Fate/twilight (インセク太)
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0話

「―告げる」
少女は願う。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」
あのときを、戻せるならばあの瞬間を。自分を決して許すことができないあのトキを。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―」
魔力が体を駆け巡る。痛みが全身を震わせる。少女は思う。ああ、この痛みは、私の裏切りの罰なのだと。頭に浮かぶのは、自分を助け、聖杯戦争へ向かう私を全力止めようとしてくれた二人の顔。遠坂凛と衛宮士郎。そして自分が裏切ったあの・・・。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者―」
蒼い光が自分を照らす。運命を変えたい。叶うはずのない願いだと思っていたあの願いを、あの選択を、あのFateを変えたい。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―!」
白い煌びやかな光が泉のごとく溢れ、命を得た風が吹き踊る。少女はその光と風の中にひとしずくの涙をこぼす。
―これで泣くのは最後だ。
その一滴は風によってさらに細かくされ、霧になり、光がそれを輝く結晶へと変える。それは美しい変化だった。涙をここまで美しく変貌させたのはこの少女が初めてであろう。母が子を産んだ時に流す涙は、これほどまで輝いていただろうか、戦地で自らの腕の中で死に絶えていく仲間を看取る時に流す涙は、これほどまでに激しかったであろうか。言葉では表せない美しさがあった。喜びも悲しみも怒りもすべてを兼ね備えた完璧なる涙。そして少女は目を開け、そして見る。その光と風の先にいる者を。その者は純白の鎧を身に纏い、少女の前にたつ。純白の騎士は、少女の目を見つめ、口を開く。

「問おう。君が私のマスターか」 


 赤い、赤い、赤い。目に入るすべてが赤に染まっている。火で、血で、紅の世界に私はいる。その世界にいるのは私だけではない。もうひとり、少女が・・・こちらを見ている。彼女は今にも泣き出しそうな目で私を見て、そして、微笑んだ。その瞬間私の耳を何かが支配した。ほかの音は何も入ってこない。それは私の悲鳴だった。自分でも気づかないまま大声で叫んでいた。しかし、この声はあの彼女の耳には届かない。彼女は私に背を向け、歩んでいく。赤の世界の奥のさらに濃い赤の、黒い世界へ。

 

 

そこで綾香は目を覚ました。呼吸が大きく乱れている。またあの夢だ。最近、幼い頃のあの光景を夢に見る。綾香は、額の汗をぬぐい、とりあえず呼吸を落ち着かせる。もう乗り越えたと思ったのに、そう簡単に人の記憶は薄れないのだと思う。時計を見ると6時17分。まあちょうどいい時間か。綾香はメガネをかけ、ベッドからでる。

あくびをしながら階段を下りていると、朝のトーストとコーヒーのいい匂いがする。体を伸ばし、目をこすっていると誰かに話しかけられた。

「おはよう、綾香。元気そうね」

「おふぁよう~桜さ・・・」

 そこで綾香は気づく。あれ?この声、桜さんじゃない?あれれ?こすっていた目を開け、声のする方を見る。驚きのあまり、メガネがずれ落ちる。

「り、り、り、凛さん!?」

「元気そうね、綾香」

 凛さんと呼ばれた女性、遠坂凛は、驚きのあまり腰を抜かしている少女に向かって、微笑みかけた。

 

 

「朝、あそこまでだらしないとは情けないわ。もっと遠坂の家にふさわしい振る舞いをしてもらわなくちゃ私も安心できないわ。聞いた話によると、あなた、に家事を任せっきりになっているそうじゃない。桜だって桜の生活があるのよ。最近株関係で忙しいっていうし。そもそも遠坂家はね・・・」

このあと凛による30分ほど説教が続いた。少し落ち着いたところで綾香が凛のマシンガンを止めるべく、話を切り出す。

 「と、ところで凛さん。いきなり帰ってくるなんてどうしたの?しばらくはイギリスにいるって言ってたじゃない」

「まあね、事情が変わったのよ。最近冬木市でなにか不穏な動きがあるそうなの」

「不穏な動き?凛さんがくるってことは、魔術絡み?」

遠坂凛はその名を知られた、世界でも実力を認められた魔術師である。もとから天才的な才能があったが、常人ならざる努力によって、さらに研究が高みへと進み、今では魔術協会から封印指定候補として挙げられている魔術師である。そのせいで、イギリスの魔術協会を拠点として活動する羽目になっている。

「ええ、まあ噂でしかないから、まだしっかりとしたことは分かっていないんだけど。その調査もかねて私が派遣されたわけ。ったくやってられないわよ。早く研究をさらにすすめたいのに。でもこういうめんどくさい仕事をこなして行かないと封印指定を受けて一生監禁生活になっちゃうからね、媚売りも大変よ。」

「あらら、お疲れです。ってことはしばらくはこっちにいるんだね」

「そうね、家に帰る機会ができたのはうれしいわ。そういえばちょうど士郎も私と一緒に調査でこっちに戻ってきてるわ。」

「士郎さんが!?」思わず綾香は目を輝かせる。

「あらあら、私とは随分違う反応ね。言っておくけど、私がこっちにいるあいだは毎日魔術修行だからね。」

綾香のテンションが一気に転落する。あの修行が・・・、あのスパルタ地獄修行が・・・。口から魂が出そうなほどの衝撃。アメとムチとはこういうことか、いやムチっていうか、鎖付き鉄球だよ・・・。

「っていうより、綾香。時間」

凛が時計を指差す。

「ほえ?」

綾香はその方を見る。

「まずい!もうこんな時間!学校に遅れちゃう!」

大急ぎで、トーストを口にかっこみ、冷たくなったコーヒーで流し込む。シャワーをこれまでにない速さであび、ドライヤーで軽く乾かしながら歯を磨く。制服に着替え、鏡の前に立ち、笑顔を作る。よし、これならいつ士郎さんにあっても大丈夫。髪はまだ乾いてないけど。

「じゃ、凛さんいってきマース!」

「早めに帰ってきなさいね、帰ったら修行・・・」

凛の言葉を最後まで聞く前に扉をしめた。ここで聞いたら、さっき作った笑顔が壊れてしまう。

 

小走りで学校まで向かいながら、綾香は少し過去のことを思い出していた。あれから8年か・・・。あのとき自分がしてしまったことは決して忘れることはできない。忘れることができればどんなに楽だろう。しかし記憶というのは残酷で、本当に辛いものは頭に残り続けてしまう。いや、忘れないようにしているのは私自身かもしれない。あれは私の罪だ。決して許されることはない、私自身が許すことができない。

凛さんと士郎さんがいなかったらどうなっていただろう、と綾香は思う。あの二人に出会えたことで、私はこうやって生きているし、日々を楽しむことができる。あの二人には感謝してもしきれない。

 

8年前、ある魔術師によって大量殺人が行われた。その魔術師の目的は、ある召喚儀式の完成だった。2006年12月25日、仙台の街はクリスマスの風で、幸せのベールに包まれていた。人々は家族と、恋人と、友人と、そのトキを楽しんでいた。そんな中で召喚儀式が行われた。多くの人が犠牲になった。人々は幸福のなか、奈落へと落とされた。いち早く、魔術師の計画に気づいた遠坂凛が仙台へと赴いたが遅すぎた。魔術師が何を召喚しようとしていたのかはわからない。だが、召喚儀式が失敗に終わったことは目に見えてわかった。しかし、それにたいしての犠牲が大きすぎた。杜の都と言われた緑の土地の面影はなく、炎と血に包まれていた。その中心、召喚儀式の場所には一人の少女がいた。凛はその少女を養子にした。その少女こそ、綾香であり、この凄惨な事件の唯一の生き残りである。

 

「あ、遠坂さんおはよう」

髪をツインテールにした女の子が綾香に声をかけた。彼女は高城結子。綾香の数少ない友達のひとりだ。綾香はギクッとし、制服の乱れを急いで直し振り返った。

「ご、ごきげんよう。高城さん」

「珍しいね。神色泰然で呼び声高い遠坂さんが走って登校だなんて」

「まあ、そういう気分のときもあるのよ。き、今日はそういえば体力測定で50m走があるじゃない。体の確認よ、確認。」

冷や汗をかきながら綾香は答える。家ではだらしなくしているが、実は外ではしっかりと遠坂家に恥じないような行いを心がけている。

「ふ~ん、そうなんだ。そういえば今日50mかー!私も走ったほうがいいかな!?」

「そんなことより遅れちゃうわよ。早く教室に行きましょう。高城さん」

教室につき、席に着くと耳障りな声に綾香はため息をついた。

「今日も元気ね。衛宮くん」

綾香の隣に立って高笑いをしているのは衛宮正嗣。衛宮士郎の養子である。彼は8年前、紛争地で士郎に助けられ、引き取られた。詳しい経緯は、綾香は知らない。そこはお互いにタブーとしているため、聞くことはないが、8年間ともに過ごしてきた幼馴染だ。

「フハハハ。そういうお前は今日も覇気が足りないな。今宵は我が城で祝宴をあげるというのに」

「あーはいはい。また光の魔法とか大天使降臨とかのやつでしょ。まったくいつまで中二病こじらせているのよ」

「我が力を愚弄するのか貴様!くっ、まあいい。祝宴に来るのか来ないのか、それだけを応えよ」

「行くわけ無いでしょ。あんたのバカに付き合うほど私は暇じゃないわ」

「お、俺だってお前のことを誘いたいわけじゃない!誤解するな。愚か者!―うむ、まあ来ないならそれでも良い。そう士郎に伝えるだけだ」

くるりと背を向け、自分の席へ戻ろうとしている正嗣も首根っこをつかむ綾香。

「ちょっとどういうこと!?」

「どうもこうも今日我が城で祝宴が・・・」

「ちゃんと説明しなさい。でないと首絞めるわよ」

「ぐはっ、も、もう絞めてるじゃないか。き、今日は久しぶりに士郎が帰ってきて、凛さんも戻ってきているから、ぐあっ、みんなで祝宴の儀をしようということだが・・・」

綾香は正嗣の首から手を話す。

「そういうことなら先に言いなさいよ。行くに決まってるでしょ!」

「貴様は魔女か・・・」

咳き込みながら涙目になる少年と、憧れの人に会える喜びで目を輝かせてる少女。なんてことはない、いつもの変わらぬ日常だった。

 

 

「遠坂さんて、衛宮くんにはきつく当たる、っていうか仲いいよね。もしかしてさあ、衛宮くんと付き合ってるの?」

雑草をいじりながら、高城結子は無垢な質問を投げかけた。今は、体育の授業で50m走の記録を録っている。男子が先に記録をとっていて、女子は近くの原っぱに座りながら、持て余した暇な時間を過ごしている。結子の質問はそんな持て余している女子からしたら、甘いお菓子だ。飛びつかずにはいられない。

