舞う英雄 (生物産業)
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第1話 始まり

 適当な部分がありますが話に関わってこないのであれば無視してください。


 親友曰く、森は心の平穏を取り戻してくれる神聖な場所。どんなに深い傷を負おうとも、ここにいれば自然と癒されて行くらしい。

 正直馬鹿じゃないかと思っている。

 そんな神聖な場所で特訓でもすれば何か特殊能力に目覚める……なんて思っていないけど、とにかく俺は汗を流している。。

 

「9995……9996……9997……9998……9999……10000っと、ふぅ~」

 

 腕の感覚がない。ばたりと地面に倒れる。

 一度力を抜いてしまった所為か、限界を迎えた腕にもう一度何かをさせる余裕はなかった。

 ごろりと身体を回転させ、仰向けになる。頬についた土が気持ち悪いが、今は払う気にもなれない。

 ぱりっと葉を踏みしめる音がした。そちらの方に視線を向けると、気怠そうに歩く親友が見えた。

 

「相変わらず、無駄に頑張るな。ほらよ」

 

 放り投げられたペットボトルとタオル。

 それを俺は……顔面でキャッチした。

 疲れてヘトヘトで腕が上がらないのに、捕れるわけがない。

 優しい人間なら、そっと俺の顔の横に置いてくれる。コイツはそう言う人間ではなかった。

 

「鼻が痛い」

「悪かったな」

 

 そうは言うが、空を見つめるばかりで反省の色が全く見えない。

 ふりそそぐ太陽の光、コイツにとっては何か危険なものなのか、敵を睨みつけるようにそれを見ている。

 何か太陽と対話でもしたのかもしれない。しばらく睨みつけた後、俺の近くに転がったペットボトルを手に取り、キャップに手をかけた。

 

「ほらよ」

 

 ムム、実は反省をしているのか?

 ペットボトルの蓋をあけ、差し出してくれる――わけもなく、そのまま顔にかけてきた。

 冷たくて気持ちが良いけど、頬についた土が泥となるから普通に口元に寄越して欲しかった。 

 

「スッキリしたか?」

「覚えておけよ。後で、ですとろい」

「ふっ、一流のスナイパーである俺が、ただの人間にやられる訳もない」

「……イケメンの癖に、その残念な感じ、どうにかならないわけ? 確かに俺たちは中学二年生だよ。だからって、さすがにそれはない」

「俺は闇に生きる男で、世界の特異点だからな。まあ、お前たち一般人から見れば残念に見えるかもしれないな」

 

 かもじゃない。見えるんだ。誰がどう見ても残念に見えてしまうのだ。

 俺の親友と言っても良い存在ではあるのだが、悲しい事に心に病を抱えている。

 現代医学では明確な治療法がなく、コイツを治してやることができない。

 そうなると困るのはコイツの周りにいる人間だ。

 友人が中二病を発生すると、なんというか居た堪れなくなる。

 行動の一つ一つが常識から外れすぎて、一緒に居るところを見られてるとこっちまで恥ずかしくなる。

 彼にはさっさと病を治してもらいたいところだ……頑張れ、天才医師たち。

 

「与一、闇に生きるなら、名前を夜に変えた方が良いんじゃないか?」

「おお、それは良いな!! 夜一か。こっちの方が俺に合っている気がするぜ」

 

 地面に書いた夜一の字が気に入ったのか、携帯を取り出して、それを写真におさめていた。何度も何度も、角度を気にしては笑みを深め、シャッターボタンを連打する。

 正直、見てて軽くひく。

 放っておくと、写真家にでもなりかねないので、与一に話をかける。

 

「お前は、練習しなくて良いの?」

「他人に見せる努力を、俺は努力とは言わない」

「格好良いことを言いたいのは分かるけど、その右手で顔を覆うポーズがすべてを台無しにしてるから。ただのナルシストにしか見えない」

「じゃあ、こうした方が良いか?」

 

 今度は額に手を当てて髪をかき上げるような仕草を取った。

 まあ、顔はイケメンだし、黙っていれば女子も寄ってくるから、似合ってない訳じゃない。

 ただ、ホントにナルシストにしか見えない。

 改名したみたいだし、ついでにあだ名も変えてやろう。

 

「ナルシー、じゃあ暇でしょ? 俺の訓練に付き合って」

 

 腕も動くようになったので、起き上がって与一に提案をする。

 

「ナルシーは止めろ。なんか心が傷つく」

「お前、メンタル弱いよな。その割に痛い発言を繰り返すけど」

「そのうち、お前も俺の言っていることが分かるさ。世界は俺たちを自由になんてさせてくれない。そして改めて俺が特異点である事を認識する」

「あーはいはい。それじゃあ、あっちからいつもみたいに撃って来て」

「おまっ、俺の扱いが雑になってんじゃねぇか?」

「親友の扱いなんてこんなもんだろ?」

「そ、そうか? まあ、そうかもしれねぇな」

 

 親友ってそんなもんじゃないでしょ。

 お前の中での友達と言う定義はどうなってんだよ。

 ハァー、高校に行く前にはこいつをもう少し普通の人間にしたいな。

 

 ◇◇◇

 

 登校日。

 爽やかな朝を満喫しつつ学校に向かっているのだが、足取りは重い。

 今日は転校初日の大切な日であるのだが、そんなことお構いなしの輩が若干名居るので、やる気が上がらないのだ。

 若さが足りないと言っても良いかもしれない。

 

「世界はいつだって俺に厳しいぜ」

「世界って言うか、世間だよね。風当り的に」

 

 やる気がない分、冷静になっているのか、いまだ病が治らない親友にも冷静に対処できる。

 これが炎天下だったら、たぶん、死ねの一言で終わりだ。いや、もしかしたら一撃をみまう可能性の方が高いかもしれない。

 全く。高校生、それも二年にもなっていまだにこれだからな。少しは改善されているとは言え、まだまだ痛々しい。

 健全なお子様に見せられないR15指定の存在だ。教育上よろしくない。

 

「金太郎、そのバカにいちいちツッコまなくて良いよ。あー川神水がおいしい~」

 

 高校生ながらに酔っぱらうという行為を平気で行う。

 酔いが酷いのか豊満な胸を俺の腕に押し付けるという乙女には恥ずかしい行為ですら一切躊躇なくやってくる。

 密着した状態であるからこそ、女性特有のフェロモン、厳密に言えばアルコール的な匂いが俺の鼻を刺激する。

 肩にかかる程度の黒髪で活発そうな感じを持っているのだが、全く以ってそんなことはない。

 朝から酒……ではないけど、ほぼ酒のような水を飲んで酔っ払っている。

 アルコールが入ってるかどうかが重要じゃないと思うんだ。

 他人に迷惑が掛かるほど酔っぱらってしまうことが問題なんだと思う。

 

「痛い子に酔っぱらい。義経、配下はもう少し選んだ方が良いと思う」

「よ、与一も弁慶も、良い奴らなんだ。金時もそれは分かってくれると義経は思っている」

 

 良い。俺の辞書には肯定的な意味で載っているのだが、実はそんな事はなかったらしい。中学で国語の勉強を間違えてしまったようだ。

 二人の主人である義経は、常に心労が絶えない。

 酔っぱらって足元がおぼつかなくなる弁慶に気が気でない義経。一応、俺が支えているとはいえ、いつ転ぶか分からない。

 その後ろで与一はゴーイングマイウエイ。

 別に誰も見てないのに、気配を感じるとしきりに後方を窺う。いるとしたらお前の尻を狙う変態どもだ――中学とか大変だったな。

 

 この漫才しているようなズッコケ三人組が、かつて英雄と称えられた人物のクローンと言われて、一体誰が信じるだろうか?

 

「源さん家の義経さん、良いって言葉は難しいと俺は思う」

「そ、そんな他人行儀な言い方は止めてくれ。義経は悲しい」

 

 義経はしょぼんと目に涙を浮かべる。

 やめて、心が痛む。冗談でしょ、冗談。

 お前が泣くといろんな人が怒るからやめてくれ。

 

「おいおい、私の主を泣かせてくれるなよ。ぷはぁ~」

 

 弁慶が義経を守るように、俺の前に立ちはだかる。酔っぱらいが珍しい行動に出たなと感心したところで、弁慶はくいっと川神水を口に運んだ。俺の感動を返せ。

 

「それより、なんかあれだよね? 俺だけ場違いな感じが……」

 

 改めて考えるとそう思う。

 英雄源義経とその他二人。その中で一般人な俺。もしかすると、俺って一般人じゃないのかもしれない。類は友を呼ぶ、その言葉のとおり、俺も実は……的な事があるかもしれない。

 今度電話して爺ちゃんに聞いてみようかな。

 

「義経はそうは思わないから心配するな。金時には皆と仲良くしてもらっているから、皆の主として、義経は感謝している」

「別に感謝はいらないよ。同じ中学校なら出会うのは当たり前だし。まあ、友人となったのは与一繋がりだから、感謝は与一にすればいいんじゃない? いやー偶然だよ、偶然」

「義経はそう思わない。金時と義経たちの出会いは必然な気がする」

 

 必然と偶然が同じと言う意味なら、必然なんだろう。

 言葉って難しい。

 だから、変人と偉人も一緒なんだと思う。

 

「おい、早く行くぞ。転校初日から遅刻なんて、義経みたいな真面目な優等生にはまずいだろ」

「弁慶さん、弁慶さん。与一君がまともなこと言ってますよ。ちょっと、俺感動しているんだけど」

 

 正直、胸の鼓動が早くなった。

 弁慶に近づいたことでいい匂いがしたからなんだけど。

 与一の感動はそのおまけ。

 

「与一も主君を思いやる気持ちに目覚めたんだな。私も嬉しいよ」

「よ、与一……」

 

 弁慶は成長した弟を見るような目で、義経は巣立ちを迎えた子を見守る親鳥のような目で与一を見ていた。

 与一更生計画はいい方向に向かっているらしい。

 

「義経はこの感動を胸に、学校に意気揚々に行こうと思う。さ、与一早く行こう」

 

 なぜか義経は走り出した。

 足取りが普段の数倍は軽い。心労が取れた、そう言うことだろうな。

 

「別に走る必要はねぇだろ。はあ、元気な奴だな」

 

 ハァーとタメ息を吐きつつも、与一は義経の後を追った。

 ルンルン気分の義経なので、少し心配になったのだろう。

 

「まさかのツンデレか。中二病とツンデレとはなかなか面白い属性を持ってるな。もう、いっそのこと、色んな属性を与一に付けてみるとか良いかもしれない。さしあたって、バラでも咥えさせておく?」

「いや、さすがにそこまで行ったら、痛い子ではすまされない。私の幻の左が炸裂してしまうかもしれない」

「アバラ粉砕コースは確実。さすがは弁慶さん」

 

 普段は川神水を飲んで、ふらーっとしているだけなのに、剛腕は増すばかり。

 どんな反則的なトレーニングをしているのか、ちょっと気になる。

 飲めば飲むほど強くなる……未来型酔拳?

 

「それよりもさ、金太郎は良かったの? 与一のために転校までして」

「九鬼からお金はがっぽり貰ってるし、川神には面白そうな人がたくさんいるって聞くし、俺としてはいい話だと思ってるよ。世話になってたおじさん達にも負担をかけずに済むしね」

「美少女とも登校できるもんね」

「義経は美少女だもんね」

「ほーう、それは私に対する挑戦と見て良いのかな?」

 

 なぜか普段から常備している錫杖を俺の方に向けてくる。

 酔っぱらいは酒癖が悪いから困る。

 現状の自分をきちんと把握してもらいたいものだ。

 

「酔っぱらいはどんな美人でも、その評価を落とす。これしき一般教養。想像してくれよ、絶世の美女がゴミ箱に顔から突っ込んで、しかも嬉しそうに、捨てられた加齢臭のする枕を抱きしめている姿を」

「いくら私でも、そこまではしないな」

「まあさすがにそこまではしてないけど、似たような事はしてるし。もうそれは美少女とは呼べない。与一が残念イケメンであるのと同じ理屈だ」

「なんか酔っぱらいってだけで、与一と同列になるなんてちょっとショックだ……」

 

 弁慶はショックのあまり、川神水を自重……なんてことはなく、止まることなく飲んでしまっている。

 今日、皆の前で自己紹介するんじゃなかったっけ? また義経があわあわするな。可哀想に。

 

「あ、早く行かないと、本当に遅刻するぞ」

「だ、ダメだ。酔いすぎて、速く走れる自信がない。金太郎、おんぶ~」

「バカでしょ。俺は鈍足なの。余計に遅くなってどうすんだよ。酔っぱらったお前より足が遅い自信があるわ」

 

 酔っぱらいはこうやって人の心を無自覚に傷つける。

 中学最後の運動会だってそうだった。

 男女混合リレーでアンカーという大役を任された俺は、全力で走った。

 元々、一学年あたりの人数が少ないから、リレーは強制参加だし、俺たち赤組は足の速い順に走者を決めてしまったため、俺が最後という事になった。

 赤組には義経が居たから、圧倒的大差で俺のところまで回って来た。

 白組のアンカーは弁慶(酔っぱらい)。負けるはずもない、そう思っていた。

 

「そう言えば、半周以上の差があっても金太郎は私に負けたもんね」

「黙れ、酔っぱらい。泣くぞ。恥も外聞もなく、わんわん泣くぞ」

 

 スタートするまでおぼつかない足取りで、見に来ていた保護者の皆々様に心配される始末だったのに、スタートしたら雰囲気を一転させ、俺を瞬く間に抜き去って行った。

 ゴールした時には弁慶は酔っぱらいに戻っており、俺の心は大きなダメージを負う。

 さらには、それだけの大差がありながら、負けてしまった俺に対する仲間からの批難の数々。与一にすら、お前ダメだな的な視線で見られた時は、そのまま早退するほどだった。

 

「泣いても良いよ。私が慰めてあげるから」

「そうやって優しいふりをして、さらに追い込むという事を俺は知っている。ホント義経が不憫でならない。今度から優しくしよう」

「お二人とも、そんな暢気な事を言っていますと、本当に遅刻してしまいます。車を用意しましたので、お急ぎください」

「さすがは、万能執事と名高いクラウディオさん。もう、毎日送迎してもらいたい」

 

 急に後方に現れた紳士。

 世界一とも名高い九鬼財閥で、執事をしている老紳士だ。

 好みのタイプはふくよかな女性という事で、口説こうとする前に必ずあと30キロは肉を付けた方が良いと割と失礼な事を言ってしまう人だ。

 女性に太れとか、なかなか言えるものではない。

 

「クラウ爺、金太郎は弛んでるから置いてって良いよ」

「お前が言うなよ、酔っぱらい」

「大丈夫ですよ」

 

 何が? 俺はそう聞こうとしたんだ。

 そしたら、いつの間にか、無駄に長い車に乗り込んだ弁慶が、こっちに向かって手を振っている。

 さらには、クラウディオさんまでにっこりとほほ笑んでいるのが見えた。運転席で。

 いつの間に消えたし……。

 

「じゃーね~」

「お先に失礼します」

 

 呆然とする俺を余所に、車は行ってしまった。

 

「もう、今日はサボろうかな」

 

 与一が居た時より、学校に行く気が無くなった。

 九鬼の奴なんか嫌いだ。



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第2話 坂田金時

「おい、そろそろ起きろ」

「うーい」

 

 目下、義経たちの自己紹介が全校生徒の前で行われている。

 予想通り、義経はあわあわしている。

 それより、立たされている生徒の方は辛そうだな。

 周りを36度の熱量を持った物体たちに囲まれているから、絶対に熱い。

 しかも、弁慶とか義経とかの登場で男連中の熱気が上がったから、相当な体感温度だろう。

 遅刻して良かった。

 遅れてなかったら、あんなムサイ所に居なければならなかったんだから。

 

「那須与一、でませぇぃ!!」

 

 人見知りMAXな与一君では、この状況で登場するなんて事は出来ないな。

 この後、俺も呼ばれてしまうのか?

 い、いや、その可能性は低いはず。俺、なんとかプランの関係者じゃないし。

 与一のお守みたいなもんだから。

 

「呼ばれてるぞ」

「俺の後はお前もだぞ。全校生徒に自分の正体を晒すなんて、アホらしいぜ。誰に狙われているのかも分からんのに」

「お前を狙うのは、ホモくらいのもんだ」

 

 与一はイケメンだ。

 ニヒルに笑っても女子は騒ぐし、プールになれば男女から声が上がる。

 普段、孤高を生きるとか言っているけど、実は意外と人気者。

 女子は言うに及ばず、男子(一部)からも人気があるのだ。

 中学生という好奇心旺盛で思春期なお年頃。

 女子が持っていたB○本――なぜそんなものを持っているかは疑問だが、男子がエロ本を持っていると考えれば分かる――を見てしまった男子が勇者として覚醒してしまった。

 体育の授業前は、与一は常に狙われていたな。

 身体を触りまくってくる変態が居たし。

 あれは可哀想だった。

 

「ホームルームもサボるか?」

「いや、俺はクラス違うから、サボったりしたらこいつ誰だよ的な空気になる。俺はプランとか言うのにも九鬼にも関係ないから、自己紹介はホームルームでしかできないんだよ。遅刻したせいで、朝礼に参加できなかったし」

「つうか、お前はなんで遅刻したんだ?」

「九鬼の選民思想の所為だ。俺は選ばれなかったわけ」

「そういうことかよ。やはり、俺とお前は似ている。俺たちは組織の連中からすれば、厄介な存在だからな」

「それはない。さすがに与一さんのレベルには俺も堕ちることはできない」

「堕ちる? はんっ、俺たちの目指す場所は駆けあがるところだろ?」

「一人で自由に羽ばたいてくれ。もう世界の果てとか」

「さっきからこいつら、何言ってんだ? fuck!!」

 

 アンタこそ、なんて言葉発してんだ?

 与一君でも襲いたいのか?

 九鬼はもう少し働く人を選ぶべきだ。

 

「与一君、金時君、ホームルームには出て頂きますよ」

 

 桐山鯉。彼を語る上で外せない単語、それは……『マザコン』。マザーコンプレックスの略で、簡単に言えばお母さん大好き、結婚してを地で行く感じだ。

 子供の時分なら良いけど、さすがに成人しても言っていると引く。

 何度かツッコんでみたんだけど、本人は何がいけないのかと首を傾げ、ありがたくもないママん講座を開催しだした。

 逃げたけど……。

 

「九鬼の人間、先程の復讐――ですとろい」

「おおっと、金時君、そう怒らないでください」

「……」

「ロックじゃねぇな」

 

 今日の遅刻は九鬼の所為。この恨み、ハラサデオクベキカ。

 

「まあまあ、紅茶でも飲んで、落ち着いて話し合いませんか?」

「俺は宇治茶派なんですよ。京都行って出直してください」

「当然、用意できてます」

 

 宇治茶あるのか、なら許す。

 

「おいおいおい。何普通に受け取ってんだよ! 相手は組織の連中だぞ?! 毒でも入ってたらどうすんだよ」

「そんな事をすれば、宇治茶神が降臨する」

「与一の奴も大概だけど、金時、お前もあれだよな」

「fuckを連呼しているメイドにあれ呼ばわりされたくないです」

 

 顔は美人さんなのに、言動が色々と問題がある人だ。後の李さんを見習ってほしい。

 

「ステイシー、怒って懐から物騒なものを取り出さないでください」

「李、コイツには一度、戦場の厳しさって奴を――ああ、あの腐った硝煙のにおいが……」

「自分で言ってフラッシュバックしないでください」

 

 ステイシーさんは昔傭兵部隊に所属していたらしく、その時の辛い記憶が時折蘇ってくるらしい。

 なんでそんな人がメイドしてるのさ? まあ、そんな事よりも俺にはやるべきことがある。

 

「とりあえず九鬼をですとろい」

「まあ、デストロイは止めておけ。おっかねぇ、おっさんがやってくるぞ」

「ほーう、それは俺の事を言っているのか、那須与一?」

 

 背後に感じる異様な気配。

 来たか、妖怪髭男爵。

 神出鬼没をデフォルトで備えている老紳士。

 

「……ヒューム」

「ヒュームさんだ。あまり舐めた真似をしていると、串刺しだぞ?」

 

 グラウンドにいたはずなのに、いつの間にかここまでやってきている。

 さすがにこの人とは戦いたくない。

 

「ここは戦略的撤退。囮は任せたぜ」

「ふざけんなっ」

 

 俺たちはお互いがお互いを貶めるように争った。

 人間って醜い存在だと改めて思った。

 

 ◇◇◇

 

 全身が痛い。

 ヒューマンさんに与一を差し出したと同時に、与一が俺に足払いを掛けてきた。

 その所為でバランスを崩した俺は、屋上にある扉に突っ込む事になる。

 扉の鍵は締まっていなかったため、勢いそのままに階段へ。

 当然ながら転げ落ちるという結果に至った。

 与一は与一で粛清されたみたいだけど。

 

「ということで、新しく転入してきた坂田金時です。よろしく」

「それよりも気になることが有るんだが?」

「なんですか? 小島先生」

 

 鞭を持っている女教師。

 俺の新しい担任になるようだが、きっと女王様なんだろう。

 このクラス全員が調教されてたら、クラスの変更を求めよう。

 俺はそんな変態にはなりたくない。

 

「なんでそんなに制服が汚れているのだ?」

「この校舎が掃除されてないからです」

 

 全く校舎は綺麗に使うべきだ。

 掃除は丹念に行う、これ常識。

 

「まあ、それに関しては遺憾なことだが、それとお前の制服の件は関係するのか?」

「階段から転げ落ちれば、制服が汚れるのは当然だと思います」

「なら、保健室に行くのが当然だと思うんだが……」

 

 確かに。

 この先生、鞭を持っているけど立派な人だ。

 たぶん、昔ながらの人なんだろう。昔は竹刀とか普通に持っていたらしいし。

 ゆとり世代に対する一つの答えかもしれない……調教とかだったらいやけど。

 

「身体は鍛えているんで大丈夫です。それよりも友人に突き落とされたという事の方が、俺の心の傷として大きいんですけど」

 

 まあ、悪いのは与一を囮にしようとした俺なんだけど。

 そこは黙っておくのが、立派な紳士。

 

「それは由々しき事態だな。その友人と言うのは誰だ? 私が話を付けてやろう」

「隣のSクラスにいる那須与一君です。屋上で仲良く寝ていたんですけど」

 

 とりあえず嘘を言っておく。ふっふふ、これで与一は生活指導行きだ。

 

「……待て、そもそもお前はなぜ屋上にいたんだ? 場合によってお前にも教育的指導を施さなければならんが」

「遅刻したんで朝礼に間に合わず、屋上で与一と終わるのを待っていたんですが、いろいろ鬱憤が溜まっているうちにうとうとしてしまいまして寝てしまいました」

「それって、ただサボりじゃね?」

「とりあえず、自己紹介を終わります」

「全然脈絡もなく話をぶった切ったぞ!! さすがの俺様もビックリだ」

「なんか、また濃い人が入って来たな」

「というか、坂田は武士道プランに関係あるのか? 那須与一とも知り合いみたいだし、坂田金時なんて、あの童話に出てくる金太郎そのものじゃないか」

 

 何度か言われたことがある。家に家系図などと言うそんな由緒正しきものはないので、絶対という確信はないけど、たぶん関係ない。

 爺ちゃんならちゃんとしたことを知っているかもしれないけど、もう歳だから色々とボケ始めている。だから正確な事は分からないかもしれない。

 

「関係ない。坂田という苗字に金時って名を当てただけ。家系はただの一般人……たぶん」

「じゃあ、なんで那須与一と知り合いなんだ?」

「中学が一緒なだけ。義経と弁慶も一緒。その時は素性を隠してたんだけど、基本アイツらバカだし、普通にそのままの名前で学校に通ってたもん。まあ、俺と同じで名前が一緒ってだけだと思ってたけど」

 

 私はクローンですなんて言われて、信じる人間が果たしてどれだけいるだろうか?

 

「それで、与一君が寂しがり屋さんだから、友達のよしみで俺もここに転校してきたわけ。九鬼の関係者から、その事で掛かる費用は全部負担してくれるって言われたから、迷う余地はなかったし」

「そうなんですか。友達思いなんですね。お姉さん、感動です」

 

 明らかにお子様が、このクラスに居た。

 というかこのクラス、なかなか面白いな。

 ホームルーム中でもお菓子を食う奴。一人ダンベルで黙々と鍛える女子。ガングロ。

 バラエティに富んでいるという意味では十分だ。

 

「小島先生、ここは面白そうな人が多いですね」

「いや、たぶんお前もその中に入るぞ」

 

 失礼な。

 俺は与一のような痛キャラでもなければ、弁慶のような酔っぱらいでもない。

 健全な高校生だ……たぶん。

 

「それより、質問良いだろうか?」

「I don't really understand English!!」

 

 外人さんや、外人さんがおる。

 どないしよ、話しかけられたけど全然英語なんて分からへん。

 

「自分は今、日本語でしゃべっているだろがっ!」

「あ、ホントだ」

 

 なんだ、似非外人さんか。ちょっとビックリした。

 

「それと、自分はドイツ出身だ」

「全くドイツ語を話さないけどね」

「Shut up 犬」

 

 ホントだ、そこはドイツ語で言うべきだよね。

 似非ここに極まれり。

 

「それで、ええっと……」

「クリスティアーネ・フリードリヒだ。自分としてはクリスと呼ばれることを望んでいる」

「それで、クリスは何か聞きたいことでも? ちなみに与一に彼女はいません」

「え、ホントに!?」

「これはアタイに狙えってこと系?」

 

 一部で歓喜が起こった。さすが、与一。イケメンなだけはある。まあ、中身は少しは改善されたとはいえ、残念そのものなんだけど。

 

「なぜ那須与一の話になるのか分からないが、自分が質問があるのは坂田殿についてだ」

 

 殿……まさか、ネタ外人さんだったとは。

 

「なんでおじゃる?」

「あ、そのしゃべり方、この学校にいるから、ウケを取ろうとしても無駄だぞ」

「まさかすぎる。イケメン、ここはそんな面白い所なのか?」

「ああ、ここは面白い所だぜ、保証する。それと俺は風間翔一だ」

 

 川神学園……侮れないな。おじゃるとか普通いないだろ。

 

「で、何?」

「なんか自分が空気みたいだ」

「そんなことないよ。それで何の質問? スリーサイズはご想像にお任せします」

「男のスリーサイズに興味なんてあるかよ」

 

 筋肉君、世の中には酔狂な人がいるんですよ。

 与一とか、尻を狙われたことあったし。

 

「さっきから自分が話すたびに、脱線するではないか!!」

「どうどう、落ち着きなさいよ、クリ」

 

 すげぇ、なんか卑猥なあだ名だ。

 サルっぽい奴が、一人喜んでる。

 

「で、なんの話?」

「ごほんっ、自分の質問は一つだ。坂田殿は武術をやっておられるのか? なんか動作の一つ一つがやっている人間のそれだと思うんだが」

「ふっふっふっふっふ」

「その不敵な笑い……やはり!」

「――全然やってない。身体は鍛えているけど。まあ、お家柄でちょっと芸はやってる」

 

 クリスがずるっとずっこけた。さすがネタ外人さん、リアクションも心得ている。

 

「さっきの笑いの意味は?」

「ラスボス的な雰囲気の演出」

「いや、それってどちらかと言えば、直ぐにやられる中ボスキャラでしょ」

 

 根暗少年の鋭いツッコミ。

 そうだよな、変な笑いをする奴に限ってすぐにやられる傾向にある。納得。

 

「それで、芸とは?」

「日本舞踊」

「坂田金時から全く想像できないな」

 

 それは俺も納得。

 金太郎ってあれだよね、ごつくて、森の中で熊と相撲取っているイメージだよね。

 しかも、半裸。

 日本舞踊の対極に位置するようなイメージなんだけど、健やかに育ってほしいとの事でこの名前。

 

「ねえ、ねえ、少し踊って見せてよ」

「えー………………良いよ。でもあとでね。義経に笛を頼んでからじゃないと」

「な、なんでためたのよ!?」

 

 顔面を机に打ち付けるとか、なかなか芸人根性あるな。

 犬と呼ばれるだけある。

 

「じゃあ、お昼休みに期待しているわ」

「よし、質問もここまでで良いだろう。それでは授業を開始する。坂田は、そうだな、あそこにいる源の後ろの席に座れ。源、世話してやってくれ」

「はい。分かりました」

 

 後で、義経に頼みに行かないと。

 それにしても、源ってまさか、義経の子孫だろうか?

 



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第3話 舞

「よしつねちゃ~ん、遊びましょう~」

「き、金時っ、あまり大声で名前を呼ばないでくれ!! 義経は恥ずかしぃ」

 

 授業が終わってから、お隣のS組に向かう。

 その途中、軍人さんが居て子供のいじめのように通せんぼをしていたのだが、うちのクラスの連中と会話を始めるとすきができたので、するりと横を抜けて行った。

 義経が困るのが分かっていて、わざと呼んでみた。

 案の定あわあわして、こちらに向かってくる。

 

「義経、ちょっとお願いがあるんだけど」

「いつも、いつも義経は言って――ん? 金時が義経にお願い?」

「ちょっと笛吹いて。昼休みに舞う事になったんだけど、ちょっと無音で舞うとか、スベった時、場がしらけるじゃん」

 

 冷笑で終わった場合、俺、明日から学校に来れなくなるし。

 そこに義経の笛が有れば、なんとかしのげる気がする。

 

「あ、与一、お前も手伝ってよ。弁慶はいいや。どうせ客側だろうし」

「さすが、金太郎~、私の事を理解しているよ」

「それは良いな。与一は少しクラスで浮きかけてしまった。だから義経は心配していたんだ。金時の提案は良いと思うぞ」

「はぁ!? そんな事、俺がするかよ。つうか浮くとか言うな」

「ははーん、与一君はそういう事言っちゃうわけ? そうなると、俺にも考えがあるんだけど――姉御、出番でっせ」

「ちょっ、おま、それはさすがにせこいだろっ!!」

 

 与一の天敵とも言って良い、弁慶の姉御。

 名前を出すだけで、与一は震えあがり挙動がおかしくなる。

 弁慶のお仕置きは、過激だから。

 この前は、バックドロップかましてたし。

 

「与一?」

「……お、俺は力には屈し――」

「そう言いながら、俺と義経の背後に隠れようとするとか、さすがの与一さん」

「与一、義経たちと一緒にやろう。きっと楽しいぞ」

「ちっ」

 

 舌打ちするわりに、承諾。

 今まさに、力に屈した与一君であった。

 

「義経が笛で、金時が舞、与一が絃、十分な布陣だな」

 

 ニコニコ言ってますが、戦場にでも行く気ですか?

 

「じゃあ、次の休み時間にちょっと合わせようぜ」

「そうだな」

「与一は私が確実に連れて行く」

「に、逃げねぇよ」

 

 与一さんの行動は弁慶さんに読まれていた。

 

「おやおや、それは興味のあるお話ですね」

 

 俺の全神経が警報を発令した。久しく感じていなかった感覚だが、やはり鍛えられた超直感はそう簡単に消えたりしない。

 

「よ、与一。俺は一瞬で理解したぞ。この感覚は昔お前を付け狙っていた奴と同じだ」

「ああ。こいつは両方らしい」

 

 声とその雰囲気だけで理解できた。

 コイツは掘る側の人間だと。

 よく狙われていた与一とその近くにいた俺。だから、こういう輩の感覚には非常に鋭敏だ。

 

「葵冬馬と言います。貴方のお名前は?」

「坂田金時。あと、握手は遠慮しておくよ」

 

 なんかもの凄くいやらしい手つき。

 別に俺はイケメンとかじゃないけど、コイツはそう言うの気にしなさそう。

 掘れるもんは掘っておくみたいな感じがビンビンする。

 

「金時くんですか。いいですね、響きが。特に金の部分」

「若、いきなりアクセル全開とか突っ走りすぎだろ。やっこさん、ドン引きしてるぞ」

 

 変態の次は、坊主登場。拝みポーズは坊主だからなのだろうか?

 

「S組、恐るべし」

「何が怖いの? マシュマロ食べる? はい、あーん」

「あーむ……俺、甘いの嫌いだった」

 

 口の中ですーっと溶けて広がる甘味、ふわふわとした触感が唾液と混ざることでねっちょりとしたものへ……かなり気持ち悪い。

 

「弁慶、ちょっとお水を」

「ほれ」

「うげぇー」

 

 そうだ、川神水だったのを忘れていた。口の中を何とも言えない味わいが広がっていく。ぶっちゃけ酒の味。

 

「余計に悪化させてんじゃねぇよ」

「マシュマロが嫌いなんて、君へんなの~」

「コイツが、変という事は否定しない」

「与一に同意」

「義経も、否定できない」

 

 好き放題言ってくれてるけど、今はそれどころじゃない。

 自販機に向けて全力ダッシュっ!!

