2度目の人生を真剣に生きる (我楽多さん)
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幼少期
プロローグ
よく晴れた皐月のある日のこと。いつも通り院の仲間たちと遊んでいた少年“源忠勝”は、不注意で遊具から落ちてしまった。それほど高い位置ではないとは言え、ちょうど頭をぶつける形で落ちてしまった為か、数秒経っても起き上がることのない彼を院長は急いで病院へと担ぎ込んだ。
少年は3日3晩目を覚まさず、院長をはじめとする孤児院の仲間に心配をかけさせたが、病院に運ばれてから四日目の朝、ついに目を覚ました。
少年が目覚めた事に気づいた幼馴染の少女が瞳に涙を浮かべながら抱きつく感動的なシーンの最中で、彼はこう言った。
“…思い出した………”と
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時は流れて数年後、場面は川神市内のとある老夫婦宅の台所に移る。コンロの前では女の子がレシピ本を真剣な眼差しで見つめており、その姿を少年が見守っていた。
「ぐぬぬ、やっぱりりょうりってむずかしいわぁ」
「そりゃ包丁の使い方一つとってもえらい違いがあるからな、院長先生が作ってるのを手伝っていたとはいえムズいだろうな」
「でもたっちゃんはとってもうまいじゃない、あたしおんなとしてじしんなくしちゃうわ」
「そんな言い回しどこで覚えやがったんだ、ったく」
まな板の上の人参をおぼつかない手で刻みながら話す少女と、憮然としながらもさり気なく手元を気にしている少年。二人はいつも世話になっている老夫婦の為に肉じゃがを作ろうとしていた。
「おい一子、そろそろじゃねえのか?」
無愛想に告げる少年が向ける視線の先には今にも吹きこぼしそうな鍋。
「うわわわ、おなべがふいてるわ!」
慌ててコンロの火を落とした少女は、一息ついてレシピ本を再度確認する。先程から少女がレシピ本を読んだ回数はもはや片手で足りないほどだ。慌てながらも手順を確認する姿勢は褒めたいが、この様子では一向に進む気配がない。
「やれやれ、こりゃ先が思いやられるぜ…」
少年…源忠勝は幼馴染の少女、岡本一子の挑戦を見守っていた。やけに大人びた表情からは一見やる気を感じさせないが、おっかなびっくりの一子を見かねて度々フォローを入れている。一動作ごとに腕を止める一子であったが、忠勝のフォローもあってか今のところ順調に調理を進めている。
「次、下準備が終わった食材から鍋に入れろ。勢い良く入れると湯が跳ねるから気いつけろよ」
「わかったわ、そーっと、そーっとね!」
「…いや別に一切れずつ入れろってわけでもないんだがな」
「…えへへ」
「しばらく煮たら次は味付けだ、分量は測ってあるから大丈夫だろうがな。……砂糖と塩を間違えた時にはヒヤッとしたぜ」
「だってどっちもしろいんだもん。みただけじゃわかんないよ!」
「……まあそりゃそうだがよ、漫画じゃあるまいし…」
「…えへへ」
…誤魔化し笑いも慣れたものである。ちなみに調味料に関しては、平然と砂糖を取り出した一子を見た忠勝がため息混じりに適量を測った。
「ごめんねたっちゃん、わたしぶきようだから…」
頭の上にしゅんと垂れた犬耳が幻視できるような落ち込みように忠勝は思わず苦笑する。一子は感情をストレートに表すため、今回の料理作戦を提案した時の一子のテンションを知っている忠勝はさり気なく一子を持ち上げた。
「気にすんな、むしろその年で肉じゃが作ろうなんて誰も思わねえよ」
「…たっちゃんもおないどしなのになぁ」
「あー…まあそこは色々あったんだ…察せ」
「?」
言葉の意味がよく分からないと言わんばかりに、頭の上に疑問符を浮かべる幼馴染を見やって、忠勝はため息を一つ吐き出した。
目の前の彼女と同じく孤児院出身で、現在宇佐美代行センターにて生活する、源忠勝少年。
その実中身は大学二年生の青年であった。
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死んでしまったらどうなるのか?普通の人間ならば分からないと即答するであろうこの質問に、俺は応えることができるだろう。なんなら死因もおぼろげながら説明できるはずだ。
大学二年の夏休み、部活も終わり友達と別れて一人帰路についた俺に、なんの脈絡もなく唐突に襲いかかった鉄の塊からの少女救出イベントが“前の”俺の最後の思い出だ。
“次に”気がついたら、ぼやける視界と慌ててこちらに駆け寄る女の子、頭に流れる“今の”俺の記憶。そのままブラックアウトした俺は、とある事実に気がついた。“俺、転生してるわ”…と。
そこからなんやかんやで色々あって、記憶のせいで院でちょっと浮いた俺に構おうとする幼馴染…一子を追い払い、挙句泣かれ、慰めて、年少組から年中組になり、仲間も減って、一子を慰めて、年長組になろうという時、一子の里親が決まった。
グズグズ泣き続ける彼女を叱咤激励しつつも撫で続け、老夫婦に頭を下げて“このバカをよろしくお願いします”と送り出したのはいい思い出だ。
俺はというと宇佐美というちょっとダウナーな感じの男の所で世話になる事になった。
「今日からお世話になります、源忠勝です」
「おうおう、見た目と違ってまともじゃねぇか。俺は宇佐美、よろしく頼むぜ忠勝」
「こちらこそよろしくお願いします」
「あー、早速なんだが忠勝…これ以降敬語禁止な、これ家長命令だから」
デスクチェアに腰掛けた宇佐美は、敬語を聞いて嫌そうに顔を顰めた。初対面の印象を悪くしないように気を使ったのだが、確かに小学生にもなっていない幼児が敬語を使うのは逆に気持ち悪いだろう。
「わかりま…わかったよ、俺もこっちのほうが性に合ってる」
「お、やっぱり素はそっちか。将来的には俺の仕事継ぐことになるんだ、ビシビシ鍛えてっから、そこら辺よろしくな」
シャドーボクシングをしながらニシシと笑う男は、どうして俺の面倒を見てくれるのかという質問にあっけらかんとこう答えた。
「ここらで善行積んどかないと、俺も色々やり過ぎたからなぁ」
本名を宇佐美巨人というこの男は、名は体を表すと言わんばかりに体格に恵まれ、昔はそこそこヤンチャしていたらしい…というか現在進行形でキャバ嬢と遊んでいる。
彼の本業は代行業で、裏側に位置する親不孝通りといういかにもなネーミングの所に位置する宇佐美代行センターで、キワモノ揃いの職員と共にそれなりに稼いでいる。
職員は一芸に秀でているものも多く、ちょっと普通とは違う人たちではあるものの皆いい人であった。
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“前の”俺の平坦な人生とは違い、しょっぱなからめまぐるしく変わる環境は、まだ数年しか生きていない俺にとっても刺激的だ。
鏡の前でヒゲを生やそうか検討する“親父”にツッコミを入れつつ、俺は川神という新たな生活の場で日常を過ごすことになった。
どんなものでも書き始めが一番難しいですよね…
構成は出来ても手紙にしろメールにしろ筆が進みません
これから精進してまいりますので宜しくお願いします!
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俺と親父と時々一子
宇佐美代行センターで世話になってからしばらく、俺は川神に慣れるために散策をしつつ、ちょくちょく一子の様子を見に行っていた。一子が引き取られた岡本家のばあさんは気のいい人で、俺としては特に心配などはしていなかったが、顔を見せないと一子の機嫌が悪くなるのだ。
「あら源くん、こんにちは。今日もわざわざありがとねぇ。」
玄関のチャイムを押して数秒後、眼鏡をかけた優しい顔立ちのばあさんがガラガラと引き戸を開けて出迎えてくれた。このばあさんこそ一子の新しい里親であり、この川神では割と名の知れた存在であるとは本人の言だ。
「こんちは……別に俺は好きでやってるんで。ところで一子いますか?」
「一子ちゃん、今日はどうやら河川敷であそんでるみたいだねぇ…最近仲の良い友達が出来たってそりゃあ喜んでいたよ」
ばあさんは少し残念そうに告げた。どうやら一子は他の友達と遊びに出ているらしい、少し引っ込み思案な所が気がかりだったが、一子なりにうまく馴染めてるみたいだ。
「そっすか、そりゃ良かったっす」
「…源くんもうかうかしてられないかもねぇ、お友達は男の子らしいわよ?」
「いや、俺にとってアイツは手のかかる妹みたいなもんなんで…」
うふふ…と少し意地悪な笑みを浮かべるばあさんには悪いが、俺にとっては本当に妹みたいなもんなのだ。“前”では従姉妹しかいなかったから尚更猫可愛がりしているような気さえする。新しく出来た友達が男だというのなら、むしろ兄としてその人間性をチェックせねばなるまい…
「ふふ…源くんは年によらず大人びてるんだねぇ…」
「よく言われるっす」
「まあ折角来てくれたんだし、一つこの婆の話し相手にでもなってくれないかい?一子ちゃんが居ないとこの家も寂しくてねえ…」
「あー…じゃあ、お邪魔するっす」
“そうかい、そりゃあよかった…”とニコニコしながら玄関に入っていくばあさんを追いかけて、俺は岡本家に邪魔することになった。
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あれから縁側でお茶を頂きながら、ばあさんと今の川神院の総代は孫に手を焼いてるだの、小笠原の家のくず餅がおいしいだの他愛ない会話をした。
一子が帰ってきたのは既に夕暮れ時に差し掛かった頃だった。彼女は縁側にドタドタと近づくと、俺を見つけるやいなやご丁寧に元気な挨拶をくれた後、今度は熱心に件の新しく出来た友達の話をした。
なんでも多摩川の川辺を散歩していたら、たまたま遊んでいた二人と意気投合したらしく、すぐに仲良くなれたらしい。
新しく出来た友人は二人共男で、すごく足の速い男の子と、ちょっと話し方がおかしいけどすごく頭の良い男の子……だそうだ。一子曰く
「キャップはすごいのよ、いろんなあそびをしってて、あしもはやくて、ヒーローみたい!」
「やまとは…やまとはすごくあたまがいいんだけど、はなしてることばがよくわからないのよ…あたくがわ?とかなんとか…」
一子は二人の事をそれは嬉しそうに話している。その姿を見て、娘が親離れしていく気分を味わったのはここだけの話だ。
「何にせよ友達が出来たのは良かったな、一子。そいつらとは仲良くやっていけそうか」
「うん、こんどたっちゃんにもあわせたいな!」
「俺は別にいい。どうせ川神に住んでんだからもしかしたら合えるかもしれねえしな」
「でもあたし、たっちゃんともあそびたいわ…」
またこれだ…一子は感情を全身で表してくる。良くも悪くも正直なのは分かっているんだが、垂れた犬耳としゅんとした尻尾が見えてきそうだ。
「ぐっ…そんな目で見つめてくんなよ……
わかったわかった、今度予定があったらそいつ等を紹介してくれ、俺も少しは気になるからな」
「うわーい、やったわ!じゃあらいしゅうにでもかわらにしゅうごうよ!」
「現金な奴め、急に元気になりやがって…」
「はいはい、源くんも一子ちゃんもそこまでにしておきなさい、もう遅くなっちゃうわ」
一子と話していたら時間の経過を忘れていたようだ、春先とはいえそろそろ暗くなる時間帯、急いで帰って晩飯の支度をせねば、我が宇佐美代行センターから餓死者を出してしまう羽目になる。
「そっすね、そろそろ帰らねぇとマズい。一子、それじゃあまたな」
「らいしゅう!おぼえておいてね!ぜったいよ!」
「分かった分かった、それじゃおばさん、お茶とかご馳走さまでした」
「ええ、気をつけて帰ってね」
一子は腕を握り、約束を違えたら承知しない!と言わんばかりに来週の約束を強調した。ばあさんはそんなやり取りをする俺達を見て微笑んでいる……結局玄関まで見送ってくれた二人に手を振りつつ、俺は帰路に着いた。
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晩飯時、テーブルにはご飯、味噌汁を始めとしておかず二品、サラダ一皿が並べられていた。仕事を終え、若干くたびれ始めたスーツをぬいだ親父はジャケットを放り投げると、缶ビールのプルタブを開け、音を鳴らして一息に飲み干す。
「くはーーーッ、仕事の後のビールは格別だねぇ」
「親父、ジジ臭いぞ」
「お前もいずれこの苦味が癖になるっての。さて、ここで唐揚げを一つパクっと……おっ、上手いねぇ、また腕を上げたじゃねえか」
「…誤魔化し気味なのが気に食わないが、まあ褒められて悪い気はしねぇな」
「やれやれ愛想のないこった。」
「なにを今更…だな」
「へへっ…そういえば忠勝、おまえ週末になるとちょくちょくどっか行ってるみたいたが、どこに行ってるわけよ?」
満足げにテーブルの上の唐揚げをつついていると、親父がこう切り出した。一子の所に行くのは決まって日曜だ。ここの所毎週のように通っていたから、親父も気には掛けてくれていたのだろう。
「別に親父が気にすることじゃねえだろ、ただぶらついてるだけだ」
「俺としてもこんな物騒なとこにいるわけだから心配の1つや2つするわけよ、紛いなりにも保護者だしな」
確かに親父の言うとおり、この親不孝通りは危ない箇所が何箇所かある。面倒くさいブツを取引していたり、喧嘩っ早い奴らが開いている闘技場なんてのもあるくらいだ。宇佐美代行センター周辺は親父の顔もあってかやや穏やかな方であるが、それでも危ない事にはかわりない。
「…別に変なところに首突っ込んじゃいねえよ」
「いやぁ、お前さんの年頃だとピンク色の看板に惹かれたりするんじゃねぇのか?」
ニヤニヤとこちらに問いかける親父。この年でネオンの看板に惹かれるマセ餓鬼はそういないだろう。寧ろそういったのに気を引かれてるのは親父の方だ。職員の一人の話によると、俺を引き取るまでは毎晩のごとく遊びに繰り出していたとかいないとか…
「しねぇよアホ、そりゃ親父の事だろうが」
「しくしく、息子がもう反抗期に…これじゃ顔向けできないねぇ…」
「誰にだよ!」
いくら俺が金髪不良少年になろうと、顔を向ける相手などいるはずも無いのだが………片手で目を覆い俯く親父の姿は割と様になっている。俺はなぜか親父が将来このポーズを取ることが増えそうな気がしてならなかった。
「まあそれはそれとして、ここら辺がちょいと危ないのは事実だ、お前にはいろいろ教えちゃいるが、面倒くさいことになる前に逃げる事をオススメするぜ」
「んな事は分かってるよ、親父に鍛えてもらってるとはいえ俺だってまだただのガキだからな」
親父にはここいらで生活する為に最低限必要な知識と武力を身につける為の特訓をつけて貰っている。どの区域をどの連中が治めていて、どこそこの裏では面倒な取引が横行してるから近寄らないほうが賢明だとか、厄介な連中の特徴だとか、色々だ。
「いやぁ、ただのガキは3品作ってお出迎えはしてくれねぇだろうがなぁ」
「それは親父に炊事能力がねぇからだろうがよ…」
この男、代行業を生業にしている割には炊事に関しててんで使い物にならない。米を研ぐ、肉を炒めるなどは出来るのだが、大雑把で適当な味付けは大抵塩辛くて食えたものじゃなくなる。本人曰く“コレが酒に合うベストな味付け”だそうだが、それを許していては成人病でお陀仏なので、炊事はもっぱら俺の役目だ。
「ははは、ごもっともで!忠勝クンには頭が上がりませんなあ!」
ニヤニヤと笑う親父は、機嫌良さげに3本目の缶ビールを開けた。
何話かは幼少期メインで書いていきます!
…ウチのゲンさんはこの年で唐揚げを作れるんだぜ
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風来坊と厨ニ軍師
「たっちゃん!はやくはやく!」
週末、昼ごはんを岡本家でご馳走になった後、待ちきれないと言わんばかりに駆け出す一子の後を追いかけて、河川敷へと向かう。
「おい一子前見て走れ、お前何もない道でもすっ転んじまうんだからよ」
「へいきだもーん、そんなこどもみたいな…へぶっ」
こちらを振り向きながら駆ける一子は案の定足元に気を配ることなどせず、他より柔らかくなっていた地面に足を取られる。
「ホラ見ろ言わんこっちゃない…怪我はねぇな」
「うん、ありがとたっちゃん!」
とっさに掴んだ服が伸びて残念なことになってしまったが、この位の年の子供なら服ぐらい破くはずだ、一子は女の子なわけだが…
「んで、お前が遊んでる連中ってのがあそこにいる二人ってわけか」
そうこうしているうちに目的地に到着した。足を止めた一子視線の先では、河川敷の空き地になっている部分で二人の少年が遊んでいた。
「うん!おーい、ふたりともー!たっちゃんつれてきたわよー!」
明るい一子の声に振り向く少年たち。活発な印象を与える俺と同じぐらいの背丈の奴と、その隣でこちらを警戒している若干女顔の奴。一見見間違えそうになるが、一子が言うには彼も男らしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「おうワン子!ついにつれてきてくれたか!」
「!?」
聞き間違いでなければこの少年、いま一子のことを“ワン子”と呼ばなかったか……?確かに一子は感情丸出しで、俺ですらたまに犬耳を錯視してしまうレベルなのは事実だが……うちの妹分を犬扱いをとは。
「キャップ、ワン子が連れてきたとは言えユダンしちゃいけない。ワン子はバカ正直だからダマされてるだけかもしれないぞ」
「おいおい、さいしょっからそんなくってかかってもいいことないぜ?」
「ぐんしたるものゆだんはしない、いついかなるときもてきいにびんかんでなければうらをかかれる、にんげんなんてそんなものだ」
…俺は気付かない所て何かこいつに仕出かしたのだろうか?まるで“勝手に自分の部屋に上がってきた不審者”のような扱いだ。精神年齢は遥かに上のはずなのにイラッときてしまった……落ち着け、俺
「まーたやまとはワケのわからんことを」
「わたしばかじゃないもん!やまとよりはあたまわるいけどサ…」
肩をすくめる少年と気落ちする一子。確かにこの間“カッパの川流れって水浴び楽しいって事だよね!”とかボケかましてたけど…大丈夫だ、あとからきっちりかっちり勉強見てやるからな。少しきつくするつもりだが、料理だって練習を続けられている一子のことだ……そう簡単にヘタれることはないだろう。
「ぶるぶるぶる、なんだかしらないけどいやなふらぐがたったきがするわ…」
「まあそこらへんはおいといて、はじめましてだな!オレのナマエは風間翔一!このグループのリーダーだ!」
「トップが名のったからにはオレも名のらなければ。直江大和、べつにおぼえるひつようはない」
…初対面の相手に対してのあまりの物言いに正直苛立ちを感じた。どうやら肉体に精神が引っ張られているようだな、そうに違いない。子供の言葉遊びだと思わなければならない場面だが、如何せんこの様なつっけんどんな態度を取られてしまっては苛立っても仕方ない。
「…源忠勝、別にテメェの事なんぞ覚える気もねぇよ」
「…チッ」
「あ゛………?」
「…」
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険悪なムードがその場に広がる。ただでさえ強面の忠勝は表情を怒らせ、仕掛けた側であるはずの大和も、若干面白がって様子を見ていた翔一も冷や汗を流し、一子は慌てて震えていた。
「あわわわわ、これってあれだわ!このあいだドラマでやってたシャバってやつだわ!」
「あー…ワン子?たぶんそいつぁシュラバのことだろうよ…」
微妙な顔で突っ込む翔一。こと翔一と一子に関しては、一子のボケによって嫌な空気を打破できていた。直江と忠勝は未だに睨み合ったままではあったが…
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険悪な雰囲気を醸し出した少年を前にして、直江大和は正直焦っていた。彼は所謂中二病という病を早期に発症し、あらゆるものにケチをつけて否定してかかるという厄介な症状をかかえていたのだが、そんな彼も唯一反発しないのが両親であった。
両親の言う事だけは素直に聞く大和だが、今回の状況は母親のある一言が招いたものであった。母親は名を直江咲といい、川神の一部では名の知れたレディースであったのだが、そんな彼女曰く
“いいか大和、自分より強そうな奴とタイマン貼るときは、とにかく自分を大きく魅せろ!”
