東方零短録 (零ミア.exe)
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知らず、覚れど、覚れず

なんかリクエストらしきものを受信したので。
ほら、ご希望のさとりんだよ。
…多分。

注意:『彼』の声が出ない云々は個人解釈でどうぞ


◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

彼との出会いは突然だった。

私はある日突然、スキマによって外の世界に放り出された。

初めは『外の世界はこうなっているのか』とか、そんな暢気なことを考えていた。

だが、日が暮れると途端に状況が変わった。

 

寝床がない。

 

当然、幻想郷にいた私には、外の世界に住む場所など無い。

私は人気のない裏路地に一人で潜み、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちていた。

八雲紫が気付くまで時間がかかるだろうから、気付くまでの間の辛抱だと。

 

だが、一向に迎えに来る気配がなかった。

そんな時に、彼が現れた。

 

『きみ、だいじょうぶ?おかあさんとかは?』

 

そう書かれている紙を渡された時は、私も非常に驚いた。

何故ここに彼が──人が通ったのかと。

話しかけてきた理由は、差し出された紙を見て察せる。

私の容姿が幼いからだろう。

一つの希望を胸に、私が首を横に振ると、彼がメモ用紙に走り書きで文字を書き込む。

そして、その紙を引き千切り、私に渡した。

 

『なら、うちにくるかい?』

 

私は思わず彼の顔を二度見した。

彼の顔には切りつけられた時に付くような傷跡がいくつか残っており、過去に何かがあったことを物語っている。

一番目に付く場所は、喉元だった。

彼の喉には、『一』の字のような深い傷跡があったのだ。

筆談なのは、恐らくこの傷が関係しているのだろうが、この場では関係ない。

彼のことを疑い、私は彼の心の中を読んでみた。

しかし、私の能力で心を読んでみると、そこに雑念などなかった。

ただ純粋に、困っていた私を助けたかったらしい。

外の世界にも、物好きな人もいたものね。でも、彼なら妥当なのかもしれない。

 

彼は喋ることが出来ないから。

 

困ってる人を見ると、声を出すことが出来ない自分を投影してしまうのだろう。

彼はそういう性格だと思う。

私の思い込みに過ぎないが。

 

「いいん、ですか…?」

『きみがいいならだけどね』

「えっと、じゃあ…お願いします…?」

『はい。おねがいされました。』

 

彼は紙を渡し、無言で私に微笑みかけた。

私はこの時、彼の微笑みに一目惚れしたのかも知れない。

よくある、漫画のヒロインのように。

彼は私を、『何も言わずに』拾ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

彼の家に着くと、彼は私をリビングに案内してくれた。リビングにはテーブルが置かれている。

『それがなんだ』と思うかも知れないが、椅子が一つしかないのだ。

そして、私はその唯一の椅子に座っている。

 

「えっと…辛くないんですか…?」

『だいじょうぶ。しんぱいしなくてもいいよ。いまきゃくようのベッドととのえてくるから、まってて。』

「えっと、私漢字読めるので、普通に書いても良いですよ」

 

彼の表情が驚きに変わる。本当に子供扱いでした。

これでも、貴方より生きてるんですよ?

 

『分かった。じゃあ、少し待ってて。』

「はい。わかりました」

 

彼が戻ってきたら、私の事を話すとしましょうか。

妖怪であることも含めて、ですけど。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『…君が妖怪だということはわかったよ。…なんか僕に聞きたいこととかある?』

「信じるんですか?」

『そんな話を聞いて信じない方がおかしくないか?それよりも、聞きたいことある?僕は誰かとかさ』

「じゃあ、えっと…なんで声を出さないんですか?」

『…聞きたいの?』

「私の事も話したので、貴方が良いのなら聞きたいです」

 

彼は若干渋るような顔をするが、すぐいつもの和やかな表情に戻った。

心を読んでみたのだが、私の事を聞いた所為か、『自分の事も話さないと失礼だろう』と思っていた。

 

『実は昔、ある事件に巻き込まれたんだ』

「事件…?」

『僕はその事件で、喉をナイフで切り裂かれたんだ。この顔の薄い傷跡も、その時のものなんだよ』

「喉を切り裂かれたんですか!?」

『そうそう。幸い、傷が浅くて命は助かったけど、声帯はボロボロだったんだ』

「声帯…とは?」

『声を出すために必要な部分…かな』

「そこが、無くなったと…?」

『無くなった訳じゃないよ。今は少しずつ治ってきているから、大丈夫』

「そうなんですか…」

 

彼は回復には向かってると言っているが、私にはそう思えない。

もし回復に向かっているのならば、こんなことは思っていないはずだ。

 

──『これで、少しは安心してくれるだろうか』などと。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

私が彼に拾われてから、約二十四日。

私は徐々にこの生活に慣れ始め、こちらの世界のルール(法律)も少し覚え始めた。

今日も何事もなく一日が過ぎ、私と彼が各自の部屋に戻った頃。

私は喉が渇き、夜中に目が覚めてしまった。なので、台所に行こうとしたのだが、台所に行くには、彼の部屋の前を横切る必要があった。

廊下を歩いていると、そんな彼の部屋から、廊下へと光が差し込んでいることに気が付いた。

彼が何をしているのかが気になり、そっと部屋を覗き込んだ。

 

「…ッ!………ァッ!ゲホッ…」

 

そこには、口から血を吐いている彼の姿があった。

彼が声を出そうとすると、その度に血を吐きだしていた。

私が彼の心を読んでみると、その行動の理由がわかった。

 

『私と声で会話したいから』だった。

 

その心の声を聞いた私は、そっと見守ることしか出来なかった。

きっと、邪魔してはいけないから。

彼が、私の為に必至だったから。

彼は、私が近いうちに幻想郷に帰ってしまうことを知っているから。

私にはバレていないと思っているのでしょうけど、彼は私の知らないところで八雲紫と出会っていたらしいのだ。

そこで、彼が時間を欲していたのも、私は知っている。

だからこそ、私は見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから七日後。

私達は今、とある神社の境内にいる。

周囲に人の気配はない。

 

『今日でお別れだね』

 

目の前の彼から渡された一枚のメモ用紙には、書き慣れているであろう整った楷書の文字があった。

それを受け取る私の隣には、妖怪の賢者、私を迎えに来た八雲紫が立っていた。何故か分からないが、八雲紫の心が読めないのは、この際置いておこう。

今彼は、八雲紫と話をしている。八雲紫の美貌を見ても、彼の心は動かされていなかった。それがまた、彼らしいと言えば彼らしいのだろう。

 

結局、彼は声を出すことが出来ていなかった。何度も出そうとはしていたのだけれど、出るのは血の塊だけだった。

 

彼は私の能力のことを知らない。妖怪だということは知っているが、私が何の妖怪なのかまでは知らずにいる。

理由は単純で、私がそのことを口にしていないから。

 

──私は最低な妖怪なのだろうか。

 

陰で努力している彼のことを蹴落とすかのような能力を、私は隠し持っている。

このまま彼に隠していても良いのだろうか。

隠したまま彼と別れたほうが、彼には良いのだろう。

 

──でも、私には出来ない。

ここまで私の為にと、体に負担を掛けてまで尽くしてくれた彼に、本当のことを隠したままなんて、きっと帰った後に後悔し続けるに決まっている。

それに、彼には私の本当の事を知っておいてほしい。

 

「では、これで失礼しますわ」

 

どうやら、八雲紫との話が終わったらしい。

とすると、これがラストチャンス。

 

──勇気を出せ、私。嫌われても良いんだ。本当のことを、彼に伝えることが出来れば。

 

 

「あ、あのっ…」

 

私の呼びかけに首を傾げる彼。

この仕草も、今日で見納めとなるとすると、少し寂しい。

 

──一つだけ方法がある。この仕草を、見納めにしない方法が、一つだけ。

でも、それには私が──。

 

「私の話、聞いてもらってもいいですか…?」

 

彼はコクン、と頷いた。

何かを察し、気を利かせた八雲紫がスキマに入っていった。恐らく、時間は十分にあるのだろう。

 

「貴方は、私が妖怪だということは知ってますよね?」

『勿論。君が話してくれたからね』

「では、私がなんの妖怪なのか、知ってますか?」

 

彼は首を傾げつつ、メモ用紙に文字を書き込んでいった。

 

『わからない、かな。紫さんみたいに、容姿だけで判断するのは難しいみたいだし』

「です…よね」

 

勇気を出せ、私。今日で彼とお別れでしょう!