 

 ……

 

「あ、行っちゃった」

「飲み物、買いに行ったんだね。全く、川神水のおいしさが理解できんとは嘆かわしい。私が教えてやるしかないか」

「ボクもマシュマロの良さを教えてあーげよっと」

「お前ら、鬼畜過ぎるだろ。あの坂田って奴が不憫でならねぇ」

 

 金時が居なくなり、S組の面々は今教室から立ち去った男について話していた。

 

「それにしても意外でした。与一君の友達に、彼のような人がいるとは。というか友達がいることが意外です」

「ぶん殴るぞ。金時のことは偶然だな。アイツの実家は京都にあるらしいけど、中学の頃はなぜか俺たちが正体を隠して通っていた学校に居たからな。なんでも親戚の所に居たとか。クラスで席が近くなってなんとなく話すようになったって感じだ」

「京都で何かあったのかな?」

「敵がいるとだけ言ってたな」

 

 与一の視線がいつもより厳しくなった。ふと一人で窓の外を見つめだす。

 そこには当然ながら何もいない。

 彼は無意味な行動が好きなのだ。

 

「敵ですか?」

「うぇーい、敵、うぇーい」

「コラ、ユキ、意味もなく壊れるじゃありません」

「怒られちった」

 

 小雪は舌をちょろりとだす。

 準は優しく小雪の頭を叩いたが、それが気に障ったのか小雪はむっと準の方を睨みつけた。

 それを見た冬馬が、小雪の頭を撫でると、すぐに破顔。見るものを虜にしてしまうかのような、そんな綺麗な笑みを浮かべる。

 与一はその3人のやり取りを見て思った。

 

(苦手だな)

 

 自分とは気が合わない、なぜかそんな感じが彼はしていた。

 はたから見たら、義経や金時とのやりとりは似たようなものなのだが、彼にはそれが分からないのだ。弁慶という明らかに朗らかな雰囲気を崩す存在がいるせいかもしれないが。

 

「義経も、金時が敵と評する人間については情報がない。ただ、うわ言のように奴は危険だと言っていたことはしっかりと覚えている」

「金太郎をして、危険と評するということは相当やばい奴ということは想像が付く」

 

(姉御以上にやばい奴なんかいないだろ)

 

 決して言葉には出さなかったが、一人うんうんと頷く与一。

 そこをしっかりと見ていた弁慶が与一の肩を掴みにかかる。

 与一の肩がめしりと悲鳴を上げる。

 

「おい、与一。今、失礼な事を考えなかったか?」

「な、何言ってんだよ姉御。俺がそんなこと考えるわけないだろ」

 

 弁慶の圧倒的な威圧感に屈した与一は必死で弁明する。

 帰ったら新必殺技の練習台にしてやると、弁慶は物騒な言葉だけを残し、与一の話をすべて無視した。

 

「金時君は何か武術でもやっているのですか?」

「いんや、金太郎は日本舞踊しかやってないよ。身体は鍛えているけどね」

「それにしては、皆さんの評価が高いようですが?」

 

 武術がさかんなこの川神学園。そこに転校してきた英雄三人が口を揃えて言うのだ。ただの一般人と言われたところで、冬馬が首を傾げるのは当然であった。

 

()は武を兼ねるってことだよ」

「ぶが、ぶ?」

「はーい、ユキさんは分からなくて良いですよ」

「ぶー、なんかハゲにバカにされてる気がする」

「ハゲ言うな。これはファッション」

 

 高校生でスキンヘッドに目覚める準のファッションセンスには与一もさすがに引いていた。事実は小雪に髪の毛を剃られてしまったという悲しい過去があるのだが、与一はそれを知らない。

 

「その舞がお昼休みには拝見できるのですね。楽しみです」

「たぶん、あいつなら金を取るぞ。俗物だからな」

「別に構いませんよ。その価値がありそうですし」

 

 S組にいる生徒は基本的には裕福な家庭に生まれている。高校生から徴収されるような金額なら彼らの懐を痛ませるようなことはないのだ。

 

「与一、次の休み時間に音楽室に行こう。川神ならきっと三味線もあると義経は思う」

「まあ、なきゃないでクラウディオ辺りに頼めば、俺の部屋から持ってきてくれるだろ」

「義経さんの笛は分かりますが、与一君は三味線ですか。ちょっと意外です」

「あの野郎に仕込まれたんだよ。姉御だっていくつかできるし」

「私は人前でやるのは面倒だからいやー。義経たちと4人でやるのは楽しいんだけどね」

 

 弁慶は一人NOといって川神水を煽る。それが分かっている二人は特に気にも止めず、二人で公演の段取りを決めていた。

 

「英雄の奏でる調ですか。本当に楽しみです」

「もしかして、結構すごいことになるんじゃねぇか?」

「でも、金時は英雄じゃないでしょー? 武士道プランのメンバーでもないみたいだし」

「ユキ、坂田金時とは童話の金太郎と同一人物なんですよ。それに源頼光の部下で四天王の一角を務め、さらには日本の三大妖怪に数えられる酒呑童子を倒したとされる英雄の一人なんですよ」

「まあ、金太郎本人は関係ないって言ってたけどね。坂田って苗字に金時って名前が付けられただけらしいから」

 

 弁慶が補足する。

 話し合いを終えたのか、義経も話に混ざる。

 

「でも、もしかしたら本当に坂田金時の血を引いてるかもしれませんね」

「実は義経も少し思っている」

 

 義経は真剣な表情でそう言っていた。

 本当かもと皆が思う中、一人の少女は楽しそうに鼻歌を歌う。

 

「お昼休み、早くならないかな~」

「あれ、ユキがそういうのに興味を持つなんて意外だな」

「なんか、面白そうな感じがするんだよねー」

「舞は基本面白いもんじゃないだろ」

「大丈夫だ。金時の舞は期待を裏切らないと、義経が保証するぞ」

「私は、のんびり川神水でも飲みながら見ているよ。特別な時は川神水♪」

 

 川神水はいつもだろっと、彼女を知るものが全員同時にツッコミを入れるのだった。

 

 ◇◇◇

 

 川神学園の中で最も大きな講堂。一学年をすべて収容できる大きさだが、現在は立ち見客が出来ている。

 噂の広まりは早い。英雄が調を奏でるという放送がスピーカーから流れると興味を持った者たちがどさっとやって来て、このような状態になってしまった。

 

「フハハハハ、やはり、これくらいの舞台は用意せねば!!」

 

 この状態にした元凶、九鬼紋白。本日転校してきた1年生なのだが、その風格たるやまさしく生粋のリーダー。

 この場にいる中でもっとも小柄な体格をしている彼女だったが、雰囲気が、オーラが、頭一つ抜け出ていた。威圧感、それは彼女の近く控える老執事のせいだが、そのせいもあってか彼女の周りにはハゲと若干名の取り巻きしかいない。

 世界を統べる九鬼の人間だけあって、行動力はまさにぴか一。教師陣を説得すると、大々的な公演としてこの場を用意してしまったのだ。

 九鬼紋白の能力を初日から見せつけている。

 

「犬、ホントに良かったのか? 自分としては非常に楽しみなんだが……」

 

 金時のクラスメイトのクリスや一子もこの場にやって来ている。想定した以上の盛り上がりにちょっと困惑しているのだが。

 

「私に言われても、困るわよ。義経たちと九鬼の人間だから紋白ちゃんが知り合いなのは分かるけど、今回のメインは金ちゃんよね? 本当に大丈夫かしら?」

 

 一子はあわあわと慌てる。隣に立つクリスは少し落ち着けと彼女を宥めている。

 自分が発端になってこんなにも大事になるとは思いもよらない一子は、ただただ心配そうに壇上の方を見つめていた。

 もし期待外れで、会場から罵声なんて浴びたら……そう考えると、一子はすごく不安になった。

 

「お、ワン子たちもやっぱり見に来ていたか」

「お姉様~」

 

 圧倒的なまでの存在感。彼女が道を歩くだけで、人だかりが二つに割れる。

 川神学園最強の女子、川神百代の登場である。

 強者の雰囲気を纏っているものの、飛びついてきた義妹を優しくなでる姿は正しく姉である。

 

「おーよしよし」

「モモ先輩も見に来られたようだな」

「何やら、面白いことをやるって小耳にはさんでな。来てみたら、大賑わいだ。なんか金取られたけど、面白そうだから良しとした」

 

 199円。この公演を見るために必要な見物料である。さらにおつりはでないということで、完全に嫌らがらせ。本当に興味があってみたいという人間だけがここにいる。

 一子の仲間で友達でもある、京やガクトはこの場にはいない。

 大和以外の男に興味なしと豪語する京は当然だが、小銭を揃えるのが面倒という理由でガクトもここには来なかった。

 

 

 百代が少し会話をするだけで、埋まっていた席が簡単にあいた。学園のお姉さまであり最強の武神と恐れられる彼女が席を譲ってくれと言えば、当然周りは素直に頷く。

 申し訳ないと思いつつも、百代の恩恵を受けて一子とクリスも席に着いた。

 

「お、始まるぞ」

 

 クリスがそう言うのと同時に照明が壇上を照らすもの以外、ゆっくりと消えていく。

 始まりの予兆を感じ、ざわついていた生徒たちも静かになっていった。

 

「日本の舞か。日本に来たら、一度は見て見たかったものだ。今、自分の気持ちの高ぶりは相当なものだぞ」

 

 クリスは嬉しそうにはしゃいでいる。日本大好きを公言する彼女にとって、日本の文化に触れられるまたとない機会。

 逸る気持ちがそうせるのか、今にも踊り出しそうな勢いだ。

 

「おお、幕が上がったぞ!!」

「クリ、うるさいわよ。こういうものは静かに見るものよ」

「う、犬に注意されるとは……」

 

 幕が上がって、中央に着物を来た人が一人。

 顔を白い布で隠し、微動だにせずに姿勢正しくその場に正座している。

 舞台の両端には黒装束で身を包んだ二人が、楽器をそれぞれ持って座っていた。

 

 ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃん

 

 流れてくるのは三味線の音。

 そしてそれに合わせるように笛が吹かれる。綺麗な音色が会場を包み込んでいく。

 三味線の音が、まずは場を支配する。観客たちがそれに引き寄せられ、次はなんだと期待していると、笛の音が三味線の音を阻害することなく流れてきた。

 二つの音がうまく合わさり、一つの音楽を奏でている。

 その音に酔いしれたのか、ぐっと息をのんで舞台上を注視する観客たち。そわそわしていた一子もクリスもまっすぐ視線を舞台中央に向けている。

 それは百代も同様だった。

 

 だん

 

(すごっ……)

 

 たった一歩、ただの一歩の踏み込みがこの広い会場の雰囲気もまったく別のものに変えた。

 さっきまで演奏に聞き入っていたものたちはすべて、舞台の中心にいる人物に視線を注ぐ。

 呼吸している音でさえ聞こえてしまうほどの静けさ。

 そこから伝わってくる緊張感。

 一子は必死に出ようとする声を我慢していた。

 普段の自分なら、ここでこらえきれずに騒いでしまったかもしれない。

 隣にいるクリスが騒いでくれようものなら、それに便乗して叫びたいくらいだった。だけど、それをすることがこの場でいかに舞台を台無しにするのか、分かっていたため両手で口を押えてこらえたのだった。

 

(お姉さまが集中してるわ)

 

 隣に視線を向けると百代が武術をやっているときと同じようなそんな目をしていた。

 そのようになってしまうのは一子も分かっている。

 まだ何かが始まったわけではない。

 それなのに、心が激しく鼓動するのだ。期待で胸が膨らみ、破裂しそうなほど、わくわくが心の奥底からあふれ出てくる。初めて武術を習った時と同じ気持ちに一子はなった。

 

 視線はすべて舞台中央だ。 

 会場の視線を一人で独占し、金時は舞を始める。

 スローモーションのような動きで回転を始め、観客の視線を一身に集める。

 あまりにも自然な動き。

 そしてその自然さが、ふとした瞬間に観客の視線からその姿を消す。あれっと思っていると、動き出しており、いつの間にか一つの流れにあるかのように舞を始めている。

 決して消えるような速さで動いている訳ではない。

 だが、膝を曲げる、腕を上げる、足を引く、どの動作をとってみても流麗で、流麗すぎて一体どこから動きが始まったのかが分からなくなる。

 

(でも、不快じゃない。むしろ、異常なほどに惹きつけられる。ううん、そうじゃない。引き寄せられると言った方が正しいかもしれない)

 

 一子は呼吸することさえ忘れて金時の動きを追っていた。

 生まれたばかりの赤子が、動くものを追うように。何も考えず、金時の動きを追い続ける。

 それはこの場で舞を見ているすべてのものがそうだった。

 

 夢中になる。

 まさしく、会場にいるすべての人間が金時に夢中になっていた。

 

 バサ、バサ、、バサ

 

 舞うたびに開かれる扇子。笛の音や三味線の音にも負けずにこちらに伝わってくる。

 笛と絃の音に扇子というアクセント。それは曲調をより深いものにしていた。

 

(私は舞に詳しい訳でも音楽に詳しい訳でもない。だから、上手い言葉が見つからない。でも一つだけ言えるとしたら――)

 

 圧倒される。

 

 流れるその動き一つひとつに、美しさが見えてくる。

 舞うということはこう言うことなんだと、音で、空気で、身体で教えてくれているようだった。

 一子の目には金時がとても大きく映って見えた。

 後ろに控える義経たち英雄。その二人よりも圧倒的な存在感を放つ金時。

 一子と金時との距離は決して近いという訳ではない。

 だけど、まるで自分の目の前で金時が舞っている、そんな感覚に一子は支配されていた。

 そして、その感覚に身を委ねることを一切拒まない自分がいることに少しばかり驚いてもいる。

 

「凄いな」

 

 誰が発した言葉か、それは分からない。

 だが、この場で見ている者達全員が、その感想を持っているだろうと事は一子にも分かっていた。

 評論家のような知識があるわけではない。だから、どこがどう凄いかなんて言うことはできない。

 でも、現実としてその場にいる者たちは、金時の『凄さ』を実感していた。

 

「ああ、なぜだろうか? 自然と胸が熱くなるな。私はこういうものには疎いと思っていたんだが、そうでもないらしい」

 

 百代は普段の鋭い眼を優しいものに変えていた。常に纏っている荒々しい気ですらも、この場では澄んだ川の流れのように穏やかだ。

 心が落ち着いている。

 ここ何年もの間、退屈と不満の生活を送る彼女にとって、今感じている感覚は、久方ぶりに感じるものであった。

 

「これが、金時君の舞ですか。美しい」

 

 一子たちの後方から冬馬の声が聞こえた。

 

「金時のってことは、普通のとは違うのか、若?」

「本来、舞には唄があるのです。聞いたことくらいあるでしょう?」

「ああ」

「ですが、この舞は全くそれがない。舞だけで人の心を惹きつける」

「そうだな。なんか、心が洗われて行く気がするもんな」

「本来の日本舞踊はゆっくりと上品なもので、あのように足音や扇子の音など聞こえないはずなんです」

「だけど、この舞はそれが人を惹きつけるポイントになっている。金時の奴やるな。ユキが黙って見てるくらいだし」

 

 普段、うぇーいと騒いでいる小雪もじっと金時の演技を見つめている。大好きなマシュマロを手に握ったまま、それを口に運ばない。

 目が離せないのだ。

 ただ、吸い寄せられるように金時に見入っている。

 

「これは金時流とでも言うのでしょうかね。本当に素晴らしい」

 

 一子は思った。

 

(私も薙刀を使っての演舞はできる。でも、演じているだけで舞っている訳じゃない。私じゃ舞うことはできない)

 

 金時の舞を見るとつくづくそう思えてしまった。

 

「モモ先輩とは違う、人を惹きつける舞。武ではなく()。何とも美しい」

 

 クリスの言葉が一子の心の中にピタリと入ってきた。

 圧倒的な力による美しさ。それが百代の武。

 だが、今感じる美しさにそんな力はない。

 流れる自然の美しさ、それが今感じている金時の美しさ。

 二つは絶対的に違うもの。力と美しさ、純然たる違いがその二つの間には存在する。

 だが、一子が感じたものは同じだった。

 凄い、こんな風になりたい。

 そう思えるほど、金時の舞は百代の武と同じ領域に存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったな……凄かった」

 

 ポツリともれた百代の言葉。それが火付けになったのか、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。

 金時が深々と頭を下げると、舞台の幕も下りてきた。

 これで終了。

 まだ見ていたいと思う反面、満足しているという反する感情のジレンマ、それを皆が一様に感じているのであった。

 

「まさか、戦う事以外で心が満たされるとは思わなかった」

「自分も坂田殿の舞を見れて満足だ。やはり日本は素晴らしい!!」

「金ちゃん、凄いわね。義経たち英雄の存在を全く感じさせなかったもん」

「確かにな。最初は皆、義経ちゃんたちに目が行っていたが、舞が始まってからは主役の座は、アイツに変わった」

 

 百代が指した先には金時が居た。

 来ていた着物も脱いで、すでに制服姿で観客に向かって手を振っている。

 金時の横では少し照れながらも嬉しそうにする義経。与一は金時に肩を組まれており、少しうっとおしそうな顔をしている。ただ無理に引き離さないのは、彼もまた今回の舞に十分に納得しているからだろう。

 

「ワン子、アイツの名前、なんて言ったけ?」

 

 強い者と美少女にしか興味をもたない百代が、舞台上で喝采を受ける男に興味を持った。

 

「坂田金時よ、お姉様」

「坂田金時か。義経ちゃんたちと言い、面白い奴が入って来たな」

 

 ニヤリと笑うその目は、とても嬉しそうに見える。

 そんな姉を見て、一子の直感が何かを感じ取った。

 

(襲われたりしないわよね?)

 

 金時の明るい未来に暗雲が立ち込めた瞬間だった。

 



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第4話 演舞後

 英雄とは誰のことだろうか?

 源義経? 武蔵坊弁慶? 那須与一?

 いやいや、俺でしょ。坂田金時。

 俺の時代がようやくやって来ましたよ。

 弁慶さんに鈍足と罵られ、笑われたあの辛かった日々は終わりを告げた。

 舞を舞ってからの数日間、俺は舞い上がってます。

 休み時間は俺のファンであふれるようになった。あまりの数に、クラスでは迷惑が掛かるから屋上に来ちゃうほどだ。

 

「先輩、ホント格好良かったです!! 『舞ってる』時は」

「ホント、ホント。『舞ってる』先輩は最高でした!!」

 

 もう評価はうなぎ上りですよ。

 なんか、妙に強調されている部分が気になるけど。

 気にしなければ、いい気分だ。

 

「うふふ、本当に素晴らしかったです」

「若、嬉しそうにしすぎだ」

「はい、金太郎、マシュマロあげるよ~」

 

 変なのも寄って来た。

 というか弁慶以外呼ばなかった俺のあだ名を呼んでいる子がいる。

 マシュマロはいりません。

 

「金時のおかげで与一がクラスに馴染めるようになったぞ。義経はとても嬉しい」

「お前のせいで面倒なことになったぜ。孤高を生きる俺に馴れ合いは不要だ」

「あーはいはい。与一君は格好良いですねー」

 

 孤高とかいう割に、義経たちと基本的に行動を一緒にしてる。

 中二病でツンデレとか面倒な奴。

 

「金太郎、ここで耳寄りな情報が」

「うるさい、黙れ。弁慶のいう事は、絶対俺の気分を害するに決まっている!」

 

 今はちやほやされて、気分が良いんだ。

 もう少しくらい、この気分を味あわせてくれたっていいだろ。

 そういう優しさが俺は欲しい。

 

「そういや、廊下でお前のこと話してた奴によく会うな。舞っている時は格好いいのに、実物は……みたいな会話を」

 

 俺の手は油断している与一のどてっ腹に吸い込まれて行ってしまった。

 一瞬その事だったから仕方がない。

 

「ぐうぉわ!!」

「俺の心の嘆きを聞け」

「聞けって言うか、物理的にダメージ与えてるよね。私の知っている情報も似たような物だ。顔さえ見なければとか」

「弁慶なんか嫌いだ。俺の友は義経しかいない」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、義経はみんなと仲良くしてもらいたいと思う」

 

 気にしないようにしてたのに。別に不細工ってわけじゃないと思うんだ。ただ比較対象が与一とかになってくると話は別になるんだけど。

 というか、どうしてこいつらは無意識に人を傷つけようとするんだ。

 与一の奴はホントに無自覚に言いやがるからまだ良いとして、弁慶なんか絶対わざとだろ。ニヤついている顔がそれを物語ってるからな。

 

「弁慶の川神水を全部ゴーヤ汁に変えてやろ」

「やめろ!! それをされたら私が死んでしまう。夜な夜な枕元に立つぞ」

「どんな脅し方だよ。ならもっと俺に優しくすることを要求する。具体的には義経くらい」

「ええーメンドイ。今度晩酌に付き合ってくれたら考える~」

 

 無邪気な笑顔。

 というか酔っぱらってるだけだけど。

 晩酌とかになると、もう与一の部屋に泊まるしかないんだけど、あそこはな……。

 九鬼の人とか面倒な人もいるし。

 

「与一の部屋に泊まると若干鬱になるから嫌なんだよな。壁に貼ってあるポスターとか自分で作った奴だし。しかも結界とか訳分からんものもあるし」

「おや、そんな楽しいイベントがあるんですか? ならぜひ私も参加したいですね」

「なぜにお前が来るんだよ。お前が来たら身の危険の方があるだろうがっ」

「大丈夫だよ~。トーマは嫌がる人に対しては何もしないから。たぶん、ずーっと、ねっとりとした視線で見られるだけだよー」

 

 拷問ですよね、それ?

 

「若は自分に正直なんだ。許してやってくれ」

「……ハゲの人、なんか、俺と同じ苦労をしてる気がするよ」

「これはハゲじゃないからな? それと、その意見に関しては同意だ」

 

 変人と言う意味で与一とマシュマロちゃん。精神的負担と言う意味で弁慶と葵冬馬。

 癒しで義経……あれ? ハゲの人の癒しがない。

 

「お前、いつ癒されるんだ? 苦労し過ぎだろう」

 

 なんか目から熱い何かが出てくるのを必死に堪えた。 

 頑張れ……負けるな、ファイトっ!

 

「俺の癒し? そんなもの決まってるぅぅぅ!! 俺の癒しは全世界にいる幼女だッ!!」

「…………」

 

 やたら舌が滑らかだ。

 高速で振動してる。俺も真似をしてみたけど、上手くできなかった。難しい。

 

「もうあれだよね? 高校生とか色々と終わってるよね? あ、Fクラスの委員長は別だぞ。やっぱ女は小学生までだろ。な、そう思うだろお前も」

 

 ハゲの言っていることが頭の中で何度も繰り返された。金時のお悩み相談ボードに投稿すると、返ってきた答えはハゲよ失せろだった。

 絶望感が半端ない。

 ちょっと、コイツ良い奴かもって思ってたら、明らかに犯罪者予備軍だった。

 幼女は温かく見守るものとか、凄い穏やかな目で言ってるけど、鼻息が荒い。逃げてー、委員長、超逃げてー。

 

「準はね、紋白がこの学園に編入してきたその日には、土下座して忠誠を誓ってたんだよ~」

「紋様は、もうあれでしょ、神。いや、天使だな。見ているだけで、俺は天にも昇る気持ちになれる」

「そのまま昇天でもしちまえよ」

 

 え、もしかしてS組ってこんな人ばっかなの?

 バカと天才は紙一重とか言うけど、なんでそれを地で行ってる奴が居んだよっ!!

 

「こう考えると、与一って普通なのか?」

「ああ? なんだよ、急に」

 

 中二病が酷いが、それも少しは改善されている。

 たまに手に負えなくなる時があるけど、それを除けば、与一は意外と常識人。

 義経には優しいし。

 

「普通人は俺しかいないのか」

「金太郎、冗談を言うなら、私に川神水を注いでくれ~」

「絡むな酔っぱらい。そして冗談じゃないわっ」

「金時が普通? はんっ、そんなふざけた世界が有ったら、俺が異端なんて呼ばれねぇよ」

 

 おめぇはどんな世界でも異端って呼ばれるわっ!!

 人の所為にしてんじゃねえよ。

 

「与一、そういう事を言うもんじゃないぞ。金時が可愛そうだ」

「もっと言ってやって!!」

「義経だって、金太郎が変だなって思うことくらいあるでしょ?」

「弁慶、義経は思っても言わない方が良いと言ってるんだ」

 

 俺の心の防弾ジョッキがぐしゃっと紙のように破けた。

 義経という最強の矛に貫かれてしまった。

 

「ぐっ」

「今日は飲もう」

 

 弁慶が優しく肩を叩いてくれる。

 

「え、え、なぜ金時は泣いているのだ!?」

「義経は悪くないから大丈夫。それより、金太郎、今日来る時にちくわ持ってきて」

「やだし。かまぼここそ至高の存在」

「ちくわソムリエの私に対するその挑戦、しかと受け取った」

 

 お互いが距離を取って構える。

 

「ふ、二人とも!! け、喧嘩はダメだっ」

「義経、お前もそろそろ慣れろよ」

 

 義経と与一が何か言っているが、とりあえず放置。

 俺の視線の先に映る弁慶に集中せねば、この勝負勝てない。

 

「最初は目、その次鼻、最後は――」

「おいおいおい、どんなジャンケンだよそれはっ!!」

「アハハハ、おもしろーい」

「斬新ですね」

 

 外野がうるさいが、今は弁慶の右手のみに俺の全神経を集中している。

 

「じゃんけん……」

「「ポイ!!」」

 

 勝者は……。

 

「ちくわは頼んだよ」

「ま、まさかの左……」

「金太郎、考えてることが見え見えだったよ」

「そうだった、弁慶は頭が良いんだった」

「ホント、攻めっ気がある時の金太郎はチョロい」

 

 言いたい放題言いやがって。

 まさか、ジャンケンの瞬間に右手を引っ込めて、左手を出してくるなんて。

 その速さも一般人には見えない程だったから、いつの間にか左に変わっていたなんて思っている奴もいるかもしれない。

 く、さすがは弁慶だ。

 

「ぶっちゃけ、かまぼこもちくわも材料は同じだろ?」

「弁慶」

「了解」

 

 弁慶は不用意な発言したハゲに近づくと、持っていた錫杖でハゲの足を払い、宙に蹴り上げる。

 

「ごわぁ!!」

 

 それに合わせるように、俺は空中に跳んで、蹴り上げられたハゲの口にかまぼことちくわを突っ込んだ。

 それと同時に地面に叩きつける。

 

「ふぁにほぉしひゃぐぁる(何しやがる)」 

「食ってみろ。全くの別もんだという事を思いしれ」

「さすがの早業だな。義経は金時の技量に大いに感心する」

「というか、姉御と息ピッタリの方がすげぇわ」

「それよりも、どこからちくわとかまぼこを出したのかを気にするべきでは?」

「じゅーん、おいしい? マシュマロも一緒に食べる?」

「…………」

 

 ハゲの全身が震えた。

 電気ショックを受けたような震え方で、小刻みに震えているからなんか気持ち悪い。

 

「わぁー、準が陸に上がった魚みたいになってるー」

「それは危ないですね。仕方がありません。私が人工呼――」

「若、その必要はない」

 

 葵が一歩近づいただけで、ハゲは正常に戻った。

 ロリを掲げるハゲならば、まだファーストキスはしてないだろう。

 男が初めての相手なんて、さすがに嫌すぎる。たとえ人工呼吸だとしても。

 

「かまぼこの偉大さが分かったか?」

「ああ。こんなに旨いかまぼこは食ったことがねぇ」

「おいおい、井上準よ、それは勘違いだ。本当に旨いのはちくわだろ?」

「弁慶、みっともないぞ。敗者は去るべしだ」

「いや、ちくわも旨かった。かまぼことは違う触感。同じ材料でも味わいが全然違う。俺にはどっちが上とか判断することができねえ」

 

 コイツ……

 

「「使えねぇー」」

「酷でぇだろっ!!」

 

 感想は弁慶と同じだったみたいで、シンクロしてしまった。

 

「やはり、決着は夜だね」

「与一、今日泊まりに行くわ――ポスター剥していい?」

「ざけんな!! 俺の領域を冒そうとするな――UNOやるか」

「あ、それなら義経も参加したい!!」

「義経はドロー4を連続でやると泣きそうになるからなー」

「でも、泣きそうになっている義経は可愛いー」

 

 弁慶ってホントドS。

 昔、義経が本気で泣いたことが有ったもんな。可哀想に。

 

「なんだか、楽しそうでいいですね」

「ボクもUNOやりたいなー」

「さすがに俺たちが泊まりに行くって訳にはいかないだろ」

 

 九鬼が厳しいもんな。 

 友達カテゴリーに入らないと大変なのかもしれない。

 とりあえず、明日は振り替えで休みだし。オールでかまちく談義とUNO、ついでに鍋パーティーだな。もちろん、具材はかまぼこ一択。

 あ、罰ゲームで与一が負けたら、お気に入りのポスター剥そう。

 

 ◇◇◇

 

 授業が終わり、帰ろうというところなんだが、そこで待ったが掛かった。

 義経は英雄のクローンという事もあって、世界中から挑戦者が現れ、決闘を申し込んでくる。

 学園外に関しては、この学園で武神と呼ばれる先輩にお願いして、対処を任せたらしいのだが、学園内の挑戦者に関しては義経が戦う事になっている。

 そのため、それが終わるまで待っているしかない。正直暇なのだ。

 だから、適当なところに腰掛けて義経の戦いを観戦するくらいしかない。

 

「弁慶と与一が分担すれば?」

「めんどい~」

「俺の闇をこんな衆目で見せるわけには行かないからな」

 

 二人とも義経が主君じゃないの?

 

「今日は何人相手するの?」

「さあ? あ、今4人目を倒したよ」

 

 川神水を飲みながら、弁慶がそう答える。

 というか、弁慶さん飲み過ぎじゃない?

 結構べろべろな気がするけど……。

 

「今の弁慶に勝負を挑めば余裕で勝てるよね」

「そうなったら、まず金太郎に戦ってもらうからー」

「嫌だし。ここは下僕たる与一君の役目だろ」

「誰が下僕だっ!!」

 

 自覚がないらしい。

 軽く弁慶のパシリにされている気がするんだけど。

 

「ああー! 金ちゃん!!」

 

 俺をそんな風に呼ぶのは、この学園では一人しかいない。

 先日、クラスメイトとなった川神一子。

 姉は武神で、爺様が学園長で尚且つ、武術で有名な川神院の師範を務めているという、まさに武術一家。彼女はその一家の末っ子。

 人当たりが非常によく、裏表のない性格なため皆から好かれるマスコット的なキャラだ。

 仲間内ではワン子と呼ばれ、愛玩ペットと化している。

 俺は一子と呼んでいる。なんか犬扱いはちょっと可哀想。

 

 隣にいる椎名が飼い主のように見えてしまう。

 椎名はなんでも、同じクラスの直江の妻らしい。既に籍を入れているとの噂も立っていた。

 彼女はクールキャラなので、あまり詳しい事が分からない。

 旦那らしき直江と、その友達といる以外は本を読んで過ごしているので、ほとんど話したこともない。 

 

「よー。さっきぶり」

「こんなところで何してるの?」

「義経待ち。あー弁慶、こんなところで寝ようとすんなよ」

 

 ぐでぐでになった弁慶が寄りかかってくる。

 川神水はノンアルコールとかいう割に、酒の匂いがしてくさい。

 ただ、さすがに放っておくのもあれなので、俺の膝に弁慶の頭を乗せてあげた。

 本来は逆であるはずだ。

 

「なんか仲が良いわね」 

 

 一子は俺たちを二人を見ながらそう言った。

 まあ、英雄と言われる弁慶に膝枕をしてあげられるくらいには仲が良いと思っている。与一にしてあげる気にはならないけど。

 

「お前たち程じゃないよ。いつも一緒に居るし。椎名なんて直江とラブラブじゃないか。いつも夫婦漫才してる」

「私と大和が仲が良いのは当然。でももっと言ってくれても良いよ。特に校内中に」

「そんなの校内放送でもすれば? 確か昼にラジオ放送あるじゃん。あれに投稿して校内中に流せば、君達の夫婦仲は学園中に広がると思う。外堀を埋める、義経が使った兵法だ」

「ウソ吐くんじゃねぇよ」

 

 椎名は目を大きく見開く。 

 天啓を得たと言わんばかりに激しく頷いた。

 

「ワン子、私ちょっと先に帰るね。大和への愛のメッセージを小一時間ほど綴るから」

「あ、うん」

 

 目が轟々と燃えているので、さすがの一子も一歩引いていた。

 学園で挙式を上げる可能性があるかもしれない。

 その時は、スピーチを担当したいと思う。

 

「む~」

 

 弁慶が口に手を当て始めた。

 

「あ、やめろ! こんなところ吐こうとするなっ!!」

 

 ここで吐くという行為は、偉人どころか、女性としても終了な行為だ。

 いくら俺でも後始末は嫌だぞ。

 

「金太郎ー」

「あーはいはい」

 

 力なく俺を呼ぶ弁慶。

 俺は弁慶のお腹辺りに手を置いた。

 いつもだらっとしているのに、しまるところはしまっている。

 それでも女性らしい特有の柔らかさは残っているから、なんとなくぷにぷにしている。

 このまま撫で続けたら変態、というか犯罪者の仲間入りになりそうな気がする。

 

「お前、絶対姉御の介護士として九鬼に連れてこられたよな」

「4割弁慶、5割は与一、義経が1割だと俺は思ってる。金持ちの考えることはよく分からん」

 

 まあ、おじさんたちに負担を掛けずに済んだし、金も貰えてるから実家に帰る必要もないし、俺としては良かったけど。

 

「金ちゃんはさっきから何してんの?」

「セクハラだろ。姉御相手に良くするな。俺にはできない芸当だぜ」

「セクハラっ!?」

 

 まあ、傍からみるとそう見えるかもしれないけど、与一、お前今日の夜覚えておけよ。

 お前が寝ようとしたら、一本一本眉毛抜いてやるからな。

 まぶたに目も書いてやる。

 

「違うから。弁慶の酔いを醒ましてるの」

「なんだ、えっちぃことしているのかと思っちゃったわ――でも、お腹に手を当ててるだけで治るもんなの?」

「生き物には必ず流れがある。血の流れであったり、気の流れであったりね」

「それは分かるけど……」

「俺の中に流れる闇は、他の奴らとは比較にすらならないぜ。特異点である俺の存在は――」

「へぇー」

「……?」

 

 与一の言った事を理解できない一子。

 まあ、それは仕方がない。

 俺もよく分かんないし。だから、途中で聞き流す。

 

「で、話の続きだけど、今の弁慶は酔っていて乙女としてあるまじき行為を行いかねない状態。で、一応友人として俺がそれを阻止しようとしている訳だけど」

「それがお腹に手を当てる行為と関係があるの?」

「大アリ。川神水はノンアルコールだけど、弁慶は酔っている状態と変わらない。身体の代謝がアルコールを分解しきれてない」

「なんか難しくなってきた」

 

 しゅんと小さくなる。

 叱られた子供のようだ。

 

「なんでそんな顔するし?」

「アハハ……ついくせで。話が分かってないと怒られることがよく有るから」

「ふーん。まあ、別に俺は怒ってないから――で、このダメ女の象徴たる弁……ぐふっ」

 

 弁慶め、治療してる人間に腹パンかますとか、どんなしつけを受けてやがる。

 

「だ、大丈夫?」

「お、おーらい……で、この弁慶さんの酔いを治すのは意外と簡単。気で体の中の流れを操作して、代謝を上げてやれば良い。成果は見ての通り、恩を仇で返すなんてことをしやがる」

「女性を蔑むような発言は頂けないなー。そうは思わないか、川神一子?」

「まあ、そうか……な」

 

 最後、弁慶さん睨んでませんでした?

