魔法少女リリカルなのはF (ごんけ)
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無印編
001話



それは小さな願いでした。

こんなにも広い空の下、わたしはどうして生きているのだろう。

生きる意味って?

だれか教えてほしい。

一人ぼっちは寂しい。

膝を抱えて見上げる空では半分になったお月様が見下ろしていた。

魔法少女リリカルなのはFはじまります。



 

 

 いつものように図書館へ行き本を借り、いつものようにスーパーへ行き、いつものように料理をし、いつものように一人でご飯を食べ、いつものように面白くもないテレビを見て、いつものように湯船に浸かり、いつものように就寝する。

 

 そこに他人の介入はなく、代わり映えのない日常をただただすごしていく。それがわたし、八神はやての日常。

 

 物語の主人公であるなら日常から非日常へだれかが誘ってくれたり、もしくは自分から飛び込んでいったり。だけど、わたしにそんなことができる足はないし親しい人もいない。親の知り合いというおじさんが私の後見人をしてくれなければ今頃どこかの施設に預かられていたにちがいない。それが今よりも幸せかなんてわからないし、世界にはわたしよりも不幸な子供なんて吐いて捨てるほどいる。そうや、わたしは決して不幸なんかやない。

 

 ……。

 

 ただ目的もなく生きているだけ。

 

 今日もいつものように終わる。

 

 

 そう思っていた。

 

 図書館から借りてきた本を読んでいるといつのまにか時計の針が24時をさそうとしていた。

 

「もうこんな時間…」

 

 あとは電気を消して寝るだけ、そんな時にズンっと重い音がした。

 

 屋根から雪が落ちることはよくあることだけれども、何故だか気になるものはしょうがない。わたしはあまり自由のきかない足を一瞬見下ろした。いつものように重たい足。ため息をひとつついて玄関を出た。去年の暮れから徐々に足が悪くなり、今ではもう歩くのにも苦労する。

 

 口から零れ落ちる白い息。扉の外から冷たい空気が体温を否応なしに奪っていく。マフラーをよりいっそう強く巻いて空を見上げる。

 

 しんしんと降る雪。

 

 痛いくらいの寒さ。静寂。

 

 歩いて、ふと庭に目を向けると人が倒れているのが目にはいった。

 

 あわてて駆け寄り声をかける。

 

「大丈夫ですか?」

 

 声をかけて少しするとその人はもそもそと動き出した。

 

 そこでもう一度声をかけた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 声をかけられた気がした。

 

 徐々に意識が覚醒していくのを感じる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え?……ああ、問題ない」

 

 ゆっくりとした動作で体を起こす。さて、どうしてこんなところにいるのだろうか。

 

「って、さむっ!?」

 

 目の前には10歳前後の女の子。民家の庭のようなところで雪が積もっている。

 

「いまさらかい!」

 

 なんて声をかけられて、

 

「まあええ。そんなところにいたら寒いやろ。あがっていきます?」

 

 

 女の子の強引な言葉で済し崩し的に家に上がってしまった。

 

 断ろうと思えば断ることができた。だが、女の子の目があまりにも寂しそうで断ることができなかった。

 

 上がる前に自身に解析をかけることで今の状態を把握した。

 

 

肉体年齢、15歳程度

魔術回路、27本正常に稼動

 

 

 さて、実際の年齢はいくつだったか。記憶が断片的にしか思い出せない。

 

 それ以上に気になる点としては、魔術回路とは別にある種の魔力生成機関というべきものが心臓の上に存在していた。どうやら以前の魔術回路同様に不活性らしく活動をしている気配は感じられなかったが、あえて魔力を流してみる必要もないだろう。

 

 それはそうとして、

 

「私に大丈夫かと聞く前に君が大丈夫かね」

 

 彼女は足を患っているらしい。私のためにここまできたことは容易に予想がつく。それだけに手を貸さずにはいられなかった。

 

 所謂お姫様抱っこというやつだ。

 

 あ、とか、え、とか声が聞こえたが無視して抱き上げる。

 

「私のような者に抱き上げられるのは不満に思うかもしれないが、少し我慢してほしい」

 

 何か苦情を言っていたような気がするが、聞こえなかったことにして玄関をまたぐ。

 

 この家のことは既に解析済みで、迷うことなくリビングへ行き椅子に彼女を座らせてあげた。

 

「まずは自己紹介からかな。私は衛宮士郎という」

 

「ならわたしもやな。わたしは八神はやていいます。

平仮名ではやて。変でしょ」

 

 なんて苦笑する。

 

 八神はやて

 

「そんなことはないと思うが。

はやてちゃん、か。うん、いい名前だ」

 

「ちゃんづけはくすぐったいのでやめてもらえへんか?」

 

「なら、はやて、だな」

 

「はい!」

 

 くすくすとくすぐったそうに笑っている。 

 

「ところで君一人か?保護者の方は?」

 

 先ほどまでにこにこいた彼女、はやては途端に少し俯いてしまう。その反応だけである程度のことは予測がつく。

 

「無理に話すことはない。私のことから話そう」

 

「え、はい」

 

 顔を上げて興味を隠し切れない瞳を向けてくる。その可愛らしい仕草に苦笑してしまう。

 

「っと、すまない。私のことなんだが……」

 

 ごくり、とはやての喉が鳴る

 

「所謂記憶障害というやつだろうか、思い出せないことが多々ある」

 

 ぽかんとしたあとで肩がぷるぷるふるえている。

 

「なんやそれー!」

 

 おもしろい子だ。実にからかいがいがある。

 

「声漏れとるわ!」

 

 こんなやりとりをしていてもいいのだが、本題に入ろう。

 

「まあ記憶に混乱が生じているのは確かだ。名前や今までしてきたこととか覚えている、というよりはばらばらのアルバムをみている感覚に近い。そのうち思い出すだろう。まあこの記憶が確かなら今までは海外をうろうろしていた、ということにしてほしい」

 

「へー、外国に行っていたんですか」

 

「ちょっと憧れているものがあってね」

 

「憧れているもの?」

 

 先程よりも期待に満ちた目でこちらをみている。

 

 そうたいした理由があるわけではない。ただ、切嗣が羨ましくて切嗣のなれなかったものを追いかけみようと思っただけ。それ以外には何もない。

 

「正義の味方さ」

 

 ぽかんとしたあとではやては笑い出した。

 

 まったく、人が真剣に言っているのに笑うなんてな。

 

「ごめんなさい、それで行くあてとかあるんですか?」

 

 笑いながらごめんとか、いいけどさ。

 

 しかし痛いところをついてくる。ここが日本なのはわかる、が、ここが本当に俺のいた世界なのか。

 

「うん、と。ない、な」

 

「なら、少しの間でも滞在していかれます?」

 

「いや、さすがにそれは迷惑になるんじゃ……」

 

「いやいや、迷惑とかそんなのないですからぜひとも」

 

「いやいやいや、そうは言っても」

 

「いやいやいやいや」

 

「いやいやいやいやいや」

 

 

……

 

 結果からいうと八神家で世話になることになった。

 

 全く、あの目をされたら断ることなんてできはしない。

 

「ごめんなんやけど、今日はここのソファーを使って寝てもらってええですか?」

 

「ああ」

 

「それじゃ」

 

「はやて」

 

「なに?」

 

「おやすみ」

 

 一瞬目が点になった後、これまでにないくらい素晴らしい笑顔が返ってきた。

 

「おやすみなさい、衛宮さん」

 

 送っていこうかという私の提案に、女の子の部屋にそう簡単に入れるとは思ってないですよね?なんておっしゃいました。全くもってそのとおりである。

 

 考えるべきことはいくらでもある。でも、今日このときは惰眠をむさぼるとしよう。

 

 全ては次に目が覚めたときから。

 

 意識は一瞬にして闇に飲まれてしまった。

 

 





指摘事項等あれば連絡お願いします。

あと、ゆっくり更新していきます。


20120728 改訂
20130604 改訂
20150504 改訂


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002話


それは大きな変化でした。

士郎さん。

あなたはだれで。

でもあったかくて。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

 目を開くと、カーテンの隙間から薄暗いながらも外の明るさが伝わってきた。

 

 部屋のようだが。

 ぐるりと見渡すと、小奇麗にされたリビング。

 そこで布団に包まれてソファーの上で寝ていた。

 

 冷たすぎる空気が一瞬にして昨晩のことを思い出させる。

 

 肉体的にかなりの負担があったのかすでに6時をまわっている。

 

 大きく伸びると背中の骨が気持ちいいくらいにバキバキとなった。

 

 冷たい空気を肺いっぱいに取り込むことでようやく頭もさえてきた。

 

 まずは顔を洗ってさっぱりとする。刺すような冷たさの水が気持ちいい。

 

 ともかく、着るものや何やら全くないので仕方なしに服と鞄、その他もろもろの雑貨を投影しておく。庭に落ちていた俺のものとしておけば問題ないだろう。

 

 

 さて、ただで泊まらせてもらうなんてできない。とは言っても手持ちなんてものはないからせめて朝食の用意くらいはと思い台所に立つ。冷蔵庫の中を確認し、食器、調味料、調理器具の確認をざっと終わらせて、さっとエプロンをつける。手は念入りに洗い、包丁を確認する。よく砥がれ、大事にしていることが伺える。一人暮らしということもあり自炊をしているのであろう。冷蔵庫の中身もそれを裏付けている。

 

 米は炊かれていたので、味噌汁と並行して鯖を焼いて胡瓜とわかめの酢の物を手早く作る。そして最後に出し巻き卵。八神はやてがどの程度食べるかわからないけど、一般的な朝食としては問題ないだろう。

 

 時計を見るともうすうで7時になろうかという時間帯。いい時間なのでそろそろ起こそうかと思い足を向けたところで、足音が聞こえてきた。やれやれ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 昨日は突然物語が始まった気がして興奮なのか緊張なのかよくわからない状態でなかなか寝付けなかった。寝てしまったらそれこそ本当に夢になってしまいそうで。

 

 でも結局のところ、もんもんとしてはいたけどもちゃんと寝てしまったし、いつもよりも起きるのが遅くなってしまった。最後に時計を確認したのは2時を少しすぎていたくらいやったか。

 

 起きてまず確認したかったのは衛宮さんの存在。夢でなければちゃんといるはず。

 

 走れはしないけども、いつもよりも急いでリビングに向かう。

 

 と、お味噌汁のいい匂いがしてきた。まさかとは思っても、この匂いが嘘ではないことはわかりきっていること。

 

 かちゃっ、と扉を開けるとエプロン姿の衛宮さんが料理を並べていた。そして、笑顔で

 

「おはよう、はやて」

 

 なんてのたまってくれやがりましたよ。まったく、こっちの気持ちも知らないで。でも、

 

「おはよう、衛宮さん。衛宮さんって料理できたんですね」

 

「なんだ?その意外そうな顔は。

小さいころから料理をしていたし、年季はそれなりだと自負しているぞ」

 

 ふん、と多少自信があるかのように言う衛宮さんの料理を見れば、それはとても美味しそうに見えた。漢の料理って料理本に載っているやつとは見た目からしても違う。味はどうかときかれると、まだ食べてないからなんともいえないけど、きっと見た目相応に美味しいのだろう。

 

「いや、先に謝っておくべきだった。すまない、勝手に朝食の用意をさせてもらった」

 

 衛宮さんは頭を下げてくるけどとんでもない。

 

「客人に料理なんてさせて、謝るならこっちのほうや」

 

 私は笑って言う。

 

「そうか、とりあえず冷めてしまう前にいただこうと思わないか」

 

 なるほど、せっかくの料理が冷めて美味しくいただけないのは料理と食材に対する冒涜やな。

 

「それはそうとそのエプロンどうしたん」

 

 全く違和感のないその黄色のエプロンをつけている姿が逆に怖い。

 

「それなら」

 

 と、指差す先にはある程度の大きさの皮製の鞄がおいてあった。

 

「私のものだ」

 

 庭に落ちていた衛宮さんの鞄だそうだ。昨日は衛宮さんだけに目がいってしまって気がつかなかったけど、世界を旅していたのならそれくらいの荷物を持っていても不思議ではない。

 

 食事は一言で言うと非常に美味しかった。わたしが作るものよりも。こうなんか女のプライドがズタズタや。これまでずっと料理をしてきて私なりにおいしいものができてるきがしたのだが、上には上がいるっちゅうことやな。

 

 一口食べたときは予想以上に美味しくて箸が止まってしまった。

 それを見た衛宮さんはうれしそうにこちらを見た後、自分も料理を食べ始めた。

 

 

 食後、改めて今後のことを話すことにした。

 

 と、電話が鳴り出した。でてみると、グレアムおじさんからやった。世間話をしてお金が足りているかとか話した後に、衛宮さんのことを話した。最初は驚いたような声をしていたが、わたしの好きなようにしなさいということやった。足の状態がよくないということで、前々からお手伝いさんを手配しようか、とグレアムおじさんが提案していたが、私が断っていた。あんまりグレアムおじさんのお世話になるわけにも行かないし、なによりも私が知らないだれかにお世話されるということが受け入れられなかった。そこにふってわいた、というのは失礼かもしれないけど、衛宮さんの話を自分でもわからないけど一生懸命説明してグレアムおじさんに納得してもらった。

 

 

「というわけで、今日からここが衛宮さんの家や」

 

「ちょっとマテはやて」

 

 衛宮さんは目を瞑って眉間の間をもみもみしている。

 

「というわけ、というのがそもそもわからないんだが」

 

 うっ、衛宮さんの顔が怖い。

 

「衛宮さんのことをグレアムおじさん、わたしの後見人やな。その人に話したら、なんと可哀相な少年だ、よし、はやて君の家に住んでもらいなさい、って言ってたんや」

 

 グレアムおじさん風に話してみる。多少の誇張があってもこの際、気にしたら負けや。

 

 じー、っと衛宮さんがこちらを見てる。

 しかもかなり真顔で。

 

 ううぅ、思わず視線を右にやってしまった。

 

 はぁー、なんて盛大なため息が聞こえる。そんな一分近くも見つめられたらだれだって目をそらすわ。

 

「嘘は言ってないみたいだけどな、本音のところはどうなんだ?」

 

「お手伝いさんがいると非常に助かるんや」

 

 本心は隠して私の中での尤もらしい理由を答える。

 

 もう一度ため息を一つして、

 

「たしかに宿無しではある。あと私でいいならいいが、そのおじさんは本当にいいって言ったのか?」

 

「うん、納得してくれた。それよりも衛宮さん、おーけーなんか?」

 

 私としては事後承諾みたいになってしまったが、衛宮さんはここに住むということを反対すると思っていた。そもそも、赤の他人である私に衛宮さんをとめるようなことはできない。

 

「ふむ。そもそも断るつもりなら昨日のうちに出て行ってる。これも何かの縁ということで厄介になろうと思う」

 

 だからと言ってニートというのはよくないから昼間できるような仕事かアルバイトは探す、と言った。 その顔には困ったような苦笑いが浮かんでいた。なんかわたしの心のうちを見透かしているような顔をしていたのはちょっと不満やった。

 

「改めて。よろしくな、はやて」

 

 衛宮さんが伸ばしてきた手のひらを受け取る。

 

 わたしの手よりもかなり大きな手は不思議な熱さをもっていた。

 

「うん!」

 

「それと、私のことは衛宮じゃなくて士郎で。

これから一緒にいるのにあれじゃ少々他人行儀だしな」

 

 はにかんだような、少し照れたような笑顔が印象に残った。

 

 士郎さん。

 小さくつぶやく。

 

 わたしは思いっきり手を握った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 何故か私が八神家の一員になってしまったようだ。

 

 このままこの少女を見て見ぬ振りは出来なかったこと確かだが……。大きなため息を吐く。あまりに苦しい言い訳だった。本人は隠しているのだろうが、本心はただ漏れだ。

 

 一人になるのが怖い、その考えが透けて見える。

 

「改めて。

よろしくな、はやて」

 

 なんて言ってしまった。びっくりしたような、うれしいような複雑な表情をした後、

 

「うん!」

 

と、とびきりの笑顔で答えたはやてを裏切ることはできない。

 

 願わくば、はやての家族、友人を守れるだけの力を私に。

 

 

 ここに滞在するにあたり、大きく部屋移動がはじまった。

 

 足の悪くなってきたというはやては一階に、そして私は二階へ行くことになった。私の荷物はともかくとして、はやての荷物は膨大だった。仮に、年頃の女の子としてもこの本の量は異常だと思う。はじめは気がつかなかったが、部屋を見渡すと、一つだけ不自然なものがある。魔道書だろうか、私の解析でわからないような厳重な封印が施されている。もちろん、解析の魔術を使用してみるが、魔道書のほうはさっぱりわからなかった。かわりにいくらか封印のことがわかった。封印自体は魔道書を封じるものであり、次のはやての誕生日に解放されるということだ。今すぐにどうということはないが、はやてから離しておくべきか。とても大事にしているようなので誕生日前後は注意すべきだな。

 

 机、本棚、ベッドを解体して運んで組み直す。その間はやては昼食の準備をしながらしきりに感心していた。解析を使わなくてもこんな単純なものなら簡単に解体組み立てができる。適材適所というやつだな、うん。

 

 さくさくと午前中に引越し作業は終わった。

 

 はやての料理は非常においしかった。主観的に見ると私のほうがまだまだ腕前は上のようだが、この年でこのこの腕前ならばいずれは抜かれてしまうかもしれない。私もうかうかしていられないな。そんなことを考えながらはやてと料理の話題をして時間をすごした。

 

 

 午後は買い物がてらこのあたりの散策をはやてと共にすることにした。

 

 はやての車椅子を俺が押していろいろなところを回る、とはいかなかった。雪が残っていてはやての車椅子を押すことが困難なのだ。それをはやては苦笑いしていいんよ、なんて言って自分で車椅子を進めていく。私が押すよりも断然速いのだ。

 

「いや、ここは私が押していく」

 

 ちょっと自分でもむきになって言うと

 

「ほな、おねがいな」

 

 とクスクス笑ってくる。

 

 結局、悪戦苦闘しながらの車椅子のおかげで買い物をするだけの時間しかなかった。

 

「すまん」

 

「いいんよいいんよ」

 

 そう言ってくれるのはありがたいが、これは要改善事項だな。

 

「周りを案内してもらうって話だったのにな」

 

「時間はいくらでもあるんやし」

 

「そう、か」

 

 とぼとぼと歩く俺の背中はさぞ煤けていることだろう。

 

「夜はなんにしようか」

 

「特に考えてないなー」

 

 12月30日。正月用の御節の食材も含めて大量の食材を買い込んだ。

 

「衛宮さんは育ち盛りだからお肉のほうがいいんでしょね」

 

「おう、どんどんでかくなるぞー。はやてだって育ち盛りだからどんどんでかくなるからたくさん食べないとな」

 

「女の子にでかくなるって言い方はどうやろな」

 

「おーどんどん可愛くなるぞー」

 

 うんうん頷いてくれました。

 

「それでよし」

 

 コロコロと笑いあった。こういう日常もいいな。

 

 

 

「ガキつかにきまっとるやんけ」

 

 なぜか力説されました。

 

 あんまりテレビなんて見ないからよくわからないが、はやてにこう言わせるだけのものがあるのだろう。見るべきものなのかもしれない。

 

 その番組は恐るべきものだった。24時間耐久で笑ってはいけないというもの。笑う度にけつを叩かれる、それをはやては嬉々とした表情で見て、笑いっぱなしである。正直怖い。せっかくのはやてのお誘いではあるが、ここは一人で存分に楽しんでもらおう。そっと、立ち上がる。さも飲み物を取りにいく風を装ってその実、足は扉に向かう。開けようとした瞬間、

 

「士郎さん、どこいくん?」

 

 こちらを振り向かずにはやてが声をかけてくる。

 

 ゆっくりとはやてのほうを向く。

 

「いや、ちょっと」

 

「ちょっと?トイレならすぐもどってこれるなー」

 

「はい……」

 

 怖くてはやてのほうはもう見ることができない。

 

 残された時間はトイレに行って戻ってくる時間だけ。長くても5分はかからない。

 

 意を決して戻るとはやてはテレビに目を向けたままだった。

 

「遅かったなー」

 

 温度の篭ってない冷たい声。

 

 はやては少しソファーを移動した。これは俺に隣に座れということなのだろう。

 

 はやてとのタノシイタノシイ時間はこうしてすぎていった。

 

 

 というか、ここ何時間かの記憶が曖昧なんだがどういうことだ。

 

 何日か前に録画したというテレビ番組を見て一頻り満足したらしいはやては、紅白に分かれて今年流行った歌を歌いあうという番組を見ていた。もう一時間ほどで今年も終わる。

 

 台所に立ち、蕎麦手早く打ち、ゆでてかけ蕎麦を作る。ここまでで5分。いつの間に傍によっていたはやては感心している。

 

「蕎麦うつのはじめてみたわ」

 

 葱をきざんでテーブルの上にのせる。

 

「今年も終わりだが、何かいいことあったか?」

 

「うん!」

 

 元気いっぱいで、その内容までは聞こうと思わない。

 

「そうか、来年もいいことがあるといいな」

 

「そやね、来年もなー」

 

 蕎麦を食べ終えだらだらしているとテレビから鐘の音が聞こえてきた。

 

「今年もよろしくな、はやて」

 

「士郎さんもよろしく」

 

 明日は初詣にいけたらいいな。

 

 





士郎さんの言葉遣いについて。
はじめはアーチャー風ですが、肉体にひっぱられて徐々に士郎風の言葉になっていきます。

20150504  改訂


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003話

それは小さな驚きでした。

士郎さんって料理できたんですね。

それに士郎さんはとても優しい。

魔法少女リリカルなのはFはじまります。



 

 

 目が覚める。

 

 布団をどけると温かかった体の表面が急速に冷やされていくのを感じる。赤い半纏をを羽織り、スリッパを履く。思いのほか早く起きてしまった。

 

 どんどん悪くなる足。そのうち杖、松葉杖が必要になるかもしれないし、もしかしたら動かなくなるかもしれない……。ブンブンと頭を振って、イヤな感情を追い出す。新年の始まりだっていうのに何くらい雰囲気をつくりだしてんだか。いつも一人の正月を迎えるのに、今では士郎さんがいるやないか。

 

「よし!」

 

 士郎さんにいやな顔は見せれへん。気合いれて朝食をつくりますか。

 

 廊下を歩いていると規則的な包丁の音がした。

 トントンッ。

 士郎さん、どんだけ早起きなんや。まだ5時やで……。

 

 扉を開けると士郎さんが料理をしていた。

 

「おはよう、はやて」

 

「おはよう、士郎さん。―――って起きるの早すぎんか?」

 

 士郎さんは驚いた顔をする。

 

「そうだな。いつもはこんな時間に料理はしないけど、今日は元旦だからな。多少張り切ったところで罰は当たらないだろ。そう言うはやてだってそうなんだろ」

 

 うっ、完全にわたしの心を見透かしてる。

 

 御節料理はとにかく時間がかかる。去年初めて作ったときは一人の量ながらやたらと時間がかかったことを思い出す。

 

「御節料理は時間がかかるもんな。手伝うで」

 

「そうか?ありがたい。一人でやるにも限界があるからな。ではまず鰊昆布巻きを作ってももらおうか、下拵えはあらかた済んでるし」

 

 士郎さんに言われた鰊昆布巻きの製作に取り掛かるとしますか。

 

 士朗さんの作ってくれた朝食を食べながら御節料理の話を進めていく。この分だとあと3時間くらいでおせち料理も完成するやろ。

 

「で、完成したら初詣に行かないか?」

 

 わたしとしては願ったりかなったりやけど、

 

「初詣とかそんな子供でもないし」

 

 なんて思ってもないことを言ってしまう。私の足が不自由なのは士朗さんも知っていることだし、あの人ごみの中を車椅子でずうずうしく通るなんてわたしにはできない。

 

「勘違いしないで欲しいんだが、はやてが拒否しようがしまいがあまり関係ないのだよ、なぜなら、俺がはやてと初詣に行きたいのだからな」

 

「士朗さんって案外強引なんやね」

 

「知らなかったのか?」

 

 すました顔でこちらを見ずに言ってくる。

 

「少なくともこんないたいけな少女を歩かせるようなことはないと思っとったで」

 

 士朗さんはくっくっく、と笑った。

 

 

 士郎さんにぱっぱって着替えさせられて靴を履いて外に出る。

 

 外は寒い。

 

 

 とて。とて。

 

 私の歩調はとても遅い。

 

 この足のおかげで満足に行きたいところにもいけない。

 

 士朗さんはわたしの右手をもって歩いてくれる。わたしは両手に毛糸のもこもこした手袋をはめていたが、士朗さんが手袋をしていなかったから右手の手袋をはずした。はじめて士朗さんの手を握ったときの感覚がよみがえる。わたしの体温より高い士朗さんの手を強く握った。

 

 士朗さんはそのあとも私の歩調に合わせて歩みを進めてくれた。それも何の気概もなく。わたしはそれが楽しくて、うれしくて、雪の踏みしめる音をただただ聞いていた。ググッ、ググッ。薄く積もった雪が踏み固められて鳴らす音をわたしは甘受していた。

 

 近くの神社に着くと、そこはお祭り騒ぎやった。

 

 神社への長い階段の下から人は長い列を作り、わたしらはそれの邪魔にならないように端っこで一段一段階段を上っていった。士朗さんがこちらを気にしながら、私を導いてくれる。

 

 境内はまるで世界すべての人をひっくり返したかのような込みようやった。世界の人口なんてわからないから感覚でしか言えない。そんな私の表情を見て士朗さんは言った。

 

「世界にはもっとすごいお祭りがあるぞ」

 

 まったく士朗さんにはかなわない。表情だけでわたしの気持ちを汲み取るなんて。

 

 できることなら士朗さんに散々我侭言って世界のお祭りとやらに連れて行ってもらおう。

 

「どこかへ行きたいというのなら、まずは足をなおすことだな」

 

 いつもの皮肉気な笑いが今は心地いい。

 

「ほなその一歩としてここの売店でも制覇しよか」

 

「おいおい、あまりいじめてくれるな」

 

 士郎さんは一文無しやもんな。

 

 こういうやりとりができるのももうあと少しかもしれないから思いっきり甘えてやるんだ。

 

「ニートは肩身が狭いなー」

 

「言えるのも今のうちだけだぞ」

 

 全く悔しくなさそうに言ってくれた。

 

 

 人ごみを士郎さんが掻き分けて進んでいく。わたしの手にあるぬくもりがうれしかった。

 

 パンパン、と手を叩いて神頼みをする。

 

 私の願いは一つだけ。どうかこの時間が終わりませんように。

 

 隣をみると士郎さんは何もせずにじっと奥を見とった。

 

「士郎さんはどんな願い事したん」

 

 正直、士郎さんの願い事には興味がある

 

「俺にかなえてもらいたい願いなんてないさ。―――いや、強いて言うなら世界平和、かな」

 

 ほへー、士郎さんは大人やなー。わたしにはそんな考えなんてうかばない。

 

 唐突に頭をガシガシ乱暴に撫でられる。今まで経験したことがない行為だけど、不思議と嫌な気持ちはしない。むしろくすぐったくて気持ちがいい。

 

「ほら、そろそろ迷惑になるからどけるぞ」

 

「う、うん」

 

 もうちょっとだけしてほしかった。お兄ちゃんがいたらこんな感じなんやろか。

 

 人が多くて少し疲れた。

 

 そんなことを考えていると士郎さんがおんぶしてくれた。

 

 恥ずかしかったけど、規則正しく運動する温かい背中でいつの間にか寝てしまった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 背中ですーすー、と寝息が聞こえてきた。

 

 そりゃ昨日は遅くまで起きてて、今日は朝早くから料理してたもんな。眠くもなるさ。

 

 参拝者の数はどんどん増えてきている。参拝者とは反対の方向へ歩いていく。

 

 ほどなくしてはやての家に着いた。

 

 はやては起きる気配がないので、部屋まで連れて行ってもこもこしていた上着を脱がす。汚れていないだろうからこのまま寝かせてあげよう。幸せそうな顔をしてむにゃむにゃ言っている。

 

 そしてカーテンを閉めて部屋を出て行く。

 

 

 とはいえ元旦。

 

 正直なところすることもない。図書館は開いていないだろうし、買い物はこの前行って冷蔵庫のなかがすごいことになっている。

 

 時計を見てお昼になったらはやてを起こそうと決める。

 

 昼まで新聞を読んで過ごした。

 

 やはりこの世界は俺のいた世界とは違う。ここが日本だというのはまず間違いがない。言語、文字、通貨などが全く同じだからだ。しかし明らかに大気中の魔力素が多いし、何よりも俺の記憶にある日本の都道府県名が少し違ったりしていた。考えてどうにかなるわけでもないので思考を切り替えた。

 

 

「はやてー、起きろー」

 

 部屋に入るなり、言葉を発してみた。

 

 もぞもぞ動いてこちらとは反対のほうへ向いてしまった。それならばこちらにも考えがある。もう一度呼んで起きなければ、な。

 

「はーやーてー」

 

 起きる気配が、お?

 

 目をこすって大きく伸びをして焦点の合わない目ここちらにむけてきた。

 

 目が合った瞬間、頭の上にはてなマークが見えたのはきっと幻覚じゃない。

 

 あわあわ言ってるが、もうお昼だ。

 

「もうお昼だからそろそろおき」

「な、なんで士郎さんがここにいるんや!」

 

 言葉をかぶらされた。

 

「何でと言われれば、はやてを起こしにくる以外にないわけだが」

 

「って、あれ?初詣に行ってなかったっけ?」

 

「おう、気持ちよさそうに寝てたからな。そのままベットまで運んだんだ」

 

 どうやら思い出してきてくれたらしい。

 

「というわけで、お昼にしよう。準備して待ってるから。それともお姫様抱っこでもしようか?」

 

「もう、士郎さん!」

 

「冗談冗談。先に行ってるぞ」

 

 あんまりからかうと枕が飛んできそうな勢いだったので慌てて部屋を後にした。

 

 

 二人で仲良く御節料理をつついた。

 

 まったりした空気が流れる。

 

 脳みそがとろけてしまいそうだ。

 

 はやては正月番組を見るのを早々に切り上げ、図書館から借りてきたという本を読み始めた。

 

「そういや、宿題は終わったのかー?」

 

 なんて唐突にはやてが小学生だということを思い出した。

 

「うん、まだー」

 

 本を読みながら答えてくれた。

 

 しかし、こういう暇な時間を使って宿題をするべきなのではないだろうか。俺も優等生ではなかったが、それなりに勉学に励んでいた、はず、だよな?

 

「よし、手っ取り早くやっちまおう」

 

「えー」

 

 ぶーぶーとこちらに視線をあげてきた。

 

 ぶーぶーとか子豚か。

 

「士郎さん、今何か失礼なこと考えんかった?」

 

 はやての目が細くなる。エスパーか。

 

「そんなことないぞ」

 

「そう?」

 

「なんだ、宿題やってしまおうではないか」

 

 不承不承と立ち上がりながら部屋へ行こうとする。

 

「手伝おうか?」

 

「あんなん手伝ってもらうこともないわ」

 

 はやてさんは優秀なようだ。

 

 さて、することのなくなった俺はちょっと出かけてこようと思う。

 

「はやてー、ちょっと出かけてくる」

 

「はいはい、夕飯までには戻ってくるんやでー」

 

 なんてくだらないやり取りをして、外に出た。

 

 いい天気でこれなら近日中に雪はとけてなくなってしまうだろう。

 

 行くあてもなくぶらぶらとしてもよかったが、どこかに鍛錬できそうなところがないか探すことにした。目星はついている。今朝参拝した神社は広大な敷地を誇っていて、裏手のほうは手前に針葉樹が奥のほうには広葉樹が生い茂っていた。

 

 昼をまわって参拝者の数はさらに増えているようだった。

 

 三が日の間は人目につく可能性があるので鍛錬は行わず、それ以降に鍛錬を行うとしよう。

 

 

 ふらふらと歩いていたらいつの間にか日が傾きかけていた。

 

 ここからは寄り道をせずにまっすぐに家を目指した。

 

 

 はやてはずいぶん前に寝て時計は午前二時を示している。

 

「そろそろ行くか」

 

 つぶやいて家を出る。合鍵はもらっているのでちゃんと戸締りをしておく。

 

 さあ魔術師が活動するのに申し分ない時間だ。

 

 




ビールのおいしい季節になりました。


20130103  改訂


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004話

それは小さな願いでした。

士郎さんとの日常は本当に楽しい。

これがずっとずっと続いてくれますように。

魔法少女リリカルなのはFはじまります。



 

 

 湿気を纏った風は冷たく、夜の闇は深かった。

 

 街にはすでに光は少なく、街灯がぽつりぽつりと立ち尽くしているだけだった。遠くに見えるビル群の窓からのぞく光と自動販売機が寂しい光を放っている。

 

 冬独特の冷たく湿った空気が鼻の粘膜を刺激する。

 

「強化、開始(トレース、オン)」

 

 視線だけを動かして周りに人がいないことを確認し、ぼそりと言葉を発する。魔術回路に魔力が通り、全身を強化する。念には念を入れて認識阻害の魔術も行使する。いくらへっぽことはいえ、一時は時計塔で魔術を学んだ身だ。あの、あれ?誰だっか。いつも隣にいて。…うん、その人に師事してた。基礎的な魔術は行使できる。別の言い方をすると、俺の特化した魔術以外では基礎的な魔術しか行使できない。

 

 あ、なんか目頭があつくなったきがする。こころのあせがでてくるところだった。

 

 

 ふっと息を吸い込み走り出す。

 

 景色が一瞬にして後ろへ流れる。

 

 ……ちょっと強化を強くかけすぎたようだ。速さが尋常ではない。一旦立ち止まり、一足で5 mはあろうかという建物の上に建つ。そして建物の上を飛びながら移動をする。

 

 目指すはこの地域で一番高い建物。

 

 建物の上からは海鳴市がよく見渡せた。はやての家は海鳴市の中心からはだいぶ離れている。どちらかといえば、海よりも山のほうが近い。

 

 眼下には未だ寝ていない人たちが寒さに小さく背を丸めながら歩いている。中にはえらく陽気な人もいるようで、何人かかたまってふらふらとしている。終電は既に終わっているだろうから残業で遅くなったか、今まで飲んでいてタクシーを拾えなかった、もしくは酔い覚ましといったところだろう。

 

 日本の一般的な地方都市といった感じで不自然なところは何もない。

 

 空を見上げる幾分か雲のかかった夜空に一際大きく半月が顔をのぞかしている。

 

 凍てつく寒さが身を切り裂くようだ。

 

 ばらばらの記憶に存在する戦場の記憶。

 

 俺がこんな平穏を享受してもいいのだろうか。

 

 

 今は既に色褪せてしまって、顔すらも思い出せない。それでも鮮烈に蘇る彼女と駆け抜けた数日間。

 

 凛とした瞳のむこうには何が映っていたのか。

 

『―――問おう、貴方が私のマスターか?』

 

 

 思考の海から意識を覚醒させる。

 

 白い息を一つ吐き、目の前を見据える。

 

 ビルの屋上から夜の街に飛び込む。

 

 さぁ、日常へ帰ろう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 ピピピ!と電子音が響いている。

 

 時間は六時。

 

 欠伸を一つしてとろとろと動き出す。

 

 もう士郎さんは起きているやろ。

 

 リビングへ行くと士郎さんが朝ご飯の用意をしていた。

 

 はい、とわたされたのはコップに入った冷たい牛乳。

 

「ありがとう」

 

 一息に飲むと冷たさが全身を駆け巡る。

 

 エアコンの稼動する音がいやに大きく聞こえる。

 

「士郎さん、今日は病院に行くんよ。でね、ついてきてほしいんやけど」

 

 迷惑じゃなければ、と小さい声で言う。

 

「暇人だからいつでも。午前?それとも午後?」

 

「午前中やな。予約は10時になってたと思うで」

 

 今日は1月3日病院に行く日。

 

「なら弁当でも持っていくか」

 

 なんて言ってくれた。お弁当を持って行くのはわたしも大賛成や。あそこの病院はでっかい食堂もあって、お弁当食べている人の姿もあった。

 

「わたしも手伝うでー」

 

「そうか、ならまず朝食をとってから弁当の中身を考えるとするか」

 

「うん」

 

 

 今日は軽い検査だけとなっているので、昼食に気を使うこともないはず。

 

 士郎さんとあーだこーだはなしているうちに、お弁当の中身は決まった。唐揚げと卵焼き、ミニハンバーグといろいろな種類のサンドイッチ。

 

 士郎さんが卵焼きと唐揚げを作ることになった。わたしはそれ以外。

 

 士郎さんからサンドイッチの具について提案があってそれに感心してしまったのはいい思い出や。

 

 保険証、お金とか必要なものを確認して着替える。

 

 めいっぱいおしゃれしてみた。ちょっと服が可愛らしすぎるやろか。

 

「士郎さんお待たせ」

 

 玄関で車椅子の準備をしてくれていた。

 

「待ってなんかないぞ」

 

 感想それだけですか。あんまり期待してなかったんやけど、もうちょっと女の子心ってものをわかってほしいところやな。

 

 むすっとしていると、手を頭の上にのせてぽんぽんってしてくれた。

 

 むー。

 

「そうむくれるとかわいいのが台無しだぞ」

 

 及第点としておくわ。

 

 ふん、とそっぽをむくと苦笑してる。なんかくやしい。

 

 玄関を開けると思いのほか明るい光に目を細めてしまう。

 

 鍵をかけるのをお願いした。

 

 からっとした冬晴れだった。

 

「雪とけそうやな」

 

「日当たりの悪いところを除けば、数日でなくなりそうだよな」

 

 カラカラと車輪の回る音がする。

 

 車道はいうまでもなく、歩道のほうもほとんど雪は残ってなくて、壁に沿うようにして雪がある。歩道の整備されていない小さな道を避け、きちんと歩道の整備されている道を行く。そのまま病院へと続く道に出る。

 

 

 海鳴大学病院、国内でも有数の大きさと設備をもつ大学病院や。

 

 自動ドアを抜け、そのまままっすぐ進み目に入るのは2階ほど吹き抜けた空間。入り口別に案内所が3箇所で中心に総合案内所があり、そして、8ヶ所にエスカレーター、一般用だけで16機のエレベーターがある。6階建てで病室がいくつあるなんてわからないし、働いているお医者さんの数もわからない。

 

 足の状態が悪くなっていろいろな科をまわった。それこそ心療内科から脳・・・何とか科までや。検査もたくさんやって、それでもよくわからなくて今の先生、石田先生のところでお世話になっている。

 

 士郎さんなんかはこの病院の大きさ、設備に驚いているようや。わたしも始めてきたときはおどろいたにちがいない、きっと、たぶん。ずいぶんと昔のことのような気がして忘れてしまってる。

 

 そこで石田先生は耳のそばで小声で言った。

 

「で、そこの青年はだれですか?」

 

 そうなるやな。とりあえず士郎さんの説明をしておく。

 

「で、その彼ははやてちゃんの後見人の親戚の方で、はやてちゃんとは全くの赤の他人のわけよね」

 

 士郎さんのことをジロリとみる。その士郎さんはというと、居心地悪そうに笑っているだけや。

 

「病気の進行状況とかわたしからの説明だとどうしても不足しがちらしくて」

 

「そこはわかるけど、はやてちゃんの後見人の方ってイギリス人ではなかったかしら?」

 

 しまった、そうやった。不安にかられて士郎さんの方をちらりと見ると、

 

「父親が日本人で俺は養子なんだ。母親の方がってわけ。ちなみに、英語とドイツ語は話すことも読み書きできるし、話すだけならヨーロッパの方はだいたいわかるぞ」

 

 士郎さんが話をあわせてくれた。でも、後半の方は言いすぎだと思うわ。

 

「少し試させてもらうわよ」

 

 石田先生が英語と思われる言葉を発して、士郎さんが答えていく。3分くらいそうしていただろうか。

 

「すっごいわね。欧州系だけでなくて中東の方まで話せるのね」

 

「いや、俺としては石田先生がそんなに話せるのがすごいと思うんだけど」

 

「そんなことないわよ、言語なんてロジックさえわかってしまったら簡単なものよ。あなたもそうなんでしょ」

 

 なんてよくわからないこと話してわたしのことは置いてけぼりや。でも、士郎さんの意外な一面が知れて案外よかったかも。

 

「それで、石田先生。診察はしなくていいんですか?」

 

「そ、そうでしたね。はやてちゃんこっちの椅子に座ってもらえるかしら」

 

 ようやく私のことを思い出してくれたらしい。言われたとおりに車椅子から立ち上がり、足を引きずって椅子に座る。ところで、士郎さんはいつまでそこにいるつもりや。

 

「衛宮さんは外で待っていてもらえますか?」

 

 鈍感な士郎さんは気がついてあわてて部屋から出て行った。でりかしーがない人やな。

 

 

 問診が終わった後に聴診器と触診による診断が終わった。聴診器を当てられると冷たくて一瞬びっくりして体がビクッってなるのは仕方ないと思うんや。

 

 石田先生から簡単な説明を受けて、わたしは部屋を出て食堂に先に行くことになった。士郎さんは石田先生から前回までの検査の結果なんかを詳しく話してもらうらしい。

 

 食堂まで行くのには多少時間がかかった。何でこんなにもでっかい病院なんやろな。

 

 10分ほど待っていたら士郎さんがやってきて、きょろきょろしてこっちをみつけたらしく小走りでやってきた。着く早々、謝ってきたが、謝られるようなことはされてないので。

 

「それはいいとして、お昼ご飯や」

 

 士郎さんとわたしは向かい合って座ってお昼をいただくことになりました。

 

 病院で食べたご飯の中で一番おいしかったのは言うまでもないことでした。

 

 

 帰りは海沿いを通って、商店街を経由して帰ることになった。

 

 海沿いは冬ということもあってあまり人はいなかった。

 

「なあなあ、夕飯はなんにする?」

 

「御節もなくなったしなー」

 

 どうしようか、と聞いてきた。

 

「ならカレーはどやろ?」

 

 カレーという単語を聞いた瞬間に士郎さんの方がぴくりと動いた。わたしはカレーが好きやけど、士郎さんはそうではないのかな。

 

「別にカレーやなくても」

 

 わたしの声は聞こえてないらしく、カレーカレーとつぶやいている。よほどのことがあったんやろか。

 

「カレー。うん、カレーか。

それもいいな。偶にはカレーを作るのも悪くない」

 

 なんだか一人で納得してくれた。

 

 

 商店街では、今日が初売りのところも多く、士郎さんが熱心に商品とにらめっこしていたのはわたしが言うのもなんやけど、ほほえましいものがあるとおもうんや。

 

 商店街を後にした士郎さんのほくほくした表情はなんというか、やりきったぞ的なオーラがただよっていた。

 

 

 帰宅してからの第一声は、

 

「夕飯は任せてもらおう」

 

 有無を言わせない声にただただ頷くしかない。表情は鬼気迫るものがあり、わたしは言葉を発することすらできなかった。士郎さんの表情があまりにも普段と違いすぎて怖くなり、わたしはテレビを見るという現実逃避を行ったのだった。最後に見た士郎さんは目で確認することすら困難な速さでタマネギ?を刻んでいた。けど、包丁が消えるとかどないなっとんのや。

 

 夕方のニュースが一通り終わり、バラエティー番組が始まるかという時間になっても士郎さんはカレーを作り続けていた。カレーは煮込んだ方がおいしいのはわかるけど、かれこれ5時間くらい調理しててわたしのおなかも限界突破近いんやけど。部屋にはなんともいえないスパイシーな香りが充満してわたしの食欲を刺激する。わたしはそんなにくいしんぼうやないで。でも、ほんとそろそろ…。

 

「はやて、席についてもらえるか」

 

 やっとできたんかい、なんてことは言えるわけもないし。素直に言葉に従って席についた。

 

 カレーライスとサラダ、トマトスープ、牛乳。

 

 見た目は普通で、嗅いだことがないくらい香辛料の香りがする。

 

「「いただきます」」

 

 ごくり。士郎さんは何気ない風を装っているけれども、カレーを一口も含んでいないし、こちらの一挙手一挙動に注意しているのがわかる。こんな中で食べるって言うのは、でも、食べないことには。

 

「どうした、はやて」

 

 びくり。

 

 なんでもないんやで、なんでも。

 

 目の前のカレーを見据える。

 

 スプーンの上でミニカレーライスを作って口に運ぶ。士郎さんはこちらを真剣に見ている。

 

 口にした瞬間、まず辛さが、そしてそれが和らいでいき甘さのようなものが舌を刺激する。肺から出た空気は香りを伴って鼻腔をくすぐる。こんな感覚ははじめてや。舌がただれるかと思った辛さはいつのまにか爽快感に変わっていて、心地よい汗が出てくる。トマトスープは口に残ったカレーを一挙に洗い流して、更なるカレーを欲する補助をしている。ほんと、こんなカレーははじめてや。

 

 いつの間にかカレーは残り少しになっていた。

 

 士郎さんは笑みを浮かべながらカレーを食べている。

 

「ん、おかわりかね?まだたくさんある。いくらでも食べてくれ」

 

 女の子にどんどん食べろって言うのはどうかと思うんや。でも、美味しいからおかわりはするんやけど。

 

 食べ終わって士郎さんが洗い物をしている。わたしがするっていったんやけど、結局士郎さんに押し切られてしまった。料理は片付けるまでが料理だって。

 

「あのカレーすごかったわ。どこであんなすごいカレーを習ったんや」

 

「カレーはいろいろあってなぁ―――、カレーは俺の血と汗と涙でできているといっても過言じゃないな」

 

 全然説明になっとらんし、遠くを見る目をして発する言葉にはどことなく力がなく、とても大変なことがあったんだろうな、くらいにしか思わなかった。あと、カレーシスターってなんや?

 

「明日は餅つきをせんか?」

 

「突然だな」

 

 「なんかこう、餅をつきたい衝動に駆られたんや。いままでやったことあらへんし、お世話になってるご近所さんにも配ろうと思ってるんよ」

 

「普通は正月前にするもんなんだけどな。というか、どこの家も今頃は餅の処理に困ってるくらい食べてるんじゃないかと思うんだ」

 

「そうかー」

 

 せっかく士郎さんがいるんだし、やったことないことをいろいろやりたかったんやけど、時期が悪かったちゅうことやな。

 

「また思いついたときにでもすればいいさ」

 

 また頭をぐりぐりしてくる。そのことを言うと、ごめんごめんって笑ってるんや。

 

 まったく。

 

 





ほのぼのがまだまだ続きます。


20120921  改訂
20131207  改訂


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005話

それは小さな変化でした。

脱ニートした士郎さん。

ニートネタが使えません、はやてです。

魔法少女リリカルなのはFはじまります。



 

 

 早朝というには少し早い4時、俺は起きてジャージに着替える。

 

 リビングをとおり、台所へ行き手早く朝食の下ごしらえをする。

 

 朝食の下ごしらえが済んだら、靴を履き、そっと玄関を開け外に出る。まだ日は昇っていない。玄関を開けた時と同様にそっと閉め、肺いっぱいに朝の空気を入れる。

 

 目指すは神社裏の森。

 

 走っていく。魔術は行使できるが、やはり日常から体を鍛えることは重要なことだ。いざとなったらこの肉体しか信用できない。

 

 木々の闇を縫って走ると、少し開けた場所に出た。明かりは星の瞬きのみ。

 

 大気から魔力を吸い上げ、魔術回路が活動を始める。全身に魔力が行き渡り、魔術師もとい魔術使いとしての俺が覚醒する。

 頭の中にはどの闘いの中であっても常に俺と一緒にあった陰と陽の夫婦剣がある。

「投影、開始(トレース、オン)」

意識を集中さる。四の撃鉄が落ちる。

 創造の理念を鑑定し、

 基本となる骨子を想定し、

 構成された物質を複製し、

 製作に及ぶ技術を模倣し、

 成長に至る経験に共感し、

 蓄積された年月を再現し、

 あらゆる工程を凌駕しつくし―――

 

 ここに、幻想を結び剣と成す―――

 見るまでもなく、両手には陰と陽を模った剣が存在する。

 手に馴染む感じはもとからそこにあったかのようにしっくりくるものだ。

 

 だらりと手を下げ、あたかも無防備であるかのように構える、否もはや構えとはいえない構え。それが俺の辿りついた剣。未だ高みには至らず。

 

 ヒュオッ!

 

 剣の重さに体が流される。発展途上の肉体ではまともに振るうこともできないか。

 

 体に強化を施すことで飛躍的に身体能力が上がる。先程までは重たかった剣も、今では小枝のごとく振るうくことができる。仮想敵は彼の大英雄クー・フーリン。アーチャーとランサーの戦いは心に焼きつき、まぶたを閉じると再現される。悔しいが、アーチャーの戦い方、それが俺の目指す剣の扱い方に等しい。アーチャーの動きをゆっくりと体の調子を確かめるがごとくなぞる。はじめはゆっくりと、そしてだんだんギアが上がっていく。

 

 ヒュッ、シュシュッ!

 

 槍を流したと思ったらすでに槍が迫っていた。

 ランサーとすでに三十合と打ち合っただろうか、ついに左手の剣がはじかれ宙に舞う。しかし、次の瞬間には同じ剣が左手に握られていた。ランサーは驚いたようだ、いったいどこから、と。わずかに切っ先が鈍る。その瞬間を逃すはずもなく防御から一転して攻勢にでる。打ち合いは既に百を軽く超えていた。幾度と泣く武器を失うが、その次の瞬間には新たに剣が握られている。一旦さがりランサーの攻撃に備える。ランサーは追撃してきて、徐々に不利になる。幾度目かの会合の末、とうとう脇腹に槍が食い込む。

 

 はー、想像ですら勝てない。

 

 1時間。そろそろきりあげるとしよう。

 

 強化と認識阻害の魔術を新たにかけなおし、早朝の町を疾走する。

 

 万が一、何かあったときのために、拠点を構える。それははやてに目が向かないようにでもあるし、敵を欺くためでもある。

 

 山の中腹にその廃屋はあった。外装は剥げ窓は割れ、床には埃がたまり十年は人の足が踏み込んだ形跡がない。

 少しだけ手を入れ、徐々に使えるようにしていく予定だ。

 今はまだ何もない。

 

 長居をしすぎた。そろそろはやてを起こしに行こう。

 

 

 

 学校が冬休みの間にアルバイトを見つけることができた。

 

 喫茶店でその名も『くろーばー』。マスターは森口さんという人で、年末にアルバイトが辞めてしまったので、新しいアルバイトを探していたらしい。週4日で平日は10時‐16時、あまりないけど休日は9時‐16時のシフトでいれてもらった。はやての学校が始まる日に合わせてアルバイトを始めることになった。

 

 マスターは珈琲に詳しく、俺も感心してしまうほどだった。ドリップ派で豆は煎る前のものを仕入れて、ここで煎っているらしい。反面、紅茶は俺のほうに分があるようだ。紅茶の綺麗な紅は俺の流した血と言っても過言じゃないからな、本当にしごかれた……。自分が飲みたいがために俺に仕込むとか、いや、おいしそうに飲んでくれたのはうれしいんだけどな。

 

 ともあれ、今日はニートを脱する記念すべき日だ。

 

「「ごちそうさま」」

 

 今日の朝飯も好評で幸先よかった。

 

 

「それで忘れ物ないかー?」

 

「わたしはそんなに子供やないで」

 

「わるいわるい」

 

 車椅子を押しながらはやてと他愛無い話をする。

 

 はやての通っているのは公立の小学校で家からもそれなりに近い。20分ほどすると校門が見えてきた。はやてはここまででいいと言う。

 

 他の子供が登校してくるにはまだ少し時間があるのだろう。小学生は疎らに登校している。

 

「ほな行ってくるで」

 

「気をつけてな」

 

 はやてに背を向けて歩き出す。

 

 はやては学校が終わると図書館へ行くとのことなので、俺もバイトが終わると図書館へ向かいそこで落ち合うこととした。

 

 時間があるので、図書館は8時30分から開館しているので、バイトまで時間を潰すことにした。本棚を見ていき、歴史の分野で足を止める。すでに世界が違うことは判明しているが、どこまで異なっているかということが問題なのだ。歴史が根本から異なっているのか、それはいま現在使われている言語からしてまず考えられないが、それでもないとも言い切れない。

 

 一時間ほど本を読み、大まかな歴史をなぞると、細部は多少異なっているようだが、俺のいた世界の歴史とほぼ変わらないことがわかった。ただ、気になるのは魔術師の存在だ。これだけ大気中に魔力が満ちているということは、そもそも魔力が満ちている環境なのか、魔術師が存在しないか、それとも両方か。いないならいないにこしたことはない。

 

 時間となりバイト先に向かう。

 

 ちりーんと来訪者を告げる鈴が鳴る。

 

 マスターに軽く挨拶をして、着替える。

 

 午前中は疎らにしか客は来ない。しかし昼になると思いの他、来店する人が多くてびっくりした。立地条件もさることながら、マスターの人柄で常連となる人もいるのだろう。のんびりとした空気が流れていて、それでいて心地良い。

 

「料理美味しかったわ」

 

 なんて帰り際に言われたときは本当にうれしかった。

 

 マスターも温かい目でこちらを見ている。私の目に狂いはなかったようだね、なんておっしゃる。

 

 16時に近くなり、また忙しくなる時間に抜けることに心苦しさを感じる。マスターには親戚の子供の世話ということで了承してもらっている、とはいえ。帰り際に、マスターから小さなクッキーの包みをもらった。はやてにあげてほしいとのことで、ありがたく受け取った。可愛らしくラッピングされたもので、はやても喜びそうだ。 

 

 図書館に行くと既にはやては本を選んで椅子に座っていた。車椅子は畳んで横に置いてあり、黙々と本を読んでいた。なんとなく、邪魔するのが憚れたのでそのままにしておき、俺も本を読んでいた。

 

 閉館時間のチャイムがなり、目線をあげたはやてと目が合った。なんか慌てているようで、面白い。

 

「さて、借りたいものがあるなら借りて帰ろうか」

 

 はやてはたっぷり1分は考えて、5冊の本を選んだ。

 

 その他の本は返すので、俺が何冊か持って歩くはやての後ろについた。

 

 はやてに言われたところに本を返し、カウンターで本の貸し出しをした。

 

 車椅子に本を乗せて、俺とはやては手をつないでゆっくりと家路についた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 士郎さんが読む本は歴史に関するものが多かった。

 

 近代史を読んでいたと思ったら、今では偉人やギリシャ神話なんかの本を読んでることも多くなってる。あとは新聞を読むことも多い。

 

 士郎さんはできるだけ車椅子は使わない方がいいって言ってくれる。車椅子を使うと足の筋肉を使わなくなるから足がもっと弱くなるって。石田先生も賛同しているみたいやった。それから急ぐ必要がないとき以外は車椅子を使わなくなった。もちろん、隣には士郎さんがいる。士郎さんは私の手と手をつないでくれて転ばないようにしてくれる。

 

 休日は図書館に行って、士郎さんがバイトのある日は、士郎さんのお昼休みが近くなるとバイト先の喫茶店に行って紅茶を飲むようになった。士郎さんが入れてくれる紅茶は本当に美味しい。飲み終わるとマスターさんが士郎さんにお昼休みするように言ってくれる。わたしが催促してるみたいでなんだかちょっとはずかしいんやけど。図書館の前の大きな公園でお弁当を食べて、またわたしは図書館に行く。

 

 夕方になると士郎さんがやってきて一緒に本を読んで、閉館の時間になったら帰る。

 

「なんかだんだんあたたかくなってきたなー」

 

「もう春が近いからなー」

 

「そうなんやなー」

 

「そうかもしれないなー」

 

「うむうむ」

 

「そうでないかもしれないなー」

 

「どっちや」

 

 脳みそがとろけそうな会話をすることもよくある。

 

 帰りはそのまま帰ることもあるし、商店街によることもある。

 

 夜はわたしと士郎さんの合作が食卓に並ぶことが多い。士郎さんからいろいろ教えてもらって料理も上手になりたい。

 

 夜は10時には寝なさいって言われるけど、12時くらいまで本を読んでることもある。

 

 そんなこんなで今日一日も終わる。

 

 




にじファン時に掲載していたものに少し手を加えています。


20130103  改訂


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006話


それは小さな、でも大きな事柄でした。

家族とは。

血縁?戸籍上の?それとも、―――。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

 士郎さんは早朝トレーニングと行って毎日走りに行っている。何でも体が資本だとか何とか。士郎さんはすごい。

 

 士郎さんがアルバイトをはじめてもう2ヶ月が経った。いいって言ってるのにお金を入れてくれる。あと、わたしにお菓子とか買ってきてくれたり、作ってくれたりする。作ってくれるのはうれしいんやけど、わたしとしてはいっしょに作った方がはるかに楽しいんや。そのことを言ったら笑われて、次からは一緒に作ってくれるようになった。

 

 士郎さんのアルバイト先に行って紅茶とか珈琲とか奢ってもらったりしたけど、本当に美味しかった。士郎さん作というケーキも非常においしかったので、お土産にもらってしまった。マスターさんはとても優しい人や。

 

 士郎さんは週ごとにアルバイト代をもらう様にしているらしく、初めてのバイト代でわたしにかわいらしい手袋とマフラーをプレゼントしてくれた。次の週にはわたしと一緒に携帯電話を購入した。わたしの場合は機種変更やけど。士郎さんは防水、防塵、耐衝撃の携帯電話を購入し、わたしはピンクの流行の携帯電話を買った。士郎さんの携帯電話の電話帳の一番最初にわたしの電話番号が登録され、グループは家族に割り当てられていたのを見たときはとてもうれしかった。わたしのことを家族と思っていてくれることに。わたしも、士郎さんが家族だったらどんなにうれしいか、そう思っていたときもあって。

 

 学校は正直、この足のせいで大変だけど何とかなってる。不満なのは、学校では給食があるので、お昼ご飯は士郎さんと同じものが食べられないことや。学校が終わったら図書館に行って、本を借りて士郎さんと一緒に帰る。

 

 こんな日がずっとずっと続くと思っていた。

 

 

 ある日、起きると足首から下が動かなくなっていた。

 

 つまり歩けなくなった。

 

 わたしは前々から漠然と歩けなくなってしまうのでは、と思ってはいたけど、それを目の前に突きつけられるとどうしようもなくなって、泣いてしまった。士郎さんは子供をあやすようにわたしを慰めてくれた。抱きしめてくれて、背中をぽんぽんと。士郎さんに抱きついているせいで士郎さんの服も私の涙とか鼻水とかで汚れてしまったけど、何も言わずに抱きしめてくれた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで綺麗にしてくれた。涙が枯れるんじゃないかと思うくらい泣いたけど、すーっと止め処なく涙は溢れてくる。その度にハンカチで涙を拭ってくれた。

 

 ぐすっ。

 

 一頻り泣いたら落ち着いた。落ち着いたら士郎さんが朝食を食べるように言った。正直、あんまり食べたくなかったけど、食べないことに関して士郎さんは首を縦に振らなかった。

 

 学校には士郎さんが連絡してくれた。それと、病院に連絡して診察を受ける旨をわたしにしてくれた。

 

 わたしはわたしが思っている以上に繊細だったらしく、静かすぎる朝食をとった。

 

 

 タクシーを使って病院へ行った。

 

 

 病院へ着くとすぐに石田先生の問診が始まって、ごわごわした白い服を着せられていろいろな検査をした。血を抜かれて、レントゲン?とかいうのをして、あとはとにかくたくさん。一通り検査が終わったと思ったら夕方になっていた。士郎さんはその間ずっとそばにいてくれた。今日は病院に泊まることになるって石田先生が言っていた。明日も検査をするらしい。士郎さんはそのことを聞くと、わたしと先生に断ってわたしの着替えをとりに帰ってくれた。うれしかったけど、士郎さんに下着とか見られるのは恥ずかしい。

 

 士郎さんはよほど急いだのか戻ってきたときには息が切れていた。わたしは個室に移されていて、石田先生とお話をしていた。士郎さんが戻ってくると、石田先生は士郎さんとお話しがあるって言って出て行った。テレビをつけてもなんでか面白いものはやっていなかった。持ってきてもらった鞄を開けると、パジャマや下着などの衣類の他に図書館から借りた本が入っていた。士郎さん、ありがとう。

 

 本を読んでいると、士郎さんが石田先生と戻ってきたので、わたしの病気の状態を聞いてみた。士郎さんはいろいろなことを知っているけど、さすがに病気のことまではわからないらしく、石田先生がなんか言ってたが呪文を唱えているようにしか聞こえなかったって言ってた。今日はじめてわたしは笑うことができた。士郎さんも苦笑いをしていた。

 

 詳しい検査結果は明日の検査も終えて、それ以降にならないとわからないらしい。もしかすると2、3日は病院にお泊りをするかもしれないということだった。

 

 士郎さんも今日はここに泊まるらしい。本当はダメらしいんだけど、石田先生に無理を言って許してもらったそうだ。

 

 わたしは味気ない病院食を食べて、士郎さんはその間にバイト先に電話したり学校に電話したりしてくれたみたいだ。その後で食堂に行って食事をしたんやって。食堂の料理よりもわたしの料理の方がおいしいって言ってくれた。ちょっとうれしかった。

 

 

 電気が消されてちっちゃい豆電球の明かりしかない。

 

 士郎さんは足を組んでわたしの左手を握ってくれている。

 

 そういえば、士郎さんのベッドなんてないし、床で寝るのかな。そんなことを考えていると、今日は椅子ので寝るとか言い出しやがりましたよ。そんなのよくないに決まってるやないか。士郎さんはよくやっていたことだから心配すんなって。そのあとも夜遅くなるまで士郎さんとお話していたらいつの間にか寝ていた。

 

 朝起きると、士郎さんはそのままいて、おはようって言ってくれた。ずっと手を握っていたみたいや。なんかちっさい子供みやいではずかしくて、下を向いたらまた頭をぐしぐしってしてくれた。なんかほんとうにこどもあつかいやないか。いや、うれしいんやけどね。はずかしくて小さい声でおはようって言ったら、笑ってもう一度おはようって言ってくれた。

 

 話していたら朝食の時間になっていたらしくて、朝食をとった。その後で、石田先生とお話して昨日の検査の続きをすることになった。士郎さんは私の着替えとかは持ってきてくれてたのに、自分のは持ってきていなかったらしく、着替えに帰るって。おっちょこちょいやな。お昼を食べて終わった頃に士郎さんは戻ってきた。検査までの間、図書館で借りた本の内容と感想を士郎さんに話してたらお昼の検査の時間になっていた。

 

 検査自体は昼の3時くらいに終わった。士郎さんが手作りのクッキーを出してきた。朝、時間がかかってたのはこのためやったんやな。石田先生がいいって言ってくれたらしいので、遠慮なく食べることにした。病院食ばっかりのところにこのクッキーはひきょうや。あと、りんごを切ってうさぎさんを作ってくれた。ほとんどわたしばっかりで食べてしまったのはしょうがないと思うんや。

 

 検査結果は明日らしくて、たぶん、明日には帰れるらしい。

 

 士郎さんは今日もここに泊まるんだって。一人でこんな部屋にいるのはイヤなのでうれしかった。

 

 

 

 ―――なんだ、わたしって自分が思っている以上にこどもやったんやな。

 

 

 

 夜になると、看護師さんがお風呂に入れてくれた。昨日はお風呂に入らなかったので、すごくさっぱりした気分になった。戻ると士郎さんはいなかった。トイレにでも行ったのだろうか。ものの1分くらいで戻ってきたので、きっとトイレだったのだろう。今日も士郎さんとお話して寝た。ちゃんと手はつないでくれてた。

 

 朝、石田先生からお話があった。これで退院だけど、今まで以上に頻繁に病院に来ないといけなくなった。病名はまだちゃんとわからないけど、がんばるしかないってことやな。

 

 

 病院を後にして、士郎さんが車椅子を押してく。

 

 

 士郎さんに声をかけると、気の抜けるような返事が返ってきた。わたしは士郎さんに、そろそろ旅が恋しいのとちゃうんかって聞いてみた。すると、いぶかしむような返事がきた。

 

 ほんと、わたしは何を言っているんだろう。

 

 それでもわたしの口からは言葉が漏れた。また旅に出たらどうか、と。

 

 それからわたしが何を言ったか定かではないが、士郎さんがほんとうに怒っていた。こんなに怒る士郎さんは初めてで、想像もできないくらい怒っていた。わたしは何で士郎さんが怒っているのかわからなかった。士郎さんはわたしに言った。ならなんで、そんなに悲しそうな顔をするのか、って。わたしの顔、そんなに変かな。なんで、涙が溢れてくるのかな。わからないことだらけだった。

 

 ただ一つわかるのは、士郎さんにもう迷惑はかけれないということだった。我侭でわたしの家に住んでもらって、わたしの世話を焼いてもらって。でも、もうだめだ。今まで以上に迷惑をかけてしまう。足が動かない人なんてお荷物でしかない。士郎さんがいなかったときだって一人で何でもできたんだから、足が動かなくなっても、なんとかやっていける。そうにちがいない。士郎さんの怒声で顔を上げた。本気で言っているのか、と。本気も本気、大真面目や。わたしは目を見て、ちゃんと声に出して言った。そこまで言うと、士郎さんは黙ってしまった。そして口を開いた。今までわたしの我侭を聞いてやったんだから、今度は士郎さんが我侭言う番だと。そりゃそうや、でも今わたしにできることは少ない。もしかしたらお金かもしれない。グレアムおじさんからの援助のおかげでありあまるほどお金ならあるし。

 

 士郎さんは一呼吸置いた。士郎さんはこれからまたどこかに行くだろうから笑顔で送りたい。笑顔になれるかどうか怪しいけど。何を言われてもいいように心の準備をする。発せられたのは、これからも世話になるからよろしく、それだけ。予想外すぎてあたまがおいついていかない。

 

 士郎さんはしゃがんでわたしの目を見て言った。俺のことをどう思っていたんだ、って、士郎さんは優しくてどこかぬけててあたたかくて。士郎さんは、小さなこどもをほっぽりだすほど鬼じゃないって言ってた。そういう考え方もできるか。そして、大きな爆弾をひとつおとした。

 

 

 

 家族じゃないか。

 

 

 

 真っ白になった。

 

 そして、また泣いてしまった。

 わたしがこれからどれだけ迷惑をかけるか、言葉が出るだけ、考えられるだけわめき散らした。人がいようが関係なく、人目を気にせずに。そしたら、家族だったら迷惑を掛け合うのは当然じゃないか、って言われた。そのあいだ、士郎さんは私を抱きしめてくれた。苦しいくらいに。

 

 士郎さんにおんぶされて、家に着くまでずっと泣いていた。

 

 

 ―――そして、わたしたちはほんとうの家族になった。

 

 





はやて視点の話でした。



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007話

それは小さな恥ずかしさでした。

今回はお約束のお風呂回。

わたしのぽろりもかるかもやで!!