 

「実は、私は──」

 

 

──心を読む妖怪、覚妖怪なんです。

 

 

その言葉を聞いた彼の表情は、見えない。否、見たくない。

それでも、驚いていることだけは非常によくわかる。

 

「幻滅、しましたか?私は、今までずっと、貴方の心が読めるということを、隠していたんですから…」

 

…可笑しい。彼の心から怒りとか、嫌悪感とか、負の感情を読み取ることが出来ない。

心の中で動揺している私をよそに、彼はいつも通りに紙に文字を書き込み、それを切り取ってこちらに見せた。

 

『大丈夫。そんなことで君を嫌いになったりなんて、絶対しない』

「…!」

 

彼は不意にこちらに近づいたかと思うと、私を優しく抱き包んだ。

呆気に取られている私に、『彼は』声をかけた。

 

「だから…僕の前で、泣かないで」

 

私はこの声に反応し、顔を上げた。泣いていたのは、恐らく無意識のうちだったのだろう。だが、それよりも驚くことがあった。

 

「…あ、貴方…声が──」

「このくらいの声を出すことでさえ、今の僕には凄く…死ぬほど辛いんだ。それでも、『今だけは声で送り出す』って、決めてたんだ。二度と声が出せなくなろうと、ね」

 

彼の声は細く、今にも消え入りそうな声だった。それでも、私の心には強く残る声だった。

 

「ど、どうして…」

「君に、安心して、元の場所に戻って欲しかったから、かな」

 

今、彼の心を読んで、私は全て察した。

彼は、妻と子供、つまり家族を失っていたのだ。

彼が言っていた事件の犯人は、彼だけでなく彼の家族全員に手を下していたのだろう。

彼が医療施設に運ばれて一命を取り留めたというのは、一番最後に手を下されたのが彼だったからなのだろう。

そして、彼が退院したその日の帰り道、路地裏に崩れ落ちていた私と出会った。

きっと、初めは失った子供の姿を私に投影していたのだろう。

 

だから、見捨てることが出来なかった。

だから、私を何も言わずに拾ってくれた。

 

でも、私と暮らし始めると共に彼は、失った妻の姿を私に投影していた。

きっと、雰囲気が私に似ていたんでしょう。

容姿が似ているというには、私は小さすぎますからね。

 

「そういう、ことだったんですね」

「…ああ、だから…泣かないで、くれないか…?」

 

そういうことなら、仕方がない。

いや、仕方がないというと、語弊がありますね。

 

「…わかりました」

 

──諦めざるを得ませんね。

 

この気持ちは、そっと私の心の中に仕舞っておきましょう。きっと、これが『正解』なんでしょう。

私が涙を拭きとると、彼は私を離した。そろそろ、彼とはお別れしなければならないのでしょう。

 

「今まで、ありがとうございました」

「いいんだ。僕が、好きでやっただけ、だし」

 

私は彼に微笑みかけた。

彼も、私を拾ったあの時に見せた、あの微笑みを返してくれた。

 

「では、お元気で」

「さとりも、な」

「はい」

 

その言葉を最後に、彼に背を向け、スキマに向かって歩いていった。私がスキマに入ると、徐々にスキマが閉じていった。

スキマが完全に閉じる前に読んだ彼の心の中は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は…幸せ者…だな」

 

スキマが完全に閉じ切ると、僕は膝から崩れ落ち、境内に横たわった。

彼女は…このことまで知ってたのかな。

まあ、どっちでもいいか。

僕にはもう、知る手段なんてないし。

 

「…さとりの前で、声が出せる、ようになって、よか…った」

 

僕は元々受けていた余命宣告よりも、長く生きることが出来た。

それも、彼女の…さとりのおかげ、なのだろうか。

だとしたら、彼女には感謝しないとな。

僕の意識は、目を閉じると共に途切れた。

 

──我ながら、短かったけど、充実してた人生だった…なあ。




「彼は元気でやっているでしょうか…?」


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油断大敵

最後の方が投げやりだったり。

※前半、アリスさんがキャラ崩壊したりするかもしれません(適当)


◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

早朝。

俺は物音に反応して目を覚ました。

そりゃそうだ。一人暮らしをしているのに他の音が聞こえてきたら、例え起きるのが嫌でも目を覚まさなければならないだろう。

主に防犯面で。他にあるとすれば……貞操の危機?

いや、俺の事をそんな目で見てる奴はいないだろう。

俺、そこまでイケメンじゃない…だろうし。いや、俺は鏡とか見たことないから分からないけど。多分イケメンじゃないだろう。

…言ってて悲しくなってくるから、今は物音の事に集中するか。

 

自分の部屋を出て、誰もいない事を確認しつつ廊下を進む。リビングの扉に辿り着くと、ゆっくり扉を開いた。

…リビングに人影無し。それでも音は近くなっている。

とすると、この音は台所からということになる。

…貯蔵庫でも漁ってるのか?

なんにせよ、困ることしてたら止めなければ。

 

 

──意を決して台所に突入する。

 

 

「…何してるんすか?」

「何って、貴方の為に朝食作ってるのよ」

 

そこでは、七色の人形遣いが、何故か朝食を作っていた。

…本当になんでだ?

俺、戸締りはいつも完璧にしてるはず…。

 

「ああ、私の料理が待ちきれなくって、起きてきたのね?」

「いや、単純に不審者撃退するために起きてきたんだけど」

「なんですって!?どこにいるの!?」

 

なんか凄い形相で俺の肩を掴んできた。

やめてくれ、寝起きの俺の頭を掻き乱さないでくれ。

 

「俺の目の……いや、もういいや。多分もうどっか行っただろうし」

「そう?貴方がそういうなら私もこっちに集中するわ」

 

…マジでなんでいるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

原因が判明した。

玄関を確かめに行ったら、玄関の扉に付いてるドアノブと鍵穴だけが木っ端微塵になってた。

 

もう慣れた。

 

この前は七曜の魔法使いに扉だけを器用に焼かれたし、その前は白黒魔法使いが…うん、これは思い出したくない。

そういえば、吸血鬼に使えるメイドに誘拐されかけた事もあったっけな。

その全てが俺の知ってる人だったから良かったものの、もし俺の知らない人だったらそれこそ不審者だ。もう少しセキュリティーを強化した方が良いだろうか?扉だけ鉄加工とか。

そんなことを考えてたら、目の前の人形遣い──アリスがこちらを見つめている事に気付いた。

 

「ほら、冷める前に食べて」

「おう、わかった。わかったからそんなに見ないでくれ。なんか食いづらい」

「いいじゃない。減るものじゃないし」

「…いただきます」

「召し上がれ」

 

もうここまで来ると面倒なので、こっちが色々と折れることにした。取り敢えず、この明らかに危ない色してる飲み物にさえ触れなければ大丈夫だろう。

さて、アリスの作った朝食は…と。

 

「…明らかに状況を誘ってやがる」

 

一面辛いものだらけ。下手したら痔になるんじゃないかな、これ。

明らかに赤みを帯びているカレーに、見たことのない色をしている肉じゃが等などが並べられている。

いや、色をもう少しどうにか出来なかったのだろうか。美味しそうに見えるくらいにはどうにか出来ただろうに。

ただ、『いただきます』と言った手前、食べなければ食材に申し訳が立たない。

 

アリスにも申し訳が立たない?どんな冗談だ、それ。

そう思うのなら、もう少し人間の俺でも普通に食べる事が出来るものを作ってくれ。

 

まあいい。取り敢えず食べる。朝カレーは良いものだからな。辛さは置いておくが。

スプーンを手に取り、ご飯とルーを掬い上げ、口へと運ぶ。

 

うん。辛い。

すっごい辛い。

でも味が分かる。人参うめぇ。

アリスさんや。力の入れどころが違うんじゃないですかね。

俺は辛さじゃなくて旨さを求めてほしかったなあ。

 

だが、俺は辛いくらいでは飲み物に手を触れない。

むしろ食べ進む。

 

「ああ…私の料理が次々に…」

 

アリスが嬉しそうな表情で何か言っているが、俺は気にしない。肉じゃがも、見た目は辛そうだが、ほんのり甘い。それでも辛い事には違いないのだけども。

…この得体の知れない飲み物、俺が飲んでも大丈夫なのか?

