五河士道には、チートな彼女が"いた" (旧題:デート・ア・マニアックス) (エター)
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プロローグ

初めまして、冷めた人です。
あまり小説を書かない上に、デアラの二次を書くのは初めてなので、期待しないでいただけると助かります。

前もって言っておきますが、狂三さんの出番はちゃんとある予定です。ただし、その前にエタってしまうかもしれませんが。


 天宮市、来禅高校屋上

 

 空間震警報が鳴る中、他の生徒のようにシェルターに逃げるのではなく、屋上に立ち尽くす男女が一組いた。

 少女の名は、三笠 奏。空間震の原因である精霊を殺す、陸上自衛隊対精霊部隊の魔術師。

 対する青年の名は、五河 士道。彼はごくごく普通の学生で、つい最近まで魔術師や精霊のことすら知らなかった一般人だった。

 

 奏は、いつものように自衛隊の駐屯地に向かうため、人目のない学校の屋上でワイヤリングスーツを身につけようとしていた。士道は彼女の見送り、何時死ぬかわからない戦場へと向かう彼女を一言でも励ますためにそこにいた。

 

「さてと、今日も行ってくるよ」

「ああ、無事に帰ってくるのを待ってる」

 

 二人としては何時もの会話、何時もの出陣前の風景。

 奏はこのままいつものように出撃し、いつものように戻ってくる。

 

 

 

 

 ―――はずだった。

 

 現場へと飛び立とうとした奏。

 ふと、彼女は何かに気が付いたかのように空を見上げた。

 

「え? う、そ………そんな」

 

 奏は、そこで視線を凍り付かせる。

 空を見上げた彼女は、飛び立つことなくそこで足を止め、何か見てはいけないものを見てしまったかのように、呆然とした様子で声を上げる。

 急に様子変えた彼女に不安を覚えた士道は、少し心配そうに声をかけた。

 

「奏? どうかしたのか?」

「いや、そんな……でも……」

 

 士道の呼びかけにも応じず、困惑に瞳を揺らす奏。

 しばらくすると、まるで何かを掴もうとするかのように、奏は空に手を伸ばし始める。

 

「奏?……奏!おい、しっかりしろ!どうしたんだ、何かあったのか」

「まさか、そんなことって……」

 

 士道は、彼女を強く呼びかけ始めた。

 奏が、天に伸ばした手を止める。

 

 自身の言葉が届かないことを自覚した士道は、その様子を心配そうに見つめるしかなかった。

 

 そして、奏は、天高くに伸ばした手を、何かを掴む様に強く握りしめる。

 その様子を見て、士道はいぶかし気な表情を浮かべた。

 何故なら、奏が伸ばした手には――当たり前のことだが――何も握られていなかったからだ。

 

「…………ああ、そういうこと」

 

 しかし、彼女には何かがあったのだろう。瞳を絶望に染め、この世全てを呪うかのように吐き捨てた。

 

 気配も、声に乗せる感情も、反転するかのように切り替わっている。

 わずかな間ではあるが、士道には彼女がまるで別人のように見えてしまったほどだ。

 

 尋常ではない奏の様子。

 心配に思った士道は、そんな彼女に声をかける。

 

「どうしたんだ、何かあったのか」

「いや、なんでもないよ。ちょっとだけ、知りたくなかったことを知っただけだから」

 

 いったい何を知ったのか、先程の行為をただ空に手を伸ばしただけとしか認識していない士道には、まるで見当もつかなかった。

 

 ただ、今この瞬間に、何か良くないことが起こったことは理解できていた。

 なにせ、今の奏はかつての五河士道の様だったから。

 

「なあ、奏」

「ん? 何?」

 

 士道は奏に声をかけ、その言葉に答えるように奏は向き直る。

 

「俺は、奏と付き合い始めてから二ヶ月しか経ってないからか、奏のことをよく知ってるわけじゃない。普通のクラスメイトよりかは詳しいけれど、日下部さんみたいに詳しいわけじゃない」

「士道、急にどうしたの?」

 

 急に真剣な様子になった士道に、奏は戸惑った様子で声をかける。

 士道は、そんな奏に言葉を続けた。

 

「だけどさ、何も知らないわけじゃないんだ

 だから――――」

「だから?」

 

 奏は士道の話を大切な話なのだと認識したのか、真剣な面持ちで士道のことを見つめた。

 

 

 

「――だから、帰ってきたら一緒にクレープでも食べに行かないか?」

「………へ? クレープ?

 ………クレープってあの、お菓子のクレープ?」

「ああ、奏は好きだろ」

 

 ………二人の間に、静けさが訪れる。

 

「いや、なんで今そんな話するのさ」

「今だからだ。今しか無いと思ったからだ」

「………士道」

 

 士道の言葉に、奏は僅かに驚いたかのように表情を変えた。

 

「だから、奏。今日帰ってきたら、クレープ食べに行こう。約束だ」

 

 何気ない言葉、ありふれた約束。

 けれども、その言葉には士道の奏の身を、心を案じる想いにあふれていた。

 

 ――――無事に帰ってきて欲しい、そんな想いに。

 

「あははは、士道らしいや。

 うんいいよ、帰ったら二人で食べに行こうか」

 

 奏の瞳からは、絶望は薄くなっていた。

 奏がたった今知った事実は、碌でもなくて糞みたいな事実だった。知りたくもなかった現実だった。

 けれど、士道に救われた。その何気ない一言に救われた。

 士道には、なぜ奏がこんな感情を抱いたのかわからなかっただろう。しかし、だからこそ、奏は救われたのだった。

 

「士道、もし今日あいつと、〈プリエステス〉と戦って無事に帰ってこれたら、伝えたいことがあるんだ」

「な、なんだよ急に改まって」

 

 奏は、声を深くして士道に告げる。

 そんな奏の突然の変化に、士道は大きく戸惑った。

 

 奏の様子が、先ほどとはまるで違ったからだ。

 

 瞳に浮かんだ絶望はなりを潜めている。言葉に添えられた恨み辛みは立ち消え、いつも通りの明るい笑顔をしている。

 何一つ変わらない笑顔、何一つ変わらない抑揚、いつもと何一つ変わらない仕草。

 

 

 ―――士道にとっては、逆に不気味だった。

 

 そんなものは、ついさっきまで錯乱しかけていた人間がするような仕草では無い。

 

「だから、私を信じて待っていてほしい。もう二度とシェルターから抜け出して、私を追ってきては駄目」

「あ、ああわかった」

 

 士道は、かけられた声についうなずいてしまう。

 おかしい、こんなことは絶対におかしい。

 士道の心臓の鼓動は急激に速くなり、心には焦燥感が生まれた。

 

 だが、生まれただけだ。

 その感情は、言葉に紡がれようとすると、まるで詰まったかのように胸の内に押し込められてしまう。

 

「………か、奏」

 

 そんな中、士道は、何とか声を引きずり出し、大空へと飛び立とうとする奏を呼び止めた。

 

「何、どうしたの士道」

 

 奏はその声に足を止め、士道の方へと振り返る。

 士道は、そこで少し考え込んだ後、ポケットから小さな紙袋を取り出した。

 

「奏、これを渡しておくよ。

 前にデートに行ったとき、欲しそうに見えたから買ってたんだ」

 

 奏は紙袋を受け取ると、その封を切る。

 中にはヘアピンが二つ、入っていた。

 

「わぁ、ありがとう。

 それにしても、何で今これを渡してくれたの?」

「いや、本当は今日の放課後に渡すつもりだったんだけれど、警報なったから今日はこの後休校だからさ、今じゃ無いとだめかと思って」

 

 なんとなく、言い訳じみた言い方。

 士道自身にもその自覚はあるようで、どことなく目線がおかしかった。

 

「そっか、ありがとう

 ………そうだ、ならこれを士道は持ってて」

 

 そんな士道の様子に、奏は小さく笑う。

 そして彼女は、付けていたヘアピンを外し、代わりに士道が渡したヘアピンを付けると、外したヘアピンを士道に渡してきた。

 

「今それを持っていくわけにはいかないからさ、預かっといてくれない」

「わかった。預かるよ」

「そのヘアピンは、本当に大切な物だから、無くしたら怒るからね」

 

 CR-ユニットを起動し、大空へと飛び立つ奏。

 

「………気を付けろよ、奏」

 

 そんな奏を士道は見ていることしかできなかった。

 ただ、信じて待つことしか、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、教室に奏の姿はなかった。

 その次の日も、さらにその次の日も、奏は学校に姿を現すことはなかった。

 

 

 彼女はその日、精霊との戦闘で死亡が確認された。

 折紙が血だらけのヘアピンを士道に差し出して、そう告げたのは、5日後のことだった。




2015年8月5日(水)午前6時05分大幅修正
2016年5月12日(木)午後3時32分修正


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十香 セカンドエンド
序章 復讐者の少年


ラノベっぽく、プロローグは話の途中から行きます。


ASTが狙撃の用意を終えるで、後少し。

 

十香、あいつを殺した精霊の一人である彼女を抱きしめる。

 

「っ!?し、シドー、ななな何をする」

「ああ、デートって言うのは最後は大抵こうするんだ

 ………嫌だったか、十香」

「い、いや、別に嫌では無い。

 そうだな、うむ。シドーに抱きしめられるのは、嫌な気分ではないぞ」

 

口からこぼれる嘘八百に、思わず苦笑い。

 

よく今から殺そうとしている相手に、こんなことが言えた物だ。我ながら吐き気がする。

 

「なあ、十香。今日一日デートしてどうだった。

 人間みんなが、お前を殺そうとしている訳じゃなかっただろ」

「そうだな、確かにそうだった。

 みんな優しくて、それこそ今でも信じられない」

 

そう言って十香は苦笑いをうかべる。

 

「本当に信じられないくらいだ。あんなにも多くの人間が、私を拒絶せず、受け入れてくれるとは思わなかった。

―――それこそ、あのメカメカ団が街ぐるみで私を欺こうとしていると考えた方が、信じられるくらいには」

「いや、流石にそれはないだろ」

 

いくらASTとはいえ、流石にそれは無理だ。

ただ、それを笑って返すことはできなかった。

―――少なくとも、俺はそうなのだから

 

「そうなると、俺もメカメカ団の一員ってことになるな」

「それはない」

 

即答だった。十香は迷いもなく俺がASTの人間ではないと断言した。

 

「きっとシドーはあれだ。脅されて仕方なく協力しているのだ。

シドーが敵だなんて、考えたくない」

「十香………」

 

胸が痛んだ。

きっと彼女は、俺のことを信じてくれているのだろう。それでこそ、彼女の境遇を考えれば、彼女にとって俺は、世界で唯一信じられる人間なのかもしれない。

 

そんな彼女を、俺は裏切っているんだ。

 

「そんな顔しないでくれ、シドー

 私は今日一日シドーと一緒にデエトして、本当に楽しかったんだ。本当にうれしかったんだ」

 

そう言って十香は俺の胸から顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「本当に、本当に今日は有意義な一日だった。ありがとうシドー、お前のおかげで私は、()()()()()()()()()

 

「………十香、何を言っているんだ」

 

一瞬、頭が真っ白になった。

十香は今、なんと言った?

 

「私みたいなヤツは、いない方がいい。

 私は、この世界に現界するたびに、こんなにも素晴らしくて、こんなにも優しくて、こんなにもきれいな世界を壊してきたんだ。

―――そうだろう、シドー」

「それ、は、

 でも、それは、十香の意思じゃ、十香がわざとこの世界を壊しているわけじゃ―――」

「事実として、事実としてそうだ。

 私がわざと壊しているわけでないにせよ、私が壊しているという事実は変わらない」

 

 

確かにそうかもしれない。

いくら元通りになるとはいえ、十香がこの世界を壊してきたという事実は変わらない。故意にせよ、そうでないにせよ、精霊に人々が殺されてきたという事実は、変えようがない。

 

でも、だからといって、それは―――

 

いや、それは十香を殺そうとしている俺が言っていいことではない。

 

「今日一日シドーと一緒にいて、ようやくメカメカ団が私を殺そうとする理由がわかった。

 当然だ。こんな世界を壊す私が生きていていい筈がない」

 

そうして十香は笑った。

それは昼間とは違い、まるで壊れそうな、弱々しく痛々しい笑顔だった。

 

「ありがとう、シドー。お前のおかげだ」

 

俺の腕を十香は優しく振り払い、俺から離れる。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

 

その姿はまるで、今にも消えようとするろうそくの火のようで、俺は………

 

「さよなら、シドー」

「―――十香っ!!」

 

手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、銃声が響いた。

 

俺の前には、笑顔で倒れる、血を流した十香の姿があった

 

復讐を成し遂げた俺の胸には、達成感は無かった。



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一章 少年の日常

目が覚める。

相変わらず、最悪の目覚めだった。

あの日から、俺の目覚めが良かったことは殆どない。

 

今日は四月十日、月曜日。

春休みが明け、今日から学校に行こうというその日。

俺は、眠い目をこすりながら考えた。

 

とりあえず、俺の上で情熱的にサンバのリズムを刻む妹をどうにかしよう。

 

「琴里」

「お、なんだおにーちゃん」

 

朝っぱらから自分の兄を笑顔で踏みつけているこの少女は、俺の妹である五河琴里、中学生だ。

というか、なんかこう踏みつけていることに対する後ろ暗さはないのだろうか。いつも、こうやってバカやって俺を元気づけようとしてくれているのはありがたいが、もうちょっと考えて欲しい。

 

ついでに言えば、俺の位置からだとパンツ丸見えだ。もう中学生なんだから、もう少し慎みを持って欲しい。

 

「もう起きるから、降りてくれないか」

 

琴里は俺の言葉に大きくうなずくと、勢いよく俺の腹の上から飛び降りた。

 

瞬間、物理学の作用反作用の法則に従い、俺の腹が衝撃に襲われる。

いつもならともかく、寝起きである俺にその一撃は大きく響いた。マジで痛い。

 

「………」

「あ、ええっと………おにーちゃん?もう朝だよーって、えっと」

「………」

「………」

 

静まり返る俺の部屋。

 

「ぅぅぅぅぅっ、がーっ!」

「ギャーっ!」

 

俺が怒っているかのような顔をして叫べば、琴里は涙目で逃げていった。

相変わらずバカワイイ妹の様子に、思わず笑みがこぼれる。本当に自慢の妹である。

 

さて、部屋に立つと身体を伸ばし大きく深呼吸。寝惚けを飛ばす。

いつものように、部屋の机の片隅のプラスチックケースに仕舞った二つのヘアピン、半年前に死んでしまった恋人の遺品に手を合わせ、それからケータイのメールを確認した後、着替えて部屋を出る。

今日から両親は出張でいないため、家の家事は俺一人でやる必要があるので、朝から忙しい。

 

階段を降り、リビングへと出る。

すると、リビングにはフローリングの上で震えながら涙目で正座をする琴里の姿があった。

 

「琴里、どうしたんだ」

「そ、その、さっきあんなことしちゃったから、えっと、その………」

 

どうやら、彼女なりに反省を示しているらしい。潔いというかなんというか。

 

「琴里」

「お、おにーちゃん」

 

俺は、学校に行くためにリビングの隅に準備してあった琴里の鞄を、正座している琴梨の膝の上に置く。

 

「ぎゃーーっ!」

「朝飯準備するから、そのまま待っててくれ」

「おにーちゃんの鬼、悪魔、アイザック・ウェストコット!!」

 

誰だよアイザックって。

 

しょうがないので、せめてもの慈悲にリモコンを渡してやる。

琴里は、『違う、そうじゃない』とでも言いたげな顔をしたが、俺は何も見なかったかのようにスルーした。

 

大手企業に務める両親が、今日のように家を空けることは、そう珍しいことではない。

そのため、基本的に食事はいつも俺が作っていた。正直に言えば、母よりも台所に立つ回数は多い。

 

冷蔵庫ある卵とベーコンを取り出していると、背後のテレビからニュースキャスターの声が聞こえてきた。

 

『―――今日未明、天宮市近郊の―――』

 

聞こえてきた内容に、思わず身体が固まる。

そのニュースの内容は、すぐさま俺の頭の中にあった情報と合致した。

 

―――空間震

今朝確認したメールの中にそのことが書かれていた。

その事に思い当たった瞬間、胸の底からドス黒い感情が湧き出してくる。

あの白いローブを纏ったアイツの姿が、仮面越しに響くアイツの声が、頭の中で反響し俺の感情を沸き立たせる。

 

 

落ち着け、今は琴里の前だ。平常心を保て、琴里にこんな顔を見せてはいけない。

ゆっくりと呼吸をし、心を落ち着かせる。なんとか顔に出さない程度までは、心を落ち着かせなければならない。家族に心配をかけるわけにはいかない。

 

 

 

 

ベーコンが焼け、スクランブルエッグができたところで、琴里の分をご飯お味噌汁、サラダと一緒にお盆に載せ、リビングへと運ぶ。

琴里の分をテーブルの上に並べた後、琴里の膝の上から鞄を退かしてやる。もうそろそろお仕置きはいいだろう。

 

「ほら、もう動いていいぞ」

「ふにゅぅぅぅ」

 

鞄を退けると、琴里はまるで軟体生物のように崩れ落ちた。

 

足が痺れたのだろうか、なかなか動き出さない琴里を尻目に、自分の分の朝食をテーブルに並べる。

並べ終えても相変わらず琴里は倒れていたので、流石に一人で食べようとは思えず、回復するまで話をすることにした。

 

「琴里、今日ってそっちも始業式だよな」

「そ、そうだよー」

「ということは、今日は給食無いよな。琴里は、お昼何食べたい?」

 

うー、と唸ると琴里は勢いよく立ち上がり、勢いそのままに答えた。

 

「デラックスキッズプレート!」

 

デラックスキッズプレート、それは近所のファミリーレストランが出している、お子様ランチのことである。

中学生にもなってお子様ランチとは如何な物かと思ったが、まあ琴里だししょうがないかと思い直した。

 

「わかったよ、なら久しぶりにお昼は外食にするか」

「おー!流石愛しのおにーちゃん!太っ腹だな!!」

「じゃあ、えっと先に中学の方が終わると思うから、学校終わったら先にファミレスに行っててくれ」

 

「絶対だぞ!絶対だからな!地震雷火事親父が来ても、空間震が起こっても、ファミレスが爆破されても絶対だぞ!」

「いや、流石に爆破されたら無理だろ」

「いいから、絶対だぞー!」

「はいはいわかったわかった、絶対だ絶対」

「おー!」

 

相変わらず、騒がしくも愛おしい妹である。

 

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

八時を少し過ぎた頃、ようやく高校にたどり着く。

廊下に張り出されたクラス表から自分の名前を確認してから、自身の教室へと向かった。

 

「二年四組………二年四組………ここか」

 

ドアを潜り教室を見渡す。

少し来るのが遅かったためか、もう結構な人数が教室にはいた。

知り合いがいないかあたりを見渡すが、それらしい姿はない。

と、その時後ろから声をかけられた。

 

「―――士道」

 

この学校で俺のことを名前で呼ぶ人物は一人しかいない。

半年前までは二人だったのだが………

 

「ああ、おはよう折紙」

 

振り返りながら答える。

案の定、そこにはよく知っている細身の少女の姿があった。

彼女の名前は鳶一折紙。見かけの儚さに反して、陸上自衛隊対精霊部隊所属の凄腕魔術師だったりする

 

「もしかして、今年は同じクラスか?」

「ええ、席も隣」

「そっか、それは良かった」

「私も、そう思う」

 

なかなか会話がつながらず、会話が止まってしまう。

ただ、この会話の()は俺は嫌いではなかった。

最も、この()は死んでしまった彼女を感じてしまうので、少し寂しくはあったが。

 

「そういえば、今朝は大丈夫だったのか」

 

朝。空間震があったことを思い出す。

もし、奏だけでなく折紙まで何かあれば、俺は―――

 

「問題ない。今回は〈ハーミット〉だった」

「そうか、良かった。なら怪我はなさそうだな」

 

〈ハーミット〉、確か攻撃してこない精霊だったはず、なら大した怪我はないだろう。

 

「心配してくれたの」

「そりゃあ当たり前だろ、折紙が危険な目に遭っているなら心配するに決まってる」

 

「そう」

 

なぜかその場でジャンプする折紙。どうしたんだろうか

 

 

と、その時チャイムが鳴った。

 

「そろそろ席に着くか」

「ええ」

 

黒板に張り出された席に着く。席は折紙が窓際の席で、俺はその右隣。

暫く待っていると、教室の前の扉が開き優しそうな雰囲気の、小柄でサイズの合っていなさそうな眼鏡をかけた女性が入ってきた。

 

「あ、たまちゃんセンセーだー」

「っしゃあ!!たまちゃん来た!!」

「これで今年は安泰だな」

 

女性の名前は、岡峰珠恵。その馴染みやすさからか、この学校の生徒達からはたまちゃんの名で親しまれている。ついでに独身。

 

ちなみに、俺はこの人に逆ナンされたことがある。俺に学校の友人が少ない理由の一つがそれだ。

 

「はい、皆さんおはよぉございます。今日からこのクラスの担任を務めさせていただく岡峰珠恵です」

 

間延びした声を響かせるたまちゃんに、教室は何故か色めき立った。

ふと、そんなとき、なんとなく何処かから視線のようなものを感じた。

折紙の物ではない、彼女はよくこちらを見ていることがあるが、この視線は彼女の物とは明らかに違っていた。

 

あたりを見渡す。

 

少なくとも俺の目には、こちらを見る人間は折紙しか見つけられなかった。

 

「―――気のせい、か?」

 

なんとなく、嫌な予感がした。

 

 

 

その後、体育館で始業式をしたりなんだりとしていくうちに時間がたち、気がつけばお昼近い時間となっていた。

 

「それじゃあ皆さん。気を付けて帰ってくださいね」

 

 

 

 

そんなとき―――




3/14 書き忘れていた伏線を追加


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二章 精霊、彼女は〈プリンセス〉

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

教室に、否、街中に大きなサイレン音が鳴り響いた。

 

「………これは」

 

教室が静まり返った。

 

左隣に座る折紙に目を向ける。

俺と目が合った彼女は、問いかけるような俺の視線に答えるかのように、大きくうなずいた。

 

つまり、そういうことなのだろう。

 

『―――これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。空間震の、前進が、観測されました。空間震の、発生が、予想されます。近隣住民の皆さんは、速やかに、最寄りのシェルターに、避難してください。繰り返します。これは訓練では、ありません。これは―――』

 

教室中から、一斉に息を呑む音が聞こえた。

 

「おいおい………マジかよ」

 

去年同じクラスだった、友人の殿町がつぶやく声が、静まりかえった教室に広がった。

 

だがしかし、殿町にも、そして殿町以外のクラスメイト達にもあまり動揺はなかった。

それもそのはず、このあたりは昔大規模な空間震があった関係上避難訓練は腐るほど行われていたし、半年前にも何度か空間震があったからだ。

見れば、多くの生徒か廊下に出て並び始めていた。

 

「………士道」

 

すぐ隣からかけられた声の主、折紙の方へと振り返る。

彼女は陸上自衛隊の対精霊部隊、ASTの魔術師。空間震が起こったと言うことは、それによって彼女がたお―――いや、殺さなければならない奴らが出現すると言うことに他ならない。

 

「………ああ。俺には心配することしかできないけれど。

 ―――必ず、必ず無事に帰ってきてくれ。頼む」

 

「わかった、必ず戻ってくる」

 

一瞬、全身に寒気が走る。

折紙が、戻ってくるの後に何か言った気がしたが、気のせいだろう、気のせいだと思いたい。

たまに、折紙は俺に聞こえないように怖いことを言っているときがあるからこうやって寒気が走ることがあるんだ。どうにかならないだろうか。

 

廊下を駆け出してゆく彼女を見送りながら、そう思った。

 

「おちついてくださぁーい!ゆっくり焦らずですよ!大丈夫ですよ、大丈夫ですからゆっくり駆けずに進んでくださぁい!」

 

流石に初めてではないからだろうか、少し慌てつつも頑張って誘導をしようとしているたまちゃん先生の姿が見える。

そんな姿になんとなく感じていた不安が解された。

 

ふとその時、なんとなく琴里の様子が気になった。

 

『絶対だぞ!絶対だからな!地震雷火事親父が来ても、空間震が起こっても、ファミレスが爆破されても絶対だぞ!』

 

―――空間震が起こっても

 

「いや、まさかな。そこまでバカじゃないだろ」

 

携帯電話をポケットから取り出し、着信履歴の一番上にある『五河琴里』の名前を選択し、電話をかける。

 

…………

 

………

 

……

 

―――繫がらない。

 

顔から血の気が引くのがわかった。

 

おそらく、今までの人生で一番速いであろう速度で携帯を操作し、琴里の居場所を確認するためにGPSを利用した位置情報確認サービスを呼び出す。

 

―――携帯の画面は、近所のファミレスを示していた。

 

頭が真っ白になる。

 

 

 

仮面越しに俺を嘲笑うアイツの姿。アイツに斬り捨てられる奏。病院で力なく笑う奏と無表情で此方を見つめる折紙。屋上に立つ奏。そこから飛び立つ奏の後ろ姿。

 

―――折紙が差し出す、血に濡れたヘアピン

 

頭の中で、それらが駆け巡ってゆく。

 

 

俺は、全速力で駆け出した。

 

 

 

    ◇

 

 

『必ず、必ず無事に帰ってきてくれ』

 

彼の心配そうな声を思い出し、気分が高揚する。

たった一言ではあったけれど、その一言は私にとっては何よりも心強いものだった。

 

「鳶一一曹、どうぞ!」

 

整備士からの声にうなずき、自分専用のドックに腰掛けると着込んでいるワイヤリングスーツを通して、ドックに収められた戦術顕現装置搭載ユニット、略してCR-ユニットを起動、それによって発生した随意領域を利用し、武装を身に纏う。

 

未明に戦闘があったことから、整備が終わるか心配だったが、なんとか終わったようで少しホッとした。

 

―――これで精霊を殺すことができる

 

整備が終わることを待っている他の隊員にぶつからないように移動し、ASTの隊長、日下部燎子一尉の前に立ち他の隊員が揃うのを待つ。

 

「折紙」

「はい」

 

呼びかけてきた彼女に応え、目線を向ける。

 

「………例の奏の彼氏の、彼はどうしてる?」

 

彼、名前は口にしなかったものの、それが士道のことを指していることは聞き返さずともわかった。

彼女は何故かはわからないけれども、三笠奏が死んで以降2、3度彼と顔を合わせ、そして頻繁に私に彼の様子を聞いてきていた。

 

とはいえ、あの頃の彼の様子を見れば心配になる理由はなんとなくわかる。

あの頃の、ほんの一月二月前までの彼は―――彼は私や彼女のようなASTの人間以外にはその様子を悟らせず、うまく取り繕っていたものの―――今にも壊れそうな様子だったのだから。

人のいいこの人は、そんな彼の姿を見て気にしてしまっているのだろう。

 

もっとも、彼の様子は彼の家の中に仕掛けた乙女の勘や、鞄や着替えに仕込んだ乙女の勘でしっかりと把握しているから、心配はいらないのだが。

 

「春休みの間は会うことは稀だったけれど、なんとか立ち直ったようだった」

 

そう答えると、彼女は僅かに顔を綻ばせた。

 

「そう、ならよかったわ」

 

彼女は短くそう答えると、落ち着かなさそうに手にレイザーブレイドを持ち、刃を出さずその柄の部分をペン回しのようにいじり始めた。

 

そんな彼女を視界の隅に収めながら、私は武装のチェックを行ってゆく。

本人は気付いていないが、彼女が奏のことを考えているときは、ペン回しのように何かを弄る癖があることはASTの中ではわりと有名な話だった。

 

 

十数秒程たち、CR-ユニットを装備した他の隊員達が集まってくる。

 

素早く点呼をとると、私達は空間震の発生源へと飛び出した。

 

 

      ◇

 

 

走る、

走る、

走る、

 

ただひたすらに、やみくもに、琴里がいるであろうファミレスへと人気の無い街を駆け抜ける。

のどが張り付き、指先が痺れ、視界が狭まっていくが、それらを全て無視し駆ける。駆け、駆け、駆け続ける。

 

琴里の笑顔、泣き顔、怒り顔、日々の何気ない琴里の顔が脳裏に浮かんでは消えてゆく。まるで、もう二度と会えないかのように、浮かび、消え、そして再び浮かび、また消える。

 

「――――っ!――――っ!」

 

声にならない叫びを上げ、走り続ける。

 

―――もうこれ以上、俺の周りの人間を精霊に殺させてなるものか。そんなのはもう嫌だ。

 

アイツに殺される琴里の姿が目に浮かび、息が詰まる。

 

「アァァァァァァ―――――っ!」

 

走りながら叫び、そのイメージを打ち消す。

 

ふとその時、目の前で黒い闇の嵐が巻き起こった。

 

―――空間震

 

かつて見たそれと同じ破壊の権化に俺は、安心感を抱いた。

 

ここはまだ、ファミレスからはほど遠い位置にある。

つまり、ここで空間震が起きたということは、琴里は無事だということだからだ。

 

安心して一息ついたその矢先、爆音とすさまじい衝撃波が襲いかかってくる。

 

「っく………!」

 

咄嗟に頭を腕で守り、足に力を注いだが、それは無駄に終わった。

全力疾走で疲労した足は、俺の身体を留めることができなかったのだ。

 

「っ!………クソ」

 

強大な向かい風に身体ごと吹き飛ばされ、アスファルトの大地を転がる。

二転三転したところで、俺よりも空間震に近い場所にあったためか俺よりも先に飛ばされて道路に突き刺さった瓦礫に阻まれ、俺はその回転を止めた。

 

瓦礫にぶつかった衝撃で、肺の空気が根こそぎ口から吐き出される。

視界がゆがみ、揺れる中、俺は目の前に奇妙なものを捉え、そして俺はそれに目を奪われた。

 

 

ー――それは、少女だった。

金属でもなく、布でもない、そんな何かで造られた鎧のようなドレスを身に纏った少女が一人、そこにはいた。

 

「あっ―――」

 

思わず、言葉が漏れる。

 

彼女はそう、美しかった。

鎧のようなドレスも、淡い光でできたスカートも、美しくはあったが彼女の前では霞んで見えた。

 

腰まで広がる闇色の髪。

俺の知る言葉では表現することすらできない程、美しく輝く瞳。

美の女神ですら素足で逃げ出しそうな容貌。

 

正に、傾国の美女とも言える少女がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ただ、俺が目を奪われたのはそこではなかった。

 

彼女の瞳に映る深淵のような絶望、俺はそれに心を奪われていた。

 

 

 

「―――君、は」

 

