新妹魔王の契約者 ~愛の戦士~ (ossann)
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1.5巻 帰ってきた兄貴
契約 1


お久しぶりの方はかなりお久しぶり。初めての方は初めまして。四番目の人形劇が一番筆が乗ったなと懐かしく感じるこの日この頃。

このお話のコンセプトは愛ですね~。
ちなみに投稿者はやる夫スレにはまり、皮はあのキャラだが中身が違うというのを見て、顔と中身を少々借りるかという所業を考えました。
投稿者の腕前がしょっぱいためオリキャラの外見をうまく伝えられないのが悪いのですが、ご容赦ください。

で、この話のオリキャラの皮は「みえるひと」に登場した「犬塚我区」です。
とりあえず行けるとこまで頑張ってみます。


「そーいえば、刃更(ばさら)さん。新しい生活やら幼馴染の勇者との邂逅やら魔界からの刺客とハプニングの毎日で聞けなかったことがあるんですが」

 

 いきなり父親から妹ができると言われ、新しく家族となった妹二人とラブコメな日常を送っていた東城刃更。

 だがその妹たちは魔王の娘とその従者であったという展開を迎えつつも、実は刃更も実は元勇者でした、なんて隠し事から始まる家族の絆を深めあい魔王の娘である成瀬澪(なるせみお)とその従者万里亜(まりあ)とのラブストーリーが始まる!

 そこに刃更の幼馴染である野中柚城(のなかゆき)が表れまさかの修羅場突入!?

 かと思いきや魔界からの刺客により澪は連れ去られてしまいそうになる!

 最初は勇者として澪を敵視していた柚城も澪と一緒に過ごした時間の中で考えを改め、刃更と共に敵の悪魔と戦う!

 

 といった単行本一冊分の壮大な物語を経て日常へと戻ってこれた刃更たちのとある休日の昼ご飯時、万里亜の疑問が刃更へと投げかけられた。

 

「ん? まだ何か話してなかったこととかあったか?」

 

「ありますよー。この家に引っ越してから不思議だったのですが刃更さんは何も言いませんし私も澪様のことや現魔王派のちょっかいのせいで記憶の彼方へ追いやってましたから」

 

「ねぇ、万里亜。もしかして二階の奥の部屋のこと?」

 

「その通りです澪様! 刃更さんが何やら引っ越しの時家具を運び込んでいたのを見て最初は迅さんの部屋かと思って気にもしなかったのですが迅さんの部屋は別にあるではありませんか!

 さらにどんどんガラクタを運び込まれていって物置かと思ったけど人が住める状態にしてますし。まさかのお母さんの部屋かと思いましたがそこまで華やかなんてありませんでしたし」

 

 ああ、と納得した顔で刃更はどこから説明しようか顔をしかめた。

 

「え? えっと言いにくいなら話さなくてもいいんだよ? 刃更。家族だからって、言いたくないこと全部話さなきゃいけないなんて言わないから。私たち、刃更のこと信じてるから」

 

 刃更の表情の変化に辛いものを感じたのか澪は刃更を心配してしまう。

一緒に生活にするにあたって、一緒に決めていた信頼関係を深める取り決めを絶対に守らなきゃいけないわけではない程度にはお互いの絆は深まっていた。

 

「えっ! あ、いや別に言いにくいとかじゃなくてどう説明しようかなって。俺も兄貴のことちゃんと知らなくてさ」

 

「兄貴? まさか、刃更さんにお兄様がいらっしゃったとは! ……これは私や澪様を巡ったドロドロな性活の予感が、あいたっ!」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! 万里亜! まったく朝っぱらから変な方向に話を(こじ)らせないでよね」

 

 ロリサキュバスにとっては誤字に非ずな妄想を澪は拳骨により物理的にシャットダウンさせた。この従者は油断も隙もあったもんじゃない。

 

「あはは。まあ俺に……血は繋がってはいないんだけど兄がいてなこっちに来て高校卒業してから家を空けがちになっちまったんだよ。かと思えばふらっと家に帰ってきて主婦みたいなことしてるし。何やってるのかって聞いたって自分探しの旅とか真実の愛を探しに行ってたなんて言うんだぜ? 嘘だってバレバレだよな」

 

「不思議なお兄さんですねぇ。えっと、こっちに来てから云々ということはお兄さんも勇者の一族ってことですよね?」

 

 万里亜の質問に刃更はその通りだと返す。

 

「勇者の里では将来有望って言われるほど優秀な人なんだけど色々あって性格に難ありって言われるようになっちゃって。でも俺や野中たちにとってはそれでも便りになる兄貴分だったんだよ。前に話したけど俺が里で問題起こした時もずっと俺を庇ってくれたし、出ていくときも自分は里に残れるはずだったのにそれを蹴って俺と親父と一緒にこっちについてきてくれたり。

 まあ、変な人だけどとてもいい人だな。きっと澪や万里亜のことも親父が何かしら伝えているはずだし、きっと仲良くなれるさ」

 

「そうだよね、勇者の一族だって言っても刃更のお兄さんだもんね。なら安心よね」

 

 一つの懸念が解消され東城家は和気藹々と食事を再開した。

 

「……兄貴の奴今どこで何してるんだ?」

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 深夜といっても差し支えない時刻、商店街は居酒屋やコンビニなど夜遅くまで開けている店がちらほら残っているためまだ明るいが、住宅街はカーテンなどで外を照らす明かりは等間隔に並ぶ街灯のみ。小さな路地に入ってしまえばそれこそ真っ暗な世界となる中、一人の少女が刀を片手に異形達を(ほふ)っていた。

 

「騒動の後から見かける悪魔の数は増えていない。でも向こうがまた追っ手を差し向けるのも時間の問題か……」

 

 周りに悪魔の残党がいないことを確認すると手にしていた刀を消し、野中柚城は一人そうつぶやいた。

 成瀬澪が誘拐されかけた事件から数日、柚城は今までと変わらない生活サイクルで吸後ていた。

 東城刃更がこの町へ引っ越しはぐれ悪魔の存在に気付いてから、夜の悪魔狩りは刃更の尽力によりほぼ彼一人によってなされていた。

 そして今は刃更、柚城の両名がローテーションを組む形で警戒に当たっている。

 

「もう悪魔の気配は感じないし今日は……」

 

「少しいいか?」

 

「!!」

 

 ざっ、っと声のした方から距離を取る。そして手に自分の武器、霊刀をまた具現化させる。

 

「待て待て。敵じゃない。落ち着いてくれ」

 

 柚城が声の主をよく観察すると、どこか懐かしいものを感じた。

 声の主はまだ夏なのに自分の膝まである丈の長いコートを身につけ、その他はありきたりなジーンズとシャツを着た青年だった。少々長い前髪のせいで目元がよく見えないためか陰鬱な顔色となっている。

 だが、柚城はそういう髪のセットなのか、たまたまそう伸びたのかは分からない前髪によって隠れていない左側の目元と口周りを見てふと見たことのある顔だと感じた。

 

「もしかして我区(がく)さん?」

 

「あ? 俺のことを知ってるのか? 勇者の里から派遣された仕事外業務に熱心な誰かさん」

 

 我区(がく)と呼ばれた青年は柚城へと近づきじーっと彼女の顔を凝視する。

 柚城は別に不快感など感じずただ無表情のまま相手の目を見つめ返した。

 

「……あー、もしかして野中姉か?」

 

「はい。お久しぶりです」

 

「はぁー。なるほど。魔王の娘の監視役ってお前だったのか」

 

「!? なぜ刃更と一緒に里から追放されたあなたがそれを? ……いえ、愚問でしたね。迅さんが伝えていたんですね」

 

「ああ、魔王の娘を匿ったといきなり電話を貰ったときは驚いた。どうするかに関してはお前に任せると一言乗せてな。いきなり何とち狂ったことを言っているんだと思ったが、勇者の里の人間がいるってことはこの町に魔王の娘とやらがいるのは嘘じゃないみたいだな。……で、その魔王の娘ってどんな奴だ?」

 

「どんな奴って、知らないんですか?」

 

「知らん。親父が俺に話したのはさっき言ったことだけだ。それ以外は何にもな。だから監視してる人物から直接聞くのが一番だろ。色々知ってそうだし」

 

 我区が世間話でもするかのような口調で柚城に魔王の娘の情報を求めたが、当の柚城の表情は優れなかった。

 

「……我区さん」

 

「なんだ?」

 

「我区さんは魔王の娘をどうするつもりですか?」

 

「……どう?」

 

「とぼけないでください。相手はあの魔王の娘です。私たち勇者にとって敵も同然です。まだ里から消滅対象として処理せよと指令を出されたわけではありませんので私は手を出すつもりはもうありません。でもあなたなら……」

 

 そう、我区も元勇者の一族。魔王の娘という存在に思うところがあるかもしれない。だがその魔王の娘、成瀬澪は刃更の家族なのだ。もし我区が澪のことを排除しようとすれば刃更は抵抗するだろう。そんなことはあってはならない、あまりにも悲しすぎる話だ。

 

「別に」

 

「は?」

 

「別にどうもしない。新しい家族に関して少し話を聞いておきたかったから尋ねただけだ」

 

 柚城は我区の返答に嘘がないかじっと目を見ていたが、嘘をついているようには見えなかった。とりあえず自分が知りうる話と少し前にあった事件の話を要点だけ伝えた。

 

「連絡を受けて俺がこっちに戻ってくるまでにそんな事件があったのか。……なるほど刃更という心の支えを手に入れた元魔王の娘ならば、刃更を排除することで魔王の力を覚醒させやすい。……あぁ、なるほど、そういうことか」

 

「?? どうしましたか? 何か気付いたことでも」

 

 柚城が話したことは野中澪とその付き人万里亜の容姿と自分が相対して感じた性格。そして澪がさらわれかけ、魔王の力を発動させてしまった事件の事務的な報告だけ。

 だが、我区はしばらく空を見ていたかと思ったらいきなり一人納得した様子に見えた。

 柚城はいったい何に気付いたのか我区に自然と聞いていた。

 

「ああ、魔界の方も色々面倒くさいことになっているってことが分かっただけだ。その襲ってきた悪魔……ラースとかいったか。そいつがどうなったかは分からんが死んでいないことを祈るばかりだ」

 

「な!?」

 

 柚城は我区の言っていることが理解できなかった。なぜ襲ってきた敵が死んでいないことを祈るのだ? あの悪魔は刃更を殺そうとした憎き相手だ、それゆえに柚城は我区の言葉にまったく理解を示せなかった。

 

「……おそらくだが、そのラースとか言う悪魔、たぶん現魔王からの使いだろうだがそれだけじゃないはずだ。やってることが矛盾しすぎてる」

 

「え?」

 