 まさかの脅しですか? こんな純真無垢な少女を脅しますか?

 弁慶さん、半端ないっす。

 

「あれ? でも、金ちゃんって武術やってないって言ってなかった? なんで気が使えるの?」

「紳士として気を遣うのは当然」

「それ、意味違うから」

 

 ええい、酔いが醒めたんなら、さっさと起きやがれ。足がしびれるわ。

 だが、俺の思いは届かず、弁慶は俺の膝に頭を乗せたまま、語りだした。

 

「金太郎はね、小さい頃から舞を踊って来たんだよ。当然、先日のように人前で舞ったことだってある。川神一子、アンタも感じなかったかい? 奇妙な感覚に」

「あ、感じたわ。金ちゃんを見てたはずなのに、いつの間にか見失ったの」

「金太郎は流れが見えるんだよ。幼き頃から鍛えてきた観察眼って奴なのかもね。だから、観客を自分の流れに乗せることも可能だし、逸らすことも可能」

「ん~~?」

「人は何かに集中しようとしてもふとした瞬間に途切れてしまうものさ。こうやって話している中でも」

 

 弁慶が話をしている時に、歓声が聞こえてきた。

 その声に釣られ、一子は後ろを振り向く。

 義経が決闘に勝利したことを告げる歓声であった。

 

「今みたいに、話している時でさえ後ろの歓声に引かれて集中を途切れさせてしまう」

「あははは、ごめんね。ちょっと気になって」

「金太郎はそのちょっと気になるという意識を利用するんだよ」

「意識? でも、あの会場にはたくさんの人が居たのよ。皆がみんな意識をもっていかれたりするかしら?」

「実際もっていかれたでしょ? 確かに200人近く居たあの会場で、意識を操作するのは、普通にやったら難しい。だからこそ、皆の意識を統一する必要がある」

「意識の統一?」

 

 なんか、自分の事を他人が語るのはちょっと恥ずかしい。

 

「金太郎」

 

 そう言われて、俺は指を軽く鳴らした。

 

「こんな感じ。舞台上では足音や扇子を使って意識の統一を図っていたの」

「へぇー。でも、それをする必要が有ったの?」

「んーないと言えばない」

「それをお前が言うな。理由くらいある」

 

 弁慶、失礼ですから。

 ちゃんと意味があることだから。

 

「金ちゃん、どんな意味があるの?」

「まあ、簡単に言えば、飽きさせないため」

「飽きさせない?」

「そ、一子はさ、本とか読むの苦手でしょ? 特に現代文みたいに堅苦しいやつ」

「う、うん。授業でも見ているだけで眠くなっちゃうわ」

「そう言う人に舞って言うのは結構辛い。最初は物珍しさで見て楽しんでくれたりしてくれるけど、時間が経てば経つほど注意力は低下する。じっと見ていることが得意じゃない人間は集中力がもたない。その舞がどうとかじゃなくて、本能がずっと見ていることを拒む。そしてつまらないという感情を生み出してしまうんだ。だからこそ、こちらからタイミングを計って意識を逸らしてあげれば、飽きは来ない」

「でも、変に途切れたりしたら嫌じゃないかしら?」

「そんな長い間やるわけじゃないよ。そしたら意味が分からなくなっちゃうからね。ほんの一瞬、意識を逸らして興味を引くの。マジックの時にさ、次は何やるかな、種を見破ってやるぜ、みたいな気持ちで見れば飽きずに見れる。舞自体は自信があるから、後はどうやって見てもらうかだけ。それにそう言う方が楽しいでしょ?」

「そうかも。私も初めてみたけど、楽しかった!!」

 

 にっこりとほほ笑む。一子はええ子や。弁慶さん、ちょっと見習ってくんない?

 後、与一、一人でぶつぶつ言ってないでさっさと現実の世界に帰っておいでー。つうか、長ぇよ!! どんだけ、痛々しい発言をする気なんだよっ!! 誰も聞いてないわ。

 

「でも、それと金ちゃんが気を使えるのって関係があるの?」

「ないよ」

「ないな、全く」

「金時は昔から鍛えてるし、義経や姉御との鍛錬を見たりしてるから、いつの間にかできるようになったんだろう」

 

 お、戻って来た。

 会話にすんなり入るその技術だけは認めてやろう。

 

「義経と弁慶!? え、じゃあ、もしかして金ちゃんって強い?」

「俺の戦闘力は53万」

「ちなみに、与一は戦闘力5のおっさんと同レベル」

「姉御、さすがにそれは酷くないか?」

 

 確かに。与一だって偉人のクローンなんだし、さすがにゴミめはないだろう。

 

「じゃあ、金ちゃん、ちょっと手合せしない?」

「えー……いいよ」

「金太郎、私の枕という仕事を忘れるな~」

「人を勝手に枕にしてんじゃねぇよ。もう、酔いは醒めただろ、どけ」

 

 起き上がるのすら億劫な弁慶様は、微動だにしない。

 仕方がないので、俺が無理やり起き上がらせた。

 正直、ホントに介護の必要なレベルだよね。

 俺が弁慶の将来を心配していると、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 それを聞いただけで、背筋がビシッとなる。

 

「あ、3人とも、こんなところで何してるの? あ~あ、義経ちゃんを待ってるのね」

 

 弁慶の30倍くらいは品の良さそうな女性が、俺たちの横を横切ろうとしてその足を止めた。

 彼女にはきちんと挨拶しないといけない。

 

「こんちわーっす。ほら、与一、頭下げろよ。ドンだぞ、ドン」

「んっだよ……ちわーす」

「もう~その挨拶止めてって言ってるのに!! 金君も与一君も怒るよ!」

 

 ぷんぷんと腰に手を当てて注意する様は、非常に可愛らしいのだが、実は彼女、半端じゃない人なんです。

 この人もなんかの英雄のクローンらしい。

 らしいというのは本人すら知らないからだ。俺が知ってるわけがない。

 ただこの人の半端なさはそんな事じゃない。マジ鬼畜なんです。主に楽器に対して。

 彼女の名前は葉桜清楚。名をそのまま体現した容姿の持ち主。だけど真逆の性質も持ち合わせている。楽器に対して。

 

「清楚は、今日も読書?」

「うん。やっぱり本を読んでると楽しいしね。あ、それよりも弁慶ちゃんからも二人に言ってよ~」

「金太郎を止めれば、問題ないよ」

「いやーだって、先輩じゃないですか、清楚先輩。俺としては敬った結果なんです」

「バカにしてるだけだろ」

「してないよ、全然。文学少女なのに、芸術面に全く才能がないなんて思ってもないから」

「あ、それは秘密だって言ったでしょっ!!」

 

 慌てて俺の口を塞ごうとしているが、もう言ってしまったし、一子を除けばみんな知っていることだ。

 俺は舞も好きだが、音楽も好きだ。

 だから、皆と演奏をしたりもする。与一には三味線を教えて一緒に弾いたりもした。義経は元から笛を吹けるし、弁慶も無駄に能力が高いので、太鼓に三味線、笛にさらには琴まで弾ける。普段はだらけているだけなのに……。

 で、そんな中、一人だけハブられる格好となった先輩が不憫だったので、一緒に演奏に混ぜようと思ったら……。

 

「三味線、笛、太鼓……天に召された楽器たちがしのばれる」

「あれは悲惨だったな。俺の相棒サタンも破壊されちまったからな」

「ちなみに一子、これ別に比喩とじゃないから。あ、サタンは三味線に付けた名前ね」

 

 先輩は見かけによらずワイルドで、かなりの力持ちだ。

 見た目文学少女だから、初めて見た時はそのギャップに顎が外れかけた。

 

「リズム感とか良いのに、音楽に対するセンスは皆無。舞をやらしても、なんか違う。たぶん、芸術って才能が枯渇してるんだと思う」

「金君、私を苛めて楽しい?」

 

 ちょっと涙目で見られると罪悪感を感じます。

 

「あ~あ、清楚を泣かせると大変だぞ。この学園には既にファンクラブみたいのもあるみたいだし。帰りに闇討ちされるかもね」

「い、嫌だな~。俺と先輩の仲じゃないですか。ちょっと小粋なジョークですよ」

「私の心は深く傷ついたんだけどなー」

 

 つーんとそっぽを向く先輩。

 まあ、見ればそんなに怒ってないのは分かるんだけど、ここらでご機嫌を取っておかないと、この人はマジで強硬手段に出てくるからな。

 ちょっと調子に乗り過ぎた。

 

「杏仁豆腐で手を打ってください」

「うん♪ もし約束破ったら、大変な事になるから。主に食事が」

 

 この人、俺の弱点を知っている。

 まあ、弁慶たちもそうだけど、こいつらは行動には移さないから害はない。

 ただ、清楚先輩は怒ると結構えぐいことしてくるから、逆らうわけには行かない。

 俺の弁当があれで満たされるようなことが有れば、軽く死ねる。

 

「清楚、今日は金太郎が泊まりにくるから作ってもらえるよー」

「え、本当に!? じゃあ、また与一君の部屋でUNOだね」

「先輩のドロー4の引きの強さに誰も勝てない件」

「義経渾身のドロー4を難なく破るからな、葉桜先輩」

 

 あの時の義経の絶望した表情は忘れない。

 

「清楚はトランプの類も強いよ。大富豪で清楚が負けたのを見たことがない」

「姉御、それを言うなら、金時の奴が大貧民から這い上がったことがない方だろ」

「ちげぇから。いつも清楚先輩が俺を潰しにくるからいけないんだよ。絶対、俺より強い手を手に持っていて、狙ったように潰してくるんだよ。俺から始まるのなんて、最初以外ないやい」

 

 先輩の強運はマジで凄い。

 勝負運も相当ある。芸術面の才能の代わりに、勝負に関する運がMAXなのかもしれない。

 革命を起こしても、簡単に返される。庶民は逆らうことも許されないのかもしれない。絶対、王様のクローン。織田信長とかピッタリだと思う。

 

「ねぇ、ねぇ、盛り上がってる所悪いんだけど、私を置いて行かないで」

「あ、一子の事すっかり忘れてた」

「ひ、ひどい」

「金君、女の子を泣かせたら、ダメだよ」

 

 よしよし一子を慰める清楚先輩。時々驚かされることがあるけど、基本的には良い人なんだよね。

 

「じゃあ、軽くやりますか。ちょうど、義経の方も終わりそうだし」

 

 後数人といったところ。

 ほぼ瞬殺することを考えれば、ちょうど良いくらいだ。

 

「武器は?」

「これ」

 

 そう言って俺が見せたのは扇子。

 

「それで戦えるの?」

「ぼちぼちですな」

「じゃあ、私は素手で戦うわ」

 

 しゅっしゅっとボクサーのようにシャドーを開始する。

 お前は川神流じゃないのかよ!!

 

「川神一子、最初から全力でやることをお勧めするよ」

「……わかった」

 

 弁慶のアドバイスに素直に従う気らしい。

 やめて、ハードル上げるの。

 

 お互いに距離を取って構える。

 一子は見るからに、特攻型だろう。開始と同時に攻めてくるはず。

 

「じゃあ、審判は俺がやるか……始めっ」

 

 与一の合図と同時に、一子が一直線で向かってきた。

 小柄な体格を活かしたスピードによる特攻。

 

「でえいやあああああ!!!」

 

 相性が良さそうで助かった。

 



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第5話 実力?

「弁慶ちゃん、どっちが勝つと思う?」

「金太郎」

「即答だね」

「清楚もそう思ってるでしょ?」

「うん」

 

 二人の顔に疑いはない。

 その様子は普段の女子のおしゃべりといった感じで、彼女達にはどちらかが怪我をするのではないかという不安は一切なかった。

 

「でえいやあああああ!!!」

 

 一子は金時に向かって真っすぐに突き進む。

 清楚はその動きに速さに驚き、弁慶は、ふーんとつまらなさそうにポツリと呟いた。

 

「速いね」

「動きが直線的過ぎるけどね」

 

 まっすぐ向かって来た一子の攻撃、顔面狙いの拳を半身で躱した金時は、勢いのまま抜けていく一子の首筋を扇子でぱんと叩いた。

 

「きゃっ」

 

 自分の思わぬところから力を加えられたことで、一子は地面に倒れてしまう。

 それでも、咄嗟に地面に手を着き、くるりと回転。「とうっ」という掛け声と共に態勢を立て直す。

 

「バランスが悪いな」

「そう? くるくる回って凄いと思うけど」

「それは身軽さから来るもので、あれでは無駄に体力を消費するだけだよ」

 

 一子はもう一度、何の作戦もなく金時に飛び込む。一直線にだ。

 彼女の姉もそうだったが、川神一族は真正面から行かないと呪われるなどと言ったオカルトが存在するのかもしれない。

 

「一子ちゃん、凄い汗」

「金太郎に無理やり流れを変えられているせいもあるけど、川神一子の動きには無駄が多い」

「私にはそんなことないと思うんだけど、弁慶ちゃんが言うならそうなんだね」

 

 清楚には武術に対して何かを言う知識はない。運動神経は、武神川神百代をして優れていると評価される文学少女であるが、鍛錬を積んでいる訳ではない。時折、義経や弁慶に混ざって運動する程度、だからこそ、しっかりとした実力のある弁慶の言葉に頷いた。

 ただ弁慶の顔は優れてはいない。

 

「何か考えごと?」

「金太郎は面倒な奴だなって思ってね。お、完全に川神一子の息が上がった」

「でも、金君、ほとんど動いてないのによくあんなに躱せるよね」

「金太郎は完全に後の先を極めているからね。まあ、足が遅いから自分から動きに行けないって言うのがあるけど」

「私より遅いもんね」

 

 清楚はそこらの平均の男子よりも十分速く、一般の女子の域を超える文学少女。

 金時との100M競争は、彼の心に深い傷を残して終了した。

 

「金太郎は『ためず、ひねらず、ふんばらず』を基本としているからね。だから、スピードと言う面ではどうしても遅れてしまう」

「でも、結構筋トレとかしてるよね?」

「そうだけど、あれは男としてだから。線が細いのを嫌って、身体を鍛えてるんだって」

「でも、そのわりにはムキムキって感じじゃないよね?」

「そこら辺は筋肉の付け方なんじゃない? 無駄マッチョは嫌だとか言ってたし」

「弁慶ちゃんは、金君のこと何でも知ってるね」

 

 清楚は暖かな目で弁慶を見る。弁慶を見る彼女の様子は、年上のお姉さんそのもので、その視線が気になったのか弁慶はむっと清楚を軽く睨んだ。

 

「金太郎はおいしいちくわを作ってくれるからね。それに私の事をちゃんと世話してくれるし」

「なんか、金君が不憫だなー。弁慶ちゃんは、金君のことどう思っているの?」

「清楚はそういう話好きなの?」

 

 急な話題に弁慶が少し顔をしかめる。

 

「私だって年頃の女の子だもん」

「んー……」

「そんなに深く悩むことなの?」

「まあ、金太郎の事は好きだけどね。でも、それがlikeかloveと言われれば、何とも言えないかな」

「ふーん」

 

 自分の予想した回答とは少し違ったのか、清楚は不満そうな顔を見せた。

 だが、弁慶は気にせずに川神水を口に含む。

 

「私はだらけてるのが一番。もしかしたら惰性で金太郎と付き合うことが有るかもね」

「惰性はダメだよ~」

「人には人の恋愛があるってこと。一緒に居る間にそれが自然となるなんてよく有る話」

「なんか年下の弁慶ちゃんに恋愛論を語られるなんて、年上としての威厳が……」

 

 しょんぼりする清楚に弁慶は思わず、手を伸ばす。

 彼女のつややかな髪を確かめるように、ゆっくりと頭を撫でた。

 

「よしよし」

「むーお姉さんをからかってはいけませんっ」

 

 ぷんぷんと怒る清楚を見て弁慶はさらに表情を緩める。

 

「おーっと、勝負が着いたみたいだね。義経の方も終わったようだ。さて、帰ろうか」

「なんか弁慶ちゃん、大人だな~」

「いや、姉御は精神的に老けてるだけだろ」

 

 瞬間、与一は清楚の眼前から姿を消した。

 上半身は何も植えられてなかった花壇にぶっすりと突き刺さって見えない。

 源氏式バックドロップ。洋と和のコラボレーションにより、生け花『与一』が完成した。

 

 ……

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 一子は完全に息があがっていた。

 攻撃を繰り出しても、すり抜けるばかりで、まったくダメージを負わせることができなかった。

 水を殴っている、そんな感覚に一子は襲われていた。

 

「もう終わり?」

「まだ、まだよっ!!」

 

 せめて一撃。

 この短い時間で金時と自分の実力差は痛いほど感じていた。弁慶が全力で行けっと言ったその意味を、遅まきながらいまようやく理解した。

 相手は速いわけではない。むしろ、動きはいつも以上に見えている。なのに当たらない。

 金時の突進に対する最小限の動きと最弱の攻撃で一子の体力は削られていた。

 

「ほれ、ほれ」

 

 扇子で一子を誘うような仕草をする。完全な挑発行為。そして、一子はその挑発に乗った。

 

(なんか腹立たしいわね。テレビで見たことが有るわ。確か、闘牛ってやつよ。なら、望み通り突っ込んでやるわよっ!)

 

 自分の頬をぱんぱんと叩き、気合を入れなおしたのち、よしっと突撃を開始する。

 

「はぁああああ!!!」

「それはダメ」

「へ? あ、きゃっ」

 

 繰り出した拳が扇子によって弾かれ、一子は自分の攻撃の勢いのまま地面を転がって行った。。

 

「すぐに挑発に乗らないの。どんなに速く動いてもまっすぐ来るぶんには誰だって避けれる。相手の動きを見て、それに合わせる」

「分かってるわよ!! 行っくわよ!!」

 

 まだ興奮した感情を抑えきるまでには至ってないが、ここに来て一子はようやく頭を使いだした。

 

(金ちゃんはさっきから動いてない。もしかしてスピードに自信がないのかしら? それなら、直前で横にステップを踏めば、金ちゃんを騙せる……たぶん)

 

 確証は得られなかったが、一子は自分の出した答えを信じて先程と同じように駆け出す。

 

「えいやああ!!」

「また真っ直ぐ――なんてことはないよね?」

「くっ」

 

 一子が直前で直角に曲がったが、金時は足を上手く使うことで、一子に対し正眼の状態を保った。

 しかし、距離はなくなった。

 

 川神流・空衾(そらぶすま)

 

 超至近距離からの攻撃。強烈な跳び蹴りが金時に向かって襲いかかる。

 

「すぅー」

 

 一子の耳に息をはいたような音が聞こえた時、視界は変わっていた。

 先程まで、目の前には金時がいた。

 それなのに、今は誰もおらずいつの間にか倒されたのか、地面にぽてんと座らされている。

 

「呆けてないで、次来なさい」

「あ、いた」

 

 頭を軽く扇子で叩かれたことで、一子は振り向いた。

 

(い、いつ? 一体いつ後ろに回ったの!?)

 

 視界から消えた金時を見て、一子は完全に困惑した。

 自分の姉と同じ超スピードで動ける。その可能性も考えたが、なら今までの攻防に説明がつかない。

 加減されて上にバカにされていた?

 一子は無意識に首を横に振った。まだ付き合いは短いが、そんな事をするような人間には見えなかった。

 だとすれば、金時がどのように動いたのかが分からない。

 一人、頭を捻る一子に、金時は少し笑いながら説明した。

 

「膝の力を抜いたの。曲げるんじゃなくて、抜く。一子の攻撃が俺に当たるころには、もう移動していたからね。自然な動きって言うのは相手に気づかれないものなんだよ。舞のしなやかさを保つにはこういう動き方も必要なんだ。さ、もう一回行ってみよう」

「むーなんか稽古を付けられているみたいだわ。私の方が武道専門家なのに」

()を以って武を制す。我が家に伝わる家訓だよ。反論は俺に一撃当ててからどうぞ」

 

 悔しかった。

 でも、それ以上に自分の身体が動くのを感じる一子。

 疲れている、それは事実なのに、なぜか身体は普段よりも反応してくれる、そんな感じだった。

 

(アホレナリン? がいっぱい出ているのね!)

 

 以前、大和によって教えられた知識。間違っているのだが、一子にはそれが分からなかった。

 言葉はさして重要ではない。身体が動く。今は何よりもそれなのだ。

 一子は拳を突き出し、大きく宣言する。

 

「私の拳の強さを思い知ると良いわっ!!」

「痛いのは嫌いなんだよね」

 

 金時の笑いを消してやる、そう決心し一子は拳を構えた。

 

 ◇◇◇

 

「ふぅー。疲れた」

「ほとんど動いてないくせによく言うよ」

「……なぜに与一が突き刺さってるんだ?」

 

 花壇に与一が頭から突き刺さっていた。

 となりに植えられている花々の中で異端の輝きを放っているので、凄く違和感がある。

 異端って言うか、ミスマッチだけど。

 

「口は災いの元を体現したまでさ」

「災い=弁慶とか、人災じゃん」

「ほーう、金太郎も口に気をつけないくちか?」

「べ、弁慶さん、いや弁慶様。怒ると普段のだらけ信条に揺らぎが生じちゃうよ」

「普段だらけているのに、いざって時は動ける、そんなギャップに人は燃えるらしいよ」

「なんか字が違う気がしない?」

 

 ギャップ萌えって弁慶さんからもっとも遠い言葉だよね。

 むしろ清楚先輩でしょ。

 見てくださいよ、あの腕力。

 地面に突き刺さった与一君を、軽く引っこ抜いてますから。

 あれに萌えるかどうかは知らんけど。

 

「それより、川神一子は良いの? なんかぐっすり寝てるけど」

「最後、焦って一発入れちゃったからね。いやー優雅じゃなかった」

 

 最後の一撃は良かった。

 身体が疲れていた分、動きに無駄が無くなって動きのキレも増した。

 一撃をどう入れるかだけを考えた、その無欲な攻撃のせいで、咄嗟に反撃してしまった。

 

「金太郎はなんだかんだで人の世話するの好きだよね。川神一子の悪い点を指摘しながら、訓練してたもんね」

「いやー、なんか勿体ないなって思うと手を出したくなるんだよね。でも、結構スパルタでしょ?」

「そうかもね。無駄な動きが多いってことを分からせるために体力を削って動きに制限掛けてたし」

「でも、そうした方が身体の動かし方を分かるって思ってね」

「確かに最後の方の動きは良かったね――で、この子はどうするの?」

「川神院に運ぶさ。どうせ、一旦は家に帰るんだし、調度良い」

「なら、私も手伝おう。久しぶりに金太郎の部屋をあさるのも面白い」

「手伝うってことばを辞書で引いてから使ってくれない?」

 

 こいつは横で川神水を飲んでるだけだし。絶対に手伝わない。

 というか、部屋をあさられるだけ。

 

 

 

 

 義経も決闘が終わったみたいでこちらに合流した。

 俺と与一は川神院に寄って行くと、告げて別れる。

 弁慶さん? ホントに部屋のがさ入れをするので丁重にお断りしました。

 で、その結果、弁慶と言う猛獣の前に与一と言う肉を投入する格好になってしまったので、救いを兼ねて与一をこちら側に連れて行く。

 メッチャ感謝されました。

 

「姉御はマジで怖い」

「普通にしてれば力技を使ってこないさ。まあ、与一が真人間になったらそれはそれで気持ち悪いけど」

「ハァ? 俺は魔人間だろうが。俺が存在するだけで、世界に歪みを生む」

 

 こいつはずっとこのままでいて欲しい。

 大人になっても中二病とか、爆笑のタネでしかない。

 

「それより、川神院ってこっちで合ってんの?」

「俺が知るかよ。つうか、この運び方どうにかなんねえのか?」

 

 今俺と与一は一子を運んでいる。

 最初は与一も渋ったのだが、弁慶の名前を出すだけで素直になった。

 

「いやさ、汗を掻いた女の子を背負うのは可哀想だろ? 色々気にする年頃じゃん。俺は気遣いのできる男だから」

「いやいやいや、この運び方の方が可哀想だろ。周囲の視線を見ろよ。明らかに俺たちを見てるぜ」

「それは与一が人気者だから。さすがは偉人のクローン」

 

 ちなみに一子がどのように運ばれているかと言いますと、非常に簡単です。

 まず、手足を縛ってそれを棒に括り付けます。

 それを俺と与一で運んでいるだけ。

 一子の下に火でもあれば、いつでも丸焼きが出来そう。アニメとかで豚が焼かれる絵って大抵こんなんだよね。まあ、さすがにそんなことはしないけど。

 

「まあ江戸時代とか殿様はこんな感じで運ばれていた訳だし、問題ない」

「籠があればな。これじゃあ、ただの見せもんだ」

「歌でも歌う? 陽気な感じで」

「ふざけんな」

 

 とか言いながら一緒に歌ってくれるあたり与一は心根は良い奴。

 

「おー着いた、着いた。看板通りだな」

 

 川神院は観光名所としても有名なので、そこかしこに案内板が有った。

 それを辿るとすぐに着いた。

 

「ここは……気が満ちてやがる。まさか、ここが世界の特異点なのか!?」

「あーはいはい――こんちわーっす。お届け物デース」

「なんか最後おかしくないか?」

 

 与一がツッコんでいる間に中から人が現れた。

 

「ハイハイ、ハンコは私が……お、君達は……それに一子、ナんて無残な」

 

 学園で教師を務めているルー先生がやってきた。

 学園長もそうだが、この人も川神院と学園と二束の草鞋を履いている。

 

「お疲れのようなので、運んできました」

「運んできてくれたことには感謝するガ、もっと運び方はなかったのカイ?」

「これが最良だと思いまして」

 

 ルー先生が大きくため息を吐くと、一子の手足を縛っていたものを解いて、解放する。

 

「ムム、一子、強くなったネ」

 

 一子を抱きかかえながら、ルー先生は彼女の変化に気づいた。

 

「これは、君カ?」

「与一の闇の力です」

「おい!」

 

 普段変なこと言ってるくせにこういう時になぜ反抗する?

 反抗期か?

 

「一子を一日でここまで成長させるとハ」

「化ける時は一瞬で化ける。俺はそう言う人を何人も見てきました」

「お前、それ、絶対誰かの言葉のパクリだろ」

「わかった? 昨日テレビで言ってた」

「分かるわ。真面目な事を言うお前とか気持ち悪いだけだ」

 

 コイツ、さっきみたいに地面に埋めてやろうか?

 

「ハハハ、君は面白いネ。あれだけの舞を踊れるのはどんな人物なのか、気になっていたのだけどネ、まさか既にその域カ」

「ルー先生も見ていたんですね? あれのおかげで、女子からの人気はうなぎ上りですよ――ぐすん」

「なぜ泣いてル?」

「言ってやらないでくれ。色々と事情があるんだ」

 

 あの憧れの目で満ちていた女子達が、俺の顔を見た瞬間落胆するんだよ。

 舞台上では顔を隠していたとは言え、あの態度はちょっと辛い。

 別に不細工ってわけじゃ……ないよね? ないと思いたい。

 

「じゃあ、帰りま――」

「ちっ」

 

 そう言おうとした時、後から妙な圧迫感を感じた。

 

「ほほーう、これはこれは。面白い奴が川神院に居るじゃないか」

「じゃあ、帰りますね」

 

 なんか声が聞こえた気がするけど、気がするだけだ。

 気にしたら負けだと思う。

 九鬼にお邪魔した時、要注意人物として教えられた人間。できることならなるべく関わらない方が無難だと思っていたけど、このタイミングで出会うとは思わなかった。

 

「おいおい、私を無視することないだろー」

「百代、後輩に無意味に絡むのは感心しないヨ」

「ルー師範代、無意味とは酷いなー。コイツは面白い。あの舞台での足運びは常人のそれとははるかにかけ離れている。コイツは強いですよ」

「え?」

「なんだその驚愕した顔は?」

 

 俺ですか?

 与一君っていう面白人間がいると言うのに、俺の方が面白いとか、なにその最大級の侮辱。嫌がらせ? 先輩のすることじゃないよね。

 

「帰ります……」

「おいおい、なんなんだ? 今度は落ち込んで」

「与一、帰ろう」

「あ、ああ」

「おい、待てって」

 

 横を通り過ぎようとした俺の肩を先輩が掴もうとした瞬間、

 

「……! やはり面白い」

 

 なんとなく弾いたら、さらに笑みが増した。

 それと同時に圧迫感が膨れ上がった。

 

「百代!!」

「止めないでください」

「いや、止めてください」

 

 なんか確実に戦闘になる雰囲気なんだけど、帰ってちくわ持っていかないとマジでキレられるんだぞ。

 アイツがキレると与一の命が……。

 責任をとれるのか? 葬式は意外と金が掛かるんだぃ! 与一のことだから戒名もらうとか言いだすだろうし。

 

「おい、なんだその可哀想な目は。やめろ、俺はまだ死なない」

「それ、死亡フラグ」

「さっきから私を無視するとはいい度胸だ」

 

 豊満な胸をこちらに見せびらかすように腕で抱えるポーズをとる。

 おそらくは偉そうなポーズをとっているのであろうが、普通に考えたら胸を見せびらかしているようにしか見えない。

 普通の男なら効くだろう。かなり有効な攻撃だ。

 だが、そこは弁慶という偉人に鍛えられた俺。さらに言えば清楚先輩という素晴らしき年上のお姉さんが近くにいたのだ。

 これくらいで崩れるほどのやわな精神を俺はしていない。

 

「ルー先生、後よろしくお願いします」

「百代、ちょっとこっちにくるネ。説教が必要だよ」

「なっ、教師に頼るとは卑怯だぞ」

 

 怖い先輩に絡まれた悲しい後輩のとる行動、それはズバリ、権力者に頼る事です。学校で言えば教師。

 つまり俺の行動は正しい。

 

「じゃあ、三度目ですね。さよなら~」

「お、おい!! 私と勝負してくれ~~っ!!」

 

 与一を生贄にできないだろうか?

 帰宅しながら考えよ。

 

 

 

 

 

 

「与一、これくらいで良いかな?」

「姉御はちくわならいくらでも入るぞ」

「冷蔵庫に保存してあるのはこれだけなんだよ。弁慶が暴れたら、与一……アーメン」

「ふざけんなっ!! つうか、せめてそこは日本式にしろよ」

 

 まあ、別に俺はキリスト教でもなんでもない。

 

「源氏式、アルゼンチンバックブリーカー……大技だな」

「不吉なこと言うんじゃねぇよ」

「葬式には行こうと思う」

「俺の死は確定事項なのか?」

「さあ? 弁慶の気分しだいだろ」

 

 あいつが川神水とちくわで満足できなければ、それまでという事だ。

 

「まあ、そんな与一君が可哀想だから、ちょっと簡単なものを持っていこう。温めるのは向こうで良いでしょ」

「お前、何気に自活できる奴だよな」

「小さい頃からそういうのはやらされたんだよ。でも、男として料理できる方がモテるポイント高いだろ?」

「さあな? 別にそういう事に興味はないから」

 

 イケメンは死すべし。

 何も努力もなく、女子が寄って来る発言か。

 コイツを葵冬馬にでも、渡そうかな。手足を縛った状態で。ご自由にどうぞとか張り紙でも張っておけば面白い事になるかもしれない。

 

「やめろ」

「何を?」

「お前、今不吉な事を考えただろ」

「エスパーだったのか!!」

「って、本気で考えてたのかよっ!!」

 

 ち、謀とは味な真似を。

 

「さ、急ごう。義経が寂しくて泣いてしまう」

「アイツはウサギかっ!! ってそうじゃねぇ、お前何する気だっ!! 姉御か? 姉御の前に俺を差し出す気なんだな。手足とか縛って」

 

 惜しい。差し出す相手が違う。

 

「ではしゅっぱーつ!!」

「俺は捕まらねぇ!!」

 

 なんか、俺たち色々かみ合ってなくね?

 

 

 

 

 

 

「おそーい!!」

 

 与一の部屋にすでに全員が集合していた。

 出迎えに清楚先輩のお叱りを受けた。

 

「……ドアノブが壊れてたけど?」

「お、俺の部屋が……」

「あ、それは私。軽く捻ったらとれちゃった♪」

 

 可愛く言ってもダメだよね?

 弁慶さんの剛力は全く隠せてないから。

 

「済まない、与一。義経も止めたんだが、力及ばず情けない」

「いや、義経は悪くねぇから。姉御のバカ力のせいだから気にすんな」

「与一……」

 

 なんだろう、与一、本当に義経には無駄に優しい。

 たまに不貞腐れるような態度を取るが、義経が泣きそうになると、こうやって優しく接する。ツンデレ属性を義経限定で発動させるとか、どんな部下だ。

 義経さん、感動してますよ。

 

「じゃあ、今日は与一の属性を何を付ければいいかを、話し合おう、UNOしながら」

 

 持ってきたものをインスタントの皿において皆で摘まむ。

 与一の部屋には集まる頻度が高いので、電子レンジやコンロなど温められる物が取り揃えられていた。

 というか無理やり付けた。九鬼の人に頼んで。その所為で、与一の生活スペースが圧迫されることになったが、与一だからよし。

 

「くー、やはり金太郎が作ったちくわは川神水によく合う。あ、黄色で」

 

 ちっ、色を変えてきやがった。

 

「ざーんねーん。赤に戻すよ」

「清楚先輩ナイスだ」

 

 俺の特性かまぼこを上げよう。

 

「フ、SKIPだ」

「あ、バカ与一」

 

 俺の順番が……。しかも地味に英語の発音がうぜぇ。

 

「義経はここで勝負に出る、ドロー4」

「じゃあ、私もドロー4で」

「私も」

「仕方ねえな、俺も。ほれ金時、黄色だ」

「なんで俺がドロー4を持っていなかのように色を指示してきやがる。持ってるかもしれないだろっ」

「持ってるのか?」

「持ってねぇよっ!!」

 

 いきなり16枚とか嫌がらせの域だろ!!

 

「ふふふ、これだけの手札、しかも俺から。攻めちゃうぞ」

「ああー、これはあれだね。金太郎の強運の為せる技だ。まさか、16枚も引いて記号カードを何一つ引けなかったなんて」

 

 なんで分かるんだよっ!!

