が重ねて問う。答えたのはダレンだった。

 

「これからは姉弟の関係ではなく、より対等な双子として助け合っていくことにしました。僕もようやく『エラ』を支える気持ちがまとまったので」

 

すると、みんなの前でダレンに『エラ』と呼ばれたのが恥ずかしかったのか、当の本人が赤面している。

 

「ち、ちょっと・・・名前で呼んでとは言ったけど、いきなり3人の前で呼ばれるのは・・・その・・・」

 

「・・・え? 頼んだのはエラでしょ?」

 

「〜〜〜ッ! バカ!!」バシッ

 

「な、何でー・・・」

 

あらあら、2人共仲がよろしいようで。やっと二人の間の溝が埋まってきたかな。

・・・昨日と比べれば、本当に仲の良い双子になった。2人の間にあったギスギスした何かは解消されて、今はお互いに信頼し合っているのが目に見える。

 

「 へぇー、ダレン君もエラを名前で呼ぶようにしたんですね」

 

「どうやらもう小心者ではなくなったようだな。大躍進したと見える」

 

「小春とエリーにもだいぶ迷惑をかけてしまったわ。・・・ごめんなさい」

 

エラは深々と頭を下げた。

 

「けど、おかげさまでこうしてダレンと和解出来たわ。昨日の夜、小春に諭されて半分気づいていたんだけど、それを認めたくなかった。・・・まぁ、翌日にそこにいる人に無理やり気づかされたんだけどね」

 

「ははは、手厳しいなぁ」

 

「それが此奴の仕事だからな。妾とエリーも歩いた道だ」

 

「でしょうね。じゃなかったらあんな事、面と向かって言えないと思うわ」

 

「・・・だがまぁ、棘のある言い草だったのは認めよう。妾にも非はある」

 

そう言うと小春は立ち上がり、エラに近づいた。何をするのかと思うと、無言で手を差し出した。

 

「・・・」

 

エラは小春の意思を汲み取ったようで、同じように手を差し出して固い握手を交わした。

今の2人の間に、言葉はいらなかったようだ。

 

するとダレンも俺の方に近づいてきた。

 

「ありがとうございました。何もかも、圭太郎さんのおかげです」

 

「馬鹿言うんじゃあないよ、実際に行動に移して『今』を掴んだのはダレンだ。俺はただ、背中をちょいと押しただけだよ」

 

「その小さな前進が、僕にとっては大きな進歩でした」

 

「またまた上手いこと言っちゃって〜、口まで達者になるように言った覚えは無いぞ〜?」

 

「い、いひゃいへふへいはほうはん」

 

よく滑るようになったダレンの口を横に引っ張る。思ったより肌がスベスベで、まるで女の子の肌みたいだ。

・・・実際に女の子の肌を触ったことは無いけど。

 

すると、後方から不穏な空気が・・・

 

「むー・・・」

 

転生者1号のエイブリーが文字通りムスッとしていた。

 

「ふーんだ、どうせ私は何も出来なかったですよー」

 

誰が見ても分かる程いじけているエリー。1人だけ構ってもらえないせいなのだろう。

みんな反応に困ってしまうが、どうにか機嫌を取ろうとする。

 

「そ、そんなことないわ。今朝ワタシが食器を割っちゃった時も、エリーが片付けてくれたじゃない」

 

「・・・まぁ」

 

「それに、エリーさんが作ってくれたシチュー、とっても美味しかったですよ」

 

「・・・そう?」

 

「そうそう。自分は何もしてなかったなんて思っちゃいけないぞ。みんなの力があったから、今こうして笑えてるんじゃないか」

 

「・・・はい」

 

エリーの顔の曇りが晴れ始めた。

よーし、ここでもう一押しだ。

 

「それに、あの時小春に気を使ってくれただろ?」

 

「あの時って・・・?」

 

知るはずもないエラが不思議そうに俺に聞く。

 

「あ、圭太郎さんそれは・・・」

 

エリーが待ったをかけようとするが、俺の口は止まることなく・・・

 

「それはな、昨日の夜に小春が泣い「だあああぁぁぁ!! 」」

 

全て言い終わる前に小春からラリアットが飛んできた。

 

「ば、馬鹿者! 喋り終わる前だったから良いものの、本っ当に此奴は・・・!」

 

「ス、スンマセンシタ・・・」

 

 

 

 

 

 

日は暮れて辺りは暗くなった。

夕飯の準備をしようと腰を上げたのだが、エラが「ワタシがやる」と言って俺を座らせた。

そんなこんなで夕飯はエリーとダレンとエラが作ることになった。

・・・ん? 小春はやらないのかって? 勿論やってるさ。・・・食器並べを。

 

「・・・今、何か無礼な事を考えておらんかったか?」

 

「いえいえ滅相もない」

 

「そうか、ならよい」

 

少し前までは考えもしなかった光景だ。俺は座布団に座って、料理が出来るのを待つだけなんて。自分の分だけを作ってそそくさと食べ終わらせていた頃とは大違いだ。

・・・賑やかなのもいいもんだな。

 

 

 

 

 

 

夕食を食べ終わり、デザートにリンゴを剥いてみんなで食べている。

・・・さて、そろそろ言わなきゃいけないかな。

 

「おし、みんな注目ー」

 

4人の視線が俺に集まる。

いち早くエリーが反応した

 

「どうしたんですか? わざわざ声をかけて」

 

「俺なりに考えたこれからの事を話そうと思って」

 

エラとダレンの顔が少し引き締まる。

 

「・・・で? そなたはどのように考えたのだ?」

 

場に緊張が走る。

 

「まずエラとダレンについて。今日の2人の顔と様子を見る限り、もう2人に問題はない。これからはお互いに助け合って、どんな困難でも乗り越えられるだろう」

 

2人共、「当たり前だ」って顔に書いてある。自信に満ち溢れた顔だ。

 

「じゃあ、エラとダレン君については・・・」

 

「あぁ、お仕事完了かな」

 

「やった! やったよ小春!!」

 

「うむ。これでようやく恩返しの一歩を踏み出せたな」

 

エリーと小春は嬉しくなって抱き合っている。

本当はこの空気をぶち壊したくないんだけど・・・エラとダレンを任された身として、『最後まで』責任を持たなければなるまい。

 

「静粛に」

 

4人の行動がピタリと止まる。

 

「俺は今、『2人については』問題がないと言ったんだ」

 

「え・・・? 他に、何かあるんですか・・・?」

 

「忘れたのか? 2人は元々、『街にアルビノの人間がいると災厄が訪れる』っていう言い伝えのせいで、周りの人達から酷い扱いをされていたんじゃないか」

 

「・・・あ」

 

「そうであったな。そしてイザナミ神の話では、実際に災害や疫病が発生していたらしいしな」

 

2人の眼の前でこんな話はしたくないけど、仕方あるまい。

 

「小春の言う通りだ。確かに2人はもう大丈夫だけど、向こうが大丈夫じゃなかったら大丈夫な2人を送り返してもまたこういう事になるかもしれないだろ?」

 

エラが口を開く。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、あなたがワタシ達双子を信頼しているのであればそれはいらない心配よ。あなたも『どんな困難でも乗り越えられる』って言ったじゃない」

 

「すまないエラ。これは信頼でどうこう決められる話じゃない。俺は2人を預かった身として、送り返した後でも普通に暮らせるように完璧な状態で返さなきゃいけないんだ。また2人が酷い目にあうかもしれないんだったら、このまま帰すわけにはいかない」

 

「・・・」

 

ダレンは真剣な顔になって黙っている。

 

「それではどうするというのだ? 大人を倒せるように武術でも仕込むのか?」

 

「さっきも言ったけど、問題があるのはエラとダレンじゃなくて、元いた世界の方だ。やれ地震だやれ火災だか知らないけど、どうも胡散臭い」

 

「・・・それでは、そなたは一体何をするつもりなのだ」

 

俺が返答しないせいで、暫く部屋を静寂が包む。

 

「その答えこそ、俺がみんなに伝えたかったことだ。

・・・俺の責任を最後まで果たす為に決めた。心して聞いてくれ」

 

 

 

 

 

 

「2人の元いた世界に直接行って、胡散臭い言い伝えの真相を暴いてくる」

 

 

 

 

 

 

先程よりも長く、ずっと長く、場の空気が静まり返る。

 

「・・・・・・ねぇ、エリー、小春」

 

「「・・・」」

 

「この人っていつもこんな感じなの・・・?」

 

「「・・・」」

 

「沈黙は肯定と捉えるわ・・・」

 

「いや、流石の圭太郎さんでもそれは無茶苦茶過ぎます! 僕達のいた世界へなんて・・・」

 

「あぁ、俺は無茶苦茶だからな」

 

「そっか、無茶苦茶なら仕方ないですよね・・・って、仕方なくないですから!!」

 

「「・・・」」

 

未だエリーと小春はハイライトの消えた目で虚空を仰ぎ見ている。何度目の光景だろうか。・・・2回目か。

 

「・・・圭太郎さん、私、無理しないで下さいって言いましたよね?」

 

「あぁ」

 

「・・・どうしても、やるんですか?」

 

「・・・あぁ」

 

「一応そなたの言い分を聞かせてもらおう」

 

「俺は2人の『保護者』として、俺の元を離れてからの安心と安全を確保する義務がある。2人の障害になるであろうその言い伝えの真否を、俺の目で直接見て判断したい」

 

「本気・・・なのだな」

 

「あぁ」

 

「・・・エリーよ、それにハンナ達よ、これはもう此奴の生まれ持った性だ。・・・運命だ。残念な事だが、妾達が何を言っても此奴の考えを変えられないのは、他でもない妾達が良く知っている」

 

「「「・・・」」」

 

「皆等しく此奴に助けられたからこそ、此奴の正義と義務と信念を汲み取ってやらねばならぬのも良く知っている筈だ。・・・エリーよ、そなたからも此奴に言ってやれ」

 

エリーは小春にそう言われると、無言で近づき俺の眼の前に座り、俺の手を両手で力いっぱい握りしめた。

 

「ただ、無事に・・・帰って来て下さい・・・!」

 

本当に・・・本当に苦しそうな顔でそう言った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 情報収集

目に入ってきたのは赤茶色のレンガの家が並び建つ路地裏だった。

よく海外旅行の雑誌に載っているような、イタリアの古い町並みに似ている・・・気がする。いや、海外に行った事がないからはっきりとは言えないけど・・・

とにかく、それらを連想させる町並みだと伝わってくれたならそれで良い。

 

・・・よし、まずは情報を集めるところから始めよう。

 

 

 

 

 

 

道行く人がみんな俺の顔を見る。この世界の世界地図はまだ見ていないからこう想像したのだが、西洋人が東洋人の顔を不思議そうに見る感じかな? 服装のせいもあるかもしれない。

だが、ここの人達の服装もかなりバラバラなので俺個人としてはそれ程恥ずかしくない。

 

歩いて街並みを見渡すが、特にこれといって珍しいものは無い。自分が今まで経験してきた生活をそのままこの世界にぶっ込んだ感じだ。公園のような広場では子供が遊んでいるし、飲食店ではお昼時なのか店の外で並んで待っている人達もいるし、市場もあるみたいだ。

・・・っと、俺は旅行に来たんじゃなかったな。そろそろ動き出さねば。

さらに目を凝らして街を見渡す。すると、久しぶりに外で眼鏡をかけたから少し見辛かったがこの先に図書館がある旨を伝える看板を発見。情報源としてはもってこいだ。少し歩幅を広げて歩くスピードを上げる。

 

 

 

 

 

 

例の図書館に到着。やはり公共施設のようで、お金はかからないようだ。平静を装って何食わぬ顔で入っていく。

まずはこの街の地図を確認。その後この国の簡単な歴史や他国との歴史上のやり取りを調査。主な人種も調べる。そして様々な諸問題を見ている時に見つけたのは、奴隷制度が認められている事だった。事実、昔の日本に士農工商の身分とえた・ひにんの区別があった様に、この国この街ではそういう身分制度による差別があるようだ。

それと隅に置けないのは、近隣の国との仲はお世辞にも良いとは言えないらしく近々大きな争いが起きるのでは? という世論が沸騰している事だ。内陸国ではどうしても起こってしまう問題だが、ここ最近は少し落ち着いていただけにこの国人の不安は大きいようだ。

・・・少し話が大きくなってしまったが、話のスケールを元に戻そう。この街の政治についてだ。国は国王が治めていて、各地方や町は国王に任命された親族などが政権を握るらしい。

 

・・・さて、ここまで約1時間くらい図書館で情報を集めていた訳だけど、そろそろ本題に移ろう。

本当に俺が知りたいのは、新聞にも載らないドス黒い真実だ。

 

 

 

 

 

 

 

図書館からしばらく歩いたところの舗装された道沿いに、丁度良さそうな店を見つける。予想通り酒飲み場・・・って言うよりはバーみたいな感じかな?

煙草のような臭いに顔をしかめそうになるのを我慢し、平然とした顔で、さも当たり前のように入店する。誰も俺を未成年だとは思わない。

体格のいい白髪の老人と30代前半かと思われる女性が店をやっているようだ。

 

「ここ、良いかい?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

女性の目の前のカウンター席に座る。

 

「いらっしゃい。・・・見ない顔ね、こんな明るい時間にうちの店に来るなんて」

 

「いやぁ、この店にはべっぴんさんがいるって聞いたもんでな」

 

「誰から聞いたのかは分からないけれど、多分その人、私のことを買い被り過ぎよ」

 

取り敢えず差し障りの無い会話が出来ただろう。

 

「あなた、ここは初めてでしょう? 聞きたい話は沢山あるけど、あなたは何を飲むのか注文を聞いても良いかしら。」

 

「すまない、俺は下戸でな。飲むと吐いちまう」

 

「・・・あら」

 

「だから、本当にアンタに吸い寄せられてしまったって訳さ」

 

「・・・こんな昼間に?」

 

「あぁ」

 

「あなた、変わり者だってよく言われるでしょう?」

 

「御名答だ。・・・ドリンクを頼む。種類は任せる」

 

老人は無言で棚に手を伸ばした。老人が酒を作って、女性が接客と話し相手をするスタイルでやっているのだろう。

 

設置されているテーブルは多いが、まだ明るいせいもあってか客は少ない。しかし、出来上がって突っ伏している人もいる。カウンター席には俺しか座っていない。

 

「こんなおばさんに会いに来るなんて、よっぽど暇してたのかしら?」

 

「まさか、忙しくても来たさ。勿論、『お姉さん』に会いに来るつもりで」

 

「・・・遠いところから来たの? 気分を悪くしたら申し訳ないけど、ここらの人とは顔立ちが違うみたい」

 

「なに、住んでいるのは近隣の国さ。ただ、両親が遠い国の生まれってだけさ」

 

 

 

 

 

 

時は遡り、場所は生明宅。

 

《それで、アタシを呼び出したって事?》

 

「急に申し訳ない」

 

俺がやろうとしている事を4人とも分かってくれたようなので、まずはそれをやってくれる人(?)にお願いしなきゃいけない。

いつもならナミさんに頼む所なんだけど、昨日の夜に現れたクロノスが協力的な事を言っていたので折角だから今回はクロノスに力を貸りるという訳だ。

 

《ナミちゃんから話では聞いていたけど、君はホントに無茶するんだね?》

 

「ま、こういう奴ってことで」

 

《そんな簡単に言われてもねぇ・・・》

 

クロノスは苦笑して困った顔をする。

 

《でも、ナミちゃんに頼まなくてホントに良かったの?》

 

「これまでは何度も力を貸してもらっていたから、クロノスにも頼りたくなったんだ」

 

《嬉しいことを言ってくれるね♪ これで、アタシが仕事を押し付けるだけの神様だってイメージを払拭する良い機会が出来たよ〜♪》

 

「分かっているけど、念のために聞いても良いか?」

 

《ん? なに?》

 

「やっぱりこの事って、ナミさんは知ってたりする・・・?」

 

《今はどうだか分からないけど、後で絶対にバレるよ?なんせ君の事だからね、ナミちゃんが知らない筈ないよ》

 

「・・・覚悟しておこう」

 

《なんか心配だなぁ・・・自分の目で見たいのは分かったけど、君のことだから進んじゃいけない所までズンズン進みそうだし・・・》

 

「大丈夫。そういう金庫破り系のサスペンス小説好きだから」

 

《そういう問題じゃないと思うんだけど・・・(ていうかやる気満々だし)》

 

「んじゃ、ちょっと色々準備してくるから」

 

 

 

 

 

 

《・・・あれ、眼鏡なんだ》

 

「コンタクトだとこういう場合交換したい時に交換出来ないし、何かの拍子で外れた時に見つけるのも大変だから。眼鏡だったらそういう事には困らないし、俺の場合老け顔で30代前半のおっさんに見えるから一石二鳥かな。ちなみに、髭を伸ばせば30代後半のおっさんになる」

 

《あえてそこにはつっこまないよ。・・・けど、なんで作業着?》

 

「・・・え? だって作業着便利じゃん。色々な所に物を入れられるし、動きやすいし・・・」

 

《すごい人目につくと思うんだけど・・・》

 

「俺は気にしないさ」

 

《んー・・・そんな装備で大丈夫?》

 

「大丈夫だ。問題無い」

 

《それは大丈夫じゃない時のセリフなんだけどなぁ・・・》

 

「なら、一番良いのをくれるのか?」

 

《出来なくもないけど、それをやっちゃうとナミちゃんに一瞬で気づかれちゃうから》

 

「ほら。結局、これが俺にとって一番良くて、大丈夫な装備なんだよ」

 

《本音を言うと?》

 

「どう考えても不安要素しかありません本当にありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

《とりあえず向こうの言語と君の言語をリンクさせておくから。言葉には困らない筈だよ》

 

「流石ご都合主義力。気遣い感謝するよ」

 

《それと、所持金を向こうの通貨に変換するよ。パスポートとかは必要無いみたいだけど簡易な関所はあるようだし、万が一引っ掛かると困るから街の中心部に送るよ》

 

《もう1つ。向こうでの2時間をこっちの1時間にしておくから》

 

「・・・ほんと、頭が上がらないなぁ。流石は時空を司る神様だ」

 

《良いんだよ。ここまでやらないと、間接的に君に任せたアタシが本当に何もしてないって事になっちゃうからね》

 

「そっか。でも、向こうに飛ばしてくれって言ったのは完全に俺の我儘だから、精一杯の感謝をさせてくれ」

 

《アハハ、真面目なんだかふざけてるのか、どっちかにして欲しいよ》

 

「どっちもじゃ駄目か?」

 

《ううん、良いよ。面白いから♪》

 

 

 

 

 

 

バサァッ スチャッ スッ シュビッ ガチャッ ガッ

 

「デェェェェェェェェン!!」

 

《・・・何ソレ?》

 

「一種の伝統というかルーティーンというか、お決まりというやつだ」

 

一通りの準備が出来たのでもう出発して良いとクロノスに伝えると、少し時間をくれるとの事。

出発前に4人に言葉をかけておこう。

 

「そんじゃ、行ってくる」

 

「うむ、堂々と胸を張ってやってこい。妾は茶でも用意しておく」

 

「くれぐれも気を付けて下さいね。・・・やっぱり、あっちの人達にはあまり良い印象は無いので・・・」

 

「あっちの大人達はアナタに良い顔をするかもしれないけど、騙されちゃダメよ? ・・・って、分からない筈ないか。余計な心配だったわね」

 

「・・・」

 

小春、ダレン、エラはそう言って送り出してくれるのだが、やはりエリーは良く思ってないようだ。

 

「・・・エリー」

 

「・・・私が言いたい事は、さっき言いました。だから・・・信じて待ってます」

 

「あぁ、俺も頑張って信頼に応えるよ。・・・戻ってきたら、また髪を乾かしてやるからさ」

 

「・・・」

 

なーんて、少しおどけて言ってみたのだが、若干一名からの視線が痛い。

 

「ちょっと待て、養豚場の豚を見るような目で俺を見るなよエラ。ちょっとしたおふざけというかそういうやつじゃないか」

 

「ーーー無事に戻ってきて欲しいけど、間違ってもそんな事させないわよ」

 

「・・・」シュン

 

「なんでエリーは残念そうにしてるのよ!?」

 

 

 

 

 

 

ツッコミ属性に目覚めそうなエラの事は置いておき、家を出る。

いつもの通り熊野神社でやってくれるのだろうと足を進めると、クロノスに呼び止められた。

 

「・・・え? 熊野神社でやるんじゃないの?」

 

《だって、熊野神社でやっちゃったらもっと早くナミちゃんにバレるでしょ?》

 

「ちなみに、熊野神社でやった場合俺はどうなるんだ?」

 

《そうだなぁ・・・飛ばされてる途中で首根っこを引っ掴まれて無理やりこっちに戻されるね。確実に♪》

 

「何でそんなに楽しそうに言うんだ」

 

《それはそれで面白そうだなぁ、って。テヘペロ♪》

 

「テヘペロって口で言った奴初めて見たわ」

 

ここまでのクロノス神との会話で『面白いから』『面白そうだから』といった、クロノス神自身を満足させる要素を求めるような発言が多かったので、一歩引いて、少しこの神様の事を分析的に考えてみた。クロノス神は所謂『面白いから系神様』なのだろう。話がどう転ぼうが、それが面白ければバッチOK、といったように考えているのかもしれない。自分を退屈させないようにするために行動している、というのは考え過ぎかな。

 

《ホラ、茶番はこれくらいにして、早速やっちゃおう!》

 

「その茶番をふっかけた奴に言われてもなんの説得力も無いんだが・・・ま、良いか。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

そして現在に至る。

 

老人はずっと無言のまま、無表情でドリンクを作ってくれている。ガタイも良いようだし、様になっている。

 

「ここでは初めての客に葉巻をサービスしているのだけど、あなたは吸える?」

 

女性はそう言いながら、一本の葉巻がポツンと入った、本来は4〜5本を入れておくような黒光りする葉巻入れを俺の前に置いた。

 

「生憎、肺が弱くてそういうのは駄目なんだ」

 

「口に含むだけでも?」

 

「あぁ」

 

「ハァ・・・酒もダメ、タバコもダメって、あなたは普段何が楽しくて生きてるのかしら」

 

半身がそれぞれ酒とタバコに浸っているような大人の台詞だ。そんな風に思いつつ、調子のいいセリフを返そうと試みる。

 

「あんたみたいな人と話す事さ」

 

「あら、女好きってこと?」

 

「見境なくホイホイ話しかけているように見えたかい? ご覧の通りの変人なもんだから、気に入る女は中々いない。・・・けど、今日の俺はツいてるみたいだ」

 

すると、左からカクテルグラスが差し出された。透き通る赤に心が引き込まれそうになる。

 

「綺麗な赤だ・・・グレープフルーツか?」

 

「飲んでみれば分かるわ」

 

促されて口に含む。・・・予想通りグレープフルーツの香りが広がるが、それとは別の風味を乗せた香りが鼻を抜ける。

 

「・・・チェリーの香りがする。それに、グレープフルーツの酸味が後を引かない。スッキリしている。これは・・・?」

 

「ソーダで割ってるのよ」

 

「あぁ、成る程・・・」

 

「舌はなかなか良いみたいね。いつも美味しいものを食べてるの?」

 

「自分で作ってるのさ。それ程上手くはないがな」

 

それから数分程、女性と他愛も無い話を続ける。傍目から見れば30代の男性客がカクテルを飲んでいるように見えるが、実際は未成年がジュースを飲んでいる。それも、15歳程年の離れた女性と話をしながら。俺自身としては結構良い感じで距離を詰められていると思う。さて、ここからどう切り込むか・・・

 

 

 

 

 

 

ふと、店の外の道路から馬が荷車を引くような音が聞こえてくる。見てみるとその荷車は食べ物や物資を運ぶようなものではなくて、もっと粗末なものだった。

 

「・・・あの荷車の中には何が?」

 

確かに俺は女性にそう聞いたのだが、返事が返ってこない。すると手招きされたので、身を乗り出す。女性は手を口で隠して周りに聞こえないように言う。

 

「あれは『白豚』を運んでいるの」

 

「白豚・・・?」

 

気になるワードが出てきた。『白豚』って、白い豚のことか?