「え、やっぱりそうなの!?」

「そんな感じがしてたんだよねー、いつから?」

言葉は伝染し、いつのまにか女子全員が綾香を見ていた。質問に驚いて絶句していた綾香は、急いで弁解する。

「そ、そんなわけないでしょ!衛宮くんとは幼馴染なだけであって、あんな人全然好みじゃないわ!」

なんだ付き合ってないのか~、と残念がる女子達。まったく、とメガネをかけ直す綾香。結子の方を見ると、舌をぺろっと出しながら謝罪のジェスチャーをしている。

「あ、衛宮くん次走るわよ」

誰かの言葉とともに、女子の視線は記録をはかっている男子に移る。

スタート位置についた正嗣は何かブツブツ言っている。大方、また何やら詠唱を言っているのだと綾香は予想する。乾いたピストル音とともに、正嗣は走り出す。となりで走るもう一人に圧倒的な差をつけ、走り終える。

「衛宮くんて、運動神経いいよねー。何か部活入ればいいのに」

「結構顔もいいしさ、あの変な言動がなければねー。でもあれも見方によってはかわいくみえるな」

女子の中で正嗣の話題が持ち上がる。そんな状況に綾香は困惑する。

「正嗣って女子の中で話題に上がったりするの?」

「案外一部の女子からは人気があるそうだよ。運動神経抜群、勉強もそこそこ、顔も良し、頼みごとは断らない、そしてあの荘厳華麗な中2病~」

「まあ最後が一番分かれ目なところなのね」

「そういうこと。だから一部の女子ってわけ」

結子の笑顔に、つられて笑顔になりながら、綾香は正嗣を見る。かっこいい?あいつが?うん、ない。正嗣の姿を見て、確信する。ってか私には士郎さんがいるし。

おーい、次女子の記録はかるぞー、先生の野太い声が聞こえたので、立ち上がる。運動神経だったら私も負けてはいない、静かな闘士を燃やす綾香だった。遠坂家は負けず嫌いなのだ。

 

放課後、綾香が家に帰ろうと、校門に向かうと正嗣がいた。

「なんであんたがいるのよ」

「む、それは喜びゆえの苦悶の表情だと受け取っておこう。凛さんにも今日のことを伝えなければならないからな。そのあと買い出しだ」

「まあ私一人よりもあなたがいたほうが説得しやすいわね」

綾香は、今日の魔術修行がなくなることに気づき、気分がよくなる。

「わたしもその買い出しいくわ。そういえばさくらさんには連絡いれた?」

「もう招集の連絡は言ってある。仕事の関係で少しは遅くなるそうだが。藤おばさんも遅れるが来れるそうだ」

「藤村先生も?久しぶりにみんな集合ね。じゃあいそいで帰りましょう。凛さんに早く伝えなきゃ。今日修行がなくなるのはとてもラッキーだわ」

「そういえば修行とはなんなのだ?いつも凛さんが帰るたびに言っているが。まさか魔術修行!?」

「そんなわけないでしょ。あんたと一緒にしないでよね」

本当は魔術修行なわけだが、正嗣には秘密にしている。正嗣は普通の、つまりは魔術回路を持っていない人間なのだ。そんな人間に魔術のことは教えてはならない。これはもちろん正嗣が魔術を教えるに信用に値しない人物だから、ということではなく、魔術とは本来他人には教えないものなのだ。人の感情とは別のところに、魔術とは存在する。ではあるのだが、本人はオカルト的魔術の力を信じており、日夜何かしらの努力を繰り返している。正嗣が求めている魔術がこんな近くにあるというのに、気づかない、気づかせてあげられない、というのは残酷なのか―幸福なことなのか、とにかくそんな奇妙な環境に正嗣は生活している。逆に、綾香は類まれな魔術の才能の持ち主である。それもあり、遠坂を継ぐものとして、毎日厳しい修行をしている。本人はそれを誇りに思っているし、自分でもさらに上の領域に到達したいという願望もある。しかし、それらの気持ちも相殺する、凛のスパルタ修行には綾香の心も折れたりする。

 

「凛さん、ただいま~」

「お帰り、綾香。あら正嗣も一緒なのね」

「お久しぶりです。今日の夜の事なんですが」

 中二病真っ盛りの正嗣だが、士郎と凛の前では普通の言動になる。

「話は士郎から聞いたから、大丈夫よ。今報告書を書いてるから書き終わったらそっちに向かうわ。」

綾香はほっと胸をなでおろす。よかった。今日の修行のことは何も触れられてない。

「ということだから綾香、明日は今日やらない分、2倍の修行量ね」

綾香に電撃走る。ちくしょーやっぱそう上手くはいきませんよね!

「じゃあ私身支度するから、衛宮くんは待っててね。」

そういって気を取り直し、綾香は二階に上がる。30分ほどかけて服を選び、ほんのり、うっすらと化粧をする―濃すぎる化粧は高校2年生の女子を悪く見せることを綾香は知っている。一回に降りた時には、1時間がたち、正嗣は3杯目のコーヒーを飲んでいた。

「時間かかりすぎよ綾香。正嗣こんなにまたして。あら、でも随分と気合が入ってる感じね。」

「ごめんなさいです。まあ少しね。どう衛宮くん?」

綾香はひらりと一回転する。その姿を正嗣は数秒みて、顔をそらした。

「まあ、お前にしては頑張ったほうじゃないか」

「む、なによその言い方」

凛は二人のやり取りをみてクスクス笑う。

「あと私のやつも1時間ほどで終わるから買い物にいっておいて。料理は私も手伝うわ」

「はーい。んじゃ行こ。」

綾香はそう言って、正嗣の腕をつかむ。正嗣の顔がいつもより赤みがかかっているような気がした綾香だったが、コーヒーの飲み過ぎかな?と考えた。

 

買い物袋を両手に抱えて、衛宮家についたのは19時過ぎだった。士郎の姿をみて、綾香が歓喜したのは言うまでもない。料理を士郎、凛、綾香で作っているうちに、次いでさくら、大河も到着し、久しぶりの全員揃っての晩餐となった。

 

「いや~、まさか藤ねえが教頭になるなんて思いもしなかったよ、あの藤ねえがな~」

「なーに士郎?私がそんな大物になると思いもしなかった口ぶりね。見てなさい、ゆくゆくは校長になり、教育委員会のトップに立ってやるわ」

がははは、と笑いながら缶ビールを口に含む大河。その右手は正嗣の肩にあり、正嗣はオレンジジュースを飲みながら苦笑いを浮かべている。

「藤村先生、学校と家だと随分違いますよね。学校ではもっとクールで知的な感じなのに」

「藤ねえがクール!?」

綾香の言葉に腹をかかえて笑う士郎。

「なんでそんな笑うのよ!怒ったわ!久しぶりに剣で鍛えてあげる!」

士郎に掴みかかる大河。正嗣はやっと酔っ払いの呪縛をときはなれ、席を少し移動させる。

「お疲れ様ね、正嗣」

グラスを片手に凛が話しかけた。

「ひどいですよみんな。藤おばさんの相手を俺に全部任せるなんて」

「ふふ、まあいいじゃない。藤村さんの相手は衛宮家の伝統よ」

綾香と桜が吹き出す。

「まったく二人共他人ごとだと思って。・・・それはそうと士郎、また髪白くなりましたよね?」

なんの気なしの正嗣の質問に、凛と桜は顔を曇らせる。大河と今組み合っている(一方的な攻撃なわけではあるが)士郎はもう髪の半分は白髪へと変わっていた。これは無理な魔術行使による代償である。日頃から凛と桜は士郎に無理な戦いはするなと言っているのだが、士郎の性格的に自分の体を感情に入れない性質なので、紛争地から帰るたび、その容姿は少しずつ変わっている。しかし、これでも10年前に比べれば、随分とましになった方ではあるが。とはいえ、そのような魔術的事情は正嗣は知らない。士郎もあまり深くは教えない。凛が口を開いた。

「士郎はね、また無理をして・・・私たちがいくら言っても・・・髪も半分も白くなって」

顔を伏せる凛。桜が凛を見守る。正嗣、凛の隣にいた綾香も心配そうに凛を見る。

 「ブラックジャックかよっっっ!!!!」

そういって顔を上げた凛のそれは、明らかに酔っぱらいのあれだった。

「まずいわ!狂戦士モードよ!」

「さくらさん!それ何ですかぁ!?」

「ああなっては誰にも止められない・・・」

「綾香まで何を!?」

「あんのバカ!いくら私がいっても無茶ばっかしてしまいにはブラックジャックじゃないの!今度帰ってきた時に顔に傷でもこさえた日にはあのバカの赤コートを黒に染めてあげるわ!いや!今すぐにでも!」

立ち上がり、いまだ大河と葛藤中の士郎に飛びかかる凛。お互いの苦労をさっし、顔を見合わせる綾香と桜、おろおろする正嗣。いつも以上に平和な日常だった。みんなで幸福を分かち合い、楽しい時間にゆっくりと浸かっていた。

 

そのあとどんちゃん騒ぎが続き、正嗣も大河に騙されお酒を飲んでしまい、とんでもない呑んべえブリを発揮し、凛と大河はよくわからない対決を始め、二人の攻撃を食らった士郎は横になって伸びていた。綾香は桜と話をしながら片付けをしていた。

正嗣が言っていたように本当に宴になったと、思いながら、深い眠りについている正嗣に綾香は毛布をかけてあげた。晩餐も終りを迎え、凛、士郎、正嗣、大河が眠ってしまっていた。

「桜さん、私ちょっと縁側で涼んでくるわね、あとお願いしていい?」

「お皿を吹き終えたら終わりだから大丈夫、気にしなくていいわ」

綾香は居間をでて、縁側に座り、スマホの画面を開いた。11:39分、雲に隠れていた月が顔をだし、綾香を照らす。こんなに幸福でいいのかな。綾香は、毎日それぞれ良かったこと、嫌なことはあっても、幸福という基盤の上で生活していることにたまに罪悪感を感じることがある。自分という存在はもっと苦しんで生きるべきじゃないのか?このような生活を送る資格が私にはあるのか?とりわけ、楽しいことがあるたびにそう思う。そしてこんな月が綺麗な夜にはどうも心が弱くなってしまう。綾香の目から、一筋の涙が流れる。それをそっとハンカチで誰かがふいた。綾香がとなりを見ると、桜が立っていた。

「桜さん・・・」

桜は何も言わず、綾香を抱きしめた。桜のぬくもりは心地よく、綾香の心をそっと包み込んだ。

 

