Black Bullet 〜Lotus of mud〜 (やすけん)
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第1章
第1話


あゝ、禁断の再編(´・Д・)」


 

頭上から降り注ぐ大量の光線に自然と体は火照り、肌に汗が滲み出す。

 

心臓は今にも破裂するのではないかというほどの高速の鼓動を刻んでいる。

 

少年–––瀧華蓮(たきはなれん)は深呼吸を繰り返し、(はや)る気持ちを抑えこむ。

 

蓮の体は小刻みに揺れ、一見すれば怯えているようにも見える。だが、本当は違う。内から溢れ出そうになっている破壊衝動を抑えているに過ぎない。

 

野性味溢れる双眸に体躯。草原を駆け巡る競走馬のように一切の無駄を(こそ)ぎ落とした完璧な肉体が照明の光を反射して輝いている。

 

その少年–––蓮は、巨大な檻の中にいた。

 

だが蓮は見世物でも飼われている動物でもない。その檻とは、いわゆる地下闘技場におけるリングの事を指している。

 

檻の中には蓮の他にも屈強そうな男が何人も所狭しと押し込めらているのが確認できる。

 

これから行われるのは、正真正銘の殺し合い。命を賭けた、本物のバリートゥード(何でもあり)だ。最後の1人になるまで、殺し合いは続く。

 

場内アナウンスが観客を煽る。興奮の坩堝と化した会場は歓声と地団駄により地響きを伴い揺れる。

 

そしてアナウンスは順繰りに今夜死ぬであろう英傑たちの名を読み上げていく。

 

自称大量殺人犯に始まり、ヤクザ、プロ格闘家だという者。民警の荒くれ者に果ては高校教諭まで……。

 

三者三様。十人十色の男達が、運命のいたずらか同時期に檻の中に入り殺し合う。

 

金のため、名誉のため、戦う理由はそれこそ人それぞれだろう。

 

色々なドラマがあり、男達は交錯する。だが、これが終われば紡がれゆくドラマは1つとなる。

 

蓮は舌舐めずりをする。

 

多くの犠牲の上に勝利が確立するように、幸福な者の安寧は普遍なく不幸な者の犠牲の上に成り立っている。

 

この少年にとって幸福とは闘争。餌食となるのは弱者–––犠牲者だ。

 

甲高いゴングの悲鳴が会場に木霊し、幾人かの人生の終わりを告げた。

 

ゴングと同時に蓮は僅かに前傾姿勢を取ると、右腕を体側に付け右半身を引き完璧な半身となる。左腕は肘までを体に引きつけ手の甲を相手に向ける様にする。掌は顔の高さだ。

 

天壌無窮(てんじょうむきゅう)の構え』

 

世界は天地とともに永遠に極まりなく続くさま。父より教えられた名も知らない拳法の攻撃特化の構えだ。

 

まずは正面の男を片付ける。

 

いかにも武術家然としたその男は、律儀にも戦う前にお辞儀をしてきた。だが蓮に答礼などする気は一切ない。

 

一気に間合いを詰めるとお辞儀の代わりに相手の鼻っ柱へと肘鉄を叩き込む。

 

1撃の元1人を仕留めると今度は組み合っている男2人組へと標準を定める。

 

蓮は高く跳躍。脚で半月を描きながら振り上げ、頂点まで登らせるとピタッと止まる。そして、体を密着させ押し合う男達へ向かい自然落下に身を任せる。

 

「『嚆矢(こうし)上下捻唸麟(しょうかねんてんりん)』ッ」

 

ギロチンのような踵落としを2人の後頭部へ同時に繰り出した。

 

グキッと嫌な音をたてながら2人は首を反らすとそのまま突っ伏した。

 

「ふー」っと蓮が残心していると、背後から殺気。

 

咄嗟に振り向けば、岩石のような拳が蓮の眉間へと高速で迫ってきていた。

 

だが、蓮の体は脊髄反射のレベルで次手へと移行している。

 

飛来する拳を両手でキャッチをすればバルブを(ひね)るように(ねじ)る。捻りながら懐に忍びこみ腰に相手の体を乗せると強烈な1本背負いを敢行した。

 

けたたましい音を立て破砕する床。ドッと会場は湧くが同時に悲鳴も漏れ聞こえる。

 

投げられた相手の手首はバネのようにねじ上がり、肘からは折れて鋭利となった骨が骨密度を見せつけるかのように皮下を突き破っていた。

 

「『緋点(ひてん)焫零(ぜつれい)』」

 

見る見る間に、腕から流れ出る血で朱の湖面が出来上がる。

 

そこでふと、蓮は会場が静まり返っているのに気付く。

 

全員の視線が蓮へと注がれていた。

 

そこに檻の中にいるいないの別はない。

 

すべての人間が蓮の一挙手一投足に注視している–––

 

–––と、言うことは……

 

檻の中にいる男たちが、蓮に向かい一斉に突撃を仕掛ける。

 

一気に襲いくる3つの拳打。すべて同じ地点––顔面を狙った物だ。

 

蓮はダッキングによりそれらをいとも容易く回避すると、しゃがんだ状態から中段後ろ回し蹴りを放つ。

 

「『佳局(かきょく)左右絞呻燐(あてらこうしんりん)』ッ」

 

文字通り3人の成人男性を一蹴。

 

だが息つく暇もなく、周りは屈強な男たちに囲まれていた。

 

今度は全方向からの攻撃が蓮へと繰り出される。

 

即座に構えをスイッチ。

 

腰を低く落としボクシングのサウスポースタイルのように右腕を前に突き出し、それに寄り添うよう左腕も前へと添えた姿勢。

 

雲集霧散(うんしゅうむさん)の構え』

 

雲のように集まり、霧のように散る。防御に特化した構えだ。

 

蓮は四周同時に襲い来る攻撃を全て右へと順繰りに流していく。

 

まるで映画に出てくるカンフーマスターのように器用に迫り来る拳打を隣の男へと流し、襲い来る前蹴りを逆に蹴り飛ばし他の男へと軌道を曲げてやる。

 

「『磨我陀念珠(まがたねんじゅ)』」

 

男たちの攻撃はまるで球状の物の表面を滑るかのようになめらかに逸らされていく。

 

蓮は激流をも遮り続ける岩石の中に閉じこもっているかのように不可侵の領域を築く。

 

自滅、または同士討ちを強いられ、周囲の男たちは倒れていく。

 

四周を取り囲んでいた男たちも、残すところ1人。

 

蓮はそこであえて隙を見せてやる。

 

あえてガードを上げ、下腹部をガラ空きにしてみせた。

 

そして自ら相手の間合いへと歩み寄る。

 

圧倒的な力量差。絶望しかけた所で著名な隙を発見した男は、それが誘いともわからずそのガラ空きの腹部へヒザ蹴りを繰り出した。

 

両手で蓮の後頭部を捉え、引き付けると同時に鳩尾へヒザを叩き込む。男はヒットの直前、勝利を確信しただろうか?

 

だがその答えを知る者は誰もいない。

 

蓮は後頭部に置かれている相手の右手を左手で掴む。この際、人差し指から小指までの4指でしっかりと相手の手側面を保持し、親指で相手の薬指の付け根付近を圧迫する。

 

同時にその手をくるりと返し相手の手首を(ひね)りあげてやる。前腕の筋肉を(ねじ)りあげ、断裂させんと力を込める。当然、相手は反射的にそれを防ぐため、力を込められた方向へと体を傾がせる。

 

そこで蓮はひっくり返っている相手の手の甲へ残る右手を添え、前へと押してやる。

 

そうすると面白い事に相手は後ろへと倒れこむ。

 

可動域を完全に越える動作をかけられ、恐怖に駆られた男は筋肉の断裂や骨折よりも、派手に受身をとる事を選択したようだ。

 

だがそんな事は既に織り込みずみだ。蓮は相手の体勢をコントロールするために倒れこむ男と共に1歩足を運ぶ。倒れた相手の腕を股の間に挟み込むように動きテコの原理を使い思いっきり捻りあげると、拳を相手の顔面へと振り下ろす。

 

日頃の鬱憤も吹き飛ばす、スカッとするような会心の1撃が極まる。

 

「『臥邏無卍捻(がらんまんね)』」

 

威嚇するように蓮は周囲を見回す。もう檻の中で立っている人間は片手に収まる程になっていた。

 

蓮を除くその他数人は熊のような男1人を囲むように展開し、今にも跳びかからんとしている。

 

その中央の男のはち切れんばかりに発達した筋肉。剃り上げた禿頭。眉間にはアルプス山脈のような深い皺が刻まれている。体の至る所にも裂傷が奔り、銃創も散見、ケロイド状になった火傷痕まで確認できる。

 

一体どんな人生を歩めばそのような身体になるのか?

 

歴戦の猛者とは、彼のような事を言うのだろう。

 

ヒグマのようなその男は数的不利にも関わらず一切微動だにしていない。

 

冷徹な瞳で周囲を睥睨すると、かかって来いと手招きする。

 

正面の男がそれに応える。これからどんな戦いを見せるのかと周囲が息を飲んだ瞬間、男の身体は吹き飛んだ。そのまま金網に衝突すると男はドリルのように身体を錐揉みし続け、金網が重厚に首に絡まりようやく止まった。周囲に肉の焼ける音と臭いが充満し、観客は固唾を飲んだ。

 

残る男達が一応に怯んだのを見て、禿頭(スキンヘッド)の男は「ふん」と鼻で笑うと悠然として間合いを詰める。だが怯えきった相手は逃げ場などない檻の中で逃げようとして踵を返す。全力疾走をして少しでも生き長らえようと悪足掻きをする。

 

スキンヘッドの男はその図体からは想像もできない猫のような軽やかな動作で跳躍。逃げる男の眼前にスっと着地してみせ、相手の顔面を鷲掴みにする。そしてそのままリンゴを潰すように頭部を握り潰すとその骸を最後の1人へ向かい投擲。男の身体に屍体が突き刺さるという悪趣味な殺しをやって見せ、スキンヘッドの男は観衆から歓声を受ける。

 

この質量にして、あの俊敏性、言わずものパワー。

 

「おいガキ」

 

蓮は身体が軽くなるのを感じた。

 

「おいガキ、聞いてんのかコラッ?」

 

「ん? ––––––蓮はやっとここで、このスキンヘッドの男が自分に話しかけているのに気付いた––––––なんだ?」

 

「なんだじゃねぇ。残るは俺とお前だ。名乗れ」

 

「……」

 

これから戦うというのに何故名乗らなければならないのか?

 

相手の名を知ることに何の意味があるのか?

 

そんなもの、クソ程の価値もない。

 

「俺はIP序列1150位の大熊大厳(おおくまたいげん)だ」

 

––オオクマタイゲン––

 

蓮はしばらくその名を脳内で反芻(はんすう)してみた。そして思わず吹き出しそうになるのを堪える。名は体を表すとはよく言ったものだ。

 

「そうかオッサン。デケェ熊みてぇな図体て意味の名前か。ははは……いい名前だよ」

 

「馬鹿にしてんのかぁあッ」

 

大厳が叫ぶのと拳を一閃するのは同時だった。

 

蓮は特段焦る様もなく捌き技『磨我陀念珠(まがたねんじゅ)』にて迫り来る拳打の着弾点をズラさせた。

 

手首を優しく握り、引き倒すように後ろへと流す。これだけで相手は自らの拳に釣られて前方へ転ける事になる。

 

蓮の狙い通り、大厳は前のめりになって倒れこむ。

 

「一体何が起こったんだ?」大厳の顔は明白にそう語っている。

 

「オッサン。俺はもう1年ここに足繁く通って腕を磨いてきた。もうあんた程度の相手にゃあ負ける気がしないね」

 

蓮は大厳を見下ろし、そう断言する。これに激昂しなくて闘士が務まろうかと大厳は鼻息荒く起き上がる。

 

「クソガキがッ! ほざくんじゃねぇッッ‼︎‼︎」

 

激情の丈を全て拳に乗せた、そんな苛烈な1撃が蓮へと切迫する。

 

「阿呆が。あんたの動きはもう見切っている」

 

蓮は外へ体を開きながら入り身で肉薄。大厳の右腕にしがみつくように右手で手首を、左手で肘を持ち力の流れを上向きになるようにクルッと反時計回りに回してやる。可動域を越えた動きに大厳も釣られて力の方向へ体を倒すが僅かに遅かった。

 

「『忉俐(とうり)閻儛醍(えんぶだい)』」

 

妙な音を立てる大厳の肘。

 

今大厳の肘は靭帯という靭帯は断裂し、軟骨はねじ切られている状態だ。

 

苦痛の大絶叫が会場を揺らす中、蓮は酷薄な目で大厳を見下ろしつつ間合いを開けた。

 

「オッサン、降参しな」

 

「なッ⁉︎ なん……だと?」

 

「だから、降参しなって。命を粗末にするんじゃないって」

 

「はッ‼︎ お前は……アマちゃんだな。今日お前は誰1人として殺してはいないしな。敵を見逃して……お前の寝首を掻くかもしれない脅威を……見逃すだと⁈ 笑わせるな」

 

大厳は痛みに脂汗を大量に滲ませながらも威容を保とうと高圧的な態度を取るよう努力している。

 

「別に俺はお前らを殺した所でなんの罪悪感も湧かないさ。親父との『不殺の誓い』があるから殺さないだけ」

 

「鼻垂れ小僧が。理想ばかり掲げやがって。そんな甘い考えじゃ、この世界で長生きしねぇぞ」

 

「安心してくれ。オッサンに気を使ってもらうほど、俺は年老いちゃいない」

 

大厳は歯を食いしばり立ち上がる。

 

「おいおい。もう止めとけって。これ以上は–––」

 

「–––うるせぇッ‼︎‼︎ 俺様が乳離れも出来てねぇようなガキに負けるだと……そんな汚名を背負って生きるなら、死んだほうがマシだってんだッ」

 

蓮はやれやれと首を左右に振る。

 

「分かったよ。あんたは口で言っても分からないタイプのバカなんだな。身体に刻んでやるよ」

 

「やってみろ」

 

蓮は今一度攻撃特化の『天壌無窮の構え』をとる。

 

数瞬後、蓮の背後で爆発が起こる。粉塵を巻き散らかし地に轍を刻んだそれの正体は踏み込み。

 

だが大厳は手負いの猪。前蹴りを蓮の踏み込みに合わせ繰り出した。

 

爆速のまま加速する蓮は反時計回りに回転。大厳の突き出した脚の下をかいくぐり背後に回る。

 

そして途切れることの無い流水––柳の動作で遠心力をそのまま拳に乗せてすくい上げるようなアッパーを大厳の肝臓(レバー)へとねじ込む。

 

「『惨式(さんしき)軛羅魅轆轤(くびらみろく)』 ッ–––ぶっ飛べ‼︎」

 

めりめりと食い込んでいく蓮の拳。異様な程傾ぐ大厳の体。だがやがて、拳打の圧力が大厳の体重を凌駕し、その巨躯を空へと打ち上げた。

 

あまりの威力に数秒金網に張り付いた大厳の肢体だが、やがて思い出したかのように自然落下を開始した。

 

質量を感じさせるドンッという重厚な音と共に、死闘の終焉を告げるゴングの音が木霊する。

 

終わったかと、蓮は一息つく。無事に終わりホッとする一面もあるが、深層ではもっとこの闘争に身を浸していたいという願望が根強く蔓延っている。首に彫られた五芒星(ペンタグラム)がその正当性を主張するように今もドクドクと脈打っている。そしてその五芒星の中央には『57』という数字の刻印がある。当の本人の蓮にはこのタトゥーを入れた記憶などないが、恐らくこれが自らの出生の謎と大いに絡んでいることは察しがついてきた頃だ。

 

蓮の当座の目標は無き父の無念を晴らす事と、自らのルーツを探ることだ。

 

「俺はもう、弱者じゃない……」

 

確固たる決意の光を宿した瞳で虚空を睨み、蓮は呟いた。

 

 




はい。ということで1話をお送りしました。

技がバンバン出てなんか安っぽくなってますな。

大丈夫です。今後主人公はめぼしい活躍しないのでww

ここしかないぜ! と張り切ってもらいました。

はい。

世界観だけ借りて、原作キャラ一切出さず、いや、出来るだけ出さずにオリキャラ主体でオリジナルストーリーを進めるのが今回のlotus of mnd になります。

前まで別の所で書いていてそれが一応の決着を見ているのですが、それに蓮という少年を加えて、テーマ性を持たせ、再編したものが今作ですね。

知っている人は知っている、今後の展開。

まぁ、仕事、学校等に向かう電車の中とか、休日どうしようもないくらい暇な時、どんな事やるんや? と想像してて貰えたら嬉しいです。

正直に白状しますと

一章は多分つまんないです。

本格始動する二章への布石みたいに

対して意味のない事が続いていきます。

読んでみて

つまんねじゃねぇか時間返せ

と言われても仕方ないと思うんですが

二章以降に

絶対価値あるものに変換してみせます。

懲りずに

読み続けて頂けたら

嬉しいです^ ^

では、また会う日まで。


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第2話

必要最低限の物しかおいていない簡素なオフィス。

 

そこに1人でぽつねんと座っている男がいる。

 

名を、漆原半蔵(うるしばらはんぞう)という。

 

漆原民間警備会社の社長なのだが、住居兼事務所の社長席で日がな一日この調子だ。

 

市場に並ぶ魚のような目で宙を睨み、その(てい)はまな板の鯉のように微動だにしていない。

 

哀愁漂うその背中、死神も引くほどの不幸面が、人を寄せ付けないのかもしれない。

 

時が止まっていると錯覚する程の静寂を、ただ無為に過ごしている。

 

貧乏神がしてやったり顏で「ざまぁみろ」と言っているのが分かるほどだ。

 

だがその時、珍しく電話の着信音がその静寂を切り裂いた。

 

「はいッ‼︎ お電話ありがとうございます。漆原民間警備会社です」

 

先ほどの死人のような形相から一転。食らいつくように電話に出た半蔵。水を得た魚のように生き生きと電話応答し出した。

 

「あの〜もしもし? もしもし……ん?」

 

電話のディスプレイを見ると、通話時間がカウントされていない。デスクトップのまま待機している。

 

「……とうとう、幻聴を聞くほどになったか」

 

ドッカと腰を下ろし、半蔵はなよなよと萎んでいった。青菜に塩とはよく言った物だ。

 

「あぁ〜……仕事を下さい」

 

誰に言うでもなく、半蔵は呟く。

 

「しょうがないわよね、そんな不幸面じゃ」

 

「ッ‼︎」

 

不意に後ろから声が聞こえ、半蔵は暴れ馬よろしく飛び上がった。

 

振り向けば1人の女性が立っていた。ショートカットの片側を編み込んで後ろへ流し、反対側は毛先だけを朱に染め顔半分が隠れるように垂らしている。切れ長で鋭利な瞳にすっと通った鼻筋。薄いが肉付きのいい唇に八頭身の肢体。魅惑的なボディラインを浮き彫りにする黒い長袖ワンピースを着込み、革のニーハイブーツでその長く美しい脚を隠している。

 

この世の雄たちを楽に骨抜きに出来る美貌を持つ彼女だが、その背に大太刀と片手に日本刀を持っている事から何を生業にしているかが一目瞭然だ。

 

だが半蔵はいつも思う。美女と日本刀。これはまだ許せるが、ロックンローラーがギターの代わりに日本刀を持つのはどうかと思う、と。

 

「なんだ、お前か……」

 

「久しぶりに会ってそれは無いんじゃない? だから仕事無いのよ」

 

棘のある美しさを持った麗人(れいじん)は腰に手を当て胸を張り言い切った。たわわに実った果実のその存在感に、半蔵は目のやり場に困ってしまった。

 

「相も変わらずはしたない体をしている。とりあえず、そのけしからん太ももをしまえ‼︎」

 

半蔵はワンピースとニーハイブーツの間に垣間見える太ももを指差し叫ぶ。黒ずくめの服装により、彼女の肌の白さが強調されている。そのコントラストが艶かしく、男の注意を誘う。

 

「どの太ももよ?」

 

麗人は半蔵の目の前で机の上に腰を落ち着かせると、これ見よがしにゆっくりとその脚を絡ませた。半蔵はすんでのところで視線を外し、秘宝の泉を守る精霊の姿を見ようとしなかった。

 

「……今日は何の用だ。また茶化しに来たのか?」

 

視線を合わそうとせず、半蔵は本題を切り出した。

 

「いいえ、新入りさんがいるらしいじゃない? どんな子か見に来たのよ」

 

「生憎だな、蓮なら今はいない」

 

「蓮君ね……そう、それは残念ね」

 

「で?」

 

麗人はゆっくりと、長い脚を組み替える。

 

「何よ? 幼馴染の顔を見に来たではダメなの?」

 

「業界屈指のMSS(Momoi Security Service)所属のお前が、こんな辺鄙(へんぴ)な所に居を構える俺様の所に何用があって来ようか? 新人がどんな奴かなんて、嫌味にしか感じられんな」

 

「あら……可哀想に。今日は本当に仕事の依頼があって来たのに、それを嫌味と言って蹴るのね?」

 

半蔵の動きがピタリと止まり、ぎこちなく首を動かすと麗人を見返した。目には媚びにも似た色がうかがえる。

 

「……いやぁ、いやいやいやまさか。そうとは言ってないですよ燈咲刀(ひさと)さん」

 

「いい子ね半蔵ちゃん。そのままお姉様とか付けたら仕事の説明してあげてもいいわよ」

 

「何ッ⁈」

 

「じゃあこの話は無し」

 

「待て待て待て。よし……言ってやろう。言ってやろうとも。貴様のような奴をお姉様と言ってやろうとも」

 

燈咲刀と呼ばれた麗人は膝の上に重ねていた両手のうち一方で頬杖をつくと、指を動かし先を促す。お利口な飼い犬に芸を仕込むかのようだ。

 

「燈咲刀おねぇ、燈咲刀おねぇ……」

 

「どうしたのかしら? 喉から手が出るほど仕事が欲しかったんじゃないの? 私をお姉様と言えばそれで大口の仕事が入るのよ」

 

「燈咲刀おねぇ……燈咲刀のクソ野郎‼︎ 何でお前がその説明に来るんだよチクショウッ」

 

「あなた、今月の収入はいくらよ?」

 

「お前には関係ない‼︎」

 

「妹の黒羽(くろは)ちゃんを養えるのはあなただけなのよ。ひもじい思いをさせたいの?」

 

「……この悪魔め。お前といい逆鬼(さかき)といい、どうしてMSSには性格の悪い奴らしかいないんだ? 金を持つとみんなそうなるのか。ならば俺は金などいらん‼︎ ひもじくても人間としての教養を学べるなら、今のままでいい‼︎」

 

「黒羽ちゃん言ってたなぁ〜。新しい靴が欲しいって」

 

「何……ッ⁈」

 

「子供ってね、思ってるより敏感なのよ。あなたの経済状態を察して、おねだりするのも我慢してるの。健気ね」

 

「お、お前……それは本当か?」

 

「ええ本当よ」

 

一瞬だけ逡巡を覗かせた半蔵だが、即座に眼光を鋭くさせると勢いよく言い放った。

 

「……燈咲刀お姉様、仕事を下さいッ‼︎」

 

「よろしい。ならば次は……」

 

燈咲刀は組んでいる脚を解き右脚をピンと伸ばし半蔵の首筋に突きつける。

 

ブーツ()でも舐めて貰おうかしらね」

 

「あッ⁈ ふざけるな‼︎ 貴様の脚な……ど……」

 

半蔵は見てしまった。燈咲刀の雪のように白い脚と脚の隙間に住み、生命の泉を守る精霊の姿を。その精霊の体に宿る一筋の……

 

ーーヒヒーンッ‼︎ーー

 

突如として半蔵の脳内で馬の(いななき)が聞こえた。暴れる愛馬を落ち着かせようと、半蔵は深呼吸を繰り返す。だが、焦れば焦るほど、比例するように愛馬はジャジャ馬と化していく。

 

半蔵は急いで椅子に座り脚を組んだ。愛馬の暴走を相手に知られる訳にはいかない。視線を不自然に天井へ向けながら会話を続ける。

 

「え? ナニを舐めろだって?」

 

「なんか変なイントネーションだけど……」

 

半蔵はひとつ咳払いをした。

 

「何を舐めろだって?」

 

「ブーツを舐めなさい」

 

ぱしっと突き付けられているブーツを(はた)き、半蔵は真っ直ぐ燈咲刀を見返した。

 

「しょうがない。黒羽のためだ……」

 

「本当、男ってバカなんだから……」

 

半蔵は燈咲刀の前で跪き四つん這いになると、ゆっくりと口をブーツへと近づけていく。

 

その時、

 

「ただいまー」

 

扉が開き、ランドセルを背負った少女が入ってきた。10歳ほどの瓜実顔の可憐な少女だ。長く艶のある黒髪が別の生き物のように彼女の後を追って宙を泳いでいる。

 

「あら黒羽ちゃん。お邪魔してるわよ」

 

「あっ、暁峰(あかみね)さん、と……」

 

黒羽は燈咲刀を認めて満面の笑みを作るが、兄の姿を見て表情を凍らせた。気まずい沈黙が、室内に充満した。半蔵の逞しい愛馬も、即座にロバのように小型化した。

 

「兄者……何してるの?」

 

半蔵は飛び上がり弁明する。

 

「違う‼︎ 違うぞ黒羽‼︎ これはお前のために……」

 

「何が私のためよ⁈ そんなの信じられると思ってるの?」

 

明らかな狼狽の色を覗かせ、半蔵は語る。

 

「お〜〜れ〜はいつでもお前のために……」

 

「素直に白状なさい」

 

「燈咲刀、お前は黙ってろ。俺は……」

 

「兄者こそ黙ってなさい。この変態ッ‼︎ 弁明の余地なんか無いわこの変態ッ‼︎ 変態‼︎ 変態‼︎ 変態‼︎ 死んじまえッ」

 

ランドセルが凄まじい勢いで部屋を横断し、狙い誤らず半蔵の顔面へヒットした。半蔵はそのまま鼻血を勢いよく噴射しながら崩折れた。

 

「あー、スッキリしたわ」

 

「黒羽ちゃんやるぅ〜」

 

「暁峰さん、兄者のバカ野郎が失礼をしました」

 

「ふふ、いいって事よ」

 

黒羽はスタスタと半蔵の元へと歩み寄ると、顔を覗き込み頬を叩いた。

 

「おーいバカ兄者ー? 起きろー」

 

「半蔵、何惚けてるのよ。それが俗に言う賢者タイムってヤツ?」

 

「ケンジャタイム?」

 

「うん。男の人はね……」

 

半蔵は飛び上がり、燈咲刀の発言を遮った。

 

「あわわわーッ‼︎ 黒羽おかえり。早かったじゃないか⁈」

 

「何よ? 何が早いのよ? いつも通りよ」

 

「そうよ半蔵。早いのは……」

 

「おいッ‼︎ お前という奴はッ。児童の健全な発育に最も悪影響を与えるな。R18指定だ。暖簾(のれん)の内側に引っ込んでろ」

 

「兄者が言うんじゃないわよ。暁峰さんが何をしたってのよ? どーせ兄者が勝手にしたんじゃないの」

 

「バカを言うんじゃない」

 

「バカを言うんじゃない? どこのバカがそんな事を真顔で言ってるのよ? 棒術以外は何の取り柄もない兄者に、バカ呼ばわりされたくないわ」

 

半蔵はハッとした顔で凍りついた。妹の辛辣な言葉に深く心を抉られた。

 

「……」

 

「もうギブ?」

 

「……」

 

「ふん、バカね」

 

黒羽はプイッと髪を翻すとランドセルを拾い上げ、空いている机の上に置き教科書等を広げた。これから宿題でも始めるようだ。

 

半蔵はティッシュを丸めて鼻にねじ込むと、燈咲刀を睨み付けた。一方の燈咲刀はと言うと、唇の端を歪めて必死に笑いをこらえているようだった。

 

「……で、仕事は?」

 

「うん、そうね……うん」

 

「笑ってんじゃねぇ」

 

「いやぁ……えー、うふふ」

 

「こいつ……」

 

「大丈夫よ。後で正式にMSSから電話があるわ」

 

「そうか……て、えっ⁈ えッ⁈ 何それ? じゃあお前の言うこと聞かなくても良かったんじゃ……」

 

「端的に言うと、正解ね」

 

2人の会話に聞き耳を立てていた黒羽は、ここぞとばかりに半蔵へ追い討ちをかける。

 

「ほらバカ兄者。やっぱりあんたが勝手にした事じゃない」

 

「……」

 

半蔵、黙して語らず。

 

「あら、ちょっと失礼」

 

燈咲刀は半蔵の事などお構いなしに、携帯電話を取り出す。

 

「はい燈咲刀ですよ〜。……ええそうよ。……ふ〜ん、分かったわ。じゃあ今から漆原ペアを連れて32号モノリスへ向かうわ」

 

燈咲刀は携帯電話を仕舞うと、半蔵達へ向き直り指令を出した。

 

「これより漆原ペアには、32号モノリスへ急行してもらう。付近に出現したガストレアを駆逐するのが君たちの任務だ。私も同行する。半蔵、君の好きな逆鬼も来る」

 

「……ッ‼︎ そうか。因果だな」

 

「仲良くしなさいよ。あなた達は本当、子供なんだから」

 

「どうかな。あいつ次第だ」

 

「まぁとりあえず、現地へ赴くわよ。って言っても、すぐそこだけどね」

 

「よし黒羽ッ‼︎ 準備だ」

 

「はいはい」

 

2人は漆黒のマントを羽織った。半蔵は黒い棍を、黒羽は身の丈ほどもある大きなハサミを背負った。

 

漆原棍操術(うるしばらこんそうじゅつ)、参る」

 

颯爽とマントを翻す2人の後を、燈咲刀が付いていった。

 

 




1週間ぶりです。

半蔵、どうしようもないですね。はたして戦場で役に立つのでしょうか?

嫌な予感しかしないですね。

ガストレア相手に棒って……

バカね


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第3話

試合を終えた蓮は即座に着替え、報酬をひったくるように貰うと地下闘技場を後にする。

 

地上へと繋がる関係者専用の階段を上り、地下よりは涼しい夜の冷気に体を晒した。

 

火照った体に適度な風を感じながら、蓮は空を見上げた。頭上では、満月が煌々と輝いている。

 

「今日の月は赤いな……」

 

蓮は更に(こうべ)を巡らす。

 

彼方では、煌びやかな輝きを放つ街並みが望める。蓮の帰る場所、東京エリアだ。限られた領土で活動領域を広げようとほとんどの建物が競うように高層化している。エリア中央へ向かうほど建物群の密度が高まり、比例するように建物自体の高さも増していく。離れて見れば、街全体のシルエットが富士山のように見える。

 

だがその反対、蓮から見れば約10マイル(16km)後方にはなにかの冗談のように巨大な壁が(そび)え立っている。縦に1.618km、横に1kmという規模をほこるその金属塊は『モノリス』と呼ばれる物だ。モノリスは東京エリアを囲むように等間隔で設置されており、ガストレアの侵入を防ぐ役割を担っている。

 

ガストレアーー突如として地球上に出現し、瞬く間に世界を蹂躙(じゅうりん)した人類の天敵。そのガストレアの唯一の弱点は、バラニウムという金属の発する磁場。故に人類はバラニウムで巨大な壁を作り、その中に閉じこもり辛くも生き残った。

 

今日(こんにち)、人類の平穏はこのモノリスに守られているのだ。

 

蓮はモノリスの奥へ目を凝らしてみた。

 

ガストレアの住処となり、人間が立ち入る事が出来なくなった『未踏査領域(みとうさりょういき)』が延々と広がっている。鬱蒼(うっそう)と茂る木々の隙間から赤い光点がポツポツと垣間見える。彼らガストレアの共通点、赤く発光する目がこちら側ーー東京エリアを伺っているようだ。

 

「……」

 

蓮はガストレアから、ぞろぞろと地下から出て来た群衆へ目を向けた。

 

関係者専用の出入り口から見て、一般用の出入り口は一段低い所に設けられている。今日来た人々を俯瞰(ふかん)できるこの場所を、蓮は気に入っている。誰もかれもが仕立てのいい服を着込み、高級車に乗り込んでいく。

 

……あ、そうだ。

 

蓮はふと思い出したように携帯電話を取り出した。ある所からの不在着信の件数が新たに更新されているがそれは無視し、他の所へ電話をかける。呼び出し音が鳴る前に、相手は電話に応答した。

 

「あぁもしもし、(らん)か? 」

 

明るく快活な声が返ってくる。

 

『は〜いもしもし〜お兄ちゃんですか〜?』

 

「これから帰るからな。ごはん食べたか?」

 

『うん』

 

「風呂は?」

 

『もうバッチリ!』

 

「注射は?」

 

『んっ? え〜とバッチリです』

 

「……」

 

『はい嘘でした〜! えへへ……』

 

「ダメだぞ、毎日欠かさないこと。そうじゃなきゃ……」

 

『わかってるってわかってるって〜』

 

「うん、そうだと信じるよ。宿題もやっとくんだぞ」

 

『ははは〜……』

 

「じゃあ、また後でね」

 

『は〜い』

 

携帯電話をズボンのポケットへ押し込み、蓮は家の方向へ歩き出した。

 

徐々に高級車達も発進しつつある。このまま何事もなく家に帰って、いつものように床につき翌朝を迎える。今や当たり前と化した日常風景だ。

 

蓮は考える。もしも今日の帰り道に不慮の事故にあった時、俺は今日という日を有効に使えたか? 明日が無くとも、いい人生だったと言って死ねるか? と。

 

同時に、人々の呑気な顔を見て、こんな事を考えている俺は少しおかしいのかな? とも思う。

 

「ま……俺の頭じゃ考えても分かんねぇな」

 

蓮は自身の考えを一笑に付すと、帰路を急いだ。

 

だが、一般用の駐車場で呟かれた一言に、足を止めた。

 

「おい‼︎ 月が落ちてくるぞっ‼︎」

 

そんなバカなーー蓮はそう思いながらも男の指差す方向へ目を向けた。

 

「そんな……バカな」

 

確かに、赤い光点が蓮たちのいる所へ向かって凄まじい勢いで落下して来ている。それはそれで脅威だが、その光点は月ではない。今日の空模様は曇りだった。月など見える筈もなかったのだ。

 

赤い光点が近づくにつれ付近に黒い影が浮かび上がり、そのシルエットが浮き上がる。左右に広がる対の翼、長い首と尾。その正体は……

 

「ガ……ガストレアだーッ‼︎」

 

1人の男性の叫びにより、その場に混沌がぶちまけられた。我先にと駆け出す人々だが、互いに衝突しあい結果的に足を引っ張り合っている。蜂の巣を突いたように騒がしい駐車場に、巨大な影は激突した。

 

莫大な騒音に頭が潰されるような痛みを感じ、加え大きな振動によって立っていられなくなり蓮は片膝を着く。彼のすぐ後ろに黒塗りのセダンが落下した。

 

巻き上がる粉塵により、視界は(まま)ならない。だがその中においてもハッキリと落ちてきた赤い光点だけは視認できる。

 

女の絶叫が、男の断末魔が、赤い光点が動く度発せられる。蓮は一目散に逃げようと考えた。現に既に走り出していた。しかし、すぐに立ち止まると振り返り、眼光鋭く赤い光点を睨んだ。そして、即座にそこへ目掛け走っていく。

 

蓮は粉塵をかき分け異形の生物、ガストレアの眼前に躍り出た。

 

長く大きな(あぎと)が黒服の男性に差し迫るという時に間一髪、間に入り込み拳法の捌きによりその軌道をずらした。

 

「逃げろッ‼︎」

 

「ひ……あっ……」

 

助けられた男性は、状況が飲み込めないようだ。まさに今、理不尽な命の危機に対面し、死を覚悟した時に助けられたのだ。腰が抜け、立ち上がることも出来ない。

 

「さっさと走れッ‼︎」

 

蓮は男を無理矢理立たせようとする。だが目の前の脅威(ガストレア)はそれを大人しく待ってくれない。

 

ガストレアは全身をよじり怒りの咆哮を上げると、長い尻尾を鞭のようにしならせ水平に薙いだ。周囲に漂う砂塵を吹き飛ばす程の風圧を発生させ、尻尾は蓮たちに迫る。

 

蓮にとって、この程度の攻撃は朝飯前に避けることが出来る。縄跳びよろしく跳び越えるつもりでいた。だが、冷静にタイミングを伺っていると、背後で悲鳴が発せられた。

 

後ろの黒服に、これを避けることは不可能だった。

 

蓮の心臓が大きく跳ね上がる。

 

……しまった‼︎

 

蓮は迷った。人間相手なら捌きは十中八九(じゅっちゅうはっく)成功する。だがガストレア相手に試したことは無い。先ほどは運良く成功したが、これを確実に捌けるかは自信がなかった。

 

ならば……剛体法を持って防ぐしかない。

 

蓮は不得意としているが、今はやるしかない。全身の関節を締め、筋肉を硬直させる。地中深くまで根を張るように足を踏ん張りガストレアの尾打に備える。これを耐え切れなかったら、黒服の死は濃厚だ。最悪、自身も無事ではない。

 

「……つッ‼︎」

 

だが果たして、蓮にこれを受け止める事は出来なかった。

 

インパクトと共に吹き飛ぶ蓮の体は、1度地面にぶつかるがバウンドして宙を舞い、再び地面に打ち付けられ2回3回と転がりようやく止まった。

 

全細胞が焼けるような痛みを訴えている。蓮はまず四肢の動作を確認した。なんとか千切れたりはしていないようだ。だが、生傷は沢山ある筈だ。体の至る所で粘着質な液体が肌を這う不快感がしている。頭の中もバーテンダーにシェイクされたような状況になっていたが、蓮は片目を辛うじて開け、黒服の安否を確かめた。

 

まず目に入ったのはガストレアの姿だった。巻き起こっていた砂のカーテンでその全貌は見えなかったが、今はハッキリと分かる。鷹の胴体に、キングコブラの頭と尻尾がくっついている。さながら伝説上の生物コカトリスの様な姿だ。

 

そのコカトリスと蓮の中間位置に黒服は転がっていた。目は虚ろで四肢は子供に弄ばれた針金の様にデタラメな形に変形している。

 

ダルマ状態となった黒服にコカトリスはゆっくりと近づくと、口を裂けんばかりに開いた。捕食するのかと思われたが、口内に備わる鋭利で醜悪な毒牙2本を、黒服の体に深々と突き入れた。

 

すると今度は黒服の(まなじり)が裂けんばかりに開かれる。口内からは血が止めどなく溢れ出し、苦悶の顔を蓮へと向けている。

 

ゴボゴボという、水中で息をしたような音が黒服から発せられた。恐らく「助けて」とでも言っているのだろう。

 

……クソッ‼︎ クソがッ‼︎

 

蓮は黒服を助けようと動こうとする。だが肝心な体は言うことを聞かない。遂には動くなと言わんばかりに激痛を訴えるに至る。

 

「くッ‼︎ ……バカ野郎が。何のために、今まで戦って来たんだよ。このバカ野郎がッ‼︎」

 

蓮は喝を入れるために叫ぶ。例えそれに伴い気絶しそうな程の激痛が殺到しようとも。亀の歩くような速度だが、徐々に体を起こし始めた。

 

「オッサン、今……助けてやんよ」

 

よろよろと立ち上がった蓮だが、足元は泥酔者のようにおぼつかない。今にも倒れてしまいそうだ。届くはずもないのに、黒服に手を伸ばした。

 

再び、ゴボゴボという音が聞こえた。それを合図とするかのように、黒服の顔から徐々に血の気が失せていく。

 

「オッサン……オッサン、諦めんな」

 

最後は自分に言い聞かす様に、蓮は呟く。だが、黒服はロウソクの火が消えるように、急に動かなくなった。瞳孔が拡大し、呼吸をしていないのが蓮にも分かった。

 

……クソ

 

コカトリスは黒服を解放し、蛇の頭から鷹の雄叫びを上げる。途端、黒服の目が赤く染まり、生気とは違う輝きが宿る。

 

ーー 形象崩壊 ーー

 

顔じゅうに血管が浮き出で、体内で何かが激しく蠢き出した。沸騰する水のように、黒服の背中が波打つ。瞬転、風船の様に膨れ上がると、爆ぜた。体の中と表をひっくり返す様に大量の血潮を撒き散らしながら赤目の生物が出てきた。

 

シーっというその種特有の音を発しながら、酷薄な目で蓮を見据えている。体皮を満遍(まんべん)なく埋め尽くす鱗に、(とぐろ)を巻くほどの長い体を持つ生物といえば、この世に答えは1つしかないだろう。

 

だがその種でも最強と(うた)われるブラックマンバがガストレア化し、その姿を現した。

 

……ちっとも笑えねぇ

 

蓮はこの世でやり残した事がないか考えた。1つ、確実にやり残していることがある。他には、個人的にやりたい事が山ほどある。

 

……俺はまだ何もやっちゃいねぇ。こんな所で死ねるかってんだッ‼︎

 

下らない理由かも知れない。他人が聞いたら笑うかもしれない。それでも蓮には、それだけで十分だった。

 

体は止めろと言う。だがそれでは何も解決しない。心が前に向いている限り、蓮は進む。

 

重い腕を上げ、ファイティングポーズを取った。霞む視界で、精一杯2匹のガストレアの動きを追う。

 

……今こそアレを

 

蓮は決心するが、そうこうしている内に、ブラックマンバが攻撃を仕掛けてきた。文字通り瞬く間にだ。蓮が(まばた)きをすればそのまま黄泉(よみ)へと続く入り口、ブラックマンバの黒い口内が眼前に迫っていた。蓮は咄嗟に右腕を差し出し防御の構えを取った。

 

耳元で巨大な物体が擦過する音が聞こえた。次いで硬質な金属を鋭い毒牙が貫く快音。最後は、ブラックマンバの苦痛とも取れるシューという呻き。

 

……ん?

 

蓮は茫然自失と立ち尽くした。何が起きたのかはっきり言って分からない。

 

対ショック姿勢を取り攻撃に備えたが、視界の隅から突然車が猛烈な速度で飛んできた。それはブラックマンバの口内に吸い込まれるようにしてぶつかると、勢いそのまま15mはあろうかという大蛇を彼方へ吹き飛ばした。その風圧に飲まれコカトリスも羽毛のように宙高く巻き上げられた。尋常ならざる力だ。何故自分だけは平気なのだろうか? 幻でも見ているのだろうか。

 

「あ……あの、す……すいません。怪我……ないですか?」

 

その時、突然背後から声を掛けられ、蓮は振り返った。天使のような穏やかで温かみを感じられる声音だった。とうとう自分も死後の世界に来たのかと疑ったが、その人物は目が合うと、まるでそれが罪だと言わんばかりにフッと視線を外した。この場に似つかわしくない奇妙な出で立ちから一応、その人物が天使でないことだけはわかる。

 

頭に乗せているシルクハットのせいで顔は見えないが、白いレースの付いた青のケープ。腰と膝でキュッと締まっているふんわりとした紺碧(こんぺき)の半ズボン。白のハイソックスにエナメル質の黒いローファー。俗に王子系と言われる格好の少女が立っていた。手にはステッキを持っている。

 

顔を伏せたまま、彼女は問う。

 

「どこか……悪いんですか?」

 

悪いんですかも何も、全身傷だらけだ。そうだ、まだ体のあちこちが痛んでいる。自分がまだ生きていることを確信すると、対面の少女にしっかりと目を見て話せと言いたくなってきたがそこはグッと堪え返事をする。

 

「一応、無事だけど……」

 

「そうですか! よかった〜」

 

パァッと花が満開で咲くように少女は笑った。ナチュラルな茶髪をボブショートにまとめ、片目に医療用のアイパッチを貼っていた。それを蓮が視認したのと同時に笑顔は急に何処へと消え失せ、顔を俯かせる。そうなると、全く顔が見えない。極度の人見知りの様だ。

 

「あの……君は?」

 

「あ? え? あ、私?」

 

「うん、君」

 

「は、はい……何ですか?」

 

「いや、君はあの……えっと……」

 

「私が?」

 

「……」

 

一向に進展しない会話に困った蓮は周囲を見回す。大人の姿はない。この子は一体何者なのだろう?

 

「あれ。あの車って君がやってくれたの?」

 

少女はシルクハットをついと上げると即座に伏せる。

 

「はぁ〜、アレですよね。多分……私です」

 

「た……多分?」

 

「そうなんです。そうなんですけど……今はそれどころじゃないです」

 

少女は蓮を中心に円を描くように大きく迂回してガストレアと蓮の間に立った。どれだけ警戒されているのだろう?

 

「あの……心配しないで、大丈夫……大丈夫、だから」

 

恐らく蓮に言っているのだろうがブツブツと呟くため、その殆どが聞き取れない。

 

こんな子が本当に戦えるのだろうか? あのガストレア達と。もし出来なかったら、それはもう……絶望的だ。

 

そんな蓮の疑問があっさりと覆るのは、そう間もない。

 

やっとの事で車を吐き出したブラックマンバは、怒りの双眸(そうぼう)で王子系女子を捉えると体をうねらせ、距離を詰める。その様子をコカトリスは大人しく見ている。

 

「大丈夫ですから」

 

少女は振り返り、強い光を宿した瞳で蓮を見据え、暖かい包容力を宿した笑みを浮かべた。

 

何が大丈夫なのだろうか? とてもそうとは思えない。

 

蓮がガストレアへ向け歩みを始めようとしたその時、少女の左目を隠すアイパッチから赤い光が漏れ出した。それを彼女は荒々しく毟り取ると、下からは灼熱色の瞳が姿を現した。右目はその左目に呼応するかの如く、淵だけが三日月の形で赤く染まっている。途端、聖母のような笑みが狂気を宿した引きつった笑みへと瞬時に変わった。

 

ーー 呪われた子供たち ーー

 

「なんだテメェ、さっさと逃げろよ雄が。はっきり言って邪魔なんだよ。情けねぇ間抜け面してねぇでさっさと帰んな」

 

変わったのは表情だけではない。言葉遣いから動作まで全くの別人のようだ。蓮は突然の変貌に呆気に取られてしまう。

 

「……え?」

 

「え? じゃねぇ。邪魔だからすっこんでろつってんだ」

 

「……う、うん」

 

ふんっとバカにしたように蓮の事を鼻で笑うと、少女はガストレアーーブラックマンバに正対する。すると、ブラックマンバは動きを止めた。後ろに控えるコカトリスも同様だ。

 

蓮も感じ取った。悪寒がする程の濃密な殺気。少女から発せられる純粋な殺意が、蜃気楼のように景色を歪ませる。

 

凄まじい気当たりに、ガストレアも物怖じしている。

 

「なんだよ雑魚が。しょーがねーな」

 

さも退屈そうに少女は呟いた。同時に、ステッキを操作する。すると、長さが2m程になり、先端から刃が飛び出した。

 

それを地面に突き立て、悠然とガストレアへと歩いて行く。だが、少女が進んだ分、ガストレアが後退する。

 

「ちっ」と舌打ちが聞こえた時、突風が巻き起こった。少女の姿はかき消え、瞬時にブラックマンバの頭の直下に移動していた。拳を振り上げ直上の顎へ拳をめり込ませる。その衝撃で打ち上げられた頭について行くように跳躍し、蹴りをお見舞い。ブラックマンバは頭部を地面にめり込ませ悶絶している。だがそんな相手の都合などお構いなしに、少女はブラックマンバの頭部を抱えるように掴むとリフトアップ。それをバカ力で持ち上げ飛翔すると、先ほど打ち付けた槍にバスケットボールのダンクシュートをするように強か叩きつけた。

 

結果、ブラックマンバの目と目の間から槍が触覚のように飛び出してきた。脳を破壊されたことにより、ブラックマンバは絶命した。

 

この殺し方はモズの早贄(はやにえ)に似ている。訳もなく生物を枝に串刺しにする。彼女は……

 

「あたしゃモデル・シュライク(モズ)のイニシエーターだ。ついでに気も短い。こうなりたくなかったら、さっさと帰んな坊や」

 

驚異の戦闘力だが年下の、それも女の子に坊や呼ばわりされて黙っている男はいない。

 

「君……」

 

「おい喋んな。雄の分際で生意気だな」

 

「そういう君は、小さいのに気が強いね」

 

「あッ?」

 

明らかな怒りの色を目に浮かびあがらせ少女は蓮を睨む。

 

「ちっせえから何だってんだ? あッ? おい雄が。テメェが股にぶら下げてるチンケなモノよりあたしゃ社会の役に立つんだぜ」

 

「どこでそんな言葉遣い覚えたの?」

 

少女は片眉を吊り上げ、怪訝な表情を作った。

 

「うん? 空っぽのお(つむ)で考えてみな」

 

「うん。こんな世の中だし、仕方ないのかな」

 

「抽象的すぎてそれじゃ分かんねぇよ」

 

「ああごめん。まだ子供だから、分かんないよね」

 

「あッ⁈ 余程串刺しにされてぇようだな」

 

「生きていくために、他の命を奪うことは避けられない。特に君たちのような特異な存在は。君たちは生きていくために、どんなクズでもそれが人間なら守らなければならない。辛い経験をしてきたんだね」

 

「は〜。生意気だが見込みあるな、お前。気に入ったぞ。綺麗事しか抜かさねぇボンクラは大ッ嫌いなんだ」

 

何故に先ほどから上から目線でモノを言われているのかは解せないが、この子の言っていることは共感できる。

 

「いいな坊主。俺も気に入ったぞ」

 

「……ッ⁈」

 

再びの背後からの呼びかけ。即座に振り返る蓮だが、目の前に現れた圧倒的な肉体を前に本能が警笛を鳴らした。思わずたたらを踏む。

 

相手は蓮に気取れる事なく真後ろに立っていた。丁度蓮の目の高さにテーブルのように広い胸板がある。人間版モノリスのような分厚い体を持った男は武人とも軍人とも取れない独特の雰囲気を醸し出していた。短く切り揃えられた頭髪は軍人のようで、顔つきは一切の妥協を許さず究極を追求する武人のようだ。鼻から左頬に掛けて横断する傷跡が彼の人生を語っている。だが一番特徴的なのが、果てのない宇宙を連想させる一対の瞳だ。この世の善も悪も全てを見て、経験し、それら全てを受け入れ理解したような瞳。

 

全体的に見て、大熊大厳(おおくまたいげん)の方が体はデカい。だが内から溢れる気迫の桁が違う。それが実体よりも男を大きく見せている。

 

蓮が物怖じしていると、少女がバカにしたような小言を言った。

 

「おう。究極の脳筋様のお出ましだ」

 

これはこの男性に向けられているようだ。

 

「相変わらず足が速いなお前は。運動会じゃねぇんだからそんなに張り切らなくてもいいんだよ」

 

「運動会じゃ銭は貰えねぇから張り切るだけ損だ。これは仕事で銭が出るから張り切るだけの価値はある」

 

「その通り! 流石は俺のイニシエーターだ」

 

蓮の頭越しに会話は続けられる。

 

「お前が仕込んだんだ」

 

「そうかもな〜。でもお前は元々口が悪かった。俺と出会ってからは悪知恵を働かせるようになった。ということは、俺がその損得勘定を仕込んだんだな」

 

「そう言ってんだろうが。本当に脳みそまで筋肉で出来てんのか?」

 

「そうだな。こないだなんか医者にそう断言された」

 

「医者に言われなくとも二言三言交わせばはっきり分かる」

 

「……そこまで言うか。おじさんショックだわ」

 

「まだ29だろうが」

 

「そうだったっけな〜」

 

へへっと軽い調子で笑うと巨躯の男は歩き出した。少女の隣まで歩いて行くと振り返り蓮を見据える。

 

「君に興味がある。あの鳥野郎を仕留めたら、ちょっと時間くれないか?」

 

「別にいいけど……」

 

「よし。ならちょっと待ってろ。あんな鳥野郎、すぐに料理してやる」

 

体躯に相応しいダイナミックなランニングフォームで男はコカトリスへ突撃していく。その背に迷いや怯えは一切ない。が、彼は武器を何も持っていない。まさか二重因子のガストレアを素手で殺そうと言うのか。

 

それを迎え撃つコカトリスは首のエラと翼を広げ体を大きく見せようとしている。威嚇だ。それでも男は止まらない。自身の5倍はあろうかという巨大生物(ガストレア)に向かい走り続ける。

 

コカトリスは口を開き、その毒牙を晒した。そして蛇の俊敏性をもって、それを男の体に穿たんと首を伸び上げる。

 

牙の切っ先が触れるか否かという時、男は羽毛が舞うようにふわりとターンを決めた。一瞬前まで男が立っていた地面が代わりにコブラの牙の餌食となっている。

 

……あの足運び、武術家か?

 

蓮は見事なまでの(せい)の動作に感服した。見た目からしてハイパワーによるゴリ押しタイプなのだが、男はなんでも高いレベルでこなすようだ。

 

その後も男はするり胴体の直下まで忍び込むと、優しく拳をコカトリスに添えた。そして鋭く「はッ‼︎」と気を発した。

 

拳の接触面になんら変化は見られなかった。だがその延長線上にあると思われるコカトリスの心臓から背中までのラインで、破壊が起きた。

 

男が気を発するのと同時に、コカトリスの心臓が背中から飛び出してきた。心臓に針と糸を仕込み、背中からそれを無理やり釣り上げたようなアクションだ。ガストレアの弱点は心臓と脳。いづれかを破壊すれば生命活動を停止する。本当に男は素手でコカトリスを料理してみせた。

 

……

 

蓮は言葉を無くす。目の前の少女も充分化け物じみた強さを持っているが、あの男は人間であるという点を加味すると途方もない強さの持ち主だ。相当に序列は高いはずだ。興味を持たれたことは嬉しく思うが、一体なぜ自分なのだろう?