 

「この街ではこの話はタブーみたいなものだから、大きな声で言えないのだけど・・・」

 

次の言葉に、俺の危険信号がサイレンを鳴らした。

 

「あなた、『アルビノ』って知ってる?」

 

「・・・! あぁ、話くらいなら」

 

「あの荷車は、その人達を運んでいるの。私達は『アルビノ』って言葉を直接口に出さないように、『白豚』という隠語を使っているわ」

 

「何故その必要が? あの人達はどこに運ばれて・・・まさか!」

 

「そう。街の中心部の地下に広がっている『豚箱』・・・アルビノの人間の強制収容施設に運ばれているわ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 いざ行かん、闇の中へ

強制収容施設・・・アウシュヴィッツのようなものか。

ユダヤ人を見境なく捕まえて・・・いや、これ以上は言うまい。

 

「そこに連れ込んで一体何を・・・?」

 

「街の人間には知る由もないわ。奴隷として働かされているとか、競売にかけられているとか、体の部位を商品にするとか、色々な憶測が飛び交っているわ」

 

「・・・詳しいんだな」

 

「職業柄ね。こういう話を耳にする事も多いのよ」

 

「アルビノっていうのはそんなに多いのか?」

 

「この国は多い方みたい。そうね・・・1000人に1人くらいかしら」

 

・・・1000人に1人。少ないように見えて大きい数字だ。人口が10万人いたとすれば、そのうち100人がアルビノという計算になる。

 

「それは・・・多いな」

 

「ところで聞きたいんだが、アルビノは血統的なものに依るのか?」

 

「そうね、そういう人種がいるらしいわ」

 

つまり、この世界には肌や髪の毛の色素が先天的に薄い『アルビノ』という人種がいて、それなりの人数がいるってわけか。そりゃ多いはずですよ、血統的な問題だったら1000人に1人もいるわけだ。

 

「何の為かは分からないけど、国全体でアルビノの人間を見境なく捕まえているのは間違いないわ。懸賞金もでている。この国の人間は、アルビノは人間ではないもっと下等な生物だと刷り込まれているのよ」

 

酷い話だ・・・と、言いそうになって口を紡ぐ。この国の中でこういう事を言うと、俺がヤバくなる。ただでさえ近隣の国から来たという話で合わせているのに、そんな事を言ってしまったら余計に怪しまれてしまう。

 

「・・・あなた、近隣の国の出身なんでしょう? アルビノの待遇くらい知っててもいいと思ったのだけど」

 

「辺境の地なんでな、そういう話は入ってこなかった。第一、俺はアルビノっていうのを見たことがないもんでね」

 

なんとかはぐらかす。

 

「・・・そう」

 

「アルビノと一概に言っても、老若男女いるだろう。子供はどうするんだ?」

 

「アルビノの子供はなぜか対象ではないそうよ。なんでも、大きくなってからでないと意味がないとか・・・」

 

「でも、この街には言い伝えがあるんだろう?」

 

「・・・あら、そういう事はよく知っているのね」

 

「小耳に挟んだのさ」

 

「確かに、ここ最近は病気が多い気がするわ。つい3日前にも郊外で集団感染があったでしょう?」

 

「え・・・? あ、あぁ、そうだったな」

 

やっべ、これも知っている体(てい)で話を合わせなきゃいけないんだった。

 

「俺はちょうどその日にこの街へ入ったからな。どうやら事態が収拾した後だったみたいだ。ツいてるぜ」

 

「そのようね」

 

暫し沈黙が続く。

 

「この国の人間は全員アルビノを忌み嫌っているのか?」

 

「小さい頃からそういう教育を受けて育っているわ。アルビノを嫌悪する事になんの疑問も抱かないし、おかしなことだとも思わない」

 

「・・・国政がその刷り込みを助長しているのか」

 

「えぇ」

 

ここまでで手に入った情報を一旦整理しよう。

この街の地下にはアルビノの強制収容施設があって、アルビノは見境なくそこに入れられる。

国は国民がアルビノを忌み嫌うように刷り込みや教育で意識操作をしている。

子供のアルビノは対象じゃない。

関連性は不明だが、ここ最近は病気が多いらしい。

・・・一体何故だ? 何故そうまでしてアルビノを差別する?

絶対に理由がある筈だ・・・なんとなく出来るような事じゃない。

まさか、言い伝えが本当だから・・・?

いや、それはない。そもそも、それが胡散臭いからってここに来たんじゃないか。

 

「近頃、近隣国と大きな戦いがあるそうよ。みんなその話で持ちきり」

 

大きな・・・戦い・・・

 

「そのせいもあってか国全体の仕事で使う人と使われる人の溝が広がって、お互いに不満を募らせているわ」

 

溝・・・

 

「国は戦いに備えて国力を強化しようとしているそうだけど、肝心の国の中の問題を解決しなければどうにもならないというのに・・・」

 

溝・・・国力・・・アルビノ・・・

 

「・・・何を思いつめているのかしら?」

 

「・・・いや、何でもない」

 

俺は作業着のポケットからこの国の貨幣を取り出して女性の目の前に置く。

 

「あらやだ、こんなに出される程の事はしていないわ」

 

「久しぶりに女性と話をさせてもらった。それにドリンクも美味かった。過大評価なんかじゃない、心からこれくらい払いたいんだ」

 

俺は椅子から立ち上がって店から出ようとする。

・・・と、言い忘れていた事があったので立ち止まる。

 

「・・・それと、ご老人。良いものを飲ませてもらった。礼を言うよ」

 

最初から最後まで、この老人は黙ったままだった。

そして俺は店を後にした。・・・どこに行くかって? そんなの決まってるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「・・・あねさん、少し・・・」

 

「分かってるわ。・・・彼、聞き上手だから口を滑らせちゃったわ」

 

「それは、昔の旦那様に・・・」

 

「・・・否定はしないわ。彼にあの人を重ねていた部分はあると思うもの」

 

「ですがあねさん・・・流石にあれは喋りすぎなのでは・・・?」

 

「・・・私ね、久しぶりに楽しかったの。出会った頃のあの人も、ちょうどあんな感じだったから。心の何処かで、彼に・・・あの人に頼りたかったのかしらね」

 

テーブルに突っ伏していた小太りの男性が顔を上げた。

 

「あねさんの昔話は置いておくとして、あの男を放っておいても良いのか?」

 

本を読んでいた眼鏡の長身男性も本を閉じて口を開いた。

 

「近隣国のスパイか否かは判断できませんでしたが、街の中心部に向かうのは間違いないでしょう」

 

向かい合わせで座っているカップルも楽しげにしていた会話をやめて女性に話しかける。

 

「べつにいいンじゃね? あのオッサンが勝手にしてンだろ」

 

「ウチもめんどーい」

 

いつの間にか、店内にいる人間全員の視線がカウンターにいる女性に集まる。

 

「・・・近日中にやろうとしていた事だ。あんたら、今日に繰り上げても構わないね?」

 

女性の問いに、隣に立つ老人が答える。

 

「勿論です。我々も準備は出来ています」

 

老人の返答を聞いて女性は自身の前髪を前から後ろに搔き上げた。

 

「・・・なら良し。予定を今日深夜に繰り上げて実行する」

 

数分後・・・店の明かりは消え、女性が1人カウンターでグラスを片手に黄昏ている。グラスの中身が尽きると女性は立ち上がり、店の看板を裏返して店を後にした。

 

 

 

 

 

 

店を出た後、市場や雑貨店で少々買い物をする。が、元々色んなものを持ってきていたせいもあって作業着に入りきらなくなったので、ズボンについているベルトを通す輪に引っ掛けることができる小物入れも追加で買った。

そうこうしているうちに日は暮れ、辺りは薄暗くなってきた。先ほどの酒場も、これからが繁盛時だろうか。

などと考えているうちに、役所らしい施設の前まで来た。正面には見張りらしき男性が立っている。

・・・さて、少し賭けになるけど、俺の予想が正しければ・・・

 

俺は見張りに近づく。向こうもこちらの存在に気がついたようで睨むように俺を見る。

俺は周りに人がいないのを確認してこう囁く。

 

「『白豚』を買いに来たんだが」

 

「・・・! こちらです。どうぞ」

 

思ったより上手くいった。何か合言葉だとか書類かなんかが必要なのかとも思ったが割とすんなりと入れるようだ。少し甘くないですかねぇ・・・? こういう肝心なところは遅れてるんだよなぁ。

見張りの男性は大きい扉ではなく小さい方の扉を開けて辺りを見回した後、ここから入るように目で伝えてくる。見張りに従い、しゃがんで扉をくぐると薄暗くじめっとした通路がずっと先まで続いていた。見張りの後についてその通路を進み、突き当たりにある石レンガでできた螺旋階段を降りる。

 

「白豚を買われるのは初めてですか?」

 

「あぁ」

 

「どういった目的で?」

 

「物好きな知り合いがいてな。皮を剥いで小物を作るんだとよ」

 

「そうですか。丁度、若くてハリのある奴が入ってますよ」

 

「そいつは良かった。好都合だ」

 

「ーーーそのお知り合いは、どのようなモノをあなた様に頼んだのですか?」

 

・・・しまった。ここまで詳しく聞かれるとは思っていなかったし、当然、それに対する回答も用意していない。俺を疑って探るような見張りのその言葉に少しこちらの言葉が詰まるが、こいつとの会話に1秒でも間が空けば、それだけで俺は不信を買うだろう。ここは一つ、機転が効いた返答をしなければ。

 

「『若い女を1人』と頼まれた。なんでも、腹と背と尻と太腿周りの皮を剥いでなめして、本や小箱の外装に使うそうだ。やはり若いものでなければ皮を伸ばす際にいびつな線が浮き上がってしまうそうで、『表面積』と『質』の両面で良好なモノを欲しがっている」

 

「はぁ・・・」

 

「尻や太腿周りの皮を使うのもいいが、剥ぐ時には赤くなって傷がついていなければ良いがな。ハハハハハ」

 

「えぇ、まったく」

 

少しそれっぽい調子で言ったセリフは俺を『そういう』人物に見せるのに十分だったらしく、見張りの俺に対する警戒を少しだけ解いたようだ。

階段を一段一段、ゆっくりと降っていく。

 

 

 

 

 

 

目的の場所に着いた。

これは・・・

 

「着きました」

 

「あぁ、案内ご苦労」

 

檻の向こうに広がっていたのは、苔が生えた石畳の上に鎖で壁と繋がれた数十人のアルビノだった。

年齢は判別し難いが20〜40歳程だろうか。

半数程度は俺に対して先程見張りの男性が俺を睨んだ時とは比べようもないくらいの目を向ける。だが、もう半分はその気力もないのかずっとうな垂れたままだ。

 

「さっきも言ったように俺は初めてなんでな、品定めは慎重にいきたい。少し1人にしてくれないか?」

 

「・・・すみません、どのような方でもお一人にするのは禁則事項となっております」

 

やはりそうきたか。だが、それくらい想定済みだ。

 

「一見さん・・・初めての客を通してくれたせめてもの礼だ。これでも吸ってくるといい」

 

俺はそう言いながらポケットから煙草の箱を取り出す。

最初に見た時に分かったのだがどうやらこの見張りは煙草が好きと見える。

彼の胸ポケットが四角に膨らんでいた。おそらくマッチか何かの火種、もしくはタバコの類だろう。

 

「・・・良いんですか?」

 

「あぁ。一本は俺が吸ったが、後は手をつけていない」

 

箱から一本抜いたのは間違いないが、吸ってはいない。後で使うのさ。

 

「決めたら声をかける。ほら、早く戻らなくて良いのか?」

 

「・・・では、先程の場所にいます」

 

見張りは俺が渡した煙草の箱を握りしめながら螺旋階段を上っていった。

 

 

 

 

 

 

相も変わらず囚われているアルビノさん達は俺を睨んでくる。が、気にしないで行動に移そう。

檻の方に近づく。檻の鍵は内側から手が届かないように、少し出っ張った場所にある。分かりやすく説明すると、檻全体を上から見ると凸の形になっている。

・・・さて、上手くいくかな?

 

俺はポケットから少し硬めの針金を取り出す。どうやらこの鍵は時代劇とかで見る簡易な南京錠のような形をしている。だが、いかんせん穴が多い。南京錠が3つ合体して一つになり、鍵穴も3つある。それぞれに別の鍵が必要なのだろうか。

子供の頃、風車がついた針で鍵を開けてた人に憧れて、家にある小さい南京錠で練習したんだっけなぁ・・・

鍵に近づくと中にいるアルビノの皆さんがさっきとは違う驚いた顔でこちらを見る。視線が気になるけど、集中しよう。

少し手間取ってしまったが、一つの穴につき平均十数秒、全体で40秒程で開錠。心の中でほくそ笑む。

 

「お邪魔しまーす」

 

いきなり人が入ってきたものだから、アルビノの皆さんは繋がれている鎖を目一杯伸ばして俺から離れる。

・・・当然っちゃあ当然だけど、少し傷付く。

 

「あー・・・皆さんに危害は加えません。安心して下さいとまでは言わないので、適度な警戒心を持ちつつ怖がらないで下さい」

 

未だにアルビノの皆さんは言葉を発しない。まだ警戒されているようだ。

・・・このままだと何も進展がないから、アクションを起こそう。

酒場でここの存在を知った時に考えた事があり、本当に望みは薄いし見張りの時より望みが薄い賭けになるだろうが、試してみないと気が済まない。

 

 

「皆さんに聞きたい事があります。この中で、アルビノの双子の親御さんはいらっしゃいますか・・・?」

 

 

思惑通り、男性1人と女性1人が驚いた表情でこちらを見た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 信じてもらう為の嘘

俺が檻の中に入ってきた時もずっと項垂れていた男性と女性は、自身に繋がれている鎖がギチギチと音を鳴らすくらい俺に詰め寄ってきた。

 

「そのアルビノの双子を、どうしたんですか!?」

 

「お願い致します! 教えて下さい!!」

 

「いや、ちょ、ちょっと・・・」

 

俺は2人のあまりの必死さにビビりながらも、冷静に対処する。

 

「お、俺はその双子を、人の目の届かない安全な場所にかくまっています。初めて会った時はとてもやつれていて気を失ったままの状態でしたが、今は健康な状態を維持しています」

 

すると、こちらを見ずに目を合わせようとしなかった短髪の体格の良い男性が吐き捨てるようにこう言ってきた。

 

「・・・それに証拠はあるのかよ」

 

「正直言ってありません。けど、せめて2人の名前を聞いてもらって良いですか?」

 

「聞かせて下さい」

 

俺に詰め寄った女性が急かすように言った。

 

「男の子はダレン・ハンナ。女の子はエラ・ハンナです」

 

「・・・ねぇ、『ハンナ』って、あんた達夫婦の・・・!」

 

鎖を目一杯伸ばして俺から離れていたおばさんが、驚き半分嬉しさ半分というような表情で男性と女性の方を見る。

 

「えぇ・・・えぇ・・・! 確かに俺達の子供です!!」

 

さっきの反応からしてまさかと思ったが、ダレンとエラの両親が生きていてくれたなんて!!

