閃の軌跡~ユーノ教官~ (泡泡)
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1話:顔合わせ

 全ての始まり


 「さてこれから入学式だがこの場に新教官を一人紹介する。と言っても、去年から教官候補としてこの学院にいたのだから皆は知っているだろうがな。さぁ入りたまえ」

 

 「はい、失礼します」

 

 そう言って入ってきたのはユーノ・スクライアだった。彼は今日からトールズ士官学院で教官として働くことが決まっていた。一年前にとある少女に助けられてから学院長の勧めを受け最初は教官候補生として働き、四人の生徒と共に実習を繰り返し行なっている間に適正があると見届けられやっと教官になれた。

 

 「ユーノ・スクライア教官だ。彼には今年から発足する特科クラスⅦ組の副教官に任命する。加えて去年から引き続き生徒会顧問としても働いてもらいます。いいですね?」

 

 「はい、何の問題もありません。私は彼女に助けられたのですから・・・」

 

 彼女に助けられた・・・これについては後ほど語ることにして彼がこの学院の教官になったことはとても嬉しいことだということは皆の表情からも知ることができた。

 

 「それでは初対面ではないが、一言そうだな・・・抱負や意気込みなどをお願いしようか?」

 

 「はい」

 

 コホンと小さく咳払いをしたのち口を開く。

 

 「えーっと昨年からお世話になっているうちにこの学院で教官になりたいという気持ちが強くなり、ヴァンダイク学院長に相談したところ教官候補になってみてはどうだろうか、その上で判断しようじゃないかと言う決定でしたので約一年ほど候補として働きました。こうして正式に認められて改めて言えることは一つだけ。今は希望しかありません。他の教官たちに、私を強く推薦してくれた彼女にはとても感謝しきれないほどです。それと学院長にも同じことが言えます。若輩者ですがどうかよろしくお願いしますっ」

 

 ユーノの決意表明に職員室中から大きな拍手が沸き起こる。その中には気難しい事でも知られている教頭の拍手もあった。ムスッとはしていても少し口元は緩んでいた。

 

 「さあ入学式だ。特科クラスと言う今までにはない取り組みだが、皆がそれぞれの力を発揮して取り組んでくれることを期待する。ユーノ君以外は講堂へ。ユーノ君はトワ会長を手伝ってくれ」

 

 「了解です。では・・・」

 

 踵を返して職員室を後にしようとすると少々控え気味な声がかかる。ユーノがここでお世話になったときから何をするにしても気にかけてくれた人だった。最初は何か思惑があるのではと思うこともあったが、お酒を一緒に飲んでその思惑が外れていたことが分かった。

 

 「ンンッ!!ユーノ君?」

 

 「なんですか教頭?」

 

 「また(・・)喫茶で飲まないか?色々と話したいこともあるし・・・」

 

 男爵位を持っているせいか貴族よりの思考に凝り固まっていた教頭だったが、下戸ゆえに飲むと本音で語ってくれることが幸し最近では一番親交がある友人の一人となっていた。

 

 「ええ、いいですよ。ではまたあとで・・・」

 

 その様子を見てもまだ信じられないと言わんばかりの教官方。学院長あなたもですか?半年ぐらい前から時々見ることができる風物詩になっているでしょうと、言っても言わなくても同じなのかもしれない。 

 

 職員室を出るとすぐに連絡が入る。

 

 「ユーノ・スクライアです」

 

 『あっ、ユーノ君?・・・じゃなかった。今日から教官なんだよねっ。エヘヘヘ、ユーノ教官?今よろしいでしょうか?』

 

 「問題ないよ。でも君から教官なんて言われるとちょっと嬉しいね」

 

 『あぅ。じゃなくて!!これから正面玄関付近に来ていただけますか?』

 

 通信の相手は今年の生徒会長、トワの声だった。学院長から会長を手伝って欲しいと言われていたので、その関係だろう。

 

 「そっちにいけばいいんだね?分かった、2,3分でそっちに行くよ」

 

 プツッと言う音を立てて通信を切る。ARCUS(アークス)と呼ばれるオーブメントをしまい、外に出る。遠くの方で見慣れた二人が大小の荷物を台車に乗せて運ぼうとしているのが目に入る。近寄って声を掛けることにした。

 

 「トワにジョルジュお疲れ様。どう、何か問題は起きてない?」

 

 「ええ、今のところは・・・。おめでとうございます、今日から教官なんですね?」

 

 「私も自分のことのように嬉しいよー」

 

 黄色のツナギを着た少し太めの青年と、年齢とは裏腹に幼く見える少女が口々に祝福の声をかけてくれる。

 

 「ありがとー。やっとここまで来ることができたよ。最初は疑われてどうなることかと思ったけれども君たち四人がいたからここまで出来たんだと思う。ホント感謝してる」

 

 「や、やだなぁ。感謝しているだなんて、私たちの方こそ言いたいよー」

 

 「あぁ、半年前だったらこんなに和気あいあいと話すことなんてできなかったと思う。ユーノ・・・教官には感謝してもしきれない」

 

 ここにいない人を含めて四人には世話になったし、ユーノ自身も彼らとの絆を深めることができた。会った当初は大丈夫なのかとも思ったが思いのほか上手くいった。今はもう会うことの出来ない彼女(・・)のおかげかもしれないな・・・。すぐに手が出るのだけは遠慮したいところではあるが。

 

 「さてと、トワにジョルジュ。特科クラスになりうる生徒たちは全員講堂に入っていったのかな?」

 

 「あっ、うん・・・じゃなくてはい!!他と違う赤い制服を着ていることに、戸惑いを感じている人もいたけれども皆講堂へ向かいました」

 

 少し仕事モードへと移行したのを感じ取ったのかトワの口調も少し変わる。

 

 「ふむ、どれどれ。全部で9人か。みんなが入ってくれると良いんだけどなぁ~」

 

 講堂側の虚空を見上げて呟く。その呟きが聞こえたのかトワとジョルジュは二人で顔を見合わせて一言言う。

 

 「大丈夫ですよ」

 

 「あぁ、僕もトワと同じ思いを持ってます。ユーノ教官が僕たちを引き寄せてくれたように、特科クラスの皆も最初は衝突しあったとしても近い将来絆で結ばれると感じます」

 

 いつもは寡黙なジョルジュが語ったことに驚きながら、二人の返答に頷いて返す。

 

 「さぁ旧校舎のほうへ運び込みましょうか?入学式が終わると彼らを待っているのはオリエンテーリング。そこで自分の得物がなければなりません。僕も手伝うのでさっさと運んじゃいましょう」

 

 分担して9人分の武器を運び、重いものは台車にのせて軽いものは手に持って旧校舎へ運び入れた。そしてマスタークォーツをそれぞれ台座に載せる。

 

 「これでよしっと・・・。トワとジョルジュのほうは終わりましたか?」

 

 「ええ、私のほうはこれで終わりです」

 

 「僕のほうも・・・終わりですね」

 

 円形の部屋に9人分の石で造られた台座があり、それぞれに得物とマスタークォーツをのせる。

 

 「あとは落とされて(・・・・)ここから始まるわけだ。少々彼らに同情せざるを得ないかな?」

 

 苦笑が口から漏れた。サラ教官から伝えられたオリエンテーリングの内容が彼らの心を更に揺さぶるものだと感じたからだ。

 

 「うんうん」

 

 「これに関しては同意をせざるを得ないな」

 

 トワとジョルジュがユーノの呟きを聞いていたのか返す。

 

 「さてと、終わったならここから出ようか。外で待ってる二人にも会いたいし・・・」

 

 踵を返して旧校舎から出る。それに続いてトワたちも続いた。しかしユーノにはこの旧校舎に違和感を感じ続けていた。ずっと続く何かを・・・。そして夢にも出てくる女性のような男性のような声がいつの間にか脳裏に残っていた。

 

 

 ――汝、力を求むか?――

 

 

 その声がユーノの将来を決めるものとなるかもしれないのは、いまのところ分からなかった。残りの二人のもとへ行くと相変わらず言い争っていた。激しいものではないもののこのやりとりも随分と見てきた。

 

 「やぁクロウにアンゼリカ。いつものように仲、良いね」

 

 「「良くないっ!!」」

 

 

 ハモリ返してきた。第三者から見ると良くも悪くも似た者同士という分類なのかな。ここまで来るのには随分と時間がかかったように思える。クロウは他人にも自身にも関心を持たず、アンゼリカは女好き、ジョルジュはメカマニア、トワは何かあるとすぐにオロオロして小動物のごとく振舞っていた。

 

 彼らに最初出会った時はすぐにさじを投げそうになったが、それでも信頼してくれた学院長に報いるためにも荒療治を行なって心の奥にあるものを引き出し、本音でぶつかり合ってやっと落ち着いた。

 

 「はいはい。特科クラスの連中はもうあの中に入ったの?」

 

 「ったく、ゼリカのヤツ・・・。おっとサラの餌食になった連中の事だな。おうよ!!数分前に入ったばかりだけどありゃあ苦労するだろうな」

 

 「まったく、彼は今日から正式に教官になったんだぞ。少しは言葉に気をつけてだな・・・」

 

 「アハハ」

 

 クロウとアンゼリカのやりとりは聞いていて飽きない。しかし、クロウの心を全てさらけ出すことができないでいることに未だ不安を残していた。

 

 トワ会長とこれからの生徒会のことなどを話し合っているとARCUSに連絡があった。

 

 「はい、もしもしユーノですよー」

 

 「サラよ。もうすぐオリエンテーリングが終わるからあんたを皆に紹介したいわ。近くにいるんでしょ?そろそろ合流したら?」

 

 「オッケーさ。ところでサラ、どういう登場の仕方が良い?」

 

 「へっ?」

 

 「度肝を抜く仕方で登場がいいかな。それとも力を見せたほうがいいかな?」

 

 数秒間沈黙があった。それからサラの呆れたような声が聞こえてくる。

 

 「ちなみにどんな事を考えているの?」

 

 「前者はサラの横に転移して登場!!後者は僕のマスタークォーツ“魔王”を最大限に発揮しながら登場!!」

 