 

「あんたら、相当強いな。そんな人たちが俺に何の用?」

 

「我々は戦闘能力は勿論だが、それよりも戦いに向かう姿勢を重視している。君の勇姿はずっと見させてもらっていた。ハッキリ言おう。一緒に働かないか?」

 

本当に直球で意思を伝えてくるこの男に、蓮はつい笑ってしまった。

 

「何かおかしかったか? 」

 

「スカウトって事か。いや、あんた程分かりやすい人はいないと思ってな。でも残念だったな。俺はもう民警のライセンスは持ってるし、会社に籍もある」

 

「ほ〜羨ましいな。そこは将来安泰だな。よかったらそこの名前を教えてくれないか?」

 

「漆原民間警備会社」

 

「「……」」

 

途端、男と少女は目を合わた。何か意思の疎通でもしているのだろうか? 終いには少女が吹き出した。「センスねぇな」そんな顔をしている。

 

「悪い事は言わん。あいつはロクでもないクズだ。棍が無けりゃ凡人以下の能力しか持っていない。俺たちのMSSに移籍したらどうだ?」

 

「悪いが半蔵さんには、拾ってもらった恩がある。それに俺の一存では決められない」

 

「それもそうだな」

 

「ところであんたは……?」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はMSSの民警部門に所属している逆鬼(さかき)だ。こっちが……」

 

ジェノサイダー(虐殺者)とか”(くれない)朱音(あかね)とか言われてるな。どっちも本名じゃねぇが、好きに呼ぶといい」

 

「逆鬼に朱音……そうか、あんたがあの逆鬼だったのか」

 

「俺の事、半蔵から聞いてるのか?」

 

「まぁ……常々。半蔵さんが地下闘技場連勝記録を更新しているときに不意に現れあっさりと止めると、そのまま半蔵さんの記録を抜いていき、途方も無い新記録を樹立したという。あまりの強さに闘技場の出入りも禁じられたとか」

 

「まぁ、だいたいそんな感じだな」

 

「……」

 

蓮は考えた。半蔵と共にいるより、この逆鬼と一緒にいたほうがより強くなれると。

 

「逆鬼さん。俺……俺はもっと強くなりたい。だからこの件を一度、半蔵さんに伝えてみます」

 

「あいつのことだ。絶対譲らねぇな」

 

「……そうかも知れません」

 

その時、遠くの方から1台車が接近して来ていた。それは蓮たちのすぐそばを通過するかと思いきや、突然つんのめるように急ブレーキをかけて停車した。中から見知った顔が現れた。噂をすれば何とやらだ。

 

「蓮、そんな奴と何やってんだ?」

 

「……半蔵さん」

 

「半蔵、お前に蓮はもったいねぇから俺たちMSSが引き抜いてやろうって話をしてたとこだよ」

 

「何ッ……‼︎」

 

空気が、凍りついた。

 

後ろに座っている燈咲刀がため息をついたのは言うまでもない。

 

 




何とか3話を敢行出来ました。

次はド派手にカマしてやろうと思ってます。

逆鬼vs半蔵

お楽しみに( ̄^ ̄)ゞ


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第4話

闇夜を切り裂く一対のテールランプ。

 

蛇のように蛇行するラインを漆黒のキャンパスに描き、流星の如く疾駆する。

 

『漆原民間警備会社』のロゴを貼ったそれは、悪路さえもものともせずに邁進を続ける。

 

ドライバーの漆原半蔵は巧みなハンドリングとシフトテェンジにより各コーナーの最短距離を効率よくすり抜け、目的地の32号モノリスを目指す。

 

乗り味を犠牲に極限まで機能性を高めたサスペンション。

 

排気、吸気共に効率よく行えるよう揃えられたエアクリーナー、マフラー等の各種カスタムパーツ。

 

他にも様々な改造を施し1秒でも早く現場に駆けつけるべく造られたこの車を半蔵は『フェリーラ・ポルシェント』と名ずけた。

 

物理の法則を嘲笑うようなコーナリング。本物のレーシングマシン顔負けの加速性能。半蔵が運転するそれはこの世の(ことわり)をひっくり返す機能を有している。

 

エンジンはミッドシップレイアウト。車高も必要最低限まで下げ、とことんコーナーを攻められるよう頑強なロールケージが備わっている。

 

半蔵は普段、社長席という名の棺桶(かんおけ)で石化しているが、それは棒術による稽古とこの車『フェリーラ・ポルシェント』の手入れが終わった後の事だ。

 

持ち主とは違い、石化、劣化する事もなく『フェリーラ・ポルシェント』は出陣の時を今か今かと待っていたのだ。

 

ここぞとばかりに唸りを上げる愛車に半蔵の顔も思わずほころぶ。

 

「いい調子だ。流石は手塩にかけただけの事はある。コツコツと貯金を貯めて、チョクチョクとカスタムした甲斐があったってもんだッ」

 

「そうね。軽トラだけどね」

 

「……」

 

だが助手席に座る瓜実顔の少女、黒羽の一言に満面の笑みのまま半蔵の表情が凍る。

 

「軽・ト・ラ。軽トラなのよねこれ? それを何なの。あたかもスーパーカーを運転するようにしちゃってさ。バカなのね?」

 

「こら、夢のない事を言うんじゃない。これが精一杯なんだから」

 

「その精一杯の結果で満足してた兄者の底は浅いわね」

 

「なっ……⁈」

 

「何よ、違うってーの?」

 

半蔵は眉間にしわを刻み口をツンと尖らせ鼻息を荒く吹いた。

 

「もうギブ?」

 

「……」

 

「バカね」

 

そう言われ半蔵の目から光が消え失せると同時に軽トラ『フェリーラ・ポルシェント』は素早い動きに精彩を欠き出した。ちなみに、同伴する燈咲刀は後ろの荷台にいる。夜風に髪を弄ばれながら、束の間の休息を味わうように静かに座っている。

 

「ほらどうしたのよバカ兄者? シャキッとしなさいシャキッと。えっと……そこ左ね」

 

黒羽が指を指した方向に軽トラは回頭する。

 

「まずはナビを付けて欲しいところね。方向音痴の兄者に『現場へ急行』なんて指令守れるわけないんだから」

 

「……」

 

「男の勘より、女の勘の方が鋭いのよ。黙って従いなさい」

 

「……あぁ」

 

「こないだのテロ事件だって未踏査領域を延々練り歩いて結局何もしなかったじゃない。挙句の果てにはお偉いさんからお叱りを受ける始末……『なぜ増援に向かうのに1時間もかかる地点にいたんだ⁈』ってね。私が聞きたいわ」

 

黒羽の愚痴は終わらない。

 

「聖居の職員からは要注意人物としてファイリングされてるそうじゃない。護衛を申し出ようとしても顔を見ただけで『帰れッ』な〜んて言われたりね。ま、言い出せば枚挙(まいきょ)(いとま)がないけどね。とりあえず、MSSからの依頼は正確にこなしましょ」

 

「もちろんだ」

 

「でも驚きよね。本当に機械化兵士が実在していたなんてね。ガストレアに対抗すべく手術を受けた戦闘員。テロ事件の実行犯と、それを止めた英雄様が機械化兵士。しかもそれぞれが盾と矛の役割を持っていた対となる存在。なんだかとても底が深そうね」

 

「ああ、まさか本当にショッカーがこの世にいるなんてな。いやショッカーじゃないか。機械と融合ならデストロンだな。いたよなッ⁈ 手にマルノコ付けた怪人」

 

「いや、知らないけど……」

 

「いいな〜、スーパーカーとスーパーパワーは日本男児の夢だ」

 

「……はいはい。でもそれは道徳的観点から見れば、著しく人道から外れた行いよ」

 

「道徳的か……。あの人類絶滅の危機(ガストレア大戦)に正常でいられた人間がいたか? 誰しもが生き残るのに必死だった。それこそ、家族や友人を犠牲にしてでも生を勝ち取ろうとしていた。まさしく地獄絵図だ。お前たち『無垢の世代』は分からなくていい話だ」

 

半蔵はいつもの軽い調子から一転。目に強い光を宿して語る。それには黒羽も思わずたじろいだ。

 

「……そう」

 

「世界は変わった。昔の常識は通用しない。当時は他にも色々な人体実験が行われていたそうだ。どんな力を持った人間がいても不思議じゃないのさ。ま、心配するな。お前はこの兄者が守ってやる。豪華客船に乗ったつもりでいろ」

 

「豪華客船……ね。おおむねタイタニック号ってところかしらね? それ、最終的に沈むのよ。不吉すぎ」

 

「人間誰しも完璧じゃないのさ」

 

「そうね。だからこそ互いに助け合わなくちゃいけないのね。ま、とりあえずは目先の事よ。逆鬼(さかき)って人を見ても喧嘩売るんじゃないわよ。仕事がなくなっちゃうから」

 

「ん〜それだがな……」

 

黒羽は半蔵の言葉を遮る。地団駄を踏む子供のように。

 

「ダメッ、ダメッ、ゼェ〜ッタイ、ダメッ‼︎ ダメったらダメなんだからね。仕事が無いまま月を(また)ぎたいの?」

 

「わかったわかった。俺の負けだ。まったく、何回言うんだ」

 

「バカな兄者のために何回も反復してあげてるのよ。簡単に覚えられるようにね」

 

「それはそれは、ご大層にどうも」

 

「ええ、感謝なさい……って、あれッ‼︎ 兄者ッ」

 

黒羽は突然フロントウィンドウを突き破らんが如く勢いで飛び上がると半蔵側のサイドウィンドウを指差した。

 

半蔵は黒羽が指差す方向へと目を向ける。すると目測にして1.5kmほど離れた地点で爆発が起こっていた。そこは目的地である32号モノリスへと通ずる道。これから通るであろう道路上で起こっている。

 

「なんだ、何事だ?」

 

「ガストレアよ。空から急降下したの」

 

「あそこは……確か」

 

「そうね。どっちみち通ることになるわ」

 

「それもそうだが、あそこには地下闘技場の入り口があるはずだ」

 

「へ〜。あそこにね……てッ‼︎‼︎」

 

突如急旋回をする『フェリーラ・ポルシェント』黒羽は車内で慣性の力に振り回され頭をウィンドウにぶつけた。

 

「いっててて〜。何すんのよ、このすっとこどっこいッ‼︎」

 

「あそこには蓮がいるはずだ。あいつはまだガストレアを相手に戦ったことがないはずだ」

 

「確かに。今はパートナー(イニシエーター)の蘭ちゃんもいないしね。危機的状況ってやつ?」

 

「よし、現場に急行だッ‼︎」

 

「大丈夫かしらね」

 

黒羽の危惧もどこ吹く風。半蔵はアクセルペダルを目一杯踏み抜く。

 

後輪を滑らすドリフト走行でヘアピンカーブを曲がり、最適な回転数でシフトアップ。そのまま加速し、コーナー進入のギリギリでフルブレーキング。前に荷重を乗せ、ハンドルを切り再びドリフト。S字カーブもなんのその。プロ顔負けの見事な切り返しで白煙とタイヤ痕だけを残し軽トラは前進する。

 

ストレート立ち上がりもお手の物。進入しながら回転数を稼ぎ、直線に入った途端のシフトチェンジ。ひっくり返りそうなほど車体が上を向き弩級の加速を敢行する。

 

黒羽の顔もだんだんと引きつってきた。しまいには顔色が悪くなり口元を押さえるに至る。指の隙間からは苦悶の呻きが漏れ聞こえる。

 

「いた。蓮だッ‼︎ ……蓮だが、ん? あいつは……」

 

徐々に速度を緩める軽トラ。それでも中々の速度を保ち蓮の元へと接近する。

 

隣の黒羽は半蔵の顔を見て様子をうかがっている。

 

「な、なんで止まんないのよ」

 

「……あの野郎」

 

「え?」

 

もう蓮のところを通過するというところで半蔵はブレーキペダルを壊さん勢いで踏みつける。

 

軽トラはつんのめるように急停止する。

 

「蓮、そんな奴と何やってんだ?」

 

「……半蔵さん」

 

ここで、蓮の隣に佇む巨躯の男が会話に割って入る。

 

「半蔵、お前に蓮はもったいねぇから俺たちMSSが引き抜いてやろうって話をしてたとこだよ」

 

「何……ッ‼︎」

 

後ろの燈咲刀のため息が聞こえた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「おう燈咲刀。方向音痴のガキを引率するのは骨が折れただろう?」

 

逆鬼は半蔵の事など眼中に無しと言わんばかりに話題を逸らした。

 

「いいえ、半蔵はちゃらんぽらんだけど、この子は使えるわよ」

 

そう言い燈咲刀は黒羽の頭を撫でる。

 

「そうか。反面教師ってやつだな。ダメな兄を見て私はしっかりしなきゃって頑張ってるんだな」

 

「本当に、その通りね」

 

その後も一言二言逆鬼と燈咲刀は会話を交わす。その間、漆原兄妹はそれぞれ行動を起こしていた。音もなく車から降り、得物を手に取る。

 

「あんた達ね、黙って聞いてりゃいい気になってんじゃないわよ。私たちの何を知ってるって言うの? 口は災いの元って習わなかった?」

 

明らかな怒気を孕んだ眼光を逆鬼へと向ける黒羽。だが即座にそれを遮るように朱音が眼前に立ちはだかる。

 

「誰に物申してんだ。格下の分際で、そこいらの石ころほどの価値もねぇウジ虫が粋がんじゃねぇよ」

 

共に背丈も体格も同じだ。真正面から2人は睨み合う。

 

「何なのあんた? 口が悪ければ顔も悪いわね。そんなんじゃ嫁に行けないわよ」

 

「チビが口だけは達者だな。毎晩兄貴のモノで練習してるからか?」

 

「はっ⁈」

 

「とぼけんじゃねぇぞ淫売。近親相姦野郎。犬畜生が。あたしに喧嘩売った事、高くつくぞ」

 

「それは、楽しみね。私もあんたを躾してあげたくなったわ。キャンキャン喚く犬は近所迷惑だからね」

 

朱音の瞳の色が変わる。怒りと殺意が激流となり瞳孔の中で蠢いてる。

 

「まったく、喧嘩を売るなと散々言っていた本人が、いの一番にそれを反故にするとはな」

 

半蔵は黒羽を視界の隅に捉えながら呟いた。

 

「ちょうどいい機会じゃねぇか。1本やってやる。負けたら蓮の事はあきらめろ」

 

一方の逆鬼は不用心にズカズカと半蔵へと近ずく。それを認め、半蔵の目から一切の光が消え失せる。

 

「舐めてかからない事だ。怪我じゃ済まなくなる」

 

逆鬼の口角が吊りあがり目には好戦的な光が、歓喜の色が映写される。

 

「いいぜ半蔵。やれるもんならやってみろ」

 

「望むところ」

 

互いのペアはバックステップをして間合いを開けた。

 

「名乗るぞ逆鬼ッ‼︎ 漆原棍操術(うるしばらこんそうじゅつ)、漆原半蔵ッ」

 

「モデル・レイブン。漆原黒羽」

 

溢れる闘志を抑えらず意気揚々と名乗る相手にやれやれと言った様子で逆鬼は応える。

 

「今さら言うことなんかない。逆鬼獅子(さかきれお)だ」

 

「モデル・シュライク。九条琥珀(くじょうこはく)

 

蓮は目の前の光景に唖然とし、燈咲刀は予想通りの展開に特段焦ることもなく傍観している。束の間の静寂が訪れた。

 

4人は身動きせずに互いを注視する。

 

漆原民間警備会社。

 

プロモーター、漆原半蔵。漆原棍操術の宗家。バラニウム製の棍を持ち構えをとっている。右半身だけを隠すマントが風に揺らめいている。

 

イニシエーター、漆原黒羽。グリムリーパー(終焉の風)の異名を持ち、身の丈ほどの断ち切りバサミを装備している。その刀身はバラニウムブラックで、カラスの(くちばし)を模している。

 

対するは業界屈指のMSS所属のペア。

 

プロモーター、逆鬼獅子。素手でガストレアを殺すほどの力を持つ巨躯の男。

 

イニシエーター、九条琥珀。ジェノサイダー(虐殺者)と戦闘中に現れる人格には”紅”朱音という異名がつけられている。伸縮式の槍をステッキに偽装し常に持ち歩いている。

 

「行くぞッ‼︎ 逆鬼ッ」

 

先に仕掛けたのは半蔵。ピュンっと周囲の空気が踊るとそれに弾き出されるような踏み込みで瞬く間に間合いを詰める。

 

それに身構える逆鬼。見送る朱音。

 

だが半蔵は間合いに入る手前で棍を地面に打ち付けた。逆鬼の眼前で瞬時に方向転換をして半蔵が向かった先は……

 

「くらえッ‼︎ 『無影百鬼突(むえいひゃっきとつ)ッ』」

 

「朱音、避けろッ‼︎」

 

2人が叫ぶのは同時だった。技が炸裂するのは朱音がそれを聞き取り、理解するのと同時だ。

 

「遅い‼︎」

 

半蔵の体から唸りを上げネジ出される棍の穂先が朱音の鳩尾(みぞおち)を捉えた。

 

体をくの字に曲げ悶絶する朱音だが、それだけでは終わらない。体の至る所で爆発が起こっているかのようにデタラメに手足をばたつかせながら吹き飛んでいく。

 

1突きの動作で100箇所の急所を抑えるのが無影百鬼突だ。鳩尾を捉えた時点で既に全身隈無く打ち抜かれている。その作用が時間差で襲いかかり、しばらくは激痛に苛まされることになる。

 

「朱音⁈ ちっ、小癪(こしゃく)な手を使う」

 

逆鬼は半蔵に正対し、攻撃を仕掛けようとした。だがその時、薄い刃が視界の隅からすっとスライドしてきた。

 

それが何なのか確認することもなく、逆鬼は即座にダッキング。途端、重厚な金属がガッチリと噛み合う快音が耳朶に響く。自身の髪の毛がヒラヒラと空間を舞っているのを視界の隅に捉え、逆鬼は視線を上に向ける。

 

そこには子供ほどの大きさのカラスの嘴があった。気配も、殺気さえも感じさせなかったが、確実に殺す気の一撃だった。

 

「このガキがッ‼︎」

 

逆鬼は丹田に力を込め全身に気を巡らす。そして吐息と共に気を放出、己の体を鋼鉄と化しゲンコツを嘴目掛け振り上げた。

 

派手な火花と衝撃音を撒き散らし、嘴は打ち上げられる

。黒羽はそれを離すまいとガッチリと柄を握りしめていた。結果、彼女の両腕はハサミと連動し万歳の格好となり無防備な胴体を晒してしまった。

 

そこを見逃す逆鬼ではない。即座に次手に転ずる。正拳突きを少女の土手っ腹にぶち込まんと姿勢を整える。

 

刹那、目の前で赤く燃え上がる2つの瞳。黒羽はここに来て力を解放した。

 

「何ッ⁈」

 

歯を食いしばり、渾身の力を込めハサミを振り下ろす黒羽。嘴は容赦なく逆鬼の頭部へ叩き込まれる。

 

途端もない力をもって鈍器で殴られ平気な人間などいない。逆鬼は地面に突っ伏した。

 

「無様だな逆鬼。敗北の味はどうだ?」

 

半蔵が詰め寄り、追撃を加えようとしたその時、彼方から豪速で槍が飛来する。

 

それに気づき弾き落とす半蔵。逆鬼の眼前に槍は突き刺さる。

 

そこで現れる朱音。既にダメージは回復しているのかその足取りに乱れはない。

 

「おいタマナシッ、このインポ野郎ッ‼︎ よくも散々ぱら突き回しやがったな‼︎ あたしゃ雄が大っ嫌いなんだよッ」

 

凄まじい勢いで吐き出される怒号。それを追い風とするように朱音も瞬時に半蔵との間合いを詰める。

 

今度は黒羽がそれを遮る。

 

「どけメス豚が‼︎」

 

「うっさいッ‼︎」

 

ハサミを大剣のように横一閃。だが朱音はそれを足場にし跳躍。踏み抜く瞬間にこれでもかと力を込めた結果、黒羽のハサミは地面にめり込んだ。

 

「くっ⁈」

 

ハサミを引き抜こうにもビクともしない。

 

「そのまま大人しくくたばりやがれッ‼︎」

 

朱音はライダーキックの要領で黒羽の直上から蹴りを放つ。

 

「あーもうウザいッ」

 

真紅に染まる黒羽の双眸。力尽くで土の中のハサミを開くとちゃぶ台返し。派手に土石を巻き上げそれを朱音へとぶつける。

 

だがこの程度でジェノサイダーは止まらない。石片が衣服を突き破り皮下へ食い込もうとも構わず蹴りを放つ。

 

だが黒羽はそれを予め予測していたように次手に転ずる。

 

「お間抜けさん、これで真っ二つよ」

 

ハサミを閉じ、野球選手よろしく構える。

 

「あなたのその靴でこの『ピコちゃん』の1撃、耐えられるかしらね」

 

足、腰と連動し動力を全て腕に乗せ、『ピコちゃん』は振り抜かれる。

 

「間抜けはてめぇだドグサレ肉便器」

 

朱音目掛け突如として槍が飛来し、それをキャッチすると乱暴に振り下ろす。

 

凄まじい剣戟音と衝撃波。地面が蜘蛛の巣状に割れたかと思いきや、次の瞬間にはクレーターのように落ち窪む。

 

「ちッ‼︎ 何やってんのよ兄者は」

 

「揃いも揃って雑魚だなテメェら。ムカデ人間みてぇに1つに繋げて殺してやるぜ」

 

「こッ、んのーッ‼︎ 言わせておけばぁああッ‼︎」

 

黒羽は渾身の力を込めてハサミを振るう。全身の筋肉が軋みを上げた。だがその甲斐あって朱音を吹き飛ばすことに成功した。

 

即座に半蔵の状態をチェックする黒羽。逆鬼の蹴りを棍でもって受け止め、現在は膠着状態となっているようだ。

 

「心配するな黒羽。行ってこい!」

 

「ええ、兄者。あいつ、殺してくるわ」

 

冷徹に黒羽は吐き捨てると朱音を追随する。

 

「どうしてどうして。半蔵、お前の妹なかなかやるじゃねぇか」

 

「舐めるなと言ったはずだ。だがそれは俺も同じことッ」

 

半蔵は足腰を脱筋。ゆらゆらと下がり始める下半身だが、頃合いを見計らって下肢に力を入れる。たわんだ分を補うように硬直する筋肉の動力をそのまま全身運動と同化させ相手を押し返す。

 

ドンっと弾き飛ばされる逆鬼。

 

「見せてやるぞ、進化した漆原棍操術を」

 

「ふん。たかが知れてそうだがな」

 

「身を以て味わえ」

 

言い終わらないうちに半蔵は首筋、鎖骨辺りを狙って踏み込みと共に棍を振り下ろす。

 

重く鋭い1撃だがそれを辛くもバックステップで躱す逆鬼。

 

今度は返す刀で棍を振り上げる。対する逆鬼は棍と同角度に体を傾がせ入り身という歩法により瞬く間に間合いを我が物とする。

 

恐怖の正拳突きが繰り出されるという時、半蔵は体ごと逆鬼にぶち当たり弾き飛ばした。

 

再び間合いは半蔵の物となる。だがここから半蔵はさらに攻撃の手数を増やす。最早逆鬼の入る隙間がなくなるほどの連打を繰り出す。その速度は音が動きについてこられなくなる程だ。半蔵が棍を振り切った後にブンっという音が聞こえるに至る。音速を超える打撃。一般人は視認することすら敵わない。

 

鞭のようにしなり、唸りを上げ繰り出される棍打。自身の体の1部のように棍を扱える半蔵の技術は一朝一夕では身に付けることはできない。

 

その軌道は正に縦横無尽。見切るのも困難を極める。

 

加え逆鬼は無手。射程外からの攻撃は捌くほか手段がない。しかし、辛うじて間合いを詰めたとしても巧みな体当たりにより再び距離を開けられる。

 

少しずつ棍が逆鬼の体を掠めだす。ヒリヒリとした痛みが全身の至る所で発生する。

 

防戦一方の逆鬼に起死回生の一手は無いように思えた。

 

「前に比べれば段違いじゃねぇか半蔵」

 

「当たり前だ」

 

「当たり前……か。面白い。ならば俺に負けても言い訳するんじゃねぇぞ」

 

「どの口がそんな寝言を言う?」

 

「よく見とけよ。一瞬だ」

 

逆鬼は裏拳により棍を弾くと間髪入れずに前蹴りを放つ。

 

半蔵は受けることはせずにバックステップ。

 

3メートル程の間合いが出来る。

 

逆鬼は息吹により気を練り上げ全身に巡らすと、従来の構え––––片腕を腰の辺りに据える構えから両腕を前に突き出した構えにチェンジする。

 

「なんだ、空手じゃ敵わないから今度はボクシングでもしようってのか?」

 

バーロー(馬鹿野郎)。これはボクシングじゃねぇし普段使ってんのも空手じゃねぇって言ってんだろうがッ‼︎ 俺が使ってんのは(ティー)だ。スポーツ化した生半可な武術じゃない。琉球王国が素手で相手を殲滅するために戦場で練り上げた殺人の拳だ。半蔵よ、殺す気で来いッ」

 

「もとよりそのつもり。貴様の武、とくと見せてもらおうか」

 

半蔵は棍を上段に構え、逆鬼の踏み込みに打ち下ろしで応えた。

 

対し逆鬼はそれに裏拳を合わせる。軌道を逸らし懐まで一気呵成に忍び込むと半蔵の眉間目掛け神速の突きを放つ。

 

首を傾ぎ、迫り来る岩石のような拳を避ける半蔵。だが、確実に正拳を避けはずなのに突如として顔面に衝撃が走る。

 

「……ッ⁈ な、ふざけるなよッ‼︎」

 

上段から下段への振り下ろし。逆鬼の脛を狙った打撃を半蔵は繰り出した。

 

足の位置をすっと変え何気なくそれを避ける逆鬼。

 

振り返し、レバー目掛け半蔵は棍を水平に横薙ぎ。

 

だがそこで逆鬼は待ってましたとばかりに猪突猛進。左の腕を突き出し、右の正拳を左の肘に直角に押し当て、肘を張った構えで突撃。

 

果たしてダメージを被ったのは半蔵だった。

 

逆鬼の張り出した右肘が半蔵の棍を受け止め、左の正拳を加速させ、過たず眉間を打ち抜かれてしまった。

 

白目を剥きながら吹き飛ぶ半蔵。

 

構えそのまま残心し、冷ややかに見下ろす逆鬼。

 

「勝負あったな……」

 

 




どもどもお久しぶりです。

暇を見つけチョクチョク書いてたんですが思うようにすすまずとりあえず4話として出したいと思います。

まだまだ戦いは続きます。

次は朱音vs黒羽のシングルマッチ

逆鬼vs半蔵の第2ラウンドです。

黒羽はとうとう常に力を解放状態で

半蔵はマントに隠された奥の手を駆使し

それぞれ敵に立ち向かいます。

文脈もその日のテンションでマチマチで、読みづらいかもですが……

感想とかあれば欲しいです。


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第5話

やっと決着( ゚д゚)


「まだだッ、まだ終わってないぞ逆鬼‼︎ こんなもんで終わると思うなよ」

 

鬼気迫る表情で呪詛を吐きながら半蔵は立ち上がる。

 

「貴様にだけは、負けたままでは気が収まらん。刮目せよ逆鬼。俺が新たに編み出した型をッ‼︎」

 

漆原棍操術–––『涅刄双黒演舞(ねつじんそうこくえんぶ)

 

半蔵はまるで演武を披露するように目にも留まらぬ速さで棍を回転させると突然止まる。従来の構えに戻るが……

 

「これは俺が対ガストレア用に編み出した型。侮れば真っ二つだ」

 

半蔵の持つ棍の穂先には、黒く禍々しい輝きを放つ湾曲した刃––バラニウムブラックの刃が取り付けられている。棍は瞬く間に鎌のような形状へと変化した。

 

「俺はこの型で天童式神槍術から1本取っている。そうやすやすと破れるようなものではないぞッ」

 

「天童か……それはなかなか、期待出来そうだな」

 

「いつまでそんな余裕が保てるかなッ!」

 

鎌へと変化した棍を大きく振りかぶり半蔵は肉薄する。

 

と、未だ間合いに入ってもいないのに半蔵は鎌を振り抜いた。

 

逆鬼は野生の勘で真横へ跳躍。すると一瞬前まで自らが立っていた地表に白刃の瞬きが踊る。

 

すっぱりと傷口を覗かせる地面。その綺麗な断面からは半蔵の確固たる覚悟が伺える。

 

「射程距離のある斬撃か。思いっきりもいい。やるな」

 

「その減らず口、閉じさせてやる」

 

半蔵はさらにシフトアップ。神速の踏み込みにより一瞬にして間合いを我が物とすれば、必殺の鎌を振るう。

 

が、敵も去る者。確実に相手の動きを見切り極黒の刃を避け続ける。

 

「どうした半蔵。装着した刃が重かったか? 動きが鈍ってるぞ」

 

「ほざけッ」

 

「発想は良かったかもしれんな。だが生まれたての型ほど欠点が多いものは無い。後継者がそれを受け継ぎ練り上げることで型は完璧へと近づいていく」

 

喋りながらも逆鬼は的確に半蔵の繰り出す斬撃をかいくぐる。

 

鎌のような形状の武器は引く動作で初めて相手を切り裂くことが出来る。自然と突きといった動作は制限されていく。繰り出される手札が分かっていれば避けるのも造作無い。

 

「おいおい、本当にその型で天童から1本取ったのか? だとしたら天童も地に堕ちたもんだな」

 

「……」

 

半蔵も敵わぬと悟ったのか攻めの手を緩め、間合いを開けた。

 

すると鎌をヘリコプターのプロペラのように回し始める。

 

辺りに1陣の風が起こり、逆鬼の衣服も強風に煽られはためく。

 

逆鬼は射程距離のある斬撃のために身構えた。

 

だが突然、半蔵は猪突猛進。ハッキリと大気の歪みが見えるほどの力強い踏み込みにより必殺の間合いへと躍り出る。

 

「……ッ⁈」

 

予備動作の一切もなく、また予想に反する動きに逆鬼の反応は遅れた。

 

だがもう一つ反応に遅れた要因がある。

 

半蔵が突きを放ったのだ。

 

それも鎌による刺突ではなく、刃は角度を変え棍の延長線上–––薙刀の形へと変化していた。

 

予想を2枚上回った半蔵の攻めは効果絶大。かろうじて逆鬼は頰の肉を切り裂かれながらも回避行動を取る。だが咄嗟の出来事に後手の計算を織り交ぜる事が出来ず、体を完全に左へ傾ける不完全な体勢となってしまった。この体勢では反撃も出来なければ、これ以上の回転行動も取れない。一度体勢を立て直す必要がある。

 

だが逆鬼は体を傾けた事により、突きつけられている薙刀の反対側に依然鎌が取り付けられているのを見咎める。

 

この薙刀は新たに取り付けた刃。反対の端には先ほどまで振るっていた鎌。半蔵の右半身を隠すマントも心なしか身軽になったように大きく翻っている。この深淵の刃はそこに隠されていたようだ。

 

逆鬼の顔に驚愕の表情が浮かぶ。

 

と同時に半蔵は無慈悲にもその鎌を振り上げる。湾曲した刃が見事な弧を描きその鋭利な切っ先が逆鬼の土手っ腹を貫かんとする。

 

半蔵は勝利を確信した。

 

が……

 

今度は半蔵の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

バラニウムブラックの刃は逆鬼の腹部を貫くどころか傷1つつける事叶わず、折れていた。

 

そして、その手応えは人体ではなくまるでモノリスを斬りつけたような圧倒的な質量の差を感じさせられる物だった。

 

「……貴様ッ、まさかデストロ––」

 

––ゴフッ‼︎‼︎

 

逆鬼は半蔵の水月にそのゲンコツをめり込ませた。余りの会心の一撃に半蔵は苦しげな吐息とともにたたらを踏むと片膝をつき、嘔吐(えづ)く。半蔵は逆鬼の腹部–––斬り裂かれた衣服の合間から垣間見える黒い体を見て唖然とする。

 

「……まさか、お前が……な」

 

逆鬼は無情にもそんな半蔵の脳天に踵を打ち落とす。

 

顔面から地面に叩きつけられ半蔵の体から力が抜けるのを逆鬼は確認した。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

–––逆鬼と半蔵が死闘を繰り広げる一方で–––

 

 

黒羽は朱音を追随、追い討ちの斬撃を浴びせる。

 

それを長槍で受けるが、あまりのパワーに受け切れず再び吹き飛ばされる朱音。

 

彼女らの一挙手一投足に突風が巻き起こる。土塊は舞い、廃墟は薙ぎ倒され、さながらハリケーンが通過した後のように大きな轍を刻み攻防は繰り広げられる。

 

この攻防を続けること早8回。10マイル(16km)離れていたモノリスはだが、もうすぐそばまで迫ってきている。

 

通常、ガストレアが苦手としているバラニウムの磁場はその力の恩恵を受けている『呪われた子供たち』も例外なく影響を受ける筈だが、モノリスの至近距離に来ても彼女たちの動きに淀みはない。

 

黒羽はその事に一瞬だけ疑問を感じるが、そんな呑気な事を考える暇をジェノサイダーは与えてくれない。長槍による打撃はその矮驅(わいく)からは想像も出来ないほどの膂力(りょりょく)をもって繰り出される。こちらとしても余力がほとんどないような状況だ。

 

だが、だからこそ黒羽はここを戦場として選んだ。

 

––『未踏査領域』––

 

ガストレアの住処となり、人類が立ち入ることが出来なくなった密林地帯。

 

モノリス1枚隔てただけで、日本とは縁のないはずのジャングルが延々広がっている。

 

朱音を弾き飛ばし大木にぶつけてやると、黒羽は適当な木の枝の上に降り立ち、相手を上から見下ろす。

 

「あなたさ、その槍、ただ無茶苦茶に振り回してさ、なんの心得もないんでしょ? こういう狭い場所じゃその無駄に長い槍も威力を発揮しないわ。ただの棒切れね!」

 

「はッ‼︎ 何を言うかと思ったら……んな事か。笑わせんな。腐れ売女が! かかって来やがれッ」

 

「そう……哀れね。あなたはここで死ぬかもよ」

 

「テメェにんな事が出来ると思ってんのか? 思い上がんじゃねぇぞ」

 

「ふん、せっかくだからいい物見せてあげる。私の『ピコちゃん』にはこういう使い方もあるのよ」

 

そう言うと黒羽はハサミの2本の刃が交わる部分のピンを抜く。それぞれを片手ずつに持ち替えると双剣として構えた。黒羽の持つ『ピコちゃん』はハサミとしての用途もあるが、振れば大剣、突けば重槍、分解すれば双剣と使い方は多岐にわたる。

 

「その減らず口、すぐに叩けなくしてあげるわ」

 

ジワーッと黒羽の瞳が血塗られた太陽が常闇(とこやみ)に登るように赤みを帯びていく。今までの雰囲気から一転。全面に殺気を解放している。森の鳥たちも恐れおののき飛び立っていく。

 

「さぁ、あなたを地獄へ(いざな)ってあげましょう。冥土の土産に自分がどんな悲鳴をあげて死ぬのか聞いて逝くといいわッ‼︎」

 

黒羽は木の幹を疾走。途端、辺りを暴風が駆け抜ければ彼女の姿もかき消える。

 

つかの間の静寂の後、突如として黒羽が走った軌跡をなぞるように幹が快音をたて割れだした。それは生きた何かのように幹を縦断すると、そのまま地面を這う。そして真っ直ぐに朱音の方向へと向かってくる。

 

朱音はそれを認めるや否や跳躍。空へと逃げる。が、耳元でヒュンっと何かが鋭く擦過する音がした。それが何なのか思考を巡らす前に、体中からは鮮血が(ほとばし)る。

 

「つッ⁈」

 

衣服はズタズタに切り刻まれ痛々しい裂傷がその隙間から顔を覗かせる。

 

森中には軽快に木の幹を踏みしだく音が木霊し、それを追従するように木が裂ける現象が付いて回っていく。

 

朱音は音源を探して頭を巡らすが、見えるのはズタボロにされた幹と少女の足跡だけ。

 

再び、耳元で鋭い擦過音。

 

全身に痛みが疾り、熱を帯びる。地面には血の水溜まりが出来ていく。

 

「どうかしら、一方的にやられる気分は? 気持ちいいかしらね。それともうれしい? 楽しい?」

 

黒羽は相手が絶望に打ちひしがれ、顔面蒼白の(てい)を想像していた。だがしかし、ジェノサイダーはこの状況においても平時と変わらず、嗤っていた。

 

「追い詰められて気でも触れたかしらね」

 

「はぁ〜たまんない。こんな殺し合いは初めてね。あ〜とろけちゃいそう……あたしも本気だそっかな」

 

「え……ッ⁈」

 

朱音の紅く燃える瞳の光量が増す。左目は炯炯(けいけい)と暁に輝き、右目は三日月の形で淵だけが鮮紅色(せんこうりょく)に光り出す。

 

「何が本気を出すよ。そんなのハッタリに決まってるわ! もし、これから力が増すとしても私のスピードについてこれるわけがないわッ」

 

黒羽は三角飛びの要領で木を蹴り高度を稼ぐ。充分に距離を取ると朱音目掛け渾身の踏み込みで肉薄する。

 

足場として用いた木は、これまた快音を立て真っ二つに折れ曲がる。だが、この音を朱音が聞く頃にはもうすでに決着はついている。

 

黒羽は確実に朱音の首を捉えたつもりでいた。だが、手応えなどなく双剣は宙を切り、地に突き刺さる。

 

「おいおい、そんなもんじゃないんだろ? もっと速くなれるんだろう? ほらほら、もっとあたしを楽しませてよ」

 

「ッ⁉︎ なんなのあんた⁈」

 

黒羽はバックステップで間合いをとり、再度木を足場に跳躍を繰り返し姿をくらます。

 

「大丈夫よ、ただのまぐれで避けたただけよ。現にあいつは今、私とは反対方向を見ている。姿を捉えられてはいない」

 

自身を励ますように黒羽は呟くと、全身全霊を持って攻撃を仕掛ける。

 

「今度こそ、その首掻っ切ってやるッ‼︎」

 

黒羽自身、かろうじて風景を捉えられる速度までシフトアップ。この速度ならば、相手は首が落ちことも気づかぬまま地獄へ落ちる–––

 

–––はずだった。

 

「ねぇ、もうそれ飽きたんだけど」

 

突如後ろ髪を凄まじい力で引かれ、木の幹にしこたま後頭部を打ち付けられる。黒羽が訳も分からず辟易していると–––

 

「–––やっぱりあなたもこの程度なのね。全然面白くないや。生きてる価値ないよ。だからあたしが、息の根を止めてあげる」

 

心胆を寒からしめる言葉を聞き取ると同時にジェットコースターで体験したGが猫に踏まれた程度に感じられるほどの強烈な圧力に体を押し潰され、黒羽は歯を食いしばる。

 

が、次の瞬間にはブスリ、と何かが背中から侵入し腹部へと貫通する。

 

即座に燃えるような痛みが発生し、腹部から両腿、膝へと生温かい液体が滴っていく。

 

黒羽の可愛らしい顔が、苦痛に歪む。

 

「どうだ? 気持ちいいか? 中を掻き乱されて気持ちいいか? え? お前の兄貴のモノより、よっぽどデケェだろ? 身悶えするほどの快感だろ? おい、どうなんだよッ‼︎」

 

黒羽は自分で折った木の幹に叩きつけられていた。木目通りに裂けて鋭利となった1部が運悪く腹部を刺し貫いている。

 

「こんッ……の…………ク……ソッ、野…………郎……」

 

「あぁ〜ん? なんだって? もっとして欲しいってかッ⁉︎」

 

荒々しく前髪を掴み引っ張る朱音。軽々と黒羽を引っぺがす。刺さっていた木の1部は綺麗な表面をしていない。ノコギリのようにギザギザに突起した小さな返しが体内を抉る。この激痛に10才の少女が耐えられる訳もなく……

 

「グッ!! ァアアアアッッ!!!!」

 

獣のような咆哮を上げる黒羽。『ピコちゃん』を取り落とし両手で腹部を抑える。

 

その様子を見て、朱音の加虐性は暴走する。脊髄に電撃が奔り、快感が全身を犯す。湧き上がる破壊衝動にお腹の奥がキュッと引き締まる。それに呼応するように体がビクンっと脈打ち、火照りだす。

 

(いびつ)に顔を(ゆが)ませると、体を捻り黒羽を新たな木に投げ捨てる。稲光(いなびかり)を連想させる勢いで少女の体は大木に叩きつけられる。

 

あまりの衝撃に文字通り木っ端微塵に吹き飛ぶ大木。大小様々な木片の中で宙を舞う黒羽を朱音は掴み上げ、再びリリース。

 

今度は地表目掛け急転直下。朱音は適当な木片を足場に黒羽を追う。接近し、落ち行く黒羽の顔面へ靴底を叩き込み、そのまま地面へと共に落下した。

 

大量の粉塵が巻き起こり、パラパラと木片が降り注ぐ中においても、しっかりと視認できた4つの赤い光点。

 

だがやがて、全ての木片が落ちきった頃、弱々しくなる2つの光点。それは徐々に粉塵の中へと溶けていき、最後は泡沫(うたかた)の如く消えた。

 

「あ〜あ。壊れちゃった……………」

 

 

 

 

 

 

 




うぅ、黒羽〜(;_;)

骨は拾ってやるからな。

さて、

ネタバレをさせたくなかったので

いままであらすじには入れて無かったんですが

今回、このアナザーブラックブレット

機械化兵士に着眼を置いてます。

なので、今後は五翔会が話のメインになっていきます。

機械化兵士を監督する機関、Supervise Mechanization Soldier 通称SMSなる組織があってですね………

機械化兵士に対抗するべく造られた機械化兵士がいてですね………

その人達と五翔会の戦いを描いていこうかなと。

今は武術家がぶんぶん活躍してますが、今後は軍人が銃をバンバンぶっ放すようになっていきます。

新しい目線。

進化した機械化能力。

ぶっ飛んだキャラクター。

ド派手なアクション。

それらを心掛けてやっていきますのでどうか……

どうか……

そこのあなたっ!‼︎!

読み続けて下さい。

ペコ( ̄^ ̄)ゞ


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第6話

 

 

蓮は2人の果たし合いに魅了されていた。

 

無我の境地で、ただひたすらに魅入っていた。

 

自分とは遥かに次元の違う戦いに辟易し、また、憧れた。

 

逆鬼の強さには驚きを隠せない。

 

自分と同じ無手にして、武器を持っている相手を圧倒し勝つ。

 

半蔵と手合わせした事もある蓮は、その事の難しさを身を以て知っている。

 

半蔵との稽古は対武器戦闘という視点ではいい経験になるが、他の視点から見れば単純なポテンシャルの底上げには繋がらない。

 

無手と武器とでは根本からコンセプトが違うため得られるものは少ない。

 

半蔵には申し訳ないが、これからは逆鬼の元、研鑽を積む腹づもりを蓮は決めた。

 

それもこれも、全ては強くなるため。

 

『赤い司祭服を着た男』を倒すために、もっと強くならなければならない。

 

蓮は隣に佇んでいる妖艶な女性に目を向ける。

 

思春期の少年には刺激の強すぎる肢体を持つ彼女は、先ほどの手合わせがまるで日常茶飯事とでも言いたげな渇いた目で2人の死闘をただ見ていた。

 

このレベルの戦いを見て恐れるどころか退屈そうにしている彼女も、相当強い筈だと蓮は思った。

 

そんな蓮の気配を感じ取ったのか、不意にパンクな麗人(れいじん)は鋭い眼光を向けてきた。

 

「どうかした、坊や?」

 

振り向きざま、大きく揺れる双丘(そうきゅう)。蓮はドキっとしながらも務めて目を向けまいとする。

 

が、嫌がらせか目の前の麗人は両手をその丘の下で組む。

 

たくし上げられたことによりその部分だけワンピースの生地が張り、蓮の意識は霧散。不自然に目を泳がせる。

 

「いや、あの………」

 

麗人は片眉を吊り上げ、怪訝な表情を作る。無言の圧力で先を促す。

 

蓮は麗人が持っている居合刀と、背負っている大太刀を見て尋ねた。

 

「あなたも、その………武術を?」

 

この問いに麗人は「ふっ」と笑う。

 

「ええ、これは飾りじゃ無いわよ」

 

そう言いつつ居合刀を掲げ、名を 『幻影魔剣(げんえいまけん)影丸(かげまる)』と説明。大太刀の方は『漣ノ太刀(さざなみのたち)十六夜(いざよい)』と言うらしい。

 

蓮は厨二病こじらせすぎだろ、と思いつつもそれは臆面にも出さず、燈咲刀の話を聞いていた。

 

が、気付けば麗人は抜刀の姿勢になっていた。

 

眼光も目だけで相手を斬れそうな程に研ぎ澄まされる。

 

『刃が鞘の中を疾駆し大気に放出されれば、その切っ先は蓮の衣服を縦横無尽に切り裂き鞘へと戻る』

 

凄まじい気迫に蓮もたじろぐ。だが不意に麗人は構えを解いた。

 

「こう見えて、天舞地這流剣術(てんまじげんりゅうけんじゅつ)の免許皆伝者よ。名は暁峰(あかみね)燈咲刀(ひさと)

 

その後も天舞地這流剣術の正統伝承者には『天越ノ堕地(あまごえのたち)』という刀と『悪華赫灼(あっかかくしゃく)神ノ馘斬(かみのくびきり)』という大太刀が与えられるという説明を受けたが、蓮には何のことやらさっぱりだ。

 

「天舞地這流……?」

 

「そう。聞いた事ないかしらね。天を舞い地を這う剣技。天から地まで、即ちこの世の全てのことを剣1本で片付けようとするロックンロールな流派よ。例えばあなたに気付かれずに服を斬り裂くほど剣撃が早かったりね」

 

「あぁ、そうなんですか…………え⁈」

 

蓮は自身の衣服を見て言葉を無くした。お気に入りのシャツは跡形もなく斬り裂かれ、既に地面に糸くずとなって山積していた。

 

「いい体してるわね。けれど、その歳でタトゥー入れてるなんてヤンチャ坊やね」

 

「…………」

 

蓮はさりげなく首筋の五芒星(ペンタグラム)刻印(タトゥー)を隠すが心は別の次元に飛んでいた。

 

一体いつの間に? あの一瞬構えた時か?

 

「ねぇ、聞いてるの?」

 

「え? ええはい。いや、でもこれは物心ついた時からというか、入れた記憶は無いんですよね」

 

「……そう。ところであなた、武術の心得は?」

 

「あぁ、ああはい。一応父から手解きを」

 

「流派は?」

 

「いえそれが、極意だけ教わって名前までは……」

 

「何よそれ」

 

「すいません」

 

「いや、別にあなたが謝ることじゃ無いんだけれど……」

 

そこまで言うと燈咲刀は視線を蓮の背後へと流した。蓮もつられて振り返る。

 

するとそこには1人の少女が立っていた。だが蓮はその余りの変貌ぶりに言葉を無くす。紺碧だったはずの王子系ファッションはグロテスクに赤黒く変色し、全体の生地の8割を欠損するという無残な有様に成り果てていた。辛うじて、女性が隠すべき箇所は布切れが覆っている。

 

「おやおや。朱音ちゃんは相変わらずハードね」

 

「まあな。だがちょっと本気出しただけでこいつはこの体たらくだ。使い物になるのか?」

 

朱音はぐったりしている黒羽の髪の毛を鷲掴みにするとまるでマネキンを投げるかのように躊躇なく放り投げる。

 

意識の無い人間は受け身など取れるわけもなく、このまま行けば黒羽は頭から落下する。

 

蓮は咄嗟に駆け出し黒羽をキャッチ、朱音を睨めあげる。

 

だが、とうの朱音に黒羽や蓮の事などは眼中にないようで、自らのパートナー(プロモーター)の元へとスタスタと歩いていく。蓮は取り敢えず黒羽の容態をチェックする。衣服の損耗ぐあいから壮絶な戦闘が思い浮かべられるが、彼女ら『呪われた子供たち』の持ち前である驚異的な治癒能力により、外傷は全て取り払われているようだ。脈も確認した蓮は再び朱音へと目を向けた。

 

「どうだ逆鬼、2度と歯向かう気が起きねぇ程に痛めつけてやったか?」

 

地面に突っ伏す形となっている半蔵を見下ろしている逆鬼に朱音は問うた。だが逆鬼の顔は珍しく神妙な面持ちだ。

 

「いや、俺の負けだ」

 

「ん、どう見たってあんたの勝ちじゃねぇか?」

 

「この体じゃなかったら俺は今頃死んでいる」

 

朱音はしげしげと逆鬼の事を見つめる。今しがた言われた言葉を頭の中で咀嚼しているようだ。

 

「そうか。それは良かったな。なら合格ラインは突破してんじゃねぇか? こっちのクソシエーターも、並みの相手なら余裕に渡り会える筈だ」

 

「ふむ」

 

「じゃ、あたしゃもう失礼するわ」

 

「おう。またな、朱音」

 

朱音は辛うじて残っている状態のポケットからアイパッチを取り出し左眼に装着。右眼の紅き三日月も落日の元消え失せれば、ふっと憑いていたものが離れたように彼女から一切の邪悪な念が取り払われた。

 

途端–––

 

「–––キャッ!!」

 

朱音は短く悲鳴を上げると周りを見渡し恥じらいの表情を浮かべる。耳まで真っ赤にし、両腕を抱えるように胸を隠しながら片脚を吊り上げるとそのままドスッと座り込む。

 

「えッ⁈ えッ⁈ やだ、また私………」

 

視線を右往左往させる朱音。蓮は不憫になり上着を着せてあげたくなるが、先ほど紛失したばかりだ。

 

「大丈夫?」

 

黒羽を横たえさせ、朱音の元へと駆け寄る蓮。今までの行動から彼女が完璧に分離している二重人格者であることくらいは察しがついている。恐らくもう1つの人格を作らなければ生きていけないほどの地獄を、彼女は味わったのだろう。殺人を全く疑問に感じないほどの冷徹な心を持つ人格を。

 

「あ、あなたはさっきの……」

 

「ありがとう。君のおかげで無事に助かったよ」

 

「えっ? え〜っと、そ……そうですか。なら良かったです!」

 

唇を柔らかく吊り上げ、彼女は微笑んだ。柔和な光を琥珀色の瞳に宿し、蓮を見上げる。

 

か、かわいい。

 

蓮は不覚にも、年下の幼女に心を躍らせた。だが即座にその思いを振り切るように(かぶり)をふる。しかし胸の高鳴りは収まる事なく、ドクドクとコメカミが脈動する。先ほどまで汚い言葉を連呼し、嬉々として戦闘をしていた少女と同一人物には感じられない。まず第一に、この少女はビックリするほどに可愛らしかった。お世辞でも何でもなく、芸能プロダクションにスカウトされそうなほどに整った顔立ちをしている。

 

違う。俺に幼女趣味は無いはずだッ!

 

心の中で絶叫する蓮。今一度正気に戻るために(かぶり)をふる。

 

「君、その……名前は?」

 

「えッ⁈ あ、私? 私は…………九条(くじょう)琥珀(こはく)…………で、す」

 

肝心な名前の部分は消え入りそうなほどに小さな声だったが、蓮はしっかりと聞き取った。

 

「琥珀ちゃんか。いい名前だね。俺は瀧華蓮(たきはなれん)。よろしくね」

 

手を差し伸べる蓮。対し琥珀はゆっくりと手を伸ばし出す。

 

「あ……はい。蓮…………さん、ですか。よろしく、お願い–––」

 

–––します、と言いながら手を握り返す琥珀は突如として顔を伏せた。彼女は顔から湯気が出てきそうなほどに赤面している。脈拍が速まり、体温が上昇しているせいか、少女の小さな手はとても柔らかく、温かった。慈愛の心が手を返し蓮の中に染み渡る。心の中に暖かな風が凪いだ。

 

丁度その時、黒羽の意識が戻る。

 

「ん……ん〜。あ、兄者? 兄者ッ⁈」

 

兄の半蔵が完璧にノックアウトされているのを認め黒羽は立ち上がり駆け出すが、その足取りはおぼつかない。

 

(つまず)いて転びそうになるのを支えたのは琥珀だった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

まじまじと黒羽の顔を覗き込む琥珀。だが黒羽は目の前の少女を視界におさめると顔に驚愕を貼り付けるや、突き飛ばした。

 

ドッカと地面に尻餅をついた琥珀は、何かに怯える小動物のように体を(すく)ませ黒羽を注視する。その目には恐怖の色が映っている。

 

「このッ……サイコ野郎‼︎」

 

「え………………?」

 

琥珀は良心から黒羽を気遣ったのにも関わらず突き飛ばされ、遂には(いわ)れの無い罵倒を受けてしまった。琥珀の表情は、彼女の心面をそのまま表している。

 

「な、何よ⁈ あんた、あの勢いはどうしたのよ?」

 

「何の……事ですか?」

 

「……はっ⁈ え、ちょ……。はっ⁈」

 

黒羽は間抜けな声を上げる。

 

「黒羽ちゃん。とりあえずそのマント、琥珀ちゃんに貸してあげない?」

 

黒羽の視線は蓮と琥珀を何度も忙しなく往復するが、やがて諦めたようにため息を1つつくと、マントを取り外す。

 

「はい、これ」

 

ぶっきらぼうに手渡す黒羽に、琥珀は複雑な笑みを浮かべながらも「ありがとうございます」と呟く。

 

「黒羽ちゃん、残念だけど半蔵さんは負けちゃった」

 

蓮の(うそぶ)きに、黒羽はキツく奥歯を噛みしめる。

 

「そうみたいね」

 

「うん。……ん?」

 

蓮は黒羽がこちらを凝視しているのに気付いた。

 

「あんたは、あんたはさ、平気な顔しちゃってさ……」

 

黒羽の漆黒の湖面を連想させる瞳に、銀鱗の輝きが宿る。

 

「悔しくさ……悔しく、ないの?」

 

澎湃(ほうはい)と溢れそうになる悔しさを必死に塞き止めながら黒羽は蓮を睨み付ける。

 

俺が、半蔵さんが負けた事を悔しがる?

