ゼロの使い魔で割りとハードモード (しうか)
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注意と軽い設定と後半ネタバレ設定 9/30追加

 はじめてのかつどうほうこくに掲載しているSSを最後の方に追加しました^^;


 この作品を初めて読む方へ

 読み飛ばしても構いませんが、感想から誘導されることがあるかもしれません。

 

 注1:駄文です。

 処女作の上、一人称で突き進んで行きます。しかも今のところ面倒なので最初の方を直すつもりはありません。読んでいただけたらとても嬉しいのですが、読むのが辛くなったら無理をせずブラウザを閉じましょう。他に私以上のすばらしい文章を書かれている方がおりますので無理をする必要はありません^^

 

 注2:原作知識が要求されることがあります

 私もあまり覚えておりませんが、場面によっては読者の原作知識が要求されることがあります。後半は意識して出来るだけ説明しておりますが、多分その辺りの抜けは多いです。

 

 注3:タグについて

 タグを良く確認しましょう。特に「アンチ・ヘイト」や「勘違い」は飾りではありません。しかも「勘違い」に関しては説明するつもりの無い物が多々含まれておりマス。発掘する能力が求められることが多々あります。その辺りで気を悪くされても困りますので覚悟の上ご覧ください。

 

 注4:作者は豆腐メンタルです

 感想をいただけるととても嬉しいのですが、作者の心が折れそうだと思われる感想はオブラートに厳重に包んでお書きください。誤字脱字などの報告をいただけると私がかなり喜びます。よろしければみなさんセロハンテープやガムテープで折れないよう補強していただけると幸いです。感想は全てお返しするようにしておりますが、私が「コイツうぜぇ!」と思ったらブロックユーザーにぶち込まれますのでその際はご了承ください。

 

 注5:自分で読みたいから書いた!

 ええ、自分で読みたいから書き始めました。ぶっちゃけオナニープレイです。一緒に楽しんでいただければ光栄ですが、ストレスが溜まる方もいらっしゃるようです。その際は注1に沿った行動を推奨いたします。

 

 注6:感想について

 楽しんで読ませていただいており、原動力となっております。感想が増えているとモニターの前で私が踊ります。ええ、筆が止まった時は何度も読み返してます。「あ、コイツ筆止まったな」「続きマダカナー」などといったときは感想を書いてみましょう。私がPCに触れる環境にいれば現状がわかると思います。中々返ってこないときはきっとPCに触れない環境にいます。お察しください;;

 

 注7:「~だがね」や相手の呼び方がコロコロ変わる表現について

 その時の心境などを表しております。もし読んでいてイラッとしたらきっと作中の相手もイラッとしていることでしょう。その辺りの苦情はそのセリフを言った方へどうぞ。ある意味当主人公は気分がコロコロ変わります。ご注意ください。

 

 注8:ハーレムタグ必要なんじゃね?

 いえ、まだ二人と一匹ですので、ギリギリセーフかと。ええ、あと一人増えるようであれば追加します。今のところ予定はありません。

 追記:入れておいた方がよいとのことでしたので追加しました!

 

 注9:ご都合主義的な展開が存在します

 出来る限り理屈をこねて、違和感のないよう、原作の理由付けも行っておりますが、努力しても避けて通れない部分がありまして、違和感の残る展開もございます。そこはそっと流していただけるとありがたいです。

 

 注10:増えます

 ええ、状況によって増えるかもー。設定とかですかね? もしかしたら活動報告の方の設定とか見辛いかもしれないので必要ならここに追加していきます。サブタイトルと前書きに最新の更新を載せる予定です。よろしければチェックをお願いします。

 

 

 

 

 以下、設定などをちらっと。

 主人公のステータス(はじめてのかつどうほうこく より転載 SSにちょっと説明あり)

 最初の設定です。ええ、一撃で死ねます。

 魔法と年齢以外変わる予定はありません。

クロア・

レベル:99

ねんれい:13

HP:4/4

MP:FFF/FFF

 

ちから  :4

すばやさ :4(666)

たいりょく:4

まりょく :FFF

うんのよさ:4

じょうたい:こんらん のろい もうもく きょじゃく 

スキル:ラ・フォイエ まほう:ライト

 

 

 

 

以下ネタバレ独自設定

 作中で説明があるかと思います。全く触れられないであろう裏設定もあります。楽しみたい方は読まないほうがいいかも?

 

クロア・ド・カスティグリア

 本作の主人公。虚弱でいつ倒れるかわからない。むしろグーで殴ればきっと死ぬ。倒れた衝撃で死なない謎仕様。限りなく紙装甲。作品を終わらせないために周囲のヒーリング率に貢献している。魔法だけが恐ろしく強い。勘違いタグを光らせるために生まれてきたアホの子。白髪混じりだけど薄い金髪に女顔で赤い瞳というモテ要素を持ちつつもモンモンとシエスタ以外に全く生かせない。よく感想で「子供を残せるか心配」という不安を振りまく存在。

 作者「やらせはせん、やらせはせんよ!」

 

クラウス・ド・カスティグリア

 クロアの弟。本作の隠れた主人公。兄さんを大事にしているが実は恐怖を感じていることがある。本作が始まる前、最初の頃はクロアという名のマジックアイテムだと思い込んでいたが、お見舞いする間に人間だと確信した。幼い頃から英才教育を受け、欠点の見つからないイケメン野郎。実は好戦的。得意なのは土系統。

 作者「封印されたクラウスサイドはアルティメットモード」

 

ルーシア・ド・カスティグリア

 クロアの姉。実は本作が始まる前までクロアをガチで怖がっていた。それが影響してクラウスや父上以外の細身や整った顔立ちの男性が苦手。作品が始まってからはクロアへの苦手意識がなくなりクロアで遊ぶほどになった。狙った獲物は逃がさない主義。水系統で才女。

 

プリシラ

 実は隠れたラスボスだった。クロアの使い魔。作品を長期化させるためサボテンと使い魔の座を争い弱体化することで最終的に勝利をもぎ取った。見た目は真っ赤な20cmくらいの鷹。特殊能力は火の系統魔法の威力底上げ、威力制限、消火吸収、精霊食い、瞬間移動、熱探知、つがいとの融合(凶化付き)などなど。元々あまりにも強すぎる設定にしていたため、かなり削った。今後ずんどこいじられる可能性あり。初期設定では活動報告SSに出てきた天使の半身。大活躍するとハルケギニアの99%が滅びること間違いなし。ハードモードに貢献する予定だった。CV:真紅の人

 

カスティグリア

 トリステイン王国北西部に位置する広大な領地。現当主は主人公父伯爵(名前未定)、次期当主はクラウス(弟)。激貧領で農作物はあまり育たず細々とした鉱物資源の産出と漁業で何とか繋いでいた。ダングルテールと過去交流があり、カスティグリア領にも新教徒や異教徒がおり、ブリミル教にとっては異端の地になりつつあった。

 風石の産出から領地の経営が激変。全てが高度に隠蔽され、王宮や他領への情報が流れなくなるがマザリーニ枢機卿だけが交流を持っていたため、王国から反逆と取られることが避けられている。独自の軍事技術と私設軍を有しており、その規模は増加の一途をたどりもはや手がつけられなくなりつつある。

 この作品をまさかの内政モノにし、イージーモードに傾ける厄介な領

 

アグレッサー

 カスティグリアの誇る最強部隊。六騎編成の風竜で構成されており、トリステインでは負け知らず。多分きっとどこまでも負け知らず。隊員は全員独身で恋人は自分の竜。竜に話しかけながら磨くのが至福の時。イージーモードに大いに貢献しているがぶっちゃけ移動の時の方が出てくることが多い。戦闘になったらあっさり終わらせる文字数削減のプロフェッショナル。

 

レジュリュビ

 強襲揚陸艦アルビオンを元にハルケギニア流にアレンジされた巨大空母。カスティグリア研究所の狂信者が作り出したクロアの黒歴史。目的もなく作られたため、ぶっちゃけ移動基地くらいにしか役に立たないかもしれない竜空母。蒸気機関とプロペラを山のように積んでいるのでかなり速い。そしてめっさ硬い。多分落ちることはない。攻略するとしたら内部への侵入や離反がカギかも。

 

神様

 主人公を転生させる予定だったが天使に邪魔された可哀そうな人。趣味は神様転生。

 見た目は白い髭のおじいさん。

 

天使

 悪魔疑惑のある天使。実は滅びを司る神様。他の神様には存在自体余り知られていないが悪魔を生み出すこともあるので大悪魔と呼ばれることもある。気まぐれで神様のところに遊びに来た。趣味は神様いじりと転生者いじり。趣味に関しては全力投球だがその他のことでは意外と短気。

 見た目は黒髪赤目の若い女性。

 

作者

 豆腐メンタルで短期記憶力に問題ありの困ったアホの子。自分で書いた内容を忘れてたまに自分の作品を読み返していたりする。そして、なぜヒロインをモンモランシーとシエスタにしたのかすでに忘れた。実はゼロ魔でトップを争う好きなキャラはアンリエッタ姫やイザベラ姫。モンモンやシエスタもかわいいし魅力的だから全く問題ないが、どうしてこうなったんだっけ@@;

 

 

 

本編の裏話SS

 

神様「ふぅ、ようやく貯まってた案件が終わったわい。さて、神様転生を堪能しようかの。あれ? この前用意したゼロ魔のストックどこだ? おーいてんしー」

 

天使「はいはーい、神様お仕事終わりました? アタシは終わりましたよー。うぇっへっへ」

 

神様「うむ。ご苦労。それでこの前用意したゼロ魔用の身体と魂知らない? 確かこの辺りに仕舞ったはずなのだが……。」

 

天使「ああ、それでしたらさっきアタシ好みに調整してささっと送っておきました!」

 

神様「なん……だと……!? ワシの唯一の楽しみだと知っておろう!? そなた悪魔か!?」

 

天使「いやいや、アタシ天使ですよ? ほら、役職プレートも『天使』って書いてあるじゃないですか、もうボケたんですか? ボケるには地球時間であと五億年くらい早いですよ?」

 

神様「いや、まぁそうじゃがの。ワシの仕事の後の唯一の楽しみだったのじゃよ。すごく楽しみにしてずっと取っておいたのじゃよ……。なんかもう仕事したくなくなったわい。」(がっくり

 

天使「え、えーと。いやほら! でも転生はさせたので神様もお楽しみになれますよ! アタシ好みですがチートもちゃんとあげましたし!」

 

神様「ほぅ?」(ちらっちらっ

 

天使「ちなみに現在のステータスはこんな感じになってます。」

 

クロア・

レベル:99

ねんれい:13

HP:4/4

MP:FFF/FFF

 

ちから  :4

すばやさ :4(666)

たいりょく:4

まりょく :FFF

うんのよさ:4

じょうたい:こんらん のろい もうもく きょじゃく 

スキル:ラ・フォイエ まほう:ライト

 

神様「え、何これ。え? えーっと、アレジャン? こう、なんていうの? どこから突っこんでいいのかわからないんだけど確かさ? 見た目良くて俺つえー出来るようにLv99でALLカンストするように調整してあったはずなんだけど何これ? しかもレベルがもう上がらないじゃん? あとこのステータスの後のカッコなに? FFFってなに? こんな機能あったの? というかまだ生きてるの? というか即死じゃね?」

 

天使「ええ、今現在生きてますね。軽く絶望してましたが、ラ・フォイエ送ったら大人しくなりました。ちなみに3歳に送ろうと思ったら間違えて13歳になった以外はわざとです^^ 

 

 ステータスのカッコはほら、よくある“主人公が覚醒するとかなんとか~”とかチートとかそんなのですね。せっかくのオリ主なのでそこにボーナス全部突っ込みました。まぁ素早さ666でも体力と力がありませんからね。ちょっと動体視力が良くなるくらいですね^^ FFFは16進数表示にしました! 10進数だと4095ですね^^ いやー、三桁しか入力できないみたいなので頭ひねりました!

 

 目の色もいいかなーと思ってアタシと同じレッドアイにしたらほとんど見えない上に色々状態にボーナスが付いたみたいですね! どこまで行けるかこれからが楽しみですね^^」

 

神様「何これ、ワシに対するいじめ? ねぇ、神様転生が嫌いなの? 正直に答えてみ?」

 

天使「いえいえ、そんなことありませんよぅ。神様転生大好物ですよぅ。だからちょっと神様にも違ったテイストで楽しんでもらおっかなーって色々考えた結果! これがベストだと確信しました!」

 

神様「あー。なんかゼロ魔枠一つ損した気分だわー。絶対これ原作までいけないだろうなー。というか2~3日で死ぬだろうなー。次の仕込み考えておくか。あーまじかー。もったいないなー。ゼロ魔終わったら教えてね。今度は勝手にやらないでね?」

 

天使「はーい。終わったらお教えしますねー。」

 

 

数日後(初期値から測定)

 

 

神様「まだゼロ魔終わらないの? なんか仕事やる気にならんのじゃが」

 

天使「はい、まだ生きてますね。すごいですねー」

 

 

半年後

 

 

神様「まだゼロ魔終わらないの? 終わったら教えてくれる約束だよね?」

 

天使「ええ、順調に馴染んでますね。おおっと! まさかの恋愛フラグゲットですね! まさに命がけの恋!」(モンモンに遭遇)

 

 

一年後

 

 

神様「えっと、次の神様転生まだ?」

 

天使「ええ、さすがオリ主! めげませんねー。このスリルが堪りません! おおっと! さらに恋愛フラグゲットですよ! 中々やりますね!」(学院入学)

 

きっと続かない!




 コッパゲさんのところとサイトくんのところで引っかかる人が多いみたいですね^^;


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1 ハルケギニアに誕生 

 それではどうぞー。


 13歳の誕生日、俺は高熱を出して寝込んでいた。そしてこの峠は越えられないと判断され、両親、兄弟が主治医に呼ばれ、家族の涙の中、俺は前世を思い出した。

 

 それまで普通にこの世界で生きてきて、何の疑問も持っていなかったのだが、それまでど忘れしていた事を思い出したようになんの前触れもなく頭に前世の記憶がよみがえったのだ。

 

 高熱が生み出す耐え難い頭痛が妄想を生み出したのかと思ったが、それにしてはかなりはっきりしているし、前世の俺はオタクだったのか理系だったのか、自分の知らない知識がわんさかと沸いてくる。

 

 特に信じられない決め手という知識は微分積分や複素関数論などの高等数学や流体力学や熱力学などの物理の知識だ。ただ、残念な事に前世の俺は記憶力が弱かったのか、役に立ちそうな冶金技術などの細かい数字や記憶力の弱さゆえ化学に手を出さなかったようで周期表すら最初の5個くらいしか覚えてない。しかも「すいへーりーべぼくのふね」が何を指すのかかなり曖昧だ。

 

 この世界は魔法が発達しているため、そのような数学や物理と言ったものは全く発展していない。一番難しいものでも面積や体積の求め方がせいぜいだ。

 

 

 まずは俺の紹介をしよう。俺はクロア・ド・カスティグリア。トリステイン王国にあるカスティグリア領を統治するカスティグリア伯爵家に生まれた長男だ。髪は若干13歳にして白髪混じりでボサボサの薄いブロンド、顔はそこそこ、そして鮮やかな赤い瞳。それはもうルビーアイかというくらい透き通るように鮮やかで赤い。そして肌もカサカサで真っ白だ。

 

 これが女性で髪がツヤツヤで白髪がなくてお肌もすべすべなら、前世の俺がまさに生ける宝石として崇め奉るだろうが、生まれ変わってこの体になってみるとかなりきつい。むしろ保護してくれないと死ぬ。

 

 まず、視力が結構弱い。というかまぶしくてあまり見えづらい。いや、見えることは見えるのだが、文字を読むときは少し暗いところじゃないときつい。暗すぎても見えない。度入りの真っ黒サングラスが切実に欲しい。

 

 あとは熱を出したり、血を吐いたり、急に倒れたりしてよく寝込む。それはもうこれほど虚弱なのは珍しいというくらいに寝込む。というか寝込んでいる日の方が多い。ついでにどこかしら常に痛い。さまざまな医者や水系統のメイジが呼ばれたが揃ってさじを投げた。それもあって発育不良だ。

 

 虚弱さではゼロの使い魔という小説に出てきたカトレアさんを遥かに凌ぐのではないだろうか。むしろよく今まで生きてこれたものである。

 

 兄弟は一つ年上のルーシア姉さんと、一つ年下の弟クラウスがいる。将来はクラウスがこの家を継ぐだろう。ルーシア姉さんは金髪碧眼で金髪も俺と同じ薄いブロンドだがツヤツヤしていてとてもキレイだ。少し波打っていてたまに髪型を変えるとどこかのお姫様のようで……って伯爵の娘ならお姫様みたいなものか。ちなみに14歳にして水のラインでメイジとしても才女である。しかし普段はおっとりしているが、怒らせると怖いらしい。見たことはないが怒らせたら死ぬかもしれん。

 

 クラウスはちょっと濃い目の金髪で同じく碧眼、癖もなくストレートでイケメン野郎だ。いえ、イケメン弟です。系統は土のドットでギーシュを思い出すが家を継ぐ使命感があるようで真面目で頼りがいのあるヤツに育っている。しかも病弱な俺に気を使ってくれるいいヤツで、よく見舞いにも来てくれる。いやまぁ君が継ぐ前に死ぬと思うけどね。もう少し早く前世を思い出せたら兄として支えられたかもしれんが……そう思うと少し残念だ。

 

 そう、まだ断定は早いだろうが、前世の記憶を取り戻したことで、ここはゼロの使い魔の世界で俺は転生したのではないかという考えが浮かんだのだ。まず何と言ってもトリステインなんて名前の王国が他にあるとも思えないし、医者のついでにブリミル教徒が来たこともあるし、父とクラウスが先日までヴァリエール公爵の三女である、ルイズ・フランソワーズの13歳の誕生会に呼ばれていた。そして当然のように語られる系統魔法。

 

 しかし、かなり内容は曖昧だがカスティグリアという姓は特に出てこなかったと思うのでこの家も安泰だろう。戦争を上手く乗り越えられればだが……。

 

 そして、俺は主人公と同い年か……まぁこの虚弱さなら巻き込まれる前に死ぬか、巻き込まれても死ぬだろう。というか今まさに瀕死だしな。無駄なあがきに思える。今例え生き残ったとしても、あの爆発魔法に授業中巻き込まれ、他の貴族の卵達に俺の屍をさらすのは色々な意味で不味い気もする。まぁ物語が始まる前に死亡フラグを回収完了している状況だしな……。

 

 が、しかしだ。ちょっと死ぬ前に一つだけやっておきたいことがある。そう。魔法だ。貴族ならば例え死に掛けだろうが魔法が使えるはずである。かなり辛いし死んで楽になった方がいいと思われるタイミングだが、何の因果か前世を思い出したのだ。ぜひとも魔法を使ってみたい。

 

 クロア(俺)は虚弱すぎて杖の契約だけしてまだ一度も魔法を使っていなかった。使った記憶がないので恐らく使っていないはず……。ならば彼(俺)のためにも一度は貴族としてだな……。いや、ぶっちゃけ使ってみたいだけだが! とりあえず杖、そう杖だ!

 

 「ク、クラウス……」

 「ぐすっ、なんだい? 兄さん…何も心配しないで……」

 

 しゃがれた声が出た。そしてクラウスは泣きながら俺を安心させようとしているが用件はそんなことではない。

 

 「俺の杖どこ?」

 「え?」

 

 しゃがれた声で聞き取りにくかったのだろう。一音節ずつはっきりと伝わるように声を出した。

 

 「俺の 杖 どこ? 渡して くれ」

 「兄さんの杖ならここだよ」

 

 伝わったようでそう言って俺の胸の上に置いてある杖に俺の右手をそっと置いてくれた。って死ぬときの守り刀? 守り杖!? いやまだギリギリ生きてるから!!!

 

 「ありがとう、ちょっと 離れて」

 「いいんだよ。兄ざん……」

 

 弟クラウスは号泣して言葉が濁っているが、あとは詠唱するだけだ! というか詠唱なんだっけ……。くっ、こっちの世界でも記憶力は弱めか! ここは我が弟クラウスに恥を忍んで聞こう。

 

 「ク、クラウス……」

 「な、なんだい? 兄さん」

 

 一度離れてと言ってから呼び戻すのはちょっと恥ずかしい。しかし残された時間は少ない。「はじめてのまほう」のために詭弁を弄してでも使ってみせる!

 

 「貴族 として 死にたい から 魔法の 詠唱 教えて」

 「にいさああああん まだ死ぬなんて言わないでくれ! 詠唱ならこれからも教えてあげるし、元気になれば兄さんなら立派なメイジになれるから!」

 

 クラウスいいヤツだな……しかし残された時間は短いというか激しく辛い。両親やメイドさんは号泣しており、主治医も目から涙を流して悔しそうな顔をしている。ルーシア姉さんは泣きながら微笑んで、クラウスの横に来て俺とクラウスの手に自分の手を重ねた。

 

 「いいから 心残り なんだ たのむ」

 

 というと、ルーシア姉さんとクラウスが俺の手に杖を握らせてそれを二人が支えながら上に持ち上げた。

 

 「兄さん。杖の先に光が灯るようにイメージして『ライト』だよ。」

 「クロア、あなたは貴族でありメイジよ。がんばりなさい。」

 

 と、クラウスが泣きながら教えてくれ、ルーシア姉さんも泣きながら微笑んで応援してくれた。

 よし、イメージイメージ、杖の先から光が……って、この眼でそんな光見て大丈夫か? 

 まぁいいか、恐らく精神力を使い切って最後の時を迎えるだろう。この際だ、全ての精神力をライトにつぎ込むイメージで行こう。燃えろ! 俺の精神力! 

 

 「父上、母上、ルーシア姉さん、そして俺の自慢の弟クラウス。愛していたよ、ありがとう。

 ―――ライト」

 

 そう言うと視界が真っ白になり、今まで苛んでいた体中からの痛みが軽くなり、意識が消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 最後の力を振り絞って魔法を使い天に召された、いやブリミルのところへ行った? どうなんだ? ブリミル教。まぁいいか、そんな感じで死んだはずなのだが、目が覚めるとぼんやりと薄暗い部屋の光景が目に入った。死んだと思ったが生き残ったらしい。

 

 体の節々はまだ熱っぽくて少し痛いが、頭はあまり痛くない。この体にしては体調がいいようだ。起き上がって目がはっきりするまでボーっとしていると視界にやけにはっきりと前世?の日本語の文字が浮かび上がった。触ってみようとしても手は空を切るだけ。完全に目に映りこんでいるだけみたいだ。

 

 『いやーわりっす。君は一度神様に会って転生させる予定だったんだけど、ちょっと忙しかったのでその体に入れちゃいました。前世思い出すのも普通は三歳とかなんだけど設定ミスっちゃったみたいで十三歳になっちゃいました。ああ、神様転生とかでチートでしたっけ? そういうの神様は好きみたいだけどアタシはあまり好きじゃないんで、あー、でもほんのちょっと悪いと思っているのでコレ贈っておきますね。ではではー。』

 

 軽いな。途中たまに丁寧語入るけど軽いな。しかしまさかの神様転生か。チートとか欲しい物が……ってあまりないな。強いて言えば完全な原作知識とか病気知らずの健康な身体だが、もう魔法は使えたし割りと満足だ。あとはクラウスにがんばってもらって隠居生活をだな……。

 

 『ぽーん クロア は ラ・フォイエ を おぼえた』

 

 おお、ラフォイエってあれか、あのゲームのロックした敵をいきなり爆発させるテクニックか。懐かしいな。そして俺が一番好き好んで使っていたやつだ……。発動するときの一瞬のタメの音が好きだったんだよな。

 

 あれ? よく考えたらルイズ嬢の爆発魔法とあまり変わらないんじゃね? いやこっちのは燃えるし範囲でかそうだけどさ? 基本あんまり変わらんよね? 使っても失敗魔法言われるだけだよね? しかもフォトンないと思うんだけど使えるの? つかロックってできんの?

 

 やっべー、すごいハズレ引いた気分だ……、いや続きがあるかもしれない。謙虚に待とう。

 

 そして続きはなかった。

 

 

 

 ちょっとした虚脱感を抱えながらボーっとしていると、かすかなノックのあとメイドさんがそっと入ってきた。そして俺が起きているのにビックリしたのだろう、少しフリーズした。

 

 「おはようございます。朝ですか?」そう言うと

 「クロア坊ちゃま……今他の方を呼んできますね!」

 

 そう言って、メイドさんは急いで兄弟を呼びに走った。ちなみに部屋はカーテンが厳重に引かれており、外からの光は入ってこない。ほとんど暗がりだがドアの外は明るい。

 

 「兄さん!起きられたと聞きました。大丈夫ですか?」

 

 そう言ってクラウスが早足でしかも満面の笑みで部屋に入ってきた。そして自分が言った最後になるはずだった言葉を思い出して少し悶えた。

 

 「お、おう。なんか生きながらえたみたいで恥ずかしいな。」

 

 悶えながらなんとかそう言うと、

 

 「そんなこと言わないでください。あのすごいライトのあと兄さんが生きているって知ってみんなどれだけ喜んだことか! さすがは兄さんです!」

 

 「お、おう。そうだったか。ありがとう。」

 

 なんか辛い。死ぬ直前より辛い。

 

 「クロア、起きたって聞いたわよ! 大丈夫!?」

 

 姉さんも来たようだ。微笑んでいるがほんのり涙の後がある。心配をかけてしまったようだ。

 

 「はい、ちょっとのどが渇きましたが大丈夫です。」

 

 「そう、本当によかった。」と言って、ルーシア姉さんが水系統であるコンデンセイションでグラスに水を入れ、俺に持たせたあとも補助して飲ませてくれた。

 

 「父さんと母さんは重要な会議から抜けて来てたみたいで兄さんが起きるまで待てなかったんだ。今はトリスタニアの王城にいると思うよ。」

 

 「そうか、父上と母上にも悪い事をしてしまったな。」

 

 「いや、兄さんが生きながらえてほっとしていたよ。主治医も峠は越えたって言ってたし、安静にしていれば大丈夫だろうって。」

 

 そのあとクラウスから詳しく聞くと俺は3日ほど寝ていたらしい。今は昼で二人とも家庭教師のもとで勉強していたようだ。ルーシア姉さんは来年15歳になるので、来年にトリステイン魔法学院に入学する予定で、結構熱心に勉強しているらしい。あそこは学ぶところではなく社交しに行くところと言っていたのを思い出した。学院で学ぶ内容を全部終わらせてから行く気なのだろう。クラウスは早くラインに昇格したいらしく魔法に重点を置いているらしい。

 

 カスティグリア領のことは他の文官がほとんどやっており、両親は基本的に確認するだけらしい。たまに領地を回って視察も行うそうだ。つまり、兄弟たちは家庭教師に教わるか休憩するかで俺は基本的にぶっ倒れているのが仕事と……。いや、なんというかこれから先が辛い。せめて魔法使いたい。

 

 「そういえばクラウス、魔法教えてくれるって言ってたよな? それって今でもいいのか?」

 

 「ええ!? 兄さん、安静にしてないとダメだよ。」

 「そうよ、クロア。安静にしてないとダメよ。」

 

 オウフ……。しかしここは何としても暇つぶしのために魔法を使いたい。

 

 「そうは言うがな…その、なんだ、ライトを使った瞬間ちょっと痛みが引いて体が軽くなった気がしたんだ。もしかしたら魔法を使うのが身体にいいかもしれん。そう思わんか?」

 

 実際ちょっと体が軽くなったしな。詭弁ではあるまいよ?

 

 「兄さん、それ多分昇天しそうになっただけだよ!?」

 「クロア! そんな危険な状態だったのね……これ以上姉さんを心配させないで……。」

 

 そういえばそうとも取れるな……。

 

 「だがしかし、せっかく使えたのだ。自分の系統だけでも知りたいのだよ。」

 「そう、それくらいなら……。途中で調子が悪くなったらすぐ言うのよ? それでそのあとは絶対に安静にするのよ?」

 

 と言ってルーシア姉さんがしぶしぶ許可してくれた。クラウスに教えている家庭教師が俺の寝室に呼ばれ、ベッドの横には麻の敷物と桶に入った土、そして空の桶が用意された。

 俺はベッドサイドに腰掛けたまま、ここで各系統の魔法を使って系統を見るらしい。さて、ゼロの使い魔で出てくる系統魔法というものは四属性あり、土、水、風、火とある。ちなみに俺に備わっていて欲しい系統の順番でもある。虚無? あれはヒロインや主要人物専用だしライトで爆発しなかった時点で除外だ。

 

 土は何と言っても錬金。化学知識はあやふやだが工業系の知識や冶金関連の知識も少しある。これは是非とも錬金チートで内政ウマーしてクラウスを支えたいところである。

 

 そして水は何しろ治療特化だ。自分の体にも対応できるかもしれないし、のどが渇いたら自分で水を汲めるステキ魔法だ。水道のないこの時代、一番便利な系統と言っても過言ではないはずだ。

 

 次に風魔法。これはスクエアスペルである偏在の便利さはもとより、攻撃方法も見えない攻撃に特化している。フライで飛べるし、レビテーションで浮かせて運べるし、ライトニングクラウドで雷なんかも出せるしぶっちゃけ最強ではなかろうか。しかも、帆船がメインのこの時代、上二つに迫る便利さかもしれない。ミスタ・ギトーの風最強説もまんざら的外れではないと思う。

 

 最後に火だが、ぶっちゃけあまり期待していない。焚き火や放火やお湯を作るくらいしか思いつかない。原作のコルベール先生が平和利用を考えていたが、アレぶっちゃけ錬金メインだし。錬金できる人いないと平和利用も不可能だし! 火が一番重要な動力としたら蒸気機関だろうが、常に蒸気を作るだけの発火をし続けるのは無理だろう。

 しかも攻撃特化とか言いながら他の系統より郡を抜いて強いわけでもない。トリステイン最強は多分烈風さんで風系統だし、土系統トライアングルのフーケに火系統トライアングルのキュルケが全く歯が立たないとか火弱すぎじゃね? フーケが強すぎるの? というわけで全然使えないイメージしかない。

 

 

 「では何から行きますかな?」と家庭教師が言うので欲しい順番で行く事にしよう。「土からお願いします。」というと、クラウスが笑顔になった。「ではこの桶に入っている土に杖を向け、土から腕が出てくるイメージでアース・ハンドと唱えてください。」

 

 「ふむ。アース・ハンド」

 

 土がわずかに……ほんの極わずかに米粒くらいの土がぴくっと動いただけだった。

 

 「クロア殿に土系統は合わないようですな。次は何になさいますか?」そういう家庭教師に促されたがちょっとしょんぼりしたクラウスの顔が目に入り俺もちょっと辛かった。「で、では水で。」そういうと、「ではこの空の桶に水を注ぐイメージでコンデンセイションと唱えてください。」と言われた。

 ルーシア姉さんは笑顔で「クロア、がんばってね!」と応援してくれた。

 

 コンデンセイションはさっき見たばかりでイメージも楽だろう。大気にある水蒸気を集め、凝縮し、杖の先から桶に水を入れるイメージで……「コンデンセイション!」と唱えた。

 

 よーく桶を見ると、桶の中心部分にさっきまではなかったシミができた。生きているのが辛い。

 

 「ふむ。ここまで合わないのも珍しいですな。では次はどちらにしますか?」

 

 

 くっ、現実が辛い。もはや風に賭けるしかないのか!?「か、風で……」そういうと家庭教師は太いろうそくに火をつけて持ってきて、「ではこのろうそくの火に杖を向けて風を吹きかけるイメージで「ウインド」と唱えてください。」と言われた。ルーシア姉さんもクラウスも不安な顔になりつつある。ここは貴族として、一人のメイジとして是非とも使える魔法を習得したいものである。

 

 「ウインド!」

 

 ろうそくの炎がほんのり揺れた。

 

 ふぅ……というため息の方がよく揺れた……。

 

 二重にショックだった。泣きそうである。泣いていい? 俺役立たず決定かも。

 

 「に、兄さん! 気落ちしないで! まだ火があるよ!」

 「そうよ! クロア、火は攻撃最強と言われていて一番尊敬されるのよ!大丈夫。クロアは才能あるはずよ!」

 

 おおぅ、ルーシア姉さんとクラウスの優しさが痛い。しかし、自分で言い出したことなのに心配かけてばかりだな……。

 

 そうさ、火でもいいじゃないか。きっと役に立つ日が来るさ。そう自分を納得させてちょっと強がりで微笑んで「ありがとう、最後に火お願いします。」というと、窓を開けてそこから杖を出すようにしてちょっと手本を見せてくれた。杖から火がポッと出る感じだった。「ではこちらから杖を出してて杖の先から火が出るイメージで「ウル・カーノ」と唱えてください。発火の呪文になります。」と言って下がった。

 

 窓の近くに行くときに少しよろけてしまい、それを見たルーシア姉さんとクラウスに心配そうに支えられ、窓の外に杖を出す。この二人に負担をかけるのは心苦しいが、片方からは優しい香りと柔らかい感触、片方からは爽やかな香りと鍛えられたたくましい感触に支えられていると、なんだか俺が系統魔法が使えなくてもいいという気がして、なんかどうでも良くなってきた。まぁできれば俺も二人のために何かしたいのだがな。

 

 「では行きます。ウル・カーノ!」

 

 と唱えると、窓から突き出された杖から火炎放射器が作り出すような炎が出た。アレ? 発火じゃなかったの? どう見ても10mくらい炎が突き進んで先端に行くほど炎が上に上って行ってますが……。

 

 何これ怖い。消えろーと思ったら消えた。

 

 「すばらしい才能ですな! ここまでの発火を見たのは初めてでございます。クロア殿は間違いなく火の系統でしょう。」

 

 家庭教師の先生に断言されてしまった。左右を見ると兄弟たちは少し放心したあと

 

 「兄さん、さすが兄さん! 見事な発火でございました!」

 「クロア、やはりあなた魔法の才能があるのね! わたしも嬉しいわ!」

 

 と喜んでくれた。そして二人に支えられてベッドに戻された。いや、一人で歩けそうなんだが、ふらつくのが危なっかしくてダメだそうだ。

 

 「でも兄さん、発火でもあの大きさだと危ないから家の中では使わないでね?」

 「そうよ、クロア。使いたいときは私達が支えてあげるからそれまで我慢するのよ?」

 

 と釘を刺されてしまった。いや俺も怖くて使う気にならんが……。

 

 「そ、そうか。では自分の系統もわかったことだし、二人を心配させるのも悪いし、安静にしていよう。でも、もしよかったら火系統の魔法書や何かの本と書くものがあると嬉しいのだが。」

 

 そういうと二人の指示で3人のメイドさんがサイドテーブルに追加のサイドテーブルを用意してくれてその上に本や羊皮紙、羽ペンにインクが載せられた。ベッドの背もたれに寄りかかりながら読み書きできるように補助テーブルも用意してくれた。至れり尽くせりである。

 

 本は魔法書というより、魔法辞典のようなものだったのだが、思ったより薄い。まぁそんなに数がないのだろう。あとは簡単な読み物なんかだった。

 

 そういえばライトが使えるようになったのでコモンスペルも使えるだろうとのことで、この部屋の魔道具の使い方も教えてもらった。光量調整なんかもできるようだ。まぶしくない程度の薄暗さで読書に励みつつ、疲れたら寝ることにしよう。

 

 

 まぁ実はラフォイエを覚えた時点で少し結果の予想は出来ていたのだ。しかし、あそこまで他の系統が使えないとは思えなかった。それに精神的に疲れるとか精神力が減るといった現象は確認できなかった。これについては後々考察が必要だろう。まぁ発動するのだから減らない分には今のところ問題ないが、魔法に関して原作との乖離があるかもしれん。

 

 そして、これはもう使えるとか使えないとか関係なく火系統オンリーで突き進むしかないだろう。まさかあのコッパゲと同じ道をあゆむ……こ……と!? まさか俺も将来禿げるのか!? 早くも白髪交じりで虚弱の上、更にハゲの追撃があったらもう生きていける気がしない。そう思うと彼の不屈で強靭な精神には敬服せざるを得ない。

 

 いや、まだだ、まだ諦めるわけにはいかん。思い出せ―――確か両親はもとより小さい頃何度か会った事のある祖父母もフサフサだったはずだ。ならばこの悲劇は極自然に回避できるはず。……ふぅ。恐ろしい未来を想定してしまったようだ。安静にしなくてはならないのに、なんという心理的負担だ。

 

 今はともかく安静にしよう。魔法を使うより、窓まで歩くより、こんな事で消耗するとは思わなかったがちょっと辛くなってきた。

 

 そしてベッドに潜り込むといつの間にか寝ていた。

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。大体こんな感じで進めて行こうかと思います。学院への入学は三話目を予定しています。

 果たしてオリ主は原作開始まで生き残れるのか!?


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2 日々の生活とクラウスの誕生会

モンモランシー嬢登場! さぁ作者の為にフラグを立てるんだ!


 この世界での療養生活が始まった。あれから毎日ルーシア姉さんと弟クラウスが様子を見に来てくれる。二人で時間を決めているのか、一緒に来る事はあまりない。

 一緒に来た時は俺の魔法の練習に付き合ってもらうのだが、きっと一緒に行くと俺が魔法を使いたがるというような気を使わせてしまっているのだろう。しかし使いたいものは使いたいのだ。アレから本を読んでみて魔法辞典に書いてある火の系統の魔法の少なさに軽く絶望した。

 

 ドットスペル:発火、ファイアー・ボール

 ラインスペル:フレイム・ボール、ファイアー・ウォール

 

 お分かりいただけるだろうか。トライアングル以降が書いてない上に四つしかないのだ。いや、一応他にも共通でブレイドやマジックアローがあるし、さらに、火をメインに風や土の系統を混ぜるものもあるのだがその辺りは恐らく使えない。

 

 いくらトライアングルでもキュルケ嬢がスペルを知らなければトライアングルのフーケに勝てないのもわかった気がした。

 

 というか原作の火系統の教師コルベールよ、ちゃんと授業しろと言いたい。ゆかいな蛇君じゃねぇんだよ! お前の頭頂部の方がよほど愉快だ! キュルケ嬢もよく我慢できたものである。

 

 ちなみに他の系統はきっちりとスクウェアまで網羅されているようだ。いいな……錬金とギアスと偏在。夢がひろがりんぐってやつですね。俺には縁がありませんが!

 

 ちなみに俺はこの四種類全てとブレイドとマジックアローを使える。おかげで窓から見える世界は家を囲む壁の向こうに草原があったのだが、今では壁の向こうはほとんど更地になった。

 ラインスペルが使えるのはきっと死に掛けたからだろうと勝手に推測している。しかし、原作との乖離があるのか、魔法の威力がおかしい。ファイアー・ボールですらほとんど目で追えないほど速い。いや、視力弱いしまぶしいから元々あまり見えないんだけど。誘導性があると書いてあったのだが誘導している暇がない。

 着弾からの燃焼速度もおかしい。軽く溶岩のようなラインができる。

 ブレイドも長さ20mくらいあるし。ブレイドだけで無双できるんじゃね? 血吐いたり倒れたりしなければだが……。

 

 一番使いやすいのは恐らくラフォイエだ。まぁ効果範囲は恐ろしく広くてうるさいがキレイな真っ黒い更地になる。ロックやフォトンが必要だと思っていたがそんなことはなく使おうと思えば使える感じだ。詠唱もいらないし、ぶっちゃけ杖を向ける必要もないが、一応ダミーで杖を向けて唱えている。

 しかも起動直前の「きゅうん」というかそんな感じの音がステキだ。最後はラフォイエで締めるのがここ最近のマイブームになっている。

 

 とりあえず安全に使えるように遅くしたり威力を抑える練習をたまにしている。いや、「一人で使っちゃいけません。」って姉弟に言われたのさ。我慢できない子じゃないしな。日ごろ迷惑をかけている自覚もあるし、言いつけは守ろう。練習したいが……。

 

 あと一人で歩けるようになった。連続30分くらい部屋の中をぐるぐる回るだけだけど……。とりあえずメイドさんに下の世話をしてもらったりが恥ずかしくて気合で鍛え始めた。何度か意識を失って倒れたが、結構早めにトイレは一人で出来るようになった。部屋の中だけど。なんか「消臭機能付きおまる」ってのがあるらしい。ぶっちゃけファンタジーの方が便利じゃね?

 

 借りた本も全部読んでしまったし、日々歩行訓練と体力を付ける訓練、そしてたまに魔法の練習をする毎日である。ただ、ロスタイム(倒れた後など)が余りに多く、暇なので羊皮紙に前世のこちらの世界でも役立ちそうな知識を書きとめることにした。くっ、俺の記憶力が常に弱設定なのか肝心な数値や計算方法が曖昧だが、まあいい。原理や効果などはなんとなく覚えている。

 

 学問ごとに書いていくのもいいかもしれんがここは逆引き方式でいこう。

 

 まぁまず手っ取り早いのが馬車の改造か。農法? いや、俺多分元工学部系だし……。まぁ肥溜めの作り方や和式トイレの作り方くらいなら知ってるが……。ファンタジーだし意味なさそうだよね。まぁ一応あとで書いておこう。何がヒントになるかわからんしな。

 

 ところで、馬車と言えばよく聞くのがケツが痛くなるということだ。いや、まぁ実際乗ったことないし前世で読んだ本の知識だが、これをクリアするのは実は難しい。いや、板バネ使えよ。って思うじゃん?

 アレ構造は楽なんだけど強度計算はともかく振動計算とかめっさめんどくさいのよ? いや他のに比べればかなり簡単だけどさ。大体馬車の大きさも重さもよくわかってないのに計算式あってもなー。まぁ書き溜めておくか。

 

 って考えてたらあるじゃん。もっといいのあるじゃん。風石使えばいいんじゃね?ちょいと馬車浮かせれば振動も減るでしょ。しかも風石といえばどこを掘っても掘り続ければ大抵あるというステキ素材。いや、厄際に繋がった気がするが気のせいだ。とりあえず掘りまくればいいわけだからして、魔法の練習のときに掘りまくろう。掘るというか現象は発破だが……。

 

 その辺りを思いついた順番にサラサラと羊皮紙に書いていく。一応他のバネ関連も書いておいた。まぁ車軸をどう支えているのか知らんが、その辺りの強化も必要だろうし、構造も色々あるからな、その辺りも書いておくか。ついでに強度計算から必要な数値を一般的な鋳鉄で計算して書いておいた。振動に脆そうだけどな。

 

 あとは馬車っつったら今度は線路&トロッコor馬車ですね。いやよく知りませんが、歴史取ってなかったみたいなので……。線路の構造と利点、そしてつなぎ方、レールの敷き方も覚えている範囲で書いておこう。と言ってもよく知らんが……。まぁこんなとこか? というかこれが出来るくらいなら普通に道を頑丈にした方がいいかもしれませんな。

 

 まぁ物忘れ防止ってことで……。

 

 あと覚えてることはー……。とつらつらと書き続けた。結構な量になってインクも羊皮紙も使い切ってしまい、何度かメイドさんを呼んで補充してもらった。

 

 

 

 そして、これから原作通りに進んで戦争が頻発することを考えると、兵器関連の知識が欲しい。いや、兵站も大事だよ? でも早く圧倒的戦力で終わらせる努力もするべきだ。

 

 しかし兵器関連に関しては、かなり知識が偏っている。銃に関しては簡単な構造くらいでほとんど知識がないし、黒色火薬とか火縄銃とかマスケットライフルとかすでに実装されているだろう。薬きょうの構造やそれを使うような銃の構造は途中で途切れている。できればライフリングの作り方とか後込め式大砲の作り方だけでも知りたかったのだが……。

 

 知識にあるのは「空対空ミサイルの赤外線追尾方式の原理」とか「サイドワインダーの音かっこいいよね。」とか「F-16戦闘機のエンジンの掛け方」とか「よくわかる空戦技術という本の内容」とか「帆船模型の世界という本の内容」くらいだった。

 

 かなり無駄知識で全く役に立たない。というか中間部分の役に立つ情報が全くない。これは書き記すのはやめよう。むしろ封印の方向で……。しかし前世の俺、何がしたかったんだ……。知識はあるが一体何をしていた人間なのかまるで封印されているかのように思い出せない。きっと思い出さない方が良いのだろう。悪い予感しかしない。

 

 一応国防関連のことも書いておくか。恐らく今まさにレコン・キスタが発生していてもおかしくはない。ふむ。まず不可解なのはロマリアがレコン・キスタの代表の虚無の真偽を発表しないこと、そして虚無の系統を維持するための王家を襲っていること、これを初期にひっくり返せればロマリアは今後苦労するだろう。しかしこれはトリスタニアで判断されるものだ。

 

 カスティグリア家として対応するには……。まず欲しい戦力は航空戦力と対地攻撃能力、対艦攻撃能力。現在の文化レベルでも作れそうな無誘導爆弾の原案も載せておこう。

 あとはー。そうだな、トリスタニアが判断するとしても懸念があるならブリミル教徒として扱わず、むしろそこを逆手に取ってくる可能性あり。とか書いておくか。

 

 あとは思いつく限りの領地の防衛プラン、国の防衛プラン、ああ、野良メイジを雇っておいて普段は領地の改善に使ったりして有事の際は戦力にするのもいいな。

 

 ついでに航空母艦や戦列艦にダメージ担当艦などの概略と簡単な外装設計図に輪切りの構造図をフリーハンドで描いた。結局「帆船模型の世界という本の内容」が少し役に立った。しかしこの世界の帆船はどうやって空中を飛ぶのか未だに不思議だ。キールもないのに帆を張ってもしょうがないんじゃ……。ああ、プロペラ推進や流体力学関連の資料も載せておこう。ほとんど覚えてないが……。 

 

 

 思い出したことや記憶にあるものを原作知識以外大体書き終えたころ、クラウスの誕生会が開かれた。俺の誕生会? 毎回瀕死で生死の境をさまよう日ですね。ある意味家族が集合してくれます。

 

 毎回姉弟の誕生会は虚弱なので出席してなかったのだが、今回は少し出席することが決まった。いや、俺がこっそり勝手に決めたともいうが……。

 

 誕生会は昼ごろから大広間で行われるらしい。少し前に結構な数の貴族やその子女を呼んだとクラウスから聞いた。彼にとっては社交やなんかで疲れる行事らしい。わからんでもない。俺なら多分死ぬな。

 

 しかし、今日はいつもよりちょっと調子が悪いので渡す物渡してさっさと退場しよう。

 

 大広間までメイドさんにクラウスへのプレゼントを持ってもらって壁や手すりに捕まりつつ歩く。いくら広いとはいえ2~3分で着くと思っていたのだが少し甘かった。もしかして何かのイベント=俺の死期が近づくという法則でもあるのだろうか。足元がかなりぐらついて中々目的地に着かない……。

 

 メイドさんは両手が塞がっているので自力で行くしかない! そして俺のために薄暗くしてある廊下を抜けるとまぶしくて見えづらくなった。最後の階段を降りる時に割と真面目に補助が欲しくなってきた。しかし、ここは気丈な兄の姿をだな……。と、階段を手すりにしがみついて降りているときに、目の前に金髪の女性が現れて、

 

 「あなた、体調悪そうだけど大丈夫?」

 

 と声をかけられた。ぶっちゃけまぶしくて金髪で色白、俺より下の階段にいるが同じ段に並べば俺より背が高く、声からして多分同年代女性というくらいしかわからない。

 

 「ああ、心配をおかけしてすいません。ミス。あなたがまぶしくてよく見えないのですが初めまして、クロア・ド・カスティグリアと申します。ちょっと体調が悪いだけですのでお気になさらず。」

 

 多分できるだけ自然に目を開け相手の目を見て、ちゃんと挨拶できたと思う。いや金髪が乱反射してまぶしくて見えないが、目を細めるのは失礼だろう……。

 

 「え、あ、えっと、その……、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと申します。体調が悪いのでしたらどこかでお休みになられた方が……。」

 

 おお、まさかのモンモランシー嬢でしたか。ちょっと戸惑った感じのあとこちらを気遣うように自己紹介してくれた。リアルロング縦ロールヘアを見れないとはクロア一生の不覚!

 

 「いえ、我が自慢の弟クラウスに今回こそは自分でプレゼントを渡したいのです。お気遣いありがとうございます。」

 

 「でしたらせめてわたしの肩に……。」

 

 と言って俺の手を取り、モンモランシー嬢の肩に乗せられ、支えになってくれた。あれ? モンモランシーってこんな優しい娘だったんだ。いやー原作との乖離が半端ないですね。しかも香水の二つ名を名乗るだけあっていい匂いです。

 

 手すりと彼女の肩のおかげでようやく階下に降りることができた。しかしどこに居るのかさっぱりわからない。そして、メイドさんも片方肩を貸してくれて、ようやく他の方々に囲まれているクラウスの近くにたどり着く事ができた。

 

 「あちらにクラウスさんがいらっしゃいますわ。」

 

 おお、ようやくターゲット発見。そうだ、モンモランシー嬢にお礼を言わねば。そういえば彼女は褒められるのが好きだったな。ギーシュの語彙力が試されたエピソードがあったりなかったりしたはずだ。

 

 「ありがとう。ミス・モンモランシ。しかし、失礼かもしれませんが、あなたからはほのかにとても良い香りがしますね。このような香りを感じられただけでも今日はすばらしい日になりました。本当にありがとう。では名残惜しいですがクラウスのところに行きますね。ごきげんよう。」

 

 「え、ええ…ありがとうございます。ごきげんよう。」

 

 ふむ。もしかしてセクハラ方面に取られただろうか。香りを褒めるのは難しいね! しかし君にはギーシュ君が……今いるかは知らんが、いることになるのだからあまり気にしないで欲しいものだ。

 

 「クラウス。おめでとう。」

 

 と少し大きめの声で言うと、

 

 「兄さん!? 調子が悪そうだよ!? 安静にしてなきゃダメじゃないか!」

 「クロア!? ひどい顔色よ!? 今すぐ部屋に戻って安静にしなさい!」

 

 うむ。姉弟揃って息が合ってるな。両親はちょっと別の離れたところで接待に励んでいるようで、近くにはいないらしい。

 

 「いや、これを渡したら部屋に戻る。俺から初めての誕生日プレゼントだから直接出向いて渡したかったんだ。ちょっと量が多いし役に立つかはわからんがお前のこれからに役立ててくれ。メイドさん、渡してくれ」

 

 そう言って書き溜めた恐ろしく分厚い羊皮紙の束をメイドさんがクラウスに渡してくれた。

 

 「これって兄さんが毎日書き溜めていた……。」

 

 「ああ、わからないところがあったら聞いてくれて構わない。まぁ思いつきで書いたものばかりだからな。だが、もしかしたら将来お前が継ぐカスティグリア家のためになるかもしれん。暇なときにでも読んでくれ。」

 

 そういうと、涙もろいクラウスが静かに泣き出した。お前の誕生日だろうに、泣いてどうする。苦笑しながら胸に飾ってあったハンカチを取り出してクラウスに渡し、

 

 「俺の自慢の弟よ。お前の誕生日だろう? お前が泣いてどうする。みんな祝ってくれているんだ。笑顔で対応するべきだろう?」

 

 というと、「そうだね」とちょっと照れくさそうな声で言いながらハンカチを受け取って涙を拭いた。そして俺は少し微笑んでから、メイドさんに肩を借りて華麗に立ち去ろう―――としたところで体が崩れ、まぶしい世界から暗転して意識を失った。

 

 

 せっかく弟の良さをみんなに見せるためにクサイセリフ吐いたのに俺は全くカッコつかねぇなぁ……。それが最後に考えたことだった。

 

 

 

 

 

 

 そして快眠したような爽やかさで目が覚めた。なんかすごく落ち着く香りがする。柑橘系と桃かな? ほのかに甘みのある爽やかな香りだ。花でも飾ってあるのだろうか、さすがファンタジー思いも寄らないよい香りの花があるのだな。この花を常に飾っておきたいものだ。

 

 そして今回は俺のベッドの脇に椅子が置いてあり、そこでクラウスが居眠りしていた。起こすべきだろうか。

 

 少し起き上がって背もたれに寄りかかってから、「クラウス?」そう静かに声をかけると飛び起きた。

 

 「兄さん!? 心配したよ……。もうこんな無理は絶対にしないでくれよ。」

 

 そう言って今日までのことを話してくれた。三日間寝ていたらしい。あの後騒然となったが、いつもの事なので、と説明されたあと、俺は母上のレビテーションで無事運ばれたそうだ。そしてちゃんと誕生会は最後まで出来たので心配しないでくれと言われた。いやー。ぶち壊さなくて良かったわー。と安心していると、色々と聞きたいことがあるのか何から聞こうか迷っているのか話が途切れた。

 

 ここは先ほどから興味があって疑問に思っていることを聞いておこう。

 

 「とてもいい香りがするが、花でも飾っているのか?」と、聞くとモンモランシー嬢からの贈り物らしい。安静にするのにいい香りのものと、彼女が普段使っている物が贈られたそうで、その瓶とカードがサイドテーブルに載っていた。

 

 カードを読むと、安静にするのにいい香りの物は少し大きめの瓶に入っており、蓋を開けておくだけで約2ヶ月ほのかに香り続けるらしい。これはいいものだ! お金を出しても欲しい。

 そして彼女が普段使っているきれいな小瓶に入っている香水は俺がいい香りだと褒めたからくれるそうだ。

 

 とても優しい子ですね。ええ、原作とはなんだったのでしょう。ギーシュにはもったいないですね。いえ、俺にはもっともったいないですが……。そして俺のチョロさに乾杯でございます。しかし彼女の善意を好意と勘違いしないように気をつけようと思います。ええ、俺は死亡フラグをダース単位で回収済みなくらい虚弱ですからね。結婚や婚約なんてことは望んでもありえないでしょうし、彼女は確か一人娘ですからね、悔しいですがギーシュ君in常時惚れ薬が一番適任でしょう。

 

 「クラウス、彼女にお礼の手紙を書くべきだと思うのだが、お礼と一緒にこの安静にいい香水の追加注文するのは失礼だろうか。最初は花だと思ったので植えてもらおうと思ったのだが……。いや俺には何もできないので父上か母上に頼んでみて欲しいのだが。」

 

 「兄さん、それは構わないけど、彼女とはどこで知り合ったの?」

 

 ふむ。恐らく彼女の中での俺は「知り合い以上友達未満」だが気になるか。自慢の弟とはいえ思春期なのだな。

 

 「うむ。お前の誕生会にプレゼントを渡そうとメイドさんにアレを持ってもらって自力で会場に向かったのだが薄暗い廊下を出たところで進むのが辛くなってな……。」

 

 「そこで引き返そうよ!?」

 

 「いや、ここはなんとか最後まで自力で行こうと決め、大広間に降りる階段を手すりに捕まって何とか降りているところで彼女に声を掛けられてな。俺の体調を心配する内容だったのだが、何とかお前にアレを渡したいと言ったら少し強引だったが肩を貸してくれたのだ。見知らぬ女性に俺が肩を借りるのを躊躇するとわかっていたのだろうな。

 階段を降りてお前の近くまで送ってもらったあと、お礼と一緒に喜ぶかと思って彼女がつけている香水を少し褒めた。それだけだ。とても優しい子だ、良縁に恵まれるといいな。」

 

 そう訥々と語るとクラウスはちょっと真面目な顔をして、

 

 「兄さん……。」と言っただけだった。いや、何と言うか恋バナじゃなくてすいません。お前の兄にはハードルが高すぎました。なんか「恋バナだと思ったら単なる偶然じゃん」みたいな空気なんとかなりませんかね?

 

 そしてあの2ヶ月香水は父親経由で頼んでくれるようだ。俺はお礼状だけでいいらしい。とりあえず、上質なカードをクラウスが持ってきてくれたので、そこに彼女が喜びそうな褒め言葉を添えて丁寧にお礼状を書き乾燥させたあと、同じくクラウスが持ってきた封筒(あったんだ?)に入れてクラウスに預けた。あとで蝋封をしてカスティグリア家の紋章を入れてくれるらしい。

 

 そして今までのちょっと白けた空気を吹き飛ばすように、クラウス君の質問タイムが始まった。

 

 「それで兄さん。あの羊皮紙にざっと目を通したけど、わからないこと多すぎだよ? 兄さんはどこで思いついたの?」

 

 ふむ。そこから来るか。まぁその辺りの返答は渡すと決めた時点でちゃんと用意してある。

 

 「うむ。何度か死に掛けただろう? そのときに思い浮かんだのか、知ったのかわからんが、俺も朦朧としているときだからな、今でも思い出すのも困難なものだな。ただ、書いた内容については理解しているつもりだ。」

 

 「そうなのか。でも最初から全部読んでもよくわからないんだけどどうすればいい?」

 

 ふむ。サイドテーブルに積んであるな。起きたら聞こうと思っていたのだろう。出足が遅れたのはこちらの体調を気遣ってか? まあいい。

 

 「ちょっとそれ取ってくれ」そういって資料を取ってもらい、大体の説明をしながら仕分けをすることにした。書いた順番でバラバラだからな。最低限何に関するものかわかった方がいいだろう。ぶっちゃけ最後の方の学問系はあまり意味がないだろう。ざっと見てその辺りは抜いて「これは本当に暇なときに読め。多分必要ない。」と言っておいた。そして大体の仕分けと簡単な説明を始める。

 

 「これは主に領地改革に使えそうなものだな。魔道具などがあれば問題ないが、ないのであればこれを実践することで効果が望めるはずだ。」

 

 「なるほど、じゃあこれは?」

 

 「こちらは領地の大まかな防衛プランだな。現在のカスティグリア家の財政がわからんのでなんとも言えんがかなり有効な物だと思う。」

 

 「ふむふむ。」

 

 資料の約1割が終わったところでこちらの体調を気遣ったクラウスが「ちょっと整理する時間が欲しい」とか言って質問タイムを終わらせてしまった。まぁ俺も病み上がりだからな。無理はよそう。

 

 ちなみに倒れて起きた次の日まではトイレ以外でのベッドからの外出禁止令が出ている。血を吐いた日は主治医が呼ばれるが……。質問タイムが終わり、手持ち無沙汰でかなり暇だ。

 

 

 

 

 そして体力作り(室内散歩)とクラウス君の質問タイムの日々が続き、しばらくすると父上が資料の束を抱えたクラウスを連れて現れた。いや、珍しいですからね。普段はトリスタニアにいますからね!

 

 「父上、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」

 

 そういうと、父上は

 

 「うむ。今日は具合がよさそうだな。以前より体調が良くなったか? 肌も血行もいいようだ。」

 

 とおっしゃった。いや、うん。なんか他人行儀だよね。

 

 「ありがとうございます。」

 

 「うむ。これからもできる限り健康に気をつけて父であるワシより先に逝かんようにな。」

 

 なんて言っていいかわからない。「善処します。」とか言っておいた。

 

 「それで本題なのだが、クラウスに贈ったというあの資料はお前が書いたのか?」

 

 「ええ、クラウスには話したかと思いますが、何か不明な点がありましたか?」

 

 「いや、クラウスからも聞いておる。だが内容がかなり高度でな、正直ワシでも理解が追いつかないところがある。」

 

 おおう。いやまぁぶつ切りとは言えかなり高度な数学とか物理も入ってますからね。

 

 「ふむ。どのようなところでしょうか。」

  

 「うむ。まずここなのだが……」と言って始まった父上の質問タイムは休憩も含めて10日間かかった。ぶっちゃけ最初から最後まで全部だった。クラウスも何度か聞いたはずなのだが、一緒に聞いていた。

 

 そしてこれを実践段階に落とし込むためにはどうしたらいいかとか、テスト項目はどうするべきかとか実際に導入するレベルの話し合いが行われた。いや、防衛関連以外はクラウス君が継いだ頃に、ほんわかと領地が豊かになればいいなと思っていたのですがね。

 

 ただ、リスクとしては急に行うと領外からの干渉が考えられるため、一般レベルのもの、領地防衛関連のもの、長期試作研究が必要なもの、に分けて少しずつ行うことになった。

 とりあえず肥溜めから始めるらしい。そこからかい……。しかも父上が領内を回って錬金でささっと作るそうだ。意外と王城は暇なのか?

 

 そして、原案の資料は劣化の恐れがあるとかで父上が自ら固定化の魔法をかけたらしい。くっ、ここでも土系統か! いいなぁ! 土いいなぁ! はっ! 悪乗りで土の錬金関連の資料も作っておこう。確かそこからの製鉄や加工が微妙だったはずだ。

 

 そして再び資料作りの日が続き、フェオの月が近づき、ルーシア姉さんがトリステイン魔法学院に入学するため家を出発する日がやってきた。

 ちょうど体調が悪い日が重なってしまい、ご足労かけることになってしまったが、長期休暇には戻ってきてくれるようだ。「姉さんなら勉強も魔法も完璧だろうから社交がんばってね」、と応援しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 オリ主が次回魔法学院に入学する! 学院生活を送れるのか? 次回をお楽しみに。


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3 トリステイン魔法学院

 一応まだストックありますが次回からは不定期ってことで!


 あれから一年が経った。俺の体力も大分付いてきて寝込む日が減った。(当社比)

 それに魔法の腕も上がってきた。かなり威力を絞れるようになった。まぁ副作用で最大威力も上がったんだけどね。あとはラフォイエの発動までの時間を調整できたり、さらに威力を上げたり、小規模なら一瞬で発動できるようになった。これはぶっちゃけ防御用で、衝撃を全て横に逃がすように工夫されている。

 

 それから、モンモランシー嬢とは2ヶ月に一度くらいのペースで文通をしている。主に香水に関してだが、感想を聞きたいらしく、あの安眠安静香水と共に試薬品や今彼女が使っているのと同じ香水が送られてくる。ついでに俺に合いそうな香水も作ってくれた。香水を通して初めての友人が出来たようで嬉しい限りである。

 

 領地改革はまだ一年なのであまり変化はない。ただ、病気が減ったとか少し生産量が増えたとかその程度だ。税収が劇的に増えたわけではないので他の開発関連も遅れがちのようだ。まだ一年だしな、農業は結果がすぐに出るものではないからしょうがない。

 

 ただ、無誘導爆弾の開発だけはガンガン進めているらしい。ついでに風石の鉱脈を掘るべく、爆心地を固定してガンガン掘り進んでいるそうだ。固い岩盤が現れるたびにカスティグリア家が編成した風竜隊から試作爆弾が投下されたり、単純に真上から落としたりという無駄なのか無駄がないのかよくわからないプランで進んでいて、つい先月鉱脈に行き着いたらしい。ガンガン産出して欲しいものである。

 

 というか、固い岩盤割るような貫通力持った爆弾とか木造船一撃じゃね? 戦列艦いらなくね? と思ったがまぁそのあたりは父上やクラウスが考えるだろう。いや、大艦巨砲主義なんかもあり得るしな……一応資料を作って渡しておこう。

 

 今のところ風竜隊は3人編成で私兵としてはかなり多い方らしい。ただ、組織されたときに「よくわかる空戦技術という本の内容」を羊皮紙に書いてクラウスを通して渡しておいた。

 かなり役に立っているようで、今までの戦術と変わったところが多いそうだ。ついでに陸に居るときも模型でイメージトレーニングするといいよー。ついでに流体力学の資料も見るといいよー。みたいなアドバイスもしておいた。是非トリステイン最強を目指してくれたまへ。

 

 時々編隊飛行とかアクロバットの練習をしているのが屋敷から見えるらしく、時々使用人からの控えめな歓声が聞こえる。ちなみに俺はまぶしくて見えない。

 

 野良メイジ雇用政策も進んでいるようで、土系統と風系統は採掘現場、水系統は領内を回って診療、火系統は製鉄関連に従事しているらしい。規模は知らないが、副作用で盗賊被害が減ったらしい。普段は盗賊兼傭兵だったんですね? わかります。更にローテーションで軍事訓練もしているらしい。

 

 

 そしてフェオの月が近づき、未だに俺の入学関連で真っ二つに意見が割れている。

 

 俺はどちらかと言えばちょっと行ってみたい。いや、危険なのは承知だが、ここまで来て原作スルーというのはだな……。

 そして賛成派がクラウス君と父上。反対派が母上とルーシア姉さん。まぁ反対の原因は俺が虚弱だからなんだが、賛成の原因がかなりぼかされていて俺にすらわからない。「兄さんにも普通の学園生活を」とかそんな感じだ。いや、双方の意見共に俺は嬉しいが……。

 

 結局早めにルーシア姉さん付き添いで行く事になった。学院長に陳情して出席日数は卒業や落第に勘案しないこと、体調優先で授業を受ける旨を了承させたらしい。しかも相手の給料とボーナスを支払うことを条件に俺の世話をしてくれるメイドさんも学院で用意してくれるとか。死亡放置とか悲しいですからな……。学院長は「まあいいじゃろ。」とか言ってたらしい。 

 

 それで問題の移動方法なのだが、風竜隊を使うらしい。どうせ訓練とか爆弾落としたりとか最近はアクロバットとかしているのでたまには長距離飛行もいいだろうとのことであちらの隊長さんから提案があったそうだ。

 

 馬で2~3日と聞いていたのだが、半日くらいで着いた。風竜速いね!

 

 風竜隊の人にお礼を言ってルーシア姉さんと学院に入った。

 

 

 まず学院長に挨拶するために塔を登ろうと思ったのだが、少々無理のある高さだった。途中で力尽きる未来しか思い浮かばない。ルーシア姉さんも察していたのか、ここで待つように言われた。

 しばらく待つと、ミス・ロングビルという学院長の秘書の方がルーシア姉さんとやってきた。まぶしくてよく見えないが、緑の髪でメガネをかけている。

 

 「よくいらっしゃいました。ミスタ・クロア。私は学院長の秘書をしております、ロングビルと申します。体調の方に不安があるということで私が対応することになりました。よろしくお願いします。」

 

 丁寧な方のようだ。

 

 「いえ、ご足労申し訳ありません。よろしくお願いします。」

 

 そう言ってまず俺の寮の部屋ではなく、俺の普段の世話の一部をするメイドさんを選ぶことになった。すでに俺のことは伝わっており、やる気があって補助ができるだけの体力があるメイドさんという条件である程度絞って、あとは会ってからあちらが立候補してくれたらその中から選ぶらしい。居なかったらどうするんだ? と聞いたら別に雇うらしい。まぁ異性だろうしな。個人的には家からメイドさんを連れてきてもよかったのだが、浮いてしまうだろう。立候補者がいなかったら実家に打診してもらって彼女を呼ぼう。

 

 転生を果たしてから健康に気をつけたり、積極的に運動(部屋の中を歩く)をしただけあって、当初のようなカサカサ肌は脱却して少し肌荒れあるかな? くらいに収まっているし、白髪も大分減った。恐らく見た目はかなりマシになったはずだ。ただ、初期の発育不足が響いているのか身長が中々伸びないが、まぁ介助される身だ、小柄で軽量の方がいいだろう。むしろ利点だと思おう(涙)。

 

 ミス・ロングビルにポーターを頼んでもらって荷物を寮の部屋に運び込んでもらっておいた。ルーシア姉さんに支えられてメイドさんが集まる宿舎の近くへ行くとそこに4人ほどメイドさんが整列していた。

 

 「こちらが先日お話したクロア・ド・カスティグリア様です。お側付きのメイドになりたい方はいらっしゃいますか?」

 

 「卒業まで迷惑をかけると思うが、よろしく頼む。」

 

 と言うと、3人のメイドが何歩か下がった。おおぅ、これはまずい。早くも選択肢が彼女か実家かの二択になってしまった。何が悪かったのだろう?

 

 「あの、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか。」

 

 「ああ、構わない。」そう言うと少しためらうようなしぐさをしたあと切り出された。

 

 「あの、その、夜のお勤めなどもあるのでしょうか。」

 

 ぶっ! いや、えーと……間違いなくアレですよね? 全くありませんよ多分。俺も男だし興味あるけど最中に死ぬ可能性あるからね? そんなことで死んだら両親や姉弟がそりゃもうあきれた上に、多分カスティグリア家から除名されて共同墓地だよ? いや、それはそれでいいって奇特な人もいそうだけどさ。

 

 「いや、それは含まないが、夜に俺の容態が急変する可能性があるので、できれば同じ部屋で過ごしていただきたい。生活に必要な家具は揃えてあるはずだが、足りないようなら順次用意する予定だ。あと出歩くときに肩を借りたり、荷物を持ってもらうことがある。極力自分で歩くよう努力するつもりだが、そのような接触は許していただきたい。

 ああそうか、男子寮で暮らす事になるが他の貴族からの保護も行うつもりだ。恐らく手を出されることもないだろう。

 

 その……なんと言うか、夜のお勤めというか、手を付けるというかその、えーと、君の将来に不利になるような、そういったことはしないと貴族の名にかけて誓おう。」

 

 最初の方は事務的に進められたのだが、よく考えたら質問に答えきれていない気がしたので後半続けたのだが、……絶対今俺の顔真っ赤だ。耳まで赤くなっていない事を祈るしかない。こんな羞恥プレイを強要されたのはメイドさんに下の世話をされた、いやしていただいた時以来だ。羞恥でうつむいていると―――

 

 「私でよろしければお側に置いてください。」と最後に残ったメイドさんがさっきと違い明るい声で一歩進んで立候補してくれた。「ああ、よろしく頼む。クロアと呼んでくれて構わない。」そう言って少し近づくとぼんやりと特徴が見えてきた。さっきまで5mくらい離れてたからね。ちょっと髪の色くらいがぼんやり見えるだけだったのが少しはっきりした。

 

 髪の色は黒でやや長いボブカットというのだろうか、目の色も黒っぽい、俺の目には光量的な意味で優しいな。身長は俺よりちょっと高いかもしれん。顔はまだ少しまぶしくてよくわからないが素朴な感じがする。

 そして彼女が俺から1mほど離れたところで「タルブ村出身のシエスタと申します。不慣れなことでご迷惑をおかけするかもしれませんが、これからよろしくお願いします、クロア様。」といってメイド服の裾を少しつまんで、あまり慣れていない感じのカーテシーをしてくれた。

 

 隣で支えてくれているルーシア姉さまを見ると彼女からの合格ももらえたのか、微笑んでうなずいてくれた。

 

 「ああ、シエスタさん。無理を言っているのはこちらだ。あまりかしこまらないでくれるとありがたい。気になったことは何でも言ってくれ。」

 

 「シエスタで結構です。クロア様。まずは何をなさいますか?」

 

 ふむ。そういえば予定という予定がまだきまっていな……ちょっと待った。黒髪黒目、タルブ村、シエスタ、メイド……主要人物じゃねぇか!!!

 

 しかも彼女は割りと重要なポジションに居たはずだ。主人公の才人が異世界に召還されてヒロインの洗濯物の洗い場を探すときに遭遇。そして才人は餌付けされ将来はメインヒロインのルイズと争奪戦を行い……どうなったんだけっけ? なんか彼女がドロワーズを披露しているところと自棄酒飲んでるシーンだけ覚えてる。

 

 くっ原作知識があやふやすぎて辛い。俺の記憶力弱補正が辛い! そして俺は前世ではドロワーズ愛好家だったようだ。無駄知識が増えてしまった。いや、ドロワーズの魅力には抗いがたい事実が今でもあることは認めよう。こんなところまで前世を引き継ぐとは……。

 

 まぁいいか、初期で彼女が絡むことになって主人公の生死に関わるようなところでは俺からフォローするように言おう。そうすれば問題ないはずだ。とりあえず才人の最初の食事で賄いを食わせれば大丈夫だろう。その辺りだけ心のメモ(消耗率高)に書き留めておこう。

 

 「姉さん、このあとの予定はどうなっていましたっけ?」

 

 「そうね、とりあえず寮の部屋の確認をしながらとりあえず必要な物のリストを作りましょう。そのあとシエスタの荷物を運び込んで、整理したら、シエスタに私の寮の部屋を覚えておいて貰いたいわ。あとは細かい打ち合わせね。ああ、そうね。私はルーシア・ド・カスティグリア、クロアの姉よ。私もルーシアでいいわ。シエスタ、これからよろしくね。」

 

 結構やることあるんですね。シエスタはルーシア姉さまにもカーテシーを行い、蚊帳の外だったミス・ロングビルから俺の部屋の位置を聞いてシエスタの先導で案内してもらうことになった。

 

 「かしこまりました。ルーシア様。それではクロア様のお部屋へ案内させていただきます。」

 

 「ああ、頼む。シエスタ。初日だし、あまり親しいとはいえないが、後々慣れていってくれるとうれしい。そのことは心にとどめておいてくれ。」というと 

 

 「はい! クロア様!」とちょっと元気に返事してくれた。

 

 案内された部屋は恐らく寮の中では最下層にあり、出口からも割りと近かった。移動距離を極限まで削る努力がなされたようだ。5階とかだとたどり着くまでに生死の境をさまよう自信があるからな! 

 

 さっそく部屋を開けてもらうと、すでに家具などは運び込まれていた。「いつの間に。」と聞いたら、ルーシア姉さんが「先日全部揃ったところですよ。準備期間が短かったのでそれなりの品質ですが我慢なさいね?」と言われた。大抵、寮の家具などは家格によっては備品を使うらしいのだが、全部入れ替えたらしい。ルーシアお姉さまの部屋の説明が始まった。

 

 12畳ほどの広さの部屋が少し狭く感じるほど家具であふれている。まずドアから見て両脇奥の隅にはシングルサイズの天蓋付きのベッドが左側に、それより少しだけ豪華なダブルくらいの大きさのベッドが右側にある。左がシエスタ用、右が俺用らしい。天蓋のカーテンが二重になっていて、レースと厚めのカーテンになっている。着替えなんかは厚めのカーテンを引いてそこで行うらしい。

 

 というか基本的に左側がシエスタ用の家具、右側が俺用の家具になっており、奥の中央にある机や、部屋の中央にあるテーブルなんかは俺や誰かを招待したときに使うらしい。

 

 左右に同じようなクローゼットがあり、下の段は鍵付きの引き出しになっている。そこの鍵はシエスタにも渡されていた。部屋のカーテンは三重になっており、外側から、レース、薄いカーテン、分厚い遮光カーテンとなっている。その辺りの使い方もシエスタにルーシア姉さんからレクチャーされていた。

 

 覚えることが多すぎて大変ではないだろうか。あと一応食器棚や簡単なティーセットなどを載せるワゴンなどが置かれている。なんか屋敷にいるときの俺の部屋より豪華じゃね?

 

 シエスタが文字を読めるようなのであとでまとめてマニュアルを作ってくれるそうだ。ルーシア姉さまがちょっとはりきりすぎな気がするが、とてもありがたい。

 

 あとは汚れ物とかの細かいルールを俺も聞いていた。それもマニュアルにしてくれるそうだ。俺の記憶力弱補正がルーシア姉さまにはお見通しのようだ。

 

 「クロア、少し顔色が悪いわね。そろそろ休みなさい。」

 

 といきなり言われた。確かに少し疲れが出ているかもしれない。こんなに外に出たのは初めてだしな。お言葉に甘えて安静にするとしよう。

 

 「そうですね、少し疲れが出てしまったようです。申し訳ありませんが、休ませていただきます。」と言ってベッドに近寄り天蓋のカーテンを閉めた。

 

 そしてサイドテーブルにモンモランシー嬢の安眠安静香水を置いて、なんとなく瓶の形が気に入っているモンモランシーシリーズの香水を並べる。体の調子がひどいときに香りを嗅ぐとなぜか少し幸せな気分になって楽になるので重宝している。

 

 俺用に作ってもらった香水は一度だけつけてなんとなく今度モンモランシー嬢に会ったときのために機会を取っておいてある。合う合わないがあるから彼女が気に入ってくれると良いのだが。

 

 割れると色々とショックが大きいので資料の講義をしているときに父上に頼んで全部固定化をかけてもらってある。かなり強い固定化をかけてくれたらしくて父上曰く「ハンマーで叩き割ろうとしても傷一つ付かんわ!」と言っていた。

 

 怖くて試せないがありがたいことである。

 

 蓋もきっちり閉まるように父上が調整してくれた。マジ土系統万能すぎだろう。俺も土系統がよかったなー。そんな事を考えながら着替えてベッドにもぐりこんだ。

 

 「ああ、シエスタ。姉さまからも聞くかもしれないが、俺は食事が不定期だ。シエスタは好きなときに食べてくれて構わない。もし必要ならルーシア姉さんと厨房へ話をしておいてくれ。では、ルーシア姉さん、シエスタ、おやすみなさい。」

 

 そう言って眠りについた。

 

 

 それから細々としたことが決まったり、シエスタの私物が運び込まれたり、本棚が無かったのでそれを納入して、いくつかの段はシエスタに提供したが、暇な時間が結構できるかもしれない。読みたい本があれば俺の本も自由に読んでくれて構わないと言っておいた。

 

 入学までにシエスタとの共同生活にも慣れてきた。

 

 彼女はとても働き者で少し頼みにくいことも笑顔でこなしてくれる。とてもありがたい。

 たまに暇なときは彼女の故郷のことや俺の生活のことを話したりして盛り上がったり、いいルームメイトに恵まれたものだ。

 

 一度、彼女の故郷の料理であるヨシェナベというものをいただいた。最初は「貴族様のお口に入れるものではないのですが、」と恐縮していたが、俺が食べてみたかったこともあり、何度かお願いしてようやく作ってもらえた。なんだか素朴で懐かしい味がしておいしかった。

 

 「とてもおいしかった。良ければたまに作ってくれるとありがたい。」というと満面の笑みで喜んでくれた。ルーシア姉さんも呼んで一度三人でヨシェナベを食べたがルーシア姉さんも気に入ったようで、レシピをシエスタに聞いていた。

 

 「そこまで気に入っていただけたのでしたらよろしければ何度かお作りしましょうか?」と言われ、何度かヨシェナベパーティが開かれることが決まった。作るのに必要な調味料があるので今度タルブから取り寄せるらしい。ルーシア姉さんがお金を出すそうで、ちょっと多めに頼んでいた。

 

 今のところ関係は良好と言えるだろう。しかし、本番は授業が始まってからだ。今はまだ生活に慣れるのに双方精一杯だろう。

 

 ヨシェナベの件が無くても毎日のようにルーシア姉さんが尋ねてきてくれて、色々聞かれるが、シエスタが最初の頃持っていた緊張感は今ではほとんど持っていないようだ。

 

 

 そしてあと数日で授業が始まるというときに寮に続々と生徒が入寮し始めた。シエスタに関しての周知は学院長やミス・ロングビルが行ってくれたらしく今のところ特に問題は起こっていない。

 

 

 

 そして入学式の日がやってきたが、ルーシア姉さんの事前情報で出席する価値は低いとの評価だったのでスルーした。

 

 

 スルーした入学式の次の日、授業初日が始まった。2クラスに分かれて行われるようで、自分のクラスにシエスタと一緒に行った。出口に程近い、壁際の席に座り、隣に座るよう促したがシエスタは平民なので立っている決まりもあり、特に立っていることに体力的な問題はないので立っているだそうだ。

 

 少し早めに来たのか生徒の人数は少なめだ。ほとんどが真ん中辺に集中している。周りを見ながら座っていると

 

 「あら、クロア? クロアよね? おひさしぶり。さっそく私の香水使ってくれているのね。とてもあなたに合っていてステキよ。同じクラスになれたみたいで嬉しいわ。」

 

 と、モンモランシーが声をかけてくれた。すごい褒め言葉をいただいてしまった。一応今日はモンモランシーに会うかもしれないので彼女に貰った俺用の香水を少し付けてみたのだ。

 

 「ああ、モンモランシーお久しぶりだね。俺も君と同じクラスになれて嬉しいし、心強いよ。しかし、相変わらず輝いていていい香りだ。いや、会わないうちにさらに輝きが増したかな? 君がいつも送ってくれている香水はとても俺の人生の支えになっているよ。ありがとう。」

 

 「そそ、そう? そう言ってもらえるととても嬉しいわ。隣空いているわよね? 隣いいかしら。」

 

 そう言って彼女は他に席が空いているにも関わらず隣に座ることにしたようなので、俺は一度立って譲ると、彼女は俺が座っていた場所のすぐ隣に座った。すこし照れてしまった。

 いや、通路側は死守せねばならぬのだ。シエスタがいることもあるが俺がいつ倒れるかわからないからな。

 

 「ああ、一人紹介させてくれ。彼女はシエスタ、平民のメイドだが俺が虚弱なせいで、一人で生活するのは危ないと家の許可が出なくてね。学院でメイドを雇うことになったんだ。

 彼女は元々は学院に勤めるメイドだったのだが、こんな俺でもただ一人側付きになることを立候補してくれてね。

 扱いは学園に勤めている彼女をカスティグリア家が借りていることになる。そして共に生活して俺を支えてくれることになっている。階級の垣根はあるが女性同士仲良くしてもらえるとありがたい。

 シエスタ、彼女はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ嬢。今まで一度しか直接会ったことはなかったが、彼女の贈ってくれる香水はとても生活を潤してくれるし心温まる手紙をいただいている。俺の唯一の文通相手だ。」

 

 モンモランシー嬢とシエスタはお互いを見つめたあと挨拶を交わした。

 

 「タルブ村のシエスタと申します。クロア様のお側に置いてもらっております。ミス・モンモランシ、ふつつか者ですがよろしくお願いします。」

 

 ふつつかもの?ああ、いやただ謙遜に言っただけか。なんか嫁入りのときによく聞くセリフっぽくて一瞬びっくりしたわ。

 

 「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ。クロアが言うならモンモランシーでいいわ。これからよろしくね。」

 

 「かしこまりました、モンモランシー様。」

 

 そういってちょっと硬い挨拶交換が終わった。少し緊迫した気がしたのは気のせいだろうか。いや、貴族と平民だしな。そう考えると普通かそれよりもフレンドリーと捉えても構わないかもしれない。これがハーレム系主人公なら壮絶な恋愛バトルが見れるのだろうが、残念ながら片方は俺の介助要員で片方は香水という共通の話題を持った友人……にはなっているとは思いたい。未だにただの知り合いだったらちょっと悲しい。

 

 

 「ああ、そうだ、モンモランシー。一ついいアイディアがあってね。いや二つかな? 香水の専門家である君に提案するのは心苦しいのだけどよろしければ聞いてみるかい?」

 

 「あら? 何かしら。興味あるわ。教えてちょうだい。」

 

 香水の話題を振った瞬間にモンモランシーの顔が輝いた。やはり香水が好きなんだな。確固たる趣味を持っている人はとても魅力的だ。

 

 「君の作る香水はどれもすばらしいし、俺はいつもあの安静になる香水を部屋で使わせてもらっている。君の纏う香りもステキな香りばかりだ。

 ただ、もし、自分や俺だけでなく周りにいる人間も香水を使ったり楽しめるようになればステキだと思わないかい?」

 

 「そうね。でも香水は高いし、私の作る香水が広まっても香り同士で喧嘩してしまわないかしら。」

 

 「そこなのだよ。だから屋敷や学院に勤める貴族に接する機会のある女性のために清潔感のある、例えば植物性石鹸やのような香りや洗い立てのシーツのような爽やかな香りがほのかに香ればそれだけでメイドや側仕えのような平民が側にいることがむしろすばらしく思えるようにならないかな?

 しかもそれが広がれば勤める平民には売れるだろう? 買う人数も貴族より多そうだし良いと思ったのだけどね。それにもし受け入れられれば雇い主が買い与えることも考えられる。素人考えだから色々問題がありそうだけど。」

 

 ただ、作るための労力や材料費、そして利益を含めた価格が平民に手の出し安い値段で釣り合えば、だけどね。続けてそう言うとモンモランシーは少し考えると授業用に用意してあった羊皮紙に書き込み始めた。

 

 「ええ、クロア、すばらしいアイディアかもしれないわ。作ってみないとわからないけど、価格を抑えて清潔感溢れる香りを纏ったメイドや講師、しかも男性にも受けがいいかもしれないわね。」

 

 「そうだ、シエスタ。君はどう思う? 正直な感想を聞かせてほしい。」

 

 そう、シエスタに振ると彼女は少し真剣な顔をして、

 

 「クロア様。私ならとても欲しいです。他のメイドも同じだと思います。ただお値段が高いと手が出ませんが……。毎日使えるような値段であればたくさん売れると思います。」

 

 「シエスタ。いくらくらいなら平民が気兼ねなく買えるかしら。正直に教えて?」

 

 「そうですね……。月に10~20スゥなら……無理をすれば50スゥでも払えると思いますがそうなると特別な日にしか使えないと思います。それだと人気が出るかによりますが。」

 

 「かなり厳しいわね。少し考えさせてちょうだい。」

 

 「そうだね、たった今ふと思いついただけだし、俺も後でちょっと練ってみよう。あとで資料を送らせてもらうよ。」

 

 「そうね、考えてみるだけの価値はありそうだし、お願いするわね。」

 

 そう言って、香水話が少し途切れた瞬間を見計らったように彼が現れた。

 

 

 「やぁ。可憐なお嬢さん方、香水の話かい? よかったら僕も混ぜてくれないかい? 

僕はギーシュ・ド・グラモン。『青銅』の二つ名を名乗っている。」

 

 室内とはいえ明るいので少しまぶしいくて細部はよくわからないが、やや癖のある金髪にかなり整った顔立ち、目の色は青とも緑とも灰色とも取れるような色で少し釣り目がちな目を艶やかに形作っている。十人に聞けば十人ともイケメンと答えるだろう。

 

 くっ、さすがナルシストでプレイボーイを自称するだけのことはある。実物は予想以上にハンサムだ。これなら天然ハーレムが作られ、モンモランシーが熱をあげ、惚れ薬で独占したくなるのもわかる。

 

 グッバイ俺の元々実る可能性がゼロだった淡い恋。

 

 そして彼は薔薇の形をした杖を会話が終わると口にくわえた。ちらりとモンモランシーを見るとさすがに目を奪われているようだ。シエスタを見ると少し目を伏せている。

 

 君もまぶしいのかい? 俺もまぶしいよ。

 

 しかし可憐なお嬢さん方と言われてモンモランシーが反応しない。シエスタは身分の差があるので加わる気がないようだ。あまり間が空くとよくないのではないだろうか。ここは俺がつなぐか。

 

 「おお、かの高名なグラモン元帥の? いや、これは失礼ミスタ・グラモン。俺はクロア・ド・カスティグリア。こちらはミス・モンモランシ、そしてそちらに立っているのは俺の側仕えのシエスタ。

 彼女はここのメイドだが故あって在学中は俺に仕えてもらっている。これから一緒に学ぶ間柄のようだね、よろしく頼む。あとよければクロアと呼んでくれ。」

 

 モンモランシーは中々現実に戻ってこない。いや、ハンサムだからな。なんというか辛い。今はシエスタが心の清涼剤だ。彼女は俺が紹介したときに少しカーテシーをしただけで自分から名乗る気はないようだ。

 

 「ああ、ミスタ・カスティグリア、いや、クロア、こちらこそよろしく頼む。僕もギーシュと呼んでくれ。それでその……。」

 

 「ああ、モンモランシー? どうやら君の男としての魅力に取り付かれてしまったようだね。モンモランシー?」

 

 と、ギーシュに言いつつモンモランシーをこちらの世界へ呼び戻す。もんもーん? とか呼んでみたいぜ……。ギーシュはまんざらでもないような顔をしている。やはり確信有りか。

 

 いいなー。俺白髪交じりだしなー。最近減ったけど。 虚弱が祟って発育不良でモンモンより背低いしなー。 目赤い上にあんまり見えないしなー。錬金使えないしなー。 どうせならギーシュになりたかったZE

 

 「って、そんなことないわよ! 変な誤解しないでちょうだい! んんっ、失礼しました、ミスタ・グラモン。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ。二つ名は『香水』、これからよろしくね。」

 

 モンモランシーは照れ隠しか少し赤くなって変な誤解といいつつちゃんと貴族らしい挨拶をギーシュに返した。いや、かっこいいし照れたの隠さなくてもいいんじゃないかな?

 

 「ああ、僕のことはギーシュと呼んでくれたまえ、可憐なミス・モンモランシ」

 

 「私もモンモランシーで結構よ。」

 

 ふむ。例え優良株だとしても目の前でギーシュがモンモランシーを赤くしているのはちょっとこう……。いや、気にするな。俺は病弱だ! そんな権利はない! 

 とりあえずギーシュとモンモランシーの仲を取り持つべく彼との友好を深めよう。そういえば香水の瓶とかギーシュに作ってもらえばいいんじゃね?

 

 「そういえば、ギーシュ、青銅というからには錬金が得意なのだろう? 興味本位ですまないのだが、ガラスなど作れたりしないだろうか。」

 

 「おや? クロアは錬金に興味があるのかい? そうだね、僕は青銅が一番得意だが、少しなら他の物も作れる。ただ、ガラスはまだやったことがないな。すまないね。」

 

 ダメだったか。ギーシュただ働き香水瓶で低価格作戦。いいなー、土系統。

 

 「いや、いいんだ。変なことを聞いて悪かった。俺は火以外の系統が全く使えなくてね。メイジは自分の系統が一番と誇ることが多いが、個人的には俺も土や水の系統が欲しかったところなのさ。」

 

 「ははは! クロアは変わっているね。火は最強と言われることもあるし何よりそれだけで派手だろう? 僕はそれだけでも自慢できることだと思うんだがね。」

 

 おお、さすが社交力が高い。褒め返されてしまった。そしてギーシュは通路を大回りして自然にモンモランシーの隣に座った。現在、通路の壁にシエスタ、そして通路側から俺、モンモランシー、ギーシュとなっている。

 

 「いや、最強の系統は、まぁ虚無を除けばだが、恐らく個人間の戦闘や小規模の戦闘に限っていえば今のところ風じゃないかな?」

 

 少し持論を出してみよう。彼の社交的な反応は大変参考になる。隣で聞いていたモンモランシーも興味があるようで、こちらを向いた。

 

 「おや? そうなのかい? 理由を聞かせてもらってもかまわないかな?」と、ギーシュは意外そうな顔をした。表情豊かで好感が持てますね。

 

 「うん、いくつか理由があるんだけど、一番納得しやすいだろう理由はだね。かつてトリステインで名を馳せた『烈風のカリン』や現在のグリフォン隊隊長殿が風系統なのだよ。所詮は使い手次第とも言えるが、新たな英雄が生まれない限り風の優位性を揺るがすのは難しそうだね。」

 

 「そうね。でも新たにすごい使い手が生まれたらその人の系統が強いということになるのかしら?」

 

 モンモランシーはいいところに気が付くね。ギーシュもなるほどと言った顔をしている。

 

 「うん、例えばだけどギーシュが烈風のカリン殿やグリフォン隊の隊長殿をゴーレムで踏み潰したり地面に埋めたりできれば土になるだろうし、モンモランシーが相手の頭を水球で閉じ込めて溺死させれば水が最強になるだろう。もちろんファイヤーボールで相手を燃やせば火が最強になるだろうけど、結局のところ使い手と方法次第なのさ。」

 

 「クロア、それでは……ああ、だから今のところと表現したのか。」

 

 ギーシュも意外と頭いいな。

 

 「そう、そしてなぜ俺が土や水が欲しかったかという話に繋がるのだけどね? 火は燃やすことしかできないのだよ。悲しいことにね。他の系統は錬金や固定化、偏在、ヒーリングやモンモランシーのようにステキな香水を作ったりと他にも便利な魔法がたくさんあると言うのに火には今のところ全く無い。

 例え火の系統が最強とされてもそれを隠す悲しい嘘にしか思えないんだよね。」

 

 少ししんみりしてしまった。せっかくの初日なのに、最初からこれはまずい。

 

 「ああ、せっかくの機会に詰まらない話をしてしまって申し訳ない。どうか愚痴だと思って聞き流してくれ。ただ、君たちの系統のすばらしさと、憧れていた理由を言いたかっただけなのだ。しかし、自分の社交性の無さには嫌気が差すね。」

 

 と、できるだけ明るい声で弁解すると、

 

 「いや、気にしないでくれたまえよ。僕は自分の系統について改めて考えさせられてとても勉強になったよ。」とギーシュが明るい声でフォローしてくれた。さすが社交MAXイケメン野郎で……いや、ステキな貴族様である。

 

 「そうね、私も少し考えさせられたかもしれないわ。香水が好きで水系統と言えば私にとっては香水だったけど、他にも色々できるのよね。ありがとう。クロア。」

 

 おお、モンモランシーも何か思い至ったようだ。ただ、「最強の魔法はなんだろうね?談義」をするつもりが、いつの間にか自爆して、二人にフォローされてしまった。話題選びって難しいな……。

 

 

 

 

 

 




 で、できれば感想をお待ちしております。豆腐メンタルですが!


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4 自己紹介と学院生活

マリコルヌとギーシュの魔改造が今……始まるのか?


せっかくの日曜なので2話連続予約投稿する予定です。ストックは今のところ8話の途中。大丈夫か!? ちょっと不安ですが、出足は欲しいかなと。

大体の主要人物が登場しますが、性格や言動が変わっている可能性があります。気になってもあまり否定的な意見は、その、スルーしていただけるとですね……。

 ではよろしければお楽しみください。


 そして授業が始まると思いきや、自己紹介タイムになった。先生が適当に片っ端から当てていく感じだ。並びから俺が一番最後だろう。というかその場で立って自己紹介するのだがほとんど見えない。背の高さと髪の色と声くらいしかわからない。

 

 主要人物は、ルイズ、キュルケ、タバサ、モンモランシー、ギーシュ、マリコルヌ、ギムリ、ヴィリエと完全に揃っている。豪華メンバーが見れただけでも来た価値あったな。

 

 ルイズは初日だからか、特にゼロと呼ばれることもなく、公爵家らしい優雅さで自己紹介していた。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。系統はまだ決まってないわ。これからよろしく。」

 うーん。ほとんど見えんが多分可憐だ。こういうときは隣の隣にいるプレイボーイギーシュ君の評価に頼ろう。彼の方を見ると、「おお、ヴァリエール公の……通りで可憐なはずだ。」とつぶやいている。ふむ。可憐評価は正しかったようだ。

 

 キュルケは原作どおり胸元がゆるく、赤い髪と色黒な肌、そしてグラマラスなボディで男子生徒の目を釘付けにしていた。隣の隣のギーシュも「けしからん、けしからんな、アレは……。」とか言いながらガン見している。俺? まことに残念ながらほとんど見えんよ。

 「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。二つ名は『微熱』で火のトライアングルよ。よろしくね。」と自己紹介していた。ギーシュはさっきから「けしからん」を小声で連呼している。ギーシュ、壊れたか!?

 

 次は何人か挟んでマリコルヌだった。

 「マリコルヌ・ド・グランドプレだ。『風上』のマリコルヌと呼んでくれ。」

 ふむ。原作通りちょっと小太りを強調している。いや、実際そうなのだろうが、マントで隠せばいいんじゃないかな? ギーシュは男には興味ないようだ。薔薇なのにな。いや、いい。ごめん。

 

 ヴィリエは

 「ヴィリエ・ド・ロレーヌだ。風のラインだが二つ名は中々自分に合うものがなくてね。模索中だ。」

 ギーシュ君情報だとロレーヌ家は風の名門だそうだ。タバサ嬢の当て馬はエリートだったのか。色々残念だな。

 

 タバサ嬢は「雪風のタバサ、風のトライアングル、よろしく」だけだった。キュルケもそうだけどガリアやゲルマニアからの留学生って言っておかないと国際問題に発展しないのかね?

 

 そしてようやく最後の方にきて残すところギーシュ、モンモランシー、俺になった。

 

 「ギーシュ・ド・グラモンだ。『青銅』のギーシュと呼んでくれたまえ。気軽に声をかけてくれると嬉しいよ。特に女性は大歓迎さ。」

 

 ぶれないな。さすがだ。

 

 「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ。二つ名は『香水』、水のラインよ。よろしくね。」

 

 モンモランシーは無難にまとめたな。いや、他に何言えって言われても困るが……。香水の宣伝してもよかったんじゃね?

 

 「クロア・ド・カスティグリアだ。二つ名はまだないが火のライン……だと思う。俺は体がかなり虚弱でよく倒れたり、寝込んだりするのでこちらにいる学院所属のメイドであるシエスタ嬢を介助要員として学院からお借りしている。

 彼女は平民だが、まぁ無いとは思うが、彼女に対しての無体や危害は俺や、ひいてはカスティグリア家にかかるかもしれん。その点だけ気をつけてほしい。

 あと、病気や体調が悪くて休む日が多くなると思うがそこもあまり気にしないでくれ。長々とすまない。これからよろしく頼む。」

 

 ふぅ。緊張したー。と思ったら、シエスタが顔を寄せて「クロア様、お加減は大丈夫ですか?」と小声で聞いてきた。「少し緊張しただけだ。多分大丈夫だよ。ありがとう。」と苦笑いで返した。

 

 そしてこれからは親睦を深めるため、生徒同士でオリエンテーションだそうだ。教師が退出したので自習や自由時間とも言う。

 

 さて、これから起こる可能性のあるイベントはヴィリエとタバサ嬢の決闘かな? 

 

 ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタは髪の色で判断できて便利だな。ギーシュは早速ナンパの旅に旅立ったようだ。「モンモランシーも行ってきたら?」と言ったら「何か変な誤解されそうだから辞めておくわ。」と言っていた。

 「どんな誤解だい?」って聞いたら「ギーシュに言い寄る女生徒。」と澄まし顔で言い放った。

 

 「あはははは! た、確かにそうかもしれないな。いやギーシュは見た目も中身もいいヤツだと思うし、先に親交を深められてよかったかもしれないね。まぁ彼と親交を深めるのは後でも構わないか。」

 

 「ちょっと、笑いすぎよ? そんなに面白かった? まぁそんな訳で今行く意味はあまりないわね。」

 

 「いや、すまない……。久々に笑いのツボに入ってしまってね。本当にすまない。」

 

 「そ、そう? 別に構わないわ。」と話し合いながら教室内の動向を見ていると、女生徒は大体ギーシュのところへ、ついでにそれに群がるように男子生徒が集まっている。キュルケの方にも男子生徒が集まり、ルイズのところにもあいさつ回りのように列を作って挨拶しているのがいる。公爵家だからな。大変だな。孤立しているのはタバサ嬢と俺とモンモランシー、まぁ追々でいいだろう。

 

 そう思っていたらキュルケが取り巻きを連れてこちらにやってきた。

 

 「ミスタ・カスティグリア、改めて自己紹介するわね。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケと呼んでちょうだい。」

 

 「これはご丁寧に。ミス・ツェルプストー、いや、キュルケ。ぜひ俺のこともクロアと呼んでくれ。」

 

 何か用なのだろうか。見た目に関してなら彼女のお眼鏡にかなわない自信があるのだが。

 

 「あなた自己紹介のときに少し気になることを言っていたわね。あなたが火のラインとはっきり言わない理由は何かしら?」

 

 直球で来たな。まぁこのクラスで火系統は恐らくキュルケのトライアングルが一番で二番が単独で俺の怪しいラインだから気になったのだろう。

 

 「ああ、そのことか。俺は火以外の系統がさっぱりダメでね。火の系統しか使えないのだよ。そして、家にあった魔法書では純粋な火の系統の魔法はラインのフレイム・ボールまでしか乗っていなかったのでね。個人的にはトライアングル以上の威力はあると思うのだけど確信が持てなくてね。どうやって判断していいかわからないのだよ。」

 

 そういうとキュルケは少し眉を寄せた。

 

 「家庭教師に判断はしてもらわなかったのかしら?」

 

 「ああ、俺は体が弱いので家庭教師の代わりに主治医が付いていてね。魔法も駄々をこねて姉や弟に教えてもらったのさ。」

 

 そう、苦笑しながら言うと、キュルケの取り巻きが、「キュルケ、こんなヤツに構ってないで向こうへ行こうぜ」と言い出し、キュルケはまだ聞き足りないような顔をしていたが、「そうね、お邪魔したわ。」と言って取り巻きを連れて離れて行った。

 

 「ねぇ、クロア。他の系統がダメってどういうこと?」

 

 とモンモランシーが疑問に思ったのか聞いてきた。うーん。少し言いづらい。自分の恥を言い出すようで言いづらい。でも秘密にするまでのものじゃないしな。

 

 「そうだね、モンモランシー。簡単なコモンスペルを使えるようになったら系統を見るために四系統の簡単な魔法を使うだろう?」

 

 「ええ、私もそうだったわ。でも他の系統も水ほどじゃないにしろ使えたわよ?」

 

 「ああ、俺もそう聞いたんだけどね。……笑わないで聞いて欲しいんだが、土のアース・ハンドは麦一粒くらいの土がわずかに動いただけだったし、水のコンデンセイションは桶の真ん中に少しシミができただけだったし、風のウインドに関しては後で吐いたため息の方がろうそくの火が良く揺れた。自分でもここまで他の系統の才能がないとは思わなかったけどね。」

 

 そういうと、モンモランシーはビックリしたような顔をしながら、「そ、そうなの。珍しいこともあるのね。」と言っていた。いや、俺もビックリだったけどね?

 

 「そういえば……」と新たな話題を振ろうとしたところで、今度はマリコルヌが来た。

 

 「やぁお三方、ごきげんよう。もう自己紹介はしたけど改めて、マリコルヌ・ド・グランドプレだ。ぜひマリコルヌと呼んでくれ、よろしく頼む。」

 

 「ごきげんよう。マリコルヌ、俺もクロアと呼んでくれ。こちらはシエスタだ。よろしく頼む。」

 

 俺のシエスタの紹介に合わせてシエスタは軽くカーテシーをする。まぁなーんとなく理由はこれかな? ってのもあるが一応知らないフリをしておくべきだろう。

 

 「ごきげんよう。マリコルヌ。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ。」

 

 おや? モンモランシー呼びは却下ですかね?

 

 「ところで君。片方は平民とはいえ二人も女性を独占するとはけしからんとは思わんかね?」

 

 ぶっ! すごい直球で来ましたね。

 

 「いや、独占しているのは強いて言えばシエスタだけだよ? どうしてそんなことになったんだい?」

 

 「そうね。私はまだ独占されてないわね。でもマリコルヌと言ったかしら? 今のところあなたに興味はないわ。」

 

 おおう、モンモランシー……。告白されたわけでもないのに直球で振ったな。トリステイン貴族女性こえぇ。俺なら心の傷で三年くらい引き篭もる自信あるぞ。

 

 「ふむ。ではそのメイドはどうやって学園から借り受けたんだい?」

 

 「マリコルヌも学園所属のメイドを借り受けたいのかい? そうだね、君が借り受けるための方法を提案するのは吝かではないが実行するのは大変困難だと思うよ?」

 

 そう言うとマリコルヌの頬がピクッと動いたあと、すごい食いつきを見せた。

 

 「おお、我が友よ。ぜひとも教えてくれたまえ!」

 

 「おお、早速君の友に認定していただけて大変光栄だ! ではお教えしよう。2~3年水とスープだけ飲んで暮らし、疫病が流行ればそこへ出向き感染し、風邪が流行ればそこに出向き感染し、それでも死なずに済めばきっと君のような健康体でも俺と同じような虚弱な状態に持っていけるだろう。俺は生まれたときからこの状態だが今の君でもこの方法なら同じ状況になれると思うんだ。

 その状況で学院長に嘆願すればきっと介助のメイドを借り受ける権利をいただけるだろうし、候補を見繕ってくれるだろう。あとは紹介されたメイドが立候補してくれれば君も晴れて誰の目を気にする事なく同じ部屋でメイドと暮らせるようになるよ。オススメはしないがね。」

 

 そういうとマリコルヌは少し青い顔をして「すまなかった。クロア。」と言った。いいヤツなんだな。マルコ。

 

 「いや、こちらこそすまない、マルコ。マルコと呼んでいいかね? 実は半分自虐を含めた冗談だ。ここ一年ほどは調子が良くてね。そこまでひどくはないんだ。」

 

 そう言うと、少し安心した感じで

 

 「そうか、そうか。ぜひマルコと呼んでくれ。しかし半分冗談ということは半分は本当なんだろう? 大丈夫なのかい?」

 

 「おお、初対面なのに心配してくれるのか。友よ。君はとても優しいね。今は大丈夫さ。シエスタも側に控えてくれているし、何より今はちょうど水の使い手のモンモランシーが隣にいてくれるからね。

 さぁ我が友マルコよ。もしお零れを狙っているのなら、ここではなくギーシュの近くがオススメだよ。彼も君と同じくいいヤツだから、君とも馬が合うだろう。彼の側で君の良さをわかってくれる女性を探しに行きたまえよ。」

 

 そう笑顔でマルコに言うと、晴れやかな顔をして、「そうだな! 我が友よ。また話をしよう!」と言ってギーシュのいる方へ向かって行った。

 

 ふむ。そういえばモンモランシーはもしかして俺が心配で動けないのではなかろうか。いや、自信過剰かもしれんが彼女は優しい子だ。彼女のこれからの人生にとってここにい続けるのはいいとは思えない。ここは戦略的撤退をしよう。

 

 「初日で少し興奮しすぎたかね? ちょっと体調が悪くなりそうだ。モンモランシー、悪いがそろそろ寮の部屋に戻ろうと思う。さっき言っていた資料は出来次第送るから気長に待っていてくれ。」

 

 そう言って立ち上がると少しふらっとした。戦略的撤退じゃなくて本気で撤退になりそうだ。

 

 「クロア。大丈夫? 部屋まで送りましょうか?」モンモランシーがそう心配そうに気を使ってくれるがそれでは当初の目的から外れてしまう。いや、すでに外れ気味だが……。

 

 「ああ、大丈夫だ。君も学院生活を楽しんでくれ。すまない、シエスタ、肩を貸してくれ。では、ごきげんよう。モンモランシー」

 

 「ええ、お大事にね。」

 

 そう言って寮の部屋に戻り、天蓋の中で一人で着替えるのが辛かったのでシエスタに手伝ってもらい、ベッドにもぐりこんだ。そしてシエスタはしばらく様子を見た後「お姉さまに報告してまります。」と言って出て言った。意外とギリギリだったようだ。

 

 いやー。同い年くらいの女の子に着替え手伝ってもらうの恥ずかしいっす。たまに手伝ってもらうのだが毎回少しベッドの中で悶える。原作のルイズは初対面からよく才人に着替えさせられたな……。伯爵と公爵の違いか?

 

 

 

 

 幸い早めの撤退が良かったのか、起きたら次の日の昼ごろだった。

 呼んでみたらちょうどシエスタが部屋にいたので寝ていた日にちと昨日のその後の状況を聞いた。昨日はあれから学院の医務室待機しているメイジが様子を見に来てくれたらしい。

 数日安静にしていれば大丈夫だろうとのことで安静にすることが決まった。倒れなかったのにな。

 

 それから数日して、タバサとヴィリエが決闘してヴィリエが負けたらしい。そういえばそんな話あった気がしなくもない。他人の決闘でこの世界の魔法の威力を確認したかったが見逃してしまったようだ。

 

 しかし、この決闘があったということは次のフリッグの舞踏会はエロシーンか? いやここは紳士にマント重ね着でもしていくか? しかし長さが足りなさそうだな。

 

 などと心の隅で計画しつつ、モンモランシーへの資料をまとめる。出来た試算ではおいしいのか不味いのか微妙なラインだった。儲けは出るし売れるとは思うが結構リスクがあるかもしれん。

 

 一度試作してから評価を聞いて売れそうなら大量に作る方法を考えたり、原料を天然素材にしたり、むしろ原料を格安でそこいらの森で平民に摘んできてもらったりとかなり無茶な案も入っている。瓶をギーシュが作れればなー。ふむ。鋳型方式で粘土の瓶を作ってそれをギーシュが錬金とかどうだろう。その辺りも書いておこう。むしろ瓶に拘るからいけないのか? 匂い袋方式もいけるだろうか。とりあえず思いつく限り書いて、シエスタにモンモランシーへ届けてくれるよう頼んだ。

 

 しかしほとんど授業に出てないな。いや、何度か出てはいるが、あまり意味があるとは思えないのでちょっとでも体調が悪いと出ないことにしている。途中退出は目立つしね……。

 

 そして後日、久しぶりに出た授業でモンモランシーが試作品を渡してくれた。第一号爽やか石鹸の香りらしい。いくつか小分けにしてあるので平民の感想を聞きたいらしい。すぐ側にいるシエスタに渡して頼んだ。

 

 「さっそく使わせていただきますね。」と言ってシエスタは香水を軽く手首につけて擦り合わせるとほのかな石鹸のいい香りがした。

 

 「ああ、すばらしい香りだね。モンモランシー、君は香水にかけては天才だね。」

 「ええ、すばらしい香りですね。これなら評判になると思います。」

 

 二人でそういうと、ちょっと照れて赤くなりつつそれを隠すようにシエスタに

 

 「そ、そう? あなたにそう言ってもらえてよかったわ。でも他の平民の正直な感想も聞いておいてね。今度からはお金取るから。」

 

 ちなみに価格は大体毎日使って1ヵ月分20スゥでシエスタが言うにはその位なら買う人がいるだろうとのことだ。ちなみに利益は約12スゥ。貴族の手間は高いのだよ! いや多分これなら激安だけど……。今回は試作品での計算だが量産すればもっと利益が望めるはずだ。

 

 普通にトリスタニアとかで香水を買うとモンモランシーの作るようなものだと何エキューもするらしい。大体1エキューが100スゥですからね。20スゥでも安いと思います。オリジナルだし。

 

 ちなみにカスティグリア家経由で譲ってもらっている安眠香水は相場にいろんな色をつけて買っているらしく、値段は聞いてないがモンモランシ家が結構助かっているらしい。ああ、いくつか試作品を貰ってこの香水も両親へ営業もしておこう。そうモンモランシーに話すと喜んでくれた。販路が同じなら輸送費が安くつくからね。

 

 

 

 そしてひと月近くが経ち、フリッグの舞踏会がやってきた。しかし今日は朝から体調が思わしくない……。くっ、まさか本当にイベント補正か!? 

 

 「クロア様。顔色が悪いですよ? お気持ちはお察ししますが、今回の舞踏会は見送られた方が……。」

 

 とシエスタにまで止められる始末だ。「しかし、貴族たるものだな……。」と強がりを言っても足元がふらつく。結構めまいも激しい。

 

 「シエスタ、すまない。一目でいいのだ。すぐに戻ると約束する。」

 

 というと、シエスタは少しため息をついて、わかりました。でも本当に一目ですよ? と言って肩を貸してくれた。なんかだんだんシエスタがたくましくなっている気がする。今までは片方の肩に俺の手を乗せているだけだったのだが、今ではシエスタが俺の手首を取って自ら肩に回し半分担がれることがたまにある。できるだけ負担にならないように壁に手を付いて運んでもらう。

 

 そして、男子寮を出てすぐのところに着飾ったモンモランシーがいた。

 

 「クロア。ごきげんよう。体調が悪いみたいね。大丈夫?」

 「ああ、モンモランシー、ごきげんよう。いい夜だね。ドレスもよく似合っている。とてもキレイだ。……体調は万全とは言いにくいかな。」

 

 そういうと恥ずかしかったのか、モンモランシーは顔を赤くした。

 

 「こんな事だろうと思って来てみたら案の定ね。どうせ社交辞令でしょうけどありがとう。」

 「いや、本心のつもりだけどね? それだけキレイなんだ。今日は注目の的間違いなしだよ。」

 

 そういうと、モンモランシーは「ほらやっぱり」とつぶやいた。いや、褒めたのに社交辞令と取られたのか? これだけキレイなんだから注目の的間違いなしだと思うのだが……。

 

 「ええ、モンモランシー様。私もとてもステキだと思います。」

 

 ほら、シエスタもそう言ってるし、そろそろ信じてもらえないだろうか。しかし本当にモンモランシー嬢はきれいだ。夜で光が制限されているので今はいつもよりよく見える。この際だから目に焼き付けておこう。

 

 「ど、どうしたの? 急に真面目な顔して……」

 「いや、本当にキレイだから目に焼き付けておこうかと思って」とポロっとこぼすと「ばかっ!」って言われて顔ごと逸らされた。いやなんかすいません。つい素の本音が。

 

 「んんっ」とシエスタが咳払いをして「何バカやってるんですか?」と心の声で言われた気がした。

 

 「ではお嬢さん。フリッグの舞踏会へ参りましょうか。」と言って、シエスタの肩から手を外し、モンモランシーに左手を出しながら一歩進んだところでヒザからスコーンと力が抜け左腕からうつぶせにぶっ倒れた。

 

 「ちょっ、大丈夫!?」「クロア様!?」

 

 あああああ! なんという! しかも気絶しないとか! いや気絶したとしても恥ずかしすぎる! これ罰ゲームですね? わかります。

 

 「す、すまない、大丈夫だ。」しかも少し苦しくなってきた。しかし、今日はキュルケ嬢のだな……。気合で四つんばいになり、そこから立ち上がろうとしたらシエスタに肩を担がれ腰を抱えられた。シエスタ本当に力持ちだな。

 

 「大丈夫じゃありません。部屋に戻りますね。モンモランシー様。そういうことですので。ごきげんよう。」

 「わ、私も行くわよ。心配だもの。」

 

 モンモランシーは食い下がったが、貴族の女性が男子寮に入るのはダメじゃないか? 

 いや、逆はよくあるっぽいが……。まぁ俺の場合そのときもシエスタが付き添ってくれるのだろうか。そう思うと少し複雑だな。いや、いなかったら女子寮で行き倒れか。どっちにしろダメだな。

 

 「いや、大丈夫だ。それに貴族の女性が男子寮に入るのは外聞がよくないし、危険があるかもしれない。気持ちはとてもありがたいが、どうかフリッグの舞踏会を俺の分まで楽しんできてくれ。」

 

 そういうと、モンモランシーは「そう。お大事にね?」と言って足早に去って行った。

 

 そして、俺はシエスタに肩を担がれ腰を支えられたまま自室へ……。

 

 途中で「残念でしたね。でもミス・モンモランシのドレス姿が見れて良かったですね?」とか言われた。

 

 いや、よかったけどさ、本命がさ……。イベントがさ……。しかし少しシエスタの機嫌が悪い気がしなくもない。目の前で別の女性を褒めたからか? もしかしてヤキモチ? 自意識過剰か。もしかしてシエスタもドレスを着てみたいのかな?

 

 「そうだね……。シエスタ。シエスタもドレスを着てみたいかい?」

 「はい、でも私は平民ですから……。」

 

 ふむ。やはりモンモランシー嬢のドレスに憧れたのか。

 

 「しかしだね、シエスタ。恥を忍んで本心を打ち明けるとだね? 引かないでくれよ?」

 「引くようなことを言うのですか? でもそこまで言うのであれば聞いて差し上げないこともありません。」

 

 と、部屋に入って着替えのためにベッドの側まで行きながら念を押すとシエスタはちょっとツンとして言った。

 

 「実はシエスタのメイド服を着ている姿がとても好きなんだ。なんとも悩ましい趣向で自分でも軽蔑してしまうね。」

 

 ええ、メイド服とか前世からめっさ好みです。メイド服&ドロワーズ最強だと思います。恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。っつうかこのまま死のう。それがいい。と悶えていると、シエスタはちょっといぶかしんだ後、俺の多分真っ赤になった顔を見て察したのか、

 

 「そ、そうですか。引かないで信じてあげます。」

 

と、言って赤くなってうつむいた。シエスタかわいいね。しかし、冗談ではなく今日は体調も悪いしこのまま悶え死ぬかもしれん。―――さらば、ハルケギニア。

 

 

 そして着替えようとしたところでそのまま意識を失った。

 

 

 




 実は二話予約投稿です。みなさん休日とは限りませんがよい日曜日を!


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5 初めての決闘

 ええ、やっちまいました。2話連続予約投稿のはずが1話フライングでやっちまいました。くっ、不慣れな自分が憎い!
 一応同じ日に2話投稿されているので前話まだお読みでない方はご注意ください。

 「コルベール先生へのアンチ・ヘイトが含まれます。ご注意ください。」とか、書いておいた方がいいのでしょうか。ちょっとよくわかりません。一応タグが付いていますので大丈夫だとは思うのですが少し心配です。

 あと胸糞注意かもしれません。ついでにちょっとグロ表現あるかも?
 R-15タグが輝く時がやっときたね! やったね! と思って読んでもらえれば幸いです。


 フリッグの舞踏会から二週間ほど経った。あの後三日ほど寝込み、起きた後も何度か学院の水メイジが診療に来てくれた。シエスタはそれまで気が気じゃなかったらしい。起きるまで毎日ルーシア姉さんのところに通ったそうだ。ルーシア姉さんは「よくあることよ」と言っていたらしいが、確かによくあることだな。

 

 あと、ギーシュやマルコがお見舞いに来てくれたらしく、ドアの前までにしてもらったらしいが、あとで授業に出たときにお礼を言ったら、「心配したよ。虚弱というのは本当だったのだね。」と言われた。

 

 しかし、アレで死なないとは意外とこの体は頑丈なのではないだろうか。

 

 その後、本を燃やされたタバサ嬢とドレスを破かれたキュルケ嬢の決闘騒ぎがあり、キュルケ嬢が負けたのだそうだ。また決闘見逃したか……。

 

 そのすぐあと、この決闘を仕組んだ黒幕であるキュルケのドレスを破ったヴィリエとタバサの本を焼いて赤い髪を残してキュルケに罪をなすりつけた女子生徒数名がバレたらしく、彼らは学院中に大恥を晒し、自らの名誉を大いに傷つけたらしい。詳しい事はまぁ原作通りなら……。いやよそう。

 

 ちなみに昨日も授業中体調が悪くなり退席したので医務室のメイジに診察されて数日安静と言われ、部屋着兼寝間着で過ごしている。

 

 今はちょうどシエスタが遅めの昼食を取りに厨房へ行ってくれている。あまりすることも無いので、家から持ってきた本を何の気なしに読んでいると、部屋の外から女性の悲鳴と食器などが落ちたようなカランカランという音が聞こえた。

 

 シエスタか? 何があった? マントだけかぶって杖を持って外に出ると、転んでうずくまったシエスタと汚れた床とそれを見下す男子生徒が見えた。

 

 「シエスタ。大丈夫か? 怪我はないか? 何があった?」

 

 「クロア様、申し訳ありません。怪我はありません。突然後ろからぶつかられて……。」

 

 心配したが、怪我は無いようだ。しかし、シエスタの説明を途中でぶった切るように見下していた男子生徒が、

 

 「何を言いがかりを! 平民である貴様が貴族である俺の進路を邪魔したのであろうが! おいそこのお前! そのマントの色から一年だろう? どちらが悪いかわかるよなぁ?」

 

 と下卑た声で絡んできた。同じ貴族同士なら在籍年数よりも実家の爵位や繋がりだと思うのだが、彼は自分の家格に自信があるのだろうか。しかし、ここは学院だしな。関係ないし、あちらが悪いのは明白だ。

 

 「どなたかは存じませんが、どう見てもあなたの過失ですね。彼女への謝罪を要求します。」

 

 と言うと、いきなり激昂した。

 

 「ああん? 俺様をしらねぇのか? 三年の『激炎』のアレクシスだ。よく覚えとけ新入生!

 さぁ、そこの平民。俺の部屋でゆっくり謝罪をいただこうか?」

 

 そして、『激炎』のアレクシスがシエスタに近づいたので割って入ってシエスタに俺の部屋に入るように促す。

 

 「シエスタ怪我はないのだな? 怪我がないなら部屋に戻れ。

 彼女は俺が学院から借り受けているメイドだ、手を出すというのならば問題になるぞ? 激炎殿?」

 

 シエスタは「はい、怪我はありません。でも……」と言って立ち上がったのはいいがオロオロとして部屋に戻ろうとしない。

 

 『激炎』のアレクシスは身長が2mちかくあり短く切った赤髪を逆立てていて、体格もかなりいいためかなりでかく見える。顔は元々ハンサムっぽいのだが性格が表れているように下卑た感じに見える。

 

 しかし『激炎』という二つ名は聞いたことが無い。原作には絡まなかったのだろう。そういえば原作が始まる頃にはコイツは卒業していていないのか。シエスタの立場と平民相手とはいえ責任問題になると説明し、諭したのだが、なぜか更に怒り出した。

 

 「いいだろう。クソチビ野郎。決闘だ。ヴェストリの広場で待ってるぞ、着替えの時間くらいはくれてやる。」

 

 ふむ。着替えの時間をくれるらしい。しかし少し野次馬というかヤツの仲間と思わしきヤツが増えてきた。

 

 「逃げるなよ? クソチビ! さっさと着替えて来い、いや、新入生だからな、俺がヴェストリの広場まで案内してやる。」

 

 と、野次馬の一人がクソチビ呼ばわりしてきた。いや背が小さいのは認めるがね? それ君が言ったらほとんどの人はチビじゃね?

 

 「受けるとは言っていないのだがね? それに校則違反ではないのかね?」

 

 一応そう言うと、『激炎』殿は「そんなもんは関係ねぇ! さっさと着替えて来い。案内はお前に任せる。先に行ってるぞ? クソチビ!」と言て出て行った。

 まぁとりあえず着替えよう。「ふむ。では少々失礼。」と言ってシエスタと一緒に部屋に戻ろうとしたら、

 

 「おっと、コイツはお前が逃げないよう、こちらにいてもらうぞ? なぁに決闘が終わるまで手は出さないと誓おう。」と取り巻きに言われた。

 

 ちっ、何が誓おうだ。なんだかイライラしてきた。シエスタが心配なのでささっと入って着替えて部屋を出た。

 

 「さて、往こうか、先輩方。」そう言うと、俺とシエスタは前後を上級生に挟まれるようにしてヴェストリの広場に向かった。途中、小声でシエスタに話しかけられた。

 

 「クロア様。私なら大丈夫ですから、こんな危険な事おやめください。」

 

 「いや、それでは俺が大丈夫じゃない。手は出させないと誓ったはずだ。君は気にする必要はない。むしろ巻き込んでしまってすまないと思っている。」

 

 そう謝ると、「そんな……。」と言って黙ってうつむいてしまった。いや明るく振舞うのは無理があると思うけどね? 

 

 そしてヴェストリの広場に付くとすでにギャラリーが集まっている。『激炎』殿が宣伝でもして集めたのかね? 「やべぇぞあのチビ。相手が『激炎』ってしらねぇのか?」とか「先生呼んだ方がいいんじゃない?」とか「バカ、先生に言ったら俺たちまで巻き込まれるぞ?」とか色々聞こえてくる。『激炎』殿は普段から素行が悪いようだな。まぁ取り巻きまとめてそんな感じだが。

 

 空を見るとおあつらえ向きによく曇っている。これならまぶしくて目標を外すことも多分あるまい。軽く見回すと、マントの色から一年生も来ているようだ。シエスタから離れてぽっかり空いている空間に進み出る。

 

 「よく来たなクソチビ、さぁ諸君、決闘だ! 俺は『激炎』のアレクシス! そこの平民の女に貴族の名誉を傷つけられた! 当然の謝罪を要求したがそこの新入生はこの俺が悪いという! 当然俺が勝ったら二人からの誠意ある謝罪を要求する! 立会い人はそこのお前がやれ!」

 

 そんなものが貴族の名誉だと? トリステイン貴族でいるのがバカバカしくなるな。中には貴族らしくあろうとするいいヤツもいるというのに……。しかも立会人は取り巻きAか。

 

 「クロア・ド・カスティグリアだ。そうだな、貴族の名誉というからには自ら言いがかりをつけた上に決闘を仕掛け、更にその上負けて生き恥を晒すようなことはしたくはあるまい? お互い名誉に加えて命を懸けるというのであればその決闘受けよう。何なら貴様の取り巻きを含めても構わんぞ? 手間が一度で済んでこちらとしてはありがたい。」

 

 そういうと、『激炎』のアレクシスは「ああ、命を懸けよう。二言はないな? ここにいるみなが証人だ。」と怒りと共に言い放った。

 

 そして杖を抜き、お互い決闘前の礼をしようとしたところで、礼をしたのは俺だけだったようで、頭を上げた瞬間、目の前にファイアー・ボールが迫っていた。ギャラリーからは悲鳴が溢れ、ファイアー・ボールの向こう側には下卑た顔が視える(・・・)

 

 しかし、思っていたより遅い上に温い。やはり俺の魔法は原作とは少し違うようだ。適当につぶやきながら軽く杖を振って相手が放ったファイアー・ボールを極限まで小さくした防御用のラ・フォイエで打ち消す。

 

 ラ・フォイエと打ち消されたファイアー・ボールが目の前で一瞬キレイな炎の渦巻きを作り出し、それを見ながらファイアー・ボールの詠唱を始める。相手は驚愕の表情を作り、こちらが詠唱を始めたのを見て慌てて杖を構えて再び詠唱を始めようとしたがかなり反応が遅い。相手がワンフレーズ唱える前に着弾するだろう。

 

 ふむ。このまま水平に撃ったらギャラリーを巻き込みそうだな……。そう考え相手の(すね)を狙ってファイアー・ボールを放った。

 

 そして、放った瞬間にキレイな光の線を一瞬描いて着弾した。狙い通り相手のヒザから下を一瞬で消し炭にし、そのままヒザから上が燃え続ける。『激炎』殿は一瞬何が起きたのかわからなかったようで、少し硬直したあと、すさまじい悲鳴をあげ、杖を捨て、炭化して生の部分が半分の長さになった足を燃やす炎を必死に消そうとしながら転がり続けた。着弾地点は土が焼け、かなりの高温になっているようで赤黒くなっている。

 

 「ぎゃああああああああああ!!!!!」

 

 という、『激炎』殿の悲鳴と、ギャラリーの悲鳴と肉が焼け焦げて炭になる香りを嗅ぎながら今度はフレイムボールの詠唱を始める。

 

 さぁ決闘の宣誓どおり燃やそう。この下らない生き物を跡形も無く……。

 

 何かに取り憑かれたようにそう近づいたところで両腕を広げて杖を持った教師に割り込まれ、あっという間にその教師がアレクシスが纏っていた炎を消した。

 

 「そこまでです! 水系統のメイジは出来る限り彼の治療を! そこの君! 医務室に連絡と応援を!」

 

 そして、その教師は俺に振り向いた。このハゲ具合。コッパゲか? 黒い髪だが前頭部から頭頂部がハゲており、丸いメガネを掛けている。体格もよく背も高い。

 

 「君、名前は?」目つき鋭く尋ねられた。

 

 「クロア・ド・カスティグリア。初対面だと存じますが、人に名を尋ねるときは自分からと貴族である両親に教わりました。ここでは違うのですか。コッパゲール先生?」

 

 戦いの熱が冷めていないのか少し挑発的に笑みを浮かべそう言うとコッパゲは顔をしかめた。 

 

 「ジャン・コルベールだ。ここで火の系統魔法の教師をしている。それで、ミスタ・カスティグリア。なぜこのような……いや、このまま学院長室まで来てもらおう。」

 

 コルベールは俺を睨みながら簡単に自己紹介したあと、問い詰めようとし、周りに気づいたのか学院長室に来いと言った。周りを見ると青い顔をしながら治療に当たっている者もいれば、放心したり、吐いたり、泣きながらうずくまっている者もいる。意外と大惨事になったな。

 

 だが、残念ながらあそこまで登っていける自信が全くない。シエスタがいても難しいだろう。レビテーションで運ばれるのも階段で落とされたら怖いのでイヤだ。

 

 「お断りさせていただく。あいにくと俺は病弱でね、学院長室まで行ける自信がない。そのことは学院長殿もご存知のはずだ。失礼なのは重々承知だが、話は私の部屋で窺おう。生きている限りは逃げも隠れもせんよ?」

 

 そういうと、苦虫を噛み潰したような顔をして、「では部屋で待っていなさい。」と言ってどこかへ走っていった。

 

 振り返ってシエスタに近づくと彼女は立ったまま泣いていた。

 

 「すまない。怖かったね? 申し訳ついでに肩を貸してくれないか? 一人ではとても部屋まで戻れそうにない。」

 

 そう、謝ってからハンカチを取り出しながら苦笑いで頼むと、彼女は一歩下がった。ああ、怖かったのは俺かな? そう思い「本当にすまなかったね。この償いはいずれ……。」とだけ言って自力で戻ることにした。

 

 のろのろと歩きながらよく考えたら案内されただけで寮の方向がわからない。しかし、ここから振り返って戻るのはかなり恥ずかしい。いや、それどころじゃなさそうだけど恥ずかしい。そんなことを考えていると目の前に救世主が現れた。

 

 「タバサ、あの魔法はなに?」

 

 彼女は同じクラスでもあるが、原作のサブヒロインである。青い髪をショートヘアにして、青い目に赤い下縁フレームのメガネをかけ、身長は小さめの俺より低い。そして自分の身長と変わらないような長い杖を持った少女だ。少々複雑な過去を持っていて、タバサというのも偽名だ。この作品の中ではトップを争うほど危険なことに突っこんで、生と死の狭間で踊るプロダンサーである。―――大抵無傷だが。まぁ死への近さなら俺には劣るだろうがな!

 そして少し遠目にはキュルケと思われる赤い髪が見える。タバサが心配なのだろうか……。

 

 「クロアだ。その質問に答えるは(やぶさ)かではないが、二つ頼みたいことがある。」

 

 そういうと、ほとんど無表情な顔に少し疑問を浮かべて「何?」と聞き返した。

 

 「一つ。ここがどこだかわからん。男子寮の入り口まででいいから送ってくれ。二つ。今にも倒れそうで自力で歩くのがつらい。レビテーションで運ぶか肩を貸してくれ。」

 

 そう頼むと、「わかった。」と言ってレビテーションで軽く浮かせて運び始めてくれた。こちらの頼みを聞いてくれるのだからこちらも答えねばなるまい。ちょうどいいから移動中に答えてしまおう。

 

 「あの魔法はなに? という問だったな。使った魔法は2つだ。一つ目はオリジナルで恐らく俺にしか使えない。原理的にはそうだな……狙ったところに一気に大量の炎を見えないくらい凝縮させて一瞬で全て開放している。」

 

 驚いたようで少し高度がガクッと下がった。こわっ!

 

 ほんのちょっと怖かったが「おっと、落とさないでくれたまえよ?」そう苦笑いで言うと、タバサは俺の高度を戻して「ごめん。続き聞かせて。」と、言った。

 

 「初めて使ったときは広範囲でとてもじゃないが学院では使えない規模だったのでね。何かに役立つように改良し続けてできる限り小規模にしたものがアレだ。

 そうだな、もし風で例えるのであれば、まぁオリジナルだから何とも言えんが、一瞬で唱えたエアハンマーを更に圧縮して目標に当たる瞬間に炸裂させて相殺させる感じかな? 唱えたあと維持しておくのもいいかもな。まぁ要は使いようだ。」

 

 そういうと、タバサは難しい顔をした。まぁ難しいだろうね。でも練習次第では出来なくはないんじゃないかな?

 

 「そう。二つ目は?」

 

 「ああ、二つ目はただのファイアー・ボールだ。」

 

 ああ、多分あれが男子寮だな。タバサがんばれ、クロア君輸送任務終了まであとちょっとだよ!

 

 「それだけ?」

 

 「うん。特にタネも仕掛けもなし。詠唱も中身も本で読んだまま。」

 

 そういうと疑いの目を向けられ少し高度を落とされた。

 

 「いやいやいやいや、ホントにそれだけですよ!? 最後に近づいて撃とうとしたのはフレイム・ボールだけどアレは正真正銘ファイアー・ボールですよ!? 他の人が使ったのを見たことは――ついさっき初めて目の前であったけど、俺が使うとあんな感じなんですよ!?」

 

 必死で弁解すると「そう。」と言って高度を戻してくれた。レビテーションで脅すとは……タバサ実はドSですね? そういえば使い魔の頭をガスガス殴ってましたね。風韻竜が痛いって言っても殴ってましたね。ドS確定ですね。はい。

 

 男子寮の入り口に着くと「着いた。」と言ってそっと降ろしてくれた。

 

 「ああ、本当にありがとう。ミス・タバサ。」そういうと、「タバサでいい。」と言ってどこかへ去って行った。振り返る力も惜しいので見送るのは次回にしよう。しかし、ドSでクールですね。雪風の名は伊達じゃありませんね、さすがです。

 

 壁に手を付きながら自分の部屋を目指す。「こうして一人で歩いているとシエスタのありがたみが身に沁みるな……。」と誰もいないことをいいことに独り言をつぶやくと、まさかの返事があった。

 

 「そうですか? さっきはすいませんでした。クロア様。」

 

 といって、シエスタが俺の腕を担いでくれた。

 

 「ああ、構わないよ。気にしないでくれ。それと、ありがとう、シエスタ。」

 

 どうやらレビテーションで運ばれているのを後ろから見ていたようだ。そして、仕事を放棄することもなく戻ってきてくれたようだ。さすがシエスタ。肝が据わってますな。

 

 「いえ、元はと言えば私を守るための決闘でしたのに、その、怖くなってしまって……」

 

 「ああ、うん。いや、えーと……。そ、そう! あれは貴族の誇りを賭けたものだからね。平民のシエスタが気に負う必要はないし、俺はシエスタを他の貴族から守ると誓ったし!

 それに、いやなヤツとはいえ人が燃えて大怪我をしたんだ。誰でも怖くなるのは当然さ! むしろその恐怖から守れなかったことについては改めて謝罪するよ。すまなかった。

 でも俺はほら、貴族だから! なんていうかほら! 死ぬ覚悟とか出来まくりだし!?」

 

 あー、なんかよくわかんなくなっちゃった。シエスタの悲しそうな顔を見たら混乱してフォローしようとしたのか、はぐらかそうとしたのか、照れ隠ししようとしたのか、貴族としての仮面がはがれてしまった。そして部屋に入るといつもの安静香水の香りがした。

 

 「あ……」

 

 そして、この香りで気づいた。気づいてしまった……。あのファイアー・ボールが焼いたのは相手だけではなく、今までの俺に対する信頼と、貴族の仮面をかぶって作った友人との関係と仕事の義務感で戻ってきてくれたシエスタの信頼……。

 

 そして俺は人を殺そうとした。いや、コルベールに止められなければ確実に殺していた。

 

 すぐに俺の殺人未遂事件をモンモランシーやギーシュやマルコも知るだろう。いや、実際にあそこで見ていたかもしれない。俺が躊躇せずに人を焼く姿を……。

 

 そう考えたら体中が震えた。

 

 「クロア様!?」

 

 「だ、だいじょうぶ。大丈夫だから。」

 

 クソがっ、覚悟して殺すと決めたろう? 覚悟して命を賭けたろう? 覚悟して決闘に臨んだだろう? 覚悟して撃ったはずだろう? ああなることはわかっていてやったのだろう? いい加減にしろ、俺は震えていい立場じゃない! それにどうせ手に入らないものだったじゃないか! せめて貴族として生きろ! 

 

 自分を叱咤するが中々ふるえが止まらない。

 

 「わ、悪いシエスタ 椅子に座る。 から テーブルに お茶の用意を……。コルベールが来る から。」

 

 シエスタにベッドではなく椅子に座らせてもらうと、お茶の用意を頼んだ。最悪でもこの震えは他のヤツには見せたくない。必要なときにはカクッと力が抜ける癖に、中々震えが止まらない。しょうがないので手をヒザの上に載せてマントで体を覆う。

 

 お茶の用意が終わったようで、ワゴンにティーセットを載せてシエスタがテーブルの近くに運んだところでノックが響いた。シエスタにうなずくと彼女が出迎えてくれる。少し開けられたドアの先にいる人物はわからないが予定の人物ではなかったようでシエスタがこちらを窺った。首をかしげると、痺れを切らしたのかドアを開けて入ってきた。

 

 「すまないね。入らせてもらうよ。」

 

 そう言って入ってきたのはギーシュとマルコだった。入られてしまったのはしょうがない。これから始まる俺の処罰を彼らに見られるのは少々屈辱なのでオブラートに包んでご退場願おう。

 

 「ああ、ギーシュにマルコ。昨日ぶりだね。どうしたんだい? 尋ねて貰えてとても光栄だ。しかし、あいにくとこの後来客の予定があってね。話があるなら後日改めて欲しいのだがね?」

 

 そうかすかに震えながらおどけて言うと、ギーシュとマルコはあからさまに顔をしかめた。そしてギーシュが真面目な顔をして言葉を発した。

 

 「そうかい? でも僕もあの場にいたからね。この後教師が来てあの決闘の聞き取りだろう? 我が友のために微力ながら宣誓の証言をしようと思ってね。」

 

 「そうさ。我が友クロア。僕たちの友情がこんなチンケな決闘騒ぎで終わるはず無いだろう? 僕もあそこにいたんだ。宣誓の証言をさせてもらうよ。」

 

 ギーシュ、マルコ、かっこいいじゃないか。俺よりよほど貴族らしいじゃないか。そして何より君らのような友を持てて俺は幸せだよ。

 

 「ギーシュ、マルコ。ありがとう。」と少し震えた声でお礼を言うのが精一杯だった。止まれ! 俺の涙腺! 今は出番ではないのだよ! と思っていたらシエスタがそっと近づいて俺の襟や服やマントを整えるフリをしてそっとハンカチで涙をぬぐってくれた。

 

 そして少し落ち着いてから、気づいた。

 

 「ああ、我が友ギーシュ、マルコ。ここにいてくれるのはとても心強いのだがね? 生憎と空いてる椅子が1つしかないみたいだ。本当に俺は締まらないね?」

 

 そういうと、ギーシュは

 

 「ははは! 本当だね。それに君がよく言う“締まらない”はただの謙遜じゃないみたいだね。聞いたよ? この前のフリッグの舞踏会の日に倒れたのは君が言っていたようにただ運悪く体調が悪かっただけでなく、無理して参加しようとしたからなんだって? 普段女性について何でもないように考えていそうな君にもそういうところがあると知って逆に安心してしまったよ。

 まぁこれでも僕は軍人志望だからね、立っているのもいい訓練さ。」

 

 「そうさ! なに、椅子が無かったら立っていればいいだけさ。僕にとってはその方がダイエットにいいかもしれないね?」

 

 二人はそう言って俺の椅子の両側に立った。いや、いい友達を持ったものだ。二人ともカッコイイじゃないか。少し微笑んだシエスタが三人分の紅茶を入れてくれた。

 

 「ありがとう、シエスタ。そういえば二人とも、フリッグの舞踏会はどうだったんだい? どうせ俺の嘘もバレたんだ。よければ詳しく聞きたいね。」

 

 シエスタにお礼を言ってから紅茶に口をつけ、そう、二人に話を振ると、あの日の事を話してくれた。

 

 「ああ、女性陣はみな着飾っていてね。薔薇である僕に蝶のように吸い寄せられるのは仕方のないことなのだが、さすがの僕も目移りしてしまったよ。

 中でも特に美しかったのはモンモランシー嬢とルイズ嬢そしてキュルケ嬢かな。僕のところには来てくれなかったし、僕も慕ってくれる他の蝶達のお相手が忙しくてお誘いすることは出来なかったが、三人は特に目を引いていたね。」

 

 とギーシュが立ったまま左手でソーサーを持ち紅茶に口をつけながら語ってくれた。

 

 「そうだね。三人はそれぞれ違った美しさだったけど、ルイズ嬢の相手はどうも彼女の家柄と欠点しか見ていなかったようだね。

 彼女のドレス姿はそれらが関係ないほどの可憐さだと思ったのだが、僕から見て彼女の相手には少し嫌な感じがしたよ。僕はこんな見た目だから誘うことさえ失礼ではないかと躊躇われたがね……。

 モンモランシー嬢への誘いは多かったけどみんな断られていたね。逆にキュルケ嬢はある程度選んでいたみたいだが、かなりお誘いを受けていたよ。トゲはありそうだがギーシュに似ているんじゃないか?」

 

 そう、マルコが同じく立ったままソーサーを左手で持って紅茶に口をつけたあと言った。

 

 マルコ、実はルイズに惚れたか? そういえば原作ではルイズをよくからかっていたが、実は好きな女の子にいたずらするアレか? しかし、マルコの原作との乖離が半端ない。かなりいいヤツだと思うのだが、こんな感じだったっけ? これなら普通に恋人がいつ出来てもおかしくないと思うのだが……。

 

 それに、モンモランシー……ああ、俺が倒れて心配でそれどころじゃなかったのか? 本当に優しい子だな。しかし、せっかくなのだから将来の婿探しすればいいのに。ってギーシュも忙しかったのか。ギーシュ以外にお眼鏡に叶う人物もいなかったのだろう。それならしょうがない。

 

 「ははは!そうだね、ギーシュ。マルコの言うとおりかもしれないね。同じクラスに薔薇が二人か。大変興味深いね?」

 

 そう笑いながら薔薇の話をして、恐らく俺が一番聞きたいイベントの話をギーシュが始めようと「しかしアレには驚いたね。キュルケ嬢の」と言った瞬間ノックの音が部屋に響き、話が途切れた。

 

 あああああ! ここからが聞きたいところなのに! クソがあああ! 誰だ? 燃やすぞ?

 

 話を続けるわけにもいかず、みんな紅茶をテーブルに置きシエスタがドアの方へ行き出迎える。そして和やかな空気が霧散してみんな真面目な顔になる。

 

 「クロア様。オールドオスマン氏とミスタ・コルベール、ミス・ロングビルです。」そうシエスタが伝えたので「どうぞ、お入りください。」と入室を促した。

 

 「ほっほっほ、失礼するぞい。お主がクロア・ド・カスティグリアじゃな? オールドオスマンじゃ。学院長なぞやっとる。椅子借りるぞい?」

 

 そういってオールドオスマンはテーブルを挟んで向かい側の椅子に座った。学院長である彼は総白髪で髪と共に口ひげや顎ひげも白く腹の辺りまで筆のように伸ばしている。目の色は赤っぽい茶色だろうか。そして年齢は百歳とも三百歳とも言われている。人生経験が豊富なのだろう、飄々(ひょうひょう)としつつ好々爺と言った感じだ。

 

 カップの数の問題があるのでシエスタはオールドオスマンの前にだけ紅茶の入ったカップを置いた。オールドオスマンは「すまんのぅ」と言いながら一口だけ口をつけた。

 

 そして座った彼の斜め後ろに何か書類を抱えたミス・ロングビルとほのかに殺気漂うミスタ・コルベールが立つ。秘書と護衛かね? ミス・ロングビルはともかくコッパゲは一生徒にずいぶんと本気のようだ。

 

 ギーシュとマルコが来てくれたのは俺にとっては偶然だが、相対して同じような構図になった。

 

 「さて、今回の決闘騒ぎじゃが、一応コルベール君からは聞いておるし、君の決闘相手のミスタ・メンドルフは治療中で後で聞くことになっておる。双方の意見も聞いておこうと思っての。それで来たのじゃが、ミスタ・カスティグリア、何か申し開きはあるかの?」

 

 ふむ。申し開きときたか。罰はもう大体決まっているのか? ならば全て糾弾しよう。

 

 「申し開きですか? 行ってもいいので?」そう聞くとオールドオスマンは「うむ。それを聞きに来たのじゃからの。」と鷹揚にうなずきながら言った。

 

 「そうですね。申し開きは少し後にして、まずは決闘の経緯を私の視点から説明させていただきます。」そう言うとオールドオスマンはうなずいた。

 

 そして、決闘までの経緯を話した。まず、俺が昨日具合が悪くなりの学院の医務室にいるメイジの診療を受け数日安静を言い渡されたこと。そして少し遅い昼食をシエスタに取りに行ってもらったこと。突然悲鳴と物音がしたので廊下に出ると、食器やスープが散乱し、シエスタはうずくまっており、それを立ったまま見下している貴族がいたこと。

 

 学院から借り受けているシエスタの怪我の有無の確認後、シエスタから事情を聞くと「突然後ろからぶつかられた」と証言し、見下していた貴族から事情を聞くと「貴族の前を平民が歩いていてどかなかったのが悪い」と言ったので、シエスタが避けることが不可能な後ろからぶつかられたという事実からその貴族に謝罪を要求すると、逆に謝罪と称してシエスタをその貴族の部屋に連れ込もうとし、さらに彼の取り巻きが集まったこと。

 

 そこから無理やり決闘の運びとなり、決闘が校則で禁止されていることを告げたが関係ないと言われ、さらに取り巻き連中にシエスタが人質に取られ強制されたこと。決闘の場所へ取り巻き連中に前後を挟まれた形で連れて行かれ、ギャラリーから聞こえた内容から決闘相手の『激炎』殿が普段から素行の悪い人間だと最終的に判断し、決闘後に、彼や彼の取り巻きからの襲撃を防ぐために命を賭けたこと。

 

 そして決闘前の礼をこちらがしている時点で相手が先制したのでそれを防ぎ、ギャラリーへの誤射を防ぐため、相手の足元を燃やしたこと。貴族の宣誓での名誉と命を賭けた決闘であっため、トドメを刺そうとしたところ、ミスタ・コルベールに止められたこと。

 

 それらを事細かく説明すると、オールドオスマンに「ふむ。それが申し開きでよいか?」と言われた。

 目の前にある紅茶を飲みさらに言葉を重ねる。

 

 「いえ、今までのは決闘の経緯を私の視点から説明したまでで、ここからが申し開きですよ?」

 

 というと、オールドオスマンは飄々とした顔で「ふむ。続けなさい」と言った。コッパゲは相変わらず怖い顔をしている。ロングビルは目を伏せている。やる気ないんだろうなー。決闘現場とか見てないだろうしなー。

 

 「まず私が学院から借り受けているメイドのシエスタについてですが、彼女を借り受ける際、私が性的な意味で彼女に手を出さない事と他の貴族からの保護を誓っております。

 その場にミス・ロングビルや私の姉ルーシアも立ち会っていましたし、オールドオスマンを始め、彼女が男子寮に入ることで問題が起こらないよう、周知されているものだと思っておりました。これについてはいかがですか?」

 

 そう問うと、オールドオスマンは先を読んだのかほんの少し顔をしかめて「確かに聞いておる。ミスタ・コルベール、ミス・ロングビル。周知は行ったかね?」と言って二人に話を振った。

 

 「周知とまでは行きませんが、確かに授業でシエスタ嬢のことは知らせてあります。」

 「男子寮の入り口の掲示板に張り紙はしてあります。」

 

 とコルベールとロングビルは言ったが恐らく甘かったと感じているのだろう。しかし、まぁ二人とももはや貴族ではなくただのメイジだ。

 

 「なるほど、手を抜いたのですかね? それとも完全な周知は難しかった? 周知しても彼らにはそれが関係ないと思われたかもしれませんね? まぁそれがまず私の懸念の一つですね。

 そして今はそれが原因であるとは言いませんが、私が懸念していた問題は実際に起きました。それが申し開きの一つ目です。

 

 そして『激炎』殿自ら“その前にも同じようなことをしている”という事を仄めかされておりますし、彼の取り巻きも手馴れている印象を受けました。決闘を見物に訪れたギャラリーの声からも何度かこのような事を行っているという事実もあると考えられます。

 このような彼主導の決闘騒ぎは何度かあったのですかね? そしてそのたびに決闘の事情聴取や調査、そしてそれに伴う罰則の適用。その辺りは確認してますか?」

 

 そういうと、オールドオスマンはため息をついて、「ミス・ロングビル」と言った。

 

 「激炎を名乗るアレクシス・フォン・メンドルフは彼が入学してから確認されているだけで実際に決闘まで至った決闘騒ぎを六回起こしております。

 六回とも彼が勝利し、対戦相手は骨折、重度の焼けどなどの重症が四名。軽い焼けど、打撲などの軽傷が二名。学院の医務室で治療を受けた記録があります。罰則についてはオールドオスマンの承認で寮内の謹慎が四回。二週間の慈善奉仕活動が二回。

 相手への治療費の支払い命令や賠償金の支払い命令などは出されておりません。また、彼や彼との関係が疑われる人物の問題行動も生徒や学院職員から寄せられておりますが、特に処罰は行われておりません。」

 

 やはりですなー。やっぱまとめて焼き殺しておくべきでしたなー。そう思いながら紅茶を飲もうとしたらもう無かった。シエスタに目を向けると、新しく注いでくれたので少し微笑んでお礼を言ってから口をつける。

 

 ついでに聞いているだけのギーシュとマルコの分も注いでいた。証言のためにいるからなー。相手が証言を求めない限り出番なさそうだなー。ちなみに相手にはオールドオスマンにしか出してない。

 確かカップの数が一つ足りないし。

 

 「申し開きの二つ目はそれですね。なぜ彼が学院にい続けられたのか。罰を気にせず何度も行ったのか。それになぜ学院が対応しなかったのか。

 まぁ学院の事なかれ主義だとか、過去の賞罰に倣ったとか、外国人だったとか、身分の差があったとか、その辺りですかね? 私としてはそれも原因の一つだと考えます。

 

 そして三つ目ですが……。」

 

 と、続けようとしたら、オールドオスマンが疲れたような顔をして、「まだあるのかね?」と言った。ええ、申し開きを聞きに来たのでしょう? 

 

 「ええ、私がカスティグリアの名を名乗っている以上、カスティグリア家の名誉もかかっていますからね、こんなことで汚名を被せられては困りますので、平穏のために出来うる限りの弁明はさせていただきます。

 決闘の時に彼は姓や出身国を名乗りませんでしたが、もし外国人であった場合、国際問題ひいては戦争や紛争に発展する可能性もありますからね。せめて大儀を示すだけのものは必要でしょう?

 

 まぁ最後の一つですのでお聞きください。私は生まれつき病弱でここに来るまで数回しか屋敷の自室を出たことがありません。なのでどちらかというと、トリステイン王国に忠誠を誓う貴族ではなく……。」

 

 そう、俺はトリステイン王国に忠誠を誓う貴族では無かったのだろう。主人公達のいる国トリステインという幻想を抱いていただけだ。

 

 恐らく短い命だ。燃やす場所くらいは自分で選びたい。せめて罰を受けるなら、汚名を着るならばせめてカスティグリアの敵になるモノは全てを燃やし尽くそう―――跡形も無く。

 

 「俺はカスティグリア家の人間に養われ、愛され、カスティグリアに多大な恩と愛情を感じている貴族なのだよ、オスマン! 

 カスティグリアの名に謂れのない汚名をかぶせる部外者は誰一人として許さん! 例え相手が平民だろうが貴族だろうが教師だろうが王族だろうが国だろうが、命を賭してでも俺一人で! カスティグリアの名を捨ててでも俺一人で全て焼き尽くしてみせよう!」

 

と、本音と覚悟を混ぜた宣戦をしたところで「ごふっ」と口から血を大量に吐き、ガクッと力が抜けた。突然のことでテーブルに突っ伏しそうになったが、テーブルに載せていた腕で少し前傾だがなんとか姿勢を保つ。

 

 マジ格好つかないな。どうなってんだろうね。テーブルが揺れたせいで紅茶の入ったカップが「ガシャン」と鳴り、シャツとテーブルが俺の吐いた血で赤く染まっていく。カップとソーサーは無事割れなかったようだ。

 

 コルベールは一歩前へ出て杖を抜き、半分オスマンの守りに入る。ロングビルは青い顔をしてオスマンの後ろに下がった。誰かが息を呑んだ音が聞こえたが、オスマンから目を離さないようにしているのでシエスタとギーシュとマルコは今どこでどんな表情をしているかはわからない。

 

 「さぁ、あまり残された時間はないようだ。オールドオスマン、どうするんだ? 俺を反逆者にするか? 俺を切るか? 全て無かったことにするか? それとも飼い馴らすか? 俺を説得してみるか? 何も考えずに判例に倣って罰を下すか? 何もせず俺が死ぬのを待つか? 

 ――ああ、一つ忠告する。今このまま俺が死ぬのを待つようなら君たち教員三人仲良く道連れになるのを覚悟したまえ。俺にはそれが可能だしすでに覚悟は出来ている。さぁ、オールドオスマン選びたまえ。今なら好きなように選べるが残った時間は恐らくそれほど長くないぞ?」

 

 と意識して嗤って言うと、オスマンは今までの飄々とした顔から一転、真面目な顔をして手を挙げコルベールを下がらせた。

 

 「ミスタ・カスティグリア、申し開きは完全に承った。君は今すぐ医務室へ行きたまえ。コルベール君。くれぐれも彼に、君を含めて誰からも危害が加えられないよう誓い警護に付きたまえ。」

 

 オールドオスマンがそう言うと、コルベールは躊躇った顔を見せた。

 

 「ミスタ・コルベールだけでは不安です。微力ながら彼の友としてギーシュ・ド・グラモンはミスタ・カスティグリアの警護を志願します!」

 「同じく、マリコルヌ・ド・グランドプレ、志願します!」

 

 コルベールが躊躇ったのを見て後ろにいるギーシュとマルコが俺の警護を即座に志願してくれた。コルベールを信用していないのだろう。

 ―――あの三人の中で唯一杖を抜いたしな。

 

 「わかりました。私ジャン・コルベールはミスタ・カスティグリアに私を含めて誰からも危害を加えられないよう警護に尽力することを誓います。」

 

 そう苦々しくコルベールが言うのを聞いて安心したのか、俺は意識を失った。―――あ、カップとソーサー無事かな?

 

 

 




 ええ、前話予約投稿失敗して、今話予約投稿設定して前話確認して気づきました。「いつ終わるかわからない。そんなドキドキをあなたにも!」とか言いながら思いっきりネタバレ甚だしいですね。
 しかも前回と今回の間、少し開けるべきでしたね。

 ど、どうしたらいいんでしょうか。マジどうしたらいいんでしょうか。け、消すべきでしょうか!? でも消したらまっさらになって始めから書き直しとか無理ですよ? 怖くてできません。

 そんな感じですので本当にすいません。許してください。

では、次回。お楽しみにー!


してくれると嬉しいです。


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6 火と炎と処分と

先に言っておきます。ええ、クロア君の挑発がイラッとするかもしれません。気になったかたはえーっと……どうしようorz



 

 目を覚ますと知らない天井だった。恐らく医務室だが、ここはお約束のあのセリフを言わねばなるまいて!

 

 「知らないて「クロア様! クロア様!」……」

 

 シエスタがちょうど看病していてくれたようだ。ベッドのすぐ側にシエスタがいて目を開けてあのセリフを言おうとしたらシエスタに呼びかけれ中断することになってしまった。

 

 「ああ、心配かけたね。ところでどのくらい寝てた?」そう聞くと五日ほど寝ていたらしい。やったねクロア君新記録更新だね!

 ついでに空いていたベッドを借りてシエスタはここで生活していたらしい。たまにルーシア姉さんがマルコやギーシュと警護を代わって彼らと寮の部屋を掃除に行っていたらしい。シエスタは「医務室の方を呼んできます。」と言って離れたので、Take-2行くしかあるまいて……。貴族は諦めないのだよ!

 

 「知らない「クロア! 我が友クロア! ああ、良かった。目が覚めたんだね!」……」

 

 扉の外で聞いていたらしい、護衛についてくれていたマルコが飛び込んできた。

 

 「ああ、我が友マルコ、心配してくれてありがとう。また生き長らえたようだ。意外と俺は頑丈なのかもしれないね?」

 

 そう笑顔で言うと、「ははは!そうだね。でもビックリしたよ。」と言ったあと、ギーシュを呼んで来ると言って出て行った。嫌な予感はするがTake-3に挑戦しよう……。

 

 「知らな「ミスタ・カスティグリア、目が覚めたようだね。」……」

 

 ちょうどシエスタもマルコも出て行くところを見計らったようにコルベールが来た。いや、見計らっていたのだろう。

 

 もういいや。次の機会に回そう。そう、諦めたわけではない、機会を窺うことにしたのさ! いやごめん。貴族でも俺には無理かも。知らない天井の部屋にたどり着けるかわからない。いや、機会は多いけどね? 大抵同じ天井なのだよ。毎回往診してもらってたから今回は初の医務室だったのだよ! 諦めてベッドの背もたれに身を起こす。

 

 「護衛任務ご苦労様です。コルベール殿」

 

 そういうと彼は目を細め、眉を少し寄せた。

 

 「今なら絶好の暗殺チャンスですよ? マルコもギーシュを呼びに行ってますし、シエスタも医務室のメイジを呼びに行っています。それに幸い俺の杖がどこにあるか俺にはわからない。ああ、軽い焼けどなどの軽傷はオススメしません。殺るならマジック・アローで心臓か首がオススメです。」

 

 さらにそう言うと、彼はため息を吐いて

 

 「君に危害を加えるつもりはない。オールドオスマンに解除されない限り、君の護衛任務期間は決められていないからね。一応私も貴族なので誓いを破るつもりはないよ。」

 

 と、言った。一応ね……。

 

 「今は、ですかね?」というと、コルベールは少し目を伏せ「いや、君がまたあのように牙を剥いて生徒を傷つけない限りはもう杖を向けるつもりはない。」と言った。

 

 「あはははは! では今後俺が不可避の決闘を強いられたら俺の従者のようにあなたが戦ってくれるのか? コルベール。君自身が甘いのは結構だがね? 色々と根本から考え直した方が今後のためではないかね?」

 

 「私は! 私は君と違って火の系統を破壊に使いたくないだけだ! そのための研究もしている。君もどうか火の系統を破壊の為だけに使わないようにしてもらいたいだけなのだ!」

 

 ちょっと突いたら本音が飛び出した。もしかしてあの決闘は彼のトラウマを刺激したのかね? あまり詳しくは覚えてないが、原作での彼は昔特殊部隊に所属していて、ロマリアからトリステインのお偉いさんのリッシュモンに依頼があり、買収されたリッシュモンから実験部隊という名の特殊部隊に「疫病の蔓延を防ぐため」という名目でダングルテールを焼き払うという任務が出され、実行された。

 だが、真相は疫病ではなく、ロマリアが弾圧している新教徒がそこに逃げ込んだだけだったというものだった。それを知ったコルベールは逃げて、結局部隊を解散させたとかそんな感じだったと思う。

 逃げ方に関しては元特殊部隊だっただけあって、かなり巧妙なのだが甘いというよくわからない人物である。名簿から全て自分の名前を破り取るほど徹底しているくせに生き残りの少女は保護した。自分がやったくせにね? 開き直ってた方がまだ潔いと思うよ? でもあがくのも人間だ。それがすばらしいというバケモノもいるからね。美的センスは人それぞれだね。

 

 「ほぅ? ではここの教師として火の破壊以外の使い方を教えてくれると? カスティグリアで使っているモノや、俺のオリジナル魔法のほかにそのようなモノがあるとは興味深いね?」

 

 そういうと、彼は少し目を輝かせて、

 

 「ああ、ある。今色々研究しているのだ! ぜひ君にも興味を持って欲しい。」

 

 と言ったのだが、残念ながら興味がない。空飛ぶへび君という名の簡易ミサイルの実験データをくれると言うのなら領地防衛のためにぜひとも欲しいが、あれはくれないだろう。というかまだ着手していない可能性もある。

 

 ふむ。今度領地向けの資料に追加しておこう。

 幸い空対空ミサイル関連の知識はほんのりある。「空対空ミサイルの赤外線追尾方式の原理」もまだきっちり覚えている。いらない知識だと思ったがこんなところに実用段階にまで開発したヤツがいたんだ。領内でも作れる可能性はある。

 

 「だがね? コルベール先生。あのときの消火の手際からして錬金を使えるのではないかね? 土系統にもかなりの才能があると窺えるのだが?」

 

 「ああ、私は錬金も使える。それも合わせて火の系統を平和利用できるよう、日夜研究努力しているつもりだ。」

 

 自分の系統を言い当てられた驚きよりも、俺を研究に勧誘することにご執心なようだ。とても明るい顔で自分の研究のアピールをしてくれるのだが、残念な事にこれから曇らせてしまうかもしれないね。上げて落とすことはあまりしたくないのだがね。

 

 「ふふ、あなたは本当に研究が好きなようだ。ただね? ジャン・コルベール先生。聞いておいて否定するのは大変心苦しいのだが、それは火の系統ではなく恐らく土の系統がメインなのではないかね? 俺は火の系統以外全く使えないので、もし錬金や他の系統を重ねずに平和利用できるモノがあるのならば、是非ご教授いただきたいものだがね?」

 

 そういうと、コルベールは浮かべていた笑顔が消え、表情が固まり絶句した。

 

 「やはり、あなたは俺の望む知識を持っていないようだね? いや持っているだろうけどそれを教えるつもりは全く無いのだろう? あなたが何を恐れているのかはこの際どうでもいいのだが、あなたの研究が人を死傷させるのに使われない保障は誰がするんだね?

 ―――火の系統による破壊を恐れるのは結構だがね、結局のところそれらを使うのは、もしくは使うことを強いられるのはメイジなのだよ。ミスタ・コルベール。」

 

 そう、コルベールがすべきだった事は火の系統の平和利用ではなく、逃げることでもなく、ダングルテールの虐殺を告発し、リッシュモンやロマリアに牙を向けることだったのではないかね? 本人も縛り首になるかもしれんが、仇打ちに来た相手に身を晒すくらいならそうしろっつーの。まぁ無理だから逃げたんだろうけど、一番気に食わないのは教師として生徒をその逃避の道連れにすることだ。

 平和的に解決するなら戦争まで含めた争いのルール化を世界に広めて作ることだろうが、一番危険な聖戦があるので難しいだろう。実際任務で虐殺を行わされたのだからそれが今後起きないよう努力するのが正しい方法ではなかろうか。

 コルベールも懸念していたことを指されたのだろう、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

 「教師に教えるつもりはないのだが、ここまで言っても思い至らないかい? それとも、わかっていながら君の欺瞞に溢れた信念や心の弱さが口にするのを邪魔をするのかね?

 コルベール君。君は魔法やアイテムの研究者としては優秀だが、教師としては最悪だね。身勝手でその癖、自分のその考えが頑固に正しいと思っている。」

 

 そういうと、コルベールは鋭い目つきをして杖があるだろう場所に手を置き、言った。

 

 「君に何がわかる! 争いや人を傷つけるだけの系統の平和利用は絶対に必要なことだ! 破壊からは何も生み出さない!」

 

 やはり俺はコイツが嫌いだ。前々から気に入らなかったが今確信した。

 

 「あはははは!! では愚かで頑固で最悪な教師の君にひとつ教育して差しあげよう。

 ―――その程度のことは火の系統以外全く使えないとわかった時点で、貴様より深い絶望をすでに嫌と言うほど味わったのだよ。錬金やそれで作り出されたアイテムに逃げた貴様にはわからんだろう? 

 そして、その絶望から逃げずに色々考えた結果、結局のところ火の系統の魔法は錬金に頼らない限り“メイジの精神力が続く限りという短時間の燃焼”か“それに伴うであろう破壊”くらいしか能が無い。これは恐らく決定事項であり基本だ。ここから目を逸らしている以上、進展は無いと思わんかね? コルベール君。」

 

 そこまで言うと、呆れたのか哀れんだのか、俺がおかしいヤツ認定されたか? いやそれでも構わないがね。コルベールは目を見開き手を下ろした。

 

 「そして、その基本から色々と考えた末にカスティグリア領では俺の愛する家族の協力もあって燃焼や破壊から生み出すための使い方もされている。結局のところ要は使いようだからね、コルベール。燃焼や破壊からでも生み出されるものはあるのだよ。また逆に、理解しているとは思うが、日常に溢れているものは使いようによっては戦争の道具でもあるのだよ? 君が作ったものがこれからどれだけ人を殺すのだろうね?

 その辺り、どんな内容かを詳しく教えるつもりはないよ? 俺は君の教師ではないからね?

 君が本当に平和利用を望むならそこ(・・)を研究するべきだったと思うがね。政治家や法律家や領主や国王でなく、ただの教師で研究者だったのが残念だね? だがまぁ俺はただの虚弱な一生徒だからね。あまり気にせず精々新たな発見のために懲りずに自分の研究室に引き篭もって魔法やマジックアイテムの研究でもしていたまえよ。ふふっ。」

 

と、言うとタイミングを見計らっていたのか、シエスタと医務室の水メイジ、ギーシュとマルコがこちらに来た。

 

 煽りすぎたか? いやしかしな、実際ちょっと言いたかった。先に言ったような葛藤は彼もすでに持っているだろう。だが、それこそ破壊しないと進めないのではないかね。停滞が許されている彼への嫉妬かね? コッパゲに嫉妬? まぁいいか、きっと気のせいだ。忘れよう。

 最近誇り高くて良い貴族の仮面が壊れかけてる気がする。今さらだが、才人にコルベール製戦争用兵器がコルベールから渡らなかったらどうしよう……。―――状況次第だがカスティグリアで補給するしかないな。

 

 そして、医務室の他の職員がオールドオスマンにも連絡したらしい。この後来るかな?

 

 「ミスタ・カスティグリア。まず診察いたします。今回は無理をしたようですね?」

 

 「ええ、毎度のことながら本当に申し訳ありません。よろしくお願いします。」

 

 そう言って淡々と診療を始めてくれた。シエスタはその診療の補助をしてくれ、ギーシュとマルコは順番を待っているようだ。コルベールは気落ちしたような顔で扉の前まで下がった。警護はしてくれるようだ。

 

 「まだあまり良くないですが、これなら自室に戻っても大丈夫ですよ。ただ、数日安静にしてくださいね。何度か診療に伺いますので、経過を診ましょう。お大事に。」 

 

 そういうと水メイジはどこかへ行き、、ギーシュとマルコが近くへ来た。

 

 「やあ、どうも大丈夫そうだね? 今回はさすがに心配したよ。」と、ギーシュが爽やかな笑顔で言った。

 

 「マルコにも言ったが、意外とこの体は頑丈なようだよ? 生命の神秘ってヤツかもしれないね?」

 

 自虐的に少し苦笑して言うと、ギーシュも爽やかな笑顔で答えてくれた。

 

 「あははは! そうかもしれないね? 君の自虐を含めた冗談も戻ったようで安心したよ。さて、我が友よ、体調がそれほど悪くないようなら君の部屋まで送らせてもらおうと思うのだが、君にレビテーションを掛けても良いかね?」

 

 「ああ、すまない、友よ。よろしく頼む。マルコ、時間があればシエスタの護衛を頼みたい。シエスタ、先に行って部屋を整えておいてくれないか? もし時間が余るようなら紅茶の用意も頼む。」

 

 そう、三人に頼むと、

 

 「はい、クロア様。お部屋のお掃除は欠かしておりませんが、先に行ってお部屋を整えて紅茶の用意をさせていただきます。マリコルヌ様。よろしくお願いします。」

 

と、シエスタは笑顔で言ってマルコにカーテシーをした。シエスタのカーテシーはなんか最初の頃はぎこちなさが目立っていたのだが、どんどん慣れている気がする。環境だろうか。もしかしてルーシア姉さんが特訓とかしてるのか?

 

 マルコもまんざらではなかったようで、「友よ、任せてくれたまえ! シエスタ嬢。君には誰にも手を出させないよ。」とキリッとした顔で言った。

 原作のマルコはどこへ行ったんだろうね? すごく格好よくていいヤツなんだが……。「もしかして中身は転生者か?」と、疑ってしまうほどだ。いや、太り具合から転生者じゃないとは思うが……。

 

 ドアを出るとコルベールも付いてくるようだ。護衛任務中か。問題のある生徒が多いと教師も大変だな。って俺もか。

 

 自室の前でギーシュに下ろしてもらい、コルベールはどうするのか聞くと、ドアの前で待つそうだ。これからオールドオスマンが来るらしい。自室に入ると、先に行っていてもらったマルコは紅茶を飲み、シエスタは新たに紅茶を入れてテーブルに置き、「ギーシュ様。こちらへどうぞ」と言って紅茶を勧め、俺をベッドへ連れて行った。

 

 そして天蓋を閉めてシエスタの補助で制服に着替え、マントを着けて、杖を差してシエスタの肩に捕まりながら天蓋を開くと、ちょうどノックの音が聞こえた。

 

 シエスタが俺をテーブルにある椅子に座るまで補助してもらっているので、紅茶を飲み終わったマルコが気を利かせて出てくれた。

 

 「オールドオスマン、ミス・ロングビル、ミスタ・コルベールだ。」

 

 マルコが客を教えてくれた。意外と早いな。ほとんどロスタイム無しで来るとは……。

 

 「どうぞ。お入りください。」

 

 俺がそう言うと、マルコはドアを全開にして丁寧に三人に入室を促した。

  

 「失礼するぞい。」そう飄々(ひょうひょう)と言いながらオスマンを先頭にして入ってきた。相変わらず椅子は二つしかないので俺の正面にオスマンが座り、シエスタが俺とオスマンに紅茶を出す。

 計らずも前回と同じような配置になった。シエスタにお礼を言い、紅茶を一口飲む。

 

 「いやはや、たった今戻って着替えたばかりでしてね。何も準備できておりません。彼らから経緯を聞こうと思っていましたが、聞きそびれましたね。それで、私が寝ている間の事を全く知りませんが構いませんか?」

 

 「うむ。ワシから直接知らせようと思っての。医務室から君が目を覚まして自室に戻る事になりそうだということでこちらも準備して来たわけじゃが、少し早すぎたかの? ほっほっほ。」

 

 そう言って、オスマンが飄々(ひょうひょう)と笑った。

 

 「しかし、私に何の話でしょう。思い当たる事が多すぎてさっぱりわかりませんね。」

 

 「ほっほっほ。そうじゃろうな。本題じゃが、君の処分についてかなり揉めての。中々決まらんのじゃ。」

 

 ふむ。やはりお咎め無しとはいかないようだな。しかしまだ決まっていないとすると俺に選ぶ権利をくれるということかね?

 

 「ふむ。学院の最高権力者であるあなたが中々決められないとすると、かなり揉めてそうですね? それでこれからそちらが提案される中から私が選ばせていただけると?」

 

 「うむ。察しが早くて助かるのぅ。まぁ背景からじゃがまずは詳しく説明するとしようかのぅ。」

 

 そう言って俺が寝込んでからの経緯や調べられた情報が語られた。まず、『激炎』アレクシス・フォン・メンドルフや取り巻きはクルデンホルフ大公国出身の留学生で、メンドルフ家は大公国のトップであるクルデンホルフ家の傍系の少し離れた家の長男で、取り巻きはメンドルフ家に仕える家の子息だそうだ。ややこしい。

 

 クルデンホルフ大公国は先代だか先々代あたりのトリステイン王に大公領を賜り、一応独立国となっている。先代だか現役だかの大公は大公国の有り余る資金をトリステイン貴族に貸しているので彼らに頭が上がらない貴族が多い。確か独自の軍事力も持っていたと思うが、原作では戦争には参加していないはずだ。

 

 カスティグリア家も借りてたのかね? そうなるとちょっと不安が残るが、言いがかりをつけられて借金に上乗せで賠償金の支払いを迫られたら丸ごと踏み倒せばいいのではなかろうか。ダメだろうか。

 

 そして、アレクシスは大公国の姫であるベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフの婚約者だったそうだ。つまり、見た目や力や暴力もあるが大公国の姫の婚約者ということで貴族や平民を脅しており、貴族や学院の教員もあまり手が出せなかったそうだ。

 

 そして今回の決闘騒ぎでアレクシスは治療の結果、両足の太ももから下を消失することになったそうだ。きっちり炭にしましたからな。ファンタジーじゃなかったら死んでいてもおかしくないとは思うが……。そして、アレクシスはその怪我に対する賠償として俺の処刑と治療費および多額の賠償金を支払うよう学院に要求したらしい。

 

 しかし、オスマンが調査中ということで突っぱねたため、クルデンホルフに頭の上がらない貴族の三年生の一部が借金減額などとそそのかされ、取り巻きとその三年生が俺の療養している医務室を襲撃したが、警護に当たっていたコルベール、ミスタ・ギトー、ギーシュ、マルコに取り押さえられたらしい。

 

 「何ということだ! ギーシュ、マルコ、二人とも大丈夫だったかい? 怪我はなかったかい? 俺にとって君たちはもはや英雄だよ。本当にありがとう。―――ついでにコルベールもありがとう。」と言うと、

 

 「ああ、ちょっとしたかすり傷はあったけどもう治ったよ。初めての実践だったが、逆にいい経験になったさ。それに色々と工夫の余地もあることがわかって収穫もたくさんあったしね。」と、ギーシュは爽やかに笑い、

 

 「ああ、我が友よ。僕も少し怪我をしたけど大したことなかったさ。僕も君達を守れて、そして初めての実践が教師付きで経験できて良かったと思っているよ。相手の魔法が一度腹に当たったんだけど、初めてこの腹の肉が役に立ったよ。」とマルコは自分の腹を叩いておどけた。

 

 シエスタがマルコの言いように少し「ふふっ」と笑って四人に紅茶を継ぎ足した。マルコも渾身の自虐を含めた言いようがシエスタにウケて嬉しかったのか、「ありがとう、シエスタ嬢」と言って紅茶を一口飲んだ。ちょっと仲良くなってるね? いや、健全に貴族と平民の仲が良いというのは良いね。

 

 しかし本当に二人とも英雄だな。俺が王だったら迷わずシュヴァリエに叙しているね! コルベールは少し顔をしかめただけだった。ミスタ・ギトーには後でお礼状を出そう。

 

 「すいません。続けてください。」と言って続きを聞いた。襲撃者の数が多かったため、現在はオスマンが急遽作った謹慎室という名の簡易牢獄に収容されているそうだ。寝ている間に襲撃とか! でもシエスタ直で狙われたら厳しかったかもな。

 

 その事件を前後するようにアレクシスは実家に手紙を出したらしく、実家からクルデンホルフ大公家に話が行き、そこからトリステイン王国に伝わり、余計にややこしくなったそうだ。

 

 一応事件の経緯や過去の判例、オスマン主導で調べ上げられたアレクシスや取り巻きの余罪、その後の事件の経緯と状況などをオスマンはクルデンホルフ大公家とトリステイン実質トップのマザリーニ、それにカスティグリア家の父上に書面にて報告した上で最終的な裁量権は学院長のオスマン自身にあると宣言したらしい。

 

 ふむ。原作が始まる前に内戦や戦争になるかもしれませんなー。あはははは!って笑い事じゃないんだけどさ……。原作ブレイクなんてレベルじゃないね! でもカスティグリア家はどう思っているんだろうね?

 

 今トリステインに王は無く、最高権力者というものが曖昧で、実質仕切っているのはロマリア出身のマザリーニ枢機卿である。彼はかなりトリステインに対する忠誠心が高く、宰相としての能力も高いのだが、重責から来る見た目から「鳥の骨」などと言われ貴族や民衆の人気はない。

 

 個人的にはかなり評価させていただいている。ぶっちゃけ彼は貴族ではないが一番貴族らしいし、もし決断力のある王がいれば国にとっては理想の忠臣だろう。俺なら国王が崩御されてからすぐに王妃のマリアンヌかアンリエッタ姫が即位しなかった時点でさっさとロマリアに引き篭もる自信がある。

 

 いや、俺が帰るのはカスティグリアだが……。マザリーニにとってトリステインがそのようなものなのかね? 「Youそれならトリステインに帰化しちゃいなYO!」って感じなんだが……。あーそうか、ロマリアやブリミル教とのつながりも維持する必要があるのか。手詰まり感MAXで大変だな。そりゃ「鳥の骨」に進化するわ。(涙) 俺ならすでに間違いなく死んでるな。

 

 しかし、王が居ない上、実質宰相として働いていても役職は枢機卿なので彼がトリステインを纏めることは難しい。王が居ない間にどんどんと国力が落ちているのではないだろうか。さっさとマリアンヌでもアンリエッタでもヴァリエール公でもいいから王や宰相になって欲しいものである。

 

 と、いうかこの王不在というトリステインの危機的状況下でヴァリエール公が動かないとか、バカなの? 反逆するの? やってることは公爵じゃなくて辺境伯だよね? 「鳥の骨」可哀相だと思わないの? と言いたいくらいなのだが……。

 

 そんな事情で、色々なところから要請というか脅迫というかそういった干渉が来ているらしい。最終的な裁量権はオスマンにあると宣言しているのだが、学院長を代えるという意見まで出ているとか。

 

 「それで、それぞれ出された処分の要望なのじゃがの?とりあえず落ち着いて最後まで聞いて欲しい。」

 

 そう言って要望を出したところと要望の内容が伝えられた。大体纏めると、

 

 一番 クルデンホルフ大公国:密かに当人引き渡せ 大公国出身者は早期卒業で返せ

 

 二番 大公寄りのトリステイン貴族:カスティグリア領没収して幽閉か処刑してやり過ごそう

 

 三番 大公国関係ない貴族:学院に任せる クルデンホルフ調子乗るな潰すぞ? 

 

 四番 学院というかオスマン:俺は判例通り謹慎 余罪モリモリの大公国出身者と襲撃に加担した生徒は自主退学か退学 賠償などはなし 宣誓した命のやり取りもなし

 

 五番 被害に遭っていた人達と関係者とそれに同情的な人:無罪放免 むしろクルデンホルフ賠償しろ ついでに決闘相手側全員自害しろ

 

 六番 カスティグリア家:俺を家に戻せ 戦争しようか? つか相手自害しろ

 

 だそうだ。平和なの三番と四番だけですね。

 

 「ふむ。選ぶとしたら三番から六番ですね。個人的には三番が一番理想的です。五番についてもこれまでの被害者に対して考える余地はあると思います。

 一番については情報が正確に伝わってない可能性もありますね。二番については敵意を覚えます。後で二番のリストください。相手の宣戦布告に備えるようカスティグリアに送ります。」

 

 「そう言うと思ったがの。今お主を動かしたら戦争になりかねん。ワシとしては判例通り謹慎を選んでくれるのが一番ありがたいのぅ。」

 

 リストに関してはスルーされたようだ。まぁ戦争になりかねんというのは同意しますね。むしろカスティグリアが強気に出れるとは思いませんでした。何かあったんでしょうかね?

 

 「ふむ。動かさなくても戦争になりかねませんが大丈夫ですかね? 私を引き渡してもらって私が命を賭けてクルデンホルフ大公家滅ぼしましょうか? カスティグリア家が戦争する選択肢を持つなら大公寄りの貴族とクルデンホルフは家族や同情的な貴族が滅ぼしてくれるでしょうし、ええ、それがいいですね。そうしませんか?」

 

 「ぶっ! 短絡的に考えんでくれ! いかに戦争や内戦を避けるかというのを一番重要視して欲しいのじゃ!」

 

 ちょっとお茶目でいい案だと思ったんだけどね? というかそれなら選択肢は四番しかないじゃないですかー。

 

 「いや、政治や外交や統治の授業がありませんからね。ほとんど部屋から出ない私に政治的な判断を求めても困りますよ? しかしまぁ、つまるところ、四番を選びつつ、私にカスティグリア家を宥めて欲しいといった感じですか? 他はオールドオスマンが引き受けてくれるんでしょう?」

 

 「うむ。君の実家はなぜか妙にやる気があるようでの……。もしかしたら内戦の危機に発展するかもしれんのじゃ。それを避けるためならば他はワシが引き受けよう。」

 

 だよねー。でも大義名分は有り余るほどあるからね? 力さえあれば戦争だよね?

 

 「と、言うか二番の貴族は金でトリステインを売る反逆者でしょう? 処刑しないんですか? ああ、今トリステインには王も宰相も居ませんでしたね。

 では、それらを勘案してこちらも譲歩しましょう。以前私が行った“申し開き”を全て飲み、情状酌量として記録にそれらを記入の上どうしても避けられないモノだったという説明を加えた上で、私が校則を破り決闘を行ったという罰則として謹慎処分を受ける代わりに実家にその旨報告し、説得させていただきます。そうすれば家族も納得してくれるでしょう。

 これ以上の譲歩を迫るのであればこのままカスティグリアに帰ります。」

 

 そういうと、オスマンは少し真面目な顔をし、コルベールは目を睨むように細めた。

 

 「あい分かった。では、その方向で調整するとしよう。ミス・ロングビル。」

 

 そういうと、ロングビルがテーブルに二枚の羊皮紙を置いた。読んでみると、両方とも同じ物で俺が言った内容のモノがすでに書かれていた。あとは俺とオスマンがサインするだけのものだ。恐らく見落としがないか、俺が納得するか、最後に確認させたのだろう。

 謹慎期間はご丁寧に決闘のあった日から長期休暇直前までになっている。と言っても、あと8日ほどだが……。

 

 俺が「用意がいいですね。」と、苦笑しながら二枚ともサインしてオスマンに渡すと、オスマンは「学院長室とここの往復は老骨にはちと厳しいからのぅ。」と、同じく苦笑しながらその場でサインしてそれをここにいる全員に見せたあと一枚をロングビルに渡し一枚を俺に渡した。

 

 そして、コルベールが護衛を解くことを宣言し、三人とも退出する運びとなった。

 

 「ではそちらも頼んだぞ? お主のことだから律儀に果たすと信じておるがの。」

 

 と、オスマンが最後に言って退出した。

 

 

 「ふぅ……、どうやら俺に政治は難しいようだね? オールドオスマンの読みはすばらしい。政治的なバランスもさすがだ。彼は学院長ではなく宰相になるべきだったと思うね。俺の体のことがなくても次期領主を弟に譲ったのは正解だったようだよ。」

 

 と、紅茶を飲みながら緊張を解くと、

 

 「いや、君も堂々としていて貴族らしかったじゃないか。確かにオールドオスマンは彼の普段の言動からは考えられないほどすばらしかったね。まぁ僕にも政治は無理だろうから軍人志望でよかったかもしれないね?」と、ギーシュがオスマンを認めつつ褒めてくれた。

 

 「ああ、ギーシュの言う通りさ、友よ。僕は長男だからこんな話し合いをする羽目になることが将来あると思うとゾッとするよ。オールドオスマンのような相手と交渉することになったらかなり譲歩させられそうで今から不安だよ。」と言って、真面目な顔で肩をすくめた。

 

 ああ、そうか。マルコは長男だったな。しかも小さいが領地持ちの……。かわいそうなのでその不安をできるだけ取り除くとしよう。

 

 「マルコ、それにギーシュ。興味があるなら今の解説と持論を少し語らせてもらいたいのだがね。」と、いうと、二人とも「ぜひ頼むよ。」と言って紅茶に口をつけた。

 

 「今のは交渉というより、俺への状況説明と互いに方針を確認するだけのものだよ。俺との交渉自体はオールドオスマンが書類を用意していたことでもわかるように、前回の申し開きのときに終わっていたのだよ。」

 

 そう言うと、ギーシュとマルコは驚いたようだ。いや、オスマンの手際のよさに俺もびっくりしたけどね。

 

 「そして、実際に譲歩させられたのは俺やオールドオスマンではなく、クルデンホルフ大公国とそれに連なる関係者達だ。彼らの言い分は全く通らなかったのだからね。そこがオールドオスマンのすごい所なのさ。学院長の立場で政治的に国内の貴族と大公国を押さえ込めるのだからね。どんな人脈があるんだろうね? ちなみに俺は杖を収める努力を求められただけだよ。」

 

 そう言って、紅茶を一口飲む。「確かにそうだ。」と二人が同意してくれた。

 

 「マルコはオールドオスマンのような人間との交渉に不安を覚えたようだけど、はっきり言ってしまえばマルコが今回の大公国側のような立ち位置にならないよう注意すればいいだけだよ。あとは信頼できて力のある人脈と、できるだけ自分の家だけでなく領地全体としての力を蓄えることだね。」

 

 「人脈なら俺はいつまで居られるかわからないけど、とりあえず今のところ俺と社交的で人脈を増やすのが得意なギーシュがいるから安心だね?」と言って笑うと、マルコに「友よ。そこまで自虐的だと笑えないよ?」と言われた。

 

 「おおぅ。友よ。むしろ俺は自虐的で笑えるかどうかのラインを見極める力を備えなければならないようだね?」

 

 と、ちょっと大げさにわざとらしく言ったら、ようやくマルコも明るい笑顔を見せてくれた。

 

 そして、オスマンとの話し合いも終わり、軽く解説したあと、俺が寝ていた間の詳しい話を聞こうと思ったところで、二人は帰り俺は休むことになった。「五日間の詳しい話は気になるだろうが後日にしよう。安静が必要なのだろう?」とギーシュに言われた。

 

 「シエスタは……」と聞こうとしたら、「さぁ、クロア様。着替えてお休みになってください。お話は安静が解かれたらにしましょうね。」と釘を刺された。

 

 気になるではないか! 余計に気になるではないか! 

 

 「大丈夫ですよ。みなさんのおかげで私も含めて誰も嫌な思いはしませんでしたから安心してお休みください。」

 

 と、言われ渋々ベッドに入った。ああ、ミスタ・ギトーにお礼の手紙を書かねば……。それこそ明日以降にしよう。サイドテーブルにあるメモ用の羊皮紙にギトーへのお礼状と書いてベッドに潜ると消耗していたのかあっさりと寝てしまった。

 

 




でも彼まだコッパゲの授業受けてないから!
ってことで許してください。

あと何か色々穴がありまくりでですね。大変恥ずかしくて何とか埋めようと努力したのですが、ストックも貯めたくてですね。

あまりお待たせするのも悪いので投稿しましたorz

これから先よく穴のある論理がモリモリ出てきます。ツッコミは大歓迎ですが埋めれるとは限りません。
私が 「ああああ、そこかぁ><;」 って画面の向こうでなるだけですが、なんか私もモヤっとしてるので指摘は嬉しいかも。 


あ、たくさんの感想ありがとうございます。肯定的な意見も否定的な意見も要望も提案も大変励みになります。皆様のお気遣いが心に沁みております。


次回をおたのしみに! していただけるとですね。ええ……。


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7 魔改造と帰郷そして

ギーシュとマルコの魔改造が いま はじまる!(いや、もう結構されてね?)

理論に穴がありまくり! 説明も適当! 
これが限界だったんでさぁ;;
ファンタジーだと思って見逃してくだせぇ;;
ワルキューレってどうやって作ってるんですかね?
記憶からスパッと抜けてて確認しようにもできませんでしたorz

あっれー? 一日寝込んだら記憶がリセットされちゃったぞー?
あああああ! ネタが! ネタが!

という感じなったことありません? 私は何度かあります。



 

 学院の医務室に勤務する水メイジから安静期間も解除されたのだが、残念ながら謹慎中の身なので授業には出れない。ミスタ・ギトーには数日前に心を込めて風系統をいくつかの持論を踏まえて絶賛し、ギトー先生のかっこいいとこ見てみたかったなー。みたいな感じのことを貴族流にアレンジしたものを送らせていただいた。ちなみに返事を貰うことができ、

 

 「そうかね、そうかね! 今度機会があれば見せてあげることも(やぶさ)かではないよ!

 ああ、君の風に対する情熱と賞賛は確かに受け取った。君はその才能が全く無いこと残念に思っているようだし、私も君に同情の念を禁じえないが、余り気を落とさないでくれたまへ。

 火の系統しか使えないという君に、それほど風系統への理解があるのはとてもすばらしいことだよ。それに君の虚弱さは私も聞いている。それらを踏まえて、君への慰めになれば良いのだが、もし今後授業に余り出れず、実技で全く結果を残せなかったとしても、風系統の卒業までの成績は全て合格にしておいてあげよう。」

 

 みたいな感じだった。本当にすばらしい先生だ。実際に見たことも会った事もないが……。

 

 彼はコルベールと比べると、どちらかと言うと研究者というより本当に教師だ。実戦に弱いとしても風系統の教師としてだけ見るならかなりいい先生だと思う。彼の風の系統に対する情熱はすばらしく、彼がもし火の系統で、その担当教師だったら恐らく今頃俺の使える系統魔法の数が倍くらいになっていてもおかしくないほどだ。マジコルベール使えない。

 

 マルコが見舞いと称してシエスタの紅茶を飲みに来た時に、「ミスタ・ギトーへのお礼状を書いたのだがどうやって渡そう?」と、いう話をちょっと下心を添えてしてみた。すると、気のいい友である彼が届けてくれると申し出てくれた。彼にお礼を言い、ついでにその話をしたら、ミスタ・ギトーはあの襲撃であまりいいところは無かったそうだが、

 

 「教師としてなら確かにすばらしいかもしれないね。僕もおあつらえ向きにちょうど風の系統だし、彼に教えを請うのもいいかもしれないね。」と、言っていた。

 

 ついでに先のミスタ・ギトーからの返事もマルコが届けてくれた。そのときに聞いた話では「確かに風の系統魔法を教えるのがとても上手で熱心な先生だったよ。少々狭量なところがあるかもしれないが、かなり上達したという確かな手ごたえを感じられた。君の言うとおり風系統専門の教師としてならすばらしい人かもしれないね。」というようなことを言っていた。時々ミスタ・ギトーの個人レッスンを受けているらしい。いいなー。

 

 そしてそれをマルコから聞いたギーシュが土の系統の担当である『赤土』シュヴルーズのところへ行ったらしいのだが微妙だったそうだ。なんか真ちゅうの錬金を自慢されたり、ひたすら土や砂を錬金して錬金できる「土や砂や石の種類」が増えたそうだ。そして色々な石や土のサンプルを見せてくれた。いや、いいじゃんね? 

 

 「ギーシュ、前に俺は君にガラスが作れるか聞いたことがあると思うのだが、覚えているかい?」

 

 「ああ、忘れもしないよ。君に初めてあった日だからね。ただ、アレから何度か挑戦してみたのだが、思うような物が全く出来なくてね。 透明なガラスというものはドットの僕には難しいものなのかもしれないね。」

 

 あれから何度か挑戦してくれていたみたいだ。本当にギーシュは良いヤツだな。お返しと言ってはなんだが、恐らくではあるが『赤土』殿の教育方針を教えておこう。ギーシュに合うかどうかは別だが……。ギーシュはどちらかと言うとゴーレム作って兵隊として使う方が好きそうだし、彼女の方針はどちらかと言うと材料追求型だろう。

 

 そう、考えつつギーシュが見せてくれたサンプルの中からガラスの原料っぽい珪砂、シリカっぽい砂をチョイスし、シリカ多めで良く混ぜて紙の上に適当に載せる。

 

 「さぁギーシュ、無色透明なガラスをイメージしてこれをガラスに錬金してみてくれ。」そう言うと、ギーシュは「ああ、いいとも。」と少し疑問を浮かべながら錬金した。

 

 そして彼の錬金によって作り出されたものは、適当に混ぜて盛られたそのままの形でかなり透明度の高いガラスだった。さすがファンタジー。適当っぷりが半端ない。実際シリカや珪砂かどうか定かでないのに出来てしまった。まぁ石から真ちゅうができる世界だしな。あまり気にしないようにしよう。

 

 「なんだ、できるじゃないか、友よ。」と笑いながら言うと、錬金した本人がビックリしていたようで、「あ? え? ああ、何でできたんだろう。」と言っている。

 

 「ギーシュ。持論で悪いが納得できそうな理由を聞いてみるかい?」と言うと、「友よ! ぜひ聞かせてくれたまえ!」とすごい食いつきを見せた。

 

 恐らくだがドットの場合、原子や分子の結合数から始まり、最終的に状態変化までの中に制限があり、スクウェアで最終的にほとんど可能、虚無で制限なしとかそんな感じだろう。だが、原子も分子も化学式もない時代にこれを説明するのは難しい。しかもぶっちゃけ化学式ほとんど覚えてない。

 

 「ギーシュ。まず基本的なことだ。氷をそのまま放置すると水になるだろう? それをまた冷やせば氷になることはわかるよな?」

 

 「ああ、当然だとも。」そう言いながら、馬鹿にするでもなくちゃんと真面目に聞いてくれる。いや、ここから躓いたら「こおりとみずのちがいをみてみよう」とかそういう感じになってしまうからこちらとしてもありがたい。

 

 「そして更に熱すると湯気が出るのはわかるよな? つまり、同じ水でも温度の違いで氷、水、湯気になるわけだ。」

 

 ギーシュは「うむ。確かにそうだね。」と、言いながらタイミングを見計らってシエスタが出してくれた紅茶に口をつける。俺もシエスタにお礼を言って口をつける。

 

 「つまりさっき俺が適当(・・)に選んだ堅くて白っぽい砂が水で、ギーシュが錬金をかけた事により、ガラスという氷の状態に必要なものが追加され、温度変化を起こしたとしたら。

 ―――つまりこの紅茶をガラスだとして、水という砂を沸騰させ熱湯にして、そこに紅茶の葉が入り、シエスタがカップに注いでくれて葉が取り除かれた状態が錬金の本質だとしたら……。どうだ? 

 恐らくで申し訳ないのだが、土のドットの錬金に関してだが、ギーシュの青銅のように得意なものと、ガラスのように不得意な物があったとして、ギーシュの不得意な物も、水や葉を準備しておけば錬金できると考えれば納得できないか?」

 

 「こじ付けも甚だしいかもしれないが……。」と言いながら紅茶を飲むと、

 

 「おお、友よ。そう考えれば確かにつじつまが合う気がしなくも無い。しかし、では赤土殿のようにトライアングルのメイジが金を錬金で作れないのはなぜだい? 金に近い素材があればできるということだろう?」と、ギーシュが聞き返した。なんとなく伝わったかな? 余り自信がないのはこちらも同じだが……。

 

 「ああ、そうだね。ただこの水が本当にそれに合ったものかが問題なのだよ。同じ“氷”でも『水から作った氷』と『油から作った氷』では溶かした時の物質は全く別のものだろう? それと同じさ。ここにある砂や土、石はきっとその水に相当するものだろう。そして金自体が水である可能性が高い。

 そして、沸騰させたり葉を入れたりカップに注いだりする行程だけでなく、水を作り出すところからが錬金のドットやトライアングルのような錬度の差が出るのだろう。実際ギーシュは水が無くても青銅のゴーレムを作って動かせるわけだからね? 俺としてはどちらもすごいと思うが、恐らく赤土殿は錬金を研究するのが本分なのかもしれないね。赤土殿がギーシュに合わないのは方向性が違うからだと思うよ。」

 

 穴がありまくりだがここは詭弁で通そう。なんせファンタジーだからな。ぶっちゃけ何でもアリだ。説明をしながらちょっと訳がわからなくなってきたのをごまかすために適当に切り上げて紅茶を飲む。

 

 「そうか、なるほど。しかし、僕に合うような教師が見つかるだろうか。こうなるとマルコが少しうらやましくなってしまうね。」そう、ギーシュは考えながら少し気落ちした。

 

 いや、すごい身近にトライアングルのゴーレム使いが……。しかし言えない。言ってはいけない気がする。ミス・ロングビルをカスティグリアに引き込めればかなりの戦力アップ&諸々の問題が解決するのだが、かなりハードルが高い。

 

 いや、彼女が捕まったときに本来救出するワルドより早く脱獄させればいいのだろうが、アルビオンのこともあるし、もしワルドの偏在に見つかったら俺が勝てる保障もない。というか、確実にマークされるだろう。むしろ、その前にそこまでたどり着けるかもかなり怪しい。

 

 襲撃のときに彼女を拉致するのもアリだし、直接ティファニアを連れ去るのもアリだが、領地に降りかかるリスクから考えるとそこまで欲しい戦力ではない。いや、実際美人だけどさ。年齢離れすぎだしさ。

 

 「そうだね。もしギーシュがゴーレムに関してさらに追求していきたいというのであれば、俺は友として助力したいところだが、実際君がワルキューレを出したところを残念ながらしっかりと見たことがないからね。俺の助力を受けて貰えるというのであれば、ここで一体出してみてくれないか? もしかしたら良い案が浮かぶかもしれない。」

 

 「そうか! 友よ。ぜひ頼む。」と言って、一度外に出てワルキューレと一緒に戻ってきた。

 

 青銅のゴーレムなのだが実際に見るとかなり芸が細かい。戦闘能力や防御能力を度返しした見た目重視のゴーレムだ。そういえば彫刻とか上手いっていう設定があったような……。

 

 そんなことを考えながらワルキューレを観察したり腕を持って動かしてみたり、ギーシュに軽く断ってから腕をブレイドで真っ二つにしてみたりどんどん分解していった。俺のブレイドは現在約1mまで縮小可能だ。メイル? 個人的には未だにメートルの方が目算しやすいのだよ。力学系の計算は全てmks単位系だしな。わざわざ変換するのも面倒くさい。いや、資料に載せて見せるときは変換式も適当に盛り込んで、「要、実験による検証」とか入れているが……。

 

 「あ、ああ、あの、と、ととと友よ。僕のワルキューレがとんでもないことになっている気がするのだがね?」と、なんかギーシュが言っているがそれどころではない。小説やアニメだけでは分からないゴーレムの神秘に迫っている最中なのだ。友とはいえ邪魔しないでいただきたい。

 

 「気にするな、友よ。これもワルキューレが強く美しく生まれ変わるためだ。」と、適当に言いながらどんどん分解していく。もはや某人型戦闘用ロボットのプラモデルを買ってきてパーツを全てゲートから切り放したような感じになっている。

 

 やはり中空か。関節部分は謎が多いが、魔力で維持していたのだろう。もはや切り離されているが……。簡単に測定や、形状をメモしていき、床に落としたりシエスタに鉄製のフライパン(なぜかあった)で叩いてもらってみたりしながら分析を続ける。同じ青銅の十円玉は、こうも簡単には割れたり曲がったりしないと思うのだが、成分がかなり違うのだろう。あちらはほとんど銅だしな。ううむ。興味深い。

 

 「あああああ! ワルキューレ! シエスタ嬢! やめてくれたまえよ!」

 

 ギーシュが何か言っているが気にしてはいけない。彼はちょっとナルシストだ。きっと無機物恋人設定のワルキューレを想うどこかの主人公のような感じで劇を開始したに決まっている。それはそれで見てみたい物語だが今はスルーだ。きっと反応したら負けだ。

 

 よし。大体終わったはずだ。まぁこれはすでに量産型だからな。データ不足があればあとでもいいだろう。

 

 「ギーシュ、終わったぞ。おお、どうした友よ。なぜ泣いているんだい? 悲しい事があったのかい?」

 

 「ああ、今ワルキューレが……。」そういいながら割りと本気で泣いている。

 

 「ああ、ギーシュすまない。これ戻せないか?」そういうと、ギーシュは薔薇の杖を振って一度消してから戻した。ふむ。やはりゴーレムはすごいな。消失、出現まで出来るとは……。

 一応完成図も正面、背面、側面を軽くスケッチした。

 

 「それで、何かわかったかい?」そう、ハンカチで涙を拭きながらギーシュが尋ねてきた。

 

 「うむ。喜びたまえ、我が友ギーシュ。今まさに俺の頭の中にはすでに弱点を補う改良案や更に強化するための構造が山のように、それこそ溢れるほど浮かんでいるよ。」

 

 そう言いながら思い浮かんだことのリストだけを作っていく。構造や検証実験の方法、機能性の向上案、武器やそれに伴う利点と欠点、そして有効と思われる戦術や訓練方法など、ああ、あと三面図の見方も一応書いておくか。しかし、本当に多いな……。しかし、ロボットは男の子のロマンだからしょうがない。ガリアの王様も虚無なのに将来ロボットにハマっていたはずだ。

 

 「そうか! それならば僕のワルキューレが犠牲になった意味もあるかもしれないね! ぜひ教えてくれたまえよ!」とギーシュが明るい笑顔で言ったので、資料を作って送るからしばらく待っていてくれと頼んだ。

 

 長期休暇まで残された日数は少ないが、現在謹慎中でやることも無い。日々ワルキューレの改良案のリストを片っ端から資料にしていく。何度かシエスタに心配されたが、ベッドに入ってもこっそりメモを作っているのが見つかって怒られて以来、着替え以外で厚い天蓋のカーテンを閉めるのを禁止された。なんという……。

 

 何とか最終日の昼に書き終わり、シエスタにギーシュを呼んでもらって手渡した。ちなみに図案が多いので両面使っても百枚を余裕で超えている。まぁぶっちゃけ数えてないが、重ねるとかなり分厚くて重い。

 

 「さぁ、友よ。お待ちかねの新型ワルキューレ改造案だ。ぜひ受け取ってくれたまえ。」と笑顔で渡すと、「こ、こんなにあるのかい? 予想以上だよ。友よ。ありがたく受け取らせてもらうよ。」と言ってちょっと引きながら少し引きつった笑顔で受け取った。

 

 いや、もっと喜んで欲しかったのだが……、分解されたのがショックだったのかな? まぁいいか。

 

 そうして翌日、長期休暇が始まり実家から風竜隊がお迎えにやってきた。シエスタは長期休暇中はタルブ村へ戻るという予定を聞いていたので、ついでにタルブ村まで送ることになっている。

 

 ルーシア姉さんと俺と、シエスタの三人をそれぞれメイジが操る三匹の風竜に運ばれ、それを護衛するように五匹の風竜が周りを飛ぶ。いつの間に増えたし……。

 

 あっという間にタルブに着き、シエスタを草原で降ろして、再び飛び立つ。物珍しかったのだろう、タルブ村の平民がワラワラと集まってきて、シエスタを囲みつつこちらを眺めているようだ。ぶっちゃけほとんど見えんが一緒に乗ってるメイジがそう言っている。

 

 「クロア坊ちゃん。カスティグリアはこの3ヶ月ですごい変化しましたよ。きっと驚きますよ。」とか言ってる。いや、驚くかもしれないけど明るい日はほとんど見えないからね? それに元々のカスティグリア領も知らないからね? それほど驚かないかもよ? 

 

 「そうか、それは楽しみだな。」そう言いながらカスティグリアを目指す。そして、一度タルブ村に寄ったので、お昼過ぎごろに屋敷に着いた。いや、距離から考えてかなり速度上がってないかい? 前回は直行したのに半日かかったと思うのだが……。

 

 屋敷の門のすぐ前に着陸し、風竜から降ろしてもらい、いつものメイドさんに肩を借りながら屋敷の門をくぐったところで、まぶしくて影がボーっと見える出迎えの方々に挨拶をしようとしたら、ヒザから急に力が抜けて、いきなりぶっ倒れて気絶した。竜に乗っているだけで疲れたのか? 解せぬ。―――ああ、そういえば昨日まで資料作りしてましたね。

 

 

 起きたら屋敷のベッドの中だった。荷解き作業はメイドさんがしてくれたらしく、モンモランシーから貰って学院に持って行った香水も学院に行く前のようにサイドテーブルに配置されている。増えた分も少しあるが、大体貰った順番なのでそのあたりは適当に並べたようだ。

 

 部屋はほとんど真っ暗だが、常夜灯のような光がほのかにサイドテーブルを照らしている。今が夜中なのか昼間なのかわからないのがちょっとした悩みだが、日中なら恐らく何度か様子を見に来てくれるだろう。とりあえず部屋を少し明るくするためにマジックアイテムを点けて、ベッドの背もたれに寄りかかる。

 

 まぁ今回は多分昨日までの寝不足が原因だろう。こっそり寝たフリをしてシエスタが休んだあと、起きだして極わずかな光の中で資料を作りまくっていたからな。ギーシュに説明する時間を取れなかったのだけが心残りだが、個人的には丁寧に書いたつもりだし図案も多かったから解読してくれることを祈る。

 

 ちなみにメインは中の空洞部分に(はり)をめぐらせ、トラス構造で衝撃や圧力の分散をメインにしているのだが、増やせば増やすほど重くなるし、少なすぎては意味があまりない、その辺りの調整というかギーシュの好みがわからないので、かなりのパターンを作成した。

 

 装甲である外装も二重構造になっており、中間部分は衝撃を逃がすためにくの字パターンを多く仕込んである。外装に直撃した物体はまず表面で止まるか反れればいいが、外装の表面を貫通した場合、まず外装とパターンの間に補充する軟体の物質(多数候補を書いた)により衝撃を分散されつつ、パターンによって進路変更を余技なくされる。そこも貫いた場合でも逆側で止まるだろう。稼働が難しくなるだろうが、腕部や脚部以外なら差して問題はあるまい。

 

 一応防御に関して最高の性能を誇る設計案は自動小銃はもちろん、重機関銃でも貫通が難しいと思われる。ただ、計算上なので、先のものよりも遥かに射程距離が短く貫通力の低いこの時代の大砲とかの直撃を貰えば、貫通はしないだろうが固定されていないワルキューレが空を飛ぶと思う。ふむ。せっかくだから領地用にも防御装甲案を作っておくか。

 

 サイドテーブルから羊皮紙を取り、資料の作成を始める。そういえば空飛ぶへび君の設計とか考えてた頃がありましたね。その辺りも書いておきましょう。問題は推進剤やロケットに付ける翼や……ってマジックアイテムとかファンタジーの世界でしたね。なんかファンタジーっぽい物で代用できないですかね。

 

 その辺りの案と「空対空ミサイルの赤外線追尾方式の原理」の記憶を引っ張り出して、ゴリゴリ書き続ける。ふむ。実は俺資料つくりが好きなのかね? こう、なんていうか現代知識とファンタジーの融合とかロマンだよね。

 

 ああ、ロマンついでに「戦車を作ってみよう」みたいな感じのヤツも作るか。先込め式だが大砲はあるんだからベースがあればいけるだろう。単なる盾代わりでもいいしな。大体、風石がわんさか取れるんだし、それを使えば分厚い装甲でも浮かせて移動が出来そうで夢がひろがりんぐだな……。ロボット? 俺はもうただの男の子ではないのだよ! その辺りはギーシュに任せた。

 

 ふむ。このフロートシステムはかっこいいかもしれない。ぶっちゃけ“脳が逝かれた開発者の作ったハイスピードアクションロボットゲーム”では最軽量最高速度フロートでガンガン飛ばしていた。あの制御が困難な物を制御する快感が……って前世の知識か。それも案として盛り込んでおこう。というか馬車いらなくなりそうだな。いや風石高いらしいから必要か。

 

 ああ、というか以前も考えた気がするが蒸気機関のプロペラでも風石あれば空飛べるんじゃね? アレは確か蒸気の圧力でシリンダーを前後させて、その運動をクランクを使って回転運動にしてって感じだったな。ああ、でも水を回収できないと水切れで動かないとかあるのか? ジェットエンジンみたいに後ろに出せばかっこいいと思ったのだが……前に作ったかもしれんが作ったかどうかすら覚えてない。一応資料を作るか。

 

 と、寝起きからなんとなく思いついたことを書いていき、資料のリストを作って、順番に詳しく書き記していく。しばらくはこれらの資料作りで時間をつぶせるだろう。

 

 大体一つの資料を作るのに一週間以上かかりそうだし、クラウスがまた見舞いに来てくれて長期休みを資料作りだけに消費するとは思えない。まぁ説明する時間も必要だろうしな。

 

 そう、色々考えながら羊皮紙にゴリゴリと書き込んでいると、控えめなノックの音が聞こえた。書きながら「どうぞー。」と言うと、メイドさんが入ってきた。

 

 「クロア坊ちゃま。お目覚めになられましたか。私も含め、皆さん心配しておりました。ご家族の方を呼んでまいります。」と言って、出て行った。さすがに慣れたものである。お礼を言う暇もなかった。

 

 そして入ってきたのはルーシア姉さんとクラウスだった。

 

 「おお、クラウス、久しぶりだな。今帰ったぞ。」と笑顔で言うと、

 

 「兄さんが帰ってきたのは正確には3日前だよ!?」とつっこまれた。

 

 そして、ルーシア姉さんに「またこんな物書いて。シエスタに聞いたわよ? あなたが根詰めすぎで止めても聞いてくれないから心配だって。今回倒れたのもそのせいでしょう?」と、ほんのり笑顔で怒られた。笑顔は本来攻撃的なものであり……という解説が頭をよぎった。

 

 くっ、シエスタ……お前もか。って悪いのは俺ですね。シエスタは心配してくれてむしろありがたいです。

 

 そして、帰って来た日からの事を聞いてから、クラウスがカスティグリア領の話を始めた。

 アレからまだ三ヶ月しか経っていないのだが、風石の産出量が恐ろしく多いらしい。最初はどかっと売って領地改革の投資分を稼いだのだが、出来るだけ値崩れを防ぐため、現在は輸出はほどほどにして、風石を使った領地改革や戦力の拡充に勤しんでいるらしい。

 

 風石採掘の初期費用や自由落下爆弾などの開発費、そして風竜隊の創設費や維持費や、メイジの雇用費などはもう回収済みで、風竜隊の拡充やその他施設の改良、量産に取り組んでいるらしい。今のところ農業関連設備が後回しにされ、簡単な設計の脱穀機くらいしか作られていない。今まで棒で叩いてたらしい。恐るべし、ファンタジー。

 

 ああ、そういえば俺の決闘騒ぎがあったときはさすがに驚いたそうだ。第一報は王城に勤めている両親がクルデンホルフ大公国経由で知らされ、オールドオスマンからの説明が王城と実家であるここに送られ、クラウスも知るところとなり、風竜隊が編隊を組んでクラウスを王城へ送り、そこで話し合ったらしい。そして王城の貴族の意見が割れて、軽く脅してから三人と風竜隊がカスティグリアに戻り、防衛準備を急いだらしい。本当にやる気だったんですね。

 

 そして、後日オスマンから処分内容が送られてきて、そこに書いてあったのが俺がサインした内容とオスマンからの学院としての管理不足に関する謝罪が含まれていたため、杖を収めたそうだ。というか俺が説得するという話ではなかったのか? 手間が省けていいのだが……。

 

 一応俺が説得することを了承しているということも書いてあったため、全くこれに関してはすることが無くなった。両親もすでに納得しているらしい。

 

 あと、来年はクラウスが学院に入学予定ということで、少し学院のことを聞かれた。そういえばクラウスも土系統か。軽く赤土殿の研究方針や、そこから新しくできた友達のギーシュ、マルコの話、俺を支えてくれるシエスタの話、たまに文通や授業で会うモンモランシーの話をしておいた。

 

 モンモランシーは基本的に授業や香水くらいしか接点が無いが、まぁ男子寮だから仕方ないね? と言ったら、まぁ兄さんだからね? と言われた。

 

 ああ、虚弱だからな。通えないさ……。それに、クラウスだって男子寮に入るんだぞ?

 はっ、コイツもしかして……早くも女子寮に通う計画を綿密に立てているのか!? さすが次代のカスティグリアを背負って立つ男。未来予測や計画期間の長さが半端ないぜ。ここは兄として女性寮の見取り図や潜入方法をギーシュ辺りに調べて貰って資料を作っておくべきだろうか?