 「前者にしなさい。後者は切り札・・・なんでしょ。あんた曰く?」

 

 ARCUSごしにため息が聞こえてきたが、少しは考えてくれた。僕はサラのいわば影のような働きをするようにと言われているのに“魔王”なんてクォーツを使ったら一気に注目度が上がってしまう。

 

 「僕もそう思ってた。サラのタイミングに合わせるから呼んだら出るね。っと、ガーゴイルが倒されたみたいだよ。もうそろそろサラの出番だね?」

 

 「わかったわ・・・。ってユーノまた視てたのかいっ?」

 

 「あっ。じゃ、じゃあこっちも準備するからまたねっ!!」

 

 ちょっと口が滑った。視て(サーチして)たことがバレた。通信を終えるとトワたちがこちらを見ていた。

 

 「行くの?」

 

 「うん、やっと顔合わせするみたい。名残惜しいけれどそろそろ行くね。クロウはちゃんと授業にでないと留年しちゃうよ?」

 

 「ったく余計な心配を・・・」

 

 軽口を叩くがそれでも振り向き際で見た表情はなんだか嬉しそうだった。トワたちと別れて旧校舎へ入るとそこには見慣れた二人の男性の姿があった。一人は学院長、もう一人は。

 

 「へんた・・・コホン・・・オリヴァルト殿下。お久しぶりです」

 

 「聞き慣れた呼び方が・・・いやなんでもない。ユーノ君も久しぶりだね。今日から正式に教官となったわけだが、サラ教官の補い手として頑張ってくれたまえ!!」

 

 「ええ、了解です。ではまた」

 

 去り際にオリヴァルト殿下もといオリビエからのお願いが聞こえてきた。

 

 「あぁそれと・・・そんなに堅苦しくなくていい。この場は公式な場ではない。それと妹と弟が君に会いたいと言っていた。帝都に来た際には是非お話してくれると助かる」

 

 「ええ、分かりま・・・分かった。オリビエ」

 

 階下にいるサラの横へ転移用のアーツ(魔法)を展開する。そして数秒後には驚きすぎて固まっている9人が見れた。

 

 「お待たせしました。・・・あれ?」

 

 ~サラside~

 

 「ビシバシ鍛えるからねー。と言いたいところなんだけれどもここでもう一人紹介する人がいるの。特殊だらけのこのクラスを補うもう一人が・・・いるはずなんだけれども」

 

 自分の横が光を放って次の瞬間には青年の姿が現れた。私は少し聞いていたけれどもみんな驚きすぎて固まってるじゃないの!!

 

 「・・・あれ?」

 

 「はぁ~ユーノ教官?自己紹介をお願いします」

 

 最初が肝心だからあまり使わない敬語っぽい話し方をしてみる。横のユーノは苦笑してるわ、ちくしょう。

 

 「本日付で正式に教官担当になりましたユーノ・スクライアといいます。去年からこの学院にいるのですが正式になったのは今日からです。サラ教官の助手的な扱いにはなると思いますが、どうぞよろしく。もうひとつの肩書きは生徒会顧問ですので、用事があるときは生徒会に来ていただけるとほとんどいます」

 

 「・・・・・・(パクパク)」

 

 まだ転移の衝撃から立ち直っていないⅦ組メンバーが多々いたがそのまま自己紹介を終えることにした。転移した時に一人の女生徒が鋭い目になったのにユーノは気づいていたみたいだ。

 

 「えー、突っ込みたい点はいくらでもあるけれどもこれから二人体制で教えていきます。あとほかのクラスにはないカリキュラムなどもあるので期待しててネ」

 

 ~サラside end~

 

 

 その様子を上から見続けている二人の男性の姿があったが、混迷の帝国に新たな風を吹かせることが出来るのかはそれは女神(エイドス)しか知らないことかもしれない。




 よろしくお願いします。


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2話:新たな力~出会い

 


 教官になる前、つまりトワたちと過ごしていた時にはたまに見る不可解な夢が教官になった今頻繁に見るようになった。それは重々しくもどこかで聞いたことがあるようなないような・・・いつも同じ台詞が心の奥に響いていた。

 

 

 ――汝、力を求むカ――

 

 

 前なら望まなかったかもしれない。跳ね除けて『いらない!』と言ったかもしれないが、その台詞とともにトワら四人で行った街が炎に包まれるのを視た。力なく泣き叫ぶ子供達、家を失って愕然とする大人達の姿を夢でありながらも鮮明に視てしまった時の僕には力が無くただただ呆然とするしか出来なかった。

 

 いつしか次、夢を見たらその声に応えようと思った。そして入学式が始まる前に約束した教頭と飲んで送った帰りのことだ。

 

 「ほら、教頭。着きましたよ。まったく弱いくせに飲むんだから・・・」

 

 「・・・・・・おおぅ、すまん。ユーノ君」

 

 教頭と飲んだあと肩を貸しながら歩くこと数分、教頭が住んでいる住居までたどり着いた。やせ型の体型もあってここまでなんの苦労もなく運ぶことができた。

 

 家まで着くと教頭に水を飲ませてソファーに転がす。いつものことだ。

 

 「ちゃんとしてくださいね」

 

 「おぅ・・・」

 

 小さく返事をしてくれたので、それで家を後にした。出てくるまでは普通だった。トリスタの町並みがあって夜でありながら町民の声がしていた。が、異変が生じたのはすぐのことだった。教頭の家を出たのを夢の声が待っていたかのようだった。

 

 

 ――汝、力を求むカ――

 

 「っ!!」

 

 その声に辺りを見渡す。が、僕の横を通りかかっている人には勿論聞こえていないらしくバッと後ずさった僕を見て訝しんだ。

 

 (求める。僕はその力を望む!!)

 

 その瞬間、彼の姿は消えた。しかしそれに気づいた人は誰もいなかった。微量の霊力(マナ)が使われたことに一人と一匹は鋭い眼差しを向けるが、そこには何の痕跡も見られなかった。

 

 

 ユーノは地面の感覚が無くなり、どこかに跳ばされたことに気づいたが対応できずにギュッと体をこわばらせていたがそれも数秒の間だった。気づくと真っ暗で目を凝らしてやっとほんのりのした明るさが判別できるぐらいのとても広い空間にいた。

 

 「ここは・・・?」

 

 『やっと、声に答えてくれましたね?』

 

 その方向を見ると核のような物がふわふわと浮いていた。信じられないことにそこから声がしているようだ。まぁリンカーコアを大きくしたようなものだと、ユーノはあまり驚かなかった。

 

 『驚いてはくれないのですね』

 

 機械的な、それでいて拗ねたような声がする。

 

 「ハハハ、ごめんね。僕もそれなりに(くぐ)ってきたからそこから声がしても驚かないんだ。君はの名前は・・・」

 

 『昔はありました。しかし失われて久しいのでそれすら忘れてしまいました。今の現状についての詳しいことはもう一人探してもらうついでに話します』

 

 「ん?分かった。ところでここはどのぐらいの広さがあるんだ?」

 

 ようやく目が暗いのに慣れたので左右に視線をやるが空間の終わりが見えない。

 

 『ここを造った彼女によるとゼムリア大陸ぐらいありますね・・・』

 

 「どうしてそんなことに?」

 

 聞こえてくる声曰く、ここを造ったのは魔女と言われる存在で歴代の魔女の中でも力を持っていることで孤独を感じ引きこもったようだ。そして声をかけて応えてくれたのはユーノでもうすぐ四桁に届くことなどを教えてくれた。

 

 声には反応できても彼女の存在を探すことができずに、愕然とし空間を広くしていくうちに途方もない広さへと成長させてしまった。それは本人すら認識していなかったかもしれない。

 

 「この場にいて一番思うことなんだけど・・・」

 

 『はい?』

 

 「外との時間のずれってあるの?」

 

 『いいえ、ありません。この場では彼女を見つけるか死ぬかのどちらかに決定するまで続きますが、この空間にどれだけいても外ではほんの数秒のことでしょう。そしてこの場では創造の力が働きますのでほとんどのことを実現させることもできます。それが騎神の土台にもなるかと・・・』

 

 「ふむ・・・。騎神とな?」

 

 一つ考えて探すのは“あれ簡単?”とか思っちゃったりしていた。マルチタスクでサーチ使ったらすぐ見つかるかも、とかアーツを超えた魔法を使ったら騎神とやらも強化出来るとか思った。

 

 『何か考えることでもおありですか?』

 

 黙りこくったユーノに恐る恐る尋ねる球体()。最初よりも声の質がはっきりしてきた。

 

 「君の声が段々とはっきりしてきたような気がするのだけれども?」

 

 思っていたことを告げる。やや沈黙があって答えを出した。

 

 『私も彼女と共にずっとこの空間にいましたから。男なのか女なのか私がどんな姿をしていたのかすらも忘れていました。しかし声だけで終わっていた過去の人たちとは違い貴方は彼女を見つけようと躍起になっている。私も思い出してきたというわけです。そして私は核そのものではなく使い魔だったようです。いいえ、ようではなく使い魔です』

 

 「へぇ~」

 

 アルフやザフィーラのような存在を見ていたのであまり驚かなかったが、また拗ねた様子を見せる。

 

 『もぅ。あなたにびっくりしてもらうには何をしたらいいんですかっ?』

 

 「いや、十分驚いているよ」

 

 『まぁいいです。これからあなたが彼女を見つけるまで私に出来ることは何もありません。ですからさっさと見つけて彼女を驚かせてください』

 

 ふてくされた口調が返ってくる。こちらを警戒しているのか、それとも早く彼女を見つけて欲しいのか分からないが無機質な声質だった。

 

 「よしっ!!」

 

 パンパンと自分の頬を叩き、活を入れてから魔法を展開する準備を始める。使う魔法はサーチだが、この空間では創造の力が働いていると聞いたのでデバイスを想像し手にあるかのように、親友から餞別だと言って貰ったデュランダルの形状を脳裏に思い浮かべる。横から息を呑んだ音が聞こえてくるが、今は無視することにした。

 

 「サーチ!!」

 

