運命に現れる恐怖の根源 (ゼクス)
しおりを挟む
設定
何となくデータを漁っていたら書き掛けていたstay nightの一話を見つけたので完成させました。
zeroの方も近い内に再考し直して投稿します。
【クラス】バーサーカー
【マスター】イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
【真名】ブラックウォーグレイモン
【性別】男性
【属性】混沌・悪
【ステータス】
(人間時)【筋力】 B 【魔力】 B
【耐久】 C 【幸運】 A
【敏捷】 B 【宝具】 EX
(ブラックウォーグレイモン時)
【筋力】 A++ 【魔力】 B
【耐久】 A+ 【幸運】 A
【敏捷】 A++ 【宝具】 EX
(ブラックウォーグレイモンX時)
【筋力】 EX 【魔力】 A++
【耐久】 EX 【幸運】 A
【敏捷】 EX 【宝具】 EX
【クラス別スキル】
狂化:E
本来は完全に理性が存在し無い筈だが、ブラック自身が持つ宝具の影響で限りなく理性的な動きを行う事が出来る。その為に本来ならば上がる筈のパラメーターのランクアップは無くなっている。
【保有スキル】
気配遮断:A+
完全に気配を断てば発見しうることは不可能に近い。
しかし、人間の姿の時だけしかこのスキルは使用する事が出来ない。
心眼(真):EX
数え切れないほどの戦闘を繰り返した為に辿り着いた極地。自身よりも遥かに実力が上の存在でも、最適な戦い方をすぐに行えてしまう。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場に残された活路を導き出す『勝利する理論』を作り上げる。
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
戦闘続行:A+
死に瀕する大怪我を負っても平然と戦い続ける事が出来る。
どんな状態でもただ自身の勝利の為だけに戦い続ける。
直感:A
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
戦いの中で研ぎ澄まされた第6感はもはや未来予知に近い。
視覚、聴覚に干渉する妨害は全て無効にしてしまう。
【宝具】
『全てを従える意志力』
ランク:A++
種別:対人宝具
レンジ:1
最大補足:30人
自身の握った宝具を全て自身の凄まじい意志力で従えてしまう。
例え相反する属性を持った宝具であろうと、その属性さえも反転させて自身の宝具にしてしまう。
ただしAランク以上の宝具で在る場合は、従えるまでに時間が掛かる。また、あくまで手で握らなければ従える事は出来ない。また、この宝具のおかげで完全に理性が保てている。
『
ランク:B (X進化時)A
種別:対人宝具
レンジ:2〜3
最大補足:一人
竜の因子を持つ者に絶大な力を発揮する篭手。
自身にも作用するが、それさえも気にせずに使ってしまっている。
また、修復能力も宿っており、例え粉々に砕けようと、時間が経てば何時の間にか復活してしまう謎の宝具。
『
ランク:A
種別:対人(自身)宝具
レンジ:-
ブラックウォーグレイモンと融合する事によって更なる力を引き出す事が出来る宝具。
また、単独でも戦え、もう一体のサーヴァントと呼んでいい存在。その実力は並みのサーヴァントを超えている。
『
ランク:EX
種別:対人宝具
レンジ:2〜3
最大補足:一人
その名の通り全てを問答無用で初期化してしまう恐ろしい宝具。
例え他のランクEXの宝具であろうと、真の力を発揮しているオメガブレードに触れた瞬間に、問答無用で人々の幻想にまで初期化されてしまう。人々の平和を願う想いが具現化した剣だが、世界を滅ぼす存在かもしれないブラックウォーグレイモンを主と定めている。本来の所有者であるインペリアルドラモン・パラディンモードとブラックウォーグレイモン以外には絶対に触れる事が出来ない。
しかし、サーヴァントとして召喚された制約のせいでブラックウォーグレイモンはオメガブレードの真の力を三回以上使ってしまえば、以後真名開放は出来なくなってしまう。
『自らを縛る首飾り』
ランク:D
種別:対人(自身)宝具
レンジ:-
ブラックウォーグレイモンの世界に悪影響を与える因子を抑える首飾り。
この首飾りがブラックウォーグレイモンから離れた瞬間に、現界している全てのサーヴァントのパラメーターが2ランクアップするだけではなく、『単独行動:A』のスキルが付加される。
【詳細】平行世界の英霊。
信じられないほどの激闘の後にも戦いを繰り返し、その後に死後さえも戦い続ける為に世界と契約した。
本来ならば世界に悪影響を与える存在を世界は英霊として迎えたくはなかったが、ブラックウォーグレイモンの余りの生前の功績に特例として英霊と認められた存在。現在は本来の力の二、三割ぐらいしか使えないが、それでも並みのサーヴァントを一瞬で倒せてしまう実力を持っている。
その力は余りにも強大であり、制御するマスターの寿命さえも自身の力として扱ってしまう。また、その身から放つエネルギー系の攻撃は全て魔力を用いていないので、対魔力スキルを持つサーヴァントの天敵と呼んでいい存在。『自らを縛る首飾り』を外した時だけ、空間への干渉も行なえ、結界の類から簡単に脱出出来る。バーサーカークラスに収まった究極のイレギュラー。
【クラス】なし
【マスター】ブラックウォーグレイモン
【真名】ルインフォース
【性別】女性
【属性】混沌・悪
【ステータス】
【筋力】 C 【魔力】 A++
【耐久】 C 【幸運】 A
【敏捷】 B 【宝具】 -
【クラス別スキル】なし
【保有スキル】
忠誠心:EX
ブラックウォーグレイモン以外には絶対に従わない絶対の忠誠心
例え洗脳関係や相手を魅了するスキル、洗脳するスキルが相手に存在していても全てを無効化する。
魔法知識:A
異世界の魔法の知識を信じられないほど習得している。
その魔法は魔術師には全て未知のものなので、対処する事は不可能。対魔力スキルを持っているサーヴァントは逆に天敵である。
道具召喚:A
平行世界で使った様々な道具を呼び寄せる事が出来る。
例、サーチャー、デバイス、パソコンなど様々な某マッド製の物を呼び出せる。
無限再生:A
例え体が半分以上消失しても死ぬ事無く再生し続ける。
不死殺しや再生封じの宝具を使わない限り、倒す事は不可能。
【詳細】ブラックウォーグレイモンの唯一無二のパートナー。
ブラックウォーグレイモンと共に居る為だけに世界と契約した。ブラックウォーグレイモンだけに忠誠を誓い、他の者の命令は絶対に聞かない。数々の異世界の魔法知識を持っている。
その知識の前には魔術師は対抗する事が不可能。だが、逆に対魔力スキルを持つサーヴァントは天敵。
ブラックウォーグレイモンと融合してブラックウォーグレイモンに更なる力を与えられるが、世界の修正力の影響か、融合していられるのは五分と言う制限が付き、使用したら二十四時間進化不可能になる。
zeroよりもステータスが良いのは、雁夜ではなくイリヤに呼ばれたからです。
その分、因子が解放された時は世界からの抵抗が強まります。
例を挙げるのならば、ブラックを倒す為にマスターと言う枷が無くなる上にステータスが2ランクも上がります。
因みにハイスクールで手に入れた聖剣が無いのは、ブラックが要らないと言って誰かに渡したからです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
恐怖の根源召喚
世界から外れた場所に位置する空間。
魔術師達が『英霊の座』と呼ぶ位置の更に奥深くに、まるで干渉さえも禁じられた空間だと言うように封じられた『英霊の座』が存在していた。その空間だけには触れてはならないと言うように、『英霊の座』は雁字搦めに封印され、その『英霊の座』の主も『座』の中で無数の鎖に封じられていた。
その『英霊の座』の主も『座』の中で正体も知られては不味いと言うように、姿さえも覆い隠す程の鎖で雁字搦めに封じられ、ゆっくりと眠りについていた。
だが、決して干渉してならない『座』に干渉するように悪しき邪念と一つの切実な想いが篭もった魔力、そして詠唱らしき声が届く。
ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのならば応えよ。
されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者ーーー
(・・・・・・・ククククッ!!!!俺を手繰る者だと?・・・・笑わせる。誰だか知らんが俺を手繰る者などと下らん事を言ってくれたな!!)
ーーー汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!!---
(良いだろう!この場所に繋がれるのも飽きていたところだ!!!現世で暴れられるのならば、この声に応じてやろう!!!)
何処からともなくと届いて来た詠唱に応じるように、『座』に縛られていた存在は自身を縛っていた鎖を全て粉砕し、その身を完全に現した。
同時に悲鳴を上げるように空間が軋みを上げ、何としてもその存在を外に出さないと言うように無数の鎖が伸びるが、ソレを粉砕するように漆黒の大剣が振り抜かれ、封じられていた存在は現世へと向かい出したのだった。
遠く北の果てに存在する閉鎖的な魔術師の一族アインツベルン。
日本の冬木市と言う土地で行なわれている魔術儀式-『聖杯戦争』を構築した始まりの御三家の一つ。
巨大な古城の一角で『聖杯戦争』に参加する為に、今回の『聖杯戦争』の参加者である年頃は十歳前後の雪の精を思わせるような可憐な容姿の少女-『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』が開催よりも二ヶ月も早く参加資格であるサーヴァントの召喚を行なっていた。
本来ならば『聖杯戦争』が始まる二ヶ月も前にサーヴァントの召喚を行うなど不可能に近い筈なのだが、イリヤスフィールはとある事情によって不可能を可能にする事が出来た。
呼び出そうとしている英霊の名は『ヘラクレス』。前回の聖杯戦争での失敗を活かし、今回のアインツベルンの召喚するサーヴァントは七クラスの内、狂戦士のクラスである『バーサーカー』。大英雄の『ヘラクレス』を狂戦士にし、純粋な力だけで今回の聖杯戦争での勝利者となるのがアインツベルンの戦略だった。
聖遺物も揃い、サーヴァントを支えるマスターとして最高の適性を持っているイリヤスフィールならば失敗は在り得ないと召喚の場に集まっているアインツベルンの誰もが考えていた。
だが、その考えを否定するかのように召喚の魔法陣から荒々しい膨大な想念が立ち上り、イリヤスフィールの魔力が凄まじい勢いで吸い取られて行く。
「キャアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「こ、これは一体!?」
毅然として立っていたイリヤスフィールが胸を押さえながら床をのた打ち回る姿に、召喚の儀を見ていたアインツベルンの現頭首であるアハト翁も驚愕に満ちた声で叫んだ。
まさか、英霊ではない何かを召喚してしまったのではと召喚の場に集っていた誰もが思いながら魔法陣を見つめていると、突如として魔法陣から凄まじいまでの黒い光が溢れ、広間を覆い尽くす。一瞬にして明かりさえも見えない場に変わった事に誰もが驚愕に目を見回していると、徐々に黒い光はまるでビデオが巻き戻るように魔法陣へと集約する。
そして魔力が吸い取られるのが落ち着いたイリヤスフィールが、荒い呼吸をしながら胸を押さえて顔を上げてみると、自身を覆いつくすほどの巨大な影に気がつく。
一体何なのだとイリヤスフィールが顔を上げてみると、其処にはまるで闇が具現化したかのような漆黒の体に、金色の髪が後頭部から広がり、鈍く光る銀色の兜と胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に、三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人が負の魔力を撒き散らしながら立っていた。
イリヤスフィールはその魔力に生物として原初の恐怖を感じながら、漆黒の竜人を見つめると、サーヴァントのマスターとしての能力で目の前にいる相手のパラメータが映る。
【クラス】バーサーカー
【マスター】イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
【真名】???
【性別】男性
【属性】混沌・悪
【ステータス】
【筋力】 A++ 【魔力】 B
【耐久】 A+ 【幸運】 A
【敏捷】 A++ 【宝具】 EX
【クラス別スキル】狂化:E
【保有スキル】気配遮断:A+
心眼(真):EX
戦闘続行:A+
直感:A
「・・・・何?・・・このサーヴァント?・・こんなステータス・・今までの聖杯戦争のサーヴァントにだって記録されて無いわ?」
余りの巨大なステータスにイリヤスフィールは呆然とした声を出して、自身の前に立つ漆黒の竜人を見つめていると、ゆっくりと漆黒の竜人は辺りを見回し、まるで確かめるように腕を横に振るう。
漆黒の竜人がブン、と右腕を振るう音と共に凄まじい風圧が発生し、その先に在った窓ガラスが全て風圧に寄って粉砕され、ソレと共にその方向に運悪く立っていた数名のアインツベルンの魔術師が叫び声も出せずに外へと吹き飛ばされて行った。
いきなりの行動に広間に居た誰もが声を失って呆然と漆黒の竜人を見つめるが、漆黒の竜人は苛立たしげに自身を右腕を見つめる。
「チィッ!!・・・・此処まで弱体化しているとはな・・・まぁ、戦えるのならば我慢するか」
「・・・嘘・・・・喋った?・・・バーサーカーのクラスで呼んだのに」
口を利いた漆黒の竜人の姿に、イリヤは呆然と信じられないものを見たと言うように声を上げた。
バーサーカーのクラスとは文字通り狂った者を呼び出すクラス。本来ならば口を利くだけの理性など存在していないにも関わらず、目の前に立つ漆黒の竜人は平然と声を上げた。
広間に居る誰もが。召喚者であるイリヤスフィールでさえも声を失って漆黒の竜人を見つめるが、突然に広間にパチパチと拍手が鳴り響く。
「良くぞやった、イリヤスフィールよ。目的の英霊では無かったが、このサーヴァントは紛れも無く『最凶』のサーヴァント。此度こそ必ずや我らアインツベルンの悲願である第三魔法『
そうアハト翁は声の中に呪詛を秘めながらイリヤスフィールに声を掛けた。
イリヤはその声に毅然と立ち上がろうとするが、アハト翁が近づいた瞬間、突如として背後に居た漆黒の竜人がもはやこの場に用は無いと言うようにイリヤスフィールにもアハト翁に対しても背を向ける。
「下らん。貴様らの考えなどで俺を縛るな」
「何だと?・・・口の聞き方に注意しろ、
「俺は誰にも従わん。呼び声に応じたのは『座』から抜け出す為に過ぎん。『聖杯戦争』とやらに参加する英霊どもとは戦ってやるが、それ以外に貴様らに対してなど興味は欠片も湧かん」
「・・・イリヤスフィール。そのサーヴァントに教えてやるが良い。所詮自身がマスターに従うしかないサーヴァントだと言う事を」
「お爺様。令呪を使うのは幾ら何でも早計では」
イリヤスフィールは今後の『聖杯戦争』の事も考えて声を出すが、アハト翁は怒りを込めた眼差しで漆黒の竜人を見つめていた。
アインツベルンの千年に至る悲願を漆黒の竜人は知らずとも『下らん』と言う言葉で切り捨てた。その言葉は盲執に囚われているアハト翁にとっては赦し難い事だった。『聖杯戦争』で三回しか使えない令呪を早々使うのは不味いかも知れないが、目の前に居る漆黒の竜人には首輪が必要だとアハト翁は感じていた。
もしも首輪を付けなければ漆黒の竜人が好き勝手に暴れるとアハト翁は感じていたのだろう。その考えは間違いでは無かった。だが、付ける首輪をアハト翁は間違った。漆黒の竜人に対して令呪と言う強制的な首輪を使うこと自体が間違っていたのだ。それを表すように漆黒の竜人は低い声で“命じる”。
「やれ・・・・ルイン」
「仰せのままに、マイロード」
『ッ!!』
突然に広間に響いたアインツベルンで聞いた事も無い声に、広間に居たアインツベルンの関係者全員が目を見開いた瞬間、女性の右腕がアハト翁の胴体を貫く。
「グハッ!!!」
「えっ?」
アハト翁の胴体を貫き、血が辺りに飛び散るのを目にしたイリヤスフィールは呆然とアハト翁の胴体を貫いている右腕の主である銀色の髪に蒼い瞳の長身でロングコートを身に纏った女性を見つめる。
その女性から発せられている気配は明らかにサーヴァントの気配。だが、自身が召喚したサーヴァントは漆黒の竜人のはず。在り得ないはずの二体目のサーヴァントの出現にイリヤスフィールだけではなく、広間に居たアインツベルンの関係者全員が固まってしまう。もしもこの時に固まらずにイリヤスフィールが動いていたら、アハト翁は助かっていただろう。
しかし、イリヤスフィールを含めた誰もが固まってしまい、漆黒の竜人の指示を止められるものは一人も居なかった。
「さようなら、妄執に固まった老害さん。ディバインバスター」
ーーードグオオオオン!!!
女性-『ルイン』-は低い声でアハト翁に別れの言葉を告げると共にアハト翁を貫いている右腕は無く、左手から黒い砲撃が放たれ、アハト翁を貫いたばかりかその先に在った城の壁も粉砕した。
砲撃が止んだ後に残されたのは巨大な穴が開いた城の外壁に、上半身を完全に失ったアハト翁の亡骸。第二次聖杯戦争から現在の第五次聖杯戦争。実に一世紀どころか二世紀近くもアインツベルンを統べ、頭首の座に居た老魔術師の最後にしては余りにも呆気無さ過ぎる最後だった。
生まれる前からずっと自身を支配して来たアハト翁の余りにも呆気無さ過ぎる最後にイリヤスフィールは呆然とその場に残っているアハト翁の下半身を見つめるが、すぐに何故か笑いが込み上げて来て笑い出す。
「・・・・・フフフッ・・・フハハハハハハハハハハハハハハッ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!お爺様・・・フフッ、死んじゃったんだ」
「き、貴様!!!」
イリヤスフィールの言葉にアハト翁の死を認識したアインツベルンの魔術師の一人が怒りに満ちた声を上げるが、アハト翁を殺したルインはつまらなそうに自身の右腕に付いているアハト翁の血を振り抜く。
「私の方もかなり力が落ちています、ブラック様」
「フン、暴れるのには充分だ」
ルインの呼びかけに漆黒の竜人はつまらなそうに声を出した。
その自分達を全く気にしていない漆黒の竜人とルインの姿に、プライドの高いアインツベルンの魔術師達は怒りに満ち溢れて叫ぶ。
「戦闘用のホムンクルス達を呼べ!!イリヤスフィール!!其処のサーヴァントへの魔力供給を止めろ!!」
「・・・・・良いよ・・・もう良いや。バーサーカー!!やっちゃって良いよ!!」
『なっ!?』
イリヤスフィールの指示にアインツベルンの魔術師達は叫んだ。
だが、それが今のイリヤスフィールの心の底からの想いだった。或いは生まれる前から自身を支配していたアハト翁の死によって、イリヤスフィールは自らを縛るアインツベルンと言う鎖の崩壊を望んだのかもしれない。
そして自身の魔力供給先であるイリヤスフィールの指示に漆黒の竜人はゆっくりと体を向けて、アインツベルン城内に居る戦闘用のホムンクルス達が入って来る入り口を見つめる。
「肩慣らしには丁度良いか・・・ルイン、お前は其処に居る俺を呼び出した小娘を護れ」
「仰せのままに」
「さぁ、久々の現世での戦いだ!俺を楽しませろ!!」
漆黒の竜人は叫ぶと共に自身に向かって来る戦闘用のホムンクルスに向かって、歓喜に満ち溢れた笑みを浮かべながら飛び掛かった。
この日、北の凍土の大地で千年に及ぶ歴史を持っていた魔術師の家系が一夜にして滅ぼされた。ソレを知る者は殆ど居らず、その名が知れ渡りながらもその魔術師の家系が滅びた事は誰にも知られる事は無かった。
また、滅んだ数日後に一番近い空港から全身を黒尽くめで覆った男性と白い髪にルビーを思わせるような赤い瞳の少女が、白い服の侍女数名と銀色の髪の女性を伴って日本の冬木市へと旅立ったのだった。
Zeroで雁夜が使った詠唱が出たのは、ヘラクレスは明らかにアーチャークラスが適性高いのに、狙ったようにバーサーカーで召喚したので詠唱を加えたのだと考えました。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
冬木の地
冬木の地にある穂群原学園。
其処に通っている高校二年生の遠坂凛は魔術師だった。若いながらも冬木で行なわれる『聖杯戦争』を構築した御三家の一つの『遠坂』の現当主。五つの属性全てを兼ね備えた『
開催までの時間で言えばまだ一ヶ月半以上も日数が在るのにも関わらず、凛は必死に『聖杯戦争』に参加する為に準備を不機嫌そうにしながらも行なっていた。
と言うのも昨日学園の帰りに一人の銀色の少女と、その少女と同じ銀色の髪に長身の女性と出会ったからだった。
『こんにちは遠坂凛。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン』
『アインツベルンですって!?』
『凛は良く知っているでしょう。それで今日は『聖杯戦争』が一ヶ月半先に開催される事を教えに来たの』
『何ですって?・・・そんな・・・まだ前回の聖杯戦争から十年しか経っていないのに・・如何して!?』
『クスクス、どうしてだろうね?だけどね、重要なのは其処じゃないんだよ。一度しか言わないから良く聞いてね。“聖杯戦争は今回で最後。だって、アインツベルンが私を除いて滅んじゃったからね”』
『ッ!?・・・・ア、アインツベルンが滅んだですって!?』
イリヤスフィールが告げた事実に、凛は驚愕の余り声の震えが隠せなかった。
真偽のほどは定かではないとは言え、事実だとすれば『聖杯戦争』を構築した御三家の一つが失われたと言う事に他ならない。一体何がアインツベルンに起きたのかと凛が呆然とイリヤスフィールを見つめると、その横に立っていた女性が人では在り得ない膨大な魔力を発揮する。
その魔力を感じた凛は一瞬にして背後に飛び去って、一定の距離を保ちながら左腕に宿る『遠坂の魔術刻印』を光らせながら女性を見つめる。
『サ、サーヴァント!?』
『正解よ。彼女は私が呼び出したの。本当なら開催する二ヶ月も前にサーヴァントを召喚するのは無理なんだけど・・・少し裏技を使って呼び出したの。その代償がアインツベルンの崩壊だったけどね』
『クッ!!』
イリヤスフィールの言葉に凛は無駄かもしれないと思いながらも、左手の人差し指をイリヤスフィールの横に無言で立つ女性に構える。
だが、凛の人差し指の照準が女性に合う前に突如として女性の姿は凛の視界から消え去る。
『消えた!?一体何処に!?』
視界から消えた女性を探そうと凛は慌てて辺りを見回す。
その瞬間、突然背後から腕が伸びて来て凛の左腕がガシッ、と掴み取られる。
『ッ!?』
左腕を掴まれた事に凛は驚愕しながら背後を振り向いてみると、ほんの一瞬前までイリヤスフィールに横に立っていた女性が背後に立っていた。
一瞬にして背後に移動され、自身の家系の魔術刻印が宿っている左腕を掴み取られた事実に、凛は呆然としながら自分につまらなそうな視線を向けている女性の顔を至近で見つめていると、イリヤスフィールの笑い声が響く。
『クスクス、此れで凛は一回死んだね・・・もう良いよ、ルインお姉ちゃん』
イリヤスフィールの呼びかけに女性-『ルイン』-が凛の左腕を掴んでいた手を緩めた瞬間、凛は力任せに腕を振るってルインの傍から離れる。
ルインはその様子をやはりつまらなそうに眺めながら、イリヤスフィールの横に戻って怒りに満ちた視線を向けて来ている凛に顔を向ける。
『・・・・見逃すってわけ?』
『そうだよ。だって、凛には強力なサーヴァントを呼んで貰いたいんだもの。折角の『聖杯戦争』なんだから、やっぱりサーヴァント同士の戦いが醍醐味なんだからね。今日はあくまで宣戦布告。それじゃ頑張ってね、凛。次に会う時は本当の殺し合いの場だからね』
イリヤスフィールはそう告げると共にルインと共に凛に背を向けて、その場から去って行った。
余りにも無防備過ぎるその姿を凛は人生最大の屈辱に顔を歪めながら、ただジッと二人の姿が消えるまで見つめるしかなかった。
そしてその出会いの翌日から凛は学園に休学届けを出して家で魔術の修行と『聖杯戦争』に参加する為に準備を行なっていた。予想外の五回目の『聖杯戦争』の開催のせいで既に望んだ英霊を召喚出来る聖遺物を手に入れる手段は無い。
何よりも学生である凛では、聖遺物を手に入れる伝手も手段など無かった。両親は既に死別しているので、父親が魔術師として使っていた伝手なども失われている。ただ一つだけ可能性が在るが、その方法は凛としては出来るだけ使用したくないので除外した。ならば、魔術の修行を行なって聖遺物無しでの英霊召喚を行ない、召喚された英霊の実力を上げる以外に凛には方法が無かった。
聖遺物無しでの英霊召喚は、自身と相性が良い英霊が呼び出される。凛としては自身の魔術の特性も考えて三騎士に分類されるクラスである『セイバー』を望んでいた。
(絶対に許さないわよ、イリヤスフィール!!!この私を!遠坂凛を侮辱した罪!!億倍にして返してやるんだから!!!)
そう凛は怒りに満ち溢れながら、自身の魔術修行を行なっていく。
自身の今の行動こそがイリヤスフィールの本当のサーヴァントが望んでいる行動だとも知らずに。
冬木市郊外に存在する鬱蒼と茂った広大な森林地帯。
その広大な森林地帯の奥深くに巨大な古城であるアインツベルン城が存在していた。その城の主であるイリヤスフィールは、不機嫌そうにしている長身で黒尽くめの男性-ブラックの膝の上に座りながら、冬木市にばら撒いた探査用のサーチャーから送られて来る遠坂邸の外からの映像を楽しげに眺めていた。
「フフッ、凛たら必死になってサーヴァント召喚の準備を進めているね。学校にも行かないんだから、それだけ本気って事だよね、ブラック?」
「俺はソイツの事を知らん。だが、情報では天才だと言うらしいからな。やる気になればそれだけ楽しめる」
「そうだね・・・でも、凛に宣戦布告したのに間桐の方は良いの?まぁ、現在の間桐の後継者は魔術回路も失われてるから脅威じゃないかも知れないけど・・・間桐臓硯は脅威だよ。お爺様よりも三百年以上生きている妖怪だもの」
「だからこそ、奴らが自ら動くのを待つことが今のところは最良だ。お前にしても聞いた情報しか知っていない相手だ。時間はまだ充分に在る。お前が俺を早期に召喚してくれたおかげでな」
ブラックは手に入れた時間と言う力を有効に使うつもりだった。
北のアインツベルンを滅ぼす時に其処にいたアインツベルンの魔術師達から過去の聖杯戦争の情報もある程度は得られていた。イリヤスフィールはその時に自身の父に関する重要な情報を得られたので、ブラックがアインツベルンを滅ぼしたことに対して本当に何も思わなくなった。
最もそれでも長年抱いていた憎しみに近い蟠りは消えていない。ゆっくりとイリヤスフィールはルインから教えて貰ったサーチャーの操作方法を使用して、かなりの年月を感じさせる武家屋敷を映し出す。
複雑な感情が混じった瞳でイリヤスフィールは武家屋敷を眺め、ブラックはそんなイリヤスフィールの感情を感じたのか黙って監督役が住む教会と不気味な雰囲気を放つ間桐邸に神経を集中させる。沈黙が部屋の中に満ちていると、静かに部屋の扉が開き、何らかの資料を持った白い侍女服を纏った何処か人形のような印象を感じさせる女性が室内に入って来る。
「失礼します、お嬢様にブラック・・・頼まれていた情報が届きましたのでお渡しに来ました」
「ありがとうね、セラ」
女性-『イリヤスフィールの付き人であるセラ』-が渡して来た資料が纏まっているファイルをイリヤスフィールは受け取り、ブラックに見えるように広げる。
広げられた資料をブラックは素早く読んで行き、僅かに興味を覚えた項目に目を細める。
「ほう。『聖杯戦争』が開催されると分かって、時計塔と言う魔術師の総本山が執行者とやらを送り込む準備をしているか」
「凄いね。執行者って言ったら埋葬機関の代行者とも互角に戦えるって話だよ。しかも『
『
「クククッ、面白い。こう言う奴が参加すると言うなら召喚に応じたのは正解だったな・・・・ほう、やはり間桐とやらも諦めている訳では無いようだ」
次の資料を目にしたブラックは、御三家の最後の一角である『間桐』も聖杯戦争に必ず参加して来ると確信を深めた。
イリヤスフィールもその資料を覗いて見ると、其処には間桐の長女とされている間桐桜が、実は十一年前に遠坂家から養子に出された者だと言う事が書かれていた。
「ヘェ~、凛と桜って姉妹だったんだ。だとしたら、今の間桐の魔術は桜が受け継いでいるのかもね。これで桜があの家に出入りしているのに納得出来た。監視の為だったんだ。クスクス」
「・・・・・・果たしてそうかな」
「えっ?違うの?」
「桜とか言う小娘を見たが・・・アレは人形に限りなく近い。お前が見ていた家以外での行動は殆ど決まっている。操り人形に近いながらも、僅かに人を残したような印象を俺は受けた」
「フゥ~ン・・じゃ、臓硯の操り人形なのかもね。直接は出なくて間接的に臓硯が出て来るのかな?」
「フン、ああ言う裏方で暗躍する奴は気に入らん。今は動かんが聖杯戦争が始まったら潰してやる」
「フフッ、ブラックに潰されるなんて不幸だね・・・・ねぇ、ブラック・・・今日はもう良いよね・・一緒に出かけない?」
「・・・・・・・まぁ、構わんか」
「やった!!じゃ、肩車してよ!!ブラックって背が高いから凄く視界が広がるんだもの!!」
イリヤスフィールはそう言いながら手を伸ばすが、ブラックはゆっくりと膝の上に乗せていたイリヤスフィールを下に下ろす。
「外に出たらだ」
「は~い!!」
イリヤスフィールはブラックの言葉に素直に返事を返し、ブラックは不機嫌そうにしながらも黒いロングコートを羽織り、イリヤスフィールも自身の紫のコートを羽織るとブラックと共に冬木市へと向かい出した。
間桐家に存在する地下室。
暗く淀んだ其処は一般的な魔術師の工房と明らかに違い、大量の間桐の魔術で作られた蟲が存在していた。鼻が曲がりそうな臭気が常に充満し、湿っぽい空気で地下室は満たされていた。
その石造りの地下室の真の主であるまるで骸骨のような顔つき、光を一切宿さない目をしている間桐臓硯は焦りに満ちていた。五百年以上生きる間桐臓硯にとって大抵の事は焦る事ではないが、今回の件は焦る以外に他ならなかった。
自身が他の魔術師の家系である『遠坂』と『アインツベルン』とで構築した『聖杯戦争』と言う魔術儀式が今回で終わってしまう事が分かってしまったからだった。遠く北の大地で閉鎖的に過ごしていた魔術師の一族である『アインツベルン』が滅んだと言う情報がまるで図られた様に裏の情報で一気に流れたからだった。
当然その情報は臓硯にも届き、彼は焦るしかなかった。彼の願いを叶えるためには『聖杯』と言う奇跡が何よりも必要。だが、『聖杯戦争』を構築する為の御三家の一角が完全に滅びた今、『聖杯戦争』の存続は絶望的だった。だが、まるで天は彼を見放していないと言うかのように冬木の地にアインツベルンの者が現れ、更に六十年周期で起きる筈の『聖杯戦争』が僅か十年で起きると言う奇跡が起きた。今回の聖杯戦争には何としても勝利しなければならないと臓硯は心に決め、準備を急いでいた。
「予想外の事態じゃが、手駒は揃っておる。先ずは慎二を威力偵察に利用し、そして」
ゆっくりと臓硯は自身が作り上げた蟲の大群が蠢いている下を見下ろす。
其処には美しい肢体を晒しながら、次々と女性が見たら生理的嫌悪感を感じずにはいられない蟲に群がられている紫色の瞳と髪の高校生ぐらいの女の子の姿が在った。
蟲達に次々と犯されている女の子は艶めかしい声を上げるが、その瞳には意思と言うモノが余り感じられなかった。その様子を臓硯は当然だと言う様子で眺めていた。
十一年間人と人形の間に近い状態になるように女の子の精神を臓硯は作り上げたのだから。切り札は自身の手の中に在ると確信している臓硯はもうすぐ始まる『聖杯戦争』の戦略を練り出す。アインツベルンが一体何を召喚してしまい、滅んでしまったのかも知らずに。
冬木の小高い丘に在る言峰教会。
その教会の主である言峰綺礼は新たに行なわれる『聖杯戦争』の監督を行なうように、聖堂教会から指示を受けていた。綺礼自身もまた十年前に行なわれた第四次聖杯戦争の参加者であり、在る意味では『聖杯の降臨』を誰よりも切望しているものだった。
「よもや『聖杯戦争』を構築した御三家のアインツベルンが滅びるとはな・・・『遠坂』、『間桐』も衰退を辿っている現状。今回の『聖杯戦争』こそが最後の機会であろうな」
荘厳な雰囲気を放つ礼拝堂で綺礼は誰もいないはずの礼拝堂に響くように声を上げた。
その綺礼の声に応じるように礼拝堂の入り口の方から傲慢さと自信に満ち溢れた声が響く。
「確かに・・・此度の『聖杯戦争』がお前にとっても、
「お前が望む者は召喚されるだろう」
「ほう・・・何故そう言い切れる?奴が召喚されたクラスである『セイバー』に適正を持つ者は、雑種とは言え数え切れんほど居るのだぞ?」
「勘だ。何故かは分からないが、私には分かる。この街には“あの男”の理想を受け継いだ者が居る。『聖杯戦争』を知っているのかどうかは分からんが、“あの男”の理想を受け継いでいるのだ。私の目的を阻む為に、必ず私の前に立ち塞がるだろう」
「フフッ、お前が其処まで言うのならば少しは期待しよう。召喚されなければ
「構わんさ。さて、私も私で監督役として仕事を行なうとするか」
「
そう入り口に立つ男は礼拝堂に立つ綺礼に声を掛けると、礼拝堂から出て行った。
残された綺礼はゆっくりと『聖杯戦争』が始まると言うことで召集された工作員が撮った数枚の写真を、ゆっくりとカソック服の中から取り出して眺める。
其処には一応の弟子である凛と対峙するイリヤスフィールとルインが映っている写真と、街中を一緒に歩く人間体のブラックとイリヤスフィールの姿が写し出されていた。
「最初に埋まった『座』は『バーサーカー』のはず・・・だが、明らかにサーヴァントと思われる女性は理性を持っている。アインツベルンは再び何らかのルール違反を行なおうとしたようだな・・・まぁ、構わん。このサーヴァントは敵ではない・・・問題は二枚目の写真に写っている黒い服の男・・・サーヴァントの気配が無いと言うのに・・・何故私の心が揺れるのだ」
そう綺礼は自身の心をざわめかせる写真に写るブラックの姿を、礼拝堂に立ちながらジッと眺めるのだった。
冬木市新都方面の中央には街中で在りながらも不自然に広がった場所が存在していた。
その場所の名は『新都中央公園』。十年前に起きた第四次聖杯戦争の終焉の地であり、同時に多くの人々を煉獄に追いやり、数え切れないほどの人の死を生み出した元凶の場所だった。
ブラックを伴ったイリヤスフィールはその場所にやって来て、途中で買った献花の花を鬱蒼と茂る雑草の中に置く。イリヤスフィールにとっては今居る場所こそが、自身の母親である『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』が『聖杯』へと転じた場所だと知っているからこそ、深い意味は無くとも献花を行ないたかったのだ。
「・・・・ねぇ、ブラック・・・この場所はどう思う?」
「随分と怨念に満ちた場所だ・・・余程死んだ連中は怨嗟と苦痛の声を上げたのだろうな」
「そう・・・この場所で私の父親は『聖杯』となったお母様を壊す指示を召喚したサーヴァントに命じた。アインツベルンを裏切った。私はお爺様からそう聞いた・・・お母様を裏切り、私を捨てたと聞いていた。だから、憎んだ。だけど、私を迎えに来ようともしていた。だけど答えを聞こうにも父親はもうこの世にはいない。だから、父親がこっちで養子にした男の子に復讐しようと思ってる・・・・ブラックはそんな私を止める?」
「止めんな。俺も俺を生み出した奴らを殺そうとした。復讐に関しては肯定も否定もしない。それに俺が答えを出して、お前は納得するか?」
「・・・・・駄目だよね。そんな他人の答えじゃ納得いかないや・・・・暫らくは保留にしようかな?こっちに来てから監視していたけど、魔術師としては半人前以下みたいだしね」
「そうだな。奴の家だけがサーチャーが内部に入れたからな」
ブラック達が冬木市市内に放ったサーチャーが魔術師の家に入り込めたのは、イリヤスフィールにとって複雑な感情を抱くしか無い人物の家だけ。
他の『間桐邸』、『遠坂邸』、『冬木教会』の三つは手の内が気づかれる可能性も考慮して外からへの監視を行なうように留めている。それだけその三箇所が魔術の工房として完成していると言うことだが、唯一イリヤスフィールが気にしている家だけは無防備に近く、更に魔術の訓練さえも眺める事が出来ると言う有様だった。
「あの人も随分と半端にしか魔術を教えなかったみたいだよね。刻印も受け継がなかったみたいだし・・・とは言っても血の繋がりが無いし、薬も無いから刻印を受け継いでも意味ないよね?」
「さてなぁ、どちらにしても俺は興味は無い・・・・(それにしても、さっきから監視の目が煩わしいな)」
イリヤスフィールの言葉に素っ気無く答えながら、ブラックは自分達を監視している複数の気配に僅かに意識を向ける。
その気配は間違いなく人の気配。恐らくは『中立』を宣言している聖堂教会辺りだとブラックは考えていた。
(どうします、ブラック様?いいかげんに排除しますか?)
(・・・止めておけ。こっちの手の内を敵かも知れん連中に教えるのは無駄な浪費でしかない)
霊体化して付き添っているルインからの念話にブラックはそう答えた。
ブラックもルインも『聖堂教会』の『中立』と言う立場を全く信用していなかった。戦争と言う言葉が出ているのだから、その時点で『中立』など在る訳が無い。本当の戦争を経験したことが在るブラックとルインからすれば、『中立』と言う場所は寧ろ第三の勢力だと考えている。
だからこそ、監視の目は多少なりとも煩わしいと思いながらも自分達の手の内を見せないために工作員達を放置しているのだ。
「・・・イリヤスフィール。そろそろ戻るぞ。侍女どもがうるさいからな」
「は~い!」
ブラックの言葉にイリヤスフィールは素直に返事を返して、ブラックの右手を自然に握る。
その行動に対してブラックは何も言うことなく、二人は手を握り合いながら郊外の森の奥深くにあるアインツベルン城へと帰って行くのだった。
この作品では原作zeroの設定も流用しています。
Fete本編とzeroでは違う設定も在りますが、最後の決戦での場面以外はzeroの流れで進んだ事にします。
また、原作主人公である士郎とブラックが共闘したとしても、絶対に破局を迎える事を先に告げておきます。
特に某ワカメ君に対しては絶対に方針がぶつかり合うでしょう。
士郎はワカメ君を止めようとしますが、ブラックは先ず第一に殺すと言う方針で進みますので。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
赤い髪の少年と蒼いドレスの少女
冬木市の一角に在る古い歴史を感じさせるような佇まいを持った武家屋敷。
衛宮切嗣と言う名の男が持ち主だったが、既に他界し、今は養子にした息子が受け継いでいた。その息子の名は衛宮士郎。穂群原学園に通う高校二年生。遺産関係の方は切嗣の知り合いだった藤村組の藤村雷画が行なってくれたので、問題なく士郎は切嗣が遺した家に住み続けていた。
そんな士郎には一般の人間が持たないような異能を持っていた。その異能の名は『魔術』。養父で在った切嗣が『魔術使い』と言う人種だったので、士郎も『魔術』に憧れを抱いて切嗣に頼み込み『魔術』を習った。とは言っても、士郎の魔術の腕は半人前以下であり、毎日土倉で魔術の練習をして、途中で眠ってしまうことが多かった。
昨夜もまた魔術の練習に夢中になってしまい、士郎は土倉の中で眠り続けていた。
そんな士郎の傍に人の影が覆い被さり、優しく士郎に手を当てながら同じく優しげな声が掛けられる。
「先輩。朝ですよ。起きて下さい」
「・・・・う~ん・・・おはよう・・・桜」
体を揺らされ声を掛けられた士郎が目を開けてみると、其処には穂群原学園の制服を着た紫色の髪と瞳の少女が優しげに士郎に微笑んでいた。
士郎に優しく微笑んでいる少女の名は『間桐桜』。士郎と同じように穂群原学園に通っている高校一年生で弓道部に所属する女の子である。士郎が弓道部を辞めてから士郎の家に通うようになり、士郎にとってちょっとした家族のような女の子だった。
起こされた士郎はゆっくりと起き上がり、自身を起こしてくれた桜に礼を告げる。
「起こしてくれてありがとな」
「いえ・・・でも、先輩が寝坊するなんて珍しいですね?」
「いや、コイツの修理に夢中になっていてな」
士郎はそう言いながら、傍に置いてあった修理途中のビデオデッキに目を向けた。
士郎は『魔術』の中で『解析』が得意分野に当たる為、昨夜も魔術の練習ついでにビデオデッキの修理を行なっており、その途中で眠ってしまったのである。
固い床で眠ったせいなのか、僅かに違和感を感じる体を伸ばしながら士郎は立ち上がって桜に声を掛ける。
「それじゃ、朝の支度をするか」
「いえ、朝の支度は私がします。そんな格好じゃ藤村先生に怒られますから」
「・・・そうだな・・・悪いけど、桜。頼むよ」
「はい!」
士郎の言葉に桜は嬉しそうに声を出して、土倉から出て行った。
その後を士郎は付いて行き、作業着から制服に着替えようと屋敷の方へと歩いて行く。屋敷に戻った士郎は慣れた動きで手早く自身が着ていた作業着を洗濯機に入れる。
養父で在った切嗣は家事など殆ど出来なかった為、士郎が代わりに家の家事をしているうちに家事が得意となってしまったのだ。洗濯の準備を終えると、士郎は自身の部屋で穂群原学園の制服に着替え出す。
すると、家の扉を慌ただしく開けるような音が耳に届いてくる。もう一人の家族が来たのだろうと士郎が考えていると、案の定自身を呼ぶ声が聞こえて来る。
「し~ろう~!まだなのぉ~!!」
「今行くよ、藤ねぇ」
苦笑しながら士郎は聞こえて来た声に答えて居間へと歩いて行く。
障子を開けるとその先には二十代前半の女性が、手に箸を持ってテーブルに置いてある朝食を食べるのを今か今かと待っていた。彼女の名前は藤村大河。士郎の後見人となっている藤村雷画の孫娘だった。
切嗣が死んでからは毎日朝食と夕食時にやって来て、食事を取るのが日課となっていた。
「遅いぞ、士郎。お姉さん待ちくたびれたよ?」
「ごめん、藤ねぇ」
僅かに眉を寄せている大河に士郎は苦笑を浮かべながら謝り、自身の席へと座る。
それが此処一年間の衛宮家の風景だった。騒がしい大河と物静かな桜と一緒に食事を取るのが、衛宮家での日常となっていた。三人はそれぞれ言い合いながらも朝食を終え、穂群原学園の教師である大河は先に、桜と士郎は朝食の片づけを行なってから学校へと向かい出す。
二人が並んで歩いていると、士郎と桜の前を数台のパトカーが通り過ぎて行く。
ーーーピーポー!ピーポー!!
「また、パトカーか?」
「最近多いですね。新都の方でもガス漏れ事故が起こったらしいですから」
「そうだな。今朝のニュースでもやっていたし」
士郎と桜はそう言いながら、パトカーが走り去っていた方向を見つめる。
此処最近の冬木市は何処か物騒な雰囲気を纏っていた。新都の方ではガス漏れ事故が発生し、今のようにパトカーが街を掛けることが多くなったのだ。
何処か険しい雰囲気を僅かに放ちながら、士郎と桜は自分達が通う学校へと歩いて行くのだった。
士郎と桜が見たパトカーの行く先、其処には一軒家が存在していた。
立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、多数の警官達が家を取り囲んでいた。その周りには野次馬のような人々が沢山居て、一体何が在ったのかと家を見ていた。
その中に銀色の髪の少女を肩車した長身で黒尽くめの男性が、不機嫌さが混じった険しい瞳で家を睨んでいた。
「・・・・・やったのはランサーか・・・フン、此方の世界の裏のルールは知っているが・・・気に入らんな」
「アサシンはあそこから動けないからね。ガス漏れ事故の犯人は多分キャスターだよ」
「逃がしたのは間違いだったな。まぁ、死者が出ていないだけマシか」
「それでブラック?どうするの?」
「・・・昨夜六騎目が召喚された。クラスは分からんが、七体目も近い内に召喚されるだろう。七体目が召喚されたら本格的に動く」
「うん、分かったよ。でもねぇ、凛の召喚は驚いちゃった。いきなり上空にサーヴァントが現れて家に落下したんだもの。フフッ、あの後何が起きたのか見られなかったのが残念」
「俺からすればどんな形であれ召喚されたのならば別に構わん・・・楽しめるか、そうでないかの違いだけだ」
「フフッ、ブラックらしいかな・・・それじゃ行こう?街を歩こうよ」
「フン」
肩に乗る少女の言葉にブラックは見ていた一軒家に背を向け、新都の方へと歩いて行くのだった。
穂群原学園生徒会室。
士郎はその場所で友人であり生徒会長の柳洞一成と食事を取っていた。一成の頼みで士郎は良く生徒会の手伝いや、学園のストーブなどの物品の修理を行なっているのだ。
特に最近の一成は何処かご機嫌な様子であった。その理由は学園での天敵だった『遠坂凛』が一ヶ月以上前から家の事情で長期の休学届けを提出したからだった。
「フゥ~、今日もまた平和な学園生活を送れたな」
「また、遠坂が居ないからか?」
「あぁ、あの女狐が休学届けを出したと聞いた時は何かを企んでいるのでは無いかと疑ったがどうやら違ったようだ」
「企むってなぁ・・・遠坂の何処が悪いんだ?優等生だし、悪い噂なんて全く聞かないぞ?」
「確かにな・・容姿端麗で学園の男達の憧れの的なのは事実だ。だが、俺はどうにもいけ好かん」
士郎の言葉に一成は自分でも何故凛を嫌っているのか説明出来なかった。
学園での凛の行動には何の問題もない。だが、実際に一成は凛を好きにはなれなかった。会えば二人は皮肉を言い合う仲。言うなれば不倶戴天の仇敵と言う関係だった。
ゆっくりと一成は手に持っていたお茶を飲みながら、話を変える意味もあって士郎に声を掛ける。
「そう言えば、お前は今日は新都の方でバイトだったか?」
「あぁ」
「出来るだけ早く帰る事を進めるぞ。最近は何かと物騒だ・・・今朝も事件が在ったらしい」
「事件だって?一体何が在ったんだ?」
「・・・・・“殺人”だ」
「ッ!!」
一成の言葉に士郎は思わず座っていた椅子を倒しながら立ち上がった。
その様子に一成は僅かに面食らいながらも、今朝発見された殺人事件の説明を続ける。
「押し入り強盗で凶器は鋭利な刃物らしい。一家全員が死んだそうだ」
「犯人は!?犯人は捕まったのか!?」
「いや、それどころか何の手がかりも無いらしい。最近は新都の方でのガス漏れ事故と言い、物騒な事が続いている・・・・そうだ。そう言えば妙な噂も流れている」
「妙な噂?」
「あぁ・・・・都市伝説の類か何かだろうが、郊外の森の方で竜を見たとか言う噂だ」
「竜だって?」
「そうだ。その森には昔から変な都市伝説も在った。森の奥深くに城のような洋館が在ると言う都市伝説だ。まぁ、噂は噂だ。気にする事はあるまい」
「そうか」
何処か釈然としない様子ながらも士郎は取り合えず心を落ち着けて食事へと戻り、一成も昼休みが終わりに近いので自身の食事を終わらせようとするのだった。
そして学校が終わった士郎は、自身が働いている先のバイトも終え、人が賑わう新都の街中を歩いて帰路へとついていた。
賑わう人々の中を士郎はゆっくりと進んでいく。すると、その先から銀色の髪の女性と手を繋いだ同じように銀色の髪の少女が歩いて来る。二人ともそれぞれ何処か神秘的な様子を放ち、街行く人々の目が自然と集まる。士郎も思わず二人を見つめると、二人は士郎の横を自然に通り過ぎる。
しかし、通り過ぎる瞬間に女性と手を繋いでいた女の子が士郎に呟く。
「参加するんだったら、早く呼んだ方が良いよ。出ないと死んじゃうから、お兄ちゃん」
「ハッ!!」
聞こえて来た言葉に士郎は慌てて背後を振り返るが、既に二人の姿は人込みの中へと隠れ、探すことは不可能だった。
不可思議としか言えない出会いと意味深な言葉に面食らいながら、士郎は家への帰路へとつくのだった。
士郎が謎めいた女性と少女と出会った場所を見下ろせる新都のとあるビルの屋上。
その場所から三人の姿を見ていた者が二人いた。一人は現在穂群原学園を休学して『聖杯戦争』への準備を進めていた赤いコートを羽織っている『遠坂凛』。もう一人は浅黒い肌に白い髪の長身で赤い外套と黒のボディアーマーを着込んだ男性だった。
「イリヤスフィール!!」
「随分とサーヴァントを連れた少女の事が嫌いなようだな?」
「当然でしょう・・・アイツは私を侮辱したのよ。絶対に屈辱は返してやるんだから!」
そう凛は自身に屈辱を与えたイリヤスフィールと、その横に居るサーヴァントと思われる女性が街の中を歩いて行くのを見つめる。
すると、突然に凛が見ていたイリヤスフィールが背後を振り向き、凛が立つビルの屋上の方へと視線を向けると、微笑みながら手を振る。明らかに凛が居る事を分かっての行動だった。
「・・・こっちに気がついているという訳か?」
横で見ていた長身の男性-凛が召喚したサーヴァント-は、イリヤスフィールの行動に眉を僅かに動かした。
「『アーチャー』・・・貴方はイリヤスフィールの横に居るサーヴァントをどう見る?距離が在り過ぎるせいなのか、サーヴァントのステータスが良く見えないの?」
「それは可笑しいな。例えいかなる距離であろうと『聖杯』から与えられた知識では、使い魔を通した視界からでもサーヴァントのステータスが読み取れる。私と視覚共用すれば尚更だ。なのに見えないと言う事は何かに阻害されている可能性が高いな」
「そう・・・じゃ、幻惑のスキルか、魔術的な防御の可能性が高いわね・・可能性としては考えていたけれど、イリヤスフィールが召喚したサーヴァントのクラスが『キャスター』の可能性が深まったわ」
「その可能性は高いだろうな。見たところ、武器を持って戦う英霊には見えない」
そうアーチャーのサーヴァントは、自身の視界の先で街の中を平然と歩いて行く女性とイリヤスフィールの姿を見つめる。その姿は完全に無防備で攻撃して来るならして来いと言う雰囲気だった。
当然ながら凛とアーチャーがイリヤスフィールと女性に対して攻撃を放てる筈が無い。『聖杯戦争』は秘匿されて行なわれる。人目が付くような行動や目立つ行動は絶対にしてはならない。もしも行なえば、『魔術協会』を敵に回すどころか、『中立』である『聖堂教会』も動き出す事態になってしまうのだから。
幾ら無防備な様子でも二人が女性とイリヤスフィールに攻撃を行なうのは不可能だった。
「・・・人目が付かない場所まで追いかけるかね?」
「・・・今日は止めておくわ。あっちは私達が追って来るのを待っている筈よ。もしも本当に『キャスター』のサーヴァントだったら、相手側の陣地に入るのは危険過ぎるわ」
「賢明な判断だ。『キャスター』が最弱のクラスと呼ばれているとはいえ、それはあくまで直接戦った場合だ。君の判断は間違っていないぞ、凛」
アーチャーは僅かに頼もしげに凛に向かって微笑んだ。
感情的にならず冷静な判断を行なった凛を更にアーチャーは認めた。召喚こそには問題も在ったが送られて来る魔力と、とある理由で付けられた『令呪』の件で魔術師としては認めていたが、今の判断でマスターとしてもアーチャーは凛を認めたのだ。
試されたと分かった凛は僅かに不機嫌そうに顔を歪めるが、すぐに視線は何時の間にか消えていたイリヤスフィールと女性が居た人込みを見つめるのだった。
「フゥ~ン、凛は来なかったね、ルインお姉ちゃん」
「来ていたら、評価が下がっていましたけれど、逆に上がりましたね。ブラック様も喜ぶでしょう」
新都のとあるレストランの中で頼んだ食事を待ちながら、ルインとイリヤスフィールは楽しげに会話していた。
先ほどの挑発に凛は乗ってこなかった。もしも乗って来たら其処までだったが、感情的にならず冷静に判断を下した凛の評価はルインとイリヤスフィールの中で上がっていた。七騎のサーヴァントが出揃うまで昼はブラックが、夕方から夜はルインが行動するようにしていた。
唯一ブラックの存在を知っているのは現状では一騎のサーヴァントだけ。他のサーヴァント達はルインこそがイリヤスフィールのサーヴァントだと思わせるように行動していた。
「それにしても・・・まさか、半人前のお兄ちゃんを『大聖杯』が選ぶなんてね」
「偶然かは分かりませんよ。イリヤちゃんは『聖杯』なんですから、もしかしたらその意思に『大聖杯』が応じたのかも知れません・・・・集めた情報で『大聖杯』は負の感情を求めているらしいんですから」
「かもね・・・・でも、何が召喚されるのかな?半人前以下の魔術師で『聖杯戦争』に関する知識も無いお兄ちゃんが、聖遺物なんて持っている筈が無いんだから」
「残された枠は剣の騎士『セイバー』。何が召喚されるにしても、ブラック様が楽しめる相手で在る事を祈ります。それじゃ、食べ終わったら『キャスター』の行動の妨害をしに行きましょうか」
「賛成!じゃ、早く食べよう」
ルインの考えにイリヤは賛成の意を上げて、二人は運ばれて来た食事を仲良く取るのだった。
翌日の穂群原学園の放課後。
士郎は弓道部の部室の片付けと掃除を行なっていた。中学二年からの友人である『間桐慎二』に頼まれたからである。頼まれたら嫌だと言えないのが士郎の性格な為、辺りが真っ暗になっているにも関わらず士郎は一人で掃除を行なっていた
すると、士郎の耳に校庭の方から何か金属が何度も打ち合うような甲高い金属音が届いて来る。
ーーーギン!!ガギィン!!ギィン!!バキィン!!
「何だ?・・・校庭の方からか?」
聞こえて来た金属音に疑問を覚えた士郎は手早く掃除用具を片付けて外へと出て行く。
其処で見たのは、広い校庭の中で黒と白の双剣を握った赤い外套を纏った長身の男性と、禍々しい魔力を放つ紅の槍を振るう青いボディースーツを着た男の幻想的な戦いだった。
視認さえも不可能に近い青い男が振るう紅の槍を、赤い外套を纏った男が両手に持つ黒と白の双剣で殆ど無駄無く捌いて行く。一撃でも受ければ深手を負うかもしれない紅の閃光を、赤い外套の男は黒と白の閃光で無理なく冷静に対処し、互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。
時々赤い外套を羽織る男の手から双剣が飛ばされるが、どう言う原理なのか双剣は地に落ちる前に消えて手の中に再び出現する。
余りにも非現実的な光景に士郎が言葉も失って魅入られたように戦いを見つめていると、戦っている二人以外にも人が居ることに気が付く。
(アレは?・・・遠坂!?何で居るんだ!?休学していた筈だろう!?)
私服と思われる赤い服に赤いコートを着て二人の戦いを見ている凛の姿に、士郎は内心で驚愕に染まった声を上げた。その時に思わず足元に落ちていた小枝を踏み潰してしまう。
「誰だ!?」
小さな音では在るが、それでもどう言う訳か耳に届いた青いボディースーツの男は振り返り、戦いを見ていた士郎の姿を捉える。
自身に気がつかれた士郎は即座に背後を振り向いて駆け出した。この場に留まっていては死んでしまうと言う確信が何故か在ったからだ。赤い外套の男も。ボディースーツの男も危険だと生物としての本能が叫んでいた。
だからこそ、一瞬たりとも立ち止まりたくないと言うように士郎は校舎の中へと駆けて行く。
そして人の気配も感じられない校舎の中を駆け上がり、誰もついてきていないのを確認すると安堵の息を漏らしながら壁に背を預けて床に座り込む。
「ハァ、ハァ・・・何だったんだ今の?」
訳の分からない出来事を目撃した事によって、士郎は荒い息を吐きながら声を出した。
逃げ延びられたと安堵しながら息を整えようとすると、突然に士郎の体を影が覆い、殺気が篭もった声が掛けられる。
「よう?」
「ワァッ!!」
目の前に立つ青いボディースーツの男の姿に、士郎は声を上げた。
その様子を青いボディースーツの男は平然としながら見つめると、肩に担いでいた紅の槍を構える。
「割と遠くまで逃げたな。だが、運が無かった・・・わりぃが、死んでくれや」
ーーードスン!!
「グハッ!!」
言い終えると共に突き出された槍を避けることも出来ず、士郎は自身の心臓に突き刺さった紅の槍を見つめながら苦痛の声を上げた。
確実に心臓を貫いたと判断した青いボディースーツの男は槍を引き抜き、付いた血を振り払いながらその体を薄れさせる。
「いやな仕事だぜ。だが、“アイツ”ともう一度やりあうまでは生き残らねぇとな」
青いボディスーツの男はそう言いながら消え去り、後に残された士郎は薄れ行く意識の中で誰かが駆けて来る足音と気配を感じ取りながら意識を失った。
「ハッ!!・・・・・」
気が付けば士郎は仰向けにされて校舎の廊下に寝かされていた。
夢だったのかと思いながら、紅の槍に刺された心臓の部分を見てみると、其処にはベットリと赤い血がついていた。
「夢じゃない?・・・俺は心臓を確かに貫かれた・・・・誰かが助けてくれたのか?」
そう考えながら士郎は立ち上がろうとするが、その前に自身の膝元にペンダントに繋げられた紅い宝石が落ちていることに気が付く。
助けてくれた人物の持ち物だと思いながら、士郎はそれを拾い上げて帰路につく。余りの出来事の数々に現実逃避も混じっていたのだろう。足早に士郎は家に帰り着き、力なく居間に座り込んでいた。
テーブルには桜が作り置きして行ったと思われる食事が載っているが、とても食べようと言う気分にはなれなかった。
「・・・あいつ等・・一体何なんだ?人間じゃ無かったみたいだけど・・・それにどうして遠坂があの場所に居たんだ?クソッ!!訳が分からない!」
立て続けに起きた不可思議な出来事の事を少しでも整理しようと士郎は考えるが、やはり訳が分からず混乱したように手で顔を押さえた。
すると、家の中に何かが入って来るような気配を士郎は感じ取る。養父が残した家には魔術的防御などは何一つ敷かれて無かったが、ただ一つだけ殺気を持った外敵が来た時だけ反応する結界が張られているのだ。
そして士郎はこの状況で来る敵など、自身の心臓を貫いた男以外に考えられなかった。
「アイツか!!何か武器になりそうな物は無いのか!?」
少しでも対抗しようと士郎は武器になりそうな物を探すが、手近に武器になりそうな物が見つからず焦りを覚える。
そして丸められたポスターに包まった鉄が在る事に気が付く。それは昨夜大河が遊びで持って来た物だが、無いよりはマシだと士郎は考えて握り締め、『魔術回路』を起動させる。
「
滅多に旨くいかない『強化』の魔術が成功したことに内心で喜びながらも、すぐに『強化』したポスターを握り締めて辺りを警戒する。
「さぁ、来い!!」
何時来てもいいように神経を尖らせながら士郎は『強化』したポスターを構える。
それがこうを成したのか、背後に何かが現れる気配を感じ取ると、槍を振り被る学校で見た青いボディースーツの男を目にする。
「オラァァァッ!!」
「クゥッ!!」
男が振り被った槍の一撃を後方に飛び去る事で士郎は避けるが、その先に在った机に足をぶつけてしまい倒れてしまう。
「わぁっ!」
「やれやれ・・・俺なりに苦しまないように気をつかったつもりなんだが・・・一日で同じ人間を二度殺す羽目になるとは思ってなかったぜ!」
青いボディースーツの男は叫ぶと共に紅の槍を突き出す。
それに対して士郎がポスターを構えるが、苦し紛れの行動だと男は考える。ただのポスターで自身の自慢の槍が防げる筈が無いと言う確信が在るからこそだった。だが、男の予想に反してポスターはガギンッと金属音のような音を発して槍を逸らす。
「このっ!!」
「ん!・・・・・なるほど、そう言う事か。微弱だが魔力を感じる。心臓を貫かれて生きている時点を考慮すべきだったぜ」
士郎が『魔術』を使ってポスターを強化した事を察した男は、僅かに楽しそうな顔をしながら槍を持ち直す。
その隙に士郎は立ち上がり、再びポスターを構えようとするが、その前に男は目にも止まらない速度で士郎に近寄り蹴りを叩き込んで窓を破りながら外へと吹き飛ばす。
「ハァッ!!」
「グアァァァッ!!」
蹴り飛ばされた士郎は苦痛の声を上げて窓ガラスを破りながら、地面へと激突した。
ゆっくりと男はその様子を見ながら窓に近寄り、一瞬その身を透明にさせると窓ガラスを擦り抜けて地面に着地する。
「受身を取ったか。反応は中々に良いな」
「クソッ!!」
男の言葉に士郎は悔しげな声を上げながら立ち上がり、素早く立ち上がると土倉の方へと走り出す。
広い場所では男の持つ紅の槍が充分に活用されてしまうから、少しでも狭い場所に行こうと言う判断だった。男はその判断を悪くないと言うように笑みを浮かべるが、再び神速の速さで士郎に接近する。
士郎の判断は間違っていなかったが、一つだけ判断が甘かった。男の速さは士郎の常識を上回る速さだったのだ。案の定簡単に接近されて、後ろから士郎はドカッと高く蹴り上げられる。
「オラッ!!」
「ウワァァァァァァァァッ!!」
蹴り上げられた士郎は二階分の高さに舞い上がり、そのまま土倉の入り口の前に落下する。
その衝撃はかなりのものだったにも関わらず、士郎は立ち上がろうとする。予想以上の士郎の頑丈さに感心したように男は槍を肩に担ぎながら近寄る。
「頑丈だな。体の方も『強化』しているのか?・・・だが、悪いが鬼ごっこは終わりだ」
そう告げると素早く男は槍を構えなおして士郎に向かって突き出す。
これで終わったと男は思うが、再び士郎は男の予想を裏切るように吹き飛ばされながらも握っていたポスターを槍にぶつけ、その反動で土倉の中に入り込む。
「・・いい筋だ。もしかしたら、お前が七人目だったのかもな」
「し、七人目?一体何を?」
土倉の中で立ち上がりながら、男の言葉に士郎は疑問を述べるが、男はもう話す事は無いと言うように槍を構えながら殺気を立ち上らせる。
圧倒的な殺気に死を士郎は感じ取るが、それを受け入れないと言うように男を真正面から睨み返す。
(ふざけるな!!せっかく命を助けられたんだ!!意味も理由も分からず殺されてたまるか!!!)
ーーーキイィィーーーーン!!
「何ッ!?『令呪』だと!?」
士郎の左手の甲から突然に赤い光が立ち昇り、その正体を察した男は思わず叫んだ。
更に男の驚愕は続く。士郎の左手から発する赤い光に応じるように、士郎の背後から光が立ち昇り、同時にその光は土倉の床に描かれていた陣をなぞるように輝いていた。
「まさか!?本当に『七人目』だったのか!?」
今目の前で起きている現象の正体を察した男は、驚愕を隠せないと言うように思わず叫んだ。
その間に床に描かれていた陣から人のような者がゆっくりと現れ、瞬時に男の前に移動すると、手に持つ何かを振り抜く。
「クゥッ!!」
強烈な一撃をギリギリのところで槍で男は防御したが、衝撃波で男は土倉の外へと吹き飛ばされた。
男と同じように衝撃波を受けた士郎は思わず土倉の中で尻餅をついてしまうが、すぐに顔を上げて一生忘れないような光景を目にする。
土倉の開いた入り口から入り込む風に金色の髪を揺らし、月明かりに照らされ、神秘的に輝く蒼いドレス。幻想的な美しさを感じさせる少女が纏う白銀の鎧も差し込む月の光を反射していた。
まるで絶対に壊してはならない名画を見たような気持ちで士郎が魅入られながら少女を見つめていると、威風堂々とした佇む少女が問いかける。
「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上しました。問おう、貴方が私のマスターか?」
衛宮士郎は殺されて甦ったその日、『運命』と出会ったのだった。
次回は休学しているはずの凛視点から話を始めます。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
赤の主従
遠坂邸のリビング。
両親と死別した凛は一人で広い遠坂邸で暮らしていた。昨夜夜遅くまで新都の方面で起きていたガス漏れ事故を自らが召喚したサーヴァントと捜査していたが、直接的にサーヴァントに繋がる手掛かりは見つからず家へと戻って来ていた。
そして朝起きると共にリビングで自らが召喚したサーヴァントである浅黒い肌に白い髪で長身の男性-『アーチャーのサーヴァント』が入れてくれた紅茶を飲みながら話を進めていた。
「昨日遅くまで探索したけれど、見つけたのはイリヤスフィールとそのサーヴァントだけだったわね」
「あぁ、君の話からすればイリヤスフィールと言う少女が一番にサーヴァントを召喚したのは間違い在るまい。仮に予測どおり『キャスター』のサーヴァントだと仮定した場合、この街の何箇所かが陣地になっている可能性が高いだろう」
「そうね・・・・魔術師が自身の工房以外の場所に移動する場合、探索の中心となる場所でも工房を作るわ。今までの『聖杯戦争』の記録では『キャスター』のサーヴァントは一箇所でしかアジトを造らなかったらしいけれど、それはあくまで時間が無かったから。イリヤスフィールがサーヴァントを召喚したのは二ヶ月前近く・・・街の至るところに工房を造る時間は充分に在るわ。厄介ね」
「しかし、気になる事があるぞ?」
「何かしら?」
「イリヤスフィールと言う少女が余りにも手の内を見せ過ぎている事だ。宝具こそ明らかにしていないが、魔術師とは自らの事の秘匿を重視するはず。当然ながら魔術師のクラスである『キャスター』も出来るだけ自らの手の内を隠す筈だ。にも関わらず、イリヤスフィールと言う少女はサーヴァントを連れまわしている。まるで彼女こそが自らのサーヴァントだと他の陣営に知らしめているかのように」
「そう言えばそうね・・・だけど、彼女は間違いなくサーヴァントよ。貴方だって昨日の夜に見た時に感じたでしょう?」
「確かに・・・・・彼女は間違いなくサーヴァントだった」
アーチャーは手に持っていた紅茶を置きながら、凛の言葉を肯定した。
昨夜イリヤスフィールの傍に居たのは間違いなくサーヴァント。だが、僅かな違和感をアーチャーは感じていた。僅か過ぎて本来ならば気にしない程度だが、アーチャーはとある理由でその違和感を見過ごせなかった。
しかしアーチャーはその理由を凛に語る訳には行かなかった。ソレが自らの“願い”に関係する故に。
凛もアーチャーの言葉には確かに一理在ると考えながら紅茶をテーブルに置く。言われてみれば確かにイリヤスフィールは手の内を晒し過ぎている。『キャスター』のサーヴァントは他の『セイバー』、『アーチャー』、『ランサー』の三騎士のクラスが持つ『対魔力』のスキルのせいで最弱のクラスと言われている。
その事を『聖杯戦争』を構築した御三家の一角である『アインツベルン』出身のイリヤスフィールが知らないはずが無い。
「・・・あのサーヴァントの宝具が姿を晒しても、問題が無いレベルの宝具なのかも知れないわね・・・・それに比べて私達は・・ハァ~」
「何か問題が在るのかね?」
「大有りでしょう?だって、貴方・・自分の素性も思い出せないんでしょう?」
「それに関しては君の不完全な召喚のツケが原因だ」
「うっ!・・・迂闊だったわ。時計を一時間進めていたのを忘れていたなんて」
思い出すのはサーヴァント召喚の儀式を行なった時に起きた出来事。
万全の魔力。万全な魔法陣の構築。そしてサーヴァントを召喚する為の詠唱。ありとあらゆるモノを万全にして凛はサーヴァント召喚の儀式に挑んだ。狙っていたサーヴァントのクラスは最優と称されている剣の騎士『セイバー』のクラス。
問題なく儀式も進み、全ては万全だったはずだった。だが、ただ一つ。自らが時計を一時間進めていた事を忘れていた凛は、サーヴァントの召喚に失敗した。召喚されたサーヴァントは本来現れるはずの魔法陣ではなく、遠坂邸の上空に現れて落下してしまったのだ。そのせいで召喚された『アーチャー』は記憶が混乱し、自身の素性は愚か英霊にとっての最大の切り札である『宝具』に関する知識も失ってしまったのだ。唯一幸運だったのは『宝具』は忘れてしまっていても、戦い方の事に関する知識が残っていたのが幸いだった。もしも戦い方まで忘れてしまっていたら、凛はアーチャーの記憶が戻るまで家に引きこもっていなければならなかった。
「ハァ~、本当に不味いわよ。『宝具』はサーヴァントにとって最大の切り札でしょう?それが使えなくなったら、不味いどころの騒ぎじゃないでしょうが?」
「確かに切り札が使えない現状は不味いが、さしたる問題は在るまい?」
「何でよ?」
「凛。君は優秀な魔術師でありマスターとしての資質も充分だ。昨夜もイリヤスフィールに対して感情的になったとしても、冷静に君は判断を下せた。君は間違いなく優秀なマスターだ。その君に召喚された私が最強で無い訳が無い」
「・・・お、おだてても駄目だからね。とにかく、今日は新都じゃなくてこっち方面を昼間は探索するわ」
「了解した」
僅かに顔を赤らめながら告げた凛の指示に、アーチャーは素直に返事を返した。
二人はそのまま使ったカップを手早く片付けると、外へと出て他の魔術師のアジトかサーヴァントの探索に乗り出した。
凛は道を歩きながら、霊体化してついて来ている自らのサーヴァントにラインを通じて会話を行なう。
(アーチャー?貴方はどの範囲までサーヴァントの気配を補足出来るの?)