飛び上がるくらい嬉しくて、出来過ぎのようなこの奇跡を心の底から喜びたくて、歓喜の声を上げそうになるがぐっとこらえてあくまでも冷静な態度を貫き通す。

 

おばさんの話を鵜呑みにして夫婦だと分かったこの男女は、喜びの涙を流しながら抱き合っている。・・・が、先程の短髪の男性はその空気を叩き斬るようにこう言い放ってきた。

 

「騙されんなよハンナさん。この男があんたらの子供を捕らえ、尋問して名前を聞き出したのかもしれないじゃねえか」

 

「・・・」

 

何も言えない。否定する材料がこれっぽっちもないから「違う」と言えない。

 

「・・・ほら、だんまりときた。沈黙は肯定と捉えるぜ」

 

夫婦もおばさんも、期待を裏切られたような目で見てくる。まるで俺が上げて落としたようで、視線が痛い。

・・・なんとかしてこの状況を打開せねば。

 

「・・・見ての通り、俺はこの国の人間じゃない。顔立ちが違うだろう? 遠くから来た」

 

俺はいきなり語り出したのだが、周りのアルビノの皆さんは黙って聞いてくれている。よし、このまま引き込むぞ。

 

「森の奥の小屋で一人暮らしをしている寂しい人間だが、ある日木こりを終えて小屋に帰ると2人の子供が倒れていた。よくよく見てみると、その子達は髪も肌を真っ白だった」

 

熊野神社で2人が転生された時のことを思い出す。

 

「最初こそどうしたもんかと驚いたが、急いで薪を焚いたり、毛布をかけたり、水を飲ませたり、食い物を食わせたり、とにかく必死だった。子供達はとてもやつれていて、抱き上げた時に俺に伝わってきた軽さが悲しかった」

 

ダレンを背負って家に全力ダッシュした時のダレンの軽さを思い出す。

 

「しばらくして、2人の顔色が良くなってくると女の子の方が目を覚ました。そうしたら俺、その娘にぶたれたんだ」

 

ハハハ・・・と苦笑いをしながら言う。

 

「『ダレンに指一本触れさせない』って言ってな、男の子に覆いかぶさって『殺すならワタシを殺せ』なんて言うもんだから、しばらく固まっちゃったよ」

 

「女の子の方も、俺をぶった時の力が弱かった。相当体力を削られていたんだろうな」

 

俺以外の檻の中にいる人間は、黙って聴き続けている。

 

「弟の方も目を覚ましてくれたおかげで2人とも少し落ち着いてくれて、自分達のことを話し始めた」

 

「物心ついた時には2人っきりで、親の顔は知らない。ただ、自分達の名前が書かれた紙だけがあった。それからは、とにかく生きるのに必死だった。

読み書きが出来るようになる為に本を盗んで勉強したり、店から食べ物を盗んだり、汚い水を飲んだり、虫を食べたり、毒キノコを食べてしまって吐き戻したり、大人から暴力を振るわれたり・・・

明日を生きるよりも、今日を耐え凌ぐことしか頭になかったそうだ」

 

母親とみられる女性の方は、「ごめんね・・・ごめんね・・・」と言いながら泣き続けている。

父親とみられる男性の方は、妻の肩を抱きながら涙をこらえている。

 

「しだいに2人と打ち解け始めて、今では3人で料理をしたりする程心を許してくれてる。痩せ細っていた身体も年相応くらいにはなっただろう。そのような生活を数ヶ月程過ごしていた」

 

ここまで、話の途中に嘘を紛れ込ませているのは皆さんもお分かりだろう。けど、そうでもしないと信じてもらえそうもないんだ。本当はたった2日間だけ一緒の家で生活しているというのに、それをそのまま言ってしまったら否定の材料なんかにはならない。

 

「だが俺は2人を預かっている者として、両親に顔を合わせないとこのまま生活してはいけない気がしたんだ。

いつか2人は大きくなって、外の世界に出るだろう。だから、せめてそうなるまでの間面倒を見たかった。

・・・俺がこの国に入ったのは3日前。集団感染がやんですぐ後だったようだ。

そして、俺は始めてアルビノの人がどれ程苦しい待遇を受けているのかを知った」

 

「なんていうか・・・1人で森の奥に引きこもって、何も知らないで悠々と暮らしてる俺自身に腹が立って・・・行き場がないくらい悲しくて・・・とにかく一か八か、2人のご両親が生きてくれているかもしれないと希望を抱いて、この強制収容所に入り込むことを決心した」

 

「・・・そして俺はアルビノの人間を買いに来た客を装い、ここまでやってきたってわけだ」

 

 

 

 

 

 

30秒程、沈黙が檻の中を包む。

その沈黙を切り裂いたのは、真っ先に俺を疑ってきた短髪の男性だった。

 

「・・いいぜ。信じてやるよ、お前の事」

 

「・・・!」

 

「どこの誰かは知らんが、嘘じゃねぇみてぇだ。俺の勘がそう言ってる」

 

「・・・確かに、あんたの言った話も作り話ではなさそうだしねぇ」

 

おばさんも、そう言ってくれた。半分作り話なので心が痛い。

 

「あなたがどんな人であろうと、私達夫婦はあなたを頼るより他にないんです。遠路はるばる、こんな所に来てくれて本当にありがとうございます・・・!」

 

父親が絞り出したその声は、まさに心からの感謝のように思えた。俺は、自然と父親の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

誤解を解いて一息ついたのもつかの間、螺旋階段の方からコツコツと、人が歩いてくる音が聞こえた。

 

「おっと、ちょっちマズイな」

 

俺は急いで檻から出て鍵をかけ直し、何事も無かったように振る舞う。

足音の正体は見張りだった。

 

「どうですか? 良さそうなのは決まりましたか?」

 

「あぁ・・・やっぱり難しいな、こういうのは」

 

「そのうち慣れますよ」

 

「そういうものか?」

 

「えぇ」

 

チラリと見張りの手元を見ると、空になったのだろう煙草の箱が握られていた。

げ、一本抜いたとはいえ10本以上入ってたぞ・・・まさか、全部吸い尽くしたのか? 若そうな見かけによらずヘビースモーカーってか。

おし、作戦開始だ。

 

「・・・ん? 無くなったのか。ほら、もう一本やるよ」

 

あらかじめ抜き取っておいた『とっておき』を取り出す。

 

「い、いや、あんなにいただいてからさらにいただくのは・・・」

 

なんだよ、一箱まるまる吸い尽くしたくせに変なところで遠慮しやがって。

・・・ならもう一押しだ。

 

「こいつはな、俺のとっておきなんだ。一本ずつのバラ売りしかしていなくてな、そんじゃそこらの安物とはわけが違う。・・・どうだ?」

 

見張りから、唾を飲む音が聞こえる。そんなに目を凝らしてみつめちゃって・・・

 

「・・・い、良いんですか・・・?」

 

「俺はな、煙草が好きな奴が吸ってるのを見るのが好きなんだ。ほれ」

 

とっておきを差し出す。見張りはゆっくりと手を伸ばし・・・掴んだ。

 

「こいつを吸うには少しコツがあってな、火をつけてから10秒程待つんだ」

 

俺はポケットからマッチを取り出し、見張りが持つそれに火をつけてやる。

10秒後、見張りは煙草を口に運び・・・倒れた。意識は無いようだ。

 

「おいあんた、一体そいつに何を吸わせた・・・?」

 

檻の中から短髪の男性が俺に聞いてくる。

 

フッフッフ・・・こんなこともあろうかと、昼間に図書館で植物図鑑を見た時に、すりつぶして加熱すると催眠作用を引き起こす成分を多量に含む煙を放出する植物を見つけたのだ。そして市場で買い物をした時にちゃっかりその植物も買っていたりする。

あとは抜き取った煙草を開いてすり潰したその植物を中に仕込み、煙草に火をつけると催眠作用を引き起こす物質が吸引した人の体内に流れ込む、という訳だ。

あとは煙草の紙を別なものに変えてやったりなんかすると、さっきのような嘘に簡単に引っかかってくれる。

 

昔よく爆竹を解体して爆薬をたくさん集め、大爆発を起こした経験が役に立ったぜ。デーブとやしもと一緒にやったんだよなぁ。まさか、地面に穴が開くとは思わなかったが。

 

・・・あれ? 爆竹を解体するところしか役に立ってなくね? ・・・ま、まぁ、細かい事は気にしない気にしない。

 

「ちょいと煙草に細工をした。眠っているだけだ」

 

見張りを物陰までズルズルと引きずり移動させ、身につけているものを物色する。

念の為、見張りの身ぐるみを剥がしてその服に着替える。服に染み付いていたタバコの匂いに顔をしかめる。

そしてその服の出番は、思ったより早くやってきた。

 

長い髭を伸ばした中年の男性が、先程隠した見張りが降りてきた螺旋階段から同じように降りてきた。

見張りの服装と大体同じだが、左腕のラインの数が俺の着ているそれよりも多い。おそらく、これで階級などを分けているのだろう。

 

「定時確認の時間だ。異常はないか?」

 

「はい、異常無しであります!」

 

「・・・お前が最近入ったっていう新入りか、しっかりやれよ」

 

「はい! 尽力します!!」

 

「ハハハ、元気が良いな」

 

男は手をひらひらさせて立ち去っていった。

・・・どうやら誤魔化せたようだ。俺が眠らせた見張りは新入りらしく、まだ顔もよく知られていなかったのだろう。そのおかげでこうして、俺が新入りだと騙せた。

・・・なんか、この世界に来てからいろんな人を騙してばっかりだなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

2回目の解鍵は1回目よりも速く出来た。

 

「あんたがハンナさん達に会いたくてここに来たのは分かった。これからどうするつもりだ?」

 

短髪の男性はその切れ長の目でこちらを見て言う。

・・・侵入に成功して、エラとダレンの両親を見つけて、見張りを眠らせて、他の警備員を誤魔化して・・・

ーーーあれ、これからどうすればいいんだ?

 

「す、すみません、とにかくここに来なきゃって思って、何も考えてませんでした・・・」

 

「おいおい・・・あんな用意周到な姿を俺達に見せてからその台詞はないだろ」

 

「返す言葉もない・・・」

 

このままみんなで一緒に脱出しても、この人数だから絶対目につく。それに、この国の関所を越える方法も思いつかない。地下にトンネルを掘っても、堀終わる前にみんなが売り飛ばされたりもっと酷いことをされるだろう。

こんなに思うように事を運べたくせに、肝心な所で何も出来ない己の無力さに腹が立つ。

 

どうしたもんかと頭を捻っていると急に、前にも経験したような不思議な感覚に襲われる。ちょうど、ナミさんが俺の頭の中に直接話しかけてきた時のように・・・

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 2者をまとめる為の敵

頭の中に聞こえてきたその声は、俺をこの世界に飛ばしてくれた神様のものだった。

 

《けー君、お取り込み中悪いんだけど、ちょっといい?》

 

こういう時の意思疎通はもう慣れた。

 

(いつからそんなに親しげなあだ名で呼ぶようになったんですか。・・・まぁ、悪い気はしませんから良いですけど。で、どうしたんですか?)

 

《ハッキリ言うとね、そろそろ限界かも・・・》

 

(・・・? 何がですか?)

 

《けー君がそっちにいられるのが》

 

(え!?)

 

最悪のタイミングで最悪の知らせが届く。泣きっ面に蜂とはこのことか・・・なんて言ってる場合じゃない!

エラとダレンの両親と会い、アルビノの皆さんにも信用してもらったのにこのまま何も出来ずに帰るなんて、真っ平御免だ。

 

《やっぱ、死んでもない人を勝手に飛ばすのってマズかったみたいでさぁ、そろそろお偉いさんに見つかりそうなんだよねぇ・・・もちろんナミちゃんにも》

 

(そこをなんとか! このまま俺が帰ってしまったら、一体何をしに来たんだって話になるだろ!!)

 

《それはアタシも十分理解してるよ。けど、何かいい方法は見つかったの?》

 

(それは・・・)

 

クロノスは諭すように続ける。

 

《ただでさえこの世界にけー君っていう『不純物』を入れてるのに、これ以上アタシが勝手に手を加えると世界のバランスが崩れちゃうよ。残念だけど、アタシがこの世界でできるのはもう、けー君を元の世界に帰すことだけ》

 

文字に書いたような絶対絶命。

そもそも、俺みたいな何も知らないガキがこんな所に来た時点で、出来ることはたかが知れていたのか・・・?

・・・いや、まだ諦められない!

 

様々な打開策を考えるが、どれも上手く行きそうにない。

クロノスがこれ以上介入出来ない以上、神様的な力でご都合主義になることも無い。

正真正銘、生明圭太郎という1人の人間が持つ力だけでなんとかしなくてはならない。

悔しくてたまらなくなり地面を殴る。アルビノのみんなが俺に向ける淡い期待の目が痛い。信じてもらえて、両親はエラとダレンの無事を涙を流すくらい喜んでくれたのに、俺はこれ以上何も出来ないのか・・・?

 

作戦も底が見え始め、白旗を上げる事が出来ない戦いの選択肢がだんだんと絞られていく。

頭の中はもう訳が分からなくなり、爆発寸前。

汗が顔を濡らし、焦点も定まらない。

檻の中の全員が俺を見る中、1人の声がやけにはっきりと響いた。

 

「・・・ありがとうございます。もう・・・いいんです」

 

俺の心に突き刺さったその言葉は、父親から発せられたものだった。

 

 

 

 

 

 

「もう・・・いい・・・?」

 

俺は震える声で同じ言葉を繰り返す。

 

「思えば、子供達を保護し育ててくれた人が危険を顧みずにこんな場所まで来てくれる事自体が奇跡なんです。その後に自分たちの事もどうこうして貰おうだなんて、都合が良すぎますよね・・・」

 

父親の、ハハハ・・・という乾いた笑いが狭い部屋の中で響き渡る。

母親も、俺を見ながらこう言った。

 

「改めて、ダレンとエラを助けてくれてありがとうございました。・・・お願いがあります。子供達を、決してこの国へ入れないで下さい。この国でのアルビノの扱われ方は、今後変わる見込みがありません。せっかく死に物狂いで逃げ出せたのに、またこの『地獄』に戻ってしまっては本末転倒です」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! エラとダレンの両親はあなた達だ! 2人の面倒を見るのは俺じゃない、あなた達でないと駄目なんだ!!」

 

すると父親は俺の肩を掴んで、首を横に振った。俺はその行為の意味するものが分からず、固まってしまう。

 

「自分たちにはダレンとエラを守れる力がありません。だから・・・」

 

母親がそれに続く。

 

「・・・私達夫婦の代わりに、あなたが子供達を守って下さい」

 

「そんな・・・!」

 

なんてことだ。この夫婦はもう、自分たちが助かることを諦めている。その代わりに、出会って間もない目の前の男、自分達はそうだと知らない『嘘の存在』に縋っている。

何も出来ない苛立ち。

己を偽り、みんなを騙している罪悪感。

状況を打開出来ず、助かる事を諦めた人達を前にした絶望。

 

・・・もう、俺の心が持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

ふと、短髪の男性が俺に声をかけた。俺はもう返事をする気力も残っておらず、ただ俯いたままだった。

 

「オレはアンタを信用すると言った。だが、この状況がどうにもならないのはアンタ含めてこの場にいる全員が分かってる。・・・だからせめて、地上に出た後でも俺たちの事とこの国の闇を忘れないでくれ」

 

「国の・・・闇・・・?」

 

「あぁ。あんたも知りたかったんだろう? 何故胡散臭い言い伝えが信じられているのか? 何故アルビノがこれ程までに毛嫌いされ、囚われ、なのに子供のアルビノは街へ放されるのか?」

 

「・・・なんで・・・それを?」

 

「元々はそれを知るためにこんな所へ来たんだろ? だから教えてやるって言ってんだよ。それをアンタに伝えるから、地上に出た後にみんなに伝えてくれ」

 

俺の返答を待たずに、男性は話を続けた。

 

「この国は近々近隣国と争いを起こす事は知ってるな? 戦いに勝つためには兵力は勿論、国の自給率などを保つ国力も必要不可欠だ。だが、この国は後者が小さかった」

 

「それは、雇われている労働者と雇っている資本家の間の溝が深かったからだ。労働者からすれば、働きもせずに自分達をこき使う資本家が気に食わない。資本家からすれば、身分が低い、身体を動かすしか能が無い労働者が自分達に楯突くのが気に食わないようだ」

 

少し前に世界史で習ったような話だ。

・・・ん? 待てよ、それなら・・・

 

「国は国力の増大・・・即ち、国民をまとめる為にある方法を思いついた」

 

まさか・・・!

俺は思わず口を挟む。

 

「『共通の敵を作る』か・・・?」

 

「お、御名答だ。良く分かってんじゃねぇか」

 

そうか、そういう事だったか。

 

「成る程、だからアルビノが・・・」

 

「一応詳しく説明しておくぞ。確かに、国民共通の敵として『相手国』はいたが、国民の統率を図るのにそれはアバウトだった。だから、それに代わる敵・・・もっと身近な敵が必要だった。・・・それがアルビノって訳さ」

 

「だから国はこれ程までにアルビノを迫害するのか」

 

「そう。昔からこの地方には白髪白肌の人間が多かったんだ。国はそれに目をつけ、忌むべき『敵』に仕立て上げたってことだ」

 

「何てことを・・・」

 

国内の不満を晴らすために、国は都合のいいヒール役をアルビノ達に押し付けていたのか。

ーーー対立する2者をまとめる為に、共通の敵を作る。これは昔からよくある方法だ。分かりやすく言うと、『 地球が宇宙人に攻められれば、地球上の争いは無くなるだろう』ってやつだ。なんとなく聞いたことあるだろ?

 

「次に、子供のアルビノを捕らえない理由についてだ。主に2つある」

 

「1つ。街の人間にアルビノへの嫌悪感を継続して抱かせるようにする為。攻撃しやすい子供だからこそ、効果を発揮する」

 

「・・・確かにそうだ」

 

「2つ目。生殖機能が発達していないから。ここにいる半数のアルビノの人間は生まれた時から今まで、檻の中で暮らしてきた。ここでは、アルビノの人間を育てている」

 

「・・・分かっちゃいたが、本当に腐りきってるな」

 

「あぁ、全くもってそう思う。そして奴らは適度に育ったアルビノの子供を定期的に街に『放流』しているんだ。そして1つ目の理由で話した効果に繋がる」

 

「もうこんな状況が50年も続いている。この国の近隣国とのいざこざは今に始まった話じゃない」

 

「そして言い伝えについて。これも国の刷り込みによる街の人間の洗脳だ。人を街へ送り出し、言い伝えの話を広めさせ、あたかもずっと昔から伝わってきた話だと信じ込ませた」

 

「勿論、この前の街の疫病は人為的なものだ。言い伝えの信憑性を高める為にな。だが、地震は本当に偶々起こっただけ。国にとっちゃ嬉しいことなんだろうがな。その他の災害も、偶々起こったものもあれば人為的に起こされたものもある」

 

「この国は、アルビノを『国民の敵』に仕立て上げその為には病気の蔓延や災害の助長も厭わない、残虐非道な連中に支配されているんだ」

 

 

 

 

 

 

男性からの話で、今全てが分かった。

 

「・・・さて、オレから話せることは全て話した。後は、あんたがここから無事に抜け出すだけ。見張りが戻ってくる前に急げ」

 

「・・・」

 

「・・・おい、どうしたんだ?」

 

男は俺が俯いたまま動かないのを不思議に思い、声をかける。

 

「・・・今、ここにいる人数は?」

 

「・・・は?」

 

「今ここに何人いるかって聞いたんだ」

 

「・・・30人だ」

 

「自分達が運ばれてきた時の馬車の最大収容人数を覚えているか?」

 

この質問にはおばさんが答えた。

 

「確か・・・5人だったわ」

 

「この中に馬術の心得のある者は?」

 

俺の呼びかけに5人の男性が手を上げて答えた。

 

「ここに来た時に、馬車が5台あった。30引く5は25。25割る5は5。ぴったりだな」

 

「・・・あんた、まさか・・・いや、無理だ。策は尽きたんだろう? 協力者もいないんだろう? あんた1人じゃ何も出来ないのはあんた自身が一番良く分かってるんじゃないのか?」

 

「それがどうした!! このまま逃げたら胸糞悪いから、そうならないようにするっつってんだよ!!」

 

「じゃあ、方法はあるのかよ」

 

「馬車が5台。さっき手を上げた5人が1人1台ずつ操り、残りの25人が5人ずつ乗り込めばぴったりだ」

 

「だがそれでは、外に出た時に見つかるんじゃないのか?」

 

「そこは俺に任せろ。この役所の人間全員を時間一杯引きつける」

 

「・・・出来るのか?」

 

「ここまで忍び込んだ奴にする質問か?」

 

「はは、一本取られたなこりゃ。・・・おし、こっちのみんなはオレがまとめる。頼んだぞ」

 

「任せろ」

 

俺は急いで檻から出ようとする。すると、母親が俺を呼び止めた。

 

「待って下さい! あなた1人で時間稼ぎをするなんて、いくらなんでも無茶苦茶です!!」

 

「あぁ、俺は無茶苦茶だからな。たとえ首だけになっても踊ってみせるさ」

 

俺は檻の外の壁に掛けてあった斧を短髪の男性に手渡した。

 

「そいつでここにいるみんなの足かせを叩っ斬っといてくれ。チャンスは一度きり。タイミングは任せる」

 

「あぁ。・・・後で美味い酒でも飲もうぜ」

 

俺は下戸だ。とは言えなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 ギムレット

見張りの制服に着替えて物陰に隠しておいた作業着を丸め、脇に抱える。ポーチも手に取る。

短髪の男性は檻の中のアルビノの皆さんの鎖を斧で断ち切り始めた。4人目のが終わったところだ。

 

・・・なんかもう、何も策がないとか俺1人じゃ何も出来ないとかこの世界にいられるタイムリミットが迫ってるとか、面倒くさくなった。

この際、思いっきりはっちゃけて、ドンパチやらかしてやる。

 

 

 

 

 

 

石の螺旋階段を登りながら作業着のポケットに手を突っ込む。

取り出したのは、家から持ってきたトイレの消臭スプレーとライター。

・・・ん? なんでさっき煙草に火をつける時に、そのライターを使わなかったのかって?

それには訳があるんだよ。雑貨屋さんをぐるーっと一周してみても、マッチしかなかったんだ。だから、あ、この世界にはライターが無いんだなって思って、わざとマッチを使ったんだ。

やっぱり、こっちの文明の利器を迂闊に使うと色々とまずいよね。

 

消臭スプレー缶に『火気厳禁』と書かれたのを確認し、シャカシャカと振る。ライターの火にスプレーを当てれば、即席のミニ火炎放射器の完成だ。

これでこの建物中に火をつけてパニックを起こす。その間にアルビノの皆さんが脱出するっていう作戦だ。

試しにここでちょっと試してみよう。

長く出し過ぎて缶内の内容物に引火しないように、シュッシュッシュッと短い間隔で出してみる。狙い通りスプレーはライターに当たったところから赤い炎となり、30cm先まで伸びた。上出来。さぁ、暗い街中に大きな明かりを灯してやるぜ。

・・・良い子は真似しないように。

 

 

 

 

 

 

頭の中でのイメージは出来た。あとはその通りに自分の体を動かすだけ。

ーーーと意気込んだ次の瞬間、上の方から物凄い音がした。それが爆発音だと気づくのは簡単だった。

あまりにも急な事だったので慌てて姿勢を低くし、耳を塞ぐ。それは辺りの空気を震わせ、建物を揺らす。

爆発音は何度も鳴り響き、その度に足元がグラグラと揺れる。焦げ臭い匂いがここまで漂ってきた。どうやら、最初の爆発で他の火薬が誘爆しているようだ。

 

一体、何が起きてるんだ・・・?

このまま階段を登りきり外に出る事に不安を覚える。つーか、外で爆発音が鳴り響いてるのに出て行きたい人なんていないでしょ。

だが、俺のいる石の螺旋階段からは土埃と小石がパラパラと落ちてきた。

 

・・・あれ、もしかしてこれ、崩れんじゃね・・・?

 

予想は正しかったらしく、先程のような横揺れではなく縦揺れで足元が沈む感覚がする。

 

前言撤回! 早くお外に出たいなーーー!!