 その声とともに翡翠色の球体が数百個出てくる。そして次の瞬間にはとてつもない速さで彼方へと消えていった。

 

 マルチタスクで見つけたとき用に転移する準備も忘れない。数分後、空間の九割方を網羅し終わった。しかし彼女らしき存在は見当たらなかった。焦りや不安などは無かったが、それでも早く見つけてあげたいという気持ちはあった。

 

 数十分後、ようやくそれらしき存在を発見することができてた。ここで会った使い魔同様いじけているのか空間に隠れるようにして存在していた。・・・これって根気よく探さないと見つけられないんじゃないか、なんて思ったのは心に秘めておこう。

 

 「ふぅ、やっと見つけたよ。君も一緒に行くかい?」

 

 『ええ、勿論』

 

 球体を軽く握って転移する。転移した場所も相変わらず光などなくただの暗い空間だったが、耳を澄ませると微かにしゃくり上げる声が聞こえる。見つけてから声をかけているが空耳だと思って反応してくれないので、空間の穴に腕を突っ込んで引っ張り上げる。

 

 「へっ!?あにゃー」

 

 ほっぺたをむにむにギュッギュッギュと伸ばしたり、縮めたりを繰り返すと自分が見ているのが本物であることを悟った。瞬く間に目に涙が浮かびそしてボロボロと大粒の雫がこぼれ落ちる。そしてユーノに抱きつき思いっきり大声で泣き叫んだ。

 

 「ふぇ~~~~ん!!」

 

 「よしよし、僕はここにいるよ。君が使い魔の言ってた魔女・・・でいいんだね?」

 

 「うんっ(コクコク)」

 

 多分、年齢は僕より上だろうか・・・いや考えるのは止めておこうかな。ずっと一人でいたから幼児退行しているようで外見もトワより少し小さめ、精神的にも弱体化しているみたいだ。

 

 『主殿(あるじどの)・・・』

 

 感慨深そうに使い魔が見ている。

 

 「うん?君ってそんなに猫っぽかったっけ?」

 

 『あぁ、これ?彼女とパスが繋がったから本来の姿に戻ったんだよ。昔と同じだけど君はこれ気に入らない?』

 

 猫のくせに器用に腰を動かしてポーズを取る。

 

 「いいや、やっと目を見て話せるなと思ってさ」

 

 『そ、そうか。いやぁ嬉しいな』

 

 今まで無機質な声だったが、その声が今は感情がこもっていて聞きやすかった。

 

 「むぅ~」

 

 くいっくいっと服が引っ張られる感覚に下を見ると、頬を膨らませてこちらを睨む少女の姿があった。ヤキモチ焼きなのか?

 

 「・・・外に出てみないか、使い魔も君も・・・?」

 

 「「あっ・・・」」

 

 二人顔を見合わせてから・・・。

 

 「「うんっ、出るっ」」

 

 満面の笑顔ではっきりと言った。これからどうなるのかなんて気にもしないユーノだったが、ユーノの生活が彩りあるものになりそれでいて波乱万丈になること間違いなしだった。

 

 これは前にも後にも類例のないほど強力な魔女と使い魔が、使命を忘れるほど楽しく過ごすことができたきっかけを与えた一人の男性の物語である。




 さて今回の話に出てきた彼女たちですが、ユーノにとっての導き手と使い魔と言うポジションになります。さまよい続けた彼女らがいた空間はユーノが引っ張り出したおかげで人知れず消滅しました。最初はここで修行したらユーノが人外になるかもーでやめました。

 閃の軌跡ラストでCとトリスタで会うのはほぼ決定なんですが、生身で騎神と引き分けるとかアリなのかな。


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3話


 初めての実習。時間軸は4月24日、ユーノは実技テストには関わらなかった様子。


 

 今日は皆を駅で見送りしてから生徒会で仕事をこなさなきゃならない。だけど、サラが組み分けした班のことでいざこざが起こる予感がする。サラにそれとなく言っても『大丈夫』の一言だけだった。リィンとアリサはいつの間にか仲直りしていたが、ユーシスとマキアスの場合は根が深い問題らしく難しそうだ。

 

 「エマ、難しいとは思うけれども二人のサポートお願い」

 

 「ええっと・・・できるだけ努力してみます。ユーノ教官はこちらには来ないんですか?」

 

 「生徒会の仕事を終えてから向かうかもしれないが、あまり期待はしないでくれ」

 

 「えっ、どういうことですか?まさかこのまま投げやりなんですか?」

 

 がっかりした表情を浮かべるエマ。フィーに至ってはこの教官大丈夫?と言わんばかりの眼差しでこちらを凝視していた。

 

 「そういうわけではないのだ。これも授業の一環であり、生徒の自主性に任せているところが大きいんだ。対処できない問題が生じればそれは介入するが、それまでは君たちが自分で考えて行動してみて。酷なようだがそこから得られることも多いと思う」

 

 エマとフィーの肩をポンっと叩く。ガイウスにも目配せすると『うむ』と頷いてくれた。あとの二人は最初出会った時からこれまでと同じ。

 

 「いってらっしゃい!!」

 

 サラはA班について行くようだ。彼女のことだから、行った先で地ビールが美味しいとか言いそうだ。こちらは介入するにしてもしないにしてもB班を気にかけないと・・・。先に自分の仕事を片付けないとな。今年から特科クラスが発足したのでやることが多い、多い。

 

 一応、生徒会室に着いたらノックはする。だが今の時間授業中なので有能なトワはこの場にはいない。なのでユーノはそのまま入って自分に割り当てられている椅子に座り、机の上の片付けなければならない書類に目を通す。

 

 「はぁ~。この分だと今日中に終わるだろうか・・・」

 

 目の前に置かれた書類の束を見るとトワが目を通し、そして最終決定をしなければならない書類のタワーが出来ていた。しかし、トワがすでに見ているのでユーノはそれにハンコを押すだけ。

 

 ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん、ぺったんぺったん・・・・・・。

 

 延々と続くかも知れないと思われたこの作業もある人物によって一時中断する。昼の合図と共に彼女がやってくるからだ。

 

 ――コンコンッ

 

 「しっつれいしまーす!!」

 

 ノックと同時にトワが入ってくる。一心不乱にハンコを押しているユーノの視界にトワが入る。

 

 「ん、あぁトワか。ってことは昼か?」

 

 「そーですよ。ユーノ教官。お昼にしませんか?教官の分も買ってきたので一旦休憩にして一緒に食べませんか?」

 

 ずいっと目の前に出されたお持ち帰り用のかごからはとても良い匂いがしてきた。トワがたった今、下で買ってきて急いで持ってきたのだろう。それを断ると言う非人道的な事などできなかった。

 

 「ん、そうだね。トワが買ってきてくれたんだし、いっしょに食べようか」

 

 背伸びをして椅子から立ち上がり、柔らかいソファに座ってトワと食べる。この時間だけがオアシスのようだ。一時(ひととき)の安らぎを得ることができた。

 

 「そういえばユーノ教官は朝、Ⅶ組のお見送りに行ってきたんですよね?彼らの様子はどうでしたか?」

 

 「うーん。リィンとアリサは仲直りをしたようだ。しかしマキアスとユーシスの間には険悪な雰囲気が漂っていた。こりゃあ時間がかかるかもしれないな・・・」

 

 「そうですか・・・。なんとかならないんですか?」

 

 「クロウとアンゼリカのように無限ループにでも送ってみる?精神的に鍛えられると思うよ。推奨はしないけど・・・」

 

 「やめてください!!それは最終手段にしてくださいっ」

 

 昨年、戦術リンクがどうしても繋がらないクロウとアンゼリカをとある方法を使って精神的に追い込んだのだが、結果だけを言うとそれが功を奏して四人全員がリンクを繋げることに成功したのだが、そのあとが問題だった。

 

 クロウは部屋の片隅で虚ろな目でブレードをひとり遊びするし、アンゼリカはアンゼリカで女子にベタベタと引っ付かなくなった。最後はトワの力ずく(ハリセン)で収まったのだが・・・。

 

 「まぁ、あれに関しては僕もやりすぎたと思ってるよ。今年は彼がいるから多分大丈夫だと思うし・・・」

 

 「彼って?」

 

 首をかしげた表情がなんとも可愛いのはトワだからだろう。

 

 「リィンだよ。彼のことをサラ教官は“重心”だと言っていた。“中心”ではなく“重心”だってさ」

 

 「サラ教官のことですから何の考えもなしにリィン君を持ってきたわけではなさそうですし・・・」

 

 二人して『うーん』と唸っても答えは出ないまま。モグモグと食べる音だけが生徒会室に時折聞こえてくる。そして至福の時も終わりを迎えようとしていた。それつまり、昼休みの終わりである。

 

 「じゃあユーノ教官。授業が終わったら来ますのでそれまでは・・・」

 

 「あぁ、うん。頑張って書類を片付けているよ。トワのほうも授業頑張って・・・?」

 

 「はいっ!!」

 

 元気な答えとともに部屋を後にするトワ。ユーノだけがいる部屋は少し広く感じた。お菓子を食べながら残っていた書類に目をやる。目を閉じて考えるのは昔のこと。彼女らに助けられる前に餞別として貰ったふた振りの得物。一つは杖、もう一つは大剣だった。

 

 「なぁクロ助、それに剣術を教えてくれたピンク髪の師匠。僕はこの世界でもなんとかやっていけてるよ?だから心配しないでくれ」





 ユーノはsts後の世界からこの世界へと来ています。そのことは後ほど。魔力とEPは違うでしょ!と言わないでください。マスタークォーツ“魔王”とか銘打っている時点で管理局の・・・を想像してしまった作者が妄想働かせているんですから。

 何とか原作壊さないように加えていきたいですね。閃の軌跡はさっくり終わらせるつもりです。


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4話


 


 

 A班とB班を見送った日の夜、ユーノの仕事がひと段落したので彼らの様子を見に行くことにした。先に行ったのはA班のほうだった。月に照らされた街道が、ほのかに光り輝いているのを見ながらケルディックの街に入ろうとしていた時だった。誰かから見られているような気配を察知してそちらを見た。