(昨夜のように視認さえ出来れば正確に判断出来るが、生憎と遠くに離れた魔力を感知することは出来ない。相手が魔力を発して動くのならば別だがね)
(やっぱり、そうよね。貴方はアーチャー。弓兵なんだから当然といえば当然ね)
(そう言う技能に特化したサーヴァントはやはり『キャスター』だ)
(・・・・まぁ、良いわ。とにかく夜まで私はこっち側を歩き回るから、何か感じたら教えて)
(了解した)
凛の指示にアーチャーは返事を返し、二人はそのまま街中を歩いて行く。
そして二人は街中を歩きながら異様な魔力が無いか探索するが、それらしい気配は感じられず、日は沈んで行き夕暮れが見えるようになって来た。
「ハァ~・・・半日歩いたけれど何の収穫も無いなんて・・・こっちの方面にはサーヴァントは居ないって事かしら?・・・アーチャー、そっちは何か感じる?」
(・・・凛。僅かだが淀んだ魔力が感じられる場所が見える)
「ッ!?何処!?」
(『聖杯』から与えられた知識で、現代では学び舎とされる場所だ。同じ服を着た凛と同じ年ぐらいの者達が出て行くのが見える)
「うそっ!?・・・それじゃ、学校にマスターかサーヴァントが居るっての!?」
(分からない・・・だが、不気味な魔力が感知出来たのは事実だ)
「くっ!・・・アーチャー、行くわよ。とにかく魔力の正体を探らないとね」
凛はそう告げると、自身の学び舎である穂群原学園へと向かい出す。
休学している自身が学校に行くのは怪しまれるが、幸いと言うべきか既に学校には殆ど人が居らず、凛は気にせずに学園内部に足を踏み入れることが出来た。同時に魔術師としての特性のおかげで凛は学園に結界が張られていることに気がつき、顔を険しく歪める。
「・・・誰だか知らないけれど・・・明らかにこの結界は攻撃的だわ・・・下衆なことをしてくれる奴が居るわね」
(それでどうする?)
「とにかく調査するわ。誰が張ったにしても、その意味を理解しているとしていないのでは大きく違うんだから」
霊体化しているアーチャーにそう凛は告げると、学園に張られた結界の調査に乗り出す。
結界の基点と思われる場所に集まった魔力を散らしながら、凛は結界の調査を進め、予想通り学園に張られた結界が身を護る為のものでは無い事が判明した。正確な効果はまだ判明していないが、学園に張られた結界は、結界内に居る人間を対象にしたものなのは間違いなかった。
一番魔力が高い屋上に立ちながら、凛は霊体化しているアーチャーに問いかける。
「アーチャー・・・貴方達ってそうなの?」
(君の推察どおりだ。我々は基本的に霊体だ。故に精神と魂を栄養とする。最も栄養を取ったところで能力に変わりはないが、魔力の貯蔵量は上がって行く・・・・だが、これを敷くように命じたマスターは昼間に使用する気なのは間違いないだろう)
「どう言うこと?」
(重要なのは此処が学園と言う場所だという事だ、凛)
「・・・そうか・・・『聖杯戦争』は夜が基本の筈。夜に学園に居るのなんて警備員か当直の先生ぐらい」
(そうだ。だが、昼間に此れほどの危険な結界を使用すれば流石に隠蔽などし切れない。使用したら最後、『聖杯戦争』のルールを破ったとしてそのサーヴァントとマスターは抹殺されるだろう。つまり、この結界を張るように指示を出したマスターは)
「なりふり構わない奴って事ね。とにかく邪魔だけでもするわ」
凛は不機嫌そうにしながら声を出し、左腕の魔術刻印から結界消去の一節を読み込み発動させようとする。だが、凛が魔術刻印を発動させる前に背後から声が響く。
「消すのか?」
「ッ!?」
聞こえて来た声に凛が振り向いてみると、フェンスの上に立つ青いボディースーツの男が立っていた。
その男の正体を凛は瞬時に察して臨戦態勢を取る。即座に状況を把握した凛を男は感心したように見ながら、右手に禍々しい魔力を発する紅の槍を実体化させる。
「良いね。すぐに身構えられるなんて、並みの魔術師じゃ出来ないぜ」
「『ランサー』のサーヴァントね!?」
「ご名答・・・それが分かっている嬢ちゃんは敵って事で良いんだよな!!」
「アーチャーー!!着地をお願い!!」
神速の速さで男-『ランサーのサーヴァント』-が突き出して来た槍を辛うじて回避し、凛はそのまま屋上から飛び降りた。
屋上から飛び降りた事で凛は自由落下するが、途中で誰かに抱えられるような態勢になり、危なげなく地面に着地する。そのまま即座に校庭の方へと駆けて行く。遮蔽物など無い場所こそが自分とアーチャーが有利に戦える場所だと分かっているからこその行動だった。
常人ならば見えない速度を駆けた凛は校庭へと辿り着くが、その速さも最速の異名を持つランサーのサーヴァントの前では無意味だった。
「良い脚だ。此処で仕留めるのは惜しいが・・その命貰うぜ!!」
「ッ!!」
ほぼ一瞬で凛に追いついたランサーは、手に持つ真紅の槍を突き出す。
しかし、凛に真紅の槍が届く前に素早くアーチャーが実体化し、手に持っていた武器で真紅の槍を弾く。
「何っ!?」
ランサーは思わず疑問の声を上げてしまった。
それは実体化したアーチャーが手にする武器を目撃したからだった。屋上での凛の言葉を霊体化して聴いていたランサーは、凛のサーヴァントがアーチャーのサーヴァントだと言う事が分かっていた。だからこそ、使用する武器は弓だと思っていた。
だが、その予想を裏切るようにアーチャーの右手には黒い色合いの剣が握られ、ソレが槍を弾いた。思わずランサーは距離を取りながら、アーチャーを警戒するように見つめる。
「・・・弓兵が剣だと?・・貴様、まさか、アーチャーではなくセイバーか?」
「素直に答えると思うかね?」
「いや・・・戦いで聞かせて貰うぜ!!」
ランサーは叫ぶと共に神速の速さで槍を連続で突き出した。
凛には散弾銃が放たれたようにしか見えなかったが、アーチャーには見えているのか、瞬時に別の左手に今度は色違いの白い剣を出現させ、ランサーの猛攻を全て受け流して行く。
ーーーキィン!!ガキィン!!バキィン!!
真紅の槍と黒と白の双剣はぶつかり合い、甲高い金属音が校庭に鳴り響き続ける。
雨あられとランサーは槍を神速で突き出し、アーチャーを突き殺そうと猛攻を繰り出すが、今のところランサーの槍がアーチャーに届く事は無かった。既にアーチャーは幾度と無く手に持つ双剣が弾き飛ばされているが、どう言う原理なのか弾かれた双剣は地面に落下する前に消失し、再び手の中に舞い戻る。
「それが貴様の宝具か!?アーチャー!?」
「答えられんね!」
「チィッ!!貴様一体何処の英霊だ!?尽きない双剣を持つ弓兵など聞いたことが無いぞ!!」
「そういう君は判りやすいな!これほどの槍手に獣の如き敏捷さといえば恐らく一人!!」
「ハァッ!よく言った!!」
アーチャーと会話しながらも槍を繰り出していたランサーだが、自身の真名に感づかれたと判断し、アーチャーと距離を取る。
後方へと下がったランサーの様子に、もしや宝具を使う気なのかと察知したアーチャーはランサーと同様に距離を取って凛を護れるように立つ。
「はっ!良いね。双剣を使うアーチャーに、隙あらば俺に魔術を使おうとしていたマスター。今回の聖杯戦争はどいつもこいつも大当たりだ!!」
そうランサーは獰猛さに満ちた笑みを浮かべ、槍に禍々しい魔力を込めようとする。
凛とアーチャーはランサーが宝具を使用する気なのだと身構えるが、その前にランサーの耳に背後で小枝が踏み潰される音を耳にする。
「ッ!?誰だ!?」
小枝を踏み潰す音が聞こえた方に振り向いてみると、校舎の方へと走り去る少年の姿をランサーは捉える。
「チッ!!目撃者か!勝負は預けるぜ!!」
「生徒!?まだ、学校に残っていたなんて!?アーチャー!!追って!!」
目撃者を追いかけて行くランサーの姿を目にした凛は、ランサーが行なおうとしている事を察して後を追いかけるように自らのサーヴァントに指示を出した。
主の指示にアーチャーは即座に応じて、ランサーの後を追いかけて行く。凛もその後を追いかけるが、内心では自身の判断の甘さに苛立っていた。
(迂闊だった!!学校に人が残っている事を考慮して、ランサーとアーチャーが戦っている間に人払いの結界を張ってさえいれば!)
幻想的な戦いに魅入られてしまったとは言え、自らの判断の甘さを苛立ちながら凛は校舎の中へと入って行く。
そしてラインを通じてアーチャーの後を追いかけるが、その先には既にランサーにやられたのか廊下に倒れ伏している学生と、その傍に立つアーチャーの姿が在った。
「・・・アーチャー?」
「心臓を一突きで突き殺されている」
「・・・・ランサーを追って頂戴。せめて相手のマスターの顔ぐらい把握しないと、割が合わないわ」
凛の指示にアーチャーは無言で従い、ランサーの後を追いかけて行った。
残された凛は自身の状況判断の甘さで死なせてしまった学生の顔だけでも確認しようと、廊下に倒れ伏している赤い髪の少年-『衛宮士郎』-の顔を確認して息を思わず呑み込む。
「そんな・・・・どうしてアンタが」
死なせてしまった学生の事を凛はとある事情でよく知っていた。
何かを苦悩するかのようにコートの中に手を入れると、持って来ていた父親が遺してくれていた家宝の紅い宝石を取り出す。
「・・・アンタが死んだら、“あの子”が悲しむわ・・だから・・ごめんなさい、お父さん。貴方の娘は親不孝者です」
そう凛は告げると士郎の顔の前に宝石を掲げて詠唱を一小節だけ行なう。
同時に膨大な魔力が発生し、赤い光が廊下に満ち溢れた。光が消えた後には安らかな息を漏らす士郎の姿が在った。
凛が行なったのは心臓の修復と言う大魔術。本来ならば今の凛の魔術師の技量としては不可能に近い事だったが、家宝の宝石に宿る魔力を使用して凛は可能にしたのである。士郎が生き返った事に凛は安堵の息を漏らし、思わず手に持っていた宝石を床に落としてしまう。
「ハァ~・・・とんだ散財になっちゃたわね・・・家に帰ろう」
凛は呟きながら士郎に背を向けて帰路へとついた。
そして家へと辿り着くと、今日の成果と使用した切り札の宝石に関して考え込みながら凛はリビングに在るソファーに座り込み、アーチャーが帰って来るのを待つ。
時刻が十一時頃になった時、アーチャーは帰宅し、凛の前で霊体化を解いて実体化した。
「それでランサーの方は?」
「・・・すまない。余程此方に場所を知られたくないのか、ランサーは直接帰還するよりも撹乱するように逃げたようだ。だが、少なくともこちら側の町には、ランサーのマスターはいなかった」
「そう・・・まぁ、最速のランサーが相手じゃしょうがないわね」
予想はしていた事なので対して凛は落胆することも無く、再び考え込むように座る。
今日の学校での件は明らかに自身のミスだと凛は思っていた。家宝の宝石は高い授業料だと思うことで取り合えず自身を納得させようとすると、アーチャーが声を掛けて来る。
「凛。先ほどの出来事は気に病むなとは言わんが、考えすぎるのは失敗を呼ぶ。私も民間人に対する配慮を考えていなかったのだから、君が一人で抱え込む事は無い」
「・・・ありがとう、アーチャー」
アーチャーの気遣いに凛は素直に礼を告げると、アーチャーは僅かに口元に笑みを浮かべながら外套の中に手を入れて、凛が使用して学校に忘れて行った筈の宝石を取り出す。
「それともしかしたらランサーが学校に戻ったのでは無いかと考えて私が廊下で拾った物だ。君の持ち物だろう?」
「あっ・・・拾って来てくれたんだ、アーチャー」
「何、事のついでだ」
アーチャーはそう告げながら、凛に宝石を手渡す。
渡された凛は一応魔力が残っていないか確認するが、魔力は一切感じ取れなかった。アレだけの大魔術を使用したのだから当然だと凛は思いながら、宝石をポケットに戻そうとする。だが、戻す直前で自身がやり忘れていた事を思い出して目を見開く。
「しまった!?アイツの記憶を消すのを忘れていた!!アーチャー!!行くわよ!!」
一番重要な記憶消去を行なわなかったことに気がついた凛は、慌ててコートを着るのも忘れて外へと飛び出す。
既に士郎の治癒を終えてから三時間以上時間が経過しているので間に合わない可能性も在ったが、それでも僅かな可能性に賭けて凛はアーチャーを伴い、事情が在って知っている衛宮士郎の家へと向かうのだった。
衛宮邸の庭。
その場所では士郎を殺そうとしたランサーのサーヴァントと、土倉の中で士郎の意思の強さで召喚された金髪の少女-『セイバーのサーヴァント』が互いの武器をぶつけ合っていた。
ランサーは校庭でのアーチャーの戦いの時に繰り出した神速の槍捌きをセイバーに対して発揮するが、セイバーは手に握る“見えない剣”で全て受け流す。
「厄介な剣だな!?不可視の剣とは!?」
ランサーがセイバーに対して攻め切れないのは、セイバーが持つ不可視の剣が原因だった。
どんな戦いでも間合いと言うモノは何よりも重要になる。だが、セイバーの不可視の剣はその間合いを視認では測らせなかった。迂闊に攻めれば自身が手痛いダメージを負うと察したランサーは、一定の距離からセイバーには近づかないで自身の愛槍を繰り出す。
それに対してセイバーは小柄な女性とは思えない力でランサーの槍を弾き、一瞬でもランサーの力が落ちれば切り裂くと言うように豪快な剣を振るう。
「ハアァァァァァッ!!」
「オラアァァァァァァッ!!」
ーーーガキン!!キィン!!ガァン!!キィィーーン!!
およそ剣と槍のぶつかり合いで出るとは思えない音を発生させながら、ランサーとセイバーの剣戟は続く。
しかし、硬直状態に嫌気が差したのか、ランサーは突如としてセイバーと距離を取り、槍を油断なく構える。
「どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私が行くが?」
「ぬかせ・・・不可視の武器なんて厄介な物を使っていやがるくせに・・・一応聞くが、貴様の宝具?それは剣か?」
「さぁ、どうかな?戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓という可能性もあるかも知れんぞ、ランサー?」
「はっ!!ぬかしてくれるぜ、
「・・・断る。貴方は此処で倒れろ」
「そうか・・・仕方がねぇか・・その心臓!貰い受ける!!」
ランサーはセイバーの言葉に治めようとした殺気を全開にし、槍に禍々しい魔力を集めて行く。
その魔力にセイバーはランサーが宝具を使う気なのだと察して使用される前に切り倒そうとするが、その前にランサーが神速の速さで膝ぐらいの辺りで槍を突き出し、宝具を開放する。
「『
ーーーギュイン!ードスウゥゥゥーーーン!
「ッ!?」
ランサーが宝具を開放すると共に突き出された槍は、まるで空間を捻じ曲げたかのように膝からセイバーの胸へと突き刺さった。
ランサーの真名はアイルランドの光の御子。『クー・フーリン』。その宝具の名は『魔槍ゲイ・ボルグ』。『心臓を穿つ』という結果を『槍を放つ』という原因より先に生じさせる、因果の理を捻じ曲げる魔槍。開放すれば必ず敵の心臓を捉え、その心臓を貫く。槍の距離が届く範囲で使用されれば、避ける事は事実上不可能。
こんな形で最優のサーヴァントを倒してしまった事を残念に思いながら、倒れるセイバーの姿を見ようと目をむけ、驚愕に目を見開いた。心臓を貫かれた筈のセイバーが倒れず、自分の足で確かに立っていたのだ。
「躱わしたというのか!?我が必殺の『
「ゲイ・ボルグ?御身は、まさかアイルランドの光の御子か!?」
(チィッ!!・・・そうか・・・契約で仕方が無いとは言え、『令呪』の縛りが原因か)
ランサーにはとある事情で『令呪』が使用されていた。
その『令呪』を使用されて命じられたのは、『全てのサーヴァントと戦い、最初は倒さずに引き上げて来い』と言う英霊を馬鹿にしているような命令だった。その縛りゆえに必殺の筈の宝具を使用したのにも関わらず、セイバーは心臓ではなく左脇を貫かれた。
自身の必殺の一撃が予想外な点で邪魔された事に苛立ちながら、ランサーはセイバーに背を向ける。
「ドジったぜ。勝手に宝具を使用したばかりか仕留められないとは。これじゃ、マスターに怒られちまうな」
「逃げるのか!?」
「追って来たいんだったら、追って来るが良い。だが、その時は決死の覚悟で来るんだな!」
ランサーは言い残すと共に飛び上がり、目にも止まらない速さで屋根を飛びながら衛宮邸から出て行った。
その場に残されたセイバーは一先ず戦いが終わった事に安堵の息を漏らす。ランサーには強気に言葉を言ったが、ゲイ・ボルクで貫かれた傷は致命傷では無いとしても重傷だった。もしも戦いを続けていれば、自身は敗北していたとセイバーが歯噛みしていると、召喚者である士郎が慌てて駆け寄って来る。
「大丈夫か!?」
「えぇ・・・問題はありません」
上辺だけでも自然治癒のおかげで治ったセイバーは立ち上がり、傷痕一つ見えない姿を士郎に見せた。
とりあえず命の心配が無い事に安堵の息を士郎が吐くと、すぐに真剣な表情になってセイバーに質問する。
「一体何なんだ!?お前らは!?」
「貴方が『聖杯戦争』に参加する為に召喚したサーヴァントです」
「だから、『聖杯戦争』って一体何なんだよ!?」
「・・・・・なるほど、貴方は本当に何も知らないのですね。予想はしていましたが、私の召喚自体イレギュラーな事態だったようですね」
一人で納得したようにセイバーは言葉を出し、そのまま真剣な雰囲気を放ちながら士郎と向き合う。
その雰囲気に士郎は思わず唾を飲みながら背筋を伸ばすと、セイバーが自身が知っている範囲で説明を開始する。
「『聖杯戦争』とは、聖杯を求める7人のマスターと呼ばれる魔術師達による殺し合いの事です。聖杯とは、所有者の願いを叶える、『万能の願望器』。そしてサーヴァントとは、マスターの手足となって戦う僕の事です。貴方はその戦争に参加する資格を得られた。その証拠が私の召喚であり、手に現れている『令呪』なのです」
「殺し合いだって!?それに『令呪』って!?」
セイバーの説明に士郎は息を呑みながら、左手に描かれている赤い紋様を見つめる。
何時の間にかハッキリと『令呪』と思われる紋様が左腕の甲に現れていることに驚きながら、士郎が左手を見つめていると、突然にセイバーが屋敷を覆っている塀の外に目を向ける。
「マスター。他のサーヴァントの気配がします!治癒をお願いしたいのですが?」
「治癒って魔術でか?悪いけれど、俺はそんな高度な魔術は使えないんだ。それにもう治っているだろう?」
「・・・分かりました。ダメージはありますが、後一度の戦闘ぐらいは問題在りません。話の続きは後で」
言葉と共にセイバーは屋敷の外の方へと走り出す。
その姿に士郎は慌ててセイバーを追いかける。事情が分からないながらも、またセイバーが戦うのだと思い、士郎はそれを止めようと門の外へと走る。セイバーのように塀を飛び越えられない士郎は、家の門から慌てて飛び出し、学校の校庭で見た赤い外套の男を袈裟掛けに切り裂くセイバーを目にする。
「ッ!!アーチャー!!消えて!!」
何処かで士郎が聞いた覚えのある声が響くと同時に、セイバーに切り裂かれたアーチャーの姿は消失した。
ソレと共にセイバーが声の主に斬りかかるのを士郎は目にする。声の主はセイバーの攻撃を防ごうと何かを投げつけるが、セイバーに投げつけた物が触れかけた瞬間に何の効果も発揮出来ずに消失した。
「きゃっ!!」
「ッ!!止めろ!!セイバー!!」
聞こえて来た悲鳴の主が女の子らしいと判断した士郎は、即座にセイバーに対して叫んだ。
ただの叫びで斬りかかるセイバーが止まる筈が無いのだが、士郎が叫んだ瞬間に左手に刻まれている令呪の一角が消失し、セイバーは何かの重圧を感じたかのように女の子の前で止まった。
令呪まで使用されて攻撃を止められた事実に驚きながら、セイバーは背後を振り向いて叫ぶ。
「何故止めるのです!?彼女はサーヴァントを連れていた!?敵なのですよ!?」
「『聖杯戦争』とか訳の分からない事に俺はまだ納得してない!本当に殺さないといけないのか!」
「サーヴァントを連れていた以上、彼女はマスターです!!倒すべき相手であることは間違いありません!」
「・・・・・・駄目だ。まず説明が先だ。俺がマスターだというのなら、納得のいく説明をしてくれ」
「クッ!!」
自身の事情が分かっていない士郎の言葉に、絶好の機会を奪われたセイバーは歯がゆそうに声を出した。そのセイバーと士郎に声が掛けられる。
「敵を前にして言い争いなんて、随分と余裕なのね?」
セイバーに斬りかかれた事で驚いて尻餅をついてしまった声の主は、汚れを叩きながら立ち上がる。
その人物の姿を目にした士郎は目を見開きながら。声の主を見つめて叫ぶ。
「と、遠坂!?何でお前が!?」
自身が通う学校のアイドルの姿に士郎は驚愕と困惑に満ちた声を上げ、不機嫌そうに顔を歪めている遠坂凛を見つめるのだった。
アインツベルン城の一室。其処で衛宮邸で起きた出来事をサーチャーから見ていたイリヤスフィールは、サーチャーに映るセイバーの姿を真剣な眼差しで見つめていた。
そのまま空間ディスプレィに映るセイバーを見ながら、背後に控える自身の侍女である『セラ』に質問する。
「セラ?どうなの?」
「集めた情報のサーヴァントの容姿と一致しています。恐らくは十年前にご両親が召喚したサーヴァントである可能性が高いと私は思いますが」
「そう」
何処か冷たい雰囲気をイリヤスフィールは放ちながら、空間ディスプレイの中で衛宮邸の中に入って行く士郎、凛、セイバーの姿をジッと見つめる。
「・・・シロウは『聖杯戦争』の事を何も知らない。凛の性格だったら『教会』に案内する可能性が高い・・・ブラック!」
イリヤスフィールは自身の横に座っているブラックに声を掛けるが、ブラックはつまらなそうな顔をしながらイリヤスフィールに答える。
「悪いがランサーの槍でセイバーは傷を負い、アーチャーはセイバーに重傷を負わされた。そんな二体と今は戦う気にはなれん」
「分かってるわ。だから、ルインお姉ちゃんと行かせて。確かめて来る」
「構わん。一応俺も近くには居るとする。ルイン」
「はい、ブラック様」
ブラックの呼びかけに霊体化していたルインが出現した。
それを確認するとブラックは座っていたソファーから立ち上がり、イリヤスフィールも真剣な顔をしながら立ち上がる。
「最高位の『対魔力』持ちのサーヴァントとどれだけ戦えるか試せ。イリヤスフィールの指示に従ってな」
「了解しました」
ブラックの指示にルインは頷き、三人は冬木市へと向かい出す。
その目的となる対象は今夜現れた七組目の主従。雪の精と見間違うような少女は、自身の意思で剣の主従に会いに向かうのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
剣の騎士対破滅を呼ぶ風
冬木にある『冬木教会』に繋がる道。
夜遅く暗くなった道を三人の人影が歩いていた。一人は私服姿の少女-『遠坂凛』。同じように私服姿の少年-『衛宮士郎』。最後の一人は蒼いドレスに白銀の鎧を纏い、レインコートを上から被って姿を隠したセイバーのサーヴァントだった。
衛宮邸での出来事の後、士郎が全く『聖杯戦争』に関する知識を持っていないことが分かった凛は、監督役のところに取り合えず士郎を連れて行って説明を受けさせることにしたのである。
本来ならばサーヴァントは霊体化して姿を隠す事ができるのが当たり前である。事実、凛のサーヴァントであるアーチャーは、深手を負いながらも霊体化して凛に同行している。しかし、セイバーは不完全な召喚のせいか、それとも別の要因が原因なのかサーヴァントとしての基本である霊体化ができなかった。
それに対して凛は士郎が『未熟なマスター』で在る事が原因だと考えていた。事実本来ならばサーヴァントに対して当然に行なえる魔力供給も士郎は行なえていないのだから。
「ハァ~、やっぱりアンタみたいな未熟すぎるマスターがセイバーを引き当てられたなんて信じられないわ」
「また、それかよ?」
「事実でしょう・・・アンタ。気がついていないでしょうけど・・・セイバーは明らかに並みのサーヴァントを超える英霊よ。そんな英霊を触媒も無しで召喚させた事態そのものが異常なの。英霊って言っても無数に居るわ。そんな中でもセイバーほどの英霊はそう居ないの。その証拠が私のアーチャーよ。不意打ちとは言え、セイバーは一撃で戦闘が難しいほどのダメージを負わせたんだから・・先ず間違いなくアンタは一生分の幸運を使い切ったわよ。じゃないと納得がいかないわ。主に私が」
「そ、其処まで言うか?」
「言うわ」
口元を引き攣らせている士郎に、凛は慈悲一つ感じさせない声で断定した。
実際のところは自分が召喚出来なかった『セイバー』をどんな形にしても引き当てた事や、実は士郎が魔術師だったと言う事実に凛は苛立っているので多分に八つ当たりも混じっている。何よりも士郎は気がついていないが、現状最も凛は危険な状態に在った。
サーヴァントに対抗出来るのはサーヴァントだけ。士郎に抑えられているセイバーは別だとしても、他の陣営が今殆ど戦闘出来ない状態のアーチャーしかいない凛を見逃す理由が無い。何気に現状で一番脱落する可能性が高いのは凛とアーチャーだった。
(ハァ~、慌てて来たから切り札の宝石も家に置いて来ちゃったし・・・・本気で不味いわね。でも、何も知らずにコイツが死んだらそれこそ宝石の無駄ですもの・・・しかも)
ゆっくりと凛は士郎とセイバーに気がつかれないように、自身の腕に在る『令呪』に目を向ける。
家宝の宝石と言う切り札だけではなく、凛はもう一つの切り札である『令呪』も残り一画しか残っていなかった。『令呪』はただマスターの証と言う訳ではなく、サーヴァントに対して三回使用出来る絶対命令権。それを使用すればサーヴァントは絶対に命令を実行するばかりか、奇跡の所業さえも可能とする。
だが、同時に『令呪』を失うと言う事は同時にサーヴァントを御する術を失うと言う事。凛はその『令呪』を二度も使用してしまった。一度目は先ほどの『アーチャーに消えろ』と言う指示で。
もう一度は召喚を終えたさいの時。その時に自由落下させられて不機嫌だったアーチャーは、凛を挑発するように嫌味を言い、凛はそれにキレて思わず『令呪』を使い、『自分に絶対服従』と言う効果が薄い形で更に一画消費していた。凛の魔術師としての力量の高さのおかげでその命令はかなりの効果を発揮しているが、それでも『令呪』が残り一画と言う現状は不安が尽きなかった。
その様子に三人がそれぞれ何かしら考え込みながら歩いていると、冬木にある教会が見えて来る。
「此処がそうよ」
「監督役って教会の関係者だったのか?」
「そうよ。さぁ、入りましょう」
「・・マスター。私は此処に残ります」
「えっ?」
背後に居るセイバーの言葉に士郎が慌てて振り返ると、セイバーは教会を見ながら説明する。
「教会は『中立』だと言う事らしいので、恐らくは大丈夫でしょう。ならば、外敵に備えた方が良いと思いますので」
「そうか・・・・分かった。じゃあ頼むな」
「ええ、マスターも油断だけはしないように」
士郎の言葉にセイバーは答え、凛と士郎は重く閉ざされる扉を開けて教会の中に入り込む。
教会の中は薄暗く、人の気配が余り感じられない不気味な雰囲気に士郎は僅かに怯えを感じながら前に居る凛に質問する。
「監督役ってどんな奴なんだ?」
「私の後見人よ。いけ好かない奴だけどね。本当は知り合いたくも無かったけど」
「私も師を敬わない弟子など持ちたくは無かった」
凛の言葉に続くように別の第三者の声が奥の方から響いた。
その声に士郎が目を向けてみると、大柄なカソック服を着た男性-『言峰綺礼』が歩いて来た。
「七人目のマスターを連れて来たのよ」
「ほう・・・君の名は何と言うのかね?」
「衛宮・・・士郎」
「衛宮士郎・・・クッ、なるほど」
士郎の名に綺礼は口元を皮肉げに歪めて、士郎を値踏みするように視線を向ける。
その綺礼の様子に士郎は不満と不安を抱くが、すぐに綺礼は笑みを消して厳かに士郎に声を掛ける。
「君が最後のサーヴァント。『セイバー』のマスターで間違いないかね?」
「それは違う・・・俺はマスターとか『聖杯戦争』とかの事柄は全く分からないんだ」
「コイツ、素人同然なのよ。だから、説明を受けさせる為に此処に連れて来たって訳なの」
「なるほど・・確かに重傷のようだ。良かろう。では、聖杯戦争のルールを説明しよう。『聖杯戦争』とは七人の魔術師であるマスターと召喚された七騎のサーヴァントで行なわれる戦争。それらは全て『聖杯』と言う万能器を手に入れる為の争いだ」
「『聖杯』なんて伝説の代物じゃ!?」
「君は既に『伝説』と対面している。サーヴァントと言う英霊とな。英霊とは生前の偉業により英雄と認められた人物達。死後に『英霊の座』へと迎えられた正しく『伝説』の存在。それを一時的にしても復活させたこの地にある『聖杯』は本物だ。これだけの奇跡を引き起こした『聖杯』を手に入れれば持ち主に万能の力を与えるだろう」
「・・・分かった。だけど、だからって殺し合いなんてする必要は無いだろう?『聖杯』がそれほどの物だったら皆で分け与えれば?」
「分け与えるか?・・・なるほど確かにその考えは正しい側面もある。だが、その自由は我々には無い。『聖杯』が争いを起こすのは自らを所有する者を見定める為だ。更に言えば仮にだとしても分け与えた場合どうなると思うかね?」
「どうなるって?」
「参加している魔術師達全員が君のような考えと同じとは限らない。中には破滅を望むような者が居るかもしれない。その証拠が十年前の冬木の災害だ」
「十年前!?ど、どう言う事だ!?」
聞き逃せない言葉に士郎は目を見開きながら、綺礼に向かって叫んだ。
その様子を綺礼は冷静に眺めながら、士郎の質問に対して答える。
「この『聖杯戦争』は今回を含めれば五回目に当たる。過去に四回繰り返された」
「正気なのか!?こんな争いを四回も繰り返したって言うのか!?・・まさか!?今回終わった後も続くんじゃ!?」
「いや、それはない。この地で行なわれる『聖杯戦争』は今回で最後だ。これは断定出来る事柄だ」
「・・・・何でそう言い切れるんだ?」
「この『聖杯戦争』はそもそも『聖杯』を降臨させる為の儀式。それらを敷いた三つの魔術家系が存在している。つまり、その魔術家系が存在せねば『聖杯戦争』は存続出来ない。だが、その魔術師の家系の一つが一夜にして滅ぼされたのだ。一人の生き残りを残してな」
「な、何だって!?・・・・一夜にして魔術師の家が滅びたって?・・・一体誰がそんな事を!?」
「それは分からない。閉鎖的な魔術師の家系だったせいで滅びを目撃したのは生き残りの一人だけ。ただ滅びたと言う情報だけが私達に渡って来た。それ故にこの地の『聖杯戦争』は今回で最後なのだ。だからこそ、誰もが最後の機会を得ようとしている」
「だからって、殺し合いなんて!?」
「待って、何も絶対にマスターを殺す必要なんて無いわ。『聖杯』に干渉出来るのはサーヴァントだけなのよ。サーヴァントを倒せば、それでマスターだった魔術師は『聖杯』を得る資格を失うわ」
「そうか・・・・サーヴァントにしか触れられないんじゃ、サーヴァントを倒せば」
見かねた凛の言葉に士郎は安堵の息を漏らすが、綺礼がその安堵を断ち切るように話を続ける。
「確かに凛の言うとおりサーヴァントだけを倒す『聖杯戦争』は理想的だろう。だが、君はサーヴァントを倒せると思うかね?」
「えっ?」
「サーヴァントは強力な存在だ。人間では余程の事がない限り勝つ事が出来ない。先ほど魔術師の家系が滅んだと言う話をしたが、私達はその原因は召喚されたサーヴァントでは無いかと考えている」
「どう言う事だ?サーヴァントを縛る為に『令呪』が在るんじゃ?」
「確かにその通りだ。しかし、召喚されたサーヴァントが『令呪』でさえも縛り切れない存在だった場合、平然とサーヴァントはその力を振るうだろう。少し話は戻るが、『英霊』とは何も善行でなった者だけが成る訳ではない。『反英霊』と言う『英霊』に倒された者達も存在している。歴史上に『悪』と称された存在が召喚された場合、現世に甦れば再び『悪』を行なうであろう。事実第四回の聖杯戦争では『悪』の側のサーヴァントが召喚された。それが十年前の最大の災害である火災の前に起きた『児童行方不明事件』を引き起こした犯人なのだよ」
「なっ!?・・・・じゃあ、十年前の災害の前に起きた事件も『聖杯戦争』絡みだったって言うのか!?」
「その通りだ・・・凛もその事件で友を失った」
「遠坂も!?」
士郎は慌てて凛の方を振り向くと、凛は不機嫌さに満ちた顔をして綺礼を睨んでいた。
「余計な事を言わないで、綺礼」
「失礼。身近な例を出した方が彼には分かりやすいと考えたのだ・・・さて、衛宮士郎?君はこれだけの事実を知って戦う意思が在るかね?」
「・・・戦う。十年前の悲劇が再び繰り返されようとしているのを黙って見ていられるか!!」
「フッ・・・・喜べ少年。君の願いはようやく叶う。明確な悪の存在なくしては君の望みは成立しえない。だからこそ、君は望んでいたはずだ。人々の平和な生活を脅かす、悪の登場を」
「なっ!?俺は!?」
「取り繕う必要は無い。魔術師の家系を滅ぼしたサーヴァントは君が望む『悪』である可能性が高いのだから。少なくとも『聖杯戦争』を存続出来なくしたそのサーヴァントは、我々にとって間違いなく『悪』なのだよ」
綺礼はそう告げるとゆっくりと士郎に背を向け、士郎は困惑しながらも凛と共に外へと出て行った。
外へと出ると共に何処と無く意気消沈している士郎に気がついたセイバーは、慌てて駆け寄り士郎に声を掛ける。
「マスター、何かあったのですか?」
「・・・・・いや・・・・大丈夫だ。ちょっと気分が悪くなっただけだからさ」
自身を心配してくれるセイバーを安心させるように士郎は声を出した。
だが、その胸の内で士郎は綺礼の言葉が何度も反芻していた。自身はただ『聖杯戦争』に巻き込まれる人々の平和を護る為に参加する。しかし、それが誰かの危機を実は望んでいたのではないかと士郎は悩む。少なくとも人を護る事に間違いがないと思った士郎は、改めてセイバーと向き合う。
「セイバー。俺はこの戦いを見過ごせない。俺には、この戦いに巻き込まれる人を見捨てる事はできないんだ」
「では!?」
「ああ、頼りないマスターだけど、これからよろしく頼む」
「はい、マスター!」
士郎の戦いに参加すると言う意志に、セイバーは喜びの声を上げて同意した。
此処に剣の主従は互いの参加の意志を決めた。それによって別の一組も本格的に付け狙う事になるとも知らずに。
そして凛、士郎、セイバーは互いに家に近い十字路の交差点まで一緒に歩き、凛は此処までだと言うように士郎と向き合う。
「それじゃ義理は果たしたからね」
「世話になったな、遠坂」
「義理を果たしただけよ。次に会う時は敵同士だからね?」
「やっぱ戦うのか?」
「当然でしょう。私も『聖杯』を求めているんだから、参加の意を示した貴方は敵だわ。今日はあくまで義理を果たす為の休戦よ」
「・・・・遠坂は良い奴だな。俺みたいな半端な奴を助けてくれて本当に助かった。感謝しているよ」
「なっ!?」
心の底からの士郎の言葉に思わず凛は顔を赤らめる。
すぐにその顔を見られたくないと顔を背け、士郎が疑問に首を傾げると、静かに話を聞いていたセイバーが突然に何かに気がついたかのように道路に視線を向ける。
「シロウ!!下がって!」
「セイバー?」
セイバーの突然の様子に士郎は疑問の声を上げ、凛と共にセイバーが見ている方に視線を向けて、二十メートルぐらい先に立つ銀色の髪に蒼い瞳でロングコートを纏った女性-『ルイン』-と、その横に立つ雪の精を思わせるようなルインと同じ銀色の髪を帽子で隠している小柄な少女を見つける。
その二人に見覚えがある凛は即座に持って来ていた宝石が入っているポケットに手を入れながら、少女の名を険しい声で呟く。
「・・・イリヤスフィール」
「こんばんはリン。それにお兄ちゃんにセイバー。セイバーは別だけど、お兄ちゃんに会うのは二度目だね?」
「君達は・・・・あの時の?」
昨日の夜にすれ違ったルインとイリヤスフィールの事を思い出した士郎は、呆然と声を出しながら二人を見つめる。
その様子が可笑しかったのかイリヤスフィールは口元を笑みで歪めると、スカートの両裾を握って僅かに頭を下げる。
「改めて名を名乗るね。私はイリヤ。『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』。今日はね。正式に参加する事になったお兄ちゃんとセイバーに挨拶に来たの。リンはついで」
「ついでですって!?」
「うん。だって、リンのアーチャー。セイバーにやられて満足に戦えないでしょう?」
「なっ!?」
何故自身のサーヴァントの状態を知っているのかと凛は驚愕と困惑に満ち溢れた視線を、微笑んでいるイリヤスフィールとその横に立っているルインを見つめる。
アーチャーがセイバーにやられた時に他のサーヴァントの気配や魔力は感じなかった。にも関わらずイリヤスフィールは平然と凛が隠しておきたかった情報を知っている。
(やっぱり、イリヤスフィールの横に居るサーヴァントのクラスは『キャスター』!?じゃなければ、遠距離からの監視なんて出来ない!?)
「リン」
「・・・・何?セイバー?」
声を掛けられた凛は僅かに驚きながら、油断なくイリヤスフィールとルインを睨んでいるセイバーに質問した。
「貴女はあの少女の横に居るサーヴァントの情報を知っているようですね?なら、聞きますがクラスは分かりますか?教えて頂ければシロウと共にこの場では貴女を護ります」
「・・・・クラスは恐らく『キャスター』よ。残念だけど幻惑か魔術的防御のせいでステータスが見えないの」
「分かりました・・・相手が『キャスター』ならば勝算は在ります」
(セイバーのクラスの『対魔力』は一級品。確かにもしも本当に『キャスター』なら正面からならセイバーが勝つ。この場所だって陣地とは思えない・・・だけど、それはイリヤスフィールだって分かってる筈。セイバーのサーヴァントに正面から『キャスター』が挑むなんて無謀も良いところなのに!?)
凛はイリヤスフィールが何故この場所にルインを伴って現れたのか分からなかった。
昨日の夜の時は、自身とアーチャーを誘い込む行動だと考えていた。だが、今回は違う。明らかにイリヤスフィールは最高位の『対魔力』を持っているセイバーに正面から挑んで来ている。
アーチャーが言っていた違和感が此処に来て凛も確かに強く感じていた。そのやり取りを静かに見ていたイリヤスフィールは僅かに目を細めると、セイバーにだけ強い視線を放つ。
「フゥ~ン、お兄ちゃんだけじゃなくてリンも護るんだ・・・・・『アイリスフィール・フォン・アインツベルンを護れなかったのに』」
「ッ!?」
「どうしたセイバー!?」
イリヤスフィールの言葉に明らかに動揺した様子を見せたセイバーに士郎は疑問の声を上げ、凛も訝しげな視線をセイバーとイリヤスフィールに向ける。
そしてイリヤスフィールはセイバーの反応にゆっくりと顔を下に俯けて、何処か暗さが混じった笑い声を漏らす。
「クスクス・・・やっぱり、そうだったんだ。もしかしてと思ってたけど、正解だったね。どうしてそうなのか分からないけれど・・・・・クスクス・・・・やっちゃって良いよ、ルインお姉ちゃん」
「封鎖結界展開」
ーーーキィィィィーーン!!
『なっ!?』
突然に明らかに辺りの雰囲気が変わったのを感じた士郎、凛、セイバーは辺りを見回す。
辺りの景色は全く変わっていない。だが、決定的に何かが変わった事だけは三人とも感じていた。
それを成したルインはゆっくりとイリヤスフィールの前に立ち、今起きた現象を士郎、凛、セイバーに説明する。
「空間の位相をずらしました。この結界内に私たち以外の人は存在しません。そして出る為には私が解くか、倒されるかのどちらかしかないです」
「・・・・・嘘でしょう?・・・・任意の対象だけを取り込み、更に空間の位相をずらすなんて高度な魔術を一小節の詠唱で終えたと言うの!?」
「フフッ、ルインお姉ちゃんの事を常識で考えたら駄目だよ、リン。ルインお姉ちゃんは今までのサーヴァントの常識を凌駕する存在なんだからね」
「・・・・流石は自分の家系を滅ぼしてまで召喚したサーヴァントって事かしら?」
「ッ!?・・・遠坂?・・ま、まさか、あの子が?」
「そうよ。『聖杯戦争』を構築した魔術家系の一角にして、イリヤスフィールを除いて滅びた魔術師の家系。それが『アインツベルン』よ」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら凛は声を出し、士郎は目の前に居るイリヤスフィールこそが自身の家系を失った者だと知って言葉を失う。
しかし、もはや士郎と凛の葛藤にはルインは興味は無いと言う様に右腕を横に振るうと共に黒い魔力槍を複数作り上げて、士郎達に向かって撃ち出す。
「穿て。ミストルティン」
「クッ!!」
言葉と共に急加速で撃ち出された複数の魔力槍に対して、セイバーは士郎と凛を護るように立つ。
高速で迫る魔力槍は真っ直ぐに士郎と凛を護るセイバーに向かい、衛宮邸で起きた出来事と同じようにセイバーに触れかけた瞬間、音も立てずに魔力槍は霧散する。
「舐めるな、
叫ぶと共にセイバーはルイン目掛けて疾走を開始した。
不可視の剣を構えてセイバーはルインに近寄るが、ルインはセイバーが近づいてくる前に空へと飛び上がる。
「させるか!!」
上空へと逃げようとしている、ルインに対してセイバーは瞬時に近くにある電柱を駆け上がり、風を巻き上げながらルインに急接近する。
それに対してルインは右手をセイバーに向かって構え、黒く輝く防御魔法陣を展開する。
「プロテクション」
ーーーガキィィン!!
「クッ!!」
セイバーの不可視の剣がルインに届く直前に、展開された防御魔法陣に剣は阻まれて甲高い音を立てるが、剣の刃はルインに届かなかった。
「攻撃は無効化出来ても、防御魔法は無効化出来ない。それとその剣。不可視と言うのではなく、纏っている風を利用して姿を隠していると言う事ですね」
(これだけ接近されても冷静に判断出来るとは!不気味なサーヴァントですね)
ルインの余りの冷静な判断に、自身の剣とぶつかり合う防御魔法陣の衝撃を受けながら、セイバーは内心で呟き、右足を防御魔法陣に向かって繰り出す。
「ハァッ!!」
ーーーバッシュン!!
「直接触れた場合は防御魔法陣も消失。なるほど高濃度のAMFを纏っていると考えた方が良いですね」
セイバーの右足が触れると共に消失した防御魔法陣をやはり冷静に見ながら、ルインは後方に体を傾ける事でセイバーが振り抜こうとしている不可視の刃を避ける。
そのまま危なげなく地面に着地すると、同じように地面に着地したセイバーが一瞬の内にルインに接近し、渾身の力を込めた斬撃を繰り出す。
「ハァァァァァァーーー!!!!」
「ディストーションフィールド」
「なっ!?」
ルインが低い声で呟くと共に空間が不自然に捻じ曲がり、セイバーの渾身の斬撃はルインの横を通過した。
それを見ていた凛は今起きた現象に信じられないと言うように体を震わせながら、呆然と呟く。
「・・・冗談でしょう?・・・また、一小節だけで・・・しかも空間操作だなんて」
「クッ!!」
自らの斬撃を防がれたセイバーは瞬時にルインから距離を取って不可視の剣を構え直す。
ルインは歪ませた空間を戻しながら、今のでセイバーの『対魔力』の関する点について呟く。
「やはり現象は無効化出来ないみたいですね。あくまで魔力による攻撃か自身に掛かる不利な作用に関する点だけを『対魔力』は無効化する。魔力を用いて間接的に起きた現象は無効化出来ない。ならば、やりようは見えました」
『ッ!!』
再びルインが右手を振るうと共に、今度は黒い魔力球が百個以上出現した。
詠唱らしい詠唱も行なわずに魔力球を出現させたルインの姿を、士郎、凛、セイバーは目を見開きながら見つめると、ルインは右手を前に突き出す。
「貫け、アクセルシューターー」
「シロウ!!リン!!離れて下さい!!」
保有するスキルの『直感』が危機を訴えたセイバーは、背後に居る士郎と凛に向かって叫びながら無数の魔力弾に向かって駆け出した。
「セイバーー!!」
「馬鹿!!離れるのよ!!」
セイバーを追いかけようとする士郎を無理やり押さえ込みながら、凛は道路の脇に身を躍らせた。
それを横目で確認したセイバーは少しでも魔力球を無効化させようと急ぐが、その前にルインがパチンと右手を鳴らすと共に全ての魔力球が一斉に大爆発を引き起こす。
「ブレイク」
指を鳴らすと共に一斉に全ての魔力弾が魔力爆発を引き起こし、セイバーは爆発の中に飲み込まれた。
倒せずともダメージは免れないと思いながらルインが爆発によって生じた煙を見つめていると、煙を吹き散らすように魔力を放出させて、更に手に握る不可視の剣から膨大な風を巻き起こしてセイバーが迫って来る。
「ハァァァァァァーーー!!!!!」
「ッ!?」
暴風さらながらの勢いで迫って来ていたセイバーに流石に面を食らったルインは目を見開いて、慌てて防御魔法を発動させるが、発動させる前にセイバーが急接近し、ルインの身を真横に切り裂いた。
セイバーの持つ宝具の一つ『
タイミングを一瞬でも間違えれば魔力爆発の餌食だったが、セイバーは保有しているスキルの『直感』を信じて成功させた。
重い音を立てながら切り裂かれたルインの上半身と下半身は地面に倒れ伏し、それを目撃した凛と士郎は笑みを浮かべ合う。
「やった!!」
「セイバーの勝利よ!!」
ルインを倒したと思った士郎と凛は立ち上がり、セイバーの視線の先で静かに戦いを見守っていたイリヤスフィールに声を掛ける。
「随分と自信満々だったけれど、最後は呆気なかったわね。貴女のサーヴァント・・・イリヤスフィール。令呪を破棄しなさい。そうすれば命までは取らないわ」
「・・・・・・プッ!!キャハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「何が可笑しいのよ!?」
「もう君のサーヴァントはいな…」
「勝手に死なされるのは嫌ですね」
『ッ!?』
士郎の言葉を遮るように響いた声に士郎達が驚愕に目を見開いた瞬間、分かれたルインの下半身が起き上がり、セイバーに背後から蹴りを叩き込む。
「なっ!?」
蹴られた事よりも下半身だけで動いた事実にセイバーは驚愕と困惑に満ちた声を上げながら、態勢を整え直す。
すると、セイバー、士郎、凛の前で地面に倒れ伏していたルインの上半身が浮かび上がり、下半身と切り裂かれた部分が合わさって一瞬の内に再生する。
「な、何でだ!?確かに切り裂かれた筈なのに!?」
「・・・そうか!?そのサーヴァントは『不死』か『再生』の宝具かスキルを所持しているのね!?」
「そう。ルインお姉ちゃんには『無限再生』と言うスキルが在る。『再生殺し』。『不死殺し』の概念が宿る宝具でなければ傷は瞬時に修復され、その身を半分以上消滅させない限り復活するわ。セイバーの宝具じゃ倒し切れないよ」
「クッ!!・・・簡単に切り裂けたと思いましたが、そう言う事でしたか!?」
ルインを睨みながらセイバーはイリヤスフィールの言葉に悔しげな声を出した。
セイバーがその気になればルインを倒す手段は在る。だが、それを使用すれば現界が難しくなるどころか、消滅さえも考えられる。何よりもソレを使わせてくれる相手ではない故に、先ほどの爆発によって少なからずセイバーはダメージを負っている。
状況が追い込まれて来た事実にセイバーと士郎が歯噛みを覚えた瞬間、遠く離れた場所から何かが飛来し、静かに戦いを見ていたイリヤスフィールの胸を貫く。
「・・・・・・えっ?」
「なっ!?」
自身の胸が貫かれた事に呆然とするイリヤスフィールの姿を目にした士郎は、信じられないと言う声を出してイリヤスフィールを貫いた物を目にすると、ソレは矢のような形をした剣だった。
まさかと思いながら凛に視線を向けると、冷酷さに満ちた視線で地面に倒れ伏したイリヤスフィールを見ていた。
「・・・サーヴァントが倒し難い相手なら、マスターを狙うのがセオリーよ。油断したわね、イリヤスフィール。アーチャーは一射ぐらいなら撃てたのよ」
「と、遠坂!?」
「やらなきゃ私達が殺されていたわ!この結界から脱出する為にはあのサーヴァントを倒すか、結界を解除させるしかないわ!!『無限再生』なんてスキルを持つ奴。不完全なセイバーとアーチャーじゃ倒せない!」
「うっ!」
「分かってくれたようね・・・さぁ!貴女のマスターは死んだわ!!結界を解きなさい!それとも主を失って魔力供給も無い状態のままセイバーとやる気かしら!?」
「・・・・・死んだ?一体誰がですか?」
「何を言っているの!?イリヤスフィールに決まって…」
「嫌だよね、勝手に死んだことにされるのって?」
『ッ!?』
士郎と凛の居る背後から突然に声が響き、二人だけではなくセイバーも視線を向けて見ると、アーチャーに射抜かれた筈のイリヤスフィールが傷一つなく微笑みながら立っていた。
「酷いよ、リン。せっかくサーヴァントだけ狙うようにしていたのに、私に攻撃するなんて」
「・・・・イ、イリヤスフィール?何で、確かにアーチャーが倒したはずなのに?」
ゆっくりと凛は射抜かれて倒れ伏したはずのイリヤスフィールに視線を向けると、凛の前で倒れ伏したイリヤスフィールの姿が消失する。
「幻影?・・・まさか、最初から!?」
「ピンポーン!やっぱり、リンは頭が良いね。私も幻影。本物の私は結界の外に居るよ。アーチャーが居るんだから遠距離からの狙撃を警戒するのは当然だからね。クスクス」
「サーヴァントの弱点の一つであるマスターの護りを万全にするのは当然の事。結界の中にはイリヤちゃんは取り込んでいなかったんですよ」
「クッ!!」
最初から全て仕組まれていたことに凛は悔しげに声を上げた。
切り札だったアーチャーの一撃は既に使用し、セイバーもダメージを受けている。このままでは自身も士郎もルインに倒されてしまうと焦りを凛は覚えるが、予想に反してイリヤが幻影を通しながら声を出す。
「今日はもう良いや。ルインお姉ちゃん」
「封鎖結界解除」
イリヤスフィールの指示にルインは素直に従い、封鎖結界は解除された。
勝てる可能性が高い現状をアッサリと捨てたルインを、凛、セイバー、士郎が呆然と見つめていると、ルインは後方へと飛び上がり現実世界で待っていた本物のイリヤスフィールの隣に着地する。
「今日は此処まで。アーチャーもセイバーも疲弊していたしね。元々挨拶だけだったから」
「・・・・・・また、見逃すって訳?」
「違うよ・・・こっちにも事情が在るの。それに私にとって『聖杯戦争』は本当はどうでも良いの。誰が『聖杯』を得ても構わないわ。だけど・・・・セイバーにだけは絶対に渡さないって決めた!!」
「ッ!?・・・・やはり、貴女は・・あの時の・・『アイリスフィール』の娘ですか!?」
「そうよ!私は『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』の娘!『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』!!どう言う訳だか分からないけれど・・『記憶』を持っているみたいだから、『聖杯』は絶対に渡さない!・・・・今日は本当に挨拶だけだったから帰るね。次に会う時は“私のサーヴァント”が貴女達を倒す!バイバイ」
イリヤスフィールが別れの挨拶を告げると共にルインはイリヤスフィールを抱えて、空へと舞い上がった。
遠く離れていくイリヤスフィールの姿をセイバーは苦悩するような顔をしながら見つめ、凛と士郎は訝しげな視線をセイバーに向けるのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
過去の出来事
一夜明けた翌日の早朝の衛宮邸。
その居間には昨夜聞きたい事情が出来て泊まった凛に、家の主である士郎。そして凛が用意した白のシャツに青いスカート、黒のタイツと言う現代服を纏っているセイバーの姿が在った。
険しい視線を凛はセイバーに向けながら、真剣な顔をしながら気になっていた事を質問し出す。
「・・・回りくどいのは嫌だから率直に聞くけれど・・・・セイバー?昨日衛宮君に召喚された筈の貴女が何で“イリヤスフィールの事を知っているのかしら”?」
「・・・・それに答える前にシロウに聞きたいことが在ります」
「俺に?一体何だ?」
「・・・・シロウ・・・貴方は『衛宮切嗣』と言う名の男を知っていますか?」
「ッ!!・・・・俺の養父だ・・・十年前の災害の後に俺は衛宮切嗣に・・・爺さんの養子になったんだ」
自身の養父の名がセイバーの口から出た事に驚きながらも、士郎はセイバーの質問に答えた。
それを聞いたセイバーは真剣な眼差しを士郎に向けながら、更に士郎に質問する。
「では・・・切嗣は生きているのですか?」
「・・・いや・・・爺さんは数年前に無くなった」
「・・・そうですか」
僅かに顔を暗くしながら答えた士郎の言葉に、嘘は無いと判断したセイバーは静かに目を閉じる。
やがて考えが纏まったのか、セイバーはゆっくりと目を開けて凛と士郎の顔を見つめながら自身の秘密の一端を話す。
「混乱させない為に黙っているつもりでしたが・・・私が現代に召喚されたのはこれが二度目なのです」
「何ですって?ちょっと待ってセイバー?・・・貴女は『記録』じゃなくて『記憶』を持っているの?」
「どう言う事だよ、遠坂?『記録』じゃなくて『記憶』って?」
「英霊って言うのは本来時間軸が外れた場所に居るの。其処から私達は『聖杯』の力を借りて英霊を召喚するわ。だけど、召喚される英霊は正確に言えば英霊の分霊なの。私のアーチャーだって英霊の座に居る本体じゃなくて分霊なのよ。そして消滅した英霊は本体が居る『座』と呼ばれる場所に戻るんだけど、その分霊が所持していた『記憶』は本体に『記録』されるの。だから、別の聖杯戦争で同じ英霊が召喚されたとしても、『記憶』を持っている筈が無いのに、セイバーは『記憶』を持っている」
「真名に関わる事なので詳しくは言えませんが、私は在る事情で『記憶』を保持して召喚されるサーヴァントなのです。そして私は十年前に行なわれた第四次聖杯戦争でアインツベルン陣営のサーヴァントとして召喚されたのです」
「十年前の聖杯戦争にセイバーは参加していたのか!?」
告げられた事実に士郎は驚愕しながらセイバーを見つめた。
十年前の聖杯戦争で起きた出来事によって、士郎は一度全てを失った。それに直接関係していたと言う自らのサーヴァントであるセイバーを思わず士郎は凝視してしまう。
逆に凛は何故イリヤスフィールがセイバーの事を知っていたのかを知り、納得したように頷く。
「なるほどね。何故イリヤスフィールがセイバーの事を知っていたのかようやく納得がいったわ。だけど・・どうして其処で衛宮君のお父さんが出て来るのかしら?」
「・・・・イリヤスフィールの実の父親が衛宮切嗣だからです」
「なっ!?あの子が爺さんの実の娘!?ちょっと待ってくれ!俺は爺さんに娘が居るなんて聞いたことも無いぞ!?爺さんは天涯孤独だって聞いていたんだ!?」
「それに関しては分かりませんが、私は確かにアインツベルンの本拠地で切嗣と幼いイリヤスフィールが戯れているのを目撃しました」
「セイバーが嘘をつく理由は無いわね・・・・だけど、セイバーが十年前に召喚されていたとしたらどうしてイリヤスフィールはセイバーを怨んでいるの?昨日の帰り際の発言からだと、相応の事情が在ると思うんだけど?」
「・・・・・私が彼女の母親を・・・イリヤスフィールの実の母親である『アイリスフィール』を護れなかったからだと思います」
そうセイバーは悔恨と悔しさが混じった声を出しながら顔を下に俯けた。
その様子に一体何が在ったのかと士郎と凛がジッと待っていると、ゆっくりとセイバーは十年前の聖杯戦争に関する事を話し出す。
「十年前の聖杯戦争で切嗣に召喚された私は、彼の妻であったアイリスフィールと共に聖杯戦争に参加しました」
「?・・・爺さんと一緒に戦ったんじゃ無いのか?爺さんがセイバーを召喚したんだろう?」
「シロウ・・・言い難いのですが、切嗣は貴方には良き父親だったかもしれませんが、私からすればあの男は絶対に赦す事が出来ない裏切り者なのです!!」
『ッ!!』
出会ってから冷静沈着だったセイバーが心の底から怒りを顕にしている事に士郎と凛は面食らったようにセイバーを見つめた。
テーブルに載せたセイバーの手は強い怒りに満ちているようで震えている。それだけセイバーが切嗣に対して負の感情を持っていることに士郎が驚いていると、セイバーは心を落ち着けて話を再開する。
「話を止めて申し訳ありません。順を追って説明します。私は切嗣に召喚されました。ですが、私の姿を見ると共に彼は私を無視するようになりました」
「ハッ?・・・自分のサーヴァントを無視って?」
「リン。彼はあくまでサーヴァントを聖杯戦争を勝つ為の道具だと考えていたのです。そして私は彼とは殆ど交流を持ちませんでした。そんな彼の代わりに共に戦ってくれる事を名乗り出てくれたのが、イリヤスフィールの母親。アイリスフィールでした。私も騎士として絶対に彼女を護ると誓っていたのですが・・・『聖杯戦争』の途中でまんまと彼女を敵の陣営に奪われてしまったのです」
「・・・人質って事かしら?」
「いえ、違います・・・アイリスフィールが敵の陣営に狙われた理由はもっと重大な理由です」
「そいつは一体?」
「・・・彼女が降臨する『聖杯の器』を所持していたからです」
「せ、『聖杯の器』ですって!?」
「ど、どう言う事だよ!?遠坂!?お前確か教会で、『聖杯は霊体』って言っていたよな!?何で『聖杯の器』なんて物が在るんだよ!?」
「わ、私にだって分からないわよ!?家に在った資料だと『聖杯は霊体』って記されていたんだから!?」
自身の知っている情報とセイバーが告げた『聖杯』に関する情報の違いに凛も混乱しながら、士郎に答えた。
「リン。私も詳しくはアイリスフィールから聞いた訳では在りませんが、恐らく『聖杯の器』とはサーヴァントだけではなく生きている人間が『聖杯』に触れる為の物では無いのでしょうか?サーヴァントだけが触れられると言う点では何かと不便です」
「あっ・・・そう言えばそうよね。マスターが叶えたい願いを『聖杯』に告げようとしても、触れられないんじゃ叶えられない。その為の『聖杯の器』って訳ね」
「恐らくはその通りでしょう。話は戻しますが、アイリスフィールを護れなかった私は敵が行なった聖杯降臨の儀の場に訪れて私以外に残っていたアーチャーのサーヴァントと戦いました・・・・ですが、其処で切嗣が赦し難い事を行なったのです」
「爺さんは一体何を?」
「・・・・『令呪』を用いて私に・・・降臨していた『聖杯』の破壊を指示したのです」
「何だって!?」
「せっかく降臨した『聖杯』を破壊したですって!?衛宮君のお父さんは何を考えているのよ!?」
告げられた事実に士郎と凛は信じられ無いと言う声で叫んだ。
降臨した万能機である筈の『聖杯』を衛宮切嗣はセイバーに破壊するように指示を出した。そんな事をした理由が士郎と凛にはわからなかった。
そしてセイバーが切嗣に対して憎しみに近い怒りを抱いているのにも納得出来た。セイバーが召喚に応じたのは『聖杯』を使って叶えたい願いが在る為。だが切嗣はその機会を土壇場になって『令呪』を使用して不意にしたのだ。
「セイバーが怒るのも当然ね。事情も説明しなかったんでしょう?」
「はい・・・切嗣はただ破壊するように命じただけです」
「爺さん・・・一体何でそんな事をしたんだ?」
自らの養父の所業に士郎は驚きと困惑に包まれながら、切嗣が実行したことの意味について考え込む。
だが、幾ら考えても『聖杯戦争』と言う事柄を知ったばかりの士郎では何も思い浮かばなかった。その謎を解く為には『聖杯戦争』を勝ち進むしかないのだと考える。
(爺さん。俺はアンタが知ったことの意味も解き明かすぜ)
「・・・・これで納得出来たわね。それにしても『聖杯の器』か・・・・あら?もしかしたら今回も『聖杯の器』が在るんじゃないかしら?」
「それは間違いないでしょう。アイリスフィールはアインツベルンが代々『聖杯の器』を管理していると言っていました。当然今回もその器をアインツベルンが・・・正確に言えばイリヤスフィールが所持している筈です。アイリスフィールは常に手元に隠していると言っていました」
「・・・・あの時のアーチャーの攻撃って今考えたら危なかったのね。もしも『聖杯の器』が無くなっていたら『聖杯戦争』が終わっていたわ」
新たに知った情報でイリヤスフィールへの攻撃は、『聖杯戦争』の終わりを意味していた事を理解した凛は冷や汗を全身から流す。
『聖杯戦争』で勝利する事を目的としている凛にとっても、『聖杯戦争』が不本意な形で終わるのは不味い。イリヤスフィールに対してはサーヴァントの方を倒す方面で進めなければいけないのだと凛は理解した。
「・・・ハァ~、でもセイバー・・・貴女不味いわよ。イリヤスフィールは間違いなく貴女を怨んでいるわ。絶対に貴女だけには聖杯を渡す気は無いでしょうね」
「仕方が在りません。騎士としての誓いを私は行ないながら、彼女の母親を護りきれなかったのですから・・ですが、私にはどうしても『聖杯』が必要なのです」
「じゃなければ召喚に応じないわよね・・・衛宮君もイリヤスフィールに気をつけた方が良いわよ?」
「なんでさ?」
「ハァ~・・・あのね。イリヤスフィールにとっての父親である衛宮切嗣は『聖杯戦争』を終えた後にも関わらずイリヤスフィールの下に戻らなかった。当然衛宮切嗣が土壇場になってアインツベルンを裏切るような行動をした事をイリヤスフィールが知らない筈が無いわ。だけど、衛宮切嗣はもうこの世には居ない。抱いていた怒りの矛先は、養子になった貴方に向けられても可笑しくないのよ」
「うっ・・そうか・・そうだよな。俺があの子から爺さんを奪ったようなもんだしな」
「次にイリヤスフィールと会う前にどうするか決めておきなさい。とは言っても『聖杯の器』なんて重要な物を所持しているイリヤスフィールを殺すわけにはいかないわ。もしも自分の死と共に『聖杯の器』が砕けるようにされていたら、結局今回も勝者が出ないで終わるんですものね」
「しかし、それも難しい。昨夜戦ったイリヤスフィールのサーヴァントと思われる『キャスター』は強敵です。『対魔力』に対しても瞬時に情報を把握して対処法を編み出しました」
「しかも空間操作なんて魔法の領域に至る魔術を一小節での詠唱で使いこなしていた。厄介過ぎる相手だわ」
昨日の夜に戦ったルインの事を思い出した凛は険しい声を出した。
イリヤスフィールを殺さないで『聖杯戦争』から離脱させる為にはサーヴァントを倒すしかない。だが、ルインは魔法の領域の力を振るうばかりか、『無限再生』と言う厄介なスキルも存在している。
セイバーは魔力不足で最大の宝具が使用できず、アーチャーの方は切り札である『宝具』が分からないと言う始末。更に言えばルインは未だにサーヴァント最大の切り札である『宝具』を見せていない。
厄介過ぎる相手だと凛が顔を険しく歪めていると、突然背後にアーチャーが実体化する。
「その件で気になることが在る」
「アーチャー?・・・・傷は良いの?」
「問題無い。全力の戦闘は無理だが、ある程度は戦えるレベルに回復した」
「そう・・・それで気になる事って?」
「うむ・・・昨夜イリヤスフィールは去り際に『次に会う時は“私のサーヴァント”が貴女達を倒す』と言っていた」
「それの何処が気になるのよ?」
「凛。彼女はセイバーが戦ったサーヴァントの事を『ルインお姉ちゃん』と呼んでいた。本名なのかそれとも偽名なのか分からんが、可笑しいと私は感じた。もしもセイバーが戦ったサーヴァントこそが彼女のサーヴァントだとしたらイリヤスフィールは本来は『次に会う時は“ルインお姉ちゃん”が貴女達を倒す』と言う発言が正しいと私は思う」
「・・・まさか・・アーチャー?・・・アンタ・・昨日セイバーが戦ったサーヴァントは、イリヤスフィールの本当のサーヴァントじゃないって言いたいの?・・・冗談は止めてよ。それってイリヤスフィールは“他にもサーヴァントを従えてる”かもしれないって事じゃない!?」
「遠坂?そんな事が在るのか?」
「在る訳無いでしょう!サーヴァントは原則的にマスター一人に一体なのよ!はぐれサーヴァントとか居るなら別でしょうけど、そんな都合よくサーヴァントが召喚したマスターから離れるわけないでしょう!?だから、イリヤスフィールが昨日の戦った女性以外の他のサーヴァントを従えているなんて在り得…」
「いえ、在り得るかも知れません、リン」
「えっ?」
アーチャーを援護するようなセイバーの発言に凛は思わずセイバーを見つめ、士郎もどう言う事なのかとセイバーを見つめると、セイバーは前回の聖杯戦争で戦った二体のサーヴァントを思い出しながら説明する。
「確かに『聖杯戦争』に於いて原則的にサーヴァントは一人一体です。ですが、私は前回の『聖杯戦争』の時にその原則を破る二体のサーヴァントと出会いました」
「・・・・どんなサーヴァントなの?」
「はい、先ずは『アサシン』のサーヴァントです。前回のアサシンは現代で言う『多重人格』のサーヴァントでした。その宝具は一体で在りながら自らが持つ人格の数だけ分裂出来ると言う宝具でした。私が知る限り、最低でも五十体のアサシンが居た筈です」
「なっ!?・・・何よ、そのサーヴァント?確かに『アサシン』はマスター殺しに特化したサーヴァントだけど、それじゃ一体倒しても他にもアサシンが居たって訳でしょう!?反則よ!!暗殺者がそんなに居るなんて!?」
「無論、分裂したと言ってもアサシンは一体とされているので分裂すればするほどアサシンの基本の能力は低下していました」
「でしょうね。そんなとんでもない能力で何の代償も無い筈が無いわ・・・・・それでもう一体のサーヴァントは?」
「ライダーのサーヴァントです。その正体は世界に知らぬ者が居ないほどの大英雄。『征服王イスカンダル』です」
「せ、征服王だって!?」
「う、嘘でしょう!?そんな大物が前回呼ばれていたって言うの!?」
余りの大物に士郎と凛はもはや驚愕に染まった声を上げて、顔を見合わせた。
『聖杯戦争』では過去の英霊が召喚されると言う事を二人とも理解しているが、それでも『征服王イスカンダル』が聖杯戦争に参戦していたと言う事実は驚愕を隠せなかった。
「ぜ、前回の聖杯戦争ってどんだけ強力な英霊が呼ばれていたのよ!?」
「そのイスカンダルでも最後まで残れなかったのか?」
「はい・・・彼は私との戦いで疲弊していたところをアーチャーのサーヴァントに倒されたのです。アーチャーの真名は最後まで分かりませんでしたが、強力なサーヴァントだったのは事実です」
「ウワァ~・・・・前回のアーチャーってそんなに凄かったのね。疲弊していたからってイスカンダルなんて大物に勝つなんて」
「凛」
「安心して。私のサーヴァントは貴方よ」
不満そうな視線を向けて来たアーチャーに凛は手をやりながら声を掛けた。
納得いかなさそうな顔をしながらも、アーチャーは話を進める意味を込めてセイバーに質問する。
「それでそのイスカンダルの宝具とは一体何だったのかね?」
「イスカンダルの宝具は二つでした。一つはライダーの名に恥じない強力な戦車。そしてもう一つは・・・・自らの心象風景を具現化する結界でした」
「そ、それって『固有結界』じゃない!?何で魔術師でもないイスカンダルが『固有結界』なんて代物を使えるのよ!?」
「・・・・『固有結界』ってなにさ?」
「こ、このヘッポコは!」
士郎の発言に凛は青筋を幾つも浮かべて肩を震わせながら、士郎を睨みつけた。
自身が不味い事を言ってしまったことに気がついた士郎は、恐怖を感じながら凛を見つめる。
気持ちを落ち着けようと凛は何度も深呼吸を行ない、心を落ち着けた後に『固有結界』に関する説明を行なう。
「『固有結界』って言うのは魔術の大禁術にして一つの到達点とさえも言われているわ。自分の心象風景を現実に具現化する大魔術よ。そんなとんでもない代物を魔術師でも無いイスカンダルが使用したんでしょう?・・・正直信じられない気持ちで一杯だけど・・・それでどんな効果だったの?」
「彼の『固有結界』の効果は生前に共に戦った軍勢を『英霊の座』から呼び出すと言う規格外なものでした。その名も『
「・・・・独立サーヴァントの連続召喚。冗談でも止めて欲しかったわね」
「冗談では在りません。そして目撃したアイリスフィールから聞いたのですが、イスカンダルは自身の配下を現実世界に出現させることも出来たようです・・・そして宝具とは英霊が持つ伝承が形になったものです」
「・・・・なるほどね。イリヤスフィールが召喚したサーヴァントが、英霊を宝具にしているとしたら他にもサーヴァントが居てもおかしくはない。いえ、自分の家系を滅ぼすようなサーヴァントを召喚したんだから、寧ろその可能性が高いわね」
「・・・・サーヴァントが一人に何体も付いている可能性があるって事か?」
「この推測を高める材料は他にも在る。昨夜イリヤスフィールはサーヴァントと離れて現実世界に残った。私とセイバーは結界に取り込まれたが、まだ他にもサーヴァントが残っている現状で自らのサーヴァントと離れるのは危険が多過ぎる。ルインと言う名の女も『マスターの護りを万全にするのは当然の事』と言っていた。離れているのに万全と言う発言は可笑しい。そう言えるだけの確信が奴には在ったのだ」
アーチャーはそう締め括るように発言し、居間に重い沈黙が生まれた。
イリヤスフィールにはルイン以外にもサーヴァントが居る可能性が高い。もしもそれが事実だとすれば、イリヤスフィールがこれ見よがしにルインを連れまわしていたのに納得が出来る。
彼女達にとってルインの存在が知れ渡るのは困る事では無かった。何せルイン以外のサーヴァントがイリヤスフィールの背後には居るのだから。彼女の情報を幾ら知られてもイリヤスフィール達には困る事では無いのだから。
そして考えが纏まったのか凛はゆっくりと真剣な眼差しを士郎に向けて、一つ提案する。
「衛宮君・・・手を組まない?」
「手をって?・・・同盟を結ぶって事か?」
「そう・・・もしも今の推測が当たっていたら、ハッキリ言って私も貴方もイリヤスフィールには勝てないわ。だから、手を組むの。その間、敵に関する情報は共有する。他のサーヴァントが来た時も、一緒に迎撃。あと私が言いだした事だから、貴方の面倒も見てあげるわ。魔術師としての基本的な事も含めてね。どう?破格の条件でしょう?」
「確かに・・・セイバーはどう思う?」
「私は構いません。現状イリヤスフィールとそのサーヴァントを倒す為の手段は私とシロウには在りません。リンとの同盟は私達にとってプラスになります」
「セイバーの方も納得したわね・・アーチャー。貴方は?」
「・・・セイバーとの同盟は納得するが・・・・其処の小僧がな」
「何?」
不満そうな視線を自身に向けるアーチャーに、士郎は僅かに苛立ちが篭もった声を上げた。
しかし、すぐにアーチャーは凛とセイバーに視線を戻して声を出す。
「小僧には不満は在るが、前衛のセイバーと後衛の私が揃うのは妥当だ。此処はマスターの指示に従おう・・・(イリヤに起きている現状を知るまでだがな)」
そうアーチャーは内心を悟られないようにしながら凛の提案を了承し、二つの組は同盟を結んだのだった。
アインツベルン城応接室。
その場所で再びサーチャーを使って衛宮邸を監視していたイリヤスフィールは、自身の発言のせいでブラックの存在がセイバー、アーチャーの二組の陣営に知られてしまった事に落ち込んでいた。
ゆっくりとイリヤは横に座っているブラックに視線を向けて、頭を下げる。
「・・・・ゴメンね、ブラック・・・私のせいで折角ルインお姉ちゃんが私のサーヴァントだと思わせていたのが駄目になっちゃった」
「気にするな。遅かれ早かれ知られる事だ。寧ろ前衛のセイバーと後衛のアーチャーが共に戦うのならば望むところだ。更に戦いが楽しめるからな」
イリヤスフィールの頭の上に手を乗せながら、ブラックは気にしてないと言うようにイリヤスフィールの頭を撫でる。
ブラックが怒っていない事にイリヤスフィールは安堵の息を漏らすと、ブラックはイリヤスフィールの頭の上から手を退かす。
「どちらにしても二体とも昨夜の戦いで負ったダメージが在るのだから、暫らくは戦わん。今のところの標的はセイバーとアーチャーのマスターどもが通っている学校に下らん結界を張った奴らだ」
ブラックはそう言いながら空間ディスプレイを操作し、衛宮邸から穂群原学園の映像に変える。
凛が見つけた学園に張られている結界は今だ完成していないが、このまま放置して置く気はブラックには全く無かった。新都の方で『魂食い』を行なっている『キャスター』も気に入らないが、あちらは死者を出さないようにしているので今は狙わない。
だが、学園の結界を張った者は別だった。明らかに死者が出ても構わないと思っている。ブラックにとってソレは絶対に見逃せない嫌悪する事柄だった。
「昼から行くぞ。それまでは眠っていろ。昨日は遅かったからな」
「は~い」
ブラックの言葉に素直にイリヤスフィールは返事を返し、待っていたセラと共に自室へと戻って行った。
イリヤスフィールとセラが部屋の外に出ると共に、霊体化していたルインが実体化してブラックに話しかける。
「ブラック様が“あの子”以外の子供を気にするのは本当に珍しいですね?確かに放っておけない良い子ですけれど」
「勘違いをするな。イリヤスフィールとアイツは違う・・・ただ気になるだけだ。それにお前とて分かっている筈だ・・・“奴は長くない”」
「・・・・・はい・・・『フリート』ならば何とか出来たかも知れませんが・・・・私達にはイリヤちゃんは治せません。例え『オメガブレード』を用いても、生まれる前から無理な調整を受けていたイリヤちゃんは治せない」
「・・・・・気に入らんな」
何処か虚しげにブラックは声を出しながら、自身を召喚したイリヤスフィールの事を考えるのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
騎兵の所業
同盟を結ぶことが決まった後、凛は自身とアーチャーが知っている他のサーヴァントとマスターに関する情報を士郎とセイバーに説明していた。その中で士郎が特に気になったのは、自身が通っている学校に張られている結界の事だった。
「学園に結界だって?」
「えぇ・・・それも内部に居る人間を標的とした下衆な結界よ。詳しい効果までは調べる時間が無くて分からなかったけれど、発動すれば間違いなく学園に居る生徒達が犠牲になるわね」
「何だって?・・・・そんな危険な結界を一体誰が!?」
「分からないわ・・・だけど、私でも邪魔をするのが精一杯なほどの結界なのよ。出来る事なら発動される前に倒したいわ」
「同感ですね。それに発動されて敵のサーヴァントに充分な魔力が集まるのは見過ごせません」
「?・・・どう言う事だ?」
セイバーと凛のやり取りの意味が分からなかった士郎は思わず質問した。
それに対して凛は額に手をやりながら、今のやり取りの意味を士郎に説明する。
「サーヴァントが霊体だって事は説明したわよね?」
「あぁ」
「霊体であるサーヴァントにとって『人の魂』は栄養になるのよ。弱いサーヴァントや魔力供給が追いつかない場合は、人を襲わせてサーヴァントを強化するの」
「・・・なっ!?・・そんな方法も在るって言うのか!?」
「言っておくけれど、この方法は私もアーチャーも気に入らないしやる気はないわ。セイバーもでしょう?」
「はい。確かに魔力は欲しいですが、無辜の民を襲って魔力を得るのは私の騎士道が赦しません」
「そうか・・良かった。俺ももちろんそんな事は絶対にしたくない・・・だけど、学校に結界を張ったサーヴァントとマスターはソレを行なう気かも知れないって事か?」
「えぇ・・・休学していたから気がついたのは昨日だけれど、多分学生の誰かがマスターなのよ。だから、今日の昼間はこっちの準備を行なって放課後に学校に行きましょう。衛宮君はともかく私は休学中だから昼間に学校に行くのは怪しまれるからね」
「そう言えば遠坂は休学中だったんだよな・・・・分かった。だけど、準備って何だよ?」
「決まっているでしょう。此処に今日から住ませて貰うの」
「なっ!?」
「同盟関係を結んだんだから、一緒に行動するのは当然の事よ。じゃ、家に荷物を取りに行くわ。じゃあね」
「ちょっ、ちょっと待てって!?」
言うだけ言って家から出ようとしている凛を慌てて士郎は追いかける。
居間に一人残されたセイバーは、テーブルに載っている士郎が用意してくれたお茶と蜜柑を見つめながら、何かを悩むように静かに座っているのだった。
昼間の穂群原学園屋上。
学生が昼食を取る時間帯の時に、人間体のブラックと共にやって来たイリヤスフィールが人払いの結界を張って屋上に描かれた魔術で偽装されている紋様を調べていた。
「・・やっぱり高度な術式だね。でも、これは基点の一つみたい」
「中枢は別の場所と言う事か?」
「多分ね。でも、基点もそうだけど中枢はもっと巧妙に隠されていると思うよ。コレを見つけるのだって時間がかかっちゃったから」
「そうか・・・さて。どうしたものか」
現状ブラックとイリヤスフィールには、学校に張られている結界を破壊する手段は一つしかなかった。
マスターとしては最高の適性を持ったイリヤスフィールだが、その反面魔術師としての力量は凛ほど高くなかった。アインツベルンがイリヤスフィールに望んでいたのはあくまでサーヴァントを支えるマスターとしての技量だけで、魔術師としての技量は望んではいなかった。正面から凛と魔術で戦えばイリヤスフィールは負ける。故にサーヴァントが張った結界の構築の邪魔をしたり、巧妙に隠された結界の中心や基点を見つけるのも難しかった。
ルインは『魔法』ならば対抗出来るが、『魔術』に対しては門外漢に等しいので学校の結界には対抗し難い。破壊するのはブラックの『宝具』を使用すれば簡単だが、使用限度が限られているので出来るだけ使用は控えたいのが現状だった。
「どうしようか、ブラック?」
「・・・・・フン、破壊が出来ないのならば別の手段を取るだけだ・・・ルイン」
「はい」
ブラックの呼びかけに一瞬の間も与えずにルインが実体化した。
それに驚くことも無くイリヤスフィールは楽しげにブラックとルインのやり取りに耳を傾ける。
「お前ならばこの結界に対してどう対処する?」
「一番手っ取り早い方法は此処に人を来なくすると言う方法ですね。学園の一角を破壊して休校させるという方法が思い浮かびます」
「フフッ、確かに手っ取り早いね」
「確かにな。だが、そんな事をすれば次に奴らが何処に結界を張るのか分からん。これほどの大規模な結界を幾つも敷くのは無理だろう。ならば、此処一箇所にしか仕掛けておけないと言うことだ。このまま結界を残しておく方が良い・・・しかし、気に入らんことをされるのはしゃくだ」
「分かっています。この結界の破壊は出来ませんが・・・“効果を発揮させない”ことは可能です」
「そうか。ならば、早速始めろ。それで此処に潜んでいる奴らが出て来るなら・・・“俺が殺す”」
「分かりました。では、やって来ます」
ブラックの指示にルインは素直に頷き、実体化したままその場から消え去った。
それを確認したブラックはゆっくりと屋上から校庭にいる者達を眺めているイリヤスフィールの傍に近寄る。
「・・・・ブラック。この結界張ったのって何処の陣営だと思う?」
「・・・この学園でサーヴァントを召喚出来る人間は、アーチャーのマスター以外に一人だ。だが、あの小娘が進んでコレを行なうとは考えられん。ほぼ間違いなくマスターの権利を委譲したんだろう」
「となると一人だね」
「俺はルインが戻ったら張り付く。先に城に戻っていろ」
「うん・・・早く帰って来てね」
「・・・あぁ」
イリヤスフィールの何処か不安そうな声に、ブラックは何時に無く優しげな声でイリヤスフィールに返事を返したのだった。
部活動を行なっている学生以外が帰る時間帯である放課後。
此処最近の物騒な事件の影響で学校に居られる時間帯は短くなかったが、部活動を行なっている学生達はまだ学校に残っていた。そんな時間帯に怪しまれない為に制服を着た士郎と凛、そして私服姿であるセイバーが訪れていた。
今日の昼間はこれから士郎の家に住むことになった凛の準備などで時間が潰れてしまったが、早急に結界の邪魔だけは行なうべきだと考えて穂群原学園に三人はやって来たのだ。
「・・・なるほど・・確かに悪質な違和感が漂っていますね」
「此処最近学校に入る度に違和感のようなモノを感じていたけれど・・・原因は遠坂が言っていた結界だったんだな」
士郎とセイバーは正門から学園内に入る時に感じた違和感に対してそれぞれ感想を述べた。
凛も明らかに昨夜よりも強まっている結界に顔を険しくしながら士郎とセイバーと共に学園内に足を踏み入れると、二人に自分達が行なうべき事を説明する。
「二人とも。先ずは結界の基点を探すのよ。これだけの大規模な結界なら、幾つもの基点となる場所があると思うの。それさえ破壊すれば少なくとも結界が発動した時に効果を弱める事ぐらいは出来るわ」
「結界自体を破壊するのはやっぱり無理なのか?」
「・・・無理ね。悔しいけれど、この結界に対して私が出来るのは基点を破壊して邪魔をするぐらいよ。それほどこの結界は高度なモノなの。アーチャーとセイバーにはそっち方面では期待出来ないし、そうでしょう?」
「はい・・・私は魔力は使えますが、魔術師では無いので結界の破壊は不可能です」
「そうか・・・やっぱり、遠坂の言った事しか出来ないってことか」
自分達が結界に対して打てる手が少ないことに、士郎は悔しげに声を出した。
自身よりも遥かに魔術師としての技量が高い凛が出来ない事を、自身が行なえない事を士郎は理解している。しかし、対処療法しか出来ない現状に悔しさを覚えているのも事実。
何か自分に出来ることは無いのかと悔しさ塗れに校舎内を見回し、不意に廊下の壁の一角から強烈な違和感を感じることに気がつく。
「ん?・・・なぁ、遠坂?基点ってもしかして其処に無いか?」
「ハァッ?・・・あのねぇ・・そう簡単に見つかれば苦労しな・・・・これって!?」
士郎が指差した廊下の壁に手を触れた凛は驚きながらも、左手の魔術刻印を光らせて小声で詠唱を行なう。
それと共に壁が光を放ち、術式が幾重にも刻まれた刻印のようなモノが現れ、凛が詠唱を終えると共に甲高い音を立てながら消滅する。
「・・・間違いないわ。今のは基点の一つよ!良く見つけられたわね!?」
「いや・・・何となくだったんだけど・・・そう言えば俺は『強化』よりも『解析』の方の魔術が得意なんだ。それのおかげかもしれない」
「なるほどね・・・・私でも発見が難しい基点を見つけたのは凄いことよ。なら、衛宮君が感じる強い違和感の場所を重点的に調べましょう」
「あぁっ!」
自分にでも出来ることが在ると分かった士郎は嬉しげに声を出して、セイバーと霊体化しているアーチャーに護衛されながら学校内に在る基点を破壊して行く。
『解析』が得意だという士郎の言葉には嘘はなく、士郎が示す場所には基点が存在し、順調に学校内の基点を破壊する事が出来た。
そして教室内の天井を破壊する為にセイバーに椅子を押さえて貰い、凛が天井に刻まれている基点を破壊し、士郎が他にも教室内に基点は無いか探していると、突然に教室の後ろの扉が開いて活発そうな雰囲気に美人というよりも男前な印象を受ける女性が弓道着姿で入って来る。
「いけない、いけない。ノートを忘れ・・・って!?衛宮に遠坂!?」
「あ、綾子!?」
「美綴っ!?」
共通の友人である弓道部の部長で士郎と凛と同じ二年生の
それは綾子の方も同じだった。家の事情で休学中の筈の凛に、今日学校を休んだ筈の士郎が二人とも放課後の教室に居るばかりか、見たこともない凛々しい金髪美少女のセイバーまで居るのだから。
「一体何してるのよ?衛宮は今日学校を休んだし、遠坂は休学しているのに・・・そればかりか見たこともない金髪の女性まで」
「い、いや、これはな」
一般人である綾子にどう説明すれば良いのかと士郎は視線を彷徨わせていると、溜め息を吐きながら椅子から降りた凛が綾子に説明する。
「久しぶりね、綾子」
「そうね・・・何時もの猫かぶりもしていないところを見ると衛宮にはアンタの本当の性格を知られたみたいね、遠坂?」
「まぁね」
優等生として学校では通っている凛の本来の性格を知り、数少ない一般の友人である綾子に返事を返しながら凛は綾子に近寄ると、綾子が質問して来る。
「で、休学して居る筈のアンタがどうして学校に居るの?しかも、衛宮と金髪の女の子まで連れて?」
「彼女は家の知り合いなの。休学して居たのも彼女の家関係の件でね。日本の学校に興味が在るらしいから案内していたの?」
「椅子に昇ってたのは?」
「天井のシミのようなモノが在って気になったからよ?」
(もっともらしい理由が良く簡単に思い浮かぶな?)