 

そこからはもう全力。階段を2段飛ばしで駆け登った。幸いな事に、階段は崩れなかった。

 

 

 

 

 

 

扉を開けると、花火をした後のような匂いがそこら中に広がり灰色の煙が視界を埋め尽くしていた。入ってきた入り口の方を見ると、大きい方の扉が倒れてガラ空き。扉の中心部分は大穴が空き、木片が辺りに飛び散っている。

先程までの爆発はこの扉を破壊するためのものだったようだ。

中にいる見張り達はパニックになっており、何十人もの赤い服を着た人々が煙たいエントランスの中をあちらこちらに走り回っている。

そのうちの1人が慌てた顔で俺に聞いてきた。

 

「おい! 一体何があったんだ!?」

 

「え、えぇと、正面の扉が何者かによって爆破されたようです」

 

「何だって!? すぐに上に知らせなければ! お前はここの防衛だ! 訓練通りにやれ!!」

 

「は、はい!」

 

その訓練を受けていない件。

 

って、ちょっとヤバくね? 深夜に役所の扉を爆発させてぶち抜くような野蛮な集団が今からここに入ってくるってことだろ? そして俺はここの防衛をしろと言われたんだろ? ・・・イヤイヤイヤ、無理だって!

確かに服装はここの服だけど、俺自身は関係無い人だから隠れさせてもらうおう。

 

どこか隠れられる場所は無いかと辺りを見回すが、駆け回る人達のせいで中々見つけられない。

そんな怒号が飛び回る中に、「グアッ!」「助けてくれ!」「何だこいつらは!?」などの悲鳴が混じり始める。・・・どうやら俺は少し遅かったようだ。

 

「オラッ! くたばれ!!」

 

後ろから乱暴な言葉が飛んできた。慌てて上体を反らして回避。振り返った先にいた男は20代かそこらで、警棒のようなもので俺に殴りかかってきたらしい。

 

「ヘッ! ボサッとしてる場合かよ!」

 

「ウチの手柄ー!」

 

今度は右側から威勢のいい女がこの男と似たような鈍器で俺に襲いかかる。もう何が何だか分からず、とにかくこの蛮族共から逃げ延びようと必死に避ける。

 

「全く・・・大声を出して相手に襲いかかる馬鹿は引っ込んでいなさい」

 

お次に登場したのは長身で細身の眼鏡をかけた男性。手にしている得物はレイピアのような細長い刀。

なんて悠長に分析してる場合じゃない! あんなので突き刺されたらひとたまりもない!!

 

「いや、俺はここの人じゃな・・・うわっ危ね!?」

 

三段突きをしゃがんで回避し、長い脚の間の股下を前転で潜り抜ける。起き上がったらすぐに横っ飛びでその場から離脱。

この人達殺る気満々だ!?

 

「さっきからちょこまかと逃げやがって面倒くせぇ、とっととくたばれや!!」

 

今度は小太りのおじさん。一瞬何も持ってないように見えたが、その両手にはキラリと光るメリケンサックのようなものが。・・・もう勘弁してくれ。

 

「だから、俺は関係者じゃないんだ・・・っておわっ!?」

 

繰り出された右ストレートを左手でバチンと大きな音を鳴らしながら辛うじて逸らし、左フックを転倒御構い無しの後ろ跳びで回避。左手の手首から先の感覚が薄い。

 

「おい! そっちに行ったぞ!!」

 

「分かった〜♪」

 

後ろから聞こえてきた声の主を確かめようとして振り返ると、そこには小柄の女の子が。その顔は笑っているのだが、その小さな手に握られている馬や牛や豚の肉を断ち切る時に使うような物騒な包丁から、誰のものかも分からない血が滴り落ちてるのをみてサッーっと血の気が引いた。

 

今の自分はバックステップをとりながら首から上だけを回して後ろを見ているので、首元と背中がガラ空きの無防備な状態だ。その子は既に包丁を振り降ろそうとしており、身体の向きを直してから避けようとしても俺のお肉をスパッと断ち切られる未来しか見えない。真剣白刃取り的なことをやろうとも考えたが、さっきから左手が引きつったままで言うことを聞いてくれないので、その考えは即座に破棄した。

 

俺は後ろ向きのまま少女の方に倒れこみ、頭を撃たないように受け身を取る。少女はしめた、と思って倒れた俺にそのまま包丁を振り降ろすが、後ろに倒れる反動で両足を揃えながら頭上まで上げて、靴と靴の裏でそれを受け止める。包丁を両足の靴の裏でしっかりと挟み、足の力を使って捻りつつ少女の手から乱暴に引き剥がして遠くに飛ばす。靴底の厚いのを履いてきて正解だったぜ。少しスカートの中が見えたが、今はそんなことを気にしてられない!

 

・・・というか、服という言葉で少し考えた。今着てるこの見張りの服を脱いで、元々着てた作業着に着替えれば標的にならないんじゃね?

 

こちらからは何もしないのに一方的に襲われる事への苛立ちを抑えながら、見張りの服を脱ぎ捨て脇に抱える作業着に着替えようとする。

しかし、今はおそらく無力化したであろうこの女の子をどうにかしなければ。まだ何か危ないものを持ってるかもしれない。

 

「ちょいとごめんよ」

 

「キャッ!」

 

寝たまま女の子の足首を掴み、こちら側にぐいと引っ張ることで体勢を崩した。女の子はそのまま尻餅をつく。

 

「いった〜〜〜い!」

 

(罪悪感がぱねぇ・・・)

 

問題のある絵面だが仕方なかったんだ。

端から見れば、眼鏡をかけたおっさんが仰向けの状態で幼女のスカートの中を覗きながら足首を掴んで転ばせるという社会的に問題大アリの状況だが、こちらからしてみれば包丁を手放させた相手を出来るだけ怪我させないように対処したつもりだ。・・・正当防衛だ。

 

すぐに体を起こしてその場から離れ、人混みに紛れながらズボンを履き終わり上を羽織ってあとは前のチャックを上げるだけというところで、肩を勢い良く掴まれた。そしてそのまま後ろに引き倒される。自分の両手はチャックを掴んでいたので、咄嗟のことで受け身を取れずに後頭部を強打。見上げると、白髪のガタイのいい老人だった。

その老人は手に何も持っていないが、そのガタイを見るだけで武術に長けた人なのだと察しがつく。

・・・あ、これ詰んだわ。

 

 

 

 

 

 

「・・・さぁ、今の内に着替えを済ませて下さい」

 

「え?」

 

「身体を寝かせていれば煙に紛れて見えないでしょう。あの者達がここに来ても私が追い払いますから」

 

なぜか俺に親切な対応をしてくれるこの老人に心の中で感謝し、ファスナーを上げて着替えを完了する。

すると、ハイヒールで地を踏むようなコツコツという音が、俺が横になっている床を通して聞こえてくる。今度はどんな危険な人が来るのかと思ったが、老人は音のする方向に向かって頭を軽く下げている。

いつの間にか辺りは静まり、役所の中にいた人間は全員倒れている。俺に襲いかかってきた人達も攻撃の手を休め、老人が頭を下げる方向を見つめている。

 

煙を割って現れたのは、黒いロングドレスの女性。

俺はその顔に見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

「お前達、ご苦労だったね。手間はかからなかった?」

 

ロングドレスの女性が労いの言葉をかけるが、当人達は不服そうだ。

 

「大体の奴はチョロかったけどよ、1人だけ面倒クセェ奴がいたな」

 

鈍器を振り回していた若い男が答える。

 

「あ、それウチも見た!」

 

その男と似たような鈍器を扱っていた女もそれに続いて答える。

 

「自分もです」

 

今度はレイピアで突いてきた細身で長身の男性が。

 

「ワタシ、そのおじさんに転ばされた〜!」

 

俺が転ばした幼女も。

 

「んん? あぁ、あの眼鏡をかけた奴のことか。結局アイツは誰がやったんだ? おやっさんか?」

 

メリケンサックをはめた小太りの男性は、全員に覚えがないので白髪の老人に問いかける。

 

「いえ、私ではありませんし、他の誰でもありません」

 

が、老人も否定する。

 

「どういうことだ?」

 

老人に問いかけた男性が分からないという顔をする。

 

「・・・もう起き上がっても大丈夫ですよ」

 

そう言われたので、おずおずと身体を起こし立ち上がる。

 

「あ! テンメェ!! まだくたばってなかったか!!」

 

すると、若い鈍器を構えた男が再び俺に飛びかかってくる。

 

「・・・」

 

「あびゃっ」

 

が、俺と男の間に立った老人の拳は男の顎を的確に捉え、瞬間的に意識を刈り取った。

 

「この男性は政府の人間ではありません。この体格、顔、服装に見覚えはありませんか?」

 

「ん〜・・・? あ! 昼間酒場にいたじゃん!!」

 

女は眉間にしわを寄せながら俺の顔を凝視し、俺に向かって指を指してきた。

 

「・・・え? 昼間に・・・酒場・・・?」

 

「まさか、本当にここに来ているとは・・・」

 

太った男は未だに手を顎に当てているが、長身男性は片手で顔を覆い、やれやれと溜息をつく。

 

ロングドレスの女性はコツコツと音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。

・・・やっぱり、どこかで見覚えがある。この世界で見覚えがあるってことは・・・酒場?

 

「もしかしてあんた、昼間の酒場の店主か・・・?」

 

「その通り。多く貰った釣りを返しに来たのよ。・・・っていうのはオマケだけどね」

 

「ーーー昼間のミステリアスな雰囲気とは違って髪をかき上げたスタイルだったから、すぐに気付けなかった。どうしてまたこんなところに?」

 

「それは私の台詞よ。・・・まぁ、その質問に答えるのも兼ねて、自己紹介させてもらうわ」

 

「私達は反政府組織『ギムレット』。そして私の名前はアルベルティーナ。このギムレットの頭をやってるわ」

 

「反政府組織・・・ギムレット・・・」

 

「ここにいるのはそのメンバー。あなたが飲んでいた時に店の中にいた人間は全員、ギムレットのメンバーよ。もちろん、あなたにドリンクを作ったこの老人、バルトロもね」

 

そう言われてみれば、ここにいる人間の顔は酒場で見たような気がする。カップル、読書をしていた男性、テーブルに突っ伏していた男性など、確かにあの時酒場にいた。

 

 

 

 

 

 

・・・1つだけ思ったことがある。

俺は、またしても首を突っ込んではいけないところに突っ込んでしまったようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 親の心、子『分からず』

なんだかややこしい事に首を突っ込んでしまって、自分がどういう状況にいるのか分からなくなってきている。

なので、あらすじも兼ねて一度自分の中で振り返ってみることにした。

 

エラとダレンの問題を解決! めでたしめでたし?

けど、このまま元の世界に帰してもまた酷い目にあうかもしれないよなー・・・

なら、こっちから向こうの世界に行って胡散臭い言い伝えの真相を確かめてやんよ!

作業着を着て眼鏡をかけることでその辺にいるおっさんに変装。その他諸々の準備もする。

クロノスに力を借りて、エラとダレンの世界に到着!

図書館に行っても目ぼしい情報は無かったので、バーらしき店に入店。そこの女性店主から、この街・・・この国のアルビノに対する迫害の現状を教えてもらう。

アルビノ達は街の中心部の役所の地下に閉じ込められていると聞き、調子に乗った俺はそこへ侵入。なんと、ハンナ姉弟の両親もそこにいた。

アルビノの皆さんを地下牢から安全な場所まで脱出させる手段が思い浮かばず、心が折れかける。が、アルビノの男性からこの国のさらに深い闇を教えられた事でふっきれ、再度心に火を灯す。

建物中に火をつけてパニックになっている隙を狙いアルビノの皆さんを脱出させようと企てるが、突如爆発音が鳴り響く。正面の扉が爆破され、大穴が開いていた。

そこでは謎の集団と役所の人間が交戦中。・・・というか、謎の集団の一方的な蹂躙だったが。

侵入する関係で自分も役所の制服を着ていた為その集団に襲われるが、なんとかそれらを回避。謎の老人の手助けもあって、無事に着替え終わる。

そこに現れたのは昼間に入ったバーの女性店主。その女性含めこの集団は、反政府組織『ギムレット』というらしい。

今ここ

 

改めて振り返ってみると、なんとまぁこんな所まで来てしまったのだと思う。・・・だが、引き返すつもりはない。

 

 

 

 

 

 

「昼間の様子からして、まさかとは思ったけど・・・本当にここへ来ているのだから、少し驚いたわ」

 

「・・・あぁ、居ても立っても居られなくなったんだ」

 

「それで、こんな所まで?」

 

「・・・」

 

「まぁ良いわ。あなたがそうしたくてしたんだもの。ただ・・・」

 

女性は・・・アルベルティーナさんは、ギムレットのメンバーの方を見る。

 

「状況から察するに、うちのメンバーが失礼をしてしまったようね。そうでしょう? バルトロ」

 

「仰る通りです」

 

「で、でも、仕方ないじゃん! ここの奴らの服を着てたんだし! ウチにとっても絶好のチャンスだったし!!」

 

「そうやって手柄を立てようとしているから、この様なよく分からない陳腐な一般人に躱されるのです」

 

長身の男性は自分の獲物を拭きながら皮肉を垂れる。

それはつまり俺の事を言ってるのか? まぁ、その辺にいるおっさんに変装しているんだからそう言われても無理はない。というか、この場合はそう言われた方が嬉しい。

 

「・・・お? それは御自慢の三段突きを回避された事の自虐か?」

 

俗に言う『ブーメラン』というやつである。それも旋回して戻ってくるのではなく、至近距離にある壁に投げつけて跳ね返り自分に当たるような。

 

「・・・なんですって? そういう貴方も、御自慢の右と左がどちらも当たっていませんでしたよ」

 

「・・・おうちょっとお前表に出ろや」

 

「今日こそ貴方のその丸々と出っ張った肉塊を串付きの豚肉にしてさしあげますよ」

 

細身の男性と太った男性が一触即発の雰囲気になる・・・が。

 

「みっともない行動は止しなさい。今は姐(あね)さんが話をされているのです」

 

老人・・・バルトロさんの一言で、全員が口を紡ぐ。

若い男は未だに白目を剥いて気を失ったままだ。

 

「見苦しい所を見せて悪かったわね」

 

「いや、構わんよ。・・・けど、ちょっといいか?」

 

「えぇ、何かしら?」

 

「確か、小さな女の子がいただろう? その娘に謝っておきたいんだ」

 

「・・・まぁ、襲いかかったのはこちらだけど、あなたがそうしたいのならすれば良いわ」

 

そう言われたので、女の子の方に向き直って近づき膝をついて目線を合わせる。

 

「お嬢ちゃん、さっきはごめんよ」

 

「・・・うん、いいよ。わたしもわるいし」

 

「咄嗟の事だったからあぁするしかなかったとはいえ、転ばせたのは事実だ。怪我は無かったか?」

 

「うん。だいじょうぶ。・・・けどねおじさん、1ついい?」

 

「・・・?」

 

「おじさん、たおれたときにわたしのパンツみたでしょ」

 

瞬間、空気が凍る。空間にピシッとヒビが入ったような感覚がする。

見なくても分かる程、周りからの視線が冷たい。

 

「い、いや、それは不可抗力っていうか・・・」

 

「・・・サイッテー」ボソッ

 

鈍器で殴りかかってきた若い女が呟いた一言が、弱った俺の胸に突き刺さる。

 

「こら、困らせるんじゃない。大体、お前が間違って斬りかかるからでしょうが」

 

アルベルティーナさんは幼女の頭にチョップをいれる。

 

「いったーい! もう! これだかららんぼうなおんなは!!」

 

ついさっきまで物騒な包丁を持っていたどの口が言う・・・

 

「ま、ゆるしてあげるわ。これからは、レディーのしたぎをみるなんてしちゃだめよ?」

 

「・・・肝に銘じておくよ」

 

なんとなく気に食わないが、こちらが一歩引けば済む話だ。幼女の下着を見てしまった奴が言うのもなんだが、ここは取り敢えず紳士的に対応する。

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、今日のこの襲撃は予定されていたものだったのか?」

 

「えぇそうよ。でも本当の予定はあと数日先だった」

 

「あー・・・もしかしなくてもそれ、俺のせいか?」

 

「あんな風に聞かれたら、その人が何かしらのアクションを起こすかもしれないと勘繰るわ。そうではなかったとしても予定通りに作戦を展開するし、どうであれ大した差は無かったわ」

 

昼間はさっぱり気づかなかったけど、やっぱりこういう政府があればこういう組織もあるのか。表の顔はバーの店員と客、裏の顔は反政府組織・・・か。

あ、そういえば・・・

 

「んーっと確か、バルトロさんだっけか? さっきは助かった、ありがとう」

 

「いえ、姐さんに言われての事です。あのお方はそこまで想定していらっしゃいました」

 

「んじゃそれは別件で感謝するとしよう。が、やっぱりあなたにも礼を言いたい」

 

「・・・律儀な方ですね」

 

「俺の数少ない取り柄さ」

 

アルベルティーナさんは刈り取られた意識を取り戻した若い男に説教をしているようだ。他のメンバーは所員達の身体を拘束している。

すると、俺が地下から階段を登って出てきた扉が空き、あの短髪のアルビノの男性を先頭にしてゾロゾロとアルビノの皆さんがエントランスまで出てきた。石階段が崩れないか心配だったけど、全員無事に出てこれたようだ。

短髪の彼はみんなを取りまとめて、しっかり指揮していたらしい。

 

「お、上は片付いたみたいだな。・・・もう出ても大丈夫なようです。さっき言った通り、馬車担当の5人はあそこの背の高い男と太った男に着いて行って下さい」

 

・・・ん? なんでここにいる人達が味方だって分かったんだ?

 

「おい、なんでお前、見ず知らずの人間にアルビノの皆さんを任せてんだよ」

 

俺はそれを不思議に思って短髪の男性に問う。

 

「あぁ、それはね、彼もギムレットのメンバーなのよ」

 

「ーーーあちゃー・・・」

 

アルベルティーナさんが放った衝撃の一言に驚きを隠せず、思わず手で顔を覆った。人間が本当に驚いたときは、驚きを通り越して呆れるのだと、今この身をもって知った。

 

「彼には数ヶ月前から潜入調査をさせていて、私達がこの施設を襲撃したら地下牢のアルビノ達を解放して脱出させる作戦をあらかじめ立てていたの」

 

成る程、通りで地上の事とか政府に詳しい訳だ。普通に考えれば、生まれも育ちも地下牢の人間がそんな事を知ってる訳ないもんな。

それに、指示や行動も的確だった。あらかじめ予定されていた作戦だというのも頷ける。

・・・あれ? ってことは・・・

 

「まぁそういうこった。別にお前が来なくても、こういう結果になってたのさ」

 

「え、えぇー・・・」( ̄O ̄;)

 

え? 俺がやった事の意味・・・無し?

 

「シルビオ、そういう言い方は止めなさい。・・・全く、あなたはいつも一言余計なんだから」

 

「ーーーだが、お前が来なければハンナ夫婦にエラちゃんとダレン君の存命を知らせる事は出来なかった。お前が見張りを眠らせなかったり檻の鍵を開けなければ、檻を無理やりこじ開けて見張りを殴り倒すつもりだったしな」

 

慰めのつもりなのだろうが、俺に付けられた傷は深かった。でも、これは俺が好き勝手でやった事だから自業自得だな。結果、ハンナ夫婦に会えたんだし。

 

 

 

 

 

 

アルベルティーナさんはギムレットのメンバー達が所員達を縛り終えたのを確認すると、招集をかけた。

 

「取り逃がしはいないね?」

 

「えぇ、全ての部屋を確認済みです」

 

「所長の身柄は?」

 

「確保済みです」

 

「アルビノ達は?」

 

「全員乗せました」

 

アルビノの皆さんは全員馬車に乗り込んだらしい。

 

「よし、ならずらかるわよ。あんた達2人は引き続きアルビノ達の警護。予定の建物に入るまで付いていなさい」

 

「建物? あの人数を人目から隠す施設を用意しているのか?」

 

「勿論。街の外れに、知り合いに用意してもらった古い建物があってね。そこを使うわ」

 

「・・・やっぱり、夜が明けるまでに国境を越える事は無理か?」

 

「残念だけどそうね。私達がここを襲撃した事はすぐに伝わるでしょうし、夜が明ければさっきの3倍の兵士と大量の武器がこの街に入るわ。アルビノ達を国外に逃すのはもっと先の話になりそうね」

 

今夜のこの襲撃は、本当の意味で国を倒した訳じゃない。きっとこれは初めの数歩なのだろう。が、アルビノの皆さんを助け出せたのはとても嬉しい。

・・・あ、そうだ。ハンナ夫婦に顔を見せなければ。

 

 

 

 

 

 

ハンナ夫婦が乗っている馬車を聞き出して駆けつけた。

ハンナ夫婦は俺に会うと、先に俺の身の無事を喜んでくれた。

 

「・・・! ご無事でしたか!」

 

「おかげさまで。そちらはどうでしたか?」

 

「シルビオさんに誘導された通りに動いて、全員が無事に脱出出来ました」

 

この辺もあのシルビオっていう男のおかげだ。後でゆっくり話せる時間あるかなぁ・・・?

