ひだまりスケッチ~百合の花が咲く~ (ゴズ)
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ひだまり荘

 やまぶき高校入試前日。

 電車に3時間乗った後で試験を受けるのは無理と母さんが言った為、近くのホテルにあたし達はいた。

 受験票ならなんやらの確認はとっくに終わっているから、後は寝て明日を待つだけだ。

「じゃ、あたしは先に寝るから。おやすみ」

「ええ、しっかり眠るのよ」

 言われなくとも、寝るのは昔から得意分野だ。

 試験前だろうとなんだろうとあたしは通常運転。

 今日も5秒で夢の中へ旅立った。

 

 

「………………」

 

 

 不思議な夢を見た。

「ゆの?」

 学校前のアパート、ひだまり荘で、同級生と、先輩と、後輩がいて……もう1人の、あたしがいて。

 外見は同じだけど、あたしみたいに無愛想じゃなくて、ころころ表情が変わって。

 夢は願望の現われってよく聞くけど、本当だとしたらあたしは、あんなあたしになりたいと、思ってるのかも知れない……。

「ゆの? どうしたの? 気分でも悪い?」

 起き上がらないあたしを心配した母さんが顔を覗き込んでくる。

「大丈夫だよ。すぐ仕度するから、待ってて」

「……ええ」

 詮索はせず、母さんは荷物の整理を始めた。

 顔を洗ってタオルで水気を取り、鏡を見れば、そこに映っているのは紛れもないあたし、ゆのがいる。

 例えどれだけ望もうと、結局今のあたしがあたしであることは、何があっても変わらない。

「…………宮子」

 金髪の同級生。

「沙英。ヒロ」

 あたしと、宮子の先輩。

「なずな。乃梨」

 1年後、ひだまり荘にやってくる後輩。

 どうしてかは分からない。

 けど、あたしはこの夢を疑わなかった。

「――行くか」

 

 試験は無事終わり、2週間後。

 結果は合格だった。

 人だかりから抜け出し校門を出て、なんとなく視線を上へ。

「「あ……」」

「…………」

 正面に建っているひだまり荘の2階廊下から、2人の住人があたしを見下ろしていた。

 紫の髪に眼鏡を掛けた女と、薄い茶髪のウェーブ掛かった髪に寝巻き姿の女。

 

「――――沙英と、ヒロ」

 

「え」

「いま……」

 周りが妙に静かだったからか、大して大きくないあたしの声でも聞こえたらしい。

 2人共に目を見開いている。

 まあ良いか。

 さて、さっさと帰ってニャン太と戯れよう。

 

「まだまだ寒いな……」

 

 こうしてあたしは、この春からやまぶき高校美術科に通うことと相成った。 

 

 

 入学式を間近に控え、今日からあたしはひだまり荘で暮らすことになった。

 現在引越し業者のトラックが来ており、母さんと父さんに見送られている所だ。

「じゃ、行ってくる。GWは帰ってくるから」

「ええ。待ってるわ」

「う~……ゆのー! 色々気を付けるんだぞー!」

「おとうさん。ゆの、もう行ったわよ」

「なに!?」

 

 たく。

「賑やかなご両親ですね」

「…………だな」

 ホント、2人の子供に生まれて良かったよ。

 

 数時間後、ひだまり荘に到着し、軽い荷物を持って201へ向かった。訳だが……。

「……誰だよ、みさとって」

「あぁ、前に住んでた人の表札でしょう」

「はぁ、一応とっとくか」

 鍵を開けて表札を取り、業者共々部屋の中へ。

 全ての荷物を運び終えた後業者を見送り自室へ戻ると、

 

 ぴんぽーん

 