 

一体何を言っているのかわからず、蓮がただ黙していると「何とか言いなさいよ。この薄情者ッ」と怒鳴られた。

 

何故に黒羽が怒っているのか蓮には理解しかねていた。この場合、一緒に悔しがるのが普通の人間なのだろうか?

 

どこの馬の骨かもわからない自分と妹の蘭を拾い上げ、かつ面倒を見てくれた半蔵の敗北……。

 

今一度蓮は自分の脳内を覗き見る。見えるビジョンは逆鬼から指導を受ける事。その力を元に『赤い司祭服を着た男』を倒す。これ以外に考えられなかった。

 

「……僕はさ、親父を殺したあの男を許すわけにはいかない。だから、強くならなきゃならないんだ。言ったでしょう?」

 

「だからって、だからってさ………このッ、バカ。好きにしたら」

 

黒羽はプイッと濡れ羽色の髪を翻すと半蔵の元へと駆け寄る。だが不意に止まると、肩越しに黒羽は蓮に語りかける。

 

「私も兄者も、あなたと蘭ちゃんの事は、家族だと思ってたのよ。蘭ちゃんはわからないけど、少なくともあんたは、そうとは思ってなかったようね。残念だわ」

 

「………」

 

–––『家族だと思ってたのよ』

 

蓮の脳内に、黒羽が発した一言が延々木霊する。自分は何か重要な過ちを犯してしまったらしい。だが蓮にはそれが何なのか、(おぼろ)にも想像がつかなかった。

 

「兄者? 兄者? しっかりしてッ」

 

黒羽は半蔵を揺すりながら何度も呼びかける。

 

「………。……ぅん〜」

 

何度目かの呼びかけに、やっと半蔵は反応を示す。

 

「おいコラッ、バカ兄者‼︎ 起きやがれーッ」

 

「んん〜。ぅ〜ん……ん〜」

 

「いつまでも学校に行きたくない子供みたいに唸ってんじゃないわよ。いい加減起きなさいよ。分かってんのよ、さっきから起きてんのは」

 

「えっ、バレてた?」

 

「……」

 

黒羽の「マジか」という顔。

 

「冗談で言ったんだけど、本当に起きてたのね?」

 

「いや、今目が覚めた」

 

「嘘ね」

 

「本当だ」

 

兄妹間で視線が交錯する。何か意思の疎通でもしているのだろうか。半蔵は「何はともあれだ」と言ってピョンと立ち上がる。

 

「逆鬼、お前はやはり強いな。俺なんかじゃ全然–––」

 

「–––いや、お前の勝ちだ」

 

「おいおい、これが勝者の格好に見えるのか? バカにするのも大概にしろ」

 

そう言い半蔵は土埃に汚れた衣服を叩く。

 

「バカになどしていない。あの突きは完璧だった。俺は完全に意表を突かれ、躱すので精一杯だった。そこに鎌での切り上げ。お前の勝ちだ」

 

「……」

 

半蔵はその振り上げた鎌の折れた刃をしげしげと見つめる。

 

「納得いかないか? 何故刃が折れたのか」

 

「いや、手応えがまるで人体ではなかった。想像はつくがな。いざ目の前にするとな……というか、本当に実在したんだな。『機械化兵士』」

 

「ん? いや、お前のアクセスキーなら『新人類創造計画』の詳細も読めると思うが……」

 

半蔵は長い間を置いてから答える。

 

「……………そ、そうだったな。いやいや、確かそれ読んだな。『類人猿存続計画(るいじんえんそんぞくけいかく)』」

 

「「「はッ?」」」

 

その場にいる逆鬼、黒羽、燈咲刀が声を揃えて聞き直す。

 

「『類人猿存続計画』だろ? 知ってる知ってる。うん。知ってる知ってる」

 

「兄者。喋れば喋るほど情けなくなってくわよ」

 

「半蔵。あなたのオフィスにはパソコンすらないようだったけど」

 

「半蔵。お前知らないだろう?」

 

「あれだろ? お前みたいなゴリラをメカゴリラ化する計画」

 

「まぁ、あながち間違ってないわね」

 

「あ?」

 

半蔵の天然ボケに賛同した燈咲刀に逆鬼は怒りの視線を向ける。

 

「誰がゴリラだ」

 

「あなた、1回試しに檻の中でドラミングしてみなさい。どのゴリラの雄も大人しくテリトリーを渡すわよ」

 

しばしの沈黙の後、逆鬼は「ちっ」と舌打ちをすると半蔵に向き直る。

 

「今回お前たちをここに呼んだのは32号モノリスの調査なんかじゃない。発生したガストレアならもうとっくに自衛隊が駆除している。というかそれは昨日の話だ」

 

「はっ⁈」

 

「お前みたいなバカにどう説明すればいいかわからんが、とりあえずこれは適正試験みたいなもんだな」

 

「……?」

 

「我々MSSは国家元首たる『聖天子』様からある任務を受けた。それも極秘のだ」

 

「そうかそうか。大手は受注先もとんでもないな。で、それの下請けをしろと?」

 

「報酬の話は最早どうでもいいレベルの話だ。これは東京エリアの存続に関わる重大な任務である。1人でも優秀な人材が欲しい」

 

「MSSほどの大所帯なら、腐る程いるだろ?」

 

「いや、実際使える優秀な奴はごく少数だし、今そいつらは東京エリアにはいなくてな。あとの箸にも棒にもひっかからないチンカス共は東京エリアの死守に駆り出されるだろう。だから、お前たちが必要なんだ」

 

「待てよ逆鬼。東京エリアの死守ってなんだ?」

 

「お前……やっぱり知らねぇか。端的に言おう。『第3次関東開戦』と銘打たれるであろう大戦が、間も無く起こる」

 

半蔵は「へへ」と笑うと続ける。

 

「そんなバカな。一体何を根拠に? モノリスでも壊れるのか?」

 

「今はまだ解析中だが、1週間以内に32号モノリスは倒壊する。間違いなく」

 

「おいおい。いい歳の大人がつまらない冗談言ってんじゃ–––」

 

「–––信じられなくても良い。俺たちがやる事はそれとは全く関係ない」

 

「ん? んー……? さっきから全く的を射ないな」

 

「よし、分かりやすく言ってやろう。何者かが『封印指定物』を盗んだ。俺たちはそれの対応だ」

 

「『封印指定物』……それってステージV(ゾディアック)・ガストレアを召喚できる触媒になるっていう奴の事か?」

 

「そうだ。水瓶座を司るゾディアック、アクエリアスが近いうちに何者かに召喚されるだろう」

 

「本当……なのか?」

 

「もちろん嘘だ」

 

「は⁈」

 

「っていうのは嘘だ。いいか半蔵。今東京エリアはモノリスが崩壊するという最悪の事態なんだ。それに加えゾディアックまで襲来するとなればどうなる?」

 

「……いや、それはもう。とてつもない、騒動だ」

 

「秩序など容易くなくなるだろうな。だからこそ伏せてあるんだ」

 

「伏せてあるって、対処法は? 知らない市民はどうなる?」

 

「モノリスのほうは代替モノリスを建造することで決着している。アクエリアスの方は俺が対応することで一応決着をみている」

 

「お前、大丈夫か? そんな事出来るのか?」

 

「やるしかない。どんな無理難題でも、遂行するのがMSSの人間だ。この身に変えてでも、アクエリアスは俺が止める」

 

逆鬼は一瞬だけ遠くを見るように目を細めた。

 

「なぁに、これが初めてのロデオじゃない。心配するな」

 

「いや、全然信用出来ないんだが……」

 

燈咲刀が前に進み出る。

 

「半蔵。第2次関東開戦で自衛隊が快勝したことは知ってるわね?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

「その時もね、実際はとても際どかったのよ。ガストレアにはバラニウムが有効だとわかって人類にもなんとか反撃の機会が出来た。最初こそ戦況は優勢だった。けれどね、すぐにバラニウムをものともしない個体が東京湾に現れたの」

 

逆鬼が捕捉する。

 

「ステージVだ」

 

「そう。第2次関東開戦では、アクエリアスが東京湾に出現したわ。それ以降、人類はジリジリと陣地を後退せざるをえなくなった……」

 

「そんな事があったのか? 全く知らないぞ」

 

「でしょうね。第2次関東開戦の詳しい戦況はハイレベルのアクセスキーがなければ閲覧出来ないわ。この世には存在しないはずのモノが大挙したんだから」

 

「この世には存在しないモノ?」

 

「『新人類創造計画』–––『機械化兵士』よ。戦術思想の数だけ『機械化兵士』はいるわ。その中でもこのゴリラ、じゃなくて逆鬼がいたところは特殊でね、『ステージVガストレアを圧倒撃滅せしめる絶対攻撃』をコンセプトに設計されてるの」

 

「な……っ? ゾディアックに?」

 

「そう。腕部、脚部に超大口径のカートリッジを内蔵し、撃発。その推進力をもってぶん殴る。なんとも野蛮な理念の元、このメカゴリラは設計されてるわ」

 

「確かに、野蛮だ」

 

「セクション22ではステージIVに対抗するために同様の仕様の兵士が製造されていたわ。確かコンセプトは『ステージIVガストレアの装殻を破壊できる絶対攻撃』。で、たまたまそこに迷い込んだゴリラを見て、執刀医が『これ、もっとデカいカートリッジ装填でんじゃね』って軽い感じで生まれたのよ」

 

「んなわけねぇだろアマ。ふざけるのも大概にしろ」

 

燈咲刀はチラッと逆鬼を見るだけで説明を続ける。

 

「……まぁ、本当はもっとシリアスだったと思うけど、とりあえずはアメリカンな発想ね。デカけりゃ威力も強えーよなーって。普通の炸裂式義肢は腕に10発。バーストと呼ばれる3発同時撃発があるらしいんだけれど、彼の1発とそれを比べるとすかしっ屁ぐらいにしか感じられないとか……」

 

「それは本当なのか逆鬼?」

 

「まぁ、それは置いといて要点を言うとだな、第2次関東開戦において俺はアクエリアスを撃退している。だから今回、その鉢がMSSに回ってくるのは当然の成り行きなんだよ」

 

「……その話を聞けば余計俺は必要なさようだ。MSSだけで事足りそうだがな」

 

「半蔵、強すぎる力は自身にも毒牙を向けるのよ。このゴリラは全弾同時撃発––アンリミテッドバーストを放つと義肢がバラバラに砕け散るのよ。加えて甚大な副次的被害の発生が予想されるわ。不測の事態に備えて人出はどうしても必要なの」

 

「ふむ……」

 

半蔵は逆鬼の体を改めて眺め見る。

 

巨躯と辞典で調べれば同義語で逆鬼と出てきそうなほどお手本の体躯。ゆうに女性のウェストほどはあろうかという二の腕。そんな腕の中に隠された爆薬は、さぞ強力だろう。

 

「逆鬼、その話は本当なんだろうな?」

 

「全て、まごう事なき真実だ」

 

「……わかった。どうせ仕事はないんだ。断る理由はない。今回の依頼、受けさせてもらう」

 

「そうか。これは秘匿性も高く、また危険性も桁外れだ。無傷では済むまい。それでも受けるか?」

 

「言っただろう、受けると。命の保証? 何を今更、覚悟ならとっくに決まっている」

 

「ほ〜。言うようになったな半蔵」

 

「おかげさまでな」

 

逆鬼と半蔵。2人の間を隔てていた何かは、今、静かに溶け消えた。

 

「半蔵、依頼内容は至って簡単。ゾディアックの撃破だ」

 

「望むところだ。俺も英雄の仲間入りをしようではないか」

 

ガッチリと2人の掌が打ち合わされ握られる。

 

黒羽はその様子を「男ってバカよね」という顔で眺め、琥珀は青春マンガを読んでいるように瞳をキラキラさせている。

 

対し蓮はその輪の外で、ただ成り行きを見ていた。ずっと黒羽に言われた一言が頭に引っかかり離れない。

 

武術を通し、人としての礼節、道徳を学んだ。ならば黒羽が言った言葉も理解出来るはずだ。

 

「…………」

 

しかし、蓮は雲を掴もうともがいているかのように、その答えが何なのかさっぱり分からない。

 

俺はやはり、他の人間のように普通の考え方が出来ないんだな。上っ面だけ善人ぶったって、やっぱダメか……。

 

蓮は五芒星(ペンタグラム)が抗議をあげるように疼くのを感じ、手で抑える。

 

この謎の刻印と中央に描かれている『57』の数字。自身の出生を知らない蓮はもどかしさを感じる。唯一知っているかも知れなかった父親は1年前に死去している。

 

この1年間。地下格闘場に通い、死闘に身を投じてきたのは腕を磨いて父親の仇を取るため。瀧華仁(たきはなじん)の無念を晴らすためだ。

 

手段は選ばないと、容赦はしないと誓った。民警のライセンスを取ったのも、支給される侵食抑制剤を貰うため。妹––蘭の体内侵食率を上げないためだ。

 

半蔵に拾われたのも、ただの偶然。半蔵でなくとも、誰かには拾われていたかもしれない。

 

そこに感謝の念が入る余地など、ありはしない。

 

何がなんでも『赤い司祭服を着た男』を殺す。

 

それだけのために、蓮はどんな辛酸にも耐えた。苦衷(くちゅう)の念も荒肝(あらぎも)に置き換え邁進した。

 

迷いなどない、俺は強くなる。

 

蓮は決意も新たに、逆鬼の肩を叩く。

 

「逆鬼さん。俺を弟子にして下さいッ‼︎」

 




はい。と言うことで5話をお送りしました。

勝手にアクエリアスなんか使ってますが、許して下さい。

そして毎回、中途半端に終わりますが、許して下さい。

力尽きます。

アクションはスラスラ書けるんですが、どうも日常的描写は苦手です。

さて、いままで他の方のブラブレSS読んでなかったんですが、読み始めて一言……

レンって名前の主人公多くねーかッッ‼︎‼︎‼︎

と。

かく言う私のモノも蓮なんですが………

では折角(?)なので、私の蓮ちゃんの名前の由来を1つご紹介します。

まずはサブタイトル。〜Lotus of mud〜 はですね、和訳すると『泥中の蓮』となります。

意味は汚れた環境の中にいても、それに染まらず清く正しく生きるさまのたとえ。です。

ありゃ、この作品のテーマがまんまサブタイトルに出てますね。

で、その主人公の名前を、これまたまんま蓮としてしまったと。

浅はかなり……

以上です。

次は敵サイドから描いてみたいなーっなんて妄想してます。

王道なんか行きたくねーわッ‼︎ という反骨の元、私はこのお話書いてます。

だから、散々煽っておいて

『赤い司祭服を着た男』、とんだ噛ませ犬だとか……。

あり得ます^ - ^


それでは、また会う日まで。



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第7話

 

 

「恐るべき者がだれであるか、教えてあげよう。殺したあとで更に地獄に投げ込む権威のある方を恐れなさい。そうだ、あなたがたに言っておくが、その方を恐れなさい」

 

骨組みが剥き出しの廃屋の中で、聖書のある一節が引用される。

 

唱えたのは部屋の中央、全身を返り血で真っ赤にしたドレッドヘアーの男だ。彫りが深く、褐色の肌をした男は足元で虫の息となっている兵士に指を指し言う。手には今なお血を滴らしている刃渡り25cmのボウイナイフが握られている。

 

「き、貴様らは………一体?」

 

足元で今にも事切れそうになっている兵士は最後の力を振り絞り問う。彼の襟には1本の弧線が描かれた階級章が縫い付けられている。兵士は少しでも情報を引き出そうと、少ない命の灯火を国家の明るい未来を信じて、使う。

 

「よくぞ聞いてくれました。国を守る尖兵としての使命の自覚。ご苦労」

 

返り血に赤くなった祭服を着た男は鷹揚に両手を広げて兵士を讃える。

 

「絶望の淵においても、職務を全うする貴官の武勇は賞賛に値する。ならばこそ答えようッ。我々はこの世に救済をもたらす崇高なる組織。『五翔会』は『Marigold on the gehenna』」

 

「マリーゴールド、オンザ……ゲヘナ?」

 

「ええ、ええ。そうとも。『死の谷に咲いた希望の花』です」

 

「も、目的は……何、だ?」

 

「救済ですよ。迷える哀れな家畜(こひつじ)をもといた家畜小屋に返してやろうと言うのです」

 

「は……狂って、やがる…………な」

 

「どうとでも言いなさい。歴史に名を残すのは勝者のみ。私が狂っているかどうかは後々の子らが決めるのです」

 

「はは………」

 

「歴史を紐解いてみなさい。思想より先に、争いがある」

 

そう言いながら赤い司祭服を着た男(・・・・・・・・・)は兵士の口の中にゆっくりと、ゆっくりとボウイナイフを挿入していく。

 

「さぁ、たっぷり味わって下さい。甘〜い死の誘惑は1度しか味わえませんよ。そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ」

 

兵士は今際(いまわ)(きわ)に何を感じたのか? 静かに、だが確実に頭蓋に侵入する澆薄(ぎょうはく)の刃の感覚を、自らに忍び寄る終焉を……。

 

死の形相。兵士の目には、暗愁(あんしゅう)の念が歴然と刻まれている。

 

だが、赤い司祭服を着た男に、それを気にする素振りなど微塵も感じられない。無遠慮にナイフを引き抜く。腕を振った軌道上に、刃に付着していた血が飛散し壁を赤く彩る。

 

「おやおや、全然タフじゃありませんね。悲しい悲しい……」

 

祭服を着た男は、物欲しげに周囲を見回す。だが男の周囲には無残に切り刻まれた10体の屍体(したい)があるのみ。男が欲するものは、もうこの場にはない。

 

「ん〜なんでしょうねぇ。この(わだかま)りは」

 

その時、突如として突風が巻き起こる。一陣の風が吹き抜ければ、1人の男が新たに出現した。

 

赤と黄色のツートンカラーの衣装に身を包み、顔を白く塗り金髪のロングヘアーを後ろで一つに束ねた男。

 

1人のピエロが赤い司祭服を着た男の眼前で跪いている。ピエロの首筋には五芒星(ペンタグラム)の刻印があり、中央には『7』の数字。

 

「マイロード。敵の本隊が来ます。まずは斥候として5人が現在この廃屋へ向け接近中」

 

「そうですか。そうですか。それは結構」

 

赤い司祭服の男、ピエロ。両者共に動かない。2人は更に来る部隊も殺戮しようとその場を動かない。まだ食い足りない、もっと食わせろ。ナイフを握る祭服の男の顔は誰が見てもそう思っているだろうと解る程にヨダレを垂らしていた。

 

やがて、自動小銃を構えた男が5名。彼らがいる部屋へと入ってきた。

 

内臓独特の不快な臭い。酷たらしい斬殺屍体。常識では考えられない状態の室内を見て、兵士たちは一瞬動きを止める。がしかし、彼らの仲間を踏みにじり嘲る男の存在が、彼ら自身の任務を思い出させた。

 

「動くんじゃないッ。武器を捨てろッ‼︎」

 

部隊長と思われる男が腹の底から声を発し赤い司祭服の男を威嚇する。部屋全体を揺らす声量。針の穴ほどのほつれもない威厳ある態度。全てで相手を圧倒するお手本のような勧告だ。

 

祭服の男は大人しくボウイナイフを捨て、両手を挙げる。隣のピエロもならうように手を挙げている。

 

「そのまま膝を付けッ」

 

不承不承と2人は従う。

 

「いいか、少しでも変な動きをしてみろ。容赦無く撃つ」

 

部隊長と思われる男は他の2人の兵士に目配せをする。

すると、目配せを受けた2人の兵士は銃を背中に回してそれぞれ赤い司祭服の男とピエロの衣服を叩き持ち物をチェックする。

 

「何もありません」

 

「こちらも同様です」

 

部下からの報告を受けた部隊長は、2人に向き直る。

 

「おいッ‼︎ 『封印指定物』はどこだッ?」

 

「はい? 『封印指定物』……何のことです?」

 

「惚けるな。お前たちが所持していることは分かっている」

 

「はてね〜? 協力したくても知らないんだからどうしようもありません」

 

「お前たちの目的は何だ? あれをどう使う気だッ?」

 

「ん〜。アレと抽象的に言われましてもねぇ、困ります」

 

「貴ッ、様!」

 

「Don't ask me so many questions.Use your head.Asshole」

 

一瞬ポカンとした部隊長だが、意味を悟ると即座に祭服を着た男の元まで歩み寄り、銃床(ストック)による打撃をしようと小銃を振り上げる。

 

刹那、紅い飛沫(ひまつ)が虚空を舞う。

 

兵士の誰もが目を見張った。特に渦中の部隊長の男の顔には驚愕の表情が張り付いている。部隊長の喉には水平に刃が突き入れられ、貫通。突き入れた反対側から切っ先が皮下を突き破りその顔を覗かせていた。

 

赤い司祭服を着た男は、電光石火のごとく部隊長の腰に吊るされていた銃剣(バヨネット)を奪うと、それを突き立ていた。

 

あまりの唐突の出来事に、周りの人間は何が起きたの理解出来ていないようだ。

 

部屋の時間が止まっている中、祭服の男は表情一つ変えることなく部隊長の顎をかちあげるように掌打を繰り出す。と同時に銃剣(バヨネット)を手前に引き抜き喉を掻っ切る。

 

パックリと開いた傷口からは噴水のように鮮血が吹き出す。それは赤黒く変色していた祭服に降りかかりシミを作る。

 

残る4人の兵士がトリガーを絞ろうとした時、赤い司祭服の男は部隊長の骸を蹴り飛ばし、中央の2人へぶつけ牽制。

 

同時に銃剣(バヨネット)を直立している2人の内、左の兵士へ投擲。

 

放たれたバヨネットは狙い誤る事なく眼窩へと突き刺さり、兵士の首が反り返る。が、突き刺さっているバヨネットの柄を赤い司祭服の男は既に保持している。

 

バヨネットを抜き取とると体を捻り背後の兵士へ向け投擲。それは首へとめり込む。

 

銃を取りこぼし喉を抑える兵士に間を開けずに詰め寄ると、祭服の男は首目掛け刈り取るような鋭いハイキックを放つ。

 

蹴りは柄へヒット。バヨネットは喉を貫通し勢いそのまま壁に突き立った。

 

––3秒––

 

赤い司祭服を着た男が、3人の兵士を殺戮するのに要した時間。

 

「クラウン・ジェスター」

 

「へい」

 

クラウン・ジェスターと呼ばれたピエロはやっとの事で屍体を振りほどいた2人へと詰め寄る。

 

2人の兵士は素早く銃を構えた。下から銃口を上へと振っていき、照準器がピエロを捉え、照星長が人体の急所の1つ––心臓と交差した時、兵士は迷う事なくトリガーを絞る。

 

引き金と連動して稼働する撃針が薬莢底部を打撃。薬莢内の炸薬が爆発し弾頭を吐き出せば、銃身内部の施条(ライフリング)により螺旋の力を得て銃口炎(マズルフラッシュ)を伴い血肉を求め滑空する。

 

巨大な太鼓を叩いたような射撃音がリズミカルに轟き、死臭に硝煙の臭いが混ざる。カラカラと音を立てて空薬莢が跳ね回る。

 

2人の兵士は急いで弾倉(マガジン)の交換を行う。

 

「なッ、なぜ死なないッ⁈」

 

「にヒヒ、何でかなぁ〜? 説明してもわかんないでしょう?」

 

ピエロは30発入り弾倉を2つ–––計60発の5.56 x 45 mm NATO弾を受けても平然と立っていた。

 

全身の至る所に肉の花が咲き乱れ、足元に朱の湖畔を作りながらもピエロは笑みを絶やさない。

 

兵士は空の弾倉を抜き取り、新たな弾倉を弾帯(マガジンポーチ)から取り出し小銃へ叩き込むと槓桿(スライド)を引き初弾を装填する。

 

「ダメダメ。ダメダメさ。そんなんじゃボクちゃんは殺せない殺せない」

 

兵士は恐怖を払拭するためにマズルフラッシュを焚く。パパパ、と部屋の中を断続的に明滅させる。

 

槓桿(スライド)がオープンとなり、全弾を撃ち終えた2人の顔にはだがやはり、理解の枠を越えた事象を目の前に畏怖の念しかないようだ。

 

「うんうん。わかる、わかるよ〜。なんで死なないんだーでしょう? にっひひひ」

 

「なッ……⁈ そんな、バカな」

 

兵士はピエロの体に咲いた血肉の花が、徐々に萎れ、やがて蕾になり平坦な人肌になるまでの過程を見て驚嘆する。

 

「闘争こそ人類の可能性。我々はこの大きく歪んだ新世界における連鎖の頂点に冠する資格を持つ者。闇より這い出た希望の花」

 

赤い司祭服を着た男は2人の兵士に講釈を垂れる。

 

「ば、バケモンが」

 

「歴史を紐解け、戦争によりテクノロジーは著しく発展し、戦争により医療は飛躍的に進歩する。この世には、まだまだ闘争が必要だ。真に平和な世界–––新世界創造のために人柱となるのだ」

 

「へへへ、そういうことなのだ〜」

 

薄気味悪い笑みを浮かべ、ピエロは2人に詰め寄る。

 

半狂乱に陥り、デタラメに銃を乱射する兵士。ピエロの体に弾丸は着弾するが、やはり意味をなさない。

 

虚しく引き金を絞り続ける音が部屋に響く。

 

ピエロは熱くなった銃口を掴むと自らの眉間に突きつけさせる。

 

ジュウっという肉の焼ける音と臭い。

 

「当たりどころが悪かったね。うんうん。どう? 弾を込めて、引き金引いたら、ボクちゃんは死ぬかもよ」

 

「………」

 

兵士の顔は恐怖に引き攣り、今にも逃げ出しそうだ。

 

「くッ……クソがぁあああッ‼︎」

 

やけくそを起こし、再びリロードを行う兵士。

 

弾倉を突っ込み、荒々しくスライドを戻すと引き金を引く。

 

「……あれ…………?」

 

兵士に、引き金を引くことは出来なかった。

 

「お探しの物は、これかなぁ〜? にっししし」

 

ピエロは誰かの両腕を持っていた。

 

兵士の肘から先は、無くなっていた。

 

「こうやってさ、ここを撃つんだよ」

 

ピエロは銃口による刺突、銃刺突を兵士の口腔内へ繰り出す。

 

前歯をへし折り、喉奥へと穿たれる銃口。ピエロは保持している腕の人差し指–––兵士自らの指を使って引き金を引いた。

 

銃声とともに、兵士の後頭部に烈火の飛沫を散らし花が咲く。

 

「あっはは、きゃっはっはっはーはッ。これって自殺⁈ 自殺⁈」

 

ピエロは親からプレゼントを貰った子供のように跳ね回る。

 

「あぁ、あぁぁあああっ‼︎」

 

とうとう残りの1人は銃も装具も捨て置くと、全速力で走り出す。

 

が、すぐに脚に何かがからまり兵士は盛大に転倒。頭を床に強打してしまう。

 

だが焦燥にかられている兵士は、頭から血が滴ってきていてもそれを拭う事もせず駆け出そうとする。

 

匍匐前進(ほふくぜんしん)で出口である扉を目指し這い、何度となく訓練で実施をした匍匐からの早駆けの姿勢で一目散に走り出す。

 

が、その道を塞ぐように仲間の屍体が次々と上から降ってきて小山を瞬く間に築き上げる。

 

死んだ人間の顔。兵士は仲間の死に顔の目を見てしまった。恐怖に全身を支配された。

 

「た、たた……助けて、くれ……」

 

兵士は恐る恐る振り返り、赤い司祭服を着た男とピエロに懇願する。

 

「失望ですね。あ〜あ〜失望ですね。それでも国を守ると宣誓をした男のとる態度ですか? 身を以てこの国の独立と平和を守ると声高らかに宣言した兵士のとる行動ですか?」

 

際服を着た男は明らかな落胆の色を見せる。

 

「……確かに、した。でも、こんな事聞いてないッ」

 

「はッ、聞いてなかったから出来ませんでした。そんな言い訳が通じるほど、国防は甘い物じゃないはず。あなたには、覚悟という物がたりない。何者にも変えられない確固たる意志という物がないッ」

 

「……」

 

「結構、興が覚めました。どうぞ、お行きなさい」

 

「い……いいのか?」

 

だが際服を着た男は1本指を突き出す。

 

「1つ、条件がありますがね」

 

「わ、わかった。なんでも言ってくれ」

 

男は指を引っ込め両手を後ろに組んで仰け反った。

 

「クイズです。非常に簡単なクイズです。私の名前を当てて欲しい。これを当てる事が出来たのなら、まぁ、見逃しましょう」

 

「わ、わかったが、悪いがあんたの名前を……俺はまったく知らない」

 

際服の男は片眉を吊り上げた。

 

「もちろん、ヒントはありますよ」

 

「ああ、わかったから、それを早く言ってくれ」

 

ふ~ん、と際服の男は一呼吸おくと言った。

 

「私は1人だけ、頭に光冠が描かれない」

 

「……」

 

「私は1人だけ、皆とは反対側に座っている」

 

「……」

 

「ここまで言って分からないか?絶望的だな」

 

「そ、そんなことは無い。もっとあるだろ?ヒント」

 

「私は”Yellow”と呼ばれる事が多い」

 

「……」

 

「私は極寒地獄において、最重罪人として、中央の円に繋がれる者だ」

 

「……」

 

「もうダメだな」

 

際服の男はボウイナイフを拾い上げると兵士の眉間へ切っ先を突きつける。

 

「そ、そんな。ま……待ってくれよ」

 

尚も生にすがろうとする兵士に際服の男は最後のチャンスを与える。

 

「いいでしょう。神は慈悲深い。あなた、宗教は?」

 

「い、いや。無宗教者だが。いやッ、大学の時に宗教学を専攻した。何でも聞いてくれ」

 

「きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ」

 

「な、なんだそれは?」

 

それを聞いた際服の男の髪は逆立った。瞳孔が開き、顔は紅潮している。

 

「何故これくらいも分からないんだ!!」

 

口の端から大量の唾を撒き散らし男は怒鳴る。見開かれた目は血走り途方もない狂気を宿しているのが兵士にはありありと分かった。言葉が通じる相手では無いのが即座に分かったが、それでも兵士に残っていた手段は弁明以外なかった。

 

「ま、ままま、待ってくれよ。俺は神話とか、よくて仏教の事が少し分かるくらいだ……勘弁してくれよ」

 

兵士は地面に額を擦り付け懇願した。

 

それを聞いた男は天を仰ぎ「Oh Jesus」と言った。そして、胸にぶら下げてある大きな逆さの十字架を引きちぎると兵士の頭を引き起こし、それを問答無用で鼻の穴へ突き入れた。

 

苦悶の声を上げてのたうち回る兵士。その顔面には十字架が建っている。

 

「この、ウジ虫がッ!!」

 

赤い司祭服の男は告げた。

 

「私は『ユダ』。イスカリオテの『ユダ』だ。そのスカスカの頭に叩き込んでおくがいいッ!!」

 

首筋には五芒星(ペンタグラム)の刻印に、中央には『13』の数字。

 

ユダと名乗った男は兵士の顔面にそびえ立つ十字架に掌打を打ち込んだ。その手が兵士の顔を覆い指の隙間から大量の血が溢れ出す。十字架は、兵士の頭部に埋め込まれた。

 

「まったく、世も末だ」

 

ユダはやれやれと首を振った。

 

それにピエロが「まったくで」と相づちを打つ。

 

「おやおや、いい所でお電話が入りました」

 

ユダは懐に手を突っ込むと中から携帯電話を取り出した。

 

『おうユダか? エンジョイしてるか〜い?』

 

「ええハングドマン。私は楽しくて仕方がありません」

 

『ひっひ。そうかそうか。さすがは”ナンバーズ”。奇人変人の集いだな』

 

「あなた方には、言われたくありませんね。それよか、何か新たな障害でも?」

 

『ふむ。今回は大物だぞ。ロストナンバー”57”に繋がる情報をキャッチした。お前とクラウン・ジェスターにはその筋から”57”、あの忌々しい瀧華仁––タキ・ラージャが匿ったとされる小僧をしょっ引いてきて欲しい』

 

「ほう。”57”ですか」

 

『誰でもない。愛染明王の異名–––タキ・ラージャをコードネームとして与えられた瀧華仁を屠ったお前にこそ、この任務はふさわしい』

 

それを聞き、ユダはクツクツと笑う。

 

「いいですね。あの小僧。天穹式格闘術(てんきゅうしきかくとうじゅつ)、少しは使えるようになりましたかねぇ?」

 

『さぁね〜。それは分からんが……ま、抜かるなよ。俺から言える事はそれだけだ』

 

「ふふ、任せて下さい」

 

『詳しい情報は後ほど送る。ゆめ忘れるな、我らが大義を』

 

「五翔会に栄光あれ」

 

『五翔会に栄光あれ』

 

ユダは満面を笑みをたたえ、クラウン・ジェスターに向き直る。

 

「これから、それはそれは楽しくなりますよ」

 

「にっししし。マイロード、どこまどもお供いたします」

 

「ええ、頼みますよ」

 

ユダは携帯電話に送られた情報を閲覧し、一通り目を通すと口を裂けんばかりに吊り上げる。

 

「瀧華蓮……静かな夜も、今日で最後だ」





危ない大人が健全な少年に詰め寄ろうとしてますね。

デンジャーデンジャー。

蓮君、頑張ってね。

感想などあれば、嬉しいです(o^^o)


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第8話

皮膚を焼く太陽光。鼻腔をつく濃厚な土の匂い。脳を揺らすアブラゼミの大合唱。

 

夏。

 

アブディエル(天使の名)イライジャ(主は私の神)サンチェス(聖人)は片手に聖書を、片手にマリーゴールドの花束を持って布教を行っていた。彼はうだるような炎天にも関わらず長袖の祭服を崩さずしっかり着込み、通り過ぎる人々に笑顔で挨拶をしている。

 

「おやおや、神父さん。お疲れ様」

 

人の良さそうな老人がすれ違いざまアブディエルに声を掛ける。

 

「これはこれは、ありがとうございます。壮健そうで何より。あなたにも、神の御加護があらん事を」

 

胸で十字を切り、アブディエルは流暢な日本語で答える。対し老人は、驚いたと言わんばかりに目を見開いた。

 

「ほぉ〜。お前さん、日本語うまいのう」

 

アブディエルは褐色の肌に、彫りの深い顔立ちだ。赤い頭髪は腰まで伸びており、ドレッドヘアーにしている。一見して神父などとは判別出来ない筈だが、赤い司祭服を着ている(・・・・・・・・・・)ため、周りには聖職者であることが分かる。

 

「ええ、お陰様で」

 

「しかしなぁ〜、最近の神父はそんなオシャレな髪の毛してて良いのかい?」

 

老人はアブディエルの頭を指さし問う。

 

「イエスは言われた。『なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ』と。そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった」

 

「おぉ、お〜、難しくてよぅ分からんが、良いって事なのか?」

 

「ええ、神は寛容です」

 

「ほうか。やっぱ宗教は、ワシには無理じゃったわ」

 

「ガッハッハ」と盛大に笑う老人の背を、アブディエルは『嘆きの川(コキュートス)』を連想させる瞳で見送る。

 

だが、はたと温かみのある眼光を宿すとにこやかに歩き出した。

 

彼の右手には大きな公園がある。中央の大きな噴水が太陽光を反射し、小さな虹を構成していた。周りには子連れの家族が大勢いる。どの家族もいい笑顔で戯れている。

 

砂場には、人垣が出来ていた。その円の中心には赤と黄色のツートンカラーの衣装に身を包み、顔を白く塗り化粧をした道化師(ピエロ)がいる。

 

ピエロは簡単なマジックから見ているこっちがゾッとするような軽業をやっていた。だが、時折コミカルに失敗を織り交ぜると観客の笑いを誘う。一言も発せず、パントマイムで笑いを取る彼は一流のエンターテイナーだろう。

 

平和だ。ガストレアという天敵がいながらもこんな日常が当たり前となった現代。だが彼らは知らない。ガストレアよりも恐ろしい脅威は、自らの種であることを。

 

アブディエルは手で(ひさし)を作りながら空を見上げる。

 

公園と道路を挟んだ向かい。上流階級の人間が住んでいそうな高級マンションがそびえ立っている。

 

アブディエルは目的の階、目的の部屋を確認すると、エントランスへと歩いて行った。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

倉敷辰巳(くらしきたつみ)は空調の効いた部屋でくつろぎながらテレビを見ていた。

 

内容は最近頭角を現してきたお笑い芸人の私生活に密着するというつまらない企画だ。

 

今すぐにも辰巳はチョンネルを変えてやりたかったがそうはいかない。

 

辰巳自身、名前すら覚える気のないこの芸人はだが、妻の幸枝(さちえ)のお気に入りだ。

 

24歳で結婚をして早35年。夫婦円満を保てたのは、ひとえに我慢だ。

 

何を取っても我慢。角が立てば折衷案(せっちゅうあん)をとり波風が立たないようにしてきた。

 

そんな辰巳もあと1年で定年だ。

 

額狩(ぬかがり)高校の理事長としていられるのもあと1年。

 

ガストレア大戦があり、波乱万丈の人生だが、今のところは何の後悔もない。現状の生活に充分満足している。

 

今日は可愛い10歳の孫が遊びに来ている。今は道路を挟んだ向かいの公園で遊んでいるが、早く帰ってこないかソワソワとしている。

 

「おい幸枝。そろそろあの子を呼びに行ったらいいんじゃないか?」

 

「……ええ、そうね」

 

妻の幸枝は最初こそ逡巡を見せたが、お気に入りの芸人より、やはり孫の方が可愛いようだ。

 

身支度もほどほどに、幸枝は部屋から出て行った。

 

それを見計らい、辰巳は行動を開始する。

 

自室へと戻り財布を取ると数枚紙幣を取り出し、封筒へ入れると胸ポケットへと仕舞う。

 

都合3万円。10歳児には高額だが、可愛いくてしょうがないのでこの程度と思う。

 

それよりも「おじーちゃん、ありがとー」という舌足らずな声が聞きたくて辰巳の顔も自然と(ほころ)ぶ。

 

リビングに戻り、早く戻ってこないかと右往左往していると、玄関のチャイムが鳴らされた。

 

辰巳は何故か心臓がドクンと脈打つのを感じた。

 

ふーっと一呼吸おき、浮かれていた自分を叱責する。

 

「チャイムくらいでビビるなんて、俺もヤケがまわったな」

 

凛然と辰巳は玄関扉まで歩いて行くと、魚眼レンズも覗かずに扉を開けた。

 

そこには、聖書を携え、左手に黄色い花を持った神父が立っていた。

 

肌は浅黒く、彫りが深い。そして赤髪のドレッドヘアー。高身長、スタイルもいい。何かの宣伝だろうか?

 

「こんにちは。倉敷辰巳さんですね?」

 

赤い司祭服の神父は、柔和な笑みを浮かべる。

 

「ええ、そうです」

 

途端、神父は室内に押し入ってきた。

 

顔付きも別人のように険しくなり、辰巳の心を恐怖が支配した。

 

「騒ぐんじゃありません。騒げば即刻この世からあの世へと送って差し上げます」

 

「……え?」

 

「1つ、教えて頂きたい。額狩高校理事長のあなたに聞きたい。瀧華蓮という生徒は知っていますか?」

 

「は⁈」

 

「知らないでしょうねどうせ。別に期待してませんでしたけど。あなたに頼むのは他でもない。その生徒の個人情報です」

 

「な、何を言っている。そんな事、出来るわけが無いだろう」

 

「そう言うと思ってましたよ。だからこそ、私にも考えがあります」

 

辰巳には、何が起こったのかさっぱり分からなかった。神父の姿が掻き消えたかと思えば、視界は闇より深い深淵に呑まれた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

ユダはアブディエルの仮面を脱ぎ捨てる。善良な市民の真似事をするのは虫酸が走る。

 

あのジジイも、あのクソガキ共も、一切合切(いっさいがっさい)細切れにしてやりたくなる。

 

ユダは倉敷辰巳をリビングチェアーに括り付け、そんなことを考えていた。

 

時計を見る。入室してから3分が経過していた。そろそろ準備も整った頃だろう。

 

ユダは辰巳の頬を張る。

 

乾いた音とともに、辰巳の意識は覚醒する。

 

「はっ……お、お前は⁈」

 

「御機嫌麗しゅう善良な市民様。私はあなた達みたいな家畜が大嫌いです」

 

「は⁈」

 

「いいですか? 私の手を(わずら)わせないこと。それが可及的速やかにこの事態を収束する唯一の手段です」

 

「い、一体何だと言うんだ?」

 

「言ったでしょう。瀧華蓮の情報を寄越せと」

 

「そんな生徒は知らん」

 

「本当ですか? 彼は額狩高校2年だと聞きましたが……」

 

「いちいち生徒1人1人名前など覚えてられない」

 

「でしょうね。私はそういう無責任な所も大っ嫌いです」

 

「だったらどうしろと言うんだ⁈」

 

「USBでもないんですか? バックアップでもなんでもいいから、生徒の情報を寄越せと言っているんだ」

 

辰巳がチラッと隣の部屋へと視線を流したのをユダは見逃さない。

 

「生憎だな。そういうのは全て私のオフィスに厳重に保管してある」

 

「ほぉ〜。あなたのオフィスとは、この部屋の事ですかね?」

 

「な……⁈」

 

ユダは扉を開け、まず目に入ったパソコンを確保する。

 

「この中に?」

 

「……」

 

「ないと」

 

ユダは貴重品を隠しそうな箇所を物色する。引き出しを引っ張り出しタンスはひっくり返し金庫は蹴り破る。

 

「ふむふむ。やはりここに」

 

重要な契約書類だろう紙の中に、USBメモリがあった。

 

それをパソコンに差し込み起動。情報を開示しようとするが、パスワード入力画面にそれを阻まれる。

 

「パスワードは?」

 

「……」

 

「おやおや、強情ですね。手間を取らせるなと言ったでしょう」

 

「……」

 

「ならば、私にも考えがあります」

 

パチンっとユダは指を鳴らす。すると音もなくクラウン・ジェスターが現れた。

 

「マイロード。準備は出来てます」

 

「頼みますよ」

 

「にっししし」という下卑た笑い声を上げながら、クラウン・ジェスターは玄関奥へと消えていった。

 

辰巳はポカンとした顔をしている。だが即座に状況を理解したのか血相を変えると逃げ出そうと暴れ出した。

 

「無駄です無駄です。それは並の大人が10人ぶら下がっても千切れないロープです。体力の無駄です。お止めなさい」

 

辰巳はひとしきり暴れたが、やがて観念したのか動きを止めると懇願するようにユダを見つめる。

 

「や、やめてくれ。まさか拷問なんかするんじゃないんだろう?」

 

「いいえ、しますよ」

 

「わかった。パスワードは『nukagarikoko014』だ」

 

「ふむ。ヌカガリコウコウオイシー。随分悪趣味ですね」

 

ユダはパスワードを入力。データの障壁を打ち破ると50音順になっている生徒名簿のタ行を選択する。

 

間も無く瀧華蓮は見つかった。ウェーブがかった赤味のある頭髪に獣のような鋭い眼。精悍な顔立ちの少年のバストアップ写真に付随して、様々な個人情報が掲載されている。

 

ユダは住所を記憶するとパソコンを閉じた。

 

「い、いいか? 満足したか?」

 

「ええそれはもう。言うことはありません」

 

「なら、この紐を–––」

 

「–––それは無理です」

 

「…………え?」

 

「警察がしっかり捜査するかどうかは別として、警察に駆け込まれたら困るのは私です」

 

「だ、大丈夫だ。言ったりはしない」

 

「あなたを、信用するとでも?」

 

「大丈夫だ」

 

「いいえ大丈夫ではありません。あなたは我が身可愛さに簡単に個人情報を流出させた。そんなあなたの二枚舌に耳を貸す馬鹿はいません」

 

「じゃ、じゃあ––」

 

––丁度その時、クラウン・ジェスターが戻ってきた。

 

片手に辰巳の妻幸枝を、もう片方の手には孫の女の子。名前は陽毬(ひまり)

 

両名共、体をロープでグルグルに巻かれ猿轡(さるぐつわ)を咬まされている。

 

クラウン・ジェスターは暴れる2人を床に放り投げると跪く。

 

「マイロード。こやつらは?」

 

「ふむ。案外早く口を割ったので時間はあります。あなたに任せます」

 

「え? えっへへへへ〜。私めに? というか、こいつもう口割りやがったんですかい?」

 

「ええ、それは呆気なく……」

 

「いけないいけない。教育を、指導する側の人間がそんなんでは貧弱な人間しか育たない」

 

「ならば……」

 

「イェスマイロード。今日はこの狸に精神教育をしてやりましょう。指導する者、責任ある者はどうあるべきかをね」

 

「それはそれは楽しみですね」

 

「にっししし」と笑みを浮かべ、クラウン・ジェスターは辰巳の前に立つ。

 

「お初にお目にかかります。クラウン・ジェスターと申します。今回は、私めの演目をご覧頂き、感謝の言葉もありません」

 

「……なんなんだ、お前は?」

 

辰巳の問いには答えず、ジェスターは演説を続ける。

 

「私めの得意分野なんですが、マジックです。ほら、よくあるじゃないですか」

 

ポケットからマジックペンを取り出しながらジェスターは語る。そして、白々しくマジックペンを眺めると、驚いた仕草をする。

 

「いけないいけない。確かにマジックですが、これはペンの方のマジックでしたね」

 

笑みを浮かべ楽しそうに語っていたジェスターだが、辰巳が無反応なのを認めるとその笑顔は凍りつき徐々に無表情へと戻っていく。

 

「退屈されてますね。なら面白くして差し上げよう」

 

「い、いい、いやいや。楽しいとも。楽しいぞ」

 

「嘘はいけない。嘘は。あなたの顔にはつまらないと書いてあるんですよ。私には見えます」

 

ジェスターは辰巳の孫、陽毬の髪の毛を鷲掴みにし片手で持ち上げるとマジックペンの細い方の栓を口を使い抜く。陽毬が泣こうが喚こうがジェスターは眉ひとつ動かさない。

 

「いいですかね? 私は嘘は嫌いなんですッ。ついでに言えば、子供も嫌いです。泣き喚く子供は、最上級で嫌いですッ」

 

そう言い、ジェスターは陽毬の鼻へマジックペンを突き入れた。

 

刹那、部屋はシン、と静まり返る。だがしかし、その分を補うように、辰巳と幸枝の絶叫が静寂を切り裂く。陽毬の体は一瞬だけ硬直したが、すぐに弛緩した。

 

「ほら見てくださいよ。あなたが嘘を()くから、お孫さんはピノキオに……ひひひひッ‼︎ ピノキオに……。きゃっはっはっはははっは〜ッ」

 

クラウン・ジェスターは自らの行いが可笑しくて堪らないと言語すら操れなくなる。

 

目に涙を浮かべ笑うジェスターを辰巳は睨みあげる。

 

「なんですかね? その目つきは。気に入りませんね。ウジ虫のくせにッ」

 

陽毬を無造作に放り投げると、ジェスターは今度は幸枝を連行。辰巳の目の前に椅子を置き、四肢を台座と肘掛に縛り上げると猿轡を解いた。

 

「今度はあなたの目の前で彼女を解体してあげましょう。事細かに人間の臓器の説明をしてあげましょう。大丈夫、よくあるでしょう? 人を切って、離して、またくっつけるマジック」

 

恍惚の笑みを顔に貼り付けてジェスターは話した。

 

「大きな血管を外せば、人は生きたまま腹を開く事が出来るのはご存知でしょう? そして今回は特別サービス。奥さんの悲鳴が聞こえるように猿轡はしないであげます」

 

ユダは辰巳の目を逸らさせない為に背後に回り顔を妻に向けて固定した。

 

「さあ、解体ショーの始まり始まり〜〜」

 

その後、ジェスターは2時間に渡り人体の神秘を得々(とくとく)と説いた。




今回はネタに走ってしまった感が強いですね。

次は真剣にやります。

よろしくお願いします。


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第9話

消毒液のにおいが鼻腔を突き、水の滴り落ちる音が耳朶に響く。

 

蘭は鏡に映る自らの姿を見てため息をつく。

 

白Tシャツにハーフパンツ。白ソックスに白の運動靴。体育の授業を受けていたためにこの格好だが、問題はそこではない。Tシャツに染み付いている血痕だ。すんでのところでトイレに駆け込み傷口を隠すことが出来たが、正直危なかった。

 

この傷口の超再生を目撃されたならば即座に『呪われた子供たち』だと暴露して迫害の対象となってしまう。そうなれば日常生活を送れないどころか、人としての尊厳も、人権も奪われ屑も同然の扱いを受けるようになる。ついてはその家族にまで影響は及ぶ。それだけは避けなればならない。

 

体育。「4年4組、瀧華蘭。いっきま〜す」と意気揚々に跳び箱に向かったのは良かったが、踏み切り板を踏み外し顔面から跳び箱にダイブ。顔は額を擦りむく程度だったが、ぶつけた肘が重症だった。嫌がらせのように抉られた傷口で蟲が蠢き、今にも飛び出さん勢いで暴れ出したのだ。

 

––モデル・パラサイト––

 

瀧華蘭は寄生虫の因子を宿したイニシエーターにして、体内に多種多様の寄生虫を飼っている。

 

クセの強い亜麻色(あまいろ)のロングヘアーに翡翠(ひすい)の瞳。造形めいて整った容姿からは想像出来ないが、生理的嫌悪を抱かずにはいられない蟲を彼女は数兆匹と体に宿している。

 

「はぁ〜あ。いい女が台無しじゃん」

 

という軽い口調。それに比例するように、おっちょこちょいなのが瀧華蘭という少女だ。戸籍上は蓮と兄弟ということになっているが、察しの通り血の繋がりはない。

 

––ガストレアショック––

 

ガストレア大戦後、赤子を川に捨てるのは社会現象にまで発展した。自分が産んだ子供が赤目だった場合、大抵の母親は失神、ないしは発狂する。それほどまでに、ガストレアという恐怖は人類の骨の髄まで浸透し、『奪われた世代』は極端に赤目を嫌う。

 

例に漏れることもなく蘭も川辺に捨てられ、そのままいけば彼女の人生はそこで幕を閉じていたのだ。

 

だが蘭は赤子の山の中央に捨てられ、周りの赤子のおかげで体温を維持することが出来た。冷たい川水の中に長時間浸されても生還出来たのは一言に奇跡だ。

 

偶然通りすがった蓮が泣き声を聞き取り、父親となる仁が山をかき分け発見しなければ今この場に彼女はいない。

 

「うしッ! もういっちょやってやっぜッ」

 

蘭は頬をペシペシと叩くとトイレから出て行き、授業に復帰した。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

放課後。夕焼けが空を橙黄色(とうこうしょく)に染め上げ電柱もまばらに灯り出した(とり)の刻。蘭は親友と帰路についていた。

 

「あっのさ〜カリン。今日の体育やばかったよぉ〜。もうスレッスレのマッドマックス」

 

「スレッスレのマッドマックス? 相変わらず変な言葉使うよね蘭ちゃん」

 

「気にしない気にしない。そんなん気にしてたらお肌に良くないぞ」

 

蘭がそう言うとカリンと呼ばれた少女はハッとした動作で頬を抑える。プラチナブロンドのワンレンヘアーにアイスブルーの瞳。カリンも蘭と同じく東洋人ではない。日本の島国根性は学校で2人を浮かせるため、彼女らが仲良くなるのも必然と言った状況だ。だが何より、彼女らの共通点–––秘密の共有が2人の繋がりを強くしている。

 

「カリ〜〜ン。今誰の事考えてんのよ? もしかして3組の–––」

 

「–––違うッ!」

 

「ははは! まだ名前も言ってないのに〜。カリンはかわゆすな〜」

 

カリンの白い肌が僅かに上気し薄紅色(うすべにいろ)に染まるのを見て蘭は言う。

 

「だいじょ〜ぶだいじょ〜ぶ。カリンは将来ボインボインになるから。ロシアの血が絶対ダイナマイツ炸裂ボディにするから。もうバチェラーってなるから」

 

「なッ! 何よそれ。どういう事よ?」

 

「えっ? だからさ、オキュパイ目当ての男ならイチコロだから心配すんなってこったよ」

 

「最ッッッ低ねッ!」

 

「ん〜〜? 本当にそう思ってるのかな〜」

 

2人は互いを数秒見つめ合うと、同時に笑い出す。

 

「蘭ちゃんは面白いね。それに可愛いし。絶対いいお嫁さんになるよ。お兄さんもカッコいいし」

 

「今お兄ちゃんの事は関係なくない?」

 

「ねぇねぇ、今日も遊びに行っていい?」

 

「え〜〜なんでさぁ〜。カリンは3組の–––」

 

「–––だから違うってばッ!」

 

「あははは。本当カリンはおてんばね〜」

 

「もう。蘭ちゃんの意地悪」

 

カリンは頬をぷくっと膨らまし蘭を睨む。だがクスクスと笑い続ける蘭を見てカリンも根負けしたのか笑い出すと2人は肩を組んで共に歩いていく。

 

「ねぇねぇ蘭ちゃん。今日もあそこ行こうよ」

 

「お〜教会ね。熱心ねカリンは。私は頭が痛くなるよぉ」

 

「あー。蘭ちゃんは悪い子だから神様が罰を与えてるのね」

 

「は〜? 神ぶっ殺す」

 

「チョット蘭ちゃんッ! 今の発言は撤回してッ」

 

「ん? あぁ………ごめん」

 

「あっ…………こっちこそごめん。言いすぎちゃった」

 

「うん。…………えーっと、痛みわけって奴ね。はい仲直りの握手〜」

 

差し伸べる蘭の手をカリンは握るが、蘭がニヒルな笑みを浮かべているのを認めて「しまった」と失念するような顔をする。

 

「イタタッ。蘭ちゃん痛いッ」

 

「がっはっは〜。このまま潰してやろ〜う」

 

「も〜。こんの〜ッ」

 

カリンの瞳が赤く染まる。

 

「ちょッ、バカカリン!」

 

「あッ⁈」

 

2人は咄嗟にしゃがみ込み。辺りを見回す。何事かと周辺の歩行者は訝しんだ視線を2人に送るだけだ。大丈夫、バレてない。

 

「蘭ちゃん。早く行こ」

 

「そうね」

 

2人はそことなく寒気を感じながら教会を目指し走り出した。

 

 

※ ※ ※

 

 

稜線に沈みかけた太陽はだが、未だに眩い程の光を放っている。

 

教会内。ステンドグラスを介し虹色になった太陽光を浴びながらカリンは十字架に跪き祈りを捧げる。

 

蘭はその様子を少し離れた椅子で眺めていた。

 

蘭は教会内の静謐な空気が苦手だった。何故か蘭は教会に来る度ここに居てはいけない存在なのではないかと考えてしまう。

 

手持ち無沙汰も手伝い蘭はモジモジと太腿を擦り合わせる。

 

「お嬢ちゃん。トイレならあっちだよ」

 

「あ……え〜っと、はい」

 

隣に座る初老の男性は蘭の異変に気付いて気を遣ってくれたようだ。蘭は一瞬だけ逡巡したが人の善意は無駄にすまいと不承不承トイレへと行く。

 

「カリン。ちょっち待っててちょ〜」

 

席を立つ時に小声でカリンに蘭は語りかけるが、聞こえるはずもなくカリンは無反応だ。

 

「そんな時間はかかんないかんね〜」

 

そそくさと蘭はトイレへと入る。

 

「まったく。用もなくトイレに来る羽目になろうとは」

 

蘭は時間を潰すためにトイレットペーパーを綺麗に三角折りにしていく。

 

「いい子いい子〜。蘭はいい子だな〜」

 

独り言を呟きながら作業を終えた蘭は会心の出来のトイレットペーパーを見てコクコクと頷くと教会に戻ろうとする。

 

だがその時、けたたましい轟音と共に世界が揺れた。洗面台に置いてある洗剤は派手に内容液を吐き散らしながら吹き飛び、掃除器具を入れてあるロッカーが跳ねて箒やモップが空を舞う。震度にしていくつになろうか。蘭はそんな事を考えていたが人々の絶叫を耳にした瞬間、力を解放し即座に教会内に戻った。

 

だが扉を開けると同時に聞こえたのは獣の苦しそうな断末魔。同時に蘭の目の前に赤い目をした大きなライオンの首が飛んできた。ビチャっと不快な音を立てて、それは教会の壁に剥製よろしく張り付いた。

 

教会の中央には、先ほど蘭に話しかけた初老の男性を庇うようにカリンが立っていた。どうやらライオンの鉤爪が男性に迫るその瞬間にカリンは間に割って入ったようだ。巨大なライオンの鉤爪は10歳児の胴体を横断して余りあるため、カリンの腹部から侵入した爪は背中へと大きくせり出している。ガストレアの突撃を受け止めたカリンの体は著しい損傷を見せていた。

 

蘭を認め、カリンは諦めたような笑みを浮かべる。だが次の瞬間にはその口を強引にこじ開けるように大量の血が噴き出す。ドッとライオンの巨体が倒れると同時に、カリンも倒れた。

 

「カッ、カリーーーーンッッ‼︎」

 

蘭は我も忘れカリンへと駆け寄る。

 

「カリンッ! カリンッ! しっかりして」

 

返事の代わりにカリンは大量の吐血。

 

「カリン、ねぇカリンッ! しっかりして」

 

「らん……蘭、ちゃん」

 

もはやカリンの焦点は定まらずにただただ虚空を彷徨っているだけだ。

 

「何だ? どおした? 大丈夫か?」

 

「蘭ちゃん………どこ?」

 

カリンの手が蘭を求め雲を掴むように何度も開閉される。その手を力強く握り返し蘭は叫ぶ。

 

「カリン、ここにいるぞッ! カリンッ! しっかりしろ」

 

「蘭ちゃん…………ごめ…んね。私が…誘………った……ばっかり……………………に」

 

「ううん。ううん。カリンはッ、カリンは悪くないッ! だから、だから……しっかりしてよッ」

 

「しっかりしてよ」これしか言えない自分に蘭は苛立ちを感じながらも周りを見渡す。何かないか?