「もう大丈夫よ、さくらさん。ありがとね」

「いいのよ、気にしなくて。夜も遅いからもう寝ましょうね」

うん、といって綾香が立ち上がり、部屋に行こうとすると桜に呼び止められた。

「綾香さん、その手」

綾香が自分の左手を見ると一筋の血が滴っていた。その血は指を伝い、床にポタリ、と落ちた。

「いつ切ったんだろ?さっきの片付けの時に気づかずに傷ついちゃったのかな?」

さくらは困惑した顔で、綾香の左手を見ている。綾香の心配というよりは、もっと大きな何かを心配している、そんな表情で。綾香は、その微妙な違いには気づかない。

「別に心配しなくて大丈夫よ。全然痛くないし。血もけっこう出てるみたいだけど、もう止まった感じだし」

「え、ええ。大丈夫そうね。でも消毒して絆創膏貼りましょう。そこで待っててね」

さくらはそう言って、居間に戻る。綾香はその横顔を見たが、少し青ざめているようだった。今夜の月は青いからな、と綾香は思った。ふとスマホの画面を開いて、時間を見る。0:00。なんとなく特別な気がした。

綾香は月明かりに照らして自分の左手を見る。血は手の甲の上で何か模様を作ろうとしていたように見える。大きなうねりがあり、真っ直ぐな線があり、血は様々な形で舞っていた。綾香はそれをみて不覚にも美しさを感じてしまった。血は月の光を浴び、いつもより、赤々しく、その姿を魅せていた。

 

 

 

―少女の日常が変わる

―小さなうねりは大きなうねりへ

―始まりの鐘がなる

―これはFateなのか、Factなのか

―最後の晩餐は終わり、新たな世界へ

―次なる勝利は誰の手に、次なる敗北は誰の手に

―絶望を作るのは天使なのか、希望を作るのは悪魔なのか

―純粋なる無垢な少女は今、飛び込んだ。それは彼女が望んだ世界?それとも・・・

 

 

―聖杯が息吹をあげる。もう誰にも止められない

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2週間に一話は出したいです


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1話A

平穏な日々を過ごす綾香

物語はついに動き出す

彼女が向かう先はどこなのか

すべては運命のままに


 

 ―今日未明、冬木市郊外で女性の死体が発見されました。女性の死体は内蔵が抜き取られており、即死だということです。なお、犯行に使われたであろうナイフが遺体のそばに置いてあり、警察が回収、検査しています。このような犯行はこれで3件目であり、東京都荒川区、福島県いわき市でも同様の事件が起きております。どの事件も女性が狙われた犯行であり、遺体の内臓の一部が抜き取られております。警察は事件の関連性について調査しています。それでは次のニュースです。先日オープンした冬木科学館で、人型ロボットの模型が展示されました。多くの子供が見学に・・・―

 

地元のニュース番組を見ながら、綾香は過ごしていた。よくもまあ、グロテスクな事件のあと、明るい顔で、次のニュースを言えるものだ、と綾香は思ったが、まあ仕事ってそんなもんかな、と一人納得した。

「冬木で殺人事件か・・・。殺人、殺し合い・・・」

 殺人事件、だけにかかわらず、何かしらの事件というものはテレビでやっている分には他人事である。しかし、自分の住んでいる近くで起こったりするとそれは他人事ではなくなる。急に、恐れが増してくる。それは綾香も例外ではない。しかし、綾香の頭には別の悩みが渦巻いている。

綾香はソファーに寝転がり、左手を掲げた。左手には包帯がまいてある。その包帯の中にあるのは切り傷でも火傷のあとでもない。綾香の左手の甲には赤い紋章が刻まれている。それはまるで赤黒い刺青のような、まるで血が固まってしまったような、そんな雰囲気を出している。綾香はその紋章のことを思い、また困惑の渦に陥る。大変なことになっちゃったな。綾香の気持ちを全く知らない昼の太陽が綾香を照らしていた。

 

 三日前、綾香の左手にこの紋章が現れた。朝、綾香が目を覚ますと、異様な形の文様が手に刻まれていた。綾香は、この前みたいにまた手から血が出たのだと思い、手を洗ったが一向にその紋章が消える機会がない。おかしなものだとは思ったが、そのうち消えると思い、深くは考えなかった。しかし、そのまま晒しておくには、いかんせん風紀が悪いので、包帯を巻いた(手の紋章はガラの悪い不良がしているような刺青を綾香に連想させた)。これでまあ誤魔化せるだろう、と思った綾香だったが、手の紋章の暴露は、綾香の思っていた以上に早くに訪れた。

 「綾香、その包帯とって私に見せなさい」

 包帯を巻いたその日の朝に、凛が綾香の異変に気づいた。凛にしては、有無を言わせないきつい言い方だった。綾香は堪忍して包帯をとり、凛にその左手を見せた。凛はその左手を見るなり、息を飲んだ。

 「違うのよ凛さん。これ刺青とかじゃなくて、朝起きたらこうなってたの。多分何かの油性ペンとかが気づかないうちについちゃっただけだと思うから・・・」

 「近くで見せなさい」

 凛は綾香の手をつかみ、自分の目の前に寄せた。予想以上の凛の力の入り具合に、綾香は絶対に怒られる、と思い、いつ怒号がやってくるのかとビクビクしていたが、凛の口からでた言葉は、綾香の思うところとはまったく別のことだった。

 「やっぱり、これは”令呪”よ」

 「レ、イジュ?」

 綾香は予想外の言葉に混乱しながら、凛が言った言葉を反芻していた。レイジュ?なんだろうそれ。

 「あなたは、聖杯に選ばれたのよ」

 別次元の言葉にさらに綾香は困惑した。聖杯?聖杯ってキリストのあれのこと?

混乱している綾香にお構いなしに、凛はさらに言葉を重ねる。

 「その令呪はね、つまりは聖杯戦争の参加資格なの。あなたは遠坂家の代表として、その戦いの参加者に聖杯によって選ばれた。」

 凛は綾香の手を、あとが残るほど強く握りしめていた。

 

 凛に学校を休むように言われ、綾香は学校に連絡を入れるため電話をかけた。電話をかけたあと、凛は綾香にソファーに座って待つようにいい、本をとってくるといって地下にある工房へと向かった。綾香は訳も分からず、ソファーに座り、凛が言っていた「令呪」「聖杯」「聖杯戦争」などのことを考えてみようと試みるが、そんな言葉に全く心当たりはない。考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。そうやって綾香が考え込んでいると、凛が工房から戻ってきた。右手には古びた本を抱えている。凛は、綾香の向かいのソファーに座り、そして、聖杯戦争について話し始めた。

 「万物の願いを叶える『聖杯』、それを求める7人のマスターたちによる奪い合い、それが『聖杯戦争』よ。そして最後に残った一人に『聖杯』が与えられる」

 「聖杯、戦争」

  「そう。奪い合いって言っても魔術師通しの殺し合いよ。その殺し合いにあなたは巻き込まれつつあるの。左手の令呪は参加の証よ」

 「ちょっとまって、凛さん。どういうこと?殺し合い?なんで私がそんなのに参加することになるの?」

 急な凛の言葉に綾香の心がバラバラになる。「殺し合い」という言葉が頭をに反響する。

 「参加者を選ぶのは聖杯。聖杯の意思で参加者が決まる。仕組みから考えると、本来なら遠坂の当主である私が選ばれるのだけれど・・・。あなたが選ばれたっていうことは、聖杯にあなたが当主だと思われたのか、それとも・・・」

 「おかしいよ!意味わからないよ!聖杯って何なの!」

 綾香は立ち上がって声を荒げてしまった。何かよくわからないものに引きずられつつある自分の体を必死に体を動かして抵抗する、そんな悲痛な声だった。目には涙が溜まっていた。こんなこと凛に怒鳴ったところでどうにもならないことはわかっている綾香だったが、怒りの矛先を向ける相手は、目の前の人しかいなかった。綾香は目を伏せている凛の言葉を待った。

 「おかしいわ」凛は口を開いた。「とりあえず座りなさい。私もわからないことだらけなの。私もあなたをこんなことには絶対巻き込みたくはない。でもことは起きてしまった。あなたの手には聖痕が刻まれてしまった」

 凛の口から出た言葉は真に綾香の身を案じてのものだった。綾香はそれに気づき、目を拭って、おとなしく座った。

 「OK。それじゃ説明をしていくわね。聖杯戦争は、元はある奇跡を起こすための儀式として始まったわ」

 「奇跡?」

 凛は頷く。

 「『根源』のことについては前にあなたに話したわよね?その根源に至る奇跡を実現するのに創造されたのが『聖杯』。幾多の伝説にその名を刻み、幾多の者が求め続けた『聖杯』よ。始まりの御三家と呼ばれる三人の魔術師がその儀式を執り行ったわ」

 「始まりの、御三家?」

 「そう、アインツベルン、マキリ、そして遠坂家。この三つが始まりの御三家と呼ばれる魔術家系よ。アインツベルンが聖杯の器を用意し、遠坂が土地を提供し、マキリがサーヴァントを使役させる令呪の仕組みを作ったわ」

 「さっきから凛さん、『令呪』って言ってるけどどういうものなのこれ」

 そう言って、綾香は自分の左手を見る。赤い紋章は変わらず鈍い光を放っている。

 「あ、まだ令呪についての説明をしていなかったわね。そうね、まずはサーヴァントについて説明しようかしら。サーヴァントは簡単にいうと最高ランクの使い魔よ。使い魔って言ってもそんな生半可なものじゃないけどね。サーヴァントは英霊、抑止力の存在なの。本来人には決して操ることができないのだけれど、聖杯の力によって初めて従えることができるの」

 そういえば抑止力という存在があるって前に凛さんから聞いたな、と綾香は思った。

 「令呪とはさっきも言ったとおり、サーヴァントを使役することができる証。実は膨大な魔力の結晶でね、さまざまな使い方があるわ。でも令呪は三回限定のサーヴァントの絶対服従権としての意味合いが強いわ。だから大切に使わなきゃいけないの。・・・って

使い方のことを話しても仕方ないわね」

 口に手をやる凛。怪訝な顔つきで考えをまとめようとしている。

 「まあ、いいわ。知っていることに損はないから。ここからが重要なんだけど、幾多の魔術師、サーヴァントが求めた冬木の聖杯は実はなんでも願いを叶える願望機じゃなかったの」

 綾香は唖然とする。

 「え、でもまって。それじゃあ前の聖杯戦争に参加していた人達はなんのために戦ったの?」

 今までの説明とはなんだったのか。殺し合いという状況も、願望機を手にできるなら起こることにも納得できた。しかし、聖杯はそうではないという。じゃあなんのために?