気付けば、俺は声を発していた。

その声で俺に気付いたのか、彼女は此方を向く。

 

「………名、か」

哀しみを載せた絶望を感じさせる声が、俺の鼓膜を震わせる。

 

そして、悲しげに彼女は答えた。

 

「ー――そんなものは、ない」

 

 

 

 

 

 



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三章 ラタトスク機関

「―――そんなものは、ない」

 

その吸い込まれそうなほどに深い闇が、彼女の奥で揺れ動いた。

 

そのとき、初めて彼女と目が合う。

それと同時に、彼女はそのあまりにも深い絶望を更に深くしながら、金属のこすれ合うような音を僅かにたてる。

 

その小さな音に、俺は意識を現実へと呼び戻した。

 

―――彼女は、精霊だ。

 

 

現実へと戻った意識は、彼女がこちらへと手に持った剣を振り上げていることを認識する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

慌てて制止の声を上げる。

 

「………なんだ?」

「何しようとしてるんだ………?」

 

「それは勿論、早めにお前を殺しておこうと」

 

当然のごとく、声色を一切変えることなく言いきるその姿に、あまりの痛々しさに、思わず目を覆いたくなった。

この時の俺は、憎んでいるはずの精霊に、恨んでいるはずの精霊に、何一つ負の感情を抱くことができなかった。其程までに、彼女の姿はあまりにも見ていられなかったのだ。

 

「………お前は、何で言わないんだ」

「―――なに?」

「何でそんなにつらそうなのに、何か言ったりしないんだ」

 

まるで、それは、それは―――

 

刹那、背筋が凍りつき、反射的に目の前の彼女を突き飛ばす。

 

その直後、彼と彼女が立っていた場所に、上空から数多のミサイルが襲いかかる。

 

俺はその爆風に吹き飛ばされ、そこで意識を失った。

 

 

 

      ◇

 

 

「―――ねえ、士道」

 

キッチンで料理をしていると、リビングの片隅でテレビを見つめる彼女から声をかけられた。

たったそれだけで、これが夢だと、この彼女との一時が俺の抱いた夢幻(ゆめまぼろし)でしかないのだと気付いた。俺は、彼女を家に招いたことなどなかったのだから。

 

「なんだ、奏」

 

けれども、俺はその幻に返事を返していた。

幻でしかないとわかっていても、俺はその声に返事をせずにはいられなかった。

 

彼女との話に集中するために、手を止めカウンター越しに彼女の後ろ姿を見つめる。

 

「私が死んでから、どれくらい経った?」

 

思わず、息が詰まる。

幻であるとは言え、いや幻であるからこそ、こんなことをよりにもよって本人に言わせている自分が嫌になった。

 

「―――半年、半年だ」

「そっかぁ、もう随分経ったね」

 

………

間が開く。

静まりかえったリビングには、テレビから流れるアイドルの歌声だけが響いていた。

 

「―――ねえ、士道」

「なんだ、奏」

 

暫くして、問いかけられた奏からの声に、返事を返す。

 

「―――士道は、精霊が憎い?」

「ああ、憎いさ」

 

頭でその言葉を認識すると同時に、考える間もなく、俺は彼女の問いに答えていた。

憎くないなんてあり得ない。いったいどこに、それ以外の感情を抱く余地があるというのだろうか。

 

「そう」

 

僅かにそうつぶやいた彼女は、身体をひねって此方に向き直り、ソファーの向こうから此方を見つめてくる。

 

「―――私は、士道にそんな顔、して欲しくないかな」

 

そう奏に言われ、カウンターに置かれた鏡を見れば、

 

 

 

そこには、顔を激情に歪めた男が映し出されていた。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

「………最悪の気分だ」

 

目が覚める。

あんな夢を見るなんて、最悪の気分だった。

 

周囲を見渡す。

まるで保健室のように白いカーテンで囲まれたベッドの上で、俺は寝かされていた。

ただ、ここが保健室でなかった。天井には、配管や配線がむき出しのまま取り付けられていたからだ。うちの学校の保健室の天井は、こんな風ではなかったはずだ。

 

そのとき、白のカーテンが金具のこすれ合う音とともに開かれる。

 

「………ああ、目が覚めたのか」

 

カーテンの向こうから、軍服らしき服を纏った、非常に不健康そうな見知らぬ女性が姿を現した。

 

「………だれ、ですか」

 

明らかに普通の人間ではない。一瞬、ASTの関係者かと思ったが、彼女の纏った軍服はASTの制服とは異なるものだった。

 

というか、仮にも自衛隊であるASTにこんな不健康そうな人間がいるとは考えにくかった。

 

「ここで解析官をやっている、村雨令音だ。いま、医務官は席を外していてね。代わりに君の看護をしていたところだ。

………ああ、安心するといい。免許を持ってこそいないが、看護程度なら問題なくこなせる」

 

………一瞬、目の前の彼女を嘘つき呼ばわりしそうになった。

少なくとも、免許を持っているいないに関わらず、明らかに今の自分よりも不健康そうな彼女が問題なく看護をできると聞いて、信じられる人は少ないはずだ。

 

肩や首、足腰を動かし、身体が無事か確認する。

………どうやら問題なさそうだ。

 

「いえ、とくに身体は問題なさそうですし、看護は大丈夫です。

―――ところで、ここはいったい………」

 

「………ああ、ここは医務室だ。すまないが、君は気絶していたようなので、勝手に運ばせて貰った」

「医務室?………あ、」

 

気絶する寸前のことを思い出す。

そうだ、俺はあのとき飛んできたミサイルの爆風で………

 

何とか頭を動かし、気絶する前の記憶を少しずつ思い出してゆく。

 

そんなとき、先程の彼女に声をかけられた。

 

「身体が大丈夫なら、着いてきてくれないか。君に紹介したい人がいる。………ここがどこなのか、さっきの少女は何なのか、気になることはいろいろあるだろう。

私は余り説明が得意では無くてね。詳しい話ができる人を紹介しよう。彼女から話を聞くといい」

 

そう言って、彼女はふらふらと出入り口と思しき方へと歩いて行った。

………大丈夫なんだろうか。

 

とにかく、ついて行けばわかるだろう。

靴を履いて、彼女を追って出入り口をくぐった。

 

部屋の外は、機械的な廊下が広がっていた。

 

まるでそれは、SFの世界の宇宙戦艦の内部のようで、驚き固まってしまった。

 

しかし、そうしている間にも彼女は先へと進んでいってしまう。

慌てて後を追いかけた。

 

そして、歩き始めてしばらくしたころ

 

「………ここだ」

 

彼女は通路の突き当たりにあった扉の前で、その歩みを止めた。

彼女がその扉に取り付けられた電子パネルを操作すると、軽快な音を鳴らし滑るように扉が開く。

 

「………さ、入りたまえ」

 

中へと入ってゆく彼女の後を、俺は追いかけた。

 

 

扉の向こう側、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

なんというか、そこは秘密結社の秘密基地のような場所だった。

 

正面には巨大なモニター。その両端からこちらへと、並ぶように複雑なコンソールが設置され、今もそれを操作する人達が見られた。

部屋の中は全体的に薄暗く、それがモニターの光を際立たせ、不気味な雰囲気を強くしている。

 

「ここは、いったい」

 

「初めまして、五河士道君」

 

その時、横から声をかけられる。

その声の元へと振り向けば、そこには折紙の家にあった女性向けの官能小説にでも出てきそうな、日本人離れした風貌の、長身の男の姿があった。

 

「初めまして。私は、ここの副司令官をしております、神無月 恭平と申します。以後お見知りおきを」

「は、はあ」

 

思わず、いつもの癖で返事を返してしまう。

って、そうじゃない。

 

「あの、えっと、神無月さん。

 ここはいったい何処なんですか」

 

おそらく、先ほどの彼女が告げた説明をしてくれる人とは彼のことなのだろう。いったいここは何処なのか、先ずはそれを知りたい。

 

「あれ、村雨解析官から説明はなかったのですか。

 なら、説明は私にされるより、司令にお聞きになった方が良いでしょう。

 

―――司令、村雨解析官が戻りました」

 

彼は、俺にそう告げると俺の潜ってきた入口のやや上の方を見ながらそう告げる。

 

俺もつられてそこを見れば、そこには俺のよく知る人物の姿があった。

 

「―――思ったより早かったわね」

 

いつもと異なり、大きな黒いリボンで作られたツインテール。ドングリのような丸っこい瞳。そして口にくわえられたチュッパチャプス。

 

「―――琴、里」

 

呆然と、思わず口からこぼれ出す驚嘆の呟き

 

「―――歓迎するわ、士道。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」

 

いつもとは異なる格好、口調、目つき、態度。見慣れた彼女この違いは、数多くあった。それこそ、彼女でなければ姿形の似た別人だと思い込んでしまうほどに。

 

けれども、そこにいたのは、間違いなく己の妹だった。俺はそう、確信できた。



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四章 訓練初日、その裏で

四月十一日 午前五時

 

朝、料理を作りながら昨日のことを思い返す。

 

昨日はあれから、琴里から様々なことを教えられた。

空間震のことやそれを起こす精霊のこと、俺を気絶させたミサイルを発射したASTのこと、そして―――

 

―――精霊を救おうとする、琴里達〈ラタトスク〉のこと

 

「精霊を、救う」

 

おもわず手に力が入り過ぎてしまい、手に持っていたプラスチック製のピーラーにひびが入る。

 

琴里達の言い分もわかる。もし、仮にこれを言われたのが一年前であれば、戸惑いつつも琴里達に賛成したに違いない。

自らの意思に関係なく呼び出され、常に命を狙われ続ける。そんな悲劇、俺にそんな運命が変えられるのなら、きっと精霊達を助けようと奔走しただろう。現に、今の俺にもそういう正義感とも言える意志が全くないというわけではない。

 

―――が、それ以上に俺は精霊が憎い

 

ピーラーが割れ、プラスチックが俺の右手に小さく傷をつける。

 

結局、俺は〈ラタトスク〉の精霊を救うという考え方に、表面上は賛成し、協力することになった。

 

『私たちは〈ラタトスク〉。対話によって、精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織よ』

『精霊に―――恋をさせるの』

『―――というわけでデートして、精霊をデレさせなさい!』

 

デートして、デレさせる。

 

当然、町中でショッピングをしたり、映画館で映画を見たり、動物園や水族館に行ったりするのだから、普通の服を着たりしなければならない以上、霊装や天使は使えないだろう。そうなれば、精霊の持つ絶対的な攻撃力も、城砦とも言える強固な防御力も、その瞬間だけは存在しなくなる。

 

そしてそんな時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――()()()()、ASTの観測機がそれを見つけたり

   ()()()()、近くに武装した隊員がいたりしても

 

それは、不幸な偶然だよな。

 

 

 

    ◇

 

『話がある、放課後家に行ってもいいか 五河士道』

 

新しい副担任がいきなり現れたり、一時間目の授業を士道が何故かサボったりと、何かと朝から騒がしい日。

二時間目が終わり、三時間目の体育のために着替える為に更衣室に行こうとしたとき、彼からすれ違いざまに手紙を渡された。

 

「―――これは」

 

それは、まさしく夢にまで見たものだった。

半年前までは、仕方なく彼が二股をしているという現実を受け入れていたが、ついに私の時代が訪れたのだ。

まあもっとも、私の持つ数少ない友人の中でもとりわけ三笠奏との仲は良かったためか、三人で一緒にデートしたりするのは、それほど嫌悪感はなかったが。

 

それはともかく

 

彼からの逢い引きの手紙が来たのだ。

この日のために、ASTの過酷な訓練のために買ったという名目の栄養剤や、彼女が死んで気落ちしがちだった為に買った興奮作用のあるアロマキャンドルなどを備蓄しておいて良かった。

 

いや、そういえばアロマキャンドルの方は先週使い切ってしまったのだったか。買いに行かねばならない。

 

ワイヤリングスーツを展開することなく、ほんの僅かな間だけ顕現装置を起動、随意領域を展開し脳に負荷を与える。

全身から冷や汗が吹き出、身体がふらつき倒れ込む。

 

「っ!?鳶一さんどうしたの!」

 

隣にいたクラスメイトの女子が、驚き声をかけてくる。

 

「他人には余り言えない日。早退すると先生に伝えて欲しい」

「………あー、わかったわ、伝えてくる。ついでにたまちゃん先生にも伝えてくるから」

「ありがとう」

 

更衣室にいたクラスメイトにみんなが、心配そんな声を私にかけつつ、着替え終わると体育館へと向かってゆく。

 

誰もいなくなっところで、持ってきていたタオルで顔の汗をぬぐうと、教室に向かい荷物をまとめ、彼の机にメモを残しておく。

 

『構わない』

 

名前は書かずとも伝わるだろう。

念のため、岡峰珠恵教諭にクラスメイトに伝えた内容と同じことを伝え、昇降口から外へ出ようとする。

 

と、その時、靴箱を開けたところで、靴箱の中に身に覚えのない折りたたまれた一枚の紙を見つけた。

 

開いてみる。

 

―――『腐食した世界に捧ぐエチュード』

 

紙にはそう題名として書かれ、何やら見覚えのある筆跡で、詩的な文が書かれていた。

 

内容は少々おかしな物であったが、慣れない素人が真剣に考え作られたものだと伝わってくるような、熱心な思いが伝わってくる悪くない出来だった。

 

士道には詩を作るような趣味はなかったはず、つまりこれは、私のためにわざわざ考え書き上げたものなのだろう。感動で僅かに目が潤んだ。

 

『腐食した世界に捧ぐエチュード』を鞄の中に丁寧にしまい、今度こそ家へと帰る。

 

 

一旦家に帰り、少し厚着をしてマスクを付ける。これで補導されることはなくなる。万が一呼び止められても、行き先が薬屋なので、風邪で薬を買いに来たと言えばいい。

時間は有限、今日は間違っても補導されたりして無駄な時間を過ごすわけにはいかない。

 

行きつけの薬屋で、いつものアロマキャンドルを買い求める。ついでにもっと効果のあるお香などもあったので、念のため買っておく。

 

精力剤は、厳選に厳選を重ねたものが既に家にある。

もし仮に、士道が私の身体で興奮できなかったときのための媚薬も、同じく厳選されたものが用意済み。死角はない。

 

レジで精算をした後、そのまま家へと急ぐ。

今の時刻は11時21分。今日の授業は五時間目までなので、士道が家に来るまでには後およそ3時間程度はある。

 

次は家の中を片づけなければ。

 

机の上にあるASTの関連の書類を整理し、ぱっと見ただけでは目につかないようにしまう。

部屋の隅々まで雑巾や綿棒などでホコリを取った後、部屋全体に掃除機をかける。もし、清潔感のない女性だと彼に思われてしまえば、私が私でいられる自信がない。

寝室のベッドを念入りに、念入りに綺麗にし、枕の絵柄を『構わない』から『問題ない』に変えておく。もしかしたら、士道のことだから、どこからか私の早退理由を聞きつけてくるかもしれない。心優しい彼のことだ、私の身体を気遣ってくるかもしれない。そうならないためにも、こうしておけば、いざという時にそれが嘘だとわかるだろう。それくらいのつきあいはある。

 

時間は………まだまだある。

 

そうだ、お茶請けの準備をしておかなくてはならない。

たしか、士道の好きな煎餅がまだあったはず。なら、お茶は紅茶ではなく緑茶だろうか。

ここ半年は、士道を家に招くことはなかったから、緑茶はかなり奥の方にしまってしまっていた。

 

緑茶を何時でも入れられるよう準備し、煎餅がちゃんと残っていることも確認した。

 

12時43分、残り二時間。

 

あとは服装。

士道が所持、隠匿している本から発覚した、士道の好きな服装は、全て準備してある。

 

ミニスカメイド服、改造巫女服、水着、ブルマー、いやここは下手におかしな服ではなく、ミニスカニーソックス程度に抑えるべきか?。

久しぶりに私服を見せるのだから、余りおかしなものでない方がいいのかもしれない。

 

結局、士道の趣味に合わせるのは、ミニスカートにニーソックスだけとしておくことになった。

 

シャワーを浴び、服を着替え、準備は万端。

残りは30分程、どうしようか。

とりあえず、下駄箱で手に入れた『腐敗した世界に捧ぐエチュード』を熟読することにした。

 

 

    ◇

 

―――ぞわっ

 

全身に鳥肌が立つ。何か見られてはいけないものを、見られてはいけない人に見られた気がする。具体的には折紙あたりに。

 

制服から私服へと着替えながら、俺はそう感じた。

 

 

あんなことがあった次の日、一時間目に何故か学校でギャルゲーをやらされ、これ以上授業を潰されてはたまらないので逃げ出し、何とか令音さんを避けつつ学校を逃げ回った後、今日の授業を終えた俺は自宅で服を着替えていた。

 

それにしても、まさか折紙が早退するとは思わなかった。本人は構わないと残していたけど、本当に大丈夫なんだろうか。

 

………まあ、折紙だし大丈夫か。

 

勉強道具を鞄につめ、それを持って折紙の家へと向かう。特に使う用事はないけれど、昨日琴里には、勉強会を開く予定が元々入っていたと説明したから、持っていかなければ不自然だ。

 

行く途中で、お茶請け代わりに何かお菓子でもあった方がいいかと思ったので、クッキーを一箱買っておく。

 

折紙の家のマンションに着き、エントランスで折紙の家の番号をいれてインターホンを鳴らせば、俺が何も言わなかったにもかかわらずドアが開かれる。いや、折紙らしいけど、普通はここで軽く何か話したりするものじゃないんだろうか。

 

とりあえず、折紙の家へ。

 

彼女の家のドアの前に立ち、インターホンを鳴らせば、私服姿の折紙が迎え入れてくれた。

 

「入って」

「あ、ああ、お邪魔します」

 

これは、あのアロマキャンドルだろうか。

玄関のドアを潜れば、半年ほど前に折紙から貰ったアロマキャンドルの香りと同じものが感じられた。

 

折紙の案内でリビングのテーブルに座る。

しばらくすると、折紙はキッチンから煎餅と緑茶を持ってくると、テーブルを挟んだ俺の正面………ではなく、まあ何時ものことだが俺の横に座った。

 

「それで、何かあったの」

 

多くの人がぶっきらぼうに感じるような口調、しかしそこには俺をいたわるような優しさが感じられた。

 

そんな彼女に、俺は早速話を切り出す。

 

「折紙は、〈ラタトスク〉って知ってるか」




自分で書いておいて何ですけど、興奮作用のあるアロマキャンドルってあるんですかね。


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五章 四月二十日

すいません、遅れました。
理由は三つありまして、一つ目はリアルの事情で時間がなかなかとれなかったことにあります。

二つ目は本文を読んでいただければわかると思いますが、購買のシーンで時間を取られてしまいました。

三つ目はこんなどうでもいい考察をしていたからです。

十香とのデートの日はいつ?
・来禅高校の始業式は、四月十日
・リトルマイシドースタートが、四月十一日
・クリアまでが十日間なので、四月二十日
・ただし、その次の日のデートの日に、十日前に空間震が起こったと言っているので、矛盾が発生している。
・よって、デートの日の可能性がある日は、四月二十日又は四月二十一日
・デートの日は月曜日の三日前、よって金曜日

以上のことより、
仮に四月二十日がデートの日であった場合、四月十日は火曜日
四月二十一日がデートの日であった場合、四月十日は月曜日

始業式が火曜日にあるよりも月曜日にあった方が自然なので、デートの日に士道君の視点で士道君が思考した『十日前に空間震が起こった』という描写を無視して、本作品『デート・ア・マニアックス』では、デートの日を`四月二十一日´と設定します。

………で、考察を終えた後に二巻を読んでいたら、二巻に封印した日が二十一日だって書いてありました(笑)


「話はわかった」

 

折紙の家のリビングで、俺は折紙に昨日あったことを伝えていた。

 

空間震の際、妹の琴里の携帯のGPSが近所のファミレスを指していたことに気が付いたこと。琴里を迎えに行くとき精霊に出会ったこと。そして出会った〈ラタトスク〉のこと。彼らが、精霊と対話することで平和的に空間震を解決しようとしていること。

ただ、万が一を考えて、〈ラタトスク〉の司令が琴里であることだけは話さなかった。

 

そして、俺がその交渉役として働くことで、ASTが精霊を殺すための隙を作ろうと考えていることを告げたとき、折紙は口を開いた。

 

「危険。即刻辞めるべき」

 

まあ、折紙ならそう言うだろうとは考えていた。

実際、琴里は『士道なら一回ぐらい死んでもニューゲームできる』とか馬鹿なことを言っていたが、人というのは死んだらそれまでなんだ。ニューゲームも糞もない。魂だ、あの世だ、天国だといくら口で言っても、死んでしまえば、一緒に話をすることも、買い物に行くことも、映画を一緒に見ることもできない。

 

俺は、半年前からそれをよく知っている。

 

「悪い。もう決めたんだ」

 

それを理解した上で、俺は彼女の善意の言葉をを振り払った。

 

「精霊がどれほど危険な存在かも知ってる。

 精霊との交渉なんて、正気じゃないのも理解してる。

 こんなこと、命がいくつあっても足りないことなんて、それこそわかってるつもりだ」

「それなら、それが―――」

「―――わかってる、わかってるさ。

 それでも俺が精霊を殺すには、奏の仇を取るためにはこれしかないんだ。これ以外に道はないんだ」

 

俺がASTに入ることは、両親が許さないだろうし、琴里が〈ラタトスク〉の司令をやっていることを考えれば、裏から手回しされ試験すら受けられない可能性だってあり得る。〈ラタトスク〉という組織の規模を考えれば、それくらい簡単にできてもおかしくない。

だから、俺が精霊を殺すにはこれしかない。

 

「………」

「………」

 

静まり返る。

俺も彼女も、どちらも両方の想いを理解していた。

彼女は、俺にそんな危険を冒して欲しくない。けれど、自分の精霊を殺す動機が復讐であるために、あまり強く俺の言うことを否定できない。

対して俺は、見ていることしかできなかったため、彼女が言っていることの意味も、思いも十分理解できる。しかし、それでも精霊への憎しみは抑えられない。

 

静かになって5分ほどしたころ、折紙は立ち上がりリビングを後にする。しばらくして戻ってくると、小さな黒い機器を二つ手にしていた。

 

彼女は、再び俺の隣に座ると、手に持った二つの機械を無言で俺に差し出してくる。

それを俺が受け取ると、今度は懐からスマートフォン位の大きさの端末を取り出した。

 

「その二つは、小型の発信機と盗ち―――小型のマイク」

 

彼女はその二つを俺から優しく奪い返すと、何とも言えないような視線でそれらを見つつ、静かにテーブルの上に置く。

 

「スイッチを入れれば―――」

 

二つにある小さなスイッチを入れると、折紙が手に持った端末のモニターに今いる場所の地図が表示され、この部屋に響く時計の音が、端末から聞こえてきた。

 

「―――この端末に、位置情報と音声が送信されるようになっている」

「折紙………」

 

「私は、あなたに死んで欲しくない。

 だから―――」

 

 

―――気をつけて。

 

「ああ、ありがとう。折紙」

 

     ◇

 

「―――終わった!!」

 

〈ラタトスク〉監修の恋愛ゲーム、『恋して、リトル・マイ・シドー』を始めて十日目。初日を除いた九日間、休み時間や放課後の全ての時間を費やし、ようやく格キャラクターのエンディングを終え、全てのCGをコンプリートすることができた。

 

「お疲れさま、シン」

 

ここは、来禅高校の物理準備室。今は、昼休みになって十分程したところだ。

今日は7時間目まであったので、今日こそ帰りが遅くならないよう頑張っていたため、本当に終わって良かったと思っている。

 

右手に持ったコントローラーを机の上に置き、背もたれに身を任せる。

 

これで、訓練は終わり。彼女の復讐に一歩近づいた。

 

「さてとっ!」

 

脱力した身体に力を入れ、立ち上がる。

まだ昼飯を食べていなかったので、令音さんに一言伝えてから購買へと向かう。

普段、俺は弁当なので購買を利用することはないのだが、連日夜遅くまでギャルゲーをしていたためか、今日は寝坊してしまい弁当を作ることができなかった。だから、今日は弁当を持ってきていない。そのため、昼食をとるには購買で買わないといけない。

 

購買に着けば、そこは生徒達で混み合っていた。

 

「悪いが、このあんパンはいただいていく」「何故パンを買うかって?、そこにパンがあるからさ」「別に、買い占めてしまってもかまわんのだろう?」「弁当がないなら、パンを買えばいいじゃない」「いったい何時から―――そこにパンがあると錯覚していた?」「―――行くぞ購買四天王、武器の貯蔵は十分か」「奥義・英雄墜落(イカロス・フォォォォォル)ッ!!」「ぐぅぐぅお腹がすきました」「べ、別にメロンパンが欲しいわけじゃないんだからね!!」「何よりも―――速さが足りない」「―――買ってこれるか」「―――てめぇの方こそ買って来やがれ!!」「大人買い、ああなんと素晴らしい響きか」「パンを買うためなら、神様だって殺してみせる」「これが………俺のパン………」「購買(戦場)は、油断したものから死んでゆく」「す、すいません。急いでて………」「きなこパンを買え!―――今はそれだけでいい」「このクリームパンは私が貰っていくわねぇ―――〈贋造魔女〉(ハニエル)!」「悪魔でいいよ、悪魔らしいやり方で、パンを買わせてもらうから」「パンまでの最速のラインを見つけ出し、その道を駆け抜ける!」「パンはこの手の中にある!」「買いもせず食べようとすることが、そもそも論外なのだ」「食らえ、我が死の芳香を!」「パンは命より重い………!」「パンを買いたいではなく、パンを食べたい」「カレーパンが欲しいです………」「パンを買うことを……強いられているんだ!」「なら俺によこせ」「せっかくだから俺はこの赤のパンを選ぶぜ」「小麦粉製のダグウッドサンドイッチが質的崩壊によりパライソに達する…わかるね?」「わかりません」

 

―――なんだか随分混沌としているなぁ。

購買には、金属をぶつけ合うような音が響き、まばゆい光が煌めく混沌とした場となっていた。

何人か出てくる作品を間違えている人間がいる気がする。

普通に買おうとしてたら買えなかっただろうな。

 

「すみません、予約していた五河です」

「ああ、五河君ね。一応学生証見せてもらえるかしら………はい、いいわよ。ちょっと待ってなさい」

 

購買のおばちゃんから、事前に予約しておいたレインボークリームパンを受け取り、物理準備室へと戻る。

 

準備室では、令音さんが俺のいない間に別の恋愛ゲームをやっていた。

 

「それ、なんですか?」

 

「………ああ、シン。戻ってきたのか

 これは君がここ数日やっていたゲームを、私達〈ラタトスク〉が制作する際に参考にしたゲームの一つだよ」

 

そう言って、令音さんはゲームのパッケージを一つ渡してくる。

 

ゲームの題名は『フェアリーテイル・ガールズ』

製作会社は、トライウォーベン・カンパニー…………聞いたことないな。

 

「令音さんって、こういうの好きなんですか?」

「好き、と言うわけではないんだが、わざわざ貰ったものを使いもせずに棄てるのは、なんだか悪い気がしてね」

 

ってことは、これって令音さんが買ったわけじゃないのか。

 

「いったい誰から貰ったんですか」

「………シン。君に〈ラタトスク〉について説明していたとき、コンソールを弄っていた人が何人かいただろう。その中にいた内の一人が、この手のゲームに詳しくてね。その彼が私にくれたのさ」

 

そうやって、令音さんと、合間にパンを食べながら、たわいもない会話をしながら休み時間を消化していった。

 

そうしてちょうどパンを食べ終わった頃、予鈴のチャイムがなったので、令音さんに一声かけて教室に戻ることにした。

 

 

      ◇

 

放課後、物理準備室へと向かうと、そこには琴里の姿があった。

 

「来たわね

 それじゃあ、次の訓練を始めるわ」

「おう、次のはどんなゲームなんだ?」

「馬鹿ね、あんたギャルゲーで口説ければ現実でも口説けるとでも思ってんの?

 はぁ、これだから童貞は」

 

そう言って肩を竦める琴里。

 

「士道、次は生身の女性を口説いて貰うわ」

「………はぁ!?」

「シン、君が精霊を口説き落とす際、インカムを付けこちらの指示に従って対応してもらうことになる。だから、実際に女性を口説くよりも楽ではあるはずだ。とはいえ、いきなり本番を迎えるわけにも行かないだろう」

 

そう言って、令音さんは懐から1枚の写真を取り出す。

そこには、われらが担任、タマちゃん先生の姿が写されていた。

 

「…………え、まさかタマちゃんですか」

「何か問題でもある?」

 

琴里が不思議そうに尋ねてくる。が、よく見れば、眼が笑いっていることがわかる。俺をからかって遊ぶつもりか。

 

「いや、問題だろ。教師と生徒だぞ、俺が良かったとしても、タマちゃんが駄目だ。万が一タマちゃんに変な噂が立ったらどうするんだよ」

「その点に関しては問題ないわ。〈ラタトスク〉のエージェントに人払いはさせるから、目撃者による噂が発生する心配はないし、本人が言いふらすこともないでしょうから、噂が立つことは無いでしょ」

 

〈ラタトスク〉のエージェントが学校にいるのか。

ということは、折紙と精霊のことについて学校で話すことはかなり危険になるな。まあ、今までに学校で精霊のことについて話したことなんて、数えるほどしかないが。

 

「それで、やるの、やらないの、どっち?