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 いや、家族とはいっても、これは。

 

 わたしはひじょーにじゅうだいなキキにちょくめいんしている。いや、考えなかったわけじゃないけど、そこまで頭が回らなかったというのが正解かもしれない。

 

 そう、着替えとトイレとお風呂だ。

 

 足が動かなくなるということをわたしはまだあまくみていたのかもしれない。

 

 わたしは帰るなり先ほどまで士郎さんの背中で泣いていたのがはずかしくなって部屋で大絶賛アローン状態や。

 

 いやいや、着替えとトイレは馴れればどうにかなるかもしれない。でも、お風呂だけは。士郎さんならこどもなんだからきをつかうな、なんてい言いそうやけど、そうやないから。

 

 うんうん呻っていたら突然ひらめいた。所用があるのでちょっとベットとのいちゃいちゃを涙を飲んでやめて、時間をかけて車椅子に乗る。思った以上に大変だ。

 

 いつもの5倍くらい、体感時間でそれくらいの時間をかけてトイレをすませてリビングに行く。意地を張らずに士郎さんに手伝ってもらえばよかったと思うのは仕方のないことだろう。近くに士郎さんがいたら盛大に迷惑をかけようとちかったんや。

 

 士郎さんは何事もなかったかのように夕食の準備をしていた。わたしがこんなに悩んでいるのになんだか理不尽に感じてしまうのはわたしだけやろか。

 

 じっと見てたら、士郎さんがこちらを向いた。

 

「まだ夕飯には早いぞ」

 

「なんでやー!」

 

「それくらい元気があればよさそうだな」

 

 なんや、なんだかんだいって心配してくれとったみたいや。

 

 わたしはリビングまで行き、ソファーの前まで来た。士郎さんも何故か隣にいるし。

 

「夕飯は俺がつくるから、ゆっくりテレビでも見ていてくれ」

 

 なんて気遣いの言葉をもらって、わたしを抱き上げてソファーに移してくれた。移動するのが大変だってわかってるみたいや。うん、そう思っておこう。

 

 テレビはついていてニュースが流れているが、わたしはそちらを見ていない。

 

「あんまり見られると緊張するんだけど」

 

 士郎さんの意見は聞いてません。でも、たしかに誰かにずっと見られているとやりにくいってのはわたしもわかる。こんなだからみんなは意識してないのかもしれないけど、つねに好奇の視線をあびていたから。まぁ学校も2週間後の終業式までお休みして、それからちゃんと休学して治療に専念することになるらしい。学校に行けないというのも多少は寂しい思いもするけど、それよりも士郎さんと一緒の時間が増えるというのはとってもうれしい。

 

 半熟の目玉焼きが乗ったハンバーグ、バターで焼いた甘いニンジン、サラダ、かぼちゃのスープ、バターライス。わたしの好きなものが大半を占めるメニューだった。

 

 士郎さんを見上げるとニコニコしていた。

 

「「いただきます」」

 

 二人で声を合わせるのはもはや習慣や。

 

 ハンバーグをきると、中からトロトロになったチーズがでてきた。チーズをハンバーグの中に入れるのは実はなかなかに手間なのだ。最も重要なのはハンバーグ焼いている最中にチーズが出てこないようにすること。

 

 ハンバーグの濃厚な味にチーズのまろやかさが負けてなく、いんや、相乗しあってさらなるおいしさに消化させている。

 

 わたしは堪能しつつ、食事を終えた。

 

「「ごちそうさま」」

 

 一息ついて、お皿を持っていく。

 

 士郎さんがお風呂の準備をしている間にわたしが後片付けをしておく。いつのまにかできた我が家のルールや。もちろん、士郎さんが後片付けをして、わたしがお風呂の準備をするということもあったが、これからはこれが定着しそうや。

 

 士郎さんがお風呂を洗ってお湯を張り始めて、わたしの食器洗いもおわった。

 

 ―――そう、これからが本当の地獄や。

 

 

 少し時間が空いて、お風呂にお湯が張られたようだ。

 

「はやてー、風呂に入れるぞー」

 

 って、ちょっと大事なこと忘れてませんか?忘れてますよね。

 

「あのー、士郎さん。

いいにくいんやけど、わたし今こんな状態なんよね。

普通にお風呂に入れると思う?ってか、忘れてた?」

 

 士郎さんの背筋がピンっと伸びて、ご一緒にお風呂にはいらせていただきます、マム。マムってなんや。まあええ。それよりも、わたしの口からこの件に関して言わせるのが問題やと思うんや。まちがっとるやろか。

 

 士郎さんは若干、顔色を悪くしながら慌しくお風呂の準備を始めた。

 

 あ、こけた。

 

 

 士郎さんは家族や。なにを恥ずかしがることがあるんや。

 

 わたしは脱衣所で四苦八苦しながら服を脱いでいる。士郎さんのくしゃみがお風呂場から聞こえる。まだ湯船に浸かっていないのだろう。春とはいえ、寒いはずや。わたしも寒いんやから。

 

 なんとか服を脱ぎ終え、いまはすっぽんぽんの状態や。もちろん、車椅子に乗ってるで。さて、タオルは巻くべきかどうか。湯船にタオルをつけるのはマナー違反。かといって士郎さんに見られるのもなんとなくいや。ええい、ままよ!

 

「士郎さん、準備おーけーや!」

 

 気合が入ったのかどうかわからないけど、大きな声が出てしまった。

 

 やっとか、なんて声が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいや、うん。

 

 ガラッと扉が開けられる。

 

 じゃーん。

 

「じゃーん、じゃねぇ。

風邪ひくかと思ったぞ」

 

 バスタオル羽織っただけのこの姿にそんな言葉ですか。

 

「どんな感想言えばいいんだよ。言っとくけど、ロリコンじゃないからな。ちっさい子の裸見てもなんとも思わないぞ。

さあ、ちゃっちゃと風呂はいるぞ」

 

 はーい。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 はやてからいつもの笑いがないんだけど。

 

 俺は今、慌てて風呂の準備をしている。もちろん、俺のだけじゃなくてはやての着替えなんかも用意している。そして、こけた。ゴッド、なんか悪いことしたか?

 

 はやてに先に風呂場で待っているように言われて待ってるんだけど、寒い。結構寒い。温かいお湯がはってあるのに、まだ入れない。はやては脱衣所で服を脱いでいる。ガラス越しにわかる。しかし、足が動かないというのでかなり時間がかかっているようだ。そして、動きが止まる。やっと準備できたか。

 

 と思ったら、まだそれから時間がかかった。

 

「ぶえっくしょ」

 

 寒いぞー。

 

「士郎さん、準備おーけーや!」

 

 なんか声がでかくて自分に言い聞かせたような感じがしたが、寒いのでこの際気にしなかった。

 

 やっとか、と呟いた俺にきっと罪はない。

 

 ガラス戸をあけると、

 

「じゃーん」

 

 はやてがいました。タオルを体の上にかけて。俺も腰にタオル巻いているだけの姿なんだけどな。

 

「じゃーん、じゃねぇ。

風邪ひくかと思ったぞ」

 

「この姿にそんな言葉ですか」

 

 どんな感想言えばいいんだよ。つるぺたじゃねーか。つるぺたって言ったら何言われるかわからないから何も言わないけど。とにかく言っとくけど、俺はロリコンじゃないからな。ちっさい子の裸見てもなんとも思わないぞ。

 

「さあ、ちゃっちゃと風呂はいるぞ」

 

 軽いはやてのからだを持ち上げて、風呂に行く。

 

 軽くかけ湯をして湯船に浸かる。

 

 風呂はまあまあの大きさで、二人くらいなら余裕では入れる。はやては縁につかまってふんふん鼻歌を歌っている。その気持ちはよくわかる。気持ちいいもんな。

 

「なーなー、士郎さんは恥ずかしくないん」

 

 何をおっしゃるか

 

「はやてが幼女じゃなくなったら恥ずかしいかも」

 

「だーれが幼女や!」

 

 がーって言ってくるけど、全然迫力も何にもない。

 

「さて、そろそろ体洗うか」

 

「無視かい」

 

 無視してはやてを湯船から引き上げる。

 

「ドナドナってこんな気分やったんやろうな」

 

 情けない姿で情けない声を出している。

 

 わからなくもないが、わかりたくもないな。

 

 はやてを座らせて背中をごしごし。前はさすがにはやて自身に洗ってもらう。

 

 頭を洗うと気持ちよさそうな顔をしていた。おかげで、はやての頭が泡でアフロになっていた。笑いそうになったのをガマンしたのは言うまでもないことだ。

 

「士郎さんの背中も流すで」

 

「いや、俺はいいよ」

 

「遠慮いいっこなしや」

 

 遠慮してるわけではないが、ふむ、ここははやてに任せてみるか。

 

「―――、士郎さんの背中って大きいんやな」

 

「ん?そんなことないぞ。同い年のやつらに比べたら身長低いくらいだし」

 

 自分で言ってて悲しくなる。

 

 この数ヶ月でだいぶ背も伸びたし。このまま背が伸び続ければ言うことなんてない。

 

「そういう意味やないんやけどな。

はい、おしまい」

 

 バチーンといい音がしました。きっと背中には綺麗なもみじができているでしょう。

 

 無言で体の泡を流してはやてを湯船につける。

 

 徐に水鉄砲をとりはやてに向ける。

 

「ふふふ、防御の準備はよいか」

 

「ええっ、ちょ、ちょっとしたお茶目やないか」

 

 だまらっしゃい。

 

 もはや言葉は無用。水がなくなるまで水鉄砲を打ち続けた。はやてからの応酬もあり始めこそは俺も無言だったが、途中からは二人でキャッキャ言いながら遊んでいたような記憶しかない。

 

「しかしなあ、冷たい水を入れるのは反則だと思うんだ」

 

「はんでぃーや」

 

 さいですか。

 そろそろあがりますか、のぼせる前に。

 

 

 風呂から上がってはやての体を拭いて服を着せる。俺自身もさっと着替えてリビングへ。

 

 風呂上りの血行がいい状態ではやての足のマッサージをする。くすぐったいのか、からだをぐにぐに動かしている。こら、逃げんな。マッサージもあんまりやりすぎるとよくないらしいからな。今日は是くらいで勘弁してやろう。

 

 俺はテレビをつけてニュースを見て、はやては本を読んでいる。

 

「はやて、そろそろ勉強を始めるぞー」

 

 そう、はやての勉強時間だ。

 

 はやては休学することになるから、自分達で勉強するしかないのだ。とはいえ、俺も一応は高校卒業する程度は学力があるので、小学生の勉強を見るくらいどうということはない。

 

「えー」

 

 えー、じゃない。立派な大人になれないぞ。

 

「ぶー」

 

 ぶーじゃないべ。豚か。

 

「それはひどい」

 

 よろしい、ならば勉強だ。

 

 はやてを強制連行して机の前に座らせる。

 

 前のテストとかも見せてもらったけど、はやては非常に頭がよいようだ。俺が勉強を教えるまでもないくらい。しかし、はやては放っておいたらずっと本を読んでるような困ったやつなので、俺がこうして勉強を見てやらないといけないのだ。

 

 一時間ほどして勉強も終わり、また本を読み出した。

 

「はやて、平日の午前中は勉強だからな」

 

「えー」

 

 さっきと同じやり取りをするつもりはないので、さっさときりあげる。

 

 

 はやてがおやすみのあいさつをし、俺がそれに答える。いつもの日常だ。

 

 しかし、いつもより疲れた日だった。

 

 明日の朝飯を考えながら眠りについた。

 

 




士郎君はロリコンじゃないので無問題なお風呂回でした。


20120815  改訂


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008話


それは小さな小さな喪失感でした。

春は別れと出会いの季節。

わたしに新しい出会いなんてあるんやろか。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

 今日ははやての終業式で、これが終わればはやては本格的に休学し、治療に専念することになる。

 

 俺はいつものように起きて、朝飯の下ごしらえを終えた後家を出ようとした。

 

 ギシっとベットの軋む音が聞こえた。どうやらはやては起きているらしい。

 

 やれやれ、と息を吐き部屋手の部屋へと向かう。はやてだって子供だ。環境のせいで小学生にしては少し大人びているかもしれないけど。それでも、小学校という場は子供同士の社交場であることは確かで、友達だってそこで多く作られる。そんな場所が今日でいけなくなる。思うところがあるのだろう。

 

 コンコンとノックする。

 

「はやて入るぞ」

 

 そっとしておいた方がいいのかどうかわからない。それならば、俺の思ったように行動するだけだ。だれかに傍にいて欲しいということもあるだろう。

 

 中からは少し慌てたような様子が伝わってきて、少し間を空けて声がかかった

 

「ええよ」

 

 入ると制服がベットの上に出されていた。

 

 おはようとあいさつをする。

 

「どうしたん?」

 

 それはこっちの台詞だ。

 

「いや。はやてが起きているようだから」

 

 それを機に無言が辺りを包む。

 

 はやては制服に視線を落としてこちらを見ようとはしない。

 

「士郎さんは卑怯や」

 

 つむがれる言葉は弱弱しい。

 

「わたしな、こんなでも小学校に入ったころはまだ足もそんなに悪くなくて友達もぎょうさんおったんよ。

足が悪くなってな、友達も少なくなったけど、それでも友達はおったんよ。でもな、車椅子に乗るようになったら、わたしはどこにも遊びに行けんくなったんよ。みんな、学校では優しくしてくれるで。でもな、放課後に遊んだり友達の家に遊びにいったりはできんのよ。そうなるとな、友達がおるといってもだんだん友達がいなくなってくるんよ」

 

 はやてが図書館によく行ったり、一人で過ごしていたのはこういった理由からだった。俺も薄々は感づいていた。遊び盛りの小学生が、友達とも遊ばずに一人で広い家に住み、図書館によく通う本の虫。改めて思う己の不甲斐なさ。

 

「でもな、わたしは士郎さんに感謝しとるんよ。これでも。

わたしも正直一人暮らしは限界やないかとおもっとったんや。それに、石田先生からもよく笑うようになったって言われたんよ。

言いたいことはたくさんあっても、言葉にするのは難しいんやな。わたしは士郎さんがいて、とっても幸せなんや。だからな、学校に行けなくなっても淋しくなんかはないんや」

 

 はやての独白に近いものだった。子供の癖に、というのは簡単だ。それまでの経緯、それを思うだけで俺の心は締め付けられる。目じりに少し涙が浮かんで、虚勢を張っているのがわかる。

 

「そうか。

―――はやて」

 

「ん」

 

 俺にははやての苦しみはわからない。

 なればこそ、普段どおり接する。

 

「これから鍛錬するんだが、少し動きが鈍いんだ。ちょっとみてくれないか」

 

「ぇ。

あ、うん」

 

 呆気にとられているが、これでいい。もとより、俺なんかが考えたところでどうとなる問題でもない。人に何かを諭させるなんてのは性にあわない。はやてが一緒に悩んでほしいというのならば話は別だが。できることがあるとすれば、それははやてと一緒にいること、それだけだろう。

 

 3月の終わりとはいえ、朝方は冷える。

 はやてを連れ立ってリビングに戻る。少し寒いので、暖房をきかせる。エアコンの駆動音がしだした。

 

「さて、まずはストレッチから入るわけだが、これははやてにもできることだからやってもらおうか

ああ、はやては軽めで俺も手伝うから」

 

 体を動かす前のストレッチは大切だ。体を柔軟にすることで、怪我もしにくくなるし、何よりも体の駆動域が広がる。

 はやての場合は血行促進のためと、使わない筋肉が硬直しないようなストレッチだ。筋肉は使わないと凝り固まってしまうので、はやてのように体が動かなくなった人でもマッサージ等をするのはそのためだ。

 

 特にはやての場合は足を重点的に行う。

 

「お風呂出たときによくやってもらうけど、なんかぽかぽかするんやな」

 

「血行がよくなってる証拠。

風呂上りは元から血行がいいからわかりにくいだろうけど、こういう時にやるとわかりやすいだろ。俺も我流だけどさ、こんな本格的にはやらなくてもいいけど偶には自分でやった方がいいと思うぞ」

 

「そやなー。ぽかぽかするし足にいいなら朝とかやってみようかな」

 

 はやてに自分でできるマッサージの方法を教えて実際にそのとおりにやっている。その様子を見ながら自分のストレッチをしていく。

 

 十分に体がほぐれた。

 

「今日はランニングはなしでやるからちょっと見ていてくれ」

 

 はやては頷いてくれて、俺は庭に出る。

 

 テーブルと椅子を片付けて、リビングに立てかけてある木刀を二本とり、庭の中心に立つ。木刀は家でも振るえるように購入していたものだ。長さは自分で削って、中に鉄心を入れて、およそ長さも重さも夫婦剣と同じようにしている。

 

 一切の雑念を取り除く。

 

 だらりと腕をたらし、脱力をする。

 

 すっと切っ先をずらし剣を振るう。

 

 否、これは剣を振るうものではなく、筋肉の動きを解析するための動き。ゆっくり丁寧になぞっていく。右腕と左腕は別の生き物のように、脳からの電気信号を各筋肉へと伝達する。予想される動きに齟齬はない。

 

 ゆっくりだった動きが、だんだんと早くなる。動きがただ早くなったというだけで、やることはかわらない。

 

 と、時間を忘れていたようだ。

 

 リビングのほうを見ると、はやてがこちらをみていた。

 

「すまん、ちょっと熱中しすぎたみたいだ」

 

 と、頭を垂れる。

 

「でも、士郎さんのいつみてもすごいなー

何であんな動きができるん」

 

 いつもって言っても、5回くらいしか見せたことないけどな。それでも、はやての気はまぎれたようだ。感心したように見ている。今日はこれくらいであがろうか、そんな時間も経ってないけど、あまり長くやってもはやては退屈だろう。

 

「日頃の鍛錬の賜物、かな」

 

 そう言って庭を後にする。

 

 まだまだ朝食には早い時間だけど、そろそろ調理を始めようか。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 士郎さんの剣の練習を見るのは久しぶりや。士郎さんはあまり練習の様子を見せたがらない。何でか聞いても苦笑いをしてはぐらかす。

 

「日頃の鍛錬の賜物、かな」

 

 なんていってる。あれだけできるのだから、才能があるんじゃないかと思って言ったことがあったけど、頭をごしごしされて、だとよかったんだけどな、なんて笑ってた。

 

 士郎さんは木刀を置いて中に入ってきた。

 

「士郎さん士郎さん」

 

 ちょいちょいと手招きしたら士郎さんが寄ってくる。頭にははてなマークが浮かんでいるようだ。

 

「なんだ、はやて」

 

「今日はな、一緒にご飯作ろうと思ってな」

 

「朝食は基本俺だったからな。

いいぞ」

 

 だっこというと、抱きかかえてくれた。これくらい甘えてもいいんだよね。でも、

 

「汗くさっ」

 

「なっ!?」

 

 いや、さっきまで運動しとったやろ。汗臭いのは当たり前や。

 でも、不思議と嫌なにおいじゃなくて、

 

「そうかそうか、はやては朝から風呂に入りたいわけだな。

なら一緒に入るか。ちょうど先日購入したヘチマがあるしな。使い心地も知りたいよな。

レディーファーストだ、はやてに先に使わせてやろう。今日は隅々まで磨いてやるからな」

 

 一人で納得せんといて。

 

「わたしの玉のような肌に傷をつけるつもりなんやな」

 

「玉なのははやて自身だろ」

 

 ズンっ

 わたしの拳が鳩尾に突き刺さる。

 

「ぐふっ」

 

 士郎さんは崩れ落ち、抱きかかえられているわたしはその下敷きになるのは当然の結果だった。

 

「ぐえっ」

 

 運よく?ソファーが下にあって怪我も何もなかったけど、そのまま床に叩きつけられたらえらいことになってたで。

 

 士郎さんは何事もなかったかのように立ち上がったから、きっと計算済みだったんやろ。それがなんか腹立つ。

 

「かえるが潰れたような声だったな。それはおいといて、俺はシャワー浴びてくるけど。

はやても行くか?入るんだったら風呂を沸かすけど」

 

 おい。

 

 まぁでも、最後になるかもしれない学校だし、綺麗にしてから行くのも悪くない思った。

 

「入るでー」

 

「ならちょっと待っててくれ」

 

 一人リビングに残されたわたしは本棚へ車椅子を動かし、本を手に取る。士郎さんの影響から伝記や神話なんかを読むことも多くなってきた。しかし、神話の神様ってのはたくさんの女性に手を出して節操がないというかなんというか。

 

 

 士郎さんと一緒に入って見事に泡だらけにされました。

 

 ただ、ヘチマはやばかった。体が削れるかと思ったで。摺られたところ赤くなったし。

 

 お風呂に入ってさっぱりしたらいつも起きる時間になっていた。

 

 約束したように士郎さんと朝食の準備をする。

 

 士郎さんは味噌汁を作り、わたしは出汁巻き卵をつくった。出汁巻き卵の出汁も実は士郎さん特性のもので、作り方はいたって簡単なのに、お店でも食べたことがないくらい美味しい出汁巻き卵ができる。

 

 わたしは密かに士郎さんは魔法使いじゃないかと思ってたりする。

 

 士郎さんの作る料理は和食、洋食、中華、他にもよくわからないけど料理の数々。そのどれもがおいしくて、わたしを笑顔にしてくれる。ううん、わたしだけじゃなくて、きっと喫茶店に来て士郎さんの料理やお菓子を食べた人は笑顔になってるに違いない。

 

 士郎さんの料理はみんなを幸せな気持ちにしてくれる。決して豪華なんかじゃないけど、食べる人の気持ちを考えてくれなきゃこんなおいしくて幸せな気持ちになる料理なんて作れないと思う。士郎さんはとってもあったかい。

 

 いつものようにおいしく朝食をいただき、のんびりとした時間が流れる。

 

 のろのろと動き、車椅子に乗る。

 

 部屋に戻って制服に着替える。

 

 士郎さんはすでに着替えてリビングで待っていた。

 

「まだちょっと早いけど、行こうか」

 

「うん」

 

 

 思い出したように士郎さんとぽつりぽつりと会話をして歩く。

 

 やはり少し早く学校についてしまった。

 

 

 

 終業式は滞りなく終わった。

 

 さようなら、と生徒達の声が聞こえる。

 

 わたしは少し感傷的になったのか、一人で教室に残っている。気がついたらお昼に近い時間になっていた。今日は終業式だけなので午前中だけ。

 

 士郎さんが待っていると思い、学校を後にする。本音を言うならもう少し学校にいたかったきがしたが、士郎さんを待たせてしまうのはごめんなさいの気分になる。士郎さんなら、いつまでも待ってくれそうで、それに甘えてしまいそうになる。いや、実際のところ、いろいろなところで甘えているんやけど。

 

 校門にはやはり士郎さんがいた。でも、不可解なことに隣に女性がいる。それも見知った顔の女性。

 

「八神さんもういいのかしら」

 

 山中先生だった。若い女性の先生で、熱心すぎるところがあるけど、クラスのみんなからは慕われている。でも、もういいのか、とはどういう意味だろうか。

 

「八神さんのお兄さんが、いろいろと思うところがあるでしょうから少し残るのを許可してくださいって」

 

 士郎さんの方を見る。

 

「そうだわ、八神さん小学校の中をお兄さんに案内してあげたら?」

 

 突然のことで驚いた。わたしが何かいう前に士郎さんが答えていた。

 

「いいんですか?」

 

「八神さんもそれを望んでいるんじゃないでしょうか」

 

 わたしは、―――

 

「よろしくお願いします。

私もはやてがどのようなところで学校生活を送っていたのか気になっていましたから」

 

「それではお帰りの際は、職員室まで顔を出してください。八神さんが場所を知っていますから」

 

「わかりました、それでは」

 

 キィッっと車椅子がきしみ、動き出す。

 

 なんだか置いてけぼりを食らった気分や。

 

「なあ士郎さん、なんであんなこと言ったん?」

 

「あんなこと?」

 

「学校の案内とかいうやつや」

 

 カラカラ

 

「ま、俺も小学校というやつの記憶はほとんどないんだ。

どんなところか案内して欲しいというのも嘘じゃないぞ」

 

 カラカラ

 

「それにな、もう少しここにいたいんじゃないのか?」

 

 カラカラ

 

「はやて。人のことを心配するのはいいけど、自分が何をしたいか、というのを伝えるのも大切なことだぞ」

 

 カラカラ

 

 言葉はなくなり、放課後の誰もいなくなった校内に車輪の音だけが響く。

 

 気がつくと士郎さんがわたしの前に立っていた。

 

「よいしょ」

 

 わたしは抱きかかえられて階段を登っていく。

 

 士郎さんはどこにどんな教室があるのかまるで知っているかのように歩く。

 

 

 ぐるっとまわって車椅子に乗せられて、職員室の前まで来た。

 

 士郎さんと中に入り、先生に挨拶をして学校を後にした。

 

 咲きほこる桜が少しだけ眩しかった。

 

 





ヘチマ化粧水


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009話

それは小さな思いでした。

晴れ渡る空の色が少しわたしを憂鬱にさせる。

そんなわたしの想いとは裏腹に、桜は待ってましたとばかりに花を吹雪かせる。

一瞬の、華やかでそれでいて切ない。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 士郎さんは黙って車椅子を押してくれる。

 

 こちらの心情を知ってか知らずか、いいんや、きっと士郎さんなりの気遣いなのだろう。そう思いたい。

 

 強い風がふき、桜の花びらが舞う。桜吹雪というやつや。

 わたしのモヤモヤした感情も一緒に吹き飛ばしてくれたらいいのに。

 

「はやて」

 

「うん?」

 

「これからはやては」

 

 真剣な声が届き、士郎さんを見上げる。

 

「立派なニートだな。その歳で」

 

 にやっと口角が上がり、いじのわるそうな笑顔を浮かべていた。

 

「だいなしやー!!」

 

 ほんと、―――

 

「いろいろだいなしやないかー!!」

 

 くよくよしてもしょうがない、よわかったわたしとはおさらばや。

 これからはポジティブ思考や!

 すぐに変われるなんて思っていない。

 それでも少しずつ少しずつ。

 士郎さんに見ていてほしい。

 

 本当にそう思えた。

 でも、今は恥ずかしくて士郎さんの顔が見れなかった。

 

 

 士郎さんと会話をしているといつの間にか喫茶店、『くろーばー』の前まで来ていた。

 

 そのまま中に入り、マスターの森口さんに声をかける。

 

「突然すみません、森口さん」

 

「おや、珍しいですね。

はやてちゃんと士郎君ならいつでも歓迎ですよ」

 

 わたしと士郎さんが一緒に来るというのは初めてだろうか。森口さんは珍しいものを見た、という顔をしたが、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻った。

 あまり目立たないシワを顔につけている森口さんは飾り気のない黒を基調とした服の上にエプロンをつけている。

 

 屋内ではレコード盤が回転し、クラッシックが流れている。わたしはこの曲がだれのものなのか知らなかったが、学校でも流れているくらいだからきっと有名な人の作品や。

 

 喫茶店内は少し高い天上で扇風機の羽のようなものが上でくるくる回っている。壁には本棚が何個かおいてあり、森口さんが集めたもの、お客からの寄贈品が森口さんの趣味で並べてある。わたしも何回かここの本を借りてみたけど、なかなか興味深いラインナップをしていた。壁はクリーム色に少し臙脂色を混ぜたような感じで、置いてある雑貨はほとんどがブラウン。床は茶色の木製で鈍い輝きを放っている。窓は4箇所で奥のテーブルの近くには窓がない。狭いお店で15人入ればいっぱいいっぱいになってしまうんじゃないかと思う。

 

「そういえば、今日ははやてちゃんの学校の終業式でしたね。

今までかかっていたんですか?」

 

「いえ。少し寄り道をしていたらこんな時間までご飯を食べていなかったんですよ。それで少しキッチンをお借りしたくて」

 

「そういうことでしたか。

幸いお客様も少ないですし、奥のテーブル、ということであればいいですよ」

 

 ありがとうございます、と言ってわたしは奥のテーブルに向かう。

 

 

 

 士郎さんは店のエプロンをつけて、料理を始めた。

 

 と、すぐにこちらへやってきて、カップを置いていく。

 

「はやても少し、大人になったことだし。

珈琲でもどうかな、って」

 

 入れてくれた珈琲から湯気が立ち上っている。同時にコーヒー独特の香りが当たり一面に充満する。

 

 カチャリとカップを持ち上げ、フーフーって息を吹いて少し冷ましてからコーヒーを口に含んでみる。

 あっつ。

 

 もう少しフーフーと冷ましてから今度は更に慎重にコーヒーをカップを口に近づける。

 

「にがっ」

 

「大人になるってことはいいことばかりじゃないからな。

苦しいこととかもたくさんあるんだぞ」

 

「いいこと言ってるみたいだけど、士郎さんがそれを言う?

まあええけど。あんまり説得力ないで」

 

 ショックを受けているらしい士郎さんは目の前に無言で砂糖とミルクを置いてくれた。

 

「それでも、だな。だれかといっしょにいたりすることで辛さなんかが和らいだりすることも事実なんだよ」

 

 それはつまり

 

「経験談?」

 

「どうだろうな、俺も若輩の身。そんなことはもっと年をとって振り返ってみるよ」

 

 笑いながら答えてくれた。

 

「それはそうと、ちょっと待ってろ。

夕飯が近いから軽めのものにしておくから」

 

 士郎さんが今度こそ本当に調理にとりかかった。

 

 わたしは近くの本棚から本を取り出しぱらぱらとめくる。

 出版年数を見てみると今から15年も前に世に出されたものだった。

 ある都市で起きた出来事。三件の失踪事件が続き、不思議なことにひょっこり戻ってきた、記憶をなくして。

 

 読もうかと思っていた矢先に士郎さんが二つの皿をもってこちらへやってきた。

 

「はい、おまたせ」

 

 出てきた料理は海鮮クリームパスタといったところやろか。

 

「それじゃ」

 

「「いただきます」」

 

 おいしい。

 チーズ、それもかなり独特の癖のあるチーズが使われているように思う。強い魚介に負けないくらいには主張していて程よく、クリームソースとの相性も抜群や。

 驚いたのは、表面だけ熱の通った甘エビ?やろか。ぷりぷりとした食感の海老とはまた違う食感の海老が入っている。アレだけ短時間のわりにこの完成度、本当にびっくりや。

 

「調理する時間なんてほとんどなかった用に思うんやけど、どないして作ったん?」

 

「下ごしらえなんて簡単なもんだよ。普段店で出してるものを流用して、茹で時間はおしゃべり中に。あとはちょちょっとやってあげればハイおしまい、というわけさ」

 

「流用って、森口さんにはちゃんと許可取ったんか?」

 

「もちろん。

味見してもらったら、もうちょっとアレンジしてお店に出すって言ってたな」

 

 まさにチーズの癖が曲者なんやな。

 

「全然上手いこと言ってないからな」

 

「え?

声に出てた?」

 

「いや」

 

 ちょ、心の声を読まんといてや。

 

 

「随分と話が弾んでいますね」

 

 声の主のほうを見ると手に何かを持ってこちらへむかってくる森口さんの姿が見て取れた。

 

「これは私からです」

 

 差し出される皿の上にはチーズケーキが乗っていた。あと、香りの薄いコーヒーが差し出された。

 士郎さんの方を見ると、笑顔で小さくこくんと頷いてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「これくらいのことならお安いことですよ。今日はゆっくりしていってください。

士郎君にはこっちでいいかな」

 

 士郎さんのいれたコーヒーよりも芳醇な香りが立ち上る。

 

「ありがとうございます」

 

 コーヒーとチーズケーキを持ってきた森口さんも席に座り、自分のコーヒーをすする。

 

「マスター、店はいいんですか?」

 

「お客様も少ないですし、これくらいならバイトの子でも大丈夫でしょう。

私も休憩です」

 

 ほんと、だいじょうぶなんやろか?

 

「何かあれば私もでますし、ここなら奥の休憩所よりも店内の把握ができますからね」

 

 なるほど。

 

「そうそう、この前読んだ本でな、―――」

 

 わたしが話してばっかりということもあるのだろうけど、士郎さんも森口さんも聞き上手すぎると思うのは思い違いやろか。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「―――でね、士郎さんのつくる料理はすっごいんや」

 

 なんで俺のつくる料理の話になってるんだか。

 

「士郎君のいる日のランチは特に人気ですからね。

お客様の中でも、いつ士郎君がシフトに入っているか聞いてこられる方もいるくらいですから」

 

 やたら料理を作らされると思ったら、こういう理由があったんだな。

 

「マスター、いつまで休憩しているんですかー?

手伝ってくださいよー」

 

 カウンターの方から元気で可愛らしい声が聞こえた。

 

「と言われていますが」

 

「仕方がないですね、もう少しこうしていたいのですが、そろそろ時間もいい頃合ですし戻りますね。

あなた方はまだゆっくりしていってください」

 

「がんばってなー」

 

「はい」

 

 はやての無邪気な言葉に律儀に応える森口さんは人間ができていると思う。

 あんまりここにいてもお店の邪魔になるだけだろう。

 

「じゃ、士郎さん。わたしたちもここらへんで出ようか?」

 

 はやても察してくれたみたいだ。

 

「そうだな。

時間的にそろそろ混みだすしな」

 

 立ち上がり、はやての車椅子を押していく。

 

 会計を済まそうと思ったら、森口さんにとめられた。

 

「いいからいいから。

それに、士郎君の作ってくれたまかないがありますから」

 

「本当にいいんですか?」

 

「もちろんですよ」

 

 ならば、お言葉に甘えるとしよう。

 

「だってさ、はやてからもありがとう言うんだぞー」

 

「ありがとう」

 

「いえいえ」

 

「今回はありがとうございました。

また次のバイトの日にはいろいろ手伝わせてください」

 

「そうするよ」

 

「では」

 

 くろーばーを後にしたところで、はやてが

 

「やってしもうた」

 

 なんてのたまった。

 

「どうしたんだ?」

 

「本忘れてきたわ」

 

 ああ、今日はばたばたしてたもんな。

 くろーばーに寄る予定もなかったし、はやて的には一旦帰宅してそれから図書館に行く予定だったのだろう。

 

「俺がひとっ走りとってこようか?」

 

「ええよ。士郎さんにも悪いし」

 

 ほらまた遠慮する。

 

「それに今日は家でごろごろしたい気分なんや」

 

 なるほどな、でもごろごろって

 

「なら商店街に寄っていこうか」

 

「そうやね」

 

 

「士郎君、今日はいいのが入ってるよ!」

 

 声をかけてきたのは魚屋の親父さんだ。

 とおるような声じゃないんだけど、親しみがわくようながらがら声をしている。格好は当に魚屋!というようなゴム製の長靴、腕まくりされたシャツ。紺の生地に白で魚、と描かれたエプロン。残念ながら鉢巻はしていない。

 

「今日も、だろ」

 

「おっわかってるじゃないか!」

 

 ガハハハと笑っている。

 

「調子がいいんだから。

それで今日のおすすめは?」

 

 親父さんに聞いたものの、応えを聞く前に俺はある魚を見ていた。

 

「おっ、カサゴかい?

こいつもうまいからなー。煮付けなんかが俺は好きなんだけどな」

 

 視線の先の魚を見て応えていた。

 

「たしかになー」

 

 どうしようか?と視線ではやてを見ると、

 

「さっき食べたのはなんやったかな?」

 

 さっき?

 あっ

 

 海鮮クリームパスタだったか。

 

「いや、今日は魚はやめとくよ」

 

「そうか、残念だな!」

 

 ガハハハ

 

 元気のいいおっさんだ。

 

 適当に野菜や肉を買って帰宅することになった。

 

 

「「ただいまー」」

 

 もちろん、応える者はいないが、

 

「おかえり、士郎さん」

「おかえり、はやて」

 

 いつからか一緒に帰ったときは二人でおかえりを言うようになっていた。

 

 でも、これをすると、少々恥ずかしいのか二人で笑いあってしまう。

 

 

 いや、本当にごろごろするとは思わなかった。

 

 はやては帰るなりリビングの絨毯の上に大の字になってしまった。

 

「はーやーてー」

 

「ゆうげんじっこうしとるだけや」

 

 おっ難しい言葉知っているな。ではなく

 

「ごろごろするのはいいけど、大の字って、パンツ見えんぞ」

 

「士郎さんのえっち」

 

 是正する気なしね。

 

 さっき腹にいれたので空腹ではないし、そもそも夕飯にはまだ早い時間。

 

 で、俺がとった行動というのは

 

「なんや、士郎さんも大の字になっとるやんか」

 

「いいだろ、外からの日でぽかぽかして暖かいんだから」

 

 そう、この絨毯の上はいま、太陽光が降り注ぎとても暖かいのだ。

 

「ふふふ」

 

 横を向くとはやてが笑っていた。

 しかもこちらを向いて。

 

「何だよ」

 

「士郎さんもなんかかわいいところあるんやね」

 

「仮にも男に向かってかわいいというのは感心しないな」

 

「かわいいものはかわいいんや。

しょうがない」

 

「むっ、そういうものか」

 

「そうそう」

 

 納得いかないが、それよりもこのあたたかさはとても、

 

「眠くなるなー」

 

 欠伸を一つする。

 

 つられてはやても欠伸をした。

 

「気持ちええなー」

 

 こう、すーっと意識が沈んでいくような、

 

 少しぼーっとしていて、気がつくと隣から可愛い寝息が聞こえている。

 

 すー、すー、

 

 こちらを向いて幸せそうに。

 

 タオルケットを4枚とりに行って、一枚はたたんではやての頭の下に入れて、もう一枚は上からかけてあげる。

 同じように俺自身にもして、それからの記憶はない。

 

 

 目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。

 

 はやてを起こそうかと思ったが、幸せそうにむにゃむにゃしているので、もう少しこうしておこうと思う。

 

 寝言を言っている。どんな楽しい夢を見ているんだろう。

 

「士郎さん、鼻からきゅうりをだしちゃだめやで。ふふふ。

だから頭からたけのこが生えるんやでー」

 

 どんな夢を見てるのか少し心配になった。

 

 




はやてはお酒に強いイメージがあるのは私だけでしょうか


20120813  改訂


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010話

それは小さな願いでした。

わたしはもっと寝ていたい。
眠いからや。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

「やだ、士郎さんのえっち」

 

 うん、起こすとしよう、速やかに。

 それからの俺の行動は早かった。まず、タオルケットを綺麗さっぱりはやての上からどかして、文字通り叩き起こしてやりましたとも。

 

「あん?

士郎さん?」

 

 遅いお目覚めのようで。

 

「もう外は真っ暗だぞ」

 

 そう、外は既に日は落ち、暗闇が支配している。夜、とはいえそれほど遅い時間でもないので、遠くでは空が明るく見える。

 

「寝すぎ」

 

「なんか面白い夢見とった気がするんやけどなー」

 

 それは思い出さなくてもいいことですよ。

 

「まあええわ」

 

 ふっとはやては時計を見る。

 時間は19時を少しまわったところ。

 

「今から晩飯の用意をするから。

その間待てるか?」

 

「えー、作ってから起こしてくれたらよかったのに」

 

「おい」

 

 はじめてあった頃の、あの優しいはやてはどこにいったんだろう。

 俺は悲しくて涙が出ちゃうぞ。

 

「失礼なこと考えてるやろ」

 

「もちろん!」

 

 とびっきりの笑顔で答えてやったよ。

 

 なんでやー、って叫んでるけど無視するのが一番なのは経験上わかっている。

 

「はやて、今君にはいくつかの選択肢がある。

一緒に料理するか、風呂にさっさと入っちまうか、ごろ」

「ごろごろする」

「ごろごろするのはなしだからな」

 

 抗議の声を上げてもダメなものはダメ。

 

「さて、どうする?俺の案以上のものが出ればそれでもいいぞ」

 

 悩んでいる様子だが、時間は待ってくれないぞ。

 

「時間切れで、一緒に料理だな」

 

「そやなー。

あんまり遅くに食事っていうのも問題やしなー」

 

「そういうこと。ぱぱっと作れば時間もかからないし。

それから風呂でも問題ないだろ」

 

 言ってはやてを車椅子に座らせてキッチンへ向かう。

 

 そうは言っても、風呂に入ろうと思ったらお湯を張ったりしないといけないわけで、結構時間がかかる。作業効率を上げるためにも、一旦俺が風呂掃除をしてお湯を出してから料理に参加するという流れとなった。本日二度目の風呂だけど、一日の終わりには風呂に入らないとな。

 

 風呂掃除なんて実際そんなに時間がかかるわけでもなく、それほどの時を置かずして調理へとなった。

 

 

「「いただきます」」

 

 圧力鍋って素晴らしい。

 素直にそう思える。

 

 肉じゃがや煮物なんかも通常の時間の半分以下の煮込み時間でできてしまう。それにその分だけガス代が節約できて家計にとても優しい。

 しかし、圧力鍋を使うときって今日みたいな時間がない時が多い気がするのはなんでなんだろうな。

 

「「ご馳走様でした」」

 

「片付けはやっておくから風呂の準備をしといてくれ」

 

 お湯は既に張ってあるので、着替えとタオルの準備をすればいつでも風呂に入れるという状態になっている。

 

「了解や」

 

 はやては自分の部屋に行ったようだ。

 

 カチャカチャと食器を洗う音だけがしばらくその場を支配した。

 

「おまたせー」

 

 元気なのはいいんだけどな。

 

「もうちょっと待っててくれ」

 

「士郎さん、おーそーいー」

 

 おいおい。

 確かにまだ着替えなんかもってきてないけどさ。これには理由があると思うんだ、俺の手元に。

 

 しかし、はやてをあんまり待たすのもわるいので、鍋などは漬け置きにして風呂の準備を始める。

 

 

 最近、はやては風呂場でシャボン玉をするのがお気に入りのようで、毎回作って遊んでいる。

 

 シャボン玉の液なんかは簡単に作れるもので、食器用洗剤を水で薄めて一晩経てば出来上がり。この一晩というのがミソで、できれば一日置いとけば尚いい。どういう原理かは知らないけど、そういうものなのだ。魔術を使って解析してもいいのだが、そこまでするのも考え物である。たぶん、水と洗剤が時間を置くことで馴染むのだろう、別の言い方をすれば、均一に分散されるのがよいのではないかと思っているが、あくまでも推測だ。

 

 そのシャボン液を使ってはやてはシャボン玉を作る。

 

 そのシャボン玉を一つ一つ丁寧に水鉄砲で壊していく。

 はじめこそはやては文句を言っていたが、風呂場がシャボン玉でいっぱいになってしまうので、俺が壊し続けたら文句を言わなくなった。仕舞いには俺がシャボン玉を作ってはやてが水鉄砲で壊すなんてこともしている。

 

 一つ言わせてもらえば、俺が体を洗っている時に冷水を水鉄砲に入れて撃つのは止めて貰いたいんだが。いや、結構冷たい。

 

 いつも通り、はやてを泡だらけにした後、100数えるまで湯船に浸からせるのもいつもの事。

 

 

 リビングでこれまたいつも通り軽いストレッチという名のマッサージをしながらテレビをダラダラ見る。

 

「士郎さん、海鳴市に美味しいケーキを出す喫茶店があるんだって」

 

「美味しいケーキね」

 

 正直興味がある。

 はやての話では、雑誌やテレビで何回か紹介されたことがあるらしい。

 

「それはすごいな」

 

「うん。でね、明日行かないかなーって」

 

「明日かー」

 

 公立の学校は明日から春休み。ということは必然的に人も多くなりそうではある。人気の店ならなおさら。

 

「でもでも、すっごく美味しいらしいで」

 

 手元の「ららぶ 海鳴」なんていう観光ガイドを見ながら言ってくれる。どうやら図書館で借りてきている本の中の一冊らしい。

 物語ばかり読んでいると思ったけど、違うんだな。

 

「で、そのお店はなんていうんだ?」

 

「うん、えっと。

喫茶『翠屋』」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「で、その店はなんていうんだ?」

 

 手元の雑誌を再度見返す。

 

「うん、えっと。

喫茶『翠屋』」

 

 この雑誌によると女性に人気らしい。洋菓子を主に扱っており、雰囲気も良いと。

 私が気になるのは売り上げNo.1のシュークリームと、人気すぎてお店に出ると同時売り切れになってしまうという嘘か真かわからない、いや煙のないところに火はたたない言うし、誇張表現の可能性もあるんやけど、それでもそこまで言わしめるショートケーキ、それや。

 

「ショートケーキとシュークリームがオススメらしいんよ」

 

 士郎さんが僅かに反応する。

 

「シュークリームか」

 

「シュークリームがどうしたん?」

 

「洋菓子としてのシュークリームもショートケーキも基本的なものなんだが。

それが美味しいということはそこの店のレベルは相当高い」

 

 うれしそうに反応してくれた。

 確かに、シュークリームもショートケーキもだいたいどこのお店にもあるもんや。それをここまでプッシュするなにかがあるっちゅーことなんやね。

 

「士郎さんがそういうくらいなんやから期待もてそうやね」

 

「まあその雑誌を信用するなら、ってことだけどな」

 

「開店と同時に行くのがいいんやろうけど」

 

「それでも並んでいるだろうなー」

 

 そこが問題や。

 

 行列ができる、というのは待ち時間が長い、ということでもある。

 

「それでもええんとちゃう?お昼を食べてから。

そうやね、2時とかどうやろ」

 

「2時か、昼食を軽めにしてから行けばいいか。

でも、並ぶと思うから、その辺は覚悟しておけよ」

 

「うん。あー、シュークリーム楽しみやー」

 

 ちょっとそこ。呆れた顔せんといてや。

 

「よだれでてるぞ」

 

 でてへんって。

 

 ぐしぐし。

 

「冗談だよ」

 

「なんやそれ」

 

「まあまあ」

 

「まあまあちゃうし」

 

「まあまあまあ」

 

「まあまあまあちゃうし」

 

「まあまあまあまあ」

 

 うがー。

 

「はやてはかわいいなー」

 

 かわいい、という言葉の前にからかうと、って聞こえた気がするんやけど。

 

「気のせいだ」

 

「そうですか」

 

 お馬鹿なやり取りをしている間に10時になってしまっていた。

 

「今日くらい夜更かしするか」

 

「ええんか?」

 

「ダメって言ってもはやては部屋で遅くまで本を読んでるだろ」

 

 ばれてるんか。

 

「うっ」

 

「良いとは言わないけど、ほどほどにな」

 

「はぁーい」

 

 頭を乱暴になでられる。

 うれしいけど、もっと丁寧に撫でてほしい。

 

 雑誌には海鳴市だけでなく、隣の市の高見市のことも書いてある。動物園や水族館もあるらしいし、時間があれば士郎さんと一緒に行きたいな。

 

 

 テレビは少々うるさい、ということでラジオを聴きながら本を読んでいる。

 

 クラッシック曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲をやっている。

 

 士郎さんは今日の新聞を読み返しているし、わたしはわたしで推理小説を読んでいる。

 

 

 士郎さんが思い出したように緑茶を出してくれる。

 夜ということもあり、お茶請けはなし、と言われてしまった。

 

「そろそろ12時だから歯磨きしろよー」

 

「はーい」

 

 わたしが車椅子に乗ると、士郎さんが後ろから押してくれた。

 

 洗面所に行って、二人で並んで仲良く歯磨きをする。

 

「ふぃほうはん、あひぃふぁたおひぃいはえ」

 

 士郎さんは一旦口をゆすいで、

 

「何言ってるかわからないぞ。

歯磨きし終わって話すように」

 

「ふぁい」

 

「おい」

 

 シャコシャコ

 

 がらがら

 

 ぺっ

 

「士郎さん、明日楽しみやね」

 

「今日何回目だ?

楽しみなのは良いけど、はしゃぎすぎるなよ」

 

 

「おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 士郎さんにお休みを言って部屋に行く。

 

 士郎さんはもう少ししたら寝るそうや。

 

 部屋の窓からのぞく空は雲ひとつなく、星が煌いている。

 明日もイイコトがありそうな気がする。

 

 カーテンをさっと閉めて布団に入る。熱った体にひんやりした布団が気持ちいい。

 明日のことを考えているうちにわたしは夢の中に入ってしまった。夕方から寝ていたにもかかわらず。疲れていたのだろうか、と思ってもわたしは夢の中で、そんな些細なことは関係なかった。

 

 

 はっとして目が覚めた。

 

 一人で暮らしているときの夢。

 だれもいない家で本を読むだけの毎日。

 もういやだ。

 

 そうや、リビングに行けば士郎さんがいるはず。

 

 そう思って歩き出そうとして、足が動かなくて、つんのめってベッドから落ちた。

 一回転しておしりから落ちてよかった。でも、おしりがいたい。

 

 わたしは車椅子に這い上がり、リビングを目指す。

 

 リビングの前に着たけど、人のいる気配、士郎さんのいる気配がしない。そもそも電気すらついていない。

 

 ドアをゆっくり開くと、ギギギと大きな不吉な音が鳴った。

 

 士郎さんの姿、はない。

 

 時計を見ると、まだ4時にもなっていない。

 

 わたしの心臓は早鐘のように鳴っている。ドキドキがとまらない。

 

 冷たいものが背中を駆け抜ける。

 春とはいえ、早朝は冷える。だけど、それだけが原因じゃない。

 

 今すぐ士郎さんに会いたい。

 

 いや、きっと士郎さんのことだからひょっこり顔を出すだろう。

 

 

 エアコンの静かな音とともにぬるい風がこちらへ来る。

 

 あれから30分はたったのに士郎さんはまだ起きてこない。

 

 嫌な予感がする。

 

 嫌な予感がする。

 

 イヤな予感がする。

 

 イヤなヨカンがする

 

 イヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなイヤなヨカンが

 

 気がつくと階段の前まで来ていた。

 

 見上げると吸い込まれそうなほどの暗闇が存在している。

 

 たったこれだけの距離、でもわたしにとっては大きな壁。

 

 車椅子から降りて一段目に手をかける。体ごと上げるように全身を一段目に乗せる。

 繰り返すこと三度。すでに息が上がっている。

 

 わたしの荒い息使いが暗闇からあがってくる。

 

 それに気をとられた瞬間、四段目に乗せようとしていた体が反転した。

 

「ぁ」

 

 紡がれた声は到底わたしの声とは思えないほどか細いものだった。

 

 この高さや、落ちてもほとんど怪我をすることはないやろうけど。

 なんて冷静に考えていた。

 

 三段目に背中から落ちる。

 

 肺から空気が漏れ、くぐもった声が出る。

 

 もう一度くるであろう衝撃に目を瞑る。

 しかし、衝撃は来なかった。それどころかわたしは今誰かに抱かれている。

 

 目を開けると、そこには士郎さんがいた。

 

「 」

 

 声にならない。

 

 何をしているんだ?という瞳でわたしを見てくる。

 きっとわたしの不安な気持ちなどわからないのだろう。

 

「ばか」

 

「士郎さんの馬鹿!!」

 

「ばかばかばか」

 

「さみしかったんだから」

 

 そうただの八つ当たり。

 

 士郎さんは困った顔をして頭をそっと撫でてくれた。

 

 







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011話

それは小さな出来事でした。

喫茶『翠屋』へ行く。
それが今日、わたし達に課せられてた任務や。

出されたものは美味しく頂く、美味しいとわかっているならそれ相応のリアクションを求められるのが関西人や。

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 起きるといつも見とる天井やなかった。

 

 顔を右に向けると、鞄がひとつと数冊だけ本がいれられた本棚。

 ごろりと体勢を変えて左を向くと士郎さんの顔があった。

 

 そしてわたしが固まった。

 

「え?

あれ?」

 

 えーっ、と。

 昨日は士郎さんと遅くまで起きていて、今日が楽しみって寝たはずなんやけど。

 

 うーん?

 なんかひっかかってるような。

 

 わたしがうんうん唸っていると士郎さんがむくりと起きた。

 

「おはよう、はやて」

 

「おはよう」

 

 士郎さんが少し困ったような顔をしていて、それが昨晩の、士郎さんの顔と重なる。

 

 

 顔から火が出そうというのはこういう時の事を言うのかもしれない。今わたしは最高にてんぱっている。それにきっと顔も熟れたトマトのように真っ赤にちがいない。

 

「うん、元気そうだな」

 

 そう言って苦笑しながら頭をごしごしと少し乱暴に撫でてから立ち上がり、カーテンを開く。

 

 朝焼けの綺麗な空が眼に飛び込んできた。

 

 昨日のことをはっきりと思い出してしまって、かなり恥ずかしいのだけど、士郎さんはそのことについて何も言ってこないので、わたしも何事もなかったように振舞おう。それがいい。

 

 士郎さんの部屋で寝てしまっていたので、抱きかかえられて下の階に下りていった。

 

 わたしを椅子の上に下ろすと、士郎さんは素早く調理に取り掛かった。

 

 何事もなかったかのように振舞おう、とは思うのだけれども、それは実際なかなか難しいことでどうしても士郎さんを意識してしまう。というか、わたしが恥ずかしいので、士郎さんには是が非でも忘れてもらいたいんやけども。

 

 そんなもんもんと考えているうちに、朝食ができてしまっていた。

 

 

 朝食中もいろいろ考えていたせいか、士郎さんに口元を拭かれてしまった。

 不覚や。

 

 

 朝食も食べ終わり、士郎さんは緑茶を飲みながら新聞を広げていた。

 

 わたしも緑茶を飲んでいる。

 本を広げてちらちらと見ていると、士郎さんはこちらを見ずに、

 

「大丈夫。『翠屋』に行くんだろ。忘れてないから」

 

 いや、全然ちゃうから。

 って、士郎さんの中でわたしがどんだけ食いしん坊キャラなのか逆に興味がわいてくるんやけど。

 

「そんなに睨まれてもなー。さすがにまだ開店してないだろ」

 

 新聞から顔を上げて真面目な顔でおっしゃいますか。

 

「もうちょい乙女心を理解した方がええんとちゃうか?」

 

「乙女心(笑)」

 

 心の声が駄々漏れやし、右の口角がええ感じにあがっとるで。

 絶対わざとやろ。

 

 

 今日は士郎さんのバイトも休みということで、『翠屋』に行けることになった訳だけど、いつもの生活リズムは相変わらずで、少し遅めに家を出て図書館へ向かう。

 何故遅くなったかというと、朝起きたのが遅かったのもあるが、これまた何時ものようにお弁当を作っていたからである。ここ数日いい天気やったが、本日はそれを上回る快晴ということで、図書館前の公園でランチと相成ったわけや。

 

 お弁当は士郎さんがほとんど作ってくれて、わたしはというと、図書館で借りた本を読み終わらそうと頑張っていたわけであります、ごめんなさい。だって、早く新しい本借りたいし。ごめんなさい。

 

 

 図書館はいつも以上に人がいた。

 春休み一日目ということもあり、大方読書感想文の題材となる本を探しに着ている小学生中学生が多いのだろう。現にいつもより人が多いといっても、大人の数はあまり変わっていない。暇そうな大学生風な人はいつも見かけるし。

 

 わたしと士郎さんは仲良く借りた本を返却した。

 

 

 本を読みたい誘惑を押し殺してわたしは今、算数の問題を解いている。

 

 「こんなもんが将来役に立つんかいな」

 

 ごちる。

 

「中学以降で習う数学はどうかわからないけど、算数くらいはできないと困るぞ。

それに、将来何になるかわからないけど、なりたいもの幅が広がるのは確かだな。ってまだこんな話は早いか」

 

 士郎さんはわたしの隣で本を読んでいる。

 なんて羨ましい。

 

「午前中は勉強とかまんま春休みやんけ」

 

「春休みだろ」

 

「そうやけどさ」

 

「なに?

特別扱いでもして欲しいのか?」

 

「そうは言うとらんけどさー」

 

 あの日の当たる窓の近くの椅子に座って本を読んだら最高だと思わん?

 それか、一旦本を借りて外の公園の木下でシートを敷いて寝転びながら本を読む。

 

「今、すごいアイデアが湧いてきたんやけど」

 

「ほぉー。

それが読書に関することじゃないならちゃんと聞いてやるぞ」

 

 暗にちゃんと聞かないことを仄めかしていますね。

 

「勉強します……」

 

 観念して、残りの算数の問題の片付けに向かう。

 

 

「理科終わりー」

 

 残るは国語や。

 国語と称して古典的な作品を読むというのはいい考えかもしれない。士郎さんに聞いてみよ。

 

「お疲れ、はやて。

ちょっと早いけどお昼にしようか」

 

「もうそんな時間?」

 

「それだけ集中していたってこと」

 

 時計の短針は12の文字よりも少し前を指している。

 

「はいはい、片付けて片付けて」

 

 片付けて、と言いながら大半を士郎さんがぱぱっと片付けてしまった。

 春休みの宿題を鞄に仕舞い、士郎さんに持ってもらう。

 

 士郎さんは読んでいた本を元あった位置に戻しに、わたしは車椅子に乗ってそれを待っている。

 

「行こうか」

 

「うん」

 

 図書館の受付のお姉さんに挨拶をして外に出る。

 綺麗なお姉さんで、本の検索や別の図書館からの取り寄せなどお世話になることが多い。

 

 

 

 ついこの間まで寒かったのが嘘のようにぽかぽか陽気や。

 テレビでいってた、ここ最近で最も天気がいいというのは間違いじゃないと思う。

 空を見上げると蒼い絵の具を垂らしたかのように青一色で、太陽が強い自己主張をしている。雲も電線もなく、空が見渡せるこの公園は貴重や。

 

 士郎さんはシートを敷き、その上に私を下ろしてくれる。

 

 公園内にぽつぽつと生える木の下は優しく太陽からの光を和らげてくれる。

 

 はい、と士郎さんから箸が渡される。

 

 わたしは、ありがとうという言葉と共にそれを受け取る。

 

 

 

 食事が終わって幸せ気分。

 

 それを見事に士郎さんがぶち壊してくれました。

 

「もう勉強なんていややー」

 

「そう言うなって」

 

 あんたはどこぞの教育ママですか、と言ってみたい。

 保護者です!なんてドヤ顔で言われそうなんで言うことはないけど。

 

「それ行くぞ」

 

「ちょ、話聞いてや」

 

「聞こえない」

 

「ちょー!」

 

 わたしの声が空高くあがり、そして青空に飲み込まれていった。

 相変わらず、空は蒼い。

 

 

 

 喫茶『翠屋』はすごい繁盛振りやった。

 

 というか、女の人が多い。

 暇人め。

 あ、わたしもか。

 

 でも、ここまでくるには涙無しでは語れないことがあったんですよ。

 

 それこそ、士郎さんと書いて鬼と呼ばせたくなるくらいには。

 

「なに黄昏てるんだ?」

 

「なんでもない、なんでもないんや」

 

「だから悪かったって」

 

 全然謝っている風には見えない。

 

 図書館では、何故か総復習とか言われて問題出されましたよ。

 

 有名私立中学校の入試問題が。

 

 いや、ね。あれは人間の解くような問題やないんよ。

 

「でも、頭の体操にはなっただろ」

 

 もちろん、士郎さんが私のレベルにあった問題を選んで出してくれはするんですけど。それでも、一問解くのに30分とかおかしくないですか?