落ち着いて考えると、外の世界にこんな色の飲み物があったような。

そう考えると、これも飲めそうな気がしてきた。

コップを手に取り、中を覗く。

不透明で、コップの底が見えない。何か仕込んでたりしないだろうな。

 

「なあアリスさん。これ大丈夫なやつ?」

「それは外の世界の『ファンタ』とかいう飲み物らしいわ」

「…じゃあ大丈夫か」

 

毒見するため、ふぁんたとかいう飲み物を口に含む。

ふむ、甘いな。口の中で泡立っているが、そういう飲み物なのだろう。

成程、悪くないかも知れない。

外の世界の飲み物にはこういうのもあるのか。

 

「ああ…私のが…貴方の中に…ふぅ…」

 

前言撤回。何してくれてるんだこの人形遣い。

てかやっぱり何かしら仕込んでたか。この系統の人達が明らかに危ない色した飲み物に何かを仕込まないわけがない。

 

…俺は何言ってるんだろうか。

 

でも、体に変化が起きないし、何を混ぜたんだろう。即効性のある薬か?遅効性のある薬か?それとも、もっと別の何かか?

いや待て、さっきアリスは『私のが…』って言ってたな。

…いやまさかなぁ。

 

「アリスさん?何を混ぜたの?」

「もう…私の口から言わせる気?」

 

なんか良い顔したまま怒られた。いや、正確には怒られてないんだけども。

にしても、本当に何を混ぜたんだろうか。まあ、判明したらしたで俺が社会的に殺されそうだから、これ以上考えないことにするか。

 

それにしても、カレーが辛い。そしてうまい。

やっぱ朝カレーは良いものだな。

そういえば、アリスは食べないのだろうか。

早朝からいるのだとすると、朝御飯食べてないような気がするんだが。

 

「そういえば、アリスさんは朝飯食べないのか?」

「私のはそれよ?」

 

そう言って俺のカレーを指差してきた。

俺、ちょっと何言ってるか理解できないんですけども。

 

「は?」

「いや、だからそれよ」

 

俺が聞き返しても、答えは変わらなかった。一回だけなら誤解だったが、二回も言われると誤解では済まなくなってしまう。

つまり…なんだ?

俺はアリスの朝飯を食べていたということか?

いやでも、このカレーは俺の目の前に置かれていたし、アリスも俺のだって言ってたし…。

 

「…ごめん。返すよ」

 

俺はスプーンを置き、残っているカレーをアリスの前に置いた。

アリスは困惑した表情を俺に向けた。

 

「えっ?」

「えっ?…あっ…」

 

俺の馬鹿野郎!食いかけを渡してどうするんだよ!

もう少し羞恥心を持てよ俺!相手は女性だぞ!

 

慌てふためいている俺を余所に、アリスは予想外の行動を取った。

 

「彼との間接キス…!!」

 

なんか嬉しそうに俺の食ってたカレーを頬張っていた。俺の使ってたスプーン使って。

てか、アリスって辛党だったのか。女性って甘いものが好きらしいから、てっきりアリスも甘党だと思ってた。

いや、そんなこと、今はどうでもいい。重要なことじゃないんだ。

 

「あのー?」

「何かしら?」

「それ本当にアリスさんの?」

「そんなわけないじゃない」

 

嘘でした。

まあ、アリスもカレーが食べたかったんだと勝手に脳内補完しておこう。

そうじゃないと俺の中の何かが崩れそうだ。

実際、俺はもうお腹膨れたし、別に横取りされても構わないんだよな。

 

「じゃあ、御馳走様でした」

「お粗末さまでした」

 

さて、仕事の準備するか。

家を出るときにアリスさんを追い出そう。他人に留守を任せる訳にはいかないし。

てかまだアリスさんカレー食べてるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

俺は仕事をサクッと切り上げ、自宅という名の安全地帯に帰ってきた。

現在、玄関の扉の前に立っているのだが、現実逃避したくなる事案が一件、脳内に届いている。

今朝、アリスが壊した扉を修理したはずなのだが、ものの見事にドアノブの辺り一帯が壊されていた。悪夢再びである。守備力が零の闇属性モンスターを二体も回収出来そうなほどの再現率だった。安全地帯なんて無かったんや。

おまけに家の中から騒ぎ声まで聞こえてくる。

これは複数人いるな。なんでまた俺の家に…。

家の前でぐちぐち考えてても仕方がないので、扉に簡易修理をしてから家の中に入る。

簡易修理と言っても、垂れ下がってたドアノブの破片を綺麗に切り取っただけだけど。

はあ…この鍵とも今日でさようならか。一回も鍵穴に差し込んでやれなくてごめんな。

 

「…ただいま」

 

俺はそう呟きつつ、破片をその辺に置いてリビングへ向かった。

案の定というかなんというか、リビングは明かりが付いており、その明かりが廊下に差し込んでいる。

俺がリビングに入ると、その場にいた人物全員の視線が俺の方に向いた。

 

「あら、おかえりなさい」

「貴方、今日帰ってくるの早くないかしら?」

「私も邪魔してるぜ」

 

他者多様の返事をどうも。

それよりも、七曜の魔法使いがこの時間帯にここにいるのは珍しいような…。

 

「…何してるの?」

「…魔女達の晩餐よ」

「いや、晩餐ならパチュリーさんの所でやればいいじゃん。広いでしょ?」

「図書館で出来る訳ないでしょう?本に匂いとか移るもの」

「それなら魔理沙さんの所で…」

「私ん家は足の踏み場があると思うか?」

「ならアリスさんの所で…」

「…今日は家に帰りたくないのよ」

「なんで!?」

「母さんが…ね」

「…俺が悪かった。どうぞ御寛ぎください」

 

諦めた。このアリスさんには勝てない。

 

「で、また貯蔵庫から勝手に食糧使っただろ」

「こ、今回はきちんと人里で調達してきたわよ!」

 

意外だった。この人達が人の物を勝手に使わなかったとか。明日は俺の働いてる店が繁盛しそうだ。

 

「おい、お前何か失礼なこと考えてないか?」

「いや、特には」

「ならいいが」

 

なにこの白黒魔法使い。紅白巫女並みに勘が鋭いぞ。

やっぱり異変解決してる人は直感が違うのか。

何はともあれ、貯蔵庫のものを使ってないなら俺が怒る筋合いはないな。場所ぐらいなら提供しても問題ないし。

これが毎日続くようだったら考えものだけど。

 

「ほら、貴方の分もあるからこっち来なさい」

 

あ、俺の分もあるんだ。夕飯作る手間がないのは助かる。

それよりも、朝みたいにまた何か仕込んでないよな?

さっきからアリスが隣に座るように誘導してくるし…。

…でもまあ、パチュリーや魔理沙もいるし、考えすぎか。

じゃあ、お言葉に甘えていただきますか。

アリスの誘導に従い、隣に座る。

…なんかパチュリーからの視線がきつくなった気がするが、気にしたら駄目なんだろう。素直に怖い。

 

「じゃあ、いただきます」

『いただきます』

 

料理を一口。うん、旨い。良い感じに出汁が効いてて、味噌の味を引き立ててるな。

ん?なんで皆が笑顔でこっち向いてんの?