 インターホンが鳴り響いた。

「はいよ~」

「こんにちは~」

 ドアを開けると、そこには金髪の同級生。

「――宮子」

「隣の……え、なんでわたしの名前知ってるの?」

「細かいことは気にするな。で、用件は?」

「あ、おそば、まだですか?」

「そば?」

 いきなり何を言っているのか……。

 少し考え、やがて理解した。

「引越しそばな。食うつもりは無かったけど……良いか」

 丁度腹も減ってきた所だし。

 宮子を招き入れ、台所に立ち準備開始。 

「ここに来たってことは、やまぶきに入るんだよね? やっぱり美術科?」

「ああ。お前もか?」

「そだよ。ねえ、それより、おそばまだ?」

「早く食いたいならお前も手伝え。唯で食わせる気は無い」

「…………わたし、料理できない」

 自分で振ってきた話題を自分で斬り捨て飯を強請る宮子にそう言えば、数泊置いてポツリと漏らした。

「なら尚更手伝え。そして出来る様になれ。嫌ならお前の分は作らない」

「手伝う!」

 隣へ飛んできた宮子に指示しながら蕎麦を作り、食べ終わった後ここについて改めて説明された。

「美術科の変わり者が集う、ね……間違っちゃ居ないだろ。既に1人居るしな」

「え、いるの? どこ?」

「気にすんな。あぁ、そうだ。あたしはゆの。とりあえず、3年間はよろしくだな」

 卒業したら関わることは無いだろうし。

「ゆの……」

「なんだよ?」

 何か考え込んでいる宮子の前から食器を取りつつ尋ねる。

「ゆのっちって呼んで良い?」

「呼び方なんて個人の自由だ。一々許可を取る必要は無い」

「えへへ~、じゃあゆのっちって呼ぶ。よろしくね、ゆのっち!」

「ああ、よろしく」

 何が嬉しいのか、宮子はふにゃふにゃと笑っている。

「……食器、洗ってくる」

「うん……あ! 大事なこと言うの忘れてた。工事してるのか、今水出ないんだよ」

「そうか。じゃあ、さっきまで食べてた蕎麦はどうやって作ったんだろうな?」

「…………あれ? もしかして出ないのウチだけ?」

 んな訳ないだろ。

「水道代、払っとけよ」

「……ゆのっち天才!」

「そりゃどうも。別に嬉しくないわ」

 その後片づけを終え、この下がヒロの部屋であることを聞き、挨拶へ行くことになった。

 ハッキリ言わなくてもメンドくさい。

 トラックで寝たとは言え、基本寝たがりのあたしは直ぐに睡魔が再来する。

 さっきだって、宮子が来ていなければ真っ先に寝るつもりだったってのに…………じゃあ何でわざわざメンドくさいことをしてんだ、あたしは?