 もっとも、仮にやらないにしてもぶっつけ本番で口説くのは自殺行為だから、誰かしら口説いてもらうことになるけれど」

「………わかった。頼む」

 

俺の言葉を聞くやいなや、令音さんが机の引き出しから小さな機械を取り出し俺に渡してきた。それに次いでマイクと、ヘッドフォン付きの受話器のようなものを机におく。

 

「………これは?」

「先ほど言ったインカムだよ。自動で特定の音声以外をカットする機能を持った、高性能の集音マイクも内蔵しているスグレモノだ」

 

随分高性能だな。少なくとも、これって前に奏に見せて貰ったASTで使われているヤツよりもいいものじゃないか。

さっそく、耳にはめる。

 

『………聞こえるかい』

「はい、大丈夫です」

 

机の上に置かれたマイクに令音さんが呟けば、その声ははっきりとした音声となってインカムを通して俺の耳に響く。

 

『………ふむ、感度良好。音量も問題なさそうだね』

 

「それじゃあ士道、訓練を始めるわよ」




購買の四天王のことを初めて知ったのは、とある士道君が中二病な二次創作を読んでからだったのですが、その時は彼らが公式キャラだとは知りませんでした。
随分ぶっ飛んだキャラ作るなぁーとか思っていた覚えがあります。

知らない人の為に、購買のシーンからセリフを抽出すると

「奥義・英雄墜落(イカロス・フォォォォォル)ッ!!」
「食らえ、我が死の芳香を!」
「す、すいません。急いでて………」

の三人が四天王にあたります。

名前は上から順に

〈吹けば飛ぶ(エアリアル)〉鷲谷 瞬助
〈異臭騒ぎ(プロフェッサー)〉烏丸 圭次
〈おっとごめんよ(ビッグポケット)〉鷺沼 亜由美

です。

え?四人目は誰だって?それはもちろん某ASTの人です。この人ホントにシリアスにネタキャラしてますね。


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六章 崩れた教室で

なんか書いてたら、何処できればいいかわからなくなって今までの倍近くなってしまった。

とりあえず、投下します。


東校舎の4階にある化学準備室、そこへ今日の昼から早退している化学担当の教師にプリントを運ぶように頼まれた彼女、岡峰珠恵は、大量のプリントを持って、東校舎の2階の廊下を歩いていた。

 

三十路を間近に控えた彼女にとって、そのプリントの量は手軽に運べるものではなく、途中何度か休みを入れて運ばなければならないほどの重労働だった。

できれば誰かに手伝って貰いたかったが、心優しい彼女にとって誰かに手伝うよう言うことは非常に心苦しいことで、なかなか誰かに頼むと言うことができなかった。

 

そんなわけで一人で廊下を歩いていると、後ろから声をかけられる。

 

「―――先生っ!」

 

手に持ったプリントが崩れないようゆっくりと振り返れば、そこには彼女が担任を務めるクラスの生徒である青年、五河士道の姿が会った。

 

「あれ、五河くん?どうしたんですかぁ?」

 

うっすらと空が橙に染まり、外から僅かにオレンジ色が混じった光が差し込む廊下、彼女はそこにたたずむ彼の様子をどこかで見たように感じた。

 

「大丈夫ですか?手伝います」

 

彼は彼女の前に立つと、そっと彼女の手に持ったプリントを奪った。

 

「い、五河くんっ!?」

「えっと、化学準備室まで運べばいいんですよね」

 

彼らしくない強引な様子に、動揺する彼女。

そんな彼女をよそに、彼は歩いて行ってしまう。

 

「ま、待ってください五河くん

 気持ちは有り難いですけれど、それ重いでしょう。あなたに全部持たせるのは―――」

「―――大丈夫ですよ。高校生をなめないでください。

 それに、先生にこんな重いものを持たせ続けるわけにはいきませんから」

 

なんとか追いつき彼からプリントを奪い返そうとするも、笑顔で断られてしまう。

 

なんとか奪い返そうと、あの手この手で説得しようと試みるものの、結局準備室に着くまでに取り戻すことはできなかった。

 

「すいません五河くん。今、ご両親が留守にしているあなたを、こんな時間まで残らせてしまって」

「いえ、先生のためならこれぐらい大丈夫です」

 

そう言うと、彼は真剣そうな顔で此方を向く。

夕暮れの学校、二人っきりの密室、真剣な眼差し、まるで恋愛ドラマの告白シーンのようで思わず彼女は、教師としてはあってはならないことだが、胸を高鳴らせてしまった。

そんな彼女に、彼は口を開く。

 

「―――先生、大切な話があるんです」

「ひゃ、ひゃい!」

 

思わず、噛んでしまい情けない声が出る。しかし彼は、そんな彼女の様子を無視して続きを告げた。

 

「最近、いつも学校に来るのがとても楽しいんです。去年までは何でも無いと思っていた学校での日々が、今年はとても楽しく感じます」

 

―――きっと、この思いは先生のおかげだと思うんです。

 

「い、五河くん、あまり先生をからかうのはよくありませんよ」

「からかってなんていません。先生が俺のクラスの担任になってから、本当に楽しいんです。

 先生が先生で、俺が生徒でしかないことはわかってます。こんな思いを抱くことが、褒められたことではないことだって、承知の上です。

それでも、この思いに、この感情に、嘘はつけないんです」

 

不思議と高鳴る胸の鼓動、その鼓動を止めるすべを彼女は持たなかった。

 

「―――先生、俺と付き合ってください」

 

 

 

       ◇

 

『惜しかったわねー。正直、いけてもおかしくないと思ったわ』

 

一人になった準備室で椅子に座り蹲る俺の耳に、インカムから琴里の白々しい声が届いた。

 

『まっさか士道が、あんなクサい台詞を息を吸うようにペラペラ話せるとは考えもしなかったわよ。やるじゃない』

 

―――御免なさい士道くん。私は先生なんです。ただの女性である前に、あなたたち生徒を育てる先生なんです。

 だから、あなたの想いに応えることはできません。

 

タマちゃんの言葉を思い出す。

あの時、俺は先生に言葉を返すことができなかった。

 

『ただ、一つは気になることを言っていたわね』

 

息を吐き、頭の中をリセットする。あまり引きずるわけにはいかない。

 

「ああ、来禅高校(うち)の制服を着た俺のそっくりさんに、先生が()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だろ。でもそんなに変な話か?そっくりさんくらいいてもおかしくないだろ」

『ええ、でもそれはおかしいの』

 

そう言って琴里は告げた。

 

『今、三、四、五年前の来禅の卒業写真をチェックしたのだけれど、士道のそっくりさんなんていなかったのよ』

「………何?どういうことだ?」

 

『つまり、五年前に岡峰珠恵にあった士道のそっくりさんは、何処からか来禅の制服をわざわざ入手して彼女に接触したってことよ。これは明らかに変よね』

 

そうだ、確かにそれはおかしい。

 

その時、ふと、折紙が昔言っていたことを思い出した。

 

―――私は、五年前の大火災であなたに助けられた。

 

折紙はそう言っていたけれども、俺には彼女を助けた記憶は無い。あまりよくは覚えていないが、俺はその時琴里のそばにいたはずだ。

つまり、あの時あの場所には

・五年前の俺

・子供姿の俺のそっくりさん

・今の俺のそっくりさん

の計3人の俺がいたことになる。

折紙にそう言われたときは偶然だと思ったが、流石にもう一人いたと考えるとこれはおかしい。あの日、あの時、あの場所に、こんなにもそっくりさんが集まったことを、はたして偶然と言っていいのか?

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――

 

その時、辺りに空間震警報が鳴り響く。

俺は一旦その疑問を放棄して、琴里達の指示の元、その場を後にした。

 

       ◇

 

午後五時二十分

転移装置で移動した俺と琴里、令音さんは、様々な情報が映し出された巨大なモニターを眺めていた。

〈ラタトスク〉の軍服に着替えた琴里と令音さんは何やらモニターを見ながら話しているが、所詮は一般人でしかない俺には、モニターに映し出された文字列がどんなことを示しているか、ほとんど分からなかった。

分かったことは少しだけ、画面右に映る地図が士道の通う来禅高校を中心とした物であることだった。

 

「―――士道」

「なんだ?」

「早速働いてもらうわ。準備なさい」

「………っ!」

 

琴里の言葉に、俺の身体が興奮で震えた。

ついに、ついに復讐の機会が訪れたんだ。それだけで、興奮が止まらなかった。

ただそれを顔に出すことはしない。顔を俯かせ、まるで恐怖を堪えているかのように偽る。

 

「―――まだ、彼には早いのでは無いでしょうか」

 

そんな俺を見かねたのか、琴里のそばに立っていた神無月さんが声を発した。

 

「相手は精霊です。失敗は、彼の死を意味します。ある程度訓練を施したからと言って、まだこの世界を目にしたばかりの、一般人と言っても過言ではない彼をそんな危険な目に遭わせることはあまりにも酷なのでげふッ!」

 

言葉の途中で、神無月さんの大切な場所に琴里の蹴りが打ち込まれる。

その光景に思わず、俺が食らったわけでもないのに背筋が冷えた。俺は琴里の教育を何処で間違えたのだろうか。

 

「黙りなさい神無月。一体いつから、あなたは私の決定に異議申し立てができるほど偉くなったのかしら。

 

 ………まあ、神無月の言いたいことも、分からなくないわ。けれどそう言っていては、一生精霊をデレさせることなんてできないわよ」

「………もっと………ああもっと」

 

痛みを堪えつつ頬を染める神無月さんに、俺の心配が杞憂なのがわかった。どうやら琴里がこうなってしまったのは、神無月さんのせいのようだ。

―――前も思ったが、副司令がこんなんでこの組織は大丈夫なのか?

 

「さて、じゃあ気を取り直して話を進めましょう」

 

そう言うと、空気が神無月さんの痴態が始まる前のものに戻る。どうやら神無月さんの痴態には、誰もがなれているらしい。本当にこの組織は大丈夫なのか?

 

「士道、モニターの地図を見なさい」

「お、おう」

 

そう言われたので、モニターの方に顔を向ける。

そこには、つい先ほど見たときには無かった、一つの赤い点と複数の黄色い点があった。

 

「この赤い点が精霊。黄色い点がASTを指してるの。今回出現した精霊は、前と同じで〈プリンセス〉。見ればわかると思うけど、彼女は今、来禅高校の二年四組、つまり士道のクラスの教室にいるわけ」

 

モニターの赤い点は、来禅高校を示していた。そしてその点がある学校の周りを、黄色い点が取り巻いている。

 

「ASTが対精霊戦闘に使用する武装、CR-ユニットは、狭い空間を想定して作成されていないの。だから、ただでさえ精霊よりも弱い彼らが不利な屋内へ突入しようとすることはまずないわ」

「………つまり、ちょうど今はチャンスってことか」

「ええ、こんな機会は今を逃したら中々無いと言えるわね」

「なら、行こう。ASTが来る前に行かないと」

 

インカムが耳にあることを確認しつつ、そう琴里に告げる。

 

「随分気合い入ってるじゃない、さっき怯えてたのが嘘みたいね。よろしい、カメラも一緒に送るから、困ったときはサインとして、インカムを2回小突いてちょうだい」

「ああ、わかった」

 

転送機のある場所へと向かうために、ドアへと足を向ける。

 

「グッドラック」

 

背後からかけてくる声に、親指を立てることで返す。

今の俺には、その言葉に返す言葉をを告げることができなかった。きっと、今応えれば、歓喜で口が震えてしまいそうだったから。

 

世界を救うとか、恋をさせるとか、そんなことはどうでも良かった。

 

ただ―――精霊を殺せると言うだけで、俺の心の中の炎が燃えさかった。

 

 

 

 

わずかな浮遊感とともに、奇妙な気持ち悪さを感じるが、頭を振って振り払う。

学校の中に入ろうと校舎の姿を視界に捉えたとき、おもわず固まってしまった。

そこには、こっそりと壁を削り取られた校舎の姿があった。

 

「改めて見るととんでもないな………」

『まあ、ちょうどいいからそこから入っちゃいなさい』

 

インカムから琴里の声が聞こえてくる。

特に反対する理由もないので、その穴から校舎の中に入っていく。わざわざ回り道をして、無駄な時間を過ごす理由もないからだ。

 

『急ぎましょ。ナビは必要かしら?』

「いや、精霊の居場所が変わっていないなら必要ない。流石にいくら学校が崩れているからって、何時もいる教室の場所くらいわかるよ」

 

近くの階段を駆け上がり、所々瓦礫の散らばった廊下を進み、見慣れた教室の前に立つ。

―――扉を開けた。

 

その瞬間、その一瞬だけは、考えていた薄っぺらい言葉も、燃えさかっていた憎しみも、何もかもが吹き飛んだ。

 

彼女は、ちょうど俺の席に、片膝を立てるようにして座っていた。

幻想的な輝きを放つその瞳を絶望に染め、黒板を眺めている。

窓から降り注ぐ夕焼けの光に照らされているその姿は、神秘的で、儚げで、それでいて澱んでいた。

 

「―――ぬ?」

 

彼女は俺に気付いたのか、此方に向き直る。

 

「………ッ!や、やあ」

 

真っ白になった頭の中で何とか言葉をひねり出し、彼女に声をかけたその時、全身に悪寒が走った。

反射的に膝を折り、しゃがみ込む。

 

その直後、彼女が振るった手から放たれた黒い閃光が、つい先ほどまで俺の頭があったところを薙ぎ払った。

一瞬置いて、背後の教室のドアと廊下の窓ガラスが盛大な音をたて砕ける。

 

『士道!』

 

インカムから琴里の声が聞こえてくる。

ただそれに応えている暇はない。目の前で彼女が黒い輝きを放つ光の塊を手にした腕を、大きく振り上げているからだ。

 

「っ!」

 

教室の机にぶつかるように転がり、直後に放たれた光の奔流をよける。

 

続いて再び光を放とうとしている彼女に、俺は慌てて声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は敵じゃない!」

 

彼女の腕が固まり、光の膨張が止まる。

彼女は俗に言うジト目を俺に向けてきていた。攻撃は一応止めてくれたみたいだが、随分と俺のことを警戒している。

 

敵意がないことを示すために、両手を挙げようとする。

 

「―――動くな」

 

しかし、それは彼女には伝わらなかったようで、彼女は一瞬でもの前に近づくと、俺の首筋に巨大な剣を突き付けた。

彼女の様子に、思わず身体が硬直する。

彼女は、俺を舐めるように睨み付けると、口を開いた。

 

「おまえは、何者だ」

「っ!………ああ、俺は、」

 

『待ちなさい』

 

インカムから琴里の制止の声が聞こえた。

が、無視する。待てば俺は死ぬ。

 

「俺は、五河士道。ここの生徒だ」

「生徒?………まあいい、五河士道か。

 む?そういえばお前、前に一度私と会ったことがあるな?」

「あ………っ、ああ、十日前の四月十日に、街中で」

「おお、あの時か」

 

そう言うと、彼女は首筋に突き付けた剣を引く。

 

「思い出したぞ。お前、私ごとメカメカ団に殺されそうになってたヤツだな。死んだと思っていたが、無事だったのか」

「………メカメカ団?」

 

メカメカ団………ASTのことか。

 

「それで、お前はどうしてここにいるんだ?」

「ああ、それは―――」

 

『士道、いい加減待ちなさい』

 

 

「………さっきは士道が無視したけれど、今度こそ、答えるわよ」

琴里の目の前には、神秘的な精霊の姿がバストアップで表示されていた。

その彼女の周りには、『好感度』をはじめとした各種パラメータのようなものが配置されている。それは、士道が訓練に使用したゲームの画面にそっくりだった。

そんなあたかもエロゲーのような画面に、大の大人が何人も真剣に向き直っている。いや、まあそもそもエロゲーは大人がやるものだが。

 

そんな画面の中央に、今は3つのウインドウが現れている。

①「それはもちろん、君に会うためさ」

②「なんでもいいだろ、そんなの」

③「偶然だよ、偶然」

 

「総員、これだと思う選択肢を選びなさい!5秒以内!」

 

画面を真剣に見つめていた彼らが、一斉に手元のコンソールを操作する。その結果はすぐさま琴里の手元のディスプレイに集計される。結果としては、①が人気だった。

 

「まあ、そうでしょうね―――士道、無難に君に会うためにとでも言っておきなさい」

 

琴里がマイクにそう告げると、士道は僅かに首を縦に振ると、口を開いた。

 

『君に、君に会うためだ』

『………?』

 

そう告げられた彼女は、きょとんとした顔をする。

 

『私に?一体何のために』

 

彼女が首を傾げそう言ったとき、ふたたびモニターに選択肢が現れる。

しかし、琴里がその選択肢に目を通すよりも早く、士道は彼女に答えを返していた。

 

 

 

「私に?一体何のために」

「それは勿論、お前と話をするためだ」

 

考えるよりも早く、俺の口はそう答えていた。

彼女が、更に大きく首を傾げる。

 

「………どういう意味だ?」

「俺は、お前と話がしたいんだ。大それた理由があるわけじゃない。深い理由があるわけでもない。ただ、俺は―――」

 

目の前の彼女を見つめる。

絶望に満ちた瞳。世界中全てに嫌われているとでも思っているような表情。その様子を、それと同じ様子の存在を、以前俺は見たことがあった。

 

そう、それは昔の俺と同じだった。

 

「―――君に、ひとりぼっちじゃないって、世界全てが君の敵じゃないって、君にそう言うためにここに来たんだ」

 

「………そう、か」

 

彼女はそうつぶやくと、僅かに押し黙り、再び口を開く。

 

「………たしか、シドー。シドーと言ったな」

「ああ」

「―――本当に、世界は私の敵ではないのか?私が今までに会った人間は、皆私は死ななければならないと言っていたぞ」

「そう言う人も、確かにいる。でも、そうでない人もいる。少なくとも、俺は違う」

「………」

「………」

 

再び押し黙り、俯く彼女。

彼女は、髪をかき、深呼吸をしてから、腕を組み、顔の向きを此方に戻した。

 

「―――ならばシドー、その証拠を見せてみろ。私が世界全てに否定されていないという、その証拠を」

 

証拠、か。それなら簡単な方法がある。

今の両親が教えてくれた、とても簡単な方法が。

俺と彼女の違いはたった一つ。誰かが手をさしのべてくれたか否か、それだけだ。なら、両親のように、俺が彼女に手をさしのべればいい。

 

―――俺は、彼女を抱きしめた。

 

「っ!?し、シドー!?」

「―――これでわかるだろう。お前がひとりぼっちじゃないって、世界全てがお前を否定しているわけじゃないって」

 

かつての俺は、たったこれだけで救われた。

誰かのぬくもりが、暖かさが、俺が一人じゃないと教えてくれた。

 

「―――ああ、そうだな。少なくとも、私はひとりぼっちじゃない。シドー、お前は暖かいな。

 ありがとうシドー。シドーは私に大切なことを教えてくれた」

 

そう言って、彼女は満足そうに笑った。

 

「………っ」

 

心臓が、高鳴る。

その笑顔は、とても、見入ってしまうほどに美しかった。

 

「………シドー?どうかしたのか」

「い、いや、何でもない」

「そうか、ならいいのだが………」

 

三度、無言の時間が流れる。

 

「そ、そういえばシドー。ここはいったい何なんだ?私はこういった場所を見るのは初めてだ」

 

彼女が急に話題を振ってくる。どうやら、今度の沈黙には、彼女は耐えかねたらしい。

俺としても、彼女のその行為は救いになった。

 

「あ、ああ、ここは学校―――教室だよ。俺や俺と同年代くらいの人たちが勉強する場所だ。こうやって、席に座って、こう」

「なんと、この机にすべて人間が座るのか?冗談を抜かすな。40以上あるぞ」

「言っただろ、世界全てがお前を否定しているわけじゃないって。ちょっと待っててくれ」

 

教室の机の中を一通り覗く。すると、いくつか教科書が入ったままの机があった。

その中の1つから、現代社会の教科書を取り出す。

 

「えっと、これは社会の教科書っていって、人間の生活環境とでも言えばいいのか?そういうことについて書かれたものだ」

「ふむ」

「で、これを見てほしい」

 

教科書を開き、そこに掲載されていた一つの写真を見せる。

 

「これは!?こんなにも人間はいるのか!」

 

彼女に見せたのは、世界の観光地についてのページにあった写真。そこには数え切れない程の人間の姿があった。

 

「世界には、およそ50億人もの人間がいると言われている。おま………あーえっと、お前が知っている人間なんて、本当にごく一部でしかないんだ」

「なる程、私はまだまだこの世界についてよく知らないことがたくさんあると言うことか………

 それにしてもシドー、なぜ先ほど少しどもったのだ?」

「いや、さっきまで連呼してた俺が言うのもなんだけど、何となくお前って呼ぶことに違和感を感じてさ。でも、たしか名前がなかったって言ってたから、どう呼ぼうかと思って」

「む、そうかそうだな。私もシドーにお前と呼ばれるのは、あまり嬉しくない………」

 

すると、彼女はしばし唸ると、何かひらめいたような顔をして、

 

「よし、シドー。私に名前を付けてくれないか」

 

そう言った。




見直して思ったんですが、十香デレているというより、若干依存してますね。
士道くんも何だか結構強引だし………

Σ(・ω・*) まさか、これがリア充の力……!


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七章 忘れかけた思い



多分次からデートの話になります。
(もっとも、事情があってデートの話はほとんどしませんが)


「な、名前か………」

 

いきなり飛び出した難題に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「だめか?シドーができないというなら私も諦めるが」

「あ、い、いや大丈夫だ。なんとか考えてみる」

 

彼女の上目づかい+涙目&不安げな顔に、俺は咄嗟にそう答えてしまった。

どうしようか。少なくともそんなにすぐに考えつくものではない。

 

とりあえず、琴里達〈ラタトスク〉に意見を聞くために、インカムを軽く2回叩いた。

 

 

 

 

 

 

「ふん、いい気味ね」

 

椅子に腰掛けながら、琴里はそう士道をなじった。

それもそのはず、何度も指示を無視され続けていたのだから。精霊が現れて、お兄ちゃんの為に少しでも役に立とうと気合いを入れていた彼女としては、内心それを無為にされたことが腹立たしくて、それ以上に役に立てなかったことが悔しかったのだ。

まあ、仮面(黒いリボン)をしている彼女は、そんなことは一切顔に出さなかったが。

 

「………さて、どうしたものか」

 

すぐそばにいた令音が、それと同時に唸った。

モニターには選択肢が表示されていないものの、選択肢が表示されている時に鳴るはずのサイレンがその場所では響いていた。

先程の精霊からの質問の内容から考えて、おそらく選択肢のパターンが多すぎて、表示しきれていないことが原因だろう。

 

琴里は、マイクのスイッチを入れると、精霊と話す士道に告げた。

 

「士道、とりあえずこっちでも考えてみるから、焦って変な名前を言うんじゃないわよ」

 

そして立ち上がり、真剣に画面を見つめる周りの〈ラタトスク〉の職員達に告げる。

 

「各員、今すぐに彼女の名前を考えて私の端末に送りなさい!」

 

すると、まるでその回答を待っていたかのように琴里の端末にいくつかの名前が送信されてきた。

 

その中には、部下の妻だった女性の名前である『美佐子』や、そもそも読み方すら分からない『麗鐘』のようなものまで、この一瞬で考えたとは思えないような数の名前が集まってきていた。

 

―――駄目だ、役に立たない。

 

普段はなんだかんだ言って、意外と、予想外にも頼りになる彼らだが、どうやらこの辺に関しては役に立たないようだった。

 

わいわいがやがやと、名前について紛争しつつも纏めようとしている彼らをしり目に、小さくため息を吐く。

 

 

 

 

ふと、その時、モニターの端に映されたとある場所からのカメラ映像に、校舎へとミサイルを放とうとしているASTの隊員の姿が映った。

慌ててマイクのスイッチを入れ、叫ぶ。

 

「士道!ふせて!!」

 

 

 

 

 

 

『士道!ふせて!!』

 

その叫びに、俺の身体ははじけるように動いた。

 

目の前の彼女を抱え、教室から廊下へと跳び込むように逃げ込む。

それに一拍置いて、ついさっきまで俺達がいた場所を、多数のミサイルが薙ぎ払った。

 

「し、シドー!?」

「走るぞ!」

 

彼女の手を引き、ミサイルの爆発で揺れる廊下を走る。

彼女を戦わせるわけにはいかない、せっかくこの世界が彼女を否定しないって、ひとりぼっちじゃないって言ったんだ。だから、彼女を戦わるわけには、ひとりぼっちにするわけにはいかない。彼女をまたあの絶望に堕とすわけにはいかないんだ。

 

とりあえず、階段前の広場に身を隠す。

 

どこなら逃げられる、彼女が戦わなくてすむためにはどうしたら………

琴里達に指示を仰ごうと右手をインカムに触れさせようとして、そのときそこにインカムがないことに気がついた。さっき教室で落としたのだろうか。

 

「クソっ!」

 

無意識に手を強く壁に打ち据える。無意識だったが故に加減がつかなかったのか、小指に折れるような強烈な痛みが走り、拳から血が噴き出した。

 

「シドー、落ち着いてくれ」

 

その拳を抱え込むように、彼女が俺の手を抱きしめる。

 

「シドー、お前は逃げるんだ。あのメカメカ団はシドーと同じ人間だろう、なら、シドーを同胞に殺させるわけにはいかない。

 私が戦って時間を稼ぐ、シドーはメカメカ団に気付かれずにここにこれただろう。そこから逃げてくれ」

「何言ってんだ。お前を戦わせるなんて、そんなことできるわけないだろ。俺は、お前を戦わせないために逃げたんだ」

「ああ、それは私も理解している」

「なら、お前が戦わなくたって―――」

 

「―――だからこそだ。私は、シドーが私のことを思って逃げていることはわかっている。だからこそ、そんなシドーを私は死なせたくない。守りたいんだ」

 

そう言って、彼女は俺に微笑みかける。

 

「………っ」

 

その笑顔に、俺は黙ることしかできなかった。

 

「そうだ、シドー。シドーに一つ、頼みたいことがある」

「………頼みたいこと、か?」

「ああ、これはシドーに決めてほしい」

 

「さっき走っているとき、私は自分の名前を決めた」

 

―――私の名前は、『とおか』だ。

 

「『とおか』、もしかして俺と会った日の………」

「ああ、たしか言っていただろう。私と会った日が四月十日だと。なら、その日は私にとって最高の日だ。『とおか』以外に私の名前に相応しいものはない。

 ………ただ、私は漢字とやらには詳しくなくてな。それを、私と次に会うときまでに決めておいてほしい」

 

『とおか』、それが彼女の名前。

 

「わかった。必ず、決めておく」

「うむ、頼んだぞシドー」

 

 

 

      ◇

 

 

「お疲れさま、士道」

「ああ、そっちこそお疲れ様。琴里」

 

『とおか』が消失して、俺が琴里達に回収された後、色々と検査を受け、その日の夜、俺と琴里は家で食卓を囲っていた。

 

「それで、『とおか』だったかしら。彼女の字は何にしたの?」

「『とお』は漢数字の十にするつもりなんだが、『か』の方が決まらないんだよな」

「まあ、そんな簡単には決まらないわよね。けれど、できるだけ早めに決めておいた方がいいわよ、『とおか』は次にいつ来るかわからないんだから」

「そうだよなぁ。『か』………火、日、夏、華、化、花、香、歌………軽く考えただけでも沢山あるからな、選択肢が多すぎて逆に困る」

 

そんな俺を眺めながら、琴里はフォークに刺したハンバーグを口の中に飲み込む。前のように大袈裟に顔を綻ばせておいしいおいしいと言ってくれる事は無くなり、急に年相応になったために美味しいと思ってくれているのか不安になったりしたが、数日前からよく見ると僅かに顔を綻ばせていることがわかった。

 

「今挙げたので、名前として使えそうなのっていったら、『歌』、『香』、『花』、『華』………後は『夏』もいけそうね」

「『十歌』、『十香』、『十花』、『十華』、『十夏』か、この中でって言ったら『十香』かなぁ。意味も、見た目も結構いいし」

「ならそれにしましょう。とくに悪い意味の言葉でもないし、さっさと決めておかないといけないんだから」

 

と言ってコンメスープを一気に飲み干す琴里。しかし、少し熱かったようで、真っ赤になって僅かに震えていた。こういう少しドジなところを見ると、やっぱり琴里なんだなと思えて安心する。

 

 

 

 

「そうだ、今日は()()()に泊まるから」

 

ハンバーグを食べ終え、食器を片付けながら琴里はそう言ってきた。

 

「わかった。あんまり寝るのが遅くならないようにな」

 

最近の琴里は、こういうことが多い。〈ラタトスク〉の仕事が多いことはわかるが、兄としてはあまり喜ばしくない事だ。

胸が小さいこととか、身長が低いこととか、色々気にしているみたいだし学校生活の事も考えると、あまり夜更かしはしてほしくない。

 

 

 

 

食器を洗い、風呂を出て歯を磨き、眠るためにベッドに横になる。

 

「―――十香」

 

今日は本当に疲れた、タマちゃんに告白して、十香と話して、逃げて、言葉にするとこれしかないけれど、本当に大変だった。

 

けれども、俺は今日、彼女を救えたんだ。十香を精霊だからと否定され続けた彼女を、俺は救うことができたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

………救う?

 

そのとき、ふと気がついた。

 

俺は、何をしているんだ?

俺は、精霊に復讐すると決めたんじゃなかったのか

俺は、精霊を殺すために〈ラタトスク〉に入ったんじゃなかったのか

 

『アハハハハハハッ!!無様ね人間、恋人が目の前で倒れているのになぁにもできないなんて。ありがとう人間、あなたのおかげでその子を楽に殺せるわ』

『大丈夫だよ、私は必ず帰ってくる。今までだってそうしてきたんだから』

『奏は、三笠奏は、精霊と相打ちになって死んだ』

 

そうだ、俺の全てはそのために―――

 

「そうだ、そうだ。おれは………」

 

忘れかけた想いが蘇る。黒い炎が燃え上がる。

 

一瞬、脳裏に絶望した十香の顔が、俺に笑いかける十香の顔が浮かび上がる。

 

―――十香………俺は、俺は

 

心の中の炎は、その顔を焼き尽くした。

 

 

忘れてはいけない。

覚えていなければならない。

 

―――俺は、精霊を殺す。

それが足手まといでしかなかった、守ることすらできなかった俺の誓い。

 

机の上の血の付いたヘアピンが、月明かりで輝いた気がした。




次の話は、この話がチラ裏にあった原因その1が出てきます。


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8章 4月21日

チラ裏行きだった原因その1の精霊(のコピー)がでます!

そして、狂三さんの出番が遠いのはこいつのせいです。



十香が学校に現れた日の翌日、4月21日。

 

朝、制服に着替えて学校に向かえば、学校は瓦礫の山になっていた。どうやら、十香とASTの戦闘の余波で相当派手に崩れてしまった為か、ASTの復興部隊はまだ仕事が終わらなかったようだ。

 

休みだろうと思いつつ、学校の近くまで来ているので念の為校門に行ってみれば、校門には今月は全面的に休校になる旨が書かれた紙が掲示されていた。まあ予想通りだった。

 

仕方が無いので家に帰っていると、途中でとある工事現場の看板が目にとまった。

 

「ここは………」

 

そこは、十香と初めて会った、あの場所だった。

通学路から大きく離れたその場所、俺は無意識にそこに歩みを向けていた。

 

「十香………」

 

脳裏に浮かんだ彼女の笑顔を、泣きそうな彼女の横顔を、絶望に沈む彼女の表情を振り払う。

アイツの、あの笑い声を思い出し、復讐心を焚きつける。

 

―――忘れてはならない。無くしてはならない。

 

俺は、精霊を殺す。そう決めたのだ。

 

ふと、そんな時、視界に見覚えのある鎧のドレスが映った。というか、十香だった。

 

「………っ!?」

 

空間震警報は鳴ってないぞ!?〈ラタトスク〉もASTの人たちも何やってんだよ!