 

「金君ってこういう勝負だと、すぐに顔に出るんだよね」

「ドロー2で義経は行こうと思う」

「残念、リバース」

「むむ、金時、済まないドロー2だ」

「義経なんて嫌いだ」

「き、金時っ!?」

 

 ハァ、折角4枚も引いたのに、また数字だけ。

 

「凄いな、金時。カードを集めるルールなら完敗だぜ」

 

 鼻で笑いやがった。

 このとき、なぜか俺の拳が無意識に与一に吸い寄せられた。

 きっと本能だったと思う。

 

「そーい!!」

「ぐはっ」

「与一!! 誰だ、一体誰にやられたんだ!?」

 

 与一が急に腹を押さえて倒れ込んだ。

 腹部に重い一撃を受けてしまった。

 

「金君、さすがにそれは最低だよ」

「犯人はお前だ」

「うぅ、金時に嫌われてしまった。義経は、義経は……」

 

 非難の視線が一斉に俺に浴びせられる。

 

「俺は無実だ!! 与一は何者かにやられてしまったんだ。それと義経、冗談だから本気で落ち込むな」

「ホントか!!」

 

 義経さんの笑顔を見ていると癒されます。

 この笑顔で皆も癒されては――くれないわけね。

 

「堂々とわき腹に拳を繰り出して無実も何もないだろ」

「金君、ルール破りは罰ゲームだね♪」

「清楚先輩、まじ清楚……?」

 

 そんなルールありましたっけ?

 あと弁慶さん、その、どうせ負けて罰ゲームだろ的な目で見るのやめてくれない?

 

「じゃあ、罰ゲーム。何が良いかな~?」

「相談を持ちかけるふりして、既に準備するのやめてくれません?」

 

 彼女は与一の部屋にあった冷蔵庫から、あるものを取り出し、それをぐるぐると混ぜ始めた。

 弁慶はこんな時だけ無駄に速く動き、俺の身体をがっちりとホールドする。

 

「弁慶さん、パイオツが背中に当たってるけど……」

「まあ、金太郎にならそれくらい良しとしよう。さ、清楚準備は整った」

「骨は拾ってやるぞ。義経に任せろ」

 

 合掌するのやめてください。

 

「じゃあ、お姉さんが食べさせてあげるから」

 

 清楚先輩は物を俺の口元に近づける。く、臭い……。

 

「し、死ぬ」

「はい、あーん」

 

 この人たち鬼畜や。

 俺はその感想を抱いた後、意識を失った。

 口の中で感じたねっちょりとしたものが、不快この上なかったことだけは覚えている。

 



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第6話 作戦会議

「気を失ったか」

「ホント、金君はこれダメだよね。美味しいのに。あーむ」

「義経も好きだぞ、〝納豆"」

 

 金時には抗うことができないものが三つある。

 一つ、弁慶と清楚のお胸様。

 二つ、義経の涙。

 三つ、納豆。

 臭いで意識を失いかけ、口に入れられた瞬間に完全に気を失う。

 

「なんでダメなんだろうね?」

「よく分からないけど、トラウマに似た反応だな、これは。与一もよくやる」

「弁慶ちゃん、与一君にもう少し加減してあげなきゃダメだよ。これ以上頭が変になったら大変だよ」

 

 清楚の言葉に弁慶は思わず苦笑する。

 それは義経も同様だった。

 与一が気絶していて良かったなと二人は思った。

 清楚は純真で無垢だ。だから、何気ないその発言は彼女から出た本音である。

 それを心が豆腐で出来ていると言われる与一が聞けば……おそらく引きこもる。

 

「あは、金時の寝顔、可愛いな~。義経はなんだか嬉しくなるぞ」

「でも、なんかうなされている気がしない? 悪い夢でも見てるのかな?」

「んーわからん。とりあえず、口の中に残った納豆の処理くらいしてやるか」

 

 弁慶は持っていた瓢箪を直接金時の口に近づけた。

 いわゆる間接キスというやつだが、もう何度もやっていることなので、弁慶は別段気にすることなく、川神水を金時の口の中に流し込んでいく。

 そして、それが当然かのように手で鼻をつまみ、空気の通り道を奪った。

 

「弁慶ちゃん、それはさすがに……」

「お、おい、弁慶、金時が暴れているぞっ……あ!」

 

 金時は生気がなくぐったりとしている。

 口の洗浄を終えたと、弁慶は一息つく。金時が生死の境をさまよっているとは彼女は露ほどにも思わなかった。

 

「さて、二人の意識が戻るまで、私たちは風呂にでも入っていようか。義経、頭洗って上げる」

「二人を放置して大丈夫か? 義経は、本気でそう思う」

「大丈夫、大丈夫。金太郎はそんなやわじゃないし。与一はすぐに目を覚ますさ」

 

 金時と与一を綺麗に並べ、手は胸のあたりで組ませている。

 さながら神に捧げる生贄のようだ。

 

「お風呂あがってそれでも、目を覚まさなかったら、クラウディオさんを呼べば大丈夫じゃない?」

「そうそう。さ、お風呂でのんびり川神水だ~」

「弁慶、さすがにそれはダメだ。ホントに溺死しかねない」

 

 以前溺死しかけた弁慶。

 義経は川神水を取り上げてから、固く注意をする。

 しょぼんとした弁慶は、清楚に背中を押されながらも風呂場の方に向かって行った。

 

 …………

 

 ああ、なんだろう。凄くいい匂いがする。

 あの腐され納豆とは雲泥の差だ。

 

「トイレの消臭剤か? む、視界が暗い」

「おきて早々失礼な奴だな。これはシャンプーの匂いだ」

 

 目を開けると大きなメロンが二つ。声の主からして、このメロンを持っている人物は弁慶さんですね。

 

「これはあれですね。膝枕という、うれしドッキリなイベント」

「金太郎は、意外とエロいよね」

「男の子ですから。パイオツに夢を抱くのは当然だろ」

 

 弁慶が少し前に動くだけで、俺の顔をぽよんと柔らかいクッションがつついてくる。

 ここは天国か!

 

「そう言えば、他は?」

「清楚と義経はまだお風呂。紋白が途中で入って来たから、話しこんじゃってね」

「紋々か。アイツはエネルギッシュだからな。まあ、九鬼の人間全員に共通するけどね。あれ、でもじゃあ、なんで弁慶はここにいるの? お風呂好きなはずじゃん」

「金太郎にいたずらする方が面白そうだから早めに上がって――別に顔に落書きなんてしてないよ。ちょっと一本一本髪の毛を抜いてただけ」

「うおい!!」

「冗談だよー、冗談」

 

 鏡見たら禿てましたなんてことはないよね?

 あったら、九鬼の人になんとかしてもらおう。九鬼の技術力世界一のところを見せてもらわないと。

 

「与一は?」

「さっき起きてどっか行ったよ。たぶん弓の鍛錬」

「さすが。俺も後で舞の練習しなきゃ」

「まあ、与一も義経の部下だしね。主を守る力くらい身に着けておかないと、いざと言う時に困る」

「弁慶は?」

「私だって鍛錬くらいしてるよ。面倒だけどね」

 

 そんなこと言っても強い弁慶さん。世の中の理不尽さがここには有った。

 

「首が痛い」

「私に膝枕をしてもらって、その感想とは贅沢な奴め」

「英雄に膝枕とか、俺凄くね?」

「凄くないよ」

「あ、メールだ」

「また何とも唐突だね。誰? 金太郎に私たち以外に友達なんか居たっけ?」

 

 さり気に失礼な事を言いやがる。

 

「はてさて…………」

 

 画面に映し出された件名に書かれている名前を見て、絶句。

 持っていた携帯が力を失った俺の手からこぼれ落ちる。

 ベートーベン『運命』交響曲第五番第一楽章が俺の頭の中で何度も響いていた。じゃ、じゃ、じゃ、じゃーん。

 

「金太郎はホント顔に出るね。なに、その絶望感たっぷりな表情は?」

「なぜだっ!? 連絡先なんて教えてなかったはず。それなのにどうして……」

「うわぁ、私の話が聞こえてないよ。相当ショックだったんだね」

 

 弁慶が何かを言っているけど、正直どうでも良い。

 全身から血の気が引くのを感じる。

 明日からずっと学校が休みになって欲しい。割と切実に。

 

「俺、転校するわ」

「ホント、急だね。何か嫌なことが有ったの? 悩みがあるなら聞いてあげるよ」

「優しい弁慶さんとか、ちょっと胸にぐっとくるんですけど」

「その代わり、川神水に合うおつまみを用意してね」

 

 あ、やっぱりギブ&テイクの関係ですよね。

 もう少し、ラブラブな展開とかありませんか?

 

「じゃあ、軽く卵焼きを」

 

 のそのそっと起き上がる。弁慶さんのおもちから離れるのはちょっと寂しいけど、ここは彼女の知恵が必要だ。そのためのエネルギーを俺は手に入れないといけない。

 とりあえず、九鬼家のキッチンを目指す。材料はかっぱらおう。

 

「おーお、金時ではないか」

「紋々じゃないか」

 

 キッチンに向かう途中、風呂上がりの紋白と、義経、清楚先輩に遭遇した。義経とか髪を下しているからちょっと色っぽい。清楚先輩は言わずもがな。紋々はチンマイ。

 

「我をそのように呼ぶでない。紋様と呼ぶがいい」

「ないわ。お前の部下でもないのに、年下のお前を様付する趣味は俺にはない。むしろ、金時様と呼べ、先輩を敬う感じで」

「たわけが。我は九鬼ぞ。九鬼は支配者側なのだ。様付などありえん。せいぜい先輩と呼ぶ程度だろう」

「じゃあそれで」

「だが断る!! 金時は金時なのだー!! うはははは」

 

 元気っ子め、なんて騒がしい。ご近所に迷惑が掛かるでしょ。

 まあ、この巨大な屋敷で迷惑が掛かるなんてありえないけど。

 

「生意気なチビッ子め。本来ならお尻ぺんぺんの刑に処すところだが、それをすると」

「当然、お前が串刺しになる」

 

 どこからともなく現れる、似非紳士。

 溢れるダンディズムを惜しげもなく披露するこの男は、九鬼家の中でもっとも危険な存在。

 

「ヒューマンさん」

「ヒュームだ、バカもの。本当に串刺しにするぞ」

 

 この串刺し好きめ。すぐに刺そうとするんだから。

 

「あ、厨房を借りますね。ついでに食材も」

「ふん、好きにしろ。どうせ、弁慶のパシリだろう?」

「正解!! さすがは歳を重ねているだけある」

「あまり調子に乗るのは頂けないな」

 

 それと同時に拳を繰り出してくる。

 当たると痛いので、軽く逸らす。

 これが似非紳士たる部分だ。すぐに暴力に訴える。

 もう一人の老紳士を見習ってもらいたい。

 つまらないダジャレをいう事を除けば、あの人はかなり万能な人だ。

 

「上品さに欠けますよ?」

「ふん、相変わらずの動きだ。ステイシーあたりに身に着けてもらいたいものだな」

「ロックンロールを民謡に変えれば良いんじゃないですか?」

 

 話も終え、厨房に向かう。

 なぜか、紋々と清楚先輩がついて来た。

 

「夜食べ過ぎると、ぶくぶくになるぞ」 

「ふはははは、我は育ち盛りだから問題はない!!」

「うるせーよ。先輩はお腹押さえてるけど?」

「最近お腹まわりがちょっと気になるの」

「のわりに、つまみ食いをしようとする先輩であった」

「もう!! でも、金君の料理がおいしいからいけないんだよっ!!」

「なんという責任転嫁。紋々、ここは九鬼の人間として言ってやれ」

「清楚は美人だし問題なかろう。それに十分スリムではないか。あまり痩せすぎても健康的な女性とは言えんぞ」

「そうですね、あと30キロくらい肉を付けるのがベストだと思います」

 

 九鬼の執事は神出鬼没じゃないといけないのか?

 

「クラウ爺、お前の趣味をとやかく言うつもりはないが、あまり女性にそういう事を言うのは失礼だぞ」

「なんて正論。さすが紋々。そしていきなり現れたことにツッコみを入れない辺り、相当慣れている」

 

 チビッ子という一点を除けば、一番大人な紋々であった。

 お茶の用意を整えると、老執事は去って行った。

 

「清楚先輩、あれはあくまであの人の意見だから、やけ食いとかしようと思わないくださいよ」

「しないよ!!」

 

 ぶくぶくになってもこの上品さを保てるかな?

 どうしよう、ピザを常備しているような人になったら。

 

「ちょっと見てみたい」

「金君、変な想像してるでしょっ!!」

「与一の部屋にあるパソコンでコラージュしてみよう。いやー最先端技術は怖いですなー」

「ちょっと与一君と話してくる」

 

 与一のパソコンがあの意味不明な剛腕の下に撤去されるかもしれない。

 

「清楚もたまに暴走するものよな」

「紋々は何食べたい?」

「うむ、金時特製チャーハンだな」

「ここでケーキとか言ってこないところが、弁慶とは違う」

「ケーキは時間がかかってしまうであろうが」

「バカめ。俺の実力を甘く見るなよ。気を使えば、ものの五分で作ってやるわ」

「なんという気の無駄遣い……」

「もっと褒めて~」

「褒めておらんわ、たわけめ」

 

 いやいや、気を戦うためだけに使っている人よりはかなり有意義だぞ。

 弁慶の介護がてらに身に着けたこの技量は、世界で通用すると思っている。

 

「つーか、お前勉強は良い訳? いつもならこのくらいはやってるじゃん」

「今日はお前が泊まるに来ていると聞いてな。だから、早めに片付けてきた。UNO合戦に我も参戦するぞ」

「UNOは死んだんだ。あれは不幸しか招かない。やはり人生ゲームで人生を見つめなおすところから始めないと」

「ああ~、お前はこういう運は持ち合わせておらんからな。決してギャンブルに手を出してはならんぞ」

「お前は俺のオカンか」

 

 紋々のデコにチョップをかます。

 さすがに暴力執事も対処できなかったようだ。ふふ、ざまーみろ。

 

「何をする!」

「そのペケ印が俺の本能に訴えかけてきた。殴れと」

「これは九鬼の証だ!! ふはははは」

 

 そんな嬉しそうに言われても困るんですけど。

 

「よしできた」

「しゃべりながら、てきぱき動いておったが、さすがよのぉ。というかホントにケーキが出来ておるわ……」

「これを弁慶に食べさせ、次の日の体重計で悲鳴を上げさせる作戦」

「あやつは食ってもあまり変化はおこらんだろ」

 

 そうなんですよね。

 世の中の大半の女性を敵に回してますよね。

 

「卵焼きに、紋々ご所望のチャーハン、そしてデザートにケーキと、かまぼこ」

「なぜナチュラルにかまぼこがデザートに入っておる?」

「かまぼこは別腹だから」

「ふむふむ……って納得できるかっ!!」

「ノリツッコミとはなかなかやるじゃないか。芸人の道に一歩近づいたな」

「我は九鬼ぞっ!!」

「九鬼は多芸じゃん。一人くらい芸人が居ても良いでしょ」

「良くないわっ!!」

 

 紋々の攻撃を軽くあしらいながら、与一の部屋へ。

 これだけ用意したのだから、奴への対策を皆で考えてくれるだろう。

 

 ◇◇◇

 

「では、作戦会議を――って、はいそこ! 無視して人生ゲームを始めない。というか俺も混ぜろ」

「金太郎は最後で良いでしょ? むむ、いきなりハワイ旅行で一回休みか」

 

 卵焼きを肴に、川神水をぐいっと行く弁慶さん。

 全く話を聞いてくれるような感じじゃない。

 

「あ、私は武者修行に出て、レベルが30に上がっちゃった」

「この人生ゲーム、お金じゃなくて武力で結果が出るからな。まったく川神らしいぜ。最後に武神との決闘に勝利すれば1万レベルアップだからな。よし、弓兵同士の決闘での勝利。闇レベル50だぜ」

 

 ぶっちゃけ終わりがない。飽きるまでゆるゆる続く謎のゲーム。

 普通にヒュームさんとかこのゲームにいるからな。武神を倒した後のボーナスステージとかで。

 

「それより、金時の話とはなんだ? 作戦会議のようだが」

「ケーキに満足する義経が可愛い~」

「酔っぱらいは戦力外の方向で――で、実は相談があるんだ。明日から、俺の宿敵たる人物が川神学園にやってくるとの情報が入った。どうすれば抹殺できるか考えて欲しい」

「抹殺とは物騒な話ようのぉ。あむ」

「紋々、ご飯粒が付いてるぞ」

 

 全く育ち盛りだからとは言え、むしゃむしゃ食べすぎだぞ。

 清楚先輩と義経はケーキ。弁慶が卵焼き、俺と与一がかまぼこ。紋々がチャーハン。

 明らかに、紋々の量が間違ってるけど、まあそれはいい。

 大事なことは奴を屠る作戦を考えられるかどうかだ。

 

「生クリームを鼻に付けている清楚先輩、何か良い案を」

「へぇ!?」

 

 赤面する清楚先輩は、ティッシュでクリームを取った後、こほんと咳払いをして話し始める。

 

「その抹殺する相手と言うのは誰なのかな?」

「敵」

「それだけでは情報が少ないと義経は思うぞ。あとなるべく争い事は避けるべきだ」

「それは無理な相談だ。俺のアドレスを奴はどういうわけか手に入れている。何年も連絡を取ってなかったのに、なぜか知っていたんだ。俺の現在住所が割れている可能性も考えると、こちらから行くしかないだろう。ちなみに引っ越しの準備ができるまで与一の部屋に泊まろうと思う」

「泊まらせるか!! アホ」

「なら、私の部屋でも良いよ」

「え、マジ!? さすがは弁慶さん」

「弁慶、さすがにそれは拙いと思うぞ。男女なわけだし」

 

 それって今更だよね。

 今の弁慶さんの格好見てくださいよ。

 裸ワイシャツですよ。ちょっと動けば色々見えてしまいます。

 俺や与一がいるのにその格好なんだから、もう気にしないだろ。

 

「いや、余裕」

「金太郎に同じく。ずっと飲んでいられそう」

 

 まあ、別に俺が居なくても飲んでいそうだけど。

 

「でも、そんなに嫌いな子なんだ」

「そうなんです。もう最悪です。正直、川神学園転校を考える程です。ああ、しないから義経はそんな顔するな」

「そうか! 義経はホッとした」

 

 全く、可愛い奴め。

 

「でも、さすがに抹殺は良くないであろ?」

「紋々、男にはやらねばならんことが有るのだ」

「お前にそこまで言わせるとは、一体どのような人物なのだ?」

 

 やはり気になるか。

 

「アイツを一言で表現するなら『納豆』だな。二言目には納豆と言っている」

 

 皆がああという顔になる。それと同時に和やかな空気に変わった。なぜだ?

 紋々だけは何かを考えているけど。

 

「ああ、そういう事か。お前納豆嫌いだもんな。てっきり向こう側の世界の人間かと思ったぜ」

「バカめ。何を納得した気になっている。アイツの納豆脳は常軌を逸している」

「バカとか言うな、傷つくだろ」

「とりあえず、与一は置いておいて、具体的に何をするのさ?」

「まず人の食事すべてに納豆をかける。アイツの味覚が壊れているのかどうかは知らないけど、とにかく納豆マニア。毎日、毎日、毎日、毎日、茶、茶、茶、茶の光景が繰り返される。食卓のすべてが茶色に染まるとか拷問でしょ」

「うっ、さすがにそれは嫌だな。魔に魅入られた俺でも抗う事は無理そうだ」

 

 魔がどうとか言うレベルじゃないから。

 四六時中、納豆の臭いが身体に付いているようなあの感覚。

 

「分かるか? 風呂場でさえ、納豆の臭いがしてるんじゃないかって思ってしまう程追い詰められた当時小学6年生の俺を」

「それで中学から私たちの通ってる中学校に来たわけか。あんな島によく来たなって思ってたけど」

「京都はダメだったんだ。俺の周りには洗脳された奴らが多くて、手遅れだった。だから、関東で暮らしている親戚の下に逃げた」

 

 皆が俺を同情の視線で見た。

 ただ、一人だけ違う視線を向ける人物が……紋々だ。

 

「どうした、紋々。おねむか? さすがはチビッ子」

「なあ、金時よ。お前が敵と称するその人物は女性か?」

「ああ、歳は一つ上だな」

「むむ、まさかそうであったとはな――金時、すまぬ」

 

 紋々が急に頭を下げてきた。

 

「どうした? 与一のあまりにも残念っぷりに耐えられなくなったか?」

「おい」

「そうではないのだ。お前が敵と定める人物――松永燕であろう?」

「…………」

「ちょっと我との件でな、あやつとは仕事の関係を結んだわけだが、その際にお前の連絡先を教えて欲しいと聞かれたので、教えてしまったのだ。小さい頃から一緒だった弟のような存在が急にいなくなってしまったというのでな。それは可哀想だと思ったし、幸い我の知る人物だったから」

「気軽に教えてしまったと。ふっふっふっふ、紋々、お前は大変なことをした」

 

 俺がそう言うと、紋々はしゅんとなった。

 それと見て、弁慶にアイコンタクト。

 頷いてくれるあたり、通じたようだ。

 

「これは罰を与えねばらならない。個人情報の大切さと言うものを教えてやろう」

「覚悟は出来ている」

「その心意気やよし」

 

 弁慶に合図を送ると、がっちりと紋々をホールド。

 いきなりの事に紋々は焦るがもう遅い。

 

「かつて、英雄源義経が泣きじゃくった拷問」

「そ、そんなものが……」

 

 驚愕。

 ナイスリアクション。

 

「こちょこちょの刑――こちょこちょこちょこちょ」

「あっはははははは、や、やめ、るのだ!! あはははは」

「それは無理な相談だ。こちょこちょこちょ」

 

 紋々は目に涙をためながら笑い続ける。

 義経は当時のことを思い出したのか、やられてもいないのに苦悶の表情を浮かべる。

 与一は呆れ顔。清楚先輩は苦笑い。

 弁慶は当然ながら、俺に加担している。

 

「ふーはーふーはーふー……」

 

 笑い疲れた紋々が床に倒れたまま起き上がってこれない。

 まあ、これは彼女の罪だから仕方がない。

 

「さて、俺の情報がバレた理由は分かったけど、もうそこは良い。問題はどうやってアイツを屠るかだ」

「ねえ、ちょっと気になったんだけど、普通に倒せば良いんじゃない?」

「無理です。アイツの強さはまさに鬼神だった」

「でも、それって小学生の頃の話でしょ? 今なら……」

「……なるほど!! いや、しかし待て。違うんだ、アイツには一つ厄介な技が」

「金時が恐れる技とは、義経は少し気になるぞ」

 

 いや、あれは技と称していいかどうか……。

 

「アイツは人の食事に瞬時に納豆を乗せる。あの時点で、相当な速さだったから、現在の速さはまさに一瞬だろう。うどんを食べようとしたら、いつの間にか納豆が掛かってるなんてことがよく有るぞ」

「ねぇよ」

「お前はアイツの恐ろしさを知らない」

 

 きっと与一もアイツの毒牙に掛かってしまうんだろう。

 

「じゃあ、近づかないようにするしかないね」

「アイツはどこからともなく現れる」

「幽霊か」

「ぶっちゃけ俺もそうじゃないかと疑っている。ここの執事達と同じで、神出鬼没」

「げぇ」

 

 与一が苦虫を潰したような表情になった。

 まあ、コイツもヒュームさんには苦労しているからな。

 

「やはり抹殺するしかないか。ドン、ここはお願いします」

「へぇ、私!?」

「マフィアのボスのクローンと噂される清楚先輩なら、こうどっかーんとやってくれるはず」

「それ英雄じゃないだろ」

「そこは気にしない」

「気にしてよっ!! 私は紫式部か清少納言あたりのクローンだと思っているの!!」

「二人ともタイプが違うし。清少納言は性格が悪かったとか、紫式部さんがデスってた気がする……あ、ちょっと納得」

「金君は私の事をなんだと思っているのかな?」

 

 ニッコリと笑っているけど目が笑っていない。

 言い知れぬ圧迫感に、与一ともども後ずさった。

 

「(ねぇ、あの時々出る威圧感半端なくない?)」

「(ああ。あの人に強く出られると断りきれないからな)」

「(もしかして、超凄いクローンとか?)」

「(可能性はあるな)」

 

 コソコソと会話をしていると、清楚先輩が近づいてくる。

 

「何を話しているのかな?」

「そんなの清楚先輩が綺麗で美人だなって話に決まってるじゃないですか」

「与一君?」

 

 む、ここでメンタルが豆腐と名高い与一に的を絞ってくるとは!!

 

「金時の奴が悪口を言ってました」

「おい!!」

 

 こいつ、友人を売りやがった。俺がよくやる手をここで発動するなんて!

 

「金君、ちょっとお話しようか」

「い、いぇっさー……」

 

 ずるずると引きずられて行く俺の頭の中には、ドナドナの歌が不意に流れた。

 

 その後、納豆地獄を味わった俺は、二度と清楚先輩に対してふざけないことを心に誓った。あの人、ホント怖いっす。

 



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第7話 敵来る

 翌朝、正直憂鬱な気分だ。

 俺は与一の部屋に泊まり、もしかしたら有ったかもしれない襲撃に備えていた。

 有ったかもというより確実に有ったんだ。

 だって制服を取りに帰ったら、明らかに人が入ったあとが有ったから。

 不法侵入で訴えようかな?

 

 犯人が奴ではない可能性?

 それはありえない。

 だって、冷蔵庫にこれでもかと言う程の納豆のパックが入れられていたもの。蓋が空いてたら俺は死んでいただろう。

 

「ハァー」

「お前、そんなに嫌なのかよ」

「それはお前が弁慶をどう思っているかという質問と同じだな」

「……すまん」

 

 与一君は気遣いのできる子でした。

 まあ、与一は俺と違って別に弁慶が嫌いな訳じゃない。ただ圧倒的に苦手なのだ――拒否反応が出るくらい。

 俺の場合は咄嗟に迎撃態勢が入るな、奴になら。弁慶さんとかマジ女神に感じるレベルだもん。

 

「川神が納豆に染まるのはどのくらいかな……」

「そんな遠い目をするなよ」

 

 与一が心配してくれてるのだが、足取りは非常に重い。

 学校、サボろうかな。

 

 

 

 

 時とは無情に過ぎ去るものだ。

 どんなにゆっくりと歩いたとしても、学園に向かって進めば着いてしまう。

 遅刻は確実なのだが、辿りついてしまえばもう時間など関係ない。

 

「いきなり川神流無双正拳突き!!」

 

 そして現実も無情だ。

 もしかしたら、別人ではないかと言う淡い期待。

 そんな期待も目の前で行われている物をみたら粉々に砕け散ってしまった。

 武神と激しい猛攻を繰り広げている人物は、間違いようがない。

 

「松永燕……ハァー」

「あれがお前の言っていた奴か。武神相手にそれなりに戦えているな」

 

 与一が感心したように言う。

 それもそのはずだ。

 この川神学園で、武神川神百代と渡り合える人物はそうはいない。

 決闘を申し込んでも、1分も持たずにやられるのが関の山だろう。

 だが、目の前で行われている戦いは、5分は超えていた。

 

「なんでも武器が使えるのか。器用なもんだな」

「まあ、使えるってだけっぽいけど。武器を変えた時点で別人だと思えば関係ないな」

 

 昔から無駄に器用だった。

 大抵の事は出来る。たぶん爆弾処理とかも平気でやれるんじゃないかな。

 

「だが、あのままじゃ勝てないな」

「今だけは武神を応援する!! 殺っちまえっ!!!」

「どんだけの恨みがあるんだよ」

「聞きたい?」

「……遠慮しておく」

 

 チキンめ。

 金時君の悲しいエピソードはたくさんあるんだぞ。一つくらい聞いてくれるのが友人の務めだろ。

 たぶん、松永燕という存在を見る目が、今から180°変わる事になるだろうけど。

 

「終わったな。引き分けか」

「ちっ、ここはルールでもなんでも破って仕留めるところだろ。武神ともあろうものが情けない」

「他人の力頼みのお前が言うセリフじゃねぇな」

「お前は自分で弁慶を打倒そうと思うのか?」

「…………俺は特異点だからな」

「それは苦しい」

 

 歓声が沸き起こる中、松永燕は審判をしていたルー先生からマイクを受け取った。

 観客が彼女の勇姿を称え、歓迎すると盛り上がってくれたことに対しての感謝を述べるつもりなのだろう。

 

「よく見ておけ。これが川神学園、納豆計画の始まりだ」

「なんとか計画っていうフレーズは好きだが、そこが納豆になるだけで、なんかしょぼさが割り増しされるな」

「バカめ、そんなこと言ってられなくなるぞ。気が付いたら近くに納豆があるなんて状況がざらにある」

「それはそれで怖いが、別に俺は納豆は嫌いじゃないからな」

 

 俺たちが見守る中、松永燕は生徒たちに向かって猛アピールを開始した。

 

『私が武神との戦いで、なぜ粘れたかと言いますと』

 

 腰に付けていたベルトのようなところから、あるものを取り出す。当然納豆だけど。

 

『秘密はこれ。松永納豆!! もちろん、これを食べて強くなるわけじゃないけど、粘りが出ます!!』

 

 はい嘘。アイツは納豆を食べると戦闘力が膨れ上がる。

 逆に納豆を奪うとダウンする。弁慶の川神水と同じ。

 

「すげえな。あれだけ露骨な宣伝なのに、一気に生徒の心を掴んだぞ」

「それがアイツの凄さだ。俺の小学校もたったの一年で洗脳されてしまった。顔とあの雰囲気が良いから、人からは好かれる」

「あ、そう言えばネットでみたぜ。たしか納豆小町って名前でアイドルみたいなことをやっていたな。歌も出していて、オリコンにも入ったとか」

「日本は既に腐ってしまったのか、納豆だけに」

「別に上手くはないからな」

 

 海外に逃げるしかないのか?

 向こうの人たちは納豆を敬遠するはず。いや、待て。アイツならもしかしたら洗脳が可能かもしれない。世界を納豆で征服する女……なんて恐ろしい奴。

 

「さて、教室に行こうじゃないか。さも通常の時間で登校していた感を出して。さり気なさが大事だな」

「出席確認を取ってるはずだから無意味だろ。まあ、俺たちのような存在は嫌でも目に付いちまう。この溢れんばかりの闇が――」

「さあ、行くぞ」

「最後くらいまで話聞いてくれても良いだろ!!」

 

 その後、さり気なく教室に入ったのだが、担任にバレて、鞭を食らうはめになった。

 

 ◇◇◇

 

 学校の中では戦々恐々だった。授業が終わり休み時間になれば、必ず窓際に移動する。

 いつでも逃走できるようにだ。

 

「お前、今日おかしくねぇか? 体調が悪いなら言え」

「ゲンさん……」

「勘違いすんじゃねぇ。おめえの事を梅先生から任されちまったんだ。おめえに何かあったら俺の責任だろうが」

「ツンデレ乙」

 

 目つきと口調の所為で不良扱いされるているゲンさんこと、源忠勝。義経の子孫かと思って聞いてみたら全然関係がないって言われたのが話すキッカケとなった。

 席が俺の前という事もあり、担任の梅子先生から俺の面倒を見るようにと。転入した日に言われ、何かと気遣ってくれる非常に優しい人だ。

 俺が女だったら確実に惚れている。

 

「バカ言ってんじゃねぇよ。ま、冗談が言えるなら身体に問題はないって事か」

「あ、ゲンさんって確か何でも屋だよね? ならさ、ちょっと抹殺して欲し――」

「金ちゃ――うっ」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、全身から一気に汗が噴き出す。

 ゲンさんと話していたことで気が緩んでしまった。

 背後から掛けられた声に咄嗟に反応して、身体を上手く入れ替えて首筋に一撃。

 意識を奪う。

 

「一子!! おい、何してんだ!!」

「か、一子だったのか。焦ったぜ、ふぅー」

「ふぅーじゃねえよ!! 一子気絶してんだろうがっ」

「俺の背後を取るとは……成長したな。よいしょ」

「てめぇはどこかの13かよっ」

 

 無理やり気絶した一子を起こす。

 

「は! 私は一体何を……」

「ゲンさんのあまりにイケメンすぎる顔を見て、感動のあまり気絶したんだよ」

「吹いてんじゃねぇよ。おめえがやったんだろ」

「というか、私とタッちゃんは幼馴染なのよ。そんなことで気絶してたら身が持たないわよ」

 

 幼馴染……あれ、なんかおかしいな。俺のイメージする幼馴染ってこんな関係だっけ?

