ポケットモンスター Treason (Hikarupoke)
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ポケットモンスター Treason 1

※初めに
この作品には株式会社ポケモン及びゲームフリークの「ポケットモンスター」におけるポケモンが登場します。
キャラクター等については基本的に公式のキャラクターは出さない方針であり、世界観も公式及びそれに準ずる作品群とは全く異なるものですのでそれを了解した上で本作品をお楽しみください。




この章はプロローグ的な立ち位置ですので次の章からが本編となります。


結局いつまで経っても人間なんてものは利己的でなければ生きていけない。

常に他人の事を考え善を成せるのは神か何かだろう。

 

だから俺も例に漏れず利己的だ。いくら自分が他と違うと思っても、仮にそうだとしても。

人間の闇というものは、いつも自分の中にあり続ける。

 

それは良く言えば「希望」であり、悪く言えば「欲望」だ。

 

なら、もし自分にそのような「求めるモノ」が何も無くなったら?

消失と絶望の渦に自分が抗いきれず飲み込まれたら?

そしたら自分は神にでもなれるのか?

 

違う。そのような時が来れば、俺は自分という存在を失うだろう。

心が黒に染まり、澱み、歪み、ただ他人が「希望」を持っていることを羨み、妬み、それを壊そうとするだろう。

それはきっと「悪夢」だ。

 

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不意に目を覚ました。

 

いつもはすぐ忘れてしまう夢の内容が今日はやけに鮮明で、どこか違和感を感じる。

ベッドで仰向けになっていたライ=アンクーダはその場でのびをすると、目覚まし時計がまだ鳴っていないことに気付く。いつもは時計とチルのえげつない爆音に叩き起こされるのだが、今日は早く起きれたらしい。

 

午前六時半。

学校に行く時間まではまだ時間があるのでもう少し寝ていようかと思い目を瞑ったが、先刻の夢が妙に頭に残っていて眠れない。

仕方なく体を起こす。たまには早起きしてワカシャモと散歩に出かけるのも良いかもしれない。

 

下に行くとチルが気だるそうにこちらを見ておはよーとつぶやいた。父は無言で新聞を読んでいる。

母はまだ何かを焼いていたが、俺を見ると少し驚いたようだった。

 

「あらライ、今日は早いのね」

 

母は俺を見るとどこか少し嬉しそうに言った。

 

「まぁね、暇だからワカシャモと散歩にでも行って来る」

 

俺が言うと、チルがばっと顔を上げる。

 

「にーちゃん待ってあたしもいく!」

 

チルは俺の妹だ。ぱっちりとした二重の瞼に俺と同じエメラルドグリーンの瞳、先月13歳になったがまだあどけなさを感じさせる顔立ちで、周囲の目を引く白髪のツイーンテールがいかにもあざとい感じで、兄としてはどうしても抵抗感が生まれてしまう。

 

「えー…お前朝からテンション高すぎて疲れるんだよな…」

 

言いつつ母の焼いた目玉焼きとパンを立ちながら頬張る。

 

「いーじゃんたまには!学校でも話題のチルさんと朝デートですよ?このチャンスは逃せませんよ!」

 

「うんそうだね。逃せないね。はいはい。じゃ後一分で支度しろ」

 

言いつつパーカーを羽織る。

 

「にーちゃんそれは男としてちょっとどうかと思う…てかにーちゃんも支度できてないじゃん」

 

「俺は今喋ってる間に終わったぞ」

 

「げっ!マジだ!なんて合理的な兄…これじゃモテるもんもモテないよ…」

 

チルが涙目になっている。なんでそんな目で俺を見る…

 

「うんそういうのいいから…」

 

結局チルの支度は7分32秒かかった。あれ、なんで数えてんだ俺。マジで合理的すぎなのかもしれない。

 

「あーもう。にーちゃんが急かすから髪とかもてきとーになっちゃったよ。」

 

チルがぷーっと頬を膨らませる。やっぱりどこかあざといんだ、この妹は。

 

「はいはい早く行くぞ」

 

リビングの戸を開けようとすると、黙っていた父が不意に口を開いた。

 

「ライ、チル」

 

「何?」

 

「………いや、何でもない。気をつけろよ」

 

「…?…うん」

 

いつも寡黙な父だが、今日はいつにも増して変だ。いや、いつも変な事考えてるのかも。例えばチルが思春期になっt

「にーちゃん、今変な事考えてたでしょ」

 

チルが全て知ってるよ、とでもいう風に聞いてくる。その上目遣いやめて。

 

「…お前まさかエスパーか。お前実はバリヤードだったりして」

 

「違うし…てかほんとに考えてたんだ…正直引いちゃうよ…」

 

「なんでそうなるんだよ!?…いや変な事ってのはほら、あれだ。さっきの親父やけに変だったなって」

 

「あー確かに。いつも無駄なことあまり言わないのにね」

 

「んー、よくわからんけど気にするもんでもないよな」

 

「うん」

 

玄関の戸を開けると、そこにはワカシャモが立っていた。俺が小さい頃に川辺で弱って倒れていたアチャモを拾い、その後はアンクーダ家の大事な家族だ。普段の散歩は早起きなチルが担当している。

 

ワカシャモは俺を見るなり目を丸くしたが、すぐに嬉しそうにくえぇと鳴き声をあげた。

 

「おはよワカシャモ、今日は俺も散歩行くからなー」

 