 士郎さんに言ったら、高校とか懐かしいとかわけのわからないことを抜かしてくれたので、消しゴム投げつけてやりましたとも。もちろん、投げた消しゴムは士郎さんの手のひらに吸い込まれて、デコピンされました。あまり痛くなかったことは言うまでもないことや。

 

「やっとか」

 

 どうやら店員らしきお姉さんが案内してくれるらしい。

 わたし達は席に案内されて、メニューをみる。

 

 メニューなんて見なくても頼むものは決まっている。

 

 お姉さんがやってきて、綺麗なガラスコップに水を入れていく。

 カラン

 

 氷とガラスとが重なり、涼しい音がなる。

 

 

「わたしは紅茶とショートケーキとシュークリーム」

 

「俺は珈琲とシュークリームで」

 

 お姉さんは注文を繰り返し、その場を去っていった。

 翠屋ではただの紅茶、珈琲といえば日替わりらしい。もちろん、ちゃんとした紅茶とかもあるんだけど、こっちの方が安いし、何よりもお姉さんがお勧めって言ってた。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 先程のお姉さんではなく、お兄さんが運んできた。

 

 まずは士郎さんに珈琲を、そしてわたしに紅茶を。

 それからケーキとシュークリーム。

 

 士郎さんはすかさず珈琲を口元まで運ぶ。

 わたしは猫舌というわけでもないけど、少し、ほんの少しだけ冷めたほうが飲みやすい。

 

「ちょ、わたしのケーキ!?」

 

「まあまあ一口くらいいいじゃないか。

それに、昨日も少しもらうって言ってなかったけ」

 

「それでも、わたしよりも先に食べるなんて」

 

 いくらおんこーなわたしだっておこりますよ?

 

「って、紅茶も!?」

 

 かっちーん

 

「ほう、これは、美味しいな」

 

 あれ?

 士郎さんが素直に褒めるなんてはじめて聞いたかも。

 

 どこがいいとも言わずに、美味しいと。

 

 少し待ったが、何も言ってこないので、よほど美味しかったんやろう。

 

 わたしもいただく、

 

「あ、美味しい」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 朝、人のいる気配が下の階からして目が覚めた。

 

 最初はトイレかと思ったが、どうも様子がおかしかったので部屋を出た。

 

 なんとはやては車椅子から降り、階段をよじ登ろうとしている。

 其処まで駆り立てるものは何なのか。俺にはわからない。

 

 はやては泣きそうな顔で、必死になってゆっくりと体を動かしていく。

 

 と、手がすべり、体が反転する。

 上を見ているが、俺の姿は見えていないだろう。

 左手が伸ばされ、空をつかむ。目を瞑り、

 

 どんっ

 

 鈍い音が響く。

 

 手が滑った瞬間から動き出したが、間に合わなかった。

 

 はやてを抱きしめる。

 

 少し離して、

 

「ばか」

 

「士郎さんの馬鹿!!」

 

「ばかばかばか」

 

「さみしかったんだから」

 

 寂しかった。

 その一言が堪えた。

 

 はやてがこんなになってまで、一生懸命になって。

 寂しかった。

 

 家に一人いた頃のことを夢見たのかもしれない。

 俺にはわからないことだ。

 

 はやてを抱きしめて頭を撫でると、安心したのか寝てしまった。

 

 

 とりあえず、車椅子を除けてはやてを部屋に連れて行く。

 まだ早い時間。

 起きてもいいだろうが、隣には俺の手を抱きしめるようにして寝てるはやて。

 無理やり引き離す、なんて選択肢はない。

 いや、離そうとするとさらにしがみついてくるから。

 

 ま、でも。

 これで安心して寝ているならこれでもいいだろう。

 

 何もせずに横になると、どうしても瞼が重くなってくる。

 

 

 

 朝のことを思い出す。

 大きな家に一人。

 

 俺には騒がしすぎるくらいの姉のような存在がいた、そう思い出す。

 

 エプロンをしていることから店員らしき女性、というには若いアルバイトらしき女の子がこちらへやってきた。どうやら武道を嗜んでいる様で、それなりの体運びをする。いっそ、美しくさえある。

 

「やっとか」

 

 随分、というほどではないが、やはり人気店。

 待たされてしまった。

 

 はやてははやてで何か考え事してたみたいだし。

 

 俺はメニューを見て、はやてはそれすら見ずに注文をする。

 

 

 運んできたのは大学生くらいの青年。

 足運びもそうだが、芯がぶれていない。頭から骨盤にかけて一本の鉄心を思わせる。

 

 いや、足音をさせないというのは如何なものだろうか。

 暗に、自分は訓練を受けていますよ、と宣言しているようなものではないか。もしかして俺に対して?

 

「お待たせ致しました」

 

 立ち上る珈琲の香り。

 

 一口口に含む。

 

 くろーばーのマスターにも劣らない技量をもってして入れられたものだということがわかる。

 

 はやてのケーキ、紅茶もすばらしい味だ。

 

 この紅茶は俺もいただこう。

 

 店員に紅茶を注文する。

 

 

 この店に入ってから視線を感じるが、このような美味しいものの前では気になるほどのことでもない。

 

 はやてとともに素晴らしい時間を満喫した。

 

 




豆知識

リコリンはヒガンバナ科の植物、ヒガンバナやスイセンに含まれる物質のようです。致死量は10 gとあまり強い毒ではないようですが、催吐作用があるようです。
ソラニンはジャガイモの芽などに含まれる毒素でジャガイモを食べる時は芽や皮をちゃんととったほうがいいってことです。


20130103  改訂


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012話


それは小さな願いでした。

もうだれも悲しむことがなく、だれもが涙を流さなくてすむ結末を。

その重荷を背負わされた少女。

少女には僅かな時間でも幸せになってもらいたい。
その先には絶望しかないのだから。

私達はこんなに力がない。
一人の少女を犠牲にするという選択をしてしまった私達はきっと汚い大人なのだろう。

ごめんなさい、は言わない。

それでも、

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

 視線は2つ。あからさまなのと、窺うようなもの。

 そして、気配が一つ。

 

 三者三様。

 

 だがしかし、剣呑な気配はしないし、美味しいものには罪はない。

 ええ、気にせずに美味しくいただきましたとも。

 

 どちらにしても、こちらが何かしなければどうということはないだろう。

 それにしても、美味しい。

 

 これは雑誌に取り上げられるのもわかると言うもの。

 

 

「美味しかったぁー」

 

「で、俺の作るケーキとどっちが美味しかった?」

 

「もちろん、翠屋」

 

「さいですか」

 

 俺もわかってて言ってるんだけどな。

 全く悔しいなんてことはない。

 悔しくなんかない。

 

 

 

 本日2度目の図書館。

 

「先に行っててくれ」

 

「トイレ?」

 

「ちょっとな」

 

「ふーん」

 

 はやては深く考えもせずにそのまま自動ドアをぬけて図書館の中に入っていった。

 

 こっちはこっちでやることがあるしな。

 俺、というか向こうが。

 

 図書館の入り口から少し離れた木の下。

 

「で、なんだ?」

 

「……」

 

「はぁ」

 

 空を仰ぎ見る。

 

 視線を戻して、翠屋の店員の男を見る。

 気配を殺さずにただ後ろから着いてきただけ。見ようによってはただのストーカーでしかない。

 

 店内での笑みは既になく、能面のように表情というものが削げ落ちている。

 

「……お前は何者だ?」

 

「何者、と聞かれてもな。名は衛宮士郎。あの女の子の家族で、君の同業者としか言えないな」

 

 同業者、というところでピクリと反応する。

 

「大きな誤解がありそうだから言うけど。同業者、というのは喫茶店の、という意味だからな」

 

「……」

 

「まあ証明することなんてできないし、怪しさで言ったらそっちだって十分怪しいと思うが」

 

「……」

 

「だんまりか。

もう行っていいか?」

 

「高町恭也だ」

 

 高町。確か翠屋の店主の名前が高町の姓であったはずだ。そうなると、その息子か親戚だろうか。

 そうであれば、言わなければならないことがある。

 

「そうか。いや、あのシュークリームにショートケーキは絶品だった。

また行くよ。それじゃ」

 

 背を向けて歩き出す。

 

「……待ってくれないか?

今度手合わせを願えないだろうか」

 

「はあ?」

 

「いや、君がどうにも怪しくてね。

切ればわかる。なかなか名言だと思わないか」

 

「いやいや。わけわからないから。

手合わせする理由もないし」

 

「強くて得体が知れない。それだけで十分じゃないか」

 

 全く聞く耳持ってくれそうにない。

 

「また今度があるのかどうかわからないけど、昼間とかはやめてくれよ。

それと、夜はどこかにいるかもしれないからその時で」

 

 仕方がないのでさっさと話を切り上げる目的で条件を出す。

 

「それもそうだな。

夜の会合というのも、いいものだな」

 

 なんか一人で納得されてますね。

 うん、夜は出歩かないようにしよう。そう心に誓う。

 

 だってさ、この高町恭也って人はきっと強い。

 普通の人間にしては。

 

 しかし、厄介なことには違いない。

 自分から厄介事に首を突っ込むなんて愚の骨頂だ。……何回言われたことか。

 

 ともかく、ここでの話はもうない。

 

 俺は今度こそ、背を向けて歩き始めた。

 

 

 家に帰って、はやてにまた行こうと誘われたのは予想の範囲内で、勘弁してくれ。と思ったのは仕方のないことだと思う。

 

 

 

 3月も残すところあと2日となったある日。

 天気はよく、絶好の洗濯日和である。

 

 そして、時々感じていた視線を今感じる。

 それは図書館であったり、買い物中であったり、散歩中であったり様々だ。

 

 相手に察せられないように気配を探るが、相手もなかなか上手で尻尾をつかませない。もちろん、はやてと一緒にいることが多いから俺が派手な事ができないということもある。

 

 その視線を感じてからは特に警戒して、気配を感じないときのみ魔術を行使して鍛錬を行ってきた。見られている、という可能性も否定はできない。

 

 現在、はやてと図書館からの帰りで商店街によるところだ。

 

 人も多く、こういった場合に視線を感じるために、特定がしにくいのもまた事実。

 向こうも俺を警戒してか、そもそも近くに寄ってこない。

 ねっとりとした不快な視線、というわけではなくどちらかといえばただ観察しているような視線というのがまだ救いだ。しかし、鬱陶しい事この上ない。

 

「はあ」

 

 溜息を一つ。

 

「どうしたん?」

 

「ん、何でもない」

 

 はやてに向けていた顔を上げる。

 

 違和感。

 

 そう違和感。

 目が合った気がした。

 1 km弱も離れたところにいる猫と。

 

 瞬きをした瞬間にはその姿はなかった。

 偶然というには不自然。

 

 

 買い物中に上の空で、はやてが拗ねてしまったのは完全に余談である。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 いつもはこんな下手はしなかった。

 

 同様にロッテならこんな事にはならなかっただろう。近寄ったところで、その気配は気づかれないと思う。

 

 いつもならば、遠距離から遠視と光の屈折の魔法を複合して観察している。これならまず視線が交わることはない。しかし、今回は違った。遠視の魔法だけを使用したのだ。私だって忙しい。こちらへの転送魔法に使う魔力だって相当なものだ。しかもこの後も間を空けないで仕事が入っている。何度観察しても八神はやて、衛宮士郎の両名はこちらが観察していることに気づくそぶりすら見せなかった。

 

 1 km程離れた場所から猫と視線を混じらすことができる人間がいるわけがない。

 

 其れ故の油断。ふとした気紛れ。その結果がこれだ。

 

 私は今、猫の姿のまま走っている。少なくともこの海鳴市から離れるまでは油断できない。今までの観察から、あの衛宮士郎が八神はやての元から離れてこちらへ向かうなどという事は考えにくいが、万が一ということも有り得る。100%などという事象は存在しない。

 なるべく目に付かず、人の通れなさそうな所を縫う様に駆けて行く。

 

 海鳴市を出たと同時に探査魔法を展開し、周囲に人影がないのを確認する。

 確認後、手短な管理外世界の無人惑星へ転移する。

 

 転移後、やっと一息入れることができた。

 

 

 衛宮士郎。

 

 八神はやてとともに住んでいる者の名前だ。

 

 話ではここ、第97管理外世界地球で偶々家の前で倒れていた人を八神はやてが発見し、保護。若干の記憶障害を持っているが、八神はやての見立てではとても優しい人で帰るところがないようなので、住まわせたい。ということだった。お父様は八神はやての我侭に最初は少し驚いていたが、初めての我侭らしい我侭であり、喜ぶと同時にすまなさそうにしていた。父様は八神はやての頼みを無碍にすることはないとわかっていたので、私とロッテで最初は何日か毎に監視をしていた。

 

 衛宮士郎、それが本名か偽名かはわからないが、日本人ということを考えると何人もそれらしい人物はヒットした。その本人達は存在が既に確認済みにより、必然的に偽名ということになる。

 地球の日本語をはじめとし、ドイツ語、英語その他数種の言語を操ることから、地球生まれであることから間違いはないと推定される。次元漂流者の件はこれで潰えた。

 

 はじめの一ヶ月間で私達の懸念はほとんど解消されたといっていい。確かにリンカーコアらしきものがあるとされたが、不活性であることから魔導師という線も消えた。お人好しでお節介やき、害はないと私達は判断し、警戒も薄れていった。

 

 懸念があるとすれば、ロッテの話になるが、何かしらの武術、武道ないしそれに類するものを修めているということがあげられる。しかし、私から見ればロッテの方が遥に洗練され隙がないのに対し、彼のそれは隙だらけでつけいる隙がありすぎるように感じる。比較対象であるロッテが規格外すぎるのかもしれないが。クロノと比較しても見劣りするし。というか、一般人にしか見えない。確かに、早朝に走ったり木刀を振ったりしているのを確認しているが、剣に関しては才能の欠片すら感じさせられない。そんなことに労力を割くべきではないと考えるのは私が魔導師だからだろうか。

 

 家族構成も特殊で、本当の両親は既に鬼籍に入り、養父も故人である。養父の妻はドイツ人というが、連絡すらしていないということで関係が薄かったのかもしれない。そもそもその事も八神はやて経由の情報なので信用にたるかどうかは不明である。ただ、欧州系の言語に堪能であることから欧州に住んでた事があるのではないかということが推測される。

 

 これは私達が父様に提出した衛宮士郎なる人物のレポートである。

 

 

 だが、本来ありえないことがおきた。

 

 1 km先の人物と視線を交差させる。

 それがどんなにばかげたことか。

 一瞬、間違いではないかとも思ったが、相手に微かな動揺が見て取れた。ロッテとともにいるからこそわかる事柄だ。

 そこからの行動は早かった。直ぐに離脱。

 

 このことはロッテにはもちろんの事、父様の耳にも入れなければならないだろう。

 父様、いいえ、私達の悲願の為にも懸念材料は少なければ少ないほどよいのだから。

 

 しかし、この事をどう説明すればいいのか。

 

 まずはロッテと一緒に話をまとめる作業からかからなければならない。

 

 





前書きはリーゼアリア


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013話


それは小さな約束でした。

海老の背わたはちゃんととらなあかんで。

わたしとの約束や!

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

 4月1日、世間で言うエイプリルフール、四月馬鹿。

 

 とはいえ、特に何をするでもなく、アルバイトに精を出している。

 

 はやてはというと、午後に入ってからも図書館に篭りっきりで本を読んでいるのだろう。

 

 

「こんにちはー」

 

 ちりん、と乾いた鈴の音が来客を告げる。

 

 いらっしゃいませ、と扉に目をやり、つい最近見た顔だと思った。

 

「3名ですけど大丈夫ですか?」

 

「はい、テーブル席も空いていますが」

 

「お願いします」

 

 どうやら友人とお茶をしに来たように感じる。

 向こうも俺がいることに驚いているようだ。

 

「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」

 

 狭い店内なので、カウンターから声をかける。

 

 全員が私立風芽丘学園の制服を着ている。

 ここからは少し距離があるが、よくそこの学生がここを利用する。図書館の前、という立地条件も大きいだろうし、なにより良心的な値段が学生には好まれるのだろう。

 

 喫茶『翠屋』からパクリ、もとい参考にし、『くろーばー』でも本日の珈琲、紅茶というのをはじめてみた。マスターからの許可も取っているし、本日の珈琲、紅茶といってもやっていない日もある。評判は上場のようで、主に学生からの人気が高い。なにより良心的な、以下略。

 

 

「注文いいですか?」

 

 と控えめな声がし、そちらへ向かう。

 髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた女の子、といっても今の俺よりはいささか年上にも思える少女が言葉を発する。

 

「紅茶を二つと珈琲を一つ、それとチーズケーキ、ショートケーキ、チョコレートケーキを一つずつお願いします」

 

「ご注文は以上でしょうか」

 

「はい」

 

 紅茶とケーキを準備して、マスターからの珈琲を受け取る。それをもってテーブル席に向かう。

 

「お待たせ致しました」

 

 かちゃりと、小さな音をさせて紅茶を置いていく。

 

「ごゆっくり」

 

 後ろから美味しいという声に頬が若干緩む。

 春休み明けにあるテストがどうとか、古文の先生がどうとか、やけに懐かしい話が聞こえてくる。あまり聞き耳を立てるのも無粋であろう。俺は俺の仕事をしよう。

 

 

 休憩時間にクッキーとマドレーヌを作る。

 マスターと俺のぬけた後にやってくるバイトへのお茶請けだ。はやてのために多少は持って帰ろうかという考えももちろんある。マスターには言ってあるし、他のアルバイトたちの反応も上々。

 大量に作って、珈琲や、紅茶に一つ二つほどつけて一緒に出さないか、とも言われている。ちょこっとした焼き菓子ならそう時間もかからずに作ることができるので、いい考えではないかとも思っている。

 

 ともあれ、時間になり、アルバイトの人に引継ぎをして店を後にする。

 

 小さな手提げ袋には綺麗にラッピングされたクッキーとマドレーヌの袋が二つずつ入っている。可愛らしくラッピングした方がいいというマスターの助言を聞き入れて、そうするように心がけている。はやては一緒に作るのが好きそうだけど、やっぱりこういうちゃんとした設備でつくるお菓子はやはり違うと思う。

 

 歩いて数分で図書館に着く。

 

 今日は早めにあがったので、時間的にも少し余裕がある。

 

 はやてがいる位置を確認して、俺も何か読もうかとふらふらと図書館の中を彷徨う。

 

 ふと、料理の本のコーナーで足が止まる。

 

 週刊『料理』そのままのタイトルの本が目に入る。

 そういえば今週は読んでいなかったと思い、手を伸ばす。

 

 買ってまでは読む気にはなれない本だが、基本に忠実で、料理本によくある適量という言葉を使わない本であり、俺の中では良書にふりわけられている。だが、特集で料理と思えないものまでちゃんとレシピを紹介しているのはどうかと思った。イギリスの家庭料理の特集だったときは、そっと本を閉じた。

 

 本に手が届く前に止まる。何故なら別方からも手が伸びてきていたからだ。顔を上げると目が合った。

 

「あ」

 

 果たしてそれは驚きの声だったのか。

 伸ばされていた手は雷光の如き速さで引き戻される。

 

「どうぞ」

 

 ずっとこのまま膠着しそうな気配があったので、譲ることにする。元々今すぐにでも読まなければならないわけでもない。

 

「いえいえ、そちらが」

 

「いえいえいえ」

 

「いえいえいえいえ」

 

「いえいえいえいえいえ」

 

 なんかこのやりとり前にやったことがある気がするのだが。

 

「俺は別のを読みますから」

 

「そうですか?

ありがとうございます」

 

「……」

 

 なんだろう。

 

「あ、あの。

あそこのお店で働いているんですか?」

 

「え、ああ」

 

「私、高町美由希です」

 

 高町の姓。あの『翠屋』店長やあの高町恭也と同じ姓。たぶん、兄弟なのだろう。彼から何か言われているかもしれないが。

 一先ず言わなければならないことがある。

 

「高町恭也、は知っているよな。

彼には俺があそこで働いていることは内緒にしてくれないか。なんか手合わせ願いたいとか言われてて困ってるんだ」

 

「恭ちゃんらしい。

いいですよ。君は危険そうでもないですし」

 

「衛宮士郎。すきに呼んでくれたらいいから」

 

「うん。

なら衛宮君、だね」

 

 衛宮の姓で呼ばれることは少ない。その為新鮮な感じがする。

 

 と、少し話しすぎたか。

 そろそろ閉館の時間だ。

 

「そうそう、これ」

 

 そう言って、手提げ袋から焼き菓子を取り出す。

 

「なに?」

 

「喫茶店で焼いたお菓子。口止め料としてね。でも、俺が作ったやつだから口に合わないかもしれないけど。

これからも喫茶『くろーばー』をよろしく」

 

「あ、ありがとう

また行きます!」

 

 時間を確認し、じゃあ、と別れの挨拶をする。

 

 はやてのところに行って、借りる本をどれにするのか問う。そうじゃないと、本当にギリギリまでここから動かないからな。

 

 

「今日の夕飯は何にしようか」

 

「えーっとね、どないしよ」

 

 俺が車椅子を押して夕飯を考える。いつもの光景だ。

 

 

 いつもお世話になっている商店街には行かず、スーパーMIKUNIYAへ行く。

 つい最近オープンした店で、なかなかの大型店である。品揃えもよく、商店街などは戦々恐々としているのではないだろうか。

 消費者側からすれば、一長一短でどちらにもいいところがあり、選択の幅が増えるという意味においては大変結構なことである。

 

「納豆が安いらしいな」

 

「えー納豆!?」

 

 はやては納豆が嫌いらしい。関西人が納豆を食べないというのは聞いたことがあるが。

 ま、無理に食べることもないだろう。納豆巻き美味しいんだけどな。

 

 目新しいものとしては、ホイールトマトと調味料を買い足し、

 

「海老かぁ」

 

「エビフライやな」

 

「そうかなー」

 

「なんやあかんの?」

 

 目の前には大きな有頭海老と無頭海老。

 

「どっちがいい?」

 

「食べやすさで考えたらこっちなんやけど、心情的には頭があったほうが……。

悩むところや」

 

 長考。

 下手の考え休むに似たり、なんて諺があったかなかったか。

 

「よし、無頭海老だな」

 

「わたしに聞いた意味あったん?」

 

 ジト目で見てくる。

 どこでそんな目の使い方を覚えてきたんだか。

 ともかく、

 

「大いにあったさ。

はやてが気づいていないだけで、すごい参考になったよ」

 

 と、言っておく。

 はやては納得したのかしてないのか微妙な表情で前を向く。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 春休みなのに部活以外で学校に行かないといけないのはちょっといやな気分だ。

 

 委員になんてなるもんじゃないね。

 

 ほんの一週間前に一緒に遊んだ級友といっしょにご飯を食べている。

 

 

 新年度に入って新しい図書が我が校に届いた。

 何も4月1日にやらなくてもいいと思う。例えば、新学期が始まってからでも。

 

 購入した図書はそれほど多いわけでもないので、午前中には棚に入れた。けど、委員長の突発的な思い付きから大掃除が始まった。それでも午後二時には全ての作業が終わって、友達を待っている。

 二人と待ち合わせして帰るためだ。

 

「部活お疲れ様でした」

 

「三年の大会が近いからって昼にまたがって練習するとかやってられないわよ」

 

 陸上部の美希は下敷きでぱたぱた仰ぎながら、さもだるそうに話す。

 今日は快晴。昼になり気温もぐんぐん上がるため、あまり運動に適していないのだろう。

 

「まあまあ」

 

 と手芸部の由紀。

 

「あー、なんで春休みってこんなに少ないんだろー」

 

「なんでだろうね」

 

「もっとこう、夏休みくらいあればいいのに。

そしたらもっと部活に専念できると思うんだ、私は!」

 

「さっきまで部活やだーみたいな発言は?」

 

「あれはあれ、これはこれ」

 

 わかるわかる。

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

 

 最近、由紀がいいお店を見つけたということでそこに行くことになった。

 喫茶店らしくて、マスターさんがすごく渋くていいらしい。

 

 

 歩いていける距離、なるほど図書館の前でしたか。

 

「へーこんなお店あったんだね」

 

「いつも部活終わってすぐに帰っていたらわからないね」

 

「図書館には行くけどこんなお店知らなかった」

 

 感想はこの辺にしておいて中に入りましょ。

 

 ちりーん、と鈴の音が鳴る。

 

 中はこじんまりとしている。

 あんまり学生向きじゃない気がするのは気のせいだろうか。

 

 と、目が合った。

 忘れもしない。

 ついこの間『翠屋』に来ていたお客さんだ。

 ただのお客さんであれば私だってすぐに忘れる。でも、忘れていない。そこから導き出されるのは彼が普通ではないから。体を動かすことに慣れている、つまり私と近しい存在。でも、あまりにも隙がありすぎる。言ってしまえばそれだけの彼。でも、なぜか記憶には留まっている。

 

「3名ですけど大丈夫ですか?」

 

 私達はテーブル席についた。

 

「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」

 

 彼はそう言った。

 私のことを覚えていないのだろうか。

 

 紅茶と珈琲、それにそれぞれのケーキを頼んだ。

 美希だけ珈琲を頼んだ。理由については、甘いものと苦いものは合う、ただそれだけらしい。

 

 紅茶はどうやら彼が入れるらしい。

 

 

 綺麗な琥珀色をした紅茶が運ばれてきた。

 

 口に含む。

 声には出さなかったけど、驚いた。とてもおいしい。

 『翠屋』で出されている紅茶にも劣らない。ううん、人によってはそれ以上と評価するだろう。かく言う私もその一人なんだけど。

 

 ほっ、と息が漏れる。

 

 

 美希達とは喫茶店の前で別れた。

 

 私は一人図書館へ行く。

 

 

 ただなんとなく本を読む。

 

 本を読むことは好きだ。でなければ図書委員なんてなるはずもない。

 でも、最近はびびっとくるような本に出会っていない。

 

 本を無性に読みたくなる時もあれば、今のようにどんな本を見ても心がときめかないときもある。

 

 そろそろ閉館時間。

 あと一冊はざっと眺めることができるだろう。

 

 思い出すのは、私と同年代くらいの少年が入れてくれた紅茶。

 喫茶店で働いているからきっと料理も上手なんだろう。もしかしたらあのケーキも彼が作ったものかもしれない。

 

 そう考えると、なんだか負けた気がした。

 

 いつもは見ない料理の本に手を伸ばす。

 

 横から私と同じように手を伸ばす気配があり、ピタリと止める。

 

 見ると、

 

「あ」

 

 その彼だった。

 なんだか無性に恥ずかしくなり、伸ばしていた手を胸の辺りに持ってくる。

 

 オレンジというよりは橙に近い色の髪。

 身長は高くなく、私よりも低いかもしれない。

 しかし、特徴的なのはとても意志の強そうな瞳。

 

 彼と私は本を譲りあり、結局私がその本を持っている。

 気まぐれで読もうと思っただけだったんだけど。

 

「あ、あの。

あそこのお店で働いているんですか?」

 

 どう考えてもそうとしか考えられないことを、言わなくてもわかることを聞いてしまっていた。

 

「え、ああ」

 

「私、高町美由希です」

 

 高町、に反応してくる。

 『翠屋』は高町夫妻が経営していることは有名だからか。

 

「高町恭也、は知っているよな。

彼には俺があそこで働いていることは内緒にしてくれないか。なんか手合わせ願いたいとか言われてて困ってるんだ」

 

「恭ちゃんらしい。

いいですよ。君は危険そうでもないですし」

 

 と、意外な名前がでてきた。

 恭ちゃんはすでに接触しているみたいだ。でも、彼は困っているように見える。

 

「衛宮士郎。すきに呼んでくれたらいいから」

 

「うん。

なら衛宮君、だね」

 

 士郎ってお父さんと同じ名前。

 

 衛宮君は時計を一瞥し、それにならい私も腕時計を見る。

 閉館時間が迫っていた。

 

「そうそう、これ」

 

 そう言って、手提げ袋をがさがさと漁り、綺麗にラッピングされたものを取り出す。

 

「なに?」

 

「喫茶店で焼いたお菓子。口止め料としてね。でも、俺が作ったやつだから口に合わないかもしれないけど。

これからも喫茶『くろーばー』をよろしく」

 

「あ、ありがとう。

また行きます!」

 

 思わず大きな声が出てしまって周りを見てしまった。

 すでに閉館時間が迫っているためか、私を見てくる人は少なかった。でも注目を集めたことには変わりなく、恥ずかしく俯いてしまう。

 

 衛宮君はまだ本を読んでいる少女に向かって歩いていった。

 私の方を一度も振り向かずに。

 

 この前一緒に来ていた女の子だ。

 兄妹なのだろうか、親しげに話している。

 本を持ってあげて談笑しながら本を返却していく姿に、心が温かくなる。

 

 そういえば、と。

 我が家のお姫様は何をしているのだろうか。

 

 うん、偶には姉妹水入らずでお話してみるのもいいかもしれない。

 手元には彼から貰ったお菓子。それを少し乱暴に鞄に入れる。

 

 

 図書館を出ると空は茜色に染まっていた。

 

 がさがさと鞄から綺麗に包装されたお菓子を取り出す。

 一つくらいいいだろう。

 

 丁寧に剥がすと中からはクッキーが出てきた。

 

 ぱくり。

 

 おいしい。

 

 

 さて、お姫様とは何の話をしようか。

 

 夕暮れに踊る影法師を作りながら軽いステップを踏み、家族の待つ我が家へと歩みを進めた。

 

 





美由希登場


20120921  改訂


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014話

それは小さな違和感でした。

いつもの、いつものようにすごしているのにどこか違う。

それは目に見えない歯車が回りだしたようで……

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

 4月1日、世間で言うエイプリルフール、四月馬鹿。

 

 さしてわたし達には関係ありませんでした、まる。

 

 士郎さんは喫茶店にアルバイトに、はやてさんは図書館に読書をしに、まる。

 

 と、いつもと同じことをする。

 

 

 お昼も近くなりわたしは『くろーばー』に向かう。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは、はやてちゃん」

 

 マスターがこちらを見てニコニコしている。

 

「士郎君は、もうちょっとかかるかな。

少し待っててもらえるかな」

 

「はい」

 

 士郎さんはもう少し時間がかかるということで、カウンターの一番左端、角の席の近くに行く。

 

「ん?もうそんな時間か。

はやてちょっと待っててくれ」

 

 士郎さんは私に気がついてカウンター席に私を座らせてくれる。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 私がこうして待つときは大体この位置や。

 ここだとあんまり他の人の迷惑にならないし、士郎さんが目の前で作業しているのを見ることができる。

 

「ほい」

 

 士郎さんは紅茶を私の前にコトンと置く。

 

 きっと士郎さんのお給料から引かれているのだと思うけども。前に言ったら遠慮すんなって言われたので、今では遠慮なんかしていない。だっておいしいんだもん。

 

 

「待たせたな」

 

「ほんとやでー」

 

「ごめんごめん」

 

 笑いながら頭をごしごししてくるのはいつものこと。

 

 お弁当は士郎さんがアルバイト先に持って行っている。わたしが持っていたら邪魔になるだろうという判断からや。

 

 

 昼食は図書館の公園でいただきました。

 今日のお昼も文句なしにおいしかった。さすが士郎さん。

 

 

 士郎さんはまたアルバイトに行き、わたしは再び図書館で本を読んでいる。

 勉強は午前中だけって決めてる。

 

 気がつけば閉館まであと少しとなっていた。

 

 士郎さんに急かされて読んでいた本をパタンと閉じる。

 本は持ってもらって、元あった場所に返していく。

 わたしがいなくても背表紙の番号で返却する場所はわかるんだけど、届かない場所を除き、ちゃんと元あった場所にわたしが戻すように言う。言われなくてもちゃんと元あった場所に戻しますって。それでも本を持ってくれるところに士郎さんの優しさが伺える。

 

 

「今日の夕飯は何にしようか」

 

「えーっとね、どないしよ」

 

 士郎さんが車椅子を押して夕飯を考える。いつもの光景だ。

 最近では日が落ちるのもだいぶ遅くなり、この時間でも明るい。

 

 

 いつもお世話になっている商店街には行かず、つい最近オープンした―――といってももう3ヶ月は経っているけど―――スーパーMIKUNIYAへ行く。この辺ではかなりの大型店である。マニアックな商品も揃えていて、商店街では購入できない品もある。

 わたしからすると、一箇所で必要なものすべてが揃えられるので大いに助かる場所ではある。でも、商店街特有のあのあたたかさ?言葉にしにくいけども、こう人と人との触れ合いというのも最近になっていいものだな、って思うようになってきた。

 

「納豆が安いらしいな」

 

 って考え事をしていたらなんか不吉なワードを言われた。

 ちょい待ち

 

「なっとぉ!?」

 

 わたしはあんまり、というか、できるならば納豆は食べたくない。

 あのねばねばと臭い。腐った豆じゃないかと。それは豆腐か。

 

 断固たる決意をもって、納豆の購入を拒否しましたとも。

 おとなになって食べれるようになってればもーまんたい。

 

 士郎さんは鮮魚コーナーの今日の広告の品である海老とにらめっこをしている。

 

「海老かぁ」

 

 えびと言ったら

 

「エビフライやな」

 

「そうかなー」

 

「なんやあかんの?」

 

 有頭海老と無頭海老、値段はどちらも一緒。

 

「どっちがいい?」

 

「食べやすさで考えたらこっちなんやけど、心情的には頭があったほうが……。

悩むところや」

 

 食べやすさ的には無頭海老。有頭海老の頭付きは、ほら口の中にぐさぐさ殻っぽいのが刺さるでしょ。地味に痛いから困る。

 でも、頭が付いているという付加価値というか豪華さというか、見て楽しむ、そういうのも含めて料理なんだと読んだ本に書いてあった気がする。

 

「よし、無頭海老だな」

 

「わたしに聞いた意味あったん?」

 

 わたしが優柔不断なのか。

 

「大いにあったさ。

はやてが気づいていないだけで、すごい参考になったよ」

 

 なんか納得できない。

 納得はできないけど、おいしい料理を作ってくれそうなので前借ということで許します。

 

 あと、タルタルソース用になんとかってマスタードも買い物カゴに吸い込まれていった。

 

 

 海老は火が通りやすい。

 衣を付けてさっくり揚げる。

 タルタルソースにはマヨネーズに粗く切ったゆで卵、水気を取ったピクルスや香草と購入したマスタードを入れてざっくりと混ぜ合わせて完成。

 野菜と共に盛り付けたら、タルタルソースにオリーブオイルを少し垂らして完成。

 

「「いただきます」」

 

 

 美味しい夕食を終え、ごろごろと本を読むのもいつものこと。

 

「お茶にしないか?」

 

 夕食後一時間か二時間後くらいに士郎さんとお茶をする。

 あまり遅くならないように、という配慮なのだろう。

 

 今日は『くろーばー』でクッキーを焼いた、というわりには数が少なかった。

 後はマドレーヌがでてきた。

 

「はやてが食べ過ぎて真ん丸にならないように、ね」

 

「なんやそれー。

ひどーい」

 

「今はそうではないけど、そのうちそうなる可能性があるってことだからな」

 

 士郎さんの料理は美味しすぎてついつい食べ過ぎてしまうのはしょうがないと思うんや。

 あとお菓子もおいしいし。

 

 ペラッ

 ペラッ

 

 紙をめくる音だけがする。

 いや、時折くぐもったクッキーの砕ける音がする。

 

 こうして夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 4月にはいって、士郎さんはどこかそわそわした雰囲気を醸しだしている。

 

 はじめは気のせいかな、と思ったけども、ふと空を見上げたり、ちょっと用事ができた、と言ってどこかへ行ったり。いったと思ったら本当にちょっとした時間で戻ってきたり。

 

 聞いてみても、上手い具合にはぐらかされてしまってちゃんとしたことを聞くことができなかった。

 

 士郎さんの事だからちゃんとした理由があってわたしには教えてくれていないんだと思う。思いたい。

 

 心在らずというわけではなく、ちゃんと日々をすごしているからこその違和感。

 

 わたしがこれ以上言っても無駄だろう。

 時間が解決してくれることを祈りつつ、毎日を享受するしかない。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 4月に入り、今まで感じなかった魔力を感じるようになった。

 

 いくら鈍感な俺でも感じるような魔力。

 

 魔力を感じて行ってみるものの、既に事は終わっていることが多い。

 

 深夜であれば、俺も気兼ねなく動くことができるのだがそうはいかない。

 

 救いなのは人的被害がないことだろうか。

 

 はやてには俺が平常時とは異なるという事がわかっているみたいで、俺のことを心配してくれている。はやてに心配させるなんて俺もまだまだだな。

 

 

 

 つい先日のことだ。

 またしても大きな魔力を感じ、現地へ赴いた。その際に、マスターには急用ができたから、といって急に休んで迷惑をかけてしまった。

 

 

 特に喫茶店から離れていて、時間がかかった。

 海鳴市は大きい。そう、例えば今の俺が魔術を使用してだれにも見つからずに走ったとしても一時間はかかるくらいに。

 

 神社。

 石段に多少の損害はあるけど、特に問題はなさそうだ。

 

 と、そこで女性が倒れているのを発見した。

 急いで駆け寄る。首筋に手を当て、脈を測る。ただ気絶をしているだけと判断をした。脳震盪を起こしている可能性もあるが、呼びかければ直ぐにでも目を覚ましそうだ。

 

 どうするべきか。このままにしておくのも問題だし、救急車を呼ぶのが一番いいのだろうけども。昨今、無闇に救急車を呼びすぎるという事が問題視されていることから、呼びかけて起きないようであればやはり救急車を呼ぶべきであろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

 あまり揺らさない方がいいとは思いつつ、頬を軽く叩く。

 

「ぉん……

ぁっ?」

 

 よかった、目が覚めた。

 

「あ、あれ?

転んで頭でも打ったかな」

 

「大丈夫そうですね」

 

 はじめてこちらに気がついたかのようで、目を見開いていた。

 

「貴方がここで倒れていたので、救急車を呼ぼうかと思ったんですよ。

でも、その様子だと大丈夫そうですね。でも、一応念のために明日にでも病院の方へ行ったほうが良いと思いますよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「立てますか?」

 

 手をさし伸ばすと、吃驚しながらも手を掴んできた。

 と、足元に子犬がやってきた。

 

 わんわん

 

「こらー。

迷惑かけちゃダメでしょ」

 

 俺の脚に纏わりついていた子犬を拾い上げる。

 

「本当にありがとうございました。

お礼は」

「お礼なんていいですよ。

偶々ここを通りかかっただけですし」

 

 言葉をかぶせる。

 お礼がほしいわけではない。

 ありがとう、その言葉だけで十分だ。

 

「そう、ですか」

 

「先程も言いましたが、明日には病院に行ってみたほうがいいと思いますよ」

 

「わかりました。

それでは」

 

 女性は子犬を抱えて、石段を降りていった。

 

 さて。

 

 草むらに隠れている女の子とそのペット。どうすべきか。

 なぜ女の子というのがわかるか、というと。いや、見えてるからね。

 本当どうしようか。

 

 きっとさっきまで何があったのか見ているのだろう。だから隠れている。

 もしくは、これを起こした犯人。

 

 後者の確率が高い。

 

 しかも、僅かに魔力を感じる。

 ペットらしき動物からも。

 

 

 

「何考えているんですか?」

 

「ん、いや」

 

 仕事中でも少し考え事をしてしまうときがある。当に今のような状態だ。

 カウンターには最近ここの常連になった高町美由希。まだ数回しか来店していないけど、これからもよくここを利用しそうだ。ここに来るのは俺が前に言った言葉が原因か、もしくは敵情視察ということで家と同じ喫茶店を監視というかそんな感じで来ているのかもしれないけど、そういったことは本人にしかわからない。でも、ぴりぴりとした雰囲気はない。

 友人と来ることもあれば、今のように一人で来ることもある。

 一人できているときは俺と少し話をしたり、本を読んだりまったりしているようである。

 

「そろそろ始業式じゃないかな」

 

「実は今日がその始業式だったんですよ。

始業式が終わってすぐにテストで大変だったんですから」

 

「で、手応えの方は?」

 

「それは聞いちゃいけません」

 

 少し間を空けてお互いにクスリと笑う。

 

「でも、3時間もテストなんてきつかったんだから」

 

「そうだろうな」

 

「頭使ったら甘いものが食べたくなるよ」

 

「自分の家で食べればいいんじゃないかな」

 

「このお店の売り上げに貢献してあげてるのだよ」

 

「それはありがたき幸せ」

 

 もう一度笑いあう。

 

 初めてこの店に来てから高町恭也はここに訪れていはいない。

 ということは、約束を守っているということだろう。ありがたいことだ。

 

「美由希ちゃん、これは私からです」

 

「いいんですか?」

 

「常連さんになってくれそうですからね」

 

「ありがとうございます」

 

「と言っても士郎君が作ったものなんですけどね」

 

 マスターと高町さんがなんか話をしている。俺がいないところで話が進んでいる気がするが、きっと気にするようなことでもないんだろう。

 

「ご馳走様でした」

 

「またきてください」

 

「はい。

衛宮君も今度うちに来てね」

 

 突然話を振られても困る。仕事中だし。

 あと、なかなか喫茶『翠屋』には行きにくい。何しろ、そこには高町恭也なるちょっと危ない人がいるからだ。

 

「気が向いたら?」

 

「もう、絶対来てよね」

 

「あー、はいはい」

 

 こうとでも言っておかないと仕事にならないような気がしたので曖昧に返事をする。

 いつ、という指定がない以上、その時間指定の決定は俺にあるといってもいいだろう。そう、ほんとに気が向いたらはやてと一緒に行こう。はやてはあそこが気に入っているらしいからな。

 

 

 




更新する余裕がありましたので。


20130103  改訂


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015話


それは小さな贖罪でした。

私がもっと頑張っていたら、気がついていたのに…

私の心は晴れない。

もうこんな間違いは犯さない。

私自身に誓う。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

 俺にもわかるような膨大な魔力の放出を感じた。

 

 ここは図書館で、いつものようにはやてと一緒に来ている。

 幸か不幸か、魔力を感じたのはここからだいぶ離れた場所である。

 

「まったく、こんなところでこんな馬鹿でかい魔力を出すやつはだれだ」

 

 独りごちた。

 

 ここにきて一ヶ月強は魔術師の痕跡を探し、この周辺に魔術師がいないと思っていたが、早計だった。4月になり、人為的な魔力の発露が何度も感じられた。魔術の基本は秘匿。人に悟られずに一人前。半人前の俺では・・・・・、やめよ、悲しくなってきた。

 

 目下、目的はこの原因を取り除くこと。

 

 強化と認識阻害の魔術を用いて、建物の上をかけていく。

 

 はやてには電話して、急用ができたと言っておいた。もちろん閉館時間までに帰ってくるように言われたのは仕方がない。俺は承知し、魔力が集中した場所へ急ぐ。

 

 10 km先にそれはあった。

 

 驚くべき大きさの植物があった。いや、植物というには憚られるほどのものだが、それ以外に表す言葉を俺は知らない。明らかに魔力を感じ、その大きさは高さが50 m、範囲に関しては500 mほどはあるだろうか、こうしているうちにもその植物は範囲を広げている。

 

 アインナッシュの森ほどではないが、魔力に満ち、ビルや建物を植物群が飲み込んでいく。巨大な根が道路を這い、幹が建物を覆う。いや、アインナッシュの森は本当に死ぬかと思った。カレー司祭がいなければどうなっていたかわからない、って思考が別のところへいってたな。

 

 しかし、と、思わず舌打ちをする。

 

 素人か?これを放ったやつは。

 

 秘匿も何もされていないし、この魔力。ただの暴走ではないか。

 

 さらに速度を上げようと筋肉に命令を送ろうとしたとき、俺は不覚にも一瞬思考を停止させてしまった。

 

 一際高い建物の屋上にその女の子はいた。

 

 女の子が一瞬ピンクの光に包まれたかと思うと、魔力が迸り、その姿を変えた。

 

 まごうことなき、魔法少女がそこにいた。

 

 ―――、ってなんでさ。

 

 ぽつりと口から言葉が漏れた。変身するのはまだわかるけど、いや、わからないけどさ、一瞬裸になるってどうなのよ。かなりの動体視力を、さらに解析に長けている俺をもってしてみることができるくらいだから、一般人には見えないと思うけどさ。

 

 よく見ると、つい先日、神社で見かけた女の子だった。

 やはり何らかの関係者というのは間違っていなかった。

 

 女の子が魔法のステッキ(?)を振りかざすと志向性を持った魔力が出され、あたりに散っていく。

 

 もはや隠す隠さないのレベルではなく、見せ付けているのではないかと思ったほどだ。頭が痛くなる。一般人に見られて困るということはないのだろうか。

 

 そして、放心する俺を尻目にまたも魔力が放出される。もちろん、あの女の子からだ。なんか魔法の杖のようなものに話しかけてるし、って変形した!?独り言が多い気がするけど、肩にフェレットのような動物を乗せていることからあの子の使い魔かもしれない。使い魔を見た目で判断することは危険で、彼女のように膨大な魔力を纏っている子の使い魔だとしたら。唇を読む。

 

「見つけた!

すぐ封印するから。―――、できるよ!大丈夫!

・・・・・・そうだよね、レイジングハート」

 

 おいおい、そんなものをこの街中で放つのか。

 

 先程までとは比にならない魔力を感じる。

 

「リリカルマジカル。

―――ジュエルシード、シリアルⅩ!

封印!!!」

 

 瞬間、極光が空を駆けた。ピンクなのがイマイチ雰囲気を台無しにするが、魔力量だけで見れば、とんでもないことだ。辺り一帯を火の海にしてもおかしくない。俺の足ではどう考えても間に合わない。

 

 光は植物群の中央、一際大きな大木に命中し、光があたりを染めた。

 

 光が止むと、そこにはすでに植物群はなかった。

 

 もちろん街が焼け野原になっていたということはなかった。俺の知る限り、このような魔術は、ない。俺の知らない魔術の可能性というのも考えられる。が、前提となる魔術の基礎が異なっていたとしたら?

 

 大きな魔力の塊が少女の下に行ったことから、少女はこの原因となった魔力の塊を集めているのかもしれない。憶測だが、シリアルⅩということから最低でも10はあるということだ。いくつか集めているのかもしれないが、まだこんなことがあるかもしれない。

 

 変身も解けて

 

「いろんな人に迷惑かけちゃったね。

私気づいてたんだ。あの子が持っているの。でも、気のせいだって思っちゃった」

 

 悪、というわけではないのだろう。その、ジュエルシードだっけか、それを善意で集めているようではある。しかもおそらくははやてと同い年くらいの女の子が、だ。その子は後悔しているようにも見える。俺にはわかる。これを放置していればさらなる被害が出たということが。

 

 女の子は建物の中に姿を消していった。

 

 俺はけが人がいないかどうか、いた場合は手当てなどをしなければならないし、もっとも被害の大きかったと思われる場所まで急いだ。

 

 

 ひどい有様だった。

 

 アスファルトはめくれ、家屋は全壊しているものまである。すでに消防、警察と出動しているようだ。救急車も到着しており、救急隊員が傷病者の手当てをしている。

 

 !

 

 走っていると、半壊した建物から声が聞こえる。聞こえるか聞こえないか、その程度だが。

 

 後ろからとめる声が聞こえるが、気にして入られない。助けを呼ぶ声が聞こえれば助けないわけにはいかないのだ。

 

 一戸建ての家の一階が潰されている。

 

 確かに声が聞こえる。すぐさま解析の魔術をかける。一階部分は潰れているが、壁際に大きな空間ができている。壁と冷蔵庫、柱がちょうどよいバランスで潰れずに空間ができたのだろう。しかし、あまり時間もなさそうだ。

 

「いま助ける」

 

 瓦礫をどかしながら近くにいた人に声をかけ、助力を得る。

 

 五人の人間でどんどん瓦礫をどかして隙間が開く。そこに体をすべり入れて、見つけた。壁の直ぐ傍だったのが幸いしたのだろう、そこに倒れていた。

 

「大丈夫か?

今から助けるからな」

 

「はい……」

 

 意識はしっかりしているのだろうが、左足が冷蔵庫の下敷きになっていた。少なくとも骨折。床をじわりと血が濡らしているから他にも受傷部位があるのだろう。

 

「投影、開始」

 

 干将のみを投影し、冷蔵庫を輪切りにしていく。

 何の神秘も宿していない冷蔵庫はそれこそ豆腐のように切れていく。そう時間もかからずに冷蔵庫をどかし、その人と進入した隙間まで行く。その隙間は俺が侵入したときよりも大きくなっていて、俺がここに入ってからも瓦礫の除去をしていたことがわかる。

 

「ひっぱってくれ!」

 

 負傷していた女性はそのまま外に出され、待機していた救急隊員が応急手当をして救急車に乗せられた。

 

 その後も負傷者の捜索や迷子を警察に預けたりと忙しく動き回った。

 

 消防の人に聞いた限りでは、この規模の災害にもかかわらず死亡者がいない言っていた。

 まさに奇跡的な事だ。

 

 途中ではやてから電話があった。

 電話を受け取ったとき、はやてはえらくご機嫌斜めだったけど事情を説明したらしたでまた機嫌が悪くなった。現状を考えると、暗くなるまでは手伝ってから帰るということを伝えた。すでにここ一帯に住んでいた人員の確保は行われているから暗くなってまで作業はしないと思われる。明日になれば本格的に人員が投入されるだろう。

 

「できることはここまで、かな」

 

 住んでいた人達は近くの小学校や中学校の集められてそこで何日か過ごすことになりそうだった。

 

 ちょうど、ボランティアとして炊き出しの手伝いを終えたところだった。

 ご飯を炊いて豚汁をつくって。

 

 明日の朝からは国が人員を割いて炊き出しなんかをするらしい。

 大規模災害というわけではないから流通に問題があるわけではないから食に関しては問題ないだろう。

 

 しかし、

 

「どうしたもんかな」

 

 考えるべきことはたくさんある。

 まず考えないといけないのは、帰ったときになんてはやてに言うか、だ。

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 士郎さんから連絡があって急用があるからちょっと出てくるというものだった。

 連絡がある。ということはすでに図書館にはいなんだろう。

 

 でも、閉館までには戻ってきてほしいな。

 

 

 閉館の時間が近くなっても士郎さんはやってこないし、電話もうんともすんともいわないし。

 

 携帯電話を取り出し、士郎さんに連絡を入れる。

 

「もしもし」

 

「なんだ?」

 

 なんだじゃありません。

 というか、後ろがすごく騒がしくない?

 

「そろそろ閉館時間なんやけど」

 

 わたしは不機嫌丸出しで言う。

 

「えっ!

あっごめん!」

 

 士郎さんは慌てて謝ってくる。それだけで、ちょっと気分が晴れた。

 

「もうっ。

で、なんかあったん?」

 

 士郎さんが約束を忘れるということは少ない。きっとなんかあったんだと思う。

 

「ちょっとな。

詳しくは家に帰ってから話すよ。

それとな、こっちも手が離せないというかなんと言うか、今日は一人で帰ってくれないか」

 

「へー。

簡単でいいから説明してもらわんとあかんな」

 

「あー、事故があってその手伝いをしているんだ。

暗くなったら帰るからさ」

 

 はー。

 

「わかった。

それよりもあんまり無茶せんといてよ」

 

「それは大丈夫だ」

 

 大丈夫じゃないから言ってるんだけど。

 

「とにかく、帰ってきたらちゃんと説明ね」

 

「わかったよ。

気をつけて帰れよ」

 

「こんな美少女やからね。

攫われちゃうかもよ」

 

「わかったわかった」

 

 もう!

 

「ちゃんと帰ってきてね、じゃ」

 

 ピッ軽快な音をさせて電話をきる。

 

 

「一人で帰るのって久しぶり、なのかな……」

 

 士郎さんが来てからこうやって一人で帰ることが少なくなっていた。ううん、なくなっていた。士郎さんはいつでもわたしの傍にいてくれてるから。

 

 いつも士郎さんと帰っている道は、なんでかいつもよりも暗く遠く感じた。

 

 

「まだ帰ってこないのかな……」

 

 久しぶりに夕食の準備を独りでした。

 まだまだ士郎さんには追いついていないけど、それなりだと思う。

 

 まだ帰ってきそうにないので、テレビをつける。

 丁度、海鳴市のことをやっていた。

 

「…きな植物が出てきたと思ったらその辺の建物を飲み込みながらおおきくなったんだよ。それから突然光って消えたんだ」

 

「このように通常では考えられないような大きな植物の目撃情報が多数あります。そしてそれが一瞬のうちに消滅してしまうという摩訶不思議な現象。それが何を意味するのかはわかりませんが、このような災害をもたらしたという事実は消えません」

 

 ニュースキャスターが何か言っているが、それよりも気になるのは海鳴市でそんな災害があったということ。きっと士郎さんはその事を知ってそこにいったんだろう。

 

 瓦礫の撤去、炊き出しの影像が流れるが、そこには士郎さんは映ってはいなかった。でも、士郎さんがそこにいたんじゃないかっていう確信めいたものがあった。

 

「ただいま」

 

 玄関の扉をあける音ともに、今一番聞きたかった士郎さんの声がした。

 

 玄関まで行って声をかける。

 

「おかえり」

 

 

 そのまま靴を脱いで手を洗うとテレビの前に立った。

 わたしはその後ろをついていった。

 士郎さんの表情はうかがうことはできない。

 

「ご飯にしようか」

 

「うん」

 

 

「「いただきます」」

 

 

「これおいしいな」

 

「でしょ、ちょっと自信あったんや」

 

 士郎さんはいつものようにわたしの料理を褒めてくれている。

 

 本当は聞きたいことがあったんだけど、あんまり聞くような雰囲気じゃないような気がする。士郎さんはいつものとおりなので、余計にそう思えるのかもしれないけど。

 

 いつものように楽しくご飯が終わった、そう思っていた。

 

「聞きたいことがあるんじゃないか?」

 

 そういわれてドキッとした。

 

「なん、で?」

 

「そんな顔をしてるぞ」

 

「そう……」

 

 どういっていいものかどうか悩む。

 

「士郎さん、士郎さんがあんな災害を見て指をくわえているような人じゃないことはわかっているつもりや!

でもな、士郎さんじゃなくても。警察の人とかでもできるんやないかと思うんや!」

 

「はやて……」

 

「士郎さんがやらないで他の人に任せるっていうがわたしの我侭だっていうのは理解しとるで。そのほかの人にも大切な人がいて大切に思っている人がいることも。でもな、わたしは士郎さんを大切に思っとるんや」

 

 わたしには士郎さんしかいない。

 グレアムおじさんや石田先生もいるけど、それでもや。

 

「なんで士郎さんがそこまで頑張らんといけんの?

他の人に任せればいいことだってたくさんあるんやないの?」

 

「はやて」

 

「士郎さんは勝手や」

「はやて」

 

 士郎さんの言葉が響く。

 

「俺は俺だからさ。夢を諦めきれないんだ」

 

「…前に言っていた、正義の味方?」

 

「そう、目の前にだれか苦しんでいたり、助けを求めていたら、その助けになりたいんだ」

 

「……」

 

「その誰かにははやても含まれているんだぞ。

はやてだけじゃなくて、これからできるだろうはやての友達もな」

 

 士郎さん

 

「そんな顔をするな。

俺がこんなところでどうにかなるような奴じゃない事はわかっているだろ」

 

「うん、でも約束して。

無理はしないで」

 

「ああ。

無理はしないよ」

 

 無理は、か。

 

 でも、士郎さんにはこれが精一杯なんじゃないかと思う。

 

「約束や」

 

「約束だ」

 

 わたしと士郎さんは小指を絡めて指きりげんまんをした。

 士郎さんの妙に暖かい指が離れるのが少し寂しかった。

 

 







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016話

それは大きな災害でした。

わたしの町で起きた、わたしが初めて目にする。

そんなところに士郎さんは行っていた。
誰にも言われず、自分の考えで。

それはとてもすばらしいことなんだと思う。

でも、わたしは

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

「で、なんではやてが俺のベッドにいるんだ」

 

「なんでって、士郎さんが運んでくれたからやろ」

 

「いや、まあそうなんだけどさ。

そうじゃなくて、なんでまた俺と一緒に寝たいと」

 

「士郎さんはわたしのこと嫌い?」

 

「そういう言い方は卑怯だろ」

 

 はあ、と何か諦めるようなため息を一つ。

 

 

 食事の後はいつのように一緒にお風呂に入って、歯磨きしてとりとめのない時間をすごした。

 

 寝る前になって、わたしが士郎さんに一緒に寝たいと言ったときは大いに驚いていた。そんなに驚くことやないと思うんやけど。

 よいではないか、よいではないか戦法で士郎さんを丸め込んで今に至るというわけや。

 

 しかし、いつ見ても士郎さんの部屋には荷物が少ない。

 というわけで、ここの本棚にわたしの本を少し入れさせてもらった。

 わたしがここで寝る前に本を読むように。

 

「これからもここで寝るような言い方だな」

 

 もちろんですよ。

 ちょくちょく寝にきます。

 

 さて、枕元の電気スタンドに加えて、部屋の電気はつけてある。

 いつもなら一旦、ベッドの上に行くと部屋の照明を消すのが面倒なんだけど、士郎さんがいるから大丈夫。消してもらえる。士郎さん様様や。

 

「あれ?」

 

 ここで一つ気になることがあった。

 前からこんなものおいてあったっけ?

 

「ん?」

 

「この宝石綺麗やね」

 

「これか」

 

 電気スタンド脇に置かれたそれ。

 紅く、少し古そうな装飾が施された宝石。

 

 士郎さんはそれをとってわたしにわたしてくれる。

 

「いつのころだったかずっとそれを持っていてな。ま、今でも持っているわけだ。

さすがに寝るときははずしているけどな」

 

 言葉通り、いつも身につけているのだろう。

 

 スタンドの光を透かしてみると、その光はぼやけていて透明度はあまりよろしくない。でも、それがその古さを現しているようにみえる。

 

 士郎さんにその宝石をかえすと、元あった位置に戻した。

 

「さて、そろそろ寝るか」

 

「えっ。

もうちょっとだけ読ませてくれてもいいと思うんやけど」

 

 ちらりと時計を見ると23時よりも少し前。

 

「一日中本読んでてよく飽きないな」

 

「それは褒め言葉?」

 

「そう受け取ってもらってもいいぞ」

 

 ぶー。

 

「12時までな」

 

「はーい」

 

 またわたしと士郎さんは黙々と本を読み始める。

 ゆったりとした時間。

 

 ここに紅茶とクッキーなんかがあったら言うことないんだけど、そう贅沢はいってられない。

 この時間だって奇跡のように大切な時間だから。

 

 

 

 起きると士郎さんが机について本を読んでいた。

 

「おはよう」

 

「うん、おはよう」

 

 眠い目をごしごしとこする。

 まだ4時にもなっていない……

 

「まだ寝ててもいいぞ」

 

「そう、する」

 

 ぽふんと体を預ける。

 

 

 

 起きると士郎さんが机について本を読んでいた。

 

「おはよう」

 

「うん、おはよう」

 

 眠い目をごしごしとこする。

 まだ5時にもなっていない……

 

 なんだかさっきもこんなやりとりがあったような。

 頭がまだうまか動いていない気がする……

 

「まだ寝ててもいいぞ」

 

「そう、する」

 

 ぽふんと体を預ける。

 

 

 

 起きると士郎さんが机について本を読んでいた。

 

「おはよう」

 

「うん、おはよう」

 

 眠い目をごしごしとこする。

 もうすぐで6時になろうかという時間

 

「さて、俺はそろそろ朝食の準備をするけど、はやてはどうする?」

 

「わたしも」

 

 と言いながらも体は傾いていく。

 

 パタンと読んでいた本を閉じてこちらにやってくる。

 

「ふひっ!?」

 

 声が漏れた。

 

 なんでか士郎さんがわたしのほっぺたをつまんでぐにぐにやっている。

 

「起きるのか起きないのか」

 

「ほひふほひふ」

 

「なに言ってるんだー?」

 

 そんなににやにやして、何が楽しいのか。

 

「さて、冗談はここまでにして」

 

 冗談でこんなことはしないでほしいんやけど。

 つままれていたほほをさする。痛くはないけど、なんとなく?

 

「目が覚めたか?」

 

「優しく起こして欲しかったなー」

 

「十分優しかったと思うけど」

 

 むー

 

「そうむくれるな。

ほら、下行くぞ」

 

 そう言ってわたしは士郎さんの脇に抱えられる。

 

「ちょっ、この扱いなんなん!?」

 

「うん?