綾子に怪しまれない理由を平然と説明して行く凛の姿に士郎は戦慄し、余計なことを言って怪しまれる訳には行かないセイバーも凛と綾子のやり取りを僅かに感心したように見ていた。
幾つかの質問を綾子は凛に行なうが、凛はノラリクラリと綾子の質問に対して答えて行き、口では勝てないと思った綾子は溜め息を吐く。
「ハァ~・・流石は学園一の猫かぶりね。口じゃやっぱり勝てないわ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「・・・・出来るなら今の私との会話みたいに慎二もフッて欲しかったよ。アンタにフラれたせいで慎二の奴、イラついて弓道部の新人にあたるんだもの。さっきも慎二は新人の男子を虐めていたんだから」
「ほんとか?美綴」
元弓道部に所属し、中学時代からの友人である『間桐慎二』の行ないに思わず士郎は綾子に質問してしまった。
その質問に対して綾子は溜め息を吐きながらも先ほどのやり取りを思い出しながら士郎に説明する。
「本当よ。最近のアイツの行動には我慢出来なかったら隠れて様子を覗っていたら、案の定弓を持ったばかりの子を女子の前で笑い者にしようとしていたのよ。で、今怒って大ゲンカして来たところ。部活は今日は中止になったぐらいよ」
「慎二の奴・・・一体何してんだよ?」
余りの慎二の行ないに流石に士郎も不快感を感じ、セイバーも不愉快そうに顔を歪める。
「まぁ、結構キツく言ったから反省はしたと思うけど。それじゃ私は着替えが在るから失礼するわね。何しているか知らないけれど、変な事だけはやらないでよ。じゃ」
忘れ物だったノートを自身の机から取ると共に、綾子は手を挙げながら教室を出て行った。
教室に残された士郎、凛、セイバーは綾子が完全に居なくなったのを確認すると残りの学校内に在る基点の破壊を続けるのだった。
そして校舎内部に在る基点を破壊し終え、今日は此処までにする事にした士郎達は学校から出て衛宮邸へと戻って行ったのだった。自分達の知らない場所で起きている出来事を知らずに。
美綴綾子は人気の感じられなくなった街の中を必死に逃げていた。
どれだけ走っても人に会えない事に違和感を感じる暇もなく必死に走っていた。手に持っていた鞄は何処かに放り捨ててしまっているが、それを気に留める事も綾子には出来なかった。ただ生物が持っている原初の恐怖に従って綾子は逃げていた。
一目見ただけでアレはどうする事も出来ない者なのだと綾子の本能が叫んだ。もしかしたら逃げるのは無駄な行動なのかもしれない。だが、それでも綾子は自身に迫る危機に抗いたい気持ちで薄暗い狭い道を走っていく。
しかし、狭い道を走ってしまったせいか置かれていたゴミ箱に足をぶつけて倒れてしまう。
「あっ!」
地面に倒れてしまった綾子は足を擦りむいてしまう。
しかし、傷口から血が出るのにも構わずに綾子は慌てて立ち上がり、再び走り出そうとする。だが、その動きは止まった。確かに自身の背後から追いかけて来たはずの異質な気配が、何時の間にか前の方に移動していることに気が付いてしまったからだった。
恐怖に引き攣りながら綾子が前を見ていると、薄暗い路地裏の中に足音が響き、路地裏の奥から足元にまで届くほどの長い紫色の髪に女性にしては高い上背と、それに見合った女性らしい豊満な体躯を黒いボディコンシャスな衣装で包んだ女が暗がりから出て来た。
スタイルだけでも充分に女性としての色気を発しているが、見え麗しいとしか思えない顔の部分は禍々しい眼帯に両目とも覆われていて顔を見ることは出来なかった。その姿を見た綾子が恐怖で震えあがっていると、綾子の前に立つ女性が状況に合わないほどの優しげな声を発する。
「思ったよりも遠くに逃げましたね。ですが、此処までです。マスターの命により貴女の血を頂かせて貰います」
「い・・・いや・・・・」
目の前に立つ女の言葉の意味が分からないながらも、綾子は地面に座りながら後退さる。
しかし、もはや逃がさないというように何処からともなく鎖が現れ、一瞬にして綾子の両手に巻きついて拘束すると無理やり綾子を立たせて壁に押し当てる。
ーーーギシャッ!!
「あ、あぁ・・・」
「怯えているのですね?しかし恥じることは在りません。貴女の反応は人間として正しい。いえ、例え逃げると言う行為だとしても抗った貴女は賞賛されるべき女性。きっと貴女の血は素晴らしい味をしているでしょうね。その血を頂かせて貰います」
ゆっくりと女は口を開き、不自然に尖った八重歯を綾子の首筋に突き刺そうとする。
絶望に染まった顔をしながら綾子は、遂に限界に達したのか絶望と恐怖に満ちた悲鳴を上げる。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
ーーービュッ!!
「ッ!クッ!!」
綾子が悲鳴を上げると同時に薄暗い道の闇の先から赤いエネルギー球が女性に向かって放たれ、女性は慌てて綾子を鎖から離して飛び去った。
もしも反応が一瞬でも遅れていれば、女性の頭はエネルギー球によって消滅していただろう。一体誰なのかと女性がエネルギー球の放たれた闇の方を見つめていると、闇の中からゆっくりと黒いロングコートで身を包んだ金色の目の男が歩いて来た。
「・・・何者ですか?」
「貴様らの敵だ。下らん事を」
女性の質問に男性-ブラックはこれ以上に無いほどに不機嫌さに満ちた声を発しながら、恐怖で怯えて座り込んでいる綾子に視線を向ける。
視線を向けられた綾子は助けてくれたにも関わらず、まるで心臓が鷲掴みにされたような感覚を味わった。目の前に立つ女性も、後から現れたブラックも普通では無い存在なのだと頭ではなく本能が理解したのだ。
対して綾子を襲っていた女性はブラックの気配に訝しんでいた。サーヴァントにはやはり死者の存在だと言うように独特の違和感に満ちた気配を発している。一般人でさえもその気配を感知することが出来るほどの違和感に満ちた気配が。
先ほどの攻撃は明らかに人の身で放てる攻撃ではない。だが、女性はブラックからはサーヴァントが発する独特の気配を感じられなかった。
サーヴァントの中には確かに『マスター殺し』を主としているクラスのサーヴァント『
「・・もう一度聞きます?貴方は何者ですか?」
「敵だと言った筈だが・・・
「なるほど・・・確かにその通りですね!!」
女性-『ライダーのサーヴァント』-は、もはや話す事は無いと言うように右手に握っていた長い鎖が付いている釘を思わせるような形をした短剣-『釘剣』-をブラックに向かって投げつけた。
それに対してブラックは僅かに体を動かすことで避けようとするが、ライダーは釘剣を投げつける時に伸びた鎖を巧みに動かしてブラックに鎖を巻きつけようとする。だが、ライダーが鎖を動かす前にブラックは左手を鎖にぶつけて鎖を揺らす。
「クッ!」
「いきなりの揺れには対処は無理なようだな!」
一瞬とは言え鎖が操作出来なかったライダーが悔しげに声を上げると同時に、ブラックはライダーに近寄る。
だが、ブラックが近づく前にライダーは左手に投げつけた釘剣とは別の釘剣を取り出して再び近づいて来るブラックに投げつける。
「一本では在りませんよ!」
二本目の釘剣は真っ直ぐにブラックへと突き進む。
一本目よりも近い距離で二本目を投げつけた事によって、一本目の時よりも回避して反応する事も難しい。何よりも一本目と同じ行動を取れば、衝撃から立ち直った一本目の釘剣についている鎖を操作して今度こそブラックを捕らえられる。
対処は不可能だとライダーが口元に笑みを浮かべようとした瞬間、ブラックが迫る二本目に対して低い声で呟く。
「ディストーションフィールド」
「なっ!?」
ブラックに釘剣が突き刺さろうとした瞬間に、突然にブラックの前の空間が歪み、釘剣は在らぬ方向へと逸れた。
同時に空間の歪みに鎖も巻き込まれたため、ライダーの操作も受けつけなくなり、完全にライダーは不意をつかれた。その隙をブラックは逃さずにライダーへと急接近して胴体に向かって蹴りを放つ。
「ムン!!」
「クッ!!」
ブラックの蹴りが届く直前に我に立ち返ったライダーは慌てて飛び上がり、壁にまるでへばり付く様な形でブラックを信じられないと言うように見つめる。
「・・・八体目のサーヴァント?一体どう言うことですか?」
「考えごとをしている暇があるのか?」
「ッ!?」
在り得ない状況にライダーが固まってしまった隙をブラックは逃すことなく、地面に落ちていた釘剣の鎖を掴み取った。
不味いとライダーが感じた瞬間にブラックは現在の状態で発揮出来る全力でライダーを下に引き摺り落とす為に鎖を引っ張る。
「オォォォォォォッ!!」
「くっ!させません!!」
流石に不利な体勢で力比べなど行なえないと判断したライダーは、即座に手元に戻した二本目の釘剣をブラックの傍に居る綾子に投げつけた。
高速で迫る釘剣に綾子が思わず目を瞑ってしまう前に、握っていた鎖からブラックは左手を離し、綾子を護るが代わりにブラックの手にドスッと釘剣が突き刺さる。
「ぬぅ!」
「あぁ・・・」
深々と腕に突き刺さった釘剣にブラックは僅かに眉を動かし、目の前で腕に釘剣が突き刺さる瞬間を見た綾子は恐怖に染まった声を上げた。
その様子を見ていたライダーは、僅かに口元に笑みを浮かべながら力が弱まった隙にブラックが握っていた釘剣を手元に戻す。
「甘いですね。せっかくの機会を不意にするとは」
「俺は気に入らん事を目の前でされるのが何よりも嫌いなタチでな・・・・しかし、貴様はハズレだ。もはや楽しむ気にもなれん」
不快感と怒りに満ちた声を出しながら、左腕に突き刺さっていた釘剣をブラックは抜き取って今だ壁にへばり付いているライダーを睨みつけた。
その視線に対してライダーは口元を更に笑みで歪めるが、両目を封じている眼帯の奥ではこの場では自身が不利だと理解していた。自身の力を存分に発揮出来る場所は森などのある程度広さと障害物が在る空間。綾子を襲う為とは言え、狭い裏道のような場所では自身の力を発揮出来ない。
何よりも相手は在り得ないはずの八体目のサーヴァント。得体の知れなさでは群を抜いている。或いはライダーの本能がブラックとこれ以上戦うのは不味いと訴えていた。
「(このサーヴァントは危険な感じを受けます・・・宝具も使えず、私の戦い方を行なえない現状で戦うのは得策ではない・・・・退くべきですね)・・・・今日は此処までにさして貰います」
「・・・・良いだろう。貴様の操り手に伝えておけ。貴様は自分のやっている事と入り込もうとしている世界を理解させた上で殺すとな」
「・・・・・伝えておきましょう」
全身から殺気を滲ませているブラックに圧されながらも、ライダーは飛び上がり、路地裏の壁を蹴りながら上へと上がって行き、この場から去って行った。
ライダーが去ったのを確認したブラックはゆっくりと背後に座り込んでいる綾子に目を向ける。立て続けで起きた出来事に理解出来る領域を超えたのか、呆然とブラックを見つめていた。
「・・あ・・アンタ達・・・一体?」
「ほう・・・恐怖を通り越して冷静になったか・・・普通其処に行き着く前に気絶するものだが、精神がそれだけ強かったという事か」
僅かに感心した様子でブラックは綾子に視線を向けた。
まるで値踏みしているかのような視線では在ったが、不思議と嫌な気持ちは抱かずに綾子は視線を彷徨わせると、ブラックの左手から血のような黒い液体が地面にポタポタと落ちているのに気が付く。
「そ、それって・・血?・・・私を庇ったから?」
「ん?・・・あぁ、そう言えば貫かれたんだったな。かすり傷だ。貴様が気にする事は無い」
(か、掠り傷って?・・腕に穴が開いている怪我が?)
平然とし過ぎているブラックの言葉に、綾子は完全に言葉を失い呆然とブラックを見つめた。
その視線に気が付きながらも、ブラックは綾子をどうするか考えていた。ライダーのマスターと思わしき人間に霊体化して張り付き、その人物と綾子のやり取りを見ていたブラックは、自身の『直感』に従い綾子に張りついていた。
そして案の定ライダーは綾子を襲う為に現れた。自分よりも強いライダーを使って屈辱を与えた綾子に復讐しようとしたライダーのマスターの行動に、ブラックはもはや完全に正々堂々戦う気を失った。ライダーのマスターには絶望のどん底にまで落とした果てに殺す事を決めたのだ。
(しかし、如何したものか?やはり連れて帰るしかないか?)
助けたは良いとしてもこの世界のルールでは裏を知った一般人は、『殺す』か『記憶を消失』させる事をしなければならない。
だが、前者はブラックの信念で不可能であり、記憶消去を行なうにしてもソレが出来るのはイリヤスフィール達しか居ない。しかし、イリヤスフィール達は郊外の森のアインツベルン城に戻っている。教会を頼ると言う手もあるが、全く教会を信用していないブラックには頼ると言う考えさえも思い浮かばない。かと言って放置すればライダーが再び現れるかもしれない。
結局取れる選択が一つしかないと理解したブラックは、ゆっくりと綾子を両手を体に回すように、俗に言う『お姫様抱っこ』を行なって抱える。
「なっ!?なっ!?ななななななっ!?」
いきなり『お姫様抱っこ』された綾子は顔を赤くして目を剥きながらブラックを見つめるが、ブラックは構わずに空を見上げる。
「悪いがこっちの要件で一緒に来て貰うぞ」
「な、何を言って!?」
「黙っていろ、喋っていると舌を噛むかもしれんぞ」
「キャアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
一方的に言い捨てると共に空へと舞い上がったブラックの腕の中で、綾子は女性らしい悲鳴を上げるのだった。
この後にブラックの帰りをアインツベルン城で待っていたイリヤスフィール達の前に、気絶した綾子をお姫様抱っこで抱えてブラックが戻って来たのでイリヤスフィールとルインが不機嫌になったのだが、それは別の話である。
勘の良い人は今回ブラックがライダーにした行為について分かると思います。
因みに綾子が聖杯戦争に参戦するとかは無いです。
巻き込まれた一般人ですので。
参戦したらその時点でブラックは助けなくなります。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
弓兵の憤り
早朝の衛宮邸。
凛とセイバーが暫らくの間衛宮邸に同居する事に関して大河は怒り、桜が暗い雰囲気を発したりしたが凛の口先で丸め込んだ。
他には低血圧の凛の寝起き姿に士郎が持つ凛に対しての憧れが壊れたりなどのイベントが起きたりしたが、既に何時もの凛に戻って何時も朝食を食べにやって来る桜と大河が先に学校に行った後、今日の方針について凛と士郎、セイバーは話し合っていた。
「それじゃ今日は互いのサーヴァントを交換して動きましょう。衛宮君にはアーチャーが。私にはセイバーが付いてそれぞれ行動する。休学中の私と違って衛宮君は学校に行けるからね」
「なるほど・・・シロウの護りに関しては思うところが在りますが、リンの方針は理に叶っていますね。現状では学校の結界の方も気を抜くのは危険過ぎますが、他にもサーヴァントは居ます」
「そう・・・今のところ私達が確認しているサーヴァントは互いのサーヴァントを除いて二体だけ。『クー・フーリン』の『ランサー』。イリヤスフィールのサーヴァントのクラスが『キャスター』だと仮定した場合、残りは『アサシン』、『ライダー』、『バーサーカー』の三クラス。この内のどれかが学校に結界を張って、そして新都でガス漏れ事故を装って魔力を集めているわ」
「そうだよな・・・他にもサーヴァントが居る可能性が高いんだよな・・・なぁ、新都のガス漏れ事故の犯人があのイリヤスフィールって事は無いか?」
サーヴァントを一体以上使役すると言う事は、それだけ魔力を消費すると言う事に他ならない。
出来れば外れて欲しいと内心では思いながらも、士郎はガス漏れ事故の犯人がイリヤスフィールではないのかと考えていた。その質問に対して凛は難しそうに腕を組み、セイバーも難しそうに顔を歪める。
確かに士郎の言うとおり、一体のサーヴァントを支えるだけでもかなりの魔力が消費される。それが二体以上となれば膨大な魔力が消費されるのは間違いない。新都のガス漏れ事故が魔力を得る為の行動だとすれば現状ではイリヤスフィールとそのサーヴァントが新都で起きている事件の犯人の可能性が高かった。
「確かに有力な候補なのは間違いないけど・・・・私は違うと思うのよ」
「どうしてだ?」
「何となく何だけどね。イリヤスフィールはルールを重んじているような気がするの。それに私がイリヤスフィールのサーヴァントと初めて接触したのは二ヶ月以上前なの・・・凄く認めたくないんだけど、サーヴァントを支えるマスターの技量としてはイリヤスフィールは破格の存在なのよ。恐らくアインツベルンの今回の策は規格外のサーヴァントを召喚して勝利するって言うサーヴァント頼りの戦略だったんでしょうね」
イリヤスフィールに思うところが在る凛だが、その実力は認めるしか無かった。
魔術師としての技量では負ける気は無いが、サーヴァントを支えるマスターの技量では明らかにイリヤスフィールが上回っていた。だからこそ、凛はイリヤスフィールが『魂食い』を行なってサーヴァントを支えているとは思えない。
何よりもイリヤスフィールがサーヴァントを召喚したのは二ヶ月以上も前。『聖杯戦争』が本格的に開始される前にサーヴァントを召喚して支えるなど凛には出来ないどころか不可能。その不可能を成功させたイリヤスフィールが『魂食い』をサーヴァントに行なわせているとは思えなかった。
「二ヶ月以上も前からサーヴァントを召喚させて現界させていたマスターよ。今更『魂食い』を行なわせているとは思えないのよね」
「そうか・・・確かにガス漏れ事故が起きるようになったのは此処最近の事だったな。その前からサーヴァントが居たんじゃ、ガス漏れ事故のような事件がもっと起きているはず」
「そう言うことよ。因みにイリヤスフィールと最初に会ってから冬木市だけじゃなくて、付近の街や市でそう言う事件が起きてないか調べたけれど、『魂食い』と思われる事件は起きてなかったわ。更に言えばこの前の去り際にイリヤスフィールが言っていたでしょう?『私にとって『聖杯戦争』は本当はどうでも良いの。誰が『聖杯』を得ても構わないわ』って・・・本当かどうかは分からないけれど、イリヤスフィールは『聖杯戦争』に対する興味が低いのよ。今のところ興味が在るのは・・・」
「私と言う事ですか?」
「えぇ・・・・間違いなくイリヤスフィールがこの『聖杯戦争』に参戦した意味の中には『復讐』が大きいと思うわ。それにイリヤスフィールは『聖杯戦争』に興味が無くてもサーヴァントは別よ。サーヴァントが召喚に応じるのは叶えたい願いがあるから」
「つまり、イリヤスフィールは望んでいないけれど、あの女性のサーヴァントは別って事か?」
「そう言う事よ。『聖杯戦争』自体に興味が薄いイリヤスフィールと違って、あの女性が勝つつもりで動いているとすれば魔力を得る事は望む筈よ。まぁ、今のは彼女達がガス漏れ事故の犯人だと仮定した場合の推測だけどね」
「・・・・やっぱり、あの子をどうにかする為にはサーヴァントを倒すしか方法が無いって事なんだよな?」
「・・・・・いえ、そうとは言えないかもしれません。イリヤスフィールは私だけには『聖杯』を与えないと宣言しています。自分のサーヴァントが倒され、尚且つ私が『聖杯』に届くと感知すれば」
「『聖杯戦争』を存続させない為に『聖杯の器』を破壊するかもしれないって事よね・・・ハァ~、イリヤスフィールってどれだけアドバンテージを持っているのよ?サーヴァントは二体以上居るかもしれなくて、『聖杯戦争』を継続させる為の『聖杯の器』を所持しているから『マスター殺し』も出来ない」
イリヤスフィールが持ち過ぎているアドバンテージの数々に凛は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。
興味が薄い分、他のマスターがどれだけ望んでも『聖杯戦争』を終わらせるのに躊躇いが無い。実際のところはイリヤスフィールは『聖杯戦争』を自らのサーヴァントの為に終わらせる気は無いのだが、それを知らない士郎、凛、セイバーが先ずイリヤスフィールに対して行なわなければならないのは『説得』と言うのが現状だった。
「まぁ、イリヤスフィールと話をする機会は在ると思うわよ。毎日昼間は冬木市を歩いて周っているでしょうしね」
「その可能性は高いでしょう。彼女の母親『アイリスフィール』は『聖杯戦争』に参加するまでずっとアインツベルンの本拠地で過ごしていました。前回の『聖杯戦争』の時は街を歩くだけで子供のように喜んでいました。同じようにイリヤスフィールもあの日常を過ごしていたとすれば、外の世界を歩くのが彼女の楽しみとなっているはずです」
「・・・そんな閉鎖的な家にあの子は居たのか・・」
セイバーが告げたイリヤスフィールの家系の現状に、士郎は悲しげに声を出した。
養父である切嗣の実子で在りながらも十年前から離れて過ごしていたイリヤスフィール。『聖杯戦争』で争う事になる相手であり、自身の命を狙っているかもしれない相手。出来れば戦いたくないと言うのが士郎の本音だが、イリヤスフィールはセイバーを消滅させる気なのは間違いない。
結局争うことになるのは間違いないのだと理解した士郎は暗く顔を俯かせるが、凛は構わずに背後で霊体化しているアーチャーに呼びかける。
「アーチャー。と言う事だから夕方まで衛宮君の護衛をお願いね?」
「マスターの方針ならば従おう」
凛の呼びかけに実体化したアーチャーは、士郎に視線を向けながら了承の声を出した。
その何処と無く嫌な気持ちを抱いてしまう視線を向けられた士郎は、アーチャーに対して自身も視線を返すのだった。
昼時の時間帯。
朝の方針で冬木を歩いていた凛とセイバーは、新都の繁華街を歩いて敵のマスターの拠点になる場所は無いか探索していた。
「アーチャーからの連絡だと、昨日破壊した幾つかの基点が復活していたそうよ・・・序でに学校を休んでいる学生が三学年合わせて十名以上居るらしいわ」
「やはり、学校に潜んでいるサーヴァントは『魂食い』を行なっていると言う事ですか?」
「間違いなくね・・・その十名の中に綾子が居たらしいわ」
「アヤコと言うのは、もしや昨日会ったリンとシロウの友人ですか?」
「・・・えぇ」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら凛はセイバーの質問に返事を返した。
冬木のセカンドオーナーである自身の管理地で好き勝手やっているマスターに対して凛は怒りを覚えるが、再び友人が『聖杯戦争』に巻き込まれた事に、凛は十年前に犠牲になった友人の事も思い出してしまい、我知らずに手を強く握り締める。
自身の管理地で好き勝手やっているマスターには必ず報いを与えてやると内心で誓いながら視線を彷徨わせて、目にしたモノに呆然と立ち止まってしまう。
「リン?・・・一体どうしたのですか?」
いきなり立ち止まった凛の姿に疑問を覚えながらセイバーが質問すると、ゆっくりと凛は右手で自身が見ていたモノを指差す。
その指の先にセイバーが視線を向けてみると、ファミレスの中で大量に注文した食事やデザートを明らかに自棄食いと思われる勢いで食べているイリヤスフィールとルインの姿が在った。
「ハフッ!早く帰って来てって言ったのに!女を連れて帰って来るなんて!!しかも全然悪びれないし!!」
「生前も思いましたがあの人は本当にデリカシーと言うか!女心が分かっていないんですよ!!しかも!『お姫様抱っこ』した理由が、『体がでかいから、人間の状態では片手で運ぶのは不便だ』ですよ!!!本気であの人は女心が分かってないんです!!うぅ・・・『お姫様抱っこ』なんてずっと一緒に居た私でも数えるぐらいしかして貰った事が無いのに」
イリヤスフィールとルインはそれぞれ自棄食いしながら、今日はさっさとライダーとそのマスターの監視に向かったブラックに対して不満を漏らした。
その様子を外から見ていた凛とセイバーは、自分達がファミレスで自棄食いを行なうような主従の為に同盟を結んだ事に頭が痛くなるような気持ちを抱いた。ただセイバーは一瞬だけまだ大量に残っている食事の数々に目が移動したのだが。
「・・何しているのかしら?あの二人は?」
「・・・自棄食いではないでしょうか?」
「ハァ~・・・どうする、セイバー?話して行く?」
「・・・えぇ・・出来れば対話は持ちたいところです」
「なら、行きましょう」
自身も詳しく知りたい事があったのでセイバーからの了承を貰った凛はファミレス内部にセイバーと共に入り込み、イリヤスフィールとルインが座っている席の前に立つ。
「・・相席良いかしら?」
「・・・・・別に構わないよ、どうせ聞かれる事は分かってるけどね」
凛の質問に驚くことなくイリヤスフィールは凛とセイバーの二人にそれぞれ険しい視線を向けて返事を返した。
ソレと共に向かい合うように座っていたルインが立ち上がり、イリヤスフィールの隣に座り、開いた場所にセイバーと凛は座って互いに向き合う。同時にルインが遮音と認識阻害の魔法を一瞬の内に発動させて他人の目を向けなくさせる。
一瞬で対話が行なえる準備を行なったルインの技量に凛とセイバーは顔を険しくするが、イリヤスフィールとルインは構わずに真剣な眼差しを二人に向ける。
「それで、聞きたい事は何かしら?」
「率直に聞かせて貰うけど、セイバーから『聖杯の器』の件は聞いたわ。貴女がそれを所持している可能性が高いこともね?」
「フゥ~ン・・・セイバーに聞いて知ったんだ・・・・(遠坂家は本当に失伝しているんだね。『聖杯戦争』の真実を)」
予想はしていたが今のやり取りでイリヤスフィールは、御三家の一角である『遠坂』が『聖杯戦争』の真実に関する情報を失っていることを確信した。
冬木で行なわれる『聖杯戦争』は『アインツベルン』、『遠坂』、『間桐』の御三家が敷いた魔術儀式。当然御三家の一角である『遠坂』は『聖杯戦争』の真実を知っている筈。にも関わらず遠坂凛は『聖杯の器』に関する情報をセイバーから聞いて知った。
それは『聖杯戦争』の真実を『遠坂』が失伝してしまった事に他ならなかった。それを理解したイリヤスフィールは内心で笑みを浮かべながら声を出す。
「そうよ。セイバーがそっちに居るから分かったみたいだけどね」
「イリヤスフィール・・・・・アイリスフィールの事に関しては言い訳は出来ません。彼女を私は護る事が出来なかった・・・それは覆すことが出来ない事実ですから」
「・・・・・えぇ、セイバー・・・貴女はお母様を護れなかった。だから、私は貴女を赦さない。戦争だったのは知っているし、お母様がどう言う考えで参加したのかも理解している。だけど、私の感情が貴女を赦せない・・・そして切嗣も赦せない。切嗣はアインツベルンだけじゃなくてお母様も裏切ったから」
「・・・・・イリヤスフィール?・・・貴女は衛宮切嗣が何故『聖杯』を破壊したのか、その理由を知っているのかしら?」
「・・・・・・知らないよ。知っていたって教えないけどね。どっちにしたって切嗣がお母様を裏切ったのは事実だもの。けど、お兄ちゃんは複雑かな?冬木に来てから監視していて見ていたけど、本当に何にも知らないんだもの。魔術だって殆ど使えないしね。アレじゃ、お兄ちゃんにも怒っていた私が悪いみたいに思えるよ」
「確かに・・・士郎のヘッポコさと魔術師としての技量じゃ、何か怒っている方が馬鹿みたいに思えるわよね」
昨夜士郎に行なった魔術練習を思い出した凛は、イリヤスフィールの言葉に同意出来た。
『強化』魔術を使えると言う話で行なった魔術練習だったが、予想外のどころか士郎は魔術を使う時に一から『魔術回路』を造ると言う一般の魔術師からすれば信じられないことを行なっていた。本来一度『魔術回路』を造れば、後はスイッチのオンオフを行なえば魔術は使えるようになる。
だが、士郎はその『魔術回路』のスイッチの事さえも知らなかったという有様だった。何気に監視された事でイリヤスフィールが士郎に抱いていた憎しみに近い感情は薄れたのだ。
イリヤスフィールのその感情を感じたのか、セイバーは自身の主の考えをイリヤスフィールに告げる。
「シロウは出来る事なら貴女と戦いたくないと言っていました」
「ヘェ~・・・・言っておくけど私は『聖杯戦争』から降りる気は無いからね。『聖杯』を誰が得ても構わないけれど、セイバーには渡さない。だから、セイバーのマスターであるお兄ちゃんに勝たす気も無いの」
「説得は無理って事かしら?」
「無理よ。それに負ける気も全然ないしね。それに降りるって事はルインお姉ちゃんが消えちゃうって事だもの。絶対にそんなのは嫌なの」
「『聖杯戦争』が終わったら結局サーヴァントは消滅するのに?」
「それ間違いだよ。あくまで『聖杯』が行なうのは召喚までの作業だけで、『聖杯戦争』後もサーヴァントを現界させているだけの魔力さえ在ればサーヴァントは保持出来るの。私にはそれだけの魔力が在るから現界に関する問題は無いからね」
「そう・・・・・なら、新都で起きているガス漏れ事故の犯人は貴女達なのかしら?」
「・・・・次に同じ事を言ったら赦しませんよ。私もイリヤちゃんもそんな事をする気は無いですね」
凛の言葉に静かに黙っていたルインが殺気混じりに声を出した。
その様子に凛とセイバーは新都で起きているガス漏れ事故の犯人はイリヤスフィールとルインの可能性が減ったと感じていると、イリヤスフィールが声を出す。
「そっちの方の犯人は私とルインお姉ちゃんじゃないよ。犯人は分かっているけどね。でもね、凛。そっちよりも貴方やお兄ちゃんが通っている学校に潜んでいるマスターとサーヴァントの方が危険だよ。昨日も襲っていたみたいだからね・・・確かアヤコだったかな?」
「綾子ですって!?アンタ達!綾子をどうしたのよ!?」
「戦いの場を目撃されたから記憶を消す為にこっちの陣地に連れて行ったの。今頃は警察署で保護されている筈だよ。それと良い情報を教えて上げるね。昨日アヤコを襲った『ライダー』のサーヴァントはマスターの意趣返しでアヤコを襲っていたみたいなの」
「意趣返しですって?・・・綾子に個人的な恨みが在ったってことなの?」
「そうらしいよ。信じるか信じないかは別にどっちでも良いけれどね。それじゃ帰ろうか、ルインお姉ちゃん」
「はい、イリヤちゃん」
イリヤスフィールの言葉にルインは立ち上がり、そのまま会計を済ませて去ろうとするが、その前にイリヤスフィールがセイバーと凛、そしてテーブルに載っている手を付けなかったデザートと食事を示す。
「今日はそっちの考えが聞けたから奢ってあげるね。でも、お兄ちゃんには伝えておいて。『聖杯戦争への参加を決意したんだから私達は敵同士。私達の邪魔をするなら容赦しない』ってね」
そうイリヤスフィールは僅かに殺気が混じった声で告げると、最後に冷たい視線をセイバーと凛に放ってルインと手を繋ぎながらファミレスを出て行ったのだった。
一方、休学中の凛と違って学校に来るのが問題ない士郎は、昼休みの時間帯を利用してセイバーの代わりに共について来たアーチャーの報告を屋上で聞いていた。
「昨日破壊した基点の幾つかが修復されていた。最も昨日の内に破壊した数が数なので全ての修復は無理だったようだがな」
「そうか・・・これで結界が発動しても本来の効果は発揮出来ないって事だよな?」
「喜ぶのは早いぞ。結界の効果が弱まったのは事実だが、代わりに今日は何名かの学生の行方が分からなくなっているそうだ」
「何だって!?」
「この学校に潜んでいるマスターは『魂食い』を平然とサーヴァントに行なわせるマスターだと言う事がハッキリした。結界の力によって魔力を得られる量が減る事に気が付いて、人を襲う事を容認したようだな」
「くっ!結界の基点を破壊した事が仇になったという事なのか!?」
「仕方が在るまい。何かを行なえば、それが何らかの影響を及ぼす。今回はそれが悪い方向に進んだと言う事だ」
「そんなに簡単に済ませられるかよ・・・くそっ!何とかして学校に潜んでいるマスターに止めさせないと」
「・・・・・どうやってだ?」
「何がだ?」
「どうやって学校に潜んでいるマスターを止めるのかと聞いているんだ?」
何時に無く真剣な眼差しでアーチャーは士郎に質問した。
士郎はその問いに対して自分なりに考えている学校に潜んでいるマスターに対しての行動をアーチャーに告げる。
「先ずはサーヴァントを倒す。その後にマスターは『聖杯戦争』が終わるまで言峰教会で保護して貰うつもりだ」
「マスターではなくサーヴァントをか・・・理想論だな。第一に貴様はこれだけの所業を行なったマスターを見逃す気か?」
「償いは絶対にして貰うさ。これだけの事を行なったんだ」
「・・・甘いな。これだけの所業を平然と行ない、更にはサーヴァントに人を襲わせるようなマスターが自らの行ないを反省すると思うか?私は不可能だと思っている」
「やってみなければ分からないだろうが。やる前から諦めている方が可笑しいんだ」
「・・・・・余りの馬鹿さ加減に頭が痛くなる・・・貴様に言っておく。一人も殺さないという考えでは犠牲は増えるばかりだ。サーヴァントは人間がどうこう出来る存在ではない。貴様のような半人前の魔術師が勝てる存在では無いのだ」
「・・・・・」
「認めろ。力無き者の言葉など誰も聞かない。時には誰かを殺す事も必要なのだ」
「・・・・・だけど、俺は・・・・・」
(やはり、衛宮士郎は在ってはならないか・・・今の内に)
苦渋に満ちた顔で悩む士郎の様子に、アーチャーは険しい視線を向けながら士郎に見えないように左手を開く。
しかし、アーチャーが行動を起こす前に授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響き、士郎はアーチャーに目を向ける。
「時間みたいだから、俺は戻る」
そう士郎はアーチャーに告げると、屋上の入り口から学校内部へと戻って行った。
その場に残されたアーチャーは閉じた屋上の扉を言葉では表現出来ないような視線で睨みつけていたが、視線を逸らすと共に霊体化して屋上から去って行った。
そしてアーチャーも屋上から完全に去ると共に屋上の一角が歪み、その場所に霊体化し気配を完全に遮断して二人の会話を聞いていたブラックが実体化する。
「・・・・・あの小僧・・・・やはり何処か壊れている・・・己に対する配慮が薄い・・・それにアーチャー・・・・・どう言う事だ?奴が向けていた殺気・・・・アレも何処か不自然だった。まるで己に怒りを覚えているような・・・・まさか・・・・イリヤスフィールに聞く事が出来たな」
ブラックはそう呟くと共にその身を霊体化させてその場から去って行ったのだった。
夕暮れに包まれる放課後。
士郎は学校の中で今日も基点を破壊する為に凛とセイバーが来るのを待っていた。昼休みの屋上での件からアーチャーは実体化する様子も見せない。とは言っても感知能力も低い士郎では本当にアーチャーが傍で護衛しているのかも疑問だったが、凛の指示には従っているアーチャーの様子からマスターの指示には従っているのだろうと考える。
そして教室の窓から校庭の様子を眺めていると、突然に強烈な違和感を感じて胸元を押さえる。
ーーードックン!!
「がっ!い、一体何だ?・・急に違和感が強くなった」
「どうやら、学校に潜んでいるサーヴァントが基点を復活させたようだな」
何時の間にか士郎の背後に実体化したアーチャーは険しい声を出しながら、辺りを見回す。
自分を一切気遣う様子を見せないアーチャーに思うところは在るが、今はそれよりもアーチャーが告げた言葉に対して士郎は質問する。
「って事は今学校の何処かに結界を張っているサーヴァントが居るって事か?」
「そう言う事だ。生憎と私は感知能力が低いので何処に居るのかは分からんがな・・・だが、貴様の『解析』ならば他の基点と連動している中心点を見つけられるはずだ。基点を復活させると言う事は中心点と連動させると言う事だからな。今ならば隠されている中心点を見つけられるはずだ」
「な、なるほど・・・分かった。やってみる」
アーチャーの説明に士郎は納得したように頷いて、意識を研ぎ澄ませながら窓の外を見回す。
『魔術回路』のスイッチが出来たことも在って、昨日よりも何処と無く『解析』し易くなっていた。何としても中心点を見つけてみせると思いながら士郎は外を見回す。
そして校庭を見回していると、フッと昨日は気がつけなかったが弓道場に破壊した基点よりも遥かに強烈な違和感が出ている事に気が付く。
「弓道場だ!凄い違和感が出ている」
「・・・なるほど・・・そう言えば今日休んでいる者は弓道部の者が多いと職員室に居た教師達が言っていたな。中心点が弓道場に在るのならば、それだけ近くに居る者への影響を大きいだろう」
「冷静に判断している場合か!とにかく、本当に中心点が在るのか見に行くぞ!」
「仕方が無いか。凛から貴様の護衛を行なうように言われているからな」
不満そうにしながらもアーチャーは士郎の考えを了承して体を霊体化させて走り出した士郎の後を付いて行く。
弓道場に辿り着いた士郎は警戒しながら中へと入って行く。今日は弓道部に所属している生徒の休みが多い為なのか、部活は休みになっていて人の気配は感じられない。慎重に中に進んで行くと、奥の方の壁一面に描かれた明らかに他の基点よりも禍々しい巨大な刻印が輝いていた。
「こ、コイツが!?」
「あぁ、結界の中心だろう。発せられている禍々しい気配が他の基点とは比べものにならんからな」
士郎の叫びを肯定するように実体化したアーチャーが顔を険しく歪めながら禍々しく刻印を見つめ、その両手に黒と白の短剣をそれぞれ具現化させて背後を振り向く。
「出て来たら如何なのだ?隠れているのは分かっているぞ」
「・・・アーチャーのサーヴァントなのに剣を持つとは・・・・変わっていますね」
アーチャーの声に応じるように床にまで届くほどの長い紫の長髪に、抜群のスタイルを露出過多の刺激的な衣装で覆い、不気味な雰囲気を発している眼帯で両目を覆ったライダーのサーヴァントが音も無く姿を現した。
学校に結界を張ったサーヴァントの出現に士郎は思わず怒りの声を上げそうになるが、その前にアーチャーが黒い短剣を士郎の前に突き出して動きを止める。
「戯け!相手が何のサーヴァントなのかも分かっていないのに不用意に動こうとするな」
「あぁ・・分かった」
アーチャーの言葉に素直に士郎は従って改めてライダーを見つめると、ライダーの横に穂群原学園の学生服を着ている青いクセ毛の少年が歩いて来る。
「よぉ、衛宮。それがお前のサーヴァントかい?」
「お、お前は慎二!?何で此処に居るんだ!?」
友人である『間桐慎二』がライダーの横に立ち並ぶ姿に士郎は驚き、ライダーと慎二を見比べた。
その質問に対して慎二ではなく隣に立つアーチャーがハッキリと分かるように大きく溜め息を吐いて、ライダーと慎二に油断無く視線を向けながら声を掛ける。
「何でも何も在るまい。其処の小僧がそのサーヴァントのマスターだと言う事だ」
「そう言うことさぁ、衛宮」
「何だって?・・・だったらお前も魔術師なのか?」
「あぁ。間桐の家も魔術師の家系なのさ」
「なっ!?だったらまさか、桜も!?」
新たに知った魔術師の家系の『間桐』の情報に士郎は、慎二の妹である桜の事を思い出して叫んだ。
魔術師の家ならば、その家の人間である桜も魔術師なのではないのかと士郎は考えて狼狽する。桜の名前が出た事に慎二は僅かに苛立ちながら士郎に向かって宣言する。
「フン!!アイツは関係ないさ!間桐の後継者はこの僕、間桐慎二だ!!そしてコイツが僕のサーヴァント、ライダーさ」
「ならば聞かせて貰うが、この学園に張っている結界は貴様がライダーのサーヴァントに命じて張らせたのか?」
「まぁね。とは言っても使う気なんて無いさ。言うなれば他のマスターに対する保険だよ」
「信用出来んな。現にこの学校の生徒が休んでいる。それを行なっている者で一番怪しいのは、この学校にこのような結界を張った貴様とそのサーヴァントだ」
「ハァ~・・衛宮・・お前のサーヴァントは疑り深いな」
「い、いや、コイツは…」
「この小僧と違って私は貴様の事を良く知らんのでな。怪しい点が多い者を警戒するのは当然の事だ」
士郎が慎二の間違いを訂正しようとする前にアーチャーが割り込んで士郎の言葉を止めた。
自らが士郎のサーヴァントと思われる事には凄く不快感をアーチャーは感じているが、慎二の勘違いを訂正しない方が後々に自分達に有利に働く。だからこそ、このまま慎二には勘違いをしていて貰う気だった。
このままでは話が進まないと感じたのか慎二は取り敢えず、アーチャーを無視してその背後に居る士郎に話しかける。
「衛宮のサーヴァントは警戒心が強過ぎるな。まぁ、良いさ。率直に言うけど衛宮。僕と組まないかい?」
「同盟を結ぶって事か?」
「そう言う事さ。誓って言うけど僕はこの学園に張った結界以外は何もしていないよ。まぁ、状況から考えたら信用出来ないだろうけど、代わりに僕が知っている他のサーヴァントに関する情報を教えてあげるよ」
「ほう、それは興味深い」
「君も興味が出たかい。なら、先に言っておくけれど、今回の聖杯戦争では『イレギュラー』クラスのサーヴァントが呼ばれているみたいなんだよ?」
「『イレギュラー』クラス?」
「そう。『聖杯戦争』に召喚されるサーヴァントのクラスは『セイバー』、『アーチャー』、『ランサー』、『ライダー』、『アサシン』、『キャスター』、『バーサーカー』の七つのクラスだ。だけど、時たまこの七つのクラスに大別されない『クラス』で召喚されるサーヴァントが居る。僕のライダーは七騎全部のサーヴァントの姿を確認したんだけれど、その内狂戦士のクラスである『バーサーカー』を確認出来なくて、代わりに『キャスター』のクラスと思われるサーヴァントが二体居たらしい」
「二体の『キャスター』だと・・・(と言う事はイリヤが召喚したルインと言う女以外に、他にライダーが目撃したという『キャスター』のクラスと思われるサーヴァントが居るという事か)」
慎二からの情報にアーチャーは目を細め、油断無くライダーと慎二に視線を向ける。
その背後に居る士郎も慎二から与えられた情報について考えていると、慎二が更に説明する。
「今言った事以外にも僕は他のサーヴァントに関する情報を持っている。手を結んだ方が良いと思うけど?」
「・・・・・悪いがすぐに答えられない。俺は遠坂と同盟を結んでいるからな」
「遠坂だって?・・・チッ!そう言うことか・・・・分かったよ。すぐに答えは聞かない。明日答えを聞かせて貰うよ。行くよ、ライダー」
士郎が告げた苗字に一瞬だけ慎二の目が細くなったがすぐに笑みを口元に浮かべて、ライダーと共に弓道場から出て行った。
遺されたアーチャーは慎二の言葉に素直に従っているライダーの姿に目を細めながら、背後に居る士郎に声を掛ける。
「小僧・・・先ほどの慎二とか言う小僧の言葉を信じるな」
「何でだよ?」
「・・・あの小僧からは魔術師特有の気配が感じられなかった。『魂食い』はサーヴァントの魔力を供給する行為だ。あの小僧が魔術師でもなくライダーを従えていると言うなら、当然魔力を供給する事など出来ん。人を襲わせて『魂食い』を行なわせる理由には充分な理由だ」
「・・・・まさか、慎二が!?」
「衛宮士郎。もしもあの小僧がこの結界を発動させた時はどうする?」
「・・・止めるさ。慎二を殴ってでも止めるか、ライダーを倒してでも止めてみせる」
「・・・・・愚か者が」
士郎の言葉にアーチャーは心の底から苦虫を噛み潰したような顔をして、両手に握る双剣の柄を強く握り締める。
何かを我慢するようにアーチャーは士郎に視線を向けるが、両手に握る双剣を消失させると霊体化して士郎の前から姿を消した。その様子に士郎は疑問を覚えるが、すぐに弓道場の外から二つの足音が聞こえて来て凛とセイバーが弓道場の中に入って来る。
「あっ!居た!もう校門のところで合流する約束だったでしょう?」
「何か在ったのですか?シロウ」
「あぁ、実は」
士郎は先ほどの慎二とのやり取りを凛とセイバーに説明した。
ライダーのサーヴァントのマスターが慎二で在る事。今回の『聖杯戦争』にはイレギュラークラスのサーヴァントが呼び出されている可能性が在る事。慎二から得られた情報の全てを説明した。
「なるほどね・・・確かにイレギュラークラスが呼び出されている可能性は考えていたわ・・・・でも、衛宮君。慎二がこの学校の生徒をライダーに襲わせていないと言う言葉は怪しいわよ」
「なんでさ?」
「昼間、偶然にイリヤスフィールとそのサーヴァントと出会ったのです」
「何だって!?もしかして戦闘になったんじゃ!?」
「だったら此処には居ないわよ。何でか知らないけれどファミレスで自棄食いを主従揃ってやっていたの。一応『聖杯戦争』のルールで昼間の戦闘は禁じられているから戦いにはならなかったけれど」
「その時に聞いたのですがイリヤスフィールのサーヴァントが、昨日の晩にライダーのサーヴァントが『アヤコ』を襲っているのを見て助けたらしいのです」
「アヤコって?・・・・美綴の事か!?」
「えぇ・・・一応綾子を送ったって言う警察署に様子を見に行ったけど、昨夜の記憶が無い事以外は体調に異常は見られなかったわ。問題はライダーのサーヴァントが綾子を襲った理由が『意趣返し』だったらしい事なの。そしてアーチャーから念話で聞いたけれど、今日は弓道部員に休み多いらしいわね?」
「あぁ・・・その筈だ・・・だけど、それが一体?」
「まだ分からないの?昨日の放課後に会った時に綾子が言っていたでしょう?『慎二と大喧嘩した』って?つまり、慎二にはライダーを綾子に向かわせるには充分な理由があるの。そして弓道部員達にもね」
「・・・まさか・・・慎二の奴が」
自身の友である慎二が行なったかもしれない所業の数々に、士郎は顔を暗くして悩むように下に俯く。
その間に凛は発見した結界の中心点を調べようとするが、描かれている刻印に触れる前に手を止めて顔を険しくする。
「リン・・・どうですか?」
「・・駄目ね。コレは基点と違って破壊は無理だわ。間違いなく宝具級の結界。迂闊に干渉しようとしたら強制的に発動するかもしれないわね」
「と言う事はライダーのサーヴァントが解く以外に方法は無いのですね?」
「えぇ・・・・衛宮君?慎二とは会う約束は在るの?」
「あぁ・・・同盟を提案されて、明日答えを言う事になっているんだ」
「戦うならその時ね・・・悪いけど慎二が『魂食い』をサーヴァントにやらせている可能性が高い現状。こっちもそれ相応の対応をするわ」
「ま、待ってくれ・・・慎二が『魂食い』を行なっている可能性が高いのは分かった。だけど、戦う前にもう一度だけ話させて欲しい。同盟関係を結ぶ条件に学校の結界をライダーに解かせるって言ってみる。それで解かない時は・・・戦う」
「・・・お人よしね。分かったわ。確かにそれでこの結界が解除されるのなら助かるわ」
「シロウの指示に従います」
「ありがとう、二人とも」
凛とセイバーが納得してくれた事に士郎は心の底から安堵の息を漏らして礼を告げた。
霊体化して様子を伺っていたアーチャーが射殺さんばかりに士郎を睨みつけていることに気がつかずに。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鮮血神殿 前編
鬱蒼と茂った木々に包まれているアインツベルン城。
夜と言うことで暗い雰囲気に包まれている城内に在る一室で、ブラックは今日感じた士郎とアーチャーに対する違和感に関してベットに座っているルインに、その膝の上に乗っているイリヤスフィールと話していた。
「お前がこの地に来るまで気になっていた小僧だが・・・・やはり何処か壊れているかもしれん。どうにも自分に対する配慮が欠けている印象を受けた」
「・・・確かにあの少年は変な部分が在りますね。私がセイバーと戦った時に大量のアクセルシューターを放った直後、セイバーを庇おうとするかのように走ろうとしていました。横に居た遠坂凛が押さえてなかったら、確実に走っていたかもしれません」
「う~ん・・・確かにお兄ちゃんって監視していた時も他の人に頼まれたことを嫌な顔一つしないで進んでやっていたよね」
「人間は、いや、生きている者ならば先ず第一に自分に関する事を考える筈だ・・・だが、奴の場合は他人に関して第一に動く・・・・そうだな。俺の受けた印象ではまるで誰かに対して贖罪を行なっているような印象だった」
「贖罪?・・・・・誰に?」
「分からん・・・・だが、少なくとも自分の事を蔑ろにする奴は長くは生きれんだろう。この『聖杯戦争』では死なずともな」
ブラックが士郎に関して受けた印象は第一にソレだった。
監視していた間も士郎に対しては歪な感覚を感じていた。それが『聖杯戦争』と言う異常事態に巻き込まれた事で徐々に表面化して来ていた。生前に似たような行動をしていた者に出会った事は在るが、その人物と士郎とでは決定的に違うところがある。
自らの身を顧みないと言う一点だけは同じだが、士郎の場合は何かが違うのだ。
「・・・・分からん・・・・奴が歪なのは間違いないが・・・その歪さが分からん・・・・分からんといえばアーチャーの方もだ」
「アーチャーですか?」
「リンのサーヴァントだよね?それがどうして分からないの?」
「・・・今日の屋上で奴と例の小僧が話していた時の事だ。奴は小僧の言葉に怒りを覚えているようだった。だが、その怒りも変だ。奴の怒りは他者に対する怒りと言うよりも・・・まるで己の行動に怒りを覚えているような感じを受けた」
「アーチャーがお兄ちゃんに自分を重ねているって事?」
「それとも私が生前に生真面目に対して抱いていた憎しみのようなものですか?」
「・・イリヤスフィールの言った方が恐らく近いだろうな。ルインが己の半身に抱いていたのはあくまで他者に対する怒りだ・・・だが、アーチャーのアレは違う・・・奴は小僧の言葉に対して呆れよりも怒りが強くなっている」
「う~ん?・・・・まさか、アーチャーとお兄ちゃんが同一人物とか?」
「流石にそれは・・・イリヤちゃんがそう考える理由は分かりますけど、皮肉そうで現実主義者なアーチャーと、半人前以下の魔術師で理想主義者の衛宮士郎が同一人物とは思えませんが」
「・・・いや、在りえるかも知れん。理想を掲げて現実に打ちのめされる奴らは大勢居る。そんな奴らの中に衛宮士郎と言う一人の小僧がいたとすれば・・・『英霊の座』には時間軸は関係ないからな」
この世の外側に位置している『英霊の座』には過去、現在、未来と言う時間軸は関係ない。
『英霊』と言う超越した存在になった時点で世界の理から外れるのだから。故に『英霊の座』には過去の英雄だけではなく、今ブラック達が居る時代から未来の『英雄』も存在している。この地の『聖杯戦争』では本来は欧州系の英霊しか呼べないのだが、『大聖杯』に異常が起きているのでその前提も破壊されている。でなければ、世界にとって禁断の英霊であるブラックとルインを呼び出す事など出来ない。
つまり、アーチャーが未来の英霊である可能性は充分にあり得るのだ。それならば縁が在る凛が呼び出す事も出来る。
「奴が未来の英霊だとすれば、俺達の戦略に違和感を抱いても可笑しくない。本来ならばイリヤスフィールが呼び出そうとしていた英霊は『ヘラクレス』なのだからな」
「つまり、アーチャーがお兄ちゃんだと仮定した場合、経験した『聖杯戦争』との違いで私達の戦略が分かっちゃうかもしれないの?」
「可能性としてはな。見たところ奴はかなりの戦いを繰り広げてきた経験を持っている。恐らく戦略と言う点でも厄介な存在だろう・・・・しかし、この推測があっているとすれば、あの小僧は英霊になるかも知れんと言うことか・・・面白い」
(ウワァ~・・・興味が出ていますね)
(お兄ちゃん・・・凄く運が悪いんだね)
僅かに楽しげに笑みを浮かべているブラックを見たルインとイリヤは、士郎の運の無さを心の底から憐れに思う。
ライダーがハズレだった為に不機嫌だったブラックだが、アーチャーが士郎の未来の姿だとした場合、士郎は英霊に至れる存在なのかもしれない。無論今のところは楽しめないだろうが、この『聖杯戦争』で急成長する可能性は高い。
「クククッ、漸く奴以外に楽しめそうな相手が出て来たな・・・・ルイン。ライダーの方は恐らく明日動くだろう。そろそろ終わらせに行くぞ」
「了解しました、ブラック様」
「フフッ、お兄ちゃんとリンが言葉を失う姿を見るの楽しみだな」
沈黙を保っていた『最凶』がついに動き出す。
その目標はただ一組。魔術師を名乗っている少年が従えている『騎兵』を滅ぼす為に、世界さえも恐れる『禁断の英霊』が動き出すのだった。
衛宮邸の一室。
その場所で士郎は明日に備えるために凛から魔術の手解きを受けていた。しかし、その結果は余り芳しくなかった。『強化』が使えるという話だったが、その『強化』でさえも士郎は満足に扱えていなかった。
今も凛が用意したランプに手を伸ばして『強化』に挑んでいるのだが、『強化』が成功することなくランプは砕け散る。
「クソッ!」
「これで十個目ね。十回中一回も成功しないなんて予想外だわ」
「・・すまない・・・・どうして旨く行かないんだ?」
「う~ん・・・『解析』に関しては問題は無いんだけど・・・そうね。最近『強化』に成功したのって何?」
「最近だと・・・そうだ。ランサーに襲われた時に棒のように丸めたポスターだ・・・そういえばあの時にランサーが『体の方も『強化』しているのか』って聞かれた」
「棒のように丸めたポスターね・・・・ちょっと道場の方に行って来るわ。戻って来るまではそのままランプの『強化』の練習よ」
「分かった」
凛の言葉に頷き、士郎は絶対に一つは成功させるという意欲を抱きながら残っているランプに手を伸ばす。
部屋から出た凛は真っ直ぐに道場の方へと進んで行くが、フッと家の離れに在る土蔵の前にアーチャーが立っている事に気がつく。
「アーチャー?・・何しているのかしら?」
自らのサーヴァントの様子に疑問を覚えた凛は廊下から庭に降りて、土蔵を見つめているアーチャーに近寄る。
「何してるの、アーチャー?」
「・・・何・・・セイバーの真名に繋がる手掛かりがこの土蔵にないかと思ってな」
「どういう事?」
「セイバーは今回の『聖杯戦争』だけでなく、前回の『聖杯戦争』にも召喚された。しかも前回の召喚者の義理の息子にだ。偶然にしては出来過ぎている」
「・・・そうか・・確かにそうよね。セイバーのサーヴァントに選ばれる英雄は他にも居る。なのに、召喚されたセイバーは前回と同じ・・・偶然は在り得ないわ」
「そうだ・・・だが、その偶然を叶える手が在る」
「召喚の触媒に『聖遺物』が関わっていれば確かに可能ね・・・で、それらしいのは在ったの?」
「いや、中に在ったのはガラクタばかりだ。鍵は開いているから君も見てみると良い」
「ちょ、ちょっと!」
言うだけ言って霊体化して消えたアーチャーに凛は文句を言おうとするが、アーチャーは姿を現さなかった。
「全く・・・一体どうしたのかしら?何か不機嫌なようだったけれど」
アーチャーの様子に疑問を覚えながらも凛は土蔵に手をかけて扉を開ける。
確かにアーチャーの言うとおり、セイバーの真名に関わる情報は凛も得ておきたかった。遠坂家の悲願である『聖杯』を手に入れられるチャンスは今回が最後。悲願を達成する為には凛としても、同盟関係が終わった後の事も考えて今の内に手に入れられる情報は少しでも得て於きたかった。
特に既にセイバーの真名を確実に知っている主従が一組存在しているのだから。
「イリヤスフィールは絶対にセイバーの真名を知っているわよね・・・・アーチャーの宝具は分からないし、何とか少しでも戦える方策を考えないと・・・・・・何コレ?」
土蔵の中に足を踏み入れた凛は、その場に落ちていたヤカンや金物類を見て、信じられないというように声を出した。
一見普通の金物にしか見えないが、魔術師である凛にはそれがただの金物では無いことが理解出来た。恐る恐るヤカンを拾い上げて注意深く何度も見つめ、軽く叩いたりなど検証を進めて行く。
「・・・嘘でしょう?・・・こんなの在り得ない・・だけど・・これは間違いなく」
「リン、如何したのですか?」
土蔵が開いていることを不審に思ったのか、土蔵へとやって来たセイバーが中で手に持っているヤカンを調べていた凛に質問した。
「・・・・セイバー・・・貴女このヤカンをどう思う?」
「?・・・ただのヤカンではないのですか?」
「そう見えるわよね・・・・でも、これは違うの。信じられないけれど・・・これは『魔術』で創られた代物なのよ。『投影』魔術って言うの」
「なるほど・・・ですが、それの何処が可笑しいのですか?『魔術』で創られた物ならば凛が驚くことでは無いと思いますが?」
「えぇ・・・これがずっと実体化していなければね。分類で言えば『投影魔術』って言うんだけど、普通の『投影』魔術はものの数分で消えるばかりか、実用なんて不可能よ。だけど、これは実体化し続けている・・・異常なんて代物じゃないよ」
魔術師としての常識を打ち破る代物に、凛は自身が士郎に関してしていた認識が誤っていた事を自覚した。
基本の魔術も士郎は満足に使えない。凛からすれば異常な事だったが、もしも士郎が自身と違う『魔術師』としての素養を持っているとすれば、手に持っているヤカンの事にも納得が出来る。
「多分アイツは特化型の魔術師よ。こう言う其処に無い物を創る事に特化しているのよ」
「では、シロウは戦力になると言う事ですか?」
「・・・分からないけれどね・・・でも、この事が魔術協会にでも知られたらアイツは間違いなく『封印指定』を受けるかもしれない・・・それだけ異常な事なのよ」
『封印指定』とは魔術師にとって最高級の名誉であり、同時に最悪の指定だった。
奇跡とも言える希少能力を永遠に保存すると言う名目で与えられる称号だが、実際のところは一生涯幽閉されるどころでは済まず、希少能力が維持された状態で保存すると言うホルマリン漬けと変わらない状態にされると言うことに他ならない。また、この『封印指定』は適用されるのが魔術師だけではなく、一般人の中で偶然にも特殊な技能や魔術の素養を持った者にも与えられる。
そして士郎の内に眠っている力は、間違いなく『封印指定』級の力だと凛は手に持つヤカンから見抜いた。
「・・・このまま眠らせておいた方が良いかもしれないわね」
「しかし、リン?」
「分かってるわ・・・・今は『聖杯戦争』。戦力は少しでも欲しいからね・・・悪いけど目覚めて貰うわよ・・・だけど、『聖杯戦争』が終わった後は・・使わない方が良いと思うわ」
凛はそう言いながらヤカンを床に置いて、当初の目的である道場の方へと向かって行く。
その場に残されたセイバーは入口から入り込む月明かりを反射するヤカンや金物類を難しそうな表情で眺めるのだった。
翌日の早朝。衛宮邸で恒例になってきた大河とセイバーのおかずの取り合いが起きる食事が終わった後、士朗は桜と共に朝食の片づけを行なっていた。
慎二のことは気になるが、桜にそのことを聞く事が出来ずにいると、ゆっくりと落ち込んだ様子を見せながら桜が士郎に話しかける。
「先輩・・・その・・・・実は・・暫らくの間・・家の事情で・・此方には来れなくなりそうなんです」
「そうなのか?」
「はい・・・すいません。落ち着いたら必ずまた来ますので」
「そうか・・・寂しくなるけど、俺は何時でも来てくれて構わないぞ」
「はい!・・・必ずまた来ます」
士郎の言葉に桜は嬉しそうに微笑み、それを居間に居ながら見ていた凛は何処となく安堵しながらも険しい視線を桜に向けていたのだった。
穂群原学園の校舎内部。
既に二限目を終えた時間帯で生徒達が、それぞれ休憩を取る為に廊下を歩いていた。その中で士郎は今日話し合う予定の慎二の姿を早朝と一限目が終わった後に探したが一向に慎二の姿は見えなかった。
今士郎の傍に居るのは昨日と同じように凛の指示でアーチャーが護衛について、裏の雑木林には交渉が決裂した時の為に凛とセイバーが待機している。
「慎二の奴・・・一体何処に居るんだ?もうすぐ三限目が始ま・・・・ッ!!」
突然に強力な重圧が士郎に圧し掛かり、慌てて『魔術回路』を起動させて周りを見回してみると、学校中が赤く染まっていた。
一体何が起きたのかと士郎が辺りを見回していると、すぐそばでアーチャーが音もなく実体化して警戒しながら声を出す。
「結界が発動したようだな」
「何だって!?まさか、慎二が!?」
「今日は昨日よりも生徒が来ていないようだ。恐らく充分に戦えるほどに魔力が集まったから結界を発動させたのだろう」
そうアーチャーは士郎に説明しながら、ゆっくりと廊下に在る窓に手を伸ばして窓ガラスを開ける。
士郎がそのアーチャーの行動に疑問を覚えて窓の外に目を向けてみると、武装化を終えたセイバーが凛を抱えてアーチャーが開けた場所から飛び込んで来る。
「フゥ~、流石はセイバーね。裏の雑木林から此処まですぐに来れたわ」
「コレぐらいは苦では在りません。ソレよりもシロウ?ライダーのマスターとは交渉出来なかったのですか?」
「あぁ、慎二の奴を休み時間の間に探していたんだけど、アイツを見つけられ無かったんだ」
「そう・・・と言う事は最初から同盟なんて話は誘き出す為の方便だったのかもね・・・だけど、どうして今の状況で?」
凛は慎二が今行動を起こした意味が分からなかった。
余りにも慎二の行動は稚拙としか言えなかった。何せ慎二は既に凛と士郎が同盟を結んでいる事を知っているはず。今日行なわれるはずだった交渉が失敗すれば、セイバーとアーチャーが同時に敵に回り、士郎も慎二と戦う事に躊躇いが無くなる。
慎二の行動は自らで敵を作る行為でしかないと凛が考え込んでいると、突然廊下に設置されている放送用スピーカーから慎二の声が響く。
『よぉ、衛宮。それに遠坂も居るんだろう?どうだい僕の趣向は?」
「慎二!!!」
『衛宮の事だから今頃怒っているだろうけどね・・・さて、無駄話をしている時間は無いから率直に言うけど、衛宮、今すぐに令呪を使用して自分のサーヴァントを自害させろ。そしたら結界を解いてやる』
「なっ!?」
スピーカーから聞こえて来た慎二の要求に士郎は声を上げ、凛は何故今慎二が行動を起こしたのか理解して目を見開く。
(やられた!?慎二の狙いはコレだったんだわ!!)