 

「おお、シドー!無事だったか!」

「十香なんでここに!?」

 

十香が此方へと歩いてくる。

取り敢えずここは目立つので、十香を連れて路地裏に身を隠した。

 

「十香、一体どうしてここにいるんだ?」

「どうしたも何も、士道はが私の名前の字を考えてくれる約束だっただろう。もう出来ただろうと思ってな、教えてもらいに来たのだ」

 

そういって彼女は俺に笑いかける。

傾国の美女とでも思えそうな彼女の笑顔に、思わず頬が熱を持った。

 

「さてシドー、私の字はどのようなものにしたのだ?」

 

彼女の天真爛漫なその姿に、俺はこの時すっかり復讐心を忘れていた。

 

「ああ、ちょっと待ってくれ。いま書くためのノートを出すから」

 

とりあえず、彼女の名前を書くノートを取り出そうと、鞄を覗いて―――

 

―――その中から、二つの小さな機器を見つけた。

 

 

 

        ◇

 

 

 

 

鳶一折紙、彼女の休日は多くの場合鍛錬で消費されている。

 

4月21日、彼女はその日もいつもと同じように、天宮市の自衛隊駐屯地の仮想訓練室で〈プリエステス〉と戦っていた。

 

〈プリエステス〉、世界中で観測されている精霊の中で最も危険とされている存在である。世界中の対精霊部隊員の死者は、ほとんどがこの精霊との戦闘によって発生しており、この天宮市の自衛隊駐屯地に所属していた魔術師が2人、今までに彼女に殺されている。

また、一般人を殺したことはないと言われているものの、彼女が出現した場所の近くにあるシェルターでは、必ず多くの人が昏睡状態に陥ったり、衰弱した状態で発見されており、彼女が彼らに対し何らかの力を作用させているのは明らかだった。

 

彼女の特徴としては、半年前まではその絶対的な防御力が挙げられていた。彼女は巨大なバリアのようなものを出現させることができ、そのバリアは世界の対精霊部隊の装備の殆どか通用しない程の頑強さを誇っている。世界でこのバリアを破壊できたのは、半年前の時点で、DEMindustryの魔術師が2人、イギリスの対精霊部隊が2人、アメリカに1人、ドイツに1人、そして日本に1人の合計7人だけだった。そのうちの日本の1人は、半年前に〈プリエステス〉に殺されてしまったため、現在は世界に6人しかいない。それ程までに、彼女のバリアは強力なものだった。

 

しかし、彼女の特徴は今は違う。今の彼女のもっとも有名な特徴は、その破壊能力だった。何故なら、半年前に発生した『第二次ユーラシア大空災』は、空間震ではなく彼女の天使による攻撃だったからだ。

半年前に〈プリエステス〉と三笠奏一曹が()()()()()()()その一週間後、彼女はイギリスに出現、その場にいながら、『ユーラシア大空災』の空間震発生点を通るようにユーラシア大陸を切断したからだった。

映像記録は残っておらず詳しい状況は不明だが、その時その場にいたイギリスの対精霊部隊『SSS』の魔術師によると、〈プリエステス〉は巨大な世界地図を空に出現させ、その地図の件の場所を天使の一部と思われる蒼く光る杖のような剣で斬りつけたという。その時は何が行われたのかわからなかったらしいが、〈プリエステス〉の消失が確認され、基地に戻った時になってからニュースでそれを知ったらしい。

 

現在確認されている精霊の中で、世界がもっとも注目し、世界が最も殺そうとしている精霊、それが〈プリエステス〉だった。

 

今では研究が進み、とりあえずバリアを破壊する方法は解明されていたが、他の精霊と同じく殲滅の目処は立っていない。

 

 

訓練室に仮想の街並みが出現し、その中央に光を纏った白いローブに不気味な顔で笑う仮面を被った精霊〈プリエステス〉が現れる。

 

「今日こそ、殺す」

 

折紙がレイザーブレイドを構えると、目の前の〈プリエステス〉も蒼く輝く剣をその手に出現させ、耳障りな笑い声を上げ始める。

研究者達が言うには、この笑い声には精神に干渉する力があるようで、集中力を途切れさせやすくする効果があるらしい。

いつものように随意領域で音を遮断し、背後の飛行ユニットを吹かして加速、〈プリエステス〉の周囲の空間から射出される氷の弾丸を躱し斬り捨てながら接近する。

ある一定の地点―――不可視のバリアがある1歩前で止まり防性随意領域を展開、氷の弾丸を防ぎつつ左腕でバリアに対し杭打ち(パイルバンカー)を行う。

 

杭打ち(パイルバンカー)というのは収束集中させた魔力を随意領域で打ち出す技法で、本来は精霊を霊装の上から垂直方向から殴りつけるように使用することで、精霊を地面に埋めて足止めするために使われる。

かなりマイナーな為に、最近まではあまり知られていなかった技術だった。

なぜなら、一般的な対精霊部隊が使用する武装の多くが霊装を突破するために貫通力に優れているのに対し、この杭打ち(パイルバンカー)は圧力を加えることに特化した技法だったため、足止めはできてもダメージを与えることができなかったからだ。

 

しかし、最近ではこの見方が大きく変わっていた。

それは、半年前の天宮市における〈プリエステス〉と三笠奏の戦闘において、彼女がこの杭打ち(パイルバンカー)で〈プリエステス〉のバリアを破ったことがきっかけだった。

研究者たちによれば、このバリアは常に〈プリエステス〉から一定距離離れた場所に完全な半球を保ちながら存在し続けていなければならないようで、その場所からわずかにでも動くか、もしくは半球がほんのわずかにでも歪めば崩壊するらしい。

もっとも、動かすか歪ませるにはかなりの魔力が必要なため、折紙の使用できる魔力の量では一瞬とはいえ溜が必要になる。

 

それはさておき、

 

杭打ち(パイルバンカー)でバリアを突破すると、今度は〈プリエステス〉の撃ち出してくる弾丸に比較的低速の炎の弾丸と不可視の風の弾丸が混じるようになってくる。

氷と炎の弾丸はレイザーブレイドと小型の魔力砲で斬り払い撃ち落とし、風の弾丸は随意領域に接触するごとに弾き逸らし躱しつつ前へと進む。

前回はここで失敗した。前に進むことに焦り過ぎて、各種弾丸が自らが捌ける限界の相対速度以上になるほど、前進する速度を加速させてしまったことが原因だ。今回はそんな愚行を犯さない。

 

斬り捨て斬り捨て撃ち落とし弾き躱し逸らして前へ前へ、仮に余計な思考をすればそのコンマ一秒で蜂の巣にされる。そんな領域の戦闘を、生と死が紙一重で変わる世界を突き進む。

 

そしてもちろん、そんな世界は長くは続かなかった。

炎と氷の弾丸を左手のレイザーブレイドで斬り払い、さらにその先にある炎の弾丸を右手の魔力砲で撃ち落とす―――前に、先ほど切り払った弾丸に隠れるように存在していた氷の弾丸に、無理矢理右手を捻って狙いを変えて撃ち落とす。

集中が途切れる。随意領域が風の弾丸の探知、迎撃、そして動体視力と身体能力の強化、これらの処理を賄いきれなくなり、次の瞬間炎と氷と風の弾丸が彼女の身体を打ち抜いた。

 

『戦闘不能を確認、仮想訓練を終了します』

 

街並みが姿を消し、再現されていた身体の傷が、痛みが消え去る。

再現レベル9、現在この基地で一人で仮想訓練室を使用する際、〈プリエステス〉を再現する場合に許可されている最高レベル。

ダメージが戦闘中のみ再現されること以外、すべて本物に忠実な〈プリエステス〉との戦闘は、結局今日も勝利で終えることはできなかった。

 

「………っ」

 

訓練室の床に拳をたたきつける音が響いた。

 

 

 

         ◇

 

「おー、お疲れ様ですー。オリガミは、もう訓練は良いんですかー?」

「これ以上の訓練は、万が一の際の任務に影響が出る。」

「なるほどー、きちんと考えているのですね-。それじゃー、ここにユニット置いてくださいねー」

 

メカニックの指示に従い、CR-ユニットを片付ける。

顕現装置を止めて脱力している私に、彼女はスポーツドリンクを持ってきてくれた。

 

「今日も随分派手に使ったみたいですね-。また〈プリエステス〉の相手でもしていたんですかー」

「前と同じ、〈プリエステス〉のレベル9」

 

そう私が告げると、彼女はヤレヤレとでも言いたげな顔をした。

 

「頑張るのはいいですけれど、頑張りすぎて潰れたら元も子もないですよー。もう少し、肩の力を抜いたらどうですかー」

「前向きに検討する」

「それってダメって事じゃないですか、まったくー」

 

肩を竦める彼女の言いたいことをわかるが、私はこうすることしかできないら。私のためにも、士道のためにも、死んだ奏のためにも。

 

「そういえば、さっき更衣室のオリガミのロッカーから音がしてましたよー」

「音?」

「ええ、オリガミの携帯の音楽とは違ったので、少し気になっていたんですが………」

 

私の荷物の中で、携帯以外で音が鳴りそうなものと言えば………

・士道の家の窓枠に仕掛けた乙女の勘の受信機

・士道の学校のロッカーに仕掛けた淑女の愛の受信機

・士道の部屋に仕掛けた偶然の受信機

・士道に渡した発信機の受信機

………位だろうか。

 

「了解した」

「いえいえ、いいってことですよー」

 

腕をまくりスパナ片手に私のCR-ユニットの整備を始める彼女に背を向け、更衣室へと向かった。

 

 

 

更衣室には先客がいた。

 

「あれ、あんた今日学校休みなの?」

「昨日の学校での戦闘の跡が直っていない。だから、来月の頭までは休校になっている」

「なるほどね。まあ、流石の復興部隊も一晩じゃ全壊した校舎を直せないのは当たり前か」

 

先客は日下部燎子一尉、ここ天宮駐屯地のASTの隊長を勤めている人物だった。

もしかすると、これはちょうど良かったかもしれない。

 

士道の家に仕掛けられている乙女の勘は、士道が家を出るかもしくは帰宅する際にこちらに信号を発信するようにできている。今の時間は8:03、今日の士道は7:17に制服で家を出たので、学校から家まで往復で一時間以上かかることを考えれば、士道の家の乙女の勘が働いたとは考えにくい。学校のものはそもそも壊れてしまっているはずだ。

 

つまり消去法で考えれば、鳴っていたのは士道に精霊と会ったときにスイッチを入れるように言ってあった乙女の勘ということになる

 

ロッカーを開け、鞄の中にある端末を確認する。

起動しているのは、案の定士道に渡したものだった。音量を上げ、士道の周囲の音を確認する。

 

『む、シドー。何やら不思議な香りが漂ってくるぞ』

『不思議な香り………もしかしてここのパン屋さんの香りのことか?』

『ほう、なるほど。ここはパン屋と言うのか』

『入ってみるか。十香は今来たばっかりだから朝食食べてないだろ、ここで何かパンでも買って食べよう』

『パンとは食べ物のことなのか………わかった、シドー。デエトの前に腹ごしらえをするとしよう』

 

 

「………これは」

 

間違いない、士道は今―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――浮気をしている。




〈プリエステス〉


総合危険度:S
空間震規模:C
霊装:C
天使:SS
STR 210
CON 240
SPI 220
AGI 130
INT 205

霊装  ???
  (AstralDress)

天使 ???
    (Weapon-ClockType)

仮面とローブで姿を隠した精霊。

頭上や手のひらに地図や地球儀を出現させ、それに手に持った剣で攻撃することで、現実に攻撃できる能力を持つ。
先のユーラシア分断事件(対外的には『第二次ユーラシア大空災』)は、この力によるものである。

無色透明のシールドを発生させる能力を持ち、一般的な対精霊用兵装では傷をつけられない。
ただし、〈プリエステス〉の持っている剣や、対戦艦クラスの魔力砲、奏一曹の使用した7連杭打ちなどであれば破壊可能であることから、破壊不可能ではないと思われる。

後の研究により、杭打ちで破壊可能だと発覚した。

また、一度三笠奏一曹との相打ちという形で死亡が確認されたが、その一週間後には再び出現していることから、高い再生能力又は蘇生能力を持つと考えられている。

彼女によって、4/10迄に249人の魔術師が殺されている。


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9章 時計の針は今何時?

4/21は十香のデートの日なので、意地でも書き上げました。
多分そのうち修正します。


4月21日、13:36 自衛隊天宮駐屯地

 

「〈ラタトスク〉ねぇ………そのなものがあるなんてね」

「嘘ではない。実在する」

「あんたが嘘ついてるなんて思ってないわよ。彼が関わっているときは特にね」

 

折紙の発信機を元に、観測機で士道くんの隣にいる〈プリンセス〉に瓜二つの少女のことを調べたところ、98.5%の割合で〈プリンセス〉と一致した。

 

つまり、彼女は精霊、世界を滅ぼす災厄に他ならない。

もっとも、今の〈プリンセス〉はいつもの彼女と違い、ただの可愛い女の子にしか見えなかった。とても、かの暴虐の化身には見えなかった。

 

折紙の言う、〈ラタトスク〉についても実は噂程度には知っていた。ASTの隊長という立場にある人間としては、彼らの存在を知っている訳にはいかないために、折紙の言うことには初耳という立場を取らざをを得なかったのだが。

 

「………はぁ」

 

思わず溜め息がこぼれる。

内心、自分でもわかっているのだ。〈ラタトスク〉のやり方は仮に実現できるとすれば、ASTのやり方よりも遙かに理想的で、誰にも明らかなほど人道的だということは。

もちろん繰り返して言うが、仮に実現できるとすればの話だ。

 

〈プリンセス〉も、〈ハーミット〉も、〈ディーヴァ〉も、〈ナイトメア〉も、そして決して口には出さないが〈プリエステス〉も―――みんな精神的な面だけを言えば、心の底から悪い存在ではないのは知っている。〈ベルセルク〉や〈ウィッチ〉、〈イフリート〉のことは知らないが、きっとそう悪い存在ではないのだろう。

 

無垢な彼女らに武器を向け、数人がかりで殺しにかかる。

 

―――まったく、どっちが悪役なんだか。

 

自虐心に顔がゆがんだ。

 

「とりあえず、するなら〈C.C.C.〉(クライ・クライ・クライ)での狙撃かしら」

 

監視によれば、〈プリンセス〉は霊装ではなく折紙や士道くんの通う来禅高校の制服を着ているらしい。

霊装を纏っていないのであれば、普段は中々通用しない攻撃も通じるようになる。

〈C.C.C.〉(クライ・クライ・クライ)は、現在天宮駐屯地で管理されている武装の中でも有数の威力を持つ銃器で、その反動さえ無視できればこの駐屯地に配属されている人間全員が使用できる銃器の中では最高の威力を誇る。

 

「いや、奏の()()を使いたい」

 

しかし、折紙は私の考えてもみなかったことを言い出した。

 

「奏のアレって………アンタ使えるの?」

「少なくとも今回必要になるものは、足場を固定し、かつ目標が静止していれば可能」

 

私はその言葉に耳を疑った。

 

奏のアレと折紙が言ったのは、半年前奏が〈プリエステス〉との戦闘で使用した武装で、日本の魔術師の間で奏が最強と呼ばれる原因となったものの一つだ。

使用できることがそう呼ばれた原因というわけではないが、それらの武器を解析したASTとDEMの技術者達に『これらを戦闘で使える魔術師は世界に30、下手をすれば10人もいないかもしれない』と言わせるほどの、使うだけでも高い資質と技術を必要とする武装の数々だ。

条件付きとはいえ、それらを運用できる魔術師がどれ程いるだろうか。少なくとも日本に100人はいないだろう。

 

「とりあえず、実際に見てみないことには何とも言えないわ。どっか適当な訓練室で一発試してもらうわよ」

 

まあ、嘘ではないとは思うけれど、ASTの隊長の責務を負う者として確認しないわけにはいかないし。

 

 

彼女とともにワイヤリングスーツに着替え、奏のアレ―――大型ライフル〈ホワイト・リリィ〉をミリィから受け取り訓練室へ。

 

手早く済ませる必要があるので、足場の固定は私の随意領域を使用する。

 

「それじゃあ、カウント始めるわよ」

「了解」

 

伏射の姿勢になって構える彼女を見やりつつ、彼女の持つライフルに視線を向ける。

 

〈ホワイト・リリィ〉、当時DEMで開発中だったCR-ユニット〈ホワイト・リコリス〉並にじゃじゃ馬だったことから名づけられたその武器は、その名の元となったものと同様に使用者を殺す武器だった。

確かにスペックは高い。

全長2m57cmもの巨大なそれは、データ上では個人用の兵器としては世界最高の貫通力を持ち、その弾丸は精霊の霊波を一定以上受けるとその場で炸裂する性質を持つために、精霊の体内に入ると炸裂するため対精霊時の殺傷能力も世界有数の高さを誇っている。また銃と言いつつもそうとは思えない頑丈さをを持つため鈍器としても使用可能で、データ上は〈プリンセス〉の剣などの精霊の持つ武器と打ち合っても、そのまま銃として使用できるほどだ。これだけ見れば凄まじい兵器だ。

しかし、砲身に魔力を込めることが他の魔力砲に比べ難しい、魔力の消費量があまりにも膨大である、砲身形成の際の演算が一定時間内に終わらなければ暴発するため莫大な量の演算を強制的に行わされる、そもそも普通の魔術師であれば持っていられない程重いなど、数多くの問題がある。これを〈プリエステス〉との戦闘で棒きれのように振り回し、 一切の問題点を感じさせないような動きをしていた彼女は本当に世界最高峰の魔術師だった。

 

 

 

「5秒前」

 

薄らと折紙を覆った私の随意領域が、私の脳に直接〈ホワイト・リリィ〉の様子を伝えてくる。

 

―――システムチェック………異常なし

  魔力の注入を開始

  弾丸形成開始………

  魔力安定化の演算を開始………

 

「4」

 

折紙の顔が僅かに険しくなる。

 

―――………魔力安定率92.32%

  砲身形成には特に問題の無い値です。

  ………弾丸形成率47.59%

  砲身形成開始………

 

「3」

 

額から汗がこぼれ、彼女の頬をつたう。

 

―――………魔力安定率89.97%

  ………弾丸形成完了

  ………砲身形成率28.52%

 

「2」

 

―――………魔力安定率95.40%

  ………砲身形成率79.83%

 

「1」

 

―――砲身形成完了

  システム再チェック………異常なし

  トリガーロック解除、射撃準備完了

 

折紙の指が引き金を引き、魔力でできた弾丸が黒鉄の砲身とその延長線上に存在する蒼い光でできた砲身を高速で駆ける。

弾丸は的としておいてあった大岩を貫通し、さらに奥にあった岩を貫通、その向こうにあった訓練室の壁に黒い跡を残しそこで炸裂、大きく壁を削り取った。

 

その直後、魔力の砲身がガラスが割れるような音を立てて砕け散り、〈ホワイト・リリィ〉のフレームの隙間から大量の煙が放出される。

 

「威力は十分、砲弾及び砲身形成に問題なし。本当に大丈夫みたいね」

 

大量の魔力を一度に失い、その上莫大な量の演算による脳負荷により膝をつき荒い息を吐く彼女に、用意しておいたバスタオルをかけながらそう告げる。

 

バスタオル越しで顔は見えなかったが、彼女は笑っていたように感じた。

それが何の為の笑みかは、わからなかったが。

 

 

 

 

        ◇

 

4月21日、16:53 天宮市上空1600m地点

 

何もない大空に溶け込むように、彼女はそこにいた。

 

「さあ士道、あなたはどうするのかしらね。

 ―――精霊への復讐心を取るか、

     それとも彼女への思いを取るのか」

 

そういって、右手に持った蒼く光る剣を横に一閃する。

すると振った剣の軌跡が平面の四角い板に変わり、その板からはミニチュアの木やビル、住宅街が生えてくる。

そしてミニチュアの街が生まれ、その街に小さな赤い光を放つ人形が二つ出現した。

そのミニチュアは、少年、五河士道と、少女、鳶一折紙に瓜二つだった。

 

「せめて、後悔の無い選択をすることを祈っているわ」

 

そのミニチュアの姿は、街の外れにある公園にあった。

 

 

     ◇

 

 

4月21日、17:18 天宮市の外れ

 

『こちら観測班、全員配置につきました』

『こちら迎撃班、飛行ユニットのシステムチェックにあと1分半かかります。配置にはついているので、終わり次第準備は全て完了します』

 

インカムを通して、折紙の耳に情報が入ってくる。

 

 彼女の目線の遥か先には、士道と彼に抱きつく〈プリンセス〉の姿があった。

 

―――浮気は許さない。

 

 彼女の恋人が憎き精霊とデートしている現実は、折紙にとっては受け入れがたいものだった。

 

 勿論、彼女は理性では〈プリンセス〉と士道がデートしているのは仕方が無いことなのはわかっている。

 わかっているが、それはあくまで理性での話である。感情は全く納得できていないのだ。

 

士道には、ASTの隊員がすれ違いざまに小型のインカムを渡しているので、狙撃準備が終わるまでの1分半の時間を稼ごうとしているのだろう。抱きしめているのも、それの一環のはずだ。

 

その一環の………

 

一環の………………

 

一環………

 

………

 

「………」

 

―――やっぱり無理だ殺す

 

 折紙は、胸の内の殺意を押しとどめることはできなかった。

 

 彼女の大切な人達は、いつも精霊に奪われてきたのだから。

 

 

 

 

 

 彼女の両親は、〈イフリート〉に殺された。

 

 数少ない友人は、〈プリエステス〉と相打ちになった。

 

 そして今、恋人が〈プリンセス〉に奪われようとしている。

 

 今度こそ、絶対に誰にも奪わせない。

 彼女には、もう士道以外は何もないのだから。

 

 ふとその瞬間、なぜか〈プリンセス〉が士道の腕から逃れた。

 

 部隊の準備は終わっていない。手を出すわけにはいかない。

 しかし、そう判断する理性とは裏腹に、彼女の脳は手元の銃を動かしていた。

 

システムチェック………オールグリーン

〈ホワイト・リリィ〉に魔力充填開始、

弾丸形成演算開始………完了

砲身形成演算開始………完了

セーフティー解除、目標〈プリンセス〉

 

―――(ころ)して(ころ)して(ころ)し尽くす。

      ()んで()んで()に尽くせ。

 

もう、誰も奪わせてなるものか。

 

「―――死ね」

 

 折紙は、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ◇

 

 

 

「さよなら、シドー」

 

 

 

       ◇

 

 

 

 

 

4月21日、22:48 五河家宅 五河士道の部屋

 

 

達成感は無かった。欠片も無かった。

 

結局あの後、ASTに拘束された俺は、燎子さんと少し話した後に解放され、その後〈ラタトスク〉の人達につれられ琴里と会った。

 

琴里は、十香は消失しただけで生きてはいる、そして隣界へと消えた彼女が復活しているかは謎だが、死んだわけでは無い そう言っていた。

 

けれども、俺にはわかっていた。

 

『さよなら、シドー』

 

十香は、死ぬ。

 

何があろうとも確実に彼女は死ぬ。いや、死のうとする。

俺があの時、あの瞬間に彼女を引き留められなかった以上、もう手遅れだった。

 

「結局、俺は十香を精霊ではなく『十香』として見ていたっていうことか」

 

今更になって、そんなことに気が付いた。

手遅れになってから、手遅れになったからそれがわかるというのは、俺が半年前とたいして変わらず愚かでしかなかったと言うことに他ならない。

 

「俺はいつも、気付くのが遅すぎる」

 

口の端が歪む。

頬には、冷たい汗がつたっていた。

 

 

 

俺は精霊が憎かった、けれど十香は嫌いじゃなかった。

そんな簡単なことすら、俺にはわからなくなっていたのだ。

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり、琴里」

 

夜も更け、11時にもなろうかというころ、琴里が帰ってきた。

 

「っ!?お、おにーちゃん、なんで夕ご飯なんかつくってるの!?」

 

「なんでって、俺が作らなきゃ琴里の夕飯がないだろ」

 

部屋で笑顔が作れるまでなんとか落ち着いた俺は、〈ラタトスク〉の仕事があって帰ってこない琴里のために夕飯を作って待っていた。

 

まあ、俺も大概正気でいられる状態じゃないので、たいしたものは作れていない。せいぜい市販の親子丼の素や野菜炒めの素などを使って見た目だけでも取り繕うのが限界だ。

 

「あれ、もしかして〈ラタトスク〉の方で食べたのか?

 そっか、ならいらないよな。悪い、冷蔵庫にでもしまっておく」

 

「そういうことじゃない!!お兄ちゃん大丈夫なの、無理しなくて良いよ」

 

「大丈夫?いったい何の話だ?」

 

なんだか琴里が騒がしい、前の琴里に戻ったようで新鮮に感じる。

そういえば、ここ最近の琴里と違ってリボンが白いな。

 

「何の話だって、それは………ううん、なんでもない」

 

「そうか、一応親子丼作ってあるから手を洗ったらリビング来いよ」

 

「う、うん。わかった」

 

擬音にするとトテトテとでも音を立てそうな足取りで、琴里は洗面所へと走って行った。

 

コンロの火を止め、大きめのお椀にご飯をよそい、さらにその上に親子丼の具とたれをかける。

野菜炒めのほうは、適当に大皿によそって各自で勝手に取るような形にできるようにしておく。

リビングのテーブルの方には、箸置き、箸、親子丼、野菜炒め、取り皿と並べてゆく。

 

 

 

「………大丈夫、無理はしてないさ」

 

 

 

 

 

 

―――大切な人を亡くすのは、はじめてじゃないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふとその時、背後から物音がした。

振り返ろうとするが、その直前に不快な感覚が全身を包みこみ、身体が動かなくなる。

 

―――魔術師の………随意領域………?

 

しかも尋常ではない出力の随意領域だ。間違いなく少なくとも天宮市のASTの人たちが持つレベルのものじゃない。

 

なんで魔術師が家にいるんだ。いったい何時から、何処に隠れてた。

いや、もしかして琴里に付いてきたのか。

 

思考をいくら巡らせようと、その答えは出てこない。

 

背中に、何か棒のようなものが押しつけられる感触がする。

 

 

そして、俺の身体は強い衝撃に襲われた。

 

 

 

 

 

       ◇

 

 

 

 

 

 

そこからの記憶は、なぜか俺にはない。

何が起きたのか、何が成されたのか、わからない。

 

俺の様子が変だと思った〈ラタトスク〉が何かしたのか。

 

 

 

はたまた、機械仕掛けの神様の悪戯か。

 

 

 

 

 

 

ただ一つわかったのは、

 

―――俺の後悔は、まだ早いということだ。

 

 

 

 

          ◇

 

 

「………Take2、とでもいきましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―――【十二の弾】(ユッド・ベート)―――




一応確認。
【十二の弾】の能力は、撃たれた相手を肉体ごと一定時間過去へと飛ばす、で合ってますよね?

8月23日(日)午後11時28分 一応修正

4/4(火)午前0時50分 あとがきを追記
情報が出た今だから言えるけど、ここって【六の弾】でいいよね。


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八章 四月二十一日

ま、間に合ったぁぁぁぁ!!!!!