 我区は刃更がラースと交渉を持ちかけた時の内容にほぼ近い回答を柚城へと説明した。

 それにより柚城は一旦冷静になり、確かにラースが生きていた方が刃更に危険が及ぶ可能性が下がることを理解した。それと同時に目の前の我区という存在が自分の知る我区ではなくなってしまったことに寂寥を覚えた。

 

 我区が刃更と里を抜けるまで、彼を変える事件があったがそれでも彼は明るく笑顔を絶やさない刃更や柚城の明るくて頼れる、ちょっと抜けた兄貴分だった。

 そして里を抜けた後きっと彼は成長したのかそれとも、これが本当の彼なのかは分からないが変わったのだ。

 とても冷静で頭の回転が速く、ずっと無表情な我区を横目で眺めながら彼女はとりあえず、帰ることにした。

 

「あ、すまん柚城。刃更の家どこにあるか教えてくれないか? 住所のメモ無くしてどうしようか困ってたんだ」

 

「え? ……それぐらい刃更か迅さんに電話して聞けばいいんじゃないんですか?」

 

「……あっ」

 

 もしかしたら、笑わなくなっただけで彼はまったく変わってないのかもしれない。

 

 

 



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契約 2

何かしらの疑問矛盾点を指摘されたらこの辺で軽く解説をします。
追記が起こるかも。


 ピンポーン

 

「はいはい~い」

 

 次の日の昼ごろ、万里亜は家のチャイムに気付き、ぱたぱたと可愛らしい足音を立て不用心にもインターホン越しに相手を確認せず東城家のドアから半身をのぞかせた。

 

「宅急便です……か」

 

 そしてドアの前にいた青年を見て硬直した。

 どの勢力の刺客かわ分からないが平静を装いながら半開きなったドアで隠れている拳に魔力を集める。いつでも相手を叩きのめす準備だ。

 

「……」

 

「……」

 

 青年は家から出てきた少女の顔をまじまじと眺める。

 万里亜はニコニコとしながら内心冷や汗をかいていた。

 

(まずいです。相手の実力が分からない以上下手に手出しはできません。しかも白昼堂々刃更さんと澪様がいないときに敵の拠点に乗り込んでくるとは。

 この場合正面から全員相手をしても大丈夫な実力者、もしくはお二方が学生だと知り私しかいない隙を狙って人質に仕立て上げる狡猾な輩か。判断材料が少なすぎて手が出しにくい!)

 

 頭の中で自問自答を繰り返す万里亜。そんな内心冷や汗が止まらない。

 

「銀髪の小さい……お前が万里亜とかいうサキュバスか」

 

「!!」

 

 今の情報は大きい。両魔王派が成瀬澪を監視しているのは分かっている。ならば自分たちの容姿など完全にばれているはず。それを知らないということは目の前の青年は勇者の一族……とそこまで思考を巡らせて、勇者の一族からも監視がありあの野中柚城が自分たちのことを里へ報告していないわけがないと気付き万里亜はさらに困惑する。

 目の前の青年はいったい何者なのか。魔界からの刺客なのか勇者の刺客なのか。

ただ自分達のことを詳しく知らないとみるとどの勢力に所属しているかは分からないが、末端の木端、もしくは話を聞かせたら最後単独高度を起こすような問題を抱えている爆弾的な存在だ。

 できれば前者であってほしいと思い拳の握る力を万里亜は込めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「はぁ。月曜日ってなんかやる気起きないよなぁ」

 

「お前は年中だるそうじゃん、何言ってんだよ」

 

「そういやそうだな。ははは」

 

 放課後刃更は周りの喧噪を聞き流しながら帰り支度をしている。

 支度も終わり澪に声をかけ用とした時、

 

「刃更。少し時間ある?」

 

「え? ああ、大丈夫だけど」

 

「そう、時間は取らせない。……昨日、我区さんと会った」

 

「な!? 兄貴の奴こっちに返ってきたのか!」

 

 つい大きい声を出してしまい、なんだとこっちを見る者もいたが刃更が発した単語に兄という言葉を聞き興味を失せ各々雑談や帰り支度、部活動の用意を再開した。

 

「どうしたの刃更?」

 

 大声を聞きつけ澪が二人の会話に入っていく。

 教室内の男子から殺気のこもった目線が刃更へと集中する。我らのアイドルをまた独り占めしやがって、と。

 

「いや、昨日兄貴のこと話してただろ? その張本人がこっちに返ってきてたみたいで」

 

「え? 電話かかってきてないの? 我区さんと会ったの昨日の深夜だったから朝には帰ったんじゃないかって思ったんだけど」

 

「え?」

 

 つまり柚城と我区が出会ってからすでに十五時間以上たっていることになる。

 

「まさか、その人……」

 

 澪の言葉に刃更も内心冷や汗を流す。

我区がもし自分の知らないところで勇者の里と繋がりがあったら?

 里が我区に澪の討伐依頼を秘密裏に出していたとしたら?

 確かに勇者の里にいた時の我区は心優しい青年だ。だが、刃更は知っている彼が変わったことを。

昔では考えられないほど冷静で非常な決断も出来そうな目を刃更は知っている。

 今の我区ならば人質などの搦め手だって平気で行うであろうことも想像できる。

 

すぐさま、柚城に礼を言うと刃更は家へと向かった。澪も最悪の事態に気付いたのかそれを追う。

 杞憂であってくれ、そう心で叫びながら刃更は走る。

 途中で万里亜の携帯へ何度も連絡を取ったがまったく繋がらない。二人は嫌な予感と焦燥感に押しつぶされそうになる。

 

「はぁ、はぁ。くそっ!」

 

「万里亜、無事でいてっ……!」

 

 家についた二人は、特に争った形跡のない自宅を見て嫌な予感が加速する。

 もしかしたら町へ出かけているときに襲われたかもしれない、嫌な考えを振り払いながらとりあえず何か残されていないか、敵が潜んでいないか調べるために家へと入る二人。

 そして……

 

「あれ? 刃更さんに澪さま~。どうしたんです挨拶もなしに家に入ってくるなんて。もしかして何かサプライズですか?」

 

「え? あ、万里亜お前……」

 

「万里亜! 大丈夫!? 怪我はない? 酷いことされてない?」

 

「は? へ? いったいどうしたんですか二人ともぉ」

 

「いや、なんでもない。色々疑心暗鬼になってたみたいだな俺も。まさか、兄貴が俺たちを襲うわけないもんな。たく、兄貴の奴どこほっつき歩いてんだ?」

 

 肩の力が抜けたのか頭を書きながら刃更は自分の家族を疑ってしまった罪悪感を、連絡をよこさず自分たちの町をうろうろしている兄貴へ罵倒することで忘れようとした。

 

「廊下で何してるんだお前ら?」

 

「!!」

 

 背後からの声に澪は万里亜を庇いながら声の主と距離を取った。だが刃更は特に気にするまもなくゆったりとした、まるで知り合いに声を掛けられた時と同じ感じで背後を振り返る。

 

「ちょっと刃更! 何してるの! てか、あんた誰よ! 勝手に人の家に入り込ん……え?」

 

「いや、確かにここはお前の家かもしれんが一応俺の家でもあるんだ。入っていけない道理はないだろ。あれか、刃更との愛の巣に無断に入ってくるな的なあれか?」

 

 いきなりの愛の巣発言に澪は顔を赤くしてあたふたし始めるが、刃更は侵入者を半目でずっと睨んだままだった。

 

「あ、我区さん。庭のお掃除終わりましたか」

 

「え? 万里亜、こいつの知り合い?」

 

 見知らぬ侵入者を万里亜が名前で呼ぶ事実に澪の困惑は深まるばかりだった。

 

「ほえ? 知り合いってほど付き合いは長くないですね~。我区さんとは昼ごろ初めて会ったばかりですし」

 

「……何やってんだよ。馬鹿兄貴。あとなんだその格好」

 

「ん? 昔、土木工事の一日バイトの時に買った作業着だが? 意外と普段着にも使えて便利だぞこれ」

 

「そっちじゃねえよ、なんでピンクのハートマークあしらった三角巾とエプロンつけてんだよ。キモいわ!」

 

「あ、それ私が貸しました! ちょっと大きくて、柄も狙いすぎてたからどう処分しようか悩んでいて」

 

「お前のせいか、万里亜! てか、兄貴も普通に着てんじゃねえよ!」

 

 真顔で淡々と返す我区に、指をさしながら突っ込みを入れる刃更、その後ろでは事態について行けず先ほど言われた発言に言い返せない自分に自己嫌悪している澪。それを面白がって眺めている万里亜。

 ドタバタながらも平和な日常の一幕だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 お互い誤解が解け自己紹介も終わり、澪と万里亜は夕飯の支度を、刃更は我区と久しぶりに過ごすことにした。

 家の外にある家と道路をつなぐ会談に二人で腰を掛ける。

 断りをいれ我区は煙草に火を付けた。

 

「なんか気を使わせちまったかな」

 

「久しぶりに家族が帰ってきたんだから、話させてあげようと思うのは当たり前だろう。変に気を使わせたと思う方が逆に相手に対して失礼だぞ」

 

「あー、それもそうか。しっかし、何か月ぶりだ? 兄貴が帰ってくるの」

 

「今回は二月ほどだな……すこし、嫌な事件に巻き込まれてな、少し時間を掛けながら色々動いてたんだ」

 

「え?」

 

 我区が初めて家を出ている間に何をしているのか話したことに刃更は驚きを隠せなかった。

 

「今のお前ならもう話してもいいだろうと思っただけだ。……お前、剣抜いたんだってな」

 

 煙を吐き一拍おいてから額はそう刃更に聞いた。

 

「……ああ、澪や万里亜、守りたいものを守るために」

 

「そうか、お前の意志で戦うと決めたなら何も言わん。トラウマとも向き合えてるんだろ? だから話そうと思っただけだ。俺が今まで何をしていたのかな」

 

 我区の物言いに刃更は親父、東城迅の言葉を思い出した。

(下手に話でもしたら――どうせお前、また例の悪夢を見ちまうだろうが)

 ああ、やっぱり俺は愛されているな。そう刃更はそう感じた。こんなにも自分のことを心配してくれる存在が二人もいるのだ。

 

「……そうか、じゃあ教えてくれ。兄貴がこれまで何をしていたのかを」

 

「ああ。まず里を出てからだな。

 最初の半年間は勝手気ままに悪さをする悪魔を狩りに行く遠征だったな、色々勘を鈍らせないための訓練みたいなものだった。それから四年間は里のパシリをやっていた」

 

「は!? 兄貴お前、里と繋がりがあったのかよ!? ……あ、いや悪い、大声出しちまって」

 