とのことで、親の言葉だけは受け入れていた直江少年は、今回も教え通り強気の対応で望んだのである。
結果として一子が連れてきた少年、源忠勝は無愛想な顔を苛立たせ、直江少年は内心ヤバイやつを怒らせてしまった…と後悔に塗れているわけだが。
▼
二人の間に現れた一触即発の空間。怒りが顔に浮き出ている忠勝を見た一子は、怒りを沈めるべく慌てて駆け寄った。
「た、たっちゃん…まずは、おち、おちついて、ね?」
「少なくとも俺は落ち着いてるつもりだ」
「ウソよ、ぜったいおこってるじゃない…」
「いきなりああも言われたら普通苛つくもんだろ」
「あう…ご、ごめんなさい」
「別にお前に謝れって言ってるワケじゃねぇ…ハァ」
自分に非はないにも関わらず、まるで自分の失態であるかのように落ち込む一子を見て内心ため息を吐く。一子は自分の紹介で連れてきた事に少なからず責任を感じてるようだ。
こちらも大人気なかったかと思い直して直江の方を見やると、あちらはあちらで風間が駆け寄って何やら話していた。
「だ、だってたっちゃんおこったとこさいきんみてなかったし、いつもこわいかおしてるのにもっとこわいし…」
「“いつも”は余計だボケ」
相変わらず一言余計な妹分には反省を促す意味も込めて容赦なく教育的指導を下す……そこに他意はない。一子は頭をグリグリされる痛みに悲鳴を上げた。
「あいたたたたた、いたい、いたいよたっちゃん、ご、ごめんなさ〜い」
一子の説得(?)もあり、怒りを抱いていた事が馬鹿らしくなった。これが狙い通りだとしたら末恐ろしい事だが、良くも悪くも裏表のない一子のことだ、計算づくの行動ではないだろう。
「はぁ、仕方ねぇ…今回は一子に免じてこちらが折れてやる。おい直江、テメェ俺の何が気に入らねぇのかハッキリ言いやがれ。」
このまま黙っていては埒が明かないので、自分から切り出した。風間と話し終えたらしい直江はこちらへ向き直ると、少し顔を逸らしながら話し始めた。
「…べつに気に入らないところがあるわけじゃない、ただ、ウチの母さんのおしえがそうだっただけだ。おれこじんとしてはオマエに対してさしあたってわるくおもうところはない」
話を聞く限りではどうやら直江は喧嘩を吹っ掛けてたわけではなく、相手にナメられないようにしていただけのようだ。すぐに頭に血が上ってしまった自分が情けなく思ったが、肉体に精神が引きずられているから仕方ない……そういう事にした。
「やまとの母さんはジモトじゃちょっと知れたれでぃーす?ってやつでな!わるいひとじゃないんだけどきがつよいひとなんだ!まあそれとはべつにちょっとコイツがひねくれてるのもあるけどな!」
「……はぁ、しょうもねェ」
「どうせセカイはてきいにみちてるから、あいてがだれであろうとじぶんをよわくみせるわけにはいかないとおもってたんだ、まあ、なんだ、わるかったよ」
「……こっちも子供っぽかったな、あんな煽り一つですぐキレるようじゃまだまだだ」
俺達は互いに歩み寄って握手をした。初っ端から面倒な事になってしまったが、どうにか収まった。こんな事でせっかく出来た一子の友人としこりを残すのも良くないだろう。
「おれたちはまだなんのしりょもないこどもだ、しかたのないことだとおもうがな」
「まーたコイツは偉そうな口を…」
「あはは、やまとのはなしはむつかしいというか…なんかよくわかんないのよね」
…さっきから思ってたが直江の言動は節々が中二病臭いな。こんな幼い頃から発症するとは不憫な奴だ。その期間が長ければ長いほど、黒歴史が増えていく厄介な症状であるから、男なら皆が通る道とはいえ少し同情してしまう。
「まぁまぁ、やまとってちょっとかわってるからよ、そこらへんはうけ入れてやってくれ!」
「ハァ…しばらく退屈しそうにねぇなぁ…」
「これってつまり…ふたりはなかなおりできたってことでいいのかしら?」
「ああ…これからオレはおまえのことをゲンと呼ばせてもらう」
「じゃあおれもゲンさんって呼ぶことにするぜ!」
「…まあ、よろしくな、風間、直江。」
「ほっ、けっかおーらいってやつね、よかったわ」
それから俺達は4人で日が暮れるまで遊び続け、多摩川が夕日に染まるまで親睦を深めた。出会いこそ一悶着あったものの気の良い奴らで、一子がすぐに友達になれたのもわかる気がする。
遅くまで遊んでいたせいで若干帰宅が遅くなり、余裕もなかったので今晩の夕飯は一品減った。
その事を巨人が嘆いたのはまた別の話…と言うか、冷や奴ぐらい自分で作れ。
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出没!アド街ック川神-親不孝通り編-
川神は景観に恵まれた風光明媚な土地であり、古き良き街並みを残しながらも郊外には一大工業地帯を抱える活力ある街である。昔ながらの風情豊かな商店街には活気が溢れ、頑固なオヤジが店主を務める古書堂など訪れてみれば、どこか懐かしい匂いを感じることが出来るだろう。
この街の名所の一つである仲見世通りには古くからの名店が軒を連ね、その一つである甘味処の久寿餅などは非常に美味である。勿論それ以外にも語り尽くせぬほどの魅力に溢れながらも、観光客を惹きつけてやまないのは、やはり何と言っても武の総本山、仲見世通りの先に悠然と構える“川神院”だ。
“川神院”…武に心得のある者ならば誰しもがその名を恐れ、知らぬ者がいない程の傑物の集う武人の巣窟。現在総代を務める川神鉄心は日露戦争以前から生き続ける武の化身であり、“壁超え”クラスの強さを誇る。息子夫婦は武者修行に出ているものの、孫はこれまた数百年に一度の才を持つ傑物である。師範代は努力の天才ルー・イーと、有り余る才能を持て余す釈迦堂刑部。勿論二人共“壁超え”の実力者達であり、武の総本山の屋台骨を支えている。寺院では修行僧達が日夜鍛錬に明け暮れており、見学に行けば闘気あふれる稽古風景を見ることができるだろう。
川神院の存在を受けてか元からそういった者たちが集う場所であったのか、川神には武家の血を継ぐ者達が数多く暮らしており、地域の住民も活力ある逞しい人々が多い。所謂アウトローな連中が集う川神の裏側、親不孝通り周辺であってもその気概は失われること無く、青空闘技場では毎夜のように決闘が執り行われており、周辺住民は子供達に至るまで血気盛んな者が多い。
さて長々と前書きを書いた所で話は再び源忠勝の日常に戻るわけだが、宇佐美代行センターで厄介になっている忠勝少年の生活の場は当然のことながら親不孝通りである。年の近い子供達もまた当然のように血気盛んな連中が多く集まっており…
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「おうコラ忠勝ゥゥゥ!居るのは分かってんだ!とっとと出て来いやあァァァ!」
最近土曜日になると決まって宇佐美代行センターに怒鳴り込んでくる奴がいる。彼の名は板垣竜兵、通称竜。親不孝通りでは名の知れた板垣一家の長男坊だ。
「るっせーんだよ竜!このタコ!そこで首洗って待ってやがれ!」
「やれやれ、お前さんたちもう少し穏やかな遊びの誘いは出来ないもんかねぇ」
俺達の間で繰り広げられる怒号混じりの応酬に、ソファに寝そべっていた親父が、二日酔いの頭をかきながら起き上がる。現在朝の8時。周辺住民もさぞ苛ついていることだろう。
「アイツがアホみたいに叫ぶから仕方ねぇだろ、ったく…こんな朝っぱらから良い迷惑だぜ、ホント」
「くくっ、ここいらの住民なんて大概あんなもんよ。ま、怪我しないように遊んできな…って無理か」
無理だ。
あいつは例によって喧嘩っ早い男で何かと暴れて回っているから、生傷が耐えたことがない。故に、付いて回れば怪我をしないことなどありえない。
「甚だ不本意ながらアイツと遊んで怪我しなかった覚えがねぇ」
「やれやれ、青春だねぇ…」
「こんな傷だらけの青春はお断りだ!」
「…年取るとそれがまあ大切な思い出になるってぇ訳だ。忠勝、今日も“アイツ”んとこで世話になるのか?」
「ま、あいつ等とつるむ日は大体泊まり込みだからな、悪いが親父、晩飯は自分で調達してくれや」
ソファから聞こえてくる“え、そんな殺生な…”という悲痛な叫びを流しつつ、俺は玄関に向かって歩きだした。
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「ようやく出てきやがったか、おせーんだよ!」
竜は肩まで伸ばした黒髪を怒らせながらも笑いながら近づいてくる…無駄に高度なテクを出会い頭に見せつけつつ、怒鳴り声をあげた。
「朝っぱらからうるせーんだよこのアホ!親しき仲にも礼儀ありっつうだろうが!」
親不孝通りの連中は荒い性格の奴が多いが、この竜兵は特に危ない男だ。なにせ、初対面からいきなり殴りかかってきたバイオレンスな奴を俺はこいつ以外知らないからな。前世含めて。
「したしき…?こむずかしいことはいいんだ、んな事よりはやいところ行こうぜ」
「つったってどこに行くってんだよ、また殴り合いなら俺は帰るぞ」
「きょうはちげぇんだよ!まつりがあるんだ!」
いつもは殺伐とした目をしている癖に、こういう時だけは歳相応にキラキラと輝かせていやがる。まあそういう時は大抵ロクなことが無いが…
「ったく、分かった分かった、腕を引っ張んじゃねーよ」
「あー、わくわくするぜェ!ひさびさのまつりだからよぉ」
竜の話によると、今日はここらで一番強い男が久々に決闘を行うらしく、竜にとっては他の連中の試合は腑抜けてて面白くないんだそうだ。無駄に力の強い竜に腕を掴まれながら、俺達は青空闘技場へと向かった。
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青空闘技場は親不孝通り周辺の治安の悪い地域の中でも、特にひらけて人の集まりやすい場所に位置している。
そこいらに住まう住人の中でも、我こそはという奴らが勝手に集まって、勝手に決闘をして、野次馬共が勝手に賭け事をするのが日常となっているこの場では、今日この日は異様な熱気に包まれていた…
治安の悪さを表したような荒れたリングの片側では、ついさっきまで決闘を勝ち残ってきた男(…先程まで竜兵が騒いでいた男だ)が血の海に沈んでいた。
別に流血沙汰なんてしょっちゅうの事だから、皆が気にしているのはそこではない。
問題は…
「あーあ、裏で一番強いっていうからどんなもんかと思ってみれば、こりゃ期待はずれですわ」
この滅茶苦茶ガラの悪い男だ。確か名前は釈迦堂。
開幕直後に圧倒的な実力差で相手を叩き潰すと、起き上がる間もなく追撃を重ね、わずか数十秒の間にのしてしまったのだ。一瞬の出来事で、試合開始まで動物園のように騒がしかった闘技場は、まるで通夜会場のように静まり返っている。
「やれやれ、たまの息抜きにはと思って抜け出してきたってぇのに、これじゃ興醒めもいいところですわ、帰って爺に小言もらうだけで損ですな、こりゃ」
そうボヤいて闘技場を立ち去る男を、住人達はただ呆然と見送った。それもそうだろう、あれだけの力量を見せつけられれば誰だって動けない。
「なんなんだ…あの男は」
あの男の拳に一瞬黒い炎のようなものが纏わりついたのが見えた次の瞬間には、もう勝負がついていた。何を行っているのか自分でもよく分からないが、あれは表すなら“前”でよく読んだ漫画みたいな技だった。
…川神院の存在と言い、この世界の戦闘力ってバグってインフレしてるんじゃねぇだろうか。
「おい、竜、もう帰るぞ」
「…」
隣で呆然としている竜兵に言葉をかけたが反応がない。おそらく皆と同じで今見た光景が信じられないのだろう。こいつは基本的に他所から来たやつを甘く見る節があるからな。俺の時もそうだったが。
「しゃあねぇ…オラ竜!目ぇ覚ませや!」
静まり返った場に張り手の音が響く。
「ってぇなこのヤロー!はたくことはねぇだろうが!」
「うるせぇ、いつもアホみたく騒いでるくせに急に静かになってんじゃねェ!帰るぞ!」
「チッ…わーったよ、アミ姉きれるとやっかいだしな」
叩いてから数秒後、猛烈に食って掛かってきた竜兵を促しつつ、俺達は未だに奇妙な雰囲気の闘技場から抜け出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
“しかしさっきの男マジ強ェよな、どうなってんだありゃあ?”“お前にはあの黒いの見えたか?”等と、先程の異様な戦いについてあれこれ言い合いながら、俺たちは帰り道を歩いた。竜兵の家は工業地帯の近くで、排ガスにまみれた地区を抜けるので正直ちょっと臭い。
「アミ姉、タツ姉、かえったぞ」
「お邪魔します、亜巳さん、辰子さん」
「竜ちゃん、源ちゃん、おかえりー」
ガラガラと音を立てて引き戸を開ける。板垣家では料理が当番制で、今日は辰子さんの番のようだ。台所からのんびりした声が響いて来た。
「すんません、またお邪魔しますんで」
「良いよー、きにしないで。もっときがるにうちに来てくれていいんだよー?」
台所から顔だけだしてニコニコしているこの少女は、板垣家二女の板垣辰子さん。青めの髪をロングにしていて、性格はとてもおおらかで、竜兵と双子と聞いた時には思わず耳を疑った程だ。
「うす、今度また何か持って来ますから」
「もう…源ちゃんてば、さいしょにあそびに来てからしばらく経つのにまだかたいんだからー」
「すんません、性分なもんで…」
「やれやれ、アンタも頑固だねぇ」
居間の方から女性がもう一人…彼女は長女の板垣亜巳さん、両親が蒸発したこの家の実質的な長で、荒くれの竜兵ですら彼女には逆らわない。彼女は竜兵すら恐れるほどのサド気質なのだ。一度ブチ切れたとこを見たことがあるが…正直思い出したくない。
「あ、亜巳さん、お疲れです」
「どうやらまた竜がお世話になったみたいだね、一応礼は言っとくよ」
「いえ、好きでやってるんで…亜巳さんは仕事どうっすか?」
「どうもこうもないよ、あのクソ野郎こき使いやがって…
“庭の草むしり”とかこのアタシにやらせるんじゃないよ!」
“虫はうっとおしいし、腕はカユくなるし、いいこと無しさ!”とぼやく亜巳さん。
「ははは、まあ代行業なんてそんなもんっすよ」
「雇ってもらってるとはいえ、流石にそんなことまでさせられるとはねぇ…ま、夜の仕事よりは楽で良いけどサ」
実は彼女は宇佐美代行センターの従業員の一人だ。俺が紹介したんだが、親父曰く“彼女に攻められたらだすもん(金)だしちゃうねぇ”との事だ。どういう意味だよ。
「アミ姉、きょうはシゴト先でお野菜貰ってきてくれたんだよー、おかげで今日はてんぷらなんだー」
「お、マジかよ、こりゃ天のやつとうばい合いだな…タツ姉、肉はねぇのか!?」
「野菜があるだけありがたく思いな!」
「そりゃーそうだけどよぉ、あーあ、肉がくいてぇぜ…」
「ったく、今度差し入れしてやっから、それまで我慢しとけや」
「ホントか忠勝!よし天ぷらくってっていいぞ!」
「…はぁ、呆れるほど現金な奴だねぇ…おい忠勝」
「なんすか」
「うちの事に構ってくれんのはありがたいけど、あんまり頼りすぎるのもシャクなんだよ…お前は大丈夫なのかい」
「アミ姉はなんだかんだいって源ちゃんきにいってるんだよねー」
「うるさい!アンタはさっさと天ぷら揚げる作業に戻りな!」
「…ありがとうございます、亜巳さん。こっちは普通にやってるんで、大丈夫っす」
「…フンッ、あんた年の割に子供っぽくないからねぇ、あのクソ野郎に何かやられたらウチに来るんだよ?」
「あのアホ親父もなんだかんだいって親やってくれてんで、今んとこ大丈夫っす」
「…そうかい、まあ別に気になるわけじゃないけどね」
「アミ姉ってやっぱツンデr……ぶるォ」
竜兵に亜巳さんの鋭いボディが突き刺さる。この板垣一家、ここいらで名の知られる理由の一つが、その戦闘力だ。誰に師事するでもないのに個人の能力がずば抜けて高い。先程の一撃も照れ隠しにしちゃあ威力があり過ぎる…くわばらくわばら。
「…オイ!忠勝じゃねーか!よく来たなコルァ!」
「おっと…よう天、また世話んなるぜ」
威勢のいい声とともに飛び込んで来たのは三女、板垣天使。名前の読みはエンジェルだが、そう呼ぶとキレる。その胸は平坦である。これも言うとキレる。
「別にいいけどよぉ、ウチの取り分パクるんじゃねーぞ!」
「わーってるわ、…ったく、おめえはテンション高ぇと暴れて仕方ねぇから、晩飯出来るまでストファイでもやるぞ」
天使はゲーマーで、板垣家唯一のゲーム機とテレビを独占している。以前はガンシューティングに熱を上げていたが、最近では格ゲーにハマっているらしい。バトルスタイルは持ち前の野獣じみた超反応を生かしたガーキャン浮き攻めスタイルだ。…この年からこの様子だと、将来が心配になってくるぞ…
「マジで!いいのか?」
「亜巳さん疲れてるし竜兵は沈んでるしな、俺の相手でもしてくれや」
「おっしゃ、ウチはザンギュラ(※厨キャラ)な!忠勝は使うなよ!いいな!」
「へいへい、さっさとやろうぜ…」
こうして板垣家での騒がしい一日が過ぎていく…この後天ぷらの奪い合いで天使、竜兵、忠勝の壮絶な戦いがあり、亜巳が三人に雷を落としたのはご愛嬌だ。
亜巳さん、あんたカタギになっちまいなよ
ってわけで、夜の女王から一転、サドっ気はあるけど何だかんだ面倒見のいい姉御職員になりました…あれ?
あ、薬○印の新名物とか特に無いです
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ファミリーの立ち上げと日曜集会
一子、翔一、大和、忠勝が友人の間柄になってから時は経ち、いよいよ小学校に入学する運びとなる時期が近づいてきた頃、我らが宇佐美巨人は平日の朝早くからとんでもない爆弾を放り込んだ。
「わり、忠勝!小学校の入学書類間違えて提出しちまった!」
「へー、そうかよ」
「…」
「…」
「……は?」
「いやー、新しく開拓した店の姉ちゃんが朝まで離してくれなくてよ、寝不足でボケッとしてたんだわー」
朝食の玉子かけご飯を食べつつのんびりと味噌汁を啜っていた俺は、目の前で呑気に笑っている親父の放った、今年一番の問題発言を数秒かけてようやく飲み込んだ。
しかし入学申請の書類ミスか、このダメ男は何をしでかしているんだろうか。俺は別に構わんが、そのことを知って絶対に泣く奴に心当たりがあるんだが…
「…仕方ねぇ、一子んとこ行くか…」
そうと決まれば行動に移さなければ。早いうちに言っておかないと面倒くさい事になるのは確実だ。俺は急いで飯を食べつつ今日の計画建てをすると、居間を後にした。
「あれ?無視?無視なの?ねぇ?源忠勝くーん!?」
「やれやれ、どうやって切り出そうか…」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「って訳で、悪いな一子、どうやらお前とは違う学校になるぞ」
「え゛ぇーーー!?そんなぁ…………たっちゃんがいないと寂しい…」
いつもの面子で河川敷で遊んでいた俺は、日も落ち始めた夕暮れ時、解散前にそのことを打ち明けた。案の定一子はみるみる暗い顔になって顔を伏せる…直江も風間も何か言いたげな顔をしている。
「捨てられた犬みたいな目すんなよ…そろそろお前も一人で平気だろう、風間も、直江もいるんだ。大体日曜は普通に遊べるじゃねぇか」
「それでもいや!たっちゃんもいっしょじゃなきゃいやなの!」
まあ孤児院の頃からずっと一緒にいた訳だから、一子にとっておれは家族みたいなもんだろうし、俺も妹のように思っている。
だがこれはチャンスかも知れない、一子は俺に依存している所がある。これからの一子にとって俺が重石とならない為にもまたとない機会だ……だからと言って親父には感謝しかねるが。
「はぁ………一子、良い機会だよく聞いとけ。生きてりゃ別れってのは当たり前なんだよ、今回はたまたま急だっただけだ。」
「……」
「これっきりって訳でもねぇ、週末にはどうせ合えるからよ、そん時にでもお前の学校での武勇伝を聞かせてくれや。」
「でも、たっちゃんにおしえてもらわないと、わたしりょうりもおべんきょうもできない…」
「料理は婆さんが上手いんだ、見て盗め。勉強は少し不安だが、直江に見てもらえ。あいつは少しばかり弄れてやがるが、頭は悪くねぇから。」
「………」
頭でわかっていても、感情は抑えられないみたいだ。そりゃそうか、一子だってまだ子供だ。自分にとって一番近い存在が離れていくのは嫌に決まっている。
「それでも寂しくなったら、いつでも呼べ。別段余所の土地に行くわけじゃねぇ…手が空いてたら直ぐ行ってやるからよ」
「…うん」
「って訳だ、風間、直江、テメェ等も聞いてたな?俺の妹分をくれぐれも宜しく頼むぞ、泣かせたら殴る。」
真面目な話だと分かっていたのか、口を挟まなかった二人は子供ながらに神妙な顔つきで近づいてきた。
「そりゃあもちろんだけど…せっかく、メンバーもふえてこれからだってのによ」
「であいとわかれはひょうりいったい、じんせいはつらいものだ、がまんするしかないだろう」
「フン、頼もしいこったな…一子、俺はお前の強さを信じてるんだ、まさかヘタれたりしねぇよな?」
「……ッ!」
気持ちの切り替えが出来たのか、一子はパンッと頬を叩いて気合を入れた。先程の落ち込み様など見て取れないほどやる気に満ちた表情を浮かべ、堂々と宣言した。
「よし、きめた!わたしりょうりもおべんきょうもずっとずっとすごくなって、たっちゃんがじまんできるくらいになるわ!」
「…ああ」
「がっこうでもいっぱいともだちつくって、たっちゃんをおどろかせちゃうんだから!」
「ようやくいつもの調子に戻ったな、一子。いい報告待ってるぜ」
「うん!」
「なんかドラマのシーンみたいだけど、とにかくゲンさん、ワン子のことはおれにまかせろ!」
「キャップだけだとどくそうしてしまう、ここはおれにもまかせてもらおうか、べんきょうもおれがしっかりみる」
「お前等…悪いが任せたぞ」
「へへっ、いいってことよ!おれたちはなかまなんだからな!」
「なかまのためならてをかすのもわるくない。どうせじんせいはしぬまでのひまつ…」
「そうだ!おれたちでファミリーをつくろうぜ!その名も風間ファミリー!つよそうだろ!」
「…おれのきめぜりふ…」
唐突にテンションを上げて語りだす風間。その横で直江は見せ場を潰されて意気消沈しているが…
「いいわね!わたしたちでチームをつくったらだれにもまけないわ!」
「おまえそれ絶対今やってるマフィア系戦隊ヒーローの影響だろ…」
風間が多分に影響を受けているだろうそれは、日曜の朝8時放送開始のヒーロー戦隊モノだ。リーダーが腕に巻いている赤いバンダナが今の子供達のトレンドとなっている。
「こまけぇことはいいんだよ!もちろんリーダーはキャップたるこのおれだ!」
「そしきにはさんぼうやくはひっす…おれがファミリーのぐんしをつとめよう」
「わ、わたしは?」
「ワン子はマスコットだ!」
「えー!ひどいわ!もっとほかにないのー!?」
「ないッ!」
「ガーン…」
風間も思い切りが良い奴なので、一子の意見はスッパリ断ち切られた。まあマスコットも立派な役割だと思うぞ。
「ゲンさんはおれのみぎうでな!ふくくみちょうだ!」
「なんか色々混ざってる気がするが…まあ良い、手の届く範囲でテメェ等の面倒見てやるよ」
「よっしゃ!風間ファミリーたちあげだ!」
「「おー!」」
「……おう」
夕焼けで赤く染まる世界の中で、俺達の風間ファミリーは産声をあげた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ってな訳で、ちょいと一子を泣かしちまったが、あいつ等とはこのままうまく付き合っていけそうだ」
場所は移って宇佐美代行センター事務室。親父と俺、亜巳さんは事務作業を終えて一息ついている所だった。既に事務所には他の職員は居らず、俺たちは親父のデスクを取り囲んで会話に花を咲かせていた。
「…フーン、仲が良くて結構な事だねぇ」
「ちょっとまて、感動的なシーンで悪いんだが、これって俺悪役じゃね?もうすっごい罪悪感感じちゃうんだけど!?」
お決まりの片手で目元を抑え、天を仰ぐポーズ。悲壮感漂う姿だが、今回ばかりは全面的に親父が悪い。結果的には良い方向に働くだろうが、俺の妹分を泣かせた罪は重い。
「子供の入学書類ミスって友情ぶち壊そうとする奴は悪役でいいだろ」
「…だな、確かに俺の不注意が原因だからよ、そこは申し訳なく思ってんだが……いやホントよ?」
「まあ一子もそろそろ兄離れする頃だったし、丁度よかったんじゃねえのか?…親父のことは許さんがな」
最後の一言は嫌味を込めた。
何度も言うようだが、俺の妹分を泣かせた罪は重いのだ……親父は胸を抑えて更に重い雰囲気を纏い始める。
「グサッとくるからやめてくれ、親はいたわるもんですよー…」
「ま、親父のメンタルはさておき、これから日曜はあいつ等と遊ぶ決まりになってるからよ、今までとさして変わらねぇが、もしかしたら岡本さん家で世話になるかもしれねぇから、覚えといてくれよ」
「うう、息子が冷てぇなぁ…亜巳、お前もなんとか言ってやってくれ、これ社長命令な。」
「全く、見下げ果てたクソ野郎だねぇ、アタシに言わせてみれば可哀想なのはこんなんが保護者であることだよ…忠勝、これからウチで寝泊まりしていきな。」
「ぐふっ」
最後のひと押しを叩き付けられ、もはや床に蹲る程落ち込んだ親父を、まるで豚を見るような蔑んだ目で見ながら亜巳さんが誘いかけてきた。
「まあこんなまるでダメなおっさん、略してマダオでも一応は親なんで…」
「やれやれ、義理堅い事だねぇ」
「もうやめて!俺のライフはゼロよ!」
悲痛な面持ちで訴える親父はどこからどう見てもまるでダメなおっさんで、夜遊びは控えた方がいいという事を全身で表している辺り反面教師としては優れていると思う。
「ま、仕方ねぇから今晩一品減らすだけで許してやる。亜巳さんも食べてきますか?」
「いや、アタシは良いさ。家で待ってる奴らも居ることだしね。天が寂しがってたから、暇があったら遊んでやっておくれよ」
俺が板垣家に遊びに行く時はたいてい竜兵がブチ込みにくるパターンが多い、最近では鳴りを潜めていたから必然的に板垣家にお邪魔する頻度が下がってきていた。
「竜と最近闘りあってないんで、そろそろアイツが襲ってくるとは思ってたんですがね、今度こっちから出向きますよ」
「そうしとくれ、辰も喜ぶ」
「息子も、自分の会社の従業員も無視する…俺はもうマダオなんだ…オジサンなんだ…」
誰も相手してくれなくなったので、いじけて床にうつ伏せになって“の”の字を書く親父。拾ってもらった身分で言いたくはないが、親の威厳とは何だったのか…
「やれやれ、雇い主がこれじゃ仕事にならないねぇ」
「もうなんか、ホントすんません」
「ま、今日の分はとっくに終わってるから楽なもんさ…源、アタシは先に帰るから、この穀潰しを明日までに何とかしといておくれよ?」
「はい、明日には仕事が出来るまでにはしときますんで。お疲れでした」
こちらに背を向けながら手だけを振る亜巳さん…その背中は親父よりよっぽど威厳にあふれていた。
親父に盛大なトラウマを植え付けた忠勝、これを機に巨人は店巡りを控えるようになったとかならなかったとか…
集会は金曜じゃないかって?金曜は学校があるせいで遅くまで遊べないからね、仕方ないね
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多摩川河川敷の乱とゲーマーの集い
多摩川の河川敷にじわじわと蝉の鳴き声が響き渡る。青々と繁った木々の木漏れ日が眩しい今の季節は夏…買ってきたアイスがすぐに溶けるほど暑苦しい日差しの中4人で遊んでいた俺達は、珍らしい来訪者を出迎えていた。
「風間翔一!オレとけっとうしろ!」
「…」
威勢よく殴り込んで来たのは、どこか竜と同じような雰囲気をした体格の良い少年と、少し申し訳なさそうにこちらに頭を下げる小柄な少年の二人組……彼らは最近学校で調子に乗っている風間をちょっと傷めつけに来たらしい。
「おい風間、オメェ向こうの学校で何やってんだよ」
「べつにおれはなにもしてないぞ!」
「あのふたりはきょねんまでクラスのちゅうしんだった島津岳人と、そのゆうじんの師岡卓也だな、島津のほうはケンカがつよいことでゆうめいだ」
鼻息荒くこちらに挑んできているのが島津、その後ろで困り顔を浮かべているのが師岡…だそうだ。あまりにも対象的なタイプだが、あれはあれで上手くやっているみたいだ。師岡も媚びへつらってる訳ではなさそうだし。
「そんな人たちがなんでキャップにいどみにきたの?」
「どうせ人気者の座を奪われた逆恨みだろうよ…風間はどうせ学校でもモテてるんだろ、違うか?」
「まあひていはしないでおこう。キャップはいわゆるイケメンだからな、おんなうけもいい」
まあ子供のうちなんて大した理由じゃなくても喧嘩するものだろう。竜兵なんてホントにどうでも良い事で殴りかかってくるし…いや、アイツは別枠か。あいつの頭の中は、悲しいかな風間より短絡的だ……辰子さんと双子の姉弟だと言うのが未だに信じられない位には。
「たしかにキャップはかっこいいし、あしもはやいものね、アタシもまけてられないわ!」
最近走り込みを頑張ってると言ってたが、一子の目標は風間か…風間は自由奔放なその性格を体現するかの如く足が速い。遊んでる最中に気を抜くと俺ですら抜かれる位だ。まあ、気を抜かなければ勝てるが。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔一達が突然の訪問者について話し合っていた頃、挑戦者の島津岳人とその友人、師岡卓也もまた顔を寄せて話し合っていた。
「おいモロ、あいつらのなかまにあんなつよそうなやつがいるなんてきいてないぞ」
学校では風間、直江、岡本の三人組でつるんでいる様子がよく見かけられ、岳人も卓也も別枠でもう一人メンバーが存在している事は想像していなかった。
「ボクだってしらないよ!てかいきなりついてこいっていわれてきてみれば、けっとうってなんなのさ!」
「さいきんアイツはちょーしのってやがる!このオレをさしおいてナマイキだから、アイツのはなをおってやるためにきたんだよ!」
岳人は怒っていた。去年までは自分がクラスのトップであり、何をしても持て囃されていた…のだが、今年になって風間翔一と同じクラスになった途端、クラスの中心は彼に移った。それからと言うもの、何をしても注目は翔一に奪い取られてしまっていたのだ。
「それぜったいさかうらみだよね!?……はぁ、ガクトぜったいあした女子からボコボコにされるよ…」
「そこもきにいらねェ!アイツはモテすぎる!」
ちなみに翔一はクラスの女子の彼氏にしたいランキング堂々の第一位である。奔放な性格ではあるが、所々で見せる情に厚い所がまたたまらない…らしい。まあ主な理由はその整った容姿であろうが。
「もうかんっぜんにしえんじゃないのさ!」
「こまかいことは良いんだ、オレは風間をしとめるから、モロはあの目つきするどいやつたのんだぞ!」
そう言って岳人は目つき鋭くこちらを見やる少年を指差した。学校が違うのか、彼の姿は二人共見たことが無い、体格は岳人並みながらも、同い年とは思えないほどの風格を醸し出している。
「いやだよ!なんかすごくめつきするどいし!ガクトと同じくらい大きいじゃないか!ボクじゃ2びょうももたないじしんあるよ!?」
「だいじょうぶだ!モロならできるさ!」
白い歯を見せつけ、親指をぐっと掲げてサムズアップする岳人…卓也は毎回この顔と共に厄介事を押し付けられてきたわけだが…
「ムダに良いかおしないでよ!?だいたいコレってガクトのけっとうだよね!?ボクはうしろでみてるから!」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい、そっちははなしついたのか?」
話し合いの結果、風間は“折角挑戦しに来たんだ、受けない訳には行かねえ!”と言って岳人との決闘には手出し無用を言いつけてきた。
スピード型の風間と体格からパワー型と伺える島津の相性は、悪くないものの一撃でも食らったらスピードは落ち、不利になってしまうだろう。
「おう、いつでもいけるぜ!」
「ちょ、ガクト!」
「モロはあいつたのむ!」
「えぇ〜…」
島津から言いつけられた師岡が、物凄く嫌そうな顔をしながら、恐る恐るこちらに近づいてきた。その足取りはとても遅く、こちらを警戒しているのが伝わってくる。
「…」
「…」
「あ、どうも、ボク師岡卓也っていいます、友だちからはモロって呼ばれてます」
「ああ、こりゃあご丁寧にどうも…俺は源忠勝。仲間内からは…って、硬ェなおい」
「あ、あははは…」
「やれやれ、どうせ師岡はあの島津って奴に無理矢理連れてこられたクチだろ?」
「あはは、まあ、そんなもんだよ」
「まあ俺からは特に何もしねえから、楽にしてろよ。
あいつ等も始めたみたいだしな」
「ありがとう……じつはこの勝負、ガクトのさかうらみでやってるんだよね…」
「…大体は予想してたがな、どうせ風間がモテてるから生意気に思ったんだろうよ」
「あはは、ごめいとうです」
師岡は人の良い笑顔で笑いながら、概ね事実を認めた。どうやら彼は個人的な恨みからの島津の強行に付き合わされたようだ。幸薄そうな師岡の横顔には、気疲れからか影が差している。
「お前も大変だな、わざわざこんなとこまで」
「いつもは気のいいやつなんだけどね、進級してからクラスの中心を風間くんにとられちゃったから…」
「そうか、お前ら同じクラスなのか…」
「うん、直江くんも岡本さんも同じクラス」
「なるほどな……所で、岡本は俺の妹分みたいなモンなんだが、学校ではどうだ…その、うまくやってるか?」
日曜集会では悪い話を聞かないし、風間達もいる事だし、別にそこまで心配しているわけじゃない。だがここは第三者からの話も聞いておくべきだ。
「そうだったの!?…だから知らないキミがここにいたのか…いつもの三人組に強そうな人が加わってたからあわてちゃったよ」
「…そこまで怖いか…」
確かにキツめの目元であることは自覚しているし、学校でも最初は怖がられていたほどだ。……面倒くさい連中には良い牽制になるので気にしていないが。
「ごめんごめん!はなしてみたらわりときがるにはなせて親しみやすかったから、あんしん?していいって」
慌ててフォローに入る師岡。島津に振り回されてもいやいやながら着いていくあたり結構良い奴だ。
「ま、それは良い。んで、一子の調子はどうなんだ」
「岡本さんはあかるくてやさしいから友だちも多いよ。足も風間くんのつぎにはやいから、クラスの中でもにんきものだよね」
「…そうか、そりゃあ上々」
「まあ、イケメンの風間くんとなかよくしてるから、女子のやっかみもあるみたいだけどね。」
「そこは仕方ねぇな、よくあることだ」
子供の頃は、誰々が格好いいから好きだの、あの子は男の子ばかりと遊んでいて調子に乗っているだの色々言われるものだし、そういう所に関しては男に比べて女は特に酷いからな。
「ははは、ボクはそういうのに弱いから、かげぐち叩かれるとへこむなぁ…」
「まあ、子供のうちはそんなもんだろ。無責任に陰口叩く奴は、どうせその程度のやつだ。自分の価値は自分で決めるモンだしな、他人に流されんじゃねえ」
「…源くんは強いなあ」
「…ゲンでいいぞ」
「え?」
「仲間内からはゲンって呼ばれてる。向こうも決着きそうな感じだし、風間の事だ、どうせ仲間に引き込むだろうからな…俺もお前のことはモロって呼ぶから」
風間と島津の決闘も佳境に入っていた。序盤から速さで攻め続けていた風間も、島津の肉を切らせて骨を断つ戦法……とでも言うべき捨て身の一撃を受け、足が止まった。その結果、決闘は泥沼の殴り合いとなっていた。
「…うん!これからよろしく!ゲン…さん!」
師岡…モロは嬉しそうに頷くと、他の皆と同じように仇名でよんでくれた。だがやっぱり…
「オメェも“さん”付けなのな…」
「あ、あはは…」
誤魔化し笑いが虚しく響く最中も行われていた決闘は、最終局面の気力勝負へと移行していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
結局河川敷での戦いは風間が勝利を収め、無事に島津岳人と師岡卓也がファミリーに加わった。島津はいろいろ腹に抱えるものはあるものの、殴り合いを通じて風間を認めたらしく、学校でも仲良く出来ているようだ。
始めは体格の良い島津に引き気味だった一子は、3日もすれば冗談を言い合う仲になっていた。
さて、もう一人の新規メンバー、モロこと師岡卓也と俺はと言えば、現在市内のゲームセンターに来ていた。
俺個人としては“前”はゲームが好きだった事もあり、モロとのシューティングゲーム対決はなかなかスリリングで楽しいものであった。
「ゲンさんも…なかなか…やるねっ」
「お前こそやるじゃねぇ…かッ!ここまで白熱したのはッ…と、天とやった時以来だぜ」
「ふふ、じっさいにたたかったら…っ!かくじつに負けるけどねッ」
「ッ………うおッ!」
リロードで油断していた隙に物陰から強襲された自分のキャラが、モロのキャラに撃ち抜かれてエフェクトを残して消えていく
YOU WIN ! PLAYER 1 !
