わたくしは楽様と結婚した。 (イシジマ)
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シアワセ
わたくしは橘万里花。
愛しの旦那様である楽様の帰りを待ちつつ、今自宅にて夕食を作っていますわ。海を一望できる丘の上の一軒家。今日はらっくん、いや楽様のために肉じゃがを作っている最中ですの。ぐつぐつとお鍋の野菜の香ばしい匂いがただよってくる。じゃがいもをさいばしでつつく。ちゃんと火は通ってますわね。
こうして楽様に自身の手料理を振る舞えるというだけで、天にも登るほどうれしい。ずっと花嫁修行をした甲斐がありましたわね。
楽様、美味しく食べてくれるといいなあ。
楽様はいつも私においしいと褒めてくださる。最初言われた時はほっぺから火が出ると思いましたわ。
楽様の笑顔を思い浮かべ、スキップを刻みたくなる衝動を抑えつつ、準備をしていると。
「ただいま、マリー」
「おかえりなさいませ、楽様!」
玄関で楽様をお出迎えする。スーツ姿の楽様はとても凛々しくて、カッコよくて抱きしめたいけど我慢する。
疲れてる殿方に迷惑をかけてはいけませんもの。
「お風呂にします?ご飯にします? それともわたくし?」
「……マリーもいいけど、ご飯食べたいな。マリーが作る飯はめちゃくちゃうまいしな」
「褒めても愛しか出ませんわ、楽様」
と軽口を叩きつつ、顔の紅潮を抑えきれない。
「すぐ顔に出るよな、マリー。そこがとても可愛いけど」
「……もう、卑怯ばい」
ちいさい子どもが新しいオモチャを手に入れたかのように笑う楽様。踊らされてるなあ、と思う。楽様は寝室にバッグを置き、スーツを着替えている。ネクタイを外す姿、とてもそそられますわね。お着替えの手伝いをしながら、わたくしはたずねる。
「楽様、公務員の仕事は慣れました?」
「あぁ、慣れたよ。職場の人もよくしてくれるしな」
高校卒業後楽様は一流大学に入り、その後公務員に就職した。わたくしも楽様と一緒の大学に入るため、猛勉強に猛勉強を重ねてなんとか楽様と同じ大学に入れた。……受験勉強のことを当時の使用人に問うと死ぬ一歩寸前だったらしい。実際過保護のお父さんから毎日のように電話がかかってきた。今はたまに実家に帰っている。
今はこうして妻として、楽様の隣にいる。幼い頃、楽様に恋をした時からその気持ちはずっと変わらない。
着替え終わった後、リビングへ行き、テーブルの上に育てられた料理の品々。任侠を重んじる家系で育った楽様に和食をこしらえた。アジの焼き魚、肉じゃが、きゅうりのお漬け物。その他諸々。それをみた楽様はビックリする。
「毎回思うけど、いつもこんな豪華じゃなくていいぞ。ありがたいんだけどさ、片付けも大変だろうし、万里花の負担になるだろ?」
「そんなことありません!これくらい当たり前ですわ!
楽様が喜んでくれること、それがわたくしの喜びですもの!」
「ならいいんだけど、……ただ無理はするなよ」
心配そうにわたくしの顔を覗きこむ楽様。きっとわたくしの体のことを心配してくださってるのだろう。わたくしはいいって言ってるのに、何も言わずに皿洗いを手伝ってくれる。
楽様のため、学生時代に貯めた結婚資金をわたくしの療養のために使うと言ってくれた。わたくしがそのことをつつぱねるとそれが俺のためになる、と言ってくれた。
ほんとうに、やさしくて、甘い。
それはずっとはじめてあった時から変わらない。
わたくしは何度、楽様に恋い焦がれればいいのでしょう。
わたくしが山の療養所にいた頃を思い出す。生まれつき体が弱く、貧血気味で過保護の父によって山の療養所に預けられたのだ。
静かで空気は澄んでいたけど、一人で過ごす時間はとても退屈だった。なんで周囲のみんなみたいに健康じゃないのか、とどうしようもない怒りをぶつける相手もいなくて、一人で泣いた夜もある。
そこであった楽様はわたくしに色々なことを教えてくれた。家業のこと、動物の話、そしてその……多少エッチなこととかも。
それからわたくしは療養所にいることが寂しくなくなった。もし神様が楽様と巡り合わせてくれるためにこの体にしたのなら逆に感謝したいぐらいだ。
思考に耽っていると、楽様がじっとこちらをみていることに気づく。しばらく見つめ合う。楽様の切れ長な瞳に吸い込まれそうな感覚に陥りそうになる。心臓が脈打ち、呼吸が荒くなる。
わたくしの大好きな旦那様、らっくん。
「そんなに見つめられると恥ずかしいですわ。なにか顔についてますか?」
「うん、口元にごはん粒ついてる」
「……色々とっても恥ずかしいですわ」
このSSを書こうと思った経緯については活動報告に記載したいと思います。読んでいただきありがとうございました!