 刃更と迅に対し何もアプローチがなかったのはそういった話をすべて我区が請け負っていたのだと刃更は気付いた。

 確かに刃更は里から追い出された。正確には処分されそうになった。だが迅の説得により里から出ていく形で話は済んだ。そこに我区が迅や里の連中の説得を振り切ってついていくこととなった、家族を守るためだと言って。

 きっとそこで何かしら我区に里を抜けるための条件を課したのだろう、なんせ我区は将来有望と言われてた存在なのだから里とて手放したくない人材だ。

 

「じゃ、話をつづけるぞ。里の方から討伐対象の情報を貰いその悪魔を狩る、んで報酬を貰う。ま、傭兵稼業みたいなものだな」

 

「いきなり高校中退したのはそれが理由なのか?」

 

「ああ、長期遠征は学生には辛いからな。……で、どこまで話したかな」

 

「全然進んでないからな? 傭兵稼業してるってとこまでだよ」

 

「そうだったな、んで傭兵稼業を続けてた時だな。とある山奥の怪異を隠れ蓑にしてる悪魔を潰した帰りにだな、たまたま偶然とある家族が襲われているのに出くわした。それが約半年前だ」

 

「半年前? まさか!」

 

 その時期に刃更は引っ掛かりを覚えた。ちょうどその時何かあったような、とそこで思い出した。自分のことではなかったので思い出すのに時間がかかったが澪が家族を殺された時期とかぶっていた。

 

「ああ、あの魔王の娘の家族だ。違和感を感じて急行したら酷い光景だった。B級ホラー映画をリアルに再現するとああなるんだろうって位にな。そこで現れたサキュバス、万里亜だなあいつと共闘して何とかお互い逃げることができたわけだ」

 

「え? でも俺が帰ってきたとき万里亜は初めて会ったって」

 

「まあ、正確には共闘ではないな。俺が少し時間を稼いだ後入れ替わりで万里亜が来たわけだ。魔王の娘を守っていたためか悪魔と間違えられたのか私に任せて逃げてだとさ。

 まあ、女の子に助けられるのは癪だったから襲撃犯にきついのをお見舞いしてから離脱したがな。

 で、後々親父から魔王の娘の話を聞かされて確認しに行ったらびっくり。あの時助けた女の子じゃないか、ってなぐあいだ。俺は逃げるだけだったからまだ余裕があったがあっちは魔王の娘を守らなきゃいけなかったからこっちの顔を確認する余裕なんてなかったんだろうさ」

 

 我区の話に納得し刃更は話の続きを促す。

 煙草の火を消し、どこから取り出したのか分からないが、100均で買えそうな安っぽい缶の形をした小さい携帯灰皿に我区は煙草を捨てながら次に何を話そうか悩む素振りをする。

 

「ああ、でこの半年間はたまにあの二人が元気かたまに見に行くことが多くなったぐらいか? まあ、言い方は悪いが監視みたいなものだな。魔王の娘の監視悪魔が悪さしないかをかねてのな」

 

 だいたい話し終えたのか、我区は何か聞きたいことはあるのか? と刃更に聞いてきた。

 刃更の一つ目の質問は決まっていた。

 

「兄貴はあの二人のことをどうするつもりだ? 守るのか? それとも勇者の仕事として消滅対象に認定して殺すのか?」

 

 これだけははっきりさせなくてはならない。そういった強い思いを込めて刃更は我区を睨みながらそう問いた。

 

「さあな」

 

「な!?」

 

 だが、我区の返事は曖昧なものだった。それはつまり必要ならば殺すと言ってるようなものだ。

 

「先に言っておく、俺にとって一番優先するべきことは俺の愛する者守ることだ。つまり偶然出会った美少女二人組よりも、一緒に長い時間過ごした馬鹿な家族の方が優先度が高いわけだ。もしあいつらとお前助けられるのは片方って言われたら俺は迷いなくお前を助けるぞ」

 

「っ! ……分かってる、分かってるよ。あんたがそういうやつだってことぐらい!」

 

 我区の言葉に刃更は泣きたくなるぐらい嬉しくなった。だがそれでも、

 

「あいつらはもう俺たちの家族なんだよ! ならあんたにとっても家族だろ、兄貴!

 だからさ、こっちを優先するとか言うのやめてくれよ。昔のあんたなら笑いながら全員守ってやるって言ったはずだろうが……っ」

 

「昔のことは昔のことだ。何も知らないちっぽけなガキがただ粋がってただけだ。現実は甘くない。それを俺はこの五年間で知ったんだ」

 

 我区は煙草買ってくると短く伝えると、その場からゆっくり立ち去ろうとした。刃更はそれを追いかけられず、その場でただただ涙をこらえることしかできなかった。

 

「刃更」

 

「……なんだよ」

 

「お前はそのままでいろ。青臭いほうがお前らしくていい。……それと俺は自分勝手なやつだ。だが、俺の認めた奴の話位はちゃんと聞く、聞き分けのある人間でもある」

 

 昔の自分を思い出しながら自分勝手って言葉を辞書で引け、バカやろう、と心の中で呟きながら刃更は近くのコンビニへと向かう我区を見送った。

 

 

 そんな二人の様子を除く小さな影。東城家の次の話への閑話はまだ続く。

 

 

 



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契約 3

とりあえず投稿!


 我区が帰ってきてから次の日の朝。我区は昨日の夜の取り決め通り深夜の悪魔狩りを行ってから帰ってきたところだった。

 まだ、日も昇っていない早朝、まだ全員寝ているはずだ。極力音を出さずカギを開け扉を閉める。ついでに配達されていた新聞を回収。

リビングを通るため冷蔵庫から牛乳を少々拝借。ちゃんとコップに注いでから飲み、使ったコップは洗って乾燥棚において置く。主婦らしいことをよくやっているためか、それとも几帳面なのか無駄のない動きだった。

 部屋に戻り着替えを持ち風呂場へと歩を進める。誰も起きていないため変なハプニングが起きることもなくシャワーを浴び終え外へと出る。

 

「あ、おはようございます我区さん。今日もお勤めご苦労様でした」

 

「……おい」

 

 狙いったのかと思いたくなるほどちょうど良いタイミングで万里亜が脱衣所へと入ってきた。いや、タイミングが良すぎたためこれはワザとだなと我区はそう判断した。

 

「いやー、すみません。まさかこんな朝早くからお風呂に入っているとは気付かなくて。それにしても我区さんも刃更さんに負けず劣らず……ん~、筋肉の量は刃更さんの方が多いですかね? この辺とか、この辺とか!」

 

 ペタペタと我区の腕や大腿部を触ってくる万里亜。だが我区は特に気にした様子もなくてきぱきと体についた水滴をタオルで拭い着替え始める。

 

「ぐぬぬぬ! なんですかなんですか! こんキュートでかわいい美少女と脱衣所でこんにちはしただけではなく体を触ってきたというのにその態度は! あれですか、我区さんはイ○ポですか! それとも私みたいなロリには勃たないっていう人種ですか! ……はっ! まさか我区さんってホ、痛い!」

 

 とりあえず後ろでギャーギャー騒いでいるサキュバスにでこピンをくらわせることでとりあえず黙らせることにした。不名誉なことも言われそうだったからとりあえず手加減はしなかった。

 

「逆のパターンならまだしも見られただけで何を恥ずかしがる必要がある? まあ、そういうのは刃更にでもしてやれ。あっちの方が面白い反応が見れるだろ」

 

「え~。もう刃更さんには似たようなことしちゃいましたし~。それにサキュバスとして身近に新しい男性がいるのなら色々知りたくなるのが(さが)でして~」

 

 やったんかい。という突っ込みを飲み込み我区は脱衣所から出てリビングへ向かう。

 後ろからちょこちょこと万里亜が付いてくる。

 

「やっぱりわざと入ってきたな?」

 

「てへっ! ばれちゃってましたか、いだぁ!」

 

 舌を出しながら頭に拳をぶつけるポーズを万里亜は取る。

 なんとなく、もう一発でこピンを叩き込んでおく。

 

「ところで我区さん寝ないんですか?」

 

「いや、基本俺が家にいるときは俺が朝食当番だったからリビングに来たわけだが」

 

「そうだったんですか、東城家のお母さん役だったんですね、我区さんは。ですが今は私がいますのでその辺は私に任せてください! あ、それとも一緒に作ります? こう家族なんですからお互い助け合う、みたいな」

 

「ん。そうだなそれもありだな」

 

「じゃあ、私はサラダを作りますので我区さんはそうですね~、洋風な朝ごはんと言えば卵料理でしょうか?」

 

「目玉焼きでもいいが、スクランブルエッグも楽ではある。……オムレツもありだが」

 

「時間もありますし凝ったものでいいんじゃないでしょうか」

 

「そうだな、オムレツにするか」

 

 我区はリビングの椅子に掛けてあったエプロンを、万里亜も自分の白いレースがあしらわれたエプロンを着て二人は社業を始めた。

 

「およ? 我区さん色々取り出してきましたね? それ、全部使うんですか?」

 

 我区が冷蔵庫から取り出してきたものは、卵と牛乳だけではなかった。

 

「凝ったものっていたのはお前だろう? それに色々作っておけばお前らの好みも知れる。あとはせっかく人に食べてもらうんだから温かい状態で食べてもらいたいって思っただけだ。

まあ、久しぶりに刃更に料理食わせてやるんだ。好物くらい作ってやりたくなるものだろ?」

 

 淡々と、特段表情を変えず必要な材料を茹でたり調理器具置き場の奥から引っ張り出してきたジューサーに入れたりしながら万里亜にそう返す。

 

「刃更さんってば愛されてますねぇ。こんなに優しいお兄さんを持ってる刃更さんは幸せ者です」

 

「家族を愛するのは当然だろう?」

 

「ん~、私としては一般的な人よりも少々愛が強い気がしますが」

 

 なんとなく、万里亜は我区の刃更への愛が強いのを感じていた。

 昨日の夜の会議でも今まで刃更が行っていた深夜の悪魔退治をすべて自分がやると率先して言ってきた。それに刃更は反対したが、野中柚城の分も請け負う、何より学生が無理をするなといった正論や反論しづらい状況を作り刃更をしぶしぶながらも納得させていた。

 

 それだけではない、万里亜は昨日の我区と刃更の会話を聞いている。

 サキュバスとして人の愛情というものに人一番敏感な彼女はその時の会話から我区の愛の重さを敏感に感じ取っていた。サキュバスである自分が動揺するぐらいに。

 彼の愛の重さは狂気一歩手前のレベルにまで達していたのだ。

 

 だからこそ万里亜は何気ない会話でその足掛かりを探る。

そこに自分と澪を、刃更と同じく愛し守ってもらうためのヒントがあると確信しているから。

 

「……そうか? それは俺にとっては褒め言葉だがな」

 