「やった!」
「やれやれ、やっぱモロはゲーム強いな…次はストファイをやろう、ここは台でやれるから臨場感があって良い」
小型化されて大衆化したせいか、近年はあまり見かけなくなった筐体の格闘ゲームは俺達のお決まりのゲームの一つだ。モロは小技でつなげてくるタイプ。小足でつなげられると、平然と10連撃とかつなげてくるから厄介極まりない。
「良いね、じゃあいつも通りザンギュラとかはなしね」
「うし、じゃあ早速…「忠勝!こんなところにいやがったか!」…は?」
筐体が立ち並ぶブースに行こうとした矢先、聞き慣れた高い声が背後から聞こえたと思った次の瞬間、何者かが飛び着いてきたのか、腰に衝撃が走った。
「…!」
まあ、当然のごとく天だった。ゲーセンに出没する知り合いなど数える程しかいないからな。モロは突然現れた見知らぬ少女にどう反応していいか迷っている。
「おいおい、天じゃねぇか…ここで合うのは珍しいな」
「テメェさいきん家こねぇじゃねぇか、タツ姉がさみしがってんだよ!」
天は腰から手を離すや否や騒ぎ出した。最近は島津達がファミリー入りしたせいか、河川敷で遊ぶことが増えた。そのため、板垣家に訪問する機会が減っていたのだろう。あまり気にしていなかったが。
「わりーな、ちょっと色々あってダチが増えたりしてたんだよ。モロ、こいつは天…俺の知り合いだ。なかなかのゲーマーだぞ?」
「う、うん、こんにちわ。ボクは師岡卓也、友だちからはモロって呼ばれてる」
モロは結構人見知りするタイプなので、案の定緊張していた。まあ天の見た目はどう見ても年下なのでそこまででは無かったようだが。
「ふーん、ウチは板垣天!いいか?名前は天だぞ?それ以外はねぇからな!?」
「なぜそこまでひっしに!?」
「まぁコイツにも色々あんだよ…察してくれ。」
天はやたらとエンジェルという本名を隠したがる。まあ気持ちはわからなくもない。何度も言うようだが天使と呼ぶと相手が俺でもキレる。ちなみに竜が冗談混じりに呼ぶと顔面に蹴りをお見舞いする。
「そんなことより忠勝!ストファイやんならウチともバトれよ!」
「今からコイツと闘り合うつもりだったんだが…お、そうだ、オメェ等同士で一回戦ってみろよ。」
「え、ボクと!?」
「最近じゃ天に負け越してるからな、モロともいい勝負できると思ったんだが。」
「まあ、ぜったいにウチは負けねぇけどよ、忠勝、コイツ強えのか?」
天の見下したような物言いに、モロの顔つきが一瞬変わった。年下とはいえ自分より弱く見られた事がちょっと引っかかるみたいだ
「そこは実際に戦ってからのお楽しみだな。」
「天ちゃん…でいいのかな?ボクもやるからには本気出すよ!」
「ちゃん付けとかテメェ年下あつかいかよ!…いいぜ、ウチの強さ見せつけてやんよ!」
二人共やる気十分だ。筐体の前に陣取り、真剣な表情でキャラ選択を始める姿は大人顔負けで、俺は若干こいつらの将来が不安になった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
YOU WIN ! PLAYER 1 !
「くそっ、メチャ強え!忠勝よかよっぽど強ェじゃんか!」
先程まで戦績は五分五分だったものの、モロは数を重ねて天のクセを読んだのか、ここ2.3回勝ち続けている。天は尽くキャラを変えているが、モロのほうが一枚上手のようだ。
「そりゃお前の相手は辰子さんか竜か俺くらいだからな、日頃からこのゲーセンで闘り合ってるモロとは強さのランクが違えよ。」
「天ちゃんも中々だったよ、ただ、ハメ技とか投げコンボとかはまだまだたいさくできてないね。」
モロはちょっと得意気にニコニコしていた。いつもは落ち着いているのに、ゲームに関しては大人気ないんだな。
「ち、ちげーし!台だからなれてなかっただけだし!」
天は必死に言い訳していたが、最後の10割コンボは正直何をやっても避けれる気がしない。ってかお前らホントに小学生だよな…?
「次は、次は負けねーからな!モロ!」
「…!うん、こっちも負けないよ!」
モロは天に名前を呼ばれて嬉しそうだ。好敵手として互いに認めあったんだろう、もう次の勝負の約束をしている。
「じゃあウチはアレだ、せんりゃくてきてったい…?するぜ!…オイ忠勝!近いうちに家こねぇとこっちからおそいにいくからな!」
「あぁ、また辰子さんの顔でも見に行くわ」
「ぜったいだかんな!んじゃな、モロ!忠勝!」
天はゲーセンの自動ドアを飛び出していった。戦略的撤退と言っていたが、多分財布の中身が尽きたのだろう。嵐の様に表れて消えていく背中を見ながらためを息一つ。
「やれやれ、相も変わらず元気のいい奴だ」
「けっこう、グイグイくる子だったけど、面白い子だったよ、かなりつよかったし。」
「ま、悪いやつじゃねぇから、見かけたら遊んでやってくれ」
「もちろんさ、ふふ…」
「あ?どうした」
「いや、ゲンさんとあそんでるとなんていうか、ボクは小さな所でこもってたんだなってじっかんしてさ…」
「何言ってんだよ、小さくても大きくてもモロはモロだ。しかもまだ小学生だしな。これから色んなものに関わってくんだしよ…てか、次は俺も負けねぇからな」
「あはは、実はゲンさんけっこう負けずぎらいだよね」
「…うるせえ」
こうして少年は新たな出会いを契機にまた一つ強くなっていく。この小さな変化が、後に大きな変化をもたらす事になるのだが、それはまだ先の話。
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傭兵武神、支払いはレアカードで
着々とメンバーを増やし、勢いに乗る風間ファミリーは、現在大きな壁にぶち当たっていた。彼らが遊ぶ河川敷の原っぱは人気が高く、翔一と大和、岳人と偶に忠勝が守っていたのだが、ある日ついに、遊び場をめぐって“上級生”と対峙してしまったのだ。
“河川敷は俺達の遊び場だ!お前らは砂場で遊んでな!”と言うのが上級生の言い分で、ある日突然河川敷に訪れた彼らは、忠勝が居ない時を見計らって襲いかかり、翔一達を河川敷から追い出した。
「アイツらきたねぇ!まいかいゲンさんがいないときにかぎっておそってきやがる!」
「ゲンの事はオレらの学校でも噂になるくらいだしな、助っ人にこられるとやっかいなんだろうぜ、男気のねぇやつらだ!」
「オニのいぬ間になんとやら、というやつか。ワン子に手を出さないあたりあいつらのなかにはさくしがいるようだな、打つ手がいんしつすぎる」
「たっちゃん、ほかの学校でもうわさになるくらいこわがられてるのよねぇ、あんなにやさしいのに」
実は親不孝通りでも(悪い意味で)有名な竜兵と殴り合いの喧嘩を繰り返していた忠勝は、本人の預かり知らないところで有名に(もちろん悪い意味で)なっている。
その噂は翔一達の小学校にも伝わってきていて、“川神の裏番長というあだ名を本人が知ったらヤバイことになる”……そう確信していたファミリーの仲間達は極力耳に伝わらないようにしていた。
「タフガイなオレでも、年上数人がかりはちときついぜ」
いくら体格の良い岳人といえどまだ小学生…成長期の一年の差は圧倒的な力の差として立ち塞がり、ましてそれが数人掛かりで襲いかかるとなれば、力に自信がある岳人といえど覆せない差が生じるのも仕方のない事であった。
「もうゲンさんにもこの事言おうよ!ボクたちだけじゃかなわないよ!」
「バカヤロー!ここでにげたら男じゃねぇだろ!」
「ガクトの言うとおりだ!それにゲンさんは学校もちがうし、まきこむわけにもいかねぇ!」
「あぁ、いつまでもゲンにたよってんのも男じゃねえしな!だからこそ今ん所ワン子もバラしてねぇってわけよ!」
「アタシだって、いつまでもたっちゃんにたよっるだけじゃダメだもの!」
翔一も岳人も自分の事は自分達で解決したいと考えており、忠勝には今回の件を相談していなかった。一子すらも情報が漏れるのを避けるため、忠勝と会うことを避けている程であった。里親のおばあさんがそんな様子をみて“一子ちゃんも大きくなったねえ…”と呟いたのはまた別の話だ。
「ここはおれたちの力で何とかするしかない…ということか、そうと決まればこのぐんしににさくがあるぞ」
「さくって言ったって、何をするって言うのさ?」
「目には目を、毒には毒をというじゃないか、おれたちもとしうえをなかまにしてあいつらをたおすのを手伝ってもらおう」
「でもヤマト、ダレにきょうりょくしてもらうんだ?アイツら学校でもアブないことでゆうめいなグループだぞ?センパイたちもきょうりょくしてくれるか…」
「もんだいない、さいきょうの助っ人をつれてきてみせるから、ちょっとしたじゅんびを手伝ってくれ」
風間ファミリーの軍師たる直江大和は、ニヒルな顔でそう告げる。
「分かった!ボクたちは何をすればいい?」
「よし、まずは…
野球選手カードのパックを買ってきてくれ!」
「「「………え?」」」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それから数日後、大和は武の総本山“川神院”を訪れていた。門をくぐり、来客用入り口まで進むと通りかかった修行僧に言伝を頼み、待つことしばし…
「オマエか、この私にあいたいというヤツは」
門から出てきたのは、この川神院の総代、川神鉄心の孫娘、川神百代であった。幼い頃から川神院で修行を重ね、その血筋もあってか恐ろしい程の武の才能を生まれ持った百代は、ここいらの小学校では最強の存在として恐れられていた。
「おはつにお目にかかります、俺は直江大和と言います。さっそくなんですが、実は………」
「ほうほう、上級生によってたかってイジメられていて、自分たちでは歯が立たないから助っ人をしてほしい、と」
「そうなんです、俺たちのなかまには女の子もいて、その子にひがいが及ぶ前に何とかしたいと思ってたんですが、そろそろげんかいで…」
大和の作戦その一、一子をもダシに使った心理作戦。ただでさえ上級生が寄ってたかって苛めているという構図を、女の子を登場させる事でより際立たせる…という作戦だ。
「なに?それは許せんな、“女子はていねいに扱わなければならん”ってジジイも言ってたしな」
「…!じゃあ…」
「だが!そのジジイがケンカを禁止してるんだよなぁ…あのクソジジイ私をがんじがらめにしばりつけやかって、釈迦堂さんも目をそらすし…」
「でも今回のはケンカじゃなくて、助けるためなんで大丈夫だと思うんです」
「というと?」
「川神センパイはこうはいがイジメられてるのを見て助っ人に来ただけで、自分からケンカをうったわけじゃない」
大和の作戦その二、上級生側を悪であると印象付け、私的なケンカではなく、百代は後輩を救いに行くという構図を作りだす…という作戦だ。
「ふむ…しかしなぁ…人さまの事情に私が動くと、ジジイがなんと言うか…」
「川神センパイが俺たちを助けてくれるなら、お礼としてこちらをよういしてあります!」
「こ、これは激レアプロ野球選手カード!しかも3枚もあるじゃないか!一体どうやって…」
大和の作戦その三、最後の手段は翔一の激運や自分のコネを使ってレアカードを集めて献上することで何とか助っ人になってもらう…要は物で釣る作戦だ。
「お願いします!」
「うーん……まあ、分かった。そいつらの事は私たちのクラスでもあまりいい話を聞かないし、やっちゃって大丈夫だろ!」
「ホントですか!?ありがとうございます!」
「ただし、一つだけ条件がある!」
「…なんでしょうか」
喜びもつかの間、百代が放つ雰囲気が大和でもわかるくらい変わり、ついゴクリと唾を飲み込んでしまうほどの緊張感がその場を満たす。
「川神院はたとえ実の娘であろうとヒイキせずしゅぎょうをさせるわけだ…まだ小学生の私は兄弟子たちの使い走りもしてたいへんにストレスがたまっている。だから私も舎弟がほしいんだよ…ってなわけで、お前私の舎弟になれ」
「(すぐあきるだろ…その場限りの助っ人だし…)」
この思考、わずか数秒の間の事である。
「分かりました!これからよろしくお願いします、姉さん!」
「そうか…やった!ついに私にも舎弟が出来たぞ!それじゃあけいやくのゆびきりをしよう」
“けーいやーく、やぶったーら♪うデーのなーかでなぶーりこーろす♪”
「…え?」
「ふふふ、これでお前は私の弟だ、大和…これからよろしく頼むぞ…?」
「(あ、これ…もしかしなくてもはやまったかなー)」
この時ばかりはいつものニヒルな思考ではなく、素で失態を悟った直江大和であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ってな訳で、川神センパイを仲間にいれた俺たちはあっしょうして、原っぱもぶじ取り戻してハッピーエンドって訳よ」
「そうか、そりゃ大変だったな…だが、確かに俺だって学校も違うし、年がら年中お前等と一緒にいられるワケじゃねえからな。」
「モモセンパイが何人かあいてしてくれたから、オレサマとキャップでのこりの奴らをボコボコにしてやったぜ!」
「…なんだその俺様キャラは。」
「男気あふれるタフガイはモロみたいな“ボク”とかキャップみたいな“オレ”とは違ってサマをつけるべきだとおもわねぇか!?」
「悪い、ぜんっぜん思わねェわ。」
「ゲンも分かってねぇなあ…」
「まあそこらへんはおいといて、ボクたちもがんばったんだよ!…大体はモモせんばいがもって行っちゃったけどね。」
「風間も言ってたが、モロにしちゃ珍しく上級生相手に勇気出して戦ったんだってな。」
「まあテニスボール投げつけただけだけどね…」
「やるべき時にやってこそ…だろ?それが何であろうが、やらないよりはよっぽど良い。」
「あはは、ゲンさんに言われるとうれしいよ。」
「んで、今回の立役者の直江は…」
「ヤマトは…ヤマトはぎせいになったんだ…オレたちをすくうためのぎせいにな…」
「かってにころすな!後ろにいるだろ!」
悲痛な声に後ろを振り向くと、少し背の高い黒髪ロングの少女の脇に抱えられた直江が、もはや諦めを浮かべた顔で反論していた。が、がっちりホールドされている為か、見動きが取れていない。
「……お姉様、嬉しいけどちょっといたいわ」
反対側には一子を抱えて頭を撫でている…器用なことだ。一子は少し痛がっているがまんざらでもなさそうだ。孤児院の頃から“お姉ちゃんが欲しい”って言ってたからな。
「ワン子はかわゆいなー、修行ですさんだ心がほぐれていくようだ…舎弟をいじり妹分を愛でる…この場所気に入った!私もこのグループ入るぞ!」
「やれやれ、一子を寝取られちまった…しかしまさかここで武神の孫を連れてくるとはな…直江、やるじゃねぇか」
「嬉しくないぞ!」
「あははは、モモせんばいの前ではヤマトも形無しだね」
「いいね!モモせんばいが加わればこの風間ファミリーは負けなしだぜ!」
こうして風間ファミリーに頼もしい戦闘員が加わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それからしばらく経った後日某所の路地裏にて
「オイ、テメェ等か、俺の妹分に傷つけてくれやがった奴らはよ」
「誰だよテメェは…」
薄暗い路地裏には、やさぐれた少年たちが屯していた。彼らは程度の差はあれ全員絆創膏やらの傷の手当をしており、リーダー格であろう少年を囲んでブツブツと不満を言い合っていた。
「俺が誰かなんてどうだっていい。てめえ等が好き勝手やってんのに対して、俺がキレてるってだけだ」
鋭い目を怒りで更に尖らせ、拳を握りしめて不良グループを睨みつける少年。グループの構成員たちは、虫の居所の悪い所へ突然の殴り込んできた少年に対し、殺気立っている。
「はぁ?オメェ調子のってんじゃねえの?」
「てかこんだけ人数そろってんのにケンカ売ってんの?バカじゃね」
「こういう奴にはお仕置きが必要だよなぁ?」
「あのクソ女にいためつけられてイラついてるし、こいつボコしちまおうぜ?」
路地裏に溜まった10数人のメンバーはニヤニヤと笑っていた。一人で来るようなバカに負けるはずがないと慢心していたからだ。しかし、その内の一人は何かに気づいたようで、にわかに焦りだした。
「ちょ、ちょっと待てよ、この鋭い目、もしかしてコイツ…「そうか、じゃちょっと遊んでもらえるか?センパイ」
そう言うなり彼は先頭に立っていたリーダー格の少年の顔面を殴りつけ、その勢いのまま踵で隣にいた少年の顎を蹴りぬいた。
「へぶッ」「……がはッ」
二人が潰されたのを見て、メンバーが驚く隙も与えないまま、彼は踵を蹴りぬいた体制から地に足をつけ、腰を落とすとコンマ数秒の間もなく駆け出した。
「…ひっ」
後ろに控えていた少年たちは悲鳴を上げる暇もなく、鳩尾を突かれ、脛を蹴られ背中から投げ落とされ、ありとあらゆる手法で次々となぎ倒されていく…
「こ、コイツ…周りの学校でうわさになってるやつだ!あの竜兵をボコして裏通りおさめてるってやつだ!」
「あ゛?…悠長に喋ってんじゃねェよ」
「んぎッ」
ビビって手を出さなかったおかげか最後まで倒されずにいた少年は、綺麗に顔面を撃ち抜かれて気絶した…この間わずか数分の出来事である。
「手間とらせやがって、アホ共が…これに懲りたら、もう二度とアイツ等に手ェ出すんじゃねぇぞ、分かったな?」
そのつぶやきに応えるものは誰もいなかったが、その後風間ファミリーは地元の裏連中から恐れられ、襲撃をかけられることはなくなった。
ゲンさん加入によりやや狡賢くなる大和、人見知りがなくなって明るくなった一子(女の子がケンカに参加していたことでさり気なくコンパス回避出来た翔一)、キャラの被りを恐れついに俺様化した岳人、そして回を重ねるごとに強くなるモロロ…
さすが俺達のゲンさん!良くも悪くも影響を及ぼすね!