 

 しかし、来年はカスティグリア姉弟が三人とも学院に集うのか。姉さんが三年、俺が二年、クラウスが一年。そういえば今年の俺の入学と共に姉さんは進級試験で使い魔を召還したはずだ。その辺りまだ聞いてなかったな。しかし、今さら聞きづらい感も……。という念が通じたのか、

 

 「そういえば姉さん、使い魔はなんだったの?」とクラウスが聞いてくれた。姉さんの使い魔はジャイアントヒッポポタムス、つまり巨大なカバらしい。あまりにでかいので普段は学院の近くの川に放し飼いにしているそうだ。皮膚がすごく分厚く頑丈なので、そのまま数匹の風竜で運んでもらい、現在は家の近くの池に生息しているらしい。呼べば来るそうだ。

 

 「見たいなら呼ぶわよ? 見たい? 見たいわよね? じゃっくぅ~!」と返事も聞かずに呼ぶと、少しして外からドドドドドドドという音と振動が伝わってきた。窓を開けてまぶしい中見てみると、かなり早いスピードでこちらへ突っこんでくる動物がいる。

 

 そして姉さんがフライで外にでてジャックと呼ばれた巨大カバに乗ると、遠目でも大きさがわかる。軽く全長10m以上ある。重さは知らん。知らんが、ゾウより重いのではなかろうか。さすがファンタジー半端ないっす。姉さんは使い魔を溺愛しているようで、ひたすらコミュニケーションを楽しんでいる。いや、かわいいと思うけどね? 前世でもカバ好きだったし。

 

 「で、でかいな。マジででかいな。」そうつぶやくと、隣から「うん。あんな動物初めて見たよ。」とクラウスが応えた。ファンタジー出身のクラウスもでかいと思うのか。さすがだ。というかアレさ、風竜が運べる重さなの? 不思議でしょうがない。

 

 とりあえず、クラウスがルーシア姉さんを大声で何度か呼んでみたがジャックとの世界に入り込んでしまったようで反応が無かったため窓を閉め、カーテンを閉め二人で話すことにした。

 

 「そういえば兄さん。大事な話なんだけどさ。婚約者が決まりそうなんだけど、どう思う?」

 

と、クラウスが真面目な顔をして聞いてきた。ふむ、婚約者か。確かにクラウスはまだ若いとはいえ、この世界での婚約はかなり早いことが多い。だが、恐ろしく早いのは主に女性で一桁歳とか余裕でありそうだ。えっと、俺が今年15歳だからクラウスは14歳か? 学院を出ると17~18歳だしな。14で婚約、18歳までに結婚って感じか? そう考えるとこの世界なら別段早すぎるとも思えない。

 

 しかし、相手は誰なんだ? 誕生会パーティとかで知り合ったのだろうか。学院への入学前に決めてしまうとは、ギーシュやマルコですらまだ相手を学院で探している段階だと思うのに、さすがクラウスと言わざるを得ない。兄とは性能が段違いだZE

 

 「ふむ。別に遅くも早くもなくていいんじゃないか? むしろ相手方の家とこちらの家が了承するならば協力関係も築きやすいしな。しかし、相手の女性とはどんな感じなんだ?」

 

 そう聞くと、安心したような顔をしたあと、少し考えるような顔をしてから状況を教えてくれた。

 

 「うーん……。まぁ双方かなり好ましく思っていると思うよ? カスティグリア家としては問題ない相手だし、あちらから見ると少し問題があるかもしれないけどそれを補って余りある魅力がこの家にはあるから大丈夫じゃないかな? 父上も相手方は家族全員かなり乗り気だと言っていたし……。」

 

 ふむ。まぁ双方の家が乗り気で両思いなら貴族としては珍しいほどの良縁ではないだろうか。さすが自慢の弟クラウスである。これでカスティグリア家の次期当主も安泰だな。

 

 「そうか。ならば何も問題ないのではないか? むしろ顔を知らなかったり、歳が親子ほど離れていたり、何かしらどちらかが不満を持ちつつも親に決められた婚約などが貴族の婚約だ。むしろ、クラウスが判断する限りだが、当人同士が両思いで双方の家が乗り気なのはかなり珍しい良縁ではないか?」

 

 そういうと、「おお、兄さんもそう思うかい? それなら安心だよ。」と言って笑った。そして婚約式は今回の長期休暇中に行うらしい。相手方がこちらに来るそうだ。どんな人が来るのか楽しみだな。ただ、相手が一人娘なので、場合によってはカスティグリア家が吸収する形で領地を統合することや、子供が生まれた場合の条件など、色々なことが検討され、出し尽くされた全ての状況での条件などは全て円満解決済みだそうだ。

 

 しかし、相手がこちらの吸収での領地の統合も辞さないとは……。恐るべし、カスティグリア家。と、いうかそれなら俺に聞く必要ないじゃんね? ああ、でもいくら虚弱とはいえ家族で俺だけ知らないというのも色々問題アリか……。ちなみに姉さんはすでに知っている、というか話し合いに加わっていたらしい。

 

 「しかし、年齢的には姉さんが先ではないのかね?」そう聞くと、姉さんは今までそういう相手に縁が全くなく、引き続き良縁を探しているらしい……。

 

 「というか、兄さん誰かいない?」と、聞かれたがギーシュとマルコしか友達と言える存在がいない。そしてギーシュは優良物件だが四男で恐らくモンモランシーの婿候補だろうし、マルコは長男だが腹が出ているしそれほど顔もいいというわけではないと思う。

 

 いいヤツなんだが、姉さんに合うだろうか。とても優しくて、向上心があって、かなりいいヤツなんだが、正直なところ見た目はギーシュや他のヤツに劣ると言わざるを得ない。

 

 「いや、一応、いるには、いる……。いるんだが少し問題が有る気がするので胸を張って推薦は出来んかもしれん。」と言うと、一応聞かせてと言われたので、マルコを紹介しておいた。

 

 彼の家柄や俺から見た彼の性格や良いところを片っ端あげて、決闘騒ぎの後も俺の宣誓の証言や護衛にギーシュと共にいち早く名乗り出てくれたりしたエピソードをあげたりしてから、「だが、しかしな……」と推薦しづらい理由(身体的特徴など)も、ちゃんと言っておいた。あとついでに原作から考えられる性癖というか特殊な趣味なども、「あくまで俺の勘で全く根拠がないが、もしかしたらあるかもしれん。」と伝えておいた。

 

 すまん、マルコ。客観的に見ただけで本心じゃないんだ! 本当にすまん。相手が姉さんじゃなければ黙っていたのだが、まことに申し訳ない。いや、義理の兄弟になるのは吝かではないのだがね。むしろ歓迎したいところなのだがね……。

 

 「あとは、狙い目としたらグラモン家の跡継ぎあたりか?」そう聞くと、姉さんの好みではないらしい。「嫌々ながら売れ残りそうなら我慢する」というレベルだそうだ。いや、一族揃ってハンサムじゃなかったっけ? 「そんなにひどいの?」と聞いたら、社交界では結構人気があるし、向こうも悪く思ってないみたいだけど姉さんの好みには合わないそうだ。

 

 なんという高望みだろうか。ルーシア姉さんが恐ろしい。

 

 ちなみに婚約式は来月の頭だそうだ。「兄さんはイベントに弱いんだからしばらく身体に気をつけて安静にしていてよ?」と言われた。うむ。弟の晴れ姿を見逃すのは兄としての矜持に反するからな。「うむ。善処しよう。」と言っておいた。……いいえっていう意味でしたっけ? 気のせいです。資料作りがあるのですが一応それなりに安静にしておきます。

 

 

 

 

 

 

 




えっと、お楽しみいただけたでしょうか。

ええ、ちょっと後書き変えました。
読者の方にお聞きしたい事をたまに活動報告に載せるので気づいた方はアンケートにお答えしていただけるとありがたいです。

できれば次回もおたのしみにー!

追伸:メールで教えていただいてたいへんありがとうございました。(てへっ



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8 次期当主と不思議な出来事

おおっと! しうかの筆が進んでストックが一つふえた!

と言うわけで上げますねー。
しばらくタネ蒔きつつネタ回が続きます。

えーっと、こんなのクロアじゃねぇ!? とか思うかと思いますが、えーっと、うーんと……。ええ、気にしないでください^^


 あれからひと月近く経ち、そろそろクラウスの婚約式だ。

 

 特に俺はやることが無いので、日がな一日資料作りに没頭していた。いや、俺も晴れ着のように正装を新調することになり、一日ほどカスティグリア家専属のデザイナー専門メイジやらお針子さんメイジ等が来たが……。すごいね? メイジでもそういう人がいるんだね? そういえばこの世界の生産は結構メイジに頼ってますからね。いますよね。でもお高いんでしょう? クラウスの本気度がわかった気がした。

 

 クラウスよ。自分の婚約式にこんな兄にもそれほど出てもらいたいとか、かわいすぎるだろう。何? 俺の攻略フラグ立ててるの? 俺まさかのチョロイン? いや、実際チョロいとは思うが……。ただの仲の良い兄弟でお願いします。でも君の婚約式でしょう? 相思相愛の相手がいるんでしょう? 

 

 その上身内に手を出すとはカスティグリア家の次代の当主はバケモノか!? いや、冗談です。はい。

 

 さて、問題の資料作りだがめっきり進まない。とりあえずカワイイ弟のため、安静にしつつだったので、あの婚約式を伝えられた日から三週間ほど経った頃にようやく一つ書きあがった。クラウスが見舞いに来た時に見せたら、

 

 「兄さん。安静にしててくれって言ったよね? 善処するって言ったよね? あれ嘘なの?」

 

 と、クラウスにしてはかなりマジで怒られた。いや本当さ。安静にしてたさ。善処するという意味も間違ってないだろう? いや、そこまで怒られるとは思っていなかったよ。ごめん。

 

 「いや、安静にしてたからこのペースなのだがな……。それで婚約式があるとは言え、クラウスの気分転換に資料を読んではいかがかと、一応渡しておこうと思ってな。」

 

 そう言うとため息を吐いて資料を受け取った。「空対空ミサイルの赤外線追尾方式の原理」や空飛ぶへび君(ファンタジー式ミサイル)の原案や代案、改造案や実験、検証、初期開発案などが盛り込まれており実はかなり分厚い。ギーシュにあげた資料を余裕で越えている。

 

 ぶっちゃけ対艦攻撃や対地攻撃なら今のところ風竜隊やフネによる無誘導爆弾投下でいいだろうが、相手も竜を持っている可能性が高い。

 

 今回のものはそれに対する空対空戦闘のみで使うものだ。当初の予定では「戦闘機動で優位に立ち、メイジの魔法で相手のメイジを各個撃破していく」と、いう方針だったのだが、コルベールに実際に会ってから少し考えを変えた。

 

 赤外線を使ったミサイルは基本的に物体が出す赤外線波長で対象を判断するので、かなり検証が難しい。むしろそれを測定する機械というかマジックアイテムから作らなければならない。

 

 そして、大抵の竜に関する赤外線データが必要になり、敵味方識別用マーカーの設定やフレアなどの防御方法や回避方法なども必要だろう。一応双方ともトリステイン陣営だが、コルベールが作ってくる可能性が高いからな。相手が撃つ対フネ用のファンタジーミサイル防御システムもブドウ弾(散弾)での撃墜を前提に考えておいた。

 

 最初は投下物やダミーミサイルでテストを繰り返すことになりそうで、恐ろしく時間がかかるだろう。まぁ来年のアルビオン戦役に間に合えば御の字だし、間に合わなくても主人公達が何とかするだろう。

 

 まぁ代案にはファンタジー式の視線誘導方式なんかがあったらいいなーとも書いておいた。そちらの防御案は相手の目潰しが前提になるので、フラッシュみたいな感じになると思う。よく考えればファイアー・ボールも誘導できるらしいしね。あってもおかしくないよね? 

 

 しかし、場合によっては敵になる可能性もあるゼロ戦にも使えそうだな。というか、タルブ村にあるであろうゼロ戦の機銃だけでも欲しい。ぶっちゃけ全部欲しいけど、機銃だけでも欲しい。機銃の構造を見たり、弾の10発ほどだけでも回収できないだろうか。というかゼロ戦って機銃複数積んでたよね? ついでに前世のwiki先生が欲しい。

 

 それにジュラルミンやその他金属も錬金が得意なメイジならアレを見本に作れないだろうか。取り外しても問題ない金属部品とかないだろうか……。ギリギリカスティグリアでも手が届きそうなちょうどいい中間技術に素材、当時考え抜かれた工夫が盛り込まれた―――あ、エンジンは無理かも。星型エンジンとか全く覚えてないし、利点や欠点とか細かい部品の作用とかほとんど知らない。

 

 しかし、そう考えるとまさにアレはお宝の山なのだが……。 

 

 ちなみに、この領地では精度は低いが、無誘導爆弾などを作るため工作機械がすでに何種類か作られている。溶接技術は知識がほとんどあやふやだし、温度管理や材料選定をどうしていいかわからないので工作機械としてはまだ手が出ていない。ぶっちゃけ火の系統メイジのブレイド頼りで興味ある人が何人か研究している段階だ。

 

 しかし、見本があればぶっちゃけ劣化版機銃が作れるはずだ。一から十まで錬金でやろうとしたからコルベールは弾すら作れなかった。だが、カスティグリアは作れる。命中精度を犠牲にして暴発や弾詰まりしないよう、かなりゆとりのある安全設計にすれば作れるはずだ。重量制限の厳しい戦闘機に載せるわけではないので、大きく、重くなってもそれほど問題はないだろう。それにアレがあれば後込め式の大砲やセミオートやフルオートの銃もだな……。

 

 巨大な原作ブレイクとの葛藤が今まさに……。見学だけでもタルブ村行っちゃおうかなー。シエスタに会いに来たとか、本場のヨシェナベ食べに来たとか、タルブ村の名産品に興味があるとかシレっと言えばごまかせそうだし……。風竜隊借りれば半日だし……。

 

 しかし、俺が原作前や原作途中で死んだら主人公達やゼロ戦がないと最悪トリステインが滅びる可能性がある。機銃一機、弾の10発が分け目になる可能性も否定できない。カスティグリアの為にも最低限この保険は出来るだけ維持するべきだろう。

 

 でもなぁ……見学使節団とかダメだろうか。開発関連の土メイジ総動員して滞在とか……。などと、ゼロ戦やタルブ村に想いを馳せていると、

 

 ―――クラウスから笑顔で無慈悲な宣告がなされた。

 

 「兄さん……。また何か考えているね? ふふっ、姉さんから聞いたシエスタ嬢の気持ちがわかった気がしたよ。というわけで、次期当主権限として甚だ遺憾ではあるけど、今まで制限していなかった羊皮紙の枚数を婚約式までこれから渡す一枚に制限させていただくね。この屋敷にいる全員にちゃんと周知しておくから兄さんは何も心配しないでいいよ?

 それならゆっくり安静にできるだろう? はい、どうぞ? あとは回収させてもらうね。」

 

 笑顔は本来攻撃的なものであり……(略)。とか弟を観察しながら考えている時間は無い。もはやコンマ一秒を争う早急な対処が必要だ!

 

 「え……。な、なんという!? ちょ、ちょっと待つんだ、俺の自慢の弟よ。それでは俺が暇……いや、時間があま……いや、カスティグリアの将来のためにだな……。」そうなんとか混乱する頭で弁解を始めると、

 

 「カスティグリアの将来のためにも今は婚約式の方が大事だからね。さぁちゃんと安静にするんだよ? 兄さん。ではまた様子を見に来るね。」と、あっさり出て行った……。

 

 おおぅ。なんという……。どうやら婚約式まで隠し通しプレゼントとして渡すのが正解だったようだ。前回彼の誕生会で同じようなプレゼントだったのと、今までにない傑作が書きあがった達成感と、研究に時間がかかりそうだからという理由でつい渡してしまったのが悔やまれる。

 

 しかし、幸いなことに、考える事リストは羊皮紙の数にカウントされていなかったようで残されている。これならこの一枚を出来るだけ節約して使えばかなりの時間をつぶしつつ書き進められるはずだ―――絵や図が少なくて済むものならかなりの量がな……。ククク、次代の当主殿もマダマダあま……

 

 「あ、兄さん。ごめん、忘れ物。このリストも預かっておくね。大丈夫、婚約式が終わったらちゃんと返すと約束するよ。」と、出て行ったはずのクラウスが戻ってきて俺の手元にある考える事リストを回収して出て行った。

 

 のおおおおおお!!!!!! これではこの一枚の羊皮紙は何か思いついたときのメモにしか使えないじゃないか! まさか出て行ったフリをしてこっそり監視していたのか!? 

 

 しかも、さっきまでリストを眺めていたはずなのに、あまりのショックで記憶から消えている……だと……!? ええい、俺の記憶力弱補正はバケモノか! 

 

 燃え尽きた……ああ、完全に燃え尽きたさ……。今ならベッドの上でうなだれた真っ白クロアがご覧になれるだろう……。そういえば目を閉じれば薄い金髪以外元々ほとんど白っぽいですね。ええ、忘れてました。

 

 しかし、なんという時間差攻撃……。若干十四歳にしてこの巧みで隙のない時間差攻撃を即座に選択し、虚弱で心の弱い実の兄に対して何の躊躇いもなく実行してくるとは……。恐ろしい……、恐ろしい人間がカスティグリアの次代の当主になるようだ……。カスティグリアよ、俺の屍を越えてゆけ! いや、ごめん。俺が悪いんですね。わかってます。普通に兄思いのいい弟だと思います。……しょんぼり。

 

 ふむ。しかし、何とか別の方法はないだろうか。

 

 シーツに書くとか、自分の身体に書くとか、部屋の床や壁に書くとか、サイドテーブルに書くとか―――バレた時が色々ヤバそうだ。次!

 

 ブレイドを思いっきり延ばして壁に彫り込むとか、地面にファイアー・ボールで文字を書いて風竜隊に持ってきてもらうとか(確か周知は屋敷内だけのはず)―――そういえば俺、屋敷で魔法を一人で使っちゃダメでしたね。次!

 

 某蛇さんのようにスニーキングミッションで目標物の奪取を図る……見つかって怒られるか行き倒れる未来しか浮かばない。むしろなぜこんな案が浮かんだんだ? 次!

 

 単語の文字数を削って短縮語にして書き込める数を増やす―――読み方忘れて解読不能に陥りそうですね。

 

 ううむ。ダメだ、手詰まりだ。こんなときは大抵おかしい案でもバカな案でも気にせず書きまくってソクラテス問答法に頼るのが多いのだが、それをこの羊皮紙一枚でやるには答えが見つからなかったときのリスクが高すぎる。せめてメモスペースくらいは残しておきたいし、もっと有効なことに使いたい。

 

 ちょっと落ち着いて考えよう。こんなときはモンモランシーの香水で気力と体調の回復を図ろう。最新型の彼女用試作香水でいいだろう。確か長期休暇に入る直前に渡されたものだ。忙しくて今回初めて開けるのだが、よくこんなにバリエーションを思いつくものだ。しかも全てモンモランシーに合うのが不思議だし、なんだかこの香水を開けるだけでモンモランシーが目に浮かぶから不思議だ。もしかしてマジックアイテムの領域に入っているのではないだろうか。

 

 原作のギーシュが「君だと思って」とか言ってた気がするが、―――いやモンモランシーがギーシュがそう言ってたじゃない! って言ったんだっけ? ―――確かにそう言えるだけのものではある。むしろトリステイン魔法学院で最も貴重なレアアイテムかもしれん。

 

 あ、そういや、ギーシュもモンモランシーの香水持ってるのかな? いや、さすがに持ってるだろう。今度ギーシュ用に作ってもらったモンモランシー特製香水とかあったら見せてもらおう。男性用でも色々あるのだろうか、どういう基準で種類を変えるのか違いが気になる。

 

 ああ、メモがしたい。思いつきメモがしたい。しかし、今は我慢だ。せめてもう少し思いつきが増えてからにしたい。

 

 しかし、ソクラテス問答法か……。よく考えたら何も資料に拘らなくても良いのではないか? ええ、ちょっといい考え浮かびました。ここは俺の知識力アップ兼友情を深めるアイテムを作ろうではありませんか。

 

 そう、確かギーシュがモンモランシーを褒めるときの語彙力に問題があったハズだ。前にもほんのり思い出した気がするから恐らく確かだろう。そして、もしその語彙力がアップすれば、ギーシュとモンモランシーの仲も発展しやすいだろう。彼女は現在、その優しさが邪魔をして俺の心配ばかりでチャンスを逃しているという感が否めない。いや、自意識過剰かもしれんが、ここまでギーシュからモンモランシーの名前が出ないのは完全に出遅れているのではないだろうか……。

 

 確かにモンモランシーはとてもステキで魅力的だし、あの芸術的な細く輝く金糸のような髪をキレイに巻いたロング縦ロールヘアも実際見るととてもキレイで目を開けているのが辛いほどの光を纏う。性格も優しくて清楚で芯も強い、確固たる趣味を持っていて、向上心も高いすばらしい女性だ。

 

 青く輝く瞳も、彼女の包容力と優しさを思わせるような、多くの生き物が住まいその全てを包み込む深海と、広大な空のように孤高であり、しかし、この世の全てを見守るという彼女の清楚でいて気高いところを表しており、その海と空の二つのいいところを合わせたような、この世にたった二つしかない宝石と言えるだろう。

 

 そんな彼女の一番の魅力はその見た目や性格も重要だが、何よりその二つが合わさることにより生まれる奇跡。―――そう、相手を労わり気遣う姿や少しツンと突き放したりしながらも崩さない貴族としての姿勢、そして何よりもそんな世界にたった一つしかない貴重な生ける宝石が褒められて照れて赤くなったときなどはまさに奇跡の産物と言えるだろう。

 

 そんな彼女が膝丈より少し長めで深い紺色のワンピース型メイド服&黒く細いリボンの付いたシルクで作られふんわりとしたドロワーズ&ヒラヒラの多いエプロンドレス(背後のリボン大き目)&黒いリボンの付いた刺繍が多めの白いヘッドドレスなんかを着て、薄暗い部屋で俺の目の前に来て少し恥ずかしそうにターンなんかしてちらっと見えたら吐血して即死する自信がある。

 

 異論は認める。人の趣向はそれぞれだしな……。セーラー服派の才人には悪いが、俺はメイド服&ドロワーズ派だ。いや、セーラー服も確かに抗いがたい……ふむ。セーラー服にドロワーズと言うのはどうだろうか、もしかしたら新しい境地が開けるのではなかろうか―――いや、さすがに思考が逸れすぎだろう。真面目に考えていたはずなのだが……。いや、これも真面目に考えれば―――くっ、メモが……しかしこれはたとえメモがあっても書き残す度胸がない! 誰かに見られたら生きていける自信がない! がんばれ! 俺の心のメモ(消耗率高)!

 

 と、とりあえず、しかしだ―――そんな彼女が現在最優良株であるギーシュにアプローチできていない。彼女がアプローチすればギーシュですら瞬殺だろうが、しないのでは可能性は低くなるはずだ。前にも考えた気がするが、原作から考えても今現在ハルケギニアで考えても、彼女に一番お似合いなのはギーシュin常時惚れ薬だろう。この考えは今でも変わらない。

 

 そして、惚れ薬代も今のカスティグリア家の風石の産出量から考えれば何とかなるはずだ。ぶっちゃけアンドバリの指輪を取り返した後ならギーシュに常時使うくらいなら量産も可能かもしれない。

 

 いや、どっかの湖(名前忘れた)の水の精霊にフレイム・ボールを大量にぶち込んで蒸発させると脅すか!? いやいやいやいや、それでは逆にあの包容力無限大のモンモランシーでもさすがに怒らせてしまいそうだ。むしろ原料から研究するべきかもしれない。

 

 ―――そう、備えは重要だ。いつ彼女の聖戦(ギーシュへの攻勢)が始まっても良い様にカスティグリアの総力を挙げて水の精霊の涙の買占め&研究の優先順位を最大限上げておく必要があるだろう。

 

 彼女がアプローチをいつするのかは彼女のタイミングになるだろうが、そこから一気に発展させるべく、ギーシュの彼女を褒めるための語彙力を上げておくのはかなり有効ではないだろうか。つまり、ギーシュの語彙力だけで足りないのなら俺も考えればいいじゃない!

 

 そしておあつらえ向きに香水もあるし、叶うはずのない恋心もある。そう、要は使いようなのだよ。ちょっと心が痛いがこれも友と彼女の幸せを思えばだな……。やっぱちょっと辛い。

 

 ふむ。失恋を癒すには新しい恋という感じの表現だか言葉が前世にあった気がする。ほとんど信用できないが、今はそれにすがろう。そして、将来的にもし俺でも構わないという女性が現れた時にもそれは役立つ。その女性用にアレンジすればいいわけだからして、リスト化してしておく価値はあるはずだ。

 

 しかも量産してマルコに流すのもアリだ。むしろ彼が一番有効に活用してくれるかもしれない。ぶっちゃけプレイボーイを自称するギーシュの方が能力が高くてしかるべきなのだが、彼に足りないのならばしょうがない。

 

 ってアレ? いつの間にか結構ペンが進んでますね……? まさか資料作りを我慢しすぎたせいで禁断症状でしょうか。それはそれでヤバイですね。矯正しないと今後の人生で何かが終わりそうです。初期症状は恐らく腱鞘炎的な……。

 

 いやまぁ彼女を褒める言葉を羅列していくのも味気ないですし、ギーシュ君作成ラブレターの原稿にでもしてもらいましょう。ざっと読み返しましたが、思考を完全にそのまま書いているわけではなさそうですし、結構抜けているところもあります。ギリギリセーフでしょうか。セーラー服とか資料を作る理由なんかはあまり書いてありませんから問題はないっぽいですね。

 

 ただ、ちょっと辛いところとかメイド服のくだりが書いてあったので気合で削りましょう。くっ、虚弱体質が辛い……結構かすれただけだった。まぁ後でスープを飲むスプーンかなんかで削り取りましょう。ナイフなんかがあるといいんですけどね。

 

 しかしまぁ削ったとしてもこのまま渡すのはさすがに恥ずかしいですからね、思いつきメモってことでゴリゴリ書いていきましょう。もはや対モンモランシー用ソクラテス問答法ですからね。

 

 バージョン変更や、彼女を飾るにふさわしい単語、後なんですかね? ぶっちゃけラブレターとか書いた事ありませんし、こういうのはギーシュの方が詳しいはずなんですが……ってクラウスがいるじゃないか。学院入学前に相思相愛で婚約者を決める恋愛のプロが身近に……。って彼に聞くのはちょっと兄としての沽券にかかわりますからな。もっと切羽詰まってからにしましょう。

 

 ふむ。そういえば昔(前世)人を褒めるときに大抵誰も褒めないところを褒めるとポイントアップが望めると聞いたことがあるような気がしなくもない。モンモランシーの誰も褒めない密かな魅力かー。いやむしろ褒められないところってどこ? 存在するの? 砂漠で落とした麦一粒探すようなものですね? わかります。

 

 うーん。そういえば余り一緒いることは出来てないからかもしれないけれど、彼女が褒められているところを聞いたことがない。マルコ辺りに調査を依頼するべきだろうか。彼は前回のフリッグの舞踏会での観察眼はすばらしいものがあった。むしろこの三人の中で選美眼が一番磨かれているのは彼ではないだろうか。

 

 いや、逸れたな。なんか今日は逸れやすい。何か原因があるのだろうか。とりあえずモンモランシーの香水追加でリラックスしよう。ふぅ……。

 

 で、なんだっけ。そうそう、モンモランシーの魅力ね。うーん。でもあのときのドレス姿は本当にきれいだったなー。記憶力弱補正の俺でも目に焼き付けられたのか? 今ならちゃんと思い出せる。あー。一緒に踊れたらなー。でも無理だしなー。というかもし俺が踊れたとしても、モンモランシーはギーシュと踊らなきゃダメじゃん! 踊れなくても関係ないね! くっ、辛い。むしろ見れないだけ幸せなのかもしれない。友達とだとしてもだな……優良物件だとしてもだな……。マジ惚れ薬ギーシュに飲ませるか? むしろそれが手っ取り早く思えてきた。

 

 って、また削る箇所が増えてしまった。カリカリカリカリ……今切実にナイフが欲しい。むぅ……というか何で俺こんなに悩んでるんだ? モリモリ気が向くままに書けばいいじゃない! 行けばわかるさ、なんとかかんとかっていう言葉もあった気がするし。まぁ俺の場合、多分行った先は、この先崖崩れ注意か、落石注意か、なぜか1歩目でよろけて崖を転がり落ちるか、渡ってる途中でつり橋落下だがな! あはははは!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――いつの間にか寝ていたようだ。簡易テーブルに突っ伏していた。妙なテンションでゴリゴリ何か書いていた記憶があるのだがどうも思い出せない。くっ、俺の記憶力弱補正が辛い!

 

 えーっと、なんだっけ……って羊皮紙が無いじゃないか。ラスト一枚にされてたのに―――マジどこ行った? アレ無いとちょっとこの先厳しいですよ? いや、割と本気で……。ベッドの中や簡易テーブルの周りを探すが見つからない。サイドテーブルに置いてあるわけが……ってありましたな。ええ、まっさらな羊皮紙が―――まさかの寝落ちですか? 

 

 何か書いてた気がしたが夢なのか? いや、夢ならば! そう、夢ならばだ! もっと前からでも良かったんじゃないでしょうか! 主に無慈悲な宣言なんかが無かった事になっているくらい前でも!

 

 まぁ現実逃避はやめよう。とりあえず一枚は残ったんだ。前向きに生きよう。というかどこから夢だったんだ? 何かをノリノリでゴリゴリ書いていた記憶はあるんだが……、やはり本当に夢のようだ。となると? あまりのショックで突っ伏した感じかな? この虚弱さならありえないと断言できないのが厳しい。それほどショックだったか、俺よ。

 

 うーん。ああ、そうだ。ちょうどいい題材があるじゃないですかー。もしクラウスの婚約式にイベント補正で出れなかったときのためにお祝いの言葉を考えておきましょう。父上辺りがきっと読んでくれることでしょう。

 

 しかしお相手の名前も知らない。困った。これはかなり困った。とりあえずクラウスの紹介とかなのだろうか。ふむ。

 

 クラウスの紹介か。兄としては誇れる弟なのだが、他から見たらどうなんだろう。今現在は領地の経営も安定しているようだし、カスティグリアでも独自の戦力を持ちつつある。安全面でもかなり高い方だろう。そして、あの資料が全て網羅されたときにはもはや数世代先の技術力になっている自信がある。あれがあればクラウスもかなりの功績を残せるのではないだろうか。

 

 問題はこれから先に起こる、レコン・キスタの反乱から始まる戦乱だが、今のところ虚無の力がなくてもカスティグリア家は乗り切れる可能性が高い。一応安全策は取っているし、保険もある。最早俺がいつ死んだとしても大丈夫だろう。しかし、できるだけ安全対策は取っておくべきだ。カスティグリアが戦争に参加しようがしまいが、最終的にロマリアの聖戦発動で巻き込まれる可能性が高い。

 

 一番有効な手段はレコン・キスタを完膚までに殲滅し、ガリアが介入する前に終わらせること。それが無理だった場合でも、なんとかカスティグリア単独でアルビオンの領地を分割してもらうことが重要だ。そう。唯一の安全地帯はアルビオンだと思われる。アルビオンでカスティグリア領の人々が全員移住しても自給自足が確立されれば聖戦に参加せずとも問題はない。

 

 いや、後々は知らんが、乗り切ることはできるだろう。クラウスも不幸な時代に生まれたものだ。しかし強く生きて欲しいものである。父上とクラウスの代でカスティグリアは急激に力を付けるだろう。その力を何に使うかは任せるが、一応防衛寄りに提案はしてある。最低限カスティグリア領民は守りきりたい。そしてクラウスのお嫁さんの領地も……。

 

 まぁこんなところか? というか、あまりいい感じの紹介というかカスティグリアの紹介と先の戦争予告じゃないか。ああ、これはダメだな。気絶したショックが後を引いてるのだろうか。

 

 ぶっちゃけこれは燃やしたいくらいひどい。なんか効率的に削れる道具はないだろうか。まぁ無理だとは思うがサイドテーブルの角で平面を一気に削ろう。ゾーリゾーリ……。うむ、あまり削れない。とりあえず解読はかなり不可能に近いくらいにはなったが再利用は少し厳しい。

 

 まぁとりあえずクラウスの良いところをエピソード交じりでガンガン書いておこう。次期当主だしな。いや、押し付けて悪いが、君しかいないと思うよ? 欠点はそうだな……。うーん。ぶっちゃけ見当たらない。真面目で思いやりのある頭のいいギーシュを実体化したようなみたいなヤツだからな。

 

 あ、欠点ありましたね。羊皮紙返してください。束で! 切実に束で! リストでも構いません! ってあー。また結構使っちゃたな。もう不貞寝しよう。後はもうメモスペースだっ!

 

 というわけで簡易テーブルを片付け、モンモランシーに最初に会ったときに彼女が使っていた香水を少し嗅いでベッドにもぐりこんだ。せめて良い夢見れますように……。

 

 

 




クロア は こんらん した

むしろ日ごろ混乱を無理やり理性で抑えてる設定ですが、ネタばれ?^^;

 この辺りから私の筆がガツッと止まりました。ええ、しばらく難産回が続きます。心もかなりゴリゴリ削り取られましたが皆さんの温かい感想や応援、アドバイスなどに助けていただきました。

本当にありがとうございます。

次回までちょっとなんというか
次! 続きはCMの後でくらいもやっとするから早く次! 
って感じを受けてしまわれるかもしれませんが、お待ちいただけると幸いです。

次回をおたのしみにー!

していただけると歓喜にむせび泣きます;;

追記:ええ、書き忘れました。一応! モンモンの香水は惚れ薬ではないよ? うん。一応。


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9 婚約式に必要なこと

思ったんだ。なんで私はストック貯めてるんだろう……。
楽しみにしてくれている人がいるなら放出すればいいじゃないと!


 クラウスから羊皮紙の枚数制限をされたショックからなぜか二度の寝落ちを体験したクロアです。ええ、ファンタジーですからね。思いも寄らない不思議なことが起こるものです。最後はちゃんと寝たと思ったのですが起きてみるとまっさらな羊皮紙がサイドテーブルに置いてありました。もはやファンタジーではなくホラーの領域だと思います。

 

 しかし、いくらファンタジーとは言え、こんな事は初体験です。まさか本格的に死期が近いのでしょうか。いえ式が近いですね、クラウスの婚約式という――シキが……。どっちだ!? 割と真面目にどっちだ!? かなり疑わしいが、仮にいくら俺にイベント補正があったとしても弟の婚約式に死ぬとか縁起が悪すぎるだろう。

 

 ああ、そうか。確かにカスティグリアの今後を左右する重要な局面で俺が安静にしていないのはかなり問題だったのだな。

 ふむ、資料作りはしばらく封印しよう。自慢の弟クラウスを心配させてまでやることではないだろう。

 

 決して! そう、決して! 「また書いたはずの羊皮紙が真っ白になってたら怖い。」とかそういう類のモノではないと断言しよう! 貴族の名に、は……こここ、こんなことで誓う必要はなかろうて! うむ。貴族の名はそんなに安くはないのだよ! まさか死より怖いものがあったなんてな……(遠い目)。いや断じて怖くないが、うん。 

 

 しかし、本当にイベント=俺の死期とかだったら原作始まったらいつ死んでもおかしくないレベルではないだろうか。いや、今もかなり危険だが、今の状態でひたすら自力で地雷原を転がり続けるような危険度に跳ね上がる気がする。

 

 俺一人のことを考えるなら原作が始まる前に原作ブレイクのため虚無を片っ端から暗殺すれば危険度は減るがそんなことが心情的にできるはずがない。

 

 ほとんど、というか、何度……あれ? 俺まだ一度もルイズと話したことないかも……。驚愕の事実ですね! というかルイズって呼んだだけで「アンタにルイズ呼びを許した覚えはないわ!」とか言って叩かれて死ぬかもしれませんね。ミス・ヴァリエールって呼ばないといけませんね。ええ、実はこっちの方の命が危険で危ないですからね。実はまだあの有名な爆発魔法も見たことがありません。

 

 だがまぁ、三ヶ月とはいえ同じクラスで授業を受け(出席回数<<<<<欠席回数)、同じ学院で共に過ごした(授業以外での遭遇は多分ゼロ)仲間(相手が俺の事を覚えているかすら怪しい)であり、メインヒロインであるミス・ヴァリエールに手を掛けるのは俺には無理だ。

 彼女には全く非がない上に、可憐だし、自分の家格に負けないよう、貴族であろうと必死に努力するのはとても好感が持てる。

 

 友であるマルコの初恋の相手(断定)でもあるし、俺には心情的にハードルが高すぎる。

 

 いやまぁすでに少しブレイク気味だとは思いますが、判断は来年の使い魔召還まで取っておきましょう。まだギリギリ取り戻せる範囲のハズです。ギーシュやマルコの原作乖離っぷりが半端ないですが、恐らく彼らは原作小説の行間で、秒間24フレームの狭間で、このような感じで大活躍しているのでしょう。そしてきっとたまたま、そう、極めて極稀(ごくまれ)にたまたま醜態を晒していたに決まっています。そう考えればつじつまが合う気がしなくもありません。

 

 ええ、恐らく婚約式まで8日ほどだと思いますが、ベッドの上での生活を堪能しようかと存じます。

 

 

 

 

 

 

 

 婚約式の日の朝がやってきた。少しカーテンの隙間から外を見るとちょうど晴れていて、俺にはかなりまぶしいがクラウスにはいい門出になるだろう。俺の調子も今のところ大丈夫なようだ。いや、昨日よりは少し悪い気がしなくもないが大丈夫なはずだ……。というかマジでイベント補正あるのだろうか。普通逆なのでは?

 

 そして、遠くから来た方もいらっしゃるようで、この多分巨大な屋敷の部屋数が有効利用され、数日前からカスティグリアで過ごす方もいたようだ。

 遅くとも当日の昼前には招待客が揃い、昼食パーティのあと、婚約式だそうだ。できるだけ予定にゆとりが出来るようにしてあるとルーシア姉さんが教えてくれた。

 

 ちなみに、俺の知り合いも呼んであるらしい。モンモランシ家は全員三日前から、グラモン家も全員昨日入ったらしい。マルコのところはマルコと両親だそうだ。俺と交流のある貴族は全員揃った。いや、三つだけだし、実は何度もクラウスの誕生会とかで来ているらしい。

 

 あまり交流の無いところだと、マザリーニ枢機卿とかトリスタニアの父上の知り合いが集っているとか……。というかマザリーニ枢機卿が式の神父役をしてくれるのですかね? いや、枢機卿は教皇の次くらいの役職だった気がするのだが、そんな彼が神父のようなの役割を請け負ってくれたのだろうか。

 

 すごいな、カスティグリア家。いや、ただのゲストかもしれないが……。

 

 そういえば今日までほとんど寝ていた。それはもうぐっすりと寝ていた。何度か起きた記憶はあるのだが、かなり消耗していたのだろう。そして、昨日までに入ったモンモランシ家、グラモン家、グランドプレ家の方々が挨拶っぽいお見舞いに来てくれたらしい。いや、今日初めて知りました。すいません。

 

 ちゃんと安静に寝ていたのに家族だけでなく他家の方々にまで心配されてしまうとは……。

 

 しかし、その甲斐あって、今日は乗り切れそうな気がします。ルーシア姉さんが朝から予定を教えてくれるついでに俺の調子を見に来たようで、主治医の方も来て診療していただいた。恐らく大丈夫だろうとの診断もいただいたことだし、今日は多分大丈夫だろう。

 

 久々の朝食を摂りおわると、ルーシア姉さんに正装に着替えるよう言われた。いや、早すぎませんかね? まだあと半日以上ありますよ? 安静にしていたいのですが……。と思ったら色々と挨拶の方が来るらしい。いや、俺が行くのは危険ですからね。ええ、ここまで来て不安の種を撒く必要はないでしょう。ちょっと寂しい部屋でお客を招くのは気が引けるのですがしょうがありません。

 

 正装に着替えている間に、どんどん俺の部屋に椅子やテーブルが運び込まれ、座って歓談出来るようにセッティングされていく。テーブルは丸テーブルで、椅子が四つなので多くても二人ずつということだろうか、一対三で知らない人とかだったら体調が崩れる気がする。

 

 そしてティーカートが運び込まれ、紅茶の用意がされる。あ、一応モンモランシー特製俺用香水をちょっと付けておこう。こんなに緊張するのは恐らく転生以来ではなかろうか。決闘したり、オスマンの前で血を吐いたり、コルベールを挑発してもここまで緊張はなかった。

 

 恐るべし、弟の評価がかかったイベント。

 

 そして、挨拶のお迎えの準備が終わると、さっそくルーシア姉さんが段取りのために出て行った。クラウスは毎回こんな事をやっているのか。兄さんは始まる前からちょっと心理的不安がだな……。

 

 「兄さん、正装似合っているね。あ、モンモランシ嬢が一番最初だから準備があるならしておいてね?」

 

 クラウスがなんかいくつか丸めた羊皮紙を持って入ってきて俺の正装姿を褒めてくれた。羊皮紙の内容が少し気になる。ああ、終わったら質問タイムか? ふむ。さすが次期当主。枚数からして緊急性のある案件なのだろう。

 

 とりあえず俺が座る席と、クラウスが座る席を教えてもらって待機する。俺はベッドを背にした形で、今のところクラウスは右側のちょっと俺寄りに椅子が配置されている。対面は二脚だし、多くても二人ずつなのだが、なんかこの部屋に他の人を招くのは初めてなので緊張する。

 ルーシア姉さん主導で来客用に整えてくれたので今までの生活感溢れる部屋ではなくなっているが、一応部屋をぐるっと見回して、確認してちょっと気になったことがあった。

 

 「あ、モンモランシーの香水とか出しっぱなしで大丈夫かな?」

 

 と、クラウスに聞くと、ちょっと肩をすくめて、むしろ出しておいた方がいいと言われた。

 しかし、最初がモンモランシー嬢なのか。いや、ギーシュやマルコ辺りで場を温めてからの方がハードルが下ると思うのだが……。

 

 ルーシア姉さんが外で整理してくれているようで、ルーシア姉さんに招き入れられる形で、モンモランシーが入ってきた。

 

 彼女のドレスは艶やかで鮮やかな海のように青いシルクのような生地で、ひだが多くスカート部分がふんわりとしていてレースをたっぷり使った装飾がされたもので床とヒザの中間あたりまで覆っている。うん、とても似合っている。というか似合いすぎではないだろうか。

 髪飾りはいつもの単色のリボンではなく、白いレースがふんだんに使われ、ドレスに合わせたような生地ものを、後ろでいつもより少し大きなリボンにして付けている。

 

 すごく好みです。どうやって知ったんでしょうね? マジギーシュに……いや、よそう。気にしたら負けだ。いや、気にしなくても負けてる気がするが……。あー、顔が赤くなってないといいのだがね。貴族の仮面をかぶっていてもちょっと際どいかもね。

 

 しかし、彼女は緊張しているのか少し赤いがかなり真剣な顔をしている。いや、俺も緊張してるけどさ……。いや、ここはホスト側として場を暖めねばなるまいて。

 

 「ごきげんよう。モンモランシー、今日は特別ステキなドレスだね。いつもキレイだと思っていたけど、これ以上ないくらいとても良く似合っているよ。

 この部屋は僕のためにちょっと薄暗くしてあるけれど、君が入ってきて輝きが増したようだね。」

 

 そう挨拶すると、モンモランシーは赤くなりつつ真面目な顔のままで、

 

 「え、ええ……どうもありがとう。―――本当はもっと早く来る予定だったのよ? でもあなたの体調が悪いみたいで今日になってしまったの。本当に申し訳ないと思っているわ。」

 

 と謝られた。いや、別に今日でもいいのでは? 何か問題があるのだろうか。と、不思議に思って返答ついでに聞いてみようとすると、クラウスに促されてモンモランシーは俺の正面に座り、タイミングを失った。

 

 そして、俺も妙に真面目な顔をしたクラウスに促されて座る。すると、なぜかクラウスが用意されていたティーカートごとメイドさん達を下がらせてドアを閉め、ロックを掛けたあと錬金でドアや窓の隙間を塞ぎ、固定化の魔法を掛けた。同時にルーシア姉さんは部屋の壁にサイレントを掛けていく(使えるんだ?)。というか何が起こっているのかわからない。

 

 あの、一体何が始まるのでしょうか。もしかして悪魔祓いとかでしょうか。ええ、それならちょっと俺も不安があるのでお願いしたいところなのですが、それだとモンモランシーが今いる意味がわからない。というか、淡々と作業していく二人が少し怖い。なんか特殊部隊があらかじめ決められた動作で配置について次々と決められた処理を作業的に行っているような手際だ。

 

 ええ、マジで何が始まるのでしょうか。

 

 もしかして襲撃とかあんの!? まさかのフラグ回収!? 杖! って、そういえば正装に着替えてから杖持ってないな、どこだっけ? ああ、そういえばルーシア姉さんが着替えを手伝ってくれているときに回収されたままか。この正装だと差すところもないし、預かってくれたんだろう。まぁ危険があるようならすぐ渡してくれるはずだ。きっと内緒話をする程度だろう。

 

 しかし、カスティグリア家の接待はすごい厳重なのですね。ええ、こんな事を毎回やってるクラウスには脱帽です。そして右側にクラウス、左側にルーシア姉さんが座ると、恐らく司会役のクラウスが口を開いた。

 

 「さて、兄さん。今日は婚約式なのだけどね。誰と誰の婚約式かわかるかい?」

 

 今さら何を言っているのかね。俺はそこまでボケたわけではないぞ? まだ確か十五歳だったはずだし。……だったよね? あれ? 十四歳だっけ? まぁ細かい事は気にしないようにしよう。白髪が増えたら大変だ。

 

 「いや、お前と誰かだろう? 今日まで隠すのかと思って聞いてなかったがお相手はどなたなんだ?」

 

 と、今まで聞いてなかったことをほんのりごまかして返答を兼ねて聞くと、俺以外の三人にため息を吐かれた。「やはりここからか……」とつぶやいた後クラウスがさらに質問を重ねた。

 

 「一応話す順序は相談して決めてあるんだけどね……。いや、それでも最後に兄さんに聞きたいことがある。正直に話して欲しい。兄さん、モンモランシー嬢をどう思っている?」

 

 なんかすごいことをすごい真面目な顔で聞かれました。ええ、三人からの見えないプレッシャーが半端ないです。心の弱い兄にはちょっと辛い現状です。

 

 「正直にか。本人の前で? モンモランシー嬢、気を悪くしないでくれ、これでもクラウスはだな……。」

 

 そう、ちょっと話を逸らそうとすると、「彼女も了承済みだよ」と言われた。ううむ。正直にと言われてもだな。これはかなりハードルが高いのではなかろうか、クラウスよ……。心が痛むが覚悟を決めよう。まさか自分から完全にとどめを刺して失恋する羽目になるとは思わなかったがいい経験だろう。最後にこのドレス姿を目に収められただけでも幸運だ。―――そう思うしかない。

 

 「ふむ。では正直に話そう。モンモランシーはとてもステキな女性だ。ぜひ幸せになって欲しいと心から願っている。

 個人的には俺の友でもあるギーシュがオススメなのだがね。彼は四男だし、実家は君と同じ家格の伯爵家だし、君にふさわしいハンサムな外見をしているし、とても社交的だし性格もいい。俺と違って健康だし軍人志望なだけあって体力もある。モンモランシ家が婿に取るなら―――」

 

 と、ちょっと心の痛みを抑えながら無表情を意識してギーシュの売り込みを真面目にしていると、「兄さん、もういい」とクラウスに止められた。いや、正直に話せって言ったじゃん!? クラウスは怖い顔してるし、ルーシア姉さんは迫力のある笑みを浮かべてるし、モンモランシーは了承しているはずなのにうつむいている。

 

 「兄さんは本当に優しくて、本当に嘘つきだね? でもその優しさはいま必要ないんだ。ごめんね。僕としてもこんな事をするのは辛いんだけど、兄さんの為でもあるから許してほしい。」

 

 そして、「まずはこれを見てくれ」と差し出されたのはクラウスがいくつか丸めて持っていたうちの一枚の羊皮紙だった。そこには俺の筆跡で――――ちょっ、え? あれ? 一体ナゼコレガ存在スルノデスカ? コレハタシカ……。

 

 ―――ああ、もう無理。死のう。俺にはもうこの先生きていくことはできない。さらばハルケギニア。今からそちらに向かいます、ブリミル殿(仮)

 

 羊皮紙を隠滅するために破ろうとするが折り目どころか傷すら付かない!

 

 窓を開けて飛び降りようとしたが窓が開かない!

 

 窓を叩いてもびくともしない!

 

 杖を探すが杖がない!

 

 ラ・フォイエは……色々まずい!

 

 ドアに向かうには三人の障害を抜ける必要が!?

 

 こんなときこそ俺の虚弱の魔法!

 

って、思いっきり5日間かけて完全に回復してますね。ああ、詰んだ。俺の壮大な計画がたった今色々な意味で完全に詰みました。そしてこれから背負う業の深さに心が折れました。

 

 ええ、あの羊皮紙です。

 

 一枚目の消えた羊皮紙です。

 

 なんか妙なテンションで書いた気がした羊皮紙です。

 

 モンモンギーシュ攻略のためと自分の語彙力を増やすために色々と本心を書き綴った羊皮紙です。

 

 書かれている内容を見てはっきり思い出しました。まさか回収されているとは思いませんでした。しかも俺が精魂込めて(虚弱)削った痕(擦れて字が読みにくくなっただけ)を修復しようとかなり努力された痕跡があります。ぶっちゃけほとんど完璧に直ってます。これから先生きて行くのが辛い。

 

 くっ、一体どうしたら……って詰んでましたね。無いとは思いますが最後の望みにすがりましょう。

 

 「俺の自慢の弟クラウスよ。後生だ。俺の杖をくれ。そして後を頼む。」

 

 と、救いを求めて弟に頼むと、少し顔を赤くしたモンモランシーが涙を流しながら優しい笑みを浮かべて、

 

 「クロア。恥ずかしいのはわかるわ。本当にごめんなさい。」

 

 と、話し始めた。何かその慰める感じの笑みが今はとても心に突き刺さります。ええ、すごい取り乱しましたからね。もう恥ずかしくて生きていけません。でも、同じ事をクラウスがやったら俺も慰めつつ何日か腹痛と吐血で生死の境をさまようと思います。せめて引き篭もりましょう。

 

 そういえばベッドの天蓋には閉じた分厚いカーテンが……開かない。―――なんという用意周到さだ!

 

 「でも、私は嬉しかった。私は初めてあなたに会った時からあなたの事が好きなの。愛しているの。ギーシュじゃなくてあなたと結ばれたいのよ。」

 

 おっと、何か幻聴が聞こえましたね。ついに狂いましたかね? 目が悪い分、耳はいい方だと思っていたのですが、ええ、気のせい、じゃない、と思い、たい……。いや、しかしだな……。

 

 天蓋についている分厚いカーテンと格闘しているところで、ちょっと確認したいようなしたくないような、聞いていいことなのか、いけないことなのか、わからないことが出来たのでちょっとテーブルに戻ります。気のせいだったら直視するのは辛いので床を見ながら歩を進めます。

 

 カーテンとの格闘が原因か、幻聴が原因かはわからないが心拍数が上がりすぎて息が苦しい。「聞く前に死ぬかもしれんな……」と、思っていたら椅子が見えたところでルーシア姉さんの足が目に入った。ルーシア姉さんは俺の腕を取って椅子に座らせてくれたあとヒーリングをかけてくれた。ぜぇぜぇといい始めていた呼吸が少し楽になった。

 

 「え、えっと、聞き間違いでなければですね。えーっと、なんというか、俺と結ばれたいと聞こえた気がしたのですが、いえ、恐らく、もしかしたら、ちょっとショックで狂って幻聴が聞こえたのかもしれませんので、確認したいのですが……。ええ、もし俺が狂ったのなら後生ですからとどめをですね。」

 

 そう机を直視しながら少し震えた声を何とかしぼりだすと、椅子を引いてこちらに歩いてくる足音が聞こえ、視界の隅に鮮やかな青いドレスの裾が写った。そしてドレスの裾が床に少し広がり、俺の顔を包むように両側から柔らかい感触がしたと思ったら真っ赤になって瞳を潤ませたモンモランシーの顔が目の前にあった。心臓の音がうるさい。そしてまたちょっと息苦しくなってきた……。

 

 「クロア、愛してる。私の全てをあげるから、あなたの人生をちょうだい? 結婚しましょう?」

 

 と、彼女にはっきりと告げられ、そのまま目を瞑ったかと思ったら俺の唇に柔らかい感触がした。そして俺の停止気味の思考がその甘くて柔らかい感触が何であるかを悟った瞬間、前が真っ暗になりカクッと力が抜ける。

 

 あああああ! 多分人生最高の瞬間に! 

 

 と思ったら、俺のうるさい心臓の音と、ルーシア姉さんの詠唱の声と、モンモランシーの柔らかい唇の感触と、俺を包み込むような甘い香りがした。ルーシア姉さんは何度も俺にヒーリングを掛けているようで、詠唱がずっと続いている。

 

 一瞬気絶したのだろう。俺の目も閉じられていて開けたいけど恥ずかしくて開けられない。

 

 ちょっと迷ったところでルーシア姉さんの詠唱が途切れ、モンモランシーが唇を離した。

 は、恥ずかしい。えっと、ファーストキスですね。前世? カウント外です。多分真っ赤です。絶対耳まで真っ赤です。でもとても幸せな時間でした。

 

 そっと目を開けるとモンモランシーの蕩けきったような表情の真っ赤な顔があった。ああ、なんか俺もそんな感じの表情していそうですね。うん。さぁ、俺の瞳よ! 今こそその瞳にこの光景を焼き付けるんだ! 火の系統なら不可能はないはずだ! そう、焼くのが火の本分だ!

 

 「兄さん……。返答は?」

 

 と、言うクラウスの無粋なツッコミが―――俺は瞳への焼き付け作業で忙しい。後にしてくれたまへ。

 

 「答えを聞かせて? クロア……。」

 

 と、目の前でモンモランシーがさっきまで触れていたとても甘くて柔らかい唇でささやいた。えーっと……。モンモランシーの声が再び聞こえた瞬間、頭が甘くしびれて思考がまとまらない。考えるのはもう無理だ。

 

 「あなたに俺の人生を捧げます。えっと、あいしてる。もんもらんしー。」

 

 何か目の前がにじんで最後は少し泣いて声が震えてしまった。モンモランシーも瞳からキレイな雫を落として目を細めて微笑んだ。あー、うん。ごめん、ギーシュ。俺もう無理。と、思ったら再び力が抜けて暗転した。―――あ、えーっと? 捧げた瞬間に喪失? ってええええええええええ!? それが俺の最後の思考だった。

 

 

 




ええ、クロア君弱体化フラグです。私を待ち受けていた罠とも言います。
これからしばらくクロア君の化けの皮が剥がれ、モンモンとの恋愛メインになるかと存じますが、できれば! そう、できればお付き合いくださいorz

次回をおたのしみに!


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10 婚約と防衛戦略

たしか同日に2話目になります。すいません。作者の脳が曖昧です。


ググってハルケギニアの地図、トリステインの地図を参考にした部分が多々あります。
えーと、一応方角とか距離はなんとなく書いてますが、分かりづらいかと思います。
地図確認できない方はまことに申し訳ないですが、えーっと。うん。まぁそういうもんだと思ってください。


 ―――きなさい。クロア。 起きなさい! クロア! 

 

 という、俺の杖の妖精―――じゃなくて父上の声で意識が浮上した。両親がベッドの側にいて、父上は軽く俺の肩をを叩いていて、母上はひたすらヒーリングをしていた。俺が目を開けたのを確認して両親は軽くため息を吐いてほっとした顔をした。正装のままベッドの上に仰向けで寝かされていたようだ。

 ふむ。寝起きの挨拶は基本おはようだが、俺のこれまでの経験上、朝でない可能性の方が高い。……こんなときは便利な挨拶を使うしかありませんな。

 

 「えっと、父上、母上、ごきげんよう。」

 

 「うむ。気分はどうだ?」

 「クロア、ごきげんよう。起きたようで良かったわ。」

 

 俺が挨拶すると両親は俺の気遣いながら体調を確認した。ふむ。別段いつも通りか? 特に悪くもなく良くもなく。そしてベッドの縁に腰を下ろすようにして起き上がる。

 

 「ええ、いつも通りだと思います。お久しぶりですね。父上も母上もお元気そうで何よりです。ヒーリングの詠唱が聞こえましたが、母上のお加減はいかがですか?」

 

 そう答えてから母上に尋ねると、このくらいなら全然平気らしい。実はすごいメイジなのだろうか。そして「いかがなさいました?」と少し首をかしげて父上に目で訴えると、

 

 「起き抜けですまんが、少し時間が押していてな。これから話し合いがある。出席しなさい。」

 

 と、父上が少し真面目な顔で俺に言った。おお、話し合いですか。間違いなく俺の婚約の話ですね。モンモランシーがいたら気絶しかねませんが大丈夫ですかね? ええ、幸せなことですが、将来に不安がですね……。

 

 「おお、起きられたか。ささ、こちらへ。」

 

 と、いう男性の声が聞こえた。アレ? 誰ですかね? クロア君の寝顔を眺める会とかですか? いえ、分厚いカーテンも半分かかったままですし、こちらからは見えませんから気のせいですね。ええ、モンモランシーに寝顔見られるとか――いいのか? なんか思考がまだ混乱している気がしてならない。

 

 「モンモランシ殿、ようやく起きました。お待たせして申し訳ない。」

 

 「いえいえ、彼は今後義理とはいえ息子になるのですからな。カスティグリア殿も出来れば他人行儀はやめてくだされ。」

 

 そんな声が聞こえる。これはもしかして……。よく噂に聞くという

 

 「お嬢さんを私にください!」

 「貴様なぞにやるか! 歯ぁくいしばれ!」

 

 とか言うイベントでは……? 即死ですね。いや俺が貰われちゃうんだっけ? というかすでに俺の人生はモンモランシーに貰われてましたな。はっはっは!

 

 あれ? もしかしておれ しょうらい クロア・なんちゃら・モンモランシ とかになるの!? 

 いや、モンモランシでもいいんだけど、実はちょっと「カスティグリア」は音の感じがカッコイイとか思ってたんですけどね……。いや、いいけどさ。

 

 少し混乱していると、母上に手を引かれ、天蓋のカーテンから出た。俺の部屋にはさっきの丸テーブルではなく長方形の装飾は多いが天板はきれいに平面に磨かれているテーブルが置かれており、両側に三脚ずつ椅子が置かれ、こちらから見て一番奥のお誕生日席にマザリーニ枢機卿らしき方が座っている。

 

 マザリーニ枢機卿(仮)は日ごろの激務を思わせる深く刻まれた皺と真っ白な白髪だが、品があってこざっぱりした感を受ける。初めて見るが、個人的には好印象だ。

 

 そして手前側の一番奥に父上が座っており、手前側は椅子が二つ空いている。まぁ母上と俺だろう。向こう側の一番奥にモンモランシ伯と思わしき金髪の人物、そしてモンモランシー、一番手前に恐らくモンモランシーの母が座っている。

 

 「初めまして、皆様。クロア・ド・カスティグリアと申します。よろしくお願いします。」

 

 「うむ。今回立ち会うことになったマザリーニだ。」

 

 挨拶をすると最初にマザリーニ枢機卿が応えてくれた。おお、トリステインのトップが立会いとか……。何が起こっているのだろうね。いや、婚約式だが、カスティグリアのトリステインでの立ち位置が不明すぎる。そして椅子に座るよう促され、モンモランシーの向かい側に座る。全員が着席し、自己紹介が始まる。ええ、名前と顔を覚える必要があるのは知ってます。しかしですね……。

 モンモランシーのごくわずかな香りがテーブル越しに彼女の存在を教えてくれるのだが、少しでも彼女を意識すると自分の瞳に焼き付けた「モンモランシーの蕩けきったような表情の真っ赤な顔」が鮮明に浮かんで――――

 

 「……母上、ヒーリングをですね。」

 

 とこっそり隣に座る母上に要請すると、こっそりヒーリングを俺にかけてくれる。ぶっちゃけ自己紹介どころではない。ひたすら耐える。聞いてるフリをして耐える。そしてたまにヒーリングをお願いする。なんか更に虚弱になった気がですね……。

 

 話が進み、羊皮紙が双方、いくつか(たば)になったものを回され、父上から内容を読み始める。きっと婚約の条件とか婚約の宣誓書とかそういったものだろう。よし、資料作りもそうだが資料を読むのも今や心の安定剤になっているはずだ。

 

 これは好機! アレが俺に回ってきた瞬間、元の冷静な貴族の仮面が戻るはずだ。

 

 「クロア、確認してサインをしなさい。」

 

 と父上自身はもう前に確認しているのか、ざっと確認してから、全てにささっとサインして父上から救いの資料が渡される。ふぅ、さて何が書いてあるのかね。一番上の物は一枚で婚約の誓約書になっており有効期間は5年に設定されている。

 

 ふむ、ぶっちゃけ明日にでもけっこ―――ごふっ、「は、母上……ひ、ヒーリングを」と母上に救援要請をする。し、資料でも無理……だと!?

 

 お、落ち着くんだ、なんか素数を数えるといいみたいな事をだな……。えっと1…。1って素数なんだっけ? 違うっていう話があって2からでしたね。ええ、しりとりでいきなり「みかん」とか言ってしまった気分です。少し落ち着いたのでサインする。

 

 えーっと二束目は――ふむ。どうやら俺は結婚したらクロア・ド・モンモランシになるらしい。俺の今後の扱いが色々書いてある。俺とモンモランシーの立ち位置の確認ですね。ラ・フェールが付くかとも思ったが当主はモンモランシーになるようだ。ふむ。俺はすでに人生を捧げているからな。何も問題はないな。ささっとサインをする。

 

 えーっと三束目は―――「クロア・ド・カスティグリア」および「クロア・ド・モンモランシ」の介助要員兼側室候補の選定手順および権限規定、現在の候補者リスト……あれ? 

 ちょっとどういうことかわかりませんね。ええ、介助要員は必要ですし、選定手順もあるでしょう。しかし後半の「兼側室」ってどゆこと? ああ、いつもの目がちょっと……と羊皮紙の資料を近づけるがどう見ても「兼側室」って書いてある。ふむ。きっと誤植だろう。訂正を求めねばなるまいて。

 

 「父上、ここの項目なのですが……。」

 

 と羊皮紙を見せて尋ねると、

 

 「ふむ。何か問題があるのか? 言ってみなさい。」

 

 と真面目な顔で返された。ふむ。問題あるのでは? 俺お婿さんですよね? ここはストレートに聞いてみよう。

 

 「いえ、ここの『兼側室』というのは誤植では?」

 

 「いや、誤植ではないし、必要なことなのだよ。ちゃんと皆で話し合ったから抜けはないはずだ。まぁその一枚はあまり気にするな。」

 

 と、父上は少しうそ臭い笑顔で俺に告げた。右側にいる母上を見ると彼女も少しうそ臭い笑顔が……正面、は、今見ると危険なのだが、一応チラッと見ると、モンモランシーは普通の笑顔を浮かべている。あれ? 彼女は嫉妬深いんじゃなかったでしたっけ? 嫉妬=死 くらいの覚悟してたのですが……。おおっと、ママン、ヒーリングタイムですよ。

 

 「いえ、気にするなと言われてもですね……。」

 

 と、詳しく聞こうとしたら、「さぁ時間がないぞ」と簡単に逸らされつつ急かされ、一応続きを読んだ。ううむ。解せぬ。理解が追いつかない。シエスタの名前もあるし……。見なかったことにしよう。ええ、彼女はステキなかわいい子で体力もありますし、学院生活では欠かせない存在ですが、これを見た後普通に対応できる気がしない。忘れよう。俺にはモンモランシーがいますからな!

 

 「ごふっ、た、たびたびすいません、ひ、ひーりんぐを……。」

 と、母上にこっそりささやいてヒーリングをかけてもらう。ちょっと呆れているようだ。いえ、本当に申し訳ありません。

 

 しかし今この場所は人生最大の死の危険が溢れている。ちょっとしたミスで俺が死ぬ。ぶっちゃけアルビオンで15万だか20万だかの軍勢と真正面からやりあう方が安全な気がする。そんな状況下なので今はそんな事を考えている余裕がない。そうだな、この羊皮紙からは転進して急いで次に行こう。と、言ってもあと一束だが……。ささっとサインして次の羊皮紙を読み始める。

 

 カスティグリアとモンモランシの同盟か……。ふむ。政略結婚とも取れますね。ええ、俺にとって現状では救いです。ちょっと黒いくらいじゃないと今は冷静になれませんからね。

 

 ふむ。モンモランシ領にも風竜隊や艦隊を少し置くらしい。資金は全部カスティグリア持ちか。問題は兵站線の維持だが、今のところ補給艦を定期運行させるとか。こちらの人件費だけはモンモランシ持ちらしいが、何とかちょっとでも出させて? って感じで出したような気がする。

 

 あとモンモランシ領の魔改造も始まるようだ。なんか「カスティグリア総合研究所モンモランシ支店」みたいな感じの建物を建ててカスティグリアから経験者や研究や教育、監督する人間が結構来るみたいだ。

 

 やはり肥溜めからなのかね? 優秀な土メイジが来るといいのだが……。

 

 風石関連はカスティグリアから運ぶらしいから採掘はしないのだろう。まぁ100%突き当たるとは思いますが、リスクがあると思われているのでしょう。あの時も無誘導爆弾のテストも兼ねてましたしね。

 

 あとは相互に安全保障を行ったり、食料をメインでモンモランシから輸入、工業品を輸出するようだ。

 参考までにだが一応トリステインの簡単な地図も添付されている。初めて見るが、兵站路が異常に長い。カスティグリアはトリスタニアから北西の海に程近い位置にある。一応ゲルマニア国境をほんの少し接しているが、一番近い戦場は、あるとしたらだがヴァリエール-ツェルプストー境界線だろう。

 

 一番近い有名どころは南東にあるトリスタニアで風竜隊を使えば多分1時間くらい。いや、うちの風竜隊は妙に速いからね? アルビオンからの侵攻路であるラ・ロシェールやタルブ村は南西に、2~3時間。あの感じだと多分魔法学院も直で行けば2~3時間になっているのではないだろうか。

 

 そしてモンモランシ領は真南に3~4時間といったところか?

 ぶっちゃけ一番遠い。でかい湖があって対岸はガリア領の確かタバサの実家だった気がする。ふむ。意外とモンモランシ領は平和そうだな。補給路も複数用意するだけで内線だし、問題ないか? 

 

 あ、クルデンホルフ大公国も近いな。恐ろしく近いな……。接してるんじゃね? ってくらい近いな…。ここは注意が必要かもしれん。いや、個人的にだが……。

 

 そして、モンモランシ領の西端からタルブ村まで恐らく1~2時間じゃないだろうか。アルビオンから侵攻されたときはモンモランシ領に配置される部隊を使った方が即時対応できそうなんだが、戦力をぶつけるならこの程度ではなくもっとガッツリとぶつけたい。うーむ。と、考えていると父上から話しかけられた。

 

 「どうした? クロア。また何かあったら何でも言っていいぞ?」

 

 「ええ、少し懸念がですね……。このような席で話すのはどうかと存じますが、お言葉に甘えて若輩者の私の考えを少し述べさせていただいてよろしいでしょうか。」

 

 マザリーニ枢機卿が一番気になる。恐らく父上はうなずくだろう。とりあえずマザリーニとモンモランシ父を視界に収めて聞いてみると、二人とも少し興味があるようで「うむ」とうなずいてくれた。

 

 お言葉に甘えてちょっと提案というか意見具申させていただこう。マザリーニ枢機卿が気になるが、大丈夫だろうか。怒られないだろうか……。モンモランシーの前でそれは避けたいのだが、彼女の領のことも考えると、レコン・キスタがタルブで止まらなかったら次は彼女が継ぐ領地に来る事もありうる。

 

 「まず、一つ確認ですが、モンモランシ領に配備される戦力はしばらくこのままということでよろしいでしょうか。」

 

 「うむ。そうなるな。なに、ラグドリアン湖の対岸はガリア領でな。かの元領主殿とも交誼があったのだが、まだ新しい領主は来ておらん。誰もなりたがらないようでの。

 そして、南西はクルデンホルフ大公国だがトリステインとは同盟を結んでいる。むしろ属国とも言えるくらいだから心配せんでよいぞ?」

 

 とモンモランシ父(名前聞き忘れた)が穏やかに答えてくれた。

 

 「ありがとうございます。では、少々私の懸念と申しますか、提案を述べさせてもらいます。まず、この防衛戦略ですと、主眼はガリアに向いているようですが私としてはアルビオンおよび、クルデンホルフに備えたいと存じます。」

 

 そういうと、マザリーニ枢機卿が「ほぅ?」と少し興味を示した。少し彼を確認してみると続けてもいいようだ。少しうなずいてくれた。とりあえず、添付されていた簡単な地図を枢機卿にも見えるように前に出し、羽ペンのインクを落としてペンの逆側の羽の先端部分を使って地図を指し示しながら説明を続ける。

 

 「ガリアからの侵攻は恐らくラグドリアンを回り込む形か、湖に両用艦隊を配置する形になるかと思います。しかし、皆さんご存知のようにガリアはゲルマニアが睨んでますから、そこまで大きな戦力をここに集める利点は全くないでしょう。」

 

 そして、再び少し確認する。地雷原を歩きだした気がしてならない。言わなきゃよかったか!? いやしかし、目の前にいるモンモランシーのだな―――いや、確認はできんが……。

 

 「ですから、恐らく現在一番警戒が必要だと思われる、ラ・ロシェール方面のこの辺りにカスティグリアの航空戦力をある程度集めて空軍基地にしたいのですが、いかがでしょうか。」

 

 うおおお、静まれ心臓。今ヒーリングはまずい。倒れるのもまずい。気絶もまずい。多分「何そんなに自信ないの?」みたいに思われる。えっと、2、3、5……と、ドキドキしながら応えを待っていると。

 

 「ふむ。あー、カスティグリア殿がいるのでミスタ・クロアと呼ばせていただくよ? 「よろしければクロアとお呼びください。」 あいわかった。クロア君。なぜそのように考えたのかね?」

 

 うおおお、マジこえぇ。マザリーニ枢機卿が政治家の、宰相の顔になってる! すさまじい見えないプレッシャーが……、

 

 ―――いや待てよ?

 

 何を恐れているのかね。俺もカスティグリアの、モンモランシの、そしてトリステインの貴族だったと思うのだがね?

 

 ―――さて、往こうか。

 

 「まず、今、現在アルビオンではレコン・キスタなるものが流行っていると伺いました。どこぞの平民の司教を虚無の使い手と称え旗頭にし、アルビオン王家を攻め立てているようですね?」

 

 初撃は当然俺の命を掛けた一撃ですな。当れば恐らく俺の勝ちですが、これを外すとですね……。

 

 「ふむ。君がどこで知ったのかは興味深いがこの際いいだろう。補足するとレコン・キスタは王党派と貴族派の争いで、旗頭は確かにロマリアの司教が行っておる。貴族派の掲げる大儀は現王のジェームズ1世が彼の弟であるモード大公を投獄、処刑したことだな。最初は単なる小規模な内戦ですぐに終わると思われていたのだが、意外と拮抗して貴族派がかなり盛り返しつつある上に貴族派が勝つ可能性が出てきておる。」

 

 ふぅ……杞憂だったようです。原作通りですな。ずっと資料書いてただけだし……。調べときゃよかった。ギーシュとかクラウスとかに聞けばわかったかも。あとで一応ギーシュに聞いてアリバイを作ろう。いや、逆にやばいか? なんかアリバイ作りのいい手段ないですかね。

 

 そう、ここでもし、「何言ってんの? そんなの存在しないよ? 夢でも見たの?」とか言われたら死ぬしか……ん? そういえば俺の生死与奪権はモンモランシーが持ってるのか? いや、ギリギリ人生だけだから! ギリギリ捧げたの人生だけだから! ええ、ギリギリ……ダメかな? ふむ。信念まで捧げた覚えは~とかシレっとですね―――あー、でも彼女に確認できないしな……。

 

 「ええ、そして気になるところは、まず、ロマリアがなぜ一司教の宣言に対応しないのか。そして、なぜロマリアが虚無の使い手に関する真偽の発表をしないのか、です。もし、かの司教が虚無の使い手であれば始祖の再来でしょう。ロマリアが反応しないのは恐らく真偽のほどはどちらでもよく、ただ、戦況を眺めているだけのようですね。ただ勝ち馬に乗る気でしょう。」

 

 なんかみんな真面目な顔をし始めた。え、っと。婚約式でしたよね? まぁいいか。俺のメインイベントはもう終わったのだよ! ああ、アレに比べればたいしたことはないな……(心の中で遠い目)

 

 「そして、旗頭がブリミル教の虚無の使い手の司教でありながら始祖の系統である王家を襲うのは相反するものがありますね。むしろ、王家はブリミル教に保護される対象なのでは?

 虚無の使い手である司教はアルビオンの虚無の系統を滅ぼす事を目的にしており、そして貴族派はそれに従いついでに自分の領地拡大や、大公家の復讐を望んでいる。

 ―――本当にこれだけならトリステインとしてはあまり脅威に感じないでしょうが、もし司教の裏に本命がおり、それが外国勢力だった場合、ただの内戦では済みません。

 マザリーニ枢機卿の前で口にするのは(はばから)れるのですが、その国がもしロマリアだった場合、レコン・キスタが勝利した暁にはそのまま集まった兵力を吸収するでしょう。ブリミル教の司教が旗頭ですからね。恐らく簡単に事は運ぶでしょう。」

 

 ここまででもかなり際どいと思うが、「次は聖戦だね!(テヘペロ)」とか言ったら不敬罪や異端審問で死ぬかもしれん。そこまでこのダミーの例えで命を賭けたくない。少しマザリーニ枢機卿が眉を寄せた。次行こう次! さっさと通過するに限る。

 

 「しかし、私が本当に懸念しているのはゲルマニアおよびクルデンホルフ、そしてガリアです。」

 

 こっそりクルデンホルフ混ぜといた。ええ、クルデンホルフは今のところ私に私怨ありますからね。せっかく俺という駒がモンモランシに移動するのですから、この際クルデンホルフへの恫喝にも使いましょう。あ、ガリアに逃げられたら厄介ですかね……。ありえそうで怖いですね。まぁその辺りの調整は枢機卿に任せましょう。

 ええ、ぼくはただの虚弱な子供だしー。

 

 「ここからは外国勢力がレコン・キスタを支援しているという予想からですので、レコン・キスタが王党派に勝利したという前提で説明させていただきます。

 そして、もし背後にいるのがゲルマニアだった場合は分かりやすいですね。レコン・キスタはそのままカスティグリアかラ・ロシェールを、そしてゲルマニア本体はヴァリエールを同時攻略、こちらが遅れればかなり押し込まれるでしょう。

 そして、クルデンホルフだった場合、大公国が独自の軍事力とアルビオンに広大な領地を持つことになります。もしかしたら私にまだ個人的な敵意を覚えており、カスティグリアとモンモランシが標的になる可能性があります。呼応する貴族もいないとも限りませんが恐らくはそこで止まるでしょう。しかし、トリスタニアがどう対応するかわかりませんが私としてはこれを許容したくありません。

 最後に、ガリアであった場合が一番恐ろしく、そして大変言いづらいのですが、かの王は無能王などと呼ばれているそうですね。その理由のうち二つが、一人でチェスに興じたり、人形を使った戦争ごっこが好きなのだと耳にしました。ハルケギニアを盤上にした戦争ごっこがしたくなったのかもしれません。

 そうなればレコン・キスタを使って次はトリステイン攻略を考えるでしょう。そうなるとラ・ロシェール周辺に艦隊を集めて順次攻略ですかね? まぁ戦争ごっこですからガリア王は上から盤上を眺めているだけでしょうけど、こちらが完全に対応するとこちらの戦力をある程度分散させるために陽動でモンモランシに圧力をかけてくる可能性もありえます。」

 

 そこまで話して少しこっそり息を吐く。あー、原稿が欲しい。内容に穴があったらどうしよう。とりあえず、一番味方になってくれるであろう父上を見ると、驚愕に顔を染めている。

 

 おおぅ、そこまででしたか。しかし父上、俺の援護をですね……。

 

 と、とりあえず父上の援軍が遅れそうなので、敵情を偵察しましょう。マザリーニ枢機卿は、……アレ? 同じような表情をしている。ふむ。流行っているのですかね? 未来のお義父様を窺うとやはり同じような表情をしている。へんじがないただの―――いや生きてるけど。うん、彼らが戻ってくるまで続けるか。

 

 「そのような理由で私としてはこの辺りに大きめの空軍基地が欲しいのです。先の理由で侵攻された場合、こちらから攻めない限りそれほど押し込まれないかと存じますし、兵站に関しては、これからカスティグリアとモンモランシを繋ぐ内線が出来るわけですからね。

 本当はラ・ロシェール辺りにも欲しいところなのですが他領ですからね。モンモランシ領で考えるならこの辺りかなと……。空軍なら比較的早く対応できますから、ラ・ロシェールへの援軍にも対応できますし、カスティグリアとモンモランシを繋ぐ内線の防御にもある程度使えると思います。

 できれば、その辺りは空路だけでなく陸路も少し考えていただければこの二つの領でかなり周りに睨みを利かせられると思うのですが……えっと、いかがでしょうか。

 すいません。政治とか外交とか財政とか正確な情勢はわかりませんので、ちょっとしたただの提案だったのですが……。」

 

 あー。えーっと。復帰してこない。困った。ふむ。そういえば驚愕顔が流行っているのでしたな。ここはモンモランシーのレアな表情が見れるかもしれません。どうせみなさんが戻ってくるまで暇でしょうし、隣には最早俺用のヒーリング発生装置となりつつある母上がいらっしゃいます。今では俺の貴族の仮面も完全に修復されたようですし、命の危険はもうあまりないでしょう。

 

 ええ、ちょっとモンモランシー嬢のご尊顔を堪能させていただきましょう。

 

 そして、レアな表情を見たいという欲求に逆らいきれずにモンモランシーを見ると、目をまん丸にして父上達の顔をキレイな金髪ロング縦ロールを揺らしつつ見回しながら驚いていた。おお、やはり流行でしたか。

 

 かわいいなー。キレイだなー。かわいいとキレイが合わさってさらにステキなドレスとかっっっ! もう彼女がハルケギニア最強の系統でいいのでは? と考えながら瞳は危険だとわかったので、モンモランシーが動く様を脳に焼き付けていたら彼女がこちらに気づいたのか、赤くなって少し下を見た後――赤い顔のままこちらを向いて優しく目を細めて輝くような満面の笑みを俺に魅せてくれた。

 

 ごふっっっ、し、しまった。は、ははうえ、このおろかなむすこに……

 

 急遽母上にヒーリングを要請しようとしたところで視界が暗転した。

 

 あー、やっちまった。やっちまったよ……。

 

 




うおおおお! 誰だ!
モンモンとの恋愛話書きたいとか言ったやつ出て来い!
ノ 私です。ごめんなさい。

モンモンが強すぎて辛いorz


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11 その防御は何のため?

きぞくろあ が もどってきたよ!


 常夜灯のような光がほのかに照らすいつもの俺のベッドで目が覚めた。記憶を掘り起こすのは危険な気がする。俺の脳が激しい頭痛を通して警告を発しているのだ。一体何があったのだろうか。

 

 天蓋から下がるカーテンは薄い物だけがかかっており、分厚いカーテンはキレイに纏めて開かれた状態になっている。ふむ。どうやらまた気絶か吐血かは知らんが倒れたようだ。まぁ、よくあることだ、気にしないようにしよう。

 

 身を起こしていつものようにベッドの背もたれに背中を預け、簡易テーブルを出す。常夜灯が照らすサイドテーブルにはモンモランシーシリーズの香水と、俺の杖と、分厚い羊皮紙の束と一緒に筆記用具が載せてある。

 

 杖を軽く振って薄いカーテンを開き、部屋の明かりを少し明るくする。

 

 まぁとりあえず重大なことがあったらメモにでも書いてあるだろうと考え、いつもの思いついたことを記すために置いてある思いつきメモを読み返す。

 ふむ。別段緊急に資料の作成が必要な要件はなさそうだ。となると、この警告を無視して記憶を掘り返すしかないのだろうか。

 

 思い出すと生死にでもかかわるのだろうか。さすが、ファンタジー。何でもアリだな。

 

 まぁここは俺の脳の警告に従おう。とりあえず今まで大きな間違いは犯していないはずだ。

 ふむ。しかし、何かイベントがあったと思うのだが、全く思い出せん。まぁいいか。資料の作成を始めよう。そしてリストの中から有効性が高そうなものを選んでいるところでかすかなノックの音が聞こえた。

 

 「どうぞ。」

 

 と、返事をすると、いつものメイドさんが入ってきた。

 

 「クロア坊ちゃま。お目覚めですか? 今ご家族の方を呼んでまいります。」

 

 と、いつも通り少しこちらを労わるように言われ、家族を呼びに出て行った。ふむ。彼女はもしかしてこちらの考えを読んでいるのだろうか。返事を求められたことがない。しかし、こちらの意図を外したこともない。「一流のメイドというのはすごいものなのだな。」と、家族が来るまで再び資料に目を落とす。

 

 兵器関連が多くを占めているようだ。ううむ。戦争が近いのだろうか。この平和主義日本に所属していたという前世を持つ俺が、このような兵器を平和な時代に無造作に作るような事をするとは思えない。最近の記憶を思い出すことが現状できないならば、「戦争が近いという」ことを前提に俺の愛する両親やクラウス、ルーシア姉さんを守るため、カスティグリア領民を守るため、カスティグリアの安全保障関連を見直そう。

 

 トリステイン王国自体がある程度被害を受けようが、他領が壊滅的被害を受けようが、全く構わないがカスティグリアには指一本触れさせたくはない。前回少し書いた記憶はあるが、そこまで大層なものではなかったはずだ。この機会にちゃんと考察してもよいのではないだろうか。

 

 ふむ。メモに書くのも手間だ。考えを纏めつつ直接資料を書き始めるとしよう。

 

 

 「攻撃は最大の防御」と言う言葉がある。しかし、前世の囲碁、将棋、そして色々なスポーツ。戦い。その全てで防御を捨てた物は大抵負ける。攻撃は最大の防御というものは基本的に堅実な防御があってこそ成り立つものだと信じている。

 

 確かに決闘などの一対一の戦いで「一撃必殺」というものが決まれば、「攻撃は最大の防御」と言えるだろう。しかし、その必殺の一撃が決まったとしても相手が別のところにも居るのが世界というものだ。戦えば戦うほど、攻めれば攻めるほど、敵というものは増える。そして博打要素の高い「一撃必殺」というものは決まったとしても決まらなかったとしても隙が大きくなるのが基本だ。

 

 そして前世の俺が一番好んでいた戦法はどうやら「一撃必殺」であったようだ。確かに分からぬでもない。決まれば一撃で終わり、決まらなくても大きなダメージを相手に与えることが出来るだろう。しかし、その後の大きな隙を突かれ、やはり大抵敗北するようだ。結局その隙をいかに無くすかということに心血を注いでいたようだ。それについて考えるとまるでリンクしたように様々な理論、思考が思い出される。

 

 レースやスポーツでもそうだが、一つのコーナーを芸術的に抜け、賞賛を得たとしてもレース自体で負けては意味が無い。スポーツで芸術的な技が決まっても怪我をしたり最後に体力が尽きて負けては意味がない。しかし、その芸術的なものをいかに作り出すか、といった思考ばかりが浮かんでくる。

 

 よほど特殊な物や奇策が好きだったようだ。さらに自分の傷をいとわない「肉を切らせて道連れにする」ような戦術は大好物だったようで、今の俺にもそのような趣向が見受けられなくもない。

 

 まぁ、確かに分からんでもないのだが、カスティグリアでソレをすると割を食うのは俺自身ではなくカスティグリアだ。その戦法はこの場合取れない。俺一人の戦いなら迷わず取るかもしれんが……。

 

 しかし、今俺がいるカスティグリア領が所属しているトリステイン王国は他国から見ると戦略的価値が低く見られているとしか思えないほど小さい国土で碌な軍隊を持っているとは思えない。恐らく外交や同盟関係の維持で上手く外敵を作り出し、拮抗状態を維持しているからこそ残っているのだろう。いや、現在の情勢を知らないのであくまで想像だが……。

 

 いや、ブリミル教があったな。確か王家を始祖の系統としているから王家のあるトリステインがある程度生かされているとも考えられる。そう考えると、トリステイン王家は最低限安全なのかもしれん。しかしカスティグリアは現在、帝政ゲルマニアとアルビオン王国が近くにあり、切り取られる可能性が無いとは言い切れない。

 

 そしてもし、トリステインを支配下に置きたいとどの国もが思ったら即刻支配され、分割統治されると考えられる。恐らくそのようなことになったら、どの陣営に属するのかを即刻判断しなければカスティグリアは無残に踏み荒らされるだろう。

 

 所属国であるトリステインが一つになって頑強に抵抗、もしくはうまく威嚇できれば問題はない。むしろそれが一番平和的であり、後々まで問題が残らない最高のプランだ。しかし、現状王や宰相が居ないため、一つになることは無理だと思っていた方がいい。

 

 そして、ゲルマニアとガリア、アルビオンのうち二国から攻められたら恐らく抵抗は無理だろう。王国自体がどちらかの陣営に属す必要が出てくるが、恐らくそのあたりのプランはすでに出来ているのではないだろうか。トリスタニアで想定されている戦場はどこだろうか。部隊の配置状況などもある程度分からない限り……。

 

 ふむ。そういえばここハルケギニアでの戦は基本的に平民や傭兵を徴集する形ではなかっただろうか。そうなると、平時の固有戦力はかなり少なく、集めるだけで時間が必要になるのか。そうなるとその辺りの法整備が一番重要なのではないだろうか。それがしてあるのであれば問題はないのだが、その時々で考えているようでは時間がもったいない。理想は戦争が開始されたことを告知しただけで自動的に集まってくることだが、そこまで決められているとは思えない。

 

 むしろ、平時の固有戦力でもある程度耐え切れるような要塞や軍備があるのだろうか。ううむ。そういえばまだ俺は学生でいつ死ぬかわからぬ身。そのあたりは我が自慢の弟クラウスに任せるとしよう。

 

 

 とりあえず、カスティグリアの防衛プランを練ろう。トリステインの事はトリスタニアにいる人間が考えればよい。

 

 まず重要なのは兵站だろう。武器だけでなく食料、補修資材をどうやって戦場に送るかというのが重要になる。輜重隊なんかはあるのだろうか。輸送なら鉄道が一番良いのだろうが、カスティグリアだけでは意味が薄い気がする。侵略されている途中で輸送船が襲われるのもよくあることだ。

 

 やはり、一番は法整備、そして防御ラインの構築、そして兵站線の複数構築だろう。

 

 徹底的な防御で相手を押さえつつ相手の戦力、もしくは兵站にダメージを強いるのが一番の得策に思える。まぁ遊撃隊を組んで何回か別口でぶつけるのもいい。確かに戦いは長期化するだろうが、一度の戦争で完全に守りきることが出来れば相手の受ける損失が再度攻略の意思をくじくだろう。

 

 相手が諦めるまで、相手の財政が傾くまで耐え切れば、侵略せずとも平和は訪れる。でかい軍隊はそれだけ消費が多いからな。そして、こちらを侵略しようと考えることを躊躇うような都合の良い物があれば一番なのだが、こちらの世界にそのような物はない。こちらが持っているものは相手も持ってると考えた方がいいだろう。

 

 そして、この案の根本は結局我慢比べだ。つまり耐久力も重要になる。相手に大量の出血を強いて、こちらの出血が少なかったとしても残りの血液量次第では先に死ぬ可能性がある。そして、そこまでこちらが出血するようならいつかは攻略されてしまうだろう。

 

 いかに相手を出血させて、こちらの出血を抑え、なおかつ造血するか、が防衛プランの肝になりそうだな。

 

 ふむ。資料に確か「領地防衛用の防御装甲案の作成」という項目があったような気がする。

 

 一度資料を書く手を止め、思いつきリストに再び目を通そうとしたところで、ノックの音が聞こえた。「どうぞ」と言うと、主治医と一緒にクラウスが入ってきた。

 

 「ああ、先生。わざわざすいません。また倒れてしまったようですね。なぜ倒れたのかは全く覚えていませんが、今のところ体調は悪くないようです。

 クラウス、どうした? 何かわからない資料でもあったか?」

 

 そう、主治医の先生とクラウスに声をかけると、主治医の先生は俺の診療を開始したが、クラウスはかなり動揺したようで、こちらを気遣うように体調を聞いてきた。不安そうだな。確かにお前のたった一人の兄で心配してくれるのは嬉しいが、そこまで動揺することはなのではないかね?

 

 「に、兄さん、大丈夫?」

 

 「ふむ。お前にはいつも心配をかけてばかりいるな。今は何ともないよ。先生、どうです?」

 

 そう、先生に声をかけると「ええ、安定したようです。心配はありません」と言って俺の診療を終えて部屋を出た。

 

 「先生、ありがとうございました。ほらな? クラウス。大丈夫だろう? お前に心配をさせるのは心苦しいが、そこまで動揺することもないだろう。何かあったのか?」

 

 そう言うと、クラウスは少し震えた声でこちらに質問を投げかけた。

 

 「に、兄さん。ええと……。す、少しいくつか確認するよ? 今日起きる直前に倒れた日の事は覚えているかい?」

 

 「ふむ。それがな……。思い出そうとすると頭が激しい頭痛と共に警告を訴えかけてきてな。少々問題があるかもしれんと、あまり考えないようにすることにした。まぁ思い出さなくても日常は送れるからな。あまり気にしないで欲しい。」

 

 彼の不安を取り除かなくてはならないため、真面目に答えると、彼はなぜか更に動揺した。

 

 「え、ええええっと。ちょっとおかしな質問かもしれないけどもう一つ聞くね? 兄さんにとってのモンモランシー嬢はどのような存在かな?」

 

 確かにおかしな質問だな。なんだ? モンモランシー嬢に惚れたか? 

 ふむ。俺から見て彼女の美しさや内面はすばらしいし、文通での交流もあり、彼女の趣味である香水にもカスティグリアが協力している節があるほどの才能だ。

 しかし、彼女は長女で一人娘だ。少々問題のある間柄ではないかね? まぁギーシュのお相手と決まっていることだし、時期を見て早めに諦めるよう説得しよう。恐らく初恋で一目惚れなのだろうが、お前の立場なら他にもたくさんいるさ。俺が探すのも(やぶさ)かではないしな。

 

 「ふむ。おかしな事を聞くな。まぁそれに答えることで我が自慢の弟の不安が取り除かれるというのであれば答えるのも(やぶさ)かではないよ。

 そうだな、ふむ。学院では香水という話題で話が出来るし、休暇中のこの部屋にも彼女が作成した香水があるし、まぁ文通は学院から戻ってまだ一度もしていないが、何かあれば送ってきてくれるだろう。その程度の仲だな。学院では彼女に心配をかけていると思うが、恐らく友人くらいには思っていただけてるとは思う。俺はいい友人だと思っている。」

 

 俺が答えると、クラウスは驚愕したあと震えだした。そして、

 

 「ね、ねねねねねえええええさああああああん!」

 

 と、叫び声を上げながら走って部屋から出て行った。ふむ。珍しい光景だな。どう捉えれば良いのだろうか。確かに姉であるルーシア姉さんとクラウスの仲は良い。困ったら相談し合う間柄でもあるだろう。しかし、俺ではなく姉さんに頼るとは、兄としてその、まぁよいか。リストの確認に戻るとしよう。ふむ。これか。

 

 一度さっきの資料は途中にしてこちらから手を付けるのもいいかもしれん。ある程度の構想は終わっているのだ。まずどの程度の防御装甲が出来るかでその後の話も変わってくるだろう。と、考えていると今度はルーシア姉さんが様子を見にやってきた。

 

 「クロア。その……ね? 何かクラウスが変なこと言ってたから聞かせて欲しいんだけど」

 

 と少し動揺しながら前置きをした。ふむ。クラウスのあの状況はやはり変だったか。しかし、姉さんまで動揺しているように見える。まぁ質問に答えて安心させるとしよう。

 

 「なんでしょう。答えられることならよいのですが。」

 

 「その、えーっと、あなたとモンモランシーはどういう間柄かしら?」

 

 ふむ。ルーシア姉さんまで変な事を聞くな。ああ、クラウスの恋を応援したいのだろう。しかし、そこまで有効な情報を持っているとも思えない。まぁ答えることで姉さんが安心するのなら構わんのだがね。

 

 「ふむ。その質問にはクラウスに答えましたが聞きませんでしたか? まぁ姉さんにもお話しましょうか。

 そうですね。学院では香水という話題で話が出来ますし、休暇中のこの部屋にも彼女が作成した香水があるように、香水を送っていただくだけの関係です。まぁ今まで少々行っていた文通は学院から戻ってまだ一度もしていませんが、何かあれば送ってきてくれるでしょう。その程度の仲ですね。恐らく友人くらいには思っていただけてるとは思いますが、俺はいい友人だと思っています。」

 

 と、答えると、ルーシア姉さんはツーっと涙を流しペタンと床に座った。ふむ。何が起こったのかね。

 

 姉さんの状態がおかしいので介抱するためにベッドから出ようとしたところで両親がやってきた。母上が姉さんの介抱をしてくれるようだ。うむ。俺はいつもされる方だったから少々介抱してみたかったのだがね。

 

 そしてこちらに来て父上が真面目な顔で俺に話しかけてきた。

 

 「クロア。そのだな……。」

 

 ふむ。何か言いづらいことだろうか。はっ、まさかもう戦争が始まるのか? それならばこの書きかけの資料だけでも方針として訴えておかねばなるまい。もしトリステインに所属するどこぞの一貴族(いちきぞく)が勝手に先制でもしたら、この案があっても時間が足りずカスティグリアを守れなくなる可能性が出てくる。一刻を争う必要があるだろう。

 

 「父上、お久しぶりです。一体何が起こっているかわかりませんが、領地にとって良くないことだと推察させていただきました。少々ご提案したいことがございます。よろしければこちらに目をお通しください。」

 

 そう言って先ほど途中まで書いた大まかなカスティグリアの防衛プランの方針を提案書として父上に渡した。

 

 「そ、そうか。うむ。では目を通させてもらおう。」

 

 やはり言いづらいことがあったのだろう。父上は少し躊躇いがちにその提案書を受け取り、目を通し始めたと思ったら何かに気づいた様子で、目を大きく開け、こちらを覗き込んだ。

 

 「クロア、これはいつ書いた物だ?」

 

 「ええ、先ほど目が覚めた直後に手慰みで書いた物ですので、あまり良いものではないかもしれませんが、わたくしとしてはこれが最良だと存じます。できればこの方向でカスティグリアを導いていただけると心を痛める者が減るのではないかと、その一助になればと今お渡ししました。」

 

 内容ではなく時期を聞かれたので答えた。だが、父上も一応内容にも目を通していただけたはず。ならばと、少し自薦してみたのだが、更に驚愕が深まり、

 

 「うむ。あいわかった、少々席を外すぞ?」

 

 と言って出て行った。やはり緊急の案件だったようだ。うむ。俺も一族のため、カスティグリア領民のため、資料作りに勤しもう。この時代の戦争は足が遅いはずだ。それは今や一筋の希望。迎撃は出来るだけ風竜隊や艦隊に任せ、早急に防御案と防御装甲案を作成、実行する必要がある。ふむ。あまり寝る暇がないかもしれんな。まぁ良い。

 

 どうせすぐ死ぬだろうこの身、少々寝なくても最後まで貴族として領民を守れるのであればそのような事は必要あるまいて。

 

 そして資料を作っていると、再び来客があった。ふむ。今日はよく人が訪れる日のようだ。

 

 ノックの音に「どうぞ」と声をかけると、ドアが開けられ、その先にいたのはなんと艶やかで鮮やかな青いドレスを纏ったモンモランシー嬢だった。その後ろには母上とルーシア姉さん、その更に奥に一部しか見えないが色の配置から父上とクラウスも居るようだ、少々ドアまでの距離があって俺の視力では細部や表情まで判断することはできない。

 

 そしてドアの場所から彼女に声をかけられた。ふむ。今俺は部屋着兼寝間着だからな。家族の説明があって、気遣ってくれたのだろう。

 

 「クロア、ごきげんよう。ここから失礼するわね。正直に答えて。私のことどう思ってる?」

 

 ふむ。今度はご本人から聞かれてしまった。しかも声が硬い気がする。ふむ。交友があるとはいえ、他人の家に来て緊張しているのだろうか。いやはや、一体何が起こっているのか理解に苦しむな。先の頭痛から始まるこの一連の俺にとってのモンモランシー嬢はどういった存在かという問は何のために行われ、いつ終わりが来るのだろうか。もしかしてファンタジー特有の怪奇現象ではなかろうか。

 

 ままままさか、そんなこここと、ファンタジーと言えどもだな……。と、とりあえず聞かれたことに答えよう。うむ。まさかこの現象の回答を追及するのが怖くなったわけでは断じてない。

 

 ふむ。しかし自分から失恋の道を本人の目の前で選ばねばならぬとは……。少々心が痛むが俺はこのような身体でも貴族だからな。彼女の幸せを思えばこそ、実に勝手ながら彼女の幸せは我が友ギーシュに委ねよう。彼が幸せにしてくれることを願うしかあるまいて。

 

 「ふむ。今日はなぜか皆そのような質問をするのだがね。なぜだろうね?

 そうだね……。君はとても優しくてステキな女性だと思っているよ。その青いドレスも今までにないほど格別に良く似合っている。そして君の優しさといただいている香水にはいつも救われている。

 しかし、その優しい君に対して俺は君がこれから得るであろう幸せの足かせになっている気がしてならない。自意識過剰だとは思うが許して欲しい。それに恐らく心配をかけている俺が言う事ではないが君はもっと自分の幸せを追求するべきではないかね。そうだね、俺の友達のギーシュなどは名門―――」

 

 話の途中で俺がギーシュの名を出した途端、意を決したようにモンモランシー嬢が早足で俺の部屋に入ってきた。それに母上とルーシア姉さんも続いて杖を抜きながら早足で入ってくる。恐らくモンモランシー嬢を止めるためであろう。間に合わなくてもヒーリングで助かるかもしれないが、ここで彼女が俺の自意識過剰なセリフに怒りを覚え、彼女に殴られでもしたら当たり所によっては死にかねんからな。

 

 しかし、彼女に殺されるならば本望だが、彼女に罪を背負わせるくらいなら自害するというのに……。この場はルーシア姉さんと母上に期待しよう。

 

 「クロアのバカっ!!!」

 

 と言って、なぜか涙を流したモンモランシーが両手をこちらに突き出そうとした。間に合わなかったか、当たり所次第では最後の時かもしれん。「愛する家族へ 彼女への責めはどうか不問に」と手元にある羊皮紙に目をくれずに遺言を速度重視で書き込みながら覚悟を決めて目を閉じる。

 

 衝撃に備えたが、やってきたのは俺の顔を包む柔らかい手と唇に触れる甘くて柔らかい感触だった。驚いて目を開くとすぐ側、極めて至近距離に涙を流しながら目を瞑るモンモランシーの顔があった。

 

 先ほどからずっと交互にヒーリングを唱える母上とルーシア姉さんの声も聞こえる。

 

 あれ? なんかこう……。この感触と状況には覚えが……えーっと? あ、頭痛ありませんね。むしろ脳が甘くしびれています。

 ―――思い出した……。えーっと、はい。完全に思い出しました。ええ、なんというか死にたいくらい恥ずかしいですね。ええ。穴があったら入って埋葬されたいですね。

 

 ―――なんという黒歴史の大量生産! 自分が背負ってしまった業が辛い……。

 

 と、とりあえずモンモランシーに思い出したことを伝えましょう。この感触を堪能したいところですが、泣き顔を見るのは辛いですからね。でも彼女には悪いのですが、ちょっと幸せなので堪能しつつ伝えましょう。

 

 俺も目を瞑り、彼女の背中にそっと手を回し、その柔らかい背中をそっと抱く。滑らかなドレスの生地の向こう側から彼女の身体の熱と柔らかさが腕に伝わってくる。「もっと感じたい」そんな欲求を止めることができず少しだけ力を入れると、唇にあった甘くて柔らかい感触がそっと離れた。

 

 そっと目を開けると、真っ赤になって少し驚いた顔のモンモランシーの顔があった。

 

 「ごめん。モンモランシー。思い出した。俺の人生を捧げた人。俺の生きた奇跡の宝石。」

 

 多分真っ赤になった顔でそう言うと、彼女が笑顔になり「よかった……」とつぶやき、ベッドの縁に腰掛け、横抱きのような体勢になって再びちょっとだけキスをしてくれた。彼女の手が顔から俺の腰を抱く形になり、俺も手のやり場に困ったのでできるだけ自制して触れる程度に彼女の腰に手を回した。ええ、ちゃんと抱きたい欲求はありますが、心理的ハードルがですね……。肩はまだ身長的にほんのちょっとハードルが高いかなと。 

 

 「ええっと。すいません。ど、どうしたら? もう二度と忘れないようにブレイドで身体に焼き付けましょうか。ええ、そうしましょう。それがいいですね。」

 

 と、自分で対策を立てて、モンモランシーお伺いを立てると、

 

 「ばかっ、そんなことしたら許さないわよ! ま、また忘れるようなら思い出させてあげるからそこまで心配しなくてもいいわよ。」

 

 と、モンモランシーは真っ赤になった少し顔を逸らしてて答えた。ちらっとたまにこちらを見るしぐさがとてもかわいい。

 

 そして、母上とルーシア姉さんも、もう大丈夫だと判断したのかヒーリングの詠唱をやめた。

 

 くっ、よく考えたらモンモランシーとのキスは全て家族に公開されているではないか! いや、ええ、はい、ヒーリングないとキスできないんですね? わかります。なんという……。

 

 「えっと、父上、母上、ルーシア姉さん、クラウス。ご心配おかけしました。申し訳ありません。」

 

 と、言うと、家族全員安心したように大きなため息を吐いた。

 

 「えーっと、兄さん。体調は大丈夫?」

 

 と、まずクラウスに声をかけられた。「うん、大丈夫」と答えると、今度は母上に尋ねられた。

 

 「クロア。先日は頻繁にヒーリングをせがんでいたけど何があったの? 今は大丈夫みたいだけど。またあんな事があったら心配だわ。」

 

 ううむ。答えづらい。とても答えづらい。というかできれば墓場まで持っていきたい。

 そんな感情を読み取ったのか、ルーシア姉さんが少し迫力のある笑顔で迫った。

 

 笑顔とは本来攻撃的な―――(略)。ルーシア姉さんの迫力のある笑みは怖いです。嗤うという感じではなく笑みなのですがなぜか怖いです。普通に笑うと優しいのですが、なぜか怒ったときも笑顔なルーシア姉さんが怖いです。クラウスが言っていた姉さんの怖さを知った気がします。

 

 「クロア。正直に正確に白状しなさい? どうせ、恥ずかしいとかバカなこと考えてるんじゃない? でもここまで色々やってもう恥ずかしいことなんてないと思うんだけど?」

 

 くっ、確かにそうだ。婚約式の日からの失態続きは覆せるものではない。唯一の救いはモンモランシーと将来結婚できるということだけだ。大体モンモランシー絡みの失態だが、この幸せに比べたらたいした事は無い。むしろ再びこのような状況にならないという説明をするためにちょっと追加される恥の上塗りは覚悟すべきだろう。

 

 しかしこの恥にモンモランシーも巻き込むかもしれん。一応確認しておこう。

 

 「モ、モンモランシーも聞きたい? ええと、ちょっと恥ずかしい思いをするかもしれないよ? そうだ、なんなら聞くのはモンモランシーだけでも……。」

 

 と、彼女のために対象を絞ろうとしたのだが、モンモランシーが少し決意を秘めた顔で

 

 「いいえ、みんな心配してたんですもの。みんなで聞きたいわ。」

 

 と言ったので全員揃って俺の話を聞くことになった。くっ、なんて優しいんだ。このような業を一緒に背負ってくれるとは……。心の涙が溢れそうだ。

 

 「ええと、では今回のことを包み隠さず全てお話するので、えっと、今さらなのですが、モンモランシーの前でこの格好は少々恥ずかしいので、一度場を整えさせていただければと思うのですがダメでしょうか?」

 

 と、聞くと、あっという間に全員動き出した。モ、モンモランシーまで家族と息があってますね。ええ、今後の事を考えるといいことなのですが、俺より順応してませんかね?

 

 

 今回倒れ、記憶を失った原因を自分から告白することを迫られ、家族の不安を取り除くべくその家族会議に臨むことになった。

 

 そして、厚手のカーテンが閉められ、メイドさんに着替えさせられてカーテンが開くと、会議室のように前回の婚約式の契約のときに使ったテーブルが配置され、椅子が並べられていた。

 

 手前の空いている席は俺だろう、そして隣には恐らくヒーリング要員の母上、奥の誕生日席には父上、俺が座る対面にはモンモランシー、そして左右をルーシア姉さんとクラウスが固めている。全員すでに着席しており、メイドさんはカーテンを開けたあと迷わず部屋から出ている。完全に俺を待っている、いや待ち受けているような状態だ。

 

 「お待たせしました」と言いつつ、席に着くと

 

 「うむ。誰も笑わんから恥ずかしがることなく包み隠さず言うのだぞ?」

 

 と、父上に言われた。うむ。なんというかですね、怖いわけではないのですが、少々プレッシャーを感じます。ええ、家族ですからね。怖がる必要はないでしょう。しかしこれ以上の失態を防ぐため、そして家族の安心を勝ち取るため……。そう、こんなときこそ冷静にやり遂げてみせようぞ。

 

 ―――さて、往こうか……。

 

 「では、大変恥ずかしいことなのですが、包み隠さず説明させていただきます。」

 

 そういうとみんな少し身を乗り出した。そ、そこまで聞きたいのか。

 

 「まずですね。俺の醜態の始まりである、あの一枚の羊皮紙から始まります。あの羊皮紙を確認した事により、冷静さを失った俺はモンモランシーによる愛の告白と結婚の申し込みと彼女のキスによって救われました。」

 

 そこまで話すと、目の前にいるモンモランシーが顔を真っ赤にして少しうつむいた。君も恥ずかしいんだね? 俺も恥ずかしいよ。しかし、一緒に見ていたはずのルーシア姉さんとクラウスもほんのり赤い気がするね。ええ、なんというか、余計にですね……。

 

 母上は「まぁ」とか言って口に手を軽く添えて、父上は無表情を装っているが極わずかに表情が崩れている気がする。

 

 しかし、きびしい。序盤だと言うのになんか早くも仮面にヒビが入りそうだ。

 

 「そして、愛する人との初めてのキスのあと、瞳に写ったモンモランシーの蕩けきったような表情の真っ赤な顔に俺は心を奪われ、その奇跡の光景を永久に保存すべく、火の系統の威信を賭けて自分の瞳に焼き付けるべく全力を注いでいるところで彼女に返答を求められ、俺は彼女の甘く柔らかい口から発せられた声によって思考停止に陥り、本心で応えました。」

 

 そこまで言って見回すと、クラウスやルーシア姉さんもその光景を思い出したのか先ほどより赤くなって少しうつむいた。母上はなんか口に手を添えつつ目がキラキラしている。父上は視線を真顔を何とか維持しているが直視が厳しいのだろう。少し目だけを逸らしている。

 

 モンモランシーはこれ以上無いほど真っ赤になり、さらにうつむいている。うつむいたことによって少し見える耳の先も真っ赤に染まっている。これはレアな表情ですね。ええ、表情は見えませんが、瞳に焼き付けたいですね。危険なのでやりませんが……。そして、モンモランシーが

 

 「ちょ、ちょっとクロア。もっとその……。ぼかして言った方が……その……。」

 

 と、とても小さな声で訴えてきたが、残念ながらもはや逆に楽しくなってきてしまった。そうか、こういう光景が見たいが為の「肉を切らせて道連れにする」か……。

 

 ―――気に入った。全身全霊で引き継ごうではないか! 前世の俺よ! いや同一人物だが。

 

 それに、モンモランシーには悪いが話す前に一応提案はさせていただいて彼女の希望も聞いた。

 

 ―――さぁ突き進もう。

 

 「そして俺が彼女に人生を捧げ、彼女に今まで秘めていた愛を告白を口にすると、彼女は瞳からキレイな雫を落として目を細めて微笑み、それに目を奪われた俺は身体の限界を迎えたのでしょう。意識を失いました。」

 

 数瞬話を区切って皆さんの表情を観察させていただきます。もはやモンモランシーは更に赤くなる事はできず、かすかに震えている。姉弟も真っ赤になってうつむいているし、父上も少しうつむき気味だ。唯一母上だけは胸の前で手を組んでキラキラとした潤んだ瞳を向けている。大好物でしたか? ええ、一人でも楽しみにしていただけて光栄です。

 

 「そしてどれほどの時間が経ったのか分かりませんが、父上と母上に起こされ、マザリーニ枢機卿をはじめ、モンモランシ家の方と婚約の誓約や、それに伴う契約のようなものを取り交わすことになりました。

 カスティグリアとモンモランシが向かい合うような形になり、今ちょうど父上がいる位置にマザリーニ枢機卿が立会人としていらっしゃいました。」

 

 その時の状況を知らなかった姉弟が少し顔をあげてこちらを見た。ええ、真っ赤ですね。冷静になろうと努力しているようですがここからが本題ですよ?

 

 「最初各自の自己紹介を行ったのですが、恥ずかしながらその時俺に訪れていた状況はそれに耳を貸すことを許しませんでした。

 ええ、まさか成功するとは思ってもいなかった自分の瞳にモンモランシーの蕩けきったような表情の真っ赤な顔を焼き付けることに奇跡的に成功していたのです。

 そして、対面に座る彼女の甘い香りがほのかに感じられる中で、少しでも彼女を意識すると目の前にその光景が鮮やかに映し出され、そのたびに俺の心臓の鼓動は早く激しくなり、意識を失う前兆が訪れました。そして、そのつど意識の喪失を回避すべく、母上にヒーリングをお願いしていたのです。」

 

 さぁご褒美の観察タイムですね。おや? クラウスとルーシア姉さんは先ほどよりも赤くなってませんね。むしろ驚いてこちらを丸い目で見ています。父上も驚いているようですね。

 モンモランシーはさらに恥ずかしかったようです。ちょっとプルプルしてます。母上は小声で「まぁまぁまぁまぁ」と、更なる食いつきを見せています。ちょっと個人的に結果がイマイチですが続けましょう。

 

 「そして、サインの必要な資料が俺に回って来たことで冷静さを保つきっかけになると考えたのですが、モンモランシーとの結婚や生活を連想させる文言が出るたびに眼に焼き付けた彼女の顔が目に浮かび、そのたびに母上にヒーリングを頼んでおりました。

 しかし、ここで俺の心臓に救いが訪れます。最後の書類はカスティグリアとモンモランシの同盟に関するものでした。ここで、ようやく冷静になれた俺は、さらに落ち着くため、資料に没頭しました。ただ、内容に少々懸念があったので、父上の薦めもあり、その場にそぐわないと理解はしていたのですが、その懸念をお伝えすることにしました。」

 

 ふむ、姉弟はまだ少々顔が赤いが話しの内容に興味があるのか完全にこちらを向きました。父上や母上はここからが倒れる原因と分かっているので少し真面目な顔になりました。モンモランシーもまだわずかに震えてますが、真っ赤な顔で上目遣いでこちらを窺います。これは可愛い。くっ、瞳に焼き付けたい。危険が伴うとわかっているが焼き付けたい。

 

 「結果、その場にいた皆さんは少々思考に没頭していたように見受けられ、俺も冷静になれたことから、これなら直接モンモランシーを見ても大丈夫だと思い、彼女を伺うと父上達の思考に没頭する姿が珍しかったのか、彼女は驚きながら父上達の顔をその光を集め解き放つ金糸のような髪を揺らしつつ見回しており、今まで見たことのない彼女の美しくも可愛らしい一面に俺は心を奪われ、瞳は危険だと理解していたので脳に彼女の様子を焼き付けることにしました。

 愛しい彼女の様子を全て記憶すべく、彼女の動作を全身全霊で観察していると、その観察している俺に気づいたのか、彼女は赤くなって少し下を見た後、赤い顔のままこちらを向いて優しく目を細め、光輝く宝石のような満面の笑みを俺に見せてくれたのです。

 その姿は彼女の一挙一動を逃さず見ていた俺の全身を激しく揺さぶり、俺の意識を一瞬で奪っていきました。」

 

 ふむ。父上はすでに乗り越えたようで、口元を引く付かせているだけであまり面白くありません。母上はクライマックスだと思ったのか「まぁまぁまぁまぁ」を先ほどより少し大きい声で連発しつつ、目をキラキラさせて潤んだ瞳でこちらを見ています。ご褒美でしたか、母上。俺に掛けたヒーリング代の足しにでもしていただければ幸いです。

 クラウスは撃沈したようで、コツッと頭をテーブルに落としました。ルーシア姉さんもちょっと馬鹿らしくなったのか少々呆れたような顔をしています。

 モンモランシーだけは再び深くうつむいてプルプル震えています。赤みも恐らく限界でしょう。湯気が立ち上ってるような幻影さえ見えます。ええ、やはり彼女は最高ですね。人生を捧げただけあります。いえ、それでも足りないかもしれません。

 

 「そして、ここからは皆さんすでに憶測なされていると思いますが、俺の考えでは恐らく、モンモランシーの愛らしく愛しい姿を瞳や脳に焼き付けたことによって起こった俺の生命維持の危険性を恐らく脳が勝手に判断し、防御反応として記憶の封印という処理を行った結果だと考えます。

 今はモンモランシーのキスによって全てを思い出し、瞳と脳に焼き付けたものが惜しくも焼失しているようなので、同じ状況には陥らないと考えられます。

 大変ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。以後気をつけます。」

 

 そう言って閉めると、父上が

 

 「う、うむ。まぁ今後このような事がないよう、できるだけ気をつけなさい。」

 

 と、引きつった顔で言っただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




建前:記憶喪失ネタをやってみたかった
本音:貴族バージョンのクロアの書き方を忘れそうで怖かった。


次回をおたのしみに!


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12 クロアの弱点

本日二つ目のお話になります。前話読んでない方はご注意ください。

活動報告に主人公の使い魔についてのアンケートを載せました。
よろしければご協力お願いします。


 そして、モンモランシーを含めたカスティグリア家族会議の一つの議題が終わった。いやまぁ、俺がただ状況説明と原因を推測して発表しただけだが……。

 

 ちなみに今回の俺の睡眠期間は7日だったらしい。やったね! クロア君新記録更新だよ! 

 ―――決闘後にオスマンの前で血を吐いたときよりモンモランシーの方が長かったのか。

 

 あの婚約締結式のようなものは俺が倒れた後も続いたらしい。そして最後の束にあった安全保障関連項目に後ほど追加する旨が書かれ、俺以外が全員サインしたらしい。つまり、今俺がそれにサインすれば締結なのだが、良いのだろうか。いや、俺はむしろ願ったり叶ったりなのだが……。

 

 「カスティグリアにも負担があると思われますが、本当に構わないのですか? いえ、俺はモンモランシーと婚約できる事はまさに夢のようなことなのですが……。」

 

 そう最後に父上に尋ねると、真面目な顔で深くうなずいた。

 ―――うむ。では婚約しようか。ささっとサインして父上に渡すと、

 

「うむ、確かに預かった。では今後のことはモンモランシー嬢、そしてクラウスやルーシアと話し合いなさい。」

 

 と言って、母上を連れて部屋を出た。ああ、えっともしかして時間押してましたかね? これからトリスタニアですか? いえ、すごいくだらない事で待たせてしまってすいません。

 

 しかし、これで恐らく俺はモンモランシーと婚約したことになるだろう。ふむ。これからどう接すればいいんだろうね? と、三人を見回すと、三人で何か相談してあったようで、お互いうなずいていますな。ええ、なんか蚊帳の外な気がします。少し顔を赤くし、ちょっと上目遣いで照れ隠しのように少し笑顔を浮かべてモンモランシーが話し始めた。

 

 「クロア。ええと、これからもよろしくね? 私の未来の旦那さま。」

 

 ごふっ、こ、これはきつい。ああ、なんかもう無理かもしれん。さらば原作……。

 と、思った瞬間モンモランシーがテーブルの向こうからヒーリングを掛けてくれた。

 

 「ヒーリングありがとう。こ、これからもよろしく。モンモランシー。未来の俺の愛しの妻。」

 

 と、何とか返すとモンモランシーが少し眉を寄せた。おおう。もしかしてちょっとどもったのが不味かったか? 装飾語が足りなかったか? うーむ。奥さん? 正室? 正妃? やばいですな。俺の語彙力も足りないかもしれん。思考の海に沈みそうになったところをクラウスの声が引き揚げた。

 

 「兄さん。兄さんがモンモランシー嬢にベタ惚れで初心なのはこれではっきりしたね?」

 

 「う、うむ。しかし、そうはっきり言われるとだな……。なんというか、その、恥ずかしいのだがね?」

 

 と、なんとか取り繕ってみたが何か俺のモンモランシーやカスティグリア家での評価が下がった気がするのですが……。

 

 「と、言うわけで、皆で相談した結果。兄さんが結婚するまでに必要な能力を身に付けるため、訓練プログラムを用意したんだ。ああ、モンモランシー嬢も当然その話し合いに参加してるから気にしないでね。」

 

 そう言って真面目な顔でクラウスが羊皮紙の束を差し出した。

 ふむ。差し出された羊皮紙を上から順番に目を通す。題名は「クロア・ド・カスティグリアの特定状況での耐久力向上プログラム初級編」とある。その下にある概要に目を通してちょっと目の錯覚を疑いました。ええ、貴族の仮面もスパーンと抜ける鮮やかさです。

 

 概要

 クロア・ド・カスティグリアは女性に興味のないフリをしつつ実は初心なのではないかという憶測のもと、このプログラムはうんぬん。

 

 え、ええ、はっきり初心って言われましたね。確かに言われました。別に興味ないフリなんてしてませんが、そう見えましたかね? ざっと目を通しましたが、俺がモンモランシーと結婚するにあたり、モンモランシーに早期に慣れないと死ぬのでは? ということらしい。いや、うん。そう思う。今まではイベントや、授業、文通くらいしか接点ありませんでしたからね。ここまで近いとその、ちょっと恥ずかしいというか。

 

 しかし、クラウス。こんなプログラムも真面目に資料にするとは恐るべし。どんな教育を受けているのだろうか。恐らくプログラム化と資料化は俺の平静さを保つためだろう。いや、資料の作り方は俺のものを真似た可能性もなくはないが……。しかし、なんか全てクラウスに見透かされている気がしてならない。さすが伯爵家の次期当主……。

 

 「ねぇ、クロア。結婚するために一緒にがんばりましょう? 私もあなたのためにヒーリングの練習をしてるのよ?」

 

 ごふっっ、ちょ、ちょーっとモンモランシーさん。ハードル上げすぎじゃないですかね? このプログラムの初期は「気軽にお話してみよう」とか「手を繋いでみよう」とかなんですが……。あ、ヒーリングありがとうございます。

 

 「あ、ありがとう。モンモランシー。俺のためにヒーリングを練習してくれるなんて、とても感激だよ。そうだね、一緒にせいか……ごふっっ」

 

 くっ、ちょっとモンモランシーと一緒に生活することを考えただけでコレだと!? どうなっているんだ、俺の身体。虚弱ってレベルじゃない気がするんだが……。

 

 「ヒーリング。ク、クロア大丈夫? クラウスさん、どうしよう?」

 

 「に、兄さんとりあえず落ち着いて!?」

 

 「クロア、実はすごい初心だったのね……。今まで取り繕ってたの? 病弱以外の意外な弱点発見ね。」

 

 ひ、ひどい言われようだ。しかもルーシア姉さんはちょっと楽しんでるような――き、気のせいですよね? しかしまぁ確かにそう取られてもおかしくない、そう、おかしくないかもしれん。だがな、外に出るようになったのもここ四ヶ月ほどのことなのだよ。もっと段階を踏んでだな。

 

 「だ、大丈夫だよ。まだちょっと慣れてないだから。学院に通い始めてようやく外に出たほどだからね。多分、慣れれば大丈夫さ。モンモランシーも協力してくれるのだし、俺は出来るだけ早く君と結婚したいからね。がんばるよ。」

 

 と、資料を読むフリをしてテーブルの手前に目を落とし、何とか取り繕って言う事ができた。いや、顔は赤くなっていそうだがそこはしょうがない。

 しかし、なんとなく手を繋ぐくらいなら余裕な気がしなくもない。大体、メイドさんに13年間介護され、姉さんに補助されたこともある。学院ではシエスタに肩を借りたり、たまに着替えを手伝ってもらっているほどだ。女性に対する免疫は出来ていてもおかしくないのだが、なぜモンモランシーにだけこんなに過剰反応するのか疑問だ。

 

 「クロア……。」いうモンモランシーのつぶやきが聞こえたので目を向けてみると、彼女ははにかみながら席を立って、母上が座っていた隣の席へ移動した。お、恐らく訓練プログラムが開始したのだろう。しかし、いくらマニュアル化されたとはいえ、―――はっ!

 

 「愛しのモンモランシー、すまないが少々時間をくれないだろうか。クラウス、解決策に繋がるかもしれん考えが浮かんだ。それについて少し相談したいことがある。できれば二人で。」

 

 と、クラウスに真面目な顔で要請すると、

 

 「わかった。すまないね、モンモランシー嬢。少し席を外していただいていいかな? 話したことはちゃんと後で伝えるから。」

 

 と、二人の席を外してくれた。モンモランシーは少し考えたあと、笑顔で「わかったわ!」と言って姉さんと一緒に部屋を後にした。俺よりカスティグリア家の姉弟の方が仲がいいような……。いや、むしろ嬉しいことですな。

 

 「で、兄さん。その解決策というのはなんだい?」

 

 と、クラウスは一度テーブルを離れサイドテーブルに積んである俺の資料用の羊皮紙と筆記用具を取り、聞いてきた。

 

 「うむ。冷静に考えてみたら、女性との接触はモンモランシーが初めてというわけではないのだ。いや、キ、キキキスは初めてだが……、そ、そのだな。んんっ。そう、この屋敷ではメイドさんとの接触が一番多いし、姉さんにもたまに補助してもらっている。しかしこのようなことは起こらんだろう?」

 

 ふむ。やはり正しいかもしれん。ようやく落ち着いてきた。

 「確かにそうだね」と言って羊皮紙に言った事を逃さないようサラサラ書きながらクラウスは俺に続きを促した。

 

 「接していた期間が長いからとか姉という親族だからという理由と捉えることもできるが、学院ではシエスタ嬢の介助を受けている。当然、肩を貸してもらったり、肩を担がれたり、着替えを手伝ってもらったりという接触はある。」

 

 「ふむ。シエスタ嬢を例えに上げるという事は、兄さんが初心で双方の恋愛感情の有無を意識していることが原因ではないと?」

 

 くっ、いいところを突いてきた。恐らくこの資料を作るときに原因を追究したに違いない。いつからこのプログラムの作成が開始されたのかはわからんが、恐らくここ2~3日というわけではないだろう。いや、ありうるのか? しかし、7日間の気絶はクラウスも計算外だったはずだ。いや、平均から彼らに3日と考えられている可能性も否定できんのが辛い。

 

 「まぁそれもあるかもしれん。恥を忍んでこの際だからはっきり言おう。恐らくだが要因は二つだ。一つは確かに双方の恋愛感情の有無だと考えられる。しかしな、クラウス。二つ目が問題だったのだよ。」

 

 そう、恐らくだが……。ここまで虚弱なのはさすがにおかしい。どう見てもアレしかない。

 

 「クラウス。例の俺がモンモランシーへの想いを正直に書き綴った羊皮紙を読んだろう? むしろかなり研究したのではないか? まぁそのことに対して何か思うところがあるというわけではないのだ。クラウスが俺のためにしてくれたということはわかっている。」

 

 そう、アレに書かれていたモノが原因だ。クラウスは「わかってもらえて嬉しいよ」と笑顔を見せた。しかしだね……、いくら我が自慢のクラウスと言えどもだね……。

 

 突然変わった雰囲気を感じたのだろう。クラウスが少し身構えた。しかし、ここは追求せねばなるまい。確かに! 確かに嬉しかったのだがね! なんというかだね。

 

 「ただな、クラウス。確かに嬉しいのだがね? ――――クラウス……、モンモランシー嬢のあのドレスはメイド服とドロワーズを基本とした俺が当時考えうる俺の最高の趣向を参考にしたね? た、確かに嬉しかったよ。これ以上ないくらい、そう、俺にとって考えられないくらい似合っているのは確かだよ。

 だが、いきなりハードルを上げすぎではないかね? アレは本来最上級編だと思うのだよ。ターンされていたら危険だったかもしれないよ?」

 

 と、言うと、クラウスはようやく気づいたような顔をして、

 

 「ああ、なるほど。確かにそうかもしれないね。いや、兄さんの趣向を辱めたかったわけではないことは理解して欲しい。ただ、兄さんにとって最高のものを用意したかっただけなんだよ。

 というか、アレは姉さんの発案をモンモランシー嬢が掬って二人で盛り上がった結果なんだけどね? 最初は本当にアレに書かれているものを用意してターンしてみようっていう話もあったんだけど、改案しておいてよかったよ。

 ああ、安心してくれ。一応、無いとは思われていたけど兄さんが本当に即死する可能性があるということで、あの衣装のときはモンモランシー嬢もターンしないと約束している。」

 

 くっ、モンモランシーが盛り上がって着たのなら、いや着てくれたのならクラウスを攻められない。むしろクラウスに感謝すべきだろう。もしかして俺が気付かないギリギリを見極めたのか? それともドレスとして問題ないレベルに落とし込んだのだろうか。すばらしい追求能力と言わざるを得ない。

 

 そしてモンモランシーの俺への愛に感激だ。まさか受け止められるとは思わなかった。軽蔑されると思っていたのだが、彼女の包容力は本当に深海より深いのだろう。しかし、それを受け止めきれない俺の虚弱さが辛い。

 

 「じゃあ、ちょっとモンモランシー嬢に着替えてもらってみるね。少し席を外すよ?」

 

 できるだけバレないように悶えていると、クラウスはあっさりと席を外した。ど、どんな服装になるんだろう。それはそれで……。いやいかん。今想像するのは危険だ。冷静になろう。とりあえず、平静になろう。

 

 しかし、クラウスに俺の恫喝が平然と受け止められるとは……。俺の貴族の仮面は壊れたのだろうか。どこへ修理に出せばよいのだろうか。いや、話題のせいだと思おう。これがないと俺は貴族としてだな……。しかし、やはりクラウスは次期当主としてすばらしいな。こんなことも平然とこなすとは。

 

 と、しばらく貴族の仮面の修理をしていると三人が戻ってきた。クラウスとルーシア姉さんはテーブルの向かいに座ったが、モンモランシーは隣の席に歩いてきた。ドアの近くにいたときはまだボーっとしか見えなかったが、近づいてきて詳細がわかるようになってくる。

 

 「クロア、どうかしら?」

 

 と、少し照れた様子でモンモランシーが聞いてきた。今の彼女の服装は白い生成りのワンピースで、袖口は肘のすぐ上にあり、丈も膝丈で、全体的にはふんわりした体型を感じさせにくいものになっている。そして、袖口や襟元などの縁の部分は赤いレースで豪華に飾られており、腰には赤色のサッシュを巻いている。そして、彼女の顔の向こうに見えるリボンはサッシュに合わせたような色の大きなリボンでそれにもレースの縁取りがしてある。

 まるでお人形さんかと思ってしまうくらいにかわいい。

 

 「モンモランシーとても似合っているよ。君は本当に何を着ても似合うね。お人形さんかと思ってしまったよ。」

 

 「そ、そう……。ありがとう。」

 

 思った事をそのまま口に出して彼女を褒めると、彼女は一瞬でパッと赤くなってお礼を言ってから少し顔を逸らして隣の椅子に座った。

 

 これはこれでかなり厳しい気がするが、やはりあのドレスが原因だったのだろう。むしろ制服とかなら多分なんとか……。しかし、もしかしてあのドレスには魅了の魔法でもかかってるのか!? 決闘や戦争なら体調が良ければ早々負けないとは思うのだが、アレはダメだ。耐え切れる自信がない。貴族として死ねるなら問題ないのだが、アレはダメだ。アレを着たモンモランシーを見て悶死とかシャレにならん。

 

 原作でギーシュが確か「貴族なら名誉の方が大事」と言っていたのが身に沁みる。いや、彼が言っていたのは家名を守る方が大事ってことだが、「カスティグリア家のクロアは婚約者のターンを見て悶死」とかどこかの記録に残されでもしたら化けて出てでも消去せねばなるまいて。コルベール先生に自分に関する資料の消し方をご教授してもらっておいた方がいいだろうか。

 

 ふむ。しかし、あれらを余裕で乗り越えられるであろう才人はもしや超人か? 彼に黒歴史はないのだろうか。恥というものがないのだろうか。もし彼が召喚されたら調査してみよう。うむ。

 

 「ふむ。兄さんの言ったとおりあのドレスが原因だったみたいだね。」

 

 と、クラウスが俺の状態を観察したあと、次の話題に移った。アレ? プログラムはどうしたんでしょうね? せっかくのチャンスですよ? ああ、これ以上肉親のイチャイチャは見たくないと……。いや、その気持ちはわかるが、やはり楽しんでいたのだろうか。

 

 「それで、モンモランシ領に置く戦力だけど、父上が今トリスタニアで調整している。恐らくそのまま通ると思うんだ。」

 

 と、真面目な話が始まった。

 ただ、カスティグリアの戦力をそのまま全て移動させるわけにはいかないので、現地雇用も含めて、独自戦力も視野に入れるらしい。その辺りの資金は両家で出すそうだが、元々モンモランシ家は以前、干拓事業に失敗して大きな借金を抱えていたのだが、今回の俺の婚約の結納金で一括返済してもお金が余るそうだ。

 

 いくら払ったんだ、カスティグリア! というかカスティグリアの立ち位置がマジで不明だ。

 

 ただ、本当に戦争になるか今のところ不明なので、まず空軍の拠点を確保し、ガリアからの侵攻には防御用の要塞を置く予定だそうだ。まぁその辺りは相手の出方次第だし、この世界の戦争まだ知りませんからな。時間がかかりそうなものから早めに着手しておく感じですかね。いや、個人的に空軍基地は欲しいが!

 

 「それでいくつか問題があってね」というクラウスの発言から問題点が語られた。

 

 まず何よりカスティグリアからモンモランシが遠すぎるということだ。まぁフネでも数日あれば着くのでは? という距離だそうだが、まだ試行中らしい。風任せなところもありますからね。

 そこで、モンモランシにも兵器工場や造船所、それに風石の発掘も兼ねて先に提案したファンタジー版空対空ミサイルのテストもしたいらしい。新兵器の開発関連に関してはカスティグリアが金を出すのだが、問題は情報統制なのだそうだ。現在カスティグリアの情報統制はかなり高いレベルを維持しており、情報漏れを防ぐためのセキュリティは前世の知識を資料にしたものを使っている。

 いや、アレマジでやってるの? IDカードとか指紋認証とか目の光彩とかファンタジー風味に書いてあったと思うんだけど。と思ったらなんかマジックアイテム一個作って簡単にできたそうだ。ファンタジーェ

 

 ただ、その辺りの教育というか規律をモンモランシ領側のメイジや貴族に受け入れられない可能性が今のところ高いのでカスティグリアから送るのだが、そこで少し反発があるらしい。当初は前に出た「カスティグリア総合研究所モンモランシ支店」の一部を使う予定だったのだが、新たに設置する必要性がありそうだということで、現在候補を絞っている段階だそうだ。

 

 「ふむ。空軍基地を作るのだろう? そこにこっそり併設しておけばよいのではないか?」

 

 「まぁ兄さんならそういうと思ったけどね。今のところそれが一番有力だよ。」

 

 くっ、さすがクラウス。何か俺いらないんじゃ……。モンモランシで隠居生活をですね。と、思っていたら課題の本質を教えてくれた。

 

 「ただ、モンモランシに作る空軍施設に侵入を制限する区画をどうやって作るかというのが課題なんだけど。」

 

 ふむ。確かにそれはありうる。モンモランシ領の空軍施設のトップが誰になるかはわからんが、もしモンモランシ側の貴族で秘密区画を作る事に同意した覚えはないと後で言われても困る。というか「秘密です!」とか言った時点でダメだろう。つまりこっそり作る理由が欲しいと。このもはや詭弁の天才となりつつある俺の言い訳が欲しいと! まぁ前世の知識もありますし余裕ですな。

 

 「ふむ。風竜隊の訓練のため、戦技指導のために敵役(アグレッサー)として特殊部隊を作ろう。当然敵役だから味方からは隠蔽されていないと意味がない。小規模でいいから専用の基地も作るのはどうだ? 通常任務は戦技指導だが、そこの施設で開発を行い、アグレッサー部隊への補給品として配備し、それをカスティグリア所属のフネに渡し、そこをテスト拠点にすればよいのでは?」

 

 まぁ兵器ロンダリングですがね。アグレッサーかっこいいよねー。という前世の記憶がだな……。ふむ。確かにかっこいいかもしれない。しかも、効果が望めるはずだ。いや、むしろテスト部隊も兼ねた方がいいのか? しかしそれでは注目も集めるだろう。別口にすべきだな。

 

 「ああ、ついでにテスト部隊も作った方がよいかもしれん。大体はそちらに目が向くだろう。」

 

 というと、ようやくクラウスは納得したらしい。今さらだがモンモランシーがここにいるのは問題だろうか。いや、しかし未来の妻だしな。夫が……、問題じゃね? すっごい機密ダダ漏れですよ!?

 

 「ああ、クラウス君。すごい今さらなのだがね。」

 

 「なんだい? 兄さん。」

 

 「モンモランシーも聞いていたが大丈夫なのかね? 秘密は知ってる人間が少ない方がよいと思うのだがね?」

 

 と言うと、「ああ、そんなことか」という顔をして

 

 「ははは、本当に今さらだね。兄さん。でもモンモランシー嬢なら大丈夫さ。理由は伏せるけど、将来夫婦になるんだから彼女に秘密はなしだよ?」

 

 くっ、ま、まぁそうなのだが、いやいいのか? 夫婦とか関係ないのでは……。まぁ理由を伏せているのだからきっと理由があるのだろう。ここは次期当主殿に任せよう。

 

 「そうだな。愛しの未来の妻よ。君を疑うようなことを言って申し訳なかった。すまない。」

 

 と隣のモンモランシーを見て言うと、

 

 「大丈夫よ。クロア。あなたの言いたいこともわかるわ。でも安心してちょうだい。私の全てをあなたにあげたのだから。」

 

 と、モンモランシーはこちらをまっすぐ見つめながらテーブルに置いてる俺の手に彼女の手を重ねて顔を真っ赤にした。

 ごふっ、す、全てって確かにそうなのだが……。ド、ドレスだけじゃない……だと……!?

 

 「だ、大丈夫!? ヒーリング。」

 

 「すまない。ありがとう。そうだったね、俺の人生を捧げた人。」

 

 ホント、締まらないなぁ……。まぁいいのだが。

 

 結局クラウスはその案を採用するらしい。手詰まりだったのだろうか。しかし、風竜の

特殊部隊(アグレッサー)か。かっこいい。うん。かっこいい! これは新型装備を作るべきではなかろうか。

 何かないだろうか。確か今のところ無誘導爆弾と空対空ファンタジーミサイル関連の構想くらいだったはずだ。できればペイントもしたい。ううむ。確かクルデンホルフには空中装甲騎士団とか言うのがあったようななかったような。

 

 確かほんのかすかに残っている原作知識では竜にフルプレートだかでフル装備した重量級の騎士が乗るとかそんな感じだった気がする。重くて竜を降りるとそれが障害になってギーシュたちに負けたとか、うーん。しかしそれもアリではあるが、あまり意味がない気がする。カスティグリアの風竜隊は機動性重視だ。

 

 ふむ。機動性か。風竜隊に協力してもらって補助翼を竜につけるというのはどうだろうか。確か竜には尾翼がなかったはずだ。尻尾にでもつければいいだろう。おおお? い、いけるのではないかね? そこに部隊のマークとか夢がひろがりんぐですね!

 

 機動性が上がるなら新型の鞍も必要か? いや、今どんなの使ってるのか知らんが、まさか素乗りではないだろう。いや、素乗りなのかね? とりあえず、パイロット、いや、ええーっと? 騎手か。騎手の安全性と体勢保持や高機動下での耐久性を上げるよう提案しよう。

 

 むしろフネも原子力空母のように甲板を2枚にだな……だな……。いや、空を飛ぶにはアレじゃダメだろう。多分。今のところ、直線甲板の物を提案してあった気がするが、うーん。うーん。そうだ! アルビオンがいいね。そう、空飛ぶ島じゃなくてロボットアニメに出てくる強襲揚陸艦の方。あの船は本当に好きだった。あのアニメ史上最高の物ではないだろうか。せっかくのファンタジーだ。ガワだけでも再現せねばなるまいて。

 

 しかし展開式のカタパルトとかミノフスキーエンジンとか武装は無理だろう。いや、展開カタパルトを展開させるだけなら恐らく行けるが、ん? カタパルトもいけるのか? いけるかもしれんか? 一応蒸気の動力は提案してある。いや、危険が一杯だが一応書いておくか。会った事はないし、俺の資料が山盛りにあったとはいえ異常なくらい急速に工業技術を発展させたんだ。カスティグリアが生み出したマッドファンタジーサイエンティストが作ってくれるかもしれん。

 

 だがまぁあまりこの形に拘る利点は少ない。そう、ぶっちゃけほとんどない。むしろ欠点だらけな気がしなくもない。しかしだな、ロマンがだな……。うーむ。シレっと書いておこう。

 この形のフネの設計はちょっと骨だが工夫次第では行けるはずだ。リストに載せておこう。それに、追加武装次第ではかなり使えるはずだ。大きさもあそこまで大きくなくてもよいだろう。「ちょっと変わったフネ一隻作ってみない?」とか「おれのかんがえたかっこいいフネ」って感じでテスト用に提案しよう。

 

 あとは緊急用や吶喊用にロケットブースターをつけるとか、あー、でもこれは死人、いや死竜が出るかもしれん。大丈夫だろうか。ふむ。下から限界を見つつという感じで安全重視で行けばいけるか? ちょうどファンタジーミサイルにも手を付けるのだし、ロケット関連はきっとだれかが開発するだろう。いや、してくれないと困るんだが……。

 

 コルベールを引き入れるべきだろうか。しかし、今のところ彼は極度の平和志向で防衛用と言っても納得してくれない可能性が高い。これだけのために説得しても信用されないだろう。説得に失敗するようならこちらの考えていることを知られるのもあまりよくない気がする。もし、原作が始まって空飛ぶへび君が使われ、それでも開発ができていないようなら考えよう。

 

 と、三人がいるのも忘れて手が勝手に先ほどクラウスが持ってきていた羊皮紙とペンに伸びてカリカリとひたすら資料リストを作っていると、

 

 「モンモランシー嬢。すまないね。たまに兄さんはこうなるんだ。」

 

 「ええ。意外な一面ね。でも何かに没頭するクロアもステキね。見れてよかったわ。」

 

 という声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げて見回すと、ちょっとすまなそうな顔をしているクラウスと呆れた顔のルーシア姉さんと、ちょっと赤くなり目をキラキラさせたモンモランシーがこちらに注目していた。は、恥ずかしい。

 

 「あ、えっと、すまない。少々考え事をだな。」

 

 と、言い訳になるかならないかわからないようなことをなんとかひねり出すと

 

 「兄さんの悪い癖かもしれないね?」

 

 と言って笑われた。くっ。

 

 そして、結局その後は解散になり、モンモランシーはモンモランシ領に帰ることになった。

 「見送りがしたいのだが……。」と言ったら、風竜隊が俺の部屋の前をフライパスしてくれるそうだ。まぶしくてほとんど見えないが、独特の風を切る音が聞こえてきたのできっとモンモランシーが乗っているだろう。すぐ近くの壁の上を一匹の風竜が飛び去るのが見えたので手を振っておいた。見送りできただろうか。誰にも確認できないのがなんとも……。

 

 と、とりあえず資料作りに没頭しよう。そうしよう。

 

 

 

 




ストックのラストです。ええ、ストック切れました。
というわけで不定期になるかと存じます。

げ、原作が近いね? だがまだだ! まだ半年ある! 

次回もおたのしみにー!


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13 一年後期の学院生活の準備

こんにちは。
ええ、明日は日曜日ですね。

みなさまの暇つぶしの一助にでもなればと、早めにアップしたので確認や修正が甘いです。知らないうちに踏み抜いた罠やすごい抜けが多そうですがアップさせていただきます。(ペコリ


 

 色々と問題のあった婚約式が終わり、ラドの月から始まる後期の学院期間が近づいてきた。とりあえず、なぜか「新しい環境に慣れるため」という理由で前回よりも早い時期に学院に戻る事になった。いや、環境には慣れてるだろう。

 

 「さすがに教室変更や医務室の水メイジが代わったらわからんかもしれんが、休暇中に確かめるのもそれほどないのではないか?」

 

 とクラウスに聞いたら、今回の提案は姉さんのものらしい。しかも、着くまで秘密だそうだ。嫌な予感しかしない。どうもアレ以来、ルーシア姉さんは俺をおもちゃにして楽しんでいる節がある。

 

 はっ!? まさか……。自分より先に婚約したから怒ってるのか!? あ、ありえなくもない。うむ。確かに俺自身結婚できるようになるとは思わなかった。いや、まだしてないが。

 それに比べるのも姉さんに失礼だが、確か原作ではヴァリエール家の長女様が独身を気にしてヒロインである三女殿に軽く折檻していたような……。

 

 ルーシア姉さんなら相手を探せばすぐ見つかると思うほど美人だし、性格も温厚―――だよね? 最近ちょっと自信がないが、それほど心配しなくてもいいとは思う。やはり以前クラウスに言われたように俺も探した方がいいのだろうか。いやしかしだな……、あのハンサム揃いのグラモン家で無理となるとハードルがだな……。

 

 いやまてよ? 確か、原作のキュルケ嬢はコッパゲの火の魔法を見て貢ぐほど惚れてたな。となると、もしやルーシア姉さんのタイプは見た目ではなく魔法ということも考えられる。ふむ。それならば探しようもあるし魔改ぞ……いや、鍛えれば上がる可能性もある。見えてきた気がした。

 

 よし、この半期の学院生活では姉さんのお相手を探すのも「やることリスト」に入れておこう。しかし、コルベールはさすがに除外だろう。能力はいいが、アレを兄さん! とか呼びたくない。ぶっちゃけ父上の方が若く見える気がする。というか教師は除外だ除外!

 

 と、言うわけでそろそろ着くらしい。今回も風竜隊の助けを借り、学院まで移動している。最近はトリステイン上空をくまなく飛んでるらしい。

 

 「クロア坊ちゃん。坊ちゃんからいただいた資料は本当にすばらしいですね。もはやトリステイン上空ならどの部隊相手でも勝てる気がします。」

 

 とか言ってた。「いや、常に自分より相手が上だと思って訓練しないと成長が止まるぞ?」とか言っといた。君達がカスティグリアの最強戦力だからして、油断はいかんよ。いや、マジで! とまぁそんな話をしながらだったのですが、モンモランシへ向かう部隊の編成や、あちらで募集する野良メイジも大体決まっており、今騎手を務めているメイジはアグレッサー部隊の隊長さんらしい。というか今回りを飛んでるのも全部アグレッサー部隊だそうだ。昨日の夜、夜間飛行訓練も兼ねてモンモランシ領から飛んで来たらしい。

 

 え? もう出来たの!? まじで!? は、早くないですかね。「この時代の戦争は足が遅いはずだ(キリッ」とか誰か言ってませんでしたっけ? さすがカスティグリア。順応が早い。まさかここまで早いとは思わなかった。なんかこれなら俺イージーモードになるんじゃないですかね? 自主退学してモンモランシ領あたりで療養生活してる間に全て平和に終わりそうな気がするのですがっ!

 

 ちなみに姉さんは一足先にジャックと一緒に学院に行っている。何か色々仕込み……いや準備をしてくれているらしい。嫌な予感しかしない。ふむ。むしろこの予感を信じて相手の行動を予測、対策をしていれば対応可能なのではないだろうか。

 

 くっ、もっと早く思いついていれば羊皮紙に書き込めたのだが、竜の上では乗っているだけで精一杯だ。たまには脳内記憶に頼ろう。

 

 1 メイドが変わる。シエスタから変更。 有り得るが、それほど大変な変化とも思えん。

 

 2 内装が変わる。 一番ありそうだ。俺をおもちゃにするなら恐らく一番的確な回答かもしれん。一応覚えておいて後で詳細を詰めよう。

 

 3 学院の敷地内に俺とモンモランシーの小さい家を建てる。 い、いや、無くはないか? カスティグリアの財政がどのくらいあるのかは知らんが、やりそうで怖い。いやそこまで無駄遣いはしないと信じよう。ふむ。俺だけの家なら悪くない。むしろ医務室の隣にだな……。教室が遠くなってダメか。

 

 4 風竜隊の施設がなぜかあり、常駐している。 いやいやいやいや、公共施設だから! あれ? そ、そうなんだっけ? ちょっとこの世界のルールが曖昧です。ええ、学生ですからね。教えてくれませんし。

 

 5 むしろ俺の環境じゃなくてジャックの環境を整えに行った。 ふむ。ちょっと逸れてる気がするが、これもあるのではなかろうか。

 

 まぁそんなところだろう。内装が変わるのが一番ありえる。そういえば前回は期限が短くてどうこう言っていた気がする。ふむ。それならばわからなくもない。いやきっとそうだろう。そうに違いない。というかそれ以外は対策を立てようがない特に3番。

 

 どのように変わるかが問題なのだが、あの分厚いカーテンさえあれば引き篭もれる自信がある。シエスタに寝るときの使用を止められているが、着替えには必要だ。恐らく撤去はないだろう。と、なるとなんだ? 変えられて俺が困って姉さんが楽しそうなことか……。うーむ。

 

 と、考えているうちに降下が始まり、到着してしまった。ルーシア姉さんとシエスタが迎えに来てくれていて、ポーターも用意されていて荷物がさっさと運ばれて行った。

 

 「シエスタ、久しぶりだね。今期もよろしくね。」

 

 「クロア様。お待ちしておりました。よろしくお願いします。」

 

 と、挨拶を交わし、肩を借りて寮の部屋へ向かった。のだが……。まさかこう来るとは……。いや、ある意味効率的なのだろう……か? いいのか? ここ女子寮なのだが……。

 

 確かに女子寮の方が授業塔は近いし使用人塔も医務室も近い。シエスタもこちらの方が遥かに安全だ。だ、だがな。こう、なんというか男子としての、その、……。

 

 と考えているうちに部屋に到着した。シエスタは俺を椅子に座らせると井戸に水を汲みに行った。井戸も近くなったらしい。しかし、内装はほとんど変わっていない。テーブルが大きくなり椅子が増えてるだけだ。前は2脚だったのだが、6脚になっている。ふむ。今までギーシュとマルコが同時に来るとどちらかが立つか二人とも立ってたからな。モンモランシーが来る事もあるかもしれん。

 

 そうなると5脚でいいはずなのだが、まぁ多い分には困らないだろう。

 

 「姉さん。女子寮に入るのは距離的にもシエスタの安全のためにもいいと思うのですが、問題ないのですか?」

 

 一応、聞いておこう。後で問題だ! とか言われても言い訳に困る。とくにマルコあたりが「けしからん、けしからんよ、キミ!」とか言ってきそうで怖い。

 

 「ええ、問題ないわ。オールドオスマンに直談判しておいたし、大体モンモランシーに一人でキスできないような子が他の子に手を出す可能性はほとんどゼロでしょう? あ、シエスタなら構わないそうよ?」

 

 ごふっっ、い、いやしかし、誓ったはずだ! そう、雇用契約は守らねばなるまいて! もはや誰を守る雇用契約かわからんが守らねばだな! そ、そう貴族として! と、ぜぇぜぇ言いながら心の奥で強固な誓いを立てていると姉さんがヒーリングを掛けてくれた。

 

 「脈アリみたいね。シエスタに伝えておくわね?」

 

 ルーシア姉さんがいたずらっぽい笑みを浮かべた。こ、これは止めねば! 止めねば恐ろしいことになる!

 

 「いやいやいやいや、ルーシア姉さん。俺まだ婚約したばかりだから! まだモンモランシーでもキスが限か……ごふっっ」

 

 せ、説得も難しいかもしれん。と思っていたら「あはははは! 冗談よ。冗談。」とか言いながらヒーリングを掛けてくれた。くっ、やはり遊んでいるに違いない! ここはさっさと姉さんのお相手を探した方が心の平穏のためにも良いのかもしれん。

 

 しばらくするとシエスタが水汲みから戻ってきて紅茶を入れてくれた。ふむ。何かこれを飲むと落ち着く気がする。そう、ここのところ乱れていた心の平穏が戻ってきた気がする。もはや学院の方が落ち着くとは、カスティグリア、恐るべし。姉さんと紅茶を飲んでいるとドアがノックされた。

 

 「あら? 来たみたいね。シエスタ。」

 

 と、言うだけでシエスタが出迎えに出る。というか予定調和なのだろうか。この行動パターンは何か似たようなのが前にあったようななかったような。くっ、ここでも記憶力弱補正か!?

 

 「あら、シエスタ、ごきげんよう。クロア、お邪魔するわね。」

 

 と、言ってモンモランシーが入ってきた。ああ、うん。女子寮でしたね。

 

 モンモランシーの今日の服装は屋敷で着ていたような装飾の多いものではなく、普段着のようなものだ。若草色のワンピースで肩の部分が膨らんでいる以外は普通のワンピース……だと思う。なんか姉さんの影響でどこに罠があるか疑心暗鬼になっている気がしてならない。

 

 「ごきげんよう。モンモランシー、君もこんなに早く学院に戻ったのかい? その服もステキだね。君の普段の魅力がよく映える。」

 

 「ええ、ごきげんよう。クロア。あなたに合わせたのよ? ルーシアさんが予定を教えてくれたの。昨日入ったのだけど待ち遠しかったわ。あ・な・た。」

 

 ごふっっ、ちょ、ちょーっとハードル高かったかなぁ? モンモランシーは俺の隣に座るとヒーリングを掛けてくれた。ちなみに部屋は隣らしい。いや何かもういい。ふむ。しかしプログラムを消化していくためにはいいかもしれん。そう考えればこの配置はベストと言えるだろう。

 

 「あ、そういえば姉さん。俺の友達のギーシュやマルコはこの部屋に来ても大丈夫なのかね? 俺があちらに出向くのは厳しいのだが。」

 

 そう姉さんに疑問を投げかけてみると、

 

 「ええ、あなたの部屋は出口に一番近いからね、そこまでなら大丈夫よ? あとは個人の責任になるけどね?」

 

 準備がいいな。さすがだ。なんというか、用意周到というか、こちらの逃げ道を全て潰してからぶつけてくる感が否めない。

 

 「そういえば、クロア。一応これ、渡しておくわね。」

 

 と言ってルーシア姉さんに渡されたものは羊皮紙の束だった。全て父上の固定化が掛けられており、これはコピーらしい。コピーできるんだ? 便利な魔道具でもあるのだろうか。まぁ四隅に「複写」みたいなことが書かれているが、恐らく高価なものなのだろう。

 

 一つ目は束になっており、婚約式のときに書いた介助要員関連のもので恐らく対シエスタを睨んで俺に忘れたと言わせないためのものだろう。これは確かモンモランシーが許可を出し、規定の介助期間を経て、再び家族が面接して、俺が手を出す(どこまでかは知らない。)と側室要員になるという恐ろしい契約書だ。むしろなぜサインしてしまったのか……ええ、命の危険があったんでしたね。

 

 つまり、最終的に俺が判断するわけだからして、早々増えないはずだ。前にはなかった最後に添付されている確認書は見なかったことにしよう。すでに一名許可が下りているが見なかったことにしよう。

 

 二つ目はまっさらな羊皮紙だった。裏を見てもまっさら。

 

 「姉さん。この羊皮紙何も書かれていないのだがメモ用紙が混じってしまったようだね。お返しするよ。」

 

 と言って返すと

 

 「ふふっ、これすごいのよ? クラウスのオリジナル魔法が使われているの。」

 

 と言って、恐らくコモンスペルを唱えると文字が浮き出てきた。す、すごいな、クラウス!

 

 「はい、どうぞ? 消すときはエファセと言えばいいわ。」

 

 と、言って渡してくれた物をみると「あのモンモランシーへの愛が綴られた羊皮紙」だった。

 

 「エファセエファセエファセ!!!!! ちょ! こここここんな物になんでオリジナル魔法使ってるの!?」

 

 何こんなのにオリジナル魔法使ってるの!? 馬鹿なの!? しかも固定化も掛けてあるって言ってなかったっけ? 貴族の固定化はお高いんじゃなかったでしたっけ? ああ、使えるのか。使えてしまうのか、クラウスは……。いや、固定化を掛けたのは父上と言っていたか? まさかの家族ぐるみでしたか?

 

 「クロア。恥ずかしいのはわかるわ。でも私も持ってるのよ。私があなたにも持っていて欲しいからクラウスさんに頼んだの。」

 

 くっ、よくわからんが持っていて欲しいの? 本当に持っていて欲しいの!? というかモンモランシーも持ってるのか。何枚生産してあるんだろう。大量生産されたら……ん? よく考えたら元々ギーシュやマルコにも配るものではなかっただろうか。いや、改変するつもりではあったが、確か彼らのためにも良かれと思って書いたはずだ。ならば問題あるまい。

 

 「そうだったのか。俺のモンモランシー。俺が人生を捧げた人。大切に保管させていただくよ。」

 

 「ええ、嬉しいわ。私の全てをあげた人。」

 

 うむ。保管しよう。普段見えないなら問題あるまい。

 三つ目は束になったものだった。ふむ。「寮生活の手引き(女子寮編)」……いや、必要だけどさ。うん。必要ですね。ちゃんと読みましょう。

 

 一応さっき聞いたようなことが書いてあった。俺が自分の部屋やモンモランシーの部屋に行くのはいいが、友人を部屋に招く場合は一応許可が必要らしい。許可申請はモンモランシーを通すことになっている。ふむ。婚約者だから構わないか。社交的な意味もあるだろう。すでにギーシュとマルコは許可が下りており、二人のサインもある。もしかして婚約式の前にこの書類が作られていたのだろうか。

 

 ま、マジで? お、恐ろしい。すでに俺の人生はレールの上をただただ押されてゆっくり動いている気がしてきた。ふむ。よく考えればもう捧げてましたな。レールを敷くのはモンモランシーだからいいのか。

 

 読み終わって質問は無いと言うと、今日は荷解きもあるので解散になった。いや、ほとんどシエスタがやってくれるんだけどね。そう考えると暇かもしれない。そして原作と違っていいヤツになってるとはいえ、ギーシュとマルコ対策もしておこう。

 

 

 

 

 そして学院が始まる前の準備期間が始まった。これ、毎年あるのだろうか。いや、よく考えたらほとんど外に出ないので、カスティグリアでも学院でも変わらないのだが、毎日モンモランシーが尋ねに来てくれるため、そろそろ服装を褒めるための語彙が不足してきた。こ、これは厳しい。細かい変化も見逃さないよう、この良く見えない目でつぶさに観察しなくてはならず、しかも前回着たことのある服を新しい服と間違えないよう日記のようにメモしてある。

 

 しかも褒めた内容も一応書いているが、語彙の不足が著しい。いや、無理して褒めなくてもいいとは思うのだが、なんとなくこの挑戦は続けるべきだろう。そう、むしろモンモランシーの愛を受け止められない身体だからこそ、せめて、せめて褒め言葉の語彙くらいは増やさねばなるまいて。

 

 と、毎日辞典やシエスタに学院の図書館から借りてきてもらった本やシエスタオススメの恋愛小説とにらめっこしている。もしかしたらトリステインやハルケギニア独特の褒め言葉があるかもしれないという希望も少しある。いや、あることにはあるのだ。だがちょっと手を出しづらい褒め言葉なのだよ。そう、薔薇とか。

 

 あれはさすがにギーシュが言うからこそだろう。俺が言ってもし彼女に「たくさん生えてる薔薇なんかと比べるなんて!」なんて言われたら数十年引き篭もる自信がある。まぁ恐らくきっと多分言われないとは思うのだが、ちょっと勇気が出ない。

 

 あ、ちょっとだけ進展しました。ええ、アノ姿のモンモランシーを想像しても気絶しなくなりました。実際見るのはまだ無理ですが、このプログラムは一応効果あるようです。とりあえず自分が作り出す想像には勝てるようになりました。あとは真っ赤になりながら手を繋げるようになった程度ですけどね。

 

 

 

 そして学院が始まる数日前、入寮してくる貴族の子女が増えてきた。らしい。ちなみにドアには「クロア・ド・カスティグリア 御用のある方はノックをお願いします」と言う表札を出させていただいている。間違って入ってこられたりしても困りますし、ギーシュやマルコの逃げ道を潰しておこうかと。ええ、ちょっとしたイジワルでもあります。いえ、友人が間違えて他の部屋へたどり着くことがないよう、彼らの安全のためにですね……。

 

 ノックの音がしたのでシエスタに出てもらうと、ギーシュが来たようだ。ふむ。「どうぞ」と言うと、ギーシュが入ってきた。

 

 「やぁ、我が友クロア。ひさしぶりだね。それにステキな部屋だ。」

 

 「おお、我が友ギーシュ。本当に久しぶりだ。婚約式は早くから来てくれたのに悪かったね。体調が偶然、そう偶然悪くてね。いやはや、この身体にも困ったものさ。」

 

 そう、笑顔で挨拶を交わす。うむ。ぶっちゃけ3ヶ月ぶりくらいだ。少々距離がある気がするし、俺の貴族の仮面も最近よく壊れる。あまり自信がない。

 

 「ああ、シエスタ嬢、ありがとう。君の入れてくれる紅茶は本当に落ち着くね。」

 

 ギーシュがシエスタに丁寧に招かれ、紅茶を出される。

 

 「ありがとうございます。ギーシュ様。」

 

 シエスタは軽くカーテシーをしてから、ギーシュの対面の椅子まで肩を貸してくれた。一応彼に渡すかもしれない資料もテーブルに置いた。

 

 「しかし、色々と驚いたよ。まさか君が一番に婚約するなんてね? しかも相手はモンモランシー嬢だというじゃないか。詳しく聞かせてくれたまえよ。」

 

 ふむ。確かにギーシュには色々と悪い事をした気がしなくもない。実際個人的にはギーシュモンモン押しだったわけだし、スペックも相手の方が上だろう。確かに逆の立場なら気になる。ここは正直に話すか? いやしかしな……。

 

 「ははは。ああ、そうとも。でも俺が一番驚いていると思うよ? なんせ当日まで弟クラウスの婚約式だと思っていたのだからね。」

 

 と言うと、ギーシュも笑ってくれた。ふむ。これで反れるようなら回避しようと思います。

 

 「ふむ。ではクロアはモンモランシー嬢のことをどうとも思ってなくて、ただの政略結婚なのかい?」

 

 くっ、厳しいところを突いてきた。こ、こここれは反らしたらダメだ。

 

 「いや、モンモランシー嬢の事は当然愛しているとも。それはもう。この虚弱な命がかかっているほどさ。」

 

 嘘は言ってない。うむ。嘘は言ってない。

 

 「ははは、そうか。君が女性を本気で愛するときが来るなんてね。しかし、君、どうやって彼女を口説いたのだい? よければ僕にもそのテクニックを伝授してくれたまえよ。」

 

 ふむ。聞きたいのかい? 本当に聞きたいのかね? 

 

 「ふむ。ギーシュが本当に聞きたいというのであれば、伝授しないでもない。しかしだね。君にそれを実行できるかは少々疑問が残る。それでも良いというのであれば、そう、本当にそれでも良いと言うのであれば、この友情に賭けて絶対に軽蔑しないと誓うのであれば! 恥を忍んで伝授しようではないか。どうだね?」

 

 そう真剣な顔で言うと、ギーシュは真剣な顔で「誓おう。友よ。ぜひ伝授してくれたまえよ」と言った。言質はとったぞ? 友よ。

 

 そして、シエスタにあの羊皮紙を取って来るよう頼み、コモンワードを唱え、文字を浮き出させる。そして「まずこれを一字一句逃さず読みたまえ」と言ってギーシュに渡した。そう、アノ羊皮紙だ。モンモランシーへの愛が綴られた羊皮紙である。元々ギーシュのために書いた物だからして、彼にも読む権利はあるだろう。いや、普通に恥ずかしいところを削って考え付く限りのパターンと自分で考えられるよう個人的な手法をまとめた語彙強化用資料もあるが、ぶっちゃけ「肉を切らせて道連れにする」によるギーシュの反応がみたい。

 

 「と、とととと友よ。こ、これは一体。」

 

 と、激しくギーシュが動揺し始めた。うん。君が一番ふさわしいだろうとか書いてあるしね。わからんでもない。

 

 「うむ。それは俺が婚約式の一週間前ほどに書いた物のコピーだ。あの日は少々ショックなことがあってね。君がモンモランシー嬢を口説く手伝いになればと、当時叶うことはないと思っていた俺の恋心を有効利用するため本心で書いていたはずなのだが、どうも筆が逸れてね。

 書いた後いつの間にか寝てしまって、その間に弟クラウスに回収されたらしく、俺が起きた時にはそれを書いたことすらほとんど忘れていた。そして恐らく家族全員に読まれ、俺が削った部分を修正された挙句、モンモランシーに読まれたものだ。」

 

 動揺していたギーシュの目が見開かれた。うむ。わかってくれるか友よ……。

 

 「そして、婚約式当日の朝、部屋に監禁され、逃げ場を失ったあと、姉弟、そしてモンモランシーの前でそれを突き出された。読めばわかるだろう? 友よ。それを見てなお結ばれたいと彼女に言われたのだ。まさに死のうと決意したあと、そう言われたら人生を捧げるのも吝かではないとは思わんかね? 友よ。」

 

 と、言うと、ギーシュはコクコクとうなずいた。ショックだったのかい? 友よ。声が出てないよ? 紅茶に口をつけて少し飲んで、しばらくギーシュの反応を見る。

 

 少しして、ギーシュはようやく落ち着いたのか、羊皮紙をこちらへ返して大きなため息を吐き、紅茶を一口飲んだ。この羊皮紙は俺を傷つけるものでもあるが、ギーシュがこの反応なら面白い武器になる可能性が出てきた。これはいいものだ。彼女が持っていて欲しいと言ってくれなければ今この場に存在していなかっただろう。さすが未来の妻と言わざるを得ない。

 

 文字を消してシエスタに渡し、元の場所へ戻してもらう。そういえば、シエスタはコレの内容を知っているのだろうか。知っているのであればターンされたり、裾を掴んで上げられたら危険かもしれん。いや、間違いなく危険だろう。装飾が少な目とはいえ、彼女は常時メイド服だし、ドロワーズの可能性が高い。そういえばシエスタのメイド服のエプロンの形が三ヶ月前と違うような……。ままままさかね? 考えるのは危険だ。ギーシュに集中しよう。

 

 「しかし、友よ。君は恐ろしく困難な修羅場を乗り越えて来たようだね。尊敬に値するよ。そして、僕達の友情をここまで信じてその事を明かしてくれたことに感謝してもし切れない。僕は君のことを軽蔑するどころか英雄だと感じてしまったよ。」

 

 と、ギーシュが笑顔で褒めてくれた。おお、わかってくれるか。友よ。

 

 「おお、友よ。そう言ってもらえて大変光栄だ。そんな君に進呈したいものがある。」

 

と言って、ギーシュが来た時からテーブルに用意していたギーシュ、マルコ用の汎用口説き文句語彙強化対策資料を渡した。

 

 「おお、これはもしかして……。友よ! 君はなんてすばらしい友なのだ。僕は君のような友を持てて大変光栄だよ。ありがとう。これは僕のこれからの人生に大きく役立たせていただくよ。」

 

 ギーシュはざっと目を通したあと大変感激してくれて、大事そうに羊皮紙を丸めて仕舞った。一応マルコにも渡すつもりであることを話し、相手が被らないよう注意しておいた。

 

 「そういえばギーシュ。薔薇である君にこんなことを聞くのは失礼かもしれないのだけどね? これと言った気になる方はいるのかね?」

 

 と、ちょっと興味を持って聞いてみたが、今のところ特にいないらしい。ううむ。来年ケティが入学するのを待つしかないかもしれん。すまん、ギーシュよ。と、思ったらどうやら逆らしい。モテモテで困るとか惚気られた。

 

 「ふむ。ならば構わないのだがね? もし君が決めかねているのなら、君はモテるから来年に期待しても良いかもね?」

 

 と、一応まだ見ぬケティ押ししておいた。うん。一応。

 

 「そうか、友よ。来年も新しい蝶がやってくるのだ。焦る必要はないかもね。」

 

 と言って笑っていた。うむ。さすが高スペックで気のいい友人である。

 

 

 

 




ええ、モンモン攻勢が止まりません。甘甘展開の出口ドコー?
作者のHPはたまにマイナスよ! マイナスになると狂化してしまふよ?

昨日きっちり寝たので回復気味です。
ちょっと最近体調悪くてあまり眠れなくて寝ても悪夢ばっかりで狂化モードに突入してたみたいです。すいません。
ヒーリング回数を絞れるよう調整中です。まだ多いと思いますが本当にすいませんorz(土下座


次回おたのしみにー!

してくれる人はまだいらっしゃるのだろうか;;


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14 マルコのことと原作について

みんなの日曜日が……吸われてゆくっ;;

ええっと、はい、お昼寝したら夜でした(爆
後半はこれから突入する原作についての説明と対策案です。

原作のことも書いた方がいいというお言葉を前にいただいたので、書いてみました。


 

 数日経ってマルコも訪ねてくれた、「けしからん、けしからんよ、キミ!」とやはり言われた。いや、女子寮もそうだけどむしろこの若さでモンモランシーが幸せそうにしている婚約がけしからんらしい。婚約式のパーティの時にモンモランシーが浮かれていた様子が彼の類稀な観察眼に察知されたようだ。

 そのあとギーシュと同じようなことを言っていたため、俺も彼の時と同じようなことを言ってから、そっとあの羊皮紙を渡した。

 

 「こ、こここここれは!? キミ! これは! これをもしかして!?」

 

 と、顔を真っ青にして汗をダラダラ流し、ガクガク震えながらひたすらに驚愕するというすばらしいリアクションを見せていただいた。そして、それをモンモランシーや家族に見られ、突きつけられたときの状況を説明すると、

 

 「と、友よ。キミはなんという壮絶な戦場を抜けてきたのだ。とても僕にはマネのできないことだよ。友よ。本当にすまなかった。」

 

 と震えながら泣いていた。な、泣いてくれるのか、友よ。マルコはもしかして自分に重ねてしまったのだろうか。しかし、俺はあの戦場を駆け抜けたことであまりこのことに関しては恥ずかしくなくなった気がする。むしろこれは今現在勲章になりつつある。

 

 「泣いてくれるのか、友よ。さぁこのハンカチを使いたまえ。君はこのような戦場を抜けずともきっと君のその優しい心と包容力を分かってくれる人が現れるさ。そして、その時が来たとき、よろしければこれを役立てていただきたい。」

 

 と言って、ハンカチを渡し、汎用口説き文句語彙強化対策資料を渡した。マルコはハンカチで涙を拭いたあとざっと羊皮紙に目を通すと目を見開いて驚愕した。

 

 「こ、これは!? 友よ! 君の心遣いに報いるためにもぜひ役立たせていただこう!」 

 

 マルコは笑顔で受け取ってくれた。うむ。作った甲斐があったというものだ。

 

 

 マルコは長期休暇中、基本的に魔法の練習をしていたそうだ。何とドットからラインに昇格したため少し早めに学院に戻り、ミスタ・ギトーの個人レッスンを受けていたらしい。

 

 うおおおお! マジか! いいなー。というかマルコはドットだったのか。いや、ギーシュもドットだが、原作知識から考えるとアレはなんか呪いでドットに固定されていそうで怖い。いや、単なる勘だから全くあてにならんが、彼がラインになったら心から祝福しよう。

 

 「それでキミにもアドバイスを求めてみてはどうかと、ミスタ・ギトーもおっしゃってね。それでキミに聞きに来てみたというわけさ。よければ助言をもらえないだろうか。」

 

 マルコの相談内容を詳しく聞いてみると、ミスタ・ギトーは風の魔法を教えたり単純に使うことは得意だが、以前あった俺への襲撃騒ぎで自分自身が戦うことに関しては一歩自信が後退したそうだ。

 

 よほど、コルベールの動きが良かったのだろうか。いや、ヤツは元プロだし!

 

 「ふむ。友よ。簡単に教えることが出来るのは恐らくだが何に使うかということだけだね。まずそのスペルの特性を知ることが重要だろう。例えばこの、エア・ハンマーは単純に使えば相手への打撃をメインにしている。しかし、相手の攻撃に合わせることが出来れば防御にも使えるかもしれない。

 そしてこのライトニング、見たことはないが名前からして恐らく攻撃は一瞬だろう。避けることも防御も難しいと思えるが、事前に対策をされると恐らくどうしようもない。」

 

 と、一つ一つ、丁寧に利点と欠点、俺が考え付く他の活用法や戦術をマルコに語っていく。

 

 「もし戦いを想定するのであれば、まず防御用の魔法と攻撃用の魔法を一つずつ選んで、それをを素早く詠唱、発動できるよう錬度を上げてみてはどうだろう。とっさの時にまずそれを使えれば時間を作ることができると思うのだが……。」

 

 と、まずは絞り込んでみることを提案してみた。いや、手段が多いことはいいんだけど、その場その場で対応するには恐らくかなりの訓練が必要だろう。学生なんだから二種類あればいいかなと……。決して、そう決して俺の使える魔法がマルコより少ないからとかそういった理由ではない。

 

 「おお、友よ。何か見えてきた気がするよ。ありがとう。」

 

 と言って、マルコは紅茶を飲み、アドバイスを聞く真面目な顔から力を抜いて明るい笑顔を見せてくれた。うむ。友達冥利に尽きますな。一応追加で攻撃防御関係なくライトニングもオススメしておいた。なんか原作で使ってた記憶が……あったっけ? まぁいいか。きっと我が友なら使いこなしてくれるだろう。アレは確かトライアングルだし、間にライトニングクラウドがありそうだが問題ない、ラインではあるのだ。どうせトライアングルに挑戦するならそちらもやらねばなるまいて。

 

 

 

 

 

 

 授業が始まったのだが、以前と変化したことがある。俺が休んだ日や途中退出した日、まぁほとんど毎日なのだが、マルコが代わりにメモを取ってくれて、ある程度貯まると俺の部屋で授業の内容を二人で復習をしたり、理解を深めるために話し合うことが多くなった。

 

 マ、マルコがどんどん真面目で優しいヤツに! 

 

 しかし、マルコはなんでこんないいヤツになったんだろうか。原作とはなんだったのだろうか。いや、元々いいヤツだったのだろう。マルコが来る日はモンモランシーも一緒に勉強するようになり、ギーシュもたまに顔を見せたりと、何か勉強会in俺の部屋みたいになってしまった。

 

 いや、こちらとしてはありがたいのだが、君達社交とか恋人探しはどうなったんだい?

 

 

 

 そしてある日、モンモランシーとマルコの三人で勉強会をしていると、ルーシア姉さんが尋ねてきた。シエスタが出迎え、俺とモンモランシーに軽く挨拶をしたあと、マルコに気付いたのか、

 

 「あら、マルコ。お久しぶりね。お元気だったかしら。」

 

 と、姉さんは輝くような笑顔を見せ、マルコも真っ赤になりながら……、

 

 「ああ、ルーシアさん、お久しぶりです。その光り輝く髪を見た瞬間まさに天使が降臨したのかと錯覚してしまいました。」

 

 あれ? なんかどこかで聞いたような……? 髪の色なら俺も同じだと思うのだが、きっと彼にとってはかなり見え方が違うのだろう。というかお二人ともお知り合いだったのですね。

 しかし、我が友マルコよ。ルーシア姉さんのことが好きなのかい? ルイズのことはもういいのかい? でも彼女はグラモン家のハンサム達を袖にするような―――

 

 「ふふっ、お世辞ばっかり。あら、お勉強しているの? 私も教えてさしあげるわ。」

 

 あれあれ? も、もしかして姉さん脈アリですか? 

 

 ルーシア姉さんはマルコの肩に手を置いて対面にいるマルコの隣に座った。ふむ。何か怪奇現象がおきているのかもしれない。ついにこの“条件が合わないとほとんど見えない赤い目”が幻影を写すようになったのかもしれない。自分の目を信じられないことが恐ろしい。

 

 そっと隣に座るモンモランシーを見ると、マルコたちを見ながら何度か眉をピクッとさせてから、こちらを向き俺の肩にそっと手を置いて「ねぇ、あなた。ここなんだけど」と真面目な顔で勉強について聞いてきた。柔らかい手と腕の感触が彼女の制服越しに俺の背中に伝わった。

 

 くっ、た、耐えろ。モンモランシーは俺の様子を見つつ、たまにテーブルの下からこっそり俺にヒーリングをかけている。

 

 しかし、幻影だと思ったが幻影ではなかったようだ。そしてなぜかモンモランシーが対抗心を持っているような気がする。いや、それはそれで嬉しいのだがね。目の前に大きな問題がだね。いや、物理的に目の前だが。

 

 「モ、モンモランシー、もしかして姉さんとマルコはその……。」

 

 手元にある羊皮紙に目を落としつつ、あちらに聞こえないようにかすかな声でコソコソとモンモランシーに姉さんとマルコの事を尋ねると、俺とモンモランシーの婚約式でマルコが来たときに知り合って以来、ルーシア姉さんがアプローチを掛けているらしい。マルコはそれに気付いていないが、マルコも姉さんに好意を持っているようだ。

 

 え、いいの? いいんですかね? ク、クラウス、コレは一体どうなってるんだ?

 

 「ルーシアさんがマルコに一目惚れしたんですって。あ、クラウスさんとご両親は二人を応援するそうよ。私もよければ協力して欲しいと頼まれたわ。」

 

 「え、クラウスも知ってるのか。ならいいのか。しかし、マルコが理想だったのか。そういえばマルコはジャックに雰囲気が―――」

 

 と、コソコソ話しているうちにモンモランシーの髪が俺の肩にかかり、耳元に彼女の息が感じられるようになり、俺の服の袖が腕にかすかに触り始めると、マルコと姉さんのことを考えている暇がなくなってきた。

 

 「んんっ、キ、キミたち少し近すぎではないかね?」

 

 ハッとして前を見ると、マルコが真面目な顔をしており、モンモランシーもスッと離れた。

 「いや、原因はキミなのだがね?」と言いたいところだが、ルーシア姉さんの笑みから見えないプレッシャーが感じられる。これはきっと「言ったら殺す」みたいな感じだろう。エアーリーディングに関してあまり自信はないが、姉さんの効果範囲を特定したエアーライティング能力には恐れ入る。

 

 「あら、失礼。少しはしたなかったわね。」

 

 と、モンモランシーがツンとしてそっけなく返すと、マルコは小声で「けしからん」を連発し始めた。ルーシア姉さんもマルコの肩から手を外し、ほんの少し距離を空けた。

 

 あれ? もしかして、ルーシア姉さんは彼が自分にも「けしからん」と言っていると思ったのだろうか。マルコが完璧紳士だからそう言っていると思ったのだろうか。

 いや……け、けしからんのはだな……。まぁいいか、俺はクラウスに特に頼まれていないからな。きっと俺はこのことに関しては戦力外で俺がこの戦場に手を出すのはとても危険なことなのだろう。ここはプロ達に任せよう。すまんが君はそのまま存分に自分の首を絞めたまへ。俺は後方へ下がらせていただく。

 

 

 

 

 

 一度姉さんとマルコが俺の部屋で再会してからルーシア姉さんは三回に一回くらい参加するようになった。

 恐らく最初からシエスタやモンモランシーからマルコの情報が姉さんに伝わっており、初回のマルコとの再会も綿密に計算されていたのだろう。姉さんが来る頻度もじわじわとそれとなく上げられており、マルコが気付いた様子はなく、自然にルーシア姉さんがたまに来るという状況になっている。いや、マルコも最近はそちらを目的にしている気がしなくもないが……。

 

 お、恐ろしい。外から見るとわかるが俺もああやって完全に管理されていたのだろうか。マルコが早めに気付き、あの戦場へ導かれることのないよう祈ろう。いや、導かれるようなら俺もぜひ観戦したいが……。

 

 たまにギーシュも来るのだが、狙ったようにギーシュと姉さんが鉢合わせたことがない。もしかしてギーシュの行動も管理されていたりするのだろうか。

 

 ど、どうなっているんでしょうね? ぐ、偶然ですよね? カスティグリアの管理能力はばけものか! むしろ学院にカスティグリアの特殊工作機関がかなりの割合で入り込んでいて常に作戦が遂行されていると考えてもおかしくないレベルだと思うのだが……。いやよそう。むしろ知ってしまったら危険な気がする。偶然ということにしておこう。いやきっと偶然に違いない!

 

 

 

 

 学院の後期の日程が終わるころ、なんとモンモランシーとルーシア姉さんはトライアングルに昇格したそうだ。いや、ヒーリングばっかり使ってますからね。ええ、なんというか賞賛よりも申し訳ないという念がですね……。ちなみに俺が使える魔法は全く増えていない。

 

 後期の終わりの辺りには筆記や実技の進級テストがあり、俺はたまに体調のいい日にまとめて受けた。最終的な進級テストは来年行われる使い魔の召喚だが、大体成績がコレで決まるらしい。ちなみに使い魔の召喚を失敗しない限り大抵実技で進級テストを合格する。その実技もドットスペルやコモンスペルで通過可能である。

 

 今のところ爆発魔法しか使えないルイズ、いやミス・ヴァリエールは実技を捨て、筆記に賭けてオスマンとの交渉で進級を勝ち取ったらしい。

 進級を決められるくらい成績がよかったのだろう。そういえば、テストの成績順とかってわかるのかね? と思ってマルコに聞いてみたら、筆記の成績上位の人は結果が出たときに口頭で晒されるらしい。

 

 ちなみに筆記のトップはミス・ヴァリエールとマルコ、続いてモンモランシーの三人が上位だったそうだ。俺はあの、ええ、記憶力弱補正がですね。……二人と一緒に勉強してたはずなのだがね。

 実技は特に細かい順位はないそうだが、大体トライアングル=上位という感じらしい。そうなると実技も簡単に合格していそうなマルコやモンモランシーが総合首位争いとかになるのだろうか。キュルケやタバサも筆記はイマイチだったらしいし、もしかしたらありうる。

 

 俺は実技もいまいちだった。火しかマトモに使えませんからね。ええ、コモンスペルも少し忘れてました。普段あまり使いませんからね。

 

 

 しかし誰かね? 俺の友人であるマルコをこんなに魔改造したのは! ルーシア姉さんが裏でマルコを自分好みに魔改造しているのだろうか……。いや、よそう。この想像は危険だ。しかし、マルコの成長の糧になっているのであれば問題はあるまいて。

 

 ちなみに俺はやってない。彼は最初からいいヤツだったし、特にコレと言って手を出した記憶はない。むしろ積極的に俺が手を貸したのはギーシュだが、彼は未だにドットだし、恋愛も群がる蝶たちを引き寄せるだけで、特定の相手はまだいないようだ。そのことから考えても俺が原因ではないはずだ。

 

 モンモランシーは恐らく、実家の借金がなくなり仕送りがくるようになって、自由に使えるお金を作るための香水に掛ける時間が減ったからだろう。恐らく趣味の香水で取られる時間くらいならば彼女の負担にならないと思われる。

 

 

 

 

 そして後期の学院生活も終わり、カスティグリアに戻った。モンモランシーは二週間ごとこちらで生活するらしい。いや、長期休暇中に元に戻ったらヒーリングの嵐ですからね。ええ。

 

 しかし、あと三ヶ月で原作が始まる。そろそろ本格的に原作について考える時が来たようだ。ただ、これを無意識にでも羊皮紙に書くのは危険なのでベッドの中で寝たフリをしながら考えている。

 

 たしか、日本の秋葉原と思われる場所で修理に出していたノートパソコンを持った平賀才人が出会い系サイトに夢を膨らませてたところでミス・ヴァリエールのコントラクト・サーヴァントに捕まり強制召喚、強制的に平民兼使い魔として学院生活を送ることになる。

 

 そして、初日から躾と称した虐待が始まる。寝床は藁で食事はスープとパン。……あれ? パンが付いてるだけ俺よりマシじゃね? いや、そういえば俺のスープにはパンとか麦も入っていたか。ついでに肉も野菜も結構入っていた気がする。

 

 まぁ俺の場合体調が悪いときちゃんと噛めなくて嚥下するときに詰まったら困るからそうなってるらしいが、あまり食にこだわりが無いので特に苦かったり辛かったり不味いのでなければ不自由はない。ハシバミ草が体にいいとかでたまに入っていてすごく苦くてきついが、タバサはアレが好物なんだよね。恐るべし雪風。

 

 そして、基本的にスープで固形物はホロホロになるまで煮込まれたものだし、それほど量が多いというわけではないがこの体は低燃費設計だから問題ない。いや、そもそも設計上仕方なく低燃費になったのか? ふむ。興味深い。って逸れたな。

 

 しかし、そう考えるとヨシェナベは俺のためにあるような料理かもしれない。あれは普通においしい。ぶっちゃけ毎日でもいける気がする。いや、前々から普通にタルブ村の名物料理だから全く俺のためというわけではないな。って更に逸れたな……。いや、タルブ村? 名物料理? な、何か忘れている気がする……。一応思いついたことメモに後で書いておこう。

 

 

 と、とりあえず、その後才人はシエスタに餌付けされ、お礼に彼女の給仕の仕事を手伝っているときにギーシュに絡み、ギーシュといざこざがあって決闘騒ぎになる。才人はボロボロになりつつも油断したギーシュに勝利するが怪我の影響で数日寝込むことになる。

 

 ふむ。確か落とした香水がきっかけで二股がバレ、二人の女生徒に連続で振られ、それを才人に馬鹿にされて決闘だっけ? 二股というよりキュルケと競う様に股を増やしているとは思うが、いや、そういえばギーシュは紳士だからキスまで行ってない可能性の方が高いか? どうなんだろう。

 確か原作では手を繋いだとか遠乗りに一緒に出かけたとかその程度だった気がする。今度聞いてみるべきだろうか。いや、行っていてもあまり関係はないな。しかし、香水に代わるものでバレるのだろうか。まぁあまりそこは気にしないようにしよう。

 

 問題はそのあとなのだが、あのギーシュが才人をあそこまで(けな)すだろうか。いや、平民相手だし才人は男だ、やりかねん。むしろアレは確かギーシュは才人が“ミス・ヴァリエールの平民の使い魔”だとわかって解放したのだが、才人が貴族と平民の格差を理解しておらず、日本の価値観のまま、気持ちの赴くままギーシュに噛み付いたと言っていいだろう。

 そして、問題はワルキューレだ。もしギーシュの魔改造されているかもしれないワルキューレに才人が簡単に負けたらどうしよう。ううむ。このあたり計画を練る必要があるかもしれない。

 

 確かこの件があってキュルケが才人に惚れて、ミス・ヴァリエールが才人を少し認めて剣を買い与えるというのが重要なところだろう。キュルケの支援というか援護は後々まで続くので出来れば惚れて欲しいところだが、厳しいようならこちらで援護しよう。

 

 そのあとはきっとそれなりに間が空くはずだ。とりあえずシエスタの配置と才人の手に剣が渡るかさえ最低限気をつければ問題ないだろう。あとは適当にギーシュやマルコに「平民にしてはやるではないかー。平民にしておくのは惜しいかもねー。」とか適当に言っておけばいける気がする。

 

 

 そして現時点で最大の問題はフーケだ。手を出すなら今から考えても遅いくらいかもしれない。確かトリステインの貴族を対象にお宝を盗みまくる怪盗で二つ名は「土くれ」。巨大なゴーレムを操り、あとには土しか残らないらしい。

 

 まぁ正体は学院秘書のミス・ロングビルなわけだが、原作を遵守するならば彼女に手を出さなければ問題はない。勝手に才人とミス・ヴァリエールが仲良くなって破壊の杖という名のロケットランチャーでフーケのゴーレムを吹き飛ばし、油断したフーケを捕まえてくれるだろう。

 

 しかし、もしフーケを保護するというのであればかなり難易度が変わってくる上に今後の方針を変える必要がある。彼女はフーケになる前はマチルダ・オブ・サウスゴータというサウスゴータの太守の娘だった。彼女の父は処刑されたモード大公の直臣で、処刑される本当の理由であるハーフエルフのティファニアとその母親のエルフを匿ったため家名を取り潰された。

 

 もしレコン・キスタが現アルビオン王家を完全に潰すとハーフエルフのティファニアが一番王家に近い存在になる。この世界ではブリミル教により、「エルフは悪魔」―――だっけ? として拒絶されているため、ティファニアが王位に就くのは難しいように見えるが、彼女は虚無の属性を持っているため恐らく問題は無い。むしろハーフエルフに虚無が生まれる事自体ブリミル教の教えが間違っているのだが、その辺りを追求するとカスティグリアに対して聖戦を起こされそうなのでやめておこう。

 

 そう、もしアルビオンが欲しいのであれば、最後においしいところをカスティグリアが掠め取ればいいのだ。その下準備にまずフーケとティファニアを確保したい。彼女達をうまく丸めこ……いや、説得してティファニアをアルビオンの王位に就かせ、フーケをサウスゴータ姓に戻させ宰相とし、カスティグリアからアルビオン防衛の戦力を出して誰か一人元帥あたりに就ければ上手くカスティグリア、モンモランシに住む領民の避難地域を作れるかもしれない。

 

 アルビオン戦役でのいざこざを理由にロマリアの影響を反らせられれば聖戦にも参加せず、物理的にも高みの見物ができるだろう。ただ、問題はガリアとロマリアである。まず、おいしいところを持っていくのに本来最後においしいところを持っていくために配置されるガリアの艦隊をカスティグリアだけで押し返す必要が出てくる。

 

 それだけの戦力をカスティグリアが持っていたとしても全戦力を対レコン・キスタに向けると領地が危ないかもしれない。それに、それだけの戦力を事前にカスティグリアとモンモランシから抽出していれば初戦から終戦まで対レコン・キスタ戦闘時にトリスタニアから任命された最高指令官や参謀あたりに使い潰される危険性もある。それだと戦争終了直後まで戦力を完全に保持し続けるのは難しいだろう。

 

 逆に目立たないよう、少数に絞り、少数精鋭で押し返し、モード朝アルビオンが樹立したらカスティグリアやモンモランシと同盟を結び、戦力を補給すればよいのだが、それでも少数精鋭で初戦を乗り切ってガリアを押し返すには不安が残る。

 

 そして、うまく行ったとしても高みの見物を決め込んだ途端、ロマリアが牙を剥くかもしれない。その辺りはまぁ今後の展開次第だが、そうなると恐らくガリアも追従してくるだろう。あの王様ならこちらを先に潰して戦争ごっこを続けられるのだから願ったり叶ったりかもしれない。いや、むしろロマリアを焚き付ける可能性すらある。

 

 かなりハイリスクだがリターンもかなり望める。問題は現在のカスティグリアの戦力とガリアの艦隊の数か? 最終的に五分五分ならば辞めるべきだろう。原作ではトリステインがかなり領地を切り取り、副王をトリステインとゲルマニアからそれぞれ出して共同統治といった形に収まったので、ある程度ならこちらに回ってくる可能性もある。

 

 それを考えると、後々のリスクが高すぎる。初戦である対レコン・キスタ戦での消耗を勘案しても、最後に来るであろうガリアの艦隊が損耗を恐れて戦うことを選択しないくらいの戦力が欲しい。

 

 大分まとまってきたようだ。とりあえず判断するための基準は見えた気がする。あとはクラウス辺りに聞こう。恐らく知っているだろう。まぁ知らなかったら父上に彼から尋ねてもらおう。

 

 まぁ全ては才人がミス・ヴァリエールに召喚されるという前提で組み立てているので、彼が召喚されなかった場合は様子を見ながらカスティグリアが戦力を埋める形になるとは思うが、その時はその時で考えよう。才人の代わりにスペシャルチートな生物が召喚されたらそれこそ高みの見物でいい気がする。

 

 思いついたことメモに「カスティグリアの戦力とガリア艦隊の戦力確認、タルブ村、名物料理」とだけ書いてベッドに入り、今度は本格的に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の方を書いていたときに思いついたおまけ。

 

くろクロアが あらわれた

 

マルコは けしからんをとなえた

くろクロアにはこうかがない!

マルコは489のダメージをうけた

ルーシアは1のダメージをうけた

モンモンはひらりとかわした!

 

ルーシアは エアーメイキングをとなえた

くろクロアはひるんだ

 

モンモンはターンで くろクロアをこうげきした

かいしんのいちげき!

くろクロアはそくしした!

 

くろクロアをたおした!




いかがでしたでしょうか。
ええ、前に予測されていた方がいらっしゃいましたね。

マルコ魔改造は一体だれがやってるのでしょうね(遠い目


あ、最後のはネタです。後書きに書こうとも思ったのですが忘れたら悔しいので書いておきました(ぇ


次回! 主人公が使い魔を召喚する! 
次回をおたのしみにー!


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15 クロアの使い魔

やったね! ついに使い魔が出るよ!

「」普通の会話
『』使い魔の心の会話、強調、呪文

だと思ってくだせぇ


 

 原作について考えた翌日、そろそろモンモランシーがカスティグリアに来るということでクラウスが俺の様子を見に来てくれた。資料ばかり書いていて体調を崩したらモンモランシーが来る意味が減ってしまって悪いので、彼女の予定を聞いて、彼女の来る1週間前からはかなりセーブして安静にしている。

 

 ちょうどいいところでクラウスが訪ねてきてくれたので、クラウスにカスティグリアとモンモランシ、そしてガリアの戦力を知っているか尋ねたところ、少し渋い顔をして、

 

 「カスティグリアとモンモランシに関しては全体を完全に把握しているけど、一応機密だからね。両方の竜部隊の規模や艦船の数くらいしか教えることはできない。あとガリアの戦力把握は完全ではない上に極秘だからトリスタニアしか知らない。ただ、今のところ父上が推測しているガリアの戦力との比較ならある程度教えて上げられるよ。」

 

 と、「ああ、それで充分だ」と言って俺が途中少し質問しつつ教えてもらった。現在カスティグリア、モンモランシ合わせて風竜の数は42、育成途中または訓練途中のモノは15で即時対応できるのは27だそうだ。また、火竜部隊を作っている途中らしく、そちらも訓練中のモノが21あるそうだ。

 

 か、かなり増えましたね。3匹から8匹になっていたので20匹くらいだと思ってたのですが、まさかの3倍でしたか。しかも火竜隊って……。火竜に関する俺の認識が正しいかクラウスに聞いたところ大体合ってるそうだ。

 

 一応あとで参考までに火竜に関しての戦術を資料にしておこう。恐らく機動性では風竜隊には劣るだろう。しかし火竜は風竜より強いブレスを持っている。記憶が確かならば、原作では火竜も主に空中戦をしていたはずだ。しかし、風竜から比べると機動性や速度が落ちるため、空戦技術を練りこんだカスティグリアの風竜相手だといくら熟練しても不利になりそうだ。

 

 そう考えると、空中戦も大事だが対地上戦を意識した方がいいのではないだろうか。攻撃機のように、対地上にブレスで攻撃を仕掛ければかなり相手にとって脅威になるだろう。少々重くなるかもしれないが、相手からの対空攻撃を防御するために火竜の下面に空中でも着脱可能な装甲をつけるのもいいかもしれない。また、ブレスまでの隙を狙われないよう、展開式のカバーもアリだろうか。その辺りは資料を作る時に詰めよう。

 

 一応クラウスに説明を中断してもらって考え付いたことを「思いつきメモ」にガリガリと書き込んでいく。あとで優先的に詳しい資料を作ろう。これは夢が広がりんぐ案件だ。メモが終わったところで一言軽くあやまってからクラウスの説明を再開してもらう。

 

 艦艇は大型の竜を運搬を目的とした空母のようなフネが4隻、対フネ用の戦列艦が1隻、戦闘艦が32隻で、順次建造中だそうだ。ただ、どのくらいでそのあたりが戦力になるかとか、その他、陸軍や兵站用の部隊は伏せられている。そのため継戦能力は不明だ。

 

 ガリアと比較した場合、空戦のみ、カスティグリア領内もしくはモンモランシ領内ならば迎撃可能な水準だそうだ。ただ、どちらかがかなり手薄になるため、防御陣地の構築を急いでいるらしい。

 

 となると、アルビオンは諦めた方が無難だろう。いや、無理をすれば取れるだろうが、その後の補給や防御が薄くなり、再び取られる可能性が高い。

 

 「変な事を聞いてすまんね、クラウス。安心したよ、ありがとう。カスティグリアとモンモランシは安全なようだね。」

 

 と、笑顔を作ってクラウスにお礼を言うと、クラウスは少しいぶかしげな顔をしたが、

 

 「そうかい? 兄さんが安心出来てよかったよ。」

 

 と笑った。まさかアルビオン戦役に積極加入することを少し考えていたとは言えず、その方針もなくなったことだし、「ちょっと心配してました。」みたいな空気を流すのが得策だろう。

 

 

 

 

 しかし、「タルブ村、名物料理」か……。ヨシェナベしか思いつかないのだが、一体なんだろう。交易関連か? いや、それならすでにある程度ミソやショーユを仕入れているはずだ。

 

 ううむ。と資料を作りつつ悩んだり、モンモランシーがお見舞いに来てくれたり、彼女に慣れるためのトレーニングに付き合ってもらったりすること早二ヶ月と少し。

 

 ええ、思い出しました。思い出してすっきりしました。ゼロ戦でしたね。ええ、なんか手遅れ感が半端ありません。

 

 こちらの世界に順応しすぎて「タルブ村=ヨシェナベ」のイメージしかなかったのか、それともゼロ戦の事を考えていた時にアクシデントがあってすっぽりと記憶から消去されたのかは不明ですが、確かにメモには残せませんからね。

 

 恐らくもう原作まで一ヶ月もありませんし、ゼロ戦が登場するまでにこちらがアレにコンタクトを取って怪しまれるのも少し不味い気がします。いや、最低限才人が召喚される前までならセーフでしょうか。

 

 いや、別に怪しまれたところであまり被害はないでしょうが、アレを回収するのは不味いでしょう。そして研究専門のメイジを派遣したところで彼らが回収しないという選択肢を取るはずがない気がしますし、偶然を装ってほんのり派遣および研究するには準備期間が少なすぎます。

 

 モンモランシーが来ない2週間を上手く使ってタルブに行ったとして……うーん、体調とかも考えるとかなりハードスケジュールな上、上手く接触できないと終わりますね。ここまで来たら諦め―――あああああ! やっぱ欲しい! 弾の十発、いや弾の一発でもいいから今欲しい! 

 

 そしてああでもない、こうでもないと考えをめぐらせていると、脳内だけで考えていた弊害が出たのか、その事を考えるたびに高熱が出るようになってしまった。そして、ちょうど最後のモンモランシーが来る二週間の最初の方で、彼女がとても心配してトレーニングも兼ねて食事も手伝ってもらうようになってしまった。

 

 ええ、「熱はまだある?」と言いながら額をあわせたり、「ふぅふぅ、はい、あーんして」と言うアレですね。恥ずかしすぎてほとんどトレーニングになりませんでした。

 

 弾とモンモランシーの狭間で揺れながら結局学院に早めに入る日が近づいて来て、時間切れで頓挫することになった。もはや原作通り彼の手に渡ったら弾を少しいただきましょう。むしろそれしか手はなくなりました。

 

 

 

 

 すっぱり諦めたことで高熱も全くでなくなり、学院の寮へ戻る日がやってきた。

 今回はちょうどモンモランシーもカスティグリアに滞在していたので、一緒に行く事になっている。というかそういう計画だったそうだ。モンモランシーがいるのでルーシア姉さんと今年入学するクラウスが第一陣ですでに向こうにいる。

 

 そして今回の入寮は以前と違うことが予定されている。―――って毎回変わってますね。

 とりあえず今回は風竜隊は学院の外の敷地で一泊訓練も兼ねて野営することになっている。もし、進級試験である使い魔召喚の日に体調が悪くなって参加できないと、後々予定がずれ込む可能性が大きいことと、学院から召喚するための広場までが少し遠い上に、俺がフライを使えないことからそこまでたどり着けるかわからないので風竜隊に送り迎えしてもらうことになった。

 

 ちなみにここで俺が体調を崩すと野営が無駄になり一度モンモランシに戻るそうなのでかなり慎重にならなくてはならない。

 

 一応監督してくれる教師はミスタ・コルベールらしい。いや、ミスタ・ギトーが良かったのだが、オールドオスマンがコルベール押しだったらしい。このことについてはルーシア姉さんが事前に交渉を行ってくれた。いや、俺は「イベント=体調悪い」というのがカスティグリア家での認識らしく、言われるまで気付かなかった。

 

 ふむ。ということはミス・ヴァリエールの公開ファーストキスは見れないのか。少し残念な気もする。いや、ここは極わずかな可能性で体調が悪かったとしても「みんなが心配だー」とか言って無理を押して参加すべきだろうか。

 

 いや、そうだな。うむ。公開ファーストキスは関係ないのだよ。あ、あれだ、えーっと、そう。才人が召喚されるかどうか確認せねばなるまいて。いや無理か。もはや風竜隊に送ってもらう事を考えると体調が良くても無理だな。ある意味退路をすでに断たれていた気分になるな。いや、ありがたいことなのだが。

 

 

 

 そして、風竜隊に学院に送ってもらった翌日、一足先に俺が使い魔を召喚する日がやってきた。立会人はコルベール先生にモンモランシーとルーシア姉さん。あと医務室の水メイジの方が来てくれた。ええ、今回は教師として立ち会ってもらいますからね。コルベール先生とお呼びするべきでしょう。

 

 竜の乗り降りや少しの移動はモンモランシーとルーシア姉さんの肩を借りた。

 少し皆から離れ、召喚の準備にかかる。と言ってもメモしたサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントの詠唱内容の確認だけだが……。結構覚えるのに時間がかかったので少し不安が残っている。テスト前の確認みたいな気分だ。

 

 「ではミスタ・カスティグリア、気持ちを落ち着けて使い魔の召喚を開始してください。」

 

 というコルベール先生の指示のもと、一度深呼吸してから集中し、サモン・サーヴァントを始める。

 

 「行きます。『我が名はクロア・ド・カスティグリア。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、使い魔を召還せよ』」

 

 確かアニメかなんかだと不思議な色の身長くらいの高さの縦に長い鏡のようなものが垂直に浮かんで現れたと思うのだが、少し離れた足元に20cmくらいの丸い鏡のようなものが地面に接する形で垂直に現れた。

 

 おお、成功した。しかも大物じゃなくて小物らしい。これは期待できる。大物だったら餌とか飼育関連も問題になりそうだし、相手次第では命がけの戦いに発展する可能性があり、どうしようかと考えていただけに結構嬉しい。やはり術者が望んだ、もしくはお互いに望んだ相手が引き寄せられるのだろうか。

 

 そして鏡を通過して出てきたのは10cmくらいの透明感のある赤白い羽を持った鳥だった。ピンクというより、白っぽい赤といった色でとてもキレイだ。最初は色彩と大きさからカナリアかと思ったのだが、それにしては赤黒い爪を持った足は太いし、羽とは違い真っ赤なプラスチックのような透明感を持ったクチバシもかなり鋭い。そして深い色のルビーのように赤い目がカナリアよりも頭の前にある気がする。色は別として猛禽類の鷹を10cmまで小型化するとこんな感じかもしれない。

 

 とりあえずコントラクト・サーヴァントを行おう。ちょうど向こうからこちらに近寄ってきてくれて、左の手のひらを差し出すと自ら歩いて乗ってくれた。思ってた感触と違って鳥の爪が刺さったりすることはなく、ちょっと硬いものが当ってる感じがするくらいだ。

 

 『我が名はクロア・ド・カスティグリア。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』

 

 呪文を唱えて鳥のクチバシにちょんとキスをすると鳥が羽ばたき始めた。やはり痛いのだろうか。大丈夫だろうか。頭や首元を指の先で軽く撫でながら我慢してもらうと、首の左側に小さな赤いルーンが浮かんだ。

 

 「無事終わりました。ルーンの確認をお願いします。」

 

 一つため息をついて、コルベール先生に確認してもらう。

 

 「見たことのない種類の鳥ですが、ずいぶんかわいらしい使い魔で安心しました。君なら火竜以上のものを召喚するかとも思って警戒していたのですが、杞憂だったようです。この使い魔が君を選び、君がこの使い魔を選んだのは私にとっても大変喜ばしいことです。」

 

 と言いながら彼もホッとしたのか、笑顔でこちらにきた。

 

 「これは共鳴のルーンですね。使い魔と意思の疎通を強く補助するといわれています。使い魔は君の生涯の友です。大事にしてくださいね。」

 

 今まであったコルベール先生の俺への警戒が霧散したようだ。聞きようによっては馬鹿にしているようにも聞こえるが、きっと彼の本心だろう。恐らく、ゴツイ二百万年ものの火竜などを呼び出していたら俺は彼の中の危険人物ランキングで上位になっていたに違いない。

 

 これからの事を考えると、俺が原作の彼と決闘後に話した内容で彼のことが気に入らないとしても、むやみに敵対関係にあるよりは良好な関係にあった方がいいだろう。接点は今のところ少ないし、これから衝突することもあるだろうが、その時に考えればいい。彼は恐らく召喚される才人の良き相談相手でもあるし、弾入手計画に必要になる相手だ。

 

 「はい、ありがとうございます」と笑顔で答え、共鳴を試すために使い魔にちょっと心の中で話しかける。

 

 『痛かったかい? 本当にすまなかった。でも君に契約してもらってとても感謝しているよ。』

 

 『構わないわ。これからよろしくね。ご主人様。』

 

 話しかけた瞬間かわいい人間の女性のような透明感と丸みのある、しかし少しツンとした感じの声が頭に響いた。

 なっ!? メ、メスでしたか。いえ、オスじゃなくて良かったと思った方がいいのでしょう。いや、変声期前か? というか鳥に変声期があるのか? むしろオスの方が声がキレイという話を聞いたことがある気がする。判断が難しい。しかし予想外にかわいい声でした。

 

 『な、名前はもうあるかい? あとできれば性別を教えてもらえるかい?』

 

 と心の中で伝えると

 

 『無いわ。メスよ。ご主人様。』

 

 と首をかわいくかしげながら答えたので名前を考えることにした。しかし鳥の種類がわからない。彼女に聞くわけにもいかないだろう。うーん。とりあえず後でゆっくり観察しよう。モンモランシーに肩を借りる必要があるので、心の声で話しかけて手のひらから肩に移ってもらった。あと突かれたら痛そうなので耳とか目とかクチバシで突かないように頼んでおいた。

 

 無事に使い魔召喚が終わったので寮に戻る事になった。集まってくれた方々には丁寧にお礼を言っておいた。いや、だって、この小鳥本当にキレイでかわいいし! いやはや貴族の仮面がスパーンと剥がれて顔の緩みが止まらない。

 

 

 

 

 寮の部屋に戻ってシエスタに紅茶を入れてもらった。モンモランシーは一度自分の部屋に戻り荷解き作業に入るらしい。ルーシア姉さんはクラウスの様子を見に行った。

 そういえば餌はなんだろう。やはり穀物とか虫とか肉だろうか。鳥の種類によってかなり違うからな。猛禽類なら肉なのだがカナリアなら木の実や穀物だろう。

 いや、話しかける前に名前を決めよう。呼びかけづらい。小鳥さんとか呼んでそれが名前だと思われたら困る。

 

 うーん。赤、鷹、鳥、カナリア、ルビー、ガーネット、思いつかない。真紅……は人形か。えーっと、フレイヤ……確かキュルケの使い魔がフレイムだった気がする。却下だな。

 

 「プリシラ。うん。『君の名前だけど、プリシラというのはどうだい?』」

 

 なんとなく思いついた名前を呼んでみると

 

 『プリシラ。気に入ったわ。ご主人様。ステキな名前をありがとう。私はプリシラ。』

 

 おお、気に入ってくれたようだ。自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 「『よろしくね。プリシラ。』」と、声と心の声両方で言うと『よろしくね。ご主人様。』と、かわいい声で答えてくれた。プリシラは鳴かないようだ。とりあえず餌について聞いてみよう。

 

 『プリシラ。君のご飯を準備したいのだけど何がいいかな?』

 

 『私のご飯? 不思議な事を聞くのね。私は常に精霊を食べているわ。』

 

 餌について聞いてみると小首をかしげながらそのように答えられた。

 せ、精霊ですか!? だだだだいじょうぶなのだろうか。とりあえず普通の鳥ではなかったようだ。

 

 『せ、精霊食べても大丈夫なの? 特に俺や周りにいる生物の命の問題とか。』

 

 と、ちょっと引きつつ聞いてみると

 

 『大丈夫よ。私はいつも私より下位の精霊を食べているし、ご主人様に全く影響はないわ。私や餌のことでそんなに怖がらなくても大丈夫よ?』

 

 とプリシラは自分の羽根を繕いながらあっさり答えてくれた。もしかしてびびったのがバレたのだろうか。ううむ。しかし精霊か。餌が精霊なのか。もしかして竜よりすごいものを引き当ててしまったのだろうか。しかしまぁ、小さいし餌代がかからないし何よりかわいいし。問題はあるまいて。

 あ、もしかしたら幻獣やその上位にいるかもしれないので彼女に聞けば彼女の種族がわかるかもしれない。

 

 『プリシラ。君の種族だけど何かわかるかな? ええと、できれば俺が判断できる表現があればいいんだけど。』

 

 『私のことを私として呼んだのはご主人様が初めてだから、残念だけどそれはわからないわね。気になるなら適当に付けてみたら?』

 

 『いや、変なこと聞いて悪かったね。大丈夫だよ。プリシラはプリシラだからね。』

 

 『そう、なら構わないわ。』

 

 種族を聞いたら適当に付けてみたらといわれた。ううむ。いや、もはやプリシラはプリシラでいいだろう。あとで適当に幻獣図鑑かなんかを読んで該当するものがなかったら気にしないようにしよう。

 

 『そういえばプリシラは好きなものはあるかい?』

 

 なんとなく気になったので聞いてみた。

 

 『そうね。ご主人様と火の精霊かしら。他の精霊や火自体もおいしいと思うけど火の精霊は格別ね。』

 

 おおぅ。た、食べ物と同列!? 気のせいだよね? 怖がらなくても大丈夫って言ってたもんね? と、とりあえず好物は火の精霊でしたか。ということはやはり火属性なのだろうか。ん? 火自体もおいしいということは火も食べれるのか?

 

 『火自体って火も食べれるの?』

 

 『ええ、火も食べれるわ。ただ、生物なんかはあまりおいしくないの。』

 

 ほっほぅ。ということはもしかして俺の魔法の威力調節に役立つんですかね? 現状危険が大きいので教室や学院の敷地でポンポン撃てませんからね。広場は遠いですし。まぁ空に打ち上げればいいのでしょうが、目立ちますからね。後で魔法使うことがあれば実験しましょう。

 

 しかし、多分だが彼女は火属性でいいだろう。使い魔の召喚は別の目的もあり、使い魔の種類でメイジの属性が固定されるらしい。一応授業でやったのをマルコが教えてくれた。つまり、系統魔法を使うに当って、一番得意な系統が固定されるわけだが、ここで俺が水属性とかになったら今までのは一体なんだったのだということになる。

 

 

 

 その後ちょっと五感の共有が出来るか試したり、プリシラが空を飛べるか試してみた。結果はそこそこ良好だった。

 

 プリシラは飛んでも音が全くしない上にかなり素早い。そして、どれだけ離れてもプリシラとの心の中での会話ができた。と、いってもプリシラが言うには学院の外あたりまでで、高度も雲の下だったが問題ないだろう。いや、ちょっと離れすぎると不安だからごく短時間で試したのだけど、『そんなに心配しなくても大丈夫よ』とプリシラに言われてしまった。

 

 しかし、聴覚と視界の共有に関しては今のところプリシラと接していないと無理だった。一応今のところと結論を延ばしたのは原作で才人がルイズに危険が迫ったときに彼女との視界を共有したエピソードがあったからだ。あと、触覚、嗅覚、味覚の共有は無理だった。いや、共有したところで使いどころは全然思いつかないからいいのだが。

 

 そして、召喚される以前は普段ずっと空を飛んでいたらしいが、俺の近くでも同じくらい精霊がいるので基本的に側にいてくれるらしい。ただ、時々遊びに行ったりするが、呼んだらすぐ来てくれるそうだ。あ、巣というかケージみたいの用意した方がいいのだろうか。

 

 『プリシラ。巣とか寝床とかベッドみたいの用意した方がいいかな?』

 

 と、聞いてみると彼女は基本的に眠らないらしい。とりあえず後でゆっくりと室内でのお気に入りの場所を探すそうだ。一応、地面やベッドの上は危険かもしれないのでやめてもらった。間違えて踏んだらショックが大きそうだ。もしかしたら止まり木とかベッドとか用意した方が楽かもしれない。

 

 ただ、まぁ精霊に関しては全然わからないし、彼女がそれで良いと言うのだからあまり気にしないようにしよう。とりあえず、名前も決まって生態に関する大体のことがわかったので同居人で俺の介助をしてくれるシエスタにプリシラを紹介する。

 

 「シエスタ。まだ種類というか種族はわからないけど、俺の使い魔になってくれたプリシラだよ。餌はいらないみたい。一緒に暮らすことになるからよろしくね。」

 

 と、シエスタに紹介すると、

 

 「はい。プリシラさん、シエスタと申します。クロア様のお側に置いてもらっています。よろしくお願いしますね。」

 

 と笑顔でプリシラに挨拶して丁寧にカーテシーをした。

 

 『シエスタ。ご主人様の持ち物かしら? 大事にするわ。』

 

 『いや、持ち物ではないけど大事にしてくれると嬉しい。あと、君が来た時にいた金髪の女性二人、わかるかな? 後で紹介するけど彼女達も大事にしてくれるとありがたいのだけど。』

 

 も、持ち物って。いや、まぁ似たようなものなのか? うーん。とりあえず、プリシラにお願いしてみると、『わかるわ。彼女たちも大事にするわ。』と答えてくれた。

 

 「シエスタ。プリシラと俺は心の声で話ができるんだ。彼女はシエスタを大事にしてくれるって言ってるよ。」

 

 と、シエスタに笑顔で伝えると、彼女も「まぁ! ありがとうございます。プリシラさん。」と笑顔で言いながらそっとプリシラの頭を撫でた。プリシラも気持ち良さそうに目を細めて首をクリクリしてとてもかわいい。

 そういえばシエスタが言っていることは伝わっているのかと聞いてみたら、それはわかるらしい。ただ、音を出すことができないので俺としか会話ができないそうだ。プリシラが他の人に YES NO だけでも意思表示できるように板でも用意しよう。思いつきメモに書いておいた。

 

 

 

 そのあと、荷解きが終わったモンモランシーが尋ねてきた。シエスタに招き入れられ、彼女の前にも紅茶が用意される。簡単な挨拶をして、プリシラに彼女を紹介する。

 

 『プリシラ、彼女はモンモランシーという名前で、俺の婚約者なんだけど、婚約者ってわかるかな?』

 

 『ええ、つがい(・・・)の予約よね? わかるわ。でも私もご主人様とつがい(・・・)だから忘れちゃだめよ?』

 

 あっれー? いつの間につがい(・・・)だったのでしょうか。いえ、使い魔ですから……あれ? コッパゲ先生は生涯の友って言ってませんでしたっけ? いつの間に……まぁいいか。きっとプリシラはモンモランシーとも仲良くなってくれるだろう。お互いに嫉妬しないよう気をつけよう。

 

 『う、うん。わかった。ええと、君と彼女は俺と、えーと、夫婦(つがい)になると思うんだけど、彼女とも仲良く、お互い大事にしてくれると嬉しいんだけど、大丈夫かな?』

 

 『ええ、構わないわ。そんなに怯えなくても大丈夫よ。ご主人様。彼女も大事にするわ。』

 

 ええ、共鳴のルーンなのでしょうか。こちらの感情がダダ漏れていそうで少し怖いです。いつの間にかつがいになっていたのをモンモランシーに話すべきだろうか。うーん。そういえばクラウスに未来の夫婦に隠し事は良くないと言われた気がする。正直に話そう。

 

 「モンモランシー。彼女は俺の使い魔になってくれたプリシラだよ。えーと、その、お、怒らないで聞いて欲しいんだけど、そのですね。契約したときに彼女の認識では俺は彼女のつがいなのだそうです。ええ、その、えーっと……。」

 

 と、何と伝えるか迷いつつ隣に座るモンモランシーを見ながらなんとか言葉を紡ぎ出すと、彼女は俺が言いにくそうなことを不思議そうに見ていたがつがいの話が出たところで察したらしく、

 

 「あら、あなた。使い魔とはパートナーよ? あなたと彼女がつがいでも構わないわ。彼女があなたを独占しようとしない限り私は大丈夫だから安心して? 私の全てをあげた人。」

 

 と不安を取り除くように微笑んでくれた。プリシラも話が聞こえるらしく、俺に心の声で『独占しようとしないから安心して? ご主人様。』と言っている。こ、怖かった。

 

 「ああ、プリシラもそう言ってくれている。彼女も俺を独占しようとしないし、君を大事にしてくれると言ってくれた。モンモランシーありがとう。愛してるよ。俺の人生を捧げた人。」

 

 と、不安からの反動があったのか、照れながら言うと、モンモランシーも照れたのか顔を真っ赤にして

 

 「ええ、私も愛してるわ。プリシラ、これからよろしくね?」

 

 と言いながらプリシラの頭をそっと撫でた。プリシラも目を細めて頭を動かしながらモンモランシーの手にお返しをしていた。

 

 

 

 

 そのあとルーシア姉さんやクラウス、少し余裕を持って入寮したマルコやギーシュが来て使い魔を紹介したのだが、全員の感想は大体「俺にしてはかわいい使い魔」という評価だった。

 火竜でも期待されてましたかね? いや、呼び出しても乗れませんし餌代も馬鹿になりませんからね。

 

 ちょっと気になってルーシア姉さんにジャックのルーンはなんだったのか聞いてみたら、同じく共鳴だったらしい。呼べば来るのは共通してるのか。一応ジャックの事もプリシラに紹介しておいた。

 

 そしてルーシア姉さんに幻獣図鑑を借りてきてもらってプリシラに似たような生態や見た目のものがないか探したが全くなかった。うん、プリシラはプリシラでいいだろう。

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
ええ、見た目だけで中身はきm……んんっ、きまtt
いや、大体決まってるんですがまだ能力を出すつもりはありません。鷹だけに!(爆

声だけは決まってます。ええ。決まってます。
書こうか迷ってあえて書きませんでしたがry

次回、原作突入しまーす!