稚拙にしか見えなかった慎二の策略。しかし、その策略に衛宮士郎と言う自分よりも他者を優先する、簡単に言えばお人よしな性格の士郎が加わった場合、充分に成功する可能性が高い策略に変わる。
慎二が今居る場所は間違いなく学校の放送室。その場所にアーチャーとセイバーを向かわせるのは簡単だが、慎二の傍にはライダーが付いている。セイバーとアーチャーが近づけば間違いなく放送室からライダーは慎二を連れて逃げ出す。そうなれば学園を覆っている結界を解く術が無くなってしまう。一番重要な結界の中心点は凛達では破壊出来ないのだから、ライダーが解くしか方法がない。
士郎が慎二の要求に従わなければ学校に居る者達が犠牲になり、要求を呑めばセイバーが消えると言う直接戦うのではなく、間接的な戦略で慎二は士郎達に襲い掛かって来たのだ。
『お前らが結界の基点を破壊してくれたから、学校に居る奴らが死ぬまでまだ時間が在る。だけど、答えは急いだ方が良いと思うよ。幾ら結界の効果が本来の効果には及ばないと言っても、こうしている間にも生命力が奪われているんだからさ』
「慎二・・お前!!」
(伊達に衛宮君の友達だった訳じゃないわね・・・衛宮君にとってセイバーは失いたく無い存在だし、かと言って学校の皆も見捨てられない・・・私とアーチャーも動けない)
アーチャーが放送室に向かって攻撃を行なうと言う手も在るが、それを行なう前に間違いなくライダーに気がつかれてしまう。
更に言えば今凛達がいる位置から放送室がある場所までには幾つもの壁が存在している。幾ら
自分達が打てる手が無い現状に凛は悔しげに唇を噛み、セイバーとアーチャーも自分達ではどうする事も出来ない状況に悔しげに顔を歪める。そして要求された士郎が一番悩んでいた。セイバーを自害させなければ学校に居る者達が犠牲になる。だが、セイバーを自害させる事も士郎には出来ない。どうすれば良いのかと悔しさに満ちた顔をして士郎が下を俯く。
士郎達が自分達の力では危機を脱せない現状に動きが止まっていると、突然背後から幼い声が響く。
「何固まっているの、お兄ちゃん達?」
『ッ!?』
聞き覚えの在る声に慌てて凛、士郎、セイバー、アーチャーが振り返ってみると、イリヤスフィールを腕の中に抱いている、ルインが立っていた。
「イリヤスフィール・・・どうして?」
「昼間は戦っちゃいけないって言うルールを破ったマスターとそのサーヴァントを倒しに来たの」
「ま、待ってくれ!慎二は近づけばライダーと逃げる気なんだ!だから、近づいたら結界を解けなくなって、学校の皆が危ないんだ!?」
「皆?・・・・それって誰の事ですか?この学校には今、『聖杯戦争』に参加しているマスターとサーヴァントしか居ませんよ」
「何ですって!?まさか!?」
ルインが告げた事実に慌てて凛は近くの教室の扉を開ける。
その先には本来なら生命力を結界に吸われる事で起こる激痛によって意識を失った学園の人々がいるはず。だが、凛が見た教室の中には生徒や先生の姿は影も形も存在しない無人の教室だった。
アーチャーとセイバー、士郎も教室の中を覗き、すぐにイリヤスフィールを抱えているルインに目を向ける。
「貴女がコレを!?」
「えぇ、そうですよ。この前の時は貴女達を取り込むように封鎖結界を発動させましたが、今回はその逆で封鎖結界に貴女達、『聖杯戦争』の参加者を除くように結界を発動させました。学校に居た一般人達は今頃封鎖結界の中で普通に授業を受けていますよ」
「なるほど・・・確かにライダーの結界は内部に生命力を吸収出来る対象が居なければ意味を成さない。吸収対象が居なくなった今、ライダーが発動した結界は無駄な発動でしか無かったと言う事か」
ルインの説明に状況を把握したアーチャーは、血のように紅く空間が染まっている無人の教室に目を向ける。
ライダーが発動させた結界は生命力が奪える対象を失った今、無意味なものになっている。魔力を得る為に発動させたにも関わらず、魔力を得る対象が校舎内には居ない。寧ろ今の状況では発動させた分の魔力が無駄になったと言う事に他ならない。
宝具級の結界が発動されると共に別の結界を発動させて対象を取り込むと言う荒業に近い事を成し遂げたルインに、凛はもはや言葉が出せずに呆然と見つめる。最もルインがその荒業を成功させる事が出来たのは、ライダーの結界とルインが使った封鎖結界の理論が根本から違っているおかげである。もしもライダーの結界が『魔法』で作られたモノだったら、ルインの封鎖結界と干渉しあって大変な事態になっていた。あくまでルインが封鎖結界を発動させる事が出来たのは、二つの結界の根本的な部分が違っていたおかげでしかない。
そんな事を知らないアーチャー、凛、セイバー、士郎は宝具級の結界にまで干渉したルインの技量に声を失うが、呆然としている場合ではないとアーチャーが疑問に思った事を質問する。
「しかし、何故敵である我々を援護するように動いた?」
「勘違いをしないで下さい、アーチャー。別に貴方達を援護する気など少しも在りませんね。ただ昼間に戦うならソレ相応の準備が必要だっただけです」
「そうそう。だってね。大勢の一般人が居る場所で戦ったら・・・・“皆巻き添えで死んじゃうもの”」
「・・・な、何だって?」
「どう言う意味ですか、イリヤスフィール?一体貴女達は何をしよ…」
ーーードオォォォン!!
セイバーがイリヤスフィールに質問の言葉を述べている最中に、突然に学校の一角の壁が大きく吹き飛んだ。
ソレと共に舞い上がった粉塵を突き抜けて、恐怖に染まり切った顔をして必死に本を胸に抱えている慎二を抱えた所々に服が破れて傷を負っているライダーが校庭に着地する。
一体何が起きているのかと士郎達が窓から粉塵が舞い上がった場所に目を向け、ソレを目にする。
全身から禍々しいと言う言葉が相応しいと言うしかないほどの邪悪な魔力を迸らせているばかりではなく、闇が具現化したかのような漆黒の体に鈍く光る銀色の兜と胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に三本の鍵爪の様な刃を装備したサーヴァントがライダーと慎二に向かって殺気を発しながら歩いていた。
その殺気を向けられている慎二は恐怖に体が動かず、自分の命を繋いでいる本を抱えて護る事しか出来ず、ライダーは既にボロボロになっている釘剣と鎖を構えて息を荒く吐きながら自分達に襲い掛かったサーヴァントを見つめていた。校舎内から見ていた士郎と凛でさえも、慎二達が対峙しているサーヴァントの殺気が自分に向けられている訳でもないのに体の震えが隠せなかった。
アーチャーとセイバーは同じサーヴァントでありながら明らかに異端のサーヴァントだと一目見て分かる存在に言葉を発する事が出来ない。唯一その場で殺気に対して何も感じていないイリヤスフィールとルインは、言葉を失っている四人の姿に笑みを浮かべる。
初めて見て、誰かに聞いた訳でもないのに、禍々しい気配を発しているサーヴァントのクラスが凛には理解出来た。いや、理解せざるを得なかった。そのクラス以外に自身が見ているサーヴァントのクラスは在り得ないと凛は本能で悟ったが故に。
「狂・・戦士・・・・『バーサーカー』」
『聖杯戦争』に於いて最も鬼門とされるサーヴァントのクラス『バーサーカー』
そのサーヴァントとして召喚されたブラックが、沈黙を破って遂に騎兵の主従にその牙を向けたのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
鮮血神殿 後編
士郎達が窓から校舎の一角が吹き飛ぶのを目撃する少し前。
放送室の機器を利用して自らの要求を一方的に告げた慎二は、紅く染まった放送室の中で自身の勝利を確信して椅子に座りながら有頂天になっていた。
「ハハハハハハッ!やったぞ!!僕の勝ちだ!!衛宮は学校の連中を見捨てられないからな!」
自分の勝利を慎二は疑っていなかった。
士郎とは友人としての付き合いがあったので充分に性格は理解している。学校に居る生徒達を士郎は見捨てる事は絶対に出来ない。サーヴァントの方は自害など望まないだろうが、『令呪』の指示にサーヴァントは絶対に従う。
それを慎二は良く理解している。本来の召喚者でない自身に素直に従っているライダーがその証拠だった。余裕に満ちた顔をしながら座っていた椅子に踏ん反り返って、慎二は手に持っている辞典と同じぐらいの厚さと大きさを持っている本-『偽臣の書』-を眺める。
その書こそ魔術師でない慎二がライダーを従える事が出来る道具だった。『聖杯戦争』を構築した御三家の一角である『間桐』が主に『聖杯戦争』のシステムの中で担ったのはサーヴァントを従える『令呪』システム。その技術を応用して生み出されたのが『偽臣の書』。
本来のサーヴァントの召喚者が所持している『令呪』を『偽臣の書』に委譲し、マスターとしての権限を一時的に『偽臣の書』を所持している者に明け渡す。魔術師でもない慎二がライダーを従えられているのは『偽臣の書』のおかげだった。更に『偽臣の書』にはライダーの魔力を慎二が使用して『魔術』に近い現象を使用出来ると言う能力もあった。
「フフフッ!衛宮とそのサーヴァントは此処までだ・・・ライダー、『
「・・・・・」
「ライダー?何黙っているんだ?僕の質問が聞こえなかったのか?」
背後に居る筈のライダーが何も答えない事を不審に思った慎二は振り返り、困惑した様子で放送室の中を見回しているライダーを目にする。
「どうした?何かあったのか?」
「・・・マスター。『
「何だと!?」
ライダーが告げた情報に慎二は驚愕と困惑に包まれながら慌てて椅子から立ち上がった。
空間が紅く染まっていることから、ライダーの宝具の一つである『
一体どう言うことなのかと慎二は慌てて放送室から出て、一番近くの教室の扉を開けて、誰一人としていない無人の教室を目にする。
「なっ!?ど、どういう事だよ!?ライダーー!!」
「・・・私にも分かりません。考えられるとしたらセイバーとアーチャー以外のサーヴァントが関与した可能性があります」
「くっ!!不味い!!連中が居なかったら人質の意味が無いだろうが!!」
慎二は自分の策が何者かに潰されたことに怒りを顕にした。
士郎と凛が慎二とライダーを攻められなかったのは、学校の生徒達と言う人質が存在していたからこそ。それが無くなってしまえば、凛と士郎はセイバーとアーチャーをライダーに襲い掛からせることが出来るようになる。
自分が考えた策略を完全に潰された事実に慎二は、怒りと屈辱に顔を歪ませながら無人の教室内のテーブルを蹴り飛ばす。
「くそっ!!一体何処のどいつだ!?僕の邪魔をしやがって!!絶対に赦さな…」
「貴様ごとき他人の力をあてにしている奴に赦して貰う覚えなどないな」
『ッ!!』
突然教室内に響いた第三者の声にライダーと慎二が慌てて教室内を見回そうとした瞬間、慎二に向かって教室内に在った椅子の一つが勢い良く投げつけられる。
「ヒィッ!!」
「フッ!!」
高速で迫って来た椅子に対して頭を抱えた慎二を護るようにライダーが椅子を蹴りつけて、椅子を弾き飛ばした。
そのまま椅子が飛んで来た方に顔を向けてみると、先ほどまで気配も感じられなかったと言うのにサーヴァントの気配を発している黒い服の男-二日前の夜に綾子を襲う邪魔をした人間体のブラック-が立っていた。
「あの夜のサーヴァントですか・・・学校に人間達が居ないのは貴方のせいですね?」
「答える義務も義理も貴様らには無い」
「そうか・・ライダーが言っていた八体目のサーヴァントって言うのはお前の事だな。よくも僕の計画を潰してくれたな!」
「・・・・下らん」
「なっ!?」
何の感情も感じられないブラックの声に慎二は驚愕するしかなかった。
ブラックは全く慎二に対して興味が無い。ただ吠えるだけの路傍の石程度と言う認識しか持っていなかった。慎二が必死に考えた策略に対してもブラックは何の関心も得ていない。
その気になればルインの力を借りなくても無意味にすることが出来た結界なのだから。故に慎二に対する感情はブラックには一つしかなかった。
「無駄話に時間を掛ける気も無い・・・貴様らは・・・“殺す”。ハイパーダークエヴォリューション」
ーーーギュルルルルルルルッ!!
「なっ!?い、一体何が!?」
低い声でブラックが自らの真の姿を現す為の言葉を呟いた瞬間、ブラックの体を黒いバーコード状のようなモノ-『デジコード』が覆い尽くした。
見た事も無い現象にライダーは思わず驚愕の声を漏らすが、すぐさま自身の手に愛用の武器である釘剣を出現させて、繭と化した黒いデジコードに向かって全力で投げつける。黒いデジコードの中に居る者を外に出してはいけないとライダーの本能が叫んだのだ。
ライダーが全力で投げつけた釘剣は真っ直ぐに黒いデジコードに向かって突き進み、黒いデジコードの内部に入り込むと同時に、ライダーは自身が投げつけた釘剣に繋がる鎖から釘剣が受け止められた事に気がつく。
「クッ!」
「この前は互角だったな。だが、今回は違うぞ!!」
「ッ!?」
黒いデジコードの繭の中から声が響くと同時にライダーは凄まじい勢いで釘剣が引っ張られ、手を離すまもなく壁に叩きつけられる。
「ガッ!」
「ライダー!?」
意図も簡単に壁に叩きつけられたライダーに、慎二は驚愕した叫びを上げて繭が在った方に目を向ける。
其処には繭は存在していなかった。其処に存在していたのは全身から禍々しい負の魔力を発し、死を予感させる殺気を放っている漆黒の体に鈍く光る銀色の兜と胸当てをし、両腕の肘まで覆う手甲の先に三本の鍵爪の様な刃を装備した漆黒の竜人-真の姿に戻ったブラック-がライダーの釘剣を右手に握って立っていた。
真の姿に戻ったブラックはゆっくりと握っている釘剣に付いている鎖の先に居るライダーに目を向け、そのまま釘剣を引っ張る。
「ムン!!」
「ハッ!」
再び釘剣を力任せに引っ張ろうとしているブラックに気が付いたライダーは、即座に釘剣の根元を手放した。
それを予想していたのかブラックは体勢を崩す事も無く、釘剣の根元である輪のような物を自身の下へと手繰り寄せ、そのまま左手に装備している『ドラモンキラー』の爪部分に通して釘剣の先を握っていた右手を離すと、そのまま勢い良く釘剣を教室内で振り回す。
「オォォォォォォォォーーーー!!!!」
「ヒィッ!!」
「クッ!」
ブラックが釘剣を振り回すと共に教室内の机や椅子が瓦礫へと変わって行き、釘剣の先と瓦礫の山が慎二に向かった。
自身に向かって来る大量の瓦礫に恐怖の声を慎二が漏らした瞬間、ライダーが慎二を抱えて教室の外へと飛び出し、瓦礫の山と釘剣から逃れた。
「マスター、無事ですか?」
「・・・あぁ・・だ、だいじょう…」
ーーーポタッ!
「へっ?」
水滴が落ちるような音に慎二が疑問の声を上げて、音が聞こえて来た自身のすぐそばに目を向けてみると、廊下の床に赤い血が垂れていることに気がつく。
まさかと思いながら慎二が自身の右頬に手を当ててみると、其処には瓦礫の破片で切れたのか頬には裂傷が出来ていた。
「あぁ、血が!僕の血が!!ライダーー!!奴を殺せ!!この僕に傷をつけた礼をして…」
慎二の叫びを覆い尽くすように先ほどまで居た教室の壁が吹き飛び、ブラックが殺意に満ちた視線をライダーと慎二に向けながら廊下に現れた。
二人の姿を確認するとブラックは先ほど使用したボロボロになっている釘剣をライダーに向かって投げつける。
「返すぞ!!」
「させません!!」
ブラックが投げつけて来た釘剣に対してライダーは即座に別の釘剣を投げつけ、二つの釘剣は弾き飛ばされた。
同時にブラックが使っていた釘剣は限界に達したのか砕け散るが、ブラックは気にすることなく左手の爪先に通していた輪を放り捨て、即座に右手に赤いエネルギー球を作り上げてライダーと慎二に向かって投げつける。
「借り物の礼だ!!!」
「ッ!マスターー!!」
迫って来る赤いエネルギー球の脅威を察したのか、ライダーは慎二の体を掴むと同時にその場から離れるが、赤いエネルギー球が廊下に直撃すると共に発生した爆発によって外へと吹き飛ばされてしまう。
同時に吹き飛んだ壁からブラックは外へと出たライダーを追いかけるように、校庭の方へと歩いて行くのだった。
時間は戻り、学校の二階の窓から校庭で始まったブラックとライダーの戦いに士郎、セイバー、凛、アーチャーは言葉が出せなかった。
次々と釘剣を地面や空から放ち、トリッキーな動きでライダーは攻撃を繰り出すが、その全てをブラックは見切っていると言うように両手に装備している篭手や足に装着している鎧で弾くか、或いは逆に自身に向かって放たれる釘剣を奪い取って他の釘剣を粉砕して行く。
慎二も命の危機を理解しているのか、ライダーを援護するように必死に右手に在る本を握って影の刃をブラックに向かって放っているが、その攻撃はブラックに届く前に霧散して行く。
その様子を士郎達と同様に窓の外からルインに抱えられて見ていたイリヤスフィールは、慎二の行動に笑っていた。
「アハハハッ!ライダーのマスター必死だよね?あんな魔力をただ刃の形で放っているだけの『魔術』ですらない攻撃が、神秘の塊のサーヴァントに通じる筈が無いのにね?寧ろ援護と言うよりも有害な行動だよね、ライダーにとって」
「どう言う意味だよ、それは?」
「お兄ちゃんは気が付いていないみたいだけど、他の皆は気が付いているでしょう?あのライダーのマスターがやっている行動が何を意味しているのか?」
「・・・えぇ・・・そうね。慎二の奴がやっている行動は『魔術』ですらない魔力行使・・そして『魔術回路』が無い慎二は魔力の生成が出来ないのにも関わらず、魔力を行使している。間違いなく慎二は自分の近くに存在している魔力の塊から魔力を削って行使しているのよ」
「魔力の塊?・・・・・まさか!?」
「はい・・・間違いなくあの少年はシロウが気づいたように・・・・“自らのサーヴァントの保有している魔力を削って魔力を放っています”。現にあの少年が魔力を行使する度にライダーの魔力が減少しています」
「サーヴァントは保有する魔力が無くなった時に消滅する。相手のサーヴァントに何の効果も発揮出来ない魔力攻撃を無駄に放っているあの小僧はライダーの足を引っ張り続けているという事だ」
神秘はより強い神秘の前に無効化されると言う法則が存在している。
神秘の塊であるサーヴァントに対しては『対魔力』を持っていなければ『魔術』は通用するが、ただ魔力を放っているだけの攻撃は通用しない。簡単に言ってしまえば凛が行使する『魔術』は中身が確りしているが、慎二の魔力攻撃は中身が全く無いスカスカの攻撃。一般の人間にならば通用するが魔術師やサーヴァントなどの特異な存在に対しては何の効果も発揮出来ない代物でしかないのだ。
更に言ってしまえば『魔術回路』を持っていない慎二は魔力を生成する事も出来ない。ライダーと言う魔力の塊から魔力を削って攻撃している。だが、慎二が行使している力よりもライダーの方が圧倒的に強い。寧ろ現状では、ただでさえ魔力に不安があったからこそ『魂食い』や『
「このまま行けば・・・ライダーは魔力不足で現界も難しくなって消滅するわ」
「死を予感させるほどの殺意など感じた事も無いのに、それを叩きつけられてライダーのマスターは恐慌状態だものね。フフッ、今日でライダーは終わり。そのマスターも死体も残らずに死んじゃうだろうね」
「何だって?・・・慎二が死ぬ?」
「そうだよ、お兄ちゃん。サーヴァントを失ったからって見逃す理由は無いもの。『聖杯戦争』に参加したんだから当然でしょう」
「・・・・・そんなこと・・・認められるか!!」
「シロウ!!」
突然に走り出した士郎の後をセイバーは慌てて追いかけて行った。
その場に残されたイリヤスフィール、ルイン、凛、アーチャーは士郎とセイバーが走り去った方向を見つめ、ルインはイリヤスフィールを降ろしながら呟く。
「ライダーのマスターを助ける気ですか?この結界で失敗すれば大量の死者を作り上げていたかもしれないのに?」
「衛宮君の方針が『サーヴァントを倒して、マスターは止める』だからね。特に慎二とは友達だったから、死なせたくないんでしょう」
「・・・なるほど・・・まぁ、彼がどうなろうと私は気にしませんが、貴女達にとっても彼の行動は不利益だと思いますけど?此処でライダーがあの一般人に犠牲が出るのは当然だと考えているマスターと共に生き残った場合・・・“どうなるか、分かっていますよね”?」
「・・・そうね・・・だけど、背後から撃たれるって言うのも警戒するのは当然でしょう?」
「えぇ、正解です・・・・・しかし、別に走っても良かったんですよ。此処に残った方が面倒ごとに巻き込まれなくて済んだのに」
「どう言う意味・・・ムッ!」
「アーチャー?」
突然にルインとイリヤスフィールの背後の廊下に険しい視線を向けたアーチャーに、凛もアーチャーが見つめている廊下の角に目を向けると、カタカタと何かが歩いて来るような音が聞こえて来る事に気が付く。
一体何が居るのかと凛が警戒心を強めた瞬間、廊下の角から白い頭部の無い人体骨格をモデルにしたような骨のみで構成されたモノと、二足歩行の獣の骨格で構成された二種類の異形-『竜牙兵』-が次々と歩いて来る。
「こ、これって!?」
「予想外でしたね・・・まさか、この学園に貴女と先ほどの少年、そしてライダーのマスター以外に四人目のマスターが居るとは思いませんでした」
「四人目のマスターだと?では、こいつ等はそのサーヴァントの使い魔か何かと言うことか?」
「えぇ、そしてそのサーヴァントは」
『私よ』
ルインの声に続くように廊下内部に新たな声が響き、凛とアーチャーが周りを見回して見ると、竜牙兵の兵隊の背後の空間に口元しか見えないように紫色のローブで身を包んだ女性のサーヴァントが浮かんでいた。
そのサーヴァントの姿を確認したルインは、やはりと思いながら新たに現れたサーヴァントを睨む。
「やっぱり、貴女でしたね・・・『キャスター』」
(あのサーヴァントが『キャスター』ですって?じゃ、やっぱり慎二が言っていたようにイリヤスフィールと一緒に居る女性がイレギュラーって事ね」
凛はそう得られた情報から状況を推察しながら、自身のサーヴァントであるアーチャーに視線を送る。
視線の意味を理解したアーチャーは凛の考えに同意するように頷きながら、何かあればすぐに動けるように態勢を整える。
その間にルインは竜牙兵達の背後に浮かんでいる『キャスター』の幻影に声を掛ける。
「前の貴女のマスターを殺した時以来ですね」
『そうね。あの時の事には感謝しているわ。おかげで私は素晴らしいお方と出会えたのだから・・・だけど、そのお方の反応が急に消えた・・・・・言いなさい!あの方は何処に居るのかしら!?』
冷静な様子を捨ててキャスターは、ルインに向かって怒りと殺意に満ちた声で叫んだ。
ルインの考えの通り、キャスターのマスターは士郎、凛、慎二同様に穂群原学園の関係者だった。マスターとしての契約を交わした時の条件で穂群原学園に通っているのだが、キャスターは自身のマスターの監視には注意していたのだが、その監視を破るように突然にマスターの反応は消失した。
これに慌てたキャスターは本来は現れるつもりは無かったのだが、自身のマスターの安否を知る為に元凶であるルインに尋ねに現れたのだ。
「無事ですよ。ライダーとの戦いが終わったら戻しますので安心して下さい・・・とは言っても、聞いてはくれないでしょうが」
『当然だわ。私のマスターの安否は貴女が握っている。そんな状況を見過ごせるほど私は甘くないのよ!やりなさい!!竜牙兵!!』
キャスターの指示に従うように竜牙兵達は一斉に動き出し、人型は手に持っている骨で出来たナイフのような形の武器を、獣型は鋭い牙を光らせてルインとイリヤスフィールだけではなく凛、アーチャーに向かって飛び掛かる。
自分達にまで襲い掛かって来る竜牙兵達に対して苦い顔をしながら凛は左手を構えて『ガント』を撃ち出し、アーチャーは黒と白の双剣を構えて迎撃する。
「何で私達まで!!」
「キャスターからすれば、我々の威力偵察も含めているのだろう!!」
次々と襲い掛かって来る竜牙兵達を凛とアーチャーは塵に帰しながら叫びあう。
しかし、凛とアーチャーが破壊した先から竜牙兵達は次々と現れ、一向に数が減る様子が無かった。その事実にフッと凛はルインの攻撃ならば竜牙兵達の数を一気に減らせるのではないかと考えて目を向け、窓の外でイリヤスフィールを抱えたルインが空に浮かんでいる姿を目にする。
「なっ!?」
「バイバイ、リン。キャスターの相手は任せたから。それと“お爺ちゃん”も頑張ってね」
「お・・・・お爺ちゃんだと?」
驚く凛に対してイリヤスフィールはルインの腕の中で手を振り、そのままルインに抱えられて校庭へと飛び去った。
アーチャーはイリヤスフィールの言葉にショックを受けたように哀愁が背に重く圧し掛かるが、それでも竜牙兵を倒す動きが止まらないのは流石だった。凛はイリヤスフィールとルインに厄介ごとを押し付けられたことに気が付き、肩を怒りで震わせて竜牙兵達を据わった瞳で睨みつける。
意志が無い筈の竜牙兵達はその瞳と視線にまるで恐怖を覚えたかのように後ずさるが、凛は構わずに左手を構えて『ガント』を据わった瞳のまま連射する。
「イリヤスフィーール!!!絶対に赦さないんだからね!!!」
八つ当たり気味に凛は次々と竜牙兵達を破壊して行き、その場に居たアーチャーは『赤いあくま』の乱心に戦々恐々とするのだった。
「これで!!」
校庭でブラックと戦いを繰り広げていたライダーが、自身の足元の地面に両手を押し当てると同時にブラックの前方の地面から五本の釘剣が勢いよく飛び出した。
それに対してブラックは釘剣が届く前に自身の目の前の地面を全力で蹴り上げる事で土砂を衝撃と共に舞い上げる。
「フッ!!」
舞い上がった土砂によって釘剣の勢いは弱まり、ブラックに届く前に勢いを失って地面に落ちた。
ライダーは自身の攻撃が防がれたと感じると同時に、直前まで居た場所から飛び去り、土砂を貫いて右手を振るって来たブラックの攻撃を回避する。
「ドラモンキラーーー!!」
「クッ!!」
辛うじてライダーはブラックの攻撃を避けて離れたところの地面に着地する。
しかし、ライダーが着地した瞬間、ライダーの脇腹に裂傷が走って血が噴き出す。
「・・完全に回避してコレですか・・規格外ですね」
既に分かっていた事だがライダーは脇腹を手で押さえながら、目の前に居るブラックの規格外さに苦い声を出し、即座に傷が在っても動き回る。
ライダーの全身には浅いながらも数多くの傷が出来ていた。まともに一撃を受けていないというのに、ブラックの攻撃は一撃一撃が凄まじい衝撃波が巻き起こる。その衝撃波がライダーの体に傷を負わせていた。更に手持ちで使える釘剣は既に殆どが失われてしまった。
(以前会った時に私の釘剣を簡単に受けたのは、強度や威力、そして私が操作出来る鎖に走った衝撃を調べる為だったようですね・・・・・切り札が使えさえすれば、何とかなる可能性があると言うのに!?)
現在の状況を少しでも好転させる手段がライダーには存在していた。
サーヴァントの最大の切り札である『宝具』。それさえ使用出来れば、状況を好転させられる可能性は充分に在るのだが、ライダーは宝具を解放出来るだけの魔力が殆ど残っていなかった。
本来は『
「ヒィッ!!来るな!来るな!!僕に近寄るなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「下らん」
「あっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!消えろよ!!消えてくれよ!!!」
(あの愚かな奴のせいで!!)
無駄に自身の魔力を使用して攻撃をブラックに放っている慎二に、ライダーは内心で悪態をついた。
間桐慎二は確かに魔術師としての知識を保有している。しかし、魔術師として最も必要な覚悟と言う面が全く出来ていなかった。『魔術』と言う裏の世界の技術に手を出すという事は、同時に死を覚悟しなければならないと言うこと。だが、慎二にはその点の覚悟が無い。
身に余る力を手に入れて増長した者に慎二は過ぎない。その慎二が『殺意』に満ち溢れたブラックの殺気に耐えられるはずが無い。簡単に恐慌状態に陥り、それから逃れようと闇雲にライダーの魔力を削って攻撃を放っている。完全にブラックの戦術に嵌まっている慎二をライダーは見限りたい気持ちで一杯だった。だが、それがライダーには出来なかった。
“本当のマスターの為にも、ここでライダーが敗北する訳にはいかないのだ”。
(私は・・・・まだ消えられないのです!!!)
これ以上魔力が消費される前に切り札を使用する覚悟を決めたライダーは、無事な釘剣を自身に向かって構える。
突然に動きが止まったライダーの姿に攻撃を繰り出し続けていたブラックは訝しげな気持ちを抱き、僅かに距離を取るように下がる。その動きを目撃したライダーは巡って来た最大のチャンスを無駄にさせない為に釘剣を自身の首に突き刺そうとした瞬間、慎二の声が響く。
「ライダーー!!!何をやってるんだ!!ソイツの動きが止まっている今の内に攻撃しろ!!」
「なっ!?」
慎二の指示にライダーは驚愕の声を漏らすが、『偽臣の書』が輝くと共にライダーの体から青白い雷が発生する。
宝具を使用する為の行動を取ろうとしていたライダーに対しての、ブラックの動きが止まったのを好機だと勘違いした慎二の最悪なタイミングでの強制命令だった。『偽臣の書』はあくまで命令権を得られるだけで、『令呪』のように奇跡に近い現象をサーヴァントに引き起こせるまでの力は無い。つまり、強い意志で行動しようとしていたライダーが慎二の指示を逆らおうとした結果、『偽臣の書』の処理が限界に至り、反発した結果だった。
そしてライダーにとっての最大の宝具を使用出来た好機は、一瞬にしてライダーの最大のピンチへと変わり、それを逃さなかったブラックの右腕のドラモンキラーがライダーの体にドンッと音が立てながら叩き込まれる。
「失せろ!!」
「ガハッ!!」
渾身の一撃を胴体に叩き込まれたライダーは口から血を吐き出し、そのまま悲鳴を上げる事も出来ずに校舎の方へと吹き飛び、壁に減り込んだ。
同時に慎二が手に持っていた『偽臣の書』の一部が燃え上がり、慎二は目を見開きながら慌てだす。
「あぁっ!!本が!?僕の本が!?」
「余りにもつまらん戦いだ。せめて奴を操っている奴がまともなマスターだったら、楽しめたかもな」
「ヒッ!!」
何時の間にか目の前に立って自身を見下ろしているブラックに気が付いた慎二は、恐怖に染まった声を出して後ずさる。
だが、ブラックは逃がす気は無いと言うようにゆっくりと左手の爪先に赤いエネルギー球を作り上げて慎二に見えるようにしながら声を掛ける。
「貴様は随分とふざけた事をしてくれたな。俺は貴様のような下らん行動する奴が何よりも気に入らん。だから、死ね!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!」
遂に恐怖が限界に達したのか、慎二は『偽臣の書』を持ちながらブラックに背を向けて逃げ出した。
大量殺戮を何の覚悟も無く行おうとし、恐怖に勝てずに逃げ出した慎二の背をブラックは見るに堪えないというように左手に作り上げていた赤いエネルギー球を全力で慎二に向かって投げつける。
「消えろ!!!」
ブラックが投げたエネルギー球は寸分違わずに慎二の背に向かって突き進む。
背後から迫り来る絶対の死に慎二は恐怖に染まった顔で振り返ってエネルギー球を目にして、絶望に染まり切った顔をした瞬間、エネルギー球の猛威から慎二を護るように蒼い閃光が走る。
「ハアァァァァァァァァッ!!!」
蒼い閃光-セイバー-は渾身の斬撃をエネルギー球に向かって振り下ろし、エネルギー球を真っ二つに切り裂いた。
同時に剣を覆っている風を操り、自身と背後に居る慎二を爆発から護るように風の障壁を作り上げて爆発の影響から逃れる。
「・・・何だと?・・・どう言うつもりだ、セイバーのサーヴァント?貴様が後ろに居る下らん奴を護る理由など無いはずだ」
「ッ!?・・(口をきいた!?『バーサーカー』クラスのサーヴァントでは無いのか!?)
口を平然と利いたブラックにセイバーは驚愕と困惑に包まれて内心で叫んだ。
戦いぶりやその身から発している禍々しい魔力、そして圧倒的な殺意にセイバーも凛同様にブラックは『バーサーカー』クラスのサーヴァントだと考えていた。だが、『バーサーカー』クラスは『狂化』と言うクラススキルでステータスが上がる代わりに理性を失って獣のように暴れるのが特徴のクラス。
しかし、その『バーサーカー』クラスだと考えていたブラックは明らかに理性ある声で質問して来た。一体どう言うことなのかと内心で動揺しながらも表には出さずに、不可視の剣をブラックに向かって構えながらセイバーは叫ぶ。
「・・・・それが私のマスターの意志だからだ、竜人ッ!」
「マスターの意志だと?」
セイバーの言葉にブラックは信じられないというように声を出して、何時の間にか近くに来ていた士郎の方へと顔を向けると、強い意志が篭もった視線を士郎はブラックに向けていたのだった。
次回はライダーが少し巻き返します。
士郎君の行動が一体何を呼んでしまうのかも待っていて下さい。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
幻想種と魔眼
穂群原学園の校庭。
ブラックとライダーの戦闘で荒れ果てた校庭でブラックは疑問と困惑に満ちた視線で、自らに強い意志が篭もった目を向けて来ている士郎を見つめていた。
その近くでは命が助かった事に安堵の息を漏らしている涙目の慎二と、その慎二を護るように立っているセイバーが居た。そしてブラックは珍しいことに本当に士郎がセイバーに慎二を護るように命じた事に本気で困惑していた。
「・・・・貴様・・・どう言うつもりだ?」
「・・お前に慎二は殺させない。慎二を殺す気なら止めさせて貰う!」
「・・・・分からん・・・何故貴様は敵を護る?しかも無関係な連中を大量に殺そうとし、更に街でライダーに『魂食い』を命じた奴を?」
「確かに慎二のしたことは赦されない・・・だから、償わせる!サーヴァントを倒せば其処までの筈だ!慎二を殺す必要は無い!」
(コイツ・・・歪んでいると思っていたが・・・異常だ。コイツの歪みは俺が予想していたよりも深い)
自身が予想していた以上に士郎の歪みが深いことを理解したブラックは、目を細めて士郎を見つめる。
確かにサーヴァントを倒せば、主だったマスターはその時点で『聖杯戦争』から脱落する。だが、それはあくまで“一時的”な可能性が存在しているのだ。『はぐれサーヴァント』と言うマスターを失って、新たなマスターを求めるサーヴァントも存在している。更に言えば『聖杯戦争』を構築した御三家の魔術師家系にはある特権が存在している。
魔術師で無いと言え、御三家の関係者である慎二を逃せば、再び何かしらの災厄を引き起こす可能性が在るのだ。それはライダーと言うサーヴァントを従えていた事で明らかだった。
「・・・償わせるだと?・・・そんな事は不可能だ。この『聖杯戦争』と言う儀式自体が裏の世界の出来事。一般の人間が知れば、そいつらは殺すか記憶を消去するしかない。更に言えば、其処に居る小僧は自ら進んで『聖杯戦争』に参加した者だ。殺すには充分な理由だ!!」
「違う!!殺す理由なんてない!!慎二は確かに沢山の人達にライダーを襲わせたかもしれない!だけど、それは『聖杯戦争』があったからだ!慎二はそれに踊らされた被害者の一人だ!!」
「被害者だと?・・・・・ククククッ!笑わせてくれる!貴様は知っているか分からんが、其処に居るセイバーの背後に居る小僧は、自分の私怨でライダーにこの学校に通っている人間達を襲わせた!自分の意思でな!そんな事をやった時点で、被害者などと言う言い訳は通じんぞ!」
ブラックはそう士郎に告げると共にもはや問答をする気はないと言うように、セイバーの背後で恐怖に震えて腰が抜けている慎二に向かって殺気を放ちながら前へと足を踏み出す。
「其処を退け!セイバーのサーヴァント!其処の無知な小僧と違って貴様ならば分かっている筈だ!この場でライダーのサーヴァントと其処の小僧が共に逃げれば、一体どうなるのかがな!?」
「・・・確かに私自身も後ろに居る少年には思うところが在るのは事実です」
「セイバー!?」
「・・・ですが、それはライダーを倒せば済む事!既に半死状態のライダーを倒して、この場から去るが良い!竜人よ!!」
セイバーはそうブラックに向かって宣言すると共に、不可視の剣を構えなおしながら前へと踏み出す。
自身の考えに応じてくれたセイバーに士郎は感謝の念を抱き、逆にブラックは慎二にだけ向けていた殺気を士郎とセイバーに向けて放ちだす。
(くっ!圧力さえも伴う殺気!・・・やはり、このサーヴァントは危険です!)
先ほどまでは直接向けられていなかった故に余り感じなかったが、殺気を直接向けられたことでブラックの力量をセイバーは肌で感じ取ることが出来た。
明らかにブラックはサーヴァントの中でも異常な存在。マスターではない故にそのステータスを見る事は出来ないが、明らかに今の状態の自分よりも上だということをセイバーは理解した。同時にブラックが装備している篭手も自身には危険なものだと『直感』が叫んでいた。
(あの篭手?・・まさかとは思いますが・・・もしもそうだとすれば・・・このサーヴァントは私の天敵!?)
「出来る事ならば万全な貴様と戦いたかったが・・・・俺の邪魔をした時点で止めだ!!貴様らも此処で潰してやる!!オォォォォッ!!」
咆哮と共にブラックは地面を蹴りつけ、ほぼ一瞬にしてセイバーの間合いの中に入り込んだ。
一瞬で自身の領域に踏み込んで来たブラックにセイバーは内心で驚愕しながらも、即座にブラックに向かって不可視の剣を振り下ろす。
「ハアァァァァァッ!!」
セイバーの渾身の斬撃に対してブラックは即座に左手のドラモンキラーを動かし、セイバーが振り下ろして来た斬撃をセイバーの手元近くで防ぎ、ガキィンと甲高い音が鳴り響いた。
そのままセイバーは剣を振るおうとするが、その前にブラックが素早く滑らすように左手を動かし、不可視の剣から火花が起きる。
(ッ!?不味い!?)
ブラックの狙いに気が付いたセイバーは急いで剣をドラモンキラーから離そうとするが、その動きが分かっていたと言うようにブラックは更に左手を動かし、一定の距離を移動した瞬間に火花が消え、ブラックは目を細める。
「貴様の剣。どれぐらいの長さか分かった。もはや不可視に惑わされる事はないぞ!!」
(くっ!不用意に私の間合いに入り込んだのは、私に剣を振るわせて防ぐ為!・・・このサーヴァント・・・戦い慣れしているどころではない!)
自らの優位の一つが簡単に失われた事実に、セイバーは歯噛みしながらブラックを見つめる。
接近戦でセイバーが有利に事を進めることが出来る理由の一つには、宝具『
武器を持つ者にとって間合いが分からないという事は、それだけで不利になるのだ。以前ランサーがセイバーと戦った時に攻め切れなかったのも、『
その優位の一つを呆気ないほど簡単に破ったブラックの力量に、セイバーは戦慄しながらも剣を走らせたことで亀裂が入っているブラックの左手のドラモンキラーを見つめる。
「・・・・此処まで簡単に私の剣の長さを見破られたのは初めてです・・ですが、その代償も在るようですね。その篭手・・・一体何度私の剣を受けられますか?」
「さてな。俺にとっては代償ですらない。貴様を潰せば良いのだからな!!」
「舐めるな!!」
ブラックの叫びに対してセイバーも叫び返すと同時に相手に向かって自らの武器を繰り出し、甲高い金属音が鳴り響いた。
一撃を受けただけでも大ダメージを免れることが出来ない力を込めた攻撃をブラックは両手のドラモンキラーだけではなく両足からも繰り出し、セイバーはその攻撃を自らの剣から吹き上がる風と魔力を放出することで受け流して行く。セイバーも負けていられないというように剣を渾身の力で振るうが、ブラックはその剣を最小の動きで回避していく。
さながら暴風のようにブラックとセイバーは互いに攻撃を繰り出していくが、徐々にセイバーの方が追い込まれて行く。
「オォォォォォォッ!!」
「くぅっ!?」
「セイバー!?」
ブラックの猛攻に徐々に追い込まれて行くセイバーの姿に士郎は思わず叫んだ。
校舎からと言う遠い距離だったせいで士郎は気がついていなかったが、ブラックの攻撃は完全に攻撃を避けたはずのライダーに傷を負わせるほどの衝撃波を纏った攻撃。剣と言う白兵戦を主とする武器を扱うセイバーは、その戦い方故に衝撃波に身を晒しているようなものなのだ。
ライダーよりも【耐久力】が高く、鎧を纏っているおかげで傷などは負っていないが、既にセイバーが着ている蒼いドレスは所々破れていた。更に言えばブラックの戦い方もセイバーにとって相性が悪かった。
ブラックの武器はその身そのもの。故に両手両足を武器と考えれば、四つの武器をブラックは扱っている事になる。剣一本と四つの武器。どちらが有利なのかは明白。増してやそれぞれが同等に近い威力を秘めているという事は、セイバーは剣一本で四つの武器を防がなければならないという事である。
神掛かったセイバーの剣技と小柄な体を活かした体捌きを持ってしても、セイバーの体力は徐々に奪われ、遂にブラックのドラモンキラーがセイバーの左肩に傷を負わせる。
「ムン!!」
「ッ!!ガアァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!!」
「なっ!?セイバー!!大丈夫か!?」
見た目では大したことが無いような傷なのに、まるで高熱で炙られた鉄の棒を押し当てられたような悲鳴を上げたセイバーの姿に、戦いを見つめる事しか出来なかった士郎は思わず叫んだ。
その声に意識がハッキリと戻ったセイバーは左肩から走る激痛に苦しみながらも、ブラックから距離を取って荒い息で呼吸を乱しながらブラックの両手に装着されているドラモンキラーを苦い表情で見つめる。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・やはりその武器は!?」
「気が付いたか。貴様にとっては最悪な武器だろうな」
「・・・イリヤスフィールから私の真名は聞いているようですね?」
「当然だ。奴の望みは貴様には『聖杯を渡さない』事だからな・・・さて、コソコソと動いて俺から逃げられると思っているのか!?」
「ヒッ!!」
ブラックは怒りに満ちた声で叫ぶと共に、セイバーとブラックが戦っている間に逃げようと校門の方に這いながら移動していた慎二に体を向けた。
戦いを見るのに夢中になっていた士郎も校門の方に慎二が移動していたことに気が付き、慌てて慎二を捕まえようとするが、ブラックはもはや逃がさないというように両手を慎二に向かって突き出す。
「見るに耐えん!!跡形も無く消え去れ!!ウォーブラスターーー!!!」
ーーーズドドドドドドドドドドッ!!
「慎二イィィィィ!?」
「アァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!」
ブラックが連続でエネルギー弾を放つのを目にした士郎は叫びながら慎二に向かって駆け出し、慎二は今度こそ避けられない死の脅威に恐怖に満ちた声で叫ぶ。
今度こそ終わりだとブラックが確信した瞬間、突如慎二に向かって紫色の影が走り、慎二を抱き抱えると同時にエネルギー弾を避けることで、全てのエネルギー弾はその先にあった校門に直撃して大爆発を起こす。
「・・・まだ、動けたか?ライダー」
慎二を救ったライダーに向かって、ブラックは不機嫌さに満ちた声を出した。
ライダーの状態は満身創痍と言う状態が相応しかった。全身は傷だらけで血を流し、ブラックの一撃を受けた腹部の部分は今でも血が流れ続け、着ていた黒いボディコンシャスな衣装も殆ど服としての意味を失っていた。
本来ならば男性が見れば欲情するような豊満な肢体は血で染められていて、欲情するという気持ちは抱けない有様だった。現にそんな状態でも動いたライダーの姿に士郎とセイバーは声を失っていた。
「・・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・・セイバーとそのマスターが・・・時間を稼いでくれたのが・・助かりました」
「・・ライダー?・・・ハハハハハッ!!良いぞ!!さぁ、ライダーー!!早く僕を連れて逃げるん…」
「黙れ」
「ヒッ!」
殺意に満ちたブラックの低い声に慎二は再び恐怖に染まった声を上げるが、ブラックは慎二などに構わずライダーだけを見つめる。
「・・・貴様・・・・ハズレかと思っていたが・・・・どうやら俺の勘違いだったようだ。貴様は当たりだ。ハズレだったのは其処の下らん奴のせいだったようだ!貴様が戦う理由を知りたくなったぞ!クククククッ!」
「・・・なるほど・・・・貴方は『戦闘狂』のようですね・・・・・・ですが、私はソレに付き合う気は在りません・・・この場は退却させて貰います」
「悪いが貴様を逃がす訳には行かん。其処の小僧がマスターならば尚更な!」
「いいえ・・・逃げさせて貰います」
ライダーはそう告げると共にゆっくりと自身の両目を覆っている眼帯に手を伸ばす。
その動きにブラックの『直感』は危機を告げ、迷うことなく地面に向かって全力でドラモンキラーを叩きつけて、大量の土を舞い上げた。
ブラックの動きにライダーは僅かに動揺するが、構わずに眼帯を外して隠していた妖艶な美貌と宝石を思わせる、淡紫の異質に輝く瞳を外に晒す。そして次の瞬間、ライダーの行動を見ていた士郎とセイバーに向かって凄まじい圧力が圧し掛かり、士郎は下半身が石になったように動かなくなる。
「こ、これは!?」
「まさか!?『石化の魔眼』ッ!?シロウ!!」
ライダーの瞳の正体に気が付いたセイバーは、慌ててシロウの前に移動して護るように立つ。
幸いにも『対魔力』が最高位のおかげで、セイバーは動きが鈍くなるだけで今のところは影響は済み、士郎の前に立って壁になることが出来た。そのおかげで士郎の石化の進行は遅れ、セイバーは険しい顔をしながらライダーを見つめる。
「ライダー!!まさか、貴女の真名は『メドゥーサ』!?」
「そう!私の真名は『メドゥーサ!』神々に貶められ、怪物となったゴルゴンの三姉妹の末妹!」
ライダーはそう自らに宿っている最高位の魔眼である『
『メドゥーサ』。その名こそが今回の聖杯戦争に騎兵クラスのサーヴァントとして召喚されたライダーの真名。本質的には『英雄』と言うよりも、善を成す為に必要とされた『反英雄』。最大の特徴はその瞳に宿る『
対抗する為には一定以上の魔力値か『対魔力』が必要であり、それらが無ければ一瞬にして石化してしまう恐るべき力。先ほどまでのブラックとの戦いでは眼帯を外すという動作自体が命取りだった為に出来なかったが、士郎とセイバーのおかげでブラックとの距離が出来たので使用する事が可能になったのだ。
「本当に感謝しますよ、セイバーとそのマスター。貴女達のおかげで私に再びチャンスが巡って来たのですからね!この場から逃げさせて貰います!!」
ーーーブオオォォォン!!
『なっ!?』
ライダーが叫ぶと共にその身から流れていた大量の血が動き、空中に真紅の魔法陣が輝き出す。
膨大な光にセイバーが顔の前に手をかざした瞬間、真紅の魔法陣の円の中に目のようなモノが浮かび上がり、ライダーは口元を笑みで歪める。
その瞬間、ライダーと慎二の背後の地面が爆発したように舞い上がり、その中から地面の中を進んで来たブラックが背後から奇襲を加える。
「オォォォォォォッ!!!」
「・・・残念ですね、一歩遅かったです」
「ッ!?」
ライダーの呟いた言葉にブラックが目を見開いた瞬間、真紅の魔法陣が白く輝き、ブラックの目に一瞬白い翼が映ったと同時に白い光の暴流が爆音と共に校庭を塗り潰した。
「ガアァァァァァァァァァァーーーーーーー!!!!!!」
光の暴流の威力を浴びたブラックは後方へと吹き飛び、そのまま遠くにあった学校の壁に激突した。
そしてブラックが壁の瓦礫に埋もれると同時に白い光が収まり、紅く学校中を覆っていた『
ゆっくりとセイバーと士郎は目を開く。其処には扇状に抉られたように深々と何かが突き進んだように見える校庭だけではなく、ライダーと慎二が居た場所にはまるでミサイルでも撃ち込まれたような大穴が開いていた。
「・・・こ、これって?」
「恐らくライダーの宝具でしょう・・・・光のせいで判別は出来ませんでしたが、恐らくは『幻想種』を呼び出したと思われます」
「『幻想種』?それって…」
「衛宮君!セイバーー!!」
士郎がセイバーに質問しようとするとキャスターが送り込んで来た竜牙兵を倒し終えた凛とアーチャーが駆け寄って来た。
「遠坂とアーチャーか?今まで何してたんだよ?」
「何してたって・・・イリヤスフィール達に厄介ごとを押し付けられていたのよ・・・それよりも!慎二とライダーはどうしたの!?」
「・・・・すいません、凛・・・一瞬の隙をつかれて逃げられました」
「逃げられたですって!?それ、本当なの!?」
「あぁ・・・確かに逃げられた・・だけど、ライダーは重傷だ。アレなら暫らくは戦う事は…」
「馬鹿!!!重傷なのが不味いのよ!!!」
「衛宮士郎・・・・貴様はとんでもない事をしてくれたな」
「えっ?」
明らかに怒っている凛とアーチャーの様子に、その怒りの理由が分からなかった士郎は疑問の声を上げ、セイバーは顔を下に俯ける。
そのセイバーの様子に気が付いた士郎は凛とアーチャーに対して怒りの理由を尋ねようとするが、その前に学校の瓦礫が爆発したように吹き飛び、怒りと殺気に満ち溢れたブラックが立ち上がる。
「キサマァァァァァァァァァッ!!!よくも俺の邪魔をしてくれたな!!!」
『ッ!?』
ブラックの咆哮に気が付いたセイバーとアーチャーは自らのマスターを護るように立ち、凛は『バーサーカー』クラスのサーヴァントだと思っていた相手が口を利いている事に困惑と驚愕に満ちた顔をして、ブラックを見つめる。
(どう言う事なの!?あのサーヴァントのクラスは『バーサーカー』のクラスじゃないの!?)
(凛・・困惑する気持ちは分かるが、今は落ち着け・・・小僧のせいであのサーヴァントはかなりの怒りを抱いている・・・私達に襲い掛かるかもしれん)
(・・・・そうね・・・衛宮君も迂闊な事をしてくれたわ)
全身から殺気を満ち溢れさせているブラックの姿に、凛は何があっても動けるように身構える。
それと同時にブラックは前へと足を踏み出し、怒りと殺意に満ちた視線を自らの邪魔をした張本人である士郎とセイバーに向ける。本気でブラックはキレていた。何が在っても重傷のライダーを慎二とだけは逃がす訳には行かなかったのだ。だからこそ、半死半生に追い込んだライダーを後回しにして慎二を殺そうとした。
だが、それは士郎とセイバーによって阻まれてしまった。このままでは最悪な結果が待っているというのに、当事者である士郎は気が付いていない。それがブラックの怒りを上げていた。
「赦さんぞ!此処で確実に潰して…」
「ブラック!!待って!!」
「ん!?」
頭上から聞こえて来た声にブラックが顔を上げてみると、ルインに抱えられているイリヤスフィールを目にする。
「ブラック!!お兄ちゃんの事なんて放っておいて!それよりもライダーの方を急いで追わないと!!」
「あの怪我です!!急がなければ、恐らくはブラック様が嫌悪する事を優先してやるでしょう!!」
「・・・・・・チィッ!!」
ーーードオオォォン!!!