それに、魔理沙とパチュリーが二人に増えてるし…。

あれ…?意識が遠のく──。




この後何が起こるのかは、皆さんのご想像にお任せします。


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萃められないもの

サブタイは思い付かなかったんで適当です。本編と関係ないです。


◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

私は鬼だ。泣く子が黙って恐怖する妖怪。

鬼は鬼でも、私は酒呑童子。その昔、多くの場所で暴れまわったりもしたさ。

人間が知ってる事と言えば、私がその昔に打ち取られた、ということくらいなんだろう。

でも、事実は小説よりも奇なりってやつで、私は今もこうして生きている。

そんな私でも、恋はする。私にも『女』という性別がある以上、恋愛感情は湧いて出てくる。

 

「やっほー」

 

今日も私は、『彼』の()に姿を現す。いつもの私は能力で霧状だから、日常の中で私の姿を見るのは、少し珍しい事でもある。

彼は床に寝転がっていたけど、私が来たことに気付いたようで、ゆっくりと体を起こした。

 

「お、萃香じゃん。こんな時間に来るってことは、今日も酒の肴は僕?」

「まあ、そうだね。いつも面白い話が聞けるし」

 

勿論、これは建前。でも、嘘は言ってない。彼の話が聞きたい。彼と話しながら酒を飲みたい。彼と一緒にいたい。だからここに来たのだ。

彼は最近、この幻想郷に落ちてきたのだ。最近…と言っても、既に二カ月も前のことだが。

そんな彼の右目は、驚くことに偽物だった。

彼はこのことを誰にも言っていないが、彼の右目は動かないのだ。

左目を動かしても、右目が動くことがなかった。これは、私が一週間の間観察して気付いた事。この事を知っているのは、恐らく私だけ。

これは、彼を近くで見る事がないと分からない。遠くから見れば、あまり違和感がないのが原因なのもあるが。

これに気付いた時、外の世界の技術は、目へとはめ込む義眼すら違和感のないように作れるのか、と驚いたのは秘密だ。

 

「面白い話って言ってもねぇ…?」

 

彼からすると特に面白い話ではないとは言うが、私達からすれば十分面白いものである。私達妖怪は長生きである。それ故、変化や刺激が欲しい為、面白い事や興味深い事を求める。

だから、どんな些細なことでも気になったりするものである。

 

「それでさ、鉛筆はそろそろ幻想郷に慣れたかい?」

 

鉛筆。彼のあだ名だ。彼がそう呼んでくれと言っていたから、幻想郷の人々は彼の事を鉛筆と呼ぶ。他意はない。

由来は何なのか聞いてみた事もあったが、彼は『外の世界でもそう名乗ってたから』と言って、答えなかった。

少なくとも、外の世界でそういう名前で呼ばれることの方が珍しいんじゃないか。

もしくは、本名は別にあるのか?

…まあ、彼がそう呼んでくれと言っている訳だし、そう呼ぶんだけども。

 

「近所の人も優しいから、人里の中だったら慣れたかな」

「…妖怪にはまだ慣れない?」

「そんなことないよ。妖怪は怖いものだと思ってたけど、萃香みたいな妖怪もいるからね」

 

私みたいな…か。私は酒呑童子なのに。昔は人を平気で殺していた鬼なのに。

なんだろうか、心が痛む。恨みとか、負の感情ではない痛み。それによって、私も丸くなったんだな、と再認識させられる。

 

「じゃあ、もう慣れた?」

「まあ、慣れ始めてはいるかな。こういう世界なんだなーと」

「そうかそうか」

 

取り敢えずは一安心といったところか。心の何処で一安心しているのかは自分でもわからないけど。

ここらで一口っと…。うん、酒が旨い。彼と話しながら飲む酒は、やっぱり違う。一人で飲むのよりも比べ物にならないくらい旨い。

そういえば、彼は私が酒を飲んでいるのを見て、酒を飲みたくはならないのだろうか?

 

「なあ、鉛筆は酒を飲まないのかい?」

「僕?僕はいいよ。そういう歳じゃないし」

 

ああ、そういう人だったか、彼は。

外の世界では、未成年者達の体の成長を止めないようにするため、酒を飲む事が禁止されているらしい。外の世界は法律というものに守られているが、同時に拘束されているようだ。

酒が飲めない人がいるなんて、外の世界の人達は悔しく思わないのだろうか。

 

「幻想郷じゃ法律なんてものはないよ?やっぱりまだ慣れてないのかい?」

「む。僕には僕の価値観ってやつがあるんですー。慣れてない訳じゃないです―」

 

なんか頬を軽く膨らませて怒っている。

でもまあ、彼の価値観なら仕方がない。何かしら自分の中でルールがあるんだろう。

…でも、その価値観も、法律というものに縛られたものなのだと私は思う。

 

「そういえば、萃香って酒ばっかり飲んでるイメージがあるんだけど、他に何か好きなことあるの?」

 

油断してたらこっちに質問が飛んできた。しかも、すぐには答えられないようなやつ。

恥ずかしくて、彼が好きだとは口が裂けても言えない。

だからと言って嘘は吐きたくない。

 

「そうだね…私は酒を飲みながら楽しく会話できれば、それでいいかな」

「それ、いつもやってることと変わらないんじゃないの?」

 

ぐう、痛いところを衝いてきたね…。彼はカラカラと笑ってるし。

むう…。

やられたら倍にしてやりかえす。喧嘩でもそうだ。今回も例外ではない。

 

「じゃあ、鉛筆は好きな人いるの?」

「うぇ?」

 

もし彼に好きな人がいなければ『いない』と答えるし、もし仮にいるのだとしても、私の前で嘘は吐けないから名前が出てくる。

まあ、『言いたくない』って言われたらそこまでなんだけど。

 

「えっと、その…」

 

多分、この反応で時間を稼ぐつもりなのだろうが、時間稼ぎは意味がないぞ?まあ、今攻めるのもあれだし、少し簡単にするか。

 

「その反応、この幻想郷に好きな人がいるんだね?」

「…まあ、いるよ」

 

しまった。これじゃあ名前まで聞き出せないじゃないか。簡単にしすぎた。

…まあ、聞き出せないなら、質問を追加するまで。

聞きだしてやろう。彼の好きな人の名前を。

 

「で、誰が好きなんだい?」

「そ、そこまで聞くの!?」

「そりゃあ、気になるからねぇ?」

 

彼をあと一歩まで追いつめた。まあ、弾幕ごっこと同じで突破口はいくらでもあるんだろうけど。

 

「…や、やっぱり言いたくないッ!」

 

顔真っ赤にして拒否された。まあ、そんなにうまくはいかないか。

それにしても、彼の好みって何なんだろうか。

全く見当がつかない。

 

「じゃあ質問を変えようか。鉛筆の好きな人の特徴は?」

「…まあ、特徴くらいなら大丈夫かな」

 

よしきた。後は連想げーむとやらの要領で突き止めれば…。

案外、この状況も楽しいかもしれない。

 

「特徴は、いっつもふわふわしてて…」

 

いつもふわふわしてるのは大体の奴に当てはまらないか?幻想郷の奴らは殆ど空飛べるし。

それとも、ふわふわは性格の方か?

何にせよ、始まったばかりだから、まだまだ情報は足りない。

 

「能天気で…」

 

能天気ときたか。

幻想郷で能天気なやつと言ったら、幽々子とかか?あいつ亡霊だからふわふわしてるし。

 

「背が低くて…」

 

背が低い?

いつもふわふわしてて能天気で背が低い…あの宵闇の妖怪か?

いつもふわふわ飛び回ってるし。そーなのかーとか言ってるから多分能天気ってところも当てはまるし。

 

「思考が読めなくて…」

 

思考が読めないだって?