 少しご機嫌になりながらせっせと作業を再開する我区。

 失敗したかと内心でまだ時間はあると言い聞かせ万里亜はその下心に気付かれぬよう心の奥底にそっとしまった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「おはよう。って兄貴、お前またその格好かよ」

 

「何が悪い、あるものを使うのは常識だろ」

 

「へーへー、俺がわるぅございました。で今日の朝飯は……お、俺の好物じゃん。サンキュー」

 

「おう、成瀬澪が降りてきたら食べるぞ。それまで牛乳でも飲んでろ」

 

 刃更は、我区の澪への呼び方を聞いてやぱっり駄目かと、落胆した。

 

 そして、全員がそろいいただきますの合唱の元朝食が始まった。

 

「このオムレツおいしい! 万里亜、作り方変えたの?」

 

「いえいえ、何とこのオムレツは我区さんが作ってくれたんですよ! いやぁ、料理のできる男性って素敵ですよねぇ」

 

「え! そうだったんですか、えと、とっても美味しいです。このオムレツ! オムレツの甘さとトマトの酸味が上手くあっててもう最高」

 

「ふーん、全員別々の種類にしたんだな。もしかして兄貴も女の子に料理ふるまうこと意識しすぎて頑張っちまったか」

 

「にしては、私の分は普通なんですけど」

 

「朝のイタズラの意趣返しみたいなものだ。他の物より甘目に作ってるだろ」

 

「子ども扱いして! ムキー!」

 

 刃更の指摘通り、オムレツは刃更のがトマトとチーズ入り。澪のがトマト入り。我区のはほうれん草。万里亜のはプレーンとなっている。

 

「んで、なんでいきなり手の込んだもの作ったんだ? いつもならもうチョイ簡単な物しか作らないのにさ」

 

「別に……」

 

 ひょいひょい、とどんどん自分の分をどんどん口へと運び飲み込んでいく。

 

「お互いのこと知るならどういうことができるのか知ってもらうのが一番なだけだ。つまり家族として絆を深めるのならどういう人間なのかが知ってもらうのが一番というわけになる、証明終了」

 

 そういって我区は自分の分をすべて食べ終え、食器はシンクへと移し代わりに沸かしていたお湯で珈琲を作って戻ってきた。

 

「兄貴……」

 

 昨日の自分の言葉に思うとこがあったのかもと思い、刃更は考え直してくれた兄貴に感謝した。

 

「やべぇです! やべぇですよ! 澪様! 刃更さんがヒロインの顔してますよ! 義理兄弟ホモォルートとか誰得ですかぁ!」

 

「ちょ! 待ちなさい万里亜いきなり何言ってるの! ……違うわよね、刃更?」

 

「おい、ばかやめろ(震え声)」

 

「ホモは嘘つき」

 

 万里亜の言葉攻めに身悶える刃更は助け船を求めて我区へと視線を移すが、我区の座っていた席には誰もいなかった。

 

「いつまでじゃれているんだ。時間は有限だぞ」

 

 キッチンの向かいにある、リビングのソファに座り新聞を読んでいた我区から声がかかる。

 はっとなり時間を確認すると家を出る時間の三十分前だった。

 

「うお、マジか!」

 

 刃更は急いで皿の上の物をすぐに腹へとしまう。遅れて澪と万里亜が食べ終わりそれぞれ身支度を始める。

 いってきますと三人の声が響き、それに我区はいってらっしゃいと答えた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ただいまです!」

 

 二人を送った万里亜が帰ってきたようだ。コードレス掃除機を止め我区は出迎えるために玄関へと向かった。

 

「お帰り」

 

「……おお! いつもは誰もいないから少しさびしかったですがこうして誰かにお帰りって言ってもらうのも悪くないですねぇ」

 

「そうか、お付って立場だからな仕方ないな。とりあえず洗濯機は回しておいた後は頼む。俺は少し休むから変なちょっかいかけないでくれよ」

 

「はいは~い。とりあえず今日は何もしませんので安心してください」

 

「安心できない言葉だな。まあ、昼ごろまた起きてくるからその時何か手伝うことがあったら言ってくれ。じゃあ、お休み」

 

 そのまま我区は自分の部屋と戻った。

 

「まあ、あって間もない人にイタズラしても逆に不快感しか与えませんし、今日のところは見逃してあげましょう。……ぐへへ、男女が一つ屋根の下で二人っきり、距離を縮めるのに活用しない手はありませんよ~」

 

 悪い顔をしながらとりあえず洗濯物を乾燥機能で乾かすか外に干すか悩み始める万里亜であった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 夜、夕飯も食べ終え各々まったりと過ごしているとき、我区は刃更は前日同様家の外へと呼び出していた。

 

「で? 話ってなんだよ兄貴」

 

「明日、放課後時間はあるか?」

 

「は? いきなりなんだよ。……まあ、何もないけど」

 

「そうか、なら話が速い。明日家に帰って身支度が終わったら夕日の丘って呼ばれる公園に来い。広さもあってちょうどいいだろ」

 

 刃更は我区の話についてこれず、顔をしかめた。

 

「手っ取り早い話だが、お前の覚悟が知りたい」

 

「覚悟? 何の覚悟だよ?」

 

「あの、魔王の娘を絶対に守るって覚悟だよ」

 

「!!」

 

 いつの間にか刃更の顔の前に、標準的木の柄の金槌が向けられていた。

 

「魔王の娘を匿っているとなればお前も立派な悪魔の一派ってことになる。悪魔の政治云々の話の前に、お前のところに勇者の一族が討伐対象と見なしてやってくるぞ。もしかしたらそのうち俺にその話が回ってくるかもな」

 

「何が言いたいんだよ兄貴。俺を優先するだとか、澪たちを家族として向け入れようとするそぶりを見せたかと思ったら、今度は討伐? 話がめちゃくちゃじゃないか。矛盾ってレベルじゃないぞ」

 

「そう急ぐな、てかこの手の話はすでに野中から聞いているんじゃないのか? お前を守るために澪を殺すことも、っ!」

 

 我区が言い切る前に刃更は拳を振りぬいた。我区はそれをあえて受ける。吹っ飛ばされることはなく数歩たたらを踏むだけだった。

 

「言っていいことと悪いことがあるぞ、くそ兄貴」

 

「今ので、お前の気持ちは十分理解した。だが思いだけじゃダメなんだよ刃更。

 自分の思いを突き通したいのなら力だっている。わかるだろ? 思いだけでも力だけでも駄目なんだよ。だから、明日お前の覚悟を俺に見せろ」

 

「ああ、分かったよ兄貴。要はあんたに勝てばいいんだろ?」

 

「おう、そうだ。この話をあいつらにするのだって自由だ、その辺含めてお前の覚悟を見せてみろ。じゃあ、俺はパトロールにでもいってくる。楽しみにしているぞ」

 

 我区が見えなくなるまでその背を睨み付け刃更は家の塀を力任せに殴った。

 

「くそっ!!」

 

 がさ、っと葉が何かにあたった音が聞こえ刃更は音のした方へ顔を向けた。

 そこには申し訳なさそうな顔をした澪がいた。

 

「あの、ゴメン刃更! 盗み聞きするつもりはなかったの! その、万里亜に言われて刃更の昔の話とか聞けるとか何とか言われて、その……ほんとにゴメン」

 

「いや、別に盗み聞きに関してはとやかく言わないよ。で、全部聞いてたか?」

 

「うん、明日公園で刃更たちが闘うって」

 

「なら話は早い。これは俺と兄貴の問題だ。だから俺一人で行く。澪たちは来なくていいからな」

 

 でも、と反論してくる澪を刃更は視線で黙らせた。

 

「馬鹿兄貴が馬鹿なことしようとしてんだ、家族を止めるのは家族の役目だ」

 

 反論しようにも水掛け論にしかならないと感じた澪はしぶしぶながらそれに従った。

 

「ありがとう。絶対兄貴に俺のこと認めさせてやるから」

 

「う、うん」

 

 何か言いたそうにしている澪に気付かず刃更は家へと戻っていった。

 澪はそんな刃更を身と届けた後何かを決心した顔つきとなった。

 

 



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契約 4

バトルとなるとなんやかんやで長くなりますよね~。

とりあえず、ぱっぱと書き上げたので誤字あったら報告オナシャス


 夕暮れの公園。我区は適当なベンチに座って煙草をふかしていた。足音に気付きそちらを向くと、呼び出した相手、刃更が真剣な表情でこちらへと歩いてきた。

 

「……一人で来たのか?」

 

「ああ、バカなこと考えている兄貴にお灸をすえに来たんだ。その役目は俺がすべきだろ」

 

「……一人で俺に勝つつもりか? お前に限って俺を下に見ているとは考えにくいが、さすがに無理があるだろ。いくら剣を握りなおしたからって五年のブランクは大きい。分かっているのか」

 

「ああ、これは俺と兄貴の兄弟喧嘩だからな。そういうことは一切無視だ」

 

 刃更のその言葉に我区は軽くため息を吐く。

 

「なあ、刃更。俺はお前の覚悟が見たくてこう呼びだしたんだ。魔王の娘を守るって気概を見たかったわけだわかるか? で、呼び出されてお前はここにのこのこ一人で来たわけだ」

 

「それの何が悪いって言うんだ」

 

 ああ、駄目だこりゃ、と我区は心の中で愚痴った。

 俺同様この弟もかなりのバカだと実感した。兄が暴走したから止めようと躍起になっている。ああ、兄として家族としてとても嬉しいことだ。

 だが、今の刃更には周りが全然見えていない。この状況を兄弟喧嘩と言ってしまうあたり救えない。

 なぜ、俺がお前と悪魔の娘を分断させたと考えない? もし俺が本当に悪魔の娘を殺そうとしていたならお前はすでに悪魔の娘を危機にさらしているんだぞ?

 

「全部嘘で、実は俺の言ったことはすべてお前と魔王の娘を分断させるための口実だとしたら?」

 

 その言葉で、刃更はみるみる内に顔を青くする。

 だがそれでも、こちらを見る目は変わらない。お前を信じているそういう目だった。

 

「ま、嘘か真か是非は俺をどうにかしてから決めるんだな」

 

 我区はコートの下からおもちゃのピコピコハンマーを取り出した。そしてそれは瞬く間に巨大な木槌へと変化した。

 

「かかってこい、刃更。久しぶりに稽古つけてやる」

 

「……ああ、あんたを倒さないと先に進めないんだ。押し通らせてもらう!」

 

 刃更も魔剣ブリュンヒルドを具現化させ正眼に構える。

 

 じりじりと刃更は我区との距離を詰めていく、対する我区はその場から動かない。

 

(兄貴の戦闘スタイルはカウンター主体のパワータイプだった、向こうから突っ込んでこないところを見ると、この五年でスタイルが変わってない可能性は濃厚。なら速さで攪乱して知覚できないタイミングで――)

 

 そこまで、思考した瞬間。

 

「来ないのか? 時間をかけすぎると魔王の娘に何かあるかもしれんぞ? まあ、稽古だからな、こっちから攻めてやる」

 

(な! 前より格段に早くなってる!)