イリヤスフィールとルインの言葉にブラックは苛立ちを晴らすように腕を横に振るい、学校の壁に巨大な亀裂を深々と作り上げた。
そのままブラックは自身の怒りを治める為に霊体化して、士郎、凛、セイバー、アーチャーの前から姿を消した。ルインとイリヤスフィールは一先ずブラックの怒りが治まった事に安堵の息を漏らす。
既に『
そうなれば『聖杯戦争』自体が崩壊する可能性があった。だからこそ、イリヤスフィールとルインはブラックを止めたのだ。ゆっくりとイリヤスフィールはルインに抱えられたまま、自分達を見つめている士郎達に目を向けて、ルビーのように輝く目を細める。
「・・・・今日はもう帰るけど・・・・セイバーと“シロウ”・・・・次に会った時はもう容赦しない」
「封鎖結界は教会の者がくれば解けるようになっています。ライダーとあの下衆には急ぐ事ですね。最悪な結果は逃れられる可能性は低いでしょうけど」
そうルインは告げると共に転送用の魔法陣を足元に発生させて、士郎達の前から姿を消したのだった。その場に残された士郎はルインが告げた言葉の意味を考え、凛、アーチャー、セイバーは最悪な結果だけは何とか逃れる術を考えるのだった。
冬木市新都方面。
乱立する多数のビルの屋上に逃げ延びた慎二とライダーは互いに荒い息を吐きながら座り込んでいた。慎二は生きていた人生の中で初めて感じた死の恐怖に、ライダーは塞がらない傷から流れる血と『幻想種』を呼び出す為に現界ギリギリまで魔力を消費した為だった。
もはやライダーは戦闘不能どころの騒ぎでは無かった。体を動かすのも難しい状態。本来ならばマスターからの魔力供給で動けるぐらいにはなる筈だが、魔術師ではない慎二では魔力供給を行なえない。
このままでは自身は消滅するしかないと理解しているライダーは、駄目もとで慎二に声を掛ける。
「慎二・・・・・『偽臣の書』を燃やして下さい」
「っ!?な、何を言っているんだ!?ライダー!!」
「このままでは私は現界を維持する事すらできなくなります。しかし、『偽臣の書』を燃やし、“本来の私の召喚者”に権限が戻れば魔力が供給される。そうすれば私は助かります」
「だ、駄目に決まっているだろうが!!コレが在るから僕は力を持っているんだ!!燃やせば、僕には何の力も無くなる!そうなったら!アイツが!アイツが!」
慎二は頭を両手で抱えて、自身を必ず殺すと宣言しているブラックの恐怖に怯える。
今回は助かったが次は生き残れるとは思えない。それほどまでの恐怖を慎二はブラックに植え付けられていた。
「ですが、それ以外に方法はないのです。もはや今までのように人の生命力を襲って回復出来るダメージではないのです」
「駄目だ駄目だ!!お前は僕のサーヴァントなんだ!!“アイツ”のサーヴァントになんて絶対に戻してやるもんか!!・・・・・・フフフッ!そうだよ!今までのやり方じゃ駄目だって言うなら、今までよりも奪えば良いんだ!!そうだよ・・・手緩かったんだ!今までの行動が!!ハハハハハハハハハハッ!!!僕は必ず生き残って魔術師になるんだ!!ハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
狂ったように哄笑を上げる慎二の姿に、ライダーは顔を下に俯かせて全身に走る痛みも忘れて声にならない声で言葉を紡ぐ。
ーーー・・・・・・サクラ
声にしていれば悲しみに満ちていただろうその声は、誰にも届くことなくビルの屋上に吹き荒れる風の中に消えて行ったのだった。
今回は士郎君の行動が悪い方向に進みましたが、あくまで今回はです。
彼の行動がプラスに働く時もありますのでご安心ください。
原作と違ってライダーが重傷を負っていることが一番の原因です。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
聖杯戦争中断
空から太陽の日差しが降り注ぐ時間帯。
買い物をしている主婦や、外回りに出ているサラリーマンなどが新都の街中を歩いていた。何気ない日常を過ごしている者達は、それぞれの目的や仕事の為に街を歩いている。誰もがその日々が続くと思う中、昼でも余り日差しが届かない路地裏で一人の女性の命の火が消えようとしていた。
女性はただ街を歩いていただけだった。友人と携帯で話をしたり、自身が着る服などの買い物をする為に街に出ただけの女性だった。しかし、不運としか言えないことに獲物とされて路地裏に引き込まれ、首筋に痛みが走ったと同時に意識が遠退いて行き、女性の生命は人知れず失われたのだった。
学校での出来事の後、凛は綺礼に直接連絡して対応を頼み、聖堂教会のスタッフを派遣して貰うと言うことで隠蔽工作をした。封鎖結界に取り込まれた学校の生徒には被害は出ていないが、戦闘があった為に校舎や校庭には甚大な被害が出てしまった。人数が人数の為に処理には手間取ったようだが、最終的に学園の方は二月中は休校と言う事に治まった。因みに学園の修理費の方は教会の方にアインツベルンが出すという連絡が届いている。
そして学校での処理が終わった後、士郎、凛、セイバー、アーチャーは衛宮邸へと戻り、居間で慎二とライダーに関して話し合っていた。
「それで・・・詳しく聞く暇が無かったけど・・・どうして重傷のライダーを慎二と一緒に逃がしたのが不味いんだ?」
「・・・・ハァ~・・・サーヴァントに関して説明不足だったわね・・良い?サーヴァントにとって『魔力』は何よりも大事なものなの。現界を続けるにしても、戦闘に関しても、宝具の使用に関してもね。そして傷の治療に関してもよ」
「我々サーヴァントは現世で活動する為には『魔力』が必要なのだ。『単独行動』のスキルが在れば別だが、保有している魔力が我々にとって命綱と言って良い。現に私がセイバーに負わされた傷の治癒も凛から送られて来る魔力によって治療されていた」
「ちょっと待ってくれ。傷の治癒に魔力が必要なのは分かったけど、セイバーはどうなんだ?ランサーからやられた傷はすぐに治ったように見えたけど?」
「シロウ・・・あの時私は貴方に治癒を願い出た事を覚えていますか?」
「・・・あぁ、そう言えば確かに言われた」
「私は自然治癒力が高いので時間さえあれば傷は癒されます。ですが、それは表面的なものなのです。戦闘中に怪我を負えば、当然治癒力に回せるだけの魔力は無く傷は残ったまま。戦闘以外でならば治癒力に魔力を回せます」
「つまり・・・サーヴァントが持つ治癒力は魔力によって発揮出来るって事か?」
「はい・・・・通常ならばマスターから送られて来る魔力によって治癒力は発揮出来ます。ですが、ライダーのマスターは魔術師ではない」
慎二はライダーと言うサーヴァントを動かす為の動力源にあたる魔力を供給せず、一般人から魔力を得ていた。通常時ならば生命の支障に来たすほどの魔力を得る必要は無いが、今のライダーは魔力が枯渇寸前で治癒力が発揮出来ない。治癒力を発揮する為には魔力を得るしかない。だが、慎二はその魔力を供給出来ない。
再び外部に頼る事でしか慎二はライダーを復活させることができない。頼らなければライダーは消滅するしかないのだから。その魔力の供給に当たる場所こそが逃がしてしまった最大の問題だった。
「重傷を負ったライダーの傷を癒せるだけの魔力を慎二は提供出来ない。だからこそ、今までもライダーの魔力供給の為にアイツは『魂食い』を行なっていたのよ。だけど、今のライダーは間違いなく現界していられるのもギリギリの状態に違いないわ。あのイリヤスフィールの二体目のサーヴァントに重傷を負わされたばかりか、逃げる為に宝具も使用した。あの規格外のサーヴァントを吹き飛ばす威力を持った宝具をね。正体までは分からないけれど、あの学校の状況から見て『対軍宝具』で間違いないでしょう。問題は其処まで魔力を消費した事よ」
「現界にまで支障を来たすほど疲弊していた場合、今までのように相手の命に極力影響を与えないレベルではまともに戦えるくらいに回復するまで数日は掛かるだろう。凡そ一日三十人の人間を襲った場合の考えだがな」
「さ、三十人だって!?そんな!?」
アーチャーが告げた犠牲者になるかもしれない大よその人の数に士郎は思わず叫んだ。
しかし、実際に現界しているのもギリギリで重傷を負っているサーヴァントを戦えるように戻し、怪我の治療を行なう為にはそれぐらいの犠牲が必要だった。これがまともな魔術師ならば、生成される魔力を送る事でサーヴァントの治癒力を発揮出来るが、魔術師でない慎二には不可能。必然的に一般の人間に犠牲者が出るのは間違いなかった。
その事実に行き着いた士郎は、自身の行動の結果で何も知らない人々に犠牲が出てしまう事実に顔を下に俯かせる。だが、事態は士郎が想像しているよりも悪かった。
「だが、今の話は冷静に『聖杯戦争』の、裏のルールを理解している者が行なう行動だろう。しかし、今の間桐慎二がその冷静な判断を出来るとは全く思えん。あの小僧は間違いなく」
「折れていますね。心が」
アーチャーの言葉に続くようにセイバーが言葉を続けた。
彼らは経験上間違いなく慎二の心が折れていることを悟った。自分達でさえも脅威と感じたブラックの殺気を何の覚悟も無い者が受ければ、その心は恐怖心に支配される。それから逃れようと慎二が形振り構わない行動を行なうのがアーチャーとセイバーには目に見えていた。
凛もそれには同感としか思えなかった。もはや慎二が冷静な判断を下せるとは思えない。間違いなく自らに宿った恐怖心を晴らす為に形振り構わない行動を行なう筈なのだ。
「・・衛宮君。慎二に関してはもう諦めるしかないかもしれないわ」
「なっ!遠坂!?」
「貴方と慎二が友人の関係なのは分かっている。だけど、慎二が学校の生徒を襲ったのも間違いない事実よ。イリヤスフィール達の邪魔のおかげで学校の皆はあの結界の影響を免れたけど、失敗すれば全員があそこで死んでいた。それ以外にも慎二は綾子や弓道部員の生徒をライダーに襲わせていた事を忘れてはいけないわ」
「間桐慎二とライダーを野放しにしておけば、今まで以上の犠牲者が出る。あの場でイリヤスフィールの二体目のサーヴァントが間桐慎二を殺そうとした判断を私は間違っていないと考えている。逃した方が明らかに害を関係の無い者に及ぼすのだからな」
「アーチャー!お前!?」
「衛宮士郎・・・ハッキリ言わせて貰うが、私は凛に貴様との同盟の破棄を進言しようと考えている」
「なっ!?」
「アーチャー!貴方何を言って!?」
自らのサーヴァントであるアーチャーの言葉に凛も思わず叫ぶが、アーチャーは臆することなく真っ直ぐに士郎を見つめる。
「・・・凛。私が今の考えに至った理由を説明しよう。もしも今回の件で君がイリヤスフィールの二体目のサーヴァントの立ち位置に居た場合、君はどうしていた?」
「・・・そうね・・・間違いなくライダーの相手をアーチャーに任せて、私が慎二を相手にしていたわ。結界の事も考慮したら、早急に戦いを終わらせようとしたはずよ」
「私は無論それを援護する行動を取っていた。隙あらば間桐慎二の命を奪う事も私は躊躇わない。此処までは問題は無い。だが、衛宮士郎?貴様はそんな状況になっていた場合、貴様は間桐慎二を護る為にセイバーを差し向けるだろう?」
「そ、それは」
「イリヤスフィールには『聖杯の器』と言う理由があるが、間桐慎二には『マスター殺し』をしない理由は無い。だが、貴様は同盟関係にある私達の行動を阻む可能性がある。私が同盟を破棄するように進言する理由は其処だ。味方だと思っていた者に背後から奇襲をされる事が戦いの中で一番恐ろしいことなのだからな」
アーチャーはそう締め括り、士郎は何も言い返すことが出来ず、セイバーもアーチャーの意見には同意せざるを得なかった。
戦場で何よりも恐ろしいのは味方だと思っていた相手の反乱。生前の出来事でそれを嫌と言うほどに味わったセイバーはアーチャーの意見を否定出来なかった。セイバーは士郎の考えには共感出来るが、同時に士郎は敵である相手に対しても命を奪わないという方針を持っている。
サーヴァントだけを倒す方針には騎士として賛成出来るが、それだけで『聖杯戦争』は勝ち進めるものではないこともセイバーは分かっている。
アーチャーの説明を聞いていた凛も、士郎ならばそんな状況になった時に動くかもしれないと内心で納得するが、同盟破棄の件は納得出来なかった。
(アーチャー?貴方の考えは理解出来たわ・・・だけど、そもそもこの同盟を結んだ理由を忘れていない?イリヤスフィールが二体もサーヴァントを従えていることが明らかになった今、同盟の破棄は認められない。何よりも私達は切り札の『宝具』が使用出来ないじゃないのよ?)
(凛・・・その件に関しては報告が遅れたが、今だ真名や私の詳細に関する部分は曖昧だが、今日の戦闘で『宝具』を私は思い出した)
(ッ!?本当なの!?)
今まで召喚ミスのツケで分からなかったアーチャーの宝具が分かった事実に、凛は士郎とセイバーに悟らないように内心で笑みを浮かべた。
サーヴァントの最終的な切り札である『宝具』。それをアーチャーが使えるようになった事実は確かに大きい。だが、凛は『宝具』に関しては分かっても同盟破棄はまだ早いと考えてアーチャーにレイラインを通じて伝える。
(アーチャー・・確かに『宝具』のことは大きいけれど、イリヤスフィールのサーヴァントは規格外よ。しかもまだ切り札を隠しているかもしれない。同盟の破棄は認められないわ)
(・・・・分かった。マスターの方針には従う。だが、衛宮士郎は今回の件で分かったように我々に牙を向ける可能性を持つ獅子身中の虫である事も忘れないでくれ)
(・・・・・・分かったわ)
何処と無く不機嫌そうな様子ではあるが、凛はアーチャーの言葉に同意を示し、今度の行動を士郎とセイバーと共に話そうとする。
だが、その前に凛の魔術師としての感覚に衝撃が走り、アーチャー、セイバー、士郎も同様の衝撃を感じて衝撃が届いて来た方に目を向ける。
「今のは?」
「魔力のパルスよ。方角からすると・・・・教会の方?」
感じた魔力パルスの衝撃に疑問を覚えた凛は立ち上がり、襖を開けて教会が在る方向の空に目を向けてみる。
後からセイバー、アーチャー、士郎も続き、教会のある方向の空を見てみると、煙のようなものが空に舞い上がっていることに気がつく。
「何だ?アレは?」
「・・・招集の狼煙ですって?綺礼の奴一体何を考えているの?」
空にたなびいている煙が聖堂教会が『聖杯戦争』の参加者の招集を告げる合図だと気がついた凛は、顎に手をやりながら考え込む。
本来ならば聖堂教会は『聖杯戦争』に参加しているマスターには干渉しないが、何か重大な取り決めが行なわれる時だけ招集を呼びかけるというルールが存在している。その合図が出されたという事は、『聖杯戦争』に関する重大な要件なのだと考えて凛は離れに作った自身の工房に向かいだす。
「使い魔を教会に送るわ」
「行かないのか?良く分からないけれど、呼び出しなんだろう?」
「アレは私への呼び出しじゃなくて、『聖杯戦争』に参加している全マスターへの招集なの。他の陣営のマスターが集まるって事だけど、全員が素直に応じる筈がないでしょう?だから、使い魔を送って用件だけを聞くの。教会に直接行って襲われる可能性だってあるんだから」
「あぁ、そうか」
「じゃ、居間で待っていてね」
納得した士郎の様子に笑みを浮かべながら、凛は自らの工房へと歩いて行く。
外で待っていてもしょうがないと感じた士郎は家の中に戻ろうとするが、その前に教会が在る方の空を顔を暗くしながら眺めているセイバーに気がつく。
「ん?・・・セイバーどうしたんだ?」
「・・・いえ・・・何でもありません」
「何でもないって顔じゃないぞ?何か不安な事でもあるのか?」
「・・・・・・シロウ・・・・覚悟だけはしておいて下さい。この招集は恐らく・・・・貴方にとって辛いものになるでしょうから」
「えっ?」
意味深なセイバーの言葉に士郎は疑問の声を上げるが、セイバーはそれ以上何も告げることなく家の中に戻って行く。残された士郎はセイバーの言葉に首を傾げるが、セイバーの言葉が正しかったともう少し先で理解するのだった。
教会の礼拝堂にある信徒席。
緊急招集の合図を出してから一時間後、言峰綺礼は信徒席から自身の姿が良く見える場所に立ちながら、信徒席から感じられる気配に笑みを浮かべていた。招集に堂々と応じて姿を現すマスターやサーヴァントは誰一人として現れず、前回の『聖杯戦争』の出来事に酷似している状況に笑みを綺礼は隠せなかった。
そしてこれから告げることも前回と良く似ている。しかし、それを自らの好みに合わせて告げられる幸運に僅かな喜びを感じながら綺礼は声を出す。
「声を返せる者が誰一人としていない事を寂しくは感じるが、今はそれを嘆いている状況では無いので用件を急ぎ伝えさせて貰う。諸君ら『聖杯』に選ばれし者達が参加している『聖杯戦争』だが、今重大な危機に見舞われている。暴走したマスターに従うサーヴァントが昼間だと言うのに命を奪うほどの『魂食い』を敢行し、既に二十名以上の犠牲者が出てしまった」
ゆっくりと綺礼は今の自身の言葉を伝えに聞いている者に理解が及ぶように時間を於き、その相手の顔が見れない事を残念に思いながら話を続ける。
「話を聞いている者達は、何故教会が招集を行なったのかと疑問に思っている者も居るだろうから理由を説明しよう。事は前回の『聖杯戦争』に理由がある。前回の『聖杯戦争』の時も今のように神秘の隠匿を忘れて自らの欲望の為に大勢の人々に犠牲を出したサーヴァントとマスターが居た。大勢の人々が神秘を目撃し、我々聖堂教会が対応し切れない事態にまで至ろうとしてしまった。私は前回の反省点を踏まえ、事態が大事になる前に事の解決を行なう事にした。監督役が持つ権限を使用し、諸君らに神秘の隠匿を破る暴走したマスター、『間桐慎二』とライダーの抹殺を願い出たい」
確実に今の言葉に動揺している少年の事を考えて、綺礼は内心で喜びを感じながら礼拝堂の中をゆっくりと歩き出す。
「無論、ただとは言わない。本来ならば中立であるはずの我々からの頼みだ。事を解決へと導いたマスターには報酬として我々聖堂教会が管理している『令呪』を一画進呈しよう。この『令呪』は過去の聖杯戦争に参加したマスター達が未使用のままにしていた『令呪』。我々聖堂教会が戦いに敗れたマスターを保護するのは『令呪』の回収も理由の一つ・・・急な事でこの場には無いが、我々の要求を叶えてくれたマスターには必ず『令呪』を進呈する事を神に誓おう」
告げた情報がゆっくりと使い魔を通じて拝聴している者に届く時間を綺礼は与え、全員が理解したと思って話を再開する。
「前回の出来事の時にも出来る事ならば我々の要求を叶えてくれた全員に『令呪』を与えたかったが、それは『令呪』を他陣営に渡したくないと考えたマスターの一人によって阻まれてしまった。当時の監督役を殺して、『令呪』の進呈を出来なくしたのだ。故に私は同じ悲劇を起こさない為に『令呪』を進呈するのは一人のみとする。例え同盟を組んで行動したとしても『令呪』を進呈するのはライダーを従えているマスターである『間桐慎二』を討ち取った者のみとする。ライダーの方は残念ながら討ち取ったとしても『令呪』は進呈出来ない。これに関しては複数のサーヴァントが同時にライダーに襲い掛かれば、判別が難しいからだ。更に言えば、街で人々の命を奪っているライダーの行動は間桐慎二が強制的に命じていること。故に『聖杯戦争』に悪影響を与えている一番の人物は『間桐慎二』だと我々は判断した」
厳かに綺礼は断言するような声音で、信徒席から感じられる視線を見回す。
『令呪』と言う切り札は誰もが欲しい手札。それを報酬として差し出されるのは魅力的な話。しかも受け入れなければ他陣営に切り札が一つ増えるという意味もある。どの陣営も『令呪』の重要性は理解している。
ほぼ間違いなく殆どの陣営が慎二を狙いだす。その時に自身の脳裏に浮かび上がる人物がどう行動するのか楽しみだというように綺礼は目を細める。
「諸君らにとっても『聖杯戦争』は重要なものであろう。『聖杯戦争』を継続させる為にも『間桐慎二』は討たなければならない。また、凶行を行なう『間桐慎二』に肩入れする者が現れた場合、その者も『聖杯戦争』の継続に悪影響を与える者だと我々は判断する。では、速やかに新都で凶行を繰り返す『間桐慎二』を討ち取りたまえ。彼の死を我々が確認しだいに従来の『聖杯戦争』を再開する」
そう綺礼は宣言すると礼拝堂から出て行き、信徒席に潜んでいた使い魔達の気配が去って行く。
ゆっくりとこれから起きるであろう出来事に廊下を歩きながら綺礼が笑みを浮かべていると、廊下の暗がりから僅かに苛立ちが篭もった声が響く。
「楽しそうだな?」
「フッ・・・・お前が持ち帰った情報は素晴らしかった。おかげで私の楽しみが増えたぞ」
「エセ神父が」
廊下の影に潜んでいる相手は心の底から侮蔑しきった声を出すが、綺礼は全く気にした様子も見せずに話を続ける。
「今回お前が持ち帰った情報は私にとってこれ以上に無いほどに有意義なものとなった。その礼としてお前が戦いたがっていた相手と全力で戦う事を許そう」
「テメエ・・・・・絶対に碌な死に方しねぇぞ・・・手っ取り早く言ったら如何だ?アイツの邪魔をしたいだけだろうがよぉ」
「フッ、何か問題があるのか?お前は全力で望む者と戦え、私はあの者がどのような選択をするのか見たい。全く問題はないはずだが」
「ケッ・・・・・まぁ、良いぜ。テメエの下についていたんじゃ、何時戦える機会が巡って来るか分からねぇからな」
そう廊下の影に潜んでいる者は綺礼の言葉を了承すると、その気配を薄れさせた。
気配の主が完全に去ったのを確認した綺礼は、今晩行なわれるであろう盛大な戦いに思いを馳せる。
「さぁ、衛宮士郎。お前は如何なる選択をする?間桐慎二を殺すのか?それとも凛との同盟を捨ててでも間桐慎二を護るのか?興味深い・・・このような状況を与えてくれた運命に私は感謝しよう」
綺礼はそう興奮と歓喜に満ちた笑みを浮かべながら呟いた。その顔に浮かぶ笑みは苦悩するであろう士郎の事を考えて、これ以上に無いほどに邪悪に満ち溢れていたのだった。
「・・・・何を企んでいる。あの聖堂教会の監督役は?」
新都のビルの一つでイリヤスフィールとルインと共に、教会に送ったサーチャーから一部始終綺礼のルール変更の話を聞いていたブラックは訝しげに目を細めていた。
一見理に叶っているように綺礼の話の筋は通っているが、それ以外に何か目的があるとブラックは『直感』していた。その目的は確実に碌でもない事だろうと思いながら、ブラックはビルの屋上から新都の街を見回す。
「・・・ルイン?既に捕捉しているだけで何人犠牲になった?」
「・・・・最低でも三十人以上ですね。聖堂教会の対応が間に合わずに警察が動いています」
「そうか・・・」
「これでライダーの魔力は少しは戻ったと考えて間違いないよね。となると、またあの結界を何処かのビルに張って魔力を吸収しようとするかもね」
「結界が万全になるのは時間が掛かりますけど、不完全な結界でも魔力は吸収できますから、間違いなく今のライダーのマスターの心情ならやりますね」
「えぇ・・・邪魔さえなければライダーの方は片付いていたのにね」
そう言いながらイリヤスフィールは、地上で赤いランプを回している数台の止まっているパトカーをビルの屋上の端から見下ろす。
パトカーから降りた警官達が見ているのは、ライダーによって血を吸われ過ぎて生命力を完全に失った女性の死体だった。既にそのような死体が新都の路地裏に幾つも存在していた。聖堂教会のスタッフが処理を急いでいるが、恐怖心に支配された慎二は一刻も早くライダーを戦えるようにしようと形振り構わずに凶行を続けていた。
「あの小僧は果たしてこれを知ってどう思うだろうな?」
「分かりませんね・・・・それにしても、幾ら友人関係だったとは言え、学校に居た人間達を巻き込もうとした相手を護るのは予想外でしたね」
「そうだよね」
「・・・あの小僧は恐らく命が目の前で失われる事に納得が出来ないのだろう。自分の身が犠牲になっても構わないと考えているかも知れん・・・・・危険だな」
今回の件でブラックは士郎に対して興味よりも危険な相手だと認識した。
あの他人に対する甘さと優先差は日常ではともかく、戦いの中では利用される要素になる。謀略を得意とする者ならば絶対に見逃さない隙。先はともかく、今のところのセイバーの最大の弱点は衛宮士郎と言うマスターだった。
「キャスター辺りならば利用しそうな気がしますね」
「かもしれんな。だが、今はそれよりもライダーだ。奴にこれ以上凶行を続けさせる訳には行かん。監督役の男の話に他の連中が乗るか分からんが、乱戦になる可能性も考慮すべきだ。大体の居場所が分かっている現状で、他の連中も見逃すとは思えんからな」
ブラックはそうイリヤスフィールとルインに告げると共に、ゆっくりとイリヤスフィールの横に並んで新都の街並みを見つめる。
冷たい風が吹く冬木市の新都で『聖杯戦争』に参加しているサーヴァントとマスター達の争奪戦が始まろうとしていた。長い夜が始まる。その先に待っている結果は誰にも分からず、『聖杯戦争』に参加した者達の戦いが夕暮れが沈むと共に開始されるのだった。
Zeroの時と同じ状況になりました。
エセ神父は彼から得られた情報を利用して、慎二が狙われる状況を作り上げました。
最も全員がエセ神父の考えているとおりに動くわけじゃないです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
乱戦開幕
衛宮邸の居間。
その場所は重い沈黙で包まれていた。凛が教会に送った使い魔から得た情報で、『聖杯戦争』のルールが一時的に、暴走したマスターである『間桐慎二』の抹殺に変わった事実に士郎、セイバー、アーチャー、凛は言葉が出せなかった。特に士郎は自らが慎二を護る行動をした為に出なくて良かった犠牲者が出てしまい、更に慎二はもはや教会で保護される事が無い事実に、話を聞き終えてからは暗く顔を俯かせたままだった。
「・・・慎二」
「・・・・綺礼の奴も思い切った事をするわね・・・それだけ前回の聖杯戦争で不味い事態になりかけたのかしら、セイバー?」
「・・・えぇ・・・前回の時に今回のようなルール変更が行なわれたのは事実です。その時は確かに神秘の秘匿が危ぶまれる事態になりました。恐らく今回の監督役は、あの時の出来事を繰り返さない為に早急にルールの変更を行なったのでしょう」
「そう・・・確かに前回でも同じ事があってミスを繰り返さない為って言われたら、納得するしかないわね」
「遠坂!?」
「事実だろう。もはや間桐慎二は狙われる立場となった。例えこの場で私と凛を説得したとしても、他の陣営は別だ。そしてその筆頭に立っているのはアインツベルン陣営だ。あの陣営は元々間桐慎二を殺す方針だった。『令呪』と言う報酬が付くならば尚更に止まる事は無いと見て間違いない。残りの陣営も『聖杯戦争』の継続と『令呪』と言う報酬を得られるならば動く。もはや我々とアインツベルンを説得して済む状況ではない」
アーチャーはそう士郎に向かって腕を組みながら告げ、士郎は言葉を完全に失った。
現状で慎二は完全に四面楚歌に追い込まれていた。どの陣営も『聖杯戦争』の継続を望み、更に切り札である『令呪』まで得られるとなれば、慎二とライダーを見逃すはずが無い。
学校で姿を見せなかったランサーやアサシンは別にしても、学校に現れたキャスターは間違いなくライダーの状態を分かっている。キャスターが今の状況でライダー達を見逃すとは全く思えない。残りのランサーとアサシンのマスターも『令呪』を得る為に動く可能性は高い。
そして凛も『令呪』を得られる機会を出来る事ならば見逃したくは無かった。
(『令呪』は確かに欲しいわね。残り一画しかない私としては何よりも『令呪』を得たいのは事実だけど・・・ライダーじゃなくて慎二を殺して得られるとはね)
倒して『令呪』を得られる相手がライダーの方ならば問題は無かった。マスターではなくサーヴァントを倒す方針を取っている士郎もライダーを倒す事ならば納得する。
だが、綺礼が『令呪』と言う報酬を支払う相手は間桐慎二を抹殺した者。前回の『聖杯戦争』のミスを繰り返さない為と言う理由だが、士郎には到底納得出来るものではなかった。
「・・・何とかライダーを倒して慎二を殺すのを止められないか?慎二が『魂食い』を行なえるのはライダーが居るからなんだし」
「無理だ、衛宮士郎。事はもはやそう言う段階を超えている。神秘の隠匿と言う裏の世界の最大のルールを間桐慎二は破った。例えお前が考えた方法が可能だったとしても、裏の世界が間桐慎二を見過ごさん。奴の命運は完全に尽きた。諦めるしかあるまい」
「せめて知り合いである私達の手で終わらしてあげるのが情けってものよ」
「なっ!?遠坂!?お前まさか!?」
「・・・・悪いけど、私は慎二を殺す方針で行くわ。『令呪』を他の陣営に渡すなんて見過ごせない。アーチャー、急いで新都に行くわよ」
「了解した、マスター」
凛の呼びかけにアーチャーは頷き、二人は立ち上がると共に居間から出ようとする。
二人が本当に慎二を殺しに行く気だと悟った士郎は慌てて立ち上がり、廊下を歩いていく二人の背に向かって叫ぶ。
「ちょっと待てよ!まだ、他に方法が在るかもしれな…」
「戯言は其処までだ」
「ッ!?」
「シロウ!!」
一瞬の内に首筋に黒い短剣をアーチャーに突きつけられた士郎を目撃したセイバーは立ち上がった。
しかし、アーチャーはセイバーの動きに気がついても慌てることなく真っ直ぐに士郎に短剣を突きつけながら見据える。
「衛宮士郎。今回の騒動が此処までに発展した一旦は貴様にある事を忘れるな。間桐慎二を救おうとした為に、関係ない人々に犠牲が出た」
「そ、それは・・・」
「認めろ。誰も彼もが救える結末など不可能だと言う事を・・・・何よりも貴様には何の力も無い。魔術が多少使える事以外は間桐慎二と変わらん。貴様には戦いとなれば何も出来ん」
「何だと!?」
「貴様が出来る事など、ただ頭の中で何かを考えるぐらいだ。このような状況を繰り返さない為にも考え続けるが良い。それが貴様が出来る事だ・・・今回の尻拭いは私と凛がしてやる・・・間桐慎二に対する行動が決まっていないのならば戦いの場にやって来るな。再び後悔を抱きたくないならばな」
アーチャーはそう言い捨てると共に士郎に突きつけていた短剣を下げて、準備を終えた凛と共に衛宮邸から出て行った。
残された士郎は悔しそうに顔を下に俯かせて両手を強く握り、セイバーはそんな士郎を心配そうに見つめるのだった。
新都にあるビルの内部。
そのビルの中に慎二とライダーは潜んでいた。沢山の人々から死に瀕するまでの『魂食い』を行なった結果、ライダーの宝具の一つである結界内の人間の生気を吸い取る『
傷の治癒の方もある程度は進んでいるが、一刻も早くライダーを万全にしたいと考えた慎二は不完全であろうと『
「急げよ!ライダーー!!早く『
「マスター・・・幾らなんでもこれ以上の目立つ行動は神秘の隠匿に影響を及ぼす可能性があります」
「うるさい!!口答えをするな!!隠匿なんて知ったことか!!早くお前が万全に戦えるようにならないと!僕の命が危ないんだよ!!だから、早くしろ!!」
「・・・分かりました」
既に何度も行なっている会話にライダーは渋々と了承して、『
人を襲う度に慎二には『魂食い』を止めるようにとライダーは進言しているのだが、恐怖心に支配された慎二は聞く耳を持たなかった。迫る死の恐怖から逃れようと慎二は『偽臣の書』を使用してライダーに神秘の隠匿に影響を及ぼすほどの『魂食い』を命じていた。
間違いなくこの行動は『聖杯戦争』の監督役が動く事態になるだろうとライダーは内心で考えながら『
「ヒッ!?な、何だ!?」
「落ち着いて下さい、マスター・・・敵襲のようです」
『フフフッ、魔術師でも無い素人だから容易く葬れると思っていたけれど、サーヴァントの方は違うわね。流石はギリシャ神話の中でも有名な女傑ね、『メドゥーサ』』
恐怖に震える慎二を護るようにライダーが身構えていると、ビルの中を反響するように女性の声が響いた。
その声の主に覚えがあるライダーが警戒しながら前を見つめていると、ゆっくりとまるで最初からその場にいたというようにローブで顔を隠している女性-『キャスター』-が音も無く姿を現した。
「フフッ、こんにちは。ルール違反者のお二方」
「キャスター・・・一体何の用でしょうか?」
「手っ取り早く言わせて貰うけれど、貴女の背後に居る今回の凶行の元凶であるその男の命が欲しいの。『聖杯戦争』の継続が危なくなる事は私としても困るの」
「ヒィッ!!ライダーー!!」
キャスターの視線が自分に向いたことを悟った慎二は、『偽臣の書』を強く握ってライダーに指示を出そうとする。
しかし、慎二が指示を出す前に素早くライダーは自分と慎二の周りに釘剣を動かし、潜んでいたキャスターの使い魔である竜牙兵達を破壊する。
「い、何時の間に!?早くキャスターを倒せ!」
「無駄です。目の前に居るキャスターは幻影なのですから」
「フフフッ、流石は『メドゥーサ』。魔術の心得もあるようね。惜しいわね。そんな魔術師でも無い子供に従えられている貴女は本当に不憫だわ。でも、逃さなくてよ!竜牙兵!!」
キャスターの指示に暗がりに潜んでいた竜牙兵達が一斉に飛び出し、ライダーと慎二に襲い掛かる。
万全な状態ならば敵ではない竜牙兵だが、現在の自分では慎二を護りながら戦うのは不利だとライダーは判断し、手傷を負う覚悟をして竜牙兵達の包囲網から逃れようとする。
しかし、ライダーが走り出そうとする直前、紅い閃光が幾重にも闇の中に走り、竜牙兵達をほぼ一瞬の内に粉砕する。
「これは!?」
「悪いがコイツは争奪戦だぜ。邪魔させて貰った」
「ランサー!」
聞こえて来た声にキャスターが振り向いてみると、愛槍である『ゲイ・ボルク』を肩に担いでいるランサーが立っていた。
キャスターだけではなくランサーまで現れた事にライダーは何か自分達に取って不味いことが起きている事を悟り、慎二を抱えると共にこの場から逃れる為に走り出す。だが、ライダーの前にランサーが瞬時に現れて紅の槍を構える。
「悪いが、テメエらを逃す訳には行かねぇんでな!死んで貰う!!」
ランサーはそう宣言すると共に自らが握る紅の槍を神速の速さでライダーが抱えている慎二に向かって突き出そうとする。
しかし、そのランサーの行動を阻むように複数の紫色の光弾が走り、ランサーのすぐ傍で互いにぶつかり合って爆発を引き起こす。
「チィッ!!」
「邪魔をしたのは其方が先なのだから、此方からもさせて貰ったわよ、ランサー」
自らの行動の邪魔をされたランサーは舌打ちして、悠然と微笑んでいるキャスターに体を向ける。
その隙を逃さずにライダーは慎二を抱えたまま、ビルの上階へと走り去っていった。ランサーとキャスターは自らの獲物が離れた事実に内心で歯噛みしながらも、油断無く相手を見つめる。
「あと少しだったと言うのに、余計な邪魔をしてくれたわね」
「ハッ!最初から殺す気がねぇくせによく言うぜ、女狐が・・・・ライダーが結界を張らなくても、このビルに居た連中はテメエに生気を奪われていただろうが?」
「酷いわね。私はライダーとそのマスターがこのビルに入ったから教会の頼みを叶えるチャンスだと思っただけよ。それに私は『聖杯戦争』の継続を望んでいるのだから、参加している者として当然の行動をとったまでよ」
「ケッ!口じゃどうとでも言えるが、テメエの目的は結局は連中を追う振りをして、自分が魔力を蓄える為だろうが?今なら派手に魔力を得ても、あいつ等が犯人になるからな」
「そう言う貴方こそ、何か別の目的があるのではなくて?最速のサーヴァントである貴方なら、先ほど竜牙兵を破壊する時に怯えていたライダーのマスターに攻撃は出来るでしょう?」
油断無く互いを見つめながらキャスターとランサーは言葉を交わしあう。
そのまま睨み合いを続けるが、二人はすぐに窓の外に同時に目を向ける。サーヴァントとしての鋭敏な感覚が、このビルに向かって来ている三体のサーヴァントの気配を捕捉したのだ。その三体の中から感じられる独特の気配にランサーは笑みを浮かべて、槍をキャスターから下げる。
「俺の目的が来たようだ。テメエも目的があるんだろう?」
「・・・そうね。貴方と戦っても益は無いから、勝手に行きなさい。私は私の目的の為に動かせて貰うわ」
キャスターはそう告げると共に空間に溶け込むようにランサーの前から姿を消失させた。
完全にキャスターが去ったのを確認したランサーは、槍を肩に担いでゆっくりと獰猛な笑みを口元に浮かべながら窓の傍に歩み寄り、窓の外を眺める。
「・・・悪いが、俺が戦える機会は少ねぇんだ・・・此処でやり合って貰うぜ」
そうランサーは呟くと、その身を霊体化させてビルの外へと飛び出し、目的の相手の下に全速力で駆け出したのだった。
新都の街中の上空。
ランサーとキャスターに遅れてライダーと慎二の位置を補足した人間体のブラックと、イリヤスフィールを抱えたルインは気配が感じられるビルに向かって急いでいた。本来ならば一番に見つけてもおかしくはなかったのだが、ライダーが襲った人々だけではなく他にも生命に支障は出ていないが『魂食い』を行なわれた人間達がいた為にライダーと慎二の補足が遅れてしまったのだ。
そしてブラック達はライダー達とは別で『魂食い』を行なっている犯人の予測がついていた。
「キャスターめ・・・奴は間違いなく今回の件を利用して何かを企んでいる」
「同感ですね。魔力を得るだけの為にキャスターが動くとは思えません」
「キャスターは権謀術数に長けているサーヴァントの筈だから・・・きっと不味い事を考えているよね」
「だろうな。だが、今優先するのはキャスターよりもライダーとあの下らん小僧だ。キャスターの策にも警戒すべきだが、奴はこの手で殺さんと気が済ま・・・・ムッ!」
「ブラック?」
「ブラック様?」
突然に空中に止まったブラックの姿にルインも止まり、その腕の中に抱えられているイリヤスフィールと疑問の声を上げた。
しかし、ブラックは気にすることなくライダーと慎二がいるビルではなく、そのすぐ傍のビルの屋上をジッと見つめる。誰も居ないはずのビルの屋上。だが、ブラックには其処に自分を待っている者が居ると『直感』した。
ゆっくりとブラックは目を細め、ビルの屋上を見つめながら自身を訝しげに見つめているルインとイリヤスフィールに声を掛ける。
「お前達は先に行け。どうやら俺に用がある奴が居るようだ」
「・・・分かりました」
「ブラック、早く来てね」
ブラックの行動に疑問を覚えることなくルインとイリヤスフィールは険しい声を出すと、二人は振り返ることなくライダーと慎二が居るビルへと急いで向かって行った。
それを確認するとブラックは自身の相手が居るビルの屋上にゆっくりと着地する。屋上の出入り口以外に余計な機材などは置かれておらず、広々とした場所だった。ブラックは戦うならば持って来いの場所だと考えていると、目の前の空間が歪み槍を担いだランサーが実体化して現れ、楽しげな笑みをブラックに向ける。
「よう・・・来てくれると思ったぜ?」
「よく言う・・・俺にだけ貴様は殺気を送って来たのだろうが?」
「まぁな・・・無視されたらどうしようかって悩んだぜ」
「貴様の伝承を知っているならば無視と言う選択はありえんな・・・その槍・・ただ心臓を貫くだけが力ではあるまい、『クー・フーリン』?」
「こっちの真名はバレバレか・・・・まぁ、派手に動きすぎたから仕方がねぇか・・・悪いが俺のマスターの指示でお前をライダー達のところには行かせるわけにはいかねぇんだ・・殺り合って貰うぜ?」
獰猛な笑みを口元に浮かべながらランサーは、自身の愛槍の矛先をブラックに向かって構える。
それに対してブラックは目を細める。ブラックが知るランサーのマスターは、魔術協会から派遣された相手だった。神秘の隠匿が危ぶまれている現状ならば、そのマスターは間違いなく神秘の隠匿の方を重要視するはず。
当然ブラックの邪魔などをする筈が無い。だが、現にランサーはブラックの行動を阻んで来た。
一番最初にランサーと邂逅してからのランサーの全陣営に対する行動と今の状況。それらの状況証拠からブラックは現在のランサーの状況が推察出来た。
「ランサー・・・貴様・・・・マスターが変わったな?」
「・・・・あぁ・・・油断してな・・・アイツはやられちまった。かなり癪だが今のマスターに従っているわけだ」
「そうか・・・出来る事ならばあの時のマスターと貴様で戦いたかったがな・・・だが、俺の邪魔をするなら容赦はせん!!ハイパーダークエヴォリューーーション!!!」
ーーーギュルルルルルルルッ!!
ブラックが叫ぶと共にその身を黒いバーコード状のようなモノ‐『デジコード』が覆い尽くし、デジコードが消え去った後には両手に装備しているドラモンキラーを構えて殺気を発している本来の姿に戻ったブラックが立っていた。
「貴様には俺の真名を教えてやるぞ、『ブラックウォーグレイモン』。それが俺の真名だ!」
「ブラックウォーグレイモンか・・・やっぱ、聞いた事はねぇな。まぁ、お前が真っ当な英霊じゃねぇのは構わねぇぜ!全力で殺し合えればな!!オラアァァァァァァッ!!」
「楽しませて貰うぞ!!オォォォォォォォーーーー!!!!」
ーーーガキイィィーーーーン!!
ランサーとブラックは互いに叫び合うと同時に己の武器を振るい、甲高い金属音を上げると共に戦いを開始したのだった。
一方、ブラックと分かれて先にビルの内部へと侵入したルインはイリヤスフィールを護りながら、ビルの内部に大量に犇いていたキャスターの使い魔である竜牙兵の大群を破壊しながらライダーと慎二が向かったと思われる屋上を目指していた。
手っ取り早く空から屋上へと向かう方法も在るのだが、現在のライダーの状態では慎二を護りながら屋上へと辿り着ける可能性も低いので一階ごとに探索をしながらルインとイリヤスフィールはビルを上っていた。
「切りが無いですね。ビル破壊を行なうのが一番手っ取り早いんですけど、それは不味いですからね」
「それをやったら私達もルール違反者になっちゃうもんね。封鎖結界は駄目なの?」
「やろうと思えば出来ますけど、それをやったらあの下衆がどんな事をするか分かりませんから無理です・・・ですけど、いい加減にキャスターの使い魔は邪魔です。気に入りませんが使うしかないですね!」
ルインがそう叫ぶと共に右手の先が光り、光が消えた後には鞘に包まれた機械的な片刃の長剣が出現した。
それを不愉快そうにルインは見ながらも、右手に握っている剣を鞘から引き抜き、竜牙兵達に向かって構えると共に睨みつけながら剣に向かって命じる。
「レヴァンティン!!カートリッジロード!!」
《
ーーーガッシャン!!
ルインの命に右手に握っている剣-『レヴァンティン』-は応じると共に、薬莢のような物が柄部分から飛び出し、剣の刀身が幾重にも分かれて蛇腹剣へと変形した。
レヴァンティンが変形を終えたのをルインは確認すると、自分達を囲むように陣形を取っていた竜牙兵達に向かって振り抜く。
「フッ!!」
ーーーガガガガガガガガガガガガガッ!!
ルインが振るったレヴァンティンの刀身はまるで意志を持っているかのように動き、ルインとイリヤスフィールの周りにいた竜牙兵達に襲い掛かり、数秒で全てを一掃し終える。
それと共にレヴァンティンの刀身は蛇腹剣から剣へと戻り、不機嫌さに満ち溢れた顔をしながらルインはレヴァンティンを鞘に納める。
《
ーーーチィン!!
「・・・・・凄いね。ルインお姉ちゃん、武器も使えたんだ?」
「非常に不愉快ですけど・・・このアームドデバイスと、残り二つのアームドデバイスはある程度使えるんです・・・使う度に不愉快になりますが」
「フ~ン?何かあるの?その武器、じゃなくてデバイスに?」
「・・・・・私が生前に嫌っていた連中のデバイスなんです。連中が消える時に私の前に現れて押し付けていったんですよ。捨てても良かったんですけど・・・・頼み込まれましたから所持しているんです。とは言っても『宝具』には分類されてないんですけど」
そうルインはイリヤスフィールに説明しながら上へと続く階段に向かって歩こうとするが、その足は止まり、階段近くにある暗闇に目を細める。
「・・・・こっちの手の内を見るのも策の一つですか?キャスター」
「フフッ、それもあるわ。おかげで貴女の力が異質だと確信出来たのだから」
ルインの声に応じるように音も無くキャスターが、暗がりの中から姿を現した。
現れたキャスターに対してルインはレヴァンティンを消して、油断なくキャスターを見つめながら何時でも『魔法』を発動出来るように身構える。
「一体何を企んでいるんですか?」
「教えて上げないわ。それよりも貴女の力・・・一見『魔術』に見えるけれど・・・全くの別物と見たわ?」
「さぁ、どうでしょうね」
「フフフッ、貴女の力に関しては興味深いけれど・・・盗み聞きはいけなくてよ!」
キャスターは叫ぶと同時にルインとイリヤスフィールの背後に向かって紫色の光弾を放った。
紫色の光弾は高速で動き、廊下の角に直撃しようとした直前に白い閃光が走って光弾を霧散させた。それを行なった凛と共に潜んでいたアーチャーが姿を現す。
しかし、ルインもイリヤスフィールもアーチャーと凛が現れた事に驚いた様子が見えず、アーチャーは自分達が付けていた事に二人が気づいていた事に苦笑を浮かべる。
「やれやれ、気がつかれていたようだな」
「そうみたいね」
「リンとアーチャーだけか・・・シロウとセイバーはどうしたの?」
「二人は来ないわよ。来てもまた同じ事をされたら困るからね」
「そうなんだ」
凛の言葉にイリヤスフィールは納得したように声を出し、ルインはイリヤスフィールの横に立つと共に口元を笑みで歪めているキャスターに視線を向ける。
「・・・・・やりますか?」
「えぇ、直に貴女の力を見るのは興味深いし、どうせライダー達ももうすぐ終わるわ。万全のライダーならばともかく、今のライダーならば竜牙兵達を大量に送れば倒せるのだからね」
(・・・・不味いわね。このままだと慎二はキャスターに殺される。そうなったら『令呪』がキャスターのマスターの手に渡ってしまう。それにアサシンも潜んでいるかもしれない)
このままではキャスターの手に討伐の報酬である『令呪』が渡ってしまう可能性に凛は眉を顰めながら、何とか自分達に有利になる方法はないかと考える。
(アーチャー、アンタはキャスターとイリヤスフィールのサーヴァントが戦いを始めたら、先に行って。ライダーと慎二の方に向かって)
(随分な博打だ・・・現状で私を傍から離すのは危険だぞ?アサシンが潜んでいる可能性も高いのだから)
(分かってるわ。だけど、このままだと報酬の『令呪』はキャスターの物になってしまう。私達としても『令呪』は欲しいんだから・・・それに旨くすれば此処でイリヤスフィールを倒せるかもしれないわ。学校に現れた二体目のサーヴァントは外でランサーと戦っているし、ルインって言うサーヴァントはキャスターと戦う気みたい・・マスターとしての技量はともかく魔術師の技量でなら私は負ける気はない!)
(・・・分かった・・・だが、気を付けるように・・相手は得体の知れない者を二体も従えているのだから)
(えぇ、最悪の場合は切り札の『宝石』を使うわ)
そう凛とアーチャーが相談を終えるのを待っていたかのようにルインがキャスターに向かって右手を突き出し、黒い魔力槍を複数一斉に撃ち出す。
「穿て!ミストルティン!!」
「この程度!避ける必要もッ!?」
ルインが放ったミストルティンに対してキャスターはローブを広げて対処しようとするが、何かに気が付いたように直前になって横に飛び去り、複数の魔力槍はその先にあった部屋の中にある物に直撃した。
同時にミストルティンの直撃を受けた物は色が石のように変わり、最終的に完全に石化してしまう。
「石化効果?・・・ただの魔力攻撃にしか見えなかったというのに・・・(この力は早急に調べるべきね)」
キャスターはそう考えながら背後に飛び去って、窓ガラスを割りながら外へと飛び出した。
その様子にルインは外からキャスターに魔術で攻撃されるのは不味いと判断し、イリヤスフィールに声を掛けようとするが、その前に凛がアーチャーに向かって叫ぶ。
「アーチャー!今よ!!」
凛の指示に即座にアーチャーは応じて階段を駆け上がって屋上へと向かって行った。
その様子にルインは内心で笑みを浮かべながら、キャスターの後を追いかける為に窓の外へと飛び出し、最後に“念話”でイリヤスフィールと会話する。
(そっちは頼みますね?)
(アレはあんまり使いたくなかったんだけど、しょうがないよね。こっちは大丈夫だから)
そうイリヤスフィールが“念話”をルインに返すと、ルインはそのままキャスターを追うために夜の空へと飛び出して行った。
それを確認したイリヤスフィールは溜め息を吐きながら後ろを振り返って、左手に宿る『魔術刻印』を輝かせている凛と相対する。
「今まで散々やってくれたけど、慎二と一緒に此処で貴女にも終わって貰うわよ、イリヤスフィール」
「フゥ~ン・・・出来るの、リンに?」
「アンタは確かにマスターとしての技量は高いけれど、魔術師としてはそれほどでもないわ。サーヴァントが居ないなら、魔術師同士の争いになるんだからね。今が一番アンタに勝てるチャンスなのよ。貴女のサーヴァントは二体とも離れているんだから」
「へぇ~・・・良く私のサーヴァントが二体って確信出来たね?何か根拠はあるの?」
「根拠は幾つもあるわ。学校で貴女達はライダーと慎二を標的にしていた。もしも他にもサーヴァントを従えているなら、確実性を増す為にも居るはずでしょう?それに貴女達が此処に到着したのは私とアーチャーが駆け付けたのと同じぐらい。これが二体しかサーヴァントが居ないって事を示す状況証拠よ。何か間違いがあるかしら?」
「無いよ。確かに私のサーヴァントはブラックとルインお姉ちゃんだけ」
「・・・随分とアッサリ認めたわね・・・まぁ、良いわ・・それよりもイリヤスフィール!貴女一体何を呼んだの!?『バーサーカー』クラスのサーヴァントだと思っていたけど・・・貴女の二体目のサーヴァントは理性を持っていた。本来ならあり得ない事をどうやってやったの!?」
「クスクス・・・ねぇ、リン・・・『バーサーカー』ってどう言う意味なのかな?」
「?・・・『狂戦士』って言う意味でしょう?」
イリヤスフィールの質問の意図が分からず、凛は疑問に思いながらも自身の考えを告げた。
その答えにイリヤスフィールは笑みを深めながら、ゆっくりと着ているコートのポケットに手を入れて指輪のような物を取り出して右手の中指に嵌めながら凛を見つめる。
「『バーサーカー』は『狂戦士』。それは合ってるよ。だけどね、リン。本当の『狂戦士』は獣の如く狂って暴れるのとは違う。本当の『狂戦士』はね。狂っていながらも理性的な存在のことなの」
「・・・・・そう言うこと・・・あのサーヴァントには『聖杯』から与えられるクラス別スキルなんて必要ないほどに最初から狂っている訳ね?」
「そうだよ・・・さて、そろそろお話は御終い。始めようか、リン・・・・・『グランギニュル』セット・アップ!」
《Yes.sir!》
「なっ!?」
イリヤスフィールの呼び声に応じるように機械的な音声がイリヤスフィールの右手の中指から響いた瞬間、イリヤスフィールの体を光が覆い尽くした。
いきなりの現象に凛は固まり、呆然とイリヤスフィールの体を覆っている光を見つめていると、光は徐々に治まって行く。そして光が消えた後に立っていたイリヤスフィールの姿に、凛は自分が戦いの場に居る事も思わず忘れて唖然とする。
光が消えた後には紫色のコートも、お嬢様も思わせるような服装も、そして頭に被っていた帽子もイリヤスフィールには無かった。代わりに白とピンクの色合いをしたフリルを多く備えた可愛らしい服を着て、足を覆っているストッキングもピンク色。背中の部分には白いマントのような物が真ん中から二つに分かれて、窓から入って来る風に煽られている。更に両耳のすぐ近くには羽を思わせるような飾りが装着され、伸びていた銀色の髪は後頭部で纏められていた。
イリヤスフィールが着ている服装が何であるのかを凛の頭は徐々に理解して行き、完全に理解が及んだ瞬間に大爆笑する。
「・・・・プッ!・・ププッ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!な、何その恰好!?プハハハハハハハハッ!!まるでッ!プププッ!!アニメやマンガに出て来る『魔法少女』じゃないの!?しかも似合いすぎてるし!!も、もうダメ!!ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
「笑わないで!!好きでこんな恰好しているんじゃないんだからね!!」
大爆笑している凛に向かってイリヤスフィールは顔を真っ赤にし、怒りと羞恥心で肩を動かしながら叫び返した。
しかし、それでも凛の爆笑が止まる気配を全く見せずに、遂にイリヤスフィールは目を据わらせて、右手の指に全てに嵌まっている“五つ”の指輪を凛に向かって構える。
「・・・決めたわ、リン。殺す前に私と同じ目に合わせた上で、トオサカリンの魔法少女姿を大量の写真に取って、この街だけじゃなくて『魔術協会』にばら撒いて上げる。『グランギニュル』!!『傀儡兵』召喚!」
《Yes.sir!》
「ハハハハハハハハハハッ・・・・・ハァ?」
涙目になって爆笑していた凛だが、突然にイリヤスフィールの目の前に桃色の魔法陣が発生すると共に光が溢れ、其処から現れたモノを目にして笑い声は治まった。
魔法陣から現れたのは全身を黒い金属の鎧で覆い尽くしている二メートル以上の大きさの兵士。しかし、その兵士には意志の光は宿っていなかった。沈黙を保つように立ち続けるが、凛は笑うのも忘れて呆然と兵士-『傀儡兵』-が両手に握っている武器を見つめる。
右手には分厚い刃の巨大な剣が握られ、左手には機械で構成されているマシンガンを思わせる銃が握られていた。
「・・・イ、イリヤスフィール?・・・貴女・・・それは?」
「『傀儡兵』って言うの。ルインお姉ちゃんから『グランギニュル』と一緒に貰ったの」
「そ、そう・・・だけど、魔術師であるあなたが機械に頼っているのはどうしてかしら?」
「私の実の父親の衛宮切嗣はね。『魔術師殺し』って呼ばれていた異端の魔術師なの。魔術師が毛嫌いする現代の武装を好んで使ったんだって・・・だから、私も使うね!」
イリヤスフィールが叫ぶと共に右手に嵌まっている指輪型のデバイス-『グランギニュル』-が輝き、不動だった『傀儡兵』が前に踏み出した。
明らかに自身の知る魔術体系とは違う力を振るうイリヤスフィールの姿に、アーチャーを先に行かせた事とイリヤスフィールの服装を笑った事に凛は少し後悔するのだった。
今回登場デバイス。
名称:『レヴァンティン』
詳細:生前にルインが嫌っていた相手から相手が死ぬ前に受け取ったベルカ式の剣型アームドデバイス。『道具召喚』のスキルで呼び出す事は出来るが、『宝具』ではなくライダーの釘剣のような扱い。本来の使い手ならば『宝具』になる。
名称:『グランギニュル』
詳細:ミッドチルダ式の指輪型インテリジェントデバイス。待機状態の時は中指に嵌まるデバイスだが、起動状態は両手の指に全て同じ指輪が嵌まる。『傀儡兵』などに魔力を使って操ることに特化している。体力などに乏しいイリヤスフィールならば直接戦うよりも何かを操る方が良いとルインが判断して与えた。
イリヤスフィールの現在の技量では小型の傀儡兵ならば同時に五機操れ、大型は二機操れる。現在のイリヤスフィールの魔導師として使える魔法は、飛行と防御にバインド系の魔法が使用出来る。
某マッド製なので高性能なのだが、元々幼い子供用に作った代物なので女の子ならばその少女に適した可愛らしい服がバリアジャケットに、男の子ならば騎士のようなバリアジャケットを勝手に決めてしまうと言う無駄に高性能な機能が備わっている。因みにルインでは機能の解除は不可能。(イリヤスフィールのバリアジャケット形態はプリズマ☆イリヤでの服装)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
天馬降臨
ライダーと慎二が潜伏しているビルのすぐ近くにあるビルの屋上。
その場所は既に屋上としての様相は完全に失われ、半壊状態になっていた。一般人では視認さえも不可能な速度で黒い閃光と紅い閃光は激突し合い、火花が一瞬たりとも散らずに済む事は無く、甲高い金属が激突する音が響き続けていた。
ーーーギン!!ガギィン!ギィィン!!ガギィィィィーーン!!
『ハハハハハハハハハハハハハハッ!!!』
屋上を半壊状態に追い込んだブラックとランサーは、互いに武器を振るいながら歓喜に満ち溢れた笑い声を上げ続ける。
それに伴った両者の戦いは激しさを増して行き、屋上に亀裂が走り、更に無残な姿へと変わって行くが、破壊を撒き散らしている両者は止まらない。ランサーが振るう神速の槍捌きをブラックは両手のドラモンキラーで受け流し、隙あらば攻撃をランサーに放つ。その攻撃の速さはランサーの槍の速さと変わらず、ランサーの体には浅い傷が既に幾つも出来ている。
しかし、ランサーは自らの傷などに構わずにブラックに攻撃を繰り出し、数は少ないながらもブラックも浅い傷を負っていた。だが、二人は自らの傷など構わずに目の前の相手との戦いを心の底から楽しんでいた。
「良いぞ!!ランサー!もっと俺を楽しませろ!!」
「ハッ!やっぱお前も俺と同じ口だったようだな!こういう戦いを願っていたぜ!死力を尽くせる戦いをな!!」
「ならば、もっと死力を振り絞れ!!そうすれば更に俺は楽しめる!!」
互いに一瞬たりとも止まることなく叫びあいながら、尚も戦いは苛烈さを増し、崩壊して瓦礫と化した屋上のアスファルトに足を取られないようにしながら駆け続ける。
何せブラックもランサーも攻撃を一瞬でも止める事が自らの敗北に繋がると理解している。ステータスと言う面では圧倒的にブラックの方が上だが、ランサーはその実力差を無意味にする“因果逆転の力”を持っている。
ランサーの『宝具』である『
だからこそ、ブラックはランサーに『
その動作はランサーの技量ならばほぼ一瞬で済むが、その一瞬こそが自らの死に繋がるとランサーは理解していた。『真名解放型の宝具』は魔力を込める工程と、真名を解放すると言う二工程が必要。その二工程を終える前にブラックの攻撃が自らに届く事をランサーは悟り、その事実が尚彼を燃え上がらせていた。
(俺が全力を発揮してもなおもコイツには届いてねぇ!これだ!!コレこそが俺が心の底から望んでいた戦いだ!!)
ランサーが召喚に応じたのは『自らが死力を振り絞れる強敵との戦い』の為。
その相手にこれ以上に無いほどにブラックは当て嵌まっていた。自身と同種である『戦闘狂』のブラックウォーグレイモン。目的があって戦うのではなく、戦う事こそが目的。そしてブラックは全力を発揮しても、自らが勝てる可能性が限りなく低い相手だとランサーが悟っている。
全力では届かない。死力を尽くさなければブラックには届かない。その事実がランサーの戦意を天井知らずに押し上げて行き、その速さを上げて行く。
対するブラックもランサーとの戦いはライダーと慎二で募っていた苛立ちを忘れるほどに楽しんでいた。一瞬の油断が自らの敗北を招く緊張感。自身と同じ『戦闘狂』であるランサーの技量。その全てがブラックの戦意をランサー同様に天井知らずで上げていた。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!』
もはやブラックとランサーは周りにも、戦いの中で負って行く傷にも気に留める事さえもせずに互いに歓喜に満ちた笑い声を上げながら戦い続け、ビルの屋上を崩壊させて行くのだった。
ライダーと慎二が居るビルの屋上から更に上空。
暗闇で覆われている空の上でルインとキャスターは互いに攻撃を放ちながら、相手の考えを悟ろうとしていた。
「ディバインバスターー!!!」
「フッ!」
ルインが放った魔力砲撃に対して、キャスターは素早くローブを翼のように広げて内側に浮かんでいた紋様の中に魔力砲撃を吸収した。
そして砲撃が完全に止むと同時にローブの内側に浮かぶ紋様から砲撃をルインに向かって跳ね返す。
「返すわ」
「入りませんね!!アンチ・マギ・リンクフィールド!!」
ーーーバシュン!!
「ッ!?」
叫ぶと共にルインの前方に何らかのフィールドのようなモノが発生し、キャスターが跳ね返した魔力砲撃は霧散した。
その事実にキャスターはローブで隠している目を見開く。ルインが行なった事は『魔術』を無効化した事に近い。しかも今の魔力砲撃はかなりの魔力が篭もっていた事を跳ね返したキャスターは感知していた。それを無効化したルインには『対魔力』に近い現象さえも引き起こせる事に気がつき、キャスターは険しく口元を歪める。
(フゥ~、今のでこっちに『対魔力』に近い現象を引き起こせると思わせられたでしょう・・これで高位の『魔術』の使用を少しは控えて欲しいですね)
そうルインは内心で呟きながら、油断なく空中に浮かんでいるキャスターを見つめる。
何故ならば先ほど使用した魔法『アンチ・マギ・リンクフィールド』は、『魔法』に対しては効果を発揮するが『魔術』に対しては効果が全く無い代物なのだ。先ほどの砲撃が無効化出来たのは、あくまでルインが放った砲撃だったからに過ぎない。
その事を知らないキャスターは警戒心を強めてルインを睨み付ける。
「・・・厄介な相手ね、貴女は・・・『魔術』と同じ現象を引き起こせながら、それでいて全く違う異質な力を振るう。この様子だとまだ切り札を隠してそうね」
「さぁ、どうでしょうね・・・ただ、貴女の弱点を見切らせて貰いました」
「私の弱点?・・・・興味深いわね。この私にどんな弱点があるのかしら?」
「教えてあげますよ、ソニックムーブ」
「ッ!?」
ルインが高速移動魔法の詠唱を呟いた瞬間、ルインの姿はキャスターの目の前から消失した。
その事実にキャスターが慌てて魔術障壁を張り巡らそうとした瞬間、その背中に凄まじい衝撃が襲い掛かる。
「ガッ!?」
いきなりの背中からの衝撃にキャスターが慌てて振り向いてみると、両手を魔力で覆ったルインが拳を構えていた。
「これが貴女の弱点です!!シュヴァルツェ・ヴィルクングッ!!」
「わ、私の魔術障壁を簡単に!?」
ルインが打撃強化と効果破壊を伴った魔法である『シュヴァルツェ・ヴィルクング』で覆った拳を振るうと共にキャスターが張り巡らした魔術障壁が次々と砕けて行く。
本来ならば『魔導師』ならば対処を行なえるが、生粋の『魔術師』であるキャスターには対処が出来ない。『魔術師』と『魔導師』で違う点は技術の体系ではなく、『魔導師』は前線に出ると言うのに対して『魔術師』は研究者という側面が大きい。現代の『魔術師』の中には格闘を習う者も居るが、過去の英霊であり『魔術師』のサーヴァントであるキャスターの接近スキルは低い。対してルインは膨大な接近戦用の『魔法』を保持している。故に接近戦に弱いキャスターをルインは圧倒する事が出来るのだ。
次々とルインが繰り出す拳に施した魔術障壁が砕かれていく事にキャスターは焦りを覚え、背後へと急いで下がる。
「舐めないで!!」
後方へと下がると共にキャスターは手に持っていた杖から紫色の光弾をルインに向かって撃ち出した。
それに対してルインは自身の前方に魔力障壁を発動させると同時に、別の魔法も発動させる。
「フェイク・シルエット!!」
「分身!?・・いえ、これは幻影!?」
目の前で増えたルインの正体をキャスターは悟って、自分の周りを高速で動き回るルイン達を眺める。
本物と見間違えるほどの幻影を一瞬にして複数発生させたルインの技量に、キャスターは警戒心を更に強めて周りを飛び回っているルイン達を見つめる。
「(これほど『魔術』とは違う異質な力を扱うサーヴァントに、最優のサーヴァントのセイバー以上の接近戦をこなせる同じく異質なサーヴァント・・・やはり、この陣営が『聖杯戦争』で最強なのは間違いないわね・・・やはり、何としても更なる力を得なければならないわ・・・だけど)・・・・フッ!!」
キャスターが勢いよく杖を振ると共に紫色の光が四方に走り、光にルイン達が触れた瞬間にルイン達は全て消滅した。
本体の攻撃が来ると思ってキャスターは辺りを見回すが、追撃が来る様子は無く、キャスターは口元に手をやりながら笑みを浮かべる。
「やはりアレだけのサーヴァントを二体同時に戦わせるのはマスターの消耗が高いようね。長時間の同時戦闘はマスターへの負担が多過ぎる・・・ならば、此方の取れる手段は増えたわね・・フフフッ」
キャスターはそう笑いながら、ゆっくりとライダーと慎二が居るビルの屋上と、その場所に向かって猛スピードで接近して来ているサーヴァントの気配に目を向けるのだった。
ビル内部の一室。
その場所に置かれていた机や椅子は全て力任せに粉砕されていた。それを成したイリヤスフィールが操る傀儡兵は、重い足音を立てながら獲物である凛に向かって真っ直ぐに駆け出し、右手に握っている分厚い剣を振り下ろす。
「クッ!!」
豪快に傀儡兵が振り下ろして来た剣を凛は床を転がりながら躱わし、自身の背後にあった机の瓦礫に構わずに傀儡兵を操っているイリヤスフィールに向かって左手の人差し指を構える。
しかし、凛がガントをイリヤスフィールに向かって撃ち出す前に、傀儡兵が左手に握っている銃を構えて凛に向かって銃口から魔力弾を連射する。
(避けられない!?なら!!)
目の前に迫る魔力弾を避けられないと瞬時に判断した凛は、素早くスカートのポケットに手を入れて輝く宝石を取り出し魔力弾に向かって投げつける。
「Set―――――ッ!」
ーーードゴォォォン!!
凛が『宝石魔術』の詠唱を唱えると共に宝石が輝き、大爆発を引き起こして魔力弾を飲み込んだ。
同時に立ち止まることなく凛は床を転がりながら、別室に飛び込んで身を低くして潜むように這いながら荒い息を吐く。
(ハァ、ハァ、ハァ・・・全く!とんでもない代物を出してくれたわね)
身を隠しながら凛は内心で苛立ちに満ちた声を上げながらポケットに手を入れて、残りの宝石の数を確認する。
『切り札』の宝石こそ一つも使用していないが、それ以外の宝石は幾つか消費されてしまった。逆に相手の傀儡兵は多少の破損はあっても充分に動ける範囲。直接『宝石魔術』が決まれば確実に破壊出来るだろうが、ガントの魔術では破壊は難しいことを凛は既に知っている。
(ガントを防いだ光の盾のようなもの。アレはガントじゃ破れない。破れるのは一撃の威力が高い『宝石魔術』だけ。何とかして隙を見て)
「考え事は終わった、リン?」
凛の思考を遮るように重い足音が部屋の中に響くと共に、イリヤスフィールの声が凛の耳に届いた。
見つからないように僅かに顔を動かし、恐る恐る部屋の入口の方を見てみると、傀儡兵の背後に立つ僅かに汗を流し、何処となく顔色が青くなったイリヤスフィールが部屋の入口のところに居た。凛はそのイリヤスフィールの状態に疑問を覚える。
現在の状況はイリヤスフィールの方が明らかに有利。にも関わらず、イリヤスフィールの状態は追い込まれているように凛には見えた。
(どういう事?イリヤスフィールの方が優勢なのに・・・汗を流している?何か別の事でイリヤスフィールは疲弊して・・・・・っ!?そうか!?考えたら当然だわ!あんな規格外なサーヴァントを二体同時に戦わせていたらマスターの魔力が持つ筈がない!?)