今日は6月5日。時崎狂三さんの転校日です!!
4000字くらいしか書いてなかったのですが、意地でここまで書きました。
これも後日修正を加えると思います。


 気が付くと、俺は学校の前に立っていた。

 

「………は?」

 

 目の前にある校舎は、朝見たときと同じように崩壊したままで、俺の服装も、荷物も、何もかもが今朝見たときと同じだった。

 

 校門には、来月まで休校になる旨が書かれた紙が貼られている。これも今朝と全く同じだった。

 周囲には、この張り紙を見てがっかりした様子の生徒や喜んでいる様子の生徒がいる。彼らの顔ぶれも、今朝と全く同じだった。

 

「どうなってんだ、これ」

 

 何も変わらない。何一つ変わらない。何もが今朝と同じ。まるで………

 

「―――時間を巻き戻したかのような」

 

 そう口にして、その考えを否定する。

 時間は巻き戻らない。起きたことは覆せない。過去を変えるなんて不可能だ。そんなことはあるわけない。

 

 ……あっていいはずがない。

 

 

 しかしその考えに反して、俺の身体はポケットの中のスマートフォンを手に取った。ありえない、そんなはずないと思っても、俺はそうであると信じたかったのかもしれない。

 震える指で側面のボタンを押し、画面に光を灯す。

 

画面には大きく 

       2017.4.21

         08:39 

               と書かれていた。

 

 

 

 気が付けば、俺は駆けだしていた。

 

 何でどうしてこんなことが起きているのか。

 

 疑問は多くあった。

 知りたいことは山ほどあった。

 

 

 ―――けれども、今の俺にはどうでも良かった。

 

―――走る

 

学校前の坂をよろめきながらも駆ける。

 

―――走る

 

下った先の住宅街を抜け、商店街へと駆け抜ける。

 

―――走る

 

そして商店街の一角、十日と、そして『今日』彼女に会った場所である、瓦礫だらけの場所にたどり着く。

 

 そしてそこには、傾国の美女とも表現できる彼女が、『十香』の姿があった。

 

「十香……」

「む、シドーではないか。そんなに急いでどうしたのだ?」

 

 不思議そうな顔でこちらを見つめる彼女に、思わず涙がこぼれそうになる。

 

「……いや、何でもないよ。久しぶりだな十香」

「うむ、昨日ぶりだなシドー」

 

 満開の花のような笑顔。俺は、帰ってきたんだ。そう心の底から実感できた。

 なら言おう。もう一度、あの時とは違う、今度は心の底から。

 

「なあ、十香。

   ―――今から、一緒にデートをしないか」

 

―――さあもう一度、俺たちの戦争(デート)を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳶一折紙、彼女の休日は多くの場合鍛錬で消費されている。

 

 四月二十一日、校舎が倒壊したために急に訪れたその休日を、彼女はいつもの休日と同じように天宮市の自衛隊駐屯地の仮想訓練室で〈プリエステス〉と戦うことで消費していた。

 

 仮想訓練室で再現された精霊は、収集できたデータ量によって個体差はあるが、基本的に本物より弱い。中でも〈プリエステス〉は十分にデータを収集できていないため、弱体化の割合は精霊の中でもかなり大きくなっている。

 折紙は、そんな弱体化した〈プリエステス〉にすら勝利できずにいた。其程までに〈プリエステス〉という精霊は圧倒的な存在だった。

 しかし、今日は違う。

 今日は、いつもとは異なり奏の武装を使うことが許可されていたからだ。武装に頼らなければ奴を殺せないと考えると少々思うところがあるが、これなら今度こそシミュレーターで再現された〈プリエステス〉を仕留めることは不可能ではない。

 もちろん、シミュレータで再現された〈プリエステス〉は本物よりもはるかに弱いため、シミュレータで倒せても本物を倒すことはまだまだ無理であることを考えれば、本来は仮に倒せたとしても喜んではいられないのだが。

 

 訓練室に仮想の街並みが出現し、その中央に光を纏った白いローブに不気味な顔で笑う仮面を被った精霊〈プリエステス〉が現れる。

 

「今日こそ、殺す」

 

 右手に握りしめた大型のレイザーブレイド〈ノーペイン mk=IV〉に魔力を込め、身の丈ほどの巨大な刃を出現させる。

 すると、それに呼応するかのように目の前の〈プリエステス〉も蒼く輝く剣をその手に出現させ、いつものように耳障りな笑い声を上げ始める。

 この笑い声には、精神に干渉し集中力を途切れさせる効果があるようなので、随意領域を操作して音を遮断する。本当は、戦闘において重要な感覚の一つである聴覚を潰すようなことはしたくなかったが、声のせいで随意領域の操作を阻害される方が問題なので遮断する。いつもより魔力の精密操作を必要とする武器を持つ今は、特にこうしなければならない。

 

「〈ノーペイン mk=IV〉、全力稼働」

 

 魔力の光をまき散らし、手元のレイザーブレイドがヒステリーを起した女性の叫び声のような高い音を発する。

 その直後、〈ノーペイン mk=IV〉の魔力の刀身が伸び、1m半程度だった刃が15mにまで巨大化する。

 

 〈ノーペイン mk=IV〉は、件の武装の中でも最も普通の武装だ。トンデモ兵器博覧会のような武装の中でも唯一まともであるといって言い。

 一般的なレイザーブレイドよりも多少刀身が長かったり、切れ味が良かったり、燃費が良かったり、軽かったりするだけで、それ以外は普通だ。使われている技術的には普通ではないらしいが、ただ使っているだけの現場の人間からすれば、<ホワイト・リリィ>のようなものと比べて、普通の武器と認識できてしまいそうになる程度には普通だ。

 そんな普通の武器の唯一の普通ではない点、それがいま折紙が使用している機能だ。

 

 

 

 〈ノーペイン mk=IV〉を薙ぐ。それだけで魔力の斬撃が放たれ、<プリエステス>の透明なシールドを破壊する。

 続けて振り下ろし。蒼く輝く斬撃が、炎と氷と風の嵐を吹き飛ばし、シールドを失った〈プリエステス〉へと迫る。

 

 

 

 〈ノーペイン mk=IV〉の唯一の普通ではない点、それがこの全力稼働状態だった。

 〈ノーペイン mk=IV〉は、この状態になるとその姿と性能を大きく変える。

 具体的には、使用魔力量が増え、それにより制御難易度と最大出力が上がり、刃が巨大化し、斬撃が飛ぶようになる。

 その一撃は、エース級の魔術師を塵にしてもおつりが出る程度のものであるといえば、どれほど強力かは理解できると思う。

 当然、欠点もある。高い出力の兵器には、使用される膨大な魔力をしっかり操作できるだけの高い制御能力が必要となる。加えて、使用には膨大な魔力が消費される。さらに言えば、そもそもレイザーブレイドの刃の生成は高い随意領域の適正と、その随意領域を手足のように使いこなすだけの技量が必要となる。忘れられがちだが、レイザーブレイドの刃の生成はそう簡単なことではないのだ。この状態の〈ノーペイン mk=IV〉がいくら規格外だといっても、〈ノーペイン mk=IV〉はレイザーブレイドである以上、魔力運用がどうこう言う前に高い技量が必要であるという点に変わりはない。

 

 ―――もちろん、それは一般的な魔術師にとっての話だが。

 

 随意領域を使いこなす高い技量が必要で、魔力の消費が膨大で、そのコントロールも難しい。

 しかし、それは一般的な武装と比べての話だ。ほかの、例えば<ホワイト・リリィ>のような武装と比べれば、その使用はたやすい。

 

 限定された条件下とはいえ<ホワイト・リリィ>を扱える折紙にとって、〈ノーペイン mk=IV〉を扱うことはそう簡単なことではなかったが、難しいと言えるほどでもなかった。

 

 

 

 <プリエステス>は手に巨大な氷の盾を出現させると、その斬撃を受け流すようにそらす。

 そらされた斬撃は、そのまま飛んで行き、壁に傷跡を残した。

 その隙に、折紙は飛行ユニットで加速し、<プリエステス>を間合いに納めた。

 

「死ね」

 

 

 

 

 世界中の対精霊部隊の多くにおいて、誰にでも扱える金属の剣ではなく、刃を生成するだけでも難しいレイザーブレイドが採用されていることには理由がある。

 その一つが、精霊の霊装を越えるには魔力が必要不可欠であること。

 しかし、これは長年の研究により物質に魔力を籠められるようになった現代においては解決している。ミサイルや銃弾に魔力を籠めるのと同じように、剣に魔力を籠めればいいだけの話だ。レイザーブレイドが採用されている一番の理由ではない。

 

 一番の理由。それは、()()だ。

 人間と精霊の差はいくつかあるが、その中の一つに身体能力がある。

 〈プリンセス〉を例に挙げよう。彼女は細身の躰ながら、サッカーのゴールを吹き飛ばしたり、パンチングマシンをパンチで破壊したり、フライパンを食べたりすることができる。人間よりもはるかに頑丈で、かつ力強い存在と言えるだろう。

 ならば当然、その動きも早い。力強いことと動きが速いことは本来直結しないが、あくまでそれは筋力に運動能力を依存した存在に限った話。筋力を霊力で強化している精霊には適応されない。人間にとって力強さと動きの速さが直結しないのは、筋肉量の増加に伴う体重の増加と、筋肉による関節駆動の制限が起こるためだ。故に、それらのデメリットが一切ない彼女たちは、人間とほぼ同じ動きを人間よりもより力強く、そしてより速く実行できる。

 そんなデタラメな精霊と戦う魔術師達は、必然的に速さを求める必要がある。もし遅ければ、精霊に対して一撃当てることすら満足にできず、また精霊からの攻撃を避けることすらできないからだ。

 

 そして、少しでも速く動くためには武装を僅かでも軽くする必要がある。いくら随意領域による身体能力の強化がある為に重い物でも軽々と持てるといっても、程度の差はあれど重い物を持ったら動きにくくなるということは変わらない。

 

 さて、簡単な質問だ。

 柄以外重さが存在しないレイザーブレイドは、どれほど軽いだろうか。

 

 

 

 折紙は、両手に握ったレイザーブレイドを振り回す。

 随意領域によって強化された彼女の身体は、およそ0,01秒でレイザーブレイドを振り下ろす。すると15mもの長さを誇る〈ノーペインmk=IV〉はの剣先は、()()()()()()()()

 

 一太刀目、音速に近い刃が<プリエステス>を横から殴りつける。

 <プリエステス>はそれを氷の盾で受け流そうとするが、受け流した直後に刃がわずかに加速、<プリエステス>のすぐそばでソニックブームが発生し衝撃波が<プリエステス>の全身を揺さぶり、平衡感覚をかき乱す。

 反す太刀で二太刀目。<プリエステス>から見て右側から、今度は完全に音速を超えた斬撃を繰り出す。

 衝撃波により揺さぶられ、平衡感覚を乱された―――勿論、人間では揺さぶられた、平衡感覚を乱されたでは済まない―――<プリエステス>は、反射的に右手の剣の天使で防ごうとする。

 しかし、それは無意味だった。

 彼女の天使は、迫る刃を競り合うことなく切り裂き、切り裂かれた刃の破片は彼女の脇腹を蹂躙した。

 

「もう一撃」

 

 折紙としては、二太刀目で上半身と下半身を二つに分けるつもりだったのだが、不完全とはいえ防がれてしまった。

 折れた刃をそのままに、一歩踏み込み三太刀目を繰り出す。

 痛みに悶える<プリエステス>に、この斬撃を避けることはできない。

その一撃は絶対に避けられない、彼女としては完璧なタイミングだった。

 

―――そう、故にそれを避けることは折紙にはできなかった。

 

「……えっ?」

 

 何が起きたのか、何があったのか、彼女にはわからなかった。

 <プリエステス>を斬ろうとした直後、折紙は"脇腹を怪我した状態"で、"無傷の<プリエステス>"に、"巨大なレイザーブレイド"で斬られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『利用者の大規模ダメージを確認。仮想訓練を終了します』

 

 一定のダメージを観測した訓練室が、折紙へのダメージ再現と仮想敵の再現を終了する。

 視界にノイズが走り、真二つにされ倒れこんだ下半身を映していた私の視界が元に戻った。

 

「今のは……位置の転換?」

 

 いや、位置の転換ではない。傷も、武器も、此方に有利なありとあらゆる状況そのものをひっくり返された。

 ……そんなの、反則にもほどがある。

 確実に仕留められる状況においても、一瞬で逆転されるなんて精霊の中でも反則だ。

 

 そこで、気が付いた。

 私は、ASTに保管されている日本国内で行われた戦闘の全てと、全世界で共有されている〈プリエステス〉との戦闘映像の全てに目を通している。そしてその中に、〈プリエステス〉がさっきのような動きをしたものはなかった。

 また、仮想訓練における精霊の動きは、当たり前だがすべて実際に観測された能力しか再現されない。

 

 つまりそれは、私が知ることができない、できていない戦闘があったことに他ならない。

 

 

 

 

 訓練室を出て、日下部一尉のいる部隊長室に向かう。

 正直、機密指定されている精霊との戦闘映像があるとは思いたくはないが、仮にあったならば私の権限では閲覧できない資料だろう。ただ、見ことをあきらめるわけにはいかない。

 

 

 扉の前に立ち、ノックする。

 

「……鳶一折紙一曹です。日下部隊長はいらっしゃいますか」

「んー? ああ、折紙。ちょっと待ってなさい。

 ……いいわよ、入って」

 

「失礼します」

 

 扉を開けると、そこにはお茶を飲む彼女の姿があった。

 

 よく見れば、手にしているカップの他に、机の上にはもう一つカップが置いてあった。誰か来ていたのだろうか。

 

「それで、どうかしたの? 今日は仮想訓練室で訓練漬けだって言ってたじゃない。

 ……まさか、訓練室ぶっ壊したとかじゃないわよね」

 

 さすがにそれはない。理論上は〈プリンセス〉の一撃にすら耐える壁でできた訓練室を、いったいどうやって破壊するというのか。

 

「訓練室に損傷は与えて―――」

 

 一瞬、頭の中に飛ばされた斬撃で傷ついた壁が浮かんだ。

 

 

 ………………

 

「―――ない。私には、そのようなことはできない」

 

「……そう、ならいいわ。で、何のようかしら」

 

 脱線しかけた話を止められ、話が元に戻る。

 

「〈プリエステス〉……仮想訓練室の〈プリエステス〉について聞きたいことがある」

「聞きたいこと? 何か不具合でもあったの?」

 

 ……白々しく隠しているのか、はたまた全く知らないのか。

 

「私は、日本国内における物は勿論、全世界で共有されている〈プリエステス〉との戦闘映像全てに目を通している」

「ええ、それは知ってるわ。あんたに頼まれて、そうできるように取り計らったのは私だもの」

「つい先ほど、私は訓練室にて〈プリエステス〉と戦闘を行った。その際、私が見た映像において彼女が行わなかった能力を見せた。つまり、私の見ていない映像が存在していることになる」

「あんたが見てない映像? いやそんなものはないはずなんだけど……」

 

 知らない? 本当に知らないのだろうか。

 

「……ちょっと訓練室に行きましょう。私も気になるわ」

 

 

        ◇

 

 

「おお、ここが『ぱん屋』とやらか!! この香り、流石はシドーのおすすめだな!!」

「おい、十香。フランクフルト咥えながら走るなって。転んだら大変なことになるぞ」

 

 学校近くの商店街。そこに、俺と十香はいた。

 

「む、そうか」

 

 十香は、咥えていたフランクフルトから棒を抜き取り、手に持っていたゴミ箱代わりのコンビニのレジ袋にしまう。

 そして、十香はレジ袋を、近くにあったゴミ箱―――50メートル以上離れたコンビニの前に並ぶゴミ箱向けて投げた。

 投げられたゴミ袋は一瞬の炸裂音の後、周辺に突風を巻き起こしゴミ箱に()()し、粉砕する。

 そんな光景に、周りの人々は一瞬驚いたものの、すぐに見向きもしなくなった。

 

「十香……ちゃんとゴミ箱にゴミを捨てることはいいことだけど、ゴミ箱を壊しちゃ駄目だろ」

「そ、そうか……すまないシドー」

 

 途端に俯いてシュンとする十香。その姿に、思わず狼狽えてしまった。

 

「大丈夫だ、十香。悪いことをしたら、ちゃんと謝ればいいんだ」

 

 落ち込む十香の手を引き、十香がゴミ箱を粉砕してしまったコンビニに向かう。

 コンビニの中に行けば、案の定どこかで見たことのある男性の姿があった。あの人は、確か〈次元を越える者〉(ディメンション・ブレイカー)中津川さんだったっけ。

 

 とりあえず、十香といっしょに謝って、しばらくの間怒られた後、ついさっき入る予定だったパン屋に入る。

 パン屋には、十香が好きなはずのきなこパンや、奏が好きだった胡桃パン、今はどうかはわからないが前のバカで可愛かった琴里が好きなメロンパンなど、多種多様なパンが美味しそうに並べられていた。

 

「おおー!! これはすごいぞシドー!! すごいいいにおいだ!!」

 

 十香の言葉に合わせ、ぐーぎゅるぎゅると彼女のおなかが鳴る。

 

「ああ、本当に美味しそうだな。

 ……十香は何が食べたい?」

 

 とりあえず、俺が食べる分の胡桃パンとあんパンとカレーパンをトレーに取りながら、満面の笑みであたりを見回す十香に尋ねる。

 

「私か? そうだな……これと、これ、あとこれが食べたいぞ!!」

 

 十香が指したのは、きなこパンとメロンパンとチョココロネの三つ。俺は、それらをそれぞれ5個ずつトレーにのせ、レジへと持ってゆく。

 

 どこか見たことのある店員にお金を払いレジで会計をすませつつ、ちらりと様々なパンの数々に目を輝かせる十香の姿を覗く。

 

 満面の笑みでパンを眺める十香の姿に、思わず心が温まり

 

 

 

―――そして、同時に何処か胸が苦しくなった。

 

 



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九章 時計の針は今何処に

十香編は此処で終わる予定だったのですが、終わりませんでした。多分次、もしくは次+エピローグで終わります。

今回の話は、私にとって黒歴史確定です。


天宮市 上空6000m

 

 そこに、私はいた。

 白いローブ羽織り、自分で言うのも何だが不気味な仮面を被った私は、その手に輝く剣を持ってたたずんでいた。

 

「~~~~That saved a wretch like me!

 I once was lost, but now I am found~~~~♪」

 

 私の歌声は大空に拡がり、どこからともなく荘厳な音楽が鳴り響く。

 

 

 ああ、姿無き神よ。求める者を救う現像よ。存在し得ぬ偶像よ。

 

 私に救いの手をさしのべし、彼の者に感謝を。

 道を彷徨い、身を落とした私を救い出した彼の者に感謝を。

 数多の絶望より私を救い、私を押し出した彼女に感謝を。

 

 彼女は、私に約束した。

 彼女の望みは、私の望みとなった。

 彼女は、私に誓った。

 この命の限り、彼女は私の盾となり、私の一部となると。

 ああ、そうだ。

 この想いと願いが朽ち、そしてこの限りある命が鼓動を止めるその時まで、私は白きベールに包まれ、喜びと安らぎの時を追い求めるのだ。

 

 たとえ、何万年経とうとも、数多の時が過ぎようとも。

 あの大空の太陽のように光り輝きつづけ、最初に嘆き求めたとき以上に、私は彼女の希望を、私の願いを求め続けることだろう。

 

 

 

 大声は響き、空は澄み、大地へと降り注ぐ。

 

 今の私の役割は、彼の戦争を見届けること。終わりなき災禍を下す、大いなる静かな一歩を見届けること。

 

 道は築いた。準備はそろえた。私にできることは、もう何も無い。

 

 

「さあ、五河士道(私の希望)。最初の救済(デート)を始めましょう」

 

―――私は〈プリエステス〉。姿無き女教皇。

   救われぬ者を救わんとする者にして、救わんとする者を救えぬ愚か者。

 

 

       ◇

 

 

「おお、おお、おおぉぉぉ!!」

 

 俺の目の前には、大きくそびえ立つ肉の塊があった。

 

 ドネルケバブ、という物をご存知だろうか。

 串に刺さった巨大な肉をナイフなどで削ぎ、削いだ肉をキャベツなどといっしょに、パンのようなものに挟んだ物のことを言う。お祭りの屋台などでたまに見かける物で、日本で一般的にケバブと呼ばれる物がこれだ。

 

 で、十香の手にあるのは、その『串に刺さった巨大な肉』だ。間違っても、それ単体で食べるものではない。というか、本来は肉の外側しか焼かれていないので、真に近いところは焼かれていないから食べられないはずだ。

 しかし、これは何故か肉の中心までしっかりと火の入った物だった。随意領域万能説でも唱えたくなる。

 

 十香が巨大な肉に挑んでる姿を後目に、耳のインカムを叩く。

 

『はいはい、ちゃんと見てるわよ』

 

 インカムからは、琴里の声が聞こえた。

 良く耳を傾ければ、僅かに硬い物が当たったような音がしている。おそらく、チュッパチャプスをなめているんだろう。

 

 この辺は、前の琴里と変わらないんだな。

 

『それじゃ、天宮市の休日を続けるわよ。

 ジャンクフード系の店の食べ物の補充も終わったし、レストランの食材、人員の補填もばっちりよ。今度は、十香の暴飲暴食に対抗できるわ』

 

 数分前、この商店街に激震が走った。

 その震源地である彼女、十香は、ラタトスクの設定である『商店街に来た人何とか人目サービス』を利用して、暴飲暴食の限りを尽くしたのだ。

 

 正直、コンビニのお弁当売り場が空になったのは何度か見たことがあったけれど、お菓子売り場や、ウォークインのお酒以外が空になったのをみるのは初めてだった。レストランでお米や麺が無いと言われるのも初めてだったし、ファストフード店でパテがないと返答されたのも初めてだった。

 

 十香の胃袋は、ディラックの海にでも繫がっているのだろうか。

 

「わかった。十香がケバブを食べ終わり次第、商店街に戻る」

『ええ、部下達には待機するように伝えるわ

 ……ところで士道、さっきから気になってたんだけれど、あんた十香と何かあったの?』

 

 突然、琴里が変なことを聞いてきた。

 

「何か?いや、特にデートしてること以外特別なことはないけど……」

『そう、それにしては十香を見る目がおかしくないかしら』

 

 ん?十香を見る目がおかしい?

 

「俺、そんな変態みたいな目をしてたか?」

『いや、そう言う意味じゃなくて。

 ……士道は、昨日初めてまともに十香と話して、今日初めて彼女とデートしてるのよね?』

 

 ………さすがは、俺の妹と言うべきなんだろうか。

 例え、俺との関係が精霊を救うために作られた打算的な物であっても、いや、打算的な物であったからこそ俺のことをよく見てる。

 半年前のことは気が付かれなかったからといって、文字通り『昨日の今日』のことが気が付かれないとは限らない、ということなんだろう。

 

「……ああ、十香とまともに話したのは昨日が初めてだし、十香とデートしたのは『四月二十一日』が初めてだぞ。そんなことは、〈ラタトスク〉にいる琴里はよく知ってるだろ」

 

 

 そんな琴里に、俺はしれっと嘘をつく。

 俺の身に起こった時間遡行現象。それができるかもしれない存在に、俺は心当たりがあったからだ。

 

 氷と、炎と風――恐らくは〈ハーミット〉と〈イフリート〉と〈ベルセルク〉のもの――などの複数の精霊の力を操るアイツなら、もしかすれば時間遡行能力を持つ精霊――そんな存在がいるかはわからないが――の力を行使できるかもしれない。少なくとも、アイツならできてもおかしくない。

 

 確証はないが、俺はアイツがやったと確信していた。

 

 琴里にとって俺との関係が、虚ろで、空っぽで、偽物だったとしても、俺にとって琴里との関係は、真実で、満ちていて、本物であった事には変わらない。幼い頃の自分が、琴里に救われたことは事実だったのだから。

 

 だから、アイツと琴里に関わりを持たせたくない。〈ラタトスク〉の事を考えれば無理かもしれないけれど、可能な限り関わってほしくない。

 

 アイツと関われば、琴里が死ぬ。そんな気がしてならないから。

 

 奏のように、『十香』のように、これ以上大切な人には死んでほしくない。

 

『そう……気のせいだったかしら。

 まあいいわ。天宮市の休日、再開しましょう』

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

「シドー! 今度はこっちだ!」

 

 きなこパンを片手に走る十香を見ながら、俺は考えていた。

 

 今の時間は 16:28 、前回十香が死んだ時間が近づいていた。

 

「シドー。此処はなんだ?」

 

 十香の声で振り向けば、そこにはゲームセンターがあった。

 

「ああ、此処はゲームセンターって言うんだ」

「げぇむせんたぁ……だと……!? いったい何屋なのだ、名前からではどんな食べ物を売っているのか全く想像がつかん」

「いや十香、ゲームセンターは、別に食べ物屋さんじゃないからな」

「なん……だと……この世に食べ物を売っていない店があるというのか。なんたる罰当たりな」

 

 何に対して罰当たりなんだ。というか、本当に十香は食べ物のことで頭がいっぱいだな。

 

「まあ、景品にお菓子とかあるから、全く食べ物が無いわけじゃないからな」

「おお、そうだったか。ならば問題ないな。

 シドー、げぇむせんたぁとやらに行くぞ!!」

 

 ああ、そうしよう。丁度そろそろ雨が降るはずだったし。

 

 十香といっしょにゲームセンターに入る。

 中では、様々なゲームが音と光を放っていた。

 

「ここは……なんだ此処は、まさかメカメカ団の秘密基地か?」

「いや、流石にそうだったら十香を連れてこないって」

「……そうか、それもそうだな。

 ところでシドー。げぇむせんたぁとは、いったいなにをするところなのだ?」

 

 ゲームセンターは何をするところなのか、か。ゲームっていう概念を知っている人間に説明することは簡単だけれど、ゲームを知らない十香にいったいどうやって説明すればいいだろうか。

 

 ふと、そのとき視界の隅に見覚えのある存在を捉えた気がした。

 咄嗟に振り向く。ASTの関係者であれば、一刻も早くここから逃げる必要があるからだ。

 

 振り向いた先では、橙色の髪の女の子の……姉妹だろうか? 、そっくりの2人の少女がエアホッケーで勝負していた。

 

「さあ、受けるがいい。我が颶風を司りし漆黒の魔槍―シュトゥルム・ランツェ―を!!」

「苦笑。このゲームは、相手に弾を受けさせない様に打つゲームですよ」

 

 大声で中二的な言葉を発した少女の一撃が、風を斬り裂き振るわれた腕によって撃ち出される。

 彼女の一撃は、まるで本当の弾丸のようだった。

 

「反撃。てやー」

 

 しかし、彼女の一撃はいとも簡単にもう片方の少女に打ち返された。

 打ち返されたプレートは、一度台の横の壁にぶつかり、回り込むように中二病の様な雰囲気の少女のガードをすり抜ける。

 そして、プレートは彼女のゴールへと飛び込んだ。

 

「あああぁぁぁ!!」

「決着。これで、今回は夕弦の勝利です」

 

 とりあえず、ASTの関係者ではなさそうだ。ASTの人達を全員知っているわけではないとはいえ、流石にオレンジの髪の双子なんていたら気が付くからな。

 なら、いったい何処で見たんだろうか………

 

「シドー、どうしたのだ?」

「いや、何でも無いよ十香」

 

 まあ、それは後回しでいいか。今は、十香とのデートを楽しもう。

 

 

 

 

「こんにちは、精霊さん」

 

 とあるゲームセンターの前。私は、そこにいた青い髪の少女に声をかけた。

 

「………!」

 

 私の方を振り向いた彼女は、私の顔を見ると脅えたような顔をして、近くの電柱の裏に隠れた。

 

 そりゃあ、目の前に不気味な仮面をした白いローブの女性がいたら、気の弱い彼女なら脅えるよなぁ。

 

「こんにちは、精霊さん」

 

 とはいえ、離れられたらお話もできないので、彼女の後ろに瞬間移動する。

 

「………!!!………ひぅ」

 

 私が後ろに現れたのが驚きだったのか、振り返って私に気が付いた彼女は、私から後ずさりしながら逃げようとしてきた。

 

「おっと、前見て歩かないと危ないよ」

 

 仕方ないので、また彼女の後ろに瞬間移動する。

 ついでに、後ずさりしていた彼女を背中から抱きしめて拘束し、逃げられなくする。

 

「………!!」

 

 バタバタと暴れる彼女を、もう少し強く抱きしめて押さえつける。

 

『……あんまりうちの四志乃をいじめないで欲しいなぁ』

 

 ふと、声がした。

 見れば、彼女の手についた兎のパペットが此方を向いている。

 

「あら、保護者さんかしら。御免なさいね、あんまりにも可愛かったからついついイタズラしちゃったのよ」

 

 イマジナリーフレンド? いや、解離性障害か何かだろうか。どちらにせよ、主人格を保護するための生贄、精神的肉壁みたいなものね。

 

『………まあいいや。ところで、うちの四志乃になんのようかな。貴女みたいな不審者の知り合いは、私達にはいないはずなんだけれど』

「ええ、貴女と私は今日会ったのが初めてよ」

 

 笑顔で返答。まあ、こっちが笑っても仮面でわからないんだけれど。

 

「さて、実は貴女に聞きたいことがあってここに来たの」

 

 嘘です(笑)。聞きたい事なんてありません。

 

『………聞きたいこと、かい?』

「ええ、とても簡単なことよ。

 貴女、ここで青い髪の青年と黒い髪の少女の二人組を見なかったかしら」

 

 勿論、彼女が彼と〈プリンセス〉を見ていないことは知っている。単に、彼女に話しかける動機付けがしたかっただけ。

 

「………」(ふるふる)

『ん?別に見てないよー』

 

 かわいいなぁ。

 ふるふるとでも効果音がつきそうな、とてもかわいらしい様子で首を振る〈ハーミッ………いや、四糸乃。

 こういうかわいい子を傷つけるのは、なんだかとても気が重い。

 

「そう、ならいいわ」

 

 四糸乃と彼女のパペットの頭を軽く撫で、その際記憶に干渉して私との記憶を曖昧にしておく。

 質問内容が浮かばなかったからと言って、彼らの事を聞いたのは失敗だった。私が、彼に興味を持っていることを知られてはいけない。

 

 ついでに、彼女に少し()()をしておく。

 本来は、この細工をすることが目的だったのだけれど、少しかわいさに流されてしまった。

 

 

 目の焦点が合わずにぼぉーっとしている四糸乃(かわいい)をおいて、私は次の目的地である『自衛隊駐屯地』へと向かった。

 

 目的は陽動。私の邪魔をさせないための足止めの準備をしに行く。

 

 

 

 

 十七時ちょうど、事件は起きた。

 その瞬間に気が付いたのは、たまたまその瞬間に駐屯地から出ようとしていた一人と、仮想訓練室で部下といっしょに仮想敵として再現された〈プリエステス〉と戦っていたASTの隊長だけだった。

 

 外に出ようとしていた人間の名前は、ミルドレッド・F・藤村。夜更かし用の栄養ドリンクの補充に行くために、行きつけの薬局に行こうとしていたところだった。

 

 施設を出ようとしたその直前、彼女は見覚えのある存在を目にした。

 その存在を目にしたとき、彼女は直感的に悟った。

 

 半年前、三笠奏がなぜ〈プリエステス〉との戦闘に行く直前に、自らの戦闘記録をまとめたのか。

 彼女の〈プリエステス〉との最後の戦闘において、なぜ彼女は撃退ではなく殺害に拘っていたのか。

 なぜ彼女は、死の直前に数多くの超常的な武装を残したのか。

 〈プリエステス〉との戦闘の際、極限の状態にありながら、ユニットの処理速度を低下させてまで、なぜ戦闘記録を取り続けていたのか。

 

―――なぜ彼女は、わざわざ自爆して死んだのか。

 

 目の前の存在が答えだった。

 

 

 彼女はすぐさまて手元の無線機のスイッチをいれ、入り口のそばにあるセンサーへと投げた。

 その直後、目の前で無線機が分断され、彼女は意識を失った。

 

 彼女の意識を奪った存在は、()()()()()()()()を手にしていた。




はい、この話も修正予定です。(修正するとは言ってない)

最初のあれは、アメイジングレイスを何とか訳したヤツの改変です。アメイジングレイスは著作権切れているので、特に問題は無いと思います。

初期の予定では、十香編には十香以外の精霊の描写は殆どない予定だったのですが、なぜか某姉妹や幼女×2が出演していました。あれ、おかしいなぁ(棒)。

ASTの出番はとりあえず此処で終わり、舞台裏でフルボッコされて退場です。

三笠奏に関するあれこれは、次の四糸乃編で話すことになると思います。

7月30日(木)午前8時44分編集


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十章 十香セカンドエンド

祝!2000UA突破!!