 

「すみません、時間が押しているのですぐ良いですか?」

 

「分かっています。・・・子供達の事ですよね?」

 

母親の方が答えた。まさしくその通りだ。俺はこの世界に来た本来の目的を果たそうとする。

 

「単刀直入に言います。エラとダレンと・・・4人で暮らしてやって下さい」

 

2人は俯いた。口を開いたのは父親の方だった。

 

「・・・出来ません」

 

「ッ、ハンナさん! どうしてですか!?」

 

「・・・確かに、今回のこの件をきっかけに、今のこの国の政治が崩れて私達アルビノの人間が平和に暮らせる日がやってくるのかもしれません」

 

「なら・・・!」

 

「でもそれは何年後ですか? 10年? 30年? 50年? そうなるまでは、これまでより良い生活を送れるかもしれませんが決して安心して暮らせるという訳ではありません。そうであれば、今のままあなたに育てられた方が良いに決まっています」

 

「そういう問題じゃない! あの2人には『本当の親』が必要なんだ!!」

 

今度は母親が答えた。

 

「・・・私達は、あの子達を守れなかった。一緒に暮らしてあげる事ができなかった。・・・けど、今の私達にもできる事があります。・・・あの2人が戻ってこれる場所を作る事です」

 

すると、父親は俺の腕を勢い良くガッと掴んできた。さっき檻の中でエラとダレンの名前を出した時よりももっと強く、より強い意志がこもったように。

 

「ですから、私達アルビノの人間が平和な生活を取り戻すその時まで! あなたにエラとダレンを守っていただきたい!! ・・・私達がみっともないお願いをしているのは分かっています! 親として失格です! けど、私達はこうやってあなたを信じてあの子達を託す以外に無いんです!! どうか! どうか・・・!!」

 

 

 

 

 

 

子供を大切に思う気持ちなんて分からない。自分に子供はいないし、俺はガキだから。

 

でも、こんなガキにも伝わってくるものはある。それは、子を大切にしてくれている親の気持ち。

 

きっとそれは、俺達が小さい頃に買ってもらったおもちゃとかぬいぐるみとかゲームとかペットを大切に思う気持ちと、広い意味では・・・『大切に思う』っていう部分では似ているのかもしれないけど、根本的な所では違うのだろう。

 

その違いが俺には分からない。俺には子供がいないから。俺はガキだから。

その気持ちが俺に伝わってくるとはいえ、分かる事ができない。

 

気持ちが伝わってくるって事と、その気持ちを分かるって事は違う。

例えばの話、相手は自分の事が好きっていうのが伝わってきても、実際に自分の事がどういう風に好きなのかなんて相手が口に出さなきゃ分かんないじゃん? 逆もまた然り。

 

・・・けど、そんな俺に対して、今目の前にいるこの夫婦の泣き崩れた顔が、握りしめてくる手の力が、絞り出す声が、俺にその気持ちを『分からせて』くる。

 

故に、エラとダレンをこの世界に帰すことが正しいのかどうか、分からなくなった・・・

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 異世界からの帰還

エラとダレンをこの世界に帰してやりたい。が、目の前にいる両親はそれを拒んでいる。

 

ーーーあ、それじゃあ・・・

 

「なら、エラとダレンをギ・・・ッ、いや、忘れて下さい」

 

『エラとダレンをギムレットのメンバーに入れてもらうのは?』と言おうとしたが、言い終わる前に言葉が詰まった。

アニメとかラノベとかでよくある話だからそう提案しようとしたが、浅はかな考えだった。

確かに、エラとダレンがギムレットのメンバーになればある程度の身の安全は保障されるだろうし、自分達の身を自分達で守れるだけの力を得るだろう。

・・・けど、自分達を苦しめてきた国を倒すことが目的の組織に入れば、それはもう復讐になってしまう。きっと人を殺すことにもなるだろう。

仮に、そうする事でアルビノの皆さんが平和に暮らせる世界を手に入れたとしても、そうなるまでにあの2人は何度手を汚せばいいのだろうか。ハンナさん達はそんな事を望んではいない筈だ。

ただでさえ幼少の頃から壮絶な人生を送っていたのに今度はその原因を作った奴らを倒すなんて、そんな酷いことをさせたくない。手を汚させたくない。・・・それを実の両親がやると言っているのだから。

 

俺自身の願いとしては、ハンナ一家に全員で幸せな暮らしを送ってほしい。が、今の状況では無理だとも薄々分かっている。神様のご都合主義力も使えない。タイムリミットも迫っている。2人の両親は、自分の子供達を守るために自分達に出来ることをすると言っている。

・・・もう、俺が口を出せることは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

「・・・分かりました」

 

「・・・!」

 

「お二人が・・・アルビノの皆さんが平和な暮らしを取り戻すその日まで、俺が責任を持ってあの子達を守り抜きます」

 

「ありがとうございます・・・!!」

 

これで良いんだ。完全に納得したわけじゃないけど、これが今の最善策だと信じたい。いや、そう自分に言い聞かせることしかできない。

・・・けど、今2人を帰せなかったら、もう・・・

 

(クロノス、聞いているんだろう。そこんところは?)

 

《ナミちゃんから言われてるとは思うけど、基本的には3日間で送り返さなきゃいけないの。それをオーバーしてしまうと、それが出来なくなっちゃうんだ。交わるはずの無い2つの世界を長い間繋げていると、それもバランスを崩す原因になるんだよ》

 

(やっぱり無理か・・・んじゃ、今エラとダレンを帰せなかったら・・・)

 

《・・・うん、残念だけど・・・》

 

ハンナ夫婦はいつか2人と会えることを願って、俺に2人を託した。なのに、もう会うことは出来ない。・・・なんて皮肉な話なんだ。

 

「ーーークソッタレ」

 

《けー君・・・》

 

(・・・この世界にいられるのはあとどのくらいだ)

 

《もう10分もないよ》

 

この世界に来て二度目の、己の無力さを激しく恨んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「話は済んだかしら」

 

「あぁ」

 

ギムレットのメンバーは既に退却する準備を終えており、役所の外に並んでいる。建物の入り口の両脇に建てられた松明の灯りが彼らを背後から照らし、その影がこちらに向かって伸びている。辺りは既に夜になっていて、空を見上げてもぼんやりとした雲があることしか分からない。

 

「・・・あなたに、話があるわ」

 

唐突に、アルベルティーナさんが俺にそう言ってきた。

 

「・・・聞こう」

 

「ーーーあなた、ギムレットのメンバーになる気はない?」

 

この時はもう心と体が激しい疲労に押しつぶされそうで、正直に言って膝が折れそうだった。だが、この言葉を聞いて、俺はまだこの世界で乗り越えなければならない、俺の自業自得で出くわした大きな壁がある事を再確認した。

 

 

 

 

 

 

「それは・・・スカウトってことか?」

 

「話によれば、あなたはうちのメンバーとやりあったらしいじゃない。実力は認めるわ」

 

ただ必死こいでがむしゃらに逃げ回ってただけなんだが。

 

「単独であんな所まで侵入するくらいだから、度胸もスキルもある。この国の政治をよく思っていないのも分かる」

 

「・・・」

 

「もう1つ理由をつけるとするなら、あなたに私達の存在が知られてしまったからかしら。あなたを疑う訳じゃないけれど、どこから情報が漏れるか分からないわ。ならいっそ、こっちに引き込もうって話よ」

 

臭いものには蓋をしろ、か。

 

「・・・それを俺に直接言うって事は、『No』と言わせないって事か?」

 

「さぁ? 想像に任せるわ」

 

アルベルティーナさんがそう言うと、後ろに控えるメンバー達がそれぞれの得物を手に構えた。

・・・それが答えってか。

 

「・・・確かに、俺はこの国の政治を良く思ってない。アルビノの人達には平和に暮らしてほしいと思う」

 

「なら、答えは「けど・・・無理だ」・・・」

 

「ーーー理由を聞かせろ」

 

シルビオが聞いてきた。

 

「こんな独り身の寂しい人間にも、帰るところがある。さっき、ハンナ夫婦に子供達を託された。自分達が平和な暮らしを取り戻すまで守ってくれ、とな」

 

「どうしても?」

 

「俺の肩には、子供達の命が乗っている。落としてもアウト、俺が死んでもアウトだ」

 

「何が何でも、俺は死ねないし、帰らなきゃならない」

 

勿論、ハンナ姉弟だけではなく、エリーと小春もだ。

俺は高校2年生のちんちくりんだが、この4人の安全にそんなことは関係ない。みんなのこれからの暮らしと安全を作り、見守る為には、あの家に・・・元の世界に帰らなければならない。

 

「・・・」

 

「姐さん、どうなさるのですか」

 

バルトロさんが、アルベルティーナさんに問い掛ける。まるで、「こっちはもう準備は出来ている」というように。

 

「・・・あなたは他の国から来たと言ったけれど、それは具体的にどこかしら」

 

ぐ、痛いところを・・・

 

「それは言えない」

 

「何故?」

 

「あんたの言葉を借りるなら、『あなたを疑う訳じゃないけれど、どこから情報が漏れるか分からない』からだ。俺は何としても、あの2人を守り抜く義務がある」

 

「・・・意地悪な人ね」

 

「お互い様だ」

 

依然として、アルベルティーナさんの後ろにはギムレットのメンバーが控えている。今の俺の状況はまな板の上の鯉、蛇に睨まれた蛙、といったところだろうか。何とかして抜け道を見つけたい。このままでは、強制的に俺の足元に次元の穴が開き、その瞬間を見られてしまう。

 

「・・・・・・分かったわ」

 

「・・・!」

 

「残念だけど、諦めてあげるわ。子供達を託されたと言われては、無理やり連れて行けないわ。それに、気分が悪い」

 

想像していたよりも早いタイミングで彼女は折れてくれた。

 

「・・・恩にき「だけど」・・・?」

 

「交換条件があるわ。それを飲まなければ・・・分かっているでしょう?」

 

「・・・聞こう」

 

「私達の前から去る代わりに、あなたの名前を置いていきなさい」

 

げっ、そうきたか。・・・どうしよう、普通に『生明圭太郎』っていうとめちゃくちゃ遠くの国から来たことになっちゃうし、ここは適当にそれっぽい名前を考えなければ。

アルベルティーナ、バルトロ、シルビオとくれば・・・

 

《けー君! あと1分切ったよ!!》

 

(アルベルティーナ・・・バルトロ・・・シルビオ・・・)

 

(ーーーアルティナ)

 

何か特別な意味があった訳ではないが、聞き慣れたようにフッと浮かんだそれっぽい名前を声に出した。

 

「ゴホン・・・俺の名前は、『ジュスティーノ』だ」

 

「え・・・」

 

「さようならだ。今度会う時は、暗いやつじゃなくてもっと楽しい話をしよう」

 

「あ、ちょっと!」

 

究極戦線離脱術、にげる!! けいたろう は にげだした!

 

 

 

 

 

 

《いや〜ギリギリだったね〜! こっちもドキドキしちゃった!!》

 

「そんな楽しそうに言うなよ・・・」

 

ここは、以前ナミさんに平安時代へ飛ばしてもらった時の場所と同じようなところ。ただその時と違うのは、俺の体に実体があることだ。

 

《『ジュスティーノ』なんて、なかなか洒落た名前を思いついたね。たまたま?》

 

「あぁー・・・うん。あの時はなんで名乗ればいいのかよく分からなくて、パッと適当に思いついたのを言っただけなんだ」

 

《ていうかけー君も無茶苦茶しすぎだよ。アタシはけー君が言い伝えの真相を確かめるっていうから寛大な心で君を飛ばしてやったのに、いつの間にか国家に反乱してるんだもん》

 

「あぁ、俺は無茶苦茶だからな。・・・と言いたいところだが、さすがに調子に乗った。迷惑をかけてしまって申し訳ない」

 

《まぁ、面白いものが見れたから結果オーライなんだけどね〜♪》

 

肩の荷が下りて朗らかな雰囲気になった空間に、そいつはやってきた。予告も無く、音も無く、気配も無く、そいつはクロノスの背後にいた。

 

〈その面白いものを、私が見逃すとでも?〉

 

《「あ・・・」》

 

 

 

 

 

 

「ズビバベンベジダ・・・」(※訳:すみませんでした)

 

思い出したくないのであまり詳しくは言わないが、あの後ナミさんの神力(物理)でボコボコにされた。ビンタされて顔中が膨れ上がり、視界もはっきりしないしまともに話すことも出来ない。

 

《あ、あはは〜。やっちゃった♪》

 

〈クロノス、こういう事を1人の神の判断で勝手に行う事が問題なのは、他でもない貴女が一番良く知っていた筈でしょう〉

 

《あ、アタシは脅されたんだ! けー君に、『もし俺の言うことを聞かなかったら、そのエロい羽衣をあ〜れ〜と引き剝がし、押し倒す』って獣のような目で言われて・・・!!》グスン

 

(そんな事言ってねぇよ!!)

 

というか、自分の服がエロいっていう自覚はあるんだな。

 

〈見え見えの嘘を吐くのは止めなさい。この人がそのような事を言わないのは分かっています〉

 

(良かった・・・)ホッ

 

〈さて、説教も終わりましたし、元の世界へ帰りましょう。エイブリーさん達が待っていますよ〉

 

こうして、俺の初めての・・・波乱に満ちた異世界での奮闘は、俺の心の中に小さな達成感と、それを飲み込む様な激しい怒り、後悔、やるせなさを孕んで幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「へぇ〜。あのおじさん、ジュスティーノさんっていうんだ。かおににあわないなまえだね」

 

「ーーー姐さん。あの男は・・・」

 

バルトロはアルベルティーナの背中を見ることしかできなかった。

 

「・・・ジュスティーノという名前は別に珍しくないわ。ごくごく一般的な普通の名前。でも・・・」

 

「姐さんは、以前あの男と会った事が?」

 

バルトロは自身が見当違いのおかしな事を聞いていると分かっていても、その質問をせずにはいられなかった。

 

「いえ、完全に初対面よ」

 

「ですが・・・」

 

「・・・まぁ、生きていればこういう事もあるわよ」

 

「顔も体格も人種も違いますが・・・それでも・・・」

 

「バルトロ。私は神様を信じていないわ」

 

彼女はバルトロを少したしなめるように、自身に言い聞かせるように、そう言い放った。

 

バルトロは懐かしさを抱きながら、胸にこみ上げる形容し難い感情を少しでも紛らわせる為に、言葉に乗せてそれを体の外に出した。

 

「旦那様・・・」

 

アルベルティーナは空を見上げながら、バルトロに背を向けていた。

 

(ジュスティーノ・・・)

 

バルトロは、アルベルティーナが見ているものは自身が見ているものと同じなのだと、その背中を見て悟った。

夜の闇で輪郭がはっきりとしない雲の上、彼女が見上げる空のその先に・・・

 

(ーーージュノ・・・)

 

 

 

 

 

 

時計を見ると、もう深夜の0時を回っていた。俺の帰りを待っていたのか、エリーと小春とエラとダレンはリビングの床に倒れて、布団も何も掛けないで寝ていた。

随分と久しい光景だ。たった1日向こうにいただけなのに、とても懐かしく感じる。

 

「ん・・・んぅ・・・」

 

エリーが寝返りをした。

きっとみんなは、眠くなっても我慢してたのだろう。目の周りを擦った跡がある。お風呂にも入ってないようだ。

そして、待ってくれていたみんなの為に最後の一仕事。みんなを寝床に移動させなければ。

 

 

 

 

 

 

エリーと小春を運び終えてエラとダレンの顔を見ると、ハンナ夫婦の顔が浮かんで、胸のあたりがキュウッと引き締められた。

俺はこれから・・・一生、この罪を背負っていくんだ。

あの2人に一生会えないまま、許されないまま、謝れないまま。

この2人とこれから先も暮らし、この子達が知らないまま。

 

ーーー守るって、難しいなぁ・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ら! ・・・きて! 起きなさい!!」

 

「グヘァ!!」

 

朝。俺を起こしてくれたのはスズメの鳴く声ではなく、身体中に広がるパノラマ・・・でもなくて身体中に伝わる衝撃だった。

 

「休みの日だからって、何時まで寝てるのよ! もう9時よ9時!!」

 

「だって、昨日はめちゃくちゃ疲れたんだもん・・・」

 

「グダグダ言わない! ほら起きて!!」

 

そう言って、俺のお気に入りの茶色の毛布を俺の手から引き剥がした。布団に包まれていた上半身があらわになった。

 

「ていうかさ、起こしてくれるのはありがたいとしても、マウントポジションをとるのを止めて欲しいんだけど」

 

「あら、嬉しくないの?」

 

「馬乗りされて首を絞められた事がある人にされても・・・」

 

「あっ・・・」

 

しまった。エラが気にしている事を言ってしまった。俺としては少し皮肉を言うくらいの気持ちだったが、完全に失敗だった。

 

「ははは、悪い悪い。起こしてくれてありがと。体を起こすから避けてもらえる?」

 

エラはすぐに避けてくれた。

 

この後、朝ご飯をみんなで一緒に食べながら、俺は向こうの世界の国政、言い伝えの真実について話した。そしてその政治が転覆するのにはまだまだ時間がかかるから、この家で引き取る事になったと説明した。

エラとダレンの間にはもうわだかまりは無く、2人で支え合って生きる事を再度俺に伝えた。この世界で生きていくことにも、不安は感じていないらしかった。

そして、俺が見た事、聞いた事、知った事の全てを伝えた。

・・・ギムレットと、エラとダレンの両親の存在を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ーーー何故、ハンナ姉弟を見つけた時に気付かなかったのでしょうか・・・もう二度と、行く事は無いと思っていたのですが・・・〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オマケ話その3 なにがあったのかと思ったらなにがあった

 

諸々の事情でこれからも一緒に生活することになったアルビノの双子、『エラ・ハンナ』と『ダレン・ハンナ』。

本来は、心の闇を取り除いた逆転生者は元の世界に送り返してあげなければならない。なのに、俺が今までに出会った4人は結局俺の家で引き取ることになった。

ーーーこのままの調子でいくと、いつか家が逆転生者達で溢れかえるのではないだろうか・・・

 

エリー、小春、エラ、ダレン。

逆転生者の心の闇の解決を始めてから1ヶ月半ほどになったが、最初は無理ゲーに思えたこれも、慢心しない程度には安定軌道に乗ってきたように思える。

逆転生者1号のエリーこそ『エルフの少女』という、4人の中でも俺と(種族的にも)一番かけ離れた子を最初にどうにかこうにか出来たのは、今となっては俺の僅かばかりの自信と励みになっている。逆転生者の心の闇の解決にビギナーズラックが通用するかどうかは分からないが、とにかくラッキーだった。

もし今後、さらにとんでもなくブッとんだ逆転生者がやってくるとするならば・・・少し言い方は悪いが、相対的に見ればエリーの一件はチュートリアル的なものだったのだと、そう思う日が来るのかもしれない。

ーーーできれば来ないでください。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで心の闇を取り払うことに成功したハンナ姉弟達と親睦を深める為とみんなの疲れを癒す為に、ちょっとしたお出かけのプランを考えた。

バスで数時間のところにある温泉にみんなで行こう。と提案したのだが、当人達は思ったより喜んでくれた。無論鉄道などを使えばもっと早いのだが、なにぶんこちらはエルフと平安貴族とアルビノ2名だ。他の人との接触はなるべく避けたい。

エラとダレンは身体のこともあって少し心配していたが、滅多に人が来ない所だから大丈夫、と説明したら了承してくれた。

 

そんなこんなで現在に至る。

 

「圭太郎さん! エラとダレン君がかぶる帽子はこれで良いですかね?」

 

「うん。良いセンスだ」

 

そう言って両手の薬指と小指を折りたたみ、他の指をエリーに向けてピッと出す。

 

「さて、みんな用意は良いかー?」

 

「うむ。持ち物は全て持ったぞ。3度確認済みのおまけ付きだ」

 

「頼もしいことで何よりだ。エラとダレンはどうだ?」

 

「うん、大丈夫よ。エリーが用意してくれたこの帽子なら髪もしっかり隠れるわね」

 

「エリーさん、ありがとうございます」

 

「いいのいいの。やっぱり、小春の服を買う時に沢山買っておいて正解だったね。でしょ?小春」

 

「・・・妾にあの時の事を思い出させないでくれ」

 

少し前に小春の服を調達しに行ったのだが、小春はその時の事を思い出したようだ。

詳しく知りたい人は、オマケ話その2をみてね。

 

「心中お察しするよ。そんじゃ、あと10分くらいでバスが来るから家を出発しよう」

 

生明一行はこうして家を後にした。ちゃんと鍵を閉めて。

 

 

 

 

 

 

「ほぉ、これは・・・馬よりも速いな」

 

「小春って馬に乗ったことがあるの?」

 

初めてバスに・・・自動車に乗った小春がその速さに感心していると、隣に座ったエラが小春にそう聞いた。

 

「馬鹿を言え、貴族の娘が馬などに乗るか。ただ、見たことがあるからそう言っただけだ」

 