イリヤスフィールは確かに今回の『聖杯戦争』に於いて最高のマスターとしての資質を持っている。
だが、そのイリヤスフィールのマスターとしての資質を持ってしても、ブラックとルインを二体同時に戦わせるのは負担が大き過ぎた。枯渇には至っていないが、その身に保有している魔力は今も吸い取られている。このままでは遠からずにイリヤスフィールの魔力は尽きる。
その事実に辿り着いた凛は声を部屋全体に響くように魔術を発動させて、イリヤスフィールに話し掛ける。
「随分と辛そうね、イリヤスフィール?流石の貴女でも二体のサーヴァントを従えるのは苦しそうね」
「クッ!!」
自らの状態を悟られたことにイリヤスフィールは悔しげに声を上げて、部屋の中に潜んでいる凛を暗がりを見つめながら探す。
このままでは確かに魔力が消費されていく事でイリヤスフィールは不利になる。逆に凛はこのまま時間を掛ければ自身が有利になって行く事を知った。追い込む側が追い込まれる側に代わった事を理解したイリヤスフィールは悔しげに顔を歪めて、左手に嵌まっている『グランギニュル』を構える。
「・・・・そうね・・・悔しいけど凛の考えているとおりよ・・・・だから、諦めるわ」
「諦める?」
イリヤスフィールの負けを宣言するような発言に、逆に凛は不安な気持ちを抱いた。
今の発言は確かに何かに対する負けの宣言。だが、それをイリヤスフィールが告げるのは早い。持久戦になる前にイリヤスフィールが勝利する可能性もあるのだから。
だが、これ以上の戦闘をイリヤスフィールはする気がなかった。凛には気が付かれていないが、念話でルインからこれ以上の戦いは止めるように伝えられたのだ。ブラックの方は完全にランサーとの戦いを楽しんでいるので、これから更に魔力は減って行く。凛だけならばギリギリまで戦えるが、乱戦となっている現状でソレは悪手だとルインから届いている。故にイリヤスフィールは“諦めた”。
「貴女の魔法少女姿を写真に撮るのは諦めるわ」
「そっちか!?」
発言の意味を理解した凛は思わずツッコミを入れるが、次の瞬間に途轍もない嫌な予感が襲い掛かり、慌てて傀儡兵とイリヤスフィールが居る方に目を向けてみると、イリヤスフィールの姿は無く、代わりに入口の前で仁王立ちする傀儡兵だけが居た。
一体どうしたのかと疑問に凛が思った瞬間、傀儡兵からイリヤスフィールの声が響く。
『この傀儡兵は後十秒後に大爆発を起こすから、早く逃げてね、リン。それじゃあね』
「なぁっ!?」
言葉の意味を理解した凛は一瞬で顔を青ざめさせ、何とかしようと宝石を取り出そうとするが、無情にも傀儡兵から音声が響く。
『・・・・・5・・・・・4・・・・3・・・2・・・』
「うそでしょうぉぉぉぉぉぉっ!!!」
もはや間に合わない事を悟った凛は絶叫を上げて、耳に届くカウントタイマーの音声に絶望で顔を染める。
しかし、カウントがゼロを告げる直前に部屋の傀儡兵に背後から強烈な蹴りが叩き込まれ、傀儡兵はその威力によって冗談のように窓の外へと吹き飛ばされて窓の外でそのまま大爆発する。
「クゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
爆発の衝撃から逃れようと体を低くし、衝撃が治まったのを確認するとゆっくりと凛は起き上がり凛は起き上がり、窓ガラスの破片や椅子や机が散らばっている部屋を見回す。
「・・・た、助かった・・・でも、一体だれが?」
「無事でしたか、リン?」
「セイバー!!」
部屋の中に入って来た武装したセイバーの姿に凛は驚きながらも、セイバーが自身を助けてくれたのだと悟る。
「どうして此処に?」
「私にもライダーを逃した責任はあります、それにシロウも覚悟を決めてこの場に訪れました」
「衛宮君も来ているの!?」
慎二の事で答えが出せずに悩んでいた士郎がこのビルに来ていることに凛は声を上げると、セイバーの背後から士郎が顔を出す。
「・・・遠坂」
「・・・此処に来たって事は覚悟を決めて来たと思っていいのよね?」
「・・・・あぁ・・・俺は慎二を倒す。今回みたいな事態になったのは俺の責任だ。だから、責任を取る・・・桜に恨まれる覚悟もして来た」
「そう・・・なら、早く行きましょう。アーチャーが先に行っているけど、まだアサシンのサーヴァントが姿を見せていないし、急いだ方が良いわ」
「分かった」
凛の言葉に士郎は頷き、セイバーも無言のまま頷いて三人はライダー、慎二、アーチャーが居る屋上へと急いで向かうのだった。
ビルの屋上。
その場所には大量の竜牙兵の残骸が床に転がっているだけではなく、床に数え切れないほどの剣が突き刺さっていた。そして屋上の端には魔力を発する剣に周りを囲まれ、恐怖に怯える慎二を庇うように立つライダーが、視線の先で竜牙兵達をほぼ一瞬で駆逐したアーチャーを眼帯で覆われている目で見ていた。
当初はライダーは屋上に出て再び自身が騎乗する『幻想種』を召喚しようとしたのだが、屋上には既に大量の竜牙兵達が存在していた。キャスターの罠だったと悟った時には既に遅く、大量の竜牙兵達は一斉にライダーと慎二に襲い掛かった。もはや恐慌状態で喚きながら慎二はライダーに竜牙兵達の破壊を命じ、ライダーは回復した魔力を振り絞って戦った。
しかし、昼間のブラックとの戦いで負った傷は完治しておらず、その上に魔力も乏しい状況では慎二を護りきれず、竜牙兵の刃が慎二の命を奪い取ろうとした瞬間に、空から大量の剣が降り注ぎ竜牙兵達を破壊し、それを成したアーチャーが現れたのだ。
キャスター、ランサーだけではなく更にアーチャーまで現れた事実にライダーは自身と慎二に取って最悪な出来事が起きていると確信してアーチャーを見つめるが、慎二は構わずに恐怖に震えながらアーチャーに話しかける。
「お、お前は・・・衛宮と一緒にいたサーヴァント?な、何でお前まで?」
「間桐慎二。貴様の所業の数々は『聖杯戦争』の継続を阻害すると判断された。もはや何処にも逃げられんぞ。貴様は全てのサーヴァントとマスターから標的にされているのだからな」
「なっ!?・・・な、何だよ!?それ!?僕はライダーを戦えるようにしただけだ!!『聖杯戦争』で『魂食い』を行うことは認められているんだぞ!?それなのに!?何で僕が標的にされるんだ!?」
「度し難いな・・・貴様は裏の世界のルールである『神秘の秘匿』さえも護ろうとせずに『魂食い』をライダーに行なわせた。もはや貴様は『聖杯戦争』の参加者とは認められてすらいない。例えライダーとの契約を破棄しようと貴様は殺される対象になっている」
「そ、そんな!?」
「・・・・やはり、其処までの事態になりましたか」
「ライダーー!!お前まさか!?こうなることが分かって!?」
ライダーの発言に慎二は怒りと困惑に満ち溢れながらライダーに向かって叫ぶが、ライダーは気にした様子も見せず、寧ろ侮蔑さえも込めた声で慎二に話しかける。
「私は神秘の秘匿に差し障ると人を襲う度に伝えました。ですが、それに耳を貸さずに命じたのは貴方です、マスター」
「うっ!!・・・く、クソ!!何でだよ!?何で僕がこんな目に合うんだ!!僕はただ“本当は持っていたモノを取り戻そうとしただけだ”!!僕は間桐の後継者なんだ!!!魔術師であるべきなんだ!!」
「貴様は魔術師という存在を勘違いしている。魔術師になると言うことは同時に他の魔術師を殺し、殺される覚悟を持たなければならない。貴様はその原則を知らずに『聖杯戦争』に参加した。もはや、これ以上の犠牲を出す前に引導を与えてやろう。I
(魔術の詠唱!?このサーヴァントはアーチャーなのでは!?)
アーチャーの呟きの意味を理解したライダーは目を見開くが、アーチャーは構わず黒塗りの弓を何処からともなく出現させ、弓に捩れ狂ったような剣を矢にして構える。
膨大な魔力を発する奇妙な剣に全身の肌が震え、ライダーは慎二の手を握ると、そのまま飛び上がって剣の囲いを抜けようとするが、その前にアーチャーが矢を放つ。
「『
放たれた矢は空間さえも捻じ曲げる勢いで真っ直ぐに突き進み、ライダーと慎二が居た場所を通過して行った。
後に残されたのは矢の破壊力に抉れた屋上の路面と矢の威力に退かれるように流れる風、そしてその風の中に浮かぶ何らかの切れ端と思われる紙らしきもの。
突き刺さっていた無数の剣は何時の間にか消え、屋上には慎二とライダーの姿は無くなっていた。しかし、アーチャーは油断無く抉られた屋上の端を見続けた瞬間、屋上の入り口が開き、凛、セイバー、士郎が屋上にやって来る。
「アーチャー!!」
「凛か・・・・それにお前もセイバーと共に来たのか?衛宮士郎」
アーチャーは凛と共に居るセイバーと士郎に目を向けながら声を出し、士郎は屋上に広がる破壊の跡と慎二とライダーが居ない事に気がついて、アーチャーに質問する。
「・・・・お前が慎二とライダーを?」
「あぁ、逃げ場を無くして『宝具』を撃った。今のライダーには『幻想種』を呼び出す魔力も無い。屋上から落ちたとしても、負傷だらけの体では間桐慎二を護れるだけの力は・・・・・ムッ!?」
「これは!?シロウ!リン!!下がって!!」
突然に発生した膨大な魔力を感知したアーチャーとセイバーは慌ててライダーと慎二が直前までいた屋上の端を士郎と凛を護るように立ちながら目を向けた瞬間、地上から白い閃光が走り、アーチャー達の頭上で滞空する。
一瞬凛と士郎は滞空しているモノの姿に戦いの場で在る事を忘れて魅入ってしまった。真っ白い体に同じく真っ白の翼を二対左右に生やし、長い四肢と首を持った生物。その姿は見る者を魅了せずにはいられない幻想の生物。『
「馬鹿な!?既にライダーには『幻想種』を召喚出来る魔力は無かったはずだ!?」
ライダーが『
先ほどまで確かに魔力が殆ど無く圧力を感じられなかったはずのライダーが、その身から魔力を発していた。万全とは言えないが、それでも戦えるレベルにライダーの魔力は回復している。一体どう言うことなのかとアーチャー達が疑問に思っていると、ライダーの後ろに居る慎二が勝ち誇った声を上げる。
「ハハハハハハハッ!!どうだ!!僕は死ななかったぞ!そうさ、この僕が死ぬはずが無いんだ!さぁ、ライダー!!お前の力を見せて…」
「薄汚い手で私とこの仔に触れないでくれますか?間桐慎二」
「えっ?」
ライダーの言葉に慎二が疑問の声を上げた瞬間、慎二の首をライダーが掴み取って『
「ゲベッ!?ラ、ライダー・・・何を?」
「何を・・・貴方こそ忘れていませんか?貴方の手にあるべき物が無い事に?」
「ッ!?」
言葉の意味を理解した慎二は慌てて自身の両手を見つめ、ライダーを従える為に重要だった代物である『偽臣の書』が無い事に気がつく。
先ほどのアーチャーの『
それによって本来のマスターとのレイラインが復活したライダーは急いで魔力を供給し、ビルの外壁にしがみ付いた。その時に慎二が後ろから抱き付いて来たのは予想外だったが、振り払っている余裕などなかったのでそのまましがみ付かせたまま『
そして本当のマスターとのレイラインが復活し、『偽臣の書』で結ばれていた慎二との仮の主従が無くなった今、ライダー本人にとって慎二は赦しがたい存在でしか無かった。
「色々と貴方には言いたい事はありますが、それはもう構いません・・・だって、貴方は・・・ここで“死ぬのですから”」
「ま、待て!?ライダーー!!アイツが!?アイツが僕を殺す事を認めると思うのか!?」
ライダーが本気で自分を殺す気だと悟った慎二は必死にライダーの手を掴みながら叫ぶが、ライダーは構わずに慎二を引き寄せて、その首に尖った八重歯を煌かせる。
「大丈夫です、痛いのは一瞬ですから」
「や、やめろ!やめて・・・・・・・ギッ!ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「ッ!」
「・・・・慎二」
ライダーに首筋を噛みつかれると共に上がった悲鳴に凛は顔を顰め、士郎は辛そうにライダーに生命力を奪われている慎二を見つめる。
アーチャーとセイバーは警戒するように慎二の生気を吸っているライダーを見つめ、少し経つと共にライダーは口を離して慎二を屋上に向かって放り捨てる。
「・・・あ・・あぁ・・・」
「アーチャー、貴方には感謝の礼として慎二の首を上げます。どのような状況なのか分かりませんが、其処の下衆の命を奪うのは貴方にとってのメリットになるのでしょう?」
「出来れば君の命も欲しいのだがね、ライダー?」
「残念ですが、私の命はまだ渡せません。私にはやらなければならない事があるのです」
「やらなければならないこと?それは一体?」
「教えられません。では、失礼します!ハッ!!」
『ブオォォォォッ!!』
ライダーが『
追撃はしたくとも空を飛んでいる相手への攻撃手段が限られているセイバーはライダーに攻撃出来ず、アーチャーも『
「ライダーの追撃は諦めるしかあるまい・・・それよりもセイバー、構わないかね?」
「・・・・えぇ・・・今回は同盟者である貴方や凛にも迷惑をかけました」
「では、やらせて貰う」
アーチャーはそう告げると共に右手に黒い短剣を出現させて、虫の息である慎二に向かって歩み寄る。
それを見た士郎はアーチャーが慎二に止めを刺す気なのだと悟るが、今度は止められなかった。既に慎二がした事は償うと言う領域を超えている。何よりも此処で止めれば凛とアーチャーとの同盟関係は完全に破綻する。故に士郎はこれから起きる事だけは絶対に目を逸らさない事だけは心に決めて慎二に歩み寄るアーチャーの背を見つめた瞬間、士郎の耳に声が届く。
「・・え、衛宮・・・た、助けて・・・くれ・・・」
「慎二ッ!・・・・・・俺にはもうお前を救えない・・・・俺はお前を助けたばかりに・・・沢山の無関係な人達を巻き込んだ・・・・だから・・・・俺にはお前を救う事は出来ないんだ」
「た、助けて」
「見苦しいぞ、間桐慎二。貴様の命運は此処までだ」
アーチャーは助けを請う慎二に対して一切の躊躇いも見せずに、その心臓を短剣で突き刺した。
最後に慎二がピクリと痙攣すると共に、間桐慎二の生命活動は終わりを迎えた。その最後の瞬間まで凛と士郎は目を離すことなく見つめ、士郎は友だった慎二を救えなかったことを胸に刻んだのだった。
ブラックとランサーが戦っていたビルの屋上。
その場所で応酬を繰り広げていたブラックとランサーは戦いを一時止めて、瓦礫だらけの屋上で睨み合っていた。ブラックの体には深手ではないがかなりの傷が存在し、対するランサーは青いボディースーツを真っ赤に染めていた。
本来ならば決着をつけるまで戦いたがったが、ブラックはイリヤスフィールの事で、ランサーはマスターの指示で戦闘を一時中断し、ライダーがこの場を去った事も理解していた。
「・・・・今日は此処までだな」
「・・・あぁ、決着をつけられなかったのが残念だぜ・・・しかし、ライダーの奴。運良く逃げ延びたようだな」
「そうだな」
ブラックとランサーは同時にライダーが去って行った方角を見つめる。
ルインからの報告でライダーが真のマスターとのレイラインを取り戻し、慎二が死んだ事をブラックは知っている。慎二に関してはブラックは何の感情も抱かなかったが、獲物と認定したライダーが生き残っている事実には僅かに喜んでいた。
「間桐慎二って言うガキが死んだ事で『聖杯戦争』は本来の形に戻ると思うぜ。今日のところは此処までだな」
「残念だがな・・・・ランサー、次こそはその命を貰う」
「へっ、そっちこそ次で心臓を貰い受けるぜ。じゃあな」
ランサーは言葉を告げると共にその身を霊体化させて、戦いの場から去って行った。
それを横目で確認したブラックは追うことはせず、ゆっくりとライダーが去って行った方を見つめて目を細める。
「コレで何かしらの動きが『聖杯戦争』全体で起きるだろう。少なくともライダーが生き残った事で、間桐家は何かの動きを見せる。狙う理由が出来たな」
そうブラックは呟くと共にランサー同様にその身を霊体化させて、イリヤスフィールとルインの下へと戻るのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
悪意の胎動
『聖杯戦争』に参加しているサーヴァントの殆どが参戦した戦いが終わった翌日。
郊外の森の奥深くにあるアインツベルン城内部。その城のリビングにあるソファーに深く腰掛けて、ブラックは冬木市に放ったサーチャーの一つから送られて来る間桐家を空間ディスプレイを通して監視していた。
慎二はアーチャーによって討たれたが、ライダーの本来のマスターは間桐家内に居る。今回の『聖杯戦争』が最後の機会と言う現状なのだから、御三家の間桐家は何かしらの動きを行なう。その第一段階が慎二にライダーを与えての動きなのだろうとブラックは考えるが、逆にソレがブラックに不信感を与えていた。サーヴァントは並みの魔術師では手も足も出せない存在。『聖杯戦争』を構築した御三家ならば知っていて当然の事実。にも関わらず、間桐の陣営は碌に魔力を提供出来ない慎二にライダーを従わせていた。
「・・・・・何を考えている?・・・・他の陣営の戦力偵察だとしても、本来のマスターとのレイラインが繋がっていないライダーでは能力も低下する・・・・『メドゥーサ』となれば有名な反英雄・・・それほどの存在を使い潰しても構わん切り札でも奴らには在ると言うのか?」
昨夜の戦いの中でライダーが生き残ったのは、本当に運が良かった事なのだとルインから話を聞いたブラックは思っている。
『偽臣の書』が運良く失われたことによってライダーは助かった。もしも『偽臣の書』が無事だったならば、ライダーは昨夜で脱落していたのは間違いない。しかし、間桐家に居る本来のマスターも、そして間桐臓硯も動かなかった。
「・・・・・何を企んでいる?・・・・・それにランサーの今のマスターの行動も不可解だ。奴ほどの実力者を他の陣営の偵察にしか動かしていない。更に昨日の戦いでも俺の邪魔を優先していた・・・・間桐家同様に可笑しい」
現在の確認しているサーヴァントの中でブラックが最も自分を討てる可能性が高いのは、ランサー-『クー・フーリン』-だと考えている。
ランサーとの戦いは純粋な実力勝負にどうしてもなってしまう。放てば心臓を穿つ『
故にランサーに『
だからこそ、ソレだけ自身が認めているランサーを威力偵察ぐらいにしか使用していない。今のランサーのマスターの行動はブラックにとって不可解でならなかった。
「・・・・・・まさか?・・・連中にはサーヴァントと言う存在を打倒出来るだけの切り札があるとでも言うのか?そう考えれば連中の不可解な行動も納得出来る・・・・だが、それが事実だとすれば一体ソレは何だ?」
そうブラックは普通ならば考えも浮かばないことも視野に入れて、二つの陣営の考えを読み取ろうとする。
ブラックがソファーに深く座り込んで考え込んでいると、部屋の扉が開いて誰かが部屋の中に入って来る。それを感じたブラックは振り向く事も無く、部屋に入って来た者に声を掛ける。
「イリヤスフィールはどうした?セラ」
「お嬢様はリーゼリットとルインフォース様に護られながら眠っております。昨晩は大分魔力を消費したようですので」
何処と無く非難が混じった声で部屋の中に入って来たセラが、目の前でソファーに座り込んでいるブラックの背に向かって声を掛けた。
イリヤスフィールの教育係であるセラにとって、イリヤスフィールに負担をかけるのは認めがたい事であった。『聖杯戦争』だとは理解しているが、出来るだけイリヤスフィールへの負担を減らしたいとセラは親心に近い感情で思っている。ましてや、“今回のような魔力不足にならない為の対処法を既に取っているのにも関わらず、ソレをブラックは使用しなかった”のだから。因みにその方法の時にルインが悪鬼羅刹と化して止めようとしたが、ブラックに黙らされた。
その方法の為に身を捨てたセラとしては、尚更に今回のブラックの行動が認められなかった。
「・・・・一体どう言うつもりなのですか?お嬢様の魔力負担を減らす為に対策を行なっていたと言うのに、昨夜はお嬢様だけから魔力を供給していたのは?」
「簡単だ。昨日あの場に居た連中の殆どが思っただろう。『アインツベルン陣営にとって持久戦は不利』だとな。その弱点を知ってノコノコと行動して来る奴らが必ず出て来る。お前ならば『一撃に賭けた短期戦』と『隙が確実に現れる持久戦』。どちらを選択する」
(・・・・・昨夜の行動はその為に・・・・分かっていた事ですが、お嬢様が召喚したこの者は恐ろしい存在・・・味方ならば頼もしいのは事実ですけど・・・敵となれば最悪を通り越す存在。恐ろしい)
そうセラは目の前でソファーに座って空間ディスプレイに映っている他陣営の拠点を監視しているブラックの背を、畏怖を込めた視線で見つめるのだった。
衛宮邸の玄関口。
早朝の朝も早い時間帯に、凛は昨夜の件での報酬である『令呪』を貰いに行く為に、玄関に来ていた。自身の靴を履きながら自身を見送りに来た士郎とセイバーに凛は振り向く。
「それじゃ、教会に行って綺礼に会って来るわ。お昼頃までには戻るから勝手に他の陣営を探索に行くとかはしないでね」
「あぁ、分かってる・・・・なぁ、遠坂?」
「何?」
「その・・・やっぱり、慎二の遺体は戻って来ないのか?」
昨夜の件が終わった後に、綺礼が派遣した教会の構成員達が回収して行った慎二の遺体の事を思い出しながら士郎は顔を暗くして凛に質問した。
その質問に凛は僅かに顔を曇らせるが、悟られないように士郎の質問に答える。
「・・・多分、慎二の遺体は間桐に返されるわ。アイツは魔術師でもない一般人だったから教会が何かする訳もないでしょうし・・・でも、『聖杯戦争』中は教会で管理するでしょうね」
「・・・・そうか」
「・・・それじゃ。もう行くわ」
凛はそう士郎に告げると共に玄関を開けて、衛宮邸から出て教会へと向かって行った。
それを確認したセイバーは居間へ戻ろうとするが、その前に士郎がセイバーに向かって声を掛ける。
「待ってくれ、セイバー。頼みがあるんだ」
「頼み?・・・私にですか?」
「あぁ・・・セイバーにしか頼めない事だ。その・・・俺に剣の鍛錬をつけて欲しいんだ」
「私がシロウに剣の鍛錬を?」
「そうだ・・・・俺は今回の件で自分の力の無さを痛感した。だから、強くなりたい。せめて足手まといにならないぐらいの実力は身に付けたいんだ」
「・・・・分かりました。確かにシロウに実力が付くのは良い事です。ですが、現状の時間帯で急激な成長は見込めないと考えて下さい。一日や二日の鍛錬で実力が上がると言うのは余程の才能が無ければ無理なのですから」
「分かってる。それでも俺は何かしたいんだ。宜しく頼む、セイバー」
「はい、微力ながらシロウの力になります」
そうセイバーは士郎に告げると、道場の方へと士郎と共に歩いて行き、剣の鍛錬を開始するのだった。
冬木教会礼拝堂。
『令呪』を貰いに来た凛は礼拝堂に置かれている椅子に座りながら、『令呪』を持って来る筈の綺礼が来るのを待っていた。そして凛が椅子に座りながら待っていると、礼拝堂の奥へと続く扉が開き、綺礼が礼拝堂に入って来る。
「遅くなってすまない。昨夜の件の後始末で忙しかったものでな」
「まぁ、アレだけの騒ぎだから仕方が無いわね。それで報酬の『令呪』は何処にあるの?まさか、本当は『令呪』なんて無かったとは言わないわよね」
「安心しろ、『令呪』ならば此処にある」
そう綺礼は告げると共に右腕のカソック服を捲り上げて、肌に刻まれている刺青のような文様を凛に示す。
その紋様を見た凛は確かに綺礼の右腕に刻まれている文様の正体が『令呪』だと悟るが、訝しげに眉を顰めて綺礼の腕に刻まれている『令呪』を見つめる。
「・・・ねぇ、数が少なくない?今までの四回分の『聖杯戦争』で発生した『令呪』の数にしては少ないと思うんだけど?」
凛がそう疑問に思うのは当然の事だった。
今までの『聖杯戦争』で回収した『令呪』ならば、それなりの数があっても可笑しくない筈。しかし、綺礼の腕に刻まれている『令呪』の数は七画ほど。『聖杯戦争』で七人のマスターに与えられる『令呪』は全て合わせれば『二十一画』になり、それらが聖杯によって各マスターに『三画』配られる。今までの『聖杯戦争』では綺礼の腕に刻まれている『令呪』しか無いのかと凛が疑問に思っていると、綺礼が事情を説明する。
「数が少ないと思うのは当然だろうが、その原因は前回の『聖杯戦争』の時にある。あの時も今回のように『聖杯戦争』で特別なルールを設けたのは伝えただろう?その時に我々聖堂教会は討伐に力を貸した全てのマスターに『令呪』が与えられなかった。その原因は当時の監督役である私の父の死が原因だ」
「・・・・ふぅ~ん。つまり、他の陣営に『令呪』を渡さないどころか、奪ったマスターが居るって訳ね?貴方のお父さんを殺して?」
「その通りだ、凛・・・私の父を殺した男の名は『ケイネス・アーチボルト』。当時は時計塔で有能な魔術師だった人物なのだが、『聖杯戦争』の中で重傷を負い魔術師でさえ無くなってしまったのだ。再起の為に彼は『聖杯』を求めた。それ故に他陣営に『令呪』が渡るのを恐れて凶行に走ったのだ。おかげで教会が管理していた『令呪』の数は此処まで減ってしまったと言う訳だ。さて、話は此処までだ。受け取れ、凛。此度の報酬だ」
綺礼はゆっくりと『令呪』が宿っている右腕を凛に向かって差し出し、凛自身も自らの『令呪』が宿っている腕を差し出す。
それと共に綺礼は秘蹟を行ない、右腕に蓄積していた『令呪』の一画を凛が差し出して来た腕に転写した。痛みも無く宿った『追加令呪』を凛は確認すると、捲くっていた服を戻して綺礼に背を向ける。
「確かに受け取ったわ、綺礼。それじゃ帰らせて貰うわよ」
「もう帰るのか?茶ぐらいは出そうと考えていたのだが?」
「あんまり長く居ると他の陣営に睨まれるかもしれないから止めておくわ」
「そうか・・・では、諦めるとしよう。間桐慎二を討ってくれた事を感謝するぞ、凛。間桐家の方には今後も『聖杯戦争』に参加するならば、次は無いと伝えておいたので安心したまえ」
その綺礼の言葉に凛の足は教会の出口の前で止まった。
綺礼は凛の動きが止まった理由を察して内心で笑みを浮かべながら、入り口の扉に手を掛けて止まっている凛の背に向かって声を掛ける。
「時臣師も喜んでいる事だろう。お前ともう一人が共にサーヴァントを召喚出来るだけの魔術師としての技量を身に付け、『聖杯戦争』に参加しているのだから。師は言っていたよ。もしも互いに争う事があるならば、ソレこそがしあわ…」
「止めなさい!綺礼!!」
冷静な様子をかなぐり捨てて凛は背後を振り向き、綺礼に向かって怒りに満ちた視線で睨みつける。
その様子に綺礼は内心ではともかく、両手を後ろで組みながら凛に背を向けて僅かに憂いを帯びた声を出す。
「すまなかった、凛。お前の気持ちを考えていなかった。だが、忘れてはならない。『聖杯』を手に入れるのは『遠坂家の悲願』だと言う事を」
「・・・・分かってるわ。『聖杯』は絶対に手にするわよ」
凛はそう言い捨てると共に荒々しく扉を開けて、外に出ると共に勢いよく扉を閉めて教会から出て行った。
綺礼はその様子に凛の気持ちを考えながら笑みで口元を歪めていると、誰も居ないはずの礼拝堂の中に愉快さと傲慢さに満ちた笑い声が響く。
『ハハハハッ!愉快愉快!時臣め。死の寸前まで
「師にとって今回の『聖杯戦争』は望んだ結果であろう。ライダーではなく『間桐慎二』だけを標的にしたのは間違って居なかったようだ。ライダーが生き残ったのは私にとっても僥倖と言える」
『確かにその通りだな、綺礼よ。しかし、随分な親心もあったものだ』
「凛にとっては喜ぶべき事だろう。ライダーの本当のマスターが誰なのか分かったのだからな・・・さて、話は変わるがお前にやって貰いたいことがある」
『・・・ほう・・・・まぁ、構わんぞ。中々に愉快な劇を見られるかもしれぬ。それに応えてやろう。
「何、『聖杯戦争』は進んでいるが、どの陣営も今のところ敗北していない。間引きはそろそろ必要だろう。アインツベルンの陣営を潰して貰いたいのだ。間桐の怪しい行動を考えれば、『聖杯の器』の回収は必要だからな」
『良かろう。今夜にでも潰してこようぞ。愉しみに待っていろ、綺礼』
その言葉を最後に礼拝堂の中にあった綺礼以外の気配は消えた。
これで問題が一つ減るだろうと考えながら、綺礼は礼拝堂の奥へと歩いて行くのだった。
冬木市内にある円蔵山。その場所は冬木の霊脈の全てが集まっている場所。
同時に円蔵山の頂上にある柳洞寺を基点としてサーヴァントにさえも影響を及ぼすほどの結界が張られていた。そしてキャスターの拠点の場所でもある。
柳洞寺の主から設けられた部屋の中で、霊脈を利用した監視網から送られて来る映像を宝玉に映して眺めながら、キャスターは昨夜の出来事で得た情報を吟味していた。
(昨日の件であのルインと言う名の女が所属するアインツベルンの陣営は、持久戦が不利と言うことが明らかになった。しかし、相手は二体のサーヴァントを従えている陣営。持久戦に持ち込むのも苦労するのは間違いない。やはり、短期戦も視野に入れるべき・・・ルインと言う女の『宝具』が黒い竜人だとしても、まだ切り札を隠している可能性はある・・・やはり、あの陣営に挑むのは一筋縄ではいかない)
神代の魔術師であるキャスターから見ても、アインツベルン陣営は隙が見えない陣営だった。
迂闊に攻め込めば確実に手痛い反撃どころか、自身の陣営の敗北さえも考えられる陣営なのだとキャスターは見ていた。もしも挑むのならば強大な戦力が必要。
だが、キャスターにはその強大な戦力は無い。冬木市中から魔力を集めているとは言え、確実に勝てると言う保障が無いのだから、キャスターはアインツベルン陣営には今のところ攻める気は無かった。
「『アサシン』は山門から動けない。となれば、他の陣営のサーヴァントを奪うべきね。有力な候補としてはセイバーに、竜種に匹敵する力を持った『
キャスターはそう呟くと共に宝玉の中に映っている道場の中で剣の鍛錬を行なっているセイバーと士郎の姿を、特に凛々しく士郎を鍛えているセイバーを楽しげに眺める。
「・・・フフッ、やっぱり良いわね、彼女。戦力としてだけではなく、あの凛々しい顔立ちも良いわ・・・・それに」
ゆっくりとキャスターはローブの中に手を入れて、今日の早朝に急いで街に行って手に入れた一枚の写真を取り出して何処と無く陶酔した様な顔をして見つめる。
「・・・やっぱり、良いわ。この衣装。あの子の愛らしさと可愛らしさを強調するような衣装。しかも、恐らくコレは魔術的防御も備えている。ハァ~、こんな衣装をセイバーにも着せて、この子と並べて見たいわ」
そうキャスターが陶酔したように見つめる写真には、バリアジャケットを纏っているイリヤスフィールの姿が映っていたのだった。
薄暗い闇に満ちた空間。僅かに輝く光も不安しか感じさせない場所の主である間桐臓硯は愉快そうに、闇の奥深くに居る者を見つめていた。
「カカカカカカカカッ!慎二の奴・・・出来損ないの分際で予想以上の成果を上げおったわ。これで他の連中のサーヴァントは見極められた。特に『アサシン』のサーヴァント・・・カカカカカッ!あのような不安定な存在を利用しない手は在るまい。後はこやつの調整さえ済めば全てワシの思うがままに『聖杯戦争』は進む」
愉快そうに臓硯は闇の中で蠢くモノを見つめる。そのモノもまた闇だった。
まるで揺らめくように闇は動き、周囲の闇と同化して行くように広がって行く。まともな者が見れば、その闇には恐怖と絶望しか感じられないだろう。それほどまでに濃密な負に満ち溢れた闇が蠢いていた。しかし、臓硯は逆にその様子を楽しげに眺め、自身の背後で射殺さんばかりに睨んで来ているライダーに振り向く。
「カカカカカッ!ライダーよ。ワシを殺したければ殺すが良い。その時にどうなるのかお前は理解しているだろうがな」
「マトウゾウケン!」
自らを嘲るような視線を向けて来ている臓硯に、ライダーは怒りと屈辱に満ちた顔で睨みつけながら声を出した。
ライダーの発する殺気はそれこそ慎二に向けていた憎しみを超えていた。赦されるのならば、目の前に立つ老人の姿をした妖怪を全力で殺しているほどのものだった。しかし、ライダーはそれが出来ない。目の前に居る臓硯が自らの本当のマスターの命を握っていることを理解している為に、殺したくても殺すことは出来ない。
自分には絶対に手を出さないことを分かっている臓硯は、愉快げに笑いながら闇の奥に居る者に目を向ける。
「クククッ!しかし、衛宮の倅と遠坂の小娘が手を結んでくれたおかげで、こやつの闇は深まった。■■■よ。御主の愛しき者は遠坂の小娘が奪うかも知れぬぞ」
(・・・・・・ウバウ?・・・・トオサカセンパイガ・・・・アノヒトガ・・・センパイヲウバウ?)
「お前がどのような目にあっているかも知らず、どれだけ助けを求めても手を差し述べなかった、遠坂の小娘がお前の愛しき者を奪うのだ」
「(・・・・センパイガ・・・アノヒトニ・・・ウバラレル・・・イヤ・・・イヤ・・イヤッ!)ウバワセナイ!!アノヒトヲ!!ウバワセナイ!!」
「カカカカカッ!!・・・もうすぐだ。もうすぐ完成するぞ!ワシの切り札!!『黒の聖杯』が!!カカカカカカカッ!!!」
更に深まって行く闇を愉快そうに臓硯は、闇の中心に居る者の姿を眺める。
その背後に立つライダーは、自らの主に起きようとしている事を理解しながらも何も出来ない事実に、強く唇を噛み締めて唇から血を流すのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
王との邂逅
衛宮邸の道場内。武家屋敷である衛宮邸の中でも一番の広さを持つ鍛錬を行なう場所で、何時もは響く事のない竹刀を打ち鳴らす音が鳴り響き続けていた。
剣の鍛錬を行なっているのは家の主である士郎。その士郎を師事しているのはセイバーだった。
ーーーパシーーン!!
「ハァ、ハァ、ハァ」
甲高い音と共に手の中に在った竹刀が弾かれながら、士郎は荒い息を吐いて涼しい顔をして竹刀を構えているセイバーを見つめる。
「まだ続けますか?」
「あぁ、頼む!」
「では、続けましょう」
落ちていた竹刀を拾いながら叫んだ士郎に応じるように、セイバーも竹刀を構え直す。
そのまま再び竹刀の打ち鳴らしが始まるが、気合の篭もった士郎の打ち込みに対してセイバーは冷静に対処を行ない、士郎の悪い部分を指摘しながら最小限の動きで鋭い一撃を士郎に叩き込んで行く。
打ち合う度に士郎は目の前にいるセイバーとの実力差を痛感するが、諦めることなく、せめて一太刀だけでも入れて見せると言う気合を持って竹刀を振るって行く。しかし、剣の英霊として呼ばれたセイバーに一太刀を入れることが出来ずに道場に座り込んでセイバーがヤカンに入れて来てくれた水を飲む。
「プハァァァッ・・・まさか、一太刀も入れられないなんて」
「当然です。しかし、シロウの打ち込みには芯があります。私も鍛錬をしていて心地良かったです」
「そうか・・・・・なぁ、セイバー?」
「何でしょうか?」
「その・・・気になっていたんだけど、セイバーは爺さん、衛宮切嗣に十年前に召喚されたんだよな?」
「・・・・はい」
「・・・・爺さんはどんな願いを持って『聖杯戦争』に参加したのか知っているか?俺は『聖杯』に叶えて欲しい願いなんて無かったけれど、爺さんが望んで『聖杯戦争』に参加したんだったら願いが在ったって事だろう?それが何なのか気になるんだ」
「・・・・・・私にも彼の本当の願いが何だったのか分かりません。ですが、アイリスフィールが言っていました。切嗣が『聖杯』に対して願うのは『恒久的平和』の為だと」
「『恒久的平和』だって?」
セイバーが告げた切嗣の願いに僅かに目を開きながら士郎はセイバーを見つめ、セイバーもその目を正面から見つめて頷く。
「彼は目的の為には手段は選びませんでした。私自身も彼の戦い方には共感出来なかったのは事実です。しかし、一度だけ彼と話す機会がありました。彼が自らの願いの為には手段を選ばなかったのも事実です」
「・・・それだけの事をしていた爺さんが最後の最後で自分の願いを叶えられる機会を放棄した・・・一体爺さんに何があったんだ?」
「分かりません。最後の戦いの時に私はアーチャーと、切嗣はそのマスターと交戦する為に離れ離れになっていましたので・・・・それでシロウ?貴方は何故切嗣の願いを知りたいと思ったのですか?」
「あぁ・・・・俺は爺さんの理想だった『正義の味方』を俺が叶えるって誓ったんだ・・・・だから、俺は出来るだけ犠牲を減らしたいと思っている・・・・・今回は駄目だったどころか、沢山の無関係な人達を巻き込んだけどな」
慎二を助けたばかりの行動の結果を思い出し、士郎は顔を暗く俯かせる。
その様子にセイバーも今回の件での犠牲者の事を思い出して顔を暗くしていると、道場内に教会から戻って来た凛が足を踏み入れる。
「あっ!いたいた・・・母屋の方に居なかったら探したわよ。二人して剣の鍛錬でもしていたの?」
「そんなところです、リン」
凛の質問にセイバーが答えると、凛は士郎とセイバーの傍に近寄る。
同時に凛の背後でアーチャーが実体化し、道場の壁に背を預けると共に床に凛は座り込んでセイバーと士郎と話し合える体勢を作る。
「教会から『令呪』は貰って来たわ。コレで戦力は僅かに上がったけれど、作戦会議は必要だからね」
「えぇ、昨日の乱戦で多くのサーヴァントの情報が得られました。今後の私達の行動を話し合うのは必要です」
「そう・・・先ずは私から気になった事を話すけれど、衛宮君にセイバー?貴方達二人とも『アサシン』のサーヴァントらしき奴は見た?」
「いや・・・俺が見たのは慎二とライダーが立て篭もっていたのとは別のビルの屋上で、学校で見た黒いサーヴァントとランサーのサーヴァントが戦っていたのだけだ」
「私もです。ビルの中に入ってから警戒を強めましたが、『アサシン』のサーヴァントは感知出来ませんでした」
「・・・私もアーチャーも『アサシン』のサーヴァントは見なかったわ。普通に考えれば必ず現れると思っていたんだけど」
「どう言う事だよ?」
「サーヴァントにはそれぞれのクラスに適した者が呼ばれるのは言ったわよね?『アサシン』のサーヴァントはその中でも『マスター殺し』。サーヴァント同士が直接戦うよりも『暗殺』に特化したクラスなの。だから、慎二を殺しに現れなかったのは不自然だと思ってね」
昨夜の戦いでは『アサシン』のサーヴァントだけがその姿を見せなかった。
姿を隠し続けてここぞと言う時に現れる可能性も考えられるが、『令呪』と言う切り札をみすみす他の陣営に渡らせるのも考え難い。アサシンを除いた他のサーヴァントが集結していただけに、『アサシン』のみが姿を現さなかったのは明らかに不自然だった。
何せ他の陣営のマスターを殺すチャンスもあっただけに、その機会を逃したアサシンとそのマスターの行動が不可解だった。
「アーチャー?貴方は如何思う?」
「・・・考えられるとすればアサシンとそのマスターは、他のサーヴァントとマスターが潰しあって最後の二体のサーヴァントとなった時に動く為に姿を見せなかった。或いはアサシンのサーヴァント自体に動けない事情があるかのどちらかだろう・・・少なくともアサシンのサーヴァントとそのマスターは何かを企んでいる可能性は否めない。警戒だけはしておくべきだろう」
「そうね・・・確かにアサシンは警戒すべきね。それで次はキャスター・・・昨日の件で更に魔力がキャスターには集まったかもしれないわ」
「何だって!?」
「あのビル内の人達が倒れていたでしょう?アレは間違いなくキャスターが生気を奪ったからよ。慎二達に罪を着せるようにしてね」
「キャスターのサーヴァントがそんな事を」
あの状況で慎二とライダーを倒す訳でもなく、更に魔力を得る事を重視していたキャスターの行動に士郎は苦虫を噛み潰したような声を出した。
もしもキャスターが慎二達を早期に捕捉していたとなれば、犠牲者を減らせられたかもしれないだけにキャスターに対する苛立ちが士郎は募っていた。その士郎を横目で見つめながらアーチャーが自身の考えを告げる。
「キャスターの方は静観しておくべきだろう。奴が魔力を集めると言う事は、最終的に此方にとって優位に進む」
「・・・どう言う事だよ?」
「膨大な魔力を所持しているキャスターと、イリヤスフィールと言う限られた魔力の供給先しかない規格外の二体のサーヴァント。あの二体に勝つ為には相手の魔力切れで挑むのが最も勝算が高い。純粋な技量で戦うのは此方が不利なのは明白だ・・・それに・・・セイバー?私が見たところ、あの竜人のようなサーヴァントは君と相性が悪いのだろう?」
「ッ!?・・・・・気がついていましたか、アーチャー?」
「学校の戦いの後に君が左腕を庇うような動作をしていたのでね・・・・今も治っていないのだろう?」
そうアーチャーは言葉を発しながら険しい視線でセイバーの左肩を見つめ、士郎と凛もどう言う事なのかと疑問に満ちたセイバーに向ける。
三人の視線に観念したと言うようにセイバーは着ている服に手をかけようとする。その行動に士郎は慌ててセイバーを止めようとする。
「って!?セイバー!!何をしようとしているんだよ!?」
「?・・何を慌てているのです、シロウ?言葉で言うよりも見て貰った方が早いと思ったのですが?」
「見て貰うって、ウワッ!」
セイバーの行動に士郎は顔を赤らめるが、セイバーは構わずに左側の服だけを肌蹴させる。
それと共にセイバーの左肩を見た凛は顔を顰め、士郎も慌てるのを忘れてセイバーの左肩をジッと見つめる。綺麗な素肌をしているセイバーの左肩には、その素肌を無意味にするほどの深い裂傷が残ったままだった。
血は流れていないが、その傷は全く癒える様子が無く、士郎は学校でセイバーがブラックに傷を負わされた事を思い出す。
「その傷!?まさか、あの時の!?」
「・・・えぇ・・・あの時に竜人に負わされた傷です。血こそ流れていませんが、治癒が殆ど進んでいません・・・・恐らくあの竜人の両篭手に『概念殺し』が宿っています」
「『概念殺し』?・・・何だそれ?」
「ハァ~・・・全くもう・・・伝説にも在るでしょう?『神殺し』の武器とか、『竜殺し』の武器とかが?あの黒い竜人の武器にはそう言う『概念』が宿っているのよ。どんな概念か分からないけれど、セイバーにとってあの武器に宿っている概念は不利に働く代物なんでしょう?」
「えぇ・・・もしやと思っていましたが、傷の治りが遅いことから考えて間違いないでしょう。あの黒い竜人は私にとって最悪の相性の武器を所持しています・・・・(信じられない事に、自らにさえも作用する武器を扱っているのですから)」
ブラックが両腕に装備している『ドラモンキラー』に宿っている概念の正体は『竜殺し』。
竜に関するモノに絶対的な威力を誇る概念。セイバーはその身に『竜の因子』を宿しているので、『ドラモンキラー』はセイバーにとって最悪の相性を誇る武装だった。
それだけではなく『竜殺し』の概念を宿している武装を、平然と使っているブラックにセイバーは僅かに恐怖を感じていた。ブラックもまた『竜』に関する存在。それ故に『ドラモンキラー』はブラックに対しても絶大な威力を発揮する筈なのに、ソレに怯える様子も無くブラックは扱っている。
(恐らくあのサーヴァントには『竜殺し』の類は脅威とならない。アレは前回のアーチャーに匹敵する脅威)
そうセイバーがブラックに対して考えていると、凛がイリヤスフィールの事に話題を変えた。
「イリヤスフィールのサーヴァント・・・どっちも本当にとんでもないわよね。片方は魔法クラスの力を一小節で発動させ、もう片方はとんでもない力を誇る竜人。しかも『バーサーカー』のサーヴァントだと思っていたのに、理性があるなんて最悪としか言えないわ」
「その『バーサーカー』クラスのサーヴァントは、理性が無いのか?」
「えぇ、そうよ。バーサーカークラスは他のクラスよりも力が上がるクラスなの。だけど、その代わりに理性が無くて暴れまわるクラスなのよ。衛宮君がセイバーに剣の鍛錬を受けられるのだって、私がアーチャーと相談出来るのも相手と話が通じるからでしょう?だけど、バーサーカーのサーヴァントはそう言うマスターを補助するような力を全て無くしてただ純粋に力だけで攻めるクラスのサーヴァントなの」
「力だけのクラスのサーヴァント・・・・他にも何かデメリットが在るのか?」
「えぇ・・・『バーサーカー』クラスの最大の弱点は魔力不足よ。セイバーやアーチャーは自分の保有魔力が分かっているから、現界ギリギリの魔力が見極められるわ。だけど、バーサーカーだけは理性が無いから魔力なんて構わずに暴れてしまう。実際に今までの『聖杯戦争』で召喚されたバーサーカーのサーヴァントは、全部自滅しているらしいの。強力な英雄となれば更に魔力も消費するしね。だから、『聖杯戦争』で召喚されるクラスの中でも、最も忌避されているクラスなの」
「なるほど」
凛の説明に納得がいったと言うように、士郎は真剣な顔をして頷いた。
『聖杯戦争』に於いて最も扱いが難しい『
理性が無い為にマスターが出せるのは大まかな指示だけで、細かな指示は受け付けず、マスターの魔力を常に大量に消費する。戦力は上がるがその分デメリットが多いクラスなのだと理解した士郎は、自分がセイバーを召喚出来たのは本当に運が良かったのだと理解する。
「だけど、あの竜人は口を利いたよな?」
「えぇ、だから分からないのよ。慎二の言うとおりイレギュラークラスのサーヴァントなのか?それとも『バーサーカー』クラスで召喚されたのにも関わらず理性を持っているとんでもないサーヴァントのどちらかなのか?」
「前者だとすればあのイリヤスフィールと常に行動を共にしている、ルインと言う女性が竜人を召喚した可能性が高い。後者だと更に厄介だ。後者の場合は、あの竜人がルインと言う女性を召喚したと言う事なのだから。この場合は竜人を倒さなければ、イリヤスフィールを敗北させることは出来ない」
「・・・アーチャー?貴方の言葉ではルインと言うサーヴァントに勝てる手段があるように聞こえますが?」
「あぁ・・・私の宝具を使用すれば、ルインと言うサーヴァントは倒せる可能性がある。しかし、もしも竜人がルインと言うサーヴァントを召喚していた場合は勝算は低くなるのは否めない。私から見てもあの竜人には隙らしい隙が見えないのだ」
「だけど、昨日の件で分かったけれど、イリヤスフィールでも同時に二体のサーヴァントを戦わせるのはキツイみたいよ。私と戦っている時にかなり辛そうな顔をしていたもの」
昨夜『傀儡兵』を残して去る前のイリヤスフィールの顔色の悪さが演技だったとは、凛にはとても思えない。
もしもあの時の様子が演技だったとすれば、それこそイリヤスフィールは世界中にその名を轟かせる名女優になれるほどだった。だからこそ、凛は同盟関係を結んでいる状況を考慮して、イリヤスフィールと戦う時はセイバーがブラックを、アーチャーがルインを同時に攻めると言う作戦を考えていた。
アーチャーから教えられた宝具だと言う『
それならば例えルインがセイバーと戦った時に見せた空間干渉さえも撃ち破れると凛は考えていた。
「やっぱり、連中と戦う時はセイバーが竜人を押さえて、アーチャーがその間にルインって言うサーヴァントを倒すべきね。貴方はどう思う、アーチャー?」
「布陣としては間違っていない。あの女性がイリヤスフィールが召喚したサーヴァントだった場合は、私が彼女を倒せばイリヤスフィールは敗退する。相性が悪いとは言え、セイバーもあの竜人に遅れを取る事はないだろう?」
「無論です」
アーチャーの質問に対してセイバーは迷い無く頷いた。
確かにブラックの力は凄まじいが、それでも白兵戦において遅れを取るつもりはセイバーには無い。アーチャーが援護に来るまでにブラックに手傷を負わせると言う気合を持っている。
「学校での出来事であの竜人の武装には深い傷があります。その傷を攻めれば、武装を破壊する事も出来るでしょう」
「なら、やっぱり布陣は決まりね。昨日でイリヤスフィールの魔力が減っている現状、攻めるのなら今日ね。回復される前にあの二体のサーヴァントを倒しに…」
「凛。それは止めておいた方が良いぞ」
「・・・どう言うこと、アーチャー?」
突然の今までの話を無意味にするようなアーチャーの言葉に凛は疑念に満ちた視線を向け、士郎とセイバーもアーチャーに視線を向ける。
「確かに昨日の夜にイリヤスフィールが疲弊しているのを君が見たのは間違いないだろう。だが、私はあの連中が簡単に自分達の弱点を晒すような存在だとは思えない」
「・・・・もしかしたら罠の可能性も在るってこと?」
「そうだ。加えて言えば、攻め込むとなれば当然だが相手の陣地で戦う事になるのは間違いない。ただでさえ連中は強い。その連中が自分達の力を思う存分に戦える場所に居るとすれば、ソレだけでこっちが不利になるのは間違いないだろう。凛、あの竜人は恐らくだが手加減をしている可能性がある」
「手加減ですって!?」
「ちょっと待ってくれよ!?アイツは学校でライダーを圧倒したんだぞ!?それでも手加減していたって言うのかよ!?」
「その可能性が高いと私は考えている。奴の力は強大だ。しかし、その力が奴に全力を発揮出来ない状況を作っている」
「・・・・・確かにアーチャーの考えには一理あるかもしれませんね」
アーチャーの考えに納得が行く部分があったセイバーは同意を示した。
強大ゆえに本気で力をブラックが振るえば、確実に学校は崩壊していた。そうなれば『聖杯戦争』のルールに抵触する。市内でブラックが本気を発揮出来るようになる為には、自分達にルインが使用した結界が必要なのは間違いなかった。しかし、自らの陣地に居るとすればブラックは存分に力を発揮出来る。
その可能性に行き着いた凛は、家にあった他の御三家の拠点に関する資料の内容を思い出す。
「そう言えばアインツベルンの陣地は郊外にある広大な森だったはず・・・其処ならどれだけ暴れても問題は無いわね・・・アーチャーの言うとおり、イリヤスフィール達の陣地で戦うのは不味いわ」
「そう言うことだ。連中も何時までも陣地に篭もっていることは無いだろう。寧ろ陣地から出て来た時に攻める方が良い」
「・・・そうね。疲弊していたとしてもアレだけの力を持っている連中なんだから、陣地に攻め込むのは愚策だったわ・・・まぁ、衛宮君も今日は鍛錬に励みたいでしょうし、今日は大人しくしていましょう」
「分かった」
凛の言葉に士郎は応じ、セイバーとアーチャーも頷いて同意を示すのだった。
夕暮れに照らされている郊外の森。『アインツベルンの森』と『聖杯戦争』に参加する魔術師の殆どがそう呼称する森の入り口に高級そうな黒い服で身を包んでいる金髪の青年が歩いて来た。
結界で覆われているその森に何の不安さも感じられないどころか、傲慢さに満ち溢れた足取りで森の奥へと踏み込んで行く。それと同時に森の木々の中から何かが起動するような音が鳴り響き、青年の道を遮るように全長四、五メートルほどの大きさの『傀儡兵』が四機立ち塞がる。
『傀儡兵』達は侵入者を排除する為にそれぞれが持つ剣や銃器などの武装を構えるが、青年は慌てるどころか『傀儡兵』達に燃えるような赤い双眸を向ける。
次の瞬間、全ての『傀儡兵』達から破砕音が鳴り響き、金属で出来ていた四肢は消滅している者や、胴体に巨大な大穴が開いたり、『傀儡兵』達は全機何の行動も出来ずに機能を停止した。ソレを行なったであろう青年は自身の道を阻もうとした『傀儡兵』達を傲慢さに満ちた視線を向けながら呟く。
「人形風情が
そう青年が呟くと同時に青年の背後から無数の輝きが前方に向かって走り、『傀儡兵』の残骸どころか、その先にあった木々さえも消失した。
青年は舞い上がった砂埃が治まると共に歩みを再開し、森の奥深くにあるアインツベルン城に向かって真っ直ぐに進んで行くのだった。
アインツベルン城の一室でイリヤスフィールはルインと共に、セラとリーズリットが用意した食事を取っていた。
部屋の中にはブラックも居るが、用意された食事にブラックは手を付ける様子は無く、静かに水を飲みながら窓の外を見つめていた。その風景がブラックとルインが現れてからのイリヤスフィールが慣れ親しんだ食事の風景だった。ブラックは食事は取らないが、ルインが一緒に食事を取ってくれるのでイリヤスフィールは寂しいと言う感情を抱かずに済んでいた。セラとリーズリットは従者の自分達が、主と卓を同じくするのは不敬にあたると考えている為一緒に食事は取らないのでイリヤスフィールは密かに今の食事の風景が好きだった。ブラックは食事は取らないが、それでも食事の時は必ず居るので問題は無い。
ゆっくりとルインと話をしながらイリヤスフィールが食事を取っていると、突然にルインが僅かに眉を顰めて顔を壁の方向に向ける。
「ムッ!?」
「?・・・どうしたのルインお姉ちゃん?」
「・・・・東側の森の付近に配置していた『傀儡兵』の反応が一瞬で消失しました。増援として向かった『傀儡兵』も次々と破壊されています。何者か分かりませんが侵入者のようです」
「そのようだな。しかし、随分と派手にやって来る奴だ。自分の気配も隠す様子も見せずに向かって来ている・・・・しかし、この気配・・・サーヴァントなのか?」
ルインの報告に肯定しながら、ブラックは自分達が居る場所に隠す様子も見せずに向かって来る気配に眉を顰める。
向かって来ている気配から巨大な力をブラックは感じていた。だが、その気配はサーヴァントが放っている特有の気配が無かった。配置していた『傀儡兵』は並みの魔術師達では一瞬で破壊出来るような代物ではない。一瞬で破壊出来るとすればサーヴァントだけ。しかし、向かって来ている気配からサーヴァントの気配は無い。
どう言うことなのかと話を聞いていたイリヤスフィール、セラ、リーズリットが首を傾げていると、破壊されていく『傀儡兵』達が送って来た侵入者の姿をルインが空間ディスプレイに映す。
「ブラック様、侵入者の正体はコイツです」
ルインがそう告げるとイリヤスフィール、セラ、リーズリットは空間ディスプレイを覗き、ブラックも視線を向けて、高貴さと傲慢さを全身から発している金髪の黒い服の青年の姿を見つめる。
『傀儡兵』の殆どがその青年の前に立ち塞がると同時に一瞬にして破壊される。一体何で破壊されているのかとルインは破壊される直前の映像を限界までスロー映像にして、青年の背後から剣らしき物が現れるのを目撃する。
「コレです!この剣が『傀儡兵』達を破壊しています!しかも、他の『傀儡兵』達が破壊される直前に送って来る映像を良く見ると一つ一つが違うようです」
「・・・・何?コイツ?・・・こんな奴!私知らない!こんなサーヴァントが居るはずがない!?」
「イリヤ、落ち着く」
謎のサーヴァントの出現にイリヤスフィールは困惑に満ち溢れた声で叫び、リーズリットはイリヤスフィールを落ち着かせようと肩に手を置く。
その隣でセラは何処かで聞いたような容姿をしているサーヴァントと思われる青年の姿に顎に手をやりながら考え込む。
「・・・金髪に赤い瞳?・・・どこかで聞いたような?」
「・・・・・そう言うことか。何処のどいつか知らんが、コイツが居たから今のサーヴァントを犠牲に出来る行動が出来たわけだ」
納得が行ったと言うように声を出したブラックに、イリヤスフィール達がどう言うことなのかと視線を向けると、ブラックは空間ディスプレイに映っている青年の映像を睨みながら説明する。
「ライダーとランサーの二つの陣営。この二つの陣営のどちらかの切り札がコイツだったんだ。連中がサーヴァントを無駄に消費するような使い方をしていたのが不可解だったが、コイツがどちらかに組していれば片方は納得出来る」
「ですが、どうして更にサーヴァントが?」
「さてな・・・どちらにしてもコイツが俺達の敵なのは間違いない。ならば、やる事は一つだ」
ブラックはそう質問して来たセラに答えると共に、ゆっくりと部屋の入り口の扉に手を掛ける。
「お前達はルインと共に此処に居ろ。この隙に乗じて動く奴が居るとも限らんからな。それに奴には恐らく俺だけで充分だ」
「気をつけてね、ブラック」
そうブラックの背にイリヤスフィールは声を掛け、ブラックはもはや立ち止まることなく部屋から出て向かって来ている侵入者の下へと向かうのだった。
静寂に包まれている広大なアインツベルンの森を破壊するように、立て続けに破砕音が鳴り響き続けていた。
それを行なっている金髪の青年は両手をズボンのポケットに入れながら、自身の行く先を阻むように現れる『傀儡兵』達を破壊し続けていた。森に配置されていた『傀儡兵』の殆どが破壊され、遠距離から攻撃しようとする『傀儡兵』も攻撃される前に青年の攻撃によって破壊されて行く。
正に圧倒的だった。並みの魔術師では対抗するのも難しい力を持っている『傀儡兵』が、全て一瞬たりとも青年の行く道を阻む事も出来ずに『傀儡兵』は破壊されて行くのだから。
「つまらん。人形遊びでこの
何かに納得が行ったと言うように青年は呟きながら、森の木々の奥から更に現れる『傀儡兵』を燃えるような双眸で睨む。
「芸が無い。つまらぬ芸ばかりで見飽きた。失せるが良い」
青年がそう呟くと共に、青年の背後の空間が陽炎のように歪み、忽然と眩い輝きを放つ刃が虚空に出現した。
出現したのは二振りの抜き身の刃を晒している剣。どちらも目を奪われてしまうほどの装飾が施され、膨大な魔力を誇示するかのように放っていた。見る者が見れば、その剣の正体が『宝具』だと一瞬で理解するだろう。
「消え去れ」
青年が宣言すると共に二本の剣は『傀儡兵』達に向かって飛び出した。
狙いもまともに定まっていないはずの攻撃。しかし、その破壊力は凄まじかった。放たれると同時に剣は音速に近い速度にまで上がり、一瞬にして『傀儡兵』達を粉砕する。
破砕音が鳴り響くと同時に『傀儡兵』は崩れ落ち、青年は歩みを再開しようとする。しかし、青年の歩みを止めるように『傀儡兵』達がいた後方から閃光が走り、青年の顔の横を通過する。
「ムッ!」
自らの顔の傍を通過した閃光に眉を顰めて青年が振り返ってみると、一つの木に深々と先ほど青年が放った剣が突き刺さっていた。
青年はその事実に僅かに苛立ちを込めながら前を見てみる。其処には『傀儡兵』の残骸の後方に青年が放ったもう一人の剣を左手に握っている漆黒の竜人-『ブラック』-が、険しい視線を青年に向けていた。自らの宝物を無造作に握っているブラックに青年は怒りに満ちた視線を向ける。
「・・貴様、我が宝物を汚らわしい手で触れるとは・・・・万死に値するぞ!!雑種!!」
青年が叫ぶと共にその後方の空間が揺らぎ、青年の周囲を輝かせるように空間から多数の『宝具』が出現した。
剣だけではなく、槍、矛、鎚、斧といった、用途も素性さえも分からない武具が青年の背後に現れた。その全てが強大な魔力を発し、一目見て『宝具』だと分かる代物ばかりだった。その数は凡そ二十挺。しかし、二十もの『宝具』を目にしてもブラックは動揺した様子を全く見せずに真っ直ぐに青年を睨み続ける。
「自らの手癖の悪さに後悔しながら消え去るが良い!!」
ーーーズガガガガガガガッ!!
号令を青年が発すると共に背後に浮かんでいた『宝具』の群れが一斉に轟音を発しながら、夜の闇を払いながら先を争って、真っ直ぐにブラックに向かって直進する。
それに対してブラックは僅かに身を下げると共にいの一番に飛来した槍を右手のドラモンキラーを下から上に向かって勢い良く上げる事で上に向かって弾き、二番目の剣を左手に握っていた剣で叩き落す。其処からは流れるような作業だった。次々と飛来する『宝具』を淀みも無く叩き落すか、上に向かって弾く。凄まじい威力を発揮するであろう『宝具』の絨毯爆撃も、ブラックは脅威と感じていないかのように両手に装備しているドラモンキラーか、或いは飛来する『宝具』を掴み取って地面に叩き落す。
その技巧はもはや流れるような作業で、青年の攻撃を脅威とすら認識していないほどだった。更に信じられない事に、爆撃クラスの威力を持つ攻撃に対してブラックは殆ど足を動かす様子を見せなかった。最後に一際轟音が響くと同時に最後に飛来した矛も叩き落され、ブラックは叩き落した矛を拾い上げて刃先を青年に向ける。
「この程度の攻撃しか出来んのか?つまらん。ただ威力に任せた射撃など、俺に通じると思っているのか?」
「貴様!!我が宝物に薄汚い手で触れたばかりか、王に対する物言いと良い・・・もはや、肉片も一つ残ると思うな!!」
青年が叫ぶと共に再び背後の空間が歪み、今度は先ほどの倍を超える四十以上の『宝具』が出現した。
英霊の切り札である『宝具』を湯水のように出現させる青年に大抵の者は怯むだろう。だが、ブラックは怯むどころか前へと足を踏み出して青年とその背後にある『宝具』の数々を真っ直ぐに見つめる。
「面白い。少しは俺を楽しませてみろ!!!」
「ほざくな!雑種!!」
ーーーズガガガガガガガッ!!
青年の号令と同時に『宝具』の数々は轟音と共に射出され、ブラックは射出された『宝具』の軍勢の中に飛び込み、夜のアインツベルンの森で戦いが始まったのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
王との決着・・・そして堕ちた少女
本年も宜しくお願いします!!
次からは『魔法世界』の方も更新する予定です!!
暗がりに包まれているアインツベルンの森。
本来ならば静寂に包まれているはずの森で、凄まじい激突音や破壊音が鳴り響き続けている。轟音が鳴り響く場所には既に森の木々が存在せず、更地に近い状態になっていた。そしてその場所の地面には凄まじい魔力を発している武具の数々が地面に突き刺さっていた。墓標を思わせるように剣、槍、斧、矛などが地面に突き刺さり、今もその数を増やしていた。
「おのれ!!」
怒りに満ち溢れた声と共に黒い服から輝く金色の鎧を纏った金髪の青年が怒りに満ちた声で、背後に浮かぶ『宝具』の数々を轟音と共に前に向かって射出する。
その『宝具』の数々には“必中”と言う概念が含まれていた。放てば確実に当たる筈のそれらは真っ直ぐに『宝具』の墓標を今も作り上げているブラックへと音速に近い速さで直進する。これならばと青年は会心の笑みを浮かべるが、『宝具』の数々がブラックに届く直前に、突然にブラックが後方へと振り向き、その背に翼のように備わっていた黒い盾に『宝具』は激突する。同時にその時の衝撃を利用してブラックは勢い良く後方に宙返りし、目を見開いている青年に向かって両手を突き出す。
「ウォーーブラスターーー!!!!!」
ーーーズドドドドドドドドドドッ!!
ブラックが突き出した両手の先から連続で赤いエネルギー弾が放たれ、真っ直ぐに金髪の青年に向かって直進する。
流れるような動きに青年は信じられないと言う思いを抱きながらも、背後の空間に手を伸ばして一つの盾を取り出す。その盾もまた『宝具』。
自らが放ったエネルギー弾を盾で防ぎながらも揺るぎすら見せない金髪の青年を見ながら、ブラックは危なげなく地面に着地して近くに落ちていた一際強力な魔力を放つ剣を握りながら目を細める。
「貴様・・・前回の聖杯戦争に召喚されたアーチャーのサーヴァントか?」
「ほう・・・良く
「集めた前回の情報の中に、貴様の攻撃方法と容姿の情報があった。よもや十年も現界していたとは思ってなかったがな。しかもその体・・・貴様、どうやって『受肉』を果たした?」
戦う前から感じていた目の前の青年に対する違和感。サーヴァントで在りながらサーヴァントの気配を発していない存在。
その正体をブラックは『宝具』を迎撃しながら悟った。目の前に居る相手は“サーヴァントとしての魔力によって構築された仮初の体ではなく、確かな現実の肉で構成され、受肉を果たした存在”なのだと言う事を。自らの状態を察したブラックに青年は僅かに眉を動かして、燃えるような赤い瞳をブラックに向ける。
「小賢しい雑種の分際で良く気がついたものだ。さよう、既に
「・・・・有り得んな。前回の『聖杯』はセイバーによって消滅したはず。その『聖杯』の力で『受肉』をしただと?」
「フハハハハハッ!確かに『聖杯』は貴様の言うとおり、セイバーによって砕かれた。しかし、その時に
「ほう?・・・・・何の為にだ?」
「決まっている。セイバーの『受肉』の為だ。アレをセイバーに与えた時に、果たしてどうなるのか興味深い。最もアレは雑種を殺す事に特化している。完成した時には
「・・・・・・なるほど、貴様の考えは理解した。決めたぞ。貴様は此処で潰すッ!」
ブラックはそう叫ぶと共に握っていた長剣を地面から引き抜き、ゆっくりと長剣を構えながら青年を睨みつける。
まるで自分の物であるかのように平然と長剣を握るブラックの姿に、青年は苛立たしげに顔を歪めて、後方の空間から一振りの剣を引き抜く。その剣の名称は『
青年はその幾つもの『宝具』の親と呼べる『
「この剣は北欧神話に名を残す最強の竜殺しの剣の原典。貴様にとってはこれ以上に無いほどの天敵であろう」
「天敵だと?笑わしてくれる。俺にとっての天敵などこの世に存在するものか。しかし、『原典』か・・・・・『無数の宝具』。前回の『聖杯戦争』に関する情報・・・・・分かったぞ。貴様の真名は『ギルガメッシュ』。古代ウルクとか言う国の王だった者か」
「ほう・・・良く
青年-『ギルガメッシュ』-が宣言すると共に、背後の空間の歪みが数を増やし、更に無数の『宝具』が出現した。
しかもギルガメッシュの本気が伺えるのか、現れた宝具の数々は先ほどまでよりも遥かに強力な物ばかり。手に持つグラムを始めとして、ギルガメッシュの背後には『グラム』と同じ北欧神話に名を残す神槍『グングニル』。今回の『聖杯戦争』にライダーと召喚された『メドゥーサ』の首を生前に切り落としたギリシャ神話に伝わる鎌のような形を思わせる神剣『ハルペー』。古代インド神話に伝わる『ヴァジュラ』。ニーベルンゲンの魔剣であり強烈な『報復』の概念を宿している『ダーインスレイヴ』。
その他にもランサーの『ゲイボルグ』、『クラウ・ソラス』などありとあらゆる伝承に名を残す『宝具』の『原典』。更には無名の『宝具』の『原典』までもギルガメッシュの背後に浮かんでいた。
これこそがギルガメッシュの持つ『宝具・
「壮観であろう。これほどの宝物を目にした事など貴様にはあるまい?」
「・・・確かにな。しかし、貴様も随分と大盤振る舞いをしてくれる・・・それだけの『宝具』の『原典』を・・・“俺にくれるのだからな”」
「・・・・何だと?」
一瞬ブラックの言葉の意味が分からなかったギルガメッシュが聞き返すと、ブラックはゆっくりと背後に向かって左手を動かす。
その動きと同時にブラックの背後の地面に突き刺さっていた『宝具』の数々が何処へともなく光に変わって消え去った。その事実にギルガメッシュは限界にまで目を見開く。今、ギルガメッシュは『宝具』を回収していない。にも関わらず、ギルガメッシュの意思に関わらず『宝具』が消失した。
まさかと言う気持ちを抱きながらブラックを睨みつけると、ブラックは目を細めて右手に握っていたAランクに分類される『宝具』に位置しているフランスの叙事詩の聖騎士が扱ったとされる『
「真名と『宝具』を教えて貰った礼だ。俺の『宝具』を教えてやろう。『全てを従える意志力』。握った物が『宝具』に分類される代物ならば、所有権を奪い取れる『宝具』だ」
「貴様あぁぁぁぁぁぁっ!!!
「知らんな。貴様が勝手に『宝具』を放って来ただけだろうが」
「もはや貴様の存在が不愉快でならん!!この世から跡形も無く消し去ってくれるわ!!」
ギルガメッシュは怒号と共に背後の空間に浮かんでいた一級品の『宝具』の数々をブラックに射出した。
しかし、その射出された『宝具』の多くはBランクの『宝具』が殆どで、Aランクの『グングニル』や『ダーインスレイヴ』などは背後に留まったままだった。自らの『宝具』を簒奪される事に怒りは在るが、それよりも強力な『宝具』をブラックが得てしまう事をギルガメッシュは恐れて射出する『宝具』のランクを抑えたのだ。
それこそがブラックの狙いだった。ブラックの『宝具』である『全てを従える意志力』は、相手の『宝具』の所有権を奪うと言うサーヴァントにとって天敵と呼べる『宝具』だが、Aランク以上の『宝具』を従える為には数分間その場に留まらなければならないと言う欠点が存在している。
『
そしてAランクの『宝具』の射出が減ったおかげで、ブラックはギルガメッシュが射出する『宝具』を迎撃しながら接近する事が出来る。
「オオォォォォォォォォォッ!!!」
ーーーガガガガガガキィィィーーン!!