 

 「誰です?」

 

 「ほう・・・」

 

 感心したような声が聞こえてきて朧げだった気配も強くなってきた。そこには目の部分を隠す仮面をつけた男性らしき人が立っていた。

 

 「オリビエと同じ、へんt・・・いや」

 

 「美の伝道師だよ、私は」

 

 質問していないのに自分のことを美の伝道師などと言う。あぁオリビエと同じ(たぐい)の人種だ。

 

 「それで僕に何か用ですか?」

 

 「いいや、面白い雰囲気を纏った君がいたから声をかけただけさ」

 

 「はぁ・・・。あなたは?」

 

 「私はブルブランと言う。一応爵位持ちだがブルブランとでも呼びたまえ」

 

 少し離れたところにいる仮面をつけた男性はブルブランと言うらしい。その名前はどこかで聞いたことがあるような、ないような。

 

 「声をかけた理由は分かりましたが、それ以外の用は無いということですね?見に行かねばならない他の理由があるのでこれで失礼したいのですが・・・」

 

 「それは失礼。また会う機会もあろう。これにて去ることにしよう」

 

 仰々しくお辞儀をして段々と薄くなる気配。いや、その存在ごと消えてなくなった。

 

 「ホントなんだったんだろ・・・。まぁ気にしすぎても仕方のないこと。再会するのやだな」

 

 ユーノの切実な願いは願いであって再会する日は近い。先ほど会った男性の事は脇に追いやりA班が泊まっている宿場の近くまで来た。するとそこから見たことのある、見慣れた姿が出てきた。彼女は今年度入学してきた中でも最強の部類に入るラウラだった。いつもより弱々しさをどことなく感じる姿に何かあったと確信し近づいていく。

 

 「ラウラ?」

 

 「っ!きょ、教官・・・でしたか。私に何か用ですか?」

 

 「うん、自分の仕事が終わったからA班とB班の様子をひと目見ようと思ってね。先にA班の様子を見に来たんだけども、そこにラウラの姿を発見したから声かけたんだ」

 

 「そうでしたか・・・」

 

 呟くぐらいの声量で答えてから沈黙。やはりラウラらしくない。オリエンテーリングやそれ以外の会う機会を含めても数回だが、ラウラの覇気がなかった。何かに期待していたがそれが期待外れだったかのような。

 

 「どうかした?力になれないかもしれないけど、聞くぐらいならできるよ?」

 

 「・・・聞いてください」

 

 「勿論」

 

 教会のそばにベンチがあったのでそこに座ってラウラが口を開くのを待つ。ヒンヤリとした風が心地よい雰囲気を出す。数分後ラウラが話しだした。

 

 「八葉一刀流と言う流派をご存知ですか?」

 

 「八葉・・・あぁ、知っている。ユン・カーファイが創設者で帝国内外を問わず多くの弟子を持つと聞いている。クロスベルのアリオス・マクレインやリベールのカシウス・ブライトなどは剣聖と呼ばれるぐらい強い・・・とか」

 

 「お詳しいんですね。リィンが八葉一刀流の初伝であることもご存知ですね」

 

 「プロフィールだけ把握しているがな。それと関係しているのだな?」

 

 膝の上で握り締められた拳に力が入る。ラウラは、武士道を重んじるゆえに何かすれ違いでも生じたのかもしれない。ここは最後まで聞いておこう。

 

 「なぜ本気を出さぬ?と聞いた。リィンの返事はこれが限界だと・・・そういった。アルゼイド流と八葉が出会うことも父から聞いていた・・・。それでもっ、それでも・・・・・・」

 

 「ラウラ、君はリィンが剣の道を軽んじた言い方に腹が立ったんじゃないか?」

 

 「あっ・・・・・・。そうかもしれない。もう少し時間をください。・・・素振りでもしてきます」

 

 フラリと立つと街道の方へ向かおうとした。が、弱々しい振る舞いが気になったので声をかけた。

 

 「待った。少し立ち会おう。相手をしてくれ」

 

 「えっ・・・」

 

 「手加減・・・と言ったらラウラは怒るかもしれないが模擬戦のような感じだ。怪我なんかしたら明日に響くだろうし、さぁ!!」

 

 ユーノの手にはいつの間にか大太刀のような得物が握られていた。月光に照らされて刀の輪郭が光っているようにも見える。ラウラも戸惑いながら自分の大剣を握りユーノと相対する。

 

 「う、うむ・・・ではっ」

 

 両手で握る剣をユーノが片手剣でいなす。遊ばれているような感じはするがそれでもラウラの想いがこもった剣筋を受け、時には流してその場から一歩も動くことなどない。

 

 「さすが教官。最初はなよなよしているとは思いましたが今ではその第一印象は違ったと後悔しております」

 

 「まぁ弱く見えるのは昔からだよ。ラウラとの模擬戦も楽しいけれどA班には明日もあるのだからこれが最後にしようか?ラウラ、君の最大の技で来なさい。出し惜しみは無しだよ。こちらもそれに答えるから、ねっ?」

 

 「はいっ。では行きます。」

 

 ――開眼――

 

 その時ラウラの心奥(しんおう)から力が漲るのを理解した。そして次の瞬間・・・。

 

 「奥義・洸刃乱舞(こうじんらんぶ)!!」

 

 実家で教わっていたが今までは出来なかったのにようやくできた奥義だった。大剣に巨大なエネルギーをまとわせた状態で連続で斬りつける。ラウラの感じとしては多少なりともダメージを与えたはずだった。それもユーノが砂煙の中から無傷で出てくるまでは。

 

 「いやぁその年でそこまでできるとは、ね?びっくりして一つ奥の手使っちゃったよ」

 

 「きょ、教官。なぜ無傷なのですか?それに奥の手とは・・・」

 

 パンパンと服に付いた埃を払い落とすと、やはり体には傷らしい傷などどこにも存在していなかった。

 

 「タネ明かしはこれ。見えるかなー?」

 

 ユーノの手に持っていた剣が最初は淡い光を放っていたのが今ではもう少し強い光を放っていた。

 

 「まさか、全ての力を吸収した・・・とかですか?」

 

 「まぁそんな感じ。で、躱すか防御してくれよ。単純にラウラの攻撃の二倍ぐらいにはなってるはずだから」

 

 そう言うと両手で剣を持ち上段に掲げる。正面ではラウラが防御の姿勢に入った。生半可なものでは防ぎきれないと思ったのだろう、その表情は真剣そのものだった。だが放った一撃はラウラの防御を貫き街道の端に吹き飛ばされて動かなくなった。慌てて腕から心拍数を確かめる。うん、気絶しただけだ。ホッとするが彼女をどうやって宿場まで運ぶか迷った。だからアリサに連絡を取ることにした。

 

 「はい、アリサ・ライン・・・Rです」

 

 「やぁ夜分にすまないね。ユーノ・スクライアだ。今いいか?」

 

 「ユーノ教官ですか?珍しいですね、サラ教官に用事ですか?」

 

 「用事があるなら直接話すさ。それよりもラウラを運ぶのを手伝ってくれないか?」

 

 途端に怪訝そうな声になる。

 

 「・・・ラウラに何かしたんですか?」

 

 「ワケはあとで話す。西ケルディック街道の方に来てくれ」

 

 「・・・分かりました。ちゃんと理由を聞かせてくださいね」

 

 少し待っていると小走りでこちらにやってくるアリサの姿を見つけた。こちらに来てラウラの様子でも確認しているのだろうか、少し外見を見てから第一声。

 

 「汚れてる。もしかして模擬戦でもやったんですか?」

 

 「うん、迷っているようだったから、体でも動かしたらラウラみたいな子は迷いがなくなるかと思ってね。なんだがどうやらやりすぎてしまったようだ。緊張と疲れがたまっていたみたいで、いつ起きるか分からないから手伝ってもらいたいんだ」 

 

 「ええ、了解しました。それと私の名前なんですが・・・」

 

 「アリサの名前を隠している件だね。大丈夫、皆のプロフィールには目を通しているしそれなりに事情を知っているつもりだから・・・」

 

 「(ホッ)そうですか、それなら良いのですが・・・。っとラウラを運ぶのを手伝う件でしたね」

 

 「僕が背負うからアリサには先導してもらいたいんだ。一人でラウラを運んでいるのを見られて誤解されるとどうしようもないからね」

 

 ラウラを背負うとアリサの役目を言う。アリサは納得したように頷く。街道を歩き街へと移動したが、二人の間には会話らしい会話など無くA班が泊まっている宿場に何事もなくたどり着いた。

 

 サラの気配が一階からする。あとの二人は二階のほうから動いていないことを察するにレポートでも纏めているのかもしれない。

 

 「開けてくれるか?」

 

 「はい」

 

 ギイーと言う音を立てて宿場の扉が開く。中にいたのはサラ教官と店の人だけ。サラ教官は机にうつ伏せになっていることと、強いお酒の匂いを漂わせていることから単に眠っているだけと判断した。お店の人もこちらをチラリと見たがアリサの姿をみて警戒を解いた。

 

 「こっちです」

 

 「はいよー」

 

 ラウラを揺らさないようにしながら二階へと足を進める。一つの扉の前に行くとアリサが小さくノックする。するとエリオットの声が聞こえてきてアリサが扉を開けた。

 

 「あれ、ユーノ教官。それに・・・」

 

 「ラウラ?」

 

 エリオット、リィンの順に声を上げた。

 

 「詳細は後。ラウラのベッドは?」

 

 「あぁ、はいこっちです」

 

 アリサに先導されるまま、ラウラがケルディックにいる間使うであろうベッドに横たえる。フゥと息を漏らすと凝視されているのに気づいてそちらを向く。アリサがジト目で見、エリオットが戸惑いリィンも視線を下に向けながらも事情を知りたそうにしている。

 

 「A班の様子を見に来たら街道にいるラウラを発見。迷いを払拭するために模擬戦をやったら、ちょいとばかり力が入っちゃってラウラにいいのが入ったってワケ。・・・まぁサラ教官から比べたら弱く見えるかもしれないが、それなりに修羅場を潜ってきてるんだわ。だからもし迷っていたら僕んところに相談に来てね」