そういえば、さっきバスに乗る時に小春が靴を脱いで座席の上に正座しようとしてたなぁ。まさか平安貴族が本当にそんな事をするなんて思わなかった。

 

「エリーさんは馬に乗ったことってありますか?」

 

「うん。あるよ。お兄ちゃんが私の後ろに乗って一緒に辺りを散歩したんだ〜」

 

ここで補足説明を入れておく。俺達は一番後ろの長い座席に座っていて、席の順番は向かって正面左から、小春、エラ、エリー、ダレン、俺だ。バスに乗っているのは俺達だけではないが、まだかなりの席が空いているので、4人には小さい声で喋らせている。

 

「それにしても、こんなに速いとひっくり返らないか心配になっちゃいます・・・」

 

「あれ〜? もしかして、エリーってこういうの苦手だったりするの?」

 

エラが少し意地悪にエリーに聞く。当人は顔を赤くしながら焦って反論する。

 

「ち、ちち、違うよ! ぜ、全然平気だよ!? そうだよね小春!!」

 

「分かった分かった。分かったからそんなにも顔を寄せてくるでない。間に座っているエラの迷惑だろう」

 

小春に呆れられたようだ。

 

「やっぱり、こういうのってなんだかワクワクしますよね」

 

ふと、隣に座っているダレンが俺にそう言ってきた。

 

「うん、俺もそうだよ。エラとダレンと・・・みんなでこうしてお出かけ出来るのがすごく楽しい」

 

俺は家族と出かけた事があまり無い。地区の親子旅行などはあるものの、そこに自分の両親の姿は無かった。

 

・・・だからなのか、実は4人に提案した俺が1番楽しみだったりする。みんなが見た事も、聞いた事も無い体験をさせてやりたいのだ。

今まで辛い思いをしてきたからこそ、ここではとびっきりの笑顔になって欲しい。それで過去の事が・・・死んでしまった家族と一族、失ってしまった普通の生活、小さい頃から送っていた悲惨な生活が無かったことになるわけじゃないけど、せめてこの時ぐらいは楽しい思い出で一瞬だけでも忘れさせてやりたい。

 

ぶっちゃけると、逆転性者組を日中家に閉じ込めてストレスやらなんやらが溜まっているようだったので、機嫌をとるためでもあったりする。

 

 

 

 

 

 

その後生明一行は、バスの窓に映る街並みや田園風景、自然や空を眺めながら着実に進んでいく。

そして午前10時前、目的の場所に到着した。5人分、合計500円の運賃を払い、下車した。

 

 

 

 

 

 

「よーし、予定通り誰もいないみたいだ。おーい! 来ても大丈夫だぞー!」

 

建物の裏に隠れている4人を呼び出す。俺の声を聞いた4人は、ソロリソロリと出てきた。なんともシュールな光景だ。

 

「別に、そんなに風にしなくても・・・」

 

「ほら、圭太郎さん。早く中に行きましょうよ」

 

ダレンに背中を押される。

 

「お、おう」

 

目論見通り温泉には誰1人いないようで、好都合なことこの上ない。・・・温泉と言っても公衆浴場みたいなものだが。

朝に来たのも、人気の少ない時間を狙ってのこと。本当は夜とかに来たかったけど、夜は意外と人が来たりする。

ちなみに、混浴はありません。期待していた方々は残念でした。

 

「こっちが男湯でそっちが女湯な。間違っても自分の性別と違う所に入るなよ」

 

「それは妾に対しての『フリ』ということか?」

 

小春がニヤニヤ笑いながら言ってくる。というか、『フリ』なんて言葉どこで覚えたんだ。

 

「ちょっ、小春!?」

 

「断じて違う。もしそんな事をしたら、恥ずかしい思いをするのはどっちだろうな?」

 

「よせよせ。冗談だ」

 

小春の挑発に俺が引かなかったのが当人にとって予想外だったのか、向こうが引いてくれた。

 

「服を脱いだら籠に入れておくんだ。タオルは持ち込んでいいけど、湯につけるのは駄目だ。あと、飛び込んだり走るのも禁止。もしそっちで何かあっても俺とダレンは助けに行けないからな。というわけで、各自マナーをしっかり守るように」

 

 

 

 

 

 

俺とダレンは右側の男湯へ、エリーと小春とエラは左側の女湯へと入っていった。ちなみにこの温泉は、藁で編まれた壁で男湯と女湯が分かれている。故に、室内にある壁で分かれた温泉とは違って反対側の声がよく通ってくる。

 

「圭太郎さん、僕ちょっと遅れるかもしれません」

 

「分かった。んじゃ俺は先に身体を洗って湯船につかってるよ」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私と小春は先に入ってるね?」

 

「分かったわ」

 

 

 

 

 

 

「ふぅーーー」

 

温泉に入ったのなんて久しぶりだなぁ・・・

やっぱり温泉って良いよね。しかも今は実質貸切状態。

超イイね、サイコー。

 

((わー! 思ってたより広いね!))

 

((うむ。人が来ないと言うからどのようなものかと思っていたが、想像以上だ))

 

向こう側から、エリーと小春の声が聞こえてきた。2人は意識して大きな声を出しているわけでもないのにこれくらいこっちに聞こえてくるんだから、どれ程声が筒抜けなのかはご理解いただけただろう。

 

((圭太郎さーん! 聞こえますかー?))

 

む、声を掛けられた。ここは普通に返しておこう。

 

「聞こえてるよ。そっちに人はいないよね?」

 

((おらん。独占状態だ))

 

良かった良かった。・・・あれ? 声が1人分足りないような・・・

 

「そういえば、エラはどうしたの?」

 

((少し遅れるって言ってました))

 

「そうか、分かった」

 

少し心配したけど、なんてことないようだ。

 

((そなたの方こそ、ダレンはどうしたのだ?))

 

あ、そういえばダレンもまだ来てないな。着慣れない服を着て脱ぐのが大変なんだろうか。

 

「エラと同じように、少し遅れるってさ。着慣れない服を着てきたから、脱ぐのに手間取ってるんじゃないかな」

 

((それは一理あるな。妾も、十二単と比べ脱ぎ着が簡単とはいえこの時代の服に慣れるのは少々手間取った))

 

俺達が初めてエラとダレンに会った時も、2人はボロボロの雑布みたいな服を着ていた。まともな服を着れなかっただろうことは明白だ。

そういう理由で、こっちの世界の服に慣れないのだろう。

 

 

 

 

 

 

数分もしない内にダレンがやってきた。

 

「圭太郎さーん。遅くなってすみませんでした」

 

「あぁ、大丈夫だよ。そこの桶でお湯をすくって身体にかけてから入ってくれ」

 

「分かりました」

 

俺は後ろにいるダレンに対して、見ることなくそう言う。

どこを見てるかっていうと、目の前に広がる山岳風景だ。ここは露天風呂なのである。

 

「いやー、それにしても凄い風景ですね」

 

「そうだな」

 

ダレンが歩いてくるペタペタという音が聞こえてくる。

 

「もっとあっちの方に行ってみても良いですか?」

 

「あぁ。落ちないように気をつけろよ」

 

俺は目を瞑ってリラックスモードに入る。

今度は、ダレンが温泉の中を歩くじゃぶじゃぶという音が聞こえてくる。

 

「うわー・・・あんな下に川が流れてますよ!」

 

「お、下に川が流れてるのか。どれ、ちょっと俺も見て・・・」

 

そう言って目を開ける。目線の先には、少しだけ身を乗り出して眼下を見下ろすダレンの背中が。

そして今気付いたのだが、ダレンの身体つきが前よりも健康的になったようだ。熊野神社に転生された時にチラッと見えた、浮き出ていた肋骨が今ではもう見えなくなっている。

良かった良かった。ちゃんと食べさせた甲斐があったぜ。

じゃあ、あの小鹿のような足腰も少しは肉が付いたかな・・・

 

そう思って、目線をダレンの背中から腰に下げた時に事件は起こった。

 

身を乗り出している=尻を突き出している

という状況なのだが、ダレンの尻の間に見慣れないものがある。

何かの見間違いかと思って目をゴシゴシ擦るも、それは消えない。今は午前中なので湯けむりもあまり立っていないせいもあってか、むしろハッキリ見える。

 

「ーーーは?」

 

「・・・? 圭太郎さん、どうかしたんですか?」

 

「いや、まさか・・・ダレン、ちょっとこっち向いてくれるか・・・?」

 

恐る恐るダレンにそう言う。

 

「? 良いですけど・・・」

 

ダレンはそう返事をしてこちらを向く。

勿論、謎の光線や湯けむりなどで規制されているはずもなく、規制解除バージョンだった。

この瞬間、自分は今までとんでもない間違いをしていたということが発覚した。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、女湯にて

 

「エラー。熱いから気を付けてねー・・・って、え・・・?」

 

「ん? どうしたのだエリー」

 

「こ、小春・・・アレ・・・」

 

「なんだそんな物騒な顔をして。何があったのだ」

 

「え・・・エラが・・・」

 

「エラが?」

 

エリーにそう言われたのでエラの方をふいと見た。

その時、妾達はとんでもない間違いをしていた事に気付いたのだ。

 

 

 

 

 

 

ダレンの股にあるはずのものが無く、無いはずのものがあった。

簡単に言えば、男性のナニが無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

妾はエラに何かあったのかと思ったら、ナニがあった。断じて、洒落だとかそういうものではない。

至極簡潔に現状を説明するのであれば、エラの股の間に男性器があったのだ。

 

 

 

 

 

 

「「「えええええぇぇぇぇぇ!!??」」」

 

壁を挟んで、3人の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「だ、ダレン・・・! お前、女だったのか!?」

 

「え? 何言ってるんですか圭太郎さん。僕は男ですよ?」

 

「いや、でも、お前アレが無いじゃん!」

 

「え? アレが無くてこうなってるのが男じゃないですか」

 

「・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

「え、エラって男の子だったの!?」

 

「は? 何言ってんのよ。ワタシはれっきとした女よ」

 

「ふ、ふざけるのも大概にしろ! そんなモノをぶら下げておいて自分は女などとホラを吹きおって!!」

 

「え? これがあるのが女じゃない。エリーと小春にもあるんでしょ?」

 

「「・・・・・・は?」」

 

 

 

 

 

 

というわけで入浴Take2。

今男湯には俺とエラが、女湯にはエリーと小春とダレンがいる。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

((非常に気まずい・・・))

 

本当は男なのだと分かっていても、ついさっきまでエラを女の子として見ていたのだからいきなり慣れろと言われても無理がある。

 

あの後、ダレンに聞いて全ての原因が判明した。

根本的な原因としては、『ハンナ姉弟が男性と女性の体を逆に覚えていた』というものだ。

ぶっ飛んだ話に聞こえるかもしれないが、事実なのだから受け止めなければならない。

 

ハンナ夫婦が産んだ双子のうち、男の子は『ダレン・ハンナ』、女の子は『エラ・ハンナ』。

異世界でハンナ夫婦に会った時に聞いたことだからそれは間違いない。

問題はその後だ。

エラとダレンは物心ついた時から2人暮らしだ。両親の顔も知らない。ただ、自分達の名前が書かれた紙があるだけ。そう、その時だ。ハンナ姉弟が盗んだ本の中には俗に言う『保健体育』は無かったらしく、性知識が全く無かった。故に、男性を女性と、女性を男性と間違って覚えてしまったのだ。

 

「じゃあ本当は、エラがダレンでダレンがエラだったってことなのか・・・? ややこし過ぎる・・・」

 

「ま、まぁ、そうなるわね」

 

エラの本当の名前は『ダレン・ハンナ』、ダレンの本当の名前は『エラ・ハンナ』だったのだ。

2人はそれを今の今まで、知らずに生きてきた。

 

「・・・その口調、どうにかならないのか・・・? 気まずくて仕方ないんだが・・・」

 

「し、仕方ないでしょ! 今までこうやって生きてきたんだから・・・あ、アナタが変えなさいよ!」

 

「俺は変える必要ないんだよ!!」

 

みんなの疲れを癒すための温泉だった筈が、これからの生活への不安も含め、かえって精神的に疲れてしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

その後、2人の口調を変えるのはこれからだんだんと馴らしていくことになった。それまではせめてもの対策として、以下の事を決定した。

 

・今まで通り、2人は2人のキャラでいく

 

・今まで通りの呼び方でいく。呼び方を本当の名前にしてもややこしくてしょうがない。

 

・上記2つは認めるが、エラは『自分は男だ』、ダレンは『自分は女だ』という自覚を持つこと。

 

そうして、生明家は5人で新しい生活をスタートさせた。

 

ーーーほんと、どうなってんだよこれ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅーーーっ・・・」

 

「いやぁー疲れたね。聞いてた方もお疲れさん」

 

「一度区切っても良かったんだけど、ここは話の流れを途切れさせたくなかったんだ」

 

「・・・? ・・・うん。・・・そうだね。かなりキツかった」

 

「初めて本格的に異世界に飛んだのはこの時が初めて、ってのもあったし」

 

「そういえば、最初に異世界の地に立った時はかなり興奮したんだけど、時間が経つにつれて『あれ? あんまり元の世界と変わりなくね?』って感じたんだ。まぁ、実際そうだしね」

 

「あの時・・・というか、あの世界が元の世界と似たところで良かったよ。もし色々なものが全く異なる異世界だったら、あんな風にはなっていなかったと思う。運も絡んでいたし」

 

「・・・あなたの言う通り、あれは単なる兄妹間の喧嘩かもしれない。けれど、それが世界に悪い影響を与える原因なんだから、不思議なもんだよな」

 

「それにしても、あの2人にはだいぶ苦労したよ。性別的な問題で」

 

「2人自身に性別の自覚が中々定着しないものだから、こっちも間違えちゃうんだよ。今はもう全員がしっかり把握してるけどね」

 

「2人とも元気にやってるよ」

 

「ーーーさて、次は何を話したものか・・・」

 

「あぁ、あいつか。そうかそうか、そういえばこの頃だったね」

 

「あなたは動物が好きかな?・・・それは良かった」

 

「俺が今も動物関係の活動に携わることがあるのは、間違いなくあいつの影響だね」

 

「確か、最初はいつもみたいに・・・」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4章「へその緒」
第三十四話 保健所始めました?


中学からの相棒であるこの自転車とも、もう5年の関係になる。俺を背負ってせっせとタイヤを転がす姿を見ると感謝してもしきれない。

 

そんなことを考えつつ、辺りを見回していつもと何か変わったところが無いかと探してみると、田んぼの稲が少し育っていることに気づいた。通学路は田んぼに囲まれた道路なので自然と目に入るのだが、田んぼによってまだ植えられていなかったり成長していたりと進展状況にばらつきがあるので、成長過程の変化がかなり分かりやすい。

 

少し横を見過ぎたと思って前を向くと、前方に人影を見つける。向こう側から見慣れたおばあさんが歩いてくるのが分かったので挨拶をする。

 

「ドーモ。オバア=サン。生明圭太郎です」

 

・・・っと、こっちじゃなかったな。俺はニンジャではない。

 

「おはようございます」

 

「あら〜おはよう〜」

 

いつものように、皺だらけの顔が愛嬌良く微笑むのを見送ろうとする。が、どうやらいつもと変わったところは田んぼだけではなかったようで、おばあさんに引き止められた。

 

「けいたろうちゃん、ちょっぐらいいかい?」

 

「? 何でしょうか」

 

おばあさんは周りが気になるらしく、チョイチョイと手招きする。俺はそれに合わせて自転車を傾けて姿勢を斜めにし、耳をおばあさんの近くにもっていく。

 

「おらいさお茶っこ飲みに来る白地のじいさんが言ってたんだよ。『最近圭太郎んどこでのわらすらのおだず声が聞こえる』って」

 

「!?」

 

「友達が来ているんじゃねぇか? って聞ぐど、平日の昼間に聞こえることもあんだってなぁ。けいたろうちゃんが学校さ行っとる筈の時間の時にも・・・」

 

・・・まずい、非常にまずい。

皆様にはもはや説明しなくてもいいだろうが、一応言っておこう。俺の家は一見日常的なただの家だが、その中には非日常が詰まっている。・・・4名程。あ、それとたまに神様が約2名。それらが他の人にバレるのはまずい。

ちゃんと静かにしとけって言ってた筈なのに、大きな声が家の外に漏れてるとは何事だ!?

と、とりあえず、ここは誤魔化さなければ・・・

 

「あーそうでしたかー! テレビを消し忘れてたんですねーご近所さんに迷惑をかけている事に気付かないなんて俺も駄目だなー」

 

「・・・? 呼び止めてごめんねぇ、学校頑張るんだよ〜」

 

「ありがとうございます」

 

多少無理もあったがセーフ。

 

 

 

 

 

 

「てなことがあって遅れそうになった」

 

「だからワイシャツになってるんだね」

 

学校に遅れそうになったので自転車を飛ばしていたら、案の定背中に汗をかいた。そもそもそれが嫌でリュックを前のカゴに入れているのに、本末転倒とはまさにこのこと。

やしもはクラスの中を埋め尽くす黒と紺の集団の中に一点の白を見つけたようで、俺がリュックを机の脇にかけた後に話しかけてきた。

 

その後はいつも通りの学校生活で、笑ったり面白いことがあったりもしたが、イベントも無く特筆することも無かった。

 

 

 

 

 

「ただいまー・・・って、ん?」

 

俺が帰宅すると、逆転生者4人組はゲームをしていた。本体をテレビに繋いでリモコン型コントローラーで遠隔操作できるタイプのアレだ。

俺は事実上彼らを生明家の中に閉じ込めているので、彼らが飽きないように『遊び』を提供する必要があった。そういうわけで、タンスから使わなくなってしまったそれを久しぶりに引っ張り出し、目を輝かせる彼らに使い方を教え、現在に至る。

 

「小春、そこの段差は走りながらじゃないと登れないよ?」

 

「そ、そのような事ぐらい分かっておるわ!」

 

「そう言っておきながら何度もジャンプの距離が足りなくて死んでるじゃない」

 

(あ、コインを取り忘れてる。回収しないと・・・)

 

楽しくやっているようなので邪魔しないようにしよう。とりあえず靴を脱いで・・・

 

「あっ! こら! 何故妾に甲羅をぶつけたのだ!?」

 

「わ、わざとじゃないわよ! 間違ったの!!」

 

「あー! ちょうどよく穴のところで私の事踏み台にしないでよ!」

 

「そこにいたそなたが悪い」

 

(1upの隠しブロック・・・)

 

「あーもう小春ズレてるわよ!」

 

「私のキノコとったのだれですか!?」

 

「妾を尻に敷いて弾き飛ばすとは無礼者め!!」

 

楽しくやってるのは良いんだけど、ちょっと騒がしいような・・・?

 

「妾もエリーもエラも死んでしまった! あとはお前だけだダレン!!」

 

「絶対よ!? 絶対ボスを倒してワタシ達を次のワールドに連れていきなさい!!」

 

「ダレン君頑張って!!」

 

「は、はい!!」

 

だが、無慈悲にも敵の攻撃はダレンの残り残機1人の命を刈り取った。

 

「あっ」

 

「「「あああぁぁぁーーー!!!」」」

 

「・・・」ブチッ

 

流石に、堪忍袋の緒が切れた。ズンズンと足を進めテレビの前で腕を組んで仁王立ちし、無言で怒りを伝える。

 

「「「「あ・・・」」」」

 

彼らの心境を代弁するかのように、背後のテレビは「マンマミーア・・・」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

「最近近所の人が「うるさい」って言ってたのはこういう理由だったのか」

 

「「「「すみませんでした・・・」」」」

 

只今、荷物を降ろした俺の前で4人は正座中。

 

「俺が家にいなくてみんなの面倒を見れない間はどういう風に過ごせば良いのかなんて、常識的に考えれば簡単に分かるよなぁ・・・?」

 

「ひっ」

 

エリーが小さく悲鳴をあげる。

 

「そ、その・・・現代のてくのろじーとやらに感動してな、ついつい盛り上がってしまって・・・」

 

「お?」

 

「いや、弁解の余地も無い・・・」

 

「だ、だってしょうがなかったじゃない! あんなに面白くてみんなで楽しめる遊びなんて、生まれて初めてだったんだから!」

 

「お前たちが反省する意志を見せなければ、俺はこのゲームを封印するだけだぁ・・・」

 

「・・・悪かったわよ」ブス-

 

「とにかく、これからは俺がいない間の過ごし方を改めてくれ。他の人達にみんなの存在がバレるわけにはいかないんだ」

 

「「「「はい・・・」」」」

 

と、その時久方ぶりの声が聞こえてきた。

 

〈説教の時間は終わりましたか?〉

 

「ーーーあ、お久しぶりです」

 

前に会ったのは異世界から帰ってきた時だから、1週間振りくらいだろうか。

 

「今日はまたどんなご用件で? 新聞、広告、宗教の勧誘なら丁重にお断りしますが」

 

((((神様と話してる時点で、宗教を信じてるようなものじゃあ・・・))))

 

〈そんなものではありません。また貴方に、逆転生者の報告に来ました〉

 

「・・・!」

 

みんなの顔が一斉に引き締まる。いよいよ、って感じだ。

 

「それで、次の逆転生者はどんなお方で?」

 

期待半分、緊張半分でナミさんに問う。が、帰ってきた答えは予想もしなかったものだった。

 

〈貴方が想像しているような人物ではありませんよ。というか、人ではありませんよ〉

 

「・・・は? 今なんて?」

 

〈人ではないと言いました〉

 

「」(※圭太郎絶句)

 

こうして圭太郎は考える事をやめた・・・とか言ってる場合じゃねぇ!!