 

 そういい終わるや否や、我区は刃更目掛けて突進しその木槌を振りぬいた。

自分ほどではない十分見切れる速さだ。

だがそれでも、予想外の事態も相まって判断を数瞬遅らせてしまった刃更はその攻撃をかわせないと判断し魔剣で受け止める。

 

「づっ、があああ!」

 

 見た目が木でできているのに金属同士がぶつかる音が鳴り響く。

 やはりパワータイプの我区に力比べで勝てず刃更はそのまま吹っ飛ばされた。

 ダメージはなく、そのまま姿勢をただし着地する。お返しだと今度は刃更が我区へと肉薄した。

 まっすぐ突っ込み、自分の射程範囲内に入った瞬間剣を叩きつける振りをしすぐさま背後へと回り込む、そしてそのまま切り付ける。

 

「五年のブランクがありながらここまで動けるとわな。だがその程度、察しているし見えている。あまり俺をなめるなよ」

 

「くっ」

 

 我区は難なく刃更の魔剣を自分の木槌の柄で受け止めていた。そう来ると分かっていた動きで。

 刃更は追撃を恐れ離脱しようとするが、それよりも早く我区の前蹴りが刃更の腹に命中した。

 

(前より反応速度も技の出もすべてが速くなってやがる! こうなったら、手数で押し切る!)

 

「うおおおおおおぉぉ!」

 

 前蹴りによって離された距離を一瞬で詰め怒涛の攻めを刃更は展開する、上から、下から、右下左上横突き薙ぎ払い。なりふり構わず次につながる動きを意識しながら刃更は攻める。

カウンター攻撃を打つ前に決めてやる!

 

確かに我区は刃更の攻撃を受けることで手一杯なのか、ずっと柄で攻撃を弾いている。

 だがしかし、そう、刃更の攻撃をすべて(・・・)受けきっているのだ。

 遂に、刃更がしびれを切らし、大ぶりな攻撃をしてしまった瞬間我区はその剣を受けずにスウェーの要領で後ろに紙一重の距離で躱す。

 

(しまっ!!)

 

 我区の木槌の長さはブリュンヒルドよりも長い。そして我区は躱した瞬間すでに攻撃の貯めを作っていた。

 

「躱して見せろ、刃更!」

 

 攻撃の瞬間叫んだためか一拍攻撃に時間が生まれ、刃更は転がるように我区の木槌の射線から逃れることができた。

 刃更は焦る。自分のラッシュが通用しない。スピードによる攪乱も今の我区には見抜かれる。完全に手詰まりだった。

 

(いや、まだ俺には無次元の執行(バニシングシフト)がある。兄貴の武器のからくりは今まで教えてもらえなかったが、武器の形を何らかの方法で変えているんだ。だったらその形を戻すことだってできるはず!)

 

 だが、無次元の執行はカウンターとして発動するスキルだ。これが本気の戦いならばカウンタータイプの我区とは相性が最悪と言ってもいい。

 だからこそ刃更は覚悟を決める。

 このまま待てばきっと我区は攻勢へと出てくれる。だが、そんな安全策で、本来ならば来るはずのない攻撃をあてにしていいのか?

 答えは否だ!

 

「肉を切らして骨を断つ!」

 

 刃更は意を決し我区へと突っ込んだ。

 わざと大ぶりな一撃を我区へと向け、受け止めさせるのではなく弾かせる(・・・・)ように斬る!

 

(よし! 距離ができたこれなら!)

 

 先ほどとは違い無言のまま我区の木槌が刃更へと襲い掛かる。

 その木槌目掛けて刃更は剣を再度ぶつけに行く。

 

「無次元の執行っ!」

 

 何もかも、目論見通りだった。

 刃更の剣がふれた瞬間我区の木槌は一瞬の間にピコピコハンマーへと戻る。

 そのままの勢いのまま我区へ切りかかる。

 振り下ろしにより我区の木槌を消し去る、そのまま返す起動で斬撃を放つ。

少し斜めになったVの字を書くように。

昔の剣豪が行ったツバメ返しの要領で剣は我区へと吸い込まれていく――

 

ギィイン!

 

「んなっ!」

 

だが、刃更の攻撃は我区の形を変えた小さな金槌によって阻まれた。

恐ろしいことに、自分の武器を消されたことによる驚きを我区は見せなかったことだ。

刃更の攻撃はその刹那の驚愕から来る一瞬を狙った攻撃、それを最初から来ると分かっていたかのように我区は受け止めた。

 

「すまんな、その技はすでに野中姉から聞いている」

 

 ああ、なるほど。そういえば兄貴は柚希と会っていたんだな。なら前の事件に関して話しているのは当たり前だ。

さらに無限の執行は自分にとってトラウマのようなもの。それを少しでも克服したとなればそりゃ、家族に嬉しさのあまり教えてしまうだろう。

 ああ、柚希はまったく悪くない。そのことを考えもしなかった俺の浅はかさが招いた結果だ。それに分かっていても兄貴が反応できない速度で剣をふるっていれば勝てたんだ。

 もしくは、自分の剣にもっと威力があれば――なんせ兄貴は今片手(・・)で俺の攻撃を受け止めているんだ。

 

「なら、俺が至らなかったのが悪いってわけだ」

 

「その通りだ刃更」

 

「ぐ、ごはぁ!」

 

 空いていた拳が容赦ない威力で刃更の腹を貫く。

 その威力に宙に投げ出された刃更は直感で自分の横にブリュンヒルドを置く。

 

 その直後、体全体を揺らされたかのような衝撃が刃更に走り、そのまま吹き飛んで行った。

 

「ごふっ」

 

 びしゃりと口から血を吐き出す刃更。

 我区はゆったりと距離を詰めていく。

 

「立てよ刃更。お前の覚悟はこんなものじゃないはずだ」

 

「くっ、かはっ。……ぜぇ……ぜぇ。ああ、そうだこの程度で俺の覚悟は俺やしねぇ、見せてやる、俺の覚悟は絶対に折れないってことを」

 

 重い体を無視し刃更は我区へと飛びかかる。だが先の一撃のせいでスピードも、一撃一撃の威力も落ちてしまっている。

 

「……なあ、刃更。お前のあいつらを守りたいって気持ちはよくわかった。下手な博打売ってでも勝たなきゃならないという気概を見せてもらった。だが、お前は俺に勝てない……それは理解しているか」

 

「そんなもん、やってみないと分からないだろ!」

 

 口では、なんとでもいえる。刃更自身自分、今のが我区に勝てないことなど無次元の執行を防がれた時点でとっくに悟っていた。それでも、それでもあきらめられなかった。

 何より、最愛の兄の前で無様な姿をさらすのはどんな屈辱よりも耐え難い――

 

「それがお前の敗因だ」

 

 え、と一瞬呆けた瞬間頬に衝撃が走り地面に転がってしまう。

 どうやら自分は殴られたようだ。あの連撃の中一瞬のすきをついて針の穴を通すようにこちらへ拳をお見舞いする。やっぱり兄貴はすげぇやと思ってしまう。

 

「……刃更、あの魔王の娘を助けたいのならもう少し賢くなれ」

 

「もう少し兵法とかそういうのを覚えろってことか?」

 

「違う、本当に守りたいものを天秤にかけろと言っているんだ。今のお前は魔王の娘より俺に重さを感じている。だからこそのこのこ一人でこの場所に来て決闘となんら変わらない形で俺に挑んできている」

 

「それはっ――」

 

「違うと言い切れるのか? いや、分かっているんだろ? 本当ならばあの二人もここに連れてくるべきだったんだ、伏兵としてでも、ともに戦う存在としてでも。どちらでも構わない。

そうすればお前たちは難なく俺に勝てただろう、それが一番だ。それに俺はあいつらを殺すと口にしたはずだ、なら俺はお前らにとって敵でしかない、躊躇するな。

 青臭いのは構わん、それがお前の美徳だからな。だが青臭さを発揮するのは時と場合を選べ。負けたら何も残らない(・・・・・・)んだぞ? 俺の両親みたいにな」

 

「!!」

 

 そうだった、我区の両親は理由は不明だが我区が幼いころ魔界へと赴き、殺されのだ、我区の目の前で。

 ああ、なるほど。これは重い。今までになく胸に刺さった忠告だった。

 そして、自分がどれほど弱いのかも自覚した。

 それでも――

 

「兄貴は俺にとってたった一人の兄貴なんだ。だから守る。俺の大切な物だから、絶対に。澪たちだってそうだ。俺はあいつらの兄貴で家族だから守る、そう決めた。

 だから、兄貴が理由があって澪たちを殺そうとするなら原因を取り除く。

俺の性で本気でそう思ったのなら、俺は――あんたより強くなってやる!」

 

「そうか、なら強くなれ刃更。俺よりもな。だがそう簡単には追い抜かされるつもりはないぞ。俺はお前の兄貴だからな」

 

「上等!」

 

 二人が駈け出そうとした瞬間、二人目掛けて雷が落ちてきた。

 

「ぬおわぁ!」

 

 派手にこけて回避する刃更。我区はひょいと軽くステップするように避けた。

 

「今の魔法は……まさか!」

 

 ばっと、後ろ振り返った刃更が見たものは髪を逆立てていかにも私怒ってますとう状態を体現した澪だった。その隣には万里亜もいた。

 

「こんの、バカ刃更ぁ! なに一人で何とかするとかカッコつけといてボロボロになってるのよ! 我区さんが様子見に来てくれって言ってなかったらあんた確実に負けてたじゃない!」

 

「え、はぁ! おい兄貴、どういうことだよ!」

 

「んあ?」

 

 いつの間にか、我区は自分の木槌を杖代わりに煙草を吸いだしていた。

 

「いや、これお前に現実見せるための訓練みたいなものだし。あと俺がどういう戦い方をするのか見せておきたいだろ? それなりに全力でやりあえる口実を作ってみたんだが、なかなかうまくいかないもんだな」

 

「そういうことだから! 私たちも加勢するからね!」

 

「どういうことだよ!」

 

「要するに、このままだと刃更さん負けてしまいそうだから私たちが手伝いますよ~ってことです。どうやら我区さんまったく本気出していないみたいですし」

 

 澪の発言に万里亜が補足する形の言霊(ことだま)が、刃更に精神的ダメージを与える。

 