 「聖杯はね。そのひとの願いを最悪の形で叶えるものなの。いえ、叶えるのではないわ。ただの『災厄』よ。もともと失敗した魔術だったのよ」

 「聖杯がそんなものだと知りながらなぜ戦うの?おかしいじゃない。意味のないことになぜ命をかけたの?」

 「私が聖杯の真実に気づいたのは10年前の聖杯戦争のとき。この世に現界した聖杯は悪の塊だったわ。私は10年前、聖杯戦争に参加してこの目で見た」

 綾香の顔が凍ばる。その綾香をみて、凛は言葉を続ける。

 「そう、私も参加したの。驚くかもしれないけど、士郎もね。」

 「ええっ!!」

 「私たちは敵通しだったの。士郎と戦って本当に殺そうとも思ったわ。でも一般人への被害を考えない魔術師がお互い許せなくて、聖杯戦争中はほとんど共闘してたの。ほら、士郎ってああいう性格じゃない?そのうち殺す気も起きなくなっちゃたわ。」

少し過去を振り返る凛。凛の顔を見る綾香だったが、凛の表情は昔を懐かしんで笑っているようにも悲しんでいるようにも見える。

 「そんなわけで私たち二人は最後まで勝ち残った。そして聖杯が出現した。士郎がその聖杯を破壊して、聖杯戦争は終わったの」

「二人にそんな過去があったんだね・・・。ん?でもまって。聖杯を破壊したのに、なぜまた戦いが始まるの?」

 「私も壊したと思ってたわ。もう二度と起こるはずがないと。でもこうやって令呪が出現したということは、起こってしまった、ということね。私が調査でこっちに戻って来たって話したじゃない?私が頼まれた調査は聖杯戦争に関わることなの。今、聖杯戦争を復活させようとしている魔術結社があってね。それが冬木で活動を始めたから調査をしろと師匠に頼まれたの。私は目の前で聖杯が破壊されるのを見たし、その魔術結社の活動も一次的なものだと思ってたんだけど。あなたの令呪をみて事情が変わったわ。もしかしたら、聖杯戦争が起こることは一部の人間には分かっているのかもしれない。あの魔術結社も聖杯戦争の復活に気づいて、冬木で活動を始めたのだとすればだとすれば・・・。でもなぜ魔術協会が聖杯戦争の復活に気づかない?まさか、裏で手を引いている者が・・・」

 考え込む凛。綾香は自分の頭を整理する。聖杯戦争が復活した。そして自分はそれの参加者に選ばれた。私はこれから戦わなくてはならないのか、殺し合いの世界に、しかしそこで生き残っても、手に入るのは災厄だという。

 「凛さん、私はこれからどうしたらいいのかな?」

 綾香の声に、考え事をやめる凛。

 「私はこれから、このことを師匠に伝えるために時計塔に行くわ。そこで聖杯戦争が起きないように対策を立ててみる。今、あなたがどうすべきか、具体的には言えないけど、あなたには聖杯戦争に参加して欲しくない。5日後また日本に戻ってくるわ。それまでは家にいてほしい。家に結界と護衛はつけておくわ。苦しいかもしれないけど、耐えるのよ」

 「結界と護衛って、私襲われる危険があるの?」

 「その危険は否定できないわ。と言っても保険の意味合いが強いわよ。まだサーヴァントは召喚されてないと思うし、そもそもマスターが7人揃ったのかも怪しい。でも油断することはできないわ。これからは外にもあまり出ずに、できるだけじっとして欲しい」

「わかったわ。学校は休む。家でじっとしてる」

「こんな状況になってしまって、精神的にキツいと思うわ。とりあえず、少しの間我慢してね」

「うん、大丈夫よ。凛さん」

「あなたは強い子よ。私はあなたをやわに鍛えた覚えはないわ。それと護身用に、あなたに宝石をいくつか渡しておくわね」

綾香に宝石を渡す凛。宝石は紅に、深緑に、群青に輝いている。これらの宝石には凛の魔力が込められている。凛ほどの魔術師が魔力を込めた宝石なので、一種の強力な兵器のようなものだ。それらを受け取り、さらにことの重大さを認識する。

「なんで私こんなことになっちゃったのかな・・・」

「聖杯の意思は何者には図ることはできないわ。これはもしかしたら運命だったのかもしれない。運命は誰にもわからないわ。起こってしまうまでは・・・」

 

そのあと半日かけて凛は結界魔術を施した。柔らかいヴェールが屋敷を包んで行くのが見える。そのヴェールを見て綾香は身震いする。あんな結界に触れてしまえば、無事では済まない。

「こんなものね。これだけ結界を張り巡らせば、きっと大丈夫でしょ。それじゃあ私は夕方の飛行機でイギリスに戻るわ」

「うん。気をつけてね、凛さん」

「あなたもね、綾香」

そういって綾香を抱きしめる凛。

「大丈夫。何も心配はないわ。明日からは頼りがいのある護衛も付けるし」

にやり、と笑う凛。凛の不敵な笑顔にキョトンとする綾香。

凛はキャスターバッグを片手に夕焼けに歩き出す。その背中を綾香は見る。夕焼けの光は明るくオレンジ色に凛の姿を輝かせる。日が沈んでいく。雲が朱色に染まっている。綾香は上を見上げる。真上の雲は朱色から紫に変わっている。

「今夜は、星が綺麗かな」

誰に聞こえることなく、綾香はそう呟いた。

 




2回目の投稿です。まじで2週間かかりました。
キャラ紹介ですが、本作の主人公綾香はFate prototypeの主人公、沙条綾香と同一人物です。ただしこちらはFate staynightのパラレル世界の沙条綾香です。なので姿はまんまプロトタイプのを想像してください。0話に書いたある召喚儀式に巻き込まれる前は沙条綾香として暮らしていましたが、事件後、凛に引き取られ、遠坂綾香となりました。召喚儀式のことについてはまた後ほど書く事があるかもしれません。

それではまた2週間後、できれば以内に次の話を投稿したいと思います。本当は1話をすべてあげたかったのですが、時間がなくて途中までしか完成できませんでした。なので次は1話Bという形になります。ちぐはぐな文章ですがよろしくお願いします。


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1話B

1話の続きです

ラブコメ回ですかね




普段と変わらぬ朝が始まった。いつものようにベッドから起き上がり、気だるい体を伸ばし、重たい瞼をこすり眼鏡をかける。昨日はいろいろ考えて事をしてしまったため、制服のままで寝ている。しかしブレザーとスカートは脱いでいる。なので今の綾香はワイシャツにパンツのみという、凛が見たら怒号の嵐、のような格好をしている。綾香は、まあ今日は一人だし、と自分の服装をみてもそこまで後悔することはない。ふと足元になにかひっかかりを感じ、見下ろすとブラジャーが引っかかっている。昨日寝てる時に外したのか、と気だるげにそれをとり、ベッドに投げる。寝ぼけた体を動かして、部屋をでて、あくびをしながら階段を降りていると、こんがりと焼けたトーストの匂いが綾香の鼻をこすった。

「おはようございます、綾香さん」

綾香に声をかけたのは間桐桜だ。

「おはよう~・・・って!!なんで家に桜さんが!?結界は!?」

綾香は窓際まで駆けて、勢いよくカーテンを開ける。屋敷の外は昨日と変わりなく、静謐に、それでいて容赦なく、遠坂凛が掛けた結界のヴェールが、よどみなく張られている。それを見て安心する綾香だったが、一つの疑問が浮上する。

「どうやって屋敷に入ったの?」

「あなたが思っているより、遠坂凛という魔術師は相当な実力者ということですよ。彼女がこの屋敷に張った結界は、個人を特定限定、個人の皮膚より10cm地点に結界に反発作用する結界を設け・・・」

「とっ、とにかく、桜さんは体になんの害もなく出入りできるのね」

桜の話しが長くなりそうだったので、綾香は話を切り出す。

「そうです。あとは綾香さんもその特定個人に設定されているので外に出ることは可能ですよ」

「私もできるの?凛さん、そういうこと言わなかったなあ」

「きっと凛さんは、できるだけあなたに外に出て欲しくないんですよ。相当心配してましたし。それは私も同じです。5日間という短い時間ですが、あなたの護衛をします」

そう言ってにこりと微笑む桜。朝日が顔を照らして、いつも以上に綺麗に見える。

「そっか、ありがとね桜さん」

こんなに自分を思ってくれる人たちがいることを実感し、頬を染める綾香。そんな綾香を見ていた桜だが、ふと何か思い出したように人差し指を頬に当てた。

「そういえば、護衛役はもう一人いるんです。私がいることに対して、その様子ですと、凛さんから何も聞いてないみたいですね」

「えっ、もうひとりいるの?」

「そうですよ。もうそろそろ来ると思いますが・・・」

ピンポーン

待っていたように鳴らされたインターホン。桜は、「噂をすれば・・・」と言い残し、玄関に向かっていった。

 桜に連れられてきた人物、髪が半分白く、身長は高い、しかし少し幼いような顔ぶりをした男性、衛宮士郎だった。

「しししし士郎さん!?」

「おはよう、綾香」

士郎はにこりと笑う。しかし、そこであることに気づき顔を背ける。綾香は、そういえば・・・と自分の体を見る。裸ワイシャツに、白のパンツ一枚。それが今の綾香の格好だった。ワイシャツのボタンも上三つ外していたので、だいぶ胸を露出している。

「きゃあああ!!!」

自分でも分からないが、なぜか士郎の左頬にビンタをかまし、綾香は急いで部屋に戻っていった。

居間に残された士郎はジンジンする左頬を手でさすりながら呟いた。

「なんでさ・・・」

 

「ごめんなさい、士郎さん」

 感情の高ぶりで、士郎をたたいてしまったことによる罪悪感で、綾香は士郎に謝った。彼女は、シャワーを浴び、白いセーターに、紺色の膝丈まであるスカートという普通の身なりになっている。

「いや、まあ、気にしなくていいんだ」

まだ頬に手のひらの感触を感じながら、士郎は苦笑いした。そんな士郎をみて、桜さんが私の格好について言ってくれれば、と桜を睨む綾香だったが、桜は軽く舌をだしてそっぽを向いた。がるる、と綾香が桜を威嚇していると、士郎が口を開けた。

「綾香、突然こんなことになったけど、その、大丈夫か?」

シン―・・・と空気が静まる。言葉を濁したのは、士郎なりの気遣いである。彼は前聖杯戦争に参加しているため、綾香の置かれた状況の深刻さは熟知している。部屋が暗くなってしまったのは、太陽が隠れてしまったせいだけではない。

「そんな心配しなくても大丈夫よ。ほら、私強いから」

綾香は笑顔を作って見せる。

「本当そうか?」

「ほんとだって。だってまだ始まったワケじゃないでしょ。始まるかどうかもわからないんだしさ」

綾香の笑顔の不自然さに気づかないほど鈍感な士郎ではない。しかし、それ以上追求はしなかった。今は綾香を支え、気分を明るくすることが、大切だと感じた士郎はこんな提案をした。