………はい、すいません。調子に乗りました。2000くらい普通ですよね。

十香編は概ねこれで終わりです。
短めの話を一話入れて、エピローグをやって、少し解説を入れて、四糸乃編に入ります。

今回は、いつもの倍近くあります。


「おお、絶景ではないか!!」

 

 十香が、柵から身体を乗り出し景色を眺める。

 

 町はずれの公園の高台、そこに俺と十香はいた。

 今の時間は午後五時、奇しくも『十香』が死んだ時間と同じだった。

 

「ああ、いい眺めだな」

 

 十香の隣に立ち、そこから景色を一望する。

 

 そっと十香の横顔を伺えば、十香は輝くような笑顔で楽しそうに景色を眺めていた。

 

「……十香、今日は楽しかったか」

「ん?シドー、いきなりどうしたのだ?」

 

 不思議そうにこちらを眺めてくる十香。俺は、そんな彼女に言葉を返した。

 

「いや、俺が見てる限りでは十香は今日一日とても楽しそうに見えたけど、十香が本当にそう思っているのかどうか心配になってさ。

 それで、どうだった。本当に楽しかったか?」

 

 俺の言葉に、十香は少し迷い、しばらくして戸惑いがちに答えた。

 

「……そうだな。正直に言えば、私はこの感情をどう表現すればいいのかわからない。

 シドーと一緒に食べた食事はとてもおいしくて、暖かかった。シドーと共に話した時間は、なぜだかとてもうれしかった。げぇむせんたぁでの一時は、本当に楽しかった。

 

 ……だが、私は心の底から楽しかったと思えなかったのだ」

 

「……そう、か。楽しくはなかったか」

 

なぜ、十香は楽しくなかったのか。俺には分からなかったが、俺にはその言葉が真実であることは伝わってきた。

 

「なにか、嫌なことでもあったのか」

「いいや、そんなことは無い。私にとってはすべてのことが新鮮で、あらゆることが楽しかった。それは、事実だ」

「……なら、どうして」

 

「簡単なことだ。今日、シドーと共に歩いた街は、かつて私が壊してきた街だからだ」

 

十香は、体の向きを直し、指をさした。

指の先には、四月十日に彼女が現れた場所があった。

 

「暖かくて、うれしくて、楽しい街。ここは、本当に幸せな街だ。

 だからこそ、私は楽しく思えなかったのだ。この世界が楽しければ楽しいほど、私自身が罪深く感じられる」

「―――でも、空間震による被害は、十香が意図的に起しているからじゃない。十香の意図に関係なく、勝手に引き起こされてしまうことだ。十香に悪いことなんて、何一つないじゃないか!!」

「いいや、それは違う。私が意図していなくとも、私が起こしたという事実は変わらない。

 それに、仮に空間震の直接的被害に関して私が何の罪もなかったとしても、私が私自身の手で壊したことも多々ある」

「それは。ASTに対抗するためだったんだろう。自分の身を守るために―――」

「シドーは、自分を守るためなら、何でもしていいとでも言うつもりか? それは違うだろう。何を言っても、私が街を破壊してきた事実はゆるがない」

 

 感じる既視感。これに近いやりとりは、『十香』としていた記憶がある。きっと、此処が正念場だ。十香を死なせないためには、此処をどうにかしないといけない。

 けれども、俺には十香の主張を論破できない。俺自身は精霊に大切な人を殺された側の人間だから、よくライトノベルなどで登場する『過去は過去、今は今』みたいな論法や『その罪を背負って生きていけばいい』みたいな言い方ができないからだ。精霊が人を殺した事実を肯定して、その事実に正面から向き合わせない事は、奏を殺した〈プリエステス〉への憎悪の否定、俺自身の奏への想いの否定に他ならないからだ。

 俺が奴に復讐したいと考え続ける限り、精霊による破壊や殺人を肯定できないんだ。

 

「ほら、そんな精霊は死んだ方が良いだろう。

 希望を殺し、世界を壊し、人々をこの手で潰してきた私にはそれがお似合いだ」

 

 十香から目をそらすことができなかった。そらしたら、きっと十香は死んでしまうと思うから。

 考えろ、どうすれば十香を救える。どうすれば十香を死の運命から救える。

 考えて、考えて、考えて。

 

 だからこそ気がつけた。前の俺のように十香と向き合えなければきっと気がつけなかった。俺が十香のことから、心でも身体でも目を離さなかったからこそ気が付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そうね、貴女にはそれがお似合いだわ

 

 その言葉を認識するよりも速く、俺の身体は十香をかき分けるように突き飛ばしめいた。

 

 そして、十香の背後から忍び寄っていた刃が、俺の腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「シドー?」

 

 

 

 

 

 

「あら、外してしまったわ」

 

 目の前にいた奴の名は〈プリエステス〉。かつて奏を殺した精霊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シドーが、刺された。

 

「おい! しっかりしろシドー!」

 

 手に持っていた菓子パンの袋を投げ捨て、シドーに駆け寄る。

 

「あ……十香、か。大丈夫だった……か?」

「私よりも自分のことを心配しろ!! 」

 

 刺された穴から、血が吹き出る。

 咄嗟に、傷口を手で押さえる。しかし、手の隙間から血があふれて止まらない。

 どうにかして、血を止めないと。

 

「よそ見していていいのかしら」

 

 一瞬、背筋が凍る。

 

「―――ッ!」

 

 シドーを抱え、その場から飛び退く。

 その数瞬後、私がいた場所を氷の弾丸が薙ぎ払った。

 

「上手く避けるものね」

 

 そこにいたのは、白い人影。仮面を被った何者か。

 いや、何者かなんてどうでもいい。すぐにシドーの傷をどうにかしないと。

 

 ……怪我をした人間は、どこに連れていけばいい。

 

「考え事をしている暇がある?」

 

 氷の弾丸が、再び私に襲いかかる。

 回避し、距離を取るためにシドーを抱えて逃げる。

 

 今は、白いのにかまっている場合ではない。

 一刻も早く、シドーの傷をどうにかしなければならない。

 

神威霊装・十番(アドナイメレク)!!」

 

 霊装を纏い、空を踏みしめ駆ける。

 どこに行けばいい……どこ行けば……

 

「逃がさないわよ」

 

 突然、正面から氷の弾丸が飛来する。

 回避して正面を見れば、そこには後ろにいたはずの白いのがいた。

 どれほどの速さで動いたのか、全く知覚できなかった。

 

「私から逃げられるとは思わないことね」

 

 逃げるには白いのを倒すしかない、ということか。

 

 私は、鏖殺公(サンダルフォン)を呼び出し、シドーを抱えながら駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、士道」

 

 気がつけば、俺は家のリビングにいた。

 目の前のソファーには奏がいて、すぐそばのテレビからは誰かの歌が流れていた。

 

 俺は、それが夢だとすぐにわかった。何故なら、俺は奏を家に招いたことはなく、そもそも奏は既に死んでいたからだ。

 

「奏」

「ん? なにかな浮気者」

 

 ……ぐさっ

 何かが刺さった気がした。

 

 あれ? 夢だよなこれ。

 

「まあ、折紙さんの時は許したけれど、あの時次はないって言ったよね。この二股野郎、〈プリンセス〉とのデートは随分と楽しそうでしたねぇ」

「いや、十香とのことはだな―――」

「―――言い訳無用!!」

 

 何処からか巨大なハリセンが現れ、俺の頭を強襲してゆく。

 その一撃は、夢のはずなのにものすごく痛かった。

 

「いったぁ!夢なのに痛すぎだろ」

「あたり前でしょう。ここは夢じゃないんだから」

「……え? 夢じゃ、ない?」

「ええ、ここは『五河士道』の心の部屋。某カードゲームアニメみたいな感じの、自分の心を写した部屋ね。よく見てみなさい、士道は此処が家のリビングだと思っているみたいだけれど、よく見れば差異がいくつかあるはずよ」

 

 そう言われ、辺りを見回してみると、キッチンのカウンターに奏のヘアピンがあったり、見知らぬ扉があったりと色々と家のリビングとは違っていた。

 

「ね、違うでしょう?」

「ああ、確かに此処は家のリビングじゃないみたいだ。

 ……ところで、もし仮にここが俺の心の中なら、どうして奏が俺の心の中にいるんだ?」

 

「あーっと、それについては今度で良いかしら。今はちょっと時間が無いの」

 

 奏は、テーブルの上にあったリモコンを手に取ると、おもむろにチャンネルを変えた。

 ……テレビには、俺を抱えながら〈プリエステス〉と斬り結ぶ十香の姿があった。

 

「―――十香!!」

「これ、今の現実の様子よ。彼女は今、シドーを守りながら闘っているわ」

 

 テレビの向こうの十香は、息を切らせながら右手に持った大剣で〈プリエステス〉の氷の弾丸を打ち払い、反らしていた。

 

「状況はかなり悪いわ。今はまだ〈プリエステス〉が遊んでいるからいいけれど、荷物を抱えた彼女じゃそう遠くない内にやられるでしょう。〈プリエステス〉の奴は規格外の化け物だもの」

 

 息を切らす十香に対して、〈プリエステス〉の方には余裕があるように見えた。いや、実際にあるのだろう。仮面で顔は見えないが、彼女が笑っている様にすら感じられた。

 

『アハハハハハハッ!!無様ね人間、恋人が目の前で倒れているのになぁにもできないなんて。ありがとう人間、あなたのおかげでその子を楽に殺せるわ』

 

 いつかのアイツの言葉が脳裏をよぎる。あの時と今が重なって見えて、気がつけば俺は拳を強く握りしめていた。

 

「ねえ、士道。この間の質問をもう一度するわ。

 ―――精霊は憎いかしら?」

 

 精霊が憎いか……か。

 

「ああ、憎いさ。殺したくなるほどには憎い」

 

 精霊は、憎い。奏を殺した精霊を、俺が好きになることはきっと無いだろう。

 

「―――けどな、俺は十香を助けたい。精霊は、憎くて、殺したくなるほどには恨んでいるけれど、俺は十香を助けたい。

 詭弁かもしれない。都合の良すぎる意見かもしれない。それでも、俺はそう思っている。精霊に殺されたお前には、おもしろくないのかもしれないけどな」

 

「ふぅ~ん。そっかそっか。

 あー、なんだろこれ。面白くないなぁ。やけちゃうなぁ。寝取られ感って言うのかなこれ。

 ……はぁ。まあ、いいか。どうせ士道のことだからこう言うと思ってたし」

 

 奏は、目の前で大きく溜め息を吐いて、言った。

 

 

「―――なら、助けに行かないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 俺の身体は地面に転がされていて、十香は俺のすぐ目の前で片膝をついていた。

 

 そして、その前には蒼く輝く剣を振り上げた〈プリエステス〉がいた。

 

 反射的に、勝手に身体が動いた。

 咄嗟に左手を伸ばして、十香の右手を掴んで動かし彼女が右手に掴んだ大剣と〈プリエステス〉の剣を打ち合わせる。

 

「シドー!?」

「へぇ、あの傷で動けるんだ」

 

 そのまま、十香を横抱きに抱えて距離をとる。

 ……散々折紙にお姫様だっこを強請られたためか、一瞬で抱えられたのは良いことなのか悪いことなのか。

 

「し、シドー!! 身体は大丈夫なのか!!」

「大丈夫だ、何も問題は無いよ」

 

 傷は治っていないけれど、アドレナリンのような何かが分泌されているようで痛みはあまりない。

 傷を無視して、拳を構える。まだ〈プリエステス〉はいる、終わったわけではない。油断はできない。

 

「問題ないとは言うじゃない。あの時の手応えからしてなんらかの臓器は捉えたし、骨も斬ったはずなんだけれど」

 

 ぎょっとした表情で十香がこちらを見てくる。

 

「だから、大丈夫だ」

 

 そんな十香に笑顔で答える。

 ただ、タイミング悪く口の中に血が逆流してきたため、思わずむせて血を吐いてしまった。

 これじゃあ、大丈夫だなんて信じてくれそうにないな。

 

「シドー!! 大丈夫では無いではないか!!」

「大丈夫だ、問題ない(キリッ)、とか言っている人間には思えないわね」

 

「言ってろ〈プリエステス〉。

 十香、本当に大丈夫だから。心配するなって」

「う、うむ。わかった」

 

 十香が大剣を構え、俺は拳を構える。

 対する〈プリエステス〉は、構えることなくこちらを向いている。慢心しているのだろうか。

 

「さて、面白いものも見られたし、そろそろ終わりにしましょう」

「ああ、それには賛成だな」

 

 俺は〈プリエステス〉に殴りかかった。

 

 

 

『いい、良く聞きなさい士道。

 〈プリエステス〉は、中途半端に戦闘慣れしているせいかどうかわらからないけれど、動きにある程度のパターンがあるわ』

 

 

 

 なんのひねりもない、普通の正拳突き。

 〈プリエステス〉は、そんな俺の拳を僅かに屈んで躱し、合気道と柔道を合わせたようなの様な動きで、片手で投げ飛ばした。

 

 

 

『まず、非武装の人間と武装した人間を相手にした場合、私の経験則では非武装の人間には素手で、武装した人間には剣で対峙するわ。恐らくだけど、危険度に合わせて対応してるみたいね』

 

 

 

 

 

 受け身をとって素早く立ち上がり、十香と打ち合う〈プリエステス〉を、背後から殴りつける。

 〈プリエステス〉は、そんな俺の胸を裏拳のような形で殴った。変則的な『ハートブレイクショット』と言ったところだろうか。一般人ではそうはならない体勢からの一撃でも、精霊が行えば立派な一撃となる。

 

「―――がッ!!」

「シドー!!」

 

 どんな技法を用いたのか、心臓が破裂し、肋骨が砕け散る。

 

 激痛で一瞬意識が飛び、激痛で再び浮上する。

 

 〈プリエステス〉はこちらがもう動けないと判断したのか、こちらの胸を叩いていた腕を引き戻そうとしていた。

 

 

 

『だから、シドー。あんた一回死になさい』

『はぁ!? どういうことだよ』

『士道が死ねば、その時点で彼女にとって危険じゃなくなるの。CR-ユニットなしで隙を突くにはこれしかないわ』

『いや、でも死んだらどうしようもないだろ』

『大丈夫よ。士道の妹が言っていたでしょう。一回くらい死んでもどうにかなるって。信じなさい』

 

 

 

 

 そこで俺は、()()()()()()()()()()()傷を一気に治した。

 

「―――何ッ!?」

 

 

 

 

『あなたの力は、精霊の力を封印するだけではないの』

『それが蘇生能力だっていうのか?』

『いいえ。それは、あなたの力の一部でしかないわ。あなたの力は、封印した精霊の力を行使すること』

『―――封印した精霊の力の行使? ちょっと待ってくれ、俺は精霊をまだ封印していないぞ』

『してるのよ、ずっと前からね。

 とりあえず、その話はまた今度するわ。今は、信じなさい』

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオォォォォォォ!!」

「そんな、傷を一瞬で!?」

 

 屈しかけた足を持ち上げ、一歩前へ。

 同時に、大きく右手を振りかぶる。

 

『自分の想いを、強く持って』

 ―――俺は、十香を守りたい。十香を救いたい。

 

『想いを、心の中で形にして』

 ―――だから、俺に力を。十香を救い、守れる力を。

 

『解き放て!!』

「―――俺に貸してくれ!<灼爛殲鬼(カマエル)>!!」

 

 灼熱の天使が、顕現した。

 

「<灼爛殲鬼(カマエル)>、〈イフリート〉の天使ですって!?」

「焼き尽くせ!!」

 

 手に現れたのは、黒鋼の斧。万物を焼く豪炎の鉄塊。

 それが、奏曰く精霊〈イフリート〉の天使<灼爛殲鬼(カマエル)>らしい。

 

 俺は、それを〈プリエステス〉へと振り下ろした。

 しかし、流石というべきか、彼女は一瞬で氷の盾を生み出しその一撃を受け止める。

 完全に油断していた状態から、俺が振り下ろすまでのコンマ数秒で盾を用意できたことを考えると、本当に〈プリエステス〉という精霊は規格外なんだろう。いっそ感動的ですらある。

 ―――だが無意味だ。無意識に理解できた。<灼爛殲鬼(カマエル)>の一撃は、その程度では止められない。

 氷の盾と<灼爛殲鬼(カマエル)>がぶつかり合った直後、<灼爛殲鬼(カマエル)>から炎が噴き出し、瞬く間に氷の盾を溶かし両断する。

 斧はそのまま炎を纏ったまま、〈プリエステス〉を両断した。

 

 ―――いや違う!! 両断した様に見せかけられた!!

 

 背筋に寒気が走り、咄嗟に斧を振り上げようとするが、手汗のせいか斧から手が滑りかけ、重心が崩れて前に倒れ込みそうになる。

 

 この失敗が俺を救った。

 

 直後、俺の首があった場所を蒼い煌めきが過ぎ去る。

 それは、〈プリエステス〉の持つ剣による一閃だった。

 

 目の前の真っ二つになった〈プリエステス〉が消え去る。いったい、いくつ能力を持っているのか。

 

 俺は、バランスを崩し地面に手をついている。

 〈プリエステス〉は、完璧なタイミングの奇襲を避けられたためか、固まっている。

 

 俺も彼女もお互いに動けなかった。

 

「シドー!!」

 

 その時、十香が大剣を薙ぎつつ俺を抱える。

 そう、十香だけはこの時動けた。驚愕はあったが、特に気にならなかったが為に動くことができた。

 

<鏖殺公>(サンダルフォン)!!」

 

 薙いだ大剣が、〈プリエステス〉を消滅させんと光の奔流を解き放つ。

 〈プリエステス〉はその光に押し流されるかのように、吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

 

「今回は引くわ」

 

 あれから30分は経った。

 

 あたりは焦げて黒く染まり、煤だらけになっている。

 それは目の前の白いローブ、〈プリエステス〉も例外ではなかった。

 

 氷の弾丸では<灼爛殲鬼(カマエル)>の炎を破れないと悟った〈プリエステス〉は、今度は風を操り攻撃してきた。

 風は、<灼爛殲鬼(カマエル)>の炎を吹き飛ばし、再生能力と身体能力以外を封じられた俺は、お荷物でこそ無かったものの、それに限りなく近い存在だった。

 

 〈プリエステス〉の瞬間移動と風の連続攻撃は厄介だった。しかし、〈プリエステス〉が反射的に出せる風では、<灼爛殲鬼(カマエル)>の炎は吹き飛ばせても十香を吹き飛ばすことはできず、十香では瞬間移動を繰り返す〈プリエステス〉を捉えきれずに千日手。決着はつかなかった。

 

「天使を使える人間がいるとは思っていなかったわよ。

 ―――五河士道。次に会ったら覚えてなさい」

 

 恨み言を残し、仮面越しに俺を睨み付けると彼女は姿を消した。

 

 一瞬だった。消失したのか逃げたのかわからないが、今日はもう来ないだろう。

 

「―――終わったな」

「ああ」

 

 十香が霊装を解き、うちの制服姿に戻る。

 俺も灼爛殲鬼(カマエル)を消して、十香に向き直った。

 

 さて、ここからが本題だ。

 

「十香、聞いてほしいことがある」

「何だ、シドー」

 

 認めたくはないが、〈プリエステス〉があのタイミングで入ってきたのは良かったのかもしれない。あのタイミングで一息つけたからこそ、今度はしっかりと言葉を返せる。

 

「さっき、十香は言ったよな。十香は死んだ方がいいって」

「……ん?

 …………………ああ、言った。確かに私は死んだ方がいい。

 シドーが刺されたあの時、反射的にあいつを殺しそうになった。周りのことも考えず、シドーのことも気にせずに、暴れそうになったのだ。メカメカ団が言っていたが、結局私は世界を破壊する災害でしかない」

 

 俺は、少し考えていた。

 十香の意思は変わらない。十香は、自分ですら自分を否定してしまうほどに否定されてきた。故に、彼女に最も必要なのは『自身を肯定してくれる』存在だろう。

 

「十香、確かにそうだ。精霊は危険な存在で、十香が災害と呼ばれる存在で、十香は今まで世界を破壊してきた存在だ。それは知ってるし、ある程度理解してる。

 ―――けれど、俺はそれでも十香に生きてほしい」

 

 十香が目を見開く。

 

 簡単なことだ。答えは既に出していたんだ。

 俺にとって、精霊は憎くて憎くて殺してやりたい存在だ。その感情は、今も変わらずに俺の内で渦巻いている。

 

 だが、俺は決めたじゃないか。

 

「十香は、さっき俺を守ってくれただろう。助けようとしてくれただろう。

 だったら、十香は世界を壊す災害なんかじゃない。誰かのために頑張れる、心優しい存在だ」

 

 十香は、精霊である以前に十香なんだって。心優しい一人の女の子なんだって。

 

「……シドー、だが私は―――」

「俺は、十香を否定して欲しくない。たとえ十香自身にも、否定して欲しくない。誰かのために命をかけられる、誰かのことを思って行動できる十香を、たとえ誰であってもさげすんで欲しくない、貶して欲しくないんだ」

 

 俺は十香を肯定する。

 精霊は憎いけれど、恨んでいるけれど、俺は十香が好きだから。まっすぐな彼女が大好きだから。

 

「だから、生きてくれ。死んだ方が良いなんて言わないでくれ」

 

 

 

「……私は、生きていて良いのか?」

「それはわからない。十香に死んで欲しいって言う人は数多くいるから、俺には十香が生きてもいいかなんてわからない。

 でも、少なくとも俺は、十香に生きていて欲しい」

 

「……私は、人間の生活のことはまるでわからない。もしかしたら、何かの拍子で人を殺してしまうかもしれない。この街を壊してしまうかもしれない。きっと、この世界で生きることは私にとってはとても大変で、多くの人に迷惑をかけてしまうと思う。

 ―――それでも、シドーは私に生きていて欲しいのか?」

 

 

「―――当たり前だろう」

 

 俺がそう告げると、十香は何時ものように笑って

 

「そうか、シドーが言うなら、私も生きてみよう」

 

 と、言った。




10月7日(水) 16:16 カマエルの色を修正


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10章 十香FirstEnd


連続投稿しています。
前の話を見ていない人は、一話戻ってください。


「絶景だな」

 

 夕日の赤い夕陽が差し込み始めた高台、そこに私とシドーはいた。

 

 柵から身を乗り出して遠くを眺めれば、そこには今日シドーと見て回った町が広がっていた。

 

 ―――絶景だった。

 私は、世界がこんなにも広くて、こんなにも穏やかで、こんなにも綺麗だなんて夢にも思っていなかった。この景色の前では、私のちっぽけさが良くわかる。

 

「―――いいものだな、デェトというものは。シドーとのデェトは、私にたくさんのことを教えてくれた」

 

 今日、シドーは私に多くのことを教えてくれた。

 

 人間は、私を否定する存在ではなかったこと。

 きなこパンは、とてもおいしいということ。

 げぇむせんたぁとやらは、とても楽しいということ。

 

 ―――世界は、こんなにも美しいのだということ。

 

 

 

 ああ、だからこそわかる。メカメカ団は、どうしてあれほど私を憎んでいるのか。

 

 それは、とても簡単な話だった。

 

 

 シドーを見る。

 シドーは、突然こちらを振り返った私を見て、不思議そうにしていた。

 私の心は、そんなシドーの何気ないしぐさで、とても暖かくなった。

 

 

 どうしてメカメカ団は、私を憎んでいるのか。

 その答えは、簡単だった。単純だった。そして、私がわからないのも当たり前のことだった。

 

 シドーは言っていた。私が現れるときは、メカメカ団以外の人間は避難しているのだと。

 私は知っていた。私が現れたときは、あの町は瓦礫の山と化すのだと。

 

 あの町が大切な人間は、私のことをどう思うだろうか。

 私が現れるとき、避難し損ねた人間の中に大切に思っていた人間がいたならば、私のことをどう思うだろうか。

 

 ………きっと、それが答えなんだろう。

 

 この世界を知らなかった私にはわからなかった。大切な人を持たない私には理解できなかった。

 だが、今ならわかる。この世界を僅かながらも知り、大切な人を待った私にはよくわかる。

 

 大切なものが壊されることは、とても悲しいくて辛いことだ。

 大切な人を亡くすことは、身を引き裂かれるほどに嫌なことだ。

 

 そして、それらは憎しみが生まれるきっかけとしては十分なものだろう。

 

 ―――そうだろう、シドー。

 

 

 だから、私はこの世界に生きていたくなかった。

 シドーには、綺麗な思い出でいてほしかった。

 

 

 

 

 ―――なあ、シドー。お前は、()()()()()()()()()()

 

 決定的な一言、その言葉が私の中に響いた。

 

 

 私は、憎まれて生きてきた。恨まれて生きていた。今の今まで、否定され続けてきた。

 だからわかる。シドーは、私のことを憎んでいる。

 

 それは、悲しくて、辛くて、泣きそうになることだけれど、

 

 私は、シドーが好きだった。

 シドーは、私が嫌いだった。

 

 ただ、それだけのことだった。

 

 

 

「っ!?し、シドー、ななな何をする」

 

 突然、シドーが私のことを抱きしめてきた。

 

「ああ、デートって言うのは最後は大抵こうするんだ

 ………嫌だったか、十香」

「い、いや、別に嫌では無い。

 そうだな、うむ。シドーに抱きしめられるのは、嫌な気分ではないぞ」

 

 胸が高鳴る。顔に血が集まってくる。

 けれども、シドーの顔を見ればそんな思いは吹き飛んだ。

 

 

 シドーは、笑っていた。辛そうに、悲しそうに笑っていた。

 

 胸の高鳴りは、やんだ。

 

 

 

 ………きっと、そういうことなのだろう。

 

 

 

「なあ、十香。今日一日デートしてどうだった。

 人間みんなが、お前を殺そうとしている訳じゃなかっただろ」

「そうだな、確かにそうだった。

 みんな優しくて、それこそ今でも信じられない」

 

 シドーの顔は、とても辛そうには見えなかったけれど、とても辛そうに見えた。

 とても優しいシドーらしい顔で、辛そうにしていた。 

 

「本当に信じられないくらいだ。あんなにも多くの人間が、私を拒絶せず、受け入れてくれるとは思わなかった。

―――それこそ、あのメカメカ団が街ぐるみで私を欺こうとしていると考えた方が、信じられるくらいには」

「いや、流石にそれはないだろ」

 

 そうだろうか? 今日はそうではないかもしれないが、メカメカ団ならできそうな気もする。

 

 そんな時、シドーが変なことを言い出した。

 

「そうなると、俺もメカメカ団の一員ってことになるな」

「それはない」

 

 シドーはどうしたのだろうか。シドーがメカメカ団の一員かは、言ってはいけないことだろう。

 

 ……希望を、見せないでほしい。すがりたくなる。

 

「きっとシドーはあれだ。脅されて仕方なく協力しているのだ。

シドーが敵だなんて、考えたくない」

「十香………」

 

 私の言葉に、シドーは顔をゆがめる。

 

「そんな顔しないでくれ、シドー。

 私は今日一日シドーと一緒にデエトして、本当に楽しかったんだ。本当にうれしかったんだ」

 

 顔を上げる。シドーはさらに顔をゆがめていた。

 

 

 ……しかたない。

 

 

 

 

「本当に、本当に今日は有意義な一日だった。ありがとうシドー、お前のおかげで私は、ためらいなく死ねる」

「………十香、何を言っているんだ」

 

 シドーが踏み出せないなら、私が一歩踏み出そう。

 

「私みたいなヤツは、いない方がいい。

 私は、この世界に現界するたびに、こんなにも素晴らしくて、こんなにも優しくて、こんなにもきれいな世界を壊してきたんだ。

―――そうだろう、シドー」

「それ、は、

 でも、それは、十香の意思じゃ、十香がわざとこの世界を壊しているわけじゃ―――」

「事実として、事実としてそうだ。

 私がわざと壊しているわけでないにせよ、私が壊しているという事実は変わらない」

 

 シドーは優しいから、憎い相手すら慈しめる。

 だからこそ、シドー自身が言い出すことはとても辛いのだろう。

 なら、私から言い出す方が、絶対にシドーは楽なはずだ。

 

「今日一日シドーと一緒にいて、ようやくメカメカ団が私を殺そうとする理由がわかった。

 当然だ。こんな世界を壊す私が生きていていい筈がない」

 

 だから、シドーは私を憎んでいいんだ。恨んでいいんだ。

 シドーの心が、私なんかで苦しまなくていいんだ。

 

「ありがとう、シドー。お前のおかげだ」

 

―――シドーのおかげで、私は『十香』として生きられた。これ以上に嬉しいことはない。

 だから、もう何も後悔は無い。

 

 遠くから、強い殺気がする。

 きっとメカメカ団だろう。さっきのシドーの悲しい笑顔の理由は、きっとこれに違いない。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

 

 シドーの手を振り払い、距離を取る。

 覚悟はできた。悔いはあるが、後悔は欠片もない。

 

「さよなら、シドー」

 

 私を受け入れくれることはなく、私を心の底から肯定してくれる人間はいなかった。

 世界は、私を否定するばかりではなかったけれど、私の全てを満たしてくれる存在はいなかった。

 世界は誰も彼もが敵で、私の味方はどこにもいなかった。

 

 けれど、私は独りではなかった。孤独では無かった。

 

 

 私の名前は、『十香』。私が孤独でない証。シドーとの絆。

 この名前がある限り、私は独り孤独ではない。

 

 ………それだけで、十分私は幸せだ。

 

 



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エピローグ

「おはよう!シドー!」

「ああ、おはよう十香」

 

 休み明けの月曜日、俺は十香と同居をしていた。

 

 

 結局、あの後俺と十香は〈ラタトスク〉の人たちに回収された。

 その後、霊力封印で少し問題があったが大きな問題なく話が進み、気がつけば十香は俺と同じ高校に入学することになった。

 うん、わけわかんねぇ。

 

 というか、十香のこと折紙に何も言ってないんだよな。どうするべきなんだろうか。

 

 ………取りあえず、保留だな。

 

 今日の朝食は昨日の残りのカレーライス。昨夜は恐ろしい量を十香に食べられてしまったが、その分を考えて作ったため十分にあまりがある。

 具体的に言えば、レジャー用の鉄鍋が二つほど。

 

 奏の好物がカレーだったこと、そして何より俺自身どちらかというと凝り性であったこともあってからか、カレーのスパイスの調合ができる俺は、このカレーを一晩おくと市販のルウを使ったものよりも美味しくなるように調整しておいた。

 琴里曰く、お皿を舐めたくなるほど上手いらしい。

 

「十香、琴里を起こしに行ってくれないか」

 

 最近、琴里は疲れているためか、起きるのが遅い。

 〈ラタトスク〉の仕事、学生生活、友達とのつきあい、色々両立するのは大変なんだろう。

 

「うむ、わかった」

 

 妹っぽさがあった頃ならともかく、今の琴里の部屋に入るのは少々躊躇われるため、琴里を起こすのは十香に任せている。

 琴里がああいう性格なら、家族といえどある程度配慮する必要があるだろう。女の子の部屋に勝手に入るのはあまりよくない。

 

 十香は、階段を上って琴里の部屋に向かっていった。

 

 

 十香がいなくなったリビングで、俺は一人考える。

 

 

 ―――結局、これでよかったのだろうか。

 十香は生きている。それには納得しているし、とても嬉しく思っている。

 

 けれども、精霊が死んでいないことに納得していない俺もいる。

 なんだかんだ言って、十香を精霊とみている面もあるということか。

 

 これは、時間が解決することを待つしかないのだろう。

 この思いも、いつか気にならなくなると信じることにしている。

 

 

 