「まあ、盛大な負けイベントでしたと割り切って、勝ちに行きましょう! なんか、あとから味方が救援に来て逆転劇とか燃えますねェ!」

 

「おまえら……はぁ。そうだよな、やるからには勝ちたいよな。うん、そうだ! どんな手を使っても勝たなきゃいけないって言われたばっかりだしな。俺たちで力を合わせて兄貴に一泡吹かせるか!」

 

 何か吹っ切れたように刃更はとてもきれいな笑顔でそう言い切った。

 

「「うわ、かっこ悪」」

 

「ひでぇな、お前ら!」

 

 わいわい、きゃあきゃしてる三人を眺めながら我区は煙草を携帯灰皿の中へ捨てストレッチを始める。とりあえず、やかましい三人のじゃれ合いが終わるまで待つとしようと思った。

 

 

 

「で、作戦会議はおわったかー」

 

「おう」「ええ」「はいです」

 

「うし、じゃあかかってこい」

 

 まず、サキュバス装束に着替えた万里亜が突っ込んできた。

 なるほど、刃更はいま体力を消耗しているから中衛にまわったのか、と我区は辺りをつけ万里亜の攻撃を防御していく。

 

「これでもパワーには自信があるんですけどね!」

 

「こちっもパワータイプなんだおかしいことはないだろ?」

 

 軽口をたたき合いながら我区は攻撃を捌き、刃更同様わずかな隙を縫って万里亜に蹴りを叩きこみ距離を開けさせる。

 

「そこだぁ!」

 

 後ろから刃更の奇襲が襲い掛かるがそれを難なく受け止め弾き飛ばす。

 

「今!」

 

 周りに巻き込む対象がいなくなった瞬間澪から魔法による援護が飛ぶが、木槌によりかき消されてしまう。

 

「いやー、刃更さんが一方的にぼこぼこにされているのを見てましたが実際退治するとその強さが改めて理解できますね」

 

「自慢の兄貴だからな! とりあえず今度は二人で行くぞ万里亜!」

 

「ホモはせっかち」

 

「そのネタ今はやめろ!」

 

 今度は二人係で我区に襲い掛かるが上手い具合に立ち位置をずらされ刃更と万里亜は攻めあぐねていた。時に一対一になるように、万里亜が刃更の攻撃範囲に入るように。

 

「ならこれならどうだ!」

 

「捕まえました!」

 

「ほう」

 

 万里亜が我区の木槌をつかみ持ち前のパワーでその場に縫い付ける。その隙をついて刃更が後ろから襲い掛かる。

 

「悪くない戦い方だ。だがな――」

 

「なっ!」

 

「嘘!」

 

 我区は刃更の剣を靴裏で止めていた。いや正確には靴裏に出現した魔方陣で、だ。

 

「この五年間で俺も色々できるようになったわけだ。

 燃えろ! 俺の、ラブ・バーニング!」

 

 二人から距離を取ると、今度は木槌に魔方陣が出現する。そしてその木槌を振るうと炎の球体が万里亜と刃更に向かって襲い掛かる。

 

 何とか一撃目は躱せたがどんどん飛んでくる炎弾に二人は交代を余儀なくされた。

 

「ちょっと、刃更! 魔法も使えるなんて聞いてないわよ!」

 

「俺だって知らなかったんだよ! くそっ、昔から器用だと思ってたがここまでとわな」

 

「というより不味くありません? 近距離は捌かれる、離れても攻撃される、遠距離魔法では決定打が打てない……あれ? 私たち積んでません? かなりピンチ?」

 

 カウンタータイプが中距離技を使ってくることがどんなに厄介か三人は理解し、冷や汗を流す。

 まるで城壁。しかも天辺に大砲もついているというおまけつき。厄介極まりない。

 だが、城壁を破る方法がないわけではない。

 チラッと、刃更は万里亜を見る。

 言いたいことが分かったのか万里亜はうなずくことで返した。

 

「だけど、私の攻撃は刃更さんほど早くないですし……きっかけが欲しいですね」

 

 作戦会議再開、それを許しているのか我区はその場で素振りを始めた。

 ああ、やっぱ手加減されてるなと悔しさを飲み込み刃更は考える。何とかして大きな隙を作る方法を。

 どうしたものかと悩む二人に澪から声がかかった。

 

「なら、私がその隙を作る」

 

「はあぁ! 正気か澪?」

 

「そうですよ! 今より威力の高い魔法を打っても効かない可能性の方が高いですって!」

 

 そうじゃない、と澪は首を振る。そして澪の口から語られた策はかなりの大博打だった。

 

「危険ですって! 我区さんのことですから手加減してくれるかもしれませんが澪様が危ないですよそれ!」

 

「分かってる、正直言ってかなり怖いって思ってる。それでも、それしかないのなら私はやる。これからのことを考えると私だってやるときはやらなきゃ。

いつまでも強大な魔力をもつ普通の女子高生じゃいられないもの!

 そう、逆に考えるのよ! 死ななきゃ安いって! 今なら死ぬ危険性だって低いし、今この時を置いて私が無茶できる時はないって」

 

「澪様男前すぎますよぉ! 刃更さんも何か言ってあげてください!」

 

 

 今まで静観していた刃更は、一言

 

「やれるのか?」

 

「やって見せる! 我区さんに私たち(・・・)のこと認めさせてあげるんだから!」

 

「分かった、お前を信じるぞ。澪!」

 

「任せて、お兄ちゃん!」

 

「なんか、婚姻を認めさせるための共同作業みたいになってますよぉ! わかりました! ええ、分かりましたとも! 私も腹をくくります! 刃更さん、澪様が傷物になったら責任とってもらいますからね!」

 

 ワイワイ、ギャーギャーと騒がしい作戦会議を終え、澪が一番前に立つ。

 

「ほう、これで決める気か?」

 

「ええ、そうよ! あんたに一泡吹かせてやるんですから!」

 

 澪は連続で炎を我区へと放つ、それに倣い我区も炎弾を撃ち込み相殺させていく。

 その工程が何度か続いた後、我区に動きがあった。

 

(来る!)

 

「ラブ・ファイヤー、フルバーニング!」

 

 今まあでの中で一回り大きい炎弾が放たれる。

 澪はその炎弾に向かい、走り出した(・・・・・)

 

「なっ!」

 

「魔王の娘をなめるなぁ!」

 

 直前に何か魔法を発動させたのか炎弾が破裂する。

 その余波により炎と砂煙により我区の視界が遮られてしまう。

 だが、我区は感じ取っていた、だれかがこの炎を突っ切ってくることを。

 

「その程度で!」

 

 我区は、突っ込んでくるであろう人物目掛けて木槌をスイングする。そしてその木槌を受け止めたのは――

 

「でやあああぁぁぁ!」

 

「な、成瀬だと! それにその魔法は!」

 

 刃更でもなく、万里亜でもなく、炎を突っ切って我区の木槌を受け止めたのは澪だった。

 我区と同じく自分の正面に魔方陣を展開し木槌とつばぜり合いを始める。

 

「さっき見せてもらったからね! これぐらいできなくて何が魔王の娘よ!」

 

「よくやった、澪おおぉ!」

 

 後ろから刃更の追撃が来る。その刃を強化した手でつかみ取り何とか防御することに成功する。

 

「よし、手で受け止めてくれてありがとよ、兄貴!」

 

 気付いた瞬間、もう遅かった自分の後ろで万里亜が殴りかかる貯めを終えていたのだ。

 

「これで」

 

「「「終わりだ!(よ!)(です!)」」」

 

 ガードすることもできず、我区は背中にパワータイプの万里亜の全力を乗せた拳を受け吹き飛んで行った、地面を何度もバウンドし、木をなぎ倒し、何か固いものにぶつかるものを残して。

 

「……よっしゃぁ! 私たちの勝ちです! 武器もこうして奪いましたし、まぎれもなく私たちの――いだぁい!」

 

「このおバカ! いくらなんでもやりすぎでしょうが! あんな一撃くらったら普通の人なら死んでるわよ!」

 

「兄貴! アニキいいいぃぃぃ!」

 

 涙目になりながら刃更は我区が吹き飛ばされたことによってできた道を走っていく。

 後ろでは、澪による万里亜への摂関が始まっていた。

 

「堪忍してください! あれぐらいやらないと起き上がってくると思ったんですぅう!」

 

「だからって本当にやる必要ないでしょ! 我区さんが重傷だったらどうすんのよ! 刃更泣いちゃうわよ! ほら、さっさとあんたも回復魔法でもかけに行きなさい! 私も手伝うから!」

 

「げふっ、まあそこまで騒ぐ必要もない落ち着け」

 

「ぴやぁ! って、我区さん動いちゃダメですって! というかどうやってここまで」

 

「おーい! 澪、万里亜! 大変だ兄貴がどこにもいない、っていたー! おい、何動き回ってるんだよ兄貴! 死ぬぞ!」

 

「しにやしねぇよこれぐらいで。普通に歩いてかえれ――おぼぇ」

 

 びしゃびしゃと黄色と赤が混じった吐しゃ物を我区は吐き出す。

 

「ぎゃぁあ! 重症じゃねえか! 座っててくれよ兄貴! 今手当するからさ!」

 

「とりあえず、魔力を流して細胞を活性化させて治療してみます!」

 

 なんとか、万里亜の治療により楽になった我区は少しふらつきながらも歩ける程度には回復することができた。

 

「ふぅ、まけたなぁ。ま認めてやるよお前らのこと」

 

「えと、こちらこそよろしくお願いします」

 

「おう、刃更同様全力で守ってやるよ、みっちゃん」

 

「はえ? みっちゃん?」

 

「出たよ兄貴の悪い癖。親しい奴に変なあだ名つけやがって。嫌なら嫌って言っとけよ澪」

 

「いや、別にかまわないっていうか。なんか仲良くなれたようでいいっていうか。

 なら、私もこれからは兄さんって呼ぶべきかしら?」

 

「え? 俺は呼び捨てなのに?」

 

「いや、刃更は刃更でしょ。でも我区さんは年上だし……別に兄さんって呼んでも違和感ないかなって」

 

「はいはーい! 私は私は何て読んでくれるんですか? ま-ちゃんでもマリリンでもハニーでも構いませんよ!」

 

「……万里亜」

 

「なぜですか! 好感度ですか! 好感度が足りないんですか! それなら澪様よりも私の方が一緒にいましたよね! お風呂場ハプニングとかあったじゃないですか!」

 

「万里亜、それ普通、好感度下がるわよ」

 

「ガッデム! なら、帰ったらお背中流しましょうか! 我区さんのけがは私が原因! なら身の回りのお世話をするのも私がってイタイイタイ、澪様ごめんなさい!」

 

 姦しい会話をしながらゆっくりと四人は家へと帰る。

 

「なあ、兄貴」

 

「あ?」

 

「俺、兄貴より強くなって見せるからな」

 

「……期待せず待っているとするわ」

 

「あ、言ったなコノヤロウ!」

 

 

 

 四人の絆は強くむすばれた。夕日の見える河原で殴り合いという形式の変則的な仲良くなる方法だったが、各々この四人なら次に来る困難も立ち向かえるだろうと感じていた。

 

 

 



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二巻 勇者と兄貴
契約 5


ものっそい早足で書いたため、悩み始めた時に書いてたラスト部分や、最後の辺りがグダグダじゃねって思うかもしれません。申し訳ない。

とりあえず、2巻開始です!