いつも散歩をするのはチルなので、俺は後ろから適当についていく事にした。

 

 

 

 

ーと、一瞬、先刻の母の顔を思い出した。俺を見た後の、嬉しそうな顔。

嬉しさ、と同時に、少しだけ、どこか寂しそうな表情でもあった気がする。

それに父のいつもと違った感じ。あれは、一体なんだったのだろう。

 

いくら考えても仕方が無いので、俺は家に帰ってから二人に聞くことにした。

 

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「フィアンマ帝国」。

皇帝、グリス=ランドロード=フィアンマ(フィアンマⅣ世)が統治する絶対君主制国家でありながら議会が存在し、「皇帝と議会が互いの政治を監視しあう」制度が確立された国である。

 

その国家政策はフィアンマⅠ世の時から変わらず「反政府主義の存在しない平和国家」。そのため反政府主義と判断された者は強制国外追放、場合によっては即時処刑なども実行される。

 

この即時処刑というのが恐ろしいもので、テレビや友人から聞いた話によると、迅速な排除が必要だと判断された危険な反政府主義者は帝国警察により「焼き殺される」のだという。これは一種の見せしめでもあり、派手な演出による処刑で「悪は焼き払われるべきだ」という「平和を永遠に求める思想」を国民に植え付けるためのものらしいが、あまりに残酷だと批判する者もいる。

 

このように反政府勢力に対しては厳しい一方、福祉制度や公共設備は充実し、「厳格に平和が保たれる国家」として世界に知られている。

 

そんなこの国で生まれ育った俺は、いつか海外旅行をしてみたいと思いつつも、どこかで「他の国は本当に平和なのか」と思ってしまう。それほどに、この国は秩序が守られているのだ。それがどんな形であろうと。

 

「…でさ、…ちゃん、にーちゃん!?」

 

チルの声ではっと我に返った。考え事に夢中になってしまっていたらしい。

 

「あーごめん聞いてなかった。何?」

 

「ーっ、にーちゃんまた考え事してた!」

 

「あぁ、今度は変な事じゃないぞ、マジで」

 

「にーちゃんも今日変だよ?やけに早起きだったり、変な事考えてるし、…あたしの話全然聞かないし!」

 

「変」と言われたことに、何故か酷く腹が立った。

 

「うるせーな…いいだろ別に」

 

「あたしが将来の事で悩んでるのも「別にいい」んだ?」

 

将来の事とは何だ、と一瞬考えたが、恐らく俺が考え事をしていた間に話が進んでいたのだろう。

 

「俺が聞いてないときの事言われても困るんだけど」

 

「にーちゃんくらいしか聞いてくれる人いないんだよ!友達にも言えないし、ママにもパパにも何か言えないの!にーちゃんなら…って思ってたのに」

 

「あーめんどくせーな…んなもん一人で考えてろよ」

 

失言だった。勢い余って放ってしまった言葉に、チルも黙っていない。

 

「にーちゃん将来の事なんか考えた事無いから言えるんでしょ?」

 

「-っ!」

 

その通りだった。いつも目先のことばかり考えて、これから先の事を何も考えていなかった。高校卒業後の進路も、大学に行くかどうかも。将来の夢も。

 

少年の頃、ポケモンのプロプレイヤーになろうかと考えた事もあった。でもすぐに、そこには「才能」とかいう超えられない壁があることに気付いた。夢なんかより安定した将来なら良い。それが平和に生きるものだと、そう思い込んでいた。

 

だから、何も言い返せない。いや、言い返せないことはない。ただ、それはチルの「夢」も「希望」も根底から否定しまうものだ。そんなものは、兄が妹にするべきことではない。

 

だから今は素直に謝ろう。「俺が聞いてなかったのが悪かった。ごめん」って。なのに。それなのに。

 

 

「叶いもしない無駄な「夢」なんて持ってる奴に言われたかねーよ」

 

 

ぴくん、と。チルの体が一瞬震えた。そして硬直。先刻の怒りのこもった眼差しは失われ、既にそれは俺を軽蔑し、否定する冷たいものへと変わっていた。

 

「帰る」

 

一言だけ言って、チルは走り去ってしまった。

 

「…はぁ」

 

兄弟喧嘩というのは不思議なもので、全く同じ価値観を持つ家庭の中で暮らしているからこそ、その少しの差異で衝突してしまう。そして気付いた時にはもう遅い。

 

放置されていたワカシャモが不安そうな目で俺を見る。

 

「ごめんなぁ、後でチルに謝るからさ」

 

といっても、すぐに戻って謝るのは兄としてのプライドが許してくれない。

しょうがないのでどこかで適当に時間を潰してから帰ることにした。

学校に行くまではまだ30分位余裕がある。ギリギリで戻って適当に謝ってから学校に行って、帰ったらしっかり仲直りしよう。

 

空は大半が雲で覆われていたが、隙間から少しだけ日光が顔を覗かせていた。

と、下から真っ黒な雲がのびている。一体何だろうかと考えていたが、それが帝国警察の即時処刑による炎の煙だと気付くのに少し時間がかかった。

帝国警察の指定警察犬、ヘルガーによる「煉獄」。黒を帯びた炎がいかなる「反政府主義」も焼き払う。

 

この町も不穏になったもんだと、ふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この煙が俺の家を焼いているものだと知るのは30分後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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