 

「おじさん、何やってるの? 救急車ッ!」

 

蘭は初老の男性に救急車を呼ぶよう呼びかける。だが帰ってきた言葉はにべもない物だった。

 

「だ、誰がッ! なんで私がそんな赤目(バケモノ)なんかの為に」

 

蘭は当初、何かの聞き間違いかと思った。命の恩人の危機にこの男は「関係ありません」と当たり前のような顔をして言うのか。いや、言うまい。

 

「おじさん、救急車!」

 

「もしかしてお嬢ちゃんも、そいつと同じ–––」

 

––––それから先の言葉は奥歯が砕け散る音に塞がれ聞こえなかった。頭の中がドス黒く染まり、灼熱の殺意が全身を焦がした。

 

「クッッソジジイィィイイイイイッ‼︎‼︎」

 

蘭は男性の胸に指を突き入れた。豆腐に指を入れるように男性の胸に容易く指は入っていき、手首まで簡単に埋まった。

 

「テメェみてぇなクズは死んじまえッ‼︎‼︎」

 

蘭は体内に宿す寄生虫を男性の体内に流し込む。

 

ブルブルと男性は震え、白目を剥くと泡を噴き出す。蘭は腕を抜くと男性を見るともなくカリンの元へと駆け寄った。蘭がカリンの介抱をする背後で男性がゾンビのような足取りで向かったのは聖水が入った聖杯。そして男性が聖杯を手に取った瞬間、頭蓋を真っ二つにカチ割り巨大な糸状の寄生虫が男性の体内から現れた。

 

頭から這い出で長い体をうねらせているのはハリガネムシだ。寄生したならば産卵のために宿主を水辺まで誘導し、皮下を突き破り水中へと入る。カマキリの腹部から出てくるのは有名だろう。

 

蘭はだが、ハリガネムシが出てきた途端に手を握り締めた。するとハリガネムシは粉々に爆散してしまう。体内に宿す寄生虫の生殺与奪(せいさつよだつ)は文字通り宿主である蘭の手の中にあるのだ。

 

「蘭ちゃん……私………正しい事を………したん……………だよ……ね?」

 

「……」

 

「蘭ちゃん……私達って–––」

 

カリンの目の端からステンドガラスの光を反射する一雫(ひとしずく)が落ちる。

 

「––––何の……ために…………産まれるん…………だろう……ね?」

 

「……」

 

「ねぇ蘭ちゃん……私………人間が………やっぱり……………好きに………………なれ………ない…や………はは……」

 

ストンっとカリンの手は蘭の手の中から滑り落ちる。

 

教会内を蘭の慟哭が切り裂いた。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

その後、生存者により彼女らが『呪われた子供たち』であるという情報が学校へ寄せられると、カリンは英雄などではなくただのバケモノとしてクラスの全員の記憶に残ることになる。

 

だが不幸なのはカリンの家族にまで飛び火が移ったことだ。

 

残された弟2人と母1人。『魔女を匿った人非人(にんぴにん)』として迫害を受け、母親は職を失い爪に火を灯すような貧乏生活が始まる。

 

そうなれば後の展開は手に取るようにわかる。闇金に手を出すようになる。だが雪だるま方式で増える利子を返済など到底出来なく、カリンの母親は身を売る羽目になる。

 

幸か不幸か、カリンの母親はその手の男には好かれそうな身体だった。

 

連日連夜、代わる代わる見知らぬ男に「人非人」などと罵倒され犯されるカリンの母親の精神状態は察するに余りある。

 

カリンの家族は、間も無く家族心中の形で発見された。

 

 

この世は不条理で満ち溢れている。

 

 

※ ※ ※

 

 

 

蓮は電柱により等間隔に闇から切り取られた道路をひた歩く。

 

住宅街。家々の窓からは光が漏れいで、和気藹々とした空気が外にまで漂っている。

 

家族。

 

蓮には縁遠い言葉。一応家族と呼べる存在はいるが、何故だか心の底から彼らを信用しようとは思えない。

 

蓮は父親に拳法を通じて”人として”の作法や礼儀を教えてもらった。だが蓮本人にとってみればそんなものはクソ喰らえだ。

 

散々言われてきたがその事に対し自分が感じるのは違和感しかない。これから命を賭して戦うというのに何が礼儀か? 何が作法か? 問答無用に蹴り、殴り、粉砕すれば良いではないか。

 

地下闘技場にて人を殴り骨を折った時の感触。蹴りにより感じるズッシリとした手応え。関節を極めた時に聞こえる筋の千切れる音。それらが自らを言祝(ことほ)喝采(かっさい)に聞こえてならない。

 

本当ならば対戦者全員をそのまま殺したかった。だが『不殺の誓い』の元、蓮は誰も殺さなかった。

 

『いいか蓮。人を殺すのは簡単だ。悪に堕ちるのも簡単だ。逆に人を守るのは難しい。徳を積むのも同様だ。だから私はお前に困難な道を進んで欲しいと思っている』

 

仁の、父親の言葉だ。今となっては遺言となってしまったこの言葉を蓮は守ってきたが、『赤い司祭服を着た男』を前にした時、自分はそれを守れるだろうか?

 

『不殺の誓い』『善行』これらを守らんがために自らが危機に陥ってはどうにもならない。

 

やっぱクソだな。

 

蓮にはもう、教育を施してくれる人間はいない(死人に口なし)。逆鬼にはただ単に力を貰うだけだ。もう作法やら礼儀やらは必要ない。

 

蓮は改めて『赤い司祭服を着た男』を殺す決意を決めた。

 

 

 

 

それから20分ほど歩き、蓮はようやく自室へと帰り着いた。

 

間取りは8畳1間。狭いがキッチンと風呂、トイレもある。蘭との2人暮らしには充分だ。

 

「ただいま」

 

蓮は形式通りの挨拶をする。だがいつも聞こえるであろう「おにぃちゃんおっかえり〜」というおてんば娘の嬌声が聞こえない。何故だろうか?

 

蓮は訝しみ頭を室内へと巡らす。蘭の姿はあるが、居間の中央で膝を抱えその中に頭を埋める形で彼女は座っていた。

 

「蘭?」

 

「……」

 

返答は得られなかった。

 

蓮は靴を脱ぎ捨てると一応蘭の元まで歩み寄る。だがすぐに蘭から嗚咽が漏れているのに気づき、その歩みを止めた。

 

何を泣いているんだ?

 

蓮はこういう時仁はどうしろと言っていたかと必死に記憶の手綱を手繰る。だが何も思い出せない。とりあえず蓮は思い付いた疑問をそのまま口にしてみた。

 

「何を泣いているんだ?」

 

だが聞こえるのは鼻をすする音だけだ。

 

ひとしきり蓮は待ってみたが蘭が口を開く気配は無かった。仕方なく蓮は晩御飯の支度をしようと踵を返し台所に立つ。

 

冷蔵庫を開ける。だがろくすっぽ食品は入っていなかった。次は冷凍庫を開ける。冷凍食品のフライドポテトがあるだけだ。

 

頭をボリボリと掻く蓮はコンビニにでも買い出しに行こうかと悩むが、面倒なので今日はこれで済まそうとフライパンを用意する。その中にたっぷりと油を流し込むとコンロの栓を捻る。青白い炎がフライパンを撫でるに任せ、蓮は居間に戻る。

 

適当にテレビを付けるとそれをながら見しながら明日の高校の準備をする。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

その時、やっと蘭が口を開いた。蓮はチラッと蘭を見やるが顔は伏せたままだ。

 

「何だ?」

 

「お兄ちゃん。この世に神様っているのかな?」

 

「さぁ? どうして?」

 

「カリンちゃんも、あのおじさんも、同じ神様を信じてたのに、どうして神様は私たちばかりを苦しめるの? 私達は本当に『呪われた子供』なの?」

 

「……」

 

「ねぇお兄ちゃん。どおして……カリンちゃんは、人を助けたのに…………バケモノなんて呼ばれなきゃいけないのッ? 神様がいるのなら、私は許さないッ」

 

「ほ〜、それは神への挑戦状ですかね? けしからんけしからん。傲慢は我が身を滅ぼす7つの大罪の1つです」

 

「……ッ‼︎」

 

聞き覚えのある声に蓮の心臓が大きくバクンっと跳ね上がる。即座に振り返る。赤髪ドレッドヘアーに赤い司祭服。彫りの深い顔立ちに褐色の肌。間違いない。奴だ。当たり前のように戸口に立ちこちらに向け寒気もするような酷薄な眼光をたたえ、冷酷な笑みを浮かべている。

 

「こんばんわ瀧華蓮。いやナンバー”57”。ナンバー”13”ユダです。あなたを回収しに来ました」

 

「な、な–––」

 

「––––なぜいるんだ、ですか? 自然災害が突発的に起こるように、自らの人生の終幕も突然来るということを覚えておきなさい。さぁ哀れなモルモットよ。人生を謳歌したか? だがもう遅い。あなたの人生は、ここで終わりを迎えるのです」

 

「–––ッ‼︎」

 

蓮はユダが言い終わるか否かというときに、既に踏み込みを決めた。

 

足元の畳が捲れ上がる程の強烈な踏み込みをした蓮だが、足が地面に吸い付いて離れないのを感じ、足元を見やる。何かのホラー映画のように、顔を白塗りにした不気味なピエロが伏せの姿勢で蓮の両足首を保持していた。蘭の姿は何処にもない。

 

「このッ」

 

「うっひゃひゃ、こんばんわなのだ〜」

 

蓮は即座に拳をピエロの眉間へ向け振り下ろす。だがピエロはそれを巧みに両手でキャッチをするとバックステップ。前のめりになって倒れる蓮の体の下に自らの体を滑り込ませると股を開き片脚を蓮の脇下から、片脚の膝裏を首の頚動脈にあてがい締め上げる。

 

三角締めだ。大蛇に締め付けられているような強烈な圧力に瞬く間に蓮の顔が真っ赤になる。

 

「はっは〜。後期”ナンバーズ”も調整を受けなきゃこんなもんか」

 

「くッ………そが」

 

蓮は腰を上げ上体を起こすと、両足の裏をしっかりと床に付ける。そして空いている方の手をピエロのケツに当てがうと渾身の勁力(けいりょく)を持って拳を打ち出す。

 

ズドンっと重い反動と共にピエロの体はそのまま床をスライドしていく。蓮はピエロを間髪入れず追随。反時計回りに回転し遠心力を右拳に乗せるとそのまますくい上げるようなアッパーを放つ。

 

「『惨式(さんしき)軛羅魅轆轤(くびらみろく)』ッ ––ぶっ飛べッ‼︎」

 

拳は床に寝転がっているピエロの胸部に炸裂。メリメリと胸骨を押しやり、今まさに折れるのではないかというところでピエロの体は吹き飛んでいく。盛大な音を立て壁にぶち当たると蓮はトドメの1撃を加える。

 

「『遷化(せんげ)荒魔如幻掌(あらましきげんしょう)ッ』」

 

全霊の掌打は再びピエロの胸部へ直撃。ハッキリと胸骨、肋骨を全てへし折った音と手応え。通常人に繰り出したならば、ショックで心停止を起こす技を乾坤一擲(けんこんいってき)繰り出したが見事にヒット。アパートの壁を突き破りピエロはそのまま吹き飛んで行った。

 

残るは赤い司祭服の男–––ユダのみ。

 

「ほぉほぉ〜。無調整で『7』––クラウン・ジェスターを退けましたか。流石は天穹式格闘術(てんきゅうしきかくとうじゅつ)といったところでしょうか」

 

「天穹式……格闘術?」

 

「そうです。あなたが使う拳法の名ですよ。もっとも、まだまだ使われていると言った印象の方が強いですがね」

 

「……何?」

 

「見よう見まねではありますが、見せてあげましょうか。天穹式格闘術を。ただの人間が、かの十忿怒尊(じゅうふんぬそん)の1体–––愛染明王の異名をもらう程に強くなれる拳を」

 

そう言うとユダは完璧な半身となり利き腕を隠す『天壌無窮(てんじょうむきゅう)の構え』を取る。

 

『天壌無窮の構え』は攻撃特化の構えだ。返すは同じく攻撃特化の構えにて相殺するか、防御特化の『雲集霧散の構え』を取るかだ。

 

だが蓮にユダを前に引くなどという選択肢はありえない。何が何でもぶっ殺す。全てをねじ伏せる天下無双の構え『天壌無窮の構え』を選択した。

 

「ではでは、行きますよ」

 

「来てみろクソ野郎ッ」

 

「天穹式格闘術・剛式隷下(ごうしきれいか)–––『封転阿仁邏(ふうてんあにら)』ッ」

 

「『惨式(さんしき)軛羅魅轆轤(くびらみろく)』ッ」

 

ユダが繰り出したのは全身をもって振りかぶる大振りなフック。弧を描き目標へと迫る激烈な拳と蓮のアッパーが交錯する。

 

拳と拳のインパクト面から球状の衝撃波が発生し、あたり一辺の家具や畳を吹き飛ばした。熱せられた油がひっくり返り、ガスコンロの火に引火。台所には瞬く間に火柱が出来上がる。蓮から見れば、ユダの背後で勇ましい勢いで業火が燃え上がっている。それはまるでユダが発する狂気や殺気を体現し身に纏っているように見える。

 

「くッ……ぬッ‼︎」

 

均衡していたかと思われた力と力の衝突はだが、ユダの方が優勢のようだ。上からすり潰すように全体重を乗せた大振りのフックは重力という味方もつけ蓮の手首へとのしかかる。

 

とうとう快音を立てて蓮の手首は普段は曲がらない角度まで反り返る。

 

「がッ……あぁああ!」

 

「痛いですか? 痛いですか? 痛いですか? でもまだまだ続きはありますよ」

 

ユダは蓮の折れた手首を掴むと引き寄せバルブを(ひね)るように(ねじ)る。同時に体を相手の懐へ忍び込ませ腰に乗せると豪快な1本背負いを敢行する。

 

蓮は床に強かに叩きつけられる。肺から全ての空気が絞り出され数瞬呼吸が出来なくなるが、即座に右腕を駆け巡る激痛に絶叫する。

 

「天穹式格闘術・柔式隷下(じゅうしきれいか)–––『緋点焫零(ひてんぜつれい)』」

 

蓮の手首は言わずも肘からは折れて鋭利となった骨が突き出し、肩関節は外れ右腕は力なく垂れ下がり使い物にならなくなってしまった。

 

「さてさて”57”、一緒に来てくれる気になりましたかね?」

 

「だ………誰がッ!」

 

「強情ですね。良いでしょう。どうせあなた達後期ナンバーズ––––スレイブドッグスは新世界創造計画の素体として開発された人造人間。手足など不要です。内臓も不要です。ダルマ状態となってでも連れて行きます」

 

「……ッ! 何、人造人間だと⁈」

 

「やはり仁–––タキ・ラージャは教えませんでしたか。そうです。あなたはタキ・ラージャの息子などではありません。ただの実験用素体。文字通りのモルモット。クソッタレのホムンクルスです。その首のシリアルナンバーこそがその証ッ」

 

「……何、だと?」

 

「わかりましたでしょう? あなたは良心の呵責などなく人を殺すことをプログラミングされた、いやむしろ、嬉々として殺人が出来るように条件付けされた生粋の殺人鬼です。今まであなたはこのクソ溜めの世界が疎ましかったはずだ。人を傷つけ悦に浸っていたはずだ。それら全てがッ、お前がスレイブドッグス(戦争の犬)である事の証明だッ‼︎」

 

「………」

 

蓮には返す言葉が見つからなかった。

 

「さぁ”57”。あなたもこちら側へ堕ちなさい。争いとは愉悦であり殺人とは喜悦である。あなたを満たすものがこちらには沢山あるッ。さぁッ、さぁッ、来たまえッ‼︎」

 

『不殺の誓い』など、『善行』など、クソだと思っていた。だが蓮の中で、今目の前にしている狂人を前にして、それは果たして本当にそうだったのかという疑問が鎌首を(もた)げた。

 

『いいか蓮。人を殺すのは簡単だ。悪に堕ちるのも簡単だ。逆に人を守るのは難しい。徳を積むのも同様だ。だから私はお前に困難な道を進んで欲しいと思っている』

 

父の言わんとしている事が、少しだけ分かったような気がした。

 

「クソッタレだ。こんな世界」

 

「そうでしょうそうでしょう。ならばこそ、我らが新世界(エデン)を共に創造しようではありませんか」

 

「だがな……断るッ‼︎ 俺は確かめなければならない事があるッ‼︎ でもんなことよりなッ、テメェに屈するのが1番気に食わねぇッ‼︎」

 

「はッ………呆れた。あらば四肢を切断し、内臓を引きずり出してあなたを連行します」

 

「やれるもんなら………やってみろ」

 

蓮は立ち上がる。右腕から血が滴り落ちて畳に染みを作る。

 

「威勢やよし。最後まで貫いてみなさい」

 

ユダは懐に手を入れるとまるでナタのような長い刀身を持つナイフを取り出すと(シース)からそれを抜き放つ。

 

鈍色に輝くそれは今にも喉笛目掛け突撃しそうだ–––と、想像していた蓮だがユダはその通りに動いた。

 

だからこそ、通常ならば見切ることも不可能であろう神速の突きを蓮は躱すことが出来た。

 

紙一重で頭上を擦過するナイフ。蓮はタイミングを見計らうと飛び上がりユダの頭蓋へ頭頂部を叩き込む。

 

鈍い音が部屋に木霊すると、ユダはたたらを踏み後退する。

 

逃がすかッ‼︎

 

蓮は空中で脚を振り上げるとそのままピタッと止まる。そしてそのまま落下を開始させれば、踵をユダの脳天へと振り下ろす。

 

「『嚆矢(こうし)上下捻唸麟(しょうかねんてんりん)』ッ」

 

技名どおり、ヒュンっと空気を切り裂き合戦の合図を発する嚆矢のように断罪の踵は振り下ろされ脳天へとクリーンヒット。

 

まだだッ‼︎

 

今度はしゃがんだ状態からの中段後ろ回し蹴り。

 

「『佳局(かきょく)左右絞呻燐(あてらこうしんりん)』ッ」

 

蹴りは胴体にクリティカルヒット。ユダは「ゴフッ」っと苦悶の声を出し体を傾がせる。

 

トドメだッ‼︎

 

「『掉尾(たくび)螺旋曼惨華(らせんまんざんか)』–––くたばれッ‼︎」

 

蓮は飛び上がり体を水平にすると1回転。右足によるつま先蹴りと左足の踵蹴りとの2段蹴りをユダのコメカミへとねじ込んだ。

 

吹き飛ぶユダは空中で体を錐揉みさせながらそのまま業火の中へと吸い込まれていった。

 

「どうだクソッタレ。くたばったかってんだッ」

 

地獄の業火もかくやと燃え盛る火柱に向かい蓮は毒付く。がしかし、地獄の住人に、地獄の業火は通用しないようだ。

 

少しの時間を要したがユダは決然とした足取りで炎をかき分けると蓮の前まで歩いてくる。赤い司祭服はブスブスと焦げているが、ユダの体皮にそういった損傷は一切見られない。

 

「”57”見くびっていましたよ。スレイブドッグスの傑作群に入るだけの事はある。私も本気を出さねばね」

 

これから本気を……出す? 今ままでのはお遊びだったと言うのか。

 

蓮の脳内に絶望という言葉が浮かぶ。だがここで引くわけには行かない。それは誓い云々というものではなく、ただの男としての意地だ。

 

「かかってこいや変態がッ」

 

「深淵があなたを呑み込むでしょう」

 

「なんだ? お天気キャスターにでもなりてぇのかテメェはッ? さっさと–––」

 

–––一体何が起こったのか? 蓮は衝撃があった腹部に視線を落とす。ナイフが突き立っていた。

 

目を上げれば、ユダの顔面が視界一杯に広がっていた。驚く暇もなく、腹部を横断する鋭い激痛。空中に迸る自らの血液。何かが胃の中からせり上がり口内を鉄錆の味が充満するかと思いきや、大量に吐血していた。

 

蓮は驚愕の内に何も出来ない。

 

ユダは蓮の膝裏にローキックを叩き込み、跪いた蓮の腹部の裂傷に拳打を打ち込むと体中の腸を鷲掴みにする。

 

そして何の躊躇いもなく腕を引き抜くと一緒に付いてきた腸でもって蓮の自由な左腕も巻き込み首を絞め上げる。

 

打ち上げられた魚のように蓮の口が開閉される。

 

もはやどこがどう痛いのかもわからない激痛地獄の中、蓮にはユダの笑顔だけが鮮明に見て取れた。

 

「く…そ……た……………っれ……が」

 

「善戦しましたあなたは素晴らしい。機械化手術が成功し、条件付けも成功したならばそれは『五翔会』に多大な戦力供給となるでしょう。期待していますよ”57”。共に新世界(エデン)を、血の理想郷(ブラッディユートピア)を築こうではありませんか」

 

蓮の意識はとうとう、冥府の内側へと引きずりこまれた。

 

 

 

第1章 終




第1章 終 でございます。

これから始まる第2章から本格始動ですかね?

ともあれ、王道を避けて通ろうとする私。

蓮ちゃん負けちゃいました。

一体どうなるのか、私も決めてませんww

リクエストありましたら、ドュシドュシどうぞ。

感想も評価も、ドュシドュシどうぞ。

それでは、また会う日まで^o^


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第2章
第10話


 

煉獄を英語では、Purgatory(パガトリー)という。

 

そのパガトリーを施設名として与えられた五翔会の研究施設。

 

『中央制御機構』、通称”黒ビル”と呼ばれるビルの地下にそれはあり、B1からB46までの規模で居を構えている。

 

パガトリー全体で1つの循環環境を形成し、外部からの補給無しに永久活動が出来るように設備が整えられている。

 

様々な人体実験により培った技術力を随所にフィードバックさせたパガトリーは楽園のように住み心地がいい。

 

各要員は自らの居住スペース内に制限がなく、好きにカスタムしていい。中には研究ラボと一体化させる程熱心な者もいる。

 

だがこのパガトリーは、実験や研究のためだけに存在しているのではない。

 

戦闘員。特に狂人揃いの五翔会でも最狂と恐れられる『バルドュール』と『スレイブドッグス』が拠点を置くアジトだ。

 

トレーニングルーム。射撃場。それらも完備され、中でも最下層B46はまるまるフロアが演習場となっているなど自らの技量を遺憾なく磨けるようになっている。

 

(B46の演習場はDuring Baptism–––『洗礼の間』と呼ばれている)

 

そして今、その『洗礼の間』にて–––。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

五翔会構成員、ジェリー・ペレロは演習のためにB46の『洗礼の間』にいた。

 

白亜の空間。一面を白く塗り潰されたその空間では、正確な距離感を測ることは難しい。

 

間近か彼方か。対面の男は好戦的な目で、まるで争いこそがこの世の全てだと言いたげな危うい眼光をたたえ接近する。

 

人間離れした巨躯。それだけで十分脅威たり得るが、ワイルドに千切られている袖口から飛び出している腕はブラッククロームの義肢だ。

 

アブソリュティズム・アーマメント(絶対的な力)』略称”ダブルエース”の兵装を与えられた機械化兵士。

 

その名の通り、絶対的な力でもって全てを粉砕する。対ゾディアックガストレア戦を想定され開発された兵装だ。強力な破壊力に自らが破損してしまう難点を克服し、やっと日の目を見る事ができた。

 

対するは、スタイリッシュな白人の男性––ジェリーだ。

 

プラチナブロンドの頭髪をラフに伸ばしたハリウッド俳優も顔負けの美丈夫なジェリーは、スーツ型エクサスケルトン(強化外骨格)『ブラックルシオン』を隙なく着こなし優雅に佇んでいる。

 

その実は『インフィニティ・アイギス(無限の可能性)』を与えられた機械化兵士。

 

こちらも同等、対ゾディアックガストレア用に開発された兵装だ。だが前者と違うのは、こちらは”防ぐ”事を目的としている事。

 

内臓のほとんどをバラニウムの臓器に入れ替え、斥力フィールドを形成。そのバリアをもってゾディアックガストレアの攻撃を防ごうと言うのだ。

 

対をなす2人はこれからその能力をぶつけ合う。これはダブルエースの能力試験。『アイギス()』が胸を貸し『アーマメント()』の性能をチェックするのだ。

 

「おいヴェーヌス(金星)。まずは軽く1発だ」

 

ジェリーの五翔会におけるコードネームは金星の意味を持つヴェーヌスだ。

 

「遠慮せず打ってこいヴィルデスティーガー(野生の虎)。どうせ破れやしない」

 

野生の虎。そうコードネームに付けられる程に対面の巨漢は粗暴でタチが悪く、好戦的だ。

 

「あぁ〜あぁ。そうですかいッ」

 

そして短気。

 

ヴィルデスティーガーと呼ばれた巨躯の男は右腕を弓に番えるように引き絞る。

 

「『アーマメント・シングルショット』ッ‼︎」

 

途端、凄まじい轟音と(ほむら)を撒き散らし、右拳はヴェーヌス––ジェリー目掛けリニアガンの様に打ち出される。

 

驚異的推進力を得た巨大な拳が、ジェリーの胸部へ炸裂する。第3者が見ればそれは確実だった。

 

だが、次の瞬間には両者を隔てる蒼白の壁が出現。ヴィルデスティーガーの拳はその壁にぶち当たる。衝撃がジェリーを起点にV字に展開。それは白亜の床に深裂な傷を刻みながら遥か後方まで奔っていく。同時に上からも豪雨のように大量の破片が降り注ぐ。衝撃は四方へと至りどこまで続いているのかわからない頭上の壁にまで被害を(もた)らした。

 

ドラム缶が跳ね回るような音を立てながら転がる空薬莢。超大口径のそれは、ヴィルデスティーガーの腕から飛び出したカートリッジだ。炸薬をもって拳に補助動力を与える。それが『アブソリュティズム・アーマメント』の正体だ。

 

本来セクション22で造られた炸裂式義肢。それはステージIVガストレアの装殻を破壊する目的で造られた。

 

対となる斥力フィールドはステージIVの攻撃を受け止める絶対防御。その出力は対物ライフルの弾丸を弾く程だという。

 

蛭子影胤テロ事件の際に両者の戦闘は行われた。結果は炸裂式義肢の勝利。この結果から義肢の1発は、対物ライフルよりも強力である事が分かる。恐らくは戦車砲と同等の威力を有しているのだろう。

 

ならばこのヴィルデスティーガーの1撃はどうだろう。戦車砲1発では床面に一文字の傷を刻む事は出来るだろうが、V字や天井にまで被害を及ばすというのは不可能だろう。

 

これがゾディアックガストレアを粉砕するために開発された炸裂式義肢。ガストレアの進化の枠外に存在するゾディアックを撃滅するために造られた叡智の結晶。

 

そしてもう1つ。その1撃をもってしてもビクともしない『インフィニティ・アイギス』も人類が生み出した魔具に他ならない。

 

『よし2人共。テストは終わりだ。戻ってきたまえ』

 

演習場に木霊するアナウンス。本来はダブルエースの全弾同時照射も試す予定だったが、上層部は施設の被害を鑑みこれで終了とするようだ。

 

ジェリーはすぐさま構えを解くが、巨躯のヴィルデスは尚も上から相手を睨み付けている。

 

「おいヴェーヌス。勝ったつもりか?」

 

「これに勝ち負けはないと俺は思うが……」

 

「ヴェーヌス。俺の1撃で消し飛んでりゃ良かったんだよ。そんなみみっちぃ兵装与えられてお前は嬉しいのか?」

 

「……何が言いたい?」

 

「どっちが上か決めようぜってッ」

 

ヴィルデスは言い終わらない内に脚部カートリッジを撃発。強烈な加速に任せ回し蹴りを放つ。

 

足の裏から噴射される圧が地面を大きく穿ち、振り回す脚が軌道上の床を粗方吹き飛ばす。ヴィルデスから半月の形でクレーターが出来上がる。

 

そんな尋常ならざる蹴りをフィールドで防ぐジェリー。

 

蒼白の壁が脚を押し返そうと眩い燐光を放つ。

 

「『アーマメント・マキシマムバースト(全弾同時照射)』ッ‼︎」

 

「バカ野郎がッ‼︎」

 

ジェリーは瞬時にアイギスの出力を全開にする。フィールドを介しても耳朶を引き裂かんばかりに吼えるカートリッジの発火音。光さえも吹き飛ばすのか、周囲を一瞬深淵が飲み込む。

 

次の瞬間ジェリーを支配したのは内臓を引きずり出さんほどのG。どの方向からかかっているのかもわからない全身をすり潰す程のGだ。

 

ジェリーが歯を食いしばっていると衝撃。フィールドがどこか演習場の壁か天井に接触したのだろう。その衝撃が幾度か続き、目が開けられる程に弱った頃にはどこか別次元にワープしたかのように演習場の風景は様変わりしていた。

 

地層–––最早そこは、巨大な地下空洞になっていた。

 

「はんッ! まだ生きてやがるかクソ白人」

 

「ヴィルデスティーガー。勝手なマネは許さんぞ」

 

「ほう。許さんのならどうするんだ?」

 

「排除する」

 

ジェリーは冷酷に吐き捨て突撃。

 

ヴィルデスは再び腕を引き絞る。カッと活眼し、腕部内のストライカーを起動。カートリッジ底部を殴打させ、炸薬を爆発させる。

 

振り抜く腕は確かにジェリーを捉えたように見えた。いや、確かに拳はジェリーの体に当たっている。だがホログラムのように手応えなどなく拳はすり抜け、ヴィルデスは激烈の拳に自らが振り回され体制を崩してしまう。

 

「残念だったなヴィルデス。あの世でその直情的な性格を治してこい」

 

背後にそっと指が添えられるのをヴィルデスは感じ、瞬時に身を翻す。

 

「『ヴァールド・ロンギヌス(神殺しの槍)』」

 

ジェリーはフィールドを1点に収束させ、ヴィルデス目掛け展開。蒼白の壁が円錐のように鋭利となり苛烈に標的へと伸びていく。

 

ヴィルデスは赤子のように丸まりブラッククロームの四肢を持って防御に徹した。全身がバラバラになるのではないかと言うほどの衝撃。全霊を持って四肢を密着させ胴体を死守する。少しでも油断しようものなら隙間から神をも殺す槍が容赦なく心の臓を射抜くだろう。勢いそのままヴィルデスの背が壁に押し付けられてもなお魔槍の勢いは止まらず、四肢を無理やり引き剥がそうと回転を始める。

 

「ぬおおおおおおッ‼︎‼︎」

 

ヴィルデスは生命の危機を感じ全力で脇を締め、肘を固め、脚を密着させる。魔槍の穂先がガリガリと義肢の表面を削る。体がどんどんと壁にめり込んでいく。絶対防御を戦術思想として開発された『インフィニティ・アイギス』に防戦を強いられている。自らが絶対攻撃を戦術思想としている機械化兵士でありながらその実、盾に圧倒されている。

 

「こんなはずじゃない」「俺はこの程度ではない」恐らくヴィルデスはそう考えているだろう。そしてその意地だけで、峻烈の攻撃を防ぎつづけているのだろう。だが人間には限度という物がある。物にも、限界はある。マキシマムバーストを放った右脚義肢と生身との境界線。接合部に生じた僅かなズレ。そこを押し開くかの様に魔槍の螺旋力は弱点を徹底して追い込む。しばらくすれば、右脚義肢はそこから切り離される形で吹き飛んだ。

 

全霊をもって均衡を保っていたのだが、脚を1本失った事により戦況はガラリと変わる。ヴィルデスは不利な状況から、挽回不可能なほどの絶体絶命に陥った。

 

「クッソがぁぁあああッッ‼︎」

 

断末魔か否か。力の限り叫ぶヴィルデス。

 

だがジェリーはそこで、フィールドを引っ込めてやる。

 

ドンと床に落下し、肩で息をするヴィルデスを見下ろしながら、ジェリーは語る。

 

「お前の敗因は2つ。俺を相手に全力を注がなかった事だ。殺るんだったら、お前も命を懸けてこい。それと、力に慢心するな。使われてどうする? もっとよく考えるんだな。次は殺す」

 

項垂れるヴィルデスを残し、ジェリーは踵を返した。

 

 

※ ※ ※

 

 

全く、問題児が多すぎる。

 

ジェリーが率直に思ったのはそれだった。集まってくる人材は大抵が戦闘狂のAsshole(クソ野郎)だ。

 

3度の飯よりも人殺し。睡眠や休息より戦技訓練。そんな手合いが『バルドュール』には大挙している。

 

こんな組織……。

 

ジェリーは虚空を見つめ、物思いに耽る。

 

何分そうしていただろうか。ふとジェリーはデスクの上のコーヒーカップを手繰り寄せると、口へと運ぶ。

 

ワインのような酸味に豊かなコク。安定した風味。相変わらず、彼女の淹れるコーヒーは美味い。

 

あっという間に飲み干すとジェリーは隣で本をパラパラとめくっている少女に話しかける。

 

「クラリウス、悪いがお代わりを貰えないか?」

 

すると少女–––クラリウス・ツェペッツェはキリッと鋭い炯眼でジェリーを見返す。

 

白磁の肌に映える金色(こんじき)の豊かなロングヘアーを天使が翼を休めているようにツインテールに纏め、深紅のドレスに身を包んだ”赤い目”の少女。加えて人形かと疑うほどの美形。ジェリーと共にクラリウスは、芸能誌のトップを飾れるほどに華がある。

 

だが–––

 

「–––何よ。それくらい自分でやってくれない?」

 

性格はあまり良くない。

 

「あぁ、そうだな……」

 

不承不承、ジェリーは立ち上がりキッチンで湯気を立てながら待機しているコーヒーをポットからタンブラーに移し替え席へと戻る。

 

そして再びジェリーは思考の世界へと退いていく。

 

最初こそ『真に平和な世界を創る』という思想に同意し五翔会に入ったが、蓋を開けてみればそれに至る過程は武力による制圧、弾圧だ。平和の押し売り。エゴの押し付け。本当にこんな手立てで真に平和な世など創れるはずも無い。その先にあるのは独裁以外考えられない。

 

ジェリーは組織の方針に疑問を禁じ得ない。だが同時に自分がどれだけ無力かも知っている。

 

今更正義感を振りかざし抗ったところで、何も出来やしない。

 

この五翔会には、既に手が付けられない程に強力な機械化能力を有した戦士が大勢いる。そして五翔会そのものの規模も大きく、到底1人でどうこう出来るという物ではない。

 

「どうかしたのジェリー? 妙に真剣な顔なんかして」

 

ふと気付けば、クラリウスの赤く燃える双眸が目の前にあった。吸い込まれる程の美貌に、ジェリーはしばし現実を忘れ魅入った。

 

「ああ。いや……何でもない」

 

「何でもなくないでしょ? あなた最近そうやってボーッとしてること多いわよ」

 

「……」

 

ジェリーはどう言ったものかと思案するが、上手く言葉に表せるか自身が無かった。このジレンマを。本当はこんな組織から抜け出し真に信じられる道に殉じ使命を全うしたい。だがそうすれば、クラリウスも同様に裏切り者として処刑されるだろう。この組織–––五翔会における失敗や離反はそのまま死を意味している。どんな手を使ってでも、地球の裏側だろうと刺客を放ち処刑を執行するだろう。

 

単身ならば、自らの流儀に反する行為など死んでも行わない。刺客など、全て殺して送り返してやる。最後の血の1滴まで自分は戦い続けるだろう。

 

だがジェリーには、クラリウスが全てだった。彼女の存在こそがジェリーの存在意義だった。

 

その彼女の存在を脅かす行為を自らに課すことが、ジェリーには出来なかった。

 

熾烈な闘争に彼女を巻き込む事が、ジェリーにはどうしても出来ない。

 

クラリウスには、普通の、1人の人間として、女としての幸せを感じて欲しい。

 

身寄りもない彼女を救えるのは、自分しかいない。

 

「クラリウス。お前の事がこの世界で一番大切だ」

 

「はッ‼︎ な、何よ。いきなり……」

 

クラリウスは頬をポッと朱に染めると、目を泳がせ狼狽の色を見せる。

 

「なぁクラリウス。この五翔会のやり方を、お前はどう思う?」

 

いつに無く真剣に問うジェリーに、クラリウスも事態の深刻さを理解したのか一瞬にして鉄仮面を付けたように無表情になる。戦士の顔だ。

 

「え?……そうね。私は産まれた時から戦技を叩き込まれて来たから何も思わないけど、この本とかに出てくる”正義の味方”は五翔会のやり方を良しとしないでしょうね」

 

クラリウスはそう言って手に持っている本のページをパラパラとして見せる。

 

「そうだクラリウス。そういう物語に出てくる正義の味方の思想や行いはこの世界で多くの人間の共感を得る事が出来る」

 

「そうなの……じゃあその正義の味方を現実社会で滅多にお目にかかれないのはどうしてかしら?」

 

「人の為に何かをするのは、勇気が要るんだ。特に、我が身も省みずに人を守るなんて事は、そうそう出来ることじゃない」

 

「ふ〜ん」

 

クラリウスはさも興味なさげに–––脚の届かない高い椅子に座り、脚をプラプラと振りながら–––話を聞いている。

 

「クラリウス。俺はこの五翔会のやり方を、享受する事が出来ないんだ」

 

突然のカミングアウトにクラリウスの眦が裂けんばかりに見開かれる。

 

「……ジェリー。あなたそれ、本気で言ってるの? もし本気だとしたら、自殺志願者としか思えないわ」

 

「俺の過去を覚えているかクラリウス?」

 

「ええもちろん」

 

「俺は今まで国の為に身を捧げて戦ってきた。任務で日本に来て、その時にガストレア戦争が起こった–––」

 

「–––そして重傷を負い、グリューネワルト翁と取引し機械化兵士となった」

 

「そうだ。俺の信念は何時だってブレなかった。偽善者だと言いたければ言えばいいが、俺は本当に平和の為に戦ってきた」

 

「平和の為に戦う、ね」

 

「妄信的かもれない。本当は悪い事だったのかも知れない。間違っていたのかもしれない。気付けば俺にはもう、人を殺す事でしか平和を求める事が出来なくなっていた」

 

「じゃあ、何で五翔会のやり方に疑問を抱くのよ?」

 

「俺の事は良いんだ。クラリウス。お前は今、幸せか?」

 

「幸せ?」

 

クラリウスは柳眉(りゅうび)を8の字に寄せると暫く宙を睨む。

 

「だめね。私にはその幸せってのが何なのか全く想像もつかないわ」

 

「お前のような子供がそんな事を言うこの世界は間違っている」

 

「なら、子供は何て言って過ごすのが適当なのよ?」

 

「夢を語れ。そうだクラリウス、お前の夢はなんだ?」

 

「夢……? 分からないわそんなの。私には今しかない。先の事なんか想像すら出来ないわ」

 

ジェリーはクラリウスの瞳を覗き込む。今の発言に嘘は無いか? 虚言ではないか? その可能性を求め、ジェリーは瞳の奥を見据えようと目を凝らす。

 

だが残酷にも、今までの訓練で身に付けたスキルが、クラリウスは嘘を言っていないという結論を弾き出した。

 

「確信した。お前が人並みの幸せを得るためには、世界を敵に回す必要があるようだ」

 

「……」

 

「安心しろクラリウス。俺は何処へも行きはしない。引き返すにはもう、遅すぎたからな……」

 

ジェリーはそう言うとクラリウスに背を向けた。

 

 

※ ※ ※

 

 

B20に設けられた研究室。

 

幾つも並べられた培養槽の前に、ジェリーは佇む。

 

この子が、あの瀧華仁が命を賭して守った者か。

 

緑色に発光している培養液の中に、『スレイブドッグス』ナンバー”57”こと瀧華蓮はいた。

 

後頭部には幾つも束ねられたチューブが挿入されており、全身にも多数の管が張り巡らせられている。

 

当初ユダが連行してきた時はそれこそ何度も車に撥ねられたようなグチャグチャの状態だった。

 

それを即日五体満足にまで回復させる五翔会の技術力。

 

もう既に蓮は機械化手術も施され、後は『条件付け』をするだけであると聞いている。

 

条件付け–––五翔会の思想を深層心理に埋め込む事。スレイブドッグスの場合は戦技一般、心理思考プログラミング等戦士として必要な全てをこの培養液の中で培う事になる。

 

今蓮はどんなオルタネイティブリアル(仮想現実)で、何を見て、何を聞いて、何を思っているのか?