ええ、きっと。


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16 原作突入と対策

ついに原作突入しました! 
助走が長かったですね^^;



 そして授業初日の本来予定されていた使い魔の召喚の日。俺は前日から体調を崩して寝込むことになった。くっ、やはりイベント補正か!? だがやはりここは……。と、思ったらプリシラが見てきてくれるそうだ。

 

 おお、これは大変ありがたいです。

 

 『プリシラ、それじゃあ悪いけどお願いするね?』

 

 『構わないわ。任せておいて、ご主人様。』

 

 プリシラにお願いすると快く引き受けてくれて、窓が勝手に開いて彼女が飛んで行った。そしてそのあと勝手に窓が閉まった。

 

 あ、あれ? 何か今ちょっと不思議な現象が……。

 

 と、とりあえずプリシラの報告を聞きつつ安静にすることにした。

 

 

 

 

 ベッドで横になりながらこっそりプリシラとの会話を楽しんでいる。シエスタはちょうど遅めのお昼を摂りに厨房へ、モンモランシーは俺のことを心配しつつも使い魔を召喚の場へ、ルーシア姉さんとクラウスは授業なので現在はこっそり寝たフリをしている。

 

 ギーシュやマルコも昨日はお見舞いに来てくれた。モンモランシーもそうだが、プリシラは大変彼らの受けがよく、早く自分の使い魔が欲しいと言っていた。

 

 確か原作での、モンモランシーの使い魔は黄色いカエルのロビン。黒い斑点があったようななかったような。他からの受けはあまりよくないようだが、黄色いカエルはかわいいしキレイだと思うので俺としては問題ない。

 むしろ鳥や魚などに襲われないかが心配だ。水の精霊の涙が必要になり、ラグドリアン湖で水の精霊との橋渡しを使い魔のカエルに頼んでいたが、アロワナやでかいナマズなんかが棲んでいたらきっとひと飲みなのではないだろうか。使い魔を失った彼女の泣く姿は見たくないのでむしろファイアー・ボールで呼び出した方が……いや、逸れたな。

 

 ギーシュの使い魔はジャイアントモール、つまり巨大モグラという人間ほどの大きさがあるモグラで名前はヴェルダンデ。確か地中を進む速度が馬並みに速いとか……ぜひ風石採掘現場で働いて欲しい一匹だ。あれ? 深すぎて届かなかったんだっけ? まぁいいか。

 

 マルコの使い魔はなんかフクロウだった気がするのだが、全く覚えていない。マルコすまん。

 

 ついでに有名というかよく出てくるのがタバサ嬢のシルフィードとキュルケ嬢のフレイムだ。

 シルフィードは全長6mほどの風竜。カスティグリアにいる個体よりかなり小さいが、実は風韻竜で会話と先住魔法の行使が可能な珍しい竜である。主に主人公たちの足となっていた。実際タバサ嬢は移動手段が欲しくて彼女が呼ばれたという説もあったような気がする。

 フレイムはトラほどの大きさがある火トカゲで口や尻尾から火が出てたような……実はあまり印象にない。火竜山脈出身のレアモノという評価だった気がする。

 

 そして最後にミス・ヴァリエールが召喚する平賀才人(地球、日本出身)なのだが、確か平均的な高校生でヌケてるとか落ち着きが無いとかそんな評価だったと思う。まぁそのおかげでこちらの世界に順応できるわけなのだが、いや、順応できたのか? 少々疑問は残るが順応したことにしよう。

 しかし、個人的に考えるとカエルから風韻竜まで幅広いとは言え、使い魔として一緒くたにされるのは哀れかもしれない。いや、地上で一番栄えてるのは人間だ。まぁこの世界での価値基準で見るとただの平民より風韻竜や火竜山脈のレアモノの方が高いかもしれんが、強く生きて欲しいものである。

 

 

 

 さて、プリシラが現場に着いたようなので、プリシラの実況でこのライブラジオを楽しもうかと思います。

 現在プリシラはモンモランシーの肩に止まっているようで、モンモランシーから「あら、心配して見に来てくれたの?」と話しかけられ頭をそっと撫でられているそうです。仲が良くてよいですね。ええ。

 

 俺の影響を一番受けているであろうギーシュやマルコ、そしてモンモランシーが何を呼び出すのか少し気になる。いや、今日中に全員呼び出されるわけだから純粋に楽しもう。召喚が始まり、一つ問題点が発覚した。そう、プリシラは動物の名前がわからないのである。いや俺もわからんが、モンモランシーがこっそり「あれは○○かしらね?」とかそういう声を出してくれて、それをプリシラが俺に教えてくれている。彼女がいてくれなかったら不明のまま終わるところだった。

 

 ある程度召喚が進み、知り合いメンバー中で一番手はギーシュだった。

 彼が召喚を終えると、やはりジャイアントモールだったらしく、「ああ、なんてつぶらであいらし瞳なんだ」と口説いているらしい。(アイ)(eye)を掛けて……いや、いいか。うん。

 

 しかしギーシュが原作そのままだと全員そのまま行く可能性も出てきた。それはそれでいいのだが、ちょっとした変化というかだな……。と思っていたら次はマルコだった。しかし、彼はフクロウだったけ? という程度の印象なので違いがわからない。純粋に楽しもう。

 

 マルコが呼び出したのは40サントほどのムクドリのような鳥らしい、プリシラに配色を尋ねるとおなかの部分が淡い白、翼と背部は黒っぽい色をしており、クチバシは黄色なのだが先端が赤いらしい。なんかカラフルな鳥ですかね? 同じ鳥仲間としてちょっと興味が沸きました。

 

 次はモンモランシーで「じゃあ行ってくるわね。」と声をかけたあとプリシラはマルコの頭上に移動したようで

 

 『モンモランシーの順番のようだからマルコの上に移動したわ。「おや、ああ、そうか、モンモランシーの番だからこっちに来たんだね?」今のはマルコよ。』

 

 といわれたそうだ。マルコの鳥とも話せるようで、『この子がよろしくっていってくれたわ。』とプリシラが言っていた。ふむ。もしかしたら後で餌や生活環境を考えるのに便利かもしれない。一応プリシラにその鳥に餌と整えて欲しい生活環境を聞いてみてくれと言ってベッドから起き上がってメモしておいた。

 

 『「おお、モンモランシー嬢も鳥のようだね。クロアの影響かな? 僕達の中で3人目だ。」だそうよ。』

 

 ぶっ! え、えーっと? と、鳥ですか? 水の精霊とのコンタクトはどうなるんでしょうか。やはりファイアー・ボールですかね?

 

 『「ああ、あの鳥はとてもなんというかキレイだね。いや僕の鳥やプリシラもとてもステキだけど、三羽とも違った特徴があって興味深いね。」』

 

 ふむ。プリシラから特徴を聞いてみると、60サントほどの鳥で直立しているようだ。羽から背中にかけて青とも緑とも言いにくい柔らかい光沢を持った色でおなかの部分はふわふわしており、真っ白だそうだ。あと足に水かきが付いているらしい。配色からカワセミやインコ、はたまたケツァールあたりかと思ったが、たしかそれらの候補には水かきは無かったはずだ。カワセミやケツァールは大きさが全然違う。ファンタジー特有種だろか。

 しかし60サントほどで直立となるとペンギンやそれに類する鳥の可能性も出てきた。となると潜水も可能なのか? 水かきがあるという事は水上、または水中での活動が可能と考えて間違いないだろう。見た目の説明を受けて考えているうちにモンモランシーが契約を終えて戻ったようで、プリシラも移動した。

 

 『モンモランシーのところへ戻ったわ。「ふふ。私もクロアとお揃いで嬉しいわ。後で見せに行くって伝えてちょうだいね。」と、いうわけで伝えたわよ?』

 

 と本当に嬉しそうな声が聞こえてきた。くっ、まさかのプリシラを通して遠距離攻撃とは……しかもこの威力……だと……!? し、しかし耐えねば、ここは耐えねば。追撃は無いはずだ。

 

 プリシラがモンモランシーの使い魔への聴取を始めたので、とりあえず意識が飛ばないように気をつけつつメモを取る。どうやら今までは海や湖に潜って魚を獲って食べていたらしい。カモ? それともやはり潜水系の鳥だろうか。後者なら水の精霊との橋渡しもできそうだな。少し気になる。個人的にはすごい気になる。

 そして、モンモランシーの使い魔からプリシラが聞いたことをまとめて再び考えていると、

 

 『「あれはサラマンダーだったかしら? キュルケやるわねぇ。」あ、アレ食べた事あるかもしれないわ。』

 

 というプリシラを通したモンモランシーの驚きを含んだセリフとプリシラの怖い話が聞こえてきた。プリシラあれ食べれるの? サラマンダー大きいんじゃなかったでしたっけ? ああ、そういえば尻尾燃えてるのか。尻尾かじったのかな? そのくらいなら問題ないか。―――多分。い、一応許可があるまで他人の使い魔は食べないようにプリシラに伝えておいた。

 

 しかし、キュルケ嬢は原作と同じようだ。ちなみに火トカゲはサラマンダーとも呼ばれている。しかし、前世の知識ではサラマンダーはサンショウウオのことでもあり、サラマンダーと聞くと、トカゲというより両生類というイメージが……。と考えていると今度はタバサ嬢が風韻竜を引き当てたらしい。

 

 『「あら、風竜ね。カスティグリアの風竜より小さいかしら。でも風竜も便利でいいわね。」』

 

 ふむ。やはりタバサ嬢はシルフィードかな? 

 

 

 『「最後はルイズね。多分失敗するけど大丈夫なのかしら。」』

 

 そして、プリシラが言うには大きな爆発が起こってるらしい。やはりまだ虚無に覚醒してないから難易度が高いのだろうか。

 

 『「あれ、平民? なのかしら? 珍しいわね。」』

 

 というモンモランシーの声をプリシラが伝えてくれた。ふむ。しかし、平民まではクリアか。あとは原作オリジナルの平賀才人ご本人ならクリアだが、もう少し確認することがある。

 まずは平賀才人かどうか。これはまぁ見た目と名前でわかるだろう。そして次が少し難問だ。転生者かどうか、特殊能力を持ってるかどうか、前世の記憶などを持っているかどうかである。

 

 プリシラに召喚された平民の見た目と言動を優先で知らせてくれと頼んだ。耳は良いようでモンモランシーのところからでも拾えるらしい。プリシラからの報告では頭髪は黒、服は青と白のパーカー(プリシラの説明から推測)、と、今のところ概ね当てはまってはいる。

 

 『ピンクメス「あんた誰?」 黒オス「誰って、俺は平賀才人。」 ピンクメス「どこの平民?」』

 

 淡々とした感じでプリシラの声が続く。な、なんというかピンクメスとか黒オスとか……、いや、彼女たちは紹介してないからまぁしょうがないといえばしょうがないのか。とりあえずずっと聞いていると、特に今のところおかしな点はない。そして順調に原作を消化しながらミス・ヴァリエールのファーストキスを犠牲にしたコントラクト・サーヴァントも終わったらしいのでプリシラにお礼を言って戻ってきてもらう。

 

 話の内容から転生者やこの作品の記憶を持っているという疑念はほとんど無くなったと言っていいだろう。いや、完全完璧な原作知識を持っていてセリフをトレースしている可能性も否定できないか。確認方法を考える必要があるかもしれん。先ほどまでは見た目が大体同じなら、そして服装が同じで、銃や武器、さらにはこちらで役立ちそうな物などを持っていなければ原作のオリジナル平賀才人確定でいいと考えていたが、意外と穴があったようだ……。

 

 ちょうどシエスタもお昼から戻ってきたのでとりあえず才人への賄い料理のことを頼もう。「シエス―――」

 

 「クロア様! 起きていてはダメですよ! 安静にって言われてたじゃないですか。ああ、また書き物なんかして……。」

 

 名前を呼んでいる途中にささっと接近され、横から肩を支えられてゆっくりベッドに押し倒された。髪が挟まらないようにうなじから上にそっと髪を流してくれた。いや、自分でもできるんだけどね。最近たまにこうやって寝かされます。いや、自分で横になれるんだけどね!

 そしてプリシラから聞いた事を書いたメモが回収されサイドテーブルに置かれ、テーブルから一脚椅子を持ってきて枕元に置いて座った。

 

 しかし、頼みごとをこのタイミングで切り出すのはきついかもしれん。せめて平民が召喚されたという話をモンモランシーやギーシュたちから聞いてからの方がいいだろう。こっそりプリシラに教えてもらってましたとか言ったらシエスタに怒られるかもしれん。ちょうどそっとプリシラも戻ってきて、天蓋のカーテンを掛けている上の部分に止まった。

 

 「えーと、シエスタ。一体何を?」

 

 話があるのだろうか。ひたすらこちらを見てるが特に表情の変化はない。

 

 「クロア様が安静にしていられるよう。見守らせていただいております。」

 

 ちょっとよくわからない。それだと普通は安静にできないのでは!?

 

 「いや、ちょっとえーっと、それだとあの、安静にできないのでは?」

 

 「いえ、目を離すとすぐ起きてしまわれるようなので見守らせていただきます。」

 

 ふむ。シエスタがほんのり怒ってるようにも見えるが、実際俺の体調は朝からかなり悪い。どのくらい悪いかと言うと、頭痛、喉の腫れ、呼吸も困難でぜぇぜぇ言ってるし、咳がしたいけどできない、四肢の関節が熱を持って痛い、意識は朦朧として恐らく一人で立つとめまいで倒れるだろう。と言った感じだ。まぁ前世でいうと重めの風邪かインフルエンザのような症状だろうが、残念ながらそのような病気ではない。

 

 いや、幸運なことなのかもしれない。風邪やインフルエンザならシエスタやモンモランシーにうつる心配が出てくるが、ここ15年ほどの経験上、誰かに感染することはないとわかっている。

 

 「シエスタ、心配かけて悪いね。ただ、これから授業が終わったらモンモランシーや他の友人が訪ねてくるかもしれない。その時に話したいことがあるんだ。起こしてもらって構わないかな?」

 

 「ちゃんとお休みになるなら、そのお話のあともちゃんとお休みになるのでしたら起こしてさしあげなくもありません。」

 

 くっ、主従逆転してる気がしなくも……。いや、たまにこんな感じか? ふむ。しかし問題はなさそうだ。ここは条件を飲んで頼もう。

 

 「わかった。よろしく頼むよ。シエスタ。」

 

 そう言って目を瞑り、お休みモードに入ると意外と無理をしていたのかあっという間に寝入った。

 

 

 

 

 

 

 

 少し体を揺すられる感覚と、モンモランシーのヒーリングの詠唱の声が聞こえ、意識が浮上した。目を開けてみるとシエスタが俺の体を揺すっていて、モンモランシーが心配そうな顔でヒーリングをかけてくれている姿が目に入った。

 

 「ああ、起きたよ。ありがとう。」

 

 そう、声をかけると「モンモランシー様がいらっしゃいました」と言ってシエスタが下がった。

 

 「クロア。大丈夫? じゃなさそうに見えるけど、お話があるって聞いたから……。」

 

 と、モンモランシーは心配そうに寝る前シエスタが座っていた椅子に座り、そっと横になっている俺の額に手をあてた。ひんやりしていてやわらかくてとても気持ちがいい。

 

 「ああ、プリシラに聞いた。君が召喚した使い魔はとても美しいそうだね。きっと輝くように美しい君にふさわしい鳥なのだろうね。本当はすぐにでも見たいのだけど今いないということはお預けかな? 体調がよくなったらぜひ見せて欲しい。

 あと、これから使い魔について調べるのだろう? そこにプリシラが君の使い魔とマルコの使い魔に聞いた餌や望みの生活環境について聞いてくれたものをメモした羊皮紙がある。書き分けていないがぜひ二人で役に立てて欲しい。

 それで、平民が召喚されたようだが様子はどうだった? 君が見たところを教えて欲しい。」

 

 と、聞くと一瞬眉を寄せ、

 

 「ええ、ありがとう。あとでもよかったのに。」

 

 と少し悲しそうな顔をしたあと、ちょっと考えるようなしぐさをしてから召喚された平民に関する彼女の初見を教えてくれた。彼女が見たところ、ただの平民にしては服の仕立てがよく、見たことのない形だったそうだ。恐らくその仕立ての良さから貴族であるミス・ヴァリエールが用意したと思われたのかもしれない。

 

 背の高さはキュルケと同じくらいらしいのでギーシュよりは低いだろう。黒い髪に黒い目。これはシエスタと同じだし、肌の感じも似てるといえば似てるかな? と言った感じだそうだ。そういえばシエスタの曾爺さんは大日本帝国海軍の少尉殿でしたな。

 そして彼が平民と貴族という言葉を知らない、ということに少し違和感を感じたそうだ。モンモランシーの観察眼には恐れ入る。

 あと彼の左手にコルベール先生も見たことが無いルーンが現れており、先生にスケッチされていたそうだ。

 

 ガンダールヴも確定。と、なるとやはりオリジナルですかね? 心配しすぎですかね? 

 

 だがしかし、ここに転生した人間が一人いるし、実際原作との乖離は結構ある。油断はいけない。ヤツは平賀才人に完全な原作知識と前世の知識を持ったまま転生した転生者で、その完全な原作に沿って今のところそれを消化しており、実はどこかでひっくり返すために、三歳から全ての武術を嗜み、もはや指先一つで爆破可能な人間凶器になっている可能性も否定できん。

 

 そう、油断はいけないのである。原作の才人とこちらの才人の違いをどこで見極めるか、そこが重要なのだが、未だにいい案が浮かばない。

 

 もし転生者ならまず召喚に向けて体か知識を鍛えるだろう。俺なら間違いなくそうする。ただ、俺の場合原作まで3年しかなかったことを考えると、彼は召喚された直後の爆発などで憑依して原作まで1秒もなかった、という究極の事態も無くはない。もしコレだったら事前の強化は無理だ。そして、その場合、まず俺とモンモランシーが婚約していることに疑問を持つだろう。

 

 もし、彼が生まれた直後か比較的若い時期に転生したのであれば、地球での自己強化のための訓練で原作に影響があったという判断をすることもなくはないが、完全に原作のまま生きており、原作突入時に憑依転生を果たしたなら確実に疑問を持つはずだ。その場合こちらへのアプローチもあるかもしれない。その辺りでまずは判断しよう。

 

 恐らく対象は俺かモンモランシー、次点でマルコだろうか。俺は本来原作には登場しないキャラだが、画面外にいたとも捕らえることができる、しかし、モンモランシーの婚約者ということで興味を持つだろう。モンモランシーに関してはカエルではなく鳥を召喚している。マルコについてはわかりにくいだろうが、原作と違いかなりいいヤツになってるし、ギーシュもその点では変わらないか。

 

 この考え方だとむしろ対象や方法を絞りきれない気がしてきた。アプローチを変えてみよう。まず、原作通りなら問題ない。これは基本的に原作の根幹イベントを順調に消化しているか確認するだけでいいだろう。

 

 問題なのは、完全な原作知識と、もしかしたらチート能力を持った転生者や憑依者だった場合なのだが、俺ならばどうするか……原作通りに進めるのがまず安全だが、モンモランシーの攻略を優先しつつ自分の理想であり究極のメイド服とドロワーズを追い求めるだろう。そしてラグドリアン湖で―――いや、逸れたな。

 もしハーレム思考を持った人間だった場合、片っ端からアプローチをかけるか、気に入っているキャラの攻略を即座に開始するだろう。

 

 そうだ、忘れていたが確か原作オリジナル才人だった場合、巨乳派であったはずだ。

 

 それも鑑みて考えた場合、ヒロインであるミス・ヴァリエール、割と大きいシエスタ、更に大きいキュルケあたりまでなら原作改変の影響で手を出す可能性はある。しかしここでいきなり、恐らく最小のタバサ、スレンダーで理想的なプロポーションと美を誇るまさに生きた奇跡の宝石であるモンモランシー辺りに積極的にアプローチするようなら怪しいと見ていい。

 

 ついでにミス・ロングビルも背景や能力を知っていれば手元に欲しくなるかもしれん。

 いや、しかしミス・ロングビルとシエスタは同じくらいか? もっとはっきり見ておけばよかったかもしれない。いやまぁ、近づかないと見えないのだが……。となると、ミス・ロングビルにアプローチを掛けられるとかなり判断が難しくなるな。ふむ、そして彼女の後ろにはこの作品最大を誇るティファニアが控えている。こちらの早期攻略を目指すならミス・ロングビルの保護に乗り出すはずだ。その辺りで判断しよう。

 

 ―――大体まとまったようだ。

 

 「ああ、モンモランシーありがとう。少しシエスタに頼みたいことがある。呼んでいただけないだろうか。」

 

 そういうと、モンモランシーはシエスタに声をかけた。

 

 「シエスタ。これから少し妙なことを頼むが聞いて欲しい。ミス・ヴァリエールのことだ、もしかしたら使い魔の平民の、そうだな、本当にもしかしたらだが、懲罰的な意味や使い魔の躾として彼の食事を抜く可能性がある。

 モンモランシーの初見から外国人、もしくは平民でない可能性がある。特別、そう、貴族や教師、目上の人を相手にするように振舞う必要は全くないが、それでも一応“無理やり呼び出され無理やり使い魔にされたちょっと可哀相な平民”として彼がもし食堂で食事を抜かれるようなことがあったら俺の名前を出さずにそれとなく君の知り合いのコックにでも頼んで賄いでも食べさせてあげてほしい。もしお金が必要ならば俺の名前でカスティグリアにつけておいてくれ。」

 

 熱のせいか、イマイチまとまりが悪いというか、練りが甘いというか、穴がありそうだが恐らく原作通りなら本来明日の昼、才人は昼飯を抜かれ、シエスタに賄いを貰い、感謝した才人がシエスタを手伝いギーシュとの決闘という流れになるはずだ。ここにシエスタを配置しておかないと初めからご破算になる可能性が出てくる。アニメ版だと最初のシエスタとの邂逅は朝の洗濯らしいが、そこは問題ないだろう。

 

 「わかりました。そのときはコックのマルトーさんに頼んでみますからクロア様はご心配なさらず、おやすみください。」

 

 と言って心配そうな顔を少し伏せカーテシーをしてくれた。

 

 「モンモランシー、君はもしかしたら興味を持つかもしれないけど、彼については今のところあまり俺たちのような貴族が直接手を出さない方がいいかもしれない。ミス・ヴァリエールの使い魔だからね。元々彼女と親交があるのなら構わないかもしれないが、急に接近すると怪しまれるかもしれない。」

 

 そこまで言うと、

 

 「わかったわ。クロア。何をそんなに心配してるのかわからないけど、大丈夫よ。私もいるしシエスタもプリシラもいる、ルーシアさんやクラウスさん、ギーシュにマルコもあなたの味方よ。今はゆっくりおやすみなさい?」

 

 と言って頭を撫でてくれた。「ああ、モンモランシーありがとう」と言ったところで頭に感じる頭痛とそれを癒すかのような柔らかい感触に眠りの中に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 




ええ、突入しました。
次回あたりからサイト君が絡んだ話が増えます!
やっべー。恋愛成分カット難しくなってるよorz

次回おたのしみにー!


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17 初めてのアルヴィーズの食堂

言ったろ!? ストックはもう貯めないと!

改変されたモンモンとマルコの使い魔が出てきます。元になった鳥の名前も入れておきました。余裕のある方は検索してみてください。動画なんかオススメ。


 

 目が覚めて起きてみるとどうやら熱は下がったようで頭痛もほとんどなく、熱によって四肢の関節を苛んでいた鈍痛も和らいでいた。呼吸もほとんど正常。ふむ。ギーシュのイベントが終わったのか? となると、2~3日寝ていたことになる。

 

 サイドテーブルに置いてある自分の杖を取って、ベッドの天蓋にかけられている薄いカーテンとベッドに影を落とすよう少し閉じている厚いカーテンを開いてみると部屋の中はいつものような明るさだった。薄いカーテンだけが窓に引かれているようだ。どうやら日中らしい。サイドテーブルに杖を戻してベッドの背もたれによりかかると、起きた事に気付いたシエスタがこちらに来た。

 

 「クロア様。おはようございます。おかげんはいかがですか?」

 

 「ああ、どうやら落ち着いたらしい。どのくらい寝ていた?」

 

 気遣ってくれるシエスタを安心させてどのくらい寝てたか尋ねると、安心したようで微笑みながら答えてくれた。

 

 「まだ一日も経っておりません。今はお休みなられた翌日の午前中です。それと、ご存知かもしれませんが、ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔はヒラガ・サイトさんと言うそうです。今朝洗い場で偶然会いまして、少々お話をさせていただきました。」

 

 ふむ。無事接触は果たしたようだ。そしてイベント=体調が悪くなるというのも眉唾だったようだ。今日はギーシュに絡んで決闘イベントがあるはずである。イベント=体調不良だとすると、今体調がいいのはおかしい。やはり杞憂だったようで安心した。これからずっとあの苦痛を味わうかと思うと、つい取り返しの付かないほど派手に原作ブレイクしたくなってしまうからな。

 

 「ふむ。そういえばシエスタ。アルヴィーズの食堂は本塔の一階だったな? 今日は体調もすこぶる良いようなので、ここは学友達との友情を深めるためにも昼はそこで摂るとしよう。」

 

 と、真面目な顔で告げた。うん。あのギーシュが振られるところ見てみたいとか、何がきっかけで二股がバレるんだろうとか、ギーシュ対サイトの決闘が見てみたいとか、そういうものでは……。いや、完全にそういうものが盛りだくさんなので見逃すのは惜しい! ぶっちゃけあのギーシュが振られるところはぜひとも見てみたい。今の彼から考えると恐らく一生に一度あるかないかのレアシーンになるはずだ。

 

 「いいえ、ダメです。クロア様。お加減の優れない日の翌日は安静にしている決まりだとルーシア様もモンモランシー様も水メイジの方もおっしゃっていたではありませんか。」

 

 と、きつい顔でシエスタに却下された。うむ。確かに、シエスタの言うとおりである。しかしだな、イベントがだな……。シエスタを心配させるようで悪いが、ここは何としても折り合いをつけて昼までにアルヴィーズの食堂に到達するべきだ。

 

 「ふむ。確かにそうだ。しかし、ここまで体調が良いのも珍しいと思うのだよ。そうだな……。医務室から水メイジを呼んできてくれ。彼女の診断を受けて体調が良いようなら昼に食堂へ連れていって欲しい。」

 

 そう、シエスタに頼むと、

 

 「わかりました。でも途中でもしお加減が悪くなったらお部屋に戻ってもらいますがよろしいですか?」

 

 と念を押され。「当然だとも。シエスタ、感謝するよ。」と笑顔で言って協力を取り付けることができた。恐らく現在授業中……、いやミス・ヴァリエールが教室を吹き飛ばして中止だろうか。そうなると隣の部屋にモンモランシーがいる可能性が出てきた。

 

 シエスタが「水メイジを呼んでまいります」と言って出て行くときに、隣の部屋にモンモランシーがいるか確認したようで、少し時間が開いてシエスタがモンモランシーを連れて戻ってきた。そしてシエスタはモンモランシーに紅茶を入れながら、

 

 「偶然、そう偶然部屋を出たらモンモランシー様が訪ねていらっしゃったのでご案内いたしました。」

 

 「ええ、偶然よ。クロア。体調が良くなったみたいで安心したわ。」

 

 と、二人に笑顔で言われた。ぐ、偶然ならばいたしかたあるまいて! 偶然なら、うん。偶然だろう。そして、「それでは改めて行ってまいります。」と言ってシエスタは出て行った。

 

 「ところでクロア。急にアルヴィーズの食堂に行きたいなんて言い出したんですって?」

 

 と、ほんのり怖い真面目な顔でモンモランシーに迫られた。

 

 「ああ、今日は体調がいいからね。一度学院でも評判のいいアルヴィーズの食堂で初めてお昼を摂りながら婚約者であるモンモランシーや普段はあまり一緒にいない学友達と友好を深めるには良い機会だと思ったのだけど、モンモランシーは反対かい?」

 

 と、偶然ですよー。ええ、モンモランシーと豪華な食堂でお昼を摂りたいだけですよー。と聞いてみると

 

 「そう、そうね。水メイジの診断で問題がなければそうしましょう。私があなたの隣にいればすぐに対処できるでしょうし、レビテーションを掛ければ負担もなさそうだし、そ、そうね。二人きりで行きましょうか。後でシエスタには言っておくわ。」

 

 彼女は照れたようで、少しもじもじしながら了承してくれた。か、かわいい。くっ、ちょっと罪悪感が……いや、嘘じゃないから! かわいいモンモランシーとアルヴィーズの食堂でお昼デートをしながらギーシュのイベントを見学するのが目的だから! うん。嘘は吐いてない。それにシエスタにも言ってもらえるらしい。彼女がフリーになるなら才人への賄いも出せるはずだし願ったり叶ったりである。プリシラにもそう報告すると、彼女はその間、他の使い魔の様子を見に行くそうだ。

 

 そしてシエスタが医務室の水メイジを連れてきてくれて、診断してもらうと、体調は悪くなさそうですから大丈夫でしょう。という診断結果をいただけた。いつもよりマシかな? みたいなニュアンスがあった気もするが気にしないようにしよう。

 

 水メイジの診断も悪くなく、モンモランシーがお昼から戻るまで俺の面倒を見てくれるのと、もし体調が悪くなったらプリシラに伝えてもらう事でシエスタは了承してくれた。先に行って色々準備するらしい。いや、ご迷惑をおかけして申し訳ないです。

 

 お昼の時間までまだ結構あるのでモンモランシーが彼女の使い魔を紹介してもらった。大きさはプリシラの報告どおり大体60cmくらい。ペンギンのように直立しており、おなかの部分はふわふわの真っ白な羽毛で翼や背中はきれいなパステルカラーの青とも緑とも言いづらいエメラルドグリーンに近いような色をしている。しかしペンギンにしては足が長い気もするし、翼を広げてもらうとちゃんと羽ばたいて飛べるような構造にも見える。

 

 「私も調べてみてびっくりしたわ。」

 

 と言ってモンモランシーがこの子の紹介をしてくれた。ちなみに名前は原作通りロビンらしい。確か男女両方に使える名前だから問題ない。ちなみにロビンはメスらしい。

 ロビンはこのハルケギニアでも珍しい種類の鳥らしく、前世で言うところのウミガラスのような生態なのだが、特徴的な羽や羽毛が人気で乱獲され、今では絶滅したとも言われていたらしい。

 

 ウミガラスは前世の知識を詳しく掘り起こしてみると、前世の俺は大変気に入っていたらしく、色々な映像が思い出された。ウミガラスはロビンと違ってペンギンと同じような配色だが、やはり絶滅の危機にあったらしい。羽ばたいて空を飛ぶ事ができ、着水の時はまるで戦闘機が空母に着艦するような感じでとてもかっこいい。また、潜水も得意で、水上に着水してから潜水に入るのだが、海の中でも羽ばたき、データでは3分間、深さ50mほど潜るらしい。潜って魚を食べた後は浮上するのだが、そのシーンもまるでロケットが水中から直接空を目指すようなキレイな気泡の後と曲線を勢い良く描く。こんな鳥が前世にもいたのか。

 

 そしてモンモランシーの使い魔であるロビンさんは同じように空と水中を飛び、彼女が調べた図鑑によると潜水能力は約20分ほど、深さは約500メイルまで可能なのだそうだ。オスはエメラルドグリーンのところが真っ青なメタリックカラーになるらしい。特に海水や淡水と言ったこだわりはなく、近くの川で水浴びをすることがあるのでジャックと引き合わせたそうだ。ジャックがあの川の主になりつつあるらしい。

 

 ちなみに一緒に調べたマルコの鳥は前世で言うところのウシツツキのようだ。名前はクヴァーシルでオスだそうだ。ウシツツキにしては少しでかいのだが、確か他のキリンやゾウ、カバといった動物についたダニや寄生虫、虫などを突いて食べていたはずだ。こちらでも同じような生態らしく、ルーシア姉さんに相談した結果、ルーシア姉さんは大変お喜びになり、ジャックの背中がクヴァーシルの定位置になったそうだ。

 

 でも確か共存というよりカバ上位だったような。前世の記憶をたどってみると、カバが大口を開けてウシツツキが口の中をお掃除しているときに、カバがイラッとしたようで、何度かモグモグされたあとペッて吐き出され、プカーと浮いている映像が浮かんだ。ク、クヴァーシルが食われないよう祈ろう。

 

 あと、ギーシュの使い魔は原作通りジャイアントモールのヴェルダンデだそうだ。すでに仲がいいらしい。その光景を見てモンモランシーは軽く引いたそうだ。リアルヴェルダンデは微妙なのだろうか。かわいいと思ったのだがデフォルメされていたのだろうか。うむ。それもありうる。

 

 

 

 

 

 

 予定の時間が来たのでモンモランシーに軽くレビテーションを掛けてもらい、ほんのり浮いて手を繋いで連れて行ってもらった。いや、あ、歩けるとは思うのだがね。手を繋いで歩くのはその、うれしハズカシなのだがね。だがモンモランシーは上機嫌のようで笑顔を振りまいている。うん。かわいいから俺も恥ずかしいのはがまんしよう。

 

 初めて入るアルヴィーズの食堂は確かに豪華だった。三つある恐ろしく長いテーブルはそれぞれ百人ずつくらい座れるような大きな物で、ロウソクや花で飾りつけられている。名前の由来でもあるアルヴィーズ人形も周囲に配置されている。これは確か夜になったら踊るとかそういった話があった気がする。ぜひ確かめたいところだが、まぁ気にしないようにしよう。

 

 中二階もあり、そこは職員が座る席になっている。とりあえず、テーブルは学年ごとに分かれている以外はフリーらしい。一番手前の方は埋まっていたので間を空けて少し入ったところにモンモランシーと並んで座った。まだ少し早かったようで、結構人はまばらでそれぞれ会話を楽しんでいるようだ。

 

 「とてもステキな食堂だね。ここで一人で食事をしたら寂しいだろうけど君と一緒に来れてよかったよ。」

 

 と、笑顔で隣にいるモンモランシーに話しかけると、

 

 「そ、そう。良かったわね。私もあなたと一緒に食事ができて嬉しいわ。」

 

 とほんのり赤くなった顔を少し逸らした。

 

 「そういえばギーシュたちはいるかな? ちょっと遠いとわからないのだけど、モンモランシー、見てくれるかい?」

 

 そう聞いてみると、先ほどの照れを隠すように周りを見回してから

 

 「そうね……。まだ来ていないみたいね。」

 

 と、教えてくれた。そしてしばらくすると、ギーシュとマルコが他の友人を連れて入ってきた。

 

 「おお、クロア。こんなところで会えるとは、今日はどうしたんだい?」

 

 「やぁ、ギーシュ。今日は少し前に起きたのだけど調子がいいみたいだからアルヴィーズの食堂を見てみたくなってね。モンモランシーに無理を言って付き合ってもらったんだ。」

 

 と、驚いたような顔をしているギーシュに説明すると、納得してくれたようで、ギーシュもマルコも「そうか、初めてか」とつぶやいたあと近くの席に座った。彼らの友人達も軽く挨拶をしてからギーシュとマルコの側に座った。入り口側からモンモランシー、俺、ギーシュ、マルコ、ギーシュとマルコの友人達といった席順になっている。

 

 ま、まさかイベントをこんな間近で見れるのか!? 大変好都合でございます。ええ。今までの苦労はなんだったのでしょうか。しかも隣にはモンモランシーというステキな配置で、もはや今までで一番の幸運かもしれません。

 

 そして俺が席に着いたのが知らされたのか、シエスタが俺用のスープを一人前だけ運んできてくれた。いや、豪華な食事もいいけどこれで体調崩れたらもったいないですからね。シエスタの気遣いに感謝してもしきれません。

 

 「クロア様。本日は私が作らせていただきました。」

 

 と言って出されたものはなんとヨシェナヴェだった。おお、なんという幸運。

 

 「ありがとう、シエスタ。君の作るヨシェナヴェは絶品だからね。味あわせていただくよ。」

 

 と言うと、少し照れた感じで笑って、「ぜひご堪能ください」と言って壁際に下がった。そして、そろそろ時間なのか、

 

 「ダメ! ぜぇーったいダメ! ゼロって言った数だけご飯抜き!」

 

 というミス・ヴァリエールの怒りを含んだ大声がアルヴィーズの食堂に響き、みんなの視線を集めていた。我らがサイト殿は順調に原作を消化しているようだ。

 確か、ミス・ヴァリエールの二つ名というかあだ名というか蔑称の『ゼロ』は、彼女が魔法を使うと爆発するということを指しているのだが、それがサイトにバレてゼロゼロと彼女がからかわれたのをお昼直前に食事抜きという罰で反撃したところだったと思う。しかも彼は結構な数を言っていた気がする。シエスタがいなければそのまま餓死の可能性もあるのではなかろうか。いや、空腹を餌に躾だろうか。微妙なラインだと思う。外聞的にだが……。

 サイトが出て行くのが見えたので壁際にいるシエスタに目を向けると彼女は一度うなずいてサイトを歩いて追っていった。

 

 全員揃ったようでハルケギニア流いただきますの挨拶が始まる。「偉大なる始祖ブリミルと女王様。うんぬん」と言うヤツである。女王即位してないじゃん! とか 料理作った人はブリさんや女王じゃないじゃん! とか言うと不敬罪に問われると思うのだが、実はいつも一人で食べているので割りと適当に「ブリミル様と領民に感謝していただきます。」とか言ってたりする。今日は作ってくれたシエスタに感謝だな。いただきます。

 

 しかし、この世界で食べるシエスタ製ヨシェナヴェは絶品ですなー。ヨシェナヴェをこの世界に伝えた彼女の曾爺さんの少尉殿には感謝してもしきれませぬ。モグモグ。と食べていると、

 

 「おや、クロア。珍しいものを食べているね? 別メニューかい?」

 

 と、食の帝王、マルコがギーシュの向こうから話しかけてきた。この独特の香りに釣られたのだろうか。だがしかし、友とはいえ、食の帝王とはいえ! この俺のために作られたヨシェナヴェはおつゆの一滴すら死守する必要がある! 

 

 「ああ、俺は食が弱くてね。いつもスープなのだが、このヨシェナヴェだけはたまにしか口に出来ないお気に入りなのだよ。ただ、一人分なので分けて上げられないのが残念だが、今日は諦めてくれたまえ。」

 

 と、ルーシア姉さんの威圧感溢れる笑顔を意識しつつマルコに告げると、

 

 「そうか、でもとてもいい香りだね。今度もしヨシェナヴェを作ってもらうときは僕も呼んでくれないかい?」

 

 と、笑顔で遠慮してくれた。「おお、友よ。その時はぜひ呼ばせてもらうよ」と返しておいた。いつになるかは知らないが、多分大丈夫だろう。むしろヨシェナヴェパーティをやるなら俺も食べれていいかもしれない。今度シエスタとルーシア姉さんに頼んでみよう。はっ、ルーシア姉さんに頼めば口実もできて簡単に了承されるのではないか? すばらしい名案に思える。モグモグ。

 

 「クロア、その時は私も参加するわね。せっかく初めて一緒にアルヴィーズの食堂に来たのに、別々のものなんだもの。私もヨシェナヴェを頼んでみればよかったわ。」

 

 とちょっと残念そうにモンモランシーが漏らした。うん。そういえばそうかもしれない。だが、せっかくご馳走が並んでいるんだから気にせず食べたらいいんじゃなかろうか。

 

 「いや、俺はモンモランシーと並んで食べられるだけでいつもよりおいしく感じるよ。」

 

 と、言うと、「そ、そう。それならいいわ」と少し顔を赤くしたモンモランシーも食事を再開した。

 

 食事が終わり、食器が下げられると今度はデザートなのだが、ここでギーシュがこちらに話を振ってきた。

 

 「しかし君達はいつも初々しくてこちらまで照れてしまうね。とてもうらやましいよ。」

 

 ふむ。ここは原作の流れを俺に作れというブリミルのお告げだろうか。

 

 「そうかい? でも初々しいのは婚約してまだ一年も経っていないしね。もしかしたら見せつけているように感じるかもしれないけど、そんなつもりはないのでここは出来れば見逃していただきたいところだね。

 それよりギーシュ、いい人は見つかったかい? 今年は後輩も入ってきたことだし、気になる人は出来たかい?」

 

 そう、話を振り返すとギーシュの近くに座っている友人達が冷やかし始めた。

 

 「そうだよ、なぁギーシュ! お前今誰と付き合っているんだ?」

 

 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 

 と、どこかで見たことのあるようなセリフが飛び交い始める。確か事前情報では特定の気になる人はいなかったはずだが、ケティと遭遇できただろうか。

 

 「つきあう? 僕に特定の相手はいないのだよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね。」

 

 と指を立てて格好良く言い放った。さすがギーシュである。キザなセリフも気負わず言えるナルシストっぷりは半端ない。

 しかし、ギーシュよ。その言い方だと男も寄ってこないかい?

 蝶に限定しなくていいのかい?

 ガリアの王様やゲルマニアの皇帝は薔薇を個人的な庭で育成するのが趣味だそうだよ?

 個人的な庭で育成されちゃうよ? 

と思っていると、視界の隅でギーシュのこちら側のズボンのポケットからなぜかハンカチが滑り落ちた。すごい滑らかさなのだろう。恐ろしく滑らかなのだろう。むしろ手触りが少し気になる。しかしここでハンカチに視線を落とすとイベントが流れてしまう可能性が高い。なんとか平静を装いつつ視点を固定する。

 

 そこを偶然シエスタのデザートの給仕を手伝いつつ通りかかったサイトが、ハンカチを落とすところを目撃したのだろう。

 

 「おい、ポケットからハンカチが落ちたぞ。」

 

 と、ギーシュにハンカチがポケットから落ちたことを告げた。原作では香水のビンだったがハンカチか……。どうなるのかわくわくが止まらない。ギーシュはピクッとしたあとも平然と無視を決め込んだ。あとでこっそり拾うのだろう。

 

 もしかしたらハンカチが自分のものか判断ができないだけかもしれない。香水のビンと違って誰もが恐らく持っているものだ。ハンカチというワードに反応しただけとも取れる。ここで俺がこっそり拾ってこっそり渡してあげてもいいのだが続きの展開が気になる。すまぬ、ギーシュよ。今日のイベントの主役になってくれたまえ。

 

 「落し物だよ。色男。」

 

 と言って、サイトが持っていた銀のトレイをシエスタに渡してハンカチを拾い、ギーシュの目の前に置いた。そして、ギーシュは知らないフリをするのかと思いきや、一瞬で無理と判断し隠す事を優先したのか、とても格好良くスマートに、

 

 「ああ、すまないね、給仕君」と言いながらギーシュはハンカチを瞬きする間に畳んでさっとズボンのポケットに戻した。冷やかしていたギーシュの友人達も特にハンカチに関して言及しない。香水のビンのように特別目立つものではなかったので“誰かから贈られた物”ではなく、“ハンカチは単にギーシュの持ち物”と判断されたようだ。

 

 しかし、テーブルに載った瞬間からハンカチに集中していた俺の赤い目は間近でちゃんと見えたため、端っこにキレイに刺繍された「ギーシュ様へ ケティより愛を込めて」という少し大きめの赤い文字と赤い薔薇を見逃さなかった。だが、ここで

 

 「ギーシュ! もしかしてそれはケティのハンカチではないかい? すばらしい滑らかさのようだね。少々触らせていただけないだろうか!」

 

 などと言うことはできない。むしろケティのハンカチってどういうことか自分でもよくわからない。既製品に刺繍だけした可能性もある。上手くつつく自信がない上に、これは友人としては黙っているべき案件だろう。できれば彼らに気付いて欲しかったのだがスマートに収めたギーシュに軍配が上がったようだ。

 

 アレ? ど、どういうことですかね? これで二股がバレてイベント開始ではなかったですかね? と考えていると、トレイは再びお手伝いであるサイトの手に戻り、

 

 「クロア様。デザートはいかがいたしますか?」

 

 と、シエスタが顔を近づけて耳元でささやいた。急に顔にシエスタの吐息がかかりビクッとしたが何とか平静を保って問い返す。

 

 「え、えっと。今日のデザートは俺でも食べられそう?」

 

 「ええ、食べられそうなものを私がご用意しました。いかがなさいますか?」

 

 シエスタがほんのり頬を染めて言ったのでいただく事にした。ご用意されたら食べねばなるまいて! 

 

 「ありがとう、いただくよ。」

 

 というと、目の前に直径5cm高さ1cmくらいのほんのり黄色い小さくて丸いケーキがのったお皿を置いてくれた。隣のモンモランシーのものを見ると普通のショートケーキのようだ。おお、ここでもクロア仕様なんですね? わかります。ええ、あの量はあとできつそうですからね。主に嘔吐的な意味で。少しスプーンで取って口に入れるとふわっととろけるような感触とほのかに酸味のある甘さが感じられた。シエスタは恐ろしく料理の腕がいいようだ。もしかしてシエスタはチート能力の持ち主なのではなかろうか。

 

 「とてもおいしいよ。ありがとう、シエスタ。」

 

 そうお礼を言うと、シエスタは赤みを増して照れたように笑顔を浮かべて

 

 「お気に召していただけて嬉しいです。」

 

 と喜んでくれた。次の順番であるギーシュのところに配膳するところで、

 

 「チッ、キザな貴族様ですこと」と、いうサイトの独り言のような声が聞こえた。

 

 ふむ。キザだっただろうか。個人的にはギーシュに劣っていると思うのだが……。位置的にはギーシュと俺のどちらとも取れる。もし俺に対して言ったのであれば、カスティグリアとして名乗っている以上見逃せない。ここでスルーすると恐らく“平民に目の前で嫌味を言われたまま逃げた”と捉えられる可能性がある。ギーシュも突然のことで少し思考停止したようだ。

 

 ああ、ギーシュじゃなくて俺がイベントの主人公なのか? ちょうど中間なので何とも言えないが俺の可能性も出てきた。まぁいい。原作のように決闘しないように済ませられるよう今回はサイトに説教でもしよう。せっかくの幸せな気分とデザートが台無しだ。

 

 「まちたまえ、給仕君。聞こえたぞ? そのキザな貴族様と言うのは俺のことかね? それとも隣にいるギーシュのことかね?」

 

 そう告げながらモンモランシーに背中を向ける形になるが、椅子に横向きで座るよう方向を変えた。ギーシュは椅子ごとテーブルと反対向きに回転するとシュタッと足を組んだ。自分でシエスタをサイトの側にいるよう仕向けておいてこれはないが、なんとか彼女に危害が及ばないようにしなくてはならない。シエスタは少し青い顔をしてこちらに体ごと振り返ったあと一歩下がった。サイトは少し顔をしかめたあと

 

 「へいへい、どーもすいませんでしたねー。行こうぜ、シエスタ。」

 

 と軽く流すように言って去ろうとした。ちょっとシエスタの方を向いて視線で一度離れるように指示をすると読み取ったのか少しうなずいて5mほど元来た方向へ離れた。サイトがトレイを持ち、シエスタが配膳する形になっているのでサイトの前を行くシエスタがこちらを向き、戻ったことでサイトは配膳を手伝う事もできず、さりとてシエスタが青い顔をして離れているので追うこともできず、何度かこちらとシエスタを見た後、こちらを睨むようにして一歩近づいた。

 

 「おい、謝っただろ? シエスタを脅すなよ。お貴族様よ!」

 

 ああ、イライラする。シエスタを危険な目にあわせているのは君なのだがね? 

 

 「いやいや、シエスタは平民で所属は学院に勤めるメイドだが、今は俺が借り受けているメイドだからね。むしろ君の無知に巻き込まれないよう保護しただけだ。しかし君は貴族に対する礼儀というものを知らないのかね?」

 

 そう、サイトに告げると銀のトレイを持ったままサイトが凄んできた。

 

 「生憎と貴族が一人もいない世界からきたんでね。大体人を貸し借りできるわけねーだろ。」

 

 困った。ここまで好戦的で無知だとは思わなかった。というか前世の記憶からサイトのいた時代でも女王や王様を初め、世界という括りなら他国には貴族いるだろ。しかも日本にも大正だか昭和まで貴族いただろ。歴史で教わらなかったのか? もしくはサイトのいた地球は前世の地球とは違うのだろうか。

 

 なんとなくだが民主主義や自由と平等が絶対の正義であり、貴族の治める社会は悪だと思っている節がある。前世の記憶もあるのでわからないでもないが、結局のところ生まれた瞬間から不平等で死ぬことだけが平等なのはどこの世界でも一緒だろう。それに残念ながらここはハルケギニアという世界でトリステイン王国だ。平民でも貴族と対等に話したいのであれば、功績を上げてシュヴァリエに叙されるか大金を払ってゲルマニアの貴族になるかロマリアで司教にでもなるしかない。

 

 それに平民は圧政に苦しんでいるわけでもなければ奴隷として扱われているわけでもない。この辺りを理解してもらえればと思ったのだが、メイジや貴族というものをただの金持ちと見ている節がある気がする。いや、普通に考えたら前世でも金持ちはかなりの力を持ってはいたと思うのだがね。恐らく近くにそういう人間がいなかったのだろう。

 

 それともミス・ヴァリエールに折檻されすぎて狂っているのだろうか。チラッとギーシュを見ると彼も何かおかしいと思ったようで少し眉を寄せて疑うような目をサイトに向けている。

 

 「ああ、クロア、彼は確かルイズの呼び出した平民の使い魔だよ。」

 

 と、ギーシュが解説を入れるとギーシュの友人達が口々に「ゼロのルイズの使い魔か」といい始めた。ゼロって言うとご飯抜きにされますよ? まぁこれで俺が知っていてもおかしくない状況になったので、教育と説得をしてみよう。

 

 「ああ、なるほど。平民の使い魔君。貴族の一人もいない世界から来たというのは本当かどうか判断に困るところだが、この際それはあまり問題ではないのだよ。使い魔君。君の飼い主であるミス・ヴァリエールに教育を受けてないのかい?

 知らないことも本来は罪であるのだが、ミス・ヴァリエールが自分の使い魔を教育出来ないというのであれば、同じクラスの(よしみ)で俺が教えてあげよう。いいかい? この国では平民は貴族を侮辱したり逆らったりしてはいけないのだよ。相手や運が悪ければ不敬罪で死ぬ事もあるんだよ? わかったら平民として跪いて床に額をつけて暴言を吐いたことに対する許しを請いたまえ。ちゃんとできたら今回は見逃してあげるよ。」

 

 と、折衷案というよりこの国ではかなり譲歩した提案をしたのだが、

 

 「黙って聞いてりゃいい気になりやがって、何が貴族だよ。たかが魔法が使えるくらいで威張りやがって、一生薔薇でもスプーンでもしゃぶってろ。」

 

 と言ってシエスタの方へ一歩踏み出した。あー。これはダメかもしれない。なんというか、説得が難しい。格好つけるときに薔薇をしゃぶるのはギーシュの得意技だが、俺は別に食べるときしかスプーンをくわえないのだがね。

 

 「待ちたまえ、平民の使い魔君。話の途中で逃げるのかい?」

 

 と、言うと、シエスタに銀のトレイを預けて戻ってきた。

 

 「お前みたいなチビ相手に逃げるわけねぇだろ? 喧嘩売ってんのか? 今ならいくらでも買ってやるぜ? お貴族様よ!」

 

 あー。終わった。説得失敗の瞬間だ。さてどうしよう。別にサイトじゃなければ決闘→焼却コンボで問題ないのだが、彼を焼却するのはいささか問題な気がする。一応ガンダールヴやミス・ヴァリエールの使い魔というのもあるが、何より主人公様だ。ぶっちゃけサイトじゃなければ「再召喚すればいいじゃない」で済んだのだが、まぁとりあえず焼けどか酸欠か爆風で落そう。死ぬ前に折れてくれるのを祈って「平民にしてはなかなかがんばるではないかー」作戦で行こう。きっとプリシラに手伝ってもらうと「平民相手に使い魔まで使うの?」とか周りに言われそうなので自力で手加減するしかない。かなり難易度の高い決闘になってしまった。

 

 少し周りを見回してからサイトに告げる。

 

 「そうか。致し方ないね。決闘だ。」

 

 と、言った瞬間アルヴィーズの食堂が沸いた。ああ、初のモンモランシーとの食堂デート。シエスタのデザート。それがこんな下らないことで終わるとは……。

 

 「ギーシュ、一緒に馬鹿にされた君には悪いが今回は譲ってもらうよ。先にヴェストリの広場に行って仕切りを頼む。」

 

 ギーシュは憤りを隠せないようだが、俺が先に決闘を宣言したので「仕方がないね、今回は譲ろう。友よ」と言って先に広場へ向った。

 

 「モンモランシー、ミス・ヴァリエールに説明をお願いするね。」

 

 と、振り返ってモンモランシーにミス・ヴァリエールへの説明をお願いすると、不安そうな顔をした。「ごめんね。せっかくのデートだったのに。」と言ってそっと彼女の頬を撫でると彼女は目を瞑って自分の手を重ねた。

 

 「我が友、マルコ。すまないがレビテーションで俺を運んでくれ、それと一人、彼の案内を頼む。」

 

 そうマルコと彼の友人に頼むと、「任せたまえ。友よ。」とマルコは笑顔で快諾してくれ、彼の友人も「俺が案内しよう」と言って名乗り出てくれた。

 

 「では、平民の使い魔君。デザートの配膳が済んだらきたまえ。」

 

 そうサイトに告げたとき、シエスタは悲しそうな顔をしていた。彼女の作ったデザート一口しか食べてないのだがね。サイトめ……。いや、せっかく知り合った平民がひどい目に合うと予感して悲しい顔をしたのだろうか。そうなると俺か……。まぁできれば後で埋め合わせしよう。

 

 マルコに運んでもらいながら初アルヴィーズの食堂を後にした。

 




いかがでしたでしょうか。ちなみに原作と同じセリフをいくつか書いたのですが規約でグレーゾーンみたいでちょっとドキドキしてます。
ええ、主人公でツッコミ入れたかったからですが!

ちょっと次の話で詰まりました。マジクロア死ぬかもorz

ここだけの話。ウミガラスの浮上シーンはハイゴッグの基地強襲する時の浮上シーンに似てる気がした。記憶が弱補正なので曖昧ですがね!

モンモンの使い魔は派手なカラーリング&大幅強化になってます。
マルコの使い魔は元のものより大きくなった程度です。頑強のルーンとか入れてジャックにモグモグされても死なない設定にしようかと(え

次回もおたのしみにー!

していただけるとちょっとがんばれます。

参考動画:youtube
Loyalty between a hippo & a bird   (カバさんモグモグ)
Meet the Underwater Rocket Bird    (ウミガラス)


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18 サイトとの決闘

おまたせしましたー。どぞー
後書きに追記を追加しました。


 どうしてこうなった? 親友であり、掛けがえのない友であるギーシュのイベントをわくわくしながら楽しみにしていた罰だろうか。ふむ。そうかもしれない。それならばこの罰は甘んじて受けよう。そしてもし生き残れたらあのハンカチの手触りを確かめさせてもらおう。

 

 手触り次第では俺も欲しい。ケティオリジナルだとギーシュに頼むしかないが、もし既製品だったらたくさん買ってモンモランシーやシエスタ、それと家族にも送ろう。いや、お金出すのはカスティグリアか……。となると、ルーシア姉さんやクラウスに言った方が早そうだ。って考えが逸れたな。

 

 さて、サイトをどう倒すか。どう倒されるか。そのことを考えながらマルコに決闘の場であるヴェストリの広場へ運んでもらっている。できればサイトは殺さずに、できるだけ原作から乖離しないよう彼の評価を少しでも上げておきたい。

 

 しかし、基本的に俺は一撃貰っただけで死の淵を彷徨うだろう。この虚弱さだ。サイトが殺すのを忌避し、殴ろうが蹴ろうが剣の腹で撃とうが関係ない。それだけで当たり所は関係なく恐らく死ぬ可能性がある。こんなところで命を賭けるのは少々不満だがきっとこれは罰でもあるし、俺はカスティグリアの貴族だ。そこは我慢しよう。

 

 確か原作のサイトの戦い方はまず「喧嘩は先手必勝」とフライング気味に突っこんで、ギーシュのワルキューレにボコられ骨折箇所多数で立つのも難しくなったときにギーシュが剣を彼に進呈し、サイトがガンダールヴを発動してワルキューレを切り刻んだあと、ギーシュの顔面を蹴って転がった彼の近くの地面に剣を刺して降伏を迫る。といった感じだったはずだ。問題は蹴りだ。これで死ぬ可能性が今のところ一番高い。

 

 たしか、サイトの左手の甲に刻まれたルーンでもあるガンダールヴは「神の左手」や「神の盾」と呼ばれ、虚無の長い詠唱中、主を守るために与えられたもので、武器を持ってれば全ステータス大幅アップ&武器の使用方法が最適化され頭と体で完全に理解し、使いこなせるとかそんな感じだったと思う。この穴の抜けた原作知識では詳しいことはあまり覚えていない。とりあえず、武器に触れることと感情次第でどんな怪我を負っていようが戦闘能力が完全に人間離れするということだけわかっていればいいだろう。

 

 そんな人間離れしたガンダールヴ相手でも負けるつもりは毛頭ないが、偶然が重なり原作通りに進行し蹴り殺されるのは百歩譲って我慢しよう。我慢できないのはサイトが「殺つもりは全く無かったけど殺しちゃった」という状況で自己弁護に浸る可能性が高いことだ。どれだけ悔やもうがこれだけは許せない。

 

 こちらは殴られただけで死の淵を歩むのだ。どうせなら殺すつもりで殺してもらわないと割に合わない。やはり最初から剣をギーシュに作ってもらってサイトに渡し、ガンダールヴとして全力で戦ってもらうのが良いだろう。

 

 次に俺がサイトへの攻撃をどう行うかだ。まず突っこんでくるサイトを止める必要がある。ガンダールヴの能力で底上げされようがされまいが関係なく向こうの方がスピードもパワーも上だろう。初撃を止め、なおかつ殺さず、できれば後遺症を残さない方法。

 

 前回のように足を焼き尽くすのはダメだろう。骨折、軽い焼けど、キレイに切断、内臓にある程度までのダメージあたりまでなら医務室でも後遺症を残さず治せたはずだ。一応衣類からはみ出る首から上の焼けどには気をつけよう。焼けどの痕が残るかもしれない。

 

 あと骨折も骨が飛び出すような複雑骨折は感染症の恐れがある。水メイジが治せるか、対処できるかグレーゾーンなのでこの辺りも気をつけた方がいいかもしれない。とりあえず相手に与えるダメージの範囲は絞れた。あとは使える魔法をベースに考えるか。

 

 ファイアー・ウォールで進路を塞ぐ。突き破られたら意味がないし、回り込まれる可能性が高い。ファイアー・ウォールを連続で使用して囲んでもいいが、囲むと恐らく中が見えないのでやりすぎて酸欠どころか(いぶ)されてサイトの燻製(くんせい)になりかねん。

 

 ファイアー・ボールまたはフレイム・ボールで威嚇射撃。ギャラリーを巻き込む可能性がある。却下だな。

 

 ラ・フォイエを直撃させずに爆風で行動を制限。まぁこれが一番無難だな。ミスると一撃で死ぬだろうが恐らく立つ事すら困難な状況に持っていくにはいいかもしれん。

 

 ブレイドを延ばして四肢のどこかを切断。見た目がグロい以外は最高の手段だろう。一撃で何もかも決着するし出来るだけ焼けないよう上手く切ればあとでちゃんとくっつくはずだ。感染症や他の病気が後々出てくる可能性があるが一応候補に入れておこう。

 

 あとは―――発火か。彼が火達磨になる光景しか目に浮かばない。いや、誰かが止めに入れば一番軽傷……なのか? 不安が残る。やめておこう。

 

 大体の方針は決まったがやはり手段の少なさが痛いな。できればもっと簡単な、そう、エア・ハンマーやアース・ハンドのような非殺傷に向いている魔法が今切実に欲しい。相手を殺さずに無力化するには、ほぼ後遺症や傷跡を残してしまうのが火の系統の弱点かもしれない。コッパゲ先生なら体術や土系統で捕獲できるのだろうが、そもそもの身体能力が違いすぎる。

 

 「友よ。着いたよ。」

 

 というマルコの声で没頭していた思考の海から浮上する。空を見ると雲ひとつ無い快晴。まぶしい。ヴェストリの広場は日陰が多いのが唯一の救いだな。

 

 「ありがとう。友よ。」

 

 そうマルコにお礼をいい、降ろしてもらう。「構わないとも、友よ」と笑ってマルコはギャラリーに混ざっていった。この貧弱な体つきの俺を弱く見せないための彼なりの気遣いだろう。すでにギャラリーが集まっていて、俺はいつの間にか円の中にいる。見回すとマントの色から判断して一年生の割合が多いかもしれない。前回のアレが響いて二年生以上は見学辞退者が多かったのだろうか。

 

 ギーシュがこちらに来て、「大丈夫かい?」と真面目な顔で確認してきた。体調が悪そうなら自分がヤルつもりなのだろう。彼は友人思いのいいヤツだからそう考えてもおかしくない。しかし、今回は彼に渡すわけにはいかない。

 

 ここでギーシュに決闘を渡してしまい、原作とは違い、ギーシュが油断せず一方的に勝てば原作との乖離が大きくなる上にサイトとミス・ヴァリエールは更なる苦境に立たされるだろう。今俺の目の前にいるギーシュは原作のギーシュと違い、パフォーマンスだけでなくガチで勝ちに行きかねない。それはそれでまぁ見てみたい気もするのだが、今回は遠慮していただこう。

 

 そして、もし彼が原作通り油断して敗れた場合、サイトの貴族に対する態度は増長し、同じ事が何度も起きる可能性が出てくる。そして何度も起こしている間にそれにシエスタが巻き込まれる可能性もあるし、「ミス・ヴァリエールが使い魔をけしかけてる」などと噂されれば彼女の孤立化が深まる。

 

 今回の場合、恐らくサイトの貴族に対する嫌悪感は俺の方が大きいだろうし、調子に乗って後日俺にまで決闘を仕掛けてくる可能性もある。前回の俺の決闘を見ていた人間に、俺も担ぎだされるだろう。そして増長しているサイトは簡単に俺との決闘を受け、更に被害が大きくなる可能性が高いし、その後の修復は今回より困難なものになるだろう。

 

 ―――ならばもっと力を持ち、傲慢で性格の悪い貴族に彼が出会う前に、ここでちゃんと貴族やメイジの怖さ、不敬罪の怖さを教育してしまった方がいい。もしそのような出会いがあっても判断の糧になるだろうし、この後彼がむやみに貴族を馬鹿にして反感を買うことがなくなるかもしれない。

 

 それにもしかしたらミス・ヴァリエールに使い魔の教育や制御を真剣に考えてもらうことが出来るかもしれない。もし彼の心が折れず、素直にミス・ヴァリエールと向き合えばミス・ヴァリエールの良き使い魔としてハルケギニアを満喫できるはずだ。彼はきっとガンダールヴの能力だけはちゃんとあるはずだ。問題は彼の素行と言動、そしてこの世界に関する常識や知識が無く、それらを理解するつもりが無いことだろう。

 

 「ああ、大丈夫だよ。これでも二度目だしね。そう、ギーシュに頼みがあるんだ。決闘が始まる前に使い魔君へ剣を2~3本渡して欲しい。こちらは杖を使うからね。少しは公平にしたいんだ。」

 

 「そうかい? 無知な平民のために君を傷つけるための剣を作るのはいやなのだがね。君の頼みなら引き受けるとしよう。」

 

 ギーシュは頼まれた剣が「サイトのガンダールヴを発動させるため」という本当の理由は知らない。しかし、彼は別の理由で剣を作ることに葛藤し、友人である俺の頼みを聞き入れ引き受けてくれた。

 

 「本当にすまないね。友よ。恩に着るよ。」

 

 ああ、そういえば原作ではオールドオスマンとミスタ・コルベールが遠見の鏡でこの決闘を観戦してたんだっけ? 決闘を止めるために教師が眠りの鐘の使用許可を求めたが貴族の遊びに秘宝を使うなと止められたんだっけ? 確かに決闘が眠りの鐘で止められたという前例を聞いたことが無い。

 

 「来たようだね。諸君! 決闘だ!」

 

 と言ってギーシュが離れた。残念ながらまだ遠いようで判別が付かない。

 

 「来たぞ、キザなチビ貴族。」

 

 と、サイトが言ったのを皮切りに罵声が飛び交う。貴族の子女に囲まれていながら貴族を馬鹿にするとは、日本人の癖にエアーリーディングが出来ないのか? ヌケてるとかいうレベルじゃない気がするのだがね。あとギャラリーが(はや)し立てるのは毎回の事だがね。「ゼロのルイズの使い魔だ!」というのは辞めておいた方がよいと思うのだよ。もし万が一彼女が女王になったら本当にゼロって言った回数ご飯抜きにされてしまうよ?

 

 「ああ、よく来た。ギーシュに立会人を頼んだ。本来は無関係な第三者に頼むのだがね、君の知り合いも少なそうだし、俺も友人や知り合いは少ないんだ。すまないね。彼は立派な貴族だから公平に見届けてくれるよ。そこは安心してくれたまえ。

 俺は貴族だから杖を使うが、それじゃあ武器を持たない君にとって不公平だからね。彼が君の武器を作ってくれる。君が人生最後に握るかもしれない武器だ。今から君の人生を左右することになる“平民がせめて貴族に一矢報いるために磨いた牙”だ。恐らく剣か槍だが、どちらがいい? 青銅製になるとは思うがある程度なら希望を聞いてもらえると思うよ。」

 

 そう杖を引き抜きながら淡々と告げると、サイトはひるんだ。いつ彼に突撃されるかわからないので準備だけはしておこう。しかし、これで怯むくらいならもしかしたら説得がまだ可能かもしれない。

 

 「け、喧嘩に武器は必要ないだろ!? 素手で勝負に決まってるじゃねぇか!」

 

 「いや、ただの喧嘩ではないのだよ。使い魔君。決闘だと言ったろう? 貴族の名や名誉は命よりも重い。それゆえに貴族の名がかかったらお互いが和解するか、どちらかが折れない限り双方無傷では済まされない。そして俺が決闘で平民相手に折れることはカスティグリアの貴族として許されない。

 だから俺は出来るだけ回避しようとしたのだがね。君に貴族を馬鹿にしたことに対する謝罪の意思がなく、君がやる気ならしょうがない。もはや俺にとって君が平民だろうが貴族だろうが使い魔だろうが関係がないのだよ。俺はもう君を殺す覚悟と自分が死ぬ覚悟は決めている。まぁできるだけ手加減はするつもりだが、少しのミスで君か俺が死ぬだろうし、例え生き残ったとしても重度の後遺症が残るかもしれない。

 さぁ選びたまえよ。選ばないのであればこちらが決めてしまうよ?」

 

 そう真面目に平静に告げながら先に決闘の礼をする。恐らく隙を見せればすぐさまそこを突いてくるはずだ。選んでいるうちに決闘の様式美だけは終わらせておこう。

 

 「め、名誉だかなんだか知らねぇが命より重いわけねぇだろ!?」

 

 「ギーシュ、すまんね。彼は決められないようだ。剣2本に槍1本でいいだろう。彼の足元に頼む。」

 

 そう立会人であるギーシュに伝えると彼はうなずいて杖として使っている造花の薔薇を華麗に振りサイトの足元の地面に剣2本と槍1本を作り出し突き刺した。

 

 「それは君の無知な常識だろう? しかしね。君の名誉や意地が命より軽いというのならば、その場で跪いて額を地面につけて許しを請いたまえよ。それが道理だろう?

 だが、もしできないのであれば、君も同じように君の名誉や意地が命より重いというのであれば剣や槍を取りたまえ。」

 

 サイトは答えに窮したのかキョロキョロと周りを見回し始めた。飼い主に何かを訴えるつもりかね? 飼い主は「謝っちゃいなさいよバカ犬」って言うと思うよ。

 

 「君の飼い主でも探しているのかい? ただのじゃれ合いだと思ったらお互いの命のやり取りでビビってるのかい? まぁ俺は自慢ではないが虚弱だからね。そのじゃれ合いでも命のやり取りになるんだがね? さぁギャラリーも飽きてきたようだし、せっかく集まってくれたんだ。そろそろ始めよう。一歩でも動いたら死を覚悟したまえよ?」

 

 と杖を向けて詠唱するフリを始める。最初はラ・フォイエで吹き飛ばす予定なのでぶっちゃけ杖も詠唱もいらない。あ、どうせだからこっそり小声でブレイドの詠唱にしておこう。

 

 「やめなさい! サイト! クロアは本気よ! 謝っちゃいなさいよ!」

 

 と、言うミス・ヴァリエールの声が響いた。ちょっと止めるの遅くないですかね? すると、サイトは何かを決めたようで、彼の足元に刺さった剣を引き抜いた。武器を手にしたことで彼のガンダールヴのルーンが反応し、サイトの左手にほんのり光が灯る。

 

 「俺は元の世界にゃ帰れねぇ。ここで暮らすしかないんだろ?」

 

 「そうよ。それがどうしたの! 今は関係ないじゃない!」

 

 サイトがこちらを睨みつけながらつぶやき、ミス・ヴァリエールは何かを押さえ込むように両手を握りサイトに言い返す。

 

 「使い魔でいい。寝るのは床でもいい。飯はまずくたっていい。下着だって、洗ってやるよ。生きるためだ。しょうがねぇ。でも―――下げたくねぇ頭は下げられねぇ!!」

 

 そうサイトが吼えると左手の光が一気に溢れ、踏み出したと思ったら一瞬で加速した。

 なるほど、速い。以前俺に撃たれたファイアー・ボールと同じかそれ以上に速いだろう。人間として体が耐え切れるのか疑問の残る加速度だ。そして剣を振ったらさらに(はや)いのだろう。彼が俺を間合いに入れ、剣を振った瞬間に恐らく俺の死は確定する。だが、すまんね。普段はほとんど見えないこの赤い目でも今の君の姿はよく視える(・・・)。さて往こうか。

 

 わずか数瞬でお互いの距離を半分まで縮めたサイトをその間に放たれたラ・フォイエの爆風が襲う。ラ・フォイエの爆発の前兆であるキュィンという収束音に反応したのか、サイトは普通なら目で追うのが難しそうな速度で避けつつ剣での防御を選択し、目の前で腕と剣を交差させるが、残念ながら爆風の範囲からは逃れきれず、ドゴーンという炸裂音と共に生み出された爆風が彼を襲い横に吹き飛ぶ。

 

 ―――ああ、あれではギャラリーを巻き込んでしまうね。

 

 そんな事を考えながらギャラリーを巻き込まないよう、比較的小規模なラ・フォイエを何度も使い、彼の体を爆風で彼の元いた場所へ返す。

 

 キュィン、ドゴン! キュィン、ドゴン! キュィン、ドゴン! という収束音と炸裂音がヴェストリの広場を支配し続ける。

 

 オリジナルと違ってディレイが無いので出来る芸当だが、もはやこのラ・フォイエは原型を留めていない気がする。いや、今さらか。

 

 彼はところどころ焼け焦げては爆風で消される。足や腕、胴体とお構いなしに爆風に煽られたサイトは最初にギーシュが地面に刺した剣と槍から2mほどのところに転がった。足は折れ、ひざから曲がってはいけない方向に曲がっているし、両腕は関節がいくつか増えている。だが視たところ欠損は無いようだ。指もちゃんと揃っている。骨も露出していない。多分まだ治る範囲だろう。

 

 しかし、この感じだと内臓もかなり逝ったかもしれんね。咳き込むように血の塊と血の泡を吹いている。このままでは彼の時間切れが近いかもしれない。彼は仰向けで顔だけ横を向けて何度か咳き込みつつ激痛に呻いているので意識はあるだろうし、まだ生きてはいるだろう。一応即死しないよう、出来るだけ後遺症を残さないよう背骨や腰椎を含め重要器官への直撃は避けたし、首の周りやそこから上に範囲が入らないよう調整したので首から上だけは土で汚れているだけだ。それにしても恐ろしく頑丈だ。俺なら最初の一撃でブリミルに面会している自信がある。

 

 「生きているかい? 使い魔君。返事ができるかい? 命乞いはできるかい? それともトドメを刺されるのがお望みかな?」

 

 そう尋ねながらいつでも発動できるよう小声でブレイドの詠唱を繰り返す。発動せずに繰り返す。どこで巻き返してくるかわからないのがガンダールヴだ。油断はできない。さきほどまで握っていたギーシュの作ったキレイな青銅製の剣は柄以外もはやバラバラになりどこにあるかわからないが彼の2m先に予備があるから大丈夫だろう。

 

 「もうやめて! お願いだからもうやめてクロア!」

 

 ミス・ヴァリエールはそんな叫び声をあげつつサイトに駆け寄る。自分の使い魔の惨状を見て涙を流しているようだ。女性の涙を見るのは何度目だろうか。いやはや、彼女とはほとんど接点がないとはいえ辛いものがあるね。

 しかし、俺は何度も止めたのだけどね。本来君が止めるべき相手は君の使い魔なのだがね。まぁ彼女が代わりに俺の杖を治めてくれるのならこの際構わないか。

 

 「ミス・ヴァリエール。俺は彼に何度も警告し、思いとどまるよう何度も止めたのだけどね? 自分の使い魔なのだから君が彼を説得するべきだろう?

 そうだね。彼は返事をするのも辛そうだ。彼の代わりに彼の飼い主として君が謝罪をし、ちゃんと彼の手綱を握り、教育し面倒を看るというのであれば杖を引こう。誰が何と言おうと君はとても努力家で気高く可憐な、誇りあるトリステインの貴族だ。こんなことで同じ貴族の俺に跪く必要はない。ただ、理解して口頭で謝罪してくれればいい。君の言葉なら信じられる。」

 

 サイトの近くにミス・ヴァリエールがいるので杖先を彼女に向けないよう胸元まで引き寄せ、真面目に提案した。場合によっては彼女の反感を買い敵が増えるが、こちらは最初から努力を強いられているわけだし、何よりシエスタが俺のために作ってくれた今までにない奇跡のようにおいしいデザートがだな……。と、別の事を考えながらいきなりミス・ヴァリエールの爆発魔法が飛んでこないかビクビクして……いや、警戒していると、彼女はハンカチを取り出し自分の涙を拭いた。そして、真面目な顔をしてすっと立ち上がると、こちらに向き直り、彼女は誠実で意思の強そうな鳶色の目で俺の赤い目をまっすぐ見て

 

 「ミスタ・カスティグリア。この度は私の使い魔がご迷惑をおかけしました。まだ御せませんが努力いたしますのでご容赦ください。」

 

 と、貴族の顔をして言った。やはり彼女は気高い。

 

 「クロアで構わないとも、ミス・ヴァリエール。とても丁寧な謝罪をありがとう。謹んで受けさせてもらうよ。俺はまだ未熟だから君の使い魔に対してやりすぎてしまったかもしれない。本当にすまないね。

 彼はとても強く頑丈で速い。ただの平民とは思えないし、このようなことで死ぬのはもったいないくらい、とてもいい使い魔だね。頭は悪そうだけど、ちゃんと教育して向き合えば他に並び立つことのないほどいいパートナーになると思うよ。」

 

 と、杖を収めて彼女に伝えたところで少し足元がぐらついた。決闘の緊張が解けたのだろうか。

 

 「そう。ありがとう。私のこともルイズで構わないわ。」

 

 ミス・ヴァリエールは少し微笑んでルイズ呼びの許可をくれた。

 

 「ありがとう。これからはルイズと呼ばせていただくよ。」

 

 とこちらも少し微笑んでルイズと呼んでみた。

 

 

 「決闘は終わりだ。誰か医務室から水メイジを呼んでくれ。あとヒーリングを使える者はミス・ヴァリエールの使い魔に―――」

 

 とギーシュが決闘の終了を宣言し、サイトの治療の段取りを立てているところで聞こえる音が遠くなり、フラフラしてきた。今まで抑えられていた症状が一気にぶり返してきたような感覚。昨日まで続いていた症状がじわじわと体内を蝕み始めた。この感じだともしかしたら部屋まで戻れないかもしれない。こみ上げる嘔吐感がとても気持ち悪い。苛み始めた四肢の鈍痛と思考を邪魔する頭痛と熱がさらに拍車をかける。

 

 そういえば体調が悪くなったらプリシラからシエスタに伝えるよう約束していた。プリシラにシエスタへの伝言を頼んでフラフラと自分の部屋を目指す。数歩進んだところで爆風で沸き立った土ぼこりと焼けたような匂いの中、ふわっと香水の香りが俺を包んだ。

 

 「初めてのアルヴィーズの食堂デートが台無しになっちゃったわね。でも格好良かったわよ。」

 

 というモンモランシーの濡れたような声が届き。彼女が俺にこっそりレビテーションとヒーリングを掛けたのがわかった。何か気の効いたことを返したかったが、これから多分格好悪いところを見せることを考えると何も思い浮かばなかった。でも格好良かったって言われたの初めてかもしれない。ちょっと嬉しかった。

 

 そして、彼女は何気なくただの恋人のように、ただの婚約者のように俺の腕に自分の腕を絡めて何度かヒーリングをこっそりかけながら部屋まで送ってくれた。俺は彼女のおかげで倒れることなく、担がれることなく、情けないところを見せることなく決闘の勝者として部屋に戻る事ができた。

 

 「ありがとう。モンモランシー。愛しているよ。俺の生きた奇跡の宝石。」

 

 と自分の中で一番のお礼を彼女に告げると、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
サイト君の意思、関係ナシに決闘が終わってしまいましたね^^;

次ですか? ええ、まだ1文字も書いてませんよ。
ここでクロア君起きなかったendになりそうです。(爆

マジどうしよう。なんとかひねり出しております。


次回おたのしみにー!


してくれると何かいい案浮かぶかも(ぇ

追記:なんとなく思いついた案というか決闘を見た人たちの反応

サイト決闘後、貴族クロアに結構すごいと認められる
マルトー サイトやるじゃん? 賄い食う? 古いワイン開けるほどじゃねぇな
シエスタ サイトバカじゃん? なに邪魔してるの? 死ぬの?
メイドA サイト将来有望? 彼はシエスタ狙い? でもシエスタは。。。

ギーシュ 確かに速い でもクロアはもっとやばい
マルコ  か、勝てるかな? でもクロアはもっとやばい
モンモン 次邪魔したら殺す クロアが心配
クラウス 名にやってんのにいさん 治療費出した方がいいかな? ルイズに接触
ルーシア ジャックとマルコかわいい 決闘?どうでもいい

カスティグリア おk 今度はヴァリエールか。クルデンホルフよりは小さいな
モンモランシ  け、決闘したの?

ルイズ  貴族ってあんな感じなのねー 爆発で勝っちゃった! 強かった! 
キュルケ あれがタバサの言ってたオリジナル魔法? 欲しいかも? サイトも中々
タバサ  強い。戦力ほしい


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19 決闘後と今後のこと

ええ、明日は日曜日ですね。私はすでに力尽きました。

それではどぞー!


 意識が浮上するとちょうど誰かが俺の顔を拭いてくれているところだった。丁寧に顔をくすぐる湿ったタオルの感触が気持ちいい。目を開くと目の前に少し頬を染めたシエスタの顔があった。

 

 「あっ、クロア様。おはようございます。」

 

 「ああ、おはよう。シエスタ。ありがとう。あとは自分でやるよ。」

 

 体を起こして背もたれに寄りかかるときにシエスタが支えてくれた。何か最近接触が増えたような……。う、うむ。きっと介助に慣れてくれたのだろう。シエスタからタオルを受け取って顔と首周り、背中や体を拭く。

 

 「どのくらい寝てた?」

 

 と拭きながらシエスタに聞くと、手持ち無沙汰なのか、ちょっと手をもじもじしながら

 

 「今日はあの日から5日目の朝です。」

 

 と返答が帰って来た。とりあえず上半身が拭き終わったのでシエスタにタオルを渡して、しばし考える。たしか原作サイトは三日三晩ルイズ嬢の部屋のルイズ嬢のベッドでルイズ嬢の献身的な介護を受けながら意識が戻らず寝ていたはずだ……。しかし今回は原作より派手なダメージを与えた自信がある。一週間くらい寝ていてもおかしくないはずだ。うむ。決闘に勝った俺の方が寝ていた時間が長いということはないはずだ。

 

 「そうか。ルイズ嬢の平民の使い魔はどうなった?」

 

 と、シエスタに聞くとサイトは三日三晩“医務室”で意識が戻らなかったが、水メイジの診療を受け、今では後遺症もなく普通の生活に戻っているそうだ。

 そして今では、アルヴィーズの食堂にサイト用の餌が用意されることはなく、ルイズ嬢が厨房に乗り込んでサイト用の食事を用意するよう依頼したらしい。出される食事は賄いで変わらないが、今まで厨房の善意だったのが貴族の依頼になったので気兼ねなく出せるようになり、サイトも気兼ねなく食べれるようになった。

 しかし、ご飯抜きの威力が凶悪になったらしい。三食以上連続では抜かないことにはしているそうだが……。サイトよ。強く生きろ。

 

 ふむ。しかしサイトは三日か……、もっと追撃しておくべきだっただろうか。無傷で勝利したはずなのだが何かこう、釈然としない物がだな……。

 

 「そろそろモンモランシー様がいらっしゃると思います。」

 

 考え事をしているとシエスタがそう告げた。毎日朝と昼と午後に様子を見に来てくれていたらしい。いや、隣の部屋だが……。ううむ。しかしちょっと今回は顔を合わせづらい。初めてのアルヴィーズの食堂でのデートへ誘ったのはいいけど、本当にご飯食べるだけだったし、デザートの途中だったし、ぶっちゃけギーシュの決闘イベントをモンモランシーと見学して帰る予定だったのがサイトに絡まれて俺が決闘することになったし、結局五日も寝てたし……ううむ。でもモンモランシーには会いたい。

 

 そんなことを考えているとノックの音が聞こえ、シエスタがモンモランシーを出迎えた。ドアから部屋へ招きいれ、さっき起きたことを知らせたのだろう。ちょっと歩く足音が早くなった。

 

 「クロア。大丈夫? 熱はもう無い? 本当に心配したんだから。」

 

 とモンモランシーは泣くのを我慢するように眉を寄せ、目を潤ませ少しベッドに乗り出しておでこをくっつけた。

 

 「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ。」

 

 と安心させるように笑顔を作ってモンモランシーの滑らかで柔らかい頬にそっと触れると泣きそうな顔を少し伏せたあとちょんと柔らかい感触が唇を襲った。何が起こったのか悟った時ちょうどモンモランシーがヒーリングを掛けてくれた。

 

 「これから朝食と授業だからまたお昼に様子見に来るわね。ルイズやマルコたちにも知らせてあげなくちゃいけないし。」

 

 モンモランシーは自分の頬に当る俺の手に自分の手を重ねながら赤い顔で目を逸らしながら言った。

 

 「ああ、そうだ。モンモランシー、ギーシュに一つ頼みたいことがあるんだ。時間が出来たら一人で来てくれるように頼んでもらえないだろうか。」

 

 そういうと、今日の昼の予定を聞いてみて、空いてるようなら来てくれるよう頼んでくれるそうだ。その後ちょっと話をして「じゃあ行ってくるわね」と行って朝食と授業に向った。シエスタも俺の朝食を取りに厨房へモンモランシーと一緒に行った。

 

 今回のサイトとの接触でいくつかわかったことがある。とりあえずあのサイトは原作かアニメかわからないがオリジナルサイトということでいいだろう。まず原作知識があったのなら俺に関して不思議に思うはずだし、ギーシュが落としたハンカチが香水のビンでなかったことに驚くはずだ。しかし極自然にハンカチをギーシュに返していたし、特にモンモランシーが俺の横にいたことに驚いた様子はなかった。

 

 決闘したことによってわかったことも多く、有意義な判断材料が得られた。まずサイトは武器を取る事にためらった。原作知識があれば、そしてもし事前に対応を考えていたならば、ある程度剣を使えるように訓練するはずだし、体も鍛えるだろう。

 

 しかも、槍の方が非殺傷能力やリーチ、防御に優れているにも関わらず、彼は剣を選んだ。恐らく使ったことのない、槍の有効性を知らないが故の選択だと思う。ある程度武器の知識があれば槍を使うはずだ。いや、体育で剣道を選択していたり、普通に槍より剣の方が日本人としては馴染みがあるだけかもしれん。

 

 しかし、戦ってみた結果、ガンダールヴの能力での身体能力や剣の使い方の底上げはされていても戦い方は素人の喧嘩と言っていいだろう。魔法に関する知識があればまずあのようにまっすぐ突っ込んでくることはしないだろう。隙を作るためにフェイントを織り交ぜるか、円周状に移動しつつ間合いを詰めそうなものだ。

 

 もし俺が彼の立場ならまず剣を一本左手に持ち、右手で槍を投げたあと、右手でもう一本剣を持って走りながら間合いを詰めつつ更にもう一本回転させながら避けにくいように投げて一気に間合いを詰め一撃で決める。

 

 恐らくラ・フォイエを二回使えばそれでも防御は可能だが、手加減することを考えているとかなり際どい戦いになるはずだ。というか最後の位置次第ではラ・フォイエの選択が不可能になり、ブレイドでの切断を余儀なくされたはずだし、それすら避けられたらもはや打つ手は無かった。こうやって落ち着いて考えるとかなり危険な橋を渡っていたことがわかる。いや、最初から殺すつもりなら手加減抜きのラ・フォイエやブレイドで一撃なのだが……。

 

 もう少しラ・フォイエだけに頼るような戦い方ではなく、搦め手に対処可能な戦法を考える必要があるかもしれない。今回は最初から使って行ったが、本来防御も視野に入れているものだ。以前タバサ嬢に言ったように自分でオリジナル魔法の研究をしてみるいいきっかけかもしれない。

 

 いや、ぶっちゃけ魔法に頼るより防御は防御で考えた方がいいのだろうか。だがしかし、プロテクトアーマーやフルプレートアーマーを着たところで俺の場合手を動かすのも難しくなる可能性もあるし、なんか転がされてボコボコにされる未来しか思い浮かばない。いやまぁボコボコになる前に昇天するとは思うが……。

 

 ふむ。やはり魔法を基準に考えよう。おそらく一番カッコイイのはファイアー・ボールやフレイム・ボールの多重起動に自動目標設定、自動追尾、自動相殺防御などだろう。しかし、そんな便利な魔法はマジックアイテムでも仕込まないと無理な気がする。むしろ目標選定誤ったりして自分が燃える可能性もある。いや、むしろこの基本的にほとんど見えない目で目標を捉えるのがまず難しい。

 

 となると面か。ファイアー・ウォール? うーん。突破されないファイアー・ウォールか。なんかウィルスに対応するような感じになってきたが、気のせいだろう。このファイアー・ウォールの問題は燃え尽きずに突破されるということだ。ぶっちゃけエア・ハンマーなどでこちら側に煽られる可能性も否定できない。使いどころが難しいというレベルではなく、むしろいつ使うのか疑問な魔法である。

 

 うむ。思いつかない。というか、戦闘になった時点で相手を殲滅しないと俺が倒れて死ぬ気がしてきた。一気に決めないとその後が無理そうだ。やはり防御はラ・フォイエに任せよう。うむ。

 

 途中でシエスタが朝食兼お昼を持ってきてくれたので食べつつ、小一時間ほど考え、結局いい案が無かったので、思いつきメモに「魔法の改良」とだけ書いて他の資料作成に取りかかることにした。資料作成リストを眺めながらちょっと先の事を考える。

 

 確か、原作では次の虚無の曜日の前日であるダエグの曜日にサイトがキュルケに連れ込まれて、キュルケの男遊び……いや、十股……いや、ラフレシアっぷりを見せられ、キュルケに言い寄る男たちからの襲撃を恐れルイズに剣を欲しがり、翌日の虚無の曜日にトリスタニアへ二人で向かい、しゃべる剣でありインテリジェンスソードであり、ガンダールヴ専用武器であるデルフリンガーをゲットし、なんだかんだでルイズとキュルケが決闘して、その時にフーケがゴーレムで学院の宝物庫を襲い、破壊の杖が盗難に遭うと言った感じだったはずだ。

 

 もはやかなり乖離していると思うが、まだ取り戻せるはずだ。大筋ではあまり変わっていないと思う。とりあえず、デルフリンガーはでかいので彼の手に渡ればすぐにわかるだろう。

 

 そしてアルビオン関連に手を出さないことは決まっているので、俺の中ではフーケ関連もパスすることになっている。となると? ふむ。次のイベントはミスタ・ギトーの講義中にコッパゲが乱入して姫様が来るよー。という話か。アルビオンも遠いし、恐らくパスだな。となると間がかなり空く事になる。順調にルイズ嬢とサイトが原作イベントを消化できているか確認するだけの楽な作業になりそうだ。

 

 となると、まずは目の前の問題に取り掛かるだけか。その問題解決のための布石はすでに打ってある。今は資料作りに没頭しよう。カリカリ

 

 

 

 

 そしてお昼が来て、ギーシュがやってきてくれた。

 

 「やぁ、具合はどうだい? モンモランシーから君から話があると聞いて来たのだが、気になることでもあるのかい?」

 

 と、シエスタが招き入れて出された紅茶に口をつけつつギーシュは微笑んだ。くっ、最近ギーシュの光量も上がっている気がする。まさかケティ効果か!? 恋すると男も輝くのか!?

 

 「君にも心配をかけてしまったね。今日はそれほど悪くないよ。あの時は決闘の立会人をしてくれてとても助かったよ。ありがとう。それでなのだがね、今俺は大きな問題に直面していてね。君にしかコレは解決できない。ぜひとも協力してほしい。」

 

 そう、お礼を言った後、真面目な顔で依頼すると、ギーシュも真面目な顔になり、「友の頼みだ。出来る事なら協力するとも」と、言ってくれた。

 

 「すまないね。友よ。単刀直入に言おう。あの決闘のあった日、アルヴィーズの食堂で君が落としたケティから貰ったハンカチの手触りを是非確かめさせてくれ。できれば入手方法も知りたい。」

 

 と、真剣に頼むと、ギーシュは一瞬ポカンとして

 

 「キキキキミ。も、もしかして、あの一瞬で刺繍が見えたのかい!?」

 

 と裏返り気味の声で取り乱した。

 

 「うむ。刺繍の内容は全て知っている。内容はあえて口にしないが、何もせずにポケットから落ちるくらい滑らかなハンカチなのだろう? とても気になるじゃないか。ぜひとも俺も欲しいし、いつも世話になっている近しい人たちに送りたいのだよ。」

 

 と、言うと、ギーシュはしばし逡巡したあと、刺繍が見えないように何もないまっさらな面を上にしてそっと突き出した。「すまないね」と一言断ってから、彼に持ってもらったまま、その面に何度か指を滑らせると絹を越えるような滑らかさと柔らかさを持っていた。一体何で出来ているのだろうか。

 

 「ありがとう。とても滑らかだね。このハルケギニアにこのような布が存在していたとは驚きを隠せないよ。」

 

 と笑顔で言うと、ギーシュも笑顔になり、ハンカチを仕舞ったあと、

 

 「僕も初めてもらった時はびっくりしたよ。」

 

 と照れていた。このハンカチの出処はケティなのだが、ケティも偶然トリスタニアの露店で一枚だけ見つけて入手したらしい。つまりは今のところ入手できない二つとないハンカチだった。

 

 「ギ、ギーシュよ。錬金などで作れたりは……。」

 

 「ははは、友よ。すまないが無理だ。」

 

 くっ、ハンカチの癖に恐ろしくレアなアイテムだったようだ。ここは諦めよう。もしかしたら幻獣の毛で布を織ってるとかじゃなかろうか。ふむ。よく考えたらここはファンタジー。幻獣の毛で織る布があってもおかしくない。そしておあつらえ向きに今度アンリエッタ姫が来る時は最低でもグリフォンとユニコーンだかがいたはずだ。そこで手触りを確かめればカスティグリアでも作れるかもしれん。あとで思いつきメモにメモしておこう。

 

 「そうか。しかしそれは本当にすばらしい品だね。君が愛用するのもわかるよ。」

 

 「おお、わかってくれるかい? もはやこのハンカチは彼女の愛と共に手放せないものになってしまったよ。」

 

 ギーシュは薔薇を自称しているだけあって基本的に誰か一人と付き合うと言うのを忌避する傾向にある。しかしこの反応だとケティはかなりリードしているようだ。原作では食べ物だったと思うのだが、まさか刺繍もできるとは……ケティの能力は相当高いようだ。

 ああ、そういえばサイトとの決闘関連のこともついでに聞いておこう。

 

 「そういえばギーシュ、本題はそのハンカチの事だったのだがね。ついでと言ってはなんだが、俺と使い魔君との戦いは君の目にはどう映った?」

 

 と、紅茶に口をつけながら世間話でもするように気軽に聞いてみた。するとギーシュは先ほどまで浮かべていた照れたような顔から少し真面目な顔になり、見て考えたことを話し始めた。

 

 「ふむ。正直予想外だったよ。こう言ってはなんだが、キミだから初見で勝てたと言っても過言ではないと感じたよ。マルコとも話したが、もし僕が彼の相手でただの平民相手と決めつけてワルキューレを出していたら負けていたかもね。あのスピードに対してワルキューレ一体で反応できるとは思えない。最初から全力でアース・ハンドやブレッドで牽制しながら全てのワルキューレを出して囲むしかないだろうね。」

 

 「そうか。確かに速かったが、恐らく以前見せてもらったワルキューレだと同じ青銅製の剣で切断される可能性もある。使い魔君の能力は速さだけじゃない。あの加速度に耐えれる頑強さと、あの加速度を出せるパワー、そして俺の魔法の発動に反応した反射神経。彼の間合いに入っていたら負けていたのは俺かもしれないね。まぁそのための魔法なのだけどね。」

 

 そう言って、紅茶に口をつけ、少し間を空ける。

 

 「しかし、一番気になるところはだね。恐らく彼は戦いに関しては素人だよ。あのバケモノ染みた動きが出来たのはルーンの影響かもしれない。」

 

 ギーシュはそれを聞いて少し疑問を覚えたのだろう。

 

 「ふむ。しかし貴族のいない世界から来たのだとしたら平民でもあのような動きが出来てもおかしくないと考えたのだがね? 確かに使い魔にはルーンが刻まれ、特殊な能力を得ることがある。しかし少し突飛ではないかね?」

 

 と彼なりの考察を交えて恐らくなぜそう考えたのかを知りたいのだろう、彼にしては少し強い疑問を挟んだ言い回しをしてきた。確かに突飛かもしれない。しかし、真実だ。ガンダールヴや虚無といった名詞を出さずに上手く伝えられるか少し疑問が出てきた。

 

 「今朝起きたあとあの決闘のことを考えてみたのだよ。そして俺が負ける可能性が少しあったことに気付いた。」

 

 そこまで言ったときに、彼は眉をピクッと動かし動揺を隠すように紅茶に口をつけた。

 

 「俺はいつも大体どの程度相手に傷を負わせるか、どのように勝つか考えてから始めるのだがね。どうも今回の決闘に関しては俺の戦闘推移の想定に穴があったのだよ。そして、比較的簡単に思いつくその戦法を彼が選ばなかったのは恐らく彼が素人だからだと思う。もしあれだけの身体能力を持つ傭兵なら確実に使ってきただろうし、彼か俺が死んでいただろうね。」

 

 そして俺が朝思いついた「俺がサイトならどうしたか」という戦法を彼に伝えると、彼もサイトが素人ではないかという推論に納得したようだ。

 

 「つまり、まず彼が授業で見た程度しか魔法を知らないのは本当だろう。そして、彼が剣を手にした瞬間から光を放ち始めた左手の使い魔のルーン。戦う事を決めて彼が吼えたときに更に光を増したことから、武器を持つことと戦う意思が強くなった時に発生する身体強化型のルーンではないかと推測したのだけどね。そして、恐らくまだ彼は使い魔のルーンや戦いに慣れていないのだろう。どう見ても武器とは考えられない箒や丸めた羊皮紙などであの動きが出来るのかわかれば確信できるのだけど、難しいかもしれないね。」

 

 そう、閉めると、ギーシュは何か思いついたように、この推論を肯定した。

 

 「ああ、そういえば彼がルイズ嬢の折檻を避けようとしているときは、あのような身体能力を発揮できずに簡単に受けてるね。友よ。その推論は意外と的を得ているかもしれないよ。」

 

 あー、そういえばそうでしたね。わざと受けて愉しんでいるとも取れますが、ここで口にするのは憚られますなー。と、思いながら紅茶を楽しんでいるとシエスタが空になったギーシュのカップに紅茶を注ぎながら珍しく会話に入ってきた。

 

 「あの、クロア様。一つよろしいでしょうか。」

 

 「ん? ああ、構わないよ。ギーシュも構わないよね?」

 

 「ああ、シエスタ嬢。構わないとも。ぜひ気軽に話してくれたまえ。」

 

 二人で許可を出すと、シエスタは一度咳払いをしたあと

 

 「その……、サイトさんがミス・ヴァリエールの折檻を愉しんでいるという可能性はありませんか? そういう趣味の方がいらっしゃるという話を聞いたことがありますし。」

 

 と、少し顔を赤くしながらおずおずと話した。ごふっ、シ、シエスタさん? すごい言いづらいことを……。と、紅茶が変なところに入って咳き込んでいると、「だ、大丈夫ですか?」と言いながらシエスタは俺の背中をさすってくれた。

 

 「ふむ。確かにそれも一理ある。シエスタ嬢。よく気が付いてくれた。」

 

 と、真面目な顔でギーシュが検討し始めた。ギ、ギーシュよ。もしかして君もそうなのかい? 愉しんじゃうのかい? マルコだけかと思っていたよ。いや、この世界のマルコがそのような趣味を持っているかは不明だが、目覚める可能性はきっと秘めているだろう。

 

 ふむ。しかし、ギーシュにそういった趣味があったとしても、特に友として軽蔑するものでもないし、問題もなさそうだ。いやむしろ彼にとっては必須技能なのかもしれない。彼は自らを薔薇に例え、自分に惹かれる女性を蝶と呼び、全ての蝶に愛され、愛すことを信条としている。つまり、そういう趣味の女性が現れたとき、対応できないと彼にとって満足できないのではないだろうか。つまり相手が何を求めているのか、その心の奥深くに眠る他人には決して打ち明けることのできないような願望をそっと掬い上げ、相手を満足させることも彼の愛に含まれているに違いない。ううむ。さすが我が友ギーシュ。深い愛を目指しているのだな……。

 

 そして、結局ギーシュはマルコにも相談してしばらくサイトの観察してみることにしたそうだ。お昼の休憩時間が終わる頃になったので彼は授業に向うことになった。

 

 「ギーシュ、わざわざ来てくれてありがとう。また授業で会おう。」

 

 「構わないとも。友よ。また寄らせてもらうよ。」

 

 と笑顔で去って行った。さすがギーシュ。友人相手でもカッコイイ貴族様である。ギーシュを見送って忘れないうちにハンカチについてメモしておいた。

 

 

 

 

 

 そして午後、モンモランシーと一緒にクラウスが訪ねてきた。クラウスがここに来るのはかなり珍しい。恐らく決闘騒ぎの話だろう。

 

 「兄さん。久しぶりだね。モンモランシー嬢から起きたと聞いてね、兄さんには事後報告になるけど一応話しておこうと思って来たんだ。」

 

 シエスタが紅茶を用意してくれて、モンモランシーが俺の横に座り、クラウスが俺の前の椅子に座った。

 

 「兄さんの決闘騒ぎを聞いたときは驚いたよ。」

 

 と、クラウスは苦笑いをしながら話し始めた。決闘の日ちょうどクラウスはアルヴィーズの食堂にはおらず、寮で軽い食事を取りながら父上への手紙を書いていたそうだ。そして決闘騒ぎを彼の同じクラスの友人から聞いて駆けつけてみると、すでに決闘は終わっていた。俺は部屋に戻っており、ギーシュがサイトの治療の指揮を取っていたところだそうだ。

 

 ギーシュやマルコとは婚約式のときに交流があったため、忙しそうなギーシュではなく、マルコから話を聞いたらしい。決闘に関しては正当なもので、決闘の原因となったサイトはともかく、彼の主であるルイズ嬢とも和解しているとマルコから聞いたのだが、一応ルイズ嬢にも接触したらしい。

 

 彼女はむしろ迷惑をかけたと感じていたらしく、クラウスにも丁寧だったそうだ。しかし、サイトの状況はかなり危険で、水の秘薬が必要になると判断された。ちょうどクラウスは緊急の事態に備え学院に水の秘薬を持ち込んでいたため、彼はそれをルイズ嬢に提供することにしたらしい。そしてルイズ嬢は秘薬を買い取ると申し出たらしいが、クラウスも売るために申し出たわけではないので、結局話し合いの結果秘薬代の半分だけ受け取ることにしたらしい。

 

 しかし、クラウスよ。兄さんの決闘恐怖症か何かかい? 少々過剰反応ではないかね? カスティグリアの次期当主なのだからこう、ドーンと構えてだな……。って前回は内戦勃発寸前までいきましたな。一応事の経緯は父上に手紙で報告済みだそうだ。特に問題にはならなそうとのことだ。

 

 ふむ。クラウスが秘薬代の半分を持ったということはルイズ嬢がガンダールヴの専用武器であるデルフリンガーを手に出来る確率も上がったのだろうか。問題はまだありそうだが、とりあえずキュルケがサイトに惚れてアプローチを掛けてくれることを今は祈ろう。

 

 ん? デルフリンガーを売っているのはトリスタニアか。そういえば行った事がない。ルイズ嬢の好物であるクックベリーパイも食べてみたい。多分お酒飲めないしスープくらいしか食事もできないけど魅惑の妖精亭も是非見てみたい。モンモランシーとのデートも前回のアルヴィーズの食堂が初めてだ。ここはトリスタニアデートへお誘いするべきだろうか。しかし、遠い上に却下される可能性が高い。って俺お金全く持ってないな……。というかハルケギニアのお金を見たことがない。

 

 くっ、体のことがなくてもこれではスマートにエスコートできる自信が全くない。ここは手を引くべきか? いや、しかし、どうせだから一度は行ってみたい。デルフリンガーのことが無くても一度は行ってみたい。ううむ。何とかならないだろうか。

 

 「兄さん。また何か考えてるみたいだね? 相談があるなら乗るよ?」

 

 こっそりモンモランシーとのトリスタニアデートの計画を練っているとクラウスに突っ込まれた。しかし、ここでこっそり隣にいるモンモランシーとのデートに思いを馳せていましたというのはこう、兄としての威厳が保てない気がする。ふむ。真面目な話で聞きたいこと……。

 ああ、せっかくだからあの件に関する情報を仕入れておこう。

 

 「そうか。クラウス。突然で悪いが今のアルビオンの情勢はわかるか?」

 

 そう真面目な顔で聞いてみると、クラウスも真面目な顔になった。

 

 「うん。一応父さんからは聞いているけど、そろそろ終戦も近そうだよ。王党派はニューカッスル城に集結し始めているようだけど、もうまとまった規模とは言いづらいね。トリスタニアではいつ終戦になってもおかしくないけど遅くとも1ヶ月ほどで貴族派の勝利で終わると見られているみたいだ。」

 

 ふむ。まぁ原作通りか、確か最後は王党派勢力300名前後、貴族派勢力5万というわけのわからない数字になっていたはずだ。ぶっちゃけもっと早く決めらそうなものだが、次のトリステイン攻略への布石をモリモリ仕込んでいるのだろう。いや、原作のご都合主義という可能性も否定できないが……。

 

 しかし、5万か……、食料とか兵站線がどうなっているのか気になる。毎日5万人分の食事を用意するだけでも大変なのではなかろうか。トイレとかも長蛇の列に……ってフリーフォールなんですかね? ううむ。アルビオンのトイレ事情は少し気になる。アルビオンがいくら空に浮いているとはいえ、そのような爽快感溢れるトイレ事情だとしたらちょっとなんというか……。

 

 と、アルビオンのトイレ事情に思いを馳せていると、再びクラウスから真剣な声で話しかけられた。

 

 「やはり次はトリステインに来ると思う?」

 

 「うむ。その考えは変わらない。恐らく新政権を樹立した後、難癖を付けて強襲ラ・ロシェールかタルブ村への侵攻はあるだろう。かの艦隊がこちらに来る事を政治的に断るか、難癖をつけ始めた瞬間に戦争勃発を意識しておかないとかなり押し込まれるだろう。しかしな……。」

 

 しかし、本当の敵はぶっちゃけトリステインではなかろうか。原作での展開はツッコミ所が多すぎる。ルイズが虚無に目覚めていなかったらトリステインは滅亡していただろう。

 

 まず、王がいない。これに尽きる。恐らく今継承権を持っているのは王妃のマリアンヌと王女のアンリエッタ、そして公爵のヴァリエール公とその娘達だろう。つまりルイズも持っているのだが、誰も王位を継承しようとしていない。マザリーニ枢機卿は一体なにをやっているのだろうか。って彼にはそのような義務は本来ないのだったな。

 

 王がいないと決定権をもつ人間がいなくなるので、国としての対応ができなくなる。その辺りなんとかならないだろうか。ぶっちゃけ個人的にはヴァリエール公爵あたりがいいかなと思うのだが、彼もイマイチよくわからない人物なので何とも言えない。

 

 次にアルビオンの貴族派はトリステインにも浸透しているだろうことだ。確か原作ではかなり浸透していたはずだ。まぁ覚えているのはルイズ嬢の婚約者でありグリフォン隊隊長のジャン・ジャック・ド・ワルド子爵だけだが……。もしかしたらもっと名前が長かったかもしれない。

 

 「クラウス、今さらなのだがね。もしアルビオンの内戦が終わった場合、カスティグリアは独自に動けるのかね? トリスタニアのお話し合いを待っている暇はないと思うのだよ。」

 

 「その辺りはマザリーニ枢機卿がかなり動いているみたいだね。ただ、カスティグリアも独自にタルブやラ・ロシェールと交渉したよ。タルブ領主のアストン伯との交渉は今のところ順調みたいだね。ラ・ロシェールからは嫌味を言われて突っぱねられたみたいだよ。でもタルブだけでも部隊を置ける土地を租借できればかなり楽になるからね。タルブなら他の領地の上空を通ることなく海側から入れるからね。」

 

 ううむ。確かにそうだ。マザリーニ枢機卿も動いているのか。ならば問題ないのか? いや、原作にあったゲルマニアにアンリエッタ姫を嫁がせて不可侵条約と軍事同盟を結ぶという話だろうか。となると、トリステインごとゲルマニアに避難だろうか。まぁ個人的にはカスティグリアとモンモランシが守れればいいのだがね。

 

 「まぁ順調に準備が進んでいるなら問題ないか。むしろ俺一人で考えたところでどうしようもないな。クラウス、これは最近まで書いてた追加の資料だ。何かあったら聞きに来てくれ。」

 

 と言って、追加の資料をクラウスに渡した。

 

 「そうかい? この件に関しては兄さんも考えてくれると助かるんだけどね?」

 

 と、クラウスは苦笑いで資料を受け取った。

 

 

 

 

 

 




 書いててもグダグダっぷりが半端ないです。何度も消しては書いて削除ボタンにポインタが何度も向いました。
 ええ、なんか現実逃避気味に投稿しました。ぶっちゃけいらない話じゃね? 時計の針をゴリゴリ回した方がいいんじゃね? とか思いながら書きましたorz

 まぁなんといいますか、うーん、そう、次の案が浮かぶまでの休止期間だと思ってください;;


それでは次回おたのしみにー!


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20 ヨシェナヴェパーティとマザリーニ枢機卿

 新年度が始まりましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。ええ、私は風邪っぴきでした。
 さて、頭痛を乗り越えなんとか土日に間に合うよう書き終えました。皆様の暇つぶしの一助になれれば幸いでございます。後半長文の会話が続きますがお許しくださいorz
 そういえばヨシェナヴェだったんですね。ヨシェナベって書いてました。今回からヨシェナヴェで行きます。


 

 ここのところプリシラを使ってキュルケの使い魔であるフレイムの偵察を行っている。もしキュルケ嬢がサイトへのアプローチを計画しているのであればフレイムが偵察を行うはずだ。プリシラは全長10cmほどの小さな鳥なのでフレイムよりも目立たない上に音もしない。しかも上空からの偵察はもちろん、室内の小さな場所に潜むこともお手の物である。そう、出入りするときになぜか鍵がかかっていようがいまいが元々閉まっていたドアや窓が自動ドアのようにプリシラが近づくと開き、遠ざかると元の状態に閉まるのである。

 

 最初はフレイムから約5mくらいの距離から偵察していたのだが、プリシラがその圏内に入るとフレイムが怯えるので現在は10m以上離れることを余儀なくされているらしい。フレイムの尻尾の炎がプリシラの餌として認識されていると誤解? いや、実際餌なのかもしれんが、フレイムにそう思われているのだろうか。

 

 ここ数日のフレイムの行動パターンから推測するに、恐らくキュルケ嬢はサイトに興味があると思う。原作消化するにあたってはかなり順調なようだ。ちなみに最近はめっきり授業に出ていない。ルイズ嬢の調教、もとい教育が教室でも行われるため、爆発や彼女の振り回すムチに巻き込まれたら生死の境を彷徨う可能性があるためだ。

 

 そしてキュルケ嬢がサイトを連れ込む予定のダエグの曜日の夜。シエスタは何か用事があるとかで隣のモンモランシーの部屋に行っている。プリシラはサイトとフレイムの接触がありそうな廊下の一番端で偵察待機中。俺は資料作成に没頭していた。

 

 『ご主人様。フレイムに動きがあったわ。今黒オスの袖を引っ張っているわ。』

 

 おお、ついに来たか! さぁ連れ込まれてしまへ。と、思っているとモンモランシーとシエスタが部屋に入ってきた。

 

 「クロア様。モンモランシー様がいらっしゃいました。」

 

 と言って天蓋から下がる半分だけかかった分厚いカーテンと薄いカーテンがシエスタの手で開けられた。

 

 「こんばんは。クロア。ちょっと話があるのだけどいいかしら?」

 

 と言って、モンモランシーは俺のベッドの縁に腰掛けた。

 

 「やぁモンモランシー。俺は君の姿を見れるのはいつでも大歓迎だよ。どんな話だい?」

 

 「あなたの体調が良ければ明日の夜、ヨシェナヴェパーティをしようと思うのよ。」

 

 彼女が言うには、明日の虚無の曜日にトリスタニアへ食材その他を買い出しに行って、夜に俺の部屋でヨシェナヴェパーティをするという計画がルーシア姉さんから持ち上がったそうだ。そういえばマルコは食べてみたいと言っていたし、ルーシア姉さんも食いつくだろうと予想していた。それに虚無の曜日は基本的に休日なので、食堂で食事を摂るのも予約や注文が必要だった気がする。いや、俺はいつも基本的にシエスタが運んでくれるので実は全く知らない。

 

 買い出し係はルーシア姉さんとマルコというある意味デートを兼ねてるのでは? という人選でギーシュが錬金でテーブルや椅子、調理するために必要なもの各種作ってくれるそうだ。シエスタは調理係、モンモランシーは俺の体調管理を担当するらしい。

 

 というかそこまで決まっていたらあとは体調を整えてお招きを受けるだけという感じですね。いや、俺の部屋でやるならお招きする方なのかもしれないが……。

 

 「とてもにぎやかなヨシェナヴェパーティになりそうだね。今から楽しみだよ。そうだ、せっかくのヨシェナヴェパーティならシエスタも給仕だけじゃなくて一緒に食べれるよう提案したいのだけどいいかな?」

 

 うん。本当に楽しそうだ。そうモンモランシーに言うと。

 

 「ええ、そうね。そうしましょう。だから今日明日は安静にして体調を整えてね?」

 

 と俺の書いていた資料と筆記用具を側にいたシエスタに渡し、簡易テーブルも片付けられ、早くも寝ることになってしまった。そして枕元にシエスタがたまにやる俺の監視ポジションに椅子を置いて、そこにモンモランシーが座った。

 

 ちょうどプリシラから『ルイズ突入、黒オス捕獲したみたい。それじゃあ戻るわね。』という声が聞こえたので『ああ、ありがとう。プリシラ。おつかれさま。』と労ってモンモランシーに寝ることを伝えようと

 

 「えっと、モンモランシー。その、見られてると恥ずかしくてですね。ちょっとその。」

 

 となんとか抗議の声を上げると、彼女は「ふふっ」と笑って左手をそっと俺の額に置いた。柔らかくて少し冷たくて気持ちがいい。「目を閉じて?」といわれたので目を瞑ると目も疲れていたみたいでじわっと疲労を伝えてくる。

 

 小声で何か詠唱する声が聞こえたあと、「おやすみなさい、あなた。」というモンモランシーの声がそっと耳元で聞こえて夢の中に落ちた。

 

 

 

 

 

 すっと意識が浮上すると部屋の中にいるこの部屋にしては大勢の人間のあわただしい気配がした。いつもは天蓋からかかる分厚いカーテンは半分ほどしか閉じていないのだが、今日はきっちり閉じられている。

 

 ああ、もしかしてヨシェナヴェパーティの直前ですかね? 

 

 そう思いつつそっとシエスタの名前を呼ぶと、カーテンをかき分けてモンモランシーとシエスタが入ってきた。

 

 「おはよう、あなた。そろそろパーティよ。ちょうどいい時間ね。」

 

 と、モンモランシーは安心したような笑顔を見せた。恐らく起きなかったら起きなかったで先に始めるとかそういう予定だとは思うが、気に病んでいたようだ。

 

 「おはよう。モンモランシー。ゆっくり眠れたみたいで少し調子がいいみたいだ。」

 

 自分の体調を確認して彼女に告げると、「良かったわ」と目を細めてそっと俺の頭を撫でた。

 

 「ではお着替えをお願いします。」

 

 と、シエスタがちょっと真面目な顔で告げるとモンモランシーは笑顔で「ええ、お願いね」と言って天蓋から出て行った。シエスタに用意してもらった着替えは制服ではないが、部屋着のようなゆったりしたものではないが、ソコソコゆったりしたつくりのシャツとズボンだった。恐らく俺の部屋着に見慣れた人ばかりだから問題ないのだが、「一応着替えました」と、言った感じだろう。

 

 シエスタに着ていた部屋着を脱がされて、軽く濡れた布で背中を拭いてもらってあとは自分で拭いて着替えをする。

 

 「自分でできるのだがね」と言うたびに「いえ、貴族様が自分でなさってはいけないとルイズ様がサイトさんに話したのをお聞きしました」と返されて、もはやどうしようもなくなった。恥ずかしいのは我慢しよう。

 

 着替えが終わってシエスタに肩を借りて天蓋から出ると、すでに準備が整っていた。

 

 いつも使う長いテーブルは片側6名ずつ、お誕生日席に1名ずつ座れるのだが、ギーシュの錬金で少し延長され、配膳用のテーブルまで容易されている。

 

 こちら側に開いている席が2つあるのは俺とシエスタの分だろう。配膳用テーブルの方からシエスタ、俺、モンモランシー、クラウスが座り、向こう側にはシエスタの対面からルーシア姉さん、マルコ、ギーシュ、多分ケティと思われる女性がいる。

 

 「みなさん、ごきげんよう。お待たせしてしまったようで申し訳ない。」

 

 そう言いながら自分に用意された椅子に座る。予想通り、シエスタは配膳用テーブルの横だった。簡単にみんなと挨拶したあと、シエスタが器にヨシェナヴェをよそい始めたところでギーシュがケティ(仮)を紹介してくれた。

 

 「クロア、起きてこられて良かったよ。もし体調不良ならせっかくのこの機会を逃してしまっていたからね。彼女はケティ・ド・ラ・ロッタ。今年の新入生であのハンカチをくれた子だよ。ケティ、彼が僕の友人のクロア・ド・カスティグリアだよ。」

 

 恐らくギーシュはケティとの会話で俺の話題を出したことがあったのだろう。あまり詳しい説明はしなかった。ぶっちゃけ少し席が遠いので細かいところは見えない。ぼやっと輪郭がわかり、こげ茶の長い髪と紫っぽい感じの目の色がほんのりわかる程度だ。

 

 「初めまして、ミス・ロッタ。ギーシュの友人のクロア・ド・カスティグリアだ。ぜひともクロアと呼んでくれ。いやはや、ギーシュという薔薇に初めて自分の居場所を作りだしたことはある。とてもかわいくてステキな蝶のようだね。」

 

 そういうと、ミス・ロッタはパッと顔を赤くして、

 

 「いえ、そんな。ギーシュ様とは、まだ、その、少し親しくしていただいてるだけです。私のこともぜひケティとお呼びください。クロア様。」

 

 と少しうつむき気味に答えた。ふむ。おだてすぎただろうか。ちょっとギーシュの顔が強張った気がする。

 

 「しかし、ギーシュ。キミは薔薇だからたくさんの蝶を引き寄せてしまうのは仕方のないことだとは思うがね。ケティ嬢が相手ならばキミも薔薇の意義を通しきれずに彼女に少なからず惹かれてしまうのもしょうがないかもしれないね?」

 

 そういうと、ギーシュは余裕を取り戻したのか、少し微笑みながら薔薇の杖についている花を見つめたあと、香りを嗅ぐしぐさをスマートに決めて、

 

 「ああ、我が友クロアよ。キミならそう言ってくれると思っていたよ。彼女に会った時ほど、自分が薔薇であり多くの人を楽しませる使命を忘れそうになったことはないかもしれないね?」

 

 と、カッコイイ決め台詞を言った。ケティはギーシュを蕩けた顔でポーっと見つめているが、ギーシュはあえて少し目を伏せながら薔薇の杖を見ている。マルコのツッコミが入るかとも思ったが、マルコはマルコでルーシア姉さんとヨシェナヴェについて語り合っている。

 

 そしてシエスタの給仕が終わって、彼女も含め、みんな席について各々自己流の「いただきます」をしたあとヨシェナヴェをいただく。

 

 今日のヨシェナヴェは海鮮物らしい。この俺の赤い目で見たところ、具の原型を留めているのはキノコや野菜、カニの身や貝の身くらいだが、この色、この香りは間違いなくカニミソが入っている。殻がないので恐らく食べやすいよう、ゆでたあと剥いたのだろう。かなり手間のかかった一品のようだ。というかトリスタニアにカニ売ってるのか……。

 

 「クロアがこの前食べていたものとは違うようだが、こちらはこちらでとてもおいしいね。シエスタ嬢。これは貴族でも中々食べられない味だと思うよ。」

 

 という食の帝王マルコの評価がたった一口目であっという間に出た。シエスタは笑顔を浮かべてお礼を言っている。

 

 うむ。確かにおいしい。恐らくこのカニと貝と昆布ダシのうまみが絡み合ってそれらが喧嘩しないよう、ショーユでうまく整えられている。今なら胴鍋一杯でも飲み干せる気がする。モグモグ。

 

 「ふふっ、マルコ、今回は特別なのよ。せっかくの機会だから、ここで使っている具の海産物はカスティグリアから直送してもらったの。あなたのお口に合ったようでとても嬉しいわ。」

 

 とルーシア姉さんが笑顔で具の説明を始めた。ふむ。カニはどうやらカスティグリアの海から北の方で取れるらしい。漁業権で一度ゲルマニアともめたことがあったが今では仲良く獲ってるそうだ。

 

 というか海産物が獲れたんですね、カスティグリア。ああ、海産物は足が早いから風竜隊じゃないと間に合わないのか? 海産物らしきものは屋敷でもたまにしか出ないのに、学院でこの鍋をつつく為だけに風竜隊を使うとは……ルーシア姉さん、恐るべし。モグモグ。

 

 一応テーブルにパンも置いてあり、それをスープにひたして食べてもおいしいと思う。いや、俺のはすでに入っているのだが、「パンもスープにひたして食べるとおいしいよ」と言うと、食の帝王マルコがパンをモリモリ食べ始めた。

 

 ううむ。さすがである。多めに作ってあったようだが、俺以外みんなおかわりしつつもマルコは群を抜いてモリモリ食べていた。そしてそれを眺めるルーシア姉さんの目が恍惚としているように見えるのはきっと目の錯覚だろう。

 

 ヨシェナヴェが食べ終わると、ケティがお菓子を作って持ってきてくれていたようで、それを紹介されつつ一口いただいた。ほんのり甘くて柔らかい口当たりのクッキーだった。ケティ、お菓子にかけてはもはやプロ級なのではなかろうか。お菓子に関してシエスタと気が合ったようで、軽くレシピの交換をしていた。モグモグ。

 

 そして大好評のうちにヨシェナヴェパーティが終わり、ギーシュが作ったものは「また機会があるかもしれない」とのことで贈呈され、部屋の片隅に片付けられた。

 

 ギーシュはケティ嬢を送っていき、マルコもルーシア姉さんのおねだりで送っていき、シエスタとモンモランシーは食器などを外へ洗いに行った。モンモランシーがシエスタの手伝いをすることをシエスタは拒んでいたが、護衛も兼ねてと押し切られていた。

 

 そしてシエスタが片付けに行く前に出してくれた紅茶に口をつけつつ、残ったクラウスに話を振る。

 

 「ところでクラウス。何か話があるのかい?」

 

 「ああ、兄さん。少し兄さんの意見を聞きたくてね。」

 

 と、クラウスも紅茶に口をつけつつ真剣な顔をした。真面目な話のようだ。内密な話で人払いを自然にしたと考えればモンモランシーが外に出たのもわからないでもない。しかし、未来の夫婦に隠し事はなかったのではなかろうか。いや、今回は特別なのか?

 

 「ふむ。かなり機密性の高い話のようだが、サイレントや錬金、固定化はいいのかい?」

 

 そう聞くと、サイレントはパーティ前に終わらせてあるので、扉の近くに人が来たらわかるよう、プリシラに頼んでくれと頼まれた。プリシラに頼んで、そのことを告げると、クラウスが話し始めた。

 

 「この話は兄さんの耳にもすぐに入ってくると思うけど、ゲルマニアとの同盟を条件にゲルマニアにアンリエッタ姫が嫁ぐことになった。恐らく調印のため、アンリエッタ姫と共にマザリーニ枢機卿やグリフォン隊が現在ゲルマニアの首都であるヴィンドボナに向っているはずだ。」

 

 ふむ。そのあたりは別段原作通りだし問題ないのでは? いや原作通りで問題あるけど、今のところ楽観視は可能だ。

 

 「これからのカスティグリアの舵取りに関して少し兄さんの考えを参考にできればと思ってね。何でもいいからこのことに関して思いついたことを話して欲しい。」

 

 と、真剣な顔でクラウスに言われた。思いついたことか。まぁ色々あるんだが、話してしまっていいのだろうか。

 

 「そのことに関して話すことは吝かではないのだがね、クラウス。それでは少し情報が足りないね? 確かヴァリエール公爵の子供は娘が3人で三女のルイズ嬢とは俺も面識がある。ヴァリエール公の長女や次女、三女殿は婚約者などいるのかね?」

 

 そう聞いたところで、クラウスの目がスッと鋭くなった。

 

 「ああ、いる、今となってはいた(・・)と言うべきか迷うところだけど、長女のエレオノール嬢はバーガンディ伯爵と婚約していた。だけど「もう無理」と言われて伯爵側からつい最近破棄されているね。三女のルイズ嬢にはヴァリエール領の隣にあるワルド領の領主でグリフォン隊隊長のワルド子爵がかなり昔に婚約したそうだけど、ここ何年も会ってないし手紙のやり取りもしていないみたいだ。」

 

 エレオノール嬢が婚約破棄された時期は原作では曖昧だったけどこの時期だったか。いや、時期はあまり重要ではないのだがね。

 クラウスは「もしかしてプリシラを使って偵察でもしているのかな? いや、いつものことかな?」とブツブツ言っている。

 ふむ。原作知識で知っていてもこれからは「実はプリシラから聞いた」とか言えばいいのか。それに関しては気付かなかった。さすがクラウスである。

 

 「我が自慢の弟よ。それに関するヴァリエール公とマザリーニ枢機卿の考えや感情はわかるかい?」

 

 「そうだね。ヴァリエール公はバーガンディ伯爵に関して長女殿とソリが合わず、軟弱と思っているみたいだね。彼女の新しい婿を探しているみたいだよ。

 ―――マザリーニ枢機卿に関しては……僕にはちょっとわからないけど兄さんが思っている通りだと思うよ?」

 

 と、クラウスはこわばった表情をほぐすように肩をすくめてから紅茶に口をつけた。どこで緊張したのかわからないが、まだ俺は自分の考えを何も言っていないのだけどね。

 

 「そうか。それでカスティグリアがどちらに舵を切るか、という話だったな。今までどおりマザリーニ枢機卿と懇意にしつつ力を蓄え、アルビオン戦に備えればいいのではないかね?」

 

 「話が飛んでるよ、兄さん。僕が聞きたいのはアンリエッタ姫がゲルマニアと同盟を結ぶためゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事に関して思いついたことを聞きたいんだけどね?」

 

 と、クラウスがちょんと首をかしげて苦笑した。

 

 「ああ、そうだったな。まぁクラウスの方が詳しそうだが、“見落としがないか”などを確認したいのか? 俺の考えは憶測がかなり含まれているがそれほど逸れているとは思えない。そんな考えだが、自慢の弟が聞きたいというのであれば確認の意味も込めてこの稚拙な考えをお話ししよう。」

 

 そう言いながら、紅茶に軽く口をつけて湿らせながら考えをまとめる。

 

 「まず、この複雑に絡み合った状況を整理するにはそれぞれの行動指針、優先順位、目標を考える必要がある。

 まずマザリーニ枢機卿は最優先にトリステイン王国自体の事を思っているのは間違いないだろう。トリステインを安定させるため、誰かを王位に就け、宰相を配置し、自らは枢機卿に戻り来る戦争に対してガリアかゲルマニアと同盟を結ぶ事を考えるはずだ。そして以前から王位か宰相にヴァリエール公を、と思っていた可能性が高い。」

 

 「ふむ。確かにヴァリエール公にも王位継承権はあるからね。」

 

 「それが何の話になるんだい?」といった感じでクラウスは何でもないようにヴァリエール公の王位継承権について流した。恐らくそこが本題とわかっていつつも自分の反応が原因で悟られたくないのだろう。しょうがないのでこちらも真剣にクラウスの目を見て話すことにした。

 

 「そうだ。そしてそのヴァリエール公爵の中ではマザリーニ枢機卿ほどトリステインの優先順位は高くない。まず先の王がお隠れあそばされた直後に動かなかったのが裏づけになると思うが、彼の家族、彼の領地が最優先であろうことが窺える。そしてゲルマニアのツェルプストー領と接していることから代々因縁があり、ゲルマニアのこともあまりよく思っていないだろう。

 そして、彼の中で王国の優先順位が低いとはいえ生粋のトリステイン貴族でありその中でも一番高い爵位を持っているわけだから誇りも当然あるだろう。そのため外国人であるマザリーニ枢機卿の事も快く思ってない可能性が高い。

 次に王家であるマリアンヌ元王妃とアンリエッタ姫だがマリアンヌ様は政治に無関心であり、良く言えば政治は専門家に任せる奥ゆかしい性格だが、他に王位に就く人間がいない以上、単に周りが見えていないだけとも取れる。そしてアンリエッタ姫は母親の影響で何も出来ずにトリステインのことはあまり考えていないだろう。まぁ現状の生活がずっと続けばいいと思っているのかもしれない。」

 

 特にこの見解については問題ないようでクラウスも「まぁそうだね」くらいしか相槌を打たない。

 

 「そしてここから今回の状況に入っていくわけだが、マザリーニ枢機卿は誰かを王位に就けたい、しかし誰もが譲り合ってなろうとしないという普通では考えられない事態になってしまっているわけだ。

 善意の解釈をすればお互いを尊重しあい、誰かを置いて自分が王位に就くわけにはいかないという事をお互いに表明しているわけだが、問題はこの三者ともマザリーニ枢機卿ほどトリステインという国を把握し、救おうと考えていない上に彼を疎ましく思っている事だ。

 そして、そのことを問題視したマザリーニ枢機卿は恐らく様々な事を考え手を打ったのだろう。現状を鑑みるに、マリアンヌ様の説得に失敗したのか、彼女がひたすらに頑なだったのかは想像外だが、恐らくすでにマリアンヌ様を王位に据えることは彼の頭にはないだろう。

 となると、アンリエッタ姫とヴァリエール公爵の二人になるわけだが、アンリエッタ姫もあまり政治に興味を持たず、消極的なのだろうし、ヴァリエール公爵は二人に遠慮して宰相にすら就かない。

 一見手詰まりに見えるが彼は外堀から埋めることにしたようだな。恐らくヴァリエール公爵かアンリエッタ姫を自主的に王位に就かせるため、かなり際どい事をしたみたいだ。」

 

 そこまで話したところで再びクラウスの様子を窺いながら紅茶に口をつける。なぜか我が弟殿の顔には少し怯えが混じっている気がするが気のせいだろう。 

 

 「下手にカスティグリアやヴァリエールをつつくと内戦で消耗する可能性も否めない。マザリーニ枢機卿はあれだけ切れる人物だ。ヴァリエール公に対して強制することなく、自然にそう選ばなくてはならないようどのように外堀を埋めたのだろうね?

 そこで彼の打った手は王位の問題だけでなく同時に同盟の事も考えて打たれた。まさにすばらしい手だと思うよ。

 ここでまず同盟相手のことだが、ガリアと同盟を組むにはこちらから差し出せるものがあまりに少ない。カスティグリアの風石を売れば可能だとは思うが、その手段は選びたくなかったのだろうな。彼は後の禍根を残すだろうことを知りつつ欲しい物がわかっているゲルマニアを選んだ。 

 ゲルマニアが欲しいのは始祖の血筋。候補はかなり絞られる。始祖の血筋とはっきりと明言されている未婚女性はアンリエッタ姫にヴァリエールの娘達の四名だが、ヴァリエールの次女殿は俺と同じく体が弱い。ゲルマニアに血を残す前に死ぬ可能性があるため今回は除外しただろう。そして三女殿の婚約者は名高いグリフォン隊隊長で今回のお供に連れて行ったくらいだ、マザリーニ枢機卿は彼を気に入っているかもしれない。

 と、なるとアンリエッタ姫か長女のエレオノール嬢になるわけだ。しかし、エレオノール嬢には婚約者がいた。長女殿の婚約者のバーガンディ伯にはもしかしたらマザリーニ枢機卿からヴァリエールにバレないよう、かなりのプレッシャーをかけられたのではないだろうか。でなければ長女殿の性格がどうあれ、婚約が決まっていたのに公爵家相手に断れるはずがない。しかもヴァリエールの跡継ぎになれる可能性まであったのだからな。真相はバーガンディ伯しか知らないし、『もう無理』としか言っていないのだろう? 今からその真相を暴いてもいい事はないし、実際かなり難しいだろうから憶測になってしまうところだな。もしかしたら本当にヴァリエール公やエレオノール嬢が思っているように彼女の性格について行く事ができなかっただけなのかもしれない。」

 

 むしろあの長女殿の性格は裏表がありそうだが、その辺りのデレの部分に惹かれていてもおかしくないのではないだろうか。もし俺がヴァリエール公なら婚約→結婚コンボを早期に決めて安定させる。長女殿の年齢、伯爵という相手の家格、しかも原作のエレオノール嬢は伯爵に恋愛感情を持っていたはずだ。あの家族思いのヴァリエール公がなぜ相手を逃がしたのかわからないし不自然すぎる。

 

 「真相はわからないが、長女殿の婚約がめでたく破棄されたことで恐らくマザリーニ枢機卿はヴァリエール公にそれとなく探りを入れたのだろう。エレオノールをゲルマニアに嫁がせるのはいかがかと。相手は他国とはいえ大国の皇帝。しかもトリステインとの同盟もオマケについてくる。トリステインにとっても長女殿にとってもヴァリエールにとってもいい話ではないかと。

 しかし、ここで彼に誤算が生じた。彼が思っていたよりもヴァリエール公は王国より娘を愛しており、ツェルプストーだけでなくゲルマニア自体にいい印象を持っていなかったようだ。

 もし長女殿が皇帝に嫁げばヴァリエールにとっての怨敵であるツェルプストーの力を内側から削ることも可能なのにそれを捨てたくらいだからな。いや、もしかしたらそのことに気付いていなかった可能性もあるか……? だがまぁ、そういったところだろう。」

 

 そう、まずアンリエッタを切るのは最後の手段にしたかったはずだ。アンリエッタはマザリーニが忠誠を誓っていた先王の一粒種だし、マザリーニはその先王が守ったトリステインを守ることに執着している。もしエレオノールがゲルマニアに嫁げばアンリエッタを王位に据えたかったはずだ。現状アンリエッタ姫に王としての器量や意思が少なくとも宰相と一緒にマザリーニが支えつつ、安定させれば次世代の教育でなんとかなると考えてもおかしくない。それにゲルマニアに渡る始祖の血筋も現状エレオノールよりアンリエッタの方が正当性が高いのでトリステインの今後のリスクを考えても出来れば渡したくはない。

 

 「そして彼は最後の手段を取らざるを得なくなった。恐らく俺が婚約式でマザリーニ殿に愚申したよりも前にアルビオンの情勢についてはかなり気に掛けていたのだろう。そしてここに来てもはや時間がないと感じた彼はアンリエッタ姫をゲルマニアに嫁がせる事を決意した。

 話を持って行ったところマリアンヌ元王妃も国のためとアンリエッタ姫を慰めるだけでマザリーニ枢機卿の考えはわからなかったのかもしれない。誰に守られることも教えられることもなく、アンリエッタ姫はトリステインの平和へと繋がる同盟と天秤に掛けられ、めでたくゲルマニアにお輿入れし、同盟を結ぶのだろう。

 そして、恐らく今後の展開はいくつか考えられるが、比較的早期にマリアンヌ元王妃はお隠れになるか幽閉、または病気を患い後宮へ。順繰りに回ってきた王位継承権をヴァリエール公爵に押し付け、ヴァリエール朝トリステインが始まる。そして長女殿か三女殿が継ぐわけだが、長女殿に王配(おうはい)候補が見つからなければ三女殿が王位に就いてワルド卿が王配になり、実権を握るのかね?」

 

 そこまで話したところで軽く紅茶の残りを飲む。クラウスもつられるように紅茶を飲み、ハンカチを出して軽く自分の額を拭いた。

 

 「ただ、まだこれが決まったわけではないだろう。マリアンヌ后は頑なに政治に関わろうとしていないが、アンリエッタ姫は流されているだけだ。もし彼女が何らかのきっかけで自ら王位に就くと宣言するだけで状況はひっくり返る。マザリーニ枢機卿としてはその場合、エレオノール嬢をアンリエッタ女王の代わりにゲルマニア皇帝に嫁がせることになるが、アンリエッタ女王を説得して王令を発するだけで新たに外堀を埋める必要はほとんどない。

 または開戦が早まって同盟前にアルビオンがこちらに攻めてくる可能性もある。その時にゲルマニアとの同盟というものがどの程度発揮されるかでエレオノール嬢を代わりに送る必要がなくなる可能性もある。

 しかし、その場合トリステイン一国でアルビオンの侵攻を止めるため、トリステインはかなり窮地に陥るはずだ。カスティグリアとモンモランシの全面的な協力が必要になるだろう。俺としては場合によってアルビオンに攻め入る覚悟も必要だと感じているし、カスティグリアが積極的に戦えばかなり押し込めると感じている。そのあたりはさすがに父上やクラウスが判断すべきだがね。

 我が自慢の弟よ。憶測がかなり混じっているが何かの役に立ちそうかね?」

 

 そう最後に問いかけると、クラウスはゴクリと一度喉を鳴らして、

 

 「ああ、さすが兄さんだね。相談してみてよかったよ。でも不敬罪に引っかかることもあるから大っぴらに言わないようにね?」

 

 と苦笑いした。確かにマリアンヌの暗殺を仄めかしてますからな。

 

 「当然だとも、クラウス。家族以外には言うつもりはないとも。」

 

 とこちらも苦笑いを返した。そして今話した内容を考えたいということでクラウスは部屋を出て行った。そして、クラウスから告げられたのだろう、モンモランシーとシエスタが部屋に戻ってきて、再びティータイムに入った。 

 

 

 

 

 

 




 後半何度か全部書き直して一番マシなのがこれだったんです;;
 ええ、後半の個人的な新解釈をひねり出すまでちょっと大変でした。考えたことを上手く文章にするのも大変でした。箇条書きならもっとキレイにまとめられたのですが、うまく伝わっているか不安です。
 まぁ誰でも思いつきそうだし、どこかでネタになっていそうでなんとも言えませんが、思いついたとき原作者の張った伏線に慄きました。ええ、ゾクッとしました。風邪かもしれませんがorz

 どこが新解釈やねん! ○○ですでに書かれてるわ! といったご意見はよろしければ活動報告の方にお願いします。ぶっちゃけノーチェックですorz
 ええ、まぁ、そのときは、そうですね。理系の子ががんばったと思って生暖かくですね……(遠い目

 

えーと、次回多分フーケさん登場します。ええ、たぶん。
ちょっと文字数多くなったので遭遇まで行けませんでした。実はシエスタ嬢とモンモランシー嬢が外にいるときに「きゃー!」と来るはずだったのですがね;;

次回おたのしみにー!


といいつつ心が折れそうですorz
誰か補修用の透明で頑丈なセロハンテープをください。

追記:後半のプリシラに関する会話を少し直しました。4/4 0:15


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21 フーケとオスマン

うはははは! 日曜日に間に合いましたな!
ええ、ちょっとがんばりました。それではどうぞー!


 しばらく三人でヨシェナヴェのことやケティとギーシュのことで談笑していると、部屋にかかっていたサイレントが切れていたのかドーンという音と振動が部屋に響いた。

 

 そういえば今日はフーケさんの活躍する日でしたね。プリシラにとりあえず見てきてもらうため頼みながら少し取り乱しているモンモランシーとシエスタにその事を告げ落ち着かせる。

 

 『大きいゴーレムが塔を殴っているわ。』

 

 というプリシラの報告に

 

 『近くに誰かいるかい?』

 

 と問い返してみると、原作通り黒オス(サイト)とルイズ嬢、フレイムの主(キュルケ嬢)シルフィードの主(タバサ嬢)と彼女の使い魔である風韻竜のシルフィードがいるらしい。ついでにゴーレムの上にミス・ロングビルがいるらしい。どうしよう。盗賊がミス・ロングビルだとプリシラにすでにバレてる……。

 

 しかし、この顔ぶれならデルフリンガーを無事にゲットできたのだろうか。確か原作ではシュペー卿作といわれる飾り用の剣をサイトが欲しがり、二千エキューという高値のため諦め、錆びてはいるがしゃべるインテリジェンスソードであるデルフリンガーを百エキューくらいでゲットしたはずだ。そしてその後キュルケ嬢が同じ武器屋に現れ、店主に軽くラフレシアっぷりを見せただけで買い叩き、サイトにプレゼントした。

 しかしサイトはどちらの剣を選ぶのか選択を迫られたが決められず、結局ルイズ嬢とキュルケ嬢の決闘で決めることになり、立会人のタバサの前で共に宝物庫のある塔に何か的を用意して攻撃。ルイズ嬢の爆発魔法が的を外して宝物庫にスクウェアメイジが頑強に張った固定化を破壊した。それを好機と見たミス・ロングビルことフーケが巨大なゴーレムを使って破壊の杖の奪取に移ったといった感じだったはずだ。

 

 一応サイトがデルフリンガーを持っているかプリシラにデルフリンガーの特徴を教え、聞いてみたところ、しゃべる錆びた剣は持っているようで、「デルフ」という単語も聞こえたそうだ。放っておいて問題なさそうだ。むしろこれ以上彼の出番を取ると原作との乖離が怪しくなる。ぜひともスルーしたい。プリシラに口止めして全力でスルーしたい。

 

 しかし、この事を二人に報告したとして、安心するだろうか。いや、さらに不安になるのでは? もしかしたら討伐に出ることになるかもしれない。ううむ。

 

 「クロア、原因はわかった?」

 

 少し悩んでいるとモンモランシーが不安そうに聞いてきた。まぁわかってもわからなくても不安ならわかった方がまだいいか。未来の夫婦に隠し事はなしってクラウスも言っていたしな。

 

 「うん。どうやら多分正体不明のメイジが中央塔に巨大なゴーレムで攻撃を仕掛けているようだね。」

 

 それとなく、ちょっとした軽い事故みたいだよー。みたいな雰囲気で紅茶を飲みつつ言ってみたのだが、

 

 「ええ!? だ、大丈夫なんですか?」

 

 と、シエスタが取り乱した。モンモランシーは俺がつい気を抜いてポロッと口にした“多分正体不明”という単語に引っかかってしまったようで、「多分?」と少し訝しげにこちらを見ている。

 

 「うん。中央塔にはオールドオスマンがいるだろうし、ゴーレムの近くにはトライアングルのキュルケ嬢とタバサ嬢もいるみたいだから大丈夫じゃないかな?」

 

 と、落ち着かせるように言うと、

 

 「ねぇ、あなた? 少し気になることがあるのだけど。多分ってどういうことかしら?」

 

 はぐらかそうとしたのがバレたようで、モンモランシーが少し怒ったような顔を近づけた。

 「ああ、モンモランシー。キミのその薔薇のように美しい顔を怒りでゆがませないでおくれ。」とかギーシュなら言うのだろう……。でもぶっちゃけモンモランシーは怒った顔もかわいい。むしろ俺にとってレアシーンではなかろうか。そんなことを考えていると、

 

 「ああ、モンモランシー。怒った顔もかわいいね。」

 

 つい本音が飛び出してしまった。すると彼女は少し顔を赤くしてピクッと眉を動かした。更に怒ったのかもしれない。これ以上は不味そうだ。スルーする予定があっさりと介入することに変更されてしまった瞬間だった。

 

 「えーっと。なんと言いますか。んんっ。そ、そうだな。彼女達が心配だ。増援に向うとしようか。ネタばらしはその後でもよかろうて。」

 

 取り繕いながらシエスタの肩に手を掛けると、モンモランシーが軽くレビテーションを掛けてくれた。

 

 「そうね。教えてくれるなら後でも構わないわ。そんなに危険ではないのでしょう?」

 

 そう言いながらモンモランシーがシエスタの肩に掛けた俺の手を取って引っ張ってくれた。シエスタに部屋の留守を任せ、そのまま外に出ると、ちょうど女子寮の前に広がるヴェストリの広場で派手に暴れているゴーレムとサイトとルイズ嬢がいた。

 

 キュルケ嬢とタバサ嬢はシルフィードで上空待機しつつ攻撃をしかけているようだ。せっかくなので視界補助のため、プリシラを呼んで肩に乗ってもらい、意思疎通しつつ視界共有で詳細を見てみると、ちょうどフーケが宝物庫から出てきてゴーレムの肩に乗り、ルイズ嬢が体を張ってゴーレムを引きとめようとしているところだった。

 

 「使い魔君。ルイズ嬢を抱えて下がりたまえ!」

 

 と、俺としては限界ギリギリの大声で叫ぶとちょっとクラッとした。大声でもダメなのか……。この体も奥が深いようだ。

 幸いこちらの声が届き、ルイズ嬢とサイトがこちらを見たあと、サイトが片手でデルフリンガーを持ったまま空いた手でルイズ嬢を抱えてゴーレムからあっという間にダッシュで離れた。ガンダールヴの本領発揮ですな。

 

 「モンモランシー、殺さないようにするつもりだが、もし賊が吹き飛んだら念のため落下に備えてレビテーションを賊に掛けてくれ。」

 

 と、言いつつ杖をゴーレムに向け、モゴモゴと聞こえないようにブレイドの詠唱を唱える。そして、フーケがこちらに気付いたようで、ビクッと体を震わせたのを見逃さず、ゴーレムの下腹部の内部を照準して爆破範囲が胸辺りまでの規模になるよう、少し大きめのラ・フォイエを放つ。

 

 キュィン、ドゴーン という収束音と爆音が響いた瞬間、巨大な火の玉がゴーレムを覆ったかと思ったらゴーレムがチリと化し、ゴーレムの立っていた地面が抉れ、真っ赤に焼け爛れた。そしてプリシラが『おいしそうね』と言ってクレーターの上を高速で一度旋回するとあっさりと真っ黒な穴に戻った。

 

 アレ? ちょっとミスった? と思っているとフライか何かで離脱している途中に爆風で吹き飛んだのだろう。フーケと思わしきボロボロのローブを纏った物体が降ってきた。そして、地面から1mほどのところで少し放心していたモンモランシーのレビテーションが間に合い、ゆっくりと草の生えてる大地に下ろされた。

 

 「あ、あの、クロア? 殺さないようにするつもりって言ってたけど瀕死に見えるわよ?」

 

 そう、少し戸惑い気味にモンモランシーが尋ねてくるが、こちらとしても想定外なのでどうしようもない。

 

 「ああ、どうやら少し威力の調節をミスしたようだね。様子を見てみよう。」

 

 と、平静を装って近づいてみると、フーケはうつぶせで倒れており、メイジの鏡のように杖をかろうじて握ってはいるが杖は半ばから折れている。しかし、予備の杖があるとも限らない。そしてもう片方の腕には盗賊の鏡のように破壊の杖が抱えられていた。原作では箱に入っていたはずだが爆風で吹き飛んだのだろうか。だとしたらまさに盗賊の鏡と言わざるを得ない。

 

 「モンモランシー。使い魔君を呼んでくれ。彼に拘束してもらおう。」

 

 と、サイトを呼んでもらうとその場にいた全員が来た。

 

 「使い魔君。すまないがその賊が予備の杖を持っているかもしれない。生死の確認もしたいので軽く拘束してくれたまえ。」

 

 と、言うとサイトは青い顔をしながら、「わ、わかった」とだけ言ってフーケに近づいていった。そして「彼だけでは心配」と言いつつタバサ嬢も近づいていった。タバサ嬢は賊の拘束に慣れているようで、うつぶせになっている相手に手探りでハンカチをフーケの口に詰め、予備の杖や武器がないか探ったあと、折れた杖と破壊の杖を回収して「もう大丈夫」とだけ言った。さすが雪風さん。クールです。

 

 「かなり重症みたいね。一応治療するからルイズはオールドオスマンに報告をお願い。タバサ、悪いけどシルフィードで医務室に連絡してもらえないかしら。」

 

 と、モンモランシーが治療の手配を始めた。そして彼女がフーケに軽くレビテーションを掛けて仰向けにし、フードを取ったとき、土に汚れ、割れたメガネを掛けたミス・ロングビルの顔が晒された。

 

 「え? ミス・ロングビル?」

 

 と、全員が驚いているところで、淡々とタバサ嬢は医務室へ向う。ルイズ嬢は驚愕のあまり動けなくなったようだ。

 

 「まぁそういうことだね。しかし、君達の手柄を横から掻っ攫ってしまったようだ。心苦しいのでここはぜひ君達の手柄にしてくれたまえ。使い魔君、この前は教育のつもりだったのだがやりすぎてしまって悪かったね。これで埋め合わせにしてくれるとありがたいのだがね。」

 

 と、モンモランシーの治療を見つつ言うと、

 

 「お、おう。俺もその、悪かったよ。ルイズやギーシュにも聞いてたけど本当にアレでも手加減してくれてたんだな。」

 

 とビクビクとした声が届いた。ちらりとサイトを見ると、若干引いてるようにも見える。

 

 「今回も手加減したつもりだったのだけどね? なぜか威力が想定よりも大きくて俺自身少しビックリしているところさ。使い魔君の時でなくて本当に良かったよ。」

 

 と、彼を安心させるように俺が心から安堵して笑顔を浮かべ、サービスで肩をすくめるリアクションまで混ぜて言うと、サイトは額から汗を流し更に一歩下がった。

 

 「そ、そうか。今度からはどうかお気をつけてくださいませ?」

 

 サイトが引きつった笑顔で変な敬語を発し始めた。もしかして爆風に煽られて脳が逝かれたのだろうか。前回やりすぎて後遺症があるのだろうか。そんなことを考えていると、タバサ嬢がシルフィードに医務室の水メイジを何人か乗せて飛んできた。

 

 「モンモランシー。医務室から応援が来たようだ。俺たちも戻ろうか。後は任せるよ。」

 

 と、言ってモンモランシーにレビテーションを掛けてもらい、部屋に戻った。戻ったあとシエスタにも説明するため、プリシラが賊はミス・ロングビルだとあっさり見破ったことを伝えると、二人に大変驚かれた。

 

 むしろ原作どうしよう。一応彼らに手柄を渡したがそれでなんとかなるものなのだろうか。あ、破壊の杖という名のロケットランチャー未使用では? もしかして回収して研究できるのでは? あとで機会があったらオールドオスマンに交渉してみよう。もしサイトの手に渡っていたら彼やルイズに交渉してみよう。

 

 そして軽く紅茶を飲んでみんなリラックスしたころ、モンモランシーは自室に戻り、俺も睡眠を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると寝る前の体調が良かったのが嘘のように体調が悪い。激しい頭痛に嘔吐感、四肢を苛む鈍痛、体中を包む寒気。―――そして額に感じる冷たい布の感触と右手に感じる少し冷たくて柔らかい感触。それが寒気を感じているはずなのに妙に気持ちがいい。誰か看病してくれているのだろうか。目を開けるのも億劫だが目を開けてみるとシエスタが枕元に椅子を置いて心配そうな顔をしていた。

 

 「やぁ、おはよう。シエスタ。手間を掛けさせてしまったようだね。すまない。」

 

 シエスタを安心させるために声をかけたらひどい声が出た。喉も腫れているようだ。

 

 「クロア様。先ほど水メイジの方が診療にいらっしゃいました。モンモランシー様、クラウス様、ルーシア様、ギーシュ様、マリコルヌ様、ケティ様がお見舞いにいらっしゃいましたが今はみなさん、フリッグの舞踏会に参加していらっしゃいます。昨日の盗賊は『土くれ』のフーケと言われている方だったようで、オールドオスマンの使いでミスタ・コルベールがクロア様の様子を伺いに参りました。」

 

 シエスタがいつものように寝ている間のことを教えてくれるが、彼女は悲しそうな顔をして少し目も伏せ気味だ。

 

 ああ、フリッグの舞踏会だから体調が悪いのか? フーケのイベントではいつもと比べるとむしろ体調が良すぎた。もし仮にイベント補正があったとして体調がひどいときといいときの差はなんだろう。ううむ。しかし今はそのことを考えるよりもシエスタを慰めよう。自分の体調が原因で悲しい顔をされるのはあまり好ましくない。

 

 「そうか。クラウスがよく言っているんだけどね? 俺はイベントがあると体調が悪くなるらしいんだ。今日がフリッグの舞踏会ならしょうがないかもね?」

 

 と、かすれて割れ気味のひどい声で笑顔を意識しておどけて見せると、シエスタは一度目を完全に伏せてから彼女らしい太陽のような笑顔を浮かべて、俺の頭に載っている布を取った。そしてその布を彼女の足元に置いてあるであろう、水で一度冷やして絞ったあと再び俺の頭に載せながら、

 

 「ええ、私も聞いておりますし、実際そう思ってしまうことも多々あります。去年のフリッグの舞踏会も散々でしたね。」

 

 と、ちょっと濡れた声で茶化すように言った。

 

 「そうだね、シエスタ。でもあの時は君のかわいい照れた顔を見れてちょっと特したかな?

 そういえば“フリッグの舞踏会で踊った男女は結ばれる”という言い伝えがあるみたいだけど、実際どのくらいの割合で結ばれているんだろうね?」

 

 ふむ。自分で話を振っておいてなんだが、確かに少し気になる。結ばれるという表現がキスや性交を意味しているのであればキュルケ嬢などは割合を上げるのに貢献しているだろう。しかし、ケティのあの感じからギーシュがそこまで行っているとは思えない。逆に割合を下げているのではないだろうか。そして結婚や婚約を意味しているのであればかなり確率は下がりそうだ。

 

 いや、むしろ分母は延べ人数や回数ではなく単純に参加した人間個人の数か? 例えば男女五百人ずつ千人集まって一人ずつ満遍なく五百回踊り、全員が誰かしらと結ばれたらそういう話になるのかもしれない。いや、普通に考えて統計としてはひどいがコッチはファンタジーの中でも縁起を担ぐというかなり曖昧なものだ。

 

 しかし、そう考えるならば別段フリッグの舞踏会でなくても……。ああ、普段と違った雰囲気に惹かれてってヤツか? しかしファンタジーだ。何があってもおかしくないのは実際否定できない。ううむ。

 

 「クロア様。難しいことはわかりませんけど、以前から気になる方にアプローチする絶好の機会にそれでも勇気の出ない方のための言い伝えかもしれませんね。それを信じて成功した方がさらに信憑性を上げているのでしょう。」

 

 確かにそうかもしれない。生粋のファンタジー出身者が言うのだからきっと間違いないだろう。まぁバレンタインデーのチョコと同じようなものか。意外とシエスタはドライなのかな? いや、信じているかいないかより、実際彼女がそう捉えているということかな? 

 原作ではもっとこう、恋する乙女でガンガン……アレ? そういえば何かしら理由があれば即座にアプローチしてましたね。じゃあ、あまり変わらないのか?

 

 「そうだね、シエスタ。そんなステキな言い伝えに割合を求めるなんて野暮だったみたいだ。」

 

 納得がいったのが彼女にもわかったのか、シエスタは「はいっ!」と笑顔で大きくうなずいた。シエスタと話しているうちに少し症状が楽になってきた。声も最初よりは割れていない気がする。いや、気がするだけかもしれないが……。

 

 「シエスタ、少し症状が楽になったよ。ありがとう。」

 

 とお礼を言うと

 

 「では、もう少し休んでください。水メイジの方も安静にしているのが一番とおっしゃっていました。」

 

 と優しく微笑んで頭に載せてある布をまた冷やして載せてくれた。

 

 「そうだね。おやすみ、シエスタ。」

 

 と言って目を閉じると、意外とあっさり眠りについた。寝入りの早さだけは自慢できるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 途中何度か起きて体調が良くなったのは5日後だった。さらに一日安静にして久しぶりにベッドから離れた。前日にモンモランシーからフーケの事に関してオールドオスマンが訪ねてくると聞いていたので大人しく資料作りをしていた。

 

 午前中の授業が始まって少しくらいのときにオールドオスマンがコルベールを伴ってやってきた。シエスタが丁寧に招きいれ、今回は椅子もカップもあるのでコルベールにも紅茶が出された。

 

 「ほっほっほ、彼女の入れる紅茶はおいしいのぅ。」

 

 などと軽くオスマンが場を暖めて早速本題に入った。最初はモンモランシーから聞いてた通り、フーケのことに関してで、ミス・ロングビルが宝物庫に入り破壊の杖を盗んだだけでなく、宝物庫の壁にフーケの領収のサインを残しており、証人もたくさんいたことから彼女がフーケであるとされたらしい。彼女は原作通りオールドオスマンに酒場でナンパされ彼の秘書になったのだが、他のコルベールを筆頭に他の教師にそのことで怒られたらしい。

 

 いや、経歴詐称して教師やってる人は糾弾できないのでは……? かなり難易度は高いがオスマンが早々にフーケの正体に気付いていれば彼女を金で囲い込むことも可能だったはずだ。いや、まぁすごいお金かかりそうですけどね。まぁオスマンもコルベールに関しては知っていそうだし、生徒を守る戦力としても期待できるので彼についてはわざと見て見ぬフリをしているのだろう。

 

 とりあえずフーケは重症だったのだが、五体満足でトリスタニアまでの護送と裁判をするのかは知らないが、処刑まで耐えられるよう治療されたらしい。その費用はトリスタニアが出したそうだ。先日トリスタニアの監獄へ護送されたらしい。

 

 無傷でそのあと紅茶を楽しむ余裕まであったはずなのだが、俺はあのラ・フォイエに巻き込まれたフーケより重症だったのか……。いや、今回は完全に俺が病弱なだけですな。

 

 フーケ捕縛の手柄については彼女達に譲ったはずなのだが、ルイズ嬢をはじめ「人の手柄は奪えない」とか言ったそうで、少しもめたそうだ。結局落としどころとしてあの場にいた全員お手柄ということになり、俺もシュヴァリエの推薦がされたらしい。シュヴァリエは騎士の称号なのだが、世襲や金で買うことのできない実力と実績が必要な一目置かれた称号になる。格としては准男爵以下だか未満だったと思うが一応国から定期的にお金がもらえる。

 

 いや、まぁ法律変わって軍役に就くことがないと貰えないヤツですよね。俺には一生貰うことはできませんね。わかります。とりあえずこれでフーケ関連の話は終わったようだ。一息吐いて紅茶を飲み終わったところでオールドオスマンが突然真剣な顔をして恐らく今回の本題を振ってきた。

 

 「ところで、ミスタ・カスティグリア。お主、ガンダールヴについて何か知っておるかの?」

 

 ふむ。確かに初回の決闘を見られているだろうし、いきなり平民に対して武器を与えるのは不自然だったかもしれない。しかも、アレクシスの時のように殺すわけでもなく、後遺症もできるだけ抑えた。

 

 いや、もしかしたら何か脳に障害があるかもしれない。前回会った時、サイトは顔を引きつらせて少し変な言葉遣いをしていた。ボクサーがよくなるというパンチドランカーというやつだろうか。少し心配だ。しかしこの世界でその症状を治せるものなのだろうか。

 

 ティファニアが所持しているなんでも治すようなマジックアイテムの指輪くらいしか思いつかない。いや、水の精霊が治してくれないだろうか。確か原作では水の精霊との邂逅もあったはずだ。その時に症状を訴えるようルイズ嬢に相談した方がいいかもしれない。いや、その時は彼女がちょっとおかしくなっている時だからサイトに直接言わないとダメか? 

 

 いや、むしろ事の発端になる惚れ薬をモンモランシーが作るだろうか。俺は彼女に完全に惚れていると言い切る自信があるし、彼女もそれはわかっていると思う。ふむ。しかし完全に惚れている状態で惚れ薬を飲んで彼女を最初に見たらどうなるのか少し興味がないでもない。

 

 ―――思考が逸れたようだ。あとで覚えていたら考えよう。

 

 とりあえず俺は決闘相手だった平民の使い魔と前回口だけとはいえ和解し、手柄まで譲っている。そしてあの後、恐らくサイトはフーケが盗んだ破壊の杖という名のロケットランチャーについて原作通りオスマンに尋ねたのだろう。その際、アレが彼の住んでいた地球の武器であることや、今回は未使用のままだったので使い方まで説明したかもしれない。そこでオスマンはガンダールヴであると確信したのだろう。

 

 「虚無の使い魔―――でしたっけ? 恥ずかしながら神学には疎いものでして、なんせ一度も教会に行った事がありませんからね。」

 

 と言いつつシエスタに紅茶のおかわりを貰い、少し飲む。オスマンとコルベールは“虚無の使い魔”と言ったところでピクッと動いたがその後の言葉で少し判断に困ったようだ。

 

 「そうかの。あ、お嬢さん。ワシにも紅茶のおかわりをいただけんかの? では一つ聞きたいのじゃが、もし仮に今その伝説の虚無の使い魔が現れたとして、お主がその人物と使い魔を知ったならどうするかのぅ?」

 

 そう世間話でもするようにシエスタに紅茶のおかわりを頼みながらオスマンは仮定の話を始めた。恐らくこちらがサイトはガンダールヴでありルイズが虚無の系統であると判断しているとどこかで確信したのだろう。さっきの判断に困ったような感じは単なる“見せかけ”だったようだ。

 

 いや、コルベールはちょっと驚いた顔で「え? 言っちゃうの?」みたいな感じでオスマンを何度もチラ見しているのでこちらは天然のようだ。オールドオスマンのような百戦錬磨のお相手が何を探りに来たのかはわからないが、まさかコッパゲに癒しを感じることになる日が来るとは……。

 

 まぁオスマンに気付かれているのであればシエスタの安全上、彼女が知ってしまわないよう気をつければいいだろう。シエスタはオスマンに紅茶を入れ終わったので軽く微笑みながら視線で今回の癒し担当であるコッパゲ先生にも紅茶を入れてあげるよう指示した。

 

 「そうですね。どこでどのような環境の人間がそれを持つかによりますね。完全に敵対的な位置にいて将来的にカスティグリアやモンモランシに害があるような人間であれば暗殺や誘拐、幽閉と言ったところでしょうか。その辺りはロマリアでもない限りそうどこも変わらないと思いますよ?」

 

 こちらも世間話をするように紅茶を口にしつつ、少々過激な発言で揺さぶりをかける。

 大体、原作では完全に敵対的な位置にいたら虚無の系統や虚無の使い魔であってもロマリアに聖戦を仕掛けられて排除されていることから一般的なハルケギニア人の考えとしては間違っていないはずだ。まぁ仮にと言って揺さぶりをかけられたお返しですな。案の定オスマンは全く反応せずに紅茶の香りを楽しんでいるし、癒し担当のコッパゲさんはちょっと釣られてほんの少し目がきつくなった。

 

 「ふむ。では敵対的でないと判断された場合はどうじゃ?」

 

 「その判断は難しいのでは? 俺が完全に敵対的でない、もしくは殺されても騙されても構わないと考えている人間は数少ないですよ?」

 

 そうはぐらかすと、オスマンは笑顔を浮かべ、本当においしそうに「本当にこの紅茶はうまいのぅ」とか言いながら少し早いペースで紅茶を飲み干した。まさかこれで諦めたのか? と思ったところで、再び口を開いた。

 

 「では、そうじゃの、ミス―――」

 

 まで言ったところで横目でこちらを窺いつつ「紅茶もう一杯くれんかのぅ?」と言った感じでシエスタを一瞬チラッと見てカップを少し上げたあと

 

 「ロッタ。そう、お主の友人が親しくしているミス・ロッタ。彼女は火の系統じゃが、もし彼女のような立場の人間が虚無の使い手として目覚めたらどうかの?」

 

 わざと“ミス”で一瞬だけ合間を入れ、シエスタを使って揺さぶりをかけられた。どうしてもルイズ嬢やサイトに対する俺の対応を知りたいようだ。むしろシエスタの察しがよければそれだけで気付いてもおかしくない。

 

 ちらっとシエスタを窺うとオスマンの会話を遮らないよう、会話が切れたところで空になっているオスマンのカップに自然な笑顔で紅茶を入れている。

 

 まぁ知ったとしてもあまり問題ではない気もする。あっという間に「ルイズは虚無の系統で、サイトはガンダールヴ」ということが広まるだけだ。むしろ、それを封じるためにオスマンが彼女に圧力をかけるか心配になるだけとも言える。しかし探りを入れるには直接的すぎる。他に何か無かったのだろうか。害が低いと判断して実行したのだろうか。まぁそれなら問題ないか。

 

 とりあえず彼は“カスティグリアがどう動くか”や“カスティグリアに知らせるのか?”といったことを気にしているのだろう。ふむ、実際カスティグリアに報告したらどうなるのだろうか。まずマザリーニ枢機卿までは話が行く可能性が高い。

 

 現在カスティグリアやモンモランシはそれほど王政には関わっていないはずだ。マザリーニ枢機卿から依頼(・・)要請(・・)を受けることはあってもカスティグリアが積極的にトリステインを動かしているようには見えない。

 

 もしカスティグリアが知り、マザリーニ枢機卿に知らされた場合。もしかしたら彼は嬉々としてアンリエッタを送り出し、ルイズを女王に即位させるかもしれない。いや、即位させるだろう。そして恐らくロマリアにもその話が送られ、ロマリア公認の虚無としてロマリアから援軍が来てアルビオンからも守られるかもしれない。いや、むしろレコン・キスタを異端とし、滅ぼす方向に動く可能性もある。実はいいこと尽くめなのか? 

 

 しかし、ルイズ女王はどう動くだろうか。彼女は敬虔なブリミル教徒であり、もし虚無の使い手と自覚し、ブリミル教を近くに感じるようならトリステインを巻き込んでロマリアの言いなりになりかねない。そうなるとカスティグリアとしては動きにくくなるかもしれない。あまりいい未来ではなさそうだ。

 

 逆にカスティグリアが知り、そのことを秘匿した場合、得るとしたら女王になる可能性が高くなるルイズ嬢やその保護者たるヴァリエールに早期に接近できるくらいしかメリットが見つからない。いや、ルイズの婚約を破棄させてクラウスが(めと)り囲い込むことも可能だが、そこまでトリステインの中枢に入りたいのであれば風石の産出や軍事力を背景にクラウスをアンリエッタ姫の王配候補にねじ込み、さっさとアンリエッタ姫を即位させた方が手が早そうだ。

 

 しかし、彼女がゲルマニアに嫁ぐ事に関知しな……かった?―――まさかそういう話があったのか!? だから先日アンリエッタ姫の御輿入れに関して意見を求められたのか!?

 

 ク、クラウス……今とても問いただしたいことがあるのだがね? それによってこの答えは変わってしまうのだがね!? ま、まぁ正直に話すことはあるまいて。悟られたら困るのでオスマンとの会話をさらっと終わらせよう。

 

 「ミス・ロッタですか。そうですね。もし彼女であれば……、友人の覚悟と使い魔次第ですね。彼がもし彼女と添い遂げることを覚悟しており、使い魔がその障害であるならば彼に真実を話し、使い魔を殺します。そして二度と召喚させないよう忠告でもするのでしょうかね?

 彼が全く関係ないのであれば様子を見つつ放置します。下手にロッタ家やトリスタニアが知ってしまうとどうなるか予想がつきませんからね。」

 

 そう言いつつ紅茶に口をつける。癒し担当のコッパゲくんはこの回答にホッとしたようで彼も笑顔で紅茶に口をつけた。しかし、オールドオスマンは少し引っかかったようだ。

 

 「ふむ。ではトリスタニアではなく君の実家にはどうじゃ?」

 

 と、さっき考えて疑問が浮かんだ場所を突いてきた。どうやらさっき思い至ったときに悟られたようだ。

 

 はっ! まさかオスマンは俺がカスティグリアに知らせていないことを知りつつ、俺がそのことをあまり考えていない可能性を考えてわざわざ反応を見に来たのか!? そしてその事に気付いた俺が大して考える時間を与えられることなくどう返答するのかも見にきたのだろう。しかも、その返答方法が今後の判断材料に組み込まれる可能性もある。

 

 な、なんという恐ろしい罠だ。病弱で授業にもマトモに出れない学院のいち生徒になんという仕打ちをするんだ、おすまん……。ぶっちゃけもうテーブルをひっくり返してベッドに入り天蓋の分厚いカーテンを引いて三年くらい引き篭もりたい。

 

 とりあえず返答しよう。ごまかすのは恐らく悪手だ。あまり時間を空けるわけにはいかないので直感に頼るしかないが、正直に話した方が今後の展開には良さそうに思える。しかし負けっぱなしも性に合わない。少しだけブラフも混ぜよう。いや、それも判断材料にされるのか? もはやどうしていいかわからない。ここまで来たら開き直っていつも通り行くことにしよう。

 

 「ふむ。実家ですか。正直なところ現在カスティグリアがどのような立場にいるのかすら知りませんが、もし何か相談を受けて自分の知りえたことを知らせるのがカスティグリアのためと判断すれば話すと思います。」

 

 そう、何でもないように普通に話し、紅茶に口をつける。なんかもはや敗北感が濃厚なのでぶっちゃけ早急にお帰りいただきたいところではある。きっと彼にとってはその答えを引き出したとしてこれからが本題なのだろう。さっきまでのリラックスしたような態度から真剣な顔に戻った。

 

 「やはりそうかのぅ。ワシとしてはもし仮にそういった情報を得たときは胸にしまってもらえるとありがたいのじゃがのぅ。」

 

 「ふむ。しかし、仮にそういった方々が現れたとして、誰もが利用しないという状況はありえるでしょうか。カスティグリアには基本的に領民も含めて出来る限り損失を生まないよう進言していますし、すでにある程度戦力を持っているでしょう。その辺りはオールドオスマンの方が詳しそうですが、そのような情報だけが原因でご懸念のようなことにはならないと考えますし、状況によっては知らないことで被害が広がる可能性もあります。いかがでしょうか?」

 

 原作でルイズとサイトはアンリエッタを筆頭に、トリステイン、ロマリアなどにいい様に利用されていた感がある。もし誰の利用も許さないというのであればルイズに虚無の系統であることを告げ、女王に即位させ、ハルケギニア統一でもさせないと無理ではなかろうか。

 

 「お主としてはカスティグリアなら道具として使わないと考えておるのかの?」

 

 「いえ、使うでしょうね。ただ、他の方々よりもカスティグリアは自らが所属するトリステイン王国のことを大切に思っていると思いますよ?」

 

 何か読み合いというより単なる売り込み合戦になってきた。先ほどまであった緊迫感は霧散して少し緊張を緩め紅茶を飲む。オスマンとしては自分が知らせる相手を選びたいのだろう。しかし、彼には国に通用する権力もなければトリスタニアに登る気もない。このことに関しては一歩下がらざるを得ないはずだ。

 

 「まぁ仮に知らせるとしてもカスティグリアだけに留めるよう忠告も同時にすると思います。さらに上まで話が登ると他国にまで絡むでしょうからね。」

 

 「ふむ。それなら許容範囲かのぅ。他国が絡むと碌なことがないからのぅ。ほっほっほ」

 

 オスマンも折れたようだ。完全敗北かと思っていたら意外と最後の本命はこちらが有利だったようで、俺の判断でカスティグリアだけになら知らせても問題ないと認めさせられたようだ。なるほど、本命の前の探りあいは彼にとって不利なこの話題を有利にするためのブラフだったのか? いやそれでも得るものはあった可能性は高いか。

 

 しかし、癒し担当のコッパゲ隊長はもしかしたらここで俺が「トリスタニアに広めて戦乱起こすんだ!」とか言ったら秘密裏に処理するために連れてこられたのだろうか。実際彼は一言も発していない。いや、考えすぎか? まぁ保険程度だろう。

 

 「おいしい紅茶のおかげでつい長居してしもうたのぅ。しかしおかげで有意義な時間を過ごせたわい。ミスタ・カスティグリア、邪魔したのぅ。」

 

 「いえ、毎度の事ながらわざわざご足労おかけしまして申し訳ありません。」

 

 席を立って、そう笑顔でお互いに挨拶してオスマンとコルベールはシエスタの見送りで出て行った。椅子に座ってこれまであった緊張を全て吐き出し、紅茶を飲む。

 

 「クロア様。お疲れ様でした。おかげんはいかがですか?」

 

 シエスタが側に来て座っている俺の顔を覗き込むようにしながら心配そうにこちらを気遣ってくれた。一応口止めしておいた方がいいかもしれない。

 

 「うん。すごく疲れたよ。シエスタ、すまないが今の話の内容は忘れてくれるとありがたいのだが。」

 

 と彼女の顔を見ながら少し苦笑いで言うと、彼女はふわっと笑って

 

 「ふふっ、ご安心ください。私も緊張して皆さんに紅茶を入れるのが精一杯でしたのでお話の内容なんて全然頭に入ってきませんでした。」

 

 と言ってくれた。気遣ってくれているのか本当なのかはこの際どうでもいいだろう。緊張のあとの彼女の言葉が癒しに感じた。

 

 「ありがとう、シエスタ。」

 

 そう言って彼女の頬にそっと手を触れると彼女は目を閉じてその手に自分の手を重ねた。

 

 「クロア様。少し熱が出てきたようですね。病み上がりなのですからお休みになられた方が良いかと存じます。」

 

 少しして、そのように真面目な顔で言われた。確かに精神的に疲れたので着替えて休むことにした。シエスタに着替えを手伝ってもらいつつ体を拭いてベッドに入るとそっと額に手を乗せられた。

 

 「おやすみ、シエスタ」と言って目を閉じると「おやすみなさいませ。クロア様」と彼女の声が聞こえ、安らぎの中夢の世界へ旅立った。

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。

 前話は書く内容が決まっていて前半分くらい書いてあったので後半のネタが浮かんだらサクサク書けたのですが今回はちょっと大変でした。どうも原作に突入してから難産続きな気がします。

 筆がガツッと止まったときにみなさんからいただいた感想を読み返すと落ち気味のテンションが上がったり、意外と筆が進んだりします。
 よろしければご感想お待ちしております。


次回もおたのしみにー!

副題はいつも投稿間際のインスピレーションで決めています。
今回の副題候補
三つの戦い
サイト壊れる!?
オスマンこえー><;
でした。ええ、無難なのにしました。


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22 交渉というもの 前編

 みなさま、ごきげんよう。書いてたら長くなりすぎたので前後編に分けさせていただきました。
 文字数や内容との兼ね合いでちょっとモヤっとする区切りになっております。ご了承ください。
 


 意識が浮上するといつものように、まず柔らかいベッドと清潔なシーツの感触と、ほんのり甘みのある柑橘類のような香りが体を包みこむ。これだけでこの苦痛を伴う身体でもこのハルケギニアで生きて行く価値を感じてしまうのは俺がチョロいからだろうか。

 

 前回オスマンと緊張を強いられる会話をしたが、その影響は少なかったようで、身体の調子は悪くない。そっと目を開けると日中でも寝ているときは少し薄暗い室内の光をさえぎるために掛けられる天蓋の分厚いカーテンは半開きになっている。夜間と俺の起きている時間は基本的に全開にされているのでまだ日中のようだ。

 

 もぞもぞと身を起こし、ベッドの背もたれに身体を預けると、サイドテーブルに置いてある杖を手に持ちカーテンを全て開く。あまり遠くの見えないこの赤い目でぼんやりした部屋を見ると、どうやら誰もいないようだ。シエスタもどこかで仕事をしているのだろう。

 

 簡易テーブルを出し、思いつきメモを置く。ああ、その前に覚えているうちにオスマンとの話やその時に考えたことをメモしておこう。新しい羊皮紙をサイドテーブルから一枚取り出し、簡単にサラサラと書き始める。虚無やアンリエッタ姫、内政にかかわりそうな単語やそれを匂わすような単語は他の人にわからないよう、この世界の文字ではなくギリシャ文字のアルファベット一文字にしている。

 

 ちなみにアルファベットの由来はギリシャ文字のα(アルファ)β(ベータ)らしい。この世界の文字はアルファベットの支流を流れてきたものに感じるときがある。ぶっちゃけ日本語の甲乙丙や「おすまん」「かすてぃ」とかで書いた方がいいかもしれないのだが、日本出身者であるシエスタの祖父である佐々木氏がこの世界にいたことや、地球出身のサイトがいる現状ではギリシャ文字がギリギリだと判断した。これならこの世界の文字を少しもじった程度で済むはずだ。

 

 『πはχに関してΣが気になる、Σだけがχを知ることは了解、χはまだ⊿進行中。Σの動向を気にする必要あり、αにθをどうするか、χの情報が必要か判断する必要あり、別途χの展開に関して~』

 

 といった感じだ。

 今回は、π(パイ)=オスマン、χ(キー)=虚無、Σ(シグマ)=カスティグリア、(デルタ)=原作通り、α(アルファ)=クラウス、θ(シータ)=アンリエッタ と当てた。資料を書く時に頻出するカスティグリアやモンモランシ、トリステイン、トリスタニア、四種類系統やメイジなどの当て字は文字数短縮のため今回のものとは違いこちらの文字の当て字を使っていたりする。

 

 この程度の当て字なら文脈を見ればわかるが、この事を知らない人間が見たら解読に少々時間がかかるだろう。これ以上難解にすることも可能だが、それをすると今度は俺が読めなくなる可能性が高い。まぁぶっちゃけ今回は当て字を全て○や空白とかにしてもわかりそうな気がする。ぶっちゃけ隠す意味合いで使ったのは初めてかもしれない。

 

 ちなみにモンモランシーへの想いを綴ったあの羊皮紙は当て字や隠語は使われていない。ガチで誰が読んでもわかる。むしろアレに使うべきだったはずなのだが、黒歴史に黒歴史の上乗せになりそうでクラウスに研究された事を考えると、それはそれで解読されたらさらに辛かったかもしれない。

 

 ふむ。もしかして俺は中二病を患ってしまったのだろうか。見れば見るほど今回は当て字が必要ない気がしてきた。手遅れになる前に塗りつぶすべきだろうか。これ以上の黒歴史を生産するのは後の禍根になりそうで怖い。

 

 しかし、俺が近日中にクラウスを呼べば虚無の事を伝えたとオスマンに捉えられる可能性が高い。いや、別に知らせても問題ないのだがクラウスやカスティグリアのためにも出来るだけ偽装はしたい。そのため、ある程度時間を空けるかクラウスが訪ねてくるのを待つつもりだったのだが、このメモを消化して抹消するならばクラウスを早急に呼ぶ必要が出てくる。ううむ……。

 

 ふむ。何を難しく考えていたのだろうか。こんなくだらないことで無駄なリスクを背負うのは避けるべきだ。そう考えればおのずと導き出される答えは一つだろう。

 

 

 ―――クラウスを呼ぼう。早急にクラウスを呼ぼう!

 

 しかし今が何日で何時なのかさっぱりわからない。シエスタの帰りを待つべきだろうか。いや、ここはプリシラにクラウスを呼ぶことが可能か聞いてみよう。

 

 『プリシラ、ちょっといいかい?』

 『構わないわ。ご主人様』

 『クラウスを俺の部屋に呼ぶことは可能だろうか。』

 『そうね。できるかわからないけど面白そうだから挑戦してみるわ。』

 『そうか、ぜひ頼むよ。プリシラ。』

 

 彼女は挑戦してみてくれるらしい。体内時計で十分も経たないうちにクラウスがドアにアンロックを掛けて突入してきた。

 

 「兄さん! 何かあったの!?」

 

 う、うむ。ちょっと急がせすぎたようだ。クラウスは焦った様子でドアも閉めずにベッドの脇まで早足で迫ってきた。プリシラにお礼を言って彼女には日ごろの生活に戻ってもらった。

 

 「いや、それほど早急な用件ではないのだが、少しクラウスに聞きたいことがあってな。起きてみたらシエスタがいなかったのでプリシラに頼んで呼んでもらったのだよ。」 

 

 とりあえずクラウスにドアを閉めてきてもらったのだが少し納得がいかないらしい。プリシラが少々強引で腕に爪が食い込んで結構痛そうなあざが出来たみたいだ……。すいません。あとでルーシア姉さんにヒーリングしていただいてください。一応謝ったあとクラウスに聞く準備ができたので本題に入る。

 

 「今日が以前就寝してからどのくらい経っているかわからんのだが、先日オールドオスマンがこの部屋にやってきた。最初はフーケ関連の話ということだったのだが、とある用件について尋ねられたのだよ。」

 

 一度用件に関してぼかしたのでクラウスが食いついた。クラウスは一度テーブルに行き椅子を一脚持ってきて枕元に座った。

 

 「まぁその話に関連するのだがね、クラウス。クラウスも含め、カスティグリアはトリスタニアの王配に食い込むような計画や話はあるかね?」

 

 そこまで聞いたところでクラウスはピクッと眉を動かしたあと、真面目な次期当主の顔になった。

 

 「まったくそのような話がなく、クラウスの次の世代あたりまでそのような計画が全くないというのであればこの話は終わる。特に不安もなくなり、問題もないだろう。」

 

 「そうだね。一度兄さんにアンリエッタ姫の事を聞いたことで察したのかな? 全く無いとは言えないけど、積極的に計画しているとも言えない。僕はまだ婚約者もいなければ恋人もいないからね。その話になった時に少し出てきた程度かな?」

 

 ふむ。そのまま聞けばカスティグリアの考えるクラウスのお相手候補に一度挙がった程度と見ることもできるが、単にはぐらかしている可能性も否めない。はぐらかしていた場合、王配を狙うならアンリエッタ姫はすでに候補から外れており、エレオノール嬢あたりを狙っていてもおかしくない。

 

 この前相談に乗ったときのことを考えると恐らく現在一番難易度が低く見積もられているのがヴァリエール公爵の長女エレオノールだからだ。しかし、必要なのが“王配”だとすると一番怪しいのがエレオノール嬢になる。もし、原作に沿って進行した場合は半年だか一年以内にアンリエッタ女王が誕生するだろうし、それより早くルイズ嬢が虚無の系統である事が発覚すれば、ルイズ女王が誕生する。

 

 仮にルイズ嬢が虚無の系統であると発覚したあとはアンリエッタ姫が先に女王となっても王配の子に王位が回ってくるかどうかは予測が付かない。アンリエッタ姫以外の、例えばヴァリエール公爵が王位についていた場合は完全に次代はルイズ女王になるだろう。むしろ退位を迫られ即ルイズ嬢に王位が渡されたとしてもおかしくない。つまり、王配として狙うならルイズ嬢かアンリエッタ姫しか恐らく選択肢はない。

 

 さらに問題なのはルイズ女王が誕生した場合、王配が使い魔のサイトになる可能性が比較的高くなるということだ。その時の情勢次第だろうが、かなりトリステインも割れるだろう。安全性と確実性を求めるならサイトを暗殺するかさっさとサイトにどこかの娘を宛がい、早急に結婚させるくらいしか思い浮かばない。

 

 「ふむ。曖昧な状況のようだな。まぁいい。もし仮にだ、クラウスがトリステイン女王の王配の地位を狙うのであれば、アンリエッタ姫とルイズ嬢のどちらかだと思っていい。他の候補は全て排除してもらって構わない。どちらも不安定だし問題は今後も付きまとうがね。」

 

 「エレオノール嬢なら簡単に入り込めると思ったんだけどそれはない?」

 

 「うむ。例えばだが、クラウスがすぐに彼女と結婚し、ヴァリエール公爵が王位に即位し、すぐにエレオノール嬢に王位が渡されない限りないのではなかろうか。」

 

 一足飛びにエレオノール嬢が王位に就くのは恐らく無理があるだろう。ヴァリエールの娘が王位に就くには虚無の系統という理由かヴァリエール公爵という間を挟む必要がある。

 

 「それはまた……。つまり近いうちに王位が埋まると考えているわけだね?」

 

 「そうなるな。もし先を聞きたいのであれば、いくつか約束してもらう必要がある。文章に残すことはせず、家族として、貴族として、クラウスとして宣誓してほしい。まぁ、聞きたくないのであれば恐らく一年以内に気付く可能性もあるし、今までの会話が本当で本心だというのであれば、恐らくまだ気付いていないのだろう?」

 

 まぁ今さら隠してもしょうがない気がしてきた。いや、原作通り進めるなら隠しておきたいのだが、オスマンに目を付けられており、カスティグリアが知らないというのは逆に不自然かもしれない。しかも、ルイズ嬢が活発に活動を始めれば捕捉されるだろう。

 

 「ふむ。先に約束の内容だけ聞いても構わないかな?」

 

 「いいだろう。一つ、これから話す人物に関することで政治的にまたはそれに関連するような接触する場合は、クラウスか父上の事前事後の報告や相談が欲しい。一つ、これから話す内容はクラウス、父上の二名だけに出来る限り留めてほしい。他のルートから耳に入ることはあるだろうが、クラウスや父上から漏れることは防ぎたい。誓約期間はアルビオンとの戦争が終わるか3年経過とする。以上だ。」

 

 約束の内容を言うと、クラウスは少し眉を寄せた。大体あまり深く考えずに話したので、これまでの会話にポロッと零れたヒントが散りばめられている。ルイズ嬢の王位に関することだというのはクラウスなら間違いなく推察できているだろう。しかし、ここまで誓約を提示しておいて、クラウスに「ああ、ルイズ嬢のことだよね? 虚無ってこと?」とか言われたら大泣きして引き篭もるしかない。女子寮から「毎日男の泣き声が聞こえる」という怪談が生まれ、原因や由来が不明になるくらいまで引き篭もろう。うむ。

 

 「ふむ。ルイズ嬢の秘密と言ったところかな? マザリーニ枢機卿から入ってくる彼女に関する情報ではそこまで王位に近いとは思えない。つまり彼は関知していないということだよね? ということは学院でわかったことかな?」

 

 とクラウスが笑顔でこちらに問いかけてきた。

 

 

 ―――早速怪談コースに突入するべきかもしれん。そそくさとサイドテーブルに置いてある杖を確保してベッドに潜り込み、クラウスと逆側を向いてヒザを抱え込み、布団を頭から被った。

 

 「ちょっ、兄さん!? 何!? ど、どうしたの!?」

 

 と、いう焦った声が聞こえるが無視だ。泣くためにはチャージが必要なのだよ。まさか起きてすぐ黒歴史を生み出したあと、それを消去するために再び黒歴史を生み出すとは……。ぐすん。

 

 こんな時はシエスタに紅茶を入れてもらって心を癒して欲しいものだ。そういえばシエスタの帰りが遅い気がする。そして遅い気がしたらなぜか今すぐ彼女の入れた紅茶が飲みたくなった。プリシラに見てきてもらおう。

 

 『プリシラ、すまないがシエスタがどこにいるかわかるかい?』

 

 『ちょっと探してみるわね。――――――いたわ。真ん中の塔の一番上の部屋のソファに座っているわ。』

 

 え? ど、どういうことですかね。真ん中の塔の一番上ということは学院長室ですかね? オスマンの呼び出し? ふむ。クラウスが何か知ってるかもしれんが、先日のオスマン来訪に関することであればクラウスは知らないだろう。

 

 ククク、オスマン。シエスタを交渉の道具にするだけでなく連れ込むとはいい度胸だ。ちょうど交渉でストレスが溜まったり予期せぬ黒歴史を溜め込んでイライラしていたところだ。

 

 シエスタの入れた紅茶を今すぐ飲みたいという大儀もある! 今こそ開放しようではないか!

 

 布団をバッとめくり!(虚弱)

 ベッドから身を起こし部屋に降り立つ!(背もたれに捕まりながらゆっくりと)

 唖然としているクラウスの前でマントを羽織り!(見当たらずクラウスに取ってもらった)

 必要になるかもしれないのでシエスタ関連の書類を持ちクラウスに指示を出すッ!(自力不可)

 

 「クラウス、話は中断だ。行くところができた。レビテーションで送りたまえ。」

 

 そうクラウスに要請するとクラウスはこの展開について来れなかったのだろう。特に理由も尋ねずにレビテーションを掛けてくれ、少し引きながら行き先を聞いた。

 

 「え、えっと、兄さん? 一体どこへ行くんだい?」

 

 「中央塔最上階だよ。クラウス。シエスタの帰りが遅いと思ってプリシラに探してもらったら彼女がそこにいるようなのだよ。ここは救出に行かねばなるまいて。貴族として!」

 

 そう、目に力を入れつつクラウスを説得した。送ってもらわねばならないため、ここでクラウスに断られると地面から数十センチ浮いた状態でひたすらプカプカすることになってしまう。

 

 「ああ、ええと、兄さん。そういえば突然のことで忘れていたんだけど、僕もオールドオスマンに呼び出されていたんだよ。きっと彼女も関係している話じゃないかな? 兄さんを連れて行くのは吝かではないけど、れ、冷静にだね?」

 

 ふむ。クラウスも呼ばれていたのか。ならば緊急ではなさそうだ。

 

 「そうか。では冷静に行くとしよう。さぁ我が自慢の弟よ。我が人生初の中央塔最上階へ向おうではないか。」

 

 そう言うとクラウスは一つため息を吐いて手を引いてくれた。部屋着のままだがシエスタがいないと着替えが成し遂げられない可能性がある。少々不本意だが彼女のためだ、しかたあるまいて。そういえば今日は何日の何時くらいかわからないので移動中クラウスに聞いてみたところ、三日ほど寝ていたようだ。今は午前の授業が始まって一時間くらいらしい。

 

 中央塔は思ったよりも高かった……。恐らく一人で登ったら中腹で滑落死か衰弱死するだろう。クラウスは息一つ乱していないが、レビテーションで浮きつつただ引っ張られるだけで結構疲れた。

 

 むしろ何のために塔に登っていたのだろう。「そこに塔があったから」という理由ではなかったはずだ。そう、紅茶だ。シエスタの紅茶が俺を呼んでいたのだったな。ぜぇぜぇ……。

 

 学院長室の前で俺に掛けられたレビテーションを切ってもらってから、クラウスがノックをし、「クラウス・ド・カスティグリアです」というと中からオールドオスマンの入室許可を出す声が聞こえた。まぁ名乗っていないが荷物みたいなものだし紅茶を飲むためにシエスタ回収に来たのだから問題あるまいて。さっさとシエスタを回収して帰ろう。

 

 中に入ると長いソファにオールドオスマンとシエスタが座り、対面に見たことの無い貴族が一人座っていた。平民のシエスタが座っていることに少し違和感がある。この見たことのない貴族がシエスタの紅茶にでも惹かれて引き抜こうとでもしているのだろうか。

 

 俺も一緒に入室したところでシエスタがこちらに気付き、なぜか驚いた顔をした。いや、俺がここまで到達できると思わなかったのだろう。ふふふ、なんせ最高峰と呼ばれていたような気がするトリステイン魔法学院でも最高峰である中央塔の最上階だからな! いや、自力と言いがたいのが残念だが……。

 

 「クロア様! お体は大丈夫ですか!?」

 

 と、いきなりシエスタがこちらに来て顔色を窺ったりおでこに手を当てたりした。

 

 「うむ。起きてから色々あってな。シエスタがいない時間が長くて不信に思い、プリシラに探してもらったのだ。さぁ部屋に戻ろう。紅茶を入れてくれ。」

 

 理由を告げたあと、少し微笑みシエスタの肩に手を置くと、シエスタは少し悲しそうな顔をして目を伏せた。ふむ。オスマンだけでなく見知らぬ貴族がシエスタを引きとめているのだろうか。シエスタの方が身長が高いのでシエスタとオスマンの間に移動し、オスマンに問いかける。

 

 「シエスタを連れて行って構いませんか? お話があるなら俺の部屋で窺いますが?」

 

 オスマンはチラッと見知らぬ貴族を見た後、飄々(ひょうひょう)とした感じで俺に対応した。

 

 「ふむ。ミスタ・クロア、伏せていると聞いたのでミスタ・クラウスを呼んだのじゃがのぅ。お主が来てくれたなら話も早いじゃろぅ。少し話があるのでここに座りなされ。」

 

 と言って長いソファのオスマンの隣を示された。クラウスは俺の後ろに、シエスタは俺の横に立つように言ってシエスタの肩を借りてオスマンの隣に座る。

 

 「こちらの方はのぅ、ジュール・ド・モット伯爵じゃ。今回は学院へ勅使として参られたのじゃが、君が借り受けているシエスタ嬢をいたくお気に召したようでのぅ。それで譲れと言われたのじゃが、それには君の許可かカスティグリアの許可が必要になるからのぅ。それでクラウス君に交渉してもらおうと呼んだのじゃ。

 モット卿、こちらがシエスタ嬢を学院から借り受けている学院二年生のクロア・ド・カスティグリアじゃ。できるだけ穏便にのぅ?」

 

 ふむ。まぁお断りしてお帰りいただいて部屋に戻り紅茶を入れてもらうだけだ。穏便にも何も1分もあれば終わる話だろう。

 

 「クロア・ド・カスティグリアです。お初にお目にかかります、モット卿。オールドオスマンから今窺った話では俺が借り受けているシエスタの譲渡を望んでいるそうですね。申し訳ありませんがお断りします。それでは失礼。」

 

 そう言ってさっさと席を立とうとすると、モット伯から怒りを抑えたような声が届いた。

 

 「待ちたまえ、成金貴族。おっと失礼。カスティグリア殿、何もタダで彼女を差し出せと言っているのではない。だがね、彼女も成き、いやカスティグリアのような田舎貴族より王宮の勅使であるモット家で働く方が良いであろう? 悪い事は言わぬ。手を引きたまえ。」

 

 ふむ。カスティグリアは成金貴族や田舎貴族というのがトリスタニアの評価か。まぁ間違いではないな。ただ、増えた金を趣味や娯楽に浪費しているか戦争に備えて軍備を整えているかの差は大きいと思うのだがね? その辺り、学院のメイドを引っ張るような御仁にはわからないのかもしれない。

 

 勅使というのはメッセンジャーなのだが、基本的に所属している場所、彼で言えばトリステイン王宮の最高権力者と同じだけの権限が与えられている。今回の場合、マリアンヌ元王妃かマザリーニ宰相かは不明だが、その大きな権力を使って平民のメイド狩りとは何と言うか……権力の無駄遣いも甚だしいのではなかろうか。

 

 「いやはや、勅使殿。わざわざ王宮の最高権力を使ってまで学院に勤める平民のメイドの引き抜きですか? モット家に彼女の引き取る命じたのはどなたです? マザリーニ枢機卿ですか? マリアンヌ元王妃様ですか? まさかアンリエッタ姫殿下ですか? まずはその辺りはっきりと伺わせていただきましょうか。」

 

 さっさと話を終わらせて紅茶を飲むはずだったのだが、挑発までして引きとめられたからには相手は今のところ引く気はないし長引くかもしれない。ソファに座りなおし、モット伯をよく観察することにした。髪は茶色、目の色はよくわからない。特徴的なのは髪型と眉とヒゲで先っぽがくるっとカールしている。年齢は恐らくだが父上と同じくらいか? こちらの世界の年齢予測はかなり難しい。

 

 「オールドオスマン。学院の門弟にまず口の利き方を教えるべきですな。栄えあるトリステイン魔法学院も落ちたものだ。」

 

 モット伯は話題を逸らし、キザったらしく笑いながらオスマンに話しかけた。そういえばシエスタの意向を聞いていない。あちらはあちらで話しているようだし、今のうちにコソッと聞いておこう。横に立つシエスタの服に肘をそっと当てて注意を引き、指でちょいっと顔を寄せるよう指示を出すと、シエスタはやはり悲しそうな顔を近くに寄せた。

 

 「もしかしてモット卿に引き取られたかったりする? 俺は渡したくないのだがね?」

 

 と、コソコソ言うと、シエスタは悲しそうな顔のまま器用に一瞬ほころばせて、

 

 「いえ、出来ることならクロア様に一生お仕えしたいです。ですが……」

 

 ですが、カスティグリアに迷惑がかかるというのかな? まぁ聞くまでもあるまいて。ちょんとシエスタの鼻先を触ってシエスタの話をさえぎって、笑顔で少し軽く手を振り元に戻るよう指示を出す。読み取ったようで、ちょっと惚けたあと、かすかに笑みを浮かべて元に戻った。

 

 あ、もしかして俺の方が寿命が短そうだからやっぱモット家の方がとかいう続きだったらどうしよう。まぁその時は他の雇い主をクラウスに探してもらおう。マザリーニ枢機卿と懇意にしているなら、アンリエッタ姫の側仕えとかにねじ込んでもらえそうだし。ソッチの方がマシだろう。

 

 最低限モット伯だけはなんか俺がイヤだ。大体シエスタを逃すと他に介助してくれるメイドさんが見つからない可能性が高いし、彼女の入れる紅茶はすでに癒しになっていることが今日わかったところだ。

 

 「で、渡す気になったかね?」

 

 「いえ、オールドオスマンと教育方針についてのお話をしていたようなので、生徒の身である俺は耳に入れないよう控えていたのですが、終わりましたか? ところで、先ほどのこちらの話は理解していただけたでしょうか? まさかトリスタニアに勤めている方が会話をすることが出来ないという事はないでしょう?」

 

 あー。今本当に紅茶に口をつけたい。カフェイン中毒にでもなってしまったのだろうか。しかし眠れないということはない。イヤむしろ寝すぎているくらいだ。

 

 こちらの挑発を篭めた問い返しにモット伯は余裕を浮かべていた顔を引っ込め、顔に怒りを少し浮かべた。こちらは以前修理に出した貴族仮面が順調なようで意識しなければほとんど無表情のはずだ。いや、もしかしたら紅茶断ちの苛立ちが出ているかもしれない。

 

 「学院の門弟風情が少々無礼ではないかね? オールドオスマン、君の管理責任になりかねんぞ? 何とかしたまえ。」

 

 「ふむ。今回のこの話は正式に契約しておる内容を破棄するようミスタ・カスティグリアにモット卿が要請するわけですからのぅ。交渉が決裂しようがしまいが学院は関係ないことじゃて。モット卿。」

 

 オールドオスマンは飄々と戦線離脱を宣言した。オスマンに脅しは効かなかったようだ。まぁセクハラという普通の犯罪でも王宮に通報されるのも構わんと言うくらいだからな。

 アレ? この世界でセクハラとかあるのだろうか。

 

 「交渉するつもりがないのであれば下がらせていただきますが? モット卿。」

 

 「王宮の勅使である私に向ってなんという侮辱。もはや許せぬ。このことは正式にカスティグリアに抗議させてもらう!」

 

 ほぅ。カスティグリアに累を及ぼすつもりかね。それはさすがに聞き捨てならない。しかし、シエスタを譲りたくはない。次期当主殿がいるのだからモット卿が抗議するより先に父上に話が行くだろう。その後の展開はさすがにトリスタニアでのカスティグリアがどの程度の位置にいるかわからないので予測が付かない。

 

 首をぐりっと曲げて後ろに立っているクラウスを見上げると少し青い顔をしている。まぁ次期当主というだけで当主ではないからな。彼の一存では決められなくてもしょうがない。

 隣に座っているオスマンを見ると、口を出すか迷っているようだ。眉間に深く皺を寄せ目を瞑り、少しプルプルしているが先ほど戦線離脱を宣言してしまったからな。

 逆隣に立っているシエスタを見ると今にも泣きそうな顔でうつむいている。

 

 ―――さてどうしたものか。

 

 

 

 

 




 ええ、これよりクラウスが覚醒してクラウス無双が始まります(ぇ

書いてたら二万字越えた! びっくりしてついぶった切った!
この回の前半部分でもっと稼げれば良かったんですけどね。

 モット伯は原作には登場しておりませんがアニメ版で登場しているようです。記憶では別に悪人というわけでもなく比較的温厚な人だった気がします。どうしよう;; 

 遥か昔に見たアニメで出てきたカナー? 程度で一応wikiで確認し、ググってモット伯の画像探した程度です(爆

 今回はぶった切ったので次回早めに上げようかと思っていたりいなかったり!
 一応すでに9割がた出来てますがオチがどこかへ逃亡しております。少々指名手配しておりますので捕獲をお待ちください。

次回おたのしみにー!



 あ、そういえば活動報告の「活動報告に関して」でちょっとネタバレしました。ネタバレ気にならない方はそちらの方もちょっとご意見いただけたらなと(チラッチラッ


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23 交渉というもの 後編

 お待たせしました? なんかノリノリで書いてたら長くなっちゃった(テヘペロ
それではどうぞー!


 少し考えをまとめよう。王宮の勅使であるモット伯が学院へ何かの用事で訪問した際、シエスタに出会ったのだろう。彼はいたくお気に召したようで、王宮の勅使という権限を使いカスティグリアを脅してまでシエスタ獲得に乗り出した。

 

 学院長室で彼女の入れた紅茶が出された形跡は見られない。となると、夜のお世話込みの雑用係として雇いたいのだろうか。もし彼が女好きでその方面でシエスタを欲しているのであれば少々もつれるかもしれない。

 

 しかし、カスティグリアを巻き込むというのであればこちらも覚悟を決める必要があるようだ。ふむ。また彼女を泣かせることになりそうだが、まぁ今回もお見逃し願うとして、

 ―――さて、往こうか。

 

 「シエスタ、俺は今まで貴族の誓いを破った事はないが初めて破る事を決めた。クロア・ド・カスティグリアは“君に手を出さず、誰にも手を出させない”という誓いを只今を持って破棄することを宣言する。君に立てたこの誓いを貴族であるこの俺が守り続けられなかったことは本当にすまないと思っている。」

 

 と言いつつ持ってきた羊皮紙をパラパラめくる。横ではシエスタが涙声で「いえ、ご迷惑をおかけしました」と言った。

 

 「ふむ。まぁ今回のことは大目に見ようではないか。カスティグリア卿のご子息もトリステイン貴族のあり方というものがわかっているようで関心したぞ。」

 

 羊皮紙の目的の紙を探しているので表情はわからないがモット卿は嬉しそうだ。しかも、何か知らないが大目に見てもらえる上に関心されたようだ。あまり嬉しくないがね……。

 

 目的のページに書かれている文章やサインを確認したあと、そこのページを開いたままシエスタに関する書類の束を後ろにいるクラウスを見ることなく渡す。

 

 「シエスタ」と、言いながら背もたれとシエスタの腕に捕まり、立ち上がるとシエスタが涙を流しながらこちらを見た。いやはや泣かせてしまって本当にすまない。

 そして彼女の肩に手を乗せ、彼女の頬に触る。涙に濡れた柔らかい感触が手に伝わり、少しドキドキしてきた。

 

 「本当にすまないね。シエスタ、大好きだよ。」

 

 シエスタは俺の目を見つめながら今にも泣き叫びそうなのを我慢しつつ涙を流している。頬に添えている手に彼女の手が添えられた。

 

 ―――そして片手で彼女の顔を少し引き寄せ目を瞑り、彼女の唇に自分の唇を重ねた。

 

 クラッとしたができるだけ彼女の柔らかい唇と頬の感触を意識しないように目をギュッと瞑って耐える。そして3秒ほどキスをして唇を離し、シエスタの顔を見ないよう顔を逸らしてからそっと少し目を開け、先ほどまで座っていたソファに崩れ落ちるように座った。

 

 「じ、次期当主、クラウスよ。成立したかね?」

 

 ぜぇぜぇという荒い呼吸をしつつモット伯の目を見ながら後ろに立っているはずのクラウスに声をかける。モット伯は何が起こったのかわからないような驚愕の表情を浮かべシエスタを見ているようだ。

 

 「に、兄さん!? えー、あー、なるほど、これか。んんっ。カスティグリア家次期当主クラウス・ド・カスティグリアは契約が成立したことによりタルブ村のシエスタがクロア・ド・カスティグリアの介助要員兼側室候補に任命されたことをここに宣言する。

 シエスタ、こんな状況ですまないね。君の身分は一応今のところ平民のままだが、これからはタルブ村のシエスタではなく、カスティグリアのシエスタになることが本日付け(・・・・)で決まった。まぁまだ候補だけどね。」

 

 クラウスの驚愕のあと真面目な貴族の仮面を被ったクラウスの宣言が部屋に響いた。途中から脱力したような感じになり最後の言葉はボソッと言っただけだったが……。

 シエスタは色々とショックな事が立て続けに起こり混乱したのだろう。「え? え?」という戸惑ったシエスタの声が聞こえるが今確認するのは大変危険だ。交渉中だからして、今倒れてクラウスに預けるわけには行くまいて。

 

 「モット伯。いやはやお知らせするのが遅れて真に申し訳ない。実は本日付けですでにシエスタは俺の側室候補になっていた(・・・・・)のだよ。まだ俺は婚約者がいる身で正式に結婚していないから候補止まりなのだがね? まさか王宮からの勅使殿が俺の側室候補を横取りなどすまいね? むしろそのような話をこちらの耳に入れただけでもカスティグリアを侮辱していると取られてもいたしかたあるまいよ?」

 

 曖昧な権力をくだらないことに使い、カスティグリアを脅し、俺に誓いを破らせ、先行きは俺の寿命次第という不安定なシエスタの将来を俺に決断させ、シエスタを泣かせた代償を支払っていただこう。

 

 「き、貴様ら。そ、そのようなことが通るはずなかろう! 馬鹿にしてるのか!? 勅使に対しての無礼だけでは済まんぞ? この事は必ずカスティグリアに―――」

 

 「よろしい。トリステイン王宮勅使殿のご用件はこのクロア・ド・カスティグリアが完全に承った。証人はこの場にいるカスティグリア次期当主のクラウスとトリステイン魔法学院学院長のオールドオスマンでよろしかろう? ではお引取り願おうか。」

 

 完全に激昂したモット伯に対し、そっと杖を抜くことなく握り恫喝する。モット伯は宮廷の勅使なだけあってこちらが恫喝したことで頭が少し回ったのだろう。少し引きつった笑顔でこちらに問いかけた。

 

 「杖を抜く気かね? やはりカスティグリアは田舎で野蛮な者が多いようだ―――。しかし、まぁ、待ちたまえ。参考までにこれからどうするつもりなのか聞いておこうではないか。」

 

 別段答える必要はない。杖は相手が杖をこちらに向けた瞬間にダミーで抜いて相手の杖を吹き飛ばす準備をしているだけだ。だがまぁ、向こうも落としどころを見つけようとほんの少し歩み寄ったようだし、こちらも極わずかだが歩み寄ろう。

 

 「別段答える必要があるとは思えませんが、勅使殿の職分でしょうからな。参考までにお伝えしておきましょう。

 トリステイン王宮の勅使であるジュール・ド・モット伯爵がマザリーニ枢機卿を始め、カスティグリア伯爵や次期カスティグリア伯爵、次期モンモランシ伯爵である婚約者殿とその父上であるモンモランシ伯爵、ついでに両家の伯爵夫人と俺や姉のサインが入った『シエスタを俺の介助要員兼側室候補に認める』という契約済みの書類にケチを付け、その契約済みの書類に関して異存がありカスティグリアに正式に抗議すると宣言されましたからな。

 当然、こちらもトリステイン王宮がどのような権限、意向でこのようなことをこちらに要請したのか理由くらいは直接問い合わせるべきでしょう? マザリーニ枢機卿のサインまで入っているのに王宮の勅使殿が抗議に来たわけですからな。ああ、お気になさらず。王宮には両親がおりますし、風竜を使えば確認までそんなに時間はかかりますまい。クラウス、風竜の準備をしたまえ。時間がかかるようならタバサ嬢に協力を要請することになるかもしれん。」

 

 モット伯は目に見えて焦り始めた。恐らく自分の勅使という身分だけでねじ伏せるつもりだったのだろうが、今やその身分に伴う権力が彼の首を絞め始めている。クラウスはブラフだと気付いているのだろう。「わかったよ、兄さん」と言って持っていた書類を確認しながら丁寧にまとめ、不自然でない程度にゆっくりと部屋の出口へ向った。いや、まぁ実際実行してもあまり問題はないだろう。トリステイン貴族が一人消えるだけだ。

 

 「ま、待ちたまえ! どうやら誤解があったようだ! クラウス殿、まだ問い合わせる必要はない。クロア殿、どうか弁解の機会をいただけないだろうか。」

 

 モット伯の顔色はすでに青くなっており、必死にクラウスを止め、丁寧語が出てきた。どうやらようやく交渉する気になったようだ。

 

 「ふむ。誤解ですか? 確かに誤解でこの時期に内戦が勃発するのはトリステイン王国にとってもよくありませんな。クラウス、すまんね。一度戻ってくれ。」

 

 そう言ってクラウスを呼び戻し、背もたれに寄りかかったあと首を少し傾げて軽く手を振りモット伯に続きを促した。

 

 「まず最初に私は確かに王宮の勅使として学院を訪問したが、この件に関して王宮に関わりがないことを明言しなかった事については申し訳ないと思っている。しかし、勅使として学院を訪問している以上、この件に関しても勅使として対応されるべきであることはご存知のはずだ。」

 

 勅使が安全に職務を遂行できるよう、前世の記憶にかすかにある外交特権のようなものがあるのだろうか。ぶっちゃけハルケギニアの国際法やトリステインの法律はほとんど知らない。恐らく接待国の保護義務や身体の不可侵程度であろう。というか国内法はトリステインの司法権を司る「高等法院」の長である賄賂に弱いリッシュモンがモリモリ法律を書き換えていてもおかしくないのであまりアテにならない。

 

 「ふむ。生憎と法律関連は不勉強でしてな。迎える側の保護義務や勅使殿の身体の不可侵あたりだと想像したのですが、他に権利が認められているのですか?」

 

 「ほぅ。ご想像の通りだ。そして、それらに付随する形で勅使には可能な限り便宜を図ることや、超法規的な行動が許可される。といったものがある。」

 

 恐らく嘘はないだろうが、ニュアンスの違いなどで攻められないのが厳しいかもしれない。チラッと隣に座るオスマンを見るとこちらに気付いたのかわずかにうなずいた。まぁ付随する形でと言ったので先の二件が侵害されそうな時の保障や外交においての治外法権関連だろう。でもまぁ、簡単に戦争や内戦、紛争が頻発する世界だ。情勢や国力次第ではあるのだろうがね。

 

 「それで今回その権利を行使すると? なるほどなるほど。つまり保護義務のある学院長や学院にも迷惑がかかるだろうから見逃せということですかな?」

 

 「うむ。話が早くて助かる。こちらも誤解を生み、そちらを誤解していたことを認め、シエスタ嬢に関しては今後一切関知しない。それで手打ちにしようではないか。」

 

 そうモット伯は笑顔でこちらに提案した。まぁ恐らく平和的に杖をおさめるならこれが一番なのだろうが、それにしては向こうの譲歩が少なすぎる気がする。後ろにいるクラウスを見るとかすかに笑顔を浮かべて少しうなずいた。横のオスマンを見るとホッとしたような顔をしている。今日誕生したばかりの側室候補殿を見ると未だ混乱中のようだが、事態が好転したのがわかったようでこちらを見てニコッと笑った。

 

 くっ、シエスタ……お前もか……。しかし今は交渉中だからして、極力彼女は意識から外そう。

 

 「あはははは! ごふっ、ぜぇぜぇ……、勅使殿、あまり笑わせないでいただきたい。病み上がりの身体に響きますからな。」

 

 シエスタからのダメージのタイミングを何とかずらし、違和感を与えることなく相手を恫喝する。ここからは相手の譲歩というか相手が受け入れられる謝罪や罰則の許容範囲を見極める必要が出てくる。身体を背もたれから起こし、少し前傾になりこの赤い目を見開く。威圧と表情を読むためだったのだが、モット伯の顔がよく視えるようになったようだ。

 

 彼の笑顔の貴族の仮面の下にある、提案を蹴られたことによる驚愕がはっきりと視える。そして視えたことが嬉しくて自然と顔がニヤけるのが止まらない。耐えに耐え、待ちに待った攻撃する機会がようやく回ってきたのだ。もはや抑える必要もなかろうて。

 

 「まだ少々誤解があるようですな、モット伯。なるほど、俺はよく知らないがカスティグリアは成金貴族、田舎貴族、確かにそうかもしれない。そのことに関しては俺も異存は無いがね?