 いや、まあ、確かにアイツも俺を金ちゃんって呼ぶけど、おかしいな、ゲンさんと一子みたいな関係じゃ全然ないぞ。

 

「ゲンさん、幼馴染と上手くやる方法って存在するんだね」

「お前、ホントどうしたんだよ。さっきも抹殺とか口走ってなかったか?」

「ああそうだ、ゲンさんに依頼する内容は抹殺して欲しい人が……」

「出来るかっ!! 俺に新聞の一面を飾らせる気か!」

「見た目だけなら、問題なし」

「てめぇ、ぶっ殺すぞ」

 

 どうぞ。アイツをやっちゃってください。

 

「ねえ、金ちゃん、さっきから金ちゃんを呼んでる人がいるよ。松――」

 

 窓を開けて飛翔する。

 俺は鳥。鳥なんだ。

 与一辺りは、人間は飛ぶことを拒み歩き続くことを選んだんだとか言いそうだが、それは違う。

 人間はその気になれば飛べるから、歩いているだけなんだ。

 だから、俺は飛べる。

 

「無理だったっーー!!!」

 

 人間は空を飛べません。

 

 …………

 

「与一~、何とかして」

「気持ち悪い声を出すな。それと無理な相談だな。松永燕、あれは弓兵の俺ではどうしようもなさそうだ」

「いや、そこはコソコソ、隠れて暗殺とか」

「お前、ホントに疲れてるんだな」

 

 昼休みになり、屋上で与一とだべっている。

 窓から落ちたという事を良い訳に、午前中の授業を保健室で過ごし、襲撃を回避した。

 そして、今は昼休み。

 屋上なら出入り口は一つで、逃走経路は無数にある。いざとなったら、与一を囮に使おう。

 そういう事で、今俺たちはここにいる。

 

「ん?」

 

 屋上の扉が開いた。

 俺は全神経に指令を出す。逃げる準備を整えろと。

 

「なんだ、二人で昼の弁当か?」

「直江か。危うく全力で与一を投げつけるところだった」

「「おい!」」

 

 二人からツッコミが入ったが、正直俺はそれくらい切羽詰まっている状況だ。

 

「お前、今日はホントに変だな。急に窓に向かって飛び出すし」

「金時、俺たち人間は飛ぶことを拒んだ種族なんだぜ?」

「俺の予想通りとは与一は分かりやすいな。そして直江はなぜ胸を押さえている」

「コイツは俺の同類なんだってよ。世界の特異点同士と言う訳さ。コイツの仲間が言っていたぞ」

「な~る、要は中二病だったわけね。良かったね卒業出来て」

「ああ、与一を見ていると心の底から思うよ」

 

 中二病と元中二病……類は友を呼ぶって奴だな。

 

「じゃあ、そんな中二な直江君に一つ助言を頼みたい。クラス内で軍師なんて呼ばれちゃってる直江君、とある人物を排除したいんだが、どうすれば良い?」

「何か引っ掛かる言い方だな」

「いやいや、普通軍師とかありえないから。与一が闇の眷属とか言ってるとの同じくらいのレベルだから。さすがは元中二病、感覚が常人のそれを超えている」

「俺は闇そのものだがな」

 

 はい、与一君はしゃらーぷ。

 

「冷静に考えれば、確かにそうだ。気づかなかった……」

「ま、直江の中二は置いておいて、どうすればあの松永燕を屠れるかを」

「金ちゃん、私をそんな風に言うなんて、お姉さん悲しいよ」

 

 まさかだろう。

 俺たちは屋上のフェンスを背にしているんだぞ。

 それなのに背後から声が聞こえるとかありえないだろ。

 

「なっとー!!」

 

 まさかの背後からの奇襲。

 フェンスを跳躍し、俺たちの前に降り立つ。

 太陽を上手く利用して、下着が見えないようにした辺りはさすがと言うべきか。

 直江の落ち込みが顔に出ている。

 

「終わった……世界の終焉だ」

「お前、どんだけこの人の事嫌いなんだよ」

「まさか、そんなに嫌われていると思わなかった……冗談じゃなくて、かなりショックだよ」

「坂田と松永先輩は知り合いなのか?」

「いや、初対面です」

「幼馴染なのー。昔は一緒によく遊んだよね」

「おそろしくかみ合ってない」

 

 かみ合う訳ないじゃん。

 

「金ちゃん、久しぶりだね。なんかすっかり大きくなっちゃって。うん、合格点を上げる」

「できれば会いたくなかった。あと、人の家に勝手に侵入して納豆を置いて行くな」

「あれは、ちょっとしたお茶目だよ。ちゃんと持って帰るから、今日金ちゃんの家に行くね」

「まさか、人の家に来るための要因を自分で用意するなんて……」

「ふっふっふっふ、私は策士なり~」

「笑い方は坂田に似てるな。どことなく雰囲気も」

「直江、辞世の句は詠んだか? 今なら一瞬で楽にしてやろう」

 

 なんて暴言をはくんだ。俺の人生でワースト3に入る屈辱。

 

「金ちゃん、暴力はいけないよ。はい、松永納豆を食べればその怒りも忘れるから」

「うっ。ふざけんなよっ!! 捨てろ、それ」

 

 一気に距離を取る。

 コイツが納豆を持つと危険でしかならない。

 

「ごめんね。別に悪気が有ったわけじゃないんだ。納豆しまうね」

「おい、坂田、あまりそう言う態度は良くないんじゃないか? 先輩だってお前のことを思って」

 

 お、まさか燕がしゅんとしただけで、落ち込んでると思っているのか?

 直江、お前はにも分かっていない。

 腹が真っ黒、身体は納豆で出来ている燕は色々と腐っている。一番は頭。相手を騙すなんてのは十八番なわけよ。

 

「与一、教室に戻ろう」

「ああ」

「もー金ちゃん、冷たすぎー!!」

「昔とは違うんだ。だから、なるべく話しかけないでください。ホントマジで」

「そんなに私の事嫌い?」

「納豆を押し付けるところがかなり。嫌がらせのレベル。好きになる要素がない」

「おい、失礼だろ!! 久しぶりに会ったのに」

「直江、お前は知っているか? 大好きなものがすべて納豆まみれにあの残酷さが。目の前の食事がすべて納豆料理に変わるんだぞ? 軽く死にたくなる」

「う、それは……」

 

 直江も理解してくれたようで何よりだ。

 

「もう、昔みたいなことはしないよ。あの時は私も子供だったからね。ついつい自分の好きなものを他の人にも食べてもらいたくなっちゃったんだ。もうしないよ」

 

 真剣な顔で言う燕だが、そう簡単に信じられる訳もない。

 俺の誕生日。最高級の秋田産のかまぼこが納豆まみれになったことを俺は今でも覚えている。あの時の絶望感は半端でなかった。

 あのかまぼことはもう出会えないんだぞ。一期一会なんだ。

 

「俺はアンタを信用しない。かまぼこを返せ」

「む~ごめん、ホントごめんね!! こうなったら私がなんでも奢っちゃうから!!」

「最高級のかまぼこ、一年分」

「おい、それは俗物すぎるだろ」

「与一、それくらい俺の悲しみは深いんだ」

「私も一年はちょっと……」

「じゃあ、仲直りは無しの方向で」

「む~イケズ~」

 

 まあ、一年は冗談としても、燕に何かを任せたら、絶対納豆が絡んでくる。

 俺の知っている燕はそう言う人間。ここ何年かでどう変わったかは知らないけど、俺の知ってる燕はそうなのだから仕方がない。

 

「じゃ、ここでは全く関わり合いのない他人という事で。与一行こう」

「……金ちゃん」

 

 直江がいるし、燕は無駄に元気だから大丈夫だろう。

 ハァー女々しい感じだな。でもなー、毎日納豆は嫌だからな。こればっかりはどうしようもない。

 

 ……

 

「金ちゃん、勝負しよう」

「さっき別れて、すぐに来るとか、マジないわー」

「そのあれを見るような目は止めてくれないかな? お姉さん泣いちゃうよ」

「泣き叫べばいいんじゃない? それを携帯で取ってネットにアップするから」

「ひどっ」

 

 教室に戻った後、直ぐに燕はやって来た。

 もう止めてもらいたい。

 さり気に人気者な燕が超人気者の俺の下に来るとなると、色々と騒がしくなってしまう。

 

「断じて、金太郎は人気者じゃないから。くー川神水が美味い」

「人の教室までやって来て、さらにはさらっと人の考えてることを読むの止めてくれない?」

「なんか、私が空気扱い」

「今、愛しの弁慶さんとラブラブ中なんで、どっか行ってくれません?」

「ラブラブ?」

 

 弁慶さん、そこは空気読んで!! お願い。

 

「金ちゃんの彼女さん?」

「そうそう」

「んーそこまでは行ってないかなー」

「弁慶を信じた俺がバカだった」

「まあ、仲は良いのは事実」

「ふーん……あの武蔵坊弁慶と親しい関係か、やるねー金ちゃん」

 

 なーんか、変な事を考えているな。

 コイツがこう言う顔をする時は、大抵悪だくみを考えている証拠。

 

「で、勝負って何? やだよ、面倒だし」

「聞いておいて断るって酷い話だよね」

「金太郎、最低~」

「弁慶さんは川神水でも飲んでて」

「んー」

 

 川神水を注ぐとくいっと一気飲みして倒れた。

 そのまま机の上で寝ていてね。

 

「そうやって弁慶を落としたんだね」

「あ、俺、弁慶を届けないといけないんで、さよならー」

「ちょいっとお待ち」

 

 俺が弁慶を背負って横を通り過ぎようとした時、燕に道を塞がれた。

 

「ヨンパチ!! 松永先輩がいっぱい写真撮らせてくれるってさ!!」

「何ぃぃいいい!!! 良いのか? やっほー!!」

 

 2-Fのパパラッチ、福本育郎。みんなからはヨンパチと呼ばれている。

 彼は女性を追い求めるある意味美の探究者。まあ、大抵は下着の盗撮とか犯罪行為が多数を占めているけど、川神なら良しとされる。

 

「後輩の期待に応えるのも先輩の仕事ですよね?」

「金ちゃん、随分と強かになったね」

「年上に性格のおかしい人が居たんで、その所為じゃないですか?」

 

 カシャ、カシャと写真を取られているので、ポーズを取りながら器用に話す燕。

 なぜか、ウルトラ○ンのようなポーズがあるけど、好きなのか?

 

「じゃあ、写真会を続けてください」

「せんぱーい!! ちょっと軽く回ってもらえませんか?」

 

 パンチら狙いなのが露骨に分かるが、燕は期待に応える。さすがはアイドル。

 

「おいおい、弁慶さんをおんぶなんて羨ましすぎるぜ」

「泣くなよ」

「こうでもしないと、俺様はお前を殺してしまいそうだ!! その背中に夢一杯を感じてるんだろ?!」

 

 いつもモテたい、モテたいと言っている島津岳人。そのために鍛えた体は無駄にマッチョだ。

 黙っていれば、モテそうなものだが、ヨンパチと同様にエロい。

 エロいだけならまだしも、欲望に忠実なため、そう言った発言を往来で言ってしまうため、女子からの人気はそれほど高くない。

 わりと男らしいから、葵冬馬に薦めておこう。

 

「男の背中は夢を背負うもんだぜ?」

「無駄にカッコいいこと言ってるけど、その現実を目の当たりにすると最低だよね」

「さすが、ツッコミモロ男」

 

 師岡卓也。ガクト曰くムッツリスケベ。

 このクラスでも貴重なツッコミ担当。

 

「それにしても、お前、松永先輩と親しかったんだな」

「翔一、それは勘違いだ。親しくもなんともない。小さい頃、家が近かったと言うだけ」

 

 ガクトやモロ、さらには直江などが所属しているグループ、風間ファミリーのリーダー。

 自他共に認める自由人で、思い立ったが吉日を地で行く男だ。

 

「あんな美人と知り合いとか、羨ましすぎるぜ」

「ガクトだって、一子とか椎名とか知り合いにいるじゃん」

「京は大和一筋だし、ワン子はマスコット的なキャラだ。俺様はもっとぼんきゅぼんが良い」

「ガクトは理想が高いよね」

「モロ、男なら常に理想を高くだろ。ああでも、彼女欲しい」

「羽黒とかで良いじゃん。アイツも男に飢えてるし。やったね相思相愛な関係」

「俺様は人間の彼女が欲しいんだっ!!」

 

 ガクトがそう言うと、遠くの方から「超失礼系なんですけどー!!」と聞こえてきた。

 まあ、確かにそうなんだけど、ただお前のメイクは濃すぎるぞ。普通にすればいいのに。

 

「む~~」

 

 弁慶さん、吐くのは止めてくださいよ。

 それとガクト、股間を押さえるな。

 

「ああ、なんて色っぽい声。金時、俺と代わってくれ!!」

「さすがにお前に友人を預ける気になれないな」

 

 ホントに何するか分からないから。

 

「なら、せめて松永先輩を紹介してくれ!!」

「どうぞ、自己紹介でもなんでもしてくれ。俺は関係ない」

「お前、何かあったのか? 人辺り良さそうな先輩なのに」

「翔一、世の中見た目と中身が違うなんてよくある事さ」

「それは分かる!! モモ先輩とかその最たる例だからな」

「ほーう、ガクト、それはどういう意味だ?」

「も、モモ先輩……」

 

 武神が降臨なされた。

 なんでこうも後輩の教室に来るんだよ!!

 しかもなぜか直江がグロッキー状態で捕まっている。

 ああ、なんかもの凄く親近感がある。昔の俺を見ているようだ。

 

「ほら、言ってみろ。私の中身がなんだって?」

「そ、そりゃあ、素晴らしいなって思うだけですよっ」

「嘘はいけないぞ♪ お仕置きだ」

 

 その後、ガクトは星になった。

 

「成仏しろよ」

「死んでねぇよ!!」

「なんてタフガイ。あの攻撃を受けてその程度で済むなんて。アバラ粉砕コースだぞ」

「ふんっ、普段から殴られ慣れているからな」

「自慢するところじゃないから」

 

 きっとサンドバック代わりなんだろう。不憫な……。こいつも与一と同じか。

 

「強く生きてくれ」

「そんな憐れんだ視線を向けるなっ!!」

「そんな事より、まさか燕の気になる男の子が、お前だったとはな」

 

 なんか目を付けられた。

 

「俺と松永先輩は今日初めて会った仲ですよ?」

「金ちゃん、嘘は良くないな~。私と金ちゃんの仲は相当深い関係だよ」

「ちっ」

 

 写真撮影が終わったのか。無駄に話し過ぎた。

 

「露骨な舌打ち!?」

「つ、燕、本当に仲が良いのか?」

「良いよ!!」

「納豆の食べ過ぎで、とうとう頭まで腐ったか」

「酷すぎるよっ!! ってこれくらい冗談を言えるくらいの仲かな」

「へー」

「せめて否定をしてくれる優しさが欲しいかな」

「ほー」

「モモちゃん!! 金ちゃんが苛めるよ~」

 

 耐え切れず武神に泣きつく燕。

 それをよしよしと撫でる武神の顔はなぜかとても嬉しそうだった。

 

「私の友達を泣かせる奴を許すわけには行かないな~」

「へー」

「む、ホントつれない奴だな。ちょっと勝負くらいしてくれても良いじゃないか」

「俺、武人じゃないんで」

「ワン子を倒しておいてよく言う」

「「マジ!?」」

 

 ガクトとモロが反応した。

 

「ワン子が嬉しそうに教えてくれたぞ。成長した感じがしたって」

「それは一子の元々の力ですよ。こういうのは先輩の役目でしょうに。俺にかまけている暇が有ったら妹さんの特訓でも手伝っていれば良いんじゃないですか?」

「う、それを言われると姉としての立場がないが……」

「ホントに金ちゃん、逞しくなったよね。昔は私が付いてないとダメだったのに」

「ナチュラルに過去の捏造をするのをやめてくれません? 俺はむしろ逃げてばっかりだったから」

「燕は弟分に嫌われていたんだな。私を見習え。大和はこんなに懐いているぞ」

 

 グロッキーでぐでんぐでんになっている人間を懐いているとは言わない。

 

「直江、お前相当なMなんだな。尊敬するよ。年上キラーという名誉ある称号をあげるから、燕のことも落としてくれない? そして宇宙に旅立って」

「まさかの地球追放!?」

「というか、燕先輩の都合もあるだろう」

「とか言いながら、すでに松永先輩から燕先輩に呼称が変わってるし。さっき別れたほんの少しの間で中を発展させたか。さすがだ。その調子で頑張って。椎名なら、きっと一夫多妻制を許してくれる」

「いや、たぶん京なら――ごふっ」

 

 ガクトが何かを言おうとした時、また星となった。

 正確には黒板消しがこめかみに当たって倒れただけだけど。

 

「私は大和の後ろを付いて行くだけ。病んだりはしないよ」

「京の場合、ストーカーだよね」

 

 モロが冷静なツッコミを入れたが、特に何もされなかった。

 

「俺様とモロの扱い差を感じるんですけどっ!!」

 

 まあ、ガクトは殴られキャラなんだろう。

 

「というか良いんじゃないか? 大和はモテるし、一夫多妻制なら万事解決じゃね?」

「キャップ、それをすると俺様やモロのようなモテない組が女を手に入れる可能性が極端に減る事になる」

「ならモロとくっつけばいいじゃん」

「「いやだよっ!!」」

 

 息は合ってる。お似合いじゃない?

 

「じゃあ、やはりここは直江争奪戦を行うしかない。参加者は相手を倒すあるのみ」

 

 これで体よく燕が排除されることになる。

 武神相手なら、グッパイだろう。というか、ここは本気で武神に頑張ってもらいたい。

 

「モモちゃん相手に大和君を取り合うのは面白そうだけど、私はパス。まだ大和君とは知り合ったばかりだしね」

「燕は強制参加でしょ。武神と戦って散ってくれ」

「さり気に最低な事言ってるよね、金ちゃん。なら、金ちゃんが私と戦おう」

「俺にホモの気はない」

 

 何をとち狂った事を言うんだ?

 

「そうじゃないよ。金ちゃんはどうしても私を屠りたいみたいだからね。まあ、大半が私の所為だし、しょうがないんだけど、やっぱり、幼馴染と仲直りはしたいな。だから、恨みっこなしで勝った方が負けた方の言う事を聞くって事で」

「武人じゃない俺に武人の燕が勝負を挑んでくる時点で不公平だよね。しかも恨みっこなしとか普通に無理。ハンデを要求する。燕は手足を縛った状態で勝負」

「いや、さすがにそれはハンデを負いすぎだろ」

 

 武神は黙ってろ。

 もしこれに勝つことが出来れば、燕を俺から遠ざけることができる。

 卑怯もクソもないわ!!

 

「勝つためには手段なんて選ばない」

「うわ、なかなか最低なこと言ってる」

「モロ、黙らないと女装させてガクトとデートさせるぞ」

「やだよっ!!」

「俺様はありかな」

「「ガクト……」」

「じょ、冗談だって!! 本気にするなよ」

 

 全然冗談に見えないんだけど。

 

「じゃあ、私が審判を行う。まあ、これは決闘ではなくただの遊びだから、松永の燕としても問題ないだろう」

「ありがとね、モモちゃん」

 

 燕のウインクでクラスに歓声が起こる。なーぜー?

 

「いや待て……燕が武神とくっつくというのもありか!!」

「私としては望むところだが、なぜその結論に至ったのか――まあ、良い。とりあえず燕と金時で勝った方が負けた方のいう事を一つ聞くという事で」

「金ちゃん、えっちな事はダメだよ」

「ハンデは?」

「スルーは酷いよっ」

 

 実はバカだろ。

 

「そうだな、私としてはハンデなんて必要ないと思うんだけど」

「俺、一般人、あっち武道家、普通、ハンデある!!」

「なんで片言なんだよ。まあ、そうだよな。金時は武術をやってないって事になっている訳だから、それで燕が倒しても、ただの苛めにしか見えないか――どうする燕?」

「んー……ちなみに金ちゃんの望みは?」

「武器なし。その腰に付けている怪しげなものは没収。納豆はゴミ捨て場にボッシュート」

「捨てないよっ!!」

「でも、そこら辺が打倒だな」

 

 というか、納豆を武器として使われたら、勝ち目なんてない。

 速攻退却する自信がある。

 

「うーん、不確定要素がある戦いはしたくないんだけど……ま、いいか。金ちゃんにお姉さんの強さを見せてあげる」

「じゃあ、放課後、私の立会いの下勝負を開始する。しないとは思うが、反則行為を行った場合、私が介入するぞ」

「具体的に反則行為って何? あ、ちなみに納豆は武器だから、使ったら速攻で燕の負け」

「まあ、事前にフィールドに仕込みをするとかくらいか」

 

 ちっ、考えていたことが封じられてしまった。さすがは武神。俺の二手三手先を読んでいる。

 

 

 



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第8話 決着と話し合い

 

 放課後。

 俺たちは川神学園から離れた河川敷に居る。

 変に目立つのは、俺も燕も望むところではないので、こうして学園の生徒がいないところで戦う事にした。

 観客は話を聞いていたメンバーの数人だ。

 

「二人とも準備は良いか?」

「私はいいよん。久しぶりの触れ合いだね。堪能させてね♪」

「気色悪いわっ!」

 

 燕は変なポーズを取ったまま、ウインク攻撃。まずは精神的に攻めてくるということか。さすがは腹黒。

 ただ、油断していると一瞬でやられるから困る。

 今朝の戦いが燕の実力の何%だったのか……できれば、80%以上でお願いしたいところだ。私には変身が後二回残っているとか言われたら勝ち目はない。

 

「それでは……始めっ!!」

「なっとーう!!」

「うざいわっ」

 

 開始と同時に接近。

 向こうから来てくれる分には好都合だ。

 ただいちいち納豆を叫ばないで欲しい。

 気分が悪くなる。まさかそれを狙っての事だろうか? 

 さすが燕だ。人にできないことを平気でやってのける。

 

「ほい」

 

 右のジャブ。

 最初は様子見か。

 拳にそこまでの速さはない。

 俺が避けやすいように右肩を狙っている。ご丁寧に視線をそこに集中しているから、避けるなんて造作もない。

 

「金ちゃん、避けるの上手くなったね」

「お前は、変態になったな。スカートで戦うとか、ないわー。蹴りをしたら、下着丸見え」

「ふふーんだ。そう簡単には見せてあげないよーだ」

 

 とか言いながら蹴りをみまってくる。

 ただ蹴りが恐ろしく速くてスカートの中を確認することはできない。。

 スカートの中に目が行っていると、攻撃を食らう寸法か。やるな、男心を的確に利用してくる。

 

「お前のパンツなんて見たくないわっ!!」

 

 だが、甘い。

 俺の周りには、超絶美人の清楚先輩、色気あふれる弁慶、普通に可愛い義経。

 弁慶さんの下着なんて何度見たと思ってるんだ。

 いまさら燕のパンツなど、どうという事もない。

 見るなら清楚先輩の方が良い。

 

「私は見たいぞ。燕、足を大きく振り上げろ~」

 

 なんか審判から変な応援が聞こえたが、それは置いておこう。

 とにかくこの攻撃を捌かないと。

 

 左右のワンツーからの上段蹴り。

 それを上体を逸らして躱すと踵落としの追撃。

 大きく後ろに後退すると、距離を詰めてまた連撃。

 ボディーは狙わず、手足に攻撃が集中している。

 ダメージを蓄積させて、動けなくする作戦か。

 納豆のようにネバネバ陰湿な奴。

 

「金ちゃんからの攻撃がないよっ!!」

「燕の汚いパンツが目に入って、今心のケアに忙しいの」

「それセクハラだからっ!! ちゃんと毎日洗ってるもんっ!!」

 

 燕の攻撃に熾烈さが増した。

 ただ、速さが増しただけで、攻撃一発の重みは変わらない。

 今までのやり取りで俺の力を大体予想したのだろう。明らかに加減されている。

 バカめ。初めからフルスロットルでやる人間がどこにいる。

 強い人間と戦う時は緻密に作戦を立てていくくせに、相手の力量が自分よりも大きく下だと油断するのがお前の弱点。伊達にお前から逃げ続けていたわけじゃないことを教えてやる。

 油断している上に舐めきっている状態だ。カウンターが狙いやすい。

 

「しまっ――」

 

 わざとらしく驚いた表情。

 燕の無防備に繰り出された右ストレート。

 投げてくださいと言わんばかりだ。

 これは完全に罠。

 燕は戦闘力はもちろんだけど、一番面倒なのは性格の悪さだ。

 相手の嫌がることさせたら右に出る者はいない。

 だから投げてと言わんばかりに差し出されたこの右手を投げるわけにはいかない。

 投げる瞬間に何かしてきそうだし。

 

「投げると思った? はい、燕、ざんねーん!! お前の乙女としてプライドはこれで終わりだっ!!」

 

 おそらく俺が投げの態勢に入ったところにカウンターを入れる気だったのだろう。

 お前の考えなど、お見通しだ!!

 懐に入らせたことを後悔させてやる。

 

 足運びを上手く利用して、懐から燕の背後に回り込む。

 こういう時に舞の歩法というのは役に立つ。

 で、背後に回った俺は、燕に抱き着くわけだ。変な意味ではなく。

 身体を反るようにして燕を持ち上げ、燕を放り投げるように後方に倒れ込む。

 

 バックドロップ。

 

 プロレス技こそ、正義。

 弁慶も良く使う。

 

 ハッハハ、スカートで戦闘なんてふざけた真似をしたお前が悪い。

 観客の皆さんに見てもらうんだな。

 ドゴォンという音が辺りに鳴り響いた。

 器用に受け身は取っているみたいだから、ダメージは少ないだろうけど、問題はそこじゃない。

 

「き、金ちゃん、私の負けで良いから、は、早く放してー!!」

「久しぶりの触れあいを堪能したいって言ってたじゃん。じっくり堪能してくれ」

「これじゃ、スカートの中見えちゃうよっ」

 

 実際見学に来ていたガクトとモロが前かがみ。

 燕が必死に手で押さえているから、見えてはいないだろうけど、見えそうで見えない方が興奮するんだとガクトが公言していたから、こっちの方が良いだろう。

 

「けしからん、実にけしからん、態勢だな!!」

「ち、ちょっと審判っ!! 私の負けで良いから、金ちゃんに止めるように言ってっ!!」

「……しょうがないなー。勝者坂田金時ー。さ、燕を放せ。私の脳内フォルダーには鮮明に保存したから、これ以上敗者を晒すような真似はするな」

 

 興奮しているアンタが言うな。

 

「……うう、私汚されちゃったよ~」

「ブルマ履いてたくせに汚されたも何もないだろ」

「乙女のスカートの中を覗いておいて、そう言うこと言うんだー」

 

 燕が冷たい視線を向けて来るが、非はお前にあるだろ。

 

「スカートで足を振り上げるとか、露出狂のそれだろ。乙女とかないわー。全国にいる乙女に謝れ」

「わーん、百ちゃん、金ちゃんが酷い事言う~!!」

「よしよし。まったく燕は美少女なんだぞ。苛めるな」

「じゃあ、先輩が慰めてあげてください」

 

 なんにしても、とりあえず俺の勝ち。

 ハンデが有ったとしても勝ちは勝ちなんだ。

 

「という事で、燕、勝利した俺が言う事はたった一つ」

「……近づくなとかは言わないで欲しいな。この負けて傷ついた心を抉るような真似は――」

「近づくな」

「鬼っー!!」

「あくまで納豆を持ったままではという話だ。まあ、納豆を常備しているお前だから、俺に近づくのは無理な話だな」

 

 ふぅー、悪は滅びた。

 俺の穏やかな日常は帰って来た。

 

「いいもん。なら納豆を持ってなきゃ良いんだもん」

「……まさか納豆まみれで近づく気か? なんて恐ろしい事を……」

 

 持たないで被ってくるとか、さすがに俺もそこまでするとは思わなかった。

 燕の納豆愛を舐めていた。

 ごめん、そこは謝る。

 

「どういう発想っ!? 普通に納豆を持たないって選択肢はないの?!」

「燕=納豆という方程式が成り立っている以上、それは無理」

「私は納豆が好きだけど、納豆じゃないよっ!! 乙女!!」

「全国の乙女に土下座してから、出直して来い」

「なんか、お前ら仲が良くて良いなー。私も混ぜろよ~」

 

 武神の目が既に納豆によって腐ってしまったらしい。

 あわれ。燕の被害者の末路か。

 九鬼にはきっといい医者がいるから、診てもらうと良い。

 

「なんだ、その残念そうな子を見る目は? 殴るぞ」

「いや、眼科でも行った方が良いと思いまして」

「よーし、その喧嘩買ったっ」

「燕、出番ですよ」

「ご飯ですよ、みたいに言わないで!! 金ちゃんが戦えば良いじゃない。私に勝ったんだし」

「ハァー、姉貴分を称していた燕さんが弟分が襲われそうになっている時に助けてくれないとか……がっかりだわー」

「ここでそれを言うなんて……」

「おねーちゃーん」

「ぐっ……勝負だよ、百ちゃん」

 

 燕が武神の前に俺を庇うようにして立ちふさがる。

 

「……お前の弟分、お前を置いて帰る気だぞ」

「え?」

 

 燕が振り返ると、そこに俺はいなかった。

 待たせている与一の下に行かないと。

 

「金ちゃん――カンバァァーーーック!!!」

 

 あーあ、遠くて聞こえない~。

 

 ◇◇◇

 

 燕と言う鬼を討伐した翌日、俺は非常に晴れた気分で学校に向かっている。

 

「弁慶、あまり飲みすぎたらダメだぞ。義経はきつく叱りつける」

「ごめんね~」

 

 この主従はホントにいつも通りだ。

 それをいつも通りだと感じられる程、俺の心は落ち着いている。それは非常に良い事だ。

 昨日までの俺だったら燕を警戒して、この光景も冷静に見れなかっただろう。

 

「与一、良いのか? お前のボス、マスコット的な位置にいるけど」

「知るか!」

「というかもうすぐ誕生日だね。プレゼントは純金の時計で良いよ」

「まず誕生日なのは俺たちで、お前は違うだろ。それと高校生にそんな高いもん要求すんな」

 

 やはり痛々しい発言がなければ、コイツはかなりの常識人。

 九鬼に用意させれば……みたいなことを言いそうな奴らに囲まれているというのに。

 

「そう言えば、お前、あの転校してきた先輩を討ち取ったらしいな」

「そう! そうなんだよっ!! 俺の安息は守られたんだ」

「お、おう……」

「ドン引きとか止めてくれる? 傷つく」

「お前が急にハイテンションになるからだろうが」

「金太郎ーきも~い」

「弁慶っ、そういう事は言ってはいけないと義経は思う」

 

 酔っぱらいめ、今度お前のちくわ全部食ってやるぞ。

 少しは義経を見習え。

 

「皆~」

 

 後ろから聞きなれた声が。

 あの声の持ち主は清楚先輩しかいない。

 怒ると怖いけれど、平常時はやっぱり癒される。

 

「やっほー」

「清楚先輩、ちわっす」

「ねぇねぇ、私には?」

「清楚先輩、御払いに行った方が良いですよ。背後霊が居ます」

 

 清楚先輩の後ろに、悪霊が居た。

 昨日討伐したはずなのに、図々しくも清楚先輩と自転車の二人乗りなんて……。

 

「金ちゃん、おはよー」

「…………」

「納豆は持ってないよん~」

「…………」

「せめて、会話してくれると嬉しいな」

「さよなら」

「酷いよっ! 清楚、金ちゃんが苛めるよ~」

 

 なんかこんな光景を昨日見た気がする。

 

「金君、燕ちゃんを苛めちゃダメだよ、め!」

「め!」

「……ハァー。おはようございます松永先輩」

「昔みたいにつーちゃんって呼んで欲しいな~」

「ごめんなさい。俺のしょぼい記憶だとそんな記憶がないようです。優秀な松永先輩の脳と違ってそんな過去はないんです」

「あーもう許して~!! 燕で良いから、その堅いしゃべり方やめて~」

 

 しゃべるのを止めるという選択肢が必要なんだけど。

 

「金君、燕ちゃんを苛めすぎだよ」

「俺が小さい頃、コイツにどれだけ苛められたか知ってますか?」

「でも、同じことしたら最低の人間になっちゃうよ」

「燕、お前、最低の人間だって」

「せ、清楚まで……」

 

 地面に手を着き、どよーんという言葉が疑似的に見えるくらい落ち込んでいる。

 清楚先輩、ナイス。

 

「つ、燕ちゃんっ?! 別にそう言う意味じゃ……」

「さすが清楚先輩。もっと言ってやってください」

「金君っ!!」

 

 とりあえず燕は放置で学校に向かう。

 どうせ、すぐなっとーとか言って復活するし。

 

「なっとー!!」

 

 単純な奴。

 これでも昔は少しばかり憧れもしたんだけどな。

 納豆の所以外は基本的にハイスペックだったし。

 まあ、そのプラスの点をすべてダメにするほどの納豆なんだが……。

 

 そういえば、藍○惣右介も言っていたっけ。

 

『憧れは理解から最も遠い感情だよ』

 

 確かにそうかもしれない。

 燕に憧れるなんて、とち狂ってしまった小さい頃の俺。たぶん、燕という存在を理解できずに、でも、理解できなかったからこそ憧れたんだと。

 精神的に大人に近づいた今の俺なら分かる……自分はバカだったんだと。

 

「金太郎~、おんぶ~」

「なぜに、酔っぱらう程飲んでしまうのか? そろそろ自分の限界を理解してくれない?」

 

 俺の周りの女の子って、致命的な欠陥を抱えている奴が多い。

 なぜだろうか?

 

「むー、金ちゃんと弁慶って良い感じだね」

「まあ、少なくとも燕よりは親しい関係だよね」

「おぇ~」

 

 色々と台無しなんですけど……。

 これで本当に吐いていたら、川に放り込むところだった。

 

「親しい関係?」

「……親しい関係」

 

 ちょっと自信がないけど、燕と比べれば皆親しい関係。

 

「取りあえず、姉御が女として終了しないために、学校に向かおうぜ」

 

 与一、やっぱりお前、良い奴だよね。

 

 

 ◇◇◇

 

「義経たちの誕生日会? なんでまた?」

「うむ! 三人揃って祝った方が盛大に盛り上がるであろう?」

 

 いつも元気なチビッ子、紋々が人のクラスに押しかけて来た。

 なんでも義経たちの誕生日会をしたいらしい。

 

「義経あたりは気を遣うだろうし、与一の不参加は目に見えている。まあ、弁慶は川神水とちくわだけあれば何でもいいんだろうけど、俺はやらないことをお勧めする」

 

 いくら偉人のクローンだからって、他の生徒にはあまり関係ないだろう。

 誕生日会なんて学校で行うなら、許可とそれなりの費用が掛かる。

 その掛かる費用を九鬼で負担するのであれば参加者も増えるだろうが、それなら学校で開催する必要はない。

 逆に九鬼の介入をさせずに、費用を生徒側で負担するなら参加者は多くはならないだろう。

 高校生の小遣いにそれほど余裕があるとは思えない。

 参加人数が少なければ、費用も捻出できないのでパーティーという程のものにはならない。

 なら、与一の部屋に集まってどんちゃん騒ぎした方が面白いと思う。

 

「であるか……。まあ、金時がそう言うなら仕方がないな」

 

 お前の中で俺は一体どれだけの人間なんだ?

 もしかして俺ってかなり尊敬されてる?