武神との約束破ったらなぶり殺しになるんで、気をつけて契約したほうが良さそうですね
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少年の一大決心と戦いの話
百代の加入から時が経ち、季節はまた春を迎えようとする頃、翔一たちは今日も今日とて賑やかに原っぱで遊んでいた。そんな彼らを遠くから羨ましそうに見つめる少女が一人。
「おい、あいつまたこっち見てるぞ」
「あの子うちのクラスのしいなさん…だっけ?最近よくアタシたちのこと見てるわよね」
「女の子か…学校いくと毎回女の子に見られてんだよな、俺…いきぐるしいったらないぜ」
「キャップのイケメンじまんはさておき、やめとけワン子、ガクト…かかわるとしいな菌がうつるぞ」
仲間に加わりたそうにこちらを見ているのは、同級生の椎名京という女の子。彼女は学校でも多くの生徒からいじめを受けていたため、悪い意味で有名だった。
誰が言い始めたか、ヤマトが呟いた“彼女に触れるとしいな菌が着く”という酷い扱いもイジメの一つだ。
「またヤマトはそんな事を…ねえ、いいかげんあの子もボクたちの仲間に入れてあげようよ、ここのところずーっと来てるしさ」
「何言ってんだよモロ!あいつしいな菌だぞ、仲間に入れて俺たちにうつったらどうすんだよ!」
「どうって、別にどうもならないよ…それにその菌ってどこからきてるのさ」
実は卓也は、彼女に対して少し特別な感情を抱いていた。自分も幼い頃から色白で体が細かったせいでいじめを受けていた時期があるからだ。
今でこそガクト達のような友達に恵まれているものの、自分ももしかしたら…と考えると、卓也は彼女が虐められているのを見て黙っていられなかった。
「おいモロ、そしきにぞくしているのに自分のいけんばかりいうんじゃない、こういうのは多数決だ。今日姉さんとゲンいないけど」
「ハイハーイ、オレサマ反対!なあモロ、良く考えてみろよ。あいつを仲間にすると俺たちもいじめ受けるかもしれねぇんだぞ?」
「めずらしくガクトがまともな考えをしているな。俺も反対だ。いじめはいじめられる奴が悪い。わざわざ俺たちがひがいをうけることなんてないだろ」
大和も岳人も降って湧いたような椎名のファミリー入りの話には反対であった。そもそも大和は弄れた考えから自己責任だとばかり考えていたし、ガクトは彼女に対する敵意がこちらに向くことを恐れていたからだ。
「ヘタするとワン子までいじめられかねないからな、ワン子がひがいを受けたらゲンになんて言われるか…」
「そんなのかんけいないわ!アタシはさんせい!だってかわいそうじゃない!クラスの子たちにもやめて欲しいけど、ヤマトがかかわるなっていつも止めるし…」
「ボクも…ボクもさんせいだね!今でこそボクはイジメられてないけど、ガクトと友だちにならなきゃファミリーにだって入れなかった。彼女はボクににてるんだよ…助けたい」
「とはいってもなぁ…オレサマ女子のめんどうごとはパスだぜ?」
「俺たちだって全てをすくえるわけじゃない、そんなおとぎばなしみたいなこと出来るわけがないじゃないか」
お互いの意見は平行線上であり、椎名を助けたい卓也達と、厄介な事に首を突っ込みたくない大和達の意見は当然噛み合うことなく、この場にいる最後の一人、リーダーの翔一に視線が集まった
「お前ら、ストップ!この話はいったんやめだ!こういうのはゲンさんとかモモせんばいに聞いたほうがいいと思うぞ!ゆえに俺は中立!」
「アタシもそれがいいと思うわ!というかお姉様ならなんとかしてくれるわ!多分!」
「多分てまたアバウトな…」
卓也も含め、一子の楽観的な考えに皆毒をぬかれた表情をしていたが、ただ一人大和だけは冷や汗を流していた。
「ね、姉さんにたよるのか…(また何か条件をつけられそうだ…)た、確かにきゃっかんせいに欠けるいけんはそしきうんえいには良くないことだが…」
「ぐ、まあキャップが言うなら仕方ねぇな、確かにゲンならなっとくできるこたえをくれるかも知れねぇ」
「まあ、そしきの長が決めたことだ…俺は別にさからわないが、これだけは言っておく。モロ、あかの他人と、ファミリーと、どっちが大切なのか良く考えてくれ」
「……うん、分かったよ…」
結局この日は微妙な空気を引きずったままお開きとなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「って事があったんだけど…」
それから数日、いつものゲームセンターで卓也は忠勝に今回の事を相談していた。卓也はあわよくば忠勝をこちら側に引き込むつもりであった。
「なるほどな、お前はその椎名って奴を救いたい…が、厄介なモンをファミリーには入れなくない直江と面倒臭ぇのを嫌がる岳人に反対されてる、そこで俺にメンバー入りを支持してほしい、と」
「うん、その通りです。ボクもイジメられたことがあるから、彼女の気持ちは痛いほどわかるんだ」
「まあモロもどちらかと言えば苛められる側だからな、出来るなら救いたいってのは理解できる」
「…!じゃあ」
椅子から立ち上がって詰め寄る卓也に対して、あくまで冷静に忠勝は話を続ける。
「だがな?一時的にファミリーの庇護下に入れたとしても、今度はファミリーの中で不和が生まれちまうだろ?そうすると、椎名の立場はどうなる?自分を守ってくれるはずの仲間から否定される程悲しいことはねえだろうよ。」
「…!」
言われてみて初めて気づいた、と言わんばかりにその場で固まる卓也。ファミリーによる庇護さえあれば解決すると思っていたが、そのせいでファミリーが瓦解しては元も子もない、ということに気づいたのだ。
「だからモロ、お前がやるべきことは、俺の所に頼み込みに来ることじゃねえ。お前自身が動かなけりゃ何も始まらねえんだよ」
「…うん、確かに、そうだね…たしかにボクの考えは甘かったよ。仲間になりさえすればそれでかいけつだと思ってたんだ。」
「まあ人気者のキャップの仲間になれば、苛められる事もなくなるかもしれねえ…が、しこりを残したたまグループに属する事の方が、一人でいるより辛いかもしれねえな。」
「まあ、ガクトは良くも悪くもたんじゅんバカだから大丈夫だと思うけど…もんだいはヤマトだね。」
卓也の頭に屁理屈な軍師の顔が浮かぶ。思えばこの話を出した時も彼は最初から最後まで嫌がる姿勢を崩さなかった。
「直江の奴は未だに弄れていやがるからな、アイツ自身の為にもそろそろ直してやったほうが良いんだが…」
「ヤマトじゃないけど、ボクにもさくがあるからね、なんとかしてみせるさ。」
先程よりも幾分か自身に満ちた顔でそう告げると、卓也は席を立って忠勝に礼を言った
「そうかよ、俺としてはモロが自分の考えで動くってんなら、手伝ってやらねぇ事もない。」
「ありがとう、ボクもボクなりに頑張ってみるよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
師岡卓也は怒っていた。自分と同じクラスの少女、椎名京のイジメの理由が余りにも理不尽で、イジメる側が余りにも無責任であった事に。
彼女は母親の悪質な男グセの為に自分まで淫売の烙印を押され、村八分陰口は当たり前、物を隠さればい菌扱いされ、何よりそんな酷い状況を教師に見てみぬふりされていたのだ。
「こんなのってないよ…」
故に卓也は動き出した。椎名京のファミリー入りに肯定的だった一子に頼みこんで、学校の中で椎名に対する扱いを疑問視する女子を探しだしたのだ。
元々川神の地には義侠心があるものが多く、この頃にはイジメが加速しすぎていた事もあり“流石にこれは酷い”といじめに否定的な者は多かった。
「これはもうイジメじゃないよ、まるでみんな椎名さんを学校から追い出そうとしてるみたいじゃないか、こんなのぜったいにおかしいよ」
卓也は自らもイジメに否定的な男子を募り、一子達女子陣と合わせて反いじめ連合とでも言うべきグループを作りだすことに成功した。
「思ったより人数があつまった…やっぱりみんなおかしいっておもってるんだ!」
…とはいえまだ小学生、彼らは自分達も標的になる事は避けたかったので、影に日向に椎名京をフォローする作戦を開始した。さり気なく椎名をいじめる男子たちの口撃をそらし、失せ物を協力して見つけ出し、バレないように投書で教員に告げ口をしたり、行動は多岐にわたった。
もちろんいじめグルーブもその動きには気づいていたが、矢面に立つのは卓也一人だ。
師岡卓也と言えばあの島津岳人の友人であり、何より風間翔一率いる風間ファミリーの一員である為に、表立って手を出すことは出来なかった。(故に通りすがりに足をかけたり、教科書に落書きをしたりという陰湿な行為に出ていたが)
そんなある日、手紙で放課後に呼び出しを受けた卓也は、“ついに犯人グルーブから仕掛けてきたか!”と内心恐々としながら空き教室を訪れていた。
しかし予想に反して、そこで一人待ち構えていたのは、渦中の存在である椎名京だった。
「こんな所によびだしてごめんなさい、その、わたしの名前は、椎名京…」
「うん、知ってる。ボクは師岡卓也。たぶん椎名さんも知ってるとは思うけどね」
「あの…師岡くん…だよね?いつも助けてくれてありがとう…」
俯きながらお礼を述べる椎名。卓也からは髪に隠れて彼女の顔は伺えなかったものの、その声は震えていた。
「ボクだけじゃない、みんなおかしいって思ってるんだ。みんなが椎名さんを助けたいって思ってるんだ」
「でも、どうして…わたしのために…そこまでしてくれるの?…師岡くんもイジメられちゃうよ…今日だって、ろうかのすみでおどされてたの、みちゃった…から…」
顔を上げてそう告げる彼女は瞳に涙を浮かべていた。
「あのね、椎名さん…いまボクが受けてるイジメはほんの一部に過ぎない、椎名さんはもっとひどいことをながい間ガマンしてたんだ…それにボクだってもしかしたら同じたちばになってたかもしれない。ボクは今のキミをほうっておけないんだ」
「でも…」
「ボクのことならだいじょうぶ。あと少しだけまっててね、イジメのリーダーも見つけたし、せんせいも動き出した。もうこんなひどいこと終わらせてみせるから…ちょっとおそくなっちゃったけどね」
「……………………あり…が……とう………グスッ」
あはは、と苦笑いする卓也を見て、京は嬉しさと安心感からか、思わず顔を覆ってその場で泣き始めた。
慌てて肩を支えた卓也は、この問題を早急に解決する事を心に誓った。
動き出すモロ、次第に良くなる環境、膨れ上がる悪意…正攻法で虐めを正すことのなんと難しい事か…パパっとやるあたり、大和は流石主人公って所ですね
私事の予定が慌ただしくなり、少し投稿ペースが遅れます。申し訳ありません…
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少年の勇気と少女の願い
師岡卓也が動き出して数ヶ月、椎名京の状況は急速に改善していった。ここに来てようやく教師達も虐めの状況を受け止め、動き出した事もあり、表立って椎名京を虐める者はほぼ居ない状況へと改善した。
同時に虐めの主犯グループは不満を募らせ、その矛先は師岡卓也に向けられる…そんな日々が続き、ある日遂に主犯グループは行動に出た。
最近では“何があるか分からないから”と、卓也と椎名は一緒に下校することが多かったのだが、彼らは下校中の二人を襲撃して校舎裏まで連れこんだのだ。
「よう師岡くん、さいきんちょっと調子にのってないか?」
「てめぇ何で椎名かばってんだよ、オイ!そいつはインバイだぞ」
ここ数日の不満をぶちまけたい少年達は、自分勝手に容赦ない言葉を投げかける。椎名は瞳に涙を浮かべて俯き、師岡卓也は怒りに肩を震わせ、唇を噛み締めていた。
「…」
「だまってねぇでなんか言えや!」
「こわくてこえもでませんってか?ギャハハハ」
卓也は声も出せない程怯えていたわけではない。下品な笑いを浮かべて無責任に自分達を貶す少年達に、怒りを爆発させていたのだ。
「………さい」
「あーん?なんだって?ごめんなさい?よく聞こえないなあ」
「まあいまさらあやまっても遅いけどな!センコー共もごちゃごちゃ言ってきてるし、ホントに余計なことしやがって!」
「………るさい」
「そもそもあんなインバイがウチの学校にいること自体が………
「うるさいって、そう言ってるんだよ!このクズどもが!」
卓也は怒りも顕に激しく咆えた。後ろで椎名が息を飲んで驚いている。日頃から温厚で怒ることのなかった卓也が、顔を怒りに染めて目を細める。今の彼は友人達ですら見たことが無い表情を浮かべているから、無理もないだろう。
「……ヒョロの師岡くんが…いまなんつったよ、オイ!」
「だまれ!お前らみたいなクズには、人の気もちなんて分からない!椎名さんが受けたいたみも、心のキズも!どうせ何も考えてなかったんだろ!」
「ったりめーだろ、俺たちは悪いことなんてしてねーし」
「俺たちは学校をおそうじしてやってんの、わからないかなぁ」
反省の欠片もない言葉の数々。あくまで自分達は悪くないという愚かな考えを改めない彼らは、卓也には背中で震える少女より余程汚く写った。
「ッ!分かるわけないだろ!彼女は何も悪くないじゃないか!自分たちがイジメて遊びたいだけだろ!」
「…お前もうだまれよ」
自分より弱い卓也の物言いに遂にキレたのか、リーダー格の少年が卓也の腹を蹴り飛ばす。
「…っぐ…」
「師岡くん!」
「……ハァ、…だいじょうぶ……ボクはだいじょうぶだから、椎名さんはアイツらのスキをみてにげて」
卓也はズキズキと痛む腹を抑え、慌てて駆け寄る椎名を安心させるべく無理矢理笑みを浮かべる。椎名はそんな卓也の姿に胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「そんな、私のせいなのに…」
「なにブツブツ言ってんだよ!オラァ!」
そんな彼らを見て、苛つきを隠さない相手の少年は更に容赦ない蹴りを叩き込む。先程貶された恨みと言うよりは、寧ろ加虐的な笑みを浮かべていた。
「ッ!…がはッ…………良いからはやく!」
「…!いや!私だけなんていや!」
「なに?インバイのくせににげようとしてんの?コイツはすてゴマですかぁ?ギャハハハ」
「…っちがう!そんなこと、するわけないでしょ!」
椎名は近くに落ちていた石を牽制の意味も込めて投げつける。実は彼女は椎名流弓術という古武術を伝える家の生まれで、戦闘力はそれなりに高かった…が、この場においては多勢に無勢であり…
「ってぇな、そういやコイツちょっと強いんだったわ…忘れて…たッ!」
「…ギッ……」
「師岡くん!」
「そこのヒョロはあんま強くねーからな、お前ら、アイツからツブすぜ」
少女は絶望に暮れた。“世界はなんて残酷なんだろう”と。自分を守ろうとしてくれた人さえ傷つけて、“自分は生きている意味があるのだろうか”とさえ考えた
「(私はどうなっても良い…でも、こんな私にやさしくしてくれた人がこれ以上キズ付くのは見てられない…だれか、だれか助けて…)」
少女の願いは確かに届いた。
聞き届けたのはどこかに居るような神ではなく、ちょっと不器用な、けれど誰よりも優しい不良だったけれど。
「いや、モロは強いさ…この場にいる誰よりもな」
「……!!誰だテメェは!?」
「…ったく、その台詞いい加減聞き飽きたわ」
卓也は後ろから聞こえる力強い声に振り向く。そこには自分が知る誰よりも“強い”男の姿があった
「………ゲン…さん!」
夕焼けの赤色を背負い、こちらに向けて笑みを浮かべる少年。源忠勝の登場は、卓也に絶対的な安心感を与え、希望の炎を灯した。
「おうモロ、一子から一部始終聞いたぜ…やるじゃねぇか」
ポンとこちらを見上げる卓也の頭に手を置くと、忠勝はそう告げた。卓也は少し気恥ずかしそうにしながらもそれを受け入れる。
「ははっ…ボクにはこれくらいしか…けっきょく、また助けられて…」
「んな事ねぇよ、お前はしっかりその子守ってんじゃねぇか。お前は確かに自分で動いて、結果周りがついてきた。認めろよ、モロ。お前自身の強さをよ」
忠勝の言葉は心に染み入るようであった。卓也は、あの忠勝が認めてくれているなら、自分も少しは強くなれているのだろう、と考えることができた。
「あはは、嬉しい…な」
「あとは任せろ、モロ。五分もかからねぇからよ」
「うん、任せた」
拳を付き合わせると、緊張の糸が切れたようにその場に座り込む卓也。慌てて椎名は肩を支えたが、卓也の顔は安心しきっていた。
「ってな訳でテメェ等、覚悟は出来てんだろうな。俺の親友傷モンにした罪は重ェぞ」
「るせぇ!ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ…コッチは六人もいるんだ、負けるはずねえ!」
「やってる事は小物丸出しの癖に、口だけは一人前だな。約束通り五分で終わらせるから…とっととかかってこいや、クズ共…」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
二分後、主犯グループのメンバーは全員腹を抑えてうずくまっていた。忠勝は二人と共に校舎裏を抜けると、今回の騒動の発端となったイジメの終結を告げた。
「お前らの学校の教師には、川神学園学園長様から有難いお話があるだろうよ、こいつらはまぁ、多転校だな。これで一見落着って訳だ」
「流石、頼りになるね。っていうかもう全部ゲンさん一人で良かったんじゃないかな」
「それはねぇな、俺はこの学校の生徒じゃねぇしよ。お前が動かなきゃ、俺だって動くつもりは無かったぜ?」
「…あ、あの…」
あまりの急展開についていけなかった椎名だったが、ここに来てようやく状況を飲み込むことが出来たようだ。
「あ、ごめんね、椎名さん。この人は源忠勝くん。違う学校だから知らないと思うけど、ボクの…親友…だよ」
「今回は災難だったな、椎名京。話はモロ…卓也から聞いてる。コイツに感謝しとけよ…?」
その言葉と共に実感が湧いてきたのか、ぽつぽつと涙をこぼす椎名。卓也はあたふたしていたが、忠勝はそんな彼らを優しげな眼差しで見守っていた
「……ありがとう、ホントにありがとう…私、ずっと一人だったのに、師岡くんが助けてくれて……いま、こうしていられるのが夢みたい…」
「ボクはそこまで大したことは…
「モロ、いい加減認めねぇと殴るぞ」
「あ、あはは…ゴメンなさい」
「……ふふ」
そんな二人のやり取りを見てクスリと笑う椎名。彼女は今までの悪夢の様な状況を打ち払い、救い出してくれた卓也達に心から感謝していた
「源くん…も、ありがとう。ケガとか…はないよね」
「あんな奴らの拳なんて掠りもしねぇよ、むしろモロの方が怪我してる位だ」
忠勝はおらおら、と冗談混じりに拳で軽く卓也の腹を小突く…卓也は本気で痛がっていたが。
「まあ、ボクはせんとうりょくゼロだからね…」
「とりあえずお前は保健室行って痣に湿布貼ってこい。椎名、悪いがコイツ連れてってやってくれ」
「…うん!」
忠勝の提案にすこし嬉しそうな顔をする椎名。やはり彼女も乙女であるのだろう。このような状況ともなれば、恋に落ちるのも当然である。
「いや、ボク一人でも…
「モロ…お前空気読めねぇ奴だな…二人きりにしてやるから行けっつってんだよ」
「んなっ!?」
「…」
互いに顔を見合わせ、赤面する二人。忠勝は呆れ半分、冷やかし半分で二人の背中を押す
「さっさと行け、俺は後処理しとくから。ってか邪魔だ、散れ散れ」
「扱い雑になってない!?それ怪我した親友に対する態度じゃないよね!?」
「ウルセェ…椎名、早く連れてけ」
「…師岡くん…!早く…!」
恋する乙女は強い。卓也の腕をグイグイと引っ張り、保健室へと足を進める。未だダメージが残る卓也はさり気なく痛がっていたが
「あ、ちょっと待っていたいいたい…分かったよ、ゲンさんまたあとで!」
「ああ……ったく、俺が恋の天使って柄かよ。面倒な役割押し付けやがって…」
二人の姿が見えなくなると、忠勝はため息をついた。今回の一件における卓也の働きに免じて許してやろう。そう考えた忠勝は後処理のために校舎裏を目指して…
「ほほっ、青春じゃのう」
勢い良く振り返る忠勝。
視線の先には袴を着た老人が立っていた。忠勝は突然の登場に内心かなり驚いていた。なぜなら彼こそ生ける伝説、“武神”川神鉄心であり、今回の事を相談していた相手であったからだ。
「…鉄心さん、いつから居たんすか…」
「勿論最初からじゃよ、若人が持て余す力を振るいすぎないように、な」
片眉を上げてこちらを見やる鉄心。忠勝は自分の心の中まで見透かされている気さえした
「俺だって加減ぐらいしますよ、あのバカ共だってまだ子供だ」
「お主も十分子供なんじゃがの、まあ良いわい。源…今回の事、報告ご苦労じゃったな、教育者として、親として見逃せぬ一件であった」
実は、卓也が一子達と動き出していた頃、忠勝もまた鉄心に働きかけていたのだ。自分の孫の通う学校の、しかも孫の友人と同じクラスで虐めが見過ごされている。という話を受け、鉄心は教育者として、一人の人間として心に怒りを抱いた。
故に小学校に働きかけ、今回の騒動の収束に乗り出していたのだ。結果として主犯グループが暴走してこのような結果となった訳だが。
「矢面に立ってたのは師岡で、俺は特に何やるでもなく、鉄心さんに面倒事押し付けただけなんで」
「全くじゃい、綺麗に水月だけ打ち抜きよってからに、交渉の余地は…まあ、残って居らんかったがのう」
「アイツ等は師岡を蹴った。師岡は椎名京を守っていて動けなかった。だから俺が代わりに殴り返した。何の問題もありませんね」
「フォッフォッフォ…その理屈が通る親なら良いがのう…最近の親御さんは過保護でいかん」
「ウチの親父なんて超放置主義ですんで、そこら辺よく分からんすね」
忠勝の脳裏には、最近加齢臭を亜巳に指摘されて体臭を無駄に気にするようになった親の顔が浮かんだ。
「よく言うわい…まあお主らにはモモも世話になっとるようだし、ここは一つ恩を売っておこうかの」
「何言ってんすか、教育者なら無償、見返りを求めないのが普通でしょうよ」
“武神に一つ借りなんて、絶対に返せないに違いない”そう考えた忠勝は苦い表情を浮かべて反論する。
「ん?何か言ったかの?最近耳が遠くなってイカンな…」
「…ッチ、老人キャラお得意の難聴詐欺かよ」
「何か、言ったかの?」
都合の良い所だけやけに鋭い耳である…流石の源忠勝を以ってしても、武神を相手に掛け合いを挑むのは難しい事であった。
「いえ、別に何でもないっす」
「お主には荒々しいながらも光る武の才があるようじゃし、一度モモと闘ってみんか?」
「あんなおっかないの御免被ります、ありゃ“普通”なら敵いっこない存在でしょうよ」
「源忠勝、幼少期より親不孝通りで闘争に明け暮れ、我流の武術で幼いながらも大人と渡り歩く強さを誇る…どう考えても“普通”の範疇は越えとると思うがの」
「……アンタの所の釈迦堂って人の戦いを見た事がある、ありゃ生きてる世界が違うでしょう、なにか特殊な“チカラ”がなけりゃ、あれには届かないですよ」
「…ほう、お主“見た”のか…」
鉄心は眉根をあげて忠勝を見やる。忠勝は訳が分からない風に眉根を寄せた。
「…?なんの事っすか?」
「分かってないのか、惚けているのか、お主年の割に何考えとるのかよう分からんのう」
「はは、よく言われるっす」
鉄心の鋭い視線を避けるように苦笑いを浮かべる忠勝。“年の割に”というフレーズは、もはや聞き慣れたものであった。
「まあ、暇が出来たら院に来るがよい、総力をあげて歓迎するぞい。」
「文面から不穏な空気しか感じないんすけど、まあ気が向いたら“遊びに”行きますんで。」
「フォッフォッフォ、善き哉善き哉…モモをよろしく頼むぞい。」
最後にそう呟くと、武神川神鉄心はその場から掻き消えた。その場の空気が緩み、思わずため息を一つ。
「やれやれ、厄介な連中に目ェつけられちまったかもな…」
これから襲い来るであろう面倒ごとを思うと嫌な気しかしない。すぐに思考を放棄すると、“良い雰囲気”になっているであろう保健室へと向かった。
「あ、この一件はしっかり風間にもチクッてあるからよ、多分椎名もファミリーの一員になれてると思うぜ」
「「な、なんだってーー!?」」
「まあ、島津に関してはモロが自分でなんとかしろや。直江は恐らくモモ先輩がみっちりお仕置きしてるからよ」
「え?何で?」
「か弱い乙女の危機に救いの手を差し伸べないとは何事か…だとよ」
「あ、あはは…がんばれ、ヤマト…」
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彼らの“フツウ”と彼女の“ココロ”
師岡卓也が椎名京を悪夢から救い出した後、正式にメンバーとして認めさせてしばらく経ち、季節は夏。
あの日、鉄心に目をつけられてから日増しに鋭くなる百代からの挑戦的な目線を避けるように、忠勝は板垣一家と共に河川敷で遊んでいた。
「天!取れるもんなら取ってみろやオルァ!」
「…ぐ、ぬおぁぁぁ…」
「フハハ、見たか俺のデストロイボール!」
「…ってぇな、このアホ!今はケンカじゃなくてキャッチボールしてんだぞ!」
俺と辰子さんは堤で一息入れて寝転んでいる。こちらにまで届くような音を立ててグローブに投げ込まれたボールは、やはり天使の手に多大なダメージを残したらしい。天使は怒り心頭と言わんばかりに髪を逆立て、地団駄を踏んだ。
「ハッ、知らねぇな!悔しかったらテメェも俺の心にヒビく球投げてみろや!」
「…上等だゴルァ!受けてみろ必殺、ブッ殺ストライク!」
天は空に向けて盛大に足を上げ、思い切り振りかぶってボールを投げる…淑女のしの字も見受けられないフォームから投げ出されたボールは綺麗な直線を描き…
「ちょ、これ顔面コース…ぐはっ」
「キャハハ、ウチの勝利だぜい」
先ほどのお返しと言わんばかりの凶悪なストレートは竜兵の顔面に直撃。頑丈な体を持つ竜兵といえども、流石に耐えきれず膝から崩れ落ちた。
「…なーにやってんだか、あいつ等は」
「……zzz」
弟たちが愉快なキャッチボールをしている最中、マイペースな辰子さんは斜面に寝転がった俺の腿に頭を載せて寝ていた。気づいたらこんな状況になっていたのだが、ここからどうすれば良いやら…
「ねぇ…」
「んあ?」
そんな時だ、遠慮がちな声が背後から聞こえたのは。
「あの、その…ボクも…いっしょにあそんでくれない…かな」
よく見ると“少しおかしい”位色白の少女がそこに立っていた。そこで遊んでいる天使も肌は白い方ではあるが、彼女は髪まで白い、先天性白皮症…いわゆるアルビノというタイプであった。
「あー…別に構わねぇけどよ、今ちょっとアホっぽい奴らと遊んでるんだわ、ソイツ等と一緒でも良いか?」
「…うん、うん!ボクなら…ぜんぜん、オッケー!…あの、これ…おちかづきの…しるし」
先ほどの弱々しい顔とは打って変わってパッと明るい笑顔になる少女。彼女はニコニコしながら握りしめたマシュマロを俺に手渡した。
「むぐ、これ潰れてんぞ。どんだけ握り締めてんだよ…まあ、ありがとよ。さて………竜!天!ちょっとコッチ来い!……あの、辰子さんも起きてもらえますか、いい加減脚痛いんすけど」
「えー…だって、ここ気持ちいんだもん…動きたくないなー…」
「いやいや、客来てんですから、起きてくださいよ」
「むー、しょうがないなあ…よっと…」
辰子さんは最後までグズりながらも、仕方ないと言わんばかりにため息をすると、横たわった体制から足を振り下ろした反動で身軽に立ち上がる。
「(…辰子さんさり気なく板垣家で一番能力高いよな)」
次いでグローブをつけたままの天と顔にボールの跡をくっきり残した竜兵が堤を駆け上って近づいてきた。
「こんにちは、私は辰子って言うんだー」
「オレは竜兵!」「ウチは天!」
「俺は忠勝、そんでお前は?」
「う、うん…ボク、ボクの名前は…小雪!」
まるで初めて友達と自己紹介をするかのように、照れくさそうに自分の名前を告げた小雪を加え、俺達は日が暮れるまで遊びに興じていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ってな事があったわけですよ」
「ふーん、あの子らにも新しい友達がねェ」
この年の子供は単純なもので、数時間遊んだだけで板垣三姉弟と小雪は仲良くなった。辰子さんに至っては“ようやく妹らしい妹が出来たー”と言って天の嫉妬を買った…たしかに天は竜に似て荒っぽいから妹らしさはないが。
「親父が仕事で汚ねぇおっさんの相手してる間に、息子は河原で青春…俺も年取っちまったな…」
「何言ってんだいこのマダオは」
「おい亜巳…頼むからその呼び名だけは辞めてくれ…胸にグサッと来る…」
「まあ、親父がダメなのは置いといて、そいつ小雪ってんですけど、妙に危ういって言うか、なんか事情があるっぽいんすよ、色白だし」