 しかしだね、モット伯。モットは勅使を任されるほどの由緒ある都会貴族なのだろう? こちらが受けた損失に対する賠償くらいなら多少見逃してもいいかもしれないがね? 最低限、正式な謝罪と今後このようなことが起こらないよう、対策を立てるくらいのことはしていただきたい。」

 

 こちらの要求を曖昧に伝え、どこまで出すか考えさせる。モット伯はこちらの挑発と強気な態度をいぶかしみながら裏で一応計算を始めたようだ。こちらとしては書面での正式な謝罪と、本来シエスタが学院や俺の介助で得るはずだった実家への仕送り分の給金と、今後モット家がシエスタの平民の親戚や学院に勤務している平民に手を出さなければ問題ないような気がする。 

 

 「ああ、学院には悪いがね? あなたなら解ると思うが、もはやこれは外交交渉になったようだよ、オールドオスマン。」

 

 オスマンを横目で見ながらそう言うと、「じゃから、穏便にと言ったじゃろぅ」と小声で言ってため息を吐いた。「穏便に済むかは相手次第ですね」という意味を込めて少しだけ口を吊り上げる。

 

 「クラウス、お前の権限で宣戦布告と同時に風竜隊や火竜隊は出せるな? 

 ―――さぁモット伯。相手が落ちた学院の門弟風情で悪いが勅使の本領を存分に発揮する機会が来たようだ。王宮勅使殿のお手並みを拝見させていただこうか。

 ああ、モット伯、一応忠告しておくがね。モット領がどこにどの程度存在するのかは知らんが、もの別れに終わったら全てが灰になることを覚悟したまえよ? まぁその程度の覚悟は最初からお持ちだろうが、俺も覚悟は出来ている。そう、おっしゃる通り、カスティグリアには野蛮な者が多いようですからな。」

 

 後ろを向いてクラウスに確認すると、わずかにうなずいた。い、いや聞いたの俺だけど出せるんだ!? ブラフですかね? マジでクラウスそんな権限持ってるの? い、いや、交渉に合わせてくれているだけだろう。きっとそうに違いない。覚えていたらあとで聞いてみよう。

 

 そして再びモット伯に向き合うと、何やら色々と彼の中で符号が一致したのか、目に見えて怯えだした。風石を担保に金融業でもやっていると思ったのかね? トリスタニアにいる人間のカスティグリアの認識はそのようなものだったのかね? あまりに自分を基準に考えすぎではないかね?

 

 実際モットと内戦になっても一週間もかからないだろう。しかも艦隊や竜部隊の実弾訓練にしかなるまいて。恐らく現在カスティグリアやモンモランシの竜関連の部隊を指導しているのは、出るかもわからない風石が産出されるまで地中奥深くに無誘導爆弾で精密爆撃し続けた経歴を併せ持ち、トリステインの空なら敵がいないと公言してしまうようなアグレッサー部隊だ。

 

 そんな部隊が育てた竜部隊を連れた艦隊が到達したらモット伯の屋敷など3分も経たずに更地になるだろし、小さい領地なら丸ごと更地になってもおかしくない。まぁ敷地の規模にも寄るが、あのフーケのゴーレムを消滅させたくらいだ。屋敷くらいなら俺でも一人で時間を掛ければ出来そうではある。まぁ風竜隊がいないとだどり着けんがな。

 

 「ク、クラウス殿? まさか本気ではなかろう? トリステイン王国の貴族同士で内戦など……。」

 

 モット伯が少し腰を浮かし、クラウスに訴えかける。

 

 「いえ、モット伯。残念ながら本気です。私は基本的に兄の味方ですからね。しかも今回の件は兄が覚悟を決めたのであればモンモランシはともかくカスティグリアとしては追従するつもりです。

 今回のトリステイン王国内での内戦に関してはご安心ください。恐らく一日でモット領は全て更地になりますし、カスティグリアの部隊にはよい実戦訓練になるでしょう。モット領はあまり人間がいない割りに立派なお屋敷があるとお聞きした事がございます。よい訓練場になりそうですね。

 ああ、そうでした。その際の戦費などはモットは当然のことトリスタニアにも請求いたしませんので国力を激しく落とすこともないでしょう。」

 

 おっと、まさかのクラウス君からの援護射撃が入った。もしかしてカスティグリアが好戦的なのは父上もクラウスも遺伝なのだろうか。そして、俺にも遺伝しているのだろうか。いや、俺はできるだけ話し合いで終わらせようとしているはずなのだが……。

 

 しかし、一週間だと思っていたら一日で終わるのか。「一日内戦」とか後日言われるのだろうか。「一日艦長」みたいな響きだな。

 はっ! もしかしてこの内戦でちょっと艦隊にお邪魔して安全そうな旗艦に乗り込めば軍役ポイント付くんじゃね? 一日くらいなら従軍できるんじゃね? 完全に諦めていたシュヴァリエ資格が貰えちゃったりするんですかね? 夢が広がりんぐですね。

 

 俺もちょっとやる気出てきましたな。もしかしたら軍役ポイントをたった一日で稼げるチャンスですからな。ふむ。せっかくだからちょっと聞いてみよう。

 

 「そういえばクラウス。確かシュヴァリエ授与資格の条件に軍役に就くというものが追加されたと小耳に挟んだのだがね? 今回の内戦で俺もフネに乗せてもらえればこの『軍役に就く』というものは達成されるのかね? 一日で終わるのであればぜひとも実績を積んでおきたいのだがね? いやむしろそれならモンモランシーやシエスタ、ルーシア姉さんも連れて行くかね?」

 

 後ろにいるクラウスに振り向いて尋ねると、「ああ、なるほど」といった顔をした。

 

 「そうだね、兄さんは身体が弱いからね。内戦とはいえ軍事行動での戦闘行為だから実績になるんじゃないかな? その辺りはマザリーニ枢機卿に聞いてみようか。確かに僕もそれなら今後無理やり徴兵されて前線に出る必要も長期間戦場に拘束されることも無くて済みそうだね? それにシエスタ嬢のような女性でも軍役に就いた実績がもらえるとしたら戦費を出してもお釣りが来るかな?」

 

 クラウスがとてもいい笑顔で賛成してくれた。そして再びモット伯の方に視線を戻すと、何か俺とクラウスとオスマンを驚愕した顔で順番にキョロキョロ見ていた。ふむ。よく考えたらいい手かもしれない。さっさとこの話も終わるしシエスタの紅茶にありつける。ついでに後日軍役に就いたことがあるという実績がたった一日で付いてくる。

 

 「では開戦を「ま、待ってくれたまえ! カスティグリア殿! そちらの言う通り私はまだ誤解していたようだ。正式な謝罪もするし賠償金も出来る限り払わせていただく。今後一切カスティグリアに関わらないと誓おう。どうかそれで手を打っていただきたい!」……。」

 

 「してもいいかね?」とクラウスに聞こうとしたところで、モット伯が割り込んできた。クラウスと「クロア君シュヴァリエ獲得大作戦」について楽しく話していたというのに、モットおじさんに邪魔されてしまったようだ。しかし、せっかくシュヴァリエに推薦していただいている身、ここでさくっと軍役に就いたという実績を一日で取れば不可能に思えたシュヴァリエにも手が届く。

 

 いや、ぶっちゃけ名誉職みたいな物だし、お金を貰っても使う機会は来ないと思うが……。

 はっ!? そういえば以前モンモランシーとのトリスタニアデートをお金の問題で諦めたような……。

 

 内戦して貰っておくべきか? いやいや、せっかく折れてくれたんだ。現実的な話に戻ろう。

 

 「ふむ。そういえばそんな話でしたな。つい、将来いただけそうな資格で話が盛り上がってしまいました。なにぶん俺は病弱でして、シュヴァリエに推薦していただく機会があっても軍役に就く事はできないと諦めていたものでしてな。いやはや申し訳ない。では少々クラウスと相談させていただきます。失礼。」

 

 そう言って、ちょっと後ろを向いてクラウスに少し声を抑えて相談する。ぶっちゃけ適正な賠償額が全く解らない。そしてその賠償金の行方も今のところ不透明だ。次期当主殿と考えをすり合わせる必要があるだろう。まぁ賠償理由や金額を聞かれてもそれほど問題ないだろうから別室に移動するまでのことはしなくてもいいだろう。

 

 「クラウス、個人的に賠償金はこれからシエスタが稼ぎ、ご実家へ仕送りしていたであろう額を請求するつもりだったのだがね。どうやら怖がらせすぎてしまったようだ。あまり取りすぎても今後に差し支えるだろう。確かシュヴァリエの年金が500エキューあたりで四人家族の平民が余裕を持って暮らせる額だと耳に挟んだことがある気がする。これに対して20年分くらいでいいのかね? そこまで俺が生きられるとは思えんのでさすがに取りすぎだろうか。」

 

 そうなると、一万エキューほどになる。キュルケさんが買い叩いたシュペー卿の剣が五本分。デルフリンガーだと百本分。確かキュルケさんの剣一本で庭付きの立派な家が買えるとかそんな話もあった気がしなくも無い。やはり取りすぎではなかろうか。

 

 となると4年分くらいで二千エキューくらいか? 最初は吹っかけた方がいいというのがこのハルケギニアの常識みたいなことを聞いたことがあったような気がする。二千エキューを吹っかけて千エキューで収める感じだろうか。

 

 「ふむ。兄さんは本当に優しくて慎ましいのだね。恐らく今の状態なら十万エキューくらいまでなら向こうも安心して気持ちよく払うと思うんだけど、今回の被害者は今のところ兄さんとシエスタ嬢だけとも言えるからね。こちらとしてはシエスタ嬢関連の話が進んで逆にありがたいくらいだからそれでも構わないよ?

 ああ、彼女のご実家に送る支度金にしてもいいかもしれないね。それだと平民を迎える一時金としては破格の千エキューほどを考えていたのだけど、兄さんの言うとおり一万エキューほど送ってみようか? ちょっと反応が面白そうだものね?

 あと五千エキューほどいただいて、兄さんとシエスタ嬢のお小遣いにするといいんじゃないかな?」

 

 と、最後はにこやかに笑いながら提示してくれた。十万までいけるとかモット伯どんだけ金持ちなのかね!? 正直都会貴族舐めていたよ!? 一万でも取りすぎだと思っていたよ!? 正直千エキューくらいかなー? とか思っていたよ!? そ、相談してよかった。

 

 「あと彼は今後一切カスティグリアに関わらないと言っていたが少々言いすぎではないだろうか。同じトリステイン王国に所属する貴族同士で係わり合いがないというのは後々問題になるかもしれん。学院で働いている平民の女性を雇うための条項を厳しくしたり、今後シエスタのご家族に手を出さないという念書がいただければ良いと思っていたのだが、どうだろうか。」

 

 「ふむ。確かにそうかもしれないね。その方針で提案してみていいと思うよ。でも兄さん、軍役に就いたことがあるという実績はいいの? この前の件でシュヴァリエの推薦を貰ったってモンモランシー嬢から聞いたんだけど。」

 

 ふむ、シュヴァリエか。俺はモンモランシーに人生を捧げ、カスティグリアに生かされているようなものだし、ぶっちゃけ俺自身お金を使ったことも見たこともない。モンモランシーとのデート費用くらいしか今のところ必要性がない。年金を貰っても俺にかかる費用をカスティグリアにそっくり補填するかモンモランシーやシエスタに贈り物をするだけになりそうだ。

 

 しかし、よく考えると今後シュヴァリエである事を笠に着て威張り散らす平民が出てこないとも限らない。ぶっちゃけシュヴァリエ単体だと男爵未満なので原作のカトレア嬢のように、所持しているようならカスティグリアの一地方の領主という肩書きをつけてもらって男爵あたりにしてもらってもいいのだが、それはそれでめんどくさい。

 

 俺はカスティグリア伯爵の長男だが、カスティグリアに関する全ての相続権は放棄しており、将来的にカスティグリア姓を捨てるということが決まっている。ぶっちゃけ最初はクラウスに養ってもらう気満々だったからな。

 

 婚約のことがなければ伯爵家四男であるギーシュ未満の地位になっていた。しかし、モンモランシーが次期モンモランシ伯爵に内定しており、その婚約者というのが今の俺の地位だ。今後はモンモランシ伯爵夫人のような立場になる。いや、男だが!

 

 しかし、クラウスやモンモランシーですら、すでに書面で「次期当主である」という宣言があっても今現在は法規的にはまだ貴族になっていないような気がしなくも無い。そこに最下層のシュヴァリエのみとは言え、貴族の権利をほんのり持っているものが来ると、たとえ平民でも強気に出てくる可能性がある。

 

 だがまぁ、将来性を考えるとシュヴァリエは必要ない気がする。ちょっとマントに装飾が増えるとか、モンモランシーが病弱な俺を迎える口実に追加されれば良いかな? といった程度のものだ。

 

 つまり、「無くても困らないし、くれるなら少し便利」くらいのものかもしれない。

 

 「ふむ。シュヴァリエか。貰ったとしても年金はそっくり俺の面倒を見てくれているカスティグリアに補填するつもりだったが、確かにマントが変わるのは少々惹かれるものがあるな。

 ただまぁ、せっかく推薦をいただいても無駄になるというのがだね……、その……、俺の身体の弱さがご好意を無駄にしてしまっているようで申し訳ないとは思っている。だが、俺としてはそれほど固執しているものではないよ。」

 

 「なるほど、確かに実績や功績があっても兄さんが貰うには難しいからね。諦めていたものが目の前に転がってきてちょっと欲しくなった程度かな?」

 

 「うむ。まさしくその通りだ」とクラウスに返すと、「じゃあその方針で僕がまとめるよ」とクラウスは笑顔で答えた。まぁぶっちゃけそこまで重要じゃないし、無ければないで特に問題はない。クラウスもシュヴァリエや軍役関連は条件に付けるようなことはしないだろう。いや、完全に別件だしな。これで貰ってもちょっと困るかもしれない。

 

 クラウスは俺とモット伯の間にあるテーブルのお誕生日席の位置に空いてる椅子とオスマンの机にあった何も書かれていない羊皮紙を数枚オスマンに断って持ってきた。

 

 交渉役がクラウスに移ったので少し周りを見つつ交渉内容を見学することにした。ぶっちゃけ相談内容は横に座っているオスマンやシエスタには筒抜けだったので、オスマンには先ほどまであった緊張感はない。むしろオスマンは今後の学院が抱えるであろう平民のメイドに関しての条項も加わることで少しやる気が出たようだ。シエスタは危険な可能性があるので、まだ一応意識外に置いている。

 

 モット伯にも聞こえていたらしく、先ほどのような混乱や焦燥といった彼の感情も窺えない。最初の頃の傲慢な態度やこちらを侮っている感じも見受けられないので両者とも納得できる和解が成立するかもしれない。

 

 「ではここからの交渉は兄の相談もありまして、モット卿には失礼かもしれませんが私が引き継がせていただきます。」

 

 クラウスが引き継ぎの宣言をするとモット伯も「ああ、構わないとも」と笑顔で応じた。

 

 横で見ていると、和やかにモリモリ決まっていった。基本的にモット伯の立場を気遣って重要な点以外はこちらが歩み寄るスタンスらしい。モット伯もクラウスが丁寧に対応しているので勅使らしい余裕を持っておおらかに対応し始めた。

 

 書面での謝罪は後々モット伯の汚点になる可能性があるため口頭のみで、すでに話し合いの途中頂いた形にするらしい。

 そして、シエスタやシエスタの親族の平民には今後手を出さないという念書を書いてもらった。これに関しては、シエスタが俺の側室候補なので特に汚点にはならないし、大っぴらに出すものでもないのでモット伯がこの件に触れない限り秘匿されることとなった。

 

 謝罪を残さないため、賠償金ではなく見舞金という名義になった。一万五千エキューが王宮にいる両親に小切手のようなもので支払われるらしい。両親への説明と報告はクラウスがやってくれるそうだ。そのうち一万エキューは予定通りシエスタの支度金になるそうだ。五千エキューに関してはカスティグリアで預かり、必要になったらそのたびにくれるらしい。エキュー金貨がどんな物か知らないが金貨一万五千枚とか重そうですな。馬車や風竜が必要になりそうですな。

 

 学院の平民に関してはオスマンが話し合いに参加し、メイドや雑用関連も含め、“学院にいる平民”を引き抜く際の手続きが追加され、雇う側の身分が高くても学院長や本人の意思が優先されることになった。これはモット伯だけでなく、貴族が学院に関わる際の規定になるので、トリステイン王宮からの勅使として学院の立場の低さに憂慮し温情を持って規定を認めるという形になった。

 

 モット伯の名誉を極力傷つけず、多分モット伯にとっては小額の見舞金しか動かない上に、「モット家とカスティグリア家に本日学院にて謝罪や賠償を含め両家が不和になるような問題はなかった」という内容の証人のサインも含めた正式な書類を双方が持つことで、そのまま穏やかに和解が成立した。

 

 オスマンも肩の力が抜けたようで背もたれに寄りかかり、モット伯も大きな問題にならずに済んだ上、勅使としての能力をクラウスに上手く自然に持ち上げられ、威厳を保てたようで大変満足しているようだ。

 

 しかし、和解が成立し場の空気が緩んだところを見計らって、唐突にリラックスした笑顔を浮かべたクラウスがフーケの話を始めた。

 

 「時にモット卿。『土くれ』のフーケの件はご存知でしょうか。先日『土くれ』がこの学院で事を起こしたところ他の学生の協力もあり、兄クロアがかのメイジが操る身の丈30メイルほどのゴーレムをたった一つの魔法を一回行使しただけで土くれではなく塵に返し、かのメイジにも瀕死の重傷を負わせたのですが、その事はご存知でいらっしゃいますか?」

 

 クラウスの話は大体本当のことなのだが、そう聞くと俺もちょっと信じられん。まぁモンモランシーがいなかったらその場に行けなかったし、彼女のレビテーションが間に合わなければフーケの状態が瀕死ではなく死亡になったかもしれないという違いだけだが……。

 

 モット伯もどのように捕縛したのか初めて聞いて驚いたようで、オスマンに視線で確認を取り、オスマンは深々と何度かうなずいた。

 

 「フーケが捕縛されたことは存じていたが、そのような背景があったのは恥ずかしながら初めて知った。クロア殿は大変魔法の才能がおありのようだ。」

 

 と、褒められた。ちょっと嬉しい。いや、うん、アレ!? 手柄放棄したはずなのだがね!? クラウスは何を言い始めたのかね!? 

 ちょっと抗議の視線をクラウスに向けたのだが流されてしまった。

 

 「兄はこのように慎ましい人柄ですので、その場にいた学生に手柄を全て譲ったそうです。恐らくそのことを無下にしないよう、モット卿を始め王宮に詳しく報告されなかったのでしょう。

 しかし、オールドオスマンの計らいにより、その場にいた学生全て、つまり兄にもシュヴァリエの推薦をいただいたのですが、兄は史上稀に見るほどの病弱でして伏せていることの方が多いのです。そのため兄はシュヴァリエの『軍役に就く』という新たな条件を達成することが出来ないと諦めていたのです。」

 

 クラウスが演技交じりで悲しそうに、それはもう雨の日に捨てられ衰弱した憐れな子犬の事を語るようにモット伯に訴えかけた。

 そのように言われるとちょっと恥ずかしいのだがね? クラウス、もうこの際シュヴァリエはどうでもいいから止めにしないかね? ほら、モットおじさんも俺の事を憐れんで見始めたよ!?

 

 「おお、何ということだ……。まさかそのような背景があったとは……。このモット、シュヴァリエの規定改変の不備に遺憾の念を覚えざるを得ない。

 病弱が原因で軍役に就きたくとも就くことができない貴族の若者が、命を賭してトリステイン貴族の名誉を守り切り、そのように慎ましやかに自分の手柄を誇るでもなくにその場にいた同じ生徒の未来を想い譲ってしまうとは! これほどの事を成し遂げたというのに、生まれながらの病気がちな身体が原因で正当な勲章を得る事ができないとは! なんという、これはなんという規定改変の不備であろうか! このモット、強く感銘を受けましたぞ!」

 

 クラウスの悲哀劇場につられたかのようにモット伯もどこかの勇敢な病弱の貴族の若者の悲哀を訴えるような感じの演目が始まってしまった。いや、別に軍役に就きたいわけではないし、全然命賭してないし、手柄はサイトに上げなきゃいけなかったし、ぶっちゃけその後紅茶を楽しんでたわけなので、誤解は訂正せねばなるまいて。

 

 名俳優モット伯爵に「あの……」と訂正を入れようとしたら何事もないかのように流され、彼は身体の向きを変えクラウスに正対した。彼には俺の声が届かず、視界にも入っていないようだ。クラウスもモット伯爵に正対しており、断固としてこちらを見ないようにしている。「クラウス?」と尋ねてみても反応すらしない。

 

 「クラウス殿。先ほども話したが王宮の勅使には『超法規的な行動が許可される』というものがある。このような時にこそ使うべき権限であろうと私は思うのだよ!

 王宮の勅使として、その訴えを厳粛に受けとめさせていただこうではないか。不肖このジュール・ド・モットが王宮に確かに伝え、彼のシュヴァリエ受勲の妨げになる規定条項の特別解除、および実力、実績共に十分であるという証言をさせていただく。その際、少々事の次第を最低限話す必要はあるだろう。その点だけご了承いただきたい。」

 

 王宮勅使役のモット伯爵がキリッとした顔で超法規的に俺にシュヴァリエを受勲させると言い出した。おい、さっき超法規的に罠を踏んだばかりではなかったかね? そういうのは緊急事態に使うべきだと思うのだよ。

 

 「おお、モット卿! このクラウス恥ずかしながらモット卿のことをまだ少々誤解していたようです。小さな誤解から不幸な行き違いがあったばかりだというのに、なんと寛容な!

 私は今モット卿のトリステイン貴族に対する深い慈愛とトリステイン王国に対する深い愛情に心打たれております。今後トリステインが不幸を生まぬよう、そのように厳粛に受け止めていただけるとは何と懐の深い! そのような並び立つものが無いほどの大器ですら愛情が溢れるようなモット卿だからこそ王宮の勅使に選ばれたのでしょうな。

 モット卿さえよろしければ今後も兄クロア共々、カスティグリアと懇意にしていただければ大変光栄です。」

 

 え? うん。愛が溢れすぎて平民の若いメイドを狩ってたらしいですからな。間違えではないのかもしれない。しかしクラウスよ、少々大げさではなかろうか。名優クラウスも完全に悲哀劇場に入り込んでいるようだ。そして、この“悲哀を訴える若者とおおらかに受け止めその若者を救うべく立ち上がるダンディな伯爵”の劇はいつ終わるのだろうか。

 

 オスマンを見るとなぜか目を瞑ってウンウンと深くうなずいている。付いていけてないのは俺だけなのだろうか。危険だがシエスタをチラッと見ると、少し頬を染めキラキラとした目で胸の前で手を組んで感激しながら二人の劇を見ている。

 

 おや? 大好物でしたか。母上と話が合いそうですね。憧れのような表情がとても魅力的でいつまでも見ていたいところだが目が合うと危険なのですぐに戻し、モットクラウス劇場の演劇に戻る。

 

 「うむ。うむ。クラウス殿。この愛の勅使、ジュール・ド・モットに任せたまえ。私としても小さな行き違いがあったばかりだが互いに深く分かり合えたと感じている。是非とも気高きカスティグリアと懇意にしたいと思っていたところだ。今後ともよろしく頼むぞ。若き次代の当主よ! 共にトリステインを支えようではないか!」

 

 「モット卿からそのようにおっしゃっていただけるとは恐悦至極にございます。モット卿がいらっしゃればトリステインも怖いものなしでしょうとも! このクラウス、トリステインを守るため、モット卿と共に微力を尽くすことを誓いましょう!」

 

 お、おおう? なんか同盟みたいな感じになりましたか? 誓っちゃっていいんですかね? ああ、守るためならいいのか? 貴族流の「善処します」みたいな言い回しですかね? 

  

 二人とも今回の演劇に満足したのか、笑顔でウンウンうなずきあっている。そして、交渉が終わったようだ。いや、何がどうなったのか曖昧すぎてよくわからなかったのだが、クラウスとしては問題ない範囲なのだろう。王宮の勅使とつながりができたとかそんな感じだろうか。

 

 モット伯は急ぎ王宮に戻ってこの件に取り掛かるとかで王宮へ向った。

 

 とりあえず用件が全て終わったので俺たちも部屋に戻ることになった。クラウスにレビテーションを掛けてもらい、二人に引かれて塔を下り、部屋に戻ったところで体力が尽きた。塔の往復はレビテーションがあってもやはり俺には厳しいものだったらしい。とりあえずお部屋に帰れたので遠足は安全に終わったと言っていいだろう。

 

 ぜぇぜぇ言いながらマントを外し、ベッドに潜り込むと、あっさりと意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 




参考や設定補足:金持ち貴族の総資産は二千万エキューらしいです。そして決闘における男爵の身代金が千エキュー↑ となると戦時捕虜での上級貴族の身代金は十倍くらいですかね? ついでに領地からの収入が小さい領地でも年間一万エキューとか普通にあるらしい。
 そこから考えてモット伯の総資産(建物、本、使用人、家具など含む)は上限二千万エキューでそれに近い額、年収一万エキュー以上、十数万エキューくらいまでならセーフかな? 通貨レートは不明ですが、単純に1エキュー1万円くらいだとするとマジぱねぇっすね! 
 シエスタの給金や仕送り額はわからないのですが、年に500エキューでもかなりあげすぎだと思います。ええ、クロア君ですから大目にですね。


前話から書いてる途中で思いついたネタ。本編とは当然関係ありません。

オスマン クロア恐ろしい子! クラウスはもっと恐ろしい子! カスティグリアこわっ!
クラウス またか……。実は兄さんも好戦的? あ、もしもしアグレッサーの隊長さんですか?
シエスタ あ、ありのまま今起こったことを話すわ。捨てられたと思ったら側室に内定していた
モット  馬鹿にしたらいつの間にか死の淵に立ってた。マジ死ぬかと思った
モンモン ようやく最後の案件が片付いたみたいね
ルーシア え? 自力でキスできたの!?

カスティグリア ふむ。次はモットか。小さすぎてよくわからない
モンモランシ  何かカスティグリアからの派遣部隊が活気付いてる気がする
マザリーニ   ゲルマニアに行っていたら内戦の危機だった。宰相代理つらいわー

新型テスト部隊 噂ではテスト用の屋敷と人を模したマジックアイテムが用意されたらしい
アグレッサー  空戦の予定は無し……だと……!? 活躍するチャンスこねぇ!?
火竜隊     まさかの実戦訓練一番乗りだぜ! ひゃっはー! 汚物は消毒だー!

ええ、後書きが長すぎましたね。すいません。次回はどんな内容にするかも考えていないので間が空くと思います。しばしお待ちを><;

次回おたのしみにー!



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24 交渉というもの モット編

今回の長さは通常の2倍以上!(当社比)
ちょっと長いかもしれませんが分割したくなかったのでご了承ください。
それではどうぞー!


 私の名前はジュール・ド・モット。トリステイン王宮に勤め、王宮の勅使の役についている。先の王がお隠れになる前はアルビオンに勅使として赴いたものだが、今や交渉の余地が全く存在しない学院やトリステイン国内の領地に篭る貴族へのメッセンジャーくらいの仕事しか回ってこない。

 

 今思えばアルビオンの内戦が始まった頃から私の運も降下し始めたのであろう。いつどのような場所へ勅使として赴くことになってもいいよう、トリステイン国内と外国の情勢は独自に調べることもしているのだが、今のトリステインは他国に赴いて交渉が出来るほど安定しているとは言い難い。恐らく今他国に赴く理由があるとすればトリステインを守るため、同盟先を探すか、保護してもらえるよう交渉するくらいであろう。

 

 宰相の代理を行っているマザリーニは確かに有能だが、王宮内ですら纏められているとは言い難い。本来は枢機卿なのだ、早急に宰相を置くよう進言したこともあるのだが、マリアンヌ様は王位に就く事を頑なに拒んでおり、ヴァリエール公も王位が空席なのであれば勝手に宰相職に就くわけにはいかないと屁理屈をこねたそうだ。

 

 先の王がご存命の頃はマザリーニも今ほど白髪も皺も目立たず、見た目も歳相応で身体も健康そのものだったが、今や鳥の骨と揶揄されるほど憔悴している。現在王宮の中は彼を退任に追い込むため計略を張り巡らせたり、高等法院のリッシュモン殿に賄賂を贈り、財を増やすことに躍起になっているものばかりだ。

 

 しかし、数年前から少々事情が変わり始めた。今までアルビオンからの輸入に頼っていた風石がトリステイン国内から産出されたという報が王宮に届いたのだ。産出されたのはトリステイン国内でも辺境、むしろ誰も見向きもしなかったカスティグリア領だという。カスティグリア領の領主であるカスティグリア伯爵とそのご夫人は王宮に勤めており、伯爵は確か財務卿の下で税の管理、ご夫人は王宮の医療部門にいたはずだ。

 

 カスティグリアに突如沸いた甘い汁を吸おうと王宮の貴族たちは我先にと群がったが元々カスティグリア伯爵は財務部で税の管理を厳正に行っており、むしろ賄賂や財を増やすことのみに躍起になっているような貴族とは対立する立場にあった。脅しも効かず、近寄ることもできなかった貴族達は「田舎者」「成り上がり」「成金貴族」「守銭奴」などと揶揄するようになり、それが王宮でのカスティグリアの認識となった。

 

 王宮勅使として代々仕えているモット家としてはそのような破廉恥な行為を行うには抵抗があるし、モット家の所領は小さいがかつてのカスティグリアの数倍以上の税収がある。領地も安定しており、管理する者もおり、特に領地に手間を掛ける必要もない。何もせずとも趣味である希少本の収集や若い平民の女を何人雇っても使い切れないほどだ。

 

 そして、カスティグリア伯爵とその夫人は王宮に勤めているが、そもそもなぜ王宮に勤めているのかという問にはいくつか曖昧な答えが勅使や外交を行う貴族達の間にはあった。

 

 まず、カスティグリア領だが、かの領地はその広大な版図に比べ税収がかなり少ない。管理に手間が恐ろしくかかる割りにあまりおいしくない領地であった。直轄領になるほどの旨味のある領地であればたった30アルバン(10キロ四方)ほどの領地でさえ一万エキュー以上の税収を期待できるのだが、カスティグリアにそのような土地はなく、気候からか、土地柄か、農作物もあまり育たず、漁業権では隣接するゲルマニアといざこざが絶えなかった。

 

 またカスティグリア領はダングルテールいう厄介な土地も抱えている。独立の気風が強く、何度か王宮から勅使が行ったが迎合する意思はなく、かと言って王軍や領主軍を出すほど産業や税収が期待できるということもない。

 

 カスティグリアは共存を訴え様々な援助をしたようだが、王宮にとってはまさしく疫病で滅びるまで厄介の種ではあった。しかし、共存を訴えた結果、かの地ではロマリアが異端審問に訪れてもおかしくないような新教徒や異教徒を密かに公言するような輩がわんさかいる。

 

 そう、まず答えの一つにカスティグリアは新教徒や異教徒を守るため、王宮の動向をいち早く察知できるよう、当主と夫人が王宮に勤めているのではないか。というものがある。その答えはまさに憶測で信憑性はあるが糾弾できるものではない。しかし、敬虔なブリミル教徒は彼らに近づかない。

 

 そして、カスティグリア伯爵には三人の子がいる。男児二人、女児一人だったはずだ。その長男殿は生まれつき身体が弱く、何度も死の境を彷徨い、王宮から伯爵と伯爵夫人が急遽カスティグリアに戻ることが多く、彼らの周りでは有名だそうだ。

 

 伯爵夫人は医療部門にいるのだが、彼女が師と仰いでいた水メイジは確か「私に治せない病はない」と公言するほどの腕のいいメイジであったのだが、ヴァリエールの次女を治せなかったことで名声が逆に地に落ちた。しかし、その師をカスティグリアが長男の主治医として雇った。つまり、「腕のいい主治医を探していたのではないか?」といった憶測も流れたのだ。

 

 しかし、一度地に落ちた名声を回復する意思が感じられないほど腐っていた師を拾い上げたとも言われている。噂ではヴァリエールの次女よりもカスティグリアの長男の方が重い病らしく、むしろなぜ生きているのかが不思議なほどだそうだ。もしかしたら彼を治すことで落ちた名声が回復し、ヴァリエールの次女も治せると考えたのだろう。

 

 そして、二人が王宮に勤めている最大の理由として挙げられているのが、「長男の治療費を稼ぐため」というものだ。確かにこれが一番信憑性があるといわれていた。私自身もそう思っていたのだが、風石が出ても彼らは王宮に勤めているため否定された。

 

 そのような背景から、一時カスティグリアの反乱が予期されたこともあった。風石の産出量を報告する義務やそれにより得る利益から王国に税を納めるというものは、元々トリステインでは産出可能だと思われていなかったため、法律に記載されていなかった。そのため風石の産出量はカスティグリアで完全に隠蔽されており、勅使が向ってもその件に関することは全て法律を盾に隠蔽された。

 

 むしろそのような利益はトリステイン王国全体で分け合うべきという議論が盛んに行われ、高等法院のリッシュモンが王宮にいる貴族の意見をまとめ、法定に定めようとしたところでマザリーニから待ったがかかった。

 

 宰相の代理をしているマザリーニの発言力が発揮され、一度カスティグリアとマザリーニが会談することでマザリーニがカスティグリアを説得する機会が与えられた。カスティグリア伯爵と伯爵夫人は王宮に勤めていることもあり、その会談はマザリーニの私室で行われたらしい。同僚が出席したのだが、内容は部外秘とされている。

 

 そして、説得を行ったはずのマザリーニはカスティグリアの意見を支持し、その時からカスティグリアはマザリーニと懇意にするようになった。概ね、カスティグリアがマザリーニに賄賂を贈ったのではないかというのが王宮貴族の意見だが、同席した同僚が魔法を使った審問で否定した。

 

 「法に触れる内容ではないため、理由は極秘とさせていただく」その一言で結局「法には触れないが何かあったのだろう」という憶測を生み出しただけだった。しかも、「カスティグリアに赴く場合は宰相の許可を得る」という規定まで生み出される始末で、完全にカスティグリアは隠蔽された。

 

 そして、カスティグリアから風石が産出されるようになって1~2年ほど経ったころ、病弱で有名なカスティグリアの長男がモンモランシ家の長女と婚約した。モンモランシ家は代々ラグドリアン湖に存在する水の精霊との交渉役とされており、伯爵家としては標準的な領地を持っていたのだが、干拓事業に失敗し属国であるクルデンホルフに多額の借金をしていた。

 

 しかし、モンモランシ家の子は一人だけだった。一人娘で実家は多額の借金を抱えているため、中々婿に入りたがる者はいないだろうというものだったのだが、マザリーニが仲介し、あっさり決まったらしい。次代の子を()せるかという問題が付き纏う相手だが、その辺りの事はカスティグリアとモンモランシは了承しているらしい。

 

 あの誰も寄せ付けることを良しとしないカスティグリアがモンモランシと繋がるとは誰も予想していなかった。なぜモンモランシが近づいたのか、近づけたのか。様々な憶測が飛んだ。本来話を纏めるため仲介を行う貴族は社交的で交友関係の広いものが行うため、憶測を呼ぶ事はまずない。

 

 しかし、カスティグリアが懇意にしているのは恐らくマザリーニくらいなものだったのだろう。マザリーニが仲介し、内容を秘匿したため、正確な事を知っているものは少なく、知っているものもそのことに関しては固く口をつぐんだ。

 カスティグリアからは金を、モンモランシからは娘を、という単純な構図に見えたため、病弱な長男がモンモランシの一人娘を見初めたと誰もが思った。実際私もそう思っている。

 

 ただもう一つ、外交関連の貴族内だけでまことしやかに囁かれている噂が存在する。カスティグリアとモンモランシが軍事同盟を結び、内戦か他国との戦争に備えているというものだ。反乱を疑うような噂なため、信じるものがいたとしてもかなり遠まわしな言い方をする。そのため、外交関連の人間にしかわからず、もし本当であれば疑っただけでその戦争に備えている戦力を向けられるだろう。私は単なる陰謀説としか思っていない。

 

 確かに風石が豊富に産出されるのであれば軍備を整えることも訓練を自由にすることもできるが、本来そのようなことは王軍が行うものだ。普通の貴族であれば風石を担保にした囲い込みや金融業を行い、クルデンホルフのように独立を目指すだろう。つまり、それが出来ない程度の産出量しかないのだろう。もしくは、産出するためのメイジや平民を集めることが出来ないのだろうという意見が大半を占めている。

 

 そしてその産出するための投資を行う代わりに一部の利権をいただこうと貴族達が群がっているわけだ。個人的には利益は国と折半し、トリステインの風石産出地として大々的に活動してもらいたいものだと常々思っている。

 

 そんなカスティグリアを中心とした情勢をなぜ今考えているかというと、目の前に座る学院に勤める平民のメイドが原因だ。

 

 今日もメッセンジャーとして朝早くから学院を訪れて仕事を終え、屋敷に戻る際、学院の敷地内で一人、私の鍛えられた選美眼を惹きつける、かわいらしい若いメイドがいた。

 

 彼女はこの国、いや他国でも珍しいツヤのある黒い髪を肩口で揃え、柔らかそうな肌は大変キメが細かく、水仕事をしているはずなのに手が荒れている様子もなく、目に見える範囲には傷やシミも全くない。身だしなみも平民にしてはかなり整っており、優しい微笑を浮かべながら楽しそうに井戸で洗い物をしていた。

 

 一目で気に入った私は彼女を貴族として彼女を保護し、これ以上傷つかないよう、このような雑用ではなくもっと簡単な仕事を与え、その見返りにその可憐な花を捧げてもらおうと声をかけることにした。学院で働くメイドであれば、貴族が平民に声をかけるという行為は屋敷に迎えるということを意味することくらいはわかっているだろう。

 

 「そこの平民、名前はなんという?」

 

 近づいてそう声をかけると、こちらに気づき、彼女が身に着けているきれいなエプロンドレスではなく、ちゃんとハンカチを出して洗い物で濡れた手を拭き、こちらを向いて慣れたようにきれいなカーテシーをし、

 

 「シエスタと申します。何か御用がおありですか?」

 

 と笑顔で返してきた。どうやらかなり教育を受けているが意味はわかっていなかったらしい。このように貴族に対しての対応を知らない純真無垢で可憐な花は、いつどこぞの貴族の手にかかってもおかしくない。保護せねばなるまいて。

 

 「ふむ。シエスタとやら、君に少々話がある。一緒に学院長室へ来るがよい。」

 

 そう、彼女の肩に手をおき、さっきまでいた学院長室へ向った。彼女に近づいて一緒に歩いて初めてわかったが、彼女からはとても良い洗い立てのシーツのような香りがする。そして、シエスタには予想外のことだったのだろう、時折後ろを振り返りながら、洗っていた洗い物を気にしながらも、貴族に逆らえないという心情がよくわかる。素人にはわからないとてもよい素材だ。

 

 そして、学院長室に戻り、いつも通りシエスタを迎えることを告げると、オスマンは拒否したわけではないが、無理と言った。オスマンは王宮の中も貴族の流儀もよくわかっているため、多少嫌味を言う事はあっても勅使である私に対して拒否することはない。しかし、無理だという。

 

 理由を申すよう告げると、シエスタは学院のメイドだが病弱な生徒を介助するため、その家に貸し出されているらしい。ここで私に渡してしまうとその家からどのような対応をされるかわからないため、どうしてもと言うなら当事者同士で話せと言われた。

 

 当事者が誰か聞いてみると、クロア・ド・カスティグリアという名らしい。そして彼は今伏せっており、昏睡状態に陥ってからすでに三日目だそうだ。しかも、よくあることらしい。授業にもマトモに出れないらしい。何のために学院に在籍しているのかまさしく不明だ。

 

 しかし、その時は、「なんと病弱な……」としか思わなかった。オスマンに何とかするよう申し付けるとカスティグリアの次期当主とされている弟のクラウスという者も学院に在籍しているらしい。そちらでも交渉は可能だろうということなので呼び出させた。

 

 呼び出させたはずなのだが、中々来ない。そう、来ないのである。せめて秘書に紅茶を入れさせるよう言ったのだが、先日解雇になっており、現在秘書を探し始めたところだという。シエスタが申し出たが、その隙にどこかへ行ってしまう可能性も否定できないため、ひたすら三者でソファーに座っている。

 

 せめて雇い主の情報を集めるかと、オスマンに尋ねたところで、ようやくカスティグリアという姓に気付いたということだ。まぁ家格としてはモット家の方が歴史も古く、トリスタニアでの権威も高い。風石が産出すると言ってもカスティグリア伯爵を見ている限り、たいした量ではないだろう。財産もこちらの方が多いと断言できる。

 

 恐らく相手は宮廷貴族が言う通り、風石が単なるエキュー金貨を生み出す石としか思っていない田舎の成金貴族の子弟だ。金が入ったことで強気に出ることはあろうが、所詮田舎貴族の子弟。少々脅せばシエスタを手放すだろう。

 

 しかし、すでに雇い主がおり、専属で介助しているとなるとすでに手が付いていてもおかしくない。シエスタに問いかけると、顔を赤くして恥ずかしそうにうつむいて「いえ、まだです」とだけ答えた。うむ。これはすばらしい。しかし、これほどすばらしい素材に手を付けないとは、私にとってはありがたいことだがなんと愚かなのだろう。いや、ここはカスティグリアの長男殿の愚かさに感謝すべきだな。

 

 

 

 かなり時間が経ったあと、ようやくノックの音と「クラウス・ド・カスティグリアです」という若い男の声が聞こえた。オスマンが許可を出し、入室してきた人物は名乗ったクラウスともう一名いた。

 

 恐らく前にいるのがクラウスだろう。彼は学生にしてはそこそこ背が高いように見える。体も少々細身だがしっかり鍛えられているように見える。色白で手入れの行き届いたストレートの金髪を耳の上あたりで切りそろえており、顔立ちも整っていて女性が放っておかないだろう。彼の青い目は父親にそっくりな誠実そうな面影を持っているが父のように人を拒絶するような雰囲気はなく、むしろ心優しい青年といった雰囲気だ。

 

 もう一人、彼に半身を隠すようにしながら彼にしがみついている人物は最初は女性かと思った。しかし、履いているのはズボン。男性なのだろう。制服ではないようだが、身だしなみが整っているとか、いないとか以前にかなりひどい。マントですら適当に引っ掛けてきたような感じが否めない。むしろそのような服装でこの部屋を訪れるのは勇気を通り越して蛮勇ではないだろうか。

 

 クラウスとは正反対で身長は男性にしてはかなり低く、シエスタより確実に低いだろう。細身を通り越して「鳥の骨」という名をマザリーニと奪い合えるほど細い。よく見ると白髪の混じった癖のある薄い金髪は起きたばかりのようにボサボサで、クラウスよりもかなり長いが手入れをする気が全くないことが窺える。

 肌は白いを通り越して青白く、平民のメイドであるシエスタよりも荒れているように見える。顔は少々女顔だが、整っているのが唯一の救いだろう。健康状態や身だしなみに気をつければ母性本能溢れる女性が放っておかないかもしれない。

 

 しかし、何より特徴的なのはあの赤い目だ。年齢にそぐわない老獪さと狂気の滲んだその赤い目は獲物を探すように細められており、ここにいる生物全てを拒絶するような雰囲気を宿している。そしてそれが全ての人間関係を台無しにしていてもおかしくない。

 夜出会ったら獲物を探す血に飢えた吸血鬼と誤認してもおかしくないだろう。

 

 「クロア様! お体は大丈夫ですか!?」

 

 という声と共にシエスタがその赤目の鳥の骨に駆け寄った。なるほど、彼が病弱な長男のクロアか。確かにそう言われれば一目で病弱とわかる。しがみついているのはもしかして自力で立つことも歩く事も叶わないのだろうか、とも想像できる。伏せていたと聞いているのであの細められた赤い目も体調が悪いのを我慢している可能性も出てきた。実際寝起きなのかもしれない。

 

 そしてシエスタを引き止めているのが私だと気付いたのだろう、シエスタの肩にしがみつきながらこちら側に歩み出て、クロアは彼女を連れて帰ると言い出した。確かにあれなら介助が必要なのだろう。しかし、別に探せばよかろうて。

 

 オスマンが引き止め、先ほどシエスタが座っていた場所にクロアが座り、私とクロアをそれぞれ紹介したあとオスマンが「できるだけ穏便にのぅ?」とつぶやいた。クラウスではなく、クロア本人が交渉に出るとは思わなかったがこちらの方が組し易そうだ。

 

 しかし、確かに穏便に収めないと彼は死んでしまうかもしれない。一度恫喝しただけで心臓を止め、天に召される可能性すら漂わせている。組し易いと思ったが、逆の意味で難しいかもしれん。もし、彼が死んだらカスティグリアや学院から公式に非難され、マザリーニに閑職に追いやられる可能性もある。穏便に済ませよう。

 

 と思ったところで、あっさりとクロアがシエスタの引き抜きを拒否し、彼女に捕まりながら部屋を去ろうとした。これだけ待たせておいて交渉の余地もなく拒絶するとは! なんたる無礼だ!

 

 「待ちたまえ、成金貴族。おっと失礼。カスティグリア殿、何もタダで彼女を差し出せと言っているのではない。だがね、彼女も成き、いやカスティグリアのような田舎貴族より王宮の勅使であるモット家で働く方が良いであろう? 悪い事は言わぬ。手を引きたまえ。」

 

 相手を挑発して引き止め、さらに挑発を混ぜて権力と貴族としての格の違いを教え、恫喝することなくシエスタを引き渡す理由を相手に与え提案をした。これなら病弱で授業に出れず、勉学が疎かで世間を知らなくても理解できるだろう。

 

 しかし、クロアはソファに戻り、意外にもこちらが誰の勅使か訪ねてきた。今回は学院にフーケ捕獲の詳細を尋ねるためとシュヴァリエ推薦条項が以前変更されており、捕獲に参加した生徒のシュヴァリエ受勲は認められないということを知らせに来たため、別段女王陛下やマザリーニの使いで来たわけではない。

 

 まぁ答える必要はないのだが、遠まわしに馬鹿にされたのだろうか。オスマンに苦言を呈すると、目の前でクロアとシエスタがなにやらコソコソと話し、軽いスキンシップを取っているではないか。シエスタの引き抜きの交渉に来ているというのに目の前でそのような事をするとは、やはり馬鹿にしていたのだろう。

 

 怒りを抑えながら、彼に渡す気になったか尋ねると、こちらの話は学院の教育方針の内容だから聞いていなかったとイラついた感じではぐらかされ、さらに会話ができないのかなどと挑発してきた。さらにオスマンに苦言を呈すが、オスマンは我関せずを貫くことにしたようで、当事者同士直接交渉しろと言ってきた。

 

 「交渉するつもりがないのであれば下がらせていただきますが? モット卿。」

 

 と、更にさっさと終わらせろと言わんばかりのイラついた声に、もはや我慢がならなくなった。やはりカスティグリアは成り上がり者たちの集まりのようだ。特にカスティグリアの長男であるクロアは勅使に対する敬意も由緒正しいトリステイン貴族のあり方と言うものを知らぬ、貴族とは名ばかりの野蛮な者だったようだ。

 

 彼の後ろにいる次期当主とされているクラウスは先ほどからあまり表情を出さず、真面目に立っているというのに、この長男はダメだ。口だけはよく回るようだが、病弱というだけではなく、性格もひどい上、短気であり、貴族への対応が致命的にトリステイン貴族として認められない。カスティグリア伯爵は風石に関しては愚かな選択をしたが、次期当主として次男のクラウスを選んだのは正しいと私も賛同できる。

 

 「王宮の勅使である私に向ってなんという侮辱。もはや許せぬ。このことは正式にカスティグリアに抗議させてもらう!」

 

 なに、シエスタを渡してもらい、長男を病死するまでカスティグリアに幽閉させるだけだ。今とあまり変わりあるまい? この恫喝で死ぬことだけが心配だがこれで決まるだろう。

 ようやく己の立場をわきまえたのか、クロアは後ろにいる次期当主の顔色や、隣にいるオスマン、シエスタの顔色を窺い出した。

 

 彼の弟ではあるがカスティグリアの次期当主と明言されているクラウスは顔を青くしているし、オスマンは自分の生徒の愚かな言動にハシバミ草を大量に噛んだような表情をしている。シエスタは少々悲しそうな顔をしているが、恐らく愚かな主人の愚かな行為が自らにも及ぶと思っているのだろう。

 

 彼女のような良い素材を持ち、教育を受けた平民が愚かなカスティグリアの長男の介助というような仕事を引き受けたのはきっと給金がよかっただけに違いない。そして、給金に目にくらんでしまったことを今もまさに悔いているのだろう。ふむ。今宵は彼女の悲しい記憶を塗り替えることが私の責務となるようだな。

 

 ようやく周りが見え、自分の立場がわかったのか、クロアは少し顔をしかめたあと、一度こちらを睨みつけ、彼が手にしていた羊皮紙の束をめくり始め

 

 「シエスタ、俺は今まで貴族の誓いを破った事はないが初めて破る事を決めた。クロア・ド・カスティグリアは“君に手を出さず、誰にも手を出させない”という誓いを只今を持って破棄することを宣言する。君に立てたこの誓いを貴族であるこの俺が守り続けられなかったことは本当にすまないと思っている。」

 

 と言った。本当に手を出していなかったようだ。しかも誰にも手を出させない誓いまでしていたとは! うむ。これだけは確かに評価できるだろう。このモットがいただく事になるが、これまでここまでの素材を守り通したことだけは賞賛してやろう。

 

 彼の隣に立つシエスタは顔を伏せ、前髪で彼女の表情はよくわからないが、涙を床にこぼしながら彼に謝った。きっと口だけの嬉し泣きだろう。きっと愚かな主人から開放され、私に引き取られるのが嬉しいに違いない。

 

 しかし、彼は羊皮紙の束に目を落とし、何かを数枚読んだあと後ろにいるクラウスにそのまま渡した。そして立ち上がり、シエスタに謝罪の言葉を投げかけながら「シエスタ、大好きだよ」と言って彼女にキスをした。

 

 一体何が起こったのか一瞬理解できなかった。た、確かに手を出さないという誓いはたった今破棄されたが、まだ雇用関係は続いている。

 

 だがしかし、引き取り手の私のいる前でキスをするとは!

 なんという、なんという破廉恥な! 

 

 いきなり唇を奪われてしまったシエスタを見ると何が起こったのか理解できず、ショックを受けているようだ。ショックのあまり、涙が止まった上、自分の頬をつねったり叩いたりしており、そっと自分の唇に手を当てて確認までしている。恐らく初めてのキスだったのだろう。なんという悲劇。

 

 シ、シエスタよ。夢ではないのだよ。私も夢であったらどんなに良かった事か……。

 

 「じ、次期当主、クラウスよ。成立したかね?」という今にも死にそうなひどい音が混じった荒い呼吸をしながらクロアがクラウスに何かが成立したかどうか確認した。

 

 ああ、貴様の婦女暴行が今はっきりと勅使である私の目の前で成立したよ。もはや許せん!

 

 しかし、クラウスがこの後、何かを確認し、発した言葉は耳を疑うものであった。

 

 「カスティグリア家次期当主クラウス・ド・カスティグリアは契約が成立したことによりタルブ村のシエスタがクロア・ド・カスティグリアの介助要員兼側室候補に任命されたことをここに宣言する。

 シエスタ、こんな状況ですまないね。君の身分は一応今のところ平民のままだが、これからはタルブ村のシエスタではなく、カスティグリアのシエスタになることが本日付け(・・・・)で決まった。」

 

 シエスタをクロアの側室にすることをクラウスが事務的に宣言し、共に、シエスタの所属が学院のメイドからカスティグリアの領民になった事を告げた。どのような契約が結ばれていたのかは知らないが、当のシエスタも激しく混乱し、「え? え?」とクロアとクラウスをキョロキョロと見比べている。

 

 「モット伯。いやはやお知らせするのが遅れて真に申し訳ない。実は本日付けですでにシエスタは俺の側室候補になっていた(・・・・・)のだよ。まだ俺は婚約者がいる身で正式に結婚していないから候補止まりなのだがね? まさか王宮からの勅使殿が俺の側室候補を横取りなどすまいね? むしろそのような話をこちらの耳に入れただけでもカスティグリアを侮辱していると取られてもいたしかたあるまいよ?」

 

 私も混乱していたのだろう。クロアの発言でようやく正気に戻ったようだ。婦女暴行した上に婚約者がいながら勝手に自分の側室候補に収めてしまうとはなんという野蛮で破廉恥な行いだ!

 

 それを目の前で認めるクラウスもクラウスだ。シエスタが選べない状況でこのような……、しかも本日付けで決まっていただと? たった今目の前で決まったことを決まっていたとは何と面の皮の厚いヤツだ。しかもこちらが侮辱していると恫喝にもならない恫喝をするとは!

 

 「き、貴様ら。そ、そのようなことが通るはずなかろう! 馬鹿にしてるのか!? 勅使に対しての無礼だけでは済まんぞ? この事は必ずカスティグリアに―――」

 

 貴様など幽閉では生ぬるい。トリスタニアの監獄に入る理由は充分だろう。カスティグリア殿には災難だが、もはや許せん。と宣言しようとしたところでクロアにさえぎられた。

 

 「よろしい。トリステイン王宮勅使殿のご用件はこのクロア・ド・カスティグリアが完全に承った。証人はこの場にいるカスティグリア次期当主のクラウスとトリステイン魔法学院学院長のオールドオスマンでよろしかろう? ではお引取り願おうか。」

 

 彼は自分の行ったことを省みず、杖まで抜こうとしている。クラウスを見ると覚悟を決めたようで先ほどまでの青く少々怯えた表情は消えうせ、精悍な表情をしている。

 まさかここまで愚かだとは思っていなかったのだろう、シエスタは先ほどのような動きはないがまた新たに混乱し始めたようだ。

 そして、やはりクラウスは次期当主として教育を受けているのだろう。兄が杖を抜いたら私や役人に代わって彼を殺すかもしれない。彼に兄を殺させるのは忍びない、引き渡しまで少々歩み寄ろう。

 

 「杖を抜く気かね? やはりカスティグリアは田舎で野蛮な者が多いようだ―――。しかし、まぁ、待ちたまえ。参考までにこれからどうするつもりなのか聞いておこうではないか。」

 

 そう尋ねると、クロアはこちらが歩み寄ったのを察したのだろう。淡々と“これから彼が行う予定”を語り始めた。

 

 クラウスのために聞いたものがまさか自分を救うとは思ってもいなかった。まさかここまで強気な理由が“後ろにマザリーニがいる”という理由だとは考えもしなかった。たかがカスティグリアの病弱な長男の後ろに、接点もほとんどないマザリーニがいると誰が考えるだろうか。

 

 先ほどの書類は正式なもので、マザリーニをはじめ、カスティグリア、モンモランシ両家の関係者全てが認めているというものだった。最終的な決定は恐らくあの目の前で行われたキスなのだろう。そのような最終決定方法は聞いたことが無いが、ここまで捻くれた人間ならばやりかねない。

 

 シエスタを見ればようやく混乱から復帰しつつあるようで、頬を赤く染め、目をうっとりと蕩けさせ唇に手をあてている。まさかシエスタも了承済みだったのか!? 今までのシエスタや彼らの反応もよくよく考えればそう取れなくもない。

 

 ―――は、謀られた。これは不味い。王宮貴族の足の引っ張り合いなんぞ目ではないような生き馬の目を抜くような所業だ。

 

 クロアはクラウスに王宮に問い合わせるよう、風竜を使えと指示している。風竜なんぞ使われたら今日中に知れ渡ってしまうだろう。馬ならばまだ途中で追いつける。しかし、風竜はダメだ! 学院でどのように手配していいのかすらわからず、オスマンの協力が必要になる。彼が渋った瞬間私の命運が決まる。

 

 「ま、待ちたまえ! どうやら誤解があったようだ! クラウス殿、まだ問い合わせる必要はない。クロア殿、どうか弁解の機会をいただけないだろうか。」

 

 最近全く王宮勅使として動いてなかった私の勘が、シエスタに目がくらみ完全に緩んで油断していた私の王宮勅使としての勘が、―――今はっきりと告げた。

 

 きっとあの愚かさもこの起きたばかりで乱れた部屋着や寝間着のような身だしなみも全てこちらを油断させるための演出だったのだろう。

 

 ―――そう、最初に感じたあの赤い目の印象をそのまま信じれば良かったのだ。

 

 あの愚かに見えた病弱な長男は、今やエルフだろうが火竜だろうが生きたまま押さえつけ、嗤いながら目を抉り出すような老獪な獣だ。もはや油断はならない。たった少しの油断が、ほんの僅かな隙が私の死を招くだろう。上手く何事もなく和解できるよう、必死でクラウス殿とクロア殿を止め、弁解の機会を願った。

 

 「ふむ。誤解ですか? 確かに誤解でこの時期に内戦が勃発するのはトリステイン王国にとってもよくありませんな。クラウス、すまんね。一度戻ってくれ。」

 

 そう、クロア殿は不遜に言った後、ソファに深く身を預けこちらに手振りだけで続きを促した。やはりこちらが本性か。恐ろしい。このような見た目なら誰でも騙されるだろう。むしろどこまでが本当でどこまでが見せかけか完全に判断ができない。

 その点、クラウス殿の行動はわかりやすいブラフだった。こちらに理解と考える時間を与えるため、比較的丁寧にゆっくりした動作だった。

 

 カスティグリアの子弟は二人とも違った意味で恐ろしいほどの才能を秘めているようだ。

 

 兄クロアは他に類を見ない“かわいい見た目の凶悪な野生の獣”と言える。その今にも死にそうな病弱で貧弱な体をさらけ出し、保護してくれる人間にはきっとよく懐き、とても甘いのだろう。クラウスやシエスタを見ればそのようなところが窺える。

 しかし、ひとたび彼を獲物と勘違いし、彼に食らい付こうとした瞬間、隠していた爪を、その凶暴性をさらけ出し、嗤いながらその爪で相手を押さえつけ目玉を抉り出し相手を仕留める。相手がなんであろうと関係ないだろう。どんな相手でも仕留めるという意思が、―――老獪で凶悪なあの赤い目がまざまざと伝えてくる。

 

 逆に弟クラウスは良く調教された若い最高の軍馬だ。大変将来に期待が持て、またカスティグリア殿も楽しみにしていらっしゃるであろう。兄が病弱なこともあって一身に期待を受け、貴族として幼い頃から教育を受けてきたのだろう。まだ若く、素直な感情が表情には出るが、どのようなことも受け止めきる胆力と、その後どのように行動するかが、クロア殿の言葉を裏までちゃんと理解し、名馬のごとくスマートに伝わっている。彼が今から王宮に勤めても簡単な仕事ならすぐにでも始められ、すぐに頭角を現すだろうことが想像できる。

 

 私も軍馬だろう。名馬である自信はあったが最近は少々自信がなくなりつつある。全力で走る機会が失われ、ここの所、短距離の簡単な速歩がいいところだ。しかし、かつての勘が冴えてきておりクラウス殿には大変共感もできるし、思考も今ならばよく読める。このようなところで全力の駈足をする事になるとは思わなかったが、あのような獣に喰いつかれたら軍馬と言えど一巻の終わりだろう。まさに生き馬の目を抜かれてしまう。

 

 「まず最初に私は確かに王宮の勅使として学院を訪問したが、この件に関して王宮に関わりがないことを明言しなかった事については申し訳ないと思っている。しかし、勅使として学院を訪問している以上、この件に関しても勅使として対応されるべきであることはご存知のはずだ。」

 

 まずこちらの不備を詫びるべきだろう。今まさにクロア殿は爪を研いでこちらが本当に牙を剥くか判断しているところだ。しかし、オスマンは彼が病弱で授業もまともに出れないと言っていた。もしかしたら勅使というものを理解していない可能性がある。理解されずに喰らいつかれては堪らない。

 クロア殿は少し記憶を探り、考えるそぶりをしてこちらに問を投げかけた。

 

 「ふむ。生憎と法律関連は不勉強でしてな。迎える側の保護義務や勅使殿の身体の不可侵あたりだと想像したのですが、他に権利が認められているのですか?」

 

 不勉強と言いつつ予想外に勅使の権限が理解されていた。一体どこで学んだのか謎だが、クラウス殿が平然としているのを見る限り別段おかしいことではないようだ。どの程度知識があるのか、どこまでこの交渉の先を読んでいるのか全くわからない。やはり恐ろしい獣だ。

 

 「ほぅ。ご想像の通りだ。そして、それらに付随する形で勅使には可能な限り便宜を図ることや、超法規的な行動が許可される。といったものがある。」

 

 感心が自然と口から出た。そしてこの場で使えうるであろう、私の身を守るための権限を伝える。理解してもらえるのであれば私にかかった爪が外されるであろう。

 

 「それで今回その権利を行使すると? なるほどなるほど。つまり保護義務のある学院長や学院にも迷惑がかかるだろうから見逃せということですかな?」

 

 簡単に先を読んでいるのだろう。裏でどんな台本を書いているのか全く読めないが、このまま見逃してもらえるのであればありがたい。この爪から逃れるため、できるだけ柔らかい人畜無害な笑顔を意識して浮かべた。

 

 「うむ。話が早くて助かる。こちらも誤解を生み、そちらを誤解していたことを認め、シエスタ嬢に関しては今後一切関知しない。それで手打ちにしようではないか。」

 

 別段こちらが譲歩しているわけではないが、いきなり譲歩しては更に爪が食い込む可能性がある。こちらがこれ以上最初に譲歩すると勅使として、モット家として先行きが不安になる。

 

 こちらが杖を収めたことで平和的に終わると誰もが感じ、そっと空気が緩んだ。クロア殿はかわいらしい仕草で首をめぐらし自分の保護をしている周り人間の反応を見ている。ふむ。やはり野生で育った獣のように、貴族社会での状況判断はまだ難しいようだ。

 

 クラウス殿は少し嬉しそうな笑顔を浮かべ一つ頷いた。オスマンも明らかにホッとして緊張を解いている。シエスタ嬢はクロア殿と目が合った瞬間、好意を寄せているのであろう者がするような輝くような笑顔を浮かべた。しかし、なぜかクロア殿はすぐに目を逸らした。先ほど人前でキスをしたというのに意外と照れているのかもしれない。

 

 皆ここで終わり、平和に終わると思っているのだろう。しかし、周りに合わせてくれるかわからないという不安が付き纏うのが野生たる所以だ。私としては油断はできない。

 

 「あはははは! ごふっ、ぜぇぜぇ……、勅使殿、あまり笑わせないでいただきたい。病み上がりの身体に響きますからな。」

 

 周りを見て、私を見て、悟った上で笑い飛ばした。やはり野生の獣を騙すのは無理なようだ。私の笑顔の仮面の下にある驚愕を隠せているか全く自信がない。

 クロア殿は身体を背もたれから起こし、少し前傾になりあの凶悪な赤い目を見開き、狂気の色を濃くした。今では感情を隠すような事もせず獲物にいつ爪を立てようかと嗤っている。そして獲物である私が一瞬それに魅入られ、そのことに恐怖した。

 

 「まだ少々誤解があるようですな、モット伯。なるほど、俺はよく知らないがカスティグリアは成金貴族、田舎貴族、確かにそうかもしれない。そのことに関しては俺も異存は無いがね?

 しかしだね、モット伯。モットは勅使を任されるほどの由緒ある都会貴族なのだろう? こちらが受けた損失に対する賠償くらいなら多少見逃してもいいかもしれないがね? 最低限、正式な謝罪と今後このようなことが起こらないよう、対策を立てるくらいのことはしていただきたい。

 ああ、学院には悪いがね? あなたなら解ると思うが、もはやこれは外交交渉になったようだよ、オールドオスマン。」

 

 いや、誤解はしていないはずだ。しかし、学院まで巻き込み、外交交渉と銘打った割りに相手の要求が少なすぎる気がする。確かに正式な謝罪は私の今後の人生に響くだろう。しかし、ここまで爪を食い込ませ、まさに嗤いながらこちらの目を抉ろうと爪を研いでいる割に私が生きる道を示しすぎているのではないだろうか。

 金なら二十万エキューくらいまでなら軽く出せるし、資産をある程度処分すれば百万エキューでも払おうと思えば払える。しかしこちらは一度値切った状態だ。あちらが示しているのはこちらがいくら払うか、どこまでの事をするかという、まさに獣が舌なめずりしている状況だろう。向こうが納得するものを一回で提示せねばならない。

 そして、迷いで判断を遅らせた瞬間爪をさらに食い込ませてきた。

 

 「クラウス、お前の権限で宣戦布告と同時に風竜隊や火竜隊は出せるな? 

 ―――さぁモット伯。相手が落ちた学院の門弟風情で悪いが勅使の本領を存分に発揮する機会が来たようだ。王宮勅使殿のお手並みを拝見させていただこうか。

 ああ、モット伯、一応忠告しておくがね。モット領がどこにどの程度存在するのかは知らんが、もの別れに終わったら全てが灰になることを覚悟したまえよ? まぁその程度の覚悟は最初からお持ちだろうが、俺も覚悟は出来ている。そう、おっしゃる通り、カスティグリアには野蛮な者が多いようですからな。」

 

 クラウス殿を見ると、一度軽く頷いた。確かにあるのだろう。風竜隊や火竜隊があるのだろう! まさに外交部門の噂は本当だったのだ!

 

 どちらに牙を向けるかは解らないがカスティグリアには確かに戦力が存在していたのだ。だからマザリーニはカスティグリアと懇意にし、断固として反乱や内戦を起こさせないよう手懐けていたのだ。賄賂などという生易しいものでは断じてなかった! むしろそれより数段性質が悪い!

 

 そしてもし内戦となると、モット領のメイジや平民はそれほど多くないし、徴兵には時間がかかる。しかも相手が風竜や火竜であれば私も含め、屋敷にいる人間では抵抗が難しいだろう。どれほどの戦力があるかはわからないが、風石の産出した時期から考え恐らく6匹ほどだろう。私も命を賭して、良くて一匹落とせるかどうか。そして王宮の支援が受けられるかはもはや賭けになる。

 

 「ク、クラウス殿? まさか本気ではなかろう? トリステイン王国の貴族同士で内戦など……。」

 

 と、クラウス殿に問いかけると、本気だと宣言された。しかもモット領が一日で灰になるほどの戦力があるようだ。あの顔に嘘は見当たらず、完全にブラフではないと言い切れる。

 

 そして何と、内戦でシュヴァリエの受勲条件である、「軍役に就く」というものを達成するためにクロア殿が参戦に乗り気になった。私も当然そのようなことに頭が回らなかったが、クラウス殿も言われて初めて気付いたようだ。しかも、彼も乗り気なようで参戦させる平民や女性の候補を上げ、かかる戦費が釣り合うかの計算まで始めたようだ。

 

 モット領を灰にし、かかる戦費をそのような計画で回収するとは……、あちらにとっては内戦が起ころうが起こるまいが、こちらが賠償金を支払おうがそれを逃そうが、もはや関係ないようだ。こちらにとってはいかにその爪を離してもらうか、それを考えるしか手はなくなった。全てが灰になるか、生き長らえてでも名を残し、資産を少々でも残すかの二つの選択肢しか存在しない。

 

 もはや王宮に助けを求めるため、ここを離れた瞬間に風竜が飛び、宣戦布告され、宣言通りモット領は灰になるのであろう。逃げ道も全て潰され、命と金、どちらを差し出すかという究極の状態になってしまった。そしてその獣が心底楽しそうに「では開戦を」と言いかけた瞬間、私は命乞いをしていた。

 

 「ま、待ってくれたまえ! カスティグリア殿! そちらの言う通り私はまだ誤解していたようだ。正式な謝罪もするし賠償金も出来る限り払わせていただく。今後一切カスティグリアに関わらないと誓おう。どうかそれで手を打っていただきたい!」

 

 まさしく全面降伏だ。このような場面をまさか私が人生で経験するとは夢にも思わなかった。ここまで来たらいくら払おうが安く思える。そして、むしろ今後一切カスティグリアに関わりたくはない。

 

 その私の全面降伏を聞いた瞬間、その獣はキョトンとして私に食い込んでいた爪を離した。

 

 「ふむ。そういえばそんな話でしたな。つい、将来いただけそうな資格で話が盛り上がってしまいました。なにぶん俺は病弱でして、シュヴァリエに推薦していただく機会があっても軍役に就く事はできないと諦めていたものでしてな。いやはや申し訳ない。では少々クラウスと相談させていただきます。失礼。」

 

 本当にシュヴァリエのためだけにモット領を灰にするつもりだったのだろうか。むしろそのような機会があれば同じトリステイン領でも嬉々として灰にするのだろうか。彼が病弱なのは完全に疑いようがない、しかしシュヴァリエに推薦される機会があるのだろうか。

 

 しかも本当に、この野性の獣はたかが名誉職の騎士爵程度の権力しかないシュヴァリエに憧れているのだろうか。確かに貴族の男児なら誰でも一度は騎士に憧れてもしょうがない。実際憧れをそのままに王宮の騎士隊に入隊を希望する者も多い。しかし、彼は自分の体のことをわかっているはずだ。いくら憧れても騎士になることは叶わないし、彼にとってそれほど重要とは思えない。

 

 ふむ。しかし、これはこちらにとってもいい話かもしれない。確かシュヴァリエの叙勲式で“始祖と王と祖国”に忠誠を誓う慣わしがある。ただの慣例とも言い切ってしまいそうな雰囲気が彼にはある。しかし、もし彼がシュヴァリエを受勲したならば、トリステインに間違っても牙を剥かないよう、細い紐ではあるが、その紐がついた首輪を彼に付けることが出来るかもしれない。

 

 もし、誰かが推薦をするような事態になったら全ての条項を無視してでも彼に首輪を付けたい。そして、それに協力することが出来れば、一度彼を獲物と誤認し牙を向けた私が、赦された上に懐いてもらえるかもしれない。カスティグリアにもトリステインにも私にも彼にもいい話だろう。たった500エキューの年給でこの獣を飼い慣らし、その老獪で凶悪な獣の爪がトリステインを守り、相手を屠ってくれるのだ。

 

 彼らの相談を聞きつつそのような事を考えていた。あれだけ恫喝され、命さえ覚悟したというのに、どうやら請求されるのは一万五千エキューという私にとってはかなり安い金額だった。やはり貴族の流儀には疎いようだ。クラウス殿の方が私の心情をよく理解している。

 しかも、他の条件は謝罪と学院で働く平民の保護、そして私にとっては小額だが、平民にとっては大金を得るであろうシエスタ嬢のご家族への介入禁止を条件にするようだ。

 

 そして、こちらからカスティグリアに今後一切関わらないと申し出たのに、むしろ同じトリステイン貴族として今後も後腐れなく関わるべきだといったクロア殿の言葉も聞こえる。爪を突きたてる必要性がない限り、愛国心やトリステイン貴族としての連帯感をそれなりに持っているようだ。

 

 最後にシュヴァリエの話が出たが、実際彼はすでにシュヴァリエの推薦は受けており、ちょっと欲しくなって内戦し私の全てが灰にされるところだったようだ。

 

 ―――たった一万五千エキューとシュヴァリエの勲章と謝罪や学院の平民のためにモット領が灰になり、私は全てを失うところだったのか。なんだか少々納得がいかず、やりきれない思いが残った。

 

 クラウス殿が交渉を代わると宣言し、私は笑顔で歓迎した。今までのような緊張感を持つ必要はもうなくなり、クロア殿も完全に爪を元通りに隠し、その赤い目に灯っていた老獪さも凶悪さも消え失せ、かわいい無垢で小さな保護欲をそそるだけの小動物に戻った。

 

 どうやら私は赦されたようだ。彼は今では私とクラウス殿の貴族流の交渉を見学しているだけだ。むしろ今まで他の人間が交渉している場面を全く見たことがなかったのかもしれない。

 

 なるほど、完全に自己流なのだろう。よく頭が回り、一瞬で状況を判断するだけの勘も持っている。まさしく野生の獣だが経験が足りず、教育もなく、まさに勘と爪に頼ったものだったのだ。だから相手がどのくらい旨い獲物なのか判断できず、食べる前に抵抗され、逃がすくらいなら気軽に燃やし、灰にできるのだ。

 

 そのような人間がいるとはな。クラウス殿もそうだが、父上であるカスティグリア卿も苦労されているであろう。しかし、もしかしたら風石を金融の担保などの金稼ぎに使わず、戦力に注ぎ込ませたのはクロア殿ではないだろうか。むしろそれなら抵抗なく完全に納得ができる。クロア殿が大切にしているのは金や狩った獲物などではなく、自分を保護する人間と自らの爪だ。

 

 なるほど、マザリーニ殿を筆頭に近くにいるものが全員隠蔽したがるわけだ。アルビオンも内戦が終わればトリステインに来るという予測もすでに立っている。しかし、王宮は軍備をするかしないかで真っ二つに割れているような状況だ。軍備を反対するものは総じて財を求めており、アルビオンとの戦争も交渉で終わらせることを望んでいる。

 

 私はそこまで楽観的ではないし、交渉にこちらの力が必要なこともわかっていた。しかし、わかっていたつもりで理解していなかったようだ。今日まさにその事を思い知らされた。今から軍備を整えようとしても今日の私のように恐らく間に合うまい。そして、この爪を突きたてられる恐怖がわからなければ自ら爪を研ぐようなこともすまい。そう、―――この獣以外は。

 

 そして、今やこの獣が研いだ爪だけがトリステインが持ちうる、相手を屠ることが可能な最強の戦力であろう。その丁寧に研がれた爪はこの獣のように偽装し完全に隠さねばなるまい。まさしくアルビオンがトリステインを侮り、こちらに牙を剥いた瞬間、今度はこちらが爪を突きたてるのだ。

 

 ふっ、どうやら私にも運が向いてきたようだ。結果は散々に見えるが、それ以上に金では買えない、貴族や王宮勅使という権力ですら得る事がでないような莫大な収入があった。そして、曇っていた私の目が冴え、鈍っていた勅使としての勘がこの獣に呼び覚まされた。今ならマザリーニ殿の考えもよくわかる。

 

 そして、このような高揚感は久しぶり、いや初めてかもしれない。希少本や若いメイドも捨てがたいが、それよりも旨い獲物がいたのだ。今まで恐ろしいと感じていた単なる旨い獲物がいたのだ。何としてもこの狩りのご相伴に預かりたいものだ。

 

 交渉は完全に私の名誉が守られる形になった上、一万五千エキューの見舞金とシエスタ嬢のご家族に手を出さないという封印された開封条件付きの念書と、私の勅使の権限で“学院にいる平民”を引き抜く際の手続きを追加することを認めることと、「互いに問題が起こらなかった」という証人付きの証書を書き、互いに所持することだけだった。

 

 期待していたクロア殿へのシュヴァリエ受勲に関する協力が求められなかったのは少々残念だが致し方あるまいて。こちらは譲歩する側でこちらが持ちかけるには少々時間を置かねば問題が起こりうる。時期を見てクラウス殿に相談してみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 交渉が終わり、あの恐怖から開放され、ほとんど損失もなく自分が得たものを認識して得られた達成感を感じていたとき、ふと世間話のようにクラウス殿が話を振って来た。彼は若い上に地位に差はあるが、今や私の中では志を同じくしたような仲間意識が芽生えている。今ならたとえ下らない話でも笑って相槌を打てる自信があるほどだ。

 

 「時にモット卿。『土くれ』のフーケの件はご存知でしょうか。先日『土くれ』がこの学院で事を起こしたところ他の学生の協力もあり、兄クロアがかのメイジが操る身の丈30メイルほどのゴーレムをたった一つの魔法を一回行使しただけで土くれではなく塵に返し、かのメイジにも瀕死の重傷を負わせたのですが、その事はご存知でいらっしゃいますか?」

 

 たった一度、たった一つの魔法で30メイルのゴーレムを塵に返しフーケに瀕死の重傷を負わせた? 何を言っているのか一瞬理解ができなかった。そのような魔法が存在するなど聞いたことがない。確か初めて会う前にオスマンに聞いた情報ではクロア殿は純粋な火の系統だったはずだ。錬金を合わせて使えば、そしてかなりの素養と協力者がいれば崩すことくらいは可能かもしれない。しかし、協力者がいた場合、たった一つという表現はしないだろう。

 

 クラウス殿の言とはいえ俄かには信じられず、ついオスマンに確認の視線を送ってしまった。心のどこかで否定を望んでいたのかもしれない。何度も繰り返されるオスマンの深い肯定の頷きに驚愕を隠せなかった。この獣は交渉や戦略面だけでなく自らも鋭い爪を持っていたのだ。あのときもし杖を抜かれていたら、彼を捕縛しようとしたものがいたら総じて灰になっていたのかもしれない。

 

 「フーケが捕縛されたことは存じていたが、そのような背景があったのは恥ずかしながら初めて知った。クロア殿は大変魔法の才能がおありのようだ。」

 

 驚愕を隠さず示し、クロア殿の才能を褒めると彼は何と信じられないことに普通の生徒のように照れた。そして何か思い至ったように焦り出し、クラウス殿に非難の視線を浴びせた。

 

 「兄はこのように慎ましい人柄ですので、その場にいた学生に手柄を全て譲ったそうです。恐らくそのことを無下にしないよう、モット卿を始め王宮に詳しく報告されなかったのでしょう。

 しかし、オールドオスマンの計らいにより、その場にいた学生全て、つまり兄にもシュヴァリエの推薦をいただいたのですが、兄は史上稀に見るほどの病弱でして伏せていることの方が多いのです。そのため兄はシュヴァリエの『軍役に就く』という新たな条件を達成することが出来ないと諦めていたのです。」

 

 なるほど、確かに彼は手柄に固執する人柄には見えない。そしてその手放したはずの手柄を秘匿されていたはずの私に、弟によって暴露され焦っていたのか。今では恥ずかしさも追加されたようで、ほのかに顔に赤みが差し激しくうろたえているように見える。

 

 ふむ。オールドオスマンはクロア殿とそこにいた学生が納得できる落し所を用意しただけだったのだろうが、今このような効果を生み出す結果になったのだ。これはオールドオスマンの英断と言わざるを得ない。

 

 しかし、クラウス殿は私だけでなく、恐らく平民のシエスタ嬢ですらわかるような演技を始めた。きっと私の希望と彼の思惑は完全に一致するであろう。よかろう。その共同作戦、不肖このジュール・ド・モット、乗らせていただこうではないか!

 (注:以下カッコ内は副音声でお知らせしております)

 

 「おお、何ということだ……。まさかそのような背景があったとは……。このモット、シュヴァリエの規定改変の不備に遺憾の念を覚えざるを得ない。」(まず私はこの件には関わっていない。その点は断固として了解していただく。)

 「病弱が原因で軍役に就きたくとも就くことができない貴族の若者が、命を賭してトリステイン貴族の名誉を守り切り、そのように慎ましやかに自分の手柄を誇るでもなくにその場にいた同じ生徒の未来を想い譲ってしまうとは! これほどの事を成し遂げたというのに、生まれながらの病気がちな身体が原因で正当な勲章を得る事ができないとは!」(しかし、クロア殿は恐ろしいですな。トリステイン貴族達に苦渋を舐めさせ、名誉を汚し続けていた盗賊を簡単に屠ってその手柄を放り出すなど普通は考えらないことですな。彼には一応でもいいからトリステイン王国に対する愛国心あるよね?)

 「なんという、これはなんという規定改変の不備であろうか! このモット、強く感銘を受けましたぞ!」(私にはクロア殿のために法律を曲げる準備はある。さぁクラウス殿、協力を要請したまえ。)

 

 恐らくこれでクラウス殿にも通じるはずだ。しかし思わぬところから邪魔が入った。

 そう、アノ獣が恐らく直感で嗅ぎつけたのだ。―――なんという嗅覚だ!

 

 クロア殿は少々気がとがめたかのように私に「あの……」などと話しかけようとしたり、クラウス殿に「クラウス?」と普通に訂正を入れようとしている。しかしここで折れては折角クラウス殿が提案してくれた共同作戦が無に帰してしまう。

 

 完全にクロア殿を視界に入れないよう、聞こえない振りをしながら体の向きを変え、作戦再開のためこちらから追加要請を送ることにした。

 

 「クラウス殿。先ほども話したが王宮の勅使には『超法規的な行動が許可される』というものがある。このような時にこそ使うべき権限であろうと私は思うのだよ!」(ぶっちゃけしばらく使いたくないが、この件に限っては使うことを躊躇うつもりはない。)

 「王宮の勅使として、その訴えを厳粛に受けとめさせていただこうではないか。不肖このジュール・ド・モットが王宮に確かに伝え、彼のシュヴァリエ受勲の妨げになる規定条項の特別解除、および実力、実績共に十分であるという証言をさせていただく。」(リッシュモンに私の分も合わせて苦情を入れて、クロア殿に限って規定を捻じ曲げさせて、私もついでに彼を推薦し早急にシュヴァリエを受勲させるつもりだ。)

 「その際、少々事の次第を最低限話す必要はあるだろう。その点だけご了承いただきたい。」(だが、シュヴァリエ受勲の時に理由を言わないと難しいだろうから、マザリーニに言うくらいはお許しいただこう。)

 

 これがまさしく共同作戦というのだろう。途中邪魔が入ったが今度は邪魔が入らないよう、即座にクラウス殿が反応した。

 

 「おお、モット卿! このクラウス恥ずかしながらモット卿のことをまだ少々誤解していたようです。」(乗らないかもしれないと思ったけど乗ってくれるんですね?)

 「小さな誤解から不幸な行き違いがあったばかりだというのに、なんと寛容な!」(さっきは本当にすいませんでした。)

 「私は今モット卿のトリステイン貴族に対する深い慈愛とトリステイン王国に対する深い愛情に心打たれております。今後トリステインが不幸を生まぬよう、そのように厳粛に受け止めていただけるとは何と懐の深い! そのような並び立つものが無いほどの大器ですら愛情が溢れるようなモット卿だからこそ王宮の勅使に選ばれたのでしょうな。」(この辺りで兄が何も言わなければ愛国心を証明できるかと。多分兄の関わっている領の次くらいには大事に思ってると思います。しかし、またあるとも限りませんからね。トリステインの領地が灰になるリスクは少しでも下げたいですものね。とりあえず兄のシュヴァリエ受勲の件、よろしくお願いします。勅使殿。)

 「モット卿さえよろしければ今後も兄クロア共々、カスティグリアと懇意にしていただければ大変光栄です。」(その代わりと言ってはなんですが、カスティグリアに協力して一緒にトリステイン守りませんか? マザリーニ枢機卿だけでは大変だと思うんですよ。)

 

 おお、これはすばらしい提案だ。渡りにフネだ。クラウス殿、ぜひ乗らせて貰おう。

 

 「うむ。うむ。クラウス殿。この愛の勅使、ジュール・ド・モットに任せたまえ。私としても小さな行き違いがあったばかりだが互いに深く分かり合えたと感じている。」(確かに承った。クロア殿は怖いけどクラウス殿には仲間意識を持たせていただいている。)

 「是非とも気高きカスティグリアと懇意にしたいと思っていたところだ。今後ともよろしく頼むぞ。若き次代の当主よ! 共にトリステインを支えようではないか!」(ちょうどカスティグリアの計画に参加したいと思っていたところだ。アルビオン戦が楽しみですな!)

 

 「モット卿からそのようにおっしゃっていただけるとは恐悦至極にございます。モット卿がいらっしゃればトリステインも怖いものなしでしょうとも! このクラウス、トリステインを守るため、モット卿と共に微力を尽くすことを誓いましょう!」(おお、ご協力感謝します。モット卿も一緒にアルビオン戦に向けて準備をお願いします。お互いがんばりましょう。)

 

 互いに作戦の開始が宣言され、新たな方針を共に練る事ができた。やはりクラウス殿とは気が合うようだ。自分の兄を知り尽くしたかのような彼の用いたこの作戦はすばらしかった。お互い得られた成果に満足し、頷き合うと、私は邪魔されると困るのでさっそく実行に移すため王宮へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。他者視点や副音声といったものを試してみました。
 今まで伏せていたクロアの細かい描写やカスティグリアのことをついに書いてしまいました……。
 感想が楽しみで怖いのは初投稿以来です。よろしければご感想お願いします。
 先に言っておきますね! みなさんのイメージとかけ離れていないと良いのですが、かけ離れていたらごめんなさい。マジすいませんorz(土下座

 同じ文章や会話をできるだけ書かないよう心がけましたが、基点になるようなところは使いました。これ以上減らすのはちょっと私には難しかったです。

次回はえーっと、まだ何にも考えてません。寝て起きて思いついたら書きます。ええ、きっと^^


次回をおたのしみにー!



と、言いつつ書いてる途中に思いついたギャグ100%のネタ。本編とは全く関係ありません。

クロア :ぷるぷる。ぼくは虚弱ですぐに死んじゃう子供だよ。悪い貴族じゃないよ?

クラウス:死なないで兄いさああああん;;
モンモン:まぁ、かわいらしい。よく懐くわね。いい子いい子
シエスタ:か、かわいい! ナニナニ? 私がお世話係? キャー><

オスマン:え? え? 何言ってんのコイツ? もしかして熱で壊れた?
コッパゲ:アレは危険だ。心優しく見えてもアレは危険だ!
サイト :殺されるかと思った。他の貴族はそうでもないけどマジこえぇ。
ルイズ :なるほど、アレが真の貴族のあるべき姿なのね……。ぷるぷる。
フーケ :私より盗賊に向いてるんじゃないの?

モット :嘘だッ!!!!!

追記:すいません。ちょこちょこ手直ししてます。 4/9 9:25
追記の追記:直しきれない気がしてきた><; 休憩してからまた手を入れるかもしれませぬorz
追記の追記の追記:あはははは! 直し終わったと思うけど残ってたらすいません。あ、うんとね。クロアの主治医さん学院には同行してないけど気にしたらだめだよ?? うん。……うわああああん;;


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25 側室候補とクラウスとモットと

サブタイトル思いつかなかったの初めてかもしれない。いいの思いついたら変えるかもしれません。あ、そうでしたそうでした。前回感想でいただいたモノをここで使わねばなりますまいて!

いくぞ読者殿! ブラックの貯蔵は充分か?

―――こうでしたっけ? そ、それではどうぞー!


 前回の睡眠からやはり三日目。寝込むというより伏せるというより、むしろ半植物状態なのではないだろうかという不安が顔を出すような学院生活を送っている。やはり屋敷の方が健康によいのだろうか。シエスタがいるとつい肩を借りてしまうので、最近一人で歩いていない気がする。

 

 うむ。ここは一つ今日からできるだけシエスタの肩を借りずに過ごそう。いや、その、ちょっとシエスタがシエスタに見えないというか、むしろ肩を借りづらくなってしまったわけでは断じてない。

 

 すでにテーブルに着くまでに体を拭いてもらい、着替えを手伝ってもらい、髪を手入れしてもらい、肩を借りているのだが、起きた時は俺にとって悪くない体調が、すでに活動水準ギリギリを彷徨っている。むしろ、最初から屋敷からメイドさんを連れてきた方が早かったのではないだろうか。

 

 しかし、屋敷からメイドさんを連れてくるとこの紅茶が飲めなくなるのか。シエスタはもはや紅茶兼側室候補で屋敷から介助のメイドさんを連れてくるか? いや、そうすると何かシエスタの仕事を奪ってしまいそうなのでダメだな。父上も婚約式のときに理由があるみたいなことを言っていた気がするし、俺がシエスタに慣れた方が良さそうだ。ふむ。今まで自然に暮らしてきたのだ。そ、側室候補になったとはいえだな……。危険なので考えないようにしよう。うむ。

 

 シエスタは紅茶を入れてくれたあと、モンモランシーに知らせるため部屋から出て行った。そういえばクラウスとまだ話があった気がする。まぁあまりよく思い出せないので大した事ではないだろう。

 

 むしろ、前回のモット伯との交渉の行方の方が気になる点がなくはない。いや、アレでシュヴァリエ貰ったらぶっちゃけ気が咎める。よく考えたら、手柄を譲った相手である本来貰うはずの人間が規定で貰えず、そのお零れで推薦された俺が貰ったら気が咎めるどころの話ではない。むしろ何の言い訳も思いつかず、会うのも辛くなるかもしれん。

 

 まぁ冗談の類だろう。実際、演劇調だったわけだし、それを見ていた俺の反応くらいきっとクラウスもモット伯もわかっているだろう。ふむ。からかわれていたのだろうか。まぁシュヴァリエをこの交渉で貰ってしまうよりは、からかわれたくらいの方がまだ気が休まる。モット伯もなぜか妙に怖がっていた気がするし、クラウスが「兄さんは怖い人間じゃないよ」とからかって見せて誤解を解きつつモット伯と仲良くなった程度だろう。

 

 確かにモット伯は“若いメイドを学院から引き抜き囲う”という趣味がなければすばらしい人物に思える。王宮の勅使というエリート職についており、交友関係も広くカスティグリアの戦力もどこからか情報を得てはいたのだろう。ただ本当かどうかわからなかったといったところか。

 

 俺との交渉、そしてクラウスとの交渉も最初はひどかったが、最後は本来の勘を取り戻したかのようにすばらしい交渉だったと言えるだろう。クラウス劇場に乗ってしまうようなユーモアのセンスも抜群だし、名俳優モットとしてもシエスタが惹き込まれるほどであるし、今から思えば俺としても見ごたえがあった。

 

 なるほど、考えてみればみるほど、懇意にしておいた方がよい方のように思えてきた。それを全て見ていたクラウスが、モット伯のすばらしさを見抜き懇意にしようと歩み寄った彼の判断はさすが次期当主と言える。原作の知識からおぼろげに相手を判断している俺には備わっていない機能かもしれない。うむ。さすが自慢の弟クラウスである。

 

 あとはモット伯の平民の若い女性好きさえなんとかなれば彼の欠点は消滅し、まさに非の打ち所がない理想の貴族となるのではなかろうか。しかも、平民の若い女性に関しても、もし平民のメイドを引き抜く際、相手の同意があればむしろそれは救済になる可能性もある。シエスタのようにカスティグリア、モンモランシの面接を経て俺が手を出すのを待つ人間がいるくらいだ。需要はあるだろう。

 

 ふむ。よく考えたら実際このカスティグリアモンモランシ方式の側室選定法は後々問題の起きにくい、すばらしい規定ではなかろうか。

 

 引き抜かれるであろう本人の意思も尊重され、モット伯がさっさとしたいと思われるトリガーが最後に設置されている。問題はモット伯に妻がいるかどうか、そしてそのモット夫人がこれを了承するかによるが、そもそも最初の段階で夫人が選定に入っており、婦人がイヤと言えばその後の選定はなくなる。シエスタの場合、一年以上かかっているわけだからして、その間に夫人が許可を出すかどうか決められるだろう。

 

 ふむ。モット伯にこの選定手順をオススメしてみるか。もし夫人がいないようであれば個人的に少し心当たりもある。モット伯にとってもお相手にとってもトリステインにとってもいい話であるはずだ。婚約の仲介か……この俺が婚約の仲人か! 悪くない、悪くないぞ!

 

 ククク、この恋愛という戦場に立つたびに戦力外と通告され、心の奥深くに隠蔽していたモンモランシーに対する片想いすらクラウスに見透かされ、全て整った上でモンモランシーからプロポーズされるという貴族男児として恥ずかしい思いをしたこの俺が! 他人の縁談を俺がお膳立てする機会がやってきたのだ!

 

 「ふはははは。これは、もはやモット伯にとっても悪い話ではないはず。この戦い、以前恋愛では完全に戦力外と通告されたこの俺が支配させてもらおう! そう、これはモット伯でもクラウスでもモンモランシーでもなく俺だけの戦場! 俺だけの戦いだ! あーはっはっはっは!」

 

 「に、兄さん? 入るよ?」

 

 脳内のクロアモット伯劇場で俺が盛り上がっていると、そっとドアを少しだけあけクラウスが顔を出した。

 

 も、もしかしていつの間にか声に出ていたのだろうか。脳内劇場の音が部屋の外まで聞こえてたのだろうか。ま、ままままさかそんなことはあるまいて。そ、それにノックの音には敏感に反応できるはずだ。とりあえず何もなかったことにしよう。そうしよう……。

 

 いつの間にか立っていたので音を立てずそっと椅子に座り、何事もなかったかのように、紅茶に口をつける。

 

 「んんっ。うむ。入るが良い。我が自慢の弟よ。」

 

 咳払いしたあと威厳を込めてクラウスに許可を出すと、クラウスがそっと入ってきた。ドアまでの距離が俺にとっては遠いのでまだ顔がぼやけていて表情は見えないがきっとキリッとした真面目な顔をしているはずだ。うむ。俺は病弱だが彼に相談されるほどの頼りがいのある兄であるからして。

 

 「兄さん。そのね? うーん。えーっと。その、今ちょっと外まで聞こえていたのだけど、聞かなかったことにしておいた方がいいよね?」

 

 「ごふっ」ごんっ

 

 「に、兄さん!? モンモランシー嬢! 兄さんが!」

 

 「ちょっ、大丈夫!? クロア、しっかりして! 細かいことは気にしなくてもいいのよ! 私はあなたがどんなことをしても全て受け止めてあげるわ!」

 

 うおおおお、キツイ。これはきつい。クラウスだけでなくモンモランシーにまで聞かれていたとは……。

 

 「あの、クロア様。大丈夫ですか? 私も気にしませんから! 私も受け止められますから!」

 

 シ、シエスタまで……だと……!?

 

 なんか生きているのが辛くなってきた。ここはそっと埋葬していただけないだろうか。モンモランシー、ヒーリングはもういいよ。うん。このままそっとだな……。

 

 「失礼する。モンモランシー嬢、この『波濤』のモット、これでも水のトライアングルだ。私もご助勢仕ろう。」

 

 モ、モット伯もいた……だと……!? な、なんという罠だ! これはまさしく生き馬の目を抜くような所業だ!

 

 恐ろしい。恐ろしい罠を自ら踏んでしまったようだ。今後、この世界に中二病という言葉があるのか定かではないが、俺は体が病弱なだけではなく中二病全開の痛いヤツとしてこのハルケギニア中に名が広まってしまうのだろう。モット伯は勅使だ。どこにでも足を運ぶ機会があるに違いない。

 

 これからは『中二病』のクロアとか『思春期』のクロアとか『逝かれ』のクロアとか言われてしまうのだろうか。そしてそれが俺の二つ名になってしまうのだろうか。さっさと二つ名を決めておけば良かったかも知れない。そして、これは俺を生み出したカスティグリアや俺を迎える予定のモンモランシに汚名を被せてしまうのだろうか。

 

 それだけは、それだけは止めねば死んでも死に切れん! 彼には悪いがここはモット伯だけでも亡き者にしておこう。そしてそのあと俺も埋葬されよう。

 

 「モット伯、ククク、すまないね。聞いてもらっては困ることをお耳に入れてしまったようだよ。さぁ決闘しよう!

 なに、痛みを感じる間もなく灰にすると宣言しよう。気楽に決闘に望みたまえ。

 うむ。なぜ決闘になるのかわからないといった顔をしているね? 理解する必要はない。此度の決闘であなたが灰になった後、俺も自ら灰になり、あなたの後を追うと始祖に誓おう! ただちょっと俺もあなたも運が悪かったと思ってくれたまえ。」

 

 そうキリッと告げると、

 

 「いや、クロア殿。恥ずかしがることはない。私にも覚えがあるとも。誰でも一度は通る道。そして通った人間にしかその苦しみはわかるまい。そう、わかるまいて……。

 ここまでの人間に知られたのは少々、その……同情の念に耐えんが、もし戦場(いくさば)であれば英雄のごとき、よい演説でしたぞ!」

 

 彼も自身が歩んでしまった道で受けてしまったであろう心の痛みを思い出し、その痛みを今まさに感じているのだろう。悲しい顔をしたモット伯に慰められてしまった。

 

 モット伯にも覚えがあるのか……。もしかして、心の友だったのだろうか。しかも同じような痛みを感じながらも同情の念に耐えないとは……、俺の痛みを解ってくれるそんな人間がこんなところにおり、そのような方に俺は決闘を吹っかけてしまったというのか! な、なんという悲劇!

 

 「モ、モット卿! 俺の痛みをわかってくださると言うのか! なんという、なんという懐の深い。どうか、先の決闘の件、忘れていただきたい。本当に、本当に申し訳ない事をしてしまった。後悔の念に耐えませぬ。

 もしお許しいただけるというのであれば、このクロア・ド・カスティグリア、できることならばモット卿のお役に立ちとうございます。」

 

 席を立ち彼の前で跪き、そう彼に謝罪すると、

 

 「おお、クロア殿。あなたの深い苦しみと後悔。このモット、受け止めきるのが辛いほどよくわかりますぞ。何、そのような誤解は良くある事。私は気にしていないとも。ささ、どうぞ立ち上がってくれたまえ。そのように跪くほどのことではない。

 そう、役に立っていただくという話も私にとっては望外の喜びではあるが、このようなことでそのような言葉をいただいてはこちらの心が痛んでしまう。

 そうですな、できることであれば、これからはそう、同じ志を共にする友と思っていただければ光栄だ。」

  

 と、彼は俺にヒーリングをかけるために出していた自分の杖を仕舞ったあと、鍛えられた大人が持つ力強さで軽々と俺の両脇に手を入れて俺を立たせ、笑顔でお許しの言葉を発し、友と思ってくれと言ってくれた。

 

 俺の友と言えばギーシュやマルコだろう。このような方が友とは……、いや、もはや友では済むまい。彼をただの友や心の友と呼んでは俺の沽券に関わる。むしろ俺にとっては先達。そう、この黒い覇道の先を突き進んで恐ろしく経験を積んだ先達と言えるだろう。

 

 「モット卿……。そう思っていただけるのは嬉しいのだが、俺にとっては友では足りないようです。できるならば……伯父、―――そう、できるならば伯父と呼ばせていただけないだろうか。」

 

 そう少しうつむきながら考え、目を見て懇願すると、彼は驚愕の顔を見せたが笑顔で俺の量肩に手をかけ了承してくれた。

 

 「ああ、構わないとも! クロア殿、私にとってこれほどの喜びはないとも! ぜひ私を伯父と呼んでいただければ大変光栄だ!」

 

 「おお、モットおじさん。これからもよろしくお願いします。」

 

 そう笑顔で彼に告げると

 

 「おじさん? いや、伯父上とかじゃないのか? おじさん? いや、それでもまぁ構わないと言えなくもないがおじさんか……。」

 

 と、モットおじさんは明後日の方を向いてちょっとつぶやき出した。ええ、おじさんの方が親しみがあっていいと思います。

 

 「さて、クラウスよ。取り乱してしまってすまない。もう大丈夫なようだ。何か話があったのかね?」

 

 そういうと、クラウスは何かを思い出したように再起動を果たし、

 

 「あ、ああ、えっと兄さんに話があってね。一応順番も決めてあるから相談に乗って欲しいんだけど構わないかな?」

 

 「ああ、構わないとも。」

 

 すると、クラウスがディテクトマジックを使い盗聴などの探知をしたあとモットおじさんが壁にサイレントを掛けて回った。その間にシエスタが紅茶のおかわりを注いでくれ、俺の対面の席にも紅茶のカップを用意して注いだ。カップの数は一つ。つまり最初は一人か。準備が出来たようでクラウス以外は退出し、クラウスがロックを掛けた。

 

 「最初は僕に譲ってもらったんだ。まぁあとはそれほど機密性が必要な話に思えないからね。それで、この前聞いた話の続きを聞きたいんだ。もちろん兄さんが出した条件で誓うよ。」

 

 ふむ。この前の話か。なんの話だろうか。もはや地雷は存在しないと思うがここで話題を間違えると少々この下がりきり傷つきすぎた兄の沽券が砕け散る可能性も否定できない。ここは素直に聞いておこう。

 

 「ふむ。何の話か少々判断ができない。何の話か教えてくれないだろうか。」

 

 そういうと、クラウスは少々考えてから教えてくれた。ああ、ルイズ嬢の虚無の話か。それならば問題あるまいて。誓いの内容もほとんど覚えていないが問題あるまいて。

 

 「そうか、誓ってくれるのであれば問題ない。ルイズ嬢なのだがね。彼女の系統は虚無だ。知っていたかね?」

 

 そう教え、知っていたか尋ねるとクラウスは驚愕の顔よりもいぶかしむような、信じていないような顔をした。

 

 「初めて聞いたよ。でもその話は本当なのかい? その考えに至った経緯を教えてくれないだろうか。」

 

 ふむ。確かに理由も何もまだ導入部なのだが、クラウスもわかってて上手く誘導してくれているのだろう。

 

 「うむ。まず彼女が召喚した使い魔の左手、アレは神の左手たるガンダールヴだよ。聞いたことがあるだろう? そう、アレさ。彼の身体能力は基本的にそれほど高くない。しかし、彼が武器を手にし、恐らく感情が高ぶるか、主人が関係すればまさに人間離れした身体能力を発揮する。この身体能力の高低に関してはギーシュも同じ意見だ。しかし、彼はまだガンダールヴに関しては思い至っていないがね。」

 

 まずそこまで話すと、クラウスも少し納得したように「なるほど」とつぶやいた。

 

 「そして、次にルイズ嬢だが、彼女は王家の血筋が色濃く流れている公爵家に生まれている。しかし、そのような家系に生まれながら信じられないことにサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントしか成功したことがないそうだ。後は全てどんな魔法でも爆発するらしく、『ゼロ』と呼ばれているのだそうだ。

 そう、火の爆発ではなく、本当に爆発なのだそうだよ。しかも爆発する確率がほぼ100%とは系統魔法を使うメイジには考えられない。周りはタダの失敗魔法と呼んでいるらしいがね? しかし、クラウス。失敗して爆発などしたことがあるかい? 他に見たことがあるかい?

 これは彼女自身が虚無の系統であると認識しておらず、虚無の系統だけの特別な魔法の使い方があり、まだそれを知らず目覚めていないだけだと考えれば君でも納得できるのではないだろうか。

 ちなみにこのことに思い至り、ルイズ嬢が虚無の系統であることと彼女の使い魔がガンダールヴであると知っているのは、今のところオールドオスマンとコルベールしかいない。以前オールドオスマンが訪ねてきた件はこちらがメインだったようだよ。

 彼はこのことを秘匿したいらしくてね、それでクラウスと父上以外に知らせることはしないと約束したのだよ。俺もあまり広めない方が良いと思うしね。彼女達が虚無を下らないことに使うことしか思い至らない連中に見つかり、使い潰されるのは忍びないからね。

 しかし、『虚無(ゼロ)』とはずいぶんと的を得た二つ名だね? まぁ今後はいい偽装になるだろうがね。」

 

 そこまで言って紅茶に口をつけると、クラウスも一度息を呑んだあと、紅茶に口をつけた。そして少し考えたあと、

 

 「なるほど、それで兄さんは近々彼女が虚無に目覚め、本格的に活動すると考えているのかい?」

 

 と、真剣な表情で聞いてきた。理解し、納得したのか、その時に決定すればいいと思ったのかは解らないが一応飲み込めたようだ。

 

 「そうだな。全くの勘だがね。もしかしたらあるかもしれない。恐らくどの程度長い期間かわからないが、少なくとも数十年、数百年トリステインに虚無が現れなかったことを考えると、六千年前から伝わる何かキーになるものが必要なのかもしれないな。」

 

 とりあえず始祖の祈祷書と水のルビーに関してはヒントだけ与えた。まぁすぐわかることだろう。もし原作との乖離があった場合、カスティグリアに必要ならばクラウスが渡るようにしてくれるだろう。

 

 「なるほど。勘か。兄さんのその辺りの勘はするどいからね。期限に関しては一応ということになるけど僕個人としては信じるよ。

 それで次の王はアンリエッタ姫かルイズ嬢になるのか。でももし、ルイズ嬢が女王になったらガンダールヴが王配になるのではないかい?」

 

 ふむ。確かに虚無と神の左手の間を裂こうとしたらルイズ嬢の王位が認められる理由も薄くなる。方や始祖の直系として認め、方や始祖の使い魔ではなくタダの平民と認めることになるからだ。

 

 「そうだね、もし仮に今のままルイズ嬢が女王になるのに何の妨害もなくなるようなら、ガンダールヴが王配になるだろう。しかし、今のところまだ様々な道や問題があるのはわかるね? もし、仮にだがね。俺が王配を狙うのであれば……。」

 

 そこまで言って紅茶を飲みつつクラウスを観察する。すると少々身を乗り出した。想像はついているだろうが聞きたいらしい。

 

 「まず使い魔君に女性を宛がい、無理やりにでも始祖に誓って貰い結婚してもらう。これで相手はルイズ嬢、アンリエッタ姫のどちらでもよくなる。あとはマザリーニ枢機卿と交渉してアンリエッタ姫に近づき、彼女を王位に据えて王配に就くか、ルイズ嬢にワルド子爵の婚約を破棄してもらってエレオノール嬢の事を告げ、婚約までもって行くか……。まぁどちらも厳しそうだが、ルイズ嬢が使い魔君に懸想しないうちに動くことが必要だね。」

 

 「ふむ。なるほど……。でもエレオノール嬢を引き合いに出したらヴァリエール公爵に伝わって逆に意固地になりそうだね。でも使い魔君か。」

 

 そう言ってクラウスは思考の海に沈み紅茶を飲んだ。実際今のところサイトのお相手と言ったらキュルケくらいだろう。しかし、彼女はヴァリエールの天敵であるツェルプストーだ。恐らくルイズ嬢は良しとすまい。となると、誰だろう。原作ではアンリエッタ姫やティファニア嬢、あとはタバサ嬢くらいか? ティファニア嬢が一番無難な気がするが、問題は出会う可能性が現在低くなりつつあり、しかもアルビオンとの戦争の終わり際になる。

 

 あとはカトレア嬢やなんか酒場に胸の大きいシエスタの親戚の女性がいた気がするが、カトレア嬢は身を引きそうだし、しかも、カトレア嬢は俺と同じく病弱だとは言え公爵家の次女だ。身分の差でダメだな。シエスタの親戚は……、ぶっちゃけよく覚えてない。トリスタニアにいることしか知らない。アレ? この前ちょっとトリスタニアデートの事を考えていたときに思い出していた気がする。まぁいいか。自然に出会うだろう。

 

 しかし、エレオノール嬢に関しては確かにそうかもしれない。ふむ、やはり恋の戦場では戦力外なのだろうか。この調子だとモットおじさんという戦場も危ういかもしれない。クラウスに相談すべきだろうか。しかしだな、このデビュー戦をプロとはいえ弟に手伝ってもらうのはいかがなものだろう。

 

 ぶっちゃけモットおじさんの相手にエレオノール嬢を考えていた。ルイズ嬢の獲得作戦で使えないのであれば、即こちらの戦場に導いても良いのではなかろうか。うむ。折角名前が挙がったんだ。クラウスに聞いてみよう。

 

 「時にクラウスよ。モットおじさんはすでに結婚しているのかね?」

 

 「いや、していなかったと思うよ?」

 

 突然の俺からの問に、クラウスは思考の海から浮上した。ふむ、やはり好機。

 

 「もし今誰もエレオノール嬢を獲得する気がないのであれば、モットおじさんに彼女を宛がうのはどうだろうか。年齢も近そうだし、彼女は一度伯爵家に断られているのであろう? それならば、次は子爵家あたりに声をかけるしかあるまい。そう考えればあの若い女性を囲っているモットおじさんでも囲ったまま結婚できないだろうか。」

 

 そして、俺が結んだ側室選定法の契約書の話をし、その利点がモットおじさんの今後の修羅場を回避するということを、恐らく製作に関わったクラウスに改めて説明した。

 

 「ふむ。なるほど。それはそれで面白そうだね。で、さっき言ってた戦場というのがそこなのかい?」

 

 クラウスに笑顔で出来たばかりの古傷を抉られた。

 

 「ぐっ、ク、クラウスよ。う、うむ。確かにその通りだ。しかしだな、もし良いというのであれば今回は俺もその、戦場にだな、赴きたいと思っているのだが、構わないだろうか。」

 

 「それは構わないけど、本当は兄さん一人で戦いたかったんじゃないのかい? 聞いてしまったからには不安だから最低限僕は相談に乗らせてもらうけどね?」

 

 ふむ。やけに傷を抉ってくるな。はっ!? まさかクラウスはエレオノール嬢を狙っていたのだろうか。あ、ありうる。ここは良き兄として弟がエレオノール嬢を攻略できるよう、手助けすべきかもしれん! 

 

 「もしかしてエレオノール嬢を狙っていたかい?」

 

 「いやいやいやいや、兄さん。いくらなんでもそれはないよ? カスティグリアとしてどうかと、聞かれるならまだしもだね。彼女とは十歳以上離れている上に、彼女の性格は噂に聞いているよ? それはもう、かなり有名だからね。僕にとっては地位しか良い所がなく、他は欠点ばかりじゃないか。さすがに兄さんといえど、恋愛音痴には限りがあると思うよ!?」

 

 れ、恋愛音痴だと!? 婚約者がいて側室候補のいるこの俺が恋愛音痴だと!? ―――あ、うん。そうかもしれない。両方ともクラウスが関わっている節がありましたな。しかも戦力外通告受けて普通に納得してますしな。

 ま、まぁ本当にクラウスがエレオノール嬢をなんとも思っていないのであれば問題ないか。

 

 「ふむ。そうか。ならば自慢の弟よ。納得できるよう、どのような女性が好みか教えてくれたまえよ。」

 

 そう、紅茶に口をつけながら弟に恋バナを振ってみる。ふむ、他人の恋バナに口を突っ込むのはギーシュ以来か。ギーシュのときは後ろめたさもあったが、クラウスならば純粋に聞いてみたい気もする。

 

 「うーん、そうだね。あまり考えた事がなかったけど、少しくらいお転婆でもいいけど最低限、取り繕うくらいのお淑やかさは欲しいかな。後は比較的整っていて、会話が楽しめる女性がいいね。でも、もし結婚するなら地位も男爵以上は必要だからね。好みとは言いづらいかもしれないけど、その辺りだと思うよ。後は相手が現れてみないとなんとも言えないさ。とりあえず、あまりに身分が違ったり、歳が離れていると先の事を考えて恋愛も無理だと思うよ。」

 

 クラウスは真面目に答えてくれた。「なるほど」と言って紅茶をつける。しかし、その条件だとかなり的が狭まるのではないだろうか。というかその条件だとルイズ嬢は無理と……? 現れてみないと、と言っていたしな。となると狙うならアンリエッタ姫が濃厚か? 

 

 ふむ。確かに彼女なら問題はない気がする。ちょっと気が多いのが問題だが、クラウスなら何とかしてしまいそうな空気を持っている。それにアンリエッタ姫の思い人であるアルビオンの王子様も確か金髪だったはず。もしかしたら脈ありか!? しかし相手が王族となると気軽に話に出すのは止めておいた方がいいかもしれん。まぁ恋愛のプロに任せて観戦の準備だけしておこう。

 

 「ふむ。確かに勘違いだったようだな。では、その戦場に俺も導いてくれたまえよ。」

 

 「ふぅ、誤解が解けてよかったよ。とりあえず、ルイズ嬢とモット伯のことは考えてみるね。」

 

 そう、クラウスが心底安心したといった雰囲気を体全体から発露させ、この話は終わった。

 

 そして、シエスタが側室候補になったことに関しての話が始まったのだが、これはもうすでにモンモランシーとシエスタを含め三人で話してあるらしい。シエスタには介助の仕事も含まれているため、一応彼女からのアプローチはある程度制限しているので安心してくれと言われた。よくわからないが安心しよう。まぁ後の扱いは書類に記載されているらしく、その取扱説明書のような書類を渡された。

 

 パラパラとめくって読んだのだが、これを書いたクラウスの精神力には恐れ入る。むしろこういうのはモンモランシーや父上、母上あたりが書くべきものではなかろうか。筆跡が完全にクラウスなのが恐ろしい。ここまで淡々と書けることが、彼の未来の夫婦生活に影を落としてしまわないだろうか。いや「何事も初めてはモンモランシーから」とか「正室と側室の違いについて」とか「役割と序列の示し方」とかそんなのだけどね。

 

 しかし、この取扱説明書にもモンモランシーとシエスタのサインが入っているのが恐ろしい。特にサインにゆがみはなく、さらっと気軽に書かれたキレイなサインだ。俺なら恐らくゆがんでしまうだろう。しれっと彼女たちにこの書類を見せ、彼女たちもしれっとサインをしたのだろうか。さすが恋愛のプロたちであると言わざるを得ない。

 

 とりあえず、質問するような事はなかったので、了承した。と言って書類をテーブルに置くと、クラウスも話が終わったようで、今度はモンモランシーやモット伯、シエスタを部屋に入れ違う話を始めるらしい。

 

 シエスタに書類をサイドテーブルの書類を入れているところに入れて貰うよう頼むと、モンモランシーが書類を片付けてくれた。

 

 

 




ブラック少な目でしたね。ええ、前から比べれば普通でしょう。
 か、感想に書いて貰ったからやってみようとググってやってみたのだよ! 貯蔵を補充と間違えてたよ。フェイト見たことないんだYO;;
くっ、また私の黒歴史が一ページ……。

シエスタとの恋愛描写期待していた方、まだお待ちください^^
ええ、あの罠引っかかると厄介ですからね^^;
次話あたりからヒーリングふえr(ぇ

 あ、すいません。私風邪ひきました。ええ、昨日起きたらひどい寒気と頭痛が襲いまして、頭痛薬と風邪薬飲んで様子みながら書いてますorz
季節外れの寒い日が続きますね。皆様はどうか無理なさらぬよう。お体にお気をつけてお過しください。


次回おたのしみにー!

追記:ちょっとおかしいところ修正しました。なんで何度も何度も誤字やおかしいところ探してからアップしているのに、アップしてからの確認で気付くんでしょうかね? ホントすいません。


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26 モットおじさんとクロアの二つ名

おお、皆さんの日曜日になんとか間に合いました><;
ええ、皆さんの暇つぶしタイムにでも読んでいただこうと、何とかネタを搾り出し書いてみました。よろしければ暇つぶしの一助になる事を祈って。

それではどうぞー!


 モンモランシーが俺の横に座り、クラウスとモット伯が対面に座った。そしてシエスタがそれぞれ紅茶を用意し、俺とクラウスにもおかわりを注いだ。

 

 「では、今回のこの話に関しては王宮勅使、ジュール・ド・モットとして話させていただく。

 ああ、勅使に正式に対応するように立ち上がったり跪く必要はない。では始めるぞ?」

 

 と、言ってモット伯がキリッとした顔になった。ふむ。王宮の勅使殿が何の話だろうか。ぶっちゃけ俺に関する話が全く思いつかない。カスティグリアに関することならクラウス、モンモランシに関することならモンモランシーに話せばよい。なるほど、つまり両方の領地の次期当主に関する話か。それならば俺も聞いておいた方がいいのかもしれない。

 

 「真に喜ばしいことだ。クロア殿のシュヴァリエの受勲が内定した。後日、ゲルマニアに赴いていたマザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫がこの学院に立ち寄ることになっている。その際、受勲がされる予定だ。」

 

 「ごふっ」ごんっ

 

 予期されていたがごとくモンモランシーが俺にヒーリングをかけ続ける。俺のシュヴァリエ受勲は流れた話ではなかっただろうか。確か今日振り返ってそう想定したはずだ。な、何が起こったのだろうか。全く受勲の理由がわからない。

 

 「モ、モットおじさん。何が起こったのですか? それ本当に正当な理由なんでしょうね?」

 

 そう何とか問うと、規定で“軍役に就くのが困難と正式に認められた場合はこれを除く”という文言が追加されたらしい。

 

 「いやはや、これほど心躍る勅使の仕事はいつ以来だっただろうか。まず先日クラウス殿と話したあとすぐに学院の馬を借り、全力でトリスタニアに戻ったあと、リッシュモンをおど……いや、説得し、この規定の条項に追加文を付けさせたのだよ。

 そしてクロア殿がオールドオスマンによってシュヴァリエにすでに推薦されていることに加え、私が聞いた内容を事細かに記し、私も推薦状を書き、マリアンヌ様に受勲のサインをいただいたのだが、マザリーニ殿にもサインを貰うよう言われてな。

 足に困っていたのでカスティグリア殿にこのことを相談したら、快く彼が王宮に待機させている風竜隊を貸してくださったのだよ。そして私はかの風竜隊の助けを得たのだが、かの風竜隊はなんとゲルマニアから帰国途中のマザリーニ殿の隊列を見つける頃には日も傾き始めていたというのに王宮からたった数時間で捕捉してしまってな! その日宿泊する街に着く直前のマザリーニ殿馬車を止め、事情を話したら快くサインをしてくれたのだよ。

 ついでに隣に座っていたアンリエッタ姫にも聞かれてしまいましてな。はっはっは、本来必要ないのだがついでに彼女のサインもいただいてきた。そして、戻る頃には日が落ちて夜間になったというのに、かの風竜隊は夜間訓練にちょうど良いと申してな。少々不安はあったが飛び立つと、実際に行きより早くトリスタニアに戻れましてな。いやはや、カスティグリアの風竜隊は真にすばらしいですな。」

 

 と、笑顔で武勇伝のように語っていただいた。

 

 どこから突っ込んでいいのか全くわからない。モットおじさん。何そんなことに全力注ぎ込んでるの!? 学院のメイド引っ掛けるのとあまり変わらないんじゃないの!? というか何それ、嫌がらせですか?

 

 「モット伯はなんと一日で終わらせてしまってね。次の日には学院にいらっしゃったのだけど、兄さんが伏せていたので、起きるまで毎日来ていただいたのだよ。兄さんが早めに起きてくれて良かったよ。」

 

 と、笑顔のクラウスが引き継いだ。ええ、調子悪いと5日とか7日とかかかりますからね。まぁ早い方でしょう。しかし、だな……。とモンモランシーを見ると少し上気して輝くような笑顔をこちらに向け

 

 「良かったわね、あなた。私も嬉しいわ。」

 

 と、笑顔のまま目を細めた。くっ、かわいい。このかわいさでは全てを譲ってしまいかねん。しかし、しかしだな……。と、耐えていると逆サイドから

 

 「クロア様。本当におめでとうございます!」

 

 と、いうシエスタの声がかかった。彼女の方を見ると胸の前で両手を組んで目をキラキラさせている。えっと……。うん。モンモランシーとシエスタを交互に見ても現状は変わらない。むしろ体力がどんどん低下しているような気がする。そしてその度にモンモランシーがこっそりテーブルの下からヒーリングをかけている。

 

 ふぅ。この二人に挟まれては抵抗は無理だ。そう、決まってしまったのならいたしかたあるまいて。

 

 「ありがとうございます。しかしですね、叙勲に耐え切れるかは自信がないのですが……。」

 

 と、諦めつつも最後の抵抗を試みると、モットおじさんに最後の逃げ道をふさがれた。

 

 「うむ。マザリーニ殿ともすでに話してある。その時にもしクロア殿が伏せっているようであれば、この私が勅使として代理に行うことになる。なに、私の屋敷はこの学院から近いからな。毎日通ってもさほど支障はないから安心してくれたまえ。」

 

 笑顔のモットおじさんが叙勲を申し出た。うむ。無駄な抵抗だったようだ。

 

 「兄さんがシュヴァリエを受勲することは決まったのだけど、一つだけ相談があってね。シュヴァリエ受勲の際に“始祖と王と祖国に忠誠を誓う”のが慣わしになっているんだけど、どう思う?」

 

 クラウスに少し心配そうに聞かれた。ふむ。確かにここで断ると反逆を疑われてもしかたがない。しかし、素直に始祖と王と祖国に忠誠を誓うのも少々抵抗がある。むしろ今現在王位は空いているはずだ。誰に誓うと言うのだろうか。

 

 「王位は今空席ではなかったかね? 王と言っても誰に誓うというのだい?」

 

 そう軽く返して紅茶に口をつける。ぶっちゃけこれでシュヴァリエが流れても俺としては問題ない。むしろいい口実になるかもしれない。なるほど、心配なのは反逆を疑われることではなく俺に逃げ切られることかね? 

 

 「それなのだが、その後王位に就くものに暫定的に、というわけにはいかないだろうか。」

 

 モットおじさんも顔は笑顔だがやはり心配しているようだ。暫定的には行かないだろう。ここで次の王が決まる時に真っ二つにトリステインが割れたらどうするつもりだろうか。まぁそのようなことは起こらないと思うがいい材料ではある。

 

 「ふむ。その辺り、個人で誓うには少々厳しいものがありますな。俺が誓って王位に就いた者を支持することを強制され、カスティグリア、モンモランシの意見が違った場合、俺にとっては誓いを破棄せざるを得ないでしょう。

 それに、トリステインの事を考えず、ここまで長い期間空位にしていた、これから王位に就く愛国心の低い人物にあまり忠誠を誓いたくありませんな。祖国のみというわけにはいかないでしょうか。」

 

 ぶっちゃけカスティグリアやモンモランシから比べればトリステイン王国すらそこまで個人的な重要度は高くない。モンモランシーと婚約するまではアルビオンとの戦争でそこに避難地を作って順次移住させる計画やガリアやゲルマニアに併合されることを考えていたくらいだ。それから思えば結構妥協しているのだが、それが分かるのはクラウスや父上だけかもしれない。

 

 「うーん。僕としては兄さんの気持ちはわかるし、それでも妥協しているのを知っているけどね。」

 

 クラウスからの援護射撃があったがモットおじさんの顔は少々曇った。

 

 「ううむ。できれば始祖にも誓って欲しいのだが、カスティグリアという土地柄だろうか。」

 

 ふむ。カスティグリアのお土地柄は反ブリミル教が多いんですかね?

 

 「ふむ。カスティグリアがどのような情勢でどのような思想が多く、周りからどのように評価されているのか全く知りません。立地ですらモンモランシーとの婚約時に書類に添付されていた地図で知ったくらいですからな。俺は基本的に部屋からほとんど出ませんし、ブリミル教の教えもほとんど知りません。」

 

 そう言い訳になるのかならないのかよくわからないことを言うと、モンモランシーが少し悲しそうな声を発した。

 

 「ねぇ。あなた。それなら結婚の時はどなたに誓うの?」

 

 ごふっ、な、ななななんてことだ。よく考えたら結婚式ってブリミル教の教会とかで行うのか? いや、教会でウェディングドレスを着たモンモランシーを見るのはその、見るのは……。よ、様式美だけでも見たいかもしれない。うん。ぜひとも見なくてはダメだろう。ハルケギニアに生れ落ちた人として。

 

 ―――いや、待てよ? もっといい相手がいるじゃないか!

 

 「モンモランシー。俺の人生を捧げた人。そんな悲しそうな顔をしないでおくれ。君への愛なら誰にでも喜んで誓わせてもらうよ。そう、始祖にでもこれから就くであろう王にでも敵対するであろう反アルビオンの旗頭である司教にでも君への愛は誓える。

 でも、愛する人との結婚式なんだ。もっといい相手がいると思うのだよ。そう、君の家が代々交渉役をしている相手、ラグドリアン湖の水の精霊が相応しいと思わないかい?」

 

 モンモランシーに対して体ごと振り向き、彼女の頬に片手を添えて提案をすると、彼女は俺の手に自分の手を添えて顔を蕩けさせた。

 

 「あなた……私の全てをあげた人。みんなの前で永遠の愛を誓い合うのね……。ぜひそうしましょう?」

 

 そして、モンモランシーがそっと目を閉じてこちらに顔を近づける……。すまん、クラウス。あとはまかせ―――

 

 

 「んんっ、クロア殿、モンモランシー嬢。話が逸れたようだよ。」

 

 モットおじさんの咳払いで中断させられ、俺とモンモランシーはラグドリアン湖の野外に作られた結婚式場から学院の女子寮の俺の部屋に引き戻された。ちょっと惜しい気もするが、モンモランシーがそっとうつむいて恥ずかしそうに手を離したのでモットおじさんの話に戻る事にした。

 

 「えー、ああ、そうでしたな。ふむ。では、そう……、俺もモンモランシになることですし、ここはモンモランシらしくラグドリアンの水の精霊とトリステインに忠誠を誓うということで良いですかね。俺の人生はモンモランシーに捧げられておりますので、個人に忠誠を誓うとしたらモンモランシー以外ありえませんね。」

 

 我ながら名案かもしれない。そう思ったところで、プリシラから使い魔のルーンを使った会話が割り込んだ。

 

 『ご主人様。それは認められないわ。誓うなら火の精霊でないとだめよ。』

 

 お、おう? 火の精霊ってプリシラさんのご飯ではありませんでしたか?

 

 『プリシラ。火の精霊って君のご飯ではなかったかい?』

 

 『そうね。でもご飯と言えど、水の精霊に誓って火の精霊に誓わないのは納得いかないわ。』

 

 ふむ。火の精霊を見たことはないが、恐らくプリシラとしてはおいしいものを差し置いて他のご飯に誓うのはダメなのかもしれない。

 

 『見たことはないが、プリシラがよくお世話になっているからね。火の精霊にも誓うのなら構わないかい?』

 

 『そうね。それなら構わないわ。』

 

 『わかったよ。プリシラ。教えてくれてありがとう。』

 

 そういうと、プリシラは『構わないわ』と言ってルーンの効果を切ったようだ。

 

 「あ、プリシラからルーンを使った声が届きまして、水の精霊に誓うのであれば火の精霊にも誓わないとダメなようです。と、言うわけで火の精霊と水の精霊とトリステイン王国に忠誠を誓うということで、ちょうど三つ揃いましたし、これで行きましょう。」

 

 そう笑顔で提案すると、クラウスは笑顔で「そうだね、兄さん」と肯定してくれた。モットおじさんはちょっと残念そうな顔をして

 

 「いや、三つ揃えればいいというわけでは……、いや、精霊なら許容範囲……なのか?」

 

 と、独り言を言いつつ考え始めた。まぁこれでダメならシュヴァリエを諦めよう。邪魔になるようであれば必要ないものだ。

 

 「モット伯、落し所ですよ。これ以上は恐らく兄が放棄します。」

 

 そんな事を考えていると、クラウスの小声がほんのり聞こえた。まぁカスティグリアのお土地柄というのであればクラウスにとっても父上にとってもこれがベストであろう。

 

 「わ、わかった。そのようにしよう。マザリーニ殿には私から事前に知らせておく。恐らく問題にはならないだろうて。むしろ問題にならぬよう説得させていただくので安心して欲しい。」

 

 モットおじさんがモット卿の顔になってそう告げ、シュヴァリエの受勲の宣誓相手が決まった。最終的に「誰だか知らないがさっさと王位に座ってないのが悪い」ということになったようだ。俺としてはありがたいことだったのかもしれない。

 

 それからマザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫が来る大体の予定が知らされ、それまで俺は安静にしているよう言われた。「いや、少しは運動した方が良いのではないかね?」と、聞いたら運動も危険かもしれないので安静にしているよう言われた。

 

 そういうわけで軟禁生活が始まることが決まってしまった。いや、いつも通りなのだが、その、姫様が来る日は確かギトー先生の楽しい風魔法の授業があった気がするのだよ。そして風の優位性を知らしめるために偏在(ユビキタス)を使うところでコッパゲール先生に中断されたのだけはちゃんと覚えているのだよ。是非とも生ユビキタスを見てみたい。ホントに持ってる物も偏在で作り出されるのか見てみたい。作り出された物が消えるかどうか是非とも検証したい。

 

 しかし、今この場でそれを言っては恐らく怪しまれるだろう。ミスタ・ギトーに後日見せて貰うのでも構わないのだが、その口実だけでも何としても欲しい。何とかギトー先生の授業に出席する方法を考えねばなるまいて。はっ、そうか。マルコがいるじゃないか。マルコを通して口実をいただくというのもいいかもしれん。候補に入れておこう。

 

 「兄さん。何か不穏なことを考えていないかい?」

 

 笑顔のクラウスに察知された……。だと!?

 

 「ふむ。不穏か……。心当たりが全くないな。ただ少々ミスタ・ギトーの授業のことを考えていてね。時期的にそろそろ彼の授業が始まるのではないかと思うのだよ。」

 

 「ああ、兄さんがお気に入りの先生だね。確か風のスクウェアの。」

 

 ふむ。確かになぜか会った事も原作知識での絵も印象にないので、見た目もわからないのにお気に入りではある。マルコの評価はそれなりに高いし、教師としての能力には問題がないのだろう。

 

 しかし、よくよく考えてみれば、今のところ比べる対象は火の系統魔法をあまり教える気がないコルベールや、土の系統を教えているシュヴルーズだ。『赤土』シュヴルーズは研究者としてはすばらしいのかもしれないが、二人に比べるといささか落ちるトライアングルメイジだ。水の系統魔法を教える先生は見た事も会った事も原作でも知らない。ふむ。完全にただの相対的な評価かもしれない。

 

 いや、相対的にでもすばらしいのなら問題はないだろう。しかし、モットおじさんが学院のレベルが落ちているといったようなことを言っていた記憶もある。昔はすごかったのだろうか。

 はっ! モットおじさんは確か水のトライアングルと言っていたな。昔はすごい水の系統メイジがいたのかもしれない。そしてその方が今はいないと。それならば納得できる。

 

 「ふむ。昔はすばらしい教師が揃っていたものだが、最近の学院は質が落ちたと個人的には感じざるを得ない状況だ。しかし、クロア殿が認める教師が一人でもいるのであれば捨てたものではないのかもしれませんな。」

 

 ふむ。モットおじさんの評価はやはり最近は質が落ちているようだ。まぁぶっちゃけ質は低いと思う。魔法を教えるだけで、本来教えるべきであろう、トリステイン貴族としての教養に関しては形骸化しているし、誰も教えない。

 

 「ミスタ・ギトーは少々狭量で、風の系統が全てに勝ると考える方のようですが、系統魔法を教えることに関してはかなりの実力をお持ちのようです。俺の友人にマリコルヌという者がいるのですが、実際彼はミスタ・ギトーに師事し、入学直後にはドットだったのですが、今年にはすでにラインになっており、更に腕を上げております。」

 

 「あら、水の系統の教師である、ミセス・マリーもすばらしい方よ? 私もルーシアさんも彼女に師事し、トライアングルにもなったしヒーリングの腕が上がったわ。

 クロアもお世話になっているでしょう?」

 

 ふむ。水の系統の教師はミセス・マリーと言うのか。しかも、俺がお世話になっている?

 はっ! も、もしかして医務室にいらっしゃる水メイジの方ですかね? 確かにいつも診療してくださる人は彼女ですが、教師だったのか……。

 

 「もしかして、いつも俺を診療してくれる水メイジの方かい? そうだったのか。確かに彼女の腕はすばらしく、信頼に値する方だと思うよ。モンモランシーの腕が上がった背景にはそのような方がいらっしゃったのか。」

 

 そうモンモランシーに尋ね、彼女が肯定したのでミセス・マリーに関しての腕を褒めると、「そうでしょう?」と彼女が笑顔を見せてくれた。

 

 「ま、まさか、ブラッディ・マリーか!? いや、彼女は結婚して領に篭ったはず。そう、きっと同一人物ではあるまいて。」

 

 モットおじさんが驚愕のあとブツブツ言いながら青い顔をしている。ふむ。むしろブラッディ・マリーさんの方が気になる。

 

 「あら、モット卿。ご存知でしたか。彼女がこの学院にいたころはよく治療や研究の際、返り血を浴びてしまってブラッディ・マリーという不名誉な二つ名を頂戴してしまったそうですね。彼女もその事を気に病んでいらっしゃって、最初に私やルーシアさんに教えてくださるときにそのようなことにならないよう、気をつけるよう言われました。」

 

 「なっ!? や、やはりブラッディ・マリーだったのか! んんっ、すまないが少々急用を思い出した。クロア殿、できるだけ安静にしているのだぞ? それでは失礼する。」

 

 若干わざとらしくモットおじさんが退室していった。モンモランシーとクラウスとシエスタお見送りしたが、なぜ彼がブラッディ・マリーの事を恐れたのか全く解らない。医療行為に携わるのであれば血がつくのは必然ではなかろうか。いや、内科医だけなら付かないかもしれないが。

 

 なんとなく語調に覚えがあったので前世の記憶をさらってみると、ブラッディ・マリーというカクテル(お酒は二十歳になってから)があったようだ。トマトを使った真っ赤で濁ったある意味血をイメージしたような色のカクテルなのだが、そもそもの由来はメアリー一世という名の女王がいたことらしい。同情の念を覚えざるを得ない人生を歩んだ方だが、後の歴史家には否定的な意見が多く、つけられたあだ名がブラッディ・メアリーという……。

 

 ふむ。そう考えると、モット伯はミセス・マリーを誤解している可能性が高いのではないだろうか。ぶっちゃけ関係ない上に、彼の歩んでしまった黒い覇道を見つめることになる可能性があるのであまり深入りするつもりはないが、メアリー一世のように主義主張によって人の見え方とは簡単に変わるものでもあるのだ。むしろモンモランシーやルーシア姉さん、そして俺もかなりお世話になっている。そう考えると、ブラッディ・マリーという名は口が裂けても言えまいて。

 

 「モンモランシー。そのような不名誉な二つ名を頂戴したからと言って、ミセス・マリー本人の価値には何の傷も付くまいて。むしろただの誤解であった可能性も否定できないだろう。しかし、二つ名か。」

 

 よくよく考えれば俺は二つ名を名乗っていない。今日も不名誉な二つ名を頂戴する直前だった。この際決めておくのもいいかもしれない。ただ、この二つ名というのは基本的に自己申告制であまり意味があるようには思えない。あまりにかけ離れ、かっこ良すぎるものを付けてしまった場合、それはそれで後々黒歴史にまた一ページ記されることになってしまうだろう。

 

 「そういえば兄さんは二つ名を名乗っていなかったね。ふむ。受勲式のときに二つ名があった方がいいかもしれないね。今何かいいものあれば決めてしまおうか?」

 

 「そうね、でも基本的に二つ名は自分で名乗るものだから、これと言ったものがあればいいのだけど。」

 

 「そうだな。考えてみるとしよう。うーむ。」

 

 クラウスとモンモランシーも今決めてしまうことに賛成のようだ。そして二人とも思考の海に沈んだ。俺も負けずに沈もうか。

 

 ううむ。しかし、二つ名か。とりあえず火の系統なのだから火に関するものだろう。そして、ちょっと文字った程度では蔑称にならないようなのがいい。そう考えるとギーシュの青銅はすばらしいセンスかもしれない。飾りすぎず、そして自分の得意な系統をアピールし、蔑称もそこからは思いつかない。さすがギーシュと言えるだろう。

 

 火か。火の系統で知っている二つ名はキュルケの『微熱』にコルベールの『蛇炎』、ケティ嬢の『燠火』、そしてアレクシスの『激炎』。メンヌヴィルという火の使い手がいて二つ名を持っていたが何だったかは覚えがない。キュルケの『微熱』はまさかのラフレシアっぷりの自己申告である。常に微熱に犯されており、恋すると燃え上がるそうだ。コルベールの『蛇炎』は彼の得意な攻撃用の魔法が蛇っぽいからなのだが、現在ゆかいな蛇君などで蛇好きをアピールし、隠蔽中だと思われる。いや、うん。まぁ頭頂部は蛇っぽいかもしれませんね。ケティ嬢の『燠火』やアレクシスの『激炎』の由来は不明だが個人的に『燠火』はいいかもしれない。

 

 ふむ。思いつかない。そして火系統メイジの少なさが少々痛い。とりあえず自分の系統がどのように作用しているのか考えよう。

 

 まず他者のファイアー・ボールに比べ異常に速度が速く、温度が高い。これはファイアー・ボールに限らず全体的に高威力化、高速化されているが可能性が高いが、比べたのはファイアー・ボールだけなので断言はできない。次に防御にも手加減にも発動速度の点でも威力でも一番便利、かつ俺のオリジナルであるラ・フォイエ。いや、オリジナルというよりプレゼントなのだが、ついポロッとプレゼントと言わないようオリジナルと言っている。

 

 この辺りから付けるとしたら「瞬炎」「瞬高」「爆炎」辺りだろうか。ちょっと黒歴史を踏んだ直後でこれはハードルが高い気がする。ああ、モンモランシーの姿を焼き付けたあと消えてしまった経緯もあったな。となると「焼失」だろうか。ふむ。焼失か。悪くない。候補に残そう。

 

 別のアプローチで考えてみよう。俺は戦闘行動をこの学院に来て3回行っている。その際の現象から考えてみてもいいかもしれない。まず、『激炎』アレクシス戦。確か相手のファイアー・ボールを吹き飛ばして相手の両足を炭にした。次は主人公のサイト。後遺症の残らないよう手加減してラ・フォイエで吹き飛ばした。脳に後遺症が残ってしまったかもしれないのが少々不安だ。最後にフーケ。手加減を間違え、ゴーレムが塵になりフーケが吹き飛んだ。ふむ。炭に塵に吹き飛ばしか。ああ、最近よく「灰にする」という言葉を多く使っている気がする。お気に入りかもしれない。これも候補に入れよう。

 

 その辺りから付けるとしたら……「炭化」「衝撃」「爆炎」「暴発」「塵化」「灰炎」あたりか? ふむ。どれもこれも黒歴史の一ページを飾りかねない恐ろしい印象を受ける。もっと大人しい、それでいて誰もが認めるような単語はないだろうか。ここはキーワードを絞ってみよう。個人的に灰や炭は雰囲気がよい気がする。

 

 灰、灰か……灰被り? シンデレラとか!(笑)

 

 『ご主人様。シンデレラって何かしら?』

 

 おっと、プリシラさんに考えを読まれてしまったようで、シンデレラについて尋ねられた。どこまで読まれているのか気にはなるが、ぶっちゃけ結構慣れた。使い魔とはそういうものなのだろう。

 

 『うーん。誰が書いたお話か忘れてしまったのだけどね?』

 

 と童話版の灰被り(シンデレラ)のストーリーをプリシラに語ると、プリシラはいたく感激なさった。

 

 『すばらしいお話ね、ご主人様。最後に白鳩がシンデレラの義姉二人の両目をくり貫くあたりが最高よ。シンデレラはとても使い魔に愛されていたのね。』

 

 ふむ。確かにそう考えるとシンデレラに対する白鳩はすばらしい使い魔だろう。いや、契約していないとは思うし、使い魔ではないと思う。しかし、母親の墓の近くの木にくる白鳩は母親の愛情や怨念を表しているのかと思っていたが、意外と使い魔と言われてもしっくりとくる。

 

 なるほど、プリシラに対する灰被りか。シンデレラは女性だが灰被りなら男性でも構わないだろう。いや、シンデレラも灰被りという意味だが、この際気にしないことにしよう。そして灰にするというワードも含まれているし、「相手を灰にし、それを被って灰被り」とかカッコイイかもしれない。地毛が黒髪であったならまさしく灰髪だったのが惜しい。しかし、一応白髪はあるのだから灰被りでもよさそうだ。

 

 なにより普段は黒歴史になりづらいであろう雰囲気がすばらしいし、すでにこの時点で蔑称になっているわけだからして、ここから更に蔑称になるとは考えづらい。ふむ。良いのではなかろうか。

 

 『プリシラ。俺の二つ名を“灰被り”にしようと思うのだけどプリシラはどう思う?』

 

 『そうね。とてもすばらしいと思うわ! 私もその白鳩のようにご主人様を助けるわ。』

 

 『ありがとうプリシラ。俺のつがい。』

 

 『構わないわ。私のご主人様。』

 

 プリシラからオッケーを貰ってしまった。シンデレラに出てくるのは白鳩だけでなく、白鳩の代わりに魔女だったり何だったりしたわけだが、この世界には普通に魔女と言える存在がいるからな。ここは白鳩バージョンにしてみたのだが、それが意外とうけてしまった。ふむ。しかしシンデレラ以外に鳥が活躍する話はあっただろうか。まぁ鳥が活躍するお話を思い出したら書きとめておこう。

 

 「モンモランシー、クラウス、シエスタ。二つ名が決まったよ。これからは『灰被り』のクロアを名乗ることにした。」

 

 一緒に考えてくれていた二人には悪いが、一応二つ名というのは自分で考えるものだ。いや、思いつかなかったら彼らの案を採用する気満々だったので、大変ありがたいことなのだが、今回は俺自身の考えを優先させていただこう。

 

 「ふむ。前に兄さんの友達が『クロアは自虐的な冗談が好きだ』と言っていたけど、今回もその系統かい?」

 

 「いやいや、一応色々な意味があるのだよ。当然自虐も含めているがね? これから更なる蔑称に繋がらないだろうところが良いじゃないか。」

 

 そう言うとクラウスは一応の納得を見せたが、モンモランシーは納得いかないようで、真面目な顔をしてそっと俺の頬に手を置き、顔の向きを変えられた。

 

 「ねぇクロア。私はもっとあなたに似合う“ステキな二つ名”や“キレイな二つ名”がいいと思うのよ。」

 

 ふむ。確かに香水に灰被りでは似合わないかもしれない。しまったな。モンモランシーの事を考えていなかったようだ。なんとか灰被りの良さをアピールして説得せねばなるまいて。

 

 「モンモランシー。確かに君の香水から比べると全く気品や上品さが見当たらない名前だね。

 でもこの二つ名はね。『敵対する相手を灰にし、その灰を自分で被ることをいとわない』という意味も含んでいるのだよ。カスティグリアやモンモランシを守るため、そして何より俺の人生を捧げたモンモランシーや、俺の介助をしてくれて、側室候補になってくれたシエスタを守るため、どんな相手を灰にしてでも守りきるという意思を篭めたつもりだ。」

 

 俺の頬に当るモンモランシーの温かくて柔らかい手にそっと自分の手を添えてモンモランシーにキリッと告げると、彼女は顔を蕩けさせた。

 

 「あなた……。『灰被り』のクロア……。もしあなたが灰を被るなら私も一緒に被るわ。そして私の香水で流してあげるわね。」

 

 「クロア様。私もお洗濯がんばります!」

 

 おお。よ、よくわからないがシエスタにまでちゃんと受け入れられたようだ。そっと頬に当るモンモランシーの手を両手で握ってから振り向いてシエスタを見ると、上気した顔にキラキラ目を輝かせて胸の前で両手を握っていた。

 

 そして最初に一応納得したはずのクラウスだけが俺を疑いの眼差しで見つめ、イマイチ納得してないような顔に変化していた。

 

 いや、うん。まぁ良いではないか。

 

 そう視線を送ると、クラウスはちょっと肩をすくめ、俺の二つ名が無事決まった。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。この話を書くまで「焼失」に内定していたのですが、単なる思い付きで「灰被り」になりました。色々な意味をもたせられたので個人的に気に入ってしまったのが原因ですね^^;

 ぶっちゃけ「交渉というもの」を書き始める前にプロットとは言えないようなプロットを書いた時にはこのような話が出来るとは想像されておりませんでした。モット伯の話で作者がはっちゃけすぎて、ちょっと中弛みでしたかね?

 水の系統の担当教師ミセス・マリーはオリキャラです。一応簡単な設定ではモットおじさんの過去に多大な影響を残している感じです。

 注釈や解説で「ブラッディ・メアリー」や「シンデレラ」を入れようと思ったのですが、書いてる途中でそれだけで千字オーバーしたので削りました;; よろしければwikiなどでお調べください。途中まで書いてちょっと悔しいので、あとで活動報告に書いておこうかと思ってます^^;

追記:26話の捕捉解説など という活動報告を上げました。よろしければご覧ください。

追記の追記:感想で「ルイズの父親は昔サンドリオン(灰被り)と名乗っていたよ!」と教えていただきました。調べてみたらその通りでした。大変ありがとうございます(ペコリ
さすがにそこまでは小説も読んでいないのでノーチェックでした(遠い目
しかし、私自身もご指摘を受け、初めて知ったのでクロア君も知らなかったということでひとつ。むしろ今後のネタに出来るかもしれませんね^^
ちょっと灰被りが被るかもしれませんがこのまま行きます。

 

 次回! 多分お姫様が学院にやってくる!?


次回をお楽しみにー!


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27 アンリエッタ姫

アンリエッタ姫をどうしようか悩みました。ええ、悩みました。
そんな事は気にせずとりあえずどうぞー!


 『灰被り』のクロアを名乗り始めてから数日経った。いや、ぶっちゃけ『灰被り』という二つ名を俺が紹介したのはモンモランシーとクラウス、それにシエスタだけなので、名乗り始めたと言っても実際に「『灰被り』の二つ名を名乗らせていただいている」とか言ったことはない。もしかしたら他に誰も知らないかもしれない。いや、知らない可能性の方が高い。

 

 クラウスはこの数日間も短時間だが頻繁にモットおじさんと会って話していたようで、マザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫の現在位置や予定日に狂いが出ないか情報交換をしているらしい。そのようなクラウスの本気度をモンモランシーが毎日お見舞いに来て話してくれた。

 

 そして、明日はいよいよミスタ・ギトーの初授業が行われるらしい。ついでにマザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫が来るらしい。

 

 ふむ。シュヴァリエという罠やミスタ・ギトーの初授業に心奪われすっかり忘れていたが、ここで一度これから起こるであろう原作のあらすじに関する考察を行っておくべきだろう。いや、すでにかなり乖離している気がするが、まだギリギリセーフであるはずだ。介入することによって再び乖離が進む可能性は高いが、もしかしたらそれによってカスティグリアやモンモランシが良い方向へ向うかもしれない。

 

 確か、マザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫が、同盟関連と婚姻関連の話をしにゲルマニアに赴いたあと、帰路の途中にある学院へ寄ることになる。この辺の変化は今のところない。

 そして、ミスタ・ギトーの授業中にコッパゲ先生がカツラを被って乱入し、アンリエッタ姫を出迎えるため、全員出迎えの準備をすることになる。そういえばマザリーニ枢機卿に関しては言明していなかった気がする。アンリエッタ姫だけとは、コッパゲ先生もしかしてミーハー?

 

 そして、何かあったあと、その後に起こるイベントが今回のキーになる。夜、アンリエッタ姫がルイズ嬢の部屋を密かに訪れ、ルイズ嬢との古い友好を再び暖めなおすのだが、ちょっとわざとらしかったはずだ。いや、モットおじさんとクラウスの演劇調交渉術もちゃんと双方に通じていたことを考えると、もしかしたらハルケギニア流の交渉術なのかもしれない。俺には備わっていないが、クラウスにも備わっている技能であるし、英才教育されている人間にとってはむしろ当然使われるべきものなのだろう。

 

 少々逸れたようだ。そこで、アンリエッタ姫がルイズ嬢にトリステイン王国のためにゲルマニアに嫁ぐ事を話し、ルイズ嬢の同情を引き出しながら今回の問題を告白する。「始祖に誓ったアルビオンの王子様へのラブレターがアルビオンにあるのだよ!」というものだ。重婚が一応許されていないこの世界で、ゲルマニアに嫁ぐことになっているのにその手紙が見つかると同盟にヒビが入るのでは? という話だったはずだ。そしてその手紙の回収をルイズ嬢とサイト、そしてたまたま立ち聞きしていたギーシュが請け負う。

 

 しかし、アンリエッタ姫はなぜルイズ嬢に頼んだのだろう。手紙を何としても秘密裏に回収したいのは何となくわかる。しかし、何も公爵家の三女を送り込むことはないだろう。もしかして王族の自分がゲルマニアに嫁ぐのに公爵家の三女が将来普通に恋愛結婚しそうなのがイヤだったのだろうか。原作のあの姫様の性格だとありえないと言い切れないところが怖い。

 

 ふむ。本当にそんな単純な感情で起こしたのなら問題ないかもしれない。奪還作戦は今のままでもギーシュやキュルケ嬢、タバサ嬢が協力してくれれば原作通り上手くいくだろう。しかし、単純な感情でなかった場合は周囲に危険が伴うかもしれない。少し考えてみよう。

 

 まず、彼女の現在の保護者的な立場であるマザリーニ枢機卿に相談した場合、マザリーニは動くだろうか。原作の状況なら迷わず見捨てるだろう。現在と同じようにカスティグリア、モンモランシ以外の戦力が全く揃っておらず、負ける直前のアルビオン王党派に使者を送ったことを口実に内戦が終わり次第攻めれる可能性があるからだ。もしアルビオンの貴族派をあっさり跳ね除けるような力を持っているのであればもっと早くアグレッシブに動いていてもおかしくない。

 

 それに使者を送るとしても王党派約300名に対して貴族派は公称五万の軍だ。そこに堂々と使者を送るならばやはりそれに釣り合うような戦力か、少数精鋭でかなり訓練されており、さらに名のある貴族が必要だろう。今のところ、『烈風』のカリンくらいだろうか。彼女が現役の頃は本名だけでなく性別さえ隠されていたのだが、現在はカリーヌという名前のルイズ嬢の母上だ。一時的にカリンに戻っていただいて、任務に就いていただくくらいしか思いつかない。

 

 つまり、マザリーニに相談しても後々の対処を彼に任せられるだけで手紙自体は放棄される可能性が高そうだ。そして、恐らくマザリーニは手紙の事を知ったらトリステイン側が少々損を被ってもゲルマニアに相談するだろう。実際、手紙が出たとしてもゲルマニアが先に知っていればアンリエッタ姫とゲルマニアの皇帝が存在を否定する公式宣言を出すだけでよい気がする。ただ、アンリエッタ姫の名声に少々傷が付き、ゲルマニアでの対応が少し悪くなるかもしれないだけだ。トリステインとしては損害は少ないが、アンリエッタ姫としてはあまりいい未来ではないかもしれない。

 

 次にルイズ嬢に相談した場合なのだが、ルイズ嬢が引き受けなかった場合は特に考えなくていいだろう。友達として愚痴ってごめんなさいとちょっと考えが足りない振りをして口をつぐんで貰えれば問題ないだろう。恐らくルイズ嬢が引き受けなかった場合とルイズ嬢が引き受けても失敗した場合の最終的な手段は先のマザリーニへの相談だろう。

 

 いや、時系列的に間に合うかどうかはかなり怪しい。何も対処せずに居た場合が一番トリステインにもアンリエッタ姫にも悪い未来になりそうだが、ギリギリ間に合うと考えたのだろうか。もしくは間に合わなくてもルイズ嬢に相談する方に賭けたのだろうか。その辺りはあまり重要ではなさそうだが、一応覚えておこう。

 

 そして、もしルイズ嬢が快諾した場合、アンリエッタ姫は成功と失敗の確率をどの程度見積もっていたのだろうか。

 

 まずアンリエッタ姫はアルビオン王国の情勢は知っているはずだ。想い人であるウェールズ王子の死期が近い事も知っていたから亡命を薦めたのだろう。ん? ウェールズ王子に手紙を届けた時点で亡命を薦めたことを知っていたのはアンリエッタ姫とウェールズ王子のみ……、本当に亡命して欲しいのであればルイズ嬢にも知らせるのではないだろうか。何かが引っかかった気がしたのだが思いつかない。

 

 むしろ本当に、手紙回収の依頼に関するウェールズ王子への手紙を事前に用意していなかったことから、偶然愚痴ったらルイズが快諾してくれてその場で手紙を用意したのだろうか。いや、その可能性もあるが、偶然を装った可能性も否定できない。手紙を用意していない場合、その場で書けば良いだけだし、断られたときはウェールズ王子への手紙を用意していたら処分に困っただろう。

 うむ。偶然を装ったと見ていいと思う。むしろ書くときのウェールズ王子を想うしぐさをルイズ嬢に印象付けることも計算していただろう。

 

 と、なるとかなり前から作戦が練られていたのではないだろうか。自分の頭だけで考えた手紙の内容も暗記できるほど、想像の中で何度も見直したに違いない。このように狡猾な手段を思いつき、古い友人が相手でも実行できるような姫様だ。綿密に計画を立てる能力は準マザリーニクラス、クラウス並にあると見ていいかもしれない。

 

 つまり、原作では成功しているが、彼女の中での失敗の確率はかなり高かったのではないだろうか。原作の状況だとちょっと運が悪かっただけ、いや、良すぎる運がちょっと足りなかっただけで失敗し、死ぬ可能性や貴族派に捕縛される可能性が高い。ルイズ嬢の婚約者であるワルド子爵を彼女の護衛に付けたのもそれならば色々と理由付けが出来る。

 

 捕縛され、彼女の尊厳が散らされることも考え、先に手を付けられるよう婚約者との旅を勧めたのだろうか。そして、死ぬ可能性も含め、捕縛される間際や死ぬ間際くらいは好きな婚約者と一緒にいられるように配慮したのだろうか。国宝である水のルビーを渡したのは路銀ではなく彼女の身代金という考え方もできる。

 

 失敗した場合、失うのはルイズ嬢かルイズ嬢の信頼とワルド子爵というマザリーニの駒。そしてヴァリエール公爵との関係が悪化するくらいで、ゲルマニアから見ると、別段悪くない気もする。手紙が公表されようと、その損失分くらいの埋め合わせになるかもしれない。

 

 何しろ、ヴァリエールの中でも嫁にいけない長女殿や病弱な次女殿ではなく、まだ若くて健康な未来ある三女殿が貴族派によって追い落とされるわけだから、ヴァリエールとしてはかなり厳しいものになるだろう。しかも家族思いのヴァリエール公のことだ。貴族派に繋がるトリステイン貴族への宣戦布告や粛清、暗殺が横行してもおかしくない。そしてそれによって、トリステイン王国は力を落とす可能性が出てきた。

 

 トリステインとしては最悪に近いが、アンリエッタ姫からすると悪くない手に思える。しかも、アンリエッタ姫はそれほどトリステイン王国に愛着があるようには思えない。確かに民衆の人気はあるかもしれないが、陰でマザリーニ枢機卿が取り仕切っていることを揶揄するような流行りの小唄にも敏感で、この任務が成功したあとのルイズに街中の自分に対する噂を集めさせたくらいだ。笑顔の下で嫌っていてもおかしくないのではないだろうか。そしてその者たちも含め、トリステイン王国のためと言いつつ自分の嫌うゲルマニアに嫁がなければいけないのだ。彼女のトリステイン王国に対する好感度はかなり低いのかもしれない。

 

 しかも自分がゲルマニアに嫁いだあとに残るのはヴァリエール公爵に行き遅れの長女殿、病弱な次女殿、そして死んでいるか傷物になっているかわからないが三女殿。姫様の置き土産によって彼女達の次世代の問題がかなり大きくなっている。長女殿が王配を迎えてすぐに健康な子供を産むことが出来れば何とかなるかもしれないが、次女殿は元々病弱でさらに条件が厳しく、三女殿もかなり絶望的な状況になっているだろう。

 

 そのような状況なら、自分がゲルマニアに嫁ぎ、アンリエッタ姫の子供がゲルマニアの協力を得てゲルマニアだけでなくトリステインの王位にも就くことが可能かもしれない。そうなると、アンリエッタ姫もトリステインに戻ってくることもできるだろう。しかも今度はただの一人の姫様ではなく、ゲルマニアという強大な武器を持った状態での返り咲きだ。もしかしたら粛清の嵐が吹き荒れるかもしれん。少なくとも自分を捨てたマザリーニ枢機卿やヴァリエール公爵家、そしてそれに連なる者は真っ先に粛清の対象にされそうだ。

 

 こ、怖い。ここまでの計略を練るアンリエッタ姫が怖い。

 

 つ、次に、成功した場合だ。ここにはウェールズ王子が亡命してくるか来ないかという分岐点が存在する。ウェールズ王子がアンリエッタ姫の手紙を受け取り、亡命してきた場合、アルビオン臨時政府のような物を作るのだろうか。しかし、少なくとも、アンリエッタ姫はウェールズ王子と結婚することは出来ないのではないだろうか。いや、嫁ぐまでに子作りくらいは可能かもしれないが……、いや、まさかそれが目的?

 

 ええっとー。うん。まぁゲルマニア皇帝の子供ですよーとシレッと言いそうな雰囲気がないでもない。その場合、アンリエッタ姫とウェールズ王子の子供がゲルマニアを乗っ取るのだろうか。そしてアンリエッタ姫としてもウェールズ王子の子供を産みつつ、ウェールズ王子は生きているわけだから、トリステインに戻ったらウェールズ王子の見知らぬ未来のお相手を幽閉か暗殺すればその場所に返り咲くこともできるだろう。アンリエッタ姫にとっては一番いい結果に思える。怖いけど。

 

 最後に亡命は失敗するが手紙の回収は成功した場合。アンリエッタ姫にとっては特に状況が悪化することはないだろう。ただ、先の謀略を考えていた場合、失敗と言えるかもしれないが、それが無ければ彼女たちに報酬を与え、ルイズ嬢という駒とワルド子爵という駒をセットで抱え込む事ができるかもしれない。

 

 はっ!? さっき引っかかったウェールズ王子の亡命の件をルイズ嬢に伝えなかったのはワルド子爵がそのことに気付き、任務を途中で放棄される可能性があるからではないだろうか。アンリエッタ姫にとって一番嫌なパターンはルイズ嬢に依頼したが途中で勘付かれ、放棄された上に自分の謀略や密かに隠していたトリステイン王国に対する考えが暴かれることだ。一番いい結果と一番悪い結果を計りにかけ、リスクを排除することにしたのだろう。

 

 アンリエッタ姫はもしかして誰よりも一番女王に向いているのではないだろうか。ルイズ嬢に手紙の回収を頼むというたった一つの事で最高も望め、最低限自分の未来を救うことが出来る手を打つのだ。

 

 しかし、コレに対応するには俺としてはどうしたらいいのだろうか。ただの原作乖離よりも怖いリスクを発見してしまった気がしてならない。この想定だとただの失敗で戻ってくるなら問題はないが、ルイズ嬢がレコン・キスタに捕縛された時点で生死に関係なくトリステインが悪い方向に向いそうだ。ウェールズ王子の亡命、というよりも彼がトリステイン王国の土を踏む事すらトリステインとしては確実に阻止した方が良いだろう。

 

 しかし、今現在、いや任務が終わったあとでもそれをアンリエッタ姫に確認したり糾弾することは叶わないだろう。マザリーニ枢機卿が納得しなかったら不敬罪で処刑される可能性があるし、糾弾したところですでにあちらはゲルマニアに嫁ぐことが決まっている。こちらにとって他に手はないように思えるし、むしろ迎える側のゲルマニアに漏れたらそのことを理由にトリステインへ攻め込んだり、またウェールズ王子が絡んでいなければ嬉々として妻になった彼女に協力するかもしれない。

 

 クラウスに相談するのも時系列的に厳しい。確か夜相談して次の日の早朝には出発したはずだ。いや、カスティグリアから戦力だけでも借りられないだろうか。損害の出る可能性があるので、最低限ルイズ嬢の身の安全を守れる程度でいいのだが……。クラウスに相談してみるべきだろうか。ううむ。

 

 原作との乖離が進まないよう、ギーシュを送り込めばいいやと考えていた数分前が懐かしい。「介入することによって再び乖離が進む可能性が高いが、もしかしたらそれによってカスティグリアやモンモランシが良い方向へ向うかもしれない。」なんて考えていたのに介入しないと悪い方向へ向う可能性がかなり高いとか……。いや、まだ手を打つ時間も考える時間もあることが唯一の救いだろう。

 

 まずカスティグリアやクラウスに頼らない方針でルイズ嬢の成功率を上げることを考えてみよう。まず原作になぞるのが基本で、それに追加させる形で方策を練るのが良さそうだ。

 

 使者として出向くのはルイズ嬢、使い魔のサイト、ワルド子爵だが、ワルド子爵に関しては恐らく今のところ誰も知らないが、レコン・キスタの一員になっているため、むしろ敵だ。つまり、ルイズ嬢にサイト、そして姫様の話を立ち聞きして参加することになるギーシュとサイトを追ってきたキュルケ嬢にタバサ嬢がこちらの戦力になる。

 

 敵性戦力はレコン・キスタであるアルビオンの貴族派5万の軍にワルド子爵、そして脱獄しているであろう『土くれ』のフーケ。そしてワルド子爵とフーケが雇った盗賊に扮した傭兵数人から数十人。これはワルド子爵が自分の力を誇示するために雇ったので特に問題はないだろう。

 

 フーケによるメンバーの分断を防ぐかどうか。ワルド子爵の裏切りをどこで見破るかが鍵になりそうだ。その他は恐らく運に関連してくるであろうからあまりアテにできない。

 

 まぁワルド子爵に関しては知らないフリでいいだろう。サイトのガンダールヴとしての能力に任せよう。むしろサイトが簡単に勝てるようであれば安全度は上がる気がする。サイトにこちらから接触してある程度情報や助言を与えるべきかもしれない。明後日まで時間は一応ある。後で呼ぶことにしよう。理由は今回のシュヴァリエの叙勲の事でいいだろう。

 

 あとはフーケによるメンバーの分断か。フーケとフーケに雇われた傭兵を跳ね返すのにキュルケ、タバサ、ギーシュという三人の戦力が必要になるのだが、ぶっちゃけ俺がラ・ロシェールまで一緒に行くことができれば一撃で何もかも決着しそうな気もしてきた。

 

 ふむ。行く方法さえ思いつけば悪くないのではないだろうか。出発はともかく明後日の夜になるまでにラ・ロシェールに居ればイベントには間に合う。明日の予定は俺のシュヴァリエの受勲式で明後日の予定は特に無かったはずだ。この健康に気をつかった軟禁も解かれる。

 

 ううむ。ラ・ロシェールに行く理由か。その辺りはクラウスを説得して風竜隊を出してもらう必要があるかもしれん。

 

 ふむ。そういえばラ・ロシェールの近くにあるタルブ村にはカスティグリアの空軍の前線基地が出来ると言っていなかっただろうか。ついでに本場のヨシェナヴェをいただいたり、タルブ原産ワインを楽しんだり、偶然を装って竜の羽衣を見学したり、シエスタの引き取り関連のアレやコレを片付けてしまうのもいいかもしれん。「側室とはいえ嫁に貰うんだから家族に会いたい!」とか言えばシエスタ嬢にも賛成してもらえて意外とクラウスからオッケーが出るかもしれん。しかもシュヴァリエ叙勲に絡めれば日時もある程度こちらで指定できるのではないだろうか。

 

 もしダメだというのであれば明日はクラウスも気にしている叙勲式だ。駄々を捏ねて「体調が悪くなっちゃうかもー」とか言えばなんとかならないだろうか。とりあえずクラウスを呼ぼう。いや、サイトが先だろうか。うーん。いや、サイトを先にすると駄々を捏ねられないか。クラウスとの話を先に片付けよう。

 

 ベッドから起き出してテーブルまでトテトテと歩き、椅子を引いて座ると窓を拭いていたシエスタが少し残念そうな顔でこちらを見た。

 

 「シエスタ。すまないのだけどね。紅茶の準備をしてクラウスにこの部屋に来るよう連絡できないだろうか。」

 

 そういうと、シエスタは笑顔で「かしこまりました」と言って紅茶の準備を始めた。そして最初の一杯を俺の前に出すと、「クラウス様に連絡を入れてきます」と言って部屋を出た。ちょっと考え事をしすぎたのか頭に軽い疲労感がある。そしてこの紅茶の一口がそれを溶かすようにじわっと広がっていく。やはりシエスタの紅茶はすばらしい。

 

 紅茶を楽しみながらしばらくすると、クラウスがシエスタに連れられてやってきた。

 

 「兄さん。失礼するよ。話があるって聞いたんだけど。ああ、シエスタ嬢。ありがとう。」

 

 クラウスが軽く挨拶して俺の前に座ると、シエスタがクラウスの前にも紅茶を出した。

 

 「うむ。とても重要な案件が出来てしまったのだよ。」

 

 そう、真面目な顔で紅茶に口をつけつつ話の筋道を考える。「なにかな?」という少々引きつった笑顔でクラウスが聞き返してくるのはこちらが真面目に話を切り出したというのにある程度見破られてしまっているからだろうか。

 

 「クラウス。すまないが明日、遅くとも明後日タルブ村へ行く事にした。フネか風竜隊を用意してくれ。」

 

 さも「決定事項です。覆すことは出来ません。」といった雰囲気で切り出したのだが、クラウスには納得がいかなかったらしい。

 

 「ふむ。訳がわからないけど、なんでそんなことになったのか聞いてもいいかい?」

 

 「うむ。考えてみたら先日シエスタを側室候補にしたというのにご家族の方に挨拶していないではないか。支度金を渡すという用事もあることだし、ここはシュヴァリエ受勲した次の日、優先順位を考えて出来る限り最短で来たという誠意をお見せしておいた方が印象が良いと思うのだよ。」

 

 間違った事は言っていないはずだ。恐らくこれだけでもオールドオスマンから体調が悪いわけでもないのに授業を休んで学院から離れる許可をもぎ取れるだろう。シエスタを見ると、顔を真っ赤にして目をキラキラさせつつも信じられないと言った感じで両手を口元に置いている。 しかし、クラウスはまだ裏があるのではないかという疑いの目を逸らさない。

 

 「気持ちはわからなくもないけど、体調の事を考えたらもっと後でもいいよね? 他にも何かあるのかい?」

 

 た、確かにそれなら後でも構わないがね。俺は明後日じゃないとダメなのだよ。もはや日程を決めるための理由は思いつかない。ここはできるだけ重みのある理由から順番に積み重ねて説得するしかなさそうだ。

 

 「そ、それはほら。タルブ村に空軍基地が出来ると言っていただろう? 実際に空軍基地も見てみたいのもある。そして、モンモランシはモンモランシーの父上やカスティグリアが仕切っているから特に大きな問題はないだろう。しかし、タルブ村の場合、仕切っているのはシエスタに直接関係のないそこの領主殿かカスティグリアなのだろう? タルブ村に関わりのあるシエスタやシエスタのご家族がどう思っているか気になるのだよ。どのような状況になっているか実際の目で見てみたいほど気になるのだよ。」

 

 紅茶に口をつけながらそっと違和感の無いように少し目を逸らしクラウスの説得にかかる。なんかシエスタを絡めればなんでも行ける気がしなくもない。しかし、よく考えたら俺はまだモンモランシの土地を踏んでいない。恐らくシエスタの故郷だから見てみたいというのはマズイだろう。モンモランシーを差し置いてシエスタを優先することは許されていなかったはずだ。 

 

 「ふむ。とても説得力のある言い訳だね。シエスタ嬢に気を使っているのもよくわかるし、それは兄さんの本心だろう。でも、何か腑に落ちないんだよね。なんだろうね?」

 

 くっ、やはり最後のカードを切るしかないのか!? このカードは俺の沽券にも関わるかもしれん恐ろしいカードだ。できるだけ切りたくなかったのだが病むを得まい。

 

 「そうか……。さ、さすが我が自慢の弟だ。全て見透かされてしまったようだな。しかし、確かに先の理由が一番大きいことは承知してもらいたい。」

 

 そこまで真面目に話し、これから切りたくないカードを切るというハードルを越えるため、そして気分を落ち着けるため、紅茶に口をつける。クラウスも真剣な眼差しを返し、もはや疑いの目はないようだ。

 

 「ヨ、ヨシェナヴェだよ。クラウス。」

 

 「は? に、兄さん?」

 

 「そう、前々から本場のヨシェナヴェを口にしてみたいと思っていたのだよ、クラウス。シエスタの作るヨシェナヴェは毎回すばらしい味を俺にもたらしてくれる。しかし、シエスタの作る本来のヨシェナヴェとはどのような物か興味が尽きないのだよ。そして、もし同じ材料を揃えてシエスタが学院で作っても、本当にシエスタの作る本物の本場のヨシェナヴェと言えるのだろうか。

 ―――否! 断じて否である!

 そう、シエスタの故郷であるタルブ村にしか存在しない水と空気。そしてタルブ村にあるであろう彼女が料理をしていたその調理器具! さらにタルブ村で生み出される具材が揃って始めてシエスタの作る本物の、本場のヨシェナヴェと言えるのではなかろうか!

 本当は言いたくなかったのだがね? クラウス。もはやこの機会が訪れたからには断固として譲るつもりは毛頭ない! もし明後日までにヨシェナヴェを食せないと言うのであれば、そう、シュヴァリエ受勲はお断りさせていただくしかあるまいて。」

 

 そう熱烈に演説したあと、少し寂しそうにクールダウンし、紅茶に口をつけてクラウスを見ると、我が自慢の弟殿は驚愕しつつ放心していた。

 

 「に、兄さん。本気……? みたいだね。うん。何か聞かない方が良かったかもしれないね。わかったよ。ちゃんと調整して予定を組むから明日のシュヴァリエ受勲の用意はお願いね。」

 

 そう言い残し、クラウスは俺の部屋を後にした。シエスタも放心していたようで、お見送りしなかったが、クラウスは気にした様子もなく少し肩を落として出て行った。そして俺は覚悟していた通り少なくない犠牲を払い、明後日のタルブ村行きを勝ち取ったようだ。

 

 

 

 しばらくして、シエスタが放心状態から復帰した。そして、

 

 「あ、あの。クロア様。本場のヨシェナヴェと言いましてもそれほど変わらないと思いますし、ご期待に添えない可能性の方が高いのですが……。」

 

 と、シエスタは顔を真っ赤にして紅茶におかわりを注ぎつつおずおずと切り出した。紅茶のおかわりが注ぎ終わり、ポットを戻したところを見計らって椅子の上でシエスタの方に向き直り、ちょいちょいと近づくように呼んでそっと彼女の柔らかくて滑らかな手を握る。

 

 「シエスタ。俺の大好きなシエスタ。本場のヨシェナヴェがおいしいかマズイか、期待に添えるか添えないかは実は全く関係ないのだよ。君の食べていた、君が食べて育った本場のヨシェナヴェを食したいのだよ。それではダメかい?」

 

 そうシエスタに告げると、シエスタはこれ以上赤くならないほど顔を赤くしてうつむき、

 

 「ダメじゃないです。嬉しいです。クロア様。」

 

 と、言ってからこちらに向いて微笑んだ。そして急かすように

 

 「では用事があるとき以外は安静にしていないと。タルブ村で具合が悪くなったら大変ですから少しでも安静にしてましょうね。」

 

 と、紅茶を飲むのを中断されそうになった。シエスタが喜んでくれるのはとても嬉しいのだが、この至福のひと時が中断されてしまっては安静にできない気がする。

 

 「ああ、用事が全部終わったら、シエスタの紅茶で癒されたあと安静にしているよ。ただ、もう一つお願いがあってね。ルイズ嬢とその使い魔君をこの部屋に呼ぶことはできないだろうか。モンモランシーに相談しても構わない。何とか今日呼んでくれるとありがたいのだが。」

 

 そういうと、シエスタは「モンモランシー嬢に相談してきます。」と笑顔で言って出て行った。

 

 

 

 

 




うん。うちの姫様ちょー黒いですね! 
いや、真実かどうかはわかりませんし、ただのクロア君の発想ですが^^;
手紙に関する考察はちょっとしてあったのですが、書いているうちにどんどん妄想が膨らんだ感じです。

次回から割りと真面目にどうしよう。話が思いつかないYO
アンリエッタ姫が鬼門になりそうです><;


次回をおたのしみにー!


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28 シュヴァリエ叙勲

書いて何度も確認しましたが、まだまだ誤字や抜け、継接ぎのアラがありそうです。
 それではどうぞー!


 ふむ。ルイズ嬢とサイトに何かアドバイスをするために呼んだのだが、アドバイスの内容も切り出し方も思いつかない。シュヴァリエの件をルイズ嬢とサイトに説明して謝ることはまず口実として用意したが、サイトにどのような助言を与えるか全く考えてなかった。ルイズ嬢とサイトが接近するような助言はダメだろう。クラウスの計画があるのかわからないがもしあった場合困りそうだ。と、なるとワルド子爵対策だろうか。警戒ではなく、風メイジとの戦闘方法、接近戦も含めた戦闘方法に関する助言が良さそうだ。しかし、ぶっちゃけ俺自身風メイジと戦ったことがない。

 

 おあつらえ向きに明日はミスタ・ギトーの授業があり、彼の授業を最後まで、いやユビキタスを使うまで真剣に受けることが出来れば助言の必要もないのだが、彼は使い魔だ。授業自体に興味を持つのはコッパゲ先生の授業くらいなものだろう。

 

 しばらくするとシエスタが先に戻って「いらっしゃるようです」と笑顔で俺に紅茶のおかわりを注いだあと、追加で紅茶の準備を始めた。

 

 「あなた、来たわよ。ルイズとサイト、入れていいわね?」

 

 モンモランシーが少し硬い声で確認を取ってからルイズとサイトを部屋に入れる。モンモランシーはルイズに俺の対面の席を勧めてから隣に座るが、どうも表情が晴れないようだ。ふむ。そういえば呼んだ理由を言っていなかった気がする。問題があると思っているのだろうか。ルイズ嬢もサイトも固い表情をしている気がする。

 

 「ルイズ嬢。急に呼び出してすまない。使い魔君。今日は君も席についてくれたまえよ。」

 

 対外的にこちらの扱いを示すため、平民や使い魔と言っているが今回はこちらが謝ることから始まるのだ。席について貰っても特に違和感があるとは思えない。

 

 「ミスタ・クロア。お招きいただきありがとうございます。サイト、貴族としてこう言ってくださる方は珍しいのよ。今回は座りなさい。」

 

 「あ、ああ、えっと失礼します。」

 

 ルイズ嬢は挨拶の時に可憐なカーテシーをして自分の椅子を引かせて座ってからサイトにも座るよう言った。貴族への対応に関する教育は順調に進んでいるように見える。

 

 「ああ、紅茶でも飲んで気楽に接してくれるとありがたい。本日来ていただいたのはね。口頭になってしまうが謝罪をしようと思ってね。本来ならこちらから出向くものだということは重々承知している。しかし、今部屋から出る事は認められていなくてね。」

 

 「謝罪、ですか?」

 

 ルイズ嬢が意外な単語が出たかのように問い返し、サイトも何のことかわからないような顔をしている。とりあえずサイトは言葉を発する事はなく、全て会話はルイズ嬢に任せることにしたようだ。そして、困惑は一瞬で終わらせ、すでに気にせず笑顔で紅茶を飲んでいる。すばらしい対応力かもしれない。

 

 「ああ、先日フーケの捕縛をしたときにお詫びも込めて君達に確かに手柄を全て譲っただろう? しかし、君達が受け入れられないと言ったため、俺にもシュヴァリエの推薦をすることでそのことは落ち着いたとオールドオスマンから聞いたのだが、間違いないだろうか。」

 

 こちらもサイトに負けじと紅茶に口をつけながらルイズ嬢に問いかけると、

 

 「ああ、あの時の……。間違いありませんわ。ミスタ・クロアのお気持ちは嬉しいですが、譲られてそのまま受け入れられることではありませんでしたから。」

 

 そう、楚々とルイズ嬢が確認の言葉を発すると、サイトが小声で「使い魔の手柄は譲られるのが当然なのにな。」とボソっとつぶやいた。そして、その瞬間ルイズ嬢の拳がサイトの頬にめり込む。き、聞こえなかった。うん、何も起こらなかったことにしておこう。

 

 「うむ。君達のその気持ちはとても嬉しかったのだがね。ただ一つだけ問題が起きてしまったのだよ。そう、シュヴァリエ受勲のための規定が変わってしまったようでね。“軍役に就く”ことが一つの条件になってしまってね。しかも、間の悪いことに“軍役に就くのが困難と正式に認められた場合はこれを除く”という文言も追加されたらしい。

 つまるところ、とても言葉に出しにくいのだが、その、ルイズ嬢とその使い魔のサイト殿に手柄を譲ったというのにだね。どうやら俺だけが受勲するという事態になってしまったのだよ。そのことについて是非とも謝罪しようと思ってだね……。」

 

 そう、理由と告げたあと、やはりちょっと言いづらくて謝罪を口にしようとしたところで失速してしまった。

 

 「まぁ、ミスタ・クロア、おめでとうございます。しかしそのような謝罪は必要はありません。私もサイトもあの時は命を救われたと思いましたもの。」

 

 少しうつむいていたのだが、ルイズ嬢の言葉に顔を上げると彼女は言葉通りに思っているようで輝くような笑顔で許してくれたようだ。サイトの方も見てみると、彼はウンウンと頷いている。か、かわいいかもしれない。使い魔君! はっ、やはり俺はチョロいのかもしれない。気をつけよう。

 

 「ふぅ、そうか。そう言ってくれるのであればこちらとしてもありがたい。しかし、使い魔君への埋め合わせがなくなってしまったな。

 ふむ。そうだな。もし何か良いものを思いついたらその時に何か良いものを贈るとしよう。その時を楽しみにしていてくれたまえよ。」

 

 そういうと、サイトは「おう! ありがとうな!」と笑顔で元気良く返事した。そういえば本題の話に繋げるのが少々難しい気がしてきた。いや、何とかつなげよう。

 

 「そういえば、使い魔君。こちらの世界の生活には慣れてきたかね?」

 

 紅茶を飲みつつ世間話でもするようにサイトに話を振ると、

 

 「おお、本当にあの話信じてくれてるんだな! あー、そうだな。慣れてきたといえば慣れてきたのかな? ただイマイチ使い魔って言われても実感沸かないんだよなー。」

 

 と、サイトは一度喜んだあと困ったように話した。ふむ。確かに「やったね! 君は今日から私の使い魔だよ!」って言われただけでは何をしていいのかわからない。実際俺の使い魔であるプリシラは基本的にフリーだし、サイトのようにずっと拘束された生活環境というのも珍しいだろう。いや、自由時間くらいはあるだろうけど。

 

 「確かにそうかもしれないね。人間の使い魔を召喚したのはこの学院でもルイズ嬢が初めてである可能性が高い。前例が無いためルイズ嬢に限らず君の扱いに関しては難しいのだよ。その辺りは君も含めて全員で手探りで探っていくしかあるまいて。

 しかし、ルイズ嬢が使い魔に何をどの程度求めるかによるが、以前見た君の身体能力を生かすことを考えたら、公爵家の三女殿の護衛として雇用されたと思えば良いのではないだろうか。それなら、ルイズ嬢の許可があればだが、将来君が自分の生活を過ごすことも自分の家族を持つ事も出来るかもしれないね。」

 

 そう、紅茶を口にしつつサイトにワルド子爵対策の助言をどう与えるか考えていると、

 

 「ああ、なるほど。でも給料出ねぇんだよなー。」

 

 「ちょっ、アンタ何言ってるのよ。使い魔は本来給料なんて貰わないわよ!」

 

 と言い合いを始めてしまった。ふむ。確かに給金なしはきついのかもしれない。いや、使うところあるのだろうか。とりあえず俺には今のところ存在しない。

 

 「うーん、ルイズ、お小遣いくらいあげたら?」

 

 モンモランシーも少し提案してみるが、「この剣買ってあげたじゃない!」とデルフリンガーを差してルイズ嬢も譲らない。確かにその剣にかかった百エキューや以前の決闘の治療費の半分も彼女が負担していた。給料として考えれば少なくとも一年分先払いしているようなものだろう。

 

 「ふむ。フーケ捕縛のときにもチラッと見たが中々の業物のようだね。よろしければ抜いてテーブルに置いてくれないだろうか。ぜひよく見てみたいと思っていたのだよ。」

 

 そういうと、「おお、いいぜ! デルフもいいよな?」と言ってデルフリンガーをテーブルに抜き身で置いてくれた。するとデルフリンガーはガチガチと鍔を鳴らしながら話し始めた。

 

 「おうおう、俺はデルフリンガー様だ! そこのチビ貴族! 業物とは見る目があるな!」

 

 ふむ。チビ貴族とは……、やはり駄剣なのかもしれない。デルフリンガーは片刃で全長150cmほどと、結構長い上にかなり分厚く見える。しかし、俺の方が少し全長は長いはずだ。いや、同じくらいか!? う、うむ。まさか学院最小のタバサ嬢でもあるまいし、俺が駄剣ごときに全長で遅れを取ることはあるまいて。

 

 しかし、こうして見るとかなりでかい。ぶっちゃけかなり重そうだ。しかも、コレは駄剣かもしれないが主人公の持つ特別な剣。個人的に錆びていても頑丈な剣というのはこの隠されているはずの中二病を大変刺激する逸品だ。ここは是非とも試さねばなるまいて。

 

 席を立つとデルフリンガーに手を伸ばし、柄を握って持ち上げようとしたのだが、ピクリとも動かない。両手で持ち上げようとしても柄の部分は浮くが持ち上げられない。しょうがないので刀身の峰の部分と柄の部分を持って持ち上げると何とか少し浮いた。

 

 お、重い。思った以上に重い。テーブルに戻してぜぇぜぇ言いながら鍔についているデルフの口の部分の構造を見ているとデルフリンガーがしゃべり始めた。

 

 「あっはははは! 兄ちゃん、どんだけ非力なんだ? このデルフリンガー様を持ち上げることもできないヤツなんて初めて見たぜ!」

 

 くっ、な、なんという駄剣! これはもはや決闘を申し込まれているのではなかろうか。よろしい、相手が伝説のインテリジェンスソードだろうが構うまい。カスティグリア貴族の意地、お見せしようではないか。

 

 「サイト、ちょっとこの剣の柄を握ってくれ。ああ、端の方でいい。」

 

 そう言うと、サイトは疑問を浮かべながらもデルフリンガーの柄を握った。そしてその後、俺は無言のまま杖を抜き、射線上に誰も被らないよう、杖先を剣の刃に突き付け、ブレイドの詠唱をささっと済ませる。

 

 「え? あ……。お、おい、ちょっ、ちょっと何?」

 

 「この駄剣! なんてこと言ってるのよ!?」

 

 サイトの焦る声とルイズ嬢の怒ったような声が聞こえるが気にしない。うまく行けば八つ当たりをしつつデルフリンガーを目覚めさせることが出来るかもしれない。そして、ブレイドを発動させると杖の先からブレイドが伸び始め、デルフリンガーの刃に当るとバリバリと轟音が起こり始め、剣が発光し始めた。

 

 「ちょ、止めて! 溶ける溶ける溶ける! あ、相棒!」

 

 「いやいやいやいや、クロア様。ど、どうかお怒りをですね。コイツには後できびしーく言いつけて置きますのでどうか!」

 

 ふむ。本当に溶けるのだろうか。確か固定化がかかっているという噂があった気がするのだが、気のせいだったのかもしれない。サイトもなんだかんだ言いつつ柄を握っており、少しルーンの光が増えた。そして数秒もすると突然デルフリンガー自身が光を放ち始め、錆が全て落ち、丁寧に研がれたばかりのようなキレイな刀身を現した。そしてブレイドの反発が無くなり、デルフリンガーの刀身へと徐々に吸い込まれる。

 

 「デルフ? はい?」

 

 「お、おう。わ、忘れてた! そうコレが本当の俺の姿さ、相棒! チャチな魔法は全部俺が吸い込んでやるよ!」

 

 おお、なんか思い出したようだ。意外とキレイな刀身をしているじゃないか。しかし、チャチな魔法か。初めて言われた気がするね? うん。記憶を探ってもそのように言われたことは今まで一度も無いようだ。なるほど、ここは貴族の意地に掛けてこの駄剣を躾けねばなるまいて。

 

 「よかろう、駄剣。チャチな魔法とやらを全て吸い込んで見せてくれたまえよ?」

 

 そう言って、最少の威力に抑えていたブレイドの出力を徐々に上げ始める。

 

 「ククク、どこまで持つかね? まだ俺は半分も実力を示していないのだがね?」

 

 そう言いつつまだまだ上げ続ける。

 

 「あ? あ、ちょ、ちょっと待った、もう無理! もう砕けるから! 俺砕けちゃうからもうヤメテ! チャチじゃない! それもうチャチじゃないから!?」

 

 全力から考えて半分ほどの出力でデルフが限界を迎えてしまったようだ。ふむ。チャチじゃないなら問題なかろうて。スッとブレイドを収め、杖も収めるとデルフは器用にため息を吐いてガチガチと鍔を鳴らし続けた。

 

 「こ、こえぇ、このアンちゃんマジこえぇ!?」

 

 「お、おい、デルフ。お前大丈夫か?」

 

 サイトはピカピカになったデルフリンガーを持ち上げてデルフの刀身に恐る恐る手を触れたり、鍔の部分に話しかけたりしている。ふむ。特に溶けていたりはしないようだ。少々観察するとデルフリンガーは切っ先から柄尻までキレイになっている。俺はそれを確認したあと座って紅茶に口をつけながら周りを見回すとモンモランシーやルイズ嬢、シエスタもビックリしているようだ。

 

 「おう相棒! このアンちゃんは規格外だが、本当にチャチな魔法なら吸収できるから安心しな!」

 

 「そ、そうか。」

 

 いや、しかしこのままではただの短気な貴族として映ってしまうかもしれん。本当に上手くいくとは思っていなかったが一応釈明はしておこう。

 

 「ふむ。やはりか。インテリジェンスソードのようだったからな。大抵そのような剣には固定化を掛けたりして自然に出来る錆など浮かせるようなことはすまいて。驚かせて悪いが少々試させて貰ったのだよ。そう、断じてチビやチャチという単語に反応したわけではないが、よい結果になったようで良かったな。」

 

 「お、おう、クロア、ありがとうな?」

 

 サイトが戸惑いながらもそう言いながらデルフリンガーを鞘に収めた。結局このあと何もいい助言が思いつかず、とりあえず貴族の魔法がライバルになるだろうから授業に出てくる魔法も含めてできるだけ見て対処方法を考えておくように言っておいた。そのあとはモンモランシーとルイズ嬢が楽しそうに話をして、それを俺とサイトが聞くという感じのお茶会になり、紅茶が飲み終わる頃、解散になり、ルイズ嬢とサイトは帰った。

 

 

 

 しかし、恐らく本当の戦いはこれから始まる。そう、タルブ村へ行くという事はモンモランシをないがしろにしていると思われても仕方がない。このことはクラウスと話しているときに気付いたわけだが、なんとか自分から切り出してモンモランシーを納得させないと今後の火種になりうる。浮気をしたわけではないのだが、なんとなく原作のギーシュの気持ちがわかってしまった。もしかして俺の語彙力が試されてしまうのだろうか。

 

 ふむ。しかし、よく考えたら特に原作に関わることをせず、モンモランシに引き篭もっていてもよいのではなかろうか。水の精霊が清潔にしている湖もある。そこでキレイな魚でも探しつつ優雅に隠居するのもいいかもしれない。いやいや、ここで逃げたら後が怖い。優雅に隠居も消えるかもしれん。シエスタに紅茶のおかわりを貰いながら、少し緊張しつつも隣に座るモンモランシーに体ごと向いて話しかける。

 

 「モンモランシー、シュヴァリエの受勲が終わったら次の日までにタルブ村を訪れるつもりなのだけど、一緒に来てくれないだろうか。その、シエスタのご家族への挨拶など色々な用事があるのは確かだが、本場のヨシェナヴェを食べてみたくなってしまってね。ぜひ君も一緒に食べて欲しいのだよ。

 モンモランシを訪れる前にタルブ村を訪れるのはいかがなものかとも思ったのだが、モンモランシにはできれば長期休暇にゆっくりと訪れたいと思っているのだよ。それだとタルブ村を訪れるのが遅くなってしまうだろう? どうだろうか。」

 

 モンモランシーも少々気になっていたのだろう。少し硬い表情が残っていたのだがふっと淡雪のように解け、きれいな笑顔を見せてくれた。

 

 「あら、そうね。ええ、それなら構わないわ。シエスタのご家族への挨拶は私もしておいた方が良いものね。」

 

 と、モンモランシーは俺の顔にそっと手をあてた。ふむ。確かにそうだ。まだ少し恥ずかしいが俺も彼女の柔らかい頬にそっと手をあてる。

 

 「すまないね、モンモランシー。本来ならモンモランシを先に訪れるべきだし、常々モンモランシを訪れたいと思っていたのだよ。しかし、モンモランシは広そうだし、有名なラグドリアン湖を少ししか見れないのは惜しいしね。何より、君が生まれ育った場所だからね。ゆっくり堪能したいのだよ。」

 

 言っていてちょっと恥ずかしくなってきた。本心だから恥ずかしいのだろうか。この間ラグドリアン湖での結婚式を思いついたから恥ずかしいのだろうか。モンモランシーは顔を赤くしているが、俺も赤くなっていそうだ。

 

 「ふふっ、でも結婚したらあなたの故郷にもなるのよ? そのあとゆっくり見てもいいんじゃないかしら。」

 

 「そうだね。モンモランシー。でも、結婚前に初めて君とラグドリアン湖を見るというのはきっと特別なことじゃないかな? もしかしたら君と俺の結婚式場になるかもしれない。きっと俺にとって幸せな時間になると思うのだよ。だからゆっくりと見たいのさ。」

 

 「あなた……」と言って俺の頬に当る片方だった手が両方になり、モンモランシーがそっと目を瞑り、顔を近づける。俺もそっと目を瞑ると、

 

 「んんっ! ミス・モンモランシー。協定違反ですよ!」

 

 というシエスタの咳払いと声が響いた。その声で目を開けると、モンモランシーはハッとした表情で両手をひざの上に戻した。

 

 きょ、協定? どんな協定なんですかね? キスにも協定があったんですか!?

 

 「えっと……、ごめんなさい。シエスタ。その、わ、わざとじゃないのよ。」

 

 「ええ、解らないでもありません。私も先ほどは危ういところでしたからね。でも今日明日で終わりますから我慢してください。」

 

 「ええ、本当にごめんなさい。そうね、お互いがんばりましょう。」

 

 ふむ。どのような協定なのだろうか。今日明日で終わると言う事はシュヴァリエ絡みの可能性が高い。はっ! ま、まさかキスで体調が悪くなって復帰できない可能性を考慮されてるのか!? な、なんという管理システムだ。恐らくクラウスだろう。協定を考えたのは間違いなくクラウスだろう。クラウスの管理っぷりが半端ない。

 

 「えっと、その。もしかしてシュヴァリエのアレかな? その、えーっと……。」

 

 言い出したはいいけど言葉が続かない。謝るのも何か変に気を使わせそうだし、俺もがんばるよ! とかはおかしいだろう。よくわからないけどがんばってね! みたいなことは間違っても言えない。ううむ。

 

 「そ、そうですね。クロア様。お加減に障るといけませんから今日はもうお休みになりましょう。」

 

 「そ、そうね、シエスタ。あなた、眠るまで一緒にいてあげるから今日はもう休みましょう?」

 

 と、二人にはぐらかされたような感じで、レビテーションで強制的にベッドに輸送され、シエスタによってベッドに寝かされ、モンモランシーが俺の目を手で軽く塞ぎ彼女のスリープ・クラウドで夢の世界へ旅立たされた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 目が覚めると万力のようなもので頭を締め付けられるようなひどい頭痛を感じた。頭痛で目を開けるのも億劫だ。熱が出てしまったのだろうかとも思ったが、発熱による四肢の痛みはあまり無い。ふむ。頭痛だけなら我慢すれば何とかなるかもしれない。薄い天蓋からかかるカーテンの先には何人かの陰があり、少し控えめな話声も聞こえる。来客だろうか。

 

 できるだけ頭痛に影響を与えないようにそっと目を半分くらい開け、もぞもぞと背もたれに寄りかかると、シエスタが天蓋のカーテンを少し開けてこちらを覗き込んだ。

 

 「皆様。クロア様が起きたようです。少々失礼します。」

 

 と、シエスタは部屋にいるであろう人物達に声をかけた後、こちらに近づいた。

 

 「クロア様。おはようございます。あまり顔色が優れませんが、体調はいかがですか?」

 

 シエスタは心配そうに俺の顔を覗き込んだあとそっとおでこに手のひらを乗せた。ああ、もしかしてシュヴァリエ受勲当日だったりするのだろうか。

 そういえばミスタ・ギトーの授業……、寝過ごしたのか。オウフ。

 

 「シエスタ、おはよう。良いとも言えないが悪くはなさそうだよ。今日はもしかしてイベントかな?」

 

 そう少し小首をかしげながら苦笑すると、シエスタが現在の状況を教えてくれた。モット伯が本日早朝に学院に入り、クラウスと合流。続けて午前中にマザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫が近衛隊である魔法衛士隊の護衛で学院に入ったそうだ。モット伯とクラウスは俺の部屋でモンモランシーやシエスタと共に俺の起床を待っていたらしい。もう少し遅くなるようなら起こすことになっていたそうだ。

 

 しかし、このひどい頭痛を隠すことに失敗したのだろうか。シエスタの顔が晴れない。少し俺の体調に関する判断に迷っているようだ。

 

 「でも、なんか我慢してませんか? モンモランシー様もいらっしゃいますし、診て頂いた方がいいかもしれませんね。」

 

 「シエスタ。このくらいなら問題ないよ。本当さ。イベントの日とは思えない体調の良さでびっくりしていたところさ。」

 

 と、頭痛の中なんとか安心させるよう、笑顔を浮かべて彼女の不安を取り除くよう、努力する。シュヴァリエの受勲はどうでもいいが、今日明日中にはタルブ村へ行かねばならぬのだ。

 

 「さぁお客がお待ちなのだろう? 着替えを手伝ってくれたまえ。」

 

 と、言ってそそくさと服を脱ぎ出すと、ゾワッと寒気がした。意外とヤバイのかもしれない。

 

 「いえ、しばらくお待ちください。―――モンモランシー様。少々よろしいでしょうか。」

 

 シエスタに脱ぎ出した服をささっと着せられ、背もたれに預けていた体をベッドの中に戻されてしまった。そしてシエスタがモンモランシーを呼ぶとモンモランシーも天蓋の中に入りこちらへやってきた。

 

 「クロア、おはよう。起きられたみたいだけど体調悪そうね。」

 

 モンモランシーはこちらの顔を覗き込んだあと、診断をするための魔法を掛けたあとおでこ同士をくっつけた。ちょっと恥ずかしいので目を瞑るとおでこ独特の少しだけ硬い感触がする。しかもちょっと冷たくて気持ちがいい。彼女の香りに包まれて、額におでこを付けられているだけでなんだかボーっとしてきた。耳元に落ちた彼女のロールヘアも少しくすぐったいが彼女の髪に触れることはあまり無いのでちょっと嬉しい。そんなことをボーっと考えているとモンモランシーが離れてしまった。

 

 「シエスタ。これから悪くなりそうよ。終わったら桶と布の準備をして頂戴。水は私が出すわ。」

 

 そう、モンモランシーが診断すると、天蓋を出て言った。あ、し、しまった。つい強がるのを忘れて診察を受け付けてしまった。「え、あの?」とか言っても着々と準備が進んでいき、額に濡れた冷たい布が置かれ、シエスタは枕元の椅子に座り監視体制に、モンモランシーは天蓋の外でクラウスに説明しているようだ。

 

 「兄さん、モンモランシー嬢から聞いたよ? 無理しようとしたんだって?」

 

 そう言ってクラウスが天蓋の中に入ってきた。シエスタが立ち上がり座っていた椅子を勧めるとそこにクラウスがシエスタに何かを言付けてから座った。そして、シエスタは軽くカーテシーをして天蓋の外に出て行った。

 

 「兄さんが気にしているのはもしかして“明後日”のタルブ村かな?」

 

 ク、クラウス? 君は一体何を気にしているのだね? き、気のせいだよきっと。

 そっと掛け布団を口元まで引き揚げてすぐに潜れるよう、警戒態勢を取ると、クラウスは少し笑った。笑顔と言うのは本来攻撃的な―――。

 

 「きっと何か理由があるんだろうね? ああ、でも大丈夫だよ。シュヴァリエの受勲さえ無事に終えてくれて、兄さんの体調が良くなればすぐにタルブ村へ向えるよう、オールドオスマンの許可を貰ってあるから安心していいよ? 学院の外にも風竜隊が待機しているしね。」

 

 そ、そこまで大事なのか。シュヴァリエ受勲。

 

 「ただ、モンモランシー嬢の見立てだとこれから悪くなるみたいだから、安静にしていて欲しい。それと、ちょっと残念だけど、この部屋で受勲式をやる事になると思うよ。」

 

 「ど、どういうことかね? クラウス。先ほどから少々理解が追いついていないのだがね。」

 

 何とか抗議の声を上げると、「何か考えてるのはわかってるよ。でも今回は見逃してあげてもいいかな?」とでも言うようにちょっと首をかしげて笑った。

 

 「そうかい? まぁ今回はこちらも少し強引なところがあったからね。兄さんの気が楽になるのであれば協力は惜しまないさ。」

 

 おお、何か見逃してもらえるらしい。いや、別段俺のためだけというものではないから少々引っかかるものはあるが、確かに気を揉んでいるよりはいいだろう。

 

 「そうか。自慢の弟よ。すまんな。」

 

 掛け布団を少し下げて言うと、クラウスも「まぁ今回だけだと思うけどね」と苦笑いした。そして少しすると、モンモランシーが天蓋の中に戻ってきて、「いらっしゃったわ」とだけ告げてシエスタを連れて天蓋の外に出た。

 

 「兄さん、一応誓いの確認をしたいんだけど構わないかな?」

 

 「ああ、えっと、火の精霊、水の精霊、トリステイン王国に忠誠を誓いうので、良かったよな? 覚えているよ。」

 

 不安げなクラウスが「うん。じゃあ始めるよ」と、言ってクラウスが立ち上がって天蓋のカーテンを全て開けた。遠くて見えないが、紅茶を入れる準備をしているシエスタとお客さんの案内をするモンモランシーの他に、マザリーニ枢機卿とモットおじさん。あと同い年くらいの女性が一人いる。アンリエッタ姫だろうか。布団から出て着替えなくていいのだろうか。

 

 「クロア殿、あまり体調が良いようではないようですな。受勲の時はベッドから出てもらうことになるが、まずは紹介しよう。こちらにいらっしゃるのが先の王が残したトリステイン王国の誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下でいらっしゃる。姫殿下、こちらが今回シュヴァリエを授けるクロア・ド・カスティグリアです。」

 

 モット伯が勅使の顔で俺とアンリエッタ姫の双方を紹介した。アンリエッタ姫は一瞬いぶかしんだあと、花のような笑顔を浮かべた。アンリエッタ姫は肩口より少し長めの栗色の髪と青い瞳を持った美人だ。恐らく10人に聞いたら10人とも美人というだろう。肌も白く、体型も出るところが出ており腰はかなり細い。それを包む白いドレスが彼女を引き立たせている。

 

 例えるのであれば温室で丁寧に育てた白い百合だろうか。しかし、手紙の考察をしてしまった俺にとっては蘭のような国によっては検疫に引っかかるイメージが付き纏う。いや、蘭もキレイなのだが、少々毒々しさが否めない。人を比べるのはあまりいいとは思えないが、人によってはこの姫様に言い寄られたら恋人がいてもなびいてしまうだろう。

 

 しかし、俺にはモンモランシーという深海と上空を司る奇跡の宝石と、大地と太陽に育まれたシエスタという癒しがすでにある。―――『つがい』、そ、そう。そしてプリシラという、全てを共有してやまない俺の半身とも言えるつがいもいる。もしモンモランシーがいなかったら彼女に良いように使われてしまっていたかもしれないと思うと少々怖くなった。そして、今どこにいるのかはわからないが、あっさり思考に突っ込んでくるプリシラにも少々、いや、こっちは彼女が俺に慣れてくれたと思った方が良さそうだ。

 

 ふむ。しかしこうして比較対象が現れてみると、さらにモンモランシーの完璧さが浮き彫りになってしまうのではないだろうか。いや、むしろ彼女は完璧なのではなく完璧を追い求める事ができる素質というものを持っているのだろう。花に水をやり、生き生きと育てることは可能だ。しかし、人が汗をたらし、慎重に、長い年月を掛け磨き上げられたこの宝石には叶うまいて。誰でも最初は原石であり、磨き続ける事で輝きを増していく。モンモランシーという宝石は本人が丹念込めて磨き上げ、それでいて本来の美しさも完全に残されている。まさしくどこから見ても魅力的な表情を魅せてくれる宝石だ。

 

 しかし、百合や薔薇と言ったものは花はきれいでも見る者にとっては意外と球根や根に関しては重要視されていないのではないだろうか。育てるにあたっては重要な部分だ。しかしキレイに土の中に隠されている。シエスタのように土に隠されていてさえ、その土が魅力を引き出しているというほどの花には見えない。

 

 ふむ。やはりモンモランシーは最強の系統―――。などと考えていると、そっとモンモランシーが近くに来て顔を寄せた。

 

 「あなた、今何か考えていたみたいだけど?」

 

 「ふむ。アンリエッタ姫の美しさに関して考えていたのだがね。確かに彼女は誰が見ても美しいという感想を持つだろう。しかし、深く考えてみた結果、やはりモンモランシーを超える人はこの世界にいないのではないかという結論に至ったところなのだよ。やはり君はこの世に二つとない奇跡の宝石。ふむ。もし納得いかないようであれば詳しく―――」

 

 考察の結果を詳しく教えようとしたのだが、顔を真っ赤にしたモンモランシーに口を塞がれてしまった。最初ヤキモチのような感情が顔に出ていた気がしたのは気のせいなのだろうか。もしヤキモチなら嬉しいのだが、要らぬ誤解を払拭すべくここは詳しく説明しておくべきだと思うのだよ。

 

 「ひ、姫殿下の前で失礼よ。聞こえたらどうするのよ。そ、そうね。ちょっと聞いてみたいから今度覚えていたら教えてちょうだい。」

 

 「んんっ、兄さん。モンモランシー嬢。そろそろいいかな?」

 

 そうクラウスに呼ばれ、シュヴァリエの叙勲式が俺の部屋で始まった。簡単にマザリーニ枢機卿が受勲の理由と推薦者、そして認可した者の告げたあと、跪くよう言われたのでシエスタとモンモランシーに支えられてベッドから這い出し、彼らの前に跪いた。するとアンリエッタ姫が一歩前、俺の正面に来たので頭を伏せると俺の右肩に杖の重みが加わる。

 

 「我、トリステイン王国王女、アンリエッタ。この者に祝福と騎士たる資格を与えんとす。高潔なる魂の持ち主よ、比類なき勇を誇る者よ、並ぶものなき勲し者よ、火の精霊と水の精霊と祖国に変わらぬ忠誠を誓うか?」

 

 誓いの相手は本来始祖と我と祖国になるのだろう。モットおじさんからマザリーニ枢機卿へ、そしてアンリエッタに伝わってちゃんと改変されていた。

 

 「誓います。」

 

 「よろしい。始祖ブリミルの御名において、汝を騎士(シュヴァリエ)に叙する。」

 

 そうして、アンリエッタ姫は俺の右肩を二回叩き、次に左肩を二回叩いた。そして、モット伯が俺にシュヴァリエのマントを掛けると、両脇に手を入れて俺を立たせた。

 

 「クロア殿。おめでとう。これからもトリステインのため、共に進もうではないか。」

 

 「モットおじさん。ありがとうございます。アンリエッタ姫も、マザリーニ枢機卿もご足労をおかけして申し訳ありません。」

 

 そういうと、モットおじさんはニカッと笑って俺をモンモランシーとシエスタに預けた。そして俺はマントを外されてベッドへ逆戻り、クラウスを始め、モットおじさん、マザリーニ枢機卿、アンリエッタ姫は部屋から出て行った。これから何か会議をするらしい。

 

 「意外とあっけなかったね? モットおじさんだけで良かったんじゃないかな?」

 

 「そうね、でもあなたの体調が悪かったから略式にしてもらったのよ。本当ならもっと大きなところで生徒や先生を全員集める予定だったんですって。」

 

 お、おう。何かすごい高いハードルだったんですね。体調が悪くてよかったかもしれない。とりあえずこれ以上体調が悪くならないよう、額に濡れたタオルを乗せられ、モンモランシーのスリープ・クラウドで再び夢の世界へ旅立たされた。あ、風竜隊に伝言が……。

 

 

 

 

 

 




 うっへー。マジ頭痛い;; パブ○ンSゴールドもロキ○ニンも効かない……だと……!? 
という中で書いたのでかなり微妙かも;;
特に最後の方適当すぎかもしれません。アップするのをためらう出来だと思います。

 クロア君も私に影響されて色々なミスや手落ちがすでにいくつか確認されております(え
 風竜隊はともかくプリシラに監視依頼とかギーシュの配置とかですね^^

さぁどうなってしまうのでしょうか?

1 クロア君が目覚めない
2 何もかも忘れてタルブ村へ慰安旅行
3 実はクラウスが暗躍

当然答えは用意されておりませぬ!(爆

 次回をおたのしみにー!



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29 タルブ村

おお、なんとか日曜日に間に合いましたね。
それではどうぞー!


 起きてみるとすでに体調は良くなってきているようだ。シュヴァリエ受勲から何日経ったのかわからないが、まだ手を出せる時間帯であれば介入するべきだろう。サイドテーブルにある杖を手にとって、天蓋からかかるカーテンを開け、

 

 「シエスタ?」

 

 と、シエスタを呼んでみると、シエスタは輝くような笑顔でこちらに来た。

 

 「クロア様。おはようございます。体調は良さそうですね。」

 

 という挨拶と共に色々聞いてみると、まだシュヴァリエを受勲した翌日の昼ごろだった。本来は今日も安静にしていなければならないのだが、モンモランシーとクラウスが同行する予定になっているので今回は特別にタルブ村へ行けるらしい。

 

 着替えを手伝ってもらい、体を拭いて、髪を梳かしてもらって椅子に座るとシエスタが紅茶を入れてくれた。ふむ。やはりこの紅茶は落ち着く。

 

 「それではモンモランシー様にお伝えしてきます。」

 

 と言ってシエスタは退室した。昼ごろということはギーシュたちは今頃ラ・ロシェールへ向う途中だろうか。ふむ。距離的に近いようならプリシラが捕捉できるかもしれない。プリシラに頼んでギーシュの居場所を探してもらうと、10分ほどで捕捉した。やはり馬に乗って移動中だそうだ。隣にはルイズ嬢の使い魔(サイト)が同じく馬に乗っており、グリフォンには灰色のおじさん(多分ワルド子爵)に抱えられたルイズ嬢もいるらしい。

 

 一応シルフィードの位置を確認してもらうと、5分ほどで捕捉してくれ、二人を追うコースに乗っているそうだ。順調に原作通り進行しているようで何よりだ。ギーシュが加入できるか少々心配だったが、その辺りの問題がなく、あとはタバサ嬢の風韻竜が無事合流すれば問題はなくなるだろう。あちらはすでに幸運を祈りつつラ・ロシェールでフォローできるかどうかということくらいしかない。プリシラにお礼を言って今日はタルブ村へ行くかもしれないと彼女に伝えると、興味を持ったらしく、今日は一緒に過ごすそうだ。

 

 そしてしばらくすると、シエスタに連れられてモンモランシーとクラウスがやってきた。すでに荷造りや準備も終わっているそうで、俺とモンモランシー、シエスタそしてプリシラに加え、クラウスも同行するようだ。

 

 「基地の説明も必要だろうし、兄さんがビックリするような物もあるんだよ。」

 

 クラウスに笑顔で告げられたが、基地の説明はわかる。わかるのだが、ビックリするような物はアレしか思い浮かばない。できればアレに関してはそっとしておいて欲しかったし、絶対にビックリしたくない。百歩譲って見つかっていたとしても断固として絶対にビックリするようなことになっていて欲しくない。

 

 「そ、そうか。うむ。た、たたた楽しみにしているよ。」

 

 そう言うのが精一杯だった。クラウスは不思議そうに首をかしげているが、俺の気持ちは到底わかるまいて。

 そして俺達と荷物をそれぞれ載せた6匹の風竜がタルブ村目指して飛び立った。そう言えば昼間はまぶしくて風竜からの景色を堪能したことがない。プリシラを呼んで肩に止まってもらい視界共有で景色を眺めながら飛ぶ。

 

 「クロア坊ちゃん。ずいぶんとかわいらしい使い魔を召喚しましたね。」

 

 そう話しかけるのはいつも俺を乗せてくれるアグレッサー隊の隊長だ。名前はかなり昔に聞きそびれた。今さら聞くのは色々とハードルが高いので隊長とか隊長さんと呼んでいる。

 

 トリステインの空では負けなしという公言をしてしまうだけあってアグレッサーの錬度はかなり高いようだ。プリシラに左右後方を見て貰うとキレイなデルタ編隊を組んでいる。本来一番機で先頭を飛ぶであろう隊長機は恐らく俺を乗せているため四番機の位置、ダイヤモンド編隊の一番後ろ、ひし形の一番後ろと言った方が良いだろうか。その位置におり、五番、六番が左右を固めている。展示飛行というわけではないので間隔は広めだが、その広い間隔もよく訓練されているようで一定距離を保ち続けている。

 

 しかし、かわいらしい使い魔か。うん。確かにかわいい。全くもって異論が見当たらない。

 

 「うむ。そうであろう? プリシラという名前を付けたのだがね。なんと言うか、プリシラ以上の使い魔は望めないというほどかわいいのだよ。彼女が飛んでいるところをあまり見たことはないが、恐らくこの世界のどの生物よりも速いぞ?」

 

 少し照れつつもつがいバカ? っぷりを発揮してしまった。いや、全く後悔はしていないが。

 

 「はっはっは。確かにクロア坊ちゃんがそこまで言うのだから違いないでしょう。しかしルーシアお嬢様といいカスティグリアの貴族は総じて使い魔に惚れ込みますなぁ。私の使い魔はコイツなんですがね? それはもう私も一目惚れでしたよ。」

 

 おお、カスティグリア貴族は皆総じて使い魔に惚れ込むのか。それならば問題あるまいて。しかし風竜隊でも風竜を使い魔として引いたのは恐らく珍しいだろう。俺が入学したときには誰も竜種を引いた者はいなかったはずだし、同じ学年でもタバサ嬢だけだ。

 

 「ああ、毎度お世話になっているが確かにこの風竜はすばらしいな。離陸から着陸までほとんど揺れがないのは風を読む能力がすばらしいからか? それとも風の精霊と仲が良いのかね?」

 

 「さぁ、そこまでは。ただコイツに戦闘機動をさせると他のどの竜も付いて来れませんからな。今の目標は竜のは……おっと。まぁコイツ以上の物があるってわかっただけで伸び悩んでた成長がグッと一気に伸びました。」

 

 お、おい? 今竜の羽衣って言おうとしなかったかね? もしかして調査や分解どころじゃなく飛んでるのかね!? ま、まさか……ね? 嘘だと言ってよクラウス!!!