「ヒロさ~ん、開けるよ~?」

「…………」

 良いか。

 どうせその内やんなきゃいけなかったんだろうし、早い内に済むならそれに越したことは無いだろう。

 宮子に続いて中に入ると、そこにはヒロが倒れていた。

「床で寝たら風邪引くぞ?」

「ちがうの……上の部屋からラップ音がして、怖くて、腰がぬけちゃったの」

 とんだ怖がりだなオイ。

「ちがうちがう。ゆのっちが越して来たんだよ」

「え? あ、あなた……わたしと沙英の名前知ってた人」

「あれ、ヒロさんも? 私の名前も、ゆのっち言ってないのに知ってたんだよ」

「夢で見たんだよ。つか、そんなこと良く覚えてるな」

 まあ、人間、存外どうでも良いことを結構覚えてるもんだけどな。

「……じゃ、挨拶も済んだし、あたしは戻って寝る」

「え、あ、ちょっと待って! ゆのさん、で良いのかしら?」

「ああ、ゆのだよ。で?」

「ゆのさんも、美術科よね? なら、自己紹介も兼ねて、3人でお絵かきでもしない?」

 お絵かきね……そういや、そんな気軽な気持ちで絵を描いたこと、ここ数年一度も無かったな。

 たまには良いか。

「良いよ。うさぎとか、簡単なので良いか?」

「うん」

「うさぎかぁ……ヒロさん、油性ペンある? 極太の」

 何を描く気だよ、お前は。

 突っ込むのは面倒だから言わないが。

 テーブルを囲みそれぞれにウサギを描いていく。

「よし、出来た」

 ヒロが描いたのは、草の上にいるウサギ。

 細かい所まで描かれていて、あたしじゃ上手いとしか言えない。

「ゆのさんは……わぁ、可愛い」

 あたしのは絵本に出る様なキャラクター調のウサギに、服を着せた物。

「で、宮子は?」

「こんなん!」

「へぇ」

 宮子が描いたのは、ウサギかどうかあたしには分からんが、かなりの物であることだけは分かった。

 しかもマジックで一発描き……技術だって相当だ。

 ヒロは何も分からん顔してるが。

 その後、隣の沙英を紹介されることになり、部屋へ向かったが、出てきたのは手だけだった。

「お前が犯人か?」

「違うわよ~! 沙英はプロの小説家で、〆切前はいつもこうなの! もう……とりあえず、今日はこのままにしておきましょうか」

 このままかよ。

 宅配とか来たら通報されても可笑しくねぇぞ。

 と思ったら、ズルズルと引っ込んでいった。

「ホラーっぽいね」

「ぽいじゃなくてまんまホラーだろ……じゃ、今度こそあたしは戻るぞ」

「ええ。何か聞きたいことがあったら、遠慮なく聞いてね?」

「ああ」

「それじゃ、ヒロさん。またね~」

「うん」

 何故か着いてきた宮子と共に部屋へ戻り、あたしはそのままベッドに転がる。

「ボーン!」

「ぶわ……」

 またも何故かベッドに飛び込んできた宮子。

「何がしたいんだよ、お前は」

「ん? ゆのっちと一緒に寝る~」

「……そうかい」

 好きにしろ、と言うと、

「うん、好きにする~」

 またふにゃふにゃと笑いながら答えた。

 

「ゆのっち」

 

 意識が夢の中に落ちる間際、宮子に名を呼ばれたが、最早返事も出来ん。

 のそのそと首だけ動かせば、そこには大人びた笑顔の宮子。

「これから、よろしくね」

「…………」

 不覚にもその笑顔にあたしは、一瞬とは言え目を奪われてしまった。

 くそ、何か負けた気分だ。

「わぷ」

 とりあえず鼻を摘んで背中を向けた。

「ゆのっち?」

「…………よろしくな。おやすみ」

「うん、おやすみ!」

 返ってきた、何処か嬉しそうな弾んだ声を背に、あたしの意識は夢の中に堕ちて行った。

 



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やまぶき高校入学

 さて、今日は待ちに待った訳でも、楽しみにしていた訳でもない入学式。

 着替えを終え朝食を作っていると、隣からドタバタと騒がしい音の後にドアを開く音。次いで駆けて来る足音が聞こえた。

 いい具合に焼けた目玉焼きを皿に移した所で、

「ゆのっち! おはよー!」

 相変わらず元気な宮子が挨拶と共にノックなしで我が家を訪れた。

「おはよう。手洗って待ってろ」

「はーい」

 何が良いことがあったんだろう。

 手を洗った宮子はスキップしながらテーブルへ向かった。

 朝食を済ませ下に降りると、そこにはヒロと、その隣で欠伸を堪えている沙英がいた。夜更かしでもしたのかも知れないが、そんなことより、やまぶきの入学式に出席するのは1年だけで、2・3年は自由参加な訳だが、2人は何をしているのだろう?

「おはよ~! ヒロさん、沙英さん!」

「うふふ。おはよう。宮ちゃん、ゆのさん」

「ふわぁ……おはよ~……っと、きみがゆの? 201の」

「ん? ああ」

「よろしくね。知ってるみたいだけど、あたしは沙英。部屋は102ね。ねぇ、ヒロから聞いたけど、あたし達のことを夢で見たって言うのは、本当なの?」

「本当だよ。そうだ、ついでに教えとく」

 首を傾げる3人。

「来年で、このひだまり荘は全室埋まることになる。じゃ」

 時間がある内に校内を見回りたいと思い歩を進め、歩道を渡り切った所で2年組みが

「「えーーーっ!!?」」

 朝から元気な大声を上げた。

 多分、今までひだまり荘が全室埋まったことは無いんだろう。あったとしても、あの2人は知らないのかも知れない。

 昇降口前に貼り出されているクラス表を見ると、あたしはA組で、そこには宮子の名前もあり、どこを見て回ろうか考えていると後ろから抱きつかれ、宮子が頭に顎を乗せてきた。

「背が縮んだらどうしてくれる?」

「引っ張る」

「程々にしてくれ」

「うん。ゆのっち、何組?」

「お前と同じA組。あたしは校内を少し見てくる」

「あ、あたしも行く~」

 そんな訳で、宮子共々校内探検を決行することに。

「――竹林……入って」

「あなた達」

「ん?」

「お?」

 この声は……入試の時の?