「うん、綾香。今日は俺とデートをしよう」

「え、」

「デートしよう」

「え、ええーーーー!!」

「何か悪いか?」

「だって、凛さんに家に出るなって言われたんだよ?危険じゃないの?」

「まあ危険はあるかもしれないけど、大丈夫さ。それに、一日家にずっといるのも気が滅入るだろう?」

「まあ、そうだけど・・・、というか普通にうれしいけど・・・」

「んじゃ、行こうぜ。いいよな?桜?」

桜は若干呆れたような表情をしているが、やれやれといった感じでこういった。

「しょうがないですね、先輩は。行ってきてもいいんじゃないでしょうか。まだ動きはなさそうですし」

「よし!行くぞ綾香」

士郎は綾香の手を握って立ち上がった。そのまま、引っ張られるように士郎に連れ出されながら、綾香は不謹慎にもこう思ってしまった。

(聖杯戦争に巻き込まれてラッキーかも・・・)

 

 

その後、士郎に連れ回される形で、隣街へ行った綾香。綾香が想像していた以上に士郎はデートスポットについて考えているようで、すごく美味しいケーキがあるカフェや、綾香のことを考えてかメガネショップに行ったり、など常に楽しかった。デートってよくするんですか?と聞いたら、士郎は顔を背けて「まあ鍛えられたからな」とつぶやいていたが、深追いすると話をはぐらかされてしまった。

 楽しいときは疾風のごとくすぎ、公園のベンチに座って、落ち着いたときにはもう夕方になっていた。砂場には子供が遊んだあとだと思われるスコップが刺さっていて、夕焼けに照らされている。綾香と士郎は何をいうこともなく、その夕焼けを見つめていた。

「少し、昔の話をしようか」

士郎が口を開いた。

「実はこの公園はな、俺が小さいころ住んでいた土地なんだ」

その言葉を聞いて綾香は周囲を見渡す。公園にしては広すぎると感じていたが、街があった痕跡は全く見つけることができない。困惑する綾香をみて、士郎はさらに言葉を続けた。

「20年前くらいか、ここで大災害があったんだ。街は燃え、大勢の人が死んだ。その時一人だけ生き残ったんだ。それが、俺」

悲しそうに笑う士郎。綾香は、はっとする。

それって私と一緒・・・。私もあの街で一人生き残ってしまった。私の目の前にいるこの人も、私と同じなのか。

「綾香のことを最初に見たとき、自分もこんな目をしていたのかって思ったよ。あんな暗くて悲しい目はそうそう見るもんじゃない。ましてや子供だったらなおさらだ」

「士郎さん・・・」

「俺たちはたった一人生き残ってしまった。死んでいったほかのみんなのために何をすればいいのかな。俺にはまだ答えがわからないんだ」

綾香はここで口にするべきか迷った。この心のわだかまりを口にして良いのか。綾香は決心した。

「士郎さん、もしかして聖杯は運命をも変えることができるの?それだったら私は・・・」

士郎は綾香を見た。士郎の目は綾香を見ていた。しかし、そこには綾香を見て、過去を振り変えるような、そんな目をしていた。

「古い知り合いに、自分の過去をすべてなかったことにしてすべてを救おうとした女性がいたんだ。彼女は過去にした選択を常に後悔していた。それが本当に悪いことなのかは俺にはわからなかった。だけど彼女はいつも苦しんでいた。だけどな、そんな生き方は人の生き方じゃない。人はもっと自分のために生きるべきなんだ」

「でも、私、あのとき・・・。聖杯がすべての望みを叶えるなら・・・」

「聖杯は決して願望機じゃないよ。あれは本当に災厄なんだ。ここだって・・・、いやいい、とにかく・・・」

「ここだって?士郎さん、もしかして」

「・・・すまない、聞かせたくはなかったんだが」

綾香はこの土地の大災害が聖杯によるものだということに気づいてしまった。それじゃあ、士郎さんは聖杯によってすべてを奪われたの?それなのに私、聖杯が願いを叶えるかもしれいって思って・・・

「ご、めん、なさい」

綾香の目から涙が溢れていた。悲しかった。例えようがないほど悲しかった。士郎は綾香の頭を抱いた。

「綾香、過去を否定することは絶対にしちゃいけない。過去があるから今の自分がある。自分だけじゃない。過去があるからこの世界があるんだ。過去の重みを一人で背負うのが辛かったらいつだって俺が一緒に背負ってやる。俺だけじゃない、凛だって一緒に背負ってくれる。だから一人で苦しむな。もう綾香はひとりじゃないんだよ」

綾香は声をだして泣いた。ここ最近のことだけじゃない。生き残ってしまったあの日から溜まっていたものすべて吐き出すように泣いた。その間士郎は優しく綾香を抱きしめていた。

 

綾香が泣き終えたとき、もう公園は暗闇に包まれていた。そろそろ帰らないと桜が心配するな、と士郎がいい、二人は帰途についた。玄関まで士郎は綾香を送り、俺は泊まりはしないからここでお別れだな、と言った。

「しばらくは来れないけど、何かあったらすぐに駆けつけるから」

「うん、ありがと。士郎さん」

そう言って二人は別れた。家に帰ると、桜が居間で待っていた。桜は綾香の顔を見て何か察したのか、ホットココアを作った。それは暖かく綾香を包み込んだ。綾香はそのあとシャワーを浴びて、ベッドに入った。

綾香の体にはまだ士郎の腕の感触が残っていた。

私はひとりじゃない。

「今日はいい夢が見られそう」

綾香は小声でつぶやいて、目を閉じた。

 




まあ何とか2週間で出せました
フェイト二期始まりましたね!これで今月も生きていけます笑
もっと質が良い文章にしたいのですがなかなか難しいですね
次はもっと質がよく!
ではでは2週間後に


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2話A

半年ブリの投稿ですかね・・・
いやーあはは
この夏頑張りたい!!


これといって何も起きず、もう4日が経っていた。凛は明日帰ってくる。少し心配しすぎていたんじゃないかな、とソファーに横になりながら綾香は思った。でもそのおかげで士郎さんとはデートできたわけだし、と綾香はあの日を思い出すとまた自然に顔がほころんでしまう。何もないということはいいことだ。平和なことはいいことだ。

しかし、依然として左手には違和感がある。色は薄まることなく、綾香の手の甲には令呪が刻まれている。綾香は包帯を外し、令呪を見つめる。どうやったらとれるのだろう?結局何も起こらないということは、これは消えるとは思うが、しっかり皮膚に張り付いている紋章は意地でもとれないようにしているように思える。綾香が指で令呪をカリカリと軽くこすっていると、エプロンをつけた桜が居間に入ってきた。

「綾香さん、そうやってもとれることはありませんよ。明日凛さんともどってきますし、そしたらすぐとれて学校に通えますよ」

「なんだかんだ5日間ってあっという間だったなー。凛さん明日帰ってくるもんね」

「何も起こらなそうでよかったです。凛さんは明日士郎さんが迎えに行ってくれます。この数日、綾香さんと過ごせて楽しかったです」

そう言って桜は笑顔を綾香に送る。綾香も桜に笑顔を返す。

心配は心配でしかなかった。明日には私の日常が帰ってくる。安心が生まれるとともに、いつもと違う刺激的なこの数日も良かった、と綾香は感じていた。

 

「それじゃおやすみなさい。綾香さん」

「おやすみ、桜さん」

これが最後の夜だ。この数日は桜さんが家に泊まってくれている。いつも凛が色々な場所を飛び回っていて、1人で生活している綾香にとって、誰かと一緒に生活していることはうれしいことだった。今日、寝たら明日から1人の生活か…、そう考えると少しさびしい気持ちにもなる。ともあれ、もう学校にも行くことになる。5日間とはいえ、授業の遅れをとり戻さなきゃ、と考える綾香だった。遠坂家の1人としても、勉学も常に学校ではトップを保つことを気をつけている。そんなことを考えているうちにまどろんできて、綾香は目をつぶった。

 

 

 

ーいいのかい?君はそれで?

ー忘れていいのかい?

ーこれは終わりじゃないよ、始まりだ

 

異質な雰囲気を感じ取り、綾香は目を開けた。と、同時に自分の体の違和感に気づいた。

(体が…動かない…)

体は動かないが目だけは動かせる。そこで綾香はあることに気づく。

 誰かがいる。闇に慣れた目が次第にその者を掴んでいく。男・・・?フードを頭にかぶり、マントを着た者が立っている。顔を見ようと試みたが無駄だった。その者は仮面をつけていた。無地のひび割れた仮面。割れた隙間からひとつの青い目が綾香を見つめていた。その目はまるで月光のように輝いている。

「だれ?と君は聞きたそうだね。」

男の声は若い青年のような高めの、それでいて老人のような厳かさがある、不思議な音だった。

「今は僕の名を明かすことはできない。だがいつかその日は来るだろう」

(あなた誰!?何が目的なの!?)

綾香は叫ぼうとしたが、目以外動かすことは叶わなかった。

「僕は君に危害を加えるためにここにいるんじゃあないよ。僕は君を救いに来たんだ」

(私を、救いに?)

「そう。」

綾香はこの男が自分の心を読み取れるのだと気づいた。男は言葉を続けた。

「聖杯戦争の話だ。君は聖杯戦争から何とか抜け出そうとしているが、それは限りなく不可能だ。もう6人のマスターは英霊を召喚している。残りは君だけだ。遠坂凛が聖杯戦争を止めようと企てているらしいが、これは失敗に終わる。なぜなら明日遠坂凛が乗る飛行機が墜落するからだ」

(どういうこと!?)

「どういうことも何も僕はこれから起こることを伝えたまでだ。何か君に伝えることがあるとすれば、そうだね。君は戦わなくてはいけない。生きるためには」

(私は戦わない。決して。凛さんも明日帰ってくるわ。あなたの言うようにはならない)

「そうか。まあ、明日になればすべては動き出す。選択するのは君だ。ただね、君は自分の罪を償うことは死ぬことだと考えているなら・・・。あるいは死を選ぶのもいいだろう」

(あなたに何が・・・!!)

いつの間にか綾香の顔に男の手がかざされていた。

「話はここまでだ。いつか、また。おやすみ、眠り姫」

綾香の視界がブラックアウトした。

 

 




今回短めですが近いうちにまた投稿します!
動き始めます!!


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2話B

謎の仮面の男の出現

様々な出来事が交差し、綾香の日常にさざ波を立てる

ここは戦場

安寧など求めてはいけない

逃げることは許されない

生きたければ、行くしかないのだ




 綾香は目を開けた。体を起こして、夜のことを考える。

(あれは、なんだったの?)