 

 「そ、そうだな。竜用の装備も色々資料を作ったが、実戦で使えるかどうかは君達が考える事だ。むしろ君達も考案してカスティグリア総合研究所の方に提案してみたらどうだろうか。」

 

 「いやいや、坊ちゃん。一応研究所の方に提案はさせて貰ってるんですが、どうにも鞍の形状を変えるくらいしか思いつかないんですよ。何種類もの試作の補助翼をテストしたんですがね、竜との相性もありまして、研究所の竜の管轄はそれで手一杯なんですよ。」

 

 ほっほぅ。補助翼テストしてるのか。どんな結果が出てるのかちょっと興味ありますな。

 

 「ふむ。良さそうなのはあったかい?」

 

 「ええ、そりゃもうコイツにとってはまさに貴族に杖って位のものがいくつもありましたよ。ただ、重さと強度の兼ね合いが難しいらしくて大抵一日しかもたないんですよ。今は確か形状で強度を増やしつつ新素材の研究をしてるそうです。」

 

 おお、そこまで進んでるのか。さすが総合研究所。しかし、一日もてばまぁ実戦には使えるのではなかろうか。フネで大量に持っていけば良いわけだし。いや、その辺りはクラウスや父上の考える管轄だろう。

 

 「そうだな。基礎研究が全てモノを言うような世界になってきているのかもしれんな。」

 

 そんな事を話しつつ飛ぶこと一時間弱。早くもタルブ村に着いた。あ、あれ? こんなに短時間でしたっけ? 打ち合わせしてあったデモンストレーションがあったらしく、一度風竜隊は編隊を密にして花の絨毯と言って良い様な草原を低空で通過した。そして、散開し、隊長さんの竜とクラウスの乗った竜は森の中にあるぽっかりと空いた空間に着地した。ここがタルブ村の竜の発着場になっているらしい。プリシラの目を借りて見てみると、大体500m四方のかなり大きい平地になっている。その平地に隣接するようにいくつもの建物があり、風竜や火竜の飼育小屋もあるようだ。前線基地と言った高揚感が何もない空間に漂っている。

 

 「兄さん。体調はまだ大丈夫みたいだね。ここがタルブ村の空軍基地の本拠地だよ。ここから西の海側に船での補給も考えて道が続いている。あと有事の際はタルブ村の避難者を受け入れるため、ここから少し離れた村側には半地下の避難施設が作られていて、兄さんの設計方法から考え出された感じだと戦列艦の墜落にも耐えられると考えられているんだけど。あとで見てくれないかな?」

 

 クラウスにレビテーションを掛けてもらい、隊長さんにお礼を言ってから空軍基地を見学する。木造の飼育小屋にログハウスのようなメイジの待機部屋、竜の発着のための広場が50m四方くらいだと思ってた。しかし広場は目算で想定の100倍の広さがある。結構平らなのでゼロ戦なら離陸着陸ができるのではなかろうか。竜の小屋も一つじゃなくていくつも点在しているらしい。恐らく爆撃による被害を分散させるためだろう。大体2匹ひと小屋といった感じで離れた3つの小屋の中間にメイジの待機するための小屋があるそうだ。

 

 小屋自体内装は木造だが、外から見るとどう見ても簡単な防御装甲が使われている。想定していたよりもずっとカスティグリアの技術力は高いようだ。そして、海側に続く道には細いレールが敷かれている。トロッコの実用化が終わっているらしい。牽引には馬を使っているそうだ。ちゃんと行きと帰りのレールがあり、風石や食料などの物資を海から船で運び、基地までこのトロッコを使って運び入れるそうだ。

 

 タルブ村の避難所は密閉空間ではなく、いくつも柱があり、森と同化することを目的とした感じで、どこからでも入れる。屋根だけは結構いいものを使っており、それを岩のような柱が支えている。そう、ほとんど加工されておらず、ぱっと見た感じだと自然に出来た洞窟のようないでたちだった。しかし、内部には井戸もあり、トイレや長椅子、そしてけが人用だろうか、ベッドもいくつかあった。コレならば蒸し焼きになることもあるまいて。暑そうだが。

 

 しかし、さすがファンタジーと言わざるを得ない。作ってから偽装ではなく、偽装目的で必要な場所を魔法で作って行ったのだろうか。木の生えた地面をそのまま持ち上げたようにしか見えない。実際木の根が結構むき出しになっている箇所もある。

 

 「兄さん。満足してもらえたかな?」

 

 「いやいや、やりすぎではないかね? まさかここまでの物とは思わなかったよ。」

 

 クラウスが嬉しそうに尋ねてきたので、実際思った事を口にした。そして、俺は一つ前世であったものを思い出してしまった。そう、フランスのマジノ線である。大金を掛けて最強の防御要塞を作ったのだが、普通に回避されて別のところから侵攻されたというアレである。ここまでやりすぎていると、ぶっちゃけアルビオンは回避するのではなかろうか。俺なら普通に風石を大量に積んでトリスタニアを直撃すると思う。

 

 ふむ。航続距離に問題が出るのだろうか。原作では確かに王家を打倒し、新政権となった神聖アルビオン共和国は奇襲でトリステインの王軍の艦隊を撃滅し、ラ・ロシェールに砲撃を加えつつ、タルブ村に前線基地を作るべく侵攻した。しかし、トリスタニアやトリステインの軍備を見る限り、空戦のできる部隊は王軍でもグリフォン隊を始めとした近衛隊くらいではなかろうか。しかし、竜騎士の部隊もいるのだろうか。アルビオンへの逆侵攻を行ったとき、若いメイジの乗る竜がサイトのゼロ戦の盾になるべく飛んだのも覚えている。

 

 トリスタニアの防空能力がどの程度あるのかはわからないが、直撃が無理と判断したのか? 確かにトリスタニアを抑えたところでアンリエッタ姫を始めとした要人や近衛隊が早々にトリスタニアを放棄してゲルマニア方面のヴァリエールにでも逃げられたら面倒くさいかもしれない。それならばラ・ロシェール、タルブ村に前線基地を置いて補給線を維持しつつ侵攻してもあまり変わらないだろう。

 

 ああ、一応親善訪問として出てきたから艦隊の数を抑えたのか? なるほど、ということは基本的に橋頭保を築いてくると考えていいだろう。となると、艦隊を置きやすく、最も近いラ・ロシェール、そしてラ・ロシェールからも程近い南に位置するタルブ村、逆に北に位置するカスティグリア方面の中間地点も考えられるか? とりあえずラ・ロシェールを抑えようとするのは確かなはずだ。あそこならタルブ村からでも捕捉できるだろう。そして北に行くようならタルブ村とカスティグリアから艦隊を出せばよい。マジノ線のような悲劇は起こりづらいと考えてよいかもしれない。空軍基地でよかった。

 

 ふむ。と、なるとアルビオンからトリステインを攻略する場合、まず橋頭保は必ず必要になると考えて良いだろう。風石が切れるとフネが浮かないのもあるが、トリステイン直撃のための兵力、そこまでの道のりを制圧する兵力が足りない。制空権を重視しているカスティグリアとしては一度陸に上がってしまったアルビオンはそれほど脅威ではないだろう。ただ、一つの懸念はカスティグリアを直撃してくることかもしれない。あそこは現在風石が出る。あそこに橋頭保を築かれるとアルビオンから運んでくる物は食料や人員だけ……。なるほど、カスティグリアも守らなければならないのか。

 

 「クラウス、カスティグリアの防御は大丈夫かい? タルブがここまでの物になっているともしかしたらカスティグリアかトリスタニアを目指すかもしれない。」

 

 「ふむ。カスティグリアは防衛力も戦力もここ以上だからね。アルビオンが橋頭保を築くとしたら来る時にデモンストレーションした平原かラ・ロシェールじゃないかな。他に艦隊を下ろせるところは海とここくらいしかないよ。」

 

 ふむ。なんとなく問題はなさそうにみえる。とりあえず風竜隊のところへ戻りシエスタの家の近くまで送ってもらった。少し開けた広場にアグレッサーの残りの4匹の竜が打たれた杭に繋がれている。そこが臨時に作られた竜の居場所になるらしい。そしてその近くに大きいテントが張られ、その周りをロープで囲っている。

 

 ロープの周りにはこの村の子供と思わしき平民が数人いて、俺とクラウスを運ぶ二匹の竜が降りると歓声が上がった。

 

 「何度か来てるんですがね。やはりまだ珍しいみたいです。」

 

 そう言いながら隊長さんに竜から降ろしてもらった。タルブ村にいる間はここにいるらしい。お礼を言って初めて訪れるシエスタの家に案内された。弟の方が詳しいというのはその、いや、いまさらか。プリシラは周りを見てくると言って飛び立った。

 

 クラウスに連れられてシエスタの生家を訪れるとシエスタのご家族が家の前で迎えてくれたが早々に中に案内された。日本式だと思ったが意外とハルケギニア式だった。テーブルに案内され、椅子に座った。テーブルは八人掛けの大きなもので、恐らくシエスタの家族全員が座れるように大きい物にしているのだろう。俺の両隣にはモンモランシーとシエスタ、モンモランシーの逆隣にクラウス、対面はシエスタの両親と村長殿。そして恐らく兄弟の長男だろうシエスタよりも背の低い男の子が座っている。少し親近感が沸いた。

 

 全員椅子に座ったところでシエスタにご家族とタルブ村の村長を紹介された。村長殿は貴族が来るので挨拶に来たそうだ。風竜が来る度に足を運んでいるのだろうか。いや、風竜が来ると子供たちが騒ぐだろうし、わかりやすくていいのかもしれない。

 

 シエスタの両親にシエスタの兄弟が7名。ぶっちゃけ名前は覚えてない。嬉しそうに紹介するシエスタをチラチラ見つつ隣に座るモンモランシーのヒーリングを貰っている状況だ。よく考えたらコレはモンモランシーとの婚約式のときの焼き直しかもしれない。シエスタは8人兄弟の長女のようで、こちらの紹介はクラウスがした。と、言ってもクラウスとシエスタの父親は少し交流があったようだ。

 

 クラウスから一言挨拶が欲しいと言われたがぶっちゃけ何を言っていいのかわからない。こういうのは大抵クラウスに任せていたのが仇になったかもしれん。しかし、ここはシエスタを迎える身。シエスタに恥をかかせるわけにはゆくまいて。

 

 「シエスタのご家族殿。シエスタを介助兼側室候補に迎えることになったクロアだ。こちらは先に紹介のあった俺を婿として迎える予定のモンモランシー。双方の地位に差はあるが、シエスタは俺にとって欠かせない人間になっている。今後もご家族殿に配慮はするつもりだ。そうだな、シエスタを通して何かあったら言ってくるといい。」

 

 シエスタの母親と兄弟たちはニコニコ笑うシエスタをキラキラした目で見ているが、シエスタの父親は何か俺を睨んでいる気がしてならない。顔は確かに笑顔で固定されているのだが、目が完全に笑っていない。ううむ。何か懸念があるのだろうか。

 

 「な、なにかあったら言っていいとおっしゃいましたが、本当に何でも言っていいんで?」

 

 ふむ。平民が貴族に意見するのはかなりの覚悟が必要なはずだ。サイトのように全く知らない場合や、軍隊などは除外するとして、このような場では下手すると命懸けで意見を言おうとしていると思ってもあまり間違いはないかもしれん。それならばこの笑っていない目も納得できる。

 

 「ふむ。そうだな。クラウスやモンモランシーに対しては問題になるが、俺に対してだけなら構わんぞ。」

 

 そう貴族らしく不遜に言うと、父親は眼力を上げ、顔が無表情になった。

 

 「では無礼を承知して一つだけ。シエスタを泣かせるようなことがあらば命を賭してでもお命頂戴いたす。」

 

 ふむ。すばらしい覚悟と愛情だ。シエスタの兄弟はあと七人もいるというのに、その七人と妻を路頭に迷わせることをいとわないのかね? チラッとシエスタを見ると顔を青ざめさせている。シエスタにテーブルの下でツンツンしてこっちを向かせてから小声で「大丈夫だから」と言うと、ちょっとだけ笑顔を見せた。

 

 しかし、命を頂戴されるのか。覚悟は立派だが命を頂戴されるのはいただけない。ううむ。まぁ相手はシエスタの父親とは言え平民だし、あまり考える事もないだろう。後でシエスタ特性ヨシェナヴェを頂けるだろうし、正直に行こう。

 

 「ふむ。平民にしては覚悟のある良い恫喝だ。俺の見た目はこんなだし、確かに虚弱で病弱だし長生きが出来るとも思ってない。しかし、早々簡単にこの命を獲れると思われても困るのだよ。俺が知っているだけでも俺は過去二回シエスタを泣かせている。これからも泣かせることがあるかもしれん。だがね。相手が平民だろうがメイジだろうが貴族だろうが国だろうが、モンモランシーとシエスタ、そしてカスティグリアの名を持つ者以外には早々簡単に俺の命を獲らせはせんよ?」

 

 そう嗤いながら告げると、シエスタの父親殿は歯を食いしばり、シエスタの兄弟達は信じられないという顔をした。母親殿はニコニコ笑っているが……、肝っ玉かあちゃんなのだろうか。

 

 「そうだな、こちらからも一つ宣誓しておこう。聞いたことはあるかい? そう貴族の誓いだよ。俺は過去一度破棄したことがあるのであまり信じられたものではないかもしれんがね? シエスタは俺が生きている限り誰にも渡さん。相手が王だろうがエルフだろうがシエスタの父親であろうが誰にも渡さん。そして誰であろうとも、例えシエスタ本人だとしても、シエスタのご家族だとしてもシエスタを傷つけることは許さん。シエスタを傷つけていいのは俺だけだ。理解したかね? シエスタの父親殿。」

 

 シエスタの父親は呆気に取られ混乱し始めた。ビビってる感じは無いのだが、どうしていいのかわからないのだろう。そしてその父親に肝っ玉かあちゃんのゲンコツが落ち、シエスタの兄弟たちが痛そうに目を背けた。……シエスタの母親に簡単に命を獲られそうで少し怖い。

 

 「ふふっ、小さいかわいい貴族様だと思ったら他のどの貴族様よりも欲張りなんですね。」

 

 「ああ、そうだとも。母親殿。この小さい身なりが示す通り子供なのさ。一度手にしたら絶対に誰にも渡したくないのだよ。」

 

 シエスタの母親が言う通り俺は欲張りなのだろう。モンモランシーだけでさえ考えられないほどの俺の人生には望み得ることのできない幸せだろう。それなのにシエスタを側室候補に迎え、俺の大切なもの、守りたいものはどんどんと増えている。カスティグリアにモンモランシにタルブ村、そしてそれらを含むトリステインと許容量のオーバーっぷりが半端ない。

 

 母親殿には全てお見通しなのかもしれない。伊達に子供八人も育ててないと言ったところだろうか。俺は早々に白旗を揚げ、素直に認め一度肩をすくめた。

 

 「そして、イタズラ好きなんですね? 平民に対し、勿体無い宣誓。ありあがたく受け取らせていただきます。シエスタをよろしくお願いします。」

 

 母親殿はシエスタに教わったのだろう。一度立ってぎこちないカーテシーを丁寧に行いつつ頭を下げた。そしてそれに合わせキョロキョロしていた兄弟たちがそっと頭を下げた。そしてようやく父親殿が気付いたようで、真面目な顔でテーブルに頭をつけるようにして頭を下げた。

 

 「ああ、了承したとも。」

 

 そう告げると、お互いの挨拶が終わったようで、村長殿は自宅へ帰った。そして、お待ちかねのヨシェナヴェをいただいた。今回のヨシェナヴェはシエスタが兄弟たちと一緒に作ったらしい。ふむ。これはこれで味があって悪くない。というかやはり本場のヨシェナヴェ、少々味が違う気がする。なんというか懐かしい味とでも言うのだろうか。モグモグ。

 

 「あなた、やはり本場のヨシェナヴェは少し違うみたいね。」

 

 「うむ。さすがは本場。はるばる来た甲斐があるな。」モグモグ。

 

 「そ、そうですか? そう言っていただけてよかったです。」

 

 ううむ。この前の海鮮ヨシェナヴェは確かに豪華で濃厚なカニの味が記憶に残るほどすばらしかった。しかし、今回のヨシェナヴェも中々……。なんというか濃厚な野菜の旨味と……

 

 「ああ、なるほど、鳥の助骨か。」

 

 そうポロッとこぼすと場の空気が一瞬止まった。

 

 「あ、あの。クロア様。もしかして骨が入ってましたか?」

 

 「いや、全くそんな事はないとも。あまりにおいしいダシだったのでね。少々考えてみてつい口に出てしまったようだ。うむ。大変すばらしい味だとも。機会があればいつでも、ぜひとも食べたい味だ。」

 

 「そうね。確かにすばらしい味だわ。何度でも食べたい味ね。」

 

 「そ、そうですか? その、よろしければそちらでもお作りしますね。」

 

 「うむ。ぜひ頼む」と、言うと、止まった空気が和んだ。確かに見ようによっては鶏ガラは捨てる部位に見えるし、貴族に出すものには間違っても思えないだろう。しかし、コレが存在しているのに食べられないのは悔いが残るだろう。この世界に来て鶏ガラスープは初めてかもしれない。さすが佐々木氏。すばらしいものを残してくれたものだ。モグモグ。

 

 ちなみにまだ夕食にはかなり早い時間帯なので食べているのは俺とモンモランシーだけでクラウスは父親殿とシエスタの支度金の話をしている。まぁシエスタの仕送りの前払いみたいなものだからな。あまり問題はあるまいて。

 

 「い、一万エキュー!? でででですか!? 支度金が!? 平民ですよ?」

 

 「はい、兄がそのようにしたいと申して用意したのですが、どのように受け取られますか? こちらとしては一括でも書面でも分割でも構いませんが……。」

 

 ふむ。父親殿は先ほどは命懸けの意見をしたというのにビックリしてますな。肝っ玉かあちゃんのはずの母親殿も驚愕で目を丸くしている。兄弟達はよくわかっていないようだ。ふむ。一応間違いは訂正しておこう。

 

 「いや、クラウス。それは少々違う。その一万エキューの中のほとんどはシエスタがこれからご家族に仕送りしていたであろう金額だ。シエスタのご両親。まぁそういうことだからあまり気にすることでもあるまいて。」モグモグ。

 

 やはりおいしい。問題はこのどうしても残ってしまうであろうスープをどうするかだ。いつもならば気合で最後までスプーンですくうのだが、今使っているスプーンはシエスタの家で用意されたもの。つまり木製で分厚いのである。最後の方はどうしても食器を傾ける必要が出てくるであろうし、それでも残ってしまう気がする。食器に口をつけるのは貴族としてあるまじき行為。

 

 こ、これはどうしたら……。ぶっちゃけ一万エキューの受け取り方なんぞよりこちらの方がよほど重大な問題であろう。そして残された時間は少ない。このペースを崩すことなく食べ進めると、具はあと2度ほどでなくなるし、スープだけをひたすら飲むことになったとして果たしていつまでもつものだろうか……。モグモグ。

 

 チラッとモンモランシーの方を見ると、残ったスープはパンにひたして食べている。俺の分は基本的に最初からパンが投入されているためそのような手段を取ることができない。ううむ。しかしここで残すというのはだな……。

 

 と、モンモランシーをチラチラ見つつカツカツとスープをすくっていると、モンモランシーがこちらに気付いて

 

 「あなた、おいしくてパンをいただきすぎてしまったみたい。良かったら食べていただけないかしら。」

 

 と言ってスープに追加のパンを入れてくれた。おお、ナイスアシスト! 「ありがとう、モンモランシー。」と言ってパンで出来るだけスープを回収して無事スープの攻略に成功した。いや、残しても問題はないのだが、このスープを残すと後々後悔が残りそうだったのだよ。それに気付いたモンモランシーはやはり俺の奇跡の宝石。

 

 支度金の受け取り方は結局二千エキューを即金で、あとの八千は毎年千ずつタルブ村に置かれている空軍基地経由で送られることになったそうだ。ご両親は200ずつくらいが良いと言っていたのだが、それだと50年かかりますからな。クラウスもさすがにそれはめんどくさかったらしく、家族にしか開けられない貯金箱が送られることになった。お金で問題が起きるようなら空軍経由でカスティグリアに知らせてくれれば対処するらしい。

 

 シエスタは折角の帰郷なので親子水入らず、シエスタの生家に泊まることになっている。俺とモンモランシー、クラウスは空軍基地の方に泊まる事になっている。アグレッサーも同じように空軍基地にベッドが用意されたらしいのだが、彼らはなんか独自のローテーションがあるそうで、常に夜も竜の近くにおり、誰かしら起きているそうだ。

 

 「いや、休む時は休んだ方が効率が良いのでは?」と隊長さんに言ったのだが、完全にフリーな日も作ってあるので安心してくださいと返された。しかし、何か職業病になっているらしく、あまり長い時間竜から離れていると不安になり、自然と集まって竜の近くでレクリエーションしていたり、昼寝をしていたりするのが基本らしい。

 

 お、恐ろしい。アグレッサーはなんて恐ろしい部隊なのだ。そのうち「コレは俺の竜。俺がいなければ役立たず。この竜がいなければ俺も役立たず。」とか言い出しそうで怖い。いや、むしろ最高を目指すと自然にそうなるのだろうか。ふむ。俺も杖に名前をつけて磨くべきかもしれない。いや、よく考えたらすでに俺はプリシラのつがいだった。そう、彼らを越えていたのである。

 

 そしてタルブ村滞在一日目、日は落ち、クラウスとモンモランシーは基地の歓迎会に招かれて出かけた。俺は「ちょっと明日も体調を崩したくないから」とか言ってベッドに横になっり、歓迎会はパスさせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 




 タルブ村やシエスタのご両親や兄弟や生家に関する描写は原作に断片的に書かれているものを拾い集めたのですが、どこにどんなことが書かれていたかほとんど覚えていなかったため回収不足かもしれません。一応回収できたものをこの作品にすり合わせてみました。

 次回、文字数によりますが、多分ゼロ戦出てきます><b

 ついでにちょっとアナウンス。火曜日から予定が入りまして。その辺りから更新が開く可能性があります。ご容赦ください><;


次回おたのしみにー!




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30 竜の羽衣

うーん。何も思いつかない。
それではどうぞー!


 今回俺を運んだアグレッサーは今俺が横になっているベッドのある小屋の近くにテントを張って駐留している。しかし、恐らく時間も押し迫っているというのにラ・ロシェールに向うための口実が思いつかない。モンモランシー達が出て行っても結局思いつかなかったので、ちょっと羊皮紙に夜の散歩に出てくると書き置きして風竜隊が駐屯している場所へやってきた。近づいたところで、夜間の見張りをしていたのだろう。アグレッサーの一人に声をかけられた。

 

 「おい、ここは平民の来る……、はっ、失礼しました。クロア坊ちゃんでいらっしゃいましたか。しかし、このような時間にどのような。」

 

 「いやはや、驚かせてすまないね。任務ご苦労。夜の風竜というものをぜひ見てみたくてね。君にとっては見慣れたものかもしれないが、俺にとっては風竜と接する機会も少ない。見逃していただけないだろうか。」

 

 そういうと、隊長に相談してくると言って走っていった。しばらくすると隊長さんを伴って帰って来た。そして、隊長さんに軽くレビテーションを掛けてもらい肩を貸してもらいながら、先ほどの隊員さんと一緒に三人で風竜の駐屯場所へ歩いていく。そしてそろそろ風竜のいる場所に着くというところで隊長さんに話しかけられた。

 

 「しかし、坊ちゃん。珍しいですな。一人で出歩いてまで風竜を見たいとは……。」

 

 ふむ。隊長殿には気付かれたかもしれない。隊長殿にはいつもお世話になっている上に、今回は確実に彼の協力が必要になるのだ。ここは引き込む方向で話してみよう。

 

 「ふふっ、さすがアグレッサーの隊長殿だ。よい勘をしている。そうなんだよ、何か先日からどうもラ・ロシェール方面で何か起こるのではないかと胸騒ぎがしていてね。何も無ければ良いのだが、特に今日はどうも落ち着かなくてね。隊長殿はどう思うかね?」

 

 そう、自虐的な冷笑を浮かべながら隊長殿に話すと、隊長殿目を爛々と輝かせ獰猛な表情を浮かべて嗤った。

 

 「ああ、坊ちゃん。いやはや、さすがにすばらしいですな。私も今日は胸騒ぎがしておりまして、任務が無ければ今すぐにでもラ・ロシェールへ向いたいと思っていたところなのですよ。」

 

 あ、あれ? 隊長さん。えーっともしかして合わせてくれてますか? まさか本当に胸騒ぎがあるのですかね? それなら勘がいいどころの騒ぎじゃないと思うのですが。

 

 「そういえば隊長、さっきもそんなこと言ってましたね。クロア坊ちゃんもそうですが、気のせいじゃないですか?」

 

 「ああ、坊ちゃん、すいません。コイツは先日アグレッサーの増強が決まって、まだアグレッサーに入ったばかりでしてね。まだ仕込みが足りんのです。」

 

 え、本当に胸騒ぎしてたんですか? もはや原作知識以上にすごい勘ですね。カスティグリアのアグレッサーは一体どこへ向っているのだろうか。し、しかし、これならば都合もよかろうて。

 

 「ああ、構わないとも。カスティグリアのアグレッサーはメイジの枠、貴族の枠、人の枠、竜の枠、そして人と竜の絆を遥かに超え、常に世界最強でなくてはならん。丁寧に仕込んで君も含め、常に世界最強を目指し続けてくれたまえよ。」

 

 「はっ! 了解であります。―――そうですな。こんなキレイな夜は久しぶりかもしれません。どうです? 坊ちゃん。よろしければラ・ロシェール方面へ夜間訓練も兼ねて遊覧飛行などしませんか?」

 

 「ほぅ? それはすばらしい申し出だ。ぜひとも体験してみたいとも。隊長殿、準備を頼むよ。」

 

 「はっ! おい、アグレッサー全員搭乗、全騎特別遊覧飛行準備。一人坊ちゃんと遊覧飛行に出ることをお知らせするのに留守番を置く。他の隊から引っ張って来い。急げよ?」

 

 隊長殿がそう命令を下すと新人さんは威勢よく返事をしてかなり素早く走っていった。俺も準備のため、プリシラを呼び戻す。

 

 夜の空は冷えるというのでアグレッサーの隊長さんにマフラーを巻いてもらい、外套を着せてもらった。マフラーには魔道具が仕込んであって、比較的短距離であればアグレッサー同士で交信ができるらしい。しかし、これは一つの基本となる魔道具を作ってから何個か抽出して作る方式で作られているため、混線などはないそうだ。

 

 ただ、多くても10個くらいしか作れない上に中々作るのが難しいらしく、現在は竜部隊の隊長やテスト部隊、そして艦隊を組むフネに一つずつとからしく、アグレッサーだけ特別に一人一個以上供給されているそうだ。なんだかアグレッサーだけオーバースペックになりすぎている気がする。しかし、空を飛べばファンタジーでも地球でも同じようなものが欲しくなるのだろうか。と、なると次は航法用のマジックアイテムや視認困難な状況での高度計や速度計などだろうか。いや、その辺りは竜に頼んだりした方が早いかもしれない。ううむ。

 

 そんなことを考えていると出撃準備が整ったらしく、隊長さんに抱きかかえられて風竜に乗った。今回は現地まで比較的高空を飛ぶらしく、かなり寒く、風が痛いのだが他の隊員は平然と飛んでいる。プリシラに先行偵察のため、ギーシュの場所を探してもらい、その近くにミス・ロングビルがいるかも探してもらった。

 

 しかし、いつもならこのような環境にいたらすぐに具合が悪くなるなるはずなのだが、妙に高揚感が体中を支配しており、むしろいつもより体の調子がいい。空に浮かぶ青と赤の二つの月はほとんど重なっており、煌々と静かな光を湛えている。強く吹き付ける風にも慣れ、しばらく飛ぶとラ・ロシェールと思しき光が地上に見えた。

 

 「隊長殿。どうやらアタリのようだぞ? メイジ2、盗賊数十ってところだ。脱獄させられた『土くれ』殿がいるらしい。」

 

 「ククク、やはりそうでしたか。大物ならばレコン・キスタのスパイ、小物なら傭兵崩れの盗賊ってところですかね?」

 

 プリシラからの報告で現在フーケはゴーレム作成中のようだ。フーケの隣には白い仮面の男がいるらしい。全てがうまくいっている。この調子ならフーケの襲撃すら防げるかもしれない。一度プリシラに戻ってもらい、竜に合わせた速度で飛び、風竜隊をフーケの下へ案内してもらう。

 

 「隊長殿、作成中のでかいゴーレムがあるらしい。悪いがゴーレムは俺がいただこう。フライパスしてくれたまえ。あとは任せる。」

 

 「了解です。アグレッサー各員。ゴーレムは坊ちゃんの獲物だ。他はすべて譲ってくれるらしい。久しぶりの盗賊狩りだ。食い残しのないよう味わって食えよ? さぁおめしあがれ?」

 

 隊長殿のシャレの効いた掛け声が各員に届くと威勢の良い声が返され、下から突き上げるような重力を感じ、プリシラが先導する地帯に急降下を始めた。俺は隊長の前に座っているので隊長の表情を窺う事はできないが、きっと嗤っているだろう。俺も顔がにやけるのが止まらない。きっと歯をむき出しにして嗤っていることだろう。腰から飾り気のない杖を引き抜き、目を見開く。―――さて往こうか。

 

 急降下し始めて数十秒、ようやくフーケのゴーレムが視えた。近くに傭兵らしき人間も数十人いる。どうやら宿への突入直前らしく、ドアの近くに数人張り付いている。ゴーレムの肩にはフーケとワルド子爵のユビキタスがいるようだ。ふむ。とりあえずアレは邪魔かもしれない。お誂え向きにまだラ・フォイエの射程まで数秒ある。

 

 ファイアー・ボールの詠唱をさっと終わらせワルド子爵の胴体に向けて放つ。ファイアー・ボールの魔法で生み出された火の玉は弾となり、ワルド子爵の胴体を貫通し、そして一瞬で地面に到達し、射線上のものを焼いた。それを目印にするようにゴーレムの上空5mほどをフライパスする瞬間にゴーレムの中心より少し下を照準して今度はラ・フォイエを放つと同時に後続の風竜たちが速度を殺すことなく大地に向けてブレスを放ったのが視界の隅に視えた。

 

 ゴーレムに乗ったフーケは一瞬で通過し、ワルドのユビキタスを塵に返したファイアー・ボールに反射的に反応したようにこちらを向き、逡巡なく離脱に移ったようでラ・フォイエの収束が始まる頃にはすでにゴーレムから足が離れていた。きっと彼女には俺のことがわかったのだろう。なるほど、盗賊としてか女としてかはわからんが天性の勘があるのだろう。前回と同様、彼女の回避が間に合いそうだ。しかし、無傷で逃げ切る事はできなかろうて。

 

 ゴーレムを塵にし、焼けたクレーターを作るラ・フォイエの熱を伴った爆風と、6匹の風竜から一斉に放たれたブレスによって生み出された轟音と衝撃にそこに集っていた傭兵で原型を保っているものは全て地に伏した。フーケはどうやらフライで上手く離脱できたようだが、恐らく怪我をしているだろう。どこかに隠れているだろうが、今のところそれほど脅威ではない。

 

 一度目のアグレッサーによる対地攻撃が終わり、再び編隊を組んで左に旋回しながら高度を上げる。プリシラと視界共有をして戦果を確認すると、起き上がる者もいないようだ。プリシラは『おいしそうね。』と言って焼けた大地の上を旋回してから俺の肩に戻った。

 

 「坊ちゃん、建物からメイジが出てきたようです。マントの色から近衛だと思われます。一応確認のため降りますか?」

 

 ふむ。ここで会って話しても良いのだが、うまく説明できる気がしない。

 

 「いや、敵性勢力はもういないのだろう? まぁ説明に一人二人残して戻ろうじゃないか。どうせ降りても1ドニエの得にもならんさ。」

 

 「はっはっは、確かにそうですな。おい、2番3番、降りてその辺にいるヤツに状況説明の後、帰還せよ。他は巣に戻るぞ。」

 

 そう隊長が命令を出すと後ろを飛んでいた二匹が再び急降下を始め、こちらは隊長を先頭にしてダイヤモンド編隊を組んで帰路を目指した。

 

 

 

 

 

 タルブ村に戻るとクラウスとモンモランシーが待っていた。隊長さんに降ろしてもらい、歩いて彼らに近づく。ちょっと怒られそうで怖い。

 

 「おかえり、兄さん。気は晴れたかい?」

 

 クラウスに笑顔で聞かれたので、

 

 「とても有意義な遊覧飛行だったとも。ああ、アグレッサー隊は責めないでくれたまえよ? 俺が無理を言ったのだよ。隊長さん、とても楽しい遊覧飛行だったとも。ありがとう。」

 

 と、隊長さんにマフラーと外套を返しながらおどけて言うと、クラウスは肩をすくめた。

 

 「ねぇ、あなた。心配したのよ? クラウスさんが何かを気にしてるから自由にさせてあげて欲しいっていうから怒らないけど、事情くらいは知りたいわ。」

 

 モンモランシーが俺にレビテーションを掛けて腕を掴むと強制連行のように小屋へ連れて行かれた。そしてベッドに収納されると、モンモランシーへの説明を始めることになった。

 

 「心配をかけてしまってすまないね。モンモランシー。ただ、今回のことは何と言うか、勘としか言えんのだよ。シュヴァリエ受勲前から付き纏っていた焦りのようなものが俺を動かしたと言っていい。それで懸念のあったラ・ロシェールに行ってみたのだがね。懸念が当ってしまったようで、トリスタニアの監獄にいるはずのフーケがいたんだよ。」

 

 「フーケってミス・ロングビルだった人よね? どうやって抜け出したのかしら。」

 

 フーケのインパクトで上手く逸らせそうだ。ここはこのまま進めよう。

 

 「一緒にユビキタスだと思われるメイジがいた。ほら、風のスクウェアの偏在の魔法だよ。恐らくそのユビキタスが脱獄を手伝ったのだろう。と、なるとトリスタニアに内通者がいるかもしれないね。」

 

 「そう、でもクロア。今度何か思うところがあるのなら反対しないわ。でもせめてわたしも連れて行って。心配しながら待つのはイヤよ。」

 

 モンモランシーはそう言って俺の手を握った。ふむ。確かにそうかもしれない。もし逆の立場なら持てる全ての力を使って探すだろう。

 

 「そうだね。本当にすまなかった。今度からはちゃんとモンモランシーに話すよ。未来の夫婦に隠し事はなしだね。」

 

 「そうよ、あなた。」

 

 モンモランシーはそういうと、俺の頬に手を当てて唇を重ねた。柔らかい唇の感触が脳髄を直撃し、幸せに浸った瞬間、俺の意識が消失した。

 

 

 

 

 意識が戻ると、シエスタが枕元にいた。学院にいる時のように身支度を手伝って貰いながら様子を聞くと、普通に翌日だったようで少し安心した。家族との団欒も楽しめたとお礼を言われたが、本来は年に何度か戻れたはずだ。カスティグリアやモンモランシに移っても交流できるよう考えた方がいいかもしれない。そのことをシエスタに言うと、クラウスも同じような事を考えたらしく、手紙のやりとりや暇が出来た時は戻れるよう取り計らってくれることになったそうだ。本来そのようなことはないそうなので、シエスタは恐縮していたが、心配しながら生活するよりは良いだろう。

 

 お昼ごはんのヨシェナヴェをいただいたあと、クラウスが見せたいものがあると言ってレビテーションを掛け、シエスタに肩を借りてふよふよ浮いて行くと、あの花の平原を越えた辺りに神社のような施設があった。どう見ても佐々木氏が残したものだろう。そしてその隣にも最近できたばかりのような建物が建っている。

 

 「うちの曾祖父が残したものなのですが、とても貴重な物だったらしくてカスティグリアのメイジの方が以前からずっと研究してるんですよ。竜の羽衣と言って以前は村のお荷物だったんですけどね。」

 

 シエスタはちょっと照れたように解説してくれた。ああ、やはり竜の羽衣。よく考えたらシエスタの側室関連の話やタルブ村に置く空軍基地関連の話でクラウスはタルブ村を訪れていたのだろう。基地を置く場所の視察で発見したとしてもおかしくはないし、空戦関連の資料や竜の補助翼の資料、そして蒸気機関でのプロペラ推進関連の資料もあったわけだから、竜の羽衣が飛ぶということはすぐに予想が付いたのだろう。そしてこれがさらに先を行っているまさしく目指すべきものだとすぐにわかったに違いない。

 

 「ふふっ、兄さんの資料がなければコレが空を飛ぶとは誰も思わなかっただろうね? コレを見たときは本当に驚いたよ。」

 

 クラウスがそう言いながら一緒に施設に入ると、20名ほどのメイジが竜の羽衣という名の零式艦上戦闘機の計測やスケッチ、素材の錬金などをしていた。どうやらまだ飛ぶ段階でも分解する段階でもなかったようで安心した。計測は型取り方式らしく、簡単に取り外せそうなものは取り外して計測している。翼や外の形状はほとんど終わったらしく、終わったものは隣の建物に収納されているらしい。

 

 しかし、取り外しなどに使う工具などはもう作られており、ナットの形をした穴のある工具や十字型の棒が整然と置いてある。

 

 「兄さん、やっぱりあまり驚かないね? もしかして知っていたかな?」

 

 「いや、驚いているとも。しかし、どちらかというと竜の羽衣よりもカスティグリアの研究者達に驚いているとも。良くぞここまで成長したものだとね。」

 

 「ああ、なるほど。彼らはとても熱心だからね。総合研究所でもトップクラスの頭脳たちだよ。」

 

 そう話していると一人のメイジがこちらへやってきた。頭は禿げ上がっており、髭も生やしていない。つまり毛が一本も見えない。しかし体格はよく、目つきは鋭い。

 

 「お初にお目にかかります。クロア様でしょうか。カスティグリア総合研究所副所長をやらせていただいております。エルンストと申します。クロア様には常々お会いしたいと思っておりました。お目にかかれて光栄です。」

 

 「クロアだ。こちらこそお会いできて光栄だとも。しかし、総合研究所のメンバー達はすばらしいな。素人ならば、ちょっと解るようならすぐに分解をしたがるものだと思うのだがね。」

 

 そういうと、エルンストはニカッと笑った。

 

 「お褒めいただき光栄の極みでございます。資料を拝見させていただいて以来私はあなたの信奉者の一人なのですよ。信奉者でない者は総合研究所にただの一人としておりません。そしてその信奉者たるもの、このようなものに出会ったらまず正確に少しずつでも把握していくものでしょう。」

 

 「うむ。まさしくその通りだとも。しかしエルンスト殿のような方でも副所長なのか。所長殿はもっと慎重なのだろうな。お会いしてみたいものだ。」

 

 そういうと、エルンストはちょっと首をかしげ、クラウスに視線を向けた。クラウスは笑いを堪えているように頬をひくつかせている。

 

 「に、兄さん。そういえば言うの忘れていたんだけどね。実は兄さんが所長なんだ。エルンストさんが兄さんを差し置いて所長になれないと頑として譲らなくてね。」

 

 ふむ。つまりすでに所長に会っていたと? というかいつの間に所長だったのだろう。いや、特に何も決済していないのだからお飾りだろう。まぁ名誉職だろうし、特に給料や仕事が回ってくるわけでもない。問題なさそうだし、エルンストがそう言うのであればいいだろう。

 

 「ふむ。そうだったのか。エルンスト殿、申し訳ないのだが、たった今知ったばかりなのだよ。所長として何もできないが、そうだな。俺にわかることであれば相談には乗ろう。こちらから資料を流すだけでは少々物足りないと思っていたところなのだよ。これからもよろしく頼む。」

 

 「おお、クロア様。そのように言っていただけるとは。ご相談したいことが山のようにありますので、お手を煩わせるかもしれませんがよろしくお願いします。」

 

 「ほどほどにね。兄さんはそれでよく寝込むんだから。」

 

 そんなことを言いながら竜の羽衣の見学を四人で行う事になった。外観の測定はすでに終わっているらしく、現在は稼動部分の形状を測定したり、何のために付いているかの考察に入っているらしい。

 

 ぶっちゃけゼロ戦の星型エンジンはかなり構造が複雑なので俺でも解らないと思う。というかこの世界に解る人間が現れるかは虚無の召喚で本業の方を呼ぶくらいしか方法が見つからない。とりあえずお目当ての機銃の弾を探す。両翼のものは後々使いそうなので20mmの機銃の取り外しを目指すことにし、当たりをつけて補給用のフタっぽいものを開けると奥に弾薬が見えた。構造的にカウルを外せば取り外しまでできそうだ。

 

 機銃の説明をわかる範囲で伝え、コレについて最優先で研究するように言っておいた。そしてコレの将来性、元込め式の大砲やライフルなどを中心とした利用方法など思いつく限り伝え、あとはお任せすることにした。

 

 ちなみにこのゼロ戦。シエスタの嫁入り道具になるそうだ。先に見つかってたらサイトに渡せばいいやーとか思っていたのだが、渡しづらくなってしまった。いや、むしろサイトに研究を手伝ってもらうべきかもしれない。確かガンダールヴはゼロ戦に反応したし、操縦方法はともかく、整備にも少しは役立つかもしれない。そっとクラウスに近づき隠語で相談してみることにした。

 

 「クラウス。左手に協力を要請できないだろうか。」

 

 「ふむ。さすがの兄さんでも難しいかい?」

 

 「ああ、これはさすがに手に余る。二度と動かなくなり、構造理解も2~3割でよいと言うのであれば構わんが、最低限飛べる状況を維持したい。」

 

 「わかったよ。少し考えてみるね。」

 

 エルンストやシエスタは少し不思議そうな顔をしていたが、クラウスが気のせいといったジェスチャーをして場を濁した。

 

 ふむ。しかし、意外とコレは資料作りにも役立つのではないだろうか。すでに完成品があるのだ。構造や物理学的な意味、そしてなぜそのようにしたのかという目的をまとめて与えれば、完成品はすでにあるのだ。意外とエルンストたちがやってくれるかもしれない。ぶっちゃけこのピトー管を見たら自作できる気がしなくなってきた。いや、管自体は可能だろう、仕組みも知っている。しかし、確かこの角度とか取り付け位置とか内圧ホースがかなり重要だった気がする。

 

 「エルンスト。コレが何かわかるか? ピトー管と呼称しているのだがね?」

 

 「ピトー管……ですか? 今のところ誰にもわかりません。高速旋回や最高速度の底上げのための空力的な構造だろうという意見が多数を占めていますが、それにしては妙だと誰もが思っております。」

 

 ふむ。というか空力という単語が出るとは思っても見なかった。どうなってるんだろう総合研究所。羊皮紙を一枚貰い、クラウスに平たい板を作ってもらってそこを机にしてピトー管の構造や力学的な意味を教える。

 

 「つまりここの穴から空気が入ると圧力によってこことここに差が生じるわけだ。それを二つ組み合わせることによって誤差を減らしている。また、取り付ける位置や角度、それを測定するための計器までもがかなり精密に作られているはずだ。プロペラが発生させる風を飛びながら測定しても誤差が生まれるからな? 恐らくこの場所はプロペラが生み出す風の影響のない部分なのだろう。

 もし竜に取り付けるのであればその中間部分はマジックアイテムで代用した方が良いかもしれん。また、ピトー管に異物が混入したり塞がったりすると内圧が生じて使い物にならなくなる。かなり繊細な物なのだよ。」

 

 「ふむ。なるほど、つまり大気に対する速度計というわけですな? 素材から小さな部品まで恐ろしく精密に作られている上に理解の及ばないものが多々あります。ピトー管もそうですが、いやはや、まさしくこれは宝の山ですな。」

 

 「そうだな。ただ一つ、コレについてだが、基本的に固定化しか魔法が使われていないのはわかるかい? そう、固定化を除けば魔法が一切使われていないのだよ。カスティグリアが利用するにあたって、コレの理解が及べば魔法での代替が可能な部位も多いだろう。しかし、一つ気をつけねばならないことがある。」

 

 「わかります。ええ、ご懸念の通りかと。現在カスティグリアではその辺りかなり厳重に事前措置が敷かれておりますからな。モンモランシの支部に行った者は現地の人間が理解しないと嘆いておりました。当分はカスティグリアが全てを行う事になりそうですな。」

 

 ふむ。やはりカスティグリアのセキュリティシステムはすごいらしい。恐らく人選からすでに厳選されているのだろう。というか、知っているはずの俺が一番最後にゼロ戦の実物を拝んだほどだ。いや、まてよ? よくよく考えてみれば恋愛のプロたちに翻弄されてきたのも全てクラウスが関わっていたな。しかも当事者であるはずの俺には全くわからなかった。

 

 もしかしてこのセキュリティシステムはクラウスが生み出したのだろうか。実際にカスティグリアに関して俺の知らないことは多い。むしろ知っていることの方が遥かに少ないだろう。モットおじさんもあの交渉のとき、最初はただの噂だと思っていたくらいだ。たかが俺のシュヴァリエ受勲のために一日でトリスタニアとゲルマニアから戻るマザリーニの交渉を終えるほど有能な勅使殿が信じるに値しない程度の噂しかキャッチ出来なかったとすると、かなりカスティグリアの秘匿性は高いのかもしれない。もしかしたら漏れるとしたら俺が原因になるとも考えられるほどだ。

 

 ううむ。本格的に隠居を考えた方が良いのではないだろうか。5000エキューの半分くらい使ってラグドリアンの湖畔に家を建て、シュヴァリエの年金でモンモランシーやシエスタとほのぼのと暮らしていた方が幸せな気がするし、カスティグリアの為にもなるのではなかろうか。そう少し落ち込んでいると、

 

 「しかし、さすがですな、所長! 是非とも今後相談に乗っていただきます。」

 

 とエルンストがゴツイ満面の笑みを浮かべた。「う、うむ」と言いつつシエスタを見ると頬を染めてキラキラした目でこちらを見ていた。

 

 そ、そういう目で見られるとだな……少々恥ずかしいのだがね。と顔を逸らすと

 

 「私嬉しいんです。曾祖父が言っていたことを誰も信じなかったのに、今はこんなに信じている人がいるんです。しかも本当にコレで飛んで来たんですよね? 本当のことだったとわかって私の家族もみんな喜んでるんですよ。しかも、クロア様がいたからまだ飛ばなくてもみんな信じることができたんですよ。」

 

 「そ、そうかね。」

 

 できるだけシエスタを意識しないようにそう答えるのが精一杯だったのだが、次の瞬間彼女の肩に置いていた手をシエスタが握り、腕が温かくて柔らかい物に包まれ、頬に彼女の髪と口付けがそっと触れた。

 

 うむ。ついやってしまったのだね? わからないでもないよ。数十年に渡る誤解が晴れたんだ。その嬉しさはとてもわかるとも。

 

 初対面の俺の信奉者の前でこんな姿を晒すとは……、いや、まぁ嬉しいのだがね。モンモランシーがいればこの悲劇は防げたのだろうか。クラウス、あとはまかせ―――。

 

 腕に伝わる感触と頬に訪れた事を正確に理解したとき、俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 




 ちょうどいいので明日からちょっとお休みします。

 とりあえずエタるのだけは避けようと思っておりますが、限界超えちゃったみたいなので冷却期間を置こうかなと^^;

 というわけでしばしお待ちを><;


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31 戦争の足音

日曜日に間に合わなかった……だと!? なんてこったい;;



 タルブ村でゼロ戦との邂逅を果たし、シエスタにより撃墜されたあと、五日後に目が覚めた。オスマンに余裕を持って申請していたはずの期限が切れそうだったので、寝ている間に俺は学院の寮に運ばれたらしい。起きた時にはすでに見慣れた天蓋のあるベッドの上だった。目が覚めたときに枕元に座っていたシエスタがそれに気付き、俺の身支度をしながら説明してくれた。

 

 いつも通り体調を確認する。頭痛はほとんどないし熱っぽさもあまりなく、四肢の鈍痛は無視できる範囲だ。恐らく自力で行動が可能だろう。時々接触するシエスタの感触が、彼女を包む清潔感と太陽の香りが俺に伝わる度にゴリゴリと何か体調のようなものを削っている以外は概ねベストと言えるのではなかろうか。

 

 起きた日は基本的に安静にしていてベッドの上の住人になるのだが、今日は急ぎの用件があるとかで俺の起きた日でもクラウスが来る事になっているらしい。シエスタは俺に紅茶を入れたあと、モンモランシーに報告に行った。

 

 少々手持ち無沙汰だったため、サイドテーブルにある資料の山から資料を取ろうと思ったら山が一つ増えていた。一つはまっさらな羊皮紙の束。一つは記入済みの束。一つは記入途中とリストの束。そして正体不明の束。

 

 ふむ。興味深い。ここに正体不明の束があるということは読めということ以外に考えられない。背もたれから乗り出して興味深々でその束を取ると、どうやらエルンストが言っていた研究所からの質問書や行き詰っている研究などに関する資料、そして提案書だった。

 

 行き詰っている研究に関しては、ゼロ戦解体のための安全なアプローチ方法やコクピット内の計器、操作検証方法などだった。アプローチ方法はネジやナットの工具は作られており、一定方向に回せば締まったり緩んだりすることはわかっているが、リベット留めの構造や取り外し方法が問題になっているらしい。確かに慎重に行っている現状、いきなり穴を開けるわけにはいかないのかもしれない。一応リベットの構造、リベット留めの意味と手順、取り外し方法を書いておいた。

 

 問題はコクピット内の計器、操作検証方法なのだが、速度計、高度計、昇降度計などの操縦に密接に関わっているものならわかるが、数多く搭載されている温度計などはまったく自信がない上にこの辺りはガンダールヴ先生に教えてもらった方が正確だと思う。

 

 そんな感じでコクピット周り関連をざっと目を通した感じだと資料の方はゼロ戦関連で実機を見ながら説明した方が早そうなので、説明する時に欲しくなるであろう図などを描いて置く事にした。

 

 ただ、問題は提案書の方で、ぶっちゃけ専門外の物が多い。研究所の運営方針や細かい規約などなど、クラウスに回すべきではないだろうか。とりあえず判断が難しいものが多いのでこの辺りはクラウスへ回そう。とりあえず隅っこに「クラウスへ」とだけ書いて目を通していく。

 

 そして一つ、とてつもない提案書があった。カスティグリア研究所のシンボルマークが欲しいという内容なのだが、なぜか「日の丸」だった。いや、どうせわかるのはサイトくらいなので構わないのだが、そこまでゼロ戦に惚れこんだのだろうか。

 

 ただ、普通の日の丸と違って図案では赤い丸は二重になっており、濃い小さい丸を比較的薄い丸で囲む感じらしい。黒の単色で書かれているのでどのくらい色を変えるかまでは現物が出来てみないことにはわからないが、ぶっちゃけ遠くから見ればわからないだろうから単色でもいいと思った。しかし、研究所ならではのこだわりがあるのだろうか。その辺り特に説明文や由来が載っているわけではないので全くもって不明だ。

 

 クラウス行きにしようと思ったのだが、なぜかサインの必要な人間のリストも小さく入っており、クラウスや父上のサインがある。二人が良いと言うのなら俺の意見はあまり関係ないのではなかろうか。ささっとサインして日の丸に関しては知らないことにしておこう。ゼロ戦にあやかってということにしておこう。うん。

 

 ささっとエルンストからの資料の束を片付け、紅茶に口をつけながら資料作りのリストを眺める。ぶっちゃけ研究所待ちのものが追加され、むしろそちらを優先的に行いたいのだが、学院にいては手が出しづらい上にクラウスによるガンダールヴの協力要請も時間がかかるかもしれない。

 

 サイトを食いつかせるのは簡単なのだが、恐らくあの機密を維持しつつとなるとかなり難しいのではないだろうか。タルブ村の人間はそれほど貴族とのつながりがないので問題はないし、飛ぶだろうくらいの認識だ。しかしサイトなら完全にゼロ戦を理解し、コルベールや飼い主であるルイズ嬢には確実に話したがるだろう。まぁその辺りはクラウスに任せるしかないのであまり考えてもしょうがないかもしれない。

 

 しかし、今後優先的に必要になるものは一体なんだろうか。むしろ、新しく資料リストを増やす時期になったのかもしれない。タルブ村の空軍基地を見て、ぶっちゃけあれほどすでに整っているとは思わなかったし、カスティグリアは更に上を行くと言っていた。

 

 今までは俺が知識を提供し、彼らがテストや改良を行って形にしてきた。しかし、今現在は彼らの研究成果を待ち、こちらが改良提案する段階に入ってきている気がする。まぁ主に弾中心の開発関連だが……。一応倒れる前、弾薬を渡したところである程度「こんな感じだと思うよ」という図案やわかる範囲での説明は行ったが、詳細に関しては全くわからない。

 

 ふむ。確かゼロ戦の計測は型取り方式だったはずだ。ここは計測するための道具の充実を図るのが良いのかもしれない。すごく今さらな気もするがリストに書いておこう。最少単位が「サント」なのに今までどうやっていたのかが謎だが、恐らくミリまではできているのではないだろうか。更に細かい計測用にノギスやマイクロメーターの実装を考えた方が良いのかもしれない。いやマジックアイテムとかがあるのかな? その辺りも含めてあとでまとめてみよう。

 

 次にやる事が決まった。今始めると途中で途切れそうなので、簡易テーブルにリストを置いて紅茶に口をつけたところでシエスタとクラウスが部屋にやってきた。簡易テーブルに載せてある資料をサイドテーブルに戻し、紅茶を置いてクラウスと挨拶を交わすと、クラウスは枕元に椅子を持ってきてシエスタに紅茶を頼んだ。テーブルに行く必要はなさそうだ。

 

 「兄さん、いくつか話したいことがあるからモンモランシー嬢に順番を譲ってもらったんだ。彼女も兄さんのことを心配していたんだけどね。」

 

 ふむ。モンモランシーにはいつも心配を掛けてばかりのような気がする。俺としてはもはや生に固執しているわけではないし、ここまでカスティグリアが大きくなったのであればもはや心配も減った。彼女だけが俺という貧乏くじを引いてしまったのではないだろうか。俺が彼女の事を好き、いや愛してしまっていることに、やはり少し罪悪感がある。

 

 「そうか。彼女にはいつも心配を掛けてしまっているな。ああ、話の前にエルンストから来たと思われる資料の束は片付けた。専門外の物があったので、クラウスへ回すよう書いておいたのだが、あとで持って行ってくれ。」

 

 クラウスはそれを聞いて少し苦笑いしたあと資料に目を通し始めた。今日の待ち時間でさらっと書いたような簡単な資料なのでほとんど見るべき箇所はない。シエスタが紅茶を淹れ終わって俺とクラウスのカップに注いだあと、シエスタは退出した。それなりに極秘事項なのかもしれない。

 

 「兄さん。まずは報告なんだけど、先日トリスタニアで公式にアンリエッタ姫とゲルマニアの皇帝、アルブレヒト三世の婚約が発表されてね。二人の結婚式は一ヵ月後ということになった。それで、それに先立ち両国の軍事同盟も無事締結されたよ。」

 

 ふむ。原作通りですな。一度クラウスは俺のシュヴァリエ受勲の時にアンリエッタ姫に会う機会があった。恐らくその時が初対面だろう。あのタルブ村の状況だとアンリエッタ姫を女王に押し上げてクラウスが王配に収まることも考えられたのだが、アンリエッタ姫はクラウスのお眼鏡に適わなかったのかもしれない。

 

 いや、逆もまた然りだが、俺の予想ではアンリエッタ姫としてはトリステインの事を考えるのであればクラウスの方がゲルマニアの皇帝より利点はあると考える。クラウスはゲルマニア皇帝に対して、血筋やトリステイン貴族であるということ、年齢も近いし、金髪で色白、そして顔は整っておりかなりのイケメンだ。性格や人柄も良く、こうしてみるとかなりクラウスのスペックは高い。実際にアルビオンの王子を目にする事はなかったが、彼に匹敵どころか遥か上を行くはずだ。あとはアンリエッタ姫の好みにもよるが……。

 

 と、なると、アンリエッタ姫から言い出さなかったとしたら、アンリエッタ姫は恋愛よりもゲルマニアの権力を選んだということだろうか。詳しく聞かなければ判断できないが、あまり重要ではないだろう。いや、アンリエッタ姫の人柄についてはとても気になるところではあるが、なんとなく聞きづらい。

 

 「ふむ。兄さん。質問はなんでも受け付けるよ? 答えられないこともあるけど、もし聞きづらいようなことでも何でも聞いてみて欲しい。」

 

 オウフ。葛藤がばれてしまったようだ。なんだかここのところクラウスの俺を見透かす能力がかなり上がっている気がする。一体何が……、ああ、なるほど。もしかしてモットおじさんの影響だろうか。確かに彼とクラウスは少し方向性は違っているが似ているところがあるかもしれない。

 ふむ。クラウスは将来勅使の仕事とかしてしまうのだろうか。

 

 「そうだな。では一つ。アンリエッタ姫をこの前クラウスも会ったろう? 個人的にはとても美しい人物だと判断したし、以前クラウスが言っていた好みから外れているとも考えづらい。タルブ村を見た限りではカスティグリアはかなりの戦力を持っているとも想像がつく。彼女の王配になるという話はなかったのかい?」

 

 「うーん。確かに美しいとは思ったけどなんていうのかな。飾り物の美しさ? それに何か隠している感じがしてね。実際不可解なことも起きたみたいだし、アプローチはしてないよ。

 先日、父上とも話し合ったのだけど、そんなこともあってカスティグリアが王配を生む方針は完全に無くなったから安心していいよ。」

 

 飾り物の美しさか……、確かに生の感情はほとんど見えない。初めて彼女が俺を見たときに少し見えたがその後すぐに隠していた。そして隠していた不可解な事というのは間違いなく彼女がルイズ嬢に頼んだ手紙の件だろう。そういえば彼女達は無事原作を消化して戻ってこれただろうか。あとで聞いてみよう。「そうか」と言ってクラウスに続きを促す。

 

 「ふむ。少し話に出たからこちらから進めるね。その不可解なことなんだけど、どうもアンリエッタ姫がルイズ嬢に何か頼みごとをしてルイズ嬢、使い魔のサイト、ワルド子爵に、ギーシュさん、キュルケ嬢、タバサ嬢がアルビオンに行ったらしい。戻ってきたのはワルド子爵以外の全員で、ワルド子爵はアルビオン貴族派に寝返ったらしい。」

 

 クラウスは真剣な顔で俺の表情を読みながら話す。俺が何か知っていると察しているのだろう。実際タルブ村への強行、そこから風竜隊を使ってラ・ロシェールに向っており、フーケの撃破、ワルドの分断阻止をしている。だが、その後俺がラ・ロシェールに降りたわけでもないし、ましてや彼らに会っていない。ギリギリ偶然で収められる範囲だろう。「ほぅ?」とか言いながら紅茶に口をつけて知らぬフリで通すことにした。

 

 「兄さんが風竜隊と偶然ラ・ロシェールで遭遇したフーケも未だ行方不明なのだけど、彼女がいたことは生存者からの証言でわかっている。そして、風竜隊の2名がその後ラ・ロシェールに降りて近衛兵と思われていたワルド子爵に説明するときに、ルイズ嬢たちの姿も確認していたんだ。

 その報告を風竜隊に貰った後、モット伯経由でマザリーニ枢機卿に確認したところ、マザリーニ枢機卿がアンリエッタ姫とオールドオスマンを問い詰め、事態が明らかになったというところなんだけどね? 内容は極秘だから兄さんには言えないけど、かなり無茶で危険なことをしてくれたみたいだ。結果的にワルド子爵が寝返って向こうに付いた以外の問題は起きなかったけど、ひやひやしたよ。

 まぁそんなこともあって、王配の話は全くなくなったんだけどね。」

 

 そういいながらクラウスは紅茶に口をつけた。その後追加で聞いたところによるとルイズ嬢と一緒に向った人間は全員無事に戻れたらしく、俺が寝ている間にすでに授業に出ていたらしい。

 ―――くっ、またか。

 

 「その後の聴取によると、アルビオンの皇太子ウェールズはワルド子爵により暗殺され、そのワルド子爵にサイトが手傷を負わせて撤退させ、彼らも皇太子の遺品を預かってトリステインに戻ったらしい。そして、アルビオンの王党派が文字通り全滅して貴族派が勝利。新政府樹立が公布された。」

 

 ふむ。全くもって原作通りですな。

 

 「ただ、ここからが少し問題でね。アルビオンの新政府がトリステインとゲルマニアに不可侵条約の締結を申し込んできたんだよ。トリステインもゲルマニアも締結を拒む必要性はないし、締結する方向で話が進んでいる。比較的早いうちに話はまとまると思うんだけどね。

 そうなると、アルビオン新政府の元々の言い分が少し変わることになるんだけど、トリスタニアの考えでは協力体制をある程度示せば戦争は回避できるのでは、ということらしい。」

 

 ふむ。特に問題点が見当たらない。トリスタニアは元々軍備を整えるか整えないかで割れていると、たまにお見舞いに来るモットおじさんが言っていたことがある。不可侵条約があったとしてもその後の交渉である程度軍備も必要になろうだろう。彼らに協力するための軍備と言えばある程度まとめても問題にはならないだろうし、その程度の軍備があるのならば、あとはカスティグリアで押し返せそうな気もする。

 

 「マザリーニ枢機卿やモット伯は状況を理解しているのだろう? カスティグリアとしても今までどおり準備を進めるだけだし、問題ないのでは?」

 

 そう尋ねると、クラウスは少し苦い顔をした。

 

 「いや、マザリーニ枢機卿はアルビオン新政府との不可侵条約が結ばれるのであればアルビオンからの侵攻は無いと判断されたみたいでね。トリステイン、ゲルマニアとの不可侵条約から、アルビオンは聖地を目指すための援助を両国から引き出す方針にしたのでは、という見方が大半を占めているみたいだよ。それにロマリアも追従するだろうし、そうなれば四つの国がまとまるわけだからガリアも渋々ながら応じるだろうという予測らしい。」

 

 「なるほど、確かにそれは大きな問題だ。」

 

 問題を共有できて少し安心したようなクラウスを見ながら紅茶を一口飲んで少し思考の海へ沈む。

 

 まず、カスティグリアとしてはマザリーニ枢機卿の油断を引き出されると動きづらくなる可能性が否めない。タルブ村もそうだが、カスティグリアの情報はかなり隠蔽されている。俺ですら戦力を把握できていないわけだし、その上でクラウスが俺に相談を持ちかけるのが普通になっている。

 

 カスティグリアが持っている戦力に関しては外国は存在すら知っているのか不明だが、トリステイン貴族としてはかなり気になる案件だろう。タルブ村に駐屯している部隊の数は今のところかなり少ないが、あれだけ施設が揃っていると、タルブ村領主のアストン伯から「カスティグリアは多少戦力を持っている」程度の話が漏れていてもおかしくない。

 

 そして、今までその噂や漏れた情報をもみ消し、トリスタニアにおいてただの噂として止めていた上に、他のトリステイン貴族との折衝を行っていたのはマザリーニ枢機卿だろう。今ならばモットおじさんも協力していると思うが、カスティグリアが他の貴族に妨害されることなく、スムーズに軍備を整え、戦争の準備をしているのは両者の力が大きいと思われる。

 

 しかし、今まで頼っていたマザリーニ枢機卿が油断してしまうと後々かなり際どいものになるかもしれん。いや、カスティグリアに干渉しないのであれば問題はないのだが、それでももしアルビオンが攻めてきたときにマザリーニ枢機卿を筆頭にトリスタニアが不可侵条約に拘るようでは後々面倒が起きる可能性が出てくる。

 

 まず考えられるのがタルブ村やモンモランシに置かれているカスティグリアの戦力や研究所に対する圧力。アルビオンとの戦争が起こらないと判断された場合、最悪カスティグリアがトリステイン転覆のために置いていると判断される可能性もある。

 

 そして、トリステイン貴族はむしろ知りたがっている可能性は高い。そのような難癖をカスティグリアの戦力把握のために使ってくる可能性も否めない。一番の問題は研究所だろう。モンモランシの研究所やアグレッサーはカスティグリアに引き揚げた方がいいかもしれない。

 

 ただ、問題はタルブ村の研究所だ。ゼロ戦を動かせば研究所を引き揚げることは可能だろう。しかし、隣に建物まで建てた上に動かしたら目立つのではないだろうか。

 

 そのような状況下、アルビオンが条約を破り侵攻してきた際、カスティグリアが単独でアルビオンに当たって勝てたとしても、それはそれで問題が起きそうな気がする。トリスタニアが条約にこだわり、事故であると言い続けていた場合、カスティグリアが話し合いで収める道を勝手に爆破するようなものだ。タルブ村の領主殿の要請があればまだ言い訳は立ちそうだが、後々かなり難癖をつけられるだろう。

 

 何より一番の問題はこの内部の問題を抜本的に解決する方法が全く思い浮かばないことだ。どうしても直接的な方法しか思いつかない。まぁ具体的にはアンリエッタ姫を女王にして、父上かクラウスを宰相の座に就けるとかそんな感じだが、恐らく反対が大きすぎて無理だろう。すでに、アンリエッタ姫がゲルマニアに嫁ぎ、軍事同盟が締結されている。むしろそれが根本的なマザリーニ枢機卿の拠り所になっている以上、そのようなことは無理だろう。

 

 ふむ。抜本的な解決方法がないのであれば遅延させるしかあるまい。アルビオンのフネが来るのは恐らくアンリエッタ姫の結婚式あたりを口実にするはずだ。それまでタルブ村に戦力を置き、研究所をトリスタニアから守りきれれば状況は一変するだろう。

 

 「ううむ。確かに問題だな。モットおじさんはこちら側なのだろう? ならば一ヶ月ほど、うまく遅延できれば何とかならないだろうか。一番の鍵は恐らくタルブ村領主のアストン伯だが、彼は何か言っているかい?」

 

 そう言いつつ紅茶に口をつけるとクラウスは少し首をかしげた。

 

 「一応マザリーニ枢機卿もカスティグリア寄りだとは思うし、カスティグリアの隠蔽に関してはまだ協力いただけると思うよ。ただ、不可侵条約が締結されたらアストン伯としてはタルブ村の戦力引き揚げを要求してくると思うよ。彼とカスティグリアが結んだ話ではアルビオンとの戦争が予想されなくなったら引き揚げることになっているからね。ある程度遅らせることはできるだろうけど嫌な顔されそうだね。

 ところで、兄さんは1ヶ月以内にアルビオン新政府が条約を破ってトリステインに侵攻してくると予測しているんだね?」

 

 「うむ。アルビオン新政府がどの程度で準備を終えるかわからんが、一ヵ月後にはアンリエッタ姫の結婚式があるのだろう? それに絡めて艦隊を出す可能性が高い。要人だけをこちらが迎えに行って招くという方法を取れるのであれば時間を稼ぐことは可能だろう。しかし、自国の皇太子を暗殺して王を蹴落とした者が素直に条約を守るというのは少々浅はかではないだろうか。少なくとも最悪を想定して出来る限り準備はしておくべきだろう。」

 

 ふむ。もし両用艦や海に降りることの出来る竜空母などがあれば直前にタルブ村から引き揚げて海上で待機することも可能なのではなかろうか。むしろ空母や軍用艦ではなく、商船に偽装して洋上に竜や補充用の風石を満載して待機させることはできないだろうか。フネはその上で風石を補給すれば浮いていることは可能なはずだ。

 

 そして、俺が一緒に乗る必要が出てくるが、プリシラに偵察をお願いすればタイミングも簡単に取る事ができる。さらに保険として定期的に風竜を飛ばせば問題もなさそうだ。いや、むしろモットおじさん辺りから相手の艦隊の動きを教えてもらえるかもしれない。

 

 良い案に思える。クラウスにこの案は悪くないのではないかと提言してみたところ、「考えてみる」とのことだ。そういえばゼロ戦はどうするのだろうか。研究所を引き揚げるのであればカスティグリアに移すのだろうか。

 

 いや、今のところアレはシエスタの嫁入り道具としてカスティグリアに提供されたものだ。つまり所有権は俺を含めカスティグリアにあると言っていい。後々サイトがシエスタの曾祖父殿の墓石に刻まれた文字を読んで彼にも所有権が発生する可能性はあるがトリスタニアや王立魔法研究所(アカデミー)の干渉は回避できるだろう。

 

 まぁアカデミーはマジックアイテムの研究やブリミルの朝食に関する研究ばかりしているところだったはず。ゼロ戦に関しては畑違いも甚だしい上に羽根の付いたカヌーとしか認識されまいて。

 

 

 

 しかし、ようやくアルビオンとの戦争が始まるのか。思えばこの世界に生を受けて三年。最初はカスティグリアを守るため。そしてモンモランシが加わり、シエスタのご家族が住むタルブ村が加わり、当初からは考えられないほど守るべき地が増えた。基本的に俺は羊皮紙に文字や図形を書いていただけだが、カスティグリアが形にしてくれた。

 

 カスティグリアの姓を持つ家族達が、深い愛情と理解を示してくれた。そして、カスティグリアは愚直に大地に穴を開け続け、風石を産出するまでに至った。恐らく当時は岩に水滴で穴を穿つような、疑問や猜疑に囲まれながらの厳しいものだっただろう。父上もクラウスも現場の人間も想像できないほどの、いつ折れてもおかしくない、むしろ折れないのが不思議なほどの苦痛を伴ったに違いない。

 

 そして産出した風石は個人の金や財に拘ることなくカスティグリアに集う者たちを守るために使われた。更なる戦力を―――。そうカスティグリアを守る更なる力を求めた結果が、今まさにカスティグリアの誇る戦力になっている。領民が営み、カスティグリアの生活を支え、研究所が新たな剣を打ち、アグレッサーを始めとするカスティグリアの私兵達がそれらを守るために日々鍛錬を行う。

 

 ―――想定されている敵は強大。一国が全力で立ち向かってもまだ足りないと思わせるほどの強大な敵。

 

 カスティグリアに油断はない。あの鍛え上げられた、もはや人を超えつつあるアグレッサーが全てを物語ってくれている。以前聞いた艦隊の数、竜の数、敵兵力を鑑みれば、準備は万全と言ってよいだろう。

 

 ここまで来ると、もはや楽しみですらある。三年越しの、準備に三年もかけた戦争がようやく始まるのだ。アグレッサーの隊長殿も晴れ舞台を楽しみにしていることだろう。彼らに鍛え上げられた竜部隊もようやくその意義を示すことができる時が来る。もはや彼らを縛る手綱は張り詰めているに違いない。

 

 銃を持ったら撃ってみたくなるのが人間だ。むしろ防衛を目的にしていたとはいえよくこれまで我慢してきた。ようやく相手が手を出し、防衛のため抑えていた衝動を開放するときがやってくるようだ。もはやそのような大儀名分をいただけるのであれば喜んで銃を撃つだろう。これから続くであろう戦争の、嫌になるほど長く続くであろう戦乱が始まる。

 

 実際嫌になる人間が数多く出るかもしれない。しかし、折角準備をし、楽しみにしていた戦争だ。是非ともカスティグリアの皆には楽しんでいただきたいものだ。

 

 「ククク、ああ、しかしようやくだな、クラウス。ここまで準備に準備を重ね、(きた)る戦争に備えていたのだ。勝敗は時の運だろう。生死も時の運だろう。悲しみに暮れる者が数多く出ることだろう。しかし、クラウス。真に恥ずべきことながら俺は楽しみで仕方がないのだよ。」

 

 「ああ、兄さん。やっぱりかい? 僕も父上もそれはもう前々から本当に楽しみさ。カスティグリアの血かもしれないね。兄さんは慎ましいからね。まだ慎重に行くべきだと言うかと思っていたけど、兄さんが楽しみにしているのであれば旗艦に乗ってみるかい? カスティグリア家の諸侯軍だからかなり高い地位をあげられるよ?」

 

 俺が楽しみを隠しきれずにクラウスに漏らすとクラウスはいつもの優しい笑顔ではなくルーシア姉さんのような迫力のある笑顔を浮かべた。クラウスや父上は俺よりも好戦的らしい。そしてそれをひた隠しにする能力も俺よりもかなり高いようだ。そして、初めてクラウスの牙を見る機会が訪れたようだ。

 

 「そうだな、自慢の弟よ。それはとても嬉しい提案だ。つい勢いで受けてしまいそうになるほどとても魅力的な提案だとも。しかし、クラウスよ。素人が指揮を取っては問題が起きるだろう? それにこんな体だ。いざという時に寝込んでいては問題以外の起きないではないか。」

 

 そう軽く笑いながら紅茶に口をつけると、クラウスは肩をすくめた。

 

 「当然細かい指揮は他の者に任せるけどね? お飾りの最高指令官というものでも前線にいるのであれば部隊の士気は上がると思うよ? 僕はその時カスティグリアにいなければならないし、父上も王宮を離れられない。モット伯は勅使として動いて貰わなければならなくてね。

 ちょうどタルブ村に置く戦力の旗頭がいない状況で困っていたんだよ。」

 

 これはまさに“ひょうたんから駒”というやつだろうか。いや“棚から牡丹餅”の方だろうか。俺が旗艦に乗ることになるのであればモンモランシーやシエスタも乗ることになるかもしれないが、早々彼女達にかすり傷一つおわせることにもなるまいて。危険ならば風竜を使って彼女達は避難させることも可能だろう。

 

 「ふむ。しかし、モンモランシーやシエスタも同乗しても問題ないほどのフネなのかね? 彼女達に何かあったらその、困るのだがね?」

 

 「ああ、その点は心配しなくていいよ。兄さんが乗るのであればタルブ村に置く旗艦は新型の竜母艦になるし、乗員もかなり訓練を積んでいる。もし万が一負けることがあっても兄さんを始め、彼女達はかすり傷一つ負うことなく離脱できるはずさ。」

 

 戦場に絶対はないとどこかの誰かが言っていた気がする。前世の知識かもしれない。

 うーむ。悩みつつもクラウスにその“新型の竜母艦”について聞いてみると、悩んでいたのが馬鹿らしくなった。むしろ負け方がわからないレベルの旗艦だった。ついでに置かれる戦力とアルビオン側の想定戦力を聞いたら本当に俺はお飾りの指令官以外になりようがなかった。

 

 クラウスにモンモランシーやシエスタが良いと言うのであれば喜んで参戦すると伝えると、話は終わったようで、クラウスは部屋にモンモランシーとシエスタを招きいれた。

 

 クラウスがモンモランシーとシエスタにその事を伝えると、彼女達は先に話を聞いていたようで、特に問題もなく笑顔であっさり了承された。なんというか、その、俺はカスティグリアではなかったのだろうか。彼女達よりも情報制限が厳しい気がする。いや、きっと俺の方が漏洩の恐れがあるので伝えないだけだろう。きっと……。

 

 

 

 

 

 

 




 いやはや、お待たせしました。ワルド子爵に関する考察やプロットをリアルでメモ帳に書いてみました。ええ、ちょっとPCの遠い環境に置かれていたものでして。ワルド子爵に関しては大して面白いネタがなかったのでスルー。プロットも書き始めたらいきなり反れるという意味の無い休息になりました。ええ、気力が少し回復したくらいです。

 ようやく書きたかった戦争が(きっとそろそろ)始まる! 

 次回はもしかしたら視点変わります。お楽しみにー!


おまけ。いつも通り本編には関係ありません。たぶん。
アストン伯:不可侵条約結んだら空軍いらなくね? っつうか思ってたより大戦力で怖いから撤退してほしい
タルブ村 :シエスタが側室に入ったから守ってもらえると思ったんだけど戦争なさそう。いや、物流増えて暮らしやすくなったけどさ。

モンモランシ :ほらな? トリステインは外交だけで生き残ってるんだよ。
アンリエッタ姫:カスティグリアって新教徒なんでしょ? 潰さないの?
ヴァリエール :なにカスティグリアみなぎってんの? 戦争好きなの?

マザリーニ :実はカスティグリアが怖い。戦争したくない。
モット   :さすが獣の爪。ご相伴に預からせてもらおうか。

カスティグリア:さぁそろそろ待ちに待った本番だZE


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32 戦争の足音 モット編

設定甘い気がしてちょっと投稿迷いました><;
と、とりあえずどうぞー!


 最近私の生活は充実感に溢れている。この生活を送り始めたきっかけは少々あまり知られたくないものだが、クラウス殿を通じてカスティグリアと懇意になることができ、あのクロア殿に伯父と呼ばれるほど懐かれたことは、私の人生では思いもしなかった充実感を与えるきっかけになったのは間違いではない。

 

 以前は主にトリステイン魔法学院へのメッセンジャーをしつつ外交部門内の噂話に耳を傾けるだけであった私の立場は、現在カスティグリア領に対するただ一人の王宮の勅使という立場になっている。それまではマザリーニ枢機卿が裏で取り持つことしか適わなかった王宮とカスティグリアのパイプを、私が補強することができると示したことでその役目を頂戴することができた。

 

 カスティグリア殿からもクラウス殿やクロア殿が私と懇意にしていることから頼れる同じ目的を持った人間と認識してもらえ、話をする機会が増えた。初めてと言っていいだろう会話をしたときは、クロア殿のシュヴァリエ受勲のために奔走しており、彼から風竜隊を借りたときなのだが、やはり最初はあの他人を寄せ付けることを良しとしない目を向けられた。

 

 恥ずかしながらクラウス殿やクロア殿との邂逅を話し、目的を告げ、さらに勅使としてクロア殿の信任を得るためという話をしたところ、彼は快く風竜隊を貸してくれた。かの風竜隊は王軍のそれや、ハルケギニアで一番錬度が高いと言われているアルビオンのそれとは比べるのも失礼なほどのものだった。

 

 トリスタニアを飛び立ち、しばらく他の風竜隊と同じようにバラバラに飛んだあと、「全騎偽装解除」という隊長の命令が発せられ、あっという間に恐ろしく錬度の高い編隊飛行に移った。今思い出しても心が震える。そしてあの編隊飛行を竜騎士達と同じ視線で見れたことを誰かに自慢したいものだと常々考える。知っている者にしか話せないという外交部門のジレンマがこのようなことで現れるのはなんとも珍しいことかもしれない。

 

 しかし、現在のカスティグリアの戦力はかなり高度に隠蔽されている。正確な全ての状況を知っているのはカスティグリア伯爵とその次期当主殿のみで、クロア殿やマザリーニ枢機卿、そして私も一部しか知らされていない。だが、そのたった一部分の公開だけで概ねカスティグリアの持っている全体の様相は想像できる。

 

 クラウス殿は以前、モット領を一日で灰にできると言っていたが、あの時の私には少々誤解があった。一日というのは翌日の朝から艦隊や竜を動かし、日が暮れるまでに灰にできるというものだと勘違いしていたのだ。

 

 しかし、恐らく一日というのは昼夜問わず、すぐさま艦隊や竜を動かし戦闘を含め、おおよそ日の昇っている時間内、つまり10時間ほどで全てが終わるというところだろう。しかもその約8割は、ただの準備や移動時間に当てられ、しかも全体の戦力から考えれば極僅かの戦力で可能だということだ。

 

 そして、私は垣間見えるカスティグリアの獣が丁寧に研ぎ続けた爪や、現在の戦略、想定している状況をカスティグリア伯爵から知らされた瞬間、私はカスティグリアの虜になってしまっていた。

 

 カスティグリアのすばらしさを一言で表現するとしたら、精緻に織り込まれた絨毯と言ったところだろうか。カスティグリア伯爵やクラウス殿は貴族の模範と言っても過言ではないほど、領民から支持を得ている。今まで枯れた土地で苦汁を味わっていた領民は溜め込んでいた鬱憤を晴らすように領民が協力して精力的に領地を改革している。

 

 そしてカスティグリアの領民はその事を他領に漏らす事はしない。極秘になっている研究所の内部はもちろんのこと、貴族、メイジ、平民関係なく情報は隠蔽されている。平民ですら精力的に充実した日々を送り、自分に与えられた使命というものを感じそれを果たし続けることに誇りを持っている。

 

 まさしくカスティグリア伯やクラウス殿が助言を聞きつつ縦糸を張り、領民が力を合わせて横糸を通し、延々と織り込まれた絨毯が今まさに衆人に晒される機会を待っているところだろう。そしてその機会はそれほど遠くないうちにやってくる。

 

 先日、アルビオン王国が神聖アルビオン共和国と名を変え、アンリエッタ姫の婚約とゲルマニアとの軍事同盟が発表された。新しいアルビオンの新政府はトリステイン・ゲルマニア両国に対し、侵略ではなく不可侵条約の締結を打診してきた。

 

 マザリーニ枢機卿を始め、多くの宮廷貴族達の賛成もあり、無事締結された。不可侵条約の締結に関しての会議にはカスティグリア伯も出席した。彼は賛成も反対もしなかったが、カスティグリアは好戦的だという王宮の噂に影響されている貴族などは「カスティグリアには残念なことに休戦条約が締結してしまいましたな」などという内容を仄めかした嫌味が飛び交った。

 

 不可侵条約締結の余波はタルブ村にももたらされた。領主であるアストン伯はカスティグリアに対し、空軍の引き上げを要求。カスティグリアは姫様御輿入れまで延期を要求したが、それを怪しんだアストン伯は王宮に訴えた。マザリーニ枢機卿からカスティグリア空軍に引き上げるよう私が勅使として出向いたが、私としてはアストン伯を説得すべきだと感じていた。

 

 タルブ村にあった空軍基地はもとよりそこに置かれていた研究所施設も全てアンリエッタ姫がトリスタニアを離れる日の三日前までに引き揚げられ事が決まっている。しかし、その空軍は増強され、タルブ村の南西100リーグに展開する予定だ。

 

 当初の方針ではアルビオン側からの侵略がすでに起こっていてもおかしくない時期にさしかかりつつある。そして、カスティグリアは少なくない金と資源と人を使って綿密な準備を行ってきた。維持が可能な範疇らしいが、かなり圧迫していると思われる。もし戦争が起こらないのであれば軍備縮小も止むを得ないのではないだろうかとカスティグリア伯に今後の方針を聞いてみたところ、カスティグリアの方針は変わっていないらしい。

 

 すでに戦争に対して具体的なプランが作成され、人員配置を行っている状況だと言われた。嬉しいことに私の席もいくつか用意してあるそうだ。王宮ではどこに耳があるかわからないので、詳しくはクラウスに尋ねてくれと言われ、その話を聞いた後日、私は学院のクラウス殿の寮を訪れた。

 

 クラウス殿に訪ねた理由を伝えると、彼は錬金とサイレントを使い手馴れたように手早く密室を作り上げた。この部屋においてディテクトマジックは日常的に何度も使われているらしい。

 

 話を聞いてみると実際に不可侵条約の打診があった時点でカスティグリアは今後の方針を決めかねたそうだ。元々カスティグリアは戦争を睨んで随時戦力増強の方針で進んでいる。今ではすでに竜の数は国が持つ規模を超えつつあり、戦列艦の数は少ないものの竜母艦や中型から小型のフネは一部私が知っているだけでもアルビオンより多い。維持費だけでもかなり圧迫しており、さらに増強していくと隠蔽が難しくなると思われる。

 

 そこで、増強の手を止め他に回すか、戦争を信じて進むかの判断を行うべくクラウス殿がクロア殿に相談したらしい。そしてあの野生の獣が出した答えは増強。これに関して途中経過や理由を語らず即答だったそうだ。私はその話を聞いたとき思わず身震いした。王宮の誰もが平和が訪れると感じている中、この離れた学院の女子寮に引き篭もる獣は一体何を見、何を感じているのだろうか。

 

 そしてクラウス殿が理由や考えを探るべくマザリーニ枢機卿を始めとしたトリスタニアの考えを伝えると、クロア殿はようやく事の次第を理解したらしい。数分の思考の海から掬い上げられた言葉は「不可侵条約は一ヶ月以内に破られる。アルビオンが条約を守ると信じるのは浅はか」という痛烈なものだったそうだ。あの獣は最初から戦争が起こることを全く疑っていない。むしろいかに戦力を維持するかという思考が大半を占めていたらしい。

 

 ―――そして、少し言いづらそうに、プレゼントを貰う喜びや期待をひた隠しにしても隠し切れない幼子のようにおずおずと「楽しみで仕方がない」と言ったらしい。

 

 「そうだとも。そうであろうとも。クロア殿は本当に慎ましいな」とクラウス殿と笑ったのは記憶に新しい。クラウス殿もこの事を語るときは満面の笑みで日常の思わず笑ってしまう出来事を語るような顔をしていた。

 

 プランを共有し、すでに決まっている人事を教えてもらい、私が選んだのは当日もカスティグリアと王宮を繋ぐパイプになることだった。むしろ他の者に任せることは無理だろう。私だけにしかこの役目を遂行する事は難しかろう。望んでいた狩のご相伴にも最高の席でありつくことが出来る素晴らしい席だった。

 

 少々不安げに私が座る席を指し示したクラウス殿に「望みどおりだとも」と笑顔で了承すると彼も笑みを見せた。確かにこの席は少々危険が伴う。外交部門の者であれば座ることに躊躇する者や怒り出す者も出てくるだろう。しかし、その危険が気にならないほどの旨味を私は知っており、クラウス殿もそれを見越して私に用意してくれた。クロア殿ではないが本当に楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

 

 そして本日、カスティグリアの獣が指し示した日。アンリエッタ姫の御輿入れのためトリステイン王宮内は大わらわになっている。アンリエッタ姫とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式は三日後、ニューイの一日にゲルマニアの首都ヴィンドボナで行われることになっている。

 

 それに合わせ、本日、神聖アルビオン共和国の親善訪問が予定されている。ラ・ロシェールには出迎えのため、ラ・ラメー伯爵が司令長官を勤めるトリステイン王軍の艦隊が配備されている。旗艦は戦列艦メルカトール、艦長はアルビオン嫌いで有名なフェヴィス。ラメー伯もフェヴィス殿も少々狭量だが、空海軍では熟練の将軍と艦長だ。

 

 欺瞞を混ぜ、カスティグリアの戦力をラ・ロシェールに置くことを、以前出向えの艦隊を決める会議でカスティグリア伯爵は提言したが、リッシュモンを始めとした王宮の貴族や将軍達に「カスティグリアは戦争を呼ぶつもりか?」と遠まわしに言われていた。むしろ了承されていればカスティグリア伯爵としては困っただろう。宮廷内での折衝に関しては私も彼から少なくない数の相談を受けており、この欺瞞を含めた提言に関しては私が提案させていただいた。

 

 これでラ・ロシェール近郊にカスティグリアの艦隊はいなくても問題にならない上に、積極的に参戦したのではないという口実を得ることが出来た。実際気付いた者も僅かながらおり、外交部門特有の遠まわしな探りを入れられたがもみ消すことに成功した。

 

 この時はすでにマザリーニ枢機卿も含め、彼の部下は平和が来ると信じ、戦争回避に躍起になっているときであった。本日、起こるであろう戦端が開かれるまで、トリステイン国内で現状戦争が起こると信じている者は恐らく私とカスティグリア伯爵、クラウス殿、そしてクロア殿だけだろう。

 

 王宮にある私室で希少本を読むフリをしつつ、落ち着かない気持ちを紅茶で慰めていたとき、ようやく望んでいた報が舞い込んだ。旗艦メルカトール以下艦隊が文字通り全滅、神聖アルビオン共和国から急使が来て宣戦布告がなされたようで、至急会議室に集まるようにとのことだった。

 

 会議室には大臣や将軍、私も含めた外交部門、そして王宮にいる貴族でも諸侯軍をある程度常備しているものが集められたようだ。ちょうどカスティグリア伯爵の隣が空いていたので私はそこに座った。上座には本日ゲルマニアに向うはずだったアンリエッタ姫が本縫いの終わったばかりのウェディングドレスを纏い呆然とした表情で座っている。

 

 会議の最初に聞かされた詳細によると、アルビオン艦隊の礼砲に対し、答砲を7発撃ったところ、射程外、それも空砲であるにも関わらず、アルビオン艦隊の最後尾に位置していた古い小型艦が爆沈したらしい。それを受けてアルビオン艦隊がトリステイン艦隊に対し砲撃を開始、誤解だということを受け入れられずトリステイン艦隊は全滅したらしい。

 

 そしてそれに合わせるがごとく王宮に急使が宣戦布告を行いに来たそうだ。布告内容は不可侵条約を無視するような親善艦隊への理由無き攻に対する非難に続き、『自衛の為神聖アルビオン共和国政府はトリステイン王国政府に対し宣戦を布告する』というものだ。

 

 アルビオン親善艦隊の戦力は充分に把握できているものではないが、全長200メイルを越える巨大戦艦を旗艦に戦列艦が十数、竜騎士が21とのことだ。恐らく地上制圧のための部隊も大量にいるはずだ。

 

 しかし戦列艦の全長が確か100メイル前後だったはずだ。200メイルとはさぞや巨大なのだろう。隣に座るカスティグリア伯の顔を窺うといつもの人を寄せ付けることを良しとしない顔に付き合いのある人間にしかわからない程度、極僅かに隠し切れないような仄かな笑みが浮かんでいた。なるほど、カスティグリアにとってはただの巨大な旨い餌なのだろう。恐らくハルケギニア最大と思われるフネもただの大物になるに違いない。

 

 そして会議は紛糾した。「まずはアルビオンへ事の次第を問い合わせるべきだ」「ゲルマニアに急使を派遣し同盟に基づいた軍の派遣を要請すべし」と言った意見が飛び交う。「カスティグリアが関わっているのではないか?」という意見もあったが、カスティグリア艦隊は全てラ・ロシェールから50リーグ以内にいないというマジックアイテムを使った宣誓証言をカスティグリア伯爵が行ったため、カスティグリアに対する疑念は消えた。

 

 そして大方、「アルビオンとの誤解を晴らすため会議の開催を打診する」というものと「王軍や諸侯軍を集め徹底抗戦すべし」という意見に別れ、最終的にマザリーニ枢機卿の「全面戦争へと発展しないうちにアルビオンに特使を派遣する」という結論を宣言している途中、さらに急報が届いた。

 

 伝書フクロウによってもたらされた書簡を手にした伝令が飛び込んでくると、

 

 「急報です! アルビオン艦隊は降下して占領行動に移りました!」

 

 と、告げられた。誰かが場所を尋ねると、ラ・ロシェールの均衡、タルブの草原だと知らされた。私の背中にゾクッと寒気が走った。全てがプラン通り、あの獣が用意したお膳立て通りに事が進んでいる。数ヶ月前に想定され、二ヶ月以上前にタルブ村に基地を構え、三週間前に細かい調整や最終決定がなされたプランに沿って敵味方の全ての人員、政策、戦力が動いている。あとはカスティグリアの戦力を動かすタイミングを待つのみとなった。

 

 しかし、会議は中々抗戦に傾く事がない。マザリーニ枢機卿を筆頭に外交努力で事を収める意見が根強く、カスティグリア殿も少々イラついているようだ。さもありなん。次々と舞い込んでくる急報はタルブ村を襲う凶報ばかりだ。

 

 

 

 

 昼を過ぎてもまだ凶報は続く。アストン伯が手勢を率いて抗戦するも戦死。偵察に出た竜騎士隊が帰還しない。アルビオンからの問い合わせの返答は来ず。しかし、それでも未だに不毛な議論が繰り返されている。やはり王国には王が必要なのだと実感させられる。実際誰も抗戦のためと、カスティグリアの名を上げる者がいない。この場面でカスティグリア殿が意見を言うのは愚策だ。その事は前々から話し合って決めてある。

 

 しかし、短い期間とはいえカスティグリアはタルブ村に関わっており、タルブ村にはクロア殿の側室候補であるシエスタ嬢の生家もある。本心ではもはや国を見限り、カスティグリアの戦力でタルブに向いたいところだろう。クロア殿も恐らく抗戦の報を待ち続け、イラついているに違いない。

 

 そして、「タルブ炎上中!」との凶報が入った。もはやこれまでかとカスティグリア殿と目を合わせ、軽く頷きあったところでアンリエッタ姫が立った。

 

 「あなたがたは恥ずかしくないのですか? 国土が敵に犯されているのですよ? 同盟だなんだ、特使がなんだ、と騒ぐ前にすることがあるでしょう?」

 

 アンリエッタ姫がわななく声で言い放った。それに対しマザリーニが食い下がるもアンリエッタ姫は条約は紙より容易く破られ、もとより守るつもりは無かったと断言し、王族、そして貴族の意義を説き、不毛で愚かで臆した者たちの会議を罵倒した。マザリーニが「姫殿下」とたしなめるも、アンリエッタ姫はもはや決断したようだ。

 

 「ならばわたくしが率いましょう。あなた方はここで会議を続けなさい。」

 

 アンリエッタ姫はそのまま会議室を飛び出そうとしたところで薄く嗤ったカスティグリア殿が発言した。

 

 「アンリエッタ姫殿下。是非ともカスティグリアに先陣の栄誉をお与えください。カスティグリアの戦力は充分。お与えくださるのでしたら姫殿下の杖として、必ずや姫殿下の御前の露払いをいたしましょう。あの下賤な簒奪者たちにトリステイン貴族の誇りというものを知らしめることをお約束しましょうとも。」

 

 その言を聞いたアンリエッタ姫は一瞬いぶかしみ、逡巡したあと、

 

 「勅命を下します。カスティグリア伯爵、諸侯軍をもってあの下賎な簒奪者たちを打ち倒すべく先陣を務めなさい。わたくしも王軍を率いて参ります。」

 

 そう勅命を下し、再びマザリーニ達に追いすがられながら会議室を飛び出していった。カスティグリア殿と無言のまま意思疎通を行い、私は会議室から飛び出した。これより先は何よりも時間が重要になる。タルブ村はすでに被害が出ているであろう。しかし、出来る限り早く艦隊を動かすことが出来ればその被害も時間に合わせて減るはずだ。

 

 途中でフライを使い、一気に外に出てカスティグリアのアグレッサー部隊が駐騎している場所を目指すと、目ざとく私を見つけた隊長が騎乗命令を出し、空中で私を回収した。

 

 「隊長殿。ようやくだ。勅命が下った。」

 

 それだけ言うと、隊長殿は笑みを深くし、部隊に「艦隊に合流」という命令を下した。カスティグリア伯爵は領地防衛部隊であるカスティグリアの空軍基地に別の竜に運ばれる予定だ。クロア殿が指令官を勤める艦隊はタルブ村から更に100リーグ先にある。戦場を突っ切るわけにはいかないので想定された迂回ルートをアグレッサー隊ならではの速度で飛び続ける。

 

 並みの風竜ではこの速度は出せないと聞いている。選び抜かれた人間が選び抜かれた風竜と出会い、トリステインの上に広がる空の全てが彼らの庭となった時、初めてこの速度が出せるのだそうだ。六騎の竜がきれいなトライアングルを描きながらこの高速で移動するのはやはり他の風竜では無理であろう。想定された迂回ルートの総距離は400リーグ。並の風竜ならば二時間半以上かかるであろう。その迂回ルートをアグレッサー隊はたったの一時間半で消化した。

 

 30を超える艦隊の真ん中に浮かぶ白亜の新型竜母艦。竜の上から見たその威容は猫が前足を伸ばしているような美しいフネだ。最初は新型の竜母艦を小型のコルベット艦が囲んでいるのだと思った。しかし、このアグレッサーの速度でも中々母艦が近づかない。そして徐々に近づくと、その細部が明らかになった。

 

 船体は平面を多用し、かなり角ばった印象を受ける。そして甲板に出ている人間が全くおらず、マストや帆も見当たらない。船体から伸びる四枚の翼があるのみでどのように進むのか、進むことができるのか全くもって不明だ。そして、コルベット艦だと思っていたものはトリステインでも一般的な大きさの戦列艦であり、竜母艦の規格外の巨大さがようやく理解できた。

 

 なるほど、これを知っていればたった(・・・)全長200メイルのフネなぞ小型艦も同然だろう。むしろ全幅だけでも200メイルありそうな巨大な艦だ。レキシントン号の話が出たときにカスティグリア伯爵が仄かに笑みを浮かべた意味がようやくわかった。しかし、伯爵も人が悪い。私もあの場面でその衝動を共有したかったものだ。

 

 このフネはクロア殿が新規に提案した物をカスティグリア研究所が総力を挙げて企画し、考え抜かれたカスティグリアの新鋭艦と聞いている。最初にクロア殿がメモのように記した名前は「アルビオン」だったそうだ。しかし、アルビオン攻略の旗艦にすべく作られたこのフネにその名前は情報漏えいの恐れがあると別の名前が付けられた。

 

 カスティグリア研究所のクロア殿の狂信者たちが付けた新しい名前はカスティグリアの古い方言が使われ、『ルビーの瞳(レジュリュビ)』という。クロア殿にはレジュリュビとしか伝わっておらず、ルビーの瞳という意味は伏せられているそうだ。私には悲しいことにクロア殿がこのことを知ったときに抱くであろう心境が手に取るようにわかる。クロア殿がこの意味を知ったとき、彼に悲劇が訪れることは間違いないだろう。

 

 アグレッサー隊が艦隊のマジックアイテムの通信可能範囲に入ると私は勅命を艦隊に知らせた。そして艦隊が動き出す。今までにない巨艦が30を越えるフネを引きつれゆっくりと動き出した。そして数分後、私は旗艦レジュリュビに降り立ち、出迎えの仕官に案内され、フネの説明を聞きながら艦橋へ向った。

 

 艦橋は中央の一番高い場所に位置しており、そこに併設されているデッキから全てが見渡せるようになっている。前に突き出た二本の足は竜の駐騎場所であり、補給所でもある。後ろには二本の巨大な空間があり蒸気機関というものを使った巨大な推進機関が置かれているらしい。フネの装甲は全て最新の防御装甲が使われ、砲弾はもとより敵戦列艦が大量の火の秘薬を積んで体当たりしようと穴が開かないらしい。

 

 唯一の欠点は風石の消費量が普通の戦列艦の20倍近くかかるらしい。まさにカスティグリアだけに許されたようなフネだ。竜から見ただけでもでかいとは思ったが士官が言うには全長300メイル、全幅210メイル、全高82メイルという訳のわからない大きさだった。つまりこのレジュリュビの全高はトリステインの一般的な戦列艦の全長より少し短い程度なのだ……。そう考えるとかなり効率のいい船なのかもしれない。

 

 クロア殿はこの高い位置に置かれた艦橋までたどり着くことを断念し、風竜で上から乗船したらしい。実際、風竜の駐騎場所から私は歩いているわけだが、中々たどり着かない。職務上何度か戦列艦に乗船したことはあるが、平民のように舷側から上がり、甲板上を歩いて船尾にある提督居室向かってもものの数分でたどり着く。

 

 艦橋の真下から艦橋に入るための階段ホールまで吹き抜けになっており、そこをフライで上昇し、降り立つとようやく最後の扉の前に来た。士官が姓名と用件を告げ、マジックアイテムを操作し扉を開け私の案内を終えた。軽く礼を言って艦橋に入ると恐ろしく広かった。後方以外の三方に広々とガラスが張られた艦橋はおよそ20メイル四方あるのではないだろうか。

 

 私はその圧倒的光景に後ずさりしそうになったが、なぜかメイド服を着たシエスタ嬢に笑顔で出迎えられ、中に入ることができた。そして、案内された場所は中央にある頑丈そうなテーブルで、戦況を示す地図が広げられ小型の模型がその上に置かれている。クロア殿は作戦直前まで一つ下の階で休憩しているらしい。

 

 私が示された椅子に座るとこの艦の艦長を任されている子爵の挨拶を受けた。

 

 「カスティグリア伯からこのレジュリュビの艦長を任されております、アマ・デトワールと申します。家格は子爵になります。ようこそレジュリュビへ、ミスタ・モット。」

 

 「ジュール・ド・モットだ。この艦に乗せていただき真に光栄だとも。ミスタ・デトワールよろしく頼む。」

 

 挨拶を交わし終わるとシエスタ嬢が紅茶を淹れてくれた。この紅茶は何度か飲んだことがあるがやはり格別と言える。クロア殿は大変執着しているようで、私がシエスタ嬢を引き抜きに行った際にはこの紅茶が目当てだと最初は誤認したらしい。確かにこの紅茶を飲めるのであれば強引な手段で欲しくなったとしても理解はできる。

 

 紅茶を一口楽しんだあと、シエスタ嬢に笑顔で礼を言い、デトワール子爵を観察する。年齢は40歳くらいだろうか。短めの灰色の髪は丁寧に梳かれており、灰色の目は穏やかそうな色の奥に厳しく愚直なまでの律儀さが見て窺える。少し日に焼けた肌には激務を思わせる深い皺がいくつか走っているが全体的な印象は力強さを感じる。

 

 「現在この位置を飛行しており、戦場と想定されているタルブ村の20リーグ手前のこの位置で戦力を展開することになっております。予定ではあと50分といったところでしょう。」

 

 デトワール子爵が差し棒を使って作戦の説明をしてくれる。しかし、残念なことに私は勅使であり、勅命が下されたことを正式に知らせ、戦況をこの目で確認するだけだ。彼にとってこれからが本番なのだろうが、私は全くもって専門外である。一応想定されているプランを最後まで説明してもらったが、私に口を出す権利はない上に問題も見つからない。かなりゆとりのある堅実なプランに思えるということだけだった。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。原作での王宮の動きはクロア視点ではどうがんばっても無理なのでモットおじさんに登場してもらいました。


ふむ。面白いことが何も思いつかない。というわけで裏設定をば。

 原作三巻に出てくるレキシントン号の記述では全長200メイル108門の巨大帆走戦艦との記述がどこかにあったと思います。地球の戦列艦から見ると砲が少ないですね。かなりスカスカっぽい印象があります。
 しかし戦列艦やスループという単語は出てきても大きさは特に記述がありませんでした。そして「レキシントンと比べると戦列艦がスループに見える」という会話から戦列艦の大きさ求めようと思ったのですが、スループの全長もわからない。
 そこでwiki先生に聞いてみたところ、昔の戦列艦未満の軍用帆船のフリゲートは28~36門、スループは10~20門、コルベットは4~8門でコルベットのみ12~18mという記述がありました。コルベットの数値から逆算すると、スループの全長は30~45mとなります。同じくwiki先生に聞いた戦列艦は全長50~60mで、単純に戦列艦60m、スループ30mとすると2倍の大きさの違いがあることがわかりました。
 そこから、レキシントンから逆算したハルケギニアの一般的な戦列艦の全長は100m、スループの全長は50mということにしました。ええ、わりと適当です。普通は排水量とか砲の数とかで決めると思うのですが、原作では全長で比較していたので、まぁ気にしない方針で^^;
 ちなみに原作での軍艦の種類は戦艦、巡洋艦、戦列艦、スループ、竜母艦、両用艦などですね。戦艦と巡洋艦は時代ちがくね? とか思いました。
 レジュリュビは双胴竜母艦とかになるんですかね? なんちて。ちなみに私は戦列艦のヴィクトリー号が大好きです。ガレオン船のゴールデンハインドも大好きです。あの時代の船は味があっていいですよね^^


 次回もおたのしみにー! 


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33 タルブ村攻防戦

さぁみなさんお待ちかね! 私もお待ちかね! 戦争の時間がやってまいりました。
戦場の描写ってとても難しいですね^^; 
と、とりあえずどうぞー!
追記:一話の前に挿入しました。


 俺はクラウスに参戦の意思を示してから平穏な学院での生活を過ごし、アルビオンが宣戦布告すると思われる日から数日前、再び長期休暇を取ってタルブ村に赴く事になった。今回も俺とモンモランシー、シエスタ、クラウスがアグレッサーに運ばれた。モンモランシーとシエスタはシエスタのご家族に話があるということで、タルブ村にある草原で一度別れた。そして森に囲まれた空軍基地のある場所に何か白い塔を持った巨大な建造物があることに気付いた。

 

 またタルブ村を魔改造してしまったのだろうか。というかこんな魔改造ばかりしているからアストン伯の心象が悪いのではないだろうか。そんな事を思いつつその白い塔に向って俺を乗せた風竜が飛んでゆく。

 

 飛んでいる間にプリシラを呼んでその白い塔をよく見てみることにした。ちょうど森が切れ、プリシラが俺の肩に止まったとき、以前来た時には平地だった場所に置かれたその白い塔を生やした巨大な建造物の全容が姿を現した。

 

 それを見たとき俺はクラッとめまいがして、あわや竜から落ちるかと思った。隊長さんにちゃんと保持してもらっていたので落ちることはなかったが、本来一周飛ぶはずだったところを着地して風竜を歩かせて見学することになった。

 

 そう、どう見ても前にシャレで書いた「強襲揚陸艦アルビオン」である。外から見た感じの変更点はブリッジの形状が少し変わっており、アンテナなどの施設は取り払われ見張り用のデッキがブリッジを囲んでいる。あとは後ろから出ている推進装置が巨大な蒸気機関と複数のプロペラになっている程度だ。

 

 以前カスティグリア研究所副所長のエルンストが、研究所員は全員俺の信奉者とか言っていたが狂信者の域に達しているのではなかろうか。これを形にしてしまうような力を持った狂信者の集まりか……。うん。今度からは自重しよう。黒歴史を具現化し、世界に発信することになったらもはや資料を書くのも辛くなりそうだ。

 

 クラウスが自慢げに「ふふ、驚いたみたいだね。兄さん」とか言いながらこの新型竜母艦レジュリュビの説明を始めた。確か資料には縮小指示や外装、形状以外はほとんど適当に書いただけだったはずだ。まさか1/1スケールで再現するとは思わなかった。

 

 竜に乗りながらズンズン進む。クラウスの説明だと全長は300メイル、全幅210メイル、全高82メイルあり、展開式の翼が4枚、きっちり作られており、このフネは海にも浮くらしい。うん。黒歴史はともかく美しくカッコイイフネだということに間違いはない。

 

 内部には前に突き出た両足は二層になっており、下は36匹の竜を乗せる飼育スペースがあり、中央部分には物資を格納するスペースがあるそうだ。中央からの出入り口が一番大きく、作業用のレールなども作られており、対地攻撃の際にはここから自由落下爆弾をばら撒くらしい。

 

 上面はガンデッキになっており120門の砲がずらりと配置され、後方の推進機関の間にあるガンデッキにも後方に向けた20門の砲が並んでいるそうだ。砲撃手だけで440名おり、乗員は651名。計算上、最大で二千名を越える人員を乗せひと月の連続飛行が可能なのだそうだ。連続飛行に関しては時間がなかったので行っていないらしいが、戦闘訓練はすでに何度も行われたらしい。

 

 しかし、どう見ても俺が登れる高さではない。中に入ったら迷子になって遭難死する可能性もある。このような恐怖を覚えたのは学院の本塔以来だろうか。しかしこのブリッジは天井からも入れるらしい。風竜に乗ったままブリッジの上に降り立ち、クラウスにレビテーションを掛けてもらって天井の入り口からいくつか防犯装置を抜けて無事ブリッジに降り立った。

 

 艦長殿はアマ・デトワール子爵という歴戦の勇士を思わせる人物だ。軽い挨拶を交わし、中央にあるテーブルに着いた。クラウスによる作戦プランをテーブル上にある地図と模型を使って説明されたが、特に大きな穴は見当たらないし、損害もほとんどなさそうだ。

 

 戦闘が想定されているのは5日後とのことなので、艦長殿に断ったあと、それまで過ごす居住空間へ案内された。タルブ村にあるカスティグリアの施設はすでに撤収しており、モンモランシーとシエスタが来たらこのフネもタルブ村を離れるらしい。

 

 交渉で撤収期限を限界まで引き伸ばしたのだが、アストン伯の後ろにマザリーニ枢機卿が付いたことにより、アルビオン艦隊が来る予定の3日前までに撤収を完了することが決まってしまったそうだ。ちょっと納得いかないが、タルブ村には避難施設もある。タルブ村民に被害がでないことを祈ろう。

 

 そんな事を聞きながらブリッジから降りると、ブリッジの下に作られた居住空間は二つ並んでいた。片方はモンモランシー、片方は俺とシエスタが使うそうだ。本来はゲストルームらしく、予定があればその度に使う人数に合わせて家具が置かれるらしい。この高さまでどうやって運んでいるのかは謎だったがよく考えたら魔法がある。手すりの着いた部屋の前の廊下の向こうには吹きぬけのスペースもある。レビテーションで運んだのだろう。

 

 部屋の中は天蓋つきのシングルサイズくらいのベッドが二つ並んでおり、その手前に生活に必要な家具やトイレがあった。意外と広い空間が確保されており驚いたのだが、逆にクラウスは

 

 「フネだからね。この程度しか用意できなかったんだ」

 

 と苦笑した。俺は少し呆れながら

 

 「いや、むしろ広すぎではないかね? もっとこう、なんというか、このベッドくらいのサイズの空間を予想していたよ。」

 

 そう予想を告げると、クラウスはちょっと肩をすくめた。

 

 「小型の戦列艦なんかだとそんなこともあるみたいだけどね。」

 

 クラウスはそんな事を言いながら、部屋の使い方や構造を教えてくれた。とりあえずここで五日間安静にしていることと言われた。クラウスはカスティグリアに戻るとのことで部屋から出て行ったのでさっそく部屋着に着替えてベッドに入って横になると意外と寝心地がよく、あっさりと寝入ってしまった。

 

 

 

 

 艦内では情報漏えいの可能性が高いということで資料を作る事が禁止されていた。以前暇つぶしも兼ねていた資料作りを制限されたときは大変だったが、今回は起きている間にはモンモランシーが訪ねてきてくれるし、シエスタの紅茶もある。フネの周期の長い小さい揺れに身を任せながらモンモランシーと日常生活を送っていると、隠居生活に突入したような気分になりゆったりとした時間が流れた。

 

 シエスタのご家族には戦端が開かれるであろう日が伝えられており、もし何もなくても当日は避難施設の近くで過ごすよう言付けて来たそうだ。ただ、タルブ村はアストン伯の治める地であり、村での影響力もアストン伯の方がカスティグリアより強い。基地建造やその後の生活では村民もカスティグリアに好意的だったのだが、アストン伯に倣うように撤収を渋るカスティグリアに対し不信を抱き始め、シエスタのご家族がとりなしていたらしい。現在は撤収作業も完了し、特に問題はないとのことだ。

 

 そして、戦端が開かれるであろう当日、作戦が遂行される予定日。目が覚めて体調を確認する。今までで一番絶好調かもしれない。頭痛もほとんどなく、四肢の痛みもほとんどなく、少々だるい程度だ。シエスタに身支度を手伝ってもらい、シュヴァリエのマントを纏って部屋を出るとモンモランシーがきれいな真紅のドレスを纏って笑顔で待っていた。

 

 「ああ、モンモランシー、君は本当に何を着ても似合うね。赤い薔薇に飾られた奇跡の宝石をこの目に収められるとは思ってもみなかったよ。」

 

 「ふふっ、ありがとう、あなた。あなたの服装もステキよ?」

 

 照れながらお互いの服装を褒め、レビテーションを掛けてもらい、三人でブリッジに上がると、すでにモットおじさんが来ており、テーブルで紅茶を楽しんでいた。

 

 「モットおじさん。ごきげんよう。いやはやお待たせしてしまい、申し訳ありません。」

 

 「おお、クロア殿。ごきげんよう。いやいや、ちょうど良い時間のようだよ。私もこのフネとシエスタ嬢の淹れてくれた紅茶を楽しむ時間があって良かったというものだよ。」

 

 モットおじさんは笑顔でスマートに気を使ってくれた。モットおじさんがいるということは作戦実行の許可が下りたということなのだが、一応確認しておいた。原作通りアルビオンが自作自演で自分のフネを爆沈させ、宣戦布告したらしい。カスティグリアの戦力に関してマザリーニ枢機卿はある程度知っていたはずなのだが、彼は外交努力に固執し、会議が紛糾してタルブ村の被害がどんどんと増えたらしい。

 

 「タルブ炎上中」の報が入った時に父上とモットおじさんはもはや限界と見定め、独自に動こうとしたところでアンリエッタ姫が立ち、彼女の一声で徹底抗戦が決まったそうだ。そこで父上がアンリエッタ姫にカスティグリアの戦力を使うよう進言し、カスティグリア諸侯軍に勅命が下されたそうだ。そして、アンリエッタ姫も近衛を率いて出陣するらしい。

 

 ふむ。ほぼ、原作通りだろう。ゼロ戦や虚無のルイズ嬢がいない代わりにカスティグリアの戦力がある。特に問題はなさそうだ。今後の展開に注意が必要だが、原作からの乖離を最小限にするのであればあとでルイズ嬢に虚無のことを知らせるべきかもしれない。

 

 話を聞きながらトテトテと歩き、テーブルの椅子に座ろうと思ったのだが、特等席を用意してくれたようだ。一段高くなっており、テーブルの後方にある艦長席の隣に四人分の椅子とテーブルとティーセットが用意されていた。

 

 艦長殿に案内され、モットおじさん、俺、モンモランシー、シエスタの順番で席が用意された。シエスタがシエスタの分も含めて五人分紅茶を淹れ、全員座ったところで、艦長殿から現在の作戦の進行状況が知らされ、一つお願いされた。

 

 いや、うん。一応名前だけ今回の作戦の艦隊最高指令官ですからね。演説して欲しいそうだ。

 

 照れをなんとか隠しながら渡されたマジックアイテムを手に取る。このマジックアイテムはレジュリュビの艦内はもちろんのこと、随行している艦内全体にも声が届くそうだ。演説が終わったら戦力を展開し、作戦が開始されるらしい。

 

 かなり恥ずかしい。その上考えが全然まとまらず、何を言っていいのかわからない。

 

 「クロア殿が望んでいた戦場(いくさば)ですぞ。なに、クロア殿、アレを恐れることはない。この場、この時ならばどんな事を申しても恥にはならず、むしろ彼らの勇気を引き出すでしょう。」

 

 黒い覇道の先人、熟練の黒歴史生産者であるモットおじさんが笑顔で勇気をくれた。

 そうか、ここならば、この時ならば問題ないのか。モットおじさん、ありがとう。モンモランシーもシエスタも笑顔で無言の応援をしてくれる。今ならば問題ないというのであれば全力で逝かせてもらおうか! 

 

 モットおじさんにお礼を言ってから紅茶を一口飲む。そして、席を立ちマジックアイテムを握る。そしてプリシラを呼び、肩に止まってもらい視界を共有する。

 

 ―――さて、往こうか。今ならば外の景色もよく視える。レジュリュビの周りに展開するフネも、その甲板で作業する人間の姿や表情すらよく視える。不安で表情が曇っていたり、緊張で少し手が震えている者もいる。

 

 ならば奮い立たせよう。生死の不安に取り憑かれた人間に必要な戦場の媚薬を与えよう。

 

 「今作戦の最高指令官クロア・ド・カスティグリアだ。カスティグリア諸侯軍、これから生死を共にする戦友諸君。出撃準備中、手を休めず聞いて欲しい。

 我々カスティグリアに住まう者は代々枯れた土地で生を育み、地位の差こそあれ、それぞれ自分が出来る事を堅実に積み重ねカスティグリアという領を作った。そして三年前カスティグリアは変革し、風石を産出し、出来る事は増えたがその中でも戦友諸君はカスティグリアを守ること、そしてカスティグリアを含むトリステイン王国を守ることを選んでくれた。その判断に対し、私はカスティグリアの誇りというものを感じ取らせていただいた。」

 

 本当に誇りに思える。最近ようやく少しカスティグリアの領地についてクラウスから聞いたのだが、農地改革が最後に回されたのもよくわかる状況だった。ほとんど鉱物資源の採掘場を細々と運営し、隣接するゲルマニアと漁場を奪い合い、痩せた農地で取れた農作物を分け合いなんとかやっていたそうだ。もしかしたら風石を売った金で全体の生活が良くなると考えたかもしれないのに、彼らは欲にとらわれず領地を守るための軍備増強を選んでくれた。

 

 「誇りあるカスティグリアの戦友諸君。現在トリステイン王国は、以前カスティグリアに空軍基地を提供してくれたタルブ村は現在薄汚いアルビオンの簒奪者たちによって焼かれている。

 相手は強国、かつてトリステインを超える軍をもっていた強国。最強の空軍を誇っていたアルビオンだ。」

 

 焼かれている原因の半分くらいはマザリーニのせいだと思う。カスティグリアは戦力を用意し、準備していたというのに、出し渋るとは彼らしくないとも思える。カスティグリアのやりすぎを警戒し、外交努力でなんとか収めたかったのだろうか。しかし、アルビオン新政府の息の根を止めない限りこの戦争は終わらないだろう。裏にいるのはガリアの王様だ。こちらが手を緩めた瞬間に食いついてくるだろう。

 

 「しかし、だ。諸君。それはすでに過去の事である。私はこのカスティグリア諸侯軍の信奉者であり、狂信者であり、この軍こそがハルケギニア最強であると信じて疑わない。

 常に最強を追い求め、成長し続ける事を望むカスティグリアの精鋭諸君。我々は三年もの月日をかけてこの戦争を目指していた。領地を隠蔽し、戦力を隠し、邪険にされ、耐え忍んできたカスティグリアの戦友諸君。ようやく、ようやく待ち望んだ戦争が向こうからやってきたのだ。アンリエッタ姫殿下から下された“我らを縛る綱を切れ”という勅命を、危険な戦場を通って王宮勅使のジュール・ド・モット伯爵が直接伝えてくれた。諸君、もはや我慢する必要はない。我らを抑える張り詰めた縄が解き放たれる時が来たのだ!」

 

 あのアグレッサーが全てを物語っている。すでに彼らのライバルは想像上のゼロ戦になっている。彼らは研究所とも懇意にしている関係上、ゼロ戦のスペックもある程度わかっているはずだ。それに対し竜に乗って勝利をもぎ取ろうという執念はすばらしい。

 そして今まで彼らには人を運ぶか訓練するくらいしかまともな任務はなかっただろう。この実戦を誰よりも待ち望んでいただろうことは容易に想像がつく。フーケに対するただのひと当てで垣間見えた彼らの好戦的な深い笑顔が目に浮かぶようだ。

 

 「そう、これから始まる戦闘は、これから向う戦場は、これから続く戦争はアルビオンのものでもトリステインのものでもない! 全てが我々の、我々のためだけに用意された、我々の望んだ戦争だ! 三年もの月日を待ち、入念な準備をし、ようやくたどり着いた晴れ舞台だ。存分に楽しんでくれたまえよ?」 

 

 以前通った黒い覇道を再び自分の意思で進んだ。プリシラの目を通して視える艦隊の船員たちの緊張や不安で強張った表情はなくなり、好戦的な笑みを浮かべる者、もしくは歯をむき出しにして嗤っている者だけになった。今にも興奮を抑えきれずに叫び出しそうな、ここまで彼らの威勢のいい声が届いてきそうな雰囲気がある。どうやら俺の黒歴史を覚悟した演説にうまく乗ってくれたようだ。

 

 「なに、今日はただの前菜だ。お楽しみはまだまだ用意してある。カスティグリアの精鋭諸君。前菜だけでは少々物足りないかもしれんが、折角アルビオンの簒奪者がご丁寧にはるばる遠くから運んできてくれたものだ。存分に味わいたまえよ?

 ―――さぁ、おめしあがれ?」

 

 以前ラ・ロシェールでアグレッサーが言っていたシャレを混ぜて演説を閉めると、椅子に座り、マジックアイテムを艦長に返した。艦長は「よい演説でした」と笑顔を浮かべ受け取ると、キリッとした顔をして立ち上がった。これからは彼が全ての指揮を取る。俺やモットおじさんはただの見学になるが、同じ見学料を支払っているのだ。楽しませていただこう。

 

 「艦隊総員、戦力展開。」

 

 と、艦長殿が命令を下すと好戦的ないい笑顔を浮かべたブリッジクルー達が行動を開始した。

 

 「了解。こちらレジュリュビ、風竜隊出撃。全艦第一種攻撃陣形。火竜隊出撃準備。」

 

 クルー達が他の艦へのマジックアイテムを使った通信を開始すると、レジュリュビからも竜たちが飛び立っていくのが見えた。レジュリュビの後ろに位置する竜母艦から飛び立った風竜も合流し、三匹ずつのデルタを組んで42匹の風竜が艦隊を先行する。続いて回りにいた戦列艦が速度を上げ、三本の縦隊作って進んで行き、少数の艦をレジュリュビの護衛に残して小型艦が戦列艦の後ろに縦隊を作って並ぶ。そして彼らの後ろを守るようにレジュリュビが速度を上げ、最後に残りの竜母艦がレジュリュビを盾にして追従する。

 

 レジュリュビから飛び立った風竜はアグレッサーをコアにした風竜隊の中でも熟練の者たちだそうで、まず彼らが先行してひと当てし、敵の竜騎士を叩き落す。そして、その場に留まることなく通過し、その後ろから残りの竜や戦列艦を盾にした小型艦が戦場に入るという作戦になっている。

 

 戦場までおよそ10リーグほどだろうか。プリシラの目を借りても比較的大きい敵旗艦のレキシントンはともかく、竜はぽつんと点のようにしか見えない。そして、4分ほど経つと風竜隊が敵竜騎士にぶつかった。敵はこちらに気付くのが遅かったようで、まとまった数の連携が全く取れておらず、こちらは三匹と三人のメイジの乗った竜が一つの意思で手足を動かすがごとく連携してあっという間に落としていった。

 

 「風竜隊より。敵竜騎士殲滅。第一段階成功、作戦行動を継続」

 「艦隊行動開始。火竜隊出撃。」

 「了解。こちらレジュリュビ、艦隊行動開始。火竜隊出撃。」

 

 ブリッジに置かれたマジックアイテムの時計を見ると、まだ演説から6分しか経っていない。そして、27匹の火竜が後方にある竜空母から飛び立ち始め、ブリッジの横を通過していった。

 

 は、早すぎじゃないですかね? あ、ワルド子爵とかこの戦場にいるのだろうか。一人でワンマンプレイとかしてそうですな。プリシラにワルドがいるか聞いてみると、レキシントンの上空で待機しているそうだ。

 

 「艦長、プリシラが言うにはレキシントンの上空にもう一匹いるようだ。」

 

 「ほぅ。さすがですな。了解しました。作戦変更、アグレッサーはレキシントン上空にいる者を捕獲せよ。」

 「了解。アグレッサー。こちらレジュリュビ。レキシントン上空に感あり。捕獲せよ。」

 

 ほ、捕獲なんですか? 落とさなくていいんですかね? ま、まぁいいか。

 

 「アグレッサーより、敵竜騎士を捕獲。一度艦に戻ります。」

 「左舷から入るよう伝えろ。艦内放送。左舷ガンデッキ第六班。捕虜一名、竜一騎捕縛準備。」

 「了解。アグレッサー。こちらレジュリュビ、左舷より着艦してください。」

 「了解。ブリッジより左舷ガンデッキ第六班。捕虜を一名、竜を一騎捕縛準備。」

 

 はやっ! たった数十秒でワルド子爵が捕まったようだ。しかしアグレッサー一騎だけでも大変だろうに六騎ではどうしようもなかったに違いない。

 

 そしてさらに数分経つと、今度は重武装した火竜隊が敵艦隊の上空に到達した。アルビオン艦隊はすでに竜騎士という機動性の高い部隊を失っており、艦隊の防御は積まれている砲に頼るしかなくなっている。そして既存のフネではその砲を真上に撃つ事ができないそうだ。

 

 基本的にフネというものは上昇するには少々時間がかかる。そして、竜の上昇能力の方が遥かに高いうえに、相手はすでに竜というフネの上空を守るための兵科を喪失している状態だ。火竜隊の運んだ自由落下爆弾が彼らの艦隊を一方的に破壊し始める。そして先に出て戦場を一度通過した風竜隊が再び敵艦隊に打撃を与えて母艦に戻り、自由落下爆弾を竜に持たせ再び飛び立つ。

 

 火竜隊は継続して損傷の少ない敵艦船の甲板やマスト、そしてそれにかけられている帆をブレスで焼いていく。飛び交う竜からの通信や他のフネからの通信は全てテーブルの上にある地図と模型によって再現されている。最初はただ置かれていた模型だが、今は小型の風石でも使っているのか、四種類ほどの高度を再現している。

 

 喪失部分も再現しているらしく、状況が変わるたびにマストを外したり帆を外したりしている。こうしてみるとカスティグリアのフネは基本的に蒸気機関を積んでいるらしく、小型艦は装甲が厚そうだ。火竜と連携して砲弾をかいくぐるように相手のフネに上手く接触し、すでに何隻か白旗の立った模型がある。

 

 四人ほどのメイジがせわしなく模型を動かし続けている。火竜隊が一度爆撃したときにがくっと敵のフネが減り、一気に敵の艦隊が混乱し別々の方向を向いてかなりばらけた。今では逃げ惑う獲物を一箇所にまとめるような、まさしく牧羊犬のような働きをしている。最初に聞いたプランでは戦列艦とレキシントンは拿捕、ほかは全て爆沈させる予定だ。大抵戦列艦未満のフネは自由落下爆弾を投下され、一撃で爆沈しているようだ。さすが風石まで到達した爆弾である。

 

 そして、演説から14分。レジュリュビが戦域に到達した瞬間。最後まで抵抗していた敵旗艦レキシントンが小型艦5隻、火竜27匹の猛攻撃に白旗を揚げ、拿捕された。

 

 「敵旗艦の拿捕を確認。第二段階成功。作戦を継続。」

 「戦列艦降下開始、風竜隊、火竜隊、地上制圧開始」

 「了解。こちらレジュリュビ。戦列艦降下開始、風竜隊、火竜隊は地上制圧開始。」

 

 レジュリュビから残念ながら下方はほとんど見ることができない。しかし制空権を失った歩兵や騎兵はたとえメイジがいたとしても絶望的だろう。この戦闘が始まってから初めて戦列艦が砲撃を行ったらしく、轟音がブリッジにまで届いた。

 

 そしてその一度の轟音が地上にいたアルビオン軍約3000の兵の心をへし折り、タルブでの戦闘が終わった。レジュリュビもガンデッキから大砲を押し出すと、降下を始め、地上にいるアルビオンの兵士達を威嚇する。風竜隊42騎、火竜隊27騎がタルブを飛び回り、アルビオンが地上に展開していた、すでに武器を手放した兵士達を囲い込み、一箇所に集めていく。

 

 戦列艦はその外周を空中で円を描くように等間隔に配置された。カスティグリアが拿捕したアルビオンの艦船は旗艦レキシントンと戦列艦が14隻。他のアルビオンの艦船は全て爆沈した。カスティグリアの小型艦に配置されていた白兵戦兵員によってアルビオンの船員は完全に捕縛され、カスティグリアの船員達がタルブの平原にフネを降ろす。そして、白兵戦兵員が地上に降りると、降伏したアルビオンの地上部隊の拘束に移る。

 

 小型艦はそのままタルブ上空を回り、タルブ村に起きた火災の鎮火作業に移った。プリシラに鎮火作業を手伝って貰えるか聞いたところ、『餌ね? いただいてくるわ』と言って飛んでいった。そして、完全にアルビオンの兵員の全てが拘束され、竜部隊が彼らを見張りながら順番に補給に戻り始めたころ、ようやくアンリエッタ姫と白い布を頭に巻いたマザリーニ枢機卿に率いられたトリステイン王軍約2000がタルブに到着した。

 

 王軍の到着を確認し、風竜隊の一部がタルブ村の領民の安否確認に向かい、レジュリュビを始め、手の開いている水メイジと土メイジが少し離れたところに救護所の設営に向った。自己中心的だが、せめてシエスタのご家族だけでも無傷でいてもらいたいものだ。

 

 ふむ。しかし、ここはお飾りとはいえ最高指令官として俺が出迎えることになるのだろうか。外で出迎えるのはイマイチ品がない気がする。レジュリュビにアンリエッタ姫とマザリーニ枢機卿を招くのは極秘事項に抵触するのだろうか。戦列艦を一つ下ろしてそこで会議とかになるのだろうか。こういうのはクラウスが全てお膳立てしてくれていたので全くわからない。

 

 悩んでいると、モットおじさんが艦長殿と少し言葉を交わし、アンリエッタ姫とマザリーニ枢機卿をこのブリッジに迎えることを宣言した。そして艦長殿から命令が下り、ブリッジクルーがあわただしく動き、作戦状況を示していたテーブルの上が完全に片付けられ、テーブルクロスが敷かれ、ティーセットが用意された。

 

 俺も一応参加するようで、テーブルに移動することになった。上座を空けるため、テーブルの船首方向にモンモランシー、俺、モットおじさん、艦長殿の席が用意された。モットおじさんの希望でシエスタが紅茶を淹れることになり、アグレッサーがアンリエッタ姫とマザリーニ枢機卿、そして近衛兵四名をブリッジの上部に運んだ。

 

 モットおじさんと艦長殿が二人と近衛兵を出迎え、全員席についた。アンリエッタ姫は白いスカートが破れた俺の心臓に優しくないウェディングドレスを身に纏っており、緊張した面持ちで、たまにマザリーニ枢機卿を観察している。そのマザリーニ枢機卿はアンリエッタ姫の破れたドレスの一部と思わしき布を頭に巻いており、深い皺をさらに深くしている。

 

 俺の正面にアンリエッタ姫、モットおじさんの前にマザリーニ枢機卿といった席順で、近衛兵四名はアンリエッタ姫とマザリーニ枢機卿の後ろに並んでいる。よく考えたらモットおじさんは王宮の勅使のはずなのだが、こちら側に座っている。実際こちら側で彼らと交渉というお話を出来るのは俺かモットおじさんだけであり、俺としてはぶっちゃけ戦後交渉はよくわからないのでありがたい。

 

 そして、俺と向かい合っているアンリエッタ姫はお互い諸侯軍と王軍のお飾りの最高指令官なのだろう。そして、実務担当のモットおじさんとマザリーニ枢機卿が同じく向かい合っているというちょっと皮肉の効いた面白い席順だった。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。私にはこれが現状出しうる戦闘描写能力の全てであります;; 
いや、第三者視点にするべきだったのかな? とチラッと思いました。
 クロア君の演説。かなーり大変でした。ええ、戦闘描写も含めてあまりに書けなくて何度も不貞寝しましたとも!
ア、アニエスどうしようマジで! 本文書き終わって読者様の感想読んで気付きました!
こまったぞー? クラウスたすけてー!

次回、えーっと、戦後処理の話のはずなのですが指が滑ってアンリエッタ姫が乗船してしまってどうしようかとorz
と、とりあえずひねり出します。ええ。ちょっと間開くかもしれません。

次回おたのしみにー!


恒例のおまけ。いつもの如く本編とは関係ありません。たぶん。
ヴァリエール :はぁ? 次は逆侵攻するって? 戦争馬鹿なの!?
モンモランシ :え? モンモランシーも出陣したの? しかも紅茶飲みながら完勝!?
カスティグリア:フフフフフッ 圧倒的じゃないか、我が軍は

アンリエッタ:啖呵切ってドレス破ってユニコーンに跨って戦場に着いたら終わってた
マザリーニ :何あのフネ。巨大なんてもんじゃねぇ!? やっぱりカスティグリア怖い
リッシュモン:え? アルビオン艦隊全滅? ワルド捕縛? ナニソレヤヴァイ
モット   :ふはははは、旨い、なんて旨い獲物なんだ!

アグレッサー:やはり所詮はただの前菜。メインディッシュが楽しみだな
火竜隊   :うはっ! 俺たち敵旗艦拿捕とかっ! やっぱ火竜はサイコーだZE!

レジュリュビ艦内
ガンデッキ砲兵:大砲押し出すしか出番なかった。俺たちの戦争じゃなかったの?
左舷第六班  :いや、俺たちは出番あったし? 大砲撃たなかったけどあったし?
ブリッジクルー:クロア様の演説録音しといた。あとでみんなで聞こう


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34 戦果

どどどどうしてこうなった!? え、ええ、取り合えずどうぞー!
がっつり加筆しました。5/6 21時くらい


 現在カスティグリア諸侯軍旗艦レジュリュビにてタルブ防衛戦のあとの話し合いが始まろうとしている。ブリッジに用意されたテーブルには少し重い空気が垂れ込めている。すでに戦闘というものが終わった後処理の最中にやってきた王軍をモット伯がレジュリュビに出迎えたのだが、ぶっちゃけ何を話していいのかわからない。

 

 いや、今作戦のカスティグリア諸侯軍の最高指令官ではあるが、“タルブ村を守る”ということくらいしか考えてなかったため、本当に何を話していいのかわからない。むしろなぜアンリエッタ姫とマザリーニ枢機卿はレジュリュビに来たのだろうか。偉い人の方に出向くというのが普通なのではなかろうか。

 

 特に話すことはないし、とりあえず来たから挨拶だけでもと言った感じかもしれない。

 ふむ。言い得て妙というやつだろうか。恐らく「遅れちゃったよ、ごめん」「いやいや、全然大丈夫でしたよ」みたいな感じだろう。そう考えればただのメンバーが豪華なお茶会と言えるかもしれない。ちょっと緊張して損した気分である。うむ。

 

 とりあえずお茶会らしい軽い空気を演出するために基本の挨拶をするべきだろう。というか誰も話し始めないこの空気は一体なんなのだろうか。全くもって不明である。

 

 「お久しぶりです。アンリエッタ姫殿下。マザリーニ枢機卿。」

 

 そう挨拶すると、二人の少し疑念が隠されたような真面目な視線が集まった。

 か、軽い空気を、ええええ演出しなければなるまいて。はっ! よく考えたら二人とも一度しか会ったことがない。大量にいるトリステイン貴族の、隠蔽されたカスティグリアという田舎の、ほとんど外に出ることがない病弱な長男は印象に薄かったに違いない。ここはさりげなくフォローしつつ改めて自己紹介しよう。

 

 「以前、お会いしたことがあるのですが、改めて、クロア・ド・カスティグリアです。こちらは俺の婚約者のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシです。よろしくお願いします。」

 

 そう言って軽く一度目を伏せるとようやくマザリーニ枢機卿が口を開いた。

 

 「ああ、よく覚えているとも。クロア君。お隣のモンモランシー嬢との婚約式のとき以来だな。君達の仲人は私の初めての機会だったからよく覚えているとも。二人とも仲むつまじそうでなによりだ。」

 

 ふむ。覚えている、なによりだ、と言いつつもマザリーニ殿の声は硬い。

 

 「わたくしも覚えていますわ。今日は体調がよろしいようで何よりですわね。でもシュヴァリエは名乗りませんの?」

 

 アンリエッタ姫は少し首をかしげた。ふむ。そういえば名乗ってませんでしたな。よく考えたら二つ名も名乗ったほうが良いのだろうか。

 

 「いやはや、少々気恥ずかしくて今まで名乗っておりませんでした。では改めて。今作戦のカスティグリア諸侯軍の最高指令官を勤めさせていただいております、クロア・シュヴァリエ・ド・カスティグリアと申します。二つ名は『灰被り』を名乗らせていただいております。よろしくお願いします。」

 

 そう改めて自己紹介すると場の空気がピシッと固まり、重い空気がさらに質量を増した気がした。

 ふむ。もはや訳がわからない。正確に完全に抜けのない自己紹介をしたと思うのだが……、はっ!? なるほど、姫様や枢機卿は毒見役がいないと紅茶が飲めないのだろう。折角おいしい紅茶が目の前にあるのに手を付けることが出来ず、イライラしているのかもしれない。ここは俺が毒がない事を示すべきだろう。

 

 そっとティーカップを取り、二口ほど飲み、ティーカップを戻す。そしてマザリーニ殿とアンリエッタ姫に視線をそっと戻すが、二人は相変わらず硬い表情でティーカップに手を付ける気配がない。少し手持ち無沙汰で何をしていいのかわからないので、諦めて紅茶を楽しむことにした。

 

 「んんっ、ミスタ・クロア。王軍の最高指令官はこちらにいらっしゃるアンリエッタ姫殿下なのだが、すまんが私が代理で話させていただこう。まず此度の防衛戦、真に大儀であった。露払いだけでなく全て終わらせるとは思わなかったが、見事勅命を果たしたと、アンリエッタ姫殿下もお喜びだ。」

 

 紅茶に癒されているとマザリーニ枢機卿が咳払いのあと宰相の顔で発言した。

 ふむ。ちょっと遠まわしな貴族流の会話というやつだろうか。しかし、一箇所よくわからないところがあった。どう見てもこの戦いは露払いだろう。うむ、どう考えても終わったのは露払いだけではなかろうか。モットおじさんやクラウスではないので俺が正確に理解するには遺憾ながら聞き返して確認する必要が出てくる。ううむ。彼らにあの会話法を学ぶべきなのかもしれない。

 

 「お褒めの言葉ありがとうございます。しかし、マザリーニ殿。諸侯軍は露払いしたまで、全てはまだ終わっていないのでは。」

 

 そう言いながら気軽なお茶会を楽しみつつ紅茶に口をつける。

 しかしながら、その露払いもまだ途中なのではないだろうか。戦果の確認はともかく、タルブ村の被害状況がわからない。シエスタをチラッと見ると仄かに笑顔を浮かべているが、いつもより緊張している気がする。

 

 シエスタは俺やモンモランシーはともかく、クラウスやギーシュ、マルコ、それにモットおじさんなど、貴族と対応する機会が多い。そのため、彼女はあまり緊張せずに紅茶を提供することができるはずなのだが……、なるほど、恐らく彼女も自分の家族が、そして知り合いの村民が無事かどうか気になっているのだろう。ぶっちゃけお茶会などより確認に行きたいだろう。そう思うと俺も気になってきた。

 

 「ふむ。確かにまだ始まったばかりと言えるでしょうな。マザリーニ殿。此度のことでトリステインに必要なものが明らかになったのではないでしょうか。」

 

 ようやくモットおじさんが代わってくれた。しかし、気になる。こういうのは艦長殿に聞くべきだろう。しかし艦長殿は会話を始めたモットおじさんの向こう側にいる。コソコソ話すことができない距離である。

 

 「うむ。もはや時は戦時、早急な王の誕生が望まれるであろう。ゲルマニアの軍事同盟も即応するには当てにならん。そこでアンリエッタ姫殿下の婚約破棄、そしてアンリエッタ姫殿下にこのタルブ防衛戦に勝利を導いた『聖女』として玉座に就いていただこうと思っておるのだがどうだろうか。」

 

 原作通りですな。今回活躍の場がなかったとは言え、王軍を率いて最高指令官として戦場に来ましたからな。それに、彼女の勅命がなければカスティグリアも大腕を振って動く事が出来なかったことを考えると、別段彼女が導いたと言っても過言ではないのではなかろうか。

 

 紅茶を楽しみつつ、モットおじさんの反応を窺うべくチラッと見ると、モットおじさんがこちらを見て目で俺が答えるよう、合図した。

 ふむ。この問は俺が答えるものだったのか。なるほど、モットおじさんが会話のキャッチボールをフォローしてくれるようだ。

 

 「カスティグリアとしてはアンリエッタ姫殿下から王族として勅命をいただいた身。俺としては殿下が玉座に就く事に関して問題があるとは思えませんし、何より戦時、華のある聖女様が率いるとなればトリステインも沸くでしょうな。」

 

 自分で言っておいてなんだが、交渉の空気に近い気がしてきた。もしかしたらお茶会ではないのかもしれない。気を抜いていたら食われるかもしれん。少し考えよう。

 

 諸侯軍はともかく、王軍は基本的に傭兵を雇ったり、下級貴族の次男以降を引っ張り込む形態だろう。つまり、旗頭次第で集まり方が変わるはずだ。そう考えるとアンリエッタ姫の人気から、かなり集まりやすくなると思っていい。原作でも学院でも志願を募り、学生がわれ先にと志願していた。アニメ版では強制だった気がするが、中級、上級貴族の子弟が集まる場で強制しては後の禍根になるのではなかろうか。というか、強制ならコッパゲ先生も引っ張られると思うのだが、色々謎だ。

 

 そんなことを考えつつ、紅茶に口をつけると、すでに残り少なくなっていたのだろう。飲み干してしまった。少し残念に思いながらも仄かな期待を胸に、シエスタをチラッと見ると彼女はすぐに笑顔を浮かべ、俺の側に来ておかわりを淹れてくれた。

 

 ふむ。この場で動いても問題ないのはシエスタのみ。彼女に伝言をコソコソ頼んで艦長殿へ伝えることができるのではなかろうか。シエスタも気になっているはず。しかし、タルブ村の人たちのことだけを艦長に聞くのは飾りとはいえ最高指令官としてはダメだろう。

 

 「シエスタ。艦長殿にシエスタのご家族とタルブ村の人間も含め、死傷者の確認と戦果を知りたいと伝えてくれ。」

 

 そうコソコソと言伝を頼むとシエスタは僅かに頷いて、艦長殿のおかわりを注ぎに移動した。淹れたての紅茶に口をつけ、モット伯ごしに艦長殿を見ると、艦長殿に伝わったのか、彼は笑顔で一度ティーカップを上げてから従者と思わしきクルーを指のサインで呼んでコソコソと話している。

 

 「そこでミスタ・クロア。王軍としてはトリスタニアに示すため、拿捕した艦船と捕虜の委譲をお願いしたい。」

 

 どうやらお茶会だと思っていたこの席はやはり交渉の場であったようだ。彼の硬い言葉と雰囲気、そしてこの場を占める重い空気はこの言葉を発するが故のものだったらしい。

 しかし、捕虜の委譲か。現在、拿捕によって得た敵艦や捕虜というものはカスティグリア諸侯軍が単独で全て確保している状況だろう。そして、それはかなりの高額の金になるはずだ。

 

 しかし、協定を破って侵攻してきたアルビオン貴族に対してこちらが協定や法を守る必要性も薄そうに見える。

 つまり、相手が貴族であろうと、拷問により情報を引き出すことも可能だし、トリステインで禁止されている、惚れ薬などのマジックアイテムや禁呪であるギアスなどの魔法を使った情報収集も可能かもしれない。そして、上手く仕込むことができれば二重スパイを作ることが出来るのではなかろうか。

 

 いや、ディテクトマジックでバレるかもしれない。しかもあちらが持っている虚無という名のマジックアイテムはアンドバリの指輪という死体さえ操るものだ。かなり危険が伴いそうだ。やめておこう。

 

 「そうですな。マザリーニ枢機卿のおっしゃりたい事はよくわかります。しかし、すでに拿捕されたフネ、およびその乗員に加え、敵地上軍はすでにカスティグリア諸侯軍の得た戦果であり、財産になっております。そして俺はその諸侯軍を任された身ですが、得た財産に関しては父上やクラウスを始めとしたカスティグリアに還元されるべきもの。俺の一存では決め兼ねますな。」

 

 とりあえずクラウスに言ってよ、といったニュアンスをマザリーニ殿に伝えると、彼は少し顔をしかめ、皺を深くしてモットおじさんに視線を送った。特に問題はないと思って口にしたのだが、何か行き違いがあったのかもしれない。俺もモットおじさんに視線を送ると、モットおじさんはちょっと困ったような苦笑を浮かべた。

 

 「クロア殿。名前だけとは言え、諸侯軍の最高指令官である限り得た財産の配分などは最高指令官に委ねられます。この件はトリスタニアに戻るまでに決めねばならぬ案件、そのためクロア殿が独断で決定する必要があるのです。」

 

 お、おおう。なんという……。まさかこんなところに罠が潜んでいるとは思ってもみなかった。ちょっと演説して指令官ゴッコして紅茶飲んで終わりかと思っていた。まさかそんな権限を与えられているとは……。どうしたらよいのだろうか。

 

 「そうでしたか」と少し時間を稼ぐため、紅茶に口をつける。問題はいくつかある。まず、意思決定が俺に委ねられたことだ。それ自体に問題はないのだが、カスティグリアの方針を知らないし、過去の事例を全く知らないため、信頼できる人間に判断してもらう必要が出てくる。まずはこの辺りの確認をしておくべきだろう。

 

 「しかしながら、俺はカスティグリアの考えを存じておりませんのでな。モンモランシー、モットおじさん、それに艦長殿、このような状況に対してカスティグリアから何か聞いてませんか?」

 

 そうこちら側に座っている三人に問いかけると、

 「私はクロア殿が譲りすぎないよう、助言して欲しいと頼まれましたな。」

 「私は艦隊に関しての情報を随時提供するように、と命令を受けております。」

と、二人が笑顔を浮かべた。モットおじさんと艦長殿は補佐するように言われているだけのようだ。最後の頼みの綱であるモンモランシーを見ると、輝くような笑顔を浮かべて、

 

 「私は婚約者として隣に座っいていて欲しいと言われたわ。がんばってね。未来の旦那様。」

 

 ふむ。モンモランシーは未来の妻として隣にいてくれるらしい。そして期待に目を輝かせる婚約者殿の期待を背負ってこの戦いに挑むことがいつの間にか決定していた。どうやら俺にとっての本当の戦いはまだ始まったばかりだったようだ……。

 

 しかも、もはや撤退は難しいように見える。隣にいる真紅の薔薇に包まれた奇跡の宝石が期待の眼差しを送ってくれている限り、俺に撤退は許されず、期待に背くことも許されず、負けることも許されない。相手は強敵。今までトリステインという王無き王国を一人で支えてきた百戦錬磨の(つわもの)であり、この国で最高の権力を持っているであろう王宮のトップ。

 

 ううむ。お飾り(・・・)の最高指令官という餌でこのような戦場に立たされるとは思ってもみなかった。

 

 しかし、カスティグリアの戦友諸君はこの戦争の口火を切る戦いに命を賭け、そして勝利してくれた。お飾りとはいえ、カスティグリアの名を出して彼らを扇動した以上、彼らの期待に背くこともできないだろう。彼らも勇気を持って強大な敵に立ち向かったのだ。俺が引いていい道理はない。

 

 よかろう。この戦い、受けて立とうではないか。この交渉という名の戦場は命を獲られることはあまりないだろう。しかし、貴族にとっては命より大切な名声が削られる可能性がある。その名声の削りあい。カスティグリアの貴族として受けて立とうではないか。

 

 「艦長殿、戦果や損害の確認をしたいのだが、ざっとで構わない。教えてもらえるだろうか。」

 「はっ、書類を確認されますか?」

 「ああ、頼む」

 

 書類は省略文字や記号などで書かれているため、艦長殿が席を離れて俺とモットおじさんの間に書類を置き、一項目ずつ指差して小声で教えてくれた。相手に知られたくない内容があるので、このような心配りがとても嬉しい。

 

 戦果は撃破、拿捕、捕虜、平民、平民士官、貴族士官に分かれており、損害は被撃破、損傷大中小、死亡、怪我大小に分かれている。損傷や怪我の程度によってこの表示が決まっており、大判定だと損傷の場合は廃棄、怪我の場合は良くて後遺症が残り引退、悪いと死亡するという重体や重症のような状況。中判定は損傷の場合、修理すればカスティグリアに戻れる程度、と言ったところだろうか。小はこの場である程度治療や修理が可能なのであまり気にしなくていいらしい。

 

 そして、戦果については「大体」や「約」という前置きが多数なされていて、今のところ確度が低いらしい。後々調査や聴取などをして確定していくものでこれはとても時間がかかり、面倒くさいとやらないこともあるそうだ。

 

 アルビオンの被害でもあるこちらの戦果は、竜騎士二十名+二十騎撃破、ワルドと竜捕縛、旗艦レキシントンと戦列艦約十四隻拿捕、フリゲートクラスの中型艦約二十爆沈、スループクラスの小型艦約五十爆沈、捕縛した貴族約七百名、平民八千名。推定戦死者数一万六千名。

 

 こちらの損害は艦船の小破や中破は小型艦に大抵出ている。そして被撃沈はないが大破が8隻。死者98名、重傷者824名、軽傷者は約四千名。と辛い数字が並ぶ。しかし、幸運な事に竜部隊やタルブ村の住人に死者や重傷者は出ておらず、軽傷が少しある程度で、シエスタのご家族は無傷だったそうだ。しかし、タルブ村にあった全ての家屋は焼失、畑も約半数が焼失し、まっさらな状態になったらしい。ちなみにこの戦闘に関わったカスティグリアの兵士は総勢16,923名。

 

 カスティグリア全体から見ると被害は微弱だが、98名が死に、824名がこれから後遺症を背負って生きて行くと思うと少し気分が沈んだ。しかし、これは決闘ではなく、戦争という大規模な殺し合いだ。貴族として、最高指令官として来た以上、彼らを死地に赴かせた以上、せめて彼らの死が誇れるものであると認めなければならないだろう。そしてこれを見た瞬間、少しも譲る気はなくなった。

 

 艦長殿から戦果と被害を報告され、少し気持ちが沈んだが、モットおじさんや艦長殿は損害の低さに笑顔を浮かべている。隣のモンモランシーも、もしかしたら羊皮紙が見えたかもしれない。そっと彼女の方を窺うと、表情を曇らせていた。慰めるつもりでテーブルの下でそっと彼女の手に自分の手を載せると、モンモランシーは俺の手を握り返した。

 

 「よろしい。これ以上望み得ないであろう大変すばらしい戦果だとも。艦長殿。」

 

 意識して笑顔を浮かべ、艦長殿に賞賛の声を送ると、彼は笑顔を深めて「恐悦至極にございます」と言って元の席に戻った。癒しを求め紅茶を一口飲むが、約一万七千人の死を生み出したばかりで気分が晴れない。とりあえずシエスタにご家族の無事を知らせるために彼女の方を向いて頷くと、シエスタにあった緊張が少し和らぎ、自然な笑みを浮かべた。

 

 しかし、自分の演説で愚かしくもカスティグリアとして、カスティグリアの一部として彼らの痛みを感じてしまう。そして、それは日本人や平民としてならばそれは美徳であり、人として正しい感じ方であるという思考と、貴族であり指揮官である人間としては愚かな考えだという思考がせめぎ合うきっかけになってしまったようだ。

 

 そのせめぎ合いの中で、俺は今彼らを、この戦闘に関わった全ての人間をチップとして数え、対戦相手であるマザリーニから対価をもぎ取らなければならない。これから戦争を続けていくということはこの『人の命をチップにしたゲーム』を続けていくのと同じことだ。楽になりたいのであれば簡単にチップとして数えていくしかない。死んだ人間には悪いが、これも彼らのためと納得するしかないようだ。

 

 そこで、隣にいるモットおじさんにチップになりそうな拿捕した艦や捕虜の大体のお値段を聞いてみた。その上で単純に合計すると軽くトリステインの王国の税収2~3年分らしい。むしろそれを支払うためのエキュー金貨が存在するのかすら怪しい。しかし、大抵の場合は領地や爵位などで差っぴかれていき、そこまでの大金を払うことはないそうだが、今回の場合はさらに少し特殊な事になっている。

 

 そう、マザリーニ殿はアンリエッタ姫のために委譲して欲しいと言っていた。つまり、今この場で権利を渡せと言う事であり、その評価や支払いと言う物は後々トリスタニアの裁量でざっくり決まるということだろう。

 

 しかし、契約内容がどうなっているのかは知らないが、個人的にはカスティグリアから戦死者や重傷者に見舞金など出した方が良いのではないだろうか。それに、この戦闘に参加した人員全てに臨時の追加給金(ボーナス)を支払う必要があるのではないだろうか。これらは本番であるアルビオンでの戦闘に対して兵士達の意欲も変わってくるはずだ。

 

 それに、活躍した人間に対する褒章をトリスタニアから引き出す必要がある。以前オスマンはフーケ討伐の際、そこにいた学生全てにシュヴァリエの推薦を行っていた。タバサ嬢は元々持っていたはずなので違う勲章だろう。そのような細やかな対応もしなければならない。

 

 さらに、カスティグリアに属している人間は総じて現在トリステイン王国の国民でもあるわけだから、勲章によって年金がつく。つまりその年金もある程度釣り合っていないと承認が降りるかわからない。フーケのときは確か彼女に賞金が懸かっていたはずだ。賞金の話が出なかったということは、その分で年金を払うということだったのではないだろうか。

 

 取り合えず、ざっくり計算すると、見舞金を500エキューを40年分として2万エキュー、戦死者、重傷者が922名、となると、18,440,000エキュー。端数切り上げで二千万エキューか。更に竜部隊全員のシュヴァリエをもぎ取ったとして、年三万五千エキューくらい。しかも、艦長職の人間や白兵戦に参加した人間にも勲章が出るかもしれない。この辺りの評価はさすがに後にならないとわからないだろう。

 

 しかし、見舞金から考えるとはした金に見える。取り合えず二千万エキューほど自由になりそうな金があれば問題なさそうだ。この辺り、事前交渉でどの辺りまで引っ張れるかモットおじさんに頼んでから考えてもいいかもしれない。それ次第では以前のように杞憂で終わる可能性がある。この辺りは方針を示して最終的にはモットおじさんに頼ることになるだろう。

 

 ふむ。しかし、本当にこの場で即決する必要があるのだろうか。確かにアンリエッタ姫を聖女であり女王にするためには諸侯軍が得た戦果を掲げてトリスタニアに戻る必要性があるかもしれない。しかし、王女が勅命を下したところを多数の貴族が目撃しているはずだ。つまり、女王が諸侯軍の力をもってこの戦いに勝利したという図式にすれば問題ないのではなかろうか。

 

 しかし、アンリエッタ姫は今この瞬間、トリステイン王国の女王になることに不満を持っていないだろうか。彼女はこの戦いが始まる前までゲルマニアに嫁ぐことが決まっていた。マザリーニに敷かれたレールだが、マザリーニはアンリエッタ姫を女王に据えるというレールも概ね自分次第で敷く事が可能だと楽観視しており、まさしく彼が決めればアンリエッタ姫は女王になるのであろう。しかし、今彼女には分岐点が生まれ、自ら選ぶことも可能かもしれない、彼女は決めかねているはず……。

 

 個人的には彼女が女王になることに全く異存はない。以前手紙についての考察をしたときに感じた彼女の深慮、そして計画性、そしてそれを実行するだけの意思と決断力を持っている。さらに、彼女が女王になるのであれば原作からの大きな乖離を防ぐことが出来るのが大きい。むしろ、今ルイズ女王が生まれてしまうとカスティグリアとしては後々面倒になるだろう。

 

 しかし、あの手紙のいきさつから考えると彼女にはトリステイン王国を裏切る可能性がまだ残っている。その可能性が潰れない限り、即決や安売りする必要は皆無になる。彼女のトリステイン王国に対する誓約がいただけるのであれば問題ないのだが、不敬罪や反乱を疑う状況に陥る可能性がある。その辺りがかなり危険を伴うが、避けては通れまい。

 

 ふむ、こちらの代表はお飾りの諸侯軍最高指令官。そして、実務はモットおじさんか艦長殿であり、あちらの実務はマザリーニだ。しかし、実務担当のマザリーニがこちらのお飾りに交渉を持ちかけているという少々アンフェアな状態になっている。そう考えると、こちらがあちらのお飾りに少々話を振っても問題ないのではないだろうか。

 

 「マザリーニ殿。お待たせして申し訳ない。いくつか確認したいことと、要望があるのですが構いませんか?」

 

 マザリーニ殿はようやくこちらの準備が整ったとみて、その間に飲んでいた紅茶のカップを置いた。紅茶を飲んでいた間気を抜いていたわけではないだろうが、ただの硬い雰囲気からトリステイン王国を代表する宰相という威圧感を伴った雰囲気に変化した。

 

 「うむ。何なりと申してみよ。」

 

 もはや俺も一人ではない。以前の俺ならばビビッていたが、カスティグリア諸侯軍の最高指令官としてここは何としても押し通らねばならない。これから続く戦争の、露払いであるこのタルブ村を守る戦闘で98人が命を失い、824人が重傷を負い、約四千人が怪我をし、16,923名のカスティグリアの人間が命を賭して戦った。俺も命を賭けるべきだろう。―――さて、往こうか。

 

 「では、お言葉に甘えます。先ほどマザリーニ殿はアンリエッタ姫殿下を『聖女』として玉座に就けるとおっしゃいました。俺もそのお考えには大いに賛同いたします。しかし、アンリエッタ姫殿下は本日のこの戦いが終わるまでゲルマニアにお輿入れすると考えていらっしゃったはず。御自らがトリステイン王国の玉座に就く事に関してアンリエッタ姫殿下がどう思っていらっしゃるか、ぜひともお聞きしたい。」

 

 俺の言葉にマザリーニ殿は眉を寄せた。確かに不敬だろう。確かに際どい発言だろう。王家の人間を疑う発言だ。それに、マザリーニ殿ではなくお飾りでいるはずのアンリエッタ姫殿下に話を向けたのだ。彼にとっては意外であり、厳しいところであるはずだ。そして彼から目を離すことはできないが、場の空気が一気に硬くなり、隣に座るモット伯からは少し息を呑む音が聞こえ、モンモランシーの俺の手を握る手に少し力が入った。

 

 「姫様、お言葉を頂戴してもよろしいでしょうか。」

 

 数秒の葛藤のあと、マザリーニ宰相が折れ、アンリエッタ姫に発言を促した。余計な事を言わないよう、あらかじめ言い含めていたのだろう。そしてこれから登場するのはマザリーニの操り人形であるアンリエッタ姫ではなく、王国の王女アンリエッタ・ド・トリステイン殿下だ。マザリーニ殿からアンリエッタ姫殿下を視線を移すと、彼女は自分の指にはめられた大きな宝石の付いた指輪を両手包み込むように組んで祈るように少し頭を下げていた。そして決意を新たにしたように強い眼差しを俺に向けた。

 

 「クロア・ド・カスティグリア。私は弱い姫なのです。しかし、あの時は王宮の紛糾を見て、王国の民を守れない貴族たちを見て、勇敢に生きるという誓いを立てたこの風のルビーに助けられ、弱いながらも王家の者として王国を、王国に住まう民達を守ろうと思いました。

 しかし、それでも私は弱い姫なのです。王国のためとゲルマニアに嫁ぐ事を否と言えなかった姫なのです。それでも私に女王になれとおっしゃるのですか? お母様にこそ女王に相応しいのではないでしょうか。」

 

 間違いなく本心だろう。最後の方ではアンリエッタ姫殿下の水色の瞳が少し揺れた。しかし、この場で本心を告げる勇気には敬服せざるを得ない。枢機卿や宰相という職務とトリステイン王国に対する忠誠で支えられているマザリーニと、モンモランシーやカスティグリアの兵士16,923名に支えられ、貴族という鎧に身を包んだ俺に対し、彼女はたった一人、女王候補やトリステインの王女ではなく、ただ王家に生まれた姫として素の自分をさらけ出して本心を打ち明けた。

 

 「トリステイン王国の誇る聖女アンリエッタ姫。あなたは強く、そして美しい。この場にいる誰よりも勇気を持っていらっしゃるようだ。そして、王宮にいるどの貴族よりもきっと孤独で、純粋で、脆くも強いのでしょう。

 確かに玉座には考えられないほどの責任と心を削られる痛みが伴うのでしょう。眠れぬ夜を過ごし、食事が喉を通らない日々がやってくるかもしれません。そしてその玉座にあなたを据えるという俺やマザリーニ殿を恨む日が来るでしょう。聡明な姫殿下の恐れは充分によく分かります。それでも、姫殿下以外に今のトリステイン王国を守りきれるお方はいらっしゃいません。

 もしアンリエッタ姫殿下が始祖と水の精霊の名の元に、トリステイン王国を裏切らず、守り続けると誓っていただけるのでしたら、このクロア・シュヴァリエ・ド・カスティグリア、微力ながらアンリエッタ女王殿下に生涯変わらぬ忠誠を誓い、殿下のお力になりたく存じます。」

 

 アンリエッタ姫殿下には不敬だが命を賭けさせていただいた。この上申が退けられ彼女が断ると、不敬罪で俺が処刑される未来もある。それを避けるため、カスティグリアが反乱する未来もある。この場でケリをつけるべく灰になる可能性もある。しかし、トリステイン王国がこの先突き進むには女王が必要だ。

 

 原作通り、流されるまま女王になることもあるだろう。しかし、この戦いで死んで行った人間と、この戦いで普通の生活を失った者が大勢いる。決して彼らの犠牲を無駄にはできない。彼らのために、この戦いに参加した全ての人間のために、トリステインを守りたい全ての人間のために、強いトリステインが欲しい。トリステイン王国の頂点に自ら立つ強いアンリエッタ女王が欲しい。この戦いで望みうる最高の褒章が欲しい。

 

 無意識にモンモランシーの手を強く握り、彼女も強く握り返してくれた。そして、ブリッジにいる人間が席を立ち、跪く音が聞こえる。彼女とマザリーニ宰相を守る近衛も元々崩れていなかった姿勢を改めて正した。

 

 アンリエッタ姫は俺の言葉を聞き驚愕で目を見開いた。そして、俺の言葉を受け止めた彼女はマザリーニ宰相を見る。彼女に対しマザリーニ宰相が深く頷き、それを確認した彼女はこちらを向くと一度深く目を閉じた。そして、再び目を開けると彼女は覚悟を決めたような意志の篭った光をその水色の瞳に宿していた。

 

 「トリステイン王国王女アンリエッタ・ド・トリステインはトリステイン王国を裏切らず、守り続けることを始祖と水の精霊と、そしてこの風のルビーに誓います。」

 

 アンリエッタ姫は、アンリエッタ女王は風のルビーにまで誓ってくれた。彼女の勇気の源泉、彼女の想い人の形見である風のルビー。それにまで誓ってくれるというのであればもはや疑う必要はないだろう。モンモランシーの手を放し、席を立ち、アンリエッタ姫と目を合わせたまま五歩ほど下がると、跪いて顔を伏せる。すると、モンモランシー、モット伯、艦長殿も席を立ち、俺の後ろまで下がったあと跪く音がした。

 

 「クロア・シュヴァリエ・ド・カスティグリアはアンリエッタ女王陛下に変わらぬ忠誠と微力を尽くすことを始祖と火の精霊と水の精霊に誓います。」

 

 俺が宣誓を終えると、「アンリエッタ女王陛下万歳!」という声が三度、ブリッジに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 俺としては強いアンリエッタ女王という最高の褒章をいただいたわけだが、よく考えると交渉自体は全く進んでいない。万歳の声が終わり、席に戻って交渉を再開する。

 

 「俺としては望みうる最高の褒章をいただきました。ありがたき幸せにございます。」

 

 そうアンリエッタ女王陛下とマザリーニ宰相に笑顔を向けたあと、モットおじさんに戦果の委譲に対してどの程度の報酬が望めるのか、配分に関して艦長に任せることができるか、遺族や重傷者への見舞金を出せるか聞いてみた。

 

 モットおじさんはこのような事になるとは思っていなかったと笑顔で言ったあと、艦長殿と相談し、大体の条件を提示してくれた。それによると、カスティグリア家は侯爵に昇格、タルブをカスティグリア家に下賜され、竜騎士や活躍した士官などに勲章、大体それらを差っ引いたお金、そして後々カスティグリア家から宰相か元帥に就く人間が選ばれるだろうとのことだった。

 

 配分に関してはそのお金の中から規定の金額を生き残った人間に支払われるのだが、今回は戦果が大きく、初陣でもあるため色をつけて配分されるらしい。そして、基本的に戦死者の遺族や重傷者に支払われる見舞金というのはそれらと同じ配分で、親しかった人間から自分の配分の一部が見舞金として贈られるのだが、今回は俺の意向でかなり多めに足してくれるらしい。

 

 いや、多めと言ってもさすがに一人二万エキューは今後や他の軍の事を考えると厳しいらしく、最初は最大でも五百エキューと言われた。しかし、五百エキューでは確か四人家族で一年分だったはずだ。しかもシエスタの最初の支度金が一千エキューだったはずだし、成人男性の稼ぎを考えると亡くされたご家族には見舞いにもならないのではないだろうかと、一万エキューを提示したのだが、最終的にどうがんばっても一千エキューが限界だと言われた。

 

 俺自体がお金を持っているわけでもないし、ポケットマネーで支払うことはできない。カスティグリアの経営状況もわからないし、確かにモットおじさんの言う通り五百エキューにしておいた方がいいのかもしれない。しかし、今回だけは大目に見ていただくことにした。大体、このような交渉に俺を出したのが間違いではなかろうか。その間違いはクラウスや父上にかぶっていただくことにしよう。

 

 父上やクラウスも今度はカスティグリア侯爵や次期侯爵になるわけだし、その位なら問題ないだろう。しかも、タルブ村もいただけて空軍基地を戻すこともできるし、ゼロ戦の研究も捗りそうだ。そして、勲章もカスティグリア諸侯軍に大量にばら撒かれ、その辺りは艦長殿が推薦などをしてくれるらしい。竜部隊や重傷者へはちょっと多めにとお願いしておいた。

 

 ただ一つ気になる問題がある。カスティグリアから宰相か元帥になる人間が出るとのことだが、そうなると誰がなるのだろうか。カスティグリア領の事を考えると、父上かクラウス辺りだろう。俺は病弱だし未来のモンモランシだ。後々のカスティグリアにはいないと思うし、どう考えても適任ではないだろう。

 

 ふむ。父上が宰相でクラウスが領地経営か? それが一番すんなりと理解でき、納得できる。父上はマザリーニ枢機卿や勅使であるモット伯と仲も良いようだし別段問題はなさそうだ。少々問題があるとすれば次期当主のクラウスがどのような立ち位置になるのか気になるところだが、かなり先のことだろう。

 

 こちらの提案の方針がまとまり、それらが書かれた羊皮紙をマザリーニ宰相殿に手渡すと、彼にあった硬い雰囲気が完全に消え、笑顔で快く承諾した。

 

 

 

 

 アンリエッタ女王やマザリーニ枢機卿との戦後交渉を終え、後を艦長殿とモット伯に任せて俺はモンモランシーにレビテーションを掛けてもらい、部屋に戻った。交渉の緊張感が抜けると、今まで溜め込まれていたように一気に体調が悪くなったからだ。

 

 うむ。やってしまった。思いっきり目の前でわかりやすく設置されたばかりの罠を踏み抜いた気分だ。以前シュヴァリエ受勲の時にお断りした王家への忠誠を誓ってしまった。戦場の高揚感、そして一度気を抜いた直後に来た交渉という名の戦場。そこに現れたのは裸の姫様だった。

 

 それを見たとき、確かに感じた彼女の勇気と弱さと強さに、彼女をあの場で自分の意思で女王にすることが俺を含め、カスティグリア諸侯軍の最高の褒章に見えた。その考えや感覚に間違いはないと思う。こうして冷静に考えてもそのことに対しては問題ない。

 

 しかし、彼女に生涯忠誠を誓ったのは良くない。今こうして冷静に考えるとなぜあの場で誓ったのか本当に謎になるくらい良くない。もしかしたらあの場の空気に流されたのかもしれない。そして、その空気をあの場で生み出したアンリエッタ姫が少し怖くなった。恐ろしい……、恐ろしい女王が生まれてしまったようだ。

 

 この部屋に戻るまで、モンモランシーの柔らかい手に引かれ、彼女の表情を観察したが、彼女は笑みを浮かべていた。そして部屋に戻りベッドの天蓋の中でシエスタに着替えを手伝って貰うとき、シエスタも優しい笑みを浮かべていた。

 

 そして、流れ作業のようにベッドの中に収められると、モンモランシーが枕元にある椅子に座った。

 

 「モンモランシー、俺は君に謝らなければならないことがある。」

 

 そうおずおずと言うとモンモランシーの顔に疑問を浮かべた。そして「何かしら」と言って俺の額に手をおいた。

 

 「この戦いでトリステイン王国のために死んだ人間がいた。重傷を負った人間がいた。彼らに報いるために、俺はトリステイン王国に強いトリステイン女王が欲しくなった。」

 

 「ええ、人が死んだことはとても悲しいわ。でも彼らは名誉と王国のために戦ってくれた。そしてあなたはそれに報いることができた。とてもすばらしいことだと思うわ。」

 

 「いや、だが、俺は誓ってはいけないことを誓ってしまった。自分の浅はかさにはほとほと嫌気が差す。生涯変わらぬ忠誠は君にこそ贈るべきだったのではないか? 答えてくれ、俺の人生を捧げた人。俺はとてつもない間違いを犯してしまったのではないのだろうか。」

 

 確かに王に忠誠を誓っても貴族は誰もが始祖に愛を誓い伴侶を得ている。しかし、俺はモンモランシーに人生を捧げている。彼らとは違うのではないだろうか。あの場でモンモランシーを通して誓うこともできたが、それでは上申が退けられた場合、彼女を巻き込んでしまう。

 

 そう、俺は病弱なだけでなく、貴族の仮面をかぶらなければ貴族になれないほど弱く、過剰なほどの守りが欲しくなるほど臆病なのだろう。そしてあれだけカスティグリアが力を注いで、風竜隊が日々最強を目指して訓練して、艦隊が恐ろしく強固な防御性能を誇っても、いざ戦闘になってみると被害が出た。

 

 あれだけ完璧を目指して、最強を目指してもいざ戦うと被害が出る。戦争や戦闘に絶対はないのは分かっているが、それは何にでも当てはまるのではないだろうか。もしかして無意識のうちにモンモランシーを裏切ってしまったのではないかと気付いたとき、モンモランシーに完全に惚れていると思っていた俺の心というものに疑問が浮かんだ。

 

 確かに側室候補のシエスタに癒しを感じ、プリシラという半身に愛おしさを感じる時もある。しかし、俺にとっての生きる意味はモンモランシーだと言い切れた、―――疑問を持つまでは。

 

 「あなた。王国の貴族は皆、王に忠誠を誓うわ。それに、王の下にトリステイン貴族が存在するのよ。トリステイン貴族であるならば忠誠を捧げるべきなの。それは私があなたに人生を捧げられていても同じこと。大丈夫、あなたは間違いを犯していないわ。それにもし間違ったら私が正してあげるから安心して? 私の全てを捧げた人。」

 

 モンモランシーは優しい笑みを浮かべると、そっと俺の顔を両手で包んで唇に口付けを落とした。しかし、いつもならばそこで失うだろう意識は、彼女への絶対の愛に疑問を持ったことでなんとか繋ぎとめられたのだろう。そして、この疑問の浮かんだ心も、この柔らかい唇がきっと正してくれると信じ、彼女の頬に手を触れ、目を瞑ると、唇にいつもと違った濡れた感触がして、プツッと意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 




 漢数字とアラビア数字が入り混じっております。何度か試行錯誤して一番見やすそうな形態にしました。本当はどちらかに揃えた方が良いということを聞いたことはあるのですが、基本的に細かい数字はアラビア数字、ざっくりとした数に万や千を付ける場合は漢数字にしておきました。
 ええ、16,923名なんかだと一万六千九百二十三名や一六九二三名になるのですが、ちょっと見辛いかなと。大きくて細かい数字が頻発しましたので今回はご了承のほどを;;

 ええ、カスティグリアやアルビオンの人員数は個人的に設定した数字をいじって出しております。原作の中では上陸した兵士の数をカウントして約三千や約二千、公称五万、トリステインゲルマニア連合軍約六万と言った数字がありました。でも戦列艦や空母の数を細かくカウントして行くと、戦列艦の船員だけで最低三万とか……。その時点で考えるのを止めました^^

 ちなみに今回の最終バージョンまでの間には約三万字の犠牲があった事をここに明記させていただきたく存じます。あと、クロア君の不敬罪に関してはちょっと生暖かい目で見ていただけるとですね;;

 
 次回もおたのしみにー!



難産すぎて次回全く考えてない。どうしよう……(遠い目

追記:シエスタに家族の無事伝えてなかった! ええ、ちょこっとその辺り追加しました^^;
追記の追記:交渉後、ちょっと次に持ち越せないと思い加筆しました。次話ちょっと書いてからアップした方が良いかもしれませんね^^;
 今回はさすがにちょっと迷走っぷりがひどかったかもー;;

追記2015/19/14
 感想でご指摘をいただきました。ええ、マザリーニ枢機卿はクロアのシュヴァリエ受勲の時に会ってるので三度目、ついでに婚約式以来というのはおかしいですよね。
 ただ、ちょっと直すのがたいへんそうなので「勘違いしているクロアにマザリーニが大人の対応で合わせた」ということにしておこうかと存じます。最初の方から大幅に改編することがありましたら修正しようかと!(マテ
 ご指摘いただいた読者さま。真にありがとうございました!


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35 惚れ薬

 注:今回は糖分がほとんど控えられておりません。ご都合主義な内容がいつもよりかなり含まれております。ご注意ください。
 前話に穴があったので6日に後半ちょっと追加されています。未確認の方は確認の方よろしくおねがいします。ついでに前話が35話目になっていたのに気付いて先ほど34話目に修正しました;;

 それではどうぞー!



 タルブ村防衛戦から五日後、俺は学院のベッドの中で目覚めた。そう、あの後寝ている間に輸送されたようだ。そして、起きた後、戦闘後の処理に関して簡単にだが、クラウスから届けられた隠蔽魔法付きの報告書を読んだ。まず、タルブ村防衛戦の戦勝パレード、つまりアンリエッタ姫殿下の戦果をトリスタニアに住む者たちに見せ付ける行事は四日前にすでに終わったらしい。

 

 捕虜になったアルビオンの軍人の中でも貴族や士官は捕虜宣誓を行い、それなりに自由に暮らしているらしい。原作通り、その士官の中にはでもトリステイン空軍の顧問になったりアドバイザーになったりする者が現れるのだろう。水兵なども強制労働の代わりにトリステインとして戦う事になるかもしれない。

 

 あと、ルイズ嬢がついに虚無に目覚めたようだ。特に戦闘中というわけではなかったのだが、始祖の祈祷書と水のルビーはアンリエッタ姫の結婚式での詔を頼まれていたらしく彼女の手にあった。恐らく戦争の開始で危機感が募り必要に応じて読めるようになったのだろう。

 

 ちなみに、ルイズ嬢はなぜか目覚めた時に学院でエクスプロージョンをぶっ放し、コルベール先生の実験室にあった秘薬が消失したらしい。サイトが何かしてしまったのだろうか。まぁ、被害が少なくて良かったと思うしかあるまいて。むしろ、デルフリンガーやサイトも同じ場所にいただろうから特に問題は無かったのではないだろうか。

 

 情報の出処はアンリエッタ姫で、フクロウが俺に手紙を届けてくれたのだが、クラウスに転送しておいた。ルイズ嬢が彼女に面会を依頼し、虚無に目覚めたことを告白し、アンリエッタ姫に虚無を捧げたらしい。原作のルイズ嬢は疑問に思いつつもアンリエッタ姫に肯定されてようやく確信したのだが、今回はクラウスや父上がすでに知っており、なんらかの手を打ってプレッシャーをかけたのかもしれない。

 

 そしてすでに明日に控えた虚無の曜日にはアンリエッタ姫の戴冠式がトリスタニアで行われるのだが、戴冠式のお祝いとして、新しいトリステイン女王の力として俺の忠誠を示すため、カスティグリア諸侯軍の観艦式をトリステイン上空で行うそうだ。いや、俺の軍ではないのだが、カスティグリアとしては“カスティグリアが曖昧に恭順を示すにはいい機会”と、捉えたらしい。

 

 それに関して、クラウスに最高指令官として出席するか伝書フクロウに運ばれた手紙で聞かれたが、断りの手紙をささっと書いてそのフクロウで送り返しておいた。これから続く戦争に対して逃げるわけではない。伴う痛みも覚悟の上だ。決して最高指令官の座が怖くなったり、交渉などが面倒になったわけではない。

 

 ただ、それ以上に重要な、王国や観艦式なんぞより重大な問題が発生しただけだ。

 

 そして、その問題の解決方法を色々と考えた結果。ここはファンタジー方式の解決方法に頼ることにした。そう、その解決方法を選択するにあたって、今のこの時期が最良だと判断したにすぎない。幸い、モットおじさんからクラウスが以前もぎとった金もあった。それを小出しにし、少ない人脈をフルに生かし、それぞれが想像できないであろう細かさで材料を集めた。

 

 彼ら全員が一つの疑問を持ち、それを持ち寄らない限り露呈することはないだろう。

 

 そしてその集大成は今この手元にある。そう、トリスタニア王国ではご禁制である惚れ薬の作成に成功したのだ。惚れ薬自体の研究は以前モンモランシーの聖戦に備えるため、かなり詳しく研究していたし、その時に密かに作成した資料もこの部屋に存在する。そして、それを現実のものにすべく、以前アルヴィーズの食堂にいたギーシュやマルコの友人たちをギーシュに紹介してもらい、後で彼らをそれぞれ呼び出し、ギーシュも含め、金と引き換えに材料をそれぞれ俺が指示して別々に集めてもらった。

 

 材料自体は『水の精霊の涙』以外、特に問題になるものが含まれているわけではないので皆快く引き受けてくれた。水の精霊の涙に関してはギーシュと交渉して闇屋で入手してもらった。そして、惚れ薬を作れるであろう水メイジで心当たりがあるのはモンモランシー、モットおじさん、ルーシア姉さん、マリー先生くらいだったため、以前読み漁った本の中の項目にあった媒体をそれぞれに適当な理由をつけて依頼したり、望む対価を支払って作成してもらった。

 

 そして、最後は特に魔法が必要なわけではなく、ただ単純に分量と温度に気をつけて混ぜていくだけだったため、惚れ薬の密造に成功した。ただ、水の精霊の涙が一回分しか手に入らなかったのが難点だが、その分全てを注ぎ込んだため強力で長期間効果の見込める物が出来たはずなので特に問題はない。

 

 しかし、自分の権謀術数が恐ろしい。まさか本当に密造に成功するとは思っていなかった。当然、ひそやかに進行できるよう、クラウスが俺の代わりに最高指令官としてパレードの準備に忙しく、戦勝の後始末に追われているこの時期に遂行できたのが一番大きいだろう。

 

 後はモンモランシーを呼んで彼女の前で自然にこれを飲み下すのみ……。

 

 「シエスタ、すまないがモンモランシーを呼んできてもらえないだろうか。」

 

 そろそろ午前中の授業が終わるはずだ。シエスタにそう頼み、彼女が部屋を出て行くと俺は紅茶を飲み干したあと、そこに試験管に入れられた惚れ薬を注いだ。この絵の具のように思いっきりピンク色で透明感のない液体を飲み下すのは少々勇気が必要だ。開発した人間はもっと色を変えることはできなかったのだろうか。まぁ、入れてみた感じでは粘度はほとんどないように見えたし、香りもほとんどしない。色さえ気にしなければなんとかなりそうだ。

 

 あと、一応劇薬に指定されるだろうから機会が出来たら外に出たときに試験管は焼き溶かそう。試験管はキャップを付けて元々隠していた場所に戻した。

 

 しばらくすると、授業が終わったらしく、シエスタがモンモランシーを連れてきてくれた。作戦の誤爆を防ぐため、シエスタには新たに紅茶を淹れてくれるよう頼んだ。紅茶を淹れるにはまずお湯を沸かすところから始まる。その間に事を済ませてしまえば問題ないはずだ。少々リスクはあるが、他に違和感のない方法が思い浮かばなかった。

 

 普段の学院での生活では当然のことながら彼女は制服を着ている。白いブラウスに黒いプリーツスカートをはいている。基本的にこの制服スカートの丈は原作通りマイクロミニなのだが、婚約した辺り、つまりアノ俺の想いが綴られた羊皮紙を見られた辺りから膝丈になっている。彼女がスカートの丈を変えたとわかった時は恥ずかしかった。

 

 むしろ、今まで基準の制服のときはほとんどその辺りを視界に入れることができなかったが、今では目に優しいやら恥ずかしいやら嬉しいやらの仕様になっている。そして、その足を黒めのタイツが覆っている。こうして見ると、ただの制服を着ているだけだというのにモンモランシーの美しさとかわいらしさが如実に引き立っている。

 

 ううむ。まだ飲んでいないのにすでに惚れ薬が効いているのではないだろうか。

 

 そして、モンモランシーがすでに常備になっているベッドの枕元にある椅子に座ると少し心配そうな顔で尋ねた。

 

 「あなた、急にどうしたの?」

 

 「ああ、すまないね。どうにも困ったものなのだが、急に君の顔を見たくなってしまってね。モンモランシー、君の制服姿は何度見ても飽きる事がないみたいだ。その白いシャツは君の清楚さを、そして、そのプリーツスカートは君のかわいらしさを引きたてているし、さらにその黒いタイツが君の足を更に魅力的に見せてくれているようだ。この制服を学院の指定のものにしてくれた人間には感謝しなくてはならないかもしれないね?」

 

 本当に君の顔を見る必要があり、呼んだだけなのだが、彼女の制服姿について考えていたためかついポロッとそんな言葉が出てしまった。

 

 「そ、そう? ありがとう。まさか制服姿でも褒めて貰えるとは思わなかったわ。」

 「いや、褒めたわけじゃない。ちょっと思ったことがつい口から出てしまっただけだよ。」

 「ふふっ、いけない口ね。」

 

 照れて赤くなったモンモランシーがとても愛おしい。ふむ。この状態でさらにこの惚れ薬を飲んだらどのような反応を起こすのか少し興味が出てきた。これから変化する俺の状態はクロアin脳内惚れ薬and密造惚れ薬みたいな感じになるのだろうか。さて、モンモランシーが恥ずかしがっているうちに事を進めよう。

 

 モンモランシーと逆側に置いておいた惚れ薬入りのティーカップを左手で取ると、一気に、一滴残らず全てを飲み()した。

 ぐっ、コレはキツイ。なんというか人の飲める限界を遥かに超えているのではなかろうか。強いて言うのであればそう……、ハシバミ草100%の原液を限界ギリギリまで濃縮し、固形になる寸前のとろみにしたような味と食感だ。口内に入れた瞬間に変質でもしたのだろうか。

 

 そして、口内全体に一気に広がった味と食感に俺の体全体が拒否反応を示し、吐き気と咽るような感覚を全力で伝えてくる。薄めて飲むべきだったかもしれん。しかしもはやすでに引き返すことのできない場所にいる。ここは気合で全てを飲み込もう。

 

 何とか飲み込み、(むせ)そうになるのをなんとか押さえ込み、意識的に息をする。そして、口内に残った苦味を唾で何とか薄めて落ち着くと、心配そうに身を乗り出していたモンモランシーを見た。

 

 「あなた、大丈夫? 何かつらそうだったけど……」

 「ああ、大丈夫だよ、心配させてしまったね。ちょっと変なところに入ってしまったようだ。」

 「咳は我慢しないほうがいいわよ? ほら、背中さすってあげるわ。」

 

 モンモランシーがそう言って俺の体を少し起こすように促したので少し背もたれから体を起こした。気合で飲み下した以上、咽る感覚はすでに肺の置く深くに閉じ込められている。しかし、彼女の柔らかい手が背中をゆっくりさすってくれると、咳が出そうな感覚がやってきたので、彼女の心配に甘えて少し咳をして、咽るような感覚を体から追い出した。そして、「もう大丈夫みたいだ。ありがとう」と言ってベッドの背もたれに寄りかかった。

 

 「もう、ビックリしたわ。急にたくさん飲んではダメよ?」

 「ああ、心配をかけてしまって本当にすまないね。モンモランシー。」

 

 モンモランシーがそっと俺の頬に手を触れて注意し、謝るとそっと手を離した。彼女に心配をかけた罪悪感と彼女が心配してくれるという喜びがせめぎ合い、この優しい婚約者に黙って惚れ薬を飲んだ事を少し後悔した。

 

 しかし、肝心の惚れ薬の効果が全く見られない。もっと劇的に効果が出て彼女しか見られないような、彼女のことしか考えられないような、そして彼女が誰よりも愛おしく感じると考えていたのだが、別段いつもと変わらない。もしかしたら失敗してしまったのだろうか……。

 

 飲み干したカップに目をやり、そっといじりながら考えていると、

 

 「まだお湯が沸いていないので、少しぬるいかもしれませんが先ほどのものをいれましょうか?」

 

と、シエスタに尋ねられた。淹れ立ての熱いものより、個人的には少しぬるくなった紅茶の方が好きなので、それをいれてもらった。

 

 そして再び考察に入る。失敗した理由として考えられるのは材料の中に偽物が入っていた可能性だが、その辺りは途中で色々な人に確認して貰っている。手順も特に問題なかったはずだ。となると、もしかしたら媒体を作った人間を分けたのが敗因かもしれない。水の系統魔法の魔力のクセのようなものがあり、それが一定でないとダメとかそういうこともありえるのかもしれない。しかし、そうなると俺に密造は出来ないということになってしまう。

 

 「ところであなた、さっきは紅茶を飲んだのよね?」

 「いや、自己改善のために少々特殊な薬を作って飲んでみたのだが、全く効果がないようだ。」

 

 そういうとモンモランシーはいぶかしむような、少し怒ったような顔をした。やはりモンモランシーは怒った顔もかわいい。長く見ているにはリスクが伴うし、彼女を怒らせるような事を出来る限りしたくないので完全にレアシーンである。

 

 「薬なら私が作ってあげるわよ。あなたにもし何かあったらと思うと不安だわ。今度からは私に相談してからにしてちょうだいね?」

 「そうだね。俺の奇跡の宝石。黙っていてすまなかった。今度からは相談させてもらうよ。」

 

 そう言ってモンモランシーの手を取ったとき、部屋に闖入者が現れた。普段ほとんど接点のないサイトがドアを乱暴に開けて侵入し、ダッシュでこちらへやってきて

 

 「頼む! 匿ってくれ!」

 

と、言ってドアから見えない方の壁と天蓋の隙間に身を隠した。そしてほどなくして続いてルイズ嬢がこの部屋に現れた。

 

 「クロア。お邪魔するわね。ここにバカ犬、来てるわよね?」

 

 お、おう……、まさかのここで戦いが起こってしまうのだろうか。爆発魔法を見たことが無いため少々興味はあるが、命の危険を伴ってまで見たいとは思えない。

 

 「ルイズ、どうしたの? サイトなら……」

 「才人はいません」

 

 モンモランシーがサイトの場所を教えようとしたところで、サイトのこわばった声が天蓋の向こうから発せられた。ルイズ嬢はサイトが天蓋の向こう側にいると確信したような、獲物をついに追い詰めた肉食獣のような笑みを浮かべるとベッドに近寄り、俺の手元にあった紅茶を飲み下した。

 

 「ぷはー! 走ったら喉がかわいちゃった。それもこれもあんたのせいね。いいわ、こっちから迎えに行ってあげる。」

 

 そう言ってルイズ嬢は天蓋の向こうにいる獲物(サイト)から目を離すことなく、ベッドを回り込むといつも壁側で引かれたままの天蓋をざっと勢いよく開けた。そしてそこには壁の方を向き、頭を抱え、ガクガクと震えるサイトがいた。あんなに怯えるほど、一体なにが起こるのだろうか。

 

 「覚悟しなさい……、んあ?」

 

 ルイズ嬢が獲物にとどめを刺そうとしたところで、彼女はちょっと間抜けた声を発し表情を変化させたあと、ぼたぼたと涙を流し始めた。

 

 「ルイズ?」

 

 サイトがルイズ嬢の折檻が中々訪れないことを感じてそっとルイズ嬢に向き直ると急に泣き出したルイズ嬢に驚いたようだ。俺も何が起こっているのか全くもって理解不能だ。

 

 「ばかっ! ばかばか! どうしてよ!」

 

 そして、ルイズ嬢は涙を流しながらサイトの胸に取りすがり、ぽかぽかとサイトの胸を叩き始めた。

 ううむ。この反応。どこかで見たことがあるような、ないような……。考えつつモンモランシーを見ると彼女もいぶかしんでいるようだ。

 

 「ルイズ、お前、いったい……。」

 「どうしてわたしを見てくれないのよ! ひどいじゃない! うえ~~~~~ん!」

 

 そして、ルイズ嬢が戸惑うサイトの胸に顔をうずめて大泣きした。モンモランシーは何かに気付いたように、先ほどルイズ嬢が飲み干した紅茶の入っていたカップを手に取り、そっと香りを嗅いだ。

 

 「あ、あなた。さっき飲んだ薬ってもしかして……、その……、惚れ薬、なわけ、ないわよね?」

 

 「うむ。さすが俺の奇跡の宝石。そうとも、惚れ薬だとも。ご禁制とはいえ自分で作って自分で飲む分には構わないのではないかと思い作って飲んでみたのだよ。しかし、全て飲み乾したはずなのだが全く効果が無いようでね。どうやら失敗してしまったようだ。」

 

 モンモランシーは紅茶で薄められ、ほとんど残っていないであろう極僅かな香りだけで気付いたようだ。さすが『香水』のモンモランシー。才色兼備とは彼女のためにある言葉なのだろう。そして、もはや失敗し、俺自身に効果が無い上にモンモランシーに隠し事をあまりしたくなかったので正直に告げると、モンモランシーは口に出しつつも違うと思っていたようで目をまん丸にしてとても驚いた。

 

 ああ、なんてかわいいんだ。まさに奇跡の宝石。

 

 「惚れ薬ぃいい!? ど、どどどういうことなんですかね? クロア様?」

 

 「クロアがいいの? ねぇサイト、私なんかよりクロアの方がいいの? クロアは男の子なのにクロアの方がいいの?」

 

 「ル、ルイズ、そんなわけないだろう? 事情を聞くだけ! それだけだから!」

 

 サイトが驚きを隠せない声を上げた後、俺にどういうことか説明を求めたのだが、それに答える前にサイトに取りすがっているルイズがサイトの興味について問いただしたので、俺は答えるタイミングを失い、サイトもまずはご主人様の説得に移ったようだ。

 

 しかし、サイトは女性が好きなはずだが、まさか男色の気もあるのか? 本人は否定しているが、飼い主が言うのだから疑われる事例があるのかもしれない。

 もしかしたら、サイトがそのような趣向を持っており、後々彼の毒牙にかかってしまうというという未来が存在してしまうのかもしれない。もし、そんなことになっては生きていける気がしない上に名誉が傷つく。無いとは思うが一応ここは丁重に断っておこう。

 

 「ふむ。使い魔君。すまないが、俺にはこの世に二人と存在しない奇跡の宝石という婚約者のモンモランシーと、太陽と大地の癒しをもたらしてくれる側室候補のシエスタ、そして望み得ないほど愛らしい使い魔でありつがいでもあるプリシラがいる。さらに、残念なことに俺は男性に対して恋愛感情を抱くことは出来ないようだ。諦めてくれたまえよ。」

 

 「だあああああ! 俺だって男に興味ないわ! それで惚れ薬ってどういうことなんだよ?」

 

 ついにサイトが貴族に対して取り繕えなくなったようなので、落ち着かせるためにも説明することにした。恐らくルイズ嬢に関係ないことだとは思うのだが、それで落ち着くのであれば説明することも吝かではない。

 

 「少々問題が発生したので自己改善のために考えうる限り強力な惚れ薬を調合して一滴残らず自分で飲み干したのだが、どうも調合に失敗したようでね。全く効かなかったのだよ。参考にした文献から考えられる症状としては、飲んだあと初めて見た人物以外の事を考えることが出来なくなり、その人物に対する愛情で自分を抑えることが難しいはずなのだがね。

 いやはや、大金と時間と労力を注ぎ込み、あの味に耐え切ったというのにひどい有様さ。ああ、別段ルイズ嬢が口にしたとは思えない。安心したまえ。」

 

 「あ、あなた。確か同じカップに紅茶を入れてもらってたわよね? もしかしたらかすかにカップに残った惚れ薬が溶け出してそれをルイズが飲んじゃったんじゃ……。」

 

 サイトを落ち着かせるために惚れ薬の内容と効果を説明し、ルイズ嬢には飲ませていないことを告げたのだが、モンモランシーは俺の隣で少し怯えながら彼女の考えを口にした。

 ふむ。確かにありうる。一滴残さず飲んだがあの粘度ならばカップに付着していたとしてもおかしくはない。そしてそこにシエスタが紅茶のおかわりを注ぎ、俺が手を付ける前にルイズ嬢が乾いた喉を潤すために飲み干していた。

 

 しかし、その推論には前提となる穴が存在する。俺が飲んだ量はおよそ50ml。試験管一本分丸々飲んだ。そして恐らくルイズ嬢が飲んだ量はカップに付着していた1mlほどの量ではないだろうか。つまり、彼女の状態が惚れ薬の効果だとするならば、およそ50倍の効果が俺に訪れていなければならないはずだ。しかし、いつもの状態とあまり変化がないような気がする。

 

 ふむ。体質的な問題だろうか。俺は純粋な火の系統であるからして、もしかしたら体の中で“水の精霊の涙”が拒否され、焼き溶かされたという状況がありうるのかもしれない。プリシラを呼んで、俺の体の中に水の精霊の涙、つまり、水の精霊の成分があるかどうか調べることが出来ないか聞いてみた。するとベッドの天蓋の張りにプリシラが停まった。

 

 『ほんの少しいるみたいね。ご主人様。たまになら見逃してあげるけどあまりオススメしないわ。』

 『ああ、すまないね。プリシラ。どうしても確かめたかったのだよ。ところでルイズ嬢にも入っているだろうか。』

   

 しばらく俺の方を見てから少し不機嫌そうな声で、そう言ったのでついでにルイズ嬢のことも聞いてみた。しかし、水の精霊を体に入れるのはプリシラにとってあまり良いことではないらしい。気をつけよう。

 

 『そうね、ご主人様に入っている量の1/100くらいかしら。探せば見つかる程度だわ。』

 『ふむ。すまなかったね。ありがとう、俺のつがい。』

 『構わないわ。私のつがい。』

 

 互いにつがいの確認をするとプリシラは再び部屋を出て行った。

 ふむ。やはり俺のつがいは愛らしい。他に彼女以外に望み得ないのは間違いないだろう。そして、いつかは消えるとは思うが、俺とルイズ嬢にはやはり水の精霊が入り込んでいるということも分かった。つまり、俺の体質で無効化されたという線は消えたことになる。やはり惚れ薬は失敗作であり、ルイズ嬢は少々情緒不安定になっているだけだろう。貴族の情けで見ないフリをしてあげるのが優しさというものではないだろうか。

 

 「モンモランシー、今プリシラに聞いてみたのだがね。どうやら惚れ薬の原料である水の精霊のようなものが俺やルイズ嬢の体内に存在しているらしい。ルイズ嬢の中に入っている量は俺の1/100ほどだそうだ。確かに、惚れ薬が溶け出して彼女が摂取してしまったということに間違いはないのだが、俺の状態を考えるとやはり惚れ薬は失敗作であり、ルイズ嬢は少々情緒不安定なだけだと思うのだよ。」

 

 プリシラに調べてもらった事と自分の見解をモンモランシーに伝えると、モンモランシーは俺の顔を覗き込んで、しばらく見つめたあと、そっと頬をなでると、なぜかシエスタを呼んだ。

 

 「シエスタ。少し確かめたいことがあるの。前に言っていたアレは今でもいいかしら?」

 

 「そ、そそそんな。今ですか? 皆さんがいる前でですか?」

 

 「ええ、時期をみてもあまり変わらないと思うわ。慣れておいた方がいいわよ。」

 

 「え、えっと、わかりました。クロア様。初めてのときはあのような状況でしたので、その、できればですね。その、ちゃんと記憶に残るようにですね。その、キスしてほしいのですが」

 

 あのような状況というのはモット伯がシエスタの引き抜きに来た時のことで、突然のことだったので記憶に残っていなかったのか。あの時は確かに緊急時、しかもヒーリングを掛けてくれる人間もおらず、がんばってキスした感がある。次はシエスタが俺のほっぺにしてくれた時だが唇じゃなかったので彼女としてはノーカウントなのだろう。

 

 シエスタのことも大切に思っているし、恋愛感情もある。うん。普段は極力意識しないようにしているが、その努力を放棄すると世界に二人といない奇跡の宝石の前だというのに、シエスタの抗いがたい魅力をあっという間に認識させられてしまう。今彼女にターンされたり、スカートの裾を引き揚げられたらかなり危険だろう。

 

 しかし、本当に婚約者の前でしちゃってもいいのだろうか。それだけが気になるが、むしろモンモランシーが今しろというような事を言っていた。一応モンモランシーの顔を見ると、浅く頷いた。

 

 「ああ、えっと、今回もこんな状況だけど、その、いいのかい?」

 

 「構いません。その、お願いします。」

 

 シエスタにこれからみんなの前でキスをするという事を考えるとすごく恥ずかしくなってきた。さらに一応シエスタに確認を取るとお願いされてしまった。シエスタの顔は先ほどから真っ赤に染まっており、その黒くて大きい目も潤んでいる。その上、照れてもじもじとキスをねだる姿はとても愛らしい。

 

 「おいで、シエスタ。大好きだよ。」

 

 ベッドの脇に来たシエスタの顔を優しく両手で引き寄せて、そっと目を瞑って唇にキスをすると、シエスタは最初少し硬くなっていたが、彼女は自分の唇が押し付け、そして味わうように柔らかく俺の唇を挟んだり、そっと横に動かした。俺も彼女の唇を味わいながらそっと片手をシエスタの背中に回すと、シエスタも俺の顔を包み込むように首に腕を回した。

 

 数十秒、数分、数十分、どのくらいキスをしていたのかはわからないが、彼女の甘い感触とメイド服を着たシエスタに包まれる幸福感は、シエスタがそっと少し離れたところで終わりを告げた。シエスタも同じくらいの幸福感を感じてくれたのだろうか。ほんの腕を曲げていても手が彼女の肩に届くほどの距離に少しだけ唇を開いて蕩けた顔をしたシエスタの顔がある。

 

 そんなシエスタをモンモランシーが優しく引き離し、彼女が座っていた枕元の椅子に座らせると、今度はモンモランシーが同じように何の前触れもなくキスをした。顔を包む柔らかい両手の感触とともに、視界に広がる赤くなりながらも目をキュッと瞑った彼女の顔が大写しになり、唇に彼女の甘い感触がした瞬間、視界が真っ暗になり意識が途絶えた。

 

 

 

 

 モンモランシーのヒーリングを詠唱する声で意識が戻ると、そっとモンモランシーがため息をついた。

 

 「あなた。間違いなく惚れ薬が効いてると思うわ。ルイズの反応だけでも一目瞭然だけど、あなたの反応でもはっきりしたわ。」

 

 モンモランシーが真面目な顔でそう断言すると、ルイズ嬢が途端に活動を再開した。突然目の前で繰り広げられた他人同士のキスに硬直していたようで、サイトにすがりつきつつ、色っぽく瞳を潤ませた。

 

 「ねぇサイト、わたしもキスしたい。ねぇ、サイト、わたしに、して?」

 

 「え?」

 

 ふむ。確かにこうして見ると、惚れ薬が効いているように見えなくもない。原作と違って貴族の教育を受けているサイトが、ルイズ嬢の環境に近くなり、原作よりも親密になっていただけだと思っていたのだが、ルイズ嬢が人前で平民であるサイトにキスをねだるというのは確かに腑に落ちない。

 

 サイトはご主人様であるルイズ嬢のキスの要求にたじろぎ、モンモランシーや俺の意見を伺いたいのかこちらをチラチラ見てくる。いや、俺やモンモランシーがゴーサインを出したとしても、してしまったら後々死ぬ可能性が出てくるのではないだろうか。

 

 「それからサイト、惚れ薬が効いている間の記憶は消えないわ。理解できると思うけど、場合によっては今後命の危険もあるから気をつけなさい。それから、シエスタ。浸っていたい気持ちはとてもよくわかるけど、ルーシアさんを呼んできてちょうだい。」

 

 モンモランシーがシエスタに頼むと、シエスタは惚けていたようで、ポーっとしていた瞳を即座に普段の状態に戻すと「はいっ!」といい返事をして部屋を出ていった。

 

 「ねぇサイト。わたしにキス、してくれないの? わたしのことが嫌いなの?」

 

 「え? い、いや、その。嫌いじゃないけどさ。その、あああああ、どうすりゃいいんだだ!?」

 

 「ふむ。行くところまで行って後で殺されるか、効果が切れるまで耐え切るかのどちらかではないだろうか。」

 

 ルイズ嬢のおねだりにサイトがしどろもどろになったあと混乱してしまったようなので、二つしかないであろう選択肢を提示した。実際その二つの選択肢しか考えられないが、恐らく彼なら後者を選ぶのではないだろうか。原作でもサイトは“これは本当のルイズじゃない”とか何とか言って耐え切った気がするし、何とかなるだろう。

 

 「大体効果が切れるまでってどのくらいかかるんだよ!?」

 

 「ふむ。その辺りは以前読んだ文献では確か、個人差の問題で一ヶ月から一年だったと思うが、なにせ今回俺が作ったものは自分で飲むために作った物だからな。効果をできるだけ高くし、そしてランニングコストも考え長い効果期間を見込めるよう独自に色々研究して開発したものなのだよ。つまるところ、効果期間に関してはなんとも言えん。実際先ほどまで失敗作だと思っていたくらいだからな。はっはっは。」

 

 俺が独自に開発した惚れ薬の効果はぶっちゃけよくわからない。いじりすぎて失敗したと思っていたくらいだ。効果期間に関してもイレギュラーが起こってすぐに切れる可能性すら残っている。いや、個人的には成功しているのであればかなりの長期間を見込めると思うのだが……。

 

 「なっ!? そんなに耐え切れるか! 今すぐ! なんとか! しやがれ!」

 

 サイトがルイズ嬢に取り付かれながらこちらに詰め寄ろうとしたのだが、モンモランシーがサイトの行動を阻んだ。

 

 「サイト。その、事故とはいえ、私の婚約者が申し訳ないことをしたわ。あなたは出来るだけ耐えてちょうだい。ルイズのことはルーシアさんも呼んだから何とかするし、解除薬の作成もするから時間をちょうだい。」

 

 モンモランシーが真面目な顔でサイトを説得すると、サイトも少し落ち着いたのか

 

 「あ、ああ。ええと、その、声荒げてすいません。」

 

と、ようやく少し余裕が生まれ、同年代の知り合いから貴族への対応に変えることができるようになったようだ。ふむ。ルイズ嬢によるサイトの教育は順調なようだ。取り乱した時はまぁ、しょうがないだろうし、勢いが必要な場面もあるだろう。つい約二ヶ月前までは全くこの世界の事を知らなかったんだ。むしろ上出来と言えるのではないだろうか。そう考えるとサイトの順応性はかなり高いように思える。

 

 「モンモランシーがいいの?」

 「そ、そういうわけじゃねえよ。待ってろ。すぐに元のお前に戻してやるから。」

 

 ルイズ嬢が心配そうにサイトに不安をぶつけたがサイトはルイズ嬢の両肩に手を置いてルイズ嬢に自分の決意を語った。

 

 「ふむ。もしかして惚れ薬で好かれるよりも本心で好かれたいというやつだろうか。」

 「おう、その通りだ。これはルイズの本当の気持ちじゃねぇ。だから俺は早くルイズを元通りにしたいんだよ。」

 

 ちょっと口に出したサイトの心境の考察をサイトはかっこよく肯定した。わからないでもない。しかし、実際にモンモランシーが惚れ薬を飲み、俺を最初に見たとして、そこから俺はどうするだろうか。ルイズ嬢と違ってモンモランシーは婚約者であるわけだし、気付くことなく受け入れ、幸福の中、天に召されてブリミルに会う気がする。

 

 「ううむ。しかし、本当に効いているのだろうか。俺が飲んだ感じだと、飲む前と別段気分的な変化は全く無かったのだよ。いや、まぁ飲む前からモンモランシーに完璧に惚れていたからかもしれんが、それにしてはシエスタやプリシラへの恋愛感情もそのまま残っている。」

 

 「それなんだけどね、あなた。さっきシエスタとはヒーリング無しであれだけ長い時間キス出来たでしょう? でも私との時は少し触れただけで気を失ったわ。普段は抑制できる思考や感情ではなくて、あなたの身体が自動的に反応するようになってしまったんじゃないかしら。」

 

 ふむ。そう考えると確かにそうかもしれない。いくらモンモランシーとのキスとは言え、接触した瞬間に意識を失うのはさすがにおかしい。数秒なら耐えられたはずだし、レジュリュビでしたときはもっと長かった気がする。

 

 それに、シエスタに対しては、たった数秒で意識しないよう耐えてギリギリ何とかなる程度だったり、不意打ちでほっぺにキスされただけで意識を失ったりと、全然慣れていない気がする。しかし、今回はかなり長かったのではないだろうか。今思い出してもとても恥ずかしく幸福感が気持ちを包むが特に体調がきつくなる事もない。

 

 そう考えると、これは今後の研究課題として残しておいたほうが良いのではないだろうか。その、えーっと、つまりだな。次世代を残す鍵にな……、ごふっっ

 

 「あ、あなた、大丈夫? しっかりして!」

 「あ、ああ、すまない。少々危険なことを考えてしまったようだ。」

 

 モンモランシーにヒーリングを掛けてもらいつつ彼女に謝罪する。この考えは危険だ。せめてこの効果が切れてからにするべきだろう。一応羊皮紙の思い出しメモに書いておいた。しかし、モンモランシーを一番に考えるために、強制的に揺らがないよう作ったはずの惚れ薬が、まさかモンモランシーとの接触を遠ざけるとは思いも寄らなかった。なんという悲劇だろうか。しかしこれは二人の未来に……ごふっ

 

 す、すまないモンモランシー、久々だったので油断したようだ……。

 

 そして、今度はヒーリングが間に合わなかったようで、視界が暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 再び目が覚めると今度はルーシア姉さんのヒーリングの声が聞こえた。目を開けてみて飛び込んできたのはセーラー服姿のルーシア姉さんだった。そしてルーシア姉さんは俺がしっかり起きたのを確認してから、その場で一回転し、少し前かがみになり指を立てて「お待たせ!」とのたまった。

 

 うむ。さすがルーシア姉さんである。まさか即実行してこの場に着てくるとは思わなかった。そう、ルーシア姉さんに協力を求めた際、彼女の提示した条件は『マルコの攻略材料』だった。そしてこの部屋に来るのに時間がかかったのはマルコをきっちりと悩殺していたからだそうだ。

 

 少し悩殺されたマルコが心配になってきた。いくら彼が健康体とはいえ、悩殺されて廃人になっていないだろうか。それに、この破壊力だとモンモランシーにされたら俺は死ぬかもしれん……。モンモランシーやシエスタがマネしないよう祈るしかない。

 

 俺が寝ている間にモンモランシー、ルーシア姉さん、サイトの三人で話し合った結果、現在ルイズ嬢は彼女の部屋に戻り、サイトとモンモランシーに寝かしつけられてお休み中らしい。非常事態なため、杖は没収してありその事は書置きしてきたらしい。ぶっちゃけ軟禁状態だそうだ。そして、取り合えず俺が密造した惚れ薬に関しての情報が必要とのことで俺を起こしたらしい。

 

 サイドテーブルにある鍵付きの引き出しから羊皮紙の資料をひと束取り出すとモンモランシーに渡した。この惚れ薬は実に様々な改造が加えられている。精霊由来の素材とそれを使う秘薬の作り方をほぼ全て調べ上げた上、その精霊由来の素材への補助材がどのような効果を発揮しているのかを連立方程式を解くように想定し、概ね考えられるだけの魔改造をした。

 

 元々カスティグリアの研究所で追加研究を行い、カスティグリアの資金を使って密造し、ギーシュに飲ませるためのものだったため、成功するかどうか不明だったし、個人的には最高の惚れ薬と断言できるが、実証がないため粗悪品の可能性もある。しかも畑違いな上に実物を見たことのない材料が多々あり、むしろなぜ一回で成功したのか謎なくらいだ。

 

 「かなり研究されていてある意味恐ろしいわね。」

 「ええ、そうですね……。あなた。ちょっとやりすぎなんじゃないかしら。」

 

 ルーシア姉さんとモンモランシーがそのように褒めてくれるのだが、顔は真剣で少々焦りのようなものも浮かんでいる。どうせなら笑顔で褒めてくれると嬉しいのだが、これはこれであまり見られないモンモランシーのレアシーンかもしれない。

 

 「はっはっは、そうかね。元々それは以前あった君への届かない愛が詰まったものだからね。完璧なものを追い求めるのにもそれほど苦痛はなかったとも。」

 

 「いや、褒めてねぇと思うぞ?」

 

 サイトに褒めてないと言われ、改めて二人を観察してみると、確かに褒めてないとも取れなくもない。い、いやしかし、どう考えても褒め言葉だったはずだ。うむ。

 

 「それで、解除薬の作り方や材料が全く載ってないのだけど……」

 「うむ。必要ないと思い全く研究していないとも!」

 「おい! ちょっと待て! ってことはルイズはずっとこのままか!?」

 

 全く研究した事がないと堂々と告げると、サイトが取り乱し、モンモランシーからの圧力が増した。う、うむ。解除薬を作ることを考えずに薬の研究をするのは水の系統としてタブーなのかもしれない。一応考えてあった見解を伝えておこう。

 

 「ま、まぁ普通の解除薬で構わないのではないだろうか。主に強化したのは効果と期間の長期化だが、基本的に解除薬で足りる範囲に入っているはずだ。普通の解除薬は途中に記載があったはずなのだが……」

 「ああ、これね。わかったわ。」

 「お、驚かせるなよ。」

 

 ふむ。しかし、解除薬を作るにはさらにハードルが存在する。その話題になった時に話そうと思っていたのだが、この調子なら今のうちに打ち明けておいたほうが良さそうだ。

 

 「しかし、一つ問題が存在するのだよ。」

 

 そう前置きをすると、三人が真剣な顔でこちらを向いた。うむ。少し怖い。

 

 「惚れ薬を作るにも解除薬を作るにも『水の精霊の涙』という素材が必要なのだが、それの研究はカスティグリアに回すつもりで何も研究していない上に、今回入手を頼んだ人間が言っていたのだが、彼が入手してくれたのはトリスタニアにあった最後のものだったらしくてね。次の入荷は精霊殿との連絡が取れないため絶望的なようなのだよ。」

 

 「つ、つまり、クロア様? ルイズはずっとこのままっつーことでございましょうかね?」

 

 「いやいや、落ち着きたまえよ、使い魔君。問題は入荷しないことではない。つまり、入荷しないのなら取りに行けばいいじゃない。と、言う事なのだがね? 少々遠出になる上に危険が伴う可能性がある。休暇届を出し、準備をし、戦力を整えて、と考えると少々カスティグリアの予定とすり合わせる必要があるのでは? ということさ。まぁカスティグリアはトリスタニアで大切なイベントがあるようだし、時間がかかるかもしれないね?」

 

 そう告げると、解除薬の調合方法を確認したモンモランシーとルーシア姉さんが動いた。

 

 「大丈夫よ、サイト。ルーシアさん、明日の朝で構いませんわよね?」

 

 「ええ、モンモランシー、こちらは竜の手配をするから、あなたはモンモランシに連絡しておいてちょうだい。シエスタは旅行の準備をお願いね。とりあえず3日分でいいわ。」

 

 「かしこまりました、ルーシア様。」

 

 あっという間に方針が決まり、その場は解散し、俺は明日に備えて強制的に睡眠をとることになった。こういうときのカスティグリアの人間はなんというか、息が合いすぎではなかろうか。

 そんなことを考えつつ、俺は夢の世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。ええ、パレードの模様をお伝えするつもりがなぜかこうなりました。しかも、この話を半分くらい書いた後「やっばー。惚れ薬のイベントって時系列もっと前じゃなかったっけ?」なんて思って原作読み返しました。ええ、すっぽりと忘れてましたが惚れ薬イベントは意外と重要な要素が含まれているため、避けられませんでした。
 小説版では戦勝パレードのあと、さらにサイト君がセーラー服ゲットした後だったようです。
 ええ、ルイズ嬢やサイト君のセリフをついでに少し抽出したりも出来て棚ぼたでした^^ 


次回もおたのしみにー!