 ならもう少し敬われても良いと思うんだけど……。

 

「まあ、与一の部屋で騒げばいいさ。プレゼントなんかも、知らない奴から貰うより、知っている奴から貰った方が良いだろ? パーティーなんて見知らぬ奴が多ければ多いほどつまらないもんさ」

 

 ぶっちゃけ、義経たち関わりがある奴なんて、俺を除けばこのクラスに数人。

 義経たちが在籍するS組だって、親しくしている奴らなんて殆んどいないだろう。

 そんな中で誕生日会なんて開催されても、どうしたらいいか分からなくなるじゃないか。

 

「いや、そうとも限らないだろ」

 

 急に話に入ってきた男。直江大和。

 俺はコイツにかなり期待している。燕をどこか別の土地に連れて行ってくれるんじゃないかと。

 

「おっと、これはこれは年上キラーの直江君。とうとう、紋々にまで手を出す気か? さすが軍師。守備範囲の広さは凄いな」

 

 さすがに紋々にまで手を出すようなら、色々と考えないと行けない。

 紋々の弁では18歳とか訳の分からないことを言っているけど、それだと兄である英雄よりも歳が上になるから。

 見た目は小学生程度。

 そこに高校生が手を出したらいかんでしょ。

 Sクラスの禿は出しそうな気がするけど……。

 

「変な言い方するなよ。それと、誕生日会、良いんじゃないか? 皆でワイワイやれれば楽しいだろうしさ」

「じゃあ、良いんじゃないの?」

 

 いや、楽しいなら良いけどね。

 でも、コイツすげぇな。自分に全く関係ない人間のパーティーでどうやって楽しむ気なんだろう?

 社交性が高いとかそう言うレベルじゃないと思うんだけど。

 

「なんだ、金時よ。さっきと言っていることが違うではないか」

「いや、俺はあくまで自分の意見を言っただけだし。紋々の事だから、九鬼の力を借りないでやりたいんだろ? なら学生側の負担は大きくなる。お金の面とか。規模を大きくすればするほど、学生じゃきついぞ。それにこれはさっきも言ったけど、知らん奴がいっぱいいたら、楽しめないんじゃないか?」

「費用面ならなんとかなると思う。熊ちゃんとか、料理研究部に協力してもらえば……」

 

 熊ちゃん。

 このクラスで一番のグルメ家で、グルメネットワークなるものを持っている。

 簡単に言えば名産品と名産品の交換していろんな美味しい物を食べようとものだが、それにしたってそれなりの負担は出るだろう。

 料理研究部にしたって、材料費はただではないんだ。ケーキとかだけなら問題ないんだろうけど、他の料理まで振る舞うとなると結構な額になってしまう。

 それを負担させるのはさすがに拙いだろう。部費でおちたとしても。

 

「いや、それは拙いな。明らかに負担する人間が偏ってしまう。善意の協力というのは嬉しいが、それでは押し付けにしかならない」

 

 紋々、さすがは聡明。

 いつも偉そうにしているけど、ちゃんと他人の事を考えてあげられる優しい心を持つ幼女。

 

「紋々、やっぱ考え方は大人だよね」

「フハハハハ、我は九鬼ぞ!!」

 

 うん、そのうざい笑い方はまさしく九鬼だよ。

 

「俺の知り合いの伝手を使えば、材料とかは結構安く仕入れられると思うんだ。人数を確保できれば、一人500円くらい徴収するだけで何とかなると思う」

「余ったお金の処理はどうする気だ? ピッタリ使い切れると限らんだろ」

「そこは料理研の部費の足しにでもしてもらえばいいんじゃないか?」

 

 それは良いのだろうか?

 不当なお金は部活の予算を出す際に問題になるぞ。

 

「開催場所は?」

「ここの講堂を使わせてらえば良い。今から掛け合えばなんとかできると思う。そういう交渉は得意だからね」

「うむ……金時、どう思う?」

「良いんじゃないの? まあ、与一が参加するかは分からないけどさ」

「そこは坂田にお願いするよ。お前は与一と親しんだろ? 声を掛けてくれないか?」

「別に良いけど……」

 

 あいつ、極度の人見知りだぞ。

 騙して連れて来るしかないか? 

 でも、そんなことしたら、たぶん誕生会の間、ずっと不貞腐れている気が……。

 まあ、いいか。なんか好きなもんでも作ってやれば。

 

「うむ、行けそうだな。全責任は我が取ろう! 直江、金時、頼んだぞ」

「え、俺って何かすんの?」

「金時の料理はギガ美味だからな!! 我も期待している!」

 

 ギガとか死語じゃね?

 まあ、後輩の頼みだし、直江が仕切ってくれそうだから、大丈夫そうだけど……ホントに大丈夫か?

 

 義経たちの誕生日、明後日なんだけど……。



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第9話 誕生日

2話続けて投稿します。


「はい、卵焼き完成!」

「次は何か中華なものをお願いします」

「断るっ!! 俺は卵料理に精を出す」

 

 一心不乱に卵を焼く。

 目玉焼き、卵焼き、スクランブルエッグ。

 かに玉。オムレツにオムライス。

 もしかしたら、今日中に卵料理の究極に至れるかもしれない。

 後は茶碗蒸しとかゴーヤチャンプル……そしてプリン。

 

「金君、杏仁豆腐がないよ」

「清楚先輩、残念ながら杏仁は卵じゃないんですよ」

 

 俺の横で妙なプレッシャーを掛けてくるマフィア。

 今回の誕生日会で一人だけハブられ、やさぐれてしまった結果、俺の補佐として調理の手伝いをしてくれている。

 補佐ってお手伝いさんの事だと思っていたんだけど、実は違う。

 料理人に余計な負担を掛けて、無駄に追い込むの人の事を言うみたい。

 

「前に、杏仁豆腐を作ってくれるって言ったのは誰かな~」

「与一じゃないんですか?」

「あ、あんな所に納豆が」

「喜んでつくらせて頂きます。もうバケツ一杯作ってあげますよ」

「そんなにはいらないかな。太っちゃうから」

 

 たぶん貴女は太りません。

 そう言う物とは無縁の身体だと思います。

 清楚先輩に煽られながら料理をセコセコと作っていく。紋々の所為で料理研に混ざって大量に作らされているため、なかなかに疲れる。

 そこに清楚先輩という邪魔な存在が監視としているため、逃げるに逃げれない。

 これで誕生会に参加できなかったら、キレるぞ。

 

「金君、弁慶ちゃんからの伝言なんだけど、舞をやって欲しいんだって」

 

 誕生日ってこんな辛いものだったっけ?

 俺の時は、超盛大にやってもらおう。

 やってくれるかな?

 

「あ、燕ちゃんだ」

 

 調理室の入り口付近に燕が見えた。

 

「清楚先輩、追い払ってきてください」

「そんなに嫌なの? 燕ちゃん、良い子だよ」

「先輩は自分に尽くしてくれるゴキブリを好きになれますか?」

「さすがにゴキブリと同じ扱いは酷過ぎるよ……」

「まあ、そこまでではないですけど、気分的にはそんな感じです」

「うーん、分からないけど分かった。会場の方も気になるし、燕ちゃんと一緒に見て来るね」

 

 清楚先輩を笑顔で送り出す。

 燕はこっちに来ようとしたみたいだけど、清楚先輩に強引に連れて行かれた。

 さすがだ。

 清楚先輩が本気になったら、誰も逆らえないんじゃないだろうか?

 

「杏仁豆腐頑張って作りますか」

 

 感謝の意を込めて精一杯の杏仁を作ろう。

 

 ◇◇◇

 

『義経、弁慶、与一、お誕生日おめでとうっーー!!!』

 

 義経は少し申し訳なさそうに、それでも嬉しそうに。

 弁慶は普通に手で会釈をする。

 与一はちょっと鬱陶しそうにしてたけど、素直に壇上に上がっているのだから祝われる気があるんだろう。

 

 皆からのお祝いの言葉を受けている三人を俺と紋々、清楚先輩……それと燕がテーブルを囲んで見ている。

 

「清楚先輩……」

「ほら、私燕ちゃんとも友達だから」

「そうだよー。私と清楚は友達♪」

 

 さすがに納豆は持っていないけど、正直気分はあまり宜しくない。

 

「ハァー」

「ぶーぶー。金ちゃんはこんな美少女とテーブルを囲んでいるのに何が不満なの?」

「清楚先輩の美人っぷりにはもう拍手喝采です。燕がいなければ言うことはなかった」

「がーん。即答された」

「うふふ、金君、ありがとうね。お世辞でも嬉しいよ」

 

 さすがは清楚先輩。大人な余裕がある。

 テーブルで突っ伏している燕とはえらい違いだ。

 

「さてと、じゃあそろそろやりますかね」

「今日は何を踊るの?」

 

 誕生祝だから、期待には応えようと思う。

 

「オリジナル。実はちょっと練習してたんですよ」

 

 一人でやるから、笛とか歌とかはテープになっちゃったけどね。

 

「へぇー楽しみ。金ちゃんが舞っているのをみるのは小学生の頃以来だから」

「あの時の俺とは違うってことを見せたるわ」

 

 あ、着替えに行かないと。

 クラウディオさんに衣装を持ってきてくれるように言っておいて良かった。

 

 ◇◇◇

 

「3人ともこっち、こっち」

 

 清楚が壇上から降りてきた三人を呼ぶ。

 

「ハァー、こんな人前にさらされるなんて、最悪だ」

「コラ、与一。ダメだろ、そんな事を言っちゃ。皆が義経たちのために頑張って準備してくれたんぞ」

 

 与一は不貞腐れているが、この場を離れるようなことをしない以上、義経の立場を気遣ってか、はたまたこの舞台を用意してくれた友人を思ってか、席に腰を下ろしている。

 

「そう言えば、金時の奴がいないが? あの野郎、どこ行きやがった?」

「金ちゃんなら、皆のために舞を舞うから、その準備に向かったよ」

「……というか、なんでアンタがいるんだ?」

「へへへ、私清楚とお友達なんだ。お呼ばれしちゃった」

 

 与一の目から警戒しているということが隠さず出ている。

 それもそうだろう。松永燕伝説と金時の多大なる誇張の話を聞かされたのだ、妙に信じ込みやすい与一は燕という存在をすでに人の領域から外している。

 

「あ、皆、舞台の幕が下りて行くよ」

「アイツ一人でやれんのか?」

 

 与一の心配は言葉だけであり、その顔に不安のようなものはなかった。

 普段の硬い表情は少しばかり緩んでいる。

 金時がどんな舞を舞うのか純粋に楽しみにしているようだった。

 彼は金時のファンなのだ。

 

「始まるね。金君の舞」

 

 清楚がそう口を開くと、幕があがり、室内の電気は消され、壇上だけを明るく照らし出した。

 

 ぽん、ぽん、ぽん

 

 太鼓の独特な音が聞こえて来る。そして、それに続くように、笛や琴の音も聞こえて来た。

 少しノイズのような音があるせいか、それが機械を使っているということは分かった。

 金時が事前に録音していたものを流しているということだろう。どんなに技量が優れていても、一人で何個も楽器を演奏することはできないのだから仕方がなかった。

 幕が上がりきると、面を付けた金時が舞台の中央で構えを取って待っていた。

 

「義経の知らない曲だな。弁慶は聞いたことあるか?」

「いや、ないかな。与一は?」

「さあ?」

 

 金時と親しくしている三人が揃って首を傾げる。

 初めて聞く曲だった。

 

「ふふふ」

 

 三人が不思議がっていると、清楚が急に笑い出す。

 なんだと視線で伺うと、その理由を教えてくれた。

 

「今回は金君のオリジナルなんだって。3人のために練習してたみたいだよ。素敵な誕生日プレゼントだね」

 

 清楚がそう言うと、義経は満面の笑みを浮かべる。

 今にもはしゃいで踊り出しそうな勢いだ。

 与一は、知らん顔をしているが少しだけ顔がニヤけている。

 

「弁慶は嬉しくないの?」

「そんなことはないよ。嬉しいさ」

 

 燕に言われた弁慶はすぐに首を横に振り否定する。

 嬉しい。それは確実だ。

 だが、彼女の中には心残りがあった。

 

(最高級のちくわがあればいうことはなかった)

 

 酒を愛する彼女の俗物的な考えがそこにはあった。

 

 しゅん、しゅん、しゅん

 

 風を切る。

 金時の手には刀が握られており、一刀、一刀が大地を閃断するかのように切り裂いて行く。

 流れるような剣舞を披露して見せた。

 

「わぁー金時の剣舞だっ。義経に似てるぞ!!」

 

 義経が大はしゃぎ。それを弁慶は嬉しそうに見ていた。

 

「つうか、あれって義経の刀じゃね?」

 

 与一の指摘にはっと義経が目を見開く。あまりの嬉しさに気づいていなかったようだ。

 

(いつの間にくすねたんだ? 全く、私のご主人様のものを無断で拝借するとは……許せん。)

 

「金ちゃん、すごっ」

 

 燕から漏れた声。

 武器を使う彼女からしても、金時の演舞は称賛に値するものだった。

 

 上段からの振りおろし、下段からの払い、中段の蚊等の突き。

 そのどれもが流麗で自然。

 抜刀から、納刀に至るまでに無駄がないから、一連の動きがいつ始まって終わったのか、ふと気を抜くと分からなくなる。

 

 速いテンポの曲調に合わせるように、金時の動きも速い。しかし、ちゃんと目で追える速さで、観客も付いて行っている。

 独りよがりの舞ではなかった。

 

 しゃん、しゃん、しゃん

 

「今度は姉御のか」

 

(言われて気づいた。背中に装備してあったのか。あれは私の錫杖だ。全く、レディのものを勝手に使うなんて……許せん)

 

「今度は豪快に動いているな。姉御の動きにそっくりだ」

「うん。川神水を取り上げられた弁慶が怒り狂った時のようだ」

 

 錫杖を器用に回したり、どんと床を突いたりして大きな音を立てる。

 その一つ一つが曲調に合っているから、不快ではなく普通だと感じる。いや、それが正しいのだと観客は見入っていた。

 太鼓の力強い音。それに合わせる金時の踏み込みであったり、錫杖に付けられた6つの輪っかが小気味よい金属音をならしていた。

 流麗ではなく豪快。義経の時とは違った趣だった。

 

「最後は与一か」

「お、俺のソドムを勝手に……」

 

(与一の弓矢まで勝手に借りるなんて……これは許そう)

 

 弁慶にとって与一はどうでもよかったらしい。

 

「絃を弾く音がそのまま音楽になってる」

 

 笛の音に合わせて弓矢を鳴らす。

 やっていることはシンプルだが、シンプルだからこそいい。

 今までは、動きの付いた舞。でも最後はゆっくりとした曲調に合わせての鎮魂を思わせる。

 それはこの舞が終わりに近づいているのだということを語っているかのようだった。

 

【よぉ~~!!】

 

 金時の生の声。機械を通してではない。能の中で良く聞く、独特の声。

 弓矢を番えて、義経たち三人の方に向かって狙いを定めている。

 

【南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくはあの扇のまん中射させて賜ばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面を向かふべからず。いま一度本国へ迎へんとおぼし召さば、この矢はづさせたまふな】

 

 唄を歌うように語られる言葉。

 生前の那須与一の言葉が自分の命を賭けて矢を放とうと鼓舞した場面。

 

「これって、平家物語の……」

「那須与一、最大の見せ場」

「確か、平家からの挑発を受けた源義経が那須与一に命じた、的の狙撃。70Mくらい離れていて、風も吹いてさらには船に的が設置されていたから、波で揺れている状態。外せば源氏の名を貶めるという状況。普通の人間なら技術的にも精神的にも不可能な行為。そこを自分の命を賭けて射った名場面だね」

 

 燕が説明するように語る。

 今の与一からじゃ想像はつかない。

 だが、決める時は決める、それが那須与一なのかもしれない。生前の与一がどんな性格をしていたかなんて誰にも分からないのだ。

 もしかしたら、今と変わらない与一がいたかもしれない。

 

「じゃあ、金君がこっちに向かって構えているのって……」

 

 清楚の発言で弁慶は気づいた。反応を見るに義経も分かったようだ。

 今までの金時は、彼女達の動きを真似て舞っていた。

 義経や弁慶を真似た動きは見事だった。

 

「つまり金時は」

 

 そう、与一の動きを真似るという事は、確実に矢を放つという事だ。

 で、そうなると狙いは……松永燕しかいない。

 限界まで引き絞られた弓が大きくしなり、今か今かとその時を待っている。

 

「ハッ」

 

 金時の指から力が抜ける。

 絃を抑えていた力が無くなったのだ。そうなれば、絃は流れに身を任せるしかない。

 そして、流れに身を任せた結果、矢は目標に向かって高速で飛来することになる。

 

「なんでっ!?」

 

 燕を襲う、高速の弓矢。まるで金時の想いまでも乗せるかのように矢がどんどん加速していく。

 会場は暗い。

 そんな状況で放たれ、しかも油断している状況だ。さしもの松永燕でも躱しきることはできなかった。

 白刃取りを試みたようだけど、少し遅れて燕の額に矢が直撃した。

 矢じりは潰されていたが、それでも威力は相当なものだったらしく、燕は椅子ごと後方に倒れてしまった。

 

「しゃっあ!!」

「金時の奴、メッチャガッツポーズしてるぞ。あんなに喜んだのを見たのは久しぶりだな」

「義経も与一に同意だ」

「うぅ~、金ちゃん酷いよ~」

 

 清楚に起こされながら、燕は金時に不満をもらしている。

 

「まさかこういうオチにするとは思わなかったな」

 

 今回ばかりは与一に同意した弁慶がいた。

 

 

 

 

 

 

 最後はあれだったが、一つの演目として周りには認識されたようで、会場からの拍手は鳴りやまなかった。

 最後を除けば、十分な演技。この拍手もそれに対してのものだ。

 そんな中を金時は堂々と歩いてくる。

 

「俺に生前の那須与一が降臨したわ」

「ふざけんな」

 

 ちょっと照れくさがった与一だったが、拳を突き出すと金時も与一の拳に自分の拳を重ねてきた。

 

「金時、義経は感動したぞっ!! ありがとうっ!!」

 

 金時に抱き着いた義経。それを優しく受け止めた金時だったけど、さすがに周りの目もあるので、やんわりと身体から引き離した。

 義経に気づかせない辺りはさすがだ。

 

「私はいたく不満だ。もっと女の子らしい舞が見たかったぞ」

「俺の弁慶のイメージなんてあんなもんだ」

「後でフランケンシュタイナーをかましてやる」

 

 金時の未来が暗いものとなった瞬間であった。

 

「私の方が不満だよっ! 最後のあれは何!?」

「あれは、前世の那須与一が奴を射ろと俺の頭に語りかけて来たんだ」

「そんな訳ねぇだろ」

「そう、そうなんだよ、さすが与一よく分かっている。射ろだなんてそんな生易しいもんじゃダメなんだ。射殺せぐらい言ってもらわないと」

「そう言う意味じゃねぇよ」

 

 与一は呆れていた。

 

「俺の弓の技術じゃ、さすがに燕を葬る事は出来なかった」

「いや、結構ギリギリだったんだけど……」

「ちっ」

「舌打ち!?」

 

 その燕に対するあまりの態度にそれを見ていた他の4人は少し気の毒そうにしていた。

 

「それにしても、金君、やっぱり与一君とは親友なんだね?」

 

 清楚がそういうと、金時は急に顔を背けだした。

 

「義経ちゃんたちや弁慶ちゃんたちの舞も十分凄かったけど、与一君くんのは一味違ったもんね」

「ノーコメント」

「あ、金太郎、照れてる?」

「金時はやっぱり優しいなっ」

「うっ」

 

 金時のは顔を真っ赤にする。

 まさかここまで言われるとは思わなかったんだろう。

 弁慶と燕はここぞとばかりにからかい、義経は純粋に金時を褒めている。

 さすがに耐えられなくなった金時は、トイレと言って逃げて行った。

 

「与一君、いい友達を持ったね」

 

 清楚が嬉しそうに言う。

 

「どーなんすかね? 普段は俺の扱いとかぞんざいですから」

 

 与一の顔は普段見ることのない程の笑顔だった。

 

 ◇◇◇

 

「ひ、酷い目に会った……。さすが清楚先輩」

「やーい金太郎のツンデレ~」

 

 俺の横でくぴくぴと川神水を飲むのは、姉御肌の弁慶。

 人が恥ずかしい目に会ったというのに、からかって来るとかいつも通りすぎる

 

「川神水をすべて、青汁に変えようかな」

「やめろ、死ぬぞ……私が」

「まあ、弁慶はそうだろうね」

 

 弁慶を倒す一番最善の方法。それは川神水を取り上げてしまう事。英雄って……。

 

「義経たちは楽しそうだ」

「お前は混ざらないで良いの?」

 

 義経はいろんな人に囲まれていた。 

 お祝いの言葉を貰ったりして、嬉しそうにしている。

 与一は義経に無理やり連れていかれたようで、ちょっと嫌そうにしているな。

 

「私は川神水があれば良いから」

「川神水と結婚すればいいよ」

「それもいいかも~」

 

 そう言って弁慶はテーブルに突っ伏した。

 限界を迎えたようだ。

 

 俺は突っ伏した弁慶の横にそっとプレゼントを置く。

 舞とは別に用意していたもので、ちゃんと義経や与一の分も用意してある。

 

「ありがとう」

「なんだ、起きてたの?」

「むふふ」

 

 寝言かな?



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第10話 ビーチバレー

 今日は水上体育祭。

 一年の中で男子がもっとも狂喜乱舞する一日。

 実は俺も楽しみです。

 

 だというのに……。

 

「なんで俺はお前と居るんだろうな」

「逃げて来たからだろ?」

 

 俺の隣には制服姿の与一。

 別に与一の裸を見たいわけじゃないからそれは良いんだが、問題は男二人で岩陰に隠れているというその一点。

 

「お前、なんで変な奴らに狙われるの?」

「知るかっ!!」

 

 俺たちが逃げている最大の理由、それは与一がイケメンすぎるから。

 女の子に追われているなら役得だ。

 だが、そうじゃない。与一を狙っているのは男。それもレスリング部とかボクシング部とか強靭な身体を持っている奴ら。

 中学時代から与一の尻を狙う奴は多い。

 

 脳筋な奴らだから、簡単に撒けるかと思ったが、向こうには変態の総大将葵冬馬がいる。

 自分は女子を視姦し、俺たちの探索は肉体系の奴らに任せる。

 男女両方が大好きなアイツからすれば一石二鳥な状態だ。

 

「俺を巻き込むなよ」

 

 実際、俺は無関係。

 与一だけが狙われるはずだったんだが、コイツが人を売りだした。

 俺が服を脱いだら凄いもんが見れるとか言いだした。

 そう言った瞬間、危険思考な野郎共が俺まで標的にしやがった。

 

「うるせえ。一人で死ぬのはごめんだ」

「親友のために、己が身を差し出すという精神はないわけ?」

「ねえな」

 

 なんて奴。誕生日が祝ってやらなきゃ良かった。

 

「さてと、困ったもんだ。向こうは盛り上がってるのに……」

 

 楽しそうな声が遠くから聞こえて来る。

 俺もそちらに混ざりたいが、いかんせんこの状況では危険だ。

 やはりここは与一を囮にして、その内に逃げるしかないか?

 

「よし」

 

 頬を叩いて自分に活を入れる。

 

「なに気合を入れてんだよ」

「与一……お前は良い奴だな」

「て、てめぇ、俺を囮にする気だなっ!!」

 

 さすが、親友。俺の言いたいことが簡単に分かってくれた。

 

「……人はいつだって何かの犠牲の上に成り立っているんだよ」

 

 だから俺は与一の屍の上を超えていく。

 

「金時、物は相談なんだが、ここは共闘して奴らを倒さないか? 梅屋の牛丼で手を打とう」

「サラダ付で」

「分かった」

 

 友情大切。友達を囮にするなんて良くないってみんなが知っていることだぞ。

 

「まあ、そうは言っても頑張るのはお前だけどね」

 

 俺は自分から攻撃するタイプじゃない。

 走ってもそんなに速くないから、向こうが来てくれるのを待つ。

 

「俺が奴らを射抜く」

「近づいてきたやつは俺が倒す」

「「よし、行こう!!!」」

 

 俺たちの熱い戦いはこれからだ……?

 

 ◇◇◇

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「…………」

「金太郎と与一が虫の息だ」

「アイツら頑張りすぎだろ……」

 

 貞操を賭けた戦い。

 俺たちは見事に勝利した。

 

 激戦に次ぐ激戦。人間の欲望とはここまで人を動物にするのかと恐怖したほどだ。

 与一の弾丸のような矢をその身に受けて、尚も前進してくる猛者たち。 

 理性はない。彼らに会ったのは、与一を襲いたいという純粋なまでの本能だった。

 

「普通に、あんなのが高校生なのがおかしすぎるだろ」

「ど、同感だ……」

 

 途中、いきり立って海パンを脱ぎ出す奴までいたからな。犯罪だろ、普通に。

 なぜ、その欲望が女子に向かわないのかが不明。向いたら向いたで大変な事になるけど……。

 

「というか金太郎はこっちにいて良いの? Fはあっちだよ」

「今は休憩中。戦いに疲れた戦士に、FもSもない」

 

 動きたくないでござる。 

 

「それに最大の懸念事項であった葵冬馬は海に沈めて来たから、ここに居ても大丈夫」

 

 いつの間にか奴もいた。

 俺たちが運動部の猛者どもを倒した後、疲労しきったところを狙ってきた。

 完璧なタイミングの奇襲。

 だけど、それは無に終わった。

 

 与一が根性を見せたというのもあるけど、正直相手は寡兵。

 体力が無くなっていたとは言え、実力差がそこにはある。

 葵冬馬を源氏式一本背負いで海の中に放り込んで、争いは決着した。

 

「変態の数が多すぎるぞ。一体何人の相手をしたんだか」

「50を超えたあたりから覚えてないな。若干、純粋に武術的な意味で挑んでてきた奴らも居たからな。俺の封印されし右手を解放する時が来たかと思ったぜ」

 

 秘密兵器は秘密のままで終わるというのをコイツは知らないらしい。

 

「あー疲れた~」

「私も~」

「お前は何もしてないだろ」

 

 弁慶も俺と与一の横でだらけだす。義経は立派に行事に参加しているというのに、コイツらは本当にダメなんだな。

 部下が主より怠けるとか主従としてどうなんだ?

 

「うー清楚先輩の水着姿とかみたい」

「残念だけど、清楚は制服のままだよ」

「なん…だと?」

 

 わざわざ、あんな不毛な戦をしたというのに、まさかすぎる結果に……。

 

「というか金時もそういうのに興味あるんだな」

「普通あるだろ。男の子ですよ」

「はっ、俺にはそんなもんに興味はねぇな」

 

 ムッツリエロ助のくせに何を言う。

 知ってるんだぞ、お前の部屋にエロ本が隠されていることを。

 

「それよりもお前たちは、私という美少女がここに居てなぜ反応を示さない? スク水を着ているんだぞ?」

「弁慶はこう、なんというか、見慣れた感があるというか、新鮮さが足りない」

 

 与一はそもそも異性として見てないから反応しないのは分かるな。

 

「金太郎、それは私に対する挑戦と受け取った」

「そして、勝負をふっかけるふりして、川神水を飲むという弁慶さんであった」

「オチを言われてしまった。悲しいなう」

 

 だいたい弁慶の考える事なんて分かる。

 

「あー、金ちゃん居た~。ちょっとお願いがあるんだ」

「嫌だ」

「即答?!」

「あ、与一君もここに居たんだね。探したよ」

「お、俺っすか?」

 

 清楚先輩、なぜ俺を探してくれなかった……。

 燕なんかよりも清楚先輩が良かった。

 

「今からクラス対抗でビーチバレーがあるんだ。男女混合で」

「へぇー」

「だから、私とペアで出場しない?」

「清楚先輩となら」

「ごめんね。金君ってF組だから」

「私はスルー!?」

 

 い、今ほどS組に入っておけば良かったと思った時はない。

 

「私は親しい男の子って言ったら、金君か与一君くらいだし」

「京極先輩は?」

 

 言霊部部長、京極……なんとか先輩。

 俺が初めて川神学園で舞を踊った時、和服を貸してくれた優しい先輩だ。

 よく清楚先輩と話しているのを見かける。

 

「京極君は、こういうスポーツ系には参加しないから」

「今も和服着たままですもんね」

 

 暑くはないんだろうか?

 俺の視線の先には厚着をした先輩が汗もかかず、涼しい顔をして立っている。

 イケメンはキャラが壊れるところを見せちゃいけない法則でもあるのだろうか?

 

「与一、なんて羨ましい奴」

「面倒だな」

「ね、お願い」

 

 両手を顔の前で合わせて、可愛く頭を下げる清楚先輩。

 これを断ろうものなら、砂浜に埋めるしかない。

 

「……しゃーないっすね」

「エロ助」

「エロ男」

「き、金時も姉御も、なんだよ!?」

 

 まあたぶん、断って清楚先輩が困るのを見たくないんだろうけど、なんとなくイラついたから言ってみた。

 弁慶も乗るとは思わなかったけど、コイツは面白ければ何でもいいとか考えている節があるからな。

 

「じゃあ、金ちゃんは私とゴールデンコンビを組もう」

「顔面にドライブシュートを叩き込んで良いなら」

「うぅ~金ちゃん……」

 

 燕が泣きそうになっている。

 精神が昔より弱くなっている気がする。

 

「金太郎、レディを泣かすもんじゃないよ」

「弁慶……ハァー、しょうがないな。やるからには優勝するぞ」

「金ちゃんっ!!」

 

 弁慶さんまでそんな事言いだしたらさすがに断れない。

 

「金太郎、優勝賞品の川神水期待しているよ」

「それが目当てだったのね」

 

 遠くの方に見える優勝賞品の品々。

 弁慶は目ざとく、その中に有る川神水一年分という項目を見つけていた。

 さすがだ。

 

 でも、俺と燕で優勝できるか?

 

 

 

 出場者は全部で20組。

 その中にはアレがいる。アレ扱いは失礼なのだが、同じ人間というカテゴリーに入れて良いのか悩む物体をどう形容していいか分からないのだ。

 

「最大の懸念は……武神のペアだな」

「まあ、そうだね。大和君とのペアか」

「燕はどう思う?」

「んー大和君の運動能力は決して高くはないけど、それを補って余りあるモモちゃん」

「いざとなったら一人でやりかねないからな」

 

 直江がお荷物だとしても、武神先輩が一人で対応しかねない。

 

「これがバレーで良かった。これがテニスとかだったら、サーブやリターンの段階で殺される可能性があるからな」

「そうだね。いくらモモちゃんでもレシーブでアタックは出来ないし、山なりのサーブで殺人的な威力は出せない」

 

 ルール競技万歳。

 最初はアンダーサーブだから一発目で仕留められるという可能性はない。

 

「とりあえず、サイン交換くらいはしておこうか」

「そうだね。どんなのが良い?」

 

 基本的なサインを作ってそれを確認し合う。

 まあ、燕の考えていることなんて手に取るようにわかるんだけど。

 1に納豆、2に納豆。3も4もあって、5も納豆。もうこれ一択。

 

「まずは初戦の相手だな」

 

 

 

 

 

 結果から言うと、圧勝だった。

 相手は1年生。こちらには燕という万能人間がいる。

 俺がボールを拾いさえすれば、適当に決める。相手には申し訳ないが、全く相手にならなかった。

 

「次は金ちゃんがもう少し活躍してくれると嬉しいな」

「いやでござる」

 

 俺たちはそのまま勝ち続けた。与一たちは初戦で優勝候補に当たり、無残に散った。本当にそのままの意味で。

 俺たちは逆ブロックのため、なんなく勝ち進むことができた訳だ。サインプレー? 一体そんなものが必要になったことがあるだろうか?

 燕という最大戦力を用いれば敵などいない……ここまでは。

 

 決勝という舞台。相手は世界最強とも言っても過言ではない武神。与一を物理的に飛ばした犯人だ。

 勝率という点で考えると、燕と武神を比較すれば、あちらに軍配が上がるが、俺と直江を比較すればこちらに軍配だ。

 これはチーム戦。総合力が物を言う……はず。

 

「百ちゃん、負けないよ」

「ふふーん、私達が最強の姉弟であるということを証明してやろう」

「私達のコンビネーションはそれはもうシンクロできるレベルだから」

「なあ、直江。レシーブしかしてない俺と燕のコンビネーションってなんなんだろうな?」

「きっと、一緒にいることが大事なんじゃないか? 俺なんて、サーブを打つ以外何もしていないに等しい。姉さんのビックバンアタックで相手が死に体になった」

「……手加減って言葉をあの人に教えてやってくれ」

「それをするなら、姉さんに東大の問題を教える方が簡単だな」

 

 全身の血液が急に冷えだす。夏なはずなのに、身体が震えだした。

 

「それでは試合を始めるヨ」

 

 まだ心の準備が出来てないんですけど!!

 

「いっくよ~」

 

 燕が勝手に始めてしまった。後で海に沈めてやる。

 

 下から打たれたふんわりとしたサーブ。これを直江がなんなくレシーブ。高々と頭上にボールを上げた。

 それを先輩が待っていたかのように、跳躍。軽々ネットを越えた。バレーという競技も超えてしまった。

 

「燕、下がれ。ブロックは意味がない。俺が取る」

「了解。フォローは任せて~」

 

 のんびりとした口調だったが、燕は素早く俺の後方に回り込んで、俺の取りこぼしに備えた。

 ふーと息をはいて呼吸を整える。

 

「ハーハッハッハ!! 食らえ、メテオストライクっ!!」

 

 ぎゅいんぎゅいんと音を立ててボールが落下してきた。

 

 合わせろ。

 うまく合わせろ。

 そうでないと死んじゃうぞ。

 膝の力を上手く抜いて、すべてのエネルギーをゼロに変える。

 

「何っ!?」

 

 腕にボールが当たる瞬間、後方に跳びつつ角度を調整。

 身体は吹き飛ばされたけど、上手くボールの威力を相殺することができた。

 

「燕、今だっ!!」

「おいさーっ」

 

 先輩は空中に跳んだまま。

 つまり、今直江しかいない状態。

 これで決めなかったら、後で地面に埋めてやる。

 

 燕のスパイクが綺麗に決まり俺たちの得点。

 これをあと何回も繰り返さないといけないと思うと、軽く死にたくなる。

 

「金ちゃん、ナーイス」

「おう」

 

 ぱちんと二人の手を合わせる。

 

「それにしてもすごい威力。そう何度も相殺できないぞ」

「全部をやる必要ないよ。それに大和君を狙えば、モモちゃんの動きは制限できる」

「なるほど~。要はあのチワワを吹き飛ばせば良い訳だ」

 

 直江を狙えば先輩は必ず動く。

 アイツがどんな策を弄しようとも、そこだけはどうしようもない。

 

 

 

「燕っ!!」

「よいさ」

 

 アイコンタクト。

 俺がトスを上げようとした時、燕が跳躍。それに合わせて、先輩が燕のマークについた。

 直江を守るよりも、出だしで潰した方が楽と考えたんだろう。ブロックに跳んでいる。

 

「ふんぬっ!!」

 

 ならば、俺はトスをアタックに切り替える。直江は防ぐことができず、そのまま得点となる。

 

「うん、完璧」

「おとりご苦労」

「む、作戦だったか」

「へっへーん」

 

 ぶい、ぶいと燕は先輩に向かってサインを見せた。

 小さい頃から燕から逃げることを考えていた俺だ、アイツの考えなど手に取るように分かる。逆も然りだけど……。

 

「弟、何か作戦はないか? このままだと負けるぞ」

 

 先輩が直江に抱き着くと、会場から非難と奇声が上がる。

 直江が、どんなに頭を使おうが、手札が限られ、それを潰す手をこちらが有している以上、あちらに勝ち目はない。

 

「坂田が防ぎきれない威力でボールを叩くしかないんじゃないか?」

「しかし、それだとボールが破裂してしまう」

「気で纏えば大丈夫なはず。姉さんなら触れなくても、ボールを気で覆うくらいできるだろう?」

 

 ハッハハ、なんてことを言っているんだい?