 竹林に入ろうとした所で聞こえた声に振り向くと、そこにはみつあみを左肩から前に流している女生徒がいた。入試の時に、監督をしていたそいつの名前は確か、な、なつ…………あぁ。

「なつめだったな」

「こんな所で何を――え? どうして、わたしの名前」

「また夢?」

「いや。入試の時の監督だった奴。始まる前に、自己紹介してくれたろ?」

「え、ええ……確かにしたけど、よく覚えてたわね?」

 正確には思い出したんだが、別にどっちでも良いことだわな。 

「で、何の用だ? なつめ先輩」

「え? あ、あぁ、こんな所で何をしてるのかと思って」

「えへへ~、ちょっと探検してたんですよ~。あ、先輩は、この竹林の中に入ったことって、あるんですか?」

「いいえ、ないわよ。ここじたい、そんなに来る所でもないし」

 野外授業の時位じゃないかしら。と言って、なつめ先輩は竹やぶに目を向け、その目にちらりと好奇心の欠片を見たあたしは、彼女を誘うことにした。

「まあ、そうか。どうだ? 今から一緒に入ってみるのは」

「…………そうね。偶には、こういうのも良いかも」

「うし。じゃ、行くぞ……っと、そうだ。あたしはゆの。美術科1年A組だ」

「同じく、宮子です」

「わたしは美術科2年B組の夏目。よろしく、ゆのさん、宮子さん」

「あ、あたしは宮で良いですよ。または――よしこ」

「「だれ?」」

 ついハモってしまったが、気を取り直して竹林の中へ。

「ねえ、2人はどこに住んでるの?」

「ひだまり荘ですよ~」

「えっ!?」

「どした?」

 丁度広い場所に抜けた所で振り返ると、宮子に続き竹林から出ようとした格好で固まっている先輩が。

「ひだまり荘って、正面の? 沙英がいる?」

「ああ。なんだ? 沙英のこと好きなのか?」

「なっ!! そ、そそそそんな訳、なな、ないじゃない! 何言ってるのよ!? ばかあ!」

「宮子、どう見る?」

「図星ですな」

「な~」

「~~~~~~っ!」

 誰がどう見ても、丸分かりな反応ありがとうと言いたい程に素直な反応。

「そ、そうよ! 悪いっ!?」

 つうか認めた。

「いや、全然。人が人を好きになるのは当たり前だし、それを悪いなんて言っちまったら、人類漏れなく悪者だ」

「寧ろ素敵なことですよ? 明確に誰かを好きになれるって」

「宮子大先生の言う通りだな。先輩が好きになった奴は、偶々同性だったってだけで、何も悪いことなんてないし、可笑しなことだってない。まあ、同性だったからこそ惹かれたってのもあるかも知れんが」

「ぅ~……」

「またまた図星ですな」

「だな。と、そろそろ行くか」

「ありゃ、もうそんな時間か」

 時計を確認すると、入学式の時間が迫っていた。

 クラス毎に移動するだろうから、色々時間が掛かるだろうし、早めに行っておいた方が良いだろう。

「先輩も戻るだろ?」

「…………うん」

「可愛いな」

「可愛いね」

「な!?」

 顔を真っ赤にしながら、目に薄っすらと涙を浮かべながら小さく頷いた先輩を見ての感想は、宮子と同じ物だった。

 竹林を抜け、靴を履き替えた後、それぞれのクラスへ向かう為に階段前で別れる間際、先輩があたし達を呼び止めた。

「あの……ありがとう。2人のお陰で、なんだか気持ちが楽になったわ」

「そりゃ良かった。これからもよろしくな? 夏目先輩」

「よろしくです」

「うん。困ったことがあったら、いつでも頼って? 出来る限りのことはするから」

「ああ。そん時は、お言葉に甘えさせてもらうよ。じゃ。また明日、で良いのかな?」

「ふふ、そうね。また明日。ゆのさん、宮ちゃん」

「ん」

「また明日~」

 手を振って別れ、それぞれの教室へ向かう。

 今までがどうだったかは分からんが、これから先輩は、沙英にどんなアプローチをするんだろうな? いざ本人を目の前にすると、思ってることと真逆の言動を取りそうな気がするから、予想が付かないが、まあ、悪い方向に行くことは無いだろうな。

 何となくだが、そんな気がする。

「お、ここだね」

「まだ時間は大丈夫だな……そういや、先輩は入学式に参加すんのかな?」

「え? あぁ、そうえいば……でも、さっきはまた明日って言って別れたから、別の用事なんじゃないのかな? ほら、課題で分からない所があるとか」

「ふむ、可能性はあるな。まあ、明日にでも聞いてみるとしよう」

「そだね」

 そんなこんなで、あたし達は1年A組へと足を踏み入れた。

 