 

 「「「・・・・・・」」」

 

 理由と自分が副教官として何をやっていけるかを示したところで、それを納得してくれるかは分からないがリィンが“重心”であるならⅦ組はやっていけるだろうと思っていた。

 

 「さぁ僕はこれで失礼するよ。君たちもレポート片付けなきゃならないだろうし、明日もハードな一日になるかもしれないからね」

 

 軽い感じで締めたつもりだったが、三人の様子にはさほど変わったところは見受けられなかった。ラウラが身じろぎして彼らの意識がそちらに向いた時を見計らって部屋を後にした。

 

 下に降りると今まで寝ていたはずのサラ教官が起きていてこちらを見ていた。

 

 「さっき外で感じた気配はユーノだったわけ?」

 

 「・・・・・・」

 

 「まっ、アタシには関係ないけどさ。猫かぶってるのもいい加減にしたら?」

 

 痛いところを突いてくる。学院に来てからユーノは一度も本気を出していなかった。サラと力試しをした時もあったが、引き分けに持ち込んで終わらせた。

 

 「彼らの成長に合わせて力だしますよ。猫かぶっているわけではないんで・・・。サラ教官と試合した時も本調子じゃなかっただけで、機会あればいつでも・・・」

 

 「そう?分かったわ」

 

 それだけ言うとクルリと向きを変えてまた地ビールを飲みだした。やはり食えない人だ。過去は少しばかり聞いているが幼少時代から大変な思いをしているみたいだ。

 

 「僕はサラが導くのを支え、そして彼らが道を間違えそうな時に矯正することだけを考えよう」

 

 きた時と同じように扉を静かに開け、そして外に出る。夜のケルディックは街灯もあまりないので星が綺麗に(またた)いていた。





 ラウラのSクラは最初から使えたと思いますが違ったら教えてください。開眼して使えるようになった・・・ということにしておこうかな。

 ユーノの武器はシグナムが持っていたような武器です。剣と蛇腹剣と弓に変化する予定です。


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5話:道化師と氷の乙女


 この話には独自解釈等が含まれます。もしくは登場人物の性格が変わる恐れもありますのでそれが読みたくない方は即座に戻ってください。


 

  リィンたちがケルディックの郊外にある自然公園で何やら巻き込まれたらしいので、現場に向かう途中どことなくブルブランと同列な人物に出会った。彼?っぽい青年は、ニコニコしながら挨拶をして初対面なのに親友のように振舞ってきた。そのやりとりをあらわすならこうなるかもしれない。

 

 

 「やあ!!」

 

 ケルディックを出ようとしていると大市のほうから青年がこちらに向かってきた。今までいたはずの市民の姿が一人もいないことから強い認識阻害を使ったようだ。だから警戒を強くして彼を見る。

 

 「何かな?」

 

 「やだなぁ。ちょっと話をしたいだけなんだよ」

 

 「これから用事。だから君?と話せない」

 

 「んー、じゃあそこまで行く間話せないかな?」

 

 後で聞くと幻術を使って二人きりになりたかったそうで、どうして近づいてきたのかを知りたかったゆえ要望を聞くことにした。一応、精神汚染は効かない性質なので大丈夫と思ってのことだった。

 

 「いいよ。ただし僕や周囲の人物に危害を及ぼそうとしたらその瞬間に敵対するつもりだし、それで良い?」

 

 「いーよそれで。僕の名前はカンパネルラ。君はユーノ・スクライアだね?ブルブランから聞いてるよ」

 

 訂正・・・。青年は危険人物だった。無害だと思った数分前の自分を責めたいところだ。

 

 「さてと、君がなぜ僕に接触したのか聞かせてもらおうか?」

 

 「うん、君がいまいるトールズ士官学院だけども最初保護されたとき僕も見ていたんだ。その時の僕は将来有望な人材をひとりでも多く集めている最中で、君も・・・と思ったんだけどもタッチの差で士官学院に行っちゃったってわけ・・・」

 

 「ふぅん。まぁもしも君が最初に声をかけてくれたら恩義を感じて君の誘いを受けていたかもしれないな。多分、だけどね」

 

 遅くはないが、散歩するぐらいの速さで二人で歩きながらもしも・・・の話をする。うんうんと頷きながら興味深そうに聞き入っていたカンパネルラだったが、ふと気づいたように視線を前に向ける。ユーノも釣られてそちらを向いた。眼前には自然公園が広がっており目的地が近いことを意味していた。

 

 「ここが君の目的地だね?」

 

 パチンと指を鳴らすと認識阻害が解かれ、自然な静けさが戻る。近くに農家があるのか家畜の鳴き声なども聴こえてくる。

 

 「こんな話でよかったのか?」

 

 「本当のところは君をスカウトしたかったんだけど、教官・・・楽しんでいるんでしょ?だったら横から奪い取るなんて邪推な事したくないからね。ここらで消えるよ。またね(・・・)?」

 

 炎に包まれながら消えていった。転移したものと思われるがカンパネルラと呼ばれる青年がいたと思われる痕跡はどこにもなかった。

 

 「またね(・・・)か。僕としてはあまり会いたくないんだけどもなぁ。生徒が危険に遭うなら身を張ってでも守りたい。おや、笛の音?」

 

 かすかに公園の奥の方から聞こえてくる笛のような音を耳が拾った。そして公園に入ろうとしていると帯刀した領邦軍が数人駆けてきた。

 

 気づかれないようにしながら様子を伺うが彼らの様子はどうも変だった。異変が起きてそこに急行するのではなく、何やら画策しているかのように入念に打ち合わせをしてから園内に入っていった。それでもユーノは急いでリィンの元に駆けつけるようなことはなかった。

 

 「サラに言われていたしね。彼らを導くのは最小限って」

 

 次にユーノの視界に現れたのは鉄道憲兵隊。凛々しい女性を先頭に駆け足で進んでいく。どうやら呼び出された公園の(ぬし)を倒したところで自分たちの正義を疑わない領邦軍と揉めそうになったがそこに介入したのが、鉄道憲兵隊のようだ。

 

 ユーノが公園に入ってもいないのにそれほどまで詳しいかと問われると()ているからだ。忘れられた魔女を発見後、使い魔たちも増え五感を補助してくれるようになった。それでユーノが目をつぶっていてもA班の様子やかなり遠かったが、B班の様子なども視ることができた。委員長(エマ)に気づかれそうになってとても驚いたが。

 

 「さてと、保護してくれたお礼に鉄道憲兵隊の皆さんに挨拶に行きましょうか。私の代わりに視てくださりありがとう。―――と―――?」

 

 使い魔らに感謝すると、脳裏にはしっぽをブンブンと振り回し嬉しさをアピールしてきた二匹の使い魔。数分歩くと公園の奥でA班と一緒にいた犯人と思わしき数人の男性。それと鉄道が引かれているところにはどこでも介入するので領邦軍には疎まれている鉄道憲兵隊の皆さんがいた。

 

 「あ、教官」

 

 「やぁリィン。災難だったね。皆さんに怪我はないですか?」

 

 声をかけてきたリィンに返事し、A班の様子を聞いてみた。外見から判断するにどこにも異常はなさそうだ。

 

 「あなたは・・・?」

 

 「初めまして。僕はⅦ組の副教官を勤めていますユーノ・スクライアと申します。鉄道憲兵隊の方たちですね?お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 「失礼しました。クレア・リーヴェルトと申します。鉄道憲兵隊を指揮している者です。ユーノさんとおっしゃいましたね。どうしてこうなったかの経緯を聞きますか?」

 

 簡単な経緯を聞きたいところではあったがサラ教官もこちらに向かっているようなので、ケルディックに戻ったほうがいいのではないかと提案してみるとそれに同意してくれた。だがエリオットの表情が暗いままだった。

 

 「エリオット、どうかした?」

 

 「ユーノ教官。実は・・・僕。少し前に笛の音を聞いたんです。それからすぐに公園の(ぬし)が現れたような気がして・・・」

 

 「エリオットにはその笛の音が何か引っかかるというわけだね?」

 

 「はい。憶測で動くわけにはいかないのでどうしようかと思っていました」

 

 周囲の状況に動揺することもなく怪しい箇所に鋭く反応することに驚きながら、自分がどう動くか迷っていた。ここで自分も聞いたのだからエリオットの言葉を信じた形で更に奥に行ったとしたら疑惑の目で見られるかもしれない。しかし、エリオットの話を無視することもできない。それで取った行動は。

 

 「クレアさん、少しの時間一緒について来てもらっても構わないでしょうか?他の方たちには先にケルディックのほうに戻っていてもらって。多分、僕の確認もそれほどの時間はかからないと思いますし。いかがでしょう?」

 

 「どうして私を?」

 

 訝しむような表情を浮かべるクレアさん。自分が来てから視線を外さなかった油断なき様子に一対一で話せるようにしただけ。当たり障りのない返事を返した。

 

 「鉄道憲兵隊の皆さんの活躍はトリスタまで届いています。それで機会があればお話したいと思っていました。それではダメですか?」

 

 数秒考える仕草をする。それからてきぱきと部隊に指示を出してから了承した。それでリィンたちにこちらも指示を出す。

 

 「これから僕はエリオットが感じた異変を探索してくる。専用のアーツもあるし、すぐにリィンたちに追いつけると思うよ。鉄道憲兵隊の皆さんが行なって下さる調書にはちゃんと受け答えをするんだよ?」

 

 「ええ、了解しました」

 

 リィンの返事を聞いてからクレアさんのほうに向き直る。そして彼らを見送ってから自然公園の奥へと向かう。クレアさんは腰から軍用拳銃を取り出して警戒態勢へと移る。僕も魔導杖を構える。そして紡ぐはサーチのアーツ(魔法)

 

 「それは・・・?」

 

 見たことのないアーツに、驚きと戸惑いを乗せたクレアさんの声が横から聞こえてくる。

 

 「これは独自に開発したサーチと言うアーツの一種です。そう思っていただければ幸いです」

 

 「そうですか」

 