次々と迫って来る『宝具』の軍勢を両腕のドラモンキラーを全力で振るって迎撃しながら、ブラックはギルガメッシュに接近して行く。
同時に自らの制御を離れて行く『宝具』をギルガメッシュは認識し、怒りで顔を赤く染めながら『
自らの敵と呼べるサーヴァントが存在している筈が無い。自らが求めているセイバーでさえ、ギルガメッシュは勝てると確信していた。だが、それは慢心だったと宣言するようにブラックは次々と迫る『宝具』を迎撃し、従えながらギルガメッシュの下に近づいて来ている。
射出している『宝具』の中には、手に握っている『
「・・・・・この
自らの足が下がっていた事実にギルガメッシュは宿った恐怖を否定するように吼え、ブラックに向かって駆け出す。
「消え去れ!!!」
迫る『宝具』の軍勢に両腕を使用しているブラックの隙を衝き、ギルガメッシュは全力で『
しかし、『
「なっ!?」
「剣と言う奴が切れるのは刃の部分だ。幾ら魔力を纏っていたとしても、刀身の部分ならば触れても傷つくことはない!!」
(馬鹿な!?この剣は『竜殺し』を宿す『
平然と最高位の『竜殺し』の剣に攻撃を加えたブラックに、ギルガメッシュは戦慄せざるを得なかった。
普通ならば自らの脅威となる武器を前にすれば多少の気負いか惑いが生まれるはず。だが、ブラックにはソレは無い。ブラックの両腕に装備しているドラモンキラーもまた『竜殺し』の力を宿した武装。故に『竜殺し』に怯えるという事は、ドラモンキラーに怯えるのに等しい。だからこそ、ブラックは『竜殺し』に関する武器に怯えを抱かない。自らの武器に怯えるなどブラックにとって絶対にあり得ない事なのだから。
そして『
「ムン!!」
「ガハッ!!」
強烈なブラックの一撃を胴体に叩き込まれたギルガメッシュは、胸部分の鎧に罅を入れながら後方へと吹き飛ぶ。
その隙を逃さないと言うようにブラックは駆け出そうとするが、その直前に虚空から複数の鎖が飛び出し、ブラックの四肢に巻きついて動きを妨害する。
「『
ーーーガシィィィィーーン!!
「これは?」
自らの動きを阻害するように四肢を拘束している鎖にブラックは目を細め、ギルガメッシュに目を向ける。
拘束力としてはただの鎖程度の力しかブラックは『
「今度こそ消え去るが良い!!!」
ギルガメッシュの咆哮と共に幾つもの神話に名を残す最高位の『宝具』の『原典』の軍勢が、砲声を轟かせながら射出された。
最高位と言うだけあり、今までよりも強力な威力と魔力に大気は悲鳴を上げ、空間さえも捻じ曲がってさえいた。その数は三十以上。本来の力を解放する真名開放には及ばないと言え。最高位の『宝具』の乱射は凄まじい威力を発揮しながら『
左右に逃げようと背後に逃げようと必ずブラックにどれかは直撃する布陣だった。迎撃しようにも『
迫る『宝具』に対してブラックは迎撃ではなく、避ける為に『
「雑種!!その程度で
最大の一撃を辛うじて避けたブラックに対して驚きながらも、ギルガメッシュは即座に背後の空間に新たな『宝具』を出現させて空に飛び上がったブラックに照準を合わせる。
例え逃げられたとしても空中では自由自在に避ける事など出来ない。威力は先ほどの『宝具』には劣るが、今度こそ決めると言うようにギルガメッシュは号令を発しようとするが、その直前に空中で動けないと思ったブラックが、ギルガメッシュに向かって勢い良く飛び出す。
「オォォォォォッ!!」
「馬鹿な!!」
明らかに空中で突進に軌道を変えたブラックの姿に、ギルガメッシュは信じられないと言うように声を荒げ、『宝具』の射出が遅れてしまう。
すぐさま我に返って慌てて『宝具』を射出しようとするが、時既に遅くブラックはギルガメッシュの目の前に辿り着き、両手のドラモンキラーを連続で振り抜く。
「ハアァァァァァァァッ!!!」
ーーーガキン!!キィン!!ガァン!!キィィーーン!!
「雑種がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ブラックの咆哮と共に繰り出した連撃に対して、ギルガメッシュは『
激しく甲高い金属音が更地に変わったアインツベルンの森の一角で鳴り響き、ブラックとギルガメッシュは接近戦で戦い続ける。だが、徐々にギルガメッシュはブラックの猛攻の前に後方へと押しやられて行く。
自らが押し負けている事実に気がついたギルガメッシュは、必死にブラックに向かって『
「おのれ!おのれ!おのれぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ムン!!」
必死に『
剣とドラモンキラーはぶつかり合うと共に同時に罅が互いに広がり、全体に行き渡った瞬間に甲高い音を立てながら砕け散る。
それをギルガメッシュは自らに訪れたチャンスだと考えて、『
「貰ったぞ!!」
防御が薄くなったブラックの左腕側に向かって、ギルガメッシュは『
今度こそ確実に決まるとギルガメッシュは確信するが、『
ーーーガキィィーーン!!
「なっ!?」
『
ブラックを護るように現れた巨大な漆黒の長剣。その形状は西洋の剣が一番近いが、闇に同化するかのように刀身も柄も漆黒に塗り潰され、刀身の中央には見た事も無い文字が刻まれた剣。ソレはギルガメッシュからブラックが奪った『宝具』ではなく、ブラック自身の『宝具・オメガブレード』。
自身さえも知らない『オメガブレード』の出現にギルガメッシュは目を見開くが、ブラックは構わずに右手のドラモンキラーを腕から外して『オメガブレード』の柄を握り締める。
「ハアァァァァァァッ!!!」
驚愕に固まってしまっているギルガメッシュに向かって迷うことなく、ブラックは『オメガブレード』を全力で振り下ろす。
迫る『オメガブレード』の刃にギルガメッシュは避けられないと判断すると、左腕を掲げて『オメガブレード』の刃に切り裂かせる。
「何ッ!?」
「グゥッ!!オォォォォォォォッ!!!」
『オメガブレード』の刃に斬り飛ばされて舞い上がったギルガメッシュの左腕を目にしながらブラックが驚愕の叫びを上げた瞬間、左腕を失いながらもギルガメッシュは右手に握ったままだった『
『
「ガアァァァァァァァッ!!!」
幾ら怯まないとは言え、『竜殺し』の最高位を脇腹に突き刺されたブラックは苦痛に満ちた咆哮を上げて、思わず『
それを目にすると同時にギルガメッシュは後方へと飛び退き、背後の空間の歪みに残された右腕を伸ばし、刃のあるべき場所が三本の円筒形の部品で構成され、それぞれに複雑な文様が刻まれている突撃槍を思わせる奇妙な剣を引き抜く。その剣こそギルガメッシュが持つ『宝具』の中で唯一真名開放を行なう事が出来る『宝具』。天地を創造したと言う伝承を宿す『対界宝具・
ギルガメッシュが高く掲げながら『
「跡形も無く消え去れ!!!『
ーーードグオオオオオオオオオオオオン!!
ギルガメッシュが真名を開放して『
その暴風は擬似的な空間断層すらをも作り出し、天地すらも引き裂き、相手を悉く殲滅する無慈悲な全ての存在を消し去る最大級の一撃。暴風が通った後にはありとあらゆるモノが空間断層に巻き込まれて消え去って行く。もしも何らかの理由で不安定にでもなっている世界が存在しているならば、その世界を崩壊させても可笑しくない究極の一撃が、真っ直ぐに地面に膝をついたままのブラックに向かって直進する。
この一撃の前には先ほどのように上空に逃れて回避すると言う手段も使えない、何よりもブラックの右脇腹には『
何よりも例え回避出来たとしても、ギルガメッシュは『受肉』した事によってサーヴァントの仮初の体では不可能だった『
「今度こそこの世に居た痕跡も残さずに消え去るが…」
「『
「ッ!?」
圧倒的な死の前にブラックが行なったのは回避でも防御でもなく、前へと一歩踏み出す事だった。
同時に右手に握っていた『オメガブレード』を全力で、自身に向かって迫る暴風に向かってブラックは振り下ろす。
「『
ーーーパシューーーン!!
「馬鹿な!?」
ギルガメッシュは目の前に広がった光景を否定するように我を忘れて叫んだ。
擬似的な空間切断さえも引き起こす暴風が、ブラックが振り下ろした『オメガブレード』に触れた瞬間、暴風は一瞬にして消え去り、空中に大量の魔力を舞い上がったのだ。
その魔力は自らが振るった『
「ありえん!!『エア』が!?この『エア』を超える剣など存在する筈が・・・ッ!?」
何かに気がついたようにギルガメッシュは目を見開き、未だに空間切断の暴風をオメガブレードの力で『初期化』しているブラックを見つめる。
ギルガメッシュの目には暴風からブラックを護るように幾重にもたつ白い影が映っていた。その影は必死に圧倒的な死を与える暴風からブラックを護り続けている。その影の正体をギルガメッシュは察し、同時に『オメガブレード』の正体を理解する。
「まさか!?その剣は!?」
「気がついたようだな!唯一無二の王を名乗ったギルガメッシュ!!貴様に良い事を教えてやる!!人間どもは時に貴様の想像など及ばん力を発揮する!!その力の一端がコイツだ!!」
咆哮と共にブラックはオメガブレードを振り抜くと同時に『
その事実にギルガメッシュは驚きながらも再び『
「『
「ガイアッ!!」
ギルガメッシュが魔力を集める中、ブラックはオメガブレードを手放し、両手を掲げて大気中に漂っている負の力を凝縮して巨大な赤いエネルギー球-『ガイアフォース』-を瞬時に作り上げた。
魔力とは違う別種の力で作られた『ガイアフォース』を目にしたギルガメッシュは急いで『
「フォーース!!!」
「・・・こ、この
高速で迫って来たガイアフォースをギルガメッシュは避ける事が出来ず、激突したガイアフォースと共に後方へと吹き飛んで行き、一定の距離になった瞬間大爆発がアインツベルンの森中に響き渡った。
同時にブラックの右脇腹に突き刺さったままだった『
「ハァ、ハァ・・・・流石は最古の王だけはあるか・・・奴の望みがもう少しマシだったら・・・今よりも戦いを楽しめたかも知れんな・・・・・・ムッ!」
何かを感じ取ったかのようにブラックは立ち上がり、辺りを見回す。
辺りにはブラックが新たにギルガメッシュから所有権を奪い取った『宝具』が地面に突き刺さっている以外は、ただの更地。人の気配も何も感じられないのに、ブラックの『直感』は警戒心を最大に強めていた。
ギルガメッシュ以上に危険な存在が何処かに潜んでいる。それを感じ取ったブラックが、地面に落ちていた『オメガブレード』を拾い上げて辺りを見回していると、何処からともなく大人になる前ぐらいの少女と思わしき笑い声が聞こえて来る。
『・・・・クスクス・・・クスクス・・・フフフッ・・・フフフッ』
(何だこの声は?・・・聞いているだけで俺の『直感』が危険を告げている・・・一体誰だ?)
漠然としながらもブラックは姿が見えず、笑い声だけしか聞こえていないにも関わらず明確な危機感を姿が見えない相手に感じていた。
この場で何としても倒さなければ取り返しのつかない災厄を声の主は引き起こすとブラックは『直感』し、イリヤスフィール、セラ、リーゼリットの護衛につかせていたルインを呼び出そうとする。出し惜しみなど出来る相手ではない。自らの『真の宝具』を使用しなければ、サーヴァントとなった身では勝てる相手ではないとブラックは悟り、『真の宝具』を使用する為にルインを呼び出そうとした瞬間、現れた時同様に笑い声の主の気配がフッと消える。
「・・・・逃げたか?・・・・一体何者だ?」
笑い声だけで自らに危機感を与えた存在に疑問を思いながらも、ギルガメッシュから所有権を奪った『宝具』を回収して、ブラックはイリヤスフィール達が待つアインツベルン城へと急いで戻るのだった。
アインツベルン城がある郊外の道路。
其処には深夜にも関わらず一人の老人が横に鮮血を思わせるような禍々しい真紅の瞳の色をし、常闇を纏ったような黒い色合いの赤い縦線が入ったドレスを着た銀色の髪の少女を伴って、アインツベルン城のある方向を見つめながら道路の真ん中に立っていた。
「・・・危ないところであったわ・・よもやあのような剣を持ったサーヴァントが存在して居ったとわ・・・・(コヤツに使われでもしたら、折角のワシの切り札が消え去ってしまうところであった・・・あのサーヴァントにはコヤツを接触させん方が良いの)」
そう老人-間桐臓硯-は考えながら横に立っている少女-変わり果てた間桐桜-を見つめながら考えを巡らしていると、二人を道路を走って来た車のライトが照らし、車の主と思われる男性が窓を開けて叫ぶ。
「危ないだろうが!!道路の真ん中になんて立っているんじゃない!!」
「・・・お爺様・・・お腹が空きました」
「好きにしてよいぞ、サクラ」
「アハ」
臓硯の許しの言葉に桜は邪悪さに満ちた笑みを浮かべて、車の運転手の男性に目を向ける。
目を向けられた男性は全身に言い知れない怖気と恐怖心が走った。まるで自分の生命が桜の目が向いた瞬間に終わったような感じを男性が受けた瞬間、男性の意識はプツリと消え失せた。最後の男性が見た光景は、黒い影のようなモノに自らの体が飲み込まれる光景だった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
魔女の過去と蛇の行動
ギルガメッシュを倒し終えた後、ブラックはアインツベルン城に戻り、部屋の一室でルインから治療魔法を受けて戦いで負った傷の治癒を急いで行なっていた。
傷を負いながらも無事に戻って来たブラックにイリヤスフィールが抱きついて来たりしたが、優しく離した後にブラックは戦いの中で得た情報をセラに調べるように指示を出した後は、ルインの治療を早急に受ける事にしたのだ。何せギルガメッシュは倒したが、その後に声だけで危機感を与えた存在が居る。一刻も早く治療を終えなければ取り返しのつかないことが起きるとブラックの『直感』が告げている。
イリヤスフィールとリーゼリットは心配そうにルインの治療を座りながら受けているブラックを見つめるが、ブラックは静かに目を閉じている。
「・・・やはり、『竜殺し』で受けた傷の完治は時間が掛かりそうです。イリヤちゃんの魔力と治療魔法で治療を急いだとしても、明日の夜までは掛かりそうです」
「そうか」
ルインの報告にブラックは自らの右脇腹に深々と刻まれている傷口を見つめる。
流石に『竜殺し』に関する中で最強の『グラムの原典』に当たる『
「ブラック、大丈夫?」
「怪我深そう」
「大丈夫だ。この程度の傷で俺はやられん」
「良かった・・・でも、前回のアーチャーが生き残っていたなんて」
「驚き」
「奴の話では『聖杯』から溢れ出たモノを浴びて『受肉』したらしい」
「だから、驚いているの。だって、『聖杯』の中身は“アレ”なんだよ?“アレ”はサーヴァントだって耐えられる代物じゃないのに」
『聖杯戦争』で『聖杯』に関する面の部分を扱っているアインツベルンの関係者であるイリヤスフィールは、ブラックがアインツベルンを潰した時に『聖杯』に関する重大な情報を得ていた。
その情報から『聖杯』が完成する寸前の時に、イリヤスフィールは『聖杯』が開けるモノをブラックに破壊して貰うつもりだった。ブラックならば『聖杯』が開けたモノを破壊する事が出来る。完全に『聖杯の器』と化す前に『令呪』の使用も考えていたのだから。だからこそ、『聖杯』の中身を浴びながらも耐え切り、『受肉』を果たしたギルガメッシュの存在はイリヤスフィールにとって驚くべき存在だった。
そんな風にイリヤスフィールがギルガメッシュに関して考えていると、部屋の扉が開き、何らかの資料と思われる紙を数枚持ったセラが入って来る。
「失礼します、お嬢様。今夜現れたギルガメッシュに関する情報を見つけてきました」
「ご苦労様、セラ・・・で?前回のアーチャーを召喚したのは誰なの?『受肉』して留まっていたにしても、ギルガメッシュの場合は偶然みたいだから、もしかしたら今も自分を召喚したマスターと繋がりがあるかもしれないから」
サーチャーを通してギルガメッシュの説明を聞いていたイリヤスフィールは、ギルガメッシュの背後には誰か自分達を襲うように指示した者が居る可能性が高いと感じていた。
ブラックもルインもイリヤスフィールの考えには同意だった。ギルガメッシュはサーヴァントの数を減らす為だけではなく、『聖杯の器』を求めてアインツベルンの森に訪れて来た。ギルガメッシュ自身もセイバーの『受肉』の為に『聖杯』を求めていたようだが、背後に何者かの意図があると考えた方が良い。そしてブラックはその可能性が高いのはランサーかライダーのマスターのどちらかだと考えている。
だからこそ、集めた前回の『聖杯戦争』に関する情報の中に何かギルガメッシュのマスターに関する情報が無いかとセラに調べるように指示を出したのだ。元々はイリヤスフィールが切嗣の行動に関する事を詳しく知る為だったが、セイバーの真名や所持している『宝具』などが戦う前から分かったりと思っていた以上に役に立ったのでそのまま残していた。そして再びその情報が役に立つ事になった。
「では、お伝えします。前回のアーチャー、ギルガメッシュを召喚したマスターの名前は『遠坂時臣』。『遠坂凛』と『間桐桜』の実の父親です」
「フゥ~ン、リンのお父さんが召喚したサーヴァントだったんだ」
「はい、ですが、『遠坂時臣』が『聖杯戦争』の最後まで生き残っていた可能性は低いと思われます。情報によれば彼の人物の姿は最後の戦いの舞台の時には見られなかったそうです・・・恐らくは謀殺されてギルガメッシュは別のマスターと契約した可能性が高いと思われます。その人物で可能性が高いのは、今回の『聖杯戦争』で教会の監督役であり、前回ではマスターとして参戦し、『遠坂時臣』の弟子であった『言峰綺礼』です」
「ほう・・・なるほど、やはり監督役は何かを企んでいると言う訳か。『間桐』の方も考えられるが、確か『遠坂』と『間桐』の間では何らかの取り決めがあったはずだ・・・・・『聖杯戦争』中に接触があった可能性もあるだろうが、その様な情報は無いのだろう?」
「はい。更に言えば前回の『間桐』のマスターは『遠坂時臣』に対して私怨を抱いていたらしいので、絶対とは言えませんがギルガメッシュが『間桐』の関係者と接触した可能性は低いと思われます」
「となれば、監督役が一番怪しいか」
状況証拠を統合すればギルガメッシュに『聖杯の器』を手に入れるように指示を出したのは、ギルガメッシュと繋がりのある可能性が最も高い『言峰綺礼』だろう。
『預託令呪』を所持しているならば本来の『令呪』を隠す事が綺礼には出来る。何よりも弟子だったならば遠坂時臣を闇討ちしてギルガメッシュと再契約出来る機会は充分にある。寧ろギルガメッシュが率先してマスターの交換を行なった可能性も否めない。
直接対峙したブラックは其方の方が可能性が高いと考えていた。ギルガメッシュの性格は唯我独尊と言う言葉がこれ以上無いほどに相応しい。ギルガメッシュと主従関係を築くのは不可能に近い。余程相性が良くなければ、確実にギルガメッシュは自らのマスターであろうと謀殺するだろう。或いは趣味が合う性格破綻者ぐらい。いまだ綺礼と言う男の事は把握し切れていないが、ブラックは自身やルインのように世界を外れた形で見る同類なのではないかと考えていた。
「・・・・・奴が現在のランサーのマスターだという可能性は高いな。教会の人間ならば怪しまれずにマスターを闇討ち出来る機会はあるからな」
「そういえばそうだよね。私達は登録に行かなかったけど、シロウやリンのようにマスターになった事を言うマスターも居るからね」
教会の言う『中立』は、あくまで『聖杯』を監視すると言う名目上のものでしかない。
冬木の『聖杯』は『聖堂教会』が求めている物ではない。だが、それを求める者が教会内から現れないと限らない。冬木の『聖杯』の本来の役割は『根源』に関する事だが、副次として願いを叶える力も宿している。
最も過去ならばともかく、現在の『聖杯』は願いを叶えるにしても限定的な一方向に沿った形でしか願いは叶わない。言峰綺礼は前回の『聖杯戦争』で最終戦まで生き残り、そして戦い抜いた者。つまり『聖杯』の中身を知っていても可笑しくない人物。にも関わらず『聖杯』を望んで行動していると考えた場合、ブラックの綺礼に対する推察が当たっている可能性が高かった。
「お嬢様。私とリズで教会を傀儡兵と共に襲いましょうか?明確な証拠は在りませんが、教会には不審な点が多過ぎます」
「う~ん・・・ブラックはどう思う?」
「駄目だ。もしもランサーのマスターが教会の監督役だとすれば、傀儡兵ではランサーの相手にもならん」
「それにギルガメッシュにかなりの傀儡兵が破壊されました。傀儡兵の数が少数になった今、無駄に傀儡兵を減らすのは得策ではありません」
ブラックもルインも今回の戦いで自分達の手札が消費された事を理解していた。
ルインが『道具召喚』のスキルで召喚した傀儡兵には替えが利かない。あくまでルインは道具を呼び出すスキルを持っているだけで、破壊された道具の修理などは出来ないのだ。それが出来るのは生前で仲間と呼べたマッドな研究者だけ。
更に言えば三回しか使用出来ない『オメガブレード』の真名開放も一回使用してしまったので、残り二回しか使用出来ない。真の『宝具』こそ使っていないが、確実に自分達の手の内の幾つかが他陣営に知られた可能性は高かった。
「ギルガメッシュの行動で森を覆っていた結界も弱まりました。恐らくキャスター辺りには此方の手の内が知られたと考えるべきでしょう」
「だろうな・・・・となれば、やはり今は回復に専念すべきだ。結界が弱くなったとはいえ、この場所は俺が存分に力を振るえる場所だからな。他陣営の動きはサーチャーを使って監視を強める方向のままで良い。特に教会と間桐家の方の監視を強めろ」
「分かりました。其方は私とリズで行ないます。お嬢様とルイン様はブラックの回復に専念して下さい」
「お願いね、セラ」
そうイリヤスフィールはセラに声を掛け、ブラックが完全に回復するまで城に引き篭もる事で方針が決まった。
その後は一先ず今夜の治療はルインに任せる事に決まり、魔力回復の為にリーゼリットに連れられてイリヤスフィールは自身の寝室に戻って行く。その時に今夜はルインと一緒に眠れないことをイリヤスフィールは寂しがったが、代わりに今夜はリーゼリットが一緒に寝る事になって寝室へと戻って行った。
ブラックとルインはイリヤスフィールがリーゼリットと共に寝室に戻って行ったのを確認すると、セラに険しい視線を向ける。
「・・・気になっていたがギルガメッシュを倒した後に、イリヤスフィールに異変はあったか?」
「いえ・・・ですが、同じ『聖杯の器』とは言え母親であるアイリスフィール様とお嬢様は違う点が在ります。それに倒れたサーヴァントはギルガメッシュだけですから、それほどお嬢様に異変が起きるとは思えませんが」
「・・・・・だと良いのだが」
「何か疑問でもあるのですか、ブラック様?」
「『聖杯』の中身を浴びても自我を保ち、『受肉』を果たしたギルガメッシュの器はサーヴァント数体分の価値が在る筈だ。それを受け入れて異変が起きないのはどう考えてもおかしい」
「・・まさか?お嬢様がギルガメッシュの魂の吸収に失敗したと言うのですか?在りえません。『聖杯の器』はお嬢様だけ。アインツベルンが最後に作り上げた『聖杯の器』はお嬢様だけです。もしも在ったとしても、貴方がアインツベルンを滅ぼした時に失われています・・・別の『聖杯の器』など存在している筈が在りません」
「・・・・だと良いのだが」
セラの断言するような言葉にブラックは疑問を隠せないと言うような声を出し、ルインもイリヤスフィールに何の変化も起きていない事を疑問に思うのだった。
「まさか、更にサーヴァントが・・しかも古代ウルク王なんてとんでもない存在が」
ブラック達の予想通り、キャスターはアインツベルンの森で起きていた戦いを水晶を通して見ていた。
あらゆる『宝具』の『原典』を所持し、更には世界を作り上げた伝承を持つ『
言うなればギルガメッシュは単体で戦争が出来るサーヴァントの中でも異常と言う言葉が相応しい存在なのだから。そしてそのギルガメッシュにとって最悪の相性を持つ『宝具』を所持し、真っ向勝負で事実上討ち破ったブラックの存在も脅威どころの騒ぎでは無かった。
「疲弊したと思わせていたのも罠・・・・あの女性の方が竜人の主だと考えていたけれど、どうやら違った見たいね・・・まんまと罠に掛かりかけたわ」
キャスターは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、自身の口元に手をやって長い紫色の手袋に覆われている親指の爪を思わず噛んでしまう。
「あの時に私を見逃したのも自分のサーヴァントの実力がこれほどだと分かっていたからね・・・可愛い顔をしてやってくれるわね。あの女の子」
そうキャスターは苦虫を噛み潰したような声を出しながら、自身を召喚した魔術師がルインに殺された時の事を思い出す。
最初にキャスターを召喚したマスターは魔術師としてのレベルが低い男だった。
サーヴァントの召喚の殆どは『聖杯』が行なってくれるので、召喚する事自体は実を言えば『魔術回路』を持つ一般人でも行なえる。現にサーヴァントの召喚呪文も唱えなかった士郎がセイバーの召喚に成功しているのだから。
故に魔術師としてレベルが低い者でもサーヴァントの召喚は可能だった。そしてキャスターを最初に召喚したマスターは魔術師としての技量が低く、臆病で無能にも関わらず自尊心だけは強い者だった。その男は召喚時に『アルゴー船』縁の品を用いてサーヴァントの召喚に挑んだ。
多くの英雄が乗ったとされる『アルゴー船』縁の品で強力なサーヴァントを呼び出そうとしたのだが、召喚されたサーヴァントは『最弱』のクラスと称されるキャスターのサーヴァントだった。当然ながら強力なサーヴァントを呼び出そうとしていた男の落胆は酷いと言う言葉だけでは足りず、召喚されたキャスターの才能と魔術師としての技量に嫉妬までもし、魔力を極度に制限し、彼女を道具のように扱った。当然ながらキャスターは男をそうそう見限り、無駄に『令呪』を消費させて虎視眈々と命を奪う機会を伺っていた。
だが、一応腐っても男は魔術師。契約破りなども警戒し『令呪』を使用して、キャスターに契約破りが出来ないようにした。
おかげでキャスターは何とか『令呪』を使い切らせるか、或いは召喚した男を何処かのサーヴァントかマスターに殺して貰う以外に方法がなくなってしまった。後者の方法は作り上げた工房から男が出る気が無く、また魔術師の工房に進んで挑むような陣営は考えられなかったのでキャスターは前者の方法で男を殺そうと企んでいた。
しかし、その時にキャスターに運が向く出来事が起きた。ありえないと思った工房への襲撃が起きたのだ。
『な、何だ!?』
工房を築き上げた建物全体を揺るがすように響く破砕音や破壊音に、工房を築き上げた男は戸惑いに満ちた叫びを上げ、横に控えていたキャスターに向かって怒鳴りつける。
『キャスターー!!この音は何だ!?』
『恐らくは襲撃です、マスター。しかも建物を破壊すると言う強引な手段での』
『何を考えているんだ!?そのマスターとサーヴァントは!?今は夕方だぞ!?そんな時間に建物の破壊などすれば、人目がついて神秘の隠匿が出来ないでは無いか!?』
『・・・マスター、窓の外をご覧下さい。人の姿形は愚か、気配が一切ありません』
『何ッ!?』
キャスターの報告に慌てて男が外を覗いて見ると、キャスターの報告どおりに人の姿が無く、代わりに鋼鉄の装甲で全身を覆い、剣や槍、砲身を構えた傀儡兵の軍勢が建物を取り囲んでいた。
その異常な光景に男が言葉を失っていると、一際巨大な傀儡兵の右手に乗っている銀色の髪の女性-ルインフォースと、その横で興味深そうに傀儡兵を眺めている銀色の髪のルビーを思わせるような瞳を持った少女-イリヤスフィールの姿を目にする。
『あいつ等が!?あいつ等が俺の工房を襲ったのか!?』
『マスター!来ます!!』
ーーードオオォォン!!!――ガラガラガラ!!
自身の工房を襲った二人の姿に男は我も忘れて叫んだ瞬間、男とキャスターが居る部屋の壁が粉砕され、自らの武器を構えた傀儡兵達が室内に無機質な瞳をキャスターと男に向けながら入って来る。
『キャ、キャスターー!!』
『・・・・マスター、失礼します』
内心ではこのままこの場に捨てたい気持ちを抱きながらも、キャスターは出来るだけ魔力を消費しないようにしながら、ローブを翼のように広げて飛行魔術を使用し宙に男を抱えながら浮かび上がる。
鋼鉄で作られている傀儡兵ならば空は飛べないとキャスターは判断したのだ、何よりもキャスターが現在保有している魔力では戦闘など出来ない。相手の軍勢の数を考えれば戦闘など行なえば、即座に魔力が尽きるだろう。
足手纏いを護らなければならない我が身の不幸を内心で呪いながら、キャスターは傀儡兵達の攻撃が届く前に傀儡兵達が空けた穴から空へと逃げる。だが、キャスターの行動を嘲笑うかのように何体かの傀儡兵の足元に桜色の翼が現れて、空中に逃げるキャスターを追い駆け出す。
『なっ!?』
さしものキャスターも『魔術』の発動も見せずに、しかも鋼鉄の傀儡兵が空を翔る姿に驚愕と困惑に満ちた叫びを上げる。
その隙に傀儡兵の二機がキャスターの逃げようとした方向に回り込み、逃げ道を封鎖する。神代の魔術師のキャスターならば傀儡兵を破壊する事など容易い。しかも今はどう言う訳か人の気配が全く存在していない。本来ならば使用出来ない強力な魔術が存分に使える状況なのだが、魔力が制限されている状態では使用など出来ない。
『マスター、私の制限を解除して下さい。出なければこの状況から逃れられません』
『で、出来るのだろうな!制限を解除すれば!?』
『確実とは言えませんが、逃げられる可能性は増えます』
『ふざけるな!!クソ!!お前みたいな奴が召喚されたばかりに!!クソッ!!クソッ!!』
『随分と外れなマスターに召喚されたみたいですね、キャスターのサーヴァント』
喚く男の姿を傀儡兵同様に空に浮かび上がって眺めていたルインは、キャスターに同情するような視線を向けながら声を出した。
ルインとイリヤスフィールがキャスターと男の工房に襲撃を掛けたのは、本格的に『聖杯戦争』が始まる前にサーヴァントと魔術師を正確に封鎖結界に取り込めるかどうかの実験的な理由だった。結果から言えば問題なくキャスターと魔術師は封鎖結界に取り込めたのだが、どう言う訳だかキャスターのサーヴァントとしての威圧感と呼べるものが異様に薄いことにルインは途中で気がついていた。
その理由が抱えているマスターと思われる男が原因なのだとルインは悟り、心の底から同情するような視線をキャスターに向けていた。敵である筈の別のサーヴァントに同情される我が身の不幸さに、キャスターはローブで隠れている目尻に涙が浮かびそうになるが、逆に馬鹿にされたと思った抱えている男がルインに向かって叫ぶ。
『サーヴァント風情がこの俺を馬鹿にするのか!?』
『自分の状況が分かってますか?『聖杯戦争』での最大の戦力であるサーヴァントの戦力を低下させている時点で、三流ですよ。その様子だと切り札の『令呪』も無駄に消費しているんでしょう?サーヴァントの戦力低下辺りとキャスターの行動を警戒して動きを封じる為に二画ぐらい使っていると思いますけど』
『う、うるさい!!』
図星をつかれた男はルインに向かって真っ赤になって叫ぶが、ルインは呆れた様子で溜め息を吐く。
『ハァ~、サーヴァントが強力でもマスターがこれだと本気に不憫ですね』
『キャスター!!制限を解除する!!すぐに目の前のサーヴァントを殺せ!!』
ルインの言いようにキレた男は抱えているキャスターに掛けていた制限を解除し、ルインを倒すように命じた。
同時に今まで最低限にしか魔力が送られないように遮られていたマスターとのレイラインから、男の魔力がキャスターに流れ込んで行く。その魔力を用いて男はキャスターに戦わせようとするが、既に遅かった。今更キャスターに魔力が戻っても遅い。既にルインの包囲網は完成しているのだから。
『遅すぎです、『旅の鏡』』
ーーーバキッ!!
『ゲベッ!!』
ルインが右手を横に発生させた丸い穴のようなモノの中に振り抜くと共に、男の顎の下に同様の空間の穴が開いてルインの右腕が飛び出し、男の顎を殴り飛ばした。
平然と空間干渉を行なったルインにキャスターはローブに隠れている目を見開くが、すぐさまマスターを助けようと体を動かそうとするが、その前に周りに待機していた傀儡兵達の砲身が一斉にキャスターの傍から離れて落下して行く男に照準が合わされ、ルインの宣言と共に桜色の砲撃が砲身から一斉に撃ち出される。
『ディバインバスター』
『ウギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』
撃ち出された桜色の砲撃を空を飛べない男は避ける事も出来ず、せめてもの抵抗と魔術的な防壁を発動させるが、四方から撃ち出されたディバインバスターの前には無意味となり、男はディバインバスターの中に飲み込まれて地上へと落下して行った。
キャスターは即座に男を助けるために地上に降りようとするが、傀儡兵達がキャスターの進行を遮り、キャスターは空中で足止めされてしまう。その間にルインは地上に降りてディバインバスターの直撃を受けてボロボロになっている男の前に着地し、虫の息である男の両手足を躊躇うことなく斬り飛ばす。
『フッ!!』
『ギャアァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
『貴方見たいな人間はしぶといですからね。『令呪』を使用される前に・・・・・・ウワァ~、予想通り切り札の『令呪』が一画しか無いですね。この様子だと私達が来るまでもなく、『令呪』が全部消費し終わった時点でキャスターに殺されていたでしょうね』
斬り飛ばした男の右腕に宿っていた『令呪』の数を確認したルインは、呆れたような目線で両手足を失って呼吸だけしか出来なくなったクレーターに伏している男を見下ろす。
サーヴァントと言う規格外の存在を御す為には『令呪』の存在は何よりも必要不可欠。召喚されたサーヴァントの中には『令呪』が無くともマスターに忠誠を誓う者は居るが、そう言うサーヴァントの存在自体が稀でしかない。その気になれば自決さえもサーヴァントの意思を無視して行なわせる『令呪』は、サーヴァントにとって本能的に恐れるものなのだ。だからこそ、キャスターは『令呪』を使い切るまで男の言いなりになるしかなかったのだ。
そのサーヴァントにとって絶対的な切り札を『聖杯戦争』が本格的に始まる前から二画も失っている事実に、ルインは呆れながら近寄って来たイリヤスフィールに男の腕を手渡す。
『これで『令呪』が一画増えるね』
イリヤスフィールはそう言いながらセラから教わった『令呪』の移植を即座に行ない出す。
ルインはその横に立ちながら虫の息の男が死なないようにギリギリのところでの治療魔法を発動させ、上空で傀儡兵に囲まれているキャスターを警戒するように見つめる。男とキャスターを殺さないで居るのは、『令呪』の移植の為だった。御三家の者はサーヴァントを失っても『令呪』を保持し続ける事が出来るが、外来の魔術師の場合はサーヴァントや召喚した魔術師が死んだ場合は『令呪』は『聖杯』に回収されて、新たな魔術師に移動される。だからこそ、御三家のイリヤスフィールが『令呪』の移植を終えるまではキャスターも魔術師の男も死んで貰う訳には行かなかった。
男にとっては不幸な事だろう。死に掛けている状態なのに無理やり治療魔法で生かされているのだから。そして滞りなく『令呪』の移植が終わり、イリヤスフィールも自身の手の甲に宿った新たな『令呪』を楽しげに見つめる。
『フフ~ン、これで更に戦力が上がったよね・・・もう良いよ、ルインお姉ちゃん。キャスターは要らないし、其処の男も要らないから・・・消しちゃって』
『了解です』
ルインはイリヤスフィールの指示に頷くと共に右手を振るい、イリヤスフィールを封鎖結界の外に出す。そのまま左手を上げてゆっくりとキャスターと虫の息の男にそれぞれ視線を向けると共に、傀儡兵達を下がらせる。
自らを取り囲んでいた傀儡兵達が下がった事実にキャスターは訝しげな視線をルインに向けて、疑念と困惑に満ち溢れた声で質問する。
『どう言うつもりなのかしら?自分の使い魔を下がらせるなんて』
『無駄に駒を消費したくないんですよ。さて、キャスター。貴女には同情します。だから、チャンスをあげますよ。次の一撃に耐えられるか、逃げ切れたらこの場では見逃します』
『・・・随分な言葉ね・・・・(とは言っても、あの下衆から送られた魔力は微々たるもの。更に言えば下衆の『令呪』を得た女の子とはレイラインが結ばれていない・・・・弱い一撃ならば防げるけれど、強力な一撃では現界の支障が出る覚悟をしなければ防ぐ事は・・ッ!?)』
何とか現状から抜け出す策が無いのかとキャスターが考えを巡らせていると、突如としてルインの体から強力な魔力の気配が発せられる。
『闇に染まれ、『デアボリック・エミッション』』
ルインの詠唱が終わると同時にルインを中心に凄まじい勢いで黒い球体が広がり、建物や地面、クレーターに倒れ伏していた男も、そして空中に居たキャスターも飲み込み大爆発が起こった。
そして爆発の影響が治まった後には建物も男の姿も存在せず、ルインを中心とした巨大なクレーターが結界内部に出来ていた。ゆっくりとルインは自らが発動させた『デアボリック・エミッション』によって出来たクレーターを見回す。
『・・・空間転移・・・確かこの世界では使用する事さえも難しいとされる力を使用するとは・・・・あのキャスターは間違いなく強力なサーヴァントのようですね。そんなサーヴァントの力を制限するなんて・・・馬鹿なマスターも居た者ですね』
そう呟きながらルインは封鎖結界を解いて、本来の世界へと舞い戻るのだった。
一方、ルインの『デアボリック・エミッション』をギリギリのところで避けたキャスターは、保有魔力さえも殆ど失い、更に現世との繋がりで重要だったマスターも失った事で、もはや『魔術』の使用も出来ず、フラフラと街の中を人目につかない様に歩いていた。
目的の場所は『霊地』。其処ならば多少なりとも魔力の補填が行なえる。元々マスターを殺すつもりだったキャスターは、最初から『霊地』に移動する事を考えていた。制限されていた魔力も消費して冬木にある最大級の『霊地』をキャスターは見つけていたのだ。だが、其処に着くまでもはやキャスターの体は現界を保てるか分からない状態だった。
保有魔力もルインの『デアボリック・エミッション』を避ける為に空間転移を発動させたので、殆ど残っていない。気が変わってルイン達が追ってこないように『宝具』を使用したので、自分の居所が知られる可能性は限りなく低いが、それでもキャスターは自分が『霊地』に辿り着ける可能性は低いと考えていた。
案の定キャスターは人には見つからなかったが、『霊地』に辿り着く後一歩のところで地面に倒れ伏し、空から降り注ぐ冷たい雨を浴びることになった。
『・・・ぅぅ・・・・・此処まで・・・・・・・だと言うの・・・・・何も出来ず・・・・・此処で・・私は・・・』
何も成し遂げられず、最低なマスターに召喚され消えようとしている我が身の運命をキャスターは呪いたくなった。
彼女にも『聖杯』に対する願いがあって召喚に応じた者。だと言うのに、何も出来ずただ最低なマスターの道具だけで終わりそうになっている我が身を心の底からキャスターは惨めだと考えていた。だが、どうする事も出来ない。保有している魔力は既に底を着く寸前で動く事もままならない。
冷たい雨に打たれながら我が身は消えるのだとキャスターが思った瞬間、その人物は現れた。
『・・このような所で死に掛けの者と出会うとはな』
それがキャスターが出会った自身にとっての最高の主であり、最愛の者となる人間との邂逅だった。
時は現在に戻り、キャスターは新たに得た情報を踏まえて戦略を練っていた。アインツベルン陣営が予想以上に強力な陣営だと明らかになった今、セイバーだけを戦力として増やすだけでは足りないと分かったのだ。
「やはりアーチャーも・・・いえ、どうにもあの男は信用なら無いわ・・・戦力としては欲しいけれど、寝首をかくような者は入らない・・・それにホテルの時にアーチャーが使った『魔術』・・・・信じられないけれど私の推測が間違っていないとなれば、危険過ぎるわね・・・でも、セイバーだけでは戦力として不安が・・・ッ!?」
何かを感じたようにキャスターは一方向に顔を向けて、警戒しながら部屋から外に出る。
キャスターが居る場所は壁に四方を取り囲まれた歴史を感じさせる寺。その寺をキャスターは『クラススキル・陣地作成』で自らの『神殿』に作り変えたのだ。『霊地』としても一級の場所であり、寺の周りには天然の結界さえも張られ、サーヴァントは山門からしか侵入する事が難しい場所。
その事が分かっているキャスターは山門に強力な護り手を配置し、万全の防衛を整えていた。しかし、その万全な防衛の一役を担っている護り手である群青の着物を着た男が多少傷は負っているが、見覚えのある者を連れて来るのをキャスターは目にする。
「・・・・どう言うことかしら?私は貴方に山門の護りを命じた筈よ?なのに、敵を招き入れるなんて一体どう言うつもりなのかしら?」
「怒るのは最もだが、この者の話を聞いておくべきだと私は判断した。何せ我らの命運を握る重大な話らしいのでな」
「・・・・何ですって?私達の命運を握る話?・・・面白いわね・・・なら、少しでも怪しい動きをしたら、即座にその者の首を切り落としなさい、『アサシン』」
「御意」
群青の着物を着た男-『最後のサーヴァント、アサシン』-は身の丈ほどある長物を手に具現化させながら頷いた。
キャスターはそれを確認すると険しい瞳をアサシンの前に立つアサシンに付けられたであろう切傷から血を流している『ライダー』に向ける。
「少しでも変な行動をしたら、その首が無くなると思うのね。生前のように首を切り落とされたくないでしょう?」
「言われなくても何もする気はありません・・・私は貴女と手を結びに来たのですからね。調べたサーヴァントの中で“私の本当のマスターを救える”可能性が僅かでもあるのは、貴女だと考えました。もしも私の願いを叶えてくれるのならば、この命も差し上げましょう」
「・・・良いわ。話だけは聞きましょう。最も手を結ぶかどうかは貴女の話次第だけど」
キャスターはそうライダーに告げると、ゆっくりと背を向け、アサシンに見張らせながらライダーと共に境内に入って行くのだった。
ライダーが臓硯の意思に反して動ける理由は次回の交渉で明らかになります。
分かる人にはその理由が分かると思います。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
魔女との戦いの始まり
境内内部。歴史を感じさせる木で作られた床に座りながらキャスターは交渉しに来たライダーと対面していた。
ライダーの背後にはアサシンが立ち、ライダーの首を何時でも切り落とせるように自身の長物を構えていた。少しでも不審な動きを見せたり、或いはキャスターかアサシンの気が変われば命を奪われる現状に在りながらもライダーは真っ直ぐにキャスターに視線を見つめる。
「・・・・それで?私達の命運を握るほどの重大な話とは何かしら?」
「その前に聞きますが・・・キャスター?・・貴女は何処までこの地で行なわれている『聖杯戦争』の仕組みを理解していますか?」
「・・・そう・・・どうやら貴女も知っているようね。この地に現れるとされる『聖杯』が紛い物だと言う事を」
神代時代の魔術師であるキャスターは他陣営の動きを監視する中も、冬木で行なわれている『聖杯戦争』の仕組みを調べていた。
その結果、この地に現れる『聖杯』は伝説に名を残している『聖杯』とは、全く別の代物だと言う事を理解していた。一応願望器としての力は宿っているが、それ以外に何か別の機能が『聖杯』に宿っている事まではキャスターは掴んでいた。
「私達『英霊』を現世に呼び出し、しかも自らの意思と関係なく『自害』までさせられるサーヴァントの『令呪』システム。間違いなくこの『聖杯戦争』を構築した者達は神代の魔術師達に及ぶ実力者だわ。最も『聖杯』が完成した時に願望器としての機能以外にも何か在るみたいね。恐らくはその機能の方こそが、『聖杯戦争』を構築した魔術師達の本命だろうと言う事までは掴んでいるわ」
「流石はキャスター。では、私が知る『聖杯』に宿っている願望器として以外の機能をお教えします。『聖杯』の本来の機能。それは・・・『穴』を作り上げる機能です」
「『穴』?・・・・・・ッ!?まさか!?『聖杯』の本来の機能とは!?」
ライダーから得られた情報と自身が調べ上げた『聖杯戦争』のシステムの調査情報を照らし合わせたキャスターは、驚愕に目を見開いた。
『聖杯』に隠されている最後の機能。『英霊』、『令呪』、そして『聖杯』の三つ。これらは『聖杯戦争』に於いて何よりも重大な代物。それら全てに宿っていた隠されていた役割をキャスターは遂にライダーからの情報で掴み取った。
「・・・そう・・・そう言う事だったのね・・・やってくれるわね。私達『英霊』は“餌”に過ぎなかった訳ね・・・・それでライダー・・・この事実を私達に教えたのはどう言うつもりかしら?」
「先ずは『聖杯』に関して正しい認識を持って欲しかったのが理由の一つです。そして此処からが本題です。実を言えば此処の『聖杯』は既に・・・・“壊れています”」
「ッ!?・・・・“壊れている”?・・・いえ、確かにそうかもしれないわ・・・其処のアサシンが証拠の一つと言っても良いわね」
「随分な言い草だな、女狐・・・・とは言っても、お主の言葉が事実なのは確かよ。私のような存在が召喚されたのだからな」
キャスターの言葉にアサシンは苦笑を浮かべながらも、キャスターの言葉が正しい事を肯定した。
本来『アサシン』のクラスとして召喚されるサーヴァントは、他のクラスのサーヴァントと違い歴代の『ハサン・サッバーハ』の頭首しか呼び出されない。だが、今回のアサシンは『ハサン・サッバーハ』と全く関係ない者が呼び出された。
実力は問題ないので気にしていなかったが、ライダーからの情報を照らし合わせれば、確かに『聖杯戦争』に異常が起きている可能性を高める証拠の一つだった。
その異常の正体を知っている筈のライダーにキャスターは僅かに口元を歪める。何せ小出しに出される断片的な情報だけでも、ライダーが自分達にとって切り札になる情報を握っていることは明らかだった。情報だけを得られれば、ライダーを切り捨てようとキャスターは考えていたが、切り捨てられなくなった。もしも切り捨てて重大な情報を失うのはキャスターとしては本意では無いのだから。
「(やってくれるわね。最初に『聖杯戦争』の真実を教えたのは自分の身の安全の為と言う事ね・・・確かにライダーと手を組んだ場合のメリットは計り知れない。だけど一つ見逃せない問題が在るわね)・・・・其方が確かに私達にとって重大な情報を握っているのは事実見たいね。だけど、私は寝首を掛かれる可能性がある者と手を組みたくないの。貴女自身には問題は無くても『令呪』によって強制される可能性があるのだか…」
「その点に関しては問題はありません。私のマスターは既に『令呪』を三画とも使い切っています」
「・・・・どういう命令で使用したのか教えて貰えるかしら?」
「えぇ・・・先ずは私を従えていた間桐慎二へ命令権を渡す為に必要な『偽臣の書』の為に一画。二画目の命令は『衛宮士郎をどんな手を使っても構わないから護る』事です」
「何ですって!?他のマスターを護る為に貴女のマスターは『令呪』を使用したと言うの!?」
「そうです。そして三画目は『二つ目の『令呪』による命令を何が起きても実行する』と言う内容です」
「・・・・・・」
余りの『令呪』による命令の内容にキャスターは言葉を失った。
『令呪』の存在は何よりも重大なモノ。その『令呪』をよりにもよって他のマスターを護る為にライダーのマスターは使用した。真実かどうかはともかく、同盟も組んでいないセイバーのマスターである衛宮士郎を護る為に『令呪』を使用したとなれば、ライダーの本当のマスターがどのような感情を衛宮士郎に抱いているのかキャスターには察することが出来た。
「・・・・・本当かはともかく、確かに真実だとすれば貴女が寝首をかくとは考え難いわね。でも、それで手を組むかは別よ。そろそろ話して貰うわ?貴女が握っている私達の命運を握ると言う情報を?」
「もちろんです・・・では説明します」
そしてライダーは話し出す。現在の『聖杯戦争』に起きようとしている出来事。
キャスターとアサシンを狙っている間桐臓硯と言う妖怪の存在。自らがキャスターと手を組む上での要求内容。その内容の中に本来のマスターが『令呪』で命じた『衛宮士郎に対しては何も行なってはならない』と言う条件も組み入れられていた。
重要な情報を聞き終えたキャスターはゆっくりとアサシンに目を向け、アサシンが頷き返すと共に右手の手袋を取って『令呪』を晒す。
「『アサシン、自らの体に異変を感じ次第に自害しなさい』」
「仕方あるまいな」
キャスターの強制的な命令にアサシンは同意するように頷いた。
何故キャスターがアサシンに対して『令呪』を使用することが出来るのかと言うと、アサシンはキャスターが召喚したサーヴァントだからである。『令呪』を獲得した魔術師ならばサーヴァントを召喚する権利を得ることが出来る。
魔術師のサーヴァントであるキャスターもソレは例外ではない。無論それは暴論に近い事だが、キャスターはその裏技を使用してアサシンの召喚を成功させた。しかし、その裏技はデメリットが一つ存在していた。そのデメリットとはアサシンは今居る場所の山門から遠く離れる事が出来ないと言う事だった。一応寺内部には入れるが、他のサーヴァントのようにアサシンは自由に動き回れる事が出来ない。
先の『令呪獲得戦』のおりにキャスターがアサシンを仕向けられなかったのは、そのデメリットのせいだった。その他にも今回のアサシンには不安定な部分が多い。
ライダーからの情報で其処を付かれる可能性が高い事が判明したので、キャスターは『令呪』の使用を踏み切ったのだ。
「これだけの情報を与えてくれて、更に私達に力を貸すと言うなら貴女の要求を叶える事を私の真名に於いて誓うわ、メドゥーサ」
「感謝します、キャスター。それと此れが私のマスターの髪の毛です」
ライダーはそう言いながら、服の中からハンカチで丁寧に包まれていた紫色の髪の毛をキャスターに差し出した。
キャスターは差し出されたハンカチの上に乗っている髪の毛を慎重に受け取り、即座にローブの中に入っていた試験管のような物に仕舞う。
「分かっているでしょうけど、貴女のマスターを確実に私が救えると言う保障はまだ無いわ。今の説明では急いで完成させた為に不安定な部分も在る様だけれど」
「その調整を考えれば一日か二日は時間が在る筈です・・・その間に此方も態勢を整える事が出来れば」
「そうね・・・・貴女の話が事実ならば戦力の増強は必要ね・・・質問するけど?貴女のマスターが命じた護るべき相手は『衛宮士郎』だけなのね?」
「えぇ、そうです・・・“彼女”にとっての実の姉やその他の親しい者を護る命令は受けていません」
「そう・・・(なら、問題は無いわね)」
兼ねてより考えていた手段の実行に問題が無いことを悟ったキャスターは、口元を笑みで歪めるのだった。
一方、各陣営でそれぞれ動きが現れだした頃の衛宮邸では、凛が用意した道具を士郎が『投影』を使って具現化させる練習が行なわれていた。
土倉に在った鍋やヤカンを始め、アーチャーに命じて遠坂邸から持って来させた盾や剣、槍、弓などとにかく衛宮邸にある物も含めて士郎の魔力が持つまで『投影』を行なわせた。
「ゼェ、ゼェ、ハァ、ハァ」
魔力を限界まで消費した士郎は荒い息を吐きながら、自身が『投影』した物を見つめていた。
それを横で眺めていた凛はゆっくりと何かを確かめるようにそれぞれ手に取って行く。
「う~ん、色々と試してみたけれど殆どが中身の無いガラクタね・・・最もこれは別物だけれど」
士郎が『投影』した物の中からゆっくりと凛は、遠坂邸からアーチャーが持って来た年代物の剣を取る。
ソレは正確に言えば凛がアーチャーに持って来るように命じた剣を士郎が『投影』した物。その剣だけは他の多くのガラクタと違い、確りと中身が存在し、実用にも充分に耐えられる代物だった。
「衛宮君・・・この剣を投影した時に何か他と違う印象を感じなかった?」
「あぁ・・・確かに感じた。何時もの『解析』と違って何時作られたのか、材質は何なのかって・・・とにかく何時もよりも解析の情報が多かったんだ」
「そう・・・なら、間違いないわね。衛宮君・・・貴方の魔術師の属性は『剣』よ」
「『剣』が属性?」
「そう・・・魔術師は自分に在った属性なら効果が上がるのは分かっているでしょう?貴方の場合はソレが『剣』って言う異常な属性なのよ。正確に言えば刀剣類全般かしらね。槍の方も問題ないし、後は弓道をやっていたのか弓ぐらいね」
『投影』された中から実用に耐える事が出来そうな物を分別しながら、凛は士郎の魔術師としての属性に関して話した。
「それで・・・俺の属性が『剣』だとして、出来そうなことは在るか?サーヴァントにダメージを与えたり?」
「それは無理ね。確かに『投影』した物は魔力を帯びているけれど、神秘の塊であるサーヴァントにダメージを与えられる代物じゃないわ。だけど、魔術師戦なら別かも知れないわ。例えば何も手に持っていないのに衛宮君が突進して、相手の魔術師が油断したその時に『投影』して武器を出現させるとかね」
「なるほど・・・いきなり武器が現れたら相手は驚くって事か?」
「そう言う事。貴方の投影魔術は普通とは違うから、絶対に相手は驚くわ。サーヴァント戦は無理だとしても、魔術師戦ならチャンスを作れる可能性が出来たわね」
そう凛は現状で士郎が出来る戦いに関して自身の考えを告げた。
実際に士郎の異常な投影魔術は魔術師戦ならば戦力になる。しかし、士郎が望んでいるサーヴァント戦での戦力は望めない。幾ら異常な投影魔術とは言え、流石に『宝具』の『投影』など凛は出来ると思えなかった。更に言えば分を超えた魔術は術者に必ず跳ね返って甚大なダメージを及ぼすのだから、『宝具』の『投影』はどれだけ士郎にダメージを与えるのか凛には想像もつかない。
「とにかく、今投影した家の剣を主力として戦うのが良いわね」
「分かった・・・それで、キャスターの拠点が『柳洞寺』の可能性が高いのは事実なのか?」
「えぇ・・・セイバーにも確認したけれど、『柳洞寺』は遠坂邸よりも高位の霊脈らしいのよ。十年前の『聖杯戦争』では拠点として使うマスターは居なかったらしいけれど、冬木中から魔力を奪うには一番効率が良い場所よ。キャスターが拠点にしている可能性は高いわ」
「・・・確か遠坂の話だと学校でルインって言うサーヴァントの女性が、学校内にキャスターのマスターは学校の誰かと言ったらしいけれど・・・『柳洞寺』・・・まさか、一成がマスターとかじゃないよな?」
『柳洞寺』の住職の息子である柳洞一成の事を思い出した士郎は、また親しい者が敵となるかも知れない事実に顔を歪めた。
慎二の事がまだ割り切れていないと凛は察するが、その士郎の考えを否定するために自身の考えを告げる。
「そうとは限らないわよ。実は夕食の時に来た藤村先生から聞いたんだけど、『柳洞寺』にはもう一人。学園の関係者が住んでいることが分かったのよ」
「本当か?それで一体誰が?」
「論理の葛木先生よ。どうもあの人は『柳洞寺』に下宿しているみたいなの。キャスターを召喚したマスターはイリヤスフィールのサーヴァントが倒したようだし、『はぐれサーヴァント』になったキャスターが魔術師じゃない一般人をマスターにした可能性は高いわ」
「って事は、やっぱり一成か葛木先生のどちらかがマスターの可能性が高い訳だな?」
「でしょうね・・・とにかく明日藤村先生の話だと学校の復帰に関しての会議が学校で行なわれるそうだから、葛木先生がマスターかどうか確かめるには良い機会だわ。衛宮君とセイバーも参加するわよね?」
「・・・あぁ、もちろんだ」
士郎としては出来ることならば知り合いとこれ以上争いたくは無いが、キャスターが無関係な人々を襲っているのは見過ごすことが出来ない。
慎二の時のようなミスは絶対に繰り返さないと心に固く誓いながら、士郎は魔術の鍛錬に打ち込んで行く。今まで成功率が低かった『強化』の魔術も、自らが『投影』した物ならば成功するのが判明し、今日の魔術鍛錬は終わった。
そして深夜。明日の事を思って眠れなかった士郎は、縁側に座って夜空に浮かぶ月を眺めていた。その手には今日の魔術鍛錬で『投影』に成功した剣が握られていて、何かを確かめるように見つめていた。
「・・・・『剣』が俺の属性か・・・・この力で『聖杯戦争』を勝ち抜いていかないといけないんだよな」
「こんな夜更けに何をしている、衛宮士郎」
「アーチャーか」
突然自分に呼びかけて来たアーチャーに驚くことなく、士郎は顔を上げて何時の間にか自分の前に立っていたアーチャーに顔を向けた。
「何のようだ?」
「何、見張りをしていたらお前が縁側に出るのが見えたのでな・・・それにしても、それが今日の魔術の鍛錬で貴様が『投影』したと言う剣か?」
「あぁ、そうだ・・・『投影』をどう使って戦えば良いのか考えていたんだ」
「なるほど・・・・少しは私の言葉が身に染みたようだな。だが、貴様の力ではこれから先に戦う相手にしても何も出来ないだろう」
「喧嘩を売っているのか?お前」
「・・・本来は敵になる可能性がある貴様に助言などしたくないが、凛が気にしているようだからな・・・・一度しか言わんから良く聞け。戦いになれば衛宮士郎に勝ち目は無い。ならば、せめて想像の中で勝て。貴様の戦いは現実ではなく、イメージの中での戦いだと思え」
「どういう意味だよ?それは?」
「一度しか言わんと言った筈だ。では、私は警護に戻らせて貰う。貴様も早く休むのだな」
アーチャーはそう士郎に背中を向けながら告げると共に、その身を霊体化させて士郎の前から姿を消した。
残された士郎は言葉に隠されている意味が分からずとも、アーチャーが告げた言葉は自分にとって何か重要な事だと考えながら明日の為に自身の部屋へと戻って行く。その様子を屋根の上から眺めていたアーチャーは自らの行動に苦笑を思わず浮かべる。
「・・・私もどうかしている・・・“自分が殺したいと思っている相手に、助言をするなど”・・・だが、あの衛宮士郎はもしかしたら私とは違う道を進むかも知れん・・・・間桐慎二の事は必ず奴に影響を及ぼすのだから・・・しかし、もしも奴が変わらないままならば」
それ以上アーチャーは言葉にすることなく、自らの部屋に入って行く士郎の事を様々な感情が篭もっている目で見つめるのだった。
翌日の昼近く、藤村大河からの情報で学校の会議が終わる時間帯に士郎、セイバー、凛は学校の近くで待機していた。
土地勘のある士郎と凛で葛木宗一郎が『柳洞寺』に帰る方向を予測し、万が一方向が違っていた場合は霊体化して葛木を見張っているアーチャーから連絡が届く手筈になっている。
「それじゃ今朝話したように、弱めのガントを葛木先生に撃ち込んでマスターかどうか確かめるわね。弱めだから眩暈がする程度だし、問題は無い筈よ」
「分かった。だけど、本当に弱めで頼むぞ。あんまり影響が出るのは止めて欲しいからな」
「分かってるわよ・・・それと本当に葛木先生がマスターでキャスターが出て来た場合は、セイバー頼むわよ。貴女の『対魔力』なら大抵の魔術は無効出来る事に間違いないんだからね」
「はい。イリヤスフィールの横に居る女性には不覚を取りましたが、キャスターの魔術の大半は防げる自信はあります」
セイバーはそう自らの意気込みを語り、凛は満足そうに頷きながら持っていた缶コーヒーを飲む。
すると、学校で葛木を見張っているアーチャーから連絡がレイラインを通して届いて来る。
(凛。学校から例の葛木宗一郎が出た。他の教師達と一緒に行動せず、一人で『柳洞寺』の方面に向かって歩いている)
(そのまま貴方は監視を続けて。例の襲う予定のポイントから離れたと思ったらすぐに連絡をお願い)
(了解した。もしもあの人物がキャスターのマスターだった場合は、私は予定通りに狙撃すれば良いのだな?)
(えぇ。幾らキャスターでもセイバーを相手にしながら、貴方への対処は無理だろうからお願いね)
そう凛はアーチャーに指示を伝えると共に、自身に視線を向けて来ているセイバーと士郎に顔を向けて頷く。
「予定通りにこっちに葛木先生は向かって来ているわ。襲う予定のポイントに辿り着いたらやるわよ」
その凛の言葉に士郎とセイバーは頷き、三人は襲撃を掛ける予定のポイントへと急いで向かう。
商店街から離れ、人通りも少ない場所に身を潜めながら三人は葛木が来るのを静かに待つ。ジッと来るであろう方向を見つめていると、道の曲がり角から長身で身をスーツで進み眼鏡を掛けた寡黙そうな男性-『葛木宗一郎』-が三人の前に姿を現し、無防備に背中を見せる。
「・・・昼間だけれど、葛木先生がマスターかどうか確かめるわよ。人払いの結界も張ったし」
「分かってる」
「・・・それじゃ!行くわよ!!」
凛は叫ぶと共に身を晒し、葛木の無防備な背中に向かって右手の人差し指を構えてガントを撃ち出す。
「ハァッ!!」
人差し指から放たれたガントは真っ直ぐに葛木の背に向かって突き進む。
しかし、当たると思われた瞬間、突然にガントは葛木の背から逸れて電柱に直撃する。
(今のは逸らされた!?なら、やっぱり、この人が!?)
「・・・獲物が三人、お前の言葉通りに掛かったようだな、キャスター」
『えぇ、そのようですわね、宗一郎様』
ゆっくりと葛木が凛に向かって振り返ると共に、何処からともなくキャスターの言葉が響いた。
その声を聞いたセイバーは即座に青いドレスと白銀に輝く鎧を纏い、士郎も持って来ていた木刀を手に持ちながら凛の横に立つ。
「衛宮に遠坂か。やはり、今日私達を襲って来たのはお前達か」
「あら、先生?私達が襲って来るのがわかっていたみたいですね」
「キャスターの話では、現状でまともに動ける陣営はお前達だけらしいのでな」
(私達だけ?・・・どういう事?イリヤスフィール達や他の陣営に何か起きているって事なの?)
葛木の言葉に疑問を抱きながらも凛は油断せず葛木を見つめていると、葛木はゆっくり手に持っていた鞄を地面に下ろし、眼鏡も外して油断無く士郎とセイバー、凛を見つめる。
ソレと共に葛木の足元の影からせり上がる様にキャスターが、その姿を三人の前に現す。
「こんにちはセイバーのサーヴァントに、そのマスターの少年、そしてアーチャーのマスターのお嬢さん。昼間だと言うのに攻撃して来るなんて驚いたわ」
「よく言うわね。私達が襲う可能性を見越していたくせに」
「フフッ、その通りよ。そして罠に嵌まったのは其方だと言う事も考えるのね」
ゆっくりとキャスターはそう告げながら、葛木の両腕に補助を掛けて強力な『強化』の魔術も施して行く。
葛木は自らに補助が掛かったのを確認すると、士郎、凛、セイバーに向かって一歩踏み出して三人を睨みつける。明らかに戦う気など察した士郎は木刀の柄を強く握りながら、葛木に向かって質問する。
「葛木先生」
「何だ、衛宮?」
「アンタはキャスターのしている事を知っているのか?ソイツは無関係な人達をガス事故を装って襲っているんだぞ?そんな奴に協力するのか?」
「無論だ」
「なっ!?」
葛木の迷いの無い言葉に士郎は思わず声を上げ、セイバーと凛も険しい視線を葛木に向ける。
しかし、葛木は何も感じていないのか自らの考えを三人に向かって告げる。
「私にとっては他人がどうなろうと構わない。寧ろキャスターのやり方は手緩いと感じる。最も間桐慎二のようなやり方は認めんがな」
「アンタはキャスターに操られてる訳じゃないのか!?」
「無論だ。私は私の意志で行動している。そして私はキャスターから昨夜見過ごせない重大な事実を知った。『聖杯戦争』になど興味は無かったが、放置して於く訳にも行かなくなった。衛宮に遠坂よ。『聖杯戦争』から降りると言うならば手荒な事は止めるが?」
「冗談じゃないわね。見過ごせない事が何か知らないけれど、私も『聖杯戦争』には覚悟を決めて参加しているのよ」
「キャスターがしている事をこれ以上見過ごせるか!葛木!!俺達はアンタとキャスターを倒す!!」
「フゥ~・・・・セイバーも同意見かしら?」
「無論だ、キャスター。無辜の民に被害を及ぼす貴様らの所業・・・騎士としてこれ以上見過ごす事は出来ない」
「・・・そう」
セイバーの宣言にキャスターは口元を歪めながら、何処からとも無く杖を出現させて自らも戦闘態勢を整え、戦いが開始されるのだった。
凛達と葛木、キャスターが対峙している場所から離れた地点にある一軒家の屋根の上。
その場所には隙在らば狙撃しようと考えていたアーチャーが弓を構えていたが、今は弓を消して両手に黒と白の双剣を持って目の前に突然に現れたライダーと対峙していた。
「・・・どう言うつもりかね?君が何故私の邪魔をする?」
「そう言う手筈でしたので」
「・・・・・なるほど、どのような経緯かは分からないが、君はキャスターと手を組んだと言う訳か。どうやら我々の方が罠に嵌まったと言うようだな」
ライダーの言葉にアーチャーは目を細めて、黒と白の双剣を握る手に力を込める。
まんまと誘い込まれたのは自分達の方だとアーチャーは理解した。このままでは全滅も免れないと悟り、何とかして目の前に立っているライダーを出し抜こうとアーチャーは考えるが、その考えを遮るようにライダーが口を開く。
「そんなに警戒しなくても、私は貴方に攻撃は出来ませんので安心して下さい」
「・・・どう言う意味かね?」
「私も驚きました。いえ、実を言えば貴方の考えている通り、私は狙撃しようとしていた貴方を邪魔する事が目的だったのですが・・・予想外な事に貴方に私は攻撃出来ないのです、■■■■■■」
「ッ!?」
ライダーがアーチャーに対して呼びかけた名前に、アーチャーは顔を取り繕うのも忘れて動揺を浮かべた。
それほどまでにライダーの言葉はアーチャーが動揺を隠せなかった事のほどだった。何せその名前はアーチャーがマスターである凛にも隠している真名だったのだから。その真名を何故接触が少ないライダーが知っているのかとアーチャーは警戒心を強めながら、ライダーを睨みつける。
「・・・何故君がその名を知っているのかね?」
「こうして対峙したからですよ・・・アーチャー、貴方が本当に■■■■■■なら、私達に協力してくれませんか?桜を救う為に」
「どう言うことかね?桜に何が起きていると言うのだ?ライダー」
「話を聞く気になったようですね・・・では、お話しましょう。桜に関して」
ライダーはそう告げながら、戦えない代わりの“時間稼ぎ”の為にアーチャーに自身が持っている情報を話すのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
干将・莫耶
郊外の森にあるアインツベルン城の一室。
昨晩の戦いで深いダメージをブラックが負ったのでイリヤスフィール達は今日は街に出る事は無かったが、それでもサーチャーを使って各陣営の動きは監視していた。当然『柳洞寺』近くでの戦いも捕捉していたが、監視の任についていたセラとリズの二人が注意を払っていたのは、士郎達が居る場所から離れた屋根の上で会話しているアーチャーとライダーの話の内容だった。
アーチャーの真名が以前から考えられていた相手だと言う事は最初の会話で判明したが、セラが重要視する内容はその後の会話だった。その会話の内容にセラは顔を青褪めさせて震えながら呟く。
「・・・何と言う事ですか・・・まさか、アインツベルンの秘奥を『間桐』が得ていたとは・・・・ブラックの考えは当たっていた・・・しかも、“アレ”に染まり切っている代物が・・リズ」
「何?」
「お嬢様とルイン様、そしてブラックに今の事を報告して下さい。アーチャーの真名。そしてブラックが感じたという危機感を与えた存在の正体は、ライダーの話に出て来た相手でしょう。実際に“アレ”が顕現出来るとなれば脅威以外の何ものでもないですからね」
「分かった。すぐに伝えて来る」
セラの指示にリーゼリットは即座に動き出し、別室で治療を受けているブラックの下に急いで向かい出した。
それをセラは確認すると共に戦いの場ではない別地点に滞在しているサーチャーを総動員してライダーの話に出た相手を捜索し出す。独断の行動だが、ブラックならばそう指示を出すだろうとセラは考えての行動だった。
「ブラックの言っていた通り、倒したギルガメッシュが別の『聖杯の器』に取り込まれたとすれば、一刻も早く見つけなければ。由々しき事態になるかも知れない」
そうセラは呟きながら、ライダーがアーチャーに告げた存在を急いでサーチャーを総動員して捜索し出すのだった。
『柳洞寺』から程近い場所の街中。
人払いの結界が張られて人通りが無いその場所で、キャスターとそのマスターである葛木宗一郎がセイバーとそのマスターである衛宮士郎、そしてアーチャーのマスターである遠坂凛と戦っていた。
だが、その戦いは士郎と凛が予想していた戦いとは掛け離れていた。セイバーも含めた三人の考えではキャスターの相手はセイバーが行ない、士郎と凛がマスターである葛木の相手をするという考えだった。
しかし、その三人が考えていたことを討ち破る出来事が目の前に広がっていた。
「ハアァァァッ!!」
「フッ!!」
セイバーが振るった不可視の剣を葛木は流れるような動きで回避し、まるで蛇を思わせるような変則的ながらも速い拳が逆にセイバーの体に叩き込まれて行く。
本来ならば魔術師でない葛木の拳など幾ら叩き込まれようとも神秘の結晶であるセイバーにダメージは無い筈だが、葛木のサーヴァントは神代の魔術師のサーヴァントであるキャスター。サーヴァントに対抗出来るだけの『強化』を施す事は可能だった。
しかし、本来ならばそれだけではサーヴァントに対抗する事は出来ない。しかし、凛と士郎、そしてセイバーは知らない事だったが、葛木はただの一般の教師ではなかった。相手を殺傷する事に特化した武術の達人でもあった。それに加えてセイバーも一般人と言う思い込みを持っていたので油断を僅かにしてしまい、慣れない体術の攻撃に防戦一方に追い込まれていた。
そして遂に葛木の鋭い拳の一撃がセイバーの腹部に直撃する。
「ムンッ!!」
「グフッ!!」
「君にとってこの時代の戦いの技術には未知のモノが多い。現代では剣を使った相手に対抗する技術も存在しているッ!!」
「クッ!!」
言葉と共に葛木が振り下ろして来た一撃をセイバーはギリギリの所で避けた。
しかし、葛木は避けられた事に動揺することなく素早く避けた直後のセイバーの間合いに入り込み、その首を掴んで締め付ける。
「ガアッ!!」
「キャスターからサーヴァントは仮初の体以外は人間と変わらないと聞いた。首を絞められれば息が出来ずに苦しむと言うこともッ!!」
ーーーズドオオオン!!