小雪は帰り際、家に帰る事に怯えている節があった。よく見れば捲った袖の下には痣があったし、時折足を止める場面が見られた。
「聞いた話だと髪まで白くなってるみたいじゃないか…苦労してるはずさ。辰達も気に入ったみたいだし、今度ウチに連れてきな」
「ウス」
亜巳さんは何だかんだ言って姉御肌の優しい人だ。親の事もあるし、俺達と年の差はあまり開いていないのに人生経験は亜巳さんの方が積んでいる気さえする。
「出た、亜巳のツンデレ。俺にはツンばかりでまったくデレない癖になァ」
「フン…雇われの身とはいえ、忠勝に隠れてさり気なく店通いしてる“マダオ”には、配慮の必要性って奴を微塵も感じないからねェ」
「やめて!強調しないで!てか息子の前でバラさないで!」
「やれやれ…親父のはもはや病気だな」
また店に行ってたのか、最近では“ここらで親の威厳を示す”とかで比較的まともな生活を送ってたと思ってたんだが…
「ダメな大人の典型的な例だね、全く…こんなんが上司だなんて嫌になるよ」
「こんなんでも仕事はそれなりに取り組んでるんで、許してやってください。」
親父は仕事に関してはマトモだ。依頼の受理から対応、アフターケアまでしっかりしている。そこん所もう少し性格面にも反映してもらいたいもんだが。
「息子と従業員が虐める…オジサン威厳出す為にヒゲでも生やそうかな…」
「…余計マダオになりそうだからやめとけ」
「無精髭なんて生やして出勤したらアタシは辞めるからね」
「救いは…救いはないのか!誰か味方してくれる優しい女の子は…」
宇佐美は癒やしを求め夜の歓楽街へと消えていく…こうして彼は止めることができない負の連鎖に囚われていくのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「おーい、タッちゃーん!」
あれから日を跨いで日曜日、小雪が声をかけてきたのは空き地で今度は風間ファミリーと遊んでいる最中であった。
「おう、小雪。元気か」
「うん、めっさげんき!」
「たっちゃん、その子はどなた?」
一子は俺の事を親しげに呼ぶ小雪が気になるようで、俺の隣に走り寄ってきた…対照的に人見知りの小雪は表情を固くする。
「最近つるみだした奴で、名前は小雪。まあ仲良くしてやってくれ」
「う、あの…私は小雪、忠勝くんの…ともだち、です」
「(そこは確り主張するのな…)」
「アタシは一子!岡本一子よ!たっちゃんのおさななな…?じみ?まあ、よろしくね!」
「うん、よろしく…!」
ぎこちないながら一子と握手をした小雪…この微笑ましい光景を辰子さんが見たら喜ぶに違いない。しかし一子よ、お馬鹿キャラは卒業したと思っていたんだが、幼馴染が分からんとは…たしかに(おさなじみ)か(おさななじみ)か分からなくなる時はあるが。
「んで、あっちに居るのがその他大勢」
小雪と一子のやり取りの最中も、こちらを伺っていた男衆をまとめて一括にすると、島津から抗議の声が上がった。
「おいおい、その他おおぜいとはザツな扱いじゃないか」
島津は風間達を一瞬ちらりと見やると、マッスルポーズで力こぶを作り、アピールをし始めた。
「オレサマ島津岳人、パワータイプ」
「ボクは師岡卓也。ずのうタイプ」
「俺は風間翔一、スピードタイプ」
「俺は…直江大和、ぼうりゃくタイプ」
次いで彼らは陣形を組んでポーズを決める。するとその瞬間、背景に煙が舞い上がる…あれは風間特製の煙幕か。
「「「我ら!風間ファミリー!」」」
「…おい、ヤマトも乗れよ!」
陣形にはかけた部分があったが、どうやらそこは直江のスペースだったようだ…風間がノリの悪い直江に攻め寄る。
「やだね、俺にそういう明るいのはにあわない。」
「やれやれ、コイツもまだてれがあるよな…オレサマみたくビシッとしろよ!」
「あはは、ボクもじゃっかん恥ずかしかったけどね。でも今日は京もモモせんぱいも居ないし、ヤマトもここはノるべきだよ?」
「姉さんがいないからこそ、むちゃぶりはやめていただきたいものだ、姉さんはむちゃぶりがすぎる」
突然目の前の少年達が始めたコントに、小雪は着いていけずに固まってしまった…一子は後ろで苦笑いしていたが。
「悪い奴らじゃないんだがな…まあ男ってのは大抵馬鹿やってる生き物だ」
「…たっちゃんってきほんてきにこういうのノらないような…」
「俺は良いんだよ、別に」
年齢的に問題ないとはいえ、流石に恥ずかしくてこのノリについて行けない。
「しかしこの子の肌、真っ白だな」
小雪に近づいてジロジロ観察した後の最初の一言がこれであった。ストレートな物言いは風間らしいがあまり褒められたもんじゃない。
「ちょっ、キャップ…そこはデリケートなところでしょうに!」
「え?そうなのか?…わるい!」
悪気なくあっけらかんと言い放つ風間。たしかに普通であれば彼女を見て真っ先に眼に映るのはその異常な白さである。
「まあたしかにキャップの言うとおり、彼女は“ふつう”とはいいがたいな、かみの毛までまっしろだ」
「でもちょうカワイイじゃねぇか!オレサマそれだけでオッケーだぜ!」
「ちょっと!アンタたち女の子にたいしてしつれいよ!とくにガクト!後でおねえさまにみっちりしごいてもらうんだから!」
「「げぇっ」」
…この間は元からちょっとズレている板垣家の連中だからこそすぐに受け入られたものの、普通の反応は大体こんなもんだろう。むしろ一子の反応のほうが珍しい。俺の背後に隠れた小雪は少し悲しげにうつむいている…
「ったく、お前ら物珍しそうに…悪いが俺達、今日は用事があるからよ、帰るわ。迎えに来てくれてサンキュな、行くぞ小雪」
「あ…うん…」
「あ、おい、ちょっと待てよ…」
小雪の手を掴んで引っぱると、俺は空き地を離れた。風間達に悪気があったとは思えない。正直あれが小雪にとっての日常的な反応なのだろう。雪の様に白い髪と肌そして赤い瞳。好奇心旺盛なこの年頃にはこれ以上ない標的だ。
「悪いな、小雪」
「何でタッちゃんがあやまるの?何もわるいことしてないのに…むしろわるいのはボクのほう…」
「別にお前だって悪くはねぇよ、今日はちとタイミングが悪かったんだ…アイツ等何時もは気の良い奴らなんだが、今回は出会いが急すぎた」
「ううん、ボクを見るとみんなあんなかんじ。タッちゃんだけなんだ、さいしょからボクをうけいれてくれたのは…」
「バカ言うな、俺だけじゃねぇ、天も、竜も、辰子さんだって、受け入れてくれただろ?………そうだ、これから板垣ん家にでも行くか?」
「…!良いの?」
「勿論だ、ただ、少し危ねェ所にあるから、気をつけていくぞ?」
「うん!」
「お前はあった事ないが、板垣姉弟には辰子さんの上にもう一人、亜巳さんっていう人がいてな、昨日遅番だったし家にいるはずだ。」
「うぅ、ボク大丈夫かな…」
「心配すんな、姉御肌で面倒見が良い人だ。…多少性格は拗れてるけどな。」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
声をかけても、振り返ることなく去っていった忠勝を見つめ、一子は小雪に申し訳なく思う反面、忠勝の身内への甘さにため息を吐いた。
「行っちゃった…もう、ヤマトたちが変なこと言うからよ!」
「んー、俺は思ったこと言っただけなんだが」
「言っていいことと悪いことがあるでしょうが!たしかにボクも気にはなってたけど…」
「しかし、ゲンのやつももう少し話を聞いてくれりゃあいいのによお。」
小雪を庇ってか、ファミリーの意見をロクに聞くことなく去っていった忠勝に対して不満有りげな面々。
「んー…いつもひていするけど、たっちゃんってかほごなのよね、アタシがちょっとたたかれただけで直ぐに相手の子の頭をはたくくらいには」
「あー、わかるかも。ボクもゲンさんに助けてもらう時はゲンさん大抵一人でやっちゃうし…」
「ゲンは強ェから、一人で何でもかかえちまう。オレサマたちにだって任してほしいのによ。」
彼らが言うように、源忠勝という人間は、身内に甘く過保護であった、“前”の記憶のせいなのかは不明であるが、兎に角自分のテリトリーを冒されると心が乱れ、仲間を守るべく原因を排除したがる。
ファミリー結成時はそうでも無かったのだが、仲良くなってきたお陰…というべきなのだろうか、忠勝が身内のために動く機会は増えてきていた。
「…お前らには言ってなかったが、まえに俺たちの原っぱをうばった上級生グループがあったのはおぼえてるよな?」
「あぁ、オレサマがカレイに追い払ったやつらな」
「おねえさま“が”おいはらってくれたのよ!」
「まあそこは置いておいて、アイツらあの後ことごとく休みとってただろ?アレってじつはだれかにおそわれたからって話だ」
「モモセンパイが一度しょうぶのついたたたかいをほりおこすなんてなさそうだし…それってまさか」
「ワン子のはなしを信じるなら、たぶんゲンがやったんだと思う。たしかにてきたいそしきのせんめつはやっておくべきゆうせんじこうではあるが…」
「ゲンさんはやりすぎってわけか、ワン子がかほごだって言うのもわかるな」
「だからこそ、一度味方した小雪ちゃんの事をとやかく言ったのがゆるせなかった、そういうわけか…オレサマ少しハンセイ」
「でも俺たちは別に彼女をけなしたわけじゃない。ゲンはすこしかびんに反応しすぎな気がするぞ」
大和たちは小雪の肌に驚きこそすれ、貶すようなことはしていなかった。確かに普通とは異なる認識をしていたものの、京の件におけるモロの尽力もあり、偏見的な見方はやめよう、という考えになっていたからだ。
「たっちゃんの悪いところよ、思い込んだらいっちょくせんなんだから。わたしの意見も聞いてくれないの」
「…でも、ボクたちも悪いところがあるのは事実だから、次にあの子に合うときにはあやまらないと」
「京の一件もふまえ、ファミリーのぐんしとしてよりただしいはんたんができるようにと考えていたが…まだまだ甘かったようだ。“ふつう”とちがうのはコンプレックスだと、よく考えれば分かるはずなのに…俺も彼女にあやまらなければならないな」
「オレサマも…」
「いや、ガクトは色々オープンすぎるだけだからね」
「そんなんだから女の子から人気でないのよ」
「ぐはっ」
ファミリーの紅一点と親友にまさかのカウンターを食らった岳人は地面に倒れ込んだ。
「ま、なにはともあれ俺の言葉があの子を傷つけちまったのはじじつだ、ファミリーのリーダーとしてキチンとケジメつけないとな」
子供心に普通と違うものは珍しく映るものです
そしてそのまま虐めにつながる、と
小雪に関しては、逆に不気味がられて虐めはなかったのではないか、と考えていますが…
※ご指摘を受けて表現を変え、ファミリー視点を追加しました。
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彼らと歩む速度
「「「ごめんなさい!!!」」」
ファミリーのたまり場となっている空き地。一子に頼まれた俺が小雪を連れてきて、ファミリーのメンバーが珍しく全員集合していると思ったら、まず最初の一言がこれであった。突然のことに小雪は目を丸くしている。かく言う俺も驚いていたが。
「この間はほんっとーにゴメン!小雪ちゃんにいやな思いさせる気はなかったんだけど…」
「気にしてるところにふれちまった!ゆるしてくれ!」
「聞いたところによると、ウチの弟分がメイワクかけたみたいだな。小雪…だったか、許せ」
「プライバシーに関わることにふれてしまった、すまない」
直江はモモ先輩に頭を抑えられながらも、自分の言葉で謝った。少し照れくさそうにしながらも、小雪の目をしっかり見て謝る姿に、俺は自分の心配が全くの杞憂であったことを悟った。
「う、あの、ボクは…その、前のこととかぜんぜん気にしてないから、ホントだよ?」
風間達に囲まれた小雪は、慌てて頭を挙げさせる。皆は安心した顔を浮かべ、一子に至っては小雪に近寄り、腕をとって“良かった!”と飛び跳ねている。
「この間は居なかった人もいるからしょうかいしておくね、今の年上の女の人が、川神百代センパイ。で、ボクのとなりにいるのが椎名京さん。」
「よろしくな、小雪!」
「…どもです」
「ボク、小雪…です」
これほど多くの人に囲まれた経験などないであろう小雪は、オドオドしながらもモモ先輩と京にペコリと頭を下げる。
「それであの、ボクはこの前のこととかぜんぜん…気にしてなくて、えと、あの…」
「小雪!お前さえよければ、俺たちと友だちになってくれないか!?」
「うぇ?」
「この間のおわびもかねて、おかしとかもってきてるの!たっちゃんがマシュマロ好きって言ってたから、中にチョコ入ってるのもあるのよ!」
「うわーい、マシュマロだー!」
「…えづけさくせん、せいこうだな」
「ホラ弟、ブツブツ言ってないで早くさそってこい。これは男のセキニンだぞ」
「うぇ、わ、わかったよ姉さん……その、小雪…さん、君がその…のぞむなら、俺たちはむかえ入れる用意がある、だから…うん、友だちになってくれないか」
モモ先輩に背中を叩かれた直江は、小雪の前に歩み寄ると、先程より顔を赤く染め、忙しなく目線をウロウロさせながらも声をかけた。まるでドラマの告白シーンでも見てるようだ
「カーッ!かってぇなあ、そんなんじゃオレサマみたいに友だち100人できねぇぞ!」
「まあ、ヤマトにしたらがんばった方じゃないかな」
ニヤニヤと笑うメンバーに口の端をピクピクさせながら小雪の返答を待つ直江に、状況をようやく飲み込んだ小雪が嬉しそうに頷くと、原っぱに歓喜の輪が広がった。
▼
「…良かったな、小雪」
「良かったな…じゃないよ、ゲンさん」
「…んあ?」
ファミリーの皆が小雪と仲睦まじくしている風景を後ろから見守っていると、モロが怒った様子で詰め寄ってきた。
「いやいや、この間のことだよ?あの後すぐに小雪ちゃんつれてどっか行っちゃってさ、ボクたちあやまるキッカケなくしちゃったじゃない」
「あー…悪かった。」
まあ、あの時はその後の展開が読めるようだったからさり気なく離脱したつもりだったのだが、バレバレだったのだろう。
「反応を見て小雪ちゃんが心配だったのは分かるけど、ボクたちがゲンさんの友だちをバカにするはずないじゃないか」
「ん、まあ、そりゃそうだろうが」
「アレってつまりボクたちのこと信用してないってことだよね…うわ、ショックだなぁー」
「まて、アレはそうじゃなくてだな」
「まあでもしかたないかな、ゲンさんにすればボクたちはまだ“子供”だしね、信用できないよねー」
「…あ、いや、それは」
「あーあ、親友だと思ってしんらいしてたのはボクだけだったのか、ショックだなー…」
「……正直スマンかった」
「……よし、かった!」
「…んっとに良い性格してやがるぜ、畜生!」
「あはは、ゲンさんを言い負かすきかいなんてめったに無いからね…でも、少しはボクたちの事、信用してくれてもいいんじゃない?」
ニヤニヤと笑うモロは出会ったばかりの頃の弱々しさなど微塵も感じられない。俺が気付かないだけで、あいつ等も成長してるんだよな…
「ああ、いつまでも子供扱いは良くねぇな……ったく、モロの成長を喜べば良いのか、多少厄介になったのを嘆くべきなのか…」
俺が頭を抱えていると、さり気なくモロの斜め後ろをキープしていた京は彼に近づき、少し顔を赤らめながらもその腕を取る。
「私は、モロのそういう所が…好き」
「み、京…」
「ハァ…そう言うの他所でやれや…」
京やモロ、小雪達の明るい声を背に、俺は澄み渡る空を見上げて親父お決まりのポーズをとった。
ーーーーーーーーーーーーーー
それから数日後の板垣家。冷房など有りもしないこの家では、現在窓全開で夏の暑さをしのぎながら、天と竜はゲーム、リビングでは小雪達が談笑していた。
「…それでね、なんかバンダナ着けてるのがキャップっていって、足がすごく早いの!モロはゲームがすごくうまくて、モモ姉はすっごくつよいの!タッちゃんは“俺なんかよりよっぽどつよい”っていってた!」
「そっかー、ユキちゃん、いーっぱい友だち増えたんだねぇー」
「うん!みんなでいっぱいあそんだよ!」
「うんうん、良かったねー」
「らいしゅうもヤマトたちとあそぶやくそくしたんだ!」
小雪はあぐらをかいた辰子さんの足の上に座りながら、嬉しそうに話す。そんな彼女を実の妹のように優しく見やる辰子さんと亜巳さん。
「そうかい、良かったじゃないのさ…じゃあそうなると、ユキがココに来ることも少なくなるか。寂しくなるねぇ」
寂しげに微笑む亜巳さん。純粋な小雪はコロッと騙されて慌てているが、彼女はソフトSなのでアレは演技だ。チラッと小雪の顔をみてたしな。
「ううん、ボク、キャップたちだけじゃなくて、アミ姉もタツ姉も天も大好きだもん!これからもずーっとあそびにくるよ!」
「おいユキ!俺は!?」
「キャハハ、竜はガサツだからキライだってよ!」
家庭用ゲームに興じていた二人がゲームを一旦止めて振り向く。戦績は天8割というところだが、やけに天の機嫌がいいのはそれだけじゃないだろう。
「んだとゴルァ、表出ろよ!天使ちゃんよぉ…」
「あ、言ったな?言っちゃったな?ウチもうプッチンしたわ、まじおこだわ、テメェこそ表出ろやこのクソ野郎がァ!」
「るせぇよ!ったく、お前ら落ち着いて祝ってやる事も出来ねぇのか!」
火種が出来たらすぐこれだ、相変わらず燃え上がるのが早い二人である。二人がギャーギャー騒いでいるとついに亜巳さんがキレた。
「いい加減黙りな!アンタ達、そんなんでユキに変な影響与えんじゃないよ…?特に天!」
「ギャハハ、怒られてやんのー!!」
「…るせぇ」
一家の長である亜巳さんに叱られると、さすがに天であっても借りてきた猫のようにしゅんとなってしまう。
「オマエもだよ竜!というかオマエが一番危なっかしいんだよ!良いかい?ユキにかすり傷一つでも作ったら…」
「つ、作ったら…?」
「バツとして2日間晩飯抜きだからね!」
「な、なにーー!?」
この年の子供に晩飯抜きは堪える。特に竜は暴れ回ってヘトヘトになって家に帰るため、晩飯をぬいた日は夜に腹が減りすぎて寝れないこと請け合いだ。
「うわー、食べざかりにそれはキツいなー、竜ちゃん、ちゃんとしなきゃダメだよー?」
「わ、わーった、気ィつける」
「キャハハ、おもしろーい」
そんないつものやり取りをみた小雪は、まるで天のような少し下品な笑い声を上げた。
「「あぁ…天(ちゃん)の影響がすでに…」」
「ハハハ!なぁ天、お前にそっくりじゃねぇかよ!」
「ウチ!?あ、アミ姉…ウチのバンメシは…」
「抜・き」
「ギャーーーー!」
その日板垣家では、小雪が帰るまで笑い声が絶えることはなかった。
武神の妹分追加のお知らせ。これで戦闘衝動も抑えられるね!
辰子さんも小雪(義妹)と嫉妬して甘えるようになった天使(実妹)をゲット。やったね!
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夢に見ていた日常
よく晴れた昼下がり、俺とモロ、ガクト、小雪は仲見世通りを歩いていた。川神院へと続くこの仲見世通りは多くの観光客で賑わっており、通りの両側から呼子の活気あふれる掛け声が聞こえてくるほどだ。
「さて、今日のお目当ては…おがさわらのおかしや!」
俺達が目指しているのは仲見世通りの一角に昔からある菓子店だ。様々な菓子が軒先に並べられていて、大人から子供まで愛されている。店は気の良い婆ちゃんが切り盛りしていて、たまにお孫さんが売り子を手伝っている。ちなみにここの煎餅は亜巳さんのお気に入りだ。
「あそこの久寿餅とか、嫌いじゃない」
「ゲンの奴、意外と甘いもん好きだからな」
「悪いか」
「べっつに?ま、オレサマはかしより肉だけどな!あふれ出す肉汁!はじけとぶアブラ…食いもんは肉にかぎるぜ!」
「ガクトは肉しかたべないよねー、ボクはマシュマロが好きかな。もちろん、ほかのおかしも大好きだよー」
ユキは近頃辰子さんのマネか、語尾を伸ばす喋り方をするようになった。人見知りもある程度改善され、前は体のでかいガクトにビビっていたもんだが、いまでは足に一撃入れて突っ込めるようになった。
「そんなユキはマシュマロばっかだな、体ほっそいんだからよぉ、肉食べねぇと太くならねぇぞ!」
「むぅー!女の子はやせてていいんですー!ガクトってば、でりかし?…なさすぎー!」
「いてぇよ!お前ケリだけは強えんだからけんなよ…おいモロ!なんとかしてくれ!」
「はいはい、今のはガクトが悪いよー」
今日は休日で、しかも昼下がりであることもあってか、通りは人であふれていた。そんな人混みの中を島津を先頭に騒ぎながら練り歩き、俺たちはついに目的の菓子店に到着した。
「おら野郎ども、店についたぞ。いい加減じゃれつくの止めろや」
「いやいやいや、女の子もいるんだけどね…」
綺麗に並べられた菓子の数々を見て、島津と小雪は“待ってました!”と言わんばかりに駆け出した。二人は煎餅の棚に張り付くと、やれ醤油味がどうだの、砂糖のついた煎餅の甘じょっぱいハーモニーがどうだの議論を始めた。
結局俺達は軒先に並んだ菓子の中から煎餅と金平糖を買食いすると、店主の婆ちゃんに久寿餅を包んでもらった。
「うぇーい!おみやげゲットー!」
「んで、川神院行ってモモ先輩に餅渡したあとはどうするよ?」
「ボクはゲーセンをていあんするね」
「オレサマは原っぱでドッチがしてェ!」
「ボクも!ボクもドッチボールする!」
インドア派のモロは室内遊びを、二人は体を動かす遊びを提案した。肉体派の島津は予想通りだが、隣で両手を上げて存在を主張する小雪に関しては少し意外だ。
「(小雪の奴、随分明るくなりやがって。最近は島津の奴とつるむ事も多くなった…娘が嫁に出る気分を味わうのは、これが二度目だぜ…)」
「んー、でも女の子はユキ一人だし、今日京もワン子も用があるって言ってたしなぁ…」
モロは女の子が小雪一人という事もさておき、自分もインドア派で外遊びが苦手だからか否定的だ。だが、彼は最近どうもゲーセンに行く機会が増えている……ここは健全に日の下で体を動かして遊んだほうが良いだろう。
「ま、俺がユキと組むからよ…ガクトは俺にしか当てられねえって事でどうだ」
「オレサマはぜんッぜんかまわねェ!今日こそゲンのはなをおってやるぜ!」
「…それってユキとボクが同じ強さって事だよね…まあいいけどさ」
微妙な顔をしながらモロは承諾した。…正直な話、足の速さで言ったらモロより小雪の方がよっぽど速いんだが…そこは黙っておこう、男の子にもプライドがある。
「タッちゃん!モロロ!ガクト!はやく!はやくいこうよ!」
「おっと、おひめさまがおよびだぜ!」
「あはは、ユキもえんりょなくなったよね…」
「良い事じゃねぇか…さ、行くとしようぜ」
こちらを見て大きく手を振る小雪を追いかけて、俺達は賑やかな通りを川神院に向けて走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「で、また日暮れまで遊んできた…と。」
「おう、コレ土産な。」
結局島津×師岡チームと激しい攻防を繰り返し、途中から加わった風間、直江を含めた3vs3の構図でメンバーを入れ替え、ルールを変えて遊び尽くした。
「煎餅か…悪かねぇが、俺ァ酒のツマミになる乾きモンのが良かったな」
「文句あんなら返せ、自分で食うわ」
「待て待て、別に要らないわけじゃねぇよ…ったく、ホントにひねくれちゃってよお、こんなんじゃ噂の小雪ちゃんも心配だぜ」
「親父に心配されるまでもねえよ、最近じゃ他の連中とも話せてるみたいだしな。…ただ、気が休まるのはそん時だけみてぇだがな」
ファミリーとも遊ぶようになった小雪は次第に自分から話しかける事も出来るようになり、一見明るい性格を取り戻したように見えた…しかし帰り際になると途端に意気消沈し、一人で寂しげに帰っていく。
俺も風間達も家まで送ろうとした事は一度や二度ではないが、その度に小雪はブンブンと首を振って断った。恐らくだが、せっかく出来た友達に、家の事情を知られて離れられたくないのだろう。
「…虐待、か…親に否定されるほど辛ぇもんは無えやな」
「イジメもあるだろうが、一番はそこだな。顔は傷つけねえ辺り、腐った性格してやがる」
「忠勝、お前実際に“痕”は見たのか?」
「ああ。最近じゃ警戒も緩んできてるから、風間達にバレるのも時間の問題だ。…煙草の痕が無えから、やってんのは母親だろうよ」
以前の小雪は常にビクついていて、周りを近づけず、自分の傷を悟らせまいとしていたが、ファミリーの皆と友好を深めるにつれ、徐々に警戒心も薄れて隙ができていた。
小雪の意を汲んでさり気なくフォローはしているが、恐らくモモ先輩は既に気づいているだろう。彼女が小雪の動きを見やって目を細めていたのに気付いたのは一度や二度ではない。
小雪は長袖のシャツに膝下まであるスカートを着ていることが多く、ふとした瞬間に見える服の下の肌は所々青黒くなっていたり、赤く腫れていることがわかる。
それでもタバコによる焼入れで焦げた所や黒く染み付いた火傷が見られないあたり、巧妙な位置に隠されているか、煙草を吸わない者による犯行なのだろう。
「おうおう怖い話だねぇ…ここいらじゃ聞かない話じゃあないが、その子は“普通”の家の子だろ?…となると、母親はその子の“色”を受けとめきれなかったって訳だ」
「孤児院出の俺が言う事じゃねえが、生むなら生むで責任持って育ててほしいモンだ…親の話で一子は今でも苦悩してんだしな」
ここ親不孝通りでは、別段虐待など問題にはならない。そんな物はありふれているし、板垣家の例のように蒸発する場合も多く見られるからだ…俺達のように孤児院に捨てられるケースも多少はあると聞くが。
「やれやれ、お前はホントに大人びたやつだよ。…ただ、お前と違ってその子は今も“元の”家庭にいる……ってことはつまり虐待を受ける環境に晒されてるっつー意味だ」
「捨てられた方が幸せだってのか、皮肉なもんだよな」
孤児院に捨てられた俺や一子は、それなりに優しい院長の下、それなりの愛情を注がれ、他の子供達と仲間内の友情…どちらかというと家族愛に近いものを育んできた。
しかし、小雪の場合は今なお親元に居続けている。外見上は実の親の庇護下にあるように見えるが、実質は完全に隔離された家庭環境に一人取り残されているようなものだ。
「ま、捨てられた先で受け入れられない可能性もあるがな。結局…生まれ落ちた時から、その子は重いモン背負ってんだよ」
「だからこその親だろうが…」
「親の器が小さかったのを呪うべきか、“普通”とは違う生まれ方にした神を呪うべきか…何にせよ現状“そういう事”になっちまってるのは事実だしな」
「何とかしてやりてぇもんだが、家庭の中まで踏み込むわけにはな…」
「警察沙汰にするにも証拠固めにゃならんしな。それに、子供の目の前で親が連行とか…トラウマもんだぜ」
小雪はまだ小学生だ。幼心に親が捕まるなどといった精神ダメージを負ってしまえば、今後に多大な影響を及ぼしかねない。
「重要なのはタイミングか…手ぐすね引いて待ってるのは性に合わねぇな」
「こればかりはしょうがねえよ。下手に動いたら傷付くのはその子だ」
小雪に悟られぬように動き、確たる証拠を掴まなければならない。厄介な所は小雪自身が母親の事を諦めきれていない点だ。親の悪意に晒されながらも未だに関係修繕を願っている彼女は、目の前から親が連れ去られていくのを受け入れられるのだろうか。
「…やれやれ、ままならねぇ世の中だ」
「その年にして世の仕組みを悟る…か、お前やっぱ全っ然子供っぽくねーやな」
「るせーよ、ってかそう言う親父はもう少し親やっても罰は当たらないと思うぜ」
「あーあー、聞こえなーい」
「…ハァ、仕事してる時の顔はあの亜巳さんも褒めてくれてんのによ…」
親父はこう見えてやる時はやる男である。工程表の作成から人員の割り振り、職場内の人間関係のフォローなど、業務に関わることには精力的に取り組んでいる…というのに、仕事から離れた私生活は典型的なダメさ加減である。これだから一向に嫁をもらえてないんだ。
「え?なんか言った?」
「何も言ってねーよ、それより飯にしようぜ、今日は豆腐の味噌汁に冷奴、厚揚げ豆腐に豆腐ハンバーグだ」
「なんだよその豆腐フェスティバルは」
「経理の安藤さんから大量に豆腐貰ったんだよ…しかも賞味期限が今日までなのがまたタチの悪ィ…」
安藤さんも悪い人ではないのだが、ちょっと抜けている所がある。この間はコピー用紙の買い出しに行ったはずなのに藁半紙を500枚も購入してくるなど、予想外の行動をよく取る人だ。
「ま、俺的にはツマミが多めで嬉しいところだがな」
「勿論野菜もある。豆腐と炒ったジャコのサラダだ、そこのノンオイルドレッシングで食べろ」
「おいおい、泣く子も黙る肉食系男子に何を言いますかね…肉を!ミートプリーズ!」