 

「ゆのさんに、宮ちゃんか。何となく来ただけだったけど、来て良かった…………入学式、出て行こうかな? うん、折角出来た後輩の晴れ姿を見るのも、良いよね。よし、そうと決まれば、早く行って席取らないと」

 

 

 教室に入って最初にあたし達に気付いた女子2人、真実と中山の2人を交え4人で話していると、担任の教師と思われる人物が入ってきた。

 吉野屋と言う担任の女教師は、あたし達に自由に座って下さいと言い、全員が座ったことを確認するとこう言った。

「はい。それでは、この席が1年間のあなた達の席になります」

「適当だね……」

 隣の真実が呟くと、聞こえたらしい周囲の何人かが頷いていた。

 それから入学式が行われる体育館に向かい、中に入ると、入り口近くに先輩の姿を見つけた。どうやら式に参加する為に来ていたらしい。

 可愛い笑顔で手を振られ、まさか無視する訳も無く小さく振り返すと、更に良い笑顔になった。

 明日からデジカメ持ってこよう。

 そう決心した。

 さて、肝心の入学式だが、宮子が校長を見て

「顔長っ!」

 と言ったり、あたしより先に眠気に負けた宮子があたしの膝を枕にしたりしたことを除けば、特に何事もなく式は終わり、宮子を起こして教室へ。 

 それから吉野屋の話も終わり、帰ろうと鞄を肩に掛けた所で声を掛けられた。

 宮子共々振り返れば、そこには真実と中山の姿。

「どしたの~?」

「今日、これからカラオケ行くんだけど、2人もどうかなぁって……どうかな?」

 傍から見てもわくわくしている様子の真実。

 カラオケ……カラオケか。

「……あたしは良いぞ」

「やった! 宮子ちゃんは?」

「宮でいいよ~。そだね、ゆのっちが行くなら、あたしもいこっかな」

「じゃあ、決まりだね! 早速――」

 行こうか、とそんな感じのことを言おうとした真実だったが、

「ひゃっ! あ、ごめん、ケータイ」

 中山がいきなり跳ね上がり、ポケットからケータイを取り出した。

 あたし達に一言謝り、画面を見ているその間に、真実は思い出した様にケータイを取り出し、「交換しよう?」とにこやかに言った。

 コイツ……今まで告白されたことってどんくらいなんだろうな?

 なんてことを考えてしまう程度には、可愛い笑顔だ。

 宮子と言い、先輩と言い、真実と言い……何なんだろうな?

 まあ、下らない思考はゴミ箱に放り込み、ケータイを取りして赤外線交換を完了させる。

「次は、宮ちゃん!」

「ごめん、あたしケータイ持ってないんだ~」

「え、そうなの?」

「問題ないって。大抵の場合、あたしと宮子は一緒に居るからな。そうでなくとも、同じひだまり荘だし」

「そっか。なら大丈夫だね。中山さ~ん、もう大丈夫?」

 まだ画面をにらめっこしている中山に真実が問うと、若干気落ちした様子で彼女は振り返った。

「ごめん。なんか、親戚が来てるから、その子の面倒見てくれって……」

「ありゃ」

「ごめんね? わたしは良いから、3人で楽しんで――――」

「ばぁか。どうせ明後日は休みなんだから、そん時に行けばいいだろ。真実は用事とかあんのか?」

 幾らか遅れて反応した真実は、

「あ、ううん。大丈夫。予定は何も無い」

「中山は?」

「え、わたしも、大丈夫。親戚も、夜には帰るみたいだから」

「じゃ、明後日な。どうせ行くなら、賑やかに越したことは無いんだ」

 折角4人で行くことになってたんだ。出来ることなら、誰も欠けない方が良い。

「じゃ、そういうことで。また明日な? あぁ、あたしの連絡先は真実から教えて貰え」

「それじゃ、ばいば~い、2人共~。ゆのっち、待ってよ~」

 ひらひら~と手を振って教室を後にし、小走りで隣に並んだ宮子を見ると、にこやかに笑っていた。

「なんだ。良いことでもあったのか?」

「うん。あたしと、きっと2人にとってもね」

「……? そうか。良かったな」

「うん」

 

 

「ゆのさん……なんか、カッコ良かったね?」

「うん。ちょっと、ドキッとした」

 

 

「……っ!」

「どしたの?」

「いや、何か……変な感じが」

「ん……?」

 背筋がゾクリと……何だったんだ?