書いてる時に思いついた多分原作に関係ないいつものオマケ

ノー○ッド「さて問題です。今回の事件はいったい誰が悪いのでしょう?」

クロア 「俺の紅茶を勝手に飲んだルイズ嬢」
モンモン「私のためと言いつつ作ってしまったクロア」
サイト 「飲み残したクロア」
ルイズ 「わたしを怒らせたサイト」
ルーシア「マルコを悩殺できたからどうでもいい」
シエスタ「最初に惚れ薬を考えた人」


プリシラ『水の精霊ェ……(怒)』


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36 水の精霊

 なんというか、一つ気付いたことがあります。ええ、主人公が動くと筆が止まるのではないかと! き、気のせいですよね? 
注:水の精霊に関してDisってると感じるかもしれませんがご了承ください。
 それではどうぞー!


 現在、火竜隊第一中隊に運ばれてモンモランシへ向っている。このような状況でモンモランシの大地に立つことになるとは夢にも思わなかったが、今度の長期休暇あたりにゆっくりと来るための下見だと思えばそれほど悪くないかもしれない。俺を乗せているのは中隊長殿で、それぞれ一人ずつ乗せてもらっているのだが、ルイズ嬢だけはサイトと一緒に乗せてもらっている。

 

 そして、今回は水の精霊と交渉が必要になる可能性が高いため、モンモランシーは自分の使い魔であるロビンを連れてきている。火竜隊の鞍は風竜隊のものと違い、かなり大きめで余裕を持って作られているため特に問題にならなかったのは幸いだった。

 

 アグレッサーは風竜隊と共にパレードで展示飛行をするために出席する予定で都合が合わなかったため、今回は火竜隊の第一中隊が送ってくれることになった。火竜隊はパレードに出席する予定は無かったそうで、しかも、第一中隊は元々モンモランシで竜隊の訓練をしたりテスト艦に降りて新型の無誘導爆弾のテストや新装備のテストをすることが多いらしい。

 

 ほとんどの期間、モンモランシに作られた空軍基地にいる部隊なので今回の依頼にはうってつけだったそうだ。火竜は風竜よりも遅いが、火竜独特の鞍や装備を鑑賞しつつ、隊長殿の話を聞きながらのんびりと空の旅を堪能している。

 

 カスティグリアやモンモランシの竜部隊の中隊のメインは九人のメイジと九匹の火竜で構成されている。部隊の編成については国や領地、そして部隊の種類や都合によって数が変わる。歩兵、つまり銃や短槍などを使う平民がメインの部隊だと小隊で4~50人といったところだろう。そしてトリステインの竜騎士部隊は中隊での竜騎士の数が10名となっているが、カスティグリアの竜部隊は三人で一小隊、九人三小隊で一中隊となっている。

 

 竜に関しての規模については最小単位はアグレッサーが空戦技術を研究している時に、戦闘効率を考えて二騎という意見もあったのだが、カスティグリアの竜の最大数と、他の部隊の錬度を加味して損害を抑えて確実に勝つために三騎としたらしい。あとは基本的に三小隊分で一中隊、三中隊分で一大隊といった感じなのだが、その辺りは編成時の要因でざっくりと決めているそうだ。小隊よりも小さい単位で分隊や班といったものがあったと思うが最大数やかかる予算などから考えると別段小隊でも問題なさそうだ。いや、この世界に班があるのかは知らないので最小単位が小隊なのかもしれない。

 

 カスティグリアではまず三人の竜騎士が雇われたのだが、全員乗騎が偶然風竜だったため、風竜がメインになったらしい。しかし、竜騎士になる事を希望するメイジは増えても風竜だけでは調達が難しくなり、竜の数が足りずに使いまわすようになった。そして、そんなメイジ達の希望で途中から火竜が追加されたそうだ。火竜隊には火竜を使い魔として召喚した曰くエリートのような人間はいないそうだが、皆火竜にベタ惚れらしい。中隊長殿は何でも初めて火竜に出会ったとき、初恋のような、身体がしびれるような感覚を覚えたそうだ。

 

 火竜隊は空戦もできるがほとんどが対地攻撃や対艦攻撃をメインにしており、火竜用に開発される装備もほとんどそのために作られるそうだ。軽量化よりも強度、機動性よりも防御性能、最高速度よりも乗りやすさというまさに攻撃機のような思想が浸透しているようで、砲弾や魔法の雨の中でも当りながら笑って突っ込めるような人間じゃないとカスティグリアの火竜隊には向いていないらしい。

 

 確かアグレッサーは風竜だけの部隊だったはずだ。それを聞いて、対地攻撃や対艦攻撃専門の火竜で編成された教導部隊を作った方が良いのではないだろうかと中隊長殿に聞いてみたのだが必要ないそうだ。アグレッサーが全て網羅しているらしい。むしろ、今のところ竜に関してはどの分野でもアグレッサーの足元にも及ばないので全ての部隊はまずアグレッサー部隊に追いつくことが目標になるそうだ。

 

 風竜隊と火竜隊の住み分けはかなり特色が出ているが、元々互いにどちらも普通の竜騎士以上にこなせるのでよいライバルとして認め合っているそうだ。むしろ、一つ特別オカシイ部隊が存在してるので、どんなに自慢し合ったり、いがみ合っても、最終的にその話題になり意気投合してしまうらしい。

 

 火竜隊は基本的に怪我を恐れずに砲弾や魔法の雨の中を飛ぶため、かなり竜やメイジの装甲が厚めに作られている。そして、メイジも粗野な者や怖い者知らず、命知らずのような者たちが集められたらしいのだが、誰もがアグレッサーによる強化訓練を恐れているそうだ。

 

 アグレッサーが編み出した訓練方法は多岐にわたり、最近はアグレッサーが監修する事は少なくなったのだが、必ずと言っていいほど誰もが恐れる訓練が数ヶ月に一回あるそうだ。それがアグレッサーによる強化訓練なのだが、最初は簡単な飛行訓練で少々細かい程度だと思わせておいて、被撃墜時の緊急訓練という名のトラウマ生産訓練などがあるらしい。

 

 高度三千メイルほどで二名を杖なしで鎧を着たまま放り出し、地面に落ちるまでに小隊の残りの一人が竜に乗り、空中で落ちていく二人を救うという訓練なのだそうだ。放り出されてから約三百メイルほど落ちたところで竜が救助に向い、間に合わずに高度千メイルを割ると死亡判定を出してアグレッサーが回収してくれるそうだ。

 

 前世ではスカイダイビングなどそれを楽しむスポーツがあり、上空での体勢次第では落下速度を変えることはできるがその辺りの資料を作った記憶はない。独自で編み出したのだろうか……。その辺り、アグレッサーに聞く機会があったらどの程度の知識があるのか聞いてみたい気もする。

 

 しかし、大抵のメイジは空を飛ぶことに慣れていると思ったのだが、杖無しでのフリーフォールは誰もが怖がり、初めてだと泣き叫ぶ者もいるそうだ。どんなに度胸があっても失敗すれば自殺とあまり変わらないため、しょうがないと思う。ま、まぁ、なんとも言えないがきっと必要な訓練なのだろう。うん。

 

 ちなみに、中隊長殿はもうすでに慣れたそうだ。しかし、慣れてはいてもあまりに間隔が開くとその訓練を乗り越えられるか不安になるらしい。そしてそのような感じの生命の危険が伴うトラウマ生産訓練を数多くこなしていたら、タルブ防衛戦という初めての本番での戦闘で敵の艦隊やメイジの群れに突っ込むのはむしろぬるく感じたらしい。

 

 「強化訓練に比べたら遊びみたいなもんでしたぜ」と豪快に笑っていた。

 

 そして火竜隊では独特の遊びというか、訓練があるらしい。高度千メイルから垂直パワーダイブ。つまり、羽ばたいたり翼を格納して魔法で推進力を稼ぎ大地に向けて一直線に下降し、互いに妨害しながらどちらが先に大地に接触できるかを競うという訳の分からないものが流行っているそうだ。チキンレース通り越して事故レースに近いのではないだろうか。しかし、不思議と怪我人や怪我竜は必ず出るが死人は出ていないらしい。しかも、後遺症を残すような怪我はなく、大抵数日で完治するそうだ。

 

 ぶっちゃけアグレッサーより頭が逝かれているのではなかろうか。と思いながら聞いていたら、その火竜隊が編み出した訓練でもアグレッサーには勝てなかったそうだ。ま、まぁアグレッサーの風竜は速いからね。きっとそんな理由だろう。そうに違いない。

 

 そして、その訓練だけでもアグレッサーに勝ちたいと火竜隊では日夜研究が盛んに行われているそうだ。最近ではテストに上がってきた竜の速度を上げるためのロケットを持ち、降下速度を上げる訓練が行われており、打倒アグレッサーに燃えているらしい。

 

 しかし、その辺りの兵器のテスト項目はアグレッサーにも割り振られているのではないだろうか。むしろすでに使いこなしており、さらに危険なモノで遊んでいてもおかしくないように思えてきた。だが、折角燃えているところに水を差すのも悪いので、「ぜひがんばってくれたまえよ」とか言っておいた。

 

 

 

 

 

 モンモランシ領にあるラグドリアン湖と思わしき場所の上空に到達すると、降下が始まった。プリシラを呼び寄せて視界を共有してラグドリアン湖を見ると、思ったよりも広大だった。そして、プリシラの視界ならば水の底までも見通せるようで、水の精霊が沈めた村や底に広がる水の精霊と思わしき魔力が色彩を補正されたようにくっきりと映っている。

 

 少し揺れながら湖から50mほど離れた場所に降りると、火竜隊はここに駐留するための簡易施設を設営してくれるとのことでこちらは目的を果たすべく湖へ向った。モンモランシーにレビテーションを掛けてもらい、シエスタの肩を借りてゆっくりと向う。

 

 湖畔までの短い時間にモンモランシーが水の精霊に関して説明をしてくれた。水の精霊は個にして全、全にして個、繋がっていても離れていても意思は一つでブリミルの誕生する六千年前よりも古くから存在し、水の精霊を怒らせて水の精霊に触れられると操られるらしい。

 

 アンドバリの指輪も死者を操るマジックアイテムであり、アンドバリの指輪から生まれた雫がトリステインの兵士数万人を操ったというエピソードが原作にあったはずだ。そして、惚れ薬も同じく人の感情を操る。つまるところ水の精霊というものは生物を操るのがその根本なのだろうか。

 

 しかし、それならばなぜアンドバリの指輪はやすやすと奪われたのだろう。湖にも生物は生息しているはずだし、いなければスカウトしてくれば良いのではないだろうか。もし完璧を期してアンドバリの指輪を湖底で守り続けるのであれば、その周りを水がギリギリ通れるくらいの穴だけ開けて岩などで封印し、その周りに地球の生物で考えるならデンキウナギや、ワニ、カバそしてそれらの食料になるであろう魚や水草を大量に繁殖させて養えばかなり難易度が上がるのではなかろうか。

 

 カバであればルーシア姉さんのジャックに頼んでお仲間を連れてきてもらえば良さそうな気もする。いや、まぁ自然環境を考えなければだが……。

 

 ついでに、原作では色々あってこの土地や水の精霊との交渉役はモンモランシではなく他の貴族が務めているのだが、再来年あたりから領地はモンモランシに戻されるそうだ。色々というのは本当に色々なのだろう。大きな引き金はモンモランシ伯爵が水の精霊を怒らせて干拓事業に失敗したことだが、それだけで何代にも渡って水の精霊との交渉役を務めてきたモンモランシが排斥されるというのは……、まぁありえなくはないかもしれない。

 

 ただ、俺がモンモランシーと婚約したことで、領地の変更と共に水の精霊との交渉役を交代することになったそうだ。しかし、以前のモンモランシ伯爵ではなく、モンモランシーに代わることが決まっているらしい。学院の卒業に合わせて領地と水の精霊との交渉役がモンモランシーに移るということらしい。まぁその辺りは元々王宮でも色々あっただろうし、モンモランシ伯爵は一度水の精霊を怒らせて交渉役を外されていることを考えれば自然な流れだと思う。

 

 そんなことを考えつつモンモランシーの説明を聞いているとふと、モンモランシーが周りの景色と見比べたあと、疑問を浮かべた。

 

 「でも変ね。水位が上がっているわ。昔、ラグドリアン湖の岸辺はずっと向こうだったはずよ。」

 「プリシラの視界で見るには家が沈んでいるようだね。村が飲まれたのかな?」

 「そうみたいね。何があったのかしら。」

 

 モンモランシーが湖の波打ち際に近づくと指をかざし、目を瞑った。そして、何かわかったのかこちらへ戻った。

 

 「水の精霊はどうやら怒っているようね。」

 「ふむ。この水位の上昇と関係がありそうだね。その辺りも水の精霊に聞いておいたほうがいいかもしれないね。」

 「そうね、そうするわ。」

 

 そんなことをモンモランシーと話し、モンモランシーが使い魔のロビンに自分の血を一滴飲ませ、水の精霊を呼び出すことになった。

 

 「いいこと? ロビン。覚えていればの話だけど、これで相手は私のことがわかるわ。偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げてちょうだい。わかった? いい子ね、よろしくお願いね。」

 

 モンモランシーがロビンにそう告げると、ロビンは一声鳴いて飛び立ち、30mほどのところで着水し、潜っていった。

 

 「これでロビンが水の精霊を連れてきてくれるわ。それまで待ちましょう。」

 

 モンモランシーがそう言うと、サイトがなぜか首をかしげ、独り言のように話し始めた。

 

 「やってきたら悲しい話でもすればいいのかな? 主人想いの犬の話でもしようかな。かなり古いけど、かけそばのやつがいいかな……」

 「悲しい話? なんでそんなのするのよ。」

 「だって涙が必要なんだろ? 泣いてくれないと困るんじゃ?」

 

 サイトの少し天然の入った発言に、モンモランシーが説明を始めた。水の精霊の涙というのは通称で、実際は水の精霊の一部だ。つまり、交渉や力ずくでその一部をいただくわけだ。しかし、そもそも水の精霊は水で出来ているという説明があったはずなのだが、サイトは水から涙が出ると思ったのだろうか。

 

 少々サイトの思考回路に疑問を持たざるを得ない……、はっ!? もしや以前の決闘時の後遺症で少しアホになってしまったのかもしれない。う、うむ。今後は罪滅ぼしに極力彼をフォローすることにしよう。

 

 「しかし、モンモランシー。少々疑問があるのだが、個にして全というのであれば俺やルイズ嬢に入っているであろう水の精霊の一部はもはや水の精霊ではないということなのかな?」

 

 「あなた。そうね、水の精霊を強力な炎で炙って蒸気にしてしまえば再び液体として繋がることができなくなってしまうわ。確か薬を作るときに何度か炙る工程があったと思うんだけど、それで変質しているんじゃないかしら。」

 

 「なるほど。その工程の温度管理が細かかったのはそのせいか。しかし、プリシラの目で水の精霊はあの時俺やルイズ嬢の体内に存在していたことを考えると、変質しつつも水の精霊としての存在は保っていることになる。そうなると、媒体や炎、つまりパンやムチを使って水の精霊を使役していると考えてよいのかもしれないな。」

 

 「そうかもしれないわね。研究してみると面白そうね。あなたがモンモランシに定住したらゆっくり考えてみましょうか。」

 

 そんな事を話していると、ロビンが戻ってきた。水面に勢いよく浮上し、泳いでこちらへ来ると、ペンギンのようにぴょこんと岸辺に上がって一度ぶるぶるっと水をはらった。しかし一向に水の精霊は現れない。

 

 「おかしいわね。ロビン、水の精霊には会えた?」

 

 モンモランシーが訝しげにロビンに疑問をぶつけるとロビンは首を縦に振った。

 

 「うーん。もしかして私のこと忘れちゃってた?」

 

 彼女が困った表情を顔に浮かべてロビンに尋ねるとロビンは首を横に振った。

 ふむ。モンモランシーとの盟約があり、覚えていても話したくないような状況なのだろうか。同じ事を考えたのだろう。モンモランシーも少し考えつつ再び岸辺で指を水面にかざすと、ビックリしたような表情をして戻ってきた。

 

 「さっきまでは確かに水の精霊は怒っていたみたいなんだけど、今はすごく恐れのような感情がみえるわ。何があったのかしら。」

 

 モンモランシーがそう言うと、プリシラが俺に話しかけた。

 

 『もしかして私の事を怖がっているのかしら。ちょっと呼んでくるわ。ご主人様。』

 『ふむ。すまないけどお願いするよ。俺のつがい。』

 「プリシラが様子をみてきてくれるらしい。ちょっと任せてみよう。」

 

 プリシラの言葉をぼかして告げると、プリシラは『ふふっ、任せておいて、私のつがい』と、言って俺の肩から飛び立ち、30mほど離れた場所で垂直に水面へ突っ込んでいった。プリシラの主食は精霊だからな。相手が本能的に察していれば、プリシラを恐れているという可能性は少しある。プリシラが水中へ潜れるとは思わなかったが、ここは彼女に任せよう。まったく水しぶきが上がらず、音もなかったのが不思議でしょうがないが、きっと考えたら負けな現象だと思う。

 

 数十秒すると湖面を突き破るようにしてプリシラが戻った。

 

 『ご主人様。一応呼んだけどついでにちょっと採取してきたわ。』

 『おお、すまなないね。プリシラ』

 

 フタ付きの容器をモンモランシーから借りてフタを外すとプリシラが容器の淵に止まり、クチバシを開くとプリシラの大きさからは考えられないほどの水の精霊を吐き出した。

 

 「あ、あなた、これってもしかして……」

 「うむ。呼びに行くついでにプリシラが取ってきてくれたらしい。俺のつがいは俺には勿体無いほど愛らしくて能力が高いな。」

 「え、ええ、確かに愛らしくて能力もすごいわね。でも水の精霊が怒らないかしら。」

 

 モンモランシーと話しながらプリシラの様子を見つつ、吐き出し終わった頃フタを閉めて再びモンモランシーに渡した。しかし呼ぶまでもなく用事が終わってしまった。いや、まぁ水位を戻してもらわないといけないので呼ぶ必要もあるのかもしれないが、その辺りもプリシラに任せれば良かったかもしれない。

 

 『やっぱり水の精霊はおいしくないわね。ご主人様。口直しがしたいわ。』

 『おお、俺のためにすまなかったね。発火でいいだろうか。』

 『構わないわ。わたしのつがい。』

 「プリシラが口直ししたいそうなので少々魔法を使うよ。ウル・カーノ」

 

 湖面に杖を向け、発火の呪文を唱えると杖から40mほどの火炎放射器のような火が出る。そしてその周りをプリシラが嬉しそうにぐるぐるとバレルロールで包み込むように飛び始める。そして、『もう結構よ。おいしかったわ。ご主人様』と言ってプリシラが俺の肩に戻ったので発火の魔法を止めて杖を仕舞うと3mほど先の湖面がボコボコと揺れ始め、七色に輝き出した。

 

 水の精霊がようやく来たようで、連れてきたのはプリシラだが、交渉手順が一応あるらしいので交渉自体はモンモランシーに任せることにした。

 

 「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で旧き盟約の一員の家系よ。私の血に覚えはおありかしら。覚えていたら私たちにわかるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい。」

 

 水面が盛り上がり、こねこねと粘度細工を作るように動きだした。そして一瞬ピクッと止まると再び動き出し、水の精霊は水面から肩口から上だけを出したモンモランシーの胸像といった形を作り上げた。原作では確か全身だったと思うのだが、気を使ってくれたのだろうか。水の精霊は意外と優しいのかもしれない。

 

 そして、その水の精霊でできたモンモランシーは表情を確かめるように喜怒哀楽を何度か表現し、それを見たサイトやシエスタ、ルーシア姉さん、そしてモンモランシーまでもがクリスタルのようでキレイだと言っていた。確かにキレイなのだが、個人的にはなんというかイマイチ心の琴線に触れない気がする。そして、水の精霊がしばらく表情を試したあとようやくモンモランシーに答えた。

 

 「覚えている。単なる者よ。貴様の身体を流れる体液を我は覚えている。貴様に最後にあってから月が52回交差した。しかし、その、我は今色々と忙しい。できればお帰り願いたい。」

 

 アレ? 最初の方は原作通り水の精霊だったのだが、後半ちょっと何かオカシイ気がした。原作の水の精霊は傲慢で怒ると怖く、だが意外と律儀で気が長いといった特徴だったはずだ。人間を単なる者と呼び、それでいて意外と人間の事を知っていた。想像の枠を出ないが、単なる者というのは水の精霊の特徴である“全にして個、個にして全”に比べてということだろうし、人間のことは代々交渉役がおり、接点が多いからだろう。

 

 しかし、まさか丁寧語が出るとは思わなかった。プリシラが呼んでくる時に何かあったとしか思えないが、あまり追求するのはよそう。そしてプリシラが生物でない可能性が出てきたのもきっと気のせいだということにしておこう。

 

 ふむ。しかし、確かにすでに水の精霊の涙はプリシラが取ってきてくれたので帰ったところで問題はないのだが、個人的にはアンドバリの指輪の情報をこの場で共有したいと思っている。水位に関しての交渉をしてその辺りの情報を引き出す必要があるかもしれない。それにうまく行けば原作から乖離することになるだろうが、中々良い手も思い浮かんだ。ぜひご協力いただきたいところである。

 

 モンモランシーも後半の反応に戸惑っているようで、中々言葉が出ないようだし、恐らく水の精霊の涙もすでに採取済みで何を話していいのか迷っているのかもしれない。ここは彼女の婚約者としてフォローしつつ交渉を引き継ごう。

 

 「ふむ。水の精霊よ。お忙しいところ悪いが尋ねたい事がある。ああ、用件が完全に済んだら帰るとも。ラグドリアン湖の岸はもっと先だと聞いている。是非とも止めていただきたいのだが、なぜ水位を上げているのかね?」

 

 「お前達に話してよいものか我は悩む。いや、そちらの方のつがいであるのであれば是非話させていただく。」

 

 やはり水の精霊はプリシラを恐れているようだ。肩にとまっているプリシラを見ると、愛らしく首をかしげたり翼の羽づくろいをしていてとてもかわいらしい。水の精霊はおいしくないと言っていたし、きっと水の精霊がプリシラを恐れるのは相性の問題だろう。

 

 「数えるのも愚かしいほど月が交差する間、我が守りし秘宝をお前達の同胞が盗んだのだ。」

 

 それから語られた内容は俺の知識にあったものとほとんど同じだった。モンモランシーとサイトが疑問を挟みつつ、聞いたところによると、アンドバリの指輪は死者に偽りの生命を与え操る事ができ、その結晶を溶かし、少量生きている人間に含ませることができればその人間も操る事ができるというもので、約二年前の夜、クロムウェルという名の人物を含む数人が水の精霊が住む一番濃い場所からアンドバリの指輪を盗み出した。

 

 クロムウェルに関してなぜか誰も知らなかったので、俺が補足することしよう。原作では誰かが補足したはずなのだが、他にメンバーがいただろうか。イマイチ記憶に無い。

 

 「恐らく神聖アルビオン共和国の新しい皇帝だね。そうなると、彼の虚無はアンドバリの指輪の効果かもしれないね。」

 「そうね。それなら今までのことも色々と説明が付きそうね。」

 「そういえばウェールズ様が信用厚い忠臣すら裏切ったって言ってたな。それで、お前は人間に復讐するために村を飲み込んじまったのか?」

 

 サイトが神妙な顔をして水の精霊に尋ねた。

 

 「復讐? 我はそのような目的は持たない。ただ、秘宝を取り返したいと願うだけ。我にとって全は個。個は全。時もまた然り。今も未来も過去も我に違いはない。いずれも我が存在する時間ゆえ。水が全てを覆い尽くすその暁には、我が体が秘宝のありかを知るだろう。」

 

 「気の長いヤツだな。でもさっき忙しいとか言ってなかったか? って、そもそもアルビオンにあるんじゃ全てを覆い尽くしても届かないんじゃねぇか!?」

 

 サイトが驚愕と共に疑問を浮かべた。キレのあるナイスなツッコミだ。ついでに、ちょうど良いので交渉に入るとしよう。

 

 「うむ。全くもって無理だな。この大陸には水が存在するには難しい土地がある上に、覆い尽くす前にメイジを初めとした人間の抵抗に遭うだろう。しかも、アルビオンは上空三千メイルほどに存在すると何かに書いてあった。幾万幾億の時が必要になるだろうな。

 しかし問題はそこではない。水の精霊よ。その秘宝は消耗するのではないかね? 君が永遠であり、過去、現在、未来も全てが君だとしても、その秘宝は永遠ではないのではないかね? 今この時もソレが使われ、消耗し、磨耗し、消滅に向っているとは考えなかったのかね?」

 

 水の精霊が戸惑うようにモンモランシーの形をした顔で様々な表情を作った。先ほどモンモランシーを始め、この場にいる人間が水の精霊はクリスタルのようにきれいだと言っていたが、こうして見るとやはりオリジナルのモンモランシーのキレイさには敵わない気がする。やはりモンモランシーは奇跡の宝石。

 

 「水の精霊よ。いくつか頼みを聞いてくれるというのであればその秘宝を取り返す手伝いをすることは吝かではないとも。だた、君が俺を信じることができるか、そして、君が俺に対して協力を厭わないというのであればだがね。」

 

 「しかし、我は悩む。そなたがかのつがいであろうとも単なる者には変わりない。我とそなたではあり方が違う上、盗んだのはそなたの同族。疑念が多い。」

 

 少々面倒くさくなってきた。水の精霊が恐れるプリシラが俺の肩にとまっている以上、直接俺の思考を読ませたほうが早いのではなかろうか。

 

 『プリシラ、俺のつがい。水の精霊の協力は今後何度か必要になる。俺の思考を読ませたいのだが、構わないだろうか。』

 『ご主人様、わたしのつがい。水の精霊を使役したいのね? 構わないわ。』

 

 し、使役ですか? いえ、協力してもらいたいだけなのだが……、ふむ、恐らく表現の違いだろう。きっとその、プリシラ流の協力ということだろう。完全に間違いではないので問題はないだろう。俺もプリシラにようやく慣れることができたのかもしれない。そう思うと少し嬉しくなった。

 

 「『ふむ。確かにそうとも言えるかもしれない。ありがとう、俺のつがい。』水の精霊よ。生物の思考は読めるな?」

 

 プリシラと頭の中で話しつつ言いつつ水面に立つと、手のひらを水面につけた。

 

 「クロアっ、ダメよ。危険よ!」

 「大丈夫だよ、モンモランシー。俺にはプリシラがいる。水の精霊も無茶はできないさ。」

 

 モンモランシーが焦ったような声で止めようとしたが、笑顔で彼女を安心させた。そして、水の精霊はモンモランシーを模倣した顔を崩すと、5mほどの高さに盛り上がりドラゴンというより、胴の長い龍のような形になった。

 

 「よいだろう。そなたの寿命が尽きるまで、我はそなたに協力するとしよう。」

 「ああ、よろしく頼む。水の精霊。」

 

 水の精霊の協力が取り付けられたので、取り合えず水位を戻すように言って、学院に戻ろうとしたところで少々問題が起きた。龍の形をした水の精霊に学院まで竜に乗って戻ることを告げ、速度的について来れるか聞いたところ、龍の形なのに飛べない上に、陸上でも歩く程度の速さでしか移動できないらしい。

 

 見かけ倒しとは……、なんというか少々残念な精霊なのかもしれない。いやまぁ、龍の形になって飛べるようなら自分で取り返しに行くか。そんなことを考えながら、火竜隊に樽のような容器を用意できるか聞いてみたところ、近くにテスト艦がいるのでちょっと行ってくると言って取りに行ってくれた。

 

 しかし、水の精霊の涙は一滴ほどの量しかもらえないと思っていたのだが、まさか樽で確保できるとは思っていなかった。というか、もしかしたら解除薬を作る手間すら省けるのではないだろうか。その辺りを周りに聴かれないよう、プリシラに聞いてみたところ、水の精霊にプリシラが聞いてくれた。

 

 必要なら手を湖面に浸せと言われたので再び湖面に手を浸すと、惚れ薬の効果を打ち消してくれたらしい。ただ、俺は判別が無理なのでプリシラに聞いたところ、俺の中に存在した水の精霊は完全に消え、惚れ薬の効果も水の精霊が言うには完全に消えたらしい。

 

 「モンモランシー。水の精霊が惚れ薬の効果を打ち消してくれたようだ。」

 「あら、そうなの? だったらルイズもお願いできないかしら。」

 

 婚約者殿を呼び、そのことを告げると、モンモランシーは驚いたようだ。プリシラ経由でルイズ嬢のことも頼んでルイズ嬢に湖面に手を触れるように言うと、最初はごねたのだが、サイトが優しく彼女の手を握り、一緒にしゃがんで手を繋いだまま湖面に触れた。

 

 ルイズ嬢を観察していると、最初は蕩けてボーっとしていた目の焦点がきつくなり、顔が赤くなり、手を繋いだまま逆の手を握り込み、いきなりサイトの顔面を殴った。特に問題になりそうな事はモンモランシーに防がれていただろうし、サイトも自制していたはずなのだが、何かあったのだろうか。

 

 ルイズ嬢は無言でひたすらサイトを殴り続けており、サイトもなぜか無言で殴られ続けている。一体何が彼女を怒らせているのかはかなり不明だが、恐らくルイズ嬢もサイトもルイズ嬢の貴族の矜持を守るため、無言を貫いているのだろう。両者ともかなり怖いが、彼女も恥ずかしい思いをしてしまったのだし、ここは放置、いや、見なかったことにしよう。

 

 そして、最後の非情の一撃がサイトの股間に決まり、サイトが撃沈したころ、火竜隊が大量の樽を竜に持たせて戻ってきた。水の精霊を全ての樽に収めると俺たちは火竜に乗せてもらい、学院へと戻った。サイトは気絶したまま運ばれていた。その光景をみて、自分に重ね合わせてしまったのはしょうがないと思う。

 

 学院に戻ると、ルーシア姉さんはクラウスに報告するために手紙を書くと言って別れ、モンモランシーはルイズ嬢と一緒にサイトをルイズ嬢の部屋へと輸送するため手伝うとのことで、俺はシエスタと一緒に部屋に戻った。

 

 何樽か確保した水の精霊はひと樽は俺の部屋に、そして残りはすべてセキュリティの一番堅いカスティグリア研究所へ運ばれた。アルビオンとの戦争のために戦力を構築し、何年も掛けて準備したのだが、プリシラというつがいと水の精霊という因子だけであっさりとケリが着いてしまうかもしれない。確かに犠牲者の数も減りそうなことは喜ばしいのだが少々釈然としない。

 

 やはり戦争というものは決闘のように人間が死力を尽くすからこそ、悲劇的であり、感動的であり、英雄を生み出す土壌だからこそ憧れるのだろうか。守りを破られ蹂躙されるのは全くもって悲劇であり、耐え難い屈辱だろう。だからこそ備え、戦争を恐れる。しかし、この戦争はすでに始まってしまっており、参加する誰もが金や名声を望み、志願するだろう。

 

 原作のサイトだってそうだ。なんだかんだ言いつつも戦争に参加し、人死にを目の前で体験し、なんだかんだと言いつつもシュヴァリエを戴いた。辞退するための文句に英雄になるつもりがないという内容のセリフはなかったはずだ。

 

 人は水の精霊と違い原作のサイトと同様に矛盾を抱え、変わっていくのだろう。それに関しては問題ない。それに、この世界で暮らす人間が変われば世界も同時に変わっていくかもしれない。それがきっと単なるものの宿命であり、生存意義だ。一人の間違いが罠を見出し、後の人間に警告を残し、一人の成功が世界をより住みやすいものに変えていく。

 

 そして、戦争になり生存への渇望と、死への恐怖が増せば増すほどそれは顕著になり、技術は躍進するのだろう。同時に人が生きるために必要な感情を、生きるための意義を、死ぬ事への恐怖を思い出すのかもしれない。なるほど、ガリア王のジョゼフはそれを望んでいるのか?

 

 しかし、彼が敷いたゲームの盤上では恐らく彼の想像外のことが起きていることだろう。アルビオン内戦という目の前の脅威に対してカスティグリアは人類の存在意義を心から味わうように、驚異的な発展を見せた。

 

 確かに礎は俺だろう。しかし、俺を生物としてだけでなく、知識として、道具として、伴侶として生かすと決めたのはカスティグリアであり、父上であり、クラウスであり、モンモランシーだ。英雄に憧れる人間には悪いが、恐らく短いこの命はカスティグリアのため、モンモランシのため、そしてそれを抱えるトリステイン王国のために使うと決めている。

 

 そして、もはやここまで揃ったのであれば原作に沿うことに固執する必要は無いように思える。ククク、未来の英雄達には悪いが、俺も少々人生を楽しむことにしよう。ガリアの王様がその盤にカスティグリアを含めるというのであれば、彼の暇つぶしに付き合うことも吝かではない。カスティグリアがその盤で楽しんだとしても問題あるまいて。

 

 そんな事を考えながら、ちょっとナルシズムに浸り、上フタの開けられた樽の淵に止まっているプリシラの頭を軽く撫でていると、ベッドの準備をしていたシエスタに腕をつかまれ、「もうお休みしましょうね」と言われ、強制的に着替えさせられ、ベッドの中へと押し込まれた。解せぬ……

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回はラグドリアン湖に着いてからが難産でした。ええ、なぜか最近思考が中々まとまらず、脳みそスカスカ状態なので手抜き感が否めません><;

 何かギーシュやマルコ、クラウスなんかが出てくる話の方がノリノリで書ける気がしてきたのに彼らの出番が中々ないという;;

 こんな状態ですので、あまり期待はできないかもしれませんが、続けてきたのであえて言わせていただきましょう。



次回もおたのしみにー!


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37 報告と備え

 日曜日に間に合わなかったYO;;
 アンドバリの指輪に関しての独自設定が出てきます。小説でチェックがあまり出来なかったので設定させていただきました。
それではどうぞー!


 先日、アンリエッタ女王の戴冠式が行われ、そのことも含め色々と話があるとのことでクラウスが朝早くから訪ねてきた。今日は起きた時から背中に鋭い痛みが走り、両腕両足ともしびれた様に力が入りづらい。ただ、シエスタの判断では顔色はそれほど悪くなく、ベッドから出れないだけなので問題あるまいて。

 

 何枚かの丸められた羊皮紙と数冊の本を両手に抱え、クラウスがシエスタに挨拶すると俺の状態を彼女に聞いてから紅茶を一杯頼み、俺の枕元にある椅子に座り、さっそく話を始めた。

 

 まず、俺がラグドリアン湖に行っていた虚無の曜日、アンリエッタ女王陛下の戴冠式は無事に終わったそうだ。しかし、カスティグリアの戦力を大々的に披露する場ではあったのだが、戦時中ということでかなりの制限を加えたらしい。

 

 例えば、竜部隊に関しては背面飛行や急旋回、急降下などの他では見られないような機動は禁止され、艦隊に関しては戦列艦三隻のみのお披露目となったそうだ。それでも錬度が高く、一領主が持つ戦力としては破格だったため、モットおじさんからの情報では王宮としては度肝を抜かれたらしい。

 

 まぁアルビオン軍の捕虜と遅れてやってきた王軍合わせて一万人以上の人間が、タルブ防衛戦でのカスティグリア諸侯軍を実際に見ているわけだから、あまり隠す意味はなさそうではあるが、噂で終わらせるか実際に見せるかでの違いは大きいと判断したのだろう。

 

 そして、戦果である拿捕した戦列艦は全てラ・ロシェールに送られ、修理と艤装を施されることになり、士官であった捕虜は捕虜宣誓の後にトリステインの艦隊のオブザーバーとして雇用されたらしい。基本的に貴族や士官は全員捕虜宣誓を行い、トリステインの駒として働くことになるだろうとのことだ。

 

 もし断るのであれば貴族は身代金が支払われるまで幽閉され、士官も含めて平民は強制労働になるらしい。強制労働は過酷なので、大抵の人間はトリステインに恭順するだろうとのことだ。ちなみに、捕虜宣誓をした人間はある程度の自由が認められ、捕虜という言葉とは裏腹に貴族ならば家格にあった屋敷に居候することになる。しかし、トリステインからの脱出や反乱を企てただけで捕虜から罪人という立場に変わり、問答無用で処刑されるらしい。

 

 あと、すっぱり忘れていたのだが、竜騎士として捕縛されたワルド元子爵は捕虜ではなく反逆者として捕らえられ、アンリエッタ女王陛下やマザリーニ枢機卿、それに父上やモット伯の前で、トリステイン王国では禁忌指定されているギアスという魔法や様々なマジックアイテム、そして拷問などにより、情報をほとんど完全に引っ張り出されたあと、公開処刑ではなく、さらなる拷問の末、無残に獄死させられたらしい。

 

 いや、うん。彼は捕まった時点で詰んでいたのではないだろうか。ぶっちゃけ彼は二、三回は処刑できると思うほどトリステイン王国に対して罪を犯している。それにフーケの話が出なかったことから考えると、ワルドが捕縛されたことを知っている人間はアルビオン側にいなかった可能性があるし、本国に伝わらなかったのだろうことから、彼に対する救出部隊が編成されたとも思えない。戦死と捉えられていた可能性を考えると獄死でも彼の結果はあまり変わらない気がする。ちなみにすでに火葬されたそうだ。

 

 ワルドの自供によってあぶりだされたアルビオンへの内通者はそれほど数は多くはなかったのだが、さらに何人かが芋づる式に引っこ抜かれ、ワルドと概ね同じ運命をたどる事になるらしい。ただ、こちらは情報を引き出した上、公開処刑にするそうだ。そして、内通者は反逆者として捕らえられたため、彼らの家は取り潰され、財産は全て没収となり、トリステイン王国の国庫がほんのり潤ったそうだ。

 

 女王の戴冠式を前後して、多くの血が流れることになるが、そもそも戦時中ですでに約一万七千の人間の血が流されており、今さら数十名増えたところであまり変わらない気もする。そんなことをクラウスにこぼしたら、クラウスは「まぁそうだよね」と苦笑いしたのだが、アンリエッタ女王は心を痛めているそうだ。しかし、まぁ、恋人の仇を早々に討てたと考えればそれほど心を痛める必要はないと思うのだが……。

 

 ふむ。なるほど。そういえばアンリエッタ女王陛下は『聖女』様でしたな。となると、本心だけでなく対外的にも心を痛める必要があるのかもしれない。さすが女王陛下と言わざるを得まいて。

 

 ただ、カスティグリアとしては俺が個人的にとはいえ女王陛下に生涯の忠誠を誓ったことは少し問題になるかもしれないとのことで、少々方針を転換することになってしまったそうだ。この件に関して、後々俺は埋め合わせのため、ひと仕事して欲しいとのことだったので了承しておいた。

 

 確かに俺のシュヴァリエ受勲の際は断固として回避していたことを考えると、父上やクラウスはまさかあの場で誓うとは思っていなかっただろう。カスティグリアが予想外の損失を出すというのであれば、俺がその埋め合わせをすることに関して特に異存はない。

 

 

 そして、次の話題は俺とルイズ嬢の飲んだ惚れ薬と水の精霊に関する内容だった。惚れ薬を飲んだことを知ったルーシア姉さんとクラウスは、この件が解決するまで何度か伝書フクロウを使って連絡を取り合っていたらしいのだが、クラウスやアグレッサーは式典の準備で忙しく、時間的に抜け出せそうも無かったため、とても焦ったそうだ。

 

 しかし、終わってみれば損失はなく、むしろ良い事だらけだったため、問題はないそうだ。そして、今後も必要になる可能性があるため、カスティグリア研究所で極秘裏に研究が進められるらしい。さらに、俺の作成した惚れ薬に関する資料を求められたため、ラグドリアン湖から戻ってきてから書いたアンドバリの指輪と水の精霊に関する簡単な資料とそれを中心に据えたアルビオン攻略の簡単な提案書をクラウスに渡した。

 

 アンドバリの指輪に関してクラウスは、まずルーシア姉さんから簡単な報告と説明を受けたらしい。その説明でアンドバリの指輪の特性である“死者に偽りの生を与えて操る”というものを知り、捕虜に死者が混じっているか調べたのだが、今回のタルブ防衛戦では使われていなかったようだ。

 

 そして、今後その生き返った死者を使ってくる可能性を考え、捕虜達から聴取を行い、動いているであろう士官や貴族の死者のリストが作成されたそうだ。そして、アンリエッタ姫がウェールズ王子に送った手紙に関する事件を知っていたクラウスは、ウェールズ王子を含め旧アルビオン王国に所属し、戦死したと思われる人物もリストに入れておいたらしい。

 

 クラウスは敵である神聖アルビオン共和国が、アルビオン王国の貴族派だった頃からアンドバリの指輪を所持しており、積極的に使った可能性が高いと判断した。今回のタルブ防衛戦で死者が使われなかった理由は、こちらがまだその指輪に関する情報を持っていないだろうと想定していたためであり、もっと効果的な作戦で初のお披露目になるだろうことが予測されたため、王宮やトリスタニア周辺の警備にカスティグリアも加わったらしい。

 

 そう、加わってしまったのだ。原作ではアンリエッタ女王陛下が指輪の力で生き返ったウェールズ王子に篭絡され、誘拐され、近衛隊に犠牲者を出し、ルイズ嬢を始めとした主人公勢に救出されるというイベントが起こるはずだったのだが、警備にあたっていた風竜隊によって全員捕縛されたそうだ。

 

 アンドバリの指輪に操られた人間というものは基本的に死者が多いのだが、その効果については謎が多い。アンドバリの指輪を消耗させ、雫を水源に落とすだけで、その水源の水を飲んだ人間すら操れるのだが、数万という人間をどのように操っているのかはかなり不明だ。

 

 実際のところはマジックアイテムに関するスペシャリストであるミョズニトニルンくらいしか詳しくはわからないだろう。しかし、アンドバリの指輪に関しては憶測の域を出ないが、結局のところ、ある程度生前に沿った思考、行動をし、多少の記憶や使用者に対する絶対的な忠誠、そして目的を与えるといったところではないだろうか。ただ、どの程度の制限を入れることが出来るかが重要なのだが、そこはやはり実験でもしてみないことにはわからない上、出来るような環境になった瞬間、あまり意味の無いものになりそうだ。

 

 しかし、今回捕縛できたのはかなり大きい。捕縛地点がトリスタニアの外だったため、現在はカスティグリアのフネに収容し、様々な実験を行っているそうだ。どの程度の怪我や損傷までなら行動できるかに関してが主な研究になっており、多少の損傷ならば行動が可能であり、切断には弱いらしい。

 

 つまり、損傷しても死体なので死ぬ事がなく、損傷箇所の状況によってはある程度ならば元通りになる。しかし、切断箇所はくっつけておけば治るのだが、新たに生えてきたり、傷口が塞がることはないそうだ。

 

 ただ、切断された部位が腐ったり劣化することがないことから、完全に切断するにはその部位をミンチにするか燃やしてしまうのが有効であり、アンドバリの指輪で生き返らせた死体を殺し、再利用を防ぐには火葬しかないという結論になったそうだ。

 

 ふむ。原作ではサイトが七万の軍に突撃したときに、「相手も利用されている駒」といった理由で殺さなかったのだが、よく考えたら殺していてもあまり変わらなかったのではないだろうか。七万のうち二、三万はアンドバリの指輪に操られたトリステイン軍の兵士だったはずだし、状況的にアルビオンの士官やメイジにはアンドバリの指輪で操られた死体が多かったと推測できる。

 

 むしろ、あの状況ならばルイズ嬢が、全ての魔法を打ち消す“ディスペル”を広範囲にぶち込むだけで、アルビオン軍が混乱してあっさり逃げ切れそうな気がしてきた。戦列艦はあの撤退のときに余っていただろうし、五隻くらい同行させて上空から撃つという簡単なお仕事になったのではないだろうか。

 

 トリステインゲルマニア連合軍の敗因はもしかして、あの時にアンドバリの指輪に関する情報を持ち、あの遠征隊に所属していたルイズ嬢、サイト、ギーシュ、そしてあの場にはいなかったが実際効果を見ているアンリエッタ女王などがアンドバリの指輪に関する情報を隠蔽したからではないだろうか。

 

 ふむ。ここはルイズ嬢に要請してディスペルの効果範囲を調べておくべきではないだろうか。しかし、虚無の魔法に関してこちらが先に情報を得ているという理由が思いつかない。もし、俺が敬虔なブリミル教徒であり、教会によく出入りしていたのであれば、どっかで読んだとか言えばいいのだろうが、前提条件がすでに真逆に振り切れている気がする。

 

 まぁ、火葬すれば良いのであれば火竜隊と無誘導爆弾で概ね問題ないだろう。捕虜になった時点で潜伏、反乱などを行われない限り問題はなさそうなので、そこだけは注意するようクラウスに言っておくべきだろうと思い話したところ、ひどい返しが待っていた。

 

 「うん。その辺りは周知してあるよ。それでね、兄さん。兄さんの体調次第なんだけど、今度のアルビオン遠征のためのカスティグリア諸侯軍の最高指令官に決まったから、よろしくね。」

 

 ふむ……。一体何を言っているのかわからない。いや、確かにハルケギニア共通言語なのだが、理解が及ばない。冗談の類だろうか……。しかし、クラウスの顔はとても真面目だし、特にからかっているようには見えない。だが一日で終わるタルブ防衛戦と違ってアルビオン攻略となるとかなり長期間になるのではなかろうか。しかも諸侯軍ということは王軍との交渉もあるのだろう。

 

 どう考えても不適格ではなかろうか。重要な参集のたびに寝込んでいたらさすがにお飾りとはいえ外聞が悪いだろうし、俺がお飾りとして手柄をいただいたところでほとんど意味のないことのように思える。

 

 「ああ、兄さん。こちらとしても出来る限り戦力を整えるし、事前交渉や戦後交渉の補助は行うつもりだから安心してほしい。ただ、アンリエッタ女王陛下やマザリーニ枢機卿、そしてモット伯の希望らしくてね。僕や父上も問題ないと判断した上で、カスティグリア諸侯軍の関係者も支持してくれるみたいだから安心していいよ。」

 

 ふむ。すでに根回しが終わっているのか。諸侯軍の支持がなぜもらえたのかが不明だが、もらえたのであれば問題もなさそうだ。

 

 基本的に諸侯軍というのはその家の人間が率いることになっている。そう考えると、侯爵になったばかりの父上や次期当主殿を勝てる戦いとは言え戦場に送るのはあまりよくないかもしれない。しかも今回は向こうにアンドバリの指輪という厄介なマジックアイテムが存在している。そう考えると、俺の方が適任だと思えてくる。

 

 俺が最高指令官になる上で問題になるのは恐らく他の軍や戦後処理などの交渉、補給や配備などの手配、艦隊の指揮などだろう。というかぶっちゃけ全てなのだが、交渉ごとや手配などをある程度先にクラウスにやってもらい、細かい作戦立案や指揮はレジュリュビのブリッジに任せればよいのではないだろうか。前回は戦後交渉だけが罠だったはずだし、このあたりの概要を概ね決めておいて貰えば問題なさそうに思える。

 

 「ふむ。もし俺が引き受けるのであればいくつか条件を飲んでもらいたい。あと、カスティグリアが出す戦力に関しての情報が欲しい。」

 

 新しい羊皮紙をサイドテーブルから一枚取り、俺の採りたい作戦に必要になるであろう条件をゴリゴリと羅列していく。認可を受ける先は、戦力を整えるカスティグリアだけでなく、王軍に対して、国として裁可を下す事が可能なアンリエッタ女王陛下、それにマザリーニ殿。マザリーニ殿に関しては宰相ではなく枢機卿として動いてもらわなければならないが、彼の本分だろうから問題あるまいて。

 

 王軍を誰が率いるかは今のところ決まっていないだろう。グラモン元帥やヴァリエール公爵は年齢的に問題があるという理由付けが原作にあった気がするし、原作から乖離している範囲で割り込めそうなのは父上やクラウスだが、彼らはどちらかと言うと文官だろう。クラウスが武官として動きたいのであれば、今回の諸侯軍を率いれば良いだけの話だし、何しろまだ若い。いや、俺も似たようなものだが、クラウスの命を戦争に晒すのは勿体無さすぎる。

 

 彼には次代のカスティグリア、そしてトリステイン王国を背負って貰わねばならないし、それは俺が生まれた時、クラウスが生まれた時、そして俺がこのハルケギニアに降りた時にすでに決まっており、俺自らも彼に背負わせたモノだ。そのための露払いにこの短いであろう日々苦痛を伴う命を使う事にためらいは無い。

 

 「戦力に関しては前回のタルブ防衛戦と同じものに減ってしまった分を補充するくらいしか用意できないんだ。ただ、今回は遠征になるからね。輜重隊として旧型のフネで構成された艦隊が付く予定だよ。あと追加できるとしたら武器弾薬かな?」

 

 クラウスから今回の戦力に関しての羊皮紙を渡されるがまっさらだったため、コモンワードを唱えて文字を表示させる。クラウスが作ったとルーシア姉さんの言っていたオリジナルスペルだが、意外と便利なのかもしれない。お目にかかったのは俺の黒歴史が詰め込まれた物しかなかったわけだが、ようやく真価を発揮したところを見ることが出来た気がする。

 

 ふむ。試作ブースターがすでに完成しており、風竜隊、火竜隊共に使用可能なようだ。恐らくこの前火竜隊の中隊長殿が言っていたものだろう。あと、前回の戦闘で防御装甲の内側でも破片による死傷者や重傷者が少し出たり、主な死傷者が敵戦列艦を拿捕する時の突入時だったこともあり、そのあたりの装備が変更されたようだ。

 

 カスティグリアの諸侯軍に歩兵というものはないが、建物や人間の制圧などは砲撃手が兼任しているらしく、更に今回はレジュリュビに千人ほど追加されるそうだ。

 

 とりあえず追加で必要なものをゴリゴリと羊皮紙に書き込んでいき、先ほど条件を書いた羊皮紙と共にクラウスに渡すと、クラウスは苦笑いした。

 

 「うーん。全部必要……? なんだよね? ただ、これだとまたカスティグリアだけで戦争を終わらせると取られるかもしれないよ?」

 

 「うむ。水の精霊から協力と要請を得た時点ですでにそのつもりだとも。今回の戦争はメインディッシュの前のスープのような物だからな。精々メインディッシュを楽しむためにさっさと終わらせるさ。なに、俺が最高指令官なら問題はそれほどないだろう? なんせ俺は女王陛下に忠誠を誓っている。」

 

 「それもそうだね。」

 

 そうクラウスに笑顔で告げると、クラウスは少し考えるようにしてから了承してくれた。クラウスが了承してくれるのであれば条件は揃えてくれると考えてよいだろう。

 

 こちらが提示したものはそれほど多くはないが、かなり際どいものも含まれている。まず、アンリエッタ女王陛下にお願いするものは、カスティグリア諸侯軍が独立部隊として動く事への認可。そして、この戦争に限り俺の地位を王軍の最高指令官と同等のものと認めるというもの。

 

 次いで、アンリエッタ女王陛下だけでなくマザリーニ枢機卿の連名も欲しい要件は、亜人を含め、捕虜や保護した人間への裁量権と、犯罪者およびトリステイン王国以外に所属している者への王国では禁止されている魔法やマジックアイテムの行使権、および、それに伴う所持の許可。

 

 追加で頼んだものはカスティグリア研究所に預けてある水の精霊。そしてそれを運ぶためのちょっとした梱包材のようなものだ。

 

 そして、考えている作戦の方針と利点と欠点をゴリゴリと書いてクラウスに渡し、艦隊行動や他との折衝をするように頼んだ。ちなみに俺が最高指令官として就くのであればこの作戦以外を採用するつもりがない。クラウスは受けとったあとざっと目を通して、少し眉を寄せた後、俺が渡した羊皮紙すべてに隠蔽の魔法を掛けて丸めた。

 

 

 「最後に兄さんに作成して貰いたい資料があってね。期限なんだけど、できれば侵攻作戦が始まる前までに頼むよ。」

 

 笑顔のクラウスから手渡された数枚の羊皮紙の束は魔法関連の質問書のようだった。パラパラと捲ってざっと目を通したが、あまり難易度が高いとは思えず、しかも最後は秘薬に望める効果をまとめろという以前惚れ薬関連で資料を作ったときに調べたものをそのまま書き写すだけで良さそうなものだ。

 

 ぶっちゃけ俺が書く必要はないのではなかろうか。どうせ暇な時に手慰みで資料を書いていたくらいなので苦痛ではないのだが、今さらこのような物を作ることに関しては少し納得がいかない。とりあえずベッドの横にある椅子に座り、こちらを眺めているクラウスに少し疑問をぶつけてみよう。

 

 「クラウス。その、これは本当に必要なことなのだろうか。その辺りにいる学生を捕まえて金を渡せば図書館で調べて書けるような内容だと思うのだが……。」

 

 覚えている範囲で新しい羊皮紙にゴリゴリと書きつつ、怪しいところや忘れたところは番号付きのチェックを入れてあとで確認や調べやすいようにしておく。疑問をぶつけられたクラウスの表情は見てないが、あまり変わらないだろう。

 

 「うん。ただ、極僅かだった出席日数が兄さんが二年生になってからは完全にゼロになってしまったからね。しかも何度か遠出をしているのに、授業に出席しないことに関して何人かの教師が疑問を持たれたみたいなんだよ。」

 

 ふむ。確かに何度か休暇を貰って遠出をしている。申請に関してはオスマンも受理しているはずだし、問題ないと思っていたが、確かに病欠し続けている学生が用事が出来たらそちらを優先して遠出するというのは少々おかしいかもしれない。むしろよく今まで流されていたものだ。

 

 「なるほど、つまるところ、三学年に上がるための布石というところかね? まぁこの質問書に答えるだけでそれが可能というのであれば逆にありがたいかもしれんな。」

 

 「うん。まぁそんな感じかな? 交渉の方は僕がするから安心してくれていいよ。」

 

 おお、クラウスが交渉するというのであればもはや決定だろう。この程度の資料で三学年に上がり、最後の一年、さっさと戦争を終わらせてモンモランシーとの学生生活を満喫できるというのであれば完璧を期すのですら吝かではない。

 

 「そうか。では真面目に書くとしよう。」

 

 「うん。必要になりそうな資料はここに置いておくね。」

 

 サイドテーブルに置かれた本は数冊だったが、大体これで網羅しているらしい。図書館で偶然タバサ嬢に会い、彼女に協力を依頼してみたところ、これらの本を薦められたそうだ。

 

 「ところで兄さん。タバサ嬢は兄さんに興味があるみたいでね。色々聞きたいことがあるみたいなんだ。僕も同席するから今度三人で話す機会を作ってもいいかな?」

 

 タバサ嬢に協力を依頼する代わりにその機会を作る努力を求められたのだろうか。羊皮紙から目を離し、クラウスを見ると、彼は不安そうな表情をしていた。ふむ。断ると他の要求を突きつけられるのだろうか。

 

 「クラウス。いくつか聞いておきたいのだがね。もし断ったら何か不都合はあるのかね?」

 

 俺がそう口にすると、クラウスは見るからに動揺した。タバサ嬢と俺は一応クラスメイトであるし、去年、彼女には決闘の帰り道でお世話になり、会話したこともある。婚約者であるモンモランシー、そして、友人であるマルコにギーシュ、そして何かと接点の増えたルイズ嬢の次くらいに接点のある人物でもある。

 

 いや、会ったのはたった二回だけだったと思うのだが、俺が名前をちゃんと覚えているという希少な人間と言えるだろう。しかし、俺が断る可能性が高そうなことにクラウスは驚いたのかもしれない。クラウスの動揺が如実に現れた。

 

 「い、いや、別段これと言って不都合はないよ? 無いんだけど、その、ね?」

 

 ふむ。無いのか。タバサ嬢の求める回答は恐らく準備できる上、うまく行けば単純な問題だけはその場で解決も可能だろう。しかし、メリットが全くなく、カスティグリアが巻き込まれるのは必至だ。それに、ガリア王がカスティグリアを探るために寄越した可能性も高い。リスクを考えると会わない方が良いだろう。

 

 「ふむ。特に不都合がないのであればお断りしておいた方が良さそうだな。クラウスとしてはその機会を何かに役立てたいのかね? それ次第では協力することも吝かではないのだがね。」

 

 そうクラウスに答えを返すと、クラウスは少々考え込み、決意を瞳に宿らせたあとシエスタに部屋の外で待つように言って部屋の防音化を始めた。シエスタは笑顔で外に出ようとしたが、出る前に紅茶のおかわりを入れてもらった。しかし、錬金まで使ってるところをみるとかなり高度な極秘事項が飛び出すのかもしれない。

 

 次の侵攻作戦の話より重大な話なのだろうか。確か原作通りならばタバサ嬢はかなり複雑な状況にいるはずだ。彼女の本名は確かシャルロット・エレーヌ・オルレアンだった気がする。タバサというのは本名ではなく、彼女が母から贈られた人形の名前である。

 

 彼女の父であるオルレアン公シャルルは現ガリア王であるジョゼフ一世の弟であり、狩猟の時にジョゼフ一世の放った毒矢で暗殺されており、母は本来タバサに飲まされるはずだった心を狂わせる薬の盛られた飲み物を代わりに飲み干し、心を狂わせ、タバサという名をつけられた人形を自分の娘だと思い込みシャルロットを王の手先だと思い込んでいる。

 

 タバサ嬢は現在、ガリア王ジョゼフに助命され、彼の娘、イザベラの指示で危険な任務を時折こなしている。確かこの学院に通っているのはガリア王の指示だったと思うのだが、恐らくトリステインに対する偵察や次代の貴族の偵察と言ったところだろうか。もしかしたらクラウスの名前はすでにタバサ嬢を通じてジョゼフ一世の知るところになっているかもしれない。

 

 いや、もしかしたらそのことに関してはまだ報告されておらず、対価としてこちらに差し出す可能性もある。彼女が心から欲しているのは彼女の母の心を取り戻す事だろう。その母の心を狂わせた薬はエルフが調合したもので、恐らくメイジには作成不可能な上、文書として残っている可能性もほとんどなく、その薬の調合方法や解毒方法を知っている人間がいるとは思えない。仮にいたとしたらエルフに暗殺されているか、高度に隠蔽されているだろう。

 

 しかし、今、こちらには水の精霊がいるため薬の解毒に関しては楽観できる。心に関する薬の原料にもなる水の精霊は俺の作った惚れ薬すら簡単に解除してしまった。エルフの作った、精霊の力を借りて作ったであろう薬も精霊本人なら解除できるだろう。まぁぶっちゃけ無理でも惚れ薬で上書きすればいいんじゃないかと思っている。

 

 ただ、問題は解除されたあとなのだ。再びジョゼフ一世の気まぐれな凶刃が彼女達に降りかからないよう防止するには彼女達を匿うか、ジョゼフ一世を暗殺するくらいしかない。後者は時間がかかる上に、リスクの割りにリターンがほとんどない。むしろリスクだけでやる気すら起きない。となると、匿うしかないわけだが、亡命した国にはガリアからかなりのプレッシャー、というよりも戦争になる可能性の方が高い気がする。

 

 アルビオンの事を考えると、いつかはガリアともやりあうことも想定してはいるが、今この時期はさすがに厳しいのではないだろうか。特にオルレアン領に湖を挟んで接しているモンモランシに被害が出る可能性が高いため、出来る限り避けたい。

 

 やはり今タバサ嬢に接触するのは危険だろう。もしかしたらガリア王の指示で彼のゲーム盤を勝手に弄り回している俺の暗殺に動いてもさほどおかしくはない。話の機会を設けて欲しいと言っていたということで彼女の母親関連と決め付けていたが、俺の誘拐や暗殺という可能性もあるのか……。

 

 ふむ。よほどのことでない限り断るとしよう。そう考えながら紅茶に口をつけるとクラウスの準備が整ったようで、杖を収めて椅子に座り、真面目な顔と声で切り出した。

 

 「兄さん、よく聞いてくれ。僕はタバサ嬢に惚れてしまったんだ。」

 

 ごふっっ。

 

 クラウスは焦ったように「に、兄さん!? しっかりして」と言いながら咳き込んだ俺の背中を軽く叩いてくれた。しかし、ちょっと待って欲しい。クラウスとタバサ嬢の接点がほとんど見つからない上に、クラウスはあのアンリエッタ姫に対しては手紙の件を理由に手を引いていたはずだ。そんなクラウスが、さらに難易度の高い、手紙などという隠れた物でなく堂々と汚れ仕事をこなすタバサ嬢をなぜ?

 

 「あ、ああ、取り乱してしまってすまない。続きを聞かせてくれ。」

 

 「うん。初めて彼女を見たのはちょうど調べ物のために図書館へ行った時でね。あの青く輝く銀髪を見たときにガリアの王族の方だとわかったんだけど、彼女が微笑みながら読んでいたのが『イーヴァルディの勇者』だったんだ。

 その、生まれた家に対してそんな本を微笑みながら読むなんてかわいらしい子だと最初は思ったんだけどね。興味本位で話しかけてみたら調べ物の手伝いまでしてくれたんだ。彼女はとても博識でね。本に関してなら知らないことは少ないんじゃないかな? しかもあの小柄で痩せた体型、そして大人しい性格。まさにこの人しかいないと感じ、背中に雷が落ちたと錯覚したよ。」

 

 咽た俺を介抱したあと、クラウスは真剣にタバサ嬢との出会いから語ってくれているわけだが、そう言われると彼の好みからそれほど外れていないのかもしれない。しかしだな、クラウス。残念ながら彼女は、いや、よそう。せめて最後まで聞いてから情報提供しよう。

 

 「そこで、僕はカスティグリアの使える力を全て結集し、彼女の事を調べた。」

 

 え……。アレ? なんかどこかで聞いた気がするセリフが……。

 

 「でもその感じだと兄さんも知っていたみたいだね。ああ、全て調べ尽くしたよ。彼女の本名と生まれに関して、そして彼女の父親は暗殺され、彼女の母親は薬で狂わされ、家の紋章には不名誉印が刻まれたというのに、彼女は王家に忠誠を誓い、非公式に存在している北花壇騎士団に所属し、従姉であるイザベラ王女の元、汚れ仕事をさせられているようだね。」

 

 な、なんというか、カスティグリア怖い。ぶっちゃけ俺の知識なんか関係ないほど調べ尽くされているようだ。クラウスは言わなかったがタバサ嬢の身長体重、スリーサイズに髪の本数まで調べ尽くされていそうでとても怖い。

 

 ただ、彼女の双子の妹に関してはまだ届いていないようだが、婚姻に関して考えるのであればあまり関係ないだろう。やはりここはクラウスに任せて俺はモンモランシで隠居生活をしていた方が良いのではないだろうか。

 

 「そうか。特に補足することはないようだ。」

 

 平静を保ってそれだけ何とか口に出すと、クラウスは真剣な顔に笑顔を浮かべた。真剣な顔のまま笑顔を浮かべたクラウスはなんというか、ルーシア姉さんの迫力のある笑顔より怖い気がする。いや、両方とも怖いが……。

 

 「やっぱり兄さんは知っていたみたいだね。父上にはカスティグリアの力を借りるときにすでに話してあるし、その事を知っても僕に任せてくれるとおっしゃってくれた。でもその時にいくつか条件が付いてしまってね。

 兄さんに頼みたいことは、兄さんの賛成と協力を得ることと、そしてタバサ嬢を正式に振り向かせ、彼女を嫁としてカスティグリアに迎えることなんだけどね。どうかな?」

 

 どうかなと言われてもすでに父上に話が通っている上に、よほどの事がない限り俺がクラウスに対して反対する気が起きることはないだろう。それにようやく現れたクラウスの一目惚れした相手だし、恋愛という戦場へのご招待付きとなればむしろ喜んで参戦するしかあるまいて。

 

 「我が自慢の弟であるクラウスの惚れた相手だ。相手側にどんな理由があろうとも全力で応援するとも。それにリスクも把握した上で、彼女の母上殿を含め、カスティグリアは守りきれると判断したのだろう? ならばほとんど大きな問題はなさそうだし、今こちらには水の精霊がいる。タイミングが重要だが、彼女の母上殿の問題も解決できるかもしれない。勝算はかなり期待できるだろう。」

 

 少し不安が残っていたのだろう。全てを告白し、緊張を纏っていたクラウスが俺の言葉を聞いて安心したように優しい感じの満面の笑みを浮かべた。

 

 「兄さんにそう言ってもらえて嬉しいよ。ああ、兄さんに彼女が危害を加えないよう手を打つ予定だからその辺りに関しては安心してほしい。それで、三人で話す機会を作っても構わないかな?」

 

 「ああ、構わないとも。それと知っているかもしれんが、彼女は確かハシバミ草料理を愛好していたはずだ。俺はとても苦手な食材だが、彼女のハシバミ草料理に対する情熱は利用できるかもしれん。」

 

 「そうだったのか。彼女の趣向に関してはあまり調べることができなくてね。助かるよ、兄さん。」

 

 何となく思い出した追加情報はカスティグリアでも捕捉していなかったようだ。キュルケ嬢辺りに聞き込めばあっさりとわかりそうなものだが、もしかしたらその辺りの情報源は持っていないのかもしれない。学院内に関してはカスティグリアの諜報部員は入っていないと考えていいのだろうか。

 

 三人で会う機会は密談方式になるそうで、次の虚無の曜日を予定しているとのことだ。俺の体調次第では延期もあるが、その時は平日でも構わず調整するらしい。ぶっちゃけ俺にとっては毎日が虚無の曜日なのであまり変わらないのだが、彼らには重要なのだそうだ。

 

 それまではあまり根をつめずにクラウスに渡された質問書を消化するよう言われ、部屋の隠蔽を解除したあとシエスタを部屋に呼び入れたあともシエスタにそのことに関して真面目に伝えていた。

 

 いや、そこはその、兄さんを信じるべきではなかろうか。いや、シエスタの管理に不満があるわけではないし、彼女がいなければすでに日常生活を送ることすら困難だとは思うが、なんというか、我慢の出来ない子供のような扱いに少々不満が……、そういえば前にも色々ありましたな。うん。甘んじて受けるしかあるまいて。

 

 

 

 

 

 

 




報告と仕込み回ですね^^
 元々クラウスのお相手としてはタバサ嬢、イザベラ嬢、アンリエッタ姫のうちの誰かの予定でした。ま、まぁタバサ嬢にした理由はその、彼はブラコンの気がありますからな。一番違和感ないかなと……。

 メインディッシュはすでに決まっております。ええ、そこに到達するまではがんばる予定なのですが、イマイチやる気が;;


次回おたのしみにー!


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38 タバサ嬢との会談

珍しく筆がモリモリ進んだ! ふはははは! 私はやれば出来る子なのだよ!
それではどうぞー!


 クラウスから衝撃の告白を受けた日から、タバサ嬢の推薦図書を参考にしながら資料を作る日々が始まった。意外と魔法応用関連の知識やマジックアイテムに関する知識が要求されるのだが、新規に開発提案するよりはかなり簡単で、それでいて新しい知識を本で得る事もでき、ざっと見ただけではたいした事なかったのだが、意外とおもしろい。

 

 ただ、これが二年生の範囲だとすると三年生の範囲が少し気になる。これ以上高度なのであればちゃんと授業を受けるべきかもしれない。―――ふむ。なるほど。これを俺にやらせることで授業の大切さというものを教える意図も含まれているのか。さすがクラウスである。

 

 そして、タバサ嬢との面会日の前日までに質問書の最後のモノを残すだけになったのだが、ソレは俺が研究した惚れ薬関連の内容であり、以前クラウスが回収したものなのだが、カスティグリアで伏せておきたい部分を除き、原稿として体裁が整えられたものを渡されたのでソレを俺の筆跡で写すだけという微妙な作業だった。

 

 アルビオン侵攻作戦までに終わらせるという話だったのだが、なんだかんだであっさり終わりそうだ。ちなみに侵攻作戦の開始時期は概ね三ヵ月後らしい。先日、学院にいるメイジの卵の徴兵に王宮から使いが来たのだが、ほとんどの男子生徒と先生が志願して学院を出て行った。

 

 学院に残った生徒は女子生徒や男子生徒の中でも上級貴族の長男、次男といった跡継ぎ候補などで、上級貴族の四男であるギーシュや下級貴族の長男であるマルコが出立日に挨拶に来てくれた。とりあえずくれぐれも死なないように言っておいた。いや、俺も戦場に出る予定なのだが、彼らは俺と違って最前線に立つ可能性がある。むしろ、カスティグリア諸侯軍に入れてしまった方が安全だったかもしれない。

 

 ふむ。ギーシュは無理だとしてもマルコをこちらの軍に引き入れることは出来ないだろうか。彼は何と言っても長男だし、むしろなぜ志願したのか謎なくらいだが、後々ルーシア姉さんの嫁ぎ先になる可能性もある。ここいらでグランドプレに恩を売っておいてもよいのではないだろうか。メモに残しておいて後でクラウスに相談してみよう。

 

 そして、シエスタに用意してもらったお昼ご飯を食べ、食後の紅茶を楽しんでいるとタバサ嬢を連れたクラウスが訪ねてきた。シエスタが二人を迎え入れ、それぞれに紅茶を出すと、クラウスの頼みでシエスタは部屋の外で待つことになり、部屋に隠蔽措置が取られた。彼女にとっては意外に厳重な措置だったようで少し焦りが見えたが、クラウスは笑顔で流した。

 

 六人掛けのテーブルの俺の正面にタバサ嬢、そしてタバサ嬢の隣にクラウスが座った。タバサ嬢の杖は彼女の了解を得て少し離れた壁に立てかけられた。

 

 「お久しぶりだね。タバサ嬢。君に選んでもらった本はとても役に立ったし、クラウスもお世話になっているようだ。ありがとう。」

 

 そう、笑顔で告げると、タバサ嬢も少し緊張しているようだが、「そう、構わない」と淡々と答えた。とりあえず、最初にタバサ嬢が見繕ってクラウスが借りてきてくれた本と、書きあがった質問書の回答の束をクラウスに渡すと、クラウスは苦笑いして「早くないかな?」と言って受け取った。

 

 「早くないとも」と笑顔で返したが、クラウスが呆れたような顔をしたので、まぁ気にしないようにしよう。そして、話題を反らすためにもそんなやり取りを見ていたタバサ嬢に気軽に用件を促すと、タバサ嬢は少しうつむいたあと、真剣な顔をこちらに向けた。

 

 「あなたには天才的な発想力があると聞いている。心を狂わせる毒を解毒する方法を知りたい。」

 

 ふむ。飲まされた母親に関しての情報を伏せるということはこちらに迷惑をかけないという心遣いだろうか。情報が欲しいと言っても提示したところで彼女が一人で達成するのは難しいようにも思える。

 

 「ふむ。ずいぶんと曖昧な質問だね? こちらを気遣っているのかそれとも隠したいのかは知らないけど、どちらにしても無駄なことなのだけどね? とりあえず、その質問だとエルフに解毒薬を作ってもらうくらいしか答えようがないね。」

 

 肩をすくめてそう告げると、タバサ嬢は迷いを顔に浮かべて少しうつむいた。その様子を紅茶を一口飲んで眺め、カップを置いたところで彼女が決意を顔に浮かべて口を開いた。

 

 「わたしの母が、心を狂わせる毒を飲まされた。助けて欲しい。」

 

 「ふむ。助けて欲しい……か。三つほど解決策は思いつくが、そのうち二つは確実に助けられるという確約ができない。しかも、俺個人としては残念ながら今のところ君の母上を助けるメリットが無い上にリスクが大きすぎると考えている。

 が、しかしだ。俺の自慢のかわいい弟は勇者のように捕らわれの姫である君を助けたいと考えているようだ。条件次第では勇者殿を通じて手を貸すことも吝かではないよ。」

 

 タバサ嬢は一瞬俺を睨んだあと、「えっ?」という少し意表を突かれたような表情を浮かべてクラウスを見た。クラウスはいきなり俺に名前を出され、タバサ嬢の関心を得たことで動揺したのか、少し頬を染めてうつむきつつこちらとタバサ嬢をチラチラと見ている。

 

 「兄さん。その、僕はそういう、その、何と言うかだね……。」

 

 タバサ嬢がそんなクラウスをしばらく見つめたあと、こちらに向き直って言った。

 

 「わかった。何でもする。」

 「タ、タバサ嬢!?」

 「そうか。とりあえず落ち着けクラウス。」

 

 クラウスが落ち着くのを紅茶を飲みながら待つと、クラウスもこちらが待っているのがわかったらしく、顔を少し赤くしたまま、なんとか真面目な顔の構築に成功した。

 

 「まず、俺からの条件は三つだ。一つ目はこの件に関してはクラウスおよびカスティグリアへ要請し受諾されること。タバサ嬢と君の母上を完全に助けるとなると俺ではなくクラウスやカスティグリアの協力が絶対に必要になる。それに関してクラウスやカスティグリアから指示があると思うがその指示に従ってもらう。君の母上の回復に関してはその上でクラウスからの要請を受けて行うことにする。」

 

 タバサ嬢が真面目な顔をして頷いたのを確認して次の条件を提示する。

 

 「二つ目は今後一切俺やクラウス、モンモランシー、シエスタを含め、カスティグリアの人間と敵対することを禁ずる。ガリアの王様に情報を流すのもナシだ。ただ、ダミーの情報や当たり障りの無い情報を流す必要は出てくるだろう。全ての条件を受けるのであればその辺りは後でクラウスと相談してくれ。」

 

 タバサ嬢は一瞬目を細めたが、問題ないと判断したのだろう、「わかった」と言って再び頷いた。そして、次のものに関してはかなりの反発が予想されるが今後の事を考えると個人的には受けてもらいたい。

 

 「三つ目はガリア王ジョゼフ一世および彼の親族に対しての遺恨を完全に消してもらう。この件に関する詳しい理由は伏せさせていただく。そして、ジョゼフ一世および彼の親族に対して全く遺恨がないことを本名で文書に残し、俺に預けてもらう。

 この三つ条件が全て飲まれない限り、クラウスやカスティグリアからの要請でも受ける気は無い。」

 

 最終的に断言すると、タバサ嬢は普段は押し殺しているであろうジョゼフ一世に対する恨みを一気に燃え上がらせたかのように攻撃的な表情を浮かべた。しかし、彼女の冷静な部分がそれを何とか押し止めようともがくように少し震えながらうつむいた。そして、そんなタバサ嬢を心配そうに見つめていたクラウスがこちらに向いて尋ねてきた。

 

 「兄さん。最後のはタバサ嬢にとって酷じゃないかな? 復讐は何も生まないって言う人間もいるかもしれないけど、僕としては彼女が進むためにも必要な事でもあると思うんだ。少しだけでも理由を聞かせてもらえないかな?」

 

 「ううむ……。復讐したい気持ちはよくわかるのだがね。実際モンモランシーやクラウスを始め、近しい人間が手に掛けられたら俺も復讐に取り憑かれるだろう。タバサ嬢に恨まれても仕方がないと思えるほど非常に酷なことを言っている自覚はあるのだよ。

 しかし、今後の事を考えると、このタバサ嬢の行動がカスティグリアやタバサ嬢にとって色々と利用価値のあるかなり強力な手になると思うのだよ。ただ、これが本当に強力な手になるか無駄に終わるかは、実際どうなるか分からない。しかし、少なくとも個人的に是非とも打ってみたい手なのだよ。無駄に終わるようであれば破棄しよう。それで了承してくれないだろうか。」

 

 俺は基本的に打てる布石は打てるときにできるだけ打つ主義だ。無駄になることや、打っておいたことをすっぱりと忘れることもあるが、打っておけば後々思い出すだろうし、無駄になったのであればそれはそれでしょうがない。

 

 手番のある単なるゲームでなく、これはハルケギニアという盤で待ったなしで行われるものであり、こちらがカスティグリアとしてまとまっている今であれば……、資源も人間も余裕のあるカスティグリアが後ろにいる今であれば、俺一人では打ちきれない布石も俺が思いついたときに他の人間が打ってくれたり、彼らが自主的に打ってくれる。そして、この布石の多さがカスティグリア、ひいてはトリステイン王国の安定に繋がると考えている。

 

 そして、この布石はガリア王ジョゼフ一世に対するものであり、ロマリアに対するものでもある。原作のジョゼフ一世は恐らくこのハルケギニアでも今のところ変わるところが無さそうだ。

 いや、現在アルビオンで遊んでいるのはほぼ間違いなくジョゼフだという確信はあるのだがロマリアという線も捨て切れないのは確かだ。まぁアルビオンに行けばはっきりするだろうからジョゼフと仮定しておこう。

 

 しかしながら、ガリア王ジョゼフ一世の抱えている闇は深い。彼は長男としてガリア王の元に生を受け、その後、次男である弟シャルルが生まれる。長男であるジョゼフと次男であるシャルルは歳も近く、互いに比べられながら次の王の座を争うことになる。ジョゼフの年齢が恐らく現在45歳前後だろう。そしてタバサ嬢の父でもある弟のシャルルを暗殺したのは確か五年前くらいだったはずだ。

 

 つまり王の座に就いたのは40歳前後だと予測できる。ガリアという大国で別段政変があったわけではなく、先王がベッドの上で老衰で死んだとすればそれほど遅いとは思えないが、ある意味これがジョゼフ王の悲劇の一因だと考える。

 

 まず、ジョゼフは虚無の系統だ。つまり、ガリアにある『始祖の香炉』と先王が指にはめていたであろう『土のルビー』に彼が触れる機会がなければ目覚めることができないという枷が嵌められ、ルイズ嬢のように失敗魔法と呼ばれ続けていた可能性がある。そして、目覚めたのは先王が死んだあと、40歳を過ぎたあとだろう。そのことに関してシャルルが知っていたかは謎だが、知る前に暗殺された可能性が濃厚だと思う。

 

 対して弟シャルルは魔法の天才であり、わずか12歳でスクウェアに到達した。学院に所属する人間でもスクウェアは教師であるミスタ・ギトーくらいしか思い当たらない。いや、オールドオスマンや、ミセス・マリーあたりもスクウェアだとは思うが……。ちなみに俺は依然ラインを自称している。トライアングルやスクウェアの火の系統魔法を見たことがないのもあるが、大言壮語は良くないだろう。まぁ使えれば良いのだよ。使えれば。

 

 そして、このハルケギニアでは魔法の才能というものがかなり重要な要素を占める。方や虚無に目覚めていないとはいえ全く魔法の使えない無能、方やわずか12歳でスクウェアの天才だった。

 

 彼らの切磋琢磨は全てにおいて恐らく幼少の頃から40代まで続いたのだろう。チェスの腕前はほぼ互角であり、シャルル亡き後はジョゼフは他によい指し手を見つけることができず、一人で指すほど二人の腕前は突出していた。

 

 チェスの腕前から見られるように、宮廷内での権謀術数も同レベルだったと察することができる。ほぼ同格の才能と肉体と美貌を持ち、一人の娘を持ち、違いがあるとすれば、魔法の才能の有無と性格や思考だろうか。

 

 ジョゼフには弟のシャルルがとてもまぶしく見えたに違いない。魔法の才能、自分と同じ先を見通す目、清廉潔白で明るい性格、自分にはない社交性、そしてライバルであるはずの自分をも包みこめるだけの包容力。この世に二人といない完璧な人間に見え、そんな人間と比べられ続けるのは屈辱だったかもしれない。ジョゼフにも才能があったが故の不幸だろう。

 

 実際はシャルルもジョセフの才能を認めており、ジョゼフに勝つためだけに見えないところで努力を続けてきた。普段は笑顔で余裕を見せるシャルルは宮廷貴族らしい貴族だっただろう。そして、そんなシャルルを見抜くことができず、逆に深い思考と才能を持ちながらも愚者を演じるジョゼフはその才能を隠しきることができず、先王とシャルルにのみに見破られていた。

 

 先王が崩御する直前にジョゼフを次の王に指名したときにジョゼフに対し、シャルルは称賛とこれからも助力していくことを笑顔で告げたのだが、それがジョゼフの憎悪を爆発させるきっかけとなってしまった。

 

 原作でもあったとおり、ジョゼフはシャルルに悔しがって欲しかったのだ。人間らしく感情をぶつけて欲しかったのだろう。実際はジョゼフに隠れて先王に王になれなかった悔しさと疑問を激しくぶつけていたのだが、ジョゼフはそれを知ることができなかった。

 

 ジョゼフは完璧な弟であるシャルルを誇りに思い、愛していたのだろう。そして、そんな弟が口先だけでなくしっかりと自分を認めたという証が欲しかったのかもしれない。

 

 そして、まぁタバサ嬢の父であり彼の弟でもあるシャルルを暗殺し、そのシャルルの娘であるタバサ嬢に薬を盛り、シャルル派だった貴族の粛清に乗り出すのだが、これに関してはぶっちゃけ当然の帰結だと思う。

 

 恐らく王位に固執した弟シャルルが宮廷内で悪さしたのだろうと原作を読んだ時にそんな感想を持ったことを覚えている。ジョセフがその後、簒奪者として呼ばれていることから考えるに、シャルルが「実は自分が王になるはずだった」と影で噂を広めたり、ジョセフを追い落とす工作を宮廷内で続けていたとしてもおかしくない。シャルルが本当にジョゼフ王に協力するのであれば、その噂の芽もシャルル自身が完全に消す努力をしたはずだ。

 

 そして、そんなシャルルにジョゼフは気付いてしまったのだろう。弟に思いつく事は彼でも思いつくくらい二人の才能や思考は拮抗している上、そういった陰謀関連に対してはジョゼフの方が上手だと思う。

 

 つまり、そう考えると、タバサ嬢が生かされているのは本当にジョゼフの温情だけなのかもしれない。タバサ嬢が飲むはずだった薬をタバサ嬢の助命を願って母が飲んだわけだが、それをジョゼフが聞き入れただけだ。

 

 そして、シャルルを中心とした反乱の芽をガリア王国のため、王として潰し終えた彼に残ったものはなんだろうか。広大な領地、恐らくハルケギニアで一番強い権力、莫大な財産、自分のコンプレックスを思い起こさせる娘と姪、そして『始祖の香炉』と『土のルビー』を手にしたことで目覚めた虚無。さらに虚無の使い魔として召喚した強力な手駒であるクイーン。

 

 それらのどれもが恐らく彼の望んだものではなかったのではないだろうか。そして、王として行ったことが、皮肉にも彼が望むものを永遠に失わせた。もしジョゼフがシャルルを完全に見抜けていれば、もしシャルルの妻が夫を正確に把握し、その事をジョゼフに正直に伝える事ができれば、もし先王が旅立つもっと前にジョゼフを指名し、理由を告げ、シャルルが本性を現していればこのような悲劇は起こらなかっただろう。

 

 しかし、失ったモノが大きすぎて彼は恐らく未だ手にしている大事なモノに気付いていないだろう。特に姪であるタバサ嬢や自分の娘であるイザベラ嬢に対して愛情や憎悪といった執着を持っていない。ある意味タバサ嬢に関しては、すでに無力な単なる駒であり、単なるシャルルの残した者であり、気が向いたときに遊べるよう娘に貸しているおもちゃのようなものだろう。

 

 喪失感のみに支配された王がこの世界を盤にして楽しんでいるという歪んだ思考と、それをどこかで見ているだろうシャルルに見せたいということに執着している今が、ほぼ完璧に近い王の唯一の隙かもしれない。

 

 そんなハルケギニアの誇る最高で最強の王様に、この俺が単独で挑み彼から勝利を拾うためにはこの隙を突くくらいしか思いつかない。原作では虚無の魔法である『記録』を見せることでジョゼフの誤解と後悔を引き出したが、俺が挑むのであれば虚無は使えない。使った時点で俺の負けが決まるようなものだ。

 

 そして、そんなジョゼフの駒であるタバサ嬢はクラウスが惚れているとはいえ、まだクラウスや俺を駒や道具としか思っていない可能性が高い。今までの接点が少ない上に、基本的にタバサ嬢は彼女の母親の心を取り戻すこと、そしてガリア王を討つことしか考えていないだろう。彼女の能力は魔法と戦闘に突出している節がある。純粋で知的でとても頼りになるのは間違いないのだが、自らが所属するガリア王国に関しては無関心に近い上に、権謀術数や政治に必要な知識や思考が現状足りていないと言わざるを得ない。

 

 最終的な彼女の望みが見えないところが少々引っかかるのかもしれない。ふむ。そうか。俺が望むことに比べて、彼女が刹那的過ぎるのが問題なのだろう。まぁ、彼女の母上が回復したら彼女もガリア王国の姫に戻るかもしれん。その時に再び見極めることにしよう。

 

 ただ、タバサ嬢には悪いがこのチャンスは生かさせてもらう。喪失感が自分の全てを占め、それ以上の悲劇や感情を望んでいる王様に本当の喪失感というものを教えて差し上げるべきだろう。そして、シャルルを越えるクラウス(打ち手)がカスティグリアにいる事を悟らせて差し上げるべきだろう。

 そう……、メインディッシュは楽しまねばなるまいて。

 

 そんな事を考えていると、タバサ嬢が少し悲しそうな、縋るような表情を顔に浮かべて確認のため言葉を発した。

 

 「さっきあなたは三つのうち二つはは確約が出来ないと言った。条件を飲めばおかあさまが必ず戻ると確約できる?」

 

 「確約は可能だ。確約できないと言った二つの方法でも実際は可能だと考えている。しかし、その二つの方法で無理だった場合に取る最後の手段は確実だと断言できる。

 ただ、まぁ、カスティグリアの全面的な協力が必要になるのであまり使いたくない手ではあるが、可能だと判断している。」

 

 まぁぶっちゃけ水の精霊に任せればあっという間に解除は可能だと判断しているわけだが、彼女はこちら側に、というかこの部屋に水の精霊がいることを知らないだろうから曖昧に表現している。

 

 しかしまぁこれで決まりだろう。そう思っていたらクラウスが不安そうな顔で確認してきた。

 

 「兄さん、最後の手段って何? 一応聞いておきたいんだけど……。」

 

 「ふむ。まぁ思いついても実行する者はあまりいないだろうから構わないか……。

 エルフの拉致だよ、クラウス。エルフと交渉し、無理だと判断したら何人か拉致して心を完全に操り解除薬を作らせる。元々は彼らが作ったんだし、解除薬も彼らに作らせればよい。

 単純で確実だろう? はっはっは!」

 

 ぶっちゃけ誰でも思いつくだろうこの方法はかなりの戦力とエルフを物として考えるだけの残虐性とマジックアイテムなどが必要になるだろう。そして、タバサ嬢一人ではまず無理だと言っていいし、サイトやルイズ嬢、そして彼女の親友であるキュルケ嬢やツェルプストーの協力があっても無理だろう。思いついたとしても一瞬で消えていく案に違いない。

 

 「兄さん……、それは何と言うか……。ま、まぁそうならない事を祈るよ。

 すまないね、タバサ嬢。兄さんはたまにこうなんだ。その、任せてもらえればカスティグリアは全面的に協力するよ。」

 

 クラウスが苦笑いを浮かべながらタバサ嬢に俺のフォローをするとタバサ嬢は「わかった。条件を飲む」と言って目を伏せた。クラウスはその表情をしばし眺めたあと、俺の部屋にあった羊皮紙に先ほどの条件を書き出し、俺とタバサ嬢に渡し、それぞれ長ったらしい正式な名前でサインした。そしてクラウスが証人としてサインすると、丸めてカスティグリアで保存することを宣言した。

 

 俺の部屋に置いておくよりもカスティグリアで保存して貰ったほうが良いのだが、手札として使う予定もあるので、隠蔽処理つきのコピーをあとで渡してもらうよう頼んでおいた。

 

 あとはクラウスとタバサ嬢の交渉になるわけだし、クラウスに回答書もすでに渡した。紅茶を飲むと最後の一口だったようで、無くなってしまった。ふむ。そろそろ解散だろうしちょうどいい。ベッドに戻ってシエスタに紅茶を入れてもらおう。

 

 そう思って立ち上がろうとしたらクラウスが立ち上がってティーポットを手に取り、俺のカップに紅茶を入れた。ポットにまだ入っていたのだろう。

 

 「しかし、なぜクラウスが?」と、疑問を浮かべると、

 「いやいや、兄さん。まだ話は終わってないからね?」

と、クラウスに笑顔で言われてしまった。

 

 ふむ。しかし次の話題が思い浮かばない。次の侵攻作戦関連の話であればタバサ嬢がいない時に話すだろうし、タバサ嬢関連の話はあまり関係ないように思える。とりあえずクラウスに入れてもらった紅茶をお礼を言って口をつける。

 

 「では、申し訳ないのだけど、タバサ嬢。口頭で構わない。正式に依頼してもらって構わないかな?」

 

 クラウスが笑顔でタバサ嬢に告げると、タバサ嬢はいつもの無表情で「わかった」と言い。椅子から立ち上がり、クラウスの方を向いて口を開いた。

 

 「シャルロット・エレーヌ・オルレアンはクラウス・ド・カスティグリアに対し、正式に助力を願う。」

 

 そんなタバサ嬢の言葉を受け、クラウスも椅子から立ち上がると、クラウスは彼女の前に跪いた。

 

 「承りました、シャルロット姫。クラウス・ド・カスティグリアは捕らわれの姫を救うためならば力を惜しむことはありません。あなたを縛る枷から解き放ち、救い出すと誓いましょう。」

 

 クラウスが少し顔を赤くしながら頭をたれてタバサ嬢に誓うと、タバサ嬢も無表情な顔を仄かに染めているように見える。ふむ。彼女が好きな『イーヴァルディの勇者』を詳しく読んだことは無かったと思うのだが、もしかしてその辺りの琴線に触れられるよう、クラウスは研究したのだろうか。さすが恋愛のプロのレベルは半端ないのかもしれない。

 

 そして、クラウスが少し反応に戸惑っているように見えるタバサ嬢に笑顔を向けて、立ち上がると、彼女の手をそっと自分の手に乗せて椅子に座るようエスコートした。タバサ嬢はなすがままに椅子に座ると、こちらを見たが、やはり少し顔が赤い気がする。

 

 「では賢者殿。姫君と姫君の母上をガリア王の魔の手から救い出し、完全に守りきる方法に関して何か考えがあるか聞きたいのですが」

 

 お、おう。賢者殿か……。今後この件に関してはすべて『イーヴァルディの勇者』の流れで進んでいくのだろうか……。ちゃんと読んでおけば良かったかもしれない。

 ふむ。しかし賢者殿か。悪くない。悪くないとも! こういうのは大好物だとも!

 

 「うむ。勇者よ。まずこの作戦で一番重要なのはタイミングだ。タイミングが全てとも言えるだろう。場合によってはモンモランシにある戦力も必要になる。カスティグリア始まって以来の総力戦になるかもしれん。それは構わんな?」

 

 「ええ、賢者殿。今回侵攻作戦に出す戦力はカスティグリアの中でも選りすぐりだと断言できますが、カスティグリアやモンモランシに残す戦力もそれほど悪くはありません。ガリアの総力に比べると心元無いものですが、侵攻作戦に赴く主力が戻るまでは守りきれると断言できます。」

 

 タバサ嬢もやはり大好物だったのか、表情こそ無表情に近いが、頬は赤く染まったままだし、瞳も少し輝きを増している。そして何でもない風を装いながらチラチラ見ているのが少しかわいい。

 

 「恐らくだが、アルビオンとの戦争が終わり次第、ガリア王もアルビオンに赴くだろう。かの地には無視できない物が最低一つ、そして作戦が成功した暁には更に増える可能性すらある。ガリア王が動けばガリアの艦隊もアルビオンに向わざるを得まい。タイミングとしてはその時がベストだと考える。

 しかし、その前に相手側に作戦が察知される可能性も残っている。その場合は即時作戦を開始する必要が出てくる。

 作戦は単純だ。艦隊を使い、強襲し、兵の数に物を言わせて姫の使用人を含め、オルレアンから出来うる限り全てのモノを短時間で回収しカスティグリアに移す。風石が足りないようならモンモランシで一度補給すればよい。つまり、出来る限り直前まで作戦自体を気取られぬことが肝要。」

 

 「え、えっと、兄さん? それだと確実にガリアにバレるよね? できるだけ最後まで気取られないように実行した方がいいんじゃないかな?」

 

 俺が賢者を装い厳かに堂々と提案したというのに、勇者クラウスは配役を忘れたかのように戸惑ったような動揺を浮かべた。

 ふむ。もしかしてこの『イーヴァルディの勇者(策謀編)』ごっこは終わりなのだろうか。折角テンションが上がってきたというのに、ここで終わらせるのは少々つまらない。

 

 ほら、勇者クラウスよ、タバサ嬢を見たまえ。彼女も少しいぶかしんだような顔をしているではないか。彼女に惚れているのであれば大好物は差し上げる努力をすべきだぞ? ここは兄として、恋愛のプロになるためにも勇者クラウスのフォローをすべきだろう。

 

 「安心するがよい。勇者クラウスよ。どちらにしろどうせバレる。」

 

 そう断言すると勇者クラウスはゴンッと机に頭をぶつけた。

 

 「ま、まぁコソコソと少ない戦力で敵襲に怯え、長時間不安を抱えて行うよりも、相手の度肝を抜いて堂々と大戦力で効率と安全性を追求し短時間で一気に終わらせ、出来る限り早くカスティグリアに戻る方が成功率も高い。それに、思い出の品などを全て放棄して人間だけでよいというのであれば竜部隊だけでも構わんかもしれん。

 後は簡単な両用艦隊でも作ってラグドリアン湖でテストや海戦ごっこをしていたとか、竜が水浴びしたい言っていたとでも言えばよかろう? そしてガリアが問い合わせてくるようならタバサ嬢とその母上なら知っているがミス・オルレアンやその母親など知らんと言い続けるしかあるまいて。まぁその辺りは交渉するつもりだがね? まぁ最善を尽くすのであれば全てはアルビオンとの戦争が終わってからだな。」

 

 クラウスは何とか真面目な表情を取り戻し、顔を上げ話を進めることにしたようだ。

 

 「と、取り合えず早くて三ヶ月後、伸びたとして来年かな?」

 

 「そうなるな。とりあえず侵攻作戦が開始される前までに準備を整えておく必要がある。それ以前に実行する必要があるようであれば風竜隊に頼むしかあるまいて。」

 

 大体の方針が決定したので、今度こそ俺の出番は終わるだろう。クラウスはタバサ嬢に向き合った。

 

 「姫様。それで構いませんか?」

 「構わない」

 

 タバサ嬢は同じ年代の異性から姫様と呼ばれることに慣れていないのだろうか、少し顔を赤くしたままだ。クラウスはそんなタバサ嬢を見つめ、今にもプロポーズしそうな雰囲気すら纏っているが、やりすぎてタバサ嬢に引かれないかが個人的には不安だ。

 

 そして、タバサ嬢の母上救出プランで想定している内容を聞かれたので、タバサ嬢の屋敷を簡易的に再現し、そこで運び出しの訓練を行うよう言っておいた。出来る限り時間を節約できればそれだけ安全性が増すだろう。どのような部隊をどのくらい配置するかはクラウスに任せるとして、兵の一人ひとりが完全に決められたように行動できれば数十分で終わるのではなかろうか。

 

 クラウスはその訓練を採用するらしく、タバサ嬢と話し合って詳細をつめるそうだ。概ね重要な話が終わったので、クラウスは隠蔽措置を解除してシエスタを呼び入れた。

 

 部屋に戻ったシエスタは笑顔で新しく紅茶を淹れてくれた。目の前でクラウスとタバサ嬢の淡すぎる恋を見ていた反動だろうか。そんなシエスタが癒しに感じた。

 

 そしてシエスタの淹れた紅茶を飲み終わった頃、クラウスは作戦の素案をまとめるとのことで、壁に立てかけてあったタバサ嬢の杖を彼女に返すとシエスタの見送りでタバサ嬢と部屋を出て行った。

 

 少々張り切ってしまっていたようで、ちょっと疲れが出てきた。そんな疲れを意識したと思ったら体からガクッと力が抜け椅子からすべり落ちそうになったが、何とかテーブルに置いていた手に力を入れて体を支えると、シエスタがすぐにこちらへ来て体を支えてくれた。

 

 「クロア様。お疲れのようですね。お休みしましょう。」

 

 シエスタはそういうと、俺の腕を取って自分の肩に回し、抱えるようにしてベッドまで連れて行ってくれた。そして、天蓋から下がる分厚いカーテンを閉めると、シエスタは俺がタバサ嬢に会うために着ていた制服を脱がし、部屋着兼寝間着に着替えさせ、ささっとベッドに俺を入れた。

 

 「すまないね。シエスタ。」

 「いえ、難しい話し合いだったみたいですね。具合が悪そうなのでモンモランシー様を呼んでまいります。」

 

 シエスタは俺の頬をひと撫でするとモンモランシーを呼びに行った。

 しかし、大して難しい話し合いでもなかったし、最近無理はあまりしてなかったはずだ。タバサ嬢との話に重圧を感じたわけでもない。一体原因はなんだろうか……。

 

 確かに、タバサ嬢の問題を解決するために必要な事を考える時に、アルビオンの戦争、そしてジョゼフ一世の考えを色々と脳内で処理して想定と対策を平行して考え続けた。しかし、そのようなことは大抵どんな話し合いでも行っている事だし、難解とも思えるジョゼフ一世に関する事柄も別段新しい発見があったわけでもない。

 

 ふむ。なるほど。そういえば俺は恋愛初心者でしたな。恋愛のプロにいざなわれた恋愛という戦場そのものに新兵の如く当てられてしまったのだろう。やはり俺は戦力外なのだろうか。彼らの判断が正しかったのだろうか。

 

 なんとなく今、同じく恋愛初心者であろうギーシュやマルコに会いたくなったのは仕方のないことだと思う。そんなことを考えながらモンモランシーを待っていたはずなのだが、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。タバサ嬢とジョゼフさんとシャルルさんに関しては独自の見解が混じってるかもしれません。ちょっと自信ないっす。

 
~書いているときに思いついたネタ~
注:いつものように本編に関してなんの関係もありません。多分。

クロア 「ふはははは! 賢者様に任せなさい!」(胸どんっ 「ごふっ」(吐血
クラウス「に、兄さあああん! 僕は勇者になれるんだろうか……」(涙
タバサ 「コレタブン賢者ジャナイ」
ジョゼフ「俺魔王? 魔王ポジション? ふはははは! 来るがよい! 勇者よ!」


カスティグリア:まだアルビオン終わってないのに次の予約が入ったのか?
モンモランシ :い、嫌な予感がする! 隣の領地に関することでとても嫌な予感がする!

-追記-
書き忘れてたあああああああああ!?
ええ、次回もおたのしみにー!


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39 コルベール先生の餞別

クロア:ふむ。作者よ。予定では軍のお偉いさんと会議して次話で侵攻が始まると聞いていたのだが、どうしてこうなった?
作者 :わかりません><;;;

そ、それではどうぞー!


 約一ヶ月前、カスティグリア研究所でのゼロ戦に関する研究が全く進まなくなったらしく、学院から歩いて20分ほどの距離のところの土地を借りて、カスティグリア研究所魔法学院支店のような物ができた。そして、滑走路やハンガーなどの研究所施設が設置された。元々俺がタルブ村に行った時にガンダールヴの協力が得られないかクラウスに聞いていた件がここに来て形になったようだ。

 

 ルイズ嬢の協力でサイトの協力を得る代わりに戦力としてゼロ戦の貸し出しを要求されたのだが、なぜかアンリエッタ女王陛下の耳にも入っており、戦時中に限りガンダールヴにゼロ戦を供与するよう女王陛下から要請があったらしい。クラウスの出した折衷案で侵攻作戦の開始ギリギリまでは研究を優先し、開始時にはサイトに供与されることになったそうだ。そして、戦争が終わったら再びカスティグリアに戻されるということだ。

 

 なるべく無傷で済ませて欲しいところだが戦闘機動をするにあたってそれほど期待はできない。恐らく一度の出撃だけでも磨耗するようなものだろうし、箇所によっては固定化が掛けられていても整備や、ひどいようなら部品の交換が必要になるだろう。その辺りは最優先でテスト飛行を繰り返して整備箇所の追求と方法を模索することになっている。

 

 しかし、なぜアンリエッタ女王陛下の耳に入り、あっさりとカスティグリアが従う事になったかと言うと、ルイズ嬢がいつの間にかアンリエッタ女王陛下の女官になっていたのだ。いや、原作でも女官になるのだが、一体何が起こったのかよく分からない。以前の手紙の件と虚無の使い手であること、そしてこの混迷の時期に気を許せて信頼できる部下が欲しかったといったところだろうか。

 

 少しでも女王陛下の心の支えになるのであれば、ルイズ嬢が原作通り女官になるのは吝かではないし、ガンダールヴの助力も得られるのであれば問題はないだろう。最近はテスト飛行に付け加えて、空戦機動のテストと共にアグレッサーが戦技訓練を行っているらしい。実弾を撃つと双方傷つくので、大体の機動で判断するのだが、訓練自体はかなりシビアで1対1の戦いでは今のところやはりゼロ戦の方が強いそうだ。

 

 アグレッサーとしては久々に現れた強敵にかなり燃えているらしい。というかすでに3対1であれば勝てるそうだ。これにはさすがのサイトも驚いたそうだが、安心するがよいて、俺も驚いているし、正直信じられん。

 

 アグレッサーやゼロ戦だけでなく、カスティグリア諸侯軍の準備も順調に行われている。いや、主にクラウスや父上、そしてモットおじさんががんばっており、俺は大抵クラウスからの報告を聞いているだけなのだが、クラウスはタバサ嬢の母上救出の件も同時に扱っているためオーバーワーク気味だそうだ。特にタバサ嬢の件に関してはクラウスも本気で準備しているらしく、アグレッサーを使って何度もカスティグリアで訓練している救出部隊の視察に行き、話し合いや作戦会議に出ているらしい。

 

 それを聞いて、数週間後に行われる王軍との調整は俺が出向く事にした。クラウスは特に必要ないと言ってくれたのだが、少しは兄らしいところも見せねばなるまいて。しかし、王軍の旗艦を訪問して顔合わせと作戦の最終的なすり合わせを行うくらいなのでぶっちゃけ大したことないと思うし、兄らしいところを見せられるかは謎ではある。

 

 トリステイン・ゲルマニア連合軍の総司令官は原作通りオリビエ・ド・ポワチエ大将。総参謀はウィンプフェン。ゲルマニアの軍指令官はハルデンベルグ侯爵。それに追加で俺が独立諸侯軍の最高指令官という総司令官並の権限をアンリエッタ女王陛下から頂いている。

 

 カスティグリア諸侯軍以外の連合軍の戦力は六万の兵を乗せた総数五百の大艦隊になるらしい。内訳は戦列艦が六十隻、兵員や補給物資を積んだ輸送用のガレオン船が四百四十隻。ぶっちゃけ船員も含めれば十五万くらいの人間が動くのではなかろうか。

 

 ちなみに、ヴァリエールは原作通り金を払って参戦しないことにしたそうだ。ヴァリエール諸侯軍を率いる人間がおらず、公爵は年齢的に問題があるらしく、女性は軍を率いる事ができないらしい。まぁ年齢が問題にならないのであればグラモン元帥が出てくるだろうし、そんなヴァリエールに要請するマザリーニ枢機卿もある意味度胸があるのかもしれない。

 

 しかし、恐らくハルケギニアで最も虚弱であり病弱なこの俺が戦場に行くというのだからヴァリエールも参戦しても良かったのではなかろうか。いや、この侵攻作戦には反対で、再侵攻に備えてくれていると思えばそれはそれで問題ないかもしれない。

 

 あと、以前クラウスに頼んだ条件は全て履行され、それぞれ必要な署名がされた羊皮紙は、俺の確認後レジュリュビに移された。そして、追加でギーシュとマルコの引き抜く件や、ルイズ嬢やサイトが参戦するのであればこちらに引き抜けないかと提案してみたのだが、それらは残念ながらほぼ失敗に終わった。ギーシュやマルコはすでに王軍に志願しており、カスティグリア諸侯軍に移籍することは認められないそうで、ルイズ嬢とサイトは王室直属のゼロ機関として動くことになっているそうだ。

 

 ただ、サイトがゼロ戦に乗ることが前提になっており、ゼロ戦の機密を王軍に渡すことを拒否しているため、ゼロ戦の母艦はカスティグリアで作られたゼロ戦に対応できる竜母艦となっている。そのフネで風竜の一小隊と共にゼロ戦と燃料と弾薬を満載していくそうだ。弾薬に関しては少々精度がまだ足りていないため、安全性を考慮して命中率はあまり期待できないそうだ。その点は補充できるだけマシだと思ってもらうしかない。

 

 そして、このゼロ機関に関する取り扱いは、ルイズ嬢に女王陛下の女官としての地位が与えられているため、軍が彼女に要請し、彼女がそれに応えるというものらしい。俺からの要請も彼女が頷けば取り扱ってくれるそうだ。つまり、命令系統は別だが、母艦がこちらのフネなので原作とは違い、王軍ではなく諸侯軍の作戦に協力してもらうことの方が多いだろう。折角なのでおいしいところをサイトに回す予定でもある。

 

 そんな中、俺はこれまでの期間、大抵クラウスからの報告や相談を受けながら、これから先の想定される問題点と対処法、そして俺の考える平和への道筋の資料を作成していた。ただ、少々ブリミル教との軋轢が生じる可能性があるのでその辺りは本当にざっくりと書いている。とりあえずそろそろ仕上がるので仕上がり次第クラウスに渡す予定だ。

 

 

 

 そして、現在、俺の部屋に少々面倒くさい人物が訪問している。ぶっちゃけお引取り願いたいところなのだが、なぜかサイトも一緒におり、今のところ彼は協力者なわけなのでお断りしづらい。

 

 ベッドの上で書き物をしていた俺は、彼らを一度外に待たせて、シエスタに制服に着替えさせてもらい、テーブルに着いた。シエスタに人数分の紅茶を淹れてもらい、準備を整えてシエスタに部屋に招き入れてもらう。

 

 軽い挨拶を終わらせて、対面の椅子を彼らに勧めると、俺の正面にコルベール先生、その隣にサイトが座った。きっとゼロ戦のことが彼に伝わったのだろう。しかし、今現在の所持権はカスティグリア研究所が持っている上に、機密情報として扱われている。そのことに関してはクラウスがサイトを説得したそうで、サイトは納得してくれているらしい。

 

 情報の隠蔽が一番厳しく行われているのはカスティグリアにある研究所本部なのだが、ここでは情報や資料をかなり厳しく取り扱われている。機密情報などに触れる人間はマジックアイテムだけでなく、魔法のギアスに自らかかり、必要箇所以外で口外しないよう対策されているとかなんとか前に聞いたことがあった気がする。

 

 だた、まぁ、ゼロ戦に関しては、すでにある程度漏れ気味なのはしょうがないのだろう。すでにタルブ村の人間の目に触れており、学院の近くで研究しているくらいだし、学院の外で爆音を轟かせて飛行してるし、サイトは色々と抜けてるらしいし……。そんな事もあってゼロ戦に関してはかなりゆるい措置、というかある程度諦めてるかもしれない。

 

 そして、コルベール先生がサイトを伴って訪ねて来たのは、恐らくだがそんなゼロ戦に対しコルベール先生が興味を示し、サイトに見せてもらえるよう頼んだ。そして、サイトが懇意にしているであろうゼロ戦の研究スタッフであるメイジにサイトが頼んでみたが、彼らにとっては意外とセキュリティが堅く、なんとかするために、名前だけだが、カスティグリア研究所所長の俺のところに来た。といったところだろうか……。

 いやまぁ、あくまで想像だが、大して違わない気がする。

 

 「コルベール先生。こうしてここで話すのは三度目でしたかな? 使い魔君、研究だけでなくアグレッサーの教練にも付き合って貰ってるそうだね。改めて感謝の言葉を送らせてもらうよ。ありがとう。せめてシエスタの淹れた紅茶を楽しんでいってくれたまえよ。さて、先生、使い魔君を連れてきたことで大体予想はつくがまずお話を窺いましょう。」

 

 面倒くさそうだが、ある意味今回コルベール先生から接触してきてくれたのは運がいいのかもしれない。できれば二人で話したかったが、ただの巡りあわせだし贅沢は言えまい。むしろ向こうから来たということを幸運に思うことにしよう。

 

 シエスタはコルベール先生とサイトの前に置いたカップに紅茶を入れると、ティーカートの側まで下がった。サイトは「おう! こっちもいい練習になってるぜ」と笑っていたがコルベール先生の顔はかなり真剣だ。

 

 「ミスタ・カスティグリア、いくつか聞きたいこととお願いがある。」

 

 コルベール先生のその真剣な表情から出された声も表情通りに硬い声だ。そして、その声を隣で聞いたサイトも少し硬くなった。視線で続きを促しながら紅茶に口をつけると、コルベール先生が再び口を開いた。

 

 「あのゼロ戦というものをサイト君から聞いたよ。彼の世界の『ひこうき』という物で空を飛び、戦うための兵器だそうだね。アレを研究して、君は……、カスティグリアは何をするつもりなんだ?」

 

 「ご想像の通りかと思うが勘違いされても困る。一応はっきり言っておこう。当然戦うつもりだとも。コルベール先生。」

 

 「アレははっきり言ってメイジを殺しうる兵器だ。研究すればするほど、戦争が悲惨なものになるのは君にも容易にわかるはずだ。それでも君達は研究を続けるというのかね?」

 

 ん? 少し疑問がわいた。確かあのゼロ戦に搭載されていた兵器は機銃だけだったはずだ。しかも現在は一本か二本は取り外され、分解されている可能性もあるし、ゼロ戦関連の機銃の研究は弾の量産でもしているのではなかろうか。別のところでは元込め式の大砲などの兵器の開発をしている可能性はあるが、それはサイトも知らないはずだ。

 

 そして、それらの報告書は極秘なため、俺が学院で確認することは出来ないし、研究所にはタルブで初めて足を運んだだけだ。しかも、ゼロ戦の機銃に関しては実際の射撃を学院の近くで行っているなどということは聞いたことが無い。そう、コルベール先生が見ただけで想定できるとは思えないのだ。

 

 「ふむ。使い魔君。少々確認だ。彼に搭載兵器の事を話したり見せたりしたかね? 極秘事項になっていると思っていたのだが……。」

 

 サイトにそう聞くと、サイトは挙動不審になり、代わりにコルベール先生が答えた。

 

 「ゼロ戦の戦闘能力に関しては彼から聞いているが、あのゼロ戦ではなく、彼の世界にあった兵器全般に関して、どのようなものがあり、どのくらいの威力があり、どのくらいの死者が出るのかを聞いただけだ。重ねて言うがあのゼロ戦自体ではなく全体の中の一部の同じようなものとして彼から聞いているので極秘事項には当らないはずだ。」

 

 恐らくサイトの兵器関連の知識に関しては原作通りならば存在するくらいしか知らないと思っていいだろう。ただ、ミサイルや爆弾、元込め式の大砲やライフル、突撃銃、重機関銃、それに蒸気機関、列車、自動車、旅客機あたりはそういう物が存在する程度の情報がすでに流れていると思っていいかもしれない。問題はその中からコルベール先生がどの程度実現するかになりそうだ。

 

 そして、コルベール先生は自分にポロッとこぼしてしまったサイトを咄嗟に庇ったつもりだろうが、それはあまりよい手とは言えないだろう。

 

 「なるほど。そういうことなら構わないとも。驚かせてすまないね、使い魔君。しかし、コルベール先生も人が悪い。人の善い使い魔君からそのような情報を引き出しておいて、もしそんな情報が他の人間に渡ったらどうするつもりです? その人間が実現し、メイジ殺しだけでなく、そこいらの平民や傭兵、そして敵軍に渡り、量産されたらどうするつもりです? 

 少なくともカスティグリアは使い魔君の反応を見ればわかるようにかなりの隠蔽がされており、情報開示制限や使用制限、研究のための権限や罰則を厳しく設定しているはずです。」

 

 そう、そのためにカスティグリアでは平民出身の兵でも長期契約で雇っているそうだ。そして、機密条項が漏れないよう、傭兵などのような一時的な兵は全く雇っていない。恐ろしく莫大な資金が諸侯軍を維持するために使われているはずだ。恐らく主力の収入源である風石が暴落でもしたら早めに軍事関連を縮小して軍事開発された中でも比較的安全なものを一般レベルに落とし、主力を輸出業にでも事業転換しないとカスティグリアはあっさり破綻するかもしれない。

 

 そして、俺の言葉を聞いてコルベール先生は少し気まずそうにしたあと紅茶に口をつけてから再び真面目な顔で口を開いた。

 

 「カスティグリアが隠蔽に気を使っているのはわかった。しかし、カスティグリアは戦争をしたいのかね? 一方的に勝ち、数多くの不幸な人間を生み出し、それでどうするつもりなんだね? それならば平和利用のために注力すべきではないかね。」

 

 言いたいことはわからなくもない。しかし、今は戦時中であり、すでに一回戦はタルブでやり終わっている。そういう事はガリアの王様の前で言って思いっきり笑われて来てから言って欲しい。いや、先生が「狂ってる」とか言って杖を抜いた瞬間に王様に殺される未来しか見えんが……。

 

 「ふむ。つまり人口の少ないトリステイン王国は人口の多い他国に蹂躙されるべきで、平和を謳いながら滅びろとおっしゃる? それとも人口の少ない国は武力を放棄して国として消滅するべきだと? 確かにハルケギニア全体から見れば不幸な者は減るでしょうな。」

 

 「はぐらかさんでくれ。君ならそんな事を言っているのではないとわかっているだろう。正直に言うと以前サイト君から彼の国の様々な事を聞いた時、私は新たな希望を持った。そしてあのゼロ戦を見た時、私は感動と期待で心が躍った。すでに実現されている『ひこうき』や『えんじん』という物がこの世界に存在していたことに歓喜した。

 しかし、君はすでに知っていたのだろう? 約一年前あの時、君の決闘後の医務室で私がはぐらかされた答えの……、カスティグリアが目指す一つの集大成がアレなのだろう? カスティグリアがすでにそれを戦争に利用するために研究していると知ってその事がよく分かったとも。

 そして、私はそんな長い時間と情熱を掛けて戦争の準備をするカスティグリアが争いの種にしか思えなくなってしまったのだよ。君は以前、“カスティグリアの戦力は防衛のため”と言っていたが、今回はアルビオンに侵攻するのだろう? その次はどこだ? アルビオンだけでなく、さらに長く続く戦争に備えていたのではないのかね?」

 

 コルベール先生の声が荒くなり、少々こちらを攻める口ぶりになった気がする。サイトもそんな先生を初めて見たのだろう。ちょっと驚きつつこちらをチラチラと見ている。

 ふむ。確かに良い所を突いてる。以前俺が言ったことが少しは彼に届いていたのだろうか。ただの研究者ではなく政治や世界情勢にも少し目を向けるようになったようだ。

 

 「コルベール先生。詳しくは話せんが、これだけは正直に話しておこう。カスティグリアが望むのは侵略されず、戦争の起こらない安心できる平和な時間だということに嘘はない。そして、その平和な時間を得るためにカスティグリアの人間は命を()して戦い、その平和な時間を望み自らの命を賭す人間の尊い命を守るために兵器を開発し、一方的に相手を殺すのだよ。」

 

 「しかし、今カスティグリアやトリステイン、そしてゲルマニアが行おうとしているのは学生までもを巻き込んだアルビオンに対する侵攻だ。侵略し、平和な土地を蹂躙しようとしているのはこちら側ではないか。アルビオンを封鎖し、枯渇させ、和平を引きだす方法もあったのではないかね?」

 

 「コルベール先生。そう考えてしまうのは致し方ないことだと思うがね。間違いなくトリステインゲルマニア連合軍にはアルビオンの封鎖は出来ない。そしてその作戦を取ると、遠からず必ずトリステインは再び侵攻され、タルブのように焼かれ、カスティグリアの人間が死ぬ。」

 

 実際アルビオンに侵攻するのは意外と難易度が高い。相手の土地はフネでしか上陸できない上に相手にはアンドバリの指輪がある。こちらは一撃に賭けた総力戦に近いので失敗して被害が甚大になると再度侵攻され、今度はあっさり負ける可能性もある。

 

 連合軍は公称六万、アルビオンは公称五万。侵攻作戦による攻め手は三倍の兵力が必要という意見もあったらしい。となると十五万の兵が必要なわけだが、それは結局のところ歩兵の数であり、フネや町を破壊する戦列艦、ただの平民に対しては異常な戦力を発揮する竜や幻獣やメイジの比率はどうなのだろう。そう考えると意外といい線行っていたりしないだろうか。

 

 いや、カスティグリアが参戦しなければだが……。

 

 「それに、使い魔君ならある程度わかっていると思うが、コルベール先生、これはただの侵攻作戦ではないのだよ。すでに戦時で作戦が立案され準備されているこのときに、部外者であるあなたにはっきりと詳細を言えないのは俺としても心苦しい。しかし、俺は少なくともトリステイン王国の平和のための努力を惜しんではいないよ。」

 

 最初はカスティグリアを守るためだけだった。そしてモンモランシが増え、タルブ村を、それらを含むトリステイン王国をと、この一年と少しの間に再現なく増えていった。そんな中、俺はそれらを守るためにこのいつ死んでもおかしくない命を今まで何度も賭け続け、削り続けている。

 

 ふむ。よく考えたら彼の説得に何の意味があるのだろうか。最初は彼から贖罪を引き出し、彼が持つ炎のルビーを言葉巧みに譲渡していただこうと思っていたのだが、少し面倒くさくなってきた。ここは早めに見切りをつけてその要件を済ませよう。幸いコルベール先生は少々考えに沈み始めたし、サイトはそんなコルベール先生と俺を見比べている。

 

 『プリシラ。俺の目の前、使い魔君の隣にいる人間の巣はわかるかい? 彼の巣にいくつか机があると思うのだが、その数ある引き出しの中に『炎のルビー』という指輪があるはずだ。アンリエッタ女王やルイズ嬢がしていた似たような指輪があったろう? アレを赤く染めたようなものなのだが。』

 

 『あら、これね。あったわご主人様。不思議な感じがそっくりよ。とても赤くてキレイな指輪ね。』

 

 はやっ! 僅か数分たらずでプリシラは補足したようだ。何かもうぶっちゃけプリシラにアンドバリの指輪の奪取も任せてしまったほうが早い気がしてきた。というかプリシラに任せれば生物以外なんでも手に入るのだろうか……。実は四つのルビーを揃えるのは簡単なのか? しかし、王族相手はさすがにまずいだろうし、ルイズ嬢から盗むのは気が引ける上に今の所全く意味が無い。最終的手段として使う以外はやめておこう。

 

 『その指輪を持って空で待機し、この部屋にいる人間が出たら持ってきてくれないか?』

 『構わないわ。ご主人様。』

 『ありがとう、俺のつがい』

 『ふふっ、どういたしまして、わたしのつがい』

 

 ぶっちゃけ使い魔によるコソ泥であり、初めての経験だが、これに関して彼に所有権があるとは思えない。いや、あるとしても認めない。元々はロマリアのものだろう。だが、一人の女性が命を賭けたことによって炎のルビーはダングルテールに運ばれた。そして、その指輪のためにロマリアはリッシュモンに金を払い、リッシュモンが実験部隊を使ってダングルテールを焼いた。

 

 隊長であったコルベールが指揮する実験部隊の誰かが、最後に毛布で隠された幼少のアニエスに水の魔法を使って庇い続けた女性を焼き、その女性の持っていた炎のルビーを入手しただけのことだったはずだ。少々原作知識があやふやだが、そんなところだったと思う。

 

 原作のコルベールのように、彼女が命を賭けて、ダングルテールを巻き添えにしてまで守ろうとした炎のルビーを、ダングルテールを焼くよう画策したロマリアの元に戻すつもりはない。そして、それをコルベールに説明するのも困難だし、彼の思い違いには少々腹が立つ。彼女が命を賭けて奪取し、ダングルテールを巻き込んでまで入手した炎のルビーは、俺とダングルテールを併合したカスティグリアが彼女の意思と彼女を受け入れたダングルテールの志と共に守るべきだろう。

 

 「コルベール先生。前にも言ったと思うが、あなたは今、教師という職に就いてはいるが本質は学者だ。政治家や法律家、そして貴族でもなければ領主でもない。疑問を持つことは結構なのだがね。残念ながら平和や戦争について語り合うには、あなたの平和や戦争というものに関する考えは少々浅いと思うのだよ。まだ使い魔君の方が理解を示してくれるかもしれないね。」

 

 人の考え方や理想はそれぞれあるだろう。俺の理想の平和が万人に受けられるという驕りはない。しかし、それならばせめて平和の道筋を用意してから会話に望むべきではないだろうか。どうすれば今後トリステイン王国が戦争に焼かれずに済むかを彼は考えたことがないのだろう。その点、アンリエッタ女王殿下は女王に即位した時からずっと考え続けているはずだ。そして恐らく彼女には俺の理想を理解していただけるだろう。

 

 「惜しむらくは、本来トリステインに関係ないはずの異世界から連れてこられた使い魔君や君の飼い主のルイズ嬢が巻き込まれてしまったことだよ。出来る限り戦争に巻き込まぬよう個人的には気を使っていたのだが、ゼロ戦関連のことがきっかけで完全に巻き込んでしまったようだね。必要に迫られたゆえ、アレに関しては秘密裏にとはいえ君に協力を依頼するしかなかったのだよ。本当に申し訳なく思うよ。すまなかった。」

 

 そう言ってサイトに真摯に頭を下げると、サイトは慌てたような声を出した。

 

 「いやいやいやいや、頭を上げてください。クロア様! あの、ゼロ戦の事をルイズに教えちゃったのは俺だし、ルイズが姫様に教えちゃったわけだし、気に病んでいただくと俺も怖いんで、その、あー、そうだ。前に何かプレゼントをいただけるとおっしゃってましたよね。それでチャラにしてください。どうかこのとうり!」

 

 サイトがそんなことを言って両手の手のひらを合わせて頭を下げたので、何か前世の日本人のお互いに頭を下げる文化を思い出してしまった。そして、そんな前世の思い出が何か懐かしいような面白いような気がして、悪乗りすることにした。

 

 「いやいやいやいや、使い魔君。それとこれとは別さ。このとーり、本当に悪いと思っているのだから受け取ってくれたまえよ。」

と言って頭を下げると、

 

 「いやいやいやいや、クロア様。俺も悪かったんだし、そう簡単に受け取れませんって! それにほら! 俺もゼロ戦に乗らせてもらってるし! だからこのとーり! どうか頭を上げてください。」

 

と言ってサイトも手を合わせたまま更に上にあげ、再び頭を下げた。ぶっちゃけなんでサイトが頭を下げているのかは不明だが、彼は混乱しているのかもしれない。いや、以前の後遺症が再発してしまったのだろうか。もしそうならこのお遊びは早めに止めたほうがよいだろう。

 

 「そうかね? まぁ使い魔君がそう言うのであれば、この件に関する謝罪は撤回させていただき、代わりに元々クラウス辺りが不問にしていそうだが、そちらの違反も問題ないものとして扱わせていただこう。それで良いかな?」

 

 そう簡単な落し所を示すと、サイトは笑顔と懐かしさに浸るような表情を顔に浮かべた。

 

 「ああ、そうしてくれよ。でも何か懐かしいやり取りだったな。」

 「そうかね? 俺も少々楽しくなって悪乗りしてしまったようだ。」

 

 そう笑顔でサイトと笑い合うとシエスタも釣られたように「ふふっ」と少し笑って紅茶のおかわりを注いでくれた。そしてそんな空気に当てられたのか、コルベール先生の顔に浮かんでいた険のある表情が緩み、ため息を一つ吐いたあと、少し笑顔を浮かべ、教師らしい雰囲気になった。

 

 「ミスタ・クロア、私は君の言う通り、平和というものについてまだ考えが足りないのかもしれない。それに関しては認めよう。

 しかし、君とサイトくん、二人にお願いがある。どうか死なずに戻ってきてくれたまえよ。君達はまだ若い。それに平和を願っているのだろう? ならばその平和を私に見せてくれたまえよ。そしてサイトくん。君の故郷もぜひ見てみたい。どんな事があっても諦めず、二人とも必ず生きて戻ってきてくれたまえよ。」

 

 ふむ。こんな事を目の前で言われるのは初めてかもしれない。ちょっとジーンと来てしまった。コルベール先生は学者ではなく教師の方が似合ってるのだろうか。

 

 「最善を尽くすとも。先生。」

 「俺も必ず生きて戻ります。」

 

 ちょっといい雰囲気の中で、そう彼の想いに応えると、無粋な追加依頼が来てしまった。

 

 「それと、もう一つお願いがある。君達はこれから戦争に行くんだ、たくさんの人の死に触れねばならんだろう。だが……、慣れるな。人の死に慣れるな。

 私は昔、愚かしくもそれに慣れてしまった。そしてそれを当たり前だと思った瞬間、何かが壊れた。私は君達に私のようになって欲しくはない。だから重ねてお願い申し上げる。戦争に慣れるな。殺し合いに慣れるな。“死”に慣れるな。」

 

 真剣な表情のコルベール先生の言葉にサイトは深くうつむき、「わかったよ、先生」とつぶやいた。贖罪を背負ったコルベール先生らしい言葉だ。生徒であるサイトには深く届いただろう。

 

 しかし、俺は自らの手で人を殺したことはないが、すでに純潔とは言えないだろう。それに、人の死に慣れないことへの辛さを理解している。時には指揮官として数字で自分が生み出した人の死を数え、時には必要だからという理由で命を奪い、時には簡単に自身の死を選び、日々苦痛に晒され、毎年来る誕生日には毎年死に損なうというイベントをこなしている俺には少々場違いな発言だと思った。

 

 ふむ。そうか……。すでに俺は彼の言う何かが壊れているのかもしれない。いや、この世界で生を感じ、初めて死を覚悟したときからその何かが壊れているのだろう。だからコルベール先生の言葉は今まで俺に届かず、今回も場違いだと感じたのだろう。そして、俺はすでに正確な数を把握できないほどの人の死を生み出し、これからも生み出し続けねばならない。俺がガリアの王様に届くまで……、そして……。

 

 だが、そう考えるとコルベール先生の戦争を忌避する感情も分からないでもない。きっと彼はまだ壊れていないのではないだろうか。いや、一度何かが壊れ、それを自覚してしまい、再びその何かが壊れるのを恐れているのだろう。なるほど、その恐れはよくわかる。

 

 しかし、俺には不要だと断言しなくてはならないだろう。タルブ防衛戦から続く戦いは……、三年前から準備されてきたカスティグリアと共に戦う戦争は、すでに俺の望んだ理想の未来を描くために多くの人間を巻き込みながら進み始めてしまっている。残念ながらすでに礎になってしまった人間もおり、彼らの死を無駄にするわけにはいかない。

 

 そんな事を考えながらちょっと苦笑を浮かべたあと、シエスタの紅茶を一口飲んだ。このシエスタの淹れる俺にとっての救いの紅茶が、俺の壊れた何かというものを癒してくれているのだろうか。それとも、壊れた何かがあるからこの紅茶の癒しを感じる事が出来るのだろうか。この癒しの紅茶を飲めるのであれば……、それなら、壊れたままでも構わない気がした。

 

 「コルベール先生。先生の真摯な言葉と考えと想いは確実に俺に届き、考えさせられました。しかし、残念ながら俺がそれに応えることはできない。大変申し訳なく存じます。」

 

 そう頭を下げてコルベール先生に告げると、「そうか、君は……」という先生の悲しそうな声が聞こえたが、この場で続きをはっきりと言わせたくはないと思った。

 

 「ええ。それにご存知の通り、そんな人間が必要になる場所があるのですよ。俺はそこに向います。なに、後々のために死力を尽くして出来るだけ減らしてみせますよ。」

 

 まぁ俺の想定した戦争は多くの犠牲を伴う。しかし、原作よりは確実に犠牲者を減らす事が出来る上に上手く行けば長い平和も訪れることだろう。いや、まぁ上手く行けばだが、その点は実際死力を尽くすつもりである。―――うむ。がんばろう。

 

 そう決意を新たにしていると、コルベール先生は悲しそうな顔をした。

 いや、俺は死力を尽くすがそれが原因で死ぬとは思ってない。ぶっちゃけこの虚弱な体が原因で死ぬ可能性の方が高いのだが……。

 

 「生徒の君にそんなことを言われると悲しくなるじゃないか。聡明な君にとって私に出来る事はほとんどないのだろう。しかし、教師として何かできることはないのかね?」

 

 先生が本当に悲しそうな顔で、本当に悲しそうな声でそんなことを言ったので、ちょうどいいのでプリシラに盗ってもらった指輪に関してお許しをいただくことにした。

 

 「おお、でしたらお許しをください。実はこっそり先生の所持品を一ついただいたのです。まぁかわいい生徒のいたずらだと思って見逃していただければ大変ありがいですな。はっはっは!」

 

 ちょっとイタズラ好きな生徒を演出しつつコルベール先生に盗んだことを告げるとコルベール先生だけでなく、サイトまですごく驚いたようだ。デルフリンガーがしゃべれる状況なら「おでれぇた」とか言ってくれたのだろうか。ちょっと聞きたかった。

 

 「なっ、ちょっ、んんっ、ま、まぁ何を盗ったかは知らんが君にも生徒らしいところがあったと思うことにしよう。その代わり、君、必ず生きて戻りたまえよ?」

 

 おどけたイタズラ生徒の俺をコルベール先生が許してくれ、真面目な顔に戻し、真面目な事を言ったので、何となく悔しくなった俺はイタズラ生徒ごっこを続行することにした。

 

 「はい、ありがとうございます。大切にしますね。コッパゲール先生。」

 

 すると、コルベール先生はちょうど紅茶を飲んでいたところだったので噴き出しそうになり、なんとかカップ内で止める努力を強いられた。そしてそんなやり取りをサイトとシエスタは笑顔で楽しそうに見ていた。

 

 「ぶっ、ごふっ、き、君、いくらいたずら好きな生徒だからといってもそこまで許すつもりはないぞ? 訂正したまえよ。」

 

 「あはははは! いやはや、申し訳ない。ではコルベール先生。一つ忠告と申しましょうか、願いと申しましょうか。」

 

 ちょっと怒ったような楽しそうなそんなコルベール先生に笑いつつも謝り、そんな生徒好きな先生にお詫びも込めてちょっとした助言を与えることにした。

 

 「何かね。私を変な名前で呼ぶことを許可する気はないぞ?」

 

 「戦時中、連合軍の侵攻作戦が始まり、連合軍が優勢になるとこの学院の生徒が人質として狙われる可能性があります。恐らく夜から明け方、少数で哨戒を抜けてくるでしょう。俺としてはそのような隙を与えずに終わらせるつもりですし、王宮もそれなりに対処するでしょうが、予想外の事が起こるのが戦争とも言います。正直不安が残ります。」

 

 少々拗ねたようにカップに入った紅茶に視線を落とすコルベール先生に原作ではあった襲撃の予告を真面目に行い、彼に注意を促すとコルベール先生の顔が真剣なものに変わった。

 

 「ふむ。なるほど、確かにあるかもしれない。分かったとも。いち教師として私の生徒を不埒な輩に傷つけさせるようなことはさせないとも。この『炎蛇』に任せてくれたまえよ。」

 

 そしてコルベール先生は優しくも不敵とも取れる笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか!
 ええ、プリシラさんが活躍すると何でもかんでも彼女だけで全てが片付いてしまいますね。水の妖精しかり、指輪しかり、偵察しかり……。それじゃあイマイチっぽいのでこれでもできるだけ自重してます^^;


えっと、うーん。いつものオマケが思いつかないので、ちょっと後日談風味で! 
ええ、いつもの如く本編とは何の関係ありません。

コルベール「しかし、ミスタ・クロアもやはり子供っぽいところがあるようだ。さて、彼が興味を引いた私の発明品はナンだろうか。兵器関連に転用できる空飛ぶヘビくんなど以外であるならば嬉しいのだが……。
 ふむ。空飛ぶヘビくんや兵器関連のものはなくなっていないようだ。しかし、何がなくなったのかわからない。うむ。帰ってきたら是非とも聞いてみよう。」

 そして、クロアがレジュリュビに移動するというので、コルベールはクロアの見送りにでることにした。そこで、コルベールが目にしたのは竜騎士の補助を受けて風竜に乗る“指に『炎のルビー』をしたクロア”だった……。そして、その赤いルビーの指輪が嵌められた手をコルベールに見せ付けるように笑顔で振るクロアを、コルベールは苦笑いで見送るしかなかった。
なんちてw



まだ侵攻しないと思いますが
次回もおたのしみにー!


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40 連合軍の会議

うおおおお! 日曜日に間に合った! ええ、がんばりました^^
それではどうぞー!


 侵攻作戦の開始予定日まで一ヶ月を切った。現在俺とモンモランシー、そしてシエスタはレジュリュビに生活の場を移している。ここでの資料作りは禁止されているので、日々チェスの本を読みふけりながらチェスの練習をしている。ガリアの王様とチェスをやる事はなさそうだが、もしかしたらあるかもしれないので練習をしている。

 

 クラウスにチェスの話を振って何度も彼と対局して全敗したのが理由ではない。笑顔で毎回そんな様子を見ているモンモランシーやシエスタが理由なのでもない。いや、ぶっちゃけクラウス攻略法をガリアの王様に聞いたほうが早いのかもしれない。いやいや、それではなんというか……、まぁ気にしないようにしよう。

 

 そして、モンモランシーは授業に出る代わりに俺の部屋を訪ねてきてくれたり、時折隣に停泊しているフネにあるルイズ嬢の部屋に出向いてはその時の話をしてくれ、シエスタは艦内での生活環境に慣れる努力をしている。

 

 レジュリュビは現在カスティグリアの所領となったタルブ村の以前あった空軍基地に停泊している。空軍基地も元通りに再建され、基地への補給物資と一緒に運ばれてきたモンモランシやカスティグリアからの輸入品がタルブ村に出回ったりと村自体も少し活気付いている。

 

 最初は村の人たちに嫌がられるかとも思ったのだが、すでにタルブ領主が父上に代わったことが周知されており、防衛戦ではタルブ村を焼かれたとはいえ人的被害がほとんどなく、その後の援助もちゃんと行われていたため、むしろ大歓迎された。

 

 タルブ村ではワインの原料であるブドウやショーユやミソの原料となる大豆、そして麦などが主に栽培されている。ほぼ全員農家なのだが、三男四男坊などが出稼ぎに行ったりしているらしく、カスティグリアの空軍やあの戦いを見たり、話題になるたびに空軍に入りたいという人間が出てきているそうだ。

 

 その辺りの管轄はぶっちゃけ父上やクラウスなので俺に言われても困るが、基地の整備などは彼らに任せてもいいかもしれないし、タルブの空軍基地からタルブ村までは多分子供でも歩いていける距離なので彼らにはちょうどいいかもしれない。そんなことを一応伝書フクロウで現地の状況報告として父上に送っておいた。

 

 そして、500m四方の空き地にレジュリュビとゼロ戦対応の新型竜母艦が揃って鎮座しているわけなのだが、新型竜母艦も規格外にでかい。通常、戦列艦は大体全長70~100mで、今回の侵攻作戦のためにトリステインが新造した戦列艦は全て全長70mのものだ。それに、トリステインの新型竜母艦も戦列艦よりちょっと大きい程度だったはずだ。

 

 巨大戦艦と評されたレキシントンが全長200m、規格外の大きさであるはずのレジュリュビの全長は300m、そしてなぜかこの新型竜母艦も全長300m……。でかすぎではなかろうか。カスティグリアの竜母艦の新規格が全長300mで統一されてしまったのだろうか。いや、きっとゼロ戦が安全に離着陸できる長さにしたに違いない。違いないのだが、少し不安になってきた……。

 

 ただ、この新型竜母艦は基本的にレジュリュビの設計を参考にして作られたのだが、一応試作艦という位置づけに留まっている。そして、艦の名前を決める時に、ゼロ戦やタルブ村にちなんだものが良いだろうとのことで、サイトにも話が行き、『タケオ』に決まった。

 

 シエスタの曾祖父の佐々木さんの名前なのだが、サイトがゼロ戦と邂逅したときにゼロ戦の出所を知りたがり、クラウスがシエスタの生家に案内したそうだ。そして、サイトが佐々木武雄氏の墓を訪れ墓石に刻まれた文字を読み、シエスタの父から武雄氏の事を聞き、ゼロ戦以外の遺品を引き取ったらしい。そんなことがあってゼロ戦のために作られたのならとタケオに決まったということだ。

 

 タケオの外観はレジュリュビのような双胴艦といった風体ではなく、船体幅は30mで上面は平らな飛行甲板になっており、艦橋が中央右端についている。そして、ゼロ戦を参考にしたのであろう巨大な水平の主翼が胴体の中ほどに複葉機の翼のようなものが四枚と船尾に尾翼が二枚ついており、胴体中ほどの主翼それぞれには巨大なプロペラがついている。主翼まで含めた全幅は50mほどで船体の割りに翼の長さはかなり短い。巨大な蒸気機関が船内に配置され、シャフトで動力を伝えるらしい。

 

 すでにテスト飛行は行われ、カスティグリアとタルブを何度も往復しているそうだ。速度的にはレジュリュビとあまり変わらないのだが、消費される風石の量が通常の戦列艦とあまり変わらないというエコなフネに仕上がっている。ただ、その代わり全体的に装甲が薄く作られているそうだ。通常のレキシントンに積まれていた大砲などの砲撃には耐えるのだが、ゼロ戦の20mmだと貫通するらしい。重要部分と艦橋だけは頑丈に作ったそうだが、レジュリュビの規格から考えるとちょっと怖い。

 

 主翼は全体から見るとかなり小さいがエコなフネに仕上がっているということは効果があるということだろう。さすがカスティグリア研究所である。ぶっちゃけ蒸気機関よりも高出力で軽量なガソリンエンジンなんかを作れるようになったらゼロ戦の量産化なんかも出来てしまうのだろうか……。それともファンタジー式の飛行機が生まれるのだろうか。少し楽しみではある。

 

 しかし、まぁ翼が脱落すると一気にバランスを崩し、浮力を風石のみに頼ることになるので、その辺りは片方の翼がダメになったら両方の翼をパージして爆破するらしい。そして、風石の消費量があがるため、かなり余裕を持って積んでいるらしい。

 

 ただ、どう見ても翼部分が打たれ弱そうな上に、機密の多いフネなのでゼロ戦や竜を運ぶくらいにしか使えず、大砲などの武器は搭載されていない。そして、敵地で墜落や拿捕された時のための非常用の手段がかなり取られている。脱出用の小型艇がいたるところに搭載され、隠滅のため初の完全自爆機能付きのフネとなっている。カテゴリ的には戦闘用の竜母艦というよりテスト用や輸送用の竜母艦といった位置づけになっているようだ。

 

 俺はぶっちゃけあまり乗りたくない。しかし、ルイズ嬢とサイトはこの竜母艦『タケオ』に乗艦しており、狭いながらも個室がそれぞれに割り当てられている。乗るときに二人は“カスティグリアの機密の詰まったゼロ戦のために作られた新型”ということでかなり喜んでいたのだが、内情を知って真剣に避難訓練を何度もやっていたらしい。いや、避難訓練はレジュリュビ以外どのフネでもやるのだが、タケオに関しては自爆もありうるので乗員はかなり真剣に訓練するらしい。

 

 そして、サイトは毎日タケオの上部にある飛行甲板で着艦と発艦の訓練を行っている。最初はびびってたらしいが、今ではかなり慣れてきたそうだ。

 

 実はゼロ戦にも少し手が加えられており、風石を使ったマジックアイテムで離艦と発艦の際の衝撃を減らしているそうだ。そんな感じでサイトとカスティグリアの研究所員が意見を交わし、ゼロ戦のファンタジー化が進みつつある。ゼロ戦に積んである通信機を模倣できればかなり通信が楽になるのだが、そちらは今のところハルケギニア式のマジックアイテムを搭載している。

 

 そして、以前拿捕したレキシントンにはアルビオンにいたミョズニトニルンが携わって作られた東方の技術を組み込んだ新型の大砲が積んであったのだが、それをこっそり二門ほど拝借したカスティグリア研究所があっという間に解析し、カスティグリアで量産された。

 

 別段大して機密にする必要はなかったため、トリスタニアにもこの件に関しては流されており、トリステインは新造する戦列艦にこの砲を使うことにしたらしく、カスティグリアに製造依頼が来たそうだ。ただ、カスティグリアとしてはすでに元込め式の大砲の研究が完成までもう一歩といったところまで進んでいる。その上、完成を見越して量産体制も整いつつある状況になっているので、このアルビオンの新型の大砲は作った分をほとんどトリステインへの輸出に回しているらしい。

 

 「カスティグリアでも使いたいんだけどトリステインの王軍や空海軍が優先だよねー」と言ったところだろうか。これである程度ごまかせるだろうし、外貨も稼げてかなりおいしいと思う。まぁある程度ごまかすため、戦列艦の大砲もアルビオンの新型大砲に変更された。

 

 しかし、本命の大幅に変更された部分は極秘扱いになっている。戦列艦の三層あるガンデッキのうち一層分が大砲から劣化20mm機銃と劣化7.7mm機銃に変更された。そう、実物よりはかなり劣化しているがついに機銃の量産化に成功したのだ。おおよそだが、戦列艦一隻あたり大体32門の大砲が4基の20mm機銃座と28基の7.7mm機銃座に変更され、銃弾と交換用の銃身が大量に用意されている。

 

 ガンデッキに搭載するために回転式の機銃固定台に関してはこっそり俺も設計に関わっている。そして、薬きょうなどの回収が出来るよう、フネも機銃も少し改造された。機銃用のガンデッキは一番下なのだが、そこから更に下の船底近くの層に排出された薬きょうなどが送られ、回収しやすいようまとめられ、再利用しやすいようにしてある。

 

 ぶっちゃけデッドコピーな上、かなりの劣化コピーなので命中率や有効射程距離、耐久性に関してはあまり期待出来ない。特に20mmは100発ほどで銃身の交換が必要になるという酷さだ。その上、レジュリュビやこちらの戦列艦のような装甲は抜けないし、やたらとコストが高く付くためちょっと使うのにお金を気にする兵器になってしまった。しかし、対人や対空の面制圧にはかなりの効果が望めそうだし、基本的に木製の敵戦列艦などには効果がありそうなので現状でもある程度量産したそうだ。

 

 そして、劣化7.7mmなどは人間相手にしか効果を望めないのだが、20mmよりはコストが安く、敵艦の甲板制圧や対地攻撃での面制圧にかなり期待が持てるとカスティグリアでも判断された。しかし、何よりも評価されたのが火竜隊の装甲をこれでは抜けないということだった。つまり、敵船の拿捕の際や、乱戦時でも火竜隊くらいなら味方への誤射を気にせず使えるだろうというちょっと怖い理由だった。

 

 ふむ。そう考えると、今のところかなりのオーバースペックと言っていいのかもしれない。というか自由落下爆弾もあることだし、囲んで空から一方的に叩けば相手が十万だろうが百万だろうがあまり変わりが無いのではなかろうか。

 

 というか戦車の資料も昔作ったのだが出番がないかもしれない。風石があるので小型艦の装甲を分厚くするだけで戦車の代わりになってしまいそうだ。諦めたほうがいいかもしれない。

 

 

 

 そして、そんなレジュリュビの生活に慣れてきたころ、連合軍の作戦本部を訪問する日がやってきた。連合軍の作戦本部はラ・ロシェールに停泊するトリステイン空海軍の旗艦であるトリステイン王国で作られた新型竜母艦ヴュセンタールに設置されているそうで、俺とモンモランシー、そしてルイズ嬢とサイトがアグレッサーの風竜に運ばれた。

 

 ちなみに、ラ・ロシェールはトリステイン最大の港であり、ラ・ロシェールの上空に着くと木になる実のようにそこら中に船が古代の世界樹に停泊しているのが見えた。この中にはカスティグリアの戦列艦や小型艦も含まれており、なぜかカスティグリアのフネはレジュリュビとタケオ以外全て赤く塗装されているのですぐにわかった。

 

 灰色とか水色のような航空迷彩の方が良いのではないだろうか。カスティグリアの趣向がたまによく分からない。いや、きっと三倍速いから赤いのだろう。うん。蒸気機関も積んでるしな……。

 

 そして、ヴュセンタールには上面に飛行甲板があり、マストは左右三本ずつに突き出した形になっている。蒸気機関やプロペラだけでは量産や航続距離を稼ぐのが難しいため、カスティグリアでもレジュリュビやタケオ以外のフネは帆走も行うのだが、帆走オンリーの純粋な帆船に乗るのは初めてかもしれない。

 

 ヴュセンタールの飛行甲板に降り立つと、空海軍の士官らしい人が十数人で迎えてくれて、モンモランシーに手を引かれながら船尾にある王軍の作戦本部となっている会議室に案内してくれた。一応護衛でアグレッサーの隊長殿と副官殿が一緒に来てくれるらしい。まぁぶっちゃけいらないとは思うのだが、彼らもトリステインの新型竜母艦の内部を見てみたいのだろう。

 

 会議室の前で案内してくれた士官が真っ白なマントを付けた近衛のようにも見える当番兵に名前を告げると、「ようこそ、ヴュセンタールへ」と俺たちに笑顔を向けたあと、会議室の中に入り、迎え入れてくれた。

 

 会議室の内部は真ん中に長いテーブルが横向きに置いてあり、奥の真ん中に金モールと様々な勲章で飾りつけられた美髭の男が座っていた。彼が恐らく総司令官のド・ポワチエ大将だろう。そして彼の右隣にいる角の付いた鉄兜をかぶったカイゼル髭のゴツイ人がゲルマニア軍指令官のハルデンベルグ侯爵で、逆隣にいる皺の深い小柄な人がウィンプフェン参謀総長だろう。皆四十歳くらいに見える。

 

 他に何人か将軍や艦長と思わしき両肩に金モールをつけた人間がいるが紹介されたところで覚えきれる気がしない。ぶっちゃけこの三人だけ覚えておけば問題ない気がする。

 

 「アルビオン侵攻軍総司令部へようこそ。ミスタ・“灰被り”、ミス・“虚無(ゼロ)”。総司令官のド・ポワチエだ。」

 

 総司令官殿が真っ先に挨拶してくれたので、こちらも挨拶する。

 

 「お招きに預かりまして、大変光栄です。カスティグリア諸侯軍、最高指令官のクロア・ド・カスティグリアです。こちらは婚約者のモンモランシー。以後お見知りおきを。」

 

 軽くお辞儀して、モンモランシーも紹介すると、彼女もきれいなカーテシーをした。護衛についてきてくれた隊長殿と副隊長殿は名前を知らないので、申し訳ないが適当にそれっぽくしていてもらうしかない。

 

 「お招きに預かりまして、大変光栄です。女王陛下の女官でゼロ機関の長を務めております、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。こちらは護衛のサイト。以後お見知りおきを。」

 

 ルイズ嬢も同じく自己紹介とカーテシーを行い、サイトは「ど、ども」とか言って軽くお辞儀した。すると、総司令官殿は少し優しい笑みを浮かべて軽く何度か頷くと隣に座る人間を紹介してくれた。

 

 「こちらが参謀総長のウィンプフェン、そしてこちらがゲルマニア軍司令官のハルデンベルグ侯爵だ。」

 

 ウィンプフェンは軽く頷き、ハルデンベルグ侯爵は重々しく頷いた。

 

 「さて、各々方。揃ったところで軍議を始めましょう。ミスタ・カスティグリア、ミス・モンモランシー、そしてミス・ゼロはそちらにおかけください。」

 

 薦められた椅子に座ると、軍議が始まった。トリステイン・ゲルマニア連合軍は基本的にド・ポワチエ将軍が総司令官を務めており、最終決定は彼がするのだろう。しかし、連合軍という形態のため、トリステイン軍のトップであるド・ポワチエ将軍に彼の補佐をする参謀総長のウィンプフェン、ゲルマニア軍指令官のハルデンベルグ侯爵に、カスティグリア諸侯軍最高指令官の俺、あと定員二名のゼロ機関トップのルイズ嬢という最高指令官クラスが五人もいるので、中々カオスな状況になりそうだ。

 

 ド・ポワチエ将軍の役割はどちらかと言うと総司令や将軍職というよりも緩衝材としての役割が求められそうだ。そう考えるととても苦労が多そうで鳥の骨化しそうな気配漂う恐ろしい地位である。うむ。

 

 そして、そんな総司令官殿が「ウィンプフェン」と声をかけると、参謀総長殿が今分かっているこちらの戦力の確認とアルビオンの戦力の確認と主要な場所の説明を始めた。アルビオンの戦力に関しては複数の捕虜からの聴取により、ある程度確度の高いものだそうだ。

 

 アルビオンの戦力は戦列艦が約40隻、メイジや幻獣を含めた兵力が約五万、加えて竜騎士が百以上いるらしい。この竜騎士が戦列艦を中心とした敵空軍や歩兵などに随伴するかどうかは不明だが、恐らく主任務は首都近郊の空の防衛や伝令、偵察といったところだそうだ。

 

 カスティグリアとしては敵竜騎士の数が多すぎな以外は別段単独でも勝てそうな相手だ。まぁ相手の竜騎士の数はこちらの倍だが、タルブ防衛戦で当たった感じでは大した被害もなく勝ってしまいそうでもある。それに敵竜騎士は基本的に対空戦や対歩兵戦くらいしかできないだろう。ただ、敵戦列艦とうまく連携されるとこちらの対艦攻撃部隊の主力である火竜隊が近づきにくくなるかもしれない。

 

 まぁ風竜隊が自由落下爆弾を運びつつ相手の竜騎士が出てくるようなら爆弾を破棄して空戦でもいいのだが、相手が全力で戦力を投入してきた場合、こちらの戦力を抜けて補給艦への攻撃を敢行してくる可能性もある。さらに敵が二手以上に分かれており、こちらの戦列艦や風竜を誘引した隙に補給艦を叩かれるのが一番痛いかもしれない。

 

 タルブ防衛戦では保護対象であるタルブ村にすでに侵攻されており、他に保護対象がいない上、戦力もこちらが圧倒していた。しかし、今回は保護対象として連合軍だけでも440隻も輸送用のガレオン船があり、カスティグリアの輸送艦も30隻ほど行動を共にする。そして、敵戦列艦の数は以前の倍、竜騎士の数は最大百騎の約五倍。というか440隻はさすがに多すぎではなかろうか。原作ではどうやって守っていたのだろうか謎だ。

 

 しかし、そのようなことは問題ではなかったようで、アルビオンに六万の兵を上陸させるためのウィンプフェンの上げる障害はたった二つだった。一つは迎撃に出てくるであろう戦列艦四十隻を筆頭にしたアルビオン空軍。そして、もう一つは上陸するための港の選定。

 

 六万の兵を降ろせる港は首都ロンディニウムの南に位置する空軍基地ロサイスか、北部に位置する港ダータルネス。規模からいってロサイスが望ましいのだが、まっすぐそこを目指すのであれば敵に迎え撃つ時間を与えてしまうそうだ。

 

 「強襲で兵を消耗したら、ロンディニウムの城を落とすことは叶いません。」

 

 ウィンプフェンが冷静に分析してそう口にすると他の参謀記章をつけた人が続けた。参謀としては強襲ではなく奇襲でなんとか無傷で六万の兵をロサイスに降ろしたいらしい。そこで、相手の艦隊を壊滅させ、相手の約五万の兵をロサイスに向わせない工夫が必要なのだそうだ。

 

 「どちらかにカスティグリア殿か虚無殿の協力をあおげないか?」

 

 ふむ。クラウスに簡単な作戦方針を書いたものを以前渡したはずなのだが、彼らには伏せられているのだろうか。ぶっちゃけカスティグリアの戦力がある今、原作のようにルイズ嬢やサイトを消耗させてまでダータルネスに敵を誘引する気は全くない。

 

 こちらの問題は同じく二つ。艦隊の数の少なさから飽和攻撃をされると輸送船が傷つく可能性が高いこと、そして、制圧するための歩兵が千人しかいないこと。いや、砲撃手から抽出すれば可能だし、基本的に敵船を拿捕するための訓練も行っているので可能ではある。可能ではあるのだが、個人的に都市制圧には使いたくない。しかも長期間の制圧となると戦ってもいないのに精神的に消耗し、いざこざが起こる可能性が高い。

 

 「ウィンプフェン殿。カスティグリアは強襲しか考えておりません。迎撃に出てくるようならその敵戦列艦を屠り、そのままロサイス上空を目指します。カスティグリアが敵に過小評価され迎撃に来なかった場合、そちらに全ての敵戦列艦が回ることも考えられますが、その時はそちらにお任せします。

 そして、敵艦隊の突破後、傷ついた艦や人員が出ていればロサイス上空に残し、旗艦を始めとした残存戦力はそのまま北上。ロサイスの北50リーグほどのところに艦隊を並べ、簡単な防御陣地を形成、敵の進軍を阻止するつもりです。ド・ポワチエ将軍閣下の率いる軍がロサイスを制圧し、連合軍の拠点とするまで、五万だろうと十万だろうと、カスティグリアが死力を尽くして止めて見せましょう。」

 

 テーブル上に広げられた地図を指し示しながら説明する。まぁもし迎撃に来なかったら彼らに任せるしかあるまいて。わざわざ広い上空で敵と追いかけっこする時間が勿体無い。

 

 そこまで説明したところで、総司令官のド・ポワチエ将軍を始めとした将軍達やウィンプフェンを始めとした参謀が眉を寄せて唸った。恐らくカスティグリアが損失を生み出しつつも全ての手柄を奪っていく事を恐れたのだろう。しかし、その辺りは皮算用ではあるが、おいしい餌を与えておけば問題はなくなる。カスティグリアとしてはその辺りの手柄は必要ないはずだ。

 

 「ただ、カスティグリアには制圧に慣れた指揮官や兵がおりませんので、ロサイスの制圧に関してはそちらに任せきりになってしまいます。さらに、要衝であろうサウスゴータ、そして首都ロンディニウムの制圧は、閣下の制圧したロサイスでカスティグリアが補給を行ったとしても消耗した残存艦隊による支援攻撃が関の山でしょう。

 ド・ポワチエ将軍閣下。重ねて申し上げますが、恥ずかしながらカスティグリアは制圧に関して全て閣下のご威光とお力に頼りきることになってしまうのです。」

 

 少し悲しそうとも申し訳無さそうとも取れる子供のような演技を心がけてド・ポワチエ将軍に訴えかけると、彼は相好を崩したような笑顔を向けた。

 

 「なるほど。勇猛果敢で知られ、女王陛下の杖とまで言われたカスティグリア殿にもそのような懸念があったとはな。このド・ポワチエ、恥ずかしながらカスティグリア殿を少々誤解していたようだ。ウィンプフェン、そうであろう? 都市の制圧という第一功を我らに譲り、我らのために露払いをするなどと、この場にいる誰が申し出るであろうか。なんと慎ましく、ありがたいことだ。

 しかし、ご安心めされい、カスティグリア殿。我らが無事ロサイスを完全に制圧し、貴公らが安心して翼を休める場所を作ってご覧にいれよう。」

 

 女王陛下の杖というのを初めて耳にして少し驚いたが、これで大体の方針は決まった。実際、向こうとしては懸念を全てこちらが解決し、橋頭保を安全に確保するだけなのでこちらを怪しむことが無い限り受けるだろうとは思ってはいた。

 

 しかし、本当にカスティグリアだけで相手の五万の兵を押さえ込めると信じているのだろうか。いや、信じてもらえることに問題は全くないのだが、完全に信じているとすると少々この続きが言いづらい。いい案が思いつかなかったので方針転換しつつ最後の手段を使うことにした。

 

 頭の中で婚約式の日のモンモランシーをコマ送りのスライドショーのように思い浮かべ、隣に座る彼女の熱を出来る限り探り、テーブルの下で相手に気付かれないよう彼女の柔らかい手をそっと握り、彼女の香水の香りに浸ることに集中する。そして、何とか気絶しないように耐えつつ心拍数を限界ギリギリに維持したまま口を開く。

 

 「しかし、将軍閣下。それでもこの強襲には、その、艦の数に少々不安が残ります。その、勝利を磐石にする為にもですね、よろしければゼロ機関という駒をこちらに譲渡していただければと思いまして……。」

 

 そう恥ずかしそうに逆隣にいるルイズ嬢(・・・・)をチラチラと見ながらおずおずとド・ポワチエ将軍にお願いすると、ド・ポワチエ将軍は何かを察したように明るく豪快に笑った。そして、隣にいるウィンプフェンや今まで表情を崩さなかったハルデンベルグ侯爵までもが苦笑とも取れる笑顔を少し浮かべた。

 

 「はっはっは! 大人顔負けの聡明さで知られるカスティグリア殿もまだ年齢どおりお若いようだ。あえてこれ以上は言うまいて。うむ、うむ。そう……、確かルイズ殿(・・・・)とカスティグリア殿は同じ魔法学院の同級の生徒でしたな。戦場という場でも親交の厚い学友が近くにいた方が何かと心強かろうて。なぁウィンプフェン。構わぬな?」

 

 「はい、ではそのように処理いたします。閣下。」

 

 ルイズ嬢は女王陛下から預けられた“虚無”ではあっても彼らには使いどころが難しかったのだろう。そして、どの程度の効果があり、どの程度のことができるかすら分かっていない節があり、その割りに女王の女官という扱いにくい相手とも言える。

 

 さらに、元帥職を目指しているであろうド・ポワチエ将軍にとって女王陛下の覚えがめでたそうなカスティグリア諸侯軍トップの俺はなんとしても蹴落とさなければならないライバルとして見られる可能性が高いと最初から感じていた。そこで彼に得られるであろう一番の名誉と勲功を引き渡し、ルイズ嬢に気のある振りをして俺の名誉を少々傷つけゼロ機関をこちらに渡してもらった。

 

 女性関連のそういった事は彼らにとってはよくあることで、かなりわかりやすかったのだろう。ぶっちゃけ婚約者の前でそんな事を相手に察してもらおうとする人間がいるとは思えないが、上手くいったのなら問題ない。相手にとって渡りにフネだったかもしれないが、とりあえず「ありがとうございます。閣下」と笑顔でお礼を言っておいた。

 

 そして、概ね作戦の方針が決まったので、あとは出撃する日取りと出撃する順番、最後にロサイス制圧までのタイムスケジュールをある程度すり合わせ会議が終わった。詳しい内容は書面にまとめられ、参謀からカスティグリアの艦隊に届けられるらしい。

 

 それと、作戦状況を随時確認できるよう、何人か伝令役がカスティグリア諸侯軍に派遣されるとのことだったのだが、機密が多すぎてどこに乗せていいかわからない。いや、普通にレジュリュビのブリッジでいいのだろうか。ふむ。どうせ目にするだろうからそこでいいだろうが、一応王宮にいるであろう父上かクラウスに窺って欲しいと頼んでおいた。

 

 会議が終わったので部屋から出ると、ルイズ嬢とサイトが何か言いたそうな視線をこちらに向けたので、「タケオで」と言って黙ってもらった。恐らく彼女たちの言いたい事は今後の作戦内容や機密に関わるだろうから、このフネで話したくはなかった。

 

 上層にある飛行甲板までヴュセンタールの士官に送られると、アグレッサーに迎えられ、彼らの竜に乗せてもらい隊長殿に一度全騎タケオに降りるよう伝えた。

 

 そして、タケオに降りると、アグレッサーに少し大きめの円陣を組んでもらい、人払いを頼むと、とりあえずルイズ嬢とサイトに謝罪することにした。

 

 「いや、言いたいことはたくさんあるだろう。しかし、一つだけ先に謝罪させていただく。あの場でルイズ嬢と使い魔君を駒扱いして悪かったと思っている。申し訳ない。」

 

 「それは構わないわよ。元々あっちが私たちを駒として見ていたから合わせたんでしょう? サイトも気にしてないわよね?」

 

 「おう、何か最初俺たちをバカにしているような嫌な雰囲気だったしな。」

 

 ルイズ嬢やサイトは察してくれていたようで、簡単に許してくれた。気持ちが少し軽くなったところで彼女らの疑問を解消すべく、話を振ることにした。

 

 「そう言ってくれるとありがたい。それでだが、何か言いたいことや聞きたいことがあったら聞いておこうと思うのだが、何かあるかい?」

 

 そう尋ねると、ルイズ嬢の表情が少し曇り、眉をちょっと寄せた。

 

 「ねぇクロア。あなたはわたしが虚無の系統だってことを本当に信じているの? 少なくともあそこにいた人たちは信じていないように見えたわ。」

 

 「うむ。完全に信じているとも。むしろ使い魔君がこの世界にやってきたときから確信を持っていたとも。そして無事に虚無の系統に目覚めたようで安心したとも。」

 

 胸を張ってルイズ嬢の疑問にちょっと得意そうに答えると、ルイズ嬢やサイトだけでなく、モンモランシーまでもが驚いたようだ。

 

 「ねぇ、あなた。わたしそんな話聞いてなかったんだけど……。」

 

 「ああ、本当にすまなかったね。俺の奇跡の宝石。ずっと君に伝えることができず俺も心苦しかったとも。ルイズ嬢の虚無や使い魔君のガンダールヴに関してはクラウスと父上、そしてオールドオスマンにコルベール先生しか知らなかったことでね。特にオールドオスマンから直々に口止めされていたのだよ。」

 

 そうモンモランシーに虚無に関して申し開きすると、彼女は「わかったわ。それならしょうがないわね」と笑顔で言って俺の頬に手を触れた。俺も釣られるように彼女の柔らかい頬に手を触れてそっと目を瞑ると、使い魔君が無粋な咳払いをした。

 

 「んんっ、それで、クロア様? 俺たちゃ何をすりゃいいんだ?」

 「女王陛下のためにあなたに協力するのはいいんだけど、学院で使ったようなエクスプロージョンは多分撃てないわよ?」

 

 モンモランシーとのキスは諦めて、少し不機嫌そうな声を発したサイトとちょっと申し訳なさそうなルイズ嬢に向き直り、彼らにさっさと協力して欲しい事を伝えることにした。彼女が学院で使ったというエクスプロージョンを俺は見たことがなく、敵味方を正確に判別できるかわからないのでエクスプロージョンに関してはあまりアテにしていない。

 

 しかし、まぁすでにこちら側に付いてくれたことでほとんど目的は達成されているのだが、それでは恐らく納得してくれないだろうからある程度協力を依頼する必要があるだろう。

 

 「構わんとも。まず最初に……、俺は君達を使い潰すつもりは全くない。あちらに任せるとその懸念があったためこちらに来てもらった。君達には出来るだけ無傷でトリステインに戻ってもらいたいと考えている。

 しかし、どうしてもカスティグリアだけでは大きい被害が出ると思える戦場では使い魔君の乗ったゼロ戦を頼りにさせてもらいたい。その時はタケオの艦長殿経由で連絡が行くと思う。しかし、コルベール先生も言っていたが必ず生きて戻ってくれたまえよ。」

 

 真剣にルイズ嬢とサイトを交互に見ながらそう告げると、「おう、任せとけ」とサイトはサムズアップして笑顔を浮かべた。しかし、対照的にルイズ嬢は少し沈んだ表情になった。

 

 「そして、ルイズ嬢。俺は君に戦って貰うつもりはない。殺し合いは誰にでもできるが、虚無を扱うことは君にしかできないことだ。俺はそんな女王陛下のたった一人しかいない切り札を気軽に切るつもりはないのだよ。できれば切らずに……、相手に悟らせることすらせずに終わらせたいというのが本音だ。しかし、君が協力してくれるというのであれば、ルイズ嬢にしか頼めないことがある。」

 

 そこまで言うとルイズ嬢は真剣な表情で黙って頷いた。ぶっちゃけ使うつもりは全くないが、保険は掛けておくことにしよう。

 

 「もし、虚無の魔法に存在するのであれば、ほしい魔法が二つ。一つはあちらが持っているであろうアンドバリの指輪の効果の対策として魔法の効果を打ち消すような魔法。もう一つは相手の過去を見たり相手自身に見せたりできるようなそんな魔法があるといいのだが……。

 ただ、そのような魔法が無くとも何とかするつもりだし、君がこちらに協力してくれているという事だけで俺としては大変心強いのだよ。そして、君の本来活躍するべき場所は女王陛下のお膝元であるはずだ。そこだけは間違えないで欲しい。」

 

 まぁ解除(ディスペル)記録(リコード)なのだが、言葉通り本当に保険にしかならない。ぶっちゃけ水の精霊がいるのでディスペルに関しては本当に必要ないかもしれない。いや、一応彼女の身の安全のためにも覚えておいて貰いたいとは思うが……。

 

 俺の言葉を消化できたのか、ようやくルイズ嬢は「そう、探してみるわね」と笑顔とやる気をその可憐でかわいらしい顔に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。アルビオン侵攻に関しては最後だけは決まっているのですが途中経過に関してずっと悩んでます。そして今のところこれがベストだと判断しました^^
 話の中では語られませんでしたがルイズ嬢やサイトにはレジュリュビや戦列艦に関しての情報が全て伏せられています。彼らは機密を漏らさないために自爆装置が付いているのがカスティグリアのデフォだと信じてます。真相を知ったらちょっと怖いですね^^;

 ゼロ機関やヴュセンタールなどに関しては大体原作通りなのですが、少し変更点があります。原作では武装を持たない旗艦のヴュセンタールが狙われると困るという理由でヴュセンタールが旗艦であることは極秘だったのですが、すでにカスティグリアがタケオを作り、タケオに武装がない時点でカスティグリアやゼロ機関に対しては破棄されたことにしました。

 火曜からちょっとPCから遠ざかる予定となっております。間が開くかと思いますがご了承ください。

 次回おたのしみにー!


 書いてる途中で思いついたヘルシングネタ。当然本編とは関係ありません。あったらちょっと怖いくらい関係ありません。

クロア「機関長……、ターケオに帰ります。なーかなかいいフネですね。今度孤児院の子供たちも連れてきましょーう」
ルイズ「機関長!? 孤児院の子供って誰!? な、何かの暗号かしら……」
サイト「いや、どう考えてもレジュリュビやタケオの方がすごいだろ」


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41 アルビオン侵攻作戦

 いやはやお待たせしてしまったみたいで申し訳ない。いや、マジホントすいません;;
 今回は誤字チェックや全体の流れというか、その辺りのチェックがかなり甘いです。違和感が少し残っているのでおかしいところがあると思います。誤字など見かけたらそっとご指摘お願いします><;

 それではどうぞー!


 このハルケギニアでの暦は一年は十二ヶ月、一ヶ月は四週間、一週間は八日となっている。地球時間での一月にあたるヤラの月の頭には降臨祭という新年を祝う行事があり、過去この降臨祭の前に始まった戦争において「降臨祭までに戦は終わる」と言って終わった戦はないそうだ。

 

 トリステインゲルマニア連合艦隊がラ・ロシェールから移動を始めるのは原作通り十二月にあたるウィンの月の第一週、四日目の曜日であるマンの曜日に開始される。ド・ポワチエ将軍は降臨祭までに終わらせると言っていた気がするが、降臨祭まで一ヶ月もない。

 

 そう考えると最初から電撃戦を仕掛けない限りぶっちゃけ無理ではないだろうか。いや、もしかしたらド・ポワチエ将軍はフラグ建築のプロなのかもしれない。

 

 恐らくド・ポワチエ総司令官殿の考えでは、相手の艦隊を殲滅し、アルビオンの南端に位置する軍港ロサイスを強襲。その後、兵を降ろして首都ロンディニウムまで拠点を制圧しながら進軍するのだろう。軍港ロサイスを三日ほどで押さえ、そこから兵を進軍させたとして首都ロンディニウムまでの間にある重要拠点であるサウスゴータまでは約二百リーグ。そこからロンディニウムまでも二百リーグほどある。

 

 行軍速度に関して全く知らなかったため、この間艦長殿と話をする機会があった時に聞いたところでは、歩兵の場合時速四~五リーグほどで一日に六~八時間行軍し、三十~四十リーグ移動するのが一般的らしい。

 

 しかし、それを含めて考えると、行軍だけで一日八時間動かせたとしても十日かかる計算になる。作戦開始から降臨祭まで二十八日あり、そのうちラ・ロシェールからロサイスまでの艦隊行動が二日、行軍十日か。戦闘や制圧、そして猶予日などが残り十六日……。毎日何かしら兵を動かし続け、損害が少なければいけるのかもしれない。

 

 ただ、今回はカスティグリア諸侯軍が参加することによって原作とは違い、あっさり終わる予定である。いや、予定なので作戦が失敗した時や、想定外のことが起こったときはずれ込むだろう。むしろ、俺の体調が日程に影響を及ぼしてしまう可能性があるのでその辺りに少々……、いや、かなり不安はある。だがまぁ、終わることは終わるだろう。ド・ポワチエ将軍のフラグ建築能力にドロを塗る事になりそうだがご容赦願うしかあるまいて……。

 

 恐らく彼らが考えているであろうこの戦争の意味は戦争を終わらせるために相手に降伏を迫り、領地の割譲、それに伴う自らの地位の向上あたりだろう。しかし、俺がクラウスに提示したこの戦争での目標はかなり趣が異なる。

 

 今回のこのアルビオンへの侵攻は、アンリエッタ女王やド・ポワチエ将軍、そしてトリステインの貴族たちが考えているであろうただの侵攻ではなく、動き方次第で今後の展開にかなりの影響を持つと考えたからだ。

 

 確かにアルビオンという浮遊大陸にカスティグリアの避難地域としてある程度の領地は欲しい。しかし、これはこの戦争で活躍し、アンリエッタ女王にお願いすればある程度は分けていただけるかもしれない程度の不確かさなのでひとまず置いておこう。

 

 まず前提として俺は戦争や戦闘行動が大好きだ。なんだかんだ言いつつ様々な兵器の草案を作ったり、決闘を二度行い相手に重傷を負わせている辺り、もはや否定はできないだろう。実際、最初の決闘ではコルベール先生を呼んで嘆願すれば守ってもらえたかもしれないし、サイトに関してはギーシュに任せても良かった。まぁこれはクラウスも言っていたがカスティグリアの血だろう。

 

 しかし、戦争に伴いカスティグリアの領民や土地が侵されるというのであれば話は反転する。捨てられてもおかしくない死に損ないの俺をこれまで愛情を持って育てた家族、そしてカスティグリアという厳しい土地でも耐えてきた誇りを持った領民たち。この世界に生れ落ち、カスティグリアに育てられた過去を持ったとき俺はカスティグリアに愛情を持ってしまったのだろう。そして、それら全てを今後生まれるであろう戦禍から守りきると決意した。

 

 そう、俺はコルベール先生に言ったように本当に平和を目指しているのだ……。今ではモンモランシやタルブも含まれるのだが、それらの領地が平和な時を過ごせるようにするための第一段階が、これからのカスティグリアのあり方が決まる大切な分岐点がこの侵攻作戦だと考えている。

 

 実際に「平和とは何か」ということを考えた時に導き出される簡単な答えとして“争いの存在し得ない状況”というのが一番正確ではないだろうか。しかし、そのような状況はぶっちゃけ全生物が水の精霊のように「個にして全、全にして個」という形態にならなければ不可能だと思う。

 

 争いの原因を考えたとき、全ては「私とあなたは違う」ということが何かしら必ず含まれている。つまり、思想、宗教、文化、見た目、それらのちょっとした違いが常に起因しているのだ。

 

 すなわち、俺は完全な平和というものは存在しない、もしくは今現在は不可能だと思う。思考停止かもしれないが、その答えがあるのかもわからない哲学的な難題を追及している時間はないだろう。何人もの哲学者が一生を捧げて初めて生まれるようなものではないだろうか。

 

 しかし、そうであるならばカスティグリアやモンモランシ、そしてタルブのみの平和であればどうだろうか。その三つの土地だけが平和を享受できればどんな犠牲も損害も気にしなくて良いというのであればかなりハードルが下がるのではないだろうかと考えた。将来的にグランドプレやオルレアンが増えたとしても大差はないだろう。

 

 そして、それだけ条件をしぼる事ができるのであれば、ある程度平和への道のりも見えてくる。幸いこの世界の国や領地では封建制度がメインになっている。つまり、トップの意思を一つにすることができれば、自ら争いを起こさなければ、そして領民を上手く導く事ができれば、戦争に巻き込まれる可能性が減るのではないだろうか。

 

 しかも、心強い事に、カスティグリアに住まう領民は水の精霊のように領地としてまとまる事が出来るという可能性をすでに示してくれている。

 

 あとは戦争に巻き込まれず、侵攻を許さず、侵攻する必要性が無くなれば平和な時代というものが訪れるのではないだろうか。

 

 しかし、原作から考えて、カスティグリアが巻き込まれるであろう、この先起こりうる戦争が三つある。一つ目はすでに始まっているこのアルビオンとの戦争。ただ、まだ侵攻作戦は始まってもいないがカスティグリアにそれほど被害の出るものでは無くなりつつあるので除外しても良いだろう。

 

 問題は次の戦争であるロマリアの聖戦発動によるガリア侵攻。そして三つ目の聖地を目指すためのエルフとの戦争である。原作での主人公勢はロマリア連合軍に入り、被害を出しながらもジョゼフを討った。そしてこの先の原作の知識は無いのだが、聖戦というからにはエルフを討ち、聖地を目指すのだろう。

 

 しかし、ガリア王ジョゼフに関しては特に問題も脅威を感じていない。彼は虚無の系統と、天才とも言えるだろう才能を持ってはいるが結局のところ一個人であり説得するか暗殺すれば問題としては排除される。しかも、原作ではロマリアが彼を『簒奪者』と呼び、彼に反乱を起こすガリアの騎士も同じような事を言っていたが、実際に彼に王座を渡したのは彼の父であり、彼の弟であるシャルルも認めていたはずだ。

 

 そう、問題はロマリアなのだ。この戦争を皮切りに続いていく戦禍はぶっちゃけロマリアが全ての原因と言えるのではないだろうか。別にブリミル教を嫌っているわけではない。実際始祖ブリミルから連なる王家を敬うことに全く異論はないし、実際に始祖の名において女王陛下に忠誠を誓っている。そして、六千年という長きに渡る血統の維持というものには尊敬の念を抱かざるを得ない。

 

 しかし、確かにブリミル教にも問題はある。そして、その根源は間違いなくロマリアが己の利のために生み出したものだと考えている。

 

 少々あやふやだが遥か昔、約六千年前、始祖ブリミルは三人の子と弟子の一人に虚無の系統と共に四つの秘宝、四つの指輪をそれぞれに残した。そして彼らはそれぞれに国を作ったというのがこのハルケギニアの歴史の始まりだ。

 

 三人の子はガリア王国、アルビオン王国、トリステイン王国の王となり、弟子はロマリア都市王国というブリミルの墓の守り手となった。

 

 そして、かの地にジュリオ・チェザーレという大王が生まれ、当時小国家が乱立していたかの地を纏めた。そしてその大王は現在ガリアとロマリアを隔て、人の往来を阻む火竜山脈の中でも人やフネの通れる現在では虎街道と呼ばれている谷を越え、ガリアの半分を治めるに至った。

 

 しかし、その時代は長くは続かず、結局ガリア王国によって再び虎街道まで押し込まれ、現在のような勢力図となっている。ロマリアという国はゲルマニアのように都市が集まって出来た王国であり、都市ごとに独歩の気風が高い上に、他のゲルマニアを含む四カ国に比べて国力が遥かに劣っている。

 

 そんな中、ロマリアはブリミルの没した地を聖地に次ぐ聖なる土地であると自らが規定し、その地を首都とした。当時ハルケギニアで広く信仰されているブリミル教を最大限利用することによって確立したと言っても過言ではない。

 

 その結果ロマリア都市国家連合はロマリア連合“皇国”となり、その地には始祖ブリミルの弟子の一人でありロマリアの祖王である聖フォルサテの名を冠したフォルサテ大聖堂が建設された。そして、代々の王は教皇と呼ばれるようになり、全ての聖職者、そして全ての信者の頂点に立つことになった。

 

 以前クラウスに聞いた内容は確かこんな感じだった。こうして思い返しても一番ブリミル教を信仰ではなく利用しているのはロマリアという感が否めない。なんというか、一番ブリミル教を信じていないのはロマリアの人間ではなかろうか。成り立ちからすでに歪んでいるロマリアに対し、新教徒というブリミル教実践主義者が現れたのも当然の帰結と言える気がする。

 

 そこで、カスティグリアとして考えた時に発生する問題点がロマリアには二点ある。それは、ロマリアだけがなぜか所有する二つの権利。聖戦発動権と異端審問権とも言えるだろう二つの権利だ。

 

 聖戦の発動に関しては教皇が行い、聖地をエルフから奪回するか集まった戦力が瓦解するまで血みどろの戦いが行われる。基本的にハルケギニアの貴族も平民も大抵ブリミル教なのでそれぞれを治める王侯貴族に率いられ参戦することになる。

 

 しかし、なぜ教皇に聖戦の発動権が認められているのだろうか。ぶっちゃけ三王家は始祖ブリミルの直系であり、教皇は弟子の系統にすぎないのだから、それを鑑みても三王家との合議制というのが最大限こちらが譲歩した落し所ではないだろうか。むしろ三王家が許可を出して初めて発動する事が可能なよう変更してもらいたいくらいである。

 

 そして、異端審問権。これはブリミル教徒の異端者を罰する権利なのだが、その適用方法にかなり問題がある。こちらが例え貴族であろうともロマリアに所属する聖堂騎士や司教などの神官と揉め事を起こしただけで異端呼ばわりされ、宗教裁判にかけられる可能性すらある。そして彼らはそのことに何も疑問を持たず、尊大であり、気軽に異端という言葉を口にする。

 

 前世での中世ヨーロッパでも異端審問というものはあったようだ。しかし、その異端審問は教義の新たな解釈や新たな派閥の形成に伴いその内容が異端であると判断された時に裁判が行われた。しかし、当時力を持っていたスペインの王がバチカンから異端審問権をもぎ取り、自分の意に沿わない者を処刑するために使っていたというのもある。

 

 それらを鑑みてロマリアやブリミル教の神官が持つ異端審問権はむしろ後者の意味合いが強いのではないだろうか。

 

 その二点に共通するのはブリミル教の信者ということを建前に行う内政干渉ということだ。極論してしまえば、ロマリア以外の国が力を持ち、豊かになったら聖戦を発動し、それぞれを消耗させる事もできるし、聖戦への参加を拒否したらそこをつぶすこともできる。その上異端者という罪を着せてその貴族を消す事もできれば、領地の没収も可能だろう。

 

 しかも、今のロマリアに始祖ブリミルの血統に対する信奉と言うものはない。遥か昔からロマリアはブリミル教を道具のように扱い、政治の道具にまで貶めている。実際俺はブリミル教徒と言い切れるか怪しいものだが、国としてそのような矛盾を抱えつつ棚上げし、ブリミル教をこちらへの武器とするような相手を個人的に許容することはできない。

 

 そう、この戦いはガリアの王様が気まぐれで起こしたものではある。しかし、今までの展開からこの戦いはもはやガリアの王様の遊戯盤ではなく、カスティグリアにとって、トリステインにとって、いや、ハルケギニアに存在する三つの王国にとってロマリアに楔を打ち込む好機なのだ。

 

 すでにロマリアは一つ失態を犯している。司教であるクロムウェルが虚無の担い手を自称し、貴族派と共にアルビオン王家を討ったとき、ロマリアは何もしなかった。ブリミル教の根源とも言える王家の滅亡をロマリアが認定したであろう司教が討ったのだ。

 

 ふむ。裏でガリアが暗躍しているとは言え、カスティグリアにとっては都合が良いように思える。もしかしたらガリアの王様は「地獄が見たい」「人として泣きたい」などの理由ではなくロマリアの掲げるブリミル教を、そして始祖ブリミルを殺すのが目的であり、その第一歩がレコンキスタだったのかもしれない。

 

 別段この辺りの理由に関しては彼の手のひらの上だとしても問題があるとは思えない。まぁ彼とそのような話が出来る機会が万が一訪れるようであれば聞いてみることにしよう。

 

 ただ、ガリアの王様であっても、教皇を始めとしたロマリアの神官であっても、マザリーニ枢機卿であっても関知していないであろう、想定外に究極であろう駒がこのアルビオンには存在する。そう、ティファニア嬢である。

 

 以前彼女への対応について考えたことがあったと思うが、以前と違いカスティグリアは想像以上に精強に育った。彼女を囲い込むだけの戦力はあるだろう。そして、俺にアンリエッタ女王陛下とのつながりが出来たのも大きい。

 

 ティファニア嬢は今は亡きアルビオン王の弟であるモード大公の娘であり、アンリエッタ女王陛下にとっては従妹にあたる。さらに虚無の使い手という王族に連なる者の証を持っており、ブリミル教に保護されるべき人物でもある。

 

 しかし、彼女はハーフエルフである。エルフはブリミル教にとって異教徒であり、貴族にとっては悪魔のように恐れられ、嫌われている。その辺りは過去の聖戦やロマリアが改変したであろう教えが原因であろう。つまり、彼女自身が……、ハーフエルフであり虚無の使い手という存在自体が、ロマリアとロマリアの教えるブリミル教に矛盾を突きつけるものであり、ロマリアに対する生きた抗議文のようなものだ。

 

 しかも、好都合なことにレコンキスタによる内乱、そしてこれから始まる侵攻作戦により純粋なアルビオン貴族の数は限りなく少なくなるだろう。つまり、ロマリアにとっては自らに矛盾を突きつける人間であったとしても四人の虚無の担い手を集めることに固執する故に気軽に排除することが出来ない存在なのだ。

 

 そして、彼女の事を知っている人間は数少ない。彼女の事と彼女の持つ虚無の系統に関して知っているのはティファニア嬢の暮らしているウェストウッド村にいる人間以外に恐らくフーケ、いや、マチルダ・オブ・サウスゴータと、あやふやではあるが前世の原作知識を持つ俺くらいなものではないだろうか。

 

 ワルドも恐らくミス・マチルダの大切な妹という存在には気付いていただろう。しかし、原作での彼はフーケを呼び込む駒としては使ったが積極的に手を出すそぶりはなかった。虚無を求めていたワルド元子爵がルイズ嬢より扱いやすいティファニア嬢の奪取に出ないということは彼女の持つ虚無の系統に関しては知らなかった可能性の方が高い。

 

 そう、一つ目の作戦目標は今後のためにティファニア嬢とミス・マチルダの確保である。確保、いや、保護した後で彼女らをそのままアルビオンの玉座に座らせることは難しいだろう。それに、俺はフーケに二度手傷を負わせた上にカスティグリアとしては彼女の未来の恋人になったかもしれないワルド元子爵を捕縛し、トリスタニアに引き渡した経緯がある。俺個人に敵対意識を持たれていても不思議ではない。しかも、ティファニア嬢はハーフエルフという諸刃の剣でもある。それをカスティグリアが抱え込むのはリスクが高すぎるように思える。

 

 むしろ、モード大公の娘であり虚無の系統でもあるアルビオン女王としてティファニア嬢を擁立するのであれば、アンリエッタ女王陛下の下で女王や貴族としての教育を受けるという理由付けでトリスタニアで保護してもらうのが一番良いだろう。

 

 トリステインとしては彼女たちがアルビオンの代表的な立場になることに異存はないだろうし、トリステインの影響力を強烈に刻み付けたいはずだ。幸い、ティファニア嬢はアンリエッタ女王陛下の従姉という血縁関係もある。あの笑顔と悲痛な演技を難なくこなし、親友を死地へと向わせる女王陛下であれば従姉という肩書きだけで見た目だけでも簡単にティファニア嬢を篭絡し、ほのぼのとした従姉妹の関係を築いてくれるはずだ。

 

 そして、カスティグリアとしてはティファニア嬢を盾にミス・マチルダを貴族流に上手く手綱をつけることができれば同時にティファニア嬢への影響力も得る事が出来ると考える。恐らくティファニア女王が生まれた時、ミス・マチルダは宰相もしくは女官などのティファニア女王の側で支えることを選ばざるを得ないはずだ。確か彼女は貴族嫌いだったと思うが元々は貴族だったのだ。その辺りは我慢してもらおう。

 

 さらに、ティファニア女王を頂く彼女にとってカスティグリアの戦力が味方に付くというのは魅力的に映るだろう。ただでさえハーフエルフという危険な生まれである彼女を守る武器はいくらでも欲しいはずだ。利害関係の一致を見込む事はできると思われる。まぁ無理そうならば女王陛下に許可をいただいているご禁制のアノ薬を使うしかないので出来れば俺の拙い口車に乗って欲しいものだ。

 

 ちなみに、ド・ポワチエ総司令官殿に進言したカスティグリア諸侯軍の動きの中に“軍港ロサイスの北約五十リーグに防衛線を張る”というものがある。これはずばりティファニア嬢保護のため、そして、それを悟られないよう、それなりの説得力を持たせて作られた作戦だ。

 

 この防衛ラインを形成する予定の場所は軍港ロサイスから徒歩で一日以上かかる場所であり、三万以上の大軍がロサイスを目指すルートであり、平原の隣に森林地帯があるという条件で絞り込むとこの位置になる。恐らくその森林地帯にウェストウッド村があるだろう。

 

 いや、無かったら無かったでプリシラに頼んで探してもらうので問題ない。何となく俺のつがいは軽く見つけてくれる気がしている。

 

 このことに関してはクラウスにアルビオンの正統な後継者を探し出して保護すると説明してあり、そのような作戦を発動する用意があることをクラウス経由で艦長殿とアグレッサーの隊長殿に伝えてもらうよう言ってある。ただ、極秘事項なのでレジュリュビで何度か話す機会がある艦長殿は迂闊に口に出すようなことはしない。恐らく作戦発動のときにさりげなく合わせてくれるだろう。

 

 

 ただ、次の目標はリスクを許容し、かなり強引に行かなければ手が届かないであろう。水の精霊の依頼でもあるアンドバリの指輪の奪取と、近くにいるであろうガリア王ジョゼフの使い魔であるミョズニトニルンのシェフィールドの捕獲、そして彼女が持っているであろうアルビオンの始祖の秘宝である“始祖のオルゴール”の奪取。まぁ、ついでに敵の旗印であるクロムウェルの捕獲もかなり優先順位は低いが視野に入れている。

 

 普通の軍隊であれば、いや、カスティグリア諸侯軍でも単純に考えれば無謀だろう。しかし、こちらには恐らく有人飛行においてこの世界では最速を誇るゼロ戦とそれを操るサイトがおり、そして水の精霊ご本人がゼロ戦に搭載される予定の自由落下爆弾型の樽の中で待機中である。

 

 首都ロンディニウムプリシラに先行偵察をしてもらい目標を確認、そして竜隊の護衛の下でゼロ戦で首都に突入してもらい、目標が居るであろう場所に自由落下爆弾を投下してもらう。あとは水の精霊様がシェフィールドなり、クロムウェルの精神に干渉し、アンドバリの指輪の効果を切る。そして、竜部隊と後詰の艦隊が突入。目標の確保を行い、それでもなおアルビオンが混乱せずに組織的な抵抗を行う事が可能であるならば撤退してもいい。

 

 それで戦争は終わるとは思うが、終わらないようであればド・ポワチエ将軍の本隊を待てばよい。ちなみに、将軍閣下に対しての言い訳はこの強襲作戦は後から来る本隊のための威力偵察をしようと思ったとかそんな感じにしようと思っている。

 

 しかし、全てが予定通り進行すると確信しているわけではない。何が起こるかわからないのが戦争だ。ただ、もし全てが予定通り進行するのであればカスティグリアにとって、いや、トリステインにとってアルビオンの土地など小さい価値に見えるほどのものが手に入るであろう。

 

 実際にリスクに対する不安はかなりある。なんせ最終的に虎の子であるゼロ戦とサイト、そしてアグレッサーを始めとした竜部隊で敵の一番防御の硬そうな中枢を攻撃するのだ。国軍であれば被害を見積もった上で失笑される作戦であろうし、カスティグリアでも考慮に値しないかもしれない。

 

 しかし、水の精霊という鬼札があり、戦争を一撃で終わらせるという甘美な誘惑には抗いがたいものがある。そして、水の精霊の依頼であるアンドバリの指輪の奪取は後々の交渉で回収可能かもしれないが確実性が怪しい。恐らく交渉相手はガリア王ジョゼフであり、彼に水の精霊に触れさせることで回収できるかもしれないが、そのような手段を取る事はできれば避けたい上に、惚れ薬が俺にあまり効果が無かったように、彼が水の精霊を上回ってしまう可能性もあり得なくは無い。

 

 さらに、あの進化をし続けるアグレッサーならばやってくれるのではないかという期待も大きい。彼らの進化に対し、祝福の意味を込めて最高の場面を与えたいという願望もある。

 

 そして、俺はこの戦争で次の戦争への布石を打つ気でいる。もし、運の良い事に全てがこちらに都合の良いように進むと次の戦争が無くなる可能性がある。しかし、英雄という人種は大きな戦で生まれるものだ。それならばカスティグリアとして巨大な損失が発生するというリスクを背負ってでも、この三年の集大成を全て披露し、英雄になるチャンスを彼らに与えておきたいのだ。

 

 

 

 

 

 ―――そして、作戦開始の日がやってきた。

 

 その日は空にかかる二つの月が重なる日の翌日であり、アルビオン大陸が最もハルケギニア大陸に近づく日である。トリステインもアルビオンも当然のように、この特別な日に照準を合わせている。しかし、風石の消費を気にせず蒸気機関を搭載し、快速で航続距離を稼ぐカスティグリアにとってはアルビオンの距離などはあまり関係ない。

 

 それに、むしろ両用艦隊があれば海上で距離を稼ぎ、浮上することで時間はかかるが風石の消耗を避けることが出来るのではないだろうか。つまり、この特別な日というものをずらすことによって奇襲も可能なわけなのだが、連合艦隊は両用艦隊を持っていないため実行はできない。

 

 露払いのため先行することをド・ポワチエ将軍に伝書フクロウで告げ、ラ・ロシェールに停泊していたカスティグリアの艦隊は将軍から送られた伝令役を数名収容し、当日の朝一番に飛び立つことになっている。

 

 連合総司令部から来る伝令役の方々は各々伝令用の竜を与えられていたため竜母艦の一隻に配属されたのだが、蒸気機関などの機密が多い区画は立ち入り禁止になっている。そして、こちらから連合軍に伝令を頼む時はレジュリュビからその艦の艦長へと伝えられ、伝令役が動くことになっている。

 

 そして、それに合わせ、レジュリュビとタケオも作戦通り朝一番にタルブ村を後にした。現在高度四千メイルをロサイスに向けて飛んでいるはずである。しかし、前日から作戦通り俺の寝ている間に飛び立ったというのに発熱に加え、吐き気が少々、ついでに高山病のように頭がクラクラしている。

 

 艦隊は横に展開し、索敵しつつフネを進めている。同時に偵察や索敵をプリシラにお願いしているが、プリシラの報告では現在進路上に敵はいないようだ。この調子なら橋頭保にする予定の軍港ロサイスにかなり近い場所での戦闘となるかもしれない。そして、今回から正式にカスティグリア艦隊の提督も兼ねることになったレジュリュビの艦長殿の予想でも明日の朝、相手が迎撃に出てくるだろうとのことだ。

 

 忙しい中お見舞いというか、様子見に来た艦長殿とそのような話を短時間で済ませ、俺は再び彼らとは別の作戦を継続している。つまりベッドの上で横になり、シエスタに頭の上に濡れたタオルを乗せてもらっている。みな平気なようだが、俺の敵は戦列艦でも竜でもメイジでもなくこの高度だったようだ。レジュリュビだけでもいいから与圧と酸素濃度を調節するマジックアイテムを開発して搭載しておくべきだったかもしれない。今度カスティグリア研究所に頼んでみよう。

 

 しばし時が過ぎ、昼食後、毛布に包まりながらシエスタの看病を得てもまだ良くならなかったため、モンモランシーがヒーリングとスリープクラウドを使うことになった。明日の予定では基本的に艦隊は朝方敵戦列艦との戦闘を行いロサイスの北約50リーグにて防衛線を張ることだけだ。しかし、偶然や思い付きを装って決行するティファニア嬢回収作戦が存在する。これは俺が直接出向くべきであり、他の人間に任せるのはかなり不安だ。

 

 ある程度の人数には事前に知らせてあるとは言え、エルフに対してよい感情を持っていないであろうハルケギニアの人間に任せるのはリスクが高いだろう。ティファニア嬢およびフーケの件に関しては父上とクラウスにモード大公家の関係者の捜索を同時に行う旨だけ伝えてありティファニア嬢がハーフエルフである事は誰にも話していない。というか居るかどうかすら怪しいはずなのに、「これから探すモード大公の娘はハーフエルフである」などと言えるはずがない。ただ、その作戦で動く事になっているアグレッサーの隊長殿にはかなり詳しく「そのような気がする」と話してある。「気がする」だけで納得してくれる隊長殿はとてもありがたい存在である。

 

 ちなみに、後日行う予定である首都への威力偵察という名の強襲に関しては父上とクラウスに早期決着の手段として余裕があるようであれば実行すると伝えてあり、カスティグリア艦隊の戦列艦以上の艦長級に人間には作戦として提示されている。

 

 全てが順調に進めば二日三日で戦争が終わる可能性が高い。いや、俺の体調不良という微妙なケチがこれで付かなければ良いのだが……。

 

 まぁそのため、全てをうまく終わらせるに大事をとって明日の日が昇るちょっと前に起こしてもらう事と、艦長殿にもそのことを伝えてもらうよう二人に頼み眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ええ、飛び立っただけでしたね。はい。以前活動報告でお知らせした時点ではすでに防衛ラインの構築まで終わっていました。前半部分のロマリア関連、ティファニア嬢関連、そして今後の作戦の動きなどは書かずにぼかして進める予定だったのですが、それだとかなり不都合が起こり、後付けの理由になってしまいそうで、それを嫌って先に書くことにしました。ええ、マジ書いたあと気付いて良かったorz

 ジョゼフさん仲良しフラグが立ちました!
 ロマリア敵対フラグが立ちました!
 
 さてカスティグリアはどこへ突き進んでいくのでしょうか。ぶっちゃけ私にもわかりません><; だ、大丈夫だ。私のクロアくんのつがいは最強のはず……。

 それでは皆さん、次回おたのしみにー!


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42 カスティグリア諸侯軍の力

ようやく戦争らしくなってきました! ええ、長いことお待たせしました><
それではどうぞー!


 まだ薄暗い常夜灯のようにマジックアイテムが照らす中。シエスタに揺り起こされて目を開くとほんの目の前にシエスタの顔があった。体調を確認すると昨日ほどは悪くない。吐き気がまだ違和感のように残っており、ほんの少し頭がクラクラして四肢も少し重いが悪くはない。何とかなることを祈ろう。

 

 「おはよう。シエスタ」そう言って目の前にある頬をそっと撫でるとシエスタはにっこり笑って「おはようございます」と元気に挨拶してくれた。シエスタに着替えや身支度を手伝ってもらい、彼女の肩を借りて部屋を出ると俺が起きる前にシエスタから聞いていたのだろう、モンモランシーが待っていた。

 

 前回のタルブ防衛戦のときと同じ真っ赤な薔薇のようなドレスを身に纏ったモンモランシーと朝の挨拶を交わすと彼女にレビテーションを掛けてもらい、腕を組んでブリッジに運ばれた。そして、マジックアイテムで明るく照らされたブリッジに入るとブリッジクルーが作業の合間に笑顔でこちらに軽く敬礼をくれた。

 

 「おはよう、艦長殿。良い朝ですな」

 「そうですな、このような朝ならば良く敵も見えましょう」

 

 艦長殿と朝の挨拶を交わすと、前回と同じように艦長席の隣に据えられたテーブルに着き、テーブルの脇に置かれたティーカートのポットでシエスタが紅茶を淹れる。

 

 まだ夜は明けていないので朝ではないのだが、ブリッジの外は仄かに白んでいる。プリシラに偵察を頼んで進路上にフネや竜がいるか聞いたところ、かなり離れたところにフネが四十隻おり、艦隊として隊列を整えている最中だということがわかった。アグレッサーには残念な事かもしれないが今のところ竜はいないらしい。

 

 しかし、タルブ村での戦闘の推移がアルビオンには伝わらなかったのだろうか。伝わっていたら艦隊を護衛するために竜がわんさかいたはずだ。もしくは駐屯地から出撃し、直接戦場で合流するのだろうか。まぁ今のところいないということでよいだろう。

 

 テーブルの隣に鎮座する艦長席の主殿にプリシラからの偵察結果を伝えると、「さすがですな」と笑みを浮かべ、艦隊に第一種戦闘配置、第一種攻撃陣形という命令を下した。カスティグリア艦隊の第一種戦闘配置には他の艦隊と違うところが一つだけある。

 

 そう、動力を全て蒸気機関に任せ、帆を全て畳むのだ。偽装のため帆を張っていた方が良いのかもしれないが、蒸気機関で進むとどうしても帆が抵抗になるのでしょうがない。前回のタルブ防衛戦のように時間に余裕のあるときは、被害を更に少なくするため、帆を取り外し、ヤードやテークルも降ろしていたが時間がかかるためよほど余裕がある場合に限られるそうだ。今回はそこまでする時間的余裕はないという判断らしい。

 

 ちなみに、この世界のフネの大体のスピードは快速船で13km/hくらいであり、戦列艦などはもうちょっと遅いらしい。しかし、こちら側のフネは全て最高速度40km/h以上、蒸気機関のみによる巡航速度が大体35km/hと規格化されているそうだ。そして、帆走を含めたエコ移動速度は風向きによって変わるが20km/hくらいだそうだ。

 

 確か原作でコルベール先生の作ったフネの速度が50km/hくらいではなかっただろうか。積荷で速度は変わるだろうが、こちらは防御装甲を備えている上に大砲や兵を満載しての速度だ。カスティグリアの開発した蒸気機関による推進装置の性能はなかなか良いように思える。

 

 そして、第一種攻撃陣形はタルブ防衛戦でも見せた三列縦隊であり、カスティグリア艦隊の基本陣形である。艦長殿は、俺伝手でプリシラが示した高度と方位にいるであろう横に広く広がった陣形を整えつつ敵がいる方向を指示し、そちらへ向う命令を矢継ぎ早に下した。

 

 ただ、まだ戦闘まで時間があるとのことなので艦長殿から以前と同様に再び演説を頼まれてしまった。

 

 ふむ。よく考えたら……、いや、よく考えなくても最高指令官なのだから演説の可能性は高かった。ぶっちゃけ完全に忘れていた。あることは想定できたはずなのだから俺は作戦の心配をするよりも原稿を用意するべきだったのかもしれない……。しかも二回目。前回何を言ったか全く覚えてない上に、たった一回でネタがすでに尽きている感が否めない。

 

 想定外の穴に足をとられた事に動揺しつつ、笑顔の艦長殿から演説用のマジックアイテムを丁寧に時間をかけて受け取ると、俺は一度目を瞑り、俺の中にいらっしゃるであろう黒歴史の神がご降臨されることを祈った。

 

 そう、ここは黒歴史の神に任せるのがベストだと俺の勘が告げている。この場は自ら黒歴史を呼び込みノリだけで乗り切るしかない。数秒祈り、心を落ち着けるとそっと目を開く。

 ―――さて、往こうか。

 

 「今作戦のカスティグリア諸侯軍最高指令官クロア・ド・カスティグリアだ。カスティグリア諸侯軍、これから生死を共にする戦友諸君。早朝から戦闘準備中、手を休めず聞いて欲しい。

 タルブ村での防衛戦で共に戦った戦友諸君、そして、今作戦から生死を共にする戦友諸君、ごきげんよう。喜びたまえ、艦長殿がおっしゃるには本日は良い戦争日和になるとのことだ。現在我らの艦隊は連合軍のどの艦隊よりも先んじてアルビオン侵攻のため、アルビオン大陸南端に位置する軍港ロサイスを目指している。迎撃に出てくるであろう敵戦列艦は約四十とのことだ。」

 

 恐らく全力で止めに来るであろう戦列艦が四十隻ということは前回のタルブ防衛戦から考えると竜騎士が三倍の六十騎ほど随伴する可能性が高いと考えられるが、今のところ竜の姿は見えない。それはこちらの竜の数から考えると1.5倍の数であり、戦列艦の数も十倍近い差がある。

 

 前世の知識にあるランチェスターの法則を考えると係数がありえないような数字にならない限り無謀でしかないだろう。しかし、タルブ村防衛戦で見せた竜部隊の戦果から考えと、こちらの竜部隊が敵竜騎士に邪魔されるような事が無い限り、彼らにとって敵戦列艦は脅威にならず、むしろおいしい戦果でしかないだろう。

 

 そして、竜同士の戦いでもアグレッサーが全体の錬度を恐ろしいほど上げているし、研究所が開発した鞍や竜用の装備などを考えるとかなり係数が上がり、いい勝負になるだろう。少々の犠牲や怪我は覚悟しかねればならないかもしれないが、相手はハルケギニア最強と言われた竜騎士だ。最大数である百騎以上だとかなりきついが六十騎であれば何とかして欲しいところではある。それに、ここで勝てるようなら今後の戦いもかなり楽になるのではないだろうか。

 

 カスティグリアは領地全体、領民全員がそれぞれ出来る事をし、生活も準備も訓練も三年の月日をかけて最善を尽くしたはずだ。もしかしたらカスティグリアの宝である竜部隊が傷つくかもしれないという恐怖にも似た不安はあるが、ここまで来たらもはや彼らを信じるしかあるまいて。

 

 「トリステイン貴族の中にはこの侵攻作戦に対し反対する者がいたそうだ。その者たちが発する意見は概ね、侵攻作戦は無謀であり、大陸を封鎖しアルビオンを日干しにするのが最良であるというものだ。そして、平和を愛する諸君らの中にもそのように考える者がいるかもしれない。事実、カスティグリアは防衛に一番重きを置いている。そのような考えを持つこともあるだろう。それは構わない。

 しかし、だ。戦友諸君、考えてもみてくれたまえ。我らの愛するカスティグリアを、今ではカスティグリアの一部となったタルブを再び焼かれぬよう守りきるにはもはやそれでは足りないのだ。

 相手は卑劣にも不可侵条約を結んだばかりにも関わらず、恥知らずにも一方的に破り、言いがかりをつけた上で何の罪も無いタルブを焼いたような輩だ。そんな姑息な奴らは息の根を完全に止めない限り何度でも(・・・・)タルブを焼きに来るだろう! そして、そのような愚行をただただ甘んじて受ける事は我々カスティグリアにとっては激しい屈辱でしかない!」

 

 アンドバリの指輪に関する情報は一般の兵には曖昧にしか知らされていない。そして、その事を公に口に出す事ができないのため少々説得力が低いかもしれない。そう、本当の理由は間違いなくアンドバリの指輪があちらにあり、死人が偽りの命を得る限りこの戦争は終わらないと思われるからだ。しかし、タルブを焼かれるのもかなり痛いことが前回の防衛戦で身に沁みた。

 

 そう、タルブ村でしか生産されていないヨシェナヴェの最後の味付けを決定付けるミソやショーユがかなり減産してしまうらしいのだ。モンモランシからタルブ村へ食料の支援を行い、タルブ村に残った原料となる大豆をミソとショーユに全て投入して貰い、余剰分を他領に輸出してはどうかとクラウスに進言したのだが、すでにタルブ村への食料支援は行っているし、売れるかわからないため、輸出を考えるのであれば余裕のある時に試してみるという理由で増産はしないと笑顔でお断りされた。

 

 ふむ。クラウスはヨシェナヴェが苦手なのだろうか。いや、食の帝王マルコも絶賛していた。苦手ということはありえないだろう。

 すると……? ああ、なるほど、そういうことか……。きっとクラウスは絶賛片思い中であるタバサ嬢の味覚に合わせるため日々ハシバミ草を食べており、おいしいものを制限しているのだろう。ううむ、クラウスのタバサ嬢への愛も深いのだな……。しかし、だ。だとしても、だ……。

 ―――ううむ……、もはやこの怒りと絶望はアルビオンにぶつけるしかあるまいて!

 

 「カスティグリア戦友諸君。相手は条約破りだけでなくブリミル教の認めた虚無の家系であるアルビオン王家を討った異端者どもだ。彼らに関してロマリアは彼らを肯定も否定もしていない。もし仮に、ロマリアが無言を貫き、虚無の使い手である皇帝がタルブ村を、そしてカスティグリアを含むトリステインを焼くというのであるならば我々の進むべき道はそれほど残されてはいない。彼らの軍門に下るか、ロマリアの教えるブリミル教と袂を分かち真のブリミル教を彼らに示すくらいなものではないだろうか。」

 

 原作通りであるならば遥か後ろにいる連合艦隊にロマリアからの義勇軍がいるかもしれないが、気にしないでおこう。むしろ今までロマリアは全く手を出さず、他にもいるかもしれないがわずかに義勇軍として来たのは、ロマリアの虚無である教皇ヴィットーリオの使い魔であり一時的(・・・)に僧籍を抜いたジュリオ・チェザーレくらいだ。さらに、彼が行ったことといえば偵察や伝令などの軍務もあるだろうが、トリステインの虚無と使い魔の偵察などなど、友軍に対するスパイ行為としか思えない事も多々行っている。ぶっちゃけ敵よりたちが悪い気がする。

 

 むしろ、わざわざ一時的に僧籍を抜いた義勇軍というのがせこい気がする。ロマリアが堂々とこちらに協力するというのであれば枢機卿や大司教が教皇の代行としてやってきてもおかしくないのではないだろうか。そして、開戦前に身から出た錆であるクロムウェル司教とそれに付き従う者達を異端者と断定するというのが協力というものではないだろうか。

 

 ふむ。ロマリアが一般的な義勇軍で収めたあたり、そして僧籍を持たないジュリオをよこしたあたり、教皇はまだどちらに軍配が上がるか計りかねており、連合軍に敗色が漂うようであればジュリオにトリステインの虚無を救出させて恩を売り、自分の駒にするつもりだったのだろうか……。

 

 なるほど、それなら全て納得が行く。確かにロマリア教皇としては連合軍が敗退し、連合軍が致命的な打撃を受ける前にレコンキスタとの間を取り持つ事によって両方の軍事力を手懐け、さらにジュリオに救出させたルイズ嬢を手懐け確保するというのが一番良いシナリオだろう。実際に動かすのは数人でいい上に、ロマリアとしては静観し続ける事に問題はないと考えているのだろう。

 

 確かにロマリアにとっては、リスクもほとんどなく気楽に打てる上にいくつもの効果を見込める良い手だろう。だが、その認識は間違っている。原作とは違い、トリステインにはカスティグリアという他国では予想だにしないであろう戦力を持った領地があり、しかしカスティグリアはロマリアにダングルテールという過去の遺恨を抱えており、さらに今のトリステインは俺が忠誠を誓う強い女王陛下が治めていらっしゃる。

 

 女王陛下とは違い、教皇殿は得られるかもしれないリターンの大きさにリスクを見誤り、その高くなったリスクを容認してしまったようだ。ククク、そのリスクは後々兆倍にして必ず支払っていただかなくてはなるまいて……。とりあえず後でこのロマリアの思惑を女王陛下にお伝えしよう。

 

 お友達(・・・)であるルイズ嬢を掠め取られそうになったのだ。きっと怒り心頭になるに違いない。いや、証拠があるわけではないのだ。マザリーニ枢機卿に完全否定される可能性もあるし彼に警戒心をあたえるかもしれない。しかし、女王陛下がロマリアに対し、少しだけでも警戒心をお持ちになっていただけるだけでもいい。お伝えする価値はあるはずだ。

 

 ああ、忘れる前にメモがしたい。戦後、レジュリュビを降りるまで覚えていられるかどうかだけがとても心配だ。

 

 「しかし、諸君らの中にはロマリアの教えるブリミル教を信じる者、新たなブリミル教を信じる者、精霊を崇める者、そして全く別の神や教えを信仰している者もいるだろう。それは構わない。しかし、その信仰の違いがこの戦いに対する意義を、諸君らの一体感を分けてしまうかもしれないと考えると俺は悲しい……。そう、それはとてもとても悲しいことだ……。

 だが、諸君……。今この場を借りて告白しよう……。今の俺はブリミル教徒ではなく、新教徒でもなく、精霊信仰者でもない……。俺はカスティグリアを愛し、常に最強を目指し続けるカスティグリアの精鋭である戦友諸君らを信奉し、妄信し、狂信している。そう、言わばカスティグリア教徒であると宣言しよう!