 少し残念そうな声が聞こえてくる。魔法とアーツの違いなど説明できるものでもないだろうし、どうしてこの世界に来てからも殆どの魔法が使えるのかも分からないことだらけだった。

 

 「クレアさん、サーチに集中したいので数分の間警戒していただけますか?」

 

 「えっ、分かりました。こちらは任せてください」

 

 デュランダルを起動、それからガコンと言う音を立ててカートリッジが送り込まれてくる。その音にビクッと反応するクレアさんだったが、今はいちいち説明する時ではない。後で聞かれたらサラッと流すぐらいだろう。

 

 と思いつつ、目をつぶる。途端にサーチした結果と使い魔からの情報がユーノに伝わってくる。どこで笛を吹き、リィンらに相対させたのか・・・すぐにでも知りたい情報があった。そして数十秒後、痕跡を知ることができた。目を開けると周囲を警戒しつつも心配そうな表情を浮かべるクレアさんが視界に入ってきた。

 

 「ユーノ教官、どうでしたか?」

 

 「ふぅ、大丈夫です。ようやく痕跡を見つけることができました。こちらです」

 

 クレアさんの表情が幾分かこわばる。そしてユーノに数歩離れて従ってくれた。

 

 「見えにくいかもしれませんがこの木の根元の部分、ええそこになります。草花が折れてちょうど人の両足の形になってますね。そこにいたものと推測できます。クレアさんが信じるかどうかは別としてこれで私が知りたかった事は終わります。クレアさんのほうはいかがですか?」

 

 「確かに踏みつけたような痕跡がありますね。多分下手人はこの辺にいたものと思います。それにしてもサーチですか・・・。応用が効くようで犯罪に使われたらと思うと恐ろしいですね・・・」

 

 色々なことに応用できそうでできないのがこのサーチである。ユーノは軽くそのデメリットをクレアさんに伝えることにした。

 

 「さきほど音が出たと思います。この魔導杖デュランダルにカートリッジが一個送り込まれた音です。圧縮された魔力を用いて爆発的な力を取り入れる・・・そのように思っていただければいいです。私自身としても説明が難しいので・・・」

 

 「そうですか・・・」

 

 納得したようなそうでないような曖昧な表情を浮かべるクレア大尉。魔法とアーツの仕様が違うことを説明したところで錯綜が生じてしまうのは目に見えているので曖昧なままで終わらせようとし、形だけ納得という状況に持ち込んだ。

 

 「では、ケルディックに戻りましょうか?クレアさん、僕の手もしくは服を掴んでいただけますか?」

 

 「えっ?ええ、では服を」

 

 戸惑いつつも服を掴んでくれる。有無を言わさずそのまま転移のシークエンスに移る。慌てたようなクレアさんを横目で見つつ、現在リィンがいるであろう痕跡を辿ってケルディックに跳ぶ。数秒後には驚いたような表情を浮かべるリィン達と、目を回して足元に倒れかけているクレアさんの姿があった。

 

 「ユーノ教官?」

 

 「よっ、リィンたちもちょうどケルディックに戻ってきたようだな。転移・・・、見たことはあると思うけれども?」

 

 「えっと、確かオリエンテーリングの時ですね?あの時はサラ教官の横に現れましたっけ。今回は違うみたいですがこの地点をどう確定したのです?」

 

 「別に大したことはしてないさ。ケルディックを大まかな地点にしてリィンのいる場所を頼りに向かっただけさ。リィンたちはこれから調書か?」

 

 真面目なリィンに説明するのも面倒くさくなったので分かりやすいが話題を変えてみた。

 

 「えぇ、これからです。それよりもクレア大尉の具合が悪そうですが?」

 

 ユーノの横に本当なら立っているはずのクレアがくずおれているので心配になって聞いてきた。

 

 「だ、大丈夫です・・・」

 

 「多分だが転移酔いだな。初めてだから慣れないことに付き合わせちゃったから酔ったんだろ。しばらくしたら元通りになるだろうし、それほど心配するほどでもなさそうだよ。って言ってるそばからクレアさんの具合良くなったみたいだし・・・」

 

 「え、えぇ。心配かけてしまって申し訳ありません。ではリィンさんたちの調書を取りたいのでこちらの詰所まで来ていただけますか?ユーノ教官には少々お待ちいただく形になるかもしれませんが」

 

 「はい、大丈夫です。僕はケルディックの街中にいますので何かあれば連絡ください」

 

 そう言ってリィンたちと別れる。ケルディックの喧騒は何処吹く風で、町民は普通の生活に戻っていた。自然公園で起きた出来事など関係者でなければ知ることもないだろう。

 

 「でももしも(・・・)ですか。カンパネルラと言う青年が先に見つけて恩義を感じていたのならば彼らと一緒の道を進んでいたかもしれないんですね。今更ですがトワが見つけてくれて、ほかの人たちが訝しむ中保護し世話してくれたことに感謝ですね」 





 この話の続きですが閑話として『もしもユーノが違う世界観に行ったら・・・』を予定しています。


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6話


 最初の実地実習が終わったぐらいの幕間


 

 Ⅶ組の評価を付けている最中に部屋の外からノックの音が聞こえてきた。

 

 「教官ー、今少しいいですか?」

 

 いつもは軽口を叩く彼なのに今回は妙に畏まっていた。なので少しばかり何かしらの予感のようなものを感じていたのだろうか。

 

 「いいですよ。入ってくてください」

 

 「お邪魔しまーす。あぁ評価を付けていたところですか・・・」

 

 「君が敬語を使っていると何だかおかしなことでも頼まれそうですね。何かありましたか?」

 

 「いや、アハハハ。・・・聞きたいこととお願いしたいことがあります。だからいつもは軽口を叩いてますが、今回ばかりは真剣にもなります」

 

 扉に背を向けていたが、彼の神妙な声色を聞いてこれは・・・と思い自分が行なっている評価付けを一時止めることにした。

 

 「・・・っとここで止めておきましょうか。それで君が聞きたいことは何かな?クロウ・アームブラスト君?」

 

 「・・・教官はあの時どのくらい力をセーブしていましたか?一年前のARCUS試験運用最後の手合わせの時ですよ。いつもは剣を使っているのに、あの時は魔導杖のようなものを使ってましたよね。俺のお願いの前にユーノ・スクライア教官の力具合を聞きたいんですよ」

 

 「なるほどなるほど。それは良い着目点ですね。助けられて監視の意味も含めて君たち四人と一緒に行動することになりましたね。ARCUS運用に自分が関わってもいいのか不安な点はありましたが今となっては良い思い出の一つです。・・・さて力を抜いていたことに関して『どうして』や『なぜ?』と言う感情はないのですね?」

 

 「ええ、勿論」

 

 力強く頷く。自分が力をセーブして挑んだのは彼らを過小評価していたわけではないからだ。

 

 「率直に言うと、どれだけ通用するかを見極めたかったのですよ。僕が免許皆伝をもらった流派は対人に特化した流派ですので、当たり所が悪いとそのままポックリ逝くこともあるはずです。加えてアーツで身体強化などすると人外レベルになること間違いなし・・・。なので君たちと手合わせした時には自分にリミッターをかけた上でどうできるかというのを見極めていました。これでクロウが聞きたかったことに簡単ですが答えましたがどうですか?」

 

 「・・・合点がいきました。あの時技と技の間には隙がありましたし、いつもの身のこなしが少したどたどしかったので・・・」

 

 クロウの答えにうんうんと頷く。ちゃらんぽらんな性格をしていたが、ふと鋭い視線を送る時もあったので戦闘能力に長けていると想定していた。

 

 「それでお願いというのはなんです?」

 

 「士官学院に通っている間に考えてきました。将来は軍事に関係する職に就くのではないだろうか・・・と。それでもし、俺がしn・・・」

 

 「クロウッ!!」

 

 聞きたくない言葉が聞こえそうだったので遮る。そして俯き気味だったクロウがユーノと視線を合わせる。その表情は辛そうでありながら何かを決意した表情だった。

 

 「俺が死んだらその時は誰の目にも触れられないところに俺を埋葬して欲しいんです。敵やその他の勢力の手から俺を救って・・・それから・・・・・・誰にも荒らされる心配のない場所に葬ってもらいたいんですっ!!」

 

 魂の慟哭(どうこく)とも言えるきっぱりとした口調だった。ユーノが遮ったがそれでもクロウ自身の要望を伝え切った。目を見ていると動揺しているようでもないし、本当に信頼しきっている眼差しだった。

 

 「デモナゼ・・・。士官学院とは言え卒業したあとの将来まで決まるわけではない。それにクロウの親族関係は・・・(いない)。なるほど」

 

 一つの仮説にたどり着いた。だが仮説は仮説でしかないし現段階では確定するだけの要素が足りなさ過ぎたので考えるのをやめた。

 

 「先ほどの返事だが、保留ってところでどうかな?まだ君が何を考えてそのような保険をかけるのか分からないし、君もそれ以上理由を言うことはないだろう」

 

 「あぁ・・・。現段階では言うつもりはさらさら()ぇ」

 

 「だからの保留だよ。君のことをもっと知り、そして僕がもしそのような場所を見つけるか創るかして要求に応じられることが確かなものとなればその時君に返事をするよ。それでいい?」

 

 肯定するだろうと思っていたが最後に聞いてみる。頷きが返ってきた。

 

 「しっかし教官っていう仕事も大変だねぇ」

 

 いつものクロウ口調が戻ってきた。らしくない願いはこれで終わりらしい。だからこちらも少し軽めに話し始める。

 

 「でしょー変わってもらえれば嬉しいけれども・・・。貴族とそれ以外のクラスメイトとの関係なんて政治問題が関係していないとはいえ頭が痛くなる問題だよ。それが原因で彼らのチームはギリギリな合格点を上げるしかできないんだからさ」

 

 「マキアス・レーグニッツは帝都知事の息子でなぜが貴族を毛嫌いしているし、ユーシス・アルバレアは四大名門の一角の息子。まぁお兄さんはいるみたいだけれども四大名門って他にもいるしな」

 