古明地のところの妹さんか?

…駄目だ。もうあいつしか思い浮かばない。

 

「すっごい強い妖怪かな」

 

あ、駄目だ。候補がいなくなった。妖怪ってことは幻想郷にいるんだろう。けれど、私の知る限りではそんな人物はいない。

 

「どう?わかった?」

 

彼がニッコリとさわやかな顔でこちらを見てくる。畜生…してやられた。

 

「全くわからない」

「だろうね。特徴一つ伏せてるし」

 

なんだって?まだ特徴あるのかそいつ。

特徴の多い奴だなそいつ…。いや、幻想郷の奴らはこのくらいあるのか?

いや、彼が好きな人だからこそ、特徴が思いつくのかも知れない。

ふと、彼の方を見ると、何かを決心したような顔をしていた。

 

「それで、その伏せてる特徴って何?」

 

気になることは知りたい。私は攻めることにした。

 

「最後の一つは…頭に角が生えてます」

 

頭に角が生えてる?

いつもふわふわしていて、能天気で、背が低くて、思考が読めなくて、凄く強くて、頭に角が生えてる妖怪は…。

…私?

 

「萃香」

「ひゃい!?」

 

彼がいきなり真剣な顔つきで私の事を呼んだから噛んだ。

えっ、これって、まさかとは思うけど…いやまさか。

 

「僕の好きな人は、萃香だよ」

 

嘘でしょう?こんな私の何処が良いって言うのだろうか?

私鬼だよ?泣く子はいねがーって駆け回る鬼だよ?いやあれはなまはげだ。鬼じゃない。

って落ちつけ私。彼に好きだって言われただけじゃないか。

 

「…じゃあ、僕も質問するよ?」

「な、何を?」

「萃香の好きな人って、誰?」

 

…やっと落ち着いてきたのに、追い打ちをかけられた。多分今、私の鼓動は凄く早いことだろう。

でも、これは彼を手に入れるチャンス!ここで勇気を出せば、彼と一緒にいられる!

 

「…──つ」

「え?」

「…私も、鉛筆の事が…す、好きだ!」

 

私の言葉を聞いた彼の表情が驚きに変わる。私からも告白されるなんて思ってなかったんだろう。

それでも、私の思いは伝えた。

後は彼次第。

 

「そうだったのか」

 

彼は笑っていた。

 

「で、でも、私鬼だよ?襲うかもしれないんだよ!?」

「萃香はそんなことしないだろ?」

 

彼はそう言い切った。

 

「もし萃香が僕を襲うんだとしたら、僕はもうとっくに襲われてるだろうしね」

 

ああ、全部見破られてたのか。通りで笑ってる訳だ。

 

「でも、僕で良いの?」

 

ふと、彼はそんな言葉を投げかけてきた。

どういうことだろうか?

 

「萃香にはもっと相応しい相手がいると思うし…」

「私は鉛筆が良いの!」

「でも、僕は人間で、萃香は鬼。どう考えても、僕が先に死んじゃうじゃないか」

 

そんなの、わかってる。

それでも、私は一緒にいたい。

 

「それでもいいの。私は、鉛筆と一緒にいたい。ただそれだけなんだ」

「…そうかい」

「だから…」

 

私はおもむろに立ち上がり、彼の元へ進む。

疑問を持つ彼を横目に、私は彼の膝の上へと座った。

彼が困惑するが、気にしない。そのうち彼も慣れるだろうし。

 

「今だけは、こうさせてほしいな」

「…ご自由にどうぞ」

「じゃあ失礼して…ってもう失礼してるんだった」

「全く…子供なんだか大人なんだかわからないね。萃香って」

 

子供のような背丈から成長しない理由は私も知らないよ。

 

「…でも、こんなのも悪くはないかな」

 

彼は困っているような、喜んでいるような、中途半端な笑みを浮かべながら、私の頭を撫でていた。

そんな彼の手は、凄く温かかった。




いつもふわふわ→霧状になれる
能天気→酔っぱらってる
背が低い→幼女体型
思考が読めない→酔っぱらってるから突発的
凄く強い妖怪→だって鬼の四天王


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波長操作

今回は友人Nに貰ったリクエスト(自爆)で、優曇華院です!
今回、出来が悪い様なそうでもないような…


「…大丈夫?」

「ああ。横になったからかな、大分楽になったよ」

 

突然だった。

突然戸が開いたかと思ったら、そこには傷だらけの彼が倒れていた。彼はこちらへ向かって右手を伸ばしていて、その様子はさながら這いずり回る死体のようだった。もちろん、死んではいないのだけれど。

 

彼ことイサムさんは最近親を亡くしていて、親戚のいない彼は一人暮らしをしている。だけど、ちゃんと生活出来ているのか心配になるのだ。理由の一つとして、あの人は料理が出来ないというのがある。以前、日頃のお礼として彼にカレーを振舞ってもらったのだが、指に切り傷が沢山ある、カレーの粉が溶け残ってる、溶け残ってた粉を溶かしても、味がカレー風味に近い。と、まるで出来ていなかった。それ以来、時々私が料理を教えているのだけれど、全く成長しない。もう、私が作りに行った方が安全なんじゃないかと言えるほどに。

まあ、そこが彼らしいのだけれど。

 

…話を戻そう。

重症の彼を見た私は慌てて彼に駆け寄り、病室にある布団の上へ運んで、怪我の原因と場所を聞いた。

 

怪我の具合を確かめる為に。

 

「で、怪我の原因は何?」

「ここを目指して歩いていたら突然背中を押されて、目の前にあった落とし穴に落ちた」

「…どんな感じで?」

「こう…飛び降りようとして脚を引っ掛けた感じ?」

「うん。わからないわ」

 

とにかく、落とし穴に落ちたって事は分かった。重症って事はかなり底が深かったんだろうけど、どうやって這い上がったんだろうか。まあ、今は怪我の具合を確かめなきゃ。

 

「どこが痛いの?」

「変に落ちたからなのかな。腰の左側と背中が痛い」

 

私が実際に確認すると、左下腹部から左膝にかけての打撲と、左肘の擦過傷、背中の小さな切創の三ヶ所だった。これが腰一点に集中してたら、骨折どころの騒ぎじゃなかったのがまた…。あちこちに小さい擦過傷が残ってるということは、落とし穴から抜け出た後ずっと、地面を這いずって来たのだろうか。凄い頑張るなぁ、彼は。

まあ、そこが…。

 

「わかったわ。じゃあ、じっとしててね。薬塗るから」

「すまない。任せるよ」

 

さて…じゃあ始めようかな。治療を。

私は手に持っている薬の蓋を取り、人差し指の腹で薬を少量すくい取る。半透明のホイップクリームに近い色をしたそれを、彼の負った擦り傷に塗り込んでいく。

 

「──ッ…沁みる…」

「そりゃあ、こんな怪我してるもの、当然じゃないの」

 

傷跡が残ると困るので、何度も手を往復させて、傷口にしっかりと塗り込む。

私が研究も兼ねて作りだしたこの塗り薬は、主に擦り傷に効く。私自身を実験台にして、何度も試し、その度に改良を加えて、苦労して作りだしたものだ。使い方は私が一番よく知っている。

 

「…鈴仙?もうここは塗れてるよ?そこよりも背中の傷とかも…」

「傷跡が残るとまずいし、ちゃんとやらないとね」

「…まあ、任せるって言ったし、あまり口出しはしないけど」

 

…もうここは大丈夫だろう。よし、次だ。

 

ところで、打撲はすぐに手を出すことが出来ないのは知っているだろうか。

もしかすると、骨折してるかもしれないからだ。

してなければそれまでなのだが、人体の中を直接覗ける治療器具、というものは幻想郷にはない。出来なくはないのだが、皮膚を裂くことになる。よって、応急手当だけして様子を見るしかないのだ。