 今この時は、信じる教義を別にする諸君らであっても諸君の隣にいる友人が、諸君と同じフネに乗る戦友が、このカスティグリア諸侯軍に所属し生死を共にする精鋭諸君全てが、互いに愛すべき家族であり、互いの半身であるのだ! そして、フネがカスティグリアを離れている限り、諸君らがフネにいる限り、そのフネが我らの故郷であり、我らの心の拠り所であり、我らの聖地であるのだ。

 これから我らが向かう戦場に、残念ながらブリミル殿の居場所はない。我らが経典であり、我らが死の使者であり、我らが救いの神であり、我らが戦場を作り出し、我らが平和を作り出し、我らがこれからの未来を決定付けるのだ!」

 

 あ、そういえばルイズ嬢やサイト、そして連合艦隊から出向している伝令役の竜騎士も聞いているのか……。いやまぁ、サイトならノッてくれるかもしれないが彼らや艦隊の中にもいるであろう敬虔なブリミル教徒に対してはかなり危ない発言だったかもしれない。

 

 だが、宗教上の理由で兵達の意思や戦意が割れるのはいただけない。この時だけは彼らにブリミル教徒や新教徒であることを忘れてもらい、カスティグリアとして一つにまとまって欲しい。まぁ異端だというのであればむしろ異教徒……プリシラ教とかを名乗ろう……。異教徒ならば異端審問や宗教裁判を避けられるはずだ。いや、異教徒の方がまずいのだろうか……。その辺りはクラウスに確認してからにしよう。

 

 大体、実際戦う相手は虚無の使い手を名乗るブリミル教の司教だ。ロマリアが異端認定しない限り、ブリミル教への反逆のようなものではないだろうか。その辺りが政治的、そして論理的に解決されていない今、異端も何もないのではなかろうか。

 

 プリシラに相手の艦隊の見張りに行ってもらっているため、カスティグリアの兵たちの表情が全くわからず、受け入れられるか不安だがここまで来たからには突き進もう。

 

 「さぁカスティグリアの精鋭諸君。自らの信仰する神すら欺き利用する屑共に本当の信仰というものを教えて差し上げよう。平和と歴史の大切さを知らぬ愚者達にカスティグリアというものを教えて差し上げよう。トリステイン王国にはカスティグリアが存在することを教えて差し上げよう。

 連合軍総司令官のド・ポワチエ大将閣下は我々カスティグリアの意を汲んで気前良く我らに露払いという名の『屑共を教育する機会』をくださった。

 連合軍総司令官殿の言によればアルビオンの用意した戦列艦は四十。竜騎士は百、兵力は五万とのことだ。全てが一度に出てくるわけではないが数字だけ聞けば強敵に思えるだろう。そして、確かに連合軍にとっては強敵だろう。

 だが、もはやひとつの家族となり、ひとつのカスティグリアとなった精鋭諸君らにとって、今日この日から始まる戦闘、その中でもアルビオン侵攻作戦の初戦などはタルブ防衛戦という前菜に続くパンとスープのようなものだ。あちらの不手際でパンだけが先に出てくるようだが……。まぁ間違いなくスープも用意されており、我々だけが味わう事ができることを期待するとしようではないか。さて、カスティグリア精鋭戦友諸君、まぁまずはしっかりとパンを味わいたまえよ?

 ―――さぁおめしあがれ?」

 

 演説を終えて艦長殿にマジックアイテムを渡すと、艦長殿は

 「良い演説でした。私もカスティグリア教の信者に加えていただけますかな?」

と笑顔を浮かべて受け取った。

 

 ふむ。さすがに艦長ともなるような方は社交能力が高く、ジョークが上手いらしい。俺の黒歴史を覚悟した演説をシャレとして受け止めていただけたようだ。「ふふっ、艦長殿。カスティグリアの者であれば恐らく入信は自由でしょう」と笑顔で返しておいた。

 

 そして、ブリッジクルーから各艦からの報告が矢継ぎ早に艦長殿へ読み上げられたのだが、「敵艦見ゆ、カスティグリア万歳」とか「風竜隊、火竜隊出撃準備完了、カスティグリア万歳」のようになぜか“カスティグリア万歳”が追加で付けられている。

 

 ふむ。演説が受け入れられ、宗教の垣根を越えて皆の士気が上がってくれたということだろう。そして、戦友達はやはり精鋭であるが故、シャレを理解してくれているのだろう。

 

 しかし、演説が終わってちょっとでも冷静になるとすごく恥ずかしい。そして、隣に座るモンモランシーを見るとちょっとうっとりとした顔で俺を見ていた事に気付いて余計に恥ずかしくなった。いや、モンモランシーの中での俺の株が上がったのであれば喜ばしいのだが……。

 

 ―――いや、まさかとは思うがもしこれがシャレでなく、本当にカスティグリア教とか出来る……わけないよね……? もしまかり間違ってそんなものが出来てしまったら俺は生涯引き篭もるか死ぬしかないかもしれない。ふむ。その時は迷わず全てを忘れてモンモランシ領で隠居させていただこう。あそこならばカスティグリア教も及ばないだろうて……。

 

 

 

 と、とりあえず艦隊が敵を捕捉できたようなのでプリシラに竜がいるか最終確認をして貰って戻ってもらうことにした。

 

 敵にとってこちらの行動は早すぎたのだろうか。それに、夜間の警戒線もあったはずなのだが、なぜか察知されていなかったのだろうか。ようやく竜が三十匹ほど敵の艦隊と合流すべく動き出したような感じらしい。その事とプリシラを戻すことを艦長殿に伝えると、艦長殿は深い笑みを浮かべた。

 

 あっという間に戻ったプリシラが俺の肩にとまったので、彼女の労をねぎらいながらプリシラの頭や首の辺りを指で撫で、それと同時に彼女と視界共有する。俺の思考を読み取っているのだろう、最初はくすぐったそうにしていたのだが、プリシラは俺の見たい方向に視界を向けてくれる。

 

 矢継ぎ早に報告される声が飛び交うブリッジの中央テーブルにはタルブ防衛戦の時にも使われた現在いる地域を示す地図と見方艦や敵艦、竜などが模型で示されている。現在敵艦隊は前方15リーグほどの場所で同じく三列縦隊を取っているようだ。しかし、未だに竜を艦隊が確認していないため、竜の模型は使われていない。

 

 同じくそれを見ていた艦長殿が決断し、初手を変更するための命令を出した。

 

 「風竜隊、プランB発動。火竜隊も出せ」

 「了解。こちらレジュリュビ、風竜隊プランB発動。火竜隊出撃」

 

 風竜隊のプランBは敵竜騎士が確認できない場合、自由落下爆弾を二発持って行き、すれ違いざまに落としてそのまま通過、その後の状況次第で変化もあるのだが、通常は周囲の索敵及び空対空戦闘に備えるというものだ。敵の竜や幻獣などの脅威が無ければ報告し、再度爆撃するために戻ることになっている。

 

 四分にも満たない時間が経ったころ、一撃目の風竜隊から報告があり、中央テーブルから敵の戦列艦が十四隻どけられた。四十二騎の風竜隊が一小隊につき一隻沈めたようで、全て爆沈報告だった。そこから更に2分後、今度は火竜隊から報告が入り、九隻爆沈、残りを足止め中だそうだ。九隻の敵戦列艦がどけられ、九隻の敵戦列艦の被害を示すようにメイジがマストを外したり甲板を赤く染めたりしている。

 

 ちなみに、こちらの艦隊が戦場にたどり着くまで大体更に15分ほどかかるそうで、着いた頃には終わっている気がしてきた。そして、演説のパンに関しての下りに関してちょっと罪悪感がわいてきた。艦隊の人は食べられないかもしれない。ノリに任せすぎたのだろうか……。

 

 敵はすでに艦隊の半分以上を喪失しており、さらに四分の一以上が火竜隊によってかなりの被害を受けている。敵艦隊は回頭して撤退するつもりのようで、隊列がバラバラになっており、火竜に張り付かれたいくつかの戦列艦から白旗が揚がり始めた。風竜隊は上空偵察を続けつつ、アグレッサーだけが火竜隊の支援に回っているようだ。

 

 そして、少し先行した戦列艦の艦隊がようやく大砲の届く距離に近づき、戦列艦の横腹から砲門が一斉に顔を覗かせると艦首側から連続して錬度の高さを誇るように秩序だった連続砲撃を行った。初弾での被弾はそれほど多くなかったようだが、各艦の一斉砲撃により敵は撤退することも諦めたようで、残存している全てのフネに白旗が立った。艦隊戦と呼べないような初戦が終わり、小型艦は拿捕作業に入るため隊列を離れて行った。他の艦は戦列艦を二隻ほど残し、竜を収容しつつロサイスを目指す。

 

 しかし、火竜隊を補給に戻したころで、アグレッサーから敵竜騎士を視認したとの報告が入った。数は想定通り六十前後だそうだ。最後尾に位置する竜母艦が先行した拿捕作業中の小型艦や戦列艦、そして敵艦隊を通り過ぎてもまだ敵竜騎士隊との接敵まで距離があるそうで、むしろアグレッサーの視認距離が気になってきた。アグレッサーの目は特別なのだろうか……。もしかしたら夜でも昼間より見える魔眼や千里眼なんかが標準装備されているのかもしれない。

 

 「全艦第二種攻撃陣形」という艦長の鋭い声がブリッジに響き渡ると、ブリッジクルーが復唱しながら各艦に伝えていく。第二種攻撃陣形はこちらの戦力が圧倒的だと判断された時に使うもので、敵を極力逃がさない掃討用の陣形なのだそうだ。

 

 一番装甲の厚いレジュリュビを真ん中に、戦列艦が戦域を囲い込むようにV字に展開、後ろにいたタケオ以外の竜母艦がその後を離れてついてくる。タケオはさらに後ろを離れてついてくるようだ。素人目にも圧倒的に戦況が進んでいるように見えるほどなので艦長殿も少し余裕があるのだろう。合間を見計らってそのような陣形などを笑顔で解説してくれている。

 

 今回は竜隊と艦隊合同で当たる事になりそうなので数が多いとは言え相手の竜騎士隊を圧倒できるだろう。しかし、味方艦が全て白旗を揚げている状況であれば竜騎士隊は反転するだろうし、風竜隊は逃げる竜騎士隊に対し追撃体制で有利に戦えるかもしれない。と、そんなことを考えていたのだが、相手の竜騎士隊は気にせず突っ込んでくるように見える。

 

 ふむ。彼らには味方艦の白旗が見えていないのか? それとも救出するつもりか? それとも最強の誇りか……? それとも……、ん? ちょっと気になることが思い浮かんだ。

 

 『プリシラ。敵の竜騎士はわかるかい? 彼らに水の精霊、アンドバリの指輪の効果があるものはいるだろうか』

 『ええ、わかるわ。ご主人様。あの竜に乗ってる人間は全員そうみたいね。』

 『ありがとう、俺のつがい』

 『どういたしまして、わたしのつがい』

 

 なるほど、恐らくひと当てするか救援か攻撃かの命令が与えられているだけなのだろう。アンドバリの指輪は死者を蘇らせて命令することはできるが、命令優先で竜騎士本来の対応力が削がれたのは相手にとって少々仇になったようだ。

 

 「艦長殿。指輪に関しての知識は?」

 「存じております。相手の竜騎士が?」

 「ええ、プリシラの判断ではあの竜騎士全てがそうなのだそうです。」

 「そうでしたか。情報感謝します。」

 

 アンドバリの指輪に関してはどこまで機密になっているかわからないが、恐らく艦長、指揮官クラスは全て知っているだろう。というか知らないと危険だ。トドメを差したと思ったら蘇ってこちらがやられたらたまらない。その辺りはかなり徹底しているはずだ。しかし、一応言葉少なく艦長殿に伝えると、彼も察して言葉少なく応えた。

 

 「全軍に発令、敵竜騎士は全て狂化兵と断定!」

 「了解! 全軍、全敵竜騎士は狂化兵。繰り返す。全敵竜騎士は狂化兵。留意されたし!」

 

 そう艦長殿が幾分険しい顔で発令すると、圧倒的な戦勝の空気が広がりつつあったブリッジ内が一気に引き締まった。

 

 ふむ。アンドバリの指輪に操られた人間は狂化兵と呼称するようだ。まぁ合ってるといえば合ってる気がする。アンドバリの指輪の知識をどの程度浸透させているのかはわからないが、そのような効果のある薬やマジックアイテムなどで操られているという兵士がいるという情報は行き渡っているようだ。

 

 まぁ狂化兵だろうと高度四千メイルから落ちてただで済むとは思えないし、海に落ちても生きたまま魚の餌とかになってしまうのだろうか。いや、死んだままと言うべきか? 海とはいえ衝撃でかなりえぐい感じになりそうだが、狂化兵は意識を保てるのだろうか。ううむ、興味深い。

 

 そんな事を考えている間に竜同士の戦闘もこちらが圧倒し、順次敵の竜が落ちていく。そして、戦列艦の囲いに近づいてしまった敵の竜騎士は砲撃により竜共々バラバラになり落ちていった。しかし、大砲の射程がいくら長くなったとは言え早々当たるようには思えない。7.7mmではメイジはともかく竜には厳しいだろうから20mmが当たったのだろうか……。

 

 そして、作戦開始から二十数分で侵攻作戦の初戦が終わった。プリシラに偵察を頼み、他に敵勢力が確認できないことを艦長殿に伝えると、竜部隊を戻し、第一種攻撃陣形、第二種戦闘配置の命令を出した。

 

 小型艦は全て拿捕作業を終えており、ロサイスまで航行可能と思える敵戦列艦八隻を残し、そちらに全て捕虜を移して他は全て改めて爆沈させた。拿捕した敵戦列艦の曳航は複数隻の小型艦で行うのだが、どうしても足は落ちてしまうそうで、艦隊から離れることになる。護衛に戦列艦が2隻付くそうだ。

 

 そのため、レジュリュビを旗艦としたカスティグリアの艦隊は数を減らしたが、目立った損傷や消耗は見当たらないため、作戦通り先行してロサイス上空を偵察しつつ通過し、仮想防衛ラインを目指すことになった。

 

 ロサイス上空への移動中、レジュリュビに別のフネや竜部隊からの詳しい戦闘結果が続々と舞い込み、統合され、確度はまだ低めだが大体の戦果が纏められたようだ。そして、その確度が低いとは言え統合された戦果は再び各艦の艦長へと伝えられる。きっと艦によっては艦内放送も行い、艦全体が沸いていることだろう。

 

 そして、その戦果やこちらのこれからの行動、拿捕したフネに関する事などが伝令を通じてド・ポワチエ総司令官にも伝えられる。恐らくアルビオンに軍艦はもうほとんど存在しないはずだ。それに、こちらの戦果に煽られてロサイスの制圧や兵員の上陸を急がせるかもしれない。ついでにこちらの防衛ラインまでさっさと進軍してくれればさらにありがたい。

 

 艦長殿は戦果の書かれた羊皮紙に目を通したあと、連合軍本隊への伝令に持たせる伝文を指示し、戦闘後の処理を終えると、その戦果の書かれた羊皮紙を俺にも見せてくれた。

 

 敵戦列艦拿捕八隻、爆沈三十二隻、竜四十六匹及び竜騎士六十撃破、捕虜約五千名、竜捕獲十四匹、推定戦死者数一万九千名。そしてこちらの被害は、風竜九匹と火竜隊のメイジ一名、そして砲撃手の七名が軽傷。水の系統のメイジがすでに治療しているらしい。

 

 兵器関連の損耗に関しては風竜や火竜が使っていた装備がほとんど廃棄になる予定だそうだが、これは大抵一戦ごとに廃棄するような設計になっていたはずだ。あと、やはり敵の竜をバラバラにしたのは20mm機関砲だったようで銃身や弾薬の計上が結構多い。まぁ補給せずともあと何度か戦えるだけの備蓄はあるようなので問題あるまいて……。

 

 って……ア、アレ? 以前タルブ村防衛戦のときに見たのと違う気がする。書式が変わったのだろうか。ふむ。いや、きっと目の錯覚だろう。プリシラを呼び戻し、視界を共有して確認する。……ふむ。やはりちょっとよく解らない。何というか脳が理解する事を拒否している感が否めない。ここは艦長殿の助けを借りよう。

 

 「艦長殿。こちらの被害はこれで合っているのかね?」

 「ええ、私もここまで被害が出ないとは思いませんでした。砲撃手の軽傷は銃身交換の際に誤って軽い火傷を負ったそうです。そして、その……少々言いづらいのですが……、火竜隊のメイジは帰還後に自分の火竜に甘えられて腕を甘噛みされたとか……。」

 「そ、そうか。うむ。恐ろしいほどすばらしい戦果だな。」

 「大変光栄です。」

 

 苦笑いの艦長が説明してくれたのだが、艦長殿も驚きを隠せないようだ。“竜部隊が傷つくかもしれないという恐怖にも似た不安”とかそういう話はどうなったのだろうか。むしろ彼らの心配をした俺が悪かったのだろうか……。しかも竜部隊に所属するメイジの唯一の負傷が甘噛みって……。前世の戦争でA-10パイロット唯一の負傷者が食中毒という話を聞いたことがあったのを仄かに思い出してしまった。

 

 喜んでいいはずなのに釈然としない気持ちを抱えながら戦果の書かれた紙の内容をモンモランシーとシエスタに説明すると二人とも驚いていた。というか、恐らくこの戦果を見て驚かないのはアグレッサーや火竜隊、そしてクラウスくらいなものではないだろうか。クラウスなら素の表情でさも当然のように「うん。そんな感じだろうね」とか言いそうで怖い。

 

 しかし、今回の被害が少なかったのは小型艦による拿捕が相手の降伏後だったためだろうか。前回は防御装甲を過信して突っ込んでいった感がある上に、白兵戦での被害も出ただろう。今回は小型艦の防御装甲の見直しも図られており、敵竜騎士からの攻撃では傷らしい傷は無かったと言って良いだろうし、白兵戦用の装備も見直しがされている。しかし、このような結果が得られるのであればぶっちゃけ敵艦の拿捕や捕虜の獲得はあまり考えない方が良い気がしてきた。

 

 実際、普通の軍として収支を考えると、恐らく前回のタルブ戦のような戦いの方が儲かるのだろう。大抵フリゲートクラスから艦長は私物として金目の物を積んでいるらしい。さらに、大型艦ともなると艦長や士官は貴族である可能性が高く、彼らの所持品や彼ら自身の身代金などが期待できる。さらに、軍艦ならば必ず積んでいる大砲や火薬などの重火器に大量の風石、そしてフネ自体も高く売れる。

 

 今回は敵戦列艦を躊躇なく爆沈させたことで得られたであろうそれらの財産が爆散したと言って良い。しかし、カスティグリアとして考えたとき、犠牲を払ってまで狙うべきものだろうか。カスティグリアと他の軍では性質が異なる。いや、軍艦に勤務する者は大抵常備軍だとは思うが、原作のマルコのように志願から配属されたり、徴兵された平民も多いはずだ。

 

 しかしカスティグリア諸侯軍は完全な常備軍であり、かなりの期間金を掛けて鍛え上げられたプロの軍人達だと断言できる。カスティグリアが彼らの生活を支えつつ三年の月日を掛けて育て上げた人材なのだ。傭兵を雇ったり平民を徴兵で集める国軍やほかの諸侯軍の兵とは錬度もかかる経費も段違いだ。

 

 前回の戦いで死亡、もしくは重傷で戦列を離れた戦友は約千名にものぼる。彼らを三年養った金額は一体いくらだろうか。一人の年収が四百エキューだとすると約千名で年間四十万エキュー、三年間で百二十万エキューにもなる。実際彼らにその価値があるからこその値段なのだろう。それが一度の戦闘で失われるのはかなり痛いのではないだろうか。

 

 しかも、カスティグリアの領民の数は知らないが、早々補充が出来るとは考えにくい。初期に集まった領民は適正と郷土愛の高い希望者が多いだろうし、三年かけて培った錬度や知識はやはり三年かかるものだ。しかも、この侵攻のための諸侯軍だけでなく、カスティグリアの防衛もあれば、モンモランシやタルブへの派遣部隊も必要だ。

 

 そう、今俺が率いている艦隊はその全体の一部でしかなく、前回消耗してしまった分はどこからか引き抜いてきたはずであり、カスティグリアにとって希少であり価値の高い者たちなのだ。確かに、その損失分の補填のために戦争を利用して稼ぐというのも悪くはない。しかし、カスティグリアの方針は防御を固め、こちらの出血を最小限に抑え、相手に出血を強要するというのが最初の前提だったはずだ。うむ。やはり、カスティグリアとしては目先の金より兵を大事にするべきだろう。

 

 そんな事を考えつつブリッジの様子を見学しつつ、戦闘後の緊張感が少し緩んだところで艦長殿から第二次警戒態勢での移動命令が発令された。 

 

 

 

 

 

 




 クロアくんの思考にツッコミ所満載かもしれませんね^^;
ハルケギニアの長さの単位はサント、メイル、リーグとなっておりますが、それぞれcm、m、kmとほとんど変わらないようです。ポンドヤード法じゃなくてよかた;; 
 しかし、使い分けが難しい。というか基本的にクロアくんはmks単位法を元にしており、ハルケギニアの住人はメイル法を使っています。クロアくんはハルケギニアに合わせるときはメイル法を使うよう意識していたのですが、最近交じり気味ですね^^
 きっと彼もハルケギニアに慣れてきたのでしょう。ええ、特に深く考えず作者の気分で使い分けているわけでh(核爆

 次はいよいよメロンさんの登場かと思います。

次回もおたのしみー!

 

何となく愚痴のようなもの
内政がんばりすぎた?
アグレッサーがみなぎりすぎてイージーモードになっちまったよ;;

-追記-8/24
 ええ、感想でご指摘いただきました。作中に出てくるA-10パイロットは食中毒でお亡くなりになっていたようです。負傷ではなく死亡だったとはorz
 食中毒怖いですねー。皆さんも手洗い、うがい、腐った食べ物には気をつけましょう。私の本日の健康状態はおなかが痛いです。下してはいませんがっ!


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43 アマ・デトワール

 日曜日に間に合いました! ええ、今回はちょっと長い上に予想外の話になっちゃってます。うん。長くなっちゃってチェックが面倒でした。いつもよりご都合主義が多いかもしれません。何度も読み返して何とか読めるかな? 程度にはなったかと;;

 それではどうぞー!


 軍港ロサイスへの道程で行われたアルビオン侵攻作戦の初戦である艦隊戦が終わり、第二次警戒態勢を取った艦隊は数十分後、警戒態勢を解除し、帆を張り、蒸気機関だけでなく帆走も含めた通常態勢に戻った。敵戦列艦を曳航する小型艦とそれを護衛する二隻の戦列艦は帆走をメインにし、速度を落としつつ連合軍艦隊に合流する予定である。彼らは軍港ロサイスに拿捕した艦を係留し、カスティグリアの輸送艦と共に仮想防衛ラインまで遅れてやってくる予定であり、こちらに合流するまでしばしのお別れである。

 

 しかし、第二次警戒態勢や通常態勢と言っても俺やモンモランシー、そしてシエスタは特にする事がなかった。艦長殿も指示を出し終わり、何か変化があるまである意味暇なのだろう。しかし、一応敵の領空なので俺も艦長殿も、ブリッジから離れられない。いや、夜間や体調が悪くなるようであれば俺は自室に戻るが一応最高指令官なのだから作戦中は出来る限りブリッジにいるべきだろう。

 

 そんな微妙な状況下、艦長殿は気を利かせてくれたようで、子供以上大人未満といえるであろう年齢の俺たちが暇をもてあまさないよう、同じテーブルに着いて四人で一緒に紅茶とシエスタの焼いたケーキを楽しみつつ、あっさりと終わった初戦の流れや艦長殿が考えていた敵の動きや対応策などを話してくれた。

 

 先ほどの戦闘を元にしているのでモンモランシーやシエスタにもわかりやすかったようで、モンモランシーからたまに社交的とも取れる質問が出たが、艦長殿も笑顔で対応し、補足説明などを行っていた。俺としては艦隊戦での戦術や戦略というのは特殊すぎて少々理解が追いつかないことが多い。ぶっちゃけ竜での戦闘の方がわかる気がする。

 

 モンモランシーが興味を持つのであれば俺も話についていけるよう勉強するべきだろうか。この世界のフネは空に浮き、空を走る。つまり、空戦技術とあまり変わらないはずなのだが、存在場所を空に移してもフネは(ふね)なのだろう。ふむ。モンモランシーが興味を持つのは彼女が水の系統だからだろうか。いや、単に艦長殿の社交性に合わせ、彼女も社交性を発揮しているだけかもしれないが……。

 

 しかし、艦長殿の言ではカスティグリアのフネの進化は戦闘技術や戦術の進化を強要し、今までの戦術はもはや時代遅れになるだろうとの事だ。確かに竜部隊による対艦攻撃や風向きを気にせずに走るフネという今までにないものが生まれたのだから変化は当然あってしかるべきだろう。

 

 その時代遅れの戦術や戦略をカスティグリアの将兵が拘るようであれば開発された兵器や竜の利点がつぶされる事になるわけだが、二度の戦闘を潜り抜けたこの諸侯軍艦隊を見る限りカスティグリアの将兵らは進化を望む者ばかりだったようだ。

 

 それもそのはずで、艦長殿はフネの運用や戦術、そして戦略などを魔法学院に入学する前からずっと個人的に趣味で研究していたそうだ。学院卒業後、彼は希望通りトリステイン空軍に入り下士官から士官、つまり海尉にまでなれたはいいが、そこからが問題だった。

 

 トリステイン空軍では、海尉より上の階級や役職は、貴族の場合は爵位と縁故、平民の場合は勤務年月と能力、そして、いかに上官に従順でご機嫌取りが上手いかが一番重要なのだそうだ。彼は下級貴族であり、そのような縁故を持っていなかった上に、趣味である研究がご機嫌取りより正論を選んでしまうような性格だったそうだ。

 

 そして、同じ子爵位の者が戦列艦の艦長を任される事があっても、彼は小型艦の艦長職ですら任される事はなく、戦列艦勤務ではあったがただの海尉止まりな上、トリステイン空軍の人間とはことごとくソリが合わなかったらしい。カスティグリアでフネを任されるまではぶっちゃけ腐っていたそうだ。

 

 しかし、そんな腐っていた艦長殿は父上に「諸侯軍ではあるが艦長職を受けてもらえないか」とスカウトされたらしい。自分が乗る予定のフネに関しては軍艦であるということ以外は話せない言われ、情報の少なさ、そして王国の空軍ではなく、いち領主の諸侯軍ということから小規模なのだろうとかなり葛藤したらしい。

 

 普通に考えれば領がフネを持つとしたら輸送艦や領主が趣味で持つ超小型のフネ、良くて複数の輸送艦のための護衛につけるコルベット艦がいい所なのだそうだ。しかし、このまま戦列艦の海尉に甘んじ腐り続けるくらいならば、諸侯軍の輸送艦護衛のコルベットでも軍艦の艦長になれた方が腐らずにすむのではないかと思いなおし話に乗ったらしい。

 

 そして、いざ父上の話に乗り、長い間所属していたトリステイン空軍を除隊し、給金は破格とも言えるが生涯に渡るというかなり長い契約を結び、父上と主従関係になると、父上は彼にいきなりカスティグリアで新造されたばかりの戦列艦の艦長を任せたそうだ。

 

 彼にとって戦列艦の艦長というのは幼い頃から憧れであり、そして、現実に打ちのめされ夢に見ても叶うことはないと遥か昔に諦めていたものだったらしい。しかも、諸侯軍が戦列艦を持っているという非常識さに、二三日夢ではないかと怯えていたらしい。

 

 「実際、カスティグリア諸侯軍が用意した自分の椅子が老朽化した今にもバラバラになりそうなコルベット艦の艦長職だったという悪夢を何度も見せられましたな。」

 

と、艦長殿は苦笑しながら紅茶に口をつけた。威厳のある艦長殿でもトラウマのようなものがあるのだろう。俺もすでに色々な黒歴史を抱えてしまったが故の悪夢を見ることがあるので、彼の自嘲とも取れる苦笑に愛想笑いですら返すことが出来なかった。

 

 しかし、「いや、どうぞ笑ってください。今では見る事はありませんので」と艦長殿が空気を軽くしたため、モンモランシーやシエスタが少し控えめな笑顔を見せると艦長殿は話を続けた。

 

 初めての艦長職、長い長い間憧れていた戦列艦という最高位にある艦を任されるという喜びと重圧、艦長職の激務、空軍とは規格の全く異なる美しい戦列艦の存在が、そのつど彼に現実と認識させ、今までの鬱憤を晴らすかのように全身全霊で取り組んだそうだ。

 

 そして、艦長職の激務の合間に、息抜き(・・・)で、戦列艦の艦長職以上の者にしか開示されない情報の中のカスティグリア基準で進化していく兵器や艦の性能をどのように運用し、戦略や戦術に生かすかという研究をし続け、カスティグリアが生み出すフネの変化に柔軟に対応し、いち早く利点を生かすための運用案、戦術や作戦の立案方針案、戦略案をいくつも作成し、父上に報告していたそうだ。

 

 傍から見たらワーカーホリックやブラック企業も真っ青なオーバーワークに見えただろう。しかし、彼にとっては仕事の合間に趣味に没頭するという充実した日々を過ごしていたら、いつの間にか艦隊旗艦であるレジュリュビの艦長、そして諸侯軍の提督になったらしい。彼にとってカスティグリアが起こした変化は新時代の幕開けと体感し、その先駆者に名を連ねるという名誉ある希望を生み、まさしく生き甲斐というものが開花したような感覚を受けたらしい。

 

 ううむ。さすが父上。このようなすばらしい埋もれた人材を探し出すとは……。ぶっちゃけ艦長殿と接してきた時間は長くない。しかし、その短い時間ですら彼の社交性とユーモア、そして艦の運用や戦闘に対する情熱を感じてきてはいた。なぜトリステイン海軍の人間とソリが合わなかったのかは謎だが、確かにこのような過去を持っているのであれば今この艦隊の提督を任されるというのはまさしくカスティグリアとしては適材適所であり、彼にとっては天職だろう。

 

 そんな少し心温まる艦長殿の彼の生い立ちや艦隊戦談義などをシエスタの紅茶を飲みながら興味深く聞きいていると、あっという間に数時間が経ち、艦隊はアルビオン大陸の南端近くにある軍港ロサイスまであと一時間ほどの距離に来た。

 

 艦長殿は一言笑顔で断ったあと艦長席に戻り、風竜隊による先行偵察を指示した。俺もプリシラにお願いして簡単な索敵を行ったのだが、軍港ロサイスにアルビオン所属の航空勢力は見当たらない。そのことを艦長殿に告げ、艦長殿もそれを受けて風竜隊での捜索対象を軍港ロサイスの守備隊の捜索に切り替えた。

 

 守備隊はかなり少数で、後続の本隊もこの程度であれば抵抗にならないと判断し、艦隊は何の抵抗も受けずにロサイス上空に近づいた。ぶっちゃけこの程度であればカスティグリアの現存艦隊でもロサイスの制圧は可能だろう。しかし、制圧後の警備や一般人に偽装した兵の奇襲に怯えるくらいであれば連合軍が持つ六万の兵に任せた方が良いだろう。

 

 それに、こちらには相手の上陸阻止部隊を止めるという作戦もある。ロサイス上空を飛び交う風竜隊やアグレッサーからの報告はロサイスの守備隊に関するものだけなので、まだ三万のアルビオン兵はロサイスからは遠いのだろう。だが、彼らの目的は連合軍の上陸阻止である。彼らがカスティグリア艦隊の動きを知ったら進軍速度を上げる可能性も否めない。

 

 風向きを気にせずに進め、航行速度の速いカスティグリア諸侯軍はすでに上陸を果たせる位置にいるが、通常のフネの速度、しかも輸送用のガレオン船に合わせておりかなり遅い。そして、ウィンプフェン参謀長の示した作戦通りならば明後日ロサイスに入る予定ではなかろうか。そう考えると、すでに三万の大軍はかなり防衛ラインに近づいているはずだ。

 

 軍港ロサイスの上空に艦隊が入った。艦隊や竜部隊に対する抵抗は全く無いが、地上には上陸兵に備えているような、港湾施設に対する形で簡単な防御陣地が作られつつあるようだ。恐らくこちらに向っているであろうロマリア三万の兵が構築するには時間が足りないと判断したのだろう。だとしたらカスティグリア諸侯軍の動きがどこからか伝わっているのかもしれない。

 

 後続の拿捕した敵戦列艦、その艦の曳航を行う小型艦と護衛の二隻の戦列艦は、連合軍の艦隊と合流しロサイスまで同行することになっている。そして、敵戦列艦を軍港ロサイスに係留した後は連合軍に混ざっているカスティグリアの輸送艦をその艦隊にこちらまで連れて来てもらわなくてはならない。そのためロサイスの制圧に連合軍が手こずるようであれば少なからずこちらにも影響が出る。

 

 しかし、制圧している時間は惜しい。そして、このまま防衛ライン構築のため進むべきだという事はわかっている。ただ、風竜隊からの報告をオペレーターが読み上げ、作戦テーブルにその位置に建物や兵を表す駒が置かれていくのを見ていると、目の前に餌がぶら下げられているような心境になるのは否定できない。そして、同じようにそんな光景を見ていた艦長殿が隣の艦長席でそっとつぶやいた。

 

 「ただ通過するのも芸が無いな……。最高指令官殿、大砲の試射には良いかもしれませんな。」

 

 ふむ。確かに砲撃手の出番が今までほとんど無い。実戦で一度撃っておくのも悪くないし、周りの人間が活躍しているのに自分達に出番がなくて腐っているかもしれない。そういう心遣いもきっと艦長殿ならではなのだろう。

 

 「よろしいですかな?」と、艦長殿は一応名前だけの最高指令官である俺に確認をしてきたが、断る理由は砲弾や火薬の消費くらいなものだし、ぶっちゃけあまり出番がなくて有り余っているだろう。それに対地攻撃の実戦経験もあった方が良いに違いない。

 

 「構わないとも、艦長殿。それに砲撃手の戦友たちもあまり出番がなくてイラついているに違いない。彼らの鬱憤を晴らすためにもカスティグリア艦隊の砲撃というものを彼らに見せて差し上げるというのも……、あぁ、艦長殿。確かアルビオンのゴミ艦は空軍の礼砲で爆沈したのでしたな?」

 

 そう笑顔で何となく思いついた理由付けを伝えると、艦長殿は笑みを深くして「そうでしたな。了解しました」と言って嗤った。そして、艦長殿は俺が演説の時に借りるマジックアイテムを手に取ると艦隊に直接指示を出した。

 

 「全艦隊に告ぐ、アマ・デトワール提督だ。進路このまま。諸君、元来(がんらい)外国の港への入港時には礼砲を撃つものであることは存じていると思う。今の所(・・・)この軍港ロサイスを手中に収めているアルビオン共和国は空砲で沈むようなフネを親善艦隊に使うようだが、空砲で沈むようであれば実弾入りでもさほど変わらないのではないかと私は考える。紳士淑女の諸君、コース料理の途中ではあるが、礼砲と共にパンとスープの礼くらいは気前良くチップを渡しても良いのではないかね? さぁ紳士淑女諸君、気前よくいきたまえよ? 全艦、対地砲撃用意!」

 

 そして、迫力ある笑顔のままブリッジクルー達に追加の指示を出し始めると、ブリッジが戦闘態勢に移行し、緊張感ではなく、殺気のような、狂気のような、そんな雰囲気に包まれた。

 

 うん。通過ついでの対地砲撃でそこまでノリノリになるとは思わなかった。ここにいる人間もアグレッサー隊に所属する人間と同じ人種だったようだ。少し怖い。モンモランシーやシエスタがこの空気を恐れているようであれば慰めようと、彼女達の顔をこっそり窺うと二人とも目をキラキラさせていた……。な、何も言うまいて……。

 

 そして、艦長殿の指示が各艦に伝わり、風竜隊は竜母艦に戻り、火竜隊が出撃した。火竜隊は風竜隊が発見した作りかけの防御陣地や守備隊が駐屯していると思わしき場所へと飛んでいく。艦長殿の指示を聞いていたところによると一応防御の高い火竜隊に着弾評価をさせるようだ。

 

 一応通りすがりなので移動しながらの砲撃になる上、狙える時間もそれほど長くはないだろう。そして、比較的近い目標は小型艦がメインで行い、その辺りは当たるだろう。しかし、アルビオン式の新型砲を載せている戦列艦はかなり遠くの射程ギリギリではないかと思われる地点を目標にするようだ。

 

 艦長殿の「全艦砲撃開始!」の号令と共に、射線に互いが入らないよう適度に散開した艦隊が、艦隊を形成する小型艦、戦列艦、そして初めて砲撃を行うレジュリュビが砲撃を開始した。

 

 全ての艦隊が両弦から大砲を突き出し、船首方向から完全に制御されたように大砲が連続で轟音と火と煙を生み出す。そして、レジュリュビのブリッジまで響く体を震わせるような轟音と共に艦隊は自らが生み出した黒色火薬特有の白い煙に包まれた。しかし、帆走だけでなく巡航速度とは言え蒸気機関の力も借りている艦隊は先込め式大砲の次弾装填の間にその煙が支配する空間を抜けることが出来たようだ。

 

 火竜隊はアグレッサーのように全員に通信用のマジックアイテムが配備されているわけではないので着弾観測射撃はできないはずだ。各艦の士官や砲術長が観測し修正し実戦訓練としているのだろう。まぁ礼砲なら来た事を知らせられるだけでも良いのだろう。

 

 

 

 十数分の攻撃のあと、砲撃が止み、艦隊はロサイスを抜けた。そこからはこちらへ進んでいるであろう三万の敵から発見されるまでの時間を少しでも稼ぐため、艦隊は帆を畳み、高度を一気に落とし、地を這うように進んでいく。見張りとして風竜隊が一小隊ごと艦隊のはるか高空を飛んでいるが、敵進軍ルートへの斥候は遭遇の危険性が高いため見送られた。

 

 そして、恐らくこのタイミングがベストだと判断し、プリシラにティファニア嬢の捜索を頼むことにした。原作の印象からプリシラが判断できそうな特徴としては金髪、長い耳、恐らく森の中、多分胸が大きい、多分少数の子供と暮らしているといったところだろうか……。予想した大体の範囲と特徴をプリシラに伝え頼むと、プリシラは五分ほどでティファニア嬢を捕捉した。

 

 『あら、なぜかミス・ロングビルもいるわね』

 『ふむ。恐らくアタリだろう。その辺りにいる人間は全部で何人くらいだい?』

 『そうね、三十人以上いると思うわ。』

 

 ふむ。十人程度だと思っていたのだがそんなにいたのか。確かにその数だと学院の秘書程度の給料では養うのは無理だろう。そして、取れる手段はそう多くはなさそうだ。ティファニア嬢以外の孤児のほとんどを外国の孤児院に預けるか、自らが養うために稼ぐか……。そうなると、元アルビオンの貴族という過去がバレにくく、貴族が多く古い歴史を持つが故にお宝が多いであろう弱小国であるトリステインでの盗賊業という彼女の選んだ方法はそう悪くなかったのかもしれない。

 

 『ありがとう、俺のつがい』

 『ふふ、どういたしまして、わたしのつがい』

 

 しかし、ティファニア嬢の近くにフーケがいるのは予想外だが、俺にとっては都合がいい。それに、いくつか理由は思い当たる。まず前提は原作と違い、共に行動していた彼女の雇い主であるワルド子爵がアグレッサーに捕縛されトリスタニアに引き渡されて獄中で拷問死している。つまり、フーケとはいえワルドの脱獄幇助はリスクが高すぎて手が出せなかったか、ワルドがアグレッサーに捕縛された時点で行方がわからなくなった可能性が高い。

 

 しかし、実際フーケはあのタルブ攻略戦に参加していただろうか。最後に俺が彼女の姿を捉えたのはラ・ロシェールで彼女のゴーレムごと吹き飛ばした時だ。無傷、もしくは軽傷であればワルドと参加していた可能性は高いが、治療に時間がかかるかもしくはティファニア嬢の癒しの効果を持つ指輪の力が必要なほどであればティファニア嬢の下で静養していた可能性もある。

 

 それに、彼女はレコンキスタと直接接点があったわけではなく、レコンキスタに所属するワルドの協力者という立場だったはずだ。その協力者と離れた以上、彼女の取るだろう行動は、ワルドの捜索か、ティファニア嬢の住むウェストウッド村が戦地にならないよう警戒するか……、アルビオン共和国からの情報が入ってこないのであれば不安が募ってもおかしくはないだろう。いやまぁ、その辺りはあまり重要ではないし、気が向いたら聞いてみる程度でいいだろう。

 

 そして、あとは艦隊がいつ到着できるかだが、艦長殿の予測では防衛ラインの構築場所まで約一時間半との事だ。敵の位置も気になるが、上空から周囲を見渡す風竜はまだ敵の影を捕捉していない。艦長殿の言では風竜に指示した高さから考えて三万の兵であれば五十リーグ以上離れていても影として捕捉できると考えているらしい。

 

 艦隊は高度を落とし、ヤードやテークルを取り外すという離れ業を行いながら蒸気機関のみを使い進んでいく。

 

 防衛ラインを形成する予定の場所の地理的な情報はウィンプフェン参謀長殿の部下が、先の防衛戦で捕虜となり連合軍のオブザーバーという立場を選んだ複数の貴族や士官から聞きだし、それなりに信頼できるであろう地図を作成した。そして、それを受け取った艦長殿がすでに効率的な防御陣地構築のための作戦を作成済みだ。

 

 艦隊が出撃する前に艦長殿からその地図を見せてもらい作戦を聞いたのだが、ティファニア嬢回収のために選んだ場所は意外とこちらにとっておいしい場所だったのかもしれない。

 

 地図を見た限りだが、そこは大軍を休めるために一夜だけの陣地を敷く程度であれば問題なさそうだが、普通に考えれば防衛陣地の構築など考えもしない場所だろう。遮蔽物と言えるものが平原の脇に存在する森かこの平原が持っている起伏くらいしかない。起伏と言ってもそれほど小さいものではなく、なだらかな丘や小山と言って良いくらいの高さはあるようだし、防御陣地を作るのであれば壁を作るための木材を近くにある森から調達も可能だろう。しかし、侵略されている中、一から作るには遮蔽物がなさすぎる上に利点はほとんどないだろう。

 

 しかも、徴兵により集められた歩兵がメインのアルビオン軍三万の兵に対し、こちらは強襲揚陸艦アルビオンのデザインをいただいたそれ自体が要塞とも言える旗艦レジュリュビに、機関砲や大砲を大量に積み込んだ戦列艦、大砲を積み、蒸気機関により風向きを気にすることなく飛び回る小型艦、そして足が速く対空戦にも索敵にも信頼の置ける風竜隊と、火力と防御力を備え、砲煙弾雨の中を喜んで飛び回る火竜隊が戦力だ。

 

 戦列艦やレジュリュビの分厚い装甲がそのまま壁となり、遮蔽物がないことによりこれらの戦力がキルゾーンという名の防衛ラインを容易に形成するだろう。相手にとっては入りこんでしまった瞬間、死者を大量に生み出しながら突き進み玉砕するか、白旗を揚げて降伏するくらいしかない。過剰戦力も甚だしいかもしれない。

 

 しかしながら地上に揚がった戦列艦というのはかなり便利なものなのかもしれない。数をそろえ、並べるだけで簡単に敵の進軍を阻む壁が出来上がり、しかも陸では運ぶのが大変な大砲を一隻辺り七十~百門ほど、規格外の艦であればそれ以上備えている。なるほど、ガリアが両用艦隊を作った理由がわかった気がする。

 

 あの広いガリア王国領を守るのに、ゲルマニアとの長い国境線を守るために馬鹿みたいに長い要塞を作るのは無理だろう。要所へすぐに移動することができ、海上でも湖上でも陸上でも戦え、それ自体が壁となり要塞となる両用艦隊はまさしくガリアのためにあるのかもしれない。

 

 カスティグリアも海には面している。その防衛方法を取り入れるべきだろうか……。しかし、カスティグリアのフネも基本的に海上への着水は可能だが、それは海上での待機や風石の消費を押さえるためであり、走波性はお察しだったはずだ。

 

 新規に新設計の戦列艦を作る余裕があるだろうか……。いや、大型艦が難しいのであれば、そして、海での運用を考えるのであれば潜水艦の試作に着手しても良いのではないだろうか。前世の映画で見た“木造の潜水艦でラムアタック”というのもロマンがあって良いものだ。実際に効果が出るかは全くもって謎だが―――

 

 ふむ。考えが逸れた気がする。思考を戻そう。艦長殿の作戦では、できるだけ引き付けられるよう申し訳程度に起伏の高い丘に防御陣地っぽく土魔法で壁を作り、その後ろの低い部分に高度をギリギリまで下げて艦隊を隠す努力をするといったものだった。ただ、高さが80mもあるレジュリュビがある時点でバレる気がする。

 

 いやまぁ、レジュリュビは急遽作った要塞と誤認させるため、地上に完全に降りるそうなのだが、普通に考えてこの規模の建造物を急遽作れるものなのだろうか。いや、生粋のハルケギニア出身の貴族であり、長年趣味で作戦を考えるような艦長殿が考えた作戦なのだ。ハルケギニアでなら起こりうると考えられることなのだろう。恐るべし、ファンタジー……。

 

 そして、アルビオン側に変化がなければ連合軍の上陸を妨害すべく、アルビオン三万の兵もそんな場所へ向っているはずである。休息を取ったアグレッサー以外の風竜が交代で艦隊の上空からその三万の人間が生み出す色を捜しているが、本当に向ってきているか正直少し自信がない。

 

 そう、アンドバリの指輪で主だった将校や重鎮を操り、五万の兵を集め、最強の空軍を持ったアルビオンだったが、彼らは原作とは違いすでに全ての戦列艦と、タルブでの戦いから数えて約八十の竜騎士失っている。無傷の連合軍の艦隊がいる場所へノコノコとやってくるだろうか。もしここを抜けたとしても後続の連合軍には六十隻の戦列艦が無傷で残っており、それらと順次上陸する六万の兵が出迎えるのだ。

 

 上陸阻止のために出た艦隊や竜騎士からの報告や連絡がない時点でアルビオン側の動きが変わっていてもおかしくないのではないだろうか。まぁ作戦上ここのラインを死守すると言ってしまった以上、カスティグリアは相手が来なくてもここを死守するしかないのだが、ティファニア嬢の事が片付いてもまだ来ないようであればある程度ここに艦隊を残して打って出ても良いだろう。

 

 少々(・・)思考の海に沈んでいる間に、先ほど軍港ロサイスで行われた砲撃の評価が纏められていたようで、艦長殿から各艦の砲撃結果が書かれた羊皮紙をいただいた。これによると火竜隊と各艦から観測した結果を統合したようなので概ね信頼できるものだろう。戦列艦の砲撃の命中率は約一割程度で小型艦からの砲撃の命中率は二割を超えている。小型艦の標的は最大射程の半分程度のものが多かったのに対し、戦列艦の目標は射程距離ギリギリだったためだろう。

 

 しかし、かなり成績が良い気がする。もしかして砲撃手もアグレッサーと同じく人外になりつつあるのだろうか……。

 

 さすがに艦隊戦で遠距離から相手のマストを折るほどの精度はないとは思うが、対地攻撃であればそこまで命中率に拘らなくても良いのではないだろうか。ぶっちゃけ次の目標は三万の群集だ。砲撃だけでなく、機関砲も使うだろうが、かなりの成果が期待できる。隣に座る艦長殿も満足そうだった。

 

 「いやはや、すばらしい戦果ですな、艦長殿。大砲が生み出す轟音と威力にも魅力を感じざるを得ないと感じておりましたが、正直ここまで的中するとは思ってませんでした。これならば実用に耐えられるでしょう。」

 

 「そうですな。この距離でしたらトリステイン空軍ならこの十分の一も当たればよいでしょう。砲撃手たちの努力の成果を見れて私も大変満足しております。」

 

 ふむ。先の戦果確認も終わったし、防衛ライン到着まで時間がまだまだ時間がある。上空偵察に出ているのは小数の風竜のみで、アグレッサーや火竜隊は手が空いているはずだ。動くなら今かもしれない。

 

 「艦長殿。恐らく例の客人をプリシラが見つけてくれた。お迎えするのにアグレッサーと火竜隊をお借りしたい。それとタケオに乗艦するルイズ嬢にコンタクトを取れないだろうか。」

 

 「おお、それはすばらしいですな。アグレッサーは温存しておりますし、火竜隊も出撃が可能な状態ですから問題ありません。しかし、ミス・ヴァリエールとのコンタクトはタケオの甲板上がよろしいかと。」

 

 なるほど、確かに内密な話になるかもしれないのにマジックアイテムを使って周りのクルーに聞かれる可能性が捨てきれない。タケオの甲板上でアグレッサーに人払いを頼んだ方が確実だろう。

 

 「なるほど、確かにそうですな。では、準備が出来次第タケオに向うとしよう。ルイズ嬢、そしてその使い魔君に出れるよう準備を要請していただきたい。ああ、竜の羽衣は必要ない。

 それと、事が運んだ暁には恐らくメイジが二名、そして、彼女らが保護する約三十名の孤児を保護する必要があるかもしれない。メイジの二人にはレジュリュビに二人部屋などがまだあれば喜ばしいのだが」

 

 「了解しました。そのように手配しましょう。二人部屋に関しては少々格が落ちますが問題ないでしょう。孤児達の方も船員用の部屋にかなり余裕がありますのでご安心ください。」

 

 突然の要請ではあったのだが艦長殿は余裕を持った笑みを少し浮かべ、ブリッジクルーに命令を出し始めた。

 

 

 これから艦隊が防衛ラインに到着するまでにフーケとティファニア嬢を回収、いや、保護? ううむ……、そうそう、彼女らとお友達になりに行くわけだが、ティファニア嬢とは初対面であり、フーケに手傷を負わせた事のある俺と敵対する可能性もあるし、フーケは突然来た俺を警戒するはずだ。アグレッサーと火竜隊を出す以上、制圧は可能だろう。しかし、フーケはともかくティファニア嬢は虚無の系統であり、どの程度虚無の魔法を使うことが出来るかは今のところ未知数な上、俺はまだ一度も虚無の魔法というものを見たことがない。危険が伴う可能性が捨てきれない以上、モンモランシーとシエスタは残ってもらった方が良いに違いない。

 

 極僅かな思考のあと、「ちょっとアルビオン貴族保護してくる」とコンビニに行くが如く軽い雰囲気をかもし出しつつ彼女達に告げようと視線を向けると、モンモランシーはすでに「準備は終わってるわよ?」と言わんばかりにその身に纏う真紅のドレスを確認して簡単に整え、俺にレビテーションを掛ける準備をしており、シエスタも各自の前にあったカップなどをいつの間にか全てティーカートに片付け終わっており、モンモランシーの斜め後ろに待機している。

 

 これは確実に一緒に行くという無言のアピールだろう。むしろ、連れて行かないという選択肢はいつの間にか消滅していたようだ。俺は以前、夜間にこっそりアグレッサーに頼んでラ・ロシェールに向った件で彼女達に心配をかけ、釘を刺されている。ここで危険だから連れて行けないというのはハードルが高い気がする。

 

 そのような理由であれば戦列艦と小型艦を随伴させましょうとか言われるかもしれない上、竜母艦ごとの移動になりかねない。それはそれで問題はないのだが、どう見ても過剰戦力であり、もはや彼女たちの中では怪しいレベルかもしれないが、一応名目上は偶然発見したのだ。

 

 う、うむ。もし俺が倒れた時にはモンモランシーのヒーリングが必要になるだろうし、孤児が三十人もいるとなるとシエスタの人を安心させ癒しをもたらす無垢で輝くような笑顔が子供らを落ち着かせてくれるかもしれない。それに、脅威になるとすれば交渉相手であるティファニア嬢とフーケだけだ。使えないとは思うが、こちらが降りる前にいきなりエクスプロージョンを撃たれたり、俺が血を吐いて倒れでもしない限り負けはしないだろう。いや、使えたとして使われたら困るので対策を考えておこう。

 

 「モンモランシー、シエスタ。アルビオンの王族の血族かもしれないと思われるような隠れ住んでいる女性メイジをプリシラが発見した。少々危険かもしれないが一緒に来るかい?」

 

 そう、二人だけに伝わるよう、こっそりと囁くと、モンモランシーは驚いたように目を一度見開いたあと、優しい笑みを浮かべて「ふふ、一緒に行くわ」と俺の耳元で囁いた。その溶けるような甘い声と吐息でフラッとしたが「私もいきますね」と笑顔を浮かべたシエスタに支えられた。

 

 モンモランシーはレビテーションを俺とシエスタにかけると、ブリッジクルーの一人が案内を申し出て、フライを使ってブリッジの上部に上がった。いくつかのセキュリティを抜けてブリッジ上部の竜などが発着する小さい甲板に出ると、すでにアグレッサーの隊長殿が待機していた。

 

 隊長殿に軽く挨拶をすると、俺は隊長殿の竜に乗せられ、竜が翼を広げるとふわっと浮いた。複数の竜が降りるには少々狭いのだろう、隊長殿の操る俺の乗った竜がフネを離れると、別のアグレッサーが着艦し、モンモランシーが同じように乗り、続いてシエスタも騎乗した。

 

 すでにある程度知らされていたようで、隊長殿の「まずはタケオですな?」という確認に俺が頷くと、アグレッサーはあっという間にレジュリュビの後ろを走るタケオに降り立った。

 

 甲板の近くに、ルイズ嬢とサイトがすでに待機していたようで、明るくてほとんど見えていなかったがアグレッサーが外へと向けた円陣を組むとルイズ嬢とサイトがその中に入ってきた。

 

 ルイズ嬢は普段と同じ学院の制服に女官のものであるのだろう百合の紋章の入ったマントを着用している。サイトはまぁ、いつもと同じ服だ。なぜか顔に出来たばかりだと思われるアザがあり、服が煤けているがいつもと同じ服だ。とりあえずデルフリンガーは持ってきているようなので問題は無いだろう。

 

 しかし、俺も同じく制服を着てくるべきだったかもしれない。少し恥ずかしい。いや、モンモランシーもドレス姿なのでそれに合わせていると思えば全然気にならないはず……。

 

 「ごきげんよう、ルイズ嬢。そして使い魔君。突然呼び出してすまないね。」

 「戦争中ですもの、構いませんわ。」

 「おう、それでどうした…んですか?」

 

 ふむ。サイトは船員や竜部隊の人間と意気投合したのだろうか。少々貴族言葉が崩れかけたようだ。

 

 「作戦外の事なのだが、少々用件が出来てね。ルイズ嬢、以前もし可能であればと頼んだ魔法は見つかっただろうか。見つかったのであればぜひとも協力を願いたい。」

 

 「ええ、二つとも見つけたと思うわ。」

 

 ふむ。すばらしい。お友達であり、今や女王陛下であるアンリエッタ姫の役に立ちたいという執念がそれを可能にしたのだろうか。続けてルイズ嬢は自信を含ませた笑顔を浮かべながら二つの魔法に関しての説明を始めた。

 

 「一つ目の魔法の効果を打ち消す魔法、解除(ディスペル)はまだ試してないから効果はどの程度なのかわからないけど、二つ目の過去の閲覧に関するものはさっき見つけて試したわ。記録(リコード)って言うんだけどその時にその場にあった物に宿った記憶を私と見せたい人間に、さもその場にいたように見せることが出来るわ。使えるかしら?」

 

 ああ、なるほど。サイトのこの負傷は試しに使ったリコードで何か読まれてはならない事を読まれてしまったのだろうか……。元凶はサイトだろうが、男の子には他人に見せてはいけない事象も存在する。そして、その発掘の引き金を探すようルイズ嬢に頼んだ俺もかなりの割合で悪い気がしてきた。すまない、サイト。強く生きてくれたまへ。

 

 「ああ、使えるとも。なんともすばらしい、ルイズ嬢。そこで、その記録(リコード)と君の“女王陛下の女官”という立場が必要になるであろう事案が出てきた。そう、アルビオンの貴族らしき人物を見つけたのだが、その女性は孤児を保護しつつ隠れ住んでいる。そして、貴族派ではなく王党派の生き残り、もしくはその前に戦禍から離れたと思われる。」

 

 クラウスに最高指令官を任された時、そして、同じくこの場で以前ルイズ嬢に頼んだ時は、虚無に頼る気は全くなかった。ぶっちゃけあの時はガリア王ジョゼフに対する時の保険として頼んだ気がする。しかし、見た目はただのエルフであるティファニア嬢が、モード大公の隠し子でありアルビオンの虚無の系統であると証明するのに一番いい方法を思いついてしまったのだ。

 

 「一応俺は“捕虜や保護した人間への裁量権”というものを女王陛下と枢機卿から認められており、マジックアイテムによる審査も可能だ。しかし、相手がレコンキスタに関わりのない貴族程度ならば問題ないのだが、万が一、忘れられていた最後の王族の血統、つまり傍流や知られていなかった妾の子なんかだったりしたら不敬極まりないだろう。それに、もしそのような事であればその人間はアンリエッタ女王陛下の従姉妹という事になる上、今後のトリステインとアルビオンにかなり強い影響を与えるはずだ。そこで、女王陛下の女官である君も保護に関わった方が良いと判断した。場合によっては今後の事を君や女王陛下に任せる事体になりかねない。是非とも協力をお願いしたい。」

 

 カスティグリアが彼女を保護するのはリスクが大きい故にむずかしい。そして、アンリエッタ女王陛下に彼女の保護を依頼、もしくは彼女が自ら保護に乗り出すように証明するには、ルイズ嬢の女官という立場、そして同じ虚無の系統という立場がきっと共感を引き出すだろうし、リコードでまとめて情景を見せれば良いと……。彼女の出自、そして虚無の系統に関しては恐らく肌身離さず持っている彼女の杖が証明してくれるだろう。まぁ、ダメそうならばマジックアイテムや惚れ薬を使えばよかろうて……。

 

 「とりあえずリコードで真偽を明らかにすればいいのね? わかったわ。行くわよ、犬」

 「わ、わん」

 

と、ルイズ嬢は要約した上で気軽に請け負ってくれた。しかし、サイトは一体何を見られてしまったのだろうか……。全く思い当たる節がない。ま、まぁサイトも呼んだ理由はルイズ嬢のボディーガードだけでなく、彼がティファニア嬢のお友達になり今後の人間関係の潤滑剤にでもなってくれればと思ったのだが、もしかしたら彼の地雷を増やしてしまう行為だったのではないだろうか。

 

 しかし、きっと原作の方が体罰はきつかったはずだ。それにサイトの好きな胸の大きな美少女だ。ふむ。彼にとってそのくらいの体罰(ハードル)はスキンシップのようなものだろう。俺なら生死に関わるが、彼にとって収支はプラスという事で良いだろう。

 

 そんな事を考えていたら、いつの間にか火竜隊と合流したアグレッサーはプリシラの先導で移動を始め、ウェストウッド村の上空にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 はい。メロンさんまでたどり着きませんでしたね^^;
 次話を書き初めて大丈夫そうに見えたのでアップしました。最後の方はやっつけ感が否めませんね。ええ、本当にすいません。なぜか首が痛くてこれが限界でした。ロキソニンの残弾ががが!?

 前半なぜ艦長殿の話があそこまで長くなったのかは私もよくわかりませぬ。ぶっちゃけ艦長視点でモットおじさんの時みたいに書き進めても良いかと思ったのですが、オリキャラでそれはちょっと気が引けました^^;
 艦長は参謀の方が合っていたのでは? きっと彼を平海尉で手元に置いていた前艦長は彼を参謀として扱っていたのではないかと思います。ええ、目指す方向を間違えた感が否めませんね。父上がなぜ彼を採用したかですか?

クラウス「あんな有能な艦長をどこから探してきたんですか? 父上」

父上  「いや、適当に勤務期間が長い貴族の平海尉を名簿で探した。トリステイン貴族にしては珍しく税の申告が正確だったから気が合うと思った。彼からよく提案書が届くがフネとか艦隊の運用とかあまり興味ない。そこで、これまでの分も含めて全てお前に回すことにした。クラウス、後は任せたぞ。」

クラウス「まさか僕の仕事がハードモード!? 兄さんといい父さんといい……」(パタリ

 こんな感じだったり?^^ あれ? 後書きで書こうと思っていた事を何か忘れている気がする。すいません。多分何か忘れました。


 次回予告! マチルダ姉さん視点でメロンさん登場予定DEATH

次回おたのしみにー!


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44 クロアとフーケ フーケ視点

 フーケ(マチルダ嬢)視点です。ええ、何度も修正しつつフーケっぽくなるようにしたのですが、これが精一杯でした^^;

 それではどうぞー!


 私はマチルダ・オブ・サウスゴータ。他にも『土くれ』フーケやロングビルなんて名乗っていた。数年前、父が健在だった頃は私もアルビオンの貴族だった。父はサウスゴータの太守で当時の王の弟であるモード大公の直臣だった。サウスゴータは古くから交通の要衝として栄えたアルビオン有数の大都市だ。あの辺りの地理はよく知っている。

 

 私は父に連れられ、テファがまだ小さい頃から時々隠れ住む彼女を訪ねていた。モード大公も彼女の出自を考えると誰かと会わせるのは難しい。しかし、父親としてテファを同じ年頃の子と遊ばせたかったのだろう。外の世界を知らないテファは私にとても懐いた。私も彼女を気に入り、昔からテファという愛称で呼んでいる。

 

 元王弟でもあるモード大公は財務監督官をしており、彼女の暮らす屋敷にも古くから伝わる財宝が数多く保管されていた。それらが私やテファのおもちゃになろうともモード大公は仕事熱心と言えるだろう。それに、兄である国王からも信頼されており、仲も悪くはなかった。

 

 しかし、モード大公の愛妾とその娘であるテファが彼の兄の知るところとなってしまってから全てが変わってしまった。

 

 元国王は弟であるモード大公にエルフ母子の追放を命じた。国王としては当然の判断だろう。栄誉あるテューダー王家の血をブリミル教の敵とも言えるエルフと混ざるなど、ロマリアに知れたらどうなるかわかったものではない。

 

 しかし、今ならその理屈を理解することはできるが、感情はそれを激しく否定する。当時のモード大公もそうだった。貴族として生きるより人間としての感情と愛を選んだ。その国王の命を拒否し、そして投獄され、殺された。

 

 王弟の直臣であり、モード大公を通じて彼女達と親交があった父はその愛妾とテファを匿ったが、その隠れ家も王家の軍に探し出され、テファの母はテファを物陰に隠し、彼女のすぐ近くで殺された。

 

 テファはその時に使った魔法で難を逃れた所で私が見つけ出し、ウェストウッド村に匿った。ウェストウッド村は十数件の藁葺き屋根を持つ家と各家に三人の孤児たちがいるが、自立しているわけではない。

 

 父の主が愛妾とその娘であるテファが原因で獄中死しようとも、父が直臣としての忠義でその母子を匿ったことで家名を取り潰されようとも、異教徒や悪魔として名高いエルフの血が流れていようとも、私はテファに愛情を持っている。むしろ、亡きテューダー家や貴族という存在を恨んだ。

 

 それに、テファは昔から私をマチルダ姉さんと呼ぶが、私にとって今やテファは娘のような存在だ。そんな娘のテファとテファに懐いてしまった孤児たちを養うため、私は『土くれ』フーケとなり、古い歴史を持つことだけしか取り得のないトリステインで稼いだ。そう、古い貴族というのはプライドだけが高いように見えるが、ありがたい事にその高いプライドがいくら家が金に困っても、警備にメイジを雇えず平民に剣を持たせるほど金に余裕が無くても、手放す事を躊躇わせる価値のある古いお宝をあっさりと頂戴できるような場所に置いておいてくれるのだ。

 

 目論見通りかなりの額を稼ぐ事ができた。ただ……、思えば“破壊の杖”を頂こうとしてからケチが付き始めた。

 

 たまたま酒場で会ったエロ爺が、最高峰と呼ばれたトリステイン魔法学院の学院長で、ちょうど秘書を探していてあっさりと雇われた事は幸運だった。魔法学院には宝物庫があり、恐らくハルケギニアに一つしか存在しない破壊の杖というお宝が保管されているのを偶然知っていたからだ。その希少性からかなりの値段で売れるだろうと計算していた。

 

 破壊の杖がすぐ近くにあるから毎日繰り返されるエロ爺のセクハラにも、歳が倍近くあるハゲ教師の下種な視線にも耐えられた。学院の教員達から信用を得るため、真面目に学院長の秘書として働き、夜は盗賊に勤しんだ。貴族の名を持たぬ出自の怪しいメイジにしては悪くない給料だったかもしれないが、孤児達を食わせていくにはゼロが一つ足りなかった。

 

 そして、秘書になった初めの年、一人の生徒が入学してきた。最終的に私の人生を狂わせた生徒。アイツはクロア・ド・カスティグリアと名乗った。姉も一つ上の学年に在籍しており、初めて見たアイツの印象は今にも病死しそうな哀れなボウヤだった。

 

 しかも、学院から介助のメイドを借り受けないと生活すら出来ないような、むしろなぜ入学してきたのかわからないような、同年代の女子生徒よりも小さく、貧弱で不健康な貴族だった。

 

 そう、貴族……、私の嫌いな貴族……、貴族の学び舎なのだから生徒は全て貴族の子女なのは当たり前だ。しかし、アイツはトリステインの貴族らしいプライドの高い貴族であり、トリステインの貴族とは思えないほど平民に対し誠実な貴族であり、貴族が貴族として在るような冷血さを持ち、戦いを好む貴族だった。

 

 学生同士の決闘で相手の両足を炭化させ、宣言通り命を奪おうとするような生徒はあの学院には他にいないだろう。ただの決闘が紛争を起こす引き金になると知っててなお血を吐きながら学院長を恫喝する生徒も他にはいないだろう。しかし、あの時は自分の面倒を見る平民のメイドのための決闘だったと知っていたので少し好感を持っていた。

 

 そして、ハゲ教師がつい口を滑らせた強固な宝物庫の弱点を知り、ゼロのルイズとして名高かったミス・ヴァリエールの失敗魔法が宝物庫にヒビを入れた事を偶然見回りをしていたため最初に知り得たのは幸運だったはずだった。

 

 一度その場を離れ、フードをかぶり、『土くれ』のフーケとして全高三十メイルの自慢のゴーレムを作り、宝物庫を物理的に外から破り、“破壊の杖”を頂戴する事ができた。足元を駆け回るミス・ヴァリエールもその使い魔の少年も、使い魔の風竜に乗る二人の女子生徒もたいした脅威ではなく、簡単におさらばできるはずだった。

 

 しかし、「使い魔君。ルイズ嬢を抱えて下がりたまえ!」という声がかろうじて聞こえ、声の主を探したところでアイツを見つけたとき、死を目前にしたような、まさに今まさに死が迫っているような感覚が駆け巡った。そんな感覚は初めてのものだったが、その感覚に本能が即座にフライを唱え、離脱を図らせた事が私の命を長らえさせた。

 

 直後に発現した想像したこともないような魔法が私の自慢のゴーレムを一瞬で塵に返した。そして、私もフライで少し離れていたにも関わらず、衝撃波と自分のゴーレムの破片が体を襲ったのだろう激しい痛みを感じ意識を失った。悪運とでも言うのだろうか、命を長らえ学院の医務室で治療を受ける事はできたが、私は『土くれ』のフーケとしてトリスタニアの監獄に送られ、そこで死刑を待つ身となった。

 

 そして、そんな私は一人のトリステイン貴族に助けられた。助けられたというのは少し語弊があるかもしれない。後にジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと名乗った男はあろう事か風のスクウェアという才能を持ったトリステイン王国のグリフォン隊隊長というエリートだった。そしてそんなエリートは国を売り、アルビオン王国で起こっていたレコン・キスタの貴族派に所属していた。

 

 貴族同士勝手に殺し合っていろとは思ったが、彼に協力することで孤児達への仕送りができ、私の父と、テファの両親の仇を、テューダー家を間接的に討てるというのであれば悪くないとその時は思った。いや、脱走できただけでも悪くなかったのだろう。あそこで話を受けることが出来なければ私は処刑されていたのだ。

 

 そして、彼の命令で彼の偏在(ユビキタス)と共にラ・ロシェールへ向かい、そこで時期によって盗賊と傭兵を行ったり来たりするようなならず者を雇った。彼と彼の婚約者が移動するところを軽く襲わせ、彼の良い所を婚約者に見せるためと聞いた時は何と言うか、馬鹿かと思ったが、一応命の恩人でスポンサーなんだからしょうがない。

 

 彼が同行する一行がラ・ロシェールに着くと、夜、彼が泊まるその宿を襲うよう言われた。増えてしまった同行者をラ・ロシェールに分断すると共に、彼が婚約者に再び良い所を見せるという酷い内容だった。その上、テファと同じ年頃の子を殺す事になるかもしれないので気が乗らなかったが、彼のユビキタスが一緒に行動していたため、手を抜く事はできなかった。

 

 自慢のゴーレムを作り、彼とゴーレムの肩に乗り、彼の指示の下、盗賊兼傭兵を宿屋の扉に待機させ、いざ踏み込もうとしていたとき、閃光が走り、隣にいた『閃光』のワルドのユビキタスが一瞬で掻き消えた。

 

 そう、アイツが来たのだ。振り返るとあの赤い目を宝石のように輝かせ、頬を歪ませ歯をむき出しにして嗤いながら六匹の風竜を従えて私に向って急降下してきた。不思議な事に夜だというのに良く見えた。

 

 あの虚弱で授業にすらまともに出れないようなヤツがなぜラ・ロシェールに来たのかは謎だがそんな事はもはやどうでもいい。あの時はすでに死が迫っていたし、あの光景は未だに夢に出てきては私を苛みテファに心配させてしまう。

 

 以前ゴーレムを吹き飛ばされて以来フライの重要性が良くわかっていた。死の恐怖が時間を引き延ばしたかのように感じた。そして、反射で逃走という行動を選ばせ、私は数瞬で詠唱したフライで離脱を図った。あんなの(・・・・)に勝てる個人がどこにいるというのだ。私の全高三十メイルのゴーレムを一瞬で塵に返す人間がこの世にいていいわけがない。土とは言え、私のゴーレムは戦列艦より頑丈なはずだ。レコン・キスタご自慢の巨大艦レキシントンですら一人の個人に落とされる可能性があるのだ。

 

 何とかゴーレムが塵に帰る前にフライが間に合い離脱に移れたのは幸運だった。最初に狙われたのが私なら生身でもユビキタスのように掻き消えていただろう。以前体験した衝撃波に備えることもでき、何とか衝撃をやり過ごし、数本の骨が折れたのだろう激痛の中、意識を保ったまま近くの建物の裏に隠れる事ができた。

 

 あの衝撃波の後に続いた轟音で、風竜も攻撃に加わった事が感じられた。そして、轟音が鳴り止み、辺りが静寂に包まれた。とても嫌な気分になった。悲鳴もうめき声も無かった。騒ぎを聞きいたはずのラ・ロシェールにいる人間も息を潜める事を無意識に選んだのだろうか。苦痛を押さえ、自分の存在を極力消しているハズの、巷を騒がせ賞金首にまでなった盗賊の私の呼吸音とバクバクと鳴る胸の音が一番うるさかった。

 

 まだ私を探しているのかを確かめるべきだという僅かに残っていた理性の訴えに従って、そっと女の嗜みとしてではなく盗賊として持ち歩いている手鏡で先ほどまでいた場所を窺った。ゴーレムがあったと思わしき場所は球状のクレーターが出来ており、盗賊がいた場所は数をかなり減らした体が……、元々は人間だったモノが散らばっていた。

 

 私は盗賊に落ちたとはいえ人を殺した事はない。そして、人の死を見た事はあるが、あんな死体は見たことがない。人がただの部品のようにバラバラになり、それを嗤いながら作り出す子供のような容姿の病弱なメイジなど……、この世界にいるといわれている吸血鬼の方がよほど人間らしいんじゃないだろうか。

 

 しかし、あの規格外の爆発と竜による攻撃は、その肉片が元々なんだったのかだけでなく私の生死も曖昧にしてくれた。あの時アイツは私を認識していたはずだ。なのにあの時に来た竜たちは私を捜索せずに帰って行った。数えるほどしか、しかもエロ爺や平民のメイドと話している所しか見た事はないが、その時受けた印象は“異常なほど正確性に拘る”ということだ。

 

 言葉の節々からゼロか全てか、あるかないか、白か黒かを異常に拘る性格が垣間見えた。しかも、通常ですら嫌味に思うほどであり、ハゲ教師がたまに憤慨して私に愚痴っていたほどだ。しかし、あの病的な完全主義者が一度あの魔法から死を逃れている私を探さないという事が、私に一つの希望を与えた。

 

 そう、あの時のアイツの目的はワルドの策略のちょっとした妨害だったのだ。どこから漏れたのか、なぜバレたのかはわからない。けれど、秘書時代に調べたカスティグリアの隠蔽体質がそのまま裏返され、諜報活動にも注力していると考えれば割と納得できる。

 

 ぶっちゃけそんな事はどうでもいい。重要な事は私個人がターゲットになっているわけではなく、ワルドの策略がターゲットになっていたことだった。そう、あの時気付いたのだ。レコン・キスタに参加し続けるのは危険だと……。

 

 レコン・キスタとその代表であるクロムウェルはトリステインにも手を出していた。アルビオンの内戦が終わったら必ずトリステインを攻めるだろう。しかも、ワルドの策略からすでに内戦は終わりつつあり、トリステインへの侵略も時間の問題だと思っていた。

 

 しかし、二度同じ魔法に吹き飛ばされ何とか死を逃れたこの命を、あの(・・)カスティグリアがいるトリステインを攻めるというレコン・キスタにベットする気にはもはやならなかった。私はワルドに見つからないよう死んだように装い、あの場を何とか切り抜け、痛む身体を引きずってテファの下へ帰った。

 

 テファはとても驚いて形見でもある癒しの指輪で私をすぐに治し、涙を流しながら何があったか聞いた。盗賊の事はずっと隠していた。そしてその事はテファに話したくなかった。そこで何とか話せる事情……、レコン・キスタに参加し仇であるテューダー王家を討とうと思ったら強敵がいて怪我を負ったと話した。

 

 しかし、今や神聖アルビオン共和国となっているがレコン・キスタ関連の情報はなるべく仕入れるようにしている。もし、レコン・キスタが敗北するような事になればこのアルビオン大陸が戦地になる事も考えたからで、派手に動くことは出来ないが、噂話程度のものを集めるだけでもある程度わかるものだ。

 

 実際、私がこっそりレコン・キスタから離れてから一ヵ月後にアルビオン共和国はトリステイン王国に宣戦布告した。噂で聞いた話では不可侵条約を結んだトリステインが、アルビオンの親善艦隊を礼砲で沈めたためというものだったが、恐らくこれは共和国が流した噂だろう。

 

 しかし、トリステインへ侵攻した艦隊は信じられない事にたった一日で全滅したようだ。その噂話を聞いた時、アイツのあの時の光景が脳裏を掠め、レコン・キスタに戻らなくて良かったと心の底から思った。

 

 それから半年以上戦争の噂はほとんど聞かなくなった。私の見たトリステインから考えると、アルビオン大陸の封鎖を目指すだけで侵攻は無いように思える。

 

 しかし、もし侵攻してきたとしてもテファがいる以上ここから動くのは難しい。私だけならガリアにでも逃げてまた『土くれ』のフーケに戻ればいいだけだが、テファが危険に巻き込まれる可能性がある以上ここを離れられない。動くとしても戦争という嵐が収束するか通り過ぎるのを待ってからの方が良いと思った。

 

 

 

 

 最近はテファの家にある私の部屋で土から壷を作っている。最初はただの手慰みだったのだが、意外といい作品が出来、悪くない値段で売れてからハマりつつある。にわかに外から子供のはしゃぎ声がした。何か珍しいものでも見つけたのかもしれない。やはり、この村はいい。なんというか、和む……。

 

 そんな事を考えていたらテファが青い顔をして私の部屋に飛び込んできた。

 

 「マ、マチルダ姉さん。軍隊が! 軍隊が来た! どどどどうしよう!?」

 

 「落ち着きな、テファ。旗はあったかい? とりあえず子供達を家に入れて出てこないように言いつけな。」

 

 テファはあの事件以来、軍というモノをとても怖がっている。しかし、こんな寂れた村を訪れるのは斥候か傭兵崩れの盗賊くらいなもんだ。そして、その程度ならテファは系統の不明な“忘却の呪文”で追い払うことくらいはできる。だが、このテファの焦りようだとよほどの大軍が来たのだろう。交渉で何とかしない限り面倒な事になるかもしれない。

 

 フードをかぶり、杖をいつでも抜けるよう確認してからテファに続いて家から出ると、目に入った光景にフッと気が遠くなりそうになった。

 

 森の中に隠れるように作られたようなウェストウッド村の周囲を、低空で飛び回る三十近い数のゴツイ鎧に身を包む火竜に乗った竜騎士たち。そして、今まさに翼を広げ、ゆっくりと村に下りてくる六匹の風竜。風竜に何かをつけたあの独特のシルエットは、間違いなくあの夜に私が見た悪夢の元凶。アイツだ。アイツが来たのだっ!

 

 テファに落ち着けと言ったがあんなものを見て落ち着いていられるわけがなかった。まだテファは相手の正体を知らないだけマシだったかもしれない。

 

 落ち着け、落ち着いて活路を見出せ。考えろ、考えろ、どうすればテファと子供達を守れるか考えろ!

 

 相手がアイツならば、そしてまだ杖を抜いていないのであれば交渉は可能なはずだ。アイツならば交渉で決まった事は律儀に守るはずだ。もし私の首が、フーケの首がご所望だというのであれば交渉次第ではテファと子供達は見逃してもらえるかもしれない。いや、こんなバカみたいな竜の数を引き連れた相手に交渉なんてできるのか? でもテファを守るためにやるしかない!

 

 子供達を家に帰し、テファが心配そうな顔で私の所へ来た。私の顔に浮かんでいるのはどんな表情だろうか。達観だろうか、悲壮だろうか、覚悟だろうか。

 

 「テファ、良いと言うまで絶対に杖を抜くんじゃないよ。それからアンタも家に入ってな。」

 「う、うん。でも私はマチルダ姉さんの隣にいる。ほ、ほら、私の忘却の魔法だって上手く当てれば……。」

 

 アイツはそんなに甘い相手じゃない。杖を抜いた瞬間、敵対した瞬間に塵にされてもおかしくないような相手なんだ。それにハーフエルフであるテファを恐れるとも思えない。

 テファに強く言い聞かせようとフードを外し、テファの両肩に手を置いた。

 

 「それは絶対にダメだよ。いいから家に入ってな!」

 「マチルダ姉さん!」

 

 頑固な娘を説得するために優しい笑顔を作ろうとした時、テファの肩に二十サントほどの透き通るような赤い羽根を持つ鳥が止まった。そして、その鳥がアイツの存在を確信させ、全てが手遅れになったと悟った。しかも、相手の狙いがテファである可能性まで出てきてしまった事に絶望した。

 

 風竜たちがゆっくりと着地すると、着地のショックを和らげるための強い羽ばたきの音と、それが生み出す風が私たちの注目を集め、先頭の竜からはアイツが竜騎士に抱えられて降りてきた。

 

 他の竜からは気軽に馬から降りる様に降り、軽く自らを包む赤いドレスをささっと直した金髪の女性、―――確か魔法学院の女生徒でヤツの婚約者だったはず。そして、ヤツの介助要員のメイドや、ワルドが口説き落そうとしていたヴァリエール、さらにその使い魔が降りてこちらにやってくる。

 

 そして、風竜と竜騎士たちは私たちを取り囲むように円陣を組んだ。

 

 「ア、アンタは……」

 

 何とか搾り出した声がヤツに届くと、ヤツはメイドの肩から手を離した。そして、杖や剣を抜かないようこちらも届くように周りにいる人間に言い含めると、その場にいる全ての人間を代表するように一歩前に出て貴族が良く浮かべる作ったような社交的な笑顔を浮かべた。

 

 「お久しぶりです。ミス・ロングビル。いや、マチルダ姉さんというのが本名なのですか? 突然の訪問、何卒ご容赦いただきたい。そして、お初にお目にかかります、キレイなお嬢さん。俺はカスティグリア諸侯軍、最高司令官をやっております。クロア・シュヴァリエ・ド・カスティグリアと申します。二つ名は『灰被り』を名乗っております。」

 

 そう、コイツは片手を胸に置いて丁寧な礼をした。テファの方をチラッと見ると肩にコイツの使い魔を止まらせたままキョトンとした目をしていた。いや、確かに先ほどまでの混乱振りからこんな自己紹介が飛び出すとは思ってなかっただろう。

 

 しかし、フーケの名を出さなかったのはもしかして私に対する心遣いかい? 確かにテファや今は家に入っているガキ共を上空から見ていたのであれば私が保護者に見えるだろうし、私の前職を知られたくないだろうとでも思ったのか……。実際私は盗賊だった事をこの子達に知られたくはないから助かりモンだけどね。

 

 だが、その後ろにいるヴァリエールやその使い魔は明らかに私がフーケであった事を気にしているのはまる分かりだ。私に対して何の警戒もしていないように見えるのはアイツと隣にいる赤いドレスの少女、そして平民のメイドだけだ。いや、私たちを囲む竜騎士たちは気にしているどころか円陣を組んで私たちも含めて守るように外側を警戒している。

 

 しかし、『灰被り』かい……。白髪交じりの薄い金髪が灰を被ったように見えなくもないけどね。でも、自称しているくらいだ。あの凶悪な火の魔法で全てを灰にする自信があるってのかい。お似合いかもしれないけどなんて物騒なんだい……。

 

 「そして、ミス・ロングビルはご存知かもしれませんが、こちらは先日アンリエッタ女王陛下の女官となられたルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢。トリステインでは女王陛下に次ぐ権限をお持ちだ。」

 

 そうヴァリエールを紹介すると、ヴァリエールも一歩前に出た。しかし、あの姫様が女王でこの小娘が女官とはね……。トリステインもそう長くはないかもしれないね……。

 

 ただ、コイツはフーケの名を出さないようロングビルに拘ってるようだが、後ろの連中を見るといつフーケの名が出るかわかったもんじゃない。こいつ等に本名で呼ばれるのは気が進まないけどしょうがないってもんかね。まぁコイツにはテファにマチルダ姉さんって呼んでるのを聞かれてたみたいだしね。

 

 「マチルダだ。他の名はもう捨てたんでね。」

 

 そう本名を告げると、皆疑いの目を向けたが、コイツだけは意外そうな顔をした。

 

 「そうでしたか。では、ミス・マチルダ。これから言う事は調子の良い事だというのは理解している。しかし、そちらにとっても良い話ではないかと思うのだよ。まぁここで過去の事は過去の名と共に水に流し、ぜひとも相談に乗っていただきたい。まず、ここに来た目的なのだが、我々が欲している人物がいないかと思ってね?」

 

 嫌な予感しかしない。賞金首としての私、土のトライアングルとしての私、百歩譲って元ミス・サウスゴータまでなら何とか譲ろう。だが、コイツの狙いが王家の残した異端。ハーフエルフとしてのテファだったら最悪だ……。

 

 コイツはちょっとおどけたような表情をしながら、私の緊張をほぐそうとしているかのように、手をヒラヒラ振りながら天気の話でもするように続けた。

 

 「もしかしたらまだテューダー家に血のつながりのあるメイジが残っているのではないかと考えたのだよ。そんな方がいらっしゃればその御方は女王陛下のイトコにあたる。アルビオン共和国が滅んだ暁には女王陛下の助力の下、将来的にはその方に治めていただくというのが良いと思ったのだよ。

 そして、実務が出来るほど優秀でその人物のために命を賭ける事の出来るような、さらに、俺ともカスティグリアとも繋がりのある、そんなメイジが個人的には欲しい。俺に可能な範囲だが、もしそのメイジが望むなら個人的に力を貸そうとも思っている。心当たりはないかね? 」

 

 な、なに……? いや、言ってる事はわかる。確かにテファの血筋を考えれば女王と血のつながりがあるだろう。それはいいんだ……。少し落ち着こう……。問題は、すでにアルビオン共和国が滅ぶと決まっているって言うのかい!? 戦争の足音すら聞こえていないのに……、いや、そもそもなぜコイツがここにいる? ま、まさか噂に上るより早く侵攻してきたってのかい!?

 

 しかも探しているのがピンポイントで私とテファじゃないかい! でもテファを、ハーフエルフのテファをこいつ等が受け入れるとは思えない。コイツの力は魅力的だが、“個人的に”というのも引っかかる……。やはりここは知らない振りを―――

 

 「おや? あるようだね。ふむ、今まで表に出なかったような御方だ。きっと深刻な理由があるのだろう。しかしだね? この際、その御方がエルフや亜人とのハーフだろうが、世間知らずで全く知識がなかろうがこの際構わないのだよ。なに、血筋の真偽はこちらの女官殿が正確に判定してくれる。さぁ、教えてくれたまえよ?」

 

 ―――する必要もなく終わっていた。偶然見つけて私の表情の変化を読んだような振りをしてるけど、どこからどう見ても確信を持って来たとしか思えない。下手な芝居をして知らない振りをしているが、不自然なほどテファをピンポイントで指してる。

 

 けど……、今コイツは何て言った? ハーフエルフでも構わないと言わなかったか? 本当にハーフエルフでも構わず、元盗賊の私を貴族に戻そうとしているっていうのかい!?

 

 た、確かに、調子の良い事だね……。こちらにとって都合が良すぎる。でも、コイツがこう言うからにはこちらだけじゃなくコイツにも都合が良いはずだ。落ち着け……、テファの話が出る前、コイツはなんて言った?

 

 

 『女王陛下の助力の下、将来的にはその方に治めていただく』

 

 ハーフエルフをアルビオン王国の女王にするつもりなのかい……? そんな事ブリミル教が許すだろうか。いや、むしろテファの排除に動くに決まっている。しかし、コイツは確信を持っているかのようにテファに治めさせるつもりのようだ。

 

 もしかしてコイツは……、コイツの敵はブリミル教……!? レコン・キスタより数段性質(たち)が悪い!

 でも、そう言われてみれば元国王がテファの両親を奪ったのも、テファがこうして隠れ住んでいるのも元はと言えばブリミル教の教えが原因だ。フフッ、そうだね。確かにそうだね……。仇はテューダー家でも貴族でも無かったのかもしれないね……。

 

 でも、テファを女王に担ぐって事はテファを対ブリミル教の矢面に立たせるって事になるんじゃないかい? できればテファには平穏な人生を送ってもらいたい。しかし、コイツは何となく事を起こす前に全てを決めてしまうような嫌らしさを持ったヤツだ。断ったとしたら更に酷い結果になりかねない。そう考えるとすでに退路は無いみたいだ……。

 

 

 『俺と繋がりのあるメイジが個人的に欲しい(・・・・・・・)―――個人的(・・・)に力を貸そうとも思っている。』

 

 しかし、コイツ……。まさか婚約者がいるのに私まで囲おうってのかい? 見た目によらず女好きなのかね? そういえばコイツ……平民のメイドに手を出さないとか誓ってたくせにこんな戦争にまでお供させてるって事は……、まぁ誓いを破って手を付けたとしか思えないね。

 

 私もこんな人生で結婚自体諦めてたし、コイツは病弱でかなり若いが見てくれはそれほど悪くない。それに、テファをコイツの毒牙から守れるんならそれもアリかね? テファのためにもコイツには味方でいて貰った方がいいし、近くからそれを監視できるならそれも悪くないか……。

 

 しかし、病弱と言いつつ戦争に参加する元気は……、はっ!? もしかして見た目が病弱なだけで実は寮で……。んんっ、ま、まぁそれは追々確かめるとするさね……。

 

 テファの方を見ると、よくわからないと言うような困った顔をしていた。そして、テファの方に軽く頷くと、ヤツに向き直り、心の中で気合を入れた。

 

 「確かに調子がいいね。こっちにとっちゃ調子が良すぎてイマイチ信用できないくらいさね。しかし、アンタがそう言うんだ。信じていいんだろうね?」

 

 「ふむ。マチルダ嬢。俺は一度だけ誓いを破った事があるが、それでも信じていただけるというのであれば、先ほどの言葉に偽りはないと誓おうではないか。」

 

 真面目な顔で真摯にこちらを見つめて()は口を開いたが、恐らくその一回はそこにいる平民のメイドのことだろう。きっと律儀な彼の唯一の弱点が女好きという所なのかもしれない。ここでテファに手を出さないよう誓わせても撤回される可能性が高い。つまり、それ以外は信じられるはず……。

 

 ならば、信じて未来を切り開くべきだろうさ。テファの不安は私が彼と取り除いていけばいい。共通の敵、共通の目的を持つ誰もが強いと思える存在が少し弱いところを持っているのも私好みだ。

 

 「そうかい。なら信じるよ? 決して私たちを落胆させるんじゃないよ?」

 

 「うむ。善処はするとも。」

 

 私が信じた事を確信したのか、彼はようやくほっとしたように普通の笑顔を見せた。たった二人の女を攫うためだけにこれだけの戦力を引き連れてきておいて、そんなに心配だったのかい。いや、断った時の事を考えていないはずがないだろう。ということはその手段を使わなくて済んで安心したといったとこかね。

 

 「知ってて来たんだろうけどね。お探しの人物はこのティファニアと私だろうさ。でも、どうやって身の証を立てさせるつもりだい? テファは私にとって最後の家族だ。手荒な事をするってんなら抵抗させてもらうよ。」

 

 「ふむ。いやはやまさか、本当に見つかるとは思っていなかったとも! うむ。まさに偶然だとも! はっはっは!」

 

 絶対知っていただろう。彼がするオーバーアクションが馬鹿らしいほどわざとらしい。

 

 「それで、身の証の立て方だが、ここは女王陛下の女官殿の助力を()おうと思う。彼女は少々特殊な魔法を使う事が出来るのだよ。俺はまだ実際に見た事はないのだが、『その時にその場にあった物に宿った記憶を女官殿と見せたい人間に、さもその場にいたように見せることが出来る』らしいのだ。」

 

 そんな便利な魔法があるなんて聞いたことがない。いや、強いて言うのであればテファの忘却の魔法もテファにしか使えず……、もしかしてヴァリエールとテファは同じ系統だというのかい!?

 

 その肝心のテファは不安そうな顔で私の服を引っ張って不安そうな顔をしている。過去を覗かれることもそうだが、自分がハーフエルフである事を、そして過去王軍に母を殺された事を知られるのが怖いのだろう。

 

 「悲しい過去を掘り起こす事になりかねない事は承知している。そして、自らの過去を暴かれる恐怖もとてもよくわかるとも。しかし、これからの未来のため、そして、我々とあなた方が分かり合うために必要な事なのだ。

 ……ティファニア嬢、ここにいる、これから君と君の姉の過去を共有しようとしている人間は、これから君と歩んで行くことが出来ると考え連れてきたのだよ。そう、きっと美しい君と君が持つ優しくも悲しい過去を知り、きっと共有し、お友達(・・・)になれるであろう人間達なのだよ。」

 

 「お友達……ですか……? でもわたしは……。」

 

 テファは彼を知らないし、過去王族に仕える人間に両親を殺された事を考えれば難しいだろう。なんせヴァリエールは女王陛下に仕える女官と紹介されている。

 彼はチラッと私を見たが、私は意趣返しの意味も篭めて僅かに片頬を上げて皮肉を篭めた笑顔を返した。ここはお手並み拝見といこうじゃないか、色男。

 

 「ふむ。では少々お手本を見せるとしよう。使い魔君、彼女の帽子を取って来てくれたまえ。」

 

 「はぁ!? お、俺!? い、いや、その……。」

 

 ぶっ、自分でお手本を見せるんじゃないのかい! しかも断られてるじゃないか。全て彼の計算どおりに進んで行くと思って様子を見てたのに、そんな微妙なところで(つまず)くのかい……。

 

 そして、彼はなぜかソワソワしているヴァリエールの使い魔の近くに行くと、チョイチョイと耳を貸すようにジェスチャーしてヒソヒソと話し始めたようだ。何を話しているかは聞こえないが、時折反応を示す使い魔の言葉だけがギリギリ聞こえる。

 

 しかし、聞こえてくる言葉(ワード)がひどい。恐らく使い魔が彼の言った事をそのままつぶやいているのだろうが、「胸革命(バストレヴォリューション)」とか、「多分世間知らずでお人よし」とか、「友達になればちょっとくらい触らせてくれるかもしれない」とか……。別の意味でテファを(かくま)いたくなってきた……。

 

 「ねぇ、姉さん。バストレヴォリューションって何?」

 

 「え? そ、そうだねぇ……。わ、私には良くわからないから彼らとお友達になれたら聞いてみると……ってダメだ! いいかい? テファ。もし仮にヤツ(・・)らとお友達になっても一生を添い遂げる相手以外に胸を触られちゃダメだからね! わかったかい?」

 

 「え、う、うん。私の胸っておかしいのかな?」

 

 「そんなこと気にするんじゃないよ。」

 

 しかし、ヤツはテファの帽子を取らせて使い魔の反応を見せるつもりだったんだろう。けど、何となく帽子だけとは言え今となってはテファに触らせたくない。

 

 「あー。帽子を取ればいいのかい? テファ、帽子を取りな。」

 

 テファにそう促すと、テファは周りを囲む竜騎士たちを気にした後、不安そうに私の顔を見た。そして、私が頷くと、おずおずとテファの耳を隠すためにかぶっている大きな帽子をとった。

 

 ヤツと使い魔は特に反応しなかったが、他の三人は「エルフ!?」と大声を出して驚いた。その瞬間、テファは外側を向いているとは言え周りを囲む竜騎士たちの反応が一番怖かったようでキョロキョロと周りを確認した。しかし、竜騎士たちはよく訓練された近衛兵のようにピクリともしなかった。

 

 「ああ、やはりハーフエルフ。しかし、なんというか、森に囲まれたハーフエルフというのは光を浴びた妖精のようだね。天然の美しさとでも言うのだろうか……。」

 

 戸惑っているテファにヤツがそんなキザったらしいクサいセリフを吐き出した。今とてもヤツを殴りたい。しかし、我慢だ……。エルフに驚いていたはずのヤツの婚約者が、ピクッと一瞬片眉を動かしたのを私は見た。あの気の強そうな婚約者がきっと後で問い詰めるに違いない。彼女に任せようじゃないか。

 

 「ああ、そうだった、そうだった。使い魔君。彼女をどう思うかね?」

 

 

 「え? あぁ、その、きき、キレイすぎてその……、触ったら罰が当たりそうなほどキレイで、でも、その、胸―――」

 

 使い魔が胸と言った瞬間、使い魔の股間にヴァリエールの足がめり込んだ。そして、私はその恐ろしく素早い体術の方がよほど恐怖を感じた。使い魔は死んだようにうずくまっているが、ピクピクと動いている。ま、まぁ死にはしないだろうさ。いや、むしろ死んでくれた方が心配が減るかもしれないさね……。

 

 「あー、お分かりいただけたかな? お嬢さん。」

 

 「あの、エルフが怖くないの?」

 

 ヴァリエールの使い魔が生み出した微妙な空気の中、ヤツがテファにそう問いかけると、テファは顔を赤くしつつもおずおずと確認するように問い返した。

 

 「ん? ああ、お嬢さん。女性陣は驚いたようだが、俺や使い魔君の目に映る君はエルフでなく、ハーフエルフでなく、ただの美しくも無垢で純粋なお嬢さんなのだよ。そのような君を恐れる理由がどこにあるのだね? むしろ、使い魔君にとってはご主人様の方が恐ろしいかもしれないね?

 しかし、その長い耳のさわり心地がどのようなものか気になる……。そう、とてもとても気になる……、しかし、貴族としてそのような願いを口にする事はすまいて。」

 

 口にする事はすまいてと言いつつしっかりとこちらまでそのつぶやきが届いた。すると、テファは真っ赤になりながら大きな帽子を目深にかぶって私の後ろに隠れてしまった。テファは別の意味で耳を隠す必要に迫られたようだ。

 

 そんな少し弛緩した空気の中。ヴァリエールが少し怒ったような口調で昔から持っているモノがあるか聞いてきた。何というか、テファがエルフである事よりもこの馬鹿げた空気にイラついているように見えたので、後ろに隠れるテファに促すと私に自分の杖を渡した。どうやらしばらく隠れているつもりのようだ。

 

 「これでいいかい?」とヴァリエールに渡そうとしたら持っているように言われ、ヴァリエールは自分の杖を抜いて「じゃあいくわよ」と言って詠唱を始めた。その独特のルーンを聞いていると、やはり何となくテファのルーンに似ている気がする。「あ、そういえばヴァリエールと言えば失敗魔法が―――」と、思った瞬間、私たちは昔懐かしいテファの隠れ住んでいた家にいた。

 

 「過去に干渉する事も出来るけど、今回は干渉できないようにしたわ。」

 

 竜騎士たちの作る輪の中にいた全員がヴァリエールの両隣に並んでいた。目の前にはテファとテファの両親、そして私と死んだ父がいた。この場面は私とテファが初めて会った日だったようだ。互いの両親、モード大公と愛妾のエルフ、そして私の両親が互いの子供に自己紹介して挨拶を交わしているところだ。そして、興味深そうにテファを見る私と気後れしたテファがそれぞれ改めて自己紹介した。この後、すぐに打ち解ける事ができ、私はマチルダ姉さんと呼ばれ、ティファニアをテファと呼ぶようになるのだが、さっとシーンが変わってしまった。

 

 きっとヴァリエールの興味次第で見たい場面を選べるのだろう。今度はテファがひとりでモード大公が管理する財宝で遊んでいるところだった。水色の大きな宝石のついた指輪をしてオルゴールを開くと、目の前の小さなテファが驚いたような顔をしたあと、何も聞こえないはずのオルゴールに耳を澄ませ、何かを口ずさんでいる。

 

 そんな光景をヴァリエールは目を見開いて眺めたあと、横に並ぶテファに視線を移した。テファは懐かしそうにその光景を見るだけで、特に反応らしい反応はしなかった。きっとヴァリエールは何かに気付いたのだろう。と言う事はやはりテファとヴァリエールは同じ系統なのだろうか。

 

 再びシーンが変わると、モード大公がテファとその母に険しい表情で話しているところだった。そして、その後二人はサウスゴータに匿われ、あの忌まわしき事件が起こることになる。その事件をまた見る必要があるのだろうか。きっと同情を引き出す事はできるだろう。でも、これ以上はテファの傷を抉るだけに思えた。

 

 「女官殿。ここら辺りで良いのではないかね。これ以上は彼女達が許すのであれば彼女達から聞けば良いだろう。」

 

 不穏な空気を感じたのだろうか。彼の進言に「そうね」とヴァリエールがつぶやくき、視界がウェストウッド村の景色に戻った。

 

 「ミス・ティファニア。アンリエッタ女王陛下の女官としてあなたをテューダー家の血筋、モード大公の娘と認定いたします。それに、あなた……、虚無の系統なのね……。」

 

 そんなヴァリエールのつぶやきが、静寂を支配し、何となく感じていたものが確信に変わった。そして、その時、皮肉を篭めた笑いを仄かに浮かべ軽く目を伏せた彼の姿が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 マチルダ嬢の行き遅れフラグが立った!
 メロンちゃんマジ空気!

 いかがでしたでしょうか。一つ気付いたことがあります。他のキャラ視点だと前半部分の説明やら今までの見方何かを追加するので長くなってしまうようです。しかも最初書いた時はどう見てもクロアの論理パターンでざっくり風味なフーケさんとは似ても似つかなくて大変でした;;

 ティファニア嬢だったらと思うと何書いていいかもはやわかりませぬ。

 一応次話書きつつ修正して大丈夫かなー? ということで投降したわけですが、次話が意外と進まない……。何か最近ずっとこんな感じですなー。モチベーション下がりきってしまったのでしょうか。というか未だに読んでいただけているのか少々不安ががが……。

 あ、えっと、その。私はこんな有様ですが、感想お待ちしておりますorz

 次回もおたのしみにー!


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45 涙の理由

 皆様ごきげんよう。お待たせしました。えっと、うん。それではどうぞー^^;


 偶然を装ってマチルダ嬢とティファニア嬢のお迎えに行ったのだが、それ自体は思っていたよりすんなりと終わった。

 

 最初、付近の森に潜伏している可能性のある盗賊や傭兵、斥候、そして採集などで村を離れている可能性のある子供の捜索を火竜隊に頼み、プリシラをティファニア嬢のところに先行させた。

 

 ティファニア嬢がなんらかの理由で魔法を撃ってくる場合に備えてプリシラには常にティファニア嬢の側で待機してもらい、杖を抜いてスペルを唱えるようであれば杖の強奪をしてもらうという保険をかけさせて貰ったが、特にそのような場面はなかった。

 

 しかし、俺のつがいはとても頼りになる。常にティファニア嬢の肩にいたというのにティファニア嬢は気付かなかったようだ。プリシラが彼女達の会話を拾ってくれたり、毛づくろいをしたりするたびにその愛らしさに―――(中略)……。思考が逸れた気がする。

 

 ふむ。惚れ薬を飲んでプリシラを最初に見たらどうなるのだろうか。あの愛らしいクチバシにキスした瞬間に気絶するようになるのだろうか……。大変興味深い。いや、さらに思考が逸れた気がする。

 

 そう、いつものアグレッサーの密談陣形(勝手に命名)の中で交渉を行ったのだが、交渉の壁になりそうだと思っていた事が、全て俺の杞憂だったのだ。ミス・マチルダは特に俺に対して遺恨を持っていなかったし、ティファニア嬢も特にイレギュラーはなく恥ずかしがり屋のただのハーフエルフだった。

 

 問題は途中で彼女の“全ての人間が初対面のエルフに対し否定的な感情を抱く”という常識を覆すため、サイトをけしかけた時に起こった。俺の予定ではルイズ嬢に調教、いや、教育を受けているサイトであれば、貴族である俺の言葉に従ってティファニア嬢の帽子を取りに行き、

 

 サイト 「クロア、この後どうすんだ?」

 俺   「ふむ。とりあえず自己紹介からお友達になってはどうだろうか」

 サイト 「おう! 俺、平賀才人! よろしくな!」(キラッ

 テファ 「エルフ怖くない人間なんて初めて! びっくり!」

 

 というシナリオに沿った事が起こるはずだったのだが、サイトは全く動かなかった。ぶっちゃけそれだけのためにサイトを連れてきたというのに動いてくれないのは計算外だった。しかし、貴族の俺に従えないというのであれば、友人というものを演出してサイトを動かすしかない。そして、その時天啓のように思いつき、特に疑問も抱かずあっさりと移した行動に問題があった。

 

 ティファニア嬢という餌にサイトを食いつかせるのは容易だ。もはや原作主人公と同じであると判断しているわけだからして、ティファニア嬢の生命の神秘とも言えるバストサイズと同年代の友達に飢えているという事をサイトに教えれば良いだけだ。まぁつまり、そのあたりをサイトにヒソヒソと伝えたのだが、サイトは行動に移す前に結構大きい声でオウム返しに口に出してしまっていた。

 

 そんなサイトが面白かったので悪乗りした事は認めよう。しかし、この、“俺の好きな胸の大きさに関する審問会”のような拷問が待っているとは考えもしなかった。そう、今現在、胸教の異端者というあらぬ疑いをかけられ、宗教裁判と言えるようなものが俺の部屋で行われているのだ……。事が始まったのはほんの少し前なのだが、なぜこんな事体になったのだろうか。いつもなら余裕で流されているような案件であるはずだ。

 

 

 

 しかし、ティファニア嬢の記憶をルイズ嬢のリコードで共有し、ティファニア嬢はハーフエルフだがモード大公の娘であり虚無の系統であるということをその場にいた人間で共有できた事は思ってもいない幸運だった。精々、ルイズ嬢が共有する程度だと考えていたからだ。

 

 そして、それらを共有し、ティファニア嬢から語られたその後の事件を聞いたモンモランシーとシエスタ、そしてルイズ嬢が涙を少し流してティファニア嬢を慰めていたのはとてもすばらしい光景だった。しかも、ハーフエルフでも虚無の系統が現れるというブリミル教の矛盾点にサイト以外の全員が気付いたのがとても大きい。

 

 ティファニア嬢の身柄に関してはアンリエッタ女王陛下に保護をしていただけるよう女官殿に依頼したので、数日中、もしくは戦後ティファニア嬢は女王陛下の保護を受けるだろう。そして、そのブリミル教の矛盾点も女官殿からアンリエッタ女王陛下に伝えられることになるかもしれない。

 

 そう、いくらカスティグリアが気付いても、ティファニア嬢という存在があってもそれだけでは届かないと感じていた。トリステイン王国で古い歴史をもつヴァリエール家の、虚無の系統を持つルイズ嬢が、女官として女王陛下に進言して、きっとようやく届くようなものなのだ。それほどにこの件は手の出しづらいものだった。

 

 そして、女官殿が女王陛下にお伺いを立てて命令を頂くか、戦争が終わり、女王陛下がこちらにいらっしゃるまで、予定通り孤児達も含めてティファニア嬢とマチルダ嬢をレジュリュビで預かる事になった。

 

 本当はティファニア嬢に関してはルイズ嬢と出来るだけ一緒にいた方が良いのだろう。しかし、彼女の乗艦はタケオであり、あそこにはゼロ戦がある。そして、ゼロ戦を動かせるのがサイトだけであり、サイトは戦争が終わるまでタケオに乗艦するべきだ。そこで、ルイズ嬢だけをタケオから離すのも気が引ける。それに、ティファニア嬢だけを孤児やマチルダ嬢から引き離し、タケオに移すという選択肢は取りづらい。マチルダ嬢とは今後の事で色々と交渉を行いたいのだ。さらに、孤児達にタケオ独自の避難訓練をさせるのも気が引ける。

 

 ルイズ嬢にマチルダ嬢や避難訓練以外の事を伝えると、彼女も納得してくれた。その代わり、戦闘の兆候が見られない時はレジュリュビにいるティファニアとマチルダ嬢へ会いに来るらしい。別段断る必要もなかったので問題はない。

 

 ウェストウッド村を離れる前にそれらの事を話し合い。ティファニア嬢を始め、ウェストウッド村の住人は火竜隊が運んだ。火竜隊は風竜隊より搭乗人数や積載に余裕があるのはラグドリアン湖の際に体験済みだ。

 

 アグレッサーによってレジュリュビに降ろされた俺はブリッジからモンモランシーとシエスタに運ばれて自室へと戻った。防御ライン形成の進捗状況など艦長から聞こうと思ったのだが、俺の顔色が悪いとの事でモンモランシーが強行してしまい。しかも艦長殿にも問題なく進んでいるのでお休みくださいと言われ、抵抗するしないの判断すら必要なかった。きっとあの時からすでに兆候があったのだろう。

 

 火竜隊がティファニア嬢、マチルダ嬢、そして孤児達をレジュリュビの竜発着場所に下ろし、彼女達は艦長殿の指示でそこで待機していた士官が案内する事になっていたそうだ。まず全員を孤児達がこれから数日から数ヶ月過ごす事になる船員室へ案内し、そこにいた下士官や非番の船員に紹介した。遠く故郷に子供を置いてきた船員や、元々子供好きな船員が何人もいたそうで、かなりあっさりと打ち解けたらしい。

 

 そして、ティファニア嬢とマチルダ嬢は孤児達とそこで別れ、士官が引き続き彼女達に用意された部屋へと案内した。しかし、そこでマチルダ嬢が俺の部屋を士官に尋ね、俺の部屋へとやってきた。

 

 最初は短期的なこれからの予定やマチルダ嬢の役割についてなどを話し合っていたはずなのだが、なぜか途中から胸の大きさに関する話になってしまった。きっと女性にとっては戦争やブリミル教の矛盾やロマリアの事なんかよりも胸の大きさの方が大事なのだろう。いや、女性だけとは言い切れまい。すでに原作とはかけ離れているギーシュやマルコは怪しいかもしれないが、サイトにとっては重大事項に当たるだろう。

 

 ちなみに俺は小さい胸も中くらいの胸も大きめの胸もこよなく愛する自信がある。しかし、大きさよりも大事な事があるのだ。そう、その胸が誰のものかという事が何よりも重要なのではないだろうか。実際、よく介助されている関係上、カスティグリアの屋敷にいるメイドさんから始まり、ルーシア姉さん、そしてシエスタ嬢の胸を衣類越しに感じる事が何回かあったが、そんな事を気にしていたらきっと俺はすでにこの世にいないだろう。

 

 あの竜の羽衣の研究所でシエスタに押し付けられたときは、その、なんというか……、うむ。肉体も精神も実際に昇天し、ブリミル殿に会う直前だったに違いない。実際意識が戻るまで結構な日数を必要とした気がする。

 

 しかし、モンモランシーともなると胸どころか他の部分でも、ヒーリングが必要になるほどだ。ぶっちゃけ彼女を包む衣類が触れるだけでもかなりの精神力を要求される。胸どころか胸の場所にある服の生地に触れただけでブリミル殿に会うのではないだろうか。ふむ。やはりモンモランシーは最強の系統……。

 

 ちなみに、現在行われている審問会は、被告、俺。審問官、マチルダ嬢。証言者、モンモランシーおよびシエスタ。という状況なのだが、どうやら俺には発言権がないらしい。マチルダ嬢が俺の未来の妻と側室候補殿に質問を投げかけては二人がそれに応えるというスタンスで行われており、なぜか俺が自己弁護しようと本当の事(・・・・)を告げようとするたびに「アンタは黙ってな」とマチルダ嬢にカットされてしまう。

 

 そして、時々散発される「実はむっつりスケベ」や「胸マニア」、「女好き」「耳フェチ」などの単語が俺の心を深く抉っていく……。実際そうかもしれないと思い当たる節がなくは無いところが余計につらい……。

 

 ふむ。考え方を変えたらどうだろうか。そもそもゼロの使い魔という世界に魅力的なキャラクターが多すぎるのが原因なのではないだろうか。そう、ここは我が友ギーシュの世界観に頼ってみても良いのではないだろうか。

 

 実際にハルケギニアで会った女性は誰もが魅力的だった。端役であるはずのケティ嬢ですらそうだ。きっと目移りして誰も選べないというのが正しいハルケギニア貴族男子の生き方なのではないだろうか。我が友ギーシュやマルコはそれを快く肯定してくれることだろう。しかしそう考えると、モットおじさんは正しい道を歩んでいたということか……。さすがは黒き覇道の先駆者である。

 

 しかし、俺はすでに一人の女性を選んだ。いや、“なぜか選んでいただけた”というのが正確な表現だろう。そう、彼女は俺にとって恋焦がれても手の届いてはいけない存在だった。しかし、もし本当に彼女に手が届かず、原作通り彼女とギーシュが結ばれる方向に動いていたらどうだっただろうか。

 

 きっとあの作品には登場していないような女性が政略結婚でカスティグリアに来るというのが恐らく望みうる最も恵まれた環境だったはずだ。ぶっちゃけ初めて使ったライトの魔法で死ぬと思っていたくらいだ。そのまま学院にも通わず、原作キャラに会うこともなく、プリシラを召喚することもなく、屋敷で黙々と資料を生産し、人生とペンとインクと羊皮紙を消耗させ続け、そのまま生涯を閉じただろう。

 

 そして、その想像上可能性の高かった未来を変えた最初の分岐点として考えるのであれば、やはりモンモランシーと初めて会った時だろう。あの時はまさか婚約者になるとは思ってもいなかったし、まぶしくてよく見えなかった。しかし、きっとあの時を境に俺の手の届かないはずの人々が周囲に集まる事になったのではないだろうか。モンモランシーだけでなく、今ではシエスタやプリシラを始め、数えたらキリがないほどにカスティグリアの人間で無いにも関わらず大切な人がたくさんいる。

 

 ふむ。そう考えると、今のこの状況ですら幸福に思えてくる。なんせ、俺の好きな胸の大きさに関して三人の女性が討論しているのだ。これがハーレム系オリキャラの醍醐味というやつだろう。ククク、ついにこの恋愛初心者、恋愛戦力外、初心(うぶ)、などなど卑下され続けていたこの俺が、恋愛の帝王とも言えるだろうハーレム系主人公の座に就いたのだ!

 

 ふはははは、本来主人公であるはずのサイト、君には悪いが、このハーレム系主人公の座は『灰被り』クロア・シュヴァリエ・ド・カスティグリアが確かにいただいた! あはははは! あーっはっはっは!

 

 と、心の中で凱歌を歌っていると、どうやらいつの間にか審問会は終わっていたようで、いきなりミス・マチルダに総括を求められた。ぶっちゃけ内容はほとんど聞いていなかったので全く解らない。しかし、ここで「聞いてませんでした」というのも少しハードルが高い。

 

 ふむ……。こんな時はやはり伝説に頼ろう。

 

 「ふむ。やはりモンモランシーは俺の奇跡の宝石。」

 

 そう真面目に総括を終えると、マチルダ嬢は「聞いてなかったんかい……」とため息をついた。確かに聞いていなかったが伝説が破れるとは思ってもみなかった。しかし、モンモランシーやシエスタは割りとどうでもよかったらしく、「やっぱり考え事をしてたのね」と笑顔を浮かべただけだった。そして、追求もなく二人にベッドへ運ばれ、シエスタに着替えを手伝ってもらい、モンモランシーによって夢の世界へと旅立たされた。

 

 うむ。本当に顔色が悪かったのだろうか。気をつけよう。いや、気をつけようがないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 意識の覚醒はわき腹と肺の痛みによって引き起こされた。わき腹は鉄パイプを差し込まれたかのように痛み、肺は呼吸するたびに締め付けられ、必要な量の空気の取り込みを拒絶しているような感覚がする。そして、それに伴って四肢は付け根から先の情報を脳に送る事を拒否しているようにダルい。しかし、幸い頭痛や発熱はあまり感じられない。

 

 今は戦争中であり、俺はお飾りとは言え指揮官だ。戦闘になるようであればブリッジに上がるべきだろう。だがこの状態で常にブリッジで待機するのはさすがにきつい。いや、むしろ体調の悪い指揮官がブリッジにいるのは士気に悪影響を及ぼすだろうか。

 

 いや、むしろ俺に選択権が回ってくるかどうかすら怪しい。経験則からこの状態がもしモンモランシーやシエスタにバレたらどんな状況でも問答無用でベッドに寝かされ、スリープクラウドによって夢の世界を再び満喫することになるに違いない。彼女たちに心配をかけたくはないのでいつもならばそれで問題はない。むしろ、俺としてもそっちの方が楽なので、彼女達に心配や手間をかけてしまう分、本当に申し訳ないとも思う。

 

 しかし、先の艦隊戦や地上への砲撃ならば寝ていても問題はなかったのだが、次の戦い、つまり恐らくアルビオン三万の歩兵をメインとした部隊との戦いなのだが、その戦いとその後予定されているロンディニウムへの威力偵察はカスティグリアの人間が関わるべきだと考えている。

 

 現状、アルビオン大陸の空はほとんど連合軍が抑えていると考えていいだろう。彼らはもはや戦列艦を中心とした艦を失っており、残る航空兵力は恐らく竜や幻獣が数十といったところであり、自由落下爆弾を持たない限り連合軍を相手にしたとしても制空権を取り返す事は無理だろう。我々カスティグリア相手として考えるのであればこちらの動向を偵察するのが関の山だ。

 

 制空権をこちらが握っており、自由落下爆弾だけでなく、機銃、そして大砲が満載されている艦が空にいる限り、一方的な戦いにしかならないのはわかっている。それこそ誰が指揮官であっても勝つだけならば問題ない。しかし、俺の望む勝利を目指すのであれば自らが指揮すべきなのだ。

 

  この戦いとロンディニウムへの威力偵察だけは起きていなければなるまいて……。

 

 うむ。やはりここは気合で健常者のフリをしつつ、「ちょっと昨日張り切りすぎてダルい」とか言って敵の情報を艦長殿から伝令を寄越してもらうことにしよう。お飾りの最高司令官だからして、戦闘前にブリッジに上がれば問題はあるまいて。

 

 ただ唯一の不安は健常者のフリをしたところでモンモランシーやシエスタを騙せる自信がない事だ。俺は何度か挑戦したが、結局イベントを逃している。今回も恐らく一目でバレるという強い予感が確信のように訴えている。

 

 もぞもぞとベッドの中で移動し、ベッドの背もたれに身体を預けるとシエスタが天蓋のカーテンを開いて入ってきた。そして、俺の顔を見ると「おはようございます」と心配そうな顔をした後、俺が挨拶を返す前に「モンモランシー様を呼んでまいりますね」と言って出て行った。

 

 「おはよう、シエスタ」と笑顔で出迎える心の準備までしていたのだが、そんな隙は全く無かった。一目でわかるほど酷い状態なのだろうか。ベッドから出る事は許されない気がしてきた。打開策を考えておくべきかもしれない。

 

 一番現実的なのは艦長殿に俺の考えを全て語り、彼に任せることだ。今のところ彼は、クラウスから戦略的な目的はある程度聞いており、それに沿って作戦を立てているはずであり、ロンディニウムへの威力偵察という名の強襲も水の精霊と顔合わせさせる事ができれば問題ないと思っている。

 

 後は細かい思想的な事や政治的な問題、または連合軍との折衝に関する事を包み隠さず話し合っておけば彼に任せきりでも問題ないはずだ。しかし、クラウスが伏せたであろう情報を俺が暴露するのはあまり良くない気がする。現実的ではあるが、これは俺が最高指令官という飾りを彼に引き渡す必要性が出てきた時の最終手段とすべきだろう。

 

 次に思いついたのは演説の原稿を今から作成し、モンモランシーか艦長殿に読んで貰うというものだ。もはや考えれられる戦いは二つだけであり、それぞれに原稿を用意しておけばよいという意外と簡単そうな案であるがいくつか問題がある。

 

 一つ目は何より筆記用具の確保である。そう、クラウスに禁止されている事を必要だからという理由で許可されるものなのだろうか。カスティグリアでの権力順位は恐らく父上、クラウス、そしてルーシア姉さんやモンモランシー、が間に入り、シエスタと同じ位置にいられるか疑問が残るがその辺りに俺がいるはずだ。

 

 シエスタの気持ち一つで俺の行動が妨げられる可能性が前々からちらほらと散見している。もしかしたらすでにシエスタより下になっている可能性も否めない。ぶっちゃけその辺りは問題ない。

 

 ただ、モンモランシーに戦争の指揮官という後々残るかもしれない重荷を背負わせたくはない。いや、彼女に言えばきっと優しい彼女の事だ。一緒に背負うと言い出しそうだが、彼女は次期モンモランシ伯になる人間だ。どうせなら戦争で得られる汚い部分は俺が、そしてキレイな部分だけを彼女に与えたいと思うのはエゴだろうか……。

 

 ふむ。艦長殿に読んでもらうべきだろう。まぁ羊皮紙と筆記用具が手に入ればだが……。

 

 そんな事を考えているとノックと共にシエスタがモンモランシーとなぜかマチルダ嬢を連れてきた。モンモランシーはこの戦争中、制服のように着ている赤いドレスではなく、以前見たことのある生成りのワンピースに身を包んでいる。そして、トリステイン貴族のツンとした表情ではなく、可憐さを残しながらも少し心配そうな顔が彼女の優しさを覗かせている。うむ。やはりモンモランシーは奇跡の宝石……。

 

 マチルダ嬢は昨日と同じ格好をしているのだが、そういえば着替えが少ないのかもしれない。むしろ、戦艦に積まれている水は飲料用として限られているはずだ。補給無しでも数ヶ月航行できると前に聞いたと思うのだが、洗濯や身体を拭く水は確保できているのだろうか。ふむ。覚えていたら艦長殿との話のネタにしよう。

 

 「おはよう、モンモランシー、シエスタ。そして、マチルダ嬢。」

 

 そう、彼女達に挨拶すると、声帯を震わせる力が足りなかったのか擦れた酷い声が出た上に咳き込みそうになった。

 

 け、健常者のフリをする予定がいきなり失敗終了してしまった。まさかこんなところに罠があるとは思ってもみなかった。モンモランシーがそんな俺を見て心配そうな表情からスッと眉を寄せ、少しきつめの表情を顔に浮かばせて枕元にある椅子に座った。

 

 「おはよう、あなた。具合悪そうね……。」

 

 そう言いながらヒーリングを俺に掛けると、シエスタに顔を向けた。

 

 「シエスタ。クロアは上がれないと艦長さんに伝えてちょうだい。」

 

 モンモランシーがシエスタにそう伝えると、シエスタは予想していたように「かしこまりました」と言って出て行った。あっという間の出来事で介入の余地は全く無かった。そして、そんな状況を見ていたマチルダ嬢はなぜか少し釈然としないような顔をしていたのを意外に思った。

 

 まぁ健常者のフリといってもシエスタがすぐにモンモランシーを呼びに行き、モンモランシーも即断するほど見た目から酷いのだろう。それに、この声では演説もできまい。艦長殿の機転に期待するしかあるまいて。

 

 モンモランシーの診察を受けてしばらく経つと、艦長殿が自らシエスタに案内されてこの部屋へやってきた。そして艦長殿は軽く俺と目礼を返したあと、モンモランシーから俺の容態を聞き、枕元にある椅子へ座った。

 

 「ひどく悪いようですな。ですが、現状想定通りに進んでおります。ごゆっくりお休みください。」

 

 「艦長殿。ご足労いただき申し訳ない。しかし、次の戦闘こそブリッジに上がりたかったのだがこの有様(ありさま)ではさすがにお飾りと言えどひどく足を引っ張りそうですからな……。」

 

 少し咳き込みながら艦長殿にこぼすと、彼は慈しむような柔らかい笑顔を浮かべた。そういえば彼に子供はいるのだろうか。そう、まるで父親が子供の心配をするような表情に見えたのだ。

 

 「確かに想定通りであれば次の戦いこそがカスティグリアの平和にとって重要なのでしょう。詳しくは聞かされておりませんが、最高指令官殿が伏せた場合に備えてクラウス殿から開封条件付きの命令書を預かっております。ご安心ください。」

 

 え……。ど、どういう事ですかね? つまり、は……、えっと、本当にお飾りでも問題ないと……? なんというか、クラウスよ……。そこまでするのであればクラウスの人形かなんかをブリッジにでも置いておくだけでよかったのではないかね。実はクラウスは暇人なのだろうか……。

 

 しかし、実際俺はクラウスの想定通り体調が悪くなりブリッジに上がれない事態になっている。むしろ予想されてしかるべき事なのだろう。

 

 ふむ……。やはりモンモランシに篭って湖でキレイな魚を探しつつシュヴァリエの年給を消費するだけの仕事に転職すべきなのではなかろうか。今となっては水の精霊とのつながりもある程度あることだし、新種やキレイな魚の心当たりを聞いて採取してきてもらう事もできるのではなかろうか。うむ。夢が広がりんぐですな。

 

 と、なると、いかにその魚を鑑賞するかという問題が出てくる。まずは水槽、これは学院でも窓ガラスがあるくらいなので平面のガラスに関しては問題ないだろう。歪みや透明度の問題もあるだろうが、その辺りは研究所のモンモランシ支店に任せるのはどうだろうか。

 

 ただ、問題は電気器具だ。前世の記憶を勘案すると、ポンプが絶対に必要になる。底面式ろ過やオーバーフロー方式であればエアーポンプ一台あれば問題ないのだが、それでもこの世界にエアーポンプはないだろう。残念なことに原理はすっぱり抜けている。前世の俺は壊れたら買いなおす主義だったようだ。

 

 まぁ恐らくふいごのようなものを駆動装置で動かし続けるのだろうが、それだけのために蒸気機関を使うのは馬鹿げているだろう。それに他に安定した出力を出すものは今のところない。

 

 ふむ。ここはファンタジー方式に頼ってみてはどうだろうか。はっ!? 水の精霊は確か自分の住む場所の水をキレイにするという特性があったはずだ。つまり、水槽にある程度の水の精霊を入れておけば全てが解決する可能性が高い。ううむ、さすがファンタジー……。

 

 ぶっちゃけ養殖とかも可能なのではないだろうか……。もしかしたらモンモランシは干拓事業ではなく、養殖事業を起こして、日持ちする保存方法を考えるのがベストだったのかもしれない。あとは淡水でおいしい魚があれば良いのだが……。

 

 ううむ。今切実に羊皮紙が欲しい。水の精霊との交渉が必要な段階でそれほど他領への機密性は考えなくても良いのではないだろうか。今後の俺の隠居生活に直結する内容なだけに是非とも書きとめておきたい内容なのだが……。

 

 そんな事を考えていると、シエスタがベッドの簡易テーブルを設置してそこに羊皮紙とペンを置いてくれた。

 

 おお、これぞまさしく以心伝心というヤツではなかろうか! さすが太陽の恵みシエスタである。まさか羊皮紙まで恵んでいただけるとは思ってもみなかったが大事なのは今ここに羊皮紙とペンがあることなのであまり気にしないようにしよう。

 

 「では最高指令官殿。次の戦いにおっしゃられたであろう演説をお願いします。」

 

 今まさに簡易テーブルにある羊皮紙とペンへ向けて行動を起こすべく感動の中、脳からシナプスが送られた瞬間、艦長殿がそのような事をおっしゃった。

 

 少々思考の海に沈んでいたようだ。この羊皮紙という無限の宇宙を感じさせる存在が今まさに降臨したことによって思考の海から掬い上げられたわけなのだが、掬い上げた本人であるシエスタにチラッと視線を送ると「考え事してたんですね? わかります」といった感じでニコッと嗤った。

 

 艦長殿はシエスタの手際のよさを褒めつつ「ささっ、私が責任を持って兵達に伝えます故」とか言いながらニコニコと優しい笑みを浮かべている。

 

 状況から察するに、艦長殿は俺が落ち込んでいると思い、俺の出番を用意してくれたのだろう。そして、レジュリュビでは禁止されている羊皮紙への書き込みもクラウスから条件付で許可されていると言ったところだろうか。

 

 そして、シエスタが俺を思考の海から掬い上げるため、フライング気味に用意したと……。いや、モンモランシーの指示という線も捨てがたい。

 

 し、しかし、なんと言うタイミングだろうか……。確かにすばらしいフォローだろう。これ以上無いくらいに自然なフォローだ。しかし、このフォローは図らずも俺を上げて落とす結果となってしまった。

 

 つ、つらい。確かに今回の戦いを安心して彼らに任せるのであれば、俺が演説内容を書き記し、艦長殿に読んでもらうのがベストだと先に結論付けた。しかし、クラウスからの開封条件付の命令書があるのであれば演説はいらないのではないだろうか。

 

 そして、今や優先順位の下がった俺の演説なんかより重要な案件があるのだ。ぜひとも羊皮紙に記しておかねば忘れるであろう重大な案件が……。しかし、もはや進路の変更は難しいだろう。もはやも何も俺だけが逸れていた感はあるが難しいだろう……。

 

 くっ、なんと言うことだ。羊皮紙にペンを走らせる事にこれほどの苦痛や悔しさを感じる事は今まであっただろうか……。フルフルと僅かに震える指に本当に書きたいことを据え置いて演説を書くという作業を強い続け、なんとか書き終える。

 

 そっと羽ペンをペン立てに戻そうとしたところで頬に一筋濡れた感触がした。そっと頬を触ると、濡れており、隣から艦長殿の息を飲む音がした。

 

 「失礼します」と言って艦長殿が俺の前に置いてある羊皮紙に手を伸ばした。ぶっちゃけ書いた内容をほとんど覚えていないので読み返そうとしたのだが、目の前が滲んでそれは適わなかった。

 

 たかが羊皮紙、されど羊皮紙。今この場に存在していた羊皮紙への執着がこの涙を流すという行動に繋がっているのだとしたら、ジョゼフ王の前に羊皮紙を置いてみたらどうだろうか。大体元はと言えばすべてヤツのせいではないだろうか……。

 

 ふむ。よかろう。この貸しは兆倍にして返してくれよう……。

 

 そう一人決意を新たにしていると、艦長殿とマチルダ嬢はモンモランシーとシエスタに送り出され、俺は再び夢の世界へと旅立つ事になった。この際不貞寝っぽい感じがしなくもないが、おあつらえ向きかもしれない。せめて眠る前にシエスタの紅茶を頂くことができれば……。まぁいい。二重の意味で不貞寝しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ええ、時系列的にほとんど進んでません。本当に申し訳ありません。ぶっちゃけ書いてる途中でいらない話ではなかろうかと思いながら書いてました。予定では接敵するはずだったのですが、なぜかクロアくんがベッドから起きれなかったという……。

 しかもそれがアダになって筆が進まなかったという……。ええ、私はいつもノリで書いてるので、ぶっちゃけ何度も後半部分を書ました。これはテイク5くらいです。はい。廃棄処分になったものが4つほどアリマス;;

 それなら元気に起きようYO! とも思ったのですが、それはそれで不自然ではなかろうかと葛藤の末こうなりました。うん。まさか虚弱設定が私の足を引っ張るとは! 時間をワープさせたりご都合主義のための設定だったハズなのですががが;;

 あ、作中に出てくる水槽に関してなのですが、実は原作で出てきます。ええ、モンモランシさんが干拓事業の時に水の精霊を運ぶ時に使いました。カスティグリアは樽でしたが、もしかしたら水の精霊は不満だったかもしれませんね^^;

 次回は、ええっと。内容は大体決まってますが色々と練ってます。三人称視点に挑戦するか、話の途中途中で視点移動させるかでも迷ってます。ちょっと両方ともサラッと軽く書いてみてから決めようかと。ええ、無理そうなら艦長殿視点ですかね?^^;

 次回もおたのしみにー!



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46 カスティグリアの力 クロア抜き

 お待たせしました。三人称視点は初めてでして、私の執筆能力ではこれが限界のようです><; どうか生暖かい目でですね……。

 あ、R-15回かもしれません。かなり分厚いオブラートに包んで苦手な方でも大丈夫かな? 程度に抑えましたが今回グロ表現が少々あるかと存じます。ご注意ください。

 それではどうぞー^^;

-追記-
かすてぃぐりあのか じゃないよ!? かすてぃぐりあのちから だよ!?


 トリステイン・ゲルマニア連合軍がアルビオン大陸侵攻のためラ・ロシェールから飛び立つ日の数日前、軍港ロサイスを一隻のフリゲート艦が飛び立った。戦列艦よりも小さくそれでいて戦列艦並みの大型砲を抱える。しかし、フネはフリゲート艦の中でも小さい方で砲よりもむしろ船足を誇る軍艦だった。

 

 単独で航行するそのフネの任務はメンヌヴィルと彼が率いる十数人のメイジを目標地点まで送り届けることである。艦長や士官は初めてメンヌヴィル達をフネに迎え入れた時、十数分の遅刻とその異様な匂いに嫌な感じを受けたが、皇帝クロムウェル直々の命令を受け、汚れ仕事に分類されるであろう任務でも艦の士気は高かった。

 

 命令はトリステイン内部にいる協力者の情報を基に、トリステインの哨戒ラインを超えてトリステイン魔法学院までメンヌヴィル達を運ぶ事だった。しかし、トリステイン内部にいたレコン・キスタの協力者は、日に日に王軍によって捕らえられ数を減らしており、僅かに残っている協力者を総動員してこの作戦は立てられたものであり、哨戒ラインに関する情報にも穴があると思われていた。

 

 だが、そのような情報があっても本来ならば単艦での浸透は言わば自殺行為である。目的地のトリステイン魔法学院はトリステイン王国の内陸部に存在しており、深く浸透する必要があるからだ。しかし、トリステインはアルビオン大陸への侵攻のため、ゴタゴタが続いており防衛ラインや哨戒ラインといったものが存在しているかすら怪しいという。

 

 確かにこの広い空で小型で快速を誇るこのフリゲート艦を捕捉するのは曲芸に近いだろう。その上、哨戒ラインを構築しているというトリステイン空軍の情報もある程度得ている。さらに、この艦がメイントップマストの先端の吹流しに掲げているのはトリステインの旗(・・・・・・・・)であった。

 

 異国の旗を掲げながら航行するのは当然ながら条約違反である。しかし、それ自体に関する罰則と言うものはなく、問題が発生するのは交戦後のことである。それに、戦闘発生直後までに自国の旗を掲げているのであれば、その旗の示す所属の軍艦として扱われる。そう、つまり、バレたとしても負けて拿捕されるような事にならない限り問題ないのだ。

 

 当然相手も警戒はするだろう。しかし、トリステイン空軍のフネはこのフネよりも鈍足で、小型のピケット艦の哨戒にかち合ったとしても逆に沈めることも拿捕する事も可能だ。何より、トリステインの旗を掲げているのでこちらからの奇襲が可能な上、艦を操るのはハルケギニア最強を自負するアルビオン空軍の者達だ。

 

 予定では日没までにトリステイン北西に沿岸近くの哨戒ラインから五十リーグの辺りまで進み、夜陰に紛れて哨戒を突破、そのままトリステイン魔法学院を目指すというものだった。そして、目的の地点に差し掛かったとき、運悪く予想外の場所にフネがいたようだ。

 

 「左弦船首! コルベット!」

 

 フリゲート艦の中でも一番高い場所に位置するメイントップマストに登っていた見張り員が眼下の甲板に大声を張り上げた。船員の注目が一気に集まる中、片腕でマストに捕まりながら空いた腕で船首方向の左舷寄りを指していた。

 

 一段高くなっている後部デッキにいた士官達が狭い甲板を船首方向へと向った。そして、手にした望遠鏡で見張り員が指し示していた方向に望遠鏡が並ぶ。

 

 はたして彼らの目に映ったのはこちらの前を横切るように右舷方向に進路を取っている一隻の小型艦だった。そのフネはフリゲートから比べるとかなり小さく、二本のマストはやけに船首側に寄っている。

 

 「旧式のコルベットですかな。トリステイン空軍はずいぶんと古い艦を使うようだ。」

 

 望遠鏡を構えたままひとりの士官がつぶやいた。アルビオン空軍ではサイズと用途ごとに艦種が判別されるため、マストの位置による違いはさほど大きくはない。ただ、二百年以上前に流行したという資料にしかないようなマストの位置がそのコルベットの年代の古さを感じさせた。

 

 「せめて哨戒に使うのであれば船体は保護色にすべきだろうに……。」

 

 そして、その船体は鮮やかな赤色に塗られていた。別の士官がつぶやくと、「トリステインは派手好きなようだ」とまた別の士官が感嘆の声を発する。哨戒という用途を考えるのであれば、平時ならばともかく、戦時ならばもっとくすんだ色を選ぶものではないだろうか。

 

 「記念艦かもしれんな。しかし、トリステインもそこまで逼迫(ひっぱく)していたとはな……。まぁ良い、紳士諸君、予定通りに行動せよ。」

 

 「アイ、サー!」

 

 最後に艦長が結論を出すと、士官達は自分の持ち場へと戻って行った。そして、戦闘配置のドラムが鳴り響き、にわかに甲板上に活気が溢れる。

 

 彼らの取る作戦は基本的に見つからないことに重点が置かれているため、まずは回避が優先される。トリステイン国旗を掲げているため、遠目からはトリステイン所属の軍艦にしか見えないからだ。それに加え、アルビオンでも快速を誇るこのフリゲート艦であれば、トリステインの小型快速艦艇以外距離を縮められる事も無い。

 

 そして、小型快速艦艇がごまかされずに距離を縮め、誰何《すいか》や臨検に望んで来るようであれば、奇襲で砲撃を加え、運悪くこのフネの事を知ってしまった人間は総じて消えてもらうしかない。

 

 艦長は敵艦視認の士官二人と船首に残り、望遠鏡で相手のフネを見続けており、艦の指揮は現在副長が行っている。彼になら任せられると判断していた。そして、フネが僅かに右へと傾き、進行方向を左へと変えていく。幸いに真後ろから受けていた風が、進路を変えたことで左後ろからの風に変わり、横帆だけでなく、縦帆にも風が入るようになった。

 

 それに従い、艦長と士官達は一度望遠鏡を降ろし、船首の左弦側から右弦側へと位置を移すと、信じられないものを目にした。

 

 「上手回し(タッキング)だと……?」

 

 先ほどまで見ていた赤いフネがこちら側、つまり風上側へと船首を回したのだ。風上に切りあがる際、フネの進行方向をほぼ反対方向へと変える旋回には二つの帆走法がある。しかし、この広い空を走るハルケギニアのフネは基本的に下手回し(ウエアリング)という方法を取る。常に風を帆に取り込みつつ、風下方向にゆっくりと進路と帆の開きを変えるため、時間と長い航路が必要になるが、人手もそれほど必要とされず失敗することはまずほとんど無い。

 

 しかし、タッキングは艦首を風に逆らって回すため、帆は逆風を受ける。成功すれば比較的短時間で最短距離の旋回が可能となるが、失敗するとフネが停止、または風に煽られて旋回しきれずに元の方向へと戻らざるを得なくなるのだ。タッキングを成功させるためには船員総出で帆やヤードを操り、風メイジがいれば帆にウィンドを送り込み、後は経験に基づいた操舵手や掌帆長(しょうはんちょう)に率いられた水兵の錬度を信じてのタイミング勝負となる。

 

 「旧式でもトリステイン空軍の錬度はかなり高いようだ……。」

 

 しかも、こちらが進路を変えるのに合わせてのタッキングだ。まず疑いを持ってこちらを追ってきていると考えても良いだろう。

 ―――回避はできないかもしれん。そう思いながら艦長がつぶやくと、今まで船室にいたはずの人間が応えた。

 

 「ほぅ? オレの出番かね?」

 

 「メンヌヴィル殿。お手を煩わせるかもしれません。」

 

 望遠鏡を降ろし、艦長がメンヌヴィルに向き直った。すると、メンヌヴィルは頬を吊り上げ嗤った。

 

 「そうか、フネでの移動にも飽きてきたところだ。ククク、人の焼ける匂いを嗅げるのなら構わないさ。」

 

 片目に眼帯をしたこの傭兵を気味悪く思いつつも、今は味方であり頼もしいという感想を持った。同じ感想を抱いているであろう士官の一人が、おずおずと自分の望遠鏡をメンヌヴィルに差し出すと、予想外にもメンヌヴィルはそれを断った。

 

 そして、「出番が来たら教えてくれ、後部にいる」と言ってメンヌヴィルは去って行った。

 

 好戦的とも思いつつ相手のフネを見ようともしなかったメンヌヴィルに多少の疑問を持ちながらも艦長は自分の望遠鏡を覗き込み、再び敵艦の動向を見守る。

 

 敵艦は明らかにこちらに気付いており、逆風の中切り上がってくるようで、いくつかの帆を縮帆しながらこちらの予想航路を横切るような航路を取っていた。

 

 「艦長、戦闘準備完了しました」

 「うむ。逸る事のないようにな」

 「アイ、サー」

 

 回避のためにあまり航路を変えると逆に不自然だろう。そして、あの大きさのフネであれば砲撃で爆沈させる事すら可能かもしれない。まず負ける事はないだろう。

 艦長はそう結論付け、こちらの欺瞞に騙されないようであれば沈める決意を固めた。

 

 ただ、不幸な事に、いくつかアルビオンに届いていない情報があった。

 

 カスティグリアのフネは基本的に赤く塗装されること。そして、トリステイン王国の北西部沿岸にかかるように位置するカスティグリアは非常に閉鎖的であり、トリステイン艦であっても容易に近づくことを良しとしない事。さらに、今は戦時中であり、カスティグリア領にクラウス・ド・カスティグリアが戻ってきており、彼が戦略的な概要を決定していた事……。

 

 つまり、トリステイン北西部沿岸はかなりの広い範囲を哨戒船が飛び交っていたのだ。しかも、(くだん)の哨戒船はカスティグリアの新型であり、少し性能の良くなった蒸気機関やプロペラなどだけでなく、全体的な性能が向上しており、さらに完成が隠されアルビオン侵攻作戦には出し惜しみした新型の元込め式大砲を両弦三門ずつに加え、7.7mm機銃を両弦三門ずつ、さらに少し精度の上がった旋回台付きの20mm機銃が遠目からではただの大砲に見えるように偽装されて船首と船尾の上部甲板に一門ずつ搭載していた。

 

 彼らに命令されている内容は至ってシンプルだ。近づく船があれば警告し、怪しいと思ったら拿捕または撃沈せよ。カスティグリアの許可を得ている輸送船であればかなり厳密に航路が決められている。そして、カスティグリアの軍艦であればその色と旗で確認を行いつつ誰何すればよい。その二つに当てはまらない、航路を外れた軍艦は基本的に敵として認識される。

 

 陸路でもかなりの警戒があり、侵入者はどこからともなく捕捉され、カスティグリア諸侯軍に送られる。そして、そのトリステインですら信じないという一見独立を匂わせる異常な警戒を、実質的な宰相であるマザリーニ枢機卿は許していた。

 

 それに伴い、トリステイン空軍の艦長や士官にとってカスティグリアの防衛ラインに近づく事は罰則の付く愚行であり、カスティグリアの赤いフネをその罰則と共に恐れていた。

 

 そう、彼らは不幸な事にそれらのカスティグリアに関する重大な情報をトリステインに潜ませていた協力者から得る事が出来なかったのだ。アンリエッタ女王が誕生する以前であれば得られたかもしれない。しかし、ワルド子爵の捕縛から始まった貴族派に対する芋づる式の取り締まりがそれを不可能にしてしまった。

 

 今では先のタルブ村が侵攻されたとき、徹底的に抗戦を回避しようとしていた高等法院の元院長リッシュモンを始め、それに連なる貴族が家名と財産を失い、自らと家族の首を晒す事となっていた。そして、アルビオンの得られた協力者というのは結局それらを(まぬが)れる事の出来た平民やメイジ、騎士などのよくて最下級貴族だけだった。そう、彼らはカスティグリアというモノを知らなかったのだ。

 

 そして、トリステイン空軍の哨戒ラインの大きな穴は結局のところ、カスティグリアの定める領空だった。メンヌヴィルを乗せたフネは、図らずも一番哨戒の厚い所に来てしまったのだった。

 

 望遠鏡でカスティグリアの赤いフネの様子を見ていた艦長は驚きを隠せないでいた。通常、逆風の中切りあがれる角度というものはそれほど大きくない。しかし、帆を減らしつつ切りあがってくる赤いコルベット艦はその常識を覆すのではないかという角度だったからだ。

 

 いや、風メイジを大量に動員すれば可能ではある。しかし、薄く広く配置されるはずのピケット艦にそれほど大勢の風メイジを載せることが出来るのだろうか。記念艦として観艦式などに出すのであれば納得は出来るが、今行われていたのは哨戒任務だろう。

 

 そして、接近される前に夜の帳が下りると思われていたにも関わらず、想定外の速さで接近を許し、並走されることとなった。

 

 大砲の射程外であるため、交戦を選択するにはまだ早い。しかし、艦長には一抹の不安が沸いてしまった。あの速度で切りあがってくるフネが臨検や誰何ではなく、敵性と判断され、逃げられる可能性が出てきたのだ。もし逃げ切られたら厄介な事になる。

 

 しかし、高速で切り上がってくる間に風メイジが何人いるかわからないがかなり消耗したはずだ。さっさと近づいて砲撃を開始するという誘惑に駆られながら、それでも艦長としての矜持が望遠鏡から目を離すことを良しとしなかった。

 

 赤いフネがスルスルと信号旗を揚げ始めた。そして、揚げ終わると、一発の空砲が大気を揺らした。それらが意味するのは「即時停船セヨ」。事実上の降伏勧告に事情を知らない艦長は激しく混乱した。

 

 フリゲート艦に対してコルベット艦が降伏勧告をするなど聞いたことが無い。いや、この大人と子供ほども違う圧倒的な戦力差でなぜ降伏を勧告できるというのか。しかも、こちらもあちらも掲げているのはトリステインの旗であり、変更があったと言う話は聞いていない。

 

 「船尾、トリステイン国旗を掲げろ」

 

 メインマストトップに吹き流されているトリステインの旗が見逃されていると考えた艦長は艦尾に大きいトリステイン国旗を掲げるよう命令を出した。

 

 しかし、その巨大な国旗がはためいたのを確認したかのように、再び空砲が轟いた。艦長に取れる手段はすでに二つに絞られた。停船し、接近したところを奇襲するか、このまま戦闘に入るかの二つである。

 

 近距離の撃ち合いであれば、砲門の数、そしてフネの大きさからこちらの方が有利で、しかも逃亡される恐れもなく確実に仕留めることができる。しかし、足を止めたところで、装甲のほとんどない艦長室や舵のある船尾側に付かれた場合、甚大な被害が予想される。

 

 そして、アルビオンのフリゲート艦は風上に位置しており、戦闘を優位に運ぶことが出来る公算が高い。

 

 「止むを得ん、了解の信号機を揚げろ。速度を落としつつ接近、右舷砲撃戦用意!」

 

 その指示で副官を始めとした士官が激を飛ばし始める。最後の欺瞞として了解を示す信号機がメインマストをスルスルと上がっていく。しかし、フネの足は落とさずに少し右に舵を変えてカスティグリアの小型艦と並走するように近づいていった。

 

 そして、フリゲート艦の積む大砲の射程内に入った時、コルベット艦の側弦から三門の砲が押し出された。

 

 「ふふっ、たった三門の砲で、しかもこの距離で牙を剥くとはな……」

 

 船首から敵の動向を窺っていた艦長が行動を共にする二人の士官にそう苦笑したとき、一つの轟音で三門の砲が火を噴いた。そして、数秒後、艦長と士官は艦首甲板ごと粉々になり、空に飛び散った。

 

 最初に発射された三発の砲弾のうち一発が艦首を襲い、残り二発は艦尾を狙っていた。そして、艦首への着弾と同時に艦尾にも二発の砲弾が直撃していた。艦尾甲板で士官と己の出番を待ちわびていたメンヌヴィルと十数人の傭兵は艦尾甲板にある舵輪や舵板と共に等しく肉片とフネの残骸へと変えられ、空へと吹き飛ばされた。

 

 舵と指揮官のほとんどを失ったフリゲート艦にもはやなす術はなく、あっさりと艦尾に回られると砲撃と機銃による銃撃を受け続けた。そして、一発の砲撃を行う事なく、船員のほとんどが肉片や死体と化したあと、ようやくコルベット艦は並走を始めマジックアイテムを用いた大声で降伏勧告を行った。

 

 すでにほとんどの船員が死傷しており、士官は残っていなかった。そして、もはや戦う意思は完全になくなっていたが、降伏を示すことすら困難だった。しかし、これだけの打撃を受ければ誰が士官であろうと降伏するだろうと誰もが思い、その思いが「白旗を揚げろ」といううめき声を生み出した。

 

 まだ十歳を少し過ぎただけの三等少年水兵(ボーイ)は若すぎる故の小さな身体が幸いし、怪我を負ってなかった。そんな彼は恐怖の中、白い布を探すと、甲板上で振り回した。そして、その勇敢な行為によってカスティグリアの小型艦はようやく降伏を受け入れ、これ以上の死傷者を生み出す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 メンヌヴィルが人知れずこの世を去った翌日、アルビオン大陸ではマチルダがカスティグリアに合流した翌日の昼ごろ、軍港ロサイスへと向う三万のアルビオン軍は目的の場所まで約八十リーグの場所まで近づいていた。クロアの率いるカスティグリア諸国軍が簡易的な防衛ラインを形成している地点からは三十リーグほどの場所である。そして、明日の夕刻までには軍港ロサイスへとたどり着くペースでの進軍であった。

 

 軍港ロサイスを目指す目的はただ一つ。アルビオン大陸への侵略を目的としたトリステイン・ゲルマニア連合軍を水際で叩くためだ。

 

 軍港ロサイスと言えど、桟橋の数には限りがあり、大量の人員や物資を降ろすにはその限られた桟橋を順番に使う必要がある。そう、いくら六万の兵を連れてきたとしても行軍するように降ろす事はできない。そのため、桟橋や軍港で防御陣地を張って戦えば三万の兵であろうと連合軍六万の兵を蹴散らし、追い落とす事も可能であり、優勢に進める事ができれば相手にかなりの痛打を浴びせられるのだ。

 

 連合軍を待ち受けるのであれば充分間に合うと見積もられている。連合軍は輜重隊として多くの足の遅いガレオン船を連れており、それにあわせた艦隊の速度はとても遅いだろう。そして、最強のアルビオン空軍の守る空を数隻のトリステイン艦が先行しておりロサイスにいるという想定は無意味と判断されていた。

 

 実際はすでに殲滅されており、カスティグリア諸侯軍が待ち構えているのだが、逃げ延びた艦や竜騎士がいなかった上に、軍港ロサイスにも限定的な攻撃が行われ混乱していたことが災いし、三万の兵を預かるホーキンス将軍は知る由もなかった。

 

 そんな彼が違和感を感じ取ったのは少し先行している前衛の捜索騎兵隊からの一つの伝令だった。

 

 「風竜と(おぼ)しき竜騎士が上空に一騎いた?」

 「はっ、しかし、確認できたのは僅かな間だけで、ロサイス方面へ飛び去ったと思われます。」

 

 ロサイスの近くには竜騎士の駐屯地が今回の作戦のために作られており、そこに配備された竜騎士たちはアルビオン空軍最後の戦力である戦列艦四十隻をメインとした艦隊と一緒に行動するはずだ。こちら側への偵察として考えると違和感が残る。

 

 哨戒をするのであればトリステイン方面からやってくる連合軍の艦隊や艦隊の出した囮や偵察部隊に備えるはずだ。竜であれば艦隊が敵艦隊を捉えた後から駐屯地から出撃しても間に合うだろう。しかし、逆方向であるこちら側に派遣するという事に対して違和感が残る。

 

 艦隊やロサイスに何かあり、伝令に来たのであれば合流し、何かしらの情報を置いていくはずである。だが、確認できたのは僅かな間だけということから、こちらの位置の確認に来たか、発見できず時間切れで帰ったか、そんなところなのだろうか。

 

 ホーキンス将軍はそう考えつつ、その後の方針に関して少々迷いが生じていた。以前の将軍であれば迷うことは無かったが、タルブ侵攻作戦の結果がトリステインにいたレコン・キスタに協力する貴族からもたらされたとき、彼は衝撃と共に無敵であったアルビオン艦隊に対し不安を抱くことになった。

 

 トリステインからもたらされたその貴重な情報は、「アルビオン艦隊はトリステイン空軍を文字通り全滅させ、タルブに橋頭保を築くべく三千の兵を上陸させたまでは良かったが、その後、背後から艦隊の奇襲とも言える襲撃を受け壊滅した」というものだった。

 

 一度陸に上がってしまったフネが上昇するには時間がかかるだろう。そしてそこを上手く狙われたとするのであれば、タルブ村の損害を無視するようなかなりの戦術家がいたか運が悪かったかのどちらかだろうと考えた。

 

 しかし、その艦隊がこの侵攻作戦にも参加していたとするのであれば、そしてただ運が良かっただけでなければ今回も何かしら手を打ってくる可能性がある。

 

 しかも、今回予想されている艦隊決戦は戦列艦だけでも1.5倍の数を相手が有している状況だ。相手側は兵や物資を運ぶ輸送船を守りきる必要があり、こちらは一度負けたとは言え最強を誇っていたアルビオン艦隊だ。悪くない状況に思えるが、不安はある。

 

 そして、間の悪いことに彼の指揮する軍に預けられた竜騎士はたった一小隊三名だけであった。この数は最少であり、ギリギリ伝令として使える数であった。もっと数が多ければロサイスとの連絡を密にすることが可能だったのだが、ロサイスにたどり着けば近くに六十の竜騎士がおり、首都や主要都市の警戒にも竜騎士は必要なため軍に同行する竜騎士の数が削られたのだ。

 

 「ご苦労、戻りたまえ。副官、竜騎士をロサイスへ飛ばせ、艦隊とロサイスの状況を知らせたし」

 

 伝令からの報告を吟味した結果、ホーキンス将軍はロサイスへと竜騎士の伝令を送るという決断を下した。副官はそれを受け、竜騎士への伝令を側付きの伝令に伝えると、側付きの伝令は復唱後、馬を走らせた。

 

 しかし、行軍を辞めるという決断はしなかった。不安に駆られて伝令の竜騎士を飛ばすのが将軍としてのギリギリの矜持であった。不安なので進軍停止したところで、もし何事もなく、連合軍の上陸阻止に間に合いませんでしたでは済まされない。

 

 そして、アルビオン軍の行軍は続く事となる。

 

 

 

 時間は少し戻る。現在ブリッジにはアマ・デトワール提督や士官、そしてブリッジクルーのほかに、本来クロアを始めとした客人を招くために設置されているテーブルにはマチルダとシエスタがついている。

 

 ティファニアとマチルダはレジュリュビの二人部屋でデトワールの訪問を受けた。そして、マチルダはぜひブリッジで戦闘の様子を見るようにというカスティグリアの意向を聞かされた。特に強制と言うわけではなく「拒否しても構わないが、今後のためにもカスティグリアの戦力を見ておいて欲しい」という事をクロアが言っていたと聞いてマチルダは快く了承した。むしろ、マチルダにとってカスティグリアの戦力を確認できるのは渡りにフネであった。

 

 しかし、ティファニアや孤児たちには見せる気はさらさら無かったようで、

 「ではティファニア嬢は孤児たちと一緒にいていただいた方が良いかもしれませんな。不安になる子供も出てくるでしょうし」

と、デトワールは人好きするような優しい笑みで言った。ティファニアが軍隊を恐れ、戦争を恐れているのではないかというクロアの心遣いだと感じ、ティファニアはマチルダをチラッと見て彼女が微笑みながら頷くのを見て、それに甘える事にした。

 

 ただ、モンモランシーは自分がクロアの看護を引き受け、シエスタにはブリッジに上がるマチルダの話し相手や紅茶を出すよう言い付けた。シエスタが看護をし、貴族であり婚約者でもある自分がクロアの代わりにブリッジに上がるのが自然であり、義務でもありそうではあるが、戦闘が始まってクロアの容態が変化した時、看護を請け負ったシエスタが水メイジを探して右往左往した挙句、諸侯軍の水メイジを割くよりも自分がいた方が効率的だと感じたからだ。

 

 モンモランシーがシエスタにその事を話すと、シエスタは少し寂しそうな笑顔を浮かべて請け負った。

 

 シエスタの案内でマチルダがブリッジに上がると、まずそのセキュリティの多さに驚いた。扉の前に警備の者がいるというわけではないのだが、一つ扉をくぐるのにマジックアイテムによる承認と目的を告げるのだ。そして、いくつか扉をくぐるとようやくブリッジへとたどり着き、その広さに再び驚くことになった。

 

 平民であり、学院のメイドとして雇われていた自分より年下の少女が、勝手知ったる自分の部屋のようにマチルダをブリッジに案内し、そして、艦長席の隣に設置されたテーブルへとマチルダを案内する様を見て、マチルダはこっそり自分の立場がよくわからなくなっていた。

 

 確か元王弟の大公に仕える上級貴族の娘ミス・サウスゴータで、トリステインで名を馳せた盗賊『土くれ』のフーケで、最高峰とも言われたトリステイン魔法学院の元学院長秘書のミス・ロングビルで、現在はテファの母親代わりでクロアの協力者のマチルダだったはずだ。

 

 そう、けっしてクロアのお手付き(・・・・)とはいえ学院の平民メイドより下になったことは一度たりともないはずだ。しかし、この軍艦のブリッジと呼ばれる場所に関しては平民メイドの方が詳しく、慣れ親しんでいる事に違和感を感じた。

 

 まぁ今さらか……。とマチルダは一人で納得した。大体カスティグリアが関わってから常識というものが怪しくなってきている。これからカスティグリアの力を借りてテファを守っていかなければならない。そう、もはや一つ二つ増えたところで驚いている暇はないのだ。

 

 このウェストウッド村のすぐ近くにいつの間にか作られていたマストも帆も甲板も見当たらないどちらかと言うと要塞に見える白亜の建造物をフネと言い張ったり、そこに並ぶ戦列艦や私らを迎えにきた竜たちがカスティグリア諸侯軍のモノだったり、驚くのはいいが出来るだけ早く受け入れて慣れていくしかないのだ。ふざけるなとも思うが慣れていくしかないのだ……。

 

 そんなマチルダの葛藤など関係なくシエスタはマチルダの前にティーソーサーとカップを置き、紅茶を入れた。すると、「シエスタ嬢、出来れば私にもいただけないだろうか」というちょっと高い位置にある艦長席からデトワールの笑顔の要請があった。シエスタは「かしこまりました」と笑顔で応えるとティーカートの上で入れたあと、ティーソーサーを持ってデトワールに渡した。

 

 「軍艦とか言ってたのに紅茶……」となにやらブツブツつぶやいているマチルダとは対照的にデトワールは紅茶の香りを楽しみ、一口含んだあとソーサーをタルブ防衛戦後に必要に迫られて艦長席に追加された紅茶置きに置いた。デトワールに紅茶を飲む習慣があったわけではなかった。

 

 その紅茶置きはデトワールがシエスタの淹れた紅茶を飲んで以来、「これは作戦上必要な物である」と言い張り、カスティグリア研究所にねじ込み、追加された物だ。見た目は手すりの外側にお盆のような物が付いているだけなのだが、これに篭められた感情はある意味狂気に近い。どんな激戦でも紅茶をこぼすことなく終えられるというカスティグリア研究所とデトワールの自信と信頼の表れなのだ。

 

 デトワールが充足感に浸り、マチルダが葛藤を続け、そんな様子を意に介さずシエスタが自分の紅茶を入れマチルダの隣に座ると、上空に旋回待機している風竜から通信が入った。ついにアルビオン三万の兵を捉えた瞬間だった。

 

 風竜を降ろし、地上制圧のために連れてきた兵のごく一部が相手の動向を窺う役目を引き継ぐことになる。アルビオン軍はレジュリュビから約三十リーグの地点にいるようだ。

 

 デトワールあらかじめ指示していた内容の命令を下しながら、これから始まる作戦プランの概要と共にカスティグリアが封印まで掛けて自分に渡した考えを思い返す。

 

 シエスタ嬢に連絡を受け、軍艦には不釣合いなクロアの寝室を訪ね、モンモランシー嬢からクロア殿の容態を聞いた時、こんな状態になることが予測されつつも戦場に出向いた彼に尊敬の念を抱いた。そして、何も出来ないと憤りを感じていたであろう彼に演説を依頼し、書き上げた後に彼の流した涙が私の心を強く打った。さらに彼が演説文を悩むことなくあっさりと書いた事に、自ら導きたかったであろう無念も伺えた。

 

 そして、彼の部屋を辞し、艦長室へと戻り、以前クラウス殿から直接手渡された開封条件付きの命令書を手に取った。これはクロア殿の病状が悪化し、指揮を取る事ができず戦略的に問題が起こりそうな場合に、モンモランシー嬢から許可を得てからようやく開封が許されるという手間のかかった命令書なのだが、中身が気になりつつもまさか本当に開封する事になるとはあの時は思っていなかった。

 

 実際作戦を立てる段階である程度の情報は頂いていた。しかし、あそこに書かれていたのは終戦を見据え、その時に何が必要だったかを先に考えておくというものだった。確かに、細かい作戦を立てるだけであれば戦略面を考えるための情報と自分に預けられる戦力を示していただければ問題ない上に、戦うため意味は私の想像の範疇だろうと考えていた。

 

 命令書と銘打ってはいたが、なんというかアレは命令書と言っていいのか疑問の残るモノだった。確かに文面だけを見ると聞いていた内容を捕捉し、明確な戦果目標が追加されただけだのモノだった。しかし、その戦果が必要な理由を事細かに分析すると、どう考えてもアレはこの戦争を主眼に置いているわけではなく次の戦争のため、いや、未来永劫続いて行くであろう戦争に対応するためのモノだったのだ。

 

 戦後交渉を有利に進めるための戦略的な目標くらいならまだ予想の範疇だったのだが……。

 

 そして、それは「不安定な未来のための布石であり、理想を実現するために一人の人間が考えただけの稚拙な案である」と締めくくられていた。筆跡を見たところクロア殿の書いた物だとわかったのだが、そこに少しの気弱さが見え、そしてカスティグリア公爵やクラウス殿がその気弱さを補うための努力をいとわない理由がわかった気がした。

 

 それを読んで共感してしまった私はようやく彼らと同じ志を共に出来たのだろう。そして、カスティグリアの外で生を受けた私が彼らの信頼を得てカスティグリアの人間として認められ、カスティグリアの人間に生まれ変わったのだと実感した。

 

 「提督、全軍準備完了しました」

 

 士官の一人がそうデトワールに報告すると、デトワールは「うむ」と深く頷き、クロアの書いた羊皮紙と全軍へと直に通達するためのマジックアイテムを手に取った。

 

 「カスティグリア諸侯軍、アマ・デトワール提督だ。本日、真に残念ながら最高指令官殿はご病気で伏せっており、ベッドから出れない状態だ。共に(くつわ)を並べてきた戦友諸君にはこの戦いの前で気落ちする者もいるだろう。そこで私は最高司令官殿にこの戦いに望む諸君らのため、お言葉を頂いてきた。不肖、この私が代わりに読ませていただく栄誉を頂いたので傾注するように。」

 

 レジュリュビの中だけでなく、近くにいる全てのカスティグリア艦に繋がり、艦内に備えられたマジックアイテムから流れるデトワールの硬い声色に諸侯軍の船員や竜騎士は動揺を隠せないでいた。しかし、続くであろう言葉と傾注という言葉に声を発する者はいない。

 

 「クロア・ド・カスティグリアだ。カスティグリア諸侯軍の家族であり、戦友であり、選びぬかれた精鋭諸君。この大事に()は共に轡を並べられない事を悔しく思う。しかし、この私の虚弱な身がこの戦争に耐え切れるものではないとカスティグリアでは予測され、対処していたようなので安心したまえ。諸君らを率いるデトワール提督はカスティグリアの誇る最高の指揮官であると断言しよう。」

 

 いつも自分を俺と言うクロアが文章では私と呼称する事に対し、少し違和感を感じつつもデトワールは自分を褒める演説を自分で読まなければならないという事にむず痒さを感じた。この辺りは相談して変更してもらえばよかったと思いつつも続けるしかない。

 

 「さて、これから戦友諸君が赴く戦いはアルビオン三万の兵を相手にするものなのだが、これまでの戦いを勝ち抜いてきた戦友諸君にとって、むしろ負けることの方が難しい戦いであると断言せざるを得ない。しかし、この戦いにおける私の望む勝利を親愛なる戦友諸君らがもたらしてくれると言うのであれば少々酷な事を命令しよう。」

 

 ご丁寧に「一拍置く」と注釈が書かれた演説文を丁寧に保持しつつ、デトワールは少し言葉を出す障害を感じ、乗り越えるべく自然と一拍置いた。

 

 「殺せ。三万の屍を大地に晒せ。誰もが目を背けるような光景を私は望んでいる。未来永劫語り継がれるような虐殺を私は望んでいる。」

 

 自分の声が硬くなるのを感じた。ここまで誰の誤解も招かぬように殺す事を目的とする軍事命令は珍しいだろう。実際デトワールはこれまでの軍人生活の中で聞いたことは無い。その聞いたことの無い命令を代理とは言え自分が口にするのが少し奇妙だった。

 

 同じく隣で聞いていたマチルダは驚きを隠せず紅茶から艦長席へと目を移した。しかし、最初から艦長がクロアの演説文を読むのを見ていたシエスタは特に驚いた様子はなく、目をキラキラさせているだけである。彼女にとって戦うという事は相手を殺し、殺される覚悟が必要な事をクロアの決闘騒ぎで刻み込まれていた。

 

 「諸君らの中には彼らと同じ境遇の者もいるだろう。耕す土地がなく、店を開く金がなく、家族を養うために軍人になった者もいるだろう。愛するカスティグリアの家族達を守る為、自らの名誉の為に軍人になった者もいるだろう。そして、諸君らがカスティグリアの軍人となった今、みな志は同じだと私は考える。

 これから戦う三万の兵のうちのほとんども諸君らと同じ経歴だろう。しかし、諸君らと彼らとでは大きな違いがある事を覚えておかなければならない。

 我々は代々カスティグリアという土地で一丸となって生き抜き、カスティグリアの平和を守るという大儀の下に集った。彼らはどうだろうか。聖地奪還という大儀の下に集ったのだろう。しかし、行った事はブリミル教の認めた王を打ち倒し、そして、同じくブリミル教の認めたトリステイン王国に牙を剥いた。

 ―――そう、彼らが行った事を鑑みれば、ただの盗賊集団となんら変わらないのだ。」

 

 確かに、とデトワールは思う。そして、兵達が持つであろう疑問を称えながら潰していく手腕は見事としか言いようがないだろう。過去二回のクロアの演説を間近で聞いていたが、スッと心に入り媚薬のように心を溶かす言葉を、瞳を怪しく輝かせ、少しオーバーな演劇調で口にし続けるクロアを思い浮かべると、今まで聞く側であり、今彼の言葉を口にするデトワールは少々恐ろしさを感じた。

 

 「我々はカスティグリアのため、逃亡も敗北も許されない。我々の後ろには我々を信じ、平和を信じ、我々というカスティグリアの尖兵を支える領民達がいるからだ。しかし彼らはどうだろうか。自らの王国を欲のために食いつぶしたような連中だ。負けが込み始めれば再び反旗を翻し、脱走や投降や亡命をし、そして、再び戦争が始まれば喜んで参加し、略奪を、蓄財を、そして勝ち馬に乗り地位を得ようとするだろう。

 そのような破廉恥な相手に対し、我々が望む平和を手にするにはどうすれば良いのか、私は常に考え続けている……。」

 

 デトワールは先ほど読んだ命令書と銘打たれた資料の一部を思い浮かべた。

 

 『戦は基本的に数の多い方が有利であり、トリステインはガリアやゲルマニアに比べ、国土と人間の数がはるかに少ない。ロマリアも領土は小さいが、ブリミル教徒という潜在的な自国民を持っている。つまり、トリステインはアルビオンも含め、ハルケギニアにある大国の中では最弱と言えるだろう。

 そして、カスティグリアはそのトリステインのいち領地でしかない。そんな自国や領地を守ろうとしても道はそう多くない。その少ない道の中で、トリステイン王国がさらに戦争に巻き込まれない平和な時代を築くのはかなり難しいことだ。

 技術はカスティグリアが覆した。しかし、技術だけでの競争ではすぐに追いつかれ、追い越される可能性がある。ならばその圧倒的な技術力があるうちに、相手の数を減らせば良いのだ。』

 

 そこには“カスティグリアは防御に重きを置く”という平和的な方針に隠されていた狂気とも言える真意が書かれていた。冷めた目で自領土を分析し、ブリミル教やブリミル教の総本山であるロマリアすら敵性であるとみなす異常性。若さ故の単純さと残虐さ、そして本人の虚弱さ故だろう解決への最短距離を望む危うさと狂気を認めた。しかし、その狂気を肯定し、危うさを補強するカスティグリアと共に歩むと決めたデトワールには、今までにない意思の強さが宿ったのを感じた。

 

 「そして、一つの手段を実現できる機会がやってきた事を私は確信した。そう、残虐に殺し、一方的に殺し、戦ったことに対する名誉も人としての尊厳もなく野に屍を晒す屈辱を与えればいいのだ。カスティグリアが関わると途端に戦での死者が増え、容赦の無い反撃が行われると魂の奥底まで刻み込めばいいのだ。そんな欲すら吹き飛ぶような事が起こるのならば名誉のためなら死ぬ事すら恐れない貴族ですらカスティグリアとの戦いを忌避するようになるだろう。

 カスティグリアの平和のために、残虐で悲惨な、語ることすら苦痛を伴う地獄のような戦争をしなければならない。将来参加するはずの“おいしい戦争”を望む人間を減らさなくてはならない。戦場に立つのはもはや護国のために立つ軍人と、地獄を心から愛する狂人だけにしなければならない。」

 

 ああ、とマチルダは納得した。実際にラ・ロシェールでアグレッサーの襲撃を経験しているマチルダにとって、それはとても説得力のあるものだった。そして、あの悪夢を思い出し、頼みもしないのにあの悪夢が規模を大きくして目の前で再現される事を確信した。

 

 ―――確かにテファには見せられないね。むしろ、この演説も聞かせたくはないところさ。

 

 しかし、実のところカスティグリアの人間は、人を殺す事に関してクロアが懸念するほど忌避感を持っていなかった。彼らのほとんどが貴族位を持っていなかったメイジや平民であり、貴族のちょっとした気まぐれや、盗賊やモンスター、凶作や流行り病などによって簡単に命を失う世界で生まれ、生活してきたのだ。そんな世界で三年間濃密な戦闘や人殺しの訓練を行い続けていた彼らにとって戦場というのはようやく厳しい訓練が報われる活躍の場所なのであった。

 

 そして、そんな忌避感を持たない兵に直接命令を下す士官に対してクロアの行った理由付けはある程度(・・・・)の効果があった。しかし、彼らにとっても「ああ、なるほど」という程度の物でしかなかった。結局、憂慮していたのはクロアやデトワールくらいなものであった。

 

 ただ、クロア自身がすっぱりと忘れていた二人には悩みを呼び起こすものだった。最終防衛ラインという名目で艦隊から十リーグほど離されて配置されたタケオの一室でルイズは悩んだ。

 

 戦争は、そして戦いは貴族の名誉が問われるものだ。ルイズは虚無の系統に目覚めた事により、貴族としてアンリエッタ女王陛下とトリステイン王国のために家族の反対を振り切って戦争に参加した。しかし、この演説のあと生み出される戦場には名誉が存在しないとクロアは言う。カスティグリアの攻撃を受ける敵軍は、名誉もなく、ただただ殺され、無様に屍を晒す。ルイズはそんな死を想像した事は今まで一度もなかった。

 

 でも……、とルイズは思う。でも、死よりも名誉が大事だという事はクロアも確かに言っていたし、実際彼の決闘での容赦の無さを何度か目にした。普段は病弱であの“おしゃべり剣”も持ち上げられないような彼が、こと名誉に関係するとあっさりと杖を抜く。

 

 わたしが今恐れているのは名誉の伴わない戦死? 死んでも辱められるという恐怖? それを生み出そうとするカスティグリアが怖い……。でも彼はわたしの名誉を、女官としての役目と虚無が必要な場所を用意してくれた。それに将来わたしがいるべき場所の助言もくれた。うーん……。

 

 ルイズが沈黙と共に思考の海に沈んでいる頃、サイトも同じく悩んでいた。本当にそれで平和が実現するだろうか、と……。

 

 彼のもといた世界、つまり地球でも過去二回の世界大戦が起こっており、彼の住んでいた日本も過去大勢の人間が軍人、民間人問わず亡くなった。そして、冷戦へと突入し、拮抗状態がある程度続き、散発的な戦争が起こるのだが、第二次大戦後の日本は平和だった。

 

 恐らくクロアが目指す平和というのはソレなのだろうという見当はつく。このハルケギニアというファンタジーの世界で日本の平和を目指すと言うのも変な話だなとも思いながら、少しクロアの評価を上げた。

 

 でも……。とも思う。そう、サイトから見ると、カスティグリアの立ち位置はどちらかと言うとアメリカやソ連と言った大国ではないかと。もし、その立ち位置であれば今後戦争を続ける事になるはずだと……。

 

 ―――以前コルベール先生がクロアと平和についての話をしようとしたときクロアは「まだ使い魔君の方が理解を示してくれるかもしれない」と言っていた。歴史に自信があるわけじゃないけど地球の歴史が参考になるかもしれない。クロアと、いやコルベール先生と平和について話してみるべきか? あぁ~、歴史勉強しときゃよかった。

 そんな事を考えつつサイトは頭をガシガシとかいた。

 

 

 「ああ、親愛なる戦友諸君。どうも私は文字を書き始めると止まらないという悪癖を持っているようだ。長々と思うままに綴ってしまったが、まぁこの戦いは本来パンと一緒に出されるスープのような物だ。そして、今までの戦闘を乗り越えてきた諸君らには少々手応えがないかもしれんが、本来スープというものは総じて手応えがないものだ。

 しかも、気の効かないカス共が用意したスープだ。残念ながら輸送用の皮の容器に入れられており、我々で封を切る必要があるらしい。よって、(しょく)すには諸君らでその封を切り、皿に移す必要がある。だがしかし、安心したまえ。戦友諸君らの手にはすでにカスティグリアの用意した良く切れるナイフのような物(・・・・・)があるはずだ。それで少々突けば自然と溢れ出るようになっている。

 そして、ご丁寧にもスープは飲みきれないほど大量に用意してくれたようだ。なに、この場で遠慮は無用だとも。このアルビオンの大地という皿におのおの好きなだけ注ぎたまえよ?

 ああ、諸君らの中には不味いアルビオン料理のスープに不平を漏らす者が数多くいると思う。しかしだ、諸君。そんな不味いアルビオン料理でもそこいらにいる獣なぞは喜んで食してくれるだろう。博愛精神溢れるカスティグリアの戦友諸君。不味いアルビオン料理とはいえ、たまには自然に住まう獣にも施しなどをしてみようではないか。折角出されたのだ、獣たちのためにも飲み切れるかどうかなど気にせず気前良く注ぎたまえよ? ―――さぁおめしあがれ? 以上だ。」

 

 そして、続いた軽い演説。コース料理になぞらえ、クロアがアグレッサーから拝借し続けるシャレの効いた例えを聞き、すでに臨戦態勢で張り詰めていた艦隊が沸いた。

 

 「さて諸君、最高指令官殿が安心してお休みできるよう、そして回復し、彼が我々の上げた戦果をお聞きになられたときにお喜びいただけるよう、我々は最善を尽くすべきだと考える。我らが最高指令官殿のご所望だ。諸君、地獄を作るぞ!」

 

 頬を吊り上げ嗤いながら締めくくったデトワールに釣られるように、デトワールの姿が見えていないにも関わらず艦隊の兵員は総じて同じ嗤いをその顔に貼り付けた。

 

 

 

 カスティグリア諸侯軍から三十リーグほど離れた地点ではようやくアルビオン軍の三匹の風竜が偵察と伝令の任務を遂行するべく飛び立った。三万のアルビオン軍は移動のため縦に数リーグという長い列を成していたのだが、それが致命的な対処の遅れを取ることになる。

 

 前衛の捜索騎兵隊がカスティグリアの竜を確認し、隊列の中央後方に位置するホーキンス将軍のところに伝令を送るのに十数分かかり、さらに後方の輜重隊の近くに位置する風竜に命令を伝えるのに十数分……、その間にカスティグリア諸侯軍は戦闘準備と演説を終えてしまっていた。

 

 後方から高速で飛んでいく三匹の風竜が、点のように小さくなり、三つの点が遠くなるにつれ、ほとんど一箇所に集まるように見えた。馬上にいたホーキンスがその光景を見ていると、ふと、遠すぎるため目の錯覚かとも疑うような事が起こった。急にバラけたと思ったら下から六つの点が打ち上げられるように上がっていき、重なったと思ったら全ての点が丘の向こうへと消えた。

 

 しかし、ホーキンス将軍にとってその奇妙な光景を早急に確認する術はほとんどない。楽観的に考えればロサイスにいるはずの六騎の竜騎士がこちらへと向ってきており、合流し、ロサイスへ向ったとも考えられるが、そんな都合の良い解釈は少々難しい。

 

 ホーキンス将軍は信じられないと思いつつも一つの正解へと近づく。そう、すでにロサイスは落ちており、ロサイスの近くにいた竜騎士たちも壊滅しており、あの丘の向こうに連合軍が待ち構えているのではないかという憶測がじわりと存在感を増したのだ。

 

 だが、そんなことがあり得るのだろうか。ホーキンス将軍は考える。敵戦力が六万という情報から兵の上陸だけでも一日二日かかるはずであり、輜重隊や物資の揚陸はさらに時間がかかるはずだ。そして、防御を固めずに物資の揚陸を行い、あの丘向こうまで前進して来ているとしたら連合軍は最低でも一週間近く前にロサイスにたどり着いている事になる。

 

 しかも、アルビオン空軍の戦列艦や六十の竜騎士が残らず刈り取られたというのもありえないだろう。タルブ侵攻作戦のときとは違い、空軍に油断はなかったはずだ。上陸中に襲われるという奇襲がない限り、負けたとしても撤退することは出来るだろう。それに一週間も情報が途絶していればさすがに気付くはずだ。

 

 そして、ホーキンス将軍は一番現実的とも思える考えに至った。最悪の場合、艦隊および竜騎士の半壊まではありうるだろう。そして、彼らは撤退中、もしくはロサイス近郊で我々の軍を待ち、同時に仕掛ける事も考えられる。

 

 恐らく連合軍は連合軍の中でも足の速い竜騎士やフリゲート艦をロサイスの周囲に偵察を出しており、運悪く先ほどの竜騎士の小隊が奇襲を受け、落とされたと考えるのが妥当ではなかろうか。いたとしても数隻のフリゲート艦と先ほど目にした六騎の竜騎士だろう。

 

 そして、こちら側に戦列艦や竜騎士が残っているのであれば彼らの援護を受けてロサイスまでたどり着き、揚陸中の無防備なところを襲うことは可能だろう。しかし、連携が取れず、フリゲート艦とはいえ空から一方的に砲撃を受け続けると軍が壊走しかねない。

 

 「副官、どうやら丘向こうに少数ながら(・・・・・)敵がいると考えられる。全軍停止ののち、斥候を出す必要を認めるがどう考えるか。」

 

 恐らく同じ結論に達していたであろう副官も苦い顔をしながら肯定した。

 

 「そうですな。まだこちらの空軍戦力も残っていると考えられます。彼らを探しつつ相手の動きを窺いましょう。」

 

 「うむ。少々早い休憩だが、斥候を出すことにしよう。全軍停止! 伝令!」

 

 その判断が正しかったのか、もしくは他に手段があったのか、アルビオン軍の誰もが予測出来なかったであろう。全軍停止の命令が復唱と共に全軍に伝わりきり、軍が停止すると、丘向こうに隠れていたであろうフネが数十隻、そして竜と思われる点が同じく数十騎上昇するのが見えた。

 

 はたしてそれはアルビオン軍が停止したのを見て、自らの存在が悟られたと判断したカスティグリア諸侯軍の艦隊である。戦列艦二隻とタケオ、そして半数の小型艦を防衛ラインに残し、アルビオン軍と距離を詰めるべく上昇し、蒸気機関を発動させ全速力で迫っていた。

 

 それでも双方の間には約三十リーグという距離がある。その距離を走破するには蒸気機関を積んだカスティグリア諸侯軍でも四十分から五十分かかる。そこで、カスティグリア諸侯軍は竜部隊を先行させる事を選んだ。

 

 竜による爆撃では艦隊がたどり着く前に壊走すると判断したデトワールは風竜隊と火竜隊に囲い込みつつ艦隊の到着を待てという命令と共にいくつかの命令を下した。そして、錬度の高いアグレッサーにはまた別の任務が与えられた。

 

 しかし、四十分という長い時間、竜部隊が三万の兵を囲い込むのは難しいように思えた。そして、現実的に可能かどうか、被害や疲労はいかほどの物かを計りに掛け、囲い込みを行う竜部隊は極力無理な戦闘は控え、温存するようにと命令されている。

 

 デトワールにとってこの距離でこちらの存在が露呈したのは不運としか言いようがない。相手はギリギリ風竜の見える距離で竜を飛ばしたのである。もう少し近ければ艦隊での囲い込みが行えたし、もう少し遠ければこちらの存在が露呈することもなかったに違いない。

 

 こんな時、最高指令官がいらっしゃればこちらの位置が露呈することなくあの小さい使い魔が敵を発見し、さらに引き寄せられたに違いないだろうと思うと、今までの圧倒的な勝利にはやはり最高司令官殿の神がかり的な索敵が大きかった事を実感せざるを得なかった。

 

 

 そして、もはや間違いなくこちらへ向うべく存在を(あら)わにした部隊が果たしてどちらの物かという事を確認すべく、ホーキンス将軍を始め、副官や各部隊の隊長でも望遠鏡を持っているものはそれを覗き込んだ。

 

 一抹の不安を抱えながら、そして、味方の残存艦隊である事を願いながら望遠鏡を覗いたホーキンス将軍は貴族としての矜持と将軍としての冷静さを失いかけた。

 

 バカな!!! バカなバカなバカな!!! なぜこんなところにトリステインの戦列艦がいる! なぜこんな大戦力がこんなところにいるっ! しかも何だあの巨大なフネはっ!?

 

 「ぬ、うむぅ……。」

 

 ホーキンス将軍は内に秘めた混乱を唸るだけに止めることに成功したが、同じく望遠鏡を覗いていた副官や士官は大あらわとなった。

 

 「将軍! 即時撤退を愚申します。」

 「将軍! あの戦力に対抗できるとは思えません! 即時投降を愚申します!」

 

 即断し、ホーキンス将軍へ進言した二人の士官は明らかに恐怖を顔に浮かべていた。そして、ホーキンス将軍はその恐怖で混乱した二人の士官を見て僅かに残っていた冷静な部分が戻ってくるのを感じた。

 

 確かにあの戦力に対し、抗戦するというのは無謀だろう。しかし、撤退は可能だろうか。ホーキンス将軍は再び望遠鏡を覗き、一つの救いとも思える点に気付いた。

 

 ふむ。まだ展帆しておらず……か。急造された錬度の低い艦隊なのだろう。そうなるとフネの速度もそれほど速くないかもしれん。しかもあちらにとっては向かい風。間切りながら進むか風メイジ頼りになるだろう。風が変わることなくメイジが力尽きれば移動速度はそれほど変わらないはずだ。

 

 「落ち着け。慌てるな。全軍転進準備!」

 

 「しかし、将軍、ある程度部隊を残すべきかと存じます。」

 

 同じく副官も何とか冷静さを取り戻していた。ハルケギニアでのフネの速度は船種によって変わるが、快速船でも時速十三リーグほどであり、武装した戦列艦や小型艦、輸送用のガレオン船などはさらに遅くなる。そして、行軍による歩兵の移動速度は五リーグほど、騎兵のみの移動速度は二十リーグほどになる。

 

 そう、ホーキンス将軍と副官はフネとの速度差だけを鑑みればただの行軍速度であっても六時間ほどの猶予が見込めることに気付いたのだ。さらに輜重隊への人員を増やせばそれだけ急がせる事も可能だろう。長くつらい移動になるが、戦力と物資を出来る限り残しつつサウスゴータまで戻る事が出来れば城壁が守ってくれる上にロンディニウムに救援要請を送ることも可能だろう。

 

 「うむ。幻獣隊と騎兵隊を殿(しんがり)とする。相手の足を遅くするだけで構わないと伝えろ。傭兵と銃兵隊、特にメイジ達には竜を近づけさせぬよう伝えろ。」

 

 そして、追加でサウスゴータまで先頭を行くことになる輜重隊とそれを補佐するよう徴兵や志願で集まった平民中心の歩兵部隊を中心とした部隊に伝令が送られた。他の部隊は輜重隊の後ろを先行してくるであろう竜から守る事になる。

 

 ホーキンス将軍を中心とした軍の指揮官が集まる場所から伝令が散り、アルビオン軍は撤退に向けて再び騒がしくなった。そして、軍が移動を開始するまで、その後の対処を検討しつつ、サウスゴータへの受け入れや防衛のための伝令を誰に任せるかという議論を行っていたところ、銃の発砲音と多数の魔法が炸裂する音が轟いた。

 

 早すぎる! ホーキンス将軍は敵の竜の速さに驚き、その竜騎士隊の戦力を把握するため銃兵部隊の方を見やると、すでに前衛を突破し、彼から二十メイルほどの距離に迫った低空を高速で飛ぶ風竜の部隊があった。

 

 ―――それはカスティグリアの宝。選び抜かれた六人のメイジと六匹の風竜で構成されるその部隊はカスティグリアの自慢でありハルケギニア大陸最強を目指し続ける狂気の集団。その理不尽な存在に出会った者は敵も味方も畏怖を覚えるという……。そんな仮想敵部隊(アグレッサー)に告げられた命令は彼らの狂気に合わせたかのように常軌を逸するものだった。

 

 『先行し、敵中央を突破し、損害を受けることなく敵指令官を捕獲せよ。』

 

 常日頃から命令の難易度に疑問を持っていたアグレッサー部隊の隊長にとっては「ようやく見せ場がやってきた」くらいの認識しかない。それに、クロアが見つけたアルビオン貴族は彼らが運んだのだ。ゲストとして扱われていた彼女らが、初めてカスティグリア諸侯軍を目にするであろう彼女らが自分達の戦いを見ているはずであると確信している隊長はさらに気合が入っていた。

 

 敵部隊の前衛部隊直上まである程度の高度と出来る限り速度を稼ぎ編隊を密にしていた。密に組まれたトライアングルを保ったままさらに速度を限界まで上げて急降下に入ると、六匹の竜は突入前に目星を付けた敵指令官と思われる人物へ突っ込んで行った。

 

 アルビオン軍の銃兵やメイジはアグレッサー特有の速度と彼らが起こした暴風に狙いを反らせ、標的に着弾させる事ができなかった。そして、そのたった一度のチャンスを失った銃兵とメイジが次弾の準備を行う頃には後発の風竜や火竜が迫ることとなる。

 

 ホーキンス将軍はアグレッサーを目にし、思考するよりも早く彼の長い軍人生活で培われた反射行動が己の軍杖に手をかける事に成功した。しかし、彼が出来た抵抗はそれだけだった。

 

 アグレッサー隊の放った風の魔法が彼らを襲い、下から吹き飛ばされるような暴風に耐え切れず、ホーキンス将軍とその近くにいた副官や数人の士官が巻き上げられると、アグレッサー隊の愛する風竜の足に捕まえられ、適度(・・)に締め付けられた彼らは抵抗する術を失った。

 

 アグレッサーは自らが起こし、敵軍の指揮官達を吹き飛ばした爆風すら利用して一気に高度を上げて銃の射程外へと退避すると、旋回しながら作戦成功の報告を行いレジュリュビからの指示を待つ。

 

 そして、彼らが長い時間をかけて育てた竜部隊の活躍をはるか上空から見ながら編隊の距離を広げた。風竜隊が囲いを作るべく敵軍の両サイド上空へと展開していくのが見えた。眼下には火竜隊が同じく敵軍という異物を避ける水の流れのようにキレイに分かれ、挨拶がてらのブレスを敵軍の外縁に放つ姿が見える。

 

 意識を失っていたホーキンス将軍は火竜隊の放ったブレスの爆音で気が付き、竜に手荒く確保された事でへし折れた両腕とわき腹から伝わる激痛を味わった。しかし、竜の足に捕まえられたまま地上を見たホーキンス将軍はそのような激痛などよりもっと酷い物を見てしまった。

 

 空から見るとよくわかる。風竜たちは高度を維持しつつ囲い(・・)から出ようとする逃亡兵や混乱した平民を秩序だってブレスやマジックアローで刈り取っていき、火竜隊は抵抗の強そうなメイジや銃兵、そして馬や幻獣といった足を優先的に焼き殺していた。しかも火竜隊は魔法の直撃を受けたように見えても平然と戦闘を継続し続けている。

 

 逃亡すら難しいであろうあの囲い(・・)と圧倒的に見える竜騎士がいたぶるような戦いをしている事から、不幸にもこれから行われようとしている事にホーキンス将軍は気付いてしまった。

 

 ―――私たち以外を見逃すつもりはないということか! この数の人間を容赦なく殺すというのかっ!

 

 そう、まだ艦隊は戦場に到着していないのである。

 

 アルビオンの地上軍は混乱の極みにあった。しかし被害はまだ限定的であり、混乱で暴走した馬による被害やいち早く逃亡という選択肢を選んだ兵が恐慌を呼び、周りに感染させ逃げようと必死になる隊が現れ始めた程度だった。だが、隊列を抜けることに成功した人間はあっという間に風竜の放ったブレスで人間としての形を失い、それも何とか回避した人間は総じてマジックアローによって地に伏した。

 

 そして、竜に対して銃や魔法を撃った隊は火竜隊による苛烈な反撃が行われ、時間が経つにつれ、反撃する力が削がれていく。しかし、火竜隊に与えられた最優先目標は実のところ騎兵や銃兵、そしてメイジなどではない。

 

 銃兵隊やメイジの比較的近くにいた部隊が彼らの惨状を見やり、武器を捨て投降を示すように白旗や両手を挙げると、真っ先に火竜隊の一小隊が突っ込んでいき、その一帯が焼き払われた。火竜隊の最優先目標は白い旗っぽい物(・・・・)や投降しそうな(・・・・)兵であった。そして、逃亡や投降、降伏はすでに許されないという地獄が作り出されつつあった。そう、三万を誇る軍が被った被害は全体の数字から見るとまだそれほどでもない。

 

 「ったく、メイジども、普段は威張りくさってるクセに何とろとろやってんだ? さっさと竜どもを追っ払え! クソッ!」

 

 散発的に行われるアルビオン軍の竜への攻撃が続き、距離が遠い事で双方の存在を音でしか関知できていない兵は幸せだっただろうか。未だに無傷の連隊が多くあり、伝令で送られた命令通り輜重隊を急かせるべく移動する部隊も多かった。

 

 「お、おい、あれ……」

 「なっ、なんであんなのがこんな所に……」

 

 彼らが見たのはようやく戦場へと到達した戦列艦と小型艦、そしてアグレッサーを収容したレジュリュビだった。捕獲された敵指揮官たちと共にアグレッサーがレジュリュビに収容されると、ホーキンス将軍は激痛の中、何とか声を出して降伏を申し出た。しかし、うざったいとでも言うように「提督閣下は今お忙しい。後にしろ」と捕縛の命令を受けているクルーにあっさりと言われた。

 

「提督閣下に降伏を伝えてくれ! 私はどうなっても構わない! 兵たちを助けてくれ!」

 

 ホーキンス将軍は必死で他の人間やまだ近くにいたアグレッサーに訴えかけた。しかし、彼の訴えはことごとく無視され、ガンデッキクルーによって武装解除が行われ、水メイジによる簡単な治療を受け、捕縛された。

 

 

 

 十隻の戦列艦が高度を落とし、比較的低い場所を悠々と進んでいき、逆サイドからは小型艦が少し離れて囲いを作るように展開していく。そしてレジュリュビは敵正面の上空から戦場を見下ろしていた。

 

 ここに来てようやく本当の地獄が始まる。レジュリュビから見て左サイドに縦隊を組み一列に並んだ戦列艦から、完全に統率された砲兵によって右舷に備えられた大砲や機関砲が同時に押し出されると、一瞬戦場が静寂に包まれた。そして、その完全に統率された敵艦隊に魅入られたアルビオン軍はもはや夢でも見ているかのような錯覚を覚え、次の瞬間、肉片へと帰っていった。

 

 次々と放たれる7.7mm機銃や20mm機銃は面制圧を行い、かつてアルビオン空軍がミョズニトニルンの協力によって手にした新型の大砲が遠い目標から順番に吹き飛ばした。止む事のない銃撃と砲撃は大量の死傷者と肉片と血煙を生み出し続けた。偶然伏せて初撃をかわした者も次の瞬間大地に血を吸わせる事となった。

 

 運が良かったのか悪かったのか、初撃の標的範囲を逸れていた部隊は恐慌状態に陥った。失禁して動けなくなる者、這ってでも逃げようと試みる者、言葉にならない叫び声を上げ続ける者、すでに内乱によって戦争に慣れていたはずの降伏する事を叫び続ける部隊長や傭兵たち……。

 

 しかし、すでに小型艦が竜部隊と合流し、虐殺のための囲いは完成してしまっていた。そして、彼らが全て大地に還るまで攻撃が止む事はなかった。平原という自然の美しさが人間の死体や肉片と砲弾や銃弾によって耕された荒地と化した後、最後はご丁寧にレジュリュビによる絨毯爆撃が敵部隊がいたと思わしき場所に徹底的に行われ、三万を誇ったアルビオン軍の壊滅と共にこの戦闘が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。個人的にはマダマダ難しいしスキルが足りてない感が半端なかったです。なんというか、切り替え部分が上手く伝わってるか不安な仕上がりになってしまいました。
 ええ、これが限界ですがっ!;;

 今回はカスティグリアの純粋な力がどの程度なのかという事を書こうかなと思いました。ええ、ここに多くの犠牲になった方々へお詫び申し上げます。以下、犠牲になった方々(ドラ○エ風味)

メンヌヴィルイベントが消滅した!
コルベールのキュルケフラグがへし折られた!
アニエスのコルベール隊長発見フラグが消滅した!
アニエスの敵討ちイベント達成がハードモードに変化!
ホーキンス将軍のかっこよさが50さがった。
クロムウェルはこんらんした。
なぜかシェフィールドもこんらんした。

クロア「あ、幻獣は捕獲したかったかも。ほら、ハンカチの材料とかっ!」


 そういえば、マチルダさんは気にしていましたが、普通に帆船や軍艦でも紅茶をティーカップで飲む事はよくあったと思います。映画マスターアンドコマンダーでも戦闘前に紅茶を飲むシーンがあります。ええ、ソーサーを手に持ってますが! 戦列艦でも普通にテーブルで食事もしますしね。まぁ戦闘中でも紅茶を嗜むのはレジュリュビだけかもしれませんが^^;

 帆船の操船方法に関してちょっと出てきましたね。実は私、詳しくは知りませんっ! 私の帆船に関する知識の出どころは海外の海洋物の小説(ジャック・オーブリーシリーズ、ホーンブロワーシリーズ、トマス・キッドシリーズ)や大航海時代(ゲーム)、そして帆船模型(骨組みだけ組んで説明書読んだだけで手付かず)やその他関連本なんかです。

 帆船モノの小説なんかで出てくる「嵐なのに風下に岩礁が! タッキングだ!」しかし、タッキングが失敗すると座礁する危険性が~ みたいな緊迫感溢れる状況が結構好きでした。

おまけ。前半部分の続き。拿捕後のカスティグリア小型艦艦長さん。
 「艦長はどちらかな?」
 「吹き飛びました。サー。」
 「ふむ。では副長はどこかね?」
 「吹き飛びました。サー。」
 「で、では、最先任の士官は?」
 「士官は全員吹き飛びました。サー。」
 「で、では、ううむ。そうだな。残った中で一番偉いのは誰かね?」
 「はっ、船大工の自分であります。サー。」
 「ど、どうしたら!?」 


 次回……、まだ何にも考えてません! まだ手付かずです! つ、続くよね? 
 あ、感想は常にお待ちしております。よろしくお願いします(ペコリ

 次回おたのしみにー!


 自分の作品なのに似た題名があったのに気付いたのでちょっとサブタイトル変更しましたorz 9/22


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47 戦果報告と問題点

 皆さん、ごきげんよう。ようやく書きあがりましたので、早速投稿させていただきます。
 えっと、文字数……。うん。短いよりはいいよ。きっと、たぶん……。ええ、一万字越えたら考えないことにしました^^ ご了承ください。(ペコリ
 それではどうぞー!


 ふと目を開けると信じられない事に身体が軽く、今まであった痛みや熱っぽさやダルさといったものが全く感じられなかった。一時的なものだとは思うが何かの要因があって健康体になった可能性も捨てきれない。

 

 ふむ。寝ている間に起こった事というと、どう考えても俺の下した命令を諸侯軍が言葉通り実行し、数万の敵とみなした人間を多数殺した事だろう。彼らは命令に従い殺した。つまり、その命令を下した俺が殺したとも言える。人を殺せば殺すほど健康になるというのだろうか……。

 

 戦争が終わるとその機会も失われるが、まぁ困ったら聖戦に乗ればいいだけの話だ。気にする事もないだろう。難しい事は後にして取り合えずハルケギニアに来て初めての健康体だ。この世界を満喫するとしよう。

 

 そして、いつも通り杖を取り、天蓋から下がる分厚いカーテンを開けようと思ったのだが、ふと思いつきで自分の手で開けてみた。その意外と軽い感触に少し満足感を得ながらベッドから降りるとモンモランシーとシエスタがこちらに背を向ける形で丸いテーブルについているのが見えた。

 

 ふっ。ここは愛する二人を驚かせるしかあるまいて。

 

 朝の挨拶と元気になった証明を同時に行うべくそっと近寄り、二人の肩に手を置いて「おはよう!」と声をかけると、ビックリしたように二人が振り返った。

 

 しかし、本当にビックリしたのは俺の方だった。モンモランシーだと思っていた相手はなぜかルイズ嬢で、シエスタだと思っていた相手はなぜかメイド服を着たサイトだったからだ。

 

 「な、ななななぜに!?」

 

 と、動揺を隠せずに何とか疑問をぶつけると、ルイズ嬢は「何言ってんの? コイツ」とでも言うように眉をひそめ、サイトはシエスタが浮かべるようなにこやかな笑顔を浮かべて立ち上がった。

 

 「クロア様、おはようございます♪ おまたせっ!」

 

 サイトはそう言ってくるっと回転し、ピッと人差し指を立てた。そして、俺は見てしまった。くるっと回転したときにふわっと広がったメイド服からシルクのような光沢を持つドロワーズの下の方を絞り込む細くて柔らかそうな赤いリボンを……。

 

 「ごふっっっ! つ、使い魔……君……。」

 

 そしてなぜか大量に吐血し、俺はブリミル殿の下へと召されるべく……、ってモンモランシーやシエスタでもないのに召されてたまるかああああああああ!!!!!

 

 

 

 

 「―――ロア様! クロア様! しっかりしてください!」

 

 シエスタの緊迫したような声と、モンモランシーの焦ったようなヒーリングの詠唱が聞こえる。そして、俺の目はいまだに閉じており、夢を見ていたようだ。恐ろしい夢を見てしまった……。

 

 しかし、それほど体調は悪くない。四肢のダルさから熱が少しありそうだが、他は頭痛が少しと胸の辺りにある痛みは無視できるレベルだろう。夢の中ほどではないがこの身体にしてはかなり調子が良いように思える。

 そして、珍しく横向きに寝ていたらしく、ほのかに口元に布の感触がするが、恐らく掛け布団か枕だろう。しかし、彼女たちの声からすると危険な状態なのだろうか。

 

 ふむ。ここは貴族男児として彼女達を安心させねばなるまいて。そう思い目を開けると、涙を流したシエスタが俺の頭の横のあたりを優しく撫でながら俺の口元を拭っており、モンモランシーが心配そうな顔でヒーリングを詠唱していた。

 

 まさか涎を垂らしていたのだろうか……。そしてシエスタはひたすら俺の涎を拭っていたのだろうか……。すでに酷い事体だが、使い魔君のメイド服姿で涎を垂らしたなどという事を彼女達に知られるくらいであれば、ぶっちゃけ知られる前に死んだ方が俺にとっても彼女達にとっても良いのではなかろうか。

 

 「クロア様! モンモランシー様。クロア様が目をっ」

 

 「あなた! しっかりして!」

 

 ふむ。確かにしっかりするべきだ。取り乱している彼女達には悪いが、アノ夢のせいで自分というものに少々不安が芽生えた。ここはとりあえず冷静になり、なぜこのような事体になったのかを考えるべきだろう。

 

 いや、その前にシエスタに自分の涎の処理をさせるというのはとても恥ずかしい事ではなかろうか。恐らくまだ口の近くに涎があるのだろう。跡になる前にまぁとりあえず起きて自分で涎の処理くらい行おう。

 

 「おはよう、モンモランシー、シエスタ。なんか色々ありがとう。多分もう大丈夫だから。」

 

 そう言って起き上がろうとすると、「ダメです!」と言ってシエスタの顔が近づき、布団の上から少しシエスタの重みが加わった。まさか涎の処理をされたあと押し倒されるとは思ってもみなかったが、その……、ええと……。

 

 「ごふっ」

 

 「ああっ、クロア様がまた血を! モンモランシー様!」

 

 「ああっ、もう……。シエスタ、ちょっとどいてなさい。」

 

 モンモランシーは落ち着いたようでそっとシエスタと位置を変えると、再びヒーリングをかけてくれた。そのおかげでいつものように何とか体調を取り戻せたようだ。しかし、「また」と言っていたということは寝ている間に血を吐いたのだろうか。

 

 ふむ。確かにそれなら彼女達の焦りもわかる。しかし、涎だと思っていたら血だったとは……。血ならギリギリセーフだろうか。いや、別の意味でアウトかもしれない。仰向けで寝ていたら窒息してしまった可能性もあるだろう。むぅ、今度からは意識して横向きかうつぶせで寝るべきだろうか……。

 

 しかし、なぜ……。ああ、なるほど。だからサイトだったのか。もし夢で見たアレがモンモランシーやシエスタだったら恐らく眠ったまま召されていた可能性が高い。以前モンモランシーの姿を瞳や脳に焼き付けた時に記憶障害が起こったように、今回も同じケースであると考えて差し支えないだろう。

 

 うむ。それなら問題ないはずだ。しかし、戦闘ではなく夢見で死にそうになるとは思わなかった。これは早急に彼女達に慣れないと眠る事すら危険なのではないだろうか。いや、しかし、あの地獄など生ぬるいような過酷なトレーニングに耐え抜き、想像だけなら(・・・・・・)最強装備を身につけたモンモランシーにもギリギリ耐え切れるようになったはず……。

 

 はっ! あの現実と見まごうような夢の方がハードルが高いのか!? ど、どうしたらいいのだろうか……。とりあえず戦争を終えたらトレーニングに勤しむべきかもしれない。ふむ。しかし、難関はあのターンだ。なぜか乗り越えられる気がしない。むしろ回避する方向で対策を練るべきだろう。

 

 ―――そう、ドロワーズ廃止とか……。お、恐ろしい……。なんという恐ろしい対策を思いついてしまったのだろう……。

 

 確かに効果はあるだろう。しかし、俺はこれから何を糧に……、ってよく考えたら現物を見た事がなかった。それならばあまり変わらないのかもしれない。しかし、そこにあると期待できる状況と全く存在しないという絶望感溢れる状況では天と地ほどの差があることは言うまでもないだろう。

 

 ううむ。「イーヴァルディの勇者に出てくる賢者」とまで言われたこの俺でもこの件に関して最善の結論を出す事は難しい……。ハードルはかなり高いがやはり本物の賢者に頼るしかないのではないだろうか。戦争が終わって覚えていたら、恥を忍んでクラウスに相談してみるしかあるまいて……。

 

 少々思考の海に潜り、自己診断を終えるといつの間にかモンモランシーも俺の診断をしていたようで、「ふぅ」とため息をついた。

 

 「最初はびっくりしたけど落ち着いたみたいね。」

 

 そう言うとモンモランシーは杖を仕舞った。そして、俺への対処のためにどかされていたのだろう椅子を枕もとの定位置に戻し、寝ていた間の事を話してくれた。

 

 あの日から三日寝ていたらしい。そして、アルビオン軍三万との戦闘に関しては問題なく終わったらしい。休む前に一番懸念していた事だけに少し安心した。詳しい戦果に関しては艦長殿が直々に報告に来てくれるとのことだ。艦長殿は俺が起きたら報告に来たいと言っていたらしく、シエスタが呼びに行く事になった。

 

 ただ、三日間の空白で相手も味方も状況はかなり進行しているのではなかろうか。恐らく早ければ連合軍の上陸自体は終わっているだろうし、判断が早ければ輜重隊を後続に先遣部隊が進軍を開始していてもおかしくはないのではないだろうか。

 

 そして、何より気になるのはレコン・キスタの動きだ。彼らの被った損害は大きいはずである。原作では上陸阻止に来た艦隊が十数隻を残して壊滅、三万の兵はダータルネスへ誘引されていたため無傷だったはずだ。

 

 しかし、すでに艦隊は文字通り全滅しており、恐らく三万の兵も半分以上が死傷し、残りは脱走や逃亡で壊走したはずだ。そして、今まではほぼ確実に敵艦を爆沈、もしくは拿捕してきており、生存者がレコン・キスタへ情報を送る事は困難だったはずだ。しかし、今回はかなりの生存者がいるだろう。

 

 彼らが急ぎサウスゴータ辺りまで戻り、風竜を飛ばされたらその日のうちにロンディニウムへと情報が伝わるはずだ。と、なると、俺が考え、クラウスが許可を出し、艦長殿が練り込んだ作戦通りではあるが、寝ていたこの三日間がやはり重く感じる。

 

 ロンディニウムはどう出てくるだろうか。原作では確か、上陸を果たし、サウスゴータ攻略へと乗り出した連合軍に対し、サウスゴータに配置していた亜人が勝手にやった事としてサウスゴータにある食料を回収する。これにより、レコン・キスタはサウスゴータの住民の恨みを買い、連合軍に協力的になったため、連合軍のサウスゴータ攻略は解放戦となった。

 

 だが、ハルケギニア大陸から空に浮かぶアルビオン大陸まで苦労して運んだ食料をサウスゴータの住民へ放出する必要が出て、補給する必要が出たため継戦(けいせん)不可能と判断された。そこで、降臨祭の一週間ほど前にレコン・キスタがトリステインへ降臨祭を理由に打診し、マザリーニがアンリエッタを説得し、これを受ける。

 

 そして、シェフィールドがサウスゴータにある井戸への水脈へアンドバリの指輪による罠を仕掛け、クロムウェルはガリアの参戦を待つことになる。結果、連合軍は混乱し、アルビオン大陸からの離脱を余儀なくされ、その離脱の時間を稼ぐためにサイトが七万の敵軍に突っ込むわけだが、レコン・キスタにとってはすでに前提条件のいくつかが瓦解している状態だ。

 

 一番厄介な展開はガリアがレコン・キスタ側に付いて参戦してくることだ。ガリアは確か中立を宣言していたはずだが、それを反故にされ、後ろを突かれると連合軍としてはアルビオン大陸から撤退し、対アルビオンに続いてガリアとの戦争になる。

 

 アルビオン共和国に関しては問題ない。後はクロムウェルを捕まえてロンディニウムに攻撃をするだけで戦争は終わるだろう。早急に臨時政府を立てる必要はあるが、その辺りは女王陛下やゲルマニアの皇帝が何とかしてくれるはずだ。

 

 しかし、水の精霊の依頼であるアンドバリの指輪やアルビオン王家の始祖の秘宝である始祖のオルゴールと共にシェフィールドに逃げられる可能性が高い。シェフィールドも出来れば捕獲したいところだが、アンドバリの指輪が最優先、次点で始祖のオルゴール、そして敵軍の皇帝クロムウェルと言ったところだろう。アンドバリの指輪だけは行方がわからなくなるとハルケギニアが滅びかねない。

 

 始祖のオルゴールに関してはジョゼフを誘引するための道具であり、独断だが唯一所有権を持っているティファニア嬢へお返しすべきだと考えている。ルイズ嬢がティファニア嬢と虚無に関する情報をアンリエッタ女王陛下に話すのであれば、アンリエッタ女王陛下が彼女の虚無を必要とした時、彼女へ風のルビーが譲渡されれば従姉妹として存分に力を発揮できるはずだ。また、女王陛下がこれ以上の力を必要としないと判断した場合、風のルビーを渡さない可能性もあるがそれはそれで問題ないと思われる。

 

 そして何より、ジョゼフをアルビオン大陸に誘引できないとクラウスのタバサ嬢救出作戦にかなり大きい影響が出るのではないだろうか。そう考えるとジョゼフの使い魔であるシェフィールドの優先順位も高くなりそうだが、始祖のオルゴールやソレを俺が狙ったという事実だけでも、ある程度興味を持たせ誘引する事ができるだろう。それに、失敗して両方逃した場合、アルビオン戦が泥沼化する可能性が残る。

 

 正面からガリアと戦争になるのであればその時点でクラウスは動くだろう。こちらが早々にこの戦争を終わらせ、ガリア方面へと転進する事ができればクラウスの言っていた通りガリアに押し込まれる事もあまり無いように思えるが、モンモランシに被害を出さないためにもかなり急ぐ必要性が出てくる。そうなると、やはりシェフィールドの優先順位は下の方だろう。

 

 原作では、ガリアの動きを決定するジョゼフは参戦に関してサイコロで決めていたはずだが、彼の戦略がどのように変化しているかわからないのでもはや当てにはならないだろう。

 

 うむ。やはり早急に威力偵察(・・・・)を行うべきだろう。本来であればこの寝ていた三日間のうちに全て終わらせる事ができ、ガリアやシェフィールドに関する悩みなど起こらないのがベストだったのだが……。

 

 と、少々考え事をしていると、モンモランシーが割りと重要な用件を切り出した。確か今まで彼女が話していたのはティファニア嬢のことや彼女とルイズ嬢、そしてサイトの普段の交流に関することだったはずだ。サイトがボロボロになる日が増えてうんぬん……、まぁあまり興味がない事だったので、奇跡の宝石の発する楽しそうな天の調べを堪能しつつ考えていた。

 

 「それで、テファとマチルダさんの事なんだけどね。テファをルイズに女王陛下への紹介と保護を頼む事になってたと思うのだけど、テファやルイズとちゃんと話してその後の事に関して大体決まったわ。ただ、フクロウを飛ばすにも敵地だから戦争が終わってからにするみたい。でも、マチルダさんは、その、以前の事もあるからトリステインに行くのは難しいと思うの。」

 

 おお、さすが奇跡の宝石。確かにティファニア嬢に関しては女官殿に依頼はしたが詳細を詰めていなかったし、戦後にもしかしたら俺がお伺いを立てる必要が出てくるかもしれないと少々不安だったのだが、終わらせておいてくれたようだ。

 

 しかし、マチルダ嬢に関しては話の途中で別の話題になった気がする程度の記憶しかない。そして、確かにマチルダ嬢が戦争直後にカスティグリア以外のトリステインの地を踏むのは少々ハードルが高いだろう。彼女がフーケである事を知っているのは学院関係者や生徒、そしてトリスタニアの人間と数が多い。それに脱走された事は一部では有名だし、あの独特の色の髪で概ね見当が付くはずだ。

 

 彼女が別人であると言い張るのであればそれ相応の地位があった方が良い。ティファニア嬢の姉や親類、幼馴染や保護者といった地位では危ういと思われる。その線で行くのであれば最低限まずティファニア嬢の事をトリステイン内で公にし、アルビオンの王族であるという事が承認されなければならないだろう。

 

 まぁ女王陛下に詳細を報告して彼女の保護もお願いし、ティファニア嬢と一緒にいてもらっても良いのだが、彼女にはアルビオン王国の宰相を目指してもらった方が二人のためにも良い気がする。個人的にはカスティグリアの後ろ盾で戦後ゴタゴタするであろうアルビオンの実務関連に食い込んで貰おうと思っている。

 

 「それでマチルダさんに一応希望を聞いてみたんだけどね……。その、あなたの秘書になりたいらしいのよ。」

 

 モンモランシーはなぜか言いにくそうにそう言った。ぶっちゃけ俺に秘書は必要ないのではないだろうか。

 大体俺の本業は学生だし……。出席率ゼロだけど学生だし……。恐らくマチルダ嬢が俺の秘書になったところで彼女の仕事は俺を運ぶためのゴーレムを作るとか……。いや、ダメだろう。それだと本格的にシエスタが紅茶専門になってしまう。却下だ、却下!