 

脳に直接接続されたチューブは、圧倒的なリアリティーを供給し続ける。蓮は夢の中で、与えられた環境で延々訓練を繰り返す事になる。脳は電気信号を各筋肉群に送っているため、実際に行動を行った時と同じ効果が現実でもフィードバックされている。メキメキと筋肉は成長し、心肺機能も飛躍的に向上する事になる。

 

要は想像妊娠と同じだ。脳の勘違いにより生じる肉体的変化。それを強制的に行わせるのが無数の管達の仕事だ。

 

短期間で効果的なイメージアップが図れるため、ジェリーも幾度か使用したこともある。生々しいほどのオルタナ(仮想現実)で繰り広げられる現実よりも酷い闘争。実際に腕が吹き飛んだ時はその痛みを擬似的に感じるし、実際は存在しないのだが殺した相手の死に顔を鮮明に思い出すことも出来る。

 

その世界で、拒絶とは即ち精神崩壊を意味する。ありのままを受け止め、受け入れない事には正気を保っていられなくなる。

 

強制的に押し付けられる現実に適応しなければ、未来はない。

 

だがその過程を過ぎてしまえば、自ずと生まれるのは狂人だ。

 

人を殺す事に何の躊躇もしない機械。または人を殺すことに快楽を感じるシリアルキラー。いづれも道徳心の欠片もない悪魔が誕生する。

 

あの仁–––タキ・ラージャがその身も省みずに助けた少年は今、奇しくも五翔会に囚われてしまっている。

 

恐らくは素晴らしい教育をこの子に施してきただろう。人として必要な思いやりの心や良識。マナー、モラル。当たり前の事を当たり前のように教わったのだろう。だがその子は今やCMMP(強制狂人作成過程)に組み込まれている。

 

ジェリーも慕った人格者、瀧華仁。彼の意思を無駄にしないためにも……。

 

クラリウスが1人の人間として普通の幸せを得るためにも……。

 

世界(五翔会)を敵に戦うしかない。

 

ジェリーには1人だけ、心当たりがあった。

 

世界を敵に回すと言っても、恐らくは2つ返事で答えてくれる戦友(とも)が。

 

共に特殊戦技教導隊で技術を学び、アメリカの統合特殊作戦コマンド隷下の作戦にいくつも参加した生粋のソルジャー。

 

彼なら、力になってくれるに違いない。

 

ジェリーの脳内で起死回生の作戦が出来上がった。

 

 

 




以上が9話です。

新しいキャラばかりで

皆さんなんのこっちゃ感ハンパないと存じますが

これからの2章はジェリー中心でお送りします。

あとはその戦友さん。

その戦友さんは一応日本人ですので。

モデルは実在している私の上司ですが……

物凄くストイックでカッコいい漢を

感じて貰えたら嬉しいです。


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第11話

 

ジェリーは居室に戻り作戦を練る。

 

過去、ジェリーはアメリカ陸軍特殊作戦コマンド傘下の部隊に所属していた。その部隊の標語は3S。

Surprise(奇襲), Speed(速攻), Success(勝利)

 

何事も迅速かつ確実に。相手の意表を突き、反撃の隙を与えない。それが部隊で培った戦闘ノウハウ。それともう1つ特殊戦技教導隊で培ったスキル–––作戦立案から撤退までを単独で行うよう訓練された独立工作員(シングルトン)の技量。

 

これらを発揮すれば、パガトリーから逃れるのは不可能ではない。

 

ジェリーは過去実際に敵陣の中央まで潜入し、その部隊の指揮者及びその者の次級者も暗殺し、一糸乱れぬ軍隊を烏合の衆へと一瞬にして変えたことがある。

 

全方向を敵に囲まれての脱出も不可能ではない。

 

だが当時は単独であったため行動の制限は無かった。今回は蓮とクラリウスも連れて脱出しなければならない。

 

加えてCompel Madman Make Process(強制狂人作成過程)後の人間は回復までに幾ばくかの時間を要してしまう。

 

恐らく想像もつかないイレギュラーが発生するだろう。

 

そしてこの作戦を決行するにあたり、確保しなければならない事項が2つある。

 

1つはクラリウスの説得。それともう1つ、特戦隊の同期の協力だ。

 

まずはその同期に連絡を取ってみよう。

 

ジェリーは携帯端末を取り出し、記憶していた電話番号を入力。呼び出しのコール音がマイクを通じて空間を彷徨う。

 

30秒コールを続けたが相手は出なかった。

 

ジェリーは端末を操作し発信を止める。

 

だがこの程度は予期していた事態だ。知らない番号からの着信に応答しないのは一般人とて同じだろう。

 

すぐにジェリーは再び番号を入力するとコール音を鳴らす。最初は2回。次に4回。最後に2回。

 

簡単なSOSコールだ。

 

果たして次で応答するか……。

 

手元に電話を持っているのならこのサインに気付き恐らくは応答するだろう。だが持っていなければ応答のしようもない。

 

ジェリーは相手の顔を思い浮かべながらリダイヤルした。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

石動(いするぎ)八夜懿(やよい)神童神威(しんどうかむい)は東京エリアに降り立った。

 

背には巨大なリュック。左手にはボストンバック。もう片方の手にはガンケース。市街地迷彩の戦闘服を着込み、油膜が張ってテカテカと光るタクティカルブーツ(半長靴)を履いた2人組は忙しなく腕時計をチェックしている。

 

「おい神威。迎えの時間は?」

 

「3分前です」

 

「…………遅えな」

 

石動は周りを見渡す。早朝の爽やかな日差しが路面を照らす中、歩行者や自動車がひっきりなしに駆け回っている。

 

通勤ラッシュ。多くの人間が交錯する時間帯。その中で軍人色を全面に醸し出す2人は浮いて仕方がない。綺麗に人々は彼らを迂回し日常へと帰る。

 

ミリタリーオタクにしては目つきがヤバすぎる2人。石動は長身でガッシリとした体躯をしていて頭髪はGIカットで短く刈り込んである。ありふれた軍人然としているが彼の1番特徴的なのが左目だ。シベリアンハスキーのようにブルーグレーに変色している瞳。虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)のため、彼は左右の瞳の色が違うのだ。異色の瞳は北方の冷気を放ち、見る者に戦慄を与える。

 

神威も同等頑強な印象を与える体躯だ。だがしなやかさを兼ね備え柔軟性に富んでいそうな佇まいをしている。少し長めの白髪をたなびかせながら、辺りを睥睨(へいげい)している。

 

「大方あれでしょう–––」

 

「–––柑奈(かんな)だな」

 

「ええ。柑奈ちゃんが『むぎゅぎゅー』とか言いながら遅らせてるんでしょう」

 

「全く……成長しねぇなあいつは」

 

石動はどうしたものかと思案する。が、この格好で街中を歩くのは色々と面倒だ。ここは迎えの車が来るまで待機しかない。

 

「神威」

 

「はい」

 

「暇だ」

 

「暇ですね」

 

「……」

 

「……」

 

石動はチラッと神威を見やる。

 

「神威君のすべらない話。始め〜」

 

「……」

 

神威は石動に一瞥くれると続けた。

 

「ある男は全身どこを押しても痛みが走ると言って病院へ行った。そして医者にその症状を伝え診察が始まった」

 

「まて神威。もうオチは分かった」

 

「医者は言った『膝を押してみてよ』と」

 

「無視かよ」

 

「男は『痛いです』と答えた。次に医者は『こめかみを押さえてみて』と言った。男は『痛いです』と答えた」

 

「……」

 

「最後に医者は『お腹押してみて』と言った。男は『いた、イタタタッ』と答えた。医者は言った。『指の骨折ですね』と」

 

「……」

 

「面白くないですか?」

 

「……ヒネリが足らんな、ヒネリが。オリジナリティーも無い。それは普通にネットに転がっているネタだ」

 

「こういう無茶ぶりをする輩がこの業界には多いので、常にこういったネタは仕込んでおかなければなりません。何年もやってたら、そりゃあネタなんか思いつかなくなりますよ」

 

「だからってお前はGoogleを使うのか?」

 

「僕はYahooです」

 

「……」

 

「……」

 

2人の間に静寂が漂う。

 

「じゃあ、あれですね。僕の教官が言っていた一言を披露しましょう」

 

「よし来い」

 

「『夫婦喧嘩と(ふすま)はハメれば直る』です」

 

「あのな神威。その教官俺も知ってるわ……」

 

再び訪れる沈静。そして、一向に現れそうにない迎え。

 

「神威。迎えの時間から–––」

 

「–––6分です」

 

「そうか……」

 

あれから3分しか経っていないのか。

 

「どうしてこう時間にルーズなのかね神威君」

 

「今日の迎えは確か燈咲刀(ひさと)さんですよ」

 

「あいつか。じゃあ来ねぇはずだ」

 

「来ないか、ずっといるか」

 

「だな」

 

2人は何気ない風を装い周りを観察していく。

 

「奴の事だ。浮いている俺たちを放置してどうせほくそ笑んでるんだろう」

 

「あぁ、見つけました。向かいのビルの3階。スタバのテラス席右から3番目の席でこちらに背を向けてます」

 

「ほぉ」

 

「化粧してるふりして背後の僕たちを鏡で見てますね」

 

「ほぉ」

 

「どうします? 撃ち抜いてやりましょうか?」

 

「いや、もう気付いた事に気付いてるだろう」

 

「気付いた事に気付いている……」

 

「あぁ。気付いた事に気付いたはずだ」

 

そう2人が会話していたら、実際燈咲刀は席を立ち建物内へと消えていった。やがてそのビルの地下駐車場から1台の車が現れる。何を言おう石動の愛車なので一目で分かる。

 

軍用車両の高機動多用途装輪車両(ハンヴィー)を民間様に再設計したハマーH1スラントバックという車両。デチューンとなるため性能は軍用ハンヴィーに劣るが、石動はそれにカスタムにカスタムを重ね最新型ハンヴィーに勝るとも劣らない物を作った。対物ライフルの弾丸も弾く厚さ200mmの特殊防弾ガラス。パンクしないゴムチューブタイヤ。超合金製の装甲。驚くほどに重量が増してしまうがそれを補って余りあるハイパワーエンジン。時代に逆行して燃費は劣悪だが、どんな不整地も突っ切れる様に設計されている。

 

エンジン音を轟かせながら接近する石動特製ハンヴィー。運転席にはロックンロールな麗人(れいじん)の姿が確認できる。

 

石動は不機嫌さを隠そうともせずに燈咲刀を迎えた。

 

「遅せぇよ」

 

「だってあなた達、浮いてるんだもん。少しは晒し者にしたくなるでしょう」

 

「わけわかんねーよ」

 

2人は文句を言いつつ、荷物をハンヴィーへ積載していく。

 

「よし。どけ」

 

積載を終えると石動は鋭く一喝。その一言に燈咲刀は大人しく従い、後部座席へと移る。

 

神威も同じく後部座席に腰を落ち着かせる。

 

石動は運転席につき、シフトレバーをドライブにする。

 

と、そこで助手席に1人の少女が座っている事に気づく。窓に頭をもたらせ、うたた寝をしている少女。

 

「柑奈。付いてきてたのか」

 

「ん〜? 呼んだぁ?」

 

少女–––天羽柑奈(あもうかんな)は寝ぼけ眼で石動を見やると、口の端からヨダレを垂らす。蜂蜜色のロングヘアーに半眼で開いている瞳は碧色。見た目は可愛いらしいが、見ての通り行儀はよろしくない。ズルズルと汚い音を立てヨダレを啜ると口元を拭う。拭うが手が下がる動作と連動し彼女の瞳も閉じていく。やがてコクっと頭が垂れ、鼻風船を膨らませる柑奈。

 

「何しに来たんだ、お前」

 

「何しにって……ん〜、う〜ん……?」

 

「いい。もうそのまま寝てろ」

 

「ん〜ん……んん…………」

 

唸り声が途絶えたのを見計らい石動はアクセルペダルを踏もうとするも–––

 

「–––あぁああ! 思い出したッ! 石動さん。ケータイ貸して!」

 

突然跳ね起きる柑奈。石動は慣れたものなのか特段驚く様な仕草もせずに黙って携帯端末を渡した。

 

「あのね、あのね。今日からね『私的制裁(してきせいさい)ペナルティーズ』のアプリが配信されるのッ」

 

ナマケモノのような態度から一変。別人のように目をパッチリと開け嬉々として説明する柑奈だが石動にはその『私的制裁ペナルティーズ』が何なのかさっぱりだ。

 

「もうね、昨日からね、たっっのしみでさぁ〜。夜も眠れなかったんだから!」

 

柑奈は慣れた手つきで暗証番号を入力するとアプリをダウンロードする。データの読み込み中柑奈は上機嫌に鼻歌を歌う。恐らくはその『ペナルティーズ』のテーマソングだろう。

 

「今日も制裁、明日も制裁、毎日制裁ペナルティーズ♬」

 

隣で聞いていて恐ろしくなるが子供にウケているので内容は可愛い物なのだろう。

 

その内柑奈から「おぉッ」「うぉおお」「すげー!」等感嘆の声が聞こえ出す。

 

「柑奈。電話とかかかって来たら直ぐに渡すんだぞ」

 

「わぁってるってわぁってるって」

 

「ふんふふ〜ん♬」と上機嫌の柑奈を尻目に石動は今度こそ車を発進させる。目的地はMomoi(M) Security(S) Service(S)本社ビルだ。

 

「とりあえず2人ともお疲れ様だったわね」

 

道中、燈咲刀がそう話題を切り出した。

 

「ニューヨークエリアはどうだった?」

 

「どうっつったってな。観光じゃねぇし。クソ野郎のせいではるばる海越えて仕事させられたんだよ。本当、クソ野郎のせいだ」

 

「あらそう」

 

神威は腕を組み瞳を閉じている。「僕は会話には参加しません」の意思表示だ。

 

「で、そのクソ野郎はちゃんと仕留めたの?」

 

「仕留めなきゃ帰ってこねぇよ。とっくにくたばってる」

 

「そいつ、どんな奴だったのよ」

 

「いちいちうるせぇな。教えねぇよ」

 

「いいじゃない減るもんじゃなし。どうせ道すがら暇だし教えてよ」

 

「ヤケを起こしそうだった機械化兵士をぶっ殺した。わざわざニューヨークまで行ってな。満足か?」

 

「もっと詳細によ」

 

「報告書上げるから、それでも読んでろ」

 

「本当、あなたって釣れないわよね」

 

「クールと呼ぶんだ」

 

「あなたのは冷たいって言うのよ」

 

隣で柑奈は「いぇ〜いSレアゲッツ〜」とはしゃいでいる。

 

その後もやれ「敵将ドクサイシャーを制裁なのだ〜」等ハイテンションでゲームをプレイしていた。

 

だが走り出してそう間も無く1件の着信が来る。

 

「あ〜良いとこなのに〜。石動さん電話〜」

 

と携帯端末を渡そうとする。石動はディスプレイを一瞥するが、表記されているのは登録されていない番号だった。

 

「知らん番号だ。出なくていい」

 

「うえぇ〜い」

 

柑奈は1秒も惜しいのか早く諦めろと言わんばかりに画面を睨み付けている。

 

「やっと終わったかぁ。さ、続き続き」

 

と、柑奈は座席に座り直しプレイを再開させようとするが–––

 

「–––あぁああ! まただッ」

 

再びの着信が柑奈のプレイを阻害する。だが今回は2回だけ呼び出し音が鳴っただけだった。

 

「あ、終わった」「うぇええ! またあ⁉︎」「チョット長かったなぁ」「ねぇこれイタズラ〜⁉︎」

 

と三々に渡り柑奈は喚いた。だが隣の石動にはそのパターンが何なのか即座に分かった。後ろの神威も『SOS』のシグナルパターンに体を強張らせた。

 

「石動さん」

 

「ああ」

 

石動は柑奈から携帯端末を奪う。

 

「柑奈。これから仕事だ」

 

「ええ⁉︎ ほんとーに?」

 

尚も柑奈は抗議の声を上げようとするが、それを着信音が遮った。

 

石動は即座に応答の文字をタッチする。そして、耳を澄ましながらハンヴィーを路肩に止める。

 

「………」

 

『………』

 

向こうから音は一切無い。石動は訝しみながらも耳を傾け続ける。そして数秒後、トントンと机を叩く音が聞こえ出す。それは不規則、または規則的に鳴り、あるいは引っ掻くように継続した音を発っした。

 

モールス信号。それも特殊戦技教導隊でしか使われない特定秘密コードの物だった。

 

パターンを脳内で解析。内容は『命令下達。識別コードを言え』だ。

 

石動の脳裏にある人物の顔が思い浮かんだ。

 

日常上品で華のある容姿、挙措(きょそ)でありながら戦場では大量の血の雨を降らせる白人の男性。CQCの名手。彼と交錯したものは体から血の霧を噴射する事になる。皮肉を込めて与えられた識別コードは『ロイヤルミスト』。

 

一体何の用だと言うのか?

 

「識別コード『リジッドフォース』コンフォメーションナンバー787136」

 

『識別コード「ロイヤルミスト」コンフォメーションナンバー136787』

 

ここから更に合言葉の確認がある。合言葉はプラス4。相手の言った数字に4をプラスし答えれば同じ部隊の人間だった事が分かる。

 

『7』

 

「11」

 

『3』

 

「7」

 

合致。予断は許されないが相手は十中八九ジェリーで間違いない。だが突然の連絡、しかもそれがSOSだと言うことに石動は一抹の不安を覚える。恐らくは、これから屍体の山を築く事になりそうだ。

 

「ジェリーか? 久しぶりじゃないか。安心しろ。この回線は盗聴されていない。要件を言え」

 

『石動。助けてほしい。明日の0100(マルヒトマルマル)(午前1時)、中央制御機構のビルに来てくれないか?』

 

「いきなりなんだってんだ? 呑みに行くのに財布でも無くしたのかよ? 俺を財布代わりにすんじゃねぇ」

 

『石動。お前は、自らの正義を遂げるために、世界を敵に回せるか?』

 

石動は迷う事なく即答する。

 

「当たり前だ。俺は俺の信念に基づき行動している。それを曲げようとする奴は誰だろうと–––」

 

『–––何人だろうとぶっ飛ばす。か?』

 

「そういうこった」

 

『石動……』

 

「気にするな。お前がこれから何をするのかは知らんが、あのジェリー・ヴェルサーチ・ペレロの成すことを疑ったりはしないさ。俺たちの”絆”は」

 

『神だろうと断ち切れない』

 

We're of the bonds will die hard in God(俺たちの絆は神だろうと断ち切れない)

 

特殊戦技教導隊の厳しい訓練を乗り越えるために同期で一致団結した過去が回想される。1人で克服するには、余りにも苛酷だった訓練。互いに励ましあう同期がいたからこそ、乗り越えられた物がある。死地の中、培った絆は神でも断ち切れない。自らの技量を駆使し、凄惨な戦場から生きて帰る。平等に弾は飛んできて、平等に死ぬ可能性を秘めた戦場。神は何もしてくれない。運もクソもへったくれも無い。信じられるのは仲間と自分だけだ。

 

「分かった。俺はお前を全力でサポートする。何が必要だ?」

 

『そうだな……相手にするのは機械化兵士達だ。機動力と火力が要求される』

 

「機械化兵士か……望むところだ」

 

『やけに自信がありそうだな』

 

「最近はその手の奴らを相手取ってやってるからな。心配いらんさ。神威もいるしな」

 

『ほう、サイレントディザスター(無音の災厄)も居るのか。心強い』

 

「お前の状況はよく分からんが恐らく一言では言い表せまい。お前を救出した後、詳しい事は聞く」

 

『俺は”親子のマトリョーシカ”をプレゼントに持っていくよ。そのつもりでいてくれ』

 

親子のマトリョーシカ–––子供1人、大人1人。

 

「分かった。楽しみに待ってるよ」

 

『石動。お前が戦友(とも)で良かった』

 

「待てジェリー。それはこれから死ぬ奴のセリフだぞ。死亡フラグってヤツだ」

 

『セオリーなんか関係ない。俺たちは成すべきことを成す。ただ、それだけだ』

 

「そうだな」

 

『厳しい戦いになるだろう。すまん』

 

「気にするなって言ってんだろうが。俺はそういう危険な事でしか飯が食えないような(ろく)でなしだ」

 

『本音でもないことを』

 

「とりあえずはアレだな。ぶっつけ本音。臨機応変に–––」

 

『–––事に臨んでくれ』

 

「了解。リジッドフォース、通信終わり(アウト)

 

『ロイヤルミスト、通信終わり(アウト)

 

携帯端末を耳から離し、石動は神威に言う。

 

「ハードなミッションになるだろう。充電忘れんなよ」

 

神威はそれに言葉ではなく酷薄な笑みで応えた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

ジェリーは石動の存在に心から感謝した。

 

加えて神威、サイレントディザスターも作戦に加わってくれると言う。

 

これで状況が好転するわけではないが生存の可能性は充分に出てきた。

 

今一度ジェリーは脅威になる構成員をリストアップする。

 

『バルドュール』の中枢要員。

 

ハングドマン(吊られた男)

 

エクスバイエ(抜け殻)

 

『バルドュール』隷属組織『アポカリプスナイツ(黙示録の4騎士)

 

ヴァイスリッター(白騎士)

 

ロートシュトーラル(赤騎士)

 

ライデンルーフ(黒騎士)

 

オルクスシュプリンガー(蒼白の騎士)

 

これらの誰かと出会えばその場で作戦は終了してしまうだろう。

 

『スレイブドックス』

 

キリのいい10.20.30……と言った『ラウンドナンバー』に出くわすのは禁物だ。

 

だがジェリーはそこではて、と思い至る。

 

そういえば、ナンバー『40』ヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)のコードネームを与えられた四聖什卧(ししゅうじゅうが)、彼は確か……。瀧華仁–––タキ・ラージャ(愛染明王)の弟子だったはずだ。

 

1度、話してみる価値はありそうだ。

 

ジェリーはヴァジュラ・ヤクシャと恐れられる男の部屋へと足を運ぶ。広大な施設なので通常用がある人物には内線で連絡するのが常だが、今回の会話は決して聞かれてはならない。この組織、どこでどんな奴が聞き耳を立てているかわからない。1番確実なのが、直接会って会話する事だ。

 

数10分かけパガトリー内を歩き目的の部屋へとたどり着く。

 

轟々と燃え盛る炎を背後に従えた忿怒(ふんぬ)の表情の金剛夜叉明王が描かれた扉を前にジェリーは決意を固くする。本来人々に人喰いとして恐れられた魔神が、大日如来(だいにちにょらい)の威徳により善に目覚め、悪人のみを食うようになった。

 

『敵や悪を喰らい尽くして善を護る、聖なる力の神』それが金剛夜叉明王だ。

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)。コードネーム通りの男ならば力を貸してくれるはず……。

 

ジェリーは扉を2回ノックして入室する。

 

「ヴァジュラ・ヤクシャ。ヴェーヌスだ」

 

「ん?」

 

什卧は馬の(たてがみ)のような頭髪(前髪から後ろにいくにつれ長くなっていく)で、首回りに獣の毛皮があしらわれた衣装を身に纏っている。眼光鋭く、まさしく背後に業火を従えているかのように威圧感が凄まじい。

 

「なんだ?」

 

什卧は突然の来客に驚く様子もなく平坦な声音で問いかける。

 

「お前はタキ・ラージャの弟子だったな」

 

「あぁ、そうだが。それが?」

 

「今、ラボにはタキラージャが命を賭して守った者が囚われているが、お前はどう思う?」

 

「ふん。査定か?」

 

「質問に質問を返すなドックス。どう思う?」

 

「ふむ」と什卧は一呼吸置くと答える。

 

「仁さんは拳の師であり人生の師でもある。その仁さんが命を賭してまで守った者を守らないのは、弟子失格かね?」

 

「さぁな。それはお前の正義に問え」

 

「悲しいかな……俺がどう抗ったところで、そいつを助ける事など出来んだろうさ………」

 

「それは力があればやってやるという事か?」

 

「ふふ……裏切り者の末路は(みな)が知るところ。そんな愚かな者は居まいて」

 

「お前は、自らの正義を遂げる事より、自らの延命を願うか?」

 

「それも、むべなるかな……」

 

什卧は本心を隠すように顔を背けた。

 

「さっきから的を射ないな。結局のところ、お前はどうしたいんだ?」

 

「俺には守るべき者がいる。不治の病と言われた奇病を治せるのは五翔会しかない。ならば俺の答えはひとつだ」

 

「そうか。誇りのない服従に、俺は価値などないと思うがな」

 

什卧はその一言に、心を射抜かれたのか体がビクンと跳ね上がる。

 

「日本にも『四賢人』の1人、室戸菫(むろとすみれ)がいる。その病も、彼女なら治せるかもしれない」

 

「そうかね。それは考えた事が無かったな」

 

「お前のその守るべき者は、今は?」

 

「病自体は治っている。そして今は元気に学校にでも行ってる頃だろう。俺の自由を代償に、彼女には自由を得てもらった」

 

「そうか。お前の戦闘能力を欲するが故に、組織はお前の要求に応えたと。その見返りに、お前は五翔会の奴隷となった」

 

「……そうだ。『スレイブドックス』の50まではそんな奴らばかりさ」

 

ジェリーも『スレイブドックス』の概要は知っている。当初の1から50までは元人間だ。50から先がゼロから造られた人造人間、ホムンクルス。

 

「什卧。俺にも何者にも代えられないモノがある。自らの正義を全うするのに、理由など要らない」

 

「……」

 

什卧は話の方向性が見えず戸惑っているようだ。

 

「ヴァジュラ・ヤクシャ。お前は教令輪身(きょうりょうりんしん)、民衆を善なる道へと導く使命を帯びた明王の異名を与えられた男だろう? 襲い来る悪人は全て喰らい尽くせば良いではないか」

 

「ヴェーヌス……お前…………?」

 

「俺はやるぞ什卧。蓮を連れて五翔会を脱する」

 

「な……ッ⁈」

 

什卧の眦が裂けんばかりに開かれる。

 

「本気で言っているのかヴェーヌス。そんな事をしたらお前……」

 

「殺されるだろうな。だが言っただろう。俺にも譲れないモノがある。クラリウスが1人の人間として生きていける世界を、俺は造らなければならない」

 

「…………」

 

什卧は笑みを浮かべる。

 

「お前みたいなバカが、まだこの世にいたとはな。だがな、世の中善人ほど割りを食うんだ。この世はズル賢くて臆病な奴が長生きするように造られている」

 

「俺はそんな(ことわり)をひっくり返そうと言っているんだ。無謀だろうがなんだろうが、こうと決めたならやり遂げる」

 

「俺もそう言う熱い時期があった。ほとんどその場の勢いで俺は自由を五翔会に売った。後悔はしてないが、未練ならある。もう1度よく考えてみたらどうだ?」

 

「確かに、俺が五翔会を離反したらクラリウスは殺される危険に会う。だが俺は彼女に知ってほしい。自然の美しさや人の温かみを。今の彼女には戦いしかない。10歳の子供が、幸せが何なのかわからず、夢すら語れないこの世界は間違っていると思わないか?」

 

「この世界が腐っているのはとうの昔から分かっていただろう。今更だ、そんなことは」

 

「お前…………」

 

「仮に俺がお前に協力したとして、利益はあるのか?」

 

「笑って死ねる。自分の人生に意味を持たせられるか否かはそれまでに積み重ねた過程による」

 

「……重要だな。だが俺の身勝手で組織に相反した結果、他者の人生が日常から乖離(かいり)されてしまったらどうなる?」

 

「……」

 

「だから俺は組織に逆らうことが出来ない。俺は八重(やえ)を人質に取られているも同然だからな」

 

「八重。お前が守るべき者の名か」

 

「そうだ。勾田小学校に通うごくごく普通の女の子だよ。余命幾ばくもなかった彼女は、本来ならもうとっくに死んでいる。だが五翔会がいたおかげで、八重は今普通の生活を送れている」

 

「ではいづれ組織が本格的に始動した時はどうする? 武力による統治。そんな混沌を、お前や八重は望むのか? 仮初めにしても、人類はここまで復興した。それを再び、混迷の時代に逆戻りさせたいのか?」

 

「……」

 

「什卧。俺たちや八重が真に望む世界は、五翔会が目指している世界とは違うはずだ」

 

「……」

 

「ブラックスワンプロジェクトが成功すれば、野にはバラニウムの耐性を持ったガストレアが解き放たれる。それで良いのか? 自分たちの安全が確保されていれば、他人などはどうなっても良いと言うのか? そんな碌でなしで、八重にどうやって顔向けするんだッ?」

 

「……」

 

「俺たちが今成すべき事は1つの筈だ。什卧」

 

「……」

 

「八重やクラリウスだけじゃない。多くの子供達の未来が、俺たちの行動に掛かっている。有志はまだ少ないが、外には俺に協力してくれるという奴らもいる。お前はどうする什卧? お前の正義に問え。ヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)

 

「……」

 

ジェリーはしばし什卧を睨みつける。その視線を受けながら、什卧は頭の中で様々なシミュレーションを行っているように見える。

 

「八重の……安全は確保出来るのか?」

 

しばらくして、什卧は重く引き結んでいた唇を動かし、そう呟いた。

 

「生憎だが保証は出来ない。だが死力を尽くしてくれるだろう。『曲がらない力』と『無音の災厄』という異名を与えられる程の戦士が八重を保護する」

 

「金星の名は伊達ではないな。魔物も恐れる悪魔の面と、美しく輝く吉兆の星。両面を兼ね備えたお前を、羨望するよ」

 

「なにを言うかと思ったら。お前の名前の方が遥かに立派だよ」

 

「ふふ。ルシファーと金剛夜叉明王が手を組めばあるいは……」

 

「あるいはじゃない。俺たちはやるしかない」

 

「そうだな。だがジェリー。気を付けろ。大威徳明王–––ヴァジュラ・バイラヴァには絶対に接触するな。奴は『スレイブドッグス』の中でも別格だ」

 

「ナンバー『60』。六道降魔(りくどうごうま)か」

 

「そうだ。大威徳明王の六面六臂六脚にちなんで『666』の数字が著名な所に刻印されているらしい。そいつにだけは会わないことを、まぁ–––」

 

そこまで言って什卧は微笑む。

 

「–––神様にでも祈るんだな」

 

「俺はもうとっくの昔に神には愛想を尽かしちまったよ。戦場で信じられるのは自分と仲間だけさ」

 

「そうだな。俺もとうとう覚悟を決める時が来たようだな」

 

「一蓮托生。良い言葉だよな」

 

「ははッ。白人のお前が言うと、意味を履き違えてないか心配になる」

 

「心外だな」

 

「いやいや、悪かった。冗談だよ」

 

「じゃあ什卧。やってくれるか?」

 

「ああ」

 

「今日の夜には作戦を決行する。備えておいてくれ。また連絡する」

 

「わかった」

 

ジェリーと什卧は力強い光を眼光に宿して、互いを見つめあった。やがてコクっと頷くと、ジェリーは部屋を後にした。

 

 

※ ※ ※

 

 

 

ジェリーは自らの居室に戻るとクラリウスに全てを打ち明けた。それに対し様々な死地を越えてきた10歳児は、特段驚いた風もなく「そう」とだけ答える。

 

「クラリウス。お前は現状に満足しているか?」

 

そんな淡白なクラリウスに、ジェリーは詰問する。

 

「ええ、私は満足してるわよ」

 

それにツンと顎を尖らせ、クールにクラリウスは答える。

 

「……そうか」

 

ジェリーには適当な言葉が見つからない。クラリウスのためにジェリーがどれだけ尽力しても、それを彼女が望んでいなければそれはストーカー行為とさほど大差なくなってしまう。

 

「クラリウス…………世界はまだ輝きを失ってはいないし、人々も全員が全員、碌でなしなわけじゃない。お前はルーマニアで辛い体験をしただろうが、それがこの世の全てじゃない。それをお前にも知ってほしい」

 

『ルーマニア』というワードにピクンとクラリウスの体が跳ねる。直後から烈火の瞳をジェリーへ向け、きつく唇を引き結ぶ。

 

「もっと、色んな世界を見てほしい。色んな事を体験して、色んな事を考えてほしい」

 

「何でよ?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「何でよジェリーッ。どうしてあなたは血も繋がっていない私にそこまでしようとしてくれるのよッ?」

 

「お前達みたいな子供を守るのに、理由はいらないだろ」

 

「違うわよ! 私はもう……もう充分なのジェリー。あなたが居てくれるだけで」

 

ジェリーは当初、何かの聞き間違えかと思った。あの無愛想で鉄面皮のクラリウスがこんな事を言うのかと。

 

「ジェリー。毎日周囲を気にすることなく寝られて、寒さに凍えることのないこの生活に満足してる。これ以上の物を私は望まないわ。高望みしたら、この生活が崩れちゃうかもって思うの」

 

「……クラリウス」

 

ジェリーは言葉を発しようとするが、それをクラリウスは遮るようにまくし立てる。

 

「幸せって、人それぞれってこの本には書いてあるわ。多分私にとっての幸せって、この生活だと思うのよ」

 

「確かにな。幸せの形は人それぞれだろう」

 

「だったらジェリー。無理して動く事ないのよ」

 

「でもな、五翔会がこのまま肥大化していき、本格的に活動しだせば、世界は再び混沌に陥る。そうなれば、多くの人たちの日常が、幸せが、夢が潰えてしまうんだ。お前の幸せも同等だクラリウス」

 

「どうしてあなたっていつもそうやって自分の幸せを優先しようとしないのッ?」

 

「何ッ?」

 

クラリウスの突拍子もない質問に、思わず間抜けな声を出してしまう。ジェリーにとってすれば、これらは当たり前の行動なのだ。

 

「いつも誰かの為に身を粉にして戦って、あなたはボロボロじゃない。傷つくのはあなたなのよ。感謝されないどころか、挙げ句の果てには文句を言う人間だって居たはずなのに、あなたはどうしてそんなに馬鹿なのッ?」

 

「……」

 

「あなたがもし居なくなったら、私はまた1人よッ! お願いだから私をこんな穴倉に1人にしないで……」

 

クラリウスは感極まったのか、瞳を潤ませ声を震わせる。

 

「クラリウス……」

 

「私はもうあなたが傷つくのは見たくない」

 

嗚咽を漏らすクラリウスをジェリーは優しく抱きとめてやる。こうして直に触れれば、何ら10歳の少女と変わりない。すぐに壊れてしまいそうな程小さい体。

 

「クラリウス。俺はお前を絶対1人になんかしない。どんな敵だって粉砕して生還する。だからお前は、何も心配するな」

 

「本当?」

 

「あぁ本当だ。俺が今まで嘘を言った事あったか?」

 

クラリウスは両手をジェリーの背に回し首を横に振る。

 

「もう。私にはあなたしか居ないのジェリー。無理はしないで」

 

「ああ。約束するよ。必ず生きてここを出ようクラリウス。そして、平和な世界で、2人で暮らそう」

 

「うん」

 

ジェリーは一旦クラリウスを離し、顔を正面から見据えてやる。

 

「何て顔してるのよジェリー。あなたは悪くないわ。これから厳しい戦いが続くかもしれないけど、死ぬ時は一緒よ。どこまでだって、あなたにならついて行くわ」

 

「大丈夫だ。お前を危険な目には合わせたりはしない」

 

「私ね、何だか今なら言えそうだから言うね。私本当は、家族っていうのが羨ましいの。家族って何なのか知らないから…………だからいつか、それが分かる生活をしてみたいわ」

 

ジェリーの胸に、使命の重さが堆積していく。クラリウスの言葉を心胆に刻みつける。

 

お前は命に代えても守ってやる。

 

ジェリーは決意した。そして、覚悟を決めた。

 

何があろうとも倒れない。誰が相手だろうと倒す。

 

この手に、多くの人間の未来がかかっている。

 

そう思うと重圧に潰されそうになる。不意に吐き気がしてきた。だが、ジェリーは1人じゃない。什卧や石動、神威も協力してくれる。

 

パガトリーから蓮を連れて脱出出来るかが第1関門だ。クラリウスは極力戦闘には回したくない。そこまでは什卧とのバディによる活動になる。以降は石動と合流し退路を確保、尾行に注意しつつセーフハウスを探す。

 

行き当たりバッタリになってしまうがしょうがない。当座の目標は五翔会の追っ手を振り切る事になる。

 

ジェリーは時刻を確認し、脱出準備を始めた。

 




今回は長いですね。張り切っちゃいました。

次号からアクションが入っていければいいですね。

ジェリーとクラリウスがいい感じなので、引き裂いてやりたくなる読者様もいらっしゃるんじゃないでしょうか?

まぁ、そこは安心して読んでもらえばいいですよ。

ヒャッハーな感じになるんでね。

ええ、ええ、ええ。

では、また会う日まで
(´・Д・)」


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第12話

人によっては今回は胸糞回です。

注意して下さい。


 

 

 

ジェリーは家族の写真を眺め、過去の回想に思考を浸す。

 

写真には父のマイケル、母のキャロルに姉のアンジェラ。それらに囲まれ、ジェリーと妻のクリスティーナが写っている。皆、楽しそうに満面の笑みを浮かべている。遠い、遠い昔の話のように思える。この頃は恐らく特戦隊の任務に就く前の休暇の日だったと思う。朝、突然クリスティーナが「赤ちゃんが出来た」と言ったんだと記憶している。家族でそれを祝い、最後に撮ったのがこの写真だ。翌日ジェリーは日本に旅立ち、1週間後、ガストレア大戦が勃発する。家族の安否は今なお確認されてはいないが、ジェリーには分かっている。1度故郷に戻った時、ステージIVのガストレアと遭遇した。その際『ヴァールドロンギヌス』にて退けたが、肉片に混じりクリスティーナに渡した結婚指輪が落ちているのをジェリーは発見している。他の家族も、絶望的だろう。ジェリーはクリスティーナの指輪と自身の指輪にチェーンを通しドックタグと共に常に身につけている。

 

守りきれなかった無念。産まれるはずだった我が子。その影をクラリウスに被せることでジェリーは気を紛らわしている。

 

頭を振り、現実に意識を戻すとジェリーは粛々と脱出の準備を開始する。

 

まずは石動(いするぎ)八重(やえ)の保護を依頼した。

 

什卧(じゅうが)から八重に関わる情報を粗方得て、それをそのまま石動に流す形で、彼には保護対象の概要を知ってもらった。

 

什卧と八重の関係に石動は思わず固唾を飲む。確かにショッキングな話だとジェリーも思う。

 

付随して、八重に関しての情報には穴ばかりある。はたから聞けば、まるで五翔会が仕組んでやった事のように思える。だが今はその事は重要ではない。石動はこれから現存するその情報でパターンを割り出しピースを構成し穴にはめていく事だろう。

 

顔や手には、その者の人生が現れるという。

 

情報も然りだ。その情報を熟読し、データ–––文字の更に奥を見つめる。小説を読んで世界を思い描くように、その人物像を鮮明に描いていく。

 

暗殺任務に関しても同じだ。相手に愛着が湧くほどに情報を解読する。長年付き添ってきた友人のように、何でも知っているという状態まで鮮明に人物像を掘り出していく。

 

そういう過程を踏み、任務に当たるのが特殊戦技教導隊の教えだ。

 

今頃石動はデータと睨めっこしながら風嵐八重(かざらしやえ)という少女の人物像を掘り出している頃だろう。

 

脳裏に石動のしかめっ面がよぎりジェリーは思わず1人笑う。

 

座学が苦手だった石動は、よく居眠りをこいていた。その度に目覚ましという題目で過激な運動(罰)を強いられるのだが、彼は懲りずによく眠っていた。

 

結果、学科は教導隊で最下位だが体力面は飛び抜けて優秀だったという残念なのか否か分からない兵士が石動八夜懿(いするぎやよい)だ。

 

情報判読は大丈夫だろうか? いや、そんな心配をするのは石動に失礼か。彼はとっくに1人前の戦士だ。

 

作戦立案から撤退までの全てのプロセスを1人でこなす独立工作員(シングルトン)。それを養成するのが特殊戦技教導隊だ。特戦隊出身者に、甲斐性無しはいない。

 

英名にしてSpecial(スペシャル) Combat(コンバット) Maneuver(マニューバー) Squad(スクワッド)出身者は世界で暗躍している。その戦果は凄まじい。

 

識別コード『ゴールドリオネル(光輝な叛逆者)』は目標を奪取するためにヨーロッパを横断。道中、各国の諜報員が妨害しにやって来るが、それをことごとく片付けてみせ無事に任務を完遂してみせた。

 

識別コード『クリムゾンフォッグ(深紅の濃霧)』は某国大統領を誘拐。大統領を奪還すべく軍隊が総動員されるが包囲網をかいくぐり国際裁判所まで護送した。

 

識別コード『ローズリコリス(甘美な猛毒)』は、メキシコの社会そのものと言って過言ではない麻薬カルテルを1人で壊滅させた。

 

単身で国政を一変させる事も可能なHigh-end warrior(完全無欠の戦士)

 

特戦隊、またはSCMSと呼ばれるこの部隊の部隊章は最高の切り札を意味するジョーカー。

 

地球の上に立ち、3つの心臓(生物の命、物の命、世界の命)でお手玉をしているジョーカーが描かれている紋章を持つ者がいたらそれは世界最高の兵士の証だ。

 

かく言うジェリーの体にも、五芒星(ペンタグラム)の他にそのジョーカーが右肩に彫られている。日本人の石動や神威は入れ墨を拒否したため、戦闘服の肩口にこの紋章が縫い付けてあるだろう。

 

今回はそんな特戦隊の人間が3人がかりで作戦に当たる。そんな事は前代未聞だ。通常ならば、作戦成功確率は限りなく100%に近いだろう。だが、相手取るのは機械化兵士。ジェリー自身は機械化手術を受けているので互角に渡り合えるかもしれないが、彼ら2人は人間のはずだ。

 

軽火器による対機械化兵士戦闘。恐らくはステージIVガストレアに素手で挑むようなものだろう。圧倒的な戦闘能力の差。だが石動はそんな戦闘に自信を覗かせていたのをジェリーは思い出す。一体どんな秘策があるのか?

 

気になって仕方がないが、考えたところで分かるはずもないのでジェリーは次の準備を開始する。大量のマガジンと45ACP弾、6x35mm専用弾を取り出し、丁寧に1発1発弾込めしていく。

 

その作業が終わればタクティカルベストとタクティカルベルトを装着。ベルトにはダンプポーチ、野外救急キット、ナイフシース、レッグホルスター、ハンドガン用のマグポーチを吊り下げる。それから居室の隅にうず高く積まれているケース群から2つケースを取り出す。ダイヤル式の錠を開け、中から取り出したのは鈍色に光る銃器。

 

ナイトホークカスタム社製シャドウホークガバメントを取り出し機能点検。セーフティは機能しているか。撃鉄は起こるか。引き金と連動し落ちるか。異常なく作動する事を確認するとマガジンを挿入、弾込め。そうしてレッグホルクターに収め予備マガジンをタクティカルベルトのポーチへ。

 

もう片方のケースにはナイツアーマメント社製KAC 6x35mm PDWが入っている。取り出して3点スリングを装着。次いでスライドを開放し薬室を点検。何も異物が入っていない事を確認しマガジンを挿入。スライドを戻して初弾装填が完了する。PDWのマガジンと手榴弾、フラッシュバンを数個ベストに収め装備類の準備が完了した。

 

銃や弾薬、装具を合わせ約18kg。今回は室内戦闘を想定した装備なので比較的軽く収まっているが想像してみてほしい。まず、人は両手に物を持つだけで思うように走れなくなる。それを約5kgの銃に置き換え、かつ10数kgの重りをつけ、全力疾走、急停止というストップアンドゴーや伏せたり立ち上がるという全身運動を長時間しなくてはならないのが戦闘だ。恐らくは一般人ならば装具をつけて30メートル走るだけでも相当にしんどいはずだ。それをジェリーら兵士は死と隣り合わせの戦場でコンバットストレスと戦いながら敵とも戦かわなくてはならないのだ。

 

戦闘行動中に息抜きと言える娯楽などは殆どなく、キャンプにいる時でも気は抜けない。食事も携行食で済まし、睡眠もロクに取れない事はザラだ。蓄積されていく疲労。過激さを増す戦闘。衣服はベタつき汗臭くなるが、風呂など当然入る事などない。日常から乖離(かいり)された世界。それが戦場だ。

 

どれだけの持久力と瞬発力。ひいては判断力に忍耐力が必要か想像出来るだろうか?

 

通常の軍隊ならば、隣にはたくさんの戦友がいる。辛い事を共有できる仲間がいる。それだけで、人間は困難に歯を食い縛りながらも耐える事が出来る。

 

だがジェリーら独立工作員(シングルトン)に仲間はいない。オペレーターさえいない。1人で進んで難局に当たり、それを克服しなければならない。強靭な精神力。そしてそれに負けない靭強な肉体が要求され、訓練は地獄を優に超えた凄惨な有様となる。

 

最高の切り札と呼ばれるには、人間をやめなければならない。まともな精神構造の人間ならば直ぐに潰れてしまう訓練を耐えられるのは、ひとえに内面に持つ凶暴性のお陰だ。

 

そこしか居場所がない人間に、退路など望むべくもない。ジェリーら特戦隊出身者は内面に手もつけられない獰猛な狂犬を飼っている。喉笛に食らいつかんと噛み合わせた歯の間からヨダレを垂らす兇暴(きょうぼう)な破壊衝動。日常生活では満たせられない欲求を求め志願した碌でなし共。

 

果てには抜け殻のように表情が無くなった者。笑いが止まらなくなった者。屍体(したい)でなければ性的興奮を覚えなくなった者まで特戦隊は人間から生物兵器へと変貌した奇人しかいない。

 

故に情けなど存在しない。敵だと判断した瞬間にはただの的を撃つように引き金を引く。まさに戦闘マシーンとなる。

 

瞳を閉じたジェリーは深呼吸をする。胸いっぱいに空気を吸い込みゆっくりと吐き出していく。今ジェリーを支配しているのは戦闘に先立つ不安や恐怖ではない。銃を手に取り、まるで無くしていた体の一部を取り戻したかのような安堵感だった。手に吸い付くようにフィットするグリップに肩口にスポッとハマるストック。

 

あぁ、やはり俺にはこれしかない……。

 

ジェリーは静かに時を待つ。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

その頃、四聖什卧(ししゅうじゅうが)は八重の事を考えていた。

 

誰しも命を懸けた大一番に挑む時は、大切なモノの事を考える。

 

風嵐八重(かざらしやえ)はガストレア大戦により家族を失った少女。戦争孤児だ。

 

大戦後、大半の孤児は親戚に身を引き取られるが、その後、多くの子供は性的虐待を受ける可能性が高い。子供は便利だ。体さえあれば金が稼げると里親は子供を売春宿へ売り飛ばす。

 

幼女、幼児趣味の男たちが代わる代わる肢体を舐め回し、自らの肉棒を咥えさせ、まだ小さな膣や肛門を無理やりこじ開け欲求を満たすのは、大きな争いの後はある意味ありふれた光景となる。

 

戦争の後に、男娼や女娼が現れるのは至極真っ当なプロセスと言って過言ではない。それは今までの歴史が立証してくれるだろう。

 

什卧は、そういった人種に対し特段感情は抱かない。そこにどんな背景があろうが、同情などは絶対にしなかった。だが、年端もいかない子供がロクに歩くことも出来ず、口も半開きになり閉じられなくなった状態だったなら、何も思わない人間はいまい。

 

だが、ガストレア大戦直後の国民は、全員が疲弊していた。鬱憤が溜まっていた。目の前の惨事さえ、「自分でなくて良かった」と思う程度まで人の道徳は堕ちていた。

 

什卧とて例外ではない。武術でつちかった力を駆使してガストレアと戦った。連日連夜、終わりの見えない戦いを繰り広げた。什卧の体から血の臭いがしなかった日はない。

 

消耗しきった体力に、擦り減らした精神。最早、目の前で子供が暴漢に乱暴されていようが不憫に思う程度だった。自分に何が出来るのか? 今日の飯でさえ苦心しているのに、他人を(おもんばか)る余裕などはない。見て見ぬふりを決め込むのが1番の得策となっていた。

 

だが当時、共にいた瀧華仁は違った。

 

子供の未来を守るため、彼は立ち上がった。最初は誰も見向きもしなかった。聞く耳すら持たなかった。什卧も、当初は何を言っているんだと思った。だが仁の熱い想いが什卧の傷つき凍てついた心を溶かすのにそう時間はかからなかった。

 

復興の激動期の最中、2人は子供たちを保護するべく組織を作った。有り体に言えば孤児院だが、お世辞にもそんな立派な建物ではなかったし食事も1日2食出せればいい方だった。より良い設備や環境を整えるため仁と什卧は東奔西走する。

 

そんな慌ただしい日々を送り、ある程度国内の情勢も安定してきた頃、施設の前に1人の赤子が捨てられていた。

 

置き手紙には、『風嵐八重(かざらしやえ)』という名前だけが記されてあった。

 

当然、そのまま見過ごすことも出来ずに施設で預かる事となる。

 

その後、什卧は八重を我が子のように可愛がる。すくすくと成長していく八重だが、彼女は次第に普通の女の子ではない事が露見していく。

 

コタール症候群に伴い、カニバリズム–––食人症を併発していたのだ。食人症は字の通りだが、コタール症候群は「自分は死んでいる」「自分から腐った魚の匂いがする」「自分には内蔵がない」といった身体性の否定等の脅迫観念に駆られる精神障害だ。そしてコタール症候群の人間は必ず墓場に行こうとする。墓場には仲間が沢山いると信じて疑わないからだ。

 

八重は度々姿をくらましていた。そして什卧が探しに行くと、彼女は必ず墓場で1人佇んでいた。「私の家はここ」と言って聞かない八重を什卧はいつも無理やり連れて帰った。

 

そうして月日が流れれば、八重の『内蔵がない』という感覚。『体が朽ちていく、腐敗していく』という感覚は益々強くなっていった。そこで八重は、内蔵を食べる事でそれを補おうとする。新鮮な人肉を補給し、体を保とうとする。

 

ある日、1人の子供が行方不明になる。その子は後に、数個内蔵が抜かれた状態で発見された。そんな怪奇殺人が幾度か繰り返される様になり、子供たちには極力外出を控えさせるように心掛けていた仁と什卧だったが、またふらりと八重がいなくなっているのに気付き什卧は墓場へと向かった。

 

そこで什卧は信じられないモノを目撃してしまう。

 

八重が人間の腹を開いて、内蔵に貪りついていたのだ。

 

これには流石の什卧も驚いた。八重に恐怖を感じた。だが、八重を導けるのは自分しかいないという使命感の元、什卧は八重を保護する。

 

仁にもこの件を報告した什卧は、その後の対応を協議した。

 

まずは八重を医者の元へと連れて行った。何度となく診察を受け、正式に八重がコタール症候群の人間である事が言い渡された。そして、それに伴い食人症まで発病させたという結果も。

 

重度の精神疾患。だがそれだけでは終わらなかった。悪い事は連鎖する。

 

人肉を食べれば発病すると言われるクールー病にかかってしまう。クールー病は自律神経に異常をきたし、筋肉のコントロールができなくなる。歩行困難や、腕や足などが硬直、筋肉の震えが止まらなくなることもあり、筋肉の異常だけでなく、脳にも症状が現れ、痴呆、記憶力の減退や感情が激しく乱れるなどする。さらに発症後1年程度で死に至る病とされている。

 

徐々にクールー病の症状を訴え始めた八重を、什卧は見ている事しかできなかった。

 

暴力からなら八重を守るだけの力を什卧は充分にもっている。だが今回は目に見えず実体もない『病』という敵になす術がなかった。

 

什卧は途方にくれた。自分の無力さに歯噛みした。人っ子1人守れず、何が天穹式格闘術の免許皆伝者か。

 

そんな折、五翔会は仁と什卧に接触する。

 

クールー病は不治の病とされ、あと八重の寿命は1年未満だった。それを助けたくても助けられない什卧に、五翔会は冥府魔道(めいふまどう)(いざな)おうと手練手管(てれんてくだ)要件を突き付ける。

 

そうして、主従契約は終了した。

 

『スレイブドッグス』となり、機械化手術を受け、四聖什卧(ししゅうじゅうが)ヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)となった。

 

約束通り八重の病は全て完治。風嵐八重(かざらしやえ)は普通の女の子となって勾田(まがた)小学校に通っている。

 

だが什卧は知らない。八重は、五翔会が送り込んだホムンクルスである事を。予め発病を仕込まれていた子供だという事を。什卧と仁の戦闘力が欲しかったが故に利用された人工生命だった事を。

 

組織を裏切るような事があれば、ボタン1つで八重は再びコタール症候群にかかり、食人行為をするようになる。そして強制狂人作成課程(CMMP)に組み込まれ、什卧を殺す事に全力を尽くすようになる。

 

四聖什卧の未来は、険しい(いばら)の道となることが確約されている。

 

 





ほぉほぉ(´・Д・)」

なかなかにシリアスでしたね。

と、そんな事は置いておいて

次こそ

ジェリー様の素晴らしい

銃撃戦が出来たらなと思います。

私、一応なんですが

ミリタリー関係の仕事に従事してまして

恐らくは一般人より

そういった知識があるんじゃないかと

自負しとります。

なので

リアリティーを重視しつつ

架空の世界でしか出来ないような

カッコいいガンアクションを

出来たらなと思っている今日この頃。

頑張ります。


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第13話

頑張れジェリー。

頑張れ什卧。

皆さんの応援が

彼らの力になります^ ^


『パガトリー』司令兼『バルドュール』首領、五翔会4枚羽構成員ハングドマン(吊るされた男)は情報小隊からたった今上がった報告書を睨むようにして読む。

 

白髪混じりの頭髪、長身痩躯で壮年のハングドマンがいる部屋は中央司令室。パガトリーの中枢部だ。正面には巨大なELパネルが備えられており、他の壁面にはプラネタリウムのように監視カメラの映像や循環装置の作動状態などが所狭しとモニタリングされている。

 

「おい。これは本当なんだろうな?」

 

ハングドマンは低く、爬虫類を思わせる冷酷な眼で相手を射抜き、有無を言わさない口調で問う。それに報告書を持ってきた構成員は冷や汗を垂らしながら答える。

 

「は、はい。間違いありません。ヴェーヌスは『スレイブドッグス』のヴァジュラ・ヤクシャ(金剛夜叉明王)の居室に行っています。中で何が行われたかは分かりませんが、何かしらのアクションを起こす可能性が高いです」

 

ハングドマンは思考する。組織は一緒だが命令系統が違う『スレイブドッグス』に『バルドュール』の人間が用があるはずがない。

 

「ヴァジュラ・ヤクシャはタキ・ラージャの弟子だったか?」

 

「はい」

 

「ふむ……」

 

ハングドマンはジェリーの事をよく知っている。なぜなら、ハングドマンのかつてのコードネームは『クリムゾンフォッグ(深紅の濃霧)』。『ロイヤルミスト』と並び称されるCQCの名手。某国大統領を誘拐し、軍隊の包囲網さえ潜り抜け国際裁判所まで護送した張本人。ハングドマンの舌には3つの心臓をジャグリングしているジョーカーが彫ってある。

 

「あるいはジェリー坊やは、ヴァジュラ・ヤクシャの身上把握に行っていたのかもしれんな」

 

「……はい?」

 

「どちらでもいいが。以降、ジェリー坊やに不審な動きは?」

 

「以降ヴェーヌスは自らの居室にて待機しております」

 

「……そうか」

 

ハングドマンはゆっくりと報告書から視線を監視カメラのモニター画面へと移す。

 

ジェリー・ペレロ。『ロイヤルミスト』の識別コードを与えられ、現在は『ヴェーヌス』として五翔会に籍を置く……か。奴は昔から下らない事にこだわるところがあった。今回のナンバー57を回収した事で何か奴に心境の変化が起こるような要因はあったか……?

 

ハングドマンはジェリー、什卧、仁のデータを閲覧し、共通項を見つけていく。

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)。天穹式格闘術免許皆伝者。風嵐八重(かざらしやえ)の自由と引き換えに『スレイブドッグス』に加入か………ふむ。

 

瀧華仁。什卧の師匠にして今回のナンバー57を匿っていた忌まわしきクソッタレ。

 

仁は在籍時にはジェリーと親しくしていた。親友と言って過言ではない程の仲であったとハングドマンは推測する。その仁はナンバー50以降の『純正スレイブドッグス』開発において生命を冒涜すると言い猛反発。結果、ドッグス達が1人でに歩けるまで成長したならば子供達を解放して匿った。

 

仁は裏切る時、ジェリーらに相談はしなかったのか?

 

その可能性は低い。

 

していなかったとしても、恐らくは什卧、ジェリー共に仁が裏切る事を感付いていたはずだ。参加しなかった両者には重要な共通項がある。それはクラリウスと八重の存在だ。守るべき者の存在が足枷となり、奴らは動けなかったに違いない。

 

となるとだ。今更行動を起こす理由がナンバー57の回収なのか?

 

50から70までの純正『ドッグス』はあっけからんと回収されていった。その中で全然足跡が分からなかったのが60と57だった。

 

60は先日回収され、57は昨日回収されている。

 

仁の死は、結局無駄だったのだ。その事を身に染みて分からないほど、2人も馬鹿じゃないはず。

 

ハングドマンの頭の中では、ジェリー達がここで行動を起こす必要性が見つからなかった。だが同時に、ジェリーがわざわざ什卧の元まで”歩いて”行く必要性も見つからなかった。

 

このパガトリーは巨大だ。区画が1つ違えば内線を使用するのが常とされている。

 

それをわざわざ、”歩いて”……。

 

ハングドマンは脇腹に吊るしてあるシースからスローイングナイフを1本抜くとペンを回すようにクルクルと器用に指の間を滑らしていく。

 

こういう時、ジェリーや什卧。関係人物ばかりに焦点を当てすぎて忘れてしまっている事項が存在する。1度縛りをとき、ハングドマンは新たに点ではなく局面としてジェリーの行動を見る。

 

ふと、ハングドマンの脳内で、ある1つのキーワードが浮かんだ。

 

–––『特殊戦技教導隊』–––

 

ここは日本。そして日本人で特戦隊出身者と言えば……。

 

もしもそいつに連絡を取ったというのはらば、五翔会を裏切ろうという動機にも納得のいく説明が出来る。

 

ハングドマンはオペレーターに指示を出す。

 

「ジェリーの通信端末の発信履歴をチェックしろ」

 

「了解」

 

オペレーターは淀みなくキーボードをタイピングしていく。

 

メインモニターにはジェリーのIDが表示された通信端末のデスクトップが映し出される。

 

そして、1人でに画面上ではコマンドが実行されていきとうとう発信履歴を画面一杯に映し出した。

 

「何かしら細工がされた痕跡があります」

 

「復元しろ」

 

「了解」

 

再びオペレーターはキーボードを叩きだす。

 

そして画面には『データ復元中』の文字と共にパラメータが表示された。やがてそのパラメータが満たされれば、登録されていない番号が1件現れた。

 

ハングドマンはボソボソとその番号を口にしてみた。

 

やはりか! ジェリーッ!