 二階がなんだか騒がしい。きっと、十香と琴里が口論でもしているんだろう。言いくるめられてふくれている十香と、腰に手を当てて勝利の笑みを浮かべている琴里の姿が浮かんで、思わず笑顔がこぼれた。

 

 

 

 〈プリエステス〉についての問題もある。あの後、十香と俺が〈プリエステス〉と戦っている姿は〈ラタトスク〉に記録されていた。

 なんでも、〈プリエステス〉に関するデータは非常に少なく、まともに参考になる記録は、CR-ユニットを製造しているDEM社とイギリスの対精霊部隊、アメリカの対精霊部隊、そしてASTの四カ所しか保持していないらしい。それらは、〈ラタトスク〉の力を持ってしても手に入れるのは難しいほど厳重に隠されており、今回の俺と十香の記録はとても貴重なものとなったようだ。

 

 〈ラタトスク〉の上の方の人達が俺にとても感謝していた、と琴里が不機嫌そうに教えてくれた。

 

 

 

「シドー! 朝餉だ!!」

「士道、休みだからってぼさっとしないの!」

 

 十香と琴里の二人が、騒がしくリビングに入ってくる。少し琴里が怒ったように見えるのは、きっと学校に遅刻しかかっているからだろう。時間を見れば七時十一分、随分とギリギリの時間だ。

 笑顔で二人に返事をし、テーブルの上に三人分のカレーライスを持ってゆく。勿論、十香の物は凄まじい量なのは言うまでもない。

 

 

 

 

 世界では空間震はなくなっていないし、精霊は今でも暴れている。

 折紙のような魔術師は精霊を殺すために奮闘し、表面上ではあるが世界は平和なままでいられている。

 

 なら、俺も戦わなければ。

 彼らとは違うけれども、空間震が少しでも減るように、俺なりに頑張ってみよう。

 

 きっと、それが俺にできることだから。

 

 

 

 二人を見ながら、俺はそっと復讐心に蓋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人目、〈プリンセス〉封印完了。

 あと、八人くらいかなぁ。もっと頑張らないと」

 

 

 ―――期待してるよ、五河 士道




7月25日(土)11:04編集


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四糸乃スティーラー
一章 奏の記録


 テストが丁度30分前に終わったので、大急ぎで書き上げて投稿

 今回の話は、奏がいかに頭のおかしい魔術師だったのか、という話です。四糸乃の出番は次か次の次のどちらかになります。


イギリス、デウス・エクス・マキナ インダストリー本社

 

「アイク。例の物が届きました」

「例の物? ああ、もしかしてアレの映像かい?」

「ええ、日本のASTで保管されていたものです」

「そうか、では早速見よう。エレンも興味があるだろう? 例えそれが極東の片田舎でのことだとしても、君を差し置いて最強と呼ばれる魔術師のことを」

 

 

     ◇

 

 

〈ラタトスク〉、天宮市某所

 

「………ようやく手に入ったわね」

「随分と疲れているようだけれど、何かあったのかい?」

「コレについて色々と連中に文句言われたからよ。自分達が何かしたわけでもないのに、随分と叫ぶものだわ」

「無理もないさ。〈プリエステス〉の戦闘映像は、自衛隊関係者の中で厳重に秘匿されてきていたんだろう」

「まあ、そうだとはわかっているのよ。いるから強く言わないの。

 まぁいいわ、とりあえず見てみましょう」

 

 

     ◇

 

 

 

天宮市、市街近辺

 

「悪いわね。急に呼び出して」

「いえ、今日は特に用事も無かったので」

 

 四月二十八日、十香とのいざこざが解決して一週間が過ぎた頃、俺は目の前の女性に誘われ、一軒家の一室に来ていた。

 

 部屋は綺麗に片づけられており、きっちりと整理整頓されているそれは、彼女の性格を如実に表しているようにも見える。

 

 ………まあ、キッチンに積まれていた缶ビールの空き缶を見るに、そもそも仕事が忙しくて家で何かをしないだけのようにも見えるが。

 

「ちょっと待っててね、お菓子とか持ってくるから」

 

 そう言って、彼女―――日下部さんは席を立つ。

 

「いえ、お構いなく」

「いいのよ、まだ高校生なんだから少しぐらい甘えなさい」

 

 別にわざわざもてなしてくれなくともいいと思ったが、笑顔で返されてしまった。

 

 日下部さんは、ASTで隊長をしている魔術師だ。

 奏のような凄腕魔術師ではないものの、折紙が言うには日本でも有数の実力者らしい。それこそ、シミュレータの〈プリエステス〉なら倒せるほどの実力を持つらしい。

 顕現装置への適性がもう少し高ければ、一地方の部隊長などという地位に甘んじることもなかっであろう程の人のようだ。

 

 日下部さんとのつきあいは、1年くらい前だろうか。奏と付き合い始めてしばらくした頃、奏の近所のお姉さんとして初めて会った。

 あまり会うことは多くはないけれど、ASTでの訓練でも奏と俺と遊びに行ったりできるように便宜を図ってくれたりと、色々とお世話になっている。

 

 

 日下部さんがいれてきてくれた紅茶で一息つきつつ、折紙の学校での様子や最近の空間震のことなど、何気ない日常のことで色々と話した。

 

 

 

「ところで、俺にどんな用があったんですか?」

「あー、すっかり忘れてたわ。

 ちょっと待ってなさい、今から取ってくるから」

 

 日下部さんが、奥の部屋に消えてゆく。一瞬だけ、隙間から見えた扉の向こうには、物凄く厳ついデスクトップパソコンがあった気がした。

 

 

 

 

 

 日下部さんは、三分もしないうちに戻ってきた。

 

「これを、見てほしかったの」

 

 そういって渡されたのは、一枚のDVD。表面は白く、市販されている無地のDVDだった。

 唯一違うのは、表面に書かれている『奏.LN』という文字だけ。

 

「これは?」

「これは………見てもらった方が早いわね。

 ただ、あなたにとってこの映像は辛いものになるかもしれないけれど」

 

 日下部さんは、DVDを俺の手から取りテレビ台に備え付けられていたDVDプレイヤーに入れた。

 

「いい、私がこれを持っていることは絶対に秘密にして。

 これは、本当は私が持っていてはいけないものなの。もし持っているのがばれたら、除隊じゃすまないものなんだから」

「は、はい。わかりました」

「ならいいわ。

 これはあの子の、三笠 奏の最後の記録よ」

 

 ―――それって、〈プリエステス〉との……

 

 頭の中に、折紙の姿が浮かぶ。

 

 

『奏は、三笠奏は、精霊と相打ちになって死んだ』

 

 

 テレビに、光が灯った。

 

 

 

 

      ◇

 

 

 

 

 

 

『こんにちは、〈プリエステス〉』

『ええ、元気そうで何よりだわ』

 

 天宮市の廃ビル街、そこに二人はいた。

 

 白いローブを身に纏い、仮面を被った女性は〈プリエステス〉。

 それに対峙する、ワイヤリングスーツを纏った少女は三笠 奏。

 

 二人の周りには、多くの倒れ臥す魔術師達の姿があった。

 

 

『悪いのだけれど、今日この日、ここで貴方には死んでもらうわ』

 

 奏はそう言いつつ右手にレイザーブレイド、左手に銃を構える。

 

『貴女みたいなただの魔術師に、私が殺せるとでも?』

『ええ、殺せるわ。今の私なら貴方を確実に殺せる』

 

 奏のその言葉に、〈プリエステス〉は呆れたように溜め息をついた。

 

『いったい何時から、貴女はそんな事を言えるほどに強くなったのよ。私が貴女を伸してから2日、その間に少し訓練した程度で私を殺せるだなんて頭でも打ったの?

 不用意な発言は、馬鹿に見え―――』

『別に嘘なんてついてないわよ。

 ()()()()()()()()()()()?』

 

 ―――〈プリエステス〉は、動きを止めた。

 

『………へぇ、成る程。今度は楽しめそうね』

『ほざきなさい。貴方に楽しむ余裕なんてあげないわ!!』

 

 奏の身体がぶれる。

 その直後、奏は巨大なレイザーブレイドを振りおろしてた。

 

『ほざいているのは貴女よ』

 

 正面からの奇襲という異常事態。しかし、それは彼女には無意味だった。

 〈プリエステス〉の周りに張られた透明のバリアが刃と接触し火花を上げる。レイザーブレイドは、そのバリアを2秒という短時間で突破したものの、その時間のせいか、刃が〈プリエステス〉に触れるよりも速く、〈プリエステス〉は奏の背後に瞬間移動していた。

 

『なめんなっ!』

 

 しか、奏はその動きにも対応する。

 再び奏の身体がぶれ、次の瞬間には魔力で蒼く輝く巨大な銃、いや砲を手に持ち砲口を後ろに向けていた。

 

『っ!?』

 

 咄嗟に、〈プリエステス〉は氷の盾を大量に生み出す。

 奏の手が引き金を引き、砲が魔力の弾丸を射出する。放たれた弾丸は、全ての盾を瞬く間に突き破り〈プリエステス〉の身体を蹂躙しようと迫る。

 しかしそれは、〈プリエステス〉が蒼く輝く剣で弾丸を切り捨てたために叶わなかった。

 

 奏は、随意領域を使用して自身を弾き飛ばすことで距離を取りつつ、左手の大砲を連射する。

 〈プリエステス〉は、それを斬り捨て、受け流し、無力化してゆく。

 

『このインチキブレード使いめ』

『インチキマジシャンの貴女が言えたことかしら』

 

 また、奏の身体がぶれる。

 周りの地面が陥没すると同時に、奏の肩には鋼鉄の巨大な翼のような何かが現れる。

 そして、その翼から大量のミサイルが360°に発射された。

 

『たかが78発のミサイルごときで私を落とせるとでも?』

 

 プリエステスは、奏の砲弾を斬り捨てつつ自身の周囲に氷の弾丸を生成してゆく。

 造られた氷はおよそ140程度、およそミサイルの倍。

 過去の〈プリエステス〉が行った戦闘を考えれば、全てのミサイルを迎撃するのは十分だった。

 

『墜とせるわよ。十分に』

 

 しかし、それはミサイルが普通の物であればの話。

 

 ミサイルが空中で炸裂音を発する。

 それだけで、〈プリエステス〉の周りの氷が全て砕け散った。

 

『Sマインっ!?』

『気付くの遅いわよ!!』

 

 炸裂

 数多のミサイルは、〈プリエステス〉に直撃する。

 

 並の精霊であれば、倒せていてもおかしくない火力。しかし、奏はまるで〈プリエステス〉が生きているかのようにその場所へ向けて砲撃を続けてゆく。

 

 それは正しかったようで、爆炎の中からは弾丸を斬り裂く高音が辺りに響いた。

 

『指向性Sマイン搭載型マルチロックオンミサイルコンテナとか、馬鹿なの貴女』

『〈ハーミット〉と〈イフリート〉と〈ベルセルク〉の天使使ってるあんたが言うな』

 

 爆炎を風で吹き飛ばして現れた〈プリエステス〉の姿は少し変わっていた。

 

 手には剣だけではなく、大きな白銀の大斧を。氷を鎧のように身に纏い、左手に鎖を巻き付かせ、背中に巨大な槍を背負っていた。

 

『面倒なもの使ってくれるわね』

 

 奏の身体がぶれ、地面の陥没が深くなると、今度は脚に小型のミサイルコンテナが出現し、背中の翼が武骨な灰色の厚手の金属板を四つ接続したユニットとなった。

 いや、奏の後ろに翼が落ちていることを考えると、ユニットは翼とは別の何かだろう。

 

『ビットなんて持ち出してくる貴女ほどではないわ』

『戦力的にはそっちが上でしょう!!』

 

 背中の金属板が独りでにユニットから外れ、奏の周りを周回し始める。

 金属板は中央近くまで縦に割れ、段々と変形してゆき大型のガトリングのような見た目に変形した。

 

『ガトリングビット、斬り払いされるのはもうごめんよ』

『豆鉄砲如き、斬る価値もないわよ』

 

 次の瞬間、ビットから多数の魔力弾が射出された。

 しかし、それらは〈プリエステス〉の周りで放射状にそれてゆく。

 

『っ!?シールド、ならっ!!』

 

 右手の巨大なレイザーブレイドを振りかぶり、加速。バリアごと〈プリエステス〉を斬り裂くために駆け寄る。

 

『二度目はないわ』

 

 しかし、振り被った剣に会わせるように多数の氷の弾丸が飛来し、奏の手からレイザーブレイドを弾き飛ばした。

 

『あんたの中ではね!!』

 

 奏が加速し、バリアへと拳を叩きつける。

 堅牢にして剛健なバリア、だがそれは一瞬で破壊された。

 

『嘘でしょう!?』

『あんたのバリアは、とうの昔に解析済みなのよ!!』

 

 バリアを破壊した瞬間、奏は脚のミサイルや周囲に浮かぶガトリング、左手の大砲を一斉に解き放つ。

 それらの弾丸を〈プリエステス〉は、ミサイルを炎の弾丸と氷の弾丸で撃ち落とし、ガトリングの弾丸を氷と風の盾で吹き飛ばし、大砲を剣で受け流し叩き斬ってゆく。

 

『まだまだ行くわよ!!』

 

 奏の身体がぶれ、奏の右手に巨大なドリルの様な槍が出現する。槍には、銃口のような穴が多数空いており、銃としての機能を持つことを伺わせた。

 

 奏はそれを随意領域を利用して、弾丸のように射出した。

 ドリルは高速で回転しつつ、銃口から魔力弾を乱射しながら突き進んでゆく。

 

『ちっ!!<刻々帝(ザフキエル)>、【二の弾】(ベート)っ!!』

 

 そこで〈プリエステス〉は新しい天使を呼び出した。

 

 呼び出された天使は巨大な時計盤と二丁の銃。〈プリエステス〉は白銀の斧を投げ棄てると現れた銃のうちの片方、短銃の方を手にし、それを槍へと向け引き金を引いた。

 短銃で撃ち抜かれた槍は、その場で動きを止める。

 

『慣性操作?いや、時間操作の天使か!!』

『ご名答、ご褒美にプレゼントね』

 

 〈プリエステス〉が、手に持った剣でドリルを斬り裂く。

 その瞬間、気がつけばドリルはその穂先を奏の方に向けていた。

 

『………うっそでしょう』

『自分の一撃で沈むといいわ』

 

 槍は、放ったとき以上の速度で奏の方に飛来した。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 日下部さんは、ここでDVDを止めた。

 

「公式には、ここで映像が途切れたことになっているわ」

 

 一旦休憩にしましょう、そう言った日下部さんはいったい何時いれたのか、俺のコップを回収して新しい紅茶をいれてきてくれた。

 

 お礼を言い、一口紅茶に口を付けてから考える。

 

 素人でしかない俺だが、あの戦いが物凄いことはよくわかった。

 

 奏は、あの戦いでは攻め一辺倒だった。おそらく、そうでもしないと勝てないのだろう。それくらい〈プリエステス〉は強力な精霊だ。

 いくつもの天使を操り、強力すぎる戦闘能力を持つアイツは、まさしく災害そのものだろう。折紙からは、〈プリエステス〉と奏は相打ちになったって聞いてるけれど、正直言えば信じられない。

 

 ………そういえば、時を操る天使、たしか名前は<刻々帝>だったか。おそらく、先週のやつはコレのせいだろう。【十二の弾】とか言ってたし、ほぼ間違いない。

 そして、先週俺を撃ったのもおそらく〈プリエステス〉だ。時を操る精霊に面識はないから、これも間違いないと言っていい。

 

 考えることが多くて、頭が痛くなってきた。一旦整理しよう。

 

 まず、奏のことだ。

 今まで考えないようにしていたが、奏は〈プリエステス〉について何か詳しそうな様子だった。

 

『別に嘘なんてついてないわよ。

 ()()()()()()()()()()()?』

 

という発言から見て、これは間違いない。

 いったい、奏は〈プリエステス〉の何を知ったんだ?

 いや違う、奏は何処でどうやって知ったんだ?

 

 さらに言えば、奏は何もない空間から武器を出現させていた。これはどういうことなのか?

 

 そして、最後。俺の心の中にいると奏は言っていた。

 どうやって、心の中に現れたんだ?

 

 

 〈プリエステス〉についてもいくつか疑問がある。

 アイツは、奏が自分のことを知っていることには驚いていたが、どうやって知ったのかには触れなかった。つまり、どうやって知ったかは解っていたということになる。何でだ?

 

 先週俺を撃った理由も気になるし、今になったから解るが、先週俺達と戦ったときに手を抜いていた理由も謎だ。

 

 

 わからないことが多すぎる。いったいどうなっているんだ。

 

 

「混乱するのも無理ないでしょうね」

 

 頭を悩ませる俺に、微笑みながら日下部さんが声をかけてきた。

 

「いくら凄腕魔術師と言われていても、まさかここまで奏が凄いとは思わなかったでしょう」

「………はい。精霊と真っ向勝負できるとは思ってなかったです」

 

 

 そう、それも驚きだった。

 俺は、〈ラタトスク〉の一員としての立場を使って、ここ一週間色々と魔術師について調べてきた。

 その記録から考えれば、奏は魔術師と言う名が役不足であるほどの強さだった。

 

「まあ、奏は世界最強をも噂される存在だから、一般的な凄腕魔術師の中にくくっては駄目よ。世間に隠されている私達魔術師がこんな表現をさるのも変な話だけれど、世間一般の凄腕魔術師としての認識で奏を見たら、他の魔術師が可哀想よ」

 

 日下部さんは、テーブルに置いてあった羊羹を口にすると、言葉を続けた。

 

「奏の何よりも反則的なことは、その対応力の高さよ」

「対応力、ですか? 火力とかスピードではなくて」

「ええ、対応力よ」

 

 日下部さんはDVDプレイヤーのリモコンを手に取ると、巻き戻しをかけた。

 DVDの映像は巻き戻り、丁度奏が巨大な翼状のミサイルコンテナを背中に出現させる直前で止まる。

 

「魔術師の最大の欠点、というよりも人類側の欠点なんだけれど、装備が貧弱なのよ。

 DEMから販売されてASTに配備されている武装は、大きく分ければ剣、銃、ミサイルユニット、飛行ユニットの四種類だけ。私たち魔術師は、その四つだけであらゆる状況に対応しなければならない。

 ……できると思う?」

「……難しいと思います。〈プリエステス〉みたいな規格外が相手だと特に」

「そう、それが現実。限られた武装では常に限界があるのよ。

 その点、奏にはそれがない」

 

 日下部さんが、DVDプレイヤーの再生ボタンを押す。

 テレビには、奏が巨大な翼のようなミサイルユニットをどこからともなく出現させている姿が映し出された。

 

「奏が、日本国内の魔術師たちから最強と噂される表向きの理由がこれよ。

 奏はね、その場で新しい武装を生み出しているのよ」

「新しい武装を生み出す……そんなことが可能なんですか?」

「机上の空論と言っていいレベルの話だけれどね。随意領域下においては、コンピュータで演算できる事象は全て現実に引き起こすことが可能な事象だから、物質変換や造形操作などを駆使すれば可能よ。可能なだけで誰もしないし、誰もできないけれど。

 まあ造形操作はともかく、物質変換って陽子や電子、中性子の操作による核分裂と核融合の意図的な操作よ? 普通の魔術師だとそもそもそれらの観測すらできないし、観測できても演算能力が足りないから核分裂すらできないわよ。

 放射能汚染を考えれば、もし失敗すれば危険じゃすまないしね」

「それは………」

 

 物質の変換、つまり何かを造り出すたびに奏の足元が抉れるのはそれが原因だったのか。

 

「さて、続きを見ましょうか。

 これから映るのは、奏が最強の魔術師と言われる本当の理由。そして、奏の最期よ」




 テスト終わったので夏休みです。
 ………ただし、更新は速くなりません。


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二章 奏の最期

 更新は速くならないと言ったな。
     ―――アレは嘘だ!!


 評価を貰いました。
 ☆9が二つ……と思ったら片方が☆5に。
 あれ? 何でだろうと思っていたらその人から感想が来ました。

 ……まあ、そうでしょうね。
 納得しつつも、もやもやとした感覚を抱きつつ今回の文の見直し作業。

 こうなったら!、神様転生タグついていても高評価を出さざるをえない位の文を書いてやるぜ!!


 …………

 …………

 ………いや、無理だな。文才無いし


 さて、そんな茶番はほどほどにして二章投稿です。


 煙が立ちこめる。

 

 目にもとまらぬ速さで飛来したドリルの様な槍は、呆然とする奏に突き刺さり、大きく土煙を上げた。

 

 〈プリエステス〉が手を一振りすると、風が巻き起こり煙を吹き飛ばしてゆく。

 

 煙が消えると中からは、膝をつき、脇腹を押さえ、血の涙を流す血みどろの奏の姿があった。

 

『随分と随分じゃない。どうしたの? 私を殺すんじゃなかったの? 刺殺? 絞殺? 射殺? 斬殺? 撲殺? 爆殺? なんでも良いからやってみなさいな。アハハハハハッッ!!』

『………』

 

 奏は全身から血を吹き出し、立っているだけでやっとなのか、顔を上げずに俯いていた。

 様子からして直撃ではなさそうだが、それに近い当たり方をしたのだろう。

 

『………』

『アハハハハハ………ハハハ………はぁ……がっかりね。少しは楽しめそうだと思ってたのに。この程度だとは思わなかったわ』

 

 奏は、俯いたままで何も言わない。

 いや、何も言えないのだろう。この出血量では、口を開けることすら辛いはずだ。

 

『武装の創造は、まあ及第点をあげてもいいわ。発想は悪くなかったし、武器も十分私に通じるものだもの。私以外の精霊だったら間違いなく殺せていたでしょうね。

 けど無理よ。私は殺せない。CR-ユニットからの延長線上の武装では、私を殺すのは”不可能とは言えない”といったレベルが限界ね。

 私を殺したいなら、精霊を三人くらいつれてくるべきだったわね。まあ、そんなこと無理でしょうけど』

 

 〈プリエステス〉はそんな奏のそばまで歩くと、手に持った蒼く光る剣を振り上げる。

 

『正直、期待はずれも良いところだわ。

 Good-bye、悪い夢でも見てなさい』

 

 〈プリエステス〉は、剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめん。約束、守れそうにない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――剣は、奏の身体に触れる直前で止まった。

 

              いや、止められた。

 

 

 

 剣が止められた場所に、〈プリエステス〉が持つ剣と全く同じ色、形の剣が出現する。

 その出現と同時に、奏の全身が微かに光り輝き、全身の傷をあっと言う間に修復した。

 

『うそ………でしょう。こんな土壇場で………』

 

 〈プリエステス〉は戦き、僅かに後ずさりする。

 

『違うわ。土壇場だからやってるのよ。

 あなたの力、全て模倣させてもらったわ』

 

 奏が手にしたその剣は、まさしく〈プリエステス〉の剣。二つと無いはずのそれを、奏は手にしていた。

 

『覚悟しなさい〈プリエステス〉。私は、もう後先考えることは止めたの。

 私の全身全霊をもって、圧殺滅殺撲滅根絶虐殺した上に駆逐してあげる』

 

 奏は、手に持った剣を〈プリエステス〉へと向け、そう言った。

 

『………調子に乗らないでよ。私の剣を側だけ模倣した程度で、魔術師風情が私に勝てると思っているの』

『側だけじゃないわよ。中身も最後までチョコたっぷりにできてるわ。

 それに、逆に返す様だけれど、

 この剣しか取り柄のないあなたが、同じ剣をもった私に勝てると思っているの』

『死ね』

 

 〈プリエステス〉が、突然斬りかかった。

 奏はその一撃を、〈プリエステス〉の剣で受け止める。

 

『煽り耐性なさ過ぎでしょう』

『黙りなさい。私の剣を侮辱するのはいいけれど、私の力を侮辱するのは許さないわ』

『よく言うわ。散々私を馬鹿にしてきたあなたが言えた話かしら』

 

 お互いに話しつつ、斬り結ぶ手を緩めない。

 しかし、いかなる方法か身体を完全に治した奏に対して、〈プリエステス〉は少し冷静さを欠いているせいか、動きが奏よりもかなりぎこちなかった。

 

『ほら、遅いわよ』

『ちっ!』

 

 いや、違うのだろう。

 〈プリエステス〉がぎこちないのではない。奏の動きが軽快すぎるのである。

 

 奏のその動きは、ついさっきまでの奏とは大きく異なり、力強さとしなやかさを両立した、人間とは思えない速度の動きだった。

 

『私の身体は、ついさっき私の随意領域範囲内にあなたが入ったことで得られた情報を活用して、精霊に近い存在に改造してあるわ。それも、今の私の身体の70%程度は、精霊のような存在と言ってもいいほどに。

 身体としての強度も、霊力や魔力に対する親和性も、そして身体能力も、今の私はあなたとほぼ互角。さらに言えば、あなたの力もこの手にある』

『だ、か、ら、何よっ!』

 

 〈プリエステス〉によって振り下ろされる刃、奏はそれを全て躱し、そらし、受け止める。

 

『つまり、あんたと私、条件は同じって事よ』

 

 一閃

 

 奏が放った一撃は、〈プリエステス〉の手に持った白銀の斧、そしてその腕に巻かれた鎖を両断した。

 

『っ!?』

『だったら、何であんたが押されているのかわかるわよね。あんたはそこまで愚かじゃないもの』

『………私が、貴女より技術的に劣っているからだって言いたいの』

『違うわ、私とあんたの純粋な技術は殆どない。それはあんただってわかってるでしょう』

 

 一閃

 

 今度の奏の一撃は、〈プリエステス〉に受け止められる。むしろ、力では奏の方が劣るためか、僅かに押し返されすらしていた。

 

『ほらね、差は無いのよ。

 あんたのザコいところは技術の差じゃない。覚悟の差よ』

 

 奏の背後に巨大な黒い鋼鉄の球体が浮かび上がる。黒い球体には不気味なライトパープルの目のような光が灯っている。

 明らかに、奏が今までに作り上げたものと比べ異彩を放っていた。

 

『覚悟?』

『そう、覚悟よ。

 あんたは、特に理由がないから、退屈だから私と戦っている。だから弱い。

 私は、あんたを殺したいから戦っている。すべてを捨ててでもあんたを殺す覚悟を持っているから、そして実際に捨てているから、あんたより強い。それだけよ』

 

 奏は押しのける様にして飛び引き、刺突を行う。

 精霊に近い身体能力から繰り出されるそれは、最早高速という言葉を使うことすら憚られる程に速かった。

 

『舐めんなっ!!』

 

 〈プリエステス〉は、その一撃を奏の剣先を自身の剣で払うようにして、躱そうとした。

 しかし、剣先に刃が届く直前に、急に〈プリエステス〉の身体が止まる。

 

『うそっ!?』

『相手の固定は、随意領域の使い方の基本中の基本だって事忘れたの?』

 

 奏の剣は、〈プリエステス〉の腹をえぐる。

 そのまま押すような形で加速し、〈プリエステス〉を延長線上に存在したビルに縫い止めた。

 

『………ぁ………ぅ………』

『私は、あんたを殺すために未来を捨てたの。身体の70を人間ではなくした私は、おそらくあと10分の命。恋人に会うことすら難しいわ。私は、私の未来を担保にして、あんたを殺したの。

 正直、思考も安定しないし、私自身いま何を言っているのかもちゃんと認識できてない。それでも、あんたを殺すっていう意志だけを頼りに動いてるのよ。

 それが差。同じ身体能力、同じ武器、同じ技術を持つ私達を分ける決定的な差よ。〈プリエステス〉、あんたにそんな状態でも動ける私と、同じだけの覚悟があるかしら』

『………そう………その、差ね。………それなら………納得だわ』

 

 奏は、自らの後ろに浮かぶ球体を手に取り、大きく振り上げる。

 

『それじゃあね、―――。安心して死になさい』

 

 〈プリエステス〉は、鉄球に押しつぶされた。

 

 

       ◇

 

 

「この後、奏は死んだわ。死因は、自己改造の副作用の錯乱による自爆」

「………自爆、ですか」

「まぁ、今思えば特に錯乱したから自爆したんじゃないとわかるけど、公式にはそういうことになってるわ」

 

 自爆、か。

 

「自己改造の副作用っていってましたけど、いったい奏は何をしたんですか」

「……えーっと、奏のCRユニットにあった演算のログデータとさっきの奏の言葉からの推測だから、これが正解だとは限らないって事だけは一応言っておくわ。

 奏は、随意領域内にいる〈プリエステス〉の身体をスキャンか何かして、精霊の身体のデータを取得。そのデータを元に物質変換などを駆使して、自分の身体を精霊のものに置き換えた、って言われてる」

「身体を精霊のものに置き換えるって、そんなことできるんですか」

 

 日下部さんは、紅茶を一口口にするとそれに答えた。

 

「それ自体は可能よ。そもそも、魔術師のほぼ全員は程度の差こそあれどその処置が行われているわ」

 

 日下部さんは、飲んだ紅茶が冷めてしまって少し苦かったのか、再び羊羹を口にする。

 

「勿論、身体に悪影響が殆どない、数パーセント程度だけれどね。魔術師っていうのは、そうでもしないと生き残れないのよ」

「……精霊は、それだけ強力な存在って事ですか」

「そりゃあね。何せ世界を滅ぼせる可能性のある災害だもの」

 

 再び紅茶を口にして、一息つく。

 

「話を戻すわ。身体を精霊のものに置き換えるって言うのは可能よ、ただしそれには専用の機器が必要になるの」

「専用の、機器……顕現装置ですか」

「ええ、それも医療用のに特化したタイプの顕現装置ね。魔術師は、CRユニットを使用できるように手術を受けるときに、その手術もついでに受けるわ。手術の時間はおよそ2~3時間ってところかしら。その内の20~30パーセントがその手術だと言われているから、置き換えには本来は最短でおよそ25~30分程度はかかると見ていいわね」

 

 ……そうだとしたら、奏はどれ程規格外の魔術師だったんだろうか。

 

「奏が置き換えに使用した時間は、およそ5秒。これを見ても奏が規格外だっていうのは明かよ。

 

 さて、そろそろ、〈プリエステス〉の天使に関して触れた方がいいかしら?」

「〈プリエステス〉の天使、ですか?」

 

 〈プリエステス〉の天使、となると、あの剣のことだろうか。

 ……そういえば、どうして奏はどうして天使を複製できたんだ? 新しい武装を作り出していたりしたから、天使を作ったりした瞬間は気にならなかったが、冷静になってみればそれはおかしい。

 よく考えれば、天使は普通の物質でできていないんだ。物質変換をいくら駆使したところで、天使の複製はできないはずだ。

 

「多分、どうして魔術師に天使の作成ができるのか、気になったりなかった?」

「まあ、言われてみれば気になります」

 

 奏は、〈プリエステス〉の天使を複製してみせた。実際にできたと言うことは、おそらく理論上は可能なのだろう。

 しかし、俺には違和感が拭えなかった。

 もし、仮に天使の複製が可能であるとしたら、もう少し魔術師の戦い方は変わっていたと思うんだ。具体的に何が違うのかと言われたら、返答に困るんだが……

 

「結論から言いましょう。

 ―――天使の複製は不可能よ。CRユニットを販売しているDEM社が昔それをやろうとして、公式に不可能だって言う論文を発表してるわ」

 

 ……え!?