 夜の出来事。仮面の男との対話。部屋は昨日の寝た時と変わらない。

(屋敷には結界が張られているから侵入できないはず・・・)

綾香はベッドの横のカーテンを開き結界を確認する。

(異常なし・・・。ってことは夢?それにしては・・・)

「綾香さん起きてますかーー」

一階から桜の声がする。早く行かなきゃ、と不安を振り払うように綾香はベッドから出た。

 

昨日のことを考えながら、朝食のパンをかじっていると桜が話しかけた。

「凛さん、今日の成田19時くらいに尽くそうよ。士郎さんが迎えに行ってくれるんで心配ないですよ」

桜は綾香の心配ごとを勘違いしているようだったが、綾香はそれを口にはしなかった。桜に昨日のことを相談するにはあまりにも馬鹿らしいことに思えた。

「ありがとう、桜さん。あーでも今日でこの刺青みたいなのも取れちゃうのかー!ワイルドでちょっと好きだったのに」

「綾香さんったら」

お互いに笑っていたが、我ながらこんな下手な嘘をよくつくものだと綾香は情けなくなった。

 

綾香はテレビを見ていた。何か変わったことがあるかもしれない。そんな不安から何か事件が起こってないかニュースを見ていた。といっても一日中世間は平和な様子で、昨日のことはやはり夢だったかもしれない、と思い始めた綾香だった。時間はもう夕方の18時50分になっていた。今頃士郎さんは空港で凛さんを待っているのかな、と凛は考えていた。

「綾香さん。コーヒー飲みますか?」

よろしくー、と綾香はソファーに首をもたせかけながら答えた。首を戻してテレビをまた見始めた。テレビでは「冬木科学科-人工ロボット展」の紹介とともに天気予報が流れていた。妙にリアルで、アンドロイド?というのだろうか、人の顔に近づけすぎて、逆に人から遠ざかっているように見えた。

 

バタン

 

嫌な音が首筋をなでた。と、同時にカップが割れたであろう音が耳をつんざいた。綾香が後ろを振り向くと、桜が倒れていた。

「桜さん!!!!」

綾香は駆け寄り、桜の肩を掴んだ。

バヂッ

綾香の手が何かによってはじかれた。よく見ると桜の体を黒い電流がまとっている。

「これは・・・どうゆうこと」

もう一度桜の体に触れる。同じようにはじかれた。先程は動転して気づかなかったが、指には激痛が走っている。

「どうしよう・・・。そうだ!士郎さんに連絡・・・」

いきなりの出来事に今にもへたりこんでしまいそうな体を起こし、綾香はテーブルの上のケータイを取ろうとした。しかし、さらに綾香を追い打ちするように、死神の声は囁かれた。

 

―只今入ったニュースです。成田に19時着の飛行機が着陸直前に爆発したとのことです。この飛行機はロンドンからの便で多くの日本人、イギリス人が乗っており、安否の確認は取れていません。詳しくは分かっておりませんが・・・あっ!たった今新たな情報が・・・―

 

「ちょっと・・・なによ、これ・・・この飛行機って凛さんが・・・」

ピルルルルル

ビクッとした綾香だったが、ケータイには「士郎さん」と表示されている。綾香はすぐに電話にでた。

「綾香か!?」

「士郎さん!どういうこと!!今ニュースで・・・」

「そのことだ!おそらく魔術による攻撃だ。俺はいま飛行機の墜落の現場に向かっている。そっちは問題ないか」

「桜さんが・・・いきなり倒れちゃって、触ろうとしたら黒い電流みたいなのが」

「クソッ!一体何が起きてるんだ!いいか綾香、俺はすぐそっちに戻るから綾香は―ピピ―ガガッ―

 

「士郎さん!?ねえ士郎さん!?電話が・・・。とにかく桜さんを・・・」

 

瞬間、雷のような音が轟き、遠坂邸を震わせた。綾香はよろめきながらも、この音が何を意味するか感じ取っていた。

「まさか!!結界が!!」

綾香が叫んだ瞬間、天井を何かが突き破り、居間に破壊をもたらした。綾香は土埃に咳き込みながら、破壊の中心を見る。

「あれは・・・矢!?」

さっきまでソファーがあったところには、ガレキの山と、そしてそこに一本の銀色の矢がそびえ立っている。そうしているうちに第2射がきた。綾香は土埃を払いながら、桜のもとへ近寄った。

(まずは桜さんの安全を確保しなきゃ・・・。でも一体どこへ行けば・・・。そうだ、地下室なら)

桜の体には未だ黒い電流が巻きついていて、苦しそうな表情を浮かべている。綾香は桜の腕を自分の肩に回した。

「いっ!!!」

痛みが綾香を蝕む。綾香は歯を食いしばりながら、続く第3射がこないうちにと、急いで地下室へと向かう。綾香の背中に第3射の衝撃が走る。

(っ!!早くしなきゃ)

地下室の階段を転げるように、駆け下り、桜をソファーに座らせた。

(とにかく武器を・・・)

引き出しを開け、凛から渡された宝石を握る。

激しい音とともに、地下室の入口が爆発した。綾香はとっさに桜の体をかばった。運良くあまり木片も飛んでこなかった。しかし、それよりも悪いものが綾香の前に現れた。

 

「ふっ、地下室に逃げ込むとは、下賎な鼠め」

金属音が擦れる音が響く。綾香が振り向くと、そこには黄金の鎧をきた青年が立っていた。幼い顔立ちに、あざ笑うかのように笑みを浮かべていた。そこには一種のカリスマ性を感じさせるものがあった。

「あなた、何者よ!」

震える足を隠しながら、綾香は必死に言葉を出した。

「鼠が余に問いをかけるか。まあ良いだろう。貴様とていくら愚かであるとはいえこの状況が理解できないことはあるまい?」

 

綾香はゴクリとつばを飲みこんだ。これは聖杯戦争。おそらくあの立ち振る舞いや伝わってくるオーラからするに、英雄、つまりサーヴァントなのだ、と綾香は気づいていた。

 

「貴様のような小娘とて、聖杯に選ばれしマスターのひとりであろう。であるなら貴様のサーヴァントを出せ。余が肩慣らしに相手をしてやろう」

 

蔑みの笑みを浮かべる青年に、綾香は無言で応えるしかなかった。

 

「おい、なぜ黙っている」

綾香に問いかけた青年だったのが、何かに気付き表情を変えた。

「まさか、貴様。未だにサーヴァントを召喚していないだと・・・?」

笑みが消え、怒りを顕にする。

「この鼠が、心までもが小さいのか。誇りなき者には余が罰を与えてやろう」

青年は右手を目の前に掲げた。すると光の粒子が集まり、形作られ、1つの剣へと変わった。

綾香は危険を感じ、手に持っている宝石を投げつけた。それぞれから凛が込めた強力な魔術が発動したのだが、それらは黄金の青年のたったひと振りで消え去った。

「そ、そんな」

「そのような弱小魔術で余に傷がつけれるとでも?まあいい、苦しまぬよう一瞬で殺してやろう」

綾香は後ずさりしながら、この絶望的状況を打破する策を考える。ダメだ。私ここで死ぬんだ。黄金の青年は歩を進めている。綾香の足が桜が寝ているソファーに当たる。青年が歩みを止める。

「なんだ、そこの女は。余を前にして、寝ているというのか。この不届きものめ。そやつから殺してやろう」

「この人には手を出さないで!」

綾香の目の前を金色の何かが横切った。瞬間、綾香の体は吹き飛ばされ、壁の本棚に激突した。地面に落ちた綾香に本が数冊覆いかぶさる。

「うるさいぞ、鼠が。貴様とてすぐ死ぬことを忘れるな」

綾香は横の腹の鈍い痛みを引きずりながら、体を起こそうとした。

このままじゃ、桜さんが・・・でも私には・・また私は・・・

綾香は下を向き、涙を流した。手の甲に雫が落ちる。

涙でおぼろげになっている視界に赤い光が映る。

(なに・・・これ・・・)

気のせいではない。綾香の左手の甲が赤く光っている。正確に言えば、『令呪』が。それだけではない。左手に共鳴するように、床が赤く光っている。それはまるで力を取り戻したかのように、朝露を受けた地面のように、光があふれている。それは魔法陣だった。綾香は左手を見る。気づかなかったが、桜を運ぶときにカップの破片が当たったのか、手の甲から血が流れている。

剣を今にも振り下ろしそうに掲げていた黄金の青年はその手を止め、剣を消す。

「ほう、貴様。それを余の目の前で行うか。面白い。見せてもらおう」

綾香は召喚のために必要な言葉を知っていた。自分でも不思議だが、赤く輝く魔法陣を前に、綾香は完璧に詠唱の文言を頭に思い浮かべることができた。

 

「―告げる」

魔法陣がさらに力を得たように赤く輝く。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」

自分にできることがあるなら。願いを実現できるなら。もう誰も失いたくない。

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―」

魔力が体を駆け巡る。痛みが全身を震わせる。少女は思う。ああ、この痛みは、私の裏切りの罰なのだと。頭に浮かぶのは、自分を助け、聖杯戦争へ向かう私を全力止めようとしてくれた二人の顔。遠坂凛と衛宮士郎。そして自分が裏切ったあの・・・。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者―」

赤い光は紫を帯び、蒼へと変わった。蒼い光はさらに輝きを増し、目もくらむような白い光で地下室を照らす。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―!」

白い煌びやかな光が泉のごとく溢れ、命を得た風が吹き踊る。少女はその光と風の中にひとしずくの涙をこぼす。

「良い!実に良いぞ!小娘!!貴様がここまでやれるとは!!」

黄金の青年が叫ぶ。瞬きを決してしまいとその輝きを見詰めている。

光の中から一人の者が歩み出した。サーヴァント。綾香はついにマスターとなった。もう後戻りはできない。彼を召喚してしまった。偶然か、必然か。そんなことは関係ない。

ただ彼を、サーヴァントを、彼の騎士を、彼女はこの世界に現界してしまった。

光から生まれた騎士は、その鎧もまるで白鳥のように白い光を発していた。

純白の騎士は、少女の目を見つめ、口を開く。

 

「問おう。君が私のマスターか」

 

 

 

 




こんなにも次の話が投稿できました
まあ今夏休みですからね
ってなわけで、やっと2話(正確には5話)目で主人公がサーヴァントを召喚できました
次からもどんどん話が動いて行くと思います
下手な文章で毎度悲しみを覚えますがよろしくお願いいたします


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3話A

綾香の前に現れた謎の金色の青年

そしてついに綾香は英霊を召喚する

白い風になびかれて、少女は今戦いの火を灯す。

それは果たして、風前の灯火か、はたまた灼熱の大火か


目の前に現れた白い騎士。年は20代後半くらいだろうか。髪はその白い鎧に映されたように銀色に輝いていた。スラリとした体ではあるが、その中には強靭な力を感じるものがあった。