はっきり言って、擦過傷とか切創より性質(たち)が悪いかもしれない。

現状、ここは冷して安静にするしか出来ない。

 

「あ、これ腰の痛いところに当ててもらえる?」

 

そう言って私は師匠の開発した保冷剤というものを差し出した。なんでも、凍らせることで再利用可能らしく、中にはゼリーを密封してあるらしい。大きさによっては冷凍食の短期保存から医療用まで出来ると、使い勝手が良いらしい。

と、ここまでの話は師匠の受け売りだけども。

 

「あ、冷たい…」

 

彼はそれを受け取り、患部にあてがった。彼の体が微かに震えたので、それだけでも保冷剤がいかに冷たいかがよくわかる。

それで、次は背中に出来た切創ね。

見たところ、これはそこまで大きい訳でもないし、軽く洗浄して傷を塞げば、あとは放置で大丈夫そうね。じゃあ、これとこれを…。

 

「今から傷口に水をかけるけど、少し痛いかも知れないから、耐えきれなくなったら止めてね」

「わかった」

 

私は水を入れた注射器を手に取り、傷口に付いている小さなゴミを取り除いていく。時には針先でつついたり、水を勢いよく掛け流したり。水が沁みるのか、傷口へと水をかける度に彼の体が微かにバウンドする。

でも、これも貴方の為だから…。

 

傷口の洗浄を終わらせると、傷口に薄いプラスチックの膜を貼る。変に薬等で消毒してしまうと、傷の治りが遅くなるだけでなく、余計痛みを感じてしまうからだ。という訳で、ここの処置はこれで終わり。

 

あとは──

 

「イサムさーん、こっち向いてくださーい」

「おう…?」

 

──彼に、軽い催眠をかけるだけ。

 

彼は私に呼ばれて、私の方を向く。彼の瞳は黒く透き通っており、私の瞳を射抜いていた。私は、その瞳に向かって狂気を送った。正確に言えば、感覚の波長を少し短くしただけなのだが、少しだけでも効果は大きい。

 

建築の世界で例えるならば、円周率を使った計算をする時に、代入する値が『3』なのと『3.1415926』なのとでは、計算結果に大きな差が出てしまう。その計算結果が元になって建築が進められるので、大規模な橋なんて建造していた日には、その橋の先はとてつもない高さになっているだろう。

結局何が言いたいのかというと、ほんの些細な違いだったとしても、繰り返すごとに、もしくは時が経てば増幅している。

要するに、私は種を蒔いただけに過ぎないということだ。

 

感覚の波長を短くすると、その人は短気になる。短気になると、すぐにストレスが溜まり、ミスをしやすくなる。ミスの中には怪我も含まれるだろう。大怪我をすれば、自分で治療が出来なくなるので、きちんとした治療を受ける事が出来るここに来るはずなのだ。よって、ここに来る度に彼の波長を確認して、それを管理していけば、遅かれ早かれ彼はここへ来ることになる。そうやって、彼が頻繁にここを訪れるようになったら、意識を少しずつ弄って…フフッ。

この方法なら、彼は嫌がることなくここに来て、私が彼の為に尽くせて、彼の事をたくさん知ることができる。ほら、良い方法でしょう?

 

「どう?大分軽くなった?」

「ああ。腰とかの傷自体ははまだ少し痛むけど、ここに来た時よりもずっと楽になったよ」

 

彼は軽く手を上げ、垂れている私の耳を軽く弄る。

…これは彼なりのアピールの仕方なのだと、勝手に解釈しておこう。

最後は背中の傷を刺激しない様に、ゆっくりと彼を横たわらせて、と。

 

「よし。今出来る事は全てやったわよ」

「…ん。ありがとう、鈴仙。助かったよ」

 

…彼に褒められた。

彼の言葉を聞いて、私の顔がどんどん赤く染まっていくのが自分でもわかる。彼に褒められると、こっちもやる気が出る。

 

「…で、家まで歩けそう?一日くらいならここに泊ってもいいけど…どうする?」

「うーん…そうだね。大分落ちついたといっても、まだ痛むし…御言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

彼は申し訳なさそうにはにかみ、『よろしくできる?』と付け足した。

私の答えは勿論イエスで、『大丈夫よ』と返した。

元々そのつもりだったし、断る理由もない。彼は患者なので、師匠にも言い訳できる。

 

「じゃあ、夕飯持ってくるから、少し待ってて」

「わかった。大人しくしておくよ」

 

彼に了承を得て、部屋の襖まで歩き、襖をゆっくりと開く。

その時の私は、計画通りに事が運んだからか、口元が凄く緩んでいたことだろう。

 

 

──だって、彼はもう手に入ったも同然なんだから。




…優しいヤンデレ?


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苦労を積み重ねて

はい。今回は友人Jからのリクエストです。
あくまでもリクエストはキャラだけなので、中身は俺任せです。すごい理不尽。
なんか知らんが途中から方向性が迷子になった。ヤンデレを書いていたはずの俺はどこに消えたんだ…


「んん……」

 

脳が深い眠りから目を覚ました。俺はいつの間にか眠っていたようで、壁にもたれた状態で眠っていた。目を覚ました直後は視界が曇っていたものの、徐々に脳が目覚めて来きたのか体が活性化し始めた。それによって、徐々に視界がクリアになる。少し経つと、俺の置かれている状況が俺にとってマズイことに気付いた。

 

「…どこ?」

 

俺が今いるのは、自分の部屋ではなく知らない部屋。

右を向けば、何やら機械の置かれた作業机。正面を向けば、横に長い折りたたみ式のコルクボード。左には出口がある。

そして、冷たい感触のする右手には枷が付けられていた。その枷からは鎖が伸びており、蛇がうねっているかのようにして壁へと向かっていて、壁にはめ込まれた金属部分に溶接されていた。

窓が一切無く、明かりは天井から吊り下がっている電球だけ。出口の扉から光が漏れていないところをみると、今は夜か、ここが地下だという事になる。しかし、前者である可能性は低い。そもそもとして、俺が今いるこの部屋が地上にあるのなら、窓の一つくらいはあるはずなのだ。この部屋の持ち主が吸血鬼などでない限り。

 

取り敢えず、ここから出るためには動かなければ始まらない。考えるのは壁にブチ当たったときだ。

どうやら枷が付けられていたのは右手だけのようで、鎖の長さは大体部屋半分程度だろうか。恐らく、鎖を全て伸ばしきって、そこから手を伸ばしたとしても、コルクボードには到底届かない。そこで、出口に手を伸ばしてみるが、取っ手にも触れることすら出来なかった。

となると、残るは作業机のみ。作業机には引き出しが四段あり、一段目が机にくっついている。四段目は底が深いつくりになっている。

俺は作業机の前に立ち、一段目の引き出しに手を掛ける。

何が出てくるか分からない恐怖の中、手を掛けた引き出しを手前に引く。引き出しに鍵は掛かっておらず、ゆっくりとその中身が明らかになる。

 

「これは…」

 

一段目に入っていたのは、ひとつの小さな鍵だった。だが、俺の手の届く範囲には鍵穴なんてものは無いし、この鍵が刺さりそうな穴もない。

手の届く範囲ではないが、折りたたみ式のコルクボードは南京錠で閉じている。恐らく、この鍵はその南京錠のものだろう。ちなみに出口の扉に鍵穴はない。

鍵を机の上に置き、二段目に手を掛ける。二回目だからか、不思議と怖くはなかった。二段目には何も入ってはいなかったのだけども。

二段目を閉じ、三段目に手を掛け、開く。中身は何かの手帳と万年筆だった。この手帳と万年筆、何処かで…。

でも、この状況下で出てくるんだ。何かしら手掛かりが書かれているはず。そう思い、俺はその手帳の一ページ目を開いた。

 

──が、開いてすぐに、開いた事を後悔した。

 