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オフロバ
食事の後、お皿などの後片付けを楽様と済ませて、一緒に脱衣所に入る。わたくしは毎日楽様の背中をお流ししている。妻ならば当たり前ですわ。うふふ。わたくしのナイスボディに悩殺されてくださいませ。しかし楽様は衣服を脱ぐ際に私に背を向けて脱ぎはじめる。
「どうなさいました、楽様。わたくしの体を舐め回すように見てもいいのですよ?」
「やめとくよ……マリーの体みたら」
「みたら?」
「い、色々と耐えられなくなりそうだからな」
「えっちぃね、らっくん」
「やめてくれ、恥ずかしいから!」
激しく動揺する楽様にくすりと笑う。そんなとりとめのないやりとりを返しながら、腰にタオルを巻いた楽様と共に洗い場へと入る。わたくしはというとマイクロビキニ姿。
「いつも思うんだけど、水着が際どいな」
「その日によってつける水着を変えてますの。三角ビキニにホルターネックビキニ、チューブトップのビキニも持ってますわ」
「全部ビキニじゃねーか! なんかその露出度が高い水着は他の男には見られたくないな。まあ集は許してやるが」
「あら、案外欲張りですのね、楽様」
目線のやり場に困っているのか、あちらこちらに視点が動く楽様。
そんなに意識されるとこっちまで恥ずかしくなるとよ。
二人で浴槽に入ってるからか互いに密着してしまう。最近、楽様の体がたくましくなった。胸があつくなって、腕が太くなり、なんというか……男らしくなった。
高校時代、一度だけ宮本さんに聞かれたことがある。
一条楽のどこがいいのか、と。全力で尽くしているのにも関わらず、その恋が報われなかったらその感情の行き先はどうするのか、と。もし選ばれなかったから……怖くはないのか、と。事実、楽様の周囲にはわたくしも認める素晴らしい女の子がたくさんいた。
でも、わたくしは答えた。そんなの関係ないと。
きっぱりとそういうと宮本さんはかなわないわね、と薄く笑った。
もちろん、わたくしは楽様に恋い焦がれて以来、内面外面性格趣味嗜好全てを愛している。動物が好きなところも、優しいところもちょっとエッチなところも全てにおいて大好きだ。
しばらく浴槽につかっていると、楽様が浴槽から出て体を洗い始める。
「お背中、お流ししますわ……楽様。そういえば、背中たくましくなりましたね。惚れ惚れとしますわ」
「あぁ……暇があったらジムに通ってるからな」
「それは何故ですの?」
「その……お前の親父さんに結婚の挨拶しにいった時さ、言われたろ? 『マリーを頼むばい。ずった守って欲しい』
ってさ。警視総監なのにあそこまで頭下げられてさ。そんときーー」
胸の内側からなにかがこみ上げてくる。
同時に療養所のことを思い出した。その時わたくし、いやわたしは不安で
ずっと独りぼっちで不安だと。
もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれないと。
その時は言えなかったが、らっくんに会えなくなるのが寂しくてたまらない、と。
こらえきれずに泣いてしまう私に楽様は。
頭に手を乗せ、優しく微笑み、言ったのだ。
「ーーマリーをずっと守り続ける、って。子どもみたいだけどさ、そう思ったんだ……」
耐えられずに涙を流れる。心配に思ったのか、らっくんが振り返る。その大好きな人の胸に飛び込み、顔をうずめる。
「らっくんだいすきたい!もう離さんけん!」
「おい風呂内で泣くな!そして胸に顔をうずめるな!」
そういうらっくんだけど、頭に手をのせそっと撫でてくれる。