綾香はしばらくその姿に見とれていた。いや、見つめていた。自分のした行為にも驚いていたが、サーヴァントという概念が本当に存在したという事実を目の当たりにし、打ちのめされていた。

「問おう。君が私のマスターか」

白い騎士に問われ、綾香はぼうっとしていた自分に気がついた。

「あっ、私は・・・、あの・・・」

とっさの問いに綾香は反応できずにいた。

 「クハハ、やるではないか。鼠」

金色の青年が口をはさんだ。

 「伝わってくるぞ。強者のオーラが。余の良き準備運動になりそうだ」

金属がこすり合う音を響かせながら歩みよる。青年は白い騎士の目の前に立った。

 「余のクラスはアーチャー。だが貴様ごときにまだ我が一矢は見せん。まずは貴様の実力を調べさせてもらおう」

そう言ってアーチャーは先ほどの金色の剣を空中からつかみとる。白い騎士はため息を付き、気だるげそうな目で綾香を見た。

 「つまり、君が私のマスターで、この金色が敵ということでいいのか?」

 綾香はまた話しかけられたころで体を引きつらせた。

 「え、あ、まあそういうこと・・・ッぁ!!!」

綾香が「危ない」という前に、アーチャーは白い騎士の首筋を狙って剣を振り下ろしていた。

綾香は瞬間、目をつぶってしまったが、目を開けると白い騎士に抱えられていた。先ほどいた位置とは少し離れている。しかし、先ほどいた位置は、アーチャーの剣が振り下ろされたのであろうか、大きな傷跡を作っていた。その傷跡は白い騎士の首だけではなく、自らも殺傷する範囲の攻撃だということに気付き、綾香はぞっとした。

「マスター、戦いで目をつぶっては行けないぞ」

綾香は今自分が抱きかかえられた状況だと気づき慌てた。

「わ、わかってるわよ!というかおろしなさい!」

アーチャーがこちらを振り変える。

「ほう。余を前によそ見とは、なんとも無礼な奴だと思ったのだが。存外、戦いの油断はしていないようだな」

そう言って剣を構えなおす。

綾香は、アーチャーから目をそらさず白い騎士に話しかける。戦いの覚悟は決めている。

「あなたが私のサーヴァントなのね。私の名前は綾香。遠坂綾香。マスターとして命じるわ。あの金色を倒しなさい!」

その言葉を聞き、白い騎士は目つきを変える。

「了解した。マスター」

そう言って構えを作った。白い騎士の手が光で溢れ、光はあるものを形作った。

それは槍だった。無地の白い槍。シンプルとしか言い様がないただの槍だった。ただ一つ奇妙な点を除けば。その槍は刀身までもが白かった。まるで何か隠すように、その刃は白く覆われていた。

「ほう。貴様『ランサー』のクラスであったか。だがそのような武器で俺に果たして傷がつけられるか。刀身もない槍などただの棒キレだ」

「試すがいいさ」

ランサーはにやりと笑う。

「そうしようッ!!」

綾香の視界からアーチャー、ランサーの姿が消えた。地下室を見渡すが気配はない。

ギイィィィィンッッ!!!

「上!!?」

綾香は急いで地下室を出る。剣戟の音は屋敷に響きわたっている。アーチャーに破壊された居間の方へ走る。そこで綾香は見た。天井からこぼれる月の光に照らされた二人の姿を。

ランサーの瞬足の突きを、アーチャーが剣でいなしながら避ける。槍と剣のあいだで火花が飛ぶ。そのまま剣で切りつけるアーチャーだが、ランサーはこれを槍の柄で弾く。そのまま打ち合いになった二人だが、両者どちらとも恐ろしい速度である。

「これが・・・サーヴァント同士の戦い・・・」

綾香は、ともすればすぐに追いつけなくなるような戦いを瞬きせずに見つめていた。

アーチャーが後ろに飛び、そのまま壁を蹴ってランサーに突進した。ランサーはこれを後ろに引き、避けるがこれはアーチャーの予想通りであった。アーチャーはその勢いのまま居間を破壊し、土埃を起こした。気配を察知する能力ではランサーより、アーチャーの方が優れている。ランサーは槍を構え、集中した。ランサーの真後ろでアーチャーの黄金の刀身が光る。ランサーは振り返らず、そのまま槍を後ろにつきだした。

土埃がはれ、綾香が見たのは、アーチャーの剣がランサーのがら空きの首の寸でのところで止まり、ランサーの槍が、これまたがら空きのアーチャーの心臓の寸でのところで止まっていた。

「ほう。余の一撃を防ぐか。確実に捉えたと思ったのだが。何かの能力か」

ランサーは黙っている。

「ふっ、まあ話さずとも良い」

アーチャーは剣を下ろす。それと同時にランサーも槍を下ろし、振り変える。

「貴様。なかなかの使い手だな。名のある騎士とみた。喜べ。貴様は余の力を見せるのに値する」

剣を消すアーチャー。綾香は気づく。風が出てきたことに。そしてその風はアーチャーに向かって吹き付けている。ただならぬ雰囲気がアーチャーから出ていた。ランサーは目の色を変えた。槍を構えながら素早く移動し、綾香を自分の背中においた。

「・・・ランサー?」

「あの傲慢な青年。想像以上の力を持っている。今発動しようとしている宝具。あれは相当にヤバイものだ」

「ホウグ?ちょっとランサーどういう・・・」

轟!!と音が起こり、風がさらに強くなる。綾香はランサーの顔に汗がにじんでいることに気づいた。

アーチャーの周りを紫の炎が舞い踊る。アーチャーは弓を引く動作をした。まるで何百年も開けていなかった扉が開いたような音が鳴る。綾香は変な悪寒を感じた。

「すまないな、マスター。あれを防ぎきれないかもしれない」

ランサーの言葉は偽りでないと綾香は気づいたが、強大な力を前にどうすることもできなかった。

力を十分に貯めたアーチャーは不敵に笑う。

「クハハハハ!!第6次聖杯戦争、最初の脱落者は貴様らだ!!」

アーチャーの手に、今まさに破滅の一矢が番えられようとしていた。

 

 




いいペースですね!
最高夏休み!でも文章力爆死!!グハッ
とりあえずどんどん書こうと思います!
このガラスで豆腐なメンタルが砕け散らないうちに
沢山かいて波に乗りたいです!
応援よろしくお願いします!


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3話B

明らかな死の予感がした。

これで終わりなのだと、この死は決定事項なのだと。

悔しい。悲しい。そんな思いは感じなかった。

綾香はアーチャーの強大な力を前に、『死』という存在を不思議なほど静かに受け入れてしまっていた。まるで、抗うだけ無駄だとでもいうように。

その場にへたりこんでしまった綾香。なすすべない状況で、綾香はアーチャーからほとばしる紫と赤の入り混じった炎を眺めていた。

「まだだ!!!」

強い声に綾香は少し心を取り戻す。声の主はランサーだった。

「諦めるなマスター。諦めは罪だ。例え絶望的な状況だとしても、そこに希望への想いがなければ次の生への可能性は生まれない。だから諦めるなマスターよ。君はそこで朽ちて良いのか」

綾香は歯を食いしばる。

「死にたくないよ!私は・・・ここで死んだら・・・。絶対に死ねない!あの子のためにも!!」

綾香は思い出した。何のために戦っているのかを。綾香は立ち上がる。炎の先を睨みつける。

「よく言ったマスター」

ランサーは主人の言葉を聞き、少し微笑む。

「クハハハハハハ!!!何をしようというのだ鼠よ!!貴様らがどう動こうと、余がこの宝具を発動した時点で勝負は決まっておるわ!!」

アーチャーが高笑いする。

「ねえ、ランサー。何か手はないの」

「残念だが、これといった手はない」

「なっ!!あんなこと言っておいて!」

「憤るなマスター」

ランサーは少しため息をつき、手で目を覆った。私に失望したのか・・・と思った綾香だったが、すぐ自分の思い違いに気づいた。ランサーが目から手をどけたとき、その目が変わっていたからだ。目つきが、というわけではない。根本的に、本質が変わっている。その目は青く光り、目尻からはまるでひび割れたように顔に線が入っている。

「ランサー・・・その目・・・」

ランサーは槍を構えなおす。目がさらに蒼さを増した。

(何かが、起こる・・・)

綾香はそう思った。瞬きせずにランサーを見つめる。

しかし綾香の考えは裏切られた。ランサーは構えていた槍をおろしたのだ。

「え、ちょっと、ランサー!?」

その様子を見、今まさに力をため終えた黄金の青年が叫ぶ。

「どうにもできないことを悟ったか!待たせたな!!余の矢を受けて、最後は紅く散るがいい!!」

「ランサー!なんで諦めるの!?このままじゃ!!」

ランサーの腕を揺する絢香だが、ランサーはもうすでに闘志を失っているようだった。

絶句してしまう絢香だったが、ランサーは口を開けた。

「大丈夫だ。マスター。戦いは終わった。」

「え」

瞬間、周りを包み込んでいた光が消えた。絢香は光の主を振り返る。そこには驚愕の表情を浮かべたまま、弓だけを構えているアーチャーがいた。矢は消えている。

口をポカンと開けたまま、絢香は事態が上手く掴めずにいた。

「な、んで?」

アーチャーの顔は怒りの表情へ変貌した。

「どういうことだっ!」

アーチャーの言葉は音の津波のように、絢香を貫いた。アーチャーはさらに言葉を続ける。

「なぜ、あそこで止めるのだ。この好機を逃すとは。そして、余に命令をするとはどういうことかわかっておるのか?」

自分に向けた言葉ではないと、絢香は察した。アーチャーは、この場にはいない誰かに向けて言葉を放っている。

絢香は考える。

(命令…?)

「まさか!」

「気づいたようだなマスター。そう。これは令呪による攻撃の打ち止めだ。奴のマスターはどういうことか令呪まで使って我々への攻撃をやめたらしい」

考えを整理する絢香。でもなんで?