その手帳には、俺の本名が真っ黒になるまで書かれていたり、俺と俺の母さんの行動が分単位で一週間分ほど書かれていたり、俺の人物画と思わしきものが描かれていたりなど、かなり俺の事を追いかけ回していたと思える内容が書き込まれていた。手帳をめくり続けて分かったことだが、俺の一週間分の行動が書き込まれたあとに、この手帳の持ち主の考察が書かれており、その後にまた一週間分行動が書き込まれる、の繰り返しになっている。それを四回で一冊分。つまり四週間、一冊で1ヶ月分になる。その次は1ヶ月分の行動をまとめた後に、その月の行動パターンが箇条書きで書き込まれ、また考察。

しかし、その行動は二ヶ月前のものであって、最近のものではない。

ふと、最後のページをめくると、そこには丸に囲まれた『35』の記号があった。まさかとは思うが、この記号は『この手帳が三十五冊目である』ということを指しているのか?もしそうなのだとしたら、俺は一体何時からストーカーされていたのだろうか。

…まあ、まだそうだと決まったわけじゃないけど、そんな気がしてならない。他の可能性が思いつかないってのもあるが。

その手帳と万年筆も机の上に置き、最後の段である四段目に手を掛ける。もう吹っ切れたのか、戸惑うことはなかった。

 

「…思った通りだ」

 

やはりというか、手帳が入っていた。パッと見て30冊くらい。その中で一番古そうなものに手を伸ばす。

もしあの数字が『三十五冊目』を表していて、一冊が1ヶ月分だとすれば、一番古い手帳は35ヶ月前、つまり約三年前ということになる。

確認のために最後のページをめくると、やはり丸に囲まれた『1』の記号。

 

ということは。

 

三年前の俺はこの手帳の持ち主に何をしたのかが、多分この手帳に書かれているはず。そう考えながら、俺は初めの一ページ目を開いた。そのページの一行目から目を通す。

 

『私は今日、天狗になることが出来ました。もう一度あの人に会いに行ける体を、ようやく手に入れることが出来ました。』

 

──と、少し不格好な文字で書かれていた。

…天狗?俺、天狗に何かしたっけか?

 

『あの時、あの人に助けて貰えてなかったら、私は今この手帳を握ってはいなかったでしょう』

 

俺が三年前以上も前に、この手帳の持ち主を助けたのか?

…いや、天狗になったのはこの手帳を書き始めた頃のようだし、それ以前は天狗じゃなかったのか?天狗って、そもそも種族はなんなのだろうか。

三年以上も前に助けた生き物の中で思い当たるのは、鴉が二匹のみ。あとは母さんとか村の人達くらい。もっとも、母さんは先月他界してしまった。

うん、わかんない。そもそも天狗と鴉って繋がりあるの?あったとしても、使役とかじゃなくって?

 

ダメだ。考えれば考えるほと頭が痛くなってくる。

 

──あ、そういえば俺、ここから出る手段を探してたんだった。

すっかり手帳に気を取られていたが、手帳の中身を覗いたのは手掛かりを求めてだったはず。こんなところで時間を取るわけにはいかない。

俺は手帳を元の場所に戻し、引き出しを元に戻す。

これで捜索は振り出しに戻ってしまった訳なのだが、どうにも手帳の持ち主の行動が理解出来ない。

思うに、この手帳は日記帳なのではないだろうか。途中から俺の観察日記にすり替わってはいるものの、考察が書かれているのを見る限り、自分の行動を振り返っているのだし。

 

──ふと、部屋の外から発せられる靴の音が耳に入った。

その靴の音は着実にこの部屋へと近づいており、俺の小さな恐怖心を着実に引き伸ばしている。

俺には、この状況を打破する方法などない。今の俺はきっと、山で遭難した人のような状況なのだろう。何処にいるか分からないし、あまり動く事が出来ないし。

 

一つ、先延ばしにする方法を思い付いた。回避出来るか分からないが、平常心を保てば大丈夫だろう。

俺は先程目覚めた時に座っていた場所へ移動し、元のように座った。そして首を垂れて、狸寝入りをする。そして、時が経つのを待つ。

そうしていると、やがて靴の音が止み、出口と思わしき扉が開かれた。

 

「おはようございまー…あややや、まだ寝てるんですか」

 

女性のものと思われる声が、この部屋に響く。だが、俺に気を使ったのか、急に小声になった。これは…いけるか?

 

「…なんて、私が気付かないとでも思ってるのですか?」

「………」

 

バレてる!?いや、折れるのはまだ早い。向こうがカマをかけてる可能性だってある。ここはじっと我慢をする。

 

「第一、この部屋は外から見えてますし、貴方が私の書いていた手帳の中身を見た事も知ってるんですからね?」

「………」

 

いや待て。この部屋に窓なんて無いし、外から見える訳がないだろ。見たところ穴も空いてなさそうだったし。まだ俺は折れないぞ。

 

「…本当に寝てます?」

「………」

 

寝てますよー。だから邪魔しないでくださーい。頬をつついたって起きませんよー。

 

「仕方が無い人ですねぇ……まあ、寝顔が見れるだけでも良いんですけどね」

 

…何となく思ったことなのだが、目の前にいるであろう手帳の持ち主は、俺の事が好きなのだろうか?

手帳の中身といい、今の言動といい、思わせぶりなものが多々ある。

俺の事を想ってくれるのは素直に嬉しいのだが、些か歪んでいるような気がする。

 

「さて、記事の続きを書いてこなければなので、これで失礼しますね」

 

記事…?

記事、見たことのある万年筆、手帳…。

──まさか、文さん…!?

だが、俺が顔を上げたときにはもう、彼女は俺の目の前から去った後だった。

 

文さんこと射命丸文は、自分の事を『旅する新聞記者』だと名乗って、村を歩いていた俺に取材をしてきた女性。顔立ちや容姿が整っていて、女性に慣れていなかった俺は、正直目のやりどころに困った。当時、母さんを亡くしてすぐだった俺は、彼女と会話をしていくうちに元気を貰っていたようで、家に着いた時にはかなり吹っ切れていた。

万年筆については文さんの特注品らしく、同じものは存在しないと語っていた為、似たようなものと見間違えている可能性はない。そりゃあ、普通の万年筆に紅葉の絵なんて描かれてないでしょうに。

 

でも、それとこれとは訳が違う。

とにかく、ここから出る手段を考えなければ。そう思って立ち上がろうとした時だった。

 

「やっぱり起きてるじゃないですか」

「……えっ」

 

予想通りというか、文さんが俺の上に落ちてきた。

文さんは俺の上に跨り、俺の顔に手を添える。

 

「やっと会えましたね」

「実際には先月会ってるだろ?」

「そうですね」

 

げっ。文さん、俺の両腕まで巻き込んでる。これじゃあ抵抗のしようがないじゃないか。

 

「私がまだ鴉だった頃、貴方に助けられたんですよ」

「…あの時の鴉かぁ」

 

つまり文さんは、『鶴の恩返し』でいう、鶴のポジションか。薄々勘づいてはいたけど、現実味が無かったから信じてはいなかった。

 

「あの時、私は貴方に一目惚れしたんですよ。でも、その時はただの鴉で、とてもじゃないですが貴方に釣り合わない姿でした」

 

人と鴉だもんなぁ。普通だったらないな。

 

「だから、私はひたすら妖力の使い方を学んで、技術を高めて、今やっとこの姿でここにいるんですよ」

「…そうだったのか」

「嫌なら嫌だと、そう言ってくれたって構わないんです。ただ、私が貴方のことを好きだと、そう伝わったなら、それで…」

 

気付けば、文さんは泣いていた。涙が頬を伝い、俺の衣服へと垂れる。俺は両腕を使うことが出来ないため、何もすることが出来ないでいた。だが、俺は決めた。

 

「文さん」

「…はい」

「俺は文さんのこと、嫌いじゃないですよ」

「え…?」

 