体つきも、年齢も、全て変わってしまったけれど、このぬくもりや優しさは何一つ変わっていない。
らっくん、いまね、ばり幸せとよ。
わたしは幸せを噛みしめながら、ただ泣き続けた。
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涙
ふと気づくと見渡す限りに広がる草原の中、私はぽつんと立っていた。見上げれば清々しいほどの晴天が広がっている。
いい日ですわ。こういう日は楽様と花柄のシートでも広げて、お弁当でも頂きたいですわね。
楽様とあーんしあうのを想像しつつ、自然とるんるん気分になってきた私は草原を鼻歌交じりで颯爽と歩く。
上機嫌になると私はよく昔のことを思い出す。
一人ぼっちで病気がちの私にらっくんが楽しい話をずっとずっとしてくれたこと。溢れんばかりの笑顔で、私の心が軽くなったこと。
あの優しさに私がどれだけ救われたことか。
あの素敵な思い出があるだけで私はこうして生きていられる。
大げさだってきっと楽様は笑うかもしれないけど。
でも私にとって楽様は私の世界であり、全てだ。
だから私は楽様をお慕いしてますし、欲を言うなら楽様にも愛されたい。
楽様のことを考えていたら、前方に見慣れた影が見えた。あの後ろ姿は、私が愛してやまない想い人。
自然と笑みがこぼれて、楽様の元へ駆け寄ろうとする。
「らくさーー」
声をかけようとしたときに私は言葉が詰まる光景にであった。であってしまった。
楽様に向かい合うようにして、可愛い女の子が立っていた。どこかで見たことがあるけれど、名前が思い出せない。それは第三者が入り込めないような雰囲気でありーー二人だけの空間。
まるで私だけがはじき出されたような。
私は瞬間に悟り、気付いてしまう。
私は楽様の次の言葉を聞いてはいけない。
本能的に危険を察知して、耳をふさぎ、目を閉じようとする。
だけど、遅かった。
「俺はーーのことが好きだ」
それは告白だった。
鮮明なほどにまで聞こえたその声は、私を奈落の底に突き落とすには充分だった。
私は選ばれなかった。
私以外の人を楽様は好いている。
その純然たる事実。
向かい合った女の子は泣いた笑顔でうんと答えると、楽様と抱き合った。
そこからの光景は走馬燈のように早く流れていく。楽様とその女の子は私から早く去っていく。
まるで最初から私などいないもののように。私は風景の一部とでも言うかのように。
気付くときれいな草原や青空は消えていて、あたり一面に暗闇が広がっている。
正直、覚悟はしていた。
恋愛が必ずしも成就しないこと、気持ちが必ず伝わることがないことも。
私は楽様がもし私以外の人を好きになった場合は、笑顔で見届けるようにしようときめていた。
愛する人の幸せが私の幸せなのだから。
「愛する人の幸せが私のしあ…わ…せ」
言い聞かすように、事実を受け止めるように考えたことを口に出してみる。最後の方は声がかすれて、言葉が出なかった。
「あ、ああ」
こらえきれない思いが嗚咽となり、やがて頬に一筋の涙がこぼれた。そしてダムが崩壊するように溢れ出した。
「あ、ああああっ!!!!」
私の病気なんてへっちゃらだと思えるほどに恋の病はあまりにも残酷に胸を灼く。
心がかきむしられるような痛みとこぼれた激情が私の胸を焼く。
苦しい、胸が苦しい。
上手く息が吸えない。
足下がふらつき、その場に仰向けに倒れ込んだ私は、助けを求めるように、
「らく、さま」
消えゆく意識の中。
気持ちが離れてもなお、私は愛する人の名前を呼んだ。
「万里花」
目を覚ますと、ダブルベッドの上。隣にいる楽様が心配そうに私の顔を覗いてくる。