アーチャーはこの場にはいない誰かと激しく口論している。が、それも終わったようだった。眉間に皺はよっているが、落ち着いた表情に戻る。

「ふん、まぁ良い。貴様らは今回見逃してやる。」

アーチャーは今度は絢香たちに話しかけていた。

「収穫がなかったわけではない。わかったことが一つある」

絢香たちの方に歩を進めていくアーチャー。

指で絢香達を指す。

「貴様らが、この聖杯戦争において最弱だということだ。1番初めにこの戦いから離脱するだろう。だが、安心しろ。今は殺さないでおいてやる。その鼠のごときか弱き生を今は楽しむがよい。そしてのたれ死ね。」

絢香は自分のスカートの裾を掴み、震える足を止めようとした。恐ろしい。目の前の金色の青年が恐ろしい。この言葉は真実かもしれない。だが、絢香は、ともすれば歯鳴りが止まりそうにない口を開いた。

「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない。鼠だって追い込まれたら猫だって倒すわ」

「ふん」

アーチャーは小馬鹿にしたように笑い、絢香に顔を近づける。

「だがな、小娘よ。余は百獣の王だぞ。」

絢香はその顔を睨み続ける。

ここで負けたら駄目だ。

アーチャーが少し驚く顔をする。

絢香の眼力に怯んだわけでは決してない。アーチャーは絢香のアゴを手に乗せ、そっと上に挙げた。

「貴様…美しいな…」

予想外の言葉に絢香は拍子抜けしてしまった。

「な、な、…」

バッ、とアーチャーの手を振り払う絢香。

「バカにしないでよっ!」

「冗談ではないぞ、そなた美しいな。気に入ったぞ。眼鏡などかけぬ方がよいではないか。」

絢香は目に手をやる。眼鏡がなくなっている。最初にアーチャーに吹っ飛ばされて本棚に叩きつけられたとき、眼鏡もどこかへいってしまったのだと気づいた。

「ふっ、その弱き力、強気な態度、美しい顔立ち。良い女だ。いつかまた目見えるときがあれば余の側室にしてやろう」

「けっこうなお世話よ!」

アーチャーは目を閉じて少し笑った。が次に目を開けると鋭い視線をランサーに送った。

「そこの白いヤツ。貴様は余のマスターが宝具の使用を止めると気づいていたのか」

絢香はランサーを見る。

そういえば何故、ランサーはあの絶望的な状況で「大丈夫」と言ったのだろう?

「ふっ、どうだかな」

「まぁ良い。例えどのような能力があろうと余と渡り合う力があるとは思えん。だが白いヤツよ。貴様は次会うときは必ず殺す。では鼠共よ。さらばだ。」

その言葉とともに、アーチャーの身体は光の粒子となり、姿を消した。

あとには月明かりだけが残り、静寂が絢香とランサーを包み込んでいた。半壊した遠坂家の屋敷がさらにその静寂の調和をしていた。

その静寂に緊張が緩み、絢香はその場にへたり込んだ。

生きてる。そのことを絢香は実感していた。あの絶望的な状況で。訳も分からない奈落の底のような状況で。今髪をなびく風を感じることができる。体はあちこちがズキズキと痛みを発している。だが、その痛みさえ、絢香にとっては生の実感として心地よかった。

絢香は立ち上がった。

アーチャーに吹っ飛ばされたせいで本が一冊も入ってない本棚のところへ歩き、屈み込んだ。眼鏡は本の重なりによって生まれた隙間にあった。絢香は手にとってレンズを確認する。幸い傷もついてなかった。

「眼鏡をかけるのだな。私も眼鏡がない方がいいと思うぞ」

ランサーの言葉に絢香はキッと睨む。

「ふざけないで、ランサー」

「そのような目つきができるなら、心配はなさそうだな。てっきり、心が折れてしまったとおもった。大抵の人間はあのような状況に立たされたとき、心がバラけてしまうからな」

絢香は目を伏せた。

「別に平気ではないわ。今でも力を抜けば倒れてしまいそうよ。でもそれじゃダメなのは分かってる」

ランサーは絢香を見定めるような目つきで見た。体全体は震えていて、それを隠すように、右手で左腕を抑えている。

「あのときに比べればこんな状況…」

「?」

絢香の言葉がよく聞こえなかったランサーは、表情を読み取ろうとした。しかし、読み取る前に、絢香が顔を上げた。

「それより、あなたには聞かなきゃいけないことがたくさんあるわ。まず第一に、あの青い目は何だったの?」

「そうだな。あの目はおそらく私の宝具だろう」

「ホウグ?そういえばさっきからホウグって言葉が出てきたけどそれって?」

ランサーは驚いた顔をし、片手を頭に当てた。

「まさか、マスターは宝具がどういうものか知らないというのか・・・」

その振る舞いに絢香は苛立ちを覚えた。

「なによ。知らないものは仕方ないじゃない。さっさと説明しなさい」

「ふむ。宝具は簡単にいえば、我々英霊の切り札だ。多くは生前の武器などが宝具となる。宝具は英霊の象徴なのだ。最強の武器だが、同時に英霊の正体をばらしてしまう刺にもなる。」

「なるほどね。伝説上の人物の逸話をたどればどういう武器かも検討がつくし、弱点がわかるってことね」

「飲み込みが早い。先ほどの戦闘でアーチャーの宝具発動をやめさせたマスターはそのことを危惧したのかもしれん。奴の武器は赤と紫の炎を纏う弓のように感じたが・・・。どの人物か検討はつくか?」

「・・・私の知る限りではわからないわ。ただ力を溜めるまでには時間がかかるということはたしかね」

「あれほどの力だ。名のある英霊だろう」

「・・・ちなみにあなたはなんて英霊なの?宝具だけじゃわからなかったわ」

「私の名前か・・・。これは私の責任なのか、君の責任なのか。いずれにしろ、アーチャーの言葉は正しいのかもしれん」

「なによ。どういうことよ」

「私はな、マスター。私の記憶に一部損傷が起こっている。」

絢香は、悪い予感がした。アーチャーの「最弱」という言葉を思い出す。

「私は自分が何者か分からないのだ」

「――そんなッ」

悪い予感が的中してしまった。英雄の名前がわからない。英雄自身が自らが誰であるかを自覚していない。作戦を立てる上でこれほど難関なことがあるだろうか。それは自分の戦力がどれほどかが分からないということだ。

絢香は折れてしまいそうな心を立て直し、思考を変換する。

ここで、絶望することはない。しかし、アーチャーと戦えたのは良い経験だったであろう。宝具が使える、基本的な戦闘スキルがあることが分かったのだから。だが、戦闘については対アーチャー戦においてであって、他の英霊の戦いぶりを見なくては判断することができない。ともあれ、今はこれで精一杯やるしかない。

絢香は一つの疑問が出た。

「記憶がない・・・でも宝具の能力はわかるんでしょ?だったらその能力から探っていけば・・・」

「実のところ、何も知らないと言った方が正直だろうな」

「何も知らないって…でも使ってたじゃない」

「いやあの瞬間まで、私にも目に宝具があることを知らなかったのだ。いや、忘れていた、と言った方が正しいのか。私自身、負けるつもりはないとは言え、アーチャーの宝具に死の覚悟もしていた。宝具について、思い出すことができたのは、おそらく君の言葉のおかげだろう」

「私の、言葉?」

「そう、君ははっきりと死を拒絶した。そのとき、私の中にある光の筋が差したようだった。そこ光の筋を辿って行った結果、私の目は蒼く輝いていた」

絢香は考えた。

(ランサーはあの危機的状況に陥り、生き残るために、脳が隠された記憶を呼び起こした…と考えるのが妥当だけど)

絢香はランサーを見る。

(ランサーが言うように、私の覚悟が、ランサーの力を引き出すきっかけに繋がる可能生もなくはない。そんなことが?マスターの感情で、サーヴァントが影響されるのだろうか?)

「考えても仕方ないわね。ランサー。あの目の能力は、何だったの?未来を見るという力かしら?」

「断言はできないが、そういう能力だろう。私はあの目を発動させたとき、頭の中に、アーチャーがマスターによる命令で攻撃を止めるのを見た」

「未来が見える範囲は何秒先くらいなのかしら」

「何秒先、というのではないかもしれない。見えたのはアーチャーが攻撃を止めるというところだけ。おそらく、自身が直面している出来事の結果を現すのだろう。あのときの私は、アーチャーの矢がどのような攻撃をしてくるかということに集中していた」

「なるほどね。未来が見える…」

そこで絢香は未来視の重要なことに気づく。昔、未来視について凛から聞いた話を思い出した。

「そこで、未来が見えても、あなた自身は行動を変えることができるの?」

未来が見えたとしても、それは見えるだけかもしれない。アーチャーとの戦いでは、攻撃が止めるということになったからよかったものの、例えば自分の心臓に矢が当たる、という未来が見えていたならば…?

未来視は見えるだけで、変えられるわけではない。変えるのはまた別の力だ。

「そこなのだが、私も分からない。また使ってみないことには」

「今使うこともできる?」

ランサーは少し驚いた顔をした。

「スパルタだな君は。可能だがやめておいた方がいい。宝具は魔力の消費が激しいのだ。そして、今私達は敵から丸見えだろう。そのときに武器を見せるのは得策ではないと感じるが」

「それもそうね。ごめんなさい。とにかく、最初は拠点を作らなきゃね」

「ああ、そういうことだマスター。我々の戦いを見ていたものもいるだろう。早くここから立ち去った方が良い。」

絢香は廃墟となった遠坂家を見る。風が絢香の髪を撫で、ゴミクズとなってしまった家を吹き抜いた。

(凛さん…士郎さん…きっと無事でいるわよね)

ここで重要なことに絢香は気づいた。一気に頭の血が下に落ちる間隔。どうして忘れていたのだろう。

「桜さん!!」

黒い電流にとりつかれ、気を失っていた桜を思い出す。地下室のソファーに泣かしておいた。

「―――ッ」

ソファーの上に寝ているはずの桜はいなかった。周りを見てみる。瓦礫をどけて地下室をくまなく探す。しかし見つからない。

(さっきの戦いに巻き込まれて・・・でもそんなに地下室は巻き込んでないはずなのに)

地下室をでる絢香。

「ランサー、あなた、女の人が倒れていたのを知らない?」

「この家に君以外の人間がいたのか・・・。しかし、私が召喚されてから君以外の人の気配を感じていないぞ」

絢香は足元が崩れていくような間隔に襲われた。どういうことなのか理解できない。

「ともかく!この家に人がいないか探して!絶対にいるはずだから!」

絢香は近くにある瓦礫をどかそうとする。それは思った以上に重くて動かない。

「ランサー!手伝いなさい!」

「マスター。残念だが手伝うことはできない」

「ふざけないで!人の命がかかってるのよ!」

「いや、そういうことではない。敵だ。マスター」

「え?」とランサーの方を振り返る絢香。ランサーは厳しい顔をして、月を見ている。絢香も月を見上げる。

「ッッ!!」

月を背にし、空中に黒い影が参列している。これが敵であることは、手に持っている剣や、杖などで分かった。何より、痺れるような殺気が放たれていた。

ランサーは槍を構える。

そして、分かりきった事実を絢香に告げた。

「さあ、マスター。二回戦と行こうか」

 

彼女の夜はまだ開けることがなく、

それはまるで永遠と呼ぶほど長い。

彼女は未だ深淵の闇から抜け出せない。

十字架に釘で打ち付けられた聖人のように

彼女は夜に留められていた。

 




久しぶりの投稿で・・・ははは
今は大学も休み中なんで週一くらいでUPしていきたいです


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