俺は文さんを支えたい。少し力を加えたら折れてしまいそうな彼女を、守ってみたい。そう思った。

文さんは天狗らしいから、俺の力では庇うことなんてできやしないだろう。しかし、それはあくまでも身体的な意味でだ。せめて俺が生きている間ぐらいは、彼女の心を支えたい。守りたい。

そういう感情が、俺の中で生まれたのだ。

 

「でも、最初は友人から、でしょう?」

「…!そうですね!」

 

まあ、俺は恋人でもいいと思うけどね。もっと文さんのことを知ってから恋仲になりたい。

ふと、文さんが俺の胸元に倒れてきた。

 

「でも、少しの間だけ、こうさせてください」

「…わかったよ」

 

俺は開放された右腕で文さんの頭を撫でながら、自分はどの立場にいるのかの心配をしていた。

 

──母さん。俺の人生、面白くなりそうだよ。




「あの人と一緒に、幻想郷を回りたかったですね…」
「文、なんか言った?」
「いいえ何も?」
「…ふーん」


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若い苗だから早苗なのであって

タイトルは毎度毎度思い付かないので本編とは関係ありません。
あるとしたら名前くらいです。

あと、今回R-15G注意です。そうでもないけど、一応。
やる気があったのは初めの三行ぐらいで、あとは流すように書いてます。
没にしようとも思いましたが、もったいなかったので軽く書き上げました。


「おーい早苗ー。お前終業式もサボったのかー?」

 

常時開放されている学校の屋上。夏真っ盛りでただただ蒸し暑い屋上に人がいるわけもなく屋上は閑散としており、白いコンクリートの床は影を欲する様に強く光を反射させている。最近の学校は生徒の安全の為に屋上が閉鎖されているが、当然そうでない高校も存在する。その屋上に、少々腑抜けた男子高生の声が響く。早苗と呼ばれた女子高生は屋上で見渡せる景色から目を逸らし、地毛である緑髪をふわふわと靡かせながら入口の方にいる男子高生へと振り向いた。早苗は男子高生の姿をその緑色の瞳で捉えると、小さく笑みを浮かべた。

 

「あ、誠司君…」

「…どうしたんだ?元気ないじゃん」

誠司と呼ばれた男子高生は早苗の表情が暗いのを感じ、声のトーンを落とした。誠司が自身の透き通った黒の瞳で早苗の顔を覗き込むと、早苗は早苗でバツが悪そうな顔をして目線を落とした。

 

「真面目なお前が理由も無しに終業式をサボる訳がないし、何かあったのか?」

「………」

 

誠司が話しかけるものの早苗の表情は暗く、何かを思い詰めている感じが見受けられる。誠司は早苗の行動に疑問を持った。だが、ここでズカズカと早苗の心へと踏み込んでいく程の勇気は、誠司には無かった。

 

「…まあ、無理に答える必要も無いけどさ」

 

誠司はふと歩き出し、早苗の横を抜けて屋上端の手すりへ前のめりに寄り掛かる。早苗はそれを目で追うが、体では追わなかった。

 

「この景色も、たった一年じゃ変わらないか」

 

それは当然と言えば当然なのだが。

誠司は屋上からグラウンド越しに正門を見下ろす。現在、多くの生徒達がその正門を通っており、その半数が複数人でまとまっていた。ある生徒は暑さで制服を着崩しているし、またある生徒は大袈裟な動作をしながら歩いている。

 

「まあ、見慣れてるからこそ些細な違いに気が付いていないだけかも知れないけどな」

「………」

 

早苗は無言で振り返ると、誠司の後ろへと歩み寄る。何か決心したのか、早苗の表情はいつになく真剣だった。

 

「誠司君」

「ん?どうした?」

 

誠司は早苗の呼びかけに反応し、早苗の方へ体ごと振り向いた。だが、誠司の顔を見て何か思うことがあったのか、早苗はまた暗く目線を落とした。

 

「……やっぱり、なんでもないです」

「…なんか、今日のお前はお前らしくないな」

「そうですか…?」

「ああ、いつものお前ならそこまで声小さくなったりしないし、言いたいことは言いきるタイプだと思ってるからな」

「そう、ですか」

 

──悩むことくらい私にだってあるのに。

と早苗は呟いたが、小声すぎて誠司には聞き取れなかったらしい。

 

「まあ、何はともあれ夏休みだ。早苗は何か予定あるのか?」

「私は…ありますね。誠司君は?」

「いや、俺は親も兄弟も先月の交通事故で亡くなってるから、今年からずっと一人なんだよねぇ。幸い金はあるんだけど、どうしようかな」

「………!」

 

誠司の言葉を聞いた早苗の表情が若干だが変わった。それと同時に何かを思いついたらしく、早苗の表情は明るくなっていた。

 

「な、なら、今日から家に来ませんか!?」

「べ、別に良いけど…急に元気になったな」

「じゃあ、今から行きましょう!」

「あ、おい、落ちつけって」

 

早苗は誠司の手を取り、走り出した。

 

 

──これで、未練はないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…中々じゃないか」

「それで、その後はどうなるのよ?」

 

場所は博麗神社の境内。

現在そこには三人の女性が立ち話をしており、字の通りとても姦しくなっている。

一人は黒白魔女。一人は巫女。一人は緑色の巫女。今は緑色の巫女が語り手のようだった。

 

「お話っていうのは、大筋だけを聞いて細かいところを自分で補完するから面白いんですよ?」

「ぬぐぐ…続きはないと?」

「勿論続きもありますが、それは内緒です」

 

そう言って緑色の巫女は微笑んだが、他の二人は難しい顔で首を傾げた。

 

「それでは、私はこれで」

「今日も布教か?」

「そうです!頑張ってきますよ!」

「…まあ、程々にね。あんまりやりすぎると、また私が動くことになるんだから」

「あ、あははは…肝に銘じておきます」

 

また今度、と言い残し、緑色の巫女はふわりと飛び去っていった。

残った二人は何か気にかかることがあったのか、まだ首を傾げていた。

 

「…なんか、今日の早苗おかしくなかったか?」

「奇遇ね、私もよ。なにかがおかしかったわ」

 

 

──早苗って、ずっと目を閉じてるような人だったか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「…早苗、目は大丈夫かい?」

「神奈子様ですか?はい、大丈夫ですよ?きちんと見えますし…」

「そうかい。ならよかった」

 

その日の夕方。早苗が台所で夕食を作っていると、神奈子が訪ねてきた。

振り向いた早苗は目の前にいる神奈子に微笑み返し、いかにも平気そうな顔をする。対する神奈子は、早苗に悟られないようにゆっくりと近づいていく。

 

「…神奈子様?この手はなんですか?」

 

神奈子は早苗の顔に両手を添えると、親指で瞼を押し上げた。早苗は驚きこそしたもの、早苗の両眼は神奈子の顔を捉えていた。少しの間が空き、神奈子は両手を離した。

 

「…いや、最近ずっと目が閉じたままだったから、きちんと目が開くのかと思ってね」

「もう、目を怪我してる訳じゃないんですから、きちんと開きますよ」

「ならいいんだよ。じゃあ、私はそろそろ諏訪子を起こしてくるよ」

「はい。お願いしますね」

 

神奈子は先程目にした得体の知れない恐怖を若干感じながら、台所を出ていった。早苗は神奈子が訪ねてきた時と変わらず、夕食の準備を再開したのだった。

──黒く透き通った目と緑色の目を閉じたままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い…目が、痛い…」

 

声が響く。

 

「足も、痛い…腕も、痛い…」

 

とある部屋に、青年の声が響く。

 

「でも…心は、痛くない…」

 

コンクリートで囲まれた部屋に、青年の声が響き渡る。

 

「どうしてこう、なったんだろうな…」

 

その部屋には、四肢を切断されて、その切断箇所を赤く染みた包帯で巻かれている青年がいたのだった。

 

「はは…ははは…」

 

──諦めたように微笑する彼の左目からは透明な液体、右目からは赤い液体が垂れていたのだった。



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