 

 さて、翌日のオリエンテーションであたし達の班の引率が先輩だったり、ちょくちょく見せてくれる笑顔をカメラに収めたり、真実達と昼休みに影鬼をしたりして金曜日を過ごし、迎えた土曜日。あたし達は先輩と沙英、ヒロも誘ってカラオケに行き、盛大にエンジョイした。

 どうもガキの頃から音程が取れないあたしの歌だったが、宮子がそれを完コピしたのはあたし含めみんな驚いた。加えて演歌がプロ顔負けの上手さだったことも。

 沙英の隣に座っていた先輩は終始顔が真っ赤で、あたしは歌よりその表情をカメラに収めることに集中していた。宮子や真実、中山。沙英とヒロの写真も大量に撮った。

 ま、あれだ、欠ける所か当初より賑やかになって、良かった。

 

 …………あたしは途中で、奮闘空しく睡魔に負けちまったけどな。

 

 

 



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転入生

 やまぶきに入学して1週間。

 我が美術科1年A組に、早くも転入生がやってきた。

 吉野屋と並んで教壇に立っている金髪碧眼のそいつは、アメリカから親の転勤に伴いこの街に越してきたそうだ。美術科なのは、絵が好きだからと言う、至極単純で、けれど大きな理由から。

 ま、これは全部吉野屋が説明したことで、当の本人、サラはまだ一言も話していない。と言うのも、これまた単純な理由。

 彼女、日本語が話せないのだ。

 当然といえば当然だろう。例え転勤が決まった後に覚えようとしたって、異国の言葉を簡単に覚えられる程、人間は出来た生き物じゃない。要領の問題だってある。

 中でも日本語は、結構な難易度の言語みたいだからな……同じ音で全く意味が異なる言葉だって、幾らでもあるんだから納得だ。

 そこでだ。

 我等が担任で生徒想いの吉野屋は、サラにこのやまぶきでの生活を楽しんで貰いたいと、あたし達の中に英語が得意な奴はいないかと聞いてきた。教室が俄かに騒がしくなる。

 宮子は何を思っているのか、じっとあたしを見ていた。

 いや、何を思っているのかなんて、聞かなくても分かる。

 あたしがある程度英会話能力を持っていることを、ひだまり荘の住人は知っている。

 3日程前、ヒロが借りてきた映画を4人で観た時に、宮子に抱きつかれていたあたしは、その温かさも手伝って途中から眠くなり、台詞を英語に変換してみれば良いのではと考え、脳内でそれをやっていた訳だが、いつの間にか声に出ていて…………つまりはそういうことだ。

 気が付けば、教室は静まり返っていた。

 この空気では、例え出来る奴でも名乗り出ようとは思わんだろう。

「どなたか、いませんか?」

 もう一度全体に向かって問いかける吉野屋の隣に佇む、小柄な金髪の少女と、目が合った。

 途端彼女は、何処か安堵した様な、哀しそうな、嬉しそうな、どうとも取れそうで、どうとも取れない微笑を浮かべ、気付けばあたしは――――手を挙げていた。

 

 