 

「おい! 至急『アポカリプスナイツ(黙示録の4騎士)』に出動を要請しろッ。他の奴らは施設を破壊しかねん。ヴァイスリッター(白騎士)だ。直ちにジェリーを拘束するよう指示。並びに『スレイブドッグス』のナンバー”50”涅哩底王(ねいりちおう)ラークシャサ(羅刹天)』を什卧の元へ遣わせ! 殺しても構わんッ」

 

ハングドマンは歯を剥き唸る。

 

あの番号は『リジッドフォース』のコンフォメーションナンバーだ。

 

『リジッドフォース』–––石動八夜懿(いするぎやよい)と言えば今や五翔会に仇名す機械化兵士の天敵と言って過言ではない。

 

SMS(Supervise Mechanization Soldier)機関の対機械化兵士専用兵装『ジャッジメントライトニング(裁きの雷)』を装備した特戦隊出身者。

 

最強の助っ人を得たつもりかジェリー? よもやお前が裏切るとはな。裏切り者に容赦などしない。

 

ジェリージェリージェリー……。

 

ハングドマンは口角を異様に吊り上げ、奇声を上げて嗤う。

 

「ひっひっひッ! ひゃっはっはっはっはッ! ジェリー坊や! お前の大切なモノを、お前の目の前でズタズタに切り刻んでやるッ! お前が発狂するまで、痛めつけてやる! 傷物にしてやる!」

 

ハングドマンは顔に鬼面の冷笑を貼り付けたまま、自身もジェリーの居室へと向かう。

 

 

※ ※ ※

 

 

時刻は14時00分。

 

ジェリーは居室内で入念な準備運動をする。しっかりと反動をつけてストレッチをすれば、筋肉は3%稼働効率が上がるとされている。いざという時動かない体では瞬く間に死のループにはまってしまうため、こういった予備運動を疎かにする者は案外早く死ぬ傾向にある。何がどう作用するか予想出来ない戦場では、日頃からの錬成の如何により命運が別れる。

 

そうして、充分に体が温まったところでスーパーソルジャーヒューエルバー、チョコテイストという長ったらしい名前の携行食を口にしてクラリウスが淹れてくれたコーヒーを飲む。

 

コーヒーは眠気を覚ます効果もあるが、運動の30分前に飲めば集中力が向上する効果が確認されている。

 

もっとも、作戦開始はもっと後。構成員の殆どが寝静まる夜中だ。これはコーヒーブレイクに過ぎない。

 

先程の運動も装具の重みを体に馴染ませる為にした行為だ。ある程度負荷に慣れさせた状態から運動するのと、突然負荷を掛けて運動をするのとではスタミナの消費に大きな違いを生む。

 

最悪五翔会側にこちらの意図が露呈している場合、即刻刺客が送られて来るだろう。物心両面、非常事態に備えるのは悪い事ではない。

 

ジェリーはクラリウス用に作られた専用の寝具を撫でる。

 

何かのおふざけか、クラリウスはいつも棺で眠っている。そして眠る時間帯はいつも太陽が昇っている昼間だ。

 

彼女は体内に宿す因子の影響により、夜行性–––夜に活発に動ける様になる。

 

デスクに腰を委託し、楽な姿勢で立つジェリーはしばし瞳を閉じる。

 

時計の秒針が刻む音がうるさく聞こえる程の静寂。

 

今はハッキリと頭も冴え寝る事など出来ないが、こういったこまめな休息が長時間動ける様にする大事な要因となってくる。

 

ただ静かに、ジェリーは秒針が刻む音を聞いていた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

同時刻。

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)は眼を覚ました。

 

朝方、ジェリーが居室へ来て去って以降、夜決行される脱出のため什卧は仮眠を取った。

 

半覚醒の什卧は洗面台に赴き顔を冷水で洗う。

 

タオルで水滴を拭うと、軽食を摂る。

 

淡々と日常動作をこなしながら、意識を徐々に脱出へむけ集中させていく。

 

瞑想の姿勢を取り、精神統一。体の各筋肉群に即座に動作に移れるよう気を巡らせる。

 

そして、天穹式格闘術の型の演練に入る。空間動作で、仮想敵に鋭い蹴りを放ち、骨よ砕けよと突きを放つ。

 

生理的極限を追求した各個動作に直ぐに息は上がり、汗が滝のように噴き出す。

 

一通りの動作が終われば、什卧の体のコンディションは最高の状態まで達した。発汗後の処置をして、衣服を取り替える。動きやすさを重視しつつ各所に保護の名目で獣毛が付けられているオリジナルの戦闘服を着用する。

 

首回りに(たてがみ)のように獣毛があしらわれた紺地のコスチューム。右腕の前腕部には狼の体内から腕を突き出したように頭が縫い付けられ、左肩から尻尾が垂れるように、まるで狼が肩をまたがり寝そべっているようにデザインされた物だ。

 

什卧は大きな試合などは必ずこの服装で挑んでいた。

 

武術会では『蒼黒の餓狼』というあて名を与えられた畏怖される武人。

 

服を纏うと同時に什卧の目から飢えた狼のように一切の慈悲の光が取り払われる。擦れた目つきとなり、既に戦闘モードへとマインドは切り替えられた。

 

研ぎ澄まされた感覚。自らの存在を水体化し、周りに溶け込ませる様に周囲の状況を把握する。

 

天穹式格闘術、琉染霞解津(るせんかげつ)

 

だからこそ、什卧は接近する邪気にいち早く気づいた。

 

扉の向こうから破壊と滅亡に囚われた魔物の気配。

 

途端、破壊音と共に什卧の視界に急速に扉が迫り来る。

 

それを伏せる事で回避した什卧は、目の前に現れた人物を見て眼光を鋭くする。

 

年は17、18と言った所だろうか。首から下をハイセンスな漆黒の鎧に身を包み、鬼のように烈火に燃える長髪をたなびかせる1人の刺客。羅刹天の図像を忠実に再現している少年は下卑た笑みを浮かべる。

 

「よおオッサン。自己紹介はいいだろ? お前を連れて来いって言われてんだ。大人しくしててくれよ」

 

少年は悠然と什卧へと歩いてくる。

 

その少年の首筋には五芒星(ペンタグラム)の刻印に、中央には『50』の文字。

 

什卧は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

『ラウンドナンバー』との遭遇。49番までで1番強いのは『ラウンドナンバー』たる什卧だ。だが『ラウンドナンバー』同士ならば単純に数が多い方が強い。50と60、70には、什卧は絶対に勝てないようになっている。

 

ナンバー50。名は五薀盛苦(ごうんじょうく)。コードネームは西南を守護する十二天の1人、羅刹天(らせつてん)の原名『ラークシャサ』。破壊と滅亡を司る神だ。

 

ならばと什卧は先手必勝と攻撃を仕掛ける。

 

「天穹式格闘術・剛式隷下(ごうしきれいか)–––『綴螺栓血(つづらせんけつ)』ッ!」

 

指を伸ばした貫手による連続刺突を繰り出す。ガストレアの体皮を軽く突き破る程の威力を秘めた貫手による連撃。1発でもマトモに食らえば相手は死んだも同然だ。

 

だがラークシャサは表情1つ変える事なく連撃をかいくぐる。無数に見える程高速の突きを的確に見切り必要最低限の動作で回避しつつ什卧の懐まで忍び込む。

 

「下位ナンバーが、粋がるんじゃねぇ」

 

そう吐き捨て、余裕綽々と貫手をキャッチしてしまう。

 

「くッ‼︎」

 

什卧とて、上位のナンバーと戦うのはこれが初だ。まさかこれ程までに力の差があるのか。

 

だが、諦める訳にはいかない。ここで敗れるような事があれば、八重はどうなる?

 

什卧は掴まれている手を捻った。捻りながら相手のホールドから逃れ、全霊を持ってラークシャサの心臓を射抜かんと強引に貫手を突き出す。

 

だが敵の方が上手のようだ。ラークシャサは半身になり貫手を躱す動作に少しアクセントを加えて什卧を壁に放り投げる。

 

自らの勢いに加算されるラークシャサの体捌きによる運動エネルギー。什卧は受け身を取るべく体を反転させる。全身にのし掛かるズシリとした衝撃。辛うじて受け身を取った什卧だが、視界には間髪入れずに拳が迫る。

 

前転し回避運動を取る。が、拳打は僅かに掠ってしまう。

 

刹那、什卧は全身がバラバラになるんじゃないかと危惧する程の振動を感じる。

 

ちッ! 『超振動デバイス』か。

 

僅かに掠ったにも関わらず、触れられた左腕の上腕三頭筋の付近はゴッソリと抉られてしまっている。四肢の指先にはビリビリと振動の余韻が感覚として残っている。

 

一方、ラークシャサの目標を失った拳打は壁に激突。大量の粉塵を空間にブチまけながら、さながら掘削機のようにズブズブと壁にめり込んでいく。

 

そして、ブオオンという振動音を轟かせると、壁が一気に瓦解する。

 

部屋中に粉塵が蔓延し、視界が効かなくなる。

 

什卧は腰を低く落とし、利き腕を前へ突き出す防御特化の『雲集霧散(うんしゅうむさん)の構え』をとった。

 

そして、琉染霞解津(るせんかげつ)により全身をレーダーとして相手の動向を探る。

 

だが、相手は格下相手に小癪な手は不要とばかりに真正面から堂々と現れた。

 

「抵抗するなって。それがお前のためだぞ夜叉吉」

 

「……」

 

恐るべき純正『ドッグス』。まさに戦闘の為だけに造られた者が、これ程に強大で強力な存在になろうとは……。

 

だが、退路などない。

 

什卧も、機械化兵士としての能力を解放する。

 

「『アークハイフレクンシー(弧を描く高周波)』」

 

指先がチカチカと閃光を放つ。すると什卧の両手から蜃気楼が立ちのぼる。

 

「はん! オッサンがどんだけ頑張った所で、序列の壁は越えられ無いぜ」

 

「ほざけガキが。俺はまだ28だ。オッサン呼ばわりしてんじゃねぇ。年長者を敬わねぇとどうなるか、人生の厳しさをお前に教えてやるよ」

 

「はははッ! 人生の厳しさだってぇ? ––––」

 

その後もラークシャサは喋り続ける。だが什卧は耳を貸さずに攻撃を仕掛ける。

 

(はし)れ! 『ハイフレクンシー』ッ!」

 

什卧はラークシャサに向けてまるで下手投げで何かを投げつけるように腕を振り上げた。

 

すると、蜃気楼が粉塵を切り裂き亀裂を発生させながら床面を駆け抜ける。一気呵成にラークシャサまで伸びると足元から肩までを怒涛の勢いで駆け上がった。

 

蜃気楼が舐めたラークシャサの右半身の鎧が、スッパリと綺麗に斬り裂かれる。数瞬後、帯たたしい量の鮮血がそこから噴射され、ラークシャサの顔に驚愕の色がこびりつく。

 

什卧は今がチャンスと攻撃特化の『天壌無窮の構え』へ移行する。

 

ラークシャサの右半身から噴き出す血液。ならば奴は今右側の視界が無いも同然。

 

什卧は華麗な足捌きで瞬く間に死角に躍り出る。

 

「天穹式格闘術・剛式隷下–––『荒魔如幻掌(あらましきげんしょう)』ッ」

 

什卧は血飛沫を上げる傷口へ向け、掌打を繰り出す。

 

ラークシャサから見れば蜃気楼を上げる什卧の必滅(ひつめつ)の掌打が、血のカーテンを突き破り突如として出現する形となる。

 

だが果たして–––。

 

ラークシャサは体を捻る。それは野生の感か生存本能か。什卧の顔に大量の血液が降りかかる。そこに生まれた一瞬の(ひる)み。

 

不完全となった掌打が、本来狙うべき地点から大きく逸れ

鎧の脇腹にヒット。什卧の能力、『アークハイフレクンシー』の前に鎧など無意味だが、そのワンクッションが結果としてラークシャサに防御の時間を与えてしまう。

 

僅かに、肉体へと届かなかった掌打。

 

鎧を裂く間に、ラークシャサが什卧の手首をガッチリと掴んでいた。

 

これが極まっていたならば、結果は違っていたものになっただろう。

 

相手の油断を突き、一気に攻め立てる。奇襲ならば、実力が上の者にも勝てる可能性があった。

 

だが、奇襲は失敗した。もう相手は油断などすまい。

 

1度のチャンスをモノに出来なかったのが什卧の敗因だ。

 

ラークシャサは什卧のこめかみへ拳をねじ込む。

 

頭を逸らしガラ空きとなった腹部に深々と膝を叩き込む。

 

今度はくの字になり、後頭部を露わにした所で両手を組んだハンマーを打ち下ろす。

 

荒々しくも的確に急所を射抜くラークシャサの打撃に、什卧の意識は儚くも断ち切られてしまう。

 

「ったく。手間掛けさせんなっつっただろうがクソが!」

 

ラークシャサは力が抜けた什卧を担ぐと部屋を後にした。

 

 

※ ※ ※

 

 

ジェリーは静かに目を開けた。

 

何故なら、ノックもせず、音も無しに入って来る無礼者が現れたからだ。何気ない動作を装いながら棺に錠をかけクラリウスが出てこれないようにする。

 

ジェリーの脳裏には”失敗”の2文字が浮かんでいた。

 

だがそんな事はおくびにも顔に出さず、相手を確認する。

 

ブロンドの綺麗な髪を肩まで伸ばしたハンサムな白人。ファッションモデルのように、白のライダースジャケットを上手く着こなしたオシャレさんだ。ジェリーと同じような雰囲気を放っている。

 

だがジェリーはそのハンサムな白人を見てため息をつかざるを得なかった。

 

何を言おう彼こそ、ジェリーが遭遇を恐れた『アポカリプスナイツ(黙示録の4騎士)』の1人。第1騎士、ヴァイスリッター(白騎士)だ。

 

「何のようだヴァイスリッター?」

 

ジェリーは平然を装い問う。

 

「何のよう、か。それはお前自身の格好を見てみれば分かると俺は思うが……どうだ?」

 

「これか? 俺はこれからCQBの訓練でもしようと思って準備していたんだが、問題だったか?」

 

「CQBの訓練をする事に問題はない。その技量をますます磨こうとする姿勢は高く評価する」

 

「それはどうも」

 

「だが、組織に仇名そうとするその姿勢は、粛清の対象だ」

 

ジェリーはアカデミー賞を受賞出来るほどの演技で、怪訝な表情と適切な間を作り会話を続ける。

 

「……何の事だ?」

 

「貴様の理解など得る必要は無い。裏切り者には死をもって償ってもらうのが、組織の掟だ」

 

このヴァイスリッターは冗談が通じないストイックな男だ。ジェリーが何を言おうが命令を実行する。最初から、交渉の余地はない。

 

一瞬だけ、無音の空間が生まれた。

 

コードネーム、ヴァイスリッター。本名はヴィクトール(勝者)ライヒナール(敗者)というドイツ人。対テロ特殊部隊出身で、彼は潜入任務中に1度身分がばれた事があるという。21人に取り囲まれたが、彼はその体1つでその死地を潜り抜けたという伝説を持っている。人体構造を知り尽くした体術のエキスパート。デコピン1撃で人を殺せるという噂が飛び回る程、彼は格闘戦が強い。近づかれたならばほぼ最後。敗北–––死を意味する。

 

2人が動くは同時だった。

 

一挙に銃を構えるジェリーに、一気に間合いを詰めようとするヴァイスリッター。

 

セーフティからフルオートに親指で切り替え。狙いなど付けずに相手を近づけないためだけにデタラメに弾幕を張る。

 

暴れる銃口を制御しつつ、連発しながらジェリーは狙いをヴァイスリッターへと向けていく。

 

当のヴァイスリッターはそんなジェリーの意図を予め予測していたのか、銃声がしても最初は動じずに真っ直ぐ突撃。相手が照準しだしたところを見極め回避運動をとりはじめる。

 

1分毎700発のペースで弾丸を吐き出すKAC 6x35mm PDW。弾丸の初速は1秒で739m。銃口の延長線上に身をおけば回避する暇などなく弾丸は体を損傷させるだろう。

 

これは素手のヴァイスリッターが不利に思えるが、銃も弾が無限にある訳ではない。

 

30発入りマガジンを撃ち尽くすのにかかる時間は約2.5秒。

 

その間持ちこたえれば、必然ジェリーはリロードをしなければならない。

 

この最初のマガジンをいかに上手く使うかが、勝負の命運を分かつと言っても過言ではない。

 

ジェリーが2.5秒の間に1発でも当てるか、ヴァイスリッターが2.5秒避け切るか。

 

軍配はどちらに、勝利の女神はどちらに微笑む。

 

ジェリーは刮目し、ヴァイスリッターの動きを追う。視線を追尾する形でKAC 6x35mm PDWの銃口が振られる。

 

床や壁を穿つ弾丸。飛び散る破片。だがまだ1発もヴァイスリッターには被弾していない。

 

とうとう、ジェリーが持つマシンガンはすべての弾丸を吐き出し終え、新たな弾を寄越せとスライドを解放した。

 

ジェリーは即座にリロードの動作へ移る。だが僅かにヴァイスリッターが次手に移るのが早かった。

 

ジェリーが人差し指をトリガーからマガジンのリリースボタンまでに移動する間でヴァイスリッターは既に両者の腕が届くクロスレンジに体を侵入させていた。

 

一巻の終わりか? デコピン1撃で人を殺せる人間に接近を許して活路はあるだろうか? 自らも接近戦においての自信はあるが果たして結果はどうだろうか?

 

ヴァイスリッターがその魔手をジェリーへと差し伸ばす。

 

リロードは確実に間に合わない。銃を捨てて格闘戦に移行するか? いや、それも間に合わない。

 

ならばここにおける最善の行動とは何か?

 

この最初のマガジンをどう使う(凌ぐ)かが、勝利の命運を分かつ。

 

両者共に理解する所だ。

 

ならばとジェリーは永遠とも思える刹那に思考を巡らす。

 

独立工作員(シングルトン)はほどんどの物を現地調達して任務を続行していく。何事も創意工夫が必要だ。定番や定石に囚われてはならない。

 

マガジンは、ただ弾を込めるだけの箱ではない。

 

時に凶器として役に立つ。

 

ジェリーはリリースボタンを押しながら、マガジンを弾き出すために銃を勢い良く傾ける。

 

映画などでは視覚的に派手に見せるためにマガジンを豪快に抜き飛ばして荒々しく装填する場面が多々見られるが、マガジンも無料(タダ)ではない。銃と同じように大切に扱う。現実世界では使い終わったマガジンはダンプポーチという大きな吊り袋にまとめて突っ込み持ち帰るのが定石だ。

 

故に、ヴァイスリッターはジェリーがこのカードを切ることが予想できただろうか?

 

型破りな行動にヴァイスリッターは意表を突かれた。弾き出され勢いよく飛来するマガジンを顔面に受け、怯んだ。

 

ジェリーはその隙を突き右手でレッグホルスターからナイトホークガバメントをドロウ。実戦での使用を念頭において開発されたナイトホークガバメントは確実に撃てるための即応性を重視している。

 

即座に銃手の要望に応え、45ACP弾丸を全弾吐き尽くし、その全てを敵に命中させた。

 

ストッピングパワーに優れる45ACP弾を受け、1発につき1歩後退していくヴァイスリッター。

 

距離が開いた。

 

ジェリーは『インフィニティ・アイギス』を駆使。斥力フィールドを発生させ、それをそのままヴァイスリッターへぶち当てる。

 

「『グランドシュナイダー』ッ!」

 

ジェリーの周囲に発生した蒼白のドーム。それは規模を拡大していきヴァイスリッターへ突撃。圧倒。殺到する斥力と壁に挟みうちにされたヴァイスリッターの骨肉がブチバキと異音を発する。

 

このまますり潰す!

 

ジェリーは『アイギス』の出力を上げる。

 

蒼白の燐光が部屋一体を呑み込む。

 

壁を押し砕き、尚も破壊せしめようと拡張し続けるフィールドをジェリーは引っ込める。同時に神速でKAC 6x35mm PDWのリロードを実行。さらにタクティカルベストからM67破片手榴弾を取り出し投擲出来るように安全レバーを止めている安全ピンの二股に割れている部分を摘み1本に束ねる。

 

そしてストックを脇に挟む抱え撃ちという姿勢で粉塵の中に弾丸をばら撒いていく。

 

乱射をしながらジェリーはM67破片手榴弾の安全ピンを口で抜き取り投擲。飛んでいく手榴弾から安全レバーがしっかり離れたことを視認し3秒カウントする。

 

1.2……–––数えながらもジェリーは弾幕を張り続ける。弾が尽きれば間髪入れない神業のリロード。相手をその場に(はりつけ)にする。

 

––––3。同時にジェリーはフィールドを展開。襲い来る魔速の破片を確実に弾きながらマガジンチェンジ。白煙を上げる程に加熱された銃身部。保持しているフォアグリップにまで伝わるその熱は、明らかな限界設計を超えた使用に銃が悲鳴をあげている証拠だ。

 

それまでの使用をして、ヴァイスリッターは倒せただろうか。

 

ジェリーは耳を澄ます。何故か下の階の人間の騒然とした話し声が聞こえてきた。

 

M67破片手榴弾は破裂した際に四散する破片で人体を破損させる兵器だ。床や壁を壊す程の爆発力は持っていない。ならば何故下の階からの声が聞こえるのか?

 

やがて消えゆく粉塵。ジェリーは隙なく銃を構えながらヴァイスリッターの生死を確認する。

 

だがそこで足元に大量の”砂”が堆積しているのを見咎め頭をフル稼働させる。

 

ヴァイスリッターの機械化能力……。

 

アポカリプスナイツのそもそもの設計思想はDual Deity Ability(重複する神の力)。機械化能力を2つ以上装備する事。

 

奴は接近戦仕様の機械化兵士。詳細は何だったか。

 

壁を砂にする能力とは。

 

ジェリーに思い当たる節はなかった。未知なる集団アポカリプスナイツ。『スレイブドッグス』とは違う『バルドュール』勢の新世界創造計画への足掛かり的存在。

 

視線を巡らせば、床には人が通れそうなサイズの穴が開けられており下のフロアまで繋がっていた。下は研究ラボだ。化学薬品のツンとする匂いが部屋にまで漂ってくる。

 

立ったままその中を覗く。穴の直下にはやはり砂が小山を築いていた。

 

ヴァイスリッターの能力の1つは物を砂に分解する能力と見て間違いない。そんな能力を人体に駆使すれば、一体どんな効果をもたらすのだろうか? 絶対に接近を許せない。

 

ジェリーは穴からラボへと降り立つ。

 

ラボ内ではヴァイスリッターが仁王立ちとなり出口を塞いでいる。そこを通せと研究員は急かしているようだ。

 

一体どういう状況なのか? それは次の瞬間にわかった。

 

ヴァイスリッターは研究員を1人残さず殺す。

 

詰め寄ってきた研究員を喉輪に捉える。変化は直ぐに始まった。まるでアイスクリームが溶けるように研究員の首から上が溶けていく。それも尋常ではないスピードで。ドロドロのヘドロとなった人肉がボトボトと床に積もっていく。

 

研究ラボには、形容しがたい異臭が漂った。

 

残りの研究員が逃げる暇も与えず、ヴァイスリッターは視認すら困難な鋭い毒針の様な突きを繰り出していく。貫かれた人間は突かれた箇所を中心にどんどんと人肉ヘドロへと成り果てていく。

 

「きっ……貴様! 何故関係のない研究員を……?」

 

「俺たちナイツの能力は極秘になっている。知ってしまった者は死をもって黙秘してもらう事になっている」

 

「な……ッ! そんな理由で」

 

「掟は掟だ。少しでも寛容しようものなら、それは掟たり得ない」

 

「単細胞が!」

 

「本来ならばお前にも死んでもらう所だがな、今は捕獲しろという命令だ。良かったなジェリー。まだ死ねないぞ」

 

「ほざけッ!」

 

構え、照準、撃発。最初からヴァイスリッターの眉間へと狙いを定めフルオートでKAC 6x35mm PDWを連射する。

 

がしかし着弾点を的確に見切っているヴァイスリッターは手で眉間を守る。音速を超えた弾丸はだが、掌に当たると砂へと分解され周りに霧散していく。

 

「分かっただろうジェリー。そんなオモチャは『アナライザー』たる俺には通用しない。有象無象の限りなく、俺の前では全てが意味を成さない」

 

ジェリーは焦燥に駆られた。『インフィニティ・アイギス』をフル活用すれば恐らくはこのヴァイスリッターを退ける事は可能だろう。だがその先。この白騎士よりも強い存在が3人も控えているとすると、想像以上の難局を迎える事になりそうだ。

 

「大人しく投降するか。ジェリー?」

 

ヴァイスリッターは抑揚なく、事務的に尋ねる。

 

ジェリーはKAC 6x35mm PDWのスリングを肩から外し、床に置く。

 

この行動にはヴァイスリッターも驚いたのか目を丸くする。

 

「そうだ。それがお前のためだ。こんな所で無駄な時間と労力を働く事はない」

 

「黙れ」

 

「……何だと?」

 

「俺はクラリウスに、自分自身に誓った。何者にも屈しないと。どんな強敵だろうと粉砕すると。こんな所で、立ち止まるわけにはいかない。悪いがなヴァイスリッター。勝つのは俺だ」

 

ジェリーはタクティカルベルトに吊るされているナイフシースからカランビットナイフを引き抜く。

 

カランビットナイフは東南アジアで生まれた鋭く湾曲した両刃のナイフの事だ。グリップエンドに指を通すリングがあるのも特徴で、それを応用した技法は多岐にわたる。ネコ科に見られる鉤爪のような刃は「突き刺してから引き裂く」結果をもたらすため傷が深く大きくなりやすい。

 

特殊な形状ゆえ技術が習熟していなければ武器としては機能しないという欠点もあるが、今のジェリーとは無縁の話だ。

 

人差し指をリングに通し、逆手に持つ。そうして他の装具を全て取り外す。

 

「俺を相手に格闘で挑むか。面白い。『ロイヤルミスト』と称されるほどの腕前、見せてみろ」

 

「望むところだ。身を持って学ぶがいい。悪夢とは何なのかをな」

 

ジェリーはカランビットナイフを持つ右手を前に両手でデッドクロスを作り肉薄する。

 

ヴァイスリッターは純粋に自らの格闘の技量を発揮しようと機械化能力を収める。肩幅よりやや広くスタンスを取り膝にたわみをつけ弾力を持たせる。脱力した状態の腕を胸の前で構え凶眼で対角のジェリーを睨む。

 

ナイフ術における初級では大きく9箇所の急所を教えられる。級が上がれば更に細かく全身の急所が入ってくるが根本は同じだ。大まかな急所は胴体付近で9箇所。1箇所でも押さえたならば出血多量で相手は死ぬ。

 

ジェリーは上段から首筋を狙いカランビットを滑空させる。半月型の刃が血を吸わせろと煌めきを放つ。

 

ヴァイスリッターはカランビットの軌道を読み、交差させた腕でジェリーの手首を絡め取ろうと両手を前に構えた。

 

それは、一瞬の出来事だった。

 

ジェリーのカランビットは軌道を変え、雷光よりも速い速度でヴァイスリッターの股をV字に切り裂いた。

 

そしてほぼ同時、ゼロコンマ数秒のズレでレバーにナイフを突き入れ強引に引き抜く。

 

相手にしてみれば、何が自分に起こっているのか理解出来ないだろう。

 

ヴァイスリッターは股の間にある太い血管を裂かれた事を自覚しておらず、ジェリーが上段からの袈裟斬りをフェイクにレバーへの刺突を繰り出したとまでしか知覚していないはずだ。

 

それほどまでに速いナイフ捌き。

 

ヴァイスリッターの白いライダースジャケットから覗く刺突痕からは赤黒い血がドクドクと溢れ出して来ている。

 

それはまるで涙のように伝っていき、太腿で赤い血と混ざりズボンに染みとして拡散していく。

 

ヴァイスリッターの眦がここに来て裂けんばかりに開かれた。脚を見て、レバー以外にも致命傷を負わされているのを認めたようだ。

 

「こッ……の!」

 

常に冷静沈着なヴァイスリッターの顔が憎悪で歪んだ。

 

「勝つのは、俺だ」

 

「掟に背くものには……死をもって…………償わせる」

 

脇腹からは止めどなく血が溢れている。失血で気を失うのも時間の問題だ。それでもヴァイスリッターは使命を果たそうと構えを取る。

 

「悪いな。まだ俺は死ねない」

 

ジェリーの電光石火の斬撃。腕を横薙ぎに胴体の真ん中を裂こうとする。ヴァイスリッターは紙一重に回避。カウンターで拳を繰り出そうとするが、腹部が熱を帯びているのを感じ大きく後ろに飛び退く。

 

視線を下せばライダースジャケットには新たな傷が付けられていた。真一文字に腹部を横断する裂傷。

 

正体は、エクステンデッド・グリップという技法。人差し指を通してあるリングでカランビットを回し、それで血肉を裂くという高等テクニックだ。実戦の中で繰り出せるジェリーは本物の達人だろう。紙一重で避けて安心出来ないのがカランビットの怖いところだ。紙一重では回転をさせれば充分に刃が届く範囲なのだ。

 

「く……ッ!」

 

ヴァイスリッターの顔に焦燥の色が浮かび上がる。

 

「越えさせてもらうぞ。お前の屍を!」

 

ジェリーは手を休める事なくカランビットを動かす。

 

ほぼ視認することすら叶わない亜光速の斬撃。ヴァイスリッターの防御の裏をかいくぐり、確実に急所を切り裂いていく。悪夢のような一方的な攻勢。

 

とうとう、膝から崩折れたヴァイスリッター。

 

瞳には轟々と燃える闘志を未だ残しているが、体は言う事を聞かないようだ。無言でジェリーを睨み上げる。早く殺せと言わんばかりに。

 

ジェリーはクルリとカランビットを回した。刃に付着していた血液が床、壁、天井と四方へ散る。

 

「……」

 

トドメの1撃を、この刃をヴァイスリッターの眼球に突き立ててやれば脳を破壊してこの勝負には片がつく。

 

ジェリーは腕を引き絞り突きを放つように刃を滑らせた。

 

–––その時。

 

上の階から棺が落下してきた。落ちた衝撃で蓋が開く。だが中にはクラリウスの姿は無かった。

 

背筋に氷塊を入れられたような寒気が、ジェリーを襲う。

 

まさか…………クラリウス……。

 

ジェリーの予感は当たってしまう。

 

力なく四肢を投げ出した状態のクラリウスが上から”投げられ”棺と激突する。彼女の体には至る所に裂傷があった。寝巻きの純白のネグリジェが赤黒く変色するほどに。

 

「クラリウスッ!!」

 

ジェリーは駆ける。一目散にクラリウスの安否を確かめに駆けた。

 

瞳を瞑った人形のようなクラリウスを抱き起こす。白磁の肌には赤くパックリと裂けた傷がやはり至る所にあった。だがジェリーが嘆息していたら、その傷は驚くべきスピードで修復されていった。

 

だがそれでもジェリーの怒り焦燥がない混ぜとなった激情は収まらなかった。

 

一体…………誰がこんな事を。クソ野郎!

 

と、突然顔面に衝撃。

 

ジェリーは頭を仰け反らせながら大きく吹き飛んだ。そして薬品がしまわれている棚と激突。けたたましい音を立てて割れ、落下するガラス達と混じり、ジェリーも地面に突っ伏した。

 

何が?

 

すると、クラリウスが一人でにムクッと起き上がったかと思えば、空中に浮いた。

 

だがそれはあまりにも不自然な姿勢だった。まるで誰かに首根っこを捕まれ力づくで”吊るされている”ような感じだった。

 

吊るされている…………ッ!

 

脳裏に、ある人物の笑みが浮かんだ。

 

すると、空間にクックックと誰かの笑い声が浮遊する。

 

クラリウスの付近の景色が歪んだ。その歪みはやがて人型を取り出していくと同時に徐々に姿が浮かび上がっていく。ジェリーがよく知る人物だ。

 

「ハングドマン!」

 

「よおよおジェリー坊や。相変わらず強いねぇナイフ」

 

「貴様ッ……!」

 

「クックック。何だ? このメスガキを痛めつけたのは、この俺だよ–––」

 

–––楽しかったぜぇ〜。子猫のように怯えた目で見上げんだよ。「やめて」って。それを無理矢理押さえ付けて切り刻んでやった。ひっひっひひひ! ヒャッヒャヒャッヒャ!

 

頭が真っ白になった。灼熱の怒気が頭からつま先までを駆け巡り全身を焦がした。気付けばカランビットで切りかかっていた。

 

だがハングドマンは亜光速の斬撃を容易く受け止めた。自身の愛用するフルセレーションナイフで。

 

「どおしたどおしたどおしたジェリージェリージェリー? 何をそんなに怒っているだ? ん?」

 

「てッ……めぇ……ぶっ殺してやる!」

 

「はははははははは! あのジェリーが! あのジェリーが! ぶっ殺してやるだってぇ? はははははははッ!」

 

バカも休み休み言え。

 

そう冷徹に吐き捨てたハングドマンの顔に、微笑は無かった。

 

鍔迫り合いの格好でナイフを突き合わしていた2人。ハングドマンはナイフを力の限り押す。その痩躯からは想像出来ない程の力でジェリーは押される。故にジェリーは必死に耐えようとした。だが、上に意識が行き過ぎてハングドマンの意図に気付くのが出来なかった。

 

膝を真正面から蹴られジェリーは片膝をついた。痛みに顔をしかめた瞬間には眉間にナイフの柄がブチ当てられた。

 

たたらを踏み後退するジェリーの額から鮮血が舞う。

 

「はっはっは! まだまだアマちゃんだなジェリー坊や」

 

「……クソが!」

 

「クソだよShitだよ肥溜めだよ。ははははは! ジェリー。俺はお前のそんな顔が見たかったんだよ。お前の整ったその顔が、憎悪に、苦痛に、歪む顔が見たかったんだ俺はッ!」

 

ジェリーはまだハングドマンが喋っている最中に渾身の踏み込みをした。

 

懐に入り、ジェリーはハングドマンの喉へカランビットを突き立てんと振り上げた。ハングドマンは呑気に笑みを浮かべながら先ほどまでジェリーがいた視点を見ていた。つまり、気付いていない。

 

刃が綺麗な弧を描きハングドマンの顎を捉え頭蓋の内側へその切っ先を食い込ませる。

 

そう確信した。

 

だが、振り上げようとした右腕は金縛りにあったかの如くビクともしない。

 

ハングドマンが、手首をガッシリホールドしていた。

 

ギョロッと目だけを動かし、ハングドマンは瞳の中にジェリーの整った顔を閉じ込める。

 

そして、口パクで告げた。

 

〔見・え・て・る・ぞ〕

 

そこでバキッという快音が耳朶を叩いた。同時に脇腹に激痛が走る。

 

視線を落とせば、ハングドマンの持っていたナイフが脇腹に刺さっていた。ハングドマンは肋骨の隙間を狙い刺突。刺したならばナイフを捻りあげ肋骨をへし折っていた。

 

痛みにドッと脂汗が噴き出す。

 

ハングドマンはジェリーの割れた額へ頭突きをお見舞いする。

 

鈍い音を轟かせ頭蓋と頭蓋は衝突した。ジェリーの脳内で星が散る。

 

「まだだぞジェリー。簡単に気を失うなよジェリー。もっとだよジェリー」

 

ハングドマンはもう一撃頭突きを敢行。同じ箇所へ前以上の力で頭を振り下ろす。自らの額も割れようが微笑を顔に張り付けたままハングドマンは舌を出して嗤う。

 

もはやジェリーに起死回生のチャンスは無かった。力も無かった。

 

ハングドマンはその後も徹底してジェリーを痛めつけた。

 

ジェリーが気を失うのにそう時間はかからなかった。

 

ハングドマンはジェリーを担ぎ上げるとヴァイスリッターに指示を出す。

 

「いつまで休んでいるつもりだ。もう治っただろう。お前はこのメスガキを連れて来い」

 

「了解」

 

「さぁ、これから楽しい、それは楽しい事が起こるな。ジェリー……可哀想になジェリー。目の前で大切な者が少しずつ削がれていくのはどんな気分なんだろうな? お前は何も出来ずに、ただ見ている事しか出来ないんだジェリー。本当に可哀想になぁ〜」

 

ハングドマンの股間は、異様な膨らみを見せていた。

 

「そうだな、他には……目の前で、お間の大切なメスガキを犯してやるぞ。 死んでも犯して犯して犯して、ホームレスにも喰わせてやろう。貪らせてやろう。目をくり抜いて穴を増やそう。穴という穴にブチ込ませてやろう」

 

ヨダレを垂らしてハングドマンは語る。

 

その後を、無表情のヴァイスリッターが付いていった。




あらあら

皆さんちゃんと応援しました?

ジェリー可哀想に……。

どうなるんですかね?


解説を入れると

什卧の能力はプラズマ切断の原理です。

ヴァイスリッターは超振動により分子間の結合を解いてしまうという能力です。

ハングドマンはマリオットインジェクションですね。

歪みきった世界で正義を貫こうとする男たち。

いつか彼らが報われる日が来る事を

一緒に祈りましょう。


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第14話

『ジェリー、ジェリー、ねぇ、起きて』

 

完全に光から隔離された世界で、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

『ジェリー、ねぇってば。起きて』

 

この声、忘れるはずがない。

 

『ねぇ、ジェリー。起きてってば』

 

クリスティーナ……。

 

ゆっくりと目を開けた。部屋に差し込む眩い陽光。風にはためくカーテン。寝室には朝の空気が充満していた。隣には妻のクリスティーナがいる。瞬きをすれば音がするのではないかと思うほど長い睫毛。その奥に覗く碧い瞳。すっと通った美しい鼻梁。本能をくすぐるセクシーな唇。造形めいて整った容姿の、俺にはもったいない女性が太陽よりも眩しい笑みをこぼしながら語りかけてくる。

 

『あのね、驚かないでね。私たちに新しい家族が増えるわよ』

 

彼女は子供のようにピョンとベットに腰掛けると、そのまま胸板に飛び込んで来た。そしてイタズラっぽく上目遣いに覗き込んでくる。

 

あぁ。また、この夢か……。

 

「なんだ? ペットでも飼うのか」

 

『何言ってるのよ。神様がね、私たちに天使を遣わして下さったのよ』

 

知っている。だが夢の中の俺は間抜けな顔してこう答える。「……え?」と。

 

『ふふ。私たちの間にね、赤ちゃんを授かったのよジェリー。だ・か・ら、絶対に帰ってきてね、私の王子様。私は待ってるからね』

 

「……赤ちゃん…………。俺たちの?」

 

『もう、ジェリーはおバカさんね。他に誰の赤ちゃんなのよ』

 

そう言うと、クリスティーナは顔を近づけてくる。柔らかい感触が唇に押し付けられた。彼女の甘い吐息が脳を痺れさせる。

 

『なんて顔してるのよジェリー。もうお父さんになるんだからね、しっかり!』

 

子供か…………。

 

遠い、遠い昔の話だ…………。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

焼きごてを押し付けられているかのような強烈な熱にジェリーは目を覚ました。

 

胸元をまさぐり、その熱の正体を確かめる。襟からチェーンを引っ張りだせば、ドックタグと共に吊るしてあるクリスティーナに渡した結構指輪が熱の正体だった。

 

「クリスティーナ……」

 

ジェリーは不思議な力を感じ、その正体を探るようにボソッと彼女の名を呟く。

 

「おやおやジェリー坊や、もうお目覚めかい?」

 

と同時にハングドマンのと思しきつま先が視界に現れる。かと思えば次の瞬間にはそれはジェリーの体にめり込んだ。

 

「がッ!」

 

体を丸め、ジェリーは痛みに悶絶する。

 

「あぁあぁロイヤルミスト。おうおうヴェーヌス。哀れなジェリー坊や。変な気さえ起こさなければそんな目にあう羽目なかったのに。悲しいね〜」

 

ハングドマンはジェリーの周囲を巡りながら語りかける。

 

「裏切り者の末路……知ってるよな?」

 

狂人の低い嗤い声が部屋に響く。

 

「だがな、昔からの(よしみ)だしな。お前にはスペシャルコースを用意してある。天国、地獄、超地獄。どれがいい?」

 

「ぐっ……う…………」

 

「おいおい。そんなに痛めつけたっけか? しっかりしろ〜!」

 

ハングドマンはジェリーの胸ぐらを掴み乱暴に揺する。それに対し弱々しい眼光で睨み返す事しかジェリーには出来なかった。

 

「なんだか辛そうだしな。いいや、超地獄コースで殺してやる」

 

荒々しくジェリーを突き飛ばすとパチンと指を鳴らすハングドマン。すると『バルドュール』構成員がクラリウスを連れてくる。

 

彼女はバラニウム製の椅子に同じくバラニウム製の鎖でもって繋がれ、自由を奪われた状態だ。猿轡を咬まされ喋る事もままならない。

 

「クラリウス!」

 

その姿を見てジェリーはやっと状況を思い出した。幸い自らに体を拘束する機器はつけられていない。即座に立ち上がり、クラリウスへ駆けようとする。

 

だがそこに躍り出る1つの影。

 

割って入るや激烈な拳をジェリーの顎を抉るように繰り出した。

 

視認するのと、拳を食らうのは同時だった。

 

的確に急所を射抜く打撃にジェリーは体の自由を奪われ頭から床に倒れた。

 

夢と現実の狭間。奇妙な浮遊感を得た中で、ジェリーは影の正体を見極める。

 

「……ヴィルヘルム…………」

 

ヴィルヘルムと呼ばれた細身の白人男性は靴底で床をにじる。その後、足を後ろに振り上げると、振り子のように前へと突き出しジェリーの腹部へ蹴りを叩き込む。

 

体をくの字に折り、壁まで吹き飛ぶジェリー。激突の衝撃で四肢が壁に張り付く。パラパラと破片がジェリーと共に床へ落ちる。

 

「お〜いクンペル(相棒)。怪我人を何て扱いするんだい」

 

「……」

 

ハングドマンはヴィルヘルムをクンペル–––相棒と呼んだ。

 

「ジェリー坊や。本名で呼ぶから蹴られるんだよ」

 

「……」

 

ヴィルヘルムの顔には表情と呼べる動きがない。さながらサイボーグのように無表情、虚無の仮面で佇んでいる。

 

ヴィルヘルム・クレスツェンツの五翔会におけるコードネームは『エクスバイエ(抜け殻)』。その鋼鉄のマスクに感情を晒す事なく、粛々と任務をこなすためにそう言われるようになった。そして同時に、ヴィルヘルムはグリューネワルト教授の最高傑作『アブグルント・カタストローフェ(根源的破局)』を備えた機械化兵士。斥力フィールドを防御ではなく、攻撃に特化させて駆使する。特殊戦技教導隊では『ゴールドリオネル(黄金の叛逆者)』として暗躍し、諜報の世界に激震を与えたその人だ。

 

ジェリーは部屋の隅から全体を見回す。ここに来てやっと状況を把握した。

 

ここはナン・ゴールディン(悪魔の遊び場)と名ずけられた拷問部屋だ。床や壁、天井に染み付いている多量の血痕。部屋に備えられている棚にはホルマリン漬けにされた人間の顔面や、血塗れの電動工具やペンチ、多種多様の針、何に使用するのかわからない複雑な構造の金属などがある。恐らくは濃密な血臭も漂っているだろう。パガトリーのナンバー1、ハングドマンにナンバー2、エクスバイエ。その他『バルドュール』の工作構成員。そして『スレイブドッグス』のラウンドナンバー『50』を冠するラークシャサこと五蘊盛苦(ごうんじょうく)の姿も確認できる。

 

「……什卧」

 

ラークシャサの足元には四聖什卧(ししゅうじゅうが)が横たわっている。

 

作戦は…………失敗した。

 

なんと呆気ない。ジェリーは虚無感に打ちひしがれる。什卧は、今何を思っているだろうか?

 

彼の大切な八重さえも巻き込み、クラリウスも囚われた。そして自分より上位の『バルドュール』戦闘員2人に睨まれ『ラウンドナンバー』も在室している。

 

絶望。

 

挽回不可能なシチュエーション。

 

だが不思議と、ジェリーの胸内に悔しさはなかった。

 

無。

 

何も感じない。特戦時代、どんな境地に陥ろうがジェリーは死に対する恐怖などは感じた事がなかった。冷静に状況を分析し、活路を見出し今まで生還し続けた。

 

ジェリーの瞳には消え入りそうだが確かにまだ光が灯っている。それをヴィルヘルムは冷ややかな目で見下ろした。

 

「ジェリーやジェリー。クソッタレのジェリー坊や。お前は対ゾディアックガストレア兵装を与えられた戦士だ。その役目は替えが効かないのによくもまぁ……」

 

ハングドマンはジェリーの脇腹を踏み躙る。

 

「まぁ……まぁ、ね。ま、いいか。お前が死んだとしても五翔会は揺らがないさ。戦力の増強も終わってるしな〜。あとは黒ビル組の働き次第なんだが……」

 

ハングドマンは足をどけると背を向け腕を組む。

 

だが、ハングドマンの思考を遮るようにヴィルヘルム–––エクスバイエが言を発する。

 

「ヴォルフ。俺は帰るぞ」

 

まるで電子音が発するように感情の篭っていない抑揚のない声音。

 

「おうさ。いいとも、帰りたまえ」

 

コツコツと靴底を鳴らし、エクスバイエは退室した。

 

「まったく、奴もさぁ。本名で呼ぶなよな〜」

 

ハングドマンは狂人の笑みを浮かべながらジェリーの顔を覗き込む。

 

「ひっひッ! 何を惚けた顔してんだよ〜。お楽しみはこれからだろう?」

 

ケラケラと嗤い声が部屋に木霊する。

 

ジェリーは意識して先のことを考えないようにした。

 

 

※ ※ ※

 

 

四聖什卧(ししゅうじゅうが)は部屋の状況を把握した。

 

自分は仰向きにこの悪趣味な部屋で寝転んでいる。そして、滅多にお目にかかれないような高級幹部がすぐ目の前にいる事。ジェリーも囚われ、奴の大事な少女も椅子に括り付けられている。

 

さきほどまでは意識がまるで泥沼の中に沈んでいたが、今になって視界も回復し事の仔細が観察出来るようになった。

 

何故こいつらは俺を拘束していないんだ?

 

まず率直に思ったのがそれだった。ナメてるのか?

 

什卧の反骨心が業火の如く燃え上がる。諦めの気概など皆無だった。

 

それにジェリーの顔を見て、什卧は怒りを覚えた。

 

目は(おぼろ)で生きる事を諦めたかのようにか弱い光しか放っていない。意識をなくしている間に何があったかは知らないが……。

 

何を呑気に寝てやがるんだ! クソッタレがッ!

 

グツグツと煮え返り、遂には噴火が如く什卧の体を激情が駆け巡る。

 

「おいクソガキ。汚ねぇ足を退かしやがれ」

 

什卧は自らの体に足を置くラークシャサに言った。

 

「あん? まだそんな元気があったかクソジジイ」

 

「まだ28だっつっただろうがッ!」

 

什卧はジジイ呼ばわりした少年に下から蹴りを放つ。

 

まさかこの状態で反撃をするとは予想しなかったのだろう。ラークシャサはそれを防ぐ事で精一杯だった。

 

鉄槌のような重い蹴りにラークシャサの体はたたらを踏んだ。

 

枷が外れた瞬間に跳ね起きる。

 

そして、間髪を入れずに追撃。

 

天穹式格闘術(てんきゅうしきかくとうじゅつ)剛式隷下(ごうしきれいか)–––

 

「『不還湧幻掌(ふげんゆうげんしょう)』ッ!」

 

下から捻り出す掌打をラークシャサの土手っ腹目掛け繰り出す。

 

狙い誤らず、掌打は深々と腹部にめり込んだ。ラークシャサは大量に胃液を床にぶちまける。

 

浮いた体に什卧は更に追撃を加えようとする。がしかし、ラークシャサは反撃をしてきた。

 

野生剥き出しに什卧の首筋へ食らいつく。

 

骨の内で最高の硬度を誇る歯が皮膚を貫通し筋繊維を断つ。

 

「ぐぅぅ」と犬のように唸るラークシャサに什卧は容姿なく機械化能力を発動させる。

 

「このッ、クソ犬が!『アーク・ハイフレクンシー(弧を描く高周波)』ッ!」

 

指先が眩い燐光を放ったかと思えば、掌から蜃気楼が立ち上る。

 

その首を跳ね飛ばしてやるッ!

 

什卧は迷う事なく腕をラークシャサの首へと振り上げた。

 

だが、腕は虚しく宙を切った。そして迸る激痛。

 

ラークシャサは噛み付いた箇所を起点に倒立。振り上げる腕と同角度に体を持って行き、必殺の手刀を回避したのだ。

 

肉を引きちぎられる痛みに什卧は歯を食いしばる。

 

自らの肩に噛みつき倒立する相手に対するマニュアルを教える武術などあるだろうか?

 

一瞬次手に転ずるのに遅れた。

 

だがラークシャサにとって、その一瞬は永遠とも言える絶好のチャンスだった。そのまま体を前に倒していき着地。遠心力を乗せて什卧を壁に放り投げる。

 

バック宙をするように体は後方回転をしながら壁に激突。什卧は一瞬呼吸が出来なくなる。

 

食い千切った肉片をラークシャサは貪る。

 

「やっぱ、ジジイの肉は不味ぃな!」

 

口の端じから垂れる血を拭い什卧に肉薄する。

 

勢いそのままラークシャサは剛直の拳を振りかざす。

 

それに対し、什卧は冷眼で迎え討つ。次に繰り出すは……。

 

天穹式格闘術、柔式隷下–––

 

「『磨我陀念珠琉輝(まがたねんじゅりゅうき)』」

 

什卧は木の葉が湖面に落ちるように迫り来る剛拳に手を添えた。

 

そして、流すのではなく、弾く。

 

『磨我陀念珠』の第2段階、『琉輝』。

 

相手の攻撃を捌くだけでなく、そのままダメージを返す。

 

最高のタイミング。最適な力の入れ具合。達人の絶技。

 

「ぐッ!! ぅぁあああ!!」

 

ラークシャサの捌きを受けた腕はクレーンに思いっきり引っ張られたかのように上へとつり上がった。

 

肩関節がありえないほど上ずったのを確認した什卧は、敵の右腕を1本使用不能にした事を確信する。

 

いける! 上位の『ラウンドナンバー』を越える!

 

今こそ、無敗の拳を。

 

天穹式格闘術・剛式奥義–––

 

「『萊號獅槌(らいごうしっつい)ッ!!』」

 

渾身の踏み込みで必殺の間合いに躍進する。その速度、まさに瞬間移動。そして繰り出すは上下捻唸麟(しょうかねんてんりん)を凌ぐ落雷の如き踵落とし。

 

取ったッ!

 

だが、什卧は忘れていた。ここにいる敵はラークシャサだけではない。

 

突如として頭蓋に衝撃が走ったかと思えば、視界が回った。そして衝撃。

 

痛みに呻く頃になって自分の体勢を理解する。

 

腕を捻りあげられている状態で取り押さえられている。さながら警察官に捕まった泥棒と言った感じだ。

 

「おいおい、誰の許可を得てはしゃいでやがる? 死にたいようだな。ん?」

 

ハングドマンが完全に相手の挙動を掌握下に置き冷徹に吐き捨てる。

 

「くッ!」

 

「お前らさぁ、マジでどうしたんだよ? えぇ? 死ぬと分かっててそんな事してんのかよ?」

 

「貴様には分からねぇだろうな」

 

「へへへ。分かりたくもないね下らねぇー。俺には身寄りがいねぇ。最初からこの世界で1人だった。誰にも必要とされず、誰からも相手されなかった俺が、こんな世界を守ろうと行動するわけ……ねぇだろバーカ」

 

「悲しいね。……ぐ!」

 

「このまま腕へし折ってやろうか? 貴様もあのジェリー坊やみたく諦めたらどうだ? ん? 」

 

ジェリー。相変わらず魂の抜けたような面をしてやがる。

 

「おいジェリー。テメェ! 目の前のその女の子は、テメェの守るべき者なんじゃねぇのか? おいッ! テメェは見殺しにしていいのか! どうなんだクソッタレッ!」

 

ジェリーは絞り出すようにボソッと言った。

 

「…………什卧、すまん」

 

「何……ッ⁈」

 

「ははは! あッはははははは! 聞いたか什卧? すまんだってよ」

 

「ジェリー。テメェ……!」

 

「おっと、そうだぞ什卧。お前にも教えておくことがあったんだよ忘れてた」

 

…………な、何だ?

 

什卧の背筋を、得体の知れないモノが駆け巡る。この、ナイフの切っ先を向けられた時のような嫌な感じ……。

 

「あー……お前のな。八重ちゃんだっけかな? 『ドッグス』のユダとクラウン・ジェスター、あとはドュルジが回収しに行ってるからな〜」

 

「……なッ⁈」

 

「驚きかな〜?」

 

予想はしていた。いや、確実に五翔会の魔手が八重に伸びる事は覚悟していた筈だ。ジェリーの仲間が八重を保護してくれるという話で什卧は協力している。だが、あの腑抜けようを見ると一抹の不安を感じ得ない。

 

だが、什卧に今できる事はジェリーの仲間を信じる事しかない。

 

「おいや? 意外と平気そうな顔だな」

 

「あぁ、平気だよクソ野郎」

 

「へ……へ。俺はそういう頑固な態度をとる奴が好きだぜ〜。いつになったらお母さ〜んって泣くのか気になっちゃうんだよね〜」

 

「顔もしらねぇ母親に助けなんざ呼ばねぇよ」

 

「…………お前も、可哀想になぁ〜」

 

什卧は必死に活路を探していた。正直にハングドマンと無駄話をしている訳ではない。

 

「悪党に同情なんざされたくねぇ」

 

「はははは! 悪党? 俺がかッ⁈ 一体何の物差しで測ったんだよ。何センチ以上は悪党になるんだよ? ええ?」

 

「小悪党は自分の事を悪い奴だと自覚して行動している。だが真性のクソ野郎は自分の正義を信じて疑わない。テメェのことだダニ野郎ッ」

 

「散々な言われようじゃねぇか。傷つくぜマジで!」

 

ハングドマンは什卧をリフトアップすると投げ飛ばす。ラークシャサは足を振り上げ迎撃の構え。腕を交差させて防御しようとする什卧。

 

お返しとはがりにスパァン! と振り下ろされた踵落としをクロスアームブロックで防いだが床には強烈な勢いで叩きつけられた。

 

「什卧、それにジェリー。お前たちともっと遊んでやりたいがな、なんせ俺も忙しい」

 

その言葉を合図とするように新たに全身タトューとピアスだらけの異常者がぞろぞろと工作員を従え部屋へと現れる。

 

ブルートー()。後は任せる」

 

「了解」

 

まさしく拷問担当という不気味な男は無表情で答える。

 

「それじゃあ、しばしの間、お別れだ。ラークシャサ、お前も来い」

 

「あいよ」

 

ははははは! っと言い残しハングドマンとラークシャサは帰って行く。

 

什卧は状況を整理する。新たに来た変態野郎と『バルドュール』工作員が10名。

 

ジェリーは完全に相手のマークから外れている。ハングドマンも居ない。今ならあいつがアクションを起こせば…………。ん?