 

「異議あり!! これは純然ならスポーツ。気とか明らかに常人から逸脱した行為を認めるわけにはいきませんっ!!」

「異議を却下するヨ。己の肉体を使うこと、なんら違反はしていないネ」

 

 そうだった。この学園では常識に訴えるなんてことは到底無理だった。

 ちょっと待って、無理、死ぬ。

 気を込められた最強のボールだよ?

 絶望感的に言えば、フリーザのあまりの戦闘力にビビってしまったベジータの気分だよ!! その前まで、スーパーサイヤ人になったと騒いでいたから、ショックも三倍くらい大きいよっ!!

 

「さすがは弟だ」

 

 やる気満々って表情してます。胸まで張って。

 はち切れんばかりのお胸様が、上下にぷるんと揺れてますね。スクール水着が悲鳴を上げてますよ。胸につけてある名前のところが横に伸びてます。ああ、会場からも歓声が。

 心を落ち着けるために燕の方に視線を向ける。

 

「ちっちぇな」

「失礼すぎるよっ!! 言っておくけど、モモちゃんが大きいだけで、私も普通よりは大きいからねっ!!」

「つばめという文字が、もっと横に伸びるようになってから言うんだな。弁慶なんて、それはもう凄いぞ」

「対象がおかしいんだよっ!! 金ちゃん、セクハラだからねっ」

 

 ふーようやく落ち着いた。

 燕は騒がしくなったけど、今はどうやって生き残るかが大切。

 やはり燕を盾にするしか……あ!

 

「燕さん、ちょっとこっちに来てくださいな」

「金ちゃんが丁寧語? な、なんか嫌な予感」

「お前は俺の支えだ」

「き、金ちゃん……」

「文字通りの意味で」

「ちょっと感動した私に謝ってっ!! 心の支えとか期待しちゃったじゃんっ」

「とりあえず、俺の後ろに背中合わせで立って」

「せめてツッコんでよっ!!」

 

 ぷんすか怒っている燕だけど、歩いてこちらにやって来た。

 

「燕はクッション」

「うー分かったよ。でもちょっと自信ないな。絶対に逃げないでね。私死んじゃうよ」

「…………うん」

「その長い葛藤は何!?」

「俺を信じてくれ」

「無理だよっ!! 今、そうか、その手があったかって顔をしてたもんっ」

「さすが燕。俺の考えていることを言わなくても分かってくれる。俺はお前のことが嫌いだけど、幼馴染の力って偉大だよね」

「二重のショックだよっ!! さりげに、酷い事を考えているって暴露してるし、直接嫌いとかあんまりすぎるよっ!!」

 

 燕が先輩のデスボールで無残に散る姿も見てはみたいが、負けてしまって般若のように怒る弁慶は見たくない。

 苦渋の選択ではあるけど、ここは勝利を得ることにしよう。

 

「拾ったボールは直江にぶつける。OK?」

「OK。大和君も責任をとらないといけないからね」

 

 アイツ、あまり考えなしで言いやがって。死人が出るぞバカ野郎。

 口は災いの元だということを理解させてやる。

 

 

 準備を整えた俺たちはサーブを打って向こうの攻撃に備える。

 最初のプレイの再現のように直江がボールを拾って、先輩が大声を上げながら跳んで行った。

 

「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐!!!」

 

 隕石でも落ちて来たんじゃないかと思えるほどだけど、そんな事言っている場合じゃない。

 

「「3、2、1」」

 

 俺と燕、二人の息を合わせる。

 

「「せーの!!」」

 

 ボールは高く頭上に上げられた。

 腕はじーんと痺れてしまったけど、大丈夫、動く、折れてない、やた!

 

「燕、フィニッシュだ」

「はいよ~」

 

 燕を蹴り上げて、上空に飛ばす。

 

「タイガーショットっ!!」

 

 虎の幻覚が見えるほど強烈な勢いで放たれたボールが直江に向かって真っすぐに飛んで行く。直江は虎に食われて星になった。

 

「大和っーーー!!!」

 

 気絶した直江を抱きかかえ、先輩は叫ぶ。映画のワンシーンを見ているようだけど、とりあえず勝利。

 

「腕が痛い」

「金ちゃん、やったねっ!」

 

 抱き着こうとする燕を蹴り飛ばして、俺は地面に倒れた。

 全身のエネルギーを持って行かれた~。あんなのバレーじゃないやいっ!

 

 ◇◇◇

 

「おお~金時が勝ったぞ。弁慶、見てたか?」

 

 弁慶の隣で義経がはしゃいでいる。

 腕を大きく上げてぴょんぴょんと跳ねる。

 

「見てたよ。それにしてもあの二人、凄いねー」

「ああ、なんというか息がピッタリだ。金時は松永さんのことを嫌っているような素振りだったが……」

 

(まあ、本気で嫌っている感じじゃないからね)

 

 弁慶はなんとなくそう感じていた。そうでなければ、命の危険さえある行為を燕相手に頼むはずがない。

 

(好き嫌いは別としても、松永燕の実力そのものは認めてる、そんな感じなのかね?)

 

 百代の一撃目。それと同じことが最後の攻撃にはできなかった。うまく衝撃を吸収できたとしても打ち上げることはできない。逆にただ弾くだけなら、ボールと金時の身体は海辺の方まで飛んで行ってしまう事になっただろう。

 弾くと支えるを同時に行うのは不可能だった。

 だからこそ、バランスをすべて燕に任せ、金時はボールを頭上に弾くことに集中した。踏ん張らず、ただボールの勢いを殺し、上空に上げることだけを考えた。

 身体は燕が何とかしてくれる、そうした信頼の元に先程のプレーは行われたのだ。

 

「さ、弁慶、金時におめでとうを言いに行こうっ!」

「あ、うん、そうだね」

 

 喜んでいる義経とは対照的な弁慶。川神水を飲んでいるのは相変わらずだが、どこか表情がさえない。

 モヤモヤする、彼女の表情からはそう言ったものが感じ取れる。

 

(まさか、嫉妬してる? 松永燕に?)

 

 弁慶はまさかと首をふって自分の考えを否定した。

 そしてその事を考えないように、弁慶は優勝賞品の川神水の方に視線を向ける。

 

「これで川神水が毎日飲めるな」

 

 不安のような、また別のような感情。それは弁慶が今までに感じたことのないものであった。

 



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第11話 気持ち

ちょっと短いです


 授業も終わり、帰宅することになった。

 今日は義経も弁慶も与一も用事があるとの事で、一人だ。

 冷蔵庫の中も空になっているし、ちょうど良いから買い物にでも行こう。

 

「あれ、金君、一人?」

 

 そう思っていた時、昇降口のところで可憐すぎる美少女が降臨なされた。

 

「ちわっすっ!!」

 

 腰を45度に曲げて、深々と頭を下げる。

 この人にはこれくらいするのが当たり前だ。

 

「もうーやめてってば」

 

 ぽんっとスクールバックが俺の頭の上に置かれた。

 持てということなのだろう。否というわけにはいかない。

 俺が、バックを持って顔を上げると、眉をしかめて、その端整な顔立ちを歪めている清楚先輩がいた。

 

「いやー清楚先輩を見ると本能的にこうしちゃうんですよ。溢れ出る覇王のオーラってやつですよね?」

「もうっ!! だから私は文学少女なんだってばっ!!」

 

 ぷんぷんと怒っているけど、それでも上品さが損なわれることがないのは、彼女が生まれつきスキルとして優美というものを備えているからだろう。

 

「冗談です。清楚先輩も帰りですか?」

「うん」

「ならデートしません?」

 

 清楚先輩は俺がそう言うと、少し何かを考えた後、うんと頷く。

 

「金君のおごりで葛餅パフェを食べに行こう」

 

 うふふと笑っているその笑顔を見て、断れる男がこの世界にいるのであれば、俺の前に来て欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「はむ。う~~おいしいー」

 

 子供の様にパフェを堪能する清楚先輩。

 それを見ているだけで心が和む。なんか、最近は疲れることが多かったから、こういう一時がとても貴重なんだと実感できる。

 

「はい、金君。あーん」

 

 スプーンでパフェをすくうと俺の口元に運んできた。

 

 ずっきゅーん!

 

 俺の心臓にトキメキという巨大な弓矢が突き刺さった。

 なんですか? どこかにカメラでも仕掛けられているんですか?

 こんな嬉し恥ずかしドキドキイベントが現実に起こるなんて、これは夢ですか!?

 

「はむ!」

 

 もうためらうことなくかぶりつく。今なら死んでもいいかもしれない。清楚先輩の顔を恥ずかしくて見れないから、目を瞑ってしまう。自分がシャイボーイだと初めて知った。

 

「お? 金太郎、私と間接きっす~」

 

 幻聴だな。うん、幻聴だ。

 清楚先輩の清らかな声は、決して呑兵衛みたいな声ではない。私は酔っていますと公言するようなそんな下品な声じゃないんだ。

 

 目を開けちゃダメだ。ダメだ。ダメだ。

 心の中の俺がそう叫ぶ。

 ここで目を開けてしまうと、幸せだった気分がどこかに消え去ってしまうことは間違いない。

 目を瞑って、清楚先輩の素敵な笑顔を考えていれば、それはもう素敵な気分でいられる。

 だから、目は開けるんじゃない、坂田金時。

 

「その頑なに目を開けようとしない姿勢にイラッときた」

「ちょっ、弁慶ちゃんっ!!」

 

 慌てる清楚先輩の声。そして告げられた人物の名前。なぜこの場にいるのかは分からない。だがやはりか、やはりお前なんだな。分かってはいた。

 でもおかしい。何がおかしいって、何やら生暖かいものが、俺の唇に触れている。

 これはまさかの……あ、あれ、なんか口の中に流れ込んで――。

 

「むぐっ!!」

 

 く、ぬかった。川神水を大量に飲ませやがったっ!!

 しかも、鼻をふさがれた。まずい、飲みこないと死ぬ。

 あ、やば、気持ち悪い……。

 …………

 

「死んだ魚みたいに痙攣している」

「って白目むいてるよっ!! これ本当に大丈夫なの!?」

「金太郎はこれくらいで死ぬような男じゃない……たぶん」

「たぶんって……」

「クラウ爺、お願い」

「かしこまりました…………これは、気絶しているだけですね。命に別状はなさそうです」

 

 執事たるもの、いついかなる時もサポートに徹する。それを体現した老紳士が弁慶の背後から急に現れ、金時を診察する。

 さっと見るだけで、笑みを弁慶たちに返すと問題ないと二人を安心させた。

 そして、それが当然のように老紳士は音もなく消えて行った。

 

「まったく、だらしない奴め」

 

 弁慶はそう言って金太郎の頭をかるく小突く。その後、椅子から固定座席の方に移動させて、自分の膝の上に金時の頭を置いた。

 金時と弁慶はいつもこうだった。

 金時が気絶している時にしか弁慶は膝枕をしない。

 

「でも、本当にビックリしたよ。いきなり弁慶ちゃんが現れたのもそうだけど、金君にその……キ、キスするなんてっ」

 

 清楚は顔を真っ赤にしていた。

 弁慶は気にした様子は一切なく、清楚の頼んでいたパフェを口元に運ぶ。

 

「欧米じゃ普通のことだよ」

「弁慶ちゃん、海外に行ったことないじゃない」

「予行練習」

「川神水を流し込むキスなんて世界中のどこへ行ってもないと思うよ」

 

 清楚が少し呆れたようにタメ息をつく。

 しばらくしかめていた眉を元に戻した。そして、今度は弁慶を見つめる。

 少しばかり考えてから、小さく清楚は笑った。

 

「弁慶ちゃん」

「む、そのなんでも分かってますみたいな顔は不快だな」

「うふふ。もう照れちゃって」

 

 清楚は楽しそうに笑っている。

 そんな清楚を見ていることができなくて、弁慶は自然と金時の方に視線をずらす。

 代わりに手持ち無沙汰だった手で、うーとうなされる金時の頭を優しく撫でる。しばらく撫でていると弁慶の方にも笑顔が見えた。

 普段の彼女には見えない、優しい表情がそこにはあった。

 急に気絶させてしまった事に対する謝罪でもあるのだが。

 

「あ、金君が笑ったよ」

「ゴッドハンドと呼んでくれ。まさか私にこんな力があったなんて」

「それ、与一君とキャラが被ってるからね」

「与一と同じ。く、屈辱だ。この気持ちを、メールで義経に送ろう。悲しいなう、送信」

 

 少しばかり頭に来たのか、金時の頬で遊びだす弁慶。伸ばしたりつついたりして楽しんでいる。

 そして、それにも飽きたのかふと悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「清楚、油性ペン持ってない?」

「筆ペンならあるよ?」

 

 文学少女を語る彼女なら、筆ペンくらい当然だということだろう。弁慶はそう納得し、深くは考えずに清楚からペンを受け取る。

 

「私の美術力が実は5であることを証明しよう」

「ちょっと可哀想な気もするんだけど、これならすぐ落ちるしね。私もやらせて」

 

 清楚も金時に落書きを開始。二人で思い思いに描くと、最後は携帯で撮影。思い出の一枚を記録に残した。

 

「そう言えば、弁慶ちゃん、用事があるって言ってなかったっけ?」

「ああ、それはもう済んだ。なんか下駄箱にラブレターが入ってて」

「あら、弁慶ちゃん、モテモテだね。金君は大丈夫かな?」

 

 残念になった金時の頬をつんつんとつつく清楚。

 それに反応した金時は、眉を中心に寄せていた。

 

「指定された場所に行ってみたらビックリ。女の子がいた」

「…………恋愛は本人の自由だから」

 

 桃色な展開を期待していた清楚は、このある意味桃色な展開に顔を引き攣らせている。

 

「ごめんの一言しか言えなかった。清楚、この場合のアドバイスを一つ」

「え、私!?」

「年上のお姉さんとして、どうか」

 

 弁慶がそう言うと、清楚は慌てる。

 

(清楚がそういう経験がないのは知っている。同じように暮らして来て、ずっと一緒だったんだから清楚がどういう人間と付き合って来たかなんて全部知っている。私、義経、与一、金太郎……終了)

 

「コホン、例え相手が同性でも、真摯に答えてあげるが一番だと思うよ」

「教科書通りの答えにちょっとがっかり。その気持ちを義経に送ろう。がっかりなう、送信」

 

 いきなり意味深なメールが二回も送られてきた義経はたまらず弁慶に電話をかけた。ごめん、ごめんと弁慶は義経に謝罪をしたが、事の詳細をきっちりと説明しなかったため義経は謎は解けずじまい。

 

「ふーんだ、どうせ恋愛経験なんてありませんよーだ」

「すねない、すねない。はい、あーん」

「あーん……って別にパフェに釣られてなんかいないからねっ。それに、それは私のだから」

 

 清楚の怒り顔に弁慶は頬を緩めた。

 世の男はこういった所に清楚の魅力を感じるのかと。

 

「金太郎は清楚のこういうところに惹かれているのかもしれないね」

「金君? 金君は私のことをそういう対象で見てないと思うよ。仲良くはしてくれているけどね。私にとっても可愛い弟みたいな感じだよ」

「そう? わりと好意は見せているような気がするけど」

「うーん、なんて言うか、金君からそう言う感情を感じたことはないんだよね。たまに私に告白してくれる男の子たちからはそう言う感情があるんだけど、金君は軽いというか……」

 

 清楚は苦笑する。どう説明したらいいか自分でも分かっていなかった。

 

「金太郎め、いつからそんなチャラ男になった」

 

 弁慶はぐいっと金太郎のほっぺを抓った。苦痛に顔を歪めたが、彼女が離すと表情は戻り、また嬉しそうな顔する。弁慶の膝を十分に堪能しているということだろう。

 

(エロ助め)

 

「金君は与一君と同じで、自分の本当の気持ちを伝えようとはしないと思うよ。ホント、困ったさん」

「与一の親友だからね。似た者同士、惹かれあったんじゃない?」

 

 類は友よぶ。それは弁慶も然り。

 

「弁慶ちゃんとも一緒だね」

「……嬉しくない」

「照れないの、はい、あーん」

 

 その後、清楚の乙女な質問に弁慶はうんざりしていた。それを隠すように川神水を口に含む。

 途中、乙女としてはあるまじき行動に出そうになった。だが、それが弁慶の記憶に残ることは決してなかった。

 

 

 



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第12話 遺言があったらどうぞ

「お出かけ?」

「そうだ。弁慶たちと、皆で行くつもりなんだ。だから義経は金時を誘いに来たんだ」

 

 ぱぁーっと明るい表情を浮かべた義経が、俺の目の前でそう言った。

 夏休み中は義経たちはS組でそれも特別生徒のため、毎日のように課外授業に出なければならないらしい。

 だから夏休み前の連休を利用してちょっとお出かけに行きませんかということだ。

 

「まあ、楽しそうだし良いかな。で、どこに行くの?」

「山だ」

「山田? 山田ってなんか有名なところなの?」

「違う、違う。山でみんなでキャンプだっ!! それも義経たちだけでだぞ。九鬼は今回は参加しない事になっているんだ」

 

 それは大丈夫なんだろうか?

 まあ、安全のために監視員はつくだろうけど、俺たちだけで山に行くって本当に大丈夫なのか?

 

「川神山。一節では時の英雄、金太郎もこの山で修行したとされる由緒ある山だ。わくわくするなっ」

 

 ハハっと笑う義経に、俺は何も言えなかった。

 川神山? 俺に半裸で熊さんと相撲でも取れと言いたいのだろうか?

 しかも、旅行なはずなのに山登りとか疲れることこの上ないんですけど。

 

「あ、やっぱりその辺りはちょっと用事が」

「ダ、ダメなのか?」

「と思ったけど、勘違いだ。うん大丈夫」

「そうかっ! 金時、一緒に魚釣りをしようなっ。義経はこう見えても魚を釣るのは上手なんだ」

 

 この笑顔を曇らせるようなことが俺に出来るだろうか? いや、無理。絶対に無理。こんな純真無垢な笑顔を泣き顔に変えようものなら、俺は俺の事を許せない。

 義経の笑顔は国の宝。大事に保管しないといけないんだ。

 義経保管計画を与一と一緒に開始しよう。

 

「詳しいことは、また今度な。では、義経はこのことを皆に報告してくる」

 

 爽快に去った義経に、軽く手を振るだけしかできなかった。 山登り……とりあえず与一を川に沈めよう。

 

 

 

 

 休日。

 森のおかげで日が直接当たらないのが何よりも嬉しい。

 今日はキャンプ日和だと言わんばかりにお天道様が自己主張をしているせいで、絶賛テンションが下がり中なのだ。

 

「ふふーん、ふん、ふん♪」

「義経ちゃん、楽しそうだね」

「うん、義経は今とてもわくわくしている。皆で山登りなんて中学の時以来だ」

「それに対して、後ろの三人、元気ないぞ」

 

 清楚先輩が前の方で怒っている。

 元気のない俺たち、まあ、俺に与一に弁慶、ふだん活力とは縁遠いこの三人が山に登るという過酷な行為に気分をよくするわけがない。

 

「フハハハハ! 三人とももう疲れてしまったのか? 若さが足りないぞ、若さが」

 

 無駄に元気なチビッ子、紋々が義経と一緒に先頭に立って盛り上げている。

 荷物は俺や与一に持たせているくせに、はしゃいでいるのは許せん。このバックを投げつけたい気分だが、それをする体力すら惜しい。

 

「この先で合流だったな」

 

 紋々がそう言って、辺りを確認した。

 合流? 俺たち以外にも、山登りなんて酔狂な事をする輩がいたのか?

 十中八九川神の人間であろう。あそこは変人の巣窟だし。

 

「お、来たようだな」

 

 俺たちが腰を下ろして待っていると、俺たちとは違うルートから団体さんがお出ましになった。

 全く以って予想通り。紋々の友好範囲がかなり狭いという確認ができた。

 今度から友達を紹介してやろう。俺もあんまりいないけど。

 

「なんだ、なんだ? 与一や金時の奴はもうへばってんのか? お前ら、そんなんじゃ、このキャンプを乗り切れないぞっ!! もっと楽しく行こうぜっ!!」

「翔一、お前の元気を全部俺に分けてくれ。代わりに与一の中二病を上げるから」

「い、いらねぇよっ!!」

 

 紋々並に元気な男、風間翔一。そして、彼のゆかいな仲間達、川神ファミリーがこの場にやって来た。

 

「おや、なら私の熱烈な愛を受け取ってくれますか?」

「若、始めから飛ばすとばてるぞ」

「お、おっきいです」

「はい、ユキは意味不明な事を言うんじゃありません」

 

 普段通りでなによりな三人組も混ざっていた。

 美女率が上がったことは嬉しいけど、変な輩が若干名いる。

 

「やっほー、金ちゃん」

「ああ」

「金ちゃんが普通な対応!? 金ちゃん、大丈夫? 身体の調子とかおかしくない?」

 

 ぺたぺたと俺の身体を触って検診を始める。お前にそんな技術はないだろとツッコみを入れたかったが、面倒なので止めた。

 

「止めろ、燕。うざい」

「うぅ、良かったよ、いつもの金ちゃんだ」

「燕、うざいって言われて喜んでどうするんだ?」

 

 川神百代が呆れていた。

 この二人、今回のキャンプで注意しておかないといけない二人だ。いろんな意味で。

 燕は言うに及ばずだけど、川神百代、この人も危険だ。俺を見る目が獲物を狩る猛禽類のそれ――見たことはないけど――なのでかなり怖い。

 襲われたら、与一を生贄に召喚しよう。

 

「ゲンさんも来たんだね」

「一子にせがまれてな。ちっ」

「一子と義経は国の宝。あの笑顔は俺たち愛護団体が保護すべき」

「俺はそんな訳のわかんねえ団体に入った覚えはねえ」

 

 ゲンさんはそう言って歩いて行ってしまった。

 まだ休憩させろと訴える身体に無理やり命令して立たせる。

 ちらりと義経たちの方をみると、ガクトが言い寄っていた。清楚先輩がガクトに悟られないように、やんわりと追い払っている。さすがだ。

 弁慶はもう面倒の極みに達したのか、ただ川神水を飲んでいるだけだった。あ、いつものことだ。

 

「それじゃー、目的地目指して出発っー!!」

「おうっ!!」

 

 翔一と義経が元気よく歩き出す。

 あのエネルギーの根源はどこから来るのだろうか?

 場所が分かれば、俺もそこから供給したい。

 

 

 

 

 

 一時間ほど歩いて、俺たちは川の近くにテントを立てた。なぜか、テントづくりには自信があると与一が進言し、任せてみると本当にすぐに出来上がった。

 

「誰でも、誇れることってあるんだな」

「本気で感心するんじゃねぇよ」

「いや、金太郎に同意だ。私も初めて与一が使える奴だと思ってしまった」

「あ、姉御」

 

 消えてしまいそうなそんな弱々しい声を出す与一の肩に、そっと手を乗せる。

 弁慶の中で与一の評価は最低辺だ。それが少し上がったと考えれば、良かったんじゃないか?

 

「あっちは苦労しているみたいだね」

 

 風間ファミリーの方を見ると、いびつなテントが出来上がっていた。

 それを見た川神百代がふんがっーと叫んでいる。あれじゃ、テントとしての機能は皆無だからな。怒るのも無理はない。

 葵組は準が作ったテントをマシュマロちゃんが壊して遊んでいる状態だ。

 

「ここは与一をレンタルして、レンタル代としてあちらの食糧をぱくるという素晴らしい作戦が。わざわざ川で魚を取る必要もないし」

「そう言うことはいかんぞ。この場にいる皆はいわば仲間。協力し合わねば」

「紋々が大人すぎる」

「というか、金太郎の心が狭すぎるんだよ」

「あ、イラッときた。弁慶に料理は作らない」

「金太郎、大好き、結婚しよう」

「弁慶が安い女になったことに関して大将一言お願い」

「弁慶、そういう軽はずみな発言は控えろ、義経は固く言いつける」

 

 はーいと軽く返す弁慶。義経はハーとタメ息をつくばかりだ。心労が半端じゃないな。

 

「さてと、食糧を調達に行こうか。義経、釣りに行こう。ほら、弁慶も働け。義経が川に落ちて溺れたら大変だろう?」

「確かに」

「義経は泳げるから平気だっ!!」

 

 ぷんぷんと腕をふって抗議するが、弁慶に優しく宥められる。へぅと恥ずかしがりながらも、撫でられ続ける義経は本当に癒し。

 

 

 

 

「ほい」

「わー金時は凄いなっ!! これで10匹目だぞ」

 

 俺のアミには既に大量の魚が入っている。この川神山の川はすごく特殊なようで、全部食える魚だ。

 明らかに、タイのような川にはいないはずの魚も泳いでいるのだが、きっとこの山には神秘的な何かがあるんだろう。

 

「てい」

 

 弁慶は必死に蚊と戦っている。

 今日は学校に行くわけではないので、皆私服だ。義経は短パンにTシャツと元気っ娘の象徴のような格好。弁慶は黒いYシャツにジーパンと着飾るような格好ではないけど、大人っぽくて似合っている。

 二人とも手足が露出しているので、虫よけスプレーを使っているのだが、やっぱり蚊に吸われてしまう。

 

「義経、ちょっと遊ぼうか」

「そうだな。食料は確保できた。なら少しばかり遊んでも紋白も怒らないだろうと義経は考える。弁慶はどうだ?」

「参加しよう。ちょうど水着を着て来ている」

 

 がばっと大胆に上着を脱ぎ捨てる弁慶には脱帽するけど、その反動で胸につけた低防御力が外れかかっている。双子山がぷるるんって音がしたよ。ホント、ありがとうございます。

 俺は無意識に頭を下げていたことに気づいた。

 

「常時戦場。私はいつでも戦える準備はできている」

「弁慶っ! 素晴らしい心構えだ。義経は深く感動しているぞ」

 

 ハハっとはしゃぎながらも、義経も服を脱ぎだした。気が高ぶって露出狂にでもなったかと思ったが、そうではなかった。青色のビキニを身に着けている。ちなみに弁慶は白のビキニ。紐という有ってないようなもので布地を繋いでいるので、ポロリが期待できる。

 男は所詮エロス。

 

「俺は義経が溺れても助けられるように海パンをはいている」

 

 臨戦態勢だ。

 俺はいつでも飛び込むぞ。

 

「金太郎、どう? 見惚れた?」

「後布一枚がなかったら確実に落ちていた。残念」

「さりげにセクハラ発言を混ぜてくる。やはり金太郎はエロいな」

「義経はえっちなのはいけないと思う」

「男は羊の皮を被った狼だ」

「よーし、では狼を狩ろうじゃないか。義経、行くよ」

「おう」

 

 義経は風のようにふわりと跳躍して、俺の背後をとった。

 ばしゃんと水が弾ける音がしたが、そちらに気をとられれば弁慶に捕まり、川の中に沈められてしまう。

 

「あはは、えい、えい」

 

 背中に大量の水を浴びる。義経の地味な攻撃に俺はダメージを受けている。

 このまま1時間くらいくらい続ければお腹が冷えて、トイレに駆け込むことになるかもしれない。なんて長期戦な戦いなんだ。

 

「ふふふ、私だけを警戒していていいの?」

「伏兵参上ーなのだっ!」

「狙い撃つぜっ!!」

 

 まさか挟撃。俺の左右を取り囲む輩が現れた。紋々と与一だ。しかも、水鉄砲、紋々に至っては、明らかに九鬼製であろうバズーカのようなものを持っていた。

 

「集団リンチとは。昨今の若者の教育はどうなっているんだ?」

「遺言はそれでいいのかい?」

 

 弁慶はどこに隠し持っていたのか、マシンガン型の水鉄砲を俺に向けて発射した。

 俺は右足を下げ。半身の状態になり、まっすぐ飛んで来た水の弾丸をかわす。

 俺の後方に控えているはずの義経に直撃……なんてことにはならず、義経もまた軽やかにかわしていた。

 

「ここはフェアに俺にも武器を」

「ここは戦場だぜ? フェアなんて言葉があるかよ」

「なら、奪うまでっ!!」

 

 与一に向かって突撃する。

 

「バカな奴め。それを待っていたぜっ!!」

 

 与一のライフルが火を噴き、水の塊が襲いかかるが所詮は水、効かぬはっ!!