 

 「いや、俺の秘書になったところで利点は皆無だろうし、あまり仕事があるとも思えない。ティファニア嬢のためにカスティグリアと関係を持ちたいということなら、誰かの秘書というより、クラウスや父上に経緯を報告してティファニア嬢とのパイプ役になってもらった方が良いのではないだろうか。」

 

 「ええ、私もそう思って助言してみたんだけど、彼女なりに理由があるみたいだったから私が彼女の身分保障証とクラウスさんへの紹介状を書いて、色々な書類と一緒にカスティグリアへの彼女たちに関する報告書を彼女に届けてもらう事にしたの。それで、デトワール提督に小型艦を一隻借りてカスティグリアへ行ってもらったわ。いけなかったかしら?」

 

 おお、さすがは次期伯爵様。仕事が早い。事後相談だったようだ。……ふむ。これならモンモランシも安泰なのではないだろうか。本格的に俺はただラグドリアン湖でキレイな魚を探す日々になりそうだ。いや、おれ、おむこさんだし。たよられなくてもさびしくないよ?

 

 「いや、構わないよ。むしろ良い判断だと思う。クラウスや父上と話した後、彼女の考えも変わるだろうしね。そこまでは考えが及んでいなかったよ。さすが俺の奇跡の宝石。」

 

 「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいわ。私の旦那様。」

 

 真面目に褒めると、モンモランシーははにかんだような笑顔を見せてくれた。しかも、私の旦那様とかっ! いや、婚約者だから概ね間違いはないのだが、こう……、なんというか不意打ちされると照れるのだが……。

 

 きっとモンモランシーは俺が照れて赤くなるのを確信していたのだろう。ちょっと満足そうな笑顔を浮かべた。

 

 くっ……、モンモランシーのそんな笑顔は珍しいので、彼女にならからかい半分でいじられても悔しさよりも歓喜が勝るから不思議だ。しかし、何かこの感じ……、どこかで……。

 

 はっ! ルーシア姉さんが俺をからかう時の雰囲気に似てる気がする。まさかモンモランシーはルーシア流“男のおちょくり方”を習得しようとしているのだろうか。これは今のうちに止めないと後々危険だ!

 

 しかし、この件に関しては想像の域を出ない。確認も難しいように思える。どう切り出して聞けばいいのか全く思いつかない。そして、対処方法をひねり出そうと考え始めたところで控えめなノックの音が聞こえ、モンモランシーが「見てくるわね」と離れて行った。

 

 来客はシエスタが連れてきてくれた艦長殿だったようで、彼は俺と目礼を交し合うとモンモランシーに俺の容態の確認をした。個人的には体調に問題はなく、ぶっちゃけブリッジに上がれるとは思う。しかし、モンモランシーやシエスタに心配をかけた挙句、急に吐血してブリッジに混乱を振りまくのは避けたい。いや、威力偵察の時は上がる必要があるので何とかするつもりではあるが。

 

 艦長殿がモンモランシーからの話を聞き、枕元の椅子に座ると笑顔を見せてくれた。

 

 「どうやら良くなられたようですな。いやはや、心配しました。」

 

 「申し訳ない。おかげさまで何の心配もなくゆっくり休ませていただけました。」

 

 軽い挨拶を済ませると艦長殿は何束かの羊皮紙を差し出した。恐らく戦果や寝ていた間に発生した問題や最高指令官の決済が必要な書類だろうと検討をつけて受け取ると、軽く目を通した。

 

 一束目はアルビオン軍との戦闘に関するもので、最初は戦果に関してのものだった。

 

 ふむ。戦果は士官四名に竜三匹を捕獲、相手の推定死傷者数三万……と……。まぁ死体を捜して数えるのは大変そうですからな。あとで連合軍にでも頼むのだろう……ってアレ? アレ!? 何かがおかしい!

 

 いや、うん。殺せと言ったのは俺で間違いないし、最高の戦果を目指したのであろう数字ではある。しかし、三万って相手の総数が約三万じゃなかったでしたっけ? 全軍の約五万を出してきたのだろうか。

 

 ぶっちゃけ普通に考えて相手も必死で逃げるだろうし、半分くらいに減らせば相手は散り散りに霧散すると考えていた。演説では何を書いたか覚えてないが、何か他の事を書きとめたいという欲求を我慢して書いた記憶はある。もしかしたら過激なことを書いたのかもしれない。

 

 しかし、確か前世の知識では損耗率が三割だか四割を超えると全滅という判定になるというものがある。これは通信などの技術がまだ発達していない時代、指揮系統が壊され、軍として機能させる事が不可能な時や、前線部隊が文字通り全滅するとその被害が軍の中の三割だか四割だった事からそういう定義だったはずだ。

 

 だが、本当に可能なのだろうか。こちらの戦力はほとんど航空戦力であり、艦隊が囲い込むまでにかなりの数の脱走兵が出ると考えていたのだが……。いや、数字に出ており、捕虜も捕らえている事から数字を盛っているというのは考えにくい。ううむ。

 

 そして、束を一枚めくると、こちらの損害が書かれていた。風竜五匹軽傷、風竜隊員八名軽傷、砲撃手三名軽傷。……ふむ。今回も殉職者や重傷者が出ていなくて何よりである。カスティグリアが本気を出すと死者が出ない事にはさすがに慣れた。

 

 ―――ようやく俺もカスティグリアの一員になったと言う事か……。いやっ! 俺元々カスティグリア出身だけど! 屋敷からほとんど出た事なかったけどカスティグリア出身だから!

 

 しかし風竜隊の被害が多い気がする。相手の空戦能力が高かったのだろうか。いや、確か相手の竜騎士はまだ数十騎いてもおかしくない。まとめてぶつけてくるとは意外とクロムウェルも剛毅な事だ……。

 

 そんな事を考えながらさらに一枚めくると、大体の敵部隊構成と戦闘推移、そして消耗物品の数が書かれていた。

 

 どれどれ……。

 

 ……。

 

 ……アレ? 何か目の錯覚だろうか。プリシラさん、出番ですよ?

 

 ふむ……。おかしい、プリシラと視界共有しても文面の見え方が変わらない。

 

 ふむ…………。間違いなく現実なようだ。って、えええええええ!?

 

 敵の航空勢力である竜騎士は三名、全員死亡、竜は捕獲? 敵の少なさが予想外だがコレは問題ない。けど、次に書かれているのがおかしい!

 

 初撃にてアグレッサーが中央突破して敵の将軍と指令官を偉い順に四人捕らえた!? アグレッサーだけで戦闘ほとんど終わらせてるじゃん!

 

 しかも、風竜隊と火竜隊が敵軍の囲い込みを行い多少の被害が出るも無視できると思われる? 風竜隊ってアグレッサー抜くと三十九騎じゃなかったっけ? 風竜隊三十九騎と火竜隊二十七騎で三万囲い込んだの? そりゃ被害でますな……。というか出来るんだ……?

 

 アグレッサーの教練がすごかったのだろうか。というか回避を重視しているはずの風竜に被害が出てるのに火竜隊は無傷なのか……。いや、火竜に噛まれても軽傷と言い張る奴らだ。どうせ「このくらいは怪我のうちに入らない」とか言い張って計上していないだけに違いない。

 

 あ、火竜隊の装備は全滅か……。やはり思いっきり攻撃受け続けつつ無視してたようだ……。

 

 しかし、自由落下爆弾や機銃の弾薬や銃身などの消耗部品などの数字が恐ろしいほど大きい。ぶっちゃけタルブ戦や艦隊戦がただの試射としか思えない数字になっている。補給は大丈夫なのだろうか。

 

 驚きを隠す努力すら忘れて艦長殿に視線を移すと、

 

 「不明な点がございましたか?」

 

 と、艦長殿は誇らしげな笑顔を浮かべながら少し乗り出し、俺の手元の羊皮紙を覗きこんだ。

 

 「ああ、補給に関しては少々問題がありましたが次の作戦に支障が出る事はありません。ご安心ください。」

 

 いや、不明な点は全くない。むしろ、数字や文字が正確であることを確信しつつ信じなければならないという状況がまさに不明な点である。

 

 ただ、艦長殿は元々この消耗に関する補給に疑問を持たれると思っていたのだろう。すでに対処済みな上、問題はないらしい。その辺りは後ろの方に書いてあるそうだ。まぁこの消費量がカスティグリアにいるクラウスや父上の頭痛の種にならなければ良いのだが、その辺りはもはやトリステインやアルビオンの財布に頼ってもよいのではないだろうかとも思った。

 

 しかし、この数をばら撒いたということは、間違いなく捕虜以外全員殺したってことで間違いないようだ。むしろ現場がどうなったのか見たいような見たくないような……。

 

 ただ、マチルダ嬢に見せたのは色々な意味で間違いだったかもしれない。彼女は元盗賊とはいえ女性だし、盗賊時代も殺しは避けていたという印象がある。悪夢の原因になってしまわないだろうかとても心配だ。

 

 しかし、補給に関しての問題とは一体なんだったのだろうか。恐らく先ほど聞いたとおり後のページに記されているのだろう。そして、補給に問題が出たという事は、今後の課題になり、カスティグリア研究所に提案書を書くチャンスが眠っている気がしてならない。しかも、問題があったという事は優先順位が上がり、採用される可能性も高いということだ。

 

 そう、輜重隊を守る為の戦車っぽい小型艦や、トレーラーっぽい小型艦や、輸送機っぽい小型艦の開発に手を付けるチャンスが来てしまうのではなかろうか! 

 

 素案はすでにいくつか思い浮かんでいる。今まっさらな羊皮紙とペンがあれば、艦長殿やモンモランシーがいたとしても気にせずゴリゴリ書き始めていただろう。うむ。夢がひろがりんぐですな。必要は発明の母とはよく言ったものであります!

 

 ワクワクしながら羊皮紙をめくると、連合軍との伝令のやり取りと共にその補給に関する問題が書かれていた。

 

 カスティグリアが大した被害も出さずに防衛ラインを守りきった日の朝、連合軍はようやく軍港ロサイスへと到着し、ほとんど抵抗を受けずに制圧したようだ。つまり、カスティグリアの輜重隊や拿捕したフネを運んでいた小型艦、そして護衛に付いていた戦列艦もロサイスへと到着した。

 

 しかし、桟橋の数が足りず、まず制圧のための兵が上陸し、続いて即時必要となるであろうテントや食料などの補給物資の揚陸が順次行われたのだが、カスティグリアに許可された桟橋は僅か四箇所だったらしい。

 

 確かに全体から見たらカスティグリアの艦船は小型艦を含めても一割ほどではあるし、無理に揚陸する必要性は少ないだろう。しかし、フネからフネへの補給にはやはり桟橋があった方が安全に移せるだろう。

 

 不安定なフネ同士を横付けし、ハシゴを掛け、メイジを総動員して運ぶ事も可能だろうが、リスクが高い気がする。それに、レジュリュビのように完全に降りれるフネであれば問題は無いのだが、旧型のガレオン船は確か底が曲面だったはずで、専用のドッグが無いと接地は出来ないのでは無いだろうか。

 

 連合軍司令部へ桟橋の割り当てを一時的にでも増やしてもらえるよう提督が何度か陳情したが受け入れられず。女王陛下の女官であるルイズ嬢を頼り、彼女が陳情しても受け入れられず、と伝令の内容が結構あった。しかも後半はルイズ嬢がキレたらしく、「女王陛下の名の下に」などの過激な文言が入っており、返信では「そちらの最高指令官の直接の依頼でなければ断る」や「トリスタニアへ問い合わせるので時間をいただきたい」などあちらは時間を稼ぎたいという感情が透けて見える。

 

 ううむ。ド・ポワチエめ。戦闘は全て引き受けたというのに何たる仕打ちだろうか。期待させられた分、とてもショックだ。まさかここで上げて落としてくるとは思わなかった。そう、補給の問題は技術的なものでなく連合軍司令部の政治的問題や桟橋の数だったのだ……。

 

 大体、総司令官殿は「貴公らが安心して翼を休める場所を作ってご覧にいれよう」とか言っていなかっただろうか。確かにロサイスは完全に制圧はしたのだろうが、安心して翼を休める場所が足りない。言ったからにはせめて割り当てを増やすか桟橋を新たに作るかして欲しかったものである。

 

 広がりきっていた夢と妄想が急速にしぼんで行く絶望感を味わいながら、何とか先を読み続ける。

 

 結局デトワール提督が取った手段は、桟橋には拿捕したフネを係留し、その見張りのために小型艦だけ残し、戦列艦と輸送用のガレオン船を防衛ラインまで進め、竜隊を総動員して補給するというものだった。常に竜を動かし続けるわけにも行かなかったため、時間がかかり、終わったのは昨日の夕方だったそうだ。輜重隊はすでにロサイスへと戻っているらしい。

 

 しかし、そうなると次に必要になるのはどこでも降りることの出来る補給艦といった所だろうか。レジュリュビでも戦闘用の艤装を全て取り払えば可能ではありそうだが、風石や蒸気機関にかかる燃費から考えると効率が悪すぎるだろう。そうなるとベースは竜母艦やタケオだろうか。新規開発するまでもなくすでに着手されていそうでつまらないが覚えていたら研究所へ提案書を出そう。

 

 ただ問題はそれだけでなく、俺の寝ている間になぜか連合軍から諸侯軍に対し依頼ではなく命令(・・)が下されているらしい。別の束にまとめてあるそうだが、そのおかげでロンディニウムはもとよりサウスゴータへの諸侯軍による偵察や砲撃などはされていないそうだ。

 

 指揮系統に関しては俺が動けない間はモンモランシーか艦長殿に委譲されるはずだし、諸侯軍の独立性はアンリエッタ女王陛下からちゃんとお墨付き(・・・・)をいただいている。連合軍の総司令官殿はお墨付きの存在を知らずにこちらを動かせると踏んだのだろうか。

 

 それに、ド・ポワチエ将軍はカスティグリア諸侯軍の上げた戦果が大きすぎたため、牽制しつつ連合軍をカスティグリアより前に押し出し、次の大きな戦果を連合軍で独り占めする必要があると考えたのだろう。

 

 彼にとってこの戦は元帥昇進がかかったものであり、彼の焦りは理解できる。しかし、以前連合軍との会議に出た際に感じた鳥の骨ルートまっしぐらな椅子が俺にとっては不幸の種に見えた。

 

 カスティグリアにその椅子が回ってくる可能性は低いだろう。戦力はあるが父上もクラウスもどちらかと言えば文官だし、俺は論外だ。もしカスティグリアから選出するとしたら今目の前にいる艦長殿くらいだろうか。しかし、彼はカスティグリアと長期の契約を結んでおり、ぶっちゃけカスティグリア空軍をお任せしたい人材である。

 

 であるならば、その元帥の椅子を欲しているド・ポワチエ将軍にカスティグリアの上げた戦果をある程度流し、彼がその椅子に座れるよう協力するというのが一番良い手段だという事をクラウスに相談していた。そして、その恩を押し付ける事によって今後トリステイン軍との間に摩擦が起こりにくい状況になるだろう。それに、ある程度こちらを優遇してくれるのではないかという公算もあった。

 

 しかし、こんな微妙な問題で上げて落とされた恨みは小さくない。

 

 元帥候補として将軍がカスティグリア諸侯軍も含めた全ての軍の調整を全うできないというのであれば、そして、カスティグリアを冷遇するというのであれば、そのような協力をする必要は全く無いだろう。まぁ、トリスタニアがどう判断するか判らないが今回の戦での戦果はかなりの量を諦めていただこう。

 

 「ド・ポワチエ将軍はかなり焦っているようですな。俺としては彼が戦後、昇進できるよう協力するつもりでクラウスにもそのような内容を提案していたのですが、撤回する必要性があるかもしれません。」

 

 この微妙なイラつきを出さないよう淡々と口に出すと、艦長殿は苦笑した。

 

 「そうですな。彼の気持ちはわからなくもありません。私も長いこと平海尉でしたからな。しかし、ここまでこちらを冷遇するのであれば彼に手を貸す方が返って不自然だと思われるでしょう。私は戦後交渉に関してもある程度アノ命令書で理解しておりましたので、カスティグリア侯爵閣下とクラウス殿にその辺りの変更を相談したい旨の連絡書をミス・マチルダに届けていただくことにしました。」

 

 そして、「その件に関してはこの辺りに書かれております」と報告書のその箇所を指差しながら教えてくれた。モンモランシーがマチルダ嬢をカスティグリアに送る理由と共に、艦長殿の相談内容が書かれていたが、かなり細かく正確に書いたようで問題があるようには見えない。

 

 それに、偶然同時期に連絡が必要になったモンモランシーにとってもこの連絡書をカスティグリアに送る算段を考えていた艦長殿にとっても渡りに船だったようだ。

 

 しかし、先ほどは怒りで我を忘れていたが、本当にド・ポワチエ将軍はそれだけのことで桟橋の割り当てを減らしたのだろうか。確かにすでに脅威となる敵戦力はほとんど無いと言える数字にまで減ってはいるだろう。だが、相手はあの原作ではとても臆病なクロムウェルとジョゼフを凶愛しているシェフィールドだ。

 

 こちらの戦力を削ぐ、または評価するためにもうひと当てしてくる可能性もあるのではないだろうか。すでにかなりの数を削られたクロムウェルは相当焦っているはずだ。魔法学院の生徒を人質に取れているのであればそこまでではないだろうが、失敗しているのであれば瓦解寸前と言っていいだろう。

 

 彼らの取る手段はどういったものだろうか。まず、原作通りアンドバリの指輪を使った罠を仕掛けるという手段がある。しかし、現在まだ連合軍は上陸したばかりであり、軍港ロサイスにほとんどの戦力がいるだろう。

 

 ロサイスの井戸にアンドバリの指輪による罠を仕込むのであれば最低限この防衛ラインを少数、もしくは単独で抜ける必要が出てくるためほとんど不可能だと思われる。将軍がそれを見越してカスティグリアに命令しているのであればすばらしいとも言えなくも無いが、アレだけ消費したままの艦隊を張り付かせることに不安はなかったのだろうか。

 

 ふむ。消費か……。そもそもレジュリュビは燃費は悪いが航続距離が長く補給物資も大量に搭載できるためほとんど問題はない。しかし、随伴艦となる戦列艦や小型艦は普通のフネに対して恐ろしく燃費が悪く継戦能力は低いだろう。

 

 従来のフネでは風石と食料、そして軍艦ならば砲弾や火薬といったものだけでよかったのだが、カスティグリアの軍艦は基本的に蒸気機関を積んでいる都合上、燃料を積む必要があり、水も飲料だけでなく蒸気機関の運用のためかなり割り増しで積む必要がある。

 

 レジュリュビや竜空母、そしてタケオなどであればそもそも船体から巨大なので問題ないが、容量が通常のフネに近い所に追加で蒸気機関を積んでいる戦列艦や小型船ではかなり重要な問題となる。そのため風石を載せられる限界値が通常の戦列艦より低くなるのはしょうがないのだが……。

 

 ふむ。風石か……。ま、まさか……、ド・ポワチエ将軍はカスティグリアが風石の産地だからといってトリステイン艦隊の風石の消費量を減らそうとした……? いや、そんなはずは……、なくはないな。うん。後でそれとなく連合軍に確認してみよう。

 

 そんな事を考えつつ艦長殿の表情を窺うと、何かを期待するような、キラキラした目でこちらを見ていた。あ、そういえば感想を言ってませんでしたな。

 

 「うむ。ここまですばらしい戦果を上げていただけるとは想像すらしておりませんでした。兵たちにもそう伝えてください。」

 

 「はっ! 恐悦至極に存じます。兵たちも喜びましょう。」

 

 懸念は当たっていたようで、艦長殿は満足そうな表情を浮かべた。

 

 しかし、どうしたものか……。ここまでコケにされて黙っていてはカスティグリアの沽券に関わるだろう。すでにクラウスに連絡しているようなので、カスティグリアの意向を待つのも悪くは無い。しかし、今日まで寝ていたとはいえ、お飾りとはいえ、俺はこの諸侯軍の最高指令官だ。

 

 カスティグリアの宮廷内での立場はカスティグリアが侯爵家になった時点でかなり高い場所に移ったはずであり、父上やクラウスの政治的手腕を疑うわけではない。しかし、なんというか、クラウスの兄として、カスティグリアの人間として、カスティグリアに泣きついて何とかして貰うのを期待するようなこの状況は、なんというか、その……。

 

 自分の感情を探りつつ二束目を見ると、四人の捕虜に関するものだった。束というより、四枚の羊皮紙に一人分ずつ書かれている。一枚目は今回の軍を率いてきたホーキンス将軍、二枚目は副官殿、三四枚目は官位の高いそれぞれの側付きっぽい感じだった。

 

 彼らは取り合えず(・・・・・)ディテクトマジックやルイズ嬢のディスペルによって生身の人間かどうかを確かめられた後、ギアスや惚れ薬、そしてマジックアイテムなどを使った尋問を受けたようだ。彼らから得られた情報はクロムウェルのいるロンディニウムのホワイトホールの見取り図や、残っているアルビオン軍の高官のリスト、そして残存兵力だった。

 

 ぶっちゃけかなりアルビオン共和国が丸裸にされていた。ついでのようにカスティグリア諸侯軍に対する苦情のようなもの(・・・・・・・・)も書かれていたがどうせ大した事は書いてないだろう。その辺りは流し読みした。

 

 ちなみに、彼らはまだ捕虜宣誓を行っていない。というか、行わせていないらしい。俺が寝ていたという理由もあるだろうが、戦争が終わるまで彼らに自由を与えるつもりがないというのが本音だろう。艦長殿のその意向には大賛成である。今は杖を取り上げられ、レジュリュビの最下層にある一室に閉じ込められているようだ。

 

 三束目は連合軍参謀長ウィンプフェンの名前とド・ポワチエ将軍、そしてゲルマニア軍のトップであるハルデンベルグ侯爵のサインの入った連合軍の作戦書とそれに伴うカスティグリア諸侯軍への命令書(・・・)だった。長々と装飾の多い言葉で書かれているが、内容を要約しながら読んでいく……。

 

 

① カスティグリア諸侯軍は軍港ロサイスより北五十リーグ以北への進出を禁ずる

 

 これに関しては先ほどチラッと聞いた件だろう。俺が寝ている間であれば特に問題はないが、実行可能となった今、留め置かれるいわれは無い。まぁ後で伝令でも送ってお断りするとしよう。

 

 

② 連合軍と歩調を合わせるため、最高指令官もしくは提督級の人間を会議に出席させる事

 

 しかし、会議か。何となくここまでの経過報告から俺が動けないのを理由に艦長殿を呼び出して諸侯軍を吸収するか使いっ走りにでもするつもりだったのだろうか。しかも、カスティグリアのフネには大抵蒸気機関が積まれており、その存在自体が極秘となっている。一隻たりとも相手の自由にするわけにはいかないし、艦長殿もそのような政治的理由で俺が起きるのを待ったのだろう。ご丁寧に保留中と追加で書かれている。

 

 

③ サウスゴータ攻略のため虚無を連合軍に戻せ

 

 ……ほぅ。虚無を戻せ……か……。さて、誰の入れ知恵だろうか。一番濃厚なのはロマリアから義勇軍として参加しているジュリオだろう。彼の参加目的は明らかにルイズ嬢とのコンタクトを目的としているとしか思えない。しかし、彼の進言が連合軍司令部の上層部まで届くだろうか。そこには少々疑問が残る。もし、俺がジュリオだったらどうするだろうか……。

 

 ううむ。艦長殿に少し質問をぶつけつつ条件を絞り込むしかなさそうだ。

 

 「艦長殿。ロマリアは参戦を表明しましたか?」

 「いえ、そのような話は聞いておりません。」

 

 ふむ。となると、一時的に還俗(げんぞく)して義勇軍として参加という前提は未だに保たれたままということになる。確かジュリオは司教だか司祭だかのロマリアの認めた地位を持っていたはずだ。俺が教皇であればジュリオに地位的な危険が迫ったときにすぐ回避できるよう、そのくらいの地位を示す書面を渡しておく。

 

 しかし、それだけでは安全を確保できる程度であり、上層部までは声が届かないだろう。ロマリアが正式に参戦し、教皇の委任状でもあれば届くとは思うが、以前少し考えたようにどう見ても積極的な介入は回避したいはずだ。

 

 と、なると……、噂を流すというのはどうだろうか。

 

 “虚無の系統”という単語を使わず、「カスティグリアの上げた戦果は全てルイズ嬢の特殊な魔法のおかげである」というちょっとぼかした噂でも上層部の耳に入れば信じる可能性はある。

 

 実際、諸侯軍と比べ、連合軍の方が戦列艦は多く、アルビオンの戦い方から見ても艦隊戦は戦列艦がメインだ。そして、カスティグリアのフネはレジュリュビや竜空母、そしてタケオなどのイレギュラーを除けば見た目はほとんど連合軍のモノと変わらない。赤い船体とマストの位置が少々違う程度だ。

 

 それに、先の伝令のやり取りから、諸侯軍の中でもルイズ嬢がかなりの発言権を持っているとも捉える事ができるのではないだろうか。実際は艦長殿が彼女に頼っただけなのだが、外から見ればルイズ嬢が諸侯軍のトップになったと思えなくもない。

 

 そして、その憶測は先の噂を強固にするモノだったのではないだろうか……。あの初めて連合軍の会議に出席した際に感じた“ルイズ嬢の価値を実感していない空気”は強く印象に残っている。しかし、呼び寄せたところで彼らに実際ルイズ嬢の虚無を扱いきれるだろうか。

 

 いや、むしろ扱いきれない方がジュリオにとっては都合が良いだろう。その分ルイズ嬢が冷遇され、使い潰され、ジュリオが彼女に近づき、危機を救うチャンスも訪れる。しかも、運が良ければ使い魔であるサイトの排除すら可能かもしれない。彼はまだサイトに会っていないため、即排除に出るとは思えないが、評価次第では排除の方向に出てもおかしくない。

 

 俺なら、全ての使い魔は排除し、四の四のうち、使い魔部門は全て自分に集める努力をする。どちらに転ぶかわからないサイトのような人間には少なくとも持たせておきたくないと判断するはずだ。そして、それは逆にこちらがサイトを保護する強い理由になる。

 

 ジュリオやヴィットーリオの考えを確かめる術はなくは無い。ティファニア嬢の協力が得られるのであればむしろ簡単に調べる事ができる。しかし、カスティグリアとして陰謀を巡らせても構わないだろうか。陰謀というのは総じてバレた時に破滅が待っている気がする。

 

 アンリエッタ女王陛下であればそのリスクすら計算し、美しい謀略を扱うであろう事は想像に難くない。しかし、俺にとってはハードルが高すぎる上に、リスクが恐ろしすぎて今まで完全に使ってこなかった。俺に彼女と同じような事がほんの少しでもできるだろうか……。不安と少しの恐怖が心に浮かんだ。

 

 まぁ、判断は保留しよう。うん。やっぱり怖いのは良くない。ほら、俺、病み上がりだし……。

 

 

④ 同じくサウスゴータ攻略のため、カスティグリアの輜重隊より風石を供出せよ

 

 「……あはははは! あーっはっはっは! ごふっ」

 

 「ど、どうなされました!?」

 

 「だ、大丈夫? あなた」

 

 つい思いっきり笑ってしまったため、咳き込んだ。少し離れて見ていたモンモランシーが駆け寄ってヒーリングをかけ、背中をさすってくれた。紅茶を口に含んでいたらもっと色々と酷いことになっていたに違いない。

  

 「ああ、すみません。モンモランシーありがとう」

 

 「構わないわ。……その、ねぇあなた。その、戦争に口を出すつもりはないんだけど、そんなに面白い事が書いてあったの?」

 

 モンモランシーが背中をさすりながらちょっと興味を引かれたようなので、話しても構わないか提督に羊皮紙の文面が見えるように角度を変えてさっとその辺りを指でクルっと円を書くと、彼は苦笑して軽く頷いてくれた。

 

 「ああ、モンモランシー。その、ね? この辺りと、この辺りを読むと判るのだけど、どうやら連合軍の司令上層部は俺が病気で倒れたと言うのを拡大解釈したようでね。恐らく死んだか病気で動けず、俺が継戦不可能と判断したようなのだよ。」

 

 「まぁ! そんな、ひどいわ……。」

 

 「うん。でももしそんな事体になったとしたらクラウスか父上が文字通り飛んでくると思うだろう? そんな事すら想定されていないお粗末な物なのさ。」

 

 「そうね、あまり考えたくはないけど……。」

 

 この面白さを婚約者殿にお裾分けするつもりだったのだが、どうやら心優しい彼女を悲しませる結果になってしまったようだ。モンモランシーは少し悲しそうな顔をして左手で俺の背中を撫でながら彼女の柔らかい右手を俺の左頬に置いた。そして、モンモランシーは瞳を少し潤ませると、頬も少し撫で始めた。

 

 ああ、コレはなんか色々とイケナイ気がする。しかし、抗う術はない。

 

 モンモランシーの柔らかい頬に壊れ物を扱うように慎重にそっと手を置くと、モンモランシーは目を瞑った。そして、その手を形の良い彼女のあごの下へと移動させ―――

 

 「んんっ」

 

 シエスタの咳払いで全てが吹き飛ばされた。モンモランシーもハッとしたあと、ちょっと残念そうな表情を浮かべて元いた位置に戻った。

 

 シエスタに視線を移すと「何やってるんですか? 艦長さんの前ですよ? 馬鹿ですか? バカなんですね? わかります」という長文が読み取れるような笑顔を浮かべていた。いや、目は笑っていないが……。

 

 気を取り直して、さも何事も無かったように羊皮紙を読み進めるが、ぶっちゃけ先ほどの部分が要約部分の最後だったようだ。あとは締めの挨拶や命令に従う旨が色々と付随されているだけで、特に面白いことも書いてない。

 

 いや、女王陛下にお任せいただいた総司令官としてとかは書いてあったが、こちらも女王陛下にお任せいただいた独立諸侯軍なのだが……。

 

 しかし、先ほどの愛情と切なさを伴ったモンモランシーの表情は初めてではないだろうか。

 うむ。レアシーンだったに違いない。そして、シエスタのヤキモチとも取れる咳払いも久しぶりではある。しかし、彼女が止めてくれなかったら再び数日の睡眠状態に陥った可能性も否定できないだけにありがたい事なのだろう。

 

 ふむ……。モンモランシーのレアシーンを見れた事には感謝しよう。しかし、そもそも連合軍がこのような嫌がらせをしてこなければ今日中に威力偵察を行い、イレギュラーが起こらなければ終戦し、面白おかしくお茶会でもして新たなモンモランシーのレアシーンに遭遇できていた可能性すらあったのだ。

 

 むしろ、足を引っ張られる形となった艦長殿は、俺が起きたらすぐに強行できるよう苦心して作戦規模の精密なスケジュールを組んで補給を行ったに違いない。かなり努力のあとが窺える。素人の俺には完全に不可能だと思えるほどだ。

 

 しかし、もはやこのまま進めるというわけにもゆくまいて……。艦長殿の苦労を水泡に帰すような所業だが、ド・ポワチエ殿に、ロマリアの犬に、少々カスティグリアというものをお見せする必要があるだろう。

 

 そして、謀略がハルケギニア貴族の流儀だというのであれば、俺もハルケギニア貴族らしく謀略に励もうではないか。もはや遠慮はしない。クラウスは俺の事をよく「慎ましい」と言うが、その誤解を覆す良い機会でもある。

 

 よろしい。不肖この『灰被り』のクロア、その宣戦布告、お受けしようではないか。

 

 「シエスタ、羊皮紙とペンを……。」

 

 シエスタに羊皮紙とペンを頼むとシエスタはモンモランシーと艦長殿に確認した後、簡易テーブルを出してその上に羊皮紙とペンを置いてくれた。

 

 そして、その羊皮紙に今後の作戦概要とそれに必要になるであろう書類を作るため、モンモランシーとの甘い時間と羊皮紙を自由に使える時間を大幅に延期させられた怒りに任せてゴリゴリと書き込み始める。

 

 しばし、ゴリゴリサラサラと羽ペンが羊皮紙の上を踊る音だけがこの部屋を支配したが、そういえば艦長殿に了解の確認を取っていない事を思い出した。失礼かもしれないが書きながらそちらを進めよう。

 

 「艦長……。」

 

 「はっ!」

 

 「最高指令官権限により今後の作戦を大幅に変更する。認めるか?」

 

 「はっ! アマ・デトワール、承認いたします。」

 

 「よろしい。では概要を伝える。出来る限り早急に作戦立案に移りたまえ。」

 

 最後にざっと確認したあとすべての羊皮紙に自分のサインをサラサラっと書き入れて完成させると艦長殿にその書きあがったばかりの数枚の羊皮紙を視線を合わせながら渡した。すると、なぜか緊張感を漂わせている艦長殿が、一度ゴクリと喉を鳴らし、その羊皮紙を受け取った。

 

 一通り目を通して確認し始めた艦長殿は少々手が震えているように見える。もしかしたら拒否されるかもしれない。かなりエグい事も書いてある自覚はある。しかし、もしそうならカスティグリアの承認を得るのに何日かかるだろうか。風竜隊を使えばかなり短縮できるが距離が距離だ。アグレッサーに頼む必要が出てくるかもしれない。

 

 しかし、彼らをそんなところで使い、消耗させるのは今後の作戦上少々不安が残る。それに、恐らく艦長殿の作戦立案能力と艦隊運用能力が絶対に必要だ。カスティグリアからの命令ではなく言葉巧みに説得し賛同してもらうべきだろう。

 

 「ふふふ、さすがですな。これほどのモノを考えていらっしゃったとは……。了解しました。連中に目にモノを見せて差し上げましょう。」

 

 どうやら杞憂だったらしく、やる気と嬉しさが混じったような声を出し、羊皮紙から目を上げた艦長殿は嗤っていた。

 

 そして、艦長殿が作戦立案のために早急に部屋を出て行くと、モンモランシーから少し疲れが見えるから休むように言われ、「艦長殿が来たら起こすわね」と輝くような笑顔に見送られ、スリープクラウドによって夢の世界へと旅立った。解せぬ……。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。クロムウェルやシェフィールドだけでなく、ド・ポワチエ将軍や参謀長のウィンプフェンにとってもカスティグリアの快進撃は手柄を取り尽くす脅威だとしか思えませんでしたのでこんな感じになりました。

 大物の将軍ならむしろ喜んで任せたでしょうが、彼はこんな感じかなーと……。諸侯軍が独立性を持っていなければ、彼の作戦で動いた事にするという密約を結んでクロアは苦労もなく動けたかもしれません^^;

 それにカスティグリアの人間やクロアを知ってる人間なら「クロアが倒れた? 病気? 三日? 五日? あー、七日かー」くらいですが、普通に考えて三日起きなかったら重病ですよね^^;

 まぁ、その……、彼も原作通り運が無かったと捉えていただければ幸いです^^;

 次回! モットおじさんが帰ってくる! 

クロア「え? このタイミングで?」
作者 「ええ、モットおじさん評判いいみたいなので……」
クロア「おい、作者っ!? 俺主人公だよね!? そうだと言ってよ、さくしゃー!」
作者 「ひゅー! ひゅー!」(目をそらして必死に口笛

 なんちて。

 次回おたのしみにー!

 


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48 モットおじさんのお仕事

 次回予告どおりモットおじさん編です! ええ、色々ありましたがやはりモットおじさんがメインだと執筆速度が三倍くらいになる気がします。ALLデリート回数も一回で済みました^^

 それではどうぞー!


 連合軍が侵攻作戦を開始してから数日経った。狩りのご相伴を預かるべく今回の侵攻作戦にも参加したいところではあったが、クラウス殿であっても王宮の勅使という肩書きが逆に障害となったのだろう、私に侵攻作戦での席を用意する事は出来なかった。結局、侯爵となられたカスティグリア殿やクラウス殿とも相談の上、王宮で火急の事体に備えるのが私の役割となった。

 

 私の出番は戦争終結後、恐らく再びすばらしい戦果を上げるであろう諸侯軍を率いるアノ獣の交渉補佐がメインになりそうだ。その後の領土の割譲をメインとした戦後交渉に関してはアンリエッタ女王陛下やそれを補佐するマザリーニ殿が出るであろう。もし、カスティグリア侯爵が陛下に出席を求められるようであれば彼の補佐として同行を申し出るのが関の山かもしれない。

 

 王宮の貴族はアルビオン大陸に対する総力戦を悲観する者もいる。ヴァリエール公爵を中心とした彼の関連貴族だ。確かに過去アルビオン大陸への遠征は全ての国家が失敗しており、まさに空に浮かぶ要塞だった。ただ、今の私にとっては内乱で王家が滅び、かつてのアルビオンと比べるべくも無いただの獲物だ。

 

 しかし、そう考えるとガリアかロマリアかクルデンホルフかは判らないが、内乱を起こし、事実上攻略に成功させた人間にはすばらしい戦略眼と才能があるのだろう。すでに歴史の影に隠れてしまっているが、事実上初のアルビオン攻略の成功者はその者と言えるのではないだろうか。

 

 まぁ、彼らの不安も分からなくはない。目下、戦時中ではあるが、アルビオン大陸へと渡った連合軍は間違いなく総力を挙げて組まれた物だ。トリステインにもゲルマニアにも余力はほとんどないと言ってよい。一度大負けすれば今度はこちら側が食い破られる側になるのだ。それにもかかわらず、その防御を無視した侵攻作戦は、ガリアが中立を表明しているため楽観し、組まれた。

 

 しかし、カスティグリアだけはアレほどの軍でも総力を出しているとは言えない。単純に割れるものではないだろうが、私の想定では恐らく四分の一から半分程度ではないだろうかと見積もっている。

 

 クラウス殿はカスティグリアの重点防御や諸侯軍との連絡を取るためカスティグリアに戻っており、モンモランシの空軍基地への視察回数もかなり増えたようだ。以前、彼がトリスタニアに立ち寄った際、過労で死んでいてもおかしくないと思えるような忙しさと蓄積した疲労が反転したのだろう、もはや好戦的と表現せざるを得ない雰囲気が少し漏れていた。

 

 「風竜隊がいなかったら忙しさで手が回らなかったかもしれません」と笑顔で言い切ったクラウス殿の迫力は前線にいる歴戦の騎士を彷彿とさせた。

 

 私も出来れば手伝いたいのだが、いかんせん私はトリステイン王国の王宮勅使である。カスティグリアとは懇意にさせていただいているがカスティグリアの貴族と言うわけではない。王宮内でカスティグリアの要請を通すための補助や助言、そしてカスティグリアにとって都合の悪い噂をもみ消すのが精々だった。

 

 

 しかし、以前、侵攻作戦の準備中にクラウス殿が珍しく私に助力を求めた。学院に赴き、彼の部屋で詳しく聞いてみるとクロア殿がカスティグリア諸侯軍の最高指令官に再び就いたとの事だ。それに関してはむしろ女王陛下やカスティグリアの軍関係者の多数の要望を受け入れ、クラウス殿がクロア殿に押し付ける形になった程度の小さな問題だったらしいのだが、その直後に大きな問題が発生したようだ。

 

 そして、ソレに関しての助力を求められるのだと直感した私は、「ふむ。私も彼が指揮を取る事に賛成だとも」と笑顔で促すと、彼は苦笑とも安心とも取れる笑顔を浮かべて一枚の羊皮紙を差し出し、追加で、クラウス殿の部屋の中でだけという条件で諸侯軍の提督に昇進したデトワール子爵の作成した仮決定の作戦書も見せてもらった。

 

 作戦書によると戦争は最短五日で終わる。そして、クロア殿の体調を考慮した遅延設定が二十日も取られており、それ以上の遅延が出なければ遂行可能であると想定されていた。つまり、クロア殿の要望の品を用意する事が出来れば、不安要素はクロア殿の体調しか存在せず、最短五日で連合軍に大した被害も出さずに戦争が終わるのだ……。

 

 なんというか、「ここまで駒を揃えると不安を伴っていた総力戦も戦争の歴史も馬鹿らしくなるのだな……」という感想しか出なかった。

 

 過去、戦争において「降臨祭までに戦は終わる」と言って終わった戦はない。この最短の作戦期間から考えると、この膨大な予備日が全て追加されても降臨祭の前に戦争が終わる。この予備日内で事が運び、降臨祭までに戦が終わるよう私も努力するべきだろう。

 

 「ふむ。なんと言って良いのか……。いつもながら驚かされますな。必要な権限と書類は二三日中に揃えましょう。」

 

 「モット卿。いつもお騒がせして申し訳ない。これからもお頼りする事が多々あると思います。よろしくお願いします。」

 

 「なに、戦争が短期間のうちに終わるのであれば私も努力をいとわないとも。」

 

 最後は笑顔を交わし、私は王宮に戻りその日のうちにマザリーニ殿と、ちょうど彼の執務室にいらっしゃったアンリエッタ女王陛下に説明を行い、許可をもぎ取って次の日の朝にはクラウス殿へ渡す事に成功した。

 

 

 

 しかし、今は戦時だというのに、外交部門で暇なのは私だけではなかろうか。侵攻作戦が始まる前の方がやる事があった気がする。他のメンバーは作戦前も今も皆忙しそうにしている。ガリアやクルデンホルフへの勅使などは同盟の確認や、戦時中相手の動きを探るため張り付いたり、国庫が心もとなくなった場合に備え、金の借り入れを早めに準備していたりと仕事が多い。

 

 また、トリステイン国内への勅使はアンリエッタ女王陛下が王位にお就きになられた際に行われた貴族派の内通者狩り関連の後始末で国内外を未だに走り回っている。

 

 そんな中、私は基本的にトリスタニアの王宮にある自室で紅茶と希少本を嗜みつつ、カスティグリアから相談事が持ち込まれるのを待つだけだ。私は唯一とも言っていいカスティグリアのパイプ役なので、カスティグリア関連の問題が起こらない限り出番がない。

 

 外交部門の皆には悪いがなんとも平和な戦争である。と、言っても軽い仕事がたまに持ち込まれるので魔法学院へのメッセンジャーをしていた頃のように完全に平和と言うわけではないのだが……。

 

 

 

 先日などはカスティグリアの定める領空へトリステイン国旗を掲げたフリゲート艦が侵入し、停船勧告の後、交戦の意図が見えたため撃沈したという報告がカスティグリアからもたらされ、少々肝を冷やした。しかし、アルビオン共和国からの偽装艦である可能性が高いが、士官を捕らえる事が出来なかったため、確認を要請するという物だった。

 

 実際、トリステインに残っている軍艦を全て調べた結果、戦列艦は全てアルビオン方面向けられており、フリゲート艦も、念のため追加で調べたコルベット艦も全て問題なく運用されており、損失はないというのが空軍の開示した内容だった。

 

 しかし、空軍はその所属不明のフリゲート艦に興味を示し、カスティグリアへ引き渡しの要請を行いたいと私に相談してきたのだが、私は断られる事を確信していたため、「一応聞いてみましょう」と言うにとどまった。

 

 調査の結果こちらに損失が無かった事とそのアルビオン製と思わしきフネの引渡しの件に関してカスティグリアへフクロウを送ったのだが、帰って来た言葉はやはり「すでに廃棄済み」との事だった。

 

 まぁ、私としてはどちらの考えも手に取るようにわかるので苦笑しか生まれなかった。空軍としてはアルビオンのフリゲート艦がどのような物か興味があり、今後の戦術研究やフネの改良に役立てたかったのだろうし、カスティグリアとしては“士官を捕らえる事が出来なかったほど”破壊した艦だったので資源に戻したといった所だろう。

 

 

 

 そんな事を考えていたせいだろうか。私に仕事が舞い込んだようで文官が私を呼びに来た。カスティグリア関連の仕事は(おおむ)ね二種類ある。その強大な武力が国内に向く可能性があるか、無いかだ。無いようであれば簡単な仕事に分類されるが、恐らく今回は困難な部類だろうという予感がする……。

 

 未だに財務卿の下で働いているあの実直なカスティグリア侯爵や、絵に描いたような真面目な好青年であるクラウス殿、そして、あの金よりも親しい人間を大切にするクロア殿との間に問題が起こるときは、大抵相手が傲慢に、もしくは尊大に彼らから何かを奪おうとした時か、契約や約束を違えようとした時か、実際に対象者が敵と認定された時に限られると思われる。

 

 一番難しいのは私自身がカスティグリアに同情的な事案において、カスティグリアを説得するという矛盾を孕むものだ。以前、タルブ村からカスティグリアの空軍を撤退させる時などは、マザリーニと小一時間唾を飛ばしあう結果となり、渋々承諾せざるを得なかった。

 

 まぁその代償は当時その地を収めていた伯爵の首とマザリーニに対する不興というもので済んだ上、カスティグリアにとっても私にとってもよい結果となったので問題はない。

 

 しかし、カスティグリアへの勅使を担当している限り逃れられない事は承知しているが、あのような件でカスティグリアと対する陣営に付かねばならないような状況は、出来ればもうご免被(めんこうむ)りたいものである。

 

 そんな事を考えつつ私を呼びに来た文官に案内されてドアの前に立つ。ドアの両側でドアを守る二人の魔法衛士隊。ドアに描かれた百合の紋。そこはどう見ても女王陛下の執務室にしか見えない。てっきりマザリーニの執務室へ行くのだと思っていたがどうやら雲行きが怪しいようだ。

 

 近衛兵が私の名前を告げるとドアが開き、マザリーニ殿に招き入れられた。勅使が王の執務室に入る機会はあまりない。外交上の問題でも他の人間の耳に入れてはならないような事案があった時に自らの名を賭けて上奏する時くらいなものだろう。女王陛下とは彼女がまだ姫だった頃に何度か仕事上のことで話した事はあるが、まさか私がこの部屋に招かれるとは思ってもみなかった。

 

 マザリーニ殿は私を女王陛下の机の対面まで誘導すると、椅子に座った陛下の横に立った。机の上にはかなりの量の本や書類が積まれており、成り立ての年若い女王が仕事に追われるという事が少々不幸に思えた。しかし、そのような考えはきっと失礼に値するだろう。

 

 このお方はマザリーニが長年庇護し、見目麗しいお飾りとして玉座に座っただけのお方ではない。

 

 タルブ防衛戦の際、レジュリュビのブリッジで彼女を玉座に据えるという話がマザリーニから出た時、私にはただの歳若い王家に生まれただけの、か弱い美しい姫にしか見えなかった。

 実際「聖女」として女王に推したマザリーニ殿本人もそのように捉えていただろう。そうでなければそもそもゲルマニアに嫁がせるという選択は最初からしなかったはずだ。

 

 しかし、このお方はアノ獣が自らの命を賭けてまで真偽を確かめた本物の女王だ。あのカスティグリアの獣が、シュヴァリエ受勲の際に始祖と王家に誓う事を頑なに拒否した獣が、アノ二つの赤い目で自らが仕える主君と定め、進んで(ひざまず)き忠誠を誓ったお方だ。

 

 私にはまだわからないが、見た目ではわからない何か、クロア殿が直感し、信じ、自らを預けるに足る何か、クロア殿が王に求めていた何かがこの女王陛下にはあるのだろう……。

 

 勅使としての勘をフルに働かせても全くわからないが、アノ天然の獣をシュヴァリエという紐といった頼りないものではなく、祖国への誓いだけで従えたという大きな功績が、私にとって跪き(こうべ)を垂れて敬服し、自らが望んで仕えるべき王に値する。

 

 「ジュール・ド・モット、お召しにより参上つかまつりました。」

 

 私は跪き、頭を垂れると口上を口にした。

 

 「モット伯、よく来てくださいました。頭を上げてください。」

 

 陛下はそうお声を掛けてくださったが、歳が倍ほども違うとはいえ仕える者に敬語を使うのはいかがなものだろうか。まだ姫だった頃の癖が抜けていないだけかもしれないが、少々気になったので立ち上がったあとマザリーニに問い掛けの視線を送ると、マザリーニは少し眉間に皺を寄せて軽く目を伏せた。

 

 私ごときであればそのようなクセが出ても「親しみのある女王陛下」で済むので構わない。しかし、外交や他の貴族に対するときに出るようでは問題だろうと、視線を再び送ると、マザリーニは「わかっておる」と言いたげな視線を返してきた。まぁそれなら問題なかろうて。

 

 マザリーニとの数瞬のやり取りを終えると、陛下が私を呼び出した件をさっそく切り出してきた。恐らくアンリエッタ女王陛下は見た目と違い、おべっかや噂話、世間話の類が鬱陶しいと思われるお方のようだ。

 

 「早速ですがこちらの書類に目を通したあと、あなたの意見を聞かせてください。」

 

 そう陛下が少々固い声を発すると、マザリーニが「二つとも本日の早朝届いたものだ」と苦い表情を浮かべ二つの羊皮紙の束を私に渡した。どうやら一つは連合軍司令部からのもので、一つはカスティグリアからのものだ。

 

 ―――嫌な予感しかしないっ! よりにもよってこの逃げる事の適わない場所で、無駄に勅使としての勘が大きな危険を訴えかけてきている……。

 

 しかも、早朝に届き、目の前にいる多忙を極めているはずの二人が優先的に目を通し、午前中の間に私が呼ばれるという異常事態だ。こんな事なら数日の間屋敷に篭っていれば良かったと思わざるを得ない。

 

 嫌な顔が表に出ていない事を祈りつつアンリエッタ女王陛下にチラッと視線を向けると、彼女は厳しい顔をして深く頷いた。覚悟を決める時が来たようだ……。恐らくどちらから読んでもそう結果は変わらないだろう。ただ、どうせ連合軍司令部が問題を起こしたのだろうとアタリをつけてそちらから読み始める事にした。

 

 署名は総司令官のド・ポワチエ大将と参謀総長のウィンプフェンとなっている。確か、ド・ポワチエ将軍は「そこそこの実力はあるものの名将と言うには程遠い人物」という評価だったが、将軍の中では比較的マシという理由で総司令官を任されたという経緯(いきさつ)があったはずだ。ウィンプフェンに関してはド・ポワチエ大将と長い付き合いがある程度しか知らない。そして、内容を要約しながら読み進めると、

 

 『ウィンの月の第一週オセルの曜日(十二月七日、当日を含めて出撃から四日目)の朝、連合軍は軍港ロサイスへ到達し制圧を完了する。しかし、桟橋に限りがあるため、兵と補給物資、そして高官が使うための天幕や家具などの揚陸を優先させるも、カスティグリア諸侯軍は拿捕した敵艦を四隻連れていたため、その分の桟橋を融通した。

 

 しかし、融通したにも関わらず、諸侯軍の最高指令官ではなく提督が、「最高司令官は病気のため動けない」という理由で直接追加の桟橋の融通を要求してきたため、突っぱねるも、今度は女官殿(ミス・虚無と書いたと思しき削られた形跡あり)が直接意見してきた。優先順位から受ける必要性が認められなかったため断る。

 

 カスティグリア諸侯軍は最高指令官が病気で動けず、女官殿が諸侯軍の指揮を取っていると見受けられる。そのような事体であるならば連合軍に指揮が委譲されるべきである。その旨を通達し、命令を下すも返答はない。トリスタニアからも圧力をかけて欲しい。』

 

 と、いったところだろう……。一体何を考えているのだろうか……。確かに武官と文官の意見や思考が全く合わない事はよくあることだろう。しかし、ここまで全く合わないのは珍しいのではないだろうか。

 

 カスティグリアの事を知らないのは隠蔽されている都合上仕方のないことだろう。しかし、カスティグリア諸侯軍は私が手配した女王陛下のお墨付きにより独立性と総司令官クラスの権限が持たされている。

 

 それに、クラウス殿があの『戦争なのに作戦段階から病気を理由とした予備日を二十日も設定されるほど病弱なクロア殿』を前線に出す際に、指揮権の委譲に関する取り決めをしていないはずがない。むしろ、クロア殿が二十日間寝込んでも大丈夫なようにあの手この手で徹底的に準備をしたはずだ。

 

 ああ、なるほど。もしかしたらド・ポワチエ将軍とウィンプフェン殿はクロア殿の病弱さと、何日も意識不明になりながらも、意外な事に起きると彼にしては元気な事が多いことを知らないのだろう。ぶっちゃけ私もその辺りがとても疑問だが、かつて王宮一と言われた水メイジですら解明不可能なのだ。私が考えたところで謎は解けないだろう。

 

 ふむ。まぁ恐らく日数的にそろそろクロア殿も復帰するのではないだろうか。デトワール提督の対応もソレを見越したものであることがよくわかる。その辺りの誤解を解き、ド・ポワチエ将軍から謝罪の言葉を引き出すだけで大した問題にはならないだろう。

 

 彼も恐らくこの戦争における戦功での元帥昇格がちらついている故の焦りが出たのだろうし、その辺りの内定を餌にカスティグリアと協力体制を強固なものにして貰うのがベストな解決方法ではないだろうか。

 

 ふぅ、どうやら先ほどの恐怖は気のせいだったようだ。まぁ私の直感が外れたとしても杞憂ならばその方がありがたいので問題はなかろうて……。

 

 

 

 問題点と解決の道筋も見え、少々安堵しつつカスティグリアからの羊皮紙の束に移る事にした。署名は独立(・・)諸侯軍提督のデトワール殿と女王陛下女官のミス・ヴァリエール、カスティグリアにいるはずのクラウス殿、そしてなぜか王宮に勤務しているカスティグリア侯爵殿のものまである。

 

 ……ふむ。嫌な予感のする並びだ。しかもカスティグリア侯爵殿のサインが少々歪んでいる気がする……。さらに、先ほどマザリーニ殿は二つとも(・・・・)本日の早朝届いたと言っていた。

 

 本日は虚無の曜日を挟んで問題の起きた日の翌々日になる。両方とも即日文書にしたため、風竜か快速船を送り出したのだろうが、カスティグリアの方はクラウス殿を通った分、長い距離を経ている。そして、それにも関わらず同日に到着していることからその本気度が窺えてしまう。

 

 読みたくないが読まなくては進まない……。杞憂で終わる事を祈りながら羊皮紙をめくると、まず飛び込んできたのは経過報告という名の戦果報告だった。

 

 カスティグリア諸侯軍は連合軍の露払いをすべくかなり先行したようだ。作戦開始の翌日の早朝、アルビオン共和国所属の戦列艦約四十隻と竜騎士約六十騎の迎撃を受けるも、戦列艦四隻を拿捕し、ほかは残らず殲滅したらしい。

 

 ―――色々おかしい気はするが、あのカスティグリアだ。可能なのだろう……。取り合えず読み進めよう……。

 

 拿捕艦を小型艦で牽引し、それらを護衛するため戦列艦二隻を後続の連合軍に合流させるべく速度を落とさせ、本隊は軍港ロサイスへと到達、敵が防御陣地を構成しつつあったので通過の際、砲撃を実行、完全とは言えないもののある程度の効果を認める。

 

 ふむ。効果内容が追加で書いてあるが、報告が正確すぎではなかろうか。観測しつつ砲撃を行ったのだろうが、「通過する時にあったから撃ってみた」と無垢な笑顔を浮かべたクロア殿の顔が浮かんだのは気のせいだろうか……。

 

 そして、諸侯軍は作戦通りアルビオン共和国軍のロサイスへの進軍を阻むため同日から翌日にかけてロサイスの北約五十リーグの地点に防衛ラインを構築したらしい。ただ、クラウス殿の部屋で見た作戦書では丘に目隠しのための土を盛り、その後ろに隠れつつ相手を待つという防衛ラインとは名ばかりの攻撃的なものだったはずだ。

 

 その翌日、アルビオン共和国所属の約三万の軍を風竜が察知するも防衛ラインから約三十リーグ離れた場所で諸侯軍の存在が露呈した可能性が認められたため、打って出たらしい。どのような戦闘推移になったかは書かれていないが、明記されている戦果が恐ろしい。

 

 士官と思わしき人物四名捕縛、竜三匹捕獲、推定敵戦死者約三万。そして、カスティグリアが被った損害は十数名の軽傷者だけのようだ。

 

 慣れつつあったはずなのだが、やはりカスティグリアは色々とおかしい。約三万の兵を士官四名だけ捕らえて他は逃さず殺したとしか読み取れない。実際そうだったとしたらその方法が謎すぎる。かつて最強を誇り、輝かしい経歴を持つ「烈風」のカリン殿が何十人いれば可能なのだろうか……。

 

 しかし、そこで問題が生じたようで、かなりの量の弾薬や武装を消耗したらしく、早急に補給する必要性が出てきた。そこで先の連合軍側からの書類に繋がるのだろう。デトワール殿、そしてデトワール殿から女官殿に要請し、行われた補給のための桟橋の提供要請が断られるという伝令文が双方合わせて十数件原文として記載されており、結構過激な言葉が踊っている。

 

 なんというか、伝令を送る時もメモを残していたのだろうが、ソレを淡々とこの羊皮紙に書き写すデトワール提督を思い浮かべると少し切なくなった……。

 

 場違いな想像に逃げているわけにはいかないのだが、その後に書かれた連合軍からの命令書(・・・)による問題点が私を現実に戻す事をためらわせている。そして、そのためらいで消費される時間が長くなればなるほど、問題が大きくなっていくのだろう……。

 

 しかし、正直なところ私としては問題が大きくなろうとこのまま現実逃避していたい気分である。

 

 実際、ド・ポワチエ将軍は知らなかっただけなのだ。しかし、知らなかったとはいえ、どう考えても、寝ているドラゴンの逆鱗を助走をつけて思いっきり蹴飛ばし、凶悪なドラゴンを激しい怒りとともに起こし、それだけでは飽き足らず罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせた上に、か細い糸で縛りつけ飼い慣らそうとしたド・ポワチエ将軍が悪いとしか思えない。

 

 目の前にいる鳥の骨が考えた解決方法は明らかだろう。そして、私がここに呼び出された理由も明確であり誤解のしようがない。

 

 ―――つまり、「行け」と……。行って怒り狂った凶悪なドラゴンを宥めて来いと……。

 

 シエスタ嬢の件で体験したあの恐怖を再び味わう事が決定してしまったのだ。しかも今回は戦時中であり、これから行かねばならないのであろうロサイスのすぐ近くには竜部隊だけでなく艦隊も臨戦態勢で常駐しているのだ。あのような戦果を上げた艦隊が本気を出せば連合軍すら壊滅的被害を受けかねない。

 

 たった二人の欲のために連合軍が敗走ともなれば何をしにアルビオン大陸まで軍を送ったのかわからない。しかも、そのような結果になれば、ただ負けるだけでなく戦力を整えるためにかけられた重税により内乱が起こりかねない。

 

 そして、交渉が失敗したときの代価はトリステインとゲルマニアが総力を結集した連合軍だけでは無い。そう、カスティグリア侯爵殿とクラウス殿のサインも入っているのだ。

 

 ド・ポワチエ将軍とウィンプフェンははたして領地を持っていただろうか……。屋敷くらいならあるだろう。まぁ両方とも更地になるだろうが、トリスタニアや王宮内に居を構えていない事を祈ろう。そして、すでにカスティグリア侯爵が準備を始めていない事を切に祈ろう。

 

 ああ、そう言えばそろそろクロア殿も起きてコレを読んでいるかもしれないのか……。先ほどはそれが解決の助けになると考えたが、事態は真逆に振り切れるだろう。もし私が間に入るのに遅れたらあの時のように一撃で何もかも灰にされる可能性が高くなってしまうのか……。

 

 もうこの際、ド・ポワチエとウィンプフェンの首だけで許していただけないだろうか。まぁそんなの(・・・・)がアノ獣のご所望でない可能性が高いので実行したとしてもそんな事は意味なく終わるのだろう。

 

 しかしまた、アノ獣に差し出す対価を探るという命を削る行為を行わなければならないのか……。シエスタ嬢のときはあちらの相談を聞くことが出来たので問題なかったが、今回は最初からこちらが最大限譲歩して行った方が平和的に解決するだろう。

 

 「ド・ポワチエに元帥の内定を与え」などと考えていた数分前が懐かしい……。

 

 つい現実の辛さに両手に羊皮紙の束を持ったまま目を瞑って天を仰いでしまったが、許されてしかるべきだろう。それすら許されぬというのであれば私はブリミル教を信じられなくなってしまうかもしれない。

 

 「あー、モット伯……。そこに書かれているカスティグリアの戦果だが、(まこと)だと思うか?」

 

 マザリーニ殿から現実へのご招待があったが私はその現実から逃避するのに忙しい。しばし待っていただきたいのだが、逃避しつつ現実へと言葉を発するとしよう。

 

 「ええ、一度タルブ防衛戦の際、カスティグリア諸侯軍旗艦レジュリュビで戦を拝見する栄誉を得ましたが、今では提督となっているデトワール子爵は真面目で才能溢れる艦長でした。出来うる限り正確な数字を求め、それでもなお、完全に正確かどうか不安が残るので『約』が付き、その数字になっているのでしょう。恐らくアルビオン共和国に戦列艦は残っておりますまい。」

 

 「い、いや、そのだな。艦隊戦はまぁわからないでもない。うむ。彼らは一度タルブで実績を残しておるからな。しかし、気になるのは約三万の方なのだが……。」

 

 天を仰いで現実逃避している私にマザリーニの表情を窺うことはできない。しかし重ねて言うが私は現実逃避するのに忙しい……。というか、その戦果を生み出した諸侯軍を宥める事になるであろう私の気持ちを察していただけないだろうか……。

 

 いや、むしろその戦果を直視させるという嫌がらせだろう。なんたる仕打ちだろうか。心の汗が外に出てしまいそうだ……。

 

 「ああ、恐らく死体を数えるのが面倒だったのでしょう。恐らく最初に観測した際、概ね三万と判断し、その四名以外逃す事無く全て殺し、さらにその四名から何名の兵がいたか聞き取り、そのような数字が出たと考えられます。

 正確な数をお知りになりたいのでしたらド・ポワチエを進軍させ、死体を数えさせてはいかがでしょうか。諸侯軍では難しいでしょうからまだ死体は放置されているでしょう。ええ、人間の形を保っていれば正確に数えられるでしょうし、ついでに処理させればよろしいのではないでしょうか。」

 

 ふむ。言い得て妙かもしれない。懲罰的な意味を篭めて、連合軍司令部の人間だけで実際何名の死体があるか確認させるというはとても良い罰になるのではないだろうか。意外とアノ獣も楽しそうに肯定してくれそうである。しかし、その間連合軍が止まるのか……。いや、あの作戦書通りなら連合軍が数日止まってしまっても問題ないのではなかろうか。一考の価値はあるだろう。

 

 「むぅぅ……。カスティグリア……、これほどなのか……。」

 

 取り合えずマザリーニの嫌がらせを嫌味で返したが、先ほど女王陛下は「目を通したあと意見を述べよ」とおっしゃった。あまり長い時間現実逃避してこれ以上お待たせするのはさすがに不敬にあたるだろう。もうこの際マザリーニに心の中で鬱憤をぶつけつつ辛い現実に戻ろう。

 ―――この鳥の骨がっっっ!

 

 「意見、と申されましたが、どうやら私が行ってカスティグリアを宥めるしかないようですな。しかし、彼が何を望むかわかりませんがかなりの譲歩を覚悟しておくべきでしょう。」

 

 「しょうがないから行ってやる。ただし手土産を出来る限り持たせろ」と暗にマザリーニに告げると、マザリーニはまぶたを閉じ眉間にさらに深い皺を作って再び唸った。恐らくどれだけの手土産を用意すれば良いのか私に対する提案すら即断できないのだろう。

 

 「あの……、モット伯。それほどの事なのですか?」

 

 マザリーニの表情を見た陛下がおずおずと切り出した。先ほどはマザリーニの教育不足に不満を覚えたが、今やこの素直で純真無垢な女王陛下が癒しに感じる。鳥の骨とのやり取りでささくれ立っていた私の心が癒されて落ち着きを取り戻すのを実感した。

 

 うむ。女王陛下はこのままで良いのかもしれない。何も急ぐことはないだろう。陛下はまだお若いのだ。政治は未だ未定の宰相や実質教育係となったマザリーニがその都度助言を行い徐々に覚えていただければ良いのだ。王宮にも癒しは必要だろうて……。

 

 「ルイズが怒ってるのはよくわかりますが、カスティグリアは淡々としているように思えます。彼女は私の直属の女官ですし、クロア殿は私を女王に据える際、疑いようのない忠誠を私自身に誓ってくださいました。それに独立諸侯軍を認めたのも私です。その私の女官と独立諸侯軍に対する連合軍司令部の言いようには私も怒りを覚えましたが、当のカスティグリアは冷静に淡々と必要な要求をしているだけのように思えるのです。」

 

 確かにカスティグリアは淡々と補給の要求をしているだけにみえる。そして、クロア殿は基本的に興味のあるものや自分や自分を保護する人間に火の粉が降りかからない限りかなり寛容であり、和解が成立するようであれば本当に欲しいものや必要なものしか要求しない。

 

 しかし、コレが書かれたのはクロア殿が寝ている間であり、クロア殿が起きてコレを見れば、長い時間をかけて綿密に組まれたアルビオン攻略作戦などアルビオン大陸から投げ捨てて、こちらの問題の解決(・・・・・)に動くと断言できる。

 

 そして、カスティグリア侯爵やクラウス殿のサインがある時点で、すでにクロア殿を縛る縄は解き放たれており、彼らは杖を抜きつつ、寝ている猟犬が獲物を察知して動くのを待っているような状態だ。

 

 「確かにそうとも取れるでしょう。しかし、それが書かれたのはクロア殿が伏せっている時であり、クロア殿がこれを見たらこの程度では済まないかと存じます。陛下……、恐れながら申し上げます。」

 

 一応鳥の骨に「クロア殿のことを教えて良いか?」と視線を送ると、鳥の骨は渋々と軽く頷いた。

 

 「構いません。私は耳ざわりの良いものだけでなく、女王として全ての事を耳に入れる必要があると思っております。どうぞ、忌憚(きたん)ない意見をくださいませ。」

 

 陛下は良い女王になられようと努力しておられるのだろう。恐らくまだただの何も知らない姫であった頃ならば、宮廷のスズメの心地よい声だけを拾っていたに違いない。しかし、遥か先をを見据え、誰からも一定の評価を得る採決を行い続けるには良い事も悪い事も全て(つまび)らかにする必要がある。そして、私心を捨てての採決が求められる事もあるだろう。

 

 恐らく彼女もマザリーニの教育を受け、その事には薄々気付いているだろう。しかし、心が削られるような事からも逃げない勇気をお持ちのようだ。なるほど、これだけではないだろうが、アノ獣はこの勇気や胆力、そして心の強さを見出したのかもしれない。

 

 話が長くなるかもしれないが、ここは私も彼女の知識の糧になれるよう懇切丁寧に時間をかけてお伝えするべきだ。決して早々に大した手土産もなくアルビオンに行きたくないわけではない。

 

 ―――そう、断じて出来るだけ嫌な事から逃げつつ陛下や鳥の骨の共感を得て、彼に渡す手土産を増やしていただこうとしているわけではないのだ。

 

 「陛下から見たクロア殿は、背が小さく、病弱で、独特な光を放つ赤い瞳を持ち、強大な力を持つ王国を守る誠実な杖……と、言ったところでしょうか。」

 

 「え、ええ。そう……、そうですわね。」

 

 言い当てる事が出来ると思っていたのだが、まだ何かあったようだ。陛下は少々考えたあと照れたような表情を浮かべつつその指にはまった風のルビーをそっと撫でた。

 

 「陛下はクロア殿から直接忠誠を捧げられておりますからな。その解釈で問題はないでしょう。私も彼から伯父と呼ばれ、弟のクラウス殿、そして二人の父であるカスティグリア侯爵とも懇意にしておりますので、カスティグリアからの危険はあまりないと思われます。」

 

 「危険……ですか?」

 

 「ええ、特にクロア殿は庇護欲をそそるような見た目と、外見通りの虚弱さから誤解される事が多く、彼の真意を捉える事が出来るのは近しい者だけでしょう。これより話すのは私の勘が導き出した答えであり、彼らから直接聞いたわけではありません。しかし、それなりの根拠があってのこと。そして、はっきり申し上げますと、彼ほど危険なメイジは他に類を見ないでしょう。」

 

 陛下は腑に落ちないといった表情を浮かべたが、マザリーニは少々興味を引かれたようだ。カスティグリアが現れるまでトリステイン国内の事であれば何でも知っていたであろうマザリーニにヤツの知らない知識を与えるというのは多少の優越感がある。

 

 「クロア殿は寛容で慎ましく欲というものを持っているのか疑問に持つことも多々ありました。しかし、彼らと接するうちに気付いたのです。彼が大切にするのは金品財宝などではなく、近しい者、真面目で誠実な者、彼を気に入り、気に入られた者、そして彼の父が持つ領と領民、カスティグリアの名誉と言ったところであり、『その者たちが平和を享受する』というのが彼の最大の望みでしょう。」

 

 「やはり誠実な方なのですね。本物の貴族とは彼のための言葉ではないでしょうか。」

 

 「ええ、とても貴族らしい貴族です。近しい者を守るため、領地と領民を、そして今では陛下やトリステイン王国も含まれているかもしれませんが、それらを守るため、領地や領民の平和が脅かされないよう、彼が研ぎ続ける爪は守るべきものが増える度に数を増やし、今や強大なものになりつつあります。」

 

 陛下は「本当にすばらしい方ですね」と輝くような笑みを浮かべているが、マザリーニは何かに気付いたように眉を寄せた。

 

 「そして、誤解されがちですが、実のところ、タルブを守った戦力も、今まさにアルビオンを食い破っている戦力も、全てはクロア殿が『大切なものを守る』ために考えたものであり、侯爵殿とクラウス殿はそれを実現したに過ぎないと私は考えております。そして恐らく、彼らの採用する戦略も、彼らの使う特殊な技術も、特殊な兵器も、特殊な運用も全ての元はクロア殿が考えた物なのです。」

 

 陛下は未だ誤解の域を出ないようで、「まぁ、とても聡明でもいらっしゃるのね」と大変お喜びだ。しかし、すでに本質に手をかけているマザリーニは思い当たる節があるのだろう。眉間の皺を深くして「むぅ……」と唸った。二人には不敬かもしれないが、この光景を面白いと感じてしまった。

 

 「しかし、生を受けた時から虚弱で病弱であった彼は魔法学院に入学するまでカスティグリアにある屋敷の自分に与えられた部屋から出る事は極めて稀だったと聞いています。そして、そのような生い立ちから、彼は聡明ではありますが常識という物にかなり疎いのです。王国や王家に仕えるという事、貴族の流儀、ブリミル教、それらの意味や存在を彼の憶測も含め多少知ってはいても、彼の考えや理解といったものと相容れないのであればそれらに同調する事はほとんどありません。

 そう……、このトリステイン、いや、ハルケギニアの常識よりも自らの常識を優先させる人間が、カスティグリアという強大な戦力を作り、全高三十メイルのゴーレムを一撃で塵に返すほど強大な魔法を使う事のできる他に類を見ないほど大変聡明で優れたメイジなのです。」

 

 種明かしのようにそこまで一気に告げると、陛下は今までの笑みを完全に消してハッとしたように彼の危険性に気付き、不安そうな表情を浮かべた。対するマザリーニは、すでに結論を読んでいたのだろう。眉間の皺をそのままに「ああ、やはりそうか……」とつぶやいただけだった。

 

 「そして、そのような人間に対し、傲慢に彼が許容できないような常識をぶつけようものなら、尊大に彼らからさも当然のように奪おうものなら、そして彼の大切なものに火の粉が降りかかると彼が判断したならば、彼は相手が誰であろうと、何であろうと、迷わず杖を抜き彼の二つ名の通り全てを灰にし、その灰を被るのでしょう。」

 

 「そ、それはトリステインの貴族が相手でもですか?」

 

 クロア殿の良い所だけを知っていた女王陛下は、少々怯えるように、アノ獣の危険性の最終確認をすべく言葉を発した。恐らくは分かっていながらも否定して欲しいのだろう。だが、そのお望みの耳心地の良い言葉を私が発する必要性は彼女自身が最初に辞退している。

 

 「ええ、彼は対象を選びません。そうする事が必要であると判断した際は国や王族はもとより、神にすらその杖を向けるでしょう。」

 

 「おぉ、おぉ……。なんという……。」

 

 陛下は顔を伏せ、お嘆きになられたが、マザリーニはむしろ私が口にした「神にも杖を向ける」という言葉を聞いて「やはりか」という納得したような、胸のつかえが取れたようなスッキリした顔をしていた。

 

 「しかし、そのような危険性はあれど、カスティグリアは強大な侵略者に対抗できるトリステインが持つ頼もしい力でもあります。そして、彼らが何よりも望むのはカスティグリアや近しい者たちが過ごすことの出来る『平和な時間』なのです。そして、その望みは我々にとって共有できるものであるはずです。」

 

 私の声を聞いて、希望を見つけたように陛下は顔を上げた。そして、その希望を肯定し、削られたであろうお心の些少の慰めになればと、私はできる限り優しい笑みを浮かべる。

 

 本質はどうであれ目指す場所が同じであれば彼らと共存する事は可能なのだ。そして、カスティグリアは理解者や友人としてだけでなく、勅使としての私とも懇意にしている事からも分かるように、トリステインの庇護も必要としているように思える。

 

 そう、信じられない事に、カスティグリアはあれだけの戦力を持ちながらも、自らを守る上位者が必要だと認識しているのだ。そして、その上位者はクロア殿によって選ばれた。アンリエッタ女王陛下が彼らを見捨てない限り、彼らは女王陛下の下その力を存分に発揮し、彼らの望む平和な時間が訪れるまでトリステインの敵を打ち払い続けるだろう。

 

 「しかし、トリステイン貴族の全てがそうとは限りません。故に、彼らの杖が国内に向かぬようマザリーニ殿や私は今まで彼らを飼い慣らす努力を行い続けておりました。

 以前マザリーニ殿が行ったカスティグリアの隠蔽、そして彼らに関わる貴族の制限は、一見カスティグリアを風石産出という甘い汁に集まる破廉恥な貴族から守るかのように見えましたが、実のところ、そのような貴族をカスティグリアの杖から守る為、ひいては王国内での内乱を起こさせないためでもあったのでしょう。」

 

 マザリーニはあの時の苦労を思い出し、そしてようやく自分の努力が理解されたと感じたかのようにわずかに微笑みを浮かべ、肯定を示すよう頷いた。そして、マザリーニが行った調整を初めて知ったであろう女王陛下は真剣な顔でマザリーニを見た。

 

 彼女にとって、これほど分かりやすく全てが揃っており、政治の表裏(ひょうり)を学べる事案は少ないのかもしれない。実際、複雑に絡み合い、物事を正確に捉え切れないのが政治というものだろう。これほど単純で明快な事例は恐らく少ないに違いない。

 

 「そして、陛下がまだ姫殿下であった頃、陛下は彼にシュヴァリエをお与えになりました。その際、私も推薦人の一人となっておりますが、実のところトリステインを騒がせた盗賊捕縛に関する武功などはただの建前(たてまえ)だったのです。彼が断固として王家と始祖に誓わなかったあのシュヴァリエ授与の本質は彼自身の杖を極力国内へ、ひいては王家へと向けさせないための彼を縛る細い紐のようなものだったのです。」

 

 しかし、こうして口に出してみると、クロア殿は実に野生の獣であり、あの手この手で苦心して手懐けようとがんばったものだと実感した。そして、肉親であり仲の良い兄弟であるクラウス殿がシュヴァリエで縛るという提案をした事が、そのクラウス殿の才覚が、私の中で如実に際立つ結果となったのは言うまでもない。

 

 もし将来彼らのどちらかを宰相にするのであれば、私は間違いなくクラウス殿を推すだろう。確かにクロア殿の知識や発想はすばらしいものだ。もはや鬼才と言える。しかし、それが原因で逆に宮廷には合わないだろうし、何より彼は病弱だ。

 

 彼の才能が救う数よりも問題の方が多く起こり、トリステインが滅びる可能性もある気がする。しかし、クラウス殿であればクロア殿を上手く扱いながら良い部分だけを引き出していけるのだ。彼が学院を卒業した暁にはトリスタニアに席を用意することは可能だろう。どのような席を彼が選ぶか興味深いが、できれば女王陛下やマザリーニの隣に座って欲しいものだ。

 

 「しかし、我々に出来たのはその程度が限界であり、それ以上は無理だと考えておりました。ですが、陛下はクロア殿から直接生涯変わらぬ忠誠を捧げられております。どうぞその手綱を手放す事のないよう恐れながら進言いたします。」

 

 クロア殿からの忠誠を受けた事がどれほど驚くべき事であり、トリステインにとって重要な事であるかをアンリエッタ女王陛下は何とか消化なさろうかとするように目を閉じ、そっと風のルビーに手を添えた。

 

 「過ぎたる力は人を狂わせます。わたくしは母からそう習いました。力を預けてくれると言ったルイズだけでもわたくしには過ぎたる力だと感じておりました。」

 

 強大な力を持てば使いたくなるものだろう。過去強大な力を持った王が戦禍を振りまいた事例は数え切れないほどある。そう考えると、むしろ、カスティグリアがあれほどの力を持ちつつ、自制できている事が奇妙なのかもしれない。

 

 確かに彼らは簡単に杖を抜く。それは陛下のおっしゃる過ぎたる力というものに振り回されているとも取れなくもない。しかし、彼らは進んで戦乱を呼び込んでいるわけではないのだ。そして、戦争ともなればその狂気が必要になると自覚しつつ狂気に身を任せているのだろう。

 

 しかし、戦争が終わり、彼らの望む『平和な時間』と言うものが訪れた時、その狂気を再び沈める必要があるだろう。なるほど、クロア殿がアンリエッタ女王陛下に自らの手綱を預けたのは、女王陛下の犬に自ら進んで成り下がったのは、陛下の庇護だけでなくその狂気をどこかで止める必要があると考え、その役目を陛下に預けたのだろう。

 

 「さらに手綱を預けてくださったクロア殿の忠誠にわたくしは報いねばならないのですね。ですが、彼を知ってしまったわたくしにはその手綱がとても重く感じてしまうのです。」

 

 虚無の系統であるルイズ嬢、そしてカスティグリアの獣であるクロア殿、そして、彼を支えるカスティグリア。確かに一人の年若い女性が持つには重過ぎるのかもしれない。しかし、彼女はただの女性でなく、ただの貴族でなく、アノ獣に選ばれたトリステイン王国の女王陛下であらせられる。

 

 今はまだ重過ぎるのかもしれないが、クロア殿のあの二つの赤い瞳が、私には分からない何かを、巨大な力を任せうると確信した何かを見出したのだ。私もアノ獣の判断を信じ、女王陛下がその巨大な力に押しつぶされないよう、微力を尽くすべきだろう。

 

 「アンリエッタ女王陛下。確かに過ぎた力は人を狂わせることはあるでしょう。しかし、クロア殿はその力を持ちつつも自制し続け、そして陛下に預ける事を選びました。彼の真意は未だ推し量れませんが、恐らく陛下がその重い手綱を手にするに値すると確信したのでしょう。そして、私も陛下を己が主と見定めたあの二つの赤い瞳を信じたいと思います。

 陛下も信じてみてはいかがでしょうか。―――あの赤い瞳を……。」

 

 陛下は再び目を伏せ、風のルビーをひと撫ですると、目を開いた。そして再び開いたその目には強い意思と覚悟が宿っているように見えた。

 

 「そうですね。わたくしも信じましょう。そして、きっとわたくしが間違ってしまった時はルイズやマザリーニ、そしてクロア殿が正してくれるでしょう。」

 

 「そうですな。まだまだお教えせねばならぬ事が多々あります故、陛下も安心して学びなされ。」

 

 そして、少々良い雰囲気になった女王陛下の執務室で私が逃避し続けた無慈悲なご下命が女王陛下の口から発せられる事となった。

 

 「それでは、ジュール・ド・モット。勅命を下します。」

 

 私はその言葉に反応し即座に跪き、女王陛下の名代として即刻ロサイスへ向う事となった。確認したいことが山ほどあるのだが、この雰囲気を崩すことが憚られたため、一度女王陛下の執務室を辞し、人づてにマザリーニを即刻あの部屋から引っ張り出し、マザリーニの執務室で唾を飛ばし合いながら方針や細々とした事を決める事となった。

 

 そして、想定していたより多くの手土産を鳥の骨からもぎ取り、大抵の事であれば対処できると自らに言い聞かせながらカスティグリア侯爵の用意してくれた小型快速船でロサイスへと旅立った。

 

 

 

 

 

 




 ええっと、なんといいますか、実は前話を書く際に必要に迫られて原作を拾い読みしつつ日程表を作成しました。結構時間がかかり、すごく面倒くさかったです。ただ、その際、原作の日程に矛盾が結構あることがわかりまして、正確な日程表を作るのは難しいと判断し、矛盾の発生源を勝手に決めさせていただいた結果このような日程になりました。ご了承ください。

 補足説明とかする予定だったのですが、どの辺りを説明する予定だったのか忘れました。ええ、どこにもメモがありませんな。(しょんぼり
 取り合えずパッと思いついたことだけ説明させていただきます。

① アンリエッタ実はクロアの事好きだった? 
 ワルド捕縛やタルブの戦果、そして何よりレジュリュビでの会話で好感度↑↑↑でした。ええ、フラグ立ってました。最初から折るつもりで建てたんですけどね^^

② 侯爵はなんでモットにフネ用意してくれたの?
 モットおじさんが呼ばれる前にマザリーニ室に侯爵おいでおいでされておりました。取り合えずモット送るから早まるなよ? おkフネ用意しとくわ。みたいな感じです^^

 予定ではモットおじさん視点でロサイス到着→クロアとの交渉が終わる予定だったのですが、届きませんでした;; 最近こんなのばっかりですねorz
 ああ、どんどんジョゼフさんが遠くに……(遠い目

作者 「そんなにアルビオンに行きたくないか……、モットよ……」
クロア「モットおじさんにあいたいなー」(チラッチラッ
モット「行きたくNEEEEEEEEEEEEEE」


 次回は書き始めたばかりですがクロアくんの謀略が大爆発する予定です。ええ、不発の可能性も高いですが!! 不発したらモットおじさんのせい……(ぇ

 次回もおたのしみにー!


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49 はじめての謀略

 えーっと、今回も長いです。ホントはもっと長いです。でもちょっと体調不良でして;; ええ、書きつつ何度もチェックしたのですが、最終チェックしておりません。色々手直しが必要になりそうですが、お待たせするのもアレなので、投稿しようかと><;

 それではどうぞー^^;;;


 モンモランシーの輝くような笑顔に見送られて夢の世界に旅立ったあと、新たな追加作戦書を携えた艦長殿が尋ねてきた時に一度、モンモランシーのヒーリングによって起床し、特に変更点が見当たらなかったため承認すると、再び夢の世界へと送り出された。

 

 そして、再び目を覚ますと翌日の朝になっていた。シエスタに聞くと朝と言っても昼に近い午前中と言った程度だった。体調はあまり変わっていないが恐らくこの辺りが最良の状態であり、ちゃんと休んだ事によって血を吐く心配が少なくなった程度だろう。大体、その前に三日も寝ていたのだ。

 

 シエスタに身体を拭いてもらい、着替えを済ませ、最近つけるようになったルビーの指輪を右手の人差し指に嵌める。ルイズ嬢からそれとなく聞いたコモンワードを唱えると、スッと人差し指の太さに指輪が調節された。

 

 初めてこの指輪をはめた時に、指輪に関してモンモランシーやシエスタから質問を受けたが「はっはっは! これが火のルビーという始祖の指輪だよ!」などとは口に出来ないので、コルベール先生から餞別としてもらったとか言ってある。うん。間違いではない。

 

 そして、部屋の前で待っていたモンモランシーと合流してブリッジへと向う。

 

 今作戦はカスティグリア諸侯軍の人間だけでなく、ゼロ機関の協力が必須となっている。ゼロ機関に所属する二人はこれから始まる作戦に巻き込まれる形になり、もしかしたら危害が及ぶ可能性がある。そこで、せめてもの誠意として作戦書を彼らに見せることを艦長殿に許可してもらった。

 

 その辺りの交渉はすでに昨日モンモランシーが行ってくれたようで、ルイズ嬢とサイトはとても乗り気だったらしい。というか、罵り合いに近い伝令のやり取りで鬱憤が溜まっていたのだろうが、上手く二人を乗せたモンモランシーはやはり凄腕なのかもしれない。さすが奇跡の宝石……。

 

 連合軍の動向に関しては現在、連合軍からの命令書や作戦書によると、順調に行っていれば今頃サウスゴータ攻略のため、竜騎士による偵察を行いつつ戦列艦による艦砲射撃で敵の大砲や陣地の破壊に勤しんでいる頃だろう。

 

 そして、連合軍約五万五千ほどの軍が諸侯軍の設置していた防衛ラインを越え、どのような状況になっているかは不明だが、死体の山を越えている頃ではなかろうか。

 

 まぁよろしければあちらは人員が有り余っているだろうから死体の処理も行っておいて欲しいところである。

 

 ブリッジに上がるとすでに臨戦態勢になっており、中央テーブルには戦闘時に使う駒が大量に置かれている。今回の対象はアルビオンではなく連合軍を示している。いつもはこの駒を減らすべく行動するのだが、まぁこの駒が減らない事を祈ろう。

 

 艦長殿は作戦中なので艦長席を離れる事はできない。士官殿にいつものテーブルまで案内してもらい、艦長殿と挨拶を交わす。

 

 「よい朝ですな。艦長殿。これなら目標もよく見えましょう。」

 

 「ええ、良い朝です。最高指令官殿。しかし、見つけて貰えるか心配するというのも珍しい事ですな。」

 

 いつか艦長殿が挨拶に使ったフレーズを使うと、艦長殿は笑顔を浮かべて返してくれた。もしかしたらこの天気と目標が見えるかという挨拶はトリステイン空軍では基本的な挨拶であり、空軍に務める士官はこうあるべしという物なのかもしれない。

 

 作戦の推移を尋ねると、すでにほとんど初期段階は終わっており、俺の準備待ちだったようだ。まぁ寝ていたらモンモランシーに起して貰える約束だったので、自力で起きた分それほど遅刻はしていないだろう。

 

 艦隊は全て防衛ラインから引き下げ、軍港ロサイス外延の内陸側に壁を作るように配置され、極力低速でマストのあるフネは帆走をメインに進んでいる。タケオを中心に竜母艦が横隊を組み、その両サイドを二隻の戦列艦が護衛する。そして、小型艦がロサイスを薄く包囲するように展開し、ロサイスに向って中央最前列にレジュリュビが配置され、残り全ての戦列艦はその両サイドに均等に配備されている。

 

 ただ、タケオに関しては作戦上少々の変更点が加えられた。元々タケオは非武装であり、ゼロ戦運用や様々なフネの改良を調査する実験艦としての意味合いが強いフネだったのだが、今回の作戦に限り、上部甲板に戦列艦から取り外した7.7mm機銃十基と20mm機銃二基がそれぞれのガンクルーと共に設置された。

 

 そして、タケオにはマストがなく、信号旗を揚げる予定が全くなかったのだが、急遽ポールのようなものが艦橋の一番上に建てられ、今では両サイドを守る戦列艦と同じく『接近禁止』の信号旗がはためいている。信号旗に関してはハルケギニア全ての国が共通の意味を持っているそうで、外国人でも分かるらしい。ちなみに俺はよくわからない。

 

 さらに、ロサイスへの侵入時に艦隊は礼砲を撃つ予定になっており、その礼砲が生み出すであろう煙を抜けたらゼロ戦も甲板上へ出し、すぐ飛び立てるよう固定する予定である。そして、乗員となるゼロ機関のお二方のために、平甲板上に二人掛けの小さい丸テーブルと椅子が二脚用意され、選りすぐりの数名の士官が彼らのために紅茶やお菓子を給仕する予定となっている。

 

 少々武装の寂しくなった戦列艦が一隻生まれることになってしまったが、今回の作戦は戦闘を目的としたものでも、示威行動でもないので問題はない。必要がなくなったら戻せば良いのだ。

 

 まぁぶっちゃけタケオに関する配置や配備の変更、そしてゼロ機関への要請はロマリアの『風呂が嫌いで顔を一週間拭かなくても平気なほど不潔な美男子』のために用意した餌付きの釣り針だ。

 

 ここまであからさまに『餌』と『釣り針』が露出しているので遠くから観察程度のことはするだろうが、まさか引っかかるとは全く思ってない。しかし、ここまであからさまな罠を、何かしらの理由を付けて傲慢に踏み抜いてくるというのであれば、とても面倒くさいがその時はその時で釣り上げようかと思っている。

 

 こちらの目的はヤツが観察しにくるかどうか、そして、こちらの意図に気付き、どのような反応を見せるかちょっと興味がある程度だ。作戦内容としては『総司令部にゼロ機関を使い潰すよう進言した人間が偵察に来る可能性が高い』という事になっている。

 

 ルイズ嬢やサイトにとっては自分たちを売った(・・・)人間を見つけ、警戒する理由にするためのいい機会であり、わざと露出させている過剰な釣り針はゼロ機関のお二人に万が一にも危険が無いよう配慮しているのである。

 

 そう、これは断じて示威行動や謀略の(たぐい)ではない。あくまで『最高指令官もしくは提督級の人間を会議に出席させる事』という命令の下、召集された会議に出席するために、そして、補給のために軍港ロサイスまで引いただけなのだ。

 

 それに、ド・ポワチエ将軍からの命令書(・・・)では『軍港ロサイスより北五十リーグ以北への進出を禁ずる』と書かれていただけであり、防衛ラインの継続的な形成に関しては触れられていなかった。

 

 彼らの命令に粛々と従う義理はないのだが、同じトリステイン王国の軍隊なのだ。歩み寄りも必要かと思われる。実際に独立諸侯軍のほぼ全艦隊で歩み寄っているわけだが、彼らの顔を立て、従う必要のない命令に従い、命令の範囲内で行動するという謙虚な姿勢でちょっと会議と補給に来たのだ。その旨はちゃんと全艦が信号旗を揚げてお知らせしている。

 

 つまり、この補給(・・)は命令違反には当たらない。

 

 ぶっちゃけ艦長殿の綿密な補給作戦のおかげで、ロンディニウムへの威力偵察をした後、百隻を越える艦隊と百匹を越える竜、そして二万を越える兵に出くわしても戦闘が可能な程度(・・)には補給が完了しているらしい。ぶっちゃけそんな事が出来るのか果てしなく疑問だが、完了しているらしい。

 

 しかしながら、あくまで我々は補給(・・)を行い、翼を休める必要を認めたのだ。

 

 そして、その件に関しては艦隊が近づく前に、すでに風竜隊の一小隊三騎が先触れとして向かい、報告して戻ってきている。連合軍の兵や補給物資の上陸や揚陸もそろそろ終わっていても良いとは思うのだが、「先に割り当てられた桟橋を順に使うように」との事だそうだ。そして、特にこちらの艦の数は聞かれなかったようだ。

 

 まぁ、恐らく数日の間ロサイス上空で補給の順番を待つことになるが、桟橋の割り当てが少ないのだから仕方があるまいて。うん。その間ガンデッキの大砲を日の光に晒して磨いたり、訓練や試し撃ちが必要になるかもしれないが、仕方があるまいて。

 

 「最高指令官殿、それでは始めます。」

 「うむ。艦長殿、よろしく頼む。」

 

 艦長殿が笑顔で開始を宣言したので、恐らく必要ないだろうが実行するよう最終的な許可を出した。「了解であります」と艦長殿は笑みを深めると、全艦に通じるマジックアイテムを手に取った。

 

 「全艦、全砲門、礼砲一発、合わせろよ? よぉーい、……ってーーッ!!」

 

 肩に止まったプリシラの視界から艦長殿の「よぉーい」で一斉に恐らくは全ての艦の大砲が押し出され、気合の入った「ってー」の掛け声で全艦合わせて一千以上の大砲が同時に火を噴いた。そしてそれらが生み出した轟音と共に、レジュリュビですら少し揺れた。

 

 ロサイスでも艦隊の近くにある家々に視線を移すとその衝撃で脆くなっていただろう木戸が落ちたり、ガラスが割れたりしたようだが、まぁたかが空砲で割れるのが悪いのだろう。

 

 ちなみに、礼砲に関しては色々規定があるそうだ。すでに聞いた事はほとんど忘れたが、取り合えずこのように一斉に放つ事はない。大抵一門から三門くらいの大砲で、順番に数発撃つ。偉い人に向けた場合は十発を超える事もあるとかなんとか。

 

 取り合えず連合軍総司令官殿相手であれば十一発が相場だそうだ。そして、その撃った数で相手がどう思っているか把握する事もできるらしい。まぁそれより数が少なければ礼儀知らずとか、馬鹿にしているとか、そのように受け止められるそうだ。

 

 だが、いかんせん我々は補給が必要なほど貧窮(ひんきゅう)しているのだ。きっと礼砲を十一発撃つだけの火薬量が多分足りないのだからしょうがない。将軍閣下におかれましては我々の補給の嘆願をお断りし続けなさったのだからそのくらいは大目に見て欲しいところだ。

 

 礼砲の生み出した煙を抜け、続いて艦隊の直援のため、アグレッサー以外の風竜隊が全て上がる。アグレッサーは会議に出席する俺やモンモランシーそして艦長殿のもはや常習化している輸送と護衛任務だ。ちなみに火竜隊はタケオに何かあった場合に備えて待機している。

 

 「それでは参りますか。副長、ブリッジを任せる。」

 

 そう言って艦長殿が席を立つと、俺もモンモランシーにレビテーションをかけてもらい、彼女と手を繋いでブリッジの上にあがった。そこにはすでにアグレッサーの隊長殿が待機しており、俺は隊長殿に抱えられて一緒に竜に乗る。モンモランシーや艦長殿は軽くフライをかけて自分で上がり、彼らの後ろに乗るのだが、俺ももっとスマートに乗り降りできるよう訓練した方が良いのだろうか。

 

 まぁフライが出来ない時点でかなり厳しい上に、よく考えたら最近一人で歩く訓練も怠っている気がする。うむ。まずは一人で歩く訓練を再開するところから始めるべきだろう。

 

 連合軍総司令部が置かれている建物にはトリステイン、ゲルマニアの旗と共にド・ポワチエの旗が翻っているらしい。まぁどうせ俺はプリシラがいないと見えない上に、彼女にはブリッジの上部に出た際に別の用事を頼んだ。

 

 『見つけたわ。わたしのつがい。白い風竜なんて珍しいわね。それに人間なのに本当に左右で目の色が違うのね。珍獣ペアね。』

 『おお、すばらしい。それでは先ほど言った通りお願いするよ。俺のつがい。』

 『ふふっ、ご褒美が楽しみね。わたしのつがい。』

 

 ちなみに彼女に頼んだのはジュリオの場所とヤツがタケオに接近した時の実況中継だ。そして、彼女のご褒美はいつもの発火である。ぶっちゃけご褒美になるのかわからないが、彼女はアレがとても気に入っているらしい。すでにご褒美が貰えると確信しているのだろうが、プリシラなら何となくそれが正しい考え方のような気がする。

 

 そして、滑空するように飛んでいたアグレッサーが、連合軍総司令部を見つけたようで、ゆっくりと降下し、赤レンガの建物の入り口に着けるように羽ばたき、ゆっくりと着地した。そして、隊長殿は俺を抱えると竜から降り、他二名を連れて残りの三名に竜の綱を預けた。

 

 一人は我々が会議のため訪れた事を知らせに走り、隊長殿を先頭に我々は建物に入った。まぁ味方同士で争いはないだろうが、きっと護衛がいるのも貴族の嗜みというやつだろう。

 

 入って少し歩いたところで総司令部付きの士官が案内を申し出たので、彼に付いて二階へと上がると、意外と多くの鎧に身を包んだ衛兵が廊下に配置されている。鎧を着たまま配置とか何かの罰ゲームだろうか……。何か前世の記憶で両手に水の入ったバケツを持って廊下に立つという罰がある事を思い出してしまった。

 

 そして、一つのドアの前で止まると案内役の士官がドアをノックし、中へと問い合わせる。即座に「入れ」という硬い声が聞こえ、士官がドアを開け、脇にずれた。隊長殿を先頭にしているため、ぶっちゃけ中の様子が見えなかったが、ドアを通過すると、護衛についてきてくれた隊長殿ともう一人が左右に分かれた。

 

 総司令部の会議といいつつも以前トリステインの竜空母(名前は忘れた)で行われた会議を想定していたため中にいた人数と部屋の広さに少々驚いた。しかし、もっと驚いたのは中に入って上座にかなり近いところに案内されたところでようやく見えた人物だ。

 

 そう、一番の上座と思われる場所になぜかモットおじさんがいたのだ。

 

 ぶっちゃけ何でここにいるのか全く理由がわからない。しかも一番上座と言う事は、連合軍総司令官のド・ポワチエ将軍よりも、女王陛下から独立性を与えられ、総司令官クラスの権限を頂いた俺よりも、さらに上の権限を持っている事を意味する。

 

 ふむ。そういえばモットおじさんは王宮の勅使でしたな。ぶっちゃけ勅使として働いている所を見たのは、学院へのメッセンジャーや俺のシュヴァリエ関連だけだったので忘れかけてた。と、言う事はこれから始まるのは作戦会議というより、モットおじさんによる女王陛下からの勅命の通達や、連合軍とカスティグリアの調整の可能性が高そうだ。

 

 うむ。いきなり(つまづ)いた気分である。取り合えず席に座り、隣にモンモランシー、そしてさらに向こう側に艦長殿が座ったのを確認して挨拶することにした。

 

 左側の一番の上座に当たるお誕生日席にはモットおじさんが座り、対面には上座からド・ポワチエ将軍、ハルデンベルグ侯爵、ウィンプフェン参謀長、そして名前を全く覚えてない士官が席の許す限り座っており、彼らの側付きと思われる士官が壁にずらっと並んでいる。

 

 「お久しぶりです。モット卿。ド・ポワチエ将軍、ハルデンベルグ侯爵。」

 

 ぶっちゃけ混乱気味で何を話していいのかわからない。あまりにも意外な展開にド・ポワチエに文句を言いに来たのは覚えているのだが、詳細がスパーンと記憶から吹き飛んでしまった。むぅ、記憶力弱補正が辛い。取り合えず挨拶だけしてモットおじさんにお任せするしかないだろう……。

 

 「おお、クロア殿。病で伏せったと聞いておったのだが、回復なされたようで何よりだ。それにモット伯と知り合いだったとはな。」

 

 俺が笑顔をとフレンドリーさを意識して挨拶すると参謀長のウィンプフェンは肩眉をピクリと上げて苦い表情を浮かべ、ゲルマニア代表のハルデンベルグ侯爵は「うむ」とだけ言い、ド・ポワチエ将軍だけが自然な笑顔で社交的な挨拶をしてくれた。

 

 ふむ。ハルデンベルグ侯爵やウィンプフェンの対応はむしろ俺にとって自然だ。しかし、ド・ポワチエ将軍の笑顔は不自然に友好的な気がする。彼にとってあの命令は、諸侯軍に対するさも当然のフォローであり、諸侯軍にとってそのフォローが必要ないのであればその方が良いと考えていたのだろうか。

 

 初めてド・ポワチエ将軍に会った時に感じた彼の評価は、戦功や名声、名誉といった物に弱く、それらが得られるのであれば他の事には寛容というものであり、そのための命令だと思ったのだが……。ふむ。俺がモットおじさんと友好的な関係を結んでいる事を知って諸侯軍とのいさかいはリスクが大きいと判断したのかもしれない。

 

 しかし、やはり、俺が復帰するのは想定外だったようだ。そしてルイズ嬢をこの場に連れてきていないことから命令書にあった虚無の譲渡は拒否されると理解しただろう。まぁ彼女はただ作戦中なので現場を離れられないだけなのだが……。

 

 「クロア殿。お久しぶりですな。今日は勅使として参った。世間話は仕事が終わってからにするとしよう。さて、では査問会議を始めるとしよう。」

 

 オウフ……。ド・ポワチエにちょっと文句を言いに来たら査問会議だったでござる。

 

 モット伯の衝撃発言で前世の言葉が頭に浮かんだ。しかし、査問されるような事をした覚えはない。というかこれからする予定だったのだからまだギリギリ未遂なはずだ。もしかして、モットおじさんにはこれからやろうとしている事を全て読まれているのだろうか。

 

 なんというか、この感じは……。そう、初めて学院で決闘したあと、オールドオスマンに申し開きした時のような心境だ。あの時は今思えばオスマンやコルベールの事をよく知らなかったため、かなり強引に責任を押し付けた。

 

 しかし、今回は同じ方法を取った瞬間、俺や諸侯軍が女王陛下から預けられた権限が吹き飛ぶ可能性もある。それにあの時はシエスタしか守るべき人間はおらず、むしろ俺は個人として動けたが、今回はカスティグリア諸侯軍の代表であり、モンモランシーの婚約者であり、シエスタを側室として迎える予定の人間だ。守るべき人間が万単位でいる。慎重に行くとしよう……。

 

 

 モット伯の口上を聞いていると、彼は女王陛下の名代で来たとの事で、かなりの権限を預けられているようだ。この査問会議の結果次第ではかなりの昇格から処刑まで幅広い選択がなされるとか……。まぁ世間話は仕事が終わってからとの事だから処刑はない……よね?

 

 うん。処刑だけは断じて認められない。俺が死ぬのは問題ないが、処刑ではカスティグリアの名誉が傷つき、果てはモンモランシまで飛び火する可能性がある。名誉の事を考えるのであればいっそカスティグリアとモンモランシを最初から巻き込んで逃亡し、再起を図った方がマシではなかろうか。

 

 大体、処刑される身に覚えは今のところあまりない。ぶっちゃけロマリアからの圧力が一番考えられるが、それならば査問会議ではなく宗教裁判が行われるのではなかろうか。しかし、疫病と言いつつたった一つの指輪のために焼き払われたダングルテールのこともある。

 

 そう、ロマリアならば何かしら別の理由で焼き払おうとしてくる可能性もあるのだ……。

 

 右手の人差し指にはまった火のルビーが重さを増したような感じがして、ちょっと右手を握りこんで親指でルビーを慰めるように撫でた。

 

 

 うむ。処刑されそうになったら女王陛下には申し訳ないが逃げるとしよう。むしろ、モット伯は女王陛下の名代だからして、忠誠を誓ったというのに処刑されるというのは計算外だ。逃亡先はどこが良いだろうか……。

 

 ふむ。恐らくガリアしか選択肢が無いのではないだろうか。というか消去法ですでにガリアしか残っていない気がする。タバサ嬢の事もあるが、彼女に書いてもらった宣言書もあることだし、問題ないのではないだろうか……。

 

 それにガリアに逃げるのであれば、ガリア王ジョゼフの説得をするだけで全てが万事解決する気がしてきた。カスティグリアの軍と研究所を全てガリアに移した後、ジョゼフを説得し、モンモランシ、カスティグリア、タルブを順に取り戻せば問題ないだろう。最悪の場合の逃げ道は用意できそうだ。

 

 しかし、ただ最悪を回避するだけでは色々とダメだろう。ぶっちゃけもう二度と誓いを破りたくはないし、トリステインにはギーシュやマルコといった友人もいる。それに敬愛する女王陛下や黒き覇道の先人であるモットおじさんとは心情的に親交を維持したい。

 

 ふむ。ならば、受身では不味いだろう。しかし、あまり攻めてもオスマンの時のように上手く行くとは限らない。しかも今思えばアレはかなり手加減されていたはずだ。そして、忘れがちだが実際に書面に残る罰も受けた。

 

 と、なると……。相手の出方を探りつつ、それに合わせて忘れかけている作戦を少々変更しつつも継続し、攻めつつも矛先を逸らす事に集中するのが良いのではなかろうか。もはやド・ポワチエがどうこうとか言っている場合ではなかろうて。

 

 大体、苦情のついでにちょっと総司令部を探りつつ、出来るだけ欲しい者をいただいて、最低でも過剰に消費させられた可能性のある風石を彼らの責任でトリステインの輜重隊からちょいと補給しようとしに来ただけだというのに何でこんなに大事になっているのだろうか……。

 

 

 

 しかし、モット伯の話を聞いていると、どうやら問題は艦長殿とド・ポワチエがトリスタニアに送った文書のようで、補給に関してのいざこざから発生した独立諸侯軍への命令や命令権の委譲要求、そして女官殿の配置に関しての話のようだ。

 

 ふむ。それならば何も問題はない。ビビッてかなり損した気分である。

 

 しかし、モットおじさんが恐ろしく権力を預けられて来た事でかなり混乱したが、最早これは最初から勝ち戦ではなかろうか。これならば連合軍総司令部から毟れるだけ毟るいい機会かもしれない。いや、まぁまだ油断はできないが……。黒き覇道のモット殿がもしこちらに同情的になってくれるのであればかなり心強い。

 

 だが、毟ったところでトリステインの財布から支払われるのであれば、むしろ逆にアンリエッタ女王陛下の不興を買ったり、ルイズ嬢の怒りを誘発する可能性がある。まぁここは当初の作戦の詳細を思い出す作業に集中しつつ、モット伯の言葉に耳を傾けることにしよう。

 

 「まず、カスティグリア諸侯軍から提出された諸侯軍に対する総司令部からの命令書に関してだが、残念ながらこれらは全て受け入れられない。そして、これらに関して女王陛下はとても残念に思われたようだ。

 署名に記載されている連合軍総司令官ド・ポワチエ将軍、参謀長ウィンプフェン、そしてゲルマニア軍指令官ハルデンベルグ侯爵、申し開きがあらば承ろう。」

 

 おお、モットおじさんがカッコイイ……。キリッとした顔つきでこちらの言いたかった事をビシッと言ってくれた。しかも、国籍の違うゲルマニアの指令官にまで「サインがある」と言う理由で纏めて言ってくれるとは思ってもみなかった。

 

 正直、連合軍ではあるが、ゲルマニアの方が国力は上ではなかろうか。ここでハルデンベルグ侯爵がキレて連合脱退とかになったらトリステインも困るのではないだろうか。しかし、恐らく、モットおじさんの読みではハルデンベルグ侯爵は替えの効く人材なのだろう。

 

 このサイン一つでゲルマニアに貸しを作りつつ、排斥させられると踏んだのだろうか。恐らく裏でかなりの調整が必要になるだろうが、原作でのゲルマニア皇帝は親族や政敵をことごとく幽閉するような人間だ。

 

 ふむ。その辺りの匙加減でハルデンベルグ侯爵には皇帝から褒章ではなく幽閉が待つという恐怖を与え、ついでにゲルマニア軍指令官殿に貸しを一つ作り、戦争終結前に手早く回収する予定なのかもしれない。

 

 ちょ、勅使怖い。謀略がハルケギニア貴族の流儀どころじゃなかった! 謀略の塊だった!

 

 対面に座っているド・ポワチエ将軍はなぜか「さもありなん」と納得のような表情を浮かべている。ウィンプフェンは青い顔をしているが、将軍もそのような表情を浮かべるのが普通ではないだろうか。

 

 ううむ……。しかしこうなる事が分かっていながらサインをした理由がわからない。将軍に関してはもう少し見極めが必要だろう。

 

 そして、ハルデンベルグ侯爵は外国人の勅使に文句を言われたからだろう、怒っているように見える。常にかぶっている角付きの鉄兜から豪快な性格を察する事はできるが、単純なお人なのだろうか。

 

 「だから言ったであろう! カスティグリアなど気にせず進軍すべきだと! ミス・ゼロの力など無くとも我らだけでサウスゴータやロンディニウム程度落とせると!

 やはりあの時にしっかりと勇気というものを叩き込んでおくべきだったようだ。臆病風のウィンプフェン!」

 

 怒りをそのままに怒鳴るような大声でハルデンベルグ侯爵閣下が目の前の机に拳を叩き付けた。いや、杖を抜くのを我慢して叩き付けたようにも見えるが、かなりご立腹のご様子だ。

 

 単純な性格にも思えるが、個人的に彼の言っている事はある意味正しいと思う。大体、この時代の戦争では大抵敵の王を取れば終わりなのだから、ここまでカスティグリアが押し込んだ状況ならばそのような考えでもあながち間違いではないのではなかろうか。

 

 むしろ最初に会った時、彼らに占領は任せると宣言したのだから細かい事は気にせずジャンジャン進軍して欲しかった。いや、まぁロサイスに着いた時点でアルビオン三万の兵が皆無になったという伝令を受けてジャンジャン進軍している途中だとは思うが……。

 

 ふむ。そう考えると、サウスゴータ攻略の決定やその辺りの作戦立案はロサイスへの到着前に決まり、ロサイスへの上陸中にさらにカスティグリアからの戦果報告で方針変更が求められた感じだろうか。確かに少し面倒くさかったのかもしれない。

 

 いや、まぁ敵戦力が減った分、防衛に関する作戦がほとんど消え、ハルデンベルグ侯爵の大好きな進軍に全て注ぎ込まれたのでウィンプフェンも何か手を打って存在感をアピールしようとでもしたのだろうか。ふむ。その可能性が高いのかもしれない……。

 

 そもそも総司令部はカスティグリアがロンディニウムを直撃し、あっという間に決着を付けるとは考えていないはずだ。戦力的に殲滅は可能だが制圧は無理だと強く印象付けたはずだし、実際に制圧戦をする気は全く無い。それに補給の要請もかなり頻繁に行っていたのでカスティグリアは現状動けないと考えるのではなかろうか。

 

 で、あれば、ハルデンベルグ侯爵の言う通り、カスティグリアに対して謀略や嫌がらせを行うのはあまり意味が無いはずだ。むしろリスクが際立ち、サウスゴータやロンディニウムの制圧に成功したとしても元帥を目指すド・ポワチエ将軍にとっては禍根と汚点を残し、元帥昇格にケチが付く可能性が高い。やはりなぜ採用したのか疑問しか残らない……。

 

 白く立派なカイゼル髭と目の前にある机を揺らし、僅かに自制を働かせながらそう怒鳴ったハルデンベルグ侯爵に対し、冷ややかにメガネの奥の眼球を光らせて自制すら忘れたようにウィンプフェンは立ち上がって侯爵に向き直った。

 

 こちらから見る分には侯爵の方が圧倒的に地位は上だとは思うのだが、臆病風と呼ばれたが癪に障ったのだろうか、あっさりと立ち上がったのは少々意外だった。ウィンプフェンは見たところ四十歳前後で冷静沈着で陰謀好きな冷たい人間に見える。まぁ総司令官の参謀長になっているほどなので陰謀関連は俺の偏見だろう。

 

 「いや、被害を抑える努力もすべきだとあの時申したではないか。それに、そなたのサインもあるのだぞ? もうお忘れになったのか? 威勢ばかりよくって“火”のように記憶もあっという間に燃え尽きるようですな。」

 

 ふむ。つまり俺の記憶力弱補正も火の系統が問題だったと? なるほど、その考えに関してはあながち否定できない。それになぜか威勢のよい事を口にしてしまい、それが原因で黒歴史を生み出している事も事実かもしれない。

 

 だが、自分で言っておいて気にしないウィンプフェン殿にも問題があるようですな。そう……、火はあっという間に燃やし尽くして灰にするという事をお忘れのようだ……。

 

 しかも、売り言葉に買い言葉ではあろうが、カスティグリア諸侯軍とルイズ嬢を連合軍が消耗しないよう使い潰すと公言なさるとは剛毅な事ではありませぬか。それに、彼がド・ポワチエ将軍に吹き込み、将軍は両方の中間を取るべく採用してしまったのだろう。

 

 なるほど、これが宮廷で言うところのスズメというヤツか……。しかし、予想はしておりましたが、まさか原因の一つがこんな簡単に露出するとは思ってもみませんでしたな。

 

 うむ。墓石には「臆病風」ではなく「蛮勇」とでも刻んでさしあげよう……。

 

―――さて、往こうか。

 

 激昂したハルデンベルグ侯爵と、苛立ちを隠さないウィンプフェンが目の前で立ち上がり、互いに罵り合いながら杖を手にかけた。そして俺も火の系統としてハルデンベルグ侯爵側に付き参戦すべく怒りに任せてふらっと立ち上がり、杖に手をかける……。

 

 しかしまぁ、一応断罪の口上を述べるとしよう。

 

 「ほぅ? 女王陛下直属の女官殿や我々独立諸侯軍をそのように思われていたとは心外でしたな。いやはやまさかド・ポワチエ将軍閣下やハルデンベルグ侯爵閣下がそのような卑小な考えを持つはずは無いと原因を探りに来たのですが、これほど早くスズメが見つかるとは……。」

 

 目の前の二人は俺の参戦表明で驚きを隠せないようだが、まぁ気にする事もないだろう。しかし、ウィンプフェンだけを完全に灰にするとなると……。

 

 ふむ。今まで全く出番の無かったファイアーウォールの出番がやってきようだ。彼の足元から範囲を調節して発現させるだけであっという間に終わるだろう。距離も近いので外す心配もない上、この建物は赤レンガ造りだ。室内の延焼はあるだろうが、この部屋には少なくとも二人の優れた水の使い手がいる。問題はなさそうだ。

 

 「『臆病風』のウィンプフェン殿……。そう、火の取り扱いにはご注意せねば……。なに、この『灰被り』が一瞬で遺灰にして差し上げる故、ご案じめさるな……。」

 

 問題は遺灰を回収できるかどうかだが絶望的だろう。それにハルケギニアは土葬がメインだとは思うが、まぁ気にする事はなかろう。“『蛮勇』のウィンプフェン、この辺りに眠る”とでも刻んで差し上げる故、遠慮などせずこの建物を墓石にするがよいて……。

 

 そして、サッと詠唱を終えると、モット伯が焦ったような声によって現実に引き戻された。

 

 「クロア殿! クロア殿! 落ち着かれよ! クロア殿、ここは処刑の場ではありませぬぞ! そこの二人、死にたくなくばおとなしく座れ!」

 

 さらに、そっと杖を持つ手を柔らかい感触が包んだ。

 

 「そうよ、あなた。灰にするのなら後でもいいんじゃないかしら。お話を聞いてからにしましょう?」

 

 右隣にいる奇跡の宝石を見ると座ったまま微笑んで俺の右手を両手で包んでいた。

 

 そうだった……。ここでウィンプフェンを灰にしたところで何も解決はしないし、得るものも全くない。それに、ここに来た目的は謀りゃ……、いや話し合いであり、杖でのOHANASHIに来たわけではないのだ。

 

 ううむ。なぜ杖なんて抜いてしまったのだろうか……。まさか自分がここまで短気だとは思わなかった。いや、何とは無しにそんな所もあると思っていたがある程度自制できていたはずだ……。何か原因があるのだろうか……。と、とりあえず何と言うかこの状況は恥ずかしい。なんとか取り繕おう。

 

 「おお、そうでしたそうでした。話し合いに来たのでした。すまないね。俺の奇跡の宝石。そして止めてくれてありがとう。」

 

 そうモンモランシーに笑顔を返すと杖を仕舞った。

 

 「いいのよ。私のあなた」

 

 そして、奇跡の宝石がまさに輝き、自分の短気が生み出した恥ずかしさも消え、モンモランシーに「私のあなた」と言われた事に対する別の恥ずかしさが支配した。

 

 ……さすがは最強の系統。

 

 「いやはや、審問会を滞らせてしまって申し訳ない、モット卿、ハルデンベルグ卿、ウィンプフェン殿。」

 

 そう謝罪の言葉を口にして笑顔を浮かべて椅子に座った。しかし、魔法を使ったわけでもないのになぜかハルデンベルグ侯爵とウィンプフェン、そして座っていただけのド・ポワチエ将軍はなぜか青ざめていて顔色が悪いようだ。

 

 特にウィンプフェンは青ざめた表情に加えて小刻みに震えている。お二方とも罵り合いのあと杖に手をかけたのだからその後抜いて決闘の寸前までは行っただろうに、たかだか学生が一人参戦したくらいでそこまで怯える事なのだろうか。

 

 ふむ。ウィンプフェンにとっては誰かに止められることも計算の内だったのではなかろうか。いや、恐らく杖を抜いたとしても生死が関わるとは思っていなかったのだろう。そして、そのような覚悟もなく杖を抜き、死が迫っていた事による恐怖を感じたのだろう。

 

 自らの立てた作戦で幾人もの人間が死ぬというのに自らが死ぬ覚悟は全くないようだ。人が死ぬのが戦争であり、保身などというものが存在してはいけないのが戦場だ。なんと言うか、彼には戦場に立つ資格も戦争に参加する資格もないのではないだろうか。

 

 まぁ少なくとも軍に所属しているという雰囲気はない。ただ、室内でも角付き兜をかぶってるハルデンベルグ侯爵もどうかとは思うが……。

 

 そして、モットおじさんはホッとしたような表情を浮かべ、取り繕うように再開した。

 

 「うむ。特に今は戦時。味方同士で杖を向け合うなどあってはなりませんぞ? しかし、クロア殿の主張は妥当だと思われる。ウィンプフェン殿、申し開きはありますかな?」

 

 申し開きを求められ、ウィンプフェンはモットおじさんに向き直った。そこに浮かんだ表情は先ほどのような冷静沈着なものではなく、怯えが浮かんでおり、申し開きは言い訳と陳情が混じったような感じだ。

 

 「モット卿。恐れながら申し上げます。まずカスティグリア諸侯軍から送られた伝令文は到底信じられるものではありませんでした。たったあれだけの数で、しかもほとんど損害もなく上げられる戦果ではないのです。」

 

 まぁ、そう思うのも不思議ではない。なんせ俺にも信じられないことが多い。伝令の内容は知らないが、出撃からこれまでに行った三度の戦闘の結果が一度に伝えられた可能性もある。艦隊戦から始まり、敵竜騎士との戦闘、そして三万の兵の虐殺。

 

 実際、戦列艦を一撃で爆沈させるような自由落下爆弾やゼロ戦から劣化コピーした機関砲が量産されていなければあれだけの戦果を上げるのは不可能だったに違いない。ただ、それだけではなく、蒸気機関や虎の子のアグレッサー、そして竜に対する装備と、もはや諸侯軍は今までの軍隊と全く別物に成り果てているものが多々ある。

 

 そして、特に彼らがラ・ロシェールで目にしたであろうカスティグリアの戦列艦や小型艦などは見た目がさほど変わらないので、そう誤解してしまうのは致し方ないだろう。

 

 この会議室内で誤解なくあの数字が正確なものであると確信しているのは恐らくこちら側に座っている諸侯軍の人間とモットおじさんくらいなものではなかろうか。まぁ、公表するようなものでもないとは思うが……。

 

 「そこで思い至ったのです。もし、そのような戦果を上げたとしても、それらの戦果はミス・ゼロの上げたものではないかと。そして、それならば全ての筋が通ります。

 今思えばそこにいるクロア殿が初めてヴュセンタール号で行われた会議に出席したとき、自分の婚約者の前で彼女との付き合いを匂わせたのも、戦争が始まる前から彼女のためにフネを一隻用意したのも、そして、何より頑なに手放す事を拒否するのも、ミス・ゼロの上げる全ての戦果を独占するのが目的だったのでしょう。

 そうであろう? クロア殿。査問会議での隠し事はあなたの為になりませんぞ?」

 

 ふはははは……。 いやはやそこまでミスリードを狙った覚えはないのだが、ここまで清々しく疑われると愉快という感情しか沸かない。確かに信じられないだろう。あはははは!

 

 しかし、実態はさらに不安定で使えるかもわからないほどなのに、実際に全く信じてもいなかった『女王陛下の切り札』をこのタイミングで信じ、それをそんな彼がまことしやかに語るというのは、もはや喜劇ではなかろうか。

 

 頬が釣りあがる感覚があるが、もはやそれを取り繕う事は困難だ。声を上げて笑わないだけマシだと思って欲しい。ド・ポワチエ将軍は少し目を開き、驚きの表情を浮かべ、ハルデンベルグ侯爵は眉を寄せ、少々苦い表情を浮かべているが、ウィンプフェンはモットおじさんに訴えたあと、こちらに対し、お前の謀略は全てお見通しだと言わんばかりの得意顔を晒してくれた。

 

 もしかして今度は俺の表情が彼らの更なる誤認を誘ってしまうのであろうか。あーっはっはっは!

 

 しかし、カスティグリアを知っており、付き合いのあるモットおじさんは俺の浮かべた表情を正確に読み取ったようだ。彼は苦笑を浮かべ眉を寄せ目を伏せると横に首を軽く振り、口を開いた。

 

 「ウィンプフェン殿。まず一つ間違いを訂正しておこう。カスティグリアの上げた戦果を何の疑問も持たずに信じるというのは難しいのかもしれない。だが、確かなのだよ。私も諸君らと同じように今回は現場を見たわけではないが間違いなくそのような戦果が上げられており、限りなく正確な報告書がデトワール殿によって書かれているのだ。そうであろう? クロア殿。」

 

 「全くもってその通りです。いやはや、ウィンプフェン殿。申し訳ないが、あなたがあまりにも酷い勘違いをさも真実であるようにおっしゃるので表情に出てしまったようですな。

 ただ、現在までに彼女(・・)は確かに功績をあげておりますが、戦果はあげておりません。そう、彼女と彼女の護衛はまだ純潔であり、その手を血で汚すような事はしておりません。」

 

 シレっとそう口にしたが、ぶっちゃけ申し訳ないと言いつつ実は全くもって申し訳なく思ってない。その点については申し訳なく思うが、もしヤツが主犯だとするのであれば、こちらはすでにかなり馬鹿にされたのだ。

 

 「そもそも、カスティグリアはお伝えした通り露払いを行ったのです。戦果をあげたいのであればハルデンベルグ侯爵閣下のおっしゃる通り、進軍し、都市を制圧すれば良いではありませんか。同じ陣営であるカスティグリア諸侯軍の足を引っ張っても戦果は零れませんぞ?」

 

 少々嫌味と(あざけ)りを混ぜてウィンプフェンに告げると、未だに信じていないのだろう、こちらを睨み、敵意と共にこちらに対する攻撃手段を探るような不愉快な表情を浮かべた。

 

 「うむ。然り、然り! クロア殿はよくわかっておる! わっはっは!」

 

 しかし、ウィンプフェンとは逆にハルデンベルグ侯爵は豪快に笑いながら何度も頷いた。彼はゲルマニアの人間なのだが、何となく気が合いそうだ。

 

 ふむ。仲間意識を育むために俺も角付き兜をかぶるべきだろうか……。こうして見ると中々趣があって良い気もする……。角の位置や本数などに形式などがあるかもしれない。聞いて許可を取った上で実行に移すべきだろう。

 

 いやしかし、そもそもかぶった瞬間に首がもげそうだ。しかも試すだけですら命の危険が伴うだろう……。それに、もし安全にかぶれたとしても自重が増えてさらに歩行が困難になるのではなかろうか。転んだ拍子に兜が脱げ、その角に刺さって死にでもしたらゲルマニアにまで不名誉な噂が広がりかねない。や、やめておこう……。

 

 ううむ。あの角付き兜は見た目だけでなく色々とハードルの高いものだったのか……。

 

 「しかし、そもそも、ド・ポワチエ将軍閣下の参謀長にまでなったあなたがなぜそこまでひどい勘違いをされたのか、そこに大きな疑問が残ります。そう、あの命令書を読んだ時、違和感を覚えたのです。」

 

 『わたしのつがい。珍獣コンビが近づいたわ。』

 『おお、俺のつがい。どんな感じだい?』

 『ピンクのところに降りようとしたみたいだけど、こっちの風竜に警告されて諦めたみたいよ。「クソがっ、異端者どもめ!」ですって。何か色々と不愉快だわ。目玉くり貫いていいかしら?』

 

 ふむ。もしかしてプリシラはブリミル教が嫌いなのだろうか。いや、単に悪口に反応したというのが自然だろう。それにヤツは原作通りならば動物を操ったり意思の疎通ができるというヴィンダールヴだったはずだ。と、なると、その辺りもプリシラは気に入らないのかもしれない。

 

 しかし、「異端者どもめ」か……。ロマリアの義勇軍に対する対応だけに関して言っているのであれば日常的に使う罵り言葉とも取れるが、ロマリアがカスティグリアを目の仇にしている可能性が高くなったと考えた方が無難だろう。

 

 『そうか。ありがとう、俺のつがい。そうだね……。機会があるようならやってみるかい?』

 『ふふっ、楽しみにしているわ。わたしのつがい。』

 

 プリシラと口汚いヤツのおかげで、ようやくほのかに思い出してきた。それに角付き兜はもしかして物忘れ防止にも良いのかもしれない。帽子だけに……。いや、いい。作戦書の詳細を参考にこちらの謀略を始めるとしよう。

 

 「確かに以前、彼女を保護し、彼女の力を借りるために一芝居打ちましたが、あの時は、そして、恐らくは今も彼女の価値を正確に理解はしておられないかと存じます。

 実際に彼女は女王陛下直属の女官であり、特殊な魔法を使う事のできる代えの効かない重要な人物ではあります。しかし、戦闘だけを考えるのであればそれほど重要な要因ではありませんし、総司令部では扱いきれない可能性が高いのではないでしょうか。」

 

 すごく今さらで聞くに聞けないが、総司令部はルイズ嬢の事をミス・虚無(ゼロ)と呼称するのは問題ではなかろうか。ゲルマニアの人間が何人かいるはずなのだが、その辺り大丈夫なのだろうか。

 

 よくよく考えれば初めて竜空母での会議でも使われていた気もする。まぁ少々気になるので、このまま彼女とかでごまかし続け、モットおじさんがミス・ゼロと口にするようであれば解禁しよう。

 

 「さらにサウスゴータやロンディニウムを落とすのに彼女の力がそれほど有効だとは思えません。むしろカスティグリアが連合軍の援護を目的とした艦砲射撃を行った方が遥かに有効であり、堅実な効果が望めるでしょう。詳しくは申しませんが彼女の力はそういったものなのです。」

 

 実際にルイズ嬢のエクスプロージョンは期待できないだろう。原作ではサウスゴータ攻略線で何かしら任務を与えられており、サイトと共に失敗したような気がするが、結局戦況に影響はなかった。それならば小型艦からでもあの命中率であれば艦砲射撃を行った方がかなりの効果が望めるのではなかろうか。

 

 「しかし、そんな彼女は現在カスティグリアのフネに乗り、接触はかなり制限された状態にあります。連合軍に所属する人間ではまず近づけません。

 ですが、ド・ポワチエ総司令官殿を始め、総司令部の方であれば彼女に直接伝令を送り、連絡や要請の授受などを行ったりこのような会議などへの参加を促す事は可能なのではないでしょうか。

 カスティグリアは彼女の判断に対し、要請する事は出来ても命令する事はできませんし、当然彼女に対して拘束力を持ちませんから、この命令書が要請書や嘆願書といった様式で、カスティグリア宛ではなく彼女宛に届いており、これを読んだ彼女が受諾したのであれば彼女はこの会議に出席していたでしょうし、彼女の力が総司令部の作戦に有効であると彼女が判断した際には協力を申し出たかもしれません。」

 

 カスティグリアはかなり命令系統に関してかなり厳格に設定されていると思われる。恐らくトップは父上かクラウス、そしてこの諸侯軍に関してはお飾りのトップが俺で、その下で艦長殿が現場の指揮を行い、その下に各艦長や竜部隊の隊長といった順ではなかろうか。ぶっちゃけ前後しか知らないので他は予想だ。まぁお飾りなので要請や相談くらいで命令を下した事はないが……。

 

 しかし、連合軍、そして王軍や各諸侯軍、そして空軍などの命令系統は意外と曖昧なのではなかろうか。基本的に総司令部が上に立ち、それぞれに命令を下すのだろう。そして、そのトップにド・ポワチエ将軍がいるとも捉えることが出来る。

 

 しかし、横のつながり、つまり諸侯軍同士や連隊同士、大隊同士といった部隊同士の要請や命令順位は細かく決まっていないと考えられる。そもそも傭兵や志願兵といった者が大半で、厳密にトリステイン軍の士官として、この戦争に参加している人間はかなり限られているのではなかろうか。

 

 つまり、連合軍は同じ権限を持つ軍に対し、要請を行い、折衝するという行為にとても不慣れなのだろう。むしろ軍隊は上意下達があるべき姿であり、独自性を持ったカスティグリア諸侯軍や女王陛下直属のゼロ機関が指揮系統にとってかなり厄介な存在だという事は容易に想像できる。

 

 しかし、そのように決まっているのだから、そのようにすべきだろうし、伝令による舌戦などせずに、ルイズ嬢を持ち上げつつ相談したい事があるとか言って要請すれば彼女もホイホイここに顔を出したに違いない。

 

 まぁゼロ戦がタケオにあるうちは顔を出すのが精々だとは思うが、もしかしたら会議に出席した彼女からカスティグリアに総司令部の作戦に付き合うよう要請が来たかもしれない。

 

 「しかし、なぜか総司令部は彼女への要請などではなくカスティグリアへ命令を行いました。その辺りの理由は先ほどウィンプフェン殿が口にしましたが、それはともかくとして彼女を自分の手元に置きたかったという事は変わらないかと思います。

 確かにウィンプフェン殿のように総司令部の戦功に役立てるためとも取れます。しかし、ご存知の通りかと存じますが、かなり高いリスクが伴いますのでただの建前かと存じます。」

 

 何となく前世にあった推理小説や推理漫画に出てくる刑事や探偵の気分になってきた。まぁやってる事は真相究明しつつミスリードを誘い矛先を総司令部から未来の敵へと変える作業なのだが、恐らく犯人を捜すよりも個人的には有益だと思う。

 

 正面に座ったド・ポワチエ殿がモットおじさんとウィンプフェンの表情を窺ったのが視界に入った。恐らく全く関係のないハルデンベルグ侯爵や勅使として来たモットおじさんは特に表情を変えていないが、ウィンプフェンは何かを考えつつ完全にこちらを疑っているようだ。ただ、当の将軍閣下は困惑を表に出さないよう、引きつった笑みを少し浮かべている。

 

 ……もしかしてリスクを把握していなかったのだろうか。いや、ここはそのリスクを知りつつごまかしていたのをモットおじさんに悟らせたくはないというのが正解ではなかろうか。

 

 しかし、その予想は一瞬で破棄されることとなった。

 

 「クロア殿。そのだな……。うむ。そちらが考えるリスクと我々が把握しているリスクに差異が無いか把握しておくべきではないだろうか。宜しければその辺りを詳しく説明していただけないだろうか。」

 

 俺はド・ポワチエ将軍の言葉で、ウィンプフェンが軽く頷いたのを見てしまった……。モットおじさんの方を窺うと、笑みを浮かべて頷いた……。

 

 ま、まさか誰も考えていなかったのだろうか。い、いや、まさかですよね? ほら、ド・ポワチエ将軍も確認のためと言っていたし……、まさか知らずに使い潰そうなんて思って……、そういえば原作ではウィンプフェンがルイズ嬢を捨て駒にしてましたな。

 

 「はい。まず彼女は女王陛下直属の女官であり、特殊な魔法を使うことができます。確かにそれだけでも女王陛下にとって特別な人間と言えますが、彼女を取り巻く境遇はそれだけではありません。そう、何より彼女はヴァリエール公爵の三女殿でもあるのです。」

 

 しかし、ハルデンベルグ侯爵や他のゲルマニアの士官がいるのに口に出してしまって良いのだろうか。この辺りで察してくれても良いのではないかと視線を巡らせるが、モットおじさんくらいしか理解している人間はいなさそうだ。

 

 アイコンタクトが成功するという自信はないが、「本当に言っていいの?」とモットおじさんに視線を投げかけると、それとなく頷いたのできっと通じた上でオッケーが出たと言う事にしておこう。

 

 「皆さんお忘れかもしれませんが、トリステインにはまだ今戦争での出兵を控え大軍を組織できると思われるヴァリエール家が残っております。そして、その公爵家の長女殿、次女殿の事を考えると、三女殿の身の安全はかなり重要なのではないでしょうか。

 彼女が戦功を上げることが出来なかったくらいならまだ良いのです。しかしもし彼女がこの戦場という場所で死傷してしまった場合、もしくはあの破廉恥な共和国の捕虜となってしまった場合を考えますと、彼女を作戦に出すという事はトリステイン王国を賭ける大博打としか思えません。

 戦争が終わったあと、彼女が亡くなっているか、何かしらの()を負っていた場合。そしてその傷が大した功績の望めない作戦や使い潰されたために負った物だとした場合。どれほどの首が必要になるのでしょうね?」

 

 まぁ間違いなく総司令部の人間のほとんどはヴァリエールへの貢物や王家への迷惑料として首や財産を残らず吐き出す事になりかねないのではなかろうか。ふむ。マザリーニはこれすら狙いだったのかもしれない。なるほど、財産没収で戦費を回収しつつ勲章や昇進などの報奨金すら削れるのだから悪くないだろう……。

 

 お、恐ろしい。なんて恐ろしい人間が舵を取っているのだろうか……。この謀略がカスティグリアへ向かない事を祈るしか……、はっ!? もしかして暴いてしまった俺も何かしら今後罰せられてしまうのだろうか……。い、いや、知らなかった事にしておこう。うん。それがいい。まだこの辺りならギリギリセーフなはずだ……。

 

 「リスクの差異に関して他に捕捉がありましたらお伺いしたいのですが……。」

 

 最後にそう確認すると、ド・ポワチエ将軍は「いや、結構だ。問題はないようだ」と引きつった笑顔で答えてくれた。ウィンプフェンは青い顔をしているが、まぁもし彼の言う通り使い潰していたら彼は首を物理的に切り離されてもしょうがないのではなかろうか。

 

 しかし、ここは俺の考えた初めての謀略のため、彼を擁護しつつ彼に逃げ道を提示して差し上げよう。

 

 「では、本題に戻りましょう。つまり、そのようなリスクを抱え、カスティグリアに命令を下し、不和を引き起こしてまで彼女を総司令部預かりにするということにかなり不自然に感じられたのです。そこで、総司令部がここまでリスクを犯す理由は何なのかと考えたところ、これといった理由は思い浮かびませんでした。

 そう、なぜなら総司令部にそのような事をする利点がほとんど見受けられないのです。」

 

 ぶっちゃけ戦功を掻っ攫うためとウィンプフェンが先ほど口にしているので理由は明らかだし、リスクを知らなかったのも先ほど確認してしまった。それに、カスティグリア諸侯軍ごと吸収できるのであればかなり利点がある。その上、リスクに関して触れないのであれば女王陛下へのご機嫌取りを間接的に行う事もできる。

 

 しかし、その辺りをワザと知らないフリをして「まさかそんな事考えるわけありませんよね?」と子供ながらの思考でぶつけていく。まぁ相手はもう二度と「HAHAHA 当然利用するつもりだったYO」などとは間違っても口にできないだろうから問題あるまいて。

 

 「しかし、よくよく考えると、そのようなリスクすら利点になる人間がいる事に気付きました。そう、総司令部に属さない国の人間です。連合軍は全体から見ると少ないかもしれませんが、多くの傭兵や義勇軍をその指揮下に置いております。そして、そのような人間が謀略のために参戦したという想定ならば、いかがでしょうか。」

 

 モットおじさんは少々不安そうな表情を隠しており、ド・ポワチエ将軍は興味津々なご様子だ。続きが気になるのだろう。逆にハルデンベルグ侯爵はそろそろ飽きてきたようで、今にも「進軍! 進軍!」と言いたそうな雰囲気をかもし出している。まぁ、まだお付き合いいただけるようだが、今現在まさに進軍していると思うので我慢して欲しいところである。 

 

 ただ、すっかり旗色の悪くなっていたウィンプフェンが先を読んだようにハッと何かに気付いたような表情を浮かべた。彼にとってこの話の帰結は他の者に責任や罪を押し付け自分の悪くなった立場を助けられる唯一のものだ。

 

 そして、恐らく冷徹と慎重さを装いつつも彼の本質は傲慢で陰謀好きで保身に長けた臆病者といった所だろう。ただ、保身を求めるが故、その陰謀好きな傲慢さ故、この毒酒はとてもとても甘く感じるに違いない。折角用意したのだから是非とも味わって飲み干して欲しいものだ。

 

 「彼らは現状、彼女に接触する機会も手段もありません。しかし、彼女に接触するためにわざわざ参戦したからには何がしか手段を講じその機会を自然に作る必要があるでしょう。そして、彼らの取った手段は意外と簡単なものであり、明確な疑いを持たない限り露見する事はなかったでしょう。

 そう、恐らく彼らの取った手段は『噂』を流す事にあるのではないかと考えました。『カスティグリアは彼女の力を使って戦功を積み上げた』などの噂をまことしやかに流し、総司令部の焦りを利用する事で、総司令部と彼女や我々との不和を引き起こしつつ彼女が自らの手の届く所に来ると考えたのでしょう。実際、『噂』の根源を見つける事は非常に困難でしょうし、効果はあったように感じます。いかがでしょうか、ウィンプフェン殿、そのような噂はありませんでしたか?」

 

 彼を心から救いたいと、そして、彼を嵌めた忌まわしきスパイが連合軍に潜り込んでおり、本当の敵はそのスパイなのだと結論付けるため、仄かに笑みを浮かべてウィンプフェンに尋ねると、ウィンプフェンはこちらが藁を差し出すとは思っても見なかったという表情を一瞬浮かべた。

 

 そして、彼は謀略にかかっていたという事に今ようやく気付き、その落ち度に対する悔恨と、まだ見ぬ誰かへの憎しみを少々わざとらしく大げさに浮かべた。

 

 「確かに、確かにそのような噂を耳にしました! そう、恥ずかしながらクロア殿に指摘していただくまで全く気付きませんでしたが、今よくよく考えると私自身なぜあのような考えに至ったか不思議でなりません。それにクロア殿の考えの深さには尊敬の念を感じざるを得ません。将軍閣下、ぜひとも我々に謀略を仕掛けた諜報員を探しだすべきかと存じます。」

 

 実際、ウィンプフェンはこの藁に縋るしかもはや道は無いだろう。しかし、それはやはり藁であって頑丈なロープではない。不名誉な処刑を甘んじて受けるよりはマシだとは思うが、それこそがまさに俺の謀略である。ウィンプフェンを選んだのは単に彼が一番墓穴を掘っていたからであって、別段誰でも良かったのだが、彼ほどの地位があればきっとよく動いてくれるに違いない。

 

 取り合えず子供っぽさを少々演出しながら笑顔で「そうでしょう、そうでしょう」と頷いてモットおじさんを見ると、とてもこちらを疑っていらっしゃるようだ。隠し切れない眉間の皺がそれを如実に語っている。

 

 「おお、ウィンプフェン殿がそうおっしゃってくれるのであればこちらとしても心強い。総司令官殿。是非とも彼の言う通り、諜報員を見つけ出し、今後の火種を消していただきたい。」

 

 ド・ポワチエ将軍が「うむ」と重々しく頷き、「ではウィンプフェン、そなたに任せて良いか?」とウィンプフェンにその役目を振った。ウィンプフェンとしても汚名を返上するチャンスだ。自信たっぷりに、「全身全霊で取り組みます」と請け負ってくれた。万々歳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。モット伯の胃の状態とは裏腹に、実はクロアくんはモットおじさんを警戒しまくってます。ええ、彼にとっては黒き覇道の先人ですからね。

 取り合えず! 室内での火の取り扱いには充分に注意しましょう。特に火の系統の方は室内での使用は極力控えましょう。ええ、火は延焼の危険性があります。優秀な水の使い手が消せるとも限りませんので一家に一羽プリシラを用意しましょう。いや、防火関連の対策をググっておきましょう。

 2chのまとめサイトとかちょくちょく気になったのをチェックしてます。生放送中に火事になった動画が騒がれていましたね。ぶっちゃけ「大きめの灰皿を常備しておけば良かったのではー?」と思いました。色々とダイナミックすぎて歴史に残る動画になりそうですよね。注意喚起にはとても良い動画だと思いました。

 ええ、アレ見て、「ここには優秀な水の使い手がいる」(キリッ とか怪しいんじゃね? と思いました。その辺りを書いた三日後くらいで、タイムリーすぎてクロアくんの暴走どうしようかと二日ばかり寝込みつつ考えました;;

 まぁ最悪プリシラさんが消火してくれそうですが、クロア君はすごいあたふたしそうですよね^^;

 個人的にイチオシは「F-16戦闘機でちょっとATM行ってくる」ですが……。あのAAが現実の物になるとは……。恐るべし、ギリシャ空軍。

わたしを コンビニに (戦闘機で)つれてって! なんちてw
 
というわけで次回はモットおじさん視点でこの続きくらいまでいけたらなと思ってます。戦争進まないorz ハルデンベルグ侯爵が進軍進軍言い始めそうですよね。

 次回おたのしみにー!


いつものオマケ。四コマ風?

クロア「短気なのも記憶力弱補正も黒歴史生産能力高も全部火の系統のせいだった!」
激炎 「あー色々思い当たるわー。黒歴史だわー。そのせいで両足なくなったわー」
白炎 「いや、俺記憶力いいし? 黒歴史はあるけど匂いとか体温とか覚えまくってるし?」
微熱&炎蛇&燠火「いやいや、全部火の系統関係ないから!」
作者 「それ多分私のせい……」(ビクビク
 


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50 謀略の裏側 モット編 前編

 お久しぶりです。みなさんいかがお過ごしでしょうか。私はぶっちゃけボロボロです。

 と、とりあえずどうぞー!


 カスティグリア侯爵が用意してくれたフネは輝くように赤く塗装された小型艦一隻のみだった。わざわざ見送りに侯爵自ら来てくれたのだが、彼は今まで見たことのない満面の笑みを浮かべていた。何でもわざわざ急遽カスティグリアから呼び寄せてくれたそうなのだが、この侯爵の満面の笑みと用意された小型艦がどうも罠に思えてしょうがないと感じるのは今私の置かれた状況と職業病のせいだろうか……。

 

 先日連合軍が制圧したとは言え、戦時中にアルビオン大陸の軍港ロサイスへ派手な小型艦単艦で行くというのはいささか蛮勇ではなかろうか。そして、そのような勇気を私は持ち合わせていない。どう考えても身分の高い者がソレを誇示しつつお供も連れずにスラムへと入っていくようなものではないだろうか。

 

 大体、普通に考えれば自殺行為に近いのではないだろうか。敵に発見され、拿捕され、捕虜になるのであればまだ希望が持てるが、空賊にでも発見されたらどうなるのか想像もしたくない。

 

 むしろ行かせたくはないのではなかろうかという疑問が当然のように沸き、少々侯爵への友情が揺らぎ、つい行き先をモット領の屋敷へと転進したくなったのは肯定されてしかるべきだろうと信じたい……。

 

 しかし、そんな私の感情を読み取った侯爵が少々慌て気味に、この小型艦のすばらしさを私に教えてくれた。曰く、この小型艦は今までよりもさらに速くなっており、早々追いつけるフネはいない上に、普通の戦列艦までなら勝てる……らしい……。

 

 むしろ逆に胡散臭さが増した。普通に考えたらこのサイズのフネであれば、トリステイン空軍ではコルベット艦というランク付けになるだろう。その上のランクにはフリゲート艦、そしてさらに上のランクが戦列艦という事になっていたはずだ。

 

 そして、船種のクラスが変わるというのはそれだけの理由があることくらいは知っている。一つ上のランクのフネが一斉砲撃するだけで一つ下のランクのフネはほぼ反撃不可能なほどの打撃を受け、先に攻撃を仕掛けたとしても相手の装甲を打ち破る事ができず、白旗を揚げるしかない。故に、確か空軍では基本的に上のランクのフネとの戦闘は回避する事になっていたと思う。

 

 しかし、次の侯爵の発した言葉で私は逆に興味をそそられることになった。

 

 「実は以前、クラウスがモット卿に調査をお願いしたフリゲート艦を沈めたのがこのフネでしてな……。」

 

 すぐに思い当たった私が驚きを隠せずに侯爵を見ると、侯爵はイタズラが成功した子供のようにニヤリといい笑顔を浮かべた。

 

 ああ、そういえばあの獣の親はこの方なのだな……。うむ。間違いなく血が繋がっているのだろう。むしろこの父親とクロア殿という存在が近くにありながらも誠実に育つクラウス殿が奇跡なのかもしれない。

 

 しかし、そういう事であれば確かに空軍が艦隊を率いて行くよりは安全なのかもしれない。そして、侯爵が私に新型で極秘事項の多いフネという事で、クルーの指示に従うよう強く要請したことで、逆に安心と興味が不安を遥かに上回った。

 

 侯爵にフネや見送りの礼としばしの別れを告げてフライで乗り込むとこのフネの艦長殿に出迎えられた。小型艦という事で歓迎の人員が少ない事や、機密の多いフネなので小間使いのような人間がいない事を詫びていたが、私も単身である事を根拠に気にしないでくれと返した。

 

 勅使という仕事柄、外国や他領へ向う事が基本であり、私のように単身で動く人間はあまりいないだろう。カスティグリアとのパイプ役になった時点で、彼らの動きに合わせる必要から外国に行く事も考えられたが、私は未だに単身で動いている。

 

 カスティグリアという秘密のベールに興味を示さない者がいないわけでも私の下に付いてくれる人間に心当たりがないわけでもないのだが、中々良い人材がおらず、単身で動かざるを得ない状況だ。

 

 そう、相手があのカスティグリアであり、彼らの秘密や機密をポロッとこぼそうものなら、そして彼らを理解せず手を出そうものなら国が滅びる危険性まであり、むしろ部下を持つ方が危険度があがりそうなのである。私に必要な護衛をカスティグリアが担ってくれる限り、そして、クラウス殿という私の友人がいる限り、ぶっちゃけ単身の方がまだ気が楽なのだ。

 

 そんな事を考えつつ、艦長殿にロサイスまで私が利用する部屋へと案内してもらった。貴賓用の部屋や艦長室という部屋は艦尾にあるのだが、このフネの構造上、その付近は人の休める場所ではないそうで、艦長室は中央付近に設置されており、そこを使うように言われた。

 

 その部屋は小型艦らしく最小限にまとまっており、ベッドと机、そして簡単な荷物置き場以外の侵入を拒むような狭さだった。艦長殿は恐縮していたが、士官室はもっと狭いらしい。そして、艦長殿は私がいる間、その狭い士官室で過ごすと聞いて少々申し訳ない気持ちになった。

 

 しかし、むしろこの狭さがこのフネの秘密につながると考えれば逆に心が躍ると伝えると、艦長殿はホッとした表情を浮かべ、この部屋と階段と上部デッキ以外には極力近づかないようお願いされた。特にガンデッキと艦尾は危険なので近づいて怪我をされたら困ると言われた。

 

 「ではロサイスまでよろしく頼む」と艦長殿に告げ、握手をすると、艦長殿は部屋を出て行った。荷物をベッドの頭上にしつらえられた収納スペースに入れると、部屋の外から艦長殿の「出航」という大声が響き、独特の笛の音とドラムの音が部屋まで届いた。

 

 そして、風石によってフネが浮き始めると部屋が振動し始め、フネがゆっくりと動き出した。確か、レジュリュビの説明を受けた時に聞いた、蒸気機関というものが動いているのだろう。取り合えず慣れない船室で体調を崩さぬよう、少々休むとしよう。

 

 荷物の中から本を一冊取り出すと、さっそく読み始める。

 

 私は希少本を集めるのが趣味ではあるが、希少だから価値があるだけで中身が値段に伴わない物は多々ある。しかし、マジックアイテムのような効果をもたらす本や、見た事の無い言語で書かれた物など理解できずともその文字の量から中身がとても重厚であり、解読できた時の価値が計り知れないものである気がしてくるのだ。

 

 そう、私は言わば風石の鉱脈を探したり、沈んだフネの宝を探すような夢や希望を楽しんでいると言っても良い。

 

 そして、今回の旅で持って来たこの「機動戦○○ンダム 0083(下)」という手のひらサイズの希少本をこの船旅で長時間かけてじっくりと解読すべく開いた。この本は数年前、ガリア王都で行われたオークションで三万エキューほどかけて手に入れたものだ。

 

 見た目は手のひらサイズであり、使われている紙はとても滑らかであり、カバーのようなものには絵画とは思えないような絵具が使われている事が如実にわかる。しかし、落札後、私の落胆は当時ひどいものだった。

 

 なんせ中身は解読不能な文字の羅列、しかも絵はほとんどなく、白黒で表紙に比べるとかなり質のおちるものだったのだ。そして、中身は恐らく召喚したゴーレム同士の戦いがメインの物語と言ったところだろう。文字の羅列が恐ろしく緻密で少々中身に興味は沸くが、内容と金額を考えると気落ちせざるを得なかった一品だ。

 

 しかし、今回の旅の友として持って来たのには訳がある。そう、以前初めてレジュリュビを見たときに既視感のような物がわずかにあったのだ。戦時中ですぐに忘れたが、その後、ふと以前から手付かずになっている希少本を手慰みにパラパラと捲っていた所でこの本に行き着いた。

 

 そう、どうもここに出てくるゴーレムの収納基地と思えるものが、クロア殿の考案した『レジュリュビ』に酷似しているのだ。そして、コレを解読できた暁にはクロア殿の発想の深淵に迫れるのではないかという魅力的な想像が芽生えてしまったからには手を付けずにいられない逸品となってしまった。

 

 自力での解読を試みてはいるが、可能であればこの「異界の言語」とも思える本の解読がこなせる異世界人が近くにいないものかと、そんな無体な想像をしてしまうのは致し方ないだろう。

 

 まぁ、ゆるりと読み進め、それとなくクロア殿との話の種にするのも良いかもしれぬな……。

 

 

 

 希少本との戯れと艦長殿との昼食が終わると、朝から酷使されていたであろう私の精神が解きほぐされ、いつの間にかベッドで寝ていたようだ。そして、起きてみるとすでに朝になっており、身支度を整えつつ、身体の調子を確かめる。

 

 不安に思っていたフネへの順応は初日ゆっくりしたおかげで問題ないようだ。この常に揺れる空間は慣れない者にとっては初日に張り切りすぎるとひどい目に会う事は乗る機会の多い私はよく知っている。

 

 だが、順応に成功したというのであれば、今日は艦長殿の暇を見計らい、彼らにこのフネの案内をして貰おうと思っている。まさに新しいフネなのだ。これから世界を変えていくであろうこのフネに関して、出来る限り多くの情報を仕入れておくべきであろう。

 

 身支度を終えたところでドアがノックされた。少々訝しげに思いつつも返事をすると、一言断り、若い士官が入室してきた。そして、私は彼の発した言葉に驚きを隠せなかった。

 

 「あと一時間ほどで軍港ロサイスへ入港予定です。桟橋からは連合軍の人間が案内してくれるようです。閣下がお使いになる馬車や先触れ、行き先に関して何か準備や言付けがあればお伺いいたしたく存じます。」

 

 そう言えば、ロサイスへの到着時刻に関して聞いていなかった。あと二三日かかると予測していたのだが、まさかこんなに早く到着するとは思っていなかった。

 

 ―――恐るべし、カスティグリア……。

 

 動揺を心の奥底に押し込み、笑顔で連合軍指令本部への先触れと馬車を頼むと、士官は敬礼して出て行った。艦内を見学するために軽く身支度を整えただけだったので、勅使としての仕事着に着替え身支度を整え、持って来た書類を軽く確認すると、ロサイスに到着したのだろう、甲板員の吹く笛の音が部屋まで届いた。

 

 そして、先ほどの士官が再び現れ、甲板まで案内され、艦長殿との挨拶もそこそこに、順調に私は軍港ロサイスへと足を踏み入れる事になった。

 

 私が桟橋へ降りるとすでに馬車が待機しており、連合軍の士官に出迎えられ馬車へと乗り込んだ。そして、カスティグリアの小型快速船を今一度目に入れておこうと考え、馬車の窓から外を見ると、すでにフネは「もう用はない」と言わんばかりにロサイスから離れていく所だった。

 

 確かに今回の案件は時間との勝負かもしれない。しかし、こう、優雅な船旅と馬車での移動がこれから始まる会合への癒しではなく、断頭台へと送るために急かされているようでどうも陰鬱になってしまう。

 

 まぁ、ここまで来たら断頭台を妄想のかなたへと追いやるべく努力すべきだろう。

 

 私が女王陛下の名代である事を示す百合の紋をはためかせながら馬車が総司令部が設置されている赤レンガの建物に到着すると、ド・ポワチエ将軍を始め、多くの高官が出迎えてくれた。

 

 しかし、彼らを動かしたのは女王陛下に預けていただいた名代という権限だという事はわかっているし、ド・ポワチエ殿の表情には期待のような物も浮かんでいる事からご機嫌取りである事は疑いようもない。

 

 彼らは「長旅の疲れを癒すため」という名目で歓待を申し出たが、こちらはもはやそれどころではない。出来るだけ時間を有効に利用し、交渉の準備をするべきだ。私のために用意されたという部屋に荷物を移すようポーターに告げると、会議室に案内して貰うことにした。

 

 会議室へと向いながら、「カスティグリア諸侯軍から連絡は?」と尋ねると、すぐ後ろを歩いていた参謀長のウィンプフェンと名乗る男が足早に私の横に来て「本日の正午ごろ会議のためこちらに来るようです」と返答した。

 

 デトワール殿に以前会っている事が幸いしただろう。彼の好むであろう作戦の傾向という物は基本的に緻密でいて余裕を持たされた素人にも察せられるような芸術的なものである。全てを知り尽くしているであろう彼は、時には強引に、時には柔軟に、そして何よりも相手の度肝を抜く事を好む。

 

 そして、同じく欺瞞や奇襲、そして強襲というものを好むクロア殿とはとても相性の良い人間だ。恐らく彼に下されるであろう指示は搦め手も含め、かなりの要素を持ちつつ、それら全てをまず隠蔽するため、威圧か無力のどちらかを装ってくるだろう。

 

 どちらで来たとしても油断せずに真摯に対応すればその辺りは問題ない。

 

 しかし、まず間違いなく「正午ごろ(・・)」というのにすら罠が仕込まれている。勅使としての勘がウィンプフェンから聞いた瞬間、かなり敏感に反応し、「恐らくかなり早めに到着する」と直感した。

 

 まだ午前中とは言え、やはりそれほど時間が残されているというわけではなさそうだ。しかし、彼らのカスティグリアに関する誤解を正し、注意事項を通達する時間は残されている。

 

 それならばクロア殿が「会議に出席する」というのであればいきなり最悪の事態になることはないだろう。例えばド・ポワチエを始めとした会議に出席する高官達がヘマをし、彼に杖を抜かれるなんて事は起こらないだろう。ソレを先に回避できるだけでも幸運なのかもしれない。

 

 

 会議室に入ると、長テーブルの一番奥に私が座り、左サイドに総司令官ド・ポワチエ、ゲルマニア軍指令官ハルデンベルグ侯爵、参謀長ウィンプフェンとその他高官といった階級順に座らせる。椅子の数は左側だけでは足りなかったが右側は全て空けさせた。

 

 「本来ならばそれなりの歓談の後に行いたかったものだが、かなり時間が押していると思われる故、時間が惜しい。すまないがまずは私の話を聞いていただこう。」

 

 そう言って唯一自分の手で持って来たカバンを開くと何枚かの羊皮紙を出し、よく見えるよう、彼らに提示する。

 

 「まず、この女王陛下とマザリーニ殿の署名が入ったものが示す通り、私は女王陛下の名代として今回派遣された。連合軍とカスティグリア諸侯軍の間で起こった問題を解決するのが、私に与えられた仕事だ。そして私に与えられた権限により、トリステインの軍人に対して独断で賞罰を与える許可すら与えられている。」

 

 それを示す蝋印の入った羊皮紙を広げて彼らに示すと、「おぉ」という感嘆の声が控えめにかなりの数が上がった。

 

 「そして、ゲルマニア軍指令官殿に対しても外交上の方針を判断する権限を持っている事を承知しておいていただきたい。」

 

 再びそれを示す羊皮紙を広げてハルデンベルグ侯爵に示すと、彼は「うむ」と深く頷いた。そして、参謀長に「カスティグリア」という単語が入った議事録を全て提出するよう求めると、少々いぶかしみながらも他の参謀に纏めて持ってくるよう言った。

 

 「確認すべき事が山のようにあり、取れる時間はかなり少ないと思われる。その辺り、ぜひご協力願いたい。本題はカスティグリア諸侯軍が出席してからになるが……、まず、ド・ポワチエ将軍と二人だけで話さねばならぬ事がある。申し訳ないが、他の者は少々席を外していただきたい。」

 

 女王陛下の名代という権力を如何なく発揮し、ド・ポワチエ将軍だけを残す。これから話すことは他の人間に聞かれるには少々都合が悪い。特にハルデンベルグ侯爵以下ゲルマニアの人間には聞かれたくないことだ。

 

 早々にドアをロックしサイレントの魔法を掛けると椅子に座り、少々動揺しているド・ポワチエ将軍に向き直る。

 

 「まず、ド・ポワチエ将軍。私は貴公を元帥職に推薦し、内定させる事も可能だが、貴公はそれを望むかね?」

 

 将軍にそう問いかけると、将軍は一瞬喜色満面の表情を浮かべたが、無理やり自制し、真剣な顔つきをした。心より望むものを「欲しいか?」と言われて笑顔で「欲しい」と言えるのは平民や野良メイジ、そして幼い貴族だけだろう……。

 

 いや、幼いわけではないが、クロア殿ならはっきり言いそうだ……。むしろ彼なら相手が誰であろうともはっきり言うだろう。実際にアンリエッタ姫殿下が女王陛下になった時にそのような事を口にした気がする……。

 

 しかし、「いらぬ」と言ったら本当にもらえなくなる可能性が高い。その葛藤はよくわかるが、いつ時間切れになるか分からないのだ。できるだけ早く答えてほしいものである。

 

 将軍は十数秒硬直し、「はっ!」と軍人らしい返事と共に立ち上がり、姿勢を正す。

 

 「お任せいただけるのでしたら望外の喜びではありますが、それを決めるのは私では無いと心得ております。まずは戦に勝ち、ホワイトホールに百合の旗を掲げる事を第一義とする所存であります。」

 

 「結構。座りたまえ。」

 

 私が笑顔で了解を示すと、将軍は一瞬笑みを浮かべ着席した。模範的な回答であろう。ただ、今のままであるならば恐らくホワイトホールにどんな旗を掲げようが彼は元帥にはなれないだろうが、最終確認だけをしておきたかっただけなので内容は別段重要ではない。

 

 そして、私は彼の協力を引き出すため、これから始まる交渉を無事に乗り切るために、取引とも言える残酷な宣言を行わなければならない。

 

 「将軍……。本来は明かさぬのだが、今回は故あって特別に明かそうと思う。数日前までであれば貴公はトリステインで最も元帥杖に近い位置におられた。しかし、現状、残念ながら貴公はその元帥杖から遠ざかりつつある状態だ。」

 

 今まで笑みや歓喜を浮かべぬよう我慢していたであろう将軍の表情に疑問と猜疑心のようなものが浮かんだ。こちらはあまり隠す気はないようで、眉間に皺が寄っている。

 

 「確かのあれだけの戦果を上げる独立諸侯軍や彼らと行動を共にするミス・ヴァリエールに対し、自らの昇格に脅威を覚えるのはわからぬでもない。」

 

 図星を指されたかのように将軍が何か口にしようとしたが、軽く手を挙げてさえぎる。まぁ、先ほど将軍が口にした本音と建前のうち建前の部分が省かれていることに対する抗議か保身のための自己弁護だろう。

 

 ただ、言質を取られぬよう遠まわしな言い方を好み、断固としてこのように直接的な言葉を口にする事のない勅使の私が「時間がない」という理由でその基礎概念を曲げている以上、わざわざ耳を傾ける気はない。それに、武官に合わせて直接的な物言いで彼に合わせているのだ。問題はないだろう。

 

 「が、しかし、だ。彼らはどのような活躍をしても元帥杖を望む事はないだろう。むしろ数日前までであれば自らの戦果を武器に、貴公を元帥に推したであろうと私は考えている。若さ故の純粋さもあるのだろうが、彼らはそういった貴族なのだよ。」

 

 将軍は「まさか」という驚愕を浮かべ、私が念押しで深く頷くと、眉間にさらに深い皺を寄せて目を瞑り、深い後悔と反省を全身で示した。

 

 分からなくもない。元帥杖を手にするために行ったであろう事は、自ら元帥杖を手放す事だったのだ。

 

 「彼らは己の欲をほとんど持たず、純粋に女王陛下と祖国のため、出来うる限り圧倒し、(いくさ)に勝つことしか考えていないのだ。それ故、彼らは年若いが女王陛下のお認めになった独立諸侯軍であり、それを指揮する最高指令官であり、直属の女官殿であるのだよ。

 つまりは諸君らの言いようで例えるのであれば、同じ駒でもそのあり方や価値感が全く違うのだ。

 ―――そして貴公に……、いや、今後、元帥杖を持つであろう人間に対し、女王陛下が望むのは、以前のようにただ戦果を積み上げ、政略的な調整を行いつつ戦に勝つだけではダメなのだ。」

 

 むしろ、女王陛下より前のトリステインであればそれだけで概ね事足りた可能性は高いのだろう。それに、先代、先々代の元帥であれば身内すらも名誉のために切る事をいとわず、その事すら武器にしたかもしれない。そして、政治的な駆け引きや宮廷の動きも察知できる人材を手元に置いていたのではなかろうか。

 

 恐らく、あのウィンプフェンという参謀長が本来ならばそのような役目を果たすべきなのだとは思うのだが、その辺り、全く期待できないのが残念だ。彼がただの参謀の一人ならば問題は無いだろう。しかし、残念ながら将軍や元帥の右腕としてであれば彼の力量は必要最小限であり、他に人材はいないのかと思わざるを得ない。

 

 「それでも将軍としてであれば問題ないだろう。しかし、数いる将軍の上に立ち、今後王軍を率い、女王陛下のお力になる事を望むのであれば、それでは足りないのだ。

 そして、さらに重要なのはその『女王陛下が自らお入れになった百合の御紋入りの駒』をいかに効率良く運用し、消耗させず、それでいて旧知の間柄の、そう、お互いに親友と明言できるほどの友好な間柄を築けるかが重要なのだよ。」

 

 このような事を私の口から言わねばならないというのは少々気が咎める上に、相手にとっても屈辱的な内容だろう。実際、将軍に対して文官の私が軍人の頂点たる元帥に関して諭しているのだ。

 

 しかし、本来ならば明かさないと最初に言った上で、彼に求める内容をかなり具体的に詳細を明かしている。私の言は嫌味ではなく助力と受け止める事ができているのであろう。彼には怒りや焦りといったものは全く見えず、真摯に耳を傾け理解に務めているようだ。

 

 「将軍、それらに関してカスティグリアという土地柄、そして彼らが貴公の子供や孫のような年若い人間だった事で見誤ったのは致し方のない事だったと思う。それらを勘案して、女王陛下、そして私やマザリーニ殿は将軍に道を残すべきと結論付けた。貴公が真に女王陛下のお力になれるよう私もマザリーニも貴公に期待するところが大きいのだ。」

 

 正直なところ、あの後、他にめぼしい将軍はいないのかとマザリーニに言ったのだ。実際、カスティグリアやミス・ヴァリエールからここまで不興を買ってしまったのであれば挿げ替えた方が早い上に、まだ時間的にもそれは可能だと感じた。というか、カスティグリアが戦争を終わらせる可能性が高いのでそれほど気にしなくても良いはずだ。

 

 しかし、残念な事に、真に遺憾ながら、今のトリステインには彼よりマシな将軍はいないらしい。今回は連合軍ということで、堅実な作戦を取り、人当たりの一番良い将軍が選ばれていたのだ。そして、マザリーニが言うには、他の将軍に挿げ替えた瞬間、連合軍がカスティグリアに焼き払われる可能性が高くなるという酷いものだった。

 

 「ご助言、そしてご助力かたじけない。どうやら私は目が曇っていたようですな。今後は女王陛下、ならびに諸兄らの期待に沿えるよう邁進すると女王陛下と始祖と祖国に誓わせていただく。」

 

 ド・ポワチエ将軍は目の輝きや言葉の強さ、そして彼の持つ雰囲気が、先ほどまでの「名声だけを求める将軍」ではなく、「祖国に尽くす軍人」へと変わっているように感じた。この変化には私自身にも覚えがある。そして、この将軍は信じられると私は評価を改めた。

 

 大事の前であり何の解決もしてないが、その事が私の望むべき第一歩だと実感し、少々笑みが漏れた。私は将軍に手を出すと、将軍も笑みを浮かべてその手を強く握った。

 

 そして、今の将軍であればもしかしたら心当たりがあるかもしれないという一抹の希望を持ちつつ話を振ってみることにした。

 

 「しかし、此度の件、連合軍はそれなりに譲る必要があると私は判断したのですが、クロア殿が何を望むか全く検討が付かないのです。ここがまた厳しい所でしてな。まず間違いなく大金や名誉といったものではないと断言できますが……。」

 

 将軍は少々考えた後、私の忘れていた事を口にした。

 

 「ふむ。以前勅使殿から王軍や空軍に対し、人員の引き抜きに関する要請を出されていたと記憶しておりますが、その件に関してこちらが譲るというのはいかがでしょうか。

 その程度で彼が納得するかは存じませんが、クロア殿は他の学生士官などとは違い、軍隊や戦場というものを分かっている節が多々見受けられます。できる限りこの戦争で彼らが命を失わぬよう取り計らいたかったのでしょう。」

 

 確かに以前、クラウス殿からそのような事が出来るか聞かれ、それとなく王軍と空軍に確認を取った事がある。別段要請まではしていないが、そう取られても問題がない範囲で抑えていたので問題はない。

 

 なるほど。妙案かもしれない。アノ獣は基本的に周りにいる人間を大切にする。彼が引き抜けないかと思うような人間であれば、そのカテゴリに入るのではないだろうか。しかし、そのような人間を代価にするというのは勘気に触れる可能性も否めない。

 

 それに、彼らとて、学生で志願するほどなのだ。家名や名誉、そして王国と女王陛下のために命を捨てる覚悟で志願したはずだ。と、なると、ただ引き渡しても問題が色々と残る。もし、戦果を上げてもそれはカスティグリア諸侯軍の上げた戦果となる上に、名誉の証である勲章などもカスティグリアが絡むのだ。

 

 彼らが将来的にもずっとカスティグリアに仕えるというのであれば問題はないが、そうでないならば、王軍や空軍で活躍し、トリステインの将軍や王国から下賜されるのとでは大きな差が出てくるだろう。

 

 「ふむ。悪くありませんな。しかし、彼らがそれを望まない限り、クロア殿の余計な節介になりかねません。その辺りを上手く調整し、クロア殿だけに分かるよう、それとなく名誉を預ける事が出来れば言う事はないのですが、はたして可能でしょうか。」

 

 「可能か不可能かで判断するのであれば可能だと言えます。しかし、こういった事は結局ある程度の違和感は残るもの。しかし、彼がそれを快く受け取るかはわかりませんが、損はないでしょう。やってみる価値はありそうですな。」

 

 ふむ。確かに将軍の言う通りだ。実際彼は先ほどまで自分の名声や勲章、地位と言うものに固執していた。そんな彼だから敏感にその辺りを察知できるのかもしれない。

 

 「そうですな。その辺り、任せても構いませんか?」

 

 「ええ、元はといえば我々が起こした問題ですからな。ぜひとも任せていただきたい。」

 

 「そう言っていただけるとありがたい」そう、口にしたときにサイレントがかかっているはずのこの部屋のガラスが揺れ、ビリビリという振動と共に大気が震えた。

 

 「なるほど、勅使殿が急がれた理由がわかりました。恐らく彼らが来たのでしょう。」

 

 そう言いながら将軍は窓の方を見て僅かに微笑んだ。

 

 時間切れと共に、事前の仕込みが整わなかった事に焦りを覚えたが、目の前にいるド・ポワチエ将軍の落ち着きが頼もしく思えた。

 

 「ふぅ、時間切れのようですな。もう少し準備をしたかったのですが、そもそも完璧に準備をしても杞憂に終わる事の多い相手ですからな。今回も杞憂に終わる事を祈りつつ、丸く収まるよう努力しましょう。」

 

 そう少しおどけながら会議の準備のため外に出て貰っていた人間を中に入れるよう将軍に伝えると、「はっはっは、確かに手ごわい相手のようですな」と言いつつドアを開けた。

 

 それからクロア殿が来るまでの間にできる限り参謀の持って来た議事録に目を通す。カスティグリアに関してはド・ポワチエ将軍が焦りを見せ、ウィンプフェンがそれに対し意見や提案をするといったものが多い。しかし、どうやら一番気がかりだったゲルマニアの侯爵殿は特に気にはしていないようだ。

 

 ただ、クロア殿のことだ、こちらに対する要求に原因の究明や再発防止などを盛り込んでくる可能性が高い。当然といえば当然なのかもしれないが、交渉の場でそのような要求をしてくるのはクロア殿くらいなものだ。

 

 あの学院でそのような経験をするまで少なくとも私はそのような要求をされた事はない。いや、実際にそのような事を言われた事はある。しかし、愚痴や嫌味といった類のものや、こちらの譲歩を引き出すための口実であり、明確な要求という形で受けたのはあの時が初めてだった。

 

 そう、普通に考えれば、そのようなミスで譲歩を引き出されるというのは屈辱的なことであり、引き出す方にとっては大きな損害を被らない限り二度三度あるたびに使う事のできる武器なのだ。むしろクロア殿はそのような事を要求したため、後々使えるかもしれないその武器を自ら破棄したとも言える。

 

 そして、クロア殿は勘がするどい。司令部が送ったあの命令書だけですでに原因はわかっているだろう。しかし、そのクロア殿が感じた原因がド・ポワチエ将軍が戦功を焦ったという事だけであればすでに問題は解消されている。

 

 だが、それだけでない可能性があるのだ。そして、もしそのようなものが存在した場合、それに絡めてこちらにとって厳しい条件を突きつけてくる可能性が高い。

 

 私の全てを灰にするような内戦の費用を従軍経験で賄おうなどと考えるような相手だ。今回はそのような事は全く無いと誰が断言できるだろうか。

 

 そして、今回はあの時とは違い、私は途中から参加することになる。この件が起こりうる原因は恐らく彼らがクロア殿と接触してから今に至るまでの間に散見されるはずだ。しかし、かなりの日数があり、私がこの件に関して知りえているのはド・ポワチエ将軍とあの命令書くらいなものなのだ。

 

 ―――だが、私の焦りをあざ笑うかのように無常にも時間が過ぎ、そのような確かな原因を見つける事は適わなかった。もはや後手に回るが、その場で対処するしかないだろう。

 

 

 彼らの来訪が衛兵によって伝えられ、ドアが開かれると、先頭はアグレッサー隊の隊長殿だった。恐らく護衛のつもりで連れてきたのだろう。しかし、彼は私と目を合わせると軽く目礼してもう一人の隊員とドアの脇にずれた。

 

 そして、クロア殿とモンモランシー嬢が姿を見せる。クロア殿はやはりあの老獪で獲物を探すような赤い視線を撒き散らしていた。しかも、恐ろしい事に彼の身体から薄っすらと何かが立ち上がっているようで、それが小柄な彼を少し大きく見せている。恐ろしい……。

 

 しかし、モンモランシー嬢に手を引かれて彼の席に近づき、私と目が合うと、クロア殿を包んでいた老獪で凶暴な獣が獲物を狙う雰囲気が完全に消し飛び、いつものクロア殿に戻った。いや、むしろ私がここにいる事にかなり動揺しているようだ。

 

 取り合えず挨拶を交わしたが、私の「勅使」と「査問会議」という言葉にあからさまに反応し、警戒し始めた。むしろクロア殿のためにやってきたようなものなのだが、査問されるような心当たりがあるのだろうか。それはそれでかなり不安である……。

 

 私が今回の査問会議の内容についての口上を終えると、クロア殿はホッとしたようだ。そしてなぜかこちらを目をキラキラさせて見ている。取り合えずこちらを味方と認識してもらえたようだ。第二段階は成功だと言っていいだろう。

 

 あとはいかに連合軍を救うかにあるのだが、ウィンプフェンやハルデンベルグ侯爵に忠告するよりも現状把握に時間をつぎ込んだのが間違いだったのかもしれない。作戦の方針に関してハルデンベルグ侯爵が怒りと共に申し開きしたと思ったらウィンプフェンと怒鳴り合いになってしまった。

 

 それくらいなら問題ないのだが、ウィンプフェンがハルデンベルグ侯爵を馬鹿にするために口にした『火の系統』を貶す言葉が悪かった。

 

 そう、もう一人この部屋には火の系統の人間がおり、この部屋では恐らく最強を誇るであろうアノ獣も火の系統なのだ……。ウィンプフェンのこの暴挙は、伝説にまでなっている『烈風』殿の前で風の系統を馬鹿にするようなものなのだ……。

 

 その言葉が出た瞬間、二人を止めるかクロア殿を宥めるかする必要があるだろうと判断しつつも躊躇したのが悪かったのだろうか……。私の右側に座るクロア殿に視線を移すとクロア殿は僅かに頬を釣り上げて嗤っていた。

 

 しかも恐ろしい事にクロア殿は赤い瞳を爛々と輝かせながら濃密な気配を漂わせている。そして何かが身体から立ち昇ったと思ったら、ソレにあわせるようにふらっと立ち上がりつつあっさりと杖を抜いた。

 

 「『臆病風』のウィンプフェン殿……。そう、火の取り扱いにはご注意せねば……。なに、この『灰被り』が一瞬で遺灰にして差し上げる故、ご案じめさるな……。」

 

 杖に手をかけた二人が言い争いをしているにも関わらず、クロア殿の声が、死神が冷たい手をヒタっと背中になでおろすように部屋中に浸透した。そして、誰もがクロア殿を見、誰もが動けずにいた。

 

 ここで動かねば人が死ぬ事になる。ウィンプフェンだけならばまだ許容できる。むしろ、クロア殿の言う通り、国家の存亡を賭けた戦争で陛下の名を道具のように使い、自分の政治の道具にしようとする人間など論外だろう。

 

 しかし、クロア殿の魔法を見た事はないが、彼の魔法は全高三十メイルのゴーレムを一撃で塵に返すと言うすさまじいものだ。そして、恐ろしい事が脳裏を掠めた。かの高名な『烈風』殿は手加減が苦手という話を聞いたことがあるのだ。

 

 ならば、クロア殿も手加減が不得手でもおかしくない……。彼が誰よりも愛する婚約者殿はまず大丈夫だろう。しかし、私の左側にいる連合軍の司令部にいる人間が一人残らず灰になったとしてもおかしくない。

 

 しかも、彼があっという間に唱えた魔法はファイアー・ウォールだった。連合軍司令部の人間が一瞬で全員灰になるというイメージが私の脳裏に明確に浮かんだ瞬間。クロア殿を止めてるべく私は叫んでいた。

 

 「クロア殿! クロア殿! 落ち着かれよ! クロア殿、ここは処刑の場ではありませぬぞ! そこの二人、死にたくなくばおとなしく座れ!」

 

 以前もこんな事があったような気がするが、私の沽券をかなぐり捨てた言葉は今回も彼に届いたようだ。隣に座る彼の婚約者も杖を収めるよう彼の手を包んでいるが、「灰にするなら後で」とは、なんと言うか……、まぁ彼が望むのであればそれでも構わないがその時はウィンプフェンだけにして欲しい……。

 

 そんな中、クロア殿はあっという間に落ち着いたようだ。しかも、抜いた本人がなぜ杖を抜いたのかわからないというような疑問を浮かべつつ照れている……。お、恐ろしい……。やはり野生の獣……。

 

 普段はその深い思考と知識が如実に際立ち、忘れがちだが、なぜか杖に関しては大して考えもせずにホイホイ抜くのだから恐ろしい……。

 

 取り合えず場を収め、ウィンプフェンに申し開きを促すと、少々見苦しい言い訳を展開した。

 

 「そこで思い至ったのです。もし、そのような戦果を上げたとしても、それらの戦果はミス・ゼロの上げたものではないかと。そして、それならば全ての筋が通ります。

 今思えばそこにいるクロア殿が初めてヴュセンタール号で行われた会議に出席したとき、自分の婚約者の前で彼女との付き合いを匂わせたのも、戦争が始まる前から彼女のためにフネを一隻用意したのも、そして、何より頑なに手放す事を拒否するのも、ミス・ゼロの上げる全ての戦果を独占するのが目的だったのでしょう。

 そうであろう? クロア殿。査問会議での隠し事はあなたの為になりませんぞ?」

 

 陰謀を餌にするスズメの言いそうな事ではあるが、そこまでひどい論理はあまりお目にかかれないのではないだろうか。大体、そこまでルイズ嬢の才能だけで戦果を上げられるのであれば、女王陛下の直属の女官などではなく、名代や代行として参戦しているのではなかろうか。

 

 それに、クロア殿がルイズ嬢を自艦隊に引き込んだのは艦隊の独立的な行動を完全な物にするため、および彼女を保護するためと考えた方が自然だろう。まぁウィンプフェンは彼らの事を知らないのだ。仕方がないのかもしれない。

 

 ただ、第三者の私が無表情を装っているというのに当のクロア殿は今にも大笑いしそうないい笑顔を浮かべている……。まぁぶっちゃけ私も彼の隣に座っていたとしたら大笑いを誘発したかもしれんが……。何か悔しい気がするのは気のせいだろうか……。

 

 まぁウィンプフェンの誤解というか喜劇を見ていたい気もするが、私の腹筋が耐え切れるとも限らない。早々に誤解を解いておくべきだろう。

 

 「ウィンプフェン殿。まず一つ間違いを訂正しておこう。カスティグリアの上げた戦果を何の疑問も持たずに信じるというのは難しいのかもしれない。だが、確かなのだよ。私も諸君らと同じように今回は現場を見たわけではないが間違いなくそのような戦果が上げられており、限りなく正確な報告書がデトワール殿によって書かれているのだ。そうであろう? クロア殿。」

 

 誤解を解きつつ「一人で楽しむのはやめたまえ」という含みを持たせてクロア殿に振ったのだが、この感じは恐らく通じていないだろう。全くこちらの事を気にせず、彼はここからが本当のお楽しみと言い出しかねないような楽しそうな笑みを浮かべたままだ。

 

 そして、どう見ても申し訳ないとは思っていない謝罪をした後、クロア殿は気になる事を口にした。

 

 「ただ、現在までに彼女は確かに功績(・・)をあげておりますが、戦果はあげておりません。そう、彼女と彼女の護衛はまだ純潔であり、その手を血で汚すような事はしておりません。」

 

 ふむ。確かにアノ作戦書を見た事のある私の視点からでも恐らく出番があったとしてもルイズ嬢とその使い魔殿は最後くらいしか出番がないだろう。しかし、ルイズ嬢が功績を上げている……? 

 

 戦果ではないという事から恐らくは折衝や政治的なものだろう。アノ作戦書で思い当たる節は『アルビオン王族の生き残り』を探すというかなり運の絡む副次的なものだ。そのような人物が存在し得るのか甚だ怪しい上に、今でもなぜあのような事が書かれていたのかという疑問の方が大きいが、もしかして見つかったのだろうか……。クロア殿ならやりかねない事が恐ろしい……。

 

 ふむ……。これは後ほどクロア殿に詳しく確認する必要があるだろう。そして、諸侯軍の作戦書に沿った行動であるからして、いかに密談のための密室を作ったとしてもここで話すのは愚行と言えるはずだ。そう、この件に関しては後ほどレジュリュビを訪れる必要があるはずだ。

 

 うむ。決してシエスタ嬢の紅茶を飲むためではない。いや、レジュリュビで話をする以上、彼女の紅茶が出される可能性は高いし、彼女の入れる紅茶がもたらす癒しが今切実に恋しいのは確かだ。しかし、断じてそのためではないのだ。もし、その辺りの話が私の思い違いだったとしても、何としても後ほどレジュリュビを訪れる必要があるだろうて……。

 

 そんな事を考えつつ話を聞いていると、どうやらクロア殿は矛先を他に向けるようだ。つまり、彼が言うにはウィンプフェンが勘違いしたのは連合軍にあったであろう『噂』が原因であり、その噂を広めた人間はトリステインに謀略を仕掛けるために参戦した可能性が高いとの事だ。

 

 なるほど、確かにそのような人間がいてもおかしくはない。カスティグリアの戦果はおかしいが、基本的に戦争というのは人が死んだり行方不明になるものなのだ。負けが込み始めれば脱走などでの行方不明者も多くなる。しかも連合軍という雑多な集団の中に諜報員が紛れ込んでも見つけるのは困難かもしれない。

 

 だが、カスティグリアのように戦争中ですら情報の隠蔽に気を使うような軍がルイズ嬢を確保している限り、外部の者が彼女と接点を持つ事は難しいし、彼女に関する情報も人づてにならざるを得ないだろう。

 

 そして、もしそのような人間がいたとしたら、このような事体はかなり予想外だったはずだ。噂を流し、司令部を動かそうとしたというクロア殿の推論に沿って調査をする価値はあるはずだ。

 

 ウィンプフェンはこの話に乗り、今までの誤解は全て誰かの謀略だと結論付けた。まぁ本気で彼の言を信じている者はこの場に誰一人としていないのだろう。しかし、当のクロア殿が子供のような純真な笑顔でソレを肯定しているのだ。

 

 あの笑顔は誰が見ても怪しいと思える……。

 

 だが、一度不興を買い、死の直前まで進んでしまったウィンプフェンであればそれこそ必死に内定調査を行うだろう事を考えると、ウィンプフェンが漏らした失言の数々をクロア殿が自らあの笑顔で封殺しようとしているとも考えられる。

 

 そして、結局、その事に関して誰も口を挟むことができず、ド・ポワチエ殿の命令でウィンプフェンが調査をする事になった。

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか(汗) なぜか筆が止まった第50話でした。
 前半部分はサクサク書けたのですが、モットおじさんとウィンプフェンのやり取りが何度書いても露骨だったりモットおじさんの深読みがクロアくんの妄想エンドレスバージョンになっちゃったりと迷走しまくりだったのでもう思い切ってガッツリ削り取りました(テヘ

 そんなわけで、話の内容が全然先に進まないというちょっと後ろめたい感じでの投稿と相成りました。マジすいません。次話は早めに投稿しようかと存じます。

 ええ、実は私、イベント苦手でして……。クリスマスとかなくなればいいのに……(ボソ
 恋人がいるいないとかそんなんじゃなくてですね。マジで逆イベント補正のかかる日なんですよ。12/24,25は出歩くとほぼ災難や嫌な事が起こるともはや決定されているのです。お気に入りの限定車が僅か半年で貰い事故に遭い中破して廃車寸前になったり……、買った物が大抵不良品だったり……、買い物に行くとなぜか売り切れてたり……。
 ちなみに「HAHAHA 大丈夫だよ。一緒に買い物に行こう!」と誘われて、「ま、まぁちょっとなら大丈夫かな?」と車に乗せられ買い物に行ったら帰りにその人の車、バッテリーがあがって動かなくなりました。
 うん。外出は控えようと思いました。

 あ、感想……、欲しいのですが、貰うのが怖い! え、えーっとどうしよう!? ここここんな日にアップなんてやっぱ無謀だったのか!? いえ、いただければとても嬉しいのでちょっと怖いけどよろしければお願いしますorz(土下座


作者「次回もモットおじさん編だと思うのですが、クロア視点も捨てがたい……。うーん。」

クロア 「おい、作者! おれ! しゅじんこう! だから!」
モット 「作者殿。そろそろ私の体を労わってもらえないだろうか」
ポワチエ「セーーーーーフ! 首つながったあああああああ!」

ルイズ 「空で紅茶なんて優雅でステキね。ちいねえさまに土産話ができたわ」
サイト 「わん……」

 次回おたのしみにー!

 -追記-
 作中に出てくるガンダム0083の小説の挿絵に関してなのですが、残念ながら上巻しか見つからなかったので下巻にアルビオンの挿絵があるか不安です。二択で下巻を採用しましたが違ってたらご指摘いただけたらと存じます><;


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51 策謀の裏側 モット編 中篇

 読者の皆様、お久しぶりです、大変お待たせしました。ええ、何ヶ月ぶりでしょう? ちゃんと投稿できるか操作に不安を覚えました^^;
 それではどうぞー。


 この会議はクロア殿が指摘した諜報員の存在やミス・ヴァリエールに関する問題が、総司令部を大きく揺り動かし、本来の目的からは逸れてしまっている。

 

 そもそも、査問会議と銘打った会議の目的は、女王陛下の名代として私が直に連合軍の責任者、つまりアノ報告書をトリスタニアに送った者達を罰する事で、あの文書が(もたら)すであろうクロア殿を筆頭としたカスティグリア諸侯軍、そして知ってしまったカスティグリアの怒りを連合軍は基より関わってしまったトリスタニアから逸らし、事体の収束を図るものだった。

 

 ただ、それに関しては別段責任者を罰する事も、これと言った譲歩も何もなく概ね解決してしまった。

 

 私が会議の前にド・ポワチエ将軍と話す機会を得る事ができ、しかも彼の考えをうまく変えられた事がもっとも大きい分岐点だったのは間違いないが、脅しとしか思えない報告書を送りつけてきたにも関わらずほとんど何も無かったのだ。

 

 まぁ、クロア殿らしいと言えばらしいのだが……。

 

 しかし、将軍が軟化し、彼が状況を把握した事で、彼が連合軍司令部における政治的なバランス感覚を十全に発揮し、上手くまとまったのは大きい。

 

 一番カスティグリアに敵意を見せていたウィンプフェン参謀長が責任を持って諜報員あぶり出しの指揮を取るという差配だけでも、将軍が清濁併せ呑める有能で老練なことが垣間見えた。会議が始まる前、彼は目が曇っていたと言っていたが、その事を、彼の言葉通りその一片をこの会議で示していただけたと感じた。この収穫は今後の私の行動にも大きな影響を齎すだろう事は想像に難くない。

 

 しかしながら、今現在行われている会議は、女王陛下御自らが名代という権限を私に持たせて派遣し、女王陛下の名の下に彼女の意思にそぐわぬ行動を起こした連合軍総司令部に存在するトリステイン貴族達への懲罰的な査問会議である。

 

 マザリーニに関しては割りとどうでも良いが、歳若い女王陛下は、アノ騒動を知った後に、これだけの結果では納得していただけるだろうか……。

 

 そう、女王陛下御自ら勅命を下されたのだ。「総司令部が誤解を認め、カスティグリアへ何らかの譲歩を行った」という分かりやすい結果が必要なのではないだろうか……。

 

 そもそも、カスティグリアが、いや、クロア殿が何を望むかなどは誰も想像できなかっただけに最初からそんな分かりやすい結果などは物別れに終わり司令部の人間の首を飛ばすくらいしか考えていなかったのだから、この状況に満足すべきなのは分かっている。

 

 むしろ、その原因が「あるかどうかも怪しい『噂』がこの事態を招き、連合軍総司令部を混乱に陥ったのは他国からの義勇軍に紛れていた諜報員」であり、その者を探し罰するという事を条件にしてくると誰が予想できるというのだろうか。

 

 しかも、罪を逃れるために総司令部から尻尾切りのように言い出されるのではなく、遠く離れていた彼らにとっての断罪者であるはずのカスティグリアからそう指摘されたのだから、もはや両者、そして私にとって信憑性という単語は意味をなさないのだ。

 

 総司令部としては喉元に突きつけられていたはずの杖が身を起こすよう差し出された手に変わったように感じた事だろう。

 

 しかし、現状、私にとって『女王陛下の名代』と『査問会議』というマザリーニに持たされた『私と連合軍をカスティグリアから守るための武器』が逆に私の枷になってきているのではないだろうか……。

 

 ふむ。女王陛下に関しては「まぁ! やはり彼はトリステイン貴族の鏡ですわ」と、笑顔でお褒めの言葉を口にされ、ルイズ嬢のことに関しても後でご友人として個人的に対処なされるだろう。目に浮かぶようだ。

 

 ただ、現状諜報員がどのような人物かわからない以上、マザリーニなどは良くない未来を想像し、再び骨化が進むかもしれない。その点は問題無い。むしろ、ヤツは今、アンリエッタ女王陛下が誕生した事で肩の荷を降ろしたかのように思える。

 

 うむ。ヤツはもっと骨化すべきだろう。

 

 しかし、その後、更に骨化したマザリーニの助言を受けた女王陛下が、私に対しどのような評価するかを考えると少々不安が残る。大体、この状態はよく考えれば保留という意味合いに取られてもおかしくはないのではないだろうか……。

 

 カスティグリア諸侯軍は、今やトリステインのいち領主の諸侯軍ではなく、トリステイン・ゲルマニア連合軍ですら勝敗の分からない相手のほとんどをまさしく露を払うように壊滅させたほどの軍なのだ。

 

 そんな相手に対するという事で、あれだけの権限を持たせて送り出したというのに「保留にしてもらっただけで帰って来た」などと思われようものなら私自身の進退に関わり兼ねないのではないだろうか。実際、私があちらの立場ならば、耳に入る情報如何では不満を覚えてもおかしくない。

 

 ―――やはり分かりやすい結果はあった方が良いだろう……。

 

 そもそも、この遠征に出ている(・・・・・・・)諸侯軍だけ(・・・・・)でもこれほどにカスティグリアは強いのだ。クラウス殿をアンリエッタ女王陛下の王配兼宰相に迎え、国軍をすべてカスティグリアに任せるだけでトリステインに平和が訪れるのではなかろうか。

 

 正直なところ、もしカスティグリアに相応の野心があったならば数多くの王族や貴族の系譜がすでに断ち切られ、大陸全土が血に染まっていたかもしれない。しかし、そのような事になっていない上に、彼らの人柄から他国への侵略や蓄財、そして名誉欲に駆られるとは考えにくい。

 

 マザリーニを教師としたアンリエッタ女王陛下が政を行い、王配のクラウス殿がトリステインを護る。そう、民にとっては理想の、貴族にとっては恐怖の……、おや? う、うむ。意味の無い恐ろしい想像が一瞬頭をよぎったが、取り合えず今存在する悪夢を収束させよう。うむ……。

 

 まず、課題は『連合軍総司令部によってカスティグリアの要求が反故にされた件』を、どう上手く借りを作らずキレイに纏めるかだ。ただ、カスティグリアが総司令部に矛先を向けない限り、そして私が責任追及や保障などの話題に向けては総司令部の上層部にいる人間に罰を下す事になりうる。

 

 ここに来る前までならば、そしてド・ポワチエ将軍と二人で話す機会がなければ、気にも留めず追求し、将軍以下数名に罰を与えただろう。しかし、私の勘では、ド・ポワチエ将軍は私と同じくカスティグリアに胃を痛める同志か、軍事関連の問題に対し、私の胃を護る守護者になりうるのでは無いかと強く感じている。

 

 で、あるならば、極力彼を傷つけることなく終えることで、彼との協力体制を強固にし、彼を軍事面でカスティグリアとの緩衝材にすべく努力すべきだろう……。

 

 もし仮に、今そんな言質を彼から取れるというのであれば、今私に与えられている名代権限でこの場で早急に彼に元帥の内定を与え、私自ら女王陛下に嘆願し、マザリーニに杖を向けながら説得する事も吝かではない。

 

 武官に通じるか疑問だが、そんな願いを瞳に篭めつつド・ポワチエ将軍に視線を送ると、なんと彼は僅かに頷いてみせた。おお、やはり彼はすばらしい人物であるようだ……。

 

 「そういえばウィンプフェン。補給物資の荷揚げ状況はどうなっておる?」

 

 「はっ、現状、兵を進めるのに問題はありません。揚陸予定のうち八割ほどが完了しております」

 

 唐突に将軍が会議中だというのに世間話のように口にした発言はウィンプフェンにとっては疑問だったのだろう。少々疑問が表情に浮かんでいる。彼にとってこの会議にはおおよそ関連の無い話の内容に疑問を感じたのかもしれない。

 

 しかし、デトワール提督は先を読んだようで口元が緩んだ。ふと、なぜ彼が国軍の参謀でないのか疑問を抱き、相手側にいる現状を不満に思ってしまうのは致し方ないのではないだろうか。

 

 「ふむ。残りの二割のほとんどは風石だったか?」

 

 「はっ、緊急時に備えておりますが、揚陸は可能です」

 

 ド・ポワチエ将軍は「なるほどなるほど、ふむ……」とつぶやきながら顎に手をやり、しばし黙考を始めた。

 

 恐らく現在までの艦隊の荷揚げ状況や、艦隊の状況、今まで混雑を極めていた桟橋がカスティグリアの協力(・・)もあり順調に補給物資の揚陸に終わりが見え、割り当てが空きそうな事をウィンプフェンとのやり取りでカスティグリア側に伝えつつ、私に対しては、連合軍が管理するその二割の風石をカスティグリアに渡して良いか聞いているのだろう。

 

 国軍の資産を諸侯軍に渡す事に対し、総司令官と言えど将軍個人の判断では迷う場面かもしれないが、名代の私が黙認する事でそのような問題は無くなると踏んでの事だろう。そして、それは私としても女王陛下への分かりやすい手土産になるすばらしい譲歩だ。

 

 私は迷わず将軍に了承を示す目配らせと目礼を送った。

 

 そして、カスティグリアとしても過剰消費したであろう風石の補給が連合軍から支払われ、荷揚げされた風石を積んでいた分のガレオン船が不要となり空くはずの桟橋の割り当てが増えるという文句の無い終着点に落ち着くだろう。

 

 まさしく誰も損をしないすばらしい条件だ。クロア殿の婚約者の隣に座るデトワール提督は、彼の表情を見るに間違いなく意味を完全に察している。彼も条件を飲むはずだ。

 

 しかし、名目上カスティグリア側の最終的な決定を下す肝心のクロア殿は、この新たに始まった二人の会話が何を意味しているのか全く察していないようで、ほんのり眉を寄せ、思考の海に沈みかけているのが少々、―――いや、かなり不安だ。

 

 ここはその不安を早急に払拭して貰うべく、モンモランシー嬢とデトワール殿へとクロア殿への助言を嘆願するよう視線を投げかけると、幸い私の視線をデトワール殿が察してくれた。

 

 彼は私の意図を確認すべく軽くクロア殿の様子を盗み見ると、隣にいるモンモランシー嬢へと手元にある羊皮紙に何かを書き、彼女へと伝えた。そして、クロア殿の隣に座るモンモランシー嬢は軽くうなずくと、クロア殿へこの交渉に関しての助言してくれるのだろう、周りに聞こえないよう彼に顔を寄せた。

 

 しかし、クロア殿はその助言の内容を受ける間、じわじわとその青白いともいえる顔を赤く染めていき、何やら声に出すことなく唇を動かしている。勅使としての嗜みとしてある程度読唇術を備えている私には彼が何やら数字を口ずさんでいるのがわかる。

 

 その数字の意味する所は全く分からないが、恐らく今回の事で移り変わった状況が、彼の諸侯軍にどの程度影響を及ぼすか、そして作戦の流れを変更すべきかなどの高度な計算を暗算にて行っているのだろう。もはや驚きはないが彼の才覚には恐れを感じざるを得ない……。

 

 そして、助言が終わったようで、モンモランシー嬢が彼の耳元から顔を離した。ただ、その際、彼女はクロア殿にヒーリングを行ったようだ。

 

 全く気付かなかったがクロア殿も私と同じく消耗していたのか……。元々彼は病弱であり、数日前まで伏せっていたのだ。体力が戻っていなくとも不思議ではない。それに彼は交渉事にも不慣れなのだ。彼の愛するカスティグリアのため、意外と無理を押して来ているのかもしれない……。

 

 意味を捉えたクロア殿の反応を知るため、彼の表情を窺うと、彼は少し恥ずかしそうにしつつこちら側に座っている総司令部の人間を盗み見た後、安心したというため息をひっそりと吐いた。恐らく彼はこの総司令部にカスティグリアへの遺恨があるか観察し、無いと判断したのだろう。

 

 で、あるならばこの話はクロア殿も特に反対しないであろう。つまり、恐らく上手く運び和解が成立するだろう。そんな事を考えつつもモンモランシー嬢に目礼し、僅かに口角が上がるのを感じながら将軍に合図を送る。将軍も私の合図で成功を悟り、僅かに笑顔を浮かべたまま言葉を発した。

 

 「ふむ。しかし、カスティグリア独立諸侯軍が我々の予想を遥かに上回る被害を相手に与えた事を考えると、その二割は余剰になるだろう。しかもそのカスティグリア殿の補給が後回しになってしまった事も心苦しい」

 

 「しかし、閣下。いくらかはラ・ロシェールに戻したとは言え、現在のガレオン船の総数、そしてそれに必要な桟橋の数を鑑みますとそれでも戦列艦に回す風石にそれほど余裕があるとは言えませんが?」

 

 「うむ。だが、当初想定されていた敵戦力のうち敵艦隊はすでに皆無であろう? しかも総兵力五万のうち三万が全滅ともなるともはや敵は瓦解寸前だ。で、あるならば、できうる限り揚陸し、制圧後の補給に備え、人員輸送に最低限残し全てのガレオン船をラ・ロシェールへ戻すのが最善と考えるが?」

 

 ド・ポワチエ将軍の言は、余剰の風石をカスティグリア諸侯軍の補給へと回し、輸送船団のほとんどをラ・ロシェールへ戻す事によってカスティグリア諸侯軍のために桟橋を空けるという事なのだが、私との会話を聞いていない司令部の人間にとっては将軍がなぜここまで諸侯軍に折れるのか不思議に思っても致し方ないかもしれない。

 

 そして、比較的高価な風石は、食料などと違い余ったら戦後に蓄えるか、売り払って戦費の補填に回した方が良いものだろう。参謀部を始め、物資に関わる文官寄りの人間にとっては節約し、戦後に戦費の補填を行う事で、戦争で目立たない彼らが誇れる功績へと繋がる上に、財務部門や税務関連への栄転も視野に入れているかもしれない。。

 

 実際、戦費縮小による功績の上乗せのためカスティグリアへの風石の供出を提案したのも参謀部だと考えられる。

 

 その功績を無にし、カスティグリアへ譲るという将軍の言は、それに関わってきた人間にとっては到底飲み込めるものではないのかもしれない。現に、ウィンプフェンはその功績への執着から飲み込めずにいるようだ。

 

 彼としては先の『噂の件』により自身の失態は完全に矛先が逸れたと判断したのだろう。そして、カスティグリアへの譲歩よりも自らの失態の分、功績を少しでも残しておきたいという葛藤がうかがえる。しかし、原因になったと思われるウィンプフェンら参謀部の功績を削るのはある意味理に適っており、マザリーニなどはこの結果を快く受け入れるだろう。

 

 まぁ少々見苦しいが、最終的にド・ポワチエ将軍の決定をクロア殿、もしくはデトワール殿が受け、丸く収まるだろう事が予想できる。そして、私としてもマザリーニとしてもその程度であればかなり安く済ます事ができ、ありがたい所だ。

 

 しかしながら、ド・ポワチエ将軍の政治的なバランス感覚はとても優れているようだ。嬉しい発見である。

 

 カスティグリアを宥め、自らが率いる総司令部の能力がカスティグリアの想定以下だったと暗に当人達へと伝えつつ、その分の補填をする事で友好関係の構築を行おうとしているのだろう。軍部に彼という人間がいたことに今となってはありがたいことである。

 

 そして、結局予想通りド・ポワチエ将軍が押し通し、カスティグリアへの風石の供出を申し出た。しかし、当のクロア殿は先ほどモンモランシー嬢から助言を受けたはずなのに信じられないというような表情をしつつデトワール殿の顔をうかがっている。

 

 クロア殿は一言私たちに断りを入れると、隣に座るモンモランシー嬢、そしてその隣に座るデトワール殿との小声で相談し始めた。声自体はほとんど聞こえないが、唇の動きを隠しているわけではないので私にははっきりと彼らの相談内容がわかる。

 

 「いやはや、本当に風石をいただけるとは……。しかし、風石の供出を要請してきたからには風石が足りなかったのでは?」

 

 「我々の戦果報告を疑っていたのでしょう、しかし、それらに間違いが無いとモット卿がおっしゃった事で余剰が出来たと判断したようですな。さらに輸送船の大半をラ・ロシェールへ戻す事によってその分も余剰とする模様です」

 

 まぁ彼としてはこの流れは予想外だったかもしれない。なんせ、自分が伏せっている間にカスティグリアに送られた命令には「風石を供出せよ」というものもあったのだ。風石の供出を断りに来たら供出されたようなものだ。

 

 しかも、カスティグリアとしては自領で産出している風石を連合軍から貰うというのは微妙なのかもしれない。

 

 「ふむ。なるほど……。艦長、我々の風石残量から考えて頂いておくべきでしょうか」

 

 「風石に関しては、今後状況が変わり、作戦に変更が無い限り、この戦争を終わらせるまでは問題ないかと……。しかし、今ここに存在する風石の価値は我々にとって大だと考えます。カスティグリアには風石が充分にありますが、遠征軍の今後の備えに余裕が出来るのであれば貰っておいて損はありません」

 

 「しかしだな……。この戦争に独立諸侯軍として参戦している以上、トリステインの財を我々が削る事に問題は起きないだろうか」

 

 確かに、他の各諸侯軍は剣や鎧、金や水食料など多岐に渡る物資をトリステイン王国から受け取っているのだが、カスティグリアは独立諸侯軍として参戦するにあたってこれら全てを辞退している。

 

 その事を鑑みれば、物資に貧窮しているわけでない状況で、連合軍の風石を貰うのは憚れるのかもしれない。ふむ、クロア殿としては無形の手形のような物の方が良いと考えているのか……。今後の判断材料としては嬉しい情報だが、現状ではこのまま飲んで貰いたい所ではある。

 

 「いや、その辺りに問題はありません。恐らくド・ポワチエ将軍閣下としてはコレをこれまで起こった総司令部との和解金として提示したいのでしょう。それに関して名代のモット卿も理解を示しているご様子。むしろ、断ると相手は困惑すると思われます」

 

 「なるほど……。で、あるならば確かにそうかもしれない」

 

 ううむ……。やはり、クロア殿の考えは少しずれてるが、幸いな事にうまくデトワール殿が導いてくれたようだ。しかし、それらを理解した上で自らの野生の勘を信じ、真逆に逸れていく可能性があるのがクロア殿だ。黙考を始めたクロア殿に恐れを感じるのは致し方ないことだろう。

 

 その後のクロア殿の返答によっては、仲裁に入る私にとってもかなり嫌な展開になりうるのだ。できればここですんなり飲んでもらえるとありがたい。唇を読める事で、この僅かとも言えるだろう短い時間、クロア殿の黙考は私にとって採決が下される前の囚人のような息の詰まる長い時間となってしまった。

 

 「―――ふむ。では受け取る事でアノ案件を絡ませる事ができれば、将軍閣下、トリステイン、そして我々にとって良い方向に向いそうだと考えるのだが、カスティグリアにとって問題はあるだろうか?」

 

 「いえ、元々ある程度、総司令部との軋轢が予想されており、いくつか対策案はありましたが禍根を残すのは否めませんでした。この場に乗じればその辺りも解決されます。むしろ渡りにフネでありますな」

 

 「了解した」

 

 何か付随されるようだが、取り合えず和解の方向に持っていってもらえるようだ。周囲に気付かれぬよう、薄く長いため息を吐きつつ、同じくクロア殿を注視していたド・ポワチエ将軍に軽く頷くと、彼も出来るだけ周りに悟られないよう、ため息を吐いたようだ。

 

 「お待たせしました」というクロア殿にド・ポワチエ将軍が笑顔で「構わないとも」と答えると、クロア殿は少々すまなそうな表情を浮かべた。

 

 「ド・ポワチエ将軍のお心遣いにはどう感謝してよいか……。それだけの量の風石を何もせずに頂いてしまっては、我々の心が痛みます……。そこで、我々としてはド・ポワチエ将軍のご好意にお応えすべく、閣下のご威光に相応しい功績を差し上げたく存じます」

 

 言葉面だけで見れば少々慇懃無礼に見えるが、若く虚弱なクロア殿が笑顔で言うと本当にド・ポワチエ将軍に懐き始めているとも取れるのが不思議だ。実際、ド・ポワチエ将軍にも言ったが、クロア殿が将軍に懐くような事になれば、心の平安を代償として元帥杖が彼の手に渡る可能性も高くなるだろう。

 

 実際、マザリーニも最近はアンリエッタ女王陛下とこの戦争の行方が明るい事で骨化が停滞している事だろうが、カスティグリア関連の問題で心労が重なで身を削る事になる仲間が増えるこの考えに関しては賛同するはずだ。

 

 そして、クロア殿の紡いだ前置きの後に続いたのは、予想外といえば予想外だが、彼らの論理から考えれば的外れとも言えなくはないものだった。つまり、クロア殿は、以前クラウス殿に見せてもらったアノ作戦書にあった最期の詰めとも言える「ロンディニウム強襲作戦」を、ド・ポワチエ将軍の指示で行うというものだ。

 

 その作戦はロンディニウムを強襲、ホワイトホールへ直接爆撃と砲撃を行い、なんらかの兵器により共和国首脳陣の捕獲を図るという、カスティグリアの尖った戦力ならではのものだ。

 

 極秘と言われて見せてもらった作戦書であっても、さらに極秘なのだろう兵器や方法に関しては隠語や記号だけが記されており、私も詳細をはっきりと知っているわけではない。ただ、クラウス殿、そして何よりも作戦眼の鋭いデトワール殿の署名が記されていたからには成功の可能性がかなり見込めるのだろうと想像はしていた。

 

 しかし、この場でド・ポワチエ将軍にクロア殿が提案しているものは「ロンディニウムへの威力偵察」というもので、ホワイトホール強襲の事は伏せられている。

 

 内容としては、連合軍がサウスゴータ攻略を行っている間、ロンディニウムに対しカスティグリア諸侯軍が散発的(・・・)な攻撃を行うことで、ロンディニウムを混乱させ、ロンディニウムからの敵側の援護を出来る限り廃し、副次的にサウスゴータに混乱を(もたら)すことで、連合軍のサウスゴータ制圧の協力を行うというものだ。

 

 敵首都への奇襲ともいえる直接攻撃に関して、カスティグリアには制圧戦を行える兵がいないため、最終的な制圧自体は連合軍が行う事になるが、なんらかの大きな戦果を偶発的にあげたとしても「ド・ポワチエ将軍の下、総司令部の依頼により」という形を取り、全ての戦果を総司令部に預けると断言した。

 

 これならば、これまでのカスティグリアの功績の独占という連合軍司令部との軋轢もある程度解消され、カスティグリアとしては当初の作戦通り戦争を早期終結に導けるだろう。そして、これはカスティグリアと総司令部だけでなく、女王陛下、トリステイン王国としても相互に利益の見込めるものだ。

 

 参謀長ならびに参謀部の人間はすでに多大な戦功を掻っ攫って行ったクロア殿に対し、欺瞞を感じており、かなり疑惑の目を向けているが、ゲルマニアのハルデンベルグ侯爵は特に気にしてはいないようだ。彼は最終的に戦争に勝つことだけが目的なのだろう。そして、その考え方は軍人として純粋で好ましく思えた。

 

 しかし、最終決定を行うド・ポワチエ将軍としては受けるべきだと感じつつ、隣に座る参謀長や他の士官の目を気にしているように見える。

 

 可能性は低いかもしれないが、ウィンプフェンに口を出されるとこの話が流れる可能性が出てくるため、ド・ポワチエ将軍に受けるよう視線を向けて頷くと、ド・ポワチエ将軍も覚悟を決めたように僅かに頷いた。

 

 ド・ポワチエ将軍が司令部の視線を無視し、カスティグリアの要求を受け入れた事で、総司令部がカスティグリア諸侯軍に送った命令書を発端としたこの騒動は、連合軍に大した被害もなく、むしろ私としては良い方向にまとまったと感じるほど無事に収束する事ができた。

 

 「トリスタニアが懸念した問題が収束したと判断し、査問会議の終了を宣言する」

 

 最後の宣言を行い、私とクロア殿、そしてド・ポワチエ将軍がそれぞれ握手を交わした。

 

 そして、再び誤解が生じないよう、ド・ポワチエ将軍の命でウィンプフェンがカスティグリアの意見を取り入れつつ「ロンディニウムへの威力偵察を依頼する」という依頼書と銘打った命令書を作成する事になった。

 

 このことに関しては私は専門外であり、部外者と言える立場なので退席すべきなのだが、少々クロア殿と話したい事もあるのだが時間的に問題ないかと尋ねるとド・ポワチエ将軍がご好意で部屋を用意してくれる事となった。

 

 

 

 




 日曜日に投稿するはずが、火曜日になっちゃいました。ええ、実はこの話、2万字超えてたんですよ……。理由は下になりますが、心が折れて途中で投稿と相成りました><;

 活動報告にもちょろっと書きましたが、ずっと腰痛かったり下痢だったりしたのはどうも椎間板ヘルニアが原因だったようで、入院して改造してもらいました。ええ、あまりの嬉しさにリハビリがんばり過ぎてあっという間に再発して再手術しました;;

 そのせいか、リハビリに制限がかかり、ついでにここ最近の寒気で再び体調を崩すという不甲斐ない状態が続いておりますorz

 と、取り合えず自力で日常生活して机でタイピングしたいです。ええ、ベッド上でのアクロバティックな態勢でのタイピングはとても疲れる上に、文章校正が大変なのでプリントアウトしたものを赤ペンで直してみたのですが、3日前の自分の字が解読不能でしたorz

 うん、無理。心折れた! って事で中、後編に分けました^^;

 えーっと、とりあえず短いですが、書いてる途中で思いついたオマケです^^;


モンモン「あなた、この話なんだけど提督さんが言うにはね―――」
クロア「ちょっ、モンモン近い近い! 2,3,5,7―――」
モット「クロア殿の体調もあまり……」


ララァ:アムロ、人は分かり合えるのよ。この三人をご覧なさい

ド・ポワチエ:ふむ……(チラッチラッ
モット   :(ジー、コクリ
デトワール :(ニコニコ、チラッ

アムロ:これがニュータイプの未来だというのか……

そんなわけない


次回もおたのしみにー!


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