 

「―――本当に不可能なんですか!?」

「ええ、DEMはちゃんとその理由も発表してるわ。

 演算しきれない、みたいに不可能な理由はかなりの数があるのだけれど、特に大きなものは三つね。

 一つ、随意領域を使用したスキャンなどでも、天使の材質が解析できない。

 二つ、人間は魔力は作れても霊力を精製できない。

 そして三つ目、天使を作り、運用できるほどの霊力を精製できたとしても、精製した霊力に人間の身体が耐えきれない。

 どんなに頑張っても、理論上は不可能なのよ」

「なら、奏はいったいどうやって〈プリエステス〉の天使を複製したっていうんですか」

「わからないわ。わからないから、この後半部分の映像は佐官未満の魔術師達には秘匿されてるの。

 こういうことをあなたに言うのもあまり良くないとは思うのだけれど、上層部の一部が奏が精霊だったのではないか、とかわけのわからない戯れ言を吐くくらいには、このことはあり得ない事態なのよ。この映像が公開されるのは、きっと精霊がに関する研究がもっと進んでからになるでしょうね。この映像はいろんな意味で価値があるものだから、しばらくは公開されないと思うわ。

 って話がそれたわね。とにかく、奏がどうやって〈プリエステス〉の天使を複製したのかは、私たちにはわからないわ」

「そう、ですか」

 

 

          ◇

 

 

 ―――これは、あなたにあげる。

 

 俺は、日下部さんの家から出て、自宅への帰路についていた。

 

 あの後、俺は日下部さんにあのDVDをもらってしまった。

 こういうのは問題だろうから断ろうかと思ったが、どうせ見せてしまった以上もう変わらないと言われ、無理矢理渡されてしまった。

 これは、どうするべきだろうか。

 家に置いておけば、きっといつか琴里達〈ラタトスク〉に見つかってしまう。だから置いておけない。

 折紙に渡すか? いや、日下部さんがこの映像を俺に渡したことが、自衛隊関係者に伝わったりしない方がいいだろう。万が一問題になるようなことは避けたい。

 

 悩みながら歩いていると、気がつけば家の近所まで歩いてきていた。

 周りの様子が気にならないほど悩んでいた、と考えると俺は相当だろう。

 

 しばらくすると、急に雨が降り出した。

 

「雨、か」

 

 今はまだ五月の終わり、少しずつ暑くなり始めたが、まだまだ涼しいことが多い時期だ。あまり長く雨にあたっていると、風邪を引くかもしれない。

 鞄の中から折りたたみ傘を取り出し、スイッチを押してさした。

 

「それにしても、随分急な雨だな」

 

 天気予報だと今日一日降水確率0%ってなっていたはずなんだが……珍しいこともあるもんだな。

 

 ふと、そんな時背後から視線を感じた。

 反射的に振り返る。

 

 ……よく見てみるが、誰もいない。

 

「気の、せいか?」

 

 この感じ、この視線、どっかで似たような視線を感じた事があるような気がするんだが……

 思い出そうとするが、なかなか出てこない。

 

 まあ、思い出せないものを無理に思い出す必要は無いか

 

 考えるのをやめ、前に向き直る。

 

 するとそこには、さっきまでいなかった少女が、雨に打たれながら、電柱の陰に座って俯いて泣いていた。




 いったい何糸乃なんだ………

 感想を書いてくださった皆様、本当にありがとうございます。
 これからも感想募集中です。
 以前書いてくださった方も、まだ書いてない方も、是非書いていってください!!
 可能であれば、ボロクソにこき下ろして頂けるとありがたいです。


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三章 揺れる少女

 更新が遅れて申し訳ありませんでした。ようやく投稿です。

 遅れた理由には、この話がかなり難産だったというのもありますが、以前投稿した話を修正したり、びっくりするほどユートピアしたり、インストールしたりリンカネーションしたりしてしまっていたため、という物があります。(遠回しな宣伝)
 凛祢編を入れるためにプロットを書き直していたため、色々と大変でした。

 インストールは終わっていないので、更に更新は長引くと思います。できるだけ更新は急ぐので、よろしくお願いします。


 突然現れた少女、何故だかわからないが俺は彼女に見覚えがあった。

 何処で見たのかはわからないが、確かに俺は彼女を何処かで見た事があった。

 

「―――どうかしたのか」

 

 彼女の上に傘を差し、膝を曲げ彼女と近い目線で問いかける。雨が身体を濡らすが、さすがに女の子が目の前で雨に打たれているのにそれを放置できるほどの性根は持ち合わせていない。

 

「……っ……っ……ううう……よしのん……どこぉ」

 

 彼女は、俺を一度見ると目を瞬かせて再び泣き出した。

 泣き止む気配がない。それどころか悪化させてしまったように感じる。

 琴里以外の泣いている女の子を泣き止めさせようとしたことがないから、いまいちどうすれば良いのかわからない。

 

 

 

 

 

 琴里用のチュッパチャプスを幾つか渡し、懸命に話し合った結果、ようやく彼女は泣き止み、目をうるうるとさせる程度まで大人しくなった。

 

 正直言えば、道端で女の子にお菓子渡してるのって事案ものだよな。

 

 それはともかく、落ち着いた彼女の姿をよく見る。

 

 

 

 

 青い髪に青い瞳、儚げで今にも消えてしまいそうな雰囲気、ある程度とはいえ雨に晒されていたにもかかわらず、一切湿らず汚れていない翠の服。

 

 

 

 

 

 

 ………もしかしなくても精霊だろう。

 若干青みがかった頭髪の俺が言うのもなんだが、昔テレビで生まれつき水色の髪の人間なんて存在しない、と聞いたことがある。

 それに、雨に晒されても湿らず汚れない服なんて、精霊の霊装以外俺は知らない。

 見覚えがあるように感じたのは、おそらく彼女が精霊だからだろう。昔、折紙に精霊の写真を見せて貰ったことがある。だから、見覚えがあったように感じたんだ。

 

「参ったな……精霊となると、交番に連れて行くわけにはいかないか」

 

 落ち着かせるまでの過程で、彼女が『よしのん』と呼ばれる誰かといっしょだったことがわかったから、交番に連れて行って『よしのん』を探してもらおうかと思ったんだが、流石に精霊だったらそうもいかない。

 

 万が一交番で精霊だとバレたら、ASTに殺されるかもしれない。一応、精霊については秘匿されてはいるが、交番の警官が精霊を知っている確率は0ではないんだ。最近の天宮市は空間震が頻発しているし、空間震無しに精霊が出現することは〈プリエステス〉の件で知られている以上、もしかしたら知っている人間が配属されているかもしれない。

 俺自身、この子が憎き精霊である以上、そのままASTにつきだしてやろうと考えなかったわけではないが、流石にこんな子を引き渡すのは気が引ける。精霊を恨んではいるが、こんな子供を率先して殺そうとするほど屑になった覚えはない。

 

 さて、そうなると………〈ラタトスク〉、か。

 しかし、基本的にこちらから〈ラタトスク〉に対して連絡を取ることは無いから、どうやったら連絡がとれるかわからない。

 

 

 ……琴里に連絡すべきだろうか。

 ただ、〈ラタトスク〉の件がわかって以来、若干琴里に対して気まずさを感じている自分がいる。今は家に十香がいるから表面化していないが、琴里もなんとなく俺が避けていることに気が付いているようで、十香が家にいないと家の中がなんとなくぎこちない空気になる。

 前のように馬鹿話をして笑い合ったりするのはできなくなったし、年頃の女の子の部屋に入るのは……などと言い訳をしているが、琴里や俺がお互いを起こさなくなったのはこのせいだ。

 白いリボンをつけているとき、外向けに演技をしているときの琴里とすら、二人きりで話すことは殆どなくなってしまった。

 

 精霊が出たから連絡した、なんて言えば、この拡がりはもっと深刻なものになってしまう気がする。

 ………どうするべきか。

 

 精霊の女の子を見る。

 

「………っ、………っ、ぅぅぅ」

 

 彼女はチュッパチャプスを舐めながら、涙目になりながらも懸命に泣くのを堪えていた。

 きっと、彼女にとって『よしのん』というのは大切な存在なんだろう。目を見ればよくわかる。

 

 ………大切な人をなくすのは、辛いよな。

 奏をなくした俺には、この子の悲しみが少しは理解できた気がした。

 

「しょうがない」

 

 この電話をすれば、大切な何かが狂ってしまう気がしたが、しょうがない。琴里は生きているんだから、ある程度関係性の改善ぐらいできるだろう。

 この子は、もしかしたら二度と会えないかもしれないんだ。天秤にはかけられない。

 

 さて、そうと決まれば琴里に連絡を――――

 

 

 

 

 

 ――――それをされるのは、困るわね。

 

 直後、俺は酷い頭痛に襲われ、意識を手放した。

 

 

 

 

        ◇

 

 

 

 

 五河琴里は天才である。

 いや、天才であらんとする秀才、と言うべきなのかもしれない。だが、才能があるのは事実である。

 中学生にして100を超える人間を心酔させるそのカリスマだけを見ても、彼女のその努力と才能を伺わせるだろう。

 〈ラタトスク〉の司令を任されているのも、彼女自身が精霊だという事もあるが、彼女が司令としての任を全うできるだけの能力があると評価されているからである。

 

 

 ただ、それでも彼女は14の少女なのだ。

 

 

 

 〈ラタトスク〉という組織は、常に封印した精霊達の精神状態をモニタリングしている。

 この情報は、余程の末端の人間でなければ知ることができるほどに〈ラタトスク〉内では共有されており、万が一の危険を皆が知ることができるようになっている。

 

 そのため、〈ラタトスク〉のメンバーの多くは、司令である琴里の精神状態を知っていた。ここ最近の琴里の、不安定な様子を知っていた。

 

「司令、大丈夫なんでしょうか」

 

 司令室に、どこからともなく声が響く。

 それは、この部屋にいる誰もが思っていたことだった。

 

「大丈夫では、ないでしょう」

 

 その言葉に、神無月が応えた。

 

「司令は、士道君のために司令として努力してきました。

 彼のためであればどれ程辛い事であってもこなしてきましたし、どんな努力も惜しみませんでした。

 司令にとって、士道君は何よりも大切にしている存在と言えるでしょう。

 

 なら、大丈夫なはずがありません」

 

 室内が静まり返る。

 彼の言葉に、皆が内心で賛同してしまったからだ。

 神無月の言葉は、それだけの説得力があった。

 

「いずれにしても、私たちにできることは一つだけ。

 ―――いつも通り、司令に尽くすだけです」

「ですがっ!!」

 

「どうしたのよ、そんなに大きな声で」

「っ!? 司令……」

 

 神無月の言葉に、《藁人形(ネイルノッカー)》の椎崎は言葉を返す。

 

 しかし、その直後に琴里が部屋に入ってきたために、彼女は言葉を切らざるをえなくなった。

 

「おはようございます、司令」

「お疲れ様です、司令」

 

 室内の〈ラタトスク〉の人員が、続々と挨拶をしてゆく。

 琴里はその様子に満足そうに頷くと、何時も座っている司令官用の椅子に腰を下ろした。

 

「さてと、それじゃあ私がいない間の出来事の報告を御願い」

「かしこまりました。

 まず、規定されていた、天宮市内の全ての霊波反応探知センサー、および世界樹の葉の設置が完了しました。これにより、我々〈ラタトスク〉が市全体を完全に監視下に置くことができるようになりました。

 次に、2番の開発と設計は概ね完了したと報告が上がっています。全体出力を前のものより向上させたため、予定よりも多少大きくなりましたが許容範囲内です。問題であったハッキング対策も、〈プリエステス〉の手口が不明であったために完全に無効化できるとまではいきませんが、ある程度の目処がたったとの報告を受けています。

 また、予てより行われていたAST天宮駐屯地への潜入ですが、戦闘員として1名、CR-ユニットの整備員として1名が、五月の下旬に潜入できるようです」

「精霊マンションの建築についてはどうなってるかしら」

「今朝の報告から特に進展は無く、設計の段階です。十香さんの天使の最高出力の想定に難航しており、万が一の際の耐久性と快適な生活空間の確保との兼ね合いで、難航しているようです」

「そう、まだなのね」

 

 全ての報告を聞いた琴里は、何か考え事をするかのように、溜め息を吐きつつ椅子に背を任せた。

 

「………しかたないかしら。

 来て早々で悪いけれど、少し休むわ。神無月は代行を御願い」

「了解しました。ごゆっくりお休みください」

 

 椅子から起き上がり、琴里は部屋を後にする。

 

 

 室内は沈黙し、しばらくして神無月が声を上げた。

 

「私に『御願い』などと言うとは………司令は、我々が思っている以上に、相当参っているようですね」

「やはり、私たちで何かできないでしょうか」

 

 その声に対し椎崎が問いかけるが、神無月は首を横に振った。

 

「下手に何かをすれば、この場合は逆効果でしょう。この問題を解決できるのは、司令と士道君のふたりだけ。もし、我々がこの問題を解決するために士道君に何か働きかけたりしても、万が一我々が働きかけたことがバレれば、きっと取り返しがつかなくなります。

 我々にできるのは、司令が彼と話す機会を多く用意できるよう、今までと同じように努力し続けるだけです。

 ………尽くすことしかできないのですよ」

 

 神無月は、無力感を押さえつけるように、最後にそう呟いた。

 

「副司令………」

 

 どこからともなく、感銘を受けたかのような言葉が漏れる。

 

 

 此所にいる皆が、日頃はあんな副司令も、色々考えているんだなぁ、と感じてしまっていた。

 

 

 

「―――っというわけで、私は司令の椅子でも暖めましょう!!」

 

 

 

 もっとも、すぐにその考えを捨てたが。

 

 

 

       ◇

 

 

「あれ?」

 

 気がつけば、俺は自宅でフライパンを振るっていた。

 フライパンの中にあるのはチキンライス。まるで、オムライスでも作ろうとしているかのようだった。

 

 一旦火を止めてリビングの方を覗けば、昔琴里にあげたウサギのぬいぐるみを抱きしめていた。

 

 幼女の連れ込み……これは事案ものだよな。

 

 額に汗がうかぶ。

 幼い少女を拐かしたなどと学校で騒がれたら、間違いなく不登校になる自信がある。俺が本当に拐かしたならともかく、誤解で人生を棒に振りたくない。

 

 ……まてよ、本当に誤解か?

 俺には、何故かついさっきまでの鮮明な記憶が無い。もしかしたら、本当に拐かしたかもしれない。

 

 とりあえず、オムライスを仕上げよう。

 俺は、現実から逃げるようにフライパン振るった。

 

 

 

 

 

「ほら、できたぞ」

「……っ。……あ、ありがとう、ございます」

「いいよいいよ。悲しいときは、美味しいものでも食べて、空元気でも良いから元気だした方が良いからな。遠慮せずに食べてくれ」

 

 おずおずと食べ始める彼女を眺めながら、俺は必死に記憶を掘り返していた。

 しかし、いくら記憶を漁っても彼女と出会ったところまでしか記憶が無い。

 

 泣き止ませたところまでは憶えているんだが、その後どうしたんだっけか。何かあったはずなんだけれどなぁ。

 

 と、その時突然彼女が机を叩き始めたのでびっくりして意識を思考の中から起こす。

 彼女は、興奮気味に机を叩いた後、某ターミネーターの如く親指を立てた。

 どうやら、俺のオムライスがお気に召したらしい。興奮しつつも、ちょこちょことオムライスを食べてゆくその姿に、思わず顔が綻んだ。

 

 

 

 

「……ご、ごちそうさまでした」

「ああ、おそまつさまでした。美味しかったようで何よりだ」

 

 食べ終わった皿を片付け、目の前の彼女に向き直る。

 

 ………そういえば、そもそもどうして俺は彼女を家に連れてきたんだ? 何故か記憶が飛んでいるからわからないけれど、普通は迷子の子供なんて交番に連れて行くべきだろう。どうして、俺はそうしなかったんだ?

 

「……あっ、あの」

「あ、ああ悪い。どうかしたのか?」

 

 彼女の声で、思考が途切れる。

 それを考えるのは今度で良い。今は、俺の事情よりもこの子のことを優先すべきだ。交番に連れて行かなかったのも、きっと何か理由があるのだろう。

 

「………ご、ごはん。………ありがとうございます。」

「いいって。流石に、目の前で困っている子を放置できないからな」

 

 まぁ、そうはいうものの本当は自分でもどうしてそうしたのかわからないんだけどな。

 

「雨も降ってるし、親御さんに迎えに来てもらおうか。ご両親の携帯電話の番号はわかる?」

「………? ………けいたい、でんわ? ………ご、ごめんなさい、わからないです」

 

 俺の言葉に、彼女は俯きがちに答えた。

 まあ、仕方ないか。小さい子ならわからなくてもしょうがないだろう。

 

 となると、俺が送るか。

 徒歩だから若干濡れることになるけれど、それはどうしようも無いだろう。俺は、まだ運転免許証持ってないし。

 

「じゃあ、俺が家まで―――」

 

 そう言いかけたとき、急に玄関のドアが開いた音が家に響き、次いでリビングのドアが開けられた。

 

 




 次の更新は何時になるかなぁ


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四章 襲来

 ちこく、ちこく~(食パンを咥えて走りながら)

 はい、すみません。冗談です。
 更新遅れてすみませんでした。

 今回の話は、何時にも増して難産でした。色々と難しい場面は多かったですが、特に今回は士道君に暴言を吐かせるのに苦労しました。
 何というか、いい人なのも考え物ですね。

 そして、一つとんでもないミスに気が付きました。
 私は、散々カマエルの天使について、白銀の斧だなんだと書いてきましたが、よく見なくてもカマエルは黒い斧ですよね。ファンとしては大失態です。時間ができ次第修正します。


10/4 11:54 追記
 何故か日間ランキング43位に出現、いったい何が…


「―――士道っ!!」

 

 凄い勢いで、リビングの扉が開かれる。

 そこから現れるのは、白い髪の見慣れた少女。

 

「……おり、がみ?」

 

 家に入ってきたのは折紙だった。

 ただ、俺は折紙が家に入ってきたことではなく、彼女の装いの方に驚かされた。

 

 着ている服は、ワイヤリングスーツ。精霊と対峙するためのその装いを、()()()()()()()()のにその装いをしていることにも少ししてから驚かされたが、最初に驚いたのはそこではない。

 

 

 ―――彼女は、明らかに大怪我をしていたからである。

 

 

 頭部には幾重にも包帯が巻かれ、目には白いガーゼを眼帯のように当てられている。

 顔にはいくつもの小さなガーゼが当てられ、首には動きを抑制し固定するための器具が取り付けられていた。

 右手は無事であるものの、左手の肩から先はミイラのように包帯が厳重に巻かれ、添え木のようなものが取り付けられている。

 脚は、怪我をしているにもかかわらず走ってきたからだろう。そこに巻かれていた包帯は、真っ赤に血に染まっていた。

 

「ひっ!?」

 

 背後で女の子の悲鳴が聞こえる。

 それも仕方がないだろう。折紙の姿は、小さい子供であれば泣き出してしまいそうなほど、無残な姿だったのだから。

 

 家に入ってきた折紙は、俺の顔を見て僅かに顔を綻ばせ、俺の後ろにいる女の子の姿を見て、今度は顔を硬くした。

 

 

 

 

 

 さて、今の俺の状況を折紙の視点で考えてみよう。

 

 何かしらの理由があって、怪我をしているにもかかわらず大急ぎで俺の家に駆けつけてくれた折紙。

 しかし、俺はロリコンの変質者の如く女の子を連れ込んでいた。

 

 ―――もしかしなくても、アウトである。

 

 

 

 

 

 折紙が、無言でレイザーブレイドを取り出し、構える。

 

「どいて士道。そいつを殺せない」

「お、折紙。これは、その、違うんだ」

 

 俺は、レイザーブレイドを女の子に向ける折紙の前に立ち、彼女の刃を遮った。

 俺はロリコンじゃない。こういった子は好きであることは事実だが、それはlikeであってloveじゃない。俺がこの子に抱いているのは可愛い動物を好きになるのと似たような心境であって、決して愛情を抱いているわけじゃない。

 

 しかし、それは言葉にしなければ伝わらず、言葉にしても得てして信じてもらえない物である。

 前に、洗濯物が引っかかって鞄に入ってしまったのか、奏の家に遊びに行ったとき琴里の下着が俺の鞄から出てきて大騒ぎになったことがある。その時は、誤解を解くのに二週間かかった。

 

 大抵、こう言う誤解は中々解けないと相場が決まっているものだ。

 

 さて、どうやって誤解を解こうか。

 

 無表情でレイザーブレイドを構える折紙を、どう説得したものだろうかと考えていたその時、

 

 

 

「うふふ。楽しそうで何よりね」

 

 

 

 ―――突然、聞き覚えのある声がした。

 

 

 全身に寒気が走る。

 俺は、後ろの女の子をかばうようにしつつ、声の聞こえてきた方を向いた。

 

 そこにいたのは、白いローブに不気味な笑顔を浮かべた仮面を被った女性、

 

 

 ―――〈プリエステス〉だった。

 

 

 反射的に身体が動き、側にあったオムライスがのっていた皿を投げつける。

 そのまま、後ろにいた女の子を抱えてリビングのドアへ疾走する。投げつけた皿が当たったかなんて確認しない。しているだけの時間が無駄だからだ。

 

 折紙が、後ろに振り返ることなく〈プリエステス〉に目線を向けたまま、右手に持った魔力の弾丸を放つ銃で背後のリビングのドアを粉砕する。

 

 折紙は、このまま銃で〈プリエステス〉を牽制しつつ、ASTの人達が来るまで時間を稼ぐつもりのようだ。

 

 以心伝心と言うべきか、この時の俺は不思議と彼女の考えを読み取ることができた。

 

「無駄よ」

 

 しかし、それらを実行することは叶わなかった。

 

 全身が何かに覆われるような不快感が身体を走り、急に身体が動かなくなる。

 

「こ、れは」

 

 この不快感、この感覚。俺には身に覚えがあるものだった。

 

「……随意領域による拘束」

 

 傍らで、折紙がそう呟くのが聞こえる。

 そう、これはあの『一度目の』四月二十日に感じたそれに間違いなかった。

 

「せっいかーい。まあ、現役の魔術師ならわかって当然よね。

 まったく、人の顔を見るなりお皿を投げつけてくるなんて常識に欠けるんじゃないかしら」

 

 そういって、〈プリエステス〉はテーブルを二度叩く。

 すると、俺の身体は外側から無理やり力を加えられ、強制的に〈プリエステス〉の方を見るように動かされた。

 

「しかも、女の子の顔を見て逃げ出すなんて、デリカシーに欠けると思うわ」

 

 ぷんぷん とでも効果音がつきそうな語り口、その様子に虫唾が走った。

 

「それは、お前が逃げ出させるだけの事をしてきたからだろ。顔を仮面で隠している奴が、そんなこと言うな」

 

 思わず、思っていたことが口からこぼれる。

 俺はあまり怒ることはないとよく言われるが、どうしてもこいつにだけは怒りを抑えることだけができなかった。

 

「……アハハハハ、そうね、ええそうね、その通りだわ。顔を見せてもいないのに、顔を見て逃げ出すなんてできないものね。すっかり忘れていたわ」

 

 その言葉を〈プリエステス〉はあざげる様に笑い、仮面を抑えて含むように言葉を続けた。

 

 

 

「さて、どうでもいい話は終わりにして、本題を話しましょうか」

 

 〈プリエステス〉が、ローブの内側からうさぎのぬいぐるみ、いや、うさぎのパペットを取り出す。

 

 左眼に黒い眼帯を付け、なんとなくお調子者の様な雰囲気を放つそれ。

 

 それを取り出したとき、俺が抱えていた女の子が、震えるように僅かに動いた。

 

「よ、よしのん!!」

 

 女の子は、ウサギのパペットへとそう叫んだ。

 

 ……よし、のん?

 

 よしのんって言えば、確かこの子が探していた人間のはずだ。一体どういうことだ?

 

 

 俺が考え込んでいると、〈プリエステス〉は女の子に向けてパペットを投げ渡していた。

 

「よしのん!!」

 

 パペットを手にした女の子は、それを大急ぎで左手にはめ、話しかけ始めた。

 

 しかし、

 

「よしのん、よし、のん?

 ……へ、返事をして、よしのん、よしのん!!」

 

 当然、返事は帰ってこない。

 

 ……いや、本来は返事が返ってくるのか?

 

 たしか、イマジナリーフレンドだったか。

 あまり、この手の話は詳しくないけれど、この子みたいな年齢の子にはあることだと聞く。

 

 もし、仮に『よしのん』がそうなのだとすれば、おかしいことではないのかもしれない。

 

「うんうん。こうやってかわいい子がおどおどしているのを見ると、見てて和むなぁ。人格封印なんて面倒くさい事をした甲斐があったよ」

 

 そんな彼女の様子を肘をついて見ながら、〈プリエステス〉はそう呟いた。

 

「お前っ!!」

 

 思わず怒りが零れる。

 

 彼女が口にした、人格封印という言葉。

 その口ぶりからして、『よしのん』とあの子が会話できないようにしたのは、おそらくは〈プリエステス〉なのだろう。

 

 あの子と『よしのん』の関係は知らないが、あの子が『よしのん』を大切に思っていることはわかる。

 

 そんなあの子から、〈プリエステス〉は『よしのん』を奪い、それを見てへらへら笑っているわけだ。いい加減頭にくる。

 

「あー、はいはい。他人のために怒ってますアピールとか、そういうのいいから。

 あれでしょ、こんな小さな子を泣かせて許せねぇとかそういうのでしょ、知ってる知ってる。よくあるロリコン気味のラノベ主人公がやってるやつよね」

 

 そうして憤る俺に、〈プリエステス〉は冷めたような声色をぶつけてきた。

 

 その言葉に言い返そうとするが、言葉がかき消されたかのように出ない。

 俺にできるのは、〈プリエステス〉を睨み付けることだけだった。

 

「私って、そういうの嫌いなんだよ。

 いつどんな時でも、誰かを助けるのは当たり前みたいな、無自覚な自己犠牲的思考って言うのかな。そういうの。私は本当に大嫌いなんだよ」

 

 そう言うと、〈プリエステス〉はどこからか紅茶を取り出し、一息に飲み干した。

 

「ああ、別に誰かを助けるという行為を否定するわけではないよ。それは別に悪くないことだと思う。

 ただ、その、何というかなぁ。他人のために自分を消費できるのが大嫌いなんだよ。虫唾が走る」

 

 もう一度、〈プリエステス〉は手に持った紅茶を口に含むと、空になったカップを置き、何か思いついたかのように手をついた。

 

「―――あ、そうだ。

 五河士道君、君を矯正する良い方法を思いついたよ」

 

 余計なお世話だ!!

 口から悪態が零れるが、声ではない掠れた音となって辺りに消えた。

 

「鬼ごっこをしようか。鬼は私で逃げる人間はそこの四糸乃ちゃんね」

 

 〈プリエステス〉が、指先でテーブルを叩く。

 すると、テーブルの上に天宮市一帯の地図が現れた。

 

「と言っても、普通にやったら私が楽勝過ぎるから、ハンデを付けようか。

 そうだなぁ……私は天宮タワーの頂上から動かない、くらいにしようか。うん、それで良いね」

 

 〈プリエステス〉は、勝手に話を進めてゆく。

 

「期限は、私があきたらでいいかな。どうせすぐに決着着くだろうし。範囲は、天宮市内全域でいいや。はい決定。

 

 じゃあ、これでいいかな。

 ルールは簡単、しばらくの間その娘を天宮タワーにいる私に引き渡されないようにすること。簡単でしょ?

 もし、あなたたちが勝てたら、私が答えられる質問に一つだけ答えてあげる。なんでもいいわよ」

 

 

 ―――例えば、五河士道君の妹さんのこととか、

    五年前のあの火災で何があったのか、とかね。

 

 

 鳥肌が立った。

 何を知っているのか気になったこともあるが、それだけではない。何を知りたいかを知られていることに、鳥肌が立ったのだ。

 

「お二人さんとも、不思議そうな顔をしているね。なんで知っているのかって。

 まあ、すぐにわかるわ。

 それじゃあ、精々逃げ切る事ね」

 

 そうの言葉とともに、〈プリエステス〉の姿がかき消える。

 それと同時に、俺の身体を包む随意領域が消え、身体が自由になった。恐らく、随意領域の発生源である〈プリエステス〉がいなくなったからだろう。

 

 

 

 〈プリエステス〉がいなくなったリビングは、しばらくの間静まりかえっていた。

 

 聞こえるのは、力なく泣きそうな声でパペットを呼びかける女の子―――〈プリエステス〉曰く、四糸乃の声だけ。

 この突然の接触に、あの折紙ですら言葉をなくしていた。

 

 泣いている四糸乃を見つめる。

 

 

 

 ―――ふざけるなよ。

 

 ごくごく普通の女の子である四糸乃。

 〈プリエステス〉は、なんの関係もない一般人の、それも年端もいかないこんな子を巻き込んだんだ。許せることじゃない。

 

 

 俺は、強く拳を握り締めた。




 感想、できれば酷評を募集中です。ある程度読んだ皆様方ならわかると思いますが、なにぶん筆者はあまり書き物が上手くないので、悪い点、改善点などを示していただけると助かります。
 勿論、酷評以外でも嬉しいですよ(`・ω・´)!!

 また、ただ今『デート・ア・マニアックス』に代わる題名を考えています。
 と、言うのも、この題名を見て読みたいと思う人が少ないことにようやく気が付いたからです。馬鹿ですよね。気が付くの遅すぎですよね。
 こんな題名はどうかな? ともし思いついてくださるような方がいれば、感想に書いてくださるとありがたいです。
 ただ、それをそのまま題名にするのは問題の元になるかもしれないので多分無いと思います。ですが、今の私の頭は空っぽなので、参考にさせていただくことはあるかもしれません。

 長々とあとがき失礼しました。
 それでは、読んでくださりありがとうございました。


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