 

「おい、それはないだろっ!!」

「知らん、勝った者が正義だっ!!」

 

 俺の行動に驚いた与一は接近を許し、簡単に投げ捨てられる。投げる前に、ライフルをゲットしておいたから、これで俺も戦える。

 

「ふふ、遺言があったらどうぞ?」

 

 投げ終わりの態勢を見計らってか、今まで姿を現さなかった大ボスが俺の背後に銃を突きつけていた。

 

「清楚先輩……グッジョブ」

 

 振り返った俺の後ろには清楚という名前とは正反対の黒いビキニ。パレオを腰に巻いて生足を少しばかり隠している女性がいた。隠れている分逆にエロかった。

 そしてその女性はニッコリ笑って引き金をためらいなく引いた。

 これ、ホントに水か? いや、そんなことはどうでも良い。なんとかこの芸術的風景を目に焼き付けねばと俺は必死になって目を見開いたが、見えた景色は完全を覆う程の大量の水だった。

 

「悲しい戦いだ」

「与一が死に、金時も散ったか」

「俺は死んでねぇっ!!」

 

 ばしゃりと川の中から与一が跳び起きた。俺も大量に口の中に入った水をぺっぺと吐き出す。

 

「ふっはっはっは、チーム九鬼が金時を退治してやったぞっ!」

「清楚が最後まで隠れていたおかげだね。アイコンタクトだけで分かってくれるなんて、私達通じ合ってるー♪」

 

 話を聞くと俺達が釣りを終えたあたりで、紋々たちはこちらにやって来ていたらしい。

 それに気づいた弁慶が視線で隠れるように伝えると、紋々は頷いて準備を整える。

 弁慶と義経が囮になって俺を誘導し、紋々たちの攻撃へ繋げる。

 そして最後は清楚先輩。二重、三重と仕掛けられた作戦に俺はやられてしまった。

 

「だが、実際の戦場であったら与一が死んでいた。義経はそれが悲しい」

「お前はさっきから俺を殺そうとばかりしてるな」

 

 義経の発言に与一は若干落ち込んでいた。

 

「金太郎は防御に関してならこの中の誰よりも優れているからね。舞で身に着けたしなやかな動き。私と義経がコンビを組んでも崩せないんだし、与一を生贄に出来れば大金星だよ」

 

 九鬼の訓練所で、舞の練習ついでに弁慶たちと模擬戦をすることがあるけど、守ることに徹すれば負けることはない。まあ、攻撃ができないから勝つこともできないんだけど。

 

「余計な事を考えさせて、思考を鈍らせれば意外と簡単に討ち取れると分かったことは大きいね」

「先輩は金時の奴をどうしたいんですか? というか、なんでコイツは討ち取られたんですか?」

 

 与一が清楚先輩に尋ねるが、うーんと考え込むだけで明確な答えを出さなかった。

 本能的に勝負事には勝たないと気がすまないのかもしれない。

 

「さて、お昼にしようか? 午後はモモちゃんたちも誘って皆で遊ぶんだし、体力回復しないと」

「食糧を確保して、川に沈められる。金時、お前可哀想な奴だな」

「与一に同情されるのが、一番可哀想だよ」

「「「うん、うん」」」

 

 義経まで頷くとは思っていなかったのか、与一は一人テントのある方に歩いて行ってしまった。

 

「あ、待ってくれ与一! ち、違うんだっ」

 

 義経も慌てて与一の後を追いかける。

 

「服、持っていてあげないとね」

「そうだね」

 

 義経も与一のことは可哀想な奴だと思っていたんだね。

 



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第13話 コンビ

「はい、与一」

「おう」

 

 釣った魚を捌いて、与一に渡す。

 盛り付けとか細かい作業が割と好きな与一は刺身が美味しそうに見えるように頑張っていた。

 たぶん、一発目で弁慶あたりが崩すからその努力は一瞬で泡となるんだけど、楽しそうだから指摘はしない。

 

「夕食は皆でバーベキューなんだよね? その場合準備するのって……」

「まあ、お前になるだろうな」

 

 大人数で来てこの体たらく。料理ができる人間が限りなく少ないこの場では、出来る人間が頑張るしかない。

 もう少し人選を考えるべきだと思う。熊ちゃんとか熊ちゃんとか熊ちゃんとかが欲しい。

 食事の用意を終えると簡易テーブルの上に並べていく。

 既に座ってたべっている女子たちは俺たちが持って来た料理でぱっと笑顔になった。

 

「清楚先輩の手料理が食べたい。義経でも可」

「金太郎、私は?」

「弁慶はカップ麺とかを平気で手料理とか言いそうだから良い。あと当然のように川神水がセットメニューで出そう」

 

 ぐうの音もでない。

 図星をつかれた弁慶は金時の料理を不満そうにパクつく。

 

「この料理を出された後に作るのはちょっと勇気がいるかな?」

「義経も同意だ」

 

 金時の料理のレベルの高さに清楚も義経もあまり乗り気はしなかった。

 幼少の頃から仕込まれた料理技術が仇になる格好となってしまった。

 

 しばらくすると皿に盛られた料理はなくなった。

 後片付けくらいはと清楚達が申し出て、金時と与一は岩場に座ってゆっくりとくつろいでいる。

 

「この後は川で遊ぶんだっけ? すでにやってしまった感が……」

「なんかイベントを考えているみたいぜ。紋白の奴がさっきから楽しそうにしてたからな」

「紋々はいつもあんなもんだと思うけど」

 

 ない胸を張って偉そうに笑う少女を金時は見てタメ息をついた。

 

「まあまあ、私の水着姿がまた見れるんだよ? それで十分じゃないか」

「お前は普通に片づけをサボるな。義経が不憫だ」

 

 弁慶は当然のように金時の横に座っていた。

 

「私も申し出たんだ。だけど義経がいらんと断って来た。悲しいなう」

「川神水を飲んでフラフラの弁慶はいると邪魔だからな。的確な状況判断、さすがは英雄」

「なにおー」

 

 弁慶が金時を掴もうとするが、それは簡単に払われ逆にぽすんっと弁慶が金時の方に吸い寄せられてしまう。

 

「この後動くんだから、ちょっと横になってろ。乙女として終わるぞ」

「姉御相手によくそんな事が出来るな。マジで尊敬だぜ」

 

 膝枕。金時と弁慶の間ではよく行われる。

 本来は弁慶が金時に対してするのが普通のだが、たいていはその逆である事が多い。

 ありえんものを見た、そう言わんばかりの与一は顔をしかめながら二人を見ていた。

 

「この体勢が一番弁慶が女の子らしい時なんだよ」

「私はいつも女の子だー」

 

 うーと唸りながら暴れる弁慶を金時は髪を撫でることで大人しくさせた。

 

「弁慶の髪は弁慶って感じがするよね」

「なに言ってんの?」

「義経や清楚先輩みたいなロングだったら弁慶って感じがしないなって」

「昔からこうだから、そういうイメージができてしまったんだね」

「与一にバカにされてた頃はストパーをかけようか悩んでいたのにね」

 

 不穏な空気を感じた与一は戦略的撤退を開始する。

 弁慶の睨みがそうさせたとも言う。

 

「今はこれで良かったと思ってるよ」

「俺もそう思う。ストレートな弁慶ってなんか気持ち悪い」

「うるさいよ」

 

 ぽんっと金時の胸を叩いた。

 ごめん、ごめんと金時は弁慶の髪を優しく撫でる。

 それが良かったのか弁慶はんーと猫なで声をあげる。

 

「ねえ、金太郎?」

「何?」

「吐きそう」

「やめろ。ったくもう少し甘々な展開はないの?」

「私と金太郎はこんなもんさ」

「そうかもね」

 

 それからしばらく二人は無言のままだった。

 

 ■

 

「よーし、皆で遊んじゃうぞーっ!!」

 

 翔一がそう叫ぶとノリの良い連中が一切に「おー!」と呼応した。

 全員が水着になって今川の中に駆け込んでいく。

 若干名の男子陣は目の前に広がるパラダイスに前かがみになっていた。

 

「ぐはっ!」

 

 海坊主が撃沈する。

 天使がいたと、一人の少女を見てそう叫び、そして倒れて行った。

 

「じゅーん!!」

 

 小雪は血を拭いて倒れた準に跳び蹴りを入れる。

 

「ぐはっ!」

 

 小雪の蹴りで息を吹き返した準は、今度は小雪の蹴りに死にそうになっていた。

 ロリコンの死は近い。

 

「冬馬、準の人工呼吸が必要じゃないか?」

「そうですね」

 

 冬馬がそう言うと準がむくりと起き上がる。

 そしてささっと動いて金時の首をとった。

 

「おい、金の字よ、若に変な事を吹き込むんじゃなねぇよ」

「いや、準が紋々のしょぼい水着姿を見て死にそうだったから、助けてあげた方が良いかなって」

「お、おまっ! 紋様のあれを見て、何も感じないってのかっ!? どうかしてるぜ」

「どうかしているのは準の頭だよー。この不毛地帯」

「禿げ頭」

「この二人暴言に躊躇が一切ない」

 

 小雪と金時の言葉の暴力が準に襲いかかる。

 

「おい、何をそんなところで小さくなっとるのだ? 皆で遊ぼうではないかっ! フハハハハ」

「はい、遊びましょう! すぐにでも遊びましょうっ!!」

 

 天啓を得た準は紋白に付き従って川の中に飛び込んでいった。

 

「マシュマロ食べる?」

「食べません」

 

 金時と小雪はそんなやり取りをした後、川の中に飛び込んでいった。

 

「やれやれ、私もねっとりじっくり観察しましょう」

 

 冬馬はニッコリ笑うと、川で遊ぶ男女に目を向けた。両方ともいける冬馬にとってここは癒しの楽園なのである。

 

 

 

「さて、身体も温まったことだし、船バトルだ!」

 

 翔一がそう言うと、紋々が引き継ぐように大きめの荷物を準に持ってこさせていた。

 

「フハハハ! 九鬼特製の水上ゴムボート。一人乗りから4人乗りまで。みんなで楽しめるぞ」

「ルールは簡単。この川を滝のところからボートで漕いで、そこで次の奴にタッチして折り返す。ここを折り返し地点にするからな。最後の奴は滝にゴーだぜっ! 勝利チームの奴にはこの後の食事の準備の免除、さらには俺特製のなんか変な置物プレゼントだ!」

 

 「いらなーい!」と周りから非難されるが、ボート対決は行われる。

 これはチーム戦であり、風間ファミリーVSその他となった。

 戦闘技術が勝敗に直結するわけではないこの勝負だが、人数的なこともあり燕はS組チームに配属となる。

 

「なんか俺らだけF組なんだけど……」

「きっと負けた時には川に沈められちゃうよ」

「それは大丈夫。勝ち負けに関係なく俺が沈めるから」

「金ちゃんのエッチ。私の身体に触りたいんだね」

「岩で」

「それ死んじゃうよっ!!」

 

 京都のバカコンビが漫才をしている間に、エリートチームは作戦を立てていた。

 本来燕も金時も頭が悪い訳ではないのだが……。

 

「よしまずは我が先陣を切る。井上!」

「はいどこまでもお供いたします」

 

 紋白が騒ぎ、準が必死に漕ぐ姿が簡単に想像できてしまう。

 

「三人乗りは、私と与一君と金時君がよろしいかと」

「死んでも嫌だ」

 

 与一と金時の声は完璧に重なった。

 冬馬と同じボート、それも大きさもそこまでない事から密着率が高い。

 勝負がどうこうという問題ではなく己の男としての人生が終了しかねないために二人は強い意志で拒んだ。

 

「3人乗りは与一君と金君、あと弁慶ちゃんだね。ここで勝負を付けるってのが私達の作戦」

「燕は問答無用で一人としても、冬馬が羨ましい」

「ねえ、私ひとりなの……? 燕は寂しいと死んじゃうんだよ?」

「はい、一人乗りは決定。冬馬と俺をトレード。それですべてが解決」

「金時、我がままを言うな。義経も清楚と紋白が考えた作戦は問題ないと思う」

「義経にそう言われると……」

 

 金時は素直に首を垂れる。

 燕は全くのスルー。

 

「順番は紋白が最初、二番手に金時たち、三番手が義経たちで最後が松永先輩だ」

「燕と義経の心の距離感がこのメンバー発表でもしっかり伝わる」

「なんか私嫌われてる?」

「はい、俺きらーい!」

「ボクもー」

「はい、ユキは意味も分からず賛同しない」

「怒られちった」

 

 だが思いのほかダメージは大きく燕は地面にどよーんという効果音突きでのの字を書いていた。

 清楚が優しく肩を叩くが、それでも燕の元気はMAXからは程遠い。

 戦う前からすでに戦意が無くなってしまえば勝負にならないため、金時がタメ息をつきながらも燕に近づいた。

 

「元気出せって。燕はもともとボッチだったでしょ? 思い出すんだ。いつも缶蹴りの鬼になってみんなにそのまま放置されてしまった悲しい過去を」

「そんな過去はないよっ!!」

「それに比べれば、今の状況なんて辛くもなんともないだろう」

「話を聞いてっ!!」

「よし、元気が出たな。勝負事だ、やるからに勝つぞ」

「うー金ちゃんが酷い」

「燕ちゃん、どんまい」

「清楚も酷い。私を慰めてくれる優しい子はいないの」

「川神水がおいしい~」

「せめていじってっ!!」

 

 辛さが彼女を強くする。

 燕は悲しみを糧に強くなって舞い戻った。

 

「義経は松永先輩が偶に不憫に見える」

「不憫じゃないよっ。もーう、私頑張っちゃうから。皆に褒めてもらっちゃうんだから」

「燕、すごーい。パチパチ」

 

 金時の拍手に皆が続いた。

 そしてそれは乾いた拍手であった。

 

「井上、行くぞっ!」

「はい、紋様っ!」

 

 二人は燕に関わることなく準備を始めた。

 

「もう泣きたい」

 

 水上決戦が今始まる。

 

 ■

 

「両者とも準備はいいか?」

 

 審判を務める翔一。当然、彼も参加者であるため最初の合図だけの審判だ。

 

「紋様のために!」

 

 準は気合が入っている。一人でオールを二つ持ち、気合十分。

 紋々が目の前で水着姿で立っている。それだけで準の力は通常の3倍以上は確実だろう。

 

「大和のために!」

 

 対する相手の人選は大和と椎名の夫婦コンビ。

 大和が水着姿で目の前に存在している。それだけで椎名の力は通常の3倍は出るのだろう。

 

「どっちが想い人を力に変えられるかの勝負。名勝負かもしれない」

「真の変態決定戦の間違いだろ」

「与一、あれは純愛だよ。ただ愛が常人より重くて陰湿なだけ」

「それを純愛というのか?」

「知らん」

「知らねえなら言うなっ!」

 

 バカな会話をしていると翔一が腕を上げて勢いよく下げた。

 

「スタートだ!」

「うおぉぉぉぉぉーーっ!!! 紋様ぁぁあああああ!!」

「大和、大和、大和、大和、大和、大和、大和っ!!」

 

 すごく怖い。

 二人乗りなのに、どちらのボートも一人しか漕いでない。それなのにかなり早い

 

「おい、こっちに来るぞ。早く準備しろ」

「了解。ほら弁慶、出番だ」

「むふふふ~」

「戦力外が一名」

「姉御のそれは想定済みだ」

「金太郎~」

 

 ぽよんという音を俺の背中が奏でた。

 なんて素晴らしい楽器。正直、やる気がみなぎって来た。

 

「与一、俺たちの名コンビをみせてやろう。弁慶はおまけみたいなもんだ」

「おうよ。闇の――」

「紋様ぁぁぁあああーー!!!!」

 

 準の叫び声によって与一がの声が掻き消えた。

 紋々が俺の背中に張り付いた弁慶にタッチをして俺たちはスタートした。

 

 上流に向かって行く分、準たちよりもこぐ力は必要だ。

 俺と与一が左右に分かれてタイミングを合わせる。

 

「よーしつね、よーしつね、よーしつね」

 

 義経コールで息を合わせる。

 冗談で提案したつもりだったけど、なんか与一がノリノリだしタイミングもバッチリ。

 すいすい進んでいく。

 

「弁慶、頼む!」

 

 俺にもたれかかっていた弁慶。酔っているように見せて実はただ漕ぐのが面倒という理由でサボっていた。

 弁慶が酔った時は、背中をあずけて倒れてくる。後ろから抱き着いてくる場合、それはわざとやっている。

 それがわかっているからこそ、俺は弁慶に指示を出した。

 ここから先には突き出した岩がある。

 準や椎名は迂回しながら進んだ。ハイテンションの割に意外と冷静でリスクの少ない方法をとっていた。

 本来俺たちも岩を避けないといけないが、俺と与一は漕ぐだけで精一杯。器用にコースを変えるなんて事はできないから、暇している弁慶に頼むしかない。

 

「飛ぶよ」

 

 弁慶がそう言うと、一瞬の浮遊感。

 ボート後方を踏みしめて先端を浮き上がらせる。

 岩に激突するが、ちょうどいい角度で飛び出したことで、1Mほどジャンプすることになった。

 ざばーんと水しぶきが跳び、ボートが大きく揺れる。

 バランスを崩した弁慶は俺のほうに向かって倒れてくる。

 それを片手で受け止めて、弁慶が水中に落ちるのを回避。

 そのまま胸に押し付けるように弁慶を懐に抱き寄せると、与一と視線を合わせる。

 

「よーしつね、よーしつね、よーしつね」

 

 再度義経コールで俺たちは完璧な連携を見せた。

 迂回せずにまっすぐ進んだ俺たちがこの2番手の対決を制する。

 その手があったかと、川神百代が向こうのボートで騒いでいたが、騒いだ拍子に力が入ったのか、ボートは転覆。

 俺たちは圧倒的差を付けて、風間ファミリーを下した。

 

 ■

 

「焼きが甘いぞー」

「うるせぇぞ外野! 俺様のダンディ焼きにケチつけんなっ!」

 

 勝者の余韻に浸る。

 所詮は水遊びであったが、勝ちは勝ち。約束通り夕食の用意は免除され、ガクトを煽って遊んでいる。

 

「よし、風間翔一特製焼きそば完成だっ!!」

 

 一人鉄板を支配し、麺の王様になったかのように翔一は麺を焼いていた。時折、どこぞの料理漫画よろしく、麺を竜巻状に持ち上げたりと無駄にハイレベルな技術を見せている。

 唯一の3年生である川神百代は、料理が得意ではないのか一人黙々とキャンプファイヤー用の薪を組み立てていた。

 人間テトリスを行う彼女だ、薪の組み立ては得意分野だろう。

 

「金時、お前もこっちで話さないか?」

 

 義経にそう言われてガクトに別れを告げて、そちらに向かった。

 準に紋々、義経に弁慶と主従ペアが揃っている。

 まあ、準と紋々は似非主従だけど……。

 

「何の話をしてるんだ?」

「紋様がいかに素晴――」

「はいはい、で?」

「この後の肝試しの話だ。義経は怖いのが正直苦手だ。だから止めようと皆に提案していたんだ」

「それは無理だろ。弁慶が義経の困ることを止めるわけがない」

「その通り」

「弁慶!?」

 

 腹心の裏切り。割とよくある光景だけど、義経は悲しかったのかどよーんと落ち込んでいる。

 そして弁慶は撫でる。うん、よく見る二人の光景だ。

 

「紋々は幽霊相手にもスカウトとかしそうだよね」

「フハハハ、九鬼アミューズメントパークの幽霊屋敷に招待してやるわっ!」

 

 口では強がっているけど、足は若干震えている。年相応なところもやっぱりある。

 よしよしと頭を撫でてやると、むーと唸るが手を払うようなことはしなかった。

 意外と懐かれているなと思っていると、準が俺の手を握りつぶさんばかりに掴んでくる。

 

「おい、金時、俺……キレちまったよ」

「ロリは愛でるもの。お前のポリシーだろ? なんの不満がある?」

「紋様にきやすく触れていることだぁっっ!!」

 

 そう言って準が本気で殴りかかってくる。

 この状況で躱すと紋々に被害が出かねないので、繰り出して来た拳を上方に弾いて懐に入る。

 前足を払って態勢を崩し、弾いた手と逆の手を引っ張って準を完全に浮かせる。

 

「よいしょっ」

 

 さすがに叩きつけるのは可哀想なので、近くの川の方に投げ込んでおいた。

 ばっしゃんっと思いのほか大きな水しぶきを立て、かつ水面から浮き上がってこなかったけど、ごつごつした地面に叩きつけるよりは良いだろう……たぶん。

 

「相変わらず見事なことよ。柔よく剛を制す、まさにそれだな」

「違うよ、紋白。金太郎は舞とか戦い方とかで勘違いされがちだけど、純粋に力もあるよ。私も川神水の力を借りないと金太郎との力勝負には勝てそうにないからね」

 

 反応に困る。川神水で力が上がる……気がしない訳でもないけど、弁慶は基本的にぐでんぐでんのイメージしかない。

 適量だった場合の話かな?

 

「金時はその見た目に反してやはり有能だな。どうだ、その力九鬼で使ってみる気はないか?」

「ない。それに高校を出たら実家に戻る気だしね。俺の終着点はあそこだから」

「不満はないのか?」

 

 真剣な表情の紋々。珍しい。

 

「ないよ。舞は好きだし、家を継ぐことに対して何かを思ったことはない。今は好きにさせてもらっているしね。だから、俺はそれで良いと思っている」

「そうか」

「まあ、九鬼紋々って大企業とのコネもできたし、坂田家の将来は安泰ですな。かっかっかっか」

「たわけめ。能力を示してこその九鬼ぞ。コネ程度で慢心するなど愚の骨頂と知るがいい」

 

 偉そうに、もう本当に偉そうにそう言った。

 でも笑顔だ。

 だから、なんとなく頭を撫でた。

 

「金太郎が紋白に懸想の予感」

「そんな事になったら、犯罪者の予感」

「さっき川に放り込まれた河童は?」

「妖精だ。だから河童の川流れをしているんだよ」

「意味不明」

「川神水を飲め」

「合点」

 

 弁慶にあらぬ疑いをかけられそうになったけど、なんとか回避したようだ。

 とりあえず川神水的なことを言っておけば、弁慶は簡単に誘導できる。

 

「お前達は相変わらずよな。付き合ったりはせんのか?」

「紋々の直球すぎる質問に脱帽」

「うーん。どうなんだろうね? 金太郎、私のこと好き?」

「好き、好き、だーい好き。弁慶は?」

「すきー」

「字面と実際がまるでかみ合っておらん。お前たちは本当に好いているのか?」

「真面目に答えると困るよね、その手の質問は」

「黙秘権を行使する」

 

 子供故か、それとも何か思惑があるのか、紋々の質問は俺たちを困らせた。

 ちょっと横目で弁慶を見る……普通に酔ってる。うん、何も分からない。

 

「義経は、金時と弁慶はお似合いだと思うぞ。だが、これはあくまでも義経の意見だ。二人の思う通りにしてくれ」

「してくれと言われても。弁慶さん、俺と付き合う気がありますか?」

「あるあるー」

「このダメっぷりですよ? すでに前後不覚の状態です。真面目な返答は無理ですね」

 

 もう勢いよく川神水を飲む弁慶を誰も止めることはできなかった。

 正直、良かったと思う。

 皆がいる前で、告白タイムとかかなり恥ずかしい。

 



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第14話 二人

 夕食を終えてから肝試し大会が始まった。

 肝試しと言ってもただ夜の山を徘徊するだけなので、取り立てて怖い事はない。

 まあ、野性の動物にエンカウントするかもしれないが、基本的に熊以上でも倒す猛者たちが多くいるので、大丈夫だと思う。逆に狩られてしまいそうな動物たちの方が心配だ。

 

「へい! くじを引いてくれ。番号が振ってあるから、同じ奴がペアだぜ」

 

 翔一が用意したであろうクジ箱。

 各々がクジを引いていく。

 人数は全員で20人。男9人、女11人。一斉にクジを引いたため、必ずしも男女のペアになるわけではない。

 

「なぜだーっ!! なぜこんな惨い結果に……」

 

 ガクトは叫び。

 

「若、俺、もうダメだ」

 

 準は死にかけ。

 

「大和、大和、大和、大和」

 

 椎名は壊れた。

 

 ガクトとモロ、なんかもうワンセットな気がする。

 大和は葵冬馬と。準はマシュマロちゃん。椎名は翔一、義経と与一、清楚先輩と燕、一子と源さん、クリスと後輩、紋々と川神先輩、そして弁慶と俺。

 

「紋々のところがひと波乱の予感」

「ガクトとモロも危険」

 

 椎名がムフフとニヤついている。

 

「その感じだと、大和と葵はもっと危険。大和の貞操は奪われると言っても良い」

「はっ! 大和は私が守るっ!」

 

 狩人の目つきになった椎名は隠密行動を開始する。すでにパートナーの翔一は放置された。まあ翔一も自由人だから問題ない気がするけど。

 

「やっぱり私達は赤い糸で結ばれているのかね?」

「ロマンティックな言葉がお望みで?」

「いーんや」

 

 俺の横に立った弁慶はいつものように笑っていた。

 確かにこのメンバーの中から男女ペア、さらに言えば仲良し二人組になる確率は意外と……あれ高い? 一子と源さんもそうだし。与一と義経もそうだし。

 

「……赤い糸なんて存在しないんだよ」

「何、その悟りを開いたような顔は?」

 

 弁慶が珍しく俺の事を心配してきた。

 ただ顔を引っ張ったりするのはやめてもらいたい。

 

「肝試しってドキドキするね」

「美少女と一緒って所に?」

「ううん。本当に幽霊がいたとして、自分に憑依でもされちゃったら恥ずかしい過去の記憶とか見られるんだよ? なかなか恥ずかしい」

「…………」

 

 弁慶が与一を見るような目で俺を見ていたと思う。

 暗がりで良かった。暗い時、人の表情は見えにくい。

 雰囲気から察せてしまう感知能力の高さがこの場合裏目に出ているけど。

 

「よーし、夜のデートを楽しもう」

「そう言えば、デートみたいだね」

「腕でも組みますか?」

 

 冗談で言ってみると、俺の腕に柔らかな感触が伝わって来た。

 

「ドキッとしたでしょ?」

 

 下から見つめる弁慶。ただの飲んだくれだと思っていたけど、今の彼女を見ていると、ただの美少女にしか見えない。

 当然と言えば、当然で、俺の胸はものすごくドキドキしている。

 弁慶のパイオツなんて何回か見てるし、こうやって抱き着かれるのも初めてじゃない。

 なのに、なぜかドキドキする。

 暗がりというのもあるのかもしれない。

 肝試しって凄いなと本気で思った。

 

「ちなみに私が恐怖した時、この腕はボキッと逝くと思う。物理的な意味で」

 

 肝試しってすげぇ怖いなと思った。

 

 ■

 

「何もないね」

「そうだね」

「でも、人の叫び声が聞こえるね。今のは、義経かな?」

 

 おそらく与一に泣いて飛びついている頃だろう。基本的に義経は怖がりさん。近くに弁慶がいないことが唯一の救いかもしれない。

 

「私が義経のそばにいれば、不安を取り除いてあげるのに」

「不安を煽るの間違いでは?」

「そうとうも言う」

 

 ぺしっと弁慶の額にデコピンをかますと、俺の腕がみしっと音を鳴らした。

 本気で腕を折る気だろうか?

 

「ねぇ、金太郎?」

「なに?」

「二人きりだから聞いちゃうけど」

 

 俺はおおっと思ってしまった。

 弁慶さんとラブリーな展開になるとは思わなかったから。

 

「松永燕のこと好きでしょ?」

 

 崖から蹴り落とされた気分だった。獅子は子を千尋の谷に突き落とすというけど、親獅子から見捨てられた子供の気分が今の俺には分かる。がっかりだ。

 

「ないわー。それはあかんよ、弁慶さん。それはあきません」

「似非関西弁がでてるよ」

「俺は京都出身だから」

 

 でも、標準語の方が話しやすいんだよね。

 

「で、どうなの?」

 

 楽しそうに言う弁慶。だけど、なんかいつもと違う気がする。

 

「ない。それはない」

「…………」

 

 ぐいっと顔を近づけて俺の目を見てくる。

 正直に言えと、弁慶の顔が訴えていた。

 

「ないよ。本当に」

「あれ、そうなの?」

「そうなの」

「てっきり惚れていると思ったよ」

「どこをどう見ればそうなるんだよ」

「松永先輩には遠慮がないところ」

 

 遠慮? あいつにそんな事をする意味があるだろうか?

 

「その理屈でいけば、弁慶は与一にぞっこんということに」

「ごめんなさい。私が間違っていました」

 

 珍しく弁慶が頭を下げて来た。

 密着状態だから、弁慶の髪が口に当たって気持ち悪い。

 

「燕は俺にとってはどこまで行っても姉だよ。小さい頃はガキ大将みたいで、今でいう川神先輩と大和みたいな関係だった」

「うわぁー」

 

 それが正常な反応だと思う。

 大和はなぜか受け入れているけど、あんな状態が毎日続いたら、逃げるよ普通。俺は逃げたもん。

 

「でも、憧れもあった。なんでもできるし、外面は良いし。ついでに母親は美人さん。父親はちょっとダメな人だけど」

「松永先輩に関係ない部分が出て来てない?」

「そう? まあでも、燕は納豆の星からやって来た納豆姫だから、普通の地球人の俺とは合わなかったんだよ」

「おーい、姉と呼んださっきのセリフはどこ行った?」

「おおっと。燕と納豆が切り離せないから、そんな思考に至ってしまった。俺と燕が姉弟なら俺も納豆に……そんなのごめんだ」

 

 納豆とは縁を切っているからな。

 

「結局、松永先輩を好きにならない理由って納豆?」

「いーんや。それはちゃう」

「じゃあ、なに?」

「納豆は理由の一つ。燕はなんというか、なんでもできちゃうんだよ。だからこそ面倒くさい」

「どういう意味?」

「一人で何もかもやって、自分で解決する。他人を頼るってことをしない。頼られないっていうのは男として情けないでしょ?」

「それは昔の話しでしょ? 今の金太郎になら困った状況になれば頼ってくると思うけど?」

「それはないよ。あいつは大変になればなるほど人に迷惑をかけずにやる。そういうバカな奴なんだよ。だからこそ、俺はアイツが嫌いなんだ」

「…………」

 

 弁慶は何も言わずにいたけど、少し歩いてから口を開いた。

 

「近すぎるから遠いってことなんだろうね」

「弁慶さんには珍しくポエミーな感じですこと」

「ちゃかすな」

「あ、いて」

 

 先程の仕返しか、空いていた手を使って俺の額にデコピンを放ってきた。

 デコピンというかデコバシくらいの音だけど、弁慶さんだからしょうがない。

 

「頼って欲しいと思いながらも、心のどこかで遠ざけている。燕なら大丈夫みたいな、そんな憧れの感情が金太郎にはあるんだよ」

「…………」

「頼りたいけど頼らない姉と、頼って欲しいけど頼られたくない弟。随分と面倒な姉弟だね」

「うるさいよ」

 

 いわんとしていることはなんとなく分かる。

 

「でも、だからこそ二人はどこまで行っても姉弟なんだろうね。男と女じゃなくて」

「今日は随分乙女な弁慶さんじゃないですか。どうしたの?」

「いやー私も乙女だったってことだよ。気になる異性に女がいたらとか考えてしまう、ね?」

 

 ドキッとした。

 本当に、心がどくんと脈打っているのを感じる。

 

「今、ドキッとしたでしょ?」

「かなりやばかった。弁慶さん可愛ユス、と俺の脳内パソコンに高速で連打してしまった」

「ふふーん、私は可愛いだろ?」

 

 デカい胸を張って、そう言う弁慶を無性に抱きしめたくなった。

 もし弁慶と付き合っていたらそうしていただろう。

 こんな時になって、弁慶の彼氏という言葉が頭の中に溢れだしてきた。

 弁慶の隣を歩く男が、俺はじゃなくて、例えば大和だったら? 翔一だったら? そう思うと、妙に苛立ちを覚えた。

 

「どうした?」

「いや、俺って弁慶のことかなり好きだったんだなって思って。介護の必要な飲んだくれ程度にしか思っていなかったんだけど、実は違ったらしい」

「妙な告白の仕方があるもんだね。それじゃあ、私の好感度は上げられないよ」

「ワタシ、ベンケイ、スキ」

「誰が、似非外人になれと言った」

 

 弁慶のチョップが俺の額に直撃した。

 思いのほか痛かった。

 

「…………」

「さ?」

「好きだよ、弁慶」

「私もさ」

 

 自分の顔が真っ赤だと分かる。

 湯気が出ているかもしれない。

 でも、そんなことはどうでも良い。

 ホント、どうでも良い。

 

「よろしくお願いします」

「お願いするのはこっちだよ。私は金太郎がいないとおそらく生きてはいけない」

「飲んだくれめ」

「頼って欲しいんでしょ?」

 

 言わなきゃ良かったと思う反面、言ってよかったと思う自分がいた。

 

 ■

 

 肝試しを終えて帰って来たとたん、ガクトが全力で俺のほうに向かってきた。

 俺たちはいまだに腕を組んでいる状態だ。それを見たからこその行動だろう。

 

「おま、弁慶さんとなんて羨ましい関係をっ!」

「はっはっはー。ぶぃ」

 

 とりあえず、煽ってみるとガクトは走り去ってしまった。

 

「弁慶ちゃんと金君、おめでとう」

 

 清楚先輩がその名の通り穢れのない笑顔でそう言ってくれた。俺たちをからかうような意図はなく、純粋にお祝いしてくれているみたいだった。

 

「もしかして聞いてた? 清楚も人が悪いなー」

「ううん。でも、弁慶ちゃんの顔を見れば一発で分かったよ。今の弁慶ちゃん、もの凄く可愛いもん」

 

 清楚先輩には手が出せないのか、弁慶は顔を背けることで表情を隠した。

 

「うー私の金ちゃんが」

「コノヒトアタマオカシイデス」

「なんで片言!?」

 

 燕はとりあえず適当に流した。

 いちいちツッコむのも面倒。そしてなによりつけあがるから。

 

「今からキャンプファイヤーだよ。二人で楽しんでね」

「清楚先輩がおかんに見える」

「私もー」

「わ、私は二人みたいな子がいる歳じゃないからっ!!」

「本気で対応してくれる清楚先輩に拍手」

「なでなでー」

 

 清楚先輩で遊んでいると、翔一から集合の声がかかった。

 

「皆、踊るぞーっ!!」

 

 男女で踊るという概念など存在していないかのように、翔一は一人で踊りはじめる。何踊りと言えばいいのか、全く分からないが楽しそうだから良いと思った。

 踊りは何よりも楽しいのが一番。

 

「金太郎、本物を見せておくれ」

「二人でラブるってのはない訳?」

「それはいつでもできる。でも、私の彼氏を自慢できるのはこういう時じゃないと無理そうだから」

「それは褒めているの? 貶しているの?」

「川神水がおいしい~」

 

 弁慶さんとの恋愛はきっと茨の道になるんだと確信した。

 

「まあ、弁慶にそう言われたら、やるしかないでしょ」

「ふぁいとー」

「合点」

 

 皆が踊っている中、俺が中心に向かうと動きを止めて俺のほうを見て来た。

 

「僭越ながら、ここはひとつ舞わせていただきます」

 

 一礼をすると、それぞれが腰を下ろした。

 

「楽しんでください」

 

 何よりも弁慶に楽しんでほしいと思った。

 

 ■

 

「さすがだな」

「紋白が私のところに来るなんて珍しいね」

 

 川神水を飲む弁慶の横に紋白が腰を下ろした。

 飲む? と弁慶が尋ねると首を横に振った。

 

「金時とうまくいったようだな。清楚が嬉しそうにしていたぞ」

「まあね。紋白は? 川神百代と何かあった?」

 

 紋白が川神百代を好いていない。それは九鬼にいる人間なら言われなくとも分かる事実だった。

 紋白が尊敬してやまない、姉揚羽を倒した存在。知識や才能に優れていても紋白はまだ子供。正式な戦いで敗れたと分かっていても、それをそのまま受け入れられるほど精神が成熟しきってはいなかった。

 

「何もなかった。というより、川神百代を我は大きく見過ぎていたのかもしれん」

 

 そう言った紋白の表情はとても晴れやかだった。

 子供の様に、事実、本当の子供の様に笑っていた。

 

「知っているか弁慶。川神百代はお化けが怖いのだとさ」

「へぇー」

「殴れれば倒せるけど、殴れなかったらどうしようもない。そう言って我の背中にしがみついて震えていたぞ。あの武神がっ」

「それは意外だった」

 

 義経という存在を知っているため弁慶はあまり大きな反応を示さなかったが、武神と言われるほどの人間でも普通の人間と変わらないのが少しだけおかしかった。

 

「姉上を倒した存在。それがどれだけ人間離れしているかと思ったら、案外そうではなかった」

「川神百代もただの人ってことだね」

「そうであるな。金時が我に教えてくれたことと同じであったぞっ」

「ほー。私のダーリンはなんて言っていたの?」

「ダーリンとはラブラブな奴め。こほん、アヤツは我にこういったのだ」

 

 ――いいか? どんなに凄く見えても人である以上弱点は存在する。完璧な人間などいない。だからこそ、納豆を世界からなくそう。

 

「なかなかに深みのある言葉だった」

「最後におかしな言葉が混ざっているけどね」

 

 しょうもないことを紋白に吹き込むなと弁慶は火の前で優雅に踊る金時に非難の視線を飛ばす。

 

「姉上も、武神も、そして我も、まだまだ不完全な人間。そして完全となることなどはないのであろう。今回はそれが分かっただけでも良かった」

「そーかい。さて」

「どうしたのだ?」

 

 紋白が不思議そうに立ち上がって弁慶を見た。

 

「私も踊ってこようかなって」

「フハハハ、初めての共同作業ってことなのだな」

「ちょっと違うけどね」

 

 弁慶はそう言ってから足早に金時の前に歩いて行く。

 近くで金時の舞に見入っていた面々は弁慶の登場になんだなんだと興味をかき立てられていた。

 

「来たよ、だーりん」

「お前、人様が必死に踊っていたのにあんまり見てなかっただろ?」

「見てたよ。ちゃんと」

 

 弁慶がそう言うと、金時の腕をとった。

 

「フォークダンスはやってみたいと思っていたことの一つでもあるんだよね」

「皆の前で二人で踊るとか、俺たちバカップルに思われるよ?」

「まあいいさ。気にせず行こうー」

 

 周りからの歓声とそして非難の声が上がる。非難の声を上げているのはガクト一人だけであるが。

 

「では一曲お願います」

「喜んで」

 

 二人のダンスは見ていたものすべてを魅了した。

 決して常人離れした動きをしたわけでも、洗練された動きをしたわけでもない。

 だが、二人のダンスは人を惹きつけた。

 

 二人への歓声は、これからの二人の未来への祝福だったのかもしれない……終わり。




 切が良いのでここで終了です。
 番外編を書くこともあるかもしれませんが……
 今まで見てくれた方はありがとうございました。


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