 腕を組み考えるのは他の四大名門の2人だろう。アンゼリカ・ログナーは、クロウたちと試験運用を手伝ってくれた貴族っぽくない貴族。サバサバしていて可愛い子には目がない女性だ。もう一人はこれまた貴族と言う括りにとらわれているパトリック・T・ハイアームズ。傲慢(ごうまん)が服着て歩いているようなものだ。

 

 「あれから約一年。ARCUSを試験的に使い続けた結果特科クラスというものが出来上がった。理事長の望み通りのクラスが・・・」

 

 「そうっすね。じゃあ俺はこれで。教官にはまだまだ仕事が残っていそうだし。今度ブレードの相手お願いしますね?」

 

 ニカッと笑い去り際に懐から数枚のカードを見せる。ブレードと呼ばれるカードゲームらしく、Ⅱももう少ししたらできるなんていうことを言っていた。

 

 「あぁ、そのときはお手柔らかに頼むよ」

 

 扉はパタリと言う軽い音とともに閉じ部屋の中が一気に静かになる。そして考えるのは特別実習の結果についてとクロウが持ち込んだやや込み入った話のことだ。いつもの癖でマルチタスクを使って考える。

 

 「エリオットがあの時音に気づいたのに加点をしよう。それに彼らの戦闘の技術も現段階で扱えるARCUSをフルに使用し、グルノージャに勝つことができた。ARCUSが機能しチームとして動けた事が勝利へと至った結果だな。・・・だが」

 

 サラ教官に聞いたところによるともう一方のチームは最低限のことしかできなかったと聞いた。よく纏められたエマのレポートを読んだがユーシスとマキアスのいざこざが多々あったと・・・。エマ、フィー、ガイウスはそれぞれARCUSの相手を変えて戦闘が円滑に行くようにしたがそれでも全ての戦闘が楽な勝利とはいかなかった。

 

 「これから二人は歩み寄ることができるのかな?・・・いやまてよ。オリエンテーリングを終えた夜、サラ教官と飲んでいたときリィンと話していたんだっけ。中心ではなく重心的な存在になるような・・・そんな何かを。リィンなら解決してくれるとそう思ってしまうな」

 

 評価を付け終わりリィンの班は評価高めにエマらの班は申し訳ないけど評価を低めに付けさせてもらった。これで歩み寄ってくれればそれでいいんだが。出口の見えないトンネルに入った思考だったが、サラからの連絡でそれは一時停止する。

 

 「もしもしユーノ?」

 

 「ええ、サラ教官。・・・もしかして酔ってます?」

 

 やや陽気な声がARCUSから聞こえてくる。と同時にゴキュゴキュとノドを鳴らして豪快に飲み干す音も聞こえてくる。

 

 「ふふ~ん。あったり~!!ユーノも彼らの評価を付け終わったぐらいだと思ってね。ユーノがどう感じたかも知りたいから資料持ってキルシェに来て。じゃっ・・・」

 

 言いたいこと言って返事も聞かずにARCUSは切れた。

 

 「まぁ終わったからいいか」

 

 レポート用紙にまとめた評価表を肩掛けカバンにしまいこんで自室を出る。そして外に出て星空を見上げる。

 

 「・・・はは。この空だけはどこに行っても変わらないんだね?ねぇあの時トワたちに助けられて何の因果かわからないが、ここで教官っぽいことをしているけど僕は元気ですよ」

 

 

 





 伏線っぽいことを最後に書いてみたり回収しようかしまいか・・・。


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7話

 

 キルシェに着いた僕はサラ教官を探す。まぁ、広くもない空間なのですぐに見つかった。ジョッキに注がれた麦酒を何杯目かは分からないが、一気飲みしているのがサラ教官だ。

 

 「教官、何杯目ですか?」

 

 「ングッングッ!!プハ~~。あぁユーノか。あんたもさっさと座って飲む飲む。マスター、彼に麦酒を一杯。ついでに私にも」

 

 まだ酔っ払っておらず、つまみと一緒にアルコールを摂取する。そしてこちらを少し見つめる。

 

 「あぁ、レポートでしたね。これになります。と言うか貴族様と平民の(いさか)いってどうかなりませんか?あれじゃあクラス全体が暗くなってどうしようもありませんよ」

 

 「・・・・・・」

 

 レポートを見る目だけは教官らしい目だ。いつものおちゃらけた姿や飲んで酔っ払った姿ではない。まぁそれと戦闘中は教官らしい姿を見せてはくれたが・・・。

 

 「上出来じゃない?うんうん、ユーノに頼んで正解だったわ。さぁこっち来て一緒に飲みましょうよ」

 

 「それ、纏めるのに結構苦労しましたよ。なぜ問題となる連中を一つの班にするのかとか、イマイチわかりませんでしたから・・・」

 

 ユーノもサラの横に座ってマスターに酒を頼む。最初に飲むのはさっぱりとした味わいが特徴の麦酒だ。だが量がサラよりうわばみ級だった。

 

 「マスター、麦酒を樽で」

 

 「それ、飲むのユーノさんぐらいですよ。サラさんだって飲みはしませんからね。もう慣れましたけれど・・・」

 

 最初頼んだ時は体を心配してくれたが、今では諦めたかのような表情を浮かべながら出してくれる。樽と言っても普通の樽ではなく、せいぜい10㍑入りそうな特注の樽だった。そして炭酸が抜けないように二重構造になっているのもユーノが提案して試作品ではあるが、造る事ができた。

 

 「呆れたわ。ユーノがのんべだって聞いたときは耳を疑ったけど・・・」

 

 「日々のストレスから飲みたい時だってあるんですよ。例えば今日みたいな日とかね。まぁ体には残りませんからいいですけど・・・。サラさんも何か体にたまるもの頼んだらどうです?お酒だけだと栄養いきませんよ」

 

 「ん、そうね。じゃあ・・・」

 

 マスターに適当に頼むサラさんを見ながら少しは教官同士仲良くなれたのかなと思いつつ樽から注いで飲んでいた。やはり仕事とプライベートをわけるのはお互いの為にいいのかもしれない。仕事の時はサラ教官、ユーノ君と呼び合いプライベートはあんたやユーノと呼び捨て。ユーノは教官のことをサラさんと呼ぶように言われた。

 

 うまくいっているのは彼らだけであって、Ⅶ組メンバーにはそれぞれしこりのようなものを残していた。だから背中を預けて戦えるまではまだ時間がかかりそうだった。貴族を嫌うマキアスと、それに食って掛かるユーシス。リィンが重心になるとは言っていたがそれもサラさんの勘のようなものであって、どこまで考えているか今のところわからない。

 

 「ちょっとユーノ。あんたも何か頼みなさいね?上の空で何考えているの?今は仕事のことなんて考えないでつかの間の楽しみを味わいましょ!!」

 

 頬にひんやりとした麦酒のコップを当てられて驚いて横を見ると少し不機嫌になったサラさんの姿があった。酔いのせいか少し顔が赤い。あれ、サラさんもお酒に強いはずなのになんで・・・?とか思っていた。

 

 「(よ、横顔が少しダンディだなんて・・・。酒に酔ったのかしら・・・?)ほ、ほら飲むわよ」

 

 「はぁ・・・。ま、飲みますけど」

 

 前の世界での事のせいかもしれないが、女性の気持ちに少し鈍感になっていたユーノだった。と言うかどう接したら良いか分からなくなっているだけかもしれない。その夜、サラは浴びるように飲み、ユーノはユーノで2樽を飲んだが普段通りでサラのほうが酔いつぶれてしまいⅦ組が使っている寮へ肩を貸しつつ移動するのだった。

 

 「玄関まで一緒に来ましたけど、ここからどうするんです?」

 

 「ん~、一緒に来る?」

 

 酔いのせいで思考が定まっていないのだろうか。いつもだったら言わないことまで口走るようになったサラだった。あとからあの時のことを聞いてみると半分本気、半分冗談のつもりだったようだ。だが、直球で言われないと分からないユーノは冗談と取ったようだ。

 

 「冗談はやめてください。同じ階の誰かを呼ぶとかしたらどうです?誰かこの時間まで起きてる人いないんですか?」

 

 「・・・エマとかかな」

 

 あぁ委員長キャラな子か、と思い出す。何を考えているかわからず、気が付くと何かを探るような視線を向けてくる子だった。黒猫にもよく見られているので何かしらの関係はあるのかと思うようになったのは最近だった。

 

 「じゃあ、エマに連絡してください」

 

 へべれけになりながらエニグマを取り出しエマに連絡しているようだ。ロビーにいるから来てとか聞こえてくる。そして数分後、特科クラスの制服に身を包んだエマがやってきて僕を見て少し驚いた表情を浮かべた。

 

 「ユーノ副教官も一緒だったんですね?」

 

 「あぁ、一緒に飲んでいたからね。それでサラさんのほうが酔いつぶれてしまったのでサラさんの部屋まで案内してもらえないだろうか。このまま酔いが醒めるまで置いておいたら風邪をひいてしまうかもしれないからね。どうだろう・・・?」

 

 「え、えぇ構いません。どうぞこちらです」

 

 エマが先を行き案内してくれる。男子の階層は二階で、女子の階層がその上らしい。酔って足元がおぼつかないサラさんをぶつけないように肩を貸しつつ丁寧に運ぶ。その度にエマが手伝いましょうかと言ってきたが、歩く距離が長くないことを理由に断った。

 

 「ここがサラ教官の部屋になっています。今明かりをつけますね。あっ・・・」

 

 先にサラさんの部屋に入ったエマが絶句する。数秒後、明かりが点いた部屋の中に見えてきたのは酒箱が数個ずつ重なっていた。

 

 「サラさんらしいや・・・。ほら、サラさん着きましたよ。ちゃんと服を着替えて寝るんですよー。聞いてます?」

 

 大丈夫と言うように肩を叩かれたので、ベッドに横たえる。女性らしい匂いはするが、部屋をどうにかしたほうが良いと切実に思った。

 

 「ふぅ、これでヨシっと。エマを手間を掛けたね。じゃあ僕は行くよ」

 

 サラの部屋から出てこちらの話を話半分で聞き、何かを考えているエマを横目に寮を出ようとしていると背後から声をかけられた。

 