「グアッ!!」
葛木は叫ぶと共に全力でセイバーを地面に叩きつけて、セイバーは地面に倒れ伏してしまう。
それを目撃した凛は葛木の武術の技量に思わず信じられないというように声を漏らしてしまう。
「・・・・・嘘でしょう?」
「遠坂。お前達の敗因は私を一般人だと思い込んだ事だ」
「クッ!!・・(冗談じゃないわよ!!この男の武術の技量!?下手したら綺礼並じゃないの!?)」
凛は中国武術をある程度修めている。そのおかげで葛木の武術の技量がどれだけ高いのか理解していた。自らの技量では遠く及ばないほどの達人。
ならば武術ではなく魔術で凛は対抗しようと考え、右手の人差し指を構えた瞬間、一瞬にして葛木が目の前に現れ、胸の中心に拳が叩き込まれる。
「ウッ!!」
「優れた魔術師とは言え、詠唱出来なければ打つ手は限られているだろう」
「ゲホッ、ゲホッ!!」
肺に走った激痛に凛は苦しげに咳き込み地面に膝をついてしまった。
その隙を逃さずに様子を静かに伺っていたキャスターが凛に向かって魔術を発動させる。
「『
ーーーズシッ!―――ズウウウン!!
「ガッ!!グゥゥゥゥッ!!」
「遠坂!?」
キャスターの魔術が発動すると共に凛の体に重圧が襲い掛かり、地面に膝を着きながら苦しげに呻く。
それを目撃した士郎は凛を助けようと葛木の背後に居るキャスターに向かって襲い掛かろうとするが、葛木がそれを遮る。
「退けえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ムン!!」
ーーーバキィィィィーーン!!
士郎が振り下ろして来た木刀に向かって葛木は迷うことなく拳を振り抜き、木刀は甲高い音を立てながら砕け散った。
これで士郎は武器を失ったと葛木が思った瞬間、士郎は魔術回路を起動させて叫ぶ。
「『
「何ッ!?」
士郎が叫び終えると共にその手に光が走り、年代を感じさせる西洋の剣が出現した。
その事実に葛木は目を見開き、背後で見ていたキャスターも士郎が使った魔術の異常さに、ローブに隠れている目を見開く。確実に葛木が動揺したのを悟った士郎は『投影』した剣を葛木に向かって振り抜く。
「オォォォォォッ!!」
「クッ!!」
士郎が振り抜いた剣を辛うじて葛木は避けるが、スーツに切れ目が出来る。
しかし、即座に葛木は体勢を直して士郎が振るった剣に向かって拳を叩き込み、剣を破壊する。
(クッ!!この剣じゃ駄目だ!!キャスターが強化したコイツの拳に歯が立たない!何か別の剣を!コイツの拳に負けない剣が必要だ!!)
『戦いになれば衛宮士郎に勝ち目は無い。ならば、せめて想像の中で勝て』
(ッ!!アイツの剣なら!!)
脳裏に過ぎった昨夜のアーチャーの言葉と、アーチャーが扱っていた二本の黒と白の双剣を士郎は思い出す。
仮にも『宝具』に分類される双剣。それを投影出来るかと言う疑問も士郎の中に浮かばなかった。ただやるだけだと言うように士郎は両手を構える。
「『
「無駄な事だ。眠れ、衛宮!!」
ライダーとの契約で葛木とキャスターは士郎を殺す事は出来ない。
だが、事前に気絶させる程度のダメージはギリギリ許容出来るとライダーは自らの状態で判断していた。この場で気絶させて『聖杯戦争』に関する記憶を消し、冬木から士郎を離して安全を計る。
それがキャスターとライダーが士郎に対して行なう予定の行動だった。これで確実に決まるとキャスターは笑みを浮かべようとする。だが、葛木が振り下ろした拳は士郎が直前に『投影』したモノによって防がれる。
「なっ!?」
自身が目にした物に冷静だった筈のキャスターが思わず、驚愕と困惑に満ちた声を上げた。
それは士郎に拳を振り下ろした葛木も同様だった。最初に現れた年代物の剣は簡単に砕けたのに、今は幾ら力を込めても士郎が重ねるように構えている二本の剣は砕けなかった。
『
士郎が握る二本の剣。それはアーチャーが扱う黒と白の双剣。『夫婦剣・
「オォォォォォォォォッ!!!」
「グウゥゥゥゥゥゥッ!!」
裂帛の気合と共に士郎が『投影』した『
その事実にキャスターは目を見開きながら、信じられないというように唇を震わせて士郎が握っている『
「『宝具』を『投影』したと言うの!?ありえない!そんな事を人間が出来る筈が!?」
目の前の光景にキャスターは驚愕と困惑に包まれながら叫んだ。
ただの半人前以下の魔術師だと考えていた士郎の予想外の力にキャスターは驚愕し、葛木の身を心配して目を動かすと、葛木にやられて倒れ伏していたセイバーが起き上がり、『重圧《アトラス》』に縛られていた凛に駆け寄るのを目にする。
「しまった!?」
セイバーの狙いに気がついたキャスターは目的を果たされる前に、凛に何かをしようとする。
だが、キャスターが何かを行なう前にセイバーの身体が『重圧《アトラス》』に触れて、甲高い音を立てながら『
「無事ですか、リン?」
「ゲホッ、ありがとう、セイバー・・・正直危なかったわ」
「いえ、私も油断しました」
「遠坂!セイバー!大丈夫か!?」
二人の傍に士郎が近寄りながら心配そうに声を掛けた。
凛とセイバーは士郎に向かって自分達は大丈夫だと言うように頷き、士郎は安堵の息を吐きながらキャスターと葛木に向かって双剣を持ち直して身構える。
キャスターと葛木は予想外の士郎の力に動揺するが、すぐにその動揺を治めて冷静にこの後の対処法を考える。
「(アーチャーはライダーが抑えているとは言え、宗一郎様がセイバーにダメージを与えられたのは予想外の奇襲のおかげ・・・・このまま戦うのは不ッ!?)宗一郎様!!」
ーーーガキィン!!
突然に何かに気がついたようにキャスターは葛木の傍に駆け寄り、遠方から高速で迫って来た矢を魔術障壁で防御した。
その攻撃を目にしたセイバー、士郎、凛は漸くアーチャーからの援護射撃が来たのだと悟って笑みを浮かべる。対してキャスターは葛木を抱えながら、ライダーがしくじったと考えて苦虫を噛み潰したような顔をしながらローブを広げる。
「今日のところは退かせて貰うわ!!次に会う時は必ずその首を貰うわよ!!」
キャスターがそう叫ぶと共に広がっていたローブは葛木とキャスター自身を包み込み、徐々に小さくなって行き士郎達の目の前から消え去った。
「逃げたみたいね・・・深追いは止めておきましょう」
「えぇ、キャスター自身もそうですが、そのマスターも予想外の実力でした。一度対策を練り直さなければならないでしょう」
凛とセイバーはそう言いあい、士郎は戦闘が終わったのを確認すると、改めて自分が『投影』した『
「・・・これって・・・俺が『投影』したんだよな?」
「じゃなきゃ、その手に握られてないでしょう・・・それにしても、まさか『宝具』の『投影』まで行なえるなんて・・・しかも、アーチャーの剣よ、ソレ」
「凛、その小僧の剣と私の剣を同列に考えるのは止めて貰いたい」
凛の言葉を否定するように、三人の背後から声が響いた。
三人がゆっくりと振り向いて見ると、憮然とした顔をしたアーチャーが立っていた。
「アーチャー!!アンタね!!何であんなに援護が遅れたのよ!?危うく全滅するところだったのよ!?」
「それに関してはすまない・・・だが、此方も予想外の敵と交戦していたのでな」
「予想外の敵?それは誰ですか、アーチャー?」
「・・・・・・ライダーだ」
「なっ!?ライダーだって!?」
アーチャーが告げた相手に士郎は声を上げ、凛とセイバーは目を細めてアーチャーに何が起きていたのか詳しく聞く。
「援護射撃をしようとしていたところにライダーが襲い掛かって来た。恐らくだが、キャスターとライダーは手を組んでいる。一瞬の隙をつかなければ援護など出来ないほど必死だった」
「・・・だとしたら厄介ね。強力な『対軍宝具』を所持しているライダーがキャスターと手を結んでいるなんて」
「加えて言えば、ライダーの力は以前よりも上がっている。本来のマスターに契約が戻った事によってライダーは本来の力を発揮出来るようになったのだろう」
「厄介ですね。だとすれば、益々キャスターの陣地内で戦うのは危険が大き過ぎる」
「対策の練り直しは絶対に必要と言う事ね・・・戻りましょう」
「あぁ」
凛の言葉に士郎は頷き、セイバーとアーチャーと共に衛宮邸へと戻って行った。
アーチャーの目に何らかの決意が決まった覚悟の色が宿っていることに気がつかずに。
何処かの暗い闇に満ち溢れた空間。
その場所からアインツベルン以外に街での戦いを“蟲”を通して見ていた者がいた。その者の名は間桐臓硯。『聖杯戦争』の裏で暗躍している者だった。
その顔は心の底から楽しげに歪んでいた。まるで必死に足掻いている者の行動が愉快だと言いたげに、その顔の口元は邪悪に歪んでいた。
「カカカカカカカッ、ライダーの奴も足掻いておるわ。その行動こそがワシの狙いだと知らずに、カカカカカカカカッ!!!」
臓硯はそう笑いながら、背後をゆっくりと振り返り、地面に横になっている少女-『間桐桜』-を見つめる。
安らかな顔で桜は眠っていた。普通の者ならばその寝顔に心が奪われても可笑しくないほど安らいだ寝顔。だが、眠っている桜の周りには悪意に満ち溢れた影が蠢いていた。一つ一つの影が意思を宿しているかのように動き、臓硯は心の底から愉快そうに見つめる。
「カカカカカカッ!流石は最古の王と言うべきか?サーヴァント数体分の魂を吸収したおかげで、『黒の聖杯』は完全に起動した!七騎全て吸収する必要は無い!!後数騎加えれば完成する!」
全てが臓硯の思惑通りだった。
『黒の聖杯』が完成した事によって起きている出来事にも臓硯は興味が無い。人間を辞めた臓硯の目的はただ一つ、『聖杯の力によって不老不死』になることだけ。その為に五百年生きて『聖杯戦争』の監視を続けて来た。そしてもうすぐソレがなされる段階に至ろうとしていた。
最大の障害と成るかもしれない『オメガブレード』を持つブラックにも、臓硯は既に危険性が無いと考えていた。ギルガメッシュを吸収した事によって全てのサーヴァントを取り込む必要性は無くなった。一番危険な存在であるブラックを放置して、他のサーヴァントを桜に取り込ませる事で『黒の聖杯』を完成させ願いを叶える。他のサーヴァントならば“アレ”の力を得た桜には勝てない。
だからこそ、臓硯は自身の勝利を疑ってなかった。ゆっくりと臓硯は安らかな顔で眠っている桜を眺める。こうしている間にも“アレ”の力を手に入れた影が何をしているのかも臓硯は知りながら、全く気にしていない。臓硯にとって自身の願いの前では全て瑣末な出来事でしかないのだから。
「焦ってはならぬ。あとほんの僅かでワシの長年の望みは叶うのだから・・・・その為に存分に貴様には働いて貰うぞ、桜よ」
臓硯はそう眠る桜に自ら勝利を確信したような声を掛けた。
自分が放置しようと決めた存在がとうの昔に己を抹殺することを決めていると知らずに、そして桜の周りで蠢いている影の一つから紅く輝く瞳がジッと臓硯を愉快そうに見つめている事にも気がつかずに、己の勝利を臓硯は確信し笑い続けるのだった。
言峰教会執務室。
その部屋の主である言峰綺礼は、珍しい事に非常に困惑した顔をしていた。昨夜アインツベルンを強襲した筈のギルガメッシュが戻ってこないばかりか、ギルガメッシュと繋がっていたレイラインまで途絶えてしまったのだ。それが意味する事を綺礼が違える筈が無い。
“ギルガメッシュがアインツベルンのサーヴァントに敗北した”。しかし、その事実を綺礼は信じられなかった。慢心に満ち溢れているギルガメッシュだが、その実力は英霊で在るならば勝てる存在が少ないほどの実力を持つ存在。十年前の『第四次聖杯戦争』でもギルガメッシュがその気になれば勝てる存在は居ないはず。何よりもギルガメッシュは『受肉』しているので、魔力不足と言う弱点はない。しかし、現実に繋がっていたレイラインは途絶えてしまっている。
(・・・此処までくればギルガメッシュの敗退は間違いない。アインツベルンのサーヴァントの実力は、私の予測以上だったと言う事か)
自らの切り札消失の事実に綺礼は内心で慌てながら、自身がどう行動すべきなのか対策を考える。
その綺礼の背後に何の前触れも無く、ランサーが実体化して考え込んでいる綺礼に声を掛ける。
「よう、随分と慌てているようだが?何かあったのか?言峰」
「ランサーか?・・・一体何の用だ?お前には各陣営の監視を言い渡して居た筈だが?」
「おいおい・・・幾らレイラインを通じて声を掛けても答えなかったのはテメエだろうが?」
「ムッ」
ランサーの言葉に綺礼は思わず呻くような声を出した。
ギルガメッシュの事を考え込んでいて気がつけなかったが、そう言えば確かにレイラインを通じてランサーが語りかけて来たような覚えが綺礼には在った。自らの醜態を晒した事実に綺礼は苦虫を噛み潰したような気持ちを抱きながら、ニヤニヤと笑っているランサーに顔を向ける。
ランサーからすれば最初のマスターを闇討ちで襲い掛かって命を奪った綺礼の事は、内心では殺したい思いを抱いているが、『主変え』に同意するように『令呪』を使用されているので嫌々ながらも一応従っているに過ぎない。綺礼が見せた醜態に笑みを浮かべながら、ランサーは自分が調べた事の報告を行なう。
「報告するぜ。先ず如何言う訳だか、ライダーとキャスターが手を組みやがったみてえだ」
「何だと?確か貴様の報告ではアサシンのマスターはキャスター・・・更にキャスターの陣営が強化されたと言う事か?」
「だろうな。さっきも街中で戦ってやがった。そん時にライダーはアーチャーも勧誘していたみてえだぜ?詳しい話は距離があって聞こえなかったが、二人で話し合って纏まった後にアーチャーの奴はライダーに邪魔されずに、キャスターに矢を撃ちやがった。もしアーチャーの野郎がライダーの提案に乗っていたら、マスターのお嬢ちゃんも、手を組んでいるセイバーとそのマスターもどうなるか分からないぜ?」
「・・・いかんな・・・一つの戦力に最大で四騎のサーヴァントが集まるなど・・・・それ以外には何か報告は在るか?」
「他の陣営じゃ、俺が気になったのはそれぐらいだ・・・だが、それとは別にだが・・・この街で失踪者が何人か出ているらしいぜ」
「失踪者だと?」
「あぁ・・・目立ってないようだが、家に住んでいた連中が消える事件が起きているらしい」
「むぅっ・・・其方に関しては教会のスタッフに調べさせよう。ランサー、お前はセイバーとアーチャーの陣営に張り付いておけ。もしもお前の考えの通り、アーチャーが凛を裏切った場合は手を貸してやれ。キャスターの陣営にこれ以上の戦力が集まるのを見過ごす事は出来んからな」
「分かった」
ランサーはそう綺礼に返事を返すと共に、その身を霊体化させて綺礼の前から姿を消した。
残された綺礼はランサーの報告にあった失踪者に関する案件を調べるように教会のスタッフに連絡を行ない、自身はギルガメッシュが抜けた穴をどう挽回するか考えるのだった。
一方衛宮邸に戻った士郎、凛、セイバー、アーチャーだったが、今は三人しか衛宮邸に居なかった。
それと言うのもライダーがキャスターと手を組んでいると報告を受けた凛が、アーチャーに命じて間桐邸の様子を伺って来るように命じたからだった。凛は既にライダーの本当のマスターが誰なのか分かっている。
しかし、その事を士郎とセイバーには話していなかった。ライダーの本当のマスターは士郎にとっては想像もついていない相手なのだから。何よりも相手側が士郎には知られたくないと思っている。本来ならばそんな事を凛は気にせず話すのだが、ライダーのマスターだけは別だった。だから、士郎とセイバーにはアーチャーは『柳洞寺』の様子を見て来るように命じたと伝えてある。
士郎はその事も疑わず、セイバーも弓兵の本来の役割を理解しているので凛の説明に疑いは持っておらず、居間で三人はキャスター達に対する対策を考えていた。
「キャスターとライダーが手を組んだのはかなり不味いわね」
「えぇ・・・ですが、キャスターにしろ、ライダーにしろ、彼女達が本領を発揮出来る場所は人目につかない場所です。特にライダーが召喚する『天馬』は凄まじい力を発揮しますが、その分使いどころは限られています」
「そうね・・・葛木先生の実力は予想外だったけれど、次に戦えばセイバーは遅れを取らないし、アーチャーも居る・・・それに『宝具』の『投影』なんて事を行なえた衛宮君も居るからね」
「俺自身驚いているさ。まさか『宝具』まで『投影』出来るなんて思いもしなかった。無我夢中だったのが幸いしたのかも知れない」
「火事場の馬鹿力ってやつかしらね・・・・だけど、衛宮君?貴方も知っていると思うけど、分を超えた魔術は身を滅ぼすわ。アーチャーの剣が『投影』出来たのは相性が良かったから、他のサーヴァントの武器を『投影』するなんて控えなさい」
「同感です。士郎の力は確かに強力ですが、何かしらの反動が来る可能性もあります。使用には充分に注意を払うべきでしょう」
「あぁ、分かってる」
自らが得た力を実感しながら士郎は凛とセイバーの忠告を胸に刻む。
そしてゆっくりと時計に目を向けて見ると、そろそろ大河がやって来る時間だと言う事に気がつく。
「そろそろ藤姉が来る時間だな。夕食の準備をして来る」
「じゃ、私は今の内に工房の方に行って来るわ。夜になったらキャスターとライダーが本格的に攻めて来るかもしれないから、今の内に備えをしておかないとね」
「では、私はアーチャーの代わりに周辺の警戒に勤めます」
士郎、凛、セイバーはそれぞれ自らの行なう事を告げて動き出す。
魔女が既に手を打っている事を知らずに、三人は自分達がすべき事を行なう為に動き出すのだった。
区切りが良い場所で終わらせました。
勘の良い人は次回の流れが推察できたと思います。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
破戒すべき全ての符
アインツベルン城内部の一室。
その部屋の中でブラック、ルイン、イリヤスフィールは今日の昼間明らかになった事をリズから聞き終えて三人とも険しい顔を浮かべていた。アーチャーの正体が予想通りだったのは別に問題は無いのだが、もう一つの『聖杯の器』に関する情報は見過ごせなかった。
しかもその『聖杯の器』の状態はイリヤスフィールと違って最悪に近い事も明らかになった。
「やはり、俺の予感は間違っていなかったか・・・しかし、問題は其処ではなくもう一つの『聖杯の器』の状態か。『聖杯』の中身の“アレ”の力が発揮出来るとすれば、危険極まりない」
「まさか・・・壊れた『聖杯の器』を元にするなんて・・・正気なの?間桐は?」
明らかになった事実にイリヤスフィールは険しい声を上げた。
ただでさえ『聖杯の器』はアインツベルンの秘奥。それを門外漢の間桐が作り上げたばかりか、それに使われているのは前回の聖杯戦争で壊れた『聖杯の器』。壊れた物を基にした『聖杯の器』がまともな筈が無い。更に言えば壊れた『聖杯の器』は“アレ”の顕現に関わった。間違いなくイリヤスフィールの『聖杯の器』と違って、間桐の『聖杯の器』は染まっている。
その証拠の一つが昨夜ブラックがギルガメッシュ戦の後に感じた危機感。サーヴァントとなったブラックにとって確かに『聖杯』そのものと呼んで言い“アレ”は天敵。
(でも、ブラックなら逆に“アレ”をギルガメッシュのように飲み干しそうな気がするのよね・・・それにブラックの持つ『オメガブレード』ならその『聖杯の器』だって初期化出来る。まぁ、桜は消えちゃうけどね)
既にイリヤスフィールはもう一つの『聖杯の器』が間桐桜である事を理解していた。
遠坂時臣が桜を間桐に養子に出した経緯も、雇った裏の情報屋から得た情報で大よそは推察出来ていた。流石にどのような条件が養子に出した中で決まっているのかや、桜の魔術師としての資質までは分からなかったが、仮に凛並だと考えれば養子に出すのも十分納得出来た。
魔術師とは総じて自分の利益を追求する面が強い。もしも桜の魔術師としての資質が凛並だったと仮定した場合、裏の人間は魔術に対する抵抗力を持たない桜を実験材料か或いはホルマリン漬けにして保存する可能性が高い。かと言って魔術師の家系で、その家系の魔術を受け継げるのは一人だけ。凛が遠坂の跡を継いだと成れば、桜は遠坂の魔術を受け継げない。だから、遠坂時臣は桜を間桐の家に養子に出したのだろう。或いは『聖杯戦争』を継続させる為に、跡取りの心配があった間桐に桜を提供した可能性もイリヤスフィールとセラには考えられた。
しかし、今回得られた情報でイリヤスフィールは桜は長く生きられない可能性が高い事に気がついていた。
(桜は私やお母様と違って後天的に『聖杯の器』に改造された可能性が高いわ。間桐の魔術で『人体改造』が可能だとしても、『聖杯の器』への改造なんて桜の身体に影響が出ない筈が無い。多分ライダーがキャスターと手を結んだのも、ソレが分かっていたから)
この『聖杯戦争』に召喚されたサーヴァントの中で、『聖杯の器』に改造された桜を純粋な意味で救える可能性があるのはキャスターだけ。
ブラックの持つ『オメガブレード』でもイリヤスフィールの協力があれば確かに桜を現在の状態から解放する事が出来る。だが、『オメガブレード』は本来ならば触れれば問答無用で全てを『初期化』してしまう剣。『令呪』の力で一定の制限は与えられるが、もしも桜を完全に間桐に渡る前の状態に戻すとすれば幼い頃まで戻さなければ成らない。つまり、『オメガブレード』では今の桜を殺し、嘗ての桜を蘇らせることしか出来ないのだ。
『オメガブレード』では現在の桜を救うことは決して出来ない。もしも現在の桜を殺さずに救える可能性があるとすれば、神代時代の魔術師であるキャスターだけなのだ。
「ライダーの選択は正しいわね。セイバーやアーチャーに半人前の魔術師であるシロウ、それにリンじゃ難しいもの」
「だが、その行動も恐らくは間桐臓硯と言う妖怪の思惑通りだろうな」
「どう言う事ですか?ブラック様」
「考えても見ろ。『聖杯』の完成には最終的に七騎分のサーヴァントの吸収が必要だ。ギルガメッシュが二、三騎分に相当するならば最低でも残り五騎のサーヴァントの吸収が必要。だが、その為には派手に動く必要が必ず出て来る。しかし、そうなれば俺が間桐臓硯が造り上げた『聖杯の器』と接触する可能性が高い。今奴が最も警戒しているのは俺の持つ『オメガブレード』だろう」
「なるほど・・・・間桐臓硯にとって最も怖いのは『聖杯の器』の消失。だから、昨日の夜は近くに居ても、ギルガメッシュとの戦いで疲弊していたブラック様を襲わなかった。僅かでも『聖杯の器』が消失する可能性がある場合は危険を犯さないと言う方針と言う事ですね?」
「そうだ・・・其処まで考えている奴が、果たしてライダーの行動を容認すると思うか?」
そのブラックの質問にイリヤスフィール、ルイン、そして黙って話を聞いていたリズは首を横に振るう。
用意周到に準備を行ない、虎視眈々と勝利の機会を伺っている間桐臓硯が自分の企みを潰そうとしているライダーの行動を容認する筈が無い。それを認めているとすれば、ライダーの行動には臓硯が容認するだけのメリットが隠されているとしかイリヤスフィール達には考えられなかった。
そのメリットを悟ったブラックはゆっくりとルインとイリヤスフィールに顔を向ける。
「恐らく奴は『オメガブレード』を警戒している。俺が近づけば隠れるだろう。ならば、打てる手は一つだ」
「そうだね。確かに打てる手は一つだね」
ブラックの言いたい事を理解したイリヤスフィールは、ゆっくりと腕に宿っている『令呪』を輝かせるのだった。
衛宮邸の居間。
士郎はその場所に用意されているテーブルの上に、今日の夕食の食事を並べていた。毎日夕食も食べに来る藤村大河の分もテーブルに並べ終え、後はそれぞれが席につけば食事を取れる準備が出来た。
「よし、準備は終わったな。藤姉もそろそろ来るだろうし、セイバーと遠坂を呼んで来るか」
そう士郎は呟きながら着けていた白いエプロンを外し、離れに居る凛と周囲を警戒しているだろうセイバーを呼びに行こうとする。
すると、家の扉が開く音が響き、ソレと共に何時も聞こえて来る元気な声が聞こえて来る。
「ヤッホー!士郎!ご飯出来てる!?」
「あぁ、出来てるよ、藤姉。先に居間に居てくれ」
居間から出ながら士郎は玄関の方に居るであろう大河に向かって声を掛け、先ずは離れに居るであろう凛を呼びに行く。
しかし、移動して来る途中で向かおうとした離れから出て来る凛の姿を士郎は目にする。
「遠坂、夕食の用意が終わったぞ」
「えぇ、藤村先生の声が聞こえて来たから、多分セイバーも気がついている筈よ」
「なら、もう居間に居るか…」
「タイガ!!」
『ッ!?』
突然居間の方から聞こえて来たセイバーの叫び声に、士郎と凛は慌てて居間の方に顔を向けて走り出す。
そして開いている居間の襖から中を士郎と凛が覗いて見ると、武装化を終えて不可視の剣を構えているセイバーと、そのセイバーを楽しげに見つめながら気絶している大河を抱えているキャスターの姿を目にする。
「藤姉ッ!?」
「キャスター!?」
「フフッ、こんばんは。セイバーのマスターの坊やに、アーチャーのマスターのお嬢さん」
キャスターはゆっくりと大河の顔に手を這わせながら、楽しげに士郎と凛、そして射殺さんばかりに自身を睨んでいるセイバーに視線を向ける。
「セイバー、少しでも動いて見なさい?このお嬢さんの命は無いわよ?」
「クッ!!キャスター!貴女は!?」
「藤姉を放せ!!」
「それは出来ないわ。其処のお嬢さんも『令呪』を使ってアーチャーを呼ぼうなんて考えない方が良いわよ。死にたくなければね」
「ハッ!?リン!!」
キャスターの言葉の意味を理解したセイバーが慌てて背後を振り向いて見ると、凛の背後から迫って来る鎖を目にする。
背後からの奇襲に『令呪』を使ってアーチャーを呼び出そうとした凛は動けず、鎖は凛の身体に巻きつこうとする。しかし、鎖が凛の身体に届く直前に瞬時に『
「ハァッ!!」
「・・・驚きました。本当に『宝具』を『投影』出来るのですね」
「・・・・ライダー」
弾かれた鎖を手元に戻している士郎と凛が駆けて来た廊下の先に立っている眼帯を着けている女性-ライダーの姿に士郎は険しい声を出した。
何時の間に潜入されたのかと凛が険しい顔を大河を人質に取っているキャスターに険しい瞳を向ける。
(不味いわね。アーチャーを呼ぼうにもライダーも居るんじゃ呼ぼうとしたところに攻撃が来る。かと言って衛宮君にライダーの相手なんて出来る筈が無い!どうしたら!?)
自分達の状況が圧倒的に不味い事を理解した凛は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、何とか今の状況を打破しようと考えを巡らせる。
士郎とセイバーも自分達が圧倒的に追い込まれた事実を理解して苦虫を噛み潰したような顔をしていると、キャスターが士郎とセイバーに向かって告げる。
「セイバー、そしてそのマスターの少年。武器を手放しなさい。そうしたら命の保障はするわ。この女性の安全もね。それともライダーが呼び出せる『天馬』の一撃でこの家ごと吹き飛ぶ?」
『クッ!!』
ライダーの『天馬』の力を知っている士郎とセイバーは悔しげな声を上げ、士郎は『投影』した『
神代の魔術師であるキャスターには幾ら『宝具』の力で不可視に成っているとは言え、すぐに気づかれてしまうとセイバーが理解しているからだった。二人が武装を解除し、凛も動かない事を確認しながらキャスターはローブの中から刀身が変な形に捻じ曲がった禍々しく輝く装飾性の高い短剣を取り出す。
そのままその短剣の切っ先を大河の首の横に翳しながら、キャスターはセイバーに近寄る。僅かでも不審な動きをすれば大河を殺すと言う意思表示にセイバーは怒りに満ちた顔をしながらキャスターを睨みつけるが、キャスターは構わずに短剣をセイバーの胸元に向かって突き刺す。
「『
ーーードックン!!
『ガアッ!!』
「衛宮君!セイバー!!」
キャスターが短剣をセイバーに突き刺した瞬間、セイバーの口から苦悶の叫びが漏れ、全身を激しく痙攣させると共に士郎は左手を押さえながら苦痛の声を上げた。
一体何が起きたのかと凛は慌てて士郎が押さえている左手に目を向け、驚愕と困惑に包まれながら目を見開く。何故ならば士郎の左手からサーヴァントを従える為に刻まれていた筈の『令呪』が消え去っていたのだ。まさかと言う気持ちに包まれながら凛はキャスターに目を向けて見ると、キャスターはゆっくりと自らの手の甲に刻まれている『令呪』を凛に見せる。
「う、嘘・・・それは『令呪』?・・・何でサーヴァントの貴女が『令呪』を?」
「フフッ、良く考えて見なさい、お嬢さん。サーヴァントを召喚出来るのは魔術師の資質を持つ者。ならこの街で今最も優れた魔術師は誰かしら?お嬢さん?」
「ッ!?・・・・ま、まさか!?」
キャスターの言葉の意味を理解した凛は信じられないと言うような声を上げた。
その様子にキャスターは微笑みながら、ゆっくりとセイバーがふらつきながらも立ち上がり、キャスターを射殺さんばかりに睨みつける。
「キャスター!!貴様は!?」
「フフッ、『令呪』において告げるわ。“セイバー、私の命に従いなさい”」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「セイバー!!」
キャスターが『令呪』を使用すると同時にセイバーは悶え苦しみ出した。
そのセイバーに士郎は駆け寄ろうとするが、その前に凛が士郎の左腕を掴んで引き止める。何故と言うように士郎は凛を睨むが、凛は苦虫を噛み潰したような顔をしながらユラリと幽鬼のようにふらつきながら立ち上がるセイバーを見つめる。
同時にセイバーの手に再び不可視の剣が顕現するが、その切っ先はキャスターではなく士郎と凛に向いていた。
「フフッ、此れこそが私の『宝具・
「グゥッ!!」
キャスターの指示にセイバーの腕は自らの意思に反して凛に剣を向ける。
このままでは凛がセイバーに斬られると思った士郎はセイバーから凛を護ろうとした瞬間、凛が突然に士郎の頭に手をやって叫ぶ。
「衛宮君!!伏せて!!」
「ッ!?」
凛の突然の指示に驚きながらも士郎が凛と共に身体を下げた瞬間、キャスターの頭上の天井が砕け散る。
ーーードゴォン!!
「なっ!?」
突然の出来事にキャスターは驚きながらも目を見開いて叫んだ瞬間、砕けた天井から赤い外套を纏った男-アーチャーが飛び込んで来てキャスターの胴体に蹴りを叩き込む。
「オォォォッ!!」
「ガハッ!!」
蹴り飛ばされたキャスターは口から息を吐き出して、後方の壁へと叩きつけられた。
同時にアーチャーはキャスターの腕から離れた大河を左手に抱えて凛と士郎の前に立ち、右手に『干将』を出現させながらライダーとセイバーを睨みつける。
「やれやれ・・・戻って来てみればこのような状況になっているとは・・・・迂闊だった」
アーチャーはそう皮肉げに呟きながら立ち上がろうとしているキャスターを見つめると、キャスターは蹴られた箇所を手で押さえながら叫ぶ。
「セイバーー!!その男を殺しなさい!!」
「グゥッ!!」
「なっ!?」
キャスターの指示にセイバーの身体は本人の意思を無視して動き出そうとしたが、アーチャーに剣が振られることは無かった。
剣を振るう直前にセイバーは『令呪』に寄る指示に抗い、体中に襲い掛かって来る激痛に苦しみながらもキャスターの指示に従わなかった。その事実にキャスターは驚き、一瞬キャスターの意思が自分達から逸れたのを確信した凛は素早くポケットに手を入れて宝石を取り出す。
「逃げるわよ!!」
パキィン!―――カアッ!!
凛はそう叫ぶと共に素早く宝石を床に向かって叩きつけ、宝石が床にぶつかると共に室内に閃光が走った。
しかし、眼帯を着けているライダーは閃光に惑わされる事無く、閃光に紛れて逃げ出そうとしている凛に向かって釘剣を投げつける。
「逃しません!!」
投げつけられた釘剣は真っ直ぐに凛へと向かうが、凛に届く前にアーチャーが右手に持っていた『干将』を釘剣に向かって投げつけて釘剣を弾く。
ーーーキィン!!
「クッ!!」
自らの武器が弾かれた事実にライダーは悔しげに声を上げて、再度釘剣を投げつけようとするが、その前にアーチャーが低い声で呟く。
「『
ーーードゴォォン!!
アーチャーが呟くと共に投げつけられた『干将』が大爆発を起こした。
その爆発と凛が放った閃光に紛れて士郎達は衛宮邸から脱出した。それを確認したキャスターはゆっくりと、床に倒れ伏して『令呪』に寄って激痛が体中に走って苦しんでいるセイバーを見下ろす。
「予想はしていたけれど、貴女の『対魔力』は『令呪』に抗えるほどのようね・・・流石は彼の『騎士王』と言うべきかしら?」
「ッ!?・・・・な、何故?・・・私の正体を貴女が知っている!?」
「フフッ、教えて貰ったのよ。そうよね?ライダー」
「えぇ・・・しかし、これほど旨く行くとは思ってませんでした。後は予定通りに事が進めば」
「全ての駒が揃う。その為の駒は既に彼らの中に紛れているのだから」
「・・・ま、まさか!?」
「気がついたみたいね。でも、これ以上この場所で話をする訳には行かないの。眠りなさい」
「ガアッ!・・・グ・・・・」
ゆっくりとキャスターが右手をセイバーに向けると共に、『令呪』の圧力が増してセイバーの意識は薄れて行き、気絶した。
「・・・これで連中が動くには充分な数のサーヴァントが揃ったわね」
「えぇ・・・・恐らくはその時で勝負は決まるでしょう。しかし、キャスター・・・この策を良く容認しましたね?」
「容認せざる得ないわ。相手側の戦力はサーヴァントが何体居たとしても無効化出来るほど。此方側が勝利出来る可能性は元々が低いのですもの・・・“あの男”が考え付いた策以外で勝利出来る可能性は無いに等しいのだから・・・最もアインツベルンの陣営が手を貸してくるなら別でしょうけど」
「貴女の持つ『宝具』の力を遥かに超える力を持つ『宝具』ですか」
「とは言っても、あの陣営が力を貸してくれる筈がないわ。寧ろ自分達の力で解決しようと動くでしょうね。その結果待っているのは、貴女が望まない形での救いでしょう」
「・・・・」
「セイバーを連れて戻りましょう。後はあちらが動いてくれるでしょうから」
「分かりました」
そうライダーは頷くと共に床に倒れ伏していたセイバーを拾い上げて、自分達の陣地である『柳洞寺』へと戻って行くのだった。
「・・・・こりゃ、何か起きているな」
衛宮邸を一望出来る位置から事の成り行きを見ていたランサーは、気絶したセイバーを抱えて『柳洞寺』へと転移して行ったキャスターとライダーの姿に険しい声を出した。
教会での件の後、ランサーは『隠蔽』の『ルーン魔術』を使用して士郎達の監視を行なっていた。その気になれば先ほどの戦いの中でも介入する事は出来たが、一応アーチャーが凛と士郎を助ける行動を行なったので介入は控えた。しかし、そのおかげで確実に何かが起きている可能性が高いとランサーは悟った。
既にキャスターの陣営にはサーヴァントがライダー、アサシン、キャスター自身、そして今新たにセイバーまでも加わった。これにアーチャーまで加われば全部で五騎のサーヴァントが一つの陣営に集まった事になる。過剰としか言えない戦力な筈なのだが、ランサーにはキャスターとライダーから余裕が感じられなかった。寧ろ今の戦力でも足りないと言うような焦りを感じていた。
「何が起きてやがる?急に失踪した連中と何か関係があるのか?」
自らが知っている情報と照らし合わせてランサーは冬木で起きようとしている出来事に関して考える。
(何かが起きているのは間違いねぇ。だが、ソイツは一体何だ?碌な事じゃねぇのは確かだが、情報が足り無すぎるな・・・やっぱあのお嬢ちゃんと坊主を見張るのが状況を知る術だな)
そうランサーは考えながら、素早く屋根を上を駆け抜けて、凛達が逃げた遠坂邸のある方向に向かい出すのだった。
遠坂邸のリビング。
衛宮邸から逃れた凛、士郎、アーチャーは本来の凛の工房である遠坂邸に避難していた。衛宮邸よりも遥かに魔術的な防衛が施されている遠坂邸ならば、簡単にはキャスターでも破れないだろうという凛の判断だった。気絶して連れて来た大河をソファーにアーチャーは横たえながら、険しい顔をしている凛と士郎に顔を向ける。
「凛。キャスターは恐らくセイバーを早急に支配下に置こうとするだろう。どう言う状況か分からないが、連中は過剰と呼べるほどの戦力を欲している。『令呪』を用いてセイバーを自害させなかったのが証拠だ」
「えぇ、私もそう思っていたわ。だけど、『対軍宝具』を所持しているライダーが居ながら、その上セイバーまで従えようとするなんて一体キャスター達は何を考えているの?」
「俺と遠坂が組んだように、もしかしてあの子の陣営が理由なんじゃないのか?アーチャーの話だと本気で戦わせたら不味い陣営なんだろう?」
「イリヤスフィールのサーヴァントね・・・・確かに可能性としてはありえるかも知れないけれど、絶対とは言い切れないわ・・・・・とにかく、先ずは情報を収集するしかないわね・・・・それと衛宮君?」
「何だ?」
「・・・・貴方は明日教会に行って保護して貰いなさい」
「なっ!?何を言っているんだよ!?遠坂!?セイバーを放っておけって言うのか!?」
「・・・・そうよ」
「ッ!?」
凛の険しい言葉に士郎は言葉を失うが、今の状況は仕方が無かった。
幾ら『宝具』を『投影』出来るとは言え、セイバーと言う護り手を失った士郎は生身の人間でしかない。英霊であるサーヴァントに対抗するのは難しいどころか無謀。更に言えばキャスター側には最低でも三騎のサーヴァントが居る。
アーチャー一人しかサーヴァントに対抗出来る手札が無い今、士郎に気を配れる余裕は凛にも無かった。ゆっくりと凛はリビングの扉に手を掛けながら、士郎に声を掛ける。
「今日は藤村先生と一緒に家に泊めて上げる。明日はアーチャーに教会まで送らせるから」
「待てって!!」
リビングから出て行こうとしている凛に士郎は手を伸ばすが、無情にも扉は閉まってしまう。
士郎は扉を開けて凛を追い駆けようとするが、扉に手を掛ける前にアーチャーの手が士郎の手を掴む。
「なっ!?」
「・・・・・衛宮士郎・・・お前に話がある」
「な、何だよ?」
何時に無く真剣なアーチャーの目と声に士郎は反論するのも忘れて、アーチャーに目を向ける。
其処には何時もの皮肉げな様子は無かった。何か決意に満ちた覚悟をアーチャーは宿しているのだと士郎は感じ取り、思わず息を呑んでしまう。
アーチャーは士郎が話をする気になったのだと理解し、ゆっくりと士郎に向かって話し出す。
「・・・・・嘗て私は寄り大勢の人々を救おうと行動していた。目に見える先で助けを求めている人々を救おうとした。だが、結局私は本当に助けるべきだった者を助けられなかった・・・・それを思い出した」
「何を言っているんだ?」
「・・・衛宮士郎。この先も『聖杯戦争』に関わるならば、お前は必ず選択する事になる。“受け継いだ理想”か“それとも己の想い”のどちらかをな。間桐慎二の時よりも遥かに厳しい選択を貴様はせねばならない」
「ど、どう言う事だよ!?それよりも何でお前が“受け継いだ理想”なんて知っているんだ!?」
自らの根源に関わる事を他人の筈のアーチャーが知っている事に士郎は動揺しながらも、アーチャーに質問した。
その質問にアーチャーは答える事無く、士郎に背を向けながら後悔と悲しみが篭もった声で呟く。
「私は・・・・『誰も危険な目に巻き込みたくなかった』。残された者達がどのような想いを抱くのかも顧みずに・・・・衛宮士郎。貴様が“受け継いだ理想”に突き進むならば覚悟しろ。それが出来なければ、私と同じ結末に至るだろう」
「ア、アーチャー?・・お、お前は一体?」
まるで自分を知り尽くしているかのように語るアーチャーの背に、士郎は困惑に満ちた声を掛けるが、アーチャーは答える事無くその身を霊体化させて士郎の前から姿を消す。
残された士郎は凛とアーチャーの言葉に思い悩むような顔をしながらソファーに座り、目の前で横になっている大河の顔を見つめるのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
死闘の開幕
一人の男が居た。一般の家庭に生まれ、本来ならば表社会で過ごす筈だった一人の男。
しかし、男は幼い頃に一瞬にして全てを失った。男が住んでいた家も、学校での友達も、見慣れた街並みも、そして両親さえも一瞬にして燃え盛る煉獄の炎に飲み込まれた。まるで命を全て滅ぼす為に発生したかのような業火。
業火は紅蓮の煉獄を築き、人々が住んでいた街を、人を焼き尽くし、阿鼻叫喚の叫びが途絶えないほどの地獄が平穏だった街で引き起こされた。
そして気がついた時には、全てが焼き尽くされた焼け野原を幼かった子供の頃の男が歩いていた。
生ける命を全て焼き尽くそうとした煉獄の中で、何の力も無かった子供が助かったのは奇跡だった。だが、その奇跡も失われそうだった。何の力も持たない子供が戦場後の焼け野原同然の場所で長く歩き続ける事など出来なかった。
ゆっくりと子供の足は止まり、地面に倒れ伏した。苦しいと言う気持ちで心は覆われ、自分も同じようになるのかと子供が思った瞬間、その力の無い小さな手は握られた。
だが、握った男の様子は変だった。目に涙を溜め、まるで生きていた者に出会えた事こそが嬉しいと言うように心の底から男は喜んでいた。
『ありがとう』
救われたのが少年ではなく、男の方だと言う様に喜び、笑顔を浮かべていた。
そして少年は助けてくれた男の養子となった。家族も何もかも失った少年は男の提案を受け入れ、少年と男は共に暮らした。
数年後、男は死に、少年は数年の間に出来た家族と共に過ごすようになった。しかし、少年は大人になりかける頃に、幼かった少年から全てを奪った出来事の元凶に関わる事になった。共に戦ってくれる者達のおかげで少年は元凶を倒す事に成功した。出会いと別れも経験し、少年は大人になった。
大人になった少年は養父となった男から受け継いだ理想を叶える為に動いた。止めようとする家族や友を振り切り、少年は自身の理想の為に“一人”で進み続けた。だが、理想と現実は違った。理想を叶える為にどれだけ頑張ろうと、零れ落ちるモノは多かった。それでも何時か叶うと信じて進み続ける。
その中でとある戦場に男は辿り着いた。既に全てが遅かった。男がどれだけ尽力を尽くそうと、救えるものなど何一つ見つけられない戦場。それこそ奇跡でも起きない限り、救えない場所。故に男は奇跡を願った。
『契約しよう。我が死後を世界に捧げる。その報酬をこの場にて貰い受けたい』
そして男が望んだ奇跡は起きた。助からなかった筈の命は助かり、男は自らの死後さえも捧げて大勢の人々を救った。
しかし、男の想いと違い、何時の頃からか、人々は男を恐怖するようになっていた。何故ならば男は何も望まなかった。ただ人々を救えれば良いと言う男の行動は、人々にとって不気味な想いを抱くに相応しかった。それでも男は己の理想の為に進み続けた。そんな時に男は自らの故郷で悲劇が起きている事を知った。男はすぐに故郷へと向かい、そして■■■と■■を味わった。
「・・・・・アイツの正体って・・・まさか・・」
朝も早い早朝。遠坂凛は自身の部屋のベットの上で、見た夢の内容に顔を顰めていた。
朝が弱い凛だが、今日は珍しい事にハッキリと起きていた。それだけ夢の内容は凛にとって衝撃的だった。誰かの人生を覗き見ているかのような夢。それがレイラインを通して伝わって来たアーチャーの過去で在る事を凛は理解していた。
召喚したマスターとサーヴァントにはレイラインによって繋がれている。それが原因で稀に召喚したサーヴァントの過去を夢として垣間見ることがある。
そして凛が見た夢は間違いなく、自身が召喚したサーヴァントであるアーチャーの過去。だからこそ凛は言い表す事が出来ないほどの衝撃を感じていた。謎だったアーチャーの正体。その答えが夢の中にあった。所々途切れ途切れだったが、それでも見間違う筈の無い光景を凛は夢の中で目撃した。
未熟だった頃のアーチャーと共に戦い抜いた蒼いドレスを着た騎士。戦場だった見覚えのある街並み。此処まで情報が集まっていて、遠坂凛がアーチャーの正体に気がつかないはずが無かった。
「・・・・馬鹿よ・・・アイツ・・・・よりにもよって・・『抑止の守護者』になるなんて」
英霊とは様々な者が居る。その中で『抑止の守護者』と呼ばれる存在が居た。
別名『カウンターガーディアン』。人類の守護精霊であり、最高位の『人を守る力』。滅びの要因を排除し殲滅する最大の存在こそが『抑止の守護者』。英霊の中でも信仰の薄い者、或いは世界と契約し力を得る代償として己の死後を売り渡した者がなる存在。
アーチャーは自らの死後を売り渡して英霊となった『抑止の守護者』。普通ならば躊躇う事をアーチャーは何の迷いも無く行なった。それは凛には出来ない生き方。アーチャーの正体さえ知らなければ、思わず敬意を抱いてしまうほどの出来事だった。
我知らずに流れていた涙を凛は拭いながら起き上がり、レイラインを通じてアーチャーと会話する。
(アーチャー)
(起きたのかね?凛)
即座に返事を返して来たアーチャーの声に、内心は動揺しながらもソレを悟られないようにいつもの雰囲気で凛はアーチャーに指示を出す。
(・・・衛宮君を教会に送って来なさい。藤村先生には暗示を掛けて私が家に帰すわ)
(・・・凛、今の状況で私と離れるのは危険過ぎると思うが?)
(大丈夫よ。此処は私の工房。奇襲を受けても貴方が戻って来るまでの時間ぐらいは稼げるわ。だから、衛宮君を教会に送り届けて)
(・・・・分かった。其処まで言うならば小僧を送って来る。何かあればすぐに連絡を)
(えぇ、分かってるわ)
そう凛はレイラインを通して告げ終えると、アーチャーとの会話を終えてベットに倒れる。
いつもは安眠を誘い心休まる場所だったが、今は色々なことが凛の中で渦巻いていて心は休めなかった。
「・・・・・あの黒い影・・・何でアイツは・・あんなに苦しそうだったの?」
アーチャーの過去の夢の光景で見た最後の場面。悲しみと絶望に染まった悲痛さに満ちた顔をしながらアーチャーが相対していた相手。
暗い闇に満ち溢れた場所で、更に夢と言う光景だったせいでハッキリとは見えなかったが、凛はその相手を知っているような気がしたのだった。
「・・クゥ・・・アァ・・・・・・・アァ」
「フフッ、頑張るわね、セイバー」
柳洞寺の境内内。その場所でキャスターは契約を交わす事で捕らえたセイバーが悶え苦しむ姿を楽しげに観賞していた。
セイバーの服装は凛が用意した一般的な服装ではなく、清楚さを発揮させるような白いドレス衣装。キャスターの魔術と『令呪』によって拘束され、間断なく与えられる苦痛によってセイバーは恥辱に顔を歪ませ、淫美な雰囲気を見聞きする者に感じさせるようだった。
キャスターに従えば、魔術と『令呪』に寄る苦痛はセイバーから消え去るのだが、セイバーは絶対にキャスターには従わないというように抗っている為に苦痛は続く。それが尚更にキャスターの喜びに繋がっていた。何故ならばキャスターは既に“セイバーを仲間に引き入れるだけの情報”を握っているのだから。
今、ソレを教えないのは完全にキャスターの趣味が原因だった。元々キャスターは生前に男関係で碌な目に合わなかったので男性不信な面があり、可愛い少女とかが好きだった。セイバーの容姿はキャスターの好みでもあったので、少しは楽しみたいというキャスターの欲望の為だった。しかし、そろそろ話を進めようとキャスターはゆっくりセイバーの背中に手を這わせる。
「・・・あぅ」
「フフッ、頑張るわね、セイバー・・・でも、そろそろ私に従って欲しいの」
「・・・くっ・・こ、断る・・・誰が・・貴様などに・・・あっ」
力強く否定の声をセイバーは上げようとしたが、キャスターが背中を再び撫でると共に艶かしい声に変わった。
その様子にキャスターの中でもう少しセイバーの反応を楽しみたいという欲求が生まれるが、それを抑え込んで本題に入る事を決める。夜までにはセイバーを納得させなければ行けないのだ。恐らく今夜が鍵に成るとキャスターは考えていた。
(既に戦力としてはライダー、アサシンに加え、“あの男”も協力の意思を示した・・・だけど、ライダーから得られた情報と私が調べた情報を総合したとしても勝てる可能性は良くて・・・三割から五割ぐらい)
冷静に自分達の戦力を吟味してもキャスターは確実に自分達が勝てるとは断言出来なかった。
相手は言うなればサーヴァントをこの世に現界させた代物。しかも最大級の災害と呼ぶに相応しい存在。確実に勝てると言う保障など何処にも無かった。
だからこそ、キャスターは更に戦力を必要としていた。セイバーと言う人々の幻想を星が鍛えた聖剣を持つ存在が。
「セイバー・・・私も周りくどい事を言える状況じゃないの。コレを見て見なさい。そうすれば私が何故過剰にも戦力を必要としているのかがわかるわ」
「な、何を言って?」
キャスターの言葉の意味が分からなかったセイバーは苦痛に顔を歪めながらも顔を上げ、キャスターに視線を向けると、キャスターはゆっくりと魔術を用いてセイバーの顔の前に水晶球を浮かべる。
セイバーの視線が水晶球に移動したのを確認すると共にキャスターは更に魔術を発動させ、水晶球の中に映像を映し出す。一体何が映っているのかとセイバーは思いながら水晶球を見つめると、何処かの家庭内の光景が映っていた。
父親が居て、母親が居て、そしてその二人の子供と思われる幼い少女が居た。一家団欒と言うように和気藹々と三人は過ごしている。一体コレが何なのかとセイバーが疑問に思った瞬間、セイバーの目は見開かれた。
平穏な家庭の光景。ソレが一瞬にして“黒い影”に飲み込まれた。比喩でも何でもなく、三人の足元から突然“黒い影”がせり上がり、一瞬にして三人の身体を覆い尽くし飲み込んだ。映像だからなのか、三人の悲痛な声は聞こえなかったが、それでもまるで苦しめるように三人を飲み込んだ“影”はその場に揺らめき、再び一瞬にして三つの影は消え去った。
「・・・・・・・」
「声も出せないでしょう?・・・当然だとしか言えないわ。アレは英霊の・・いえ、生ける者全ての天敵なのだから」
キャスターの言葉をセイバーは否定することが出来なかった。
水晶球に映っていた映像を見ただけでも、“影”が危険な存在だと理解するには充分だった。英霊の天敵と言うキャスターの言葉にもセイバーは内心で肯定するしかなかった。
更に言えば今の映像だけでも、セイバーの持つ『直感』が最大級の危険性を告げていた、アレはあってはならない。放っておけば生ける者全てを飲み込み続けるだろうと、セイバーの『直感』が告げていた。
「私達は“アレ”を倒そうと考えているわ。幸いにも私には“アレ”を何とか出来る可能性がある『宝具』を所持しているの。だけど、“アレ”にソレを私の技量で当てるのは不可能に近いの。だから私達サーヴァントの天敵である“アレ”に勝つ為には総力戦になる必要があるわ」
「・・・・・・だから・・・私をシロウから奪ったと言う気ですか?」
「そうよ・・・貴女は隠していたようだけど、私ほどの魔術師なら一目見れば分かるわ・・・セイバー、貴女はあの坊やとの間のレイラインが不完全な状態だった。それこそ魔力供給も満足に行なえないほどの不完全なレイラインがね」
「・・・・・」
セイバーは肯定も否定もしなかったが、逆にソレがキャスターの言葉が正しい事を肯定していた。
元々士郎とセイバーのサーヴァントとしての契約は幾つものイレギュラーが重なった結果起きた出来事。レイラインが多少不完全ながらも繋がっていたおかげでセイバーの現界には問題は無かったが、サーヴァントとしての戦闘で最も必要な魔力供給が行なわれてなかった。
それでも何度もセイバーは戦闘を行なっていたのだから、やはりセイバーは他の英霊とは一線を隔している。だが、真の『宝具』の使用をセイバーは出来なかった。使用すればセイバーの保有魔力は一瞬にして底を着いてしまう。一応食事など大量に取ることで保有魔力を増やしていたが、それも微々たるものでしかない。
その点を一瞬にして見抜いたキャスターは、ライダーとの契約と自分の目的も重なってセイバーを士郎から契約を破棄して引き離す事にしたのだ。そしてセイバーがキャスターを新たなマスターと認めれば、セイバーは『宝具』の使用が可能になるだけではなく、ステータスも士郎がマスターだった時よりも上がる。半人前以下の魔術師である士郎と、キャスターでは魔術師の技量は比べものにならない。
セイバーがキャスターと契約を交わす事はメリットが多い。しかし、自らを無理やり士郎から引き離し、無辜の民から『魂食い』を行なっているキャスターと手を組むのはセイバーの騎士道が認められなかった。最もキャスターはその辺りの事も理解している。故にセイバーにゆっくりと語りかけるように説明する。
「私のやり方は騎士である貴女には認められないかもしれないけれど、貴女を坊やから引き離したのは理由があるのよ。率直に言うわ。私達はあの“影”を操っている大元の正体を知っている。そしてその正体は貴女も知っている人物なのよ」
「何?・・・・私が知っている人物?・・・・一体それは誰だ?」
「フフフッ、その事を含めて全てを教えてあげる。この地の『聖杯戦争』の真実も一緒にね」
キャスターはそう告げると共にセイバーに説明しだす。
今冬木で起きている出来事だけではなく、自分達が戦おうとして相手の正体。そして『聖杯戦争』の真実を全てセイバーに話すのだった。
昼に近い時間帯。
衛宮士郎は霊体化したアーチャーに見張られながら、教会への道を歩いていた。昨夜のアーチャーの言葉が気になっている士郎だが、それよりもセイバーの救出の事もあって凛に自分も参戦させて貰うつもりだった。だが、話す暇も無く遠坂邸からアーチャーと共に外に出されて教会へと行く事になった。
何とかアーチャーと会話しようにも霊体化しているアーチャーと会話する術など士郎には無く、アーチャーも話をする気は無いと言うように霊体化して見張っている。
もしも此処で遠坂邸に戻ろうとすれば、気絶させても自分を教会に送り届けると言うように無言の気迫をアーチャーは放っていたので、士郎は渋々と教会に向かうしかなかった。僅かでも話をする機会を得るためには自分の足で向かうしかないと士郎は分かっているからだった。
そして会話も無く教会に向かって歩いていると、漸く教会が見えて来て、士郎の背後にアーチャーが実体化する。
「・・・・私が送り届けるのは此処までだ。だが、くれぐれも、戻って来るような行動するな。私の目ならば例え距離が離れていてもお前を見張るのは簡単なのだからな」
「あぁ・・・分かってるさ・・・だけど、その前に聞きたい事がある」
「・・・・何だ?」
「・・・お前は後悔したのか?」
「・・・あぁ・・・後悔した。気がついた時には全てが遅かった。お前の事をとやかく言う資格など私には無いのかも知れん。私も間違ったのだからな」
「そうか・・・アーチャー、先に言っておく。お前と俺は違う。もう二度と後悔を抱くような選択を俺はしない」
「・・・・ならば、それだけの覚悟を見せて見ろ。見せられないのならば、貴様には理想を語る資格はないと思え・・・凛は私以外にも使い魔を放っている。教会の中には必ず入るのだな」
そうアーチャーは告げると共に、もはや語ることは無いと言うように無言のまま士郎に背中を向けて霊体化する。
士郎はアーチャーの背中が完全に消え去るのを確認すると、忠告に従って教会の入り口に向かって歩いて行く。アーチャー以外にも監視の目があるならば、少なくとも凛が動くであろう夕方以降までは教会の中に居た方が良いと士郎は判断したのだ。
ゆっくりと教会の扉に手を掛けて中に入り込み、扉を閉めて凛の使い魔の監視から一時的にでも姿を隠す。
「・・・遠坂だって何時までも監視をしていられるはずがない・・・夕方になったら…」
「どうするんだ、坊主?」
「ッ!?」
突如として背後から聞こえて来た聞き覚えのある男性の声に士郎は驚愕と困惑に包まれながら背後を振り向いて見ると、信徒席に何時の間にか腰掛けている青いボディースーツを着た男の姿があった。
士郎はその男を知っている。自らの心臓を貫いた男を忘れるはずが無いのだから。
「お前は・・・ランサー!?」
「よぅ、坊主。セイバーと戦った時以来だな、顔をあわせるのは」
緊迫する士郎と違い、ランサーは飄々としながら椅子から立ち上がり、ゆっくりと士郎に体を向ける。
「何でお前が教会に!?」
「何、こっちにもちょっとした事情があってな。まぁ、そんな事よりもだ、坊主。俺と少しやり合って貰うぜ!」
叫ぶと共にランサーは右手に紅い槍を出現させ、獣ごときの敏捷さで士郎に肉薄する。
突然のランサーの行動に驚きながらも、気を一瞬たりとも抜いていなかった士郎は両手を瞬時に構えて『
「『
ーーーガギィン!!
ランサーが突き出して来た槍を士郎は『投影』した『
その様子をランサーは楽しげに口元を歪めながら、突き出した槍を手元に戻して感心したように険しい顔をしながら士郎が握っている『
「離れたところで見ていた時にも驚いたが、本当に『宝具』を『投影』出来るとはな」
「お前!?俺達を監視していたのか!?」
「まぁな、俺のマスターの方針で気にくわねぇが監視していた訳だ。しかし、アーチャーの野郎の剣を使うとはな。だが、アイツの剣に比べたら・・・・脆いぜ」
ランサーがそう呟くと同時に士郎が握っていた『干将(かんしょう)・莫耶(ばくや)』に罅が広がり、簡単に砕け散った。
「クッ!?『
自らの武器が簡単に砕けたことに悔しがりながらも、士郎は瞬時に『
ランサーはその姿に獰猛な笑みで口元を歪め、抑えながらも普通の者ならば穴だらけになるような速さで士郎に向かって槍を連続で突き出す。
「オラアァァァァァァァッ!!」
「クッ!!このぉぉぉぉぉっ!!」
ーーーギン!!ガギィン!ギィィン!!ガギィィィィーーン!!
ランサーが突き出して来る槍に対して士郎は手に持つ『
槍と『
(砕けるのは俺の『投影』の精度が低いからだ!!アイツの剣ならランサーの槍だって防ぎ続けられる!!)
(コイツ・・・本当に数日前に俺に手も足も出なかった小僧か?手加減しているとは言え、俺の槍をこうも防げるのは異常だ!?何かカラクリがなきゃ出来ねぇぞ!?)
自らの槍を防ぎ続けている士郎に、ランサーは平静を装いながらも内心では驚愕を隠せなかった。
幾ら手加減しているとは言え、生身の人間である士郎が英霊であるランサーと武器で打ち合えている。本来ならば不可能に近い出来事。何らかのカラクリがあるとランサーは考え、手加減抜きで槍を突き出す。
「コイツを防いでみな!!!」
「ッ!?」
明らかに今までの速さを越える一撃。全力のランサーの一撃は閃光としか呼べない速さ。
その一撃が真っ直ぐに士郎に向かって突き進む。今までの士郎の防御では絶対に防げない一撃なのだが、士郎の右手が不自然な速さで動き、『
「オォォォォッ!!」
「・・・おいおい・・・今のも防ぐとはな・・・・やっぱり解せねぇぜ。今の動きは歴戦の戦士のような動きだ。例え『宝具』を『投影』出来るにしても、まるでアーチャーの野郎のような防御じゃねぇか」
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・『憑依経験』。武器の持ち主の技量を再現する、『投影』の工程の1つだ」
「・・・・・何だと?・・・坊主、今のが事実だとしたら『宝具』ばかりか、お前は使い手の経験まで『投影』出来るって言う事だ。そんな無茶をしていたら身体が持たないぞ?」
ランサーの言葉は事実だった。幾らの武器の持ち主の経験を再現出来るとは言え、『宝具』の持ち主は一流ばかり。その相手の動きを再現するだけでも身体に襲い掛かる負担は凄まじいものだった。
しかし、士郎は他の『宝具』ならばいざ知らず、アーチャーの『
武器を消したランサーの意図が分からなかった士郎は疑問に満ち溢れた視線をランサーに向けると、ランサーは話し出す。
「合格だぜ、坊主」
「?・・・どう言う事だ?」
「何・・・お前に襲い掛かったのは足手纏いになるかどうかを確かめるためだ。悪いとは思うが、足手纏いになるような奴に来られちゃ困るから確かめさせて貰ったんだ。率直に言うぜ、坊主。俺と手を組まないか?」
「手を組むだって?」
「あぁ・・・俺のマスターはキャスターの陣営に戦力が集まって行くのを危険視してやがる。まぁ、俺も同感だがな。何せ一つの陣営にセイバーも含めれば四騎のサーヴァントが居るんだからよ」
「なっ!?四騎って、まさか!?最後の『アサシン』のサーヴァントもキャスターのところに居るって言うのか!?」
「知らなかったのか?どう言うカラクリなのか知らねぇが、キャスターはアサシンの野郎を従えて山門を護らせていやがる。偵察の時に戦ったが、野郎はかなりやりやがるぜ。俺も油断していたらやられていたかも知れねぇからな」
「・・・・・」
ランサーから得られた情報に士郎は言葉を失うしかなかった。
姿さえも確認出来なかった最後のサーヴァントであるアサシンを、寄りにもよってキャスターが従えている。しかもそのアサシンは『クー・フーリン』であるランサーが認めるほどの実力者。アーチャー一人しかサーヴァントに対抗出来る戦力が無い凛では、どう考えても敗北しか待っていない。
対抗する為には更なる戦力が必要。それもサーヴァントに対抗できるだけの戦力が。その事を理解した士郎は険しい顔をランサーに向ける。
「・・・だから、俺を確かめたんだな?」
「そう言う事だ。最も予想以上だったがな・・・僅か数日で手加減はしたが俺の槍を防いでいたんだからよ・・・で、手を組むか?」
「・・・それしか無いだろう。お前には思うところは在るけど、今の俺じゃキャスター達に対して無力だからな」
「決まりだな」
ゆっくりとランサーは笑みを浮かべながら手を差し出し、士郎は憮然としながらもランサーが差し出して来た手を握り返すのだった。
夕暮れが近い時間帯。
戦いが始まる夜の帳を告げる時。柳洞寺の山門の護り手であるアサシンは実体化して夕暮れを見つめていた。昔の侍を思わせる衣装を着ているだけあって、アサシンは風流を理解していた。事情があって山門から余り離れられないアサシンは、数少ない風流を感じさせる夕暮れを眺めるのが召喚されてからの日課になっていた。
本来ならば時代錯誤な服装を着ているアサシンの姿を寺の人間に見られるのは不味いので霊体化してなければならないのだが、今日は既にその心配はなくなっていた。宗一郎の要望に従ってキャスターが寺の人間全てに暗示を掛けて、冬木市から離れて貰ったのだ。今寺の中に居るのは『聖杯戦争』の関係者のみ。
自らの姿を寺の人間に見られる心配が無くなったアサシンは、ゆっくりと夕暮れを眺め続けていたが、その顔は突然に険しくなり山門から下に伸びる階段に目を向ける。誰かが階段を上がって来ている。
人払いの結界を張られている現在では柳洞寺に近づく一般人はいない。『聖杯戦争』の関係者の誰か。ソレが正しいというように黒いロングコートを着た長身の男が山門の階段を登って来ていた。
「・・・このような時間に何用だ。サーヴァントよ?」
「何、貴様と戦いに来た、アサシン」
アサシンの質問に対して長身の男-人間体のブラック-は当然のように答えた。
その返答にアサシンは口元を楽しげに歪めて、愛刀である長物の刀を鞘から抜いて刀身を輝かせる。
「嬉しき言葉だ。私も女狐に話を聞いた時から興味を抱いていた。私は生前に『燕』を斬る事に生涯を捧げていたのでな・・・その剣が『竜』であるお主に届くか試してみたいと心の底から思っていた」
「『燕』か・・・面白い。『燕』を斬ったと言う貴様の剣が俺に通じるかどうか確かめてやろう・・・ハイパーダークエヴォリューション」
ーーーギュルルルルルルルッ!!
アサシンの言葉に対して笑みを浮かべたブラックの体を黒いデジコードが覆い尽くし、デジコードが消え去った後には楽しげに目を細めている本来の姿に戻ったブラックウォーグレイモンが立っていた。
その左手にはギルガメッシュとの戦いで粉々に砕けたはずの『ドラモンキラー』も完全な形で修復されていた。『ドラモンキラー』には例え粉々に砕けようとも時間が経てば『修復』する力が宿っている。一晩ブラックが動かなかったのは何もギルガメッシュに負わされた傷だけではない。
粉々に砕けた左手の『ドラモンキラー』が修復するのをブラックは待っていたのだ。目的はただ一つ、“アサシンと万全な状態で戦う為”。
「このままだと楽しめる戦いが出来なくなりそうだからな。その前に貴様と存分に戦わせて貰う」
「其処まで私との戦いを望むとは嬉しいぞ、竜人よ・・・・アサシンのサーヴァント、『佐々木小次郎』。それが私の名だ」
「ほう・・・ブラックウォーグレイモン。ソレが俺の名だ」
「フッ、存分に楽しもうではないか!」
「同感だ!!」
アサシン-『小次郎』の言葉に対してブラックも叫び返し、二人は日が完全に暮れると共に命を賭けた死闘を開始するのだった。
更新遅れてすいませんでした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む