『紫が沙英、赤がヒロ。同じアパートに住んでる先輩だ』

『サエ……男の子みたいですね?』

『間違われることは結構あるみたいだぞ。本人は気にしてるから、あまり言うなよ?』

『分かりました』

 昼休み。

 あたしと宮子は、サラを伴い学食に向かった。

 目的は2人を紹介する為だが、その2人は今現在並んでいる為、座って指差しながら説明している。

 先輩も紹介したいが、今日は姿が見当たらないから、またの機会にするしかないか……。

『で、まだたった半日だが、どうだ? 楽しくやっていけそうか?』

 興味深いのだろう。忙しなく首を動かして学食を見回しているサラは、既にあたしの声が聞こえていない様だ。

 やがて飯を持って来た2人にサラを紹介し、色々と話しながら昼休みを過ごした。

 教室に戻ると、真実がスケッチブックを持ってあたしの席に座っていた。

「何だ。まみっちにでもなるか? ペケ貸すぞ?」

「ちがうちがう。ん? なんでペケ?」

 なんでと言われてもな。

「ペケを外すと……」

 パチンと。

「ゆの」

「戻すと」

 パチンと。

「ゆのっち」

「な?」

「あぁ~……なるほど」

『ん? どういうことですか?』

『いや、よく分からんが、ペケを付けてる時はゆのっち、外してる時はゆのって呼ぶんだよ、宮子は』

『…………よく分かりませんね』

『ああ』

 と。

「で、そのスケブは?」

「え、ああ、えっとね、わたし、英語話せないから、書いてサラちゃんとお話したいなって思って」

「成る程。自己紹介位は言葉でやれよ?」 

「うん。ヘ、ヘイ、サラ。マイネームイズマミ」

「すごい日本語発音だ~」

「うぅ~……英語は中学から苦手なんだもん~」

「お前等、サラを放置するなっての」

「「あ」」

 たく。

『ほら、サラ。お前も自己紹介しろ』

『はい。マミ、私はサラです。よろしくお願いします』

 ま、これ位は通じるよな。

「………………」

 通じていない様だ。

「英語の成績は?」

「…………E」

 最低ランクか。と思いきや。

「マイナス?」

「…………」

 まだ下に行ったか。

「マイナスなんてあるんだね~」

「いや無いだろ」

「余りに酷くて……」

「……ま、あれだ。試験勉強は一緒にやるか? 沙英とヒロもいるしな」

「ホント!?」

「ああ。あたしもグラマーは苦手だからな」

「え?」

「あ? なんだよ?」

 何故か固まりあたしを凝視している真実。近くにいる数人の生徒も……なんだよ。

「ゆのさん、英語ペラペラなのに」

「書くと喋るは全く別だ。作文がそうだろ?」

 暫く間を置き納得する真実と数人の生徒。

「ほら、時間ないから、ソイツの出番は今度な。次はあたしもお前も苦手なグラマーだ」

「……うぅ」

 この時間、真実はどういう訳か集中砲火を受け、終わると同時に机へ突っ伏した。

「つんつん」

「…………」

「やめんか」

「えへへ~」

『サラもだ』

『えへへ』

「真実、大丈夫?」

「だいじょばない~」

 ふう……。

 机から見えているスケブを取り出し、後ろの方から開く。

『サラ、ここにプロフィール書いてみろ』

『ん? あ、これを使っておしゃべりするの?』

『そだ。ま、慣れたら普通に話せる様になるさ。3年でどこまで行けるかは分からんがな』

『はい。わたしも早くそうなれる様に頑張ります』

『ああ』

 プロフィールを鼻唄交じりに書くサラ。

「ちょっと出て来るわ」

「あ、うん。いてら~」

 自販機に向かい、真実の好きな飲み物とついでに自分の分を買い、外を眺める。

「夏休み、なにすっかな……」

 なんて、毎年考えはするが、結局何もせず寝てるだけなんだよな……今年は何かしてみるか? 

「とりあえず戻ろう」

 教室に着くと、真実がスケブを見て唸っていた。読むのも相当苦手だもんな。

「あ、ゆのっちおかえり~。何してきたの?」

「ちょっと飲み物をな。ほら、真実」

「え? あ、ありがと」

 受け取ったことを確認し、何に唸っていたのか聞けば案の定。何と書いてるのか読めなかったみたいだ。

 あたしもなぁ……リーディングは苦手なんだよなぁ……。

 スケブに書かれている英文を見ると、何とか読めた。繋げて書かれてたらダメだったが、サラは気が利く子らしい。一語一語丁寧に書いてくれていた。

 趣味は絵を描くことと、映画鑑賞か。

『特に好きなジャンルとかはあんのか?』

『ん~……基本、何でも観ますね。面白いかどうかは、あまり気にしません』

『そか。あたしはホラーがダメだ。最後まで観れた試しがない』

 まあ、多分、ガキの頃夜中に目が覚めて点けたテレビ一面に、ゾンビの群れがいたことが原因だと思うが。と言うか、それが原因じゃないなら何が原因なんだと問いたくなる。

「ゆのちゃん先生! なんて書いてあるのか教えて下さい!」

「ちゃんか先生かどっちかにしとけ。名前の所は大丈夫だろうから、誕生日だな。5月10日で、現在16歳」

 もう直ぐか。念の為に予定は空けておこう。

「趣味は絵を描くことと映画鑑賞。家族構成は、父、母と3人家族。以上。質問は?」

 そこからは宮子達の疑問をあたしが通訳して、答えをまた通訳して伝えた。

 生憎時間が直ぐに来ちまったから、1つ2つが限界だったけどな。

 授業終了後、あたしとサラは何故か吉野屋に呼ばれ、美術準備室に来ていた。

「で、何の用ですか? 先生」

 呼び出される様なことをした覚えは無いんだけどな。

「ゆのさん、サラさんは、クラスに馴染めていますか?」

「まだ初日ですよ? 加えて言葉が通じないんですから、馴染むには相当時間が掛かりますよ」

「……そうでしょうか? 私には、サラさんが馴染んでいる様に見えましたけど」

 なら質問しなくて良かったんじゃないか?