「生憎だが最近のトレンドは草食系男子だ。大人しく植物性タンパク質を採ってもらおうか」
「おおう、ならせめて酒の制限をだな…」
「何を言うか、今日もビール瓶一本だ。あんまり飲み過ぎっとビール腹になっちまうし、果ては生活習慣病でお陀仏だぜ?」
「う、うぅ…この健康的不良!鬼!悪魔!」
「ふははは、何とでも言いやがれ」
宇佐美代行センターは今晩も賑やか。巨人の健康状況は忠勝により的確に管理され、何だかんだ巨人は中年化の波に乗らずに健康的な生活を送っていた。
親は子の行く末を選べるけど子は親を選べないんですよね…流石のたっちゃんもご家庭の問題には土足で踏み込めない模様です。
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消えないキズ
“小雪の様子がおかしい”
最初に言い出したのは意外にも直江だった。“足が速く、キャップとどちらが早いか競い合っていた小雪が最近走らなくなった。表情もどこか苦しげで、お腹を抑えるところをよく見かける”とモモ先輩に相談したらしい。
それから風間、モロ、一子達が順々に異変を悟り始め、異変に気づいてから3日後の帰り際、風間達は遂に“何があったのか”と小雪に直接問い詰めた。
小雪は、“ちょっと転んだだけだから…”“足首ひねっちゃった”と話を逸らしたが、モモ先輩の顔は厳しいままで、夕暮れと共に逃げるように帰っていった小雪と、後を追いかけた風間達の背中が見えなくなると、俺に詰め寄ってきた。
「どういう事か、説明してくれるよな?」
モモ先輩がこちらを見る目は真剣そのものだ。それもそのはず、先輩は前々から気づいていたのだから。先輩は小雪を実の妹のように可愛がってくれていた。だからこそ、思いは人一倍強いはずだ。
「俺だって完璧に把握してるわけじゃないっすけど、小雪の置かれてる状況は確実に“悪く”なってる…ってのは分かってるんすよ。」
「お前がユキのフォローをしているのはわかってた。だからこそワタシはあえてふかくふみ入ろうとしなかった。たが、最近のユキは目にあまる。体から気力が抜けているし、明らかにキズをかばった動きをしてる…ハッキリ言え、ユキに何が起こってる。」
先輩はもう気づいてるんだろう。見えないように服の下につけられた痣、隠すような小雪の態度、そのすべてが親からの虐待によるものだという事を。
「…もう分かってるかもしれないっすけど、小雪のアレは、実の母親にやられてる。アイツ自身はまだ母親に希望を抱いてるから、反発しないし、誰かに助けを求める事もしない。でも最近、俺達と良く遊ぶようになって、明るい雰囲気を取り戻した。多分母親は気に入らなかったんじゃないっすかね、“普通”じゃない娘がニコニコとしていること自体が。」
「…ワタシは親の気もちなど分からない。だがユキの悲しみを考えるだけでむねがムカムカしてくる。その母親をブッとばしてけいさつに突き出したいくらいだ。だがそれはできないんだろう?ゲン、お前なにか打つ手はないのか?」
「聞き込みはしてます。けど…近所の奴らは厄介事に関わり合いたくないとか言って糞の役にも立たない。小雪自身が助けを求めないから、相談所に連れて行く事も出来ない……手詰まりなんすよ、色々と。」
「ならば、ワタシからジジイにも言っておこう。あんなのでも川神院の長だしな、何かしらの手はあるはずだ。」
「ありがとうございます…この分じゃ風間達にも小雪の事情を説明しておいたほうが良さそうですね…一子には少し嫌な話になるかもしれないっすけど。」
「…そうか、お前もワン子も昔は院に入れられてたんだったな。」
「結果的に俺達はいい人に拾われたんすけどね。」
「…なあ、前から思ってたがお前にけいご使われるの嫌だな、なんかムズムズするぞ。」
「慣れてないんスよ、諦めてください。」
「ケンカも禁止されてるしなー、そこんところもついでにジジイにたのみこんでみるかぁ…」
「辞めてください、死んじまいます」
小雪の事も心配だが、この武神先輩といつか闘う日が来る事を思うと、正直自分の身も心配だ
「(…今のうちに何とか腕の二、三本で済むように鍛えておこう…)」
川沿いの帰り道、腕を振りながら先を歩く問題児を後ろから眺めながら、俺は新たな決意を胸に抱いた。川神院の強力を得られるなら、親父の調べと合わせてこの問題も直にカタがつくだろう…俺はそんな甘い考えを抱いていた。
次の日から、小雪は俺達の前から姿を消した。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
川神市内のごく平凡な住宅街の中にある、ごく平凡な一軒家。その一室に小雪はいた。部屋には年頃の女の子が持ち合わせているような物は何もなく、必要最低限なものだけ揃えられていた。そんな殺風景な部屋の真ん中で一人、彼女は布団に包まり、未だに鈍痛が響く腹を抑えて蹲っていた。
今現在、小雪の家庭はほぼ崩壊していると言っても過言ではないだろう。母親と父親は毎晩のように喧嘩を繰り返し、ついに二人は先日離婚した。母親はすべての原因は娘が“普通”ではない事であると考え、娘に負の感情をぶつけるようになった。
小雪が姿を見せなくなった主な原因もそこにある。彼女は最後に忠勝達にあった日から数日間に渡り、実の母親によって軟禁されており、体はボロボロで食事も与えられず、ただただ与えられる痛みに耐えていた。
軟禁から数日がたったその日、おもむろにリビングに連れてこられた小雪は、いつもとは違う母親の様子に困惑しながらも、ようやく話をする気になってくれたかと内心嬉しく思っていた。
振り向いた母親は穏やかな笑みを浮かべると……淡い期待すら打ち砕くように、彼女の首を力の限りに締め上げ、床に叩きつけた。
「私は普通の子が欲しかった!普通の家庭で、何もおかしいところのない普通の日常を送りたかった!でも!アンタのせいで私の人生メチャクチャよ!アンタなんて…アンタなんて…“産むんじゃなかった”!」
母親は先ほどとは一転して顔を狂気に歪め、彼女の細い首を握り潰さんと言わんばかりの力で締める。彼女は最早抵抗らしい抵抗もせず、ただ瞳に涙を浮かべていた。
「…ッあ……」
「要らない!要らないのよ!普通じゃないアンタなんて、私の人生には必要ないの!」
「……あ…ぐ……」
小雪の顔から次第に生気が消えていく。頬は青白くなり瞳から光が消えつつある…そんな状況でも執拗に体を揺さぶる母親。
「死ね!死ね!私の前から消え去れ!」
「…………ぁ……」
小雪の体から力が抜けていく…まるで糸が切れたように。彼女は次第にぼやける視界に母親の顔を映しながら、最後に出来た友達と、自分を受け入れてくれた仲間の事だけを思い浮かべていた。
いつも明るく、皆を引っ張るリーダーのキャップ。ちょっとニヒルだけど内心優しいヤマト。バカだけど面倒見の良いガクトとさり気なくフォローを入れてくれるモロ。色んな“女の子”らしい事を教えてくれた一子と京。実の妹のように可愛がってくれたモモセンパイ。ちょっと危ないけど、何時も優しく迎え入れてくれた板垣家の皆、そして…忠勝の事も。
「(あぁ、もういっかい…みんなであそびたかったな…)」
どこか遠くで響く物が壊れる音を聞きながら、彼女は皆で遊んだ河川敷の風景に思いを馳せ、結局最後まで恨むことの出来なかった母親の手で意識を失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「消えるのはテメェだ!このクソ野郎!」
鍵のかかった玄関のドアを壊してリビングに飛び込むと、目に写ったのは恐ろしい形相の女が小雪の首を締めている光景だった。
俺は考える間もなく女を殴り飛ばした。解放された小雪は荒い息を繰り返す…すぐさま小雪を抱えて部屋の隅へ運ぶと、恐ろしい形相を浮かべて起き上がろうとする母親へ向き直った。
「(この場に一子達がいなくて良かった、コイツはちょっと重すぎる…)」
小雪が顔を見せなくなって数日、流石に様子がおかしいと思ったファミリーの面々は、最悪の場合を想定していた。
その為、気が探れるモモ先輩が風間達を引き連れて小雪の家に向かい、モロや京達はもしもの為に川神院へと事情を伝えに向かっていたのだ。
「島津!ソイツ抑えるぞ!風間は警察呼べ!」
「まかせろ!モモセンパイは小雪見てやってくれ!ヤマトは救急車!」
「…あ、あぁりょうかいだ!」
風間は素早く指示を出すと、据え置きの電話に駆け寄る…直江は救急車を呼ぶために外へ飛び出し、モモ先輩は小雪を優しく抱きかかえて女から離れた場所に移動した。
「ゲン!そっちつかめ!」
島津は片膝をついて起き上がろうとする女にいち早く詰め寄ると、飛びついて右半身を押さえ込む。暴走してリミッターが外れている女の力は予想以上に強く、同年代の中でも体格の良い島津と二人がかりでなんとか押さえ込む。
「離せ!糞ガキ共!ジャマするならアンタ達も殺してやる!とっとと離せェ!」
「ってぇな…もうカンネンしろよ!オバサン!」
体をねじるようにして拘束から抜け出そうと暴れる女は、瞳を爛々と輝かせると怒りに染まった顔で、自分の体を押さえ込んで邪魔をする俺達を睨み、口汚く罵倒する。
「なんで!なんでジャマするの!あんな子アンタ達だって気味悪がってるんでしょう!?どんなに取り繕ってたって、どうせ裏じゃ…
「いい加減その口閉じろよ………テメェに小雪の気持ちが分かるか!テメェの身勝手のせいで!アイツがどれだけ苦しんできたのか!自分が今何したのか!そのクソみてえな頭で理解してんのかよ!」
「…うるさい!私の子の事は私が決めるの!何しようが私の勝手でしょ!部外者のアンタ達がいちいち首突っ込んでこないでよ!」
女のあまりにも身勝手な言動に、ちょくちょく小雪を可愛がっていた島津は怒りをあらわにする。
「オバサン…さっきからアンタってやつは…ユキはな!そんなアンタでも、いつか仲良くできるってしんじてたんだ!なのに…なのにアンタって人はよォ」
「…知らないわ!あんなヤツのことなんて!アイツはろくでもない奴なのよ!私の人生をブチ壊したあんなキモチワル…
「もう、アンタだまってろ」
連絡を終えたのであろう風間が喚き散らす女の頬を平手打ちする。女は一瞬驚いた様子で固まった後、尚もこちらを睨んでいたが、再び口を開くことは無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
次に小雪が目を覚ますと、百代に優しく抱きかかえられて頭を撫でられていた。もう全て諦めきっていた小雪は、突然の事に理解がついていけない。百代は目をパチパチとして驚く小雪の頭を優しく撫でた。
「ユキ、もう大丈夫だぞ、このワタシが守ってやる」
「……あ…う…」
温かい人肌に触れて安心感に包まれる…と同時に直前の記憶がフラッシュバックする。ガタガタと腕の中で震える彼女に、百代は優しく言葉をかける。
「ワタシは無敵だ。そこらの奴なんてメじゃないぞ?だから…だから安心して、泣け。ワタシで良ければ受け止めてやる。」
ゆっくりと、優しく語りかける百代に安心したのか、徐々に落ち着きを取り戻した小雪は、百代の胸に顔を押し付けて泣き始めた
「……う゛…ぅ…あ゛……」
「よしよし、辛かったな…良くがんばった…偉いぞ。」
まるで親が娘をあやすように、背中をさすり声をかけ続ける百代。彼女はこういった経験など勿論なかったが、今は武者修行の旅に出ている両親のことを思い出しながら彼女をあやしつづける…しばらく経つと、ひとしきり泣いて泣き疲れた小雪は静かに寝息を立てていた。
「……」
「…寝たか……安心しろ、目が覚める頃にはゼンブ終わってるからな…」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔一が呼んだ警察がこの家に乗りこんだ時には、事はほぼ終わっていた。母親は子供達に抑え込まれ、娘も大和が呼んだ救急隊の医師によって救急車に運び込まれた事を確認した彼らは、諦めた表情を浮かべた母親をパトカーに連行すると、部屋に残っていた俺達から事情の聞き取りを始めた。
結果として小雪の母親は親権を剥奪され、彼女の親権は搬送先の葵紋病院で担当看護婦として小雪の面倒を見ていた榊原という女性が獲得した。
彼女は性格の穏やかな人で、事件のあとしばらく小雪が病院に入院している際も、小雪の“色”について
「瞳が朱いのもチャーミングで素敵!」
という辺り、“天然も入っているかもしれないが心配は要らないだろう”というのがさり気なく彼女を監視していた皆の意見だ。
まあ子供のやることなので、恐らく榊原さんは気付いていたが。一子がカーテンに隠れてじっと見つめているのを、“隠れんぼかな?”と言ってにこやかに笑いかけていた。そんな彼女なら、小雪の心を癒やしてくれる気がする。
事件から数日は塞ぎ込んでいた小雪だったが、連日のごとく皆で見舞いに行ったため、病室から明るい声が途切れることはなく、次第に元気を取り戻していった。板垣家で見舞いに行った時などは自ら辰子さんに飛びついて喜んだほどだ。
「聞いてよタッちゃん!ボク新しいともだちができたんだ!ふたりともすごくあたまがいいんだよー!」
病院内で友達を作ったことを自慢してくる辺り、彼女もあの事件で負った傷を乗り越えて成長しているのたろう。榊原さんとの関係も良好で、今まで受けたことの無い愛情に少し戸惑っている見たいだ。顔を赤くする小雪と、それをニコニコと見守る榊原さんのふたりは、傍から見ればもう立派な親子そのものだ。
一つ問題があるとすれば、榊原家は川神市街に位置していて、俺達の遊び場であった空き地からは離れている事だ。そのため小雪とは頻繁に会えなくなるものの、落ち着いたら月に何回かは遊びにこれるとのことだ。
あの事件から数週間後、無事に医者から問題なし、という診断をうけ病院から出てきた小雪を、俺達は全員で取り囲み喜び合った。
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中学生編
弓使いと金曜集会
金柳街…昔懐かしの店が軒を連ねる、庶民の味方の商店街だ。川神で暮らす人ならたいていこの商店街で日用雑貨や生活用品を買い求める。
若者が屯するゲーセンやファミレスから、貴重な書も散在する頑固親父が営む古書堂まで、幅広い年齢層から愛されるこの金柳街は、俺達ファミリーにとっても良い遊び場の一つである。
無事中学生に進学した俺たちは、小学生の頃よりはよほど自由な行動が出来るようになった為、刺激あふれるこの金柳街に訪れる事が多くなっていた。
ここなら家からそう遠い訳でもなく、古くからの顔なじみも多いから親も安心…という理由も多分にあるだろうが。
「いやー、やっぱり京はシューティングをやらせたら負けなしだね!」
「そういうモロだって、ゲームの中では私と同じくらいのスコアだったよね」
そんな金柳街の一角、俺と卓也の行きつけのゲーセンから出てきた俺と一子、卓也と京の一行は、今しがたプレイしていたゾンビ虐殺型ガンシューティングゲームの話で盛り上がっていた。
“弓使いは目が良い”を地で行く京はともかく、卓也は自分の主戦場という事もあって二人でかなりのスコアを叩き出していた……俺×一子ペアだって負けちゃいない。一子の反射神経が優れていたこともあり、息のあったプレーで1ミスもすること無くクリアした…卓也×京ペアとのスコア差は圧倒的だったが
「ははは、流石に得意分野で負けるわけには行かないからね…」
「……モロと私、息ピッタリだったよね…ちょっと嬉しい、かも」
「……京……」
後ろで桃色空間を作り出しているリア充どもなど全く気にせずに、一子は今日も元気にそのポニーテールを揺らしていた。この鈍感娘はこういう色恋沙汰にはとことん鈍い……明るくクラスの中心である彼女は割りと男子からモテているが、そんな事は勿論悟らせない。うちの妹分に彼氏なんて10年速いわ。
「シューティングゲームに関しては遅れを取ったけど……たっちゃん!見てたアタシのハイスコア!?」
「ああ、ランキングに入るなんて大したもんだ」
「ふふーん、まーねーまーねー!」
実はシューティングの前に一子はとあるゲームでランキング2位を記録していた。一位は測定不能という桁外れな記録のM.Kという人物であったが、それを除けば一子の記録はダントツの一位だ
「…が、コレはパンチングマシーンだ、一子。お前さっきコレでどうやって遊んでた…?」
「んぎくっ…」
「ワン子はいつも全力だからね…今回も全力全開で打ち込んでたよ…脚を」
「わ~!わ!わ!京ぉ、それ言っちゃダメー!」
「いやいや、ボク達全員の目の前で蹴り飛ばしてみせたじゃないか!今更か!って感じだよ…」
そう、一子はパンチングマシーンのサンドバッグを、あろう事か回し蹴りで蹴り飛ばしてみせた。あっという間の出来事だったので俺たちは呆然と見ていたが、一子はそれを全く気に求めずに2発目の蹴りを叩き込んだ。
「ったく、店員が見てなかったから良いものの…下手すりゃ出禁モノだぞ?俺とモロの生き甲斐を奪うつもりかよ…」
「それだけはヤメテ!」
時折ゲーセンで心を癒やす俺はともかく、まさしく文字通り庭のようなゲーセンを奪われる事になる卓也は激しく抗議した。最近ではとある事情でゲーセンに来る機会も減りつつあるため、その顔は結構真剣だった。
「うぅ…ごめん、なさい。」
「分かれば良し。ワン子、よしよし」
「うわーい、京は優しいわぁー」
一子は感情をストレートに表すため、落ち込んだ姿はまるで犬が耳をショボーンと伏せる姿のようだ。それほどまでの落ち込みようを見せる一子を京が慰める。このシーンはもはやお決まりになりつつある…
「妹分の調教が順調に進んでいく…おいモロ、お前の彼女だろ、早く何とかしろ」
「…良くもまあ照れもせずに言えたもんだね!」
卓也は彼女というフレーズに過敏に反応し、顔を赤く染める。これも最近ファミリー内ではよく見るお決まりのリアクションだ。
「ま、俺はイジるだけだからな…しばらくはファミリーの全力を賭して盛大に冷やかしてやるよ。」
▼
中学入学と同時に京は卓也に猛アタック。元から懇ろな関係出会った二人は、モロの優柔不断を乗り越えて無事に結ばれた。
その時の二人の初々しさと来たら、国産天然サトウキビを贅沢に使用した高級黒砂糖を1ガロン吐き出すくらい甘々だった。
というか、そう言うのは二人きりの時にやって欲しい………と言うのも京が告白したタイミングはファミリーの皆+α(小雪とその友人二人)で記念撮影をしていたまさにその時であった為だ。
当然その場は大混乱、真っ赤になった卓也を島津と風間、直江が胴上げし、嬉しさで涙ぐむ京の周りには慈愛に満ちた表情のモモ先輩、何故か自分まで泣いている一子、何がなんだか分からないがとりあえず両手を上げて喜ぶ小雪が集まり、女子トークで賑わっていた。
そんな様子をゲストの二人と見守っていたのも、今ではいい思い出だ(その後二人は全員に見送られながらイタリア商店街の方へと消えた…追いかけようとした島津は恐らく武神のような何者かに瞬く間に潰されたが)
▼
「で、どうなんだ?京の親父さんの訓練は。」
「うーん、一言で言うなら…鬼コースだね、あれは。どこからとも無く襲いかかる矢と、気づいたら無慈悲に浮かび上がる体…やっぱボクは武術は向いてないって思い知らされた気分だよ。」
無事順調なスタートを切った二人は、当然その関係を親に知らせた。卓也の祖父母は大いに喜んだが、問題は京の父親だった。“京を救ってくれた君には、私の誠意を受け取ってもらいたい”と言い出すやいなや、モロに道場着を叩きつけると、家の隣の道場へと担ぎ込んだのだ。
曰く、“京を守る為にも、そして君自身の為にも私に君を鍛えさせてくれ“どの事らしく、それからモロは椎名流弓術道場へとあしげく通う事となった。
今では汗だくで道場の床に倒れ伏す卓也と、新婚のようにタオルを持って甲斐甲斐しく世話を焼く京、それに陰ながら嫉妬する京父の構図は日常になりつつある。
そんな卓也と京父との関係は実に良好で、この間などは家族ぐるみで金柳街の焼き肉屋に行ったとか。
「…まあ、モロのステ振りは知力寄りだしなぁ」
「再ステ振りの課金アイテムはよ…」
諦めた顔で店に両手を差し出してつぶやく卓也、とはいえその体付きは前よりガッシリと弓を引ける身体へ鍛え上げられている。
今では京と肩を並べて射を出来るようになり、それを後ろから道着の裾を噛み締めて睨む京父が居たとかいないとか…
「それが出来んからこその“人生はクソゲー”発言だろうよ」
「いやあ、これだから人生ってやつは…」
「まあ、あんな可愛い女の子落としてんだ。そう文句言うもんじゃねぇぞ」
表情明るく一子と話に花を咲かせる京。虐めの一件以降、卓也の頑張りもあってかその性格を少しずつ明るく、元気な歳相応なものへと変え、少し口数が少ないながらも、“博識で運動もできる頼れるクラスメイト”へと変貌。友達も増え、今では学校が楽しくて仕方ないとは彼女の言だ。
「あ、あはは、全くその通りです」
「たっちゃーん!ちょっとこっちに来てー!この花柄とリボン柄…どっちが良いと思う?意見を聞かせてプリーズ!」
「ほ、ほらワン子も呼んでる事だし」
「逃げんな」
因みに、今の自分があるのは全て卓也のお陰であると考えている京と、そんな娘の惚気話を聞いて表情を歪めながらも、娘と食卓を囲みながら笑いあえる環境を作り上げてくれた卓也に本気で感謝している京父が、こっそりと卓也を椎名流弓術の後継者に仕立て上げ、婿入りさせる計画を立てているのはここだけの話…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「では、新たなる“金曜集会”の結成を祝って…カンパイ!」
「「カンパーーーイ!!!」」
その夜、所変わって島津家のリビング。ここいら一体の地主である島津家はとても広く、メンバー全員が入ってもまだゆとりがあるほどであった。各々コップにジュースを注ぎ、この度“日曜”から“金曜”になった集会の発足を祝う。
席には島津の母の手料理がずらりと並び、ちらし寿司、豚汁、ポテトフライ、ステーキ等々雑多ながらもかなり豪勢な装いだ。
「しかし何でまた急に金曜になったのさ」
「話せば長くなるが……中学生にもなったし、榊原さんが小雪のお泊りを許してくれた。小雪は金曜の夜から土曜にかけてこっちに来る…って訳よ」
「そうなのだ!今晩はマダオの所でお世話になるのだ!」
「…マダオ?」
「あー…ウチのまるでダメな親父、通称マダオのことだ。初めて小雪が来た時は丁度オフモードでな……まあそれはさておき、金曜の夜はモモ先輩の鍛錬もないし…」
「ガッコも終わって休みに入るから、俺達全員集まるって訳よ!だからこその金曜!フライデーナイトフィーバーだぜ!」
俺の台詞を継いだ風間がジュースを煽る。今までの日曜集会はどちらかと言うと昼に行っていたが、こうして夜に集まって騒ぐのも悪くない。
「幸いにもガクトのお袋さんが場を提供してくれるらしいんで、ちょっと集まって騒ごうぜ…って感じかな。ユキに向こうの学校の話も聞かせてもらいたいしね」
「この弟と来たら、最近は姉より携帯に夢中なんだぞ…やれやれ、こんな美少女が直々に構ってやっているというのに…」
直江はご自慢こネットワークから漏れてしまうような細かな出来事も把握し、その人脈構成に役立てたいとのことだ。
…あの中二病罹患者が一見中性的な好青年にまで戻ることが出来たのは、目の前で直江の脇腹をつついている、モモ先輩による調教の成果といえるだろう。
「なんだっていいじゃねえか!俺様こんな風に飲み食いして騒げるなら大・歓・迎だぜ!かーちゃんもアホみたいに飯作ってくれるしよ!」
「…………だーれがアホだってぇ………!?」
「ヒィ…!?」
島津が調子に乗って騒いだちょうどその時、お盆を持った島津の母親…麗子さんが居間に降臨した。先の台詞はバッチリ聞こえていたらしく、彼女の眉間にはシワがよっている
「ちょっと目を話した隙に直ぐこれだよ、このバカ息子!……皆、こんなバカでお調子者で騒がしい奴だけど、これからも仲良くしてやっておくれね。」
「「「はーい!!」」」
「恥ずいよカーチャン、勘弁してくれぇ…」
「ありがとうよ…さあさあ、たんと食べとくれよ!」
「「「頂きます!」」」
「うぉぉぉ…毎週コレはこっ恥ずかしいぜェ……」
頭を抱える島津を他所に、メンバーは各々好き勝手に動き出した。モモ先輩は直江を執事のようにこき使って料理を配膳させ、目を輝かせて料理をつつく一子と小雪の隣では、京と卓也がイチャイチャしている。
復活してすぐにそれを見て悔しがる島津と、“当時あんだけイジってたのにな”と笑いながら島津をイジる風間。
「たっちゃん!このお芋すごく美味しい!今度お婆ちゃんにも作ってあげたいわ!」
一子は芋の煮付けを頬張りながらはしゃいでいる。里親の影響か、一子のチョイスはちょっと年寄り臭い…そう思いつつも芋を皿に盛りつけて頂く。
「む…こりゃ味が染みて美味いな。だが、この料理のレヴェルは中々難しいかもな、頑張れよ、一子」
「うん!」
岡本の婆さんは歳相応と言うべきか、筑前煮とかの煮物が好物だ。ウチと家族ぐるみの付き合いもある為、何度か晩飯を一緒に食べているが、大体岡本家で会食すると煮物と煮付け中心だからな。…最近体また体調が崩れてきているらしいから、今度差し入れでも持って行ってやらねば。
「ぐぬ…タッちゃん!ボクのもすごく美味しいのだ!さあさあ、アーンしてあげるからこれを食べるのだ」
対抗心を燃やした小雪が、いまテーブルに置かれたばかりの料理を箸でこちらに向けて来る。
「おい待て小雪それ結構湯気立ってないか……近い近い、良いから!食ってやるからまず皿に置きやがれ!」
こうして騒がしい金曜の夜は過ぎていく。以降、形を変え、場所を変えながらもこの“金曜集会”は続いていく…時にはゲストも参加し、その賑わいは数を重ねてなお陰ることはなかった。
モロさん原作改変のお知らせ
こうして京は川神を離れることなく、友達も大い地元で成長することが出来ましたとさ
因みにもう外堀は埋まってるみたいですよ。師岡家の爺ちゃん婆ちゃんは京を娘のようにそれはそれは可愛がっているとか
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帰る家が有るという事
「あづい…あづずぎる…日差しがいたいわ…」
「言うな…余計暑く感じるじゃねえか」
「いっそこの川に飛び込んで水浴びしたいくらいよ……ああ、冷たそうな水がアタシを呼んでるわ〜」
「今日は最高気温更新だってな……こんだけ糞暑いのも納得だ。だが一子、もし仮にそんな事してみろ、俺は真っ先に家に帰るからな」
「…たっちゃんのいけず。残念だけど今日は水着着てないから川に飛び込んだりはしないわよ」
「水着着てたら飛び込むのかよ…」
季節は夏…冷房のついてない教室の、うだるような暑さから逃げ出すように飛び出した俺達は、快晴の青空を映す多摩川の辺りを二人で歩いていた。今日は例年の最高気温を更新する様な気温で、視線を移せばアスファルトの路上がまるで蜃気楼のように歪んで見えるほどだ。
「で、婆さんの様子はどうなんだ?」
「うーん、あんまり良くないみたい。この暑さもあるし、ご飯もあんまり食べてくれないの…」
一子の里親でもある岡本の婆さんは、ここ数日の暑さもあってか食が進まず、体調を崩している。年の事もあるだろうが、最近では身体が思うように動かず、布団に伏せることが多くなっているようだ。
「そうか…婆さん年だし、夏バテも合わせて体が弱ってるのかもしれねえな。」
「…そうよね……よーし!たっちゃんも来るし、今晩は精のつくウナギとかにしてみようかしら!」
「あんま油っ気の多いものは辞めといたほうがいいんじゃ…というかそれ以前にお前鰻調理出来たのか…?」
やる気に満ちた一子は、先程までの気怠さなど吹き飛ばしたかのように駆け出すと、俺の意見など聞きもせずに“たっちゃん!はやくー!”などと笑顔でこちらに呼びかけてくる。
この暑さの中走るのは正直嫌だが、このままでは置いてけぼりにされかねない。エアコンの効いた涼しいスーパーに思いを馳せながら、俺はこちらに大きく手を振る一子の後を追いかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
スーパーでの買い物を終え、冷房の効いた店内から意気込んで外へと旅立つ。途端に足元から熱を押し付けてくるアスファルトの道路を、俺と一子はひいこら言いながら急いで帰路につくと、いつ来ても懐かしさを覚える木枠の引き戸を開けて岡本家へと帰宅した。
玄関先にて一呼吸おいた後、少し型の古い冷蔵庫へ食材を入れた俺達は、そのままの足で縁側にほど近い婆さんの部屋を訪れた。