 

什卧はここにきてやっと理解した。このハリウッドスター気取りめ! やってくれる。ジェリーもコクッと頭を垂れた。

 

そんな2人のコンタクトなぞ露知らず、変態野郎は指示を出している。

 

什卧は壁に磔にされ、ジェリーを少女の前で拘束させた。

 

変態野郎は無表情で棚にある様々な商売道具を眺めている。今日のフルコースメニューを考案しているようだ。

 

やがてペンチに針、ワイヤーカッターを持つとジェリーの前に立つ。

 

「ハングドマン様からはじっくりコトコト痛めつけろというオーダーをもらっている。そしてそれをお前に見せつけろというサイドも承っている。とことん追い詰めてやるぞヴェーヌス」

 

「…………剣を持つ者は、剣によって滅びる」

 

ジェリーは聖書からある一節を引用する。

 

「お前のような豚野郎は豚に喰われて本物のクソ野郎になんだよ」

 

それに什卧が合いの手を入れる。

 

「お前たちの機械化能力は把握済みだ。お前らの拘束具にはそれらを作動させないための装置が備わっている。お前たちに希望など無いんだよ」

 

「「…………」」

 

一同が黙し、部屋は静寂に包まれた。

 

「いいか? では–––」

 

変態野郎が作業を開始しようとしたがその時、扉の開閉音がそれを遮った。

 

「…………ヴィルヘルム」

 

扉の前には先ほど退室したエクスバイエことヴィルヘルムが再び現れた。

 

その鉄面皮には相変わらず表情と呼べるモノがない。

 

「エクスバイエ様。どうなさいました?」

 

「……」

 

変態野郎の質問になど答えず、エクスバイエはただ虚空を見つめている。

 

本当に何を考えているのかわからない。

 

だがしばらくすると、パチンと指を鳴らして帰って行った。

 

「一体、何だったんだ?」

 

変態野郎は心底わからない、と言った顔で訝しんでいる。

 

だが什卧とジェリーは互いに顔を見やって異変について確認しあう。

 

どういうタネがあるかはしらないが、確かに、エクスバイエが指を鳴らすと同時に拘束具の中の何かが壊れた。ごく小さなパキッという音が聞こえたのだ。

 

什卧はハイフレクンシーが使えるか微弱なプラズマを発生させてみた。指先は問題無く機能している。これなら拘束具から逃れる事など造作もない。

 

だがしかし、何故あいつはこんな事を……?

 

疑問に思ったのも束の間、今度は外で異変が起こる。

 

地震。

 

天然の地震ではなく、ゴウッと何か巨大なモノが地表に落下したかのような音と共に揺れが発生した。それはまるで(ひょう)が落ちているが如く連続して起こり、悪ガキがデタラメに太鼓を叩いているようにめちゃくちゃな爆音と激震を発生させている。什卧はジェリーの腕についてある時計の時刻が見えた。15時16分。

 

大きな謎は残るが、それよりも大きなチャンスに什卧とジェリーの目が輝く。

 

「什卧。愛する者の名を胸に刻め」

 

このジェリーの一言が嚆矢(こうし)となる。

 

什卧はその刹那に全霊を持ち応える。

 

「『アーク・ハイフレクンシー。カイザー・オブ・エクセリング(神すらも凌駕する力)』ッ!」

 

5指の間でプラズマが膜を張ったように展開。

 

部屋全体を閃光が呑み込む。

 

あまりの眩しさに部屋の全員が自らの目を庇う。

 

自身の拘束具を見る影もなく切り刻む、什卧は叫ぶ。

 

天穹式格闘術・剛式外伝–––

 

「『刃越紅塵煙(じんえつこうじんけん)』!」

 

機械化能力を生かした破滅の陣。

 

「はぁあああッ!」

 

什卧は両腕を振るう。するとプラズマが鞭のように伸び部屋中を舐め回す。

 

吹き付けられた箇所は即座に数万℃にまで温度が上昇し溶解される。

 

バターを斬るよりも鋭く、抵抗の余地など無く物は溶解され結果、切断されていく。

 

人も例外ではない。

 

ジェリーと少女を除くその場にいる人間はプラズマの餌食となり細分化されている。肉の断面は綺麗だった。

 

「ジェリー!」

 

什卧はジェリーの拘束具を解くと少女の拘束具も解いてやる。

 

「クラリウス! 大丈夫か?」

 

ジェリーは相手を突き飛ばさん勢いで詰め寄った。

 

「ええ、何とか……平気よ」

 

クラリウスはジェリーを安心させようと笑みを浮かべた。だが相当無理をしているのが一目で分かるほど、その笑みはぎこちなかった。

 

無理もない。治るとはいえ身体中を切り刻まれ、生理的に受け付けないバラニウムの椅子に括り付けられていたのだから。

 

そんな状況でもパートナーに心配させまいと強がるこの少女の健気さに、什卧は感動した。とても10歳やそこらのプロモーターよりも断然芯が強い。

 

だが。

 

「感動の余韻に浸っている暇はねぇぞ。蓮を救出に行く!」

 

時間は刻一刻と経過している。

 

「そうだ。クラリウス、立てるか?」

 

「大丈夫よ。行けるわ」

 

白磁の細い脚で床を踏みしめスッと立ち上がったクラリウスだったが、まるで目眩を起こしたようにフラフラと足元がおぼつかなくなったかと思えば、ストンっと尻餅を付いてしまった。

 

地震はずっと続いている。だがそれだけが倒れた理由ではなさそうだ。

 

「クラリウス、血を–––」

 

「–––いいえジェリー。あなたから貰う訳にはいかないわ。それ以上血を流せば、体を思うに動かせなくなるわ」

 

「そうか。くそっ!」

 

什卧には一体何の話をしているのか分からないが、この少女も瞳が赤い所を見ると『呪われた子供たち』のようだ。その戦闘能力に期待したい所なのだが。どうやらそう簡単に物事は進まないらしい。

 

「ジェリー。とりあえずここから移動するぞ。この騒動を生かさない手はない」

 

「そうだな。クラリウス、掴まれ」

 

「ええ」

 

ジェリーの差し出した手を力強く握りクラリウスは立ち上がった。

 

「よし! 行くぞッ!」

 

 

※ ※ ※

 

 

行く手を阻む『バルドュール』工作員。

 

だがそのことごとくが什卧のハイフレクンシーの前になす術なく細切れにされていく。

 

輪切りとなった人体がジェンガが崩れるように崩れ、そこかしこに累積していく。

 

什卧が切り開いた道をジェリーとクラリウスが付いてくる。

 

目的地である蓮が囚われている研究ラボにたどり着くのにそう時間はかからなかった。五翔会の上層部は内部で起こっている騒動よりも、外で起こっている地震について重きを置いて行動させているようだ。

 

ラボは巨大な装置類を大量に備えてあるため天井も高く面積も広い。大手の自動車工場より、恐らくはデカいだろう。

 

「……蓮」

 

そんなラボ内でジェリーと什卧は培養槽の中で大量のチューブに繋がれている少年を前に呟いた。

 

「おいジェリー。解除の仕方わかるか?」

 

「暫く時間がかかるがな。持ち堪えてくれるな」

 

「ああ。 ただし、出来るだけ早くしてくれよな。情けねぇが雑魚相手でも結構しんどい」

 

「わかっている」

 

ジェリーは培養槽に備え付けられている機械と携帯端末を接続した。淀みなくジェリーが端末を操作すると、蓮に接続されていたチューブが引き抜かれ傷口の治療が始まった。だが、その速度は早いと言えるものではなかった。

 

「おいジェリー。こんなチンタラやってたら危ねぇぞ」

 

「だが、これしか手はない。強制的にCMMPから現実へ引き戻すと植物人間になってしまう。そうだな。わかりやすく例えるなら、減圧症を防ぐために宇宙飛行士が外に出る前は減圧室に入るようなモノだ。その過程を踏まなければ正常な機能を発揮出来ない」

 

「…………いや、よく分からんが。洗濯機と一緒か? 脱水中でも脱水止めて取り出しても干しとけば乾く」

 

「全然違う! 俺の例えも微妙だったが、ズベコベ言わずに蓮を正常に連れ出すには避けて通れないプロセスなんだ」

 

「……そうか。なら、しょうがないのか」

 

「ああ。そうだ」

 

クラリウスが胡乱な目で什卧を見ているが、見られている本人は気にも留めていないようだ。だがふと、顔を入り口の方へ向ける。

 

「ちッ!」

 

琉染霞解津(るせんかげつ)により迫り来る邪気にいち早く反応した什卧は舌打ちをした。

 

「どうした?」

 

(やっこ)さん共、ちょっとヤバい奴を遣わせたな」

 

「……くそ」

 

「ジェリー、あとどれくらい掛かりそうだ?」

 

「…………10分。いや、7分だ」

 

「7分か……俺の命を、その7分。全力で燃やそう」

 

ジェリーは哀愁漂う眼光で什卧の顔を覗き込む。

 

それに「ふっ」と什卧は微笑んだ。

 

同時にそーっと入り口の扉が開く。するとそこからヌッと異様な巨人が現れた。

 

その巨人は頭部を鉄の仮面で覆い、肩に巨大なスパイクが付いたロングコートを羽織っている。

 

ジェリーや什卧が子供に見えるほどに図体のデカい刺客は仮面の奥で光る冷酷な瞳で室内を見渡している。

 

「何者だ、一体?」

 

ジェリーも什卧もこの刺客の存在を知らなかった。

 

「俺は産まれた。殺すために」

 

やがて、巨人はそう言った。天使の歌声という例えがあるが、それを言うなら悪魔の声音と例えて問題ない底冷えするような声で巨人は喋る。鉄仮面でくぐもる事により不気味さが増長している。

 

「俺はセリアンスロウププロジェクト(獣王纏身計画)が生んだ破壊の聖者、クリストハルト・ガブリエル。コードネームはヒメーレイーシュ。お前たちを殺す者の名だ。覚えておけ」

 

セリアンスロウププロジェクト。それを聞いたジェリーの眉根に力がこもる。

 

立ち消えたはずの計画が、ジェリーの知らぬところで進行していて、それがしかも完成していた……?

 

ハングドマンが言っていた言葉を思い出す。

 

『戦力の増強も終わっているしな』

 

そういう事だったのか。

 

ならば幻と消えたプロジェクトケルベロス(3つ首計画)や、エヒトプットオペレーション(真の奏者作戦)も完成しているのか…………?

 

「クラリウス。奴には絶対に近ずくな! 什卧、油断するなよ。もし奴が本当にセリアンスロウププロジェクトの成功例なら–––」

 

背後で動き。ハッとしてジェリーは前を見た。視界がスローモーションで動いている。既に巨人、ヒメーレイーシュはすぐ間近にまで迫っており、鉄拳を後ろに引き絞っている体勢だった。前腕にはガントレットと一体型のメリケンサックが付いているのを確認した。それを食らえばひとたまりもないだろう。

 

咄嗟にインフィニティアイギスを駆動。斥力フィールドを形成、防護壁とする。蒼白の球体に包まれたジェリーに触れる事は設計上不可能だ。

 

かの対ゾディアックガストレア兵装、『アブソリュティズム・アーマメント』の『マキシマムバースト』も防ぎきっている。

 

その硬度は折り紙付きだ。

 

ぶち当たったイーシュの鉄拳。だが、メリケンサックでの丸太突きもインフィニティアイギスの前に虚しく弾き飛ばされた。

 

1歩反動で退くイーシュ。だが構わずに即座に二の手を講じてくる。

 

同じく鉄拳による拳打。

 

こいつ、学習能力はないのか……?

 

ジェリーは什卧とアイコンタクト。弾いたならば斬り伏せろ!

 

力強い光を宿し什卧は頷いた。

 

凄まじい勢いで迫る鉄拳。什卧のタイミングを見計らう息遣い。鉄槌が如く振り下ろされたイーシュの拳打によりアイギスが眩い燐光を放つ。

 

……今だ!

 

仰け反るであろう直前、ジェリーは心の内で叫んだ。だがそれに応えたのは什卧ではなく、目の前の巨人だった。

 

真紅に染まるイーシュの瞳。それは、『呪われた子供たち』や『ガストレア』と同様ウィルス保菌者の著名な特徴だった。

 

「『変異体現、豪陸羅(ゴリラ)』!」

 

ボコボコとコートの表身を押し上げる筋肉。ブチッと音を立て生地が裂ければ、下からは漆黒の剛毛を宿した腕が現れた。

 

ジェリーも什卧も、目の前の出来事に固唾を呑む。

 

……本当に完成していたのか! 人体にガストレアウィルスを宿させ、特定の生物のDNAを体に表現させられる様になる魔改造を。

 

アイギスの強力な斥力と拮抗する膂力(りょりょく)

 

ならばとイーシュは更に上手を目指し変異を続ける。

 

「『二重体現、下入(サイ)』!」

 

また1回り大きくなるイーシュの巨体。だが今度は更に鉄仮面を押し破りサイの角が現れた。

 

弾かれそうになるイーシュだが、角を突き刺しアイギスを破ろうとする。

 

その光景や異様。

 

人の形をした人ならざる者。

 

「グルガァァアアアアッ!!」

 

人外の雄叫びを上げ怪力で斥力フィールドを突き破ろうとするイーシュ。

 

だが、その作業に専念しているため、什卧がノーマークだ。

 

雷の瞬きに似た閃光の中を什卧は駆ける。イーシュの懐に忍び込み繰り出すは必滅の掌打。

 

天穹式格闘術・剛式隷下–––荒魔如幻掌(あらましきげんしょう)ッ!

 

アーク・ハイフレクンシーも付加されたこの掌打を防ぐ事は人間には不可能だ。

 

そう、人間ならば…………。

 

什卧をもって会心の一撃だったが、掌は相手の体表で止まり、ただの掌打となっている。

 

ジェリーも驚愕の色を顔に浮かべる。

 

什卧の機械化能力が通用しない?

 

確かに什卧の掌からは蜃気楼が立ち上り、ハイフレクンシーを発動させている事がわかる。通常ならば、掌はふれた箇所を溶かしていき体内へと入っていくはずだ。

 

イーシュは自分の胸板で什卧が見えなかったのか足元を見て驚いたように目を見開いたが、すぐに悪巧みを思いついたような不吉な光を眼光に宿した。

 

「残念だったな『ドックス』。俺の体には極限環境微生物のDNAも組み込まれている。メタノピュルス・カンドレリという微生物は122℃の高温の中でも繁殖を続ける。分かるか? 微生物サイズでその耐熱性。人間サイズの、しかも俺のようなサイズに置き換えればその限度は計り知れない」

 

什卧は今1つの顔をしているが、ハイフレクンシーが通用しないという事だけは理解しているようだ。

 

「巨顔野郎が! 要は素手でお前を倒しゃいいんだろッ」

 

天穹式格闘術・剛式隷下–––『綴螺栓血(つづらせんけつ)』ッ!

 

貫手による連撃。腕が無数に見えるほどの高速の突きによりイーシュの胴体は瞬く間に蜂の巣ように穴だらけに穿たれる。穴からは噴水のように血が吹き出している。

 

だが。

 

「ははははは! そんな攻撃では俺はいつまで経っても殺せんぞ。三重体現・躯魔(くま)!」

 

即座に傷口が塞がったかと思えば更にガッシリと肉厚となるイーシュの体躯。今度は指先に大きく湾曲した鉤爪が備わった。

 

「さぁ、『ドックス』。本物の攻撃とは何なのか教えてやろう」

 

ジェリーのアイギスから手を離したイーシュは万歳の格好で両手を上げた。そして抱きつくように腕を畳み鉤爪により什卧を八つ裂きにしようとする。

 

それを股を潜り抜け回避した什卧。空振りとなった鉤爪が大量の火花を散らしながら床を切り裂いた。

 

「おら! デカブツ野郎が! 追って来やがれ」

 

振り返るイーシュに身構える什卧。

 

イーシュは屈んだかと思いきや跳躍。凄まじい質量で持って上から叩きつけるように鉤爪を振り下ろす。

 

什卧は腰を落とし利き腕を前へともっていく『雲集霧散の構え』で迎撃する。

 

天穹式格闘術・柔式隷下–––緋点(ひてん)焫零(ぜつれい)

 

入り身で鉤爪のキルゾーンより深く入り込み手首をキャッチすれば捻りながら一本背負いを敢行する。

 

骨が粉砕する音。筋が断裂する音。関節が外れる音の三拍子が1つとなり部屋に響いた。

 

更に什卧は相手を肘から床に叩きつけた。手首、肘は捻り上げられ見るも耐えない有様に変貌している。

 

「どうだ木偶の坊。こうゆう柔の技はお前にも効果的なようだな」

 

「…………」

 

無言のままノッソリと立ち上がるイーシュ。

 

「俺は人をして人を超えた存在。ゾディアックをも超えるネオ生命体。そんな小賢しい手をいくら弄そうとも、俺は殺せんぞッ! 『ドックス』ッ」

 

赤眼を更に輝かせ捻じ曲がった腕を薙いだイーシュ。すると、まるで逆再生のように捻られた方向とは逆に腕が回転しだした。時間の巻き戻しのように、イーシュの腕は元どおりに再生した。

 

「…………チートすぎんだろ」

 

正に什卧は八方塞がりの状態となった。打撃で傷は与えられても再生し、柔術で体を捻り上げても即座に再生してしまう。おまけに『ハイフレクンシー』も通用しない。

 

什卧はジェリーをチラリと見やる。まだ作業は続きそうだ。

 

「7分…………か」

 

目を細め、何かを決心するように、または何かを諦めるように什卧は呟いた。

 

「『アーク・ハイフレクンシー。カイザー・オブ・エクセリング(神すらも凌駕する力)』ッ!」

 

再び什卧はハイフレクンシーの極みを発動させた。

 

「ははははは! 『ドックス』。それは俺には通用しないと言っただろう」

 

「ふん。アホが」

 

イーシュの嘲りにそう吐き捨てた什卧は一気に駆けた。

 

チカチカと什卧の両掌が明滅する。視界を断続的に奪うことでイーシュに正確な距離を測るのを許さない。

 

「ち! 猪口才(ちょこざい)なッ」

 

感のみで振るわれた鉤爪は手前10センチの空間を切り裂き床に突き刺さった。什卧はそれを足場に腕を駆け上りイーシュの頭を跨ぐ形で両肩に立った。

 

これ(ハイフレクンシー)はお前用じゃない」

 

伸びるプラズマを床に縦横無尽に疾らせ什卧は–––

 

「お前に邪魔はさせない。地獄まで付き合ってもらうぞ」

 

崩れる床にイーシュ共々巻き込まれ階下へ落ちた。

 

あの一瞬で何層の床を切り裂いたのか?

 

床が崩れる音は段々と聞こえなくなるまでラボ内に届いていた。

 

「…………バカ野郎が」

 

ジェリーはそう一言だけ什卧を罵り、作業を再開した。

 

 




お久しぶりです。

次回はもう地上へ出て行く予定です。

15時16分と言えば原作第3巻のケツの話ですね。

そことリンクします。

話は一切関わりありませんが、時間軸的に言うとモノリスが崩壊した当日ですね。前話で時刻を表示したのはちょっとした伏線でした。

これからは外に出てからが本番ですね。

どう逃げ切りどうやって石動達と合流するのか?

まだまだ五翔会サイドでは出て来てないキャラが沢山いますからね。

読者様からしたら毎話新キャラのオンパレードで誰が誰やねん状態かと思いますが……。

お付き合いお願いいたします。


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第15話

イーシュと共に落下した什卧。

 

即座に断罪の踵落としをイーシュの鉄仮面目掛け振り下ろす。

 

天穹式格闘術・剛式隷下–––

 

「『嚆矢(こうし)上下捻唸麟(しょうかねんてんりん)』ッ」

 

ゴンっとドラム缶を叩いたような音と共に首を垂れるイーシュ。同時に床に激突。けたたましい音と粉塵を巻き上げ下層へと落下する。

 

だが、更にそこに追撃を加える。

 

天穹式格闘術・剛式奥義–––

 

「『來號獅槌(らいごうしっつい)』ッ」

 

前方回転をしつつ極限まで威力を高めた踵落とし。それが成功したならば回転する勢いを殺すことなく更に肘鉄を振り下ろし鉄仮面へぶち当てる。2撃をもって1つの技となる剛式奥義を的確にヒットさせる。

 

雷鳴の如き響き渡るインパクト音。

 

これぞ天穹式格闘術の『それは洪水のように押し寄せるが、火熱のように掴み所がなく、嵐のように一方的で、落雷の如き一瞬』という極意を会得した什卧だからこそ、天災を連想される打技を繰り出せる。

 

凄まじい衝撃にイーシュのサイの角はへし折れ首は尋常ならざる角度にねじ曲がった。

 

勢いは加速し床を何層をも貫いていきやがて姿が見えなくなる。

 

「二度と上がってくんな」

 

什卧は適当に足場になるところに目掛け落下。着地する。

 

上を見上げた。ジェリーが居る階からは5階ほど下にあたる位置のようだ。

 

今度は下を確認する。どこまでも奈落のように続く大穴が広がっている。

 

「ふぅ〜。チート野郎の相手は骨が折れる」

 

嘆息しながら什卧は呟く。

 

さて、合流するか。

 

上階へ飛び上がる。だが、飛んだ瞬間耳に届いた風を凪ぐ翼の音。バサ、バサ、と1回なるごとに確実に近づいてくるその音の正体が分からないほど、什卧も馬鹿ではない。

 

下を向いて即座に身構える。まるでそれを見計らっていたかのように、大きな鷲のような翼を生やしたイーシュは弾丸の如く飛翔する。

 

「死ね! 『ドックス』ッ」

 

怒りの業火を烈火の瞳に映し鉤爪を振るうイーシュ。

 

天穹式格闘術・柔式隷下–––

 

磨我陀念珠琉輝(まがたねんじゅりゅうき)

 

流しと弾きが一体化した柔の技を野生剥き出しの攻撃に這わせる。

 

長年の時を経て洗礼された武術の絶技に、磨き抜かれ円熟の域へ達した什卧の技量。

 

たとえ空中であろうと、その牙城を崩すことは出来ない。

 

まるで磁石同士が反発するようにイーシュの鉤爪は什卧の体を遠回りして空振りに終わった。

 

大穴の淵を深々と抉り取る戦慄の鉤爪。1撃でも食らえばそれは即ち死を意味する。だが、逆を言えば当たらなければどうという事はないのだ。

 

「何度だろうと叩き落としてやるよ!」

 

天穹式格闘術・剛式隷下–––封転阿仁邏(ふうてんあにら)ッ!

 

全身で振りかぶる剛力の拳を叩き込む。

 

ひしゃげて変形している鉄仮面に、更に衝撃が走る。

 

「こッ、の! 『ドックス』如きにぃ」

 

怒りに任せた攻撃を見切るのは容易い。磨我陀念珠琉輝(まがたねんじゅりゅうき)で躱し、剛式隷下の技を叩き込む。

 

斜めに落下したイーシュは穴に落ちずにフロアに着地した。それに追従する形で什卧も同じフロアに降り立つ。

 

「少しは学習したらどうだ脳筋野郎。お前じゃ俺を捉える事は出来ん」

 

「な、何故劣級『ドックス』なんぞに遅れを……ッ。俺はゾディアックすらも超える存在。犬っころに負けるはずが無い!」

 

「ふん。なら教えてやろうか。俺はもう『ドックス』じゃない。お前に負ける道理など無い」

 

「戯言を!」

 

「そして、いつもバケモノを倒すのは人間って相場が決まってんだ」

 

「何を馬鹿な事を。人間なんぞに何が出来る? 現に貴様は俺を殺せずに苦戦している」

 

「悲しいな脳筋野郎。確かに1人では何も出来ないのが人間だ。でもな、手と手を取り合い助け合う事が人間の強さなんだよ」

 

「ならば1人だけの貴様は無力な肉塊だな!」

 

「だからな。1人でも巨悪に立ち向かえるように造られたのが天穹式格闘術だ。これさえあれば、俺に越えられない者は無い!」

 

「お前にこの俺を超える事は出来んッ!」

 

「今からそれを証明してやんだよッ!」

 

天穹式格闘術・秘技–––降魔纏神(こうまてんしん)

 

カッと活眼した什卧。そして胸部中央に指を突き立てる。全身に血管が浮き出で激しく心臓が脈動する。エンジンのような音を轟かせ駆け巡る血液。全身の筋肉が一瞬引き締まり、弛緩する。それに伴い五感が拡張する感覚。

 

……行ける!

 

「例えこの命尽きようとも、お前は上へは行かせない。阿修羅となって戦おう」

 

「ははははッ! たかが人間に何が出来る?」

 

「身をもって教えてやる」

 

什卧は矢の如く跳躍。そして天井を足場にし標的に肉薄する。対しイーシュは全くこちらの動きに対し目で追うことや身構える事もしない。いや、正確には視認することすら出来ていないために身構えようも無い。

 

真撃(しんげき)真湖螺牙(まこらが)

 

魔速の槍となった什卧が上から放つ蹴りは、さながら死神の大鎌のように振るわれイーシュの右腕を簡単にもぎ取った。

 

着地した什卧は更に両掌でイーシュの胴体を挟むように掌打を繰り出す。

 

理檄(りのげき)阿華真薙風(あかまなふ)ッ!

 

2発目は外傷ではなく内臓を破壊する技。

 

イーシュの鉄仮面の隙間から大量の血が噴射される。

 

結逆(ゆいげき)威無怒邏(いんどら)

 

「はぁぁあああッ!」

 

3発目。渾身の気迫を乗せて振るう拳がイーシュの胴体に直撃する。

 

まるで内臓が詰まっていないかのようにあり得ないほど什卧の拳はめり込んでいき、大きく巨躯が傾く。

 

「終わりだ! ふんッ!」

 

渾身の勁力を込め、更に拳を押し込む。理檄(りのげき)阿華真薙風(あかまなふ)により損傷した内臓が出口を求め体内で暴れ回る。イーシュの全身で皮下を突き破りぬらぬらと光る内臓が飛び出した。

 

「まだ耐えるか。ならば–––」

 

と、什卧がトドメの1撃を加えようとした時、イーシュは最後の力を振り絞り鉤爪を振るう。だが、そんな魔爪も虚しく宙を切るにおわった。既に什卧は背後で必殺の構えを取っている。

 

「人間様の強さを思いしったかクソ野郎。分ったならな……」

 

天穹式格闘術・剛式奥義–––

 

惨式(さんしき)軛羅魅轆轤(くびらみろく)ッ!––– 消し飛べッ」

 

反時計回りに回転し、遠心力を乗せた激烈のアッパーカットがイーシュの胴体に炸裂する。

 

まるで豆腐を吹き飛ばすように巨人の体は肉片を飛び散らしながら吹き飛び、穴の中へと落ちていった。

 

「クソ。穴落ちは生存ルートだぜ……」

 

毒づきながらも強敵を退けたことに安堵する什卧。だがその時、不意に何かが胃の中からこみ上げるのを感じ手で口を押さえた。口内を満たす鉄錆の味。指の隙間から垂れる赤い液体。

 

「カハッ……!」

 

大量に吐血した什卧は、視界が徐々に黒く狭まっていくのを他人事のように見ていた。

 

先ほどまでの体が浮くような軽い感覚とは一転、血管に鉛が流れているかのように体が重い。思考は淀み、前の出来事もこれからの事も考えられない。

 

いっそ、このまま眠ってしまいたい。

 

降魔纏身は人体の(リミッター)を外し一時的に超人的な身体能力を得る秘技だ。だがそれは効果の分諸刃の剣となり使用者を著しく損耗させる。

 

ダメだ。まだ倒れる訳にはいかない。

 

「……八重…………」

 

脳裏に八重の笑顔が浮かんだ。

 

什卧は歯を食いしばり、丹田に力を込め、下肢を踏ん張る。

 

そして、うなじにある回復を促す経穴に闘気を注入する。まるでスポンジに水が染み渡るように、身体中にエネルギーが波及されるのがわかる。

 

これなら、まだ戦える…………か。

 

什卧は重い体を引きずるように、ジェリーの位置まで前進した。

 

 

※ ※ ※

 

 

衝撃。舞う粉塵。迸る激痛。

 

「ぐぅ……ぬぅ…………」

 

ヒメーレイーシュ(キメラ男)ことクリストハルト・ガブリエルはかつて『洗礼の間』であった空洞で横たわっていた。

 

片腕は吹き飛び、内臓が所々から飛び出したズタボロの体は思うに動かない。

 

「再生が…………追いつか……なぃ」

 

動こうとするも、体は微動だにせず少し頭を起こすくらいが精一杯だった。

 

「……クソが」

 

ボコボコと異音を発しながら動き元の形になろうとする筋肉群。乾いた木が折れるような音を立てて伸びる骨。ガストレアウィルスは宿主に強力な治癒能力を提供するが、あまりにも凄絶な損傷にその再生も追いつかない。

 

ヒメーレイーシュが四苦八苦していると、地下壕にコツコツと場違いな革靴の足音が木霊した。

 

首を横にして足音の正体を突き止めようとするイーシュ。

 

真っ直ぐこちらに歩いてくるのは銀髪を肩口で切り揃え白衣を纏った科学者然とした男だ。

 

「ドクター…………マド」

 

イーシュはその人物をマド博士と呼ぶ。だがマドが本名でもコードネームでもない事をイーシュは知っている。マドは単なる愛称だ。史上最狂の『頭のおかしい科学者(マッドサイエンティスト)』。皮肉を込め、マドと呼ばれている。

 

「おやおや、私の可愛いイーシュ。まさか機械化兵士如きに負けるとは……」

 

マドは銀縁メガネの奥の狂気の色を讃えた眼でイーシュを見下ろす。だがその眼光はとても自らが可愛いと称する対象にするモノではない。

 

「ドクター……マド。もう一度…………チャンスを」

 

「ふふふ。君ほどの逸材はそうそう現れるモノではない。セリアンスロウププロジェクトの成功例は君だけだ。恐らく、2人目は現れないだろう」

 

マドはどこか上ずった声で話す。まるで嗤いを必死に堪えながら喋っているようだ。

 

「君たちU.B.S(Ulitmate Biotechnology Soldier)こそ新たな世界の主に相応しい存在。機械化兵士などに遅れを取るわけがないのだがね」

 

そう言い屈むマドはイーシュの眼を塞ぐように手をかざした。

 

「さらなる改良が必要のようだね。私の可愛いイーシュ。アレス・ベフライウング(全開放)が使えるようにスペックアップだ」

 

視界がマドの手により塞がられた。すると眠りに落ちるようにイーシュは意識を失った。

 

 

※ ※ ※

 

 

什卧がイーシュと共に落下してから5分。

 

CMMPから蓮を取り戻す事に成功した。培養液が取り除かれるのを見計らい、培養槽の扉を開ける。こちらへ倒れこむ蓮を支えて問いかける。

 

「蓮君! 分かるか?」

 

「…………」

 

輝きがなく焦点もあっていない胡乱な目で蓮はこちらを見やる。

 

「君が今まで見てきたのは悪い夢だ。忘れるんだ」

 

「ぅ……ぅう」

 

急激な状況変化にやはり対応しきれず蓮は自分の状況を分かっていないようだ。

 

「蓮君。君は瀧華仁の息子。こんな所にいちゃいけない。君を助ける。一緒に逃げよう」

 

理解しやすいように端的に強く言う。

 

「に……げ、る?」

 

「そうだ」

 

ジェリーは蓮に肩を貸し立ち上がらせた。

 

「ぅ……ぅぅ。ごめ、んな。助けて……あげられ…………なかった」

 

蓮は嗚咽を漏らしながら謝罪の言葉を口にしている。CMMPで体験したことにトラウマを抱えてしまったか?

 

「蓮君! 君は悪くない。しっかりしろ」

 

「俺に……もっと、力があれば…………ッ」

 

ジェリーは泣きじゃくる蓮を引っ張りながら地上へ行けるエレベーターを目指す。

 

什卧が開けた穴の中からはさきほどまで戦闘音が聞こえていたが、今はもう静かになっている。階下へ目を配るが、奈落のような穴が開いているだけだ。什卧の安否は分からない。

 

「バカ野郎が……」

 

ジェリーはそう呟いて、ほとんど1人で立つ事もままならない蓮を連れエレベーターへ歩をすすめる。

 

クラリウスが先を歩いていき出口の扉を開けてくれている。

 

そうして廊下へ出た一行は約30m前方にある中央ホールへ向かう。

 

今、ジェリーやクラリウスは丸腰の状態だ。使えるのは機械化能力の『アイギス』と『呪われた子供たち』特有の身体能力のみだ。だがクラリウスは夜行性因子を持っているため、太陽の有無に関わらず日中は動作が緩慢になる。あまり期待は出来ない。ジェリーは『アイギス』1つで蓮とクラリウスを守りつつ地上を目指さなくてはならない。

 

しかし、そんなジェリーも全身傷つき疲弊している。蓮もいきなり外に出され体が思うに動かせない状態だ。肩を貸して歩いているがこの速度では遅すぎる。見つかるリスクを回避するためにはスピーディーに行動しなくてはならない。

 

蓮をファイヤーマンズキャリーで担いだジェリーは歯を食いしばり一歩一歩進んでいく。

 

クラリウスが心配そうな目でこちらを見やるが、アゴをしゃくりエレベーターを呼ばせる。

 

幸い地震の影響は無いらしくエレベーターは正常に機能している。

 

扉が開く直前、ジェリーはアイギスを起動させる準備をしたが杞憂に終わった。中には誰も乗っていなかった。

 

ほっとしたクラリウスがジェリーを見る。が、即座に視線が背後に流される。

 

「ジェリー! 後ろよッ」

 

そう言われ背後を確認する事なく『アイギス』を展開するジェリー。数瞬の後に白い閃光が明滅する。

 

背後を見れば、ナイフを手にした『バルドュール』構成員が3人いた。誰もが過酷な戦場を生き抜いてきた精鋭達。ハングドマンが選んだいわば親衛隊のメンバーだ。

 

クソッ!

 

ここに来て未だに刺客を放つ五翔会の組織力。まだ切られていないカードもたくさんある。

 

斥力フィールドの中でジェリーは蓮を床に下ろす。

 

背後に忍び寄る気配も感じさせない男達。3人が3人ともに何処か虚空を見ているような虚ろな目をしている。

 

この目だ。

 

多くの戦場を練り歩き、ある境地に達した者が宿す眼光。

 

何を考えているのか全く悟らせない。

 

こういう手合いは一切の躊躇もなく人間を殺せる。例えそれが女子供であれ変わらない。眼前の任務を遂行するためならば泥水でも啜る修羅達。

 

ジェリーが何通りもの作戦を脳内で練っている最中、背後から濃密な殺気が漂うのを感じた。後ろにいるのはクラリウスだ。

 

「ジェリー。あなたは休んでいて」

 

「バカを言うな。お前は–––」

 

「子供だからやめておけって? 笑わせないで。私には私の考えがある」

 

「やめろッ、クラリウス!」

 

ジェリーの制止を聞かずにクラリウスは精鋭達の前に歩み出る。

 

「あなたはそこで見ていて。それ以上傷つく事は無いわ。今度は、私が守る番よ」

 

純白だったネグリジェはハングドマンにより赤黒く変色している。普段はツインテールに纏める金色(こんじき)の長髪も下ろしたまま。露出している脚は細く、裸足のままだ。傷は塞がっているが、白磁の肌には所々乾いた血痕が付いている。

 

そんな10歳児が、誰かを守るために命を賭けるだと?

 

こちらを肩越しに見ているクラリウスの赤い瞳には決然とした闘志が見て取れた。

 

なおもジェリーは反論をしようとしたが、その眼差し1つで言葉を忘れてしまった。

 

この目だ。

 

明確な目的がある者は強い。彼女の目は何に変えても眼前の脅威を退るという決意が表れている。命に変えても、とよく言うが、死ぬ覚悟をした人間の強さをジェリーは知っている。生きるために全力を行使し戦う。勝つために全霊を持って戦う。例え死という結果になろうとも。そう決めた人間は最高の集中力を発揮する。境地に陥ったとしても、肉体が生存への活路を見出す為に関係のない情報をシャットダウンし極限の集中力を引き出させる。視界が白黒になり、スローモーションになる。

 

いわゆる『ゾーン』だ。

 

ジェリーはクラリウスにゆっくりと頷いてみせた。

 

 

※ ※ ※

 

 

クラリウス・ファルメリー・ツェペッツェは怒りを覚えていた。ジェリーをこれほど傷付ける五翔会に。そして、それに対し何も出来なかった自分に。

 

強く拳を握り過ぎてバキバキという音が聞こえた。だが、そんな事はどうでもいい。どうせすぐ治る。

 

眼前に立つ大人を殺さない事には、生存は無い。

 

親も、兄弟も、血の繋がった人間は自分に居ない。それでも、家族が一体どういう存在なのかは少し分かるような気がしてきた。

 

数年前は、猜疑心に蝕まれ人を信じる事など出来なかった。ルーマニアのカルト教団に家族を殺され、奴らの思想を叩き込まれた幼少時代。赤目であり、因子の影響で血を飲む事を知ったカルト教団が理想とする神を創る為に、クラリウスは人生を壊された。

 

だが、馬鹿みたいに青臭い事を言う男がクラリウスを救った。その男は初めてクラリウスを見たとき「クリスティーナ」と言った。そしてこうも言った。「君はもしかして、俺の…………」何を意味しているのかは分からないが、保護されたクラリウスをその男は即座に引き取った。

 

どれだけクラリウスが拒絶しようともその男は辛抱強く面倒を見た。長い時間をかけて2人は仲を深めていった。

 

何を言おうその男とは、ジェリー・ペレロである。

 

今なら、とクラリウスは思う。

 

ジェリーの言うことなら、信頼できる。

 

ジェリーのやる事は、きっと正しい。

 

ジェリーについていけば、私は……。

 

クラリウスは凛と対面の男達に視線を向けた。

 

「あなた達に、私達の夢路の邪魔はさせない。モデル・ヴァンパイアバット。クラリウス・ファルメリー・ツェペッツェがあなた達の相手をしてあげる」

 

力を解放。赤色(せきしょく)の瞳孔が限界まで開き視界の鮮明度が増す。体はまるで宙に浮いているかのように軽くなった。

 

だが、今は昼間だ。夜ほど感覚は冴えていない。まるで寝起きで戦うような感じだ。

 

少しばかりのハンディがあるが、負ける気などクラリウスには微塵も無い。

 

対する刺客3人も身構える。クラリウスの放つ殺気が、彼らの戦士としての警戒心を駆り立てた。

 

突けば破裂しそうなほど張り詰めた空気。

 

まずアクションを起こしたのはクラリウス。

 

正面の男に向かい突撃。間合いに入れば飛び上がり『呪われた子供たち』の強力な膂力で顔面を殴打する。

 

だが–––

 

腹部に突き刺さったナイフ。短躯を簡単に押し出す大人の筋力。クラリウスの拳は凄まじい風切りを立てながら空振りに終わった。床のひんやりとした感触が足裏に伝う。熱い血液がネグリジェに染み込み肌に不快に張り付く。

 

だがクラリウスは相手の手首をしっかり片手で捉え離さなかった。

 

歴戦の猛者は即座にクラリウスのコメカミにねじり込むようなフックを放つ。ガツッと衝撃音がしてクラリウスの頭が傾いだ。しかし足を踏ん張り倒れる事だけは免れる。

 

男はなおも倒れぬクラリウスに振り抜いた拳を返す刀に裏拳として見舞おうとする。

 

そこで空中に大量の血液が舞う。

 

クラリウスは保持していた腕に空いていた手の指を突き入れ思いっきり裂いていた。

 

しかし綺麗に腕を真っ二つに分断された男は苦痛に顔を歪めるでも呻くともせず、クラリウスを打倒せんと引き続き裏拳を繰り出そうと体を捩らせる。

 

その腕にクラリウスは噛み付いた。

 

鋭い2本の犬歯が相手の皮脂を容易く貫通し肉を裂き血管を破る。溢れ出す血液を口に含んだクラリウスの眦が裂けんばかりに開かれ、目の色は真紅に染まる。

 

熱い。

 

ならばと男はクラリウスの腹部に強烈な膝蹴りを繰り出す。刺さっているナイフの柄を蹴り深々と切っ先を突き入れる。

 

だが今のクラリウスには何を(ろう)そうとも悪手であった。

 

クラリウスが突き出した拳は男の体を簡単に突き破り放つ蹴りは脚を容易く折った。

 

丁度男の首筋がクラリウスの眼前にある。

 

欲求に抗う事など出来ず、クラリウスは歯を突き立てた。

 

そして噴き出す血を余す事なく飲み干す。

 

高濃度の酒を流し込んだ時のような燃える感覚が食道、それから胃へと落ちていく。

 

熱い。

 

胃に溜まった熱は即座に全身へと巡りクラリウスは頬を朱に染め恍惚の表情を浮かべる。

 

強い鼓動を刻む心臓。火照った体は最高のエクスタシーに犯されたメスのそれだ。

 

腹部に刺さっていたナイフは再生しようとする腹筋の動きにより自動的に排出され、床に落ちた。

 

白目を剥き泡を吹く男の体は痙攣している。

 

クラリウスは男を解放した。

 

ブルッと体を震わせたクラリウスに残る男2人は1歩後ずさる。

 

見える。

 

眩しい。うるさい。臭い。熱い。

 

生き血を啜ったのはこれが初めてだった。

 

クラリウスは自分の中の危険な何かに意識を持って行かれないよう注意を払う。

 

何? この感覚。

 

周囲の動きが手に取るように分かる。全能の神とはこんな気分なのだろうか?

 

敵2人が動く兆候。それを察知したならばクラリウスは床を蹴り、壁を蹴り、変則的な動きを見せ相手に肉薄。

 

人間では視認出来ないスピードで迫り来る死の脅威に、1人の男は顔面を蹴られたのだがそれを知覚する事なく絶命。

 

残る1人も少女の姿がかき消え、突風の凪にあったのを最後に冥土へ旅立った。

 

 

※ ※ ※

 

 

ジェリーはクラリウスの戦いを見ていた。とてつもないポテンシャルを秘めた子だとは思っていたが、吸血行為でこれほどまでに身体能力が向上するものなのか?

 

いつもはパックに詰められた輸血用の血液をフラスコに移し替え携行し、それを飲んでいるのだがこれほどの効果は得られない。

 

証言から人間がエナジードリンクを飲んだ時のような感覚だとジェリーは思っていた。

 

今回の差異は生き血を啜ったという事。

 

それだけで効能が違った。

 

これだけの能力を発揮し、副作用はあるのだろうか? 持続時間は? 次も生き血を啜ればこの効果を得られるのか?

 

様々な疑問が脳内で浮かび上がり蓄積されるが、今はそれどころではない。

 

「クラリウス。行くぞ」

 

「ええ」

 

凛とした顔で振り向いた彼女の顔はどこか大人びて見えた。赤色の瞳はいつもより赤い。

 

「……」

 

クラリウスはジェリーの傍らまで来た。

 

いろいろと聞きたい事もあるが今は脱出が最優先事項だ。蓮を担いでエレベーターの中に入った。

 

蓮を中に運び入れ下ろすと携帯端末を取り出しエレベーターを専用運転に切り替え。外部からの接続を強制的にシャットアウトさせる。

 

「ジェリー。あなた–––」

 

「構うな。この程度、何とかしてみせる」

 

クラリウスはジェリーがフラッと倒れそうになるのを見て声をかけるが、ピシャリと言い返されてしまう。

 

最早常人では立っている事も奇跡的な傷を負いながらもジェリーは精神力のみで任務を遂行している。

 

今、ジェリーの脳内では走馬灯のように教官に言われた言葉が駆け巡っている。

 

『勝つ理由を見つけろ』

 

『お前はもう一般人じゃない。自覚しろ』

 

『腹を決めろ。勝つか、負けるかだ』

 

『最後は、ここ(ハート)だ』

 

たとえ片腕が吹き飛ぼうが眼前に敵がいるならば残る片腕で倒す。四肢が断裂したならば、噛み付いてでも殺す。

 

護りたいものの為に戦う。

 

自分が最後の砦である事

 

勝ちは生存を、敗北は死を意味する事。

 

肉体の強さは精神力による事。

 

これらが教官の言っていた事の答えだと思っている。

 

そうだ。俺がやらなきゃ誰がやる?

 

ジェリーの肉体は著しく損傷しているが、精神はまだまだ頑強さを保っている。

 

時間の経過と共にエレベーターの階表示は目的の『B1』へと近づいていく。

 

B1駐車場にこのパガトリーの出入り口がある。出たならば車に乗り込み早急にホットゾーン(危険地帯)から離脱する。

 

早鐘を打つ心臓。専用運転と言えども中央司令室からの強制アクセスは有効だ。万が一ここでエレベーターを止められ刺客を送られれば敗色濃厚だ。

 

「……」

 

ジェリーはクラリウスと蓮を見る。

 

この子たちに戦闘を強要するこの時代。ガストレアが現れるまではこんな若い世代が全世界で命を賭けた闘争に首を突っ込む事も無かったのに。

 

これも定めなのか?

 

決められている事なのか?

 

そんな物はクソくらえだ。

 

ジェリーにはジェリーの信念がある。

 

時代の流れや他人の思惑などに囚われない確固たる信念が。

 

この子たちに感じて欲しいのは幸福。

 

その為に例え自分に不幸が舞い込もうがそれでいい。

 

常時、誰かの幸福は誰かの不幸でもって成り立っている。

 

だったら自分が、その不幸を背負おう。

 

決意を新たにしたジェリー。それに応えるかのようにエレベーターはB1階に到着した事をアナウンスした。

 

「行くぞ」

 

ジェリーは蓮を担ぎエレベーターを出ると、1番近い所に置いてある白のレクサスの窓ガラスを蹴り破る。イモビライザーがやかましく鳴るがそんな物はどこ吹く風とジェリーはハンドルの下に潜り込む。そうすると不思議な事にイモビライザーも静かになり、レクサスのエンジンが唸りを上げ始動した。

 

手際よくクラリウスが蓮を後ろに運び入れ自身も後部座席に座るとジェリーに準備がいい事を告げた。

 

ドライバーシートに座りシフトをPからDへ。アクセルペダルを踏みハンドルを回す。

 

レクサスはスキール音を発しながら駐車場を疾走し、出口に通じる傾斜を登っていく。

 

「なんだ、これは?」

 

しかし、ジェリーが地上へ出たらまず目に入ったのは曇天の空だ。そして西の方角では、夕陽のように赤く燃えている空。ビル前の道路は恐慌に陥った民衆が大挙して、空を見上げている。

 

「まさか、あの方向は32号モノリス……決壊したのか?」

 

五翔会に籍を置くジェリーは事前にその情報は知っていた。しかし、予定では明日のはず。本来ならそのパニックに乗じ、東京エリアを離脱する算段であった。

 

結果として今日崩壊してジェリーらは助かった。嬉しい誤算だが今後の行動を1から練り直す必要が出てきた。

 

幸い、混沌とした民衆だが、道路を塞ぐという愚行は犯していない。もともと人口も少なくなり、渋滞が珍しくなった現代では当たり前の事なのかもしれないが。

 

構わずにレクサスを走らせる。

 

ジェリーは蓮をパガトリーから奪還するのに成功した。

 

 

※ ※ ※

 

 

『中央制御機構』の屋上から道路を見ている1人の男。

 

その男はワックスで短髪を逆立たせ、ツナギのような黒い戦闘服をズボンのように履き長袖を腰に巻いている。肌や体毛の色から欧米人である事がうかがえる。

 

その男は手元で球状の機械を弄びながらターゲットが現れるのをただひたすら待っていた。

 

彼は少し前に32号モノリスが倒壊していく様を特等席で見ている。

 

そして、空が紅蓮に燃える様を退屈そうに眺めていた。

 

ここにまで火薬が燃えた甘い匂いが風に乗り漂って来ている。

 

そう。風だ。

 

風のせいで予想よりも早くモノリスが倒壊してしまった。と、ある者が警察署の屋上で携帯電話に向かい喚いていた。

 

「ふっ」と男は嘲笑う。

 

風、気流も読めない者が分析をやっているのか?

 

論外だ。

 

男は手で弄んでいた球状の機械を宙へ投げると続けて2つ取り出して同じく放り投げた。

 

屋上のコンクリートに激突するかと思いきや、その機械はふわりと浮いて男の周囲をグルグルと回りだした。

 

「索敵。ジェリー・ペレロ」

 

その掛け声と共に3つの機械は別々の方向へと飛んでいく。男が見る事が出来ないビルの3面を埋めるように展開した。

 

しかし当の男は双眼鏡も使わず裸眼で下を見ている。通常ならば顔を判別する事など不可能だ。

 

だが、男には見えている。

 

よく見れば男の瞳は人間のそれでは無く、幾何学的な模様が浮かび上がっていた。倍率を変えるたびに瞳孔内で組み込まれた部品が筋肉のように動いている。

 

「さぁ、ペレロちゃん。早く出てこいよ。第1騎士(ヴァイスリッター)なんぞに負けたら承知しねぇかんな〜」

 

そう言いつつ傍らに置いてある狙撃銃を愛おしそうに撫でる。

 

その銃はダネルNTW-14.5。南アフリカのアエロテクCSIR社が開発したボルトアクション式アンチマテリアルライフルである。

 

全長2015mm。重さは26kgにもなる大型ライフルを男は軽々と片手で持ち上げ監視位置を移動する。

 

同時に飛翔していった球状の機械もポジションが被らないように自動的に移動した。

 

スカウトマンは我慢の連続だ。1Km移動するのに半日を使う事もある。それだけスローで動く事を延々やるのもスカウトの一部だ。

 

同じ場所にいてずっと出口を監視をしているのも全然苦にはならないが、男は気紛れで入口を見ていた。そろそろジェリーが出てくるならばいい頃合いだ。だからパガトリーへの入り口があるB1駐車場への昇降口が見えるポジションに移動したのだ。

 

ダネルNTWのバイポッドを淵に置いて箱型弾倉を装填。差し込んだのとは反対側にあるボルトハンドルを少し上げて引き切る。そしてハンドルを元の位置に戻せば初弾の装填が完了される。

 

この銃は弾倉を水平に差し込む所が特徴だろう。そして異様に長い事。

 

アフリカの広大な土地で使用する事を念頭に置き開発された物で、有効射程は驚異の2300mとなっている。射撃精度を安定させるために使う弾薬が大型化していき銃身が長くなるのはしょうがない事である。

 

しかし、そうなると実用的なのか? という疑問も出てくる。そんな大型なライフルを運用し使いこなせるのか?

 

実際、撃った際のリコイルショックは大砲並みの代物である。それを2段階構造のマズルブレーキやショックアブゾーバーを内蔵したストックにより軽減させている。

 

なんと素晴らしい銃だろうか。

 

男は愛する恋人を見るような優しい眼でダネルNTWを見る。

 

過去にはヘカートIIというアンチマテリアルを使っていたが、やはり1撃に掛けるのならば弾は大きい方が確実だ。

 

もっとも、ヘカートで使用している12.7mmも対人に関してはオーバーキルという事でアンチマテリアルと分類されている訳だが。

 

今はガストレアという異形が跋扈(ばっこ)している忌まわしき、そして愛おしき時代。

 

そいつらを確実にブチ抜く為に男はダネルNTWに乗り換えた。

 

しげしげとダネルを見ていたがふと、勘が働いた。日本で言う所の虫の報せという奴だ。

 

男はB1駐車場への昇降口を改めて見た。

 

「………」

 

しかし動きは全くなかった。烏合の衆がのさばっているだけだ。

 

俺の勘も衰えたかな。そう思った矢先、白いレクサスが駐車場から飛び出した。

 

即座に義眼のズーム機能で運転手をマークする。骨格や網膜を読み込み自動的にジェリー・ペレロだという結果が視野に映るがそんなものがなくても一目見ればわかる対象だ。

 

ダネルを持ち上げ左足を屋上の淵に置き、左肘を膝のお皿に据える。それを支点として狙いを付ける。

 

なんともデタラメな構えだが、男の射撃は外れた事が無い。

 

球状の機械は即座に白いレクサスに向かい飛んでいき、等間隔に展開。射線上の気流の測定を開始。

 

義眼のスペックもフル活用しジェリーが次にどちらにハンドルを切るのか、アクセルをどれだけ踏み込むのかを予測。そうして弾き出された数値や結果を元に男は狙いを定め引き金を絞る。

 

なぁに、赤子の手を捻るも同然。

 

男は五翔会内では確固たる地位を確立している。対象の排斥率は100%。いづれも超長距離からの狙撃で全てを片付けている。

 

男はライデンルーフ(黒騎士)として畏怖される第3騎士。

 

アポカリプスナイツのシュメルツ(苦痛)エーヴィヒカイト(永遠)だった。

 

苦痛と永遠を司る第3騎士は、スコープの中のレティクルをジェリーの頭部に合わせる。シェンフィールドが風速。風向き、義眼が次のアクションを予測するがそんな物は必要無い。

 

銃口初速1000m/sを叩き出すダネルNTW。

 

目測にして未だジェリーの乗ったレクサスは距離500mも離れていない。

 

弾が射出されれば、0.5秒後にはジェリーの頭は爆散している。

 

修正の必要など無い。

 

口の端を吊り上げ、ライデンルーフはゆっくりとダネルの引き金を引いた。




はい。読んで頂きありがとうございます。

なんとか蓮を助けましたよ。

書きながら絶望していたんですが……良かったですw

まぁ、思いっきり狙撃されてますけどね。

取り敢えず書くことがありません!