 

「我区さん、我区さん」

 

「なんだ? 今、忙しいんだが?」

 

「ジグソーパズルやりながらでも構いませんので聞いてほしいのですが。というか真っ白なジグソーパスルってどこで手に入れられるんですか? それ、商品としては不良品ですよね? やってて楽しいですか?」

 

「そういうツテがあるだけだ。おかげで普通のジグソーパズルより高い値段で買わされたがな。だが、お値段以上に遊べるのが救いだ。こう、端からそろえるテンプレ攻略法から後の工程がなかなか大変で時間つぶしにはもってこいなわけだ。いつかは真ん中から作っていくのが目標だ。

 ちなみに、珍しく昨日は久しぶりのノー野良悪魔デーだったからそこまで眠くないので朝からこうやって鍛錬していたのだ。楽しいかは割愛だ。

 なんの鍛錬かって顔をしているな。実はこれといって伸びる能力値はない。

 まあ、待て。それってやる意味あるのか? という顔をするな。伸びる能力値がないと言ったのは分かりやすい数字にしにくいからそういったまでだ。この作業で上がるのは直感と記憶力だ。記憶力の方は数字化しやすいかもだが、する気分ではないので割愛させてもらうがな。

 で直感の方は数値になんぞできんだろ?

 どこぞの奴隷の名を関した使い魔のスキルに直感:A とかあるが発動したりしなかったりムラがありすぎるのでこれも割愛だ。異論は認める。

 ……で、何の話だったか? ……そうそうこのジグソーのやる意味だったか?

 ……ぶっちゃけそれっぽい長話をしてみたが、実際のところはただの時間つぶしだ」

 

「ながながとどうでもいい話を聞かされてオチが『全部嘘です!』ですか。こっちのとっても大事な相談事をそっちのけにした挙句どうでもいいとか、なめてんのかってオチですね」

 

「なら、お前の相談事は御大層な意味があるのか?」

 

「ありますよー! 内容はずばり!

 “どうすれば澪様に、いかに、エロく、フランクフルトをたべさせられるか!”です」

 

「お前の話もなかなかにどうでもいいな。それ、お前が気分よくエロい気持ちになりたいだけだろ」

 

「否定はしません! ですが食べさせるの部分に刃更さんが澪様に食べさせると付け加えると有意義が増します!」

 

「ほうほう。どういった風に?」

 

「刃更さんが澪様にエロくフランクフルトを食べさせた、という難題をクリアするにはそれはもう濃厚でぐっちゃぐちゃでエロエロな過程が存在するわけです。それをクリアしたということはお二人の関係がぐっと縮まっているだけではなく澪様は刃更様からフランクフルトを食べさせられてもいいと思うほど屈服させられているわけです。

 つまり、お互いの主従関係がさらに深まっている証拠! 私が施したサキュバスの魔力による主従契約はそういったエロいことの先にある服従により強さが増し、従者と主はさらなるパゥワァー! を得られるというわけです! ほらどうです、一粒で二度おいしいし、私も栄養補給できてハッピーです!」

 

「お前の頭がハッピーだと言わせてもらおう。

 しかし、エロいことをしてパワーアップとは、よこしまな名前を持つ主人公が出てくる創作物みたいだな。……で、本音は?」

 

「この間買ったこの画質最強のビデオカメラとブルーレイディスクを使い、東城家のおっきなハイビジョンテレビとDVDレコーダによる素晴らしいコンボで澪様のあられもない、あっはんでうっふんなお姿を見ながらグヘヘしたいです! そして、今日のスーパーのチラシの中に事務用の大きいフランクフルトが大安売りしているのを見つけたんです。

 これはもう、ヤルしかないでしょぉ!」

 

「正直でよろしい」

 

 東城家の、刃更たちが登校した後の朝はこうした馬鹿話が繰り広げられているのであった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 じゅうじゅうと焼ける肉の匂いが鼻孔をくすぐる。焼肉屋の醍醐味その一である。

 

 刃更と悪魔ラース、人間界での名は滝川八尋の両名はとあるちょっと高めの焼き肉店にいた。

 理由は実に単純。滝川は現魔王派による澪の監視役であり澪を守ろうとする穏健派のスパイでもあるため刃更は彼に情報提供の協力を頼んだ、そして承諾してもらったことによる御礼の一旦である。

 だが、少々固い雰囲気がそこにあった。

 

「どうした? このハラミはもう焼けてるぞ? それともカルビの方が食いたいか? 勢いで焼いてしまったがカルビなどの油が多いものを先に食べると胃もたれして食べれる量が少なくなってしまうデメリットがあるわけだ。牛タンも同じでこいつもなかなか脂肪が多くてな、うまいんだが厄介な相手だぞ」

 

「は、はぁ。どうも。それじゃあいただきます」

 

 せっせと、滝川へと焼いた肉を渡していく我区のせいだった。

 

 刃更が滝川と我区を合わせた時の空気は最悪といったいいものだった。

 何せ、滝川の立場はかなり危ないものである。いつ壊れてもおかしくないオンボロ吊り橋ともいえる。

 つまるところ、彼の正体を知る者は少ないほうがいいのだ。それをいきなり砕く真似をしでかしたのだから滝川の心の内は不信感でいっぱいだった。

 

 その空気を何とかしたのは原因となった我区である。持ち前の頭の回転により導き出された滝川の立場を限られた情報から推理し、逆に滝川にメリットとなる条件を叩きつける。それによりその場は何とか収まった。

 だが、一触即発の雰囲気を作った間柄でいきなり食事をとるとなると、これはかなり難易度の高いもであった。

 

「まあ、バサっちのしでかしたことは、俺の心象にはマイナスだったが連れてきてくれた人物は俺にとってはメリットしかない存在だったわけでさっきのことは水に流そう」

 

「ああ、こっちもいきなりで悪かった。そうしてくれると本当にありがたい」

 

「さて、ここいらでバサっちには耳に入れといて欲しい情報があるんだ。そっちの兄さんにも聞いてもらっておいた方が後々楽そうだしな」

 

 そうして、滝川によって語られた話は、現魔王派による監視の強化。そして主従契約の本当の役割とそれに付随する悪魔たちの下世話なあれこれ。

 刃更にとって澪のことがあるため、聞いていてあまりいい気分になれる話ではなかった。

 

 そんな中、我区は適当に相槌を打ちながら話の合間に注文をして肉を焼き二人の取り皿に肉を積み重ねていった。

 当然刃更からは怒られたが、逆に滝川は面白いと好評だった。おかげで最初に合った固い雰囲気も溶けとりあえず今は楽しく肉を食おうという流れとなった。

 

「どこかで聞いたことがある声だと思ったらお前たちか、東城、滝川」

 

 三人が肉に舌鼓を打っていると、二人は艶っぽい女性の声を聴き、声のした方に顔を向けると、そこには刃更たちが通っている高校の養護教諭の長谷川千里がいた。

 

「長谷川先生?」

 

「東城と滝川……それとそちらの方は誰なのだ?」

 

「あ、こっちは俺の兄の我区って言います。で、兄貴……兄貴?」

 

 グラマラスでダイナマイトなボディ。綺麗に整った顔、町を歩けば男性が全員二度見してしまいそうな美貌と容姿を持つ女性が少し首をかしげながらの問いかけに、刃更も例外なくドキドキしながら我区を紹介しようとすると、当の本人は米神を押さえながら宙を仰いでいた。

 刃更は我区の行動が何かを思い出している作業だということを思い出し、口出しできずにいた。

 

「……彼はどうしたんだ? 急に宙を仰ぎだして動かなくなったんだが」

 

「いえ、これ兄貴の悪い癖なんですけど、何か思い出そうとするとこうなっちゃうんですよ。戻るのに時間がかかるので無視していただいて結構です」

 

「そ、そうか。まあ、それならそこのお兄さんのことはおいて置いて本題に入ろう。

 ついさっき友人が来れなくなったと連絡が来てな、しかたないと一人で食べようとしたらひっきりなしに他の男性客が一緒に食べないかといいよってくるのだ。あまりにもしつこいものだから、今日はここでの食事を諦めて帰ろうとしたのだがちょうど君たちがいたわけだ。……あとは分かるな?」

 

「「いえ、まったく」」

 

 刃更と滝川は見事にハモった。あれ? 長谷川先生ってこんなキャラだっけ? と困惑もしてしまった。

 

「そうか、すまなかった話を飛ばし過ぎてしまったな。つまりだ、ここは前から食べてみたかった店だから相席してもらえると助かる。教師と一緒に食事をとるのは生徒として嫌かもしれないが、どうだろうか?」

 

「いえ、別に俺は問題ないですけど、滝川はどうだ?」

 

「俺も、オールオッケーよん。長谷川先生と一緒に飯を食いたいって思わない野郎がいないわけないっしょ」

 

 するすると話が進み、長谷川先生の席をどうするかという話になった瞬間、我区が自分の小皿と箸、トング一式をつかむと無理やり刃更をどかし滝川の隣へと座った。

 我区が長谷川先生の隣を通り過ぎた瞬間、すまないという長谷川先生の声が聞こえた気がしたが、社交辞令かと思い刃更は気にとどめなかった。

 

「下心ありそうな軽い男、見た目暗そうな陰気が移りそうな男、爽やかでイケメン。お前が女だったら誰の隣に座りたい?」

 

「そりゃイケメンだろ、……って下心ありそうな男って俺かよ!」

 

 そんな、我区と滝川のコントから始まり、楽しい焼き肉の時間が再開した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 和気藹々とした、空気で終わった焼き肉パーティーも終わりをつげ、それぞれが家路へついたあと、――もっとも数名家路ではなく寄り道を行っていたのだが――我区は日課であるはぐれ悪魔狩りを行っていた。

 

 

とある住宅街の一角、マンション群のせいで死角が多い路地、そこには街灯はなく、入り組んでいるせいで街灯の光があまり入ってこない路地となっていた。

 そこに一人の女性が早歩きで入ってくる、その足取りはよどみなくきっとよく近道としてこの路地を通っているのだろう。だが、今日の彼女は運が悪すぎた、彼女が通り過ぎた道から黒い影がだんだんと形を成していく。その影は人獣の形を取り、低いうなり声を鋭い牙の隙間から発しながら目の前の獲物を捕まえるべくとびかかる体制となった。