 

「・・・あのーナミさん、1つ確認良いですか?」

 

〈えぇ〉

 

「エリーが転生されてくる時は『俺の勘違い』てなかんじで有耶無耶にされたけど、今度はそうはいきませんよ」

 

〈どういう意味でしょうか?〉

 

「もっとまともな奴にしてくれって言ってんだよこの暇神! 駄女神!!」

 

「エリーの時は、

『必ずしも人間を転生させるとは言っていません』ウラゴエ-

と言われ、エルフの女の子だったから百歩譲って良しとした。その後も、連チャンで人間続きだったから気にしなくなった・・・」

 

「そんなことがあったんですか・・・」

 

「だが! もう我慢ならねぇ!! 俺みたいな一般人に言語が通じるかも分からねぇ種族を勝手に転s〈では、改めて皆さんに伝えます〉って真スルー!?」

 

〈今回の逆転生者は・・・『猫』です〉

 

「「「「「・・・は?」」」」」

 

みんなはもっと突拍子もないような奇想天外なのが転生されるのかと思っていたようで、至極一般的なありふれた動物の名前を聞いて逆に驚いた。

 

「猫・・・だと・・・?」

 

小春が目を丸くした。

 

「何が悲しくて、うちでぬこたんの面倒を見なきゃいけないんだ。保健所じゃないんだぞここは」

 

俺がそう言うのだが、神様はいたって静かだ。

 

〈訳があるのですよ。順を追って説明します〉

 

 

 

 

 

 

〈とある男の子には想いを寄せる女の子がいました〉

 

「ちょっと待って、それって長くなるパティーン奴?」

 

〈・・・いいから黙って聞いていなさい〉

 

〈ゴホン、その女の子は大の猫好きで、ペットの黒猫をそれはもう溺愛していたのです〉

 

「黒猫とは不吉だな、趣味が悪い」

 

「そうでもないぜ? 『ウィッチの郵便屋さん』が上映された時に黒猫を飼う人が増えた、っていう都市伝説があってだな・・・」

 

小春のツッコミに俺が反応する。が、神様はそれを無視して話を進める。

 

〈・・・ある日、男の子は女の子の家に遊びに行くチャンスをゲットしました〉

 

〈男の子と女の子の会話は弾み、仲も上々。雰囲気も悪くありません〉

 

〈が、不注意で女の子の飼っている黒猫が家から飛び出してしまいます〉

 

〈泣き噦る女の子の姿を見た男の子は、一緒に探そうと提案します。2人は猫を探し始めました〉

 

〈そして遂に、2人は猫の姿を捉えます。しかし、その猫が道路を横切ろうとした時に横からトラックが・・・トラックのスピードは落ちず、そのまま猫へと・・・〉

 

「ま、まさか・・・」

 

エリーが我慢できずに口を開く。

 

〈男の子は猫を助けようとして飛び出しました〉

 

〈・・・ですが、男の子と猫はトラックと衝突し2つの命は消えてしまいました〉

 

〈男の子は内臓器官などに多大な衝撃を受けて即死、猫は体に怪我はないものの、ショック死でした〉

 

「そんな・・・」

 

エリーが口を手で覆う。

 

「折角勇気を出して飛び出したのに・・・残念な話ね」

 

エラも、男の子を可哀想に思っているようだ。

 

「それで、何で今回の逆転生者が猫になるんですか? この流れだと、男の子と猫の死を目の前で見てしまった、女の子の方になると思うんですけど・・・」

 

ダレンが神様にそう言う。確かに的確な質問だ。俺もそう思う。

 

〈この話には続きがあります〉

 

〈若くして勇気ある行動をとった男の子を哀れんだとある神がいましてね、その男の子に転生の話を持ち出したのですよ〉

 

「ほぉ・・・」

 

小春が興味深そうな顔をする。

 

〈すると男の子は、「自分はどうなってもいいから、あの猫を死なせないで」と、その神に頼んだのです〉

 

「なんとまぁ健気な・・・」

 

珍しく小春が感心している。

 

〈その神はそれを承諾しました。男の子が老死するまでに残されていた寿命を猫の寿命に合わせる為切り取って短くし、余分な寿命を生命エネルギーへと変換しそのエネルギーを使うことで猫を蘇生させました〉

 

〈そして、男の子の魂は輪廻転生の輪から抜けることなく、その猫の体に入りました〉

 

「1つ質問。そもそも、それってやって良いことなんですか?」

 

俺はそこが気になったので聞いた。

 

〈ーーーあまり良い事だとは言い切れません〉

 

〈ですが、男の子が望むようにしたこともまた事実です〉

 

〈こうして、男の子の魂は約半分の記憶を消去されて生き返った黒猫へと転生しました〉

 

「ここまではただの複雑な気持ちになる物語だな。だけど、なんでその猫はこの世界に来る事になったんだ」

 

〈せっかちな人ですね、まだ話は終わっていません〉

 

神様の言う通り本当に話が長引きそうだったので、みんなをリビングのテーブルの周りに座らせ、神様もその近くに腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

〈男の子の葬儀がされ、奇跡的に助かった猫はその後いつも通りに女の子の家で暮らします〉

 

〈ですが、ここで問題が生じます〉

 

〈男の子の魂が入った猫は頻繁に家を出るようになりました。そして帰ってくる度にボロボロになっているのです〉

 

「それは、どういう理由からなんですか?」

 

ダレンが問う。

 

〈猫が持つ社会性や行動パターンなどに馴染めず他の猫からハブられた、と言えばいいでしょうか〉

 

「成る程な。約半分の記憶を消去されたとはいえ、生前は人間。それが次の日には猫になってるんだから、猫の礼儀や社会が分からないのも無理ない」

 

〈時には大怪我を負って帰って来る事もあり、命を落としかねないような状態が何度も繰り返されました〉

 

〈つまりそれは、男の子の魂を猫の身体に入れた事により本来猫が全うするべき寿命が尽きかけている、という事です〉

 

〈一度神が手をかけた魂の寿命が再度、何らかの要因によって変わってしまう事は世界のバランスを崩す事に繋がります〉

 

〈男の子の魂の寿命を猫の寿命に無理矢理合わせたので、男の子の魂は猫の寿命を全うしなければなりません〉

 

「うーん・・・何だかややこしい話ですねぇ・・・」

 

エリーはそう言って頭を抱える。

 

「要するに、きゅうりをちくわの長さに切って穴に突っ込むのは良いけど、きゅうりが短くなったからちくわも短くする、っていうのは駄目だって事だろ?」

 

「逆に分かりにくくなっているではないか」

 

「ぐっ・・・」

 

「男の子の魂は猫の寿命に合わせて生きなければいけないのにそれが危うい状況になってる、ということですか?」

 

〈今のダレンさんの説明は合格ですね。貴方の説明は及第点といったところでしょうか(笑)〉

 

「後ろに(笑)をつけんじゃねぇよ! つーか、ナミさんが最初からダレンくらい分かりやすく言えば良かったんじゃ・・・」

 

「「「「・・・」」」」ジ-

 

俺のその一言で4人はナミさんを見つめる。

 

〈・・・〉

 

〈土曜日の正午に熊野神社の鳥居へ転生させます。

汝らに神の加護があらんことを・・・〉

 

神様は消えるようにいなくなった。

 

(((((絶対的誤魔化した・・・)))))



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 カモンぬこたん

神様が誤魔化して逃げた後、全員で猫対策会議を開いた。

・・・家の周りにペットボトルを置きまくる、とかの方じゃないよ?

 

「結局のところ、神様が俺達に頼みたかった事ってなんだ?」

 

「その猫ちゃんの心の闇を取り払え、なんて言ってませんもんね・・・」

 

「ちくしょうあの暇神、肝心な事言わねぇでトンズラしやがった」

 

「僕の考えですけど、あの話を聞く限りだと『猫に死なれると困るから保護してやってくれ』じゃないですか?」

 

「まじかよ。それじゃあ本格的に心の闇がどうこうって関係無いじゃねぇか。ホントにここを保健所にでもするつもりなのか・・・」ピキピキ

 

「ま、まぁまぁ。ちょっとした息抜きにでもしましょうよ」

 

エラが場の雰囲気を取り持つ。

 

「その息抜きで温泉に行った時は、逆に疲れたがな」

 

小春が、流し目でエラを見ながら皮肉たっぷりにそう言う。

 

「もう! その話はもうしないって約束でしょ!!」

 

「おぉおぉ、そうだったな。以降肝に銘じておこう」

 

「う〜・・・」

 

なんかもうね、ダレンが女でエラが男とかって、面倒だから考える事をやめた。本人達がその自覚さえ持っていてくれればOKってことで。

・・・実際の所、今でも間違えそうになるのはここだけの話。

 

 

 

 

 

 

「今週の土曜日っつー事は、明後日の昼か」

 

「良かったです。明日いきなりやってくるとかじゃなくて」

 

それな。エリーに同感だ。

 

「んー・・・その猫の記憶ってどれくらい残っているのかしらね?」

 

エラが何気なく言うが、それは結構重要だったりする。

 

「最低でも、『生前は人間だった』という記憶はあるだろうな。先程此奴も言っておった。そこへ妾の推測を付け加えるとするならば、『人間の言語』だな」

 

「その猫が、人間の言葉を理解できているかもしれないって事ですか?」

 

小春の推測にダレンが興味を持った。

 

「そうだ。可能性は全くない訳ではないだろう?」

 

「確かに、その線も有りそうですね」

 

ダレンは顎に手を当てて頷く。

 

「もしそうだとしたら、その猫ちゃんが人の言葉を話せるかもしれないね」

 

エリーがワクワクしながら言うが、俺はそこにツッコむ。

 

「エリー、その点についてはあまり期待しない方がいいぞ」

 

「・・・? 何でですか?」

 

「猫と人間の発声器官にどれ程差があると思ってるんだ。猫がパピプペポとか言える訳無いだろ 」

 

「むぅ・・・」

 

あ、ちょっと厳しく言っちゃったかなー・・・一応やんわりとフォローしておこう。

 

「でも、その猫が猫なりに頑張って、少しでも人間の言葉を話せるようになってたら面白そうだな」

 

「ですよね! 圭太郎さんもそう思いますよね!」

 

「う、うん。巷では、『おかえり』って言う猫もいるらしいし」

 

(((チョロい・・・)))

 

「さて、日も暮れてきたから夕飯にしよう。この話は一時中断だ」

 

 

 

 

 

 

「のぉ圭太郎よ」

 

「・・・ん、何だ?」

 

俺が小春に台布巾とみんなの箸を渡す際、小春が話しかけてきた。

 

「いつになったら、妾を台所に立たせてくれるのだ?」

 

「ハァー・・・あのなぁ、包丁を二刀流で逆手持ちする奴にそんな事をさせてたら、こっちの命が足りねぇわ」

 

「だ、だが・・・この家の妾以外は皆料理をしているではないか」

 

まぁ、百歩譲って包丁の持ち方は直せるとしよう。だが、小春の怖いところは『完成した料理に余計なものを付け足す』ところなのだ。カレーライスが劇物に豹変したあの事件は死ぬまで忘れられないだろう・・・

まぁ、犠牲になるのは俺だけでいいか。

 

「・・・よし分かった。今度こそ小春を信じよう」

 

「ほ、本当か!」

 

「あぁ」

 

「恩にきるぞ!」

 

さて、胃腸薬買っておかないとな・・・

 

 

 

 

 

 

そして時は過ぎ、土曜の正午。

今熊野神社にいるのは俺1人。・・・何でかって? いきなり目の前に4人も5人もいたら、猫がびびって逃げ出すかもしれないだろ? そういう訳だ。お分かり?

 

もはやお馴染みなので割愛するが、今回の黒い穴は何時もより少し小さめだった。猫だからね。

穴が消えるとそこには黒猫が一匹。大きさはその辺にいる野良猫と大差無い。デブ猫でもなければ痩せているようでもない。

スレンダーな猫だ。例えて言うならチーター的な。つまり、標準体型ってこと。

ただ標準的な猫と比べて違うところを挙げるならば、その身体についた傷だろうか。

左目が霞んで濁っている。全身の黒い毛のうち、毛が抜けている部分がところどころある。耳に欠けている部分がある。

命に関わる傷を負ったっていうくらいだから、これくらいの怪我は当然あるだろうと思っていた。

 

・・・が、皆さんに聞こう。あなたは、傷を負った猫を見た事があるだろうか?

上記のような傷を負った猫を見る機会はあまり多くない。野良でそういうのはいるが、下手をすれば怪我1つない健康な猫しか見た事がない人もいるだろう。

要するに何を言いたいのかっていうと、ボロボロになった猫は結構ショッキング、ってこと。『猫=かわいい』という、理想に近いその方程式が破綻しかねるくらいには。

この猫がそういう猫だってことを把握していただきたい。

 

猫は俺に気付くと、シュッと首を回転させてこちらを見た。そのまま動かない。俺の様子を見ているのだろうか?

俺は胡座をかき、地面に座る。持ってきたスケッチブックを片手に持って、こう切り出す。

 

「神様から話は聞いているだろう。死にかけてるお前を保護する為に出向いた」

 

「・・・」

 

「人の言葉は理解できるんだろうが、生憎俺達は猫の言葉なんて知らない。だから、頑張ってこの紙に書いてくれ」

 

俺は猫の前に、スケッチブックとペンを置く。

さて、猫の反応は・・・?

 

「・・・」プイ

 

あ、知らんぷりされた。

くそ、結構イラつくなその態度・・・だがあくまでも冷静に。こっちにはまだ、マタタビとか猫じゃらしとかのアイテムもあるんだ。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

しばしの間、俺と猫の間に静寂が訪れたまま静寂さんがこの場に居座り続けている。頼むから早く他の所へ行ってくれ。

 

・・・あ。あれか? 俺が名前を名乗れば良いのか?

 

「言い遅れたな。俺は『生明圭太郎』だ」

 

「そうですかい、オイラはただのしがない猫。名前はとうの昔に捨ててきやした」

 

「・・・ん?」

 

何故か、あまりにも自然な返答が来たので一瞬思考が止まってしまった。

 

「・・・しゃ、シャベッタアアアァァァ!!??」

 

「名前も名乗らない野郎に口を利く気にはなれない、と思ったもんで」

 

この時は、なんでそんな喋り方になってるかまでは頭が回らなかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・で、やっと口を利いてくれる気になったと」

 

「その通りでさぁ」

 

その喋り方が引っかかるが、気にしたら負けだろう。・・・いや、後でその理由を聞かなければ気が済まない。

 

「随分と流暢に話すんだな」

 

「そいつぁもう鍛錬に鍛錬を重ねやしたぜ。人間の言葉が分かると自覚したその時から、この猫の身体で人の言葉を話すのにどれ程苦労したことか・・・」

 

しみじみと語りだす黒猫だが、こっちには聞きたい事が山ほどある。

 

「お前に聞きたい事があるんだ。構わないか?」

 

「オイラの答えられる範囲でなら構わないですぜ」

 

許可をもらったので早速参りましょうか。

 

「自分の生前の事はどれくらい覚えているんだ?」

 

「生前・・・? それはつまり、『前世』ってやつですかい? 生憎でやんすが、オイラはそういうもんに疎いんでさぁ。この命、生まれた時からこの時まで猫、としか言えませんぜ」

 

俺が予想していた答えが返ってこない・・・つまり、この猫には・・・この猫の魂には生前の記憶はおろか、猫になる前は人間だった、という記憶すら無いのか。

・・・こいつは大きな見当違いだった。元々そういう状況だと踏まえた上での話を考えていたのに、それが無駄になってしまった。

つまり、訳も分からないまま、気付いたら人語を理解していた、ってことなのか?

 

「そ、そうか。では別の質問をしよう。人間の言葉が分かると自覚したのはいつだ?」

 

「物心ついた時にはもう分かっていやした。猫の言葉も人間の言葉も分かる猫がオイラだけと知ったのは、他の野良が人間の言葉を分かっていないのを見た時でやんす」

 

「気が付いたらいつの間にか分かるようになっていた、と」

 

「へぇ」

 

やっぱりそうなのか。

 

「自分で、それは何故だと思う?」

 

「どうですかねぇ、お天道様の気まぐれ、とでも言えばいいでやんすかね」

 

「じゃあ、その喋り方は?」

 

「オイラはちんちくりんの頃から、テレビで時代劇を見るのが嗜みの1つだったんでさぁ。そこで男の生き様ってやつを見せつけられましてねぇ。真似るうちに染み付きやした」

 

時代劇の影響か。妙に古臭い喋り方だと思っていたら、それが原因だったんだな。

 

「ちなみにどんなのを見てたんだ?」

 

「水◯黄門、暴れん坊◯軍、必◯仕事人、遠山の◯さん、鬼◯犯科帳、座◯市、子◯れ狼・・・」

 

「・・・凄いな。俺も小さい頃は祖父母と時代劇を観ていたりはしたが、それ程とは思わなかった」

 

「ま、オイラが勝手にリモコンを操作してたんでね。日中、家にいるのがオイラだけになる日がほとんどだったんで、絶好のテレビ鑑賞時間だったんでさぁ」

 

だろうね。猫って家に人が誰もいない時はめっちゃ暇だろうし。

そろそろ話を本題に戻そう。

 

 

 

 

 

 

「・・・という訳で、この世界でお前を保護することになった」

 

「オイラはそんな事を望んじゃいないですぜ」

 

「お前がそう思っていても、お前に死なれると困る人がいるんだ」

 

「それはどなたで?」

 

「まぁ、お天道様とでも言っておくか」

 

「・・・」

 

「お前のようなイレギュラーを放っておけないんだとさ。死に場所を探してる訳じゃないのなら付いて来てくれ」

 

「・・・へぇ」

 

なんだか気難しい猫だな・・・

多分、3日間でこの猫を健康な状態に戻せば良いんだろうが、なにかが引っかかる・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「ねぇ! すっごくおとなしいねこの猫ちゃん!」

 

「そうだな。無愛想な顔をしておるが案外人懐っこいのか?」

 

「ね、ねぇ、ワタシも触ってみて良いかしら・・・?」

 

「ちょっと顔が怖い気もしますけど、よく見ればかわいいですね」

 

お前ら、完全に目的を見失ってるだろ・・・

 

あの後、猫は素直に付いて来てくれたのだが、家に着くや否やうちの逆転生者達が猫をモフりだした。

あの性格からして、逃げ出したり引っ掻いたりしないかと心中穏やかではなかったが、意外なことに猫はとてもおとなしい。

 

「・・・」

 

そしてもう1つ不思議なのだが・・・この猫は家に来てから、一度も人語を話さない。

先程、「おい、さっきみたいにみんなの前で話してみせてくれよ」と猫に言ったのだが、無視された。挙げ句の果てに、他のみんなに笑われる始末。

一体どういうつもりなんだ・・・

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 色々あるんです

うちの逆転生者達が猫をモフり終えた後、何か食べさせようという話になった。一応キャットフードを買ってはいたのでそれを食べさせよう、となったのだが・・・

なんかこの猫、キャットフードを食べなさそうなんだよなぁ・・・

「オイラはそんなもの食べませんぜ」とか言いそう。めっちゃ言いそう。生魚とか納豆とかもっと変なものを食べそうな予感がする。

 

「ほーら、キャットフードよー」

 

エラが猫の前にキャットフードを出した。ネットで調べて高評価だった割と高めのやつをペットショップで買ったので、食べてくれなかったら結構凹む。そして出費が無駄になってしまう。

頼む! 食って! お願いだから食べて!!

 

「・・・」スンスン

 

猫はキャットフードの匂いを嗅いでいる。

みんなに緊張が走る。

 

「た、食べてくれますかねぇ・・・?」

 

「この猫が偏食でなければ良いのだが・・・」

 

やべぇ、全然食べようとしねぇ。あーこれはやっちゃったわ。完全に無駄金つかっ・・・

 

ガッガッガッ

 

「あ! 食べてくれましたよ! 良かったですね圭太郎さん!」

 

・・・って、予想に反して結構ガツガツ食ってるじゃねぇか! つーか食い付きハンパねぇ!!