どこからともなく声が聞こえた気がしたが……ふむ、気のせいか」

 

「聞こえてるやろ!」

 

 じたばたするけど、士郎さんはびくともしない。

 もっとも、ここで落とされても非常に困るわけだけど。

 

「今日もいい天気になりそうだなー」

 

「でっかい独り言とか傍から聞いたらやばい人なんやけどな」

 

「なんだ、はやて。

俺の脇に挟まれてどうしたんだ?」

 

「わかっててやってるよね?ね?」

 

「もちろんじゃないか」

 

 すごい素敵な笑顔をしてくれました。

 

「さあ、キッチンという戦場へいざ行かん」

 

 わはは、なんて言いながら階段を下りていき、そのままソファーの上にわたしを置いてくれた。

 

「扱いひどくない?」

 

「何を作るべきか」

 

「聞いてや!」

 

 がっくりとうなだれると、士郎さんが苦笑しながら車椅子を持ってきてくれた。

 

「何があったのか知らないけど、そう落ち込むな」

 

「だれの、はぁ」

 

 諦めが肝心とは誰が言ってたのか。

 

「で、何を作るん?」

 

「そうだな……」

 

 

 朝食を終えて、テレビをつけると昨日のことをやっていた。

 

 改めて思う。

 

「ひどいね」

 

「ああ」

 

 士郎さんは腕を組んでテレビを見つめている。

 すでに警察、消防それに国からの手が入っている。

 

 付近の大企業は独自にボランティアを組織してその支援に当たっている。

 

 わたしから見ても、個人が何かすると足並みを乱してしまうのではないかと思う。

 

 さて、と士郎さんは呟き、

 

「天気もいいし、布団でも干すか」

 

 さっきとは一転して優しい微笑みをこちらに向けてきた。

 

「うん」

 

「その前に、着替えてからだな。

ついでに洗濯もするからパジャマは洗濯機に入れておいてくれ」

 

「はーい」

 

 車椅子に乗せてもらって部屋に行って服に着替える。

 時間のかかっていた着替えも、今ではだいぶ馴れてそれほど苦もなく着替えることができるようになっていた。

 

 トントン

 

「はやて入るぞ」

 

「はーい」

 

 入ってくるなり、脱がれたパジャマを拾い上げて、布団の上に座っていたわたしに押し付ける。そしてわたしを持ち上げて車椅子に乗せる。

 

「それ持って行ったら、洗濯機を回しておいてくれ」

 

「はーい」

 

 よいしょ、という掛け声をして布団を持ち上げる。

 そのまま危なげない足取りで部屋を出て行った。

 

 わたしは言われたようにパジャマを持って行って、洗濯機の電源を入れる。

 

 軽い電子音がしてぐるんぐるんと洗濯物がまわる。ジャーっと水が注がれ、指定された量の液体洗剤と柔軟剤を入れる。

 ぱたんと蓋を閉めてしまうと、なんとなく手持ち無沙汰になってしまった。

 士郎さんが戻ってくるまで本でも読もうかと考える。

 

「そんなに洗濯機は面白いか?」

 

 不意に後ろから声がかかって

 

「確かに、その洗濯の渦には神秘を感じるけどさ、蓋を閉めてたらそれも見えないぞ」

 

 なんて言おうか迷って、膨らませるような話題でもないと結論を出した。

 

「もう布団干しおわったん?」

 

「まあな」

 

「で、何で士郎さんはここにおるん?」

 

「特に用事はなかったんだけど、はやてが遅かったからな」

 

「ちょっとぼーっとしてただけやで」

 

 そうか、と言ってわたしの車椅子の後ろに回って押してくる。そのままリビングに連れて行かれる。それからなんでか抱えあげられて庭に出た。よくお世話になっているレジャーシートの上に座らされた。

 士郎さんはテキパキと魔法瓶に入ったお茶とかりんとうを準備する。

 

「布団とかシーツが干されてる光景ってよくないか?」

 

 そう言ってわたしに温かい緑茶をわたしてくる。

 

「あー、なんかわかるわ」

 

「だろ?

公園とかもいいけど、庭もあんまりすてたもんじゃないだろ」

 

 確かに布団がいい具合にアクセントになってる気もする。

 

 そのまま、ただぼーっと雲が流れるのをみたり、肌に優しく触れていく空気の流れを感じたりしていた。

 士郎さんは何を思っているのかな、と何の気なしに考えた。

 

 見ると、士郎さんは空を見上げていた。

 ううん、空よりももっと先。

 何かがそこにあるのか、何の感情の篭っていない視線の先を私も見てみる。

 

 と、ピーっとやや硬さのある無機質な音が鳴り響いた。洗濯物が終わった音だ。

 

 やれやれ、と呟き緩慢な動きで体を起こし、のっそりとした足取りで室内に入っていく。

 

 数分後には洗濯籠に洗濯物を入れて士郎さんがやってきた。

 洗濯物に極力皴がつかないように、広げて干していく。

 

「暇なら本をとってきてやろうか?」

 

「なら後でお願いしようかな」

 

「今でも全然いいんだぞ」

 

 士郎さんは話しながらも手を止めることはない。

 わたしは士郎さんが洗濯物を干している姿を見ていたいから。

 

「ううん。

士郎さんが干し終わったらでお願いします」

 

「なんだ?かしこまって」

 

 洗濯物で隠れていた士郎さんがひょっこりと顔を出す。

 なんだか意外にお茶目だな、なんて場違いなことを考えて、その考えに笑ってしまう。

 

「なんか面白いことでもあったのか?」

 

「えー、うん。まぁ」

 

 ちらっと士郎さんを見ると、その視線に気がついたのか数瞬後には顔をぺたぺた触っていた。なんにもついていないのを確認したらわたしとは逆の方を向いて、頭をかしげる。なんだか全くわからないという表情をしている。

 

「そうか?」

 

 疑問を持ちながらも、止めていた手を再び動かして洗濯物をかけていく。

 

 パンパン、と洗濯物を広げる音が空に吸い込まれていって、そのままどこかへ消えてしまう。

 

 

 士郎さんが洗濯物を干し終わって、本をとってきてもらった。図書館で借りた本で、まだ読んでいなかったもの。士郎さんは胡坐をかいて座っている。なんでも瞑想なるよくわからないことをするそうだ。

 不思議に思っていると、簡単に言うと考え事だって教えてくれた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 昼食を終えてはやてとリビングで本を読んだり思い思いのことをする。

 

 朝はあんなに晴れていたのに、今では少し雲と風が出てきている。夕方には一雨きそうな天気だ。もう少し日が陰るようなら洗濯物は取り込もう。朝だけで十分に洗濯物は乾いている。その前に、布団だけは取り込んでおく。布団が雨で濡れたなんて、洒落にもならない。

 

「よっ、と」

 

 まずははやての布団を取り込んでから自分の布団を取り込んだ。

 なのだが、自分の布団を取り込んでみると、はやてが日差しで暖かくなった布団の海にもまれていた。

 

「あったかい」

 

「そのまま寝るなよ」

 

 あの干した直後の布団の催眠効果は下手な催眠の魔術よりも強力だと思うんだ。それは言いすぎだけど、あの誘惑は非常に強い。

 

「えへへ」

 

 すごく幸せそうなのはいいんだけどさ。

 

「いやだから、そのまま寝るなよ」

 

「えっ?」

 

「絶対に寝るなよ」

 

「士郎さんの言いたいことわかったわ!」

 

 ようやくわかってもらえたか。

 残りの洗濯物を取り込んでみると、はやてはすでに寝ていた。取り込んだばかりの布団に包まって。

 

「……」

 

 おでこを中指で軽く弾くと、ぺちんと小気味よい音がした。

 

「あたっ!?」

 

 軽く涙目で抗議の目を向けても無駄だぞ。

 

「俺の記憶が確かなら、寝たらダメだって言ったよな」

 

「うん」

 

「で、何で寝てるんだ?」

 

 応えよう如何によっては

 

「えっ?

振りじゃなかったん?」

 

 フリってなんだ?

 

「士郎さん、あれや」

 

「いや、わからないから」

 

「そこは空気読んでほしいわー」

 

「ちょっ?やめっ!?

ぐりぐりやめて!」

 

 頭を乱暴にごしごししてただけだけど。

 

「で?」

 

「いやー、絶対に押すなよ。絶対だからな。

なんて言われたら、押したくなるでしょ。それに似たようなもんや」

 

 もー髪の毛がはねちゃったじゃないって髪をぺたぺたやっている。

 

「好奇心をくすぐられるのは確かだけど」

 

 好奇心、猫をも殺す。とか何とか。経験からだけど、だいたいそう言われているものに碌な物なんてありはしないのだから。

 

「まぁいいか」

 

 洗濯物を取り入れて、たたんで仕舞う。

 ふとはやての方を見ると、本を開きっぱなしで布団の上で寝ていた。

 

 仕方がないな、と思う。

 

 本は変な跡がついてはいけないので、閉じて少し離して置いておく。

 

 気持ちよさそうに寝ているので、このままにしておくことにした。

 

 

 夕飯の仕込みも簡単に済ませて、何もすることがなくなってしまった。

 

 はやての様子を見に行く。

 

 よく寝ていた。

 

 遠くではすでに雨が降っているようで少し白く霞んで見える。

 空気もにおいが変わってきて、すでに近くまで雨が迫ってきていることを知らせている。

 

 まぁ、買い物に行くような天気でもないな。

 

 ふあ。

 

 なんだか眠くなってきたな。

 

 あまりにもはやてが気持ちよさそうに寝ているので、はやての敷いている布団を枕にして目を閉じてみた。

 

 




お久しぶりです。

山篭りしていました。


20130103  改訂


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017話


それは久しぶりの雨でした。

雨は降って次の日もその次の日も。

でも、雨はそんなに嫌いやない。

陰鬱とした気持ちもすべて流してくれる気がする。

そんで、その後には瑞々しい生命の息吹が感じることができるから。

魔法少女リリカルなのはFはじまります


 

 

 ザー

 ザー

 

 ノイズのように雨は降り注ぐ。

 空を仰げば、曇天の雲からは止め処なく水が落ち、大地の穢れを流そうとしている。

 

 視線を戻すと辺りにはまだ火が燻っており、硝煙とタンパク質の焼ける嫌な臭いが覆っている。

 

 

 既に探し回って、探し回って、それでも生きている者はいなかった。

 

 紛争。

 

 一言で言ってしまえばそれだけ。

 

 その言葉だけでどれだけの人が死んだのだろう。

 

 歩くたびに無数の傷口から血が流れる。

 服は自分の血なのか他人の血なのかわからないが、血が固まり黒く変色している。

 

 パチパチッ

 

 燃えていた木がはじけた。

 この雨だから直に火も消えてしまうだろう。

 

 それを一瞥して、再び歩みを進める。

 

 地獄のようなそれ。

 

 

 声が聞こえた。

 本当に小さな、聞こえたことが信じられないくらいに。

 

 声がした方へ走る。

 常人からしたら走るなんてことはできない体。

 それでも鞭打って走る。

 

 見つけた男性は私よりも少し年上に見えた。

 

 口をパクパク動かしている。たぶん、伝えたいことがあるのだろうと耳を近づける。

 目の光は失われつつあり、こちらを見ているのかそれとも虚空を見ているのか。

 

 奥さんと子供がまだ家の中にいるらしい。

 紡がれるあまりにもか細い言葉。

 

 彼自身、下半身が潰されここまで生きていたのが奇跡的だった。。

 それでも刻一刻と彼の生命は失われつつあった。

 

 彼を潰していたもの、それは小さな家だった。

 

 彼以外の生存者は絶望的。

 

「ああ、まかせてくれ。

きっと助け出してみせる」

 

 その言葉は彼に聞こえたのか、少し首が動き、こちらを見た。気がした。

 

 絶望的ではあるが、生存していないということが確定しているわけではない。

 いや、きっと私はわかっている。彼以外の生存者はいないということを。

 それでも、彼の望みを聞き届けないわけには行かなかった。

 

「少し待っていてくれ」

 

 私は家だったものから人を探すべく手を動かした。

 

 ほんの数分したころだろうか、車が止まる音がした。

 

 顔を上げると、この国の軍服を着た者たちが車から降りてくるところだった。

 丁度よかった。

 彼の望みのためにも彼らに手伝ってもらおう。

 

 走り出して、彼らのほうへ向かう。

 

 彼らは私を見るなり、銃を突きつけてきた。

 それをお構いなしに歩みを進める。

 

 と、後ろでパンッと乾いた音がした。

 

 振り向く。

 先程、彼と話した所に複数の人が立っていた。

 

 彼の方へ歩いていく。

 後ろから何か声がするが、雑音でしかない。

 

 前方の男たちは何をするでもなく、ニヤニヤしていた。

 

 彼の顔には絶望が張り付いており、頭の半分がなくなっていた。

 

 膝を突く。

 そっと彼の瞼を閉じた。どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 曰く、彼に家族はすでに死んでおり、彼もすぐに死ぬことを伝えたらしい。

 彼の絶望の表情はそれだった。

 

 わかっていたことだった。

 

 この一帯は反政府組織の構成員とその家族しか住んでいなかった。

 

 独裁国家であるこの国では人の命は銃弾一発ほどの価値しかない。

 

 ここの誰かを救うことで、誰かはこの国の誰かの命を奪うだろう。

 それならば、いっそ、このままだれも助けない方がいい。

 

 だが果たして生かされている人は本当に人と呼べるのだろうか。

 いつも何かに怯え笑顔はない。

 

 ゴリッとライフルが額にこすり付けられる。

 さきほど撃ったばかりでまだ暖かさが残るそれは彼の体と同じように熱が奪われつつあった。

 

 どうしようもなかった。

 それでも助けたかった。

 

 笑顔でいて欲しかった。

 

 私の望んだのは間違っても彼のような絶望に彩られた顔ではなかった。

 

 どちらにも正義はあった。

 

 さらに強くライフルが押し付けられた。

 

 

 

「ぁ」

 

 気がつくと、目の前には怯えた表情のはやての姿があった。

 

 泣きながらごめんなさいと言い続けるはやてをどうやって慰めようかと考える。

 いや、全部俺が悪いんだけど。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 雨音で目を覚ます。

 

 ぽたぽた。

 

 何故か士郎さんもわたしと一緒に寝ていた。

 

 なんやろ、額に第三の目とか瞼に目を描くとかしたくなるのは。

 

 士郎さんはわたしの足元の付近で仰向けになってなって寝ている。

 鋭い人やから、ゆっくり動いて。

 

 気がつく。

 寝ながら本を読んでいた。

 

 その本はちゃんと閉じられておかれている。士郎さんやな。

 

 少し時間はかかったけど、じゃーん、手にはマジック。

 もちろん、水性マジックや。油性マジックを使うとか鬼畜やからな。

 

 眉間に少ししわが寄っているようやけど、まぁあんまりいい夢をみとらんのやろうな。

 

 だけど、わたしのこの溢れ出す悪戯心はだれにも止められんで。

 

 キュポッ

 

 なかなか小気味よい音をさせよる。

 

 さてさて、士郎さんの額に。

 

 そーっと、手を伸ばして、マジックの先が額に触れた瞬間。

 

 ガシッっと手を掴まれて、無機質で空虚な目がわたしを捉えていた。

 何の感情もない、見ているだけで、どこまでも落ちていきそうな瞳。

 まるで、機械のような。

 

 それがあまりにも悲しくて怖くて泣き出してしまった。

 

「ごめんなさいごめんなさい」

 

 士郎さんは慌てているけど、お構いなしに謝る。

 

 士郎さんが怒っているなんて思っていない。

 でも、謝らなければならないと思った。

 

 士郎さんのあんな目は見たくない。

 

 こんな悪戯するんじゃなかった。

 

 士郎さんなのに士郎さんじゃない、そんなかんじ。

 

「はやて、悪かったって。

な、泣き止んでくれ」

 

 どうしたら泣き止んでくれるんだーっておろおろしてるけど、それでいつもの士郎さんに戻ったんだなってわかった。

 

 

 士郎さんお手製のプリンを食べつつ、プリンごときで泣き止むのもなんだかなぁっと思ってしまった。ゲンキンなやつと士郎さんに思われてしまいそうや。

 

 でも、おいしいから気にしない。

 

 さっきの士郎さんの表情は忘れてしまおう。

 

 しかし、雨はしとしとと降り続いている。

 

 しとしと。

 

 コトリ、とティーカップが置かれ、士郎さんを見る。

 

「ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 そう言うと、自分の席の前にもカップを置く。

 

 わたしは紅茶で士郎さんは珈琲だ。

 

「ん?

どうした?」

 

「なんでもない」

 

 士郎さんが新聞を読んでいたので、それを見ていただけ。

 

 再び視線を外に向けたところで、先程の景色が目に入ってくるだけで特別なことはない。

 

 空になったプリンのカップを見つめて、紅茶を口に含む。

 

 ほっと息を吐き出して本を開く。

 

 雨の音と紙の擦れる音だけがした。

 

 

 

「ふあぁー」

 

 大きく欠伸。

 

 次の日も雨が降っていた。

 

 士郎さんはお仕事に行くので、今日は一人で家で留守番をすることになる。

 雨の中を車椅子で外出するほど酔狂ではないつもりだ。暇は暇なんやけどね。

 

「どうせ夜遅くまで本読んでたんだろ」

 

「気になって眠れんかったんやからしょうがなくない?」

 

「それでも次の日に支障をきたすようではだめだと思うが。

何ならまだ寝ててもいいぞ」

 

「うー。

魅力的な提案やけど辞めとく」

 

「まだ結構早いぞ」

 

 時間はまだ6時にもなっていないので、早い時間帯だ。

 そんな時間に起きて食事の準備をしている士郎さんは何だと言いたい。

 

 欠伸を一つ。

 

 眠い目を擦りながら本を開く。これは自分で購入した本だ。

 あんまり本を購入することはないけど、偶には本を購入することもある。

 

「帰りに本を返却してこようか?」

 

「お願いできる?」

 

 借りていた本は読んでしまっていたので、言葉に甘えることにする。

 

「ああ。

あと、借りてきて欲しい本とかあるか?」

 

「うーん、まあそれはいいわ」

 

「そうか」

 

 バイトに行くついでだから、と本の返却をしてくれるらしい。図書館は喫茶店から目と鼻の先なので、本当についでなんだろう。

 

「ついでに昼飯も作っておくから」

 

 士郎さんは朝食を作っているので、一緒に昼食を作っておく算だからしい。それに対してわたしはうんと応える。

 

 本を読もう思ったけど、士郎さんが料理をしているので、わたしも料理に参加しようと思う。

 

「お昼は何にするん?」

 

「んー。

何がいいかな」

 

「唐揚げとかどう?」

 

「お弁当の定番ではあるなー」

 

 そんな話をしながら料理をしていった。

 

 

「それじゃ行ってきます」

 

 目立つ黄色の傘を持っている。

 わたしが使っていたものだ。士郎さんにはかなり小さい気がする。

 

 使えるものは使わないと、そう言っていた。

 

「いってらっしゃーい」

 

 かちゃん、と軽い音がして扉が閉められ士郎さんの後姿が消える。

 

 午前中のうちは勉強、と士郎さんと決めている。

 

 自分の部屋に行って勉強をしよう。

 問題集なんかは士郎さんが親切にも買ってくれている。

 

 車椅子を反転させて自分の部屋に向かう。

 

 電気をつけて机に向かう。

 

 外では相変わらず雨が降り続いていた。

 

 

 いくらか集中してやっていたおかげか、ある程度勉強がはかどったきがする。

 

 算数ドリルは直接答えを書くんじゃなくて、ノートにそれこそ何回も繰り返し解いているので答えを覚えてしまいそうだ。教科書は自分でさっさとすすめてわからなかったところを士郎さんに聞いている。

 

 教科書とノートを閉じて時計を確認すると、昼食にはまだ少し早い時間。とはいえ、きりのいいところなので今日はここまでにしておこう。

 

 早めの昼食を一人でとる。

 

 テレビを付けると、アナウンサーがやけに高い声で芸能ニュースを読み上げていた。

 

 それを聞き流し、空を見上げる。

 

 

 

 その翌日も翌々日も雨は降り続いた。

 

 





誤字脱字があれば報告していただけるとうれしいです。



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018話


それは小さな驚きでした。

こんなことになるなんて・・・。

久しぶりに晴れました。

これで心おきなく図書館へ行けるってもんや。

でも、それは外にでなかったってことで。

冷蔵庫の中が大層かわいそうな事になっている。

偶にはどーんとお買い物をしちゃいましょう。

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 昨晩のうちに雨は上がって今は星が瞬いている。

 放射冷却で朝は気温が下がって濃い朝靄が発生しそうだ。

 

 はやてにお休みを言って寝室へ向かう。

 

 

 時計を見て時間を確認する。

 

 薄手のシャツに腕を通し、運動できるような格好をする。

 

 路面には水溜りがあって空気も湿って重たい。

 

 軽く柔軟体操をして走り出す。

 魔術は使用しない。

 

 いつもの神社裏にはいくつもりだけど、最近雨が続いていたおかげで体が運動を欲している。今日は少し長めに走る。

 

 それなりの速さで一時間ほど走れば汗は出る。

 肌寒い、と言ってもいい気温でも。

 

 その足をぴたりと止める。

 

 辺りに濃い魔力が漂っている。

 確かに微かではあるが魔力素が濃くなっている。

 

 歩みを進めてその原因を探す。

 

 一瞬、魔術師が頭をよぎったけど、そもそも魔術師ならばここまであからさまなことはしないだろう。罠であれば別だが。

 

 魔術回路を起動し、全身を強化する。何があっても対応できるように。

 

 木の根付近にそれはあった。

 

 青い宝石。

 

 宝石というには語弊があるかもしれないが。

 

 迂闊に手を出すのは問題があるように思える。今は何ともないようだけども、触ることでなんらかの事態が起きるような気がしてならない。そしてこの魔力量。触れて解析したわけではないが、見るだけでもこれに溜められている魔力が膨大なものであることがわかる。

 

「投影、開始」

 

 投影するは聖骸布。

 戦闘時に使用している聖骸布のハンカチサイズのものである。

 

 その聖骸布でそれを包む。

 

 辺りに誰もいないのを確認して走り出す。

 強化を施しての疾走により、それまで走っていた比ではない速さが出る。

 

 あっという間に山の中腹に辿り着く。

 

 目の前には結界の張られた廃屋が一つ。

 結界は人払いと認識阻害の二種類。

 

 それになんら気に留めずに中に入る。

 

 内装は外装と異なり小奇麗にされている。

 ここまでもってくるのは少し時間がかかった。

 

 ほとんどのものを投影品で代用しているからだ。

 

 窓には黒いカーテンをして光が漏れないようにする。

 

 机というか作業台の電気スタンドに明かりをつける。

 足元には他人が見たらガラクタと呼べるようなものが転がっている。

 

 こんな廃屋に電気などが通っているわけもない。

 これも投影したものを使っている。それは車のバッテリーである。基本的には硫酸、鉛、酸化鉛からなっている二次電池と呼ばれるものであり、原理がわかっていればその構成も容易い。電気切れをしてしまったらまた投影すればよいだけの話である。

 

 作業台の上に先程の石をのせる。

 

 目視での解析には限界がある。どうしても触れて解析しなければならない。

 

 こうしていても何も始まらない。

 意を決して触れる。

 

 ちょん、と指先を一瞬触れさせて引っ込める。

 

 慎重になりすぎて悪い事なんてない。

 

 特に変わった様子はない。

 

 ゆっくり、手に持つ。

 

 光に翳すとその青さが際立つ。中心に向かうほどに青は濃さを増していき、それはもはや黒色と言ってもいいほどの青。

 

 目を瞑り、深呼吸を一つ。

 

「解析、開始」

 

 この石に籠められているのはただの色の染まっていない純粋な魔力。

 更に言ってしまえば、これは非常に染まりやすい。それは転じて不安定さをあらわしている。誰かの考え、願いによってその魔力に色が付いてしまう。結果、それが外界に為すのは願望器としてのそれ。

 魔力の量が量なので、一般人や動物ですらその対象となってしまう。

 

 先日の事が思い出される。

 今までの事も含めて、これが原因なのではないかと思う。

 

 そしてあの少女。

 きっとこれを集めている。

 

 集めてどうしようというのか。

 

 考えても答えは出ない。

 

 少なくとも、接触した際の交渉材料として使うことはできるはずだ。

 

 この広い空の下にこれがどこにどれだけあるのかはわからないが、これはあまり放置していいものではないだろう。

 だが、ただ闇雲に探してまわるというのも徒労に終わってしまう可能性だってある。

 

 少女が集めるというのならばそれでいいだろう。

 その考えによっては……。

 

 少なくとも今は静観するべきだな。

 見つけることがあれば手元においておく、それでいいだろう。

 

 手元の石をみて、ふと思い出される。

 

「リリカルマジカル。

―――ジュエルシード、シリアルⅩ!

封印!!!」

 

 リリカルマジカルは意味わからないけど、何らかのキーなんだろう。

 ジュエルシード、確かにそう言っていた。

 

 ふむ。

 ジュエルシード。

 

 聖骸布で包み、ポケットに入れる。

 

 ここに残しておくには問題があるように思える。

 

 肌身離さず持っておくしかないか。

 

 電気スタンドの光を消し、カーテンを開ける。

 

 既に空は白み始めていた。

 

 結界の状態を確認して、廃屋をあとにする。

 

 気温は更に下がっていき、空気中の水分は耐え切れずに凝集していく。

 

 肌にまとわり付く空気は更に重みを増したように感じる。

 

 地面を蹴って走り出す。

 

 

 家に戻ると、太陽は既に顔を覗かしていた。

 

 さっと朝食の用意をして庭に出る。

 

 軍手をはめて。

 

 雨のおかげで元気に生長している雑草を毟る毟る。

 

 そして、芝生は頭の高さを切りそろえる。

 

 

 一息つくと声がかけられた。

 

「おはよう士郎さん」

 

「おはよう」

 

 はやてだった。

 いつのまにか起きていた。

 

 集めた草や刈った芝生をゴミ袋に入れて口を縛る。

 

「さて、朝食にしようか」

 

「うん!」

 

 はやては何が面白いのか俺の作業を見ていた。

 作業と言っても、はやてが起きてきたのでさっと終わらせて道具を仕舞っただけなんだけど。

 

 

「それにしても今日はいい天気になりそうやな」

 

「そうだな。

今の時点でほとんど雲もないし、テレビでも今日は晴天とか言ってたしな」

 

「やっと図書館に行けるー」

 

 うれしそうに話す。

 

「でも午前中は」

「午前中は勉強でしょ。

大丈夫やで。ちゃんとやってるし。今ならどんな問題でも解けそうなきがするし」

 

 大きく出たなー。

 

「そうか、もう少し難しい問題集でも買ってくるか」

 

「えっ、いやいや今のでもおなかいっぱい胸いっぱいだから!」

 

 

「じゃ、はやて昼に」

 

「がんばってねー」

 

 はやてとは図書館前で別れた。

 

 

 お昼もすぎて人の少ない時間帯。

 

 のんびりとした空気と珈琲のいい香り。

 

 

 ちらほらと学生の姿も見えるようになってきた。

 

「こんにちわー」

 

「いらっしゃいませ」

 

 久しぶりといっても先週も見た顔。

 

 目の前の席に座って、

 

「紅茶とチーズケーキで」

 

「紅茶とチーズケーキですね」

 

 

「ごちそうさまでしたー」

 

 ちりん

 

 

「マスター、先にあがります」

 

「お疲れ様でした」

 

 

「はやてー帰るぞー」

 

「もうちょい待ってー」

 

「ほらほらどれを借りるんだ?」

 

「うーん。

これとこれと」

 

 まだ時間がかかりそうだな。

 

 

「貸し出し期間は二週間となっております」

 

「はい」

 

 はやてがこちらを向いて

 

「士郎さん、終わった」

 

 と笑顔を向けてきた。

 

 偉い偉い、と頭を撫でると。

 

「うーぐしゃぐしゃになるー」

 

 なんて言ってるけど、嫌がってはいない。

 それをみて苦笑する。

 

「そろそろ冷蔵庫の中も寂しくなってきたし、少し多めに買い物するか」

 

「そうやね、ここ最近は買い物に行ってなかったもんね」

 

 

 主婦の皆様方も忙しい様子で、商店街も賑わっている。

 

「士郎さん士郎さん、これもこれも」

 

「はいはい」

 

 と言った具合に買い物籠はすぐにいっぱいになってしまった。

 

 これをもって帰るのを考えると少し気分が沈んでしまうけど、それは我慢しないとだな。

 いや、しかしこれは多いな。

 

 米だけでも10 kgだし、15 kgくらいありそうだな……。

 

 財布の中身もだいぶ軽くして支払いをする。

 

「お楽しみ券です。二回分ですね」

 

 と言ってレジのお姉さんはレシートといっしょにわたしてくれた。

 

 聞くと、福引ができるとのこと。場所は商店街のほぼ中央の少し広くなっているところでしているらしい。

 

「はやてが二回やるか?」

 

「えー、士郎さんもしようよー」

 

 でもなー、俺の幸運値はきっと低いしなー。

 

 はやての顔を見ると、にこにこしている。

 

「そうだな」

 

 そんな大したものもでないだろうし、いいか。

 

 というか、買い物袋が重い。

 

 

 さすがに荷物を持ったまま車椅子を押すことはできない。

 

 歩いていくと、人が集まっていた。

 

 商工会の人だろうか、青い半被を着て人を呼び込んでいる。

 

 何人か並んでいる列の後ろに並んで順番を待つ。

 

「一等は温泉旅行だって!」

 

「へー、すごいな」

 

 二等は洗剤の詰め合わせ。

 

 油の詰め合わせとかいいな。

 

「水羊羹セットなんてのもあるよ!」

 

「食べ物系は少ないな」

 

 わいわいと話していると、声がかけられた。

 

「はい、お次の方ー」

 

「二回お願いします」

 

「二回ですねー」

 

 券をわたして、ガラガラとまわす。

 

 コロン、と赤い玉がでてくる。

 

「残念賞ですね」

 

 言葉と共に箱ティッシュがひとつわたされた。

 

「はやて」

 

「うん」

 

 はやてが前に出る。

 取っ手を手にとり、がらがら。

 

 コロン。

 

 金色の玉が出てきた。

 

 って、これ。

 

 カラーンカラーン。

 

「おめでとうございます!」

 

 どうやら一等が出てみたいだ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 久しぶりに図書館に行った帰りに士郎さんと買い物に来た。

 

 これもこれもと言っているうちに随分買い込んでしまった。

 

 もつのは士郎さんなんやけどね。

 

 買い物をしたら抽選券がもらえた。

 

 二回分の抽選券。

 

 士郎さんははじめは渋っていたけど、頼むといっしょにしてくれることになった。

 

 

 士郎さんは綺麗なお姉さんに抽選券をわたしてがらがらと回した。

 

 で、残念賞。

 

 次はわたしの番や。

 

 少し緊張する。

 

 

 がらがらとまわした。

 

 結果は金色の玉がころり。

 

「おめでとうございます!」

 

 びっくりした。

 

「ね、ねぇ士郎さん」

 

「すごいな、一等だって」

 

「あ」

 

 一等って確か温泉旅行。

 

 まわりではおめでとうという言葉と拍手。

 

「ここに名前を記入してもらえますか?」

 

「士郎さん」

 

 士郎さんはこくんと頷いてくれた。

 

 八神はやて、と記入をした。

 

 

 一等のところにわたしの名前が貼られて、少し恥ずかしい。

 

 

 帰っても少し気持ちが高ぶっているきがした。

 

「しかし、すごいな。

はやて」

 

 重そうな荷物を置いて士郎さんは言った。

 

「こういうのあんまり当たったためしがないからな」

 

「わたしもはじめてや」

 

「でも、いくつか問題はあるな」

 

「えっ、何?」

 

「まぁ大きな問題としては、石田先生が許可してくれるかどうかだな。たぶん、大丈夫だと思うけど」

 

「そっかー来週の頭は検査やったから、その時に聞いてみようかな?」

 

「それがいいと思うぞ。

そうだったら、そうだな。来週末くらいには温泉旅行ができそうだな」

 

「わーい」

 

 温泉旅行とか初めてでちょっとうれしい。

 

 まだ本当に決まったわけじゃないけど、楽しみにしていていいよね。

 

 

「石田先生、温泉旅行とか行ってもいい?」

 

「はやて、焦るな」

 

「あ」

 

「商店街の福引ではやてが一等の温泉旅行を当てたんだ」

 

「ああ、そういうことですね。

今日の検査でなんともなければいいですよ」

 

 と石田先生はニッコリ笑って言ってくれた。

 

 検査の結果から問題なし、と言われてうれしかった。

 

 

 帰ると士郎さんが電話をしてくれて、二泊三日の温泉旅行が決定した。

 

 楽しみやなー。

 

 





次話を考え中なんですが、なかなか難産です。



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019話


それは小さな冒険でした。

初めて尽くしの旅行。
幸せすぎて、夢なんじゃないかと思うほど。

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 さて、日本国内は全国的に連休や。

 わたしと士郎さんにはあんまり関係がないけども。

 士郎さんはアルバイターですし、わたしは自宅療養ですし、って。……温泉療養なんていうのもあるらしいし、問題ない、はずや。

 

「はやてー、準備できたかー」

 

「ちょい待ってー」

 

「まだまだ時間はあるから忘れ物はしないようになー」

 

「はーい」

 

 二泊三日分の着替えと薬はすでに準備してある。

 問題なのは何の本を持っていくか。

 非常に悩ましい問題や。

 

 目の前には十数冊の本。

 でも、持って行くのは図書館から借りた本だけになりそうなんだけど。

 

 

「士郎さんの準備は終わったん?」

 

「うん?まあな。

二泊三日程度だしなー」

 

 確かに世界中を旅していたという話だから今更二泊三日の旅行なんかではどうということはないのかもしれない。なんかちょっと騒いでいるわたしが恥ずかしい気がする。

 

「でも、まあこういう旅行というのはあんまり行ったことがないから楽しみなのは間違いない」

 

 こちらを見て行ってくれた。

 

「うん、わたしも初めてだから楽しみ!」

 

「何事も準備は万端に。

不測の事態にも対応できるようにするのが大切だ」

 

「うん」

 

 ようは忘れ物をなくして、お金を少し多めに持っていってればいいわけやな。

 了解や。

 

 

「うん、これは多すぎだな」

 

 士郎さんに荷物を見られて賜った一言。

 

「でもでも、これくらいはいるんやないかと」

 

「とりあえず、本はそんなにいらないし、服もこんなに要らないから」

 

 とのたまいながらわたしの荷物を漁っていく。

 

 そして五分後にはわたしと士郎さんの荷物はスポーツバック一つに収まっていた。

 

「本ははやての車椅子の荷物入れに入るだけな」

 

 という宣言を受けて泣く泣く持っていく本は三冊に絞った。

 

 

「「いってきまーす」」

 

 士郎さんががちゃりと玄関を閉めた。

 

 ガスの元栓は締めたし、洗濯物も干して畳んだし、ってなんか士郎さんがブツブツ言ってるけど気にしない。

 

 

 最寄りのバス停からバスに乗って駅に向かう。

 

 駅に着いたなら遠見駅に行ってそこからバスの移動になる。

 

 

「お願いしまーす」

 

「はい」

 

 切符にスタンプみたいなものを押してもらう。

 

 士郎さんは普通に自動改札を通って待っていてくれた。

 

 電車に揺られている時間はそんなに長くはなかった。

 だけど、これからが本番。バスに揺られる時間はなんと一時間半。

 

「酔い止めもエチケット袋もあるから問題ないぞ」

 

 いやいや。

 

 バスもそれなりの人数が乗っていた。

 近くにちょっと有名なお寺があったり、そこ一帯が温泉郷を成しているらしくて結構な賑わいだそうな。

 

 はじめは士郎さんとお話してたりもしてたんやけど、このバス特有の振動というか揺れが眠りを誘ってきたので仕方がなくまぶたを閉じた。そしたら次の瞬間には目的地までもうすぐになっていた。隣を見ると士郎さんも寝ていた。

 

 少し揺らすと、すっと目を開けた。

 

「ん、もうすぐで着きそうだな」

 

 時計を確認しながら言ってきた。

 確かにあと5分ほどで目的地に着く予定だ。

 

 バスが止まって次々に人が降りていく中、わたしたちは一番最後に降りた。

 

 運転手さんにありがとうございましたを言って降りていく。

 

「おおー」

 

 バス停から少し歩くと雑誌にあったような景色が見えてくる。

 見た感じお土産屋さんと食べ物屋さんが並んでいる感じ。

 

 奥の方に見える建物が泊まる所らしい。

 

 あとは何かもう山というか森というか。いわゆる盆地だろうか。

 

「とりあえずチェックインして荷物置いてから見てまわろうか」

 

 それには賛成。

 

 歩くと趣がある大きな建物が見えてきた。

 

 入ると中は大きく、物腰の柔らかそうな着物を着た女性が立っていた。

 その人に言われるまま士郎さんがチェックインをした。

 

 部屋はそれなりに広くて二部屋からなっていた。

 景色もちょっとした高台にあるこの旅館ではなかなかよい、と思う。

 

 荷物を適当に置いて部屋を出る。

 

 

「まずは昼飯からかな」

 

「これ!っといったものが食べたい」

 

「とは言ってもこういう所のはがっかり飯が多いんだよな。

そこははやてが決めてくれ」

 

「む、むむむむー」

 

 ここは無難なものにしておくか否か。

 

「で、瓦蕎麦なわけか」

 

「瓦っていう響きがなーんか気になって」

 

 

「で、どうだった」

 

「う、うーん」

 

「ま、そういうもんだって」

 

 美味しいはおいいしかったけど、瓦の意味がわからんかった。瓦の上に蕎麦を乗せとるから瓦蕎麦?それなら安直すぎるやろ。

 

 で、今はというと、お腹も膨れたので散策をしている。

 

「なんかすごい古いゲームとかも売ってる」

 

「おおっ、なんか懐かしい感じがするな」

 

 士郎さんは一つを手にとってみている。

 

「士郎さーん。次、次」

 

「そんなに急がんでも」

 

「時間は待ってくれんのやで」

 

 そうだけど、と苦笑しながらついてくる。

 

 

 いろいろ試食したり、ぶらりとまわってたら結構な時間が経っていた。

 

 あー疲れたー。

 

「多少疲れたし、風呂にでも行くかー」

 

「おー。

ってわたし一人じゃ入れないんやけど」

 

「男女別も十歳以下なら大丈夫だし、混浴もあるらしいから。混浴に行けばいいだろ。

明日は家族風呂ってのも頼んでみたし」

 

 ふむふむ。

 

「準備していくぞー」

「了解や」

 

 

「痛いから髪は引っ張るな」

 

「士郎さん!あれあれ!」

 

「痛い痛い。

しばくな」

 

 士郎さんはふらふらせずにしっかりした足取りで歩いている。

 うん、わたしはそんなに重くない。

 

 でも、士郎さんに肩車してもらっていつもとは違う視線っていうのは新鮮だ。

 

「ここだな」

 

 暖簾に湯って描いてある。

 

 士郎さんはおじいさんおばあさんがほとんどだから気にするなって言ってた。時間的には人は少ないだろうということも。

 

「おおー!」

 

 これが噂に言う露天風呂。

 

 なんていうか湯気がすごい。

 そしてなんといってもお湯が白い。なんでも若干泥があってすべすべしている水質とか。

 

「まずは体洗ってからだぞ」

 

「わかってるって」

 

 士郎さんに為されるがままのわたしには拒否権なんてないですから。

 

「う、なんかきすきすする」

 

 髪洗ってるとなんていうか。あと、石鹸の泡立ちも悪い気がする。

 

「アルカリ性だからじゃないか?

アルカリ性だと泡立ちとか悪くなるって聞いたけど」

 

 ふーん。

 

 ざーっと士郎さんが髪についたシャンプーを流してくれた。

 ぶるぶる。

 

「わっ。

散るから大人しくしてろ」

 

 絞ったタオルで頭をぐしゃぐしゃにされてしまった。

 これが女の子に対する態度だろうか。で、そのタオルは絞られて髪の毛を束ねられた。

 そのまま近くの湯船につけられる。

 

 はふー。

 

 思わず声が出てしまうほどの気持ちよさ。

 ちょっとぬるぬるしているように感じる。

 

「ちゃんと掴んでるんだぞ」

 

 士郎さんはそう言って自分の体を洗いはじめる。

 

 ちゃぽん。

 

 空を見上げると、雲一つない、とは言えないけども。それでも真っ白な雲が気持ちよさそうに空を泳いでいる。ほんと、メレンゲのようだ。

 ぽけーっとしながらちゃぷちゃぷしていたらとなりに士郎さんがきた。

 

「もう少し奥に行こうか」

 

 入り口付近で邪魔になってる。だから移動というわけやね。

 

「あっちの屋根があるところとか良さそうやない?」

 

「影になってるし、いいかもな」

 

 私はお湯の底に手をついて、顔だけを出して。

 ふらーふらーと移動する様は当にワニ。

 ワニさん泳ぎである。誰がなんと言おうとも。

 

「はやてけつが浮いてるぞ」

 

「えっち」

 

「はいはい」

 

 

 そのまま奥まで進んで屋根のあるところにつく。

 日差しが遮られて水温とも相まって何時間でもお湯に浸かって入れるような気がする。

 

 ふん、ふふふん、ふんふふふん。

 

 士郎さんが鼻歌を歌っている。

 ちょっと音も外れているし。

 

 温泉にはわたしたち以外の人影はなく、湯気は空に向かってその存在を小さくしていく。

 士郎さんの少々音外れな鼻歌も空に吸い込まれていく。それがとても心地よい。

 

「士郎さーん」

 

「ん?」

 

 空に顔を向け目を閉じたまま返事をしてくる。

 

「なんでもない」

 

「そうか」

 

 ちゃぷちゃぷ。

 

 ふん、ふふん。

 

 お湯の落ちる音と士郎さんの鼻歌だけが場を支配する。

 心地の良い空間。

 

 それでも、終わりというものはやってくる。

 

 空の端っこが青から橙に色が変わってきていた。

 

「そろそろ出ようか」

 

 唐突に言い出した。

 

「うん」

 

 これだけ。

 それだけでこの心地よかった空間は霧散してしまう。

 

 わたしはタオルを巻いて士郎さんに抱えられて出て行く。

 

 

 ガラッ

 

 士郎さんがドアを開ける前に内側から開けられた。

 

 出てきたのはお姉さんの集団だった。

 ちゃんとタオルは巻いているようだけど、タオルの上からでも体のラインって結構見えるものなんやね。

 

 士郎さん何見てやがってんですか。

 鼻の下伸ばしているようにしか見えない。

 

「士郎さん」

 

「あ、ああ。ごめん」

 

 そして気がついたら浴衣に着替えさせられていた。

 

「おばちゃん、牛乳二つ」

 

「はいよ」

 

 お金を渡して牛乳をもらうと、そのうち一つを私に渡してくれた。

 

 ぷはー。

 おいしい。

 

 少し暑くなっている体に冷たい牛乳は砂漠に水をまいたように吸収されていくようだ。

 

「次はフルーツ牛乳飲んでみたいなー」

 

「まあ次な」

 

 牛乳の他には、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳があった。

 

「ちょっと癖のある感じだけど美味しいといえば美味しいしなー。

だけど、断然牛乳が美味しいと思うんだ」

 

「誰に言ってるんや?」

 

「誰にって、はやてに?」

 

「なんで疑問形?」

 

「そういう時もある」

 

「そういうもん?」

 

「そういうもん」

 

 おばちゃんに牛乳瓶を返してから備え付けの椅子でちょっと涼む。

 扇風機がまわっており、首が振られて時々風がきてきもちいい。士郎さんは置いてあったうちわをぱたぱたと扇いでいる。

 

 少しうとうとしていたようだ。

 

「部屋に戻ろうか」

 

 という士郎さんの言葉に頷く。

 

 士郎さんにおんぶしてもらって、心地よい振動で瞼が重くなってしまった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 扇風機を前にして、あーなんて声を出したりしたりしていたはやてがうつらうつらしているのをみてこえをかけた。さすがに今日一日はかなり動いて疲れているのだろう。おぶったらすぐに背中からスースーと寝息が聞こえてきた。

 

 起こさないように、といっても起きる気配はないのだが、それでも起きないようにと部屋まで戻る。

 部屋に戻ると既に布団はしかれていた。そこにはやてを下ろして布団をかける。

 特にすることもないので、ちゃぶ台の上に乗った新聞を開き、テレビをつける。テレビからは声が垂れ流され、新聞をさっと読む。特に筆頭すべきことはなかった。

 

 テレビを動かし、窓際の板の間に置かれた椅子に座った状態でも見ることができるようにする。椅子は座り心地がよく高そうだった。

 窓から見える景色は山と温泉街。

 近くに小さいながらも川がある。

 

 ぼーっと眺めていると備え付けの電話から音がした。

 食事の準備をしても良いかという電話だった。

 

 十分もすると食事が運ばれてきた。

 そろそろはやてを起こそうかと思って立ち上がる。

 麩を開けるとはやてはまだ寝ていた。

 なんというか、すごい寝相をしている。暑かったのだろうか。

 

 はやてを起こしてから食事をする。

 食事は非常に美味しかったとだけ言っておく。

 

 食事を下げてもらい、各々に好きなように過ごす。

 はやては本を読み、それならいつでもやっているような気がするのだが、ねっころがっている。

 外は既に闇が支配していてその様子は見て取れない、なんてことはなく温泉街は街灯が爛々と輝き、その一帯を明るく照らしている。そこにいる人も多く、まだまだ賑やかそうな感じだ。

 

「士郎さん、もういっかい温泉に行きたい」

 

 そう言われてそれもいいか、と思う。

 て早く準備をしてはやてを連れ立って温泉へ向かう。

 

 途中、昼よりも多くの人に出会った。

 夕方を過ぎて入ってきた人たちと結論する。

 

 昼には昼の、夜には夜の温泉の良さがある。

 

 混浴だが、入っている人はご年配の方々ばかりである。

 

 今回はそれほどつからず、人が徐々に増えてきたことを考えて早めに上がった。

 

 部屋に戻って先ほどと同じように各々過ごした。

 二時間もするとはやても眠たくなったのか、寝ようと言ってきたので就寝することにした。とくに眠たいわけではないが、はやてに習って早く寝るのも悪くはないだろう。

 

 





これ以前の話は二次ファンで公開していました。



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020話


それは小さな冒険でした。

知らない土地での冒険。

世界が広がったように思えた。

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 身に付いた習慣というものはそうそう忘れることもなく、いつものように早く起きてしまった。

 

 隣に目を移すと、はやての布団は畳の上に移動していた。当の本人はというと、猫のように丸まっている。少し寒いのかもしれないと思い、布団をかける。途端に表情が緩んだことからやはり寒かったのだろう。

 

 布団をたたみ、起こしてしまわないようにそっと襖を開ける。

 

 着替えを済ませて外に出ると、濃い朝靄がかかっていた。

 

 

 体を動かし終えて汗を流すために温泉に入る。

 

 朝風呂はやはり気持ちがいい。

 

 峰々からそろそろと太陽が顔を出そうとしている時間帯でだれもいない。貸切状態というのも相まっているだろう。

 

 足を伸ばして筋肉をほぐすと体の芯まで暖かくなってくる。

 

 結局上がるまで誰も入ってこなかった。

 

 

 それからはやてが起きたのは一時間後だった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 目が覚めると隣の布団はきちんとたたまれていて人の気配がなかった。

 

 士郎さん、と呼んでみると隣の部屋から答える声があった。

 

 襖の間から光が少し漏れていたが、その光が増したことで目が開けてられなくなる。明るさにも慣れて、薄目を開けると士郎さんがこちらにやってくるところだった。

 

 士郎さんに名前を呼ばれて、私が答えるまもなくヒョイと持ち上げられた。扱いに対して度々提言しているが、それが改善されたことはない。もはや諦めすら入ってきている。

 そうしてわたしが士郎さんに抱えられて座布団の上に座らされる。

 食事まではあと一時間弱ほどあるらしいので、ゆっくりとテレビを見ていることにした。

 

 ザ・朝食とでも呼べるべきものを食した。

 美味しかった。

 

 10時くらいまでごろごろと過ごして出かけることとなった。

 

 近くの神社でお祭りをしているという話を聞いたからだ。

 この連休中にするというのもなんらかの意図があるのかもしれないけど、そんな大人の事情は関係ないので楽しむとします。

 

 

 温泉街の石畳を士郎さんが歩く。そしてわたしはその士郎さんに抱えられている。

 

 お祭りならば相応の人がいるだろうから邪魔にならないようにという配慮からだ。

 

 石畳がそのまま古いものに変わり、周りには屋台が見えてきた。それから石畳は山の方へ続いていく。広めの年代を感じさせる階段を上っていくと広い境内に人、人。階段の下にも人がたくさんいた。

 

 士郎さんはイカ焼きを、そしてわたしはリンゴ飴を買ってベンチに座る。

 お祭り特有の喧騒もここまではほとんどこない。

 わたし達のようにベンチに座って眺めている人もちらほらと見受けられる。

 

 リンゴ飴をぺろぺろと舐めながら士郎さんを見上げると、イカと格闘していた。

 わたしの視線に気がついたのか、

 

「ん?」

 

 とこちらに言葉を投げかけてきた。

 何でもない、と答えてから再びお祭りに目を移す。

 

 一際大きな歓声が聞こえてきたので何かと思うが、ここからでは何も見えない。

 

 士郎さんに連れられて行くと、そこでは弓を引いている人の姿が見えた。

 豪奢な服装のおじいさんが弓を構え、矢を番え、そして間を置いて放たられ矢。タン、と軽い音を響かせて的に命中する。

 そして起こる歓声。

 

 気がつくと、わたしも拍手をしていた。

 士郎さんも拍手をしていた。

 

 その人は礼をして去っていく。

 

 そして的が取り替えられ、新しい的がいくつか用意される。

 と、今度は明らかに私服で弓を持つのが初めてですよ、みたいな人たちがやってきて思い思いに弓を引いていく。ほとんどは中たらないけど、時々中たることもある。そうすると割れんばかりの拍手が送られる。

 中には地元の学校で弓を引いてそうな中高生の姿も見える。もちろん、そういう人はよく中たる。そして拍手。

 

「ほへー、すごいね」

 

「お祭りだからこんな余興もやっているんだろうな」

 

「士郎さんはせんの?」

 

「俺か?

んー」

 

 悩んどる悩んどる。

 参加するだけで何かしらもらえるらしいし、中れば更に何かもらえるらしい。

 

「士郎さんが弓引くところ見たいなー」

 

「あー、まぁいいか」

 

 頭をゴシゴシ掻きながら受付まで歩いていく。

 

 受付のお姉さんに用紙をもらって、書き上げるのを見る。

 わたしは士郎さんがするのを受付のお姉さんの隣で見ることになった。

 

 士郎さんは弓と矢を借りて現れた。

 矢は全部で二本。

 

 士郎さんが礼をした瞬間、音が消えた。

 あれほどの喧騒が嘘のように無音。

 わたし感覚的なものかもしれない。

 

 一本は弓に番え、もう一本は右手の薬指と小指でもっている。

 

 弓が上げられ、引かれる。

 タン。

 もう一度、タン。

 

 気がつくと、今まで以上の喧騒に包まれていた。さっきまでのはきっとわたしが集中していた為にそう感じたんだろう。そう自分で納得していると、弓を返し終えた士郎さんがやってきた。

 

「どうだった?」

 

「うん、すごかった」

 

 なんて言ったらいいのかわからないけど、とにかくすごかった。これ以外の言葉が浮かばない頭を少し恨めしく思ってしまうほどに。

 

「そうか」

 

 士郎さんは笑顔をしていた。

 

「うん」

 

「はい、これ」

 

と受付のお姉さんは足元のダンボールから袋を取り出して渡してくれた。

 

 士郎さんに渡された袋を見ていると、士郎さんはそれを渡してくれた。

 袋をじーっと見たあとに士郎さんを見ると、苦笑しながら開けていいよ、と言ってくれた。

 

 そこまで言われたら開けるしかないと思ってびりびりと袋を破く。中にあったのは10 cmくらいの矢。

 

「破魔矢と言ってですね、簡単に説明すると悪い気とかそういったものを打ち破る矢なんですよ」

 

 横にいたお姉さんが説明してくれた。

 

「そんなわけで、持っているといいことがあるというわけじゃないんだけど、少なくとも悪いことにはならないってことかな」

 

「うーん、わかったようなわからないような」

 

「とりあえずここにいると邪魔になるだろうから移動しようか」

 

「うん」

 

 お姉さんにお礼を言ってその場から離れる。

 

 再び屋台制覇に向けて動き出したわたしたちは人だかりの前に立ち止まる。どこもかしこも人だらけだけど、そこだけは密度が違った。士郎さんがかきわけて覗き込むと、そこには鮮やかなピンクに近いオレンジ色の髪の毛をした女性が至極真剣な表情で水の張った桶を凝視していた。

 

「士郎さん、あの人……」

 

「ヨーヨー釣りか。

でも、あそこまで真剣にしている人は初めて見るな」

 

 士郎さんも呆気にとられているのかどうなのか。私は少なくともこういう事に熱を上げるということが今までなかったのでなんとも言い難い。というか、その人は実に下手であるようで、おじさんにお金を渡しては挑戦を繰り返していた。おじさんは見かねてヨーヨーを渡そうとするのだけれども、断固としてそれを受け取らずに挑戦している姿は次第に人を集めたようだ。

 

 わたしたちが見ている間にも何回も失敗して、どうやってもとれなくておじさんからヨーヨーをもらっていた。さすがに気の毒には思ったけど、屋台でそこまでお金を使うのも豪胆やな。

 

「すごく目立ってるな」

 

「さっきの士郎さんもやで」

 

「えー」

 

「弓もそうだけど、ここは海鳴市と違って髪の色が極端に黒じゃない人は珍しいんじゃないかなって邪推するわ」

 

「あー、そういえばそうだよなー。

観光客は確かにいるけど、橙色の髪の毛とか珍しいよなぁ」

 

 そう言って右手で髪をいじる。髪の毛が短くて自分では見ることができないんだろうけども。

 

「そういう意味であの人も士郎さんも目立ってたと思う」

 

 

 それからすこし屋台を見てから旅館に戻った。

 あんまり食べると夕食が食べれなくなるぞって言われた。

 

 

 士郎さんの言っていた家族風呂に入ることができた。

 

 総檜らしく、独特の香りが充満している。また、大きな一枚の窓からは外の様子がよく見えた。反対に向こうから見られるんじゃないかという心配もあるが、そこは心配無用。なんとマジックミラーになっているのでしたー、ジャジャン!

 新緑の時期のここからの景色はいいけど、やっぱり紅葉時期はもっといいんじゃないかとも思う。といっても始まらないことだけど。

 

「何ぶつぶつ言ってるんだ?」

 

「ううん。なんでもない。

ただ秋とかも紅葉がきれいに見えるんじゃないかなーっと」

 

「ああ。

そうだな。どちらかというと広葉樹が中心だからさぞ紅葉はすばらしいんじゃないか?」

 

「そう思う?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、また来ようね」

 

「そうだな」

 

 士郎さんは外を向いて言った。

 たぶん、紅葉したらどんな景色になるのか想像しているんじゃないかな。

 

「ふぅ」

 

 お湯加減もちょうどよくてとろけてしまいそう。

 

「なあ、はやて」

 

「なーに?」

 

「フルーツ牛乳でも買っていくか」

 

「え?ほんと?

ありがとう!」

 

 

 さっとあがってフルーツ牛乳を飲んでみた。

 

 のどに絡みつく甘さ。なんというか、甘い。とてつもなく甘い。だけど、それがいい!

 お子様なわたしの舌にはこれくらいの甘さはどうということはないんや。

 

 士郎さんは牛乳を飲んでいたから、一口あげてみた。と、眉をひそめる。

 

「おいしいはおいしいんだけどなぁ」

 

 ちょーっと士郎さんには甘すぎるようだ。

 そのまま返してもらってから一気にあおる。

 

 あー、おいしい。

 

 

 部屋に戻るとこれまた豪華な夕食が用意されていた。

 

 

 夕食を食べ終わってごろごろしていたら、いつの間にか夜になっていて、そのまま就寝することになった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 はやてと祭りに来て済し崩し的に弓を引くこととなった。

 

 案内されて行ったところには弓がいくつかおいてあった。

 どうやら近くの学校の弓も貸し出されているらしい。

 

 ちらちらと見ていって、カーボン製の並寸、18 kgの弓を選んだ。中には竹弓等もあったが、特に考えるでもなく手元の弓を選んだ。

 弦を張り、少量のくすねをつける。使えなくなった弦で作ってある小さなわらじで丁寧に弦をこすり、弓を引く。うん、いい感じだ。

 

 弓も丁寧に扱われているようで手入れが行き届いている。

 

 かけは自分にあったものではないからできるだけ合うものを選んでつける。たぶん、学校の備品もあるんだろうけど、卒業生がそのまま寄付したものではないだろうか。それでも、こういう時に使われるためかちゃんと手入れがされているので硬くなりすぎているということもない。

 

 的中粉、ギリ粉は置いてあるが、素引きしてみた感じでは使用しなくても大丈夫だろう。

 

 棒矢を受け取り、巻藁に向かう。

 巻藁は二つ置いてあった。一つは使用されているようだが、もう一つは使用されていないようなのでそこを使う。

 

 実際に矢を番えて引いてみるとやはりかけに若干の違和感があるが、そこはどうしようもないだろう。棒矢を戻し、二本の矢を受け取る。

 

 さて、出番だ。

 

 

 射場に足を進める。といっても石畳の上ではあるのだが。

 

 礼を一つし、的を見据える。

 

 足踏みをし、胴造り。

 矢のうち一つを番え、残りは右手の薬指と小指で握る。

 もう一度的を見て弓を打ち起こし、引き分ける。

 会ではすでに的に中っている。

 矢が離れて、的を射抜く。

 残心。

 

 同じ動作をもう一度。

 

 礼をして場を去る。

 

 

「どうだった?」

 

「うん、すごかった」

 

「そうか」

 

「はい、これ」

 

 受付のお姉さんが袋を渡してくれた。

 

 それをじーっと見つめるはやて。まぁ気になるんだろうな。

 左右に揺らすとはやての顔も左右に揺れて面白い。お姉さんも笑っている。

 はやてに渡して、開けていいよ、と言うとビリビリ袋を破った。

 

「破魔矢と言ってですね、簡単に説明すると悪い気とかそういったものを打ち破る矢なんですよ」

 

 時期的には正月に縁起物とされるものだが、小さいことは言ってはいけない。それに、商品と言うか、副賞としてはこれ以上ないくらいに合っている。

 

「そんなわけで、持っているといいことがあるというわけじゃないんだけど、少なくとも悪いことにはならないってことかな」

 

「うーん、わかったようなわからないような」

 

 しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 

「とりあえずここにいると邪魔になるだろうから移動しようか」

 

「うん」

 

 お姉さんにはやてがお礼を言った。

 

 その後は屋台を再び見て回った。

 と、人だかりがあるのでなんだろうと思って覗き込んだ。

 

 そこには桃色と橙色を足して割ったような髪の色をした女性がいた。そしてそこからでている魔力。

 

「士郎さん、あの人……」

 

 はやての声ではっとなる。

 そして、見ると真剣にヨーヨー釣りをしていた。

 

「ヨーヨー釣りか。

でも、あそこまで真剣にしている人は初めて見るな」

 

 何回も百円をわたしてチャレンジしているが、釣れる気配はない。いや、何度か釣れそうにはなっていたけども。たぶん、あのままじゃ釣れないだろう。

 

 最後にはおじさんからヨーヨーを受け取っていた。

 

「すごく目立ってるな」

 

「さっきの士郎さんもやで」

 

 なんだと。

 

「えー」

 

「弓もそうだけど、ここは海鳴市と違って髪の色が極端に黒じゃない人は珍しいんじゃないかなって邪推するわ」

 

「あー、そういえばそうだよなー。

観光客は確かにいるけど、橙色の髪の毛とか珍しいよなぁ」

 

 右手で髪をいじる。髪の毛が短くて見ることはできないんだけどさ。

 

「そういう意味であの人も士郎さんも目立ってたと思う」

 

 気にはなるが、特に人を害そうというわけでもなさそうなので何もしない。

 

 それ以上とくに変わったこともなく宿に戻った。

 

 





巻藁
 藁を巻いた束。棒矢を使って2 m手前くらいから弓を引く。

棒矢
 羽のついていない矢。

射法八節
 足踏み・弓構え・胴造り・打起こし・引分け・会・離れ・残心からなる。

的中粉
 押し手につける滑り止め。

ギリ粉
 かけにつける滑り止め。

かけ
 鹿の皮製の右手につけるもの。

素引き
 矢を番えずに弓を引く行為。

くすね
 弦を補強するもの。


私も弓道をやっています。
持っている弓の強さは18 kgです。
はやての感想はまんま私が高校の部活体験で初めて射を見たときの感想です。全国レベルの先輩の射はやはりすごいとしか言えませんでした。


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021話

それは大きな分岐点でした。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

 魔力の余波を感じて体を起こす。

 時計を見て確認すると所謂丑三つ時という時間帯。

 

 だが見て見ぬ振りはできない。

 着替えて鍵を開けて外に出る。

 

 湿り気を含んだ夜の山特有の新緑の風が吹き抜ける。

 強化を施し、夜を駆ける。

 

「あれか」

 

 白色の魔力光が天を貫いているのが見えた。それも徐々に収まり見えなくなってしまった。場所はわかる。

 

 しばらく走ると二人の少女が空を駆けながらビームのようなものを撃ち合っている姿が見えた。

 

「まじか……」

 

 本当に何ていうか魔法使いみたいなんですよ。アニメであるような。

 

 一瞬目を奪われてしまったが、その撃ち合っている魔力の塊は発光し、木々を薙ぎ倒していっている。ピンクの球状の魔力の塊が乱舞し、イエローの円錐状の魔力が地上に穴を穿つ。

 少女たちが起こしている事とは信じがたい光景があるわけだが、いくら山の中だとてこのまま傍観しておく訳にもいくまい。しかし、彼女たち、空飛んでいるんだよなー。

 

 手のだしようがない、とまでは言わないが些か面倒な状況には変わりない。

 

 金髪の少女の方が優勢に見える。体の動かし方、状況判断、そしてなによりも速さがもう一人の女の子を上回っている。躊躇というものが見られなく、相手と正面で相対することをしない。

 茶色の短髪の女の子は機動力という面では劣るが、如何せん魔力の放出に長けているようである。それはつまり防御、破壊力が優れているということであろう。

 

 見ていると、金髪の少女が背後をとり悪魔のような魔力弾を放ちながら追い回す。追いかけられている方は木々の間を縫うように飛翔していく。背後を取られた場合は高度を上げないでおくことで弾を回避するというが。

 

「きゃっ」

 

 進行方向に撃ち込まれて巻き上げられた土や木の破片によって速度が落ちる。それを逃すような少女ではなかった。足が止まったのを好機と見るや上空から魔力を放ち、防御した隙をついて背後から斬りかかる。

 その圧力に負けてこちらへ飛ばされてくる女の子。

 

 実に都合の良い、いや理想的な展開だ。

 

 丹田に力を込めて来るべき衝撃に備える。

 数瞬の後にドンッ!っと衝撃とともに飛来した女の子を受け止める。

 肺が押しつぶされる。女の子といえどもその質量が飛来した時の運動エネルギーは今の生身の俺では支えきれない。女の子と一緒に4回転ほど後転する。

 ゴロゴロと転がっていたのが止まり、女の子に目を移すが目立った傷はない。追撃がないのが何よりだった。

 

「大丈夫か?」

 

 立ち上がり、女の子に手を差し出す。

 

「え?え?」

 

 状況が飲み込めてないようだ。しかし、今ここで説明するような余裕があるとも思えない。

 

「さて、君も今日はここまでにしておかないか」

 

 見上げた先、月を背景に黒いマントをはためかせた少女は無言でこちらに武器らしきものを向けていた。

 暫く向かい合っていたが、少女は武器を上方へ向けてゆっくりと下降してきた。

 

「邪魔が入った。今日はここまで。

でも、次邪魔をしたら容赦しない」

 

「手厳しいな。

俺としても邪魔するつもりはなかったんだけどさ。でも周りを見てくれ」

 

 見渡せば戦闘によって倒された木々、そしてクレーター。

 

「この状況はよろしくない。

ここが山の中だからまだ良かったものの、これが街中ならどうだ?