 

 女性は後ろにいる異形に気付かない、このままでは彼女は人獣のエサとなってしまう。いや、そもそも気付いたとしてどうすればいい? 彼女には抗うすべはない、たとえ気付いたとしても結末は変わらない。

 

 

 人獣が飛びかかり彼女はここで化け物のエサとなる――そのはずだった。

 

 

 べしゃりと音を立てながら上半身を失った物体が倒れる。

 

人獣だったもの(・・・・・・・)が、残った下半身と周りに飛び散った血が粒子となって霧散していく。

 その後ろで獣人だったものを冷たい目で眺める、大きな木槌を振り切った体制の我区がいた。

彼はキョロキョロと辺りを見回し、ついでに他にはぐれ悪魔がいないか長年の経験で得た探査能力で辺りを警戒した後、もうこのあたりにはぐれ悪魔がいないことを確認し木槌を元に戻した。

 ついでに、(くだん)の女性がちゃんと無事に路地を渡り終えたのを確認するのも忘れない。

 

「……若干ながら、はぐれ悪魔の数が増えたか? 主従魔法の効果で増幅したみっちゃんの力が理由だろうな」

 

そう現状を把握しつつ、遠回りしながらパトロールついでに帰ろうと踵を返した瞬間ふと自分が誰かに見られていることに気付いた。

はて、どこのどいつだ? と、警戒しながら視線の先をたどると、マンションの屋上からこちらを見ている影を三つ確認することができた。

 しばらくにらみ合いが続くが、我区はその三人をはっきりと視認しその存在が勇者の里の人間であると、服装で確認すると興味を無くしたかのように、そのまま歩き去ろうとした。

 

「おいおい、久しぶりの再会なのに連れないじゃないか。我区君」

 

だが、我区の目の前に音を立て、糸目の軽い印象をもつ青年が道を塞ぐように降り立った。

 

「……恭一(きょういち)か、確かに久しぶりだな。何の用事でこっちに来たかだいたい予想できるが……もし、お前らがことを起こそうというのなら容赦はしないぞ?」

 

「おお、怖い怖い。僕としてはあの『魔界騎士』様の息子と本気でことを成そうなんて思ってないよ。そこは信じてほしいなぁ」

 

「嘘だろ」

 

 斯波の発言が終わった瞬間、我区はそう切り返していた。

 

「あ、やっぱりばれちゃってた?」

 

 そして、斯波(しば)恭一は嘘について悪びれることもなく、いたずらがばれてやってしまった子供のような困った顔をするだけである。

 

「でも、久しぶりの再会なのに思い出話一つもせず帰ろうとしたのを残念に思ったのは本当だよ? そこは信じてほしいなぁ、我区君?」

 

「……まあ、お前友達いなかったからな、そこは信じてやる。だが今の俺とお前は仲よくできる立場じゃないだろ」

 

「僕が里の命令を真面目に聞くと思ってるのかなぁ?」

 

「最低限は聞くんだろう? 自分が動きやすいようにな。

そもそも残りのお仲間さんは里の命令を真面目にこなすつもりだろう? なら、俺とお前らは仲良くしていい立場じゃないだろ? はい、論破。

 じゃあ、俺は帰って寝たいんで帰らせてもらうぞ。

まあ、俺らとことを構えるって言うならかかってこい。全力でつぶしてやる」

 

 斯波ではなく、まだ降りてきていない二人に睨みを利かせ斯波の隣を通り過ぎようとすると、斯波が道を遮ってきた。

 

「まあまあ、落ち着きなよ我区君。彼らも君と本当は話したいんだからさ少し邪険に扱うのはやめてあげなよ」

 

 そして、残りの二人も意を決したのか我区の後ろへと降り立った。

 着地の衝撃をうまい具合に霧散させ降りてきた青年とまるで風に乗っているかのようにゆっくりと降りてくる少女、それが残りの二人だった。

 

「……ああ。早瀬と野中妹か。……おい、恭一。これのどこが話したい、だ。完全に仇か敵を見る目だぞこれ」

 

 早瀬と呼ばれた青年は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、野中妹と呼ばれた少女は目に涙を貯めながら、我区を睨み付けていた。二人とも表情こそ違えど悲しみと怒りを混ぜた視線を我区へと送っている。

 

「もう、名前で呼んでくれないんだね。兄さん……いや、裏切り者の冴島(さえじま)牙狗!」

 

「今の俺は、東城我区だ、間違えるな、野中妹。それに裏切者? ふざけないでくれ、刃更を切ろうとしたのはそっちが先だろう? 俺からすれば勇者の里の方が裏切り者だ」

 

「ふざけているのはそっちだ、冴島牙狗。世界の脅威となる魔王の娘を守る存在を、みすみす逃がすと思っているのか。それに斯波さん、あなたもあまり軽率な発言と行動は控えてくれ」

 

野中妹と呼ばれた野中胡桃(くるみ)と早瀬高志(たかし)が我区と険悪な雰囲気になる中、その後ろで斯波はどうしたものかと、笑いながらこの状況を楽しんでいた。

 

「兄さんは里を出た後も悪魔たちを滅ぼして人を守ってきたって聞いて、兄さんは勇者の使命を忘れていないって、周りが兄さんのことをなんと言おうとも正しくあり続けているんだって私はそう思っていた。だから里での辛い修行だって、お姉を守りたいって思いと憧れだった兄さんに追いつきたい一心で耐えることができた。

なのにこんなのってあんまりよ! 刃更だけじゃなくて兄さんまで……っ!

里を出た後何もしていないのならまだ無視することができた。けど、人間の害にしかならない魔王の娘を守るだなんておかしいよ! その行為がどれだけ、私とお姉を傷つけたと思っているの!」

 

そんなことを言われてもなぁ。と、我区は一人ごちる。

 そもそも、我区が悪魔を潰して回ったのは自分が里を出るための条件のようなものであったし、澪を助ける行為も根本は刃更のためでしかない。

 だが、我区とて良識をわきまえた、人並みの道徳心を持ち合わせている人間である。野中胡桃の言い分だって十二分に理解しているし、彼女たちがどれだけ傷ついたかもちゃんと理解している。

 

 だが、それでも最終的にはこの考えにいきついてしまう――

 

「だからどうした?」

 

「……え?」

 

 胡桃だけではない、高志も我区の言葉に驚愕していた。

 

「ああ、お前らには悪いとも思っている。今は繋がりはないが昔は一緒に仲良く育った仲だ、多少は申し訳なくも思う。だが……だからどうした? それが俺に何かを期待されても困るぞ? 俺は変わらない。たった一つの、『愛するものを守る』という信念を貫き続けるだけだ。

 里の意志? 私たちの思い? 知るか、分かるか、邪魔なんだよ。

 お前ら勇者は、人の世界を守るなんて大層な使命に酔いしれて生きているみたいだがな、『守る』ってのはなそんなに簡単なことじゃないんだよ。

 子供ひとり守るのがどれだけ大変かお前らわかるか? わからねぇよな? 自分のことしか考えず、他人が掲げた使命(ヒカリ)に目を奪われて、その辺にいる適当なやつと傷なめ合ってのうのうと生きていたお前たちならな」

 

 今までの、静かだった我区が一変し体から怒気があふれ出す。

声の抑揚も表情もまったく変わっていないのに、雰囲気だけが一変していた。

 

 だが、胡桃たちはそれに気圧されるどころか、同じほどの怒気を発していた。

 

「ふざけるな! 誰がのうのうと生きてきたですって! 里を抜けたお前なんかに私たちの何がわかるっていうのよ! 五年前の悲劇から何もかも変わったお前たちが、私たちを馬鹿にする権利があるわけないでしょうが! のうのうと日常を満喫して、使命のことも忘れて一時の正義感と下心で魔王の娘を守ろうとしている奴とそれを守るだのなんだの言わないでよ! それとも、兄さんもやっぱり悪魔の味方だっていうの、あなたの――」

 

 胡桃の怨嗟は最後まで続けられなかった。

 正確にはかき消されたというのが正しい。

 

 金属と金属がぶつかったときに響く轟音と衝撃が辺りに伝わる。それを間近で受けた胡桃は尻もちをつき、高志は一連の動作を視ることができず冷や汗を流していた。

 

「おっとっとー。さっきまで顔色一つ変えずに静観していた我区君がここまで怒るとわ。やっぱり刃更君と身内の話はタブーだったかな? まったく、過保護とファザコンもここまで行くと病気だよ?

まったく。ねえ? 気付いてるかい我区君? 僕がこうして間に割って入っていなかったら胡桃ちゃん死んじゃってたかもだよ?」

 

「……すまん。恩に着る」

 

「やだなー、僕と君の仲じゃないか。持ちつ持たれつさ」

 

「その、胡散臭さをどうにかしとけ、まったく。……それと、野中妹……あー、クルミンよさっきは悪かったな、高志も。ほら立てるか?」

 

「別に、俺は気にしていない。貴様がふざけた行動をとらない限りわな」

 

「え? あ、うん」

 

 尻餅をついていた胡桃に手を貸し二人に謝る我区。その変化に二人は訝しみながらもその雰囲気が昔の我区と同じだったため素直に返事を返していた。

 

「とりあえず、お互い懐かしい人と顔合わせできたことだし、それにここでやりあうと周りへの被害がすごいことになっちゃうから今日はこれでお開きってことでいいよね? 準備期間(インターバル)ってやつを置くとしようよ」

 

 手を打ちながら斯波がそう言い、この場をしめることとなり、それぞれ一旦帰ることとなる。ただ、各々心に思うところを残しながらの別れだった。

 

 




なんか予想ついた人もいるでしょうが、前々に考えていたオリキャラのヒロイン候補の一人野中胡桃が登場。
今では、ヒロインにするか悩んでいるので少し兄貴に対しての感情は曖昧なままにしてありま
ちなみに最後に出てきた胡桃の愛称『クルミン』ですが、ピクミンを発音するときと同じ感じでアクセントを感じてください。『クル(→)ミン(↑)』
よーするにチビスケ的な意味も混じっているわけですなこれ。

では、なんか読みづらい、や、ここはこういう単語を使うといいよ、などの批判、感想も受け付けておりまする。

《色々あって改訂》
主人公の昔の苗字と名前を変更しました。この小説を書き始めたころと今の趣味が異なる正ですね。単に知識がなかっただけでもあるのですが。
てなわけで勇者組の我区の呼び方は誤字ではありません。ですがこの後この名前を出すことはあまりないかと思われます。ごっちゃになって色々面倒ですしねw


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