 「あの、聞きたいことがあります。・・・お時間よろしいでしょうか?」

 

 「ん、今がいいかい?それとも時間を取り分けてのほうがいい?僕はどっちでもいいよ」

 

 「それでしたら今・・・でしょうか」

 

 少し考えてからキルシェに行くことにした。マスターから離れて話したら聞こえないだろうし、何より相手は女性だ。二人きりで会って話をしたらどんな噂話が持ち上がるか分からない。さてどんな事を聞かれるだろうか。まぁ、大体の予想は着くが・・・。



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8話

5月25日らへんの夜


 話の相手が同性であれば何ら問題はなく個室を選ぶのだが、今回は相手が女性だ。年齢的に離れているとはいえ部屋に入ることは倫理的に考えてありえない。と言う事で一番離れているところを選んで座ることにした。

 

 「エマは夜、紅茶を飲んでも大丈夫?」

 

  注文を聞きに来たマスターに注文するためにエマの好みを聞く。

 

 「ええ、大丈夫です」

 

 「じゃあマスター紅茶セット一つ。僕はさっき浴びるほどに飲んだから紅茶を。あとは生徒の話を聞くからこっちに来ないでもらえると助かります」

 

 「オッケー」

 

 マスターはユーノとエマが教官と生徒の関係であることを知っているので、それだけで分かるようだ。

 

 「で、初めての実習はどうだった?紅茶が来るまでその事を話さないか?」

 

 「そうですね…。水と油のような性格の二人でしたので大変でした。個人的なスキルは高いと思いますが貴族と平民と言う括りで考えるなら団体戦がちょっと…」

 

 「あぁそうだね…。エマには伝えておくけど君たちの個人的な戦力は本当に高いものだよ。少し訓練したら戦場に出られるぐらいには…。だけど団体戦となると話は別だ。今のままだったらユーシスやマキアスは殿(しんがり)になってもらうしかないだろうね。ガイウスやエマは少しまし。フィーは今のままなら団体戦に向いていないだろうね…」

 

 「そうですか…。面と向かって言われると少し落ち込みますね…」

 

 「お待ちどう様。紅茶セットと紅茶ね。あとはユーノさんから呼ばれない限り近づかないようにするよ。ごゆっくり…」

 

 マスターが来て紅茶などを置き立ち去る。

 

 「さて…、エマが聞きたいことは何?実習の事ではなさそうだね」

 

 「…はい」

 

 さっきまでは少し温かみがある表情をしていたが、こちらから切り出すとそれを無くして真剣な表情になる。

 

 「おおっと、それ(・・)は効かないぞ」

 

 瞬時に眼が違った、いいや眼の色が変わった。

 

 「っ…!!」

 

 「それを使わないで話してもらいたかったね…。警告は一度限りだ、聞きたいことをそのまま質問して構わないのに…。まだ信用されていないのか、いや時間が足りないのか…。尻尾にリボンした黒猫も連れてくるか?」

 

 「……いいえ、ごめんなさい。本当の事を言ってもらうために使おうとしました。でも使わなくても本当の事を言ってもらえそうですね。あなたは魔女を知っていますね?」

 

 「ああ、知っている」

 

 「…騎神と言う言葉は?」

 

 「うん、知ってる」

 

 「二つ…じゃないですね。最後に私たちの敵…ですか?」

 

 「少なくとも途中で(たが)う時もあるかもしれないが、敵にはならないな」

 

 「そうですか…、分かりました」

 

 エマから少し緊張が解けたように思えた。聞きたいことを聞けて良かったのだろうか。もう少し核心を突いて来るかと思ったが、肩透かしを食らった気分だ。やや落ち込んだ様子なのがエマにも分かったのかオロオロと視線があちらこちらへと移っているのが見えた。

 

 「すまんなぁ。ちょっと聞かれるだろうなと思っていた事と、エマが実際に聞いてきたことが違っていてな」

 

 「そ、そうですか…」

 

 「ちなみに今晩はこれ以上答えることはしないぞ」

 

 と言って紅茶を一口飲む。あぁ駄目だ…、彼女(・・)の使い魔が公園の樹の枝にいる。勘ぐられたか?いいや、今のところでは何とも言えない。

 

 「…はい」

 

 「エマ、今晩のところはそのまま寮へ戻ると良い」

 

 「はい?」

 

 「悪いな、急用ってもんじゃないが…まぁ近いうちにこの話の続きでもしようか?」

 

 「ええ、そうですね」

 

 要領を得ないユーノの言い方に戸惑いを感じつつもキルシェを後にするエマだった。



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9話・閑話


 ちょっとだけユーノの昔話、


 

 スカリエッティが猛威を振るい、それを六課が中心となって食い止めてから数か月経ってからの事だった。ユーノが勤めている無限書庫も忙しくなくなり、それなりの暇ができてからのことだった。六課の人たちに対する関心が薄くなったのは…。

 

 緊急を要することではないにしても資料を集めなければならないのでそれを集め一息ついた時だった。ふと自分の将来について疑問を感じたので幼馴染ではないものの、昔から知り合い的な奴に連絡を取ることにした。その名はクロノ・ハラオウン。数回のコールの後通信に出た。少し老けただろうか…、それを言うと彼は怒るだろう。

 

 「やぁクロノ」

 

 「…あぁ、ユーノか」

 

 「ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあったんだが、今時間は大丈夫だろうか?」

 

 「ふむ…」

 

 サッと視線をずらしスケジュールでも確認しているのだろうか、そしてこちらを向いた。

 

 「少しの時間なら大丈夫だ。ユーノ、かくし芸の相談でもあるのか?」

 

 「えっ?」

 

 「あっ、違ったか。じゃあどんな事だ?」

 

 ユーノにとって初耳なことだ。後悔はするかもしれないがそのことについて聞いてみたくなった。だから率直に聞いた。

 

 「クロノ、僕はその件について初耳なんだがそれはどういうことだ?」

 

 「あー……」

 

 ガシガシと頭をかいた後、いたたまれない様子を出しながら言ってくれた。

 

 「六課の活動が成功に終わったのと、ヴィヴィオの歓迎会をやろうと言う話が持ち上がってな、それで大々的にやろうと…。パーティーみたくやろうとしたのははやてだ。それに六課の連中と、事件を解決に向かわせた他のスタッフや裏方で頑張った人たちも誘ったとか……。もしかしてユーノは聞いていないのか?」

 

 「あぁ、聞いていない。クロノから聞いたのが初めてだ」

 

 自分でも聞いたことのないような低い声が聞こえてくる。クロノもそれを聞いていたからひきつったような表情をしている。

 

 「なぁ、今からでもユーノが誘われていないって言ったほうが良くないか?」

 

 「…僕は無限書庫にいただけさ。六課の連中のように華々しい活躍をしたわけじゃないさ。今からどんな(つら)して言うのさっ!!この一連の事に関しては僕には何の関係もなかったのさ。なぁ笑ってくれよ」

 

 「ユーノ…」

 

 少し大きめな声でぶつけてみるが、クロノは笑ってはくれなかった。それどころか苦虫を食い潰したような表情を浮かべてこちらを見ていた。

 

 「…じゃあ、ね」

 

 「あぁ。…待て、相談って何だったんだ?」

 

 思い出したかのように聞いてくる。が、それに関してはすでに九割がた解決したも同然だったので軽く流しておくに留める。

 

 「相談したかったけどクロノの話を聞いたらもう解決したも同然になっちゃった」

 

 「えっ?それはどういう事?」

 

 そのまま通信を切っても良かったのだがふと言ってから切ろうと思った。

 

 「あぁ大したことでないんだけど、無限書庫が縮小されることが決まってね。だから退職しようか違う部署に行こうか少し迷っていたんだが、どうやらその相談の必要は無くなったんじゃないかってね。それじゃあ」

 

 クロノの返事を聞くことなく通信を切る。最後に見た表情は何とも言えない表情を浮かべていたかもしれない。でも相談して留まって欲しいって言われることを期待していたかと言われればそうでもないかも。『君には辞めて欲しくない』とか言って欲しかったのか、『残念だ』と言って欲しかったのか自分の感情は分からない。

 

 退職する事が決まってから自分の持ち物の整理等を始めたわけだが、あまり私物が無い事にとても驚いた。ジュエルシード事件が終わったぐらいから無限書庫にいるわけなのに、今まで生きてきた殆どをそこで過ごしてきたのに私物を見ると総合サプリメントや栄養ドリンク、カロリー〇イトが山のように積まれているだけだった。

 

 「はははっ」

 

 自虐とも言える乾いた声が漏れる。僕はこんなにも存在意義が無い人間だっただろうか。最初の頃はとても楽しくやっていた(?)かも。無限書庫は周りからとても楽な仕事と思われているが、単純作業と酷使する探索魔法のせいで数か月で辞める人が多く、ユーノのようにずっと続けてきた局員はいない。同僚と言える人もいなく気心が知れた仲間がいるわけでもないので相談も出来ない。溜め込みながら気づかないようにしていたストレスのせいで気分転換の仕方も忘れていた。

 

 住む所は支給されているが4徹や7徹は当たり前。帰ってもシャワーを浴び、栄養剤を飲み干し度数の高い酒をちょっと煽って寝床にバタンキュー。それがいつの間にか当たり前になって十数年、彼にとって分岐点に来ているらしい。

 

 一番最初に魔法を教えたあの子にも連絡を入れようかと思ったが、殆ど事務的な連絡しかしていないのに突拍子もなく退職云々を相談するものどうかと思い放っておく事にした。

 

 そして無限書庫を退職するにあたって、私物をいる物といらない物で整理をしていると、ナンバーの不明なジュエルシードっぽい物を見つけてしまった。ほろ酔い気分で整理していたのもあり彼は願う。

 

 

 

             ―――どうか………―――

 

 

 

 ブラックな企業で一つの歯車のように働き、疲れた彼が願った願いがどの様なものであったかは如何ばかりだが違う世界で救われ、そして皆を陰から支える教官になるとはこの時のユーノには予想だにしないことだった。 



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