人に危害が加わるかもしれないし、警察だって動くだろう。それは君達にとって不本意なんじゃないか?」

 

「……関係ない。

私は私の目的を果たすだけ」

 

「そうか。

俺としても別に君達が何をしようとも別に構わないんだが、あまりにも目に余るようであればそれこそ今回のように邪魔をするかもしれない。それだけは覚えておいてくれ」

 

 これで少しは自重して活動をしてもらえればいいんだが。

 無言でこちらを見て静かに地上に降りる少女。

 

「帰ろう、アルフ」

 

「フェイトいいのかい?」

 

 いつの間にか今日の昼に見た女性が立っていた。

 こちらを警戒しながら歩いて、少女の隣に寄り添う。

 

「今回だけ」

 

「そう言うんだったら。

良かったね、おちびちゃん」

 

 隣に立つ女の子に向けられた言葉。

 俺からの言葉はない。が、しかし

 

「ま、待って」

 

「できるなら、もう私達の前に現れないで。

もし次があったら、……今度は手加減できないかもしれない」

 

 立ち去ろうとする少女に

 

「名前、あなたの名前は?」

 

「フェイト。

フェイト・テスタロッサ」

 

「わ、私は」

 

 女の子が名前を言う前に少女はマントを翻し、漆黒の闇が蠢く森の中へと姿を消した。追うように女性も素晴らしい速度で森へ駆けていった。

 

 女の子といつの間にか来ていたフェレットのような生き物。

 居心地が悪い。

 

「それじゃ俺もこれで」

 

 と背を向けた瞬間に、服を掴まれてしまった。伸びる。

 

「ま、待ってください」

 

 無視してズルズルと引きずって歩く。

 

「僕からもお願いします」

 

 変声期前特有の少年らしい声がするが、周りを見渡すが姿かたちもない。

 この場には俺と女の子とフェレットのような何か。ともすればこの声の主は絞られる。

 で、目が合ってしまった。ため息を一つこぼす。

 

「で、何の用だ?」

 

「え?

用って言われても」

 

「先程はありがとうございました。

おかげでなのはが怪我をせずにすみました」

 

「そ、そうです!

ありがとうございました!」

 

「いや、礼を言われるようなことじゃない。

じゃ」

 

 右手をあげて駆け出そうとするが、女の子の手は服を離してはくれていなかった。

 

「待ってください!」

 

 一生懸命を通り越して必死にしがみついているといった感じだ。

 

「俺からは何もないんだけど」

 

「私、高町なのは!

こっちはユーノ君!」

 

「そうか。

じゃ!」

 

「ええー。

じゃ、じゃないですよー」

 

 いい加減、本当に服が伸びてしまいそうだ。

 服の為と思いつつその場に留まって話を聞くことにする。

 

「うーん、どうすればいいんだ?」

 

「自己紹介されたら自己紹介しましょうって先生から教えて貰いませんでした?」

 

「知らない人について行ったり、お話をしてはいけませんって先生から教えてもらわなかった。

 

「ううー」

 

 何だから悪いことをしている気分になってしまった。

 しかし一向に折れる気配がない。

 

「士郎、それが名前だ」

 

「士郎……さん?」

 

「ああ」

 

 って高町……。

 いや止そう。あんまり考えすぎるのは。

 それに姉妹だろうか?似ているといえば似ているのかもしれない。

 

「あのー、私の顔になにか付いています?」

 

「知り合いに似ているかなーって思ったけど勘違いみたいだったみたいだ」

 

「何か同じような事を言われたような」

 

「ん?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 いつの間にか服から手が離れている。

 

「それで、君達はこんなところで何やっていたんだ?」

 

「それは僕からお答えします」

 

 フェレットのようなものが人語を話すというのはあまり生理的に気持ちの良いものではない。使い魔か何かなのだろうか。

 

「僕はユーノ・スクライア。ミッドチルダの魔導師です。

さっきなのは達が使ったのは魔法。僕達の世界で使用されている技術です。

争っていたのは僕達の世界の古代遺産、ロストロギアを集めるためです。ちょっとしたきっかけで暴走してしまう危険なエネルギー結晶体です」

 

 一旦区切る。

 言わんとすることはわかる。

 

「その、僕達の世界というのは?」

 

「次元空間において様々な世界が存在します。ここ地球は第97管理外世界と呼ばれています。僕にはどのくらいの次元世界が存在しているのかはわかりませんが。管理外世界というのは時空管理局という組織が犯罪の抑止、災害派遣等干渉を行わない世界のことを指します」

 

「魔法というのは?」

 

「魔法とは一般的には”自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法である”とされています」

 

「最後にロストロギアというのは?」

 

「先ほども言いましたが、僕たちの世界の古代遺産です。発達した古代文明の遺産と言っていいかもしれません。それこそ用途のよくわかっていない物から水の浄化という安全無害な物、僕たちが集めている危険なものまで千差万別です。

ただ、僕達の集めているロストロギアは僕が他の次元世界で発見したもので、護送の途中に事故でこの世界に落ちてしまったんです。危ない物だから集めています。なのははこの世界で僕に協力してくれていますが、この世界の住人です。念話を送って魔法の資質のある人に協力を仰ぎました」

 

 つまり、高町なのはは本来魔法なんぞ使う者ではなかったがこのユーノによって魔法が使えるようになったということか。

 

「あのフェイトって子もユーノ君と同じ世界の魔導師なのかな」

 

「たぶんね。

ミッドチルダ式の魔法を使っていたから間違いないと思うよ。でも、なんでジュエルシードなんて集めているんだろうね。危険なのに」

 

 そうなのだ。

 フェイトという少女が集めている理由。ユーノが集める理由もわかるが、それ以上の執念というか決して曲がらない決意を持って集めている。覚悟が違う。まず高町なのはでは勝てないだろう。

 

「君よりはフェイトという子の方が強い。

次は戦わないほうがいいと思うぞ。向こうも言っていたが、次も怪我をしないという保証はない」

 

 なのははビクリと一瞬体を強ばらせたが、

 

「フェイトちゃんとお話する」

 

 そう言った横顔は恐怖もなにもなく、意志の強さだけが見て取れた。

 

「士郎さんはどうしてここに?」

 

 うっ、この質問が来る前に去ってしまおうと思ったんだけどな。

 いろいろと情報を得てしまったからには答えなければならないだろう。

 

「近くに泊まりに来ててなんかこう、ピンときたんだよ」

 

 まあ嘘は言っていない。

 

「ユーノ君」

 

「うん。

多分、なのはと同じように魔法資質があるんだと思う。どれくらいかはわからないけど。

デバイスがもう一つあったらよかったんだけど」

 

「それはよかった。

一般人な俺がいても邪魔なだけだからな。俺は俺で気がついたら何かやっておくよ」

 

「僕達に協力してくれないんですか?」

 

「まあな。

君達が言っていることが本当とは限らないし、それを俺が真実なのかもわからない。

どちらかに味方するっていうのはおかしな話じゃないか」

 

「そうですよね。

無理言ってすみませんでした。

あと、なのはをありがとうございました」

 

 何度も言われると困るんだけど。

 

「それはそうとそろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?

こんな森の中だし、鹿とか野生の動物に気をつけろよ」

 

 まああの魔法とか使ったら問題ないように思えてしまうのは気のせいだろうか、いや気のせいではない。

 

「士郎さんは?」

 

「こっちの方。

ぼちぼち歩いて帰るよ」

 

「帰る方向一緒ですね。

途中まで一緒に行きませんか?」

 

 たぶん、優しさなんだろう。

 

「そうだな。

ここは年長者として子供を送っていかないといけないか」

 

「よろしくお願いします」

 

 視線を前に移して歩き始める。

 横を見るとなんだかひらひらした服から動きやすい服装になっていた。

 

 帰り道はなのはとユーノが話して時々話を振られたら返答していた。

 

「ここまでありがとうございました」

 

「気をつけて」

 

「はい」

 

 ぺこりとお辞儀をする様は年相応に可愛らしい。

 

 ここで失念していた。

 

 高町なのは。

 性が高町である。

 

 旅館の上方に立つその姿は月夜を背景に尚映える。

 

 ――今日は特に月が綺麗だとは思わないか――

 

 幻聴が聞こえた気がした。

 

 とん、とん、と二回の跳躍で降りてくる。

 

「妹さんが心配だったのか?」

 

「それもあるが、なのはは俺の妹だぞ」

 

 戦闘力的な意味なのかなんなのか。

 いや、そもそも魔法を使うってことを知っているのか?さっきの話の中では家族に知られないようにしようとか言ってた気がするけど。まあこの鋭そうな兄をもっているんだからある程度は感づかれているのかもしれない。それでもこうして自由にさせてもらっているというのは信頼故か。

 

「自分でしでかしたことの責任は自分で取れるだろう。取れない時に俺たちが出ればいい。

取り敢えずなのはのことはいい。

場所を移そう」

 

 二振りの木刀を隠そうともせず右手に持っている。

 

「物騒なものを持っているけどさ、俺は丸腰だぞ」

 

「無手ではないのか?

なら使うか?」

 

 差し出される木刀。

 普通の木刀よりも幾分か短いそれを一つ選ぶ。

 

 ずしりと重たい。

 

「こっちに広場があったはずだ」

 

 付いていく。

 公園の中にある広場。

 

「ここなら問題ないだろう」

 

 そして右手に木刀を持ち、腰を下げる高町恭也。

 

 それに対して正眼に構える。

 

 ピリピリと空気が緊張しているようだ。

 

 高町恭也はところどころ筋肉を動かし、視線を一瞬右に切った。瞬間に反対に動いた。フェイントに騙されることはない。

 大丈夫だ、ちゃんと追える。

 

 高町恭也は左に移動し、俺は思いっきり右に木刀を振り抜いた。

 

 木刀と木刀がぶつかり合う嫌な音が響いた。

 

 




20121104  改訂
20130103  改訂


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022話


それは一つの終わりでした。

楽しかったことは思い出となって、この胸に。

いつかは楽しかったと。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

「いたた……」

 

 右腕をさする。

 少し筋肉が損傷しているのだろう。

 

 頭から熱いお湯をかぶる。

 お湯を入れた桶すら重く感じてしまう。

 

 お湯に浸かると疲れが溶け出ていくようだ。だけど、それでも腕に残る鈍い痺れがある。

 月は既に沈み空には星は見えない。

 

 朝一番風呂となるとさすがにもの好き以外の姿はない。

 つまり、俺以外の姿はないということだ。

 のびのび浸かれる。手足を伸ばして欠伸をする。

 しかし、疲れた。

 

 このまま寝ることができたら幸せなんだろうな。

 なんて。せめて湯船からあがって寝ないと。

 立ち上がると、水が滴り落ちる。

 

 火照った体を風に晒すと非常に気持ちが良い。しかし、風に当たりすぎたために再び湯に体を沈めることとなった。

 

 部屋は暗く、はやてもまだ気持ちよさそうに寝ている。

 

 欠伸を一つして窓際の椅子に座る。

 空が徐々に色彩を帯びていく様を見る。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ん」

 

 顔に光が当たる感じがして目が覚めた。

 体を起こすと余計に光が刺さる。

 隣を見ると士郎さんの姿はなかった。あれ、と思い見渡すと窓際の椅子に士郎さんは座っていた。いや、寝ていた。珍しい。士郎さんがわたしよりも遅くまで寝ているなんて。でも、体が痛くなりそうやな。もしかしたら寝てから起きていたのかもしれない。星空を眺めていたのかも。カーテンはされていないし、窓際の椅子に座っているし。

 

 士郎さんはまだ寝ているし、わたしももう少し寝ていようかな。朝の涼しい時間に起きて暖かい布団にくるまってごろごろするのってすごい好き。この布団のすべすべした感じも心地よい。

 目を閉じると昨日のお祭りの様子が瞼の裏に描かれる。

 楽しすぎて一人にやけてしまう。

 

 そしていつの間にか寝てしまっていた。

 

 

―――はやて、―――

 

 呼ばれたような気がした。

「おーい、寝ぼけてないで起きろー」

 

「えっ」

 

 目の前に士郎さんがいた。

 たしか、椅子の上で寝ていたような気がするんやけど。

 

 あれ?

 

 いつの間にか顔を洗われて、朝ごはんを食べていた。

 

「もう一回くらい風呂に入っていくか?」

 

「うん、でもそれはチェックアウト寸前で」

 

 貧乏性とか言わないでほしい。

 

 

 まだまだチェックアウトするような時間ではないので、ちょっとぶらぶらすることにした。

 

「何か静かやね」

 

「朝だしな」

 

「屋台もやってないね」

 

「祭りの後って感じがするよな」

 

 ちょっと物悲しいというか喪失感というかそういうものが漂っている気がする。兵共が夢の跡、誰が詠んだんやったか。実際には今日もお祭りはやってるらしいけど早い時間だからまだ屋台もやっていないだけらしい。

 

 長い石階段を上りる。

 ながいなぁ。

 

「この石階段長いね」

 

「ん?

これくらい普通じゃないか?俺が前に住んでいたい所にはこれよりも長い石階段があったぞ」

 

 と、少し目を細めて言う。

 

「そこの坊主が頑固者でね。今なら滑稽に思うようなことでも平然とこなすんだ。いや、あれは性分だったか。とにかく俺と馬が合ってね。

ほら、着いた」

 

 広い境内に着くと、昨日弓の受付をしていたお姉さんが掃き掃除をしていた。

 

「「おはようございます」」

 

「あ、おはようございます」

 

「朝早くからご苦労様です」

 

「いえいえ。お仕事ですから」

 

 そうきれいに笑うお姉さん。

 

 少しお話してわかれた。

 お仕事がんばってください。

 

 

 しばらくとりとめのない話をしながら歩いた。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、知り合いがこっちに歩いてきてるからさ」

 

 見たけど、遠すぎて人の顔が判別できません。

 

「前々から思っていたけど、士郎さんって目がすごくええよね」

 

「ああ。

何故だか目だけはいいんだよな」

 

「魚や野菜の良し悪しも?」

 

「ああ、任せとけ」

 

 笑いあった。

 

「ちなみにどなた?」

 

「高町さんっていうお店の常連さん」

 

「ふーん」

 

 まあ近づいてみれば本当かどうかわかるやろ。

 

「あら?

衛宮君?」

 

「おはよう高町さん」

 

「おはよう。

それと、」

 

 こちらを眼鏡越しに見つめる二つの目。

 あんまり、というか丸い眼鏡をつけている人はじめて見た。

 

「はやてです」

 

「はやてちゃんか。私は高町美由希。

よろしくねー」

 

「はい」

 

 ぽわぽわした人みたい。

 

「旅行で?」

 

「うん。知り合いと家族とでね」

 

「それは賑やかそうだな」

 

「そうそう。

年長組みは遅くまで騒いでいるし、年少組みは朝から騒がしいからちょっと散歩」

 

 再び歩き出す。

 どこへ行くというわけでもなかったんだろう。わたし達と同じ方向へ歩く。

 

「この先の神社で祭りをしているみたいですよ」

 

「それは昨日行ったよ。

今日もするみたいだけど残念ながら俺達はその時間までこちらにはいないな」

 

「そっかー残念」

 

 その残念というのはいろいろな意味が含まれていそうや。

 

「それじゃ、これで」

 

「うん。

はやてちゃんもまたね」

 

 手を振られたから手を振りかえした。

 

「まん丸な眼鏡ってはじめて見たわ」

 

「それが一言目に言う言葉ってのはいかがなものだとは思うが。

でも、言われると確かに。丸い眼鏡をかけてる人なんて見ないな」

 

 士郎さんは小さくなっていく高町美由紀さんの方を見る。

 

「何かこだわりがあるのかもな」

 

「絶対そうや。

あんなん眼鏡屋さんの店頭でも見たことないもん」

 

 ちらっと見ただけだけど。

 

「まあ変わった人といえば変わった人だなあ」

 

「士郎さんがそれ言うぅー?」

 

「何か言いたそうだな」

 

「べっつにー」

 

「これでどうだー」

 

「ちょっはしらんとって、舌噛む!」

 

「口を閉じていれば問題ないぞー」

 

 がくがく揺られること2分くらいかそこらで旅館に着いた。

 

「酷い目にあった……」

 

 これが乗り物酔いとういうやつなのか。

 

「まあまあ。

ちょっと休んだら風呂に入るか」

 

 うん、休んだら。

 ちょっと気持ちが悪いんですが。

 

 

「さて行こうか」

 

「バスの時間は?」

 

「まだまだ余裕はあるな」

 

 時計を見ながら言ってくる。

 

「お土産買っていかん?」

 

「いいけど、どうしたんだ?」

 

「くろーばーのマスターにはお世話になっているからこういうところで好感度をあげておくといろいろいいと思うんや」

 

「それはいい考えだけど、最後のいらないと思うぞ」

 

 というわけで、余った時間はお土産を探しながら時間をつぶすこととなった。

 

 でも、これぞというようなお土産が見当たらない。

 

「無難に温泉饅頭とかでいいかな」

 

「このわさび菜ってどうやろ」

 

「俺は好きだけど、好き嫌いが出るからどうだろうな」

 

 なんだかんだと時間は潰せるものである。

 

 お土産も買ってもまだどのお土産がどうとか話していたらそろそろ時間となっていた。

 

「そろそろ時間だしバス停に行くか」

 

「もうそんな時間なん?」

 

「まぁまぁ」

 

「うー、また連れてきてよね!」

 

「約束はできないけど、また来たいな」

 

「……うん」

 

 

 電車は意外と混んでいていた。連休終盤にはなっていたがまだまだ遊び足りないという活気が溢れていた。

 

 駅では多くの人が降りていき、それにわたしたちも流されるように出て行く。

 

 駅を出ると駅構内の騒がしさが少し薄れている。

 

 ロータリーから出ているバスに乗って寄り道せずに家まで帰った。

 

「「ただいまー」」

 

 しん、と静まり返った家の中がもの悲しく感じてしまう。

 

 士郎さんがさっとリビングのカーテンを開けると少しだけ、ほんの少しだけ赤みを帯びた空が目に入ってきた。そのまま窓を開けて換気をすると少しだけ埃っぽかった室内にちょびっとの新緑の香りが舞い込んだ。

 

「さて、このまま今日が終わってしまってもいいくらいだけどな」

 

 でもそういうわけにはいかない。

 

「はいはい。

洗濯物は洗濯機に、でしょ」

 

「はい。よくできました」

 

 にっと笑ってくる。

 

 そしてわたし達のちょっと非日常は終わり、またいつもの日常に戻ってきた。

 

 



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023話


それは小さな願いでした。

また昔のように4人で、優しい母さんと一緒に暮らしたい。

その為にはジュエルシード、それが必要。

それを集めて。



魔法少女りりかるなのはFはじまります



 

 

「ねえ、フェイトは食べないの?」

 

「私のことは気にしになくていいから」

 

「と言ってもねえ。

食べないと力でないよ?」

 

「うん、わかってる」

 

「広域探索の魔法はかなりの魔力と体力を使うんだよ。それなのにフェイトはほとんど食べてないし休まないし。そんなんじゃ倒れちゃうよ」

 

「それもわかってる」

 

「なら、」

「私ね、早く母さんに昔みたいに笑ってほしいんだ」

 

「……しかしあれだね。この世界も食べ物に関しちゃ悪くないね。

このドッグフードってやつ?なかなか美味しいよ」

 

「アルフはそれが好きなんだね」

 

「フェイトは好きな食べ物とかなかった?」

 

「美味しいものもあるけど」

 

 味気ないんだ。

 母さんと昔みたいに。……いけない、使い魔は聡い。殊更主人のこととなれば言うべくもない。また、その心理状態は使い魔に影響を与えることも多分にある。リニスから教わった。

 

「今はちょっとほしくないかな。

お腹空いたらちゃんと食べるから安心して」

 

「そう言うんだったらいいんだけどさ」

 

 アルフは心配そうに私を見てくる。私の大切な優しい使い魔だ。

 母さんの為にもアルフの為にも頑張らないといけない。

 

「そろそろ行こうか」

 

「そりゃフェイトは私のご主人様で、私はフェイトの使い魔だから。行こうって言われたら行くけどさ。でもさ、帰ったらちゃんとご飯食べるって約束してよ」

 

「うん、帰ってきたらちゃんと食事をするから、ね」

 

 まだちょっと不満があるらしかったけど、ちゃんとついて来てくれる。

 

 

 二手に分かれて街を広域サーチしていく。

 この方が効率的だからだ。

 

 私は第431区画以降で、アルフは第421区画から順にサーチをかける。

 既に第436区画までサーチを完了させた。大まかなサーチなので精度に問題が有り漏れがある可能性も存在するが、発動する前に回収しようというのがそもそも難しいのだ。

 アルフの方はどうだろう。

 

「アルフ、お疲れ様」

 

 通信をする。

 

『フェイトー』

 

「遅くまでごめんね。

そっちはどう?」

 

『第424区画までサーチは終わって発動前のジュエルシードを見つけたよ』

 

 スクリーンに映し出されたアルフはこちらにジュエルシードを見せる。

 

「ありがとう。

私はまだ発見できてないんだ。でも、この調子なら今夜中にもう一つくらい発見できるかな」

 

『どうだろうねぇ。第430区画までは今夜中にサーチすることがでそうだけどさ。

でも、気になるのは先日のこの二人。管理局じゃないよね。今のところ追われるようなことはしてないし』

 

 アルフの声が真剣なものとなり、目の前のスクリーンに私と同じミッドチルダ式の魔導師と使い魔が映し出される。

 

「違うと思うよ。魔法の使い方もあまり上手じゃなかったし」

 

 戦闘を思い出す。

 自身の魔力量による力任せな攻撃。魔力量だけならそれなりだけど、技術に関してはお粗末なものでまるで素人のようだった。

 一撃一撃は重たいけど、堅実な戦闘を心がければ怖いことはない。

 

『使い魔の方はかなりの練度だったから心配したけど、フェイトが言うんだったらそうなんだろうさ。

ま、いざとなったら私がボコボコにしてあげるからフェイトは心配することはないよ』

 

「ありがとう、アルフ」

 

『あと、この男。どう思う?』

 

 アルフの髪の色に近い頭髪の男の人。私よりはいくつか年齢は上のように見受けられる。

 

「魔導師ではないみたい。魔力はあるようだけど、私達が戦っていたのにバリアジャケットも展開してなかったし」

 

『あのなのはってのを受け止めた時だって転がっていたし。魔導師なら魔力で姿勢制御と運動量を相殺できたはずだよ。でも、あの身のこなしはかなりやる。って言っても、私ほどじゃないし、魔導師ですらないなら問題外だね』

 

「うん。私も特に問題はないと思う。

それじゃアルフ、もう少し頑張ろう」

 

 

 その後、夜が明けるまでジュエルシードの探索をしたけど見つけることはできなかった。

 そう簡単にジュエルシードを見つけることができれば苦労はしない、か。

 

「フェイトがちゃんと食べるまで見てるから」

 

 少しだけどお腹に入れた。

 

 

「アルフ、もうお昼になりそうだよ」

 

「フェイトー、まだ眠いー」

 

「アルフー」

 

 ゆさゆさ、と体を揺すって起こすのはこちらに来てから毎日見ることのできる光景だ。

 

「うう、眠い」

 

 本当に眠たそうにしている。

 

「ご飯も用意したから」

 

「はーい」

 

 寝惚けながらリビングへ向かうアルフは愛嬌があった。

 

 

 外は予想以上に暑かった。

 それにだんだんと気温が上がってきている気がする。

 

 でも、些細なことだ。

 やることがあるのだから。

 

 日が高い内はあまり魔力の共鳴がよくないから本格的にするのは暗くなってからだけど。それでも探さないといけない。

 

「私は第51区画から行くからアルフは第71区画からお願い」

 

「まかせて。

フェイトも無理しちゃダメだよ。あんまり食べてないんだから」

 

「大丈夫だよ。

私、強いから」

 

 もう一度アルフに念を押されて私達は別れた。

 

 

 1時間、2時間と歩いただろうか。

 

 それにしても人が多い。

 

 私より小さい子が母親に手を引かれて歩いている。

 聞こえるのは今夜の夕食の話。

 

 羨ましくないと言ったら嘘になる。

 母さんとリニスと一緒に暮らしていたあの頃。

 

 きっとジュエルシードを集めたら母さんはあの頃の母さんに戻ってくれる。

 くよくよ考えない。

 

 頭を振って、考えを散らす。

 

 きっと気が散っていたのが悪かったのだろう、前から歩いてくる人に気づくのが遅かった。私はとっさに避けたけど、やはり力の入らない体では躱すことは難しかった。歩いてくる人とぶつかってしまった。ぶつかったといってもほんの少し掠めたくらいだけど。

 私は足元がおぼつかず、近くの電柱に手をついた。

 振り返ると、その人は身形をきちんとした男の人で、私を一瞥すると無言で立ち去ってしまった。私は謝ろうとしたけど声を出すことができなかった。

 音が聞こえなかった。

 そして、歩きだそうにも力が入らなかった。

 そのまま少しずつではあるけど、視界が狭くなっていくような気配がした。

 

「大丈夫か?」

 

 その一声で徐々に視界がクリアになる。時間が再び動き出したかのような錯覚に陥る。

 見上げても日の光が眩しくて顔がよく見えない。ただ、特徴的な橙の髪。

 

「おーい」

 

 目の前で手が振られる。

 きっと心ここにあらずといった顔をしていたんじゃないかと思う。

 

「だ、大丈夫です」

 

 思わず顔を下に向けてしまう。

 アルフにあれだけ言っているのに情けない。

 

「本当に大丈夫?」

 

 情けない、という顔をしていたのだろう。その人は先ほどよりも心配そうな顔で、私と同じ目線で聞いてきた。

 

「いえ、本当に大丈夫です」

 

 私はその場からすぐに立ち去りたくて、自分でも驚く程冷たい声が出ていた。

 

「そんな顔で大丈夫と言われても、はいそうですか、とは言えないな」

 

 そう言って頭をポリポリと掻いている。

 その仕草が少しおかしくてつい弛緩してしまったのがよくなかった。

 

 きゅるきゅると私のお腹が抗議の音を出した。

 私は恥ずかしくなって俯いてしまう。

 少しの間無言が続いた。

 

「少し時間があるかな」

 

「え、えっと」

 

 言い終わらないうちに私は手を引かれて歩いていた。

 どうしてこうなったのかわからなかったけど、一件の店の前に立っていた。ほんの2,3分程度のことである。

 

「ここだから」

 

 と背中を押されて扉を開ける。

 

 ちりんちりん、と軽やかな音がした。

 

「いらっしゃい。

士郎君ですか。と、…?」

 

「すみません、俺の知り合いです」

 

「そうですか。

ゆっくりしていってください」

 

 人の良さそうな白髪交じりの男の人が言った。

 後ろの人は私をカウンターの端の席に案内した。私は席に座ったものの、どうしたらいいのかわからなかった。

 店内を見渡してみると、落ち着いた雰囲気で耳障りでないほどにゆったりとした音楽が流れている。

 

 カタリとカップが置かれた。琥珀よりも更に濃い色をした液体が入っている。

 ほわっと嗅いだことのない香りが立ち込めた。

 

 顔を上げると、男の人がこちらを見ていた。

 

「あ、あの、お金持っていません……」

 

 相手に聞こえるか聞こえないかのような声を出してしまった。

 恥ずかしさなのか緊張なのか私にもわからない。

 

 この世界では何かを得ようとするならばそれ相応の対価を支払わなければならない。その最たるものがお金だ。アルフと一緒に食料を購入した場合もそうだったし、現在の拠点にしているところもそうだった。

 いつもならばいくらかのお金は持ち歩いているはずなのだが、このところの疲れのせいか持ってきてはいなかった。アルフには出る前に確認をしたはずなのに自分が忘れてしまっては笑い話にもならない。

 

「大きい声では言えないけど、俺からのおごり」

 

 そう言って人懐っこい笑顔を見せた。私は答えた。

 

「ありがとうございます」

 

 これも小さな声だった。

 それが聞こえたかはわからなかったけども、その人は歩いて行った。

 

 どうして優しくしてくれるのだろう、と思いながらもカップに口をつけた。

 甘く、決して甘ったるくない爽やかな味が舌を刺激する。思わずほっと息をつくくらいに。

 

「これも」

 

 と出されたのはお皿に盛られた黄色いこんもりとしたもの。

 食べ物とはわかるのだけど、何かわからなくて顔を上げる。

 

「ん?」

 

 その人は首をかしげて食べていいよ、とだけ。

 目の前のお皿からはいい匂いがしている。

 もう一度その人を見る。

 

 その黄色いものをスプーンですくって口に運ぶ。

 

 美味しい。

 とても美味しい。

 

 気がつけばお皿の上は綺麗になくなっていた。

 

「おいしかった?」

 

「はい」

 

 と、心の底から言えた。

 

 私は席を立つ。

 

 ちりん。

 

 入ってきたと同じ音がした。

 

 お店から外に出るとまだまだ暑かった。でも、疲れがとれたみたいだった。

 

「大丈夫そうだね。

ご飯はちゃんと食べないとダメだぞ」

 

 と優しく言われてしまった。はい、と言葉にできたかどうかわからないけどその人を見た。

 

 橙色の髪を持つその人は笑顔だった。

 

「ありがとうございました」

 

 今度はちゃんと言葉に出せたと思う。

 

 少し歩いたところで呼び止められた。

 

「俺が持っていても使わないから」

 

 手を出すと、そこに何かを渡される。

 手を開かなくてもわかる。

 

 ジュエルシードだ。

 

 私の心は一瞬にして凍りつく。

 

 世界が色を失う。

 手を開くと、未封印のジュエルシードが顔をのぞかせる。ぎゅっと握り込む。

 

 見上げた先には困惑した顔の橙の髪を持つ男の人。

 その橙だけがやけに鮮明に映る。そう、あの夜、私の邪魔をした人だった。なんで忘れていたんだろうか。それとも優しくしてもらったからそう思いたくなかっただけなのか。わからない。わからないけど、わかりたくない。

 ただ一つ言えること、それは目の前の人は私の敵だということだ。

 

 私は睨むと、そのまま走った。

 後ろから声はしない。

 

 もうだれも信じないし、頼らない。

 私がもっと強ければいいだけの話だ。

 目の前に立ちはだかるというのなら倒していけばいい。

 

 走って走って公園に入ってベンチに座って空を見上げた。

 空には真っ白な雲がゆっくりと流れている。

 次第に呼吸も落ち着いた。

 

 何時間そうしていたのだろうか。

 アルフから通信が入って気がついたけど、空は茜色に染まっていた。

 

『フェイト、どうしたんだい?』

 

「ううん、何でもない。

アルフこそどうしたの?」

 

『ある程度ジュエルシードのありそうなところを絞り込んだから報告しようと思ってね』

 

「そう。

私は、ほら」

 

 アルフに見えるようにスクリーンにジュエルシードを映す。

 

『おおー、さっすがフェイトー』

 

 嬉しそうな声が聞こえてくる。

 私はちくりと痛みが走った。

 

「一度合流してそれから一緒に探そう」

 

『りょーかい』

 

 

 通信後にこうしてアルフとビルの上に立っている。

 

「確かにこのあたりに反応があるね」

 

「でしょ。

でも、これだけゴミゴミしてちゃ特定も一苦労だよ」

 

「私でも細かい位置を特定するのは難しいかな。

ちょっと乱暴だけど魔力流を撃ち込んで強制発動させるよ」

 

「待った、それ私がやる」

 

「大丈夫?」

 

「この私をいったい誰の使い魔だと?」

 

 アルフの言葉が素直に嬉しい。

 

「……いや、私がやるよ。

もし邪魔が入ったりしたらアルフにも戦ってもらわないといけないし」

 

「フェイトこそ大丈夫?」

 

「平気だよ。

だって私はアルフの主人だからね」

 

 

 ―――見つけた!

 

「あっちも近くにいるようだね。

気づいてる」

 

 広域結界が張られていくのが確認できる。

 あの子達よりも早く封印して手に入れなければ。

 

 ビルを蹴り、一直線にジュエルシードを目指す。

 

 あの子達の方がジュエルシードに近かったか。

 でも、手に入れるのは私達。

 

『Sealing Form, Set up.

Spark Smasher.』

 

 私とあの子の封印魔法がジュエルシードに直撃する。

 

「ジュエルシード、封印!」

 

『アルフ、使い魔の方をお願い。

使い魔はあの子よりもよほど厄介だから』

 

『任せて』

 

 ジュエルシードを挟んであの子を見下ろす形になった。

 

「この間は自己紹介できなかったから。

私、なのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校3年生」

 

「……」

 

『Scythe Form.』

 

 なのはって子が息を呑むのがわかった。

 でも、

 

「ジュエルシードは諦めてって言ったはずだよ」

 

 魔力弾を形成して撃つ。

 

 こちらの行動を読んで飛び上がるけど、空戦なら私に分がある。

 

 

 互いに魔力弾を撃ち合うけど決定力にならない。

 それに前よりも動きが良くなっている。たった数日しか経ってないのに。でも、まだまだ私には及ばない。

 

 アルフは、あちらも大丈夫そうだ。

 

 少し目を離した隙に魔力が収束していた。

 なのはは先天的に魔力収束に長けているようだ。

 

「シューット!」

 

 この距離、速さだと避けられない!

 

「バルディッシュ!」

 

 バルディッシュを前にして受け流してはいるけども、圧力がすごい。

 一撃一撃が重たい。それにバリアも硬い。

 

 決して侮れる相手ではなかった。

 慢心していたのは私の方。気を抜けば落とされる。

 それ故に砲撃後、私に追撃しなかったことを訝しんだ。

 

「話し合うだけじゃ何も変わらない、って言ってたけど。言葉にしないと、話し合わないと伝わらない事もあるんだよ。

目的があるから、ぶつかりあったり競い合ったりするのは当然かもしれない。

でも、何もわからないままぶつかり合うのは嫌なの。私も言うよ、だから教えて。どうしてジュエルシードが必要なの?」

 

 なのはがどうしてジュエルシードを集めているのか、その理由がわかった。

 私は。

 少し、心が揺らいでしまう。

 

「フェイト!」

 

 アルフの声が届いた。

 私は私の為に。

 誰に理解されなくてもいい。その必要はない。ならば答える事は何もない。

 ジュエルシードを捕獲する、ただそれだけ。

 

 なのはの後方にあるジュエルシードに目をやる。

 この位置からでは少し不利かもしれないけど、私の方が早くたどり着けるはず。

 

『Photon Lancer.』

 

 撃つと同時に加速を始め、着弾と同時に進路変更を行う。

 弾着による衝撃と予想外の行動だった為か、僅かなタイムラグができる。しかし、立ち直りも早い。私の目的がわかると迷わず加速をする。迷いが全く感じられない。

 

 厳しいか。

 

 このままだとほぼ同時にジュエルシードにたどり着くだろう。

 風を切る音が唸りを上げる。

 

 そして、バルディッシュとなのはのデバイスが交差した。ジュエルシードを挟んで。

 

 ジュエルシードが脈動したかと思うほど、魔力が不安定になった。その一瞬後私達お互いのデバイスに無数の亀裂が入った。

 あの子のはともかく、バルディッシュはかなりの魔力を無茶な使い方をしても破損しない程には頑丈だ。ににも関わらず亀裂が入った。ジュエルシードに蓄えられている魔力は恐ろしいほどの量だ。だから母さんもそれを欲したんだ。

 数瞬遅れて空間が揺らいだ。

 そう思うほどの魔力の放出があって私達は後方へ飛ばされてしまった。無理にその場に留まっていればリンカーコアにもダメージがあったかもしれない。

 

 ジュエルシードを中心にして魔力の柱が雲を突き抜けて立ち上がっている。

 一瞬だけど、空間が、次元が揺れた。

 危ない。

 

「バルディッシュ……」

 

 コアが点灯を繰り返している。コア自体も破損している。

 

「ごめん。

戻って」

 

『Yes sir.』

 

 音にもノイズが走っている。

 

 デバイスを格納して自己修復にあてる。

 でも、私にはまだやることがある。

 

 前方のジュエルシードを見据える。

 周辺の魔力濃度が高すぎて空間が揺らいでいるように見える。魔力を解放したせいで暴走状態から脱したとは言え、未だに小康状態。

 

 バルディッシュの支援なしであの小康状態にあるジュエルシードを封印できるだろうか。頭に過る。

 それでもやらなければならない。

 

 意を決してジュエルシードに近づき、手を伸ばした。

 

 あと3 m。

 

 そこで目の前のジュエルシードは砕け散ってしまった。

 

 魔力も跡形もなく霧散してしまい、周りは静寂に包まれた。

 

 一瞬何が起きたのかわからなくて私はその場に立ち尽くしてしまった。

 

 それからどれくらいの時間が経ったのか。一秒だったのかもしれないし、一分後だったのかもしれない。それでも我に返ったのはアルフのおかげだった。

 

「フェイト……」

 

「帰ろうか、アルフ」

 

 顔を上げ虚空を見つめる。

 

「フェイトちゃん……」

 

 後ろから震える声がした。

 

 私はそれに一切反応せずに空を駆けた。

 

 

「バルディッシュ……ごめんね」

 

 反応はない。自己修復を最優先でやらしているから当然のことだろう。

 

「はい、フェイト」

 

「ありがとう」

 

 温めたミルクをアルフが持ってきてくれた。

 手にとってその暖かさを感じ取る。

 

「残念だったね」

 

「うん……」

 

「……これ見てよ」

 

 スクリーンに映し出される私の必死な表情。

 そして、駆け抜ける赤い線。

 スローにしてはじめてわかる。

 そして、砕け散るジュエルシード。

 

 音の速さの二倍の速度は出ているだろうか。

 ジュエルシードを砕いたことも然ることながら、魔力さえも霧散させてしまったことがわからない。

 

 わからないことが多すぎる。

 

 それでも、ジュエルシード手に入れられなかったという事は純然たる事実。

 

「明日は母さんに報告に行かないとね」

 

「ああ……」

 

 アルフの顔が歪む。

 

「そんな顔しないで。

母さんは不器用なだけだから」

 

「そう……?

報告だけなら私が行って、」

「ううん、ジュエルシードも持っていかないといけないし。

それに、母さん。アルフの言うことあんまり聞いてくれないし」

 

 母さんはアルフのことが嫌いみたい。

 こんなに優しい使い魔なのに。

 

 いつか、またリニスも一緒にまた4人ですごせるかな。

 

「で、でもさ。こんな短期間に4つもジュエルシード集めたんだからフェイトはすごいよ。

邪魔さえなかったらもっとたくさん集めることができたのにね。きっとフェイトの母さんだって褒めてくれるよ」

 

「うん。

そうだといいな」

 

 明日は母さんに報告だからちょっと早いけど今日はこれくらいにしておかないと。

 

「それじゃアルフ、明日は早いからちゃんと寝るんだよ」

 

「それはフェイトにこそ言うべきことだよー」

 

 口を尖らせて拗ねたように言ってくる。

 

 母さんに早く会いたいな。

 

 



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024話


それは大きな分岐点でした。

人は知らないうちにその取捨選択をします。

きっとそれはわたしが気がつかなくて、他の誰もが気がつかなくて。

それでもその選択をした人はその責任を負います。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

 今日も天気はいい。

 

「外を掃いてきます」

 

「お願いします」

 

 昼の混雑する時間も終わり、店内にゆっくりとした時間が再び流れ出す。

 店の前に少し水をまいて砂が舞い上がらないように掃いていく。所要時間は5分もかからなかった。撤収するという時に、小さな、驚きというか困惑というかそういった声が聞こえてきた。

 見渡せば、女の子が電柱に手をついていた。貧血でも起こしているのだろうか。

 

「大丈夫か?」

 

 反応が鈍い。

 

「おーい」

 

 と今度は目の前で右手を左右に振る。それで女の子は気がついたのかこちらをみてきた。

 血色がいいとは言えない顔。そして日に光に鮮やかに映える金の髪。優しそうな、怯えているような瞳。病人めいた顔以外は先日のフェイトとか名乗った女の子のものだった。十中八九、そのフェイトだと思う。

 

「だ、大丈夫です」

 

 消え入りそうな綺麗な声が響く。そして再び下を向く。

 

「本当に大丈夫?」

 

 次の瞬間には顔を上げて

 

「はい、本当に大丈夫です」

 

 と明らかにこちらに心配させたくない、とでもいうような返事をした。

 そんな子供を置いておくなんてできるわけもない。

 

「そんな顔で大丈夫と言われても、はいそうですか、とは言えないな」

 

 しかし、どうしたもんか。

 とそこにきゅるきゅると可愛らしい音がした。

 赤くなった顔をまたまた下に向ける。先日のような刃物の切先のような剣呑さは全くない。

 血色の悪さ、腹の虫、それが意味するところは一つしかない。

 

「少しいいかな」

 

 何か小さな声が聞こえてきたけど、無視して手を取って歩く。

 店まではすぐそこなので、箒やらはそのままにして中に入った。

 

 森口さんがちょっと困ったような顔をしている。

 誘拐とかじゃありませんからね。

 

「すみません、俺の知り合いです」

 

「そうですか、ゆっくりしていってください」

 

 俺には困ったような顔を、フェイトには朗らかな顔を向けるという実に器用なことをやってのける。

 

 はやてがいつも座っている場所に案内し、紅茶を淹れる。

 

「あの、お金持っていません……」

 

 小さい体をさらに小さくし、消え入るような声で絞り出すように言ってくる。

 元からそんなことは考えていない。俺の偽善だ。

 

「大きな声では言えないけど、俺からのおごり」

 

「ありがとうございます」

 

 その言葉が背中から聞こえてきた。

 

 さくっとオムライスを作って目の前に出してあげる。

 

「これも」

 

 どうしようか迷っているのか、ちょっと微笑ましい

 

「食べていいよ」

 

 そう言うと、おずおずとスプーンで掬って口へと運ぶ。

 

 はぁっ、と顔が輝いたような気がした。表情は変化してなくて気のせいかとも思ったが、次の一言を聞いて胸の中が暖かくなった気がした。

 

「美味しい……」

 

 無意識につぶやいたのかもしれない。聞き取れるか聞き取れないかくらいの言葉だった。でも、それはちゃんと俺に聞こえた。

 

 ぱくぱくと美味しそうに食べきった。

 それだけ美味しそうに食べたなら作った甲斐があるというものだ。

 

 フェイトが席を立ったので、先導して外に出た。

 森口さんにありがとうございますと言っていた。きちんとしたいい子だということがわかる。

 

「ありがとうございました」

 

 きちんとご飯を食べるように言った。いい子だ、それ故にどうしてジュエルシードを集めているのか気になる。だが、私利私欲の為ではないだろう。そういう必死さではないのだ。少し考えた。

 こちらに背を向けて歩いている姿に声をかけていた。

 

「俺が持っていても使わないから」

 

 ポケットに手を入れて、ジュエルシードを差し出す。

 

 それがジュエルシードだとわかった瞬間にフェイトの表情が一変した。睨むように、隙なくこちらを伺っている。

 さっと身を翻して走って行く様に声はかけられなかった。

 

 

 走っている。

 魔術を使って気付かれずに、そして速く。

 

「派手にやってるな」

 

 半径500 mはありそうな巨大な結界が構築されていた。

 中の空間は外と時間の流れ・位相がズレているようで、魔術の才能のない人は感知できないだろう。本当に魔法のようだ。でもまあ昨日言った事が功を奏したのか、それともただ単に被害を出さないためか。どちらでもいい。見守ることにしよう。

 

 結界自体にはすんなり入ることができた。

 見つめる先では空中で先日の女の子達が争っていた。

 

 大きな道路が交差するところにジュエルシードと呼ばれる魔力結晶は浮かんでいた。先刻のように魔力が迸っているわけでもないので何らかの方法を用いて封印はしたものの、その所持において両名が争っているということは明白であった。

 

 白い女の子、なのはは先日の戦闘よりも技術において大きな進歩が見られた。どういう原理かはわからないが、これほどの短期間での成長には目を見張るものがあるように感じる。それとも、この世界の人間ではこれくらいの成長は当たり前なのだろうか?

 やはりというべきか、魔法を含めての戦闘技術においても黒い魔法を使う女の子、フェイトの方がまだ高みにいるようだ。時折他のところに意識を向けての戦いですら、なのはを押している状態だ。

 しかし、ここにきてそれが仇となり、なのはに砲撃を撃たれる。

 

 睨み合った二人だったが、それもすぐに終わった。

 

 直接ジュエルシードを得るということだろう。

 

 二人の魔法の杖、がジュエルシードを挟んでぶつかりあった。

 途端に溢れ出る魔力。今までの魔力の量とは一線を画す、今までの魔力が霞んでしまうほどの。

 

「くっ……」

 

 ここにいても魔力に当てられてしまう。

 あの子達でさえ危ないだろう。

 

 ならば!

 

 記憶にはないが、記録にあるその真紅の槍。

 

「投影、開始」

 

 それは自分に言い聞かせる言葉。

 

「I am the bone of my sword」

 

 それは己を一つの剣とする魔法の言葉。

 

 ビシッと視界に亀裂が入った。

 いや、割れたのは俺のナニカ。

 

 手先や唇、頭といった毛細血管が弾ける。

 鼻血がつーっとたれてくるのがわかる。

 一番ひどいのは左手だ。薬指の爪は弾け飛び、すべての指先からは血が滴る。腕は内出血をし、青紫色になり、ところどころ地が滲んでいる。

 

 過ぎたるものだ、やめろ!と内で叫ばれる。

 元より無茶は承知。それでも無茶を通さなければならない時がある。そう、この前の世界でもきっといつだってはじめがあった。ならばできない道理はない!

 

 きっとそれは一瞬にもみたないことだったのだろう。

 

 視界に弾け飛ばされるフェイトとなのはを見た。

 

 左手には血よりも濃い朱の長槍。

 名を“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”と。

 

 右手に持ち替え、弓を投影し、全身を隈なく強化する。滴っていた血液が今では跡形もない。身に余る強化の代償は則ち血液。

 

 ぎりぎりと弓がしなり、間を措かずして放たれた。

 

 音の壁を破り、一秒もかからずしてジュエルシードを貫き、投影を破棄した。

 

 結果を見るまでもなく、その場をそそくさと立ち去った。

 

 人気のない公園の水道を使い、腕やその他もろもろの血痕を洗い流す。だが、左手は予想以上にひどいことになっていた。このまま帰るわけにもいかない。中指から小指までの爪が剥がれていてちょっと嫌な光景である。

 包帯を投影し、手から腕までぐるぐる巻きにして電話をかけた。

 

 怪我をしてしまったので、少しお店を休ませてほしいというもの。

 

 つい最近まで旅行に行っていて、迷惑をかけてしまったのに。しかし、怪我をした手で料理を作るわけにも行かない。

 

 森口さんは了承してくれた。頭が上がらない。

 

 さて、残す問題ははやてにこの怪我のことをどう説明するかだった。

 

 

 昨晩ははやてに正座をさせられて足が痛かった。

 

 昨日に続いてジュエルシードが発動するとは。それもあるが、今日ははやてに一人で帰ってもらわないといけないな。連絡は大事である。

 

 電話はかけたが、帰ってからが怖い。

 今日も正座させられるんじゃないかという思いを断ち切り、疾走する。

 

 工場の一角で、人気はない。

 結界が張ってあるのが大きいが。

 

 今日も今日とて、二人の魔法少女?は元気にジュエルシードの取り合いをしている。ジュエルシードは既に封印された状態であった。

 昨日のことがあるから、ジュエルシードは相手を打ち負かせてから回収するようだ。

 

 二人がぶつかり合おうというその瞬間、その間に人が割って入っていた。

 その瞬間を見ることができなかったので何らかの方法で転移を行ったのだろう。恐ろしい程精密な座標指定である、狙ったものだとしたら。たぶん正しいはず。結界が解けていない、つまり強引な方法ではないのだろう。

 

「そこまでだ」

 

 二人の魔法少女の両手両足は魔法によって拘束されていた。

 素晴らしい速度である。二人が気を取られていたというのを除いても、二人よりは卓越した技術があるとみて間違いないだろう。

 

「時空管理局、執務官。クロノ・ハラオウンだ」

 

 空間にその証明といえるものが浮かんでいる。

 時空管理局、ユーノというフェレットもどきの話であれば管理世界を管理しているとか。ジュエルシードのような魔法古代遺失物の管理、そして次元犯罪者の取締。それらがあげられる。ただ、気になるのはここが管理外世界であるということだ。ユーノの話を信じれば。まぁ、この世界に魔術のような魔法技術がないのは俺自身が探しても見つけることができなかったことからも明らかであろう。

 であれば、ジュエルシードの回収ともしかしたらフェイト達の捕縛かもしれない。

 ユーノ自身は管理局に対して暗い感情を持ち得ていないからユーノ、なのはは除くが。

 

 しかしながら厄介なことになるのは間違いない。

 

 ある程度大きな、それも別の世界の組織。

 さて、どうでるのか。お手並み拝見といこうか。

 

 というか、俺バレてないよな。

 ……魔力に関して、ちょっと何か感じると言い訳していればいいだろう。ユーノとなのはに言えば多分、便乗してくれるはず、はず!

 

「事情を聞かせてもらおうか」

 

 いきなりストレートすぎる言葉に耳を疑う。二人共ぽかーんとしているじゃないか。スタンスの問題かもしれないが、空気を読んでない登場だな。だが、二人が打ち合う寸前という緊張した場面での捕縛は効果的だ。意識が目の前のことにしかいっていないから。俺でも何かしらのアクションをするならこの場面だっただろう。

 しかし。よほど自分に自信があるのか、それとも馬鹿なのか。相手が二人だけだと思っているのか? それとも、二人を捕縛しているから人質的な意味で安心しているのか。

 

 案の定、フェイトの使い魔が攻撃を仕掛けた。使い魔もフェイトが捕縛されているのによく強硬手段にもっていける。それだけ信頼しているということなのだろうか。

 

 撤退するという旨の言葉とともに更なる攻撃を仕掛けた。

 

 クロノと名乗った少年はなのはを庇うことで行動が制限されているようだ。

 

 フェイトはその隙に両手足を封じる魔法を解除した。

 それで撤退すればよかった。目の前のジュエルシードに目を奪われて時期を逸している。明らかに悪手だ。

 

 瞬時に弓と矢を投影して行動を見る。

 

 砂煙から魔法が迸った。

 

 素早く矢を射ること三度。

 二本の矢はフェイトに当たる魔法のみに中てる。衝突した瞬間に矢は粉々になり霧散して消えていく。クロノという少年の魔法の方も小規模な爆発をする。フェイトが至近距離の爆発に背中を押されたような形で倒れこみ、ジュエルシードを手にした。素早く跳躍するとアルフとともにどこかへ行った。

 全く、素晴らしい逃げ足だ。ただ、一瞬、目があった。その目には驚きもなければ何も映してはいないようだった。

 

 土煙が晴れると、魔法の杖?らしきごつごつしたモノをこちらに向けているクロノという少年が目に入った。

 もう一本の矢はこれ以上フェイトの向かないように、クロノという少年の足元、地面にあてた。

 

 およそ200 m先、なのははキョトンとした顔をしていた。

 

 先程の転移魔法を見る限り、この場から何事もなく立ち去るというのは難しいな。

 

 弓を下げ、弦を外す。

 それで向こうはこちらに向けた杖と思しきモノを俺から外した。

 

 そして何故かこちらになのはと共に飛んできていた。

 

 その少年が声を発する前に空間にウィンドウのようなものが展開され、現実では見ることがない緑の髪をした女性が姿を現した。

 

「クロノ執務官お疲れ様」

 

「すみません、艦長。少女のうち片方を逃してしまいました」

 

「ま、大丈夫よ。でね、ちょっと詳しい事情を聞きたいの。その子達をアースラまで案内してくれるかしら」

 

「了解」

 

 クロノという少年は淡々と述べているのに対して、その上官にあたりそうな艦長と呼ばれる女性は実に対照的であった。

 

「一方的に言われても俺はこの子達のように君についてはいかないぞ」

 

 クロノという少年の気配が変わる。

 

「どういう意味だ?」

 

「その言葉の通りだよ。なぜ君達の言う事を聞かなくてはならない?」

 

「僕達は管理局だぞ」

 

「それがどうした。国家で承認された機関だとでも? 生憎だが、俺はそのような組織は聞いたことがない」

 

「この前言ったじゃないですか」

 

 ユーノ、君は黙っていなさい。

 

「ほう、僕達のことを知っているようですね、なら」

 

「まぁそれはどこのユーノから聞いた。それを信じれば、とても信じられるような話ではないが、そういった組織もあるのだろう。だが、同時にこの世界が管理局の法の及ばない管理外世界だということも」

 

「しかし、現に僕があの女の子を拘束しようとしたのを邪魔したのは事実ですよね。それに、僕にまで攻撃した」

 

「俺の目には、背中を向けている女の子に対して危害を加えようとしていたようにしか見えないな」

 

 そこまで言うと、クロノも何か言いたそうにして口を開けたが再び閉じた。

 

「ちなみに、先程俺がとった行動だが、緊急避難、刑法37条。この国の法律に記されている。自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。これによれば俺はあの女の子の生命及び身体を脅かそうとするので矢を放っただけ。また、この弓とそちらの武器では脅威の度合いではそちらが上だろう。暴論ではあるが。実際に君自体には中たる軌道ではなかっただろう」

 

「結果論だ! あの土煙の中そんなことができるか!」

 

 なかなか熱くなっている。

 

「クロノ執務官」

 

 再び中空にウィンドウのようなものが開いていた。

 

「彼の言ったことは概ね正しそうだわ。確かに、私達はこの世界に干渉すべきではないのでしょう。しかし、ロストロギアによる被害を見過ごすことはできません。どうしてもお越し願えませんか?」

 

「しつこい女性は嫌われるぞ」

 

「仕方がないですね、クロノ執務官。彼のことは諦めましょう。魔導師でもないようですし。私達に強制することはできないわ。

では改めて二人をアースラまで案内してくれるかしら」

 

「はい」

 

「あと、ストーカーもやめていただきたい。俺はもう関わることもないだろう。餅は餅屋。君達がやってくれたらいい。それと、これも」

 

「これは!」

 

 ジュエルシードを見て驚いているようだ。

 

「歩いていたら見つけてね。案外落ちているものだな」

 

「そんな馬鹿な」

 

「そういうことだ。これを渡した意味がわからないわけではあるまい。また見つけることがあったら譲渡しよう。

ではな」

 

 穏便に事を運ぼうかとも思ったけど、ままならない。それもこれも、このクロノが悪いんじゃないか。そう思うと腹が立ってくる。

 それにこれで終わるとは思えない。当分は監視がつくだろう、その間は魔術を使えないようだ。

 

 と、バスに乗り込んで問題にぶつかった。いや、思い出した。

 はやてへの言い訳、それを万事こなさなければ明日の朝日は拝めないということだ。

 

 





本作品はフィクションであり、実在する法律、刑法とは一切関係ありません。



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025話


それは小さな願いでした。

きっと誰かが傷ついて、誰にも知られなくて。

それでも世界はまわって。

泣いている人もいるだろう。

そんな可哀想な人に、誰かひとりでもいいから気づいてほしい。

それはわたしと重ねているのかもしれない。

魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

「ちょっと聞いてる?」

 

「ん? 聴いてるぞ」

 

「もう。でね。最近まで夜遅く帰ってこなかった妹も落ち着いたみたいで―――」

 

 高町さんはいつもにましてテンションが高い。そして、たぶん、というかきっと高町なのはという魔法少女のお姉さんである。似てはいない。そして、自身が魔法少女であるということも言っていないのであろう。

 

 先日の接触からおよそ2週間。

 魔術を使用していない。

 

 時折不自然な飛行体を発見していた。

 あの場で見た機械と同じであったので、管理局と称する組織のものだと考えられる。そこからは全くジュエルシードや彼女たちと関わっていなかった。

 

 ほんの四日前、突如として大きな竜巻に見舞われた。

 竜巻と称したのは、それ以外に言葉が見つからなかったからである。海上に竜巻が出現したかと思えば、すぐに海上沿岸を含めて大規模な結界が張られた。俺以外にそれがジュエルシードの為に行われたものだと気がついた人はいないだろう。そもそも感知できない。

 

 そんなことをつらつら考えていたら、高町さんがこちらを見ていた。

 

「衛宮君、私の話が面白くないなら面白くないって言ってほしいな」

 

 なんて然も落ち込んでいる風を装って言ってくる。

 

「そんなことないぞ。うん。それで、なのはちゃん? だっけ。何事もなくてよかったよかった」

 

「全然話聞いてないよね。

そりゃまあ、なのはの自主性に任せるけどさ。小学生だからね。心配したんだから」

 

 小学生、あの魔法少女の姿を見せられて普通の小学生と思うことなんてできないと思う。そう喉まででかかった言葉をなんとか飲み込んでほかの言葉を探す。

 

「多感な時期だから。そういうこともあるだろう。

はやてだってな、それはそれは――」

 

 高町さんと話していて、その合間にマスターから声をかけられた。

 

「士郎君、手紙だよ」

 

 手渡されたのは可愛らしい黄色の便箋だった。

 たどたどしい文字でここの住所が書かれていた。

 

 すでに中身を確認していたようだったが、森口さんに一言いって中身を取り出した。

 

『くろーばーのみなさんへ

先日はとてもおいしい料理をありがとうございました。

とてもうれしかったです。

お礼に行くことができず、このような形で感謝を示すことになりもうしわけありません。

またおいしい紅茶をいただきに行きたいと思います。今度はちゃんとお金をもって。

それでは失礼します。

ふぇいと』

 

 とても拙い字であった。それこそ日本語なんて書いたことがないかのように曲線がかけていない。

 でも、綺麗に書こうとした形跡も見受けられた。とても心が温かくなる。そんな文だった。

 

「ニヤニヤしちゃっていいことでもあったの?」

 

「とても可愛いガールフレンドさんからの手紙ですよ」

「ちょっと、マスター!?」

 

「へー、衛宮君にガールフレンドねぇ……」

 

「いや、違うからな。

にやけてないからな」

 

 と言いつつも、顔が緩んでいないかどうか確かめてしまうのはしょうがないと思うんだ。それをみて、むしろ高町さんがにやにやしている。

 

「いや、だって小学生くらいだよ。それに俺に宛てた手紙というわけではないし」

「そうですか? 士郎君がそう言うのであればそうかもしれませんが」と一旦口を止めた。「でも、見る限りでは士郎君へ宛てた手紙でしょうね」

 

 と余計な口をはさんでくれた。

 

「小学生って……犯罪じゃないの?」

 

 高町さんはそんなことをおっしゃる。この狭い店内だ。声を潜めたってある程度は聞こえると思うんだよ。それこそ今みたいに音楽が流れてるけど、時間が止まってるじゃないか。

 

「いやいや、犯罪まがいのことなんてしてないですよ」言って、よく考えたら違法行為なんてものはたくさんしてきているような気がした。「犯罪だなんて、俺は善良な一般市民ですから」嘘は塗り固めてこそ。

 

「一瞬声が詰まったように感じたけど?