「よう婆さん、まだくたばってなかったか」
「ちょっとたっちゃん!いきなり何言ってるのよッ!」
「何言ってんだ、これくらい挨拶の範疇だぜ」
「ご挨拶だねぇ……相変わらずの“悪ガキ”だよ全く。昔はもう少しマシだったもんだが……」
「お婆ちゃんまでそんな事言って…」
「婆さんこそ、昔は“源くん”だなんて呼んでた癖に、今じゃアンタ呼ばわりじゃねえか」
「そりゃあずいぶんと遠い昔の話だねえ…ホコリ被ってたもんだから、もう頭の片隅からほっぽり出しちまったよ」
布団から体を起こして肘掛けに体重を預けた婆さんと、来てそうそう棘のある言葉を吐いた俺との一連のやり取りに、一子は肩を落としてやれやれと溜息をついていた。
…この位の応酬はよくある事で、年を追うごとに憎まれ口が増えていく婆さんも、何だかんだで歓迎してくれている事は分かっている。幼い頃から度々世話になっているためか、もはやこの婆さんも家族みたいなものだ……実際宇佐美代行センターの職員とも絡むことが多く、親父もこの家を訪れては何かと婆さんに土産を持ち込んでいる。
「ま、悪かったね。この通りピンピンしてるよ」
「布団に横になりながら言う台詞じゃねえな」
「え?なんだって?最近耳が遠くてねぇ」
「もう!お婆ちゃんてば…都合の悪いときだけは耳が悪くなるんだから…」
「大体コレはただの夏バテだと言ったじゃないか……アンタの親父もここの所毎度毎度見舞いに来て…菓子がそこに溜まっちまったじゃないか」
婆さんが指差す部屋の一角には、綺麗に包装された箱が積み重なっていた。親父は見かけによらず贈り物はしっかりする口で、見た感じ箱の中身は仲見世通りの良さげなものばかりだ。その数は片手で数え切れない程であるから、親父がマメにここを訪れていた事を窺い知ることができる。
「やれやれ、その様子じゃ暫く逝きそうにねえな。最近一子が妙に辛気臭いから来てみたが、心配して損したぜ」
「娘の晴れ着を見るまで死ぬ気はないよ!……ったく、一子、悪いけどお茶入れてきてくれるかい」
「はーい!…二人とも?アタシがいない間にまた言い合いとかしちゃダメよ?」
「「分かった分かった」」
その後、一子が淹れてくれたお茶を啜りながら、学校での出来事を二人で語り合った。中学に上がってますます人気絶頂の風間の事や、モロに彼女ができて焦り始めた島津、時に喧嘩を売りに来た高校生のグループを圧倒的な力でねじ伏せるモモ先輩の事…話のタネは尽きることなく、婆さんはぶつくさ言いながらも、嬉しそうに語る一子の顔を穏やかな顔で見守っていた………結局、話の中身が昔から変わらない金柳街の面々に至る頃には、縁側に夕日が差し込んでいた
「…一子は?」
「台所。俺が来たから腕をふるうってよ」
婆さんの部屋で談笑を続けていた最中、6時を知らせるベルの音で慌てて時間を確認した一子は、バッと立ち上がり、“今日はお客様もいるし、張り切っちゃうわね!”と言うと勇んで台所へ向かった。
「愛されてるねぇ、“お兄ちゃん”」
「るせえよ、“おばあちゃん”……一応、アンタが食欲無いってのもアイツがやけに張り切ってる理由の一つなんだぜ」
「全くあの子は…ホントにできた娘だよ」
「だからこそアンタの事は人一倍心配してんだよ」
そう告げると婆さんは影を落としたように表情を曇らせてため息を着くと、寂しげに夕日に染まる縁側を眺めた。
「だからこそ、ねえ……」
婆さんは寂しげな表情を一転させ、覚悟を決めた様子で縁側からこちらに向き直った。その瞳は夕焼けに照らされ、まるで意志が現れているかのように赤く燃えている…俺はそんな婆さんの醸し出す雰囲気に思わずツバを飲み込んで二の句を待った。
「アンタには言っておかなくちゃならないね。
……私の身体だが、ハッキリ言ってすこぶる悪い。一子には伝えてないが、明日死んでもおかしくない身体だ」
「…!………な、なんだよ、いつになく弱気じゃねえか、何か悪いモノでも食べたんじゃないのか?」
「冗談じゃない、一子の作るものに悪いものなんて有るはずないだろう」
婆さんは硬い表情のまま続けた。
「………アタシの体はもうロクに言うこと聞いちゃくれない。今日なんかは起き上がるにも一苦労さ。これじゃ、いくら装っても誤魔化しきれないからねえ……もう一子は気がついてるはずさ、あの子はこういうのだけは鋭いから……」
「……」
婆さんの独白に驚く反面、心の何処かで“遂にこの時が来たか”と思う自分がいたのも事実だ。なにせ一子を養子に迎え入れた時、婆さんは既にいい年であったからだ。だからこそ俺は最初のうちはその辺りを不安がって時間を見計らっては一子の元を訪れていたわけだが。
「なんだい?だんまり決めるとは、らしくないじゃないか…なに、心配は要らない。あの子の今後についてはアテがあるし、すこしなら蓄えもある。」
「そんなことじゃねえ、婆さん、俺は……」
残される一子のことについてとか、一子に残すことの出来る金の話とか、確かに重要な事ではあるが、そんな事はどうでも良かった。俺にとっても祖母と言っても過言ではない存在が居なくなるという事実は、正確に言葉を紡ぐ機会を失わせた。
「…おや、何時もの生意気な小僧はどこに行ったんだか…アンタ達は最後までいつも通りしてくれりゃいい。それが私にとって、一番の幸せさ。」
ニヤリと笑いかけるのは俺に気を使ってのことだろう…そんな事はもう分かりきっている。俺も一子も未だ中学生になったばかりで、婆さんは自らの死を背負わすまいと、一子に事実を直接を伝えることすらしていないのだから。
「婆さん……一子が泣くぞ」
「……人間遅かれ早かれいつかは死ぬ。ついに私にもその日が来ただけの事さ。しかし…何時だって大人ぶってたアンタがそんな顔をするとはね、こりゃあ役得役得」
茶化して流れをいつものペースに持っていこうとする婆さん。無理をしているのは明らかだが、その心意気を無駄にする気にはなれないし、それを汲まなきゃいけないことくらいは俺でもわかる。
「…相変わらずイイ性格してやがるぜ、畜生!」
「ほほほ…まだまだだねぇ」
「二人ともー!晩ごはんできたわよ!」
大げさに悔しがる俺と、ニヤニヤと笑う婆さん。お盆を持って部屋に突入して来た一子。今までの話の事などまるで無かったかのように、重い空気を無理やりにでも霧散させた俺と婆さんは、一子の腕に振るいをかけた夕食に舌鼓を打った後、三人で夜遅くまで思い出話に花を咲かせた。
一子がこの家にやって来た時の事、鋭い目つきの生意気なお友達が遊びに来た日の事、初めて婆さんと二人で料理を作った日の事…語り始めればキリがない。婆さんの語り口は嬉しげで、そんな婆さんの言葉を聞いた一子もまた嬉しそうに笑うと、俺に微笑みかける。最後に豆電球の明かりを消したのは何時だっただろうか。珍しく一緒の部屋で俺達は床について……
次の日、婆さんは安らかに息を引き取った。
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血の縁よりなお深く
一子が目を覚ますより早く異変に気づいた俺は、穏やかな表情で横たわる婆さんの体がひやりと冷たくなっている事実に、覚悟はしていたものの暫し呆然とした。
昨晩の和やかな思い出話がまるで遠い過去のように感じる……婆さんは最後の思い出を………一子の心に残される自分の最後を、暗く悲しい物にしたくなかったのだろう。燃え尽きようとする命を悟りながら、最後まで一子の親たらんとして、その役目を全うしたのだ。
「全く、最後まで格好いいじゃねえか…婆さん」
どこか満足げにも見えるその死に顔を眺めながら、一子のこれからについて考えを巡らせる…婆さんの心意気を無駄には出来ない。兄貴分として俺には一子を守る義務がある。次第に登り始めた日の光を背に受けながら、俺は早速行動を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「………では、私はこれで。この度はお悔やみ申し上げます。」
「ありがとうございました、先生。」
診断書を受け取ると、改めて婆さんがもうここに居ないという事実が突きつけられたように思える。無論医師だってこれが仕事なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
身辺整理やら何やらは駆けつけた親父と共にある程度済ませた。こんな事で“前”の知識が活かされるのには複雑な感覚だが、今はなるべく一子に負担の無いように最善を尽くさなければならない。
一番意外だったのは婆さんと川神院の鉄心さんに繋がりがあった事だ。遺言状には全ての支度が済ませてある事と、“鉄心に頼れ”という伝言が残されていた。早朝訓練に励んでいた鉄心さんに事情を伝えた所、葬式を始めとした様々な手続きを進めてくれた。
「今夜…通夜を執り行うでの、しっかりと準備しておきなさい。しかし…鶴ちゃんの奴、葬儀社まで選んどった。最後まできっちり支度しおるとは…」
「流石婆さん、どこかの親父とは大違いだ。」
「はっきり名指ししないでくれ忠勝…お年頃のガラスのハートは取り扱い注意なんだぞ…」
こんな時にも変わらず何時ものポーズを決める親父。その姿は傍から見れば情けない限りだが、事態が発覚してすぐに電話を掛けた時は、ボケッとした態度から一転、ものの数分で岡本家まで駆けつけて整理を手伝ってくれた。
「一子の負担にならねえようにってのもあるんだろうな…ホント、良い親しやがるぜ婆さんはよ。」
「…そんで、どうすんだ忠勝…一子ちゃんは。」
それ迄とは打って変わった神妙な顔で、親父はそう切り出した。こちらに向けた真っ直ぐな瞳は、“必要ならウチに連れてきても良いんだぞ。”と、そう告げている。
「それなら心配いらんわい、ウチが預かる。」
「……へえ、あの川神院で、ですか。」
「…婆さんの遺言にもそう書いてあった。こうなる前から既に話はつけてた…ってな。そうなんだろ?鉄心さん。」
「うむ。もう一月も前になるが、鶴ちゃんから手紙が届いての…お主らが居らん時を見計らって話をつけに行ったんじゃよ。一子ちゃんの今後と、自分の最後と…な。」
その時の事を思い出しているのだろうか、客間の窓から遠くの空を眺めて、ため息混じりに語った鉄心さん。婆さんとの交流はかなり長いようで、最近では合うことはめっきり減っていたものの、たまに手紙を送り合う仲であったとか。少し暗くなった空気を掻き消すかのように、親父はニヤニヤと性の悪い笑みを浮かべて俺の方を向いた。
「…残念だったな、忠勝。マジもんの妹に出来なくてよ」
「るせぇよ!………婆さんが決めた事だ、俺は何も言わねぇ。それに川神院なら俺らの所に来るよりも、よっぽど安全だ。モモ先輩も居るし、一子も全く知らない場所じゃない。」
「ワシとしてはモモが一番不安なんじゃがのう…」
話を聞くに、鉄心さんは実の孫であるモモ先輩の戦闘衝動を危惧しているようだ。だからこそその気質が巡り巡って一子を傷つけないか、不安が過ぎると言う。
「まあまあ、案外姉として一皮むけるかも知れないですよ?妹に恥ずかしい所は見せれない…ってな感じで」
親父もさり気なくフォローを入れるが、その顔は微妙に引きつっている……なにせこの川神では、モモ先輩の伝説的(悪い意味で)な噂に事欠くことは無いからだ。
「ふぉっふぉっふぉ……だと良いがの。」
独りごちる鉄心さんの背中は、やけに煤けて見えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
アタシが起きたのは、もう全てが終わった後だった。目を覚ましたら、布団が2つ足りなくて、寝ぼけ眼をこすって部屋を見ていたら、なんでか無性に胸がざわついて、居間に駆け込んだら、たっちゃんが驚いた顔でこっちをみて、台所から何時ものお婆ちゃんの声が…………聞こえなかった。
「たっちゃん…………お婆ちゃんは?」
「………一子。まずは座れ。」
「うん……それで、お婆ちゃんは…?」
たっちゃんは今まで見た事ないような複雑な顔をすると、意を決したように目を細め、顔を引き締めた。そして、アタシの肩を掴み、しっかりと目を合わせて、こう言った。
「良いか、一子。婆さんは……婆さんは、死んだ。」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。縁側で私の話を聞いてコロコロと笑うお婆ちゃんの顔が頭に浮かぶ。アタシは数秒固まった後、弾けるように立ち上がろうとする。それを抑え込むように、たっちゃんはアタシの頭を胸に押し付けた。
「落ち着け!一子!」
「いや!離して!お婆ちゃんは!お婆ちゃんはどこ!?」
「落ち着け!一子………“シャンとしろ!!”」
「……!!」
その言葉は、お婆ちゃんが落ち込むアタシに、張り手とともに送ってくれた言葉だった。“良いかい一子、シャンとしな!”と、目が覚めるようなお婆ちゃんの声がが頭の中で響いたような気がした。暴れる鼓動を無理やり抑えて、たっちゃんの胸の中で荒い呼吸を続けたアタシは落ち着きを取り戻し、さっきより幾らか力を抜いた逞しい腕の中からたっちゃんを見上げた。
「…落ち着いたか?」
「…うん」
「話、聞けるか?」
「…うん!」
「そうか、じゃあしっかり聞け一子。婆さんは………」
話し合いの後、アタシは客間で眠るお婆ちゃんと対面した。その顔はあんまりにも穏やかで、まるで今すぐ起き上がって挨拶してくれる気さえしてくる。でも、握った手は冷たくて、たっちゃんの言葉が頭をグルグル回って、アタシはお婆ちゃんがもうここに居ないって事を思い知った。
「お婆ちゃん、アタシがこの家に来てから、色んな事があったよね……昨日もいっぱい話したけど、話尽くせなくて、アタシついうっかり寝ちゃったんだよね、てへへ」
「お婆ちゃんってば、はじめてアタシが家に入るとき何度もやり直しさせたよね、“お邪魔しますじゃなくて、ただいまだろう?”…って。遠慮がちなアタシの手を強く握って、目線を合わせてさ……嬉しかったなぁ」
「お婆ちゃん、2週間に一回は必ずアタシの嫌いなピーマンのお料理作ってくれたよね、“ちょっとでも残したら次の日ご飯抜きだからね!”…って、おかげで嫌いなものなんて直ぐになくなっちゃった…」
「お婆ちゃん、様子見に来てくれたたっちゃんの事、いっつもからかってたよね、“おや、一子のボーイフレンドじゃないか、よく来たね”…なんて、アタシまで恥ずかしくなっちゃったじゃない!」
「お婆ちゃん、遠足の時すっごく可愛いお弁当作ってくれたよね。みんなと仲良く楽しめるようにって…わざわざ金柳街でレシピ本なんて買っちゃってさ…おかげでアタシのお弁当みんなに食べられちゃったじゃない」
「お婆ちゃんてば………お婆ちゃんてば、いつも笑ってるんだもん………アタシこんな時でも……お婆ちゃんの笑顔しか……思い出せないよ…ズルい……ズルいよ、お婆ちゃん……」
溢れ出す思いを抑えきれなくて、アタシはお婆ちゃんの眠る布団に顔を押し付けて、声を殺して泣いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それから暫く経って、初七日を終えた俺達は川神院にて話し合いをする運びとなった。葬式を終えて数日の間一子と二人で過ごした岡本家は、婆さんに身内が居なかった為、このまま引き払う事になっている。
名残惜しげに引き戸を閉めた一子の背中を見ていたら、あの縁側から風鈴の音が聴こえてきたような気がした。驚いた顔の一子を見るに、アイツにも聴こえたようだ。婆さんに“辛気臭い顔すんじゃないよ!”と叱られた様な気がして、俺達は顔を見合わせてクスクスと笑った。
川神院の門前には既にそうそうたる面子が並び、俺達を待ち構えていた。川神院総代である川上鉄心とその孫娘、川神百代。師範代のルー・イーと釈迦堂刑部の4名が腕を組んで立ち並ぶ光景は、その身から溢れ出す気迫さえ感じ取ることが出来た。その姿を見た一子がビビって気後れしているのを見て、俺は一子がここでやっていけるか少し心配になってしまった。
「では、一子殿……いや、一子。これからこの川神院がお主の帰る家じゃ。不安や迷いもあるだろうが、ワシを始め皆お主が家族になるのを歓迎しておる。寄る辺を失い心が折れそうならばワシを頼れ。どうしようもないほど心細くなれば姉であるモモに精一杯甘えるが良い。ワシ達は、家族じゃ。」
「…はい!これから、宜しく……お願いします!」
「此方こそ、だ。ワン子……いや、一子よ!今この時よりこのワタシがお前の姉だ!何かあったらすぐお姉ちゃんを呼ぶんだぞ?すぐに駆けつけて一切合財一撃必殺で解決してやるぞ!」
「アタシもお姉様に負けないくらい立派な女になるわ!お姉様……これから宜しくお願いします!」
“よし〜よし、一子はカワユイなぁ〜”と猫なで声で一子を姫抱きしたモモ先輩を見て、俺のちょっとした不安はたち消えた。妹を可愛がる姉と言うよりはペットを可愛がるそれのような気がしたが、まあそこは置いておこう。
「うンうン、仲良きコトは美しキコト!これナラあの娘モ上手クやっていけそうダ」
「…………ハン…あの程度の才じゃ、どうなる事やら……面倒な事にならなけりゃ良いが……」
「コラー!釈迦堂!今はそういうコトは言わなイ!」
「へいへい、こりゃ悪うござんした……」
こうして、岡本一子は川神一子になった。
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才能の行く方
「おーイ、一子ー!配膳、タのメるかナ?」
朝の走り込みから帰ったら、出迎えてくれたのは炊きたてのご飯の香りと、山盛りの御膳を抱えてお台所から顔を出したルー師範代だった。
「モチロンです!師範代!」
お台所から漂う焼きたての鮭の匂いを嗅いで思わず浮かれた声で返事をしたアタシだったけど、ルー師範代はちょっとだけ苦い顔をした。
「おー……良くナイ、良くないヨ一子…ワタシ達は家族モ同然なンダ。敬語はイラないシ、ワタシの事はルート読んで欲しいネ?」
「あ…えーと……押忍!ルー師範代!」
「ンー硬イ!でモ、そノ意気や良シ!」
両手に持っていたお膳をバランス良く片手に持ち帰ると、ルー師範代はアタシの頭をなでてくれた。うれしいけど、アタシだってもう中学生、コドモ扱いされる年じゃないのに!
「おうおう朝っぱらから元気なこったねえ……ったく、これだから熱血クンはよぉ…」
頭をボリボリとかきながら、不機嫌そうな顔をする釈迦堂師範代。大きく口を開けてアクビをする姿からは想像できないほど強いの!でも…ちょっとズボラでいつもだるそうにしてて、まるでたっちゃんのお父さんみたいな感じ…
「釈迦堂師範代!おはようございます!」
「はいはい、おはようさん」
「釈迦堂ー!朝かラ元気がないヨー!」
「……ウルセェ」
「釈迦堂師範代!ご飯ですよ!ご飯!今日は若菜のおみそ汁に、大根のせんまい漬け、焼きシャケ……な・に・よ・り!炊きたてのご飯!!」
「ウ・ル・セ・エ・!」
「ほっほっほ……良き哉良き哉。」
新しく家族の一員となった孫娘と、ここ最近その才能故に戦闘衝動に呑まれる傾向が見られる釈迦堂が、堅物のルーを交えながら仲睦まじくする光景を見て微笑む鉄心。川神院総代とはいえ中学生女子の心の取り扱いなどはそう慣れたものではない。年頃の娘がいきなりの環境変化に対応できているのか正直不安ではあったが、あの光景を見るに上手く馴染めているようだ。
「なーに偉ぶってんだか、このブルセラじじいは。」
そんな鉄心を見て呆れ顔の孫娘、川神百代が辛辣な言葉を投げつける。早朝稽古を優雅に寝過ごした彼女は、朝の清々しい空気を吸い込もうと障子を開いた。目に飛び込んだのは、出来たばかりの妹にほのぼのとした視線を向ける鉄心……爽やかな一幕をぶち壊したこの爺に、ボソッと毒の一つでも吐きたくなった訳だが…
「……モモは座禅30分追加!」
「マジかよ……そりゃあないぜ爺さん………」
「飯が冷める前に済ませたかったらとっとと道場に行かんか!この戯け!」
「へいへーい」
キャラの濃い川神院の朝は、新たな家族を加えたことで、更に明るく賑やかなものとなった
ーーーーーーーーーーーーーーーー
今朝は小雪を加えた三人分の朝食がテーブルに並んでいる。メニューは玉葱のみそ汁、冷奴、出汁巻き卵、ほうれん草のお浸し、五穀米と実にヘルシーだ。勿論誰に配慮してるかは言うまでもない。
「おう忠勝、醤油取ってくれや」
「ほーらマダオ、ショーユだぞー」
親父から見てテーブルの橋向かい、俺の隣に座る小雪は元気よく茶色の卓上瓶を叩き付けた。ちなみにウチでは何故か亜巳さんが容器に移し替えるので、一見さんは醤油とソースの見分けが付かない。が、小雪は結構な頻度で来てるので間違いなく知ってる筈だ。
「…ユキ、こりゃ一見醤油に見えるがその実ソースだ。」
「あははは、マダオに言われなくたってそんなの分かってるもーんだ!」
「冷奴にソースはねぇだろ、ビールの飲み過ぎで親父の舌も遂に壊れたか…」
「まー良いよそんなことー。タッちゃん!おかわり!ボクのためにご飯をよそうのだー!」
「あいよ」
小雪は年頃の娘っ子にしては良く食べる。なんでも友達のトーマが勧めてくれたソバットが最近のマイブームらしく、ウチに遊びに来てはよく俺と打ち込み稽古をしている。お陰で俺もある程度の足技を覚えられたのでWin-Winだ。だが、小雪にはスパッツの着用を義務付けた……破廉恥なのは兄として許さんぞ。
「一通りいじったら無視ときたか……全く、シビアな世界だぜ畜生!」
宇佐美代行センターの朝は、珍しい客人を一人加えたものの何時も通り巨人のお陰で賑やかなものとなった
ーーーーーーーーーーーーーーーー
所変わって親不孝通りは青空闘技場…ここでは日夜荒くれ共がその腕を競い合っていた。リングを囲うように集まった観衆は、誰それに十賭けるだの、今日のレートは何対何だのと賭け事に勤しんでいる。平和な川神にそぐわない親不孝通りの中でも、特に異様な雰囲気を漂わせる何でも有りの闘技場………そのリングのど真ん中に忠勝はいた。
今彼が対面している相手は所謂パワータイプの大男だ。既にボディに何発か入れているが、見た目通りタフな男なのだろう、苦い顔をしながら反撃の機を伺っている。
「ッゼアァァァァ!!」
「……ふッ!!」
数秒の睨み合いの後、仕掛けてきたのは相手だった。腕を広げて忠勝に駆け寄り、目前で急に体制を低くし、狙いをつける…足元を狙った単調なタックルだ。動きは直線的で、フェイントもクソもない。忠勝は身軽にジャンプして相手の裏を取った。
「…ッ…ソルァァァ!!」
が、タックルはブラフだったのか、男は忠勝の行動を待ってましたと言わんばかりに着地刈りを仕掛ける。タックルの体制から素早く反転してストレートを放った。
「インファイトなら、俺の十八番だッ!!!」
忠勝は不安定な体制ながらも突き出された拳を左肘で逸らし、返す右手で相手の上腕を打ち据えた。的確な打撃に思わず怯んだ隙をついて、ラッシュを仕掛ける。潰した右腕に続いてボディを庇う左腕にスマッシュを打ち込み、ローで左腿を潰し、次いで緩んだボディに右腕を振るった。
「……ッ……ゲボッ」
「これで終いだ」
腹を抑え、膝を折った相手の顎に向けて強烈なアッパーカット。いくら体を鍛えていても堪えることのできない脳への衝撃を食らった相手は、土で出来たリングに背中から倒れ込んだ。
「……ッ!オオオォォオォォオオォォ!!!」
途端に湧き上がる会場。熱狂して腕を振り回す観客の間を縫って、どこからか試合終了を告げるゴングの音が聞こえてくる。忠勝はリングを降りると、自分に向けられる暑苦しい男どもの歓声を受け流しながらある一角へ向かった。
「お疲れさまー。今日もあっという間に勝っちゃったね。…でも、まだまだ暴れ足りなーい…って顔してるねー、源ちゃんは?」
タオルを持って忠勝を迎えたのは、板垣家の次女、辰子だった。彼女は本日不在の竜兵に代わり、闘技場で鍛錬する忠勝のセコンド的役割を任されていた。
「…まあ、正直物足りない感はする。まともに闘り合えるのはここら辺じゃ竜だけになっちまったし…」
忠勝は真剣な表情でそう口にする。成長著しい忠勝は、身長が伸びたことでリーチも広がり、体格がしっかりした事でパワーも幼い頃とは比較にならないほどになっていた。竜兵との危険な遊びや、年を追う毎に苛烈さを増す代行業の仕事もあってか、忠勝の実力はメキメキと上昇し、最早この親不孝通りにおいては敵なしであった。
「近頃じゃその竜ちゃんにも勝ち越してるからねー」
「まあ“アレ”を使わなきゃまだ七割五分って所。あの野郎アホみてえにタフなんで……うるせえし、闘ってる内にこっちが疲れちまう」
「あははー、竜ちゃんしぶといからねー…」
竜はタフだからある程度は近接の打ち合いが出来る。小雪との模擬戦は俺から打ち込まないから避けの鍛錬になるし、足技への対応も身につく。だが、やはり何か物足りない。まるで近頃のモモ先輩のようだ。流石に彼女のレベルには至ってないが、俺も常に強者を探している…自分の死力を尽くせる相手を。親父はそんな俺を見て、身体が強さの壁を超えたがってるとか何とか言っていたが…
「まだ闘れる実感はある…だが此処にはもう相手が居ねえ…」
「じゃあ、俺の相手でも……してもらおうかねェ?」
「「!?」」
突然現れた男から噴き出す威圧感に、興奮冷めやらぬ風だった外野が静まり返る…観客は驚きや恐怖を顔に浮かべ、中には膝を折る者もいる始末だ。それ程までに男の放つ気は暴力的で、その顔は飢えた狼のように此方を見据えていた。
「川神院の釈迦堂サン…か、一子が世話んなってます」
「おいおい、こちとら闘りに来てんだぜ?この場で院がどうのとか言っちゃあ台無しでしょうよ。」
「そりゃあ失敬。出来たらその剣呑な気を収めてくれりゃあ有り難いんだが。」
「ハン、こんな苔脅しに引っかかるようじゃあ底が知れるってモンですわ。……ま、お前にゃ効いとらんようだが」
そう言って徐々に威圧を解く釈迦堂…背中でほっと息をつく辰子さんには悪いが、あの人は無差別に撒き散らしたのを此方に集中させただけだ。俺がこの場を離れれば、その矛先を一身に受けてしまうだろう。
「前も思ったんだが、お前さん“見えてる”どころか“纏ってる”よな?今だってそうしなきゃ、後ろのお嬢ちゃん諸共“呑まれてる”筈だぜ?」
そう言ってこちらに向ける威圧を更に強める。肌がピリピリと泡立ち、心臓が早鐘を打つ。対抗すべく身に纏う“アレ”をさらに強める。イメージは蛇口を開ける感覚だ。身に纏ったオーラが、彼から向けられるオーラと拮抗するのが見える。“前”の時に読んでた漫画の一幕を再現出来たことにちょっと興奮したのはここだけの話だ。
「ああ、アンタが言ってるのがコイツの事ってんなら、俺はそれが出来てんでしょうよ。怪我の治りが早くなるし、寝起きが楽だから重宝してる。」
「……ククッ…寝起きが楽、だと?アッハハハハ!こりゃ傑作だぜ!その才能を求めてどれだけの奴等がひーこら鍛えてると思ってんだか!」
「まあ、それ以外にも使っちゃいるんですがね…これ使うと誰も相手んならねえから詰まらん。竜ですら3発と持たずにイッちまうし…」
「そりゃあそうだろうよ、そいつぁ“氣”っつーモンでな、氣を使う奴は氣を使える奴としか闘り合う事ぁ出来ねえのよ。」
やっぱりコイツは氣か。ありとあらゆるファンタジー系作品に登場しては、“氣の力ってすげー”と言わんばかりに何でもこなす不思議パワー。強化したり放出したり具現化したりとなんでもござれだ。二度目の人生、やけにパワーインフレが激しいとは思っていた。世界の九鬼が誇る人外執事の噂やら、大戦時代から生きる武の化身の噺。身近な所でモモ先輩の武勇伝といい、やけに“前”とは違うな…とは感じていたが。
「……分かっちゃいたんだよ、鍛えりゃ鍛えるだけ強くなったし、辰子さんなんてヤケに力強い癖に細身だし、京都旅行の時ソニックブーム出す美人見た事あるし………それもこれも全部氣か。」
「何を一人で納得してるか知らねえが……俺にとっちゃ嬉しい誤算って奴ですわ。ごちゃごちゃとした御託は拔いといて………闘ろうぜ。」
釈迦堂さんはこちらに背を向けてリングに向かって歩き出す。目の前で固まっていた観衆は飛び退くようにして離れ、自然とリングまでの一直線の道が出来上がった。
「……悪ィ辰子さん、ちょっと闘ってくる。多分ボコボコにされるから、あと頼むわ」
辰子さんはいつもののんびりとした顔から、眉根を寄せて嫌そうな顔をしたが、ため息をひとつ吐くとタオルで乱雑に俺の髪を拭った。
「んー…止めたい所だけどねー。頑張れ、男の子。」
「おう、頑張る。」
釈迦堂さんは既にリング上に立ち、此方を見据えている。頬を張って気合を入れ直した俺は、再び戦場へと向かった。
VS釈迦堂刑部
壁超えの猛者、その筆頭の実力の程は…
次回、二度マジ第18回…
「立ちはだかる“壁”」
ご期待ください!