「やけにうなされていたみたいだけど、どうしたんだ? 具合悪いなら夜間病院行くか?」
「何でもありませんわ、ご心配なさらなくて結構ですよ」
声が震えるのを抑えつつも、楽様は敏感に察知したのか、携帯を取り出した。きっと私のかかりつけの病院に連絡しようとしているのだろう。
「いや、病院行こう。大事になってからじゃ、遅いし」
「違うんですの、本当に体はなんともありませんの」
「じゃあ、なんでだ」
「な、なんでもありませんわ」
「マリーって嘘つくと目が泳ぐよな」
「わかりましたわよ!話しますわよ!」
しらを通そうとする私でしたが、楽様の方が一枚上手だったようですわね。
私は夢で見た内容を一部始終包み隠さず教えました。
楽様が違う女の子に告白していたこと。
楽様がその女の子と抱き合っていたこと。
そして、私から離れていってしまったこと。
「そう、だったのか」
終始、真面目な顔つきで聞いていた楽様。愛が重い女と思われてないか万里花は心配です。最後の方は夢の内容を思い出して肩が震えて泣きそうになったけれど、なんとか話し終えました。
「楽様、夜中に起こしてすみまーー」
「万里花」
頭を下げる私に微笑みながら、両手を肩におき私のあだ名を呼ぶ楽様。
そして、私をギュッと力強く抱きしめました。
「えっ!? ら、らっくん!? 急にどうしたと!?」
動揺を隠せない私は頭が真っ白になる。さっきまでの憂鬱が何とやら。私の体温が急上昇する。あまりにも急で思考ができなくなる。胸板が厚くなったらっくんに男性を感じてしまう。
そして楽様は昔と変わらない素敵な笑顔で告げました。
「俺は万里花が大好きだ」
「!!」
「だから離れたりしない。ずっと一緒だ」
「らっ、くん」
胸が弾けんばかりにどくんどくんと脈をうつ。大好きな人に抱きしめられている。幸せだ。なんて、私は幸せ者なんだろう。そして、楽様は語り出した。
「万里花はさ、ずっと俺のこと好きでいてくれたよな。俺から何の反応もなくても想ってくれてた。それって普通じゃできないことだとおもう」
優しく紡ぎ出される言葉をきくたびに、
「だから愛してくれた分、万里花のこと、いっぱい愛したいんだ」
楽様の温かい想いが胸を満たしていく。
「焦ると博多弁になるところとか、以外に照れ屋なところとか、物事に一生懸命なところとか、尽くしてくれるところとかいつも明るく元気なところとか、笑顔がとても可愛いところとか全部ーー大好きだ」
「だから、ずっと一緒だ。万里花」
「らっく、ん。らっくんんー!
ばりすいとーよ! うちの方が百万倍、いや一億倍好きたい!!」
「なんだよそれ、子供っぽいな」
頭を優しくなでる楽様に私はついに泣き出してしまった。そんな私をみた楽様もつられて、楽しそうに泣いていた。
やっぱり、私は楽様が大好きだ。
ずっとずっと。それは変わることのない不変の愛だ。
夢の悲しい涙とは違う、
すごく、嬉しい涙が頬をつたった。
「少しは落ち着いたか?」
「はい、落ち着きましたわ」
「そうか、ならよかった」
「ねぇ、らっくん」
「なんだ、マリー?」
「今夜は手をつないで、ねませんか?」
「い、いいけど、なんか照れるな」
「お願いですわ」
「マリーにそんなにお願いされたらな。別にいいぞ。じゃあ、お休み」
「お休みなさい、楽様」
大好きな人の手を握りながら、私は眠りについた。
はずだったのだけれど。
「ね、ねれませんでしたわ。楽様の男っぽい手に興奮して」
「ええっ!!」
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