でもそうだよね、衛宮君が悪いことしているなんて姿は想像できないかな。ドがつくほどのお人好しだもんね」

 

「そうだよ。それっきりだったし。向こうが俺のことを覚えていたことも驚きだ。

ちょっとした迷子だったんだと思うよ。あの後も走ってどこかに行ってしまって心配していたんだけど、どうやら落ち着いたみたいだな」

 

 いろいろあったけど、最近は感じるような大きな魔力の発露はない。きっと落ち着くべきところに落ち着いたのだろう。でなければ、このような手紙は送られてくることはあるまい。個人でもこのような手紙を書く事は出来るだろうが、……まぁあの時空管理局というところに今はいるのだろう。大きな組織だろうから個人で動いている者は数で押し切られるだろう。

 なのはという少女と対等、少なくとも圧倒はしていなかった。それにクロノという少年だ。ユーノと3人でかかればフェイトを捉えることも難しくないはずだ。それに管理局はどう考えてもクロノ一人ではないはずだ。指揮していた女性もいることから小隊規模で動いているのかもしれない。単独で現れたという意味でならクロノはその中でもある程度力があるということだろうか。

 あんな魔法をバカスカ撃つような連中とはあまり関わりに会いたくないな。

 

「なーんか、衛宮君の顔。私嫌いだな」

「えっ?」

「なんだかお父さんみたいだもん。こういかにも心配していましたよーっていうか少しの慈愛が見て取れるところとか」

 

「えっとそれは喜んでいいところなのか?」

 

「親父臭いんじゃないかな?」

 

 いい笑顔をしていますね、高町さん。はっきり言わなくても嬉しくはない。

 

「それよりも、その子、可愛かったの?」

 

「うーん」考えてみればそのへんを歩いている女の子よりも可愛かったようには思える。しかし、小学生特有の可愛さ、というものなのかもしれない。ちゃんと見ているのがはやてだけだったから。はやてと比較して、……相手が金髪の外国人だからな。外国人補正というものもあるだろう。うん。「たぶん、可愛かったと思う」

 

「たぶん、って何よ。たぶんって」

 

「いやー、私から見ても十分に可愛らしいお嬢さんでしたよ。日本語は上手そうでしたが、手紙を見る限りそうでもないようですね」ガラスコップを丁寧に拭きながら朗らかに笑った。「外国の方だったんでしょうかね。こちらの地理には疎いようでしたし、オムライスだって知らないみたいでしたね。それでも魅力的な砂金のようにさらさらとした髪でしたよ。着ているものは有名なブランドのものでしたね。ちょっと痩せ過ぎなところがありましたけど、ちゃんとお礼も言える育ちの良さそうな子でした」

 

「すごく詳細に語ってくれましたね」

 

「そのほうが面白そうですから」

 

 主に森口さんと高町さんが、ですよね。

 

「ふーん、そんなに綺麗な子だったんだ。

これはアレですね」

「はい、これはアレですよ」

 

「アレってなにさー!?」

 

「うふふ。あれー? 何もやましいところがないんだったらそんなに狼狽える事もないんじゃないかな? ねー、マスター」

「そうですよね。

彼が彼女を見守る姿は、そう、ロミオとジュリエット。許されざ」

「はいはい、そこまでそこまで。

マスターもちゃんと仕事してくださいよ」

 

「少なくとも私は士郎君よりも仕事をしているように思うのですが」

 

 ぐっ。本当のことだから何も言い返すことはできない。そう、森口さんはゆっくり仕事をしているように見えてその実多大な量の仕事をこなしていた。

 武道の達人などは行動がゆっくりに見えるが避けることができないとかいう。そういうことなのだろうか。

 

「あまりからかはないでください。奥で休憩してきますから」

 

「ええー、ちょっとそれは。うー。ごめんななさい。

だからね、もう少しお話しても」

 

 高町さんが両手を合わせてちらりとこちらを見てきた。

 後ろ髪引かれる思いだったが、ここで甘やかしてはいけない。

 

「士郎君、高町さんもそう言ってますし、何よりも私が休憩を許可しませんよ」

 

 からからと笑っておられた。

 観念してその場にとどまったが、高町さんが帰るまでいじられ続けた。面白おかしいことにはすぐに食いつくというのはあまりいい趣味だとは言えないぞ。

 

 

 

「なんかいいことあったん?」

 

「いや、いつもよりもバイト先でいじられたくらいだよ」

 

「だとしたら、それはとっても面白いことだったんやね。

そのへんくわーしく聞きたいなぁ」

 

 なんだか高町さんとおんなじような笑い方をしているように見えるのは気のせいだろうか。

 そうだな、この夕日がいけないんだ。きっと。光の散乱のおかげではやてが歪んで見えるのか。それならば仕方がない。

 

「もう、無視はひどいんとちゃう?」

 

「いやー、都合の悪いことは聞こえない都合のいい耳をしているからな」

「都合がいいのか悪いのかわかんないんやけど」

 

 夕日に燃えるはやての後ろ髪をみながら家路を急ぐ。

 買い物袋が手に食い込む。はやては時々こちらを振り返りながら先へ進む。車椅子も慣れたものだ。

 

 ちらちらとこちらを見てくるはやてに思わず苦笑してしまう。

 

「おもしろいことでもあった?」

 

「ああ、はやてはいつみても面白いな」

 

「それってどういう意味か一辺詳しく聞く必要がありそうや」

 

「まあまあ。とりあえず今日は激辛麻婆豆腐な」

 

「ゲッ!」

 

「げ、なんて女の子が使っていい言葉じゃないぞ」

 

 お尻が大変なことになるから、というはやての言葉を流しつつこの日常を考えてみた。

 きっとこれからもこんな日常が続くのだろう。

 この前のような魔法少女たちと会うこともないだろう。彼女らは別次元の魔法使い、なんて言っていた。

 

 

 このゆっくりした時間がいつまでもいつまでも続けばいい。

 

 

 きっと続かない。

 

 

 先を行くはやてを見た。

 

 

 それは着実にはやてを蝕んでいる。

 

 

 摩耗してなお鮮明な残滓。

 

 窶れた養父との最後。

 

 それが。

 

 重なる。

 

 日常などというものは誰かがいてはじめて日常他る。

 

 最初に見たときにそうだったのかもしれない。

 

 記憶の片隅に残る物静かな女の子。

 

 重なる。

 

 ひたひたと忍び寄る足音。

 

 今動けば、出会って直ぐに立ち去れば、こんな俺でも救えた命というものがあったかもしれない。

 

 それをしなかった。

 

 その意味は。

 

 選択した。

 

 八神はやてという少女といることを。 

 

 とるに足らない命なんてのはない。

 

 命はきっと誰にも平等に一つだけ。

 

 貴賎なんてものはない。

 

 でも、仮に。

 

 たった一つの命を大事に思ってしまったら。

 

 それは、

 

 正義の味方。

 

 矜持。

 

 願い。

 

 逃げているのだろうか。

 

 その為に、一緒にいるのか。

 

 彼女の命が尽きるのをこの目で見ようというのか。

 

 答えは、でない。

 

 きっとでない。

 

 彼女が養父のように目の間で物言わぬ存在となってしまったら。

 

 それは心に響くのだろうか。

 

 色褪せたこの心に。

 

 私は誰にも思われずにひっそりと鼓動をとめる様を哀れに思ったのだろうか。

 

 そんなのは彼女に対して失礼極まりない。

 

 いったい、私は何がしたいのだろうか。

 

 私は。

 

 私は、

 

 私は

 

 わたしは

 

 

 

 えみやしろう

 

 

 

 

 

 

「士郎さん、難しい顔をしてどうしたん」

 

「ん、明日も晴れそうだと思ってね」

 

「そうやなー。雲もあんまりないし、その動きものろのろしとるから晴れるんとちゃうんかなー」

 

「雨が降ると雑草が元気になるからな。

毟るのが大変なんだ」

 

「でもさー、わたしは雨上がりも好きやで。

雨が振って気分が沈んでも、晴れないことはないもん。晴れが続くのはいいけど、雨が降ったあとに晴れがこないなんてことはないから。だから雨も好き」

 

 ころころと笑った後に少し頬を染めた。きっと自分でも恥ずかしいことを行ったと思っているのだろう。

 そんなはやての言葉に心が少し暖かくなった気がした。

 

 





これにて無印は終わりです。

久しぶりの更新となります。
お久しぶりです。


士郎君はこんな感じであんまり活躍しないということが当初からありました。


なのは2nd見ました。
色々テレビ版と異なっているなーと思いました。


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A's編
026話



魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

「士郎さん、士郎さん。

明日はわたしの誕生日やで」

 

「大丈夫だって、そんなに言わなくても忘れていないから」

 

 隣を歩く士郎さんはこちらを向いて苦笑していた。

 それを見てわたしも笑い返した。

 

 6月3日それが今日だ。

 

 あと一回寝たら誕生日だと思うだけでワクワクしてしまう。

 

「それにしても今日はたくさん買ったなぁ」

 

「そりゃ、どこぞの誰かさんの誕生日だから奮発しないわけにはいかないだろ」

 

「そのどこぞのだれかさんってのが気になるところだけど」

 

「嬉しいってのはわかるけど、ちゃんと前を向いて進もうな」

 

 ぶーと士郎さんに抗議をしてちゃんと前を向く。

 前を向いてもちらちらと視界の端に士郎さんが見えているので安心できる。

 

「ケーキは明日焼くん?」

 

「今日作ってどうするんだよ」

 

「んー?今日食べる?」

 

「明日以外に選択肢はないな」

 

「えぇー」

 

 私の声に士郎さんはころころとおもしろがるように答えた。

 

「というわけで、今日は明日に向けて軽めのメニューだけどいいよな。

二日連続で油ものは流石に堪えるだろ」

 

「毎日が唐揚げ祭りでもかまわないわたしに隙はないんやで」

 

「はやての体調管理も俺の領分だから、そんな無謀なことは許すことはできないな」

 

「士郎さんは固すぎると思うんや」

 

「何とでも言ってくれ。これが俺だから」

 

 士郎さんはまっすぐ目の前を見ながら言うのは格好良いんやけど、前後の言葉を考えるとそうでもないと思えた。本人には言わないでおこう。

 

「「ただいまー」」

 

「はやてはリビングにこの荷物持っていてくれ」

 

「うん」

 

 士郎さんは食材を冷蔵庫に入れるのだろう。大きな買い物袋を二つぶら下げて歩いて行った。

 

 と、電話の前で留守番電話にメッセージが残されているようだった。

 ぼたんを押すと、電子的な声が流れた。

 

『留守電メッセージ、一件、です。

ピー

 

もしもし、海鳴大学病院の石田です。

明日ははやてちゃんのお誕生日よね。明後日の検査の後、一緒にお食事でもどうかなって思って電話しました。明後日、病院に来る前までにお返事くれたら嬉しいな。よろしくね。

 

ピー

メッセージは、以上、です』

 

 石田先生からの食事のお誘いや。

 明日は気を利かせてくれて明後日の検診の後に食事。

 午後からの検査やったから夕御飯。

 

 うーん、士郎さんも一緒ならいいんやけど。どうなんやろ。

 

「士郎さーん」

 

「だんだー?」

 

 台所から声が投げかけられた。

 

「明後日病院に行くでしょ。

その後で石田先生から食事のお誘いがあったんや」

 

「へー、よかったじゃないか」

 

「士郎さんは?」

 

「ん?

俺よりは石田先生の方がはやてとの付き合い長いしな。ここははやてと石田先生の二人の方がいいと思うんだけど」

 

「えー、士郎さんがいなきゃやだー」

 

「そのやだーってのは子供っぽいぞ」

 

「子供だもん」

 

「はーやーてー」

 

「うっ。

それはそれとしてもやな。士郎さんも一緒に行って欲しいんやけど」

 

 士郎さんが顔だけを覗かして言ってきた。

 

「石田先生に聞いてみればいいじゃないか」

 

 なるほど。

 

「電話かけるんだったらちゃんと時間考えてかけないとダメだぞー」

 

 時間を見てもまだ5時30分をまわったところ。

 この時間なら電話をかけても問題ないはずや。

 石田先生もいつも7時くらいまでは病院にいるって言ってたし。それにこういうのは早く返事をしといたほうがええやろ。

 

 ボタンをポチポチと押して2コールしない内に女性の声が聞こえた。

 少し緊張したけど、自分の名前と石田先生の名前を出して繋げてもらった。

 

「はい石田です」

 

「石田先生ですか?

はやてです」

 

「お電話ありがとう。

で、お返事は?」

 

「お誘いありがとうございます。できれば士郎さんと一緒に行きたいんですけど、どうでしょう」

 

「もちろん。

私もそのつもりだったし。検査終わってちょっと待ってもらうことになるけど、大丈夫かしら?」

 

「はい。士郎さんと病院内で騒いで待ってます」

 

「はーい、騒ぐのはダメですよ」

 

 石田先生と電話を終えると士郎さんが料理を並べているところだった。

 士郎さんはこちらを見て、

 

「で、どうなったんだ?」

 

「もちろん、士郎さんも参加してもらうことになったから」

 

「わかった」

 

 士郎さんは残りの料理に取り掛かるらしく、こちらに背を向けた。

 

「はやて、ちゃんと手を洗ってこいよ」

 

「はいはい」

 

 さらさらと流れる水に手をいれると弾けた。

 シャボンにまみれた手から流れ落ちる。

 

「ふぅ」

 

 と息が漏れた。

 

「ってこの量はなんなん……」

 

「はやてが大きくなるように、たくさん作ってみたんだ。

俺の愛情がたっぷり含まれているからな。よもや残すなんて考えはないよな」

 

「え、?

あ、うん。いただきます」

 

 いやいや、なにこれ?

 

 私がいない間に何があったって言うんや。

 

 私の手のひら大のハンバーグなのが一つ、でんっと皿の周りに鎮座している。

 それはいいんだけど、その横に殻付きの牡蠣を焼いたものがどどんと山積みになっている。

 

「こんなに牡蠣って買ってたっけ?」

 

「気がつかなかったのか?

牡蠣は海のミルクとかなんとか言われるくらいに栄養価の高いものだからな。

それで元気になれ、とは言わないけど、食から元気になるというのは当然の考えだろう」

 

 士郎さんは牡蠣をひとつ掴むと箸でその身を掴んでパクリと食べた。

 

「醤油で味付けしただけだけど、なかなかいけるぞ。

バターを落としたのもあるが、それは早めに食べたほうがうまいだろうな」

 

 初めて食べる牡蠣、旬はいつやったやろうか。

 考えても覚えとらんもんは覚えとらん。

 

「あ、美味しい」

 

「そうだろう。岩牡蠣はそろそろうまくなる頃だしな。

特に、今の時期、産卵一瞬前が一番うまいからな。

とは言うが、サラダもちゃんと食べるんだぞ」

 

「このパセリがなー」

 

「庭でもこもこ生えてきてるからな。

食べるしかないだろ」

 

「だれやパセリ植えたの」

 

「俺だけど」

「誰や、パセリなんてもんを日本に持ってきた奴は!」

 

「そんなのは知らないけど、この庭で採れたものだ。

ありがたく頂戴するしかないだろう。それにそんなに苦くないぞ。

ほらほら」

 

 士郎さんはパセリがふんだんにあしらわれたサラダをもっきゅもっきゅと激しい勢いで食べている。

 

「うー、でもでも。

この山盛りのパセリはひどいやろ」

 

「前の大雨でな、庭の草もハーブもパセリももっさもっさしてな」

 

 士郎さんは言葉を止めた。

 ここ数日士郎さんが朝早く起きて庭の草を引いているのを見ているからだ。

 

「栄養価は高いらしいからな。

はやてには存分に味わってほしいんだ」

 

「いい話にまとめようとしてるんだろうけど、それでもこの量はないわ」

 

 等と話をしながら食事をすれば、あら不思議。

 食べきることができないだろうと思っていた食事の山を片付けていた。

 

「な、これくらいいけるんだって」

 

「でぶるわ……」

 

「成長期だから大丈夫だ」

 

「士郎さんが」

 

「成長期だから問題ない」

 

「そうやろうか」

 

「ああ、あと3 mくらいは身長が伸びる予定だ」

 

「それは言いすぎやろ」

 

 食事をして明日の予定を考えていたらもう寝る時間だぞ、と士郎さんに言われた。

 

「えー、まだいいやろ」

 

「明日眠たくても知らないぞ」

 

「大丈夫や。

わたしくらいになればてつやの1日や2日余裕や」

 

「そういうのは大人になってからな」

 

「はーい」

 

 部屋まで士郎さんに送ってもらった。

 

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 士郎さんはドアを閉めるときにちらりとこちらを見た。

 寝るから安心してください。

 

 なんてことはないんや。

 はいぱー読書たいむってやつや。

 

 図書館で借りてきた本もちゃんとある。

 これで何時までも起きてられる気がする。

 

 ふんふーん♪

 

 コッチコッチコッチコッチ……

 

 ~♪

 

 コッチコッチ……

 

「ん、あぁ。

もう12時」

 

 こんな時間まで本を読んでいた。

 ちょっと熱中しすぎていた感じがする。

 

 でも、自分の誕生日だし、12時にそれを味わってもええよね。

 

 チッチッ……

 

 あと3秒、2、1、――

 

 誕生日おめでとう、わたし。

 一人で言っても寂しいだけやな。そろそろねようかな。

 

 と、背後から怪しい光を感じた。

 紫というか、黒というか。それを光として判断していいのかはわからなかったが、ともかく後ろから無言のプレッシャーが襲ってきた。

 

 見れば、私が大事にしていた本――今は士郎さんに預けている――が宙に浮いていた。

 それも脈打ちながら。

 気味が悪い。

 

 と、巻かれていた鎖が弾け飛び、何も書かれていないと思われるページがパラパラとめくれた。

 最後までいくと、私の前までゆっくりとやってきた。

 それは10分のようにも感じられたし、でも実際は5秒にも満たなかったのかもしれない。

 

『起動』

 

 言葉はわからなかったけど、その意味はすっと理解できた。

 その直後、私の胸の中心部が熱くなるのを感じた。いや、冷たいのか?形容し難い不快感が胸の内を周り、光が収束した。胸から白く光る光源があがった。

 それはゆっくりとわたしの下から目の前に浮遊する本へと行き、中間部で極大の光となって網膜を刺激した。

 

 わたしは思わず目を閉じてしまったが、このあとにどのような恐ろしいことが起こっているのか、確かめずにはいられなかった。なんでこんな時に士郎さんはいないんや。

 

 

 床には何時の間にいたのか、4人の人がいた。

 男の人が1人に女の人が2人、あと、わたしくらいの女の子が1人。

 

 膝をつき、頭を垂れている。

 こんな状況ではなかったら、物語の中の騎士が忠誠を誓う主と謁見しているようだと思ったかもしれない。でも、こんな状況だと恐怖しか浮かんでこない。黒のインナーだけをつけた人が騎士と思えるか、こんな時間に人の部屋に無断で入ってくる人が、怖くてしょうがない。

 

 と、本来なら銀朱に輝くであろうが今は濁った紅を振りまいている髪をもつ女性が言葉を発した。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

 もうひとりの女性が言葉を続けた。

 

「我ら闇の書の収集を行い、主を守る、守護騎士にございます」

 

 だた1人の男性が言った。

 

「夜天の主の下に集いし雲」

 

 最後に女の子が紡いだ。

 

「ヴォルケンリッター、何なりと命令を」

 

 一瞬の沈黙のあと、わたしが口を開いた瞬間に扉が荒々しく開けられた。

 

「はやて!!」

 

 士郎さんだった。

 

「士郎さん?」

 

 わたしは士郎さんの名前呼んでいた。そして不思議な光景を目にした。

 士郎さんは見えない壁にでも遮られているかのようにこちらへ来ることはなかった。中空を握った拳で叩いているようであったが、士郎さんの声すらも聞こえなかった。

 

「あの、大丈夫なんですか?」

 

「障壁を張っているだけなので、問題ありません」

 

 シャマルと名乗った女性が発した。

 

「釈然とせんけど、とりあえずその闇の書ってのの主として守護騎士たちの面倒をみんとあかんのやろうなぁ」

 

「いえ、そういうことではなくてですね」

 

「そんな格好で外をほっつき歩けるんか?

大丈夫や。幸い住むところはあるし、料理も得意や。士郎さんのこともあるし、今更居候が一人や四人増えたとことでどうってことないで

わたしは八神はやて。名乗るのが遅くなったけど、わたしの名前や」

 

 はぁ、と気の抜けるような声が聞こえてきたような気がしたけど、気のせいでしょう。うん。

 

 士郎さんは壁に寄りかかってこちらを見ていた。謎の発光はなりを潜め、その顔を覗い知ることはできない。

 士郎さんに何も言わないで決めてしまったことをほんのちょっとだけ悔やんだけど、きっと彼らだって私から拒絶されてしまえば行き場所をなくしてしまうだろう。そもそもそこの本に宿っているという存在なのだから。

 それにあの格好。

 そのまま外に出すのは問題がありすぎる。

 と、強烈な眠気が襲ってきた。

 

「本当ならここの家のことを教えて回りたいところなんやけど、ほら、わたしっていま成長期やろ。

夜更しはよくないんや。そこの士郎さん、衛宮士郎さんに部屋を案内してもらって。そんで好きなところで寝たらええから」

 

 そこまで話すと、もう瞼は開かなかった。

 

「士郎さん、あと、お願いします」

 

「ああ、はやてはゆっくりと休むといい」

 

 そんな優しい言葉を聞き、体がふわっと浮き上がるような感覚を得て、私の意識は沈んでいった。

 

 




A's編はじまります


うんうん、と考えながら直してみました。

20130704 改訂
20130711 改訂


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027話


魔法少女リリカルなのはFはじまります



 

 

 ひどく長い眠りから覚めたような、一瞬の倦怠感の後に肉体とリンカーコアが召喚されたことを悟った。召喚時はいつもこうだ。

 

 シグナム、シャマル、ザフィーラも同時に召喚されたことを確認した。

 膝をつき、傅くのはいつものこと。

 

 目の前から小さな存在がいることがわかる。その存在というのが仮にも我らが主となるのだから小さな存在というのは失礼になるだろうか。シグナムに知られたら強い口調で詰め寄られるかもしれない。

 ともかく、その存在は我らの主となるのだからもう少し威厳のある存在感を出してもらいたい。ビクビクと怯えているのが手に取るようにわかる。あまり好ましくない反応だ。

 

 あたしたちは何時ものように口上を述べる。

 

「ヴォルケンリッター、何なりと命令を」

 

 そう、あたしたちは命令されたらそれを忠実に守る。

 それが騎士の道から外れようとも。

 主の命はあたしたちの騎士道すら凌駕する。やりたくないこと、人道からも外れた外道、そのようなことも何度も何度も行った。その度にあたしたちの心は鋼のように硬くなっていった。

 そう、でも、できるなら、――

 

『シグナム!』

 

『わかっている、ザフィーラ』

 

『ああ』

 

 ザフィーラが障壁を展開し、ぬるっとした膜が貼られる。もちろん、それは見ることはかなわないが、―――見る方法がないことはない―――正体不明の人物をこの空間へは干渉させないだろう。

 

「はやて!!」

 

 と無粋にも主の名前を名指しし、剰えこの謁見を妨害するとはっ!なんてシグナムは考えてるんじゃないのか?薄めでシグナムを見るが、そのような事実は無い、と言うように不動のままだった。

 

「士郎さん!?」

 

 まぁ普通にかんがえりゃそうだよな。

 赤の他人、それも主に敵意を持つ人物が同じ屋根の下にいるわけがないか。

 

 魔力はあるようだが、それも不活性なままだ。

 

『油断はするな』

 

 シグナムの声が頭に響く。

 どんだけ疑り深いのか。主に聞こえないように、指向性のある音波がシャマルから発せられた。その結果、主に士郎さんと呼ばれた人物はあたしたしを疑っているようだが、傍観することにしたみたいだ。ザフィーラの障壁があるから騒ごうが喚こうがこちらへはやってこれないんだけどな。

 それも主の言葉があれば別だけど。

 

 主は障壁の向こうの人物を心配しているようだった。

 

 シャマルが問題ないことを伝えると、

 

「釈然とせんけど、とりあえずその闇の書ってのの主として守護騎士たちの面倒をみんとあかんのやろうなぁ」

 

 ちょっと待って。

 面倒見るのはあたしたちの役目だろ。

 心の中で思うことまでは禁止されていないからな。

 しかし、流石にシグナムも思うところがあったんだろう、ついつい言葉を発していた。

 

「いえ、そういうことではなくてですね」

 

「そんな格好で外をほっつき歩けるんか?

大丈夫や。幸い住むところはあるし、料理も得意や。士郎さんのこともあるし、今更居候が一人や四人増えたとことでどうってことないで。

わたしは八神はやて。名乗るのが遅くなったけど、わたしの名前や」

 

 何かずれたこと言ってるようだけど、それはそれとして真面目に考えるべき事項だ。

 このインナーだけで外に出る、―――この世界がどのような世界かはわからないが、夜にこんな服装で不審がられないということはないだろう―――あまりしたくないことだ。

 

 八神はやて。

 

 あたしの心の中にすっと入ってくる響き。

 これをもってあたしたちは目の前の少女を主と認めた。

 

 同時に障壁が消えていく。

 特に大事なのは名前の交換だからだ。

 主からその名を聞いて初めてあたしたちは主と認める。この後に何があろうとも主の言には逆らえない。そういう呪いだ。

 

 主はやて、言いにくいからはやてと言いたいけど、それ言ったらシグナム起こるんだよな。

 主の人となり、それと頃合を見て主に提言してみるか。それならシグナムも文句言わないし。主が優しかったら多分大丈夫だ。

 

 その主は大絶賛ふらふらしている。

 あたしたちの召喚に多大な魔力を使うからだ。そもそも起動直後の闇の書には魔力がひとかけらも入っていない。それでおいてどうやってあたしたちを召喚するのか。それは主の魔力である。主の潜在魔力を含めて騎士たちを召喚できる者でなければ主に選ばれることはない。

 ただ、今回の主は幼すぎた。

 今まで使用したことのなかったリンカーコアの突然の活性化。それに続くリンカーコアの魔道書内への束縛。これが負担にならないわけがない。

 目蓋がどんどん下がってきている。

 ここはあたしやシグナムよりもシャマルの出番だ。

 

 主はうつらうつらしながら言葉を紡ぎ、そこにいた人物にあたしたちのことを任せた。

 主の言葉ならば従わないわけにはいかない。

 

 シャマルが動く前に士郎さんとかいう奴が主を抱えてベッドにきちんとした姿勢で寝かしていた。

 

「さて、俺も言いたいことがあるし、そっちも聞きたいこと言いたいことはあるだろうが」

と一旦区切って主の顔を見た。「ここで話すというのは無粋だろう。少し移動しようか」

 

 そう言ってあたしたちの前を通りすぎドアから出て行った。

 あたしはシグナムを見た。シャマル、ザフィーラも見ている。

 

『ここは主の命に従おう』

 

 シグナムは無言で立ち上がった。あたしたちもそれに倣って立ち上がり部屋を出て行った。最後に出たシャマルは一度だけ部屋を見渡して出たようだ。

 

 電灯が点けられ、周りの情報が目に入ってきた。

 木製の床、白い壁。狭い通路。狭い屋内。

 狭い廊下を少し歩けば、小さな机と椅子が目に入った。

 

「立ち話もどうかと思うし、座ってくれ」

 

 と男が喋った。

 以外にもその言葉を聞いて行動に移したのはシャマルだった。

 

『シグナムもヴィータちゃんも座ったら?』

 

『いや、だがしかし』

 

『なーんかこいつ気に食わないんだよな』

 

『ヴィータちゃん!』

 

 念話だから聞かれる心配もない。

 だけど、あたしがこいつを気に食わないというのは本当だ。

 なぜかわからない、けど、なんかやだ。

 

「では失礼する」

 

 ザフィーラ、シグナムも席についた。立っているのはあたしだけだ。

 

「紅茶と珈琲それともお茶、どれががいい?」

 

 と声をかけられて少し動揺した。

 

「その、私達。紅茶とか珈琲とかわかりませんのでお気遣い無く。

それよりも話というのはまだですか?」

 

「お互いのこともしらない。君たちは紅茶と珈琲すら知らない、ということはこの国、いや世界のこともわからないんじゃないか?それなら話さないといけないこともたくさんあるだろうし、その中での一歩としてまずは飲み物からはじめてもいいだろう」

 

 そう言って男は黙ってしまった。

 

 その間にもあたしたちは念話を行う。

 

『どう思う』

 

『どう、というのは?』

 

『毒があるとか考えないのか?』

 

『シャマルがまず毒見をすれば問題ないだろう』

 

『シグナム、ひどーい』

 

 シャマルは後方支援に特化しているだけあって解毒から汚染魔力の除染なども得意としている。例え一服盛られたとしても問題はない。

 

「ほら」

 

 と言って出されたのは赤みがかった琥珀色の飲み物。

 ふわりと鼻腔をくすぐる匂いには甘さが混ざる。

 

「ほう」

 

 と感心するように息を漏らしたのは意外にもザフィーラだった。

 

「さっきはやてが言ってたと思うけど。

俺の名前は衛宮士郎。ファミリーネームが前にあってファーストネームが後ろだ。これははやても同じ、というよりはこの国ではそうなってる」

 

 衛宮士郎は自分で入れた飲み物に口を付け、続けた。

 

「それで、君たちは何なんだ?」

 

 あまりのストレートすぎる質問にあたしは持ち上げていたカップを戻した。

 騎士のことを言うのか、それともあたしたちの存在であるプログラム生命体から言うのか。

 

「私達は主八神はやてと闇の書を守護する騎士です」

 前置きをしてシャマルが説明する。でもシャマルなら深くは説明しないだろう。

 あたしたち守護騎士は気の遠くなるほどの昔から闇の書とその主を守り、魔法技術、魔力を蒐集してきた。それは単に主のため。

 

「あまり深くは言えません。主の許可を取っていただなければ。

ただ、闇の書が完成すれば主は強大な力を得ることができます」

 

 衛宮士郎はこくりと頷いた。

 

「漠然とだけど、話はわかった。

要するにはやてを守って、闇の書を完成させる、ということだな」

 

 あたしたちは頷いた。

 

「その蒐集方法というのもはやての許可がなければ言えないのだろう」

 

 そんなことはないけど、ここはシャマルやシグナムに任せておく。

 

「それは人体への、いや、人以外からの例えば魔力の篭った鉱物、鉱石や人間以外の魔力を持つ生物からも蒐集はできるのか?

ふむ。それはいい。蒐集した際に人体への影響というのはあるのか?」

 

「前者についてですが、人間以外の魔力を持ったモノならば蒐集ができます。蒐集された側は蒐集量にもよりますが、疲労が溜まったと感じる程度でしょうか。主の命令で生命を脅かすほどの蒐集もできなくはないですが、正直なところを言えば、そのようなことはしたくないですね」

「シャマル」

「あっと、ごめんなさい。最後のは忘れてください。

主の命令には強制力がありますから」

 

 シャマルはあんなことを言ったが、あたしだって嬉々として人を傷つけるようなことはしたくはない。

 そのようなものは騎士道に反する、なんてシグナムなら言いそうだ。

 

「――で、時空管理局なる組織を知っているか」

 

 話をぼーっとしていたら聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできた。

 思わず立ち上がってしまう。

 

 ガタン、と椅子が倒れた音がした。

 

「おい、今。

管理局っつたか?」

 

 声帯から出る低音が空気を震わせる。

 

「ヴィータ、落ち着け」

 

「落ち着いていられるか!?

いられるわけねぇ! あいつら前回も邪魔してきやがった!」

「ヴィータ!」

 

 シグナムの大きな声に言葉が詰まる。

 

「主がお休みになっているのだ、あまり大声は出すな」

「ごめん、でも」

「何も衛宮士郎が管理局と繋がりがあるとは言っていない。

それにここは魔法文化がないようだ。そうだろ、シャマル」

 

「ええ、周囲に強い魔力反応もないわ。

それにここ一体に魔力を使用する機器もないみたい」

 

「少しいいか。

あの組織のことは俺もよくは知らない。前にロストロギアなんていう落し物で接触しただけだ」

 

 ありえない話ではない。

 活性化していないとは言え、目の前の衛宮士郎はリンカーコアを持っている。その魔力とロストロギアの魔力が共鳴したんだろう。

 

「それにその管理局の者はこの世界を第97管理外世界なんて言ってたと思うぞ」

 

「管理外世界であるならば管理局の法も手もだせない

一先ずは安心できるな」

 

「でも、こいつが」

「ヴィータちゃん、コイツ呼ばわりはダメよ」

 

「衛宮士郎が管理局と繋がっていない証明にはなんないじゃん」

 

「その時はその時だ。

主も衛宮士郎を信頼しておられるようだし、万が一にでも主を裏切るようなことがあれば。

その先は言わないでもわかるだろう?」

 

「ああ、はやてを裏切ることはないと思いたいな」

 

 とそよ風が凪いだように衛宮士郎はかわしてみせた。

 

「さて」

 と衛宮士郎が立ち上がり「夜も遅いし、あとの話ははやてが起きてからでもいいだろう」

 

 カップはそのままでいいという言葉にあたしは微温くなった飲み物を喉へ流し込んだ。

 案内されたのは寝室だった。

 

「俺が使っている部屋で悪いんだが、ここで寝て欲しい。

他の部屋は寝られるような状況じゃないからな。

ザフィーラ? ちょっと布団を取りに行くから手伝ってくれないか?」

 

 シグナムが微かに頷いたのを見た。

 

「わかった」

 

 とだけ言って二人は出て行った。

 あまり時間をかけずに二人は戻ってきた。

 

 衛宮士郎はここで寝てくれ、と言った。

 

「衛宮士郎さんはどうするんですか?」

 

「俺はソファー、さっきの部屋の隣で寝るよ。

ここは4人で寝るには狭いかもしれないけど、我慢してくれるか?」

 

「私もそちらへ行こう」

 

 とザフィーラは獣形態へとなった。

 

「お、おおっ!

魔法みたいだな!」

 

 無邪気に驚いているが、その声を聞くと「声はそのままなんだな……」と漏らしていた。

 ザフィーラは監視も兼ねて衛宮士郎の近くで寝ることになった。あの姿なら大抵の場所で休むことができるからな。

 

 あたしたちは3人で話し合って寝る場所を決めた。

 だれがどこで寝ることになったのかは内緒だ。

 

 





20130919  改定


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028話


魔法少女リリカルなのはFはじまります




 

 

 あたしたちの睡眠は唐突に破られた。

 いや、寝ていたのはあたしだけのようだけど。今はそんな話をしている場合じゃなかった。

 

『衛宮士郎が起きた』

 

『そうか』

 

 あたしの睡眠はこの念話によって中断せざるを得なかった。

 

「そんなことで起こすなよ」

 

 思わず呟いていた。

 

「ヴィータ、いくらなんでも気を抜きすぎだ」

 

 シグナムに嗜められてしまった。

 

「だって、しょうがないじゃん。

召喚直後は魔力が安定しないんだから。闇の書だって魔力スッカラカンじゃん」

 

「召喚直後は我らが一番脆弱となる瞬間だからな。

それでも魔力の安定に一晩はかからないだろう。直後に襲撃があったらどうするんだ」

 

「まあまあシグナムも。

ヴィータちゃんの言うことももっともだわ。しょうがないわよ」

 

 それとなくシャマルも自身が安定状態になかったことを暗に意味した。

 

「ごほん。

そんなわけだから、ね。シグナムも。

それに主、八神はやての周りには感知結界、周辺に物質の固定化を施しておいたから万が一もありえないわ」

 

 シャマルの笑顔って時々怖いんだよな。なんていうか、冷たいっていうか。

 

『それはいいんだが、衛宮士郎が出かけようとしている。どうやら走ることが日課になっているらしい。

俺はこのままついて行くが、どうする』

 

『あたしが行くよ。

主に何かあった時の最大戦力はシグナムで間違いないし、そうなった場合にシャマルは不可欠だからな』

 

 シグナムとシャマルを見る。

 

「それに、この中で一番魔力が安定しているのはあたしだ」

 

 

『それではな、あとは任せる』

 

『はい、行ってらっしゃーい』

 

 あたしは衛宮士郎とザフィーラが出て行って、暫く経ってから出た。

 出る前にはシャマルにこの周辺にある程度の魔力を有する生物の探査を行ってもらっていた。昨晩も行ったが、事ある毎にやっていてもいいと思う。

 結果は言うまでもなく、昨晩同様、この周辺に異常はなかった。

 

「それじゃぁあたしも行ってくる」

 

「ああ、きを」

「気をつけろ、なんていう言葉はいらない」

 

 シグナムはフッと息を漏らした。

 

「そうだな、したいようにやってこい」

 

「これが戦時ならいざ知らず、ただのストーキングっていうのがねぇ」

 

 シャマル、ちょっと黙ってようか。

 

 

 室内よりも幾分か湿った空気を肺に入れながらリンカーコアを呼び起こす。

 周囲から極微量の魔力を吸収し、全身を魔力が循環する。

 

 暗がりから明けつつある空を見る。

 同時に今また召喚されたことを実感する。

 

 何が闇の書の守護騎士だよ。適当に選ばれた主とやらの為、闇の書のページ集めのために戦うだけの存在。どうせ一生こうなんだろ、あたしたちは。

 

 脳裏を過ぎるのはこれまでの守護騎士としての扱い。しかし今代の主はちょっと違うように感じるけど。

 

『いつか壊れて果てるまでは、な

詮無きことだ。今は自分の役割に徹しろ』

 

 ザフィーラは念話が割り込んできた。声に出ていたのだろうか。

 独り言を聞かれるのはあまりいい気分じゃない。

 

 地を蹴ると同時に魔力障壁、推進、姿勢制御などを無意識下のうちに処理し、あたしは空へと浮かぶ。

 

「まぁ戦がなけりゃ、夜明け前の空っていうのはいいもんだな」

 

 そんな感傷に浸りそうになる。

 

「っとと、ザフィーラはどこだ?」

 

 あたしはリンカーコアの共鳴を頼りにその方角へと視線を向ける。

 

 魔力使ってない人間にしてはいい動きしてる。あたしの思った感想だ。

 でも、こうして見ると

 

「犬の散歩のように見えるな」

 

『ヴィータ、何か言ったか?』

 

『いや、何も言ってない。

衛宮士郎を補足した』

 

『……わかった』

 

 

 あたしは空を駆けながら追随する。と言っても、衛宮士郎と主のとの中点に位置するので移動する距離は少ない。

 本当に走っているだけだな。

 それが変化したのはぐるっと回って主の元へ帰ろうかという時だった。

 

 あたしは遠見の魔法を使っている。それにもかかわらず、衛宮士郎と目があった。

 こちらを指差してザフィーラに話しかけているのがわかる。

 

『ヴィータ、聞こえるか?』

 

『ああ、聞こえないわけがない』

 

『衛宮士郎がヴィータに伝えて欲しいことがあるらしい』

 

 こちらを指差してたもんな。

 

『空中にいると下着が丸見えだそうだ。服を着替えるか、もしくは見えないように配慮しろということを喚いている』

 

 って、下着……

 あたしたちは召喚時には黒の衣に包まれている。魔力で作られたものである。あたしは頭からすっぽりハマるようなひらひらした服装で下着は……

 

 はん、戦場で下着が見られたくらいで動揺するような真似はしない。

 

 あたしはスカートを股に挟んだ。

 

『こ、これでどうだ!』

 

『も、問題ない。

こちらからは見えない』

 

 そ、そうだろう!

 あたしの葛藤を他所に衛宮士郎は走ることを再開して走り出したのだった。

 

 

 

 

「……」

 

「被害はなかったんだ、落ち込むことはない」

 

 当事者じゃないからそんなことが言えるんだ。

 あたしは衛宮士郎が家に入るのを確認して、後から入っていった。

 

「……それで、今あいつは?」

 

「料理を作っている。

我々の料理も含まれているらしい」

 

「主は相変わらず?」

 

「ああ、眠られておられる。

それにシャマルがそばについている」

 

 部屋に入ると何とも言えない美味しそうな匂いがしていた。

 あたしたち守護騎士は食事をする必要がない。

 それを衛宮士郎は知っているとシグナムからは聞いた。

 

「なんでそんな無駄なことするんだ?」

 

「わからん。が、食物を摂取し、分解、魔力化ということであれば意味のない行為ではない。

歴代の主の中にも我らに食事を摂らせる者もいた」

 

 それはそうだけど。

 あたしたちに味覚がないわけじゃない。できるなら美味い料理のほうがいい。

 

 

「っと、だれかはやてを起こしてきてくれないか?」

 

 衛宮士郎は言った。

 

 守護騎士が主の睡眠を妨げて良いのだろうか。

 あたしは一瞬迷ったが、机の上に置かれる料理を見て返事をしていた。

 

 

「シャマル、主を起こそう。

早く!」

 

「ちょ、ちょっとヴィータちゃん!? どうしたの?」

 

「主には朝食をとってもらう。主の健康のためだから起こすのは当然だ!」

「わ、わかったから。グラーフアイゼンはしまって頂戴」

 

 あたしはアイゼンを握っていたことに驚いたが、素直に言葉にしたがった。

 

 

「「いただきます」」

 

 主と衛宮士郎は手を合わせて言った。

 

「これはな、まぁ食事前の礼儀みたいなもんや。ほら、みんなも」

 

「いただきます……」

 

 あたしはなんとなく、小声で言った。

 

 あたしは、中央のお皿に並べてある料理を手にとって口へ運んだ。

 ……美味しい。

 

 手と口を動かして食べていたら、あたしに視線が集まっているのを感じた。

 シグナムなんかはやれやれ、といった表情だし、主と衛宮士郎はなんか温かい目で見てるし、顔が紅潮するのを感じた。

 

「まあまあ!」

 

 そういうと何故か笑いが起きた。

 

 

「せなあかんことはたくさんあるけど、まずはお洋服やな」

 

 そういって主が取り出したのは目盛のついた紐。

 それであたしたちの体のサイズを測って回っていた。場所は主の部屋だ。

 

「うん、これでよし。じゃ、士郎さんと買い物に行ってくるから」

 

「お待ちください。主と衛宮士郎だけでは我々が不安です」

 

「そりゃそうかもしれんけど、シグナムとかシャマルがそんな格好で外に出たら警察に職務質問されるやろ、わたしが不安や。

ヴィータなら、わたしの服が着れるから付いてきてもいいかな」

 

「ならば、ヴィータ。主のことは頼んだぞ」

 

「ええぇー」

 

 思わず不満を声に表した。

 主と行くのはいいんだけど、あいつも一緒かぁ。でもしょうがないか。

 

 主の服を着せてもらって出かける準備をした。

 

「おーい、はやてー。まだかー?」

 

 主を呼ぶ声がする。

 

「もうちょいー。女の子の準備は大変なんやでー」

 

 主はそう返していた。

 主のお古という服を着させてもらった。

 

 ひらひらしたスカートではなかったので一先ず安心できた。

 

「待った?」

 

 という主の問いに衛宮士郎はまあな、と答えた。そしてあたしを見た。

 

「なんだよ」

 

「ヴィータぁ。うちではいいけどあんまり外でそんな口きいたらあかんよー」

 

 主に言われてしまった。

 

「だって。こいつが、衛宮士郎が」

「いちいち名前全部言わなくても。俺のことなら士郎でいいぞ」

 

「わたしもはやてでええよ。主とか言われるのは何かこそばゆいわ」

 

「じゃ、じゃあ。

はやて!」

 

「うん、なんやヴィータ」

 

 なんだか主、はやてと近くなった気がして嬉しかった。

 

「さぁ玄関で何時までも時間潰してはいられないからな。

出かけるぞ」

 

「はぁーい」

 

 なんで衛宮士郎はこんな時に口挟むかな。

 言わないけど!

 

『それにしてもよ、士郎の目の良さって異常じゃないか?』

 

『リンカーコアはあるみたいだからな、漏れ出した魔力が身体機能もしくは身体そのものを強化するということは聞いたことがある』

 

『それを含めても、ってこと。あたしの遠視と同じくらいは見えるってことだろ。

普通じゃない』

 

『それもそうだけど、ヴィータちゃん。士郎って随分と仲良くなったようね』

 

『うっさい。自分でそう呼べって行ったんだよ。

主もはやてでいいってさ』

 

『ほう。だがな、礼節は忘れるなよ。我らの主だ』

 

 シグナムはいつも堅い。

 

「ヴィータ、ちゃんと前見て歩いてないと危ないよ」

 

 ハヤテの言葉に一旦念話を打ち切る。

 

「まぁその心配はいらんだろうさ。

見た目に反してなかなかしっかりしているし」

 

「見た目に反してってのは余計だな。

いつでも完璧だぜ。あたしは」

 

「それではやてに心配かけさせなければ言うことなしなんだけどなぁ」

 

 ぐっ。

 

 そんなやりとりをしているうちに巨大な建造物群が見えるようになってきた。

 魔法文化のない世界ではこのような巨大建造物をみることは少ない。

 

 魔法文化がないというだけで、他の技術体系が進歩してきたのだろう。

 得てしてロストロギアというものはこのような文化の終末期に現れることがある。魔法文化の発達している世界の方が少ないのだ。最も、そのロストロギアを残してその世界は消滅してしまっているとうことも当然ありうるから一概には言えない。

 

「それじゃはやて、ヴィータ。一時間後にここで。

俺は食材を買ってくるから。時間がかかるようなら電話してくれ」

 

「ちょいまち、女の子の服選びが1時間程度で終わると思ったら大間違いやで!」

 

「帰ったら作ってあるケーキを食べようと思ったんだが、それなら仕方がな」

「ヴィータ、行くで! 時間は一時間しかないんや!

この緊張感、切羽詰った感はRPGやってるみたいやな。まずはヴィータの洋服からや。ぼさっとせんと付いてき!」

 

 と主は言うとあたしに車椅子を押すように支持して進路を示した。

 

 結果を言うならば、非常に疲れた。

 ここの人と思われる――はやては店員さんと呼んでいた――女性を呼び止めて大量の服を運ばせてあたしに着せていった。

 

 これはあかん、これかー、うーん。でも。

 なんてあれこれ言われてもわからないし。あたしは言われるままに服を着替えて回った。

 その半分以下の時間でシグナムとシャマルの服をはやてが選んでいった。

 

 非常に疲れた。

 待ち合わせた場所には、すでに士郎がいた。

 

「待った?」

 

「いや。それにしてもすごい荷物だな」

 

「いやいや、これでも少ない方やで。女ちゅー生き物はな、たくさんの服を所持せにゃあかんもんなんや。

ま、徐々に買い足して言ったらええやろ」

 

 はやてが言っていたが士郎は呆れているようだった。

 多少重さがあったとしても、あたしにはほとんど関係ない。

 

 荷物のほとんどを士郎が持ってあたしは申し訳程度に荷物を持って帰った。

 

「ただいまー」

 

 とハヤテの声が響く。

 あたしが事前に伝えておいたから、玄関にはシグナム、シャマル、ザフィーラが待機していた。

 

「お帰りなさいませ」

 

 あたし以外が膝をつきシグナムが代表して言葉を言う。

 

「そんな堅っ苦しいのはなしや。

おかえり、それだけでええよ」

 

 はやてはそう言って士郎の方を見た。もしくはお帰りなさい、だな。と士郎も続けた。

 

 あたしは持っていた袋をシャマルに預けた。

 帰ったらまず手洗いとうがい。

 そう教わったからな。

 

 あたしたちは部屋で着替えることになった。

 シャマルもシグナムも満更ではない様子で、はやても笑顔だった。

 

 士郎はお茶の準備をすると言ってキッチンへ行っている。

 

 あたしはこの数時間で認識を改めた。

 

 この優しい世界と主とともに静かに暮らせていけばいいと思った。

 もちろん口には出さないけどな!

 

 





更新遅くなりました。


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029話



魔法少女リリカルなのはFはじまります




 

 

「騎士甲冑?」

 

「ええ、我らは武器は持っていますが、甲冑は主に賜らなければなりません」

 

「自分の魔力で作りますから、形状をイメージしてくれれば大丈夫ですよ」

 

 わたしの疑問にシグナムとシャマルが答えた。

 だけど、そう言われても、

 

「わたしはみんなを戦わせたりせぇへんからなぁ」

 

「そういっても、中には悪い奴もいるかもしれないだろ。そこに颯爽と現れるあたし。

へんてこりんなのだと格好つかないじゃん」

 

 ヴィータの言うことも最もだけど、そんな状況になるのか疑問や。

 

「それなら格好良いほうがいいよなぁ。そやけど、資料なしにはなんとも言えんところやな。

録画されてるのにあったかな」

 

 わたしは部屋を出てリビングに向かった。

 

「士郎さん、甲冑が出てくる映画とかって録画されてるっけ?」

 

「あーっと、なんか外人が侍になるやつとか、かな。夜に大河ドラマ見たらいいんじゃないか?

今は豊臣秀吉だろ。甲冑くらい出てくるだろ」

 

 なるほど。

 

「ところで、士郎さんは騎士甲冑って聞いたら誰を思い浮かべる?」

 

 騎士という言葉を聞いて少し遠い目を士郎さんはした。

 

「アーサー王とか、ジャンヌ・ダルクとかいろいろあるからな。

まだ録画されたのは消してないから見てみるのもいいかもな。当時の騎士がどんなものだったのか、防具はどうだったのか。フィクションが入るだろうけど、少なからず何かしらの参考にはなるだろうよ」

 

 士郎さんは言いながら掃除を再開した。

 

「なんだったら図書館へ行くのもひとつの手だな。資料として分厚い本とかがあると思うけど」

「それや。士郎さんありがとう」

 

「どういたしまして。俺はそろそろ出るけど、図書館に行くならお昼をバスケットに入れて持っていけばいいよ。家で食べるなら少し足りないだろうから、適当に足してくれ。

ああ、あと、図書館に持って行くなら事前に連絡をくれたら賄いもらってから行くから」

 

 ほう。

 

「ほならホットサンドな!」

 

「期待に添えるかどうかはわからないぞ」

 

「けちー」

 

 暫くして士郎さんはバイトに出かけていった。

 

「わたしらは録画されとるやつを見てからええ時間帯に出ようか」

 

「はい」

 

「はやてー、やり方わからないー」

 

「はいはい。ちょいまってな。

このボタンをな、こう」

 

 ヴィータ達はわたしのリモコン使いに惚れ惚れしとるようやな。

 最初にちょっとCMを挟むのでオープニングが始まる前にお茶と煎餅を持ってきた。シャマルに手伝ってもらってザフィーラを除く、みんなの前にお茶が配られる。

 映画を見るっていったら、やっぱり飲み物とおやつは必要ですから。

 

「何を見られるのですか?」

 

 というシグナムに対してて、わたしは

 

「ジャンヌ・ダルクっていう人の伝記? そんな感じの映画や。

女性が主人公やから騎士甲冑の見本になると思って」

 

「さすがはやてちゃん」

 

 さすがの意味があまりわからんかったけど、スルーしとけばいいんやな。

 そろそろ始まるし。

 

 見た感想としては、なんともいえない。

 散々利用されて最後は火炙りとか。

 

「騎士道を貫いた彼女は素晴らしいですね」

 

「利用された挙句にこんなじゃな」

 

「彼女は不本意だったかもしれませんが、このように後世に語り継がれてますからね。さらにひどい扱いを受けた人もたくさんいたんでしょうね」

 

 三者三様の思いを述べていた。

 

「感想はおいといて、甲冑なんかはあんなのでよかったん?」

 

「少々動きを阻害してしまいそうな感じでしたが、概ねあのような形です。ただ、面を覆ってしまうのは視野が狭くなってしまいますので。そこだけを注意して頂ければ問題ありません」

 

「シグナムの言うことも一理あります。私たちの構造は人間を模して作られています。最も重要なリンカーコアは胸の中に。そこが重要ですからできれば胸当てはほしいところですね。魔力で甲冑は生成しますが、はやてちゃんのイメージに沿った防御が甲冑には含まれますから」

 

「なんか難しいなぁ」

 

「そんなに考える必要はねーよ。おんなじような甲冑を用意してもらえばあたしらはそれを身長にあわすから、それに今までの主だってあたしらの甲冑はほとんど同じ形のだったからな。別にあたしら個人に合わせた甲冑を考える必要はないんだ」

 

「せやけどな、せっかくだし。みんなにはそれぞれの甲冑を送りたいんや」

 

「そのような。

勿体無いお言葉です」

 

 シグナムが頭を垂れた。わたしはすこし恥ずかしい気持ちになる。

 

「はやてー、士郎の言ってた時間って」

 

 そこまで言われてわたしは時計を見た。

 11時と30分を過ぎたころ。時間がなくはないけど、もう少ししたら家を出ないといけない時間ではある。

「ヴィータ、ナイスや。

みんな、一旦ここで区切りを入れて出かける用意や」

 

 

「図書館で見た資料以上の成果はこの映像からはわかりませんね」

 

「映画っちゅうのは娯楽やからなぁ」

 

「エンターテイメントである以上、細部まで再現する必要はなく魅せなければならない、ですよね」

 

「ああ、図書館で得られた資料からは確かに華美であるものもあったが、この映像のように実用に耐えないものは少なかったように感じたな」

 

「そこは偉い人の装備だけが現代に伝えられたってのもあるかもしれんし、そういうのは出さんのかもしれんし、ようわからんわ」

 

 私達が映画よりもその格好について話していいると士郎さんが口を開いた。

 

「なんにせよ、これだけ有名になるような人物は普通の人生を歩めないってことだな。英雄だなんて言われてるけど、その人物のハッピーエンドになることはなかなかないからな」

 

「しかも激動の時代。幸せを噛みしめる奴がどんだけいたかって話だな。争いがなけりゃ平和なのにな」

 

 ヴィータのぽつりと漏らした言葉がすっと響き渡った。

 わたしが生まれてこのかた、戦争や争いに巻き込まれていない。それがどんだけ幸せなことなのか。でもこういう生活を送っている以上、それを実感できる場面は少ない。

 

「まぁなんや、続いて大河ドラマ見るから! シャマル、お茶のおかわりや」

 

「はいはーい」

 

 シャマルは立ち上がるとパタパタとお茶を取りに行った。

 

「お茶請けは何がいい?」

 

「ケーキ!」

 

「はい、却下ー。独断と偏見で芋けんぴになりましたー」

 

「えー」

 

「ヴィータ、ものには相性っちゅうもんがあるんや。紅茶や抹茶ならまだしも、煎茶になるとな、あまりあまったるいのは合わんのや。それにケーキなんて常にあるわけちゃうからな。

 わたしの誕生日だったからやで。つまり特別な食べ物や。特別な食べ物がそうそうに食べられてしまったら特別やなくなるやろ。ありがたみなくなるやろ」

 

 わたしの言葉にシグナムは頷いていたが、ヴィータは眉間にシワを寄せたままだった。

 

「そんなに変な顔しとったらいかんよー」

 

 ヴィータの鼻をつつくとくすぐったそうにしていた。

 

「幸せっていうのは慣れてしまうもんらしいで。美味しさもそうや。たまに味わうからいいんやで。もちろん料理の話な」

 

「でもー、はやてー」

 

「言いたいことはわかる、でもな、人間はデブるんや……」

 

「はやて、人間って不便だな……」

 

 それを言ってくれるなや。

 

「ま、それはいいんや。デブるつもりはないから。

あと悲しくなるからその話題はなしやで。ここらへんで主らしい命令をこれにしといたろか」

 

「そ、そのような命令されずとも、ヴィータ以外はそのようなことを言いませんから」

 

「そうですよー。お仕置きするのはヴィータちゃんだけにしてくださいね」

 

「シグナム、シャマル、お前ら裏切るのか!? 頼りになるのはザフィーラしかいないぜ」

 

「私に助けを求めるのもいいが、言の責任を果たすのも騎士だろう。

食事のランクを下げるのはヴィータだけで良いと私は思う」

 

「ザフィーラ、食事のことは言っちゃいけなんだぜ!?

だって、あの美味い飯が食べれなくなったら困るじゃん。あたしが!」

 

「俺の料理はそんなにうまかったか?」

 

 士郎さんは顔に似合わないニヤっとした視線をヴィータに送っていた。

 

「ちげーよ! 美味いのははやての料理だけっての!」

 

 シャマルはその光景を面白そうに眺めながらお茶を足していった。

 

「あー、もう。

今から見るんやから静かにな」

 

 各々から声がかえってきた。

 

 

「このように胴を守る鎧というのはあまり見ませんが、理にはかなっていますね。

重量がありすぎるという欠点はありますが、それは甲冑全体に言えることですし」

 

「ま、そういう話もいいけど、そろそろいい時間だしな。

いい子は寝る時間だ」

 

「士郎さんはわたしのことをいい子だと思ってるわけやね」

 

「俺はいい子にしかお菓子をあげないからな」

 

「あたしはいい子だし! はやてもいい子だし。

はやて、早く歯磨きして寝ないと。睡眠不足はなんとかってシャマルが言ってたぞ」

 

「はいはい。でもな、ちょっと早すぎると思うんやけど」

 

「寝ればいい案も浮かぶかもしれないし、一晩考えてみるのもいいんじゃないか。

甲冑っていてもな、はやてに丸投げはあんまりだと俺は思うし、自分である程度の考えは持ったほうがいいぞ」

 

「ああ、主にも言われている。我らも部屋に戻るか」

 

「私は洗い物をしてから戻りますね」

 

「ああ」

 

 わたしはヴィータにせがまれて歯磨きをして部屋に戻った。

 

 

 

 いつもよりも早い時間に目が覚めてしまったのは、ヴィータに夜更かしして本を読むことを許してもらえなかったからだ。

 主の健康にも気を使うのが騎士だって言ってたけど、あの目は本当のことを言っていないと物語ってた。だってこっち見て言ってなかったし。

 

 隣で気持ちよさそうに寝ているヴィータのほっぺを、恨みを込めて優しくつついたけど、全く反応を示さなかった。こんなことでわたしを守れるんかいな、とも思わなくもない。

 きっとその場になったら力を発揮するタイプなんやな。

 

 できるだけ音を立てずに部屋からでてリビングへ向かう。

 包丁を操る軽快な音が響いている。

 とんとん、っと。

 

 わたしはその音に少しほっとし、少し口元が緩むのを感じた。

 

「おはよう」

 

「おはよう、はやて」

 

「おはようございます、主」

 

 ザフィーラの言い方は少し硬い。

 

「もう、ザフィーラ。主、じゃなくてはやて、もしくははやてちゃん、はやて様って言ってくれないと」

 

「おはようございます、はやて様」

 

「ごめん、主でいいわ」

 

 ザフィーラは尻尾をひと振りして窓の外に視線をやった。

 

 士郎さんがわたしがいつもよりも早く起きたことについて言ってきたけど、原因はヴィータだって言ってやった。

 

「なるほどね、っと。

顔拭いてさっぱりしてらどう」

 

 冷水でひんやりしたタオルでひゃっとなる。

 でもこの感じは嫌いじゃない。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。

もうすぐで朝食の下拵えも終わるけど、はやてはどうする?」

 

「そやねぇ。

ちょっと手を加えて朝食をさらに美味しくするっていうのはどうやろ」

 

「その考えはいいな。なら、ここからは一緒にやろうか」

 

「任しとき」

 

「ザフィーラ、今日の散歩はないけど、いいかな?」

 

 士郎さんがすまなさそうにザフィーラに言ったが、ザフィーラは心得ている、と一言言っただけやった。

 

 

「鯖もそのままじゃなくて西京焼きにしようか」

 

「それじゃぁ、味噌汁にもひと手間っと」

 

 士郎さんがちょこちょこと動き回って、私は一品に手直ししたりとしていたら時間がすぐさまさっていく。

 一人で料理するよりももっといい。

 

「おはようございますぅ」

 

 と寝癖を直さないままふらりとやってきたのはシャマルやった。

 

「シャマル寝癖寝癖」

 

「え、あっ」

 

 とこちらを見るなりぱたぱたと走っていってしまった。

 シャマルはこっちへきて、わたしが起きる前に起きて、牛乳を用意してくれるようになっていた。士郎さんがいつもは用意していたんやけど、せっかくだからということで。士郎さんも、早朝ランニングの時間が伸びるって言うので快諾していた。

 

 多方仕込みが終わって、朝のニュースを見ていた。

 

「あれから、考えはまとまったのか?」

 

 士郎さんの言葉に素直に答えた。

 

「いんや。

よく考えても、わたしは騎士たちに戦って欲しくないし、そんな命令もせんと思うんや」

 

「そうだよなぁ」

 

「それにあんなにのっぺりした甲冑? もあんまりやろ。

ヴィータにあんなのは似合わんやろ」

 

「いや、意外と……」

「ないわー」

 

 わたしは思っていたことを士郎さんに言っていた。

 

「もっと女の子らしい甲冑とかないんかな」

 

「だったらさ、いっそのことドレスを基調とした甲冑なんてどうだろう。

もちろんあまり華美でないドレスだけど、それに篭手、胸当てなんかつけてさ、下に楔帷子なんてのもいいと思うし」

 

「ドレス、それは考えんかったわ。

あ、なんか思いついたかも。ありがとう士郎さん!」

 

 わたしはその考えがとても素敵なものに思えた。

 

 






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20161105  改訂



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030話


魔法少女リリカルなのははじまります




 

 

「ちゅーわけで、今日は図書館に行ったあとにおもちゃ屋さんに行くからそのつもりでおってな」

 

「おもちゃ屋さん?」

 

「おもちゃを売ってるところやね。えーっと、玩具って言ったほうがええか?」

 

「いえ、それには及びません」

 

 わたし達は朝食を取りながら今日の行動について説明していた。

 

「なら、昼はファミレスかなんかで外食にするのか?」

 

「うん、みんなに家庭料理以外ってのも食べさせてあげたいしねー」

 

「いいんじゃないか。何処へ行くんだ?」

 

「えぇーっとなぁ、高見市にでっかいショッピングモールがあったやん」

 

「ちょっと郊外にあるっていうあれだろ。俺も行ったことないなぁ。

バイトがあるしなぁ」

 

 士郎さんが残念そうな顔をしているでちょっと新鮮。

 士郎さんが何かしたいということはあんまり言わないから。

 

「士郎さんも残念に思うことあるんやな」

 

「その俺が何も考えてないみたいな発言はちょっとやめてほしいんだけど。そうだな。

そういうところは有名な調理器具のメーカーが出店していることもあるし、安く手に入れられるかもしれないのになぁ」

 

「そんなことだろうと思ったわ。パンフレットも貰ってくるし、時間があれば確認してくるからそれで我慢やな。

士郎さんはお仕事、わたし達も一応は資料集めや」

 

「主、よろしいのでしょうか?」

 

「しゃあないけど、そればっかりはなぁ。

面白かったら、士郎さんも誘ってまた行けばええやろ」

 

「ねぇねぇ、はやて。そこってどんなところ?」

 

「それは行ってからのお楽しみやでー」

 

 ヴィータは心なしかそわそわしているように感じられ、シャマルはそれを見て笑っていた。

 問題はザフィーラやな。

 

「……私は主の家の守りでもやっておこう。

必要はないとは思うが。主には我等が将がついているので問題はなかろう」

 

 わたしの心を読んでかそんなことを言ってきた。

 

「ごめんな。今度一緒に散歩に行ってあげるから」

 

「ザフィーラ、頼んだぞ」

 

「何、いつものことだ」

 

 ザフィーラは尻尾をひと振りし、窓へ向いた。

 これならええや。ザフィーラも狼の形態でいるが、いつもそうというわけではない。お風呂なんかは人の形でいる。

 

「なら、昼が必要なのは俺とザフィーラだけか。

まぁちょっと贅沢にしようか」

 

とちょっと意地悪な言葉が投げかけられた。

 

「ちょっと待った。それははやてが許してもあたしが許さない」

 

「言っておくが、俺のような素人が作る料理と、料理人が作るプロの料理っていうのは全く違うからな。料理をすることで生活してるわけだから」

「特別に今日だけだかんな!」

 

「だ、そうだ。今日くらいは人型で食べられるようなものにしとくからレンジで温めて食べてくれよな」

 

「……善処しよう」

 

 と言いつつ、ザフィーラが士郎さんの料理を密かに気に入っているのには気がついている。わたしの料理としっぽの振り方が違うんやから。あえて指摘はしないけど、やっぱりちょっと悔しい。

 今だってザフィーラの尻尾が機嫌よさそうに左右にふらふら揺れている。

 いつかわたしが士郎さんよりも料理を上手になってやるんやから。

 

 

 

「士郎が言うから期待したんだけど、正直がっかりだったな」

 

「ヴィータの言うこともわかる。作業的に作られたものだったな。

いうなら数打ちの剣のようなものか。だが、そういうものなのかもしれんな」

 

「まあまあ。それなりに高いお金を出さんと美味しいものを食べるものはできないっちゅー社会経験が出来たわけやな。士郎さんはああ言っとたけど、正直士郎さんの作る料理はそこいらの店の料理よりははるかに美味しんやからな。わたしも初めて食べた時には自分との違いを見せつけられて愕然としたもんや。

そんな美味しい料理を毎日食べられるわたしらは幸せっていうことやでー」

 

「はい、主の言うことは理解できます」

 

「そうねぇ。士郎君やはやてちゃんの作る料理は美味しいものね。私も習おうかしら」

 

「それはええ考えやで。人に大事なのは衣食住言うくらいやから、食の大事さはわかってもらえると思うけど、これがなかなか奥深いもんやからな」

 

 そう、フライパン一つとってみても、鉄、銅、アルミのような素材から表面にテフロン加工なんていうよくわからない処理が施されて焦げ付きにくくされているものまである。

 そして目の前には

 

「これが圧力鍋ってもんや。わたしや士郎さんだけだったら必要なかったかもしれんけど、今は大所帯や。一つくらいあってもええかもしれんなぁ」

 

「はやてちゃん、圧力鍋って? 名前から圧力をかけるっていうのはわかるんだけど」

 

「それはなぁ、たぶんすんごい圧力で食べ物を柔らかくふにゃふにゃにしたりするのでとってもはいてくな鍋なんやで。つまり、時間がかかる煮込み料理なんかが半分以下の時間で作られる」

 

「おお! すげーな!」

 

 ヴィータありがとう。

 その反応を待っとったんや。

 

 それにしてもここの品揃えはええな。

 士郎さんなら目を輝かせるんやないやろうか。

 

 フライ返し一つとってみても安物とは違う。

 使い勝手ももちろんだけど、デザインがいい。装飾はなくともそれが洗練されたものだとわかる。

 

 ああ、ここにおったら一日くらいすぐに潰れてしまいそうや。

 あかんあかん。

 わたしらの目的はここじゃない。

 

「シグナムもそんな包丁ばかり見とらんと。

ほら、シャマルも。自分では料理せえへんやろ」

 

「私だってお料理手伝いたいと思ってるんですからね」

 

「それはまた今度や。その熱意をヴィータ探すのに手伝って欲しいんやけど」

 

「ヴィータちゃんなら隣のスポーツ用品店にいるようですよ」

 

 即答かいな。

 守護騎士のみんなは、無線のように魔法でお互いのやり取りをできるらしい。だからヴィータのいる場所がすぐにわかったってわけや。

 

 

「ヴィーター! いくでー」

 

「はやて! ちょっと待ってって。今片付けるから」

 

 ヴィータがいたのはゴルフ用品をおいているあたり。そして、ジュニア用のドライバーを握っていたという話。

 守護騎士たちが持ち得る武器というか武具というのは、主ことわたしがあげることになる甲冑のような防具を除けば、シグナムは剣、ヴィータは鎚だった。シャマル、ザフィーラは後衛で、どちらも後ろからシグナムのような前へ出ていく人を助けるっていうのが主な目的らしい。

 

「みんなには楽しんでもらえたかもしれんけど、今回ここに来たんはこのためちゃうからな。

言うなれば、みんなの甲冑がここで決まるわけやで。そんな受身でええんの?」

 

「って言われてもなぁ。あたしらに拒否することもできないからなぁ」

 

「よほど問題があれば私達が口を挟むこともあるかもしれないけど、あんまりそういうことはないわね。あんまり考えすぎないほうがいいかもしれませんよ」

 

 なかなか難しいことを言われているような気がする。

 

「この先のおもちゃ屋さんで何かいい案がもらえるはずやから行くよ」

 

「あれですね、でもおもちゃって玩具ですよね?