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立ちはだかる“壁”
釈迦堂刑部。生まれ持ったその傑出した才覚ゆえに周りから疎まれ、暴走を危惧した鉄心により川神院へと導かれる。その才は恐ろしい程に優れており、川神流を難なく収めると、周囲の人間を蹴散らし師範代の位へ就く。
後に彼と同じく師範代の位に就いたルー・イーとの間には歴然とした差が伺える程に大成した彼であるが、その精神面の危うさと、力を求める手段として武を振るう姿勢は、総代の鉄心をして危惧視させるに足るほどである。
そんな人間が今、忠勝の前に立ち塞がっている。くたびれた格好のその男は目を鋭く尖らせ、不敵な笑みを浮かべる。釈迦堂は構えは取らず、一見して隙だらけだ…しかしその実、その間合いには隙など無いに等しい。故に忠勝はどうにも攻め手を決める事が出来なかった。
「だんまり決め込んじゃあ詰まらねえ…こっちから行かせてもらうぜ」
“行けよ!リング!”その言葉と同時に釈迦堂は逆袈裟に腕を振り抜いた。忠勝は背を走る悪寒に身を任せるままに体を傾ける。その瞬間、頬の横を具現化するほどの氣を込めたチャクラム型の氣弾が掠めていく。
「遅え!そんなんじゃ蝿が止まっちまうぜ!」
忠勝が崩れた体勢を持ち直すよりも早く、釈迦堂は忠勝へと肉迫し、ガラ空きになった身体へと右ブローを振り抜いた。忠勝は左前腕で攻撃を受け、そのままの勢いで後ろに倒れ込むと同時に右脚を伸び切った左腕に叩き込む。
「カカッ……甘ちゃんですなあ。
蹴りってのは、こう撃つんだよ!」
釈迦堂は繰り出された脚を軽く躱し、返す刀で忠勝と同じく右脚を振り抜く。容赦ない一撃は忠勝の身体を捉えて吹き飛ばした。数メートルは優に押し出された忠勝……しかし観客のどよめきとは裏腹に、彼は直ぐ様体勢を立て直すと獰猛な視線を釈迦堂へと向けた。
「へえ、氣を集めて当たる瞬間だけ腹ァ硬くしたのか…器用なもんだ」
「お褒めいただきどうも。結構クるじゃねえか…素で受けたら臓物ブチまけてるだろ…」
「良くあることだ、気にすんな!」
「仮にもお寺さんの人間が言う台詞じゃねえな」
「ま、文字通り……“氣”ィ抜くと死ぬぜ?」
「…言ってろ!」
二度目の開幕攻撃を氣を纏わせた左手で打ち払うと、忠勝は足の裏で氣を破裂させ、反動で生まれた爆発的な加速で釈迦堂へ肉迫した。“前”では縮地とも呼ばれていた歩法で懐に飛び込んだ忠勝は、その速度を拳に乗せて釈迦堂を打ち据えた。
「……ッ……良いねえ…潰し甲斐があらァ!!!」
一瞬顔を驚きに染めた釈迦堂であったが、次の瞬間には面白い獲物を捕えたと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべた。
近接攻撃を主体とする、両者の拳戟の応酬が始まる。釈迦堂の振り下ろす右に対し、忠勝は左で迎撃する。返す忠勝の正拳に対し、釈迦堂は前腕で受け止め、薙ぎ払うように手刀を繰り出す。体を半身に反らして手刀を避けた忠勝の眼前に追撃の肘打ちが迫る……
拳を交わすこと数合、両者の身体へ徐々に蓄積されるダメージ…その違いは顕著に現れていた。川神院師範代を勤め上げる釈迦堂の繰り出す拳の速度は、当然ながら忠勝を上回っていたからだ。いくら忠勝が日頃からアンダーグラウンドの闘技場で遣り合う事に慣れているとはいえ、相手のほうが氣の扱いも上手で技数も豊富となれば、その分対応が遅くなる。……忠勝はジリ貧だった。
「オラオラどうした!もうギブアップか?」
「……ッ!好き勝手言ってくれるぜ!」
「ハハハ、折角面白い使い方出来んだ……もう少し楽しませてくれやァ!」
咆哮と共にラッシュを加速させる釈迦堂。肘打ち、貫き手、掌底打ち、鈎突きなど多彩な攻め手を容赦なく繰り出され、もはや反撃する暇もない状況に立たされた忠勝は、せめて一矢報いらんと思考を重ねていた。
「(今の俺に出来るのは氣を“纏う”事と“集める・爆破する”事だけだ。あの人みてえに“放つ”ことは出来ねえ……考えろ。考えろ。自分にできる最大限を……)」
数秒の思考の後、忠勝は駆け出す。先程と同じく速度を上げ、一直線に釈迦堂へと接近する。その様子を見た釈迦堂は“所詮その程度だったか”と内心失望した。釈迦堂は久々の“ソソられる”敵との勝負を楽しむ為、氣を使った奥義の使用を抑えていたが、先程と代わり映えのない忠勝の特攻にはこれ以上の継続価値を見いだせなかった。
「(せめて一撃で終わらせてやるよ…)」
ここに来て釈迦堂は初めて拳を構え、型をとった。その構えはよくある正拳突きのようであるが、歴とした川神院の奥義、“無双正拳突き”の構えである。左手を前に翳し、構えた右手に氣を集中させる…単純でありながら、熟練の闘士すら一撃で屠るその技は釈迦堂の禍々しい氣も相まって、鉄心ですら直撃は避ける程の脅威となっていた。
「………沈め!」
釈迦堂の拳が正面から猛進する忠勝へと放たれる。流石に威力は落としているとはいえ、氣を纏い奥義にまで昇華された正拳突きは正確無比に忠勝を捉え、その身を吹き飛ばす
……筈であった
繰り出される奥義。目前に迫るその一撃を直撃の寸前まで見据えた忠勝は、右足を目一杯踏み込み飛び上がって回避する…その距離、わずか数センチ。ギリギリまで引き付けた拳を躱し、上空へと跳躍した忠勝は、目で追う釈迦堂を置き去りに、空中で反転し…文字通り“空を蹴った”。
▼
「(…………虚空、瞬動だとッ!?)」
釈迦堂は内心の驚愕を隠せなかった。今日まで氣の正体すら掴めていなかった若造が、氣の収縮・爆破を精密にコントロールする事で、空中戦をも繰り広げる三次元戦闘を会得したのだ。
「(こいつぁ凄え、百代以来のトンでもねえセンス…!生憎と氣の総量は比べるべくもねえが、戦闘への応用センスに関しちゃ反則級だッ!今は“術”を知らねえから強化しか出来ちゃいねえが、教え込んじまえばコイツぁ“化ける”……ッ!)」
忠勝は縮地と虚空瞬動を繰り返し、釈迦堂へと迫る。次第にフェイントを織り交ぜた絡め手を使うようになり、果ては釈迦堂が繰り出していた掌底打ち、鈎突き、裏打ちすらも模倣し、攻めの姿勢を崩さなかった。
徐々に研ぎ澄まされていく忠勝の攻撃を捌きながら、釈迦堂は改めて目の前の少年の才覚に期待を抱いた。実践に勝る訓練はないとはよく言ったものだが、目の前の少年はいっそ異常なまでに成長著しい。
仮に稽古をつけたならば、目の前の荒く削られた原石が、果たしてどのような輝きを放つのか。氣を扱う術を知ったこの少年は、一体どのような技量で自分を楽しませてくれるのか………成長した少年と自分が闘う未来を脳裏に描き、釈迦堂は意図しないうちに口の端を釣り上げた。
▼
先程とは違い、縦横無尽に動き回る忠勝の拳衾に防戦一方の釈迦堂。一見して忠勝が有利に見えるこの一幕において、忠勝は調子づくどころか底知れぬ不安を感じていた。
「(さっきから目一杯打ち込んでんのに通ってる気配がねえ!そりゃあ釈迦堂さんのが強えのは分かり切ってる……だが、何だよコレは……この差は、あんまりじゃねえか………!)」
不安は焦燥感へと変わり、息を乱す。乱れた呼吸は身体の動きを乱し、忠勝の拳衾は次第にその厚みを失いつつあった。釈迦堂は思考をやめ、面白いものを見つけたと言わんばかりに目を輝かせて忠勝を見やった。
「やっぱ川神は良いねェ、こんな所にも面白れえ奴がゴロゴロしてやがる…!気に入ったッ……!お前、俺が鍛えてやる!」
突然の申し出に一瞬動きを止めた忠勝。釈迦堂の悪人面は生き生きとしており、こちらに対して堂々と腕を組み仁王立ちする姿は、先ほどの言葉が嘘偽りでないことを表していた。その余裕…この戦いで嫌という程叩き付けられた力の差に、忠勝はただ悔しさを覚え、それでも愚直に攻め寄るしかなかった。釈迦堂はそんな若き才能を眺め、ボソリと一言。
「ただその前に……“壁”を知っとけ。」
忠勝は釈迦堂が構えを取った事も、その拳が振り出された事すらも気付けなかった。
トン……と、まるで気軽に肩を叩くように腹に当てられた拳は、咄嗟に貼った忠勝のガードを“ブチ抜いて”その内部へと衝撃を撃ち込んだ。次の瞬間、まるで思い出したようにその身体は吹き飛び、忠勝は喀血しながら地に倒れ伏した。
▼
周囲の観客が誰も動き出せない中、まず最初に辰子が忠勝の元へと駆けつけた。リング端まで飛ばされた忠勝には深刻な外傷こそ無かったものの、身体は所々傷が目立つ。特に最後の一撃は内部に大きなダメージを与えていて、意識はあるものの立ち上がる事ができない。辰子はうつ伏せに倒れ込んだ忠勝の体を起こし、手で土埃をはたいてタオルで顔を拭う。
「よく頑張ったねー……さすが、男の子」
「…」
忠勝は返答することが出来なかったが、目を閉じたまま口の端をニヤリと歪めた。そんな忠勝の様子を見て少し安心した辰子は、とても冷ややかな目で釈迦堂を睨んだ。その身からは忠勝の数倍は優に超える量の氣が溢れ出ており、家族を傷つけた憎き仇敵を無意識のうちに威嚇していた。
▼
「へへ、睨まれちまったぜ」
やれやれ、と肩をすかした釈迦堂は闘技場の出口に向かって歩き出す。忠勝とは対象的に傷はほとんど見受けられず、辰子から向けられる恐ろしい程の敵意を飄々と受け流しながら歩を進める。
「(アイツだけじゃねえ、お嬢ちゃんも中々良いもん持ってるみてえだな、氣の総量は百代並みか…!大したもんだ。今日だけで2つも良いモン見つけちまったな。百代に教えてやりゃ喜びそうなモンだが…)」
だがこの時、釈迦堂は才ある二人の存在を川神院に知らせる事など全く考えていなかった。下手に堅苦しい院の修行を課せば持ち味が失われる恐れがあるし、何よりも……その方が絶対に面白い事になると確信したからだ。数年後の百代の呆気に取られる様子を思い浮かべ、ニヤニヤと性の悪い顔をした彼は、帰り際に忠勝に向けて呟いた。
「取り敢えず明日の夜6時に河川敷に来い。強くなりてえならよ……一応言っておくが川神院の辺りは通るんじゃねえぞ?爺さんにバレると面倒だからな……」
忠勝はその言葉を最後に、意識を手放した。
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源忠勝の日常▼平日編
何とかペースを上げられるよう努力します。
朝七時すぎ、一欠片の雲も見られない空の下、多くの学生が学校に向かい始める。通学路に近い多摩大橋の河川敷には、今日もそのあだ名に恥じない程の多様な人種が跋扈していた。
近頃暑くなってきたというのに黒のトレンチコートを着た変態。惜しげも無くその筋骨隆々とした身体を晒す変態。道行く小学生に気味の悪い笑みを浮かべて声をかける変態。それを追い払うハゲ…最後のが知り合いなのは目を背けたくなる事実だ。
「おはよう!たっちゃん!」
河川敷の半ばまで差し掛かった時、背後から一子の元気な声がかけられる。振り返ると川神姉妹がお揃いでこちらに手を降っていた。此方に駆け寄った一子が俺の右隣をキープする。
「よう、忠勝。」
「ウス」
対照的に、ゆっくりと歩を進めて歩み寄ってきたモモ先輩。その身体からは本日も強者のオーラを振りまいている。彼女は挑戦的な目でこちらを見つつ、俺の肩ににやりと笑って手をかけると…
「なあ、一発…ヤらないか?」
「殺らないかの間違いだろ…朝っぱらから勘弁してくれ。」
「あらら〜?敬語を使わなくなったから忘れちゃいないかね?忠勝クン…?先輩命令だぞ?聞き入れないと武力制裁……だゾ?」
「どっちにせよ闘り合うじゃねえか!」
いつもの事ながら目の前の武神先輩は闘争本能に忠実だった。折角整った容姿をしているのに、頭の中は物騒極まりない。アフガンも真っ青なバトルジャンキーだ。
以前先輩に興味を持たれてからというもの、先程のように出会い頭に手合わせを申し込まれるのは日課のようなものだ。もっとも氣を絶っている今の俺の強さは、竜と変わらない程度であるから、そこまで強引に誘われる訳ではないが。
「お姉様、最近相手がいなくて不完全燃焼気味なのよね………唯一相手してくれる釈迦堂さんもちょくちょく院を抜け出しちゃうし。」
「そうだッ!釈迦堂さんならこの疼きも分かってくれるハズなのに!最近じゃふらっと出ていって飯時まで帰ってきやしない!爺もなにも言わないし!このままじゃ、誰が私の相手をしてくれるって言うんだ!」
「駄々っ子か!」
「まあまあ…今晩のチキンソテー、お姉様の分は少し多めによそってあげるから…」
「…!ホントか!ひゃっふーヾ(*゚∀゚)ノ゙✧*。ー!
いやー、持つべきものは愛しい妹だな!」
「もう、お姉様ってば単純なんだから……」
婆さんの事もあって料理好きが高じた一子は、川神院に迎えられて数ヶ月もしないうちに厨房を掌握した。恐らく、目の前で飛び跳ねているモモ先輩の胃袋も既に落としているのだろう。
“食事でお姉様を支える!”と意気込んでいる一子の事だ、甘やかしてモモ先輩に頼まれればおかずの一品や二品は追加している事だろう…もちろん栄養面に配慮しながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学校に近づくに連れて増えるモモ先輩のファンを避けながら昇降口に辿り着く。案の定モモ先輩の靴箱には手紙がところ狭しと入っており、一子と俺は苦笑いしながら靴箱から流れ落ちる手紙の滝を見ていた。
ピンクの便箋の間にチラホラと挑戦状という文字が見える辺り、川神らしいと言える。モモ先輩は“モテる女は辛いなー”と言いつつ手提げ袋に手紙を全て仕舞いこむと、俺達とは別の階段へと向かった。
「じゃあ、またな!」
「お姉様ー!今日は寄り道せずに帰ってきてね!仲見世通りでおかし食べちゃダメだからね!」
「ははは!それはその時次第かなー!」
「…行っちゃった…もう、お姉様いっつも女の人と食べ歩きして帰ってくるんだから…」
「ま、モモ先輩はモテるから仕方ねえな。」
この中学で女生徒の人気を独占しているのが、他でもないモモ先輩なのだ。風間やその他イケメン達を差し押さえ、堂々の一位の座を勝ち取っている。放課後は数人の女子を侍らせ、仲見世通りや金柳街を練り歩く様子がよく見られる程だ。
「うーん、晩ごはんもしっかり食べちゃうから、栄養面じゃ問題ないのよね…カロリーも鍛錬ですぐに消費しちゃうし…」
「まるで専属トレーナーみたいな語り口だな?」
「うん!アタシの目標は、お姉様を隣に立って支えることだもの…!武術はちょっとダメだったけど、お料理なら誰にも負けないわ!」
「……そうか、夢があるのは良い事だ。」
川神院に引き取られる上で武術と関わらない選択肢はない。一子は引き取られると同時に武術の稽古をつけられ……その才能を測られたそうだ。
下された結果は“才能なし”…という残酷なものであった。たが、そもそも武の頂点として名高い川神院において、“才能なし”の評を下されるものは掃いて捨てる程存在する。その中で新たな夢を掲げ前向きに取り組む一子の、なんと眩しいことか。
「その為にもスポーツ栄養士の資格をとらなくちゃ!でもその為には管理栄養士の資格が欲しくて、その為には試験に受からなくちゃいけなくて…」
頭から湯気を出して考え込む一子…栄養学から始まり、食品学、調理学、生化学、エトセトラエトセトラ…彼女の夢の前に立ちはだかる壁はとても大きいようだ。
「…管理栄養士って確か国家資格だったな。お前の熱意は大したもんだが、やれるのか?」
「
「(……眩しいな、一子の奴。…なんだろうかこの気持ち、娘が嫁に貰われていくような気分だ…)」
「じゃあたっちゃん、アタシはここで!」
「お、おう、じゃあな」
片手を上げて駆け出して行く後ろ姿は、手塩にかけた愛娘が手元を離れていく姿を……もう止めだ、俺はこの気分をあと何度味わうのだろうか。
「(一子の教室は2組……あそこには直江と島津と………いや待て、直江か?お相手は直江なのか?…最近集まる時はあの二人がペアになる事が多いが……許さん、直江だけはこの俺が許さんぞ……)」
「何やってんのさ、早く行かないとチャイム鳴るよ!」
「いや待てモロ今俺は娘の一大事に…」
「現役中学生が何言ってんのさ、今日の一限は“大佐”だよ?遅刻しようものなら…フルボッコにされかねない!…あと京に小言を言われかねない!」
「最後私情じゃねえか!」
卓也に腕を引かれながら、最近男子の間でも人気の出てきた妹分の身を案じる忠勝。とある大企業の御曹司が彼女に恋をし、子飼いの従者と波乱万丈の遣り取りを繰り広げるのはまた別の話である。
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放課後、多摩川上流にある人通りの少ない河川敷にて、俺は釈迦堂さんに稽古をつけてもらっていた。組手は今のところ62戦0勝60敗2引き分け(うち時間切れ2試合)だが、釈迦堂さん曰く氣の使い方は“以前よりマシ”だそうだ。今は半月蹴りのノルマをこなしている。何でも知り合いに恐ろしい足技を持つ漢が居るらしく、その漢の蹴りを参考にした鍛錬とか何とか。
「694…695…696…697…698……」
「ギャハハ!何だアレハムスターの回るやつかよ!」
「いやー、凄いねー…なんか速すぎて車輪状のナニカにしか見えないねー」
「699…700ッ………ハァ、終わりッス。」
「んじゃ、しばらく休憩ー。ところで…おうおうオメーラ!見せもんじゃねーぞ!冷やかしなら帰ってもらおうか?」
「冷やかしじゃねえよ…師匠!俺にも新しい修行させてくれ!」
「ウチも!ゴルフクラブぶん回すだけとかいい加減飽きてきたんだけど!」
「俺が鍛えんのは忠勝だけだっつーの!ったく、兄妹揃って血気盛んなこった。そんなお前らは取り敢えず身体動かしとけや!」
あの日以来月水金曜日の放課後は、釈迦堂さん、俺、何故か流れで参加するようになった竜や天、見張り役として後ろで二人を見守っている辰子さんを加えた五人で稽古をつけてもらっている。
河川敷をフィールドに見立て、“川神院の技は教えない(使わないとは言っていない)”という良くわからない設定の下、釈迦堂さんがアレンジした川神流の技を実践形式で文字通り“襲”わる。
俺と竜は拳闘術を、天は棒術(棒ではなく何故かゴルフクラブ:PINGアイアンG20)の指導を受け、基礎作り、型稽古、見取り稽古、模擬戦闘など、顔に見合わない丁寧なスケジュールに沿って稽古を行う。
「……ふー…あいも変わらず騒がしい奴らだ…こっちだって今まで型稽古しかやってねーのに。」
「天ちゃんも竜ちゃんも堅苦しいの大っきらいだからねー…はい、タオルとお水だよー。」
「お、ありがてえ。」
「でも…良くやるねー、流石は男の子だー。…自分を潰した相手に鍛えてもらうって聞いた時はちょっと心配したよー。」
辰子さんは俺に歩狩水を手渡しながら笑った…青空闘技場での一戦の後、彼女に釈迦堂さんに会いに行くと告げた時は目を細めて心配されたものだ。結局辰子さんも付き添って河川敷に向かう事になり、釈迦堂さんには“女連れかよ、モテるねぇ”とからかわれた訳だが。
「まあ、向こうから声かけてくれたんだし、強くなれんなら悪い話じゃねえなって思ったんだ…初っ端から“現時点でどれだけ出来るか試す”とか言って襲って来られた時は軽く後悔したがな。」
「源ちゃんいっつも傷だらけだけど、あの時は酷かったねー…ここからウチが近くて良かった良かった。」
「亜巳さんにも迷惑かけちまったし…」
「体動かなくて晩ごはん私が食べさせてあげたもんねー。可愛かったなー、あの時はヤンチャな弟がもう一人増えたみたいだったよー。」
「…忘れてくr「無理だねー」……はぁ」
恥ずかしい事に、最初から全力で挑んできた釈迦堂さん相手に氣力を振り絞って迎撃した結果、俺の体はガス欠を起こしてまともに動けなくなってしまったのだ。辰子さんはそんな俺を背負って家まで連れ帰り、看病してくれた…ご丁寧に夕食まで。大爆笑しやがった天と竜を全勢力を駆使してボコボコにしたのはその翌日の事だ。
「おい忠勝!師匠と竜がバトってる間ウチの相手しろや!今日こそリアルで勝ちを貰ってやんよ!」
「別に良いけどよ、お前負けた腹いせにゲームでボコボコにしてくるじゃねーか…」
「ゲームとリアルは話がちげーんだよ!もー良いから辰姉といちゃいちゃしてねーでさっさとコッチ来い!」
天は特徴的なツインテールを靡かせ、両手をバサバサと振ってこちらを睨んでくる…最近の天は俺と辰子さんが一緒にいる場面を見ると機嫌が悪くなる。女は男に比べて精神が早熟すると聞くし、そういうお年頃だからだろうか?
ステゴロの殴り合いを続ける竜と釈迦堂さんを横目に見ながら、仕方なく俺は天と対峙した。
中学生で院に入った一子に下された、川神院の判決は厳しいものだった……しかし一子は挫けない!彼女の物語に影を落とす事は何者にも出来ないのだ!
天使戦?あぁ、ctrlキー押しちゃいましたね。
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