最近読んだ『重力迷宮のリリィ』は面白かったです。

電撃繋がりで宣伝してみました。

作中の挿絵がお粗末だなぁーとか

最後は勢いだけだなぁーとか

どぉでも良くなるほどリリィちゃんが可愛いので許すッ!

あと主人公とその兄さんの会話がめちゃ面白い。

あんなのを漆原兄弟でやりたいですねん
( ´ ▽ ` )ノ

という、無駄な後書きを最後まで読んで下さったあなたッ!

心から、ありがとうございます。

愛してます。

そして、さようなら。

また会う日まで*\(^o^)/*


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第16話

今回は張り切っちゃいました。

17000文字という事で長いです。

秋の夜長にどうぞ。

途中、視点がワラワラと移動するような出来になっちゃいましたが、現在の技量ではどうすることもできずこのまま投稿したいと思います。

若干読み辛い、かもですが、我が子のハイハイを見守るような温かい目で見てもらえれば幸いです。


クラリウスは向けられた殺気にいち早く気づき咄嗟に後部座席からハンドルを蹴った。直後、大気を震撼させる大口径の銃声が鳴り響き、レクサスのボディを抉り取る。ジェリーは激震と共に金属が捩じ切られる快音に何が起こったのか理解するのに一瞬だけ時間を要した。運転席直上のルーフより弾は侵入しそのまま助手席を破壊し道路に埋まった。風通しが良くなったが幸いタイヤや駆動系に支障はないらしくレクサスは通常通り動いている。ジェリーは直ぐさまアイギスを展開。頭の中でこの狙撃犯の検討を付けつつも素早く照準から逃れようと不規則な動きをしてみせる。再び咆哮を上げた大口径狙撃銃。それはレクサスの3メートル前方に着弾し道路に大きな穴を穿った。敵は早々に直弾を諦めレクサスの足を止めることを優先するようだ。アイギスは戦車砲すらも弾きかえすため、その判断は正しいと言える。

 

ライデンルーフ(黒騎士)。流石の判断力だ。……だが!」

 

ジェリーは敵対する狙撃手に敵意を剥き出しにハンドルを切る。車体を横滑りさせ、穿たれた前方の穴をフロントとリアのタイヤで跨ぐようにして渡り即座に元の姿勢へと戻す。普通に直進したのでは穴に足を取られてしまうための対抗策だ。ライデンルーフが使用している狙撃銃はボルトアクションのはず。連射は出来ない。つまり、これ以上大きな穴を開けることは不可能というわけだ。ジェリーの腕を持ってすればこの程度の妨害はなんら支障たり得ない。

 

バックミラーに『中央制御機構』のビルを眺めつつ、ジェリーはアクセルペダルを踏み抜いた。

 

 

※ ※ ※

 

 

ライデンルーフことシュメルツ(苦痛)エーヴィヒカイト(永遠)は初弾を外した事に少なからず動揺した。トリガーを引いていた指は無意識のうちにボルトキャリーを掴み次弾装填を行っているが、スコープ越しに見る光景に思わず思考が停止した。

 

…………ありえない、と。

 

だが、現実世界に一時停止(ポーズ)というコマンドはない。モタついていればその分標的は逃げていく。五翔会最強の狙撃手としての誇りが、いや、五翔会などは関係ない。1人の狙撃手としての誇りが、標的(ジェリー)を逃す事を良しとしない。

 

「狙撃は芸術だ」とは誰の言葉だったか?

 

確かに、狙撃は芸術であるとシュメルツも思っている。絵師にとって筆が魂ならば、狙撃手にとって魂とは狙撃銃である。写真家にとってカメラが魂ならば、狙撃手にとっても狙撃銃は魂である。

 

狙撃とは、幾多もの要素が1つに重なりようやく成り立つ繊細で緻密なものである。

 

準備に、多くの時間が必要となる。まずはスコープの零点規制(ゼロイン)から始まる。ゼロインとは、スコープ内に描かれている十字線–––レティクルと着弾点とを誤差なしに修正する事を言う。まずは的の中心を狙い複数発撃ち、それぞれの着弾点を結んだ図の中心点を徐々に的の中央に調整していく作業だ。更に狙撃を成功させる要素の1つとして、銃身の温度が挙げられる。高温の状態は精密射撃に不向きだ。現場で狙撃をする際も、銃身は冷え切った状態である。現地での状態に極力近づけながらゼロインは行う。焦ってはダメなのだ。コールド・バレル・ゼロ(冷えた銃身)をキープしつつ、修正を行っていく。ゼロインが終われば、今度は銃身の洗浄がある。ライフリングに入り込んだガスを取り除く作業は1時間は下らない。こびりついたガスは弾丸の発進を阻害し、初速や弾道を狂わすため、ガスは徹底的に拭わなければならない。莫大な時間を消費し、予測される距離での調整が終われば、これに強い衝撃を加えないように運ぶのだ。スコープの取り付けられた狙撃銃は、まさしく精密機器だ。しかし、これを用いれば狙撃は成功するのかと言われればまた別なのも狙撃だ。現地では多彩に変動する距離、湿度、温度、風向、風速……重力や地球の自転による影響まで加味して弾道を予測する。そうしてシュメルツは、過去に2905mの超長距離狙撃を成功させている。全ての事象の穴が標的とクロスするその瞬間を待ち、ただひたすらに待ち、見極め、見事撃ち抜いた時の感覚は、芸術以外の何物でもない。だが、地球上で最長記録を更新した男が、たったの500メートルの狙撃を撃ち損じただと?

 

ありえない。そんな事、ありはしないッ!

 

シュメルツは肺に入っていた空気を一気に吐き切り、今一度胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。狙いは付けた。あとは真っ直ぐに引き金を引くだけだ。

 

だがその時、ジェリーが乗るレクサスは蒼白の球体に包まれた。

 

クソがッ!

 

射撃のタイミングがズレた。少しだけ息を吐き、レクサスの進行方向約3メートル前方に狙いをつけ引き金を引ききった。銃声だけで屋上へ上がるドアの窓ガラスは砕け散り、マズルブレーキから噴射されるガスは極太の見えないムチとなってシュメルツを殴打する。破壊エネルギーを満載した弾丸は狙い通りの地点に着弾した。大きな弾痕がコンクリートに穿たれる。しかし相手は巧みにクルマを横滑りさせ穴を跨ぎきった。特殊戦技教導隊の3年に及ぶ訓練にはドライブテクニックまで含まれているのか?

 

scheiße(クソが)!」

 

母国ドイツ語で毒づくシュメルツをよそに、白のレクサスは加速していき、とうとう死角へと入っていった。

 

『失敗』 の2文字が脳内に浮かぶ。

 

……いや……………まだだ。

 

シュメルツはダネルを担ぐと即座にビル内へととって返した。

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

同時刻。四聖什臥(ししゅうじゅうが)はパガトリー内を夢遊病者のような足取りで歩いていた。イーシュとの戦闘により使用した降魔纏身(こうまてんしん)の副作用で体は鉛のように重い。心臓も早鐘を打ち状況は(かんば)しくない。

 

とりあえず、今はエレベーターホールを目指す事だ。蓮が居たB21から5階ほど下へ降りたのだったか?

 

今目の前にある扉を潜り、現れる部屋を抜ければ廊下へと出る。中央へ行けば無論エレベーターホールがある。

 

重い足取りでラボに足を踏み入れた什臥だが、中の有様を見て絶句した。

 

無駄に広い研究ラボ。ここにある培養槽の中身は、全て子供だった。所狭しと並ぶ巨大な培養槽だが、その9割は埋まり子供たちがCMMPに繋がれている。

 

呪われた子供たちによる実験。

 

什臥は砕けるのではないかと言うほどの力で歯をくいしばる。湧き上がる怒りと同時に襲いくる無力感。自分では、彼女らをCMMPから救い出す事が出来ない。確かこれは強制的に取り出せば人格が電子の世界に置いていかれ肉体は魂を無くした肉袋になるんだったか。ギリギリとカルシウムが擦れ合う。

 

「や––て–––やッ––お–––ちゃん–––助け––」

 

「––––から––大人しく–––––ろ」

 

ふと、什臥は顔を上げた。聞こえる。下衆の声が。聞こえる。助けを求めるか弱い娘の声が。

 

10年前に、よく聞いた。暴漢が女を襲う時、こんな声がした。

 

あの時は、他者に気を配る余裕などなかった。什臥とて、当時18歳である。毎日血みどろになりながらガストレアと戦うだけで精一杯だった。人間を相手になど、している場合ではなかった。では今は? 今考えてみればそれは正解だったのか? と什臥は自問する。当時ガストレアから人々を守る事はもちろん必要な事だった。だがそれ以上に、目の前で野蛮を行う下衆を放置する事が正解だったのか? 下衆が蔓延(はびこ)り、ベースキャンプ内の治安が悪化したのは事実だ。そう言った手合いが生き残り、親となり、現在、差別が社会問題となっている。不安定な社会の要因となったと言っても過言ではない。下衆は、粛清の対象だ。私利私欲のために他者への配慮を怠る輩は、生きていたとしても後世にガンを残すようなものだ。早期に切除しなければならない。

 

近づいて行けば、何やら手術台のようなストレッチャーに子供をV字に開脚するよう四肢を括り付け、複数の男がそれに群がっている。白衣や戦闘服を着ていたり、色んな奴がいる。

 

思わず鳥肌がたった。怒りを通り越し悲しみが什臥の胸中に去来する。何故この男たちは、この状況で、少女を犯そうと言うのか。隣の部屋ではイーシュとの激闘を繰り広げたのだ。凄まじい爆音に振動が起こっただろう。施設の被害状況を調べたりやる事は山程あるはずだ。それなのに、この状況で……。こいつらの神経は異常だ。

 

激しく抵抗する少女だが、拘束具は頑丈だった。当初から呪われた子供たちように造られた物に違いない。正面の男は少女のパンツをたくし上げると、指に唾をつけ陰部の筋に沿うように撫でる。少女が身をよじるのは、決して快楽から来るものではない。心を恐怖に支配され、もはや叫ぶ事も泣く事も出来ない。涙を浮かべた(まなこ)を開き、恐怖に(おのの)いている。締めたものだと男ははち切れんばかりに怒張した性器を晒すと、迷う事なくそれを未だ小さな膣に強引に挿入しようとする。上手く入らないのか、焦らすように男は陰部と陰部を擦り合わせる。男のペニスの先から糸を引く体液。今一度性器を当てがい擦る男の顔に笑みが浮かび上がった。大きくドス黒い亀頭が、やっと入り口を見つけ喜んでいるようだ。健康的な肌色の大陰唇を押し広げ、サーモンピンクの小陰唇と膣口が露わになる。

 

「そんな怖がるこたぁねぇぜぇ〜。えへへへへ。ぐっへへへへへへ。おじさんがいい事教えてやるってぇ〜。お嬢ちゃんはそのままゆっくりしてたらいいんだよ。直ぐに気持ちよくなるからねぇ〜。それじゃあ–––」

 

男は、他の男たちにそう言うと、一気にペニスを挿入するべく腰を少女の股の間に打ち付けた。パンッと肌同士が勢いよくぶつかり、自然と接合部からは大量の血液が溢れ出した。

 

「ギャアアァアーッ!」

 

–––と奇声を上げるのは、何と男の方だった。

 

「人の皮を被った悪魔め」

 

傍らで冷酷に吐き捨てる什臥の手からは蜃気楼が立ち上り、赤黒い松茸のようなものが握られている。喚く男を他所に他の男共が色めき立つ。

 

「な! 誰だてめぇはッ?」

 

「てめぇこの野郎ッ!」

 

口々に男たちは什臥を罵倒するが、鋭い一瞥に思わず一歩後退る。

 

什臥は拘束具を切り、少女を解放してやる。亜麻色のロングヘアーに翡翠(ひすい)の瞳をした可愛らしい西洋の少女は乾きだした瞳で什臥を見つめる。

 

まだ年端もいかない少女を、こんな目に……ッ!

 

ギリギリと音を立てて軋む奥歯。什臥の眉間に、深い皺が刻まれる。

 

「てめぇら………覚悟は出来てんだろうなッ!」

 

怒りに(りき)んだ筋肉が服をはち切れんばかりに押し上げる。アドレナリンが体内を駆け回り、体の重さは何処かへと消えた。

 

「あぁん? いきなり来て何言っちゃってんの?」

 

「てめぇヒーロー気取りか? どこの所属だよ」

 

什臥の顔は、修羅の如き鬼面を貼り付けている。

 

「許さねぇッ……この悪魔め……………ッ!」

 

「てめぇは『ドックス』だなぁ? 俺たちゃ『バルドュール』だぜ! どっちが上か、わからねぇ訳じゃねぇだろう?」

 

「……この下衆共が」

 

什臥は慈悲の光など皆無な、奈落のような冷眼で男たちを睨んだ。

 

「てめぇらの血は………何色だぁッ!」

 

裂帛(れっぱく)の気合いと共に放たれた突きは、凄まじい程のキレを有し、1人の顔面を貫通。

 

「『アーク・ハイフレクンシー』ッ!」

 

その状態で機械化能力を発動させ、腕を下へ薙ぐ。スッパリ両断された屍体の出来上がりだ。

 

しかし、その間にも背後から他の男が襲いくる。

 

什臥は僅かに首をめぐらせ、ギロッと睨みつけると蝶のようにふわりと跳躍。バック転をして逆に男の背後を取った。

 

対する男は即座に振り返り殴りかかろうとするが、動いたところから体がズレだし終いにはジェンガが倒れるようにバラバラになりながら倒れた。すれ違いざまにハイフレクンシーの餌食となっていたのだ。余りにも鋭い切り口に切られた本人は気付いていなかった。

 

逃げようとする男にはハイフレクンシーを飛ばし片腕を斬りとばす。タップリと絶望を与えてやる。この少女が感じた程の、最早泣く事も、叫ぶ事も出来ない程の絶望を。

痛みに喚くところで更に両足を斬りとばす。イモムシのように床をのたうつ男の前に飛んでいった四肢を集め目の前で細切れにスライスし、踏みにじる。

 

「ぁ……あ………ぁぁ………」

 

男の言葉は言語にならず、嗚咽か聞き分けも出来ない。

 

什臥はそんな男の顔面を鷲掴みにし、ゆっくりとプラズマの出力を上げていく。徐々にタンパク質の焦げる匂いが充満し、顔がバターの様に溶けていく。

 

残るは、1人だ。

 

股間から帯びただしい量の出血をしている–––1番最初にペニスを切ってやったクズ野郎だ。

 

「そんなに怖がる事はない。俺が貴様を殺してやる。貴様はそこで痛みに悶え、忍び寄る死に恐怖しながら待っていればいい。貴様を地獄へ贈るのはこの金剛夜叉明王だ」

 

今まさに断罪を下そうとした所、先ほどまで拘束されていた少女が什臥の横を通り過ぎ、男の眼前まで歩みでた。

 

そして、何の躊躇いもなく、少女は男の睾丸を踏み潰した。

 

「––––––––––––ッ!」

 

叫びにならない叫びを男は上げる。その口に西洋の少女は拳を突き入れた。同時に翡翠の瞳が鮮紅色(せんこうしょく)に輝く。少女の腕の中を何かが這い回り、男の体内へと入っていく。時間と比例して男の頭部は膨張していき、遂には炸裂した。目玉がコロコロと転がり床から什臥を睨めあげる。表情1つ変えることなく什臥はそれを踏み潰した。

 

「ペッ」っと少女は骸となった男に唾を吐きかけ、什臥に向き直る。

 

「あの……えっと。ありがとう、ございました」

 

「いや、礼など要らない。当然の事をしたまでだ」

 

西洋の少女は上目遣いに什臥の顔色を伺いつつ「……うふ」っと笑った。

 

「何が可笑しい?」

 

「いやぁ、すいません。何だかマンガのヒーローみたいだなって思って」

 

「……」

 

「私、瀧華蘭(たきはならん)って言います。あなたは?」

 

瀧華蘭。その名を聞いた什臥は目をパチクリさせる。

 

「……ッ! 何⁈ 瀧華ッ⁈」

 

「は、はい。瀧華……蘭です」

 

「君……もしかして、仁さんは知ってるかい?」

 

「あ⁈ 父さんとお知り合いの方ですかッ?」

 

「なッ! と、とと……父さんッ⁈」

 

狼狽える什臥をよそに蘭と名乗る少女はさも慣れたように説明をする。

 

「あ〜。見ての通り血は繋がってないんですけど。拾ってもらったんです」

 

「なるほど」

 

「あの〜……もしかして、お兄ちゃんの事とか分かります? あと、ここどこですか?」

 

「……お兄さんってのは蓮のことかい?」

 

「そーです! 瀧華蓮です」

 

「ああ、分かるよ。でも説明すると長い、それにここは危険だ。取り敢えず移動しよう」

 

「分かりました」

 

奇妙な縁で結ばれた2人はパガトリーから脱出すべく歩き出した。

 

 

※ ※ ※

 

 

シュメルツが直ぐさま向かったのは武器庫だ。腰で巻いている袖を解き腕を通し、しっかりと着こなす。ダネルの辞書ほどもあるマガジンをフルマグの物に交換し、予備も持つ。SOPMAD M4カービンを背中に背負いサイドアームをレッグホルスターへ。それぞれの予備のマグを装着すれば準備完了だ。その足でガレージへと赴く。

 

「……」

 

「よお、シュメルツ。辛気臭い顔しやがって。一緒にひと狩りと行こうじゃねぇか」

 

と、軽口を叩くのはヘルシャフト(戦争)クリーク(支配)だ。シュメルツと同じくアポカリプスナイツに所属している第2騎士でありロートシュトーラル(赤騎士)のコードネームを与えられている。

 

ガレージでシュメルツを待っていたのはヘルシャフトだけではない。ヴァイスリッターのヴィクトール・ライヒナールもいた。それぞれテーマカラーに塗装されたバイクに跨り準備は万端と待ち構えていた。

 

「レーベンシャインは居ないんだな?」

 

「ああ。最終調整を行っている」とヴィクトールが答える。第4騎士、オルクスシュプリンガー(蒼白の騎士)のコードネームを与えられたレーベンシャイン(命の輝き)スチェルデン(穢す者)は、未だない機械化兵士とドクターマドのU.B.Sとのハイブリッドとして注目されている。機械化能力、アストラルボディ(星海の体)を装備したならば新世界創造計画の1つの答えとなるだろう。

 

シュメルツは自らの漆黒のバイクではなく、ヴィクトールの純白の愛機マインシャッツのリアシートに腰を落ち着かせた。

 

するとヘルシャフトがスイッチを操作する。シャッターが開きスロープが現れる。

 

mit mir komm weiter Vorwärts(俺について来い。これに続け)

 

alles klar(了解)

 

先陣を切るヴィクトールのマインシャッツがけたたましいエンジン音をガレージに轟かせながら出発した。

 

 

※ ※ ※

 

 

ジェリーらはあれから追っ手を巻くために複雑な経路を辿った。

 

モノリスが崩壊し紅蓮に燃える西の空を背にしてレクサスを走らせ、今、ビルとビルの隙間にある路地にて待機している。

 

「クラリウス。蓮の調子はどうだ?」

 

ジェリーはバックミラー越しにそう話しかける。

 

「眠ってるわ。時折何かに(うな)されてるけど……」

 

「そうか」とだけ言葉を返し、ジェリーはこれからの行動について考える。

 

ここに滞在していたのでは、すぐに五翔会は発見してくるだろう。早く場所を移さなければならない。

 

そして、石動(いするぎ)との待ち合わせだ。風嵐八重(かざらしやえ)の保護を依頼し、午前1時に『中央制御機構』ビル前に落ち合う事になっている。

 

このまま1時まで逃げ続けるのか?

 

コンタクトを取り時間を変更するのか?

 

後者の方が最良の判断に思えるが、もしかすれば石動は現在八重を保護する作戦中かも知れない。

 

携帯端末を取り出し、連絡を取るか取るまいか逡巡していたジェリーだったが、突然端末はバイブレーションを開始した。見ればディスプレイには11桁の数字の羅列があった。登録していない番号だが、それが誰の物なのかは即座にわかった。これほどタイミングの良いコンタクトがあるだろうか?

 

通話のアイコンをタッチし、ジェリーは開口一声「ロイヤルミスト」と名乗った。

 

「こちらリジッドフォース。0(ゼロ)

 

「4」

 

「249」

 

「253」

 

「オーケイジェリー。そっちの状況はどうだ?」

 

連絡を寄こしたのは、同じく特戦出身者の石動八夜懿(いするぎやよい)だ。

 

「ああ。こっちは予定を繰り上げて親子のマトリョーシカを確保。現在追跡を振り切っている所だ」

 

「こちらは風嵐八重の保護には成功している。MSS本社で匿っている状況だな」

 

「そうか。それはありがたい。少し待て」

 

ジェリーは一度端末を耳から離し地図のアプリを起動する。

 

準備が出来てから再び端末を耳に当てる。

 

「いいぞ」

 

「お前……もしかしてじゃないが、五翔会と関わってるだろう?」

 

石動は聞き辛そうにそう尋ねてきた。1拍おいてからジェリーは返答した。

 

「………ああ。そうだ。関わっているどころか、さっきまでは一応幹部だった」

 

「やはりな。プリンシパル(保護対象)と接触した際、奴らの妨害にあった。ドュルジとかいうキザ野郎は教師に化けていたクソ野郎だったな。八重をずっと監視していたらしい。早々に鉛玉を頭に叩き込んでやったがな。でも、”さっきまでは”か。よく決心したな」

 

『ドックス』のナンバー19、ドュルジ。ドュルジとは、アヴェスター語で「虚偽」という意味で、ゾロアスター教の悪神の1人だ。純正『ドックス』ではないナンバー50未満は元人間だ。それまでの身分を隠れ蓑とし社会に潜伏している。元教師か。それに「虚偽」というコードネームを付ける五翔会は趣味が悪い。ともあれ–––

 

「俺にも譲れない者が出来たからな。正直危うかったが、何とか切り抜けられたよ」

 

「ならば早急にお前を迎える必要があるな。現在地を送れ」

 

「現在地では危険だ–––」

 

そう言ってからジェリーは予め定めておいたピックアップポイントの座標を読み上げた。

 

「分かった」

 

「石動。”昔通りだ”」

 

「昔通りだな。待っていろ」

 

昔通り。これが意味するところは暗号通信の1つの解読の仕方を表す。簡単な物だが、送られた数字の羅列を逆さに並べ替え、それぞれの桁を(マイナス)2して正規の数字を計算する事を言う。例えば、座標123456と伝えられたならば、432109となるわけだ。

 

「1時間後だな」

 

「ああ。頼む」

 

通話を終えたジェリーは鼻から太い息を吐いた。

 

「クラリウス。少し休め。車を調達する」

 

ジェリーはそう言い残すと車を降りた。

 

そうして向かった先は高級車ディーラーだ。

 

モノリスが崩壊したとあっては『大絶滅』は避けられない。店員の姿などは無く、数千万円はする高級車が無防備に置かれている。首を巡らし、ジェリーは何に乗り込むか少しだけ考える。ここで重要なのが”乗り換える”という行為だ。故に本来なら車は何でもいい。しかしここではメルセデスベンツS550をチョイスする。今しがた乗っていたレクサスLSと性能が遜色無いからだ。

 

スタッフルームに行きカギを拝借し乗り込む。レクサスを停めた所まで戻りクラリウス達をこちらに乗せ変える。

 

静かにベンツを発進させたジェリーは何気無く道路に溶け込んだ。通常の走行規定を守り、ありふれた1台となる。

 

五翔会は警察すらもその手中に収めているため、自動車ナンバー自動読取装置–––通称Nシステムを使える。Nシステムとは日本の道路に警察が設置する、走行中の自動車のナンバープレートを自動的に読み取り、手配車両のナンバーと照合するシステムである。

 

レクサスで逃走する際には十中八九ナンバーは控えられている。ここまでの道程を五翔会は完全に把握しているはずだ。実際にここまで追ってきて、乗り捨てられたレクサスを見て周囲を捜索するだろう。そして高級車ディーラー内に不自然に開けられたスペースがありジェリーがベンツに乗り換えた事に気づくだろう。再び始まるNシステムによる追跡だが、その時には既にジェリーは別の車両に乗り換え距離を稼いでいく。このイタチごっこを繰り返せば追跡を振り切る事が出来る。

 

ジェリーは油断こそしないものの心の中では既に達成感があった。

 

鏡越しにクラリウスを見る。不安げな顔をしている彼女と目が合った。

 

「心配するなクラリウス。ここまで来れば逃げ切ったも同然だ」

 

「……ええ」

 

なおも緊張した様子なのでジェリーは優しく微笑みかけてやる。

 

「なぁクラリウス。この騒動が終わればニューヨークエリアに行こう。ニューヨークは自己完結エリアとしてよそ者を受け入れない。世界でも数少ない未だ五翔会の手が及んでいない所なんだ。そこでなら悠々自適とはいかないだろうが骨を休める事が出来るだろう」

 

「……」

 

「任務で1回だけベニーロズというイタリアンペストリーショップに行った事があるんだ。そこのチーズケーキは本当に美味しいぞ。お前にも是非食べてもらいたい」

 

緊張の連続だったクラリウスは疲弊しているためか、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

無理もないか。死の恐怖に囚われた状態で更に襲いくる窮地。肉体的なものはもちろんだが何より精神面で強さが試される。訓練や実地で何度となく地獄の底に叩き落とされたジェリーはもはや慣れにも似た感覚で過ぎた事には頓着しない。だが最初の頃の鉛が心臓にぶら下がっているかのような後味の悪さは鮮明に覚えている。今それをクラリウスは体感しているのか? いづれにせよ未だ成長中の10歳児には熾烈な体験だったはずだ。

 

「もう心配する事はないクラリウス。お前はよくやった。よく付いて来てくれた。しばらく潜伏生活が続くだろうが、直ぐにニューヨークに行こう」

 

「……ええ」

 

極度の疲労により思考力が低下しているのかクラリウスの瞳は弱々しい光しか放っていない。

 

こればかりは、時間に任せるしかない。克服するのは本人の気持ち次第だ。

 

ジェリーは車を首都高に入れる。

 

このまま距離を稼ごう。

 

紅に染まる西の空。モノリス崩壊による『大絶滅』。いま東京エリアの人々は、まさしく恐慌のど真ん中に放り出されているのだろう。我先にと他エリアへ移動を開始しているのだろう。

 

だが、ジェリーにそんな杞憂はなかった。

 

なぜなら、東京エリアには五翔会の重要施設があるからだ。パガトリーもその1つ。そこを失えば五翔会は多大な損害を被る。ガストレア如きにそんな事をさせるはずがない。本気を出せば、ガストレアなどウジムシのように蹴散らす事が出来る。セリアンスロウププロジェクト(獣王纏身計画)が成功していた事を鑑みると、エヒトプットオペレーション(真の奏者作戦)も完成しているだろう。ステージIVガストレア、アルデバランが現れたのは、恐らくそういう経緯があるはずだ。この仮定が正しければ『大絶滅』などは決して東京エリアには起こらない。

 

ベンツは快調にパガトリーから距離を稼いで行った。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「残念だったなヴェーヌス。使えるのは、Nシステムだけじゃないんだ」

 

人知れず、ヴィクトールは呟いた。

 

アームプロテクターに装着された端末が目標とするジェリーの居場所をリアルタイムで映し出している。

 

それをチラと見つつハンドルを握るヴィクトールは更に速度を上げた。

 

首都高に乗り、法定速度など無視してジェリーを追尾する。

 

後続の第2騎士、ロートシュトーラル(赤騎士)のコードネームを与えられたヘルシャフト(戦争)クリーク(支配)は置いていかれまいと必死に喰らいつく。スーパースポーツのバイクに跨るヘルシャフトはヴィクトールのスリップに入り辛うじて距離を維持している。

 

ヴィクトールが()る車両はドゥカティ1098Sをベースにオリジナルのカスタムを施されたスーパーバイクだ。純白の塗装を施しその上から金色のバラが描いてある。ヴィクトールはこれをマインシャッツと名付けた。意味は『愛しの人』だ。

 

アポカリプスナイツはそれぞれが設計したバイクを所有している。その中でも最速の1台がマインシャッツである。ライダーとしての技量もヴィクトールが1番である。

 

端末に表示されているマップ上ではジェリーの赤い点と現在地である青い点が引き寄せられているかのように怒涛の勢いで迫っている。

 

今現在は、Nシステムによる読み取りによりジェリーは現在地を暴露している形だ。

 

ジェリーは恐らく知らないのだろう。各所に設置されたガストレア察知用の防犯カメラにこう言う使い方がある事を。特定の人物の人着をインソトールし、合致する人物がいたならば通報してくるこのシステム。例え特戦出身者と言えど、予知能力者ではない。未だ試作段階のこの顔認証システムの存在を知らなくとも、責められはしない。

 

高級車ディーラーのカメラに映って居場所を露呈したジェリーに落ち度はない。

 

現代戦は、テクノロジーが上回っている方が勝つ。いづれ、誰も血を流さない戦争の時代がやって来るだろうとヴィクトールは考える。

 

しかし未だ現在は、最終の(けつ)を決めるのは人の手だ。

 

先の戦闘で敗れたかけたヴィクトールに、次はない。

 

狙撃に失敗したシュメルツにも、次はない。

 

不退転の決意で2人はジェリーを追う。

 

やがて、ヴィクトールは捕捉した。メルセデスベンツS550。ナンバーもNシステムが読み取っている物と合致している。真っ直ぐにこちらへ向かって来ている。

 

そう。ヴィクトールは首都高を逆走していた。端末が表示する点と点の異様な近づき方にはこういうタネがあった。

 

後ろでダネルを肩に担いでいるシュメルツに合図を送る。

 

即座に3つのビットも飛び立っていき、マリオットインジェクションを起動させ姿を眩ませるシュメルツ。

 

ヴィクトールは車体に貼りつくように体を前傾姿勢にする。

 

すると、マインシャッツに翼が生えた。シュメルツが片腕でバイクを掴みながら地面に降りたからだ。バイクに引っ張られるようにしてシュメルツは地面を滑っていく。アスファルトスキーというスタント技だ。踵が減らないように装着する金具とアスファルトとが擦れ合い大量の火花を散らす。それがまるで翼のように見える。

 

シュメルツはヴィクトールの背にダネルの銃身を置き、狙いを付ける。

 

全長2015mmのダネルはドゥカティ1098Sとほぼ同じ長さだ。銃口がちょうどヴィクトールの頭上に来るがシュメルツはそんな事はお構いなしにトリガーを引いた。

 

射撃の反動で、マインシャッツはウィリーの格好になるが、大口径の弾丸はベンツ目掛け突撃している。

 

着弾の直前、ベンツは蒼白の膜に包まれる。眩い燐光を放ち弾は弾かれた。

 

だがその衝撃は凄まじい物があった。ベンツは挙動が怪しくなり、続く2発目でスピン。

 

ドライバーが怯んだのかアイギスが消失する。

 

ここでトドメにダネルをぶち込みたいシュメルツだが、彼我の距離は既に狭まっている。

 

排莢、照準、撃発のスリーステップは、この取り回しのきかないダネルでは不可能の間合いだ。

 

迷う事なくダネルを破棄。

 

「想定通りだ」

 

シュメルツはすれ違いざまにベンツに飛び移る。ルーフに降り立ち背に回しているM4を神業的速さで構える。

 

あらかじめこうなる事を想定してアンダーバレルにはショットガンアタッチメントが装着してある。

 

特殊部隊向けに造られたSOPMAD M4はハンドガード部分が上下左右ピカティニーレールになっている。20mm規格の物ならば何でも装着可能だ。

 

ゴテゴテにカスタムされたそのM4を運転席狙い発射。

 

だが同時に射撃の反動とは違う衝撃が両腕に加わる。

 

銃口が横を向きあらぬ方向に弾は飛んでいく。

 

Dieses Kind(このガキ)!」

 

真横にはいつ現れたのか白磁の肌に金髪をなびかせる、確かクラリウスとかいう少女が立っていた。その眼は異様な赤い輝き方をしている。

 

シュメルツは即座に肩からぶつかりながら銃床による刺突を繰り出す。容易くキャッチされ防がれるが、相手は裸足だ。シュメルツはクラリウスのむき出しの足の甲を硬い靴底で踏み付ける。アスファルトスキーで高温になった金具が肉を焼く。怯んだ隙を逃さずに頭突き。そしてバトンのようにクルッとM4を回し銃口をクラリウスに向け、ショットガンアタッチメントのトリガーを絞る。

 

撃たれた衝撃で少女の体は紙切れのように飛んでいき道路に落下。ゼロ距離でショットガンを撃たれ胴体には風穴が開いている。

 

呪われた子供の再生能力は厄介だ。今のうちに息の根を止める。

 

すかさず頭部を照準。しかしここでも邪魔が入る。持っていたはずのM4の銃口が、シュメルツに向けられている。

 

「ジェリー! 貴様は邪魔ばかりッ」

 

「クラリウスを殺させはしない」

 

左ハンドルが幸いし、ジェリーはシュメルツの視界の外で車外に出ることが出来た。そしてルーフに登り後ろからM4を奪い取るとショットガンアタッチメントで腹部を撃ち貫いた。ほぼサイボーグと化したシュメルツの体はそれでは吹き飛ばないが、大きな穴が開き中でバチバチと配線がショートしている。

 

12番ゲージのショットシェルはアタッチメントに3発しか入らないため残るはマガジンに入っている5.56mmのNATO弾30発だ。

 

シュメルツがサイドアームを抜くより、ジェリーがトリガーを絞る方が早かった。

 

ショットガンで開けた傷口に先ずは3発。頭部に2連射(ダブルタップ)

 

1発は頭を掠めるに終わったがもう1発は眼窩に吸い込まれるように直撃。頭を仰け反らしながらシュメルツは倒れた。

 

ジェリーはクラリウスの容態をチェックする。

 

既に傷は再生済みのようだ。

 

「クラリウス、––––––––––」

 

しかしジェリーの呼びかけはバイクのエンジン音に被さり無音となる。

 

右手からは白いバイクが、左手からは赤いバイクが爆音轟かせながらやって来る。

 

ジェリーは赤いバイクを見咎め舌打ちする。

 

第2騎士、ロートシュトーラルには同じく斥力フィールドが備わっている。こんな豆鉄砲は通用しない。

 

ならば答えは1つだ。

 

右よりくるヴィクトールに照準を合わせる。

 

首都高の2車線という狭い幅でライフルの連射を避け続けるのは不可能のはずだ。

 

トリガーを引き連射する。

 

まずは定石通りと言うべきか道路の端から端へ移動し弾を避けるヴィクトール。逃げ場が無くなりそのまま行けば直弾は免れないが、何と白いバイクは1段高いエンジン音を轟かせるとフェンスに乗り移った。アクロバットの域を優に越えた壁面走行にジェリーも一瞬たじろぐ。しかし即座に狙いを付けM4を射撃。ヴィクトールはフルブレーキング。タイヤがロックされた瞬間に身をよじり車体を滑らせた。フェンスに火花が散り、続けて迫り来る弾丸をキャッチする。ヴィクトールが手を開くと、少量の砂が風に乗り散っていった。M4はスライドが解放され、薬室が見える状態になっている。弾が尽きた。

 

ヴィクトールはスロットルを全開にしジェリーに迫る。

 

対しジェリーはシュメルツの体から予備のマガジンを奪おうと骸を探すも、それはどこにもなかった。

 

アイギスによる攻撃を繰り出そうとジェリーが身構えるが、ヴィクトールは既に攻撃を終えていた。タンクの蓋を開けると中にピンを抜いた手榴弾を入れ、サーファーが波に乗るように車体の上に立った。

 

愛車であるはずのマインシャッツを蹴り飛ばし、爆弾と化したバイクを突撃させる。

 

「『レイジング・サイズ』ッ」

 

対しジェリーは斥力フィールドによる斬撃を繰り出す。細切れとなるマインシャッツだが手榴弾を捉える事は出来なかった。炸裂する手榴弾を助長させるガソリン。バイクの部品が驚異的爆速で飛散し辺りいっぺんを削り取る。

 

赤いバイクは赤い膜に包まれそれらを弾きつつ前進。クラリウスまで一気呵成に突っ込んだ。

 

ヘルシャフトはレッグホルスターよりオリジナルカスタムハンドガン『サラマンドラ』をドロウ。クラリウスの足元狙い速射。避けやすい弾を放ち誘導し、まんまとクラリウスはバイクの進行方向上へ誘い出された。ヘルシャフトは途端ブレーキング。ツンのめるようにジャックナイフを成功させると前輪を軸に回転。後輪がちょうど幼子の頭部に直撃するよう微調整しつつぶち当てる。インパクトの瞬間、アクセルを吹かすのは言うまでもない。

 

クラリウスはまたも紙切れ同然吹き飛ばされジェリーの元まで転がる。

 

ヘルシャフトはアクセルターンを決め敵に正対する。

 

ヴィクトールはマインシャッツが立てる業火の柱の中から姿を現しジェリーに近づく。

 

「降参したらどうだジェリー。そうすればその少女にこれ以上苦しみを与えないことを確約する」

 

「……」

 

「貴様には、その分の苦しみを味わってもらうがな」

 

進退窮まる事態とは正にこの事だろう、とヴィクトールは考えた。しかし即座に帰ってきた返答は素気無いものだった。

 

「断る」

 

この1言のみだ。

 

ヴィクトールは瞳を閉じ「………そうか」と呟く。

 

「ならば暴力を持って貴様を排除する。そこに居るガキ共々あの世へ贈ってやる」

 

良いぞあの世は。全ての苦しみから解放され無に帰するのだから。死とは何よりの楽だ。この世の責任全てを放棄するのだ。究極の安らぎとは、死そのものだ。

 

「今その苦しみから解放してやる」

 

ヴィクトールは機械化能力を解放し肉薄する。触れるもの全てを砂礫に変えるアナライザー機能だ。

 

掴みかかろうとアッパー気味に魔手を伸ばすもそれは蒼白の膜に阻まれる。掌を押し当てるヴィクトールだが、不意に拳を握り締めた。

 

「エクスプロージョン」

 

そう唱えればヴィクトールのもう1つの機械化能力、炸裂式義肢が発動する。

 

莫大な炸裂音と共にヴィクトールの腕部から金色の薬莢が3つ排莢される。

 

アイギスは破る事は出来ないが吹き飛ばす事はできる。

 

宙へと打ち上げられるジェリー。

 

斥力フィールドは、地面に干渉しないよう発生させるプログラムがある。それがなければフィールド使いは自らの足場を延々潰し続けることになるからだ。

 

故に、宙に上がったジェリーは傘を被るように半球状のアイギスを展開させている。自動補正システムが隙間なくフィールドを展開させようと欠けている部分を補っていくが、ヴィクトールは脚部ストライカーにて大口径カートリッジ底部を撃発。炸裂する爆薬の力を踵より射出し推進力としてジェリーの眼前に躍り出る。

 

「–––ッ!」

 

破壊不可能と言われるアイギスを突破する戦略。そんなものは皆無とされジェリーは五翔会から格別の待遇を与えられていた。

 

アルブレヒト・グリューネワルトの傑作品。『インフィニティ・アイギス』を装備する機械化兵士。ジェリー・ペレロ。

 

それがどおしたと言うのか。

 

ヴィクトールは神も科学も信じない。忠誠を誓うのは己のみだ。他者がアイギスは突破不可能と言おうがそんなものは机上の空論とする。

 

「俺の前では有象無象の限りなく、全てが無と帰するのだ。ジェリーッ」

 

両者を隔てる物は何もない。触れられれば終わりのアナライザー機能が襲い掛かる。

 

しかしジェリーとてここで諦めるような男ではない。

 

迫る掌を掻い潜り手首をキャッチ。空中で飛び掛かり式の腕ひしぎ逆十字固めにとって返す。

 

掌に触れないよう留意しつつ相手の手の甲を親指で押し込みつつ落下。

 

ヴィクトールは即座に自由な左手でジェリーの脚を掴もうとするも地面と激突する方が早かった。

 

そこまでして抗うか。ジェリー。

 

上体を起こし、上から拳を振り落とそうとするもジェリーは即座に三角締めに移行する。振りかぶっていた腕を首に当てがい完璧に極まるのを防ぐ。

 

挟まれている腕で強引にこじ開けるように相手の脚のクラッチから逃れると掌を振り落とす。

 

身をよじり回避したジェリーはコンパクトなパンチをヴィクトールの鼻っ柱に叩き込むと同時に上体を起こし肘をこめかみへ。

 

離れて距離を置こうとジェリーは立ち上がりステップバックを刻むがそうはさせじとヴィクトールはタックル。

 

これに膝を合わせカウンターを取るジェリー。

 

組んだ両手を上から思いっきり振り落し後頭部に叩きつける。

 

ヴィクトールは首を仰け反らせながら地面に突っ伏すが、痛覚が無いのか直ぐさま起き上がる。

 

ジェリーの刺すような鋭い前蹴りを外に払い、掌打を合わせる。しかしこれは誘いだった。

 

まんまと手首を取られたヴィクトールは相手に挙動を操られてしまう。引き込まれバランスを崩した所で手首を返されひっくり返った。頭部を踏み潰そうと迫る靴底を避け、脚を振り上げる。ジェリーを蹴り飛ばし距離を置く。

 

「その状態で俺と同等、いや、それ以上の格闘をするか。さすが特殊戦技教導隊と言った所か」

 

ジェリーは構えを解く気配すら見せず、お喋りに付き合う気はないという顔だ。

 

「俺は証明しなければならない。High-end Warrior(完全無欠の兵士)と銘打たれる特殊戦技教導隊の兵士より強い事を。ヴィルヘルムが望む新世界創造のためのこの力。ここで折れる訳にはいかない」

 

そう言うとヴィクトールはカランビットナイフを1本取り出し放り投げた。何を言おうそれはジェリーが使用していた業物だ。

 

「来いジェリー。全力で向かって来い。全霊を持って応えよう」

 

構えるヴィクトールの眼を見てジェリーはおもむろにナイフを拾い上げる。

 

「何を血迷っているのか知らんが、後悔しても遅いぞ」

 

「後悔などしない。これ以外に選択肢はない。互いに、退路は無いわけだ」

 

今一度、男たちは交錯する。

 

初撃。ジェリーはグリップエンドのリングでカランビットを回しつつヌンチャクを振り回すように上へ下へと振り回す。

 

格闘戦の基本は、相手の全体を見ることだ。そのためには目を見る。だが格闘戦のエキスパートのヴィクトールを持ってしてもジェリーのナイフは目で追ってしまう。体が、痛みを覚えているからだ。

 

一体いつどの角度から来るやもしれぬ魔刃(まじん)に体が恐怖に武者震いする。

 

だがこれを越えねばならないのだ。人をして人を辞めた兵器、特戦隊の兵士を越えることがヴィクトールには必要なのだ。

 

ジェリーが踏み込みと同時にナイフを煌めかせる。ヴィクトールはそれに手刀を当て打ち据えようとするもジャブが顔に突き刺さった。

 

「–––ッ!」

 

フェイントとは、ここまで……。

 

驚いた一瞬。その刹那でジェリーは一閃。ヴィクトールの脇の下から止めどなく血が溢れ出す。

 

奴の手元でクルクルと回るカランビットが悪夢に出そうだ。そう言えば最初に言っていたか。「身をもって学ぶといい。悪夢とは何なのかをな」と。

 

笑わせる。特戦隊を越えようと挑む者がこの程度で怯んでいいものか。

 

自らを奮い立たせ、ヴィクトールは相手に肉薄する。

 

煌めく刃が描く軌道は縦横無尽。規則性などない。

 

状況にあわせ千変万化する刃線(じんせん)

 

しかしそろそろ、感覚が掴めてきた。

 

次で極める!

 

ヴィクトールは迎撃の斬撃をアナライザーで受けようと手を出した。しかし刃が描く線は手を迂回し体軸へと伸びてくる。

 

やはりそう来るか。つまるところ、刃がデカくないカランビットでは、的確に急所を切りつける必要がある。同じく人体構造を知り尽くしたヴィクトールならば、ある程度の目星をつけることができる。刮目し、ヴィクトールは両前腕でジェリーの手首を押さえる。挟みつつ下方へ捻りを加えながら回す。手首と肩が極まった瞬間、カランビットのリングに打撃。穴に通してあるジェリーの人差し指がボキリと小気味良い音を立てる。

 

これで右手ではナイフを握る事もトリガーを絞る事も出来ない。

 

ジェリーは自由な左手でヴィクトールの胴体に深々と拳をめり込ませるも、これを苦悶の表情で耐えきられる。

 

お返しとばかりにこめかみからこめかみへ貫通するような1撃が迸る。

 

蹌踉(よろ)めく相手に追撃するヴィクトール。

 

ジェリーの顔には疲労の色が伺える。ヴィクトールはナイフの軌道が読めた事もあり、相手が疲れてきていることも確認し、心理的余裕が生まれる。

 

「ロイヤルミスト! 貴様はここで死に果てろ」

 

一気に懐まで入り込んだヴィクトール。

 

ストレートを顔面目掛け繰り出すも軽く払われカウンターのカランビットが襲来する。首筋に伸びてくるナイフを防ごうと咄嗟に左手を向かわすも、刃線は軌道を変えヴィクトールの掌を通過した。

 

しかし–––

 

「貴様のナイフ。既に見切った」

 

ヴィクトールは刃線の先を正確に見切り、とうとうジェリーの手首を捉えた。

 

「ロイヤルミスト。貴様の不敗神話もここで終わりだ」

 

アナライザー機能を発動する。

 

ジェリーの体に遠心分離機に掛けられた様な途方もないGが襲う。体内から外へ向かうようなGに、視界が白く染まる。

 

なにふりかまわず、ジェリーはヘッドバットを敢行する。

 

重厚な衝突音と同時に、体はGから解放された。

 

ヴィクトールの額に、1筋血が伝う。

 

ジェリーは肩で息をしながらも再び構えを取る。

 

まだ戦える。そう闘志を剥き出しにした燃える眼をしている。

 

「–––?」

 

しかしジェリーは気付いた。

 

カランビットが無いどころか、右腕が無い。

 

「貴様の右腕、貰い受けたぞ」

 

足元にはヘドロのようなモノが溜まっている。

 

さしもの特戦隊出身者といえど、自らの身体の欠損にショックを受けるようだ。ほんの一瞬だが、ジェリーの思考がフリーズした。その隙を見逃すほど、ヴィクトールは優しくない。

 

脚部カートリッジを使用し肩からジェリーにぶち当たり、次いで心停止を誘発させる掌打を胸にねじり込む。

 

驚愕に眼を見開くジェリーの表情が、ヴィクトールの脳内に刻まれる。

 

とうとう越えるぞ! 特戦隊を。

 

吹き飛びベンツのドアにぶつかるジェリー。力なく地面に横たわるが、のっそりと上体を起こしベンツに背を預ける。

 

まだ戦う気でいるようだ。しかし体に蓄積されたダメージは計り知れない。彼は気絶していたとしてもおかしくない状態で未だ勝利を諦めていないのだ。

 

ならば応えよう。死という全てから逃れられる究極の安らぎを与えよう。

 

「ロイヤルミスト。いや、ジェリー・ペレロ。自らの信念に従い殉ずるその姿勢。敵ながら天晴(あっぱ)れである。だが見ろ」

 

–––そうヴィクトールが指差す方向にはクラリウスが居た。

 

凄絶な血痕を体に記している。

 

激戦を制したのはヘルシャフトの方だった。サラマンドラのサイトの凹凸はクラリウスの眉間に定められている。トリガーを引けば鉛玉が脳内に穿たれる状態だ。

 

「我ら五翔会こそが新世界創造を許された崇高な存在」

 

ジェリーの顔面を鷲掴みにしトドメの1撃を与える。

 

「アナライザー。無に帰れ、ジェリー」

 

機械化能力を発現させたヴィクトール。

 

良かったなジェリー。もう苦しむ事はない。これで全て終わりだ。

 

超振動がジェリーの頭部を揺らし、分子間の結合を曖昧にする。崩壊まで、もう数瞬の猶予もない。

 

融解が、開始される。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

しかし突如、落雷が起こった。

 

いや、正確には落雷と錯覚するほどのスピードで球体が落ちてきた。

 

バチバチと音を立てながら表面が爆ぜる球体はヴィクトールとジェリーとの間に落ち、両者を隔てる。

 

「ッ!」

 

やがて、その球体の出力は落ちていき、中から1人の男が現れる。

 

短く刈り込まれた頭髪に、市街地迷彩の戦闘服を着た男。

 

その男の1番の特徴は、左目がシベリアンハスキーのようにブルーグレーに変色していることか。

 

険しい表情のその男に、ヴィクトールはもちろん見覚えがある。

 

対機械化兵士兵装、ジャッジメントライトニング(裁きの雷)を装備したSMS機関のエージェント。

 

特殊戦技教導隊出身であり、現在は真っ向から五翔会に仇なす忌まわしき存在。

 

過去にリジッドフォースのコードネームで中東のテロリストグループを1人で壊滅させた逸話はその世界では有名だ。

 

「貴様が何故ここにいる! ヤヨイ・イスルギッ」

 

驚きに声を荒げるヴィクトールだが、当のイスルギは平熱に答える。

 

「何言ってやがる。機械化兵士の不始末を付けるのが俺の今の仕事だ。現れて当然だろう」

 

しかしイスルギは背後のジェリーを見やると一段顔を険しくする。

 

「でもな、今回はそんなもんは関係ねぇ。個人的にお前をぶちのめす」

 

思わず舌打ちしてしまう。

 

ヘルシャフトの方を見れば、やはりもう1人。

 

サイレントディザスターの異名を持つカムイ・シンドウがいる。イスルギが蒼雷に対し、カムイは紫電を纏っている。

 

SMS機関の機械化兵士。

 

Supervise Mechanization Soldier.

 

その任務は、機械化兵士のメンタルケアやリペアー。日常生活を送る上での必要な支援を行っている機関だ。

 

しかし、機械化兵士によるテロリズムや犯罪を取り締まる荒事担当の部署もある。それが彼らジャッジメントライトニングを備えた対機械化兵士戦闘のスペシャリストだ。

 

通常ガストレアに対抗する形で力が付与される物だが、SMSは当初から対機械化兵士を視野に兵装を開発していた。

 

それが導く答えは–––

 

「五翔会のクソッタレ共。どうせお前らはSMSが駆逐すべき対象だ。死にたく無ければ投降しろ。死にたいのなら抗え」

 

「選択権はお前にある」そうイスルギは形式的に言うと構えを取った。

 

「互いに相容れぬ存在。道を譲る選択肢などありはしない」

 

ヴィクトールも構えを取り、応戦の意思を示した。

 

すると同時に、蒼雷の瞬きが首都高を包んだ。

 

決着は、一瞬で着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長々と続きました16話、最後まで読んで頂きありがとうございます。

途中世紀末の匂いが漂いました。

思わず書いている本人も笑ってしまいます。

お前の血は何色だ? って、ププっとなります。

あとはヴィクトールとジェリーのナイフ戦ですが、上手く動きを描写出来ませんでした。

頭の中にある技を表すのに長い時間思案しましたが私の国語辞書の中でそれを上手く組み上げるワードは無かったです。

悔しい。

ここでなんの脈絡もなく最近読んだ本の話をしましょう。

何でやねんというツッコミが聞こえました。幻聴ではないでしょう。

電撃文庫からは『夜桜ヴァンパネルラ』です。

要は吸血鬼の刑事が吸血鬼の犯罪を取り締まるんですが、これが一筋縄ではいかない。

主人公の吸血鬼(本編では吸血種と表記)が呪われた子供たちの境遇まんまなんですね。

理不尽だなぁ〜なんて読んでいて思いました。

ライトノベルらしからぬ少し固い文体で、警察小説を読んでいるみたいでした。

それが私の中でリアリティを生み、感情移入が半端無かったです。

私はもともと警察小説しか読まなかったので、久々に滾りました。

……以上ですね。


あ、すいません店員さん。やっぱハイボール追加で。


とりあえず、またお会いしましょう。
( ´ ▽ ` )ノ


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