そのようなところで参考になることがあるんですか?」

 

「ふふん、シャマルもまだまだやね。

おもちゃっていっても千差万別なんよ。

やけに現実的なものもあれば幻想的なものもあるし。ま、百聞は一見に如かずって言うし、行ってからやな」

 

 

 着くと、ヴィータがそわそわしているのがわかった。

 

「ヴィータ、見たいものがあるんなら見てき。シグナムやシャマルとは連絡取れるんやろ。こっちから連絡するわ」

 

 そう言うと、ヴィータは目をきらきらさせたままふらふらーっと棚の奥の方へ行ってしまった。

 大丈夫だろう。

 

「ヴィータちゃんも可愛いものが好きですからね」

 

「そうなん?」

 

「そうですよ。

前もね」

「シャマル、そんなことは言わなくていいから」

 

「ヴィータ、どこから湧いてきたんや」

 

 いつの間にかわたしの後ろにヴィータが立っていた。

 

「人の目のあるところで魔法は使うな」

 

「でもよう、シャマルがー」

「シャマルがーではない。騎士として恥ずべき行動はするな、と言っているんだ。

主の為を思えばこそ、魔法は極力使うな」

 

「わかったよ。

でも、シャマル。あまり下手なことは言うなよ。布団が湿っていたら嫌だろ」

 

「そんな微妙ないたずらしないでよ。はやてちゃんからも言ってくださいよー」

 

「確かに微妙やな。

そんなんよりももっと効果的なのがあるやろ。

例えば、そうやな。夕飯時のお茶を水道水にするとか」

 

「は、はやてちゃんもそんなことは言わないで。

私がさも悪いように言われてるけど、そんなことないからね。少しヴィータちゃんの話をしようとしていただけなの」

 

 わたしはシャマルにアイコンタクトを送る。

 ここは一旦引いて、ヴィータの目の届かない時にこっそり教えてもらう。それしかない。

 シャマルは目の端に捉えたのか、視線は前を向いたままこくりと頷いた。どうやらヴィータは気づいてないみたいや。

 

 今度こそヴィータは走って行って見えなくなってしまった。

 

「ここやここ。

どうや。玩具っていうには精巧に作られとるやろ」

 

 わたしはフィギュアと呼ばれるものを手にとって見せた。

 

「そうですね、このような娯楽に労力を割いている世界は覚えがありません。いえ、私が覚えていないだけかもしれませんが」

 

「そんな堅苦しいことはいいんや。見てみ、これ。

女戦士らしいけど、この防具や」

 

 わたしは箱に入った人形を手渡した。

 

「このような防具は……防具と言っていいのでしょうか? 

胸部も最小限ですし、股間部は守るというよりも隠しているだけです。あまり実用的ではないように思えますね」

 

「シグナムはこれやからな。

これはファイナル?クエストやっけ? そんなゲームに使われとるんよ。でも、魔法使いなんて私の思ってる魔法使いに近いと思うんやで」

 

「主!? そのような世迷言をおっしゃらずに再考してください!」

 

 ほのかに暴言を吐かれたような気がするので、シャマルに顔を向けた。

 後ろで主、と言われたきがするけど、きっと気のせいや。

 

 別の箱をシャマルにわたすと、なるほど、とうなっていた。

 

「な、いろいろと面白いやろ。

ここにこないとわからないこともあるんやで」

 

 偉そうなこと言っても、わたしの関心を集めたのはビキニアーマーなる防具だった。そもそも防具としての役割を果たしているのか疑問だったけど――シグナムは実用性がないと言っていたが――デザインが良ければそれでよし、という話だったのでシグナムに言ったら間髪いれずにダメ出しされました。

 やはりシグナムの意見は聞かずにおいたほうがよかったんやろうか。

 

 シグナムはそのあとでいろいろとその装備へのダメ出しをしていた。

 胸の防備が偏っていることと、人体への急所の硬さが問題だ、と。

 

「そんなん、もうちょい適当でいいんちゃうん。」

 

「私はもとより、他でもない主を守るものですからね」

 

 シャマルはそういいながらころころと笑っていた。

 

 

 わたしは人形やフィギュア? を見ながらすごしていた。

 

「ヴィータはどこいったんかいやろな」

 

「呼び出しましょうか?」

 

「そこまで広いところやないし、適当に見ていったら会うやろ。もっといいもんもあるかもしれんし、シャマル、後ろ押してくれる?」

 

「はい」

 

 シャマルは私の後ろに立って優しく車椅子を進めてくれた。

 シグナムはその隣で静かについてきている。

 

「ああ、向こうに見えるのがヴィータですね」

「えっ? シグナムあの距離でヴィータかどうかわかるん?

あの服の色からかろうじてヴィータかなって思うくらいなんやけど」

 

「我々は目が良いですからね、これくらいの距離はなんともありません」

 

 シグナムにはそう言ったけど、実際、まわりは私を含めて子供だらけで言われてヴィータとおんなじような服着てるなって思ったくらいなんやけど。

 シグナムを含め、騎士のみんなは目がいいんやな。

 わたしも一般人からしたら視力1.5以上あるし、目がいい方なんやけどな。

 

 

 近づいてもヴィータにはこちらに気がついていないみたいだやった。

 何をそんなに真剣な表情で見ているのかと見たら、なんと人形やった。それもなんだかちょっと私の一般常識から外れたうさぎの人形。目が赤なのはわかる、ただ、全体のバランスからして藁人形を思い出させるような人形なのだ。

 

「ヴィータはこういうのが好きなんやね」

 

「お? おわ!?」

 

 素晴らしい反射神経でヴィータが跳ね起きた。

 

 はじめはもごもご言ってたけど、ふいっとあさっての方向を向いて

「ちげーし! 可愛いと思ってねーですし!」

 

 と言っていた。顔がやや紅潮しているように見えるけど、そう見えるだけってわかってるから。

 

「ところで、その人形、そんなに気に入ったん?」

 

「え、……いや、ちげーです」

 

 語尾はだんだん弱くなっていた。

 

「気に入ったんなら買ってもええんやで。

ヴィータたちに必要なものをを揃えるのもわたしの仕事のうちや」

 

 わたしとヴィータは何度か言葉のやり取りをしていたが、人形をみてはぐずぐずしているヴィータにちょっと頭にきた。そして人形をレジに持って行って、無理やりヴィータの手に押し付けた。

 ヴィータはうつむいて顔を赤くしながら、

「ありがと」

 

と、答えてくれた。

 わたしはそれだけで、買った意味があったように感じた。

 

 バスに乗って、降りた。

 そこでもまだヴィータは人形の紙袋をしっかりと持っていた。

 

「ヴィータ、もう袋から出してもええで」

 

そう言うと、ヴィータはがさごそと紙袋から人形を取り出した。

 そのヴィータはひまわりが花を大きく広げたように輝いていた。

 

「はやて、ありがとう!」

 

 わたしはヴィータの言葉に胸があったかくなりながら頷いた。

 

 





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031話


魔法少女リリカルなのはFはじまります




 

 

 ヴィータにぬいぐるみを買ってあげて数日が経った。

 

 ヴィータは相変わらずあのぬいぐるみが気に入っているようでわたしと一緒の寝室に持って行って寝るときに抱いている。

 夜に目が覚めて、人形を引っ張ってみたけど、どんな力を入れているのかわたしが奪うことはできなかった。ちゃうねん、ヴィータにいたずらしようとしたわけやないで。ちょっとした興味や。

 

 ヴィータはわたしのかわいいちょっかいを煩わしく思ったのか反対を向いてしまった。

 

「むー」

 

 この言葉はきっとヴィータには届かないんだろうけど。

 

 時計を見ればまだ短針は4の文字を指す前であった。

 

 私は両手を交差させてぽきぽきと鳴らした。

 

 ちょい早い時間だから、うん気持ちよくもう一回寝たっていいよね。

 わたしはそのまま眠りに落ちていった、

 

 もちろんヴィータ達の甲冑を考えながら。

 

 

 

 ゆさゆさ、と心地よい揺れを感じる。

 

 ゆさゆさ。

 それはなおも感じる。

 

 あー。

 

「……やて、はやて」

 

 遠くからわたしのことを呼んでいるような気がした。

 

「士郎の作ったご飯が全部シャマルに食べられちゃうぞ」

 

「なんやて!!?」

 

 わたしは衝撃の事実に驚いたというか驚愕した。

 おのれ、シャマル。温厚そうに見えてわたしの敵だったか。

 食べたものは全部胸にいくなんていう大罪は神様が許してもわたしがゆるさへんで。

 

「シャマル、許すべからず」

 

『ちょっとヴィータちゃん、はやてちゃん!?

私はつまみ食いの一つもしていませんからね、むしろヴィータちゃんが』

「ほらほら早く起きなきゃ、あと今言ったのは冗談だかんな」

 

 わたしはヴィータの顔をまじまじと見た。

 そういう嘘は良くないと思うんや。

 

 お布団さんとごろごろしていたらドアが勢いよく開けられた。

 

「はやてちゃん、士郎君のご飯を横から食べるような私じゃありません。あと、はやてちゃんのだし巻き卵はみんなよりも一つ多くさせてもらいました。もちろん、減らされるのはヴィータちゃんのですから、はやてちゃんは安心してくださいね」

 

「シャマル!」

 

「あんな可愛げのない起こし方をするんやから当然ってわけにはいかないかな。

ヴィータが可哀想だからみんなおんなじ数にね」

 

「はやてー」

 

「そう言ってくれると思ってました。

さ、顔を洗いに行きましょう」

 

 シャマルに車椅子を押してもらって顔を洗った。

 でも、とヴィータを見る。

 ヴィータはわたしの視線に気がついたのか、目をそらした。

 

 

 お昼をすぎてわたしたちはいつもより少しだけ早く帰った。

 

「主」

 

 私はええって言うのに、儀式だとかなんとか言ってシグナム達は膝をついている。

 

「なぁ、あんまりこういうの好きやないんやけど」

 

「節目としても大切なものです、我等の事を思うならば」

「ああ、もう、仕方ないなぁ」

 

 わたしがそう言うと空気が一瞬緩んだ気がした。

 

「夜天の主として、騎士等に」

 

「賜ります」

 

 わたしの体をなにか暖かいものが包んだような気がした。それも一瞬で終わったけど。

 シグナムが立ち、そしてシャマルやヴィータが続いた。

 

「御身は我等が命をとして守ります。

この剣と甲冑にかけて」

 

 シグナムの目の前に剣が現れて、次の瞬間にはわたしが思い浮かべていた以上の甲冑に包まれていた。

 

「主はやて。貴女は紛うことなき我等が主だ」

 

「はやて、ありがとう!」

 

 ヴィータの飾らない言葉が胸にこだました。

 その問にわたしは

 

「うん」

 

 としか答えられなかった。

 

 

 ただいまーという言葉とともに士郎さんが帰ってきた。

 わたしは包丁を置いて玄関へと向かう。

 

 後ろからヴィータがとてとてと可愛らしくついてきた。

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

 そして、ちょっと気がついたように眉をひそめた。

 

「その格好」

「にぶちんの士郎にもわかちゃったか。

どうよ、この騎士の格好。可愛いだろ、はやてが考えてくれたんだ」

 

 ヴィータは慎ましすぎる胸を張って答えた。

 ふふん、なんて言葉が聞こえてきそうだ。

 でもね、それ考えたの私なんやけど。

 

 まぁ、わたしはお子様じゃないし、そんなことは言わないけど!

 

「おぉ。可愛いな。

さすがはやて、なかなかいい仕上がりになったな」

 

 士郎さんはわたしの頭の上に手をおいて撫でてくれた。

 くすぐったい。

 

「はやてがすごいってのは当然のことだけど、あたしを褒めてもいいだろ?

士郎だからそういうところはしょうがないとしても、ここまで言ってわからないわけないよな!」

 

「あー、うん。さっきも言ったけど、かわいい、かわいい」

 

「なんだよそれ、もっと! ちゃんと心込めて言えよ!

あと頭撫でんな!」

 

 ヴィータは士郎の言葉にあんまり納得してないみたいやった。でも一回士郎さんの手を払って、また伸ばされた手は払わなかった。まんざらでもないのかもしれない。

 それと、私の考えた甲冑をどうしてそこまで自慢しようと思うのか。わたしも随分とヴィータに慕われたものだ、いや、ここは素直に甲冑のデザインがヴィータにうけただけなんだろうか。

 いや、あのニヤケ顔はそれだけやない。いずれにしても、慕われたものだ。ここまで無邪気に慕われてしまったら邪険にできないじゃないか。

 

「ほら、士郎!

もっと褒めていいぞ」

 

「おーよしよし。

だけどな、外ではそんな服着てると警察のお兄さん以外からも声がかけられそうだからあんまりしないほうがいいぞ」

 

 うん、それはそうやな。

 今のヴィータならわたしでも思わず二度見してしまうこと請け合いや。声をかけるかどうかは別として、色んな意味で目立っちゃうよね。

 

「そんなんあたしからしたらどうでもいいことだし」

 

「そうは言っても世間がな、ひいてははやてまで目立ってしまうかもしれないぞ」

 

「それはちょっと困るなぁ」

 

 それはわたしの本心だ。

 ただでさえ、わたしは車椅子で生活しているわけで嫌でも目立ってしまう。目立つということは何かあればすぐに広まってしまうわけや。

 わたしの生活圏内はかなり限定されているからそれこそ顔見知りの人が多い。

 そんななかで今でも目立っているのに更にわたしの噂か何かがたってしまうのは本意やない。

 

「ヴィータも。

幸いにしてこの世界は平和だ。我等が常に武具を身につけている必要はないだろう。それはわかっているだろ?」

 

 思わぬところでシグナムからの援護が。

 

「でも、騎士として常に主の……」

「世界が違うのだ、我等の常識外であることも理解しなければな。

ただ、言わんとすることもわかる。武具はいつでも纏えるのだ。常に気を張る必要はないが、なに、必要なところで危険から主を守ればいいのだ。

魔法文化のない世界だ。我等が傷つくなどそれこそほぼありえん。身を挺す暇がない、とは騎士として言わせんぞ」

 

「それこそ、まさか、だ!

でも、主の、はやてがそう言うんだったら甲冑は身につけない。それが平和ってことだからな」

 

 ヴィータはちょっと照れながらこららを見て言った。

 シグナムはなんだか優しい目をしているし。

 

「それも大切なことだけどさ、そろそろ上がっていいかな」

 

 士郎さん、そういう時は空気を読まないとアカンやろ。いや、空気を読んだから?

 ともあれ、なんとも言えない雰囲気は霧散していった。

 

 

 

「士郎君はこんな日なのにお仕事って大変ですねぇ」

 

 口を開いたのはシャマルだった。

 

「まぁ、ね。明日はお店もお休みななるらしいけど、結構風強いよね」

 

「そうですねぇ」

 

 わたしとシャマルは外を見る。

 薄暗い曇天の空からは小さくない粒の水が横殴りの風とともにガラスへと落ちてきている。ガラスに当たった雨は大きくはじけながら濡らしていく。

 

「明日が再接近だって」

 

「主は心配することはありません、この程度の嵐ならばシャマルの防護壁で容易に防ぐことができます。

シャマル」

 

 シャマルは万全ですからっ、と微笑みながらわたしに言った。なんや、阿吽の呼吸ってやつなのか? 言葉に出さないでも分かり合えるっていうのは正直なところ少し憧れる。少しやけどな。

 

「この家が大丈夫なのはわかったわ。

でも、台風はなぁ。なんやワクワクするなぁ」

 

 そう、わたしが学校に通ってた頃も台風はきていた。

 そういう時は近くの友達の家にお邪魔していた。といってもそんな昔のことは覚えてないんやけど。近くの家の子でわたしとも気が合ってたんやけど。

 

「前台風が来た時はな、友達の家にお邪魔しとったんやけど、何やお泊り会みたいでな。結構ワクワクしたもんや。

停電になった時はな、ロウソクに火を灯してな、いつにない感じで面白いんやで。

そや、一応ロウソクと懐中電灯は皆にもわかるように出しとかんとな」

 

 その友達も親の転勤とかで転校していってしもうたのを思い出してしまった。わたしから言った話だったけど、逸らすように話題を変えてしまっていた。

 友達と一緒に寝た夜。いつもよりも遅くまで話していた。

 友達のお母さんが作ってくれた料理。とても美味しくて、皆で食べる食事は美味しかった。

 今は寂しくない。士郎さんやヴィータたちもいる。

 わたしはテレビの近くにある店をがさごそと漁る。漁るというか、開けたらまず懐中電灯が出てくるんやけど。それとロウソクとそれをのせる小さなお皿。あとマッチ。

 

「主、そこまでしていただかなくても、我等ならば光を出すこともできます」

 

「いやいや、それでもや。備えあれば憂いなし、先人はいい言葉を残しとるやないか。きっとこれは実体験に基づいたやつやで。

ならわたしらも些細な事でもできることはやらんとな」

 

 ヴィータが目を丸くしていた。

 

「はやて、難しい言葉知ってるんだな」

 

 なんやそれ。わたしがダメな子みたいやないか。

 

「伊達にたくさん本を読んでないんやで。それにな、こんだけ学校行ってないんや自分で勉強せな誰も教えてくれんからな」

 

「その割に士郎からは宿題だされてるじゃん」

 

「ぐっ、ヴィータも言うようになったようやね。主としてヴィータも一緒に宿題するように命令してもいいんやで」

 

 わたしはせめてもの反撃に反則級の技を使った。

 

「っ、はやて! じょうだんだよな!」

 

「主、我等は主と闇の書よりこの世界についてある程度の知識が与えられます。主と同じ言葉を話せないというのは不便極まりないですからね。ですが、それも最低限の事だけで、我等には元からある知識と主の知っていること以上の事は知得ることはありません」

「シグナム、余計なこと言うな!」

 

 ほう、そういうことか。

 わたしと同じ日本語を操ってるというのも腑に落ちなかったんや。ならそうやな、皆にちょっと勉強してもらおうか。

 いやいや、皆に勉強してもらってわたしに教えてもらうとかセコイ考えしてへんよ。

 あくまでも皆の知識を増やす目的や。どうやら守護騎士の皆はこの世界の常識というものをあまり知らないから。

 まぁでも、習得した知識をわたしにも教えてもらえたら嬉しいかなーって。

 

「せやな、それならいっそ皆でちょっと勉強しよか。

シャマルは理科な。石田先生みたいにお医者さんの知識とか入れたらいいんとちゃうんかな。で、シグナムも理科な。人体構造を把握することは相手の急所を突くこと、そして、武器の力の伝わり方もな。読んだ本にそういうことを意識的にすることッて書いてあったわ。

で、ヴィータは算数な。中学校以上は数学っていうらしいけど。ちゃんと理解したらわたしに教えてな」

 

 わたしはヴィータを見てにっこりとした。

 

「ちょっと待ってよ! おかしくない! ねぇあたしの勉強する目的だけおかしくない?」

 

 ヴィータはシグナムとシャマルに聞いて、最後に何も言われなかったザフィーラへと向かった。

 うん、そんな理由はないんやけどね。

 

「ザフィーラだけ言われてないじゃん!」

 

「ザフィーラは言わんでもちゃんと勉強するやろ。そろにシャマルやシグナムは冗談や」

 

「あたしだけ冗談じゃない!?」

 

「まぁまぁはやてちゃん。ヴィータちゃん面白いですけど、そのへんで」

 

 ちぇー。

 

「えっ、で。結局どうなんだよ!?」

 

 ヴィータが早足で近づいてきて、近い近い。

 

「わたしが強制することはないけど、皆もちょっとは、ね。

よく言うやろ、考えることをやめてはいけないって」

 

「はい、我等も主の手本となるように、そして迎える敵を撃つための努力は惜しみません」

 

「いや、ちょっと不穏な言葉があった気がするけど」

 

「問題ありません」

 

 じーっとシグナムの目を見ていたけど、いつまでも目をそらさないし、瞬きもしないのでわたしから逸らしてしまった。

 わたしは各自の裁量に任せた。

 

 シャマルなんかは早速本を読んでいる。何故かわたしが図書館から借りてきた料理の本だった。シャマルってそんなに食事好きだったっけ? どちらかと言えばヴィータのほうが食事に興味がありそうだったけど。

 ヴィータとシグナムはテレビを見て、ザフィーラは尻尾を床につけて外を見ていた。

 

 ますます強くなってくる風と雨。

 

 士郎さん、早く帰ってこないかな。

 

 





20140112  改訂
20140112  改訂


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032話


魔法少女リリカルなのは始まります



 

 

 逸早く気がついたのはシャマルだった。

 

「士郎君が帰ってきましたよ」

 

 家の周りに張り巡らせてある結界から誰かが踏み込んできたらまずシャマルが知覚することになる。そして、それは誰かが帰ってきた時にも言えることだ。

 ヴォルケンリッターの誰かであれば結界に入らずとも近くにいるだけで魔力が干渉するから、あたしでもわかる。だけど、リンカーコアを持たないご近所さんとかはわからない。

 はやてと士郎の言葉に従って、あたしたちはご近所さんに挨拶をして回った。

 主の生活にあたしたちが入ることを周りに知らせることで、はやての家にいることへの不利益を防ぐためだ。あと、重要なのはシャマルが魔法を使って個人個人を記録していったところだ。魔力はなくとも魔力を当てると反射される。干渉とは異なるから探査系の魔法が得意なシャマルしかできないことだけど。

 

 しっかし、士郎もこんな風の強い日に外に出歩かなくてもいいのにな。

 たいふー? だっけ?

 士郎自身とはやてのためにご苦労なことだ。

 

 はやての車椅子の後を追いながら玄関まで向かうと、びしゃびしゃで濡れそぼった士郎がいた。

 

「つーか、なんで黄色?

士郎は黄色が似合わないな!」

 

と、思ったことが口から出てしまった。

 黄色の雨衣を着ているのだ。そんな可愛い存在でもないと思う。黄色はもっと丸っこくてふわふわした生き物にこそ合うと思うんだ。

 

「えー、士郎さん可愛いと思うんやけどなぁ」

 

「はやてー、士郎の身長はこの世界でも小さいほうだけどさ。それでももうちょっとさー」

 

「それならヴィータはどんな色が似合うと思うん?」

 

 問われて少し悩んだ。

 まず見た目。シグナムやシャマルよりも低い身長。あたしよりは高いけどさ。そしてこの世界ではとびきりの強さを持った目。

 それはそれとして

 

「あたしは赤が好きかな。

 士郎に合うかどうかははわからないけどな」

 

 みんなが口をつぐんでしまった。

 っておい、何か言えよ。

 

「好きな色を主張するのは悪く無いと思うが」

 

「でもねぇ。はやてちゃんの質問には答えてないよね」

 

 シャマルは眉毛をハの字にしていた。

 

「それもそうやけど、わたしの雨合羽も黄色なんよ。わたしのに合わせて士郎さんのも買ったんやけど。

そっかぁ、士郎さんは似合わんかったんか。

 わたしも似合ん感かもしれんなぁ」

 

 なんてトーンを下げながらはやてが言うもんだから言ってしまった。

 

「はやては黄色も似合ってるよ!

だいたい、士郎が似合ってないのが問題なんだよ」

 

 はやてくらいなら似合うかもしれないけど、中途半端にでかい士郎には似合わない。あたしからしたらでかいだけだけど。

 シグナム、シャマルやザフィーラだって似合わないけどな。いや、シャマルなら似合うかもしれない。

 そう思ってシャマルを見てみたけど、似合うような気もするけど、それよりももっと相応しい色があるような気がする。そう、例えばシャマルの甲冑の色。はやては浅緑色とか言ってたけど、それがよく映える。

 そんなことを考えているとシャマルが口を開いていた。

 

「まあまあはやてちゃん、ヴィータちゃんもこう言ってますからね」

 

「おーい、ここで話すのはいいんだけどさ、俺もちょっと濡れて寒いし中にはいらないか?」

 

 士郎とシャマルの言葉が決定打になってこの話は終わった。

 

 

 士郎は帰って買ってきたものをあたしたちにわたしてくると、脱衣所に向かった。

 風呂掃除は終わってるのでお湯を張りながら湯に浸かるようだ。

 士郎は基本的に一番最後に入るようにしているが、こういった状況ならばしかたがないんだろう。

 

「ねぇねぇ、わたしもお風呂に行きたいんやけど」

 

「はやてちゃん、何回も言っているでしょう。男の人に無闇矢鱈と肌を見せるもんじゃないんですよ」

 

「でもでも、士郎さんだし」

 

「それでも、ですよ。主はやて。

如何に両方が幼いとはいえ異性同士。私からは承服しかねます」

 

 はやては頬をふくらませていた。

 はやてのそういう行動を見ると、とても幼いあたしたちの主だということを実感することができる。

 

「ヴィータが一緒に入ればいいんやろ」

 

 唐突にあたしの名前が呼ばれて少し驚いた。

 

 はやての話はこうだ。はやてが異性と肌を見せ合うことに抵抗がある。しかし、家族でありそれがこの国で特にモラルに反していないというのであれば、あたしの監視の下お風呂に入っていいというものであった。

 

「ってそれ言ったらあたしの裸が見られるじゃん!」

 

「ヴィータなら大丈夫だって」

 

「と主がおっしゃっているからな」

 

「お前ら、それでいいのかよ!」

 

「正直なところ、私が士郎君と一緒にお風呂にはいるのは抵抗があるっていうか」

「わたしが許さへんし」

 

「とまぁこういうわけだ」

 

 ぐっ、シャマルめ。

 

 こうなっては腹をくくるしかないか。

 それにはやてから聞いた話ではそんないかがわしいことはなかったということだ。そんなことがあったならあたしがぶっ飛ばしてるところだけど。

 問題はそこじゃなくて、あたしの裸が見られるということなんだけど。

 別に、騎士として今まで戦ってきてそれこそ老若男女の区別なく戦場を駆け抜けてきたことはあった。それこそ湯浴みや寝所を共にすることも会ったけど。でも、こんな平和そうなところなんていうのは初めてだし、何より浴槽が狭い!

 本当はもっと狭い風呂の記憶があるのかもしれないけど、闇の書の記憶の継承にはあたしたちにもわからないことがある。それはあたしたちが能力を十全に発揮できないから記憶を継承しない。もしくは必要がないから継承しない、とあたしたちの中でも意見がわかれている。

 シグナムやザフィーラは全て識っていそうだけど。

 あたしたちは所詮プログラム。

 

 主が、いや、はやてがこの世から消滅するまであたしたちが守るだけだ。

 

 だけど、その一歩がこれとか頭をかかえたくなってしまう。

 

 

 

「はやくはやく」

 

 はやてが早くしてほしいということを言葉で入ってくれるけど、あたしはタングステン鉱のように重たい足を引きずるように動かした。

 

 脱衣所をそっと開けると、浴室にいる士郎は気付いていないようだった。

 それどころか、どこか調子はずれな鼻歌を上機嫌に奏でていた。

 何が楽しいのか。

 

「どうやら気付いとらんようやな。

さ、着替えて入ろ」

 

 まず持参していたはやてとあたしの着替えを置いて、着ていた服を洗濯機の中に放り込んだ。

 次いではやての脱衣を手伝った。

 

 あたしがはやてを抱えると、子供が子供を抱えているようでフクザツな気分になる。

 これが大人だったら、戦場だったら何も感じないんだけど。

 

 でも、はやては喜んでいるみたいだし。

 

「士郎さん入るよー」

 

 とはやてが言うのと、ドアをあけるのは同時だった。

 士郎は髪を流していたらしく、一瞬こちらを向いた後、唸りながら目をこすっていた。

 

「士郎さん、大丈夫?」

 

「大丈夫、いや、大丈夫じゃないというか。なんではやてが? ヴィータが?」

 

 士郎は一旦こちらを向いたけど、髪を洗うのに専念したようでシャワーに打たれながら問いかけてきた。

 

「はやてが士郎と一緒にお風呂に入りたいっていうからさ。

あたしは士郎が変なことしないか監視する為」

 

 ブっと士郎が息を吐いて咳き込むのが聞こえた。

 そんなにおかしいこと聞いたか?

 

「君らがこちらのことを知らないことはこれではっきりした。

この国ではな、小さい子、例えばヴィータのような子供には優しいけどな、その子供に手を出そうという不届き者には厳しいところなんだ。

まかり間違っても、そんなことはしないし。正義の味方を目指す俺がそんなことをするはずがない」

 

 言い切るのはいいことだけど、目が真っ赤だ。

 シャンプーか、リンスか、コンディショナーかそのあたりのものが目に入ったのかもしれない。痛そうだ。

 

「まぁいいけどさ」

 

 はやてを座らせてお湯をかけた。風呂にはいる前にはかけゆというものをしなければならないそうだ。

 あたしもお湯をかぶってお湯に浸かる。

 

 暖まる。

 

 少しして士郎が立ち上がった。

 

「さて、交代だ」

 

 そう言って、はやてを抱いてお湯からあげた。椅子に座らせると、次はあたしに体を洗うように言ってきた。

 あたしとはやてで洗いっこしろってことだ。

 

 あたしは士郎と立ち代わるようにして風呂を出た。

 なんかはやてはニコニコしてるし。

 

「なんだよ」

 

 思わず、士郎に言ってしまった。

 別に、と士郎が答えた。顔を上に向けてその上にタオルをぽてっと置いて体を湯船に沈めていった。

 

 あたしははやての体を洗って、はやてはあたしの体を洗った。

 もわもわしている泡にまみれていると、不意にシャワーをかけられた。あたしたちを包んでいた泡はたらたらと排水口へと流れている。

 

 それを見届けた後、あたしたちは再び風呂に入った。

 

 士郎ははやてを抱えるように。

 

「ねぇ、士郎さん」

 

 はやてが髪を洗ってほしいと言った。

 

 士郎は文句も言わず、しゃかしゃかとはやての頭を洗っている。

 シャマルよりも乱暴に。

 だけど、はやてはくすぐったそうにしている。

 

 士郎が流すぞ、と言ってシャワーで髪の汚れごとシャンプーを流した。それからタオルでゴシゴシと水気を粗方拭きとって、そのタオルをそのままはやての頭に巻いていった。

 はやては終始笑顔だった。

 はやてが笑顔なのはいつもだけど、こう、あたしまで嬉しくなるくらいの笑顔だった。

 

 だからだろう。

 あたしでも驚いているけど、

 

「士郎、あたしの髪も洗って」

 

 なんて言ってしまったのは。

 言った後に気がついて、あたしは俯いてしまった。顔が熱い。お湯に浸かっているから、ではないと思う。

 

 はやてが風呂に浸かるのを感じた。

 同時に脇に手を入れられて引き上げられていた。

 椅子に座らされると、シャワーをかけられた。

 

 ぽたりぽたりと前髪から雫が垂れる。

 一部の前髪が額に張り付いて少し不快な気分になる。

 風呂を見るとはやてが縁に手をのせて、こちらを見ていた。

 

「目を開けてると、痛くなっても知らないぞ」

 

 正面から声をかけられた。

 あたしだって騎士の端くれ、そんなものには屈しない。密かに心のなかでつぶやいた。

 

 ごしごしと乱暴髪を洗われる。

 あたしの髪ははやてよりも長いから士郎は勝手がよくわかってないようだった。それでも、自分で髪を洗わないというのは新鮮で、ちょっと気持ちよかった。

 はやてがにこにこするのもわかる、気がした。

 

 ならシャマルに髪を洗ってもらったら、もっと気持ちが良いのだろうか。

 いやいや。

 

 なんて考えていると、目の端からシャンプー入の水が目を蹂躙してきた。

 

 あたしは声にならない声を出しながら、それに耐えた。でも、涙が出てくる。

 

「だから言ったろ」

 

 士郎の無責任な声が上から降ってきた。その後で水が降ってきた。

 シャワーをかけられながら、頭をごしごしされる。

 でも、不思議と安心してしまう。

 

 流し終わったらはやてと同じようにタオルでごしごしと髪についた水を拭き取られた。

 この後で、髪を梳くことができるのかちょっと心配になった。

 

 士郎は少しお湯に浸かって出て行った。

 

 あたしははやてが作るシャボン玉をほわほわとした気分で見ていた。

 鼻先にきたのでふっと吹くと、音もなく弾けてしまった。

 その様子を見ていただろうはやてはくすくすと笑っていた。

 

「十分温まってから出てくるんだぞ」

 

 すりガラス越しに士郎の声がした。言われなくてもわかってる。

 

「ほんじゃ、100数えたらでようか」

 

「いーち、にー、さーん」

 

 と数えていたら、20超えたあたりからものすごい速さで数えていってすぐに100となった。

 

「なんや? その目は?」

 

「べっつにー」

 

 はやてがじとーっとこちらを見てきたので、言うことはない、と答えた。

 100でなく30とかでもよかったんじゃないか、というのは喉元まで出かかってたでけどあたしの鋼鉄の精神で押しとどめた。

 

 

 あたしたちが風呂から上がるとシャマルが脱衣所に入っていった。

 

 暑い暑い。

 

 雨も降っているせいで湿度は高い。

 こんな時くらい魔法でもうちょっと快適にすごしたい。

 

 はやては特に何とも思ってないようで、テレビを見ていた。

 テレビの中では家の外よりも風が強い所で人がしゃべっている。こんな雨の中ご苦労なことだ。

 

 それをぼーっと眺めていたら、不意に明かりが消えた。

 次の瞬間にはシグナムが明かりを生み出していた。

 

 そして風呂場から聞こえるシャマルらしい声が響いた。

 

 





20140322  改訂


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033話


魔法少女リリカルなのはF始まります。




 

 

 シャマルの声がしたような気がしたけど、冷静にコンロの火をカチリと止めた。

 もう少し火を通したかったけど、仕方がない。味には問題ないだろう。

 火を加えるにしても暗がりの中では万が一が無いとも言えないので、もう少し明かりを増やしてからコンロに火をつけたほうがいいだろう。

 

 窓から僅かに入ってくる光が室内を仄暗く照らしている。

 はやての方を見ると、シグナムとヴィータの立ち位置が変わっていた。シグナムは庭に面し、ヴィータはドアに近いところに。緊張とは違うが、余裕のある表情ではなかった。

 いつでも動ける、というかシグナムの右手にあるのは木刀ではなかろうか。そして、腰にぶら下げているものはレヴァンティン。ピンっと張った空気が支配している。

 はやてから聞いていたシグナム達がもとより所持していた武具。ヴォルケンリッターもそうだが、その武具も自己主張が激しいらしく、周りに存在を魔力で以って示している。

 

 はやてはそんなことも気が付かずに、停電だーなんてのんきな声を上げている。実に楽しそうだ。緊張していた空気も、はやての声によって徐々に遅緩しているのがわかる。

 ヴィータが軽く息を吐いているのが見えた。

 

 停電っていうのはちょっとした非日常っぽくて楽しくなるのはわかるけどさ。それであの空気がなくなるっていうんだったら、悪いことじゃない。

 

 元来から夜目も効くため、慌てることなく用意していたロウソクに火を灯した。それをもってはやてに一つ、ヴィータに一つわたした。

 

「わぁ、なんやあったかい光やな」

 

「そうですね」

 

 はやてがロウソクを見つめて、シグナムがそう返した。ヴィータは目の前でゆらゆら左右にロウソクを揺らしていた。その顔は本当に不思議そうでこちらもちょっと苦笑してしまうほどだった。

 

 と、たったったと廊下から走る音が響いた。

 次の瞬間には扉が開かれ、シャマルが現れた。

 

 バンッ、と扉が乱暴に開かれればそちらを向くのは致し方がないことだ。

 シャマルの周りには光球が3つふわふわ浮いていて、一糸纏っていないその姿を白く輝かせていた。

 

 金に輝く毛髪は水に濡れてところどころ白銀に貴く輝き、肌についた水玉は肌を一層白く見せている。ふくよかな胸は重力に逆らい、こちらからは見えないが、先端はつんっと上を向いているのだろう。

 ぴちょん、ぴちょん、と溢れる水玉が静かな室内によく響いた。

 

 声に耳を澄ますと同時に、シャマルがこちらを向いた。

 

 当然ながらその体の前面を向けるとうことであり、豊かな胸が

「こっち見んなー!!」

 

 その言葉とともに常人では避けがたい速度で座布団が目の前に迫ってきていた。

 避ける事ができない、と言えば嘘になる。しかしそれを避ける事はできず、甘受する以外には道がなかった。

 何故ならば、はやて以下その従者の視線が集まっていたから。特にシャマル。翡翠の双眸に水の玉をこしらえ、それを拒むことはできなかった。

 

 視線をヴィータの放った座布団へと戻せば、すでに眼前まで迫っていた。

 

 その瞬間、私の目の前にメロンが存在した。

 メロンは言うまでもなく、シャマルの胸だ。ふよんふよんして柔らかそうだ。

 

 幻想のメロンへと手を伸ばし、顔面に衝撃を受けた。

 後ろにはコンロ。派手に後ろにもそらすわけにもいかず、考えているうちに座布団の運動エネルギーは顔面を伝い、脳へと伝播していった。

 座布団の変形によって多少のエネルギーは削がれたが、ほぼ全てのエネルギーが顔面へと伝わったことにより、一時的に脳震盪を起こしたようだ。全くもって情けない話だけど。

 

 足からは力が抜けて、腰がすとんと落ちる。ついで体は斜めに向かい、座布団の上にぼすんと落ちた。

 その衝撃で覚醒した。

 

 頭が少し重いということ以外は何ていうことはない。

 だけど、これくらいの衝撃で脳震盪を起こしてしまうというのは問題以前のことだった。

 鍛え方が圧倒的に足りない。

 

 これでは常人の一撃ですら万が一にでも、万が一の確率で不意に負傷した場合危険度が跳ね上がる。

 この肉体によるものが大きいとはいえ、無視できない問題だ。

 

 ヴィータ達がきて魔術を使う頻度が低くなり、その魔術を使用した常人には無理なほどの鍛錬を怠ったことが響いてきていた。しかし、その鍛錬を再開することは難しい。

 ジョギングに向かえばザフィーラがついてくるし。これは散歩の一種として思われているのかもしれないけど。

 魔術を使用しない鍛錬にも限界があった。

 

 ぐわんぐわんと鐘のなる重たくなった頭をゆっくりと上げると、シャマルがこちらを心配そうに見ていた。

 

「ごめんなさい、私。

ちょっとみっともないところ見せちゃったみたいで」

 

 本当に申し訳無さそうに言ってくる。

 おそらく、シグナムかザフィーラに窘められたのだろう。

 

「いや、こちらの配慮が足りなかった」

 

 そう言うとシャマルの目尻が更に下がってしまった。

 いつの間にか巻かれているバスタオル。

 いつまでもそんな格好じゃまずいだろう。

 

「それよりも、ちゃんと着替えてこいよ。もちょっとでご飯なんだし」

 

 口を挟んだのは以外にもヴィータだった。

 

「ヴィータの言うとおり。

その格好では、些か主も目のやりように困るだろう」

 

「……そうですね、このままじゃ風邪をひいてしまいそうです」

 

 シグナムとシャマルの会話の間には数瞬の間があった。

 その間にどのようなやりとりをしたのかは想像でしかできない。

 というか、ヴォルケンリッターって風邪をひくものなのだろうか。

 

 頭を振るって目を開けた時にはシャマルの姿はなく、はやての心配そうな顔がのぞいていた。

 

「大丈夫だよ。

それよりも夕飯の準備をしよう。暗いから気をつけて」

 

 時間をかけて立ち上がった。はやてはこちらをちらちらと伺っているようだけど、問題はない。

 はやては器用に棚から食器を出してくる。

 さすがに盛り付けなんかをはやてにやらす訳にはいかない。ヴィータがしきりにこちらの様子を気にしているようだけど、そんなにも今日は好きな食べ物があったのか? 目が合う瞬間にそらされてしまう。

 ホワイトシチューをはじめとして、今までに出したことのある料理だ。いや、今までに料理を振る舞ったらこそのことなのか。

 

 少し頭に残ったが、暗がりでの盛りつけだ。今は忘れて専念すべきだ。

 料理は味、愛情ももちろんだが、見た目もこだわらなければならない。合わせて料理なのだから。

 

 いつの間にかはやてのとなりにはヴィータが付いていて一緒に食器を並べていた。

 

 シャマルが戻ってきたのは全ての料理を並べる少し前だった。何かと手伝うことはないかと聞いてきたが、特になかった。はやてとヴィータが動いてくれたおかげもある。

 

 みんなが席についたところで、はやてが声をあげた。

 ロウソクの炎がゆらゆらと揺れて暖かい光が周りを照らしている。その中であってもはやての声は格別の優しさをはらんでいた。

 

「士郎さんに言うことないん?」

 

 だれ、とは言わない。その目はしっかりとヴィータを見ていた。

 ヴィータははやての視線から目をそらして右下をのぞいたりしていたけど、キッと前を見た。

 

「士郎ごめん。座布団投げたりして」

 

 一瞬何のことだと思った。

 

「あの、あのね。私もあんな格好でいたのが悪かったんだけど」

 

 と言葉の端をすぼめながらシャマルが言った。そこで

 

「急いでたのはわかるけど、さすがに裸はダメやと思うんや。士郎さんやザフィーラもおるし。

ヴィータは何でもすぐ手を出しちゃダメ。今回はちゃんと謝ったからいいけど。

それと、士郎さん。さっきの事は忘れること!」

 

 はやての言葉に素直に首を縦に振った。

 

 「ハイ、おしまい!」パンっとはやてが手を叩き、少し真面目だった空気は霧散していった。

 そのままはやての音頭で食事が始まった。

 

 また、廊下に残る水を拭かされていたのがヴィータというのは完全に蛇足。

 

 

 シグナムが風呂に行って、シャマルと一緒に夕食の片付けをしていた。

 はやては体を半分ザフィーラにあずけて本を読んでいた。こんな暗い中本を読んでいると目が悪くなりそうだったが、それ以外にすることがあまりないことに気がついたので言葉にはしなかった。

 

 シャマルが魔法で明かりを点けようかと言ったが、はやては頑として聞かなかった。曰く、風情がないと。

 風情あるなしは別として、不便なことには変わりないわけで、トイレと洗面台のみ小さなぼんやりとした明かりが魔法で付けられた。

 

 はやて、ヴィータ、シャマル、シグナムでトランプをしたりしながら各々が寛いでいた。

 ババ抜きでは意外や意外。シャマルが鉄壁のポーカーフェイスを見せていたことに驚いた。わかりやすのはヴィータでババが来るとそれを目で追い、落胆していた。で、ババが流れていくと喜色が浮かぶんだからババ抜きには圧倒的に不向きだ。

 ババ抜きばかりをやっているわけでもないので、なかなか楽しんでいるようだ。

 普段であればテレビからの異音が混入するのだが、この瞬間だけはこの部屋にいる者と僅かな風の音しか響かない。

 

 

 リバーシや将棋なんてのもやった。シグナムは殊更将棋に対して興味をもったようで、それならばと詰碁というものもあることを教えた。

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものだ。

 

 時間はさほど遅いわけではないが、あまり遅くまで起きていていいことなんてない。

 

 そろそろ寝ようかという雰囲気になったところで、またもやはやてが口を開いた。

 

「なぁ、こんな状況やし。みんなで寝るってのはどうやろ?」

 

 シグナム達を見ながら、ちょっといい考え出ましたって顔をしている。

 

「わぁ、はやてちゃんいい考えだと思いますよ!」

 

 はにかんだ顔をし、両手を胸の前で揃えてシャマルが言った。シグナムはこくりと頷き、ヴィータはうげぇって顔をしている。

 その顔が俺に向けられているかと思うとちょっと思うところがないわけではない。

 

 それからはあれよあれよという間に一緒に寝ることが決まり、シャマル達の寝ている8畳間で寝ることとなった。畳の部屋で、布団四つ敷けばちょうど両端に届いてしまうという間取り。

 シグナムははやて達の部屋に布団を取りに行き、俺も布団を取りに行った。

 二階から布団を持って降りることはさほど苦ではないけど、電気をつけたりと結局二往復する羽目になった以外特筆すべきことはなかった。

 

 扉側から俺、はやて、ヴィータ、シャマル、シグナムの順で寝ることとなり、ザフィーラははやてとヴィータの頭の上で寝るようだ。

 

 歯磨きをしているとヴィータが船を漕ぎだしたのには笑ってしまった。

 

 持ってきていた懐中電灯を消して本当に真っ暗になる。

 

 各々からおやすみなさい、と挨拶が交わされあたりが静まる。

 雨が窓や壁を叩き風が木を揺らす音がしているが、気にするほどでもなくむしろ心地よいくらいだ。

 

 隣に目をやればはやてが仰向けになり小さく寝息が漏れていた。

 

 とかく思案することもなく、意識は闇へと飲まれていった。

 

 

 はっと目を覚ますし、時計を見ると長針と短針の蛍光から2時前だということがわかった。

 横を向けば、はやてがこちらに向いていてどうやらシャツの袖を握っているらしい。

 ヴィータはタオルケットを蹴飛ばして腹を出しているし。

 シャツを握っていた手をゆっくりと離すと、今度は指を握られてしまった。なので、今度はゆっくりと離していき、力がこもる瞬間にさっと指を抜いたら、手がもにょもにょと何かを探すように動いている。面白いので見ていたかったけど、はやての眉間にしわが寄りだしたのでタオルケットの端をもたせるとさっと握りこんで胸元に寄せていた。

 蟻地獄か。

 幸せそうにしてるからいいんだけど。

 ヴィータは腹も出ているので直してあげたかったけど、なんだか触れると目覚ましそうなんだよな。タオルケットをかけてあげるだけにした。風邪はひかんだろ。

 目が暗闇に慣れてきて、更に視線を伸ばすと、シャマルもこちらを向いていた。

 

 胸元のボタンはある程度外されており、たわわな胸が潰され谷間を形成していた。ライトグリーンのパジャマ、今は暗がりで白く見えるが、それでも映える白さ。

 そして、艶やかな唇。

 

 ―――、見なかった。そう、見てない。

 

 ザフィーラの耳がピクリと動いた気配がしたが、それどころではない。

 

「はぁ、」

 

 と一つ息を吐いて、もう一度寝ることにした。

 

 外ではまだ空から雨粒が降り注いでいるようだった。

 

 





20141005  改訂
20141006  改訂


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034話


魔法少女リリカルなのはF、始まります。




 

 

 くいっくいっと袖を引かれる感覚を覚えて意識が覚醒していく。

 いよいよ惹かれる感覚が強くなったことで完全に意識が浮上した。

 

 畳の香りに混ざって人の生活している臭いが鼻孔をくすぐった。

 

 横を見れば見慣れたはやての寝顔があった。

 手は俺の袖を持ち、今でも引っ張っている感覚がある。

 

 横を向けば目を閉じたはやての顔が映る。

 

 何度目になるか、はやての指をゆっくりと開いていって指の力がこもる前にタオルケットをつかます。これも恒例行事のようなものだった。

 

 

 一度目の台風とその後に続いた二度目の台風の後、はやての提案で週末は少なくとも1日はこのように布団を並べて寝ている。ヴィータはもちろんのこと、シャマルが意外にも反対していたことに驚いた。時折こちらを見ながらはやてとシグナムと話し合っている瞬間は居心地が悪かったことだけは少なくとも主張したい。

 ヴィータはザフィーラにちょっかいだしてるし、家の中でぼっちというのはなかなかに居心地が悪いし、はやてとシャマルが時折こちらを見るというのもあまりよろしい環境ではなかった。

 居場所がないということを否が応でも叩きつけられて、心の安住を求めるために無意識に料理本を手にとってしまった。いや、料理で懐柔しようなどという心積りは決してない。

 

 没頭してしまい、周りが見えなくなるということは長所なのか短所なのか。

 今回に限って言えば後者であった。はやてが側に寄るまで気が付かなかったというのはいくらなんでもない。

 

 はやてはそんな葛藤は知らぬとばかりに女性諸君で話し合った事柄を懇切丁寧に説明してくれた。

 単純に言ってしまえば、週一回はみんなで布団を並べて寝るというもの。

 その確信に至るまでの言葉は存外に長い時間を要したものであった。

 

 

 窓の隙間からは淡い光が室内の埃を写しだしてきらきらと反射させていた。

 眠気具合と外の明るさをみても、そろそろ起きてもいい時間だということは容易に予想がつく。最も、家主を含めてこの部屋の中にこのような時間に起きようとするものは私以外にはザフィーラだけだろうが。

 

 ゆっくりと体を起こし、まずは深呼吸という名をもってあくびを一つ。

 脳に酸素を送ってゆっくりと立ち上がる。部屋にいる同居人への配慮だ。

 ザフィーラの耳がピクンとこちらを向いていることから、こちらのことを意識しているのだろう。薄っすらと開けた目に、右手人差し指を立てて口の前に持っていく。それだけで理解したのか再び耳がはやてへと向く。

 それを見て足は自然と動いていく。

 

 包丁が奏でるリズミカルな音に、鍋からこんこんと沸騰を促す音がする。

 考えずとも理想的な体運びで以てだしを取り、具を温める。味噌を入れるのは皆が起きてからなので、ここで火を止める。

 次いでだし巻き卵を手早く作る。

 魚はいい塩梅の焼き具合で、表面は色付き芳ばしい匂いが立ち上がる。

 

 ほうれん草をレンジに入れて、牛乳をコップへと注いでそれを一気に煽る。

 キンっと冷えた牛乳はこめかみ辺りに僅かな衝撃を与えるが、気にせずに牛乳を飲み干した。

 

 プハッっと一息ついた所で必要枚数の皿を用意する。

 後は盛り付ければ終わりだ。

 

 時間を見てもかなり早い時間だということが言える。

 一緒に寝るということは、はやてやヴィータの就寝時間に合わせるわけだ。当然のことながら早くに目が冷めてしまう。

 シグナムなんかは就寝時間分早く目が覚めるが、シャマルははやてよりも起きるのが遅いことのほうが多い。

 一緒に寝た場合などはシャマルもはやてと一緒に起きることが多いのだが。

 

 ジャージに着替えて外で準備運動をする。

 柔軟を十分に行ったことで走り出す。

 

 監視が全くないというわけではない。

 現に、近くの高層ビルからシグナムがこちらを見ている。あれ程の美人だというのにジャージ姿ということに違和感がないわけではない。ジャージごときで美貌が損なわれるわけでないにしても、外にでるのにそれはどうかと思ってしまう。現にはやても一言言ったみたいだが、機能性、特に生地の伸縮の関係から護衛への貢献度を軽く30分は説明されて面倒以外の何物でもなかったのだろう。シグナムが就寝する際はジャージということに相成った。

 シグナムという監視はあるにしても、これは魔術に頼ったものではなく、己の身体技量のみ。自身の身体の状態は魔術により全てが手の内にある。

 理想的な身体の動かし方。

 理想的な関節の動かし方。

 理想的な筋肉の酷使の仕方。

 キリはないが、身体の虐めかたについては常人の遥か上にある。幸いなことに基礎体力の向上ということを肉体年齢が10代のうちからできるということは非常に大きい。何しろ体が出来上がってしまってからとでは伸び代に大きな違いができてくるのだから。

 入念な柔軟の後に大きく深呼吸し、酸素を隅々まで行き渡らせる。軽く息を吐いて道路へと出る。

 ぐっとふくらはぎの筋肉を緊張させれば、後になってやってくる疾走。

 

 早めに目が覚めたこともあり日が昇ってきたのは走りだして幾分か経ってからだった。

 

 山の斜面を登りながら手頃な石を拾い、体を捻り体幹のバネを利用して投擲する。

 曰く、鉄甲作用。

 投擲したものの運動エネルギーがほぼ100%で相手に浸透する投擲術である。運動エネルギーであるため、その質量に比例し、速さの二乗に比例する。その為、鍛えあげるべきは投擲速度であり鉄甲作用を要する技術である。

 助走をつけ、あるいは体を回転させて投擲する。背筋、僧帽筋が弱いために補助として行う。

 端から見ればただ石を投げているようにみえるのだろう。

 

 この投擲術の教えを請うたのは、かの悪名高き埋葬機関の者であったか。

 互いに素性は知らずとも、雰囲気で察することはできる。相手が協会の者であるように、自分が魔術を修めているということに。

 協会と教会の溝は深かったが、あの者は飄々としているように思えた。その頃は私も封印指定などというものにはなっていなく、協会からも距離をおいていたのが大きかったのだろうが。

 ともかく、その者の投擲術は見事であった。

 黒鍵と呼ばれる投擲に適した剣を使用していたこともある。普段は黒鍵の刀身を顕現させてからの投擲であったが、ここぞという時は刀身部を投擲した瞬間に顕現させていた技量だろう。刀身の向心力は付かないが、人外とも表される代行者の凄まじい力はそれであっても必殺の威力となっていた。

 

 尤も、それ以降も顔を合わせる機会はあったが、敵を殲滅するなり意識をこちらに割くあたりは何とも言えなかった。「一応、魔術師殺しなんて言われてて封印指定間近の人とあまり悠長に話していると上司に怒られてしましますから」とだれに言うわけでもなく、こぼした。それでも体面にこだわった威嚇らしく、苦も無くその場から立ち去っていた。

 この投擲術の優れているところは、流したと思ったらそのものの衝撃がすべて浸透することにあるだろう。例えば、盾やもっている防具で横に滑らす時など、相手の体が持っていかれるのがわかる。

 その一瞬を得んがための技術として重宝するに至った。

 

 古い、いや記録となってしまった残像を見返すように右手を一瞥する。

 手首を固定し、体を回転させてリリースする瞬間だけ手首を柔軟させた。

 スナップを利かすことによる最後の一押し。

 小石のあたった枝は折れて後方に飛ぶが、小石自体はその場にぽとりと落ちる。

 このような結果が毎回起これば問題のだが、まだまだ技量の少ない身。大抵は当たった物体とともに行動を共にしてしまう。

 

 悪路を走りながら一瞬体を沈ませて石を拾う。

 

 それを繰り返した。

 

 

 それなり、というには些か不足している量の汗を流して帰路についた。

 

「ん、ただいま」

 

 意外なことに玄関の前ではシグナムが立っていた。おかえり、とだけ言うと、こちらを睨んできた。美人なのに、そんなに眉間にしわを寄せるような行為はもったいない、と思うってしまう。

 

「とても良い運動能力を有していますね」

 

 と、賛辞をもらったことにもおどろいたが、続けられた言葉に何も言えなかった。

 

「一手願えませんか?」

 

 シグナムの姿勢、体の動かし方を見てればわかるが、それはヴォルケンリッターの中でも極めて高いレベルであることがわかる。

 常在戦場とはこのことを言うのであろう。

 こちらを信頼していないというのは、見て取れる。

 

 しかし、ここでの手合せ。

 勘ぐらないほうがおかしい。

 

「明後日の早朝3時にここでいいか?