ダレンも喜んでいるようだ。

 

「良かったー。食べてくれないかと思ったわ」

 

エラが安心して溜息をつく。

 

「よし、これで食べ物はOKだな」

 

1つの問題はクリアしたが、やらなければならないことはまだまだある。

 

 

 

 

 

 

時は流れ、みんなは夕飯を食べ終わり、俺以外の4人が手分けして食器洗いをしている。リビングにいるのは俺と猫だけになった。

 

「・・・おい、ちょっと来てくれ」

 

小さな声で猫にそう言って立ち上がると、ついてきてくれた。

 

 

 

 

 

 

所変わって圭太郎の部屋

 

「一体、どういうつもりなんだ」

 

「どういうつもり、とはどういう意味ですかい?」

 

「何でみんなの前で人語を喋らないのか、って聞いてるんだよ」

 

そう。それ。聞きたくていても立ってもいられなかったこと。この猫が人語を喋らないせいで、俺はみんなに馬鹿にされて笑われてしまった・・・事は割とどうでも良くて、そうする理由が知りたかった。

 

「複数人の周りの人間にオイラが人語を喋れると知られると、厄介ごとが多くなるんでさぁ」

 

「厄介ごとねぇ・・・」

 

「だから、最初に会ったお前さんにしか人語を使わないと決めたんでやんす」

 

面倒な事が多くなるから、か。そういう理由ならしょうがないな。

 

「よし。それについての理由は分かった。じゃあ、みんなにモフられた時に抵抗しなかったのは何故だ?」

 

「それも、黙って大人しくしてりゃ面倒な事にはならないと判断した結果ですぜ」

 

「・・・成程、教えてくれてありがとう」

 

この猫は俺としか喋らないらしいので、今のうちに話したい事を話しておこう。

えぇとまずは・・・

 

「この際だから、話しておく事を消化する」

 

まずはこの猫の怪我について。さすがにこのままだとバイキンが入ったりして病気になるかもしれない。だが、俺は動物の身体なんて分からん。餅は餅屋、と言うくらいだから、動物病院に診てもらいに行こうと思う。

 

「お前の体のその傷を放っておけないから、明日動物病院で診てもらおうと思ってる」

 

「オイラはそんな所、行きたくないですぜ」

 

案の定断られた。だが、ここで引いてはならない。

 

「そこをなんとか頼む」

 

「動物病院ってのに良い思い出はないんでね」

 

「お前が行った動物病院がどんなんだったかは知らんが、信用できる所を一ヶ所知ってる」

 

「今日初めて会って警戒を解いていない相手が信用している所を信じろとは、なかなか強情なことを言うでやんすね」

 

「・・・」

 

「・・・頼む。お前のその傷を、放っておけない」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「カリカリで手を打ちますぜ」

 

「あぁ。とびっきりのを用意しよう」

 

何とか了承してもらった。・・・ここで、もう1つの疑問を思い出す。

 

「これも聞こうと思っていた事なんだが、さっきは随分と良く食べていたな。俺はてっきり、キャットフードとかの人が作ったものは食べないものだと思ってたよ」

 

普通の猫が食べなさそうなものを食べそうな雰囲気だったからな。

 

「実際オイラは色々な食べ物を口に入れた事がありやすが、どうやら猫の舌は人間のとは違うようで『味覚』というのに疎いんでやんすよ。・・・人間の味覚がどういうものかは知りやせんがね。なら、人間が栄養価をしっかりと考えたキャットフードを食べるのが1番だ、と判断した結果でやんす」

 

猫の割に結構考えてるのか。

 

「成る程」

 

そろそろリビングに戻らないといけないかな。みんなが嫉妬・・・ゴホン、心配してしまうといけない。

 

「話を聞かせてくれてありがとう。・・・そろそろ下に降りようか。みんなが心配するといけない」

 

「・・・へぇ」

 

猫の返事に違和感を覚える。

 

「・・・あの4人が苦手なのか?」

 

「いえ、ね。あの子らは良い子達だと思いやすぜ。ただ・・・」

 

「ただ・・・?」

 

「人間に体を触られるのに慣れていないというか・・・」

 

ここで疑問が浮かぶ。

 

「向こうの世界では飼い猫だったんじゃないのか?」

 

「身体中傷だらけの黒猫を好き好んで触ろうとする人間はあの家にはいなかった、ってだけでやんす」

 

「・・・そうか」

 

猫にも色々あるんだな。

・・・一瞬、この猫は向こうの世界の飼い主もしくは家の住人に虐待を受けていたからこのような傷を負ったのでは? と考えた。だが、この猫は賢いし何より人語を理解しているからそんな事にはならないだろうな、とすぐに考えを改めた。

 

「慣れないものは仕方がない。だけど、お前がされるがままにされていた方が都合がいいと判断するなら、おとなしくモフられていてくれ。もし嫌だったら、爪で引っ掻かない程度に抵抗してくれて構わない」

 

「そうですかい」

 

その返答だとどっちの行動をとるのかははっきりしないが、まぁ問題ないだろう。

 

「あ、それと・・・」

 

「うん?」

 

「苦手という部分では、お前さんの方があの子らよりよっぽど苦手ですぜ」

 

手厳しー・・・

 

 

 

 

 

 

「うーん・・・」

 

「何でかしらねー・・・?」

 

先程から、風呂から上がったエリーとエラが唸っている。それは何故かというと・・・

 

「猫じゃらしに全然反応してくれない・・・」

 

そう。この猫はまたたびとか猫じゃらしとかの猫アイテムに全く興味を示さないのだ。・・・理由は大体想像がつくが。

 

「そっぽを向いたままだし、かえって逆効果になっているんじゃないかしら?」

 

エラのその考察はおそらく正しい。

 

「あ! それじゃあ、この猫ちゃんが何に興味を示すのか色々と試してみようよ!」

 

「面白そうね、乗ったわ!」

 

「・・・」

 

猫は面倒な事になると察したようで、そそくさとこの場を離れようとする。・・・が。

 

「こら、逃げるんじゃないわよ」ガシッ

 

「・・・ウニャァ・・・」

 

猫は人にあたる脇の間にエラの両手を入れられ、宙ぶらりんになる。

 

「あ、エラ、猫を抱っこする時はそうするんじゃないんだよ」

 

「え?そうなの?」

 

猫がエリーの腕の中に移される。

 

「ほら。こうやって、お尻を支えてあげるの」

 

「へぇー・・・」

 

「・・・」

 

猫は何とも言えない、味わい深い顔をしている。・・・いや、猫の表情なんて分かんないけどさ。

 

 

 

 

 

 

「圭太郎さん、上がりましたよ」

 

逆転生者組で最後に風呂に入ったダレンが俺に声をかける。

 

「ほーい」

 

あの後エリーとエラは猫に対して色々試してみたのだが、どれにも反応を示さず全滅。今は2人で小春の髪を乾かしている。

余談だが、小春は最近になって自分の髪を自分で洗えるようになったそうだ。だけど、乾かすのはまだ苦手らしい。ドライヤーが使い慣れないんだと。そういう訳で、エリーとエラに手伝ってもらっているっつーわけだ。

 

「んじゃ、俺も風呂に入ってくるから」

 

只今の時刻は22:00。今日はわりかしゆっくりと湯船に浸かれそうだ。

 

・・・少し前は誰かが入った後の風呂に浸かるのに僅かばかりの抵抗があったが、家の住人が5人にもなるともはやどうでもよくなった。

 

 

 

 

 

 

「毎度毎度悪いのぉ」

 

「いいのいいの。折角小春が1人で髪を洗えるようになったんだから、全部1人でできるようになるまで手伝ってあげるよ」

 

「にしても、本当に長い髪よねぇ・・・」

 

「・・・」キョロキョロ

 

「? ダレン、どうしたの? 何か探し物?」

 

「探し物ってわけじゃないんだけど・・・」

 

「?」

 

「猫がどこに行ったのかなぁと思って・・・」

 

「え? そこら辺にいるんじゃないの・・・って、ほんとにいない・・・」

 

「どこに行ったんだろう・・・?」

 

 

 

 

 

 

「ふー・・・極楽極楽。癒されるわー・・・」

 

「って思ってたのに、なんでここにいるんだよ」

 

「風呂に入るからですぜ?」

 

「なんで俺が変な事を聞いたみたいになってんだよ。・・・第一、猫って水を嫌うんじゃないのか? そうじゃないとしても、猫が風呂に入るのは多くても月に1〜2回だろ」

 

「オイラは外に出るんでね、他の飼い猫よりも汚れるんでその分身体を頻繁に綺麗にするんでさぁ」

 

「猫って身体を舐めて綺麗にするんじゃないのか?」

 

「オイラは土埃を舌で舐めとるなんて御免ですぜ」

 

ほんっと、変わってるよなぁー・・・

 

「というわけで、頼みますぜ」

 

「え、俺は猫の体の洗い方なんて知らないぞ」

 

「耳に水が入らないようにさえすれば、後は適当で構いませんぜ」

 

そこは適当でいいのかよ。

 

「んじゃあ、タオルを頭に被せるぞ」

 

正直に言って、タオルを被って耳が垂れた姿が割と可愛かった。

 

 

 

 

 

 

「こんな感じでいいか?」

 

「へぇ」

 

うーん、思っていたよりは簡単だけど、やっぱり難しいのには変わりない。

 

「・・・」

 

ここでふと、思ったことがあったので聞いてみる事にした。

 

「・・・なぁ」

 

「はい?」

 

「お前を一方的に信じて、確認したい事がある」

 

「一方・・・まぁ、聞きやすぜ」

 

「お前って、キンタマあるか?」

 

「・・・はい?」

 

「お前って、キンタマあるか?」

 

「いや、2回目を言って欲しかったんじゃないですぜ」

 

「ーーー俺は前に、こんな事があった」

 

「キンタマがあると思ってた奴にキンタマが無くて、キンタマが無いと思ってた奴にキンタマがあったんだ」

 

「キンタマキンタマとしつこいのは隅に置くとして、つまりそれはどういう・・・」

 

「お前にキンタマが無かったら、俺はもう・・・何も信じられない」

 

「・・・そうですかい。オイラはれっきとしたオスでやんす」

 

「それを聞いて安心した。さっきのキンタマについての話は追々話すよ」

 

「・・・つっこみませんぜ、オイラは」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 人の心猫の心

猫の体を洗い終えた。猫は大人しくしていたのでさほど時間はかからなかった。そろそろ俺も湯船につかろう。

ちなみに、猫はお湯を張った桶で十分だそうだ。

 

「ふぃー・・・」

 

1日の溜まった疲れを湯に溶かし出す、ような気分で湯船に浸かる。

今日は変な方向に疲れた。エラとダレンの時はめちゃくちゃ焦って疲れたが、今回は『やりにくい』という分野で疲れたのだ。・・・まぁ、どんな逆転生者でも『やりやすい』なんて事は無いが。

 

「ーーー随分と気持ち良さそうに風呂に入るんでやんすね」

 

「そうか? んな事初めて言われたわ」

 

少し考えてみれば、俺が風呂に入っているところを他の誰かに見られた記憶がほとんど無いのだから初めて言われるのは当たり前だろう。両親と一緒に風呂に入った記憶さえ無いのだから。

ちなみに、温泉は滅多に行きません。自宅の閉鎖された空間にある風呂が好きなんですよ。

 

「俺の1日の楽しみであり趣味だからな。これだけは譲れない」

 

譲ることもあるけどね。

 

「風呂が好きなんでやんすか」

 

「あぁ。そりゃあもう大が3個付くくらいには」

 

と、こんな風に猫と他愛のない話をする。もともと全く口を利いてくれなかったわけでではないが、昼間よりも俺の話に文字通り耳を傾けてくれる。

 

今猫はお湯を張った桶の中で体を横にして丸くなっている。サイズがぴったりで良かった。

しかし、その猫の状態を見て1つ『しまった』と、ある事に気付く。

 

「そういえば、お前のその傷・・・染みなかったか?」

 

猫が何も反応を示さないので淡々と洗ったのだが、猫は体に傷を負っている事を今になって思い出した。

もう遅いかもしれないが、聞かずにはいられなかった。

 

「否定すれば嘘になりやすが、この程度は慣れやした。傷が染みたくれぇで痛がってるようじゃ、そいつぁまだまだちんちくりんですぜ」

 

「たくましい事で何よりだ」

 

本人・・・本猫が気にしていないと言うのだから、俺も気にするのをやめることにした。

 

 

 

 

 

 

心配事が1つ減ったので、改めてリラックスしようと目を閉じる。すると、扉の向こう側からダレンの声が聞こえてきた。

 

「圭太郎さん、入浴中すみません。ちょっといいですか?」

 

「どうした?」

 

「さっきから猫の姿が見えないんです。どこに行ったか知りませんか?」

 

知っていますとも。だってここにいるもん。

 

「あぁ、猫なら今風呂場にいるよ」

 

「あ、そこにいたんですか。どうりで見つからないわけですよ」

 

その言い方だと、みんなは猫を探しているのか?

 

「エイブリーさんと小春さんとエラの3人で、猫を探して家中を歩き回ってますよ」

 

かくれんぼ大会絶賛開催中だった。

 

「そうだったのか。んじゃ、その3人にダレンから伝えておいてくれ」

 

つーか、俺も知らんかったし。この猫が何も言わずに入ってくるからこうなったんじゃないか。

 

「俺もそろそろ上がるから」

 

俺がそう言うと、扉越しにゴソゴソという音が聞こえてきた。何をしているのかと一瞬考えたが、おそらくタオルを引っ張り出す音だろう。

 

「その前に、僕が猫の体を拭いておきます」

 

はっきりとは見えないが、そこには確かに、バスタオルを手に持つダレンの姿が。

ーーーってちょっと待って、まさか・・・

 

案の定、脱衣所と風呂場を隔てる扉が開かれた。

 

「ほーら、こっちにおいで。あっちで体を拭こうねー」

 

「・・・」

 

「ウニャァ・・・」

 

猫はダレンに持ち上げられ、脱衣所に広げられたバスタオルの上に乗せられる。

ーーーやはり、このお方はまだお気付きになっていないようだ。

 

「ゴホン、えー・・・ダレン?」

 

「・・・? どうかしましたか?」

 

「お前、自分が女だって忘れてないか?」

 

「ーーーーーーあ」

 

はい。たった今気付いたようです。顔が赤くなられております。

ダレンは自分が女だという事を忘れ、男が入浴中の風呂場に足を踏み入れてしまった。

俺は湯船に浸かっている状態だったのでセーフ。・・・だったのだが、これが『シャワーを浴びていた』なんて状態だったらいかがだろうか? ・・・って、聞くまでもないか。完全にアウトである。イエローカードではなく、レッドカードの一発退場。・・・誰得だよそんな状況。

だから、今はレッドカードではなくイエローカードにしておこう。ここで何も出さなかったら、近い将来に上記のような大事が起きかねない。

 

「ーーー以降、こういう事が無いように」

 

「す、すみませんでした!!」

 

バタン! と、扉が勢い良く閉められた。

 

エラとダレンの性別がそれぞれ逆だったと判明した今でも、この家に住む人間全員+エルフ1名が偶に間違う。現に、こういうことが起きる。

・・・たしか前は、小春が自分の髪を洗うのをエラが手伝おうとして風呂場に入ってしまった、なんて事があったな。

 

当事者達に、少し自覚が足りないんじゃないのか? と言いたくなる、今日この頃。

・・・そろそろのぼせそうだから上がろ。

 

 

 

 

 

 

就寝時間。みんなはそれぞれの寝床へ向かう。俺は2階にある自分の部屋へ、エリーと小春は同じく2階にある両親の部屋へ、エラとダレンは1階にある畳の部屋へ。

 

・・・というのが『以前の』部屋割りだった。

 

前に小春が『男女七歳にして席を同じゅうせず』と言っていたのにならって、寝室も分ける事にした。

女性陣は3人まとめて両親の部屋に寝る事になった。ベッドが2つあるので、一方にエリーと小春が、もう片方にダレンが寝る。

 

ここで問題が発生。エラはどこに寝れば良いのだろうか?

エラだけ1階の畳の部屋で1人っきりで寝させるのはかわいそうだ。かと言って、俺の部屋で俺と2人で寝るのも難しい。俺の部屋のベットはシングルベッドだし、色々と気まずいのだ。

・・・ほら、察してよ。まだみんな慣れてないんだよ。ダレンはエリー・小春と違うベッドだから大丈夫らしいんだけど、俺とエラの睡眠状態を離すのはなかなか難すぃーんだ。なので、俺が引く事にした。

 

「いつも悪いわね」

 

「どうってことないさ」

 

最終的に行き着いたのは、エラは俺のベッドを使って俺はその脇の床に寝る、という方法。遠慮して1階で寝ようとするエラを押し切ってこの形に至る。

俺はベッドでないと寝れないような神経質な人間ではないので、案外簡単にぐっすりと寝れる。それならワタシの方が、とエラが言ってまたもや遠慮して今度は床で寝ようとしたのだが、俺が無理矢理ベッドに寝せた。

 

「ここ最近ずっとそれだけど、身体が痛くなったりしていない?」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

とは言うものの・・・ぶっちゃけ、ベッドで寝たい。けど、エラに迷惑をかけたくない。俺は後者を重んじた。

ちなみに、俺は『エラは男だ』と割り切っているから、変な気を起こす事は絶対に無い。勿論、それが発覚する前も。

 

「そういえば、あの猫はアナタと一緒に風呂場にいたらしいじゃないの。ダレンから聞いたわ」

 

消灯しようと紐に手を伸ばした俺の行動を制止するように、エラが俺に対して唐突に話を振る。

その件については負い目というか、申し訳なく思う気持ちがあったので反射的に謝った。

 

「あぁ。あらかじめ言っていなくてごめんな? 探してたんだろ?」

 

エラと小春とエリーが必死になって猫を探していたであろう姿を想像すると、面白さ半分、申し訳なさ半分の気持ちが込み上げてくる。

 

「そうよ、エリーと小春と私の3人で、家中を探し回ったんだから。それで猫が風呂場にいたっていうんだから、飛んだ無駄手間よ」

 

やはり、少々御立腹のようだ。もし俺がエラと同じ立場になったとしたら、同じ様に小言を言うかもしれない。

 

「そんな事言ったって、しょうがないじょのいこ。あの猫が勝手に入ってきたんだよ」

 

若干言い訳がましいが、本当の事だ。

 

「へぇー・・・勝手に?」

 

「あぁ」

 

エラは俺の言葉に引っ掛かる所があったようなのだが、彼女ーーーじゃなくて彼は、意外なことを言ってきた。

 

「アナタ、なんだかんだであの猫に1番懐かれているんじゃない?」

 

「まさか」

 

思いもよらない事を言われたので少々驚いたが、否定の意味を込めて返答した。

 

「夕飯を食べ終わった後もアナタの後をついて2階に上がっていったし、嫌っているって事は無いと思うけど」

 

「・・・む」

 

猫と意思疎通をした俺だからこそ、『猫は俺に懐いていない』と、それなりの自信を持って断言できるが、今のエラが言うように客観的に見てみれば、あながちそう見えるのかもしれない。ーーー見えるだけだが。

 

「それだけ。だからってワタシが嫉妬したりするわけじゃないから、気にしなくていいわよ」

 

「ーーーエリーと小春はどうだか知らないけど」

 

「覚えておくよ」

 

こうして、ぬこたんが我が家にやってきてからの1日目は終了した。

この時俺は猫が今どこにいるのかを把握していなかったが、それを気にするよりも眠気が優ってしまい、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

ーーーかゆい。何故か鼻の頭がムズムズする。俺は花粉症ではないし、鼻炎でもない。

 

「ーーーはっ・・・」

 

断続的に痒みが鼻を襲い、遂に・・・

 

「クシュン!」

 

朦朧としていた意識がはっきりと目覚めた。何事かと思い少し起き上がって部屋の中を見回すと、ちょうど、部屋から出ていく猫の後ろ姿が見えた。

 

「んー・・・っ」

 

くしゃみで目がさめるなんて、俺が覚えている限りでは初めてだった。身体を伸ばして活動のスイッチを入れる。

 

「ハァー・・・ん、んぅ・・・?」

 

ベットの方から、エラが欠伸をして変な声を漏らした。どうやら俺のくしゃみの音で起こしてしまったらしい。エラが寝ぼけた顔でこちらを見た。まだぼーっとしているようだ。

 

「おはよう」

 

「ふあ・・・は、おはよう」

 

エラは2回目の欠伸をした後、赤い目をこすりながら起き上がった。

 

「ごめんな? 俺のくしゃみで起こしてしまったみたいで」

 

「・・・? あぁ、アナタのくしゃみだったの」

 

「気にしないで。少し前からちょっとだけ起きてたから」

 

「あ、そうだった?」

 

布団を片付けながら、たわいのない話を交わす。が、何故かエラは部屋をキョロキョロと見回し、何かを探すようなそぶりを見せる。

 

「どうかした?」

 

「この部屋に猫がいなかった?」

 

何故知っているのか気になったが、とりあえずそれは置いておくことにした。

 

「俺が起きてすぐに、部屋から出ていくのを見たぞ」

 

「あ、そうだったの」

 

「なんで猫がこの部屋にいたことを知ってるんだ?」

 

「だって、昨日の夜に入ってきてそのままだったから」

 

「え?」

 

昨日の夜に? ということは、俺が寝た後か。

 

「アナタはもう寝ていたみたいだったから起こさなかったけど、夜遅くに扉の隙間からスーッと入ってきて・・・そう、ちょうどその辺に・・・」

 

エラはそう言いながら俺の枕元を指す。

 

「そこで丸くなってたわよ」

 

枕から10cm程離れた場所に、凹んだ箇所があった。手を当ててみると、少し暖かかった。

 

「ーーーここに?」

 

「そう。そこだったわ」

 

少し寝返りをすれば鼻先が当たるような位置。つまり・・・

 

「ーーーしてやられたな」

 

「やっぱり、懐かれてるじゃない」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。