「まあ、大丈夫ですよ。3人共良い奴だから、何かあったとしても力になってくれます」

「そう。ええ、それなら良いんです。ゆのさん、サラさんは慣れない環境で困惑することも多々あると思います。その時は」

「分かってますよ。あたしにできる限りのことで、こいつの力になります」

 隣に立っているサラの頭に手を置くと、その蒼い瞳があたしを見た。

『困ったことがあったら遠慮するな。いつでも力になる』

 きょとんとしていたサラだったが、

『はい! これからもよろしくです、ゆの』

 やがて満面の笑みを浮かべた。

『ああ。よろしく』

 つい最近、先輩があたしと宮子に言ってくれた言葉。

 やっぱり少しの不安があったあたしは、あの言葉で随分と気が楽になった。

 だからと言って、サラもそうなるとは限らないが、少しでも安心してくれたなら嬉しいと思う。

 準備室を出ると、そこには宮子達がいた。

 待っていてくれたらしい。

「おかえり、ゆのっち、サラちゃん」

「おかえり~」

「ねぇ、なんの話しだったの?」

「…………」

 ここに入学して、まだたったの1週間。けれど、このごく短い期間で、新しい環境で、あたしの周りは温かくなった。

 ひだまりの中にいるような、穏やかな温かさ。

 楽しいこと、嬉しいことばかりなんかじゃ無いんだろう。来年には、先輩達は卒業し、ここを離れる。沙英とヒロも、ひだまり荘からいなくなる。

 あたし達だって、卒業した後はどうなるか分からない。

 悲しいこと、辛いこと。

 きっと、こっちの方が多い。

 考えただけでも少し落ち込んでしまう程度には、とっくにあたしは、こいつ等を好きになっている。

 サラだって、いつかはアメリカに帰ってしまうだろう。そうなれば、会うのは尚のこと難しくなる。

 出来ることなら、いつまでもこいつ等と過ごしていたい。

 けれど、どれだけ切望しても、それは叶わない。

 

 だから――――繋がっていよう。

 

 まだまだ細く脆い糸を、太く頑丈にして、いつまでも繋がっていよう。

 決して断ち切れない。

 断ち切られない様に強く、固く。

『これからもよろしくな』

 歩き出しながら言うと、3人は遅れて付いてきて、なんと言ったのか聞いてきたが、改めて言うのは気恥ずかしいあたしは、だんまりを決め込んでいた。

『ふふ』

 そんなあたしの隣で、サラは楽しそうに笑っていた。

 

 

『ゆの、みやこ、まみ、なかやま、サエ、ヒロ。やまぶき高校は、良い人が沢山います……嬉しかったですね、ゆのが手を挙げてくれて。ふふ、これからもよろしくなって……ずっと、みんなと一緒が良いですね……お父さんとお母さん、許してくれるでしょうか? ……いいえ! 許してくれるかどうかは、わたし次第ですよね! よし、早速話してみましょう!』

 

 

『サラさんか~……わたしも会いたかったな』

「紹介したかったんですけどね。学食じゃ、姿が見当たらなくて……今日、学校には来てたんですか?」

『うん。でも、午後の授業で提出しないといけない課題、やるの忘れててね……ずっと教室にいたの』

「成る程。じゃあ、明日紹介しますよ。昼は、学食に来ますよね?」

『うん』

「じゃ、その時に。良い子なんで、先輩もすぐに仲良くなりますよ」

『ふふ、楽しみだわ。それじゃ、明日はよろしくね、ゆのちゃん』

「ええ。おやすみなさい、先輩」

『うん。おやすみなさい』

 先輩が切ったことを確認し、あたしも通話を切る。

 それと同時に、ヒロからメールが届いた。

 内容は夕飯を一緒に食べようと言う物。

 

 太く、頑丈に。

 

 了承し、あたしは宮子と共に101へ向かった。



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