 聞きたいことがあるのだろう?」

 

「感謝します。ヴォルケンリッターの将としてもこれ以上の貴方のことを放っておくことはできません。

 私達はもっと貴方のことを知らなくてはなりません」

 

「それはお互い様、ということけど。

 俺はシグナムよりは遥かに弱い。胸を借りるつもりでいかせてもらう、な」

 

 シグナムは両眼を閉じて

 

「主が待ってます。

 さ、中へ入りましょう」

 

 玄関を開けてくぐっていった。

 私はその場から少し動くことができなかった。

 

 

 携帯電話がブルブルとふるえる。

 その音で目が覚めて、時計を確認すれば3時前。

 

 気は乗らないが、のそのそとジャージに着替える。

 麦茶を一杯煽ることで目を覚まして、靴を履いて玄関を出る。と、そこにはシグナムがいた。

 

「予定時間よりは少し早いですね」

 

 お互い様だ、と言って、庭の倉庫に置いてある木刀を持ってくる。

 シグナムの持っているレヴァンティンなんかであれば、この身がもたない。これは互いに理解していることだ。

 木刀と言っても、中に鉄心が入っており、重量はそれなりにある。

 シグナムはそれをとって、目を細めるだけだった。

 

 

 いつものように走っているが、その光景は些か趣を異なった。

 隣にいるはずのザフィーラはシグナムととってかわり、涼しげな顔を前へと向けている。

 明らかにこちらに合わせている速度である。

 

 思うことはある。それを息に乗せて外へ出す。

 乱れていた呼吸を戻して足を動かした。

 

 

 走ってなお不足している柔軟をしながら問う。

「聞きたいことがあったんじゃないか?」

 シグナムを見れば、足元に視線を落としていた。

 しかし、意を決したようにこちらを見た目には迷いはかけらも見られなかった。

 

「貴方はこの世界に住まう一般人ですか?」

 

 瞬間呼吸が浅くなる。

 

「何をもってそう言うのかな?」

 

「まず戸籍。

私達と同様に不自然な点が見られた。聊か不躾ではあるが、過去を詮索させてもらった。公のもので、シャマルに調べてもらったからそれが原因で心配することはない。

 結果として士郎の過去はある時期をもって遡れなかった。この国にいなかったということで済まされてはいるが、ほぼ全ての国や地域で貴方の存在は確認されていない。

 それに、体から僅かにしか漏れだしていない魔力にリンカーコア。

 この世界ではリンカーコアを持っているものは稀で、その魔力を制御するものなど、この近隣の住人にはいなかった。

 何か言うことはあるか?」

 

「まいったな。

 俺が多少なりとも魔力を制御できることが知れているというのは。

 と言っても俺にできることは少ないんだが。」

 

 木刀を取り出して両手に構える。

 

「いつでもどうぞ」

 

 正眼に構えたシグナムがこぼす。

 正眼に構えて剣先を左右に揺らす。が、シグナムの目すら揺らがない。

 

「来ないのであれば、こちらから行きますが」

 

 言葉が終わらないうちに踏み込んで突きを放つ。

 シグナムがぶれた瞬間に左手に鋭い痛みを感じ、加減されて打たれたことを痛感した。

 木刀といえど、打ち付けられれば骨折はする。軽い痛みで済んだのはシグナムが加減したからに他ならない。

 

「この程度ですか?」

 

 否、このままで終われるはずがない。

 シグナムの目以外はここにはない

 

 強化には至らずに全身へと魔力を充実させる。

 

 瞬間、シグナムの目が細まる。

「技術はまだまだですが、その姿勢は好ましい。

 魔力の制御も隠しているようですが、それで私に渡り合えると踏んでいるなら見くびられたものですね」

 

「すまなかった。持てる力の限りを以てむかえよう」

 侮っていたのは私のほうだった。

 相手はその行動に責任を持っていた。

 ならば、それに答えないわけにはいかない。相手を殺す殺さないにしろ、行動に対しては常に責任が伴う。その覚悟をシグナムはもっていた。

 

「強化、開始」

 

 もてる力を使う。肉体を強化する。

 

「では、仕切り直しといきましょう

 さぁ、士郎。みせてください!」

 

 





20141021  改訂
20141103  改訂


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035話


魔法少女リリカルなのはFはじまります




 

 

 骨の芯に響くような鈍痛。

 そのまま手放してしまいたくなる、そんな誘惑を絶って木刀を握りこむ。

 先ほどから手先への力が思うように込められなくなってきている。限界は近い。

 遥かに届かない。

 

 それから数合と打ち付けただろうか。

 強かに木刀を打ち付けられ、受け流すことができずに衝撃が体中を伝播する。ついには手から離れてしまった。忘れてきたかのように胸を襲う衝動。

 抗うことができず、目の前が黒く染まっていった。

 

 

 

 心地よい揺れによって意識が覚醒してくる。

 体中から痛みと熱が訴えかけてくるが、おぶわれて密着しているところからはじんわりと暖かな熱が伝わってくる。

 

「悪い、手間かけさせたな」

 

 更なる痛みを発する体に鞭打って降りようとする。

 

「無理はいけません。主も士郎ももっと甘えるということをしてもらっていいと思います。

士郎はもっと我らを信用してもらいたい」

 

 体が一瞬強張ったが、それに伴い激痛が走り体を弛緩させる。

 シグナムが苦笑したようでトントンと微かな振動が伝わってきた。

 

「主はやてから話は伺っています。なんでも行き倒れていた様子。

主を支えていただいていることには感謝しています。だが、主の騎士として、貴方には問わなければなりません。貴方は主に害を成すものですか?」

 

「どうなんだろうな。

俺がはやてを害するというのは思い浮かばないけど……」

 

「士郎がはやてを害する姿など、私にも思い浮かべることはできません」

 

 優しい声がかえってきた。

 

「士郎はこの世界の人ではない、のではありませんか?」

 

 今度こそ呼吸が止まった。

 

「この世界には魔法技術はありません。極稀に主のように先天的な魔法資質を持っている人がいますが、士郎のように使いこなせている者などいません。少なくとも私たちが調べた限りでは近くには」

 

 酸素を欲する細胞のように大きく息を吸って濁ったものを吐いた。

 

「おそらく、な。

そこまで詳しいことはわからないけど、たぶん俺はこの世界の出身じゃなさそうだ」

 

 その後は話もなく、背中から降ろしてもらった。

 家まではまだ少しあるが歩けない距離ではない。

 

 家が見えてきたところでシャマルが玄関先に立っていた。

 早いんだな、と思っていたらシグナムが口を出してきた。

 

「気を抜かなければシャマルでも早起き位できる」

 

「いや、そうなんだろうけどさ」

 

「冗談だ。士郎の青痣も大層なものだからな。シャマルに見てもらうといい。こと治癒に関しては我らの中でも随一だ。

それに、そのままだと主が心配なさる」

 

 まだまだはやてが起きる時間には早すぎる。

 リビングでシャマルに治癒の魔法をかけられた。

 

 途端に軽くなる体。

 青痣も見る見るうちに引いていく。

 

「これは、すごいな」

 

 感嘆、それである。

 

 ライトグリーンの魔力光が納まったころには頃には体調も万全であった。失った体力は元に戻らないようだけど、運動するにしても支障がない程度だ。

 

 「ありがとう」と言うと「どういたしまして」と素晴らしい笑顔付きでかえされた。

 

 何とも言えない雰囲気を破ったのはシグナムだった。

 コホンと一つ入れ。

 

「我らがシステムによるプログラムだということは知っているでしょう。所謂人造生命体というやつです、我らの感情などはプログラムの仕様に過ぎない。全ては主の為のもの。

そこで、衛宮士郎。貴方には我々のこと、貴方のことをもっと知るべきではないかと言う結論に至りました」

 

 シャマルを見ればいつもの柔和表情ではなく真剣であった。

 

「さっきも言ったけどな、言えることってたってそんなに多くはないぞ。

おそらく、俺はこの世界の出身ではないということくらいだ」

 

「それ以外にも、士郎には魔法を運用する技術があるのではないですか?」

 

「それも含めて今夜話し合うというのはどうだろうか?」

 

 時計を見てそう言った。はやてが起きるまでは時間があるが、朝食の支度をしていてもおかしくはない時間だ。

 それにシャワーも浴びたいし。

 

「そうですね。

私たちはどんなことを話し合おうかと考えてましたけど、士郎君は今知ったばかりですもの。

私はその考えに賛同します」

 

 シャマルはシグナムを見ていた。

 シグナムはコクリと頷くと、

 

「わかりました。

時間は、そうですね。主も遅くまで本を読んでいることがありますから午前1時というのはどうでしょうか。

場所は、」

「俺の部屋だろうな。

シグナム達の部屋ははやての部屋の隣だし、リビングなんかははやてが起きてる来る可能性が0じゃないからなぁ。そうなると、2階にある俺の部屋ってことになるけど、それでいいか?」

 

「わかりました。

深夜お邪魔します」

 

「あと、シグナムは今からシャワー行ったほうがいいぞ。汗かいただろ」

 

「そうですね」

 

 朗らかな顔をした後、ジャージの胸の部分を引っ張って鼻を動かしていた。

 

「匂いますか?」

 

 と少し頬に朱を燈らせた姿はいつもの先ほどまでの凛々しい姿からは想像できず、ついつい空気が口元から漏れた。

 

「ごめんごめん、俺のほうが汗かいてるし。匂うなら俺だろうな。

シグナムはそんなに汗かいてないだろうから、大丈夫だよ。な」

 

 シャマルに話を振れば口を手で覆って笑うのを我慢していた。

 

「ふ、ふふっ。

だ、大丈夫ですよ!」

 

 笑うのを我慢しているようだが、少し声がでかい。

 はやてが起きてくるぞ。

 

「そうか」

 

 と明らかにほっとしている状態のシグナム。シグナムの目は節穴なのだろうか。

 それでは言葉に甘えて、とリビングから出ていった。

 

「士郎君のほうが汗かいてますし、シグナムよりも先に汗流したほうがよかったんじゃない?」

 

「いや、気絶してたから柔軟もできていないからな。

ちょっと外で体伸ばしてくるよ」

 

 

 外に出て、朝のしっとりした空気を吸い込む。

 

 シグナムとの試合。

 試合と言っていいものではなかった。

 

 シグナムの剣技はそれこそ天稟の才を感じさせるには十分なものだった。

 

 振るわれる木刀はまさに音速。こちらも強化を施しているので、何とか早さについていけていた。いや全力でないことが見て取れたからアレよりもさらに速度は上がるだろう。

 

 フェイントはほとんどが通じず、通じたとしても見てから軌道を修正してくる。

 ワザと隙を作ればそれこそ其処へ叩き込まれるが、鋭く重い。体重差を加味したとしてもそれほど受け流すことができなかった。

 

「まだまだだなぁ」

 

 ぽつりと漏れた。

 

「士郎君も男の子なんですね」

 

 聞かれてしまった、という思いから少し恥ずかしくなる。

 

「そりゃ、な。

あそこまでぼこぼこにされたらいっそ清々しいけどね。

それよりも、シグナムを本気にさせることができなかったということが不甲斐ない、かな」

 

「そんなことないですよ。

シグナムは口ではああ言っていますが、士郎君のこと認めていると思いますよ。でなければその場でたたき起こされていたんじゃないでしょうかね。

それに、治療を勧めたのはシグナムですし」

 

 何が嬉しいのかにこにこして言っている。

 

「はやてに痣だらけの俺を見せるのが嫌だったんじゃないか?」

 

「そういうことにしておきます」

 

「そういうことに決まっている!」

 

 うん、十中八九そうだと思っていましたよ。

 でも、これは言わないといけないな。

 ありがとう。

 

「そんなことは。

それよりも、士郎もシャワーを浴びたらどうですか。いい加減にしないと朝食の準備が遅くなってしまいます。

それと、シャマルはちょっと話があるからここに残っていような」

 

 とても前髪で目を隠しとてもイイ笑顔でシャマルに声をかけていた。

 右手はシャマルの襟首をつかんでいた。

 

「シシシ、シグナム!?

なんで足音消してるの? クラールヴィントも!」

 

「この国の諺に常在戦場というものがあるらしい。

常に戦場にいるつもりで事に当たるということらしい。我らに相応しいと思わないか?

それと、どこへ行こうというのだ?」

 

 何やらノイズが走っているようだが、見てないし聞こえない。

 聞こえなーい。耳塞ぐ動作をしてこちらは一切関与しないことを示す。

 シャマルはなぜか顔色を悪くしたが、何故だろう。

 

「本当に仲がいいな」

 

「聞こえないふりしてないで、助けてよー」

 

 嫌よ嫌よも好きのうち。

 

 玄関から中に入ると不自然なほどに静かであった。

 シャマルの声すら聞こえず、何らかの魔法を使ったのではないかと勘ぐってしまうほどだ。それか、この短時間でシャマルは話すこともできないくらい、

 いやいや。

 

「さて、汗流すか」

 

 だれに言うでもなく、ぽつりとこぼした言葉は廊下に静かに反響した。

 

 

 

 明日はバイトも休みだから夜更かししたところで問題はない。

 

 コンコン

 と、ドアが叩かれる。

 

 音には気を付けていたはずだが、部屋の外を歩く音が全くしなかったことには少なからず驚いた。

 

 どうぞ、声をかければ律儀に失礼しますという言葉が返ってきた。

 

 シャマルが静かに扉を閉める。

 

「お仕事には支障ありませんでしたか?」

 

「お陰様で全く問題なかったよ」

 

 シグナムは当然だというような表情をし、シャマルはほっとしたような表情で思わず笑ってしまう。

 

「二人はベッドにでも腰かけてくれ」

 

「あまり回りくどいことは好きではないので、単刀直入に聞きます。

これは朝も聞いたことですが、主はやてにとって士郎、貴方は敵ですか?」

 

 いつも柔和な表情をしているシャマルですら真剣な顔をしている。

 それに対しても、言うことは決まっている、

 

「はやての味方だ」

 

 シグナムとシャマルはあからさまにほっと気を抜いた。

 

「わかっていたことですが、確認しなければなりませんでした。

許してください、などと言うつもりはありません」

 

「ああ、わかってる。

はやての味方でいたいというのは俺の思いだ」

 

 それだから決められない。

 はやては他人に迷惑をかけたくない。

 シグナム達は他人に迷惑をかけてでもはやてを助けたい。

 

 だれかの見方をすれば、それ以外の敵となる。

 そんなのはわかりきっていたことだ。

 

 だから、はやての味方をしたい。

 

「それを聞いて安心しました」

 

 安心しきった声でシャマルがつぶやいた。

 

「話は変わりますが、士郎の話を聞いてもいいですか?

士郎も私達のことを知らないと思いますので、情報交換をしましょう。

でなければ、ヴィータが煩いので」

 

 そこで、いったん間が空いて

 

「ヴィータにも了承を得ましたのでこのまま続きを。

まずは私達からいきましょう」

 

 シグナム達は話し始めた。

 

「もはや記録も摩耗してしまって、我らが何時生まれてきたかも定かではない。

が、そこには魔法資質に恵まれた主がそこにあった」

 

 多元宇宙論なんてものがある。11次元的に見れば薄皮ひとつ向こうが別の世界だとも。

 過去未来において、偶発的に存在しているのかと思えば違った答えが返ってきた。

 

「我らが召喚されたのは絶対時間座標からみて過去へは行くことがない。

それゆえに我らと魔導書は魔法技術を集め、繋げていくことを旨としたのだ」

 

 主が変わるたびに魔法技術は奥底に封印され、魔力を得なければそれを解放できないという欠点を抱えることにはなったが。考えてみれば、図書館における書庫と閲覧室に近いのかな、と適当に考える。

 

 その間にも淡々と話しはなされ、結果、時空管理局とは相まみれず彼女らが封印される立場であることが分かった。

 主が大いなる力を得るということに言及すれば話を濁す。

 問い詰めてみれば、その後のことはあまり知らないのであると。

 主に必要とされなくなったのか。

 彼女らが必要でなくなったのか。

 

 明らかに不審なところだけど、彼女達は気にしていないようだ。それこそが疑問。

 

「さて、次は士郎の話を聞きたいと思う」

 

 それは、今までの話を断ち切ることである。

 

「俺自身もよくわかっていないことでよければ話す」

 

 頷くのを見て話をする。

 

「生まれは地球という星の日本という国。地理とかの授業によればそうだ。

実の両親は見たことがないけど、養父は自身を魔法使いと名乗っていたな。俺は養父のようになりたくて魔法使い、いいや、正義の味方を目指したんだと思う」

 

「正義の味方?」

 

 どちらかともなく流れてきた言葉に答えないわけにはいかない、

 

「正義の味方。

弱きを助け、悪を挫く。そんな者になりたかった」

 

「なりたかったって。まるで諦めたような言葉だな」

 

 そんなことはない。

 正義の味方こそが

 

「夢だから」

 

 言葉にしてしまえばそれまでのことだ。

 

「養父からは魔術の基礎を教えてもらった。それこそ毎回死にそうになりながら」

 

 思い出すのは土蔵に籠って毎晩のように自分を殺す作業。

 

「それでもそれが養父から示された道だから歩んだ」

 

 聖杯戦争を経て、遠坂に師事して。

 

「俺のいた世界では魔術、こちらでいう魔法技術を習う学校も秘密裏ながらあったんだ。だから俺がそこで習った。

 単純に言えば、魔法技術を隠し切れずに使ってしまったために厄介者として殺されそうになったけどな」

 

 言ってしまえば単純なことだった。

 

「隠し切れなかったことにも非があると思うが、それだけで罰せられるようなことなのか?」

 

「大多数の人間は魔力を扱えなかったしな、あとそういう技術を公開していなかったから」

 

「わかりました。士郎のいた世界については。

はやての下に現れたのはなぜですか?」

 

「それこそ知らない。

だれかが意図して送ったのかも。それ以前に俺が今まで何をしていたかというのが思い出せないのが問題なんだ」

 

「それと」

 

 士郎の太刀筋からは血の匂いがします、そんなわかりきった事が紡がれた。

 

 

 そう、最初は見られずに魔術を使用して、銃や剣をもって人を助けて回った。

 そのうちにもっとたくさんの人を助けたくなった。

 

 追ってもある。

 魔術を投影を行ってしまうまでにそう時間はかからなかった。

 

 爆弾、弓を使った遠距離からの掃討。

 

 ついには魔術協会にも露見した。

 

 おぼろげながら思い出す。

 だから簡潔に答えた。

 

「ただ、理想の前に立ちはだかったから殺した。

それだけだ」

 

「理想の為に、殺した。と?」

 

 冷えるようなシグナムの言葉が小さな部屋に反響した。

 相手を殺す瞬間、怨嗟の声を聴いた。

 怨言を吐かれた。

 そんな気がした。

 

「ああ。

 こんな姿だけど、本来だったらもっと歳上だ」

 

「なるほど、打ち合いの時の違和感はそれでしたか」

 

 納得するようにつぶやいた。

 それよりも自分にもわからないような違和感をシグナムが感じ取っていたことに驚いた。

 

 体が小さくなり筋力量も減ったことで、時間をかけて体を慣らしたはずだったがそれでもまだ不十分だったのだろう。まぁ、まだ成長期ということも挙げられると思うけど。

 

「はぁ、わかりました。

 士郎君は優しい人、ということでおしまい」

 

 ポンと両手を胸の前で合わせてシャマルが言った。

 何故か非難されているように聞こえるが。ちょっとまて、どうしてそれが優しいということにつながるんだ。

 自身の理想の為に人を殺める。

 よく考えなくてもそれはおかしい。

 

 それは、と一区切りおいて吐き出された言葉は、内緒です、なんていうものだった。

 

 語尾に音符が付きそうなくらい上機嫌なんだけど、理由を言ってはくれなかった。

 

 

 

 暦が少し流れ、季節は夏へと移っていた。

 その間にシグナム達との関係は平行線をたどっていた。

 

 よく言えば、多少緊張感のある相手。

 それがシグナムとザフィーラからしかこないというのは言わないほうがいいのか。

 

 とまぁ、代わり映えのしない日常を送っているのである。

 

 

 




20141121  改訂
20150205 改訂


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036話



魔法少女リリカルなのはFはじまります




 

 

 爽やかな酸味を含む香りが鼻腔をくすぐる。

 カチャリと珈琲カップを置く。

 まだまだだなぁ。

 マスターの珈琲とはやはり違う。

 

 目をつむり、動作を思い浮かべる。

 と、そこで声をかけられた。

 

「えっ、バイト、ですか?」

 思わず聞き返してしまうくらいには衝撃を受けた。

 なんせ、他のバイトをやってみないかという言葉だったからだ。

 

「いや、でもここのシフトもありますし」

 

「二日と半日だけなんだけどなぁ。ここよりは時給も高いしさ。

どうかな」

 

 時給が高いというのは確かに魅力的ではあるが、隣の市までの交通費とか考えるとなかなか返事はできない。

 

「そもそも何で俺なんです?

他には声はかけなかったんですか?」

 

「声はかけたんだけどね。

士郎君が最後だよ。はやてちゃんのこともあるし」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら森口さんは苦笑している。

 でも、そういうことならしょうがない。

 

「わかりました。そういうことでしたら、やらせてもらいます」

 

「お、本当かい?

いや、助かったよ。

交通費も出してくれるはずだから、向うには言っておくよ。

詳しい地図なんかは明日にでも用意するから。

休憩のところ邪魔して悪かったね」

 

 それじゃ、と声を残して森口さんは出ていった。

 少し冷めた珈琲を胃袋に入れて、カップを洗って休憩所から出た。

 

 帰ったら一応はやてにも言っておかないとな、なんて考えつつバイトに勤しんだ。

 

 

 

 はやてに話したところでどうということもなかった。

 

 

 からっと晴れた空から容赦ない紫外線を浴びつつバス停へと足を進める。

 ああ、今日は本当に暑い。

 

 後ろ髪を引かれる思いでバスから下車し、駅の中へといそいそと進む。

 遅延などもないようで予定通りに電車は動き出した。

 

 じっとりと湿る肌に弱冷房車は心地よい。

 時折、カタンと揺れる車内には人の姿はまばらだった。

 

 コピーされたA4サイズの地図をカバンから取り出す。

 駅からバスで20分。

 迷うことなんてない。

 

 何をするでもなく外の景色をぼーっと眺めていたら、いつの間にか下車すべき駅に着いていた。

 

「バスは、っと」

 

 バイト先までの直通のバスまで出ているということにも驚きだ。

 すでに何人か乗っているようであった。

 中年くらいの男性の隣に座って出発を待っていたら、低い音を響かせながらバスは扉を閉めた。

 

 ついた先にあったのは、巨大なテーマパークだった。

 時間には余裕があるが、見て回りたい気持ちがないわけではない。

 とまぁそんな思いは置いて、従業員と思わしき人を見つけてかけよった。

 その彼は事務所までついてきてくれた。

 

「へぇ、じゃぁ三日間だけの短期のバイトなんだ」

 

「はい」

 

 彼はここで働いて長いらしい。

 短い期間だけど、何か困ったことがあったら言ってもいいんだぜ、なんてことを言っていた。いい人なんだろう。無言で後ろ姿に頭を下げた。

 

 失礼します、とドアを開けて入ればすでにかなりの人数が集まっていた。

 

「名前は?」

 

「衛宮士郎です」

 

「短期の方ですね。こちらに書いてあることを読んでおいてください」

 

 名前を確認された後に、A4の紙を3枚渡された。

 1枚は就業に関することで、もう2枚は仕事に関することだった。今日一日の流れが書いてあった。短期でのバイトはかなりいるらしく、数ある中の名前から衛宮の文字を探し出した。

 午前中はプールの監視、午後は飲食店の手伝い。

 

 ここ、”おーしゃんざぶーん”は複合商業施設の一角にあるプールである。

 バニングスグループが巨大資本を投入して作られたことで有名になっていて、東西で4 kmを超えることでも話題性がある。一連の施設の端っこにあるおーしゃんざぶーんは温泉、プールとともに一年を通して利用できることは大きな集客効果になっている。

 国内最大規模のプールとしては有名であるし、つづく温泉施設も有名であった。隣接するホテルは中級、上級とわかれているものの、露天風呂は同じで収容人数は750人をほこる。周りにもホテルがちらほらと垣間見え、ここの利用者の多さを物語っている。

 プール自体は全天候型で天井が開閉できるようになっている。

 本日は快晴ということもあって、屋内プールにも容赦ない日差しが降り注いでいる。

 防水機能のついたPHSをとりだすと、午前中の監視場所についたことを報告した。

 

「それにしても暑い」

 

 渡された水分補給用のペットボトルを開ける。

 

 しばらくすると館内放送によって開館されたことがわかった。

 

 午前中はどうということもなく、午後の店舗の手伝いも問題なく行えた。

 

 二日目ともなればもう慣れたものである。

 

「交代だよ」

 

 と声をかけられ、15分ほどの休憩を行う。

 その間に空になったペットボトルを捨てて新しくペットボトルを補給する。

 

 次の監視場所はどこだったかな、と地図を見ていると不意に声をかけられた。

 

「衛宮君!?」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 夏休みなのに補講なんて。

 自分から学校の補講に参加することにしたのはいいけど、午前中がまるまる潰れてしまうというのはちょっとまいってしまう。

 その鬱憤を晴らすためにも、今日は遊ばないと。

 

 今日は4人でプールなんかに行っちゃいます。

 

「ごめん、待った?」

 

「ううん。丁度。

一緒の電車だったんだね」

 

 とおっとりした口調で由紀は笑いかけてきた。

 

「美希は?」

 

「美希ちゃんならなんか遅れるってメールがきてたよ」

 

「あー、寝坊か」

 

 と諦めたような口調は綾香だ。

 

「それなら先に行きましょ」

 

 とささっと決めたらバスに乗り込み、携帯をぽちぽち。

 

「よしっと、メール送ったよ」

 

「私も送ったよー」

 

「右に同じ」

 

 ちょっと笑ってしまった。

 9時にプール入ってすぐの案内図のところで集合と追加でメール送ったら、素晴らしい早さで携帯がぶるぶると振動した。

 メールの中身は、はい、と。

 

 入館料は高校生以上800円となかなかなお値段設定だ。

 お金を払って入ったら早速着替える。

 

 私のは今年買ったもので、ブラウンだけどちょっとしたふりふりがついていて可愛い。あんまり派手なのはちょっと苦手だから。

 

 ぱぱっと着替えてプールへ行くと、真っ青な空から容赦のない紫外線が降り注いでいた。

 もっててよかった日焼け止めクリーム。

 由紀が日焼け止めクリームを忘れたというので貸してあげた。

 由紀の水着はワンピースでとても可愛い。

 そして胸も大きい!

 

 綾香の胸を見て、とりあえず肩をぽんぽんと叩いたら怪訝な目で見られてしまった。

 

 美希とは9時に落ち合うことができたので、そこから共に行動をした。

 

「やっぱりウォータースライダーはしないとねー」

 

「ちょっと怖いかも」

 

「んー、じゃぁ由紀は私と一緒にあっちの長いやつにしようか」

 

「えー、綾香と由紀が一緒なら私は美由希と一緒に滑る」

 

 なんて子供じみたことを言ってる。

 はいはい、といなすと、まずは絶壁のウォータースライダーねとイイ笑顔で言葉を介された。

 さすがに別行動は、ということもあり由紀だけが下で待っている。

 だけどなかなかの高さがある5 mくらいだろうか。

 私は大丈夫だけど、美希、あんた膝が笑ってるけど。

 

「あんたら、これが大丈夫なの?

おかしくない!?」

 

 なんてちょっと大きな声で、結構焦っていることが窺える。

 

「怖いことと、それを表に出すことは同位ではないぞ」

 

 それはそうよねぇ。

 とは言え、私は大丈夫だけどね。

 

「急勾配かつこの高さ、怖いのはわかる。だけどこれはアトラクションだから安全対策もしてあろう。

その恐怖心を感じるというのが一番の目的であるなら美希が怖がっているというのは、その実、美希が一番このアトラクションを満喫しているということに他ならない」

 

 ちょっと都合のいい解釈かなぁと綾香の言を聞いていたけど、美希はなるほどという顔をしていた。

 

「なるほど、じゃ、綾香が一番に滑ってね」

 

 どうしてそういうことになるのか、当事者同士で話し合いが行われた。平和裏に事が進み、綾香が我らの一番槍の栄光を手にしたのだった。

 

「綾香ー、後ろがつっかえてんだけど」

 

「まぁまぁ」

 

 綾香はぐっ、とか、ぬっ、とか単語を発していてなかなか滑らないので、美希の手がちょっと滑ってしまった。

 

「あ、綾香ごめん、ころんだ」

 

 キャー、なんて綾香からは想像できない可愛い悲鳴が響き渡った。

 録音したいくらいだった。

 

「じゃ、美由希、お先ー」

 

 楽しそうな悲鳴あげるじゃない。

 それじゃ、ま、私も行きますか。

 

 ここは悲鳴を上げたほうがいいのかな。

 とか考えている間に入水してしまった。

 

 思った以上に深い。

 当然か。

 

 水から上がると綾香が放心状態で体育座りしていた。

 ブツブツ何ごとか吐いているけど怖くて聞きたくない。

 

「美希、ちゃんと謝っといてよ」

 

「謝ってはいるんだけど、心ここにあらずみたいな状態でさぁ。

次のスライダーに行くまでには元気になってるっしょ。

美由希片側もって」

 

 私は美希と綾香に肩を貸してずるずるとひきずっていく。

 トラウマにならなければいいな、と本気で思ってしまう。

 

 正気を取り戻した綾香によって美希の背中には紅葉が付けられることになるというオチがついた。

 

 その後の緩いウォータースライダーでは和気あいあいとしたものだった。

 またあとで乗ろうと言い合って、次はどこへ行こうかと思案する。

 妥当なところで、流れるプールだろうか。

 

 そこへ向けて足を進めた時だった。

 見覚えのある、その横顔。

 赤い海水パンツに赤いライフジャケット、赤いキャップ。

 非常に目立つ!

 

「衛宮君!?」

 

 あっと思った時にはすでに遅く、口からその人物の名が放たれていた。

 綾香は何だ?というような顔をしているし、美希に至っては衛宮君の顔を確認した途端ニタリと意地の悪い笑みを浮かべる始末。

 あー、数瞬前の私、何故思ったことを口にした!

 

「やあ、高町さん。

友達と泳ぎに来たのかい」

 

 私達のやり取りを見ての発言だった。

 

「ふーん、誰?」

 

「喫茶店の店員さんですよぉ」

 

「翠屋のバイトさん?」

 

「市立図書館の前になかなかいい喫茶店があるんだよねー。そこの店員だよ」

 

 小声で美由希が気にしてる、って美希は何言ってるんだ! 私に顔を近付いてかつ小声の発言だけど、それには同意しかねる!

 

「なんだか楽しそうな友達だね。

俺の休憩時間もあとそんなにないからこれで。

楽しんでいってよ」

 

 衛宮君にはこのやりとりが仲のいい友達のものだと思っているようでなんだか複雑な気分になる。

 まぁ少なくともここでバイトか何かやっているのだろうしあんまり迷惑をかけるわけにもいかない。

 

「ねぇ、衛宮君、だっけ。

ちょっと待って」

 

 私が歩いていく後姿を見ていたら、隣にいる美希が言った。

 衛宮君はこちらを振り返り、疑問符を頭に浮かべている。

 

「お昼、私達と一緒に。どうかな?」

 

 それは予想外のことで。

 

「うん、まぁいいんじゃないかな、由紀はどう?」

 

「そうだねー。

いいと思うよ」

 

 って私の意見は聞かれずに話がどんどん進んで行ってるんですけど。

 美由希には聞いてません、とそのやってやりました的な顔を向けるのはヤメロ。

 

「でも、迷惑じゃないか?」

 

 衛宮君の困ったような顔がのぞいた。

 

「そんなことないですよ。なかなか面白い展か…… ゲフンゲフン、見知った男の人がいるっていうだけでも心強いのです!

自分で言うのもなんですけど、女の子4人だけとかナンパにあったりしてそれをまくのが大変なんですって。

食事時くらいゆっくり食べたいと思うのが普通だと思わない?」

 

 そういうことなら、と衛宮君は了承してくれた。

 非常に言い訳じみた説得ではあったが、衛宮君は疑問にも思わなかったような素振りだ。そんな純粋な気味だといつか誰かの詐欺にあってしまうのではないかと心配になる。

 

 私の胸の内とは裏腹に、話はいつの間にかまとまっていた。どうやら衛宮君の昼休憩は13時かららしいので、その時に幾つかあるフードコートの内入り口から一番遠いフードコートで食事をとることとなった。

 

 

「ちょっとー、美希。

どういうことよ」

 

 私の恨めしい声はどこ来る風とばかりに受け流している。腹立たしい。

 

「いいじゃん、言ってることは嘘じゃないし。

それに衛宮君? のこともっと知ることができるチャンスでしょ」

 

「じゃなくてー、もう!」

 

 とか言いながらも、少し気分が上向くのはどういうことか。

 美希のニヤニヤした顔は全く以て腹立たしい。

 何が面白いのか。

 ああ、私の顔か。

 全く以て腹立たしい。

 

 

 正直なところ、いつにもまして時計を意識していたようだった。

 私自身そうしているとは思わなかったのだけど。

 

「そんなに時間が気になるんだったら、防水の時計をつけとくべきだったな」

 

 とため息交じりに綾香に言われるほどだった。

 

 今日はやけに時間の進み方が遅いと思っていたのも束の間で、12時過ぎたあたりからはやたら時間が早く過ぎて言った。マッハだったといっても過言ではないくらいに。

 

 

「えーっと、衛宮君は、と」

 

 きょろきょろと探していると後ろから声がかかった。

 振り向けば髪を茶髪や金髪などに染めて、耳にはピアス。中には鼻にまでピアスをしている男性が5人ほどいた。

 

「君たち学生?

オレらが飯奢るから一緒に食べない?」

 

 チャラチャラした格好でチャラチャラした物言い。

 結構嫌いなタイプの人間だ。

 

「間に合ってるので、結構です」

 

 一刀両断、綾香の鋭い捌きによって相手はグゥの根も出ないかと思いきや。

 

「いいから、いいから、そこでお茶飲むだけでもいいからさー」

 

「ちょっとしつこくありません?

いい加減にしてくれませんか?」

 

 温厚な美由希さんであってもこう言っているのに腕まで掴まれてしまっては、内心穏やかではありませんよ。

 

「いい加減にしてください。

人呼びますよ!」

 

「んだと!」

 

 私が振りほどこうとした瞬間に声がかかった。

 

「高町さん、待った!?」

 

「店員の癖になに言って」

「そこの男性、もしかして彼女たちに不埒なことしていませんよね?

係りの人呼びますよ?」

 

 衛宮君の視線は男性の手に注がれていて、徐にポケットからPHSを取り出した。

 

「あ、いや、すいません」

 

 男性はパッと手を離したかと思うと、それではと言ってささっと退散してしまった。

 

「もうちょっと早くきたらよかったんだけど、ごめん」

 

 ぺこりと頭を下げる衛宮君手にはフライドポテトの山とお弁当。

 このフライドポテトはどうしたのか聞くと、一旦向うへ行ったときに身内価格で購入したらしい。 

 

 衛宮君がテーブルを確保しておくというので、食べ物を買いに行った。

 こういうところで食べるのはカレーだよね。

 先ほどまでのやりとりなんか忘れてしまって、今は楽しみたい。

 

「なかなかすごい量だね」

 

 うん、このテーブルの上にあるものはなかなかの量だ。

 私はカレーと5人で山盛りのポテトを消化しないといけない。

 食べすぎるとお腹がポッコリ出ちゃいそうだしなー、と衛宮君の横顔をちらっと見た。そしたら衛宮君が気が付いたようで、こっちを見返してきたので反射的に下を向いてしまった。

 

 何やってるんだ、私。

 

 いただきまーす、とカレーを口へ運ぶ。

 思っていたほどジャンクな味ではなくてカレー専門店のような味がしてちょっと残念だ。こういうところで食べるものはジャンクな味がするからこそいいのに。

 その点、衛宮君の買ってきたフライドポテトは見た目にそぐわず、これぞフライドポテト! という味で非常に満足できる。ケチャップとマスタードも申し分ない。

 

「家でフライドポテトを作るときも、ラードで揚げたらここのフライドポテトのようになるよ」

 

「へぇ、衛宮君は料理も詳しいんだ。

そのお弁当も手作り?」

 

 首を縦に振る。お弁当の中身を見ると、から揚げに厚焼き玉子、ミニトマト、サンドイッチと妙にレジャー感を出してある弁当がそこにあった。失敗しなさそうな無難なチョイス。

 私にも作れそう、今なら作れる気がする。

 

「えっと、どれかほしいの、ある?」

 

 どうやら食いつくように見ていたようで、そんなことを言われてしまった。

 

「じゃ、私はサンドイッチ」

 

「私もサンドイッチ」

 

「私もー」

 

「って、私に聞かれてたよね!?」

 

「そこは私達運命共同体。美由希がもらうものは私ももらう。私の貰うものは綾香も雪ももらう。

これ宇宙の真理」

 

「って馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ!」

 

「まぁまぁ高町さん。

サンドイッチぐらいならどうぞ、確かに5人とはいえ、このフライドポテトのでは女性にはきついかもしれませんね」

 

 お弁当を中央付近に出されて、私達の手が伸びる。

 私が手に取ったのは、カツの様なもの、野菜、タマゴのサンドイッチだった。

 食べてみると、どうやらハムカツのようだ。タマゴとも喧嘩していないし、少し酸味があるようなのは玉葱だろうか?

 

「半分正解、玉葱とピクルスを刻んだものが少し入っているんだ。

面白いでしょ」

 

 本当にうれしそうで、思わずとてもおいしいなんてありきたりな言葉しかでなかった。

 衛宮君は、ありがとう。と答えた。

 

 皆とワイワイと食事をしていた時間はあっという間に過ぎてしまった。

 衛宮君はこの後は店舗での裏方の仕事になるということだった。

 

「どうせなら、帰りも一緒に帰りましょうよ」

 

 との一言から、衛宮君から仕事終わりの時間を聞き出してしまった。

 

 

「なんなのよ、皆して!」

 

 私は非常に怒っている。

 

 私たちは入り口近く待ってようという話になって、いつの間にか私だけが取り残された。

 帰り間際になって、やたら飲み物を飲ませてくるなぁと思っていたんだけど。

 何もお花を摘みに行っている間にいなくなるのってどうよ。

 

”じゃ、お先に帰ります。衛宮君によろしくね^▽^”

 携帯電話のメールに1通だけ着たのがこれ、握りつぶしたくなった。

 衛宮君の携帯電話の番号なんて知らないし、私達がいなかったらいつまでも待ってそうなので帰ることなんてできない。時間的にはあと少しで出てくるようだけど。

 

 時間より少し前に衛宮君は出てきた。

 他の皆は、と聞かれたから、正直に話したら笑われてしまった。

 こっちは笑いごとではないのに。

 

 ちょこっとバスの中で皆においてかれたことでの愚痴を吐いて、一緒に電車に乗った。

 

「衛宮君は喫茶店辞めちゃったの?」

 

「マスターに頼まれて明日までの短期のバイトだよ」

 

 まさかやめてないよ、ということに安心をした。

 私も衛宮君の様なお茶を入れたり、美味しいお菓子やケーキを作ってみたいな。

 

「うん、気が向いたら高町さんの怖いお兄さんがいないときに行かせてもらうよ」

 

 全然本気じゃない言葉だったけど、胸がポっと暖かくなるように感じた。

 誤魔化すように手を伸ばした。

 

「あー、明日から補講かぁー」

 

「高町さんってそんなに成績が?」

 

 慌てて否定した。

 

「夏休みの前半は強制的に補講なんだよねー。

中途半端に進学校ってこれだから」

 

 おっと学校の愚痴はあまり出したくない。

 衛宮君は学校にも行かずに仕事をしているんだから。

 気にした風でもなく、そんなもんかぁ、と呟きが聞こえた。

 

 カタンカタンと電車に揺られているとだんだんと瞼がもたくなってくる。

 だめだめ、寝ちゃ。

 でも、微弱な冷房がひんやりとして、夕日のあたるところがちょっとだけ暖かくて。

 

 

 揺さぶられる感覚で目を覚ます。

 はっと目を覚ましたら衛宮君が困った顔で言った。

 

「もうすぐ駅だよ」

 

 私は反射的に反対側を向いて口元をぬぐった。

 大丈夫、ヨダレは垂れてない。

 ってちがーう!

 

「えっと、衛宮君、ごめんなさい」

 

「気持ちよさそうだったし。遊び疲れてたんだろうから、起こさなかったんだけど」

 

「うん、ありがとう」

 

 尻すぼみに小さくなっていく声。

 仕方がないじゃない、穴があったら入りたいぐらいよ!

 

 改札を出れば、送っていくよ、との声。

 流石に悪いと思っても、何かあったらいけないから、と。

 

 私を送るくらいならそこいらの女性を送っていった方が防犯の面では正しいのだろう。この界隈で私がそれこそ何かされてしまうような人は数えるくらいにしかいないのだろうから。

 それでも正直に言って、嬉しくないと言ったらウソになる。

 

 衛宮君は最初いくらか後ろを気にしていたようだけど、途中からは気にしなくなった。知り合いでもいたのだろうか。

 

「それじゃ、この辺で」

 

「うん、ありがとう」

 

「あのあたりから変な気配がするから」

 

 と言って指し示すのは私の家。

 おおう!

 正直に言ってびびるというか、引くというか。

 

「君のお兄さん、いや、まぁ」

 

 ごにょごにょと言っていたけど、恭ちゃんが関係しているということだけはわかった。

 

「うん、今日はありがとう」

 

「暇だったら、またお店にでも来てよ」

 

「それはこっちもだよ、喫茶翠屋をよろしく」

 

 笑いながら別れた。

 

 帰って1時間くらいしてメールが入った。

 

 3通。

 

 どれも私が衛宮君の方に頭を乗せて、寄りかかって寝ている写真だった。

 衛宮君は困った顔をしていた。

 私は幸せそうな顔をしていた。

 

 とりあえず、道場で体を動かしてから頭を冷やそう。

 恭ちゃんと鍛錬したらいつも以上にぼろぼろだった。プールでめいっぱい遊んで疲れているせいだ、そうに違いない。

 

 



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037話



魔法少女リリカルなのはFはじまります




 

 

 早く早く、とヴィータは体で表現をしていた。

 ヴィータを先頭にわたし達は電車に乗り込んだ。

 

 

 先日の事だった。士郎さんが3日間ほど隣町のプールでバイトをすることになったと言ったのは。やんごとなき理由によってそのバイトを受けたとか。

 かなり大きなプールらしく、バイトの特典として割引券を5人分貰えるそうだ。初日のバイトの終わりにもらえるらしい。

 

「なら皆でプール行こうよ」

 

「そうしたいのはやまやまだけどな、それよりも先に先生にプールで泳いでいいか聞かないとだめだぞ」

 

 そうだった。

 許可を取らないといけないのはしょうがないよねー。

 

 思ったが吉日。その日のうちに許可を頂き、晴れてわたし達はプールへと行くことができる。

 さて、何時プールに行くかという話になったとき、ザフィーラが家に残ると言ってきた。

 

「なんでなん?」

 

 主の不在の家を守ることも、我等に課せられた使命であるとかなんとか言っていた。いやいや、むしろ私を未来進行形で守っていけばいいじゃないかな。頑固なザフィーラは折れずに居残りとなった。

 

「ザフィーラはしょうがねーなー。はやてはあたしが守ってやるよ」

 

「ザフィーラはわたしがどうなってもええんやな、ヴィータだけがたよりや」

 

「はやて!」

 

「ヴィータ!」

 

 ガシッという効果音が似合う抱擁をわたし達はした。

 

「はいはい漫才はそこまでね、はやてちゃんはあまりはしゃぎすぎてもいけませんから。遊ぶのは半日くらいにしましょうね」

 

 漫才とはなんや、わたし達の美しい友情を称して漫才とは!

 でも、シャマルの言う通りあまり長く遊ぶのはあまり良くない気がするしなー。

 

「ということで、プールに行くのは士郎さんのバイト3日目となりました」

 

 ドンドンパフパフー

 ……なんで静になるんや、ここは盛り上がるところやろ!わたしが静かに憤慨してると、天の助けとばかりに士郎さんの声がかかった。

 

「バイト終わりは12時だけど、おそらく抜けられるのが12時30分位になると思う。お昼をどうするかわからないけど、一緒に弁当食べるなら席をとっておいてもらえると嬉しいかな」

 

「ほなその日のお弁当はわたしがつくるんでええな。

偶にはわたしのお弁当でぎゃふんと言わせなあかんからな」

 

「はやてのご飯はギガうまだから、士郎は首洗って待ってろよ!」

 

「ヴィータがいばることじゃないだろ。あと、首を洗って待ってろとかおかしいだろ。この首切られるのか? でも、はやてのお弁当は楽しみにしておくよ」

 

 ヴィータが無い胸を強調しているのには微笑ましさしかない。わたしの胸のことは言ったらあかん。大きくなったら大きくなるはずや。あと士郎さん、その笑顔はとてもいいと思うんや。

 

 

 当日の朝は士郎さんがお弁当の準備を手伝ってくれた。と言っても、今回のお昼ご飯はわたしが作るわけだから下拵えのみ。

 それであっという間に時間はすぎて、士郎さんは朝ごはんを食べていってしまった。

 わたしはのんびりと料理を再開する。

 

 

「ほら、電車着ちゃうよ!?」

 

「そんな急がんでも電車は逃げたりせんから大丈夫や」

 

「逃げるというか、置いて行かれるという表現が正しいですね」

 

 一本遅れたといっても10分後にはまた電車が来るから、と言ってもヴィータはそわそわしている。ザフィーラはお留守番してるけど、こうしてみんなで遊びに行くってことはほとんどしていないからはしゃぎたくなる気持ちもわかる。

 

「ヴィータ、切符買わな入れへんよ」

 

「シャマルー」

 

「はいはい、人数分買うからちょっと待ってね」

 

 お財布はシャマルに預けてある。

 抜けているようで実は計算が得意らしく、お財布の中はもとより家計を掌握している。その点だけを観れば士郎さんを凌駕すると言ってもいいかもしれない。

 もちろん、食材の見極めなんかはわたしよりも苦手っぽいけど。賞味期限とかの管理は一番や。

 

「ちょっヴィータ! 切符とるの忘れとる!」

 

 お約束みたいなことをしながら、わたし達は電車に乗り込んだ。

 タンタンと揺れる電車にいつしかウトウトしていたようで、シャマルの声によっておこされた。

 私もちょっとは今日のことを楽しみにしていたみたいで、すこーし寝不足なのがここにきてでてしまったみたいや。

 バスに乗り換えてそこから少し行けばあっという間に到着した。

 

「大きいねぇ」

 

「そうですね、あちらが受付のようです」

 

 シグナムの指さす方には人が並んでいた。

 

「はやてちゃん、私が入場券を買ってきますからヴィータちゃん達と待っていてくださいね」

 

 パタパタと駆けていく姿を見ながら、そんなに急がんでもええんやけどなと思う。

 私もお財布は持っているが、騎士たちの金銭を管理しているのはシャマルだったりする。金銭と言っても、衣食住に必要なお金はわたしが出しているので、お小遣いのことだ。私もグレアムおじさんから援助してもらっている立場だからあまり無駄遣いできないのがわかっているためか、ヴィータたちはお小遣いに関して言ってくることはない。むしろ、美味しいケーキを売っていると評判の店に行ってきました、とか言ってわたしに買ってきたりしてくれる。うれしいんやけど、そういうのは自分の為に使ってほしいと思う。

 

 士郎さんの割引券だと入場料が半額になるらしい。

 シャマルにわたされた入場券を手に、いそいそと邁進していく。

 入り口でお姉さんに半券をわたして中に入れば、雰囲気からして南国をイメージしているということが分かった。

 

 と、入り口を通過したくらいでわたしに声が掛けられた。

 あぁ、もしかして車いすはダメやったんか。なんていう考えが一瞬かすめたけどそうじゃなかった。

 

「車椅子はこちらで預かります。代わりの車椅子を用意します。問題がありましたら申しつけください」

 

 車椅子のの乗り換えてシャマルに押してもらう。車椅子のはわたしのものよりもだいぶ簡素化されたもので、かつ張ってある生地がそもそも違った。

 乗り心地がいいとはお世辞にも言えないことだけど我慢できないほどじゃない。

 

 ひんやりとして涼しい通路を少し進めば水着の貸し出しコーナーがある。

 わたしたちは一日の為にたっかい水着を買うのもどうかということで、貸し出しの水着を使うことにしていた。その方が荷物も増えんしな。

 

「シグナムとヴィータは好きなの選んでな。

シャマルは残念やけど、わたしと一緒におってなー」

 

「まさか、はやてちゃんの水着を一緒に選べるんですから願ってもいないことです」

 

 うん、その発言は変に取られかねないから気を付けよーな。

 ついでにと、ヴィータに声をかけようと思ったらこちらから見えるようなところにはいなかった。シグナムもついとるし、大丈夫やろ。

 

 

 時間に余裕があるとはいえ、思った以上の品揃えなのであちらこちらの水着に目移りしてしまう。

 水色のワンピースみたいなのもええなぁ。

 あ、すこーし派手だけど、オレンジのセパレートなのもなぁ。

 

 下を向いて実に慎ましやかな自分の胸を見て、シャマルの胸を見る。そして脳裏に浮かぶのは腰に手をやり胸を張っているシグナム。

 なんでこんなボインボインさんたちがまわりにいるんや! 外国人だからって言っても限度っちゅうもんがあるんやで!

 その点、ヴィータはとてもいい。ヴィータの胸はいつまでたってもちっぱいのままや。

 ってこんなくだらないこと考えとる場合やなかった。

 

 シャマルはどれがいいと思う? という言葉は半ばで閉ざしてしまっていた。

 シャマルの目線の先には雨上がりの新緑を思わせるような、ハッとさせるような鮮やかな緑と透明な湖面を思わせる涼やかな浅緑が絶妙な具合にグラデーションをかけている水着を眺めていた。

 クスリと自然と笑みがこぼれる。

 

 湖の騎士かぁ。シャマルに似合ってると伝えると、嬉しそうにしていた。

 私もシャマルに習って涼しげな水色のストライプの水着を選ぶことにした。

 お揃いですね、というシャマルのはにかんだ顔は嬉しいような恥ずかしいようなといった感情が見え隠れしているように感じた。

 わたしの水着も決まったので、ヴィータとシグナムを見つけに行かないといけない。あの二人は元から目立っているから見つけるのも簡単だった。

 

「二人はどないな水着を選んだん?」

 

 シグナムが、我らはと言いかけたところでヴィータが言葉を遮った。

 

「ここで言ったら面白くないじゃんか。こういうのは着てみてからのお楽しみって言うんだよな」

 

 なるほど、一理ある。

 どんな水着を選んだか正直興味が尽きないけど、この後すぐに着替えるわけだしこの場で見る必要はないかな。

 

 後払いのシステムなので、ここはシャマルがすべての会計を請け負ってくれる。シャマルは手首につけたタグの様なものを差し出していた。

 わたしたちにはそれを配っていないことからも、全てをシャマルに任せることになる。

 

 わたしのとヴィータの浮き輪も忘れずに貸し出しを行う。これを忘れちゃお話にならないってもんです。

 

 

 水着に着替えると、サイズもぴったり。シグナムはなんか水泳の選手の様な水着、なんでも強い水着はどれかと店員に聞いたらしい。強いってなんやねん、どうせなら刺激の強い水着とかあるやん。あ、やっぱなしで。ヴィータはスクール水着だった。小学校で着る水着と言えばそうやけど。

 ま、本人たちがいいならそれでええか。

 

 しばらく園内を歩いてから、フードコーナーへと行った。

 まだまだお昼には早い時間だけども、だいたいこういう施設のお昼時はすごいことになるんや。テレビでもそういうのがよく中継しとるし。

 余裕をもって行ったこともあり、6人掛けの席を見つけることができた。

 

 お水もらってきますね、とシャマルがお冷を取りに行った。

 

「はやてー、士郎はいつになったら来るか知ってる?」

 

「どうやろうなぁ。お仕事自体はお昼までやろうけど。そのあとでなんやかんやあったらちょっとは遅くなるかもなぁ」

 

 ええー、とヴィータはかわいらしく口を尖らした。

 

「士郎さんも好きで遅れるわけじゃないし、そこは大目に見たらなぁ、な」

 

 ヴィータはしばらく、うーんうーんとうなっていた。

 

「はい、お待たせしました」

 

 テーブルに置かれる4つの透明なガラスのようなコップ。ガラスにしては氷の浮いた水の冷たさがあまり手に伝わってこないから、プラスチックなんやろうか。

 爪で叩いてみてもガラス特有の硬質な音がしなかった。

 

 こういう場所やし、割れたガラスの破片で怪我しないようにという配慮なんやろうな。

 天井が空いていて風も通っているけども、やっぱり夏らしい厚さっていう者は感じる。若干の渇きを覚えるのどにコップの中の液体を流し込めば、ひんやりとしたモノがくだっていくのがわかる。

 ほてった体にすっとすいこまれていくような、そんな感覚。

 

「シャマル、おかわり!」

 

「ヴィータ、そういうのは自分でとってこなあかんよ」

 

「ウォーターサーバーも遠くにあるわけではありませんから大丈夫ですよ」

 

 と、ヴィータのコップをお盆に乗せて行ってしまった。

 

 わたしは士郎さんに今いる場所をメールで送った。これなら士郎さんだって一発で分かるだろう。

 パンフレットを広げてみんながどこに行きたいのか聞いた。

 シグナムは50 mプール、シャマルは流れるプール、ヴィータはウォータースライダー。うん、みんな見事にバラバラだ。

 わたしは流れるプールと波のあるプールに興味があるな。波のあるプールと言っても、砂浜のように砂が敷いてあって浅瀬のようになっているみたい。

 

「このウォータースライダーなら浮き輪っぽいのに乗って2人で行くやつだから大丈夫だって。それとも、あたしたちがいるだけじゃ、はやてに危険な目に合わせてしまうって?」

 

「いや、そういう心配はしていない。我々であれば問題はないだろうが、主はきっと士郎と楽しみたいと思っているはず。士郎を信用していないわけではないが、万が一があっては困ると思ってな。

主がウォータースライダーに乗りたいというのであれば、体格的に私かシャマルが一緒に行くことになるだろう。果たしてそれが主の為なのか」

 

「なんや、2人ともわたしが士郎さんとウォータースライダーに乗れないから拗ねるって? そんなお子様とちゃうからな。それにお遊びなんやからそこまで深く考えんでええんとちゃう?」

 

 

「おーい、士郎! こっちこっち!」

 

 わたしから見て左側、ヴィータの正面方向に目をやると、オレンジ色の海水パンツを履いた士郎さんが歩いてこっちに向かってきていた。

 

「士郎、遅いぞ」

 

 はやてを待たせるなんて、って言ってる。

 

「んで、食べたら泳ぎに行く!」

 

「そんなに急いでもプールは逃げてかないぞ」

 

「時間が逃げていくからな!」

 

 すまんなぁヴィータ、わたしがこんな体たらくだから。よよよ、とからかうと途端に言い訳しながらうろたえるヴィータはかわいい。

 

「主、お戯れが過ぎますよ。ヴィータも主が本気でないことくらいわかってるだろう」

 

「えっ、はやて怒ったり悲しんだりしてないの?」

 

 よかったと言うヴィータは本当にかわいい。ついついかまってあげたくなー。

 ヴィータの見えないところで手をワキワキと動かしてみる。うん、もうちょっとかまってもええやろ。

 

「はいはい。はやてちゃんもそこまで、ね」

 

 命拾いしたなヴィータ、と口には出さない。

 ともあれ、全員が揃ったのでお昼ご飯を食べましょう。

 

 

 

 水着が似合ってるって言われてうれしかった。

 

 

 

 とても美味しいお昼ご飯で、準備をしたかいがあったというもんや。

 ヴィータは唐揚げと焼きそばをみんな以上に食べていた。唐揚げ美味しいのは同意や。

 士郎さんには渾身のいなり寿司を美味しいと言って貰えてよかった。

 

 士郎さんがお弁当とかをロッカーに仕舞に行っている間に作戦会議を再開する。

 

「食べたばかりだから激しいのは禁止ですよ」

 

「シャマル! 裏切ったな!」

 

 

 はじめは無難に50 mプールということになった。

 みんながどのくらい泳げるかわからない、とは士郎さんの言葉。

 どうやら守護騎士は泳法などというものは知らないようだった。そもそも水に潜ることが少ないらしい。仮に水の中でも、魔力を後方にぶわーっと出せば前に進むみたいだ。

 って空も飛べるんかい!

 

 士郎さんが簡単にレクチャーをしてる。

 みんな覚えがいいらしくあっという間にそれなりに泳いでいるように見えた。

 

 わたしは浮き輪でぷかぷか浮いていて、ヴィータはその近くで犬かきをしている。

 シャマルはプールの縁に座ってにこにこ見ている。

 

「大体わかった。

では、士郎。ここで一つ勝負といこうではないか」

 

 ニヤリという擬音がつきそうな顔で士郎さんを見ている。溜息を一つ吐いた後、士郎さんは了承した。

 

 往復100 mの一本勝負。

 二人に準備はいい? と聞くと、どちらも頷いた。

 じゃぁいこか。

 

「よーい、ドン」

 

 わたしの手がぱちゃんと水を跳ねさせた。

 って二人とも早いなぁ。

 

 士郎さんの方が早くターンに入った。

 結果。

 

 ゴホッゴホッと全身に空気を行き渡せる勢いでせき込んでる。

 士郎さんは落ち着くとシグナムを見た。

 

「さすがに勝てないか。まだ慣れていなかったらいけると思ったんだけどな」

 

「そういう士郎は素晴らしかったです。半分の距離であればわかりませんでしたが、これ以降も遅れはとらないでしょう」

 

 士郎さんは悔しそうにしていたが、シグナムが手を出したので笑って握手していた。

 青春やなスポコンやな、とどうでもいい思いが渦巻いている。シャマルはにこにこしているし、ヴィータは興味なさそうに犬かきをしている。犬かきの魔力にでもあてられたんやろか。

 

 そうこうしているうちに、ヴィータがウォータースライダーに乗りたいとぐずりだしたので、シグナムと一緒にいくことになった。どうやら、身長の関係で保護者と乗らないといけないらしい。

 

「シャマルも行ってもよかったのに」

 

「そんなに興味がありませんでしたから。

あ、それとも私がいないほうが良かったかしら?」

 

 しゃーまーるー!

 はやてちゃんって本当にかわいいわね、ってなんやねん!

 

 ちょっと納得いかない。

 まーあ、行かないっていうのはいいけど。なら、どこに行こか?

 

「そうねー。流れるプール、なんてどうですか」

 

 シャマルの笑顔が眩しい!

 こんなのされたら、他のに行こうなんて言えないんやけど。

 

 

 士郎さん! 手を離したらダメなんだから!

 流れるプールは人のごった煮みたいで、はぐれてしまいそうになる。

 

 ああ、シャマルが彼方へ!

 シャマルのことは忘れへん。

 って、シャマルなんかわろてなかった?

 

 そんな感じで流れるプールに身を任せていたら、士郎さんとの手が離れてしまった。

 びっくりして士郎さんのいた方を見ると、すでに士郎さんはいなかった。

 

 士郎さんが迷子になった!

 

 うーんって悩んでいると、ほっぺに刺さる何か。

 人差し指がほっぺに! そして士郎さんはずぶ濡れに、頭から。

 

 もう!

 士郎さん!

 

 流れるプールの端によけて、士郎さんをぽかぽか叩く。

 

「士郎、あまり主をいじめてやるな」

 

 と優しい声が頭上から降ってきた。

 

「はやてー、シャマルは?」

 

「シャマルはプールのもずくとなったんや」

 

 涙をぬぐう真似は忘れない。

 

「はやても変なこと言うな。ほら、あそこ。

でかいサングラスかけた人が、首から上だけを水面から出してるだろ」

 

 士郎さんが指さす方向を見ても、そのような人はいない。

 ヴィータの潜った、という言葉はもちろん聞こえている。

 

「陰ながら主を見守るか。

バックアップの要だけある。やるな、シャマル」

 

 いやいや、何それ。

 褒めるところちゃうやろ。

 

「さすが士郎君、私の変装を見抜きますか」

 

 わたしがシグナムの言葉っておかしいよね、って考えているうちにシャマルが近くにいた。

 サングラスは外され、豊かな胸元に。

 おのれ、シャマル。

 士郎さんを見れば、ふいと顔を逸らした。

 おのれ、シャマル。

 

 

「次は波のあるプールでしょ」

 

 

「はやてはやてー!」

 

 次から次へといろいろなアトラクションを楽しんでるヴィータ。

 今はプールの上に浮かべられたマットみたいなのを、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらわたっている。

 またこっち見て手を振ってる。

 

 あ、落ちた。

 なんとなくシグナムもやりたそうな雰囲気を醸し出しているけど、やっているのが中学生以下くらいの子供ばかりなのでさすがに参加を躊躇っているみたい。

 プールからあがったヴィータはまた最後尾に並んでいた。

 

 結局ヴィータが渡り切ったのはそこから2回目だった。

 

「主にいいところを見せようとするのはいいが、こちらを意識しすぎだ。

足元がおろそかになっていたではないか」

 

 はいはい、とヴィータはあしらうと

 

「はやて、どうだった!?」

 

 と、目をキラキラさせながら聞いてきた。

 

「うんうん、すごいすごい」

 

「だろー!」

 

 ヴィータは元気が一番や。

 

「それじゃ、渡り切った記念にみんなでソフトクリームでも食べるか」

 

「え、士郎いいの?」

 

「まかせとけ!

今年の限定は夏ミカンソフトクリームだ。濃厚なミルクと夏ミカンの相性は抜群でな、濃厚なのに後味がさっぱりしているっていう話だ。もちろん、バニラだって美味しい。

さて、一人一つだが、みんなはどうする?」

 

 歩きながら士郎さんはチョコレートや抹茶のソフトクリームについて説明してくれてる。

 ここはやはり王道のバニラやろか。

 いや、夏ミカンも捨てがたい。

 

 もちろんミックスもあるぞ、と士郎さんが言う。答えたのは、なん……だと……! というヴィータのうめき声であった。

 その感じは、わたしも以前経験した。しかし、やはりここは単一の!

 

 あれやこれやとみんなで話していたら売り場についてしまった。

 購入したのはバニラ一つ、苺一つ、夏ミカン二つ、抹茶一つ。

 

「はやて! おいしいな!」

 

 思わず笑顔になる。

 体動かして、アイスを食べる。

 最高や!

 

「こらこら。ヴィータ口の周りがべとべとだぞ」

 

 士郎さんはヴィータの口周りを拭っていた。

 わたしは手元にある夏ミカンソフトクリームに刺さっている透明なスプーンを見た。ヴィータはスプーンを使わずに食べてあの有様。いやいや、さすがにあれはあかんやろ。

 

「なんだ、ヴィータほしいのか?」

 

「みどりってあんまり美味しそうじゃないけど、気になるというか」

 

「ひどい言われようだな。好き嫌いはわかれるだろうけど。

一口だけだぞ。あと、その茶色の豆も一緒に食べると美味しいと思うが」

 

「本当か、士郎!」

 

 士郎さんは苦笑しつつヴィータにソフトクリームをわたしていた。

 手元のソフトクリームを見る。

 

「士郎ありがとう。シグナム、はもう食べ終わってるか。シャマルも一口ちょーだい」

 

 手元のソフトクリームを見る。

 よし。

 

「どうした? はやてはいらないか?」

 

 いやいや、そうじゃなくて。

 

「ああ、はやてのと交換して食べるってことか。

実は夏ミカンソフトクリームが気になっていたんだよ。ありがとうな、はやて」

 

 

 

 うん、抹茶ソフトクリームもおいしい。

 

 

 

「あー、今日は遊んだなー」

 

「誰かさんはエンジョイしすぎだろ」

 

「いーじゃん! たまには!」

 

「そーや、言ってやヴィータ。士郎さんにもっと遊びに連れてけって言うんや」

 

「主もたきつけるようなことは言わないでください。

ヴィータが調子に乗ります」

 

 これくらいええやんええやん。

 士郎さんとシャマルは苦笑してる。

 

 

 帰りはいつものスーパーに寄って帰宅。

 はぁ、疲れた。

 でも、楽しかった。

 

「士郎さん、夕食お願いしてもええ?

さすがにちょっと疲れてもうてな。夕飯ができるまで寝ててええ?」

 

 両手をぱんと合わせて頼み込む。

 

「あまり寝るといつもの夜更かしが捗るだろうから、少しの間だけだぞ。

その時になったら呼びに行くから。

シャマル、頼む」

 

 シャマルに手伝ってもらってベッドに横になる。

 途端に襲ってくる眠気。

 今日は楽しかった。

 

「それじゃ、またあとでね。はやてちゃん」

 

 シャマルは静かに戸を閉めると、わずかな音しかしなくなる。

 

 今日は本当に楽しかった。

 こんなの初めてかも。

 

 ズキリと胸というか、お腹が痛む感覚。

 まだ待って。

 

 ズキズキ。

 

 眠気が吹き飛ぶ。

 

 少しして、痛みも和らいでくる。

 これなら大丈夫。

 

「はやて」

 

 士郎さんが立っていた。

 手に持ったタオルが私の顔を覆う。

 

 汗をかいていたようだ。

 

「ヴィータたちには内緒な」

 

 わたしのお願を溜息で返された。

 

「心配かけたくないのはわかるけどな、それでもはやてあってこそだ。

だからあんまり無茶とかするなよ、苦しくなったらちゃんと言うこと」

 

「それはどうやろな」

 

 そう返すと、調子に乗りすぎ、と額をつつかれた。

 

「それだけ言えれば大丈夫だろう。

まだ時間がかかるから。また呼びに来る」

 

 士郎さんが出ていくときに起こした体を、たおす。

 ふぅ、と息を吐けば苦しかったのがだいぶ改善されていた。

 

 このまま寝てしまおう。

 

 

 

 夕飯をみんなで食べて、お風呂に入って、テレビを見て、布団の中に入って、やはり夜更かしして。

 

 

 

 ああ、今日は本当に楽しかった。